異世界でするべきこと (4869bbb)
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始まりは間違いでした

亜久里は有名な大学を卒業しても中堅の会社で働いていた、そのことに対して不自由を感じているわけでもなかったのだが、慣れてしまえばただ毎日同じことの繰り返しは面白いとは思っていなかった

 

barに寄って帰る最中、次の日が休みということもあり、普段より多く飲んでいた

よく寄るbarだった為に、マスターから送ろうかと声をかけられていたが、亜久里は大丈夫だと答えた

20後半になってそれは恥ずかしいと思ってしまったのだった

 

だが、その日彼女はストーカーによって殺害された

 

 

 

亜久里が目を開けた場所は普通の部屋であったが、その場所が何処なのかは全く分からない

何があったのか思い出そうとすると妙な頭痛が彼女を襲った

 

「ってて…………」

 

部屋に設置されているテレビが急について、1人の男性が映り話始めた

 

「おや?起きた様子だね」

 

よっこいしょと言いながらテレビ画面から少しずつその男性が出てくる

 

「あっ……」

 

「あ?」

 

「ごめんね、ちょっと引っ掛かっちゃったから引っ張って貰えるかな」

 

彼女は少し戸惑いつつも今の現状を理解する為に男性を引っ張り出した

 

「いやぁごめんごめん」

 

「いえ、ところでここはどこですか?

何だか何があったのか全然思い出せないのですが」

 

「そりゃキミ数日前に死んだからね」

 

亜久里は男性の言っている言葉の意味が分からなかった

 

「ごめん、説明不足だったね

キミは飲んで帰る途中に殺されてしまったんだ

運命として決まっているのであれば、ここには来ないのだけど、こちらのミスで死なせてしまった」

 

「殺された?ミスで?」

 

「そそ、体があるように見えているけど、その姿は魂のようなものだ」

 

「そうですか、死ぬって全てが真っ暗でつまらないものかと思っていたのですが、随分と賑やかな感じですね

それとミスというのは……」

 

「あぁ、自分今300年くらいキミのいる地域を担当してる神なんだけど、キミは死なない予定だったんだよ

ストーカーに襲われて、ズタズタに刺されたっていうのが今回の原因なんだけど、本当はそうなる前に取り押さえられるはずだったんだ

ここ180年くらいそんなミスしなかったから油断していたんだよね」

 

「そうですか、とりあえずあたしは現世に戻れるんですか?」

 

「それは出来ない、オレらのミスと言っても死んだものは生き返らせてはいけないんだ

だから別の特典を用意している」

 

「特典?」

 

「そう、元いた世界に人として0からやり直すか、別の世界に今の記憶を継いで転生するか

因みに前者ならそれなりに裕福な家庭で幸せに過ごせることが出来るようにはする」

 

亜久里はガラスに映る自分の姿を見ながら聞いた

 

「後者であれば、何か特別な力とか貰えるのですか?」

 

「ふむ、今飛ばすとすれば……そうだね、無能力では行かせないから、ただ、どういう生活を強いられるかは自分次第になる」

 

「ならあたしは異世界を選びたい、それと夢の中で良いから両親に挨拶をさせてもらえますか?

一応先に死んじゃったわけだし、まだまともに親孝行も出来てないので」

 

「それくらいならお安いご用だけど、この空間のことは他言してはいけないから、それだけは注意してな」

 

亜久里はこくりと頷いて神様に夢の中へ飛ばしてもらった

 

 

テーブルに亜久里の両親が掛けていて、彼女は急いで駆け寄った

 

『お父さん、お母さん!』

 

『あ、亜久里か?』

 

『亜久里!!』

 

『ごめんなさい、こんなに早く死んでしまってごめんなさい』

 

『夢でも、元気な亜久里が見えて良かった』

 

『あぁ、本当にそう思う』

 

『うん、でもそんなに長い時間ここにはいれないの』

 

『そうか』

 

『そうよね、お母さん亜久里が天国に行く邪魔しちゃったかしら』

 

『ううん、どうしても言いたかったの

あたしを育ててくれて、ありがとうって神様が最後に言わさせてくれたんだよ、お父さんは無理しすぎないでね、お母さんもそうだからね、すぐに追いかけてきたりしたら、追い返してやるんだからね!

そろそろ時間だから、もう消えるよ』

 

亜久里の両親はボロボロに泣いていて、彼女も目に涙を溜めていた

 

『亜久里もあたし達の子でいてくれてありがとう』

 

『こう言うのは変だが、元気でやれよ』

 

最後にその言葉を聞いて、元の部屋に戻ってきた

 

「寝ている時間ならどれくらい使っても構わないのに、良かったのかい?」

 

「あれ以上話していたら、未練ばっかりになりそうですから」

 

亜久里は目を擦って涙を拭き取った

 

「それじゃ異世界についてざっと説明するよ、何てったってチュートリアルとかないからね

基本の能力値は少し高めで設定しておくから、言葉の理解も出来るようにはするけど、読み書きは頑張ってね

最後に持ち越せる力なんだけど……」

 

神様が出したのは複数の紙だった

そこには様々なことが詳しく書かれていて、全部読むのにかなりかかりそうではあったが、まるでチート級の能力ばかりだった

 

「魔法でも武器でも、特別なスキルでも、どれか1つだけ持っていけるから」

 

「まるでゲームですね」

 

「後者を選ぶことを神々の遊びとも言えるくらいだからね」

 

亜久里が選んだのは糸スキルだった

 

「面白いものを選んだね、他の神のとこの転生者は魔法系が多いと聞くけど、1番人気のないスキルを選ぶなんてね」

 

「魔法がなかった世界なので確かに魔法を使えるというのは面白そうだなとは思いましたけど、あたしはのんびり過ごしたいので戦闘系は無しの方向で行きます

なので魔法は使えないくらいの設定で構いませんよ」

 

神様はそれを聞いて笑い転げていた

 

「はーー、面白いね♪本当に

それじゃゲートを開くから、神童として生まれ変わるであろう自分で、第2の人生を楽しんでおいでよ」

 

眩い光が身体を包みまた何も見えなくなる

 

 

彼女が再び目を覚ますと誰かに抱っこされているようだった、目はまだよく見えないでいたのだが、1つだけ自覚することがあった

体を自由に動かすことが出来ない、何かを言っていることは理解できても上手く言葉を発することが出来ない

なにより体が何倍も小さくなっていると

 

転生後は赤ん坊からなのかと分かるのに時間はかからなかった

 



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誤算

「ミラ、ミラはいないのか?」

 

「あたしはここですよ、お父様」

 

まだ7.8歳程度の女の子が天井からお父様と呼ばれる者に飛び付いた

 

「ハッハッハ、さすがミラだな

ここ数百年とお前のような逸材は見たことがないぞ」

 

この少女が別の世界で亜久里だった女性

今ではミラ=レッドハンドという名前を授けられた

 

「お父様のおかげです」

 

「流石我輩の子だな」

 

おかげと言っても、高い高~~い!と赤子の頃から数十メートル投げられ続ければ嫌でも体は丈夫にもなった

ミラが覚えている限り30回は落とされている

 

それでも死ぬことが無かったのはミラが転生したのは人間ではなく吸血鬼と呼ばれる種族だった

最初は当然驚いていたが、想像していた吸血鬼とは違い、血を吸うのは人である必要もなく、その行為さえ嗜好品のような感じだった

 

男性の吸血鬼と女性の吸血鬼の1番の違いは寿命の長さにある

男性の場合は力の強さにも寄るが300~700歳と幅広いのだが、女性の場合は長くて200歳と男性より大幅に少ない

 

吸血鬼も元々は人間を長く襲えるようにするために15~30位の年齢期間が長く定められていて、そこから一気に年をとり始めるとそろそろ死ぬという事が分かる

 

「ステフ、今日はミラと獣狩りにいこうと思うのだが」

 

「またですか?

ミラは女の子なんですよ、あなたのように無駄に強大な魔力も持っていないのですから、今日は私と勉強をしましょうね

ミラは言葉を覚えるのもはやかったし、なにより頭が良いのですから、私達の自慢になる娘にしたいの」

 

「身体能力だって後100年もすれば、我輩と並べる位になりそうなんだぞ

それをここで止めてしまうのは勿体無いではないか」

 

「娘を大事にする気持ちもわかりますけど、あなたはこの街の王なのですから、今のうちにミラの結婚相手にふさわしい人を探すくらいしてあげて下さい

あなたの後をしっかりと継げてミラを大事にしてくれる男性を」

 

「むぅ……ミラは我輩と獣狩りに行くのと、ステフと勉強するのはどちらが良いのだ?」

 

「両方やります!いつかお父様やお母様が年をとり始めた時に何でも出来るようになるために

だからお母様、早く帰ってくるのでお勉強もしっかり見てください」

 

というのは建前でしかなかった

ミラは自らこの世界を理解する為に書籍を散々読みあさり、平和にのんびり生きるためにどうするべきかの答えを導きだしていた

王家は継ぐつもりだが、次期王様の後ろで間接的に補佐や助言する、まさに関白のようなポジションでいられれば良いと考えていた

その為若いうちに出来ることは何でもして、経験を積んでおかなければ全て失敗すると思い続けている

 

「流石ミラだ、早速行こうか」

 

「ミラもお父様をあまり甘やかさないように、今日は早めに帰ってくるのよ、ミラの誕生日なんですから」

 

「はい、お母様のご馳走楽しみにしています」

 

「それじゃ行ってくるよ」

 

少し過保護なところもあるが、ミラにとってこの暖かさの居心地はとても良かった

 

「お?王様、ミラちゃんと獣狩りですかい?」

 

「あぁ、とびきりデカい奴捕まえてくるぞ

それとみんな!今日はミラの誕生日だ!城でパーティーするから時間のあるやつは来てくれ」

 

「オレ達吸血鬼に時間がねぇ奴はそうそういませんよ」

 

「そうですよ王様、あたしもミラ様のお誕生日のお祝いに行かせてもらいますね」

 

ミラの父親は街の多くの吸血鬼から慕われていた

力の強さゆえに他種族から襲われることもない、数十年の間争うことも無かった

 

 

「お父様、あれあたしが仕留めて良いですか?」

 

ミラが見付けたのは普段狩りをしている獅子より大きく、丁度補食中でもあった

 

「大物を見付けたな、スキルを使うか?」

 

「ナイフがあれば平気です」

 

グリグリと頭を撫でられた後両肩を叩かれた

 

「よし、行ってきなさい!」

 

背負っている鞄からナイフを3本投げつけた

ダメージが通らないことは当然ミラも分かっていた

 

「アハハハ、こっちだよ~~♪」

 

ミラの挑発に対して獅子の身体は目に見えて筋肉が増していき、その姿は正しく狩る側でありミラ目掛けて突進してきたが

次のナイフを準備するには十分すぎる時間だった

 

一撃で倒すことは出来ないものの最初にナイフを投げて負わせた傷を何十回と斬りつけ、13本目のナイフで大獅子を倒した

 

「終わりました、お父様」

 

「13本ナイフを使用したのか、もう少し節約出来ないのか?」

 

「あたし魔法を一切扱えないので、硬化魔法とか使えないのは、お父様も知っているではないですか」

 

落ちているナイフを拾い、糸で獅子を縛り上げた

 

「ミラのセンスは別にあるにしてもだな……」

 

「それでは帰りましょう、お母様も待っていることですし」

 

街の近くまで戻ると父親は異変に気付き、その後1秒以内にミラも父親と同じ事を勘づいた

 

「お、お父様……街が…………」

 

狩った獅子をその場に置いて全力で街に向かった

 

 

蹂躙され、燃やされている街

父親がミラと街を離れた瞬間を狙われたのだろう

 

「ミラ!!ステフの元に走るんだ!!あの部屋には我輩の家族以外は入れない結界を付けている」

 

「お父様は?」

 

「心配するでない、我輩はこの街の王様だぞ

ミラが継ぐ頃にはヴァンパイアロードの元で働けるほどの実力者だ、こんな事をした奴等を探して殺してくる」

 

ミラは父親をギューッと抱き締めてすぐに城へと向かった

この街で

その道中に倒れているのは鎧を着ている人間だけで、吸血鬼の姿は一切見つからなかった

それは城の中でも同様に吸血鬼の姿が無い

 

「お母様!!」

 

母親の部屋に通じる通路にミラが飛び出すと、父親の結界を破ることが出来ずに佇む数人の人間がミラの方へ視線を移した

 

「まだ生き残りがいる!!」

 

「王が戻る前に片付けるぞ!」

 

見たことも無い色の剣を持って斬りかかってくる人間に対して初めて狩る側から狩られる側になったミラの足は固まっていた

 

 

「ダメ!!」

 

人間が斬りかかるより速く母親はミラを突飛ばし斬撃を自ら受けた

 

「お母……様……?」

 

「ミ…ラ……斬られてない?」

 

「あたしは大丈夫ですが、お母様は…………?」

 

「そう、なら急いでお父さんと逃げなさい」

 

「でも……でも…………」

 

「私も後から必ず追いかけますから、今日はお母さんの言うことを聞いてちょうだい」

 

「嘘です!」

 

ミラの目には体が崩れかけている母親の姿はしっかりと見えていた

 

「行きなさい!!」

 

再びミラに斬りかかろうとする人間は飛び込んできた父親によって吹き飛んだ

 

「貴様ら、ただで済むとは思ってはいないであろうな」

 

「あなた…」

 

「ステフ遅れてすまなかった」

 

「いいえ、来てくれると信じていました

ただもう私は長くありません、せめて最後はあなたの胸の中で」

 

崩れ始めた母親の体を父親は優しく抱いた

 

「ステフ、ミラを守ってくれてありがとう、そして愛していたぞ」

 

「私も愛してい……」

 

母親が最後の言葉を言い切る前に灰になって消えていった

 

「お母様……」

 

この街でなら常人より長い新しい人生を楽しく生きられると思っていたはずだったのに

後の生き残りはミラと父親だけになっていた

 

「さぁ死にたい奴から前に出ろ、我輩自ら葬ってやろう」

 

黒々く燃え出す手からは普段の何倍もの恐怖があり、前に出るどころか後退りをしている

 

「来ないなら、我輩から行かせてもらおう」

 

素手で見たことも無い色の剣を折り1人1人確実に心臓を潰した

 

「さて、最後は貴様だ

ステフを斬りつけ、ミラにまで剣を向けた貴様は楽には殺さんぞ」

 

「く、糞!!まだオレ達には仲間が…」

 

「そいつらなら先に殺して回った」

 

「嘘だろ?」

 

決してミラにまでは見せられないほどのやり方でそこにいた最後の1人を殺した

 

「お父様……これから先…ですが………」

 

「ロードの元に行くとしよう、3日も飛ばせば到着するはずだが……その前に」

 

父親は剣を抜いて構えた

 

「ミラ、ステフの部屋に隠れていなさい」

 

父親の視線の先には4人の人間が入っていた

 

「酷い有り様だ、吸血鬼よ、罪の無い人を襲うのは楽しいか!!」

 

「罪の無い人間だと……?貴様らが手を出したのだろうが、そしてこいつらの持っていた剣は対吸血鬼用であるぞ!!」

 

「何を言っている!!オレ達の国の民を襲ったのは吸血鬼だろうが!!」

 

「そうだ!証拠だってあがってんだよ!!

首に噛まれた後もあったんだ、国の周りに血を吸う種族はお前らしかいないんだからな!」

 

「我輩の街にいる吸血鬼は野生の動物の血しか吸わぬ!!

だがこう言い争っている必要もないであろう、我輩は貴様らを殺して、貴様らの国を壊すとしよう」

 

父親が一歩踏み込むとその身体は炎に包まれた

 

「やったか!?」

 

「フハハハハハハハ!

我輩に炎は無駄だ、この程度ぬるいわ!!」

 

簡単に炎を振り払うとその炎を出した魔導師を一瞬にして両断した

 

「よくもカルアを!!吸血鬼めぇ!!」

 

残り3人の斬撃も簡単に避けてまた1人殴り飛ばした

 

「我輩はこの街の王だ、その程度の実力で我輩を殺そうとは片腹痛いわ!!」

 

そう言った瞬間父親の動きが止まった

 

「何だ!?」

 

何かの魔法により動きを少し止められ、その隙に1人が父親に飛び付いた

 

「へ、へへへ、命かけりゃてめぇくらい止められんだよ、人間なめんじゃねぇぞ」

 

「止めろジェイド!!それは禁術だろ!!!」

 

「うるせぇ!!これくらいの覚悟がねぇと勝てねぇ相手なんだろうが!!長くはもたない……はやく殺れ!!」

 

「なら離れろよ!!ジェイドまで斬っちまうぞ!!」

 

「オレごと斬れって言ってんだよ!!お前は勇者だろうが!!!」

 

ジェイドの身体はその術のせいか片腕が千切れ始めた

 

「ばやぐじろ!!」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「貴様ら人間が!!我輩に勝つことなどあり得ないのだ!!」

 

 

勇者と呼ばれていた男性はミラの父親を斬りつけたが、ジェイドにはギリギリ当たらないところで止めていた

 

「おい!ジェイド無事か!?」

 

「な、なにやっでんだ……

こんな無様な状態で生かしてんじゃねぇよ」

 

「回復薬だ飲め!!」

 

回復薬を飲ませても千切れた片腕や足は当然くっつかないで、ただそれ以外の傷が治るばかりでいる

 

母親の部屋からミラも飛び出してきて父親の側に駆け寄った

 

「お父様~~」

 

「ミ……ラ…………、すまなかったな我輩は慢心によって負けてしまった」

 

「嫌ですお父様!あたしはお母様もお父様も失ってしまって、街のみんなも死んじゃって、どうやって生きていけば良いのですか……」

 

「力があるものは孤独になるのだ、ミラよお前はそれが少し早かっただけだ

勇者よ、最後の一撃は見事だった

そして、自らを省みずに呪術を使用した貴様もだ」

 

「おい吸血鬼!!ここから1番近い街はどこだ!!

ジェイドが死んでしまう!!!」

 

「フハハハハ、それを我輩に聞くとは、人間もずいぶん傲慢だな」

 

「良いから消える前に言えよ!!」

 

「なら我輩と1つ取引をしないか?」

 

「取引だと……?

なんだってしてやるよ!!だからジェイドは助けてぇんだ!!」

 

父親はクスッと笑ってミラの頭を撫でた

 

「ミラだけは殺さないでくれ、我輩とステフの大事な一人娘だ、そして我輩達に罪を擦り付けた奴を殺してくれ」

 

「嫌ですお父様、あたしもお父様と一緒に」

 

「ミラ!お前は我輩の大事な娘なんだ、こんなところで死ぬことは許さん」

 

そう言って泣くミラを勇者の方へ突き飛ばした

 

「その要求は飲んでやる、だからジェイドを!!」

 

「分かっている、吸血鬼は人間と違って約束、成約、契約にはうるさいんだ

まず千切れた手足はミラに繋げてもらうと良い、そしてフルポーションに近いものもある、ミラに案内をしてもらうと良い」

 

「嘘であればこの娘は殺すぞ!」

 

「言ったであろう……吸血鬼は約……」

 

「お父様…………」

 

崩れ消えた父親の灰はサラサラと地面を泳いで広がっていった

 

「頼むミラ!!ジェイドを助けてくれ」

 

ミラの悲しむ暇もなく勇者はミラに土下座したが

ミラであっても亜久里であっても答えは決まっていた

大切な人を残して死ぬことも、大切な人が死ぬこともとても苦しいことだと

 

「千切れた腕と足を持ってきてください……」

 

涙を拭って千切れた面にしっかりと目を通した

 

「どうだ?治りそうなのか?」

 

「お父様との約束ですから」

 

スキルにより指から糸を出して神経、骨、皮、血管、筋肉を縫い合わせた

その速度は15秒程で片腕、片足を繋げるのに30秒もかからなかった

 

「まだ生きていますよね」

 

「あ、あぁ、心臓は動いているが……」

 

ミラはナイフで自分の手首を切り、その血をジェイドに飲ませた

 

「な、何をしている!!吸血鬼の血など体内に入れては、ジェイドまで吸血鬼になってしまうだろう!!」

 

「それはどこの国の神話ですか?

全員が全員同じではありませんが吸血鬼の血は回復効果があります

その中でもあたしの血はその効力が高いんです

吸血鬼が傷の治りが早いのもそのおかげなのですが」

 

「そ、そうなのか」

 

ジェイドは少しすると顔色も良くなってきた

 

「な、なぁ、ミラちゃん?」

 

「はい?」

 

「吸血鬼って日の光に弱かったり、十字架が嫌いだったり、ニンニクが苦手だったりするのか?」

 

ミラは思った、ニンニクというものはこの世界に存在しないことと、この世界の吸血鬼は前の世界の吸血鬼と弱点はまるで違うということから、この勇者も異世界人、そして自分と同じ世界からやって来たのではないかと

ほとんど確信ではあったがそれについては言わなかった

 

「ニンニク?何かのお肉ですか?」

 

「い、いや変なこと聞いて悪かったよ

オレのいた国じゃそれが普通の考えだったからさ」

 

「それが吸血鬼は悪ということですか」

 

「人を襲うことを悪だといっているんだ」

 

「お父様も言っていましたがあたし達街の吸血鬼は人間を襲ってません……なのに…………」

 

自然と涙がボロボロと溢れだした

亜久里の時に親孝行出来なかったからこそ、こっちではと思っていたから出てきた涙で、それは全然止まらなかった

 

「キミにはすまないことをしたと思っている……

こんな事をして仲間まで助けてもらって」

「うわぁ!!」

 

勇者が言い終わる前にジェイドが飛び起きた

 

「ここは天国か!?なら何でお前がいるんだ!?

つかこの子は吸血鬼だろ!!」

 

「落ち着けジェイド、お前はこの子に助けられたんだよ」

 

「は?シューヤって時々変なこと言うよな、吸血鬼が人を助け……」

 

繋がっている手足を確認してジェイドは固まった

 

「フルポーションがあっても千切れたところは繋がらねぇよな?」

 

「だからこの子が治してくれたんだよ、吸血鬼の王と約束でな」

 

「約束だぁ?んなもん破っちまえば良いだろ?

吸血鬼は殲滅しろと命令だっただろ、オレ達の仲間も殺されたんだぞ!!」

 

「でもジェイドは生きている」

 

「お人好しな奴だな、おい吸血鬼!

助けてくれてありがとな、お前は見逃してやる

だからどっか遠くへ逃げちまえよ、オレらが気付かなかったことにすっから」

 

「お父様との約束を果たすまではあなたに付いていきます」

 

ミラは勇者シューヤの側に寄った

 

「はぁ!?おいシューヤ!約束って何だよ」

 

「オレ達の国を襲ってここの吸血鬼に濡れ衣を着せた犯人を探すことだよ」

 

「ばっっっっっっかじゃねぇの……

吸血鬼連れて国に帰ってみろよ」

 

「だからって約束は破れねぇだろ?」

 

「お父様との約束を反故するのならこの人の腕と足の糸を切りますから」

 

「だそうだぞ」

 

「とにかく、オレは吸血鬼なんて信用しねぇからな

約束だってシューヤがしたもんだろ、オレには関係ねぇし」

 

「待てよジェイド」

 

「待たねぇよ、殺された奴等の墓作る準備しなきゃいけねぇからな

それと吸血鬼のガキ、少ししたらオレらの国の奴等がここにある宝物盗みにくるだろうし、どうしても渡せない物は自分で大事にしてろよ」

 

「ごめんな、ジェイドのやつ治してくれた事には感謝してるんだがな……」

 

そう言われるとミラは父親と母親の灰の中から指輪を取り出した

 

「オレが言うのも変だが、それだけで良いのか?」

 

ミラには無言で頷かれた

 

その後シューヤとジェイドはまだ形の残っている人間達の名前を全てリストアップし始めた

 

「何をしているんですか?」

 

「国に戻ったら墓を作るために名前を確認しているんだ、オレ達が全員持ち帰ることが出来ないからな」

 

「シューヤ!吸血鬼にそんな事言ったってしょうがねぇだろ!」

 

「そっちの人、あたしから100m離れたら糸の範囲を越すので、注意してください」

 

「そう言うことははやく言えよバカ!!」

 

 

いざこざは結構あったものの、馬と呼んでいる乗り物だが、トカゲや恐竜に近い形をしている乗り物に乗って3人は国境の門番が見えるところまで戻ってきた

 

「このガキ何て説明するんだ?」

 

「ミラは姿を変える魔法とかは使えないのか?」

 

「魔法は一切使えませんよ、お父様のように火も出せませんし、お母様のような身体強化も出来ません」

 

「マジかよ……吸血鬼って能筋なのが希少種だろ?

その赤紫の目と牙をどうにかしねぇと、オレらまで首飛んじまうぜ」

 

「ならジェイドのマントの裏に隠れるか」

 

「降りた瞬間バレるだろ!国に帰れば直接王様のところ行きだろうから」

 

「ならオレの鎧の中に入ってるか?

ちょっとキツいしお前の親父さん殺したオレのところじゃ嫌かもしれねぇけど」

 

「あたしも詳しく話を聞きたいので、嫌ですけど後者の意見でいきましょう」

 

 

シューヤが上の鎧を外したところにミラがシューヤの上半身に抱き付く

その状態で少し余裕を持たせてジェイドに鎧を着させてもらっていた

 

「まぁ少し不自然な感じはするけど、これが1番だな」

 

「一時間くらい我慢しててくれよ」

 

多少不恰好ではあるが門番は簡単にスルー出来て、城まで入り込むことができた



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道 ~前編~

「国王様、吸血鬼討伐隊が帰ってきました」

 

「ふむ、通すがよい」

 

シューヤとジェイドは王の前に出て来て跪いた

 

「して、結果は」

 

「吸血鬼の街にいる吸血鬼は全て殲滅しました」

 

「だけど、生き残ったのはオレら二人だけっす」

 

「ほうほう、そうかそうか、よくやってくれた

殺された仲間達もきっと安心して天国へいけるだろう

お前達にも褒美を渡さないとな、何か申してみろ」

 

シューヤはミラやミラの父親の言っていた事を確認するように聞いた

 

「すみません、個人的に1つだけお聞きしたいことが」

 

「ほう?何だ?」

 

「本当に吸血鬼の攻撃があったから、私達に吸血鬼の殲滅を頼んだのでしょうか」

 

「おい、シューヤ!」

 

「ふむ、誰かから何か聞いたのか?」

 

「吸血鬼の王が攻撃を受ける理由が分からないと言っていたので……」

 

王は自らの髭を撫でて、不気味に笑いながら話始めた

 

「死人に口なしとも言う、お前達には本当の事を教えてやろう、立案したのは私ではないのだが、他種族からの申し出があってな、まぁ目障りだとは昔から思っていたから殲滅させたのだ

おかげで報酬も素晴らしい額が支払われる、私の国は今よりさらに豊かになるだろう」

 

「その種族とは…………」

 

「魔族なのは分かるが詳しくは分からん、分かっていてもその種族に対して失礼をされたら私も面つぶれだからな、言わないぞ」

 

嘘の情報で多くの仲間を失ったシューヤやジェイドの怒りより、シューヤの鎧の内側でくっついているミラは間違いなく強く憤りを感じていた

それでも飛び出すこともせず、少し震えながらシューヤの体を強く抱き締めている

 

「私の方から運び屋を既に送っている

それはそうと、吸血鬼の王と戦ったのなら、その娘はおらんかったか?」

 

ミラがビクッと動いたのはシューヤはもちろんのこと隣にいるジェイドも気付いた

 

「まだ10歳程のガキならいたけど殺したっすよ」

 

「そうか……」

 

国王は少し残念そうな顔をした後、玉座を勢いよく叩いた

 

「カルアだけに伝えておくのは間違いだったようだな」

 

「カルアに何と?」

 

「吸血鬼は若い時代が長いからな、生け捕りにして私のペットにしようとしたのだ、死ぬまで楽しめるからな

それはお前らに頼むべきことだったな、これは私の失態だ

さて、無駄話もそろそろ良かろう、褒美は何がほしい?」

 

ジェイドはただ金だけ貰えれば構わないと答えたが、シューヤは2年ほど休みが欲しいと頼んだ

 

「そんなんで良いのならお安いご用だ」

 

報酬と国王のいう褒美をもらって城を後にして二人は家に帰った

家といっても馬小屋のようなところで生活を強いられている

報酬では次の装備を整えるのと、食事代で家なんてとてもじゃないが持つことが出来ないからだ

 

「あの糞王め、オレ達を捨て駒にしやがって!」

 

「悔しがるのはわかるけど、ミラちゃんがいるの忘れんなよ」

 

胸のプレートを外してもミラはシューヤから離れようとはしなかった

 

「オレ達を殺してやりたいほど憎いよな……」

 

「誰も殺したくない、誰にも死んでほしくない

あたしは平和にのんびりと生きられればそれで良かったのに

どうしてよ、街の人達は誰も悪くなかったのに、お父様もお母様もみんな死んじゃったのは何でよ!!」

 

シューヤはミラを抱き締めることも頭を撫でることすら出来なく、それでいて何か言えることも無かった

 

「オレらみたいなのは国が大変ならそのために動かなくちゃいけねぇんだよ

特にシューヤは勇者とまで言われてるからな、国の最高責任者がヤれと言ったらヤるしかないんだ

それでいて、オレら人間の方が強かった…それだけのことだろ」

 

「ジェイド!!そんな言い方はねぇだろ!!」

 

「仕方ねぇ事だってあるんだよ!!

おいガキ、嘘みてぇな話だが本当の話だ、よく聞いておけよ

オレとシューヤは別の世界から転生させられたんだ、生まれもっての能力の高さからそりゃ期待され続けてきた

家は持ってねぇけど、他の奴等より納税とか払わねぇ分マシな暮らししてるんだ

不自由だがオレらは国に生かされてるんだよ、王への裏切りはオレらにとって死を意味する」

 

「だからって確かな証拠も無しにあたし達仲間を…吸血鬼を……」

 

ミラが離れたと思うとミラの指先から糸が出てきていて、二人が気付いた頃には完全に拘束出来ていた

少し体を動かそうとすると糸はどんどんと食い込んでいく

 

「動けねぇ……!?」

 

「おい糞ガキ、オレらをここで殺すつもりか?」

 

ミラが5本の指を少し動かすと糸による拘束は簡単に解けた

 

「出来ないですよ、人間を殺すことなんて

それに、あなたがお父様の願いを叶えてくれるんですよね」

 

吸血鬼に罪を擦り付けた者を探すことを再確認するように聞くと、シューヤはミラの頭に手を置いた

 

「それが解決したら、ミラちゃんがオレを殺してくれ

そして、他の奴には手は出さないでほしい

身勝手で傲慢な意見だがお願い出来ないか?」

 

「その時シューヤを殺すなら代わりにオレを殺せ!!

シューヤは生きていなきゃならねぇんだから」

 

「だからってジェイドが殺される必要はねぇだろ!

オレがミラちゃんの親父さんをヤっちまったんだから責任くらいとらせろよ!」

 

「それでもシューヤはダメだ!」

 

少し続いた言い争いに水を差すように、ミラは口を開いた

 

「双方ともに大切に想っているのに、それを割いたりはしませんよ?

それとあたし言ったじゃないですか人間は殺せないって」

 

どういうことか聞こうとする時、3人のお腹が同時に鳴った

 

「あー飯買ってくるわ

ジェイド、ミラちゃんのことよろしくな」

 

「はぁ?どこかで食ってくれば良いだろ…………って

このガキ連れてたらどこにも行けねぇのか」

 

「それとまだしっかりと腕繋がってないんだろ?

いきなり腕が落ちたとかいったら困るからな、そんじゃ行ってくるわ」

 

ミラとジェイドを残してシューヤは馬小屋を飛び出していった

 

数分の沈黙に耐えきれなくなったジェイドから口を開いた

 

「おい糞ガキ、お前親や仲間を殺されたわりには落ち着いてるけど、吸血鬼ってそんなもんなのか?」

 

「あなた達と同じだから」

 

「はぁ?」

 

「あたしも別の世界で死んで、ここに来たんです

だから悲しい気持ちも当然ありますが、年相応の子どものように泣いて暴れることなんてしませんよ

転生先は人間ではなく魔人種、吸血鬼でしたけどね」

 

「おいおいおいおい!嘘だろ?」

 

「いいえ、嘘ではありません」

 

「な、ならこの言葉は読めるか?」

 

ジェイドは適当に日本語で文字を書くと、ミラはそれを普通に読み返した

 

「すげぇな、マジかよ!?あの女……オレら以外にも送ったやついたのかよ」

 

「女?あたしが見たのは男性でしたが……

日本だけでもいくつか区切りで分けていたのでしょうか」

 

「そうかもしれねぇな、それか神々の遊びってやつに無理矢理オレらとお前をぶつけたのか……まぁわかんねぇな

で?お前は何で死んだんだ?」

 

「ストーカーに包丁で刺されました、あなた達は?」

 

「オレとシューヤは部活帰りに二人仲良くトラックにぶつけられてな、目を覚ましたら変な部屋に一緒にいたんだ」

 

懐かしいような話をしているうちにシューヤが戻ってきた

 

「オレがいない間にずいぶん仲良くなったじゃんか」

 

「聞いてくれよシューヤ、こいつもオレらと故郷が同じ異世界人なんだ」

 

「マジで!?」

 

同じような説明をもう一度しながらあまり美味しくはない野菜とパンをかじった

 

「なるほどな、軽々しくミラちゃんとか言ってたけど、死んだとき社会人だったらオレ達より年上ってことか……ですよね?」

 

「こっちの世界じゃあたしの方が後輩なので、気にしなくて良いですから、それとちゃんを付けないでもらえますか?なんだかくすぐったくて」

 

「わ、わかったよ

それでミラはこの先どうするつもりなんだ?」

 

「この国の王を殺します」

 

「お前人を殺さねぇって言ったじゃねぇかよ」

 

「あれは人間何かじゃない!私欲に溢れた化け物です」

 

「だからって相手は国王だぞ?いくら転生者が強いからって簡単に……」

 

「そうですね、あたしはこの国を去って力をつけます

それであいつを殺して繋がりを探します、全部終わったら自殺するのでご迷惑はかけませんから

ここまで連れてきていただいて、食事までありがとうございました」

 

ミラが立ち上がるとリュックを背負い直したとき、ジェイドの短剣が首もとで止められた

 

「国王を殺す宣言されて逃がせる分けねぇだろ」

 

「止めろよジェイド!」

 

「それじゃこれであたしを殺す?

対吸血鬼用の符術が施されていない短剣で」

 

「いや、死なねぇ事くらい分かってんぞ、ただ首跳ねときゃ再生までに多少の時間がかかるだろ」

 

「確かにそうですね、しかも痛覚も存在しますから出来れば斬られたく無いですね

それでは、あたしにこれからどうしてほしいのですか?」

 

「それはまだわかんねぇけど、1人で行くことはさせねぇ」

 

「いいからナイフを下ろせ!」

 

シューヤはジェイドからナイフを取り上げたがミラはその場から逃げようともせずにいた

 

「1人で行けないのなら、あなた達と一緒ならいいの?」

 

ミラはリュックに手を伸ばしてマジックアイテムを取り出した

 

「それは?」

 

「着けた相手を奴隷にするアイテム、どうしても人間の血を欲したら取り付ければ良いってお母様からあたしのために作られた強化版のマジックアイテム、まぁ使用したことはないけどね」

 

「それをオレらに着けるつもりか?」

 

「1つしかないですし、あなた達に着けるつもりは無いですよ」

 

「じゃあそんなもの出して……」

 

ミラはそれを二人に渡した

 

「あたしと一緒に来てほしい、あたし1人で行かせられないなら奴隷としてでも構わない、あたしはここに居たくない」



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