他愛もない日常のメロディー (こと・まうりーの)
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第1部 ~Vanilla's view~
第1話 「序章」


「琴ちゃ、今日の講義が終わったら、ちょっと買い物に付き合って欲しいんだけど」

 

医大で私と同じく先端生命医科学系を受講している友人が声をかけてくる。

 

「うん、いいよ。ところで何を買いにいくの? 」

 

「えーっと、実は新作のゲームなんだけど…」

 

「また? 晶、この前も何かゲーム買ってなかったっけ? 」

 

「この前買ったのはシミュレーションゲームで、今日買うのはRPGなのだ」

 

「どっちも同じゲームじゃない」

 

威張るところじゃないよ、と私は苦笑しながら答える。

 

私は中野琴(なかの・こと)、女子医大生。自分で言うのも何だけど成績はかなり優秀な方で、将来は外科医師を志望している。

 

私と話をしているのは藤村晶(ふじむら・あきら)、小児科医を志望している私の友人で、無類のゲーム好き。特に勉強している様子もないのに成績優秀な天才気質で、更に他人にもゲームをやらせたがるという困った癖がある。先日も「これは名作だから」と言って、『ギャラクシーエンジェル』というゲームをゲーム機ごと私に押しつけてきた。課題の方が忙しくてほとんどやってないけれど。とりあえず主要なキャラクターの名前と顔は一致したかな、っていうレベルだ。

まぁハタ迷惑な友人ではあるが、根はやさしくて気も合うし付き合っていて気持ちがいい。

 

「まぁ、私も新しい幹細胞関連の本が欲しかったから、ついでに付き合うのは構わないよ」

 

「サンキュ、それでこそあたしの親友。それにしても琴ちゃは真面目だね~」

 

「私は晶みたいに天才じゃないの。勉強しないと追いつけないんだから」

 

「…じゃぁないんだけどなぁ…」

 

「ん? 晶、何か言った? 」

 

「んーん、何でもないよー。じゃぁ、後でよろしくね」

 

 

 

その日の夕方、私達は大型のショッピングモールに出かけた。晶のゲーム購入に付き合って、ついでにCDとかも見て、私の目的の本も購入した。今はフードコートで休憩中のはずだったのだけれど…

 

「えー、まだクリアしてないの? 」

 

「だからやっとキャラと名前が一致したところだってば」

 

「早くクリアして、続編のMoonlit LoversとEternal Loversもやっちゃおう~」

 

何故かギャラクシーエンジェル談議に突入していた。

その後、晶は彼女のおすすめキャラである『ランファ・フランボワーズ』について30分近く熱弁をふるうことになった。

 

ちなみに私が最初に興味を持ったのは『ケーラ先生』。医者志望なので、やっぱりそういうところから興味を持つのだろうか。でも攻略対象ではなかった様子だったので、残念ながら諦めることにした。

 

次に気になったのは、ケーラ先生のお手伝いを頻繁にしている『ヴァニラ・H(アッシュ)』という少女。

 

「ふーん、琴ちゃはヴァニラ狙いなのね」

 

「まぁ、親近感っていうのかな? こういうゲームはあまりやったことがないから、興味を持ったキャラで行くのがいいかなって思って」

 

「ふふふ、無印とMoonlit Loversは楽に行けるけどね。Eternal Loversで泣きを見るがよい」

 

「だから、まだ始めたばっかりだってば」

 

「あはは。まぁ、がんばってね。そしてそんなキミには、これをあげやう」

 

晶が鞄から何やらピンク色のキャラクターが付いたキーホルダーを取り出す。鳥とも動物ともつかないフォルムに幼児が落書きで塗りつぶしたような目。そして腹部に赤いZの文字。

 

「これ、何? 」

 

「アニメ版の方のギャラクシーエンジェルに出てくるキャラクターだよ。ヴァニラ至上主義なんだ。正式名称MA347612890GT4078579132RS2400Z17924398TZRS2000自己判断型P35370077753ノーマッド」

 

「覚えてるんだ、そんな長い名前…」

 

「まぁそれはどうでもいいとして。ちょっとこのボタン押して見て」

 

晶に言われる通り、MAなんたらの背中についているボタンを押してみる。

 

『あぁ、ヴァニラさん、最高です』

 

「……」

 

「おおっ、琴ちゃの反応がまんまヴァニラだー」

 

晶も、黙っていれば私なんて比べ物にならないような美人さんなのに、喋り出すといつもこんな感じだ。もういい加減慣れてしまったが。

 

「じゃぁ、そろそろ帰ろっか。明日の法律の講義、予習しておかなくちゃ」

 

医大というのは別に医学だけ勉強していればいい訳では無い。必須科目には法律や運動科学、統計学や英語なども含まれている。ひとしきり雑談した後で私は席を立とうとした。

 

「ホントに琴ちゃは真面目だこと」

 

「何それ? 洒落のつもり? いいわよねぇ晶は医療関連の法律は殆どマスターしてるんでしょ」

 

「ま~ね~」

 

ニッと笑いながらVサインを示す晶。年がら年中ゲームをしているのに、どうしてこう優秀なんだろう。私は思わずため息を吐いた。

 

「ホント、私も晶みたいに要領よく勉強したいよ。今度コツでも教えてくれない? 」

 

「あ!あのさ、琴ちゃ、今まで誰にも言ったこと無かったんだけど…」

 

冗談半分で言った私に、晶はそれまでとは打って変わって真剣な顔つきで声を掛けてきた。

 

「実はさ…あたし、2度目なんだよね…」

 

「は? 何が? 」

 

「えっとね…人生? 」

 

余りにも突拍子の無い言葉に、私の眼は点になった。

 

(っていうか、何故疑問形? )

 

「前世でもお医者さんだったんだよ、あたし。今勉強が出来ているのは前世の記憶があるからで、所謂チートみたいなものなんだ…」

 

思わず晶の額に手を当ててみるが、熱は無いようだ。晶は苦笑いをしながら続けた。

 

「まぁ、普通は信じられないよね。でも冗談とかじゃないんだ。私も前世で患者さんだった子から実は転生者なんです、なんて話を聞いた時は、今の琴ちゃと同じような反応をしたんだよ。もっともその日のうちに事故であたしも同じ経験をすることになったんだけどね」

 

もしそれが本当なら、晶の異常なまでの優秀さは説明がつくけれど、にわかには信じられない話だった。

 

「それでね、その子が何て言ったと思う? 前世は魔法の世界のお嬢様だったんだって!笑っちゃうよね~もう20年近く前のことなのに、何故かはっきり覚えてるよ…って話が逸れちゃったね。あたしが言いたかったのは…」

 

そう言うと晶はじっと私の目を見て言った。

 

「琴ちゃはね、すっごく優秀だよ。たぶん前世のあたしの比じゃないくらい。だからチートのあたしなんかを目標にしないで、自分のペースで勉強していけばいいと思う。琴ちゃならきっと名医になれるから」

 

恐らく晶は彼女なりの冗談を交えて『あまり無理はせず、地道に努力していけば大丈夫』と励ましてくれたのだろう。そう思うと少しだけ気が楽になった。

 

「ふふっ、ありがと、晶」

 

「あー、その顔、信じてないね…まぁいいけどさ」

 

その話はそこでおしまいになり、私達は今度こそ帰路につくために席を立った。

 

「琴ちゃはバスだよね? あたしは電車だからここで」

 

「うん、また明日ね」

 

駅のロータリーで私は晶と別れてバス停に向かった。

 

 

 

その後のことは正直よく覚えていない。バス停に並んでいる私のところに大型のトラックが突っ込んできたような気もするけれど、どうにも記憶が曖昧だった。

 

(他にも人が並んでいた筈…大丈夫…な訳ない。医者の卵なんだから、被害者の応急処置だけでも…)

 

そう思って立ち上がろうとしたけれど身体は全く動かず、そのまま私の意識も暗転した。

 

 

 

=====

 

(病院の天井だ…)

 

目が覚めた私の第一印象。

でもどこか違和感がある。不思議と身体は痛まない…こともないか。頭だけはすっごく痛い。

 

(っ!痛い)

 

口に出したつもりだったけれど、それは言葉にはならなかった。その代りに泣き叫ぶ赤ちゃんみたいな声。と、看護師さんと思われるひとが私の顔を覗き込んだ。

 

「おめでとうございます。元気な女の子ですよ」

 

看護師さんは傍らにいる女性に語りかける。

 

(え? えーっ? ? )

 

混乱する私を余所に、嬉しそうに微笑む女性。これって一体? ?

それにしても…頭痛いよぅ…

 

最初はベッドに寝かされているものとばかり思っていたけど、どうやら私は看護師さんに抱かれていたらしい。最初に感じた違和感の原因はこれか。

 

(って、そうじゃなく!)

 

とにかく状況が全く掴めない。私はたしか晶と買い物に行ってヘンな話を聞かされて…その後どうしたんだっけ?

そうだ、晶と別れた後、バス停でバスを待っていて…その後の記憶が曖昧だ。

 

身体が思うように動かない。かろうじて眼の端にうつった自分の手? はまるで赤ちゃんのように小さくて。その瞬間、晶が話していたことを思い出す。

 

(転生!? ううん、まさか…)

 

傍らでは何やら会話をしている夫婦と思しき男女。看護師さんはその女性に近寄ると、私を手渡す。

ああ、やっぱり。何故かは知らないけど、私の身体は赤ちゃんになっているようだ。

 

ふと見ると、父親と思われる男性が嬉しそうに私を見ている。目があった。途端に嬉しそうな顔が更にデレデレになった感じ。

 

「パパだよ、ヴァニラ~」

 

え?

 

今なんと?

 

「あらあら、結局『ヴァニラ』にしたのね、名前」

 

「あぁ、アリア。この子はヴァニラ。俺たちの娘だ」

 

私の眼は(たぶん)点になった。

 

 

 

=====

 

落ち着け、私。まずは状況を整理しよう。

 

記憶は曖昧だけれど、恐らく私は事故に巻き込まれて死んでしまったのだろう。で、晶が言っていたのと同じように、前世の記憶を持ったまま赤ちゃんとして転生した。

そして生まれ変わった私の名前がヴァニラ…もしかしてヴァニラ・H(アッシュ)?

よく見れば、父親と思われる男性の服装は、明らかに平均的日本人の服装とは異なっている。ぶっちゃけ、コスプレ? みたいな感じ。

 

(いやいや、現実的にあり得ないし。っていうか、むしろこれって夢でしょ)

 

当然のように夢オチを期待する私。何か他に情報でもないかと辺りを見回そうとしたら首がかくんと落ちた。あぁ、まだ首が座ってないのか。すぐに母親と思われる女性が抱き直してくれたけど。

そしたらちょうどいいところでカレンダーらしきものが見えた…が、明らかに日本語じゃなくて読めなかった。アルファベットっぽくも見えるけど、少なくとも英語でもドイツ語でもない。それ以外の言語はあまりよく知らないから何とも言えないけれど。話している言葉は日本語っぽいんだけどねぇ? ちゃんと理解できているし。でも夢ならそんなものかな。

 

「ヴァニラ~今日からお前もH(アッシュ)の家の一員だぞ~」

 

ほら、デレデレとにやけた顔で男性が言ってくる言葉は確かにちゃんと理解できている。

それにしても、やっぱりヴァニラ・H(アッシュ)か。っていうことは、ここはトランスバール皇国なんだろうな…そこまで考えて、やっぱりこれは夢だと結論付ける。うん、晶が見たら嬉しくて舞い上がっちゃうような夢だね、これは。彼女とギャラクシーエンジェルの話をしていたことは覚えているから、たぶんその影響で夢を見ているのだろう。

 

あれ…? でもヴァニラに親がいたっていうお話は聞いたことが無かったような…

 

「ねぇイグニス、執務官補佐の仕事の方は大丈夫なの? 」

 

「ああ、今日はもう帰っていいそうだ。執務官からもお祝いも兼ねて、許可をもらったよ。折角のヴァニラの誕生日だし、午後はゆっくりさせてもらうさ」

 

何やら知らない単語も出てきているけど、まぁいいか。夢ならすぐに醒めるだろうし。

そう思ったら急に睡魔が襲ってきた。夢の中で眠るなんていうのも変な話だ、と思いながら私は眠りについた。

 




作者の医学的な知識はあまりあてになりません。。
もし不快になるような箇所があったら申し訳ございません。。


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第2話 「魔法」

さて、例の夢は全然醒めないまま既に5年が経過してしまった。

 

最初のうちは、都市伝説バージョンの『ドラ○もん』最終回と同じで、現実世界の私は事故で意識不明になっていて、夢の中でヴァニラとして生活しているだけでそのうち目覚めるだろうと思っていたけれど、慣れと言うものは恐ろしいもので、5年も生活していると、もう私はヴァニラとして生きることに何の違和感もなくなって、恐らく転生してしまったのであろうことも受け入れてしまっていた。尤もさすがに転生のことを他の人に話す気にはなれなかったけれど。

 

今、私は父親であるイグニス・H(アッシュ)と母親であるアリア・H(アッシュ)の一人娘として、普通に生活している。そして今の私の髪は緑色で瞳は赤。容姿はギャラクシーエンジェルのヴァニラ・H(アッシュ)によく似ている。もっともゲーム登場時のヴァニラよりもずっと幼いし、髪型も縦ロールポニーじゃなくて、ストレートのセミロングという違いはあるが。

 

違いと言えば、私が今暮らしているのはトランスバール皇国ではなく、第1管理世界ミッドチルダの首都クラナガンと呼ばれる都市。そして驚いたことに、この世界には当たり前のように魔法が存在するのだ。

因みにこの世界にもナノマシンのようなものはあるらしいのだけど、ゲーム内でヴァニラが使用するナノマシンとはだいぶ趣が異なり、人体の欠損部分を補ったり修復したりするというよりは、枯れた土地などに散布して作物などを収穫できるような土地に復活させる、いわば人工のバクテリアみたいなものだった。

 

ミッドチルダの言葉は最初のうちは話していることは日本語として理解できるのに、文字が読めないっていう不思議な状態だったが、実は話し言葉は翻訳魔法というもので万人が理解できるようになっていたらしい。改めて勉強してみると結構英語に似たものであることが判り、2歳を過ぎたころには完全にマスターしてしまっていた。

 

かつて医学生だった私は魔法世界における医療に興味を持ち、色々と調べてみた。ミッドチルダの医療技術は前世のものと比べても遜色ない、というかむしろそれよりも進んだもので、前の世界では不可能とまで言われていた脳の再生についても基礎理論が存在しているほどであったが、それ以上に私を魅了したのが回復魔法の存在だった。

 

この世界の魔法はプログラムのように確りとした理論に基づいた術式を構築し、そこに術者が精神エネルギー=魔力を注入することで発動する。プログラムが膨大で複雑になるほど高度な術を発動できるが、術者が使用する魔力も大きいものになるため、魔力の少ない人は簡単な魔法しか使用できず、逆に魔力が多い人は高等魔術を行使できることになる。注入する魔力さえ確保できれば、他の人が構築した術式を使用して同じ魔法を行使することも可能になるわけだ。

 

尚、魔力の大小にかかわらず術者の限界を超えた高度な魔術を行使できるように補助をしてくれる「デバイス」と呼ばれるものも存在する。大抵の魔導師は使用しているのだが、さすがにまだ5歳程度の私に購入できるようなものではないし、詳細は本で読んだ程度のことしか知らないけれど。

 

そして私が興味を持った回復魔法は、基本的には患者の代謝機能を高めて自己治癒能力を活性化させるものだ。これは応用次第で病気療養や解毒などにも活用できる。但しゲームなどのように瞬間的に回復させるようなものではなく、患者自身の体力に依存する部分も大きいことや、何より一定以上の医療知識が必要になるため、治癒術師はなり手が少ないのだそうだ。これは、魔力を持つ人は大抵戦闘系の魔法に走ってしまい、医療知識を学ぶよりも戦闘に関わる知識を重視するためらしい。

 

これを知ったとき、私はこの世界で治癒術師を目指すことに決めた。

 

それからは暇さえあれば魔導書や医学書を読み漁った。幸い父親が時空管理局という、この世界の警察組織みたいなところに勤務する魔導師だったこともあって、その手の書物は家にもたくさんあったし、医学書は図書館などで閲覧自体は可能だったから、私は3歳の頃には既に本の虫だった。父親と母親が、そんな私を複雑な面持ちで見ていたことを今でも覚えている。

 

 

 

新暦38年。クラナガンにはいくつか魔法学校もあり、私は今年からそのうちの一つに通っている。

ただ魔法学校とはいってもさすがにいきなり実際の魔法は使わせてくれない。最初の2年はきっちり理論から入るのだそうだ。あいにくと私は3歳の頃には既にこの手の理論はマスターしてしまっていたから、今更復習するのも面倒な話だったが、医大にしても最初から臨床医学を教えてくれる訳では無く、まずは基本的な人格形成から実施するものだし、使い方によっては恐ろしい武器にもなる魔法の使い手を育成するのだから当然といえば当然だろう。

 

そんな私は周りからは「天才」として認識されていたが、明らかに浮いた存在だった。琴としての記憶があったことも周りとの壁を作る原因になっていたかもしれない。話をするクラスメートがいないわけじゃないけれど、どうも周りの方が遠慮してしまっている感じでギクシャクした関係になってしまっている…ただ一人、家の隣に住んでいる、私より1つ年下の遠慮のない親友を除いて。

 

「ヴァニラ、また魔導書なの? 」

 

アリア母さんが苦笑しながら聞いてくる。

 

「うん…でもやっぱり本を読んでるだけだとなんかピンとこないなぁ。ちょっとアリシアちゃんのところに遊びに行ってくるね」

 

「晩御飯までには戻るのよ」

 

 

 

=====

 

うちの隣に住んでいるプレシア・テスタロッサさんとは、今の私の親友、アリシアちゃんと仲良くなったことで知り合った。なんでも伝説的な大魔導師だってアリシアちゃんが自慢げに言っていた。

初めて会ってお話した時に、プレシアさんは私に魔導師としての素質があることを教えてくれた上、折を見て私に魔法のことをいろいろ教えてくれるようになった。

 

「いい? 学校ではまだ座学だけで本格的な実践はしていないかも知れないけれど、魔導師はみんな体内に存在するリンカーコアっていう器官を持っているの。それが大気中の魔力を体内に取り込んだり、放出したりすることによって魔法を行使するのよ。そしてこのリンカーコアの容量は魔導師としての資質にも直結するの」

 

プレシアさんは魔法の基礎から実演を交えて優しく教えてくれる。私の手を取ると、鳩尾よりも少し上のあたりに当てて、何かつぶやく。ちなみにアリシアちゃんはお昼寝中だ。

 

「あ…何か心臓みたいな、でも少し違うようなのが脈を打っているみたいな感じです」

 

「それがリンカーコア。今ちょっと魔力を活性化させる魔法を使ってみたの。その感覚を覚えておいてね。慣れてくると周りにいる人の魔力も感じることができるようになるわ。さて、次は…」

 

<ヴァニラちゃん、聞こえる? >

 

突然プレシアさんの声が頭の中に響く。あれ? 今プレシアさんは特に喋っている様子はなかったけど…あ、そうか。これが本で読んだ「念話」だ。意識を集中させてそれに答える。

 

<はい。これが念話ですか>

 

<そうよ。いきなりで発信までできるなんて、結構勉強しているのね>

 

褒められて、ちょっと照れる。念話というのは、魔導師であればだれでも受信できるものだが、発信については受信先の絞り込みや広域念話などの設定が若干複雑で、最初はデバイスを介在させて実施する方が慣れやすいらしい。

 

「さて、じゃぁ次はランクEくらいの簡単な盾の魔法を使ってみましょうか」

 

教えられた方法で体内の魔力を集中させると、私の前に魔力の盾が浮かび上がった。

 

「それはアクティブ・プロテクション。初級の防御魔法よ」

 

初めて自分で発動させた魔法にちょっと感動した。

 

「あの、回復魔法とかもできるんですか? 」

 

「ええ。でも術式の構築がちょっと複雑になるから、それはもう少し慣れてからにしましょうね」

 

回復魔法も使えそうなことが判って、嬉しくなる私。

 

「今度、あなたの魔力資質を測る端末を用意しておくわ」

 

「はい、お願いします」

 

その数日後には端末の準備ができたらしく、私はプレシアさんと一緒に彼女の研究室に向かった。

 

 

 

ところでアリシアちゃんにはリンカーコアはないそうだ。リンカーコアがなければもちろん魔法を行使することはできないが、そういう人は実はミッドチルダにもたくさんいるのだそうだ。

いや、むしろリンカーコアが無い人の方が多いくらいだろう。だから魔法が使える一部の人達は優遇されるし、将来を嘱望される。

 

でも魔法が使えないからといって差別されるわけでもないし、何よりプレシアさんの愛情を一身に受けて明るく元気に育っている私の友人はとても幸せなんだろうな、と思う。

そういえば、私のお母さんにもリンカーコアはないのだそうだ。

 

 

 

結論から言うと、魔力に関しては、私は記憶のチート以上に天才的だったらしい。プレシアさんが測定した私の魔力資質はAA+とのこと。

 

「それなりに大きい魔力だとは思っていたけど、5歳でこの数値だと将来的には相当なランクになりそうね」

 

「それって、すごいことなんですか? 」

 

正直魔力ランクのこととかよく判らない私はプレシアさんに尋ねた。

 

「そうね、末恐ろしいくらい」

 

恐ろしい、というその言葉とは逆に、プレシアさんの笑顔はとても優しかった。

 

「あと、人によっては希少技能(レア・スキル)っていう、特殊な能力が顕現することもあるのだけれど、それには別の検査が必要だから、またの機会にしましょうね」

 

「判りました、ありがとうございます」

 

「素質は十分だし、これからもいろいろ厳しく指導していくわよ」

 

「よろしくお願いします!」

 

私はプレシアさんの頼もしい言葉に感謝しつつ頭を下げた。

 

 

 

=====

 

それから私は頻繁にアリシアちゃんの家に遊びに行き、アリシアちゃんが遊び疲れてお昼寝を始めると、プレシアさんに魔法を教わるようになった。まぁ、プレシアさんがお仕事でいないときはアリシアちゃんと一緒にお昼寝したりしていたけれど。プレシアさんは数年前に旦那さんと離婚して、女手一つでアリシアちゃんを育てていたので、お仕事の際にはうちのお母さんがアリシアちゃんを預かったりして、家族ぐるみでお付き合いするようになっていた。

 

そんなある日の朝。

 

「ヴァニラちゃん、ヴァニラちゃん!」

 

「どうしたの…って、それ猫? 」

 

泣きそうな顔でうちに駆け込んできたアリシアちゃんはひどい怪我を負った大きな猫を抱えていた。プレシアさんは今日お仕事の都合で遅くなるそうで、アリシアちゃんは午後からうちに来ることになっていた。お母さんは買い物に出ている。

 

「たぶん、他の動物に襲われたんだと思う。かわいそうだよ。助けられないかな? 」

 

「ひどい怪我…このままじゃ助からない。でも」

 

私は獣医の知識はないけれど、このまま放置すれば間違いなく目の前の生命の灯は消えてしまうだろう。私は最近になってようやくプレシアさんから教えてもらった初歩の回復魔法を準備する。まだまともに行使したことはないけれど。でも助けられるものなら助けたい。翠色の魔力光が猫の傷口を照らす。だが、身体の表面にある傷は徐々に塞がりつつあるものの、体内の組織にまで達した傷は容易には回復できない。

 

「ダメ、これじゃ追いつかない」

 

猫の怪我は深く、初級回復魔法では効果が薄いようだった。アリシアちゃんは目に涙をいっぱい浮かべて私を見つめている。考えろ、私。ミッド式の魔法は術式の構築次第で強力になる。それと同時に中野琴だった頃に医大で受けた再生医療の講義が頭をよぎる。

 

(骨髄から血管内皮前駆細胞、間葉系幹細胞、造血幹細胞を生成して欠損器官を再生)

 

そして既存の回復魔法で代謝を限界まで促進して体力も回復できるようにすれば!

その瞬間、まるでパズルのピースがはまったような気がした。即座に基本術式を魔法陣として展開し、詠唱を開始する。詠唱が進むにつれて新たな術式が魔法陣に記述されていく。

 

「リコルテ…ハーベスト…デッセ…スーリエ…グエリス…ブレス…レクセプト…大地の豊穣、女神の微笑。傷を癒し生命を繋ぎ止めよ!『リジェネレーション』!!」

 

口をついて出たのは再生を意味する詠唱。さっきよりも強い魔力光が猫を包む。

どのくらい経ったのだろうか、かなりの魔力をつぎ込んだ気がする。ふと見ると、傷口の完全に塞がった猫が、若干弱弱しくもアリシアちゃんの手を舐めていた。後は猫の体力次第だが、術式に体力回復を促進させるものも組み込んであるし、恐らくは大丈夫だろう。

 

「ヴァニラちゃん、すごいよ!」

 

嬉しそうに笑うアリシアちゃんをみているとこちらも嬉しくなる。そして、初めて教えられたものではない、独自の回復魔法を構築したこともあって、私自身もちょっと興奮しているところがあった。この世界でも私は他の人の命を救うことができるかもしれない。いや、実際に放っておいたら死に至っていたであろう命をつなぎとめることができた。そしてそれが無性に嬉しい。ゲーム内のヴァニラ・H(アッシュ)も、もしかしたらこんな気持ちで治療していたのかな、と少しだけ思った。

 

ちなみに内臓を含めた欠損部位の再生魔法はもとより、それに伴う代謝促進を体力回復と同時に行うこの魔法がSSランクを超えるもので、現在のミッドチルダには事実上行使可能な魔導師がいないこと、そしてなぜAA+の私が格上の魔法を、しかもデバイスなしで行使することができたのかを知ったのは、ずっと後の話である。

 

結局アリシアちゃんはその猫にリニスという名前を付けて飼うことにしたようだ。大きな猫だと思っていたら、どうやら山猫だったらしい。

 

こうしてテスタロッサさん家に、家族が増えた。

 

 

 

=====

 

年が明けて、新暦39年1月。私の6歳の誕生日はアリシアちゃんとプレシアさんも招待してパーティーをすることになった。

 

「ヴァニラちゃん、はい、プレゼント♪」

 

リニスを抱いたままアリシアちゃんが渡してくれたのは大きなピンク色のぬいぐるみだった。

 

(こっ…これは!)

 

鳥とも動物ともつかないフォルム。幼児が落書きで塗りつぶしたような目。お腹には赤い「Z」の文字。

 

「MA34…なんたら」

 

「え? 何か言った? 」

 

「ううん、ありがとう。これアリシアちゃんの手作り? 」

 

「そうだよ!かわいいでしょう」

 

改めてその物体を見直す私。これ、かわいいかなぁ?

 

「そ、そうだね。かわいいね。ありがとう」

 

これで『あぁ、ヴァニラさん、最高です』とか話し出したら怖かったけど、幸いこれはただのぬいぐるみのようだ。

 

「あと、これは私からね」

 

プレシアさんが緑色の宝石みたいなもので出来たペンジュラムをくれた。

 

「きれい…ありがとうございます」

 

私がペンジュラムを受け取ると、どこからともなく男性のものと思われる声が聞こえてきた。

 

≪Please let me know your name, Miss.≫【貴女のお名前を教えて下さい】

 

その声がペンジュラムから聞こえてくることに気付くまでにたっぷり1分はかかってしまった。

 

「これって、まさかデバイス? 」

 

プレシアさんはにっこり笑ってうなずいた。

 

「まだ組み上げたばかりで名称登録していないの。あなたの好きな名前をつけてあげてね」

 

「ありがとうございます!」

 

改めてお礼をいうと、ペンジュラムに向き直る私。私の初めてのデバイス。緑色の宝石。ぴったりだ。

 

実は私は将来デバイスを持ったら絶対にこれにしよう、と決めていた名前があった。まぁ、晶の影響を受けたとも言うけれど。

 

「私の名前はヴァニラ・H(アッシュ)。そしてあなたの名前はハーベスターよ」

 

≪Thank you for naming me, Miss H. “Harvester”, registered.≫【ありがとうございます、H(アッシュ)さん。『ハーベスター』登録しました。】

 

「名字じゃなくて名前で呼んでくれると嬉しいな」

 

≪All right, Miss Vanilla.≫【了解しました、ヴァニラさん】

 

嬉しくなって文字通り小躍りする私の横で、イグニス父さんがプレシアさんと話をしていた。

 

「わざわざすみません、こんな高価なものを頂いてしまって」

 

「いえ、実は以前いくつかデバイスを作ったときに用意しておいた予備パーツに余剰があったものですから。倉庫に眠らせておくよりは使ってあげた方がいいでしょうし、あまり気になさらないで下さい」

 

「ありがとうございます。それにしても大したものですな。テスタロッサさんが組んだのですか」

 

「ええ。AIを搭載している分、処理速度は若干遅くなるけれど、ヴァニラちゃんほどの素質があれば大丈夫でしょう。ただ、あまり身体がしっかりできていない幼児の場合、デバイスを使った大出力魔法を使い続けることで身体を壊したりする恐れもありますから、段階的なリミッターをかけてはいますけどね」

 

「インテリジェント・デバイスですか。オーバーSランク魔導師にしてデバイスマイスターとしても一流とはさすがですな」

 

まじまじとハーベスターを見つめるお父さん。舞い上がっている私はちょっとだけいじわるしてみる。

 

「だーめ。お父さんには貸してあげないよ」

 

「いやいや、お父さんにはインテリジェント・デバイスよりもストレージ・デバイスの方が向いているよ。処理速度は惜しいからね」

 

そうやってはしゃいでいると、一緒に笑っていたアリシアちゃんが口を開いた。

 

「ねえママ。次の誕生日には、私妹が欲しいな」

 

「「「え”? 」」」

 

一瞬の空白の後、プレシアさんとお父さん、そして私の声がハモった。

 

「あら、そしたらヴァニラがアリシアちゃんの妹になってあげたら? 」

 

お母さんが料理を持って居間に入ってくる。

 

「ちょ、お母さん。それって私に『ヴァニラ・テスタロッサ』になれってこと? っていうか、私の方が年上なんだけど? 」

 

「年上っていっても、半年しか離れてないじゃない。それに今の雰囲気を見ていたらアリシアちゃんの妹って言われても違和感ないわよ? 」

 

笑いながらお母さんが言う。プレシアさんとお父さんもなんだか苦笑してるよ。

 

「うーん、ヴァニラちゃんは大好きだけど、やっぱりいつもはお姉さんかな…でも今、はしゃいでるヴァニラちゃんを見てたら、すっごくかわいくて、こんな妹が欲しいなって思ったの」

 

年甲斐もなく? はしゃいじゃったことをちょっと恥ずかしく感じる。

 

「それに妹がいれば、ママのお手伝いもいーっぱい出来るよ? 」

 

「そうねぇ、さすがに次の誕生日には難しいかもしれないけど、そのうちね」

 

「ホントに!? 約束だよ!」

 

苦笑しながらのプレシアさんの言葉に、本当に花が咲くような笑顔が広がる。

 

「ええ、約束」

 

苦笑はやがて普通の笑顔に変わり、家の中に笑顔があふれる。

きっと今はテスタロッサ家とH(アッシュ)家で、一つの家族なんだ。

笑顔が笑顔を呼んで、私の顔もほころぶ。

 

この幸せな時がいつまでも続きますように。

 

 

 

=====

 

デバイスを貰ってからというもの、私は以前以上に魔法にのめりこんでいた。プレシアさんにも協力して貰って、学校が終わると自宅の庭などで魔法の講習を受ける日々。

 

「ハーベスター、セットアップ」

 

≪Stand by, ready. Barrier jacket deployed.≫【スタンバイ完了。バリアジャケット展開】

 

バリアジャケットを身に纏う。デザインはヘッドギアこそつけていないものの、ゲーム版ヴァニラ・H(アッシュ)の制服姿を模したものになっている。本当ならデバイスの起動にはやたらと長い呪文が必要なのだが、最近ハーベスターは簡単に私の意図を読んでくれるようになった。プレシアさん曰く、私がデバイスにマスターとして認められつつあるのだそうだ。そういえば最近、ハーベスターも私のことを「マスター」と呼んでくれる。

 

「オッケー、じゃぁ次は飛行魔法行ってみようか」

 

≪No, master. Flying is prohibited at Cranagan City.≫【ダメですマスター。クラナガン市街地での飛行魔法は禁じられています】

 

いきなり拒否られた。そういえば街中での飛行魔法の使用は緊急の場合を除いて禁止されているって聞いたことがあるような。

 

「自宅の庭なんだから、ちょっとくらいいいんじゃ…」

 

≪It is for your safety, master Vanilla.≫【マスターヴァニラ、これはあなたの安全のためです】

 

「うー、じゃぁ代わりにブリッツアクション!」

 

≪All right, “Blitz Action”.≫【了解しました。『ブリッツアクション』】

 

瞬時に私の身体は正面に立っていたプレシアさんの隣に移動する。そのまま次の詠唱。

 

「ライトニング・バインド!」

 

稲妻のような翠色の魔力光がプレシアさんに纏わりつき、物理的に拘束する。本来ならAAAランクの魔法だが、ハーベスターのサポートで何とか使えるようになった魔法だ。それでもプレシアさんは笑顔のままあっさりとバインドを解いてしまう。

 

「詠唱速度はだいぶ上がったけれど、魔力の割に少し強度が弱いわね。もう少し術式をいじってみてもいいかもしれないわ」

 

「ありがとうございます。後で術式を見直してみます」

 

「でもスフィアプロテクションの方はとても良くなったわ。『アブソリュート・フィールド』だったかしら? 」

 

「はい、物理的なものは完全に遮断出来て気密性も高いから、海の中でも30分は持つと思います」

 

「あら、海底探査でもするつもりなの? 」

 

「いえ、移動はできないので探査はちょっと無理かと」

 

プレシアさんが呆れたように笑う。

 

私がスフィアプロテクションを再構成して編み出したアブソリュート・フィールドは防御系魔法の一つだ。外部との物理的干渉を完全に遮断するからプレシアさんにも言った通り、海中でも30分から40分程度は持つ。これは一人の人間がその中で呼吸できる限界だ。酸素供給ができるならもっと長時間の維持が可能だろう。ちなみに魔力遮断性能についてはプレシアさんの攻撃魔法で2回目までは思いっきり罅が入ったものの、何とか防げている。

 

「攻撃系の魔法はまだまだ甘いけれど」

 

「でも争い事をしたいわけじゃないし、攻撃はそんなに強力じゃなくても」

 

「そうね、でも覚えておいて。ミッドチルダの治安はそれなりにいいとはいっても決して安全じゃない。それにあなたほどの魔力があれば、管理局は放ってはおかないでしょう。将来管理局に入局することになれば犯罪者の違法魔導師と戦うこともあるでしょうし、他の世界に行くこともあるかもしれないわ。その時、そういった魔法は必ずあなたを守ってくれる」

 

時空管理局。

先日晴れて肩書から補佐が取れて、執務官になったイグニス父さんが働く職場であり、プレシアさんもアリシアちゃんが生まれる前に一時期所属していたことがあるらしい。さすがにたった6歳の幼女をスカウトしにくることはないみたいだけど、10歳前後の子供が当たり前のように働いているという話も聞く。

 

私の魔力資質はAA+で、しかもこの値は成長とともに高まるのだそうだ。順調にいけば20歳前後でSクラスにも届く可能性があるらしい。学校の方でも3年に上がる時には魔力資質の測定があって公式に記録が残るとのことなので、近いうちにオファーが来るのかもしれない。

まぁ、お父さんと同じ職場で働くのも悪くないかも、と心の中で呟く。

 

≪It is hold water. Master should better to learn how to attack more.≫【プレシア女史の言われることは正論です。マスターはもう少し攻撃についても学ぶべきです】

 

「はいはい、わかりましたよー」

 

ハーベスターに諭されてしまった。

プレシアさんは微笑みながら続ける。

 

「マルチタスクはそれなりにできているみたいだから、最後にプラズマ・シューターの練習をして、今日の練習はおしまいにしましょう」

 

「誘導弾ですか…直射タイプならまだ何とかいけるんだけどなぁ」

 

「はい、我儘いわない。こちらのプロテクションを破ってみてね」

 

プレシアさんがアクティブ・プロテクションを展開する。

 

「じゃぁ行くよ、ハーベスター」

 

≪All right. “Plasma Shooter” is ready.≫【了解です。『プラズマ・シューター』準備完了】

 

私の周りに複数の帯電したスフィアが現れ、プレシアさんに向かって放たれる。が、プレシアさんのプロテクションに届くどころか、あっさりとかわされてしまう。

 

≪Please hold back.≫【コントロールを】

 

「わかってる」

 

かわされてしまったプラズマ・シューターの軌道を制御し、再びプレシアさんに向かわせる。ようやくプレシアさんのプロテクションにいくつかの誘導弾が届いたところで家の中から声がかかった。

 

「ヴァニラちゃん、ママ、ご飯出来たよ~」

 

アリシアちゃんだった。今日はアリシアちゃんが私のお母さんを手伝ってご飯を作ってくれていて、その間にプレシアさんに魔法の練習をしてもらっていたのだ。

 

「ありがとう、アリシア。じゃぁ、今日はここまでね」

 

「はい、ありがとうございました」

 

ちょうど一区切りついたこともあって、私たちは家に入ることにした。

 



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第3話 「呪い」

「なんだ、ヴァニラまだ起きているのか? 」

 

お父さんが声をかけてきた時、私は丁度図書館で借りてきた医学書を読んでいるところだった。時計を見ると、もう22時になろうとしている。

 

「あ、もうこんな時間だったんだ…うん、もう寝る」

 

「勉強に精を出すのはいいが、あまり無理はするんじゃないぞ。お前くらいの年齢だと確り食べて、よく寝て、身体を作ることの方が大事なんだからな」

 

少し呆れたような表情でお父さんが言う。前世ではよく徹夜で勉強などもしたものだが、6歳になったばかりの今の身体は矢張り睡眠を必要としているようで、瞼はかなり重くなっていた。

 

≪Your awareness level is currently 1, master. You would be better to have asleep at once.≫【意識レベル1です。即刻お休みになることを推奨します】

 

「ほら、ハーベスターもこう言っていることだし、明日も学校があるんだろう? 」

 

「大丈夫、もう寝る…よ」

 

一度意識してしまうと眠気はどんどん強くなり、私はそのままベッドに倒れこんだ。お父さんがため息をついた記憶を最後に、私の意識は途絶えた。

 

 

 

翌朝、学校に行く支度を整えて朝食を摂っていると、お母さんとお父さんが話しかけてきた。

 

「ねぇヴァニラ。昨夜お父さんとも話したんだけど、やっぱり貴女くらいの年齢の子はちゃんと寝ないとダメだとおもうのよ」

 

「勉強自体が悪いとは言わないが、これからは21時を過ぎたら読書禁止だぞ」

 

「うん…ごめんなさい」

 

自業自得な訳だから返す言葉もない。転生前とちがって正に育ち盛りの今、勉強すればするほど身につくのが楽しくて、ついつい時間が経つのを忘れてしまいがちになってしまうのだが、それで身体を壊してしまっては元も子もない。両親の言い分は正論だろう。

 

「それにしてもヴァニラはすごいな。昨夜読んでいた本、お父さん少し見てみたんだが、全く判らなかったよ」

 

「また医学書なんでしょう? どんなものを借りてきたの? 」

 

「えっとね、脳神経外科学の間脳や下垂体、傍鞍部に特化した…」

 

「…もう、その時点で何を言っているのか意味不明だよ…」

 

お父さんは頭を抱えてしまった。

 

「なぁ、ヴァニラ。医学書が悪いっていう訳じゃないんだが、お父さんとしては、出来ればもうちょっと歳相応の…そうだなぁ、童話とか絵本とかも読んで欲しいものなんだがなぁ」

 

「そうねぇ。学校の先生からも、学業は優秀だけど、他の子達と遊んでいるところを見たことがないって言われてるし」

 

それは事実だった。クラスメートとはジェネレーションギャップというか、あまり話が合わず、必要最低限の話しかしていない。友達と呼べるのは無条件に慕ってきてくれるアリシアちゃんくらいで、学校には友達はいなかった。

 

「お父さんとしては、ヴァニラが天才だって騒がれているのが嬉しくない訳じゃないが、出来れば普通の子達と一緒に元気に育ってくれる方が嬉しいんだ。これはお母さんも同じ意見だよ」

 

お父さんの言葉にお母さんも頷く。それにしても、ちょっと学業の出来がいいと天才扱いされるのはこの世界でも同じようだ。チートのようなものなのに天才扱いされるのは胸がチクチクと痛んだ。恐らく晶も同じように思っていたのだろう。

 

「お父さん、お母さん、『10歳で神童、15歳で才子、20歳を過ぎるとただの人』っていう言葉、知ってる? 」

 

2人共、聞いたことが無い様子で、顔を見合わせている。

 

「あのね、20歳くらいの人がやっても当たり前のことを、10歳の子供がやると周りは天才だって騒ぐの。でも、それは他の人より成熟が早いだけで、その子が20歳になって同じことをやっても、それは普通のことなんだって」

 

両親はよく判っていない様子だったが、さすがに転生のことまで話すのには未だ躊躇いがあった。『貴方達が育ててくれた子供は、実は中の人が違うんです』などと言ってもいい気分はしないだろうし、それが元で親子関係を壊してしまうこともイヤだった。

私はこの時既にヴァニラ・H(アッシュ)として生きていく覚悟を決めていたし、今の両親のことは大好きだったからだ。

 

「私はちょっとだけ他の人より精神的な成熟が早かっただけ。天才っていうのとは違うと思うんだよね」

 

苦笑しつつそう言って、この話はお開きになった。朝食を終えると私は学校に向かい、お父さんは管理局に出勤した。

 

 

 

その日の放課後、帰宅するとアリシアちゃんが家にいた。どうやらプレシアさんがまた仕事の都合で少し遅くなるとのことで、晩御飯までは家で過ごすらしい。

 

「ヴァニラちゃん、おかえりー。一緒に本読もう!」

 

「うん、いいよ」

 

そう言ってアリシアちゃんが持ってきたのは1冊の童話だった。私の書架に置いてあるのは魔導書や医学書の類が殆どで、アリシアちゃんに読み聞かせても面白くないだろうと思い、2人で一緒に童話を読むことにしたのだが、読んでみて驚いた。

 

童話の内容は、次のようなものだ。旧暦よりも前の時代に、とある世界から転送事故で未開の世界に漂着してしまった女の子が現地の老夫婦に拾われて育てられることになる。この女の子はブライトナイト(輝く夜)と名付けられ、美しく成長するのだが、その後何人もの求婚者を退けて、最終的には元の世界に戻ってくるのだ。

 

(輝く夜って…どう考えても輝夜…かぐや姫だよね)

 

おまけに元の世界に戻った後も、彼女を諦めきれなかった未開世界の男性の一人が、彼女を追いかけてくるなんて言う後日談まで記載されていた。ここにこんな童話があるっていうことは、私が中野琴だった頃に住んでいた世界とミッドチルダに何らかの関係がある可能性がある。

 

別に今更戻りたいとは思わないが、何らかの繋がりがあるのなら、知っておきたかった。

 

「ヴァニラちゃん、ヴァニラちゃん大丈夫? 」

 

集中し過ぎていた所為か、アリシアちゃんが声を掛けてくれていたのに気付かなかったようだ。

 

「あ…うん、大丈夫だよ」

 

「ホントに? 何かお顔が真っ青だよ? アリアママ~」

 

ちなみに、アリシアちゃんは最近プレシアさんのことを「ママ」と呼び、うちのお母さんのことを「アリアママ」と呼ぶようになっている。

アリシアちゃんは、私が止める間もなくお母さんのところにかけて行ってしまった。

 

お母さんはすぐにやってくると、心配そうに私の顔を覗き込んだ。

 

「本当、顔色が悪いわ。ヴァニラ、少し休みなさい」

 

「ご飯になったら、起こしてあげるね」

 

お母さんとアリシアちゃんに、半ば強引に寝室に連れてこられた私はとりあえずベッドに横になった。

 

(竹取物語が実話だったって考えるよりは、作者の人が琴と同じ世界の出身って考えた方が自然よね…私と同じように転生しているのかもしれないし、もしかしたら行き来する手段があったりするのかも)

 

横になっていると多少落ち着いてきた。そう言えば時空管理局は数多の世界を管理していると聞いている。その中の一つが元の世界だっていう可能性もある。

 

「ハーベスター、『ブライトナイト』について、何か知ってる? 」

 

≪Sorry, but I do not have any knowledge regarding “Bright Night”.≫【申し訳ありませんが、その知識はありません。】

 

アリシアちゃん達が退室した後、ハーベスターに確認してみたが、返事は芳しくなかった。尤も魔法行使のサポートに特化したデバイスなのだから、童話の知識なんて最初からあまりあてにはしていなかったけれど。

 

(今夜にでもお父さんに聞いてみようかな)

 

そう思い目を閉じると、私はいつしか眠りについていた。

 

 

 

アリシアちゃんに起こされて、ご飯を食べにダイニングに向かうと、お父さんも帰宅していた。

 

「お父さん、お帰りなさい」

 

「ただいま。もう体調はいいのか? 」

 

「うん。もう平気。でね、あとでちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 

「ああ、じゃぁ食後にな」

 

その後プレシアさんも戻って、みんなで食事をした。

 

 

 

元々執務官というのは事件捜査や各種調査などを取り仕切る職業で、所属部隊における事件及び法務案件の統括担当者となる。執務官となるための認定試験は難関であり、資格を持つ者は重宝されるのだそうだ。ただその反面、仕事量は非常に多くなる…らしい。

 

「っていう話を聞いたことがあるんだけど、お父さんって結構家にいるよね? 」

 

「凶悪事件が起こればそうも言っていられないけれど、最近は平和だからな。回ってくる仕事も簡単なものばかりで楽だよ。でも来週から二か月くらいは家に帰れなくなりそうなんだ」

 

「あら、もしかして次元航行艦にでも? 」

 

「ええ、次元航行部隊への出向が決まりまして。手当は多くなりますが、家族に会えなくなるのはつらいものですな」

 

「あら、でも次元航行部隊に出向って言うことは、それまでの実績が認められたっていうことでしょう? 」

 

どうやらお父さんは、私が思っていた以上に優秀な局員だったらしい。そう言うとプレシアさんは「執務官だと言うだけでも十分エリートなのよ」と教えてくれた。

 

その後、食事を終えたプレシアさんとアリシアちゃんは自宅へと帰って行った。洗い物は殆ど私とアリシアちゃんで終わらせていたので、お父さんとお母さん、私はリビングで寛いでいた。

 

「で、何だい? お父さんに聞きたいことって」

 

「お父さんは、『ブライトナイト』って知ってる? 」

 

「ああ、有名な古典童話だからな」

 

「古典…そんなに古くからあるお話なの? 」

 

「ああ、少なくとも100年、200年といったレベルじゃないかな」

 

「それじゃぁ作者の人は…」

 

「『ブライトナイト』の作者は不詳だった筈だよ」

 

そういえばアリシアちゃんが持ってきた本にも作者名は記載されていなかった気がする。これでは舞台になった世界のこともきっと判らないだろうと思っていると、お母さんから予想外の答えが返ってきた。

 

「確かいろんな童話の研究をしている人がいて、以前何かで読んだんだけど『ブライトナイト』の舞台になったのは第97管理外世界なんだって」

 

「管理…外? 」

 

「ああ、魔法文明が存在していない、管理局が不干渉の世界のことだよ。第97は確か『地球』と言ったかな」

 

まるでハンマーで殴られたようなショックを受け、私は思わず立ち上がっていた。

 

「ねぇ、そこ!そこって行くこと出来るのかな!? 」

 

「ん? 何だ、そんなに『ブライトナイト』が気に入ったのか? 」

 

「違うの、そうじゃない、そうじゃないの!」

 

「少し落ち着きなさい、ヴァニラ。貴女、今日ちょっと変よ」

 

お母さんに宥められ、改めてソファに腰を下ろす。お父さんは私の顔をじっと見て、話し始めた。

 

「基本的に別の世界への一般人の渡航は禁止されている。管理世界であっても、許可が必要なんだ。これが管理外世界となると、許可が下りる可能性は極めて低いだろうな」

 

「そうなんだ…」

 

「なぁ、そんなに『ブライトナイト』に入れ込む理由を教えてくれないか? 」

 

渡航許可を貰うにはよっぽどの理由が必要なのだろうが、両親に転生のことを伝えるのは相変わらず躊躇われた。私は取り敢えず、物語の舞台に興味を持ったというような曖昧な答えをしてお茶を濁すことにした。お父さんは完全には納得していないだろうが、その場はそれで何とか収まった。

 

「じゃぁ、その童話研究家の人に会うことって出来ないかな? 」

 

「うーん、それくらいなら何とかなるかな。明日にでも局のデータベースで調べてみるよ」

 

「ありがとう、お父さん!」

 

翌日お父さんは約束通り研究者の人に週末のアポイントメントを取ってくれて、私はその研究者の人と会うことが出来るようになった。両親も同行しようと申し出てくれたが、どのような話になるのか判らないこともあり、お父さんに仕事を休ませるわけにもいかなかったので、今回は私が我儘を通して1人で会いに行くことにした。

 

 

 

その週末、私はプレシアさんとの魔法の練習をお休みして、童話研究者の人に会うためにミッドチルダ西部にあるエルセアというところに向かった。

その人はアレイスター・スクライアという人で、元々は遺跡などを発掘して出土品を売ることで生計を立てている一族の人らしい。発掘中の事故で両足を失い、その後は古文書の調査をしていたそうだが、そのうち色々な童話のルーツに興味を持ったのだそうだ。

 

話の内容から、念のためハーベスターもスリープモードにしておき、記録を残さないようにする。

 

「それにしても随分と可愛らしいお嬢さんが訪ねてきたものだね。初めまして。僕がアレイスター。アレイスター・スクライアだよ」

 

車椅子の男性が差し出してきた手を握り返す。

 

「初めまして。ヴァニラ・H(アッシュ)といいます」

 

「さてと…H(アッシュ)執務官から少し話は聞いているよ。『ブライトナイト』のことについてだったかな」

 

「えっと、『ブライトナイト』と言うよりは、その舞台と思われる世界についてお伺いしたいのですが」

 

「第97管理外世界だね。どうしてそんなことに興味を持ったんだい? 」

 

私はとりあえず転生のことを少しぼかして話すことにした。

 

「実は私には別の人格の記憶があります。その記憶では、私は『地球』の『日本』という国に住んでいました」

 

アレイスターさんは少し目を細めるて私のことを見つめた。

 

「成程、『日本』か。それで『ブライトナイト』を読んで驚いた訳だね。あちらには『タケトリモノガタリ』っていう、似たような話があるらしいからね」

 

「そこまでご存じなんですね」

 

「ああ、この世界にも第97管理外世界の出身者はいるからね。大方、昔『日本』からこちらに来た人が広めた話を、更に脚色したものが『ブライトナイト』の原型だろうね」

 

「でも渡航は難しいという話を聞きましたが」

 

「そりゃぁ、申請してもまず許可は下りないだろうね。でも『ブライトナイト』のような転送事故もないわけじゃないし、それに現地にもごく稀に魔力を持っている人がいるらしくてね。そうした人が管理局にスカウトされたりすることもあると思うよ」

 

「じゃぁ、管理局には『地球』から来た人もいると…」

 

「ああ。僕が知っているだけでも、『インゲリス』だったかな? そう言う名前の国から来たっていう人がいた筈だ」

 

「…『イギリス』でしょうか」

 

「そうそう!『イギリス』だったよ。僕は直接面識がある訳じゃないんだけれどね。もし会いたいなら、H(アッシュ)執務官に仲介して貰ったらいいんじゃないかな? 」

 

「ありがとうございます。その方のお名前は判りますか? 」

 

「ああ…確かギル・グレアム執務官長だったかな」

 

グレアム執務官長…長が付くのだから、お父さんの上司に当たる人なのだろう。出身はイギリスのようだが、その内お話しできれば、と思う。

 

「ところで君のその…別の人格の記憶っていうのは、どうやって手に入れたんだい? 記憶転写の理論はどこかの論文で読んだことがあるけれど、あれは元々人工生命体に別の人間の記憶を転写するというような内容で、そもそも倫理的にも問題があったし…」

 

「記憶の転写…そんなことが出来るんですか? 」

 

「ああ。確か『Fabrication of Artificial-life and Transferring-memory Engineering』(人工生命体の構築及び記憶の転写工程)っていう論文だったかな。でも君は見たところ普通の人間だし、仮にも法を守るべき管理局の、それも執務官の娘が法に触れる人工生命体とは考えにくいからね」

 

少し逡巡した後、私は晶から聞いた話と、中野琴としての私に起こったことを纏めて伝えることにした。アレイスターさんは更に目を細めつつ、私の話を真剣に聞いてくれた。

 

「あの…この話は他言無用でお願いします。特にうちの両親には内密にお願いしたいのですが」

 

「転生か…にわかには信じられない話だけれど…まぁ、あまり他人に吹聴するような話じゃないとは思うけど、どうしてご両親にまで? 」

 

「今の私はヴァニラ・H(アッシュ)で、中野琴ではありません。私は今の両親が好きですし、こんな話をしたら今の関係が壊れてしまうかも知れないと思うと、とても切り出せません」

 

「成程、そう言う事ならこの話は内密に」

 

アレイスターさんは悪戯っぽく笑ってウインクをした。

その後、私はアレイスターさんに自分が知っている日本のことを色々と教えて、アレイスターさんは管理外世界だけでなく、色々な管理世界についても話してくれた。お話をしながら、アレイスターさんはメモのようなものを書いていた。

 

「いろいろありがとうございます。学校でもこういったことはあまり教えて貰えないので、助かります。またその内、お話を聞きに来てもよろしいでしょうか? 」

 

「次か…うん、次があればね。構わないよ。さて、今日は少し遅くなってしまったし、そろそろ帰った方がいいね。生憎と僕はこの足だから駅まで送ってあげることは出来ないが」

 

「いえ、お気になさらないで下さい。それよりも今日はありがとうございました」

 

お別れを言う私にアレイスターさんは一枚のメモを渡してくれた。

 

「これは? 」

 

「大したものじゃないよ。さっき話をしていた時に思いついて書いたものだ。帰宅したら読んでくれればいい」

 

「判りました。ありがとうございます。では失礼しますね」

 

態々家の前まで出てくれたアレイスターさんに見送られ、駅へと向かう。エルセア駅で両親に帰宅する旨を伝えると、私はクラナガン行きの快速レールの発車時刻を確認し、切符を買ってから列車に乗った。

 

「ハーベスター、もういいよ。スリープモード解除」

 

≪Good morning, my master. Have you spent a fruitful time? ≫【おはようございます、マスター。有意義な時間を過ごせましたか? 】

 

「もう夕方だけどね。色々なお話を聞けて良かったよ。ちょっと疲れたから少し寝るね。クラナガンに着く前に起こしてくれる? 」

 

≪Sure. Please take a rest well.≫【了解しました。ゆっくりお休み下さい】

 

快速レールの心地良い揺れも相まって、私は直ぐに眠りについた。

 

 

 

夢を見ていた。アレイスターさんが優しく微笑みながら、私に手を振っている。ただそれだけの夢。でも何故か言いようのない不安に襲われて私は目を醒ました。

 

≪Are you OK? It will take around 30 more minutes to arrive Cranagan.≫【もうよろしいのですか? クラナガンまではまだ30分ほどかかりますが】

 

「うん、ありがとう。大丈夫だよ」

 

ハーベスターに答えると、私は別れ際に手渡されたメモを開いてみた。

 

---今日は貴重な話を聞かせてくれてありがとう。ふと思ったんだけど、転生の話はもしかすると何らかの魔力か、呪いのような力を持っているのかもしれない。君はもうこの話を他の人にすべきじゃないね。実証するには検証例が少なすぎるし、偶然と言うことも十分考えられるが、この話を聞いた人が漏れなく直後に転生していることが気にかかる。

 

もしかすると近いうちに僕に万が一のことがあるかもしれない。でもそうなったとしても、君には一切の非はないから気にしないようにね。むしろ今の記憶を保持したまま、新しい人生が送れるかと思うと、わくわくするよ。足も治るかもしれないしね。

 

もし僕が生きていたら、その時はまたお話しでもしよう。では元気で---

 

メモを読み終えた私は晶が話をしてくれた内容を思い返してみた。彼女は話を聞いたその日のうちに事故で転生したと言っていた。私も晶から話を聞いたその日のうちに事故で転生している。もし本当に転生の話が呪いのようなものであれば、アレイスターさんも今日中に他界してしまう可能性があるということだ。不安が大きくなり、気が焦る。

 

本人はそれを望んでいるような感じでもあったし、気にするなとも言われたが、私の話のせいで人が亡くなるのは矢張り複雑だった。

 

(考えすぎだったらいいな…またお話ししたいし)

 

≪Master, we will arrive Cranagan in 5 minutes. Please get ready.≫【5分ほどでクラナガンに到着します。支度して下さい】

 

ハッと我に返る。ハーベスターにお礼を言うと私は荷物を纏めた。アレイスターさんに渡されたメモは4つ折りにして私以外が開けないように封印魔法をかけておく。

 

快速レールを降り、改札を抜けるとお父さんが迎えに来てくれていた。

 

「ヴァニラ!大丈夫だったか? 」

 

「初めてのお遣いじゃないし、一人でも快速レールくらい乗れるよ」

 

「そうじゃなくて、さっきニュースでスクライア氏の自宅にトラックが突っ込んで、彼が亡くなったって」

 

予想していなかった訳では無いが、こんなにも早くに事態が動いたことには驚いた。だが考えてみれば私の時も話を聞いて晶と別れた直後に事故が起きている訳だし、かなり即効性が高い呪いなのかもしれない。

さっきまでお話をしていたアレイスターさんの笑顔が脳裏をよぎり、思わず涙がこぼれる。今となっては、アレイスターさんが幸せな転生をしていることを祈るばかりだった。一度涙が溢れると、私はそのまま暫く泣き続けた。お父さんはそんな私の肩を優しく抱いて、車に連れて行ってくれる。

 

そして私は二度と転生の話を他の人にしないことを心に誓った。

 




プロジェクトFATEの元になる論文名はオリジナルです。。
「ブライトナイト」は「Bright Night」です。「Bright Knight」ではありませんので、別に巨大ロボットに乗ったりはしません。。


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第4話 「魔力駆動炉」

お父さんが次元航行部隊に出向して、暫く経ってからのこと。

 

「引っ越し? 」

 

プレシアさんが言った言葉を思わず復唱してしまった。

 

「ええ、お仕事が忙しくなってしまって、なかなかうちに帰れなくなりそうなの。だからアリシアと一緒に、職場の寮に入ることにしようと思って」

 

「あら、別にうちでアリシアちゃんを預かってもいいのよ? 」

 

お母さんがプレシアさんに冗談めかして言う。

当のアリシアちゃんはといえば、目に涙をいっぱい浮かべてプレシアさんを見ている。

 

「さすがにそこまで面倒をかけるわけにもいかないし。それに、できるだけこの子のそばにいてあげたいのよ」

 

「ねぇママ、リニスも連れて行っていい? 」

 

「ええ、もちろんいいわよ」

 

「…じゃぁ一緒にいく」

 

アリシアちゃんが寂しそうに、そしてつぶやくように答えた。

ふと気になったので聞いてみる。

 

「あの、引っ越し先の寮ってここから遠いんですか? 」

 

「いいえ、郊外とはいっても同じクラナガンだから、かかっても快速レールで30分程度ね」

 

そのくらいなら、遊びに行くのも問題はないだろう。

 

「アリシアちゃん、遊びにいくよ」

 

「うん、絶対だよ。待ってるから」

 

途端にアリシアちゃんの顔に笑顔が広がる。

 

(うん、大丈夫。そのくらいの距離なら転移魔法で…」

 

≪Master Vanilla, I guess you are thinking of an illegal method.≫【マスターヴァニラ、違法手段を行使しようとしているように見えるのですが】

 

「デ、デバイスに心を読まれた!? 」

 

「ヴァニラちゃん、普通に口に出てたよ? 」

 

どうやらアリシアちゃんより私の方がよっぽど動転していたらしい。たしかに簡単な転移魔法ならともかく、トランスポーターのような長距離転移を緊急時以外に街中で使うのには問題があるだろう。

 

気を落ちつけてからよく見ると、プレシアさんの笑顔はいつもの包むような優しいものではなく、どことなく陰りがあるようにも見えた。

 

「あの、プレシアさんもしかして疲れてませんか? 」

 

「ええ、ちょっとね…でも大丈夫」

 

いつも笑顔でいるプレシアさんの印象が強いだけに、今のプレシアさんの表情を見ているのはつらい。日頃から暇さえあれば魔法の練習に付き合ってもらっていることも影響しているに違いない。そんな罪悪感もあった。

 

「すみません、私にはこんなことしかできないけど…ハーベスター、お願い」

 

≪Sure. “Relaxation Heal” is ready.≫【はい。『リラクゼーション・ヒール』準備】

 

最近構築した、回復魔法の一種。リジェネレーションから一部を切り取って派生させた、体内の抵抗力を高め自己治癒力を向上させる簡単な魔法だけど、疲労回復にも役立つはず。実は先日お母さんにも使って、疲れが取れたって言われたから効果は間違いない。翠色の魔力光がプレシアさんを優しく包んでしばらくの時間が経過する。

 

「ありがとう、だいぶ楽になったわ」

 

プレシアさんが言うと、アリシアちゃんも安堵したように微笑んだ。

やっぱりこの家族には笑顔が似合う。

 

その日の夜、次元航行中のお父さんから連絡があった。任務中の映像データ送受信は検閲が入るそうなので、リアルタイムでのやり取りが難しいらしく、音声のみだった。私はお父さんにテスタロッサ家の引っ越しのことを伝えた。

 

『そうか、寂しくなるな』

 

「別に遊びに行けない訳じゃないから、私は大丈夫だよ。それよりもお父さんお仕事大丈夫なの? 」

 

『ああ、最近補佐についてくれた部下がとても優秀でね。楽が出来ているよ。クライド・ハーヴェイ執務官補っていう、まだ若い男の子なんだが…将来のお婿さん候補にどうだい? 』

 

「お父さん、寝言は寝て言ってよ…冗談言うだけなら切るよ? 」

 

『ははは、悪い悪い。じゃぁ、ちょっとお母さんに代わって貰えるかい? 』

 

「うん、判った。そしてそれが、私がお父さんと交わした最後の言葉だったのです…」

 

『おいおい、それはさすがに洒落にならんぞ? 』

 

「べー、さっきの仕返しだよ。じゃぁお母さんに代わるね」

 

私はSound Only表示になっているディスプレイに向かってそう言うとお母さんを呼ぶ。いつになく自分自身の言動が子供っぽいな、と思いながら私は自分の部屋に戻った。久し振りのお父さんとの会話で、少し寂しさを紛らわせたかったのかもしれない。たぶん、お父さんもそれが判っていたから、あんな冗談を言ってくれたのだろう。

 

私は翌日の学校の支度を済ませると、ベッドに潜り込んだ。

 

 

 

=====

 

アリシアちゃんの6歳の誕生日を待たずに、テスタロッサ家はプレシアさんの職場の寮に引っ越していった。

アリシアちゃんはぽろぽろと泣いていたけど、またすぐに遊びに行くから、というとちょっとだけ微笑んだ。

 

で、私達的にはそれなりに感動的なお別れをしたはずなんだけど。

実はその後、学校が休みの日はほとんど毎週のようにアリシアちゃんのところに遊びに行っている私がいたりする。

 

お母さんに聞いた話だと、プレシアさんはどうやら使えない前任者からろくな引き継ぎも受けないまま、とあるプロジェクトの責任者にされてしまったらしい。寮には帰ってはくるものの、アリシアちゃんが起きている間に戻ることは珍しいくらいで、アリシアちゃんも相当落ち込んでいる様子だ。きっとプレシアさんにも疲れが溜まっているはず。

 

(よくない傾向だなぁ)

 

医学生の頃の知識なんか無くても、明らかに好ましくない状態だった。次に遊びに行く時は学校も春の長期休暇に入っている筈だから、お泊りしてまたプレシアさんにリラクゼーション・ヒールをかけてあげることにした。

 

 

 

私がお泊りに来た日も、プレシアさんの帰宅は遅かった。軽く挨拶を交わし、リラクゼーションヒールを発動する。

 

<ありがとう。気持ちいいわね、この魔法。マッサージを受けてるみたい>

 

眠っているアリシアちゃんを起こさないように、念話で会話を続ける。

 

<お望みでしたら物理的なマッサージもできますよ>

 

<ふふ、大丈夫よ。疲れもだいぶとれたし>

 

そう言ってはいるが、プレシアさんは明らかに疲れが残っている様子だった。私の魔法は肉体的な疲労を回復するはずだけど、それはあくまでも緩やかなもので、疲労の度合いが大きい場合は急激に回復させることは出来ない。それに精神的な要因がある場合は一朝一夕には解消困難だろう。

 

<…あまり無理しないで下さいね>

 

<そうね。ありがとう>

 

ありきたりな言葉しかかけられない自分の力不足が悔しい。

 

<今回のプロジェクトが完了したら、アルトセイムあたりにいってのんびりしようかしらね>

 

<南部の森林地帯ですね。行ったことはないけど、いいところなんですか? >

 

<ただの田舎だけど、自然が豊かで私は好きよ。機会があればあなたも遊びに来て頂戴>

 

<ぜひお邪魔させてもらいます>

 

<さあ、もう遅いわ。あなたももう休みなさい>

 

<はい。おやすみなさい、プレシアさん>

 

<おやすみなさい。いい夢を>

 

アリシアちゃんの隣にそっともぐりこむ。リニスもどこからともなくやってきて、アリシアちゃんと私の間で丸くなった。

おやすみ、二人とも。

 

 

 

翌朝、目が覚めた時にはもうプレシアさんは出かけた後だった。アリシアちゃんと一緒に用意されていた朝食を食べる。

 

「ヴァニラちゃんは魔法学校に行ってるんだよね? 」

 

「うん、でもまだ基本座学ばっかりで退屈。まぁ初級の魔法はほとんどプレシアさんに教えてもらっちゃったし、たぶん魔法の授業が始まっても退屈だとは思うけど」

 

私が通っている学校はクラナガン・セントラル魔法学院という、初等部5年、中等部3年で構成されるエスカレーター式の学校だ。正直プレシアさんに教わったのは初級どころか中級、下手したら上級に分類される魔法も含まれるので、いきなり中等部にいっても通用するかもしれないが。飛び級試験も真剣に検討しようかと思う。

 

「私も来年から学校だけど、魔法学校じゃない普通の学校だし…」

 

「大丈夫。永遠に会えなくなるわけじゃないし、きっとお友達もたくさんできるよ」

 

プレシアさんは今のプロジェクトが完了したらアルトセイムあたりに行きたいって言っていたし、必然的にアリシアちゃんもそっちの学校にいくのだろう。それにしたところで永遠に遊びに行けないくらい、致命的に遠いわけでもない。

 

「そうだよね、また遊べるよね!」

 

アリシアちゃんの無邪気な笑顔は私の清涼剤だと思う。私の方がお姉さんということもあって、守ってあげなくちゃ、っていう気になる。

 

「ねぇ、ヴァニラちゃん魔法見せて」

 

「うん、いいよ。じゃぁ…」

 

ふと周りを見ると、リニスが顔を洗っている。

 

「ハーベスター、ヒールスフィア生成」

 

≪All right, “Heal Sphere” generated.≫【了解。『ヒールスフィア』生成】

 

翠色の小さなスフィアが複数リニスの周りに形成される。待機モードのままでもこの程度の魔法は発動できる。リニスがじゃれるように手を伸ばすと、スフィアは小さな光の粒になって消えた。それにびっくりしたのか、リニスはあわててアリシアちゃんの膝の上に飛び乗る。

 

「大丈夫だよ、はじけても回復効果しかないから」

 

「びっくりしちゃったんだよねー、リニス」

 

二人でくすくすと笑う。

 

「他にも見たいー」

 

「はいはい。ハーベスター、セットアップ」

 

≪Stand by, ready. Device mode.≫【スタンバイ完了。デバイスモード】

 

着ていた水色のワンピースをバリアジャケットに変更し、ハーベスターを待機モードから錫杖の形態に変える。

これだけでも見た目は十分ハデな魔法なのだが、ついでにアリシアちゃんやリニスも中に取り込んだ形でアブソリュート・フィールドも展開してみた。この完全物理結界は半透明な翠色の障壁を持ち、まるで宝石の中にいるような気がするのだ。

 

「きれい…あ、そう言えばね、ヴァニラちゃん。私今ママに魔法のこといろいろ習ってるんだよ」

 

「え、そうなの? 」

 

「うん。ハーベスターみたいなデバイスを作ったりいじったりしたいなって」

 

「デバイスマイスターだね。じゃぁアリシアちゃんがマイスター資格を取ったら、ハーベスターのメンテナンスもお願いしようかな」

 

「うん、任せて」

 

アリシアちゃんが微笑みながら障壁に触れようとした時、あたりが眩い光に包まれた。それと同時にあまりにも膨大な魔力が部屋に満ちるのを感じる。直感的に障壁を解いてはいけない、と思った。障壁の外で何かが軽くはじけるような音が聞こえてくる。

 

「何? これ何の音? 」

 

「魔力反応っぽいけど何が起きてるのかは判らない…でも、今は結界を解除しない方がよさそう。部屋に異常なくらい、魔力があふれてる」

 

唐突にプレシアさんから念話が届いた。

 

<ヴァニラちゃん!聞こえる!? >

 

<プレシアさん!一体何があったんですか? >

 

<無事なのね? よかった。アリシアもいるの? >

 

<はい。たまたまアブソリュート・フィールドを使っていたら、急に部屋中に魔力があふれて>

 

少しの静寂のあと、プレシアさんは続けた。

 

<いい? 落ち着いてよく聞いて頂戴。実は今私が設計を担当していたヒュードラ…魔力駆動炉が暴走してエネルギーが大量に漏れているの>

 

<え…プレシアさんは大丈夫なんですか? >

 

<ええ、こちらも完全遮断結界を張ったから大丈夫。だけど結界を解いてはダメよ。今粒子状のエネルギーが大気中の酸素と反応して周囲に呼吸可能な空気がない状態になっているの>

 

<…!他の人たちは大丈夫なんでしょうか>

 

<研究スタッフの安全は確保できたわ。民間については、市街からは離れているけれど…被害状況は判らないわ>

 

<そうですか…>

 

<救助には管理局も来てくれる。20分もすればエネルギーも切れて、30分もしたら呼吸可能な濃度にまで酸素が回復するはずだから、それまで何とか持ちこたえて>

 

<ハーベスター、どう? >

 

<≪It will be very difficult. Currently, “Absolute Field” holds Oxygen for Alicia, Linith and master, but it will last only for around 15 minutes.≫>【難しいでしょう。現在『アブソリュート・フィールド』が確保している空気でアリシアさん、リニスさん、マスターが呼吸を続けられるのは15分程度です】

 

その言葉を聞いて目の前が真っ暗になったような気がした。

 

<プレシアさん…今のアブソリュート・フィールドだと内部の空気は人間一人で30分…多く見積もっても40分が限界です。今はアリシアちゃんと私の他にリニスがいて、しかも展開してから数分経過しています。持って15分程度でしょう>

 

<移動は…できないのだったわね>

 

<フィールドを維持しつつ、トランスポーターを発動することはできると思いますが>

 

<それは危険よ。暴走しているエネルギーは魔力に影響するの。念話のように使用魔力が極端に少ないものなら影響も殆どないけれど、トランスポータークラスの魔法だと影響を受けて正確な座標に飛べない可能性が高いわ。下手をすれば虚数空間に落ちてしまうこともある>

 

<フィールドを解除してアリシアちゃんを抱いたまま呼吸可能な場所まで一気に飛行するのは…>

 

<他人を抱いた状態での飛行は姿勢制御が困難よ。通常の速度と比較しても2/3も出ない筈。それに暴走エネルギーは飛行魔法にも干渉するでしょうね>

 

心配そうに私を見つめるアリシアちゃんに、プレシアさんから念話が届いていることを伝え、安心させる。もちろん今が危機的な状況であることは伏せてだが。

 

<今のままだと確実にこちらの酸素が持ちません。でもアリシアちゃんとリニスだけならギリギリ持つ可能性がある…私だけがトランスポーターで移動すれば、みんな助かるかもしれない…だよね、ハーベスター>

 

<≪Yes, your understanding is correct, master. But…≫>【はい、その認識で齟齬ありません。ですが…】

 

<ダメよ、ヴァニラちゃん!それは危険すぎる>

 

<ハーベスター、アブソリュート・フィールドを固定、30分後に解除>

 

<≪…≫>

 

<ハーベスター>

 

<≪All right. “Absolute Field” fixed.≫>【了解。『アブソリュート・フィールド』固定】

 

<ヴァニラちゃん!>

 

<すみません、プレシアさん。お母さんにもごめんなさいって伝えて下さい>

 

少しの沈黙の後で、深いため息と共にプレシアさんが答える。

 

<わかったわ。でもそれは無事に帰ってヴァニラちゃん自身の口で伝えなさい>

 

ええ、死ぬつもりはないよ。だって、私は生きるために選択したんだから。

最後に私はアリシアちゃんに声をかける。

 

「アリシアちゃん、今アブソリュート・フィールドを固定したの。30分後に自動解除される」

 

「え…それってどういう…? 」

 

「落ち着いて聞いてね。今フィールドの外は魔力の暴走で空気がなくなっているの」

 

「……」

 

「30分後には復旧するみたいだけど、それまで中の空気が持たない。でもアリシアちゃんとリニスだけなら大丈夫だから…私だけ移動魔法で外に飛ぶの」

 

「イヤだよ、ヴァニラちゃん、それなら私も一緒に」

 

「それはダメ。危険すぎるの。暴走した魔力の影響を受けて、どこに飛ばされるかわからない」

 

「……」

 

「ここにいるのがあなたとリニスだけなら大丈夫なの。でも私がいると間違いなく全員死ぬ」

 

アリシアちゃんが縋るような目で私を見つめる。

 

「これは賭けだけど。全員が生き残るためにはこれしか方法がないの。お願い、判って」

 

アリシアちゃんはどうにも納得できていないような表情だったが私は説得を続け、最終的には漸く覚悟を決めた様子で頷いてくれた。

 

「ハーベスター、トランスポーターを」

 

≪…”Transporter” activated.≫【…『トランスポーター』起動】

 

私の足元に魔方陣が展開され、翠色の魔力光があふれる。座標は…無駄かも知れないけれど、私の自宅を指定した。

 

「じゃぁ、またね、アリシアちゃん」

 

次の瞬間、アリシアちゃんが私にしがみついてきた。

 

「アリシアちゃん!? ダメだよ!もう転送が始まる!」

 

「やだ!嫌だよぅ!!」

 

私はアリシアちゃんを振りほどこうとしたが、そのままトランスポーターからあふれた魔力光が私の視界を閉ざした。

 

四肢が引きちぎられるような感覚に襲われる。台風の中、海に飛び込んだらこんな感じなのかもしれない。それは明らかに通常のトランスポーターとは違う感覚だった。

左手でハーベスターをしっかり握りしめ、右手でアリシアちゃんの身体を抱きしめて、荒波に耐えるように体を丸める。

 

せめて「壁の中にいる」なんてことにならなければいい…そう思いながら私は意識を失った。

 




ちょっと短くなってしまいました。。
序章よりは長いですが。

これからも各話の文字数はばらばらになる予定です。。


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第5話 「管理外世界」

(病院の天井だ…よね? )

 

気が付いた私は、病院と思われるベッドの上にいた。どうやら壁の中にいるようなことはなかったようだ。

 

「ああ、気がついたみたいね。大丈夫? 」

 

看護師さんだろうか、私を見つめる女性がいる。ぼーっとしていた頭が次第にはっきりしてくる。

 

「あ…えっと言葉わかるかな? はぅ…どぅゆぅふぃーる…? 」

 

「って、すみません!魔力駆動炉の暴走はどうなりました!? アリシアちゃんは!? 」

 

「は…? 」

 

あわててとび起きようとして、上半身を起しただけなのに立ちくらみになる。

 

「っ…ハーベスター、状況を教えて」

 

<≪Master, please calm down.≫>【マスター、落ち着いて下さい】

 

何故か念話で返してくるハーベスター。ふと周りをみると、さっきの看護師さんがぽかんとした顔で私を見ている。そしてその後ろには知らない男の人。こちらもビックリした顔だ。

ハーベスターはペンジュラムの状態で枕元にあるナイトテーブルの上に置いてあった。

 

<≪Judging from the situation, here must be one of Non-TSAB administrated world. Master might have been transcended the dimension due to magic stream overdrive.≫>【状況から判断して、マスターは暴走した魔力流にのまれ、管理外世界に次元跳躍したものと思われます】

 

緑の宝石が明滅し、ハーベスターからの念話が届く。その意味を理解するまでに数秒かかった。

 

<…えぇーっ!? >

 

どうやら私達は暴走した魔力の影響でトランスポーターの制御に失敗して、管理外世界に飛ばされてしまったらしい。

管理外世界っていうことは、魔法文化がないということだ。その状況で魔法関連の情報を流布することはご法度である…と、たしかお父さんの書斎にあった時空管理局の資料にも書いてあったような気がする。

 

ぎぎぎ…という擬音をたてるような感じで看護師さんの方を振り返ると、さっきのビックリした顔とは違って、何やら心配そうにこちらを見ている。

まずい。本気でまずい。何か良い言い訳は…

 

「あ、あの…大丈夫? 」

 

「え、えっと、あの…スミマセン!何か夢を見てたみたいで。あの…ここはどこでしょう? 」

 

「あぁ、ここは海鳴大学病院よ」

 

私の苦しい言い訳を信じてくれた様子の看護師さんが答えてくれる。病院名は私の知識には無いものだった。

 

「ウミナリ? 」

 

「ええ。それにしても外国の子かと思ったら日本語大丈夫なのね。よかった。私英語ダメだから」

 

…ちょっと待て。ニッポンって…あの日本?

っていうか、私ミッド語で話しているはず…あ、翻訳魔法が自動発動しているのか。

 

「あなたの名前は? お父さんとお母さんは? お家はどこ? 」

 

矢継ぎ早に質問してくる看護師さん。答える前にまず自分の身体を確認する。肩より少し長めの緑色の髪、明らかに幼児の体型。貫頭衣のような病院服に着替えさせられてはいるが、間違いない。私はヴァニラ・H(アッシュ)だ。まぁ、ハーベスターも念話で答えてくれているし。一瞬、中野琴に戻ったんじゃないかとも思ったけれど、すぐにその考えを振り払う。

 

「そうだ!アリシアちゃん!!あの、私の他にもう一人女の子がいた筈なんですが」

 

「ええ、そっちのベッドで寝ているわよ。まだ目を醒ましてはいないけれど、外傷は特にないし、大丈夫だと思う」

 

看護師さんの答えを聞き、慌ててそちらを確認すると、そこにはたしかにアリシアちゃんが寝ていた。こちらも病院服に着替えさせられている。

 

「もう食べられない~」

 

とお約束のような寝言を言いながら寝返りを打つ彼女を見て、私はホッと安堵の息を吐く。

 

<ハーベスター、翻訳魔法の効果をアリシアちゃんにも適用。出来る? >

 

<≪Yes, it is possible. But she needs to stay with you at least 5 meters radius.≫>【可能です。但し、マスターの半径約5m以内に居る必要があります】

 

<それでいいよ。あと、この世界には魔法は存在しないものと考えて。翻訳魔法を固定したら待機モードのままスリープ。私が許可しない限り念話以外の発言も禁止ね>

 

<≪Sure. I am transitioning to sleep mode.≫>【了解。スリープモードに移行します】

 

ハーベスターをスリープモードにしつつ、看護師さんの質問に改めて日本語で答える。

 

「えっと、私はヴァニラ・H(アッシュ)といいます。両親は…両親は…」

 

だが本当のことを話すわけにもいかず、ここで口籠ってしまった。

 

(いきなりピンチです…病院に収容された見た目外国人の6歳児に保護者もいなければ身分証明もなくて、日本円すら持っていません)

 

一瞬「一過性健忘」っていう言葉が頭をよぎる。

 

「あの、すみません。ちょっと私まだ状況が理解できてなくて。何が起こったのかよくわからないんですが、どうして病院にいるのでしょう? 」

 

「あなた達、臨海公園で倒れてたのよ。この人が救急車を呼んでくれたの」

 

そう言うと、さっきから後ろにいた男の人を示す。なんだか腑に落ちない、みたいな表情で私を見ているけど、助けてくれたのならお礼は言うべきだろう。

 

「それはご迷惑をおかけしてすみません。ありがとうございました」

 

「いや…別に当たり前のことをしただけだけど」

 

ちょっと照れたように言う。見たところ高校生か大学生くらいで割とハンサム。と、そのハンサムさんが聞いてきた。

 

「あの、さ。失礼かもしれないけど、君何歳? 」

 

「6歳ですが…」

 

「本当に? いや、たしかに見た目もそんな感じだけど。うちの妹は小学2年生で7歳なんだけど、君の方が全然しっかりしてるように見えたから」

 

「は…」

 

たしかに、言われてみれば今までの受け答えはどう考えても6歳児のそれではないだろう。精神年齢の成熟が早いミッドチルダではあまり意識してなかったけど、これは猛烈に失敗したかもしれない。

 

「まさか、どこかの組織に飲まされた薬のせいで幼児になった高校生、とか? 」

 

「は? なんですか、それ? 」

 

「あ、いや、冗談だから」

 

どうやら悪い人ではなさそうだ。名前を尋ねると、「高町恭也」とのこと。高校生なのだそうだ。看護師さんの話によると、どうやら高町さんは私が目覚めるまで態々待ってくれていたらしい。ただ行き倒れを拾っただけで何のメリットもないのに、なんて親切な人だろう。

 

その後しばらく高町さんと話をしながら、マルチタスクで必死に言い訳を考えていた。何しろ会話が一段落すれば確実に看護師さんからの質問が続行されるはず。

 

「じゃぁ、もう大丈夫みたいだし俺はこれで失礼します。後はよろしくお願いします。ヴァニラちゃん、元気でね。あとそっちのアリシアちゃんだっけ? 彼女にもよろしく」

 

高町さんが看護師さんに挨拶したあと、私に笑いかける。

 

「はい…本当にありがとうございました」

 

改めてお礼を言い、高町さんに別れを告げると、私は看護師さんからの質問に備えた。

 

 

 

真っ先にアリシアちゃんの安否を尋ねたことから、全てを「一過性健忘」で押し通すのには無理があるだろう。かといって、本当のことを全て伝えたところで信じて貰えないどころか妄想癖か虚言癖持ちと思われるのがオチだ。

 

まずは「何が起きたのか、よく判らない」という姿勢を貫くことにし、両親については口をつぐんで話さないことにした。嘘の話をしたところで、調べられてしまえばすぐにボロが出ると思ったからだ。

 

(後でアリシアちゃんが目を覚ましたら事情を説明して、下手なことを言わないようにしないと)

 

この世界で私達の捜索願なんて出ていないだろうし、パスポートすら持っていない私達はどこから来たか、なんて調べても判らないはず。さすがに6歳程度の幼児を「どこでもいいから国外に強制退去」なんてことにはならないだろう。入院費用については、自治体にもよるが「救急医療費損失補填」みたいなものがあるだろうから心配ないはず。

 

(…血税だけどね。納税者のみなさま、本当にごめんなさい)

 

そうこうしていると、急にアリシアちゃんが声を上げた。

 

「あれぇ…? ヴァニラちゃん。ここどこ? 」

 

「あ、アリシアちゃん、よかった。目が醒めたんだね。すみません、彼女、少し情緒不安定な所があるので、少し2人だけで話をさせてもらえませんか? 」

 

看護師さんには悪いが少し席を外して貰うようにお願いすると、彼女は快諾してくれた。若干罪悪感もあるが、今はそれどころではない。看護師さんが出て行って、部屋の外に人の気配がないことを確認すると私は翻訳魔法を切って、ミッド語でアリシアちゃんに語りかけた。

 

「簡単に状況だけ説明するね。私達は転送事故で管理外世界に飛ばされてしまったみたいなの。さっきの人たちとの会話から、たぶん第97管理外世界だと思う」

 

「管理外世界って? 」

 

まずはそこからか。私は知っている限りの情報をアリシアちゃんに判りやすいよう噛み砕いて説明する。以前お父さんやアレイスターさんから聞いておいた話がかなり役に立った。

 

「えっと、つまり現地の人たちにミッドチルダのことを話すわけにはいかないから、状況を理解していない子供の振りをするってことだよね? 」

 

アリシアちゃんが聡明で助かった。

 

「あと、両親のことを聞かれても下手なことは言わずに黙っていた方がいいかな。あまり使いたくはない手段だけど、詰問されたら泣いちゃうとか」

 

「うん、わかった。でも…本当にまたママに会えるよね? 」

 

「それは大丈夫だと思う。第97管理外世界からミッドチルダへの渡航は公には行われていない筈だけど、前例はあるって聞いているし…どうしたらいいのかはまだ判らないけれど、ちゃんと戻れるように私もいろいろ調べてみるから」

 

私が使えるのはせいぜい数十kmを移動できるトランスポーターくらいで、次元跳躍魔法は私のレパートリーにはない。仮にあったとしても地球からミッドチルダへの座標指定なんて、どうすればいいのかさっぱり分からなかった。

 

「大丈夫だよ。ママに会えないのは寂しいけれど、ヴァニラちゃんがいるから」

 

アリシアちゃんの笑顔を見ると、心の中の不安が薄らいでいく。彼女を安心させるつもりが、逆に私が励まされてしまったことに、思わず苦笑する。

 

後はこれからのことを考えなくてはいけない。アリシアちゃんも私と一緒にいれば翻訳魔法が自動的に発動されるが、すぐにミッドチルダに帰還するのは困難だろう。もし今後施設などに預けられることになったりすれば、常に一緒にいられるとは限らない。日本語が出来ないのは致命的だ。

 

「アリシアちゃん、いつも翻訳魔法に頼る訳にもいかないから、ここの言葉も勉強しないと」

 

「うん、大丈夫だよ。私頑張るから」

 

生活基盤については今私達が考えなくても、『幼女ですから』のような態度を通していれば、きっと病院側で施設などの手配をしてくれるだろう。取り敢えず今はアリシアちゃんに言葉を含めた日本の知識を教えるのが最優先と思われた。

 

「…そういえば、リニスは? 」

 

「ヴァニラちゃんにしがみついた時、残してきちゃった…大丈夫かなぁ? 」

 

「元々アリシアちゃんとリニスだけならギリギリ空気も持った筈だし、大丈夫だよ。きっとプレシアさんが保護してくれてる」

 

「そうだね。早く戻れるといいなぁ」

 

「うん…でも勉強はちゃんとしようね」

 

「…はーい」

 

 

 

暫くすると看護師さんが医者の先生をつれて戻ってきた。どうやら簡単な検査を行うらしい。先生の問診に答えながら、小児科医を目指していたゲーム大好き少女、晶のことを思い出した。

 

それと同時に、私はとんでもないことに思い至った。

 

(私の名前…ゲームのキャラまんまって、あんまりじゃない!? )

 

下手をしたら、折角今まで練り上げた設定が全て虚言壁で片付けられてしまう可能性もあるような一大事だ。何しろゲームキャラなりきりの痛い子なのだから。

 

幸いこの先生や看護師さんは晶とは違って「ギャラクシーエンジェル」を知っている訳ではなさそうで、私のことを違和感なく「ヴァニラちゃん」と呼んでいる。

 

私が悩んでいるうちに検査は一通り終わっていた。体力的には特に問題ない様子ではあったが、念のため後で点滴も打っておくとのことだった。医者の先生が出て行った後、看護師さんが再び私達に問いかけてくる。

 

「ねぇ、そろそろご両親のこと教えてくれないかなぁ? 」

 

だが答えることが出来ない私は取り敢えず黙ったまま俯いた。看護師さんに対する罪悪感と、本当に戻れるのかという不安、そして「ギャラクシーエンジェルのヴァニラ・H(アッシュ)」を知っている人に出会った場合を想定した恥ずかしさから、自然に涙が溢れてきた。

 

「うーん、困ったなぁ…」

 

途方に暮れる看護師さん。だがこちらも同じくらい途方に暮れているのだ。息が詰まるような状態が暫く続いた後、看護師さんは諦めたようにふっと息を吐いた。

 

「仕方ないなぁ、取り敢えず今夜はここに泊まって貰うことになるけど、いい? 」

 

私は小声で「はい」と答えた。

 

 

 

点滴を打ってもらった後、先生と看護師さんは部屋を出て行き、私とアリシアちゃんだけが残された。恐らくこの後は病院から警察に連絡が行って、素性の調査や事件性についてなどを調べられることになるのだろう。ただ私達がだんまりを決め込んでいる限り、進展することはあり得ない。

 

たしか日本の法律では身寄りのない子供の場合は市、町、村長などが保護者になるはずで、そうなればどこかの施設にでも入れられることになるのだろうけど、あいにくと私達のような戸籍を持たない見た目外国人にもその法律が適用されるかどうかは知らない。

ただ、今それを考えたところで解決策がみえないのなら、ここはもう成り行きに任せるしかないのも事実。とりあえず今は体力(と魔力)の回復に努めておくのが得策だろう。

 

「ヴァニラちゃん、探検しに行こう!」

 

唐突にアリシアちゃんが提案した。ずっと病室に閉じ込められていて、退屈していたのだろう。

 

「そうだね…気晴らしにもなるかもしれないし、ちょっと部屋を出てみようか」

 

「うん!」

 

別に部屋から出ることを禁止されていたわけではないし、少しくらいなら構わないだろう。それに大きな病院ならデイルームや談話室などの患者向け施設に雑誌や本などが常備されているかも知れない。もし子供向けの絵本でもあれば、アリシアちゃんに日本語を教えられる良い機会にもなる。

 

私達は病室を出ると、まずは館内図を探してみた。それはほどなくして見つかり、デイルームどころかキッズルームの存在まで確認出来た。

 

「あっちに子供用の施設があるみたい。行ってみよう」

 

「はーい」

 

向かった先には小規模の託児所のようなスペースがあった。ボールや積み木といった単純な遊具が置いてあり、本棚には絵本も並べられている。幸い他には利用者はいないようだったので、アリシアちゃんと一緒に中に入ってみた。

 

いくつかの本をぱらぱらとめくって、小学校低学年向けの本をいくつかピックアップする。

 

「あーあ、私も魔法が使えたらなぁ」

 

アリシアちゃんが私を見て言った。どうやら私が翻訳魔法で文字を読んでいると思ったらしい。残念ながら翻訳魔法が訳すのは会話のみで、文字の読み書きを可能にする魔法はない。いや、もしかしたらあるのかもしれないけれど。私が知らないだけで。

 

「翻訳魔法が有効なのは会話だけだよ。文字は訳せないの」

 

「え? じゃぁ、ヴァニラちゃんはどうして文字が読めているの? 」

 

「ふふ…こんなこともあろうかと、管理外世界の言葉も勉強していたんだ」

 

「あ、それ嘘だよね? ヴァニラちゃんが『こんなこともあろうかと』っていうときは大抵嘘だし」

 

「あれ? そうだったっけ? 」

 

まぁ、前世のことを説明する訳にもいかないので、その場は取り敢えず誤魔化すことにした。

 

「実際偶々なんだけれど、前に『ブライトナイト』に興味を持ってたの覚えてる? あの時、物語の舞台が第97管理外世界だって聞いたから、色々と調べてみたんだ。その時に覚えた言葉が、この世界の言葉と同じだったの」

 

「あー、それでここが第97管理外世界だって判ったんだ…って、じゃぁ、ここが『ブライトナイト』が漂着した未開の地? あまりそうは見えないけどなぁ」

 

「あれは昔話だからね。今から何百年も前のお話だよ。ほら、これ原本」

 

私は『竹取物語』=『かぐや姫』の絵本を本棚から抜き取り、アリシアちゃんに見せた。

 

「すごーい、これがオリジナルなんだ」

 

アリシアちゃんは目をキラキラさせながら、表紙のイラストを見つめている。

 

「じゃぁ、折角だからこれを使って言葉の勉強をしてみようか」

 

「うん!」

 

私は一度キッズルームを出ると、偶々近くにいた女医さんに声を掛けた。

 

「すみません、この本をお借りして病室で読みたいのですが」

 

「ええ、構わないわよ。ちょっと貸してくれるかな? 」

 

女医さんに言われるまま本を手渡すと、女医さんは私の病室番号を確かめ、表紙の裏に挟んであったカードにサインをした。

 

「石田…先生ですか」

 

「ええ、神経内科の石田です。じゃぁ、カードは私の方で預かっておくから、本は読み終わったら受付に渡してね」

 

「ありがとうございます」

 

優しく微笑む石田先生にお礼を言うと、私はアリシアちゃんと一緒に病室に戻ることにした。

 

「そうよね…普通あのくらいの年頃の子だったら、こういう本を読むわよね…」

 

何やら石田先生が呟いていたが、年齢に見合わない難しい本を読む患者さんでもいるのだろうか。話をする機会でもあれば、もしかしたら私とも気が合うかもしれない。

 

「ヴァニラちゃん、早く行こう」

 

「あ、うん。今いくよ」

 

アリシアちゃんに促され、私達は病室に戻った。

 

 

 

アリシアちゃんには魔法資質は無いものの、記憶力の面では天才的な能力を発揮した。具体的に言えば、私が作った五十音表とその発音を数時間で全て暗記してしまい、ひらがなで書かれた文章であれば普通に音読出来るレベルになってしまったのだ。

 

もちろん発音については修正が必要な部分もあったが、私が簡単に読み上げた文章はあっという間にマスターしてしまった。この調子で勉強すれば、然程時間をおかずに、片言とはいえ会話も可能になるだろう。問題は語彙や漢字だが、こればかりは慣れて覚えていくしかない。

 

「ヴァニラちゃん、『今は昔』って何で今なのに昔なの? 」

 

「えっとね、『今となってはもう昔の話だが』っていう意味だよ。古文の言い回しだから、意味で覚えた方がいいかも」

 

「うん、わかった…ねぇ、私なんだかお腹すいちゃった」

 

ふと時計を見ると18時になろうとしていた。病室に置いてあった案内を確認したところ、入院患者の食事時間は18時30分となっている。

 

「あと30分くらいだから、もうちょっと待ってね。それまでにもう一度『かぐや姫』を読んでみようか」

 

「はーい…ところでハーベスターはどうしちゃったの? ずっと黙ってるけど」

 

「あぁ、この世界では魔法が公になっていないから、取り敢えずスリープモードにしているの。こうしていれば、ただのペンジュラムみたいでしょ? 」

 

「そっか、魔法のこともお話しできないんだね」

 

「極力控えておいて。管理局法にも引っかかる筈だから」

 

「うん、判った」

 

その後、もう一度『かぐや姫』を読み返しているとドアがノックされ、看護師さんが食事を持ってきてくれた。若干味が薄い食事ではあったが、アリシアちゃんはそこそこ気に入った様子だった。

 

「あ、それからこれ。あなた達の服ね。一応洗濯しておいたから」

 

看護師さんが綺麗に畳まれた私達の服を渡してくれる。改めてサービスの良さに驚いた。通常、病院に入院する患者さんの私物は病院側では管理せず、洗濯なども本人か家族がするのが私の知識では常識だったからだ。

 

「態々ありがとうございます。随分とサービスがいいのですね」

 

「普段はやらないのよ。今回は特別に、私が個人的にね。それからこれも。勝手に開けるわけにはいかないから、中身は見ていないわよ」

 

そう言って看護師さんは私の私物が入ったポーチも渡してくれた。慌ててそれを受け取る。中には特に身元を特定できそうなものは入っていない筈だが、財布にはミッドの通貨が入っている。こうしたものはあまり現地の人に見せるべきではない。今回は大丈夫だったようだが、今後管理には注意する必要があるだろう。私は改めて看護師さんにお礼を言うと、食事を続けた。

 




お約束過ぎたでしょうか。。


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第6話 「里子」

その夜、アリシアちゃんが寝ついたことを確認した私は、そっと病室を抜け出した。さっきキッズルームに行く途中で、一般に開放されていると思われるパソコンが2台ほどロビーに設置されていることを確認したためだ。

 

(本当にサービスがいい病院だなぁ。こんな病院だったら働きたいかも)

 

2台のうち1台は入院患者らしい別の人が使用していたので、もう片方のパソコンを起動する。既定アカウントでしか入れないように制限されているようだったが、私の目的であるインターネット検索は問題なく出来るようだった。

 

検索エンジンを立ち上げると、検索欄に「ギャラクシーエンジェル」と打ち込んでEnterを押す。検索結果は…0件ヒットだった。次に「ヴァニラ・H(アッシュ)」で検索をかけてみたが、結果は同じく0件ヒット。「ランファ・フランボワーズ」も「ミルフィーユ・桜葉」もヒットしなかった。

 

(私が以前住んでいた世界とは違う…「ギャラクシーエンジェル」が存在しない世界? )

 

念のため西暦を確認すると、私が琴として生活していた世界の時代とほぼ同じであることが判った。試しに私が通っていた医大の名前を検索すると、こちらはちゃんとヒットした。

 

(一部だけが違っている、並行世界みたいなものかな? 何にしても、これからは問題なく「ヴァニラ」を名乗れそう。よかった)

 

自分が痛い子と見られないで済むことに、私は心の底から安堵した。

 

それからも色々な事を検索してみると、地名や文化等については概ね私の知識と一致した。この世界の労働基準法も確認しておいたのだが、満15歳になった後の4月1日以降でなければ就業できないことも同じ。ただ、私が知っている歴史とは一部違いがあったり、要人の名前が異なっていたりすることも判った。矢張りここは似て非なる日本なのだろう。ちなみに今日が11月2日の火曜日であることも判明した。

 

最後に私は「海鳴」で検索してみた。ヒットした項目をざっと目で追う。その名の通り、海に面した土地だが、山にも恵まれ、温泉郷などもあるようだ。看護師さんから聞いた、私達が倒れていたという臨海公園も大学病院から然程離れていない場所にあった。

 

(結構広い…それにキレイなところだし、そのうちアリシアちゃんと一緒に散歩にでも行ってみようかな)

 

一通り検索を終え、ふとタスクバーの時計に目をやると、時刻は22時になろうとしていた。そろそろ寝ないと、と思いブラウザを閉じようとした時、私の目に気になる文言が飛び込んできた。

 

『海鳴で一番おいしいスイーツの店』

 

個人のブログで、喫茶「翠屋」というお店のスイーツがとても美味しい、スイーツだけでなく自家焙煎のコーヒーや普通の料理も逸品だが、特にシュークリームはお勧めとの記載があった。

 

(『翠屋』…『みどりや』かな? それとも『すいや』? )

 

改めて「喫茶翠屋」で検索し直すと、「みどりや」が正しいことが判った。退院したら是非一度行ってみたい、と思ったが、すぐに私が日本円を1円も持っていないことに思い至る。ミッドのお金は持ってはいるが、管理外世界で両替は出来ないだろう。

 

(むしろ調べるんじゃなかった。シュークリーム…食べたくなっちゃったじゃない)

 

私は絶望に打ちひしがれながらブラウザを閉じ、ログアウトすると病室に戻ることにした。取り敢えずシュークリームは児童養護施設などに入って、お小遣いを貰ったりするようになるまではお預けだろう。病室に戻り、ベッドに潜り込むと、私はそっと涙した。

 

 

 

翌朝、TVの音で目が醒めた。身体を起こすとアリシアちゃんが部屋に備え付けられたTVをいじっているところだった。

 

「あ、おはようヴァニラちゃん。起こしちゃってごめんね」

 

「ううん、いいよ。TV観てたの? 」

 

「うん。操作方法はミッドチルダのと大差ないね。さすがに何を言っているのかまではまだよく判らないけど」

 

私が翻訳魔法の効果範囲まで近づくと漸く理解できるようになった様子で、画面に見入っている。ふと時計を見ると朝の7時だった。そろそろ朝食の時間かと思っていると、ドアがノックされ、看護師さんが食事を持って入ってきた。

 

「おはよう。昨夜はよく眠れた? 」

 

「はい、ありがとうございます。おかげさまでゆっくり休めました」

 

「よかった。それでご両親のこととか…まだ話してくれないのかな? 」

 

私は黙って俯くことしかできなかった。看護師さんはふぅとため息を吐くと諦めたように食事を並べてくれた。心の中でひたすら看護師さんに謝りながら私は塩味が薄い目玉焼きを頬張った。

 

 

 

アリシアちゃんの日本語の勉強は絵本の他にTVも活用することになった。某国営放送の子供向け番組が午前中に数多く放送されていたためだ。アリシアちゃんもいたく気に入った様子で、モニターを見ながら一緒に体操をしたりしていたのだが、そうこうしているうちにまた看護師さんがやってきた。

 

「二人に面会希望者よ」

 

「面会? 」

 

この世界に知り合いなどいない私は首を傾げる。入ってきたのは昨日のハンサムさん…高町さんだった。今日はお友達なのか兄弟なのか、知らない男性が一緒にいた。入ってきた二人と入れ替わりに、看護師さんは病室を出て行った。

 

「やあ、昨日ぶり。そっちの君は初めましてだね」

 

高町さんがにこやかに話しかけてくる。

 

「ヴァニラちゃん、この人だあれ? 」

 

「あぁ、アリシアちゃんは昨日寝てたから知らないか。高町さんっていって、私達を助けてくれた人だよ」

 

「そうなんだ」

 

アリシアちゃんも高町さんにお礼を言う。

 

「それで高町さん、そちらの方は? 」

 

「自己紹介が遅れてしまってすまないね。高町士郎だよ。よろしくね、ヴァニラちゃん、アリシアちゃん」

 

「高町…ということはご兄弟なのですか? 」

 

「いや、これでも恭也の父親なんだ」

 

「え…どうみてもそんな歳には…あ、すみません。お若く見えるので、つい」

 

「いや、よく言われるからね。気にしなくてもいいよ。そうだ、忘れていたけれど、これ。お見舞いだよ」

 

苦笑しながらそう言うと、高町士郎さんは手に持っていた包みをテーブルの上に置いた。

 

「そんな…態々すみません。別に怪我をした訳でも病気な訳でもないのに」

 

そう言いつつ、その包みに目をやると、化粧箱には『翠屋』の文字。

 

「あっ…翠屋!? 」

 

「おや? 知っているのかい? 」

 

「ええ、ちょっと…シュークリームがとても美味しいとのことで、興味を持っていました」

 

「そうか、丁度良かった。そのシュークリームを持ってきたんだ。よかったら食べてみてくれ」

 

「ありがとうございます。じゃぁ、遠慮なく頂きます」

 

化粧箱を開け、中から2つのシュークリームを取りだすと、私は片方をアリシアちゃんに渡し、残った1つを口に運んだ。

 

「!…美味しい」

 

「うん!おいしいねー」

 

正直なところ「琴だった頃」も含めて、ここまで美味しいシュークリームは食べた記憶が無かった。シュー部分の食感は絶妙で、中の生クリームとカスタードクリームもこれ以上ないというバランスでマッチしている。

 

「口に合ったようでよかったよ。食べながらで構わないから、少しお話させて貰ってもいいかな? 」

 

「? はい、構いませんが…」

 

「看護師さんから聞いたんだけど、君たちはご両親の話になると口をつぐんでしまうそうだね」

 

何の話かと思ったら、両親のことだった。恐らく病院側から依頼されたのだろうが、その手のカウンセリングでもしている人なのだろうか。いずれにしてもミッドチルダのことを話せない以上、両親のことも慎重に対応する必要があるだろう。

 

「…もしかして君達にはご両親がいないんじゃないかと思ってね」

 

高町士郎さんがこちらをじっと見つめながら言う。別にいない訳じゃないけれど、と思いながらもいつもの通り俯こうとした時、彼が続けた。

 

「成程、別にご両親がいない訳ではない、と」

 

私は目を見開いた。この人、メンタリストだ。それで病院から依頼されたのかもしれない。どうやって隠し通したものか、と思った時、アリシアちゃんが声を上げた。

 

「すごーい!何で今ので判っちゃうの? 」

 

「アリシアちゃん!? 」

 

「ねぇヴァニラちゃん、私達のことって、本当にそうまでして隠さないといけないことなのかな? 」

 

私は答えられなかった。管理局が定める法によれば、管理外世界においては濫りに魔法や管理世界のことを流布してはいけないという。でも別の世界のことは兎も角、魔法のことなど話したところで信じる信じないは聞き手次第であり、私が知っている日本であれば、まず信じないのが普通だろう。

 

では信じて貰えなかったらどうなるのか。大抵の場合はまともに取り合って貰えず、「真面目に話しなさい」的なことを言われるだろう。度が過ぎれば精神科医のお世話になるかも知れない。だが、それだけだ。むしろ問題なのは信じられてしまった時だろう。

 

魔法が使える人間。飛行器具などに頼らず空を飛ぶことが出来、離れた場所からでも他人を攻撃することが出来る…それも大量虐殺が可能なレベルで、だ。そのような人間を管理外世界の人達がどう見るかなど、自明の理だろう。こちらにその気がなくとも確実に迫害対象、場合によっては人体実験などのサンプルにされかねない。だからこそ、魔法のことは伝えることは出来ない。

 

だが高町士郎さんが凄腕のメンタリストだった場合、私は全てを隠し通す自身は無かった。元々嘘が苦手な性格だし、それにいろいろと親切にしてくれた看護師さんや高町恭也さんに対する罪悪感もあった。

 

(簡単に行き来出来ないところに両親がいる、と言うことくらいは伝えておこう。むしろ管理世界のことを話せば少なからず衝撃は受ける筈だし、却って魔法のことは誤魔化せるかも知れない)

 

私は観念してふっと息を吐いた。

 

「判りました。お答え出来るところはお話します」

 

「ありがとう。あぁ、そんなに緊張しなくてもいいよ。恭也、そっちは大丈夫か? 」

 

「大丈夫。ドアの外には人の気配はないよ」

 

あれ?

 

「あの…すみません、高町さんは病院に依頼されたメンタリストの方なのでは? 」

 

「ああ、そう言う風に思っていたのか。いや、メンタリズムは少しかじっただけで、本業としてやっている訳じゃないんだ。君たちに話を聞きたかったのは、あくまでも個人的に興味があったからだよ。それから私のことは士郎と呼んでくれていいから」

 

それを聞いた私は一気に脱力してしまった。一体何を気負っていたのだろう。別に今からでも嘘を吐くことも出来るだろうが、そうする気は全く起きなかった。

 

「見た目外国人なのに日本語が流暢で、どう見ても小学生くらいなのに話をしていると同年代の人と話をしているような不自然さを感じる不思議な女の子がいるって、恭也に聞いたものだからね」

 

「それでシュークリームで懐柔ですか…」

 

「それだよ。そう言う皮肉は子供だったら普通言わないからね。さっきのやり取りも6歳児とは思えない内容だったし」

 

「良いですよ。お答えします。そう言う約束ですから」

 

「ありがとう。じゃぁまずは君たちがどこから来たのかを教えてくれないかな」

 

「具体的な名称は避けさせて下さい。少なくとも地球ではない、とだけ言っておきます」

 

士郎さんの目が鋭くなる。

 

「成程ねぇ、いきなりその答えが来るとは…思った以上にヘビーかな。個人で聞いて良い話じゃないような気がしてきたよ」

 

「では止めましょうか? 」

 

「いや、最後まで聞かせて貰おう。毒喰らわば皿までも、だ。じゃぁ次に、日本語が流暢な理由は? 」

 

「言語を翻訳するシステムがあります。ちなみにそれを切ると…」

 

私は翻訳魔法をOFFにしてアリシアちゃんとミッド語で二言三言会話をし、再度ONにする。実は私の場合、翻訳魔法なしでも日本語は流暢なのだが、それは敢えて今言わなくても良いだろう。

 

「…と、こんな感じです」

 

「成程ね。確かに聞いたことのない言葉だな。どことなく英語に近いような気もするが、発音だけでは何ともね」

 

「確かに地球で使われている英語と共通点は多いです。文字もアルファベットと似ています」

 

「そうか、ありがとう。次に君達の住んでいるところでは、みんな君達のように知能が発達しているのかな? その…気を悪くしないで欲しいんだが、地球で君達の年頃だと、君達のように大人と会話出来る子供は殆どいないからね」

 

「先程の言語翻訳システムなのですが、赤ん坊にも適用されます。このため、私達の世界ではかなり早いタイミングで言語を学習することが可能で、知能の発育も早いものと思います。ですから若くして社会に出る人も珍しくありません」

 

「あ、でもヴァニラちゃんは中でも飛びぬけて優秀だったよね。アリアママとママが天才だって話してたよ」

 

「アリシアちゃん、今はその話はいいから」

 

「いや、それも重要な情報だよ。ありがとう。それじゃぁもう一つ。君達がここに来た理由は? 」

 

「事故に巻き込まれました。魔りょ…とあるシステムの暴走で、気が付いたらここに居ました」

 

「そうか。総合的に判断して、別に地球侵略に来た異星人という訳では無さそうだ」

 

「それはありえませんね。私達の世界ではこの世界のことを認識はしていますが、基本的には不干渉の立場を取っていますし、今後もいきなり攻撃を仕掛けてきたりするようなことは無いでしょう」

 

「ありがとう、信じるよ。で、ここからは提案なんだけれどね」

 

士郎さんは相好を崩して続けた。

 

「君達、帰る目処がつくまで、ウチに里子として来る気はないかい? 」

 

「…正気ですか? 」

 

士郎さんが発した言葉に、私は思わずそう返してしまった。たった今、事情をかなりのレベルで暴露したばかりだ。不気味に思うか、関わり合いにならないようにするのが普通だと思うのだが。

 

「もちろん正気だよ。君達は出来るだけ自分たちの正体をばらしたくはないだろう? だからといって、まともな生活基盤もない状態ではこの手の質問は常に付きまとうしね」

 

「でももしかしたらさっき話したことは全部嘘で、実は侵略の糸口をつかむために送られてきた斥候かもしれませんよ? 」

 

「君達のような子供を斥候に? 」

 

「それだって相手を油断させるためのカモフラージュかも知れないじゃないですか」

 

「まぁ、その辺は実はあまり心配していないんだ。さっきから見ていたけれど、君はあまり嘘が上手いようには見えないし、さっきの話も嘘をついているようではなかったからね」

 

そうか、そう言えばこの人は本業ではないと言ってはいたものの、メンタリズムの使い手だった。

 

「恭也、お前はどう思う? 」

 

「そうだね。最初に目を醒ました時に口走っていた台詞とも、辻褄はあっていると思うよ」

 

「え…私何か言いましたっけ? 」

 

「ああ、『魔力駆動炉の暴走』とか『状況を教えて欲しい』とか…」

 

「はぅぁっ!」

 

何て迂闊なことを。折角魔法について誤魔化そうとしているのに、私自身が『魔力』なんて口走っていたなんて。だが士郎さんも恭也さんも特にそのことについて突っ込んでくることは無かった。もしかすると固有名詞か何かと思っているのかも知れない。それにしても、あんな一瞬のことをよく覚えていたものだと、恭也さんの記憶力に脱帽する。

 

「もし迷っているようなら、君のそのペンジュラムに相談してもいいんだよ。確か『ハーベスター』って言っていたっけ? 」

 

「そんなことまで覚えているのですか…っていうか、あの時ハーベスターは音声を発していなかったと思いますが? 」

 

「でも君の言葉に呼応するように光っていたしね。何らかの意思疎通は可能なんだろう? 」

 

<ハーベスター、どう思う? >

 

私は念話でハーベスターに語りかける。

 

<≪I think that their suggestion is rather enticing. However, there might be a catch. Although the final decision is totally up to you, please think carefully.≫>【彼らの提案は魅力的だと思いますが、必ずしも裏が無いとは言い切れません。最終的にはマスター自身に判断して貰いますが、検討は慎重にお願いします】

 

<だよねぇ…ありがと>

 

ハーベスターとの念話を終えると、私は改めて士郎さんに向き直った。

 

「私達としては十分すぎるくらい魅力的なご提案なのですが、そちらのメリットは? 」

 

「うーん、メリットという訳では無いけれど…ちょっと昔話を聞いてもらえるかな? 」

 

私が頷くと、士郎さんは話しを続けた。

 

「実は私は5年ほど前に仕事の関係で事故に遭ってね。恭也と美由希…上の娘はそれなりに大きくなっていたからまだよかったけれど、下の娘は当時まだ2歳だった。怪我はかなりひどくて、一時は命の危険もあったらしい。当然母親は毎日のように病院に来るが、集中治療室に面会に来る場合、子供はよっぽどのことがない限り制限されるのが実情だ。兄と姉は学校があって、その上放課後はお見舞い。おまけにうちは喫茶店も経営していてね。基本的にお店は開けていたから、バイトの子達がいるとは言っても母親も兄姉も空き時間はそちらにかかりっきりで、当然妹は留守番という形になる」

 

「あの、家政婦さんとかにお願いは? 」

 

「もちろんしたさ。でも家政婦さんも娘の面倒だけみているわけじゃないし、何しろ2歳の女の子だ。両親や兄姉の認識もできてくる時期に一人で寂しい思いをさせてしまった。今でこそ明るく元気に育ってくれてはいるけどね」

 

士郎さんはそこまで話すと少し息を吐いてから更に続けた。

 

「かつて私のせいで娘には寂しい思いをさせてしまった。今、娘と同じくらいの年頃の女の子が二人、行くあてもなく寂しい思いをしていたら、助けてあげたいと思うのは自然なことだと思うんだ。もちろんこれが娘に対する贖罪になる訳じゃないし、ただの自己満足であることは十分承知しているよ」

 

私はじっと士郎さんを見つめた。どうやら士郎さんにしても恭也さんにしても、本気で私達のことを心配してくれているらしい。その時、それまで黙って私達の会話を聞いていたアリシアちゃんが声を上げた。

 

「はいはーい、質問~」

 

「いいよ。何だい? 」

 

「さっき、喫茶店を経営しているって言ってたけど、それってもしかして…」

 

と言いつつ、私達が食べたシュークリームの箱を見つめる。

 

「ああ。『翠屋』だよ」

 

「ヴァニラちゃん!帰れるようになるまではお世話になろうよ」

 

「もう…アリシアちゃん、下心見え見えだよ。商品なんだから、好きなだけ食べられる訳じゃないんだからね」

 

苦笑しながらアリシアちゃんを窘める。

 

「まぁ、パティシエには出来るだけ融通を利かせるように言ってはみるよ」

 

士郎さんが笑いながら言う。今のやり取りで、一気に緊張感が失われた気がした。

 

「何か色々とすみません…ではご厄介になってもよろしいでしょうか? 」

 

「ああ、もちろん。病院側には私の方から連絡しておくよ」

 

こうして私達は一旦高町家にお世話になることになった。カバーストーリーは士郎さんが考えてくれたのだが、アリシアちゃんの両親が日本に帰化した英国人、私は親を亡くしてそこに引き取られた親戚の娘と言うことになった。尚、両親は現在行方不明。よくもまぁ、こんな調べたらすぐ嘘だと判ってしまいそうなお話しが通ったものだと思うが、士郎さんはこれで病院も、警察すらも納得させてしまった。

 

「ちょっと昔の伝手があってね。時間はかかるが戸籍の方も用意できるから、心配しなくていいよ」

 

士郎さんはそう言うが、そんなことを簡単にやってのけてしまう彼は一体何者なのだろう。

 

「そう言えば、ヴァニラちゃんはどうして翠屋のことを知っていたんだい? 」

 

「昨夜インターネットで調べていた時に偶々見かけました。とても美味しそうだったので、是非一度食べてみたいと思っていたところだったんです」

 

「そうか。これでウチの知名度も異世界レベルだな」

 

士郎さんはそう言って再び笑った。

 




誤字などがあったら是非ご一報くださいませ。。

※一部矛盾点解消のため「琴として生活していた世界の時代より30年程後の時代」の部分を「琴として生活していた世界の時代とほぼ同じ」に変更しました。。ご指摘ありがとうございます。。(2014/01/29)


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第7話 「翠屋」

手続きの関係でもう一晩だけ病院に泊まった私達は、翌朝士郎さんに連れられて高町家に向かうことになった。

 

着の身着のままで地球に漂着してしまった私達は纏める私物も殆どない。洗濯して貰った私服に着替えてポーチを身に付けると、借りていた『かぐや姫』の絵本を受付に戻して全ての整理を終えた。退院にあたり、お世話になった看護師さんにお礼と、まともにお話しできなかったお詫びを伝えると、微笑みながら「元気でね」と返してくれた。

 

「じゃぁ、そろそろ行こうか。自宅にはこの時間誰もいないから、先に翠屋に寄るよ。まだ営業時間前だけどね」

 

士郎さんに連れられて病院を出た。翠屋に行くと聞いて大喜びしているアリシアちゃんを窘める。この時間、恭也さんは学校に行っているのだそうだ。昨日は偶々祝日だったため、士郎さんと一緒にお見舞いに来ることが出来たらしい。病院からタクシーで翠屋に向かう間、私達は高町家の家族構成について教えて貰った。

 

士郎さんの奥さんが桃子さん。そして長男の恭也さんと長女の美由希さん、次女のなのはさんの5人家族なのだそうだ。恭也さんは大学受験を控えた高校生、美由希さんは恭也さんと同じ高校の1年生。そして末っ子のなのはさんは小学2年生とのこと。

 

「君達も里子としてうちに来ることになる訳だから、なのはと同じ小学校に通ってもらおうと思うんだが、いいかい? 」

 

「お気遣いありがとうございます。助かります」

 

「もう家族になるんだから、そう言った遠慮は無用だよ。戸籍の方が出来上がるのにまだ少しかかるから、編入はもうちょっと先になるけどね」

 

「はい、わかりました」

 

「ああ、それから戸籍上は君達2人共7歳と言うことにしてあるからね。学力的には問題ないだろう? 」

 

「え…それは構いませんが、理由を聞いても良いですか? 」

 

「ヴァニラちゃんの方は、精神年齢が高すぎるんだよ。それに性格的に、いきなり知らない子供たちの中に放り込まれたら確実に壁を作ってしまうだろう? 」

 

身に覚えがあり過ぎる私は素直に頷いた。

 

「その点、一緒に暮らすなのはやアリシアちゃんと同じクラスなら、気兼ねせずに話が出来ると思ってね。他にも同じクラスにはなのはの友達で、日本に帰化したご両親を持つ子がいるんだ。面倒見のいい性格だから、色々と助けになってくれるはずだ」

 

何から何まで、士郎さんの気遣いに感謝する。

 

「アリシアちゃんの方は君と比べれば年相応な部分も多いから、本当なら1年生からスタートするのが望ましいんだけど…さっき言った通り君自身の助けになるだろうし、それに例の翻訳システムだっけ? どういう原理かは知らないけれど、君の傍にいないと効果を発揮していないみたいだからね」

 

「…さすがです。そこまでお見通しでしたか。でも、大丈夫なんですか? その…クラス割とか」

 

「ああ、その辺も伝手があってね。融通は利かせられるよ」

 

「じゃぁ、ヴァニラちゃんと一緒に学校に行けるんだね!やった~」

 

そう言えばミッドチルダでは私と一緒に学校に通えないのを残念がっていたっけ。大喜びしているアリシアちゃんを見て、私もつられて笑みがこぼれる。

 

「でも、読み書きの勉強は続けるからね。言葉が判らないと何かと不便でしょ? 」

 

「うん、がんばるよ~」

 

そんな話をしているうちに目的地である翠屋に到着した私達はタクシーを降りた。目の前にはインターネットでも見た、お洒落な外観のお店がある。

 

「そうそう、君達の事情を知っているのは私と恭也、母親の桃子だけだから。美由希となのはにはカバーストーリーの方で通すように注意してね。まぁ今は2人共学校だけれど」

 

「あ…判りました」

 

桃子さんと言う人は事情を知っているとのことだが、いきなり家に異世界人を住まわせると聞いて、拒絶しなかったのだろうか。

 

私の心配を余所に、士郎さんはお店のドアを開けて中に入っていく。カランカランとドアに取り付けられたベルが鳴った。私も慌ててアリシアちゃんと一緒にお店に入る。そこは外観だけでなく、内装もお洒落な雰囲気だった。まだ営業時間前のため、お客さんは入っていない。

 

「ただいま。連れてきたよ」

 

士郎さんが声をかけると、店の奥から緑色で『翠』のロゴが入った黒いエプロンを身に付けた若い女性が出てきた。

 

「お帰りなさい。彼女達が例の子達なのね。ようこそ翠屋へ。私が高町桃子です」

 

「あ…あの…はっ、初めまして。今日からお世話になります。よろしくお願いしましゅ!」

 

思いっきり噛んだ。これは桃子さんが想像以上に若かったことに驚いたせいだ。士郎さんの例もあるのだが、桃子さんはそれに輪をかけて若作りだ。高校3年生の息子がいる以上、30代後半なのは間違いないのだが、どう見ても20代前半、下手をしたら10代後半にすら見えてしまう。そんな事を考えているうちに、アリシアちゃんも挨拶を済ませたようだった。

 

「お姉ちゃんって呼んだら複雑な表情されちゃった。若く見えるのは嬉しいらしいけど、どっちかっていうとママみたいに呼んだ方がいいんだって」

 

「うーん、でもやっぱり『お母さん』は違和感あるなぁ…」

 

私は、アリア母さんがいるのに桃子さんを『お母さん』と呼ぶことに違和感を感じていたのだが、既にプレシアさんとアリア母さんを共にママと認識しているアリシアちゃんは別の意味で受け取ったようだった。

 

「でも、もう33歳なんだって」

 

「アリシアちゃん、あまり他人の年齢を聞くのは良くないよ…って、33歳!? あれ? 恭也さんって、高校3年だから18歳ですよね? ? 」

 

計算すると15歳の時の子供と言うことになる。士郎さん、それは犯罪なのでは…

 

「ああ、恭也は以前武者修行で1年休学しているから19だよ」

 

「…はい? 」

 

そうすると、何と14歳の時の子供…?

 

完全に混乱してしまった私を、微笑みながら見つめる士郎さん。

 

「松っちゃんが厨房で仕込中だろう? じゃぁあまり大きな声では話せないな。2人共、ちょっとこっちへ来てくれるかな」

 

士郎さんに誘われて、店内の角席に座る。私達が席につくと、士郎さんは改めて話し始めた。

 

「君達は秘密を打ち明けてくれたのだから、こちらの事情も説明しておこうか。実は恭也は私の連れ子でね。桃子の実の子じゃないんだ。あと、美由希も本当は私の姪なんだが、事情があってウチで引き取った子だよ」

 

複雑な家庭事情をいきなり告げられた私は何も言えなくなっていた。完全に固まってしまっていた私に桃子さんが声をかけてきた。

 

「例え血の繋がりが無くても私達は家族だし、その絆は本当の親子にだって負けないと思っているわ。だからね、貴女たちとも家族になれると思うの。お家に帰る時までは、私達を本当の家族と思って貰えると嬉しいかな」

 

「あ…」

 

どうやら士郎さんも桃子さんも、私達に余計な気を遣わず、本当に家族として接して欲しいのだと改めて認識した。

 

「ありがとうございます。改めてよろしくお願いします。ヴァニラ・H(アッシュ)です」

 

「アリシア・テスタロッサだよ」

 

「改めて、ようこそ高町家へ。さて、開店までそんなに時間がないな。バイトの子達もそろそろ来るだろうし、私は準備にかかるよ。退屈かもしれないが、少しこの席に座って待っていてくれるかい? 」

 

士郎さんは私達にそう言いつつ、どこからか取り出した黒いエプロンを身に付けた。

 

「あの、私達にも何かお手伝い出来ることはありませんか? 」

 

「ふむ、そうだな…さすがに料理や接客を任せるわけにはいかないが…」

 

「洗い物とか、お掃除だったら私得意だよ!」

 

アリシアちゃんも元気に答える。労働基準法では就業の下限は15歳なのだが、別にお給料を貰う訳でもなく、家族の手伝いをするということであれば特に問題もないだろう。

 

「店内に出るのは不都合があるだろうから、じゃぁ厨房のほうでお皿を洗ってくれるかい? 」

 

「はい、判りました」

 

ただ待っているのも退屈だし、何より却って気を使ってしまうだろうから、むしろ身体を動かしていた方がよさそうだ。私とアリシアちゃんは桃子さんに厨房へと案内してもらうと、仕込みをしていたらしい女性に紹介された。アシスタントコックの松尾さんと言うのだそうだ。挨拶をしているとバイトの人達も到着したようで、併せて紹介して貰った。バイトの人達はホールスタッフらしく、挨拶を済ませると更衣室で着替えて店内に戻って行った。

 

「あの、さすがに子供用のエプロンなんてありませんよね…」

 

「あるわよ。昔、美由希が使っていたので良ければだけど」

 

「あるんですか。助かります。じゃぁそれを貸して貰えれば」

 

「予備もあった筈だから、2枚出せるわね。ちょっと待ってて」

 

桃子さんはそう言うと、奥の棚から段ボール箱を取り出した。さすがに飲食店の厨房だけあって、段ボール箱自体はかなり古いもののように見えるにもかかわらず、ほこりなどは一切ない。

 

「ヴァニラちゃん、いつも通りの分担でいいかな? 」

 

「うん、それでいいと思う。そういえばここでもディッシュウォッシャーは使っていないんだね」

 

ミッドチルダの自宅ではよく私が洗い上げをして、アリシアちゃんが乾拭きして棚にしまう、という役割分担で洗い物をしていたのだ。ちなみにディッシュウォッシャーは使っていなかった。これはお母さんから聞いたのだが、娘とのコミュニケーションの一環で、一緒に手で皿洗いをするのが良いのだそうだ。

 

「ディッシュウォッシャーもあるんだけど、よっぽど忙しい時じゃないと使わないの。一緒にお皿を洗っていると、連帯感みたいなものが生まれるのよね。はい、これエプロン」

 

私の呟きを聞いていたらしい桃子さんがエプロンを手渡してくれる。お母さんと同じような意見を持っていることが判って、一気に桃子さんに親近感がわいた。お礼を言ってエプロンを受け取ると、アリシアちゃんと一緒に支度を整える。これで飛沫を気にせずに洗い物が出来るだろう。そしてどうやらお店も開店したようで、店内が賑やかになってきた。

 

「よーし、じゃぁがんばろう!」

 

アリシアちゃんが気合を入れる。開店したばかりでお客さんに出した料理のお皿やコップはまだ運ばれていないが、ひとまず仕込みで使用した食器類を洗い上げておいた。

 

 

 

午前中はそれほどでもなかったのだが、お昼を過ぎた頃に忙しさはピークを迎え、アリシアちゃんも私もシンクに張り付いた状態になっていた。

 

「さっ、さすがはこの街で一番おいしいスイーツのお店っていうだけあって…」

 

「お客さんの数すごいねー…」

 

「お昼時だからねー」

 

雑談しながらも手は休めない。聞けばこれでもまだ本当に忙しい時期と比べたらまだまだ温い方なのだそうだ。松尾さんが言うには、12月下旬には泊まり込みでケーキを作ったりすることもあるらしい。その時は高町家も一家総出でいろいろな作業をするのだそうだ。

 

(クリスマスかぁ…そう言えばアリシアちゃんにこの世界の行事とかも教えてあげないといけないな)

 

マルチタスクも駆使して洗い物とアリシアちゃんとの雑談、そして色々な考え事も進める。そのうち漸くお客さんが途切れたようで、バイトの人も交替で休憩に入っていた。私達も一通り洗い上げを終え、一息つける状態になった。

 

「2人共お疲れさま。もう後はバイトの子達で回せると思うから、上がっていいわよ。あと、お昼作ったから食べておいてね」

 

そう言いながら桃子さんが賄いを用意してくれた。お礼を言って食べてみると、これがまた美味しい。ネット記事に偽りは無かったようだ。これは自家焙煎コーヒーも期待できるかも知れない。そう考えた時、士郎さんも厨房に入ってきた。

 

「飲み物は何がいい? コーヒーに紅茶、ミルク、オレンジジュースやリンゴジュースもあるけれど」

 

「あ、私ミルクティーがいい」

 

「じゃぁ、私はコーヒーをお願いします」

 

早速コーヒーを頼んでみる。私達がそう答えると、士郎さんは嬉しそうにドリンクを用意してくれた。私達くらいの子供がコーヒーや紅茶をオーダーすることは滅多になく、それが嬉しかったのだと言いながら私達に飲み物を手渡す。

 

「わ、すごく良い匂い」

 

「そのミルクティーは、アールグレイを使っているんだ。少し味にクセがあるから、飲みづらいようなら言ってね」

 

「うん…すごく不思議な味。でも美味しい」

 

アールグレイはベルガモットで着香された茶葉で、ミルクとの相性が非常にいいのだ。アイスティーよりもホットにした方が香りは引き立つのだが、その分クセも強くなるためあまり初心者向けではない。まぁアリシアちゃんは気に入ったようなので問題はないが。

 

ちなみに私が何故そんなことを知っているかと言うと、アールグレイに含まれるベルガモチンと言う成分が一部の医薬品と相互作用を生じることから、医大で話題に上がったことがあったためだ。

 

そんなことを思い出しながら、私もコーヒーに砂糖とミルクを入れて口をつける。

 

「!…美味しい…」

 

風味といい、コクといい、これは相当なレベルだと思った。以前ミッドチルダでお父さんのブラックコーヒーを試した時はあまりの苦さに吐き出してしまったのだが、これならブラックでも行けるかもしれない。

 

「2人共、口に合ったようでよかったよ。コーヒーも煎りたてだから一番おいしい時なんだ」

 

コーヒーは焙煎が命、と士郎さんは力説する。何でも生豆であれば数年は持つが、焙煎すると数日で香りや味が落ち始めてしまうのだそうだ。このため翠屋では厳選した豆を毎日適量焙煎するとのことだが、焙煎のテクニックは店によって違うのだそうで、それがその店の味として固定客をつかむのだとか。

 

こうして美味しいお昼ご飯を頂いた後で、自分達が使わせてもらった食器だけ洗って、私達は作業を終えた。桃子さんが言った通り、午後はお昼時と比べると厨房はそんなに忙しくない様子だった。

 

「お昼は回転も速いから色々と忙しいのだけれど、午後はゆっくりしていくお客さんが多いのよ」

 

そっと店内を覗いてみると、確かにお客さんは入っているのだが、みんなのんびり談笑している感じだった。見たところ女子中学生か女子高校生くらいの層がメインだが、有閑マダムといった感じのおばさま達もいるようだ。

 

「やることがないと退屈? 」

 

「そうですね、正直にいえば手持無沙汰です」

 

「まぁこれくらいの時間になると、ホールスタッフの子達が交替で洗い物をしても大丈夫だし、お手伝いとはいえ、あまりあなた達くらいの子供を長時間働かせるわけにもいかないから、我慢してね。その代りと言っては何だけれど」

 

桃子さんがシュークリームを1つずつ用意してくれた。アリシアちゃんが目を輝かせながらお礼を言い、お皿を受け取る。

 

「折角だから店内で食べてきたら? 」

 

桃子さんはそう言ってくれたが、空席があるとはいえさすがに他のお客さんたちに悪いような気がしてしまい、それは丁重にお断りした。

 

厨房の一角を借りて絶品のシュークリームを堪能し、一息ついたところで士郎さんに呼び出された。

 

「2人共ちょっと来てくれるかな? なのはが帰ってきたから、紹介するよ」

 

「あ、はい」

 

アリシアちゃんと一緒に士郎さんについて行くと、そこには私達と同い年くらいの女の子がいた。栗色の髪の毛をシュリンプ・ツインテールに纏め、白を基調にしたワンピースとボレロに身を包んだ、可愛らしい子だった。

 

「ウチの末娘のなのはだ。2人共よろしく頼むよ。なのは、この2人が昨夜話したヴァニラちゃんとアリシアちゃんだよ」

 

「高町なのはです!よろしくね、ヴァニラちゃん、アリシアちゃん」

 

「アリシア・テスタロッサだよ。今日からよろしく」

 

「…あ、すみません、ヴァニラ・H(アッシュ)です。よろしく、なのはさん」

 

挨拶が一瞬遅れてしまったのは、なのはさんに明らかに魔力があることに気付いたからだ。以前アレイスターさんが「管理外世界にもごく稀に魔力を持った人がいる」と言っていたことを思い出す。

 

<ハーベスター>

 

<≪Yes, master. What’s up? ≫>【はい、何でしょう】

 

<彼女は魔導師だと思う? >

 

私は2日ぶりにハーベスターを起動させ、念話で確認してみた。ハーベスターは暫く沈黙した後、否定の意を念話で返してきた。

 

<≪Although the capacity of her magical power seems to be same as you or more, she is not controlling it at all. She is talented, but I guess she is not a wizard.≫>【魔力量こそマスターと同等かそれ以上ではありますが、彼女は全く制御を行っていません。才能はあるようですが、魔導師ではないと考えます】

 

<判った。ありがとう>

 

私はふぅっと息をつくとハーベスターをスリープモードに戻して、怪訝そうな顔でこちらを見ているアリシアちゃんとなのはさんに笑顔を返した。

 

「ごめんなさい、ぼーっとしていました」

 

「さて、なのは。2人を自宅の部屋まで案内してあげてくれるかい? 」

 

「うん!その後、街を案内してあげてもいい? 」

 

「晩御飯までにちゃんと戻ってくるなら構わないよ。2人共、今日はお手伝いありがとう。また後でね」

 

なのはさんが嬉しそうに先導する。私達は士郎さんと、見送りに出てくれた桃子さんに挨拶をすると、なのはさんの後について翠屋を後にした。

 

 

 

高町家の自宅は翠屋のすぐ裏手にあった。洋風でお洒落な外観の翠屋とは違い、どちらかというと古風な日本家屋の雰囲気を醸し出す引き戸の門をくぐる。

 

「…広っ」

 

思わず声が口をついて出た。庭は落ち着きのある庭園調になっており、母屋とは別に離れまである。片隅には少し大きめの棚に見事な盆栽が並び、その隣には池まであった。ミッドチルダではあまり見かけない作りのためか、アリシアちゃんも珍しそうに眺めている。

 

「ここが玄関。あ、日本では靴は脱いで上がるんだよ…って、それは知ってるのかな」

 

なのはさんはそう言うと、玄関を開けて中に入る。門は和風だったが、玄関はドアになっていた。私達もなのはさんについて家の中に入った。

 

「なんていうか…不思議な建物だね。でも良い匂いがする」

 

アリシアちゃんが大きく息を吸いながら言った。私も同じようにしてみる。うん、これは藺草の香りだ。玄関から中を見た感じでは床はフローリングだし、扉も襖ではなくドアが使われてはいるが、一般的な日本家屋に標準装備されている畳がこの家にもあるのだろう。

 

「昨夜、お父さん達と部屋割りを決めたんだ。2人の部屋は2階だよ。部屋数には余裕があるんだけど、お父さんが最初の内は2人一緒の部屋がいいだろうって…問題ないかな? 」

 

「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

 

私がそう答えると、なのはさんは少しむくれたような表情で私の顔を覗き込んだ。

 

「ど、どうかしましたか? 」

 

「ヴァニラちゃんの口調って、何か他人行儀。もっと普通に家族と話すみたいに話してよ」

 

返答に困ってアリシアちゃんの方を見る。

 

「うーん、確かに話し方が硬いよ? いつも私と話すときはもっと砕けた口調だよね? 」

 

「ぅ…」

 

言われてみれば、確かにその通り。そう言えば魔法学校でも同じような口調だった。

 

「うん…善処しま…する」

 

そう言うと、なのはさんはにっこり微笑んだ。

 

「うん!じゃぁ、お部屋に案内するね!」

 

 

 

なのはさんに案内された部屋には、既に2人分のベッドや机、クローゼットなどが用意されており、1台だけだがノートパソコンもあった。

 

「着替えまでは用意できなかったから、この週末にみんなでお買い物に行く予定なの。それまではわたしの服で我慢してね」

 

「いえ、至れり尽くせりで助かります。ありがとうございます」

 

そう言うと、横からアリシアちゃんにつつかれた。

 

「ヴァニラちゃん、口調」

 

「あ…えっと、ありがとう、なのはさん」

 

慌てて言い直す。すると何故かなのはさんとアリシアちゃんはぷっと吹き出して、そのまま笑い始めてしまった。

 

「あはは、ごめんごめん。やっぱりそう簡単には直らないよね」

 

私もつられて笑ってしまう。無理に直そうとしなくても、これから徐々に慣れていけばいい。相手を拒絶するのではなく受け入れていれば、自然とアリシアちゃんと会話する時のようになる筈だ。

 

「さてと。じゃぁわたし、ちょっと着替えてくるから、待っててね」

 

なのはさんはそう言って部屋を出て行った。

 

「…あれ? 」

 

「どうしたの? ヴァニラちゃん」

 

「なのはさん、今着替えるって…」

 

「うん、そう言ってたね」

 

「…部屋着にでも着替えるのかな…まぁいいか」

 

さっき街を案内するようなことを言っていたような気がするから、部屋着というよりは動きやすいラフな格好か。態々着替えるというのも、あの白いワンピースはもしかしたら外出用のお気に入りという可能性もあるので、私はそれ以上深く考えることは無かった。

 

 

 

「お待たせ~」

 

戻ってきたなのはさんは明るいオレンジ色の上着に同系だが若干濃いオレンジのミニスカートと膝上まである黒のソックスという格好をしていた。さっきの服と比べると、随分快活なイメージだ。

 

「晩御飯までに戻らないといけないから、簡単な所だけ案内するね」

 

「ありがとう。お願いします」

 

「あ、それからこれ。わたしのパーカーだけど、良かったら使って。まだ日中はいいけれど、そろそろ海風が肌寒く感じる時間だから」

 

なのはさんはそう言うと2着のパーカーを渡してくれた。改めて自分達の格好を確認すると、アリシアちゃんはピンクのチューブトップドレスにサマーカーディガン。私は水色のノースリーブワンピースで、確かにこれから寒くなる時期に服がこれだけというのは辛いだろう。私達はなのはさんにお礼を言うと、借りたパーカーを羽織って出かけることにした。

 




なのはさん登場。。
原作開始の半年くらい前のことです。。


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第8話 「高町家にて」

まずは一度翠屋の前に戻って、そこを起点に説明をして貰うことになった。

 

「あっちが海で、臨海公園があるの。で、ここからまっすぐ行くと駅だよ」

 

なのはさんが嬉しそうにガイドしてくれる。丁度翠屋がある通りが駅前から続くメインストリートになっているらしい。翠屋の店外にはテラス席が用意されており、これのおかげでだいぶ歩道が広く見えるのだが、実はこのテラス席の部分は翠屋の私有地なのだそうだ。

 

「もっと駅の近くだとデパートとか、大きめの建物もあるんだけどね。この辺りはちょっと落ち着いた感じでしょ」

 

嫌いじゃないけれど、となのはさんは付け加えた。確かに雑踏の中にある喫茶店よりも、若干閑静な場所にある喫茶店の方が優雅な気がする。翠屋が繁盛しているのは、料理やスイーツなどの味ももちろんなのだが、場所が良いことも関係しているのかも知れない。

 

私達がさっき店を出た時は、まだ中学生や高校生くらいの女の子たちがかなりたくさん店内にいたのだが、ふと見ると今はだいぶ落ち着いているようだった。時計を見ると、17時15分前だった。

 

「まだ少し時間があるね。良いところがあるんだ。着いてきて」

 

15分ほどかけて、なのはさんに連れられて行った先は高台にある公園だった。桜台公園というらしい。階段を上がりきると大き目の池があり、貸しボートなどもやっている様子だ。そこから少し離れたところに小さな広場があり、海鳴のセンター街が一望できるようになっていた。

 

「うわぁ、すごいね…ヴァニラちゃん、あっちに海が見えるよ」

 

「ホントだ。あ、あれが大学病院かな」

 

今朝までお世話になっていた場所なのだが、遠目に見ると大分印象が違う。丁度日没を迎えようとしているところで、辺りは夕焼けに染まっていた。

 

「この時期、日の入りが早いよね。もうあと10分くらいかな? ここから見る夕焼けがまたキレイなんだ」

 

そう言いつつ、なのはさんは近くにあったベンチに腰を下ろした。アリシアちゃんと私もそれに続き、同じベンチに腰を下ろす。

 

「そう言えば、2人共聖祥にくるんだよね? 」

 

日の入りを待ちながら、急になのはさんが聞いてきた。

 

「聖祥っていうのは? 」

 

「わたしが通っている小学校だよ」

 

「ああ、それなら士郎さんが手配してくれている筈。なのはさんと同じ学校っていってたから」

 

「うん。私も話だけは聞いてる。聖祥小学校って言うんだね」

 

「いつから来れそうなの? 」

 

「それが、色々と面倒な手続きがあるようで、正確な日付はまだ」

 

「そっか。はっきりわかったら教えてね」

 

「うん。あ、そろそろみたい」

 

丁度、太陽が山の稜線に沈むところだった。

 

「日の入りが海だったらもっと素敵だったんだけど、残念ながらあっちは東なんだよね」

 

「じゃぁ、今度早起きして日の出を見に来ようよ」

 

「アリシアちゃん、ナイスアイディア…って言いたいところだけど、実はわたし、ちょっと朝は苦手で」

 

なのはさんはにゃははと苦笑しながら言った。日が落ちると、街には灯りが点き始める。夜景もさぞ綺麗なのだろうと思いながらも、晩御飯に間に合うように帰宅する約束もあったので、私達は広場を後にした。

 

 

 

高町家に戻ると、良い匂いが玄関まで漂っていた。台所には桃子さん。

 

「お帰りなさい。みんなちょっと手を洗って、食器並べるのを手伝ってもらえる? 」

 

「はーい」

 

なのはさんに連れられて洗面所に行き、3人並んで手を洗うと、ダイニングに戻って食器を並べる手伝いをした。翠屋の方はもう店じまいかと思ったのだが、実はかなり遅い時間まで営業しているそうで、桃子さんも食事が終わったらまた店に戻るのだとか。

 

「そういう訳だから、食後の洗い物は一緒にやろうね!」

 

桃子さん達の負担を減らすのは大賛成だったし、なのはさんとのコミュニケーションももっと取りたかったこともあって、私とアリシアちゃんはなのはさんと一緒に洗い物をすることになった。

 

食事の支度が終わると、なのはさんが翠屋に士郎さん達を呼びに行った。高町家の晩御飯は、基本的にみんなで一緒に頂くのだそうだ。個人的に用事などがあって食事が不要な時は事前に連絡する必要があるらしい。

 

数分もすると士郎さんと恭也さんがなのはさんに連れられて戻ってきた。一緒にいる眼鏡をかけたおさげの女性が恐らく美由希さんなのだろう。

 

「挨拶が遅くなってゴメンね。君達がアリシアちゃんとヴァニラちゃんだよね? 聞いてるとは思うけど、あたしが高町美由希。なのはのお姉ちゃんだよ。よろしくね」

 

にこやかに挨拶してくる美由希さんに私とアリシアちゃんも笑顔で自己紹介をすると、みんなで食卓についた。私が「いただきます」と言うと美由希さんが、イギリスでも食前に『いただきます』というのか、と聞いてきた。

 

ちなみにミッドチルダでも食事の前には、言葉こそ違うものの食事に感謝する意味の言葉を言う。直訳すれば正に「いただきます」である。英語でも、辞書で調べると”Let’s eat.”といった記載があるが、それとは別に食前の祈りなどもあるようだし、食に対する感謝の意を込めた言葉はどこの世界にも存在するはずだ。そう答えると美由希さんは興味深そうにしていた。

 

 

 

桃子さんが作ってくれた食事はとても美味しかった。食事を終えると士郎さんと恭也さん、桃子さんは翠屋に戻り、私はアリシアちゃんと一緒に流しの前に立ったのだが、なのはさんと美由希さんには拭き上げと片付けをお願いしたところ、あっという間に作業が終了してしまい、今はリビングで休憩中だ。なのはさんは学校の宿題だろうか、教科書を広げており、アリシアちゃんはそれを横で一緒に見ている。

 

「あ、そう言えば週末に2人の服とか買いに行くんでしょ? どんな服がいいの? 」

 

美由希さんが唐突に聞いてきた。

 

「そうですね…私もアリシアちゃんも、手持ちの服は今着ているものだけなので、もう少し寒さを凌げるものがあると良いですね。いつまでもなのはさんの服を借りる訳にもいきませんし」

 

「あー、えっと、そういう意味じゃなくて、ヴァニラちゃんが好きな服ってどんな感じのもの? 」

 

少し質問の意図をはき違えていたらしい。買って貰う立場で贅沢は言えないが、ふと私がミッドチルダで着ていた服のラインナップを思い出す。

 

「好きという意味では白系の服が好みですね。今着ている水色も嫌いではありません」

 

「そっか、淡い色が好きなんだね。アリシアちゃんはやっぱりピンク色が好き? 」

 

「うーん、色は結構何でも好き!ピンクだけじゃなくて青い服も着るし、あと黒も好きだよ」

 

「あ、アリシアちゃんの容姿だと、黒はすっごく似合うかも」

 

なのはさんも会話に加わってきた。どうやら宿題も終わったようだ。

 

「服の形とかはやっぱりワンピース系がいいのかな? 」

 

「あまり形にはこだわりません。ワンピースやジャンパースカートは着やすいので好きですが…そういう意味ではアリシアちゃんの方がコーディネートし甲斐があると思いますよ」

 

「えー、そんなことないよ。ヴァニラちゃんだってほら、バリ…じゃなくてあのひらひらした服好きじゃない」

 

アリシアちゃんはどうやら私のバリアジャケットについて言及したいらしいが、さすがに今ここでお披露目する訳にもいかない。そう思っていたら、美由希さんがこれ以上ないくらいに食い付いてしまった。

 

「へぇ~、ひらひらした服が好きなんだ。どんなの? 写真とかないの? 」

 

「えっと、写真は…ないですね。っていうか、そんなにひらひらはしてないですよ? 袖とか裾に少しだけひらひらがついているだけで」

 

「あー私、絵描けるよ」

 

「ホント? 描いて描いて」

 

なのはさんから紙とペンを借り、アリシアちゃんが描き上げた私のバリアジャケットは、簡単な線画であるにも関わらず、デザインははっきりと判るものだった。

 

「うん、ちゃんと特徴が掴めてる。よく覚えてたね」

 

「私、ヴァニラちゃんのこの服好きだったんだー」

 

「ふーん、何かの制服か、コスプレみたいな感じの服だね」

 

なのはさんの指摘はもっともだと思う。今にして思えば私も何故ムーンエンジェル隊でヴァニラが着ていた服をバリアジャケットにしたのか、よく判らなかった。そのうち他のデザインも登録しておこうと思う。

 

「あ、でも似たような系統の服ならあるよ。ほらこれ」

 

美由希さんが見せてくれた雑誌に載っていたのは若干おとなし目のゴスロリファッションだった。

 

「ゴスロリって、アンティークドールみたいなのばっかりじゃないんだよ。普段着で着てる人も多いし、ほら、このブラウスとか可愛くて絶対似合うよ」

 

「ホントだ。あ、この黒いスカート、可愛い」

 

「あぁ、フリルティアードだね。アリシアちゃんはこういうのが好みなんだ」

 

美由希さんとアリシアちゃんは大いに盛り上がっていたが、私は「琴だった頃」からあまり着るものには頓着しない方で、服のデザインについてはあまりよく判らず、相槌を打つくらいしかできなかった。

 

その後、美由希さんの提案で私達はなのはさんの部屋に移動し、いくつかなのはさんの服を試着させてもらうことになった。実際にどんな色や形状が似合うのかを確認のだと言っていたけれど、着せ替え人形で遊ぶような感覚も多少はあったのではないだろうか。私もアリシアちゃんもいくつかの服を着せられては写真を撮られた。

 

「うーん、やっぱりなのはの服だけだとちょっと偏りがあるなぁ…色味とかももうちょっとバリエーション見てみたいけど」

 

「あ、お姉ちゃん、それならちょっとデジカメのメモリーカード貸して」

 

なのはさんは何かを思いついたようで、パソコンを立ち上げると、デジカメからメモリーカードを抜き取ってパソコンに直接挿入した。

 

「こんなのはどうかな? 」

 

暫く何かの操作をした後、なのはさんが手元の画面を見せてくれる。そこには私とアリシアちゃんの写真、それから色々な洋服のパーツが選べるお店のサイトのようなものが表示されていた。

 

「最近多いんだよ。自分の写真を取り込んで、バーチャル試着できるようになってるの」

 

「ナイス、なのは。じゃぁこれでいろいろ見てみようか」

 

美由希さんは嬉しそうに画面を操作し、私達は色々なコーディネートを確認した。結果として判ったのは、アリシアちゃんにはティアードやシフォンのような形状が良く似合い、私はサーキュラーやプリーツ系があっているということだった。ちなみに色については、髪色のこともあるのかもしれないが、アリシアちゃんは基本的に何色でも大丈夫で、私は原色系の服は避けた方がよさそうだ。

 

「という訳で、週末はこんな感じの服を買いに行くことに決まりました」

 

美由希さんがまとめたラインナップを見せてくれる。

 

「ありがとうございます。何故かメイド服としか思えないゴスロリドレスがリストにあるのが気にはなりますが」

 

「いいんじゃないかな? かわいいから」

 

アリシアちゃんはお気に召したようだ。まぁ私も買って貰う立場だし、文句は言わないが。

 

「ねぇ美由希お姉ちゃん、来週このメイド服着て翠屋のお手伝いに行ってもいい? 」

 

「あはは…それはいらぬ誤解を受けそうだから控えてもらえると嬉しいかな」

 

アリシアちゃん…そこまで気に入ったのか。

 

「そうだ、アリシアちゃん、ヴァニラちゃん、明日少し時間とれないかな? 」

 

なのはさんが聞いてきた。

 

「うん、桃子さんとも相談するけど、午後ならたぶん大丈夫」

 

「明日の夕方、友達に紹介したいの」

 

「そう言う事なら問題ないと思う。今日の感じだと、なのはさんが帰ってくるころにはたぶんヒマを持て余してる」

 

「ねぇ、なのはちゃんの友達ってどんな人? 」

 

「えっとね、すずかちゃんとアリサちゃんっていうんだけど、2人共とってもいい子だし、アリシアちゃんやヴァニラちゃんともすぐに仲良くなれると思うんだ」

 

暫くその話で盛り上がっていたのだが、ふと気付くと既に時計が21時を回っていることに気付いた。

 

「あ、もうこんな時間…なのはさんは明日も学校だよね? 」

 

「ホントだ。明日の支度もしないと」

 

「なのは、寝る前にお風呂入りなよ。折角だからアリシアちゃんとヴァニラちゃんも一緒に入っちゃえば? 」

 

美由希さんが提案してくる。そういえば病院ではまともに入浴していなかったことを思い出した。まずは確り身体を洗わせてもらうことにしよう。

 

 

 

高町家のお風呂は子供3人で入っても問題ない広さがあった。ちなみにミッドチルダには、身体を洗い場で洗った後でゆっくりお湯に浸からせるタイプのお風呂と、バスタブに張ったお湯に入浴剤を混ぜて身体もそこで洗うタイプのお風呂がある。地球で言えば日本風と西洋風といったところか。幸いH(アッシュ)家もテスタロッサ家も、お風呂は日本風のものを使用していたのでアリシアちゃんも困惑することは無かった。

 

ちなみに、下着だけは新品のものを用意されていた。さすがに下着まで借りる訳にもいかないので、これは素直に助かったと思う。お風呂から上がり、なのはさんから借りたパジャマを着て廊下に出ると、丁度帰宅したらしい士郎さん達と鉢合わせした。

 

「お、3人揃ってお風呂か? 早速仲良くなったようでよかったよ」

 

士郎さんがにこやかに言う。翠屋は22時で閉店し、帰宅したのだそうだ。ちなみにクリスマス時期は深夜まで営業時間を拡大するらしい。

 

「クリスマスにはわたしも店内の飾りつけをしたり、ポップを作ったりするんだよ!」

 

「それは楽しそう。私達も手伝わせてね」

 

クリスマスを知らず、不思議そうな顔をするアリシアちゃんに「後で説明するから」とアイコンタクトを送りつつ、なのはさんに答えた。ついでにダメ元で聞いてみる。

 

「そう言えば…さすがに聖書は持ってないよね? 」

 

「うーん、わたしは持ってないなぁ。アリサちゃんなら持っているかも知れないけど。お姉ちゃんは? 」

 

「ウチはクリスチャンじゃないしね。残念だけど持ってないよ。でもどうしたの? 急に」

 

「いえ、クリスマスと聞いて、久し振りに読んでみようかと思ったのですが」

 

これは嘘。アリシアちゃんにクリスマスのことを説明するのに使おうと思っただけだ。

 

「そっかぁ。『クリスマス・キャロル』なら持ってるけど、読む? 」

 

あ、ディケンズの小説だ。主旨は若干違うが、英国人を装うアリシアちゃんなら知っておいて損はない話だろう。

 

「ありがとう。良かったら是非」

 

「うん!じゃぁお部屋に持っていくね」

 

「本も良いけれど、今日はもう寝るんだぞ」

 

士郎さんが呆れたように言う。私達は「はーい」と答え、桃子さんや恭也さんにもおやすみなさいと挨拶をすると部屋に戻った。

 

 

 

「アリシアちゃん、起きてる? 」

 

なのはさんから本を借りた後、士郎さんの言いつけを守って灯りを消し布団に潜り込んだのだが、なかなか寝付けなかった私は小声でアリシアちゃんに声をかけてみた。

 

「う、ん…どうしたの? 」

 

アリシアちゃんは既にうとうとしていたようだ。

 

「ごめんね、まだミッドに帰る方法は全然思いつかない。しばらくはここで生活することになると思うから、そのつもりでいてね」

 

「うん。わかってるよ、大丈夫」

 

「何か判ったらすぐに教えるから」

 

「ねぇ、ヴァニラちゃん…無理はしないでね? 私は本当に平気だよ。それよりも折角こんな珍しい体験をしてるんだから、帰るまではもっと楽しもうよ」

 

アリシアちゃんにそう言われて一瞬言葉に詰まる。

 

「私も別に帰りたくない訳じゃないけれど、判らない時はどう頑張っても判らないから。あまり思い詰めずに、気楽に行こう? 」

 

そうか、そう言う考え方もあるんだ。アリシアちゃんのこの言葉で私の気持ちは随分と楽になった。

 

「ありがとう。じゃぁあまり気負わないことにするね」

 

「うん!じゃぁもう寝よう? おやすみなさい、ヴァニラちゃん」

 

「うん。おやすみ」

 

アリシアちゃんはすぐに寝付いたようで、規則正しい呼吸が聞こえてきた。私も今のやり取りで気分が楽になった所為かすぐに睡魔に襲われ、そのまま意識を手放した。

 




アリシアちゃんがたくましいです。。


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第9話 「友人」

翌朝、何やらピリピリとした空気に目が醒めた。時計を見ると朝の5時半。普段ならまだ寝ている時間だが、張り詰めた空気が気になってしまい、アリシアちゃんを起こさないようにそっと部屋を抜け出した。

 

廊下を抜けて奥へ向かうと緊張感がより高まった気がした。その先は離れになっている部分だ。念のため全身を魔法で強化させると、私は先に進んだ。離れの入り口は引き戸になっており、隙間からそっと中を覗くと、そこは剣道場のようだった。恭也さんと美由希さんが相対している。

 

「ヴァニラちゃんかい? 入っておいで」

 

突然士郎さんの声が聞こえた。恐る恐る引き戸を開けて中に入る。

 

「よし、今朝の稽古はここまでにしよう」

 

「「ありがとうございました」」

 

その瞬間、緊張していた空気が緩んだ気がした。私もふっと息を吐くと強化魔法を解除した。

 

「随分と早いんだね。まだ朝ご飯には早い時間だと思うけど」

 

恭也さんが道場の中央に礼をした後、話しかけてきた。

 

「お稽古だったのですね。すみません、邪魔してしまったようで。ちょっと空気が張り詰めている気がしたので、どうしたのかと思って」

 

「へぇ、判るんだ。もしかしてヴァニラちゃんって武術の心得があったりする? 」

 

美由希さんも話しかけてくる。

 

「いえ? 特に何もしていませんよ」

 

「そうなの? その割にはさっき、面白い気の流し方をしていたみたいだけれど」

 

もしかして強化魔法のことだろうか。なのはさんのこともあるし、もしかしたら美由希さんにもリンカーコアが、と思い改めて確認したが、美由希さんからは魔力を感じることは無かった。

 

「まぁいいか。恭ちゃん、私先にシャワー浴びちゃうね。じゃぁヴァニラちゃん、また後で」

 

美由希さんはそう言うと一足先に道場を出て行った。と、さっきほどではないが、また若干空気が張ったような気がした。

 

「さてと。美由希も言っていたけど、本当に効率のいい気の流し方だったよ。君の歳からすればありえないくらいにね。もしかして君の世界にはそうした体術でもあるのかい? 」

 

「えっと、気とか、そう言うのはあまりよく判らないのですが…身体強化のプログラムはあります。さっきも剣呑な雰囲気だったので使いましたが、たぶんそのことでしょう」

 

「そうか。すまないが、もう一度そのプログラムを使ってみてくれないか? 」

 

恭也さんと士郎さんに頼まれて、再度全身を強化させる。

 

「ふむ。矢張り彼女は違うようだ。恭也、もういいだろう」

 

「あぁ、ごめんよヴァニラちゃん。もう大丈夫だ」

 

その言葉と共に完全に空気が弛緩する。

 

「どうかされたんですか? 」

 

「いや、気のせいだったよ。忘れてくれ。変な思いをさせてすまなかったね」

 

士郎さんがポンポンと軽く私の頭を叩いた。

 

「さて、私達も母屋に戻ろうか。少し早いが朝ご飯にしよう」

 

母屋に向かいながら、士郎さん達に稽古の話を聞いた。何でも毎朝4時くらいから準備運動を兼ねて20km程度のランニングをした後、5時頃から道場で剣の稽古をするのだそうだ。

 

「ヴァニラちゃんも一緒にやってみるかい? 」

 

明らかに冗談だと判る口調で士郎さんが言う。

 

「謹んでご遠慮させて頂きます。それ、一般人の運動量を明らかに凌駕していますよ」

 

「おはよーございます、士郎パパさん。ヴァニラちゃん、何の話? 」

 

アリシアちゃんも起きてきて合流した。私が高町家の朝が早いことと、彼等がハードな朝練をしていることを伝えると、すごいねーと驚いていた。

 

「そう言えばなのはちゃんがいないみたいだけれど? 」

 

アリシアちゃんがきょろきょろと辺りを見回す。

 

「あぁ、なのはは朝練には参加していないからね。まだ寝てるんじゃないかな」

 

そう言えば、彼女は朝が苦手だと言っていた気がする。実際まだ6時を少し過ぎたところだし、小学校に行くだけならきっともう少し遅くても大丈夫なのだろう。そう思っていたら彼女の部屋の方から電子音のような音楽が聞こえてきた。恐らく携帯電話か何かを目覚まし代わりに使っているのだろう。

 

「あ、私起こしに行ってくる」

 

アリシアちゃんがなのはさんの部屋に向かった。私は一度着替えて顔を洗う旨を士郎さんに伝えると、部屋に戻った。その後洗面所でなのはさん、アリシアちゃんと一緒に顔を洗う。

 

「おはよう、なのはさん」

 

「おはよー、ヴァニラちゃんも早いんだね~」

 

「今朝は偶々。いつもはなのはさんと同じくらいかな」

 

「そっか。ちょっと安心した。じゃぁ着替えてくるね」

 

なのはさんは照れたようににゃはは、と笑うと、部屋に戻って行った。アリシアちゃんも一度部屋に戻って着替えるようだ。私は一足先にダイニングに向かうと、桃子さんに挨拶をする。朝食はベーコンエッグにパンという、洋風のメニューだった。既に配膳まで完了していたので、今回も後片付けを手伝うことにした。

 

「桃子さん、今日も翠屋のお手伝いをさせて貰ってもいいですか? 」

 

「そうねぇ…手伝ってくれるのは嬉しいんだけど、元々洗い物はシフトの子達が担当することだから…じゃぁ、お昼時だけお願いできるかしら? 」

 

「判りました。では12時前に行きますね」

 

別段人手が足りていない訳でもないため、今日はお昼時の忙しい時間帯だけお手伝いに行くことになった。そんな話をしていると、着替え終わったなのはさんとアリシアちゃんもやってきた。なのはさんは昨日と同じ、白っぽいワンピースにボレロを身に付けていた。

 

「あれ? なのはさん、その服って昨日と同じ? 」

 

「うん、聖祥の制服だよ。可愛いでしょう」

 

「あぁ、何か違和感あると思っていたら、制服だったんだ」

 

「違和感って…そんなに似合ってないかな? 」

 

「ううん、そういう意味じゃなくて。帰宅してすぐに着替えたり、同じ服を連続で着たりすることに違和感があったから」

 

「あれ? でもヴァニラちゃんもあっちの学校は制服だったでしょ? 」

 

美由希さんが聞いてきた。そう言えば英国では小学校も制服着用という話を聞いた気がする。というより、ミッドチルダの魔法学校も制服だった。私自身は慣れている筈なのに、何故なのはさんの制服に違和感を持ったのだろう。

 

「まぁ、日本では小学校で制服ってあまりないかもな。公立は殆ど私服だろうし、私立でもこの辺りで制服は聖祥くらいじゃないか? 」

 

それだ。恭也さんの言葉で漸く判った。違和感の原因は、私が日本の知識で考えていたためだった。だがこれによって新たな問題が発生してしまった。

 

「え…聖祥って私立なんですか? 」

 

「あれ、言ってなかったかな? そうだよ。私立聖祥大学附属小学校っていうんだ」

 

「初耳です…というか、私やアリシアちゃんまで私立の学校に通わせて頂くのはさすがに申し訳ないのですが」

 

「もし経済的負担を気にしているのなら、そこは心配しなくていいよ。聖祥には里子が通学する場合に里親の負担を減らすプログラムがあってね。学費だけなら恐らく普通に公立の学校に通うのと大差ない筈だ」

 

「え…そうなんですか…? 」

 

「そう。だからあまり気を遣わなくてもいいよ」

 

「判りました。そう言う事であればお言葉に甘えさせて頂きます。ありがとうございます」

 

尤も公立と同じなのは学費のみであって、林間学校や修学旅行などの積立は割高であることを知ったのは随分と後の話である。

 

私が士郎さんと話をしている間に、なのはさん達はご飯を食べ終えていた。

 

「ごちそうさまー行ってきまーす」

 

「行ってらっしゃい。気をつけて」

 

家を出て行こうとするなのはさんに声をかけると、私達も食事を終わらせ、食器の後片付けを始めた。

 

 

 

士郎さんと桃子さんが翠屋に出かけた後、お昼までは時間が空いたのでアリシアちゃんにはTVを見ながら日本語の勉強をしてもらうことにした。掃除でもしておこうかと思ったのだが、自宅の掃除は家政婦さんに頼んであるとのことで、気にしないように言われてしまっていたのだ。

 

翻訳魔法をOFFにして、暫くアリシアちゃんと一緒にTVを見ていたが、細かい言い回しは兎も角、彼女は既に概ね何を言っているのかを把握出来てきている様子だった。そんな折、私はなのはさんに借りた「クリスマス・キャロル」を部屋に置いたままにしていたことを思い出した。

 

「ちょっと部屋に本を取りに行ってくるね」

 

「はーい」

 

丁度見ていた子供番組が終わったところで、適当にチャンネルをいじりながらアリシアちゃんが答えた。部屋に戻ってなのはさんから借りたディケンズの小説を手に取ると何気に時計を見た。時刻は9時。翠屋に向かうにはまだ少し時間があるし、少しアリシアちゃんにクリスマスのことを教えておこうと思い、階下のリビングに戻る。

 

「ねぇヴァニラちゃん、『連続爆破テロ』ってなぁに? 」

 

「え…なんでいきなりそんな物騒な単語が出てきたの? 」

 

「TVで言ってたよ」

 

アリシアちゃんがTVを指し示すと、丁度ニュースで爆破テロについて報道していた。どうやら中国系マフィアが最近あちこちで無差別爆破テロを起こしているらしい。

 

「そっか、アリシアちゃんは質量兵器のことはあまり良く知らないんだよね」

 

管理世界では物理的にダメージを与える武器の使用が禁止されている。魔法であれば非殺傷設定が可能だが、拳銃や爆弾などは人を簡単に傷つけ、命を奪うことが出来る。地球が管理外世界になっているのは、魔法文化が無いこと以上に、質量兵器が溢れていることが原因だと、以前アレイスターさんに教えて貰ったことをアリシアちゃんにも伝える。

 

「ここって、そんなに危ない世界なの? 」

 

「うーん、普通に暮らしていればそんなに危険なことはない筈だけど。でも確かにテロに巻き込まれたりしたらどうしようもないよね…あ、でもミッドでも違法魔導師が殺傷設定の魔法をばらまく事件はたまにあったりするみたいだから、それと同じかな」

 

以前お父さんに聞いた話では、違法魔導師のテロ行為による一般人の死傷者は毎年かなりの数になっていた筈だ。一回の被害こそ大規模な爆破テロなどと比較するべくもないが、発生頻度はそれなりに高い。

 

「そっか。どこの世界でも事件や事故はあるんだね」

 

私達だって魔力駆動炉が暴走した時に、偶々アブソリュート・フィールドを展開していたから助かったが、フィールドが無ければ2人共窒息死していた筈だ。だが私はその考えを頭の隅に追いやり、笑顔でアリシアちゃんに語りかけた。

 

「取り敢えずテロは置いておいて。今日はこの世界のお祭りについて教えるね。近いところでは来月末に結構大きめのお祭りがある筈だから」

 

「お祭り!? 」

 

アリシアちゃんの表情がぱっと輝く。ミッドチルダにもフェスティバルと呼ばれるようなお祭りがいくつかあり、子供たちはみんな楽しみにしているのだ。

 

「ミッドのフェスティバルとは少し違うけれど、街中がイルミネーションで飾られて、すごくきれい…なんだそうだよ。元はキリストっていう人の生誕祭で…」

 

アリシアちゃんにクリスマスの説明をする。イギリスと日本ではクリスマスの過ごし方に少し違いがあるが、とりあえずは日本式のものを覚えて貰えば問題はないだろう。

 

ある程度の説明をしたところで、アリシアちゃんにはなのはさんから借りたディケンズの小説を読んでもらった。これはスクルージという嫌われ者の強欲な商人が3人の精霊と出会うことによって改心し、最後にはみんなに好かれる人格者になるというお話だ。アリシアちゃんはこの話がとても気に入ったようで、よかったよかった、と嬉しそうに言っていた。

 

「私達の出身っていうことになっている国の小説家が書いたお話だからね。知っておいて損はないと思うよ」

 

「そっか。『インゲリス』だっけ? 」

 

「『イギリス』ね。まぁアリシアちゃんの発音の方が現地語に近いみたいだけれど」

 

「とりあえず、クリスマスっていうお祭りのことは大体わかったよ。ありがとう、ヴァニラちゃん。何だかすごく楽しみ」

 

それから2人で暫くクリスマスの話をし、その後12時少し前に翠屋に向かった。バイトの人達や松尾さんに挨拶をすると、エプロンを借りてシンクの前に立つ。

 

「じゃぁ、今日もがんばろう~」

 

「お~」

 

アリシアちゃんと一緒に、時に桃子さんや松尾さんとも雑談しながらも、洗い物をこなしていく。今日は午前中に洗い物をしていたらしい、伊藤さんというバイトの人ともお喋りをする時間があった。彼女によると、以前チーフウエイトレスをしていたフィアッセさんというイギリス人の女性が居たそうなのだが、その人が一身上の都合で帰国してしまった後はバイトも短期で辞めてしまう子が多いのだそうだ。

 

「月村さんっていう、恭也くんの彼女さんが偶にお手伝いに来てくれているんだけれど、平日は学校もあるし。今日は助かったよ。」

 

伊藤さんはそう言って私達の頭を撫でる。実は大学生で、講義がある時はバイトのシフトもお休みになるらしい。私達も聖祥への転入手続きが完了したら学校だし、そもそも正式に働けるような立場ではないので、あまり顔を合わせることもないのだろうけれど、今日一日は随分と可愛がってもらった。

 

 

 

=====

 

「ふーん、じゃぁもうすぐ聖祥に転入してくるのね」

 

「楽しみだな。学校でもよろしくね、アリシアちゃん、ヴァニラちゃん」

 

お手伝いを終え、なのはさん達が帰宅した後、私達は翠屋のテラス席でおしゃべりをしていた。アリシアちゃんよりも若干赤味がかった金髪の活発そうなアリサ・バニングスさんと、黒髪にカチューシャが可愛い、おとなしそうな月村すずかさんの2人を紹介されたのだが、アリシアちゃんはあっという間に馴染んでしまい、会話は弾んでいる。あまりこういった雰囲気になれていない私は適当に相槌を打っていたのだが、遠慮していると思われたのか、アリサさんがやたらと話を振ってきた。

 

「ヴァニラ、あんた趣味とかあるの? 」

 

「そうですね、読書とかは好きですよ」

 

「って、また口調が敬語になってるじゃない!同い年なんでしょ? 遠慮とかしないの」

 

と、こんな感じで言葉遣いを矯正されていたりする。本当は1つ年下の筈なのだが、士郎さんが取ってくれる戸籍では同い年になる予定なので、敢えてツッコミは入れない。

 

「ヴァニラちゃん、読書好きなんだ。私と同じだね。どんな本を読むの? 」

 

「主に文学作品で…かな。小説とかも、結構好き」

 

すずかさんに問われて答える際にもアリサさんに睨まれつつ、癖で敬語になってしまいそうになる口調を出来るだけ崩す。

 

「何か、壁を感じるのよね…あたし達だってもうあんたのこと友達だと思ってるんだから、もっと本音で話しなさいよ」

 

「は…うん、善処する…」

 

「だーかーら、そう言う堅苦しい言い回しをやめなさいっていってるのよ…そういう子は、こうしてやるわ」

 

いきなりアリサさんは私の両脇を取って、くすぐり始めた。

 

「え…あ、ちょっと…アリ、サ…さん? 困、る…よ」

 

ここは笑う所ではない筈。どういう顔をしていいか判らず、困った表情を向けると、アリサさんはピタッとくすぐるのをやめると自席に戻り、何やら落ち込んでしまった。

 

「アリサちゃん、どうしたの? 」

 

隣のすずかさんが心配そうに尋ねる。なのはさんとアリシアちゃんも様子をうかがう。

 

「…何か、セクハラ親父になったような気がして、自己嫌悪中なんだって…」

 

「「……」」

 

一瞬、小学校二年生のアリサさんが何故そこで自己嫌悪が出来るのか突っ込みたい衝動に駆られる。一体どれだけませているのかと。だが苦笑しているすずかさんは兎も角、なのはさんとアリシアちゃんは頭の周りにクエスチョンマークが飛び回っている様子なので、話をややこしくしないためにも今は一緒になってスルーしておくことにした。

 

いや、スルーしようと思ったのだが。

 

「…ぷっ…くぅ…ぁ…あ、ははははっ!」

 

思わず吹き出してしまい、その後笑いが止まらくなってしまった。

 

「何だかヴァニラちゃんが笑っているところ、久し振りに見た気がする」

 

あっけにとられた感じでこちらを見るなのはさんの隣でアリシアちゃんが呟いた。そしてなのはさん、すずかさんとも顔を合わせると、3人ともつられたかのように吹き出し、笑い出す。アリサさん自身も最初はばつの悪そうな顔をしていたが、その内一緒になって笑っていた。

 

「…っ、ふぅ…ごめん、アリサさん、何だか急に可笑しくなっちゃって」

 

「べっ、別にいいわよ!それに当初の目的も達成できたみたいだし」

 

「目的? 」

 

「あんたの壁よ。大分取り払われたんじゃない? 」

 

「あー、そういえば少し印象が柔らかくなった気がするよ!」

 

「そう…かな? 自分ではあまり判らないけど」

 

そんな話をしていると、桃子さんがシュークリームを乗せたお皿を持ってテラス席にやってきた。

 

「楽しそうにしているのは良いのだけど、他のお客様もいるから程々にね。あまりうるさくしないのよ」

 

「はーい、ごめんなさい」

 

「判ればよろしい。じゃぁシュークリームおいて行くから食べてね」

 

そう言うと桃子さんは持ってきた人数分のシュークリームをテーブルに置く。

 

「ヴァニラちゃん、何かいいことでもあった? 」

 

「え? 」

 

「ふふっ、随分すっきりした表情しているわよ」

 

去り際に、桃子さんに声をかけられて驚く。周りのみんなも微笑みかけてくれていた。

 

「そうですね、改めて士郎さんに声をかけて頂いたことを感謝したい気分です」

 

「それはよかったわ。じゃぁみんな、ゆっくりしていってね」

 

にっこりほほ笑むと、桃子さんは店内に戻って行った。

 

「じゃぁ、改めてよろしくね、ヴァニラ、アリシア」

 

アリサさんがウインクをしながら言う。

 

「うん!こちらこそよろしく、アリサさん、すずかさん」

 

 

 

=====

 

おまけ。

 

「そういえば、あんたたち編入試験受けるんでしょ? 勉強の方は大丈夫なの? 」

 

アリサさんの言葉にアリシアちゃんが反応する。

 

「こっちの言葉はまだ読み書きに自信がなくて。漢字っていうのが難しいよ。なのはちゃん、教えてくれる? 」

 

「にゃっ、わ、わたし!? え…えーっと、ごめん、ちょっと国語は苦手で…算数なら教えられると思うけど」

 

「そういえば、アリサさんとすずかさんは得意教科とかは? 」

 

「あたしは特に苦手な教科は無いわね」

 

「アリサちゃんはテスト全科目100点だもんね。私は体育が得意かな。身体を動かすのが好きなんだ」

 

あら、イメージとは全く逆だった。どちらかというとアリサさんの方が活発で、すずかさんの方が才媛のイメージだったのだけれども。

 

「そういうあんたは何が得意なの? 」

 

「たぶん、理科系? とか? 保健体育? 」

 

「なんでそこが疑問形なのよ…」

 

「アリシアちゃんは? 」

 

「うーん、まだよく判んない」

 

「なんかグダグダね…」

 




GA道のランファをアリサさんにやって貰いました。。
ランファって声はなのはさんなのに、イメージはアリサさんですね。。


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第10話 「事件」

「うーん、やっぱり荷物持ちとして恭ちゃんにも来て貰うんだったなぁ」

 

「何か色々とすみません」

 

美由希さんが大量の荷物を抱えながらぼやいている。返答する私も、アリシアちゃんもなのはさんも、みんな一杯の荷物を抱えていた。尤も体格差があるので、殆ど美由希さんが持ってくれているのだけれど。

 

今日は土曜日。美由希さんとなのはさんが付き添ってくれて、海鳴市の隣、遠見市というところにある大き目のショッピングモールまで、アリシアちゃんと私の生活必需品を買い出しに来ているのだ。

 

「急ぎじゃないものは配送して貰っているから、これでも今日明日で使うものだけだよ、お姉ちゃん。それにお兄ちゃんは今日翠屋でお手伝いだし」

 

なのはさんが言う通り、今私達が持っている荷物の倍以上の量を、既に配送依頼済みである。私達の年頃だとすぐに成長して、折角買った服が着られなくなるかもしれないことや、いつミッドチルダに帰ることになるか判らない状態であることなどから、服は買ったとしても3着くらいかと思っていたのだが、美由希さんは何故か私とアリシアちゃんにそれぞれ10着ずつ程度の服を買っていた。

 

「美由希さん、やっぱりそのゴスロリドレスは配送お願いした方がいいんじゃないですか? 一番かさばってるじゃないですか」

 

「ダメよ。配送にしたら明日までに届くかも判らないじゃない。これだけは今夜のうちに絶対着てもらわなくちゃ」

 

どうやら美由希さんは私とアリシアちゃんを着せ替え人形にしたいらしい。ゴスロリドレスだけでなく、もう11月だと言うのに何故か水着まで用意されていた。さすがにそちらは配送分の中だけれど。私は苦笑しながら美由希さんの荷物から一番重そうな箱が入った手提げを手にした。それと同時に少しだけ魔法で身体を強化する。

 

「私はまだ余裕がありますし、もともと私とアリシアちゃんのための買いものなのですから、これは私が持ちますね」

 

「え…でもそれは…? ? 」

 

私は「気の流れ」と言ったようなものは良く判らないのだが、士郎さんや恭也さんが言うには、どうも身体強化の魔法を使うと筋力や耐久力などがこれ以上ないくらいに効率よく運用されるようになり、それが「気の流れ」とやらで何となく判ってしまうのだそうだ。

 

今回は美由希さんにも判らないように、通常の10分の1程度の強化に留めている。これなら荷物持ちには十分で、しかも恭也さんでも違和感を抱かないレベルであることが、今朝方本人に協力して貰った上で検証済みだ。

 

「へー、ヴァニラちゃんって意外と力持ち? 」

 

なのはさんがキラキラした目で尋ねてくる。

 

「まぁ、並み以上には自信があるかな。すずかさんに勝てるかどうかは判らないけど」

 

「いいなぁ…わたし、運動音痴だから」

 

「え? そうなの? 」

 

わざと惚けてはみたものの、運動を苦手とする原因が制御されていない彼女の魔力であることは明らかだった。制御されていない魔力は放置しておいても命の危険などは無いが、それを意識しない限り、その力が強ければ強いほど身体機能の感覚を狂わせる。逆にちゃんと制御出来さえすれば、なのはさんレベルの魔力の持ち主は私以上に体育が得意になる筈だった。

 

(でもこの世界で生活するなのはさんには、魔法のことは伝えない方がいいよね)

 

それはなのはさん自身のためだと思う。

 

「っていうか、運動音痴なのと力がないのは違うんじゃない? 」

 

アリシアちゃんが的確なツッコミを入れてきた。なのはさんは一瞬考えるような素振りを見せた後、「あぁ、そっか」と笑っていた。

 

 

 

朝から色々なお店を回って生活必需品を買い揃えてきたが、ふと気付けば既に13時半になろうとしていた。

 

「ちょっと遅くなっちゃったけど、そろそろお昼にしようか。ここの1階にフードコートがあった筈だし」

 

「賛成~私お腹ぺこぺこ~」

 

美由希さんの提案に真っ先にアリシアちゃんが乗って、私達はフードコートで食事をすることにした。フードコートには複数の店舗がテナント形式で入っており、店舗に囲まれる形で食事をするスペースがある。

 

「なのはちゃんは何食べるの? 」

 

「うーん、今日はちょっと涼しいから、何か温かい物がいいな…あ、釜揚げうどん美味しそう」

 

「あ、じゃぁ私もそれにするよ。ヴァニラちゃんは? 」

 

「うん、私も同じものでいい」

 

「なあに? みんな釜揚げうどんなの? じゃぁあたしもうどんにしようかな」

 

といった感じでメニューはあっさり決まり、昼食はみんなで釜揚げうどんを頂いた。この手のフードコートで食べる食事としては、かなり美味しい方だったと思う。

 

「さて、と。衣類と生活必需品は概ね揃ったかな。他に何か買い忘れてるものあったっけ? 」

 

「文房具とかは? 2人共もうすぐ編入試験受けるんでしょ? 」

 

なのはさんの思いつきで文房具売り場を兼ねた本屋にも寄ることになった。

ちなみに聖祥で使う教科書の類は、編入試験終了後に学内の購買部で購入するらしい。それまでの予習はなのはさんの教科書を見せてもらっているが、概ね問題はなさそうだった。いくつか忘れてしまっている箇所もあるけれど、伊達に一度医大まで進学していた訳では無い。

 

「なのは、今学校でどんな文房具使ってるの? 」

 

「えっとね、筆記用具でしょ、定規、分度器、コンパス、絵の具とか。あとははさみかな」

 

「わ、懐かしいなぁ。分度器なんて中学以降で使った記憶ないよ」

 

美由希さんがよさそうなものをピックアップし、私とアリシアちゃんに確認を取りながら買い物かごに入れていく。絵の具や彫刻刀といった工作用具は必要になった時に改めて購入することにし、基本的な筆記用具のみ購入することになったのだが、レジのところで少し問題が発生した。

 

「大変申し訳ございません。ただいまカードリーダーが故障しておりまして、現金のみのお支払いとなってしまうのですが」

 

「あら、そうなんだ…困ったなぁ、今丁度持ち合わせが少なくて。近くにATMとか、あります? 」

 

「お客様がご利用頂いているカードの銀行でしたらモール内の第3棟にATMがありますが、ここからだと道路を挟んで向かいにある、遠見支店の方が近いですね。今日は第1土曜日なので、15時までなら窓口も開いていますよ」

 

「そっか。ありがとう」

 

現在時刻は14時半。親切に教えてくれた店員さんにお礼を言い、私達は銀行に向かった。

 

 

 

銀行は閉店間際だったせいか、私達の他にはATM利用のお客さん達が数人いる程度だった。

 

「じゃぁちょっとお金降ろしてくるから、みんなはこの辺に座って待っててね」

 

「はーい」

 

アリシアちゃんは椅子に座るとお昼前に買ってもらったコップなどの小物類を取り出した。なのはさんは横からそれを覗き込んでいる。

 

「うん、やっぱりこれかわいいね。買って貰ってよかった」

 

「わたしのと色違いのお揃いなんだよ。気に入って貰えて嬉しいな」

 

そんな話をしていると、いきなり間近で「バン!」という破裂音が聞こえた。相当に大きな音で何が起きたのか判らなかった。周りの人たちも同じだったようで、一瞬あたりが静まり返り、全員の視線が音のした方向に向けられる。

 

そこには帽子を被り、サングラスにマスクという、見るからに怪しい2人組がいた。手にしているのは、TVや映画でしか見たことのない武器。それが何を意味するのかを理解するよりも早く、1人が叫ぶ。

 

「騒ぐな!全員その場にしゃがんで、そのまま動くな。店員はシャッターを閉めろ!非常ベルは鳴らすんじゃねぇぞ!!」

 

声からすると男性のようだ。私達以外にも数人いたお客さん達はみんなその言葉で状況を把握したようで、怯えた感じではあったものの特にパニックを起こすこともなくその場にしゃがみ込んだ。

 

「銀行…強盗…? 」

 

なのはさんがポツリと呟く。アリシアちゃんはよく判っていない様子だったため、ひとまず私がなのはさんと一緒にその場にしゃがませた。

 

「静かにしてね。今はこのまま動かないで」

 

私が小声で囁くと、緊迫した空気を感じ取ったのかアリシアちゃんは無言で頷いた。

 

シャッターが閉まると店員さんもお客さんも一カ所に集められ、2人組の片割れが1人ずつ手足を縛り、携帯端末などを取り上げていく。縛られたのは店員さんが4人、お客さんが私達を含めて8人。その中には私達と同年代くらいの、プラチナブロンドの女の子もいた。見たところ犯人は2人だけのようだが、見張りをしていた方の犯人が妙に落ち着いた様子を見せているのが気にかかる。もう1人に縛るのを任せたまま、余所見すらしていることがあるのだ。

 

(特に注意を払う必要がない、とか。だとしたら他にも仲間がいる? )

 

魔力光が漏れないように縛られた両手をお尻の下に回し、スカートで覆う。一つだけサーチャーを生成して、気づかれないようにエリアサーチをかけてみるが、建物の中にいる人間はどうやらこの場にいるのが全員のようで、他には誰も見つけることが出来なかった。

 

「こら、ガキ!動くなっつってんだろうが!」

 

さすがにサーチャーはばれていないだろうが、もぞもぞと動いていたのが見咎められてしまったようだ。

 

「す…すみません、トイレに行きたくて」

 

「はぁ? 知らねぇよ。その辺で垂れ流してろ」

 

子供とはいえ、女の子に対してなんという言い様。少しむっとしたが、敢えて逆らわずに黙っておくことにした。ところが、私の代わりに美由希さんが犯人に抗議した。

 

「ちょっと!相手は子供でしょう? お手洗いくらい行かせてあげればいいじゃない!」

 

「ダメだ!いくらガキとはいえ、監視なしでこの場を離れさせるわけにはいかん。見ての通り、俺達は2人組だ。別行動を取らせるにゃ手が足りねぇ」

 

犯人の返答に不自然さを感じる。わざわざ2人組であることを暴露して強調しているようにしか聞こえなかった。すると、私達から少し離れたところで縛られていたプラチナブロンドの女の子がいきなり声を上げた。

 

「そうやって態々強調すると、却って不自然なのです。自分達は2人組じゃないぞって言っているようなものですよ。まうりーのには全部まるっとお見通しなのです」

 

「っ、このガキ…!」

 

犯人の意識が女の子の方を向く。改めて見ると、髪がプラチナブロンドなだけでなく、双眸も深みのある青。「マウリーノ」と言う名前のようだし、アリサさんと同じように帰化した両親の子なのかもしれない。その時、わずかだが美由希さんがギリっと歯噛みしたように思った。

 

犯人が目の前に立っても、「マウリーノ」さんは毅然と犯人を見つめている。

 

「あんたはわざと2人組であることを強調したのでしょう。そうすることのメリットがどこにあるのか。恐らく、ここで縛られている人質の中の誰かが共犯者なのです。人質を全員解放したら身を守る盾がなくなる。かといって逃走時まで人質を連れていたら足手まといになるし、後々の対応にも困る。だったら人質と思わせつつ、実は仲間という人物がいればいい。ですよね? 」

 

「黙れ!クソガキ!」

 

犯人が彼女に銃口を向ける。まさかそこまで露骨な行動に出るとは思わなかったが、恐らく図星を突かれて頭に血が上ってしまっているのだろう。

 

(助けなくちゃ)

 

だが、衆人環視の状況で魔法を行使する訳にもいかず、一瞬判断に迷う。と、その瞬間、私の視界から美由希さんが消えた。

 

「え!? 」

 

気がつけば、既に美由希さんは私達を縛った男を一撃で昏倒させ、更には「マウリーノ」さんに銃を突きつけていた男から銃を叩き落としてその腕を捻り上げていた。

 

「お姉ちゃん、凄い」

 

なのはさんが感嘆の声を漏らす。その時、美由希さんのほぼ真後ろで縛られていた筈の男性がいきなり立ち上がった。その手に銃が握られているのを見た瞬間、私の頭は真っ白になり、考えるよりも先に叫んでいた。

 

「ハーベスター!」

 

<≪“Blitz Action”.≫>【ブリッツ・アクション】

 

私の身体は瞬時に銃を構えた男性の足元に移動する。だが両手両足を縛られた状態では上手くバランスが取れず、そのまま転がって男性の足を払う形になってしまった。幸い男性は引き金を引くことなく銃を取り落とし、その場にひっくり返る。私は慌ててその男性に覆いかぶさって行動を阻害しようとしたが、男性は倒れた拍子に頭でも打ったのか、意識を失っていることに気が付き、ホッと息を吐いた。

 

<ハーベスター、極小の魔力刃で手の縄を切ってくれる? >

 

<≪All right. I have done it.≫>【了解、切れました】

 

最初に叫んだ時も律義に念話で返してくれたハーベスターに感謝の言葉をかけつつ足の縄をほどき、そのまま他の縛られた人達の縄もほどいていく。そう言えば美由希さんは自力で縄抜けをしたようだ。改めてすごい人なのだな、と思う。

 

気絶した男2人と美由希さんに取り押さえられた男1人を全員で縛り上げ、銀行の人が警察に通報した。ふと足元にさっきの男が落とした拳銃があるのに気付き拾い上げようとすると、先ほどの少女の声が聞こえた。

 

「あんた、それに触らない方がいーです。それはロシアのTT-1930/33、通称トカレフっていう銃です。安全装置が付いていませんから、下手に触ると暴発しますよ。さっき落ちた時に暴発しなかったのも奇跡みたいなもんです」

 

「え…そうなんですか。ありがとうございます。詳しいんですね…えっと…マウリーノさんでいいのでしょうか? 」

 

「別に…兄がこういった銃が好きで、色々教えてくれるのですよ。それに現場に手を加えず保存するのは捜査の鉄則です。ちなみに、まうりーのはざんてー的なまうぞーの呼び名です。本名はちゃんと別にありますよ。『大泉舞羽』(おおいずみ・まう)です。こんな見た目ですが、れっきとした日本人なのです」

 

「そうでしたか。改めてありがとうございます、大泉さん。私はヴァニラ・H(アッシュ)です。えっと、ご家族の方と一緒では? 」

 

「まうのすけは一人でここに来ています。後ほどショッピングモールで兄と待ち合わせなのです」

 

そんな話をしていると、なのはさんとアリシアちゃんが私のところへやってきた。

 

「ヴァニラちゃん、凄かったね。あっという間に男の人を倒しちゃうなんて」

 

「そっちの貴女もカッコ良かったよ。本物の探偵さんみたいだった。えっと、わたし、なのは。高町なのはっていうの。よろしくね」

 

「まうまうの本名はさっきそちらの方にも教えましたが、大泉舞羽です。ただ、名前は好きに呼んでくれていいです。まぁ…よろしく、なのです」

 

「あ、私はアリシア・テスタロッサだよ。よろしくね」

 

なし崩し的に自己紹介を済ませると、間もなく警察がやってきて犯人達は拘束された。被害者はそれぞれ別に事情聴取を受けたのだが、美由希さんと私達子供組は大泉さんも含めて一緒に聴取された。それによると大泉さんは遠見市、砂夜浜町の小学校に通う2年生であることが判った。

 

その後、大泉さんと私は仲良く警察の人から拳骨を貰い、お互い涙目になりながら、もう危ない事はしないと約束させられた上で解放された。ちなみに美由希さんはお咎めなしだった。

 

後から聞いた話では、美由希さんも犯人の意図に気付いてはいたものの、1人とは限らない犯人グループの他のメンバーを特定できなかったため、大泉さんが犯人を挑発し始めた時は相当に焦ったらしい。まぁ、結果オーライだった、とは言っていた。

 

 

 

「砂夜浜町だと、普段はあまり会えないよね」

 

「お互い違う学校に通っているのですし、それは仕方ないのです。まぁ、機会があればまた会えるでしょう」

 

「そうだね。じゃぁまたね、舞羽ちゃん」

 

「お兄さんにもよろしく」

 

警察から解放され、大泉さんと一緒にショッピングモールに戻った私達はひとまず下ろした現金で文房具を購入し、その後兄との待ち合わせ場所に向かうという大泉さんと別れた。事情聴取で時間を取られてしまい、時刻は既に19時を回っていたが、桃子さんには事前に連絡を入れて、夕食の時間を遅らせて貰ってある。

 

「さて、じゃぁあたし達も帰ろうか。あぁ、それからヴァニラちゃん、今夜ちょっとお話したいんだけど」

 

「…お話ですか」

 

「うん。O☆HA☆NA☆SHIだよ」

 

何だかニュアンス的にとても恐ろしい気がする。そう言えばさっき、みんなの目の前で魔法を使ってしまった。なのはさんはたぶん理解していないだろうが、事情聴取の際に美由希さんが迷うことなく「偶々隣にいた」私が男の足を払った、と説明していたことから、状況を正しく認識している可能性が高い。何故なら私は「偶々隣にいた」のではなく、普通なら絶対に届かない位置から瞬間的に移動したのだから。

 

「そ…そういえば美由希さん、あの時のスピードすごかったですね。あれはどういう…」

 

「うん、それも含めて今夜お話したいんだよね。アリシアちゃんも、良かったら同席してくれるかな? 」

 

「うん? いいよー」

 

「あ、それならわたしも一緒に」

 

恐らく理解できていないだけのアリシアちゃんを含め、私に味方はいなかった。こうして私は護送される囚人のような気持ちでみんなと電車に乗り、海鳴市へと帰った。

 




まうまうを登場させてしまいました。。
R18ゲームのキャラです。。でも本作品では別にエッチなことはありません。。
小学生としてゲスト出演ですし。。
そして遠見市に砂夜浜町があることになりました。。

っていうか、強盗犯がおまぬけすぎです。。


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第11話 「暴露」

その夜、私は道場で正座していた。私の隣にはアリシアちゃん、正面には美由希さんとなのはさん。ちなみに士郎さんや桃子さん、恭也さんもいる。高町家全員集合だった。

 

「つまり、あたしとなのはだけが知らされてなかった、と」

 

「美由希、判ってやってくれ。いきなり自分たちが住んでいた世界から事故で別の世界へ飛ばされて、しかもそこが正式な交流が無い場所だったんだ。秘匿義務もあったようだし」

 

「でもとーさん、それって、あたし達にも隠す必要があることなの? もしその世界のことをばらしちゃったとして、どういうデメリットがあるのよ」

 

美由希さんが怒っているのは良く判る。彼女は家族として完全に信じてもらえていなかったことを怒っているのだ。それはなのはさんについても同じなのだが、なのはさん自身はそれほど怒っているようには見えなかった。

 

「ねぇヴァニラちゃん、アリシアちゃん。もしかして、なんだけど」

 

なのはさんが尋ねてきた。

 

「2人の世界って、わたし達の世界に知られたら困るようなことがあったりするんじゃない? 」

 

あまりにも核心を突いた質問に、私は目を見開いた。

 

「言いたくても言えないようなことがあるのって辛いよね。でもどうしても言えないことなら無理には聞かないよ」

 

なのはさんはそう続けたが、ここまでお世話になった高町家の人達に対して、それはあまりにも不義理に思えた。それに美由希さんが銀行で見せた動きは尋常ではない。ここは私が知っている日本とは似て非なる世界。もしかすると、あれはこの世界の魔法なのかもしれない。

 

「ヴァニラちゃん…もう言っちゃった方がいいんじゃないかな」

 

アリシアちゃんの言葉にも後押しされ、私は頷いた。

 

「そうですね…私もこれ以上隠し事をするのは忍びないです。全てお話します。『ミッドチルダ』のこと、そして…『魔法』のこと」

 

「「「「「魔法!? 」」」」」

 

私とアリシアちゃんを除く、その場にいた全員の声がハモる。その驚きの声を聞いて、改めてこの世界でも魔法は認知されていないのだということを再確認した。

 

「はい。先日お話した『プログラム』ですが、あれは全て魔法です。私達の世界で使われる魔法は、TVアニメのように無から有を作り出したりはしません。全て確りとした理論に基づいて組み上げた術式があり、そこに魔力を流すことによって発動させるものなんです」

 

「成程、まさにプログラムだな…」

 

「恭ちゃん、どういうこと? 」

 

「つまり、彼女が言っている理論に基づいて組み上げた術式っていうのは、俺達が使う電子機器の基板のようなものさ。そこに電気を流して動かすように、彼女達は魔法を使う。そう言うことだろう? 」

 

「言い得て妙ですね。実際には見てもらった方が早いでしょう。ハーベスター」

 

<≪Are you sure, master? ≫>【よろしいのですか? 】

 

ハーベスターからの念話と同時に緑色のペンジュラムが明滅する。

 

「光った!? 」

 

なのはさんが声を上げ、美由希さんが窘めた。

 

「高町家における発言は今後許可。魔法関係の情報秘匿からも除外して。はい、ご挨拶」

 

≪All right. My name is “Harvester”. Nice to see you, everyone.≫【了解しました。初めまして、みなさん。『ハーベスター』と申します】

 

ハーベスターが念話ではなく、全員に語りかける。みんな一様に驚きを隠さない。

 

「ああ…初めまして。っていうか、不思議な言葉だな。英語っぽい発音なのに、普通に理解出来る…この石は一体…? 」

 

「これはマシン語です。普通に人間が話す言葉を魔法で翻訳すると流暢な現地語に訳されるんですが、デバイスの音声だけは何故かこう言った形で訳されるんです」

 

「デバイス…? 」

 

「はい。ハーベスターは魔法の行使をサポートするデバイス…所謂『魔法の杖』です」

 

≪That is correct. I can be the “Device Mode”, if you want.≫【その通りです。お望みであれば『デバイスモード』に移行します】

 

私が頷きお願いすると、ハーベスターは錫杖形態に変形する。

 

「さすがに…これを見せられたら納得せざるを得ないよね。っていうか質量保存の法則を完全に無視しているし」

 

「え…えっと、つまり、ヴァニラちゃんやアリシアちゃんは魔法使いってことでいいのかな? 」

 

なのはさんの問いにはアリシアちゃんが答えた。

 

「うーんとね、魔法を使うのには『リンカーコア』っていう特別な器官が必要なんだけど、私にはリンカーコアが無いんだ。だから魔法を使えるのはヴァニラちゃんだけ」

 

「…そうなんだ」

 

「この前見せてもらった身体強化も魔法か。それに今日美由希が見たという瞬間移動も魔法…他にはどんなことが出来るんだい? 」

 

今度は士郎さんが質問してくる。

 

「私たちの世界で使われる魔法は、基本的には武力に相当します。攻撃や防御といったものが主ですね。他にも結界や移動、治癒や封印などといった術式が存在します」

 

「君はそれを全部使えるのかい? 」

 

「概ね使うことは可能ですが、魔導師にはそれぞれ得意分野があって…たとえば近接戦闘が得意な術者、砲撃が得意な術者、結界が得意な術者などです。そういった括りでいうと、私はあまり攻撃系の呪文は得意ではないのですが…」

 

「そうか…ヴァニラちゃんが懸念する理由も判るな。瞬間移動で相手にダメージを与えて、そのまま再度瞬間移動で逃走…こんなことが現実に可能な人間がいたら普通は危険視されて、排斥されるだろうな。ヴァニラちゃんはそれを恐れているんだろう? 」

 

さすがメンタリズムの心得がある士郎さん。私の懸念点は正にそこだった。恭也さんも美由希さんも得心がいったような顔をしている。

 

「序に言うなら、移動魔法は瞬間移動だけではなくて、高機動で飛行する魔法もありますし、数え切れないほどの魔力弾をばら撒く攻撃魔法も存在します」

 

「なるほど、人間爆撃機という訳か。それは確かに畏怖の対象だろうな…隠したくなる気持ちも判る」

 

「えー、でもヴァニラちゃんはいい子だよ? そんな事しないって判ってるし」

 

「なのはさん、ありがとう。でもこれは私のことを知らない人が、私に対してどういう感情を持つか、っていうことなの」

 

それに私と一緒にいるアリシアちゃんですら排除の対象になるかもしれないのだ。そうなったら、自衛の手段を持たないアリシアちゃんはひとたまりもない。

 

「ですから、この話はくれぐれも内密にお願いしたいのです。もしかすると私がここにいるというだけで、みなさんに迷惑がかかるかもしれません」

 

「あぁ、そう言えば昔そんな感じの漫画があったよね。悪魔の力を手に入れた主人公が親友に騙されて能力を暴露されて、疑心暗鬼にかかった町の人に恋人やお世話になった家族まで殺されちゃう話」

 

美由希さんがやけに明るい口調で、とんでもなく恐ろしい話を始めた。だが、その内容は改めて私の懸念点を具体的なものにした。

 

「お姉ちゃん、デ○ルマンは名作だよ? 」

 

なのはさんが若干ずれたツッコミを入れる。っていうか、デビ○マンっていう名前は聞いたことがあるのだが、実際に読んだことは無かった。そんなにシリアスな話だったのか。

 

「大丈夫だよ、ヴァニラちゃん、アリシアちゃん。あたし達は絶対に秘密を漏らしたりしない。だから心配しないで」

 

なのはさんのツッコミをスルーして、美由希さんがそっと私達を抱きしめる。私は美由希さんの腕の中で、ありがとう、と呟いた。

 

「今の話を聞いて、ますます君達をウチで預かって良かったと思ったよ。さて、次は私達の話をしようか」

 

士郎さんがそう言うと、美由希さんがスッと立ちあがった。

 

「ヴァニラちゃんもアリシアちゃんもさっき見たと思うけど」

 

そう言った瞬間、美由希さんがまるでテレポートでもしたかのように恭也さんのそばに移動する。

 

「すごい…改めて見ても、魔法にしか見えません」

 

≪No, master. It was not the magical behaviour. It was a kind of physical movement.≫【いいえ、マスター。これは魔法ではなく、肉体運動の一種です】

 

「その通り。御神真刀流小太刀二刀術奥義、『神速』だ。簡単に説明すると身体のリミッターを意図的に外して、常人には知覚出来ない動きをするんだ」

 

恭也さんが微笑みながら説明してくれた。

 

「今日は咄嗟のことだったから無手だったけど。本当は小太刀を使うんだよ」

 

「当然、この技にしても一般の人間に扱えるものじゃない。さっきヴァニラちゃんが言ったように、魔法にしか見えないと思う人だっているだろう。だから本来これは秘匿すべきことなんだ」

 

「ウチで預かって良かったというのはそう言うことさ。私達は基本的に同じなんだよ」

 

美由希さん、恭也さん、士郎さんが口々に言う。彼らが本当に私達のことを受け入れようとしてくれているのは痛いほど判った。

 

「ありがとうございます。ミッドチルダに帰る目処が立つまでは、改めてよろしくお願いします」

 

私はアリシアちゃんと一緒に頭を下げた。

 

「ねぇ、ヴァニラちゃん。あのことも…」

 

アリシアちゃんがそっと耳打ちする。実はアリシアちゃんには、なのはさんが魔力資質を持っていることを教えていたのだ。彼女ほどの資質があれば、いずれ自分の魔力と向き合う必要が出てくる可能性が高い。そして魔法のことを知ってしまった以上、そのことを秘匿する意味は薄くなっている。

 

「そうだね…すみません、もうひとつだけ。さっきアリシアちゃんが話した『リンカーコア』についてなのですが」

 

「あぁ、魔法を使うのに必要な器官だったっけ? 」

 

「はい。ごく稀に、こちらの世界でも『リンカーコア』を持って生まれてくる人がいるようなのですが、その…なのはさんが」

 

「えっ、わたし!? 魔法が使えるの!? 」

 

「うん。その素質はあるよ。でもね、なのはさん。さっきも言ったように私達の魔法はイコール武力となることが殆どなんだ。だからあまり深入りするのはどうかと思う」

 

「えー…」

 

「ただ、基本的な魔力の制御方法は覚えておいた方がいいと思うんだ。なのはさん、体育が苦手って言ってたでしょ? 」

 

「うん、お兄ちゃんやお姉ちゃんはみんなすごいのに、何でだろうね? 」

 

「それね、魔力が原因だよ。確り制御出来てない魔力は身体機能の感覚を阻害するの。だけど魔力を制御出来てさえいれば、運動はきっと私以上に出来るようになる」

 

「ホントに!? 」

 

なのはさんの目がキラキラと輝いたような気がした。

 

「折角だし、美由希さん達が朝練するときに、場所を借りて一緒に練習しない? もちろん士郎さんに許可を得ないとだけど」

 

「ぅっ…」

 

途端になのはさんの表情が暗く沈む。

 

「あー、そう言えばなのはちゃん、朝苦手だっていってたっけ」

 

「そう、そうなんだよアリシアちゃん。はっ、ねぇヴァニラちゃん!朝が苦手なのも、もしかして魔力が原因だったりするの!? 」

 

「…ごめん、なのはさん。それはたぶん違うと思う」

 

一瞬希望を持ちかけたなのはさんだったが、私の言葉で思いっきりがっくりと項垂れて両手をついた。その姿を見た時に、私の頭の中で閃くことがあった。

 

「あ…あ!そのポーズ!インターネットで見たあの”orz”って、これのことだ!」

 

そう言った瞬間、なのはさんはべちゃっとつぶれた。

 

「ヴァニラちゃん、今このタイミングでそれを言う~? 」

 

「天然ね…」

 

目の幅の涙を流しながらなのはさんが抗議し、美由希さんが呟く。それをきっかけに、誰からともなく笑い始めた。アリシアちゃんや士郎さん、桃子さんまで笑っていた。おまけにさっきまで涙を流していた筈のなのはさんまで笑っている。

 

あぁ、懐かしい感覚だ。プレシアさんとアリシアちゃん、アリア母さん、イグニス父さんと笑い合った日々。ほんの1カ月ちょっと前のことなのに、随分昔のことのような気がした。

 

 

 

その場で道場の使用をお願いすると士郎さんからは意外にもあっさり許可が下り、私となのはさんは毎朝道場の片隅で魔力制御の練習をすることになった。アリシアちゃんも一緒に見学したいと言ったので、3人一緒である。

 

「それにしても、ヴァニラちゃん最初の頃と随分イメージ変わったよ。もっと壁作っちゃってたもんね」

 

なのはさんに言われてふと思う。魔法のことを秘匿しようとするあまり、私は彼女達のことを完全に受け入れることが出来ず、一線を引いてしまっていたのだろう。魔法学院にいた頃も、転生のことがあって周りを受け入れられずにいた。さすがに転生のことを話す訳にはいかないが、そっちは既にある程度割り切れている。今なら学院に戻っても、他の生徒達と普通に友達付き合いが出来るような気がした。

 

「なのはさん達のおかげだよ。ありがとう」

 

私はそう言って微笑んだ。

 

「さてと、子供はもう寝る時間をとっくに過ぎている訳だ。明日は日曜日だし、事情が事情だったから、今日は仕方ないが、練習は明日からやるんだろう? ならもう寝ないとな」

 

士郎さんが声をかける。時計を見ると、既に深夜0時になろうとしていた。翠屋の閉店を待ってから話を始めたのだから、そもそも開始時間が遅かったのだ。

 

「大変!日付変わっちゃうよ!? あー、お風呂入れなかった」

 

「明日、練習が終わったら入ろう? 士郎さん、桃子さん、恭也さん、美由希さん、お休みなさい」

 

「ああ。3人ともお休み」

 

なのはさん、アリシアちゃんと一緒に道場を出て部屋に戻る。話をしている間はあまり気にしてはいなかったが、道場を出た途端に睡魔が襲ってきた。

 

「じゃぁなのはさんも、おやすみなさい」

 

「また明日ね~」

 

「うん。2人ともお休み」

 

なのはさんと別れて部屋に戻ると、今日買って貰ったばかりのパジャマに着替えてベッドに倒れこんだ。思えば今日はいろいろなことがあった。買い物に出たこと。銀行強盗に遭ったこと。大泉さんと知り合ったこと。そして魔法を暴露したこと。

 

「お休み、ヴァニラちゃん」

 

「うん、お休み。電気消すね」

 

今日は本当に疲れた筈なのに、気分はすっきりしていた。何だか、いい夢が見れそうな気がした。

 

 

 

=====

 

翌朝、なのはさんは珍しく早くに起きてきた。もっとも士郎さん、恭也さん、美由希さんはとっくにランニングから戻ってきてはいるのだが。

 

「ねぇ、ヴァニラちゃん。魔力制御の練習って、具体的には何をすればいいの? 」

 

「簡単な魔法をいくつか覚えて、それを行使することによって魔力の循環を意識出来るようにするんだよ。今は無駄に溢れちゃってる魔力を、意識して身体中を循環させるようにするの」

 

「え!じゃぁ、結局魔法を覚えられるってこと? 」

 

「そうだね。まずは念話かな」

 

「それってどんな魔法なの? 」

 

「声を出さずに、私と会話出来る魔法」

 

「ヴァニラちゃんだけなの? アリシアちゃんは? 」

 

「昨夜も言ったけど、私にはリンカーコアが無いんだ。だから念話が出来るのはなのはちゃんとヴァニラちゃんだけ」

 

「厳密にはハーベスターもだけどね。念話が出来るようになったら次は身体強化かな。とりあえずこの2つをマスターするだけで、大分違う筈だよ」

 

「うん!わたし頑張るね!」

 

そう言ってなのはさんは笑顔を見せる。道場の中央あたりからは士郎さんの声が聞こえてきた。

 

「恭也、なのは達の様子が気になるのは判るが、集中できていないぞ」

 

「はいっ、すみません師範!」

 

邪魔をしてしまっているようだ。そのうち練習場所を変えることも検討しよう。

 

「まず何をしたらいいのかな? 」

 

「じゃぁ、まずは私が念話を送ってみるね。受信だけなら資質を持っている人は誰でも出来る筈だから」

 

「うん、わかった」

 

なのはさんはそう言うとギュッと目を閉じ、両手を堅く握る。

 

<そんなに力まなくても大丈夫。自然体でいいよ>

 

「うん…って、あれ? 」

 

<ふふっ、これが念話だよ、なのはさん>

 

「わー、何かすごい。ヴァニラちゃんの声が頭の中に直接聞こえる感じ。これって、こっちからも送れるの? 」

 

<送受信、両方ともできるよ。ただ、最初は任意の相手にチャンネルを合わせるのが少し難しいから…ハーベスター、なのはさんのサポートをお願いできる? >

 

<≪Yes, master.≫>【はい、マスター】

 

私は待機モードのハーベスターをなのはさんに手渡した。

 

<≪Good morning, little lady. Can you hear me? ≫>【おはようございます、お嬢さん。私の声が聞こえますか? 】

 

「え…っと、はい、聞こえます!」

 

<≪All right. First of all, please feel your hot lump beating in your breast.≫>【まずは貴女の胸の中で鼓動する熱い塊を感じて下さい】

 

ハーベスターが念話についての講義を始めたのを確認し、私はアリシアちゃんに向き直った。

 

「さてと、なのはさんが念話の練習をしている間、アリシアちゃんは日本語の勉強をしようか」

 

「うん!本はちゃんと持ってきたよ」

 

それから朝ご飯までの間、私はマルチタスクを駆使してアリシアちゃんの勉強となのはさんの念話の両方を監督したのだった。

 




本当は事件の章から連続したお話だったのですが。。
文章量が多くなりすぎたので2つに分けました。。
このため、各話の文量は若干少なめになっています。。


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第12話 「飛翔」

私達の戸籍が出来上がったのは、それから2週間経ってからのことだった。翠屋の閉店作業を終えて帰宅した士郎さんに説明を受ける。桃子さんや恭也さん、美由希さん、なのはさんもその場にいたため、発表のような形になってしまった。

 

「想像以上に手間取ってしまって、すまないね」

 

「いえ、むしろ手間をかけさせてしまって。こちらこそすみません」

 

連絡をくれた士郎さんに改めてお礼を言う。

 

「何はともあれ、これで君達も漸く編入試験が受けられるようになった訳だ」

 

「おめでとう、アリシアちゃん、ヴァニラちゃん」

 

「…えっと、なのは。おめでとうは合格した後の方が良いんじゃない? 」

 

「え…? あれ? ? 」

 

「美由希お姉ちゃんとなのはちゃんが夫婦漫才をしている」

 

「アリシアちゃん、『夫婦漫才』は男女間でのやり取りに対していうから、この場合に使うのは正しくないよ」

 

「いやヴァニラちゃん、最近は同性同士でも夫婦漫才と呼ばれることはあるみたいだよ」

 

何だか話がどんどんずれてきてしまった。

 

「さてと、話を元に戻すけれど、聖祥の編入試験で直近は12月11日の土曜日で、教科は国語と算数の2つ。それから面接があるな。無事に合格出来れば、3学期から通学することになる」

 

「面接もあるんですか? 」

 

「ああ、児童面接と保護者面接だ。保護者面接の方は私が出よう。2人は一先ず試験までの3週間、翠屋の手伝いはしなくていいから、ちゃんと勉強しておくこと」

 

「はーい」

 

そうは言うものの、この2週間でアリシアちゃんの学力は飛躍的に伸びていた。翻訳魔法を使わなくても概ね普通に日本語で会話できるようになっていたし、ひらがなとカタカナの読み書きも問題ない。算数にしてもなのはさんの得意教科ということもあり、教えて貰っているうちに公式などは粗方覚えてしまった。

 

「唯一の難関は漢字…だよね」

 

ただでさえ複雑な偏や旁、冠などが存在し、同じ文字でも複数の意味があったり、似たような形でも違う意味になってしまったりする上、小学校2年生までに覚える教育漢字は340字もあるのだ。如何にアリシアちゃんの記憶力がいいとは言っても、さすがに大変な作業である。

 

「じゃぁ、これから3週間は漢字の書き取りを中心にやって行こうか。なのはさんが使ってる漢字書き取り帳と同じのを買って貰ったから、一緒にやってみよう」

 

「うん、判ったー」

 

「あと気になるのは面接かな…どんなことを聞かれるんだろう? 」

 

「基本的には問答の内容よりも、姿勢や言葉遣いをチェックしているようだね。よっぽどふざけたりしなければ大丈夫だよ」

 

「そうなんですね。ありがとうございます」

 

教えてくれた士郎さんにお礼を言う。それならあまり緊張せず、自然体でいればよさそうだ。

 

「ふむ、少し遅くなってしまったな。じゃぁなのはとヴァニラちゃん、アリシアちゃんはもう寝なさい。明日も朝練するんだろう? 」

 

「「「はーい、おやすみなさい」」」

 

私達はみんなにおやすみの挨拶を済ませ2階の部屋に戻ると眠りについた。

 

 

 

=====

 

なのはさんの朝練も順調に続いている。念話での会話は私とハーベスターを相手に、個別でも同時でもチャンネルを繋げることが出来るようになっていたし、身体強化についても瞬間的であれば、ほぼ完璧に全身を強化できる状態だ。ただ、さすがに全力全開で身体強化をしてしまうと銃弾ですらよけられるレベルになってしまう。

 

さすがにそこまでの強化は必要ないだろう、ということで今は恭也さんや美由希さんにも協力して貰い、「気の流れ」とやらで察知されないレベルの強化を長時間続ける練習をしている。先日は体育の授業でドッジボールをした時に、強い子が投げたボールをちゃんとキャッチ出来たと言って大喜びしていた。

 

「でもヴァニラちゃん、これって学校でも出来る練習だよね? 折角朝練しているんだし、学校では練習出来ない、他の魔法も覚えてみたいなぁ」

 

朝練の最中になのはさんがそう言ってきた。元々朝が苦手ななのはさんのモチベーションを維持するのには、何か新しい飴が必要なのだろう。ただこの世界で生活する以上、魔法は必須でないどころか邪魔にすらなる。

 

「恭也さん、美由希さん、そこのところ、どうでしょう? 」

 

「そうだな、確かに強すぎる力が災いや破滅を招くのはよくあることだ。俺は不要な力なら持つことはないと思うけれど…」

 

「ただ、なのはが魔法に憧れる気持ちは判らなくもないんだよね。あたしだって、もしリンカーコアっていうのがあったら魔法使ってみたかったし」

 

「そうだな。その気持ちは判らないでもない。ちなみになのははどんな魔法を使ってみたいんだ? 」

 

「前にヴァニラちゃんが言ってたよね? 移動魔法には空を飛ぶものもあるって。わたし、空を飛んでみたい!」

 

いきなりハードルの高い要求が来てしまった。

 

「飛行魔法かぁ…うーん…」

 

「難しいの? 」

 

「難しいっていうよりは、危険かな。空を飛ぶには何段階かのステップがあるの。たとえば空を飛んでいる時に何かの事故があって意識を失ったら、術者は魔法を制御できずに墜落するよね? 」

 

「うん」

 

「高度にもよるけれど、普通高いところから落ちたら人は助からないよね」

 

「…そうだね…あ、でもそしたら飛行魔法なんて危険すぎて誰も使わない? 」

 

「そういう事態でも身体を守ってくれる魔法があるんだよ」

 

「あ、バリアジャケットだね」

 

近くで漢字の書き取りをしていた筈のアリシアちゃんが会話に加わってきた。

 

「そう。アリシアちゃん正解。っていうか、漢字の書き取りは? 」

 

「今日の分のドリルはもう終わったよ」

 

「えっと、そのバリアジャケットっていうのも魔法なの? 」

 

美由希さんが興味深そうに聞いてくる。

 

「バリアジャケットっていうのは、魔力によって構成されている、一種の防護服です。物理攻撃や魔法攻撃から身を護り、気温が高かったり低かったりする状態でも体温を一定に維持出来たりします」

 

「でも、それだって術者が意識を失ったらダメなんじゃないの? 」

 

「それもあるので、バリアジャケットの生成と維持管理はデバイスが実施することが殆どですね。百聞は一見に如かずと言いますし、実際に見て貰いましょう。ハーベスター、セットアップ」

 

≪Stand by, ready. Set up.≫【スタンバイ完了。セットアップ】

 

私の服は一瞬でバリアジャケットに変わり、ハーベスターは錫杖形態に変形する。

 

「あ、その服って前にアリシアちゃんが絵に描いたのだよね」

 

「そうだよ!何だか久し振りだなぁ」

 

私はなのはさん達がバリアジャケットを良く見ることが出来るようにくるっと一回転してみた。何故か拍手が起こる。

 

「これがバリアジャケットです。ちなみにこの状態で美由希さんや恭也さんに軽く打ち込まれる程度なら、たぶん吹っ飛ばされても、怪我はしないと思います」

 

「なるほど。爆弾の爆発なんかにも耐えられるのかい? 」

 

恭也さんがいきなり物騒なことを聞いてきた。

 

「そうですね…規模にもよりますけれど、多少なら大丈夫かと。ただ防御力も無限大ではないので、一定以上のダメージは抜けてきますし、そうなるとバリアジャケットも破損してしまいます」

 

「どのくらいなら持ちこたえられるんだい? 」

 

「そうですね…高度3,000メートルくらいの高さから墜落しても、たぶん打撲程度で済むでしょう。尤も打ち所が悪いと骨折くらいはするかもしれませんが」

 

「って、その高さから落ちて、骨折で済むのがすごいよ…」

 

「まぁ、魔法だからねぇ」

 

「爆弾の場合は…さすがに経験がないので判りませんね。私達の世界では爆弾や銃器といった人体に直接ダメージを与えるような武器は『質量兵器』と言って使用を禁止されていますし」

 

「まぁ、高度3,000メートルから墜落しても大丈夫なら、爆弾くらいどうってことないようにも思うけどね。ところで魔法は人体にダメージを及ぼさないの? 」

 

「非殺傷の設定が出来るようになっています。もちろん人体に直接ダメージを与えるようにも設定できますし、犯罪者などは律儀に非殺傷設定なんて使ってくれませんけれど」

 

本来なら魔法を習得する上で殺傷・非殺傷の設定は最初期に勉強するものなのだが、なのはさんに教えている魔法は設定の必要が無いものばかりだったので、今までは教えるのを失念していたのだ。

 

「話を戻しますが、もし爆弾があるって判ったらバリアジャケットだけに頼らず、他にシールド系の魔法もありますから、そっちも併せて使うと思います」

 

「そうか。参考になったよ。ありがとう」

 

私は改めてなのはさんの方に向き直ると、話を続けた。

 

「空を飛ぶなら、まず安全を確保する必要があるの。そのためにはバリアジャケットの構築が必須で、それにはデバイスが必要不可欠。ハーベスターは私に最適化されているから、なのはさん用のバリアジャケットは展開できないんだ」

 

「そっか、残念」

 

「あ、でも適性があるかどうかは判るよ。初級の浮遊魔法があるから、それを使ってみて」

 

「うん!」

 

ハーベスターに30cm以上は高さを取らないように念を押した後なのはさんに手渡し術式を展開すると、なのはさんの身体がふわりと宙に浮く。

 

「わ!楽しい~気持ちいい~」

 

なのはさんは浮いたまま、道場の中をふわふわと漂い始めた。器用に身体をひねって方向転換をしたり、そのまま回転したりしている。それを見て正直驚いた。普通、飛行魔法の適性がある人でも、最初に浮遊魔法を使う時は多少バランスを崩すものなのだ。それをここまで自在に操れるのは相当に空間把握能力が高く、三半規管が優れているのだろう。

 

「凄いね…ここまで適性があるとは思わなかった」

 

彼女用のデバイスがあって、バリアジャケットの構築が出来るようなら、もしかしたら飛行魔法も教えてあげられたかも、と思う。

 

「ねぇヴァニラちゃん、飛行魔法とか浮遊魔法とかこそ、目立つ割に他人に見られたらまずいんじゃないかな? 認識阻害系の魔法を教えるのが先だと思うんだけど」

 

半分妄想に入っていた所為か、アリシアちゃんのツッコミに一瞬固まってしまった。さっきの殺傷・非殺傷設定の説明を失念していたこともそうだが、うっかりが続いている。

 

「うわっ、その通りだよアリシアちゃん。うっかりしてた…っていうか、アリシアちゃん、何処からそんな魔法知識を? 」

 

「ママにいろいろ教わっていたよ? 将来、ハーベスターのメンテナンスとか出来るようにって。言ったこと無かったっけ? 」

 

そう言えば、以前デバイスマイスターになりたいと言っていたのを聞いたような気がする。丁度、魔力駆動炉の暴走事故が起きた日だったか。小学校の編入試験を受けようとしているレベルの幼女であるはずなのに、アリシアちゃんがすごく頼もしく思えた。

 

取り敢えず、士郎さんと恭也さんにも許可を貰った上で、なのはさんには認識阻害系の魔法を練習して貰い、ハーベスターと私が一緒にいるという条件付きでなら浮遊魔法を行使しても良いということに落ち着いた。この日から、なのはさんは朝練の締めくくりに認識阻害をかけた状態で浮遊魔法を使用し、私やアリシアちゃんと散歩に行くのを日課とするようになった。

 

 

 

=====

 

3週間というのはあっという間で、アリシアちゃんと私の編入試験は滞りなく終了した。結果は20日までに連絡されるらしい。

 

「ってことは、クリスマスには合否が判っているってことよね」

 

「あ、アリサちゃんがまた何か企んでる」

 

「またとは何よ。人聞きが悪いわね…別に企むっていうようなことじゃないわよ。考えてることはあるけどね」

 

アリサさんとアリシアちゃんは随分と意気投合したようで、今も翠屋のテラス席で笑い合っている。

 

「それで? 試験の感触としてはどうだった? 」

 

すずかさんが聞いてくる。実際のところ判らない問題は特になかったし、面接の方も無難にまとめたとは思っている。

 

「うん、たぶん大丈夫だとは思うんだけど。なのはさんにもいろいろと教えて貰ったし」

 

「えー、ヴァニラちゃんは殆ど自分で解いちゃってたよ? アリシアちゃんも一度覚えたことは忘れないし、2人共すっごく優秀!って感じ」

 

「なら2人共合格はほぼ間違いなしってことね。OK、じゃぁこっちは予定通りに進めるわね」

 

「予定って? 」

 

「あんたたちの合格祝いを兼ねたクリスマスパーティーのことよ。さすがに24日は翠屋も忙しいだろうから、25日の夕方からみんなですずかの家にお泊りするのよ」

 

「…初耳なんだけど」

 

「ヴァニラちゃんとアリシアちゃんには内緒で進めていたんだよ。サプライズだったんだけど、そろそろ打ち明けておかないとプレゼント交換の用意もあるからって、アリサちゃんが。驚いた? 」

 

「それはもう。そうしたら士郎さん達にも言っておかないと」

 

「あ、お父さん達にはもう伝えてあるから大丈夫だよ。お泊りの許可も貰ったから」

 

何とも手回しの良いことで。どうやら本当に私とアリシアちゃんだけが知らされずに、準備は着々と進められていたらしい。

 

「ありがとう。すごく楽しみ」

 

アリシアちゃんも素直に喜んでいる様子だし、近いうちに交換用のプレゼントを一緒に買いに行こう。

 

「プレゼントかぁ。何がいいかな? 」

 

「それは自分で決めるのよ、アリシア。それから何をプレゼントするのかは当日まで秘密ね。その方が楽しみでしょ? ヴァニラも、判ってるわよね? 」

 

「もちろん、了解。そう言えば、学校はいつまでなの? 」

 

「土曜日なんだけれど、25日が終業式なの。だから学校が終わってからの集合になるよね」

 

「支度とかもあるから、わたしは一度家に帰ってから出るよ。お昼過ぎには戻れると思うから、その時に一緒に行こう? 」

 

「じゃぁ、私達も準備しておくね」

 

こうして私達は25日にすずかさんの家にお泊りに行くことが確定したのだった。

 

 

 

=====

 

「えー、いいよ態々買いに行かなくても。こういうのは気持ちなんでしょ? 手作りの方がいいって」

 

久し振りに翠屋で洗い物のお手伝いをして、部屋に戻った後アリシアちゃんにパーティーで交換するプレゼントを買いに行こうと誘いをかけたのだが、そんな答えが返ってきた。ふと、以前誕生日に貰った不思議なぬいぐるみを思い出す。

 

「そう言えばアリシアちゃん、ぬいぐるみとか作れたよね。今回もやっぱりぬいぐるみ? 」

 

「えへへーまぁそうなんだけど、何のぬいぐるみを作るかは秘密だよ。ヴァニラちゃんのところに行くかもしれないしね。サプライズサプライズ」

 

一応桃子さんからお小遣いは貰ってはいるのだが、アリシアちゃんとも相談して、このお金は出来るだけ手を付けずに、私達がミッドチルダに帰る時にお返ししようということになっている。

 

「じゃぁ私も何か手作りの物にしようかな…こっちのお金はあまり遣いたくないしね」

 

ふと見るとアリシアちゃんは部屋の片隅に、翠屋の食材が入っていたのであろう段ボール箱で何やら小部屋のようなものを作っている。

 

「…アリシアちゃん、それ何? 」

 

「ん~作業場!プレゼントはヴァニラちゃんにも判らないように作るんだ。覗いちゃいやだよ? 」

 

私は苦笑しつつ大丈夫だよ、と答えると、自作プレゼントのいいアイディアは無いものかと思考を巡らせる。ふと窓から外を見ると、学校帰りと思われる学生がちらほらと道路を歩いていた。12月半ばとはいえ、今日はそんなに寒くはなさそうだ。

 

「アリシアちゃん、私ちょっと散歩に行ってくるね。いいアイディアが浮かぶかもしれないし」

 

「うん、判った。行ってらっしゃい。あ、戻る時はちゃんとドア、ノックしてね。ヴァニラちゃんがいないなら作業場以外でも作業してるから」

 

「ふふっ、了解」

 

家を出ると澄んだ空気が気持ちよかった。高台からならずっと遠くの方まで綺麗に見えるかも知れないと思い、少し足を延ばして桜台公園の方に向かうことにした。

 

 

 

階段を上って池のところまで到着した時、不意に高台の方からなのはさんの魔力を感じた。しかもいつも使っている浮遊魔法のレベルではなく、かなり強いものだ。

 

「え…なのはさん…? 」

 

慌てて高台に向かうと、果たしてそこにはなのはさんがいた。使用しているのは浮遊魔法の強化版…いや、もはや既に飛行魔法と呼んでも差し支えないだろう魔法。足に桜色の翼を生じさせて空を飛んでいる。認識阻害も併用しているので、魔力の無い人にはすぐには判らないだろうけど、バリアジャケットが無く、デバイスのサポートもない状態で行使するにはあまりにも危険な魔法だった。

 

「なのはさん!? 何してるの!? 」

 

「にゃぁっ!? …ヴァニラちゃん!? 何でここに? ? 」

 

「何でじゃないよ…すぐに降りてきて。私とハーベスターがいない時は浮遊魔法を使わない約束だったよね? 」

 

「あぅぅ、ごめんなさい」

 

そろそろと降りてきたなのはさんを捕まえると、その場に正座させる。

 

「いくら身体強化しているからって、バリアジャケットなしで万が一のことがあったら大変なんだよ? 最初に言ったよね? 」

 

「うん…」

 

「大体、今のって浮遊魔法じゃないよね? 普通に飛行魔法だったよね!? どこでこんな魔法を覚えたの? 」

 

「え…とね、ヴァニラちゃんに教えて貰った術式を参考にして、こうしたらいいんじゃないかなーって思ったところを直してたら出来たの」

 

どうやら感覚だけで飛行魔法を構築してしまったらしい。何とも末恐ろしい才能だった。

 

「それにしても…デバイスのサポートなしで飛行魔法なんて、初心者がやることじゃないよ…ちょっとでも制御を間違ったら本当に危ないんだからね」

 

項垂れるなのはさんにお説教をしながらも、本当に空を飛んでみたかったのだろうな、という気持ちもあった。

 

「…なのはさん、今の術式ちょっと見せてくれる? 」

 

「え…うん、いいよ」

 

目の前に魔法陣が展開される。ベースは確かに浮遊魔法のようで、いくつかリミッターがかかった部分はあるものの、飛行魔法としてはほぼ完成形に近かった。魔法陣内に記述された魔法名を読み解く。

 

「『フライヤー・フィン』、か。良い魔法だね。殆ど手を加える必要もなさそう」

 

「ホントに? よかった~」

 

「で・も!1人での行使は絶対にダメだからね。必ず私がいる時にしてよ? 」

 

「はーい…って…え!? 使っていいの!? 」

 

「飛びたかったんでしょ? 禁止しても使っちゃいそうだし。それなら私が出来るだけサポートするから」

 

「ありがとう、ヴァニラちゃん~!」

 

なのはさんの『フライヤー・フィン』にかかっていたリミッターの内、高度制限に関わる第一段階のリミッターを解除する。

 

「ちょっとだけ飛んでみようか? 認識阻害と身体強化は忘れずにね」

 

「うん!!」

 

私もハーベスターを起動してバリアジャケットを身に纏うと、高機動飛翔の魔法を用意する。

 

「ハーベスター、『マニューバラブル・ソアー』いくよ。なのはさんも一緒に飛ぶから、彼女の安全を最優先にサポートをお願い」

 

≪All right. ”Maneuverable Soar”≫【了解。『マニューバラブル・ソアー』】

 

なのはさんの手を握り、空へ飛び立つ。なのはさんも飛行魔法を展開し、暫く2人で空中散歩を楽しんだ。

 

「すごい…気持ちいい」

 

「私はバリアジャケット着ているから良いけど、なのはさん寒くない? 」

 

「全然大丈夫!ねぇ、ヴァニラちゃん見て。夕方の街ってすごく綺麗」

 

「本当…上空からだとまだ夕日が沈みきってないのに、もう街灯が点く時間なんだね」

 

夜景も綺麗なのだろうけれど、完全には暗くなりきっていないこの時間だからこそ、映える景色があった。アリシアちゃんにも見せてあげたいな、と思う。

 

「あ、そうだ!ハーベスター、景色記録しておいて」

 

≪Sure. Recording started.≫【了解。記録開始しました】

 

そのまま、また暫くなのはさんと2人で空を飛ぶ。丁度夕日がはるか先の地平線に沈もうとしていた。

 

「あ、ヴァニラちゃん、日の入りだよ」

 

「本当、綺麗…って、ちょっと待って!ハーベスター、今の時刻は? 」

 

≪It is quarter to six, master.≫【17:45です】

 

なのはさんと顔を見合わせる。

 

「失敗しちゃったー!上空を飛んでたんだから、日の入りは当然いつもより遅いんだ!」

 

「ヴァニラちゃん、とにかく降りよう!今ならまだ18時に間に合うから!」

 

安全確認はしながらも急いで高台に降り立つ。ハーベスターを待機モードに戻してバリアジャケットを解除すると、私はなのはさんに手を引かれながら桜台の階段を駆け降りた。

 

ずっと走り続けたおかげで、何とか18時前に帰宅することが出来た。

 

「はぁ…はぁ…なんとか…間に合った…ね…」

 

「む…無断で…遅れると…桃子さん…怖いから…」

 

玄関先で息を整えると、2人揃ってドアを開け「ただいまー」と声を出す。丁度居間の柱時計が18時を告げた。いつもなら漂ってくる筈のご飯の匂いが無く、家の中に電気もついていない。

 

「どうしたんだろう。お母さん、まだ翠屋にいるのかな? 」

 

「あ、上にアリシアちゃんがいた筈だから、ちょっと聞いてくるね」

 

なのはさんにそう言うと、私は階段を上がって部屋に向かった。出かける前に言われた通り、ちゃんとノックをする。

 

「アリシアちゃん? 入っても大丈夫? 」

 

ドア越しに声をかけたが返事はなく、人の気配もなかった。ドアを開けてみると矢張り誰もおらず、電気もついていない。

 

「ヴァニラちゃん!ヴァニラちゃん!!」

 

階下からなのはさんの慌てた声が聞こえた。階段を駆け下りると居間からなのはさんが出てきて、メモのような物を差し出した。

 

「これ!テーブルの上に置いてあったの!」

 

メモには日本語でこう書かれていた。

 

『桃子ママが倒れちゃったので、美由希お姉ちゃんと一緒に病院に行きます。士郎パパと恭也お兄ちゃんは翠屋です。心配しないで。アリシア』

 

とりあえず士郎さんと恭也さんが翠屋にいると言うことは、そんなに大事ではない可能性が高いのだが、倒れたというのは穏やかではない。心配するなと言われても、これは心配しない方がおかしかった。

 

「わたしの所為だ…約束を破って1人で魔法を使ったから…」

 

「なのはさん落ち着いて。それは、今は関係ないでしょう? 」

 

「でもわたしはいい子にしていなくちゃいけないのに…お父さんの時はいい子にしていたのに…」

 

「なのはさん、ちょっとごめんね…『サニティ』」

 

ショックの所為か、うわごとのように繰り返しているなのはさんにパニックを鎮め、精神を安定させる効果がある魔法をかける。

 

「なのはさん、なのはさん大丈夫? 」

 

「あ…ヴァニラちゃん? 」

 

「今のままだと状況が良く判らないから。まずは翠屋に行って、士郎さん達に話を聞いてみよう? 」

 

「うん…そう、そうだよね」

 

私達はそのまま翠屋に向かった。

 

 

 

=====

 

「え…捻挫…? 」

 

翠屋に着いた私達を待っていたのは士郎さん達のそんな説明だった。

 

「で…でも、倒れたって…? 」

 

「あぁ、転倒した拍子に足を捻ってね。2、3日で良くなるとは思うけど、念のために病院に行って貰ったんだ」

 

なのはさんも私も、ヘナヘナとその場に座り込んでしまった。確かに『倒れた』のだろうけれど、今回の場合は『転んだ』とするのが正しい。アリシアちゃんにはもう少し言い回しのニュアンスを覚えて貰う必要がありそうだった。

 

「でもよかった…お母さん、大したことないんだよね? 」

 

なのはさんはそう言うと、安心したのだろう。ぽろぽろと泣きだしてしまった。ほっとしたのは私も同じだったのだが、さすがに営業時間中の店内中央で泣かせたままにしておくわけにもいかない。私はなのはさんを抱えるように立たせると、奥の空き席に連れて行った。

 

しばらくなのはさんを抱いた状態で背中を軽くぽんぽんと叩いていると多少落ち着いたのか、泣き声もしなくなっていた。

 

「なのはさん、ごめんね。アリシアちゃんはまだちょっと日本語の細かいニュアンスが判ってないみたいで。悪気はないんだよ。怒らないであげてね」

 

「うん、大丈夫。こっちこそごめんね、恥ずかしいところ見せちゃったな」

 

なのはさんは照れたように笑った。そこに士郎さんが食事を運んできてくれる。

 

「今日はさすがに家でご飯を食べるのは難しいから、松ちゃんに夕食を作ってもらったよ。さっき病院から連絡があってね。そろそろ3人とも帰ってくる筈だから、ここで食事にしてしまおう」

 

士郎さんが言い終わるや否や、入口のカウベルの音と共にアリシアちゃん、美由希さん、桃子さんが入ってきた。桃子さんは足首にテーピングはしているものの足取りはしっかりしていて、見たところ問題はなさそうだ。

 

その後、みんな揃って翠屋で食事を食べた。その際、アリシアちゃんのメモの内容について話すと、美由希さんはツボにはまったらしくずっと笑っており、アリシアちゃんは状況を理解すると、ひたすらなのはさんに謝っていた。

 

そして桃子さんは「心配掛けてごめんね」と言って、優しくなのはさんを撫でていた。

 




今度は長くなりすぎた。。?
難しいです。。


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第13話 「怪談」

桃子さん捻挫事件は最終的には笑い話で終わったのだが、私には一つ気になることがあった。それはなのはさんが口走っていた「いい子にしていなくちゃいけない」という言葉だった。

 

そう言えば以前、士郎さんが事故に遭ったという話をしていた。当時2歳だったなのはさんを家族が構ってあげる余裕が無かったという話だったか。幼少期に感じたストレスが元で、なのはさんが強いリミッティング・ビリーフを持ってしまっている可能性は高い。ただこれはどちらかというと精神科の範疇で、私も詳しいビリーフ・チェンジ・セラピーの方法は知らなかった。

 

(メンタリストの知識を持っている士郎さんの方が詳しいかも知れない。近いうちに相談してみよう)

 

それに士郎さんなら、もしかしたらなのはさんのリミッティング・ビリーフに気付いているのかもしれない。私はその日の夜に士郎さんと桃子さんが翠屋から戻るのを待って、話を聞いてみた。

 

「話してくれてありがとう。そうか、やっぱり未だ治っていないんだな」

 

士郎さんはため息交じりにそう言った。

 

「でも、なのはは1人で約束を破ってまで魔法の練習をしていたのよね? それっていい傾向じゃないかしら? 」

 

「え? それはどういう…? 」

 

「ヴァニラちゃんには私の事故の話はしたよね? 結局その時に感じた寂しさやストレスがなのはのリミッティング・ビリーフの元になっているんだ。ありのままの自分でいてはいけないと思い込んでしまっている」

 

「言われたことは必ず守って、いつもいい子でいようと無理をしている様子だったの。だから我儘を言うことがあれば、出来るだけ叶えてあげたいと思っていたのよ」

 

なるほど最初に魔法を教える時に、予想以上にあっさり許可が貰えたのはそのためか。

 

「なのはが魔法を覚えたいというのなら、私達としては出来るだけその想いを叶えてやりたいんだ。確かに危険なことはあまりして欲しくはないが、魔法がなのはにとってありのままの自分でいられる手段になり得るなら、それだけでも十分ビリーフ・チェンジ・セラピーになる」

 

「ヴァニラちゃん、なのはのこと、これからもお願いしていいかしら? 私達もサポートできることがあればいつでも言ってくれて構わないから」

 

2人にそう言われては断る理由もない。

 

「そうですね…じゃぁ他にもいくつか魔法を教えてみます。ただ本格的に魔法を勉強するならデバイスは自前の物を持った方がいいでしょうし、更にいうなら地球ではなく、ミッドチルダに来てもらった方が良いのですが」

 

「その辺りはヴァニラちゃんの方が詳しいだろうから、最終的には任せるよ。ただ本人の意思確認も含めて、君達が帰還できる目処が立ったら改めて相談させて欲しい」

 

結局なのはさんの魔法練習は当面の間、現状のメニューにいくつか新メニューを加える程度にした。

私達がミッドチルダに戻ることになった際に改めてデバイスの譲渡やミッドチルダへの留学などについてイグニスお父さんやプレシアさんにも意見を貰ってみようと思う。

 

今後も何かあれば相談に乗ってくれるという士郎さんと桃子さんにお礼を言うと、私も今日は就寝することにした。

 

(士郎さんも桃子さんも、私を信頼してなのはさんのことを任せてくれているんだ。だったらなのはさんのことは私が守らなくちゃ)

 

隣で寝息を立てているアリシアちゃんを起こさないようにそっと布団に潜り込んだ私は、今後アリシアちゃんだけではなく、なのはさんのことも守っていくことを心に決めた。

 

 

 

=====

 

「ヴァニラちゃん、そう言えばクリスマスプレゼント何にするか決めたの? 」

 

翌日、翠屋のお手伝いを終え、部屋で魔法練習の新メニューについて考えていると、不意にアリシアちゃんに声をかけられた。そう言えば一連の騒ぎですっかり忘れてしまっていたが、プレゼントもまだ決まっていなかった。

 

「そうだね…何がいいかなぁ」

 

アリシアちゃんは美由希さんに廃棄予定だった古着を貰っていた様子なので、恐らくはそれを素材にしたぬいぐるみ系だろう。

 

<私も廃材を使って、小物でも作ろうかな。ハーベスター、どこかに廃材とか無いかな? >

 

<≪I found a ruined building yesterday, while you were flying. I guess it was a kind of old factory site. You may be able to obtain some waste materials there.≫>【昨日、飛行中に廃墟を見つけました。恐らく工場か何かの跡地と思われます。そこに行けば何らかの廃材は確保できるでしょう】

 

半分は冗談のつもりだったのだが、ハーベスターは予想外の答えを返してきた。

 

<本当に? どのあたりか判る? >

 

<≪It must have been recorded. Do you want to browse it? ≫>【昨日記録した映像に入っている筈です。ご覧になりますか? 】

 

<うん、見る!…あ、ちょっと待って>

 

アリシアちゃんは相変わらず作業場という名の段ボール部屋に篭って作業している様子だ。

 

「アリシアちゃん、またちょっと出かけてくるね」

 

「はーい、行ってらっしゃい」

 

段ボールの裏からアリシアちゃんの手がひらひらと振られる。私は廊下に出ると、ハーベスターに記録された映像を確認した。

 

「空中からの映像だと正確な位置が掴みにくいなぁ…もう一回、飛んだ方がよさそう」

 

一度庭に出てバリアジャケットを身に纏い、認識阻害の魔法をかけた上で、私は空へ舞い上がった。上空で映像と実際の地形を照合する。

 

「あった。あそこだね」

 

街外れに目的地を見つけると私は高度を落とし、廃墟に降り立った。まずは建物の中に入り、散乱している廃材の中から使えそうなものを探してみることにする。木材の加工工場だったのか、端材が多く見つかった。小さなものを何の気なしに組み合わせてみると、フォトフレームのような形になった。

 

「これは使えそう…他にも何かないかな? 」

 

偶々近くに落ちていた黒い大きな袋に使えそうな端材を入れて、そのまま辺りを回ってみた。ただ端材の種類は多いのだが、何に使えばいいのか判らないようなものが殆どで、最初に見つけたもの以外はなかなかいいものがない。

 

「完成品のイメージをしてから、それに合う端材を探した方がいいよね…」

 

フォトフレームだけだと味気ないし、隣にペン立てをつけてみよう。丸い形は加工が難しいし、四角いのはあまり可愛くないから三角形で、などと思考を重ねる。一度思いつくと、意外なほどスムーズに考えが纏まった。あとは適合する端材を探すだけだった。

 

<≪Caution. Some people are approaching here.≫>【警告。複数の人がこちらに近づいてきます】

 

不意にハーベスターが念話で注意を促した。ハッとして状況確認をする。ここは廃工場で、小学校低学年の女の子が1人でいるような場所ではない。下手に見つかって警察でも呼ばれたりしたら、高町家に迷惑がかかる。ここは隠れて様子を見るのがいいだろうと判断した私は物陰に隠れるとサーチャーを作成した。

 

「『ワイド・エリア・サーチ』」

 

建物の周囲を中心に、敷地内にサーチャーを配置する。近づいてきていたのはあまりガラの良くない4人の男性と、猿轡をされ、後ろ手で手首を縛られた若い女性だった。男性達は俗にいうチンピラのような恰好をしており、ピアスだの刺青だのをしている。女性は普通の大学生かOLっぽい雰囲気だ。彼等は私が隠れている建物と、もう一つ別の建物の間にある中庭のようなところで女性を突き飛ばすと、周りを囲うように立った。

 

「ここなら猿轡を外してもいいぜ。泣いても叫んでも、誰にも聞こえやしねぇよ」

 

サーチャーが男性の声を拾ってくる。猥褻目的なのは明らかだった。男性の1人が女性の猿轡を外し、ブラウスに手をかけると一気に破いてしまった。女性は涙を流し、怯えきった表情で「やめて…」と呟いている。当初は介入しないように考えていたが、これはさすがに止める必要がありそうだった。

 

(まぁ、この状況なら何とかなるかな。要は魔法だと思われなければいいわけだし)

 

一般人の前で魔法を使う訳にはいかないが、幸いなことに私はまだ存在が誰にも認識されていない。

 

「『プラズマ・シューター』」

 

私は誘導弾を6発生成すると、チンピラ達からは見えないように両側の建物の2階あたりに3発ずつ待機させた。部分的に割れてしまってはいるものの、ここにはまだガラスが残っている窓がある。これが一気に割れたら、チンピラ達もさぞ驚くことだろう。念のため破片が女性に降り注ぐことが無いように角度を調整すると、私は一斉に誘導弾を動かして窓を割った。

 

窓が割れる音は中庭に響き渡り、私の思惑通り男性たちは動きを止めた。

 

「何だ? 誰かいるのか? 」

 

「誰だ!出てこい!」

 

口々に叫びながら、全員隠し持っていたと思われるナイフを構えている。こんなものを常時携帯しているような輩には、もう少しお灸を据える必要があるだろう。誘導弾が非殺傷設定になっていることを再確認し、ナイフを握っている男性の手の部分に次々に誘導弾を当てていく。男性たちは次々とナイフを取り落していった。

 

「うわっ、何だこれ!? 」

 

「ひとっ人魂!? 」

 

その言葉を聞いた瞬間、内心でほくそ笑む。これは正に私が誘導したかった反応であった。私は続けてサーチャーの音声伝達機能をリバースさせ、こちらの音声が相手に届くように設定する。

 

『ふふふふふふふふふ…。』

 

出来るだけ低い声で怪しい笑い声を演出した。サーチャーは複数あるため、いい感じに反響し合って更に怪しさを醸し出す。

 

<ハーベスター、ちょっとお願いが>

 

念話でハーベスターに語りかけると、了解の回答があった。

 

『≪What are you doing here…≫』【お前達、ここで何をしている】

 

何だかちょっとイメージと違ったが、チンピラ達には随分と恐ろしく聞こえたらしい。4人で抱き合って怯えたようにきょろきょろとしている姿は傍目に滑稽だった。

 

<ハーベスター、仕上げ行くよ。新しいバリアジャケットデザイン登録>

 

<≪All right. The new design has been registered.≫>【了解。新デザイン登録完了】

 

そのままバリアジャケットを展開する。形状は赤い和服。髪の色は変えられないので、さっき拾った黒い袋を少し破いて頭に巻き付けた。遠目には長い黒髪に見えることだろう。認識阻害魔法はかけずに、そのまま浮遊魔法を使って建物の上空に移動する。

 

私の姿に気付いたチンピラが訳の分からないことを叫びながらこちらを指差していた。6つの誘導弾を全て引き上げ、私の周りを衛星のように回らせる。最後にハーベスターが一言。

 

『≪Get out of here!≫』【出ていけ!】

 

それに合わせて私が目標物も特にないまま四方に『ライトニング・バインド』を放つ。演出としては上々だったようで、チンピラは蜘蛛の子を散らすように走り去った。暫くすると車のドアが閉まるような音と共にエンジン音が聞こえ、そのまま走り去る気配があった。ちなみに女性は置き去りである。

 

女性の方も完全に怯えきってしまっており、腰を抜かして立つことも出来ない様子だった。

 

(ちょっとやり過ぎちゃったかな? )

 

若干反省しつつも、それっぽく締める必要がある。私は芝居がかった口調で続けた。

 

『うぬには危害を加えるつもりはない。だがこのままここに留まることは許さぬ。一時、気を落ち着けたならば立ち去るが良い』

 

そして極小の魔力弾で彼女の手を縛っていた縄を切ると、私はその場で最大出力の認識阻害魔法をかけ、そのまま浮遊して廃墟の中に戻った。恐らく女性には私がその場で消えたように見えたことだろう。暫くすると女性も落ち着いたのかよろよろと立ち上がり、私が浮遊していたあたりに向かって手を合わせ、何度か「ありがとう、ありがとう」と繰り返した後、そこから去って行った。

 

一応念のためサーチャーのうち1つに彼女の後ろをつけさせたが、女性はちゃんと街の方へ向かった上で通行人に助けを求め、交番に行くことにしたようだ。安心してサーチャーを全て回収する。いくら真昼間のこととはいえ、ここまで芝居じみたことをしておけば誰もこれが魔法だなんて思わないだろう。

 

「後は、プレゼントの材料っと」

 

さっきまで頭に巻いていた黒い袋の破いてしまった部分を捨て、残ったところに再び使えそうな端材を入れる作業に戻る。一部魔力刃を使って端材を切断したりもしたが、概ね丁度良いサイズのものを揃えることが出来た。ある程度材料が手に入った時点で、私は廃工場を後にした。尚、バリアジャケットはいつもの白いものに戻し、認識阻害魔法をかけつつ飛行したことは言うまでもない。

 

 

 

=====

 

その日の夕食の席で私は士郎さんにやすりのようなものが無いか聞いてみた。

 

「やすりかぁ。普段使わないからな。何に使うんだい? 」

 

「ちょっと木工細工をやろうと思ったので」

 

すると恭也さんが答えてくれた。

 

「あぁ、そう言うことなら、紙やすりがいいんじゃないかな? 俺の部屋にいくつかあるよ。使うなら出しておくけど? 」

 

「ありがとうございます、恭也さん。助かります」

 

きめの細かい磨き上げに適した魔法は無かったのでやすりを使おうと思ったのだが、普通のやすりよりは紙やすりの方が更に扱いやすいだろう。

 

「それに木工用ボンドとニスもあるけれど。良かったらそっちも使うかい? 」

 

随分と都合よく色々なものが揃っていると思ったら、実は恭也さんは盆栽が趣味で、庭に置いてある盆栽の棚は恭也さんが自分で作ったものなのだそうだ。そう言うことならありがたく使わせてもらうことにする。一応ニスについてはシンナーのようなものなので、使う時は恭也さんに付き合ってもらうことになった。

 

「ヴァニラちゃん、それって例のプレゼントだよね? アリシアちゃんも何か手作りしてるみたいだし、わたしも手作りにすればよかったかなぁ」

 

なのはさんが少し残念そうに言うが、彼女達は既にプレゼントを用意している様子なので、さすがに今から手作りに変更する訳にもいかないだろう。結局なのはさんの手作りプレゼントはまた次の機会と言うことになった。

 

食後、私達が洗い物をしている間に恭也さんがボンドと紙やすりを出してきてくれた。

 

「紙やすりは一応3種類出しておくよ。まずは目の粗いものを使って、仕上げは目の細かいものを使うんだ。それなりに量はあるけれど、使い切っても良いからね」

 

「ありがとうございます。助かります」

 

お礼を言うと恭也さんは軽く片手をあげて答えた後、翠屋の手伝いに戻って行った。なのはさんやアリシアちゃんと一緒にお風呂に入った後、部屋に戻って作業を始める。

 

「じゃぁ今から寝るまでの間、ヴァニラちゃんは敵だから。覗いちゃダメだよー」

 

「アリシアちゃん、そこはたぶん『敵』じゃなくて『ライバル』って言った方がいいかも」

 

「そうなの? 日本語って難しいね。『強い敵』って書くのに意味が『友達』だったりするし」

 

「何それ? あまり聞いたこと無いよ? 」

 

「うん、今日TVで言ってた。『強敵と書いて友と読む』んだって」

 

そんなやり取りをしながら、アリシアちゃんは段ボール部屋に入っていった。私は椅子に座ると、机の上に拾ってきた端材を並べ、紙やすりで磨き始めた。

 

 

 

結局全部の部品にやすりをかけるのに寝るまでの数時間では足りず、翌日の午前中もやすり掛けに充てることになった。ちなみにアリシアちゃんのぬいぐるみは昨夜無事完成したようで、今日は桃子さんにラッピングに使える包装紙を分けてもらうと言っていた。

 

私の方は仮組みまでは終わったので、今夜恭也さんに付き合って貰ってニスを塗り、その後最終的にボンドで接着する予定だ。

 

「そう言えばそろそろ翠屋の方も忙しくなる時期だね」

 

「そうだね。桃子ママもそんなこと言っていたよ」

 

「一家総出でクリスマスの準備をするんだって。23日は祝日だから、その前日から営業時間延長するって言ってたかな。それに合わせてみんなで作業するみたいよ」

 

「それはそれでお祭りみたいで、きっと楽しいよね」

 

私達も、なのはさんと一緒にポップを作ったり、店内の飾りつけなども手伝って欲しいとお願いされている。今から楽しみだった。

 

「あ、そう言えば今日翠屋にアリサちゃんたちが来るって言っていたよ」

 

「そっか、今日はアリサさんもすずかさんもバイオリンのお稽古ない日だっけ」

 

そろそろいつものお手伝いに行く時間だった。終わった後、みんなでお茶をすることにしよう。私は予め美由希さんに借りておいたデジカメをポケットに忍ばせると、アリシアちゃんと一緒に翠屋に向かった。

 

 

 

「…という訳なのですが、お願いしても良いですか? 」

 

「ええ、任せて」

 

桃子さんに事情を話してデジカメを渡す。プレゼントにするフォトフレームに、みんなの写真をつけておきたかった私は、その写真の撮影を桃子さんに依頼したのだ。

 

お手伝いを終えて暫くすると、なのはさんがアリサさん、すずかさんと一緒に翠屋にやってきた。アリシアちゃんと私も合流して、テラス席でお茶にする。

 

「お、みんな揃ってるな」

 

士郎さんがみんなの飲み物を持ってきてくれた。お礼を言って受け取る。

 

「さて、ヴァニラちゃん、アリシアちゃん。さっき届いたこの試験結果だけど」

 

そう言って士郎さんは2枚の封筒を取り出した。思わず口に含んだコーヒーを吹き出しそうになる。

 

「ちょ、士郎さん!それ、ここで発表するんですか!? 」

 

「あぁ、折角だからみんながいた方が良いだろう? 」

 

「でっ、でも!もし落ちてたらお互い気まずいじゃないですか」

 

「それは大丈夫だよ。一応保護者として、先に検閲しておいたからね」

 

そう言いつつ封筒をひらひらと振る。よく見ると封は確り開いていた。

 

「え…お父さん、それじゃぁ…」

 

「ああ。2人共無事合格だ。おめでとう」

 

「やったー!アリシアちゃん、ヴァニラちゃん、おめでとう!!」

 

なのはさんとすずかさんが抱きついてきた。アリサさんも抱きついてこそ来ないものの満面の笑顔だ。私の顔も自然と緩む。と、突然ピピッという電子音が聞こえた。見ると、桃子さんが例のデジカメを構えている。

 

「みんなこっち向いてね。はい、えがおー」

 

桃子さんの声に、みんなが一斉にカメラの方を向いて笑顔を見せた。再びピピッという音。どうやら頼んでおいた写真を撮ってくれているようだ。

 

「写真撮る時の台詞って、よく『チーズ』っていうけど、あれってやっぱりおかしいわよね。伸ばすところは良いけど、最後の『ズ』のところでシャッター切ったら間抜けじゃない? 」

 

「『1+1は? 』っていうのもあるよね。『2』って答えた時にシャッター切るっていう」

 

「それはそれでちょっと怪しい笑顔になるとおもうよ? むしろ今の『えがおー』は良いかも。私は気に入ったよ。『えがおー』」

 

被写体がコメントする必要がなく、ただ笑顔になればいいのだから。響きもいいし、これからは私も使わせてもらおうと思う。

 

「何にしても2人共合格でよかったわ。じゃぁクリスマスパーティーも予定通り25日ってことでいいわね? 」

 

「「「「問題なーし」」」」

 

アリサさんの問いかけに全員で答える。それからはお泊り会の時にどんなゲームをするか、どんな話をするかなどでまた盛り上がり、結局夕方になってアリサさんの家の執事さんが迎えに来るまで、私達はずっとお喋りを続けていた。

 

 

 

夕食の後、恭也さんが付き合ってくれて、私のフォトフレームには無事ニスが塗られた。

 

「すごい…ニスが塗られると全然違いますね」

 

「高級感っていう程でも無いけど、製品っぽくなるだろう? 」

 

「何だか、『家具』みたいです」

 

「あぁ判るな、その感じ」

 

そう言って、2人でひとしきり笑った。

 

「さて、あとは乾燥させるだけだな。一応軒下に一晩置いておくといいよ。じゃぁ俺は翠屋の方に戻るから」

 

「はい。態々付き合って頂いてありがとうございます」

 

恭也さんが翠屋に戻るのを見送った後、私も部屋に戻った。部屋にはなのはさんが居て、アリシアちゃんと一緒にパソコンをいじっているようだった。

 

「どうしたの? 何か面白いニュースでもあった? 」

 

「あ、ヴァニラちゃん!すごいよ、これ。見てみて」

 

なのはさんに促されてインターネットニュースの記事を見た私は一瞬固まってしまった。そこにはこう書かれていた。

 

『白昼の恐怖!海鳴郊外の廃工場で少女の幽霊!? 』

 

記事の概要からすると、情報提供者はどうやらガラの悪い男達らしい。

 

「肝試ししようとしていたら、本物の幽霊を見ちゃったらしいよ。こんな近くに心霊スポットがあるなんて、すごいよねー」

 

「…どこが肝試しなんだか…」

 

「ん? ヴァニラちゃんどうかした? 」

 

「あ、ううん、冬の、それも真昼間なのに、肝試しなんかやるんだなーって思って」

 

「そうだよね。普通肝試しって言ったら夏の夜だよね」

 

「あ、アリシアちゃんの世界にも肝試しあるの? 」

 

「あるよー、私はまだ実際にやったことはないけど、本で読んだりしてたし。開始前に怪談するんでしょ? 」

 

「そうそう。それが結構怖いんだよ~」

 

なのはさんとアリシアちゃんが怪談談義を始めてしまったので、私は先ほどのインターネットニュースの詳細を確認してみた。何とも信憑性に欠ける話を、何故インターネットニュースで態々取り上げることになったのか不思議に思っていたのだが、読み進めてみると意外な事実が判った。

 

「少女集団強姦殺害事件、ね…」

 

2年程前に、当時小学校4年生だった少女が不良グループにレイプされた上に殺害されるという酷い事件が同じ場所で起こっていた。そして犯人グループと思われるメンバーは悉く不審死しているのだとか。そのため、今回の幽霊騒ぎもメディアが取り上げることにしたのだろう。不審死の部分は若干眉唾ものの話だが、知らなかったとはいえ少女の殺害現場で幽霊を演じた身としては申し訳ない気持ちで一杯だった。

 

(今度、お花でも持って行ってあげようかな)

 

そんなことを思いながらなのはさんとアリシアちゃんの方を振り返ると、2人は真剣に百物語を始めようとしていた。

 




百物語は、やっていると本当に霊が寄ってくるんだそうです。。
霊感ゼロの私は全く経験がありませんが。。

っていうか、強盗犯に続き暴漢が情けなさすぎです。。


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第14話 「飾り付け」

12月21日、火曜日。今日はなのはさん達が学校に行っている間、アリシアちゃんと二人で最終的な翠屋飾り付けの準備をした。ツリーなどの大きなものは12月中旬頃にはもう店内に搬入しておいたのだが、それ以外の店内の飾り付けは今日の夜、閉店後になのはさん、美由希さん、恭也さんにも手伝ってもらって、みんなでやる予定だ。

 

23日が祝日ということもあり、祝前日にあたる明日22日から営業時間を深夜0時まで延長するのだそうで、それに合わせて最終的な飾り付けを行うのだ。深夜営業は26日の日曜日までを予定している。

 

「このガーランド、長ーい。ほらほら、身体に巻きつくよ」

 

「アリシアちゃん、遊んでないで、こっちのテープペナント作るの手伝って~同じのをあと4本作るんだから」

 

などと大騒ぎをしながら準備を進める。テープペナントはガーランドと一緒に店内の壁に飾る予定だが、長さが必要なので結構大変だ。もっとも、今夜から殆ど徹夜でケーキ類の仕込みをする桃子さんや松尾さんに比べたら全然楽なのだけれど。

 

「…それに何だかんだ言って、結構楽しいしね」

 

「楽しいね~本当にお祭りだよね!今夜も楽しみ」

 

思わず口をついて出た独り言だったのだが、アリシアちゃんが答えてきた。

 

「テープペナントが終わったら、テーブルに置くキャンドルグラスの準備だよ。急がないとなのはさん達が帰ってきちゃう」

 

「なのはちゃんが帰ってきたら、次はケーキとかお菓子のポップを作るんだよね? 」

 

「そうそう。だからこっちも早く終わらせておかないと」

 

「じゃぁ、スピードアップ~」

 

アリシアちゃんは若干危なっかしい手つきで色紙を切っていく。

 

「急ぐのは良いけど、カッター使う時は、手を切らないように気をつけてね」

 

「うーん、ちょっと遅かったかも」

 

「切ったの!? もう、しょうがないなぁ。はい、『ヒール・スフィア』」

 

翠色のスフィアを生成し、アリシアちゃんの傷口に当てる。スフィアはすぐにはじけて消えたが、同時にアリシアちゃんの傷も塞がっていた。

 

「えへへ、ありがとう。やっぱりヴァニラちゃんって、他の魔法よりも回復魔法を使う時の方がすごいよね」

 

「そうかな? あまり意識したこと無いけど」

 

「なんていうか…術式に対して効果が高いっていうのかな? ほら、前にリニスを助けた時の魔法も、私あれから勉強したんだけど、たぶんSランク以上の魔法だと思うんだよね」

 

「またまたー、あの頃は私デバイスだって持ってなかったよ? そんな高等魔法使える訳ないじゃない。プレシアさんは何か言ってた? 」

 

「あー、ママにはまだ言ってない…なかなか時間取れなかったしね」

 

アリシアちゃんはにゃははと苦笑しながら言う。そう言えば引っ越した後のプレシアさんは忙しくて、あまりアリシアちゃんと話が出来ていなかった筈だった。地球に来てからというもの、随分と頼もしく感じてはいたが、彼女だってまだ甘えたい年頃。寂しくない筈がない。

 

「まぁ、それは戻ったら聞けばいいか。ところでアリシアちゃん、さっきの笑い方、なのはさんに似てたよね? 」

 

「あ、『にゃはは』? 何かうつっちゃった」

 

少し苦しいかとも思ったが、話題を逸らすことには成功したようだ。それから作業が終わるまでの間、私達はことあるごとに「にゃはは~」「にゃはは~」となのはさんごっこをしていた。

 

 

 

オーナメント類の準備は無事なのはさん達が帰宅する前に終了した。今日、翠屋が閉店したら一斉に搬入して飾り付けをするので、判りやすいように段ボールに入れて玄関に持っていくと、丁度なのはさんが玄関から入ってきたところだった。

 

「ただいま~あ、それ今夜の飾りだね」

 

「おかえりなさい。うん、準備は出来てるから、後は持っていくだけだよ」

 

「じゃぁ、ポップの方も作っちゃおうか」

 

実際にどんなポップを作るのか聞いてみたところ、インターネットサイトからダウンロードフリーのクリスマスっぽい柄を貰ってきて、少し手を加えたものを発砲パネルにプリントアウトし、実際の商品名や値段は手書きするのだそうだ。一部、商品の写真をベースにしたポップも作成するようだが、それは事前になのはさんが用意済みとのこと。

 

クリスマスのイメージカラーと言うと大抵緑、赤、白、金の4色を思い浮かべるが、このうち金だけはプリンターで再現できないので、必要に応じて色紙を貼ったりラメを入れたりするのだそうだ。ただ、これが結構時間を要するらしい。

 

「商品名と値段はお母さんからリストを貰っているから、晩御飯までに手分けして作っちゃおう」

 

「了解~」

 

まずはパソコンの扱いに慣れたなのはさんがプリントアウトをして発砲パネルをカット。細かい作業が得意なアリシアちゃんが箔押しもどき作業。そして私が商品名と値段を書き込んだ上でパネルにスタンドを取り付ける作業を担当することにした。

 

「すっごく助かるよ。去年はこれ全部わたし1人でやったんだけど、夜中近くまでかかっちゃったんだ」

 

「美由希お姉ちゃんは手伝ってくれなかったの? 」

 

「お姉ちゃんはお店の方の手伝いをしてたよ。今日もだけど」

 

「お料理とか? 」

 

アリシアちゃんの問いかけに、なのはさんの動きが一瞬止まる。

 

「ううん、お姉ちゃんはウエイトレス専門。たぶん料理の方はお母さんと松尾さんだけでやるんじゃないかな。あとウエイトレスは忍さんも手伝いに来てくれるかも」

 

そう言うと、また何事も無かったかのように、なのはさんは作業を続けた。もしかして美由希さんは料理が下手なのだろうか。毎日桃子さんが作る料理を食べているのだから、味覚は相当鍛えられているようにも思うのだが。

 

「あれ、そう言えば忍さんって誰だっけ? 」

 

「話したこと無かったっけ? すずかちゃんのお姉さんだよ。月村忍さん」

 

「あ、月村さん。前に伊藤さんから、恭也さんの彼女だって聞いた気がする。すずかさんのお姉さんだったんだ」

 

「そうそう。その月村さんで合ってるよ」

 

それなら25日にもお世話になる訳だし、近いうちに確り挨拶をしておいた方が良いだろう。そんな雑談を続けながらもみんな確り手は動かし、作業は着々と進んでいた。最初に作業を終えたなのはさんがアリシアちゃんの作業を手伝い始めると更にスピードが上がり、最後のポップは何とか晩御飯前ギリギリに出来上がった。

 

「「「完成~!」」」

 

3人で声を合せてハイタッチ。出来上がったポップは、玄関に置いた店内用の飾りと一緒に置いておくことにした。

 

「あら、今年は早かったわね。そろそろご飯にするから、みんなを呼んできてくれるかしら? 」

 

桃子さんが晩御飯の支度をしながら声をかけてきた。

 

「あ、じゃぁ私が行ってくるね!」

 

アリシアちゃんが家を出て翠屋に向かう。随分とここでの生活に慣れたものだと思いながら、私はなのはさんと一緒に配膳のお手伝いをすることにした。

 

 

 

食事が終わり、みんなが翠屋に戻ると、私はなのはさん、アリシアちゃんと一緒にお風呂に入っておくことにした。飾り付け作業が終わったらすぐに帰宅して就寝できるようにするためだ。

 

「作業始める時に、お姉ちゃんが荷物を取りに来るから、それまではのんびりだよ」

 

お風呂上りに髪を梳かしながらなのはさんが言う。私は腰まであるアリシアちゃんの長い髪にドライヤーを当てながら、了解と返答した。

 

「ヴァニラちゃんも髪の毛きれいなんだから、伸ばせばいいのに」

 

唐突にアリシアちゃんが言ってきた。

 

「そうだね。ちょっと伸ばしてみるのも良いかな」

 

『ギャラクシーエンジェル』に登場していたヴァニラは相当髪が長かった筈だ。確か縦ロールでポニーテールにして尚、背中を超えるくらいの長さがあった筈。別にゲームのヴァニラと同じ髪型にしないといけない訳では無いが、少なくとも似合わないことはないだろう。それにメラニン色素で髪の色が決まる地球では、自然にここまで鮮やかに緑が発色することはない。普段は軽度の認識阻害魔法を使っているからこそ違和感なく見られてはいるものの、下手に切りに行って大量の証拠を残すわけにもいかない。

 

などと考えながら髪をいじっていたら、なのはさんとアリシアちゃんが生暖かく微笑みながら私を見つめていることに気付いた。

 

「ど、どうかした? 2人共」

 

「にゃはは~別に~」

 

「にゃはは~何でもな~い」

 

何だかなのはさんが2人いるように見えた。

 

 

 

準備を整えて待っていると、22時を少し回った頃に美由希さんが迎えに来てくれたので、みんなで荷物を抱えて翠屋に向かった。

 

「今年もホワイトクリスマスは期待できそうにないね」

 

ふとなのはさんが空を見上げて呟く。見上げてみると、そこには綺麗な星空が広がっていた。

 

「これはこれでいいんじゃない? 綺麗だし」

 

「ふふっ、そうだね」

 

「うー、綺麗だけど寒いよ? 」

 

「ほらほら、みんなお風呂上りなんだし、風邪ひかないように早めに移動するよ」

 

美由希さんに促されて、足早に翠屋に向かう。入口の看板は既に『Closed』になっていた。

 

「お、全員揃ったな。じゃぁ始めようか」

 

店内に入ると士郎さんがこちらを見てそう言った。姿が見えない桃子さんは恐らく厨房で松尾さんとケーキやお菓子の仕込みに入っているのだろう。テーブルの上に持ってきた荷物を並べる。と、恭也さんの隣にいた長い髪の美人さんがこちらにやってきた。

 

「初めましてだね。私は月村忍。すずかのお姉ちゃんって言った方が判るかな? 君達のことはすずかからも聞いてるよ」

 

どうやらこの人が噂の忍さんらしい。すずかさんの姉で、恭也さんの彼女。

 

「アリシア・テスタロッサだよ。こんばんは。初めましてー」

 

「初めまして、ヴァニラ・H(アッシュ)です。すずかさんにはいつもお世話になってます」

 

そう挨拶すると、忍さんは急に笑い出した。

 

「あはは、本当だ。小学生とは思えない挨拶だね。っと、あぁゴメンね。2人共、これからもすずかと仲良くしてあげてね」

 

何だか釈然としない部分もあったが、取り敢えず「はい」と返事をしておく。飾り付けをしながら、忍さんとはいろいろと話をした。25日の夜にお世話になる旨伝えたところ、どうやら当日は深夜営業終了まで翠屋でお手伝いをしてくれる予定とのことだった。

 

「まぁ、直接は会わないかもしれないけど、適当にやっていてくれて構わないから」

 

その言い方に少し違和感を覚えた。「適当にやっていてくれて構わない」というのは普通に考えれば忍さんよりも上の立場の人がいない時に使われる言葉である。そう言えばすずかさんからもご両親の話はついぞ聞いたことが無かった。

 

「あの、ご両親は? 」

 

「あれ? すずかから聞いてない? もう何年も前に交通事故で他界してるんだけどね」

 

「そうでしたか…すみません」

 

「別に気にしなくていいよ。昔の話だし、色々と面倒を見てくれる叔母や親類もいるから寂しくもないしね」

 

そんな感じで雑談をしながら作業を続けた。全てのテーブルにステンドグラス調のキャンドルグラスを並べ、中にメタルカップに入った小さなキャンドルを設置する。恭也さんと美由希さんはガーランドとテープペナントを窓枠に飾り、アリシアちゃんとなのはさんがサンタクロースや雪の結晶、スノーマンの抜き型にスノースプレーを吹き付けて窓を飾り付けていく。

 

ふと気が付くと、店内にクリスマスソングが流れていた。士郎さんがステレオをONにしてくれたらしい。

 

「雰囲気出るね~」

 

なのはさんが呟く。飾り付けもほぼ終了し、店内は完全にクリスマスムードだった。

 

「みんなお疲れさま。おかげで準備も大分整ったよ」

 

士郎さんがそう言いつつ、みんなにコーヒーを淹れてくれる。時刻は23時を少し回ったところだった。

 

「ねぇ、ヴァニラちゃん。『ノエル』ってなぁに? 」

 

アリシアちゃんが唐突に聞いてきた。

 

「フランスっていう国の言葉で、クリスマスとかその季節なんかを意味する言葉だよ。どこで聞いたの? 」

 

「ほら、この歌」

 

耳を澄ませると店内にかかっているクリスマスソングの中に『ノエル』という言葉を聞き取ることが出来た。

 

「綺麗な言葉だね」

 

アリシアちゃんは随分と『ノエル』という言葉の響きが気に入った様子だった。

 

「あぁ、ノエルっていうのは人の名前になることもあるんだよ。そういう名前の人に出会ったら、綺麗な名前って言ってあげると喜ぶと思うよ」

 

忍さんが微笑みながらアリシアちゃんに語りかける。アリシアちゃんも元気に「うん!」と答えていた。

 

暫くみんなでコーヒーを飲みながらおしゃべりをしていたが、アリシアちゃんが大きな欠伸をしたのを切欠に、なのはさんも少しとろんとした表情になってきた。時計は23時30分を示している。

 

「美由希、なのは達を家まで連れて帰ってくれるか? 俺は忍を送ってくるから」

 

「オッケー。じゃぁみんなお疲れさま。家に帰って寝る時間だよ」

 

「「「はーい」」」

 

「あれだね、コーヒーってカフェインが眠気を醒ますとか言うけど、本当に眠いときは眠気の方が勝っちゃうよね」

 

美由希さんがそんなことを言いながら眠そうななのはさんとアリシアちゃんの手を取って歩き出した。私は少し先行してドアを開ける。

 

「あ、ヴァニラちゃんありがとう」

 

「いえ。じゃぁ、みなさん、おやすみなさい」

 

「あぁ、おやすみ」

 

士郎さん達に挨拶した後、私達は翠屋を後にした。

 

「そう言えばさっき、なのはちゃん『ホワイトクリスマス』って言ってたよね? あれなあに? 」

 

帰り道でふとアリシアちゃんが眠そうにしているなのはさんに問いかけた。

 

「えっとね…クリスマスの日に…雪が降って…辺りが白くなる…ことだよ」

 

「雪…雪かぁ。ヴァニラちゃん、天候操作とかできない? 」

 

「あれ、儀式魔法だよ? プレシアさんからもさわりだけしか教わってないから今は無理」

 

「そっかー、残念」

 

「ねぇヴァニラちゃん…『儀式魔法』って…何? 」

 

今度はなのはさんから質問された。

 

「儀式魔法っていうのは、確りした詠唱を魔法陣に調和させて、通常の魔法よりも大きな魔力を必要とする術式を制御する…って、あーダメだ。これはたぶん明日まで覚えてないね」

 

なのはさんは既に半分夢の中のような状態だった。美由希さんが一度しゃがんでなのはさんを背負うと、なのはさんはすぐにうとうとし始めた。

 

「みんな、魔法の講義はまたにして、今日はもう寝た方がいいね」

 

苦笑しながら自宅に入り、階段を上がる。

 

「じゃぁ、ヴァニラちゃん、アリシアちゃん、おやすみ。今日はありがとうね」

 

「「おやすみなさい」」

 

挨拶を済ませると美由希さんはなのはさんの部屋に向かい、私達は部屋の扉を閉めた。

 

「だいぶ~」

 

アリシアちゃんがベッドに倒れ込む。

 

「アリシアちゃん、ちゃんとパジャマに着替えてからだよ。ほら、脱いで」

 

「うん。ねぇ、今日楽しかったね」

 

着替えながらアリシアちゃんが言う。

 

「そうだね。お祭りの準備って、いつも楽しいよ」

 

「あの歌もよかったなぁ。私気に入っちゃった」

 

着替え終わったアリシアちゃんはそう言うと、さっき翠屋でかかっていた曲を歌い始めた。

 

「相変わらずすごい記憶力だよね。一回聴いただけで覚えちゃうなんて…にしても」

 

アリシアちゃんは異様に歌が上手かった。まるでプロの歌手が歌うのを聴いているような錯覚に陥る。と、唐突に歌が止まった。

 

「…歌詞忘れちゃった」

 

「一回聴いただけでそこまでできれば大したものだよ。歌も上手だし。あ、確り覚えてパーティーで披露してあげたら? みんなきっと喜ぶよ」

 

「えへへ~ありがとう。隠し芸になるかな? 」

 

「なるね。なるなる」

 

2人してくすくすと笑ったあと、アリシアちゃんがまた大きな欠伸をした。そろそろ寝ようということになり、私達はベッドに潜り込んで電気を消した。

 

「じゃぁ、おやすみ、アリシアちゃん」

 

「うん。おやすみなさい」

 

暫くするとアリシアちゃんの規則正しい寝息が聞こえてくる。

 

(クリスマスかぁ…もう地球にきて2か月近く経ってるんだよね)

 

長期戦になることは覚悟していたつもりだったが、本当にこのままのんびりしていていいのだろうか、という考えが頭をよぎる。アリシアちゃんは随分とこちらの生活に馴染んでいるようには見えるが、プレシアさんやイグニス父さん、アリア母さんはこちらの状況を知る術はないのだ。何とかしてこちらの無事を知らせることは出来ないものだろうか。これはことあるごとに考えていたことではあるが、いつもいい考えは浮かばずに終わっていた。

 

<ハーベスター、ここからミッドチルダに通信を送る方法とか無いかな? >

 

<≪You asked me the same question seventeen times, master. Unfortunately, my answer is also the same.≫>【マスターからの同じ質問はこれで17回目です。残念ながら答えも同じになります】

 

これもそうだった。こちらの世界に来てから殆ど3日に1回くらいのペースで同じ質問をハーベスターに投げていたのだが、帰ってくる回答はいつも同じ。念話は届いて精々数十kmで次元を超えることなど出来ないし、転送魔法だって儀式魔法に分類される長距離転送以外似たようなものだ。そもそも座標の設定が出来ない以上、こちらで取れる対応策は存在しないのだ。それでも何か出来ることがあるのではないか、という気になってしまう。

 

<ねぇ、管理外世界とは言っても、次元航行艦が近くまで様子を見に来ることってあるんじゃないかな? >

 

<≪I guess, yes. However, I do not know the detailed time schedule of the TSAB vessel and it will be difficult to contact them.≫>【恐らくあるでしょう。ただ、次元航行艦の詳細な航行スケジュールは判りませんし、コンタクトを取るのは困難かと】

 

その時、先ほどアリシアちゃんやなのはさん達と話していた儀式魔法のことが頭に浮かんだ。

 

<ねぇ、儀式魔法で天候操作とかしたら、気付いてもらえる可能性はないかな? >

 

<≪In case if the TSAB vessel is staying nearby, it might be possible. Otherwise, ceremonial spell will not be enough to be detected. In this case, you may need the huge energy, such as dimensional quakes.≫>【もし次元航行艦が近くに居る状態なら可能かも知れませんが、そうでなければ儀式魔法程度では検知されることはないでしょう。この場合は次元震クラスのエネルギー放出が必要と思われます】

 

<判った。ありがとう>

 

可能性は0ではないらしいが、いずれにしても今の私は完全に儀式魔法をマスターしている訳では無い。天候操作にしても、一度プレシアさんが理論を教えてくれた程度で、実際に使ったことは無かったし、仮に術式を構築できたとしても、暴走しないように制御の練習も必要だろう。

 

(それに、あれは『サンダー・フォール』…雷を落とす魔法だったから…完全に制御できないうちは危なくて使えないよ…)

 

完全にマスターしている魔法なら術式を再構成して、例えばそれこそ雪を降らせるような魔法に書き換えることも出来るだろうが、理論から術式を組み上げるとなるとそれなりの準備期間が必要だ。なのはさんのように感覚で魔法を組めるなら、もしかしたら可能かもしれないが、先生自身がまともに使えない魔法など、危なすぎて生徒に教える訳にもいかない。

 

(今は諦めるしかないか…)

 

私もなのはさんと一緒に魔法の練習をしておこうと改めて思った。いずれ、儀式魔法を正確に使いこなせるようになれば、救助を呼べるかも知れない。そんなことを考えているうちに、私はいつの間にか眠りについていた。

 




サブタイトルに話数表示をつけてみました。。
っていうか、第1部の文言も入れました。。
当然第2部も予定しています。。

追記:章管理を始めたので、部数表示は消しました。。


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第15話 「クリスマス」

翌日、翠屋で例によってお昼の洗い物をお手伝いしているうちに、アリシアちゃんは店内でかかっていた歌を完全にマスターしてしまったようだ。普通、歌詞を見ずに歌を耳から聴いて覚えるのは難しい筈なのだが、彼女にはどうやらその方面の才能があるらしかった。

 

「なるほど、確かに上手いな。フィアッセがいたら聴かせてみたかったところだが」

 

厨房で洗い物をしながら歌っていたアリシアちゃんの声を聞いた休憩中の士郎さんが、一度ちゃんと歌ってみて欲しいと頼んだのだ。アリシアちゃんが一曲歌い終えたところで、士郎さんの口からどこかで聞いたことのある人の名前が出てきた。

 

「フィアッセさん、ですか? 」

 

「あぁ、以前ウチでチーフウエイトレスをやってくれていたイギリス人の女性でね。今はもう帰国してしまったんだが、実は世界的なプロ歌手でもあったんだ」

 

思い出した。以前伊藤さんが話してくれた人だ。それにしても世界的なプロ歌手がウエイトレスで、味もサービスも超一級品の翠屋。なんと贅沢なお店だろう。

 

「もしアリシアちゃんが歌の方面に進むつもりがあるなら、彼女の母親が校長を務める声楽学校で本格的にトレーニングを受けられるか、聞いてみるけれど」

 

「うーん、歌うのは好きだけど、プロは考えてないかなぁ。今はヴァニラちゃんやなのはちゃん達と一緒にいるのが一番楽しいから。あ、でもみんなと一緒にユニットデビューとかなら考えてもいいよ」

 

「…ごめん、アリシアちゃん。私、歌はちょっと…」

 

正直なところ、アリシアちゃんの歌と比べたら私の歌など幼稚園児のお遊戯に等しい。別に音痴という訳では無いと思うのだが、どうにも抑揚をつけて歌うことが出来ず、単調になってしまうのだ。これは「琴の頃」からずっと同じなので、きっとこれからも改善することは無いだろう。

 

「まぁ、別に無理強いするつもりもないし、忘れてくれて構わない。もし気が向いたら、声をかけてくれればいいよ」

 

「ありがとう、士郎パパ」

 

取り敢えずこの話はこれでおしまいになった。休憩を終えた士郎さんは店内に戻り、私達は残っていた洗い物を片付けた。

 

 

 

その日の夕食の時に、桃子さんからもアリシアちゃんの歌が上手いことについて話しが出た。

 

「厨房で歌ってくれるんだけど、すごく上手いのよね。仕込みで疲れていても、頑張ろうっていう気になるわよ」

 

「かーさんがそこまで言うなら、あたしも是非聴いてみたいかな」

 

「あぁ、私も今日聴かせて貰ったが、なかなかのものだったぞ」

 

「お父さんも聴いたの!? いいなぁ。わたしも聴きたい~ねぇ、アリシアちゃん聴かせて~」

 

「なのは、聴きたいのは判るが、まずはご飯を食べてからな。ほら、アリシアちゃんも」

 

恭也さんが窘めてその場は収まったが、結局アリシアちゃんは食後、士郎さん達が翠屋に戻る前に1曲だけ披露することになった。そして歌ったのは例のクリスマスソング。

 

「すごーい、本当に上手だね!」

 

歌い終わったアリシアちゃんに、なのはさんが拍手を送りながら言う。

 

「えへへー、ありがとう。明後日、すずかちゃんのところに行ったらみんなにも聴かせてあげようと思ってるんだ」

 

「へぇ~いいじゃない。余興にはちょうど良いよね。あ、アリシアちゃんありがとうね。すごく良かったよ」

 

「そうだな。大したものだよ。ありがとう、アリシアちゃん」

 

美由希さんと恭也さんも絶賛していた。

 

「そう言えば、以前月村家にお邪魔した時、すずかちゃんが今の曲をバイオリンで弾いていたな」

 

「お兄ちゃん、それホント? だったらたぶんアリサちゃんも一緒に弾けると思うし、2人に伴奏頼んでみようか」

 

何だかどんどん話が広がっていく。

 

「あ、ヴァニラちゃんも一緒に歌う? 」

 

「ごめんなさい、勘弁して下さい…っていうか、なのはさんも歌うつもりだったの? 」

 

「うん、アリシアちゃんほど上手じゃないけど、歌うのは嫌いじゃないし」

 

「いいじゃない、みんなで歌おう!ね、ヴァニラちゃん!!」

 

助けを求めようと士郎さん達をみると、私の気持ちを知ってか知らずか、みんな既に翠屋に戻るため玄関に向かっていた。アリシアちゃんもなのはさんもキラキラとした目で私を見つめている。

 

「…私、下手だけど。それでもいいなら」

 

結局雰囲気に押されて私が折れた。アリサさんとすずかさんには、その場でなのはさんからメールが送信されて、曲の演奏が可能であることの確認が取れた。

 

(そう言えばイギリスとかだと、クリスマスの夜に小さな子供があちこちの家を回ってクリスマスキャロルを歌って、小銭を貰ったりすることもあるんだっけ)

 

私は完全に現実から逃避していた。

 

 

 

=====

 

12月24日はクリスマスイブではあるものの金曜日と言うこともあって、日中は祝日の23日の方が忙しいくらいだった。桃子さん曰く、24日は夜が勝負なのだそうだ。夜もお手伝いしましょうか、と言った時、結局は断られたのだが、桃子さんですら一瞬迷ったような素振りを見せたことから本当に猫の手でも借りたいくらい忙しいのだろう。尤もバイトの人達も増やしているそうなので、私達が出しゃばったところで気を使わせる分、邪魔にしかならないのだろうが。

 

桃子さんには『リラクゼーション・ヒール』をかけてあげたいところだったが、一緒に働いている松尾さんにかけずに自分にだけかけるのはダメだからと、こちらもお断りされてしまった。確かに松尾さんには魔法のことは話すわけにいかないのだから、魔法の対象は桃子さんだけになってしまう。桃子さんにとってはそれが逆に心苦しいのだそうだ。

 

「大丈夫よ。毎年のことだし、忙しいとはいっても好きでやっていることだから楽しいし」

 

桃子さんはそう言って微笑んだ。結局私もアリシアちゃんもお昼時の手伝いを終えるといつも通り放免され、帰宅したなのはさんと一緒にお店の邪魔にならないよう、中心街の方に遊びに行くことにした。ちなみにアリサさんとすずかさんはクリスマスイブにも関わらずバイオリンのお稽古なのだそうだ。

 

「クリスマス時期の街って、なんかいいよね」

 

駅前の大通りを歩きながらなのはさんが言う。街中がイルミネーションで飾り付けられ、海鳴駅のロータリーにも大きなツリーが設置されていた。商店街やデパートではクリスマスソングがひっきりなしにかけられていて、道を歩く人たちの表情も明るい。

 

「何か、これこそお祭りって感じだよ」

 

アリシアちゃんも嬉しそうだ。確かにクリスマスや年末年始などイベントが目白押しのこの時期はわくわくするものがあるような気がする。久しく忘れていた感覚だった。「琴の頃」は勉強ばかりしていて、いつからかイベントなど意識しなくなっていたが、今は純粋に楽しいと思う。

 

(精神が肉体に影響されているのかも)

 

何となく『癩王のテラス』の最後の下りを思い出した。あまり好きな話では無かったけれど。

 

そのまま歩いていると、急になのはさんがポツリと呟いた。

 

「来年は雪降るかな? 」

 

「あぁ、ホワイトクリスマス? 」

 

耳を澄ますと、何処からともなく「ホワイトクリスマス」の歌も聞こえてくる。先日から随分とホワイトクリスマスに拘るな、と思っていたが、どうやらなのはさんはこの曲、特にエルビス・プレスリーバージョンがお気に入りなのだそうだ。

 

「この辺りだと、クリスマスに雪が降ることって滅多にないから、憧れるんだよね…そういえばヴァニラちゃん達の世界も雪って降るの? 」

 

「ミッドチルダは気候が温暖だから、割と少ないかな。でも降ることもあるよ」

 

「あ、南部の方は良く降るってママが言ってたよ!」

 

「南なのに雪が降るの? 」

 

「地球とは違うからね。ちょっと考え方は違うけれど、地球でも南半球は南極に近づいた方が寒くなるでしょ? 」

 

地理学習は小学校3年生からだった筈だが、TVなどで知識を得ていたらしいなのはさんは納得したように頷いた。

 

「でもクリスマスは無いんだよね? 」

 

「さすがにミッドチルダにはキリスト教は無いからね」

 

「宗教とかは全くない? 」

 

「聖王教会っていうのはあったよ。聖王っていう人を崇拝してるみたい…私はあまりよく知らないんだけど」

 

「聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒトだよ、ヴァニラちゃん」

 

アリシアちゃんが補足してくれる。古代ベルカの王様で、他にも覇王や冥王がいるのだとか。子供向けの絵本に登場することも多いらしいのだが、元々その手の本をあまり読んでいなかった私はベルカの王様についての知識は殆どなかった。

 

「ヴァニラちゃんの読む本って、偏り過ぎなんだよ。医学書とか魔導書とか。同じ昔話でも、ブライトナイトはあんなに興味深々だったくせに」

 

「ブライトナイトって? 」

 

苦笑交じりのアリシアちゃんの発言になのはさんが興味を示す。

 

「ミッドの昔話でね。私が地球に興味を持つようになった切欠なんだ。地球でのお話がベースになっているの」

 

「へぇ~どんなお話なの? 」

 

「なのはさんもきっと知ってるお話。『かぐや姫』だよ」

 

一瞬きょとんとするなのはさん。

 

「『かぐや姫』って…あのかぐや姫? 竹取物語の? 」

 

「そう、そのかぐや姫」

 

「ミッドチルダにも似たようなお話があるの? 」

 

「似たような、じゃなくて全く同じ話。視点が地球じゃなくてミッドになっているの」

 

こちらに来たばかりの頃に『かぐや姫』の絵本を使って日本語を覚えたアリシアちゃんも加わって、なのはさんにブライトナイトの説明をする。

 

「かぐや姫ってヴァニラちゃんやアリシアちゃんの世界の人だったんだ…じゃぁ、2人は現代版のかぐや姫だね!」

 

「私は何らかの事情で日本からミッドに行った人が、現地の人にも判りやすく書き直したお話なんじゃないかって思ってるけど」

 

「ヴァニラちゃん、夢なさすぎー。私はなのはちゃんの意見を支持するよ~」

 

「でもどっちにしても、ミッドチルダに行く方法はあるってことでしょ? 早く見つかると良いね」

 

なのはさんはそう言って笑ってくれた。話しをしているうちにどんどんクリスマスから離れてしまったが、改めて「必ず戻れる。きっと大丈夫」という気持ちになる。

 

「ありがとう、なのはさん。でも今はあまり焦らないで、クリスマスを楽しむことにするよ」

 

「そうだねー折角街もこんなにキレイなんだから、もっと楽しもう~」

 

アリシアちゃんも同意して、私達はその後も暫くクリスマス気分を味わいながら笑いあい、お喋りをしながら散歩を続け、晩御飯前に帰宅した。

 

尚、クリスマスイブの高町家の食卓にはローストターキーが並んだことをここに記しておく。

 

 

 

=====

 

翌朝の朝練で、私は初めてなのはさんに防御魔法を教えることにした。なのはさんの目の前に桜色の魔力盾が浮かび上がる。

 

「それがアクティブ・プロテクション。初級の防御魔法だよ」

 

最初にプレシアさんに教えて貰ったように、なのはさんにプロテクションを教えた。

 

「すごーい!これ、触っても大丈夫? 」

 

私が頷くと、なのはさんはそっと手を伸ばしてプロテクションに触れた。触れたところから水のように波紋が広がる。

 

「なんだか不思議な感触だね。やわらかいようで、それでいて硬いようで…」

 

「強度で言うなら十分硬いよ。ちょっと見てて。ハーベスター、フォトンランサー」

 

≪All right. “Photon Lancer” shoot.≫【了解。フォトンランサー、発射】

 

フォトンスフィアから発射された魔力の槍は、なのはさんのプロテクションにぶつかると弾けて消えた。

 

「今くらいの威力の槍なら、たぶん5、6発は防げると思うよ」

 

「ふえぇぇ、すごいんだねぇ」

 

「なのはさん、近いうちに簡単な攻撃魔法も教えるね。それで私と撃ち合いするから、プロテクションは確りマスターしておいて」

 

「え? どうしたの、急に? 」

 

「ちょっと、最近私自身が練習サボり気味だったから。少し魔法制御の練習もやっておかないと。だからね、ちょっと付き合って欲しいなって思って」

 

「うん!そういうことなら、任せて」

 

なのはさんは嬉しそうに笑った。

 

「ヴァニラちゃん、なのはちゃん、そろそろ時間~」

 

見学がてらタイムキーパーをしてくれていたアリシアちゃんが声をかけてくる。

 

「ありがとうアリシアちゃん。今日はお泊りだから、明日の朝練はお休みだね」

 

「うん。準備は終わってるから、学校から帰ってきたら着替えてお出かけだね」

 

私達はこちらを凝視していた恭也さん達に挨拶をすると、道場を後にした。去り際に背後から「凄かったね~、恭ちゃん」「あぁ…」と言った会話が聞こえた。そう言えばこの2人にも本格的な攻撃魔法や防御魔法を見せるのは初めてだったかもしれない。

 

 

 

朝食を頂いた後、なのはさんは「じゃぁ終業式の後にね~」と言って学校に向かった。恭也さんと美由希さんは高校、士郎さんと桃子さんは翠屋だ。私はアリシアちゃんと一緒に食器を片付けた後、お泊り会に持っていくものをチェックすることにした。

 

「プレゼントは用意したよね。あとはパジャマと着替えくらいかな? 」

 

「アリシアちゃん、洗面用具忘れないでね。歯ブラシとフェイスタオルと…」

 

流石に一泊だけなのでそれほどたいそうな荷物にはならないが、この辺りの小物を忘れてしまうと他の人に借りることが出来ない分、地味に痛いのだ。

 

「替えの下着に靴下、洗面用具とハンカチもちゃんと用意したよ。あとは着ていくものかな」

 

そう言ってアリシアちゃんがクローゼットから淡い水色のワンピースを引っ張り出す。以前美由希さんに買って貰った服の中でも、特にフリルが沢山付いている可愛らしいものだった。腰の部分と襟袖に濃い青でアクセントの刺繍がされていて、スカート部分はティアードになっている。アリシアちゃんの長い金髪とも相性がよくて、まるで人形のように可愛らしくなる服だ。

 

アリシアちゃんが普段着とは違うお洒落な服を取り出したのをみて、私も少しお洒落をしてみようと思い、白のジャンパースカートと深緑の長袖ブラウスを取り出して組み合わせてみた。ジャンパースカートは腰の部分に飾り紐がついていて、これを回して縛ることで腰部分を絞ることが出来るようになっている。裾はフレアでアリシアちゃんのワンピースよりも若干丈が長く、腰で縛るとバランスよく纏まるのだ。

 

「うん、こんなところかな。準備完了だね」

 

私達は用意した着替えや小物を鞄に入れ、プレゼントと一緒にしておいた。服はハンガーにかけてアウターと一緒に部屋につるしておくことにする。準備を終えると時刻はお昼前。そろそろ翠屋に洗い物のお手伝いに行く時間だった。

 

「じゃぁ、そろそろ行くよ」

 

「は~い」

 

家を出ると乾燥した空気が冬の匂いを運んでくる。寒さに身震いするが、空は雲一つない晴天だった。ホワイトクリスマスに憧れるなのはさんには悪いが、当分雪は降らないだろう。そんなことを考えながら、私はアリシアちゃんと一緒に翠屋に向かった。

 

 

 

=====

 

洗い物のお手伝いを終え、厨房で休憩していると、急に店内で拍手が起こった。

 

「あぁ、たぶんプロポーズじゃないかな」

 

何事かと思って驚く私達に、桃子さんが微笑みながら教えてくれる。どうやら毎年クリスマスを狙って店内でプロポーズをするお客さんは何組かいるらしく、成功すると周りのお客さんも拍手でお祝いしてくれることが多いのだそうだ。

 

「へぇ~結婚するんだね」

 

アリシアちゃんがそっと店内の様子を伺う。と、そこに士郎さんが入ってきた。心なしか少し困ったような表情をしている。

 

「お疲れさまです、士郎さん。どうかされたんですか? 」

 

「あぁ、実は今店内でプロポーズに成功したお客さんがいてね。それ自体は喜ばしいことなんだけれど」

 

そう言いながら士郎さんは厨房の隣にある更衣室のロッカーの上からギターケースらしきものを取り出した。それを見た桃子さんが苦笑する。

 

「あら、リクエスト? 暫くやっていなかったけれど、大丈夫? 」

 

どうやらプロポーズ成功に気をよくしたお客さんが、士郎さんにクリスマスっぽい曲を1曲リクエストしたらしい。以前フィアッセさんがいた頃は一緒に歌って貰ったこともあったのだそうだが、残念ながら今は帰国してしまっているため、士郎さんのギター演奏のみがリクエストされたようだ。

 

「ブランクも長いが、コードで弾き語りするくらいなら何とかなると思うよ」

 

「ねぇ、士郎パパ。何の曲を演奏するの? あの曲だったら私歌いたいな」

 

「ふむ…手伝ってくれると嬉しいが、ちょっと目立つことになるな…」

 

アリシアちゃんの提案に、士郎さんは少し思案する素振りを見せた。

 

「まぁ、これが元でメジャーデビューなんてことはないでしょう。店内のお客さん相手だけなわけですから大丈夫じゃないでしょうか? 」

 

私がそう口添えすると、士郎さんは苦笑しながらこう言った。

 

「いや、口コミでアリシアちゃんのことが広まると、アリシアちゃん目当てのお客さんが来店する可能性もあるからね。そうなると判らないよ? 」

 

一瞬言葉に詰まるが、すぐにそれが士郎さん流の冗談であることが判って私も笑顔で返す。

 

「ミッドに帰るまでなら翠屋限定の歌姫でいいかもしれませんよ。本人も歌いたいって言っているわけだし」

 

「OK、じゃぁそう言うことで。アリシアちゃん、お願いできるかな? 」

 

「うん!」

 

2人が店内に出ていくと、桃子さんと松尾さんも手を休めて厨房の入り口のところで様子を伺う。入口に丁度学校から帰ったと思われるなのはさんの姿が見えたので、念話で事情を説明し、士郎さんがギターのチューニングをしている間に厨房の方に来てもらうことにした。

 

「ただいま、お母さん、ヴァニラちゃん。松尾さん、こんにちは」

 

「おかえりなさい、なのはさん。丁度良かった。今からアリシアちゃんが歌うよ」

 

松尾さんに気取られないように改めて口頭でなのはさんに状況説明をしたところで、士郎さんがあの曲を弾き始める。それに合わせてアリシアちゃんも歌い始めた。

 

一曲歌い終えた時の拍手はさっきのものよりもずっと大きかった。アリシアちゃんは士郎さんと一緒に周りの席にも軽く挨拶しながら厨房の方に戻ってきた。

 

「やっぱり上手だね~アリシアちゃん、よかったよ」

 

「ありがとう、なのはちゃん。あとお帰りなさい~」

 

桃子さんや松尾さんからも絶賛され、少し照れた様子を見せるアリシアちゃんだった。士郎さんはギターを片付けると改めてアリシアちゃんにお礼を言い、また店内に戻っていく。

 

「そういえば、なのはちゃん着替えるんだっけ。すぐに出かけるの? 」

 

「まだ少し時間あるから、慌てなくてもいいけれど、取り敢えず着替えに戻ろっか」

 

「うん!」

 

「あ、なのは。出掛ける前にもう一度寄って行ってね。お土産持って行って貰うから」

 

桃子さんの言葉に「はーい」と元気に返事をしながら裏口から出ていくなのはさん。私達も挨拶を済ませると翠屋を後にした。

 

 

 

「わぁ~2人共かわいい!」

 

アリシアちゃんと私の服を見て、なのはさんが感嘆の声を上げる。

 

「折角のお泊りだから、ちょっとお洒落してみたんだ」

 

「うん、すっごくいい!…んだけど、わたしだけ普通の服だと浮いちゃうかな? 」

 

なのはさんはお気に入りらしいオレンジ色のパーカーとスカートに、黒い膝上丈のソックス姿だった。

 

「うーん、それはそれでかわいいと思うんだけど。なのはさんらしい、快活なイメージだし」

 

「でもなのはちゃんがこの服着てるの、よく見るよ!折角だからイメージチェンジしてみない? 」

 

アリシアちゃんの一言で、なのはさんも普段はあまり身に付けることがない茶色のロングスカートにピンクのブラウスと赤いキャミソールを組み合わせた格好で出掛けることになった。それぞれコートを身に纏い、バッグとプレゼントを持ったら準備完了。

 

「じゃぁ、翠屋に寄ってからすずかちゃんの家にレッツゴー!」

 

「おー!」

 

一度翠屋に寄って箱詰めのシュークリームを受け取ると、士郎さんや桃子さんに「行ってきます」と告げて、バス停に向かった。月村家はここからバスで十数分のところにあるらしい。

 

「月村邸前っていうバス停があるんだよ」

 

目的のバスに乗って暫くすると、なのはさんが下車する停留所を教えてくれた。

 

「え…すずかさんの家ってそんなに大きいの? 」

 

普通バス停に個人邸の名前がつくのは、よっぽど大きいか、或いは過疎地域の村などで住人全員が個人宅を知っているかのどちらかだろう。海鳴市で後者は考えにくいので、必然的に回答は前者になる。

 

「そうだね。アリサちゃんの家も相当大きいけど、すずかちゃんの家はもっと大きいよ。元々はこの辺り一帯の地主さんなんだって」

 

「なのはちゃんの家よりも大きいの? 」

 

「敷地面積だけなら余裕で10倍以上あるよ。家の大きさもけた違いだね」

 

アリシアちゃんの問いに答えながら、窓の外を見るなのはさん。

 

「ほら、ここの通り沿いの壁。これ、もうすずかちゃんの家の周りの塀なんだよ」

 

見ると、結構な高さの塀が延々と続いている。下手なお城よりもずっと大きいのではないかと思った。その内バスは「月村邸前」に到着し、私達はバスを降りた。

 

「すごい…大きいね」

 

アリシアちゃんが独り言のように呟く。私達の目の前にあったのは、正にマナーハウスだった。正門から建物までは然程距離は無いように見えるが、それでも100mはあるだろう。そしてなのはさんが言うには、建物の裏手にある庭がとてつもなく広くて、森まであるのだとか。

 

「判るけどね。わたしも最初に来たときはそうだったから」

 

なのはさんは苦笑しながら言い、門の所にあったインターホンで来訪を告げて門を開けて貰った。

 

「でも、いつまでも呆然としてられないから。そろそろ行こう? 」

 

私達はなのはさんに促されて月村邸の正面玄関に向かった。

 




また中途半端に切ることになりました。。
難しいです。。


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第16話 「お泊り会」

「いらっしゃいませ、なのは様。それからヴァニラ様とアリシア様でよろしいでしょうか。すずかお嬢様がアリサ様と一緒にお待ちですよ。こちらへどうぞ」

 

お屋敷としか形容できない月村邸に入った私達を迎えてくれたのは可愛らしいメイドさんだった。

 

「こんにちは、ファリンさん。これ、お土産です」

 

「ご丁寧にありがとうございます、なのは様。後程お飲み物と一緒にお出ししますね」

 

なのはさんがメイドさんに挨拶をして、翠屋のシュークリームを渡している。私とアリシアちゃんも順にファリンさんと呼ばれたメイドさんに挨拶をした。

 

「何だか『様』付けで呼ばれるのは変な気持ちかも~」

 

アリシアちゃんが照れたように言う。

 

「むしろ呼び捨てにして頂いても構いませんよ? 」

 

「滅相もございません。これでも随分と譲歩はしているのですよ。最初はバニングス様、高町様、とお呼びしていたのですが、どうしても名前の方がよいと申されまして」

 

確かにH(アッシュ)様やテスタロッサ様と呼ばれるよりはいいかもしれないが、矢張り少しこそばゆい気がした。

 

「こちらでございます。」

 

ファリンさんが開けてくれたドアの先には小振りなテーブルに着いて紅茶を飲んでいるアリサさんとすずかさんの姿があった。

 

「やっと来たわね。遅かったじゃない。お洒落に時間をかけ過ぎたんじゃないの? 」

 

「本当、みんなかわいい。いらっしゃい。待ってたよ」

 

「ごめんね、翠屋の方でちょっとしたことがあって」

 

にゃはは、と笑いながらなのはさんが言った。

 

「何? トラブル? 」

 

「ううん、そうじゃなくてね。久し振りに曲をリクエストしたお客さんがいたんだけど、アリシアちゃんが歌ったんだよ」

 

「「へぇ~」」

 

ただ、当のアリシアちゃん本人は別の物に気を取られている。

 

「…猫…ねこ…ネコ…猫だぁ」

 

部屋中、至る所に猫がいた。ちなみに私もさっきからみんなの会話は耳に入っているものの、視線は猫に釘づけだった。何しろ、その数が多いのだ。普通に1匹2匹というレベルではなく、十数匹が部屋の中にいる。窓の外で日向ぼっこしている猫もいるから、総数はこんなものではないのだろう。

 

「そう言えば、言い忘れてたよ。すずかちゃん家が猫屋敷だってこと」

 

「まぁ、何も知らない人としては当然の反応よね」

 

「アリサちゃんの家だって初めての人はびっくりすると思うけど…ねぇ、アリシアちゃん猫好きなの? 」

 

「うん!ウチでも…じゃなくて、猫だけじゃなくて、動物は全部好きかも」

 

「ふ~ん、じゃぁ犬も好き? 」

 

「うん、好きだよ~」

 

「なら今度あたしの家にも遊びに来ると良いわ。犬がいっぱいいるから」

 

アリシアちゃんは猫屋敷の衝撃から無事に帰還出来たようだった。

 

「ほらヴァニラちゃんも呆けてないで座って」

 

「あ、ありがとう、すずかさん」

 

アリシアちゃんと私がテーブルに着くと、ファリンさんが紅茶セットを持ってきてくれた。ケーキスタンドにはさっきのシュークリームと、それ以外にも何種類かのお菓子が乗せてある。その時、何故か周りの空気が緊張したように感じた。

 

「……」

 

ファリンさんがテーブルにケーキスタンドと紅茶セットを置いた瞬間、誰ともなくふーっと息をつき、空気が弛緩する。

 

「ど、どうかしたの? 何だかみんな緊張してたみたいだけど? 」

 

「えっとね、ファリンがお茶を運ぶ時って、大抵何かしらあってトレイごとひっくり返しちゃうんだよね」

 

「申し訳ございません~」

 

苦笑交じりのすずかさんの言葉に、まさかそんな漫画のようなお話が、と思ったのだが、あっさり本人が肯定してしまった。情けなさそうに言う彼女は、言葉遣いとは違って随分とおっちょこちょいの人のようだ。

 

「まぁ今回はちゃんと運べたんだし、いいんじゃないかな? ちゃんと出来たのに責められるのもかわいそうだよ」

 

ファリンさんを庇うなのはさんも若干苦笑気味だったが、淹れて貰った紅茶はシュークリームやお菓子にも合っていて、とても美味しかった。

 

 

 

「さてと、じゃぁ始めるわよ」

 

雑談しながら頂いていたお茶やお菓子が無くなりそうになった頃、急にアリサさんがそう言って立ち上がった。

 

「アリサさん、何をするの? 」

 

「ゲームよ、ゲーム!このために態々家から持ってきたんだから」

 

アリサさんが取り出したのは家庭用のゲーム機のようだった。打ち合わせ済みだったのか、なのはさんがケーブルを受け取ると手際よく部屋のTVに繋ぎ、すずかさんがコントローラーらしきスティック状のものを私とアリシアちゃんにも手渡してくれた。

 

「ヴァニラちゃん、これってどうやって使うのかな? 」

 

「ごめん、私もこれは知らない」

 

『琴だった頃』に晶が貸してくれたゲーム機のコントローラーとは全然違うものだった。扱いに困って弄り回していると、なのはさんが隣にやってきた。

 

「2人共初めてだよね? これね、ストラップに手首を通して、こうやって片手で握るの」

 

なのはさんが教えてくれた通りに持つと、丁度指が当たる所にボタンが配置されていた。

 

「最初はチュートリアルで簡単なのをやってみようか。あ、この居合い斬りは簡単だし面白いよ」

 

「ありがとう~私からやってみるね」

 

アリシアちゃんがなのはさんに教えられながらコントローラーを振り回す。ボタンもついてはいるものの、どちらかと言うとモーショントレーサー的な効果で動かすのがメインのコントローラーのようだ。

 

「うん!やってみると結構判りやすいし面白いよ~」

 

アリシアちゃんが満面の笑顔で私に場所を譲ってくれる。なのはさんに教えて貰いながらコントローラーを振ると、画面の巻き藁が弾けた。ボタンを押すタイミングやコントローラーを振り抜く角度などによっては、巻き藁は弾けるのではなく綺麗に切断出来るのだそうだ。画面を二分割にして、もう一方の画面でアリサさんが同じようにコントローラーを振ると、巻き藁は見事に両断された。

 

だんだんコツがつかめてきた私達はチームで別れて同じゲームの中にあった射的やボウリング等を楽しんだ。実際にやってみると、ゲームと言うのは色々と奥が深く、純粋に面白いと思った。

 

(晶がゲームにのめり込んだ気持ちも、今なら少し判る気がする…きっと前世でずっと勉強ばかりしていて、転生して初めてゲームに出会った時にカルチャーショックを受けたんだろうな)

 

そう、丁度今の私が魔法に明け暮れているのと同じように。

 

 

 

「初めての割に、ヴァニラもアリシアもなかなかやるわね。でもまだまだ負けないんだから!」

 

「甘いよ、アリサちゃん。わたしがサポートしてるんだからね」

 

「ありがとう、なのはさん。アリシアちゃん、反撃」

 

「りょ~かい!」

 

「それはこっちで防ぐよ。アリサちゃんは攻撃に専念して」

 

「サンキュー、すずか」

 

チームバトルではアリサさんとすずかさんのチームに、なのはさん、アリシアちゃん、私のチームで対戦する。人数分の優位は、このゲームに慣れているアリサさんへのハンデなのだそうだ。やったことのないゲームで最初は抵抗もあったのだが、戦術の組み立てなどは一部プレシアさんに教えて貰っていた魔法戦闘にも通じるものがあった。世の中、何が幸いするか判らないものだ。

 

この後何度かチームを入れ替えてプレイしたが、実は一番苦戦したのはアリサさんとアリシアちゃんが組んだチームを相手にした時だったりする。

 

「久し振りに白熱したわ。またやりましょう」

 

「アリサちゃん強いから。でも楽しかった!ありがとう」

 

一通りゲームを楽しんだ後でお互いの健闘を讃えあう。

 

「そうそう、これが今回のゲームの順位ね。無くさないように取っておくのよ」

 

アリサさんが手渡してくれたのは数字が書かれた小さなカードだった。ちなみにアリサさんが1、なのはさんが2、アリシアちゃんが3、すずかさんが4、私が5。順応性が異様に高いアリシアちゃんは兎も角、それなりに妥当な順位だと思う。貰ったカードをスカートのポケットに入れると、ファリンさんではないメイドさんが部屋に入ってきた。

 

「失礼します、お嬢様方。夕食の用意が整いましたので食堂までお越し下さい」

 

ファリンさんは髪が長かったが、こちらのメイドさんはショートで、ファリンさんよりも落ち着きがある雰囲気だった。

 

「ありがとう、ノエル」

 

すずかさんの答えに、思わずアリシアちゃんと顔を見合わせた。

 

「えっと、ノエルさん、でいいのですか? 」

 

「はい。ノエル・K・エーアリヒカイトです」

 

なるほど、前に忍さんが言っていたのは彼女のことだったのかと、改めて納得する。

 

「クリスマスにぴったり!素敵な名前だね!」

 

アリシアちゃんが満面の笑みで言うと、すぐにノエルさんも優しく微笑みながら「ありがとうございます」と返した。どうやら誕生日がクリスマスだったために名付けられたのだそうだ。

 

ノエルさんについて食堂に行くと、庭に面した大きな窓からイルミネーションの光が見えた。

 

「わぁ~キレイ!」

 

アリシアちゃんが窓辺に走り寄る。庭には5、6mほどの生木にクリスマスイルミネーションが施されていた。

 

「もみの木です。これはまだ樹齢数十年と言ったところですが、もっと長い年月を経ると高さ60mを超えることもあるそうです」

 

「すご~い。そこまで大きくなるのに、どれくらいかかるのかな? 」

 

「世界中で、樹齢1000年を超えるものが多数確認されているようですね」

 

私も窓辺に立ってもみの木を眺めた。その隣にはすずかさん、アリサさん、なのはさんもやってくる。

 

「長生きなんですね。気が遠くなりそう」

 

「確かもみの木って、ラテン語で永遠の命っていう意味があるって、何かの本で読んだことがあるよ」

 

「なんだかロマンチックよね」

 

「そうですね。もみの木は学名を『Abies』と言い、『ab』はラテン語で永遠を表します。『ies』が命を表すという説もありますが、ラテン語で命を意味するのは『vita』の方が一般的ですね。私としてはむしろ『ies』は『Iesvs』なのではないかと思っています」

 

ノエルさんがそんなお話をしてくれた。『Iesvs』…イエズス・キリストのことである。イエス・キリストとも発音されるので説得力があるようにも思ったが、彼女曰く別に学術的な根拠は何もないのだそうだ。

 

「さあ、お嬢様方。お料理が冷めてしまいますよ。お席へどうぞ」

 

ノエルさんに促されて席に着くと、程なくしてノエルさんとファリンさんが料理を運んできてくれた。それは前菜、スープに始まり魚料理、口直し、肉料理、デザートと続くフルコースだった。ただ子供向けに分量を調整してくれているようで、お腹いっぱいで食べられないということもない。

 

桃子さんの料理も絶品だが、このコース料理も劣らず美味しいものだった。デザートは少し大きめのブッシュ・ド・ノエルをみんなで切り分けて頂いた。食後のコーヒーや紅茶を頂きながら、暫くの間歓談する。

 

「とっても美味しかった。えっと、こういう時『シェフを呼べ!おいしいです!』って言うんだっけ? 」

 

「アリシアちゃん、それ何か違う気がするけど…あれ? 合ってるのかな? 」

 

「きっちりおかしいわよ…ヴァニラも混乱しないで。全く、どこでそんな台詞覚えた訳? 」

 

「なのはちゃんに借りた本に書いてあったよ」

 

「あ、アリシアちゃん、あれ、漫画…」

 

「あはは」

 

みんなで笑いあう。こうして楽しい時間を過ごしていると、すずかさんがノエルさんにバイオリンを持ってきてもらっているのに気が付いた。2つケースがあるので、片方はアリサさんの物なのだろう。

 

「あ、あの曲やるんだよね!私歌うよ~」

 

アリシアちゃんが元気に立ち上がる。

 

「アリシアのお手並み拝見ね。なのはとヴァニラも歌うんでしょ? 」

 

出来れば遠慮したかったのだが、なのはさんやすずかさんにも促され、2番だけということで了承した。なのはさんもそれでいいと言い、1番はアリシアちゃんが独唱することになった。

 

アリサさんとすずかさんのバイオリンもなかなかの腕前だったが、やはりアリシアちゃんの歌は群を抜いていた。2番からは私も参加して全体のレベルを落としてしまったが、一緒に歌ってくれたなのはさんもまたアリシアちゃんほどではないものの上手と呼べるレベルだったため、何とか誤魔化せたようだった。

 

ノエルさんとファリンさんも拍手を贈り、演奏を終えたアリサさんとすずかさんも、アリシアちゃんに賞賛を贈っていた。

 

「他にも歌える? 」

 

「あー、ゴメンね、まだこの曲しか覚えてないんだ」

 

「じゃぁまた他の曲を覚えたら一緒にやろうね」

 

そしてすずかさんはファリンさんにお願いしてオーソドックスなクリスマスソングのCDを流し始めた。ふとアリサさんが呟く。

 

「アリシアの声って、どっちかっていうとアルトに近い音域なのかしら? 演歌とか歌ったらハマりそうね」

 

「演歌って? 」

 

「日本独特の歌謡で、辛いこととか、悲しいこととかを歌うのが多いみたいだよ」

 

「辛いのや悲しいのはイヤだなぁ…」

 

「まぁ、その内機会があったら聴いてみるといいわ。言う程悪いもんでもないわよ」

 

そんな話をしながら、アリサさんとすずかさんはバイオリンをケースにしまう。そこにノエルさんとファリンさんが、私達が持ってきた交換用のプレゼントを持ってきてくれた。

 

「じゃぁ、今日のメインイベント、プレゼント交換行くわよ!」

 

さっきのゲームで貰った順位カードを出すように言われ、ポケットからカードを取り出す。さっきは確り確認していなかったが、裏面がビンゴカードになっていた。

 

「ルールは簡単。今からビンゴゲームをやって、その順位によってそこの!プレゼントが貰えるっていうことよ!」

 

見れば私達が持ってきたプレゼントには既に「1位」「2位」といった番号が割り当てられていた。ビンゴゲームを知らなかったのはアリシアちゃんだけだったので、簡単に概要を説明する。

 

「もし自分のプレゼントが当たった時は、次の順位のプレゼントと交換すること。最後に残った1人が自分のプレゼントに当たる場合は、その前の順位の人のプレゼントと交換すること。OK? 」

 

「「「「OK!」」」」

 

「同時ビンゴの場合は、対象者で相談ね」

 

プレゼントには別にハズレがある訳でもないので、このルールは妥当なところだろう。それから暫く私達はビンゴを楽しんだ。番号を読み上げてくれるのはファリンさん。

 

「はい、次は15番です」

 

「リーチがかかったわ!」

 

「アリサちゃん、早い~」

 

「次参りますね…28番です」

 

「あ、わたしもリーチ!」

 

「やるわね、なのは。負けないわよ」

 

「これって、別に勝ち負けを競っている訳じゃないような…」

 

だが、この2人はリーチばかりが増えて一向にビンゴせず、その隙にすずかさんがビンゴを達成してしまった。

 

「おめでとうございます、すずかお嬢様。プレゼントはこちらですね」

 

「あ、それわたしのだよ!喜んでもらえると嬉しいな」

 

「ありがとう、なのはちゃん。早速だけど開けてみるね」

 

包みから出てきたのは、天使の形をしたプレートがベルを鳴らすクリスマスピラミッドだった。

 

「わぁ、かわいい!これ、ろうそくの熱で回転するんだね」

 

「そうそう。お店で見かけて、すごく気に入ったの!クリスマスにしか使えないのが難点だけど…」

 

すずかさんはノエルさんに頼んで、早速ろうそくに火をつけた。くるくると天使が回り出し、ちりん、ちりん、とベルを鳴らす。

 

「かわいいから、いつでも使えるよ。ありがとう。大切にするね」

 

すずかさんはそう言って微笑んだ。そのままビンゴ大会は続行され、次にビンゴになったのは気迫で一歩勝ったアリサさんだった。アリサさんにはアリシアちゃんの大きな包みが渡される。

 

「あ…かわいい…」

 

包みから出てきたのは大きな犬のぬいぐるみだった。古着の再利用にしては随分と確り作られている。

 

「パンヤの代わりに小さく切った生地を入れたんだ。型崩れしないように表面の素材を確りしたものにしたんだけど、元々が古着だから肌には馴染むでしょ? 」

 

「本当…肌触りもいいし、丁度良い抱き枕ね。あんたこれ、本当に手作り? すごくいいわよ!ありがとう。早速今夜から使おうかしら」

 

アリサさんに絶賛されたアリシアちゃんは嬉しそうにえへへと笑った。

 

次のビンゴはアリシアちゃんだった。なのはさんと私はリーチの数は増えるものの、なかなかビンゴにたどり着けない。ちなみになのはさんに至っては5個目のリーチだった。私は番号がなかなか合わないものの、リーチは3個。

 

「あ、それ私のプレゼントだよ、アリシアちゃん。気に入ってもらえると良いんだけど」

 

すずかさんのプレゼントは綺麗な飾りのついた髪留めのセットだった。

 

「キレイ…ありがとう!」

 

「アリシアちゃんは髪が長くて綺麗だから、似合うと思うよ。付けてあげる」

 

すずかさんはアリシアちゃんの髪をブラシで梳くと、ツインテールの状態にまとめ上げて両側に髪留めをつけた。

 

「えへへ~どうかな? 」

 

「よく似合っているわよ。今日の服にもぴったりじゃない」

 

「うん、お人形さんみたいでかわいいよ」

 

アリシアちゃんは少し照れていた様子だったが、嬉しそうにもう一度ありがとう、と言った。それにしても、アリシアちゃんにツインテールがここまでよく似合うとは思っていなかった。

 

「さぁ、次こそはわたしがビンゴするよ!」

 

「あ…なのはさん、残念だけどビンゴはもうおしまいだよ」

 

「にゃっ? 何で!? 」

 

「今残っているのはなのはさんと私だけ。プレゼントはアリサさんのプレゼントと、私のプレゼント。ルールに従うなら、もう割り当ても決まっちゃってる」

 

「そんなぁ…折角だからビンゴするまでやろうよぉ。ファリンさん、お願い~」

 

なのはさんは純粋にビンゴを楽しんでいたようだった。魔法を覚え始めてから我儘が増えてきた様子のなのはさんだが、士郎さんに言わせるとビリーフ・チェンジ・セラピーが効いているのだそうだ。

 

「じゃぁ、折角だからもう少しやろうか」

 

「うん!ファリンさん、お願いします」

 

そしてファリンさんが次の番号を読み上げる。

 

「「あ…ビンゴ!!」」

 

2人揃って同時ビンゴだった。みんなに祝福されながらプレゼントを受け取る。アリサさんからのプレゼントは、アクセサリーとしても使える、手首に巻くタイプのロザリオだった。綺麗な翠色の珠が使われていて、ハーベスターとの相性も良さそうだ。私は一目でこのロザリオを気に入った。

 

「色合いが一番きれいだったのがその緑色だったんだけど、ヴァニラのペンジュラムともいい感じで合うわね。むしろあんたに当たってよかったわ」

 

「うん、すごく綺麗。ありがとう、アリサさん」

 

早速、左手の手首にブレスレットのように巻きつけた。一方、私のペン立て付きフォトスタンドを貰ったなのはさんはと言えば。

 

「うわぁ、これいい!見て見てみんなの写真がついてるよ、これ。ほら!」

 

「あんた達、2人揃って職人ね。手作りなのに、良い物作ってくるじゃない」

 

「うん、すごく綺麗に仕上がってるし、この飾りもかわいいね」

 

飾り気のないままだと寂しかったので、ハートや星を模した小さな飾りをいくつかつけておいたのだが、それがとても好評だった。実は魔力刃を使って細かい形を作ったのだが、おかげで廃材がベースとは思えないほどいいものに仕上がっていた。

 

「あ、写真2枚入ってる!」

 

「見せて見せて~」

 

2枚とも桃子さんに撮って貰った写真だ。1枚はみんなが私達の試験合格をお祝いしてくれていた時の物、もう一枚は「えがおー」で撮ったもの。どちらもみんないい表情で写っている。

 

「あ、そっちの『えがおー』の写真は、みんなの分もあるんだよ」

 

人数分多めに焼いておいた写真をみんなに配る。みんなの笑顔は写真の中に負けないくらいキラキラしていた。その後もゲームをしたり、お喋りをしたりしながら夜は更けてゆき、みんなで温泉のように大きな月村家のお風呂に入ってはしゃいだりもした。それはとても、とても楽しい時間で、お父さんやお母さん、プレシアさんには申し訳ないけれど、もう少しだけ地球での生活を楽しんでもいいかな、と思った。

 

 

 

「年末年始はバイオリンのお稽古も塾もないし、またみんなで遊びましょう」

 

すずかさんの部屋に敷き詰めた布団の上でゴロゴロしながら、アリサさんが突然そう言った。

 

「初詣とかかな? みんなで晴れ着着て? 」

 

「さすがに私とアリシアちゃんは、晴れ着持ってないよ」

 

「じゃぁ、出来るだけおめかしして、かな」

 

晴れ着などはレンタルもあるようだが、さすがに年末年始は予約でいっぱいだろう。取り敢えずお洒落をしてみんなで初詣に行くことになった。アリサさんもすずかさんも1月1日は家の都合でゆっくり出来ないそうだったので、日程は2日に決定した。

 

「じゃぁ、そろそろ電気消すよ。みんな、おやすみなさい」

 

灯りが消えて暗くなる。すぐに誰かの寝息が聞こえてきた。沢山騒いで疲れていたのだろう。私も身体は思っていた以上に疲れていたらしく、布団にもぐるとすぐに夢の世界へと旅立った。

 




随分時間をかけて書き溜めたつもりでしたが、投稿してみたらあっという間でした。。
続きは書きあがり次第不定期に投稿します。。


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第17話 「年越し」

小学生、それも低学年であれば、特別な事でもない限り夜は21時か遅くても22時には就寝するのが普通だ。だが大晦日については例外であることが多い。高町家も例に漏れず、大晦日は深夜0時でも子供が起きていることを許されていた。

 

「でも眠くなっちゃうから、先に寝ておくの!」

 

なのはさんはそう言ってお昼寝の準備に入っていた。私と一緒に翠屋のお手伝いを終えたアリシアちゃんも、一緒のベッドで寝るんだと言ってなのはさんの部屋に行っている。私は少し出歩きたい気分だったので、散歩に出かけることにした。

 

高町家を出るとまず翠屋の正面まで歩く。店内はそれほど混み合ってはいない状態だったが、大晦日の午後と言うことを考慮すれば、随分お客さんが入っている方だろう。

 

今夜、翠屋はオールナイト営業をする。ここから然程遠くないところに八束神社という神社があるのだが、ここに二年参りするお客さんに、温かい飲み物やトイレを提供するという名目なのだそうだ。お正月の三箇日もきっちり営業するとのこと。

 

そう聞くと大変そうにも思うのだが、実際にはちゃんとシフトを組んで平均的にスタッフが休めるようになっているらしい。桃子さんと松尾さんしかいないシェフ陣は思うように休めないようだが、この2人も年に1、2回は連休を貰うようにはしているようで、例えば桃子さんは毎年ゴールデンウィーク辺りに家族で温泉に行くのだとか。

 

店内の美由希さんと目が合う。にっこり笑って手を振られたので、こちらも軽く手を振り返した。その後は何となく桜台公園の方に向かった。長い階段を上り、池の畔を歩く。空は曇っていてお世辞にも良い天気とは言えなかったが、冷たい風と曇り空は何となく年末の雰囲気を醸し出しているような気がして笑みがこぼれた。

 

貸しボート小屋の近くに細い道があり、そこから先にある階段を下りると風芽丘と言う場所に出た。この地名には聞き覚えがあった。確かこの辺りに美由希さんや恭也さんが通っている高校があった筈だ。別に探す訳でもなく歩き回っていると、大きなガラス張りの建物が目に付いた。道路からは少し高くなった場所にあり、スロープ付きの階段で敷地に上がれるようになっていた。

 

「風芽丘…図書館? 公共の図書館にしては随分大きいなぁ…」

 

少し様子を見ようと思って階段を上がる。残念ながら大晦日は休館の様子だったが、窓から覗くと、長椅子に机が沢山並べられており、高い天井と広いスペースが開放的に感じられる作りになっていた。奥に見える書架も数が多く、吹き抜けになっている読書スペースの横にある階段やエレベーターで2階部分に当たる書架にもいけるようになっているようだ。

 

入口で確認すると、年始の開館は1月4日のようだ。蔵書の数も多そうなので、年が明けたら是非活用させて貰おうと思いながら、図書館を後にする。そのまま近くの住宅街を散策しているうちに、日が傾いてきた。住宅のブロック塀に貼られた住所プレートを見ると、いつの間にか風芽丘を出て、中丘町というところまで来てしまっていたようだ。今日は随分と歩いた気がする。

 

<ハーベスター、現在時刻は? >

 

疎らとはいえ、多少人もいたため念話を使ってハーベスターに語りかける。

 

<≪It is harf past four. I think you would better to go back home.≫>【16時半です。そろそろ帰宅された方が良いかと】

 

<そうだね。そろそろ帰ろうか>

 

お互い高町家を帰る場所として認識していることに改めて気づき、少し苦笑しながらも私は歩いてきた道を振り返った。少し入り組んだ住宅街の道は、初見ではなかなか見分けがつかなかった。

 

「えっと、どっちから来たんだっけ? 」

 

遠くに桜台と思われる高台が見えた。あちらの方に行けば見知った場所に出るに違いない。ただ、どこかで曲がってきたらしく、そちらの方向に伸びている道は無かった。

 

<ハーベスター、セットアップ。認識阻害魔法も忘れずにね>

 

<≪All right. Setup ready.≫>【了解。セットアップ完了】

 

バリアジャケットを展開した私は高機動飛翔の呪文で一気に桜台の方に向かって飛ぶことにした。

 

「……」

 

空中に舞い上がった瞬間、何故か道端にいた車椅子の少女と目が合った。明らかに驚いた表情でこちらを見ている。

 

<ハーベスター、認識阻害魔法、かけてるよね? >

 

<≪Definitely. No one, who has not got Linker Core, can recognize you, master.≫>【間違いなくかけています。リンカーコアを持たない人はマスターを認識出来ない筈です】

 

一瞬、私でなく何か他の物を見ているのではないかと思い、思わずあたりを見回したが、特に少女の気を引くような物は無かった。彼女は明らかに私を見ている。

 

<不味いかも…ハーベスター、ブリッツ・アクションでそこの木陰に移動しよう!>

 

<≪Sure. “Blitz Action”.≫>【了解。『ブリッツ・アクション』】

 

恐らく、彼女の目には私が急に消えたように見えた筈だ。木の陰からそっとさっきの少女を窺うと、私のことを見失ったらしくきょろきょろとしている。見たところ、私やなのはさん達と同じくらいの年齢に見えた。私を見ていたということは、あの車椅子の少女にもリンカーコアがあるのだろう。ただ魔力量はそんなに多くないのか、この距離からだと全く魔力を確認出来なかった。

 

しばらくすると少女は首を傾げるようにしてその場を去って行った。私はふっと息をつくと、今度は十分に注意しながら飛翔し、桜台公園の池の畔に降り立った。

 

<何が管理外世界よ…魔導師の宝庫なんじゃないの? >

 

<≪It is not good to raise an objection to me.≫>【私に文句を言われても…】

 

<あぁ、ごめんハーベスター。ただの愚痴だから聞き流して>

 

気のせいだと思ってくれていればいいのだが、念のため暫くの間、中丘町や風芽丘の方には行かない方がいいかもしれない。折角見つけた大きめの図書館に通うのを諦めることがとても残念だったが、これは完全に私が油断していたことが原因で、自業自得だった。

 

(!まさかとは思うけど)

 

転入前に秘密がばれてしまった転校生が朝教室に入ると、その秘密を知った相手がいる、などというのはコメディーでは定番だろう。さっきの少女は車椅子に乗っていたが、聖祥小学校がバリアフリーだった場合、同じクラスにいると言う可能性は全く否定できなかった。

 

(帰ったらなのはさんに確認しておこう…)

 

バリアジャケットを解除し、認識阻害魔法を解くと、私はよく見知った階段をとぼとぼと降りて行った。

 

 

 

高町家に戻ると、丁度桃子さんがご飯の支度をしているところだった。

 

「あら、お帰りなさい。丁度良かったわ。なのは達を起こして来てくれるかしら? 」

 

「判りました」

 

どうやらなのはさんもアリシアちゃんも、まだ寝ていたようだ。2階に上がり、なのはさんの部屋のドアを軽くノックするが返事がないため、そっとドアを開けてみた。カーテンも閉じられており、部屋の中は暗かったが、廊下の電気が差し込むとベッドの上で幸せそうに眠っている2人の顔が見える。と、次の瞬間アリシアちゃんが顔を顰めた。

 

「うぅ…ん、溶ける…」

 

恐らく廊下の電気が眩しかったのだろう。それにしても溶けるだなんて、ヴァンパイアになった夢でも見ているのだろうか。

 

「なのはさん、アリシアちゃん、そろそろ起きて。もうすぐご飯になるよ」

 

声をかけるとまずアリシアちゃんが目を開ける。

 

「あ…ヴァニラちゃん、おはよう…」

 

「もう17時過ぎてるけどね」

 

「そっか、お昼寝してたんだっけ」

 

そう言いながらアリシアちゃんが身体を起こすとベッドが軋み、それで目が覚めたのか、なのはさんも同じように寝ぼけ眼で「おはよう」と言った。

 

「じゃぁ、ちゃんと起きて着替えたら顔も洗って来てね。私は桃子さんのお手伝いしてくるから」

 

2人にそう告げると、私は階段を降りた。今の様子だとはっきりした回答は期待できないので、確認は後回しにする。そのまま居間に戻り、配膳のお手伝いをしているとなのはさんが降りてきた。

 

「改めておはよう、なのはさん。アリシアちゃんは? 」

 

「おはよー。髪留め忘れたってお部屋に戻ったよ。すぐ来ると思う…ってもう来たね」

 

パタパタと階段を降りてきたアリシアちゃんは、クリスマスに貰った髪留めでツインテールにしていた。最近はこの髪型がお気に入りのようで、お風呂に入るときと寝る時以外はずっとこのヘアスタイルだ。

 

「おはよー。今夜はお蕎麦食べるんだよね? 」

 

「あ、お蕎麦はもうちょっと後だね。除夜の鐘を聞きながらだから、23時30分頃かな。あ、お母さん、今年も年越し蕎麦、お店の方で食べても大丈夫? 」

 

「ええ、奥のテーブル席は使っていいわよ。でも0時半までね」

 

「うん!ありがとう」

 

2人共、もうすっかり目は醒めたようだった。一緒に配膳の準備をしながらなのはさんに聞いてみる。

 

「なのはさん、聖祥ってバリアフリーなの? 」

 

「え? うん、確かバリアフリーだって聞いているけど…どうしたの? 急に」

 

「今日ね、私達と同じくらいの年頃で車椅子に乗った女の子を見かけたから。もしかして聖祥の子かなって思って」

 

「ふーん…でもわたし学校で車椅子の子は見たこと無いよ。ヴァニラちゃん、その子どこで見たの? 」

 

「中丘町の方。今日ちょっと散歩していた時に見かけたんだけど」

 

「中丘町の方から聖祥に通っている子もいるみたいだけど、普通は公立の小学校に行くんじゃないかしら。あのあたりなら中丘にも風芽丘にも小学校があった筈だし」

 

横で聞いていた桃子さんが教えてくれる。そうか、海鳴に住んでいる人全てが聖祥に通う訳では無いということを失念していた。根本的な問題は解決していないものの、それだけでも少しは気が楽になった。

 

「ところでどうしてその子のことが気になったの? 」

 

なのはさんが聞いてくる。一瞬迷ったのだが、もしかするとなのはさん自身もあの少女にエンカウントする可能性があることも考慮し、事態を説明することにした。

 

「…その、もしかすると魔法使っているところを見られたかも知れなくて」

 

「え…それってまずいんじゃないの? 認識阻害は? 」

 

「もちろんかけてたよ。だからその子にもリンカーコアがあるんだと思う…ただ魔力はそんなに大きくないんじゃないかな? 距離もあったけれど、全然魔力を感じなかったから」

 

「そっか…お友達になれるといいんだけどなぁ」

 

「まだその子がどんな子なのかが全く判っていないから、今はまだ接触しない方が良いと思うの。一瞬だったから、見間違いだとでも思ってくれていればいいんだけど、警戒するに越したことはないから」

 

「うん、判った。具体的にはどうすればいいかな? 」

 

「中丘町や風芽丘周辺では魔法を使わないように注意してくれればいいかな。私は姿を見られているから、あまりあっちの方にはいかないようにするけど」

 

取り敢えずほとぼりが冷めるまでは消極策で行くしかない。

 

「私達は魔法のことはよく判らないけれど、困ったことがあればいつでも相談してね。さて、ご飯の支度も出来たし、誰か翠屋に行ってくれるかしら? 」

 

「はーい、私行ってくる」

 

桃子さんのお願いにアリシアちゃんが元気よく答えて翠屋に向かう。

 

「桃子さん、ありがとうございます」

 

「いいのよ、私達は家族なんだから」

 

少しお礼を言うタイミングが遅れてしまったが、桃子さんはすぐに私の意図を酌んでくれた。

 

 

 

夜食に年越し蕎麦を食べることもあって、夕食の量は然程多くなかった。士郎さん達が翠屋に戻り、洗い物を終わらせると、なのはさんがTVをつけた。チャンネルは某国営放送で、大晦日の代名詞ともいうべき歌番組が丁度始まるところだった。

 

「最近裏番組で面白いのも増えてきたけど、やっぱり大晦日はこれかな」

 

なのはさんはにゃははと笑いながらそう言った。事前に番組の概要をなのはさんから聞いていたアリシアちゃんも楽しそうに画面を見つめている。

 

「そういえば、クリスマスの時にアリサちゃんが言っていた『演歌』もやると思うよ」

 

「えっと、辛くて悲しい歌だっけ? 」

 

「うーん、全部が全部じゃなくて、そういうシチュエーションが多いっていうだけなんだけどね」

 

始まって暫くは新人やアイドル歌手の舞台が続く。正直、アリシアちゃんの方が上手いのではないかと思うような歌手もいれば、アイドルとは思えないほど確り歌い上げる歌手もいる。

 

「あ、次の人から、少し演歌が続くかも」

 

なのはさんが言う通り、そこから何曲か演歌が続いた。

 

「どうだった? アリシアちゃん」

 

「うーん、歌ってる人は上手いと思うんだけど、曲自体は暗い感じであまり好きじゃないかも」

 

「まぁ、それは個人の好みだから仕方ないよね」

 

「でも、面白い歌い方だよね。普通あんなに声震えないよ? 」

 

「こぶしとかビブラートとかかな。演歌歌手ってそう言う歌い方するよね」

 

アリシアちゃんは演歌の歌い方自体には多少興味を持ったようで、TVを見ながらあうあうと発声の物まねをしていた。

 

やがて番組も終盤に差し掛かり、残り数曲というところで美由希さんが迎えに来てくれた。

 

「そろそろみんなで年越し蕎麦を食べるよ。ヴァニラちゃんもアリシアちゃんも、お腹大丈夫? 」

 

「うん、夕食軽めだったから、お蕎麦くらいなら」

 

コートを着込んで翠屋に移動する。深夜にも関わらず、通りには人が大勢いた。

 

「すごい人だね。こんな夜遅い時間なのに」

 

「みんな八束神社に二年参りに行くんだよ」

 

アリシアちゃんの感想に美由希さんが答えてくれる。アリシアちゃんは「これもお祭りみたいだね!」と言って笑った。近くのお寺からは鐘の音が聞こえてきた。

 

翠屋はさすがに満席とまではいかないまでも、深夜とは思えないほどの盛況ぶりだった。普段はつけていない店内のモニターではさっきまで例の歌番組が流されていたが、私達が奥のテーブル席でお蕎麦を頂いているうちに番組は終わってしまい、今は各地の年越しの様子を映し出している。

 

モニターだけでなく、お店の外からも響いてくる除夜の鐘の音が心地良く感じる。

 

「ヴァニラちゃん、お蕎麦まだ残ってるけど、これ0時前に食べ終わるんだよ? 」

 

「あれ? そうなの? 年越しっていうくらいだから、てっきり年越しをしながら食べるものだと思ってた」

 

「年が明けてから食べるのは逆に縁起が悪いそうだよ。まぁ、ヴァニラちゃんやアリシアちゃんは知らなくて当然か」

 

なのはさんと士郎さんに言われて思わず赤面する。

 

(ごめんなさい、元日本人ですが、知りませんでした)

 

アリシアちゃんと2人して慌ててお蕎麦を平らげると、程なくしてカウントダウンが始まった。0になった瞬間、モニターが鮮やかな花火を映し出し、お店の外からは港に停泊しているのであろう船舶の汽笛の音が聞こえてきた。

 

「「「「「「「あけましておめでとうございます」」」」」」」

 

店内で一斉に挨拶が行われるのと同時に、予め各テーブルに1つずつ配られていたクラッカーがあちこちでパンパンと音を立てた。

 

「あ、これ私がやってもいい? 」

 

「うん、いいよ。思いっきりバーンとやっちゃって」

 

美由希さんの許可を得たアリシアちゃんが嬉しそうにクラッカーを構え、紐を引っ張った。パンという景気のいい音と共に色鮮やかな紙テープが飛び出す。

 

「お祭りだね~」

 

「そうだね~」

 

アリシアちゃんとなのはさんが笑い合っていると、士郎さんが甘酒を持ってきてくれた。

 

「あけましておめでとうございます、士郎さん」

 

「あぁ、おめでとう。今年もよろしくね」

 

「あ、士郎パパ、それなあに? 」

 

「これは甘酒っていうんだ。お酒って名前がついているけれどアルコールは入っていないから子供でも飲んでいいんだよ」

 

士郎さんは人数分のお猪口に甘酒を注ぐと他のテーブルのお客さんにも甘酒を振る舞いに行った。

 

「あったかくて美味しい」

 

なのはさんがまず口をつけて感想を言った。若干猫舌気味のアリシアちゃんはフーフーと息を吹きかけている。私も一口飲んでみたのだが、そこでぷっつりと意識が途切れてしまった。

 

 

 

=====

 

目が醒めると、そこは私とアリシアちゃんの部屋だった。何故か私の両脇にアリシアちゃんとなのはさんが一緒になって寝ていた。記憶を辿ると、翠屋で甘酒を飲んだところまでは覚えているのだが、それ以降の記憶は全く無かった。

 

(でもちゃんとパジャマに着替えてる…みんなが着替えさせてくれたのかな? )

 

恐らく部屋まで運んでくれたのは美由希さんか恭也さんだろう。折角の年越しに迷惑をかけてしまったことを申し訳なく思う。時計を見ると5時少し前だった。今ではすっかり慣れてしまった朝の張りつめた空気が、恭也さん達が朝練をしているであろうことを教えてくれる。

 

(元旦からやってるんだ…)

 

ちなみになのはさんの朝連は、今日はお休みである。元々前夜に夜更かしをすることが決まっていたので、朝はゆっくりさせてあげようと思ったのだ。そう言えば昨夜帰宅してからお風呂に入ろうと思っていたのに、眠ってしまったことでそれは叶わなかった。

 

(軽くシャワーでも浴びてこようかな)

 

なのはさんとアリシアちゃんを起こさないようにそっとベッドから抜けだすと、私は着替えを持ってお風呂場に向かった。

 

少し温度を熱めに設定してシャワーヘッドから噴き出すお湯を一身に浴びるのは、起き抜けの身体には心地良かった。更に温度の低いお湯と交互に浴びる。実はこれは「琴の頃」からの癖だ。

 

(あの頃は冷え症だったからなぁ…)

 

温冷浴と言って、自律神経の調整や血流改善などに効果があると言われる方法なのだが、高血圧の人や心臓疾患を持っている人は逆に脳梗塞や心筋梗塞などの可能性もあるため注意が必要な療法でもある。尤もヴァニラになってからは健康上の問題は全く無い。ただ個人的に気持ちがいいので続けているようなものだった。結局軽く浴びるだけのつもりが、確り髪まで洗ってしまった。

 

シャワーを終えて身体を拭き、ドライヤーで髪を乾かしていると、ふと昨日の車椅子の少女のことを思い出した。ショートヘアの少女は大きな瞳を更に見開いて私のことを見ていた。その後私を見失ってきょろきょろとし、最後に首を傾げながらどこかへと去って行った。別段大騒ぎをすることもなく、周りの人に確認もしなかったところを見ると、見間違いか幻と思ってくれた可能性もあるのだが、楽観視は出来ないだろう。

 

「車椅子だから行動範囲も限られるとは思うけれど…やっぱり注意が必要だよね」

 

「何? 何の注意が必要なの? 」

 

独り言のつもりが、いきなり美由希さんに声をかけられてビックリした。

 

「あ…美由希さん、おはようございます。昨夜はすみませんでした」

 

「気にしなくていいよ。まぁ、最初にパタッと倒れちゃった時はびっくりしたけど。それにしても甘酒飲んで寝ちゃうなんて初めてだよ。よっぽど疲れてたんじゃないの? 」

 

「そうかもしれませんね。なのはさん達と一緒にお昼寝しておけばよかったのですが」

 

そうしておけば、車椅子の少女と出会うことも無かっただろうに、と一瞬思う。

 

矢張り翠屋で寝てしまった私を部屋まで連れて行ってくれて、おまけに着替えさせてくれたのは美由希さんだったのだそうだ。朝練を終えてシャワーを浴びに来たという美由希さんに改めてお礼を言うと、私は前日の少女のことを説明した。

 

「うーん、思うんだけど、そんなに気にしなくていいんじゃないかなぁ? 」

 

「そうでしょうか? 」

 

「だって相手は子供なんでしょう? よっぽどはっきりした証拠でも出さない限り、無条件に大人が信用するとは思えないしね」

 

美由希さんにそう言われると、また少しだけ気分が楽になった。

 

「ありがとうございます。あまり気にしすぎないようにはしますね」

 

「そうだね。まぁ、エンカウント率を上げないようにするのは正解かもしれないけど。じゃぁあたしはシャワー浴びてくるね」

 

そう言って服を脱ぐと、美由希さんはお風呂場に入って行った。

 

(本当にスタイル良いよなぁ、美由希さん…)

 

ペタペタと自分の胸を触った後で少し虚しくなってしまい、そそくさと服を着ると私は部屋に戻った。

 

なのはさんとアリシアちゃんがまだ寝ていたことは言うまでもない。

 




とある少女の大晦日の日記にはこう書かれていたという。。

「今日は妖精さんを見てしもた!
 今まで足が不自由なことを悲観しとったけど、
 なんや元気をもらったような気がする。
 きっと神様がちょっとだけサービスしてくれたんや!
 これは私だけの秘密や」

信じるか信じないかは、あなた次第。。


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第18話 「初詣」

大晦日からずっと曇っていたが、元日の夕方からちらほらと雪が降り出した。

 

「積もると良いな~」

 

夕食の席でなのはさんが嬉しそうに言う。

 

「この程度の降り方だと難しいかもしれないな。あとは夜中にどれくらい降るか、っていうところか」

 

一足先に食べ終わった恭也さんが窓の所に行って、カーテンの隙間から外の様子を伺う。

 

「うっすら積もっているっていう感じだな。このままだと明日、道がべちゃべちゃになるかも知れないぞ」

 

「え~、それはヤダ」

 

「どうせなら一杯積もって欲しいよね!」

 

「でもみんな、明日はアリサちゃんやすずかちゃんと初詣に行くとか言ってなかったっけ? 積もり過ぎると出掛けられなくなるんじゃない? 八束神社でしょ? あそこの階段結構きついよ」

 

「さすがにそこまで積もることはそうそうないでしょうけど、いずれにしても長靴は用意しておいた方がいいでしょうね」

 

そんなお喋りをしながら夕食を終え、士郎さんと桃子さんは翠屋の方に戻って行った。恭也さんと美由希さんが揃って自宅にいるのは珍しいが、お正月期間中は営業しているとはいえ、そんなに忙しくはないのだそうだ。私達のお昼時のお手伝いも三箇日はお休みになっている。

 

「それに俺はもうそろそろ試験があるからね。勉強もしておかないと」

 

「大学受験でしたね。頑張って下さい」

 

「あぁ、ありがとう」

 

そう言って軽く笑うと、恭也さんは自室に戻った。

 

「あたしはちょっと読みかけの本があるから、部屋で読んでるね」

 

美由希さんもそう言うと居間を出て行った。その後、私はなのはさんやアリシアちゃんと一緒に窓辺に行って外の様子を覗いてみた。

 

「さっきよりちょっと降り方が強くなったかな? 」

 

「ねぇヴァニラちゃん。もしすっごく積もっちゃったら浮遊魔法で行くとか…」

 

「それはダメ」

 

なのはさんの提案をあっさり却下する。さすがに昨日の今日で、それも三箇日の神社で魔法を使うなど、とても想像できなかった。

 

「アリサさんやすずかさんなら万が一魔法のことを知っても、受け入れてくれそうな気はするけれど、でもみんながみんなそういう訳じゃないから。疑心暗鬼にかかった人達が攻撃してきたら、なのはさんはどう思う? 」

 

「ぅ…それはイヤかも」

 

「私だってイヤだよ。だから、出来るだけそういう状況にならないように努力しよう? 」

 

「うん…そうだね」

 

「まぁ、私も最近ちょっと気が緩んでて、それで昨日みたいなことになっちゃったわけだから、あまり偉そうなことは言えないんだけどね…」

 

少し自嘲気味に言う。

 

「あ、でもそうするとこの前言ってた攻撃魔法を教えてくれるのって…」

 

「うーん、残念だけどちょっと延期かな。さすがに道場の中でやる訳にもいかないから、どこか外でやろうと思っていたんだけど」

 

その時、何か考えるようにしていたアリシアちゃんも会話に加わってきた。

 

「ねぇ、ヴァニラちゃん。認識阻害って、一種の結界魔法だよね? あれってもっと強力に広範囲をカバーできないの? 」

 

「結界魔法かぁ、あれも結構適性がないと辛い魔法だからね。たぶん私がやると、封時結界を展開することは出来ても、せいぜい半径十数m位じゃないかな」

 

「そっか…模擬戦をやるには狭すぎるってことだよね」

 

「それってわたしでもダメなのかな? 」

 

なのはさんが軽く手を上げて聞いてきた。確かになのはさんほどの魔力量があって、結界魔法にも適性があれば、軽く海鳴一帯を覆うようなレベルの結界魔法を発動できるかも知れない。

 

「試しにやってみようか。広範囲をカバーできるように結界を展開してみて。ハーベスターはサポートをお願い」

 

≪All right. The magic circle for “Time-sealing Force Field” is extracted.≫【了解。『封時結界』の術式を展開します】

 

ハーベスターをなのはさんに手渡すと、彼女の足元に大き目の魔法陣が展開された。それと共に結界が構築されるが、どうも様子がおかしい。少しずつ出力が落ちているような感じだった。と、次の瞬間とんでもない出力の結界が展開されたように思ったが、それは残念ながら一瞬で消えてしまった。

 

「…あれ? 」

 

「えーっと…ハーベスター? 今のは何? 」

 

≪Miss Nanoha has not got the aptitude for “Force Field”. However, she might be talented in momentary converging and discharging magical power.≫【なのはさんは結界系の魔法には然程適性は無いようですが、逆に瞬間的な魔力の集束及び放出に才能があるように見受けられます】

 

「えっと、それって…? 」

 

≪She absorbed her “Force Field” itself, and then exploded it.≫【彼女は自身が構築した結界の魔力を吸収し、その魔力で結界を破裂させました】

 

どうやら結界を広げようとした結果、制御に失敗して結界を広げるのではなく破裂させてしまったらしい。しかも破壊に使うエネルギーは結界そのものの魔力を循環させたというのだ。

 

「そんなの聞いたこと無いよ…」

 

術式は固定されているのだから、本来論理的に考えれば広げようと思っても破裂させるようなことにはならない筈。

 

「あ、でもヴァニラちゃん、もしそれが本当なら、集束砲とか使えるかも!」

 

アリシアちゃんが興奮したように言うが、集束砲といえばミッド式魔法の使い手でも特に花形と言われる砲撃魔導師、しかもその頂点を極めたような魔法であり、当然私は使えないし術式すら持っていない。

 

「将来的になのはさんは凄い魔導師になれると思う…でも残念だけど、それは私達が今直面している問題を解決できる能力じゃないんだよね…」

 

「あうぅ…」

 

「…えっと、元気出してね、なのはちゃん。その才能は本当に凄いものなんだから」

 

「ありがとう、アリシアちゃん」

 

取り敢えず、現状では模擬戦のように広いスペースを利用した練習は出来ないことが判ったのだった。

 

 

 

翌朝、目が醒めると家の外は銀世界だった。

 

「積もったね~」

 

なのはさんとアリシアちゃんが朝練前に庭に飛び出した。

 

「残念、3cmくらいかな」

 

「でもやっぱり雪っていいなぁ。なんだかわくわくするよ!」

 

家の前の道路は既に車や人が通った様子で、雪も殆ど残っていない状態だったが、庭に積もった雪はまだ綺麗なまま残っていた。

 

朝練を早々に切り上げると、早速なのはさんとアリシアちゃんは再び庭に出て雪だるまを作り始めた。

 

「朝ご飯食べたら出かける準備もしないといけないから程々にね」

 

「うん!」

 

「判ってるー」

 

母屋に戻りながらふと空を見上げると、昨日までとは打って変わって青空が広がっていた。3cm程度の積雪だと、夕方まで持たないかも知れない。遊んでおくなら今の内が良いだろう。私も母屋に戻るのをやめて、庭に出た。

 

「あ、ヴァニラちゃんも一緒に作る? 」

 

「うん、ちょっと気が変わったの。折角だから手伝わせて」

 

「もちろん!大きいの作ろうね!」

 

こうして私達は庭の雪殆ど全部を使って3段の大きな雪だるまを作った。朝ごはんの準備が出来て私達を呼びに来てくれた美由希さんも、少し羨ましそうに雪だるまを眺めていた。もしかしたら誘ってあげた方が良かったのかも知れない。

 

 

 

「今日は何を着て行こうか? 」

 

「そう言えばみんなでお洒落するって言ってたっけ」

 

「なのはさんは晴れ着持ってるの? 」

 

「ううん、実はわたしも持ってないんだ。必要なときは大抵レンタルしてたよ」

 

確かに年々大きくなる時期の子供に晴れ着を用意するのはさすがに勿体ないだろう。アリサさんやすずかさんは持っているようなことを言っていたが、あの2人は例外である。

 

「じゃぁ、晴れ着に負けないくらいかわいい服を選ばないと」

 

「じゃーん!ヴァニラちゃん、なのはちゃん、これなんてどう? 」

 

アリシアちゃんが以前美由希さんに買って貰った、子供用メイド服にしか見えない黒のゴスロリドレスを着てきた。ツインテールに纏めた金髪にボンネットが映える。足元はボーダー柄のニットレギンス、アウターにはポンポン付きのコート。ファーがふんだんにあしらわれており、見た目にも暖かそうだ。

 

「ばっちり。アリシアちゃんはそれで決まりかな? 」

 

なのはさんも絶賛して、アリシアちゃんの服は確定した。問題なのは、アリシアちゃんがここまで派手な格好になると、なのはさんや私もある程度頑張らないと地味に見えてしまうことだろうか。

 

なのはさんは散々迷った挙句、ピンクのトップスに青のミニスカートを合わせたなのはさんらしいコーディネートに落ち着いた。膝上丈のソックスはアリシアちゃんとおそろいのボーダー柄だ。アウターには白いファーコートを選択した。アリシアちゃんほどの派手さはないものの、かわいらしさでは十分お洒落をしたといえる。

 

「私はクリスマスの時に着た服で」

 

「「却下」」

 

あの白いジャンパースカートはお気に入りなのだが、2人には速攻で却下されてしまった。

 

「前回と同じじゃ、インパクトがないよ!」

 

アリシアちゃんが頬をぷうと膨らませる。

 

「ほらほらヴァニラちゃん、このブラウンのティアードスカートだったら、こっちの白いカーディガンコートが合うよ。これだけだと寒いから中にこっちのピンクの…」

 

「っていうか、美由希さん、いつからいたんですか? 」

 

「ちょっと前。ノックしたけど何か熱中してるみたいだったからね。勝手に入らせてもらっちゃった」

 

いつの間にか美由希さんが隣にいて、私に服を勧めていた。

 

「お姉ちゃん、何か用事があった? 」

 

「あぁ、とーさんから頼まれてね。これ」

 

美由希さんはそう言うと傍らに置いてあった2つの箱を示した。開けてみると、そこには聖祥の制服が入っていた。

 

「そっか、3学期からはヴァニラちゃんもアリシアちゃんも聖祥に来るんだよね」

 

なのはさんが嬉しそうに言う。

 

「最初はとーさんが持って来ようとしてたみたいだけど、みんなが着替えてるみたいだから遠慮したんだって。で、あたしにお鉢が回ってきたって訳」

 

「ありがとうございます。折角だから着てみようかな…あ!」

 

「どうしたの? ヴァニラちゃん」

 

「お披露目だったらインパクトあるよね? 」

 

「あぁ、そっか」

 

結局私は聖祥の制服を着て、アウターには茶色のダッフルコートを選んだ。お洒落という訳では無いが、折角だからアリサさんとすずかさんにも制服姿を見せてあげよう。美由希さんに見送られて、私達は家を出ることにした。

 

 

 

気にしていた足元はそれほど酷くない状態で、多少雨が降った後のような感じだった。ただ水たまりは至る所にあったので、念のため履いてきた長靴は結構役に立っている。

 

「待ち合わせ場所は八束神社の石段前でいいんだっけ? 」

 

「そう。すずかちゃんはアリサちゃん家の車で一緒に来るって言ってたから」

 

参道の近くまで行くと、色々な屋台が並んでいた。アリシアちゃんが目を輝かせる。

 

「うわぁ~これもお祭りだぁ」

 

三箇日を過ぎると屋台も殆ど無くなるのだろうが、まだ参拝客も多く屋台からも美味しそうな匂いが漂ってくる。

 

「夏も縁日とかで屋台がいっぱい出るんだよ。おすすめはたこ焼きと焼きそばかな」

 

「あ、あれ良い匂い!なのはちゃん、あれ何? 」

 

「あぁ、ベビーカステラだね。あれも美味しいよ」

 

「ヴァニラちゃん~」

 

「はいはい。じゃぁ一袋買って、みんなで食べようね」

 

なのはさんが事前に屋台が出ているであろうことを教えてくれていたので、貯めていたお小遣いから少しだけ持ってきていたのだ。屋台でベビーカステラを紙袋に入れて貰い、3人で一緒に食べる。

 

「美味しいね~」

 

「うん…美味しいけどちょっと熱い」

 

「これはアツアツなのが美味しいんだよ」

 

アリシアちゃんはベビーカステラを真ん中あたりで割って、ふーふーと息を吹きかけている。

 

「あー、いたいた。なのはーヴァニラーアリシアー」

 

アリサさんの声が聞こえたのでそちらを見ると、すずかさんと2人、晴れ着姿で歩いてくるのが見えた。

 

「みんな明けましておめでとう。ごめんね、渋滞が酷くて、その先から歩いてきたんだよ」

 

「あけましておめでとう、アリサちゃん、すずかちゃん」

 

「2人共キレイ~」

 

「アリシアもかわいく決めてきてるじゃない。で、ヴァニラ。あんたそのコートの下…もしかして」

 

スカートの裾がコートから出ていたのでばれてしまったようだった。

 

「うん、初披露だよ。聖祥の制服。お洒落とはちょっと違うんだけど」

 

「まぁ、これはこれでいいわね。3学期が始まったらいつもこの格好だけど」

 

「でもすっごくよく似合ってるよ!」

 

「ありがとう。着てきた甲斐があったかな」

 

みんなで暫くお互いの服装を褒め合った後、まずはお参りとおみくじを済ませようということになり、私達は神社の方に向かって移動することにした。晴れ着だと足元が悪い時は大変だろうと思って見て見ると、2人共普通の草履とは違うスリッパのようなフードがついているものを履いていた。裏面も滑り止めのゴムがついているのだとか。おかげでみんな問題なく石段を登って行くことが出来た。

 

「あんた達、元旦は何してたの? 」

 

「特に何もしてないかな。年賀状を仕分けて、TV観て」

 

アリサさんの問いに、なのはさんがにゃははと笑いながら答える。

 

「呑気でいいわね…」

 

聞けばアリサさんはご両親のお仕事の関係で挨拶回りを一緒にやっていたらしい。

 

「そういえば、遠見市の砂夜浜町に、旧華族の西洞院(にしのとういん)家ってのがあるんだけど、そこにあたし達より1つ年上の女の子がいてね。すずかあたりとは話が合いそうなお嬢様だったわ」

 

「そうなんだ。是非お話ししてみたいな」

 

「西洞院家ってあれだよね、家紋がアゲハチョウの」

 

「何でなのはがそんなこと知ってるのよ? まぁ、そうなんだけど」

 

「この前図書館で家紋図鑑みてて、珍しいなぁって思ってたから」

 

「家紋に蝶をあしらうのは平家の末裔なんだって。他にも南天蝶とか撫子蝶とかの家紋もあるみたい」

 

「へ~すずかちゃん詳しいね」

 

「ところで、その西洞院さんのお嬢さんの名前は何ていうの? 」

 

「多紀さん。西洞院多紀(にしのとういん・たき)さんよ」

 

そんな話をしているうちに神社の境内に到着した。鳥居をくぐると空気が変わった気がする。そのまま手水舎に向かい、一礼。

 

「えっと、これは何をするところ? 」

 

「あぁ、アリシアちゃんは初めてだよね? ヴァニラちゃんは知ってる? 」

 

「うん、知識としては」

 

すずかさんが実際にやりながらアリシアちゃんに作法を教えてくれる。記憶力のいいアリシアちゃんは一度見てやり方を覚えてしまったようで、続けてお浄めを行った。

 

「えっとまず左手、それから右手、で、左手で口を漱いでもう一回左手…」

 

「うん、あと最後に柄も浄めてね。これからお参りするけれどそっちの作法も教えておくね。」

 

二礼、二拍、一礼の手順をアリシアちゃんが覚えると、いよいよ本殿に参拝する。

 

「なんか、みんなガラガラ鳴らしているよ? 」

 

「あぁ、鈴ね。鳴らすタイミングは特に決まってないと思うけど、あたしは大抵お賽銭を入れて、鈴を鳴らした後に拝礼してるわね」

 

「私は鈴を鳴らしてからお賽銭かな。拝礼はアリサちゃんと一緒」

 

「わたしはあんまり意識したことなかったかも」

 

みんな意見はバラバラだったが、特に問題ないだろうということでそのまま参拝した。アリシアちゃんはアリサさん方式を採ったようだった。後で何を願ったのか聞いてみると、「みんなで楽しく過ごせるように」との答えがあった。ちなみに私は「ミッドチルダに戻る方法が見つかるように」だったのだが。

 

「さてと、お参りも済ませたし、おみくじいくわよ!」

 

「お守りも頂かないとだよ、アリサちゃん」

 

アリサさんとなのはさんが元気に先導して授与所へ向かう。と、急になのはさんが足を止めた。

 

「ごめん、みんなちょっと先に行ってて」

 

そう言って境内の隅に走っていく。少し気になって様子を見ると、なのはさんは丁度転んでしまったらしい巫女さんを助け起こしていた。その後笑顔で会話をしているところを見ると、顔なじみなのかも知れない。

 

程なくして戻ってきたなのはさんが言うには、先程の巫女さんは風芽丘学園の2年生で恭也さんの後輩なのだそうだ。

 

「神咲那美さんっていうんだよ」

 

「あぁ、そうなんだ。ところで大丈夫だったの? …その、転んじゃって」

 

「うん、慣れてるから大丈夫なんだって」

 

「え…慣れ…? 」

 

地面が濡れているところにたくさんの人が通った後だから巫女服が汚れてしまったんじゃないかと思ったのだが、なのはさんからの答えはよく判らないものだった。

 

(まぁ、いいか)

 

取り敢えずあまり深く考えないことにした。

 

 

 

授与所ではまずみんなでおみくじを引いた。

 

「わ、みんな大吉なんてついてるね!今年は良いことがいっぱいありそう」

 

「えーっと、これって良いの? 」

 

「最高の運勢ってことよ」

 

アリシアちゃんも嬉しそうに大吉のおみくじを見つめている。ちなみに私のおみくじも大吉ではあったのだが…

 

(願望:初め思うに任せぬが、後自然に成る。待ち人:すぐには来ず。旅行:遠地に行き利多し…)

 

他にも「堪えなさい、忍びなさい」といった内容の文章が羅列されている。

 

「何難しい顔してんのよ」

 

アリサさんが私の手元を覗き込む。

 

「何だか、大吉は大吉なんだけれど、最初の内はダメみたい」

 

「何言ってるのよ。こんなの、時期が明記されてるわけじゃないんだから、自分の都合のいいように解釈すればいいじゃない。例えばこれ」

 

アリサさんが「待ち人:すぐには来ず」を指し示す。

 

「あんたにとって、『すぐ』ってどのくらいなのよ? 」

 

「えっと、2、3日中とか…? 」

 

「だったら1週間後だったら来るかも知れないじゃない」

 

「…そう言うものかな? 」

 

「そう言うものよ」

 

そう言うとアリサさんはにっこりと微笑んだ。私もつられて笑う。

 

「なぁに? どうしたのー? 」

 

「もしかしたら、私のおみくじってすごくいい結果だったのかもって思って」

 

何しろ、待ってさえいれば自然に願いが叶うのだから。「堪えなさい、忍びなさい」だって、考えようによっては「焦らず、気長に待て」とも受け取れる。

 

「一部、ちょっと意味不明なところもあるけれどね」

 

アリサさんが示した場所には『縁談:滞りなく進む』と書いてあった。

 

 

 

授与所でお守りや破魔矢などを頂いた後、参道の屋台を回ろうということになったので境内を後にした。

 

「あ、射的があるじゃない。ちょっとあれやってみるわ」

 

アリサさんが射的の屋台に駆け寄る。私達が見守る中、アリサさんはコルク銃の狙いをつけ、景品めがけて発射した。最初の1発は外れてしまったが、次の1発は景品を掠め、最後の一発は見事に景品をはじき飛ばした。

 

「やったぁ、アリサちゃん、おめでとう!」

 

「まぁ、ざっとこんなものよ」

 

(射的…狙って、弾いて、飛ばして…行けるかも…!)

 

私が考えていたのは模擬戦の代替としてこれが使えないかと言うことだった。以前、プレシアさんに教えて貰っていた頃から魔法の練習と言えば対人戦が殆どだったため失念していたが、別に模擬戦だけが練習方法ではない。ボールでも石でも空き缶でも、何か標的になるものがあれば誘導弾の制御練習になるだろうし、それなら然程広い範囲の結界も必要ない。

 

「? ヴァニラちゃん、どうしたの? 」

 

「うん、ちょっと新しい練習方法思いついたかも」

 

「それって、なのはちゃんの? 」

 

アリシアちゃんは矢張り鋭い。私は頷いた。上手く行くかどうか、早速今夜にでも試してみようと思う。

 

「ヴァニラー、アリシアー、次行くわよ~」

 

アリサさんは既に別の屋台に移動しようとしていた。慌てて後を追う。それから暫くの間、私達は屋台巡りを堪能したのだった。

 

 

 

=====

 

その日の夜、夕食の後片付けを終えた私はなのはさんとアリシアちゃんを連れて庭に出ていた。雪だるまは多少融けたものの、まだ確り形を残していた。

 

「えっと、昨夜と同じ感じでいいのかな? 」

 

「昨夜は無理に結界の範囲を広げようとしたからおかしくなっちゃったけど、あまり広さは意識しないで、術式の通りに発動させてみて」

 

「うん、判った」

 

ハーベスターをなのはさんに渡して結界を発動させてもらうと、私が発動させるよりも気持ち大きいサイズの封時結界が出来上がった。結界ごと移動することは出来ないが、リンカーコアを持っていない人は結界の存在を認識できないし、術者が意図的に取り込まない限り侵入することも出来ない。

 

「あれ? アリシアちゃんがいないよ? 」

 

「アリシアちゃんにはリンカーコアが無いからね。意図的に取り込んであげないと入ってこれないんだ。じゃぁ一度結界を解除して、今度はアリシアちゃんも一緒にいるところをイメージしてやってみて」

 

「うん!」

 

二度目の試行ではちゃんとアリシアちゃんも一緒の結界内に取り込むことが出来た。

 

「これが封時結界…通常の空間から一部だけを切り取って、時間の流れをずらす…簡単に言えば、一時的にパラレルワールドを作り出す魔法」

 

「うーん、なんだかよく判らないよ? 」

 

「例を挙げた方が判りやすいかな? 例えばここに雪だるまがあるよね」

 

朝に3人で作った雪だるまを示した。なのはさんが頷く。

 

「これを結界内で壊しても、本来の空間とは流れている時間がずれているから、結界を解いたら『壊されていない』状態になるの」

 

「それでも壊しちゃうのはかわいそうだからやめよう? 」

 

アリシアちゃんの意見で実際に雪だるまを壊すことはしなかった。

 

「じゃぁ、この中でなら魔法の練習をしても大丈夫なんだよね? 」

 

「そうなんだけど、結界ごとの移動は出来ないから範囲が限られちゃうんだ。だからこの中で出来そうな練習を考えてみたんだけど」

 

私はポケットから適当な大きさの石を取り出した。今日神社から帰ってくる途中で拾っておいたのだ。

 

「プラズマ・シューター」

 

誘導弾を2つ作成して待機させると、私は石を上に放り投げた。そして石が落ちてくる前に誘導弾で下部を掠めるようにして弾き、石が落ちてしまわないようにする。サッカー選手が良くやっているリフティングのようなものだ。

 

「4回、5回、次」

 

2つ目のシューターを同時に動かして交互に石を弾く。

 

「12回、13回…あれっ? 」

 

一瞬操作を誤って、石を落してしまった。

 

「やっぱり慣らしていかないとダメだね」

 

「うん、でも面白そう!私にもやらせて!」

 

「初めてだから、まずは1つだけでやってみて」

 

大はしゃぎするなのはさんにプラズマ・シューターの基本術式を渡して誘導弾を作成して貰う。

 

「いっくよ~」

 

桜色のシューターが石を弾く。なのはさんの隣でアリシアちゃんがその回数を数えていた。それを見ながら、「琴の頃」に医大で聞いた戦前のテニスプレイヤーの話を思い出す。

 

(コントロール、コンビネーション、コンセントレーション、コンフィデンスだったかな)

 

テニスで勝つために重要な4Cなのだそうだが、外科手術でも重要な事ばかりだと聞いた記憶がある。今にして思えば、何をするにしても重要な事柄だったのだろう。

 

魔法で言えば確かにコントロールは大事だし、誘導弾だけじゃなく直射タイプを織り交ぜたコンビネーションも役に立つだろう。集中力については言うに及ばず、自信もつけることによってより飛躍できる。本当に昔の人は上手いことを言うものだ。

 

「13回、14回、15…あっ!? 」

 

アリシアちゃんの悲鳴と共にカウントが止まる。なのはさんは誤って石を弾くのではなく、貫通させてしまっていた。空中で砕けた石の破片が降ってくる。

 

「にゃっ!? 」

 

「ハーベスター!」

 

≪“Protection”≫【プロテクション】

 

咄嗟にアクティブ・プロテクションを展開して破片が落ちてくるのを防いだ。

 

「石だと危ないかも…」

 

「そうだね、ボールとかの方がいいかな? 」

 

「魔力弾に堪えられるボールがあればね…」

 

3人で相談した結果、暫くの間は空き缶を使って練習することで落ち着いた。

 

もっとも、空き缶であっても失敗した時の注意は十分にしておかないといけないのは当然だが。

 




多紀さんと那美さんが名前だけ程度で登場。。
お互い全然違うゲームのキャラですが。。

でも読み返してみるとばらばらでまとまりがない印象。。
今後本編に登場するかどうかは未定です。。

晴れ着のお話が出たところで致命的なダメージ。。
なのはさん7歳なのに、七五三イベントを掲載し忘れました。。
今更なので飛ばしますが、実はやっていたということで。。


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第19話 「聖祥小学校」

「ヴァニラ・H(アッシュ)です。今日からよろしくお願いします」

 

「アリシア・テスタロッサです!同じく今日からよろしくお願いします~」

 

聖祥小学校初日、私達の挨拶は拍手で迎えられた。

 

「H(アッシュ)さんとテスタロッサさんは家庭の事情で、現在高町さんの家で暮らしています。みんな仲良くしてあげて下さいね」

 

先生が大まかに私達の事情を説明した上で座席へと案内してくれる。クラスは以前士郎さんが説明してくれた通り、なのはさん、アリサさん、すずかさんと同じだった。席に着くと3人がにこやかに手を振ってくれているのに気付いたので、こちらも笑顔で小さく手を振り返した。

 

ホームルームを終えると次は始業式だ。先生がいくつかの注意事項を伝えた後、生徒に廊下に出るよう促し、そのまま講堂に移動する。移動中も、講堂で椅子に座っても、周りからの視線を感じる。恐らくみんな転入生に質問したくて仕方ないのだろう。始業式が無ければ、ホームルームが終わってから授業開始までの間、私達は質問攻めに遭っていたに違いない。

 

いずれにしても始業式が終われば全員教室に戻る。今日は授業が無いのでホームルーム終了後に帰宅することになるが、恐らくその前後で質問タイムが発生することだろう。そんなことを心の片隅で考えながらも、私は延々と続く校長先生のお話を聞いていた。

 

 

 

終業式が終わり、みんなが教室に戻ると案の定、私とアリシアちゃんの周りにクラスメートが殺到した。

 

「ねぇねぇ、家庭の事情ってどんなこと? 」

 

「前にはどこの学校に行っていたの? 」

 

「高町さんの家にはいつから? 」

 

「趣味は? 」

 

「誕生日は? 」

 

ポンポンと飛び出してくる質問に1つ1つ回答していくのは大変だったが、アリシアちゃんだけでなくなのはさんも一緒に説明側に回ってくれたこともあって、何とか質問攻勢を乗り切ることが出来た。

 

私達の家庭環境は、以前士郎さんが作ってくれたカバーストーリーの通り、アリシアちゃんの両親が日本に帰化した英国人で、私は親を亡くしてそこに引き取られた親戚の娘だが、その両親は現在行方不明と言うことになっている。尚、高町家で生活するのにあたり、現在ではここに高町家の遠縁であるとの説明も加えられている。

 

正直、最初は両親が行方不明というのは状況が重すぎるのではないかとも思ったのだが、それ以外の設定に辻褄を合わせるためには行方不明にしておいた方が、都合が良いのだそうだ。

 

「ヴァニラちゃん、アリシアちゃん、お疲れさま。なのはちゃんも大変だったね」

 

ホームルーム直前にクラスメートから解放された私達の所へアリサさんとすずかさんがやってきた。

 

「よっぽど困るようなことがあったら助け舟でも出そうと思ったんだけど、まぁ大丈夫だったみたいね。なのはも頑張って説明してたし」

 

アリサさんがそう言うと、なのはさんはいつもの通りにゃはは、と照れたように笑う。

 

「そう言えば、さっきの誕生日のことだけど、アリシアの方が早かったのね。てっきりヴァニラの方が上のイメージだったんだけど」

 

「そう言えばアリサさんやすずかさんには誕生日のこと言ってなかったよね」

 

実は私の誕生日が1月22日で、アリシアちゃんの誕生日が5月29日なのだ。本来生年は同じで、学年で言えば私が1つ上になる。今回士郎さんの提案でなのはさんと同い年という設定を当てはめた際に誕生日まで変えなくてもいいだろうということで、アリシアちゃんの方がお姉さんという設定になったのだ。

 

アリシアちゃんは期せずして「妹が欲しい」という願いを叶えたことになるのだが、以前も言っていた通り私が妹というのは感覚的に少し違うらしい。そのためお互いの接し方は今まで通りという形を採っている。

 

「まぁ、半年くらいしか違わないからね。普段はあんまり意識してないかな」

 

そんな話をしていると、先生が戻ってきてホームルームが始まった。日直と思われる子が起立の声を出す。私は懐かしさに微笑みながら席を立ち、礼をした。

 

 

 

「どうだった? 初日の感想は」

 

帰宅中になのはさんが聞いてきた。

 

「まだ本格的に授業を受けていないから何とも言えないけど、クラスの雰囲気は良いと思うよ」

 

「うん、私もヴァニラちゃんと同じかな!」

 

海辺の道の、堤防の上を歩く。行きはスクールバスに乗り、帰りはこうして徒歩で戻ってくることが多いのだそうだ。ちなみにアリサさんとすずかさんは始業式当日からバイオリンのお稽古とのことで、校門のところまでは一緒だったのだが、鮫島さんというバニングス家の執事さんがお迎えの車を用意して待っていたため、そこで別れた。

 

「アリサちゃんとすずかちゃんはバイオリンのお稽古の他に塾にも通っているんだよ」

 

「塾かぁ…そこまでしなくてもあの2人なら今のままで十分勉強とか出来そうな感じだけど」

 

「わたしも3年になったら同じ塾に通うんだ。ヴァニラちゃんとアリシアちゃんも一緒にどう? 」

 

「さすがにそれは遠慮させて貰おうかな。これ以上士郎さん達に迷惑かけられないし」

 

正直なところ、なのはさんの学力も塾に通わないといけないようなレベルではないと思う。ここ数か月間なのはさんが勉強しているところを見てきたが、特に算数の知識は相当なものだ。それに本人が苦手と言っている国語にしても、算数と比較すれば苦手である、と言う程度であって、決して壊滅的に出来ていない訳では無い。

 

まぁこの年頃の子は結構友達と一緒に塾に通うのが楽しいということもあるだろうし、恐らく士郎さんや桃子さんもそれを認識した上で許可していることなので私が口を出す問題ではない。だが、私達までとなると話が違ってくる。

 

ただでさえ学校に通わせてもらって、生活を保障してくれて、しかも秘密を守ってくれている高町家の人達。恐らく塾に通わせて欲しいと言えば、なのはさん達とのコミュニケーション的な意味でもあっさりOKが出るに違いない。だが流石にそれは申し訳なさ過ぎて、私の方が気にしてしまうだろう。

 

「そっか、ちょっと残念だけど」

 

「士郎パパ達はたぶん負担は気にするなーとか言いそうだけどね」

 

「確かに言いそうだけど、言われたら逆に私が困っちゃうよ…」

 

今まで受けた恩だっていつ返せるか判らないのに、と小さく呟いて、私は堤防から1mほど下の道路に飛び降りた。

 

「もう、ヴァニラちゃん危ないよ。もうちょっと先まで行けば階段もあるのに」

 

「あ、そうなんだ…でも大丈夫だよ。ほら、何ともない」

 

私は両手を広げてなのはさんに無事をアピールする。

 

「うーん、そうでもないと思うな。飛び降りる時、スカート捲れてパンツ見えそうだったよ? 」

 

「……」

 

アリシアちゃんの指摘には一瞬言葉を失ってしまったが、こんな幼女のパンツをみても喜ぶ人はいないと思う。

 

 

 

自宅に戻る前に翠屋に寄って、士郎さんや桃子さんに挨拶をする。松尾さんには制服が良く似合っていると微笑まれた。

 

「帰る前にコーヒーでも飲んでいくかい? 」

 

一瞬迷ったが店内を見るとほぼ満席の状態に近く、テラス席も少し空いているだけだった。仕事の邪魔をするのもどうかと思い、おまけに桃子さんが自宅の方に昼食を用意してくれているとのことだったので、今回は遠慮することにした。

 

部屋に戻って着替えると、居間に降りてみんなでお昼を済ませた。

 

「明日からはお弁当だよ」

 

食器を洗いながらなのはさんが言う。聖祥は給食ではなくお弁当スタイルだ。ちなみにこれはミッドチルダの魔法学校も同じだったので、違和感はない。問題なのは、全員分のお弁当を桃子さんが朝食を作る時に一緒に作ってくれるということだった。

 

風芽丘学園には学食もあるそうだが、桃子さんは美由希さんの分もお弁当を作っている。ちなみに恭也さんは最近、忍さんお手製のお弁当を食べているらしい。

 

よく「1人分だけ作るよりも2~4人分を作った方が楽」という話を聞くが、それはあくまでも材料を纏めて用意できる分の手間のことだけであって、実際の労力は確実に増える。特にお弁当ともなればみんな同じように盛り付けたりする分、余計に時間がかかってしまうのだ。

 

「明日から朝練を早めに終わらせて、桃子さんのお弁当作りを手伝おうか」

 

「「賛成~」」

 

なのはさんとアリシアちゃんも同意して、今夜にでも桃子さんに話をしようということになった。

 

 

 

夕食の準備で戻ってきた桃子さんにお弁当の作成を手伝いたいと申し入れたところ、夕食の準備から手伝うことになった。お弁当に入れるおかずもご飯も計算しておいて、夕食時に一緒に作ってしまうのだそうだ。

 

今、高町家は7人でご飯を食べているが、桃子さんが炊くご飯は5合。恭也さんは結構おかわりもしているが、小学生組は小さめのお茶碗1杯から2杯程度でお腹がいっぱいになってしまうこともあって、お弁当の分も含めるとこの程度が丁度良いのだそうだ。

 

「余ったらお茶碗1杯分くらいに小分けにして、ラップで包んで冷凍しておくと後々使いやすいのよ」

 

お弁当を作った後で残ったご飯は、冷凍しておくと炒飯やオムライスなどにも使えるし、お茶碗1杯分くらいに小分けするのもちょっと小腹が空いた時のお供として重宝するため、私も「琴の頃」にはよくやっていた。おかずは日毎に異なるが、作り置きできる物であれば基本的には多めに作っておいてお弁当に入れる。

 

翠屋の超一流シェフである桃子さんも、家では普通に庶民的な方法でお弁当を作っていることが判り、何故か少しだけ嬉しかった。

 

 

 

=====

 

翌日からは普通に授業が行われた。小学校の授業で教わる内容はさすがに判っていることばかりではあったが、周りの子達が嬉しそうに手を挙げ、先生が出す問題に答えていくのを見るのは微笑ましく、思っていた以上に新鮮で楽しかった。

 

クラナガンの魔法学校に通っていた頃は退屈に思っていた授業が楽しく感じるのは、矢張りクラスメートに友達がいるということが大きく影響しているのだろう。ふと見れば、私の目の前にはなのはさんのシュリンプ・ツインテールが揺れている。右斜め後ろではすずかさんがノートをとっており、左隣りのアリシアちゃんはキラキラした目で黒板と先生を見つめている。

 

アリシアちゃんの更に左隣に座っているアリサさんと目があった。

何故かすごく不思議そうな顔をされた。

 

 

 

昼休みになると、みんな仲の良い友達同士でお弁当を広げ始める。私達はアリサさんに促されて、お弁当とコートを持つと教室を出た。

 

「コートを持ってくるように言われた時点で外だとは思っていたけれど、まさか屋上にこんなスペースがあるとは思わなかった」

 

学校の屋上は綺麗に整備されており、ベンチや花が植えられたプランターなどが並べられていた。生徒達の憩いの場として用意されているのだろう。

 

「さすがにこの時期だと人も殆どいないけどね」

 

「海風が冷たいからね。でも実は穴場があるんだよ」

 

すずかさんが指し示したのは、背の高いプランターに囲まれた小さなベンチだった。日当たりは良く、プランターが海風を凌いでくれるのでコートを着ていれば十分に暖かい。

 

「っていうか、このプランターって最初からここにあったんじゃないでしょう? 他のプランターとは並び方が違うし」

 

「いいのよ。他に使う人もいないんだから」

 

どうやらプランターを移動させた犯人らしいアリサさんはコートのポケットからレジャーシートを取り出して敷くと、その上に座った。私がその隣に腰を下ろすと、なのはさんとすずかさんがアリシアちゃんを間に挟む形でベンチに座る。そしてみんなでお弁当を広げた。

 

「あ、ヴァニラとアリシア、なのはもおかず一緒…って、桃子さんが作ってるんだからそうなるわよね」

 

「でも今日のお弁当はみんなで作ったんだよ。材料は殆ど昨夜のおかずだけど」

 

「それ生姜焼きだよね? ミートボールと交換しない? 」

 

「うん、いいよー」

 

そんな感じでささやかな昼食会は進み、やがてご飯を食べ終わると今度は水筒に入れたお茶を頂きながら雑談を続ける。

 

「でね、ヴァニラったら授業中ずっとにこにこ笑ってるのよ。一瞬何て反応したらいいか判らなかったわ」

 

「え…私そんなに笑ってた? 」

 

「そうね、なんかこう…雰囲気は子犬を見つめる母犬みたいな感じだったけれど、ただずーっとにこにこと」

 

「あ、それ私も見たよ!ヴァニラちゃんずいぶん嬉しそうにしてたよね」

 

「えー、わたし見てないよ? 」

 

「…なのはさんは私の目の前の席だから。授業中振り返られても困るし」

 

「私の席はヴァニラちゃんより後ろだけど、私も見てないよ。見たかったなぁ」

 

そう言えば授業中、アリサさんが不思議そうな顔をしていたことを思い出した。アリシアちゃんにまでバレる程とは思っていなかったが、多少顔が緩んでいた自覚はある。こんな学校生活も楽しいと思っていたのは事実だったからだ。

 

「まぁ、学校生活を楽しんでもらえているならいいんじゃないかな」

 

ミッドチルダに帰る方法はまだ見つからない。本当に帰れるのかどうかすら判らない。でも万が一ここでずっと生活していくことになったとしても、こうして一緒に楽しめる友達がいれば、それもアリなのかなと一瞬だけ思う。

 

「ヴァニラちゃん、そこで『私達の戦いはこれからだ!』的なことを言うと、最終回っぽく締まるんじゃない? 」

 

「ごめん、アリシアちゃん。悪いんだけど『最終回』の意味が全く判らないよ。それに戦いって何? 」

 

「んーっと、人生かな? 」

 

アリシアちゃんがまた変な知識を仕入れてきた。出所は恐らくなのはさん所有の漫画か何かだろう。そうやって雑談をしているうちに予鈴が鳴った。

 

「さてと、じゃぁ午後の授業に行きましょうか。5時間目はなのはが大好きな国語だったわね」

 

「全然大好きじゃないよぉ…休み明けくらい、5限目の国語はなくして欲しい」

 

「曜日で決まってるんだから仕方ないよ」

 

「それに本当の休み明けは始業式だった昨日でしょ…今日は6限目が無いんだから、頑張りなさい」

 

「にゃぁぁ…」

 

なのはさんはまるで猫のような声で小さく悲鳴を上げた。

 

 

 

=====

 

私達が聖祥に通い始めて2週間近くが過ぎた。このころになるとアリシアちゃんも学校生活に慣れ、なのはさん達以外の友達も何人も出来ている状態だった。私も数人のクラスメートとはかなり親しく話をするようになっており、魔法学校にいたころと比べればかなりの進歩だと思うのだが、アリサさん辺りに言わせるとまだまだなのだそうだ。

 

「ヴァニラの場合、その『数人』の中にあたし達が入っていることが問題なのよ。あたしとすずかとなのはとアリシア以外に誰と話をしてるか、言ってみなさい」

 

「えっと…橘さんと火鳥くん…かな」

 

「他には? 」

 

「……」

 

「まったく…そもそも月夜と泉行は最初にあんた達の面倒をいろいろと見てくれたから話をするようになっただけでしょう? それ以外の子達ともちゃんと話せるように頑張りなさいよ」

 

アリサさんが親切で言ってくれているのは判るのだが、今更「お友達になって下さい」と言うのも照れくさい感じがした。

 

予鈴が鳴ってアリサさんが自席に戻ると、目の前のなのはさんが振り返り、小声で言う。

 

「アリサちゃんもね、最初は上手くお友達が作れなかったんだよ。まぁ、わたしもあまり人のことは言えないんだけどね」

 

「え、そうなの? 」

 

「うん、入学してすぐの頃にね…」

 

1年生の頃、すずかさんの気を引きたくて髪留めを取り上げたアリサさんを、なのはさんがひっぱたくという事件があったのだそうだ。その後取っ組み合いの大喧嘩をした挙句、今のような大親友になったのだとか。

 

「雨が降って地固まるの典型だね。でも下手したら土砂崩れとかになりそう」

 

「『海になる』かも」

 

横で聞いていたらしいアリシアちゃんも小声で会話に加わってきた。今の台詞は最近アリシアちゃんがお気に入りのバンドの歌に似たような歌詞があるので、そこから取ったのだろう。ただこういった切り替えしが出来るということは日本語の言い回しにも随分慣れてきていることを意味する。実際、最近翻訳魔法は殆ど使っていなかった。

 

「アリシアちゃんも最近いろんな日本語の言い回しを覚えてるよね。翻訳魔法なくてもクラスの子達とお喋りできてるし」

 

「うん、お喋りしているとみんないろいろ教えてくれるしね」

 

ちなみに先ほどの「お気に入りのバンド」も最初はクラスメートに教えて貰ったのだそうだ。もしかして趣味が同じ人なら同じ話題で盛り上がったりするのかもしれない。私の場合なら読書好きな人とならいろいろとお喋りも出来るのだろうが、図書室などはあまりお喋りできるような場所でもないし、私は一度本を読みだすとかなり集中してしまう方なので、本に関するお話をするとしても教室で少しだけ、といった形になるだろう。

 

そんな思いに耽っていると授業開始のチャイムが鳴り、先生が教室に入ってきた。日直の号令に合わせて席を立ち、礼をする。授業を受けながら私は同じく読書が趣味というすずかさんにも相談してみようと思った。

 

 

 

その日の中休みに、私はすずかさんに読書が趣味の子に心当たりがないか聞いてみた。

 

「ヴァニラちゃんはうちのクラスの子で読書が好きな子を探しているの? 」

 

「うん、お話する切欠とか掴みやすかなって思って」

 

すずかさんの問いに頷きながら答える。すずかさんは少し考えるような素振りを見せたが、ゆっくりと首を横に振った。

 

「私、学校の図書室にも良く行くけれど、このクラスの子達はそんなに見かけないかな。別のクラスの子達でもいいなら紹介できるけど」

 

「ありがとう、すずかさん。取り敢えずそれは次のステップで」

 

「そうだ、私今日風芽丘図書館に借りてた本を返しに行くんだけど、ヴァニラちゃんもどう? 」

 

風芽丘図書館と聞いた瞬間、脳裏にあのガラス張りの大きな建物と一緒に、驚いた表情の車椅子の少女が浮かぶ。

 

「あ…えっと、ごめんなさい。今日はちょっと用事があるの」

 

「そっか。じゃぁ、また今度ね」

 

暫くの間はあの界隈には近づかないことにしているので、今度があるかどうかは不明だが、取り敢えず心の中でもすずかさんに謝っておく。

 

「…クラスの子達と仲良くするなら、もうちょっと手っ取り早い方法があるかもしれないよ? 」

 

不意にすずかさんがそう言ってきた。

 

「え? 」

 

「ヴァニラちゃんって普段おとなしそうに振る舞ってるけど、実は体育も得意でしょう? この前の体育でドッジボールをやった時に私が本気で投げたボールを避けてたし」

 

「あ…あれ? そうだっけ? 」

 

惚けてみたが、実ははっきり覚えている。当たるとちょっと痛そうだったので、瞬間的に身体強化をして避けたのだ。

 

「で、今日の体育はまたドッジボールな訳だけど。本気で私と勝負してみない? 」

 

「その勝負、乗ったぁ!」

 

「…ごめん、私が申し込まれた勝負を何故アリシアちゃんが受けているのか、とても疑問なんだけど。っていうか、いつから聞いてたの? 」

 

「このクラスの子があまり図書室に行かないっていうあたりかな」

 

割と最初の方だった。

 

「あたしとなのはも聞いてたわよ。まぁ、体育ですずかと勝負するっていうのは面白いかもね」

 

「最近はわたしも頑張ってるからね。運動神経が壊滅してるとか、もう言わせないんだから」

 

「取り敢えず、チーム編成だけど、ヴァニラとすずかが別チームなのは決定ね。あとのメンバーは追って決める感じかしら」

 

「…そういうのって、先生抜きに決めちゃってもいいものなの? 」

 

「平気よ。ちゃんとあたしが先生に口添えしておくから」

 

こうしてなし崩し的に私とすずかさんのドッジボール対決が確定してしまったのだった。出来れば念話で作戦立案が出来るなのはさんをこちらに引き込みたかったのだが…

 

「あ、なのはちゃんはこっちに来てくれると嬉しいかな」

 

すずかさんに先手を打たれてなのはさんを確保し損ねてしまった。後で聞いたところ、私となのはさんがアイコンタクトで理解し合えているように見えたことを警戒していたらしい。実際に理解し合えている訳なのだが、すずかさんの観察眼も侮れない。なのはさんからは念話でゴメンね、と連絡が入った。

 

取り敢えず私はアリサさんとアリシアちゃんを確保できたものの、それ以外の戦力も確保しないといけない。アリサさんに縋るような視線を送ったのだが、彼女はとても素敵な笑みを浮かべて私にトドメを刺した。

 

「あたしは先生に趣旨を説明しておくから、ヴァニラはメンバーを集めておいてね」

 

「あぁ、なるほど。そう言うことね」

 

アリシアちゃんも何か納得した様子で頷いている。つまりすずかさんとアリサさんは、クラスメートに私から話しかけるきっかけを作ってくれたのだ。そう言うことなら覚悟を決めるしかない。

 

私は4限目の体育を前に、チームメンバー確保に動くことにした。

 




ちょっと長くなりそうだったので途中で切りました。。

オリジナルのクラスメートは設定が面倒だったので、名前だけ浪漫倶楽部からお借りしました。。橘月夜さんと火鳥泉行くんはヴァニラ同様名前だけで、本人ではありません。。

たぶんクラスメートはいろんな漫画やゲームなどから名前だけ借りてくることになりそうです。。


注意はしているつもりですが、もし誤字脱字などがあればご報告頂けると幸いです。。
よろしくお願いします。。


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第20話 「誕生日」

男女7歳にして席を同じゅうせず、という言葉がある。7歳にもなったらそれぞれの性別の違いを意識して、同じゴザの上で一緒に座ってはいけないという意味の、古い中国の言葉らしい。

 

聖祥小学校では基本的に男女平等に教育されるが、体育だけは男女別のプログラムが組まれ、着替えも専用の更衣室が用意されている。これがエスカレーター式に進級する聖祥中学校では更に顕著になり、男女は校舎すら違うのだが、その話は取り敢えず今は置いておく。

 

つまり私はすずかさんのチームに対抗するために、女子のチームを作らなければならないのだ。既にアリサさんとアリシアちゃんをチームメイトにしていたものの、それ以外の女子にもお誘いをかける必要があった。

 

私はまず、最近仲が良くなった橘月夜さんに声をかけ、仲間に引き込むことに成功した。そのまま誰をチームに誘うかの相談に乗って貰う。

 

「月村さんと勝負だなんて、結構大変だと思うけど頑張ろうね」

 

「うん。すずかさんは運動神経凄いし、なのはさんも最近かなり頑張ってるから、対抗できそうな人があと最低1人欲しいんだよね」

 

正直なところ私は勝敗にはあまり拘っていないのだが、アリサさんはやるからには勝ちに行くタイプだし、アリシアちゃんも結構負けず嫌いなところがある。他のチームメンバーも勝負は白熱した方が楽しめるだろう。

 

「あ、私はあまり戦力になれないかも…ごめんね。でもそうだなぁ…蟹沢さんとかに声をかけてみたら? 」

 

蟹沢きぬさん。いつも元気が良くてアリサさんと共にクラスのムードメーカーになっている女の子だ。可愛らしい外見だが、正直聖祥に入学出来たのが不思議なくらい勉強の方はからっきしなのだそうだ。但し体育に関しては信頼できるとの情報を貰う。

 

蟹沢さんと話をするのは殆ど初めてに近かったが、勇気を出して声をかけてみる。橘さんも一緒に居てくれたが、私が事情を説明してみた。

 

「そう言うことならボクに任せておきなっ!腕が鳴るぜぇっ!」

 

「ありがとう、蟹沢さん」

 

「そんな他人行儀な言い方しないで、ボクのことは『カニっち』って呼んでくれよな。みんなそう呼ぶからさ!その代り名前の方では呼ぶなよ。キレるぞ!? 」

 

どうやら『きぬ』と言う名前にコンプレックスがあるらしい。名前で呼べば親しみやすいというなのはさん達の理論に真っ向から喧嘩を売る形だが、実は彼女達もその辺りは人それぞれと言うことを理解しており、蟹沢さんのことは『カニっち』と呼んでいるとのこと。

 

「じゃぁ、気合入れていこうぜ、バニー」

 

バニーじゃなくてヴァニラなんだけど、という意見はあっさり黙殺されたが、これで頼りになりそうなメンバーを1人確保できた。

 

私達のクラスは女子が18人なので9人のチームが2つ出来る。

 

「9対9なら内野6人、外野3人スタートだよね。H(アッシュ)さんと蟹沢さん、それにバニングスさんが内野にいれば大抵大丈夫そうだけど…」

 

「甘いぜ、つくよん。今回アリサには外野に回って貰う。やっぱりすずにゃんは脅威だし、なのちーも最近ボクが投げたボールをキャッチできるようになったから、外野からも狙えるようにしておかないと!」

 

「あ、私も外野希望ね。あとそろそろ3限目始まるよ? 」

 

いつの間にかアリシアちゃんとアリサさんも戻ってきていた。

 

「続きはお昼休みにしましょう。いい? カニっち。やるからには勝ちを狙うわよ」

 

「おう、もちろんだぜ!」

 

 

 

お昼休みのお弁当は教室で食べ、それから時間ぎりぎりまでメンバーを集めた。当然すずかさんもメンバー確保に動いていたので、何人かは先約ありと言うことで断られたりもしたが、お昼休みが終わるころにはお互いのチームが出来上がっていた。

 

「なかなか頑張ったじゃない、ヴァニラ。ちゃんとみんなと話せた? 」

 

アリサさんの問いに頷いて笑みを返す。更衣室で着替えると、私達はグラウンドに出た。

 

<身体強化は1/10で>

 

なのはさんから念話が入ったので、了解と念話を返す。ついでに負けないよ、と伝えると嬉しそうな声でこっちこそ、との返答があった。

 

「今回はヴァニラがチームリーダーよ。試合前に一言、言っておきなさい」

 

アリサさんに促され、若干戸惑いながらもチームメンバーに向かい合う。

 

「え…と、頑張って勝ちを狙うのは当然だけど、みんなで楽しむのが一番だから」

 

その後に続く言葉が見つからずに迷っていると、アリシアちゃんから助け舟がでた。

 

「じゃぁ、楽しみながら頑張って勝ちに行こう!」

 

メンバーから「おーっ」という答えがあり、何とかその場が締まった。

 

「じゃぁ、始めるわよ」

 

「やぁぁってやるぜ!」

 

気合十分なアリサさんや蟹沢さんの掛け声とともに試合が始まる。私も1/10で身体を強化してボールに備えた。審判を務める先生がボールトスをして、ジャンパーの蟹沢さんとなのはさんが競り合うが、蟹沢さんがわずかに早くボールを自陣に落とした。こちらのチームの攻撃だ。

 

ドッジボールでは内野手同士や外野手同士でのパスは禁止されている。このため狙うのは出来るだけすずかさんやなのはさん以外になるのだが相手チームもそれは想定しているので、少しでも甘いボールを投げてしまうとカバーに入ったすずかさんにボールを取られてしまう。

 

とても素敵な笑みと共にすずかさんがボールを投げる。チームの一人が当たってしまうが、蟹沢さんがフォローに回ってボールをキャッチした。

 

「ありがとう、カニっち。ダブルアウトには気をつけて」

 

「だいじょーぶ。ボクにお任せだよっ!」

 

そう言いつつボールを投げると、蟹沢さんは見事相手の1人をアウトにした。歓声が上がる。こぼれ球を拾ったなのはさんがこちらにボールを投げると、私も負けじとキャッチする。そんな攻防が繰り広げられる。

 

「ヴァニラちゃん!」

 

アリシアちゃんからの声を受けて、外野にパスを回すと、アリシアちゃんも1人にボールを当てる。実はアリシアちゃんはかなり運動神経が良い方なのだが、如何せん体格が小柄なので力で圧倒することは出来ない。その代り相手の足元ギリギリなど、捕球しづらいところを狙ってくるのだ。

 

「にやり。また1人。あ、私は外野のままで」

 

「上手いね…でもこっちも負けないよ!」

 

すずかさんがボールを拾うと、今度は確実にアウトを取ってきた。こぼれ球がそのまま外野に転がっていき、すずかさんチームの外野手が拾った。そのまま鋭いボールを投げ込んで立て続けにアウトを取る。

 

「やるな、クーちゃん!」

 

蟹沢さんが叫ぶ。あれは西崎紀子さんだったか。普段無口であまり存在感は無かったのだが、今の動きは侮れない。西崎さんも内野に戻らないところを見ると、彼女もアリサさんやアリシアちゃんと同じく外野の柱となっているのだろう。

 

攻防はしばらく続き、何人かがアウトになって外野に回ったり、復活して内野に戻ったりを繰り返していたが、気付けば自陣には私と蟹沢さん、敵陣にはすずかさんとなのはさんだけになっていた。アリサさんが外野からパスを送り込んでくる。

 

「なのちー、覚悟!」

 

蟹沢さんの投げたボールは絶妙な位置でなのはさんに当たった。

 

「うー、悔しい!次は絶対捕るんだから!」

 

なのはさんは悔しそうに外野へ向かう。自陣まで跳ね返ったボールをもう一度拾った蟹沢さんは高らかに宣言した。

 

「さぁ、残るはすずにゃんだけだ!この勝負を制してボクが勝つ!」

 

次の瞬間ホイッスルが鳴る。

 

「蟹沢さん、オーバータイム。ボールを月村さんに渡して」

 

「え? 」

 

「知ってるわよね? ボールを拾ったら5秒以内に投げないといけないこと…」

 

「ノオオオォォォォォッ!」

 

先生の言葉に一瞬呆けた後、激しく悶絶する蟹沢さん。結論から言うと、その直後にすずかさんは悶絶し続ける蟹沢さんにボールを当ててアウトを取った。

 

「カニ!あんたバカでしょ!? バカよね!? 」

 

外野に回った蟹沢さんのほっぺたをアリサさんが思いっきり引っ張る。

 

「アリサちゃん、それくらいにしてあげたら…? カニっち泣いてるよ? 」

 

「泣いてない!泣いてないもんね!」

 

 

 

外野で繰り広げられるコントを尻目に、すずかさんと私の一騎打ちは続いていた。すずかさんが投げたボールを私がキャッチし、私が投げたボールをすずかさんがキャッチする。たまにパスを送って相手の動きを牽制したりもするが、基本的に外野陣は応援団と化していた。

 

「やるね、ヴァニラちゃん!」

 

すずかさんが嬉しそうに言う。流石に恭也さんや美由希さんとは比べるべくもないが、正直こちらは強化していてもいっぱいいっぱいの状態だった。

 

「すずかさんこそ」

 

精一杯、強がりを言ってみるが、どこかもやもやしたものが晴れない気がしていた。

 

「そろそろ時間ですよ」

 

先生が言う。もうチャイムが鳴る時間なのだろう。

 

「じゃぁ、最後。思いっきり行くよ」

 

すずかさんが私めがけてボールを投げる。その瞬間、私は身体強化を解いた。すずかさんは魔法を使っている訳ではない。そのすずかさんが思いっきりボールを投げてくるのなら、かなわないまでも強化なしで受け止めるべきだと思ったのだ。

 

<ヴァニラちゃん!? >

 

強化解除に気付いたらしいなのはさんから念話が入るが、それには答えず私は目の前のボールに集中する。だが勢いがついたボールは私の手をはじき飛ばすとそのまま上に跳ね上がった。

 

「ヴァニラ、アシストキャッチ!まだ間に合うわよ!」

 

アリサさんの声が聞こえるのと同時に私は走り始め、落ちてくるボールを今度はファンブルせずにキャッチする。そこでホイッスルが鳴った。

 

「H(アッシュ)さん、オーバーラインキャッチ」

 

足元を見ると、片足がラインを踏んでしまっていた。本来ならこのまま相手チームにボールを渡して試合が続行されるのだが、ここでチャイムが鳴る。

 

「時間なので、これで試合終了ですね。勝敗ですが、今回は最後にH(アッシュ)さんにファールがあったので、月村さんチームの勝ちとします」

 

先生が宣言すると同時に周りから歓声と悲鳴が同時に上がった。

 

「残念、負けちゃったね」

 

「でもまぁいい勝負だったわよ」

 

「ボクは認めないかんね!まだ勝負はついてない!」

 

「蟹沢さん、落ち着いて。次回また頑張ろう? 」

 

チームのみんなが口々に慰めてくれるが、私はむしろすっきりした気分だった。

 

「みんな、ありがとう。とても楽しかった。またやろうね」

 

そう言った途端、なんとなく周りにあった敗戦ムードが払拭された気がした。

 

「次は敵同士かもしれないわよ? 」

 

「あ、そしたら私、今度はヴァニラちゃんと同じチームにしようかな」

 

「すずにゃんとバニーが同じチームでもボクは負けないもんね!」

 

アリサさんが微笑みながら言うと、いつの間にかすずかさんチームの人達も一緒になって話しをしていた。暫くわいわいと騒いでいると、先生がホイッスルを吹く。

 

「はい、いつまでも騒いでないで、教室に戻りなさい。ホームルームが始められないわよ」

 

全員で「はーい」と答えて教室に向かう。ふと周りを見回すと、いつもなら女子が教室に戻るときでもグラウンドでふざけたり遊んだりしている男子の姿が見えない。

 

「あれ? そう言えば男子は? 」

 

「とっくに教室に戻ったわよ」

 

「え、そうなの? いつもならまだ遊んでるのに」

 

「まぁ、今日はね。そう言うことになってるのよ」

 

「そう言うことって、どういうこと? 」

 

「まぁ、教室に行けば判るから」

 

「あ、アリサさん、私ちょっとお手洗いに行ってくるね」

 

「そう? じゃぁ先に行ってるわよ」

 

アリサさんと別れてお手洗いに入ると、さっきボールが当たった手を見る。内出血こそ起こしてはいないが、若干赤く腫れ上がっていた。軽い打撲だろうが、このままにしておくとみんなに心配をかけてしまうだろう。私はヒール・スフィアを生成して治療を済ませておいた。

 

更衣室に行くと、なのはさんが待っていてくれた。

 

「ごめんね、ちょっと遅くなっちゃった」

 

「ううん、大丈夫だよ…ねぇ、さっき何で強化を解除したの? 」

 

「強化なしで勝負してみたくなったの。ほら、すずかさんは強化してないのに、私だけ強化してたら、何かズルしてるみたいでイヤだし」

 

「良かった。ちゃんと理由があったんだ」

 

「まぁ、ね。理由もないのに解除なんてしないよ」

 

「体調でも悪くなったのかと思った。あ、そう言えば手、大丈夫だった? 」

 

「全然平気。ほら」

 

治療したばかりの手を見せると、なのはさんも安心した様子だった。

 

着替え終わると丁度ホームルームのチャイムまであと2、3分というところだったので、なのはさんと一緒に急いで教室に戻ることにした。教室の引き戸に手をかけたなのはさんが、一瞬動きを止めると、急に声を上げた。

 

「ヴァニラちゃん到着で~す!」

 

そして引き戸が開けられると、複数のクラッカーがパンパンと音を立てる。何事かと驚いていると、周りから「お誕生日おめでとう!」と声がかけられた。

 

「1日早いけど、明日は土曜日で学校はないし、今日やっちゃおうってことになったんだよ」

 

「え…? 誕生日? 私の? 」

 

「そうよ。今日は何月何日? 」

 

「えっと、1月21日…あっ」

 

晴天の霹靂だったので一瞬まともな思考が出来なくなってしまったが、落ち着いて考えると明日、1月22日は私の誕生日だった。クラスを見渡すと、先に引き上げていた筈の男子も揃っており、教室内には簡単ながら飾り付けもしてあった。中央に集められた机にはケーキこそないものの、お菓子とソフトドリンクが並べられている。

 

「これ、私のために? 」

 

「そうだよ。実際にはクラス全員、誕生日の度にやってるんだけどね」

 

どうやら年明け早々に誕生日を迎えるのが私だったため、折角だからサプライズでやってみようということになったらしい。そのため、体育の授業を早めに切り上げた男子が教室内のセッティングをしてくれていたのだそうだ。

 

「アリシアちゃんは3年になってからだね。サプライズじゃないのは残念だけど、楽しみにしてて」

 

「うん!今回はヴァニラちゃんの驚いた顔が見れたから問題ないよ!」

 

「はいはーい、みなさん、お誕生会はホームルームと掃除の時間を使ってやるので、長くても30分しか時間が取れませんよ。それから他のクラスの迷惑にならないように、騒ぎすぎないこと」

 

先生の注意に全員が「は~い」と返事をし、歓談が始まった。クラスメートが次々に声をかけてくれ、それに笑顔でこたえていく。

 

「H(アッシュ)って体育も出来るんだな。最初はおとなしいイメージだったけど」

 

「ちょっとね。私も最初すずかさんと会った時は同じように思ったよ」

 

「なぁ、何でHって書くのに読みがアッシュなんだ? 」

 

「Hをアッシュって発音するのはフランス語ね。たぶんご先祖様にフランス人がいたんだと思うよ」

 

こんな感じで受け答えをして、10分もすると今まで火鳥くん以外は殆ど会話をしたことが無かった男子生徒も含めて全員と言葉を交わすことが出来た。

 

「どう? 随分と馴染んだんじゃない? 」

 

アリサさんが声をかけてくれる。すずかさん、なのはさん、アリシアちゃんも一緒だった。

 

「そうだね、ありがとう。すごく楽しい」

 

「気に入って貰えて良かったわ。あ、あと私達は明日改めて翠屋でお祝いするから」

 

「え…でもそれって士郎さん達の迷惑になるんじゃない? 」

 

「あ、お父さんやお母さんにはもう言ってあるから大丈夫だよ。それに明日は元々サッカーチームの男の子達が集まることになってたし、あまり気にすることは無いって」

 

「それって、翠屋FCだよね? 士郎パパが監督してるっていう」

 

アリシアちゃんが言う『翠屋FC』というサッカーチームの名称は前にも聞いたことがあるのだが、普段ずっと翠屋にいるイメージの士郎さんがそのサッカーチームの監督っていうのはあまりピンとこなかった。

 

どうやらクラスの男子でも翠屋FCに所属している子が何人かいるそうで、2か月に1度くらいは試合をしたり、翠屋に集まったりしているのだそうだ。

 

「前の時は丁度ヴァニラちゃんもアリシアちゃんも編入試験の勉強してた頃じゃないかな? 試合がある時は私達も応援に行ったりするんだよ」

 

「でも最近は練習ばっかりだな。あー、試合してぇ!」

 

チームの子と思われる男子の言葉が少し引っかかる。

 

「練習…してるの? 士郎さんが監督して? 」

 

「ああ、平日は毎朝やってるぜ。土曜日は練習したり、試合だったりだな」

 

どうやら士郎さんは毎朝恭也さんや美由希さんと朝練して朝食を食べた後、翠屋に行く前に翠屋FCの練習も監督しているらしい。傍目には全く疲れを感じさせないのだが、ハードワークぶりは相当なものだ。

 

ただ、なのはさんとの朝練で気が付いたのだが、早朝のランニングは兎も角、道場では恭也さんや美由希さんへの指導が主で、士郎さん自身はあまり激しく運動しているようには見えない。恐らくサッカーチームの監督も指導や采配がメインなのだろう。そう考えれば運動量は適当だし、あとはちゃんと睡眠をとっていれば問題はなさそうだ。

 

そんなことを考えていると、先生に呼ばれた。何でも誕生会を開いてもらった子は、締めに一言挨拶をするのが恒例なのだそうだ。

 

「えっと、今日はありがとう。とても楽しかったし、みんなとお話しできて嬉しかった」

 

周りから、これからもよろしくー、といった声が上がったので、軽く笑ってそれに答える。

 

「できれば何かお礼をしたいんだけど、何がいいのか…」

 

「じゃぁ、来月のバレンタインデーには是非オレにチョコレートを!」

 

男子の1人がふざけて言った台詞で、周りがドッと笑う。

 

「あんただけ貰っても意味ないでしょうが!」

 

アリサさんがツッコミを入れているが、ツッコむべきところはそこじゃない気がする。

 

(ここ小学校。あなた達2年生。OK? )

 

結局私のお礼については次回他の子の誕生会をやる時に一緒にお祝いするということで収まった。

 

「そもそもお誕生会でお礼とか言い出したらキリが無くなっちゃうよ」

 

なのはさんはにゃははと笑いながらそう言った。ちなみになのはさんの誕生日もこれからで、進級前にお誕生会を開いてもらうことになるのだそうだ。

 

その後はクラスのみんなで後片付けをした。聖祥ではお手洗いや共用教室などの掃除は業者が行うのだが、教室とその前の廊下だけは生徒が掃除をすることになっている。いつもは当番制なのだが、お誕生会をやった日は全員でさっさと終わらせるのだそうだ。

 

「通常のホームルームが精々15分、その後の掃除が30分だったら、お誕生会に30分使って、掃除を15分で終わらせようってこと。みんなでやればすぐに終わるしね」

 

その言葉通り掃除はあっさり終了して、私達は先生に挨拶すると下校した。校門のところで、今日初めて話をしたようなクラスメートからも「また月曜日にね」と声をかけられる。軽く手を振りながら「またね」と返した。

 

すずかさんは予定通り風芽丘図書館に行くそうで、アリサさんが鮫島さんの車で送って行くことになった。

 

「じゃぁね、明日は翠屋に行くから」

 

「うん。また明日」

 

 

 

=====

 

翌日、いつもの朝練メニューを終えて朝食の席に着いた時、私は士郎さんの体調に問題ないか念のため聞いてみたが、本人は至って健康とのことだった。ハーベスターの見立てでも、睡眠不足といった問題点は一切ないらしい。

 

「いつも翠屋が閉店してから帰宅して、お風呂に入って就寝して、翌朝は朝練があるから4時には起きているのに、睡眠不足とか一切なくて、しかもその若々しさ…反則ですね」

 

「ははは。褒め言葉として受け取っておくよ」

 

「あー、それを言うならかーさんだっていい勝負だよ。お店の仕込みとかで殆ど徹夜状態になったりしても、お化粧のノリとか全く問題ないし」

 

美由希さんがぼやくと、桃子さんが「あらあら」と笑う。最終的に士郎さんと桃子さんは美由希さんによって人外カップルの認定を受けていた。

 

食後、洗い物をしようと思って食器類を纏めていると、アリシアちゃんを含めた高町家全員がにこやかに私のことを見ていた。

 

「あ…あれ? どうかしましたか? 」

 

「「「「「「ヴァニラちゃん、お誕生日おめでとう」」」」」」

 

まさか食後に来るとは思っていなかったので、完全に意表を突かれてしまった。この世界の人はつくづくサプライズが好きらしい。

 

 

 

洗い物を終えた後、私はなのはさん、アリシアちゃんと一緒に翠屋に向かった。アリサさんとすずかさんはお昼前に来ると言っていたのだが、私達が到着した時には既にテラス席に座っていた。

 

「おはよう、アリサちゃん、すずかちゃん。中には入らなくていいの? 」

 

「なのはちゃん、おはよう。ヴァニラちゃんとアリシアちゃんも。屋外ヒーターがあるから寒くはないよ」

 

「っていうか、店内は避けたのよ。ほら」

 

苦笑するアリサさんが指し示す先を見ると、店内には翠屋FCのメンバーと思われる男子でごった返していた。別に貸し切りにしている訳ではなく一般のお客さんも入っているようなので、確かに混雑を避けるなら、まだお客さんがいないテラス席の方がよさそうだった。

 

「あれ? ここ2テーブル? 」

 

「あと2人くる予定だから、桃子さんにお願いして席くっつけて貰っちゃった」

 

「2人…っていうことはもしかして月夜ちゃんと火鳥くんかな? 」

 

「アリシアちゃん、惜しい。火鳥くんじゃなくて、蟹沢さんだよ」

 

「あ、カニっち来るんだ」

 

「ちなみに泉行は翠屋FC組だから、もう中にいるわよ」

 

そんな話をしているうちに、橘さんと蟹沢さんも到着した。

 

「おはよう。みんな早いね」

 

「おーっすバニー。このボクが直々に来てやったぜ」

 

「バニーガールみたいで恥ずかしいから、その呼び方やめて欲しいんだけど」

 

一瞬、「きぬさん」と呼んでやろうかと本気で思う。その時、タイミングよく桃子さんがケーキを運んできてくれた。タイミングよく、と言うよりは恐らくみんなが揃うのを待っていてくれたのだろう。

 

「じゃぁ、改めて。ヴァニラ、誕生日おめでとう」

 

「おめでとう、ヴァニラちゃん」

 

口々にお祝いを言われ、ありがとうと答える。少し照れながらケーキに立てられたローソクの火を吹き消した。その後みんなから小物やお花などのプレゼントを貰い、私達はお昼過ぎまでお喋りを続けた。途中で翠屋FCの集まりも解散になったようで、火鳥くんを始め、何人か顔見知りの男子も帰り際に挨拶に来てくれた。

 

それを切欠に、昨日のバレンタインデー発言が話題に上り、散々冷やかしてくれたアリサさん達を巻き込んで、ここにいるメンバー全員で手作りチョコを作ることになったりもした。

 

 

 

ちなみに実際バレンタインデーにはみんなでチョコレートを作ったのだが、男子に渡すのは勿体ないということになり、結局女子だけで全部食べてしまったのはここだけの秘密である。

 




適当に漫画やゲームから登場人物を借りてこようと思ったのですが。。
カニっちは個性が強くなりすぎて、個人的にもやりすぎだったと思います。。
西崎クーちゃんくらいならよかったのですが。。

後悔も反省もしているのでおそらく今回のみのゲストキャラになると思います。。

次回は第1部の最終話になる予定です。。
ヴァニラ達は3年生になって、海鳴にジュエルシードが落ちてきます。。



物語の進展を期待された方はごめんなさい。。

第2部は時間が巻き戻って、主人公も舞台も変更になります。。
ヴァニラの帰還は第3部をお待ちください。。


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第21話 「青い少女」

「桜、満開だね~」

 

お弁当を食べ終えた後、アリシアちゃんが屋上のフェンスから校庭を見下ろしながら言う。私達はつい先日3年生に進級したばかりだ。なのはさん達とはまた同じクラスだったので、お昼は相変わらず屋上だ。

 

「キレイだよね、桜」

 

私もアリシアちゃんの隣に立って校庭の桜を眺める。矢張り日本の桜には、ミッドチルダの春では感じることのできない風情がある。ミッドチルダにも実はソメイヨシノに良く似た桜があるのだが、日本のものとは少し趣が違うようにも感じる。

 

「…何が違うんだろう? 」

 

「何? どうしたの? 」

 

思わず口をついて出た呟きに、アリサさんが反応した。

 

「あ、ちょっとね。イギリスにも桜はあるのに、日本で見ると全然風情が違うなって思って」

 

「あぁ、そう言うこと。そりゃぁ街並みや景色が違えば風情も変わって見えるわよ」

 

「そうだね。日本とイギリスじゃぁ湿度とかも違うだろうし、春霞とかもたぶん日本独特の気がするよ」

 

アリサさんの答えに合わせてすずかさんも説明してくれた。何でも湿度が高いと遠くの景色が霞んで見えるのだとか。

 

「建物の雰囲気も違うんだよね? やっぱり桜って言ったら木造家屋なんじゃないかな? ミ…イギリスって煉瓦造りなんでしょ? 」

 

なのはさんも加わってきた。今、危うく「ミッド」と言いそうになったのは聞かなかったことにしておく。確かにミッドチルダでは木造建築を見ることは殆どなく、それよりも石造建築の方が主流である。私は頷いてなのはさんの質問を肯定する。

 

「うん、良いよね~日本の春…気持ち良すぎて、朝起きれないけど」

 

「春眠暁を覚えずだね」

 

アリシアちゃんが改めて感想を述べるとすずかさんが孟浩然の漢詩を例えに出す。

 

「あれって、そう言う意味だった? あたしはてっきり春だから日の出が早くなって目が醒めた時にはもう明るい、っていう意味かと思ってたけど」

 

「それも解釈の一つだよ、アリサちゃん」

 

「にゃぁぁっ、アリサちゃんとすずかちゃんが未知の言語でお話してるよぅ…」

 

「うん、そうだね~全然わかんないよ」

 

なのはさんとアリシアちゃんは孟浩然を知らないらしい。尤もこれは確か小学校6年生レベル。3年生で教わる内容ではないので、知らなくても今は問題ない筈だ。

 

「でも、それはヴァニラちゃんも知ってるってことだよね!? 」

 

「あ…ほら、私はすずかさんと同じで読書が好きだから」

 

慰めようとしたのだが、逆に藪蛇状態になってしまった。苦し紛れの言い訳で何とかその場を切り抜ける。ついでに話題を逸らせないか試してみた。

 

「と、ところでそろそろ温泉旅行に行くとか、言ってなかったっけ? 」

 

「そっか、もうそんな時期だっけ。今年も行くよね? 」

 

「もちろん。うちは今年も両親の都合がつかないから、あたしだけの参加になるけど」

 

「うちは忍お姉ちゃんも、ノエルもファリンも行く気満々だよ」

 

高町家と月村家は毎年一緒に海鳴温泉郷にある「山の宿」という旅館に1泊2日の旅行に行くのだそうだ。本来ならバニングス家も一緒に、と言いたいところなのだが、残念なことにご両親がお仕事で忙しいらしく、参加するのは毎年アリサさんだけなのだそうだ。

 

何とか話題を逸らせたようでホッとしていると、なのはさんから念話が届いた。

 

<話題を逸らすならもうちょっと自然にした方がいいよ。今日は取り敢えずのっておいてあげるけど>

 

どうやら今回はなのはさんのお情けで見逃して貰えたようだった。がっくりと項垂れたところで予鈴が鳴り、私達は教室に戻った。

 

 

 

3年生に進級して、私の周りで劇的な変化があったかといえばそんなことは全くない。精々半年前と比べて髪が5cm程伸びたことくらいで、他には特に変わったことは無かった。

 

当然ミッドチルダへの帰還方法は判らないままだ。半年前に海鳴に来たばかりの頃はとにかく何とかして帰る方法を見つけられないかハーベスターにも色々訪ねたりしたものだが、最近はその回数も減ってきていた。

 

(別に諦めた訳じゃないけれど)

 

自分で自分に言い訳をしてみる。ただ本当に慣れと言うものは恐ろしいもので、以前と比べて何が何でも帰りたいというような気持ちは明らかに小さくなっていた。これはアリシアちゃんが帰還に対して然程執着していない様子に影響されたこともある。

 

最初のうちは、アリシアちゃんも痩せ我慢しているのではないかと思っていたのだが、注意して様子を見ていても別にホームシックにかかったような素振りもなく、天真爛漫を装う陰で涙したりなどといった様子もない。

 

気になって一度本人に聞いてみたところ、取り敢えずいつか帰れると信じて、今は今で精一杯楽しむのだとの答えがあった。本当に、精神的には私よりもずっと強い子なのだ。

 

 

 

「みんな、そろそろ帰ろう~」

 

午後の授業が終わると、アリシアちゃんが声をかけてくる。

 

「あ、今日わたし達は塾の日だから、途中までね」

 

なのはさんは以前言っていた通り、3年生に進級してからアリサさんやすずかさんと同じ塾に通っている。バイオリンのお稽古の時は鮫島さんが車で迎えに来てくれるのだが、塾はバイオリン教室と比べても割と近いこともあり、学校から桜台公園経由で歩いて行くことが多いのだ。

 

公園内の池畔にある貸しボートの小屋のあたりまでお喋りをしながら歩く。ここは延々と桜並木が続いており、桜の名所としても名高いせいか、辺りにはブルーシートが所狭しと敷かれていた。若い会社員の姿もちらほら見えるが、恐らく場所取りを任されているのだろう。

 

「日本って、お祭りが多いよね~」

 

アリシアちゃんが嬉しそうに言う。言われてみればお花見会場には自治体によるとはいえ、ほぼ例外なく的屋さんが屋台を出すものだし、確かにお祭り的な行事には違いない。

 

「アリシアちゃん、お祭り好き? 」

 

「うん!私自身も楽しいけど、他の人達も楽しそうにしてるから、何か嬉しくなるんだ」

 

会話をしているすずかさんやアリサさん、なのはさんも明らかに雰囲気を楽しんでいる様子だし、第一お祭りが嫌いな子供はいないだろう。

 

「そうそう、一年中何かしらお祭りがあってお酒が飲める歌って知ってる? パパが歌ってたのを聞いたんだけど」

 

「あ、それ聞いたことあるよ。1月がお正月で、2月が節分だっけ? 」

 

「そうそう、そんな感じ。4月はお花見だったわね」

 

「大人ってお酒好きだよね~美味しいのかな? 」

 

「よく判らないよね。美味しいっていう人もいるけど、苦手な人もいるみたいだし」

 

「まぁ、わたし達は20歳になるまで縁のないお話だけどね。そう言えばお父さんやお母さんがお酒飲んでるところもあまり見たこと無いかな」

 

「あ、でもお正月に甘酒っていうのを貰ったよ!」

 

「アリシア、あれは『酒』って名前がついてるけど、本当のお酒じゃないのよ」

 

お祭りの話だった筈なのに、いつの間にかお酒の話になっていた。

 

「お酒って身体にいいのかな? よく『百薬の長』って言うよね」

 

「あ、なのはさん。それね、続きがあるんだよ」

 

酒は百薬の長、されど万病の元。そもそもアルコール自体に発癌性があり、咽頭癌や食道癌、大腸癌、女性であれば乳癌の危険性もある。お酒に弱いと言われる人は尚更リスクが高いと言われている。お酒に強いと言う人は逆に肝臓に中性脂肪が溜まってしまう所謂脂肪肝のリスクが高くなり、ひいては肝臓癌を発症することになる。他にも脳の委縮やアルコール中毒など、挙げ始めたらきりがないのだ。

 

「ふぅ~ん…何だかタバコみたいだね」

 

「じゃぁ何で百薬の長みたいな言葉が出来た訳? 」

 

「タバコは百害あって一利なしって言うんだけどね。お酒の場合は全く飲まない人よりも、少しだけ飲んでいる人の方が長生きするんだって。もちろん、飲みすぎたら逆効果だけどね」

 

「あ、あと美肌効果があるとか聞いたことあるんだけど」

 

「ウイスキーとかだと、メラニン色素を抑制する酵素が含まれていたりするらしいから、そのことじゃないかな? あとすずかさん、この場合だと美肌じゃなくて美白だよ」

 

「ヴァニラってこの手の話になるとやたら饒舌になるわよね」

 

「趣味みたいなものだから」

 

「…何かイヤな趣味よね」

 

本日2度目、がっくり項垂れる。

 

「大丈夫、きっとヴァニラちゃんはいいお医者さんになるよ!」

 

お昼休みに私を項垂れさせた本人は、今度は私のことを慰めてくれた。

 

 

 

 

その後塾に向かうなのはさん達と別れて、私はアリシアちゃんと一緒に桜並木を歩く。なのはさんが塾に通うようになってから、高町家の門限は18時から19時に延長された。塾は18時30分までだそうなので、丁度いい時間ではある。

 

「かといって、別にやることも無ければ早く帰っちゃうよね~」

 

「まぁ、折角だからのんびり桜でも見ながら帰ろうか」

 

「うん!」

 

桜台公園はその名が示す通り桜の名所で、大き目の池の周りをぐるっと桜並木が囲っている。この並木は遊歩道になっており、池の対岸を眺めると桜の花がピンクの帯になって、更にそれが池に映り込んでとてもきれいだった。少しの間立ち止まって景色を眺めた後、私達は帰路についた。

 

駅の方に向かう階段を下りながら、アリシアちゃんが聞いてきた。

 

「ヴァニラちゃんは将来的にはお医者さん希望なの? それとも治癒術師? 」

 

「一応、第一志望は治癒術師だよ」

 

ミッドチルダでは、医者になるということと治癒術師になるということは少し違った意味を持つ。医者はその名の通り病院で治療を行う専門職のことで、治癒術師は魔法による治療を行う。前者は魔力を持たない人でもスキルや知識を身に付けることで就職できる職業だが、後者は当然魔力が必要になる。但し魔力だけでなく一定以上の医療知識が必要になることから、治癒術師は絶対的に数が少ないのだ。

 

「にゃはは、頑張ってね。随分茨の道だって聞くけど」

 

「まぁ、人が少ないってことはその分忙しくなるってことかもだけど…ところでまた出てたよ、『にゃはは』」

 

「秘儀、なのはちゃん笑い~」

 

私達は久し振りになのはさんごっこをしながら帰宅した。

 

 

 

=====

 

翌朝の朝練の時のこと。

 

「ヴァニラちゃん、見て見て!誘導弾、コントロールしつつスピードももっと上げてみたの」

 

嬉しそうに言いながら、なのはさんはプラズマ・シューターを改修して作った独自の誘導弾、ディバイン・シューターを操作する。桜色のシューターは勢いよく空き缶を跳ね上げていった。

 

「53…54…55…アクセル!」

 

なのはさんが念を込めると誘導弾のスピードは更にアップする。

 

「96、97、98、99、100!」

 

「オッケー、なのはちゃん、次フィニッシュ!」

 

なのはさんのシューターは空き缶をはね飛ばし、予めゴールとして設定しておいた箱の中に見事放り込んだ。

 

「凄いね…始めて半年でこの成長…びっくりだよ。コントロールも集中力もばっちりだし」

 

「ヴァニラちゃん、こういう時は『ええい、海鳴の魔法少女は化物か!』っていうんだよ」

 

アリシアちゃんがまたヘンな台詞を身に付けてきた。どうやら今度のはTVアニメで覚えたらしい。

 

「アリシアちゃん、化物だなんてひどいよ~」

 

口ではそう言いつつも、なのはさんも一緒になって同じアニメを観ていたようで元ネタを判っているらしく、表情は苦笑いといったところだった。

 

「あ、そうだヴァニラちゃん、この前教えて貰った直射型の魔法なんだけど」

 

「フォトン・ランサーだよね? 何か問題があった? 」

 

「問題っていう訳じゃないんだけど、ちょっとアレンジできないかなーって思って。出来ればハーベスターに少し協力して貰いたいんだ」

 

「うん、別に構わないよ。ハーベスター」

 

≪Sure. Which form do you prefer? ≫【問題ありません。どの形態がよろしいですか? 】

 

「できれば錫杖形態で。あと念のためフォトン・ランサーの術式のバックアップを取っておいて」

 

≪All right…OK, Please go ahead.≫【了解。完了しました。続けて下さい】

 

「じゃぁ、いくね…」

 

なのはさんが集中すると徐々に彼女の魔力が高まり出し、足元に展開されたフォトン・ランサーの術式が次々に書き換わって行く。

 

≪It is hard to keep the magic circle. I am transitioning to buster mode.≫【現状の維持が困難になりました。砲撃モードに移行します】

 

ハーベスターが見たことのない形状に変形した。

 

「砲撃モード…初めて見るよ」

 

「ヴァニラちゃんは砲撃系の術式持ってないもんね…」

 

呆然と眺める私と違ってアリシアちゃんの表情はとても楽しそうだった。なのはさんの足元に描かれた魔法陣とは別に、ハーベスターの先端部を囲むように更に複数の魔法陣が展開され、次の瞬間膨大な魔力の奔流ともいうべき桜色の砲撃が放たれた。

 

「ひゃぅっ!? 」

 

悲鳴を上げたのは砲撃を放ったなのはさん本人だった。恐らく自分でも想定していなかったであろう砲撃の反動でバランスを崩し、仰向けに引っくり返ってしまっていた。

 

「あいたたた…」

 

「なのはさん、大丈夫? 」

 

「うん、ちょっと背中を打っただけだから」

 

魔力スキャンでも問題なしとの結果が出たが、念のためヒール・スフィアを生成して治療しておく。

 

「軽い打ち身みたい。今はもう痛みもない筈だよ」

 

「もう平気。ありがとう。でもあそこまで威力が出るとは思わなかったな」

 

「砲撃魔法は専門外だからよく判らないけど、ミッド式魔法の花形っていうだけあって凄い魔法だね…見た目も派手だし」

 

「そうだね~実は私も実際に見るのは初めてだけど、すごくかっこよかったよ、なのはちゃん!」

 

「にゃはは、最後の最後で締まらなかったけどね。ハーベスター、協力してくれてありがとう」

 

≪No problem. Just in case, I have kept the magic circle pattern for “Divine Buster”.≫【どういたしまして。念のため、『ディバイン・バスター』の術式を記録しておきました】

 

「ディバイン・バスターかぁ。ちょっと正面からは受け止めたくない魔法だよね…」

 

さっきの威力を見る限り、私のプロテクションくらいは確実に抜けてバリアジャケットにもダメージが来るレベルだろう。

 

「アブソリュート・フィールドでもダメかな? 」

 

「1、2発は防げるかもしれないけど、そんなには持たないと思うよ」

 

「プロテクションの重ね掛けは? 」

 

「それなら有効かもしれないけど、接戦の最中にそこまで魔力を消費させるのは得策じゃないと思う…やっぱりモーション入ったら回避行動に移るのが最善策かな」

 

「何か、2人共わたしと戦う前提で話進めてない? 大丈夫だよ、わたしは絶対にヴァニラちゃんやアリシアちゃんの敵にはならないから」

 

にっこりと笑うなのはさんは天使のように見えた。

 

「あ、それでねヴァニラちゃん。さっき言ってたみたいに回避されないようにするにはどうしたらいいのかな? 」

 

前言撤回。彼女は白い魔王様だった。

 

 

 

その日から、なのはさんは偶にハーベスターと念話でディバイン・バスターの改良をしている様子だった。私もアドバイスを求められたりしたのだが、さすがに砲撃魔法については殆ど答えることが出来ず、砲撃のチャージに入る時には相手をバインドで拘束したら大技も当てやすいよ、といった程度のアドバイスしかできなかった。ただ、これはなのはさんの向上心を大きく煽る結果になったようだった。

 

そうなると今度はバインドの習得だ。バインドなら私もいくつかの術式を持っていたので、なのはさんにも見せてみる。

 

「これがライトニング・バインド。私が一番良く使う術式だよ。それからこっちがチェーン・バインド。魔力の鎖で相手を絡め取る感じだね。あとこれがリング・バインド」

 

「あ!この丸いのかわいい!わたしこれがいいな」

 

実際に自分の手首にバインドを絡める要領で実演して見せたところ、なのはさんはリング・バインドを非常に気に入ったようだった。

 

「ヴァニラちゃんにかけてみてもいい? 」

 

「いいよ。ついでだからバインドブレイクの方法も教えておくね」

 

なのはさんが私の手にリング・バインドをかけてきたので、なのはさんに概要を説明した上でエネルギーを相殺するように魔力を流し込み、バインドを解除する。

 

「!…もう一回いい? 」

 

なのはさんがまたバインドをかけてくる。さっきと同様に解除すると、彼女は少し考えるような素振りを見せた。

 

「ヴァニラちゃん、これって自分の魔力を流し込んで、バインドの魔力を相殺するって言ってたよね? 」

 

「そうだよ。だから破り難くするためには、最初に十分魔力を練っておく必要があるの」

 

するとなのはさんはまた少し考えるような素振りを見せた。

 

「ヴァニラちゃん、もう一回、試してみたいことがあるんだけど」

 

「うん? いいよ」

 

そしてもう一度、バインドがかけられる。私はそれを解除しようとして、違和感に気付いた。

 

「あれ…? 増えてる!? 」

 

最初に感じた魔力よりも明らかにバインド自体の魔力が増えている。注意して見ると、周囲の魔力残滓を取り込みつつ、どんどん魔力が増えていることが判った。通常通りの相殺では追いつかない。私は咄嗟に流し込む魔力を倍にして何とかバインドを解除した。

 

「あ、これでも解除されちゃうんだね」

 

「なのはさん、残念そうに言わないで。今の何? バインド自体が周りの魔力残滓を吸収してどんどん強くなったよ? 」

 

「えっ、それホント!? 」

 

いきなり横で見ていたアリシアちゃんが興奮した様子で話に加わってくる。

 

「それって、もしかして集束系の上位魔法じゃない? なのはちゃん、術式見せて!」

 

「え…うん、いいよ」

 

若干圧倒されながら、なのはさんが術式を展開する。アリシアちゃんはじっと見つめた後、ふっと息を吐いた。

 

「以前ママに見せて貰った術式とよく似てる。やっぱりこれ、『レストリクト・ロック』だよ」

 

魔法名を読み解くと、確かにレストリクト・ロックとの記述があった。

 

「そう言えば以前、魔力集束させて結界破壊とかしてたっけ…」

 

私が呟くと、アリシアちゃんはなのはさんに飛びついた。

 

「なのはちゃん!これはホントに凄い才能だよ!やっぱりここまで来たら夢の集束砲を実現しようよ~」

 

「えっと…その集束砲って、確か前にも言ってたよね? どういう魔法なの? 」

 

「簡単に言えば、戦闘終盤に主人公が放つ、究極奥義とか必殺技とか、そう言ったイメージだよ」

 

「アリシアちゃん、その説明はむしろ判り難いんじゃ…」

 

「ううん、すっごくイメージが湧くよ!そっかぁ、究極奥義かぁ…」

 

実際のところ集束砲というのは術者が発射までに使用した魔力に加え、それ以外の魔導師が使用した魔法の魔力残滓すらも集積することで得た強大な魔力を砲撃として打ち出す魔法だ。術者が使用する魔力はほんの僅かでも、それ以外の滞留魔力や魔力残滓が多ければ多いほど強力な砲撃になる。つまり、相手が強ければ強いほど、戦闘が長引けば長引くほど強力な一発が期待できる。しかも術者はほとんどの魔力を使い切っていたとしても、発動さえ出来れば砲撃が勝手に強力になって行くのだ。所謂、起死回生の一発といったところか。

 

「あ、そう考えればアリシアちゃんの説明で十分イメージが伝わるのか」

 

「何? 何の話? 」

 

「う、んっとね、アリシアちゃんが説明上手だなって思って」

 

それから数日間、私達はなのはさんのディバイン・バスターと集束魔法を結合させる術式を練り上げ、桜の花が完全に散った頃に漸くその魔法は完成した。

 

 

 

桜台公園の高台までやってきて封時結界を展開する。今回はなのはさんの集束砲を試し撃ちする関係で、私の魔力残滓を多めに設定しようということになり、結界の展開も私がすることになった。

 

「なのはちゃんは自分で魔法を使う時に魔力を再利用しやすいような構成にしてるから、普通の魔力を多めにして様子を見たいんだよね…あ、ヴァニラちゃん、なのはちゃんにハーベスターを渡して」

 

アリシアちゃんの指示に従ってハーベスターをなのはさんに渡す。今回は最初から砲撃モードだ。

 

「じゃぁ、私はこれから魔力残滓を出来るだけばら撒けばいいんだよね」

 

「うん、お願い。通常のシューターでの空き缶撃ちでいいから」

 

いつも通りに空き缶をプラズマ・シューターで撃ち続けること100回。

 

「そろそろいいかな…じゃぁ、一発行ってみよう~」

 

「うん!2人共見てて、ディバイン・バスターのバリエーション!」

 

ディバイン・バスターの時とは異なる大きな魔法陣がなのはさんの足元に展開される。そして正面の中央に徐々に集まってくる周囲の滞留魔力と魔力残滓。集束された魔力が巨大なスフィアを形成し、それを取り囲むかのように新たな魔法陣が生成されていく。

 

「…予定より威力が高いような気がする…」

 

アリシアちゃんが呟く。魔力は更に集束を続け、今にも暴発しそうな勢いだった。思わずアリシアちゃんの手を握ると、逆にしがみつかれた。

 

「あんまり威力が高いと、なのはさん本人にかかる反動が心配だよ。なのはさん、一旦中止にしよう」

 

「大丈夫!いっくよ~!!」

 

止めようとしたところでなのはさんが集束砲を発射してしまった。

 

≪”Starlight Breaker”≫【『スターライト・ブレイカー』】

 

暴発しそうなほどに膨れ上がった魔力スフィアから桜色の超極太砲撃が発射されるのと同時に、周囲の地面が抉れ、樹木がなぎ倒される。

 

「ちょ…ちょ…やばいよ、これ!」

 

「結界が…もう持たない…アリシアちゃん!」

 

アリシアちゃんを抱きしめてギュッと目を閉じた瞬間、封時結界が破壊された感覚があった。だが、その後すぐに静寂が訪れる。そっと目を開けてみると、そこには普通の景色が広がっていた。抉れていた地面も、なぎ倒された木もない。封時結界はギリギリその役目を全うしてくれたようだった。

 

ふと空を見上げると雲に不自然で大きな円形の穴が開いていた。

 

「そうだ、なのはさん!」

 

慌ててあたりを見回すと、数メートル程離れたところで引っくり返っているなのはさんを見つけた。アリシアちゃんと一緒に駆け寄る。

 

「大丈夫? 痛いところとかない? 」

 

「ふにゃぁぁ…うん、大丈夫…ちょっと腰が抜けちゃった感じかな」

 

スキャンの結果も特に異常はない。私達はふっと息を吐くと、なのはさんの横に腰を下ろした。

 

「凄い威力だったね…あそこの雲とか、絶対さっきの集束砲のせいだよ」

 

「どのくらいの距離まで届いたんだろう? 」

 

「術式からいって、そんなに射程は長くない筈だけど…っていうか、雲まで届いたのが驚きだよ」

 

「飛行機とか巻き込んでないよね…? 」

 

「あ、それは大丈夫だと思う…念のため事前に調べてはおいたから」

 

改めて空を見上げてみる。そんなに厚い雲ではない。地表からの距離は精々数kmといったところか。

 

「何か、新しい都市伝説とかは生まれそうだよね」

 

「海鳴の上空で怪光現象!宇宙人の攻撃か!? みたいな? 」

 

≪Caution. Magical power has been detected up in the sky.≫【警告。上空に魔力反応を感知】

 

「…え? 」

 

冗談を言い合っていると、不意にハーベスターから予想外の発言があり、一瞬呆気にとられる。

 

≪Something is falling from the sky. Considering its size, it might be a human.≫【何かが空から落ちてきます。サイズからして、恐らく人間ではないかと】

 

一瞬、なのはさんと顔を見合わせる。彼女はまだ完全には回復していない様子だった。

 

「アリシアちゃん、なのはさんをお願い。ハーベスター、セットアップ!」

 

≪Stand by ready. Setup.≫【スタンバイ完了。セットアップ】

 

「どうするの? 」

 

「人が空から落ちてくるなんて、どう考えても不自然だよ。取り敢えず空中でブレーキをかけてみる」

 

「判った…気をつけてね、ヴァニラちゃん」

 

 

 

認識阻害魔法をかけて上空に向かうと、複数の隕石のようなものが降ってくるのが見えた。サイズとしてはとても小さなものだが、それぞれに微弱ながら魔力を感じる。明らかに魔法的な何かであり、大気との摩擦で燃え尽きたりはしないだろう。気にはなるが、今は落ちてくる人を何とかしないといけない。

 

<なのはさん、いくつか魔力を持った小さな隕石みたいなものが落ちてく。何があるか判らないから気をつけて>

 

<判った。アリシアちゃんにも伝えておくね>

 

石はすぐに視界から消え、程なくして今度は上空から青っぽい服を着た、青い髪の人が落ちてくるのが見えた。この位置まで近づくと私でも魔力を感知出来る。魔力量的には私やなのはさんを凌ぐくらいに大きいように思えるのだが、飛行魔法を展開している様子はない。

 

それは私達と同い年くらいの少女だった。気を失っているようだったが、青っぽいバリアジャケットは問題なく展開されていた。片手には確りと錫杖状態のデバイスを握りしめ、もう片方の手でフェレットのような動物を抱きかかえている。この動物も意識を失ってはいるが、矢張り魔力を感じることから、もしかすると使い魔の類かも知れない。

 

落下速度を合せて少女を背後から抱きしめると、私は徐々に落下速度を緩めた。それと同時に身体強化を施して少女の体重を支えられるようにする。地表近くまでたどり着くと、桜台公園の高台でこっちに向かって両手を振るアリシアちゃんとなのはさんが見えた。どうやらなのはさんも完全に復活したらしい。私はゆっくりと高台に着地すると、その場に少女を寝かせて彼女の状態をスキャンした。

 

結果としては少女もフェレットも、ただ単に気を失っているだけの様子だったのでほっと安堵の息を吐く。

 

「そう言えば、さっきの隕石みたいな石、大丈夫だった? 」

 

「あ、うん、ネットニュースとかで見た隕石とは違って、音も衝撃も無かったよ。1個はほら、そこに。怪しい感じだったから触ったりはしてないけど」

 

なのはさんが示した先の茂みにはには先ほど落下していた青い石のようなものが落ちていた。近づけば判る程度の微弱な魔力を発している。別に地中にめり込んでいる訳でもなく、衝撃なども無かったことから、明らかに通常の隕石ではない。

 

「念のため封印しておこう。ハーベスター、お願い」

 

≪Sure. Sealing mode, internalize number 18.≫【了解。封印モード、18番収納】

 

青い石の表面にXVIIIの文字が浮かび上がる。これが18番と言うことなのだろう。その石をハーベスターに取り込ませて少女の方を振り返ると、なのはさんとアリシアちゃんが不思議そうに少女のことを覗き込んでいた。

 

「えっと…女の子、だよね? 何で空から? 」

 

「判らないけど、明らかにミッドの魔導師だよ。デバイスも持ってるし、それにこれ、どう見てもバリアジャケット…だから…? 」

 

その少女が着ている青っぽいバリアジャケットはどこかで見たことがあるような気がした。

 

「って、この肩の部分とか、ヴァニラちゃんのバリアジャケットと似てるよね。基調は青だけど、外側は白だし…」

 

気を失っている少女とフェレットに体力回復の魔法をかけながら、改めて少女の容姿を確認する。

 

内側は青いワンピース状のスカート、外側は私のものとよく似た白い制服のようなバリアジャケット。胸元には大きな青いリボンがあしらわれている。髪色は明るい青で、何よりも特徴的なのは頭に付いている白い…白い…

 

「ヴァニラちゃん、どうしたの? ヴァニラちゃん? 」

 

アリシアちゃんの声に反応出来ない。私はただ、呆然とその青い少女を見つめていた。

 

そう、そこにいたのは容姿こそ若干イメージよりも幼いものの…

 

 

 

明らかに「ミント・ブラマンシュ」だった。

 




前回もお伝えしましたが、今回のお話は第1部の最終話になります。。
次回から第2部がスタートしますが、時間が巻き戻って、主人公も変わります。。

今回のお話から推測はできると思いますが、第2部の主人公はミントです。。
ヴァニラとミントは第3部で本格的に邂逅し、以降はサイドチェンジをしながらストーリーを進めていく予定です。。

あらかじめ申し上げますが、このミントもヴァニラと同様、ギャラクシーエンジェルのミント・ブラマンシュとは全くの別人です。。
容姿と名前が同じだけで、憑依したわけでもありません。。


こうでも言っておかないと、ギャラクシーエンジェルファンの方々から何を言われるかわからないので。。
小心者の作者でごめんなさい。。

※まだ第2部 第1話は投稿されていませんが、先にあらすじ部分を改修しました。。


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第2部 ~Mint's view~
第1話 「転生」


※今回、多少病気の描写があります。気分を害される方がいらっしゃるかもしれませんこと、予めお詫び申し上げます。。



夕暮れの街並みをフラフラと歩く。出来るだけ人気のない道を歩くようにはしていたが周りには数人、恐らく帰宅中の学生かサラリーマンだろう。いきなり奇声を上げて襲い掛かったら、彼らはどんな反応をするだろうか。

 

そこまで考えて、自嘲気味に笑う。どうせ俺には他人を襲うような度胸もないし、仮に今のボロボロの身体じゃぁどうせ何も出来やしない。

 

「ぐ…が、はっ、げほっごほっ…」

 

咳き込むと血が溢れてくる。喀血に気付いた周りの人が、「大丈夫ですか」と声をかけてきた。

 

「大丈夫…ではないですが、医者は呼ばなくていいです…末期の、肺癌なんです」

 

そのままガードレールに背中を預けて息を整えていると、やがて俺の周りから人はいなくなった。幸いリンパ節や脊髄への転移が無いためこうして歩くことも出来るが、偶に胸をギリギリと刺されるような痛みや息苦しさ、喀血などは如何ともし難い。

 

「全く、世界はこんなはずじゃなかった事ばかりだ…ってか」

 

「貴方はどうしてこんなところにいるのですか? 」

 

周りの人はみんないなくなったと思っていたが、どうやらまだ1人、男が残っていたようだった。

 

「別にやることもないし。暇つぶしですかね」

 

「そういう理由で出歩かれるのは迷惑ですね。さっきの人達だって、貴方が血を吐くのを見ていい気分ではなかったでしょうし、本気で心配もした筈ですよ。それにもし本当にここで死なれたりしたら、遺体の片づけをする人たちにとっても、恐らく駆けつけてくるであろう警官にとっても、本当にいい迷惑です」

 

男が言うことは尤もだった。俺は、他人に憐れんで欲しかったのかも知れない。そう思うと涙が溢れてきた。

 

「…死にたくないのですね」

 

男は少々バツが悪そうにそう呟く。俺はゆっくりと頷いた。だがステージ3とはいえ、医者が匙を投げて自宅療養になった癌患者を治すことなど誰にも出来ないだろう。

 

「まぁ、余命1カ月程度だそうですから。今更運命は変わりません」

 

「そうですか、それはご愁傷様です」

 

そう言うと、男は何故か俺の隣に腰を下ろした。この男は何をしたいのだろうかと訝しんでいると、彼はこちらに視線を合すことなく、囁くように言った。

 

「貴方は『輪廻転生』という言葉を知っていますか? 」

 

「宗教の勧誘ですか? 生憎と仏教に興味はありませんよ」

 

すると男は、今度は確りこちらを向いて微笑んだ。

 

「別に勧誘などではありませんよ。ただ、概念を知っているかどうかを確認したかっただけです。あぁ、それから転生の概念は仏教だけじゃなくて、ヒンドゥー教やイスラム教にもありますよ」

 

「そうですか。それで? 何が言いたいんです? 」

 

「もし今生きている自分とは別の人間に転生して、人生をやり直すことが出来るとしたら、貴方はどうしますか? 」

 

何やら変な人に捕まってしまったようだった。一瞬逃げようかとも思ったのだが、何故か男の言うことが気になってしまい、俺は「転生してみたい」と答えていた。そしてそれは半分以上、自分自身の願望だった。

 

 

 

入院が長引くことが決定した時点で会社は辞めた。元々友達が多かった方でもなく、両親も大分前に他界している。お見舞いに来てくれていたのは叔母くらいで、それ以外の時間は病院のベッドでノートPCを広げ、ゲームやネットサーフィンをするだけだった。そんな中で出会ったのが「二次創作小説」だった。テンプレと言われる神様転生だが、もし自分の身に起きるようなことがあればどんなに痛快だろう。

 

だが、所詮二次創作小説はお話だ。アニメや漫画、ゲームに登場する好きなキャラクターと一緒に居たいという願望を形にしただけ。むしろ居たいのではなく、痛いのだ。男にそう伝えると、彼は少し考えるようにした後、こう言った。

 

「なるほど、そうお考えですか…ではこういう考えは? 」

 

全てのアニメや漫画、小説、ゲームなどのサブカルチャーと呼ばれるものにはそれぞれ原案となる事象があり、原作者と呼ばれる人たちはみんな記憶のあるなしに関わらず、その事象を実体験してきていたとしたら。

 

「それって、例えばSF的な世界があって、その世界で生活していた人が転生して、別の世界でそのSF的な世界の物語を書いたり描いたりしたと…? 」

 

「概念としてはそんな感じかな。勿論、これは限りなく希望的な推論だけどね」

 

男の口調が先程までの丁寧な物言いから、急に親しげな感じになってきた。

 

「そう言えば未だ名前を聞いていなかったね」

 

「別にいいですよ名前なんて。呼びにくいなら癌ちゃんとでも呼んで下さい」

 

「そうかい? じゃぁそう呼ばせてもらうよ。僕のことは『アレイスター・クロウリー』とでも

呼んでくれればいいから」

 

20世紀の魔術師の名前だった。随分昔、ランディ・ローズというギタリストに憧れてバンドをやっていた頃のことをふと思い出す。

 

「あ、そっちなんだね。アニメ好き人なら『学園都市』を思い浮かべるかと思ったけど」

 

「そっちも一応知ってますけどね。俺、『とある』は科学サイドの方が好きだったんで。っていうか、何で俺がアニメ好きだって思ったんです? 」

 

「さっき癌ちゃんが『世界はこんなはずじゃなかった事ばかりだ』って言っていたのを聞いたからだよ。『リリカルなのは』好きなのかい? 」

 

「ネットで動画や二次創作小説を観た程度ですよ。StrikerSは観てませんけど」

 

 

 

そもそも俺が二次創作小説に嵌った切欠が『魔法少女リリカルなのは』だった。

 

伊達に長期間入院していたわけではない。看護師さんに注意されながらも色々なゲームをやっていた。特に嵌ったのは『ギャラクシーエンジェル』というシミュレーションゲームだったが、それ以外にもR18やソーシャルゲームなども片っ端からやってみた。

 

俗にエロゲーと呼ばれるものにも、意外とストーリーが確り練り込んであり、普通にプレイしていて面白いと思えるものがあるのだが、その筆頭が『とらいあんぐるハート』シリーズ、所謂『とらハ』だった。偶々ゲームが面白かったので、それに関する情報をネットで集めようとしたところ、ヒットしたのが「魔法少女リリカルなのは」の二次創作小説だったのだ。その後は色々な二次創作小説を読み漁った。

 

アニメ版も動画投稿サイトにアップされたものを参考程度には観ている。ただ確認出来たのは無印とA'sのみで、StrikerSの知識は二次創作小説で読んだ物だけだったが。

 

 

 

「実は『リリカルなのは』にはちょっとした縁があってね」

 

アレイスターさんが一瞬、懐かしそうな眼をした。

 

「昔、そっちの世界に居たことがあるとか? 」

 

俺は冗談のつもりで言ったのだが、アレイスターさんから返ってきた答えはその冗談を肯定するものだった。

 

「へぇ、いい勘してるね。その通りだよ。いや、僕もビックリしたんだ。まさかあの世界が物語として発表されているなんてね…さて、これを話してしまったら時間的な猶予はもうないな。癌ちゃん、君はこれから数時間以内に確実に死ぬよ」

 

「…は? 」

 

「もちろん、癌で死ぬんじゃない。転生するんだ。今までの例から考えるとたぶんトラックだろうね」

 

「転生トラックですか…テンプレですね」

 

「テンプレ化されるということはそれだけメジャーだって言うことだよ。言い換えれば王道だね」

 

こちらは茶化したつもりだったのだが、アレイスターさんは真面目な顔で返してきた。それからアレイスターさんは、今までに調べてきたということを俺に話し始めた。

 

「まず大事なのは、自分が転生した、と言うことを他人に話してはいけないって言うこと。理屈はまだ判らないけれど、これを話してしまうと聞いた相手は確実に死亡する。時間的には数時間以内といったところだ。但し話した相手が転生者だった場合はこの効果は無効になる。お互いが転生者同士だということが確認出来さえすれば、この話はしても問題ないということだね」

 

「アレイスターさんは、そんな危険な話を俺にした訳ですね…」

 

「今の君が本当に辛そうだったからね。諦めたような態度ながらも、本心では生きたい、抗いたいと願っていた。でもそれが不可能であることも理解している。だから諦めたような態度をとる」

 

「……」

 

「その顔は半信半疑ってところかな? 」

 

「転生の話自体が眉唾ですよ。ただ、それだと見ず知らずのあなたが俺にそんな話をする意味がないし、俺自身、信じたいと思ってる部分もあります」

 

「別に今は本心から信じてくれなくてもいいよ。嘘か本当かはすぐに判るからね」

 

アレイスターさんはそう言うと、更に話を続けた。曰く、パラレルワールドと言うものは無数に存在していると考えられ、その何処に転生するのかは判らないということ。

 

「そして一度転生してしまうと、まともに死ぬことは出来なくなる…何度死んでも、転生を繰り返すんだ」

 

「はぁ!? って、それ一番重要なところじゃないですか!? 一番最初に確認しておくべきでしょう!」

 

「一つ言っておくよ。『一番』と『最』は意味が被るから、一緒には使わないことだね」

 

「…いや、それ今はどうでもいいですから」

 

今の一言で完全に毒気を抜かれてしまった。さっきのように感情的にではなく、落ち着いて尋ねてみる。

 

「それって、ある意味不老ではないけれど不死ですよね? 異なる世界を渡り歩きながら、永遠に生きていくって言うことですか? 」

 

「そうだよ。まぁ呪いみたいなものだよね。僕はそれなりに満足しているけれど、以前生きていくのに疲れたっていう転生者がいてね。殺してほしいって頼まれたこともあるよ」

 

「殺しても、また転生するんじゃないんですか? 」

 

「それが彼曰く、自分と同じ転生者に物理的に殺されれば、二度と転生しないそうだよ。勿論実証はほぼ不可能だし、彼だけの思い込みである可能性の方が高いけどね」

 

「それで、どうしたんです? 」

 

「殺してあげたよ。それが彼本人の希望でもあったしね」

 

一瞬喉がひゅっと乾いた音を立てた。事も無げに人を殺したという男と一緒に話し込んで、俺は一体何をやっているんだろう。だが、今までの一連の話が作り話である可能性もある。と言うよりは、むしろその可能性の方がずっと高い。

 

「君は今のこの世界しか知らないだろうけれど、本当にいろんな世界があるんだ…それこそ戦争やら殺人やらが普通にまかり通る世界だってある。僕だってこの世界で人殺しなんてしようとは思わないしね」

 

俺の心中を読んだかのようなタイミングでアレイスターさんが言った。

 

「僕はね、最初事故で両足を無くしていたんだ。そのこと以外は特に不満がある人生ではなかったけれど、やっぱり歩きたいとは思っていたよ。それを叶えてくれたのはある転生者の少女だった。彼女自身はそんな呪いのことは知らなかったようだけれどね」

 

アレイスターさんはどこか遠いところを見るような目で言った。

 

「それから3回は転生したよ。生まれる世界はいつも違う場所で、時代もあっているのかどうかよく判らない。尤も試行回数が少ないだけで、その内同じ世界に戻ることもあるかも知れないけどね。何度か、他の転生者らしい人達とも遭遇したけれど、正直なところ転生者かそうでないかを見分けるのは困難だ。特に呪いのことを知っていれば絶対に自分から口外しようとはしない筈だしね」

 

「えっと、ちょっと思ったんですが、人ごみの中で『俺は転生者だー』とか叫んだ場合ってどうなるんでしょう? 」

 

「あ、それは以前やらかした人がいたんだ。でも呪いは発動しなかった。発動したのはあくまでも聞き手を特定して、1対1で話した時だけだったよ」

 

「面白がって転生者を増やすような人がいたら…? 」

 

「さすがに今までそう言った人は聞いたことが無いけれど…もしいたら、僕なら始末するだろうね」

 

「さっき言っていた転生者は転生者を殺せるって言うことですか」

 

「そこまで考えた訳じゃないよ。消滅するか、また転生するかはこの際あまり重要じゃないんだ。所詮別の世界に行ってしまえばこちらは手出しできなくなるからね。少なくとも僕たちの世界ではそれ以上転生者を生み出すことは無い。別の世界のことは別の世界の人に任せるよ」

 

「消極策ですね」

 

「仕方ないよ。僕たちは神様じゃない。出来ることをするだけさ。さて癌ちゃん、他に何か質問はあるかい? 」

 

「さぁ…そもそも突拍子もなさ過ぎて、何を質問すればいいのかも判りません。転生出来るのだったら転生した時に考えればいいし、出来なかった場合でも俺は1か月後には死ぬ。それだけですよ」

 

「そうか、判った。じゃぁ、僕はもう行くよ。もう会うことは無いだろうけれど、少しは暇つぶしになったかな? 」

 

「ああ、そう言うことですか。ありがとうございます。俺、渡邉岳(わたなべ・がく)って言います」

 

「さっき君自身が言っていたじゃないか。本名にはあまり意味は無いよ。僕たちの出会いは一期一会だ。名前は呼べさえすればいい。だから君は癌ちゃんで、僕はアレイスターなんだ。尤も、僕の一番初めの本名もアレイスターだったけどね」

 

そう言うとアレイスターさんは軽く手を振り、そして去って行った。

 

 

 

その後、名状し難いトラックのようなモノが迫ってくるのを視界の端に捉えた俺はその場を動くことなく、代わりにそっと目を閉じた。

 

 

 

=====

 

ふと目が醒めると、そこには見たことのない天井があった。

 

(これは俺にお約束をやれと言うことか…? )

 

所謂一つの「知らない天井」と言うやつだ。俺はそっと息を吸い込むと。

 

「うにゃ、にゃー、ね、にゃー」

 

なんてこった!ロクに発声も出来ないなんて。何故か無性に悔しく、泣きたくなった。おまけに激しい頭痛に襲われたこともあり、次の瞬間、俺は両目を固く閉じると声を上げて泣いた。すると身体がふわりと浮かぶような感覚がある。まるで誰かに抱かれているかのような、優しく、懐かしい感覚だった。

 

目を開けると、そこには優しそうな少女の笑顔があった。見た感じ15歳くらいだろうか。長くてとても綺麗なライトブルーの髪色は染めでもしない限りありえない色だったが、何故か自然なことのように思えた。その少女の頭にビーグル犬かロップイヤーかというような、動物っぽい耳がついている。

 

(これでショートヘアだったらギャラクシーエンジェルのミントだな…あそこまで幼くはなさそうだけど)

 

入院中にプレイしたゲームの中でも特に好きだったゲームのキャラクターと少女の容姿が被る。

 

その少女に抱かれていることを認識したのはそれから暫く経って、頭痛が治まってきた時のことだった。そしてその時にはもう俺は転生したのだということを理解していた。小さな手足、うまく回らない首。ただ、散々悩まされていた肺の痛みも息苦しさも無い。

 

(空気がこんなに美味しいなんて…アレイスターさん、ありがとう。転生ブラボー!)

 

赤ん坊でなければ小躍りしたい気分だった。その時、俺のことを抱いていた少女の隣にいた女性が俺の頭を撫でた後、奇妙な白い物体を近づけてきた。一見すると白いふさふさした毛のようにも見えるのだが、その先端にはうねうねと動く、名状し難い寄生虫のようなモノが見えた。

 

浮かれていた気分が一瞬で凍りつく。

 

(気色悪っ!うわっ何するやめくぁwせdrftgyふじこlp;!!)

 

女性はその寄生虫のようなモノを俺の頭に押し付けた。一瞬何かが頭の中に入り込んでくるような感覚があったが、それはすぐに無くなり、代わりに胸の奥で何かが熱く脈打つような感覚があった。だがそれはむしろ気分が高揚するような感覚で、決してイヤなものではなかった。

 

(何だ、これ? あんなに気持ち悪い見た目だったのに、つけられたら逆に気持ちがいい…? )

 

<初めまして、ミント…私の娘>

 

不意に少女の声が聞こえてきた。いや、声は前から聞こえていたのだ。ただ理解できていなかっただけで。それが急に理解できるようになった。だがよく見ると少女の口は動いていない。

 

(この変な耳みたいなものの所為か? )

 

手で触ってみると、何だか髪の毛を触っているような感覚だった。引っ張ると少し痛い。まるで頭から生えている自分の身体の一部のような状態になっていた。

 

<あらあらミントったら。テレパスファーがそんなに気に入った? >

 

テレパスファーと言うのはこの耳みたいなものの名前だろうか。

 

(って、それよりもミントはそっちじゃなくて俺か!? って待て待て、さっき何て言われた? 娘!? )

 

ミントと言う名前、そしてテレパスファーとかいうこの奇妙な耳のようなものから連想できるのは「ギャラクシーエンジェル」のミント・ブラマンシュだけだった。

 

(と言うことは、ここはブラマンシュ財閥なのか? さっき聞こえた声はテレパシー? )

 

そこまで考えてゾッとした。テレパスファーとやらを介在させたテレパシーだとしたら、こちらが考えていることは全て相手に筒抜けではないか。さっきまで考えていた内容を思い出すと、他人に伝えるのは危険すぎる内容だった。特に転生とか、転生とか、転生とか。大事な事なので3回程考えた。

 

(いやいやいやいや!考えたらダメだろ!)

 

恐る恐る少女の顔を伺うが、特に何事も無かったかのように微笑んでいる。偶にさっきのように話しかけられるが、俺の考えていることを理解しているようには見えなかった。どうやらこれは一方通行の音声のようだ。

 

(何なのかよく判らないけど、こっちの考えていることが伝わらないのならよかった)

 

生まれてすぐに自分に微笑みかけてくれている少女を殺さずに済んだことを安堵すると、すぐに次の問題に思い至った。

 

(…娘って言ってたよなぁ? 俺、女になっちまったのか…良く二次創作で読んだ、TSって言うやつ。まさか自分の身に起こるとは)

 

少し身体をまさぐって確かめようと思ったのだが、上手く身体が動かない。どうやら着せられている服が少し厚手で動きを阻害しているようだった。

 

(まぁ、いいか…どうせそのうちイヤでもわかる)

 

半ば諦めて小さく欠伸をすると、俺を抱いている少女が相好を崩す。

 

(この少女が母親…なのか? 隣の女性じゃなく? )

 

改めて少女と隣の女性を見比べてみる。どう見ても、20歳に届いているようには見えない。その隣にいる女性がようやく20代半ばといったところだろうか。その時、最初に目にした天井にもう一度目が行った。

 

(何だろう? 何か違和感…)

 

普通赤ん坊が生まれるなら病院だろう。だがここは一般的な病室のイメージとはかけ離れていた。強いて言うなら、テント。キャンプなどに使うものではなく、モンゴルの遊牧民が使うゲルとかパオとか言うものに近い感じがする。

 

少しすると俺にテレパスファーをつけた女性が少女に何事かを囁き、テントのような部屋を出て行った。続いて俺を抱いていた少女も、俺のことを小さなベッドに寝かせると名残惜しそうにこちらを振り返りながら部屋を出て行った。

 

<すぐに戻ってくるからね>

 

俺は一人、このテントのような部屋に残される。別段寂しくはないが、何だか無性に眠くなった。

 

(取り敢えず、今は寝よう。転生したのなら、まだこれから考える時間も、色々な事を覚える時間も十分にある)

 

残り1カ月程度だった筈のタイムリミットがリセットされたのだ。判らないことはこれから調べていけばいい。そう思った。

 

 

 

この後、丁度寝付いたところを叩き起こされ、搾乳したてのミルクを飲まされた。ちょっとばかり不機嫌になったのは秘密にしておく。

 




ヴァニラは元々女の子だったので、ミントはTSにしてみたかったんです。。

改めて言いますが、これはギャラクシーエンジェルのミントではありません。。
この世界のミントの設定については第2話で解説する予定です。。

第2部もどうぞよろしくお願いします。。


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第2話 「幼馴染み」

俺が転生してから3年の月日が流れた。あれから出来る限りの情報を収集して判ったことは次のような事だった。

 

まず、俺の名前は「ミント・ブラマンシュ」である。だがここはトランスバール皇国ではなく、ブラマンシュというのも姓ではなく氏族名らしい。「リリカルなのは」に登場する「スクライア一族」と同じだ。つまり、俺は「ブラマンシュ一族のミント」と言うことになる。

 

大商会を擁する財閥の一人娘という設定は逆に息が詰まりそうだったので、むしろギャラクシーエンジェルのミントとは異なる設定に俺は安堵した。もっとも容姿はギャラクシーエンジェルのミントをそのまま更に幼くしたような感じだったが。明るめの青い髪に琥珀色の瞳は母親譲りだ。

 

自分自身の意識を残したまま性別だけが女の子になってしまったことについては最初のうちはとても悩んだし色々と考えもしたのだが、正直な所1年、2年もミントとして生活していると、それが当然のように感じるようになり、今では随分と慣れてしまった。尤もそれはあくまでも女の子を演じているだけのように感じている部分も少なからずあったのだが。

 

 

 

次に気になっていた「テレパスファー」についてだが、これは最初の印象通り、寄生生物だったらしい。但しブラマンシュ一族に限っては恩恵を受けこそすれ、それ以外の害は殆ど無いのだとか。その恩恵とは、魔力の増幅。そう、この世界には魔法が存在するのだ。

 

と、勿体を付けて言ってみたが、実はここ、前述の「リリカルなのは」世界らしい。何故それが判ったかと言うと、先ほども話題に出た遺跡の発掘・調査を生業とする「スクライア一族」や、数多の世界を管理するという「時空管理局」が存在することを確認出来たためだ。そして第73管理世界『ブラマンシュ』、これが俺達の暮らしている世界だ。

 

話しを元に戻そう。テレパスファーはずっと昔からブラマンシュ一族と共生してきた生物で、ギャラクシーエンジェルに登場したものと違って宿主にテレパシー能力を付与したりはしないが、その代わり宿主の魔力を増幅させる能力がある。但しブラマンシュ一族ではない人間がテレパスファーを使おうとしてもブラマンシュ一族ほどには魔力は増幅されず、おまけに長くても数年でテレパスファー自体が死んでしまうのだそうだ。

 

ブラマンシュの人間は生まれるとすぐにテレパスファーを付けられ、これにより魔力が大幅に跳ね上がる。具体的には元々の魔力ランクが少なくとも3ランクは跳ね上がるのだ。これがブラマンシュ以外の人間だと0.5ランク上がるかどうかといったところらしい。

 

ちなみにこの寄生生物には宿主に対して翻訳魔法を常時発動する能力があり、宿主の意図に関わらず常に全ての言語を理解できるようになっている。むしろ宿主の意思で翻訳魔法のON、OFFを切り替えられないことだけが欠点らしい欠点と言えるかも知れない。

 

何故テレパスファーがブラマンシュ一族だけに恩恵を与えるのかは判っていないが、ブラマンシュ一族が生まれながらに持っている特殊な体質と関係があるのではないかと考えられている。

 

特殊な体質。それはブラマンシュ一族が老化しにくいということだ。生まれてから5、6歳くらいまでは普通の人間と同じように成長するのだが、それ以降、基本的に成人するまでは精々一般の人間の小学生から中学生程度にしか見えない。成人した後も老化スピードは同じで、例えば俺にテレパスファーをつけてくれた女性は見た目こそ20代半ばだったが、実はもう40を超えていたのだとか。

 

そして転生したばかりの俺を抱いていたのは間違いなく俺の母親で、当時既に25歳だったのだそうだ。そして俺に対して話しかけていたのは「念話」だったらしい。赤ん坊の時から念話で話しかけることによって脳を活性化させ、精神的な育成を早めるのだそうだ。

 

こうして並べ立てると別に問題はないようにも聞こえるが、実際にはこれに伴う悲劇もあった。それは違法研究者達に不老不死や魔力増幅に関する実験材料として捕えられ、殺されてきた歴史だ。最近でこそ時空管理局の介入もあって大規模な違法研究の話は無いらしいが、それでもブラマンシュの総人口は過去の殺戮で激減し、今では100人いるかどうかといったところなのだ。しかも今でも2、3年に1度くらいは行方不明者が出るらしい。

 

 

 

「ふ~ん、随分と物騒な話だね」

 

過去の殺戮の話を聞いてくれているのは、先日ブラマンシュの集落付近にある遺跡の調査に訪れたスクライア一族の1人、ユーノ・スクライア少年。天才的な理解力と魔法知識を持ちながらも、まだ3歳と言う理由で発掘調査に加われなかったのだとか。お互いの族長同士が話し合い、それなら同い年のミント、つまり俺を遊び相手に宛がおう、という話になったらしい。

 

勿論俺は、彼が物語のキーパーソンになることを知っている。介入の是非などはあまり意識したことは無かったが、実際話をしてみるととても良い奴で、何となく打ち解けてしまったのだ。

 

「ミントは大丈夫なの? 」

 

「昔の話ですわ。わたくしも実際にはお話として聞いているだけですし、過去にそう言った事件があったことは事実としても、誘拐の部分はもしかすると子供に対してあまり1人で出歩くな、という教育的なお話なのかもしれませんわね」

 

 

 

そこ、吹かない。

 

モノローグ以外、俺の口調はこんな感じなのだ。これは以前うっかり「俺」という一人称を使ってしまった時に集落中が大騒ぎになったためだ。なまはげの如く「ミントに汚い言葉を教えたのは誰だー」と族長や母さま達が家々を回る姿は転生経験を持つ元男の俺ですら恐ろしく感じるほどで、それ以来「俺」という一人称は封印した。

 

かといっていきなり「私」口調は慣れないものがあった。「僕」も試してみたのだが、今の俺の容姿は幼いとはいえ明らかにミントであり、声だって自分で言うのもナンだが、可愛らしい女の子の声。いくら中身が元男であっても、その響きのあざとさには狂い死にしそうだった。そして最終的に俺が選択したのが、ギャラクシーエンジェルのゲーム内で実際にミント・ブラマンシュが使っていたお嬢様口調だった。

 

実はこの口調、若干芝居じみていることもあって、意外と照れずに使いこなすことが可能なのだ。今ではお嬢様口調にも大分慣れ、咄嗟の時でもこの喋り方が出来るようになってきた。

 

「ブラマンシュの集落には今の所わたくし以外の子供はいませんし、大切にされているのは判るのですが、必要以上に怖がらせるのはどうかとも思いますわね」

 

「それを言うなら僕も同じだね。スクライアは本当にあちこちの世界を旅して回る一族だから、なかなか落ち着いて子育てをしたり出来る環境じゃないらしくて。でもその分大事に育てられている気はするよ」

 

傍で聞いている人がいたら、これが3歳児同士の会話だとは思わないだろう。流石はスクライア一族が誇る期待の天才少年。俺は単なるチートだけど。

 

「発掘というのは概ねどのくらいの期間が必要ですの? 」

 

「短ければ半年、長くて数年って聞いたことがあるよ。今回はブラマンシュが一族を挙げて協力してくれているから、結構長くなるんじゃないかな? 」

 

こうして俺は成り行きとは言え原作主要人物の1人、ユーノ・スクライアと幼馴染になってしまったのだった。

 

 

 

=====

 

スクライア一族の発掘作業がある日は、ユーノは必ずと言っていいほどブラマンシュの集落に遊びに来たし、また俺も何度かスクライアの発掘現場付近を見学させて貰ったりもした。流石にユーノと一緒でも立ち入り可能なエリアは決まっており、現場そのものに入ることは禁じられていたが。

 

ブラマンシュの集落で遊ぶときは、大抵近くの小川や森に行ったり、念話や初級魔法の練習をしたりしていた。発掘現場を見学する時は、付き添ってくれるスクライアの青年に色々なロストロギアの話を聞いた。それらは前世で既に得ていたこの世界の情報を補完する上で、とても重要で密度の濃い時間だった。

 

「ユーノさんは、やっぱり将来考古学者に? 」

 

「まだ判らないけど、たぶんね。変身魔法も大分上達してきたし、あと数年もしたら現場にも入れて貰えると思うんだ」

 

「わたくしは生憎と変身魔法にそんなに適性がありませんでしたけれど。ユーノさんの活躍をお祈りしていますわね」

 

ユーノは既に変身魔法を習得しており、フェレットに変身できるようになっていた。何でもスクライアにとって狭い発掘抗などに入りこんだり、いざという時に狭い坑道を脱出したり出来るようにするためには小動物への変身魔法は必須なのだそうだ。あいにくと俺はどんなに頑張っても外見がほんの少し変わる程度で、小動物に変身することは出来なかったが、ユーノと一緒に練習しているうちにちょっとした変装には役に立つ程度には発動できるようになった。

 

「ミントだって純粋な魔力量なら僕なんか足元にも及ばないよ。その内管理局からスカウトされるんじゃない? 」

 

「どうでしょうね…一応この世界は表向き管理世界に分類されてはいますが、管理局側からスカウトに来たことは、わたくしが知る限りありません。希望者が入局して歓迎されたっていうお話は以前聞いたことがありますけど」

 

「そうなの? 何だか勿体ないね。ブラマンシュの人達ってみんなすごく魔力高いのに」

 

「テレパスファーのおかげですわね。わたくしは正確な魔力量を測定したことはありませんけど、母はAAAだそうですし、父に至ってはオーバーSだったそうですわ。それでいて管理局には入らず、こんな辺境で猟師とかやっていたのですから、まぁ宝の持ち腐れと言えないこともありませんが」

 

母、イザベル・ブラマンシュは28歳になった今でも十分10代で通る容姿だ。ちなみに父、ダルノー・ブラマンシュには俺自身は会ったことがない。ギャラクシーエンジェルのゲームとは異なり、商人ではなく狩人だったらしいのだが、何でも俺が生まれる少し前、狩りの最中に不慮の事故で他界してしまったのだそうだ。

 

尤も集落の人達がお節介なほど面倒を見てくれるので、父親がいないことについては全く気にならない。むしろ集落の女性全員が母親で、男性全員が父親のような感じだった。ちなみにスクライア一族も似たようなものらしい。それは発掘現場近くを訪れた時に出会う人たちのユーノに対する態度を見ていてもよく判る。

 

「とはいえ、少子化は深刻な問題ですわね」

 

「スクライアは僕達のように発掘に携わっているグループだけじゃなくて、他にも文献調査や物品売買専門のグループもあるからね。そっちは子供も多いっていう話は聞くよ」

 

どうやら少子化はブラマンシュ一族のみの問題だったらしい。

 

「まぁ、総人口が100人程度という時点で、既に種としては絶滅同然ですわね。もしかしたら管理局から積極的なスカウトが無いのもそのあたりに理由があるのかも知れませんわ」

 

「種の保存を優先させているとか? 」

 

「ユーノさん…まさかとは思いますが年齢詐称、なんてことはございませんわよね? 」

 

「え? 僕何か変なこと言ったかな? 」

 

この少年は3歳児にしては聡すぎるのだ。知識も豊富で、最初はユーノの姿をした転生者なのではないかと疑ったほどだ。尤も何度も会って話をしているうちに彼がユーノ・スクライア本人であり、転生者ではないと確信した訳だが、その時は転生の話をしないで良かったと、心から安堵したものだ。

 

 

 

「さて、今日は何をしましょうか。また森にでも行ってみます? それとも集落裏手にある湖の方にでも行ってみましょうか? 」

 

「湖にしようか。じゃぁイザベルさんに言って、釣り具も借りて行こうよ」

 

「そうですわね。あそこのサクラマスは塩焼きにすると美味しいですし、たくさん釣ればお母さまも喜ぶでしょう」

 

ブラマンシュは自然がとても豊かな星だ。と言うより、そもそも生活しているのがブラマンシュ一族だけなので、手つかずの自然が至る所に残っているのだ。ルシエの集落がある第6管理世界と似たような環境ではあるが、ここにはドラゴンのような危険な生物は存在しておらず、地表にはブラマンシュ以外の人間が生活する近代的な街は一切ない。次元航行艦などが着陸出来る空港も当然ないのだが、衛星軌道上に小惑星帯があり、そちらに時空管理局員が常駐するベースがある。

 

そのベースから管理局員が定期的に巡回に来る以外は、外部の人間と接触する機会など殆どないのだが、今回のスクライア調査団のように、ごく稀に調査や発掘などで地表に簡易的な集落を造って一定期間生活する人達もいる。ちなみに今回のスクライア調査団も、衛星軌道上のベースに艦を係留し、小型の揚陸艇数台に分乗して地表に降下しているのだそうだ。

 

 

 

「第61管理世界スプールスだと、管理局の人は地上に駐屯して密猟者達の監視をしているみたいだよ」

 

釣り糸を垂れながらユーノがそう言ってくる。

 

「ブラマンシュには密猟者が喜びそうな希少生物はそんなにいませんわよ。テレパスファーにしても天然物は絶滅して久しいですし、今では調査用に輸出されているのも集落で養殖されたものの一部ですから…あ、ユーノさん、アタリですか? 」

 

「うーん、まだつついてる感じかな。あ、来たよ」

 

ユーノが合わせると竿が大きくしなる。この湖に生息しているサクラマスは元々山側の渓流にいたヤマメが縄張り争いに負けて湖に逃げてきたものらしいのだが、渓流と違って広い場所で成長出来るため、体格も良くなっている。本来なら3歳児が釣り上げられるようなものではないのだが、そこは優秀な魔導師の卵。確り身体強化の魔法も駆使していたりする。

 

「でもちょっとキツいかな…ミント、タモの準備お願い」

 

「ええ、判りましたわ」

 

タモというのは釣った魚を掬い上げるのに使う網のことだ。俺はユーノが近くまで寄せたサクラマスをタモで掬い上げるとビクに入れた。勿論俺も身体強化魔法は発動済みだ。

 

「これでユーノさんが3匹、わたくしが2匹ですか…まぁ大漁といっても差し支えありませんわね」

 

「鯉とハヤはリリースしてるんだから、釣果としては十分だよ」

 

「じゃぁ、そろそろ帰って捌いてしまいましょう。お昼はムニエルにしますから、ユーノさんも食べて行って下さいませ。余った物は冷凍してからお刺身にしますので、またの機会にでも」

 

地球にいるサクラマスと殆ど同じだったので以前調べてみたのだが、アニサキスやサナダムシはきっちりこの世界にも存在したのだ。尤も火を通したり冷凍したりすれば大抵の寄生虫は死滅するから問題は特にない。テレパスファーのこともあり、大抵のブラマンシュ族は寄生虫に対して抵抗感が少なくなるのだ。かく言う俺も、最初にテレパスファーを見た時こそ取り乱してしまったが、この3年で調理中にアニサキスを見つけても「あらあら」程度でつまんで捨てるレベルには成長した。

 

「いや…それは成長っていうのとはちょっと違うんじゃないかと」

 

ユーノのツッコミは敢えてスルーすることにした。

 

 

 

俺がこの世界に転生して、一番変わったことといえば矢張り趣味だろう。前世ではゲームやアニメ、ライトノベルといったサブカルチャー的な物ばかりを嗜んでいたが、この世界にはそういったものは一切存在しない。あるのは豊かな自然のみなので、趣味として成立するものは本当に数えるくらいしかない。

 

そんな中、今の俺の趣味は炊事だった。転生前は一人暮らしをしていたこともあり、料理が全く出来ないという訳ではなかったが、あまり凝ったメニューを作ることは少なく、肉と野菜を適当に炒めた物をご飯にかけて食べる、というような大雑把なものだった。それが母さまの手伝いなどで厨房に立つうちに、自分で料理をすることの楽しみが判ってきた。

 

野菜が綺麗に切れると嬉しい。肉や魚に丁度いい焦げ目をつけられればまた嬉しい。出来上がった料理がテーブルを彩るのがとても嬉しい。

 

そして何より、出来上がった料理を美味しいといって食べてくれる母さまの笑顔がこの上なく嬉しい。

 

今日のように食材を自分で調達することが容易であることも、この趣味に拍車をかけた。野菜や乳製品、食肉なども農耕や牧畜、狩猟をしている集落の人に譲ってもらえる。調味料の類は基本的に別世界からの輸入に頼っているものの、大抵のものは手に入る。養殖したテレパスファーを研究施設などに提供して得た外貨を使い、集落の生活必需品を購入するのだ。

 

さすがに1人だけで火を使うのはまだ許されていなかったが、俺は今までに殆どの調理器具を使わせてもらっていた。今日も帰宅早々、台所に入る。

 

「お帰りなさい。大漁ね。すぐに捌くの? 」

 

「ただいま戻りました、お母さま。そうですわね、すぐに始めてしまいましょう。あ、ユーノさんも手伝って頂けます? 」

 

「いいよ。何をしたらいいかな? 」

 

「まずは鱗を取りましょう。包丁を立てて削り取るような感じで…そうそう、上手ですわよ」

 

鱗を落としたら次はお腹を開いてワタ(内臓)の部分を取りだす。

 

「アニサキスはこの辺りにいることが多いですから、注意して下さいませ。ほら、いましたわよ。ご覧になります? アニサキス」

 

渦巻状になっている寄生虫をつまんでシンクに落とす。

 

「いや…僕はいいよ。ミントは良く平気だよね」

 

若干青ざめた表情でユーノが言う。実際こう言った寄生虫は体内に入り込まれると痛みを伴って激しい下痢や嘔吐といった症状を起こすこともあるのだが、注意していればそんなに怖がる必要もない。ただ、稀にワタ部分以外にも寄生虫がいたりするので生食する場合は気をつけておく必要はあるのだが。

 

ワタを抜いたら次は血合いを取って、頭部分を切り取る。後は三枚におろすだけだ。

 

「ここまで来ると食材に見えてくるから不思議だよ」

 

「あら、これ以前も十分に食材ですわよ」

 

軽口をたたきながらおろした身やハラスをアラとは分けて袋詰めにすると、冷凍庫に入れて行く。ちなみに電気ではなく魔力で冷気を蓄えておくことが出来る、ブラマンシュ特製の冷凍庫だ。

 

「今から使う分はこっちに置いておけばいい? 」

 

「はい、ありがとうございます。ではユーノさんはそちらに掛けてお待ち下さいな」

 

ユーノにお礼を言いつつ、塩と胡椒を準備する。

 

「ハーブはどれにしましょうか…この前はタイムを使いましたから、今回はバジルかローズマリーを試してみたいですわね」

 

右手にバジル、左手にローズマリーの小瓶を持って、ユーノに声をかける。

 

「ユーノさん、右手と左手、どちらがよろしいですか? 」

 

「え? 何の話? 」

 

「いいから、答えて下さいませ」

 

「えっと、じゃぁ…左手? 」

 

「では今日のハーブはローズマリーで決まりですわね」

 

サクラマスの切り身に塩胡椒、ローズマリーを振り掛けておき、付け合せにするレタスも千切っておく。ふと横を見ると、イザベル母さまがムニエルに合いそうなパンを切ってくれていた。

 

「あら、お母さま。ありがとうございます。言ってくださればわたくしがやりましたのに」

 

「これくらいはお母さんにも手伝わせて頂戴。そろそろ火を通す? 」

 

「そうですわね。それでは小麦粉を」

 

味付けした切り身に小麦粉をまぶしてフライパンを温め、オリーブオイルを入れる。

 

「お母さま、よろしくお願いします」

 

「はい、お願いされました」

 

母さまが微笑みながら切り身を焼いていく。俺だと背が低すぎて、火にかけたフライパンを扱うのは危険なのだとか。このため油と火を同時に扱う時だけはいつもイザベル母さまにお願いしているのだ。母さまはまず皮がついている面を焼き、その後ひっくり返して料理酒を少量振り掛ける。

 

「蓋をして…と。あと5分くらいでできるからね」

 

母さまが仕上げをしてくれている間に俺は盛り付け用の皿とレタスにかけるドレッシングを用意しておいた。ついでに下準備で使った食器類を洗い上げておく。

 

「はい、出来たわよ。じゃぁ頂きましょう」

 

母さまが大皿に盛り付けてくれたムニエルをテーブルの中央に置く。付け合せのレタスにドレッシングをかけると俺もユーノの隣の席に座って両手を合わせた。

 

「「「今日の糧に感謝を」」」

 

 

 

ムニエルはとてもおいしく出来上がっており、パンとの相性も抜群だった。

 

「如何です? ユーノさん、お味の方は」

 

「うん、とってもおいしいよ…おかわり貰ってもいいかな? 」

 

「気に入って頂けたようでよかったですわ。ええ、まだありますからどうぞ」

 

とても美味しそうに食べてくれるユーノを見ていると、自然と笑みがこぼれる。この感覚が病みつきになってしまったのだ。

 

のどかな昼食会はそれからしばらくの間続いた。

 

 

 

=====

 

おまけ。

 

「ごちそうさま。美味しかったよ」

 

「お粗末さまでした。申し訳ありませんが、ちょっと待っていて下さいませ」

 

「うん。ミントはゆっくり食べてて」

 

ユーノが使い終わった食器をシンクに運ぶのを横目で見ながら、ムニエルをゆっくりと口に運ぶ。ミントとして転生してから俺は食事をゆっくり摂るようになった。体が小さいので食べる量も少なく、急いで食べるとあっという間にお腹がいっぱいになってしまい、勿体ないような気がするのだ。

 

ふと、自分の取り皿に残った切り身に違和感がある。

 

「あら? あらあらあら? 」

 

違和感の元をフォークで掬い上げると、それは火を通されてお亡くなりになったアニサキスだった。ワタ部分ではなく身の方に寄生していたのだろう。

 

「ミント、どうしたの…って、うわぁ…何? それ」

 

「アニサキスですわ。身の方にいたのでしょうね。もうお亡くなりになっていますし、万が一間違って食べてしまっても害はありませんわよ」

 

一応、元寄生虫を取り皿の隅に除けて、俺は残った切り身を口に運んだ。

 

「それ…食べるんだ」

 

「勿論ですわ。美味しいですわよ」

 

「うん、美味しいのは美味しいんだけどね」

 

ユーノは寄生虫に対してあまり耐性がない様子だが、魚というのは概ね寄生虫がいるものなのだ。そして大抵の場合、見た目がえぐいだけで、しかも火を通したり冷凍したりすれば死んでしまうこともあり、人間が影響を受けるものはそれほど多くはない。

 

「ユーノさんは気にしすぎなのですわ」

 

「そういう問題なのかな…? 」

 

 

 

ちなみにこの時、イザベル母さまの取り皿にはお亡くなりになったアニサキスが3匹ほど除けられていた。

 




ミントの口調を真似ている筈なのに、何故か脳内再生される音声が白井黒子。。
久し振りにPS2版のギャラクシーエンジェルをやり直して漸くミントの声を復活させました。。

ギャラクシーエンジェルEXをやりたいのですが、Vista以降には対応していないんですよね。。


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第3話 「告白」

スクライア一族の発掘調査は2年かけて行われ、俺もユーノも5歳になっていた。殆ど毎日顔を合わせているものだから、俺にとってユーノは親友的なポジションにいた。傍から見れば仲の良い兄妹、或いは姉弟のようなものかもしれない。だが、それもスクライア一族がブラマンシュでの作業を終え、別の世界に移動することになれば必然的に終わりを告げる。

 

「残念ですわね…出発はいつ頃になりますの? 」

 

「一応、調査した場所の原状復帰は原則だからね。まだ暫くの間はいると思うけれど、それでも長くて2か月くらいかな」

 

「その後は別の発掘現場に? 」

 

「いや、それが…長老がね。学校ぐらいは行っておけって言うんだよね」

 

スクライア一族の長老は、ユーノがまだ5歳で現場に出すのはまだ早いこと、魔法学院などで確りと学んで卒業した暁にはちゃんと発掘調査団に加えるつもりであることを伝えたらしい。

 

「確かにわたくしたちの年齢なら、そろそろ学校に通い始めるくらいですわね。それにユーノさんは変身魔法と結界系魔法はとても素晴らしいのですが、攻撃や防御はあまり勉強していませんわよね? 」

 

「防御の方は勉強も始めてるよ。まぁ、確かに攻撃魔法は苦手だけどさ。でもミントだって攻撃魔法も防御魔法も興味ないよね」

 

「ブラマンシュで生活するなら、攻撃も防御も然程必要ありませんわ」

 

「そうかもしれないけどさ」

 

ユーノが首にかけた紅い珠を弄る。あれはレイジングハートだろうか。昨日まではかけていなかった気がするのだが。

 

「ユーノさん、それデバイスですわよね。どうされたのですか? 」

 

「あぁ、昨夜長老がお守りにってくれたんだ。ここで発掘されたコアをレストアして、最新型のデバイスに組み込んでくれたみたい」

 

レイジングハートがブラマンシュで見つかった発掘品だったとは、さすがに少し驚いた。

 

「そうでしたか。大事に使ってあげて下さいませ」

 

「うん、でもまだ『使う』なんていうレベルには程遠いかな。むしろミントに使ってもらった方が良いかもしれないよ」

 

「ダメですわよ、ユーノさん。それはスクライアの長老がユーノさんへの期待も込めて贈られたものなのでしょう? それを使いこなすくらいの意気込みで練習して下さいな」

 

「そっか、そうだよね。うん、頑張るよ」

 

「ええ。諦めずに頑張れば、きっと何だって出来ますわよ」

 

そう言うと、ユーノが少し驚いたような表情で俺のことを見た。

 

「あら、どうかなさいましたか? 」

 

「このデバイス、昨夜レイジングハート…『不屈の心』って名付けたんだ。だからミントが諦めずに頑張れって言ってくれたことが偶然とはいえ、しっくりくるなって思ってさ」

 

「そうでしたか。ではレイジングハートさん、ユーノさんのことよろしくお願いしますわね」

 

冗談めかしてそう言うと、レイジングハートは明滅しながら了解の意を返してきた。サンプリングされていたのは原作通り女性の音声だった。

 

「ミントはデバイスを持たないの? 」

 

「わたくしが使うのは今の所身体強化と念話、後は鬼火と精々ディスガイズくらいですからね。それにこの集落で生活する限り、デバイスを使わないといけないような高度な魔法は必要ないでしょう」

 

実際、亡父のように狩人にでもなるのなら、多少攻撃や防御といった魔法も覚えておいて損は無いだろうが、今は基本的にレンジやオーブン、冷蔵庫や冷凍庫といったものに通電ならぬ通魔をして稼働させる程度だ。今後もこの生活を続けるのならば多彩な魔法を操る必要は無いし、必然的にデバイスも不要ということになる。

 

「本当に勿体ないと思うよ。ミントの魔力ってイザベルさんと同じか、それ以上だと思うんだけどなぁ。学校に通う予定とかは? 」

 

「魔法は兎も角、母さまや族長がわたくしを学校に通わせる気があるのかどうかすら、今は判りませんわね。ここには学校らしき施設はありませんし、わたくしの他に同年代の子供もいませんから」

 

「一度聞いてみたら? 」

 

「そうですわね…」

 

正直今の生活を維持するだけなら、学校には行かなくても必要なことは集落の人達が教えてくれるだろうし、何より俺自身が生きているということだけに満足してしまっていて、積極的に魔法を覚えようとする意欲もそれほど湧かなかった。ぶっちゃけてしまうと、モチベーションが上がらないのだ。

 

「本当に、勿体ないと思うよ」

 

ユーノはあまり気乗りしない様子の俺を見ると、どことなく寂しそうな笑みを浮かべながらさっき言った言葉をもう一度繰り返した。

 

 

 

その日以来、ユーノはあまりブラマンシュの集落に遊びに来なくなった。偶に来てもどことなく態度がよそよそしく感じられた。

 

「貴方達、喧嘩でもしたの? 」

 

1週間ほど経ったある夜、イザベル母さまが尋ねてきた。

 

「別に喧嘩している訳ではありませんわ。原因も無く、ただ何となくギクシャクしていますの」

 

「ギクシャクすることに原因が無いなんてことは無いわよ。ミントにその気が無くてもユーノ君のことを傷つけちゃったんじゃないかしら? 」

 

そう言われてみて、少し考える。あの時話していたのは、俺がデバイスを持つことにあまり執着していないという内容だった筈だ。それに対してユーノは勿体ないと言った。普通に考えれば魔導師として素晴らしい才能を持っているにも拘らず、全く魔法の勉強をしていない俺が歯痒いといったところなのかもしれないが、どうも最近話をしていた感じでは、それこそが唯一無二の原因であるとは言い切れない気がした。

 

「まずは自分が相手の立場に立って、同じことをされた時にどう思うか考えてみると良いわ。それでもどうしても判らない時は、直接ユーノ君に聞いてみるのも良いかもしれないわよ」

 

「そうですわね…少し考えてみますわ。ありがとうございます」

 

その日はもう休むことにして部屋に戻った俺は布団に潜り込むと暫くの間いろいろと考えてみた。確かに友人として、折角才能があるのだから努力して欲しいと思うことはあるかも知れないが、ユーノだったらそう言うことははっきり言うだろうし、今回のような遠回しな言い方はしないだろう。

 

その時、少しネガティブな考えに思い至った。ユーノの現在の魔力量はA-といったところで、将来的にはAAやAAAくらいには成長するだろう。だが今俺は何の努力をすることもなく、恐らくAAA程度の魔力を保有している。将来的にどの程度まで成長するかは判らないが、Sランクオーバーだって十分考えられるのだ。人によっては十分羨望や妬みの対象になる。

 

(でもユーノは性格的に他人を羨んだり妬んだりすることってあまり無さそうなんだよなぁ)

 

仮に俺がユーノの立場だったとしても、魔法のことでそこまで妬んだり羨んだりすることは無いような気がする。

 

(ん…まてよ? 魔法のことじゃなかったらどうだ? )

 

前世の俺は人生を悲観していなかったか。健康な人達を羨んではいなかったか。

 

(そうだ、俺は普通に生きていけるのに特に目的も無く惰性で生きている人たちを…妬んでいた)

 

ユーノだって人間である以上、絶対に羨んだり妬んだりしないとは限らない。俺は魔法についてはそんなに執着は無かったけれど、生については人一倍執着を持っていたと思う。その時の俺と同じような感覚で、ユーノが魔法に執着しているとしたら。

 

(無いな。無い無い。あのユーノがそこまで他人を妬んだりする筈が無い)

 

でもそうなると、何故最近ユーノが俺を避けるような感じになっていたのかの理由が判らなかった。だんだんと自分の考えに自信が無くなり、休むつもりで布団に潜り込んだにも拘らず延々とうなり続けた挙句、俺は翌日熱を出した。

 

 

 

「ミント、大丈夫? 」

 

イザベル母さまに小さく頷くだけで答える。正直なところ眩暈と頭痛があるだけで、起き上がらずに横になっていればそれほど辛くは無かったのだが、体温計をみる母さまの表情は優れない。恐らくそれなりの熱があるのだろう。

 

「ダリウスさんの所に、お薬を貰いに行ってくるわね。何か食べたいものはある? 」

 

「イヴェットおばさんの、かぼちゃのプリンが食べたいですわ…」

 

「じゃぁ、そっちもお願いしてくるわ。ちょっと時間がかかると思うけど、待っててね」

 

母さまが家を出ていく気配を感じながら、布団をかぶり直す。頭痛も眩暈も熱に因るものだろう。咳は出ていないし、鼻や喉にも違和感はないから風邪ではない筈だ。そんなことを考えているうちに俺はいつの間にか寝てしまっていた。

 

目が醒めると、やたら汗をかいていた。

 

(シャワー浴びたいな)

 

上半身を起こそうとするとまだ少し眩暈がする。

 

「あ、ミント。無理しないで、まだ寝ていた方がいいよ」

 

何故かユーノの声が聞こえた。

 

「ユーノ…さん? 何故ここに? 」

 

「イザベルさんに呼ばれたんだ。出掛けてる間、ミントの様子を見てて欲しいって」

 

母さまなりに気を利かせてくれたのかも知れない。ユーノとゆっくり話をするにはいい機会だろう。ただ、今は先に汗で濡れた下着やパジャマを着替えたかった。

 

「すみません、ユーノさん。寝汗をかいてしまったので着替えたいのですが、そこのクローゼットの…」

 

「あぁ、ゴメン!じゃぁちょっと部屋を出ているから、終わったら声をかけてよ」

 

着替えを取って貰おうと思ったのに、ユーノはさっさと部屋を出てしまった。何だかいつもと違う様子に釈然としないものを感じたが、熱に浮かされたような状態の頭で深く考えるのも面倒だった。取り敢えず着ているものを脱いで軽く身体を拭き、新しい下着とパジャマに着替えると、少しは落ち着いた気持ちになる。脱いだものはベッドの脇に母さまが置いてくれた洗濯物用のかごに放り込んだ。

 

「ユーノさん、終わりましたわよ」

 

再びベッドに横になると、ユーノを呼んだ。少しバツの悪そうな表情でユーノが部屋に戻ってくる。少しの間気まずい空気が流れた。まだ少し頭がぼーっとしていて考えが纏まらない感じだったが、取り敢えず何か喋ろうと思った。

 

「ゆっくりお話しするのは久しぶりのような気がしますわね」

 

「そうだね」

 

「……」

 

会話が終わってしまった。他の話題を振ってみることにする。

 

「最近、魔法の勉強はどんな感じですの? 」

 

「アクティブ・プロテクションはほぼ完璧にマスターしたよ。今はサークル・プロテクションとスフィア・プロテクションを練習しているところ」

 

「防御系ばかりですわね」

 

「そうだね」

 

「……」

 

他の話題を思い浮かべようとしたが、相変わらず考えが纏まらない。

 

「えっと、ユーノさん、ごめんなさい」

 

特に意図した訳でも無く、謝罪の言葉が口をついて出た。

 

「え…? 何でミントが謝るの? 」

 

「ここ暫く、ユーノさんはわたくしのことを避けていたじゃないですか。あれって、わたくしが何かユーノさんを傷つけるようなことを言ったのでしょう? 」

 

「そんなこと…」

 

「折角大きな魔力を持っているのに、特に魔法に対して執着していないわたくしが歯痒かったのではないですか? 」

 

「そんなこと!」

 

珍しくユーノが声を荒げて否定する。

 

「違うんだよ、ミント。僕は別にそういうつもりは全く無いんだ」

 

改めてユーノを見ると、熱を出している俺以上なのではないかと思う程、真っ赤な顔をしていた。

 

「本当ならこういう状況で言うことじゃないと思うんだけど。僕が『勿体ない』って言ったことを気にしているんだろう? あれは僕の本心じゃない。本当はこう言いたかったんだ。『さよならしたくない』って」

 

少しだけ、ユーノが声を落とした。

 

「ミントもブラマンシュを出て魔法学院に通うなら、また一緒にいられるかもって思ったんだ…」

 

「わたくしだって折角お友達になったユーノさんとお別れするのはさびしいですわ。でもそう言うことでしたらはっきり言って下されば良かったですのに」

 

「普通の友達っていうのとはちょっと違うんだ。何だかいつもミントのことばっかり考えているようになって、会っていないと寂しくて、でもいざ会ってみると上手く話せなくなって。部族の人や管理局の人に聞いてみたら、それは恋だろうって言われたんだけど、ミント、恋って判る? 」

 

頭の中が真っ白になった。熱の所為だけではなく、まともな思考が出来なくなった。

 

「り…りろんはしっていますわ」

 

「うん、僕も色々と話を聞いたり本を読んだりして。まだよく判らないけれど、これが恋愛感情っていうものなのかなって」

 

別に『理論知ってるんだ、凄いな』といった返しを期待していたわけではないが、普通にスルーされたことを少しだけ残念に思う。尤もそんなことを考えている時点で、明らかな現実逃避だった訳だが。

 

ユーノは紅潮した顔のまま一拍置いてゆっくりと、しかしはっきりと言った。

 

「つまり、僕はミントのことを女の子として、好きになったみたいなんだ」

 

 

 

=====

 

結局あの後、まともに言葉を交わさないうちに母さまが帰ってきてしまい、ユーノはそそくさとスクライアの方に戻ってしまった。俺はプリンを食べて薬を飲んだ後、ユーノが帰ってしまったことをいいことに、考えることを放棄してそのまま寝てしまったのだが、それが良かったのか夜には熱もすっかり引いていた。

 

(その代り、全然眠れなくなったけど)

 

俺はベッドから抜け出すと、服を着替えて表に出ることにした。母さまはもう寝てしまっている様子だったので、起こさないようにそっとドアを閉じる。

 

ブラマンシュの集落には魔力で灯した街燈があるのだが、集落から1歩外に出るとそこはもう暗闇の世界だった。

 

「ウィル・オー・ウィスプ」

 

ユーノと一緒に学んだ魔法のうち、身体強化と念話を除けば一番良く使っているのが鬼火の魔法だろう。暗い道でも問題なく歩くことが出来るように、俺の数歩先をふわふわと漂うように先導してくれる。攻撃や防御といった魔法の必要性は全く感じなかったが、こうした便利魔法はもう少し覚えても良いかと思う。

 

頻繁に遊びにくる小川の傍まで歩き、道端の石の上に腰を下ろした。ふっと息を吐くと、頭の中の整理を始める。

 

正直ユーノのことを親友と思ってはいたものの、恋愛対象として見たことは無かったし、今でもそれは変わらない。それは俺の意識が男性であることが一番の理由だろう。勿論今のままだとユーノの想いが報われる可能性は全くない。

 

だがユーノはこちらの世界で初めての友人だし、嫌いかと聞かれればそんなことは全くない。下手な回答をして友人関係を壊してしまうのはイヤだった。

 

(友達関係は続けたい。でも恋愛感情はない。男としてみれば、随分身勝手な意見だよな)

 

色々と考える。俺の意識は男性だが、身体は女性。このまま男性の意識を持ち続けていればいずれ男性になれるのかというと、そんなことはありえない。あくまでもミント・ブラマンシュは女性であり、性転換でもしない限り男性になることはないのだ。

 

(転生のことを伝える訳にはいかないからなぁ。いっそ性同一性障害とでも言えばいいのかな)

 

しかし、だからといって性転換してまで男性になりたいかと聞かれれば別にそんなことはない。むしろ女性になりきれれば楽なのに、とも思う。

 

ふと、理不尽な怒りが湧いてきた。ユーノが告白さえしなければずっと友達のままでいることが出来たかも知れないのだ。今のままだとギクシャクした関係のままスクライア一族はブラマンシュを去って、そのまま音信不通になってしまい兼ねない。八つ当たりであることは十分理解した上で、それでも言葉が口をついて出た。

 

「というか、何処までおませさんなんですの!? わたくし達はまだ5歳ですのに」

 

感情を吐露したつもりだったが、自分の口から出た言葉がいつものお嬢様口調だったことに気付き、若干ショックを受ける。何年も使い続けた言葉は癖として身に沁みついているのだ。今度は注意しながら、ゆっくり言葉にしてみる。

 

「俺は、男だった」

 

だが今は違う。ミント・ブラマンシュは女の子だ。

 

「戻りたい、訳じゃない」

 

そもそも男だった俺が持っていたのは病気に侵されたボロボロの身体くらいだ。人生を悲観し、自暴自棄になっていたこともあった。それに比べて今の生活はどうだ。前世と比べたら天国か楽園か。少なくとも今の俺にとって、転生で得たのはメリットだけでデメリットは何処にも無い。その筈だった。

 

「なのに、何で男の意識が捨てられない!」

 

腰を下ろしていた石に拳を叩きつけると、思った以上の痛みが走った。その痛みが、逃避しようとする心を繋ぎ止める。少しだけ冷静になれたような気がした。

 

「痛い、ですわね」

 

今度はわざとお嬢様口調で呟いてみる。男言葉で話すよりもずっと自然で、当たり前のことのように感じた。

 

「ん? 何だ? そこに誰かいるのか? 」

 

少し離れたところから男の声が聞こえてきた。驚いてそちらを見ると、時空管理局の制服を着た男性が2人、ブラマンシュの集落に向かう道を歩いてくるところだった。

 

「誰かと思ったらミント嬢ちゃんか。どうした? こんな夜中に独りで」

 

見知った顔だった。普段は衛星軌道上のベースに常駐し、定期的に集落の視察に訪れる管理局員だ。視察だけでなく、ブラマンシュと交易している商人の付き添いなどでも訪れることがあり、ベースに複数いる管理局員のメンバーの中でも特に気さくに声をかけてくれる人達だ。

 

「マーカスさん、ジャンさん、こんばんは。お昼寝のしすぎで目が冴えてしまいましたの。今はお散歩中ですわ。お2人こそ、夜更けにどうなさったのですか? 」

 

石に叩きつけ、擦り剥いてしまった手を身体の後ろに隠してにっこりと微笑む。

 

「定時巡回だよ。夜中だってやってるんだぜ。知らなかったか? 」

 

「それは存じ上げませんでしたわ。ご苦労さまです」

 

「まぁ、あれだな。別に危険生物なんかは確認されていないけどよ。あまり夜中に独りで出歩くもんじゃないぜ。イザベルさんだって心配するだろうがよ」

 

苦笑しながら言うマーカスさんに対して返す言葉もない。確かに俺がいないことに母さまが気付いたら、それは心配することだろう。その程度のことに気付けないほどテンパっていたのだ。だが帰らないといけないと思う反面、もう少し考えを纏めたいという気持ちもあった。

 

「マーカスさんとジャンさんは、どうして管理局に入局されたのですか? 」

 

「いきなりだな。うーん、俺の場合はやっぱり収入だな。ミッドチルダにエルセアっていうところがあるんだが、そこに嫁と子供がいるんだよ。管理局は給料も良いし、稼いで仕送りしてやらないと…あたっ!」

 

「アホか、お前。子供に聞かせるような話じゃないだろうがよ」

 

マーカスさんがジャンさんを叩いていた。思わず笑いがこぼれる。

 

「で、どうしたんだ? 急にそんなことを聞くなんて」

 

「魔法を使うお仕事ってどんなものかと思いまして。ほら、ブラマンシュでは別に戦闘に特化した魔法は必要ないでしょう? 」

 

「基本的には平和な世界だしなぁ、ここは。で、魔法に興味が湧いたのか? 」

 

「別にそういう訳では無いのですが。むしろ興味を持っているのはユーノさんですわね」

 

「あぁ、スクライアの坊主か。確かにあいつは結構真剣に魔法の練習をしてたっけか。それで彼氏の行動が気になるってとこか」

 

ジャンさんの言葉に一瞬ドキッとするが、出来るだけ平静を装って答える。

 

「わたくしとユーノさんは良いお友達ですが、彼氏というのは少し違うのではないかと」

 

「ありゃ? 脈なしか。前に相談された時に焚きつけちまって、悪いことしたかな…あたっ!」

 

今度はマーカスさんが拳骨を落としていた。一瞬呆然としてしまったが、どうやら今回の一件はジャンさんが余計なことを言ったのが原因だったらしい。思い返してみれば、確かにユーノは「管理局の人に聞いた」と言っていた。

 

「っつーか、お前は何でいつもそう言うことを子供に吹き込んでんだよ。嬢ちゃんも坊主も、まだ5歳だろうがよ。お前だって同い年くらいの女の子がいるんだろう。もし娘にそんなことを吹き込む輩がいたらどうするんだよ」

 

「うちの娘はまだ2歳っすよ。面倒見の良い兄貴がいるから悪い虫はつかないでしょうが、もしそんな奴がいたら半殺しにして」

 

「よし、ならお前は今からイザベルさんに半殺しにされて来い」

 

「うぼぁー」

 

彼らの漫才じみたやり取りを見ていると、悩んでいた自分がバカバカしく思えてきた。そう、精神年齢は兎も角、肉体的には俺達はまだ5歳なのだ。今から惚れた腫れたで意識しすぎる必要はない。むしろユーノと今まで通りの関係を続けるなら、スクライアが撤収するまでの2か月弱、今まで通りの行動をするしかないだろう。

 

一度恋愛感情を意識してしまったユーノ自身には今まで通りというのはつらいかも知れないが、そこは無理やりにでも付き合ってもらおうと心に決めた。それで友達としての縁が切れてしまうようなことになれば寂しいけれど、それはユーノが普通の女の子と恋をするためのファーストステップとして応援しよう。

 

ふと脳裏にシュリンプ・ツインテールの少女の笑顔が浮かび、俺は頭を振ってそのイメージを追い払った。ここはアニメの世界ではなく、現実なのだ。これから起きることは予定調和ではなく、俺達が行動することで出来上がる未来なのだから。

 

「すまないな、ミント嬢ちゃん。話が途中で脱線しちまってよ。で、何の話だったっけか? 」

 

「お2人の漫才を見ているうちに忘れてしまいましたわ。沢山笑ったら眠くなってしまいました。もう帰ることにしますわね」

 

「そうかい。なら集落まで送ろう。どうせ通り道だしな」

 

「はい、ありがとうございます」

 

俺はマーカスさんとジャンさんに集落の入り口まで送ってもらうことにした。

 

「そう言えばさっき、『ブラマンシュでは戦闘に特化した魔法は必要ない』って言っていたっけか。確かに平和な世界だがよ、必要ないって言うことは別に覚えてはいけないっていう訳じゃないからな。むしろ基本的な攻撃魔法の構築式は覚えておいた方が良い」

 

歩きながら、いきなりマーカスさんがそんなことを言いだした。ジャンさんも頷きながら続ける。

 

「マーカスさんの言う通りだ。例えば嬢ちゃんが将来的にいい女になって、夜道を歩いている時に痴漢に襲われたりしたら、あたっ!」

 

「お前はもう少し子供と話すときの例えを選べ」

 

「お気遣いありがとうございます。仰りたいことは判りましたわ。万が一に備えて、知っておいて損は無いということですわね」

 

くすくすと笑いながら答えた。

 

「まぁ、そうだな。確かにブラマンシュは平和なところだし、万が一何か事件が起きても基本的には俺達が守るしよ。だが本当に最後の最後で自分を守るのは自分自身だからよ」

 

 

 

2人に集落の入り口まで送って貰い、お休みの挨拶をするとマーカスさんが手を見せろと言ってきた。しぶしぶながら怪我をした手を見せると、そこに治療魔法をかけてくれる。

 

「何か様子がおかしかったからな。これでじきに痛みも引くだろうよ」

 

「いろいろありがとうございます。助かりましたわ。では改めておやすみなさいませ」

 

お礼を告げた後、自宅に戻った。幸い母さまが起きた気配は無かったので、そのまま自室の布団に潜り込む。

 

明日はまたユーノと話をしよう。恋愛のことはあまり深く考えなくていい。

 

少し頭がすっきりしたせいか、俺はすぐに眠りについた。

 

 

 

=====

 

翌日、俺に呼び出されたユーノは何故かここ1週間ほどの様子とは打って変わって、以前と同じような雰囲気だった。どうやら本人が恋愛についてあまりよく判っていないこともあって、告白したことである程度の満足感を得てしまい、気持ちが落ち着いているようだ。

 

「案ずるより産むが易しといいますか…こちらは眠れない夜を過ごしたと言いますのに」

 

「え、そうなの? ゴメン、ミント」

 

「嘘ですわよ。お昼寝のしすぎで眠れなかっただけですわ」

 

「何だ…でも元気になって良かったよ」

 

改めてユーノにお見舞いのお礼を言った。その後、マーカスさんとジャンさんが昨夜言っていたことを思い出す。

 

「ユーノさん、攻撃魔法と防御魔法の基本構築式を教えて頂けます? 」

 

「それは構わないけれど、どういう風の吹き回し? 」

 

「基礎だけ教えて頂ければ、後は自分で発展応用させることが出来ますでしょう? もしまたユーノさんがブラマンシュを訪れることがあったら、盛大な花火でお出迎えするためですわ」

 

「そっか。それは楽しみだな」

 

2か月後にはもうブラマンシュにいないことを思い出したのか、ユーノは少し寂しそうに笑いながら言った。

 

「あ、あと治癒魔法も出来たら教えて頂けると嬉しいのですが」

 

「本当にいきなりだよね。一体どうしたのさ? 」

 

「料理中にちょっとした怪我をしたりすることも想定しているのですわ。治癒魔法を覚えていれば便利でしょう? 」

 

「あぁ、そう言うことなら。僕に教えられることなんてたかが知れているとは思うけどね」

 

ユーノはそう言って、先刻よりは多少明るく笑った。

 




今回はミントが料理をするシーンがありませんでした。。

章管理のやり方が良く判りません。。
第1部と第2部を分けてみようと思ったのですが。。
もう少し調べてみます。。

追記:無事章管理出来るようになりました。。これに伴いサブタイトルの部数表示は削除します。。


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第4話 「決意」

「何だか実感が湧かないよ。ミントと会えなくなるなんて」

 

いよいよスクライアが完全撤退する日、揚陸艇で衛星軌道上に係留してある船に戻るユーノを見送る。

 

「ずっと会えなくなる訳じゃありませんわ。またブラマンシュにも遊びに来て下さいませ」

 

「うん、絶対に来るよ。来年からは学校も始まるし、暫くは難しいかもしれないけど、手紙書くよ」

 

デバイスがあれば管理局のベースを中継した、お手軽なメール通信なども可能なのだが、生憎と俺はまだデバイスを持っていない。と言うより、ブラマンシュでデバイスを使っている人など本当に数える程度しかいないので、ブラマンシュとの通信手段は未だに手紙がメインなのだ。

 

「ミントがデバイスを使うようになったら、レイジングハート宛てにメールをくれると嬉しいな。識別IDはここにメモしておいたから」

 

「判りましたわ。機会があれば連絡しますわね」

 

 

 

この2ヶ月間で、俺が使う魔法のレパートリーが飛躍的に増えたかというと、実はあまり増えてはいない。攻撃と防御については当初全く興味が無く、基本構築式だけ教えて貰う予定だったのだが、実際に始めてみると少し様子が変わってきた。ユーノが言うには、俺には中・長距離における支援射撃の才能があったらしい。

 

折角の才能を活かさないのは勿体ないということで、ユーノは俺に誘導制御型と直射型の射撃魔法を徹底的に練習するように言ったのだが、俺が気にしたのはむしろ、射撃魔法の発射体となる「スフィア」の活用方法だった。

 

スフィアは基本的に術者の周囲に浮かべておき、そこから魔力弾を発射する。大体一つのスフィアから生成出来る魔力弾は30発程度だが、スフィアの数が増えれば増えるほど、同時制御が困難になる。ユーノの場合理論は知っているのだが、攻撃魔法にはあまり適性が無いらしくスフィアの生成は1つが限界だった。

 

俺はこのスフィアを何とか3基同時発動させ、しかもそれぞれを個別に誘導制御し、発射する魔力弾の数を通常の3倍以上に引き上げることに成功した。そして俺は、そのスフィアを「フライヤー」と呼称することにした。目下の目標は、このフライヤーをデバイス無しで左右3基ずつ、合計6基生成し、制御することだ。

 

これは言わば誘導弾から直射弾を発射するようなものであり、破壊力は高いが命中精度に欠ける直射型魔法の欠点をある程度補うことになる。ユーノは画期的な魔法だ、と評してくれたが、残念ながらこれはあくまでもギャラクシーエンジェルでミント・ブラマンシュが使用していたフライヤーを模倣したものにすぎず、他にも某ISやら某MSやらが活躍するアニメを知っている転生者がいれば「ビット」とか「ファンネル」とかの名称で使用している可能性があるものだ。しかも前述の通りまだ3基の同時制御に成功しただけなので、使いこなすにはもっと練習が必要だろう。

 

 

 

「結局、ユーノさんがブラマンシュにいる間に出来たのはフライヤー3基の制御とアクティブ・プロテクション、それから浮遊魔法だけでしたわね」

 

「その間、たった2カ月弱だと言うことを考慮しなよ。僕は十分すぎる成果だと思うよ」

 

「本当なら飛行魔法なども覚えておきたかったのですが」

 

「飛行はバリアジャケットの構築が先だからね。やっぱりデバイスを持ってからでないと危ないよ」

 

浮遊魔法はユーノに教えてもらって、ある程度は出来るようになったが、飛行魔法については矢張りバリアジャケットの構築が先で、しかも万が一のことを考えればその制御はデバイスに任せるべきである。このため、俺はまだ飛行魔法は覚えていなかった。

 

「今度お会いする時には完成型のフライヤーをお見せできるように頑張りますわ」

 

「楽しみにしているよ。あとデバイスもね」

 

そのままユーノは俯いてしまった。お互いにかける言葉が無いまま時間だけが流れる。と、スクライアの長老がそっとユーノの肩に手を置いた。ユーノは小さく頷くと、こちらに向かって微笑んだ。

 

「じゃぁ、もう行くよ。元気でね、ミント」

 

「ユーノさんもお元気で。学校も決まったら連絡しますわね」

 

「うん、じゃぁまたね」

 

こうしてスクライア一族はブラマンシュでの発掘調査を終え、次の現場へと向かって行った。

 

 

 

=====

 

実は母さまも族長も、俺のことを学校に通わせるつもりがあったようだ。俺とユーノの様子を見て、子供が少ないブラマンシュで生活するよりも、同年代の子供達と一緒に学校生活を送った方が情操教育にも良いだろうと判断したらしい。

 

ただ、さすがに10を超える近隣世界から取り寄せられた寄宿学校のパンフレットを見た時には若干引いた。とにかく学費が高いのだ。確かにテレパスファーを研究所などに譲ったりすることで得る収入があれば賄えるだろうが、あれはブラマンシュ全体の財産だ。

 

そう言って固辞すると、次に出てきた案は過去にブラマンシュを出て別世界で生活している人の家にホームステイすることだった。実際以前聞いていた「2、3年に一度は行方不明者が出る」と言うのは思った通り子供に対する教育的なお話だったらしいのだが、人がいなくなっているのは事実だった。ただ行方不明ではなく行き先が判った状態で、という但し書きがつく。

 

最初はステイ先の人に迷惑ではないかとも思ったのだが、ブラマンシュ同士はかなりフランクに付き合いがあるようで、他の世界へ商談などで赴く際に偶々ブラマンシュの人が住んでいたりすると、普通に自宅を宿泊場所として提供してくれたりするのだそうだ。さすがに今回のような長期にわたる滞在は前例が無いらしいが、可否については族長が打診してくれることになっていた。

 

そしてスクライア一族がブラマンシュを去ってから2週間程経ったある日、漸くホームステイ先の候補が決まった。

 

「え…でもその方って、ブラマンシュではないのでは…? 」

 

「確かに直接の血縁ではないがの。じゃがちゃんとブラマンシュ姓を名乗っておるし、何より先方が強く希望しておる。どうじゃな? 場所は第1管理世界ミッドチルダの首都、クラナガンじゃ。管理世界随一の都会じゃし、最初は慣れないかもしれんが」

 

その相手は、過去にブラマンシュの男性と結婚したものの事故で旦那さんを亡くしてしまった女性だった。

 

「サリカさんね。お母さんも以前会ったことがあるけれど、優しい人よ」

 

サリカ・ブラマンシュというその女性はクラナガンにある病院で看護師をしている人らしい。仕事が忙しい事もあってずっと面倒を見続ける訳にはいかないそうなのだが、逆に母さまはそのくらいの方が自立心を養うのには丁度良いと考えている様子だった。

 

「尤もミントは実年齢からしたら随分と自立してる方だと思うけど」

 

「矢張り幼少期の念話教育が効いたのかの」

 

母さまと族長がそんな話をしていたが、半分以上は前世の記憶なるモノの所為だと思う。

 

 

 

結局俺の留学先はミッドチルダのクラナガンに決定した。次は学校の選択だが、これについてはあまり迷うことは無かった。

 

「クラナガン・セントラル魔法学院一択ですわね」

 

「どうして? お母さんとしてはこっちのSt.ヒルデ魔法学院の方が、制服が可愛くていいと思うけど」

 

「お母さま、制服の良し悪しで学校を決めないで下さいませ。St.ヒルデ魔法学院は確かに良い学校ではありますが、聖王教会系でベルカ式魔法に重点を置いています。その点クラナガン・セントラル魔法学院はミッド式魔法寄りですわ。わたくしが使う魔法はミッド式ですから、確実にクラナガン・セントラル魔法学院にするべきです」

 

おまけにこの学校は俺がステイする予定になっているサリカさんの家から非常に近かった。一方、St.ヒルデ魔法学院は北部のベルカ自治区寄りにある。サリカさんの自宅から通うとなると、どうしても快速レールで1時間はかかるだろう。そうした点も重要な考慮ポイントになる。

 

他にもクラナガン市街にはいくつかの魔法学院があるのだが、学習レベルや選択コースの豊富さ等を基準に検討したところ、ここに勝る学校はないと思われた。

 

正直ブラマンシュの人間は、基本的に魔力は高いのだが魔法知識に非常に偏りがある。母さまも今「ベルカ式」や「ミッド式」と聞いて、首を傾げるようなレベルだ。それなのに、集落内の魔力燈や電化製品ならぬ魔力化製品などに使う魔力の量、変換技術に関する知識はどれも一級品なのだ。

 

「まぁ、それがブラマンシュでは普通のことですわね」

 

別にそれが悪いとは思わないし、実際俺が2か月ちょっと前までは同じような生活をしていた訳だから責めるつもりは毛頭ないのだが、母さまは少ししょげてしまったようだった。結局母さまを元気付けるのに数十分の時間を要したことを、ここに記しておく。

 

 

 

=====

 

「まずは魔導師登録が必要なのですわね。入学が来年で願書の締め切りが今年の秋と。カリキュラムとしては最初の2年が基礎理論、3年に上がる際に改めて魔力測定があって公式に記録が残るのですか」

 

集落の入り口付近にあるベンチに座って、クラナガン・セントラル魔法学院の募集要項を確認する。事前の魔導師登録が必要なら、入学前に一度ミッドチルダに行っておく必要があるだろう。少なくともブラマンシュにはそういった施設は無い。学院の下見も兼ねて、サリカさんに挨拶しに行くのも良いかもしれない。

 

「よぉ、ミント嬢ちゃん。今日は勉強か? 」

 

聞き慣れた声が聞こえ、顔を上げる。

 

「そろそろいらっしゃる頃だと思ってお待ちしていたのですわ。おはようございます、マーカスさん。これ、お願いしますわね」

 

マーカスさんに手紙の束を渡した。巡回にくる管理局員が必要に応じて集落から郵便物を回収し、衛星軌道上のベースに戻ってから発送してくれるのだ。この中にはユーノに宛てた俺の私信も入っている。というかユーノに出す手紙があったので、他に出す手紙がないか集落の人に聞いて回って集めておいたのだ。

 

いつもマーカスさんと一緒にコンビを組んでいるジャンさんの姿はなかったが、一緒に巡回に来たらしい女性も顔見知りだった。

 

「おはようございます、ベアトリスさん。ジャンさんは今日は非番ですか? 」

 

「おはよう、ミントちゃん。彼、今休暇を取って実家に戻っているのよ。なんでも数か月越しの申請がやっと通ったとかで、喜んでたわね」

 

「あら、そうでしたか。それはよかったですわ。でもわたくし達に一言もないなんて、随分と薄情ですわね」

 

「まぁ、そう言うな。大方嫁さんや子供に会えるのがよっぽど嬉しかったんだろうよ」

 

マーカスさんも俺が預けた手紙を簡単にチェックし、デバイスに格納しながら会話に加わってきた。

 

「えっと、確かミッドチルダでしたわね。エルセアだと聞いたことがありますが」

 

「そうね、ミッドチルダの西部地方よ。クラナガンほど都会じゃなくて、アルトセイムほど田舎じゃないっていう感じかしらね」

 

「まぁ、嬢ちゃんはミッドチルダ自体に行ったことがないだろうから、そう言われても想像するのは難しいだろうがよ」

 

「ですがもう少ししたらクラナガンには行く予定ですわよ。来年あちらの魔法学院に入学しますので」

 

「そう、それは楽しみね」

 

「初めての世界間旅行ですから、楽しまなければ損ですわ」

 

そう言うと、マーカスさんが大きな手でわしゃわしゃと頭を撫でてくれた。そしてさっき預けたものとは異なる手紙の束を渡してくれる。

 

「こっちが届いたほうだ。みんなに配っておいてくれるか」

 

「承りましたわ。では巡回のお仕事、頑張ってくださいませ」

 

手を振ってマーカスさん達に別れを告げると、受け取った手紙の宛名を確認して集落内の該当者に配っていく。

 

「あら、ユーノさんからの手紙もありますわね」

 

行き違いになってしまった手紙をポーチにしまうと、俺は引き続き手紙を配って回った。

 

 

 

手紙を配り終えて自宅に戻ると、ユーノから届いた手紙を開封した。どうやら彼はまだ通う学校を決めかねている様子だった。矢張りどこも寄宿学校は料金が高いようだ。ふと、クラナガン・セントラル魔法学院には学生寮もあったことを思い出す。

 

(それに奨学金制度もあった筈ですわね)

 

パンフレットを用意しようとして、ふと自分の思考までお嬢様言葉になっていることに気付き、苦笑する。こうして徐々に女の子になっていくのだろう。それは別にイヤなことではなかった。むしろ相変わらず男性としての意識が根強く残っており、その意識が現在の性別に抵抗感を表すことがイヤだった。

 

(トイレもお風呂もスカートも、もう慣れましたのに)

 

意識してお嬢様言葉で考える。まだ体験したことのない初潮を考えると若干不安はあったが、それはもう少し先のことだろう。軽く頭を振り、改めて魔法学院のパンフレットを読み返した。

 

「やっぱりありますわね、奨学金制度。寮費にも適用されるようですし」

 

一瞬ユーノにそのことを伝えようかと考えたが、直ぐに今回俺が出した手紙で、来年からこの学院に通うことに決めた旨を連絡したことを思い出した。

 

「ここで改めてユーノさんにお勧めしたら、わたくしがまるでクラナガン・セントラル魔法学院の回し者みたいではありませんか」

 

ユーノのことだから、きっと自分でもいろいろと調べた上で最良の選択をすることだろう。いくら告白までしたからといって、「ミントが通うから」という理由だけで安易に自分の進路を決めたりはしない筈だ。

 

…たぶん。

 

変な方向にズレてしまった思考を元に戻し、奨学金制度のところを確認する。クラナガン・セントラル魔法学院で採用されているのは基本的に貸与奨学金制度だったが、成績上位者10名に限り給付奨学金となることが記載されていた。貸与奨学金とは言っても無利子であり、返済期間も長いので利用する学生もそれなりにいるようだ。

 

「あら、でもこの審査基準はかなり厳しいですわね」

 

魔力ランクがB以上で、尚且つ入学時の試験で8割以上を得点すること、とあった。魔力ランクは魔導師ランクとは違い、あくまでも個人の純粋な魔力量のみを表す。つまり持って生まれた資質であり、それによって奨学金制度を受けられるかどうかが決まってしまうことについては若干違和感があった。

 

(持って生まれた資質だけで人生が決まってしまうような制度は、あまり好きにはなれませんわね…もっとも使えそうなら活用させて貰いますが)

 

俺にはイザベル母さまと同等かそれ以上の魔力があるという。母さまの魔力量がAAAだと聞いているから、俺の魔力はAAA+前後である可能性が高い。このため最初の条件は難なくクリアしている筈。問題は入学試験の方だった。

 

「まだ少し時間もありますし、ミッドチルダで過去問題集でも探してみましょう」

 

「なぁに、ミント。何の問題集を探すの? 」

 

「ひゃぁぅ!」

 

急にイザベル母さまに声をかけられて、おかしな声を上げてしまった。

 

「もう、お母さま。驚かせないで下さいませ」

 

「あらあら、ごめんなさい。でもちゃんとノックはしたわよ。そろそろお昼ご飯にしようと思って」

 

「もうそんな時間でしたか。ではわたくしも準備を始めますわね」

 

母さまと2人で台所に入ると、昼食のパスタを作り始める。今日はトマトケチャップを使ったボロネーズ風ミートソースにしよう。玉葱、人参、ピーマンを微塵切りにして挽肉と一緒に炒める。味付けは塩胡椒とトマトケチャップのみ。これで意外と美味しいパスタが出来上がるのだ。

 

「でも炒める部分は相変わらずお母さまなのですわね…」

 

「ええ。少なくともミントの身長があと5cm伸びてからでないと、油と火の同時利用は認めませんからね」

 

ただでさえ成長の遅いブラマンシュ。それは多分、あと10年は無理なのではないだろうか。とりあえず油は使わないパスタを茹でる作業は母さまが横に付くことでやらせて貰い、昼食の準備は若干30分で終了。

 

「「今日の糧に感謝を」」

 

手抜きパスタとはいえ、味は上々。余ったミートソースはご飯にかけても美味しいのだ。

 

「で、さっきの話だけど、何の問題集を探すの? 」

 

「クラナガン・セントラル魔法学院の入学試験ですわ。魔力ランクが高くて入試の成績が良いと奨学金が適用されるようですので」

 

「もう、お金が無いわけじゃないんだから、あまりそういうことに気を遣わなくてもいいのに」

 

「ですがブラマンシュのお金は基本的に全員の共有財産ですわ。抑えられる出費は抑えないと」

 

恐らく集落の人達に聞けば全員が気にするな、と言うだろう。だがお金というものはあって困るものではない。万が一に備えて貯蓄しておくことは重要だ。

 

「来週には魔導師登録でミッドチルダに行くのよね…何度も言うけれど、気を付けてね」

 

「大丈夫ですわよ、お母さま。今回は魔導師登録とサリカさんへの挨拶、学院の下見だけですから、とりあえず1週間で戻りますわ」

 

「でも秋にはまたミッドチルダに行って、それからは暫く戻らないんでしょう? お母さん、寂しいわ」

 

冗談とも本気とも取れる口調で母さまが言う。少し顔が紅潮するのを感じながら、俺は照れ隠しに「手紙は書きますわよ」とだけ言っておいた。

 

 

 

=====

 

それは晴天の霹靂だった。

 

「え…亡くなった? ジャンさんが? 」

 

その話をマーカスさんから聞いたのは、俺がミッドチルダに向かう2日前のことだった。

 

「ああ、あっちで事故に遭ってよ。嫁さんも一緒だったらしいな。本来なら嬢ちゃんに言うようなことじゃないんだろうがよ。丁度ミッドチルダに行くって言っていたから、向こうに着いてから知るよりは最初から言っておいた方がいいと思ってよ」

 

何でも奥さんと一緒に外出していた時に暴走車に撥ねられてしまったのだそうだ。他にも何人も巻き込まれたらしい。

 

馴染みの人が亡くなるということは理屈では分かっていても、どうにも実感が湧かなかった。ジャンさんには随分と良くして貰ったし、今でもその辺りの木陰から「嘘、嘘!それ間違いだから!」とでも言って飛び出してきそうな気がした。

 

「お子さんが…いらっしゃるのでしたわよね」

 

「そうだな。兄貴はもう13歳で、妹を護るために父親と同じ管理局員を目指すんだとよ」

 

「エルセアでしたわね。時間が取れたらぜひお墓参りに行かせて貰いたいですわ。えっと、住所とかご存知です? 」

 

「あぁ、メモに書いてやる。ちょっと待ってな」

 

マーカスさんが書いてくれたメモを見て、俺はそれまでジャンさんの苗字を知らなかったことに気付いた。連絡先として書いてあった名前は生前、二次創作小説でよく見かけたものだった。

 

「ティーダ・ランスター…さんですか」

 

「兄貴の方だな。妹は確かティアナといったか。まだ2歳だそうだがよ」

 

StrikerSのアニメを観たことは無かったが、二次創作小説やWikiなどで得た情報から、ティアナの両親が事故死していたことは知っていた。だが今俺がいるこの世界は物語ではない、現実なのだ。この世界の歴史ですら仕組まれたものだとしたら、あまりにも悪趣味ではないか。

 

だが物語と同じ結末にはならない。既にこの世界には「ミント・ブラマンシュ」という異物が入り込んでいるのだから。

 

(もしこの世界で…わたくしの手の届くところで…回避できる悲劇があるのでしたら、介入だろうがブレイクだろうが、やって見せますわ)

 

確か物語の中ではティーダ・ランスターも、ティアナが10歳の時に殉職してしまう筈だった。

 

(今から8年後…まだ先の話ですわね。でも出来ることなら助けたいですわ)

 

ユーノが同い年であることを考えれば、無印の原作開始は3年ないしは4年後の筈だ。直近の事件はPT事件になるのだろう。狂気に走ってしまっているであろうプレシアや、既に死んでしまっているであろうアリシアを助けることは出来ないかもしれない。それでも自分に何かできることがあるのならやっておきたいと、心から思った。

 

「おい、嬢ちゃん、大丈夫か」

 

マーカスさんの声で我に返る。長時間考え込んでしまったように感じていたが、どうやら一瞬のことだったらしい。

 

「申し訳ございません。少し気分が優れませんので、今日は失礼させて頂きますわね」

 

マーカスさんに別れを告げると、俺は自宅に戻って部屋のベッドに倒れこんだ。

 

(まずはやっぱり勉強ですわね。3、4年後に無印が開始するのであればユーノさんは間違いなく飛び級をするのでしょうし)

 

クラナガン・セントラル魔法学院は初等部5年、中等部3年で構成されるエスカレーター式の学校だ。ユーノが通う学校がどこになるかは判らないが、次元世界の学校は概ね似たような学習スケジュールを採用している。これを3年以内で全て修了し、発掘現場に戻れるということは飛び級以外には考えられない。そしてそのユーノの進級速度についていくためには、こちらも一生懸命勉強する必要がある。

 

「やってやりますわ。ええ、やってやりますとも!」

 

ミッドチルダへの渡航を2日後に控えて、俺は初めてこの世界に転生した意味を見出したように思っていた。例え原作をブレイクしてでも、できる限りハッピーエンドを目指す。そう決意した。

 

 

 

後から考えれば、俺は完全に自分自身が持つ「原作知識」に囚われてしまっていたのだ。この世界が物語ではないと強く思いながらも原作知識に頼ってしまっている矛盾、そしてそれが危険な思い込みであることに、この時俺は未だ気付いていなかった。

 




先日、何かの参考になれば、と思ってモバゲーの「リリカルなのはINNOCENT」の利用者登録をしました。。
結果、ついていけないことが多すぎて、あまりよくわからないです。。
あれは並行世界ものだったのですね。。

誤字・脱字などがありましたら、ぜひご一報下さいませ。。


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第5話 「違法魔導師」

ミッドチルダに渡航する日、俺は初めて衛星軌道上のベースを訪れた。

 

話でしか聞いたことのない場所だったが、予想していたよりも大きな施設であることに驚いた。どうやら駐留している局員用の施設に加え、他の世界同士を結ぶ航路の中継地点にもなっている様子で、ブラマンシュには直接用がない渡航者もトランジットなどでこのベースを使用しているようだった。

 

「すごい人ですわね」

 

ミントとしては初めて見る景色だった。いろいろな店があり、多数の人々が行き交う光景に軽いカルチャーショックを受ける。前世を除けば、今まではブラマンシュこそが俺の世界だった。理屈では理解していたものの、それが全てではないことを改めて実感した。

 

族長と母さまは、衛星軌道上のベースまで見送りに来てくれた。一緒に馴染みの管理局員としてベアトリスさんが付いてきてくれている。

 

「水が変わるから、身体には気を付けてね」

 

「母さま、1週間だけでそこまで変調はきたしませんわよ」

 

それに行先は次元世界随一の都市、クラナガンなのだ。むしろ生水はブラマンシュより安全だろう。

 

「あとこれ、イヴェットさんのプリン。サリカさんへのお土産よ。一応プリザーブの魔法をかけてあるから1週間は持つと思うけど、早めに食べてね」

 

「何か火急の問題があったら、ブラマンシュの回線に連絡するのじゃぞ」

 

族長のところには商談や多世界に移住したブラマンシュと連絡を取るための通信設備が存在した。さすがに私用で使うのは気が引けたが、万が一の時には活用させて貰おうと思う。

 

「判りましたわ。では行ってまいります。母さま、クラナガンで面白い料理のレシピがあれば持ち帰りますわね」

 

「何度も言うけど、本当に気を付けてね」

 

心配そうな母さまに微笑み、手を振る。

 

「ミッドチルダの本局に到着するまでは、私が責任を持ってエスコートしますのでご安心下さい」

 

ベアトリスさんはそう言うと、俺の手を取った。もう一度母さまに手を振った後、俺はベアトリスさんと一緒に次元航行船のゲートをくぐった。

 

 

 

ベース自体は管理局の施設だが、民間の船も複数係留できるように幾つものキーが突起のようにベースから伸びている。宇宙空間でこのような景色を見ることが出来るのは感慨深い。前世では、たとえ病気になっていなかったとしても、こんな景色には死ぬまでお目にかかれなかっただろう。

 

「壮観ですわね」

 

通路の横にある窓から暫く景色を眺める。それは今までの生活からは想像もできないようなSFの世界だった。眼下には大きく、青く輝く星が見える。ブラマンシュだ。

 

(まるで地球のようですわ)

 

地球ですら写真や映像でしか見たことはなかったが、実際に自分の目で見たら今と同じように感じたのだろうか。本当に自分という存在があまりに小さく、無力に感じる。それと同時にまるでこの星が自らの意思で俺たちを護ってくれているような気がして、自然と涙が溢れそうになった。

 

「ミントちゃん、ボーディングにはまだちょっと時間があるけど、まだ他にもチェックが必要なの。そろそろ行きましょう」

 

ベアトリスさんに促され、慌てて涙を拭うと通路に戻る。

 

「申し訳ありません。何だか初めて見る景色に感動してしまって」

 

ベアトリスさんは小さく「そう」と言って微笑んだ。

 

暫く進むとボディーチェック用のゲートがあった。ここで所持品の検査を受け、出国審査のようなカウンターで手続きをした。この辺りのシステムは地球の空港と大差ない。俺たちは特に問題なく次元航行船に搭乗することができた。

 

定期航路を航行するだけである民間企業の船はそれほどいろいろな設備がついているわけではない。そもそもブラマンシュからミッドチルダまでは半日程度の航行で到着してしまうのだ。数か月にわたって次元航行をするような管理局の艦とは違い、民間の次元航行船は揚陸艇と大差ない。むしろ次元航行機能があるシャトル、というのが的確な表現だろう。

 

「ミントちゃん、窓際の席の方がいいかな? 」

 

先刻、景色に見惚れていた所為か、ベアトリスさんが席を替わってくれた。

 

「ありがとうございます」

 

「まぁ、今だけだけどね。出発して次元航行が始まったらすぐに景色なんて見えなくなっちゃうから」

 

窓から見えるブラマンシュの景色を改めて見つめながら、俺はそれすらも楽しみに思っていた。何しろ現実にクロノ・ドライブを体験できるようなものなのだから。

 

 

 

ベアトリスさんは、ジャンさんの葬儀やいろいろな手続きの関係で一度ミッドチルダの時空管理局の本局に行くのだそうだ。次元世界の管理は海の管轄であり、そこに所属する局員の手続きも本局で行う必要があるのだとか。

 

今回俺達が搭乗している次元航行船は、直接ミッドチルダの時空管理局本局のポートに到着することになる。基本的に次元航行船は民間のものといえど管理局側で管理されており、航路やスケジュールについても管理局の承認が必要になるのだ。

 

民間船が管理局のベースやポートを利用するのはこのためで、たとえ個人所有の船であっても出航時には一度管理局のベースやポートを経由する必要がある。地上の空港などにはこの後でシャトルや揚陸艇などを使って降下するのだ。これをしない艦船は海賊行為を行っているものと見做されてしまい、捕縛対象になってしまうらしい。

 

 

 

折角の長距離次元航行だったが、あまり変化の無い青や紫が入り混じった空間だけを長時間にわたって見つめていた所為か、いつの間にか寝てしまっていた。気が付いた時にはもうミッドチルダに到着しており、丁度時空管理局本局のポートにドッキングしたところだった。

 

「ん~…随分と長い時間寝てしまいましたわね」

 

「あ、おはようミントちゃん。とりあえず本局に着いたら私はお仕事があるからお別れになるけれど、大丈夫? 」

 

「ええ、ミッドチルダでわたくしの面倒を見てくれる方とはクラナガン総合病院で待ち合わせておりますの。一度地上の空港に降下してからクラナガン市街まで快速レールで1時間ほどかかるようですが、特に問題はありませんわ」

 

「そっか。看護師さんだったっけ」

 

次元航行船を降りて本局内の通路をベアトリスさんと一緒に歩く。全ての手続きを終えてゲートを抜ければ、ベアトリスさんとはお別れになる。彼女は本局でお仕事があり、俺は地上に降りることになる。

 

ゲートに向かう途中の通路にある窓から、外の景色が見えた。ポートにはいろいろな艦船が係留されている。

 

「随分と大きな船もあるのですわね」

 

「ああ、あれは時空管理局の次元航行艦ね。さすがに民間の船と比べたら用途も違うし、設備も必要だから、大型化せざるを得ないのよ」

 

長期間次元航行を行う艦は、乗員のケアが必須だ。これはメンタルとフィジカルの両面共である。艦内をある程度自由に移動できるようにし、医務室やリフレッシュルームを用意し、食事は食堂で食べ、トレーニングルームなど訓練を行う施設もある。即ち、艦は必然的に大きくなるというわけだ。

 

珍しい光景ばかりで興味は尽きないがベアトリスさんのお仕事もあるため、のんびりはしていられない。俺達は入管手続きを終えるとシャトルのゲートへと向かった。

 

「ここのゲートから出発するシャトルで地上の空港に降下できるわ。私が送れるのはここまでね」

 

「ありがとうございます。2、3日中に魔導師資格を取得するのでまた本局の方にお邪魔させて頂きますが」

 

「そうね。じゃぁ、頑張ってね。あ、そうそう。これ、持って行きなさい。何かの役に立つかもしれないから」

 

ベアトリスさんが渡してくれたのは、クラナガンの簡易観光ガイドだった。かなり詳細な市街図も記載されており、重宝しそうだ。

 

「ありがとうございます。助かりますわ」

 

「旅行者向けに無料配布されているものだから気にしないでね。じゃぁ、気をつけて」

 

「はい。それでは失礼致しますわね」

 

笑顔で手を振ってくれるベアトリスさんに別れを告げる。地上に降下するシャトルは次元航行船と比較しても小さいものではあったが、窓の代わりに壁全体が外の景色を映し出すモニターになっており、まるで空を飛ぶ椅子に座っているかのような気分になった。

 

(高所恐怖症の人は耐えられませんわね)

 

初めてミッドチルダにやってきて、最初の感想はそれだった。

 

 

 

ミッドチルダには大小合わせて20を超える空港があるが、今回シャトルが到着するのはクラナガンからほど近い、臨海第6空港だった。こちらは管理局本局のポートに到着した時ほど厳しいチェックもない。俺はあっさりゲートを抜け、空港駅でクラナガン行き快速レールのチケットを買って列車に乗り込んだ。族長からもらった幾許かのお金は既にミッドチルダの通貨に換金してあった。物価や相場は未だよく判らないが、チケット代を払ってもまだ十分に残高があるようだ。

 

快速レールの窓から景色を見ていると、とても不思議な感覚に捉われる。山や森といったなじみの風景は無く、代わりに随分と遠くの方まで人工の建造物が広がっている。緑が全く無い訳ではないのだが、明らかに整備された緑という感じで違和感があった。

 

(むしろ前世の景色に近い筈ですが…わたくしも随分ブラマンシュの生活に慣れたものですわね)

 

やがて快速レールは都心にある高層ビルの合間を縫って走るようになった。郊外のエリアでは石造りの建造物を多く見かけたが、都心部の所為だろうかコンクリートのような材質の建物が多くなっていた。車内アナウンスで、間もなくクラナガンのターミナルに到着する旨の案内がかかる。俺は荷物を纏めるとデッキに移動した。

 

駅を出ると、そこには次元世界随一の都会というクラナガンの街並みが広がっていた。建物は全体的に白いものが多く、晴れた空とのコントラストが映える。空には惑星のような星が複数浮かんでいて、それがとても奇異な物に見えた。

 

「あらら…快速レールからは良く見えませんでしたけれど。あれってロシュ限界を超えているような…? 」

 

まぁ潮汐力の限界値を表す公式なんて正確な物は覚えていないし、実際には遠近感の錯覚で重なっているように見えるだけなのかもしれない。仮に本当に重なっているのだとしても、魔法バリバリの世界なのだからきっと大丈夫なのだろう。

 

「便利な言葉ですわね、『魔法』って」

 

とりあえず深く考えることを放棄した俺は街中へと歩を進めた。

 

 

 

=====

 

「えっと、あそこに見える尖塔が管理局の地上本部ですわね」

 

高層ビルが立ち並ぶクラナガンにあって一際高く聳える槍のような塔と、それを囲むように立ち並ぶ複数の塔。クラナガンのランドマークだ。

 

「総合病院は駅から地上本部方向に歩いて10分…でしたわね」

 

時間を確認すると丁度正午だった。待ち合わせ時刻は15時なので、まだ随分と時間がある。

 

「折角ですから、美味しいお昼ご飯でも頂いておきましょう」

 

ベアトリスさんから貰った観光ガイドを開く。駅のすぐ近くに大きめのショッピングモールがあり、そこにテナントとして入っている鶏料理のお店が美味しいと評判のようだ。地図で場所を確認すると、俺はショッピングモールを目指した。

 

目的のお店はモールの3階にあった。中央が広い吹き抜けになった作りで、1階まで見下ろすことが出来る。3階にレストランなどの店舗が集中しており、丁度お昼時と言うこともあってか、かなり多くの人達が行き交っている。どのお店にも行列ができていたが、目的のお店には他の店舗よりもはるかに長い列が出来ていた。

 

「仕方ありませんわね。今回は諦めて、別のお店に…」

 

移動しようとして、ふと店頭に示された食品サンプルが目に留まる。『揚げ鶏の香味タレ』という意味の名前が記載されていた。恐らくモモ肉だろう。唐揚げのように仕上げた鶏が綺麗にカットされていて、その上に刻み葱や胡麻がかけられている。タレは黒っぽい色をしていた。

 

(これは、どう見てもチキン南蛮醤油タレ風味ですわ!)

 

こんなものを見てしまっては、タレの味を確認せずにはいられない。

 

「あの、すみません。大体どのくらいの時間でお店に入れるか、お分かりになりませんか? 」

 

「それなりに回転していますから、3、40分程度で入れると思いますよ」

 

たまたま行列の様子を見に来たと思われる店員に声をかけると、思いのほかはきはきとした答えが返ってきた。幼児に対しても丁寧な応対をしてくれる点も好印象だ。多少待つことになってしまうが、1時間未満なら我慢できるだろう。俺は店員にお礼を言うと、行列の最後尾に並んで入店を待った。

 

だが結論から言えば、今回は残念ながらこの店で食事をすることは出来なかったのだ。

 

いきなり閃光が走り、轟音と共にあたりに煙が立ち込めた。悲鳴と怒号が上がる。一瞬何が起きたのかよく判らなかったが、少し煙が晴れると辺りに瓦礫が散乱しているのが判った。空から太陽の光が差し込んでいる。

 

「天井が、落ちたんですの? 」

 

建物の吹き抜け部分に、立て続けに閃光が走る。閃光が当たったフロアが轟音と共に崩れた。

 

「魔導師がいるぞ!」

 

誰かの叫び声が聞こえた。吹き抜け部分に駆け寄り手すりから階下の様子を伺うと、黒尽くめで覆面を被った魔導師と思われる人が1階で射撃魔法を乱射しているのが見えた。何人かの人が床に倒れ伏しており、難を逃れたらしい人々が物陰などに隠れているのが見えた。倒れている人達の安否は判らないが、遠目に見ても大量の血が流れているようだった。

 

「殺傷設定…ですわね」

 

噛みしめた奥歯がギリッと音を立てる。違法魔導師だった。こういった事件を処理するのは時空管理局の仕事の筈。俺はベアトリスさんに念話を送り、情報を伝えた。だが返ってきたのは芳しくない回答だった。

 

<ごめんね、ミントちゃん…クラナガン市内での違法魔導師捕縛は地上の管轄なのよ。一応陸士部隊にも連絡を入れておくけど、すぐに対応できるかどうか>

 

<わかりましたわ。とりあえず今は陸士の方が到着するのを待っていればよろしいのですわね>

 

<ええ。絶対に犯人を挑発したりしないでね>

 

次の瞬間、違法魔導師が放った射撃魔法が飛んできた。様子を見ていた人達が悲鳴を上げる。

 

「プロテクション!」

 

このフロアにもまだ沢山の人が残っている。俺は咄嗟にその人達のところにアクティブ・プロテクションを展開した。空色の魔力盾が射撃魔法を受け止める。

 

「あ…ありがとう」

 

「お礼は結構ですわ。それよりも早く避難して下さいませ」

 

「だけどそれだと君が」

 

「いいから早く!犯人がこちらに気付きましたわよ」

 

違法魔導師は射撃を止められたことが不服だったのか、更に2、3発の魔法を撃ってきた。それらを全て魔力盾で防ぐと、今度は4つほどのスフィアを従えてこちらに向かって飛び上がった。

 

<ごめんなさいベアトリスさん。完全に標的にされましたわ>

 

<もう!どうしてそうなるのよ。挑発しないでって言ったのに>

 

<正当防衛ですわよ!>

 

半ば強制的に念話を終了させるとバリアジャケットの代わりに身体強化の魔法を自身にかけ、3基のフライヤーを生成してそのうち2基を犯人に向けて飛ばす。フライヤーに気付いたらしい魔導師が回避行動を取ろうとした。

 

「残念ですわね。本命はこちらですわ」

 

フライヤーから直射弾を発射して犯人の周りに浮いていたスフィアを次々に破壊する。犯人は新たに4つのスフィアを生成してフライヤーに直射タイプの射撃魔法を放ってきたが、それを悉く躱していく。フライヤーは通常の誘導弾と同等の機動力があるため相手が直射弾の場合、回避は然程困難では無いのだ。再度犯人のスフィアを破壊すると、今度はスフィアを介さずに直接誘導弾を放ってきた。

 

「こんなこともあろうかとっ」

 

待機させていた最後のフライヤーで誘導弾を牽制しつつ、直撃しそうなものをプロテクションで防ぐ。その時、覆面で顔が見えない筈の魔導師がにやりと笑ったように感じた。嫌な感じがして身構えていると、魔導師はそのまま上昇して太陽を背にした。どうやら俺が飛べないことに気が付いたらしい。

 

逆光になってしまったことで、相手の動きがよく判らない。左手にアクティブ・プロテクションを用意していつでも展開できるようにしておくと、太陽の光を遮るように掌をかざした。集中して魔力の高まりを察知する。

 

「プロテクション!」

 

発動させたアクティブ・プロテクションが2発、3発と魔導師が放つ魔力弾を防いでいく。この調子で俺が囮を務めていれば、地上本部の陸士が到着するまで何とか持ち堪えられそうだ。そう思った時、魔導師が急に建物の壁に対して攻撃を始めた。壁が音を立てて崩れ始める。

 

俺から少し離れて物陰に隠れていた人達の真上だった。悲鳴が上がり、隠れていた人達が我先に逃げ出す。落ちてくる瓦礫をアクティブ・プロテクションで防ぎ、逃げる人達のサポートをしていると、背中に焼けるような痛みが走った。耐え切れずに倒れてしまう。

 

立ち上がろうとすると背中が酷く痛んで力が入らない。何か液体が身体を伝って流れるような感覚があった。何とか上体だけを起こすと、着ていた服が破れ、血で赤く染まっていることに気付いた。どうやら殺傷設定の射撃が背中を掠めたらしい。

 

魔導師が俺のすぐ傍に降り立つ。何とか逃げようとしたのだが、身体が上手く動かない。痛みのせいで魔法の発動すらままならなかった。腹部に衝撃を受ける。魔導師が俺のことを蹴り飛ばしたのだ。

 

「か、はっ!」

 

瓦礫に叩き付けられ、一瞬息が止まった。もう一度蹴り飛ばされて地面を転がる。胃の中の物が逆流してくるような感触を無理やり飲み込む。魔導師が俺に向かってデバイスらしい杖を振り上げるのが見えた。慌てて両手を頭の前でクロスさせるのと同時に何かが折れるような嫌な音が聞こえた。

 

「ぁぁあああっ!」

 

激しい痛みに涙が溢れる。魔導師がもう一度杖を振りかぶるが、もう防御するだけの体力は残っていなかった。俺はぎゅっと目を閉じて衝撃に備えた。

 

「ミントちゃん!しっかり!!」

 

2度目の衝撃はやってこなかった。その代わりに聞き慣れた声が響く。

 

「ベア…トリス…さん…? 」

 

痛みを堪えてゆっくり目を開けると、魔導師はバインドで捕縛されていた。ベアトリスさんは魔導師から杖を取り上げるとバインドを更に強化して魔導師を組み伏せた。

 

「ちょっとだけ我慢しててね。すぐ終わらせるから」

 

程無くして他の管理局員が駆けつけてきた。

 

「すみません、管轄が違っていることは重々承知しているのですが、知り合いが巻き込まれまして」

 

「いや、こちらこそ現着が遅れてすまなかった。協力に感謝する」

 

お互い敬礼をしながら違法魔導師の引き渡しをしている。口調からして地上本部の人の方が階級が上なのだろうな、と場違いな感想を抱いた。地上本部の人がちらっとこちらを見た。

 

「知り合いというのはこの少女か? 下に救急車両が何台か来ている筈だ。病院に連れて行ってやるといい」

 

「ありがとうございます」

 

お礼を言いながら俺のことを抱き起そうとしたベアトリスさんの表情が硬くなった。

 

「ミントちゃん!これ…ひどい!」

 

瓦礫に押し当てられていた背中の傷から再び血が流れ出したようだった。

 

「ベアトリスさん…痛い、ですわ…」

 

「むぅ、不味いな。誰か、担架を用意しろ!急げ!!」

 

次の瞬間、急に辺りの喧騒が遠くなったように感じ、目の前が真っ暗になった。

 

 

 

=====

 

気が付くと、そこは病院だった。前世で散々慣れた消毒薬の臭いが鼻を衝く。

 

「先生、意識が戻りました。ミントちゃん、判る? 病院よ」

 

声をかけてくれる看護師さんの顔には見覚えがあった。族長のところで顔写真を見せて貰っていた、俺がホームステイする家の人。

 

「あ…サリカさん、でしょうか? 」

 

挨拶をしようと起き上がろうとした瞬間、全身に痛みが走った。

 

「…ッ!!」

 

声すら出せないような痛みは久しぶりだった。

 

「まだ動いちゃダメよ。傷に障るわ」

 

ベッドに横になっていると少しずつ痛みが我慢できるようになってきた。それと同時に何が起きたのかを思い出してくる。俺は違法魔導師に一方的に嬲られ、惨敗したのだ。

 

悔しく、そして惨めだった。AAAと同等かそれ以上の魔力を持つと言われ、それで何でも出来るような気がしていたが、それは単なる思い上がりだったことを痛感した。手持ちの魔法は種類が少なく、未だ飛行魔法も扱うことが出来ない。圧倒的に経験不足だろう。

 

溢れ出た涙を拭おうとして、両腕が包帯とギプスのようなもので固定されていることに気付いた。

 

「どこか痛む? 大丈夫? 」

 

サリカさんが声をかけてくれる。今一番痛むのは背中だ。相当血が流れていた様子だったが、怪我の状況がどんなものだったのかまでは判らない。他にも両腕と右足に鈍い痛みがあった。

 

「背中が…」

 

言葉を発すると、また背中に響くような痛みがあった。我慢して続ける。

 

「少し、痛い、ですわね…それから、手足が」

 

「そう…先生、鎮痛剤の効果が薄いかもしれませんね」

 

「だが幼児の場合、これ以上の投薬は身体にも負担がかかる可能性が高い。安静にしている状態で痛みが少ないなら、このまま暫く様子を見た方がいいだろう」

 

「大、丈夫…です、わ…喋らなければ、そんなには」

 

俺の言葉に先生は頷いた。

 

「バイタルも落ち着いているし、もう面会者に会わせても大丈夫だろう。ただあまり無理はしないで、つらいようなら直ぐに声をかけなさい。じゃぁブラマンシュ君、後は頼むよ」

 

ブラマンシュと言われて一瞬自分のことかと思ったが、すぐにサリカさんの姓もブラマンシュだったことを思い出す。先生が退室した後、サリカさんに問いかけた。

 

「あの、面会、者…って? 」

 

「お母様よ。イザベル・ブラマンシュさん」

 

「はぁ!? 」

 

思わず大声を出してしまい、激痛に悶絶する。

 

「ここ、クラナ、ガン…ですわよね? 何で、母さまが? 」

 

「少し状況を説明した方がいいわね。貴女、2日間ずっと寝ていたのよ」

 

 

 

サリカさんに説明してもらって、改めて状態の深刻さが判った。まず両腕は共に前腕部が骨折。それはもう見事なくらいぽっきりと逝ってしまっていたらしい。右足は脛の部分にヒビが入っているとのこと。そして一番酷かったのは背中の裂傷で、60針縫うことになったらしい。失血も酷かったが、幸い輸血が間に合ったとのこと。

 

「出来るだけ傷跡が目立たないように細い糸で細かく縫ったんだけど、完全には消えないと思う。ごめんね」

 

サリカさんは申し訳なさそうに言うが、そもそも自分から見えない位置なので、何ともコメントし辛かった。

 

「優秀な治癒術師がいれば、傷跡も残さずに治療出来るんだけどなぁ。そこそこ大きい魔力を持ってる人は大抵戦闘系に走っちゃうから」

 

本当に優秀な治癒術師は、何年も前の古傷であってもあっさり消し去ることが出来るらしい。ちなみに俺も以前ユーノに教えてもらって治癒魔法を使ってみたことがあったのだが、あまり適正は無かったようで、本当に料理中に手を切った時の止血くらいしか出来なかった。

 

過去には何人かAランクを超える治癒術師が存在したようだが、残念ながら現在はどちらかというと保有魔力があまり多くないために戦闘系の習得を諦めた魔導師がなる職業といったイメージが強い。

 

「実際にはそんなことないし、居てくれるとすごく助かる職業なんだけどね。ミッド式魔法の使い手はみんな派手な砲撃魔法とかに憧れちゃうから」

 

俺自身はあまり喋らず、サリカさんの話に相槌だけ打っていれば、それほど痛みを感じることは無かった。

 

「さて、と。お母様には今頃先生が状況の説明をしていると思うわ。面会に来るまで少し時間もあるから、ちょっと休んでおくと良いよ」

 

何かあったら呼んでね、と言ってサリカさんはギプスの先から出ていた手にナースコールのボタンを握らせ、病室を出て行った。

 

1人残された俺は、今回の事件のことについて思い返していた。経験や体格差、あらゆる面で劣っていたにも関わらず、俺は違法魔導師に戦いを挑んだのだ。手持ちの魔法は少なく、しかもフライヤー以外はまともに練習すらしていなかった。デバイスも持っていないためバリアジャケットすら構築できなかった。

 

(今にして思えば、よく命があったものですわ)

 

唯一、相手よりも勝っていたと思われるのは総魔力量。あの魔導師の魔力量は明らかにイザベル母さまよりも格下だった。良くてA+といったところか。

 

(原作に介入するなら、今のままではダメですわね。勉強だけでなく、魔法技術も戦術も、もっともっと鍛えないと)

 

魔力量が多いだけでは戦闘に勝てないということを身を以て知ったのだ。やらなければならないことは山積みだった。

 

ちなみに、まず真っ先にやらないといけないことが怪我の回復であることに俺が気付くまでに、約1時間を要した。

 




○○針縫う、というのは傷の目安にはならないそうです。。
インパクト重視で60針としましたが、ミントの傷の大きさは20cm程とお考え下さい。。

ミッドチルダの医療技術は地球よりも進んではいますが、マニュアル作業である縫合などは逆にあまり技術が進み過ぎていてもおかしいかと思い、今回のような描写にしました。。

少しだけ、「ヴァニラって実はすごかったんだ」的なところを出そうとした意図も無いとは言い切れません。。


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第6話 「入院」

「ミントぉ、ミント…ふぇぇぇ」

 

「お母、さま。わたくしは、大丈夫、ですから。もう、泣きやんで、下さい、ませ」

 

「全然大丈夫に見えないし、聞こえないわよ!」

 

泣くか怒るかどちらかにして欲しいとも思うが、母さまにはそれだけ心配をかけたのだろう。申し訳なく思う気持ちもあったが、不思議なことに、それ以上に嬉しく感じている自分がいた。

 

「お話し中、失礼します。この度はお嬢さんに大怪我を負わせる結果になってしまい誠に申し訳ございません」

 

病室の入り口のところで花束を持ったベアトリスさんが敬礼をしていた。

 

「ああベアトリスさん、そんなに硬くならないで下さい。ミントから聞いていますよ。あなたが命の恩人だって」

 

「恐縮です」

 

実際ベアトリスさんが来てくれなかったら、俺はあの魔導師に殺されていただろう。自分の未熟さを呪うばかりだが、今は養生するしかない。一度母さまから就学を取り止めてブラマンシュに帰るか、とも聞かれたのだが、折角なので就学は予定通りすることにした。原作介入を決めた以上、それなりの実力を身に着けておく必要がある。今の年齢では、同じように高みを目指す人達と一緒に切磋琢磨するのが近道だと思ったのだ。

 

「ミントちゃん、先日の陸士隊の人が少しお話を聞きたいって言ってるんだけど、大丈夫? 」

 

一頻り母さまと話をした後、お見舞いの花束を花瓶に活けながらベアトリスさんが聞いてきた。恐らくは実況見分のようなものだろう。

 

「はい、それは、構いません、が」

 

「ありがとう。じゃぁ連絡しておくわね。ところで、まだ痛むの? 」

 

「はい、少し」

 

「そう…本当にごめんなさいね。私がもう少し早く到着できていたら」

 

そうは言ってもベアトリスさんは俺との念話中に既に陸士隊への第一報を入れており、更には念話が切れた後すぐに市街地内転移魔法使用の申請を出して、許可が下りると同時に転移してきてくれたらしいのだ。

 

「これ以上を、望んでは、罰が、当たり、ますわ」

 

そう言うと、ベアトリスさんも少し微笑んだ。

 

結局陸士隊の人は今日の夕方16時に病室まで来てくれることになった。気を失う直前にぼんやりと考えていた階級差についてベアトリスさんに聞いたところ、現場で会った人は三等陸尉の階級章を付けていたのだそうだ。

 

「私は二等空曹だから、確かに階級で言えばあの人の方が上ね」

 

「初見の、方も、階級章で、判断、されるの、ですか? 」

 

「普通はそうね。他に参考に出来るような情報もないし、階級章があれば一目瞭然だから」

 

なんだか急に時空管理局が軍隊っぽく見えてきて、少しだけ嫌な気分になってしまった。階級社会なのは警察も軍隊も同じ筈なのに、矢張り自分が慣れていない軍隊のような階級の呼び方は忌避感のようなものが働くのかもしれない。

 

ベアトリスさんの用事はお見舞いついでに陸士隊の伝言を伝えることだけだったので、直ぐに仕事に戻ることになった。

 

「ねぇミント。ミントは将来、管理局員になりたい? 」

 

母さまがそんなことを聞いてきた。

 

「そう、ですわね、お給料は、良い、ようですが、階級、制は、あまり、わたくしの、趣味に、合っている、とは、言い難い、ですわ」

 

「あらあら、あまり無理して喋らないでもいいのよ。じゃぁミントは管理局入りはしない? 」

 

「今は、興味が、ありません、わ。嘱託、くらいなら、考え、ますけど」

 

嘱託魔導師というものが存在する。これは管理局の仕事を手伝い、お給金も貰うことが出来るのだが、正式には管理局に所属しているわけではない。あくまで「協力者」というスタイルになるため、あまり細かい規則まで従わなくてもよい反面、いつでも簡単に辞めさせられてしまう可能性があるし、正規の局員と比較したら給与も少なめだ。

 

尤もいくら給与が少な目とはいえ、普通に次元世界で仕事を探すならその中では破格といえる収入があるし、簡単に辞めさせられるというのは裏を返せば簡単に辞められるということだ。ただ聞くところによると時空管理局は随分と人手不足のようだし、辞めさせられるようなことはそうそう無いだろう。

 

「まぁ、いずれに、しても、スカウトの、対象は、初等科、3年以降、ですわよ」

 

魔法学院の初等科では最初の2年間を人格形成期間とし、魔法の授業に先駆けて倫理面や基礎座学を行う。その後3年に進級する時に改めて魔力量の測定を行い、それが公式記録として残るため管理局のスカウトは基本的にはこの時期から始まるのだ。

 

母さまとそんな話をしていると、サリカさんが病室に入ってきた。

 

「ミントちゃん、検温の時間よ」

 

耳に小さな体温計が当てられ、直ぐにホロウインドウが展開される。こうしたところはさすがに地球よりも随分発達しているようだ。

 

「37度2分。ちょっと高めだね。お喋りしすぎちゃったかな? 」

 

「夕方に陸士隊の人が聴取に来るんでしょう? 大丈夫? 」

 

時計を見ると14時少し前だった。今から一眠りすれば多少は体調も良くなるかもしれない。

 

「16時まで、まだ、少し、時間も、あります、から、休むことに、しますわ。三等陸尉が、いらっしゃったら、起こして、下さい、ませ」

 

「そうね、判ったわ。あとイザベルさん、少しお話できます? 」

 

「ええ。じゃぁデイルームの方で。ミント、ゆっくりお休みなさい」

 

母さまとサリカさんが病室を出ていくと、不意に睡魔が襲ってきた。俺は背中の傷に障らないよう、そっとベッドの上で横になると、そのまま意識を手放した。

 

 

 

=====

 

三等陸尉は16時丁度に到着し、俺はサリカさんに起こされた。ルーク・オハラと名乗った陸尉の用向きは思った通り実況見分だったのだが、聴取が終わって報告書を纏める際にちょっとした問題点が発覚した。

 

「魔導師登録がない子供が、街中で魔法を使ったというところが問題だな」

 

「魔導師、登録を、するために、クラナガンに、来たところ、事件に、巻き込まれ、たのですわ」

 

「いや嬢ちゃんの言い分も判るんだが、一応規則があってな。厳重注意ってことになるだろうな」

 

「理不尽、ですわね」

 

「報告書にウソは書けないんだ。すまないな。一応民間協力者っていうことで進言はしておくよ」

 

申し訳なさそうに頭を掻く姿には多少好感が持てた。

 

「別に、わたくしの、ことを、報告書に、書かなければ、済むことでは、ないのですか? 」

 

「それが例の犯人が嬢ちゃんのことまでベラベラと喋っちまってな。書かざるを得ない状況になっちまった。災難だと思って諦めてくれ」

 

「判り、ましたわ。いずれ、犯人を、半殺しに、すると、いうことで、この場は、収めましょう」

 

「ははは。冗談を言えるだけの元気があれば大丈夫だな」

 

勿論冗談なのだが、あの現場で流れた血を思い出すと、あながち冗談では済ませられないような気がした。

 

「あの、被害に、遭った、方々は、大丈夫、ですか? 」

 

「嬢ちゃんを含めた重傷者が38名、軽傷者は72名だ。死者が出なかったのは不幸中の幸いだな」

 

あれだけの流血があって死者がいないというのは奇跡的だろう。俺はホッと安堵の息を吐いた。

 

「だがあのショッピングモールの被害は甚大だ。当分の間、立ち入りは禁止になるだろうな」

 

「あ、鶏、料理の、お店は」

 

「あそこは瓦礫で埋まっちまったな。なんだ、食べたかったのか」

 

項垂れるように頷いた。元々、それが目的であのモールに立ち寄ったのだ。だが暫く営業再開は出来ないだろう。

 

「あそこの店と同じ系列の弁当屋がうちの隊舎にも販売に来るぞ。弁当だけだからガイドとかには載ってないが、味は変わらない筈だ」

 

「え!」

 

反射的に上体を起こすと、またしても激痛に悶絶することになった。

 

「おいおい、あまり無理するなよ。そんなに食べたかったのか。弁当物でよければ明日にでも持ってきてやるよ」

 

「あり、がとう、ござい、ます」

 

痛みのせいで涙をボロボロと流しながらお礼を言うと、ルークさんは若干引いたようだった。とりあえず実況見分のお礼ということにしてくれたので、調子に乗って母さまの分と合わせて2つの『揚げ鶏の香味タレ』弁当をお願いしてしまった。

 

 

 

ルークさんが帰った後、母さまとサリカさんから今後の予定について話を聞いた。結局俺の怪我は全治1か月といったところのようだ。一応2週間程度で背中の抜糸を行い、両腕のギプスを取る予定らしいのだが、経過次第では長引く可能性もあるらしい。

 

ここで非常に困ったのはお手洗いだった。両腕がギプスで固められ、動かせるのは指先くらい。右足の脛にもヒビが入っているため、満足に歩き回ることすら出来ないのだ。

 

尿瓶等を使用するにしても一人で処理をするのは困難で、母さまやサリカさんに手伝ってもらうのはあまりにも恥ずかしすぎた。最終的に用を足す時にはお手洗いまで付き添ってもらい、介助してもらうことで妥協した。

 

「ミントの世話はよっぽどのことがない限りお母さんが見るわよ」

 

「で、イザベルさんが手伝えない時は私が代理で」

 

母さまとサリカさんの間でそういう分担ができたらしい。怪我が完治するまでの1か月間は、母さまもクラナガンに滞在することになったのだが、病院への泊まり込みが認められていないため当面サリカさんの自宅にお世話になることになったのだそうだ。

 

「わたくしが、寝ている、間に、そのことを、話して、いたの、ですわね」

 

「まぁ殆ど雑談だったけどね。今回みたいな事件って頻繁に起きるのか、とか」

 

クラナガンで違法魔導師によるテロ行為が行われるのは、実はあまり珍しいことではないらしい。年間を通しても3、4回は発生するそうで、死傷者の数も無視できないレベルなのだとか。

 

「今回は幸い死者は出なかったけれど、運が良かっただけね。実際かなり危険な状態だった人も何人かいたし」

 

「そういう話を聞いちゃうとやっぱり怖いわ。ミント、学校に通うのは良いんだけど、今からでも他の世界の学校にした方がいいんじゃないかな」

 

「でもイザベルさん、クラナガンは管理局地上本部の御膝元だし、他の世界だともっと治安が悪いところもあるって聞きますよ」

 

結局ブラマンシュと比較したら大抵のところは危険なのだ。クラナガンの人口はブラマンシュの5万倍以上である。つまりそれだけいろいろな人がいる訳で、犯罪の発生率だって高くなって当然だろう。今から改めてクラナガン以外のステイ先を探すのが困難ということもあって、学校については現状維持となった。

 

「あ、サリカさん、そういえば、病室で、お弁当を、食べても、構いませんか? 」

 

ふと思い出したので、念のため聞いてみた。多分大丈夫だろうとは思ったのだが、前世では食品衛生上、外部からの食品の持ち込みを禁止している病院もあったためだ。

 

「お弁当かぁ。まぁミントちゃんの場合、内臓の方は健康だから基本的には問題ないけど、あまり固いものはダメよ」

 

「揚げ鶏の、香味タレ、弁当、ですわ。今日、いらした、ルークさんが、持ってきて、下さる、ので」

 

「揚げ鶏ね。多分大丈夫だとは思うけど、一応確認させて貰うわよ。いつ? 」

 

「明日の、お昼、ですわ」

 

母さまの分も一緒にお願いしたことを伝えると、サリカさんは少し考えるようにした。

 

「それならお弁当食べるの手伝ってあげるわ。イザベルさんも一緒に食べるなら、その方が良いでしょう? 確認も出来るし」

 

「そっか、そうね。そうして貰えると私も助かるわ」

 

言われて初めて気がついたのだが、俺の両腕は今ギプスで固定されていてナイフやフォーク、スプーンも持てないような状態だった。今日はお昼に点滴だけ打って寝てしまったため、気づかなかったのだ。それに母さまも、自分が食べながら俺に食べさせるというのは大変だろう。

 

「丁度今夜から病院食になる予定だったから、後で少し練習してみようか」

 

にっこりと微笑むサリカさんに、俺はこくりと頷いて返した。

 

 

 

=====

 

翌日のお昼に、ルークさんがお弁当を3つ持ってやってきた。

 

「お前さんが凄く期待してるみたいだったから、オレも食べてみたくなって買ってきてみたんだが…1つ足りなかったか? 」

 

病室には俺の他に母さまとサリカさんがいる。

 

「ああ、私は後でちゃんと休憩のシフトが入ってるから心配しないで下さい。今日はミントちゃんのフォローですよ」

 

サリカさんがいつもの笑顔で言う。

 

「そうか。何だか悪いな。で、そっちの嬢ちゃんは姉さんか? お袋さんがいるって聞いたと思っていたが」

 

「はい、母、です」

 

俺に紹介されたイザベル母さまがにっこり挨拶をすると、ルークさんは随分と驚いたようだった。

 

「いや、どう見ても15、6歳にしか見えないんだが。犯罪なら管理局員として取り締まった方がいいのか? 」

 

「わたくし達、ブラマンシュは、そういう、種族、なのですわ」

 

「ええ。見た目はともかく、私ももうすぐ30歳になりますしね」

 

「マジか。いや、すまん。まさかオレと殆ど同い年とは思わなかった」

 

母さまが悪戯っぽく笑うと、ルークさんは若干恐縮した様子でそう言った。

 

「歳の、話は、それくらいに、して、おきましょう。お弁当が、冷めて、しまいますわ」

 

「そうね。じゃぁ、『今日の糧に感謝を』」

 

母さまとルークさんは早速お弁当を開けて食べ始めた。サリカさんも俺の前にあるお弁当の箱を開けてくれる。そこには以前食品サンプルで見たものと同じような揚げ鶏が鎮座していた。

 

「ミントちゃん、先に一口貰うわね」

 

そう言ってサリカさんが端の鶏肉を口に運んだ。

 

「あら、美味しい。甘いようでちょっと辛味もあって…不思議な味ね」

 

「固さは、大丈夫、そうですか? 」

 

「うん。これなら問題ないわね。はい、ミントちゃんもどうぞ」

 

あーん、と言いながらサリカさんが鶏肉を差し出してくれる。口にした瞬間、生姜とニンニクの風味が口の中に広がった。ベースは矢張り醤油のようだが、次元世界にも醤油があったのかと、改めて少し驚いた。

 

「本当に美味しいわね。これ自宅で再現出来ないかしら」

 

母さまがサリカさんとレシピについて相談し始めた。

 

「あぁ、これは管理外世界の『しょーゆ』っていうソースだ。確か臨海エリアの店で売っていたな」

 

「え、そう、なの、ですか? 」

 

醤油が次元世界でも入手できるというのは朗報だった。貴重な情報をくれたルークさんに感謝する。退院したら是非行ってみようと思った。母さまやサリカさんも興味を持ったようだったので、お土産にも良いかもしれない。

 

「じゃぁ、ミントちゃんが良くなったら、イザベルさんがブラマンシュに戻る前にみんなで行ってみましょう」

 

ルークさんにお店の名前や場所を確認したサリカさんがそう言った。醤油があれば料理の幅は大きく広がることになるだろう。今から楽しみだった。

 

 

 

「そう言えばお前さんは随分大きな魔力を持っているようだが、空は飛べないんだったな。空戦適正がないのか? 」

 

食事を終えた後、ルークさんが聞いてきた。

 

「いえ、友人の、話では、適性自体は、あるよう、ですわ」

 

ユーノと浮遊魔法の練習をしていた時のことを思い出す。結局飛行魔法は使えなかったのではなく、使わなかったのだ。

 

「バリア、ジャケットの、管理を、任せられる、デバイスが、ありません、ので」

 

「そうか、残念だな。まぁお前さんは元々シャリエ二等空曹の知り合いだったか」

 

シャリエというのはベアトリスさんの苗字だった。

 

「あら、もしかして三等陸尉殿はミントみたいな小さな子まで管理局に勧誘するおつもりですか? 」

 

母さまが冗談めかして言うと、ルークさんはふっと息を吐いた。

 

「いや、貴女が30歳近いのなら、このお嬢ちゃんももしかしたら15歳くらいとか」

 

「昨日、聴取を、受けた時に、ちゃんと、5歳と、申告、しましたわよ」

 

「ああ、判ってる。冗談だよ」

 

勧誘しようとしたのは冗談ではないようにも思うが、敢えてスルーした。きっと少しでも才能のある人を見かけると勧誘したくなるのは、職業病のようなものなのだろう。

 

「まぁ、今の、ところ、海でも、陸でも、管理局に、入局する、つもりは、ありませんわ」

 

「ん? どうしてだ? お前さんほどの魔力があれば、将来は安泰だろうに」

 

「わたくしは、ルークさんを、オハラ、三等陸尉、と呼ぶのは、抵抗が、あります、から」

 

ルークさんは俺の意図するところを理解しきれてはいない様子だったが、どうやら束縛されるのがイヤらしい、という感じで受け取ったようだった。強ち間違いでもないので突っ込んだ訂正はしないでおいた。

 

「そう言えば、ルークさんは、そんなに、魔力は、高く、ないのですか? 」

 

「判るか? まぁ精々Cランクってところだな。元々オレは魔力よりもこっちでやってきたからな」

 

そう言って力瘤を見せる。ストライクアーツの使い手なのだそうだ。

 

「オレの上司はそれこそ魔力なんて全然ないのに、立派な管理局員だよ。あと数年で佐官だろうな…っと、すまんな、随分長居しちまった。そろそろ仕事に戻るよ」

 

壁の時計に目をやったルークさんが慌てたようにそう言った。お昼を食べ始めてから既に1時間が経過していた。

 

「下まで送りましょう。じゃぁミントちゃん、イザベルさん、また後で」

 

サリカさんがルークさんと一緒に病室を出る。母さまが弁当ガラを分別してビニール袋に分けた。リサイクルするにしても焼却処分するにしても、分別は大事だ。

 

「すみません、お母さま。わたくしも、お手伝い、出来れば、良いのですが」

 

「貴女はまず身体を治すことを考えなさい。そうね、普通に喋れるようになるくらいには」

 

そう言って母さまはふっと笑った。

 

「ミントは昔からいろいろと聞きわけが良くて、殆ど手もかからない子だったけれど、だからこそこうして母親として面倒を見てあげられるのが嬉しいのよ」

 

「お母さま…」

 

「でも!もう二度とムチャはしないで頂戴。今回は本当に寿命が縮んだわよ」

 

「あ、でも、今回は、あくまで、巻き込まれた、だけで」

 

「ミント。返事は? 」

 

「…はい、ごめん、なさい」

 

心配をかけたのは重々承知しているので、素直に謝る。

 

「ミントは、魔法使うのは好き? 」

 

「そう、ですわね。昔は、あまり、興味も、ありません、でしたが。今は、いろいろ、覚えるのも、楽しいですわ」

 

基礎的な構築式を弄って自分のオリジナル魔法を作って、それが発動した時は快感もある。フライヤーの発動が成功した時は感無量だった。

 

「ユーノさんの、影響かも、しれませんわ」

 

「これから学校に行けば、きっともっと沢山のお友達が出来て、いろんな知識を得られるようになるわ。それはきっと貴女にとってとても大切なことよ」

 

「そう、ですわ、お母さま。一つ、お願いが、あるのですが」

 

「なあに? 」

 

「クラナガン、セントラル、魔法学院の、試験、問題集の、ようなものが、あったら、やって、みたいのです」

 

どうせ入院中は暇なのだ。予定していた魔導師資格取得も延期せざるを得なくなってしまったことだし、出来ることから順番にやっていくのが良いだろう。

 

「判った。近くに本屋さんもあるだろうから、今日の帰りにでも買って、明日持って来るわね」

 

そんな話をしているうちに、サリカさんも戻ってきた。

 

「あ、イザベルさん、ゴミ纏めておいてくれたんですね。ありがとうございます」

 

「逆にこれくらいしかできないのよ。気にしないで」

 

母さまからゴミ袋を受け取るとサリカさんは病室を出ようとして、ふと思いついたように振り返った。

 

「そう言えばミントちゃん、さっきデバイスを持ってないって話してたわよね」

 

「はい、高価な、物ですし、子供が、持つような、物では、ありませんから」

 

元々デバイスと言うのは魔導師が魔法を行使する時の補助を行うためのものであり、まだ成長途中の子供が使うといろいろと弊害があると言われている。例えば計算機を使って計算をすることに慣れた子供が暗算出来なくなるとか、オートコレクト機能に頼った文章を書く子供が単語の正確なスペルを覚えていないとか、そう言ったことだろう。

 

「うん、それ良く聞くんだけどね。うちの両親に言わせると、少し違うみたい」

 

「サリカさんの、ご両親、ですか? 」

 

「そう。エルセアで、デバイスのお店をやっているの。デバイスマイスターなんだよ」

 

聞けばサリカさんの父親がA級のデバイスマイスターらしい。母親は元管理局の局員だったのだそうだが、今は引退してお店の手伝いをしているのだとか。

 

「確かに、身体が確り出来ていない子供がデバイスに振り回されると良くないっていう話もあるけど、一部の魔力が大きい子供はむしろデバイスを使った方が良いんだって」

 

「そう、なの、ですか? 」

 

その話は初耳だった。ただサリカさんも詳しい事は判らないらしく、退院後にエルセアに連れて行ってくれることになった。

 

「直接お話しした方が、色々と判るでしょう。私には魔力もないし、魔法のことはさっぱりだから」

 

「ありがとう、ございます。楽しみ、です」

 

エルセアと言えば、ジャンさんの出身地でもあった。お墓参りに寄らせて貰うのも良いだろう。

 

「すみません、わたくしの、ポーチは、ありますか? 」

 

「う、ん。ちょっと壊れちゃったけれど。ここにあるわよ」

 

サリカさんに取ってもらったポーチはベルト部分が引きちぎられたようになっていたものの、中身は無事のようだった。ランスター家の住所が書かれたメモがちゃんと入っていることを確認して、ホッと息を吐く。

 

「ポーチだけじゃなくて、着ていた洋服ももう買い替えないとダメね。さすがにあそこまで酷い状況だと修復は無理だし」

 

「お気に入り、だったのですが。仕方、ありませんわね」

 

殺傷設定の射撃魔法を受けて、更にほこりや流れた血を散々吸ってしまった布地はもう服としては機能しないだろう。元々滞在中の着替えを多く持ってきた訳ではないので、退院したら買い物に行く必要はあった。服もその時に買うことにしよう。そう言うと、母さまもサリカさんもそれは楽しみだといって微笑んだ。

 




今回はいろいろと書き難かったです。。
何度も何度も書き直しているうちに時間だけが過ぎて行きました。。

ルーク・オハラ三等陸尉はオリジナルキャラです。。
ちなみにもう何年も昔にTRPGで私がGMをやったときのシナリオで活躍した
主人公の剣士で、それはもうすごく強くてかっこよかったのですが、
今回は脇役での登場でした。。

もっとも例によって名前だけですが。。


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第7話 「各種費用」

「あーあーあー、あえいうえおあお、あいうえお」

 

「痛みの方はどう? 」

 

「ありがとうございます、サリカさん。喋るくらいならもう痛くありませんわね」

 

「そう、良かったわ」

 

抜糸も終えて、一番酷かった背中の傷ももうそれほど痛まなくなっていた。両腕の骨折についても経過は順調で、もう数日でギプスが外されることになっている。一番治りが遅い右足のヒビが気になるところだが、両腕のギプスが外れたら松葉杖を使って院内を歩き回っても良いとの許可も頂いた。

 

「傷痕…やっぱり残っちゃったね。ごめんなさい」

 

「サリカさんの所為ではありませんわ。それに先日鏡で確認しましたが、言うほど目立ちませんでしたわよ」

 

傷痕は確かに大きかったが、注意してみなければわからないレベルだった。サリカさんが言うにはお風呂などに入って肌が上気した時は若干はっきりと浮かび上がってしまうだろうとのことだったが、それにしたって自分自身から見えない場所なのだから、全く気にならなかった。

 

(それとも、気にした方が良いのでしょうか)

 

女の子なら、自分の肌に傷がつくのを嫌がるのが普通だろう。それが気にならないというのが、もし俺が男性の意識を持っていることが原因だとしたら、それは少し嫌な気持ちだった。かといって、あまり気にする素振りを見せてしまうと今度は逆にサリカさん達に負い目を感じさせてしまうだろう。

 

「全部、あの違法魔導師が悪いのですわ!」

 

急にやり場のない怒りがこみ上げて来て、思わず叫んでしまった。さすがに力を入れても傷が痛むことは無かったが、若干皮膚が突っ張るような違和感があった。

 

「ミント。気持ちは判るけど、あまり大声を上げてはダメよ。ここは病院なんだから」

 

「あ、そうですわね。ごめんなさい」

 

母さまにも窘められてしまった。だがあの違法魔導師についての苦情はまだまだあった。例えば、今回のこの予定外の出費だ。手術に、検査に、投薬に、29日以上の入院。しかも俺はまだミッドチルダの居住手続きを終えていないため保険が適用されず、全額自己負担になる。これをブラマンシュの共有財産から支払うのだ。

 

(魔導師登録さえ済んでいれば、準住民の扱いでしたのに)

 

聞いたところ全く払えない金額ではないものの、余計な出費を背負い込んでしまった上、みんなに迷惑をかけたという事実は変わらない。母さまはお金のことは気にするな、と言ってくれるものの、これを気にせずにいることは出来なかった。

 

(やっぱり卒業後に少しだけ嘱託魔導師として働いて、お金を返した後で原作介入するのが理想的ですわね)

 

そのためには初等科1年の最後に行われる飛び級試験で、一気に中等科に編入される必要がある。中等科に編入出来さえすれば、その後の試験は学力よりも魔力メインになる様子だから多少は楽である。問題なのは初等科1年から一気に中等科1年に編入出来るだけの知識と実力を身につけることだ。

 

母さまが買ってきてくれた試験問題集はとても判りやすい解説が別冊で付属しており、単純な問題集としてだけでなく、参考書としても役に立った。ただ暇な時間は殆ど全てこれの勉強に充てていたため、今ではこの問題集に限って言えば、どの問題を出されてもパーフェクトに答えられる自信があるレベルに達してしまっていた。

 

(数学の公式などまで地球と同じとは思いませんでしたが)

 

異世界とはいえ、一部を除けば前世の記憶で殆どの問題が理解出来てしまうのも勉強が進んだ理由だった。問題があるとすれば歴史やミッド語など前世知識が当てにできない科目だったが、幸いにも勉強そのものが楽しく、また幼児特有の、勉強すればするだけ身につくという能力にも助けられたこともあって、その辺りの知識も思っていた以上にスムーズに吸収出来た。

 

「お母さま、お願いがあるのですが」

 

「どうしたの、ミント」

 

「また別の参考書があったらやってみたいのです。出来ればもう少しレベルが高いものでお願いしたいのですが」

 

「どのくらいのレベルのものをやってみたいの? 」

 

「そうですわね、初等科5年生向けの参考書と、中等科の編入試験問題集があったらお願いしたいですわ」

 

「あらあら、随分と上のレベルなのね。飛び級でもするつもりなの? 」

 

「一応、視野には入れていますけれど」

 

「ねぇ、ミント。飛び級するのが悪いとは言わないわ。勉強が出来るのもいい。でもね、お母さん達が貴女に学校に行って貰いたいって思ったのは、勉強よりもむしろ沢山のお友達を作って、楽しく過ごして欲しいからなのよ」

 

別に咎める様子ではなく、優しい口調でそう言われた。それにはこちらも笑顔で返す。

 

「大丈夫ですわ、お母さま。勿論、楽しむのが最優先ですわよ」

 

「そう? それならいいけれど」

 

別に嘘を吐いたわけではない。折角の学校生活は楽しまなければ損というものだ。楽しみながらもちゃんと課程は修了させてからPT事件に介入するのが理想である。最悪の場合、俺自身は飛び級出来なくても、何らかの理由をつけて介入することは可能だろう。だが一度介入を始めたら最低でも2か月は学校に戻れなくなる可能性が高い。

 

(折角ブラマンシュみんなの好意で学校に行くことになったのに、サボるわけにもいきませんですしね)

 

それに出来るだけ出費を抑える目的もある。出来ることなら奨学金制度、それも貸与ではなく給付奨学金を狙いたい。そのためには成績上位10人以内に入る必要があるのだが、万が一選に漏れてしまい貸与奨学金扱いになってしまっても、飛び級をすることによって全体的な返済金額を引き下げることも出来る。

 

ただでさえ、今回の入院には相応のお金がかかっている。介入の都合もあるが、最終的にかかった費用を全てブラマンシュに返還しようと考えている身としては、金額は小さい方が助かるのだ。

 

(それにしても、なんだかお金のことばかり考えているのはあまりいい気分ではありませんわね)

 

思わずため息を吐いてしまった。

 

「ため息を吐いた数だけ幸せが逃げて行くって言うのよ、ミント」

 

「あら、失礼しました。早く自由に歩き回りたいと思っただけですのよ」

 

「ずっと病室に籠りっきりだものね。少しお母さんと一緒に散歩してみる? 」

 

母さまはそういうと、いつもトイレに行く時に使う簡易車椅子を用意してくれた。折角なので日当たりの良い病院の庭でのんびりするのもいいだろう。母さまとサリカさんが車椅子に乗る手伝いをしてくれる。

 

「ありがとうございます。ではお母さま、お願いします。サリカさん、行ってきますわね」

 

「はいはーい。気を付けてね」

 

 

 

ミッドチルダはちょうど初夏を迎えたところだった。本当なら今回は魔導師登録の序にサリカさんへの挨拶や学校の下見を済ませ、1週間後には一旦ブラマンシュに戻るつもりだったのだが、想定外の入院で帰郷は取り止めになってしまった。

 

「夏の間はブラマンシュでのんびりしようかと思っていたのですが」

 

「まぁ折角お母さんもこっちに来てるんだし、珍しい家族旅行だと思って楽しみましょう」

 

ミッドチルダの気候は温暖で、真夏でも然程暑くはないらしい。母さまに車椅子を押して貰い庭に出ると、そよぐ風がとても気持ち良かった。

 

「東屋のところまで行ってみましょうか」

 

庭の中央には少し大きめの池があり、その畔の東屋は人々の憩いの場にもなっている。入院してから2週間ほどが経つが、ここにはたまに連れて来て貰っていた。庭の芝生と東屋の周りにある花壇、それに敷地を囲う垣根代わりに植えられた背の高い針葉樹が目に優しい。

 

初めてクラナガンに来た時は明らかに造られた自然に違和感があったものだが、この2週間で随分と慣れていた。空に浮かぶロシュ限界を超えたような星も、針葉樹の向こう側に見える地上本部の尖塔も、今では日常の風景だった。

 

普段は患者さんや付添いの人が談笑していることが多い東屋だったが、今日は偶々時間が合わなかったのか誰もいなかった。無事な左足を使って車椅子から東屋の椅子に移動する。母さまも車椅子を傍に置くと、俺の隣に座った。

 

「珍しいですわね、こんなに天気がいいのに誰も東屋にいないなんて」

 

「そうね。でも、ほら。あっちには何人かいるわよ」

 

母さまが示す方を見ると、池の畔で日向ぼっこをしている人達がいた。むしろ天気が良いから東屋のように屋根があるところではなく、お日様の下に出たかったのかもしれない。

 

「わたくしたちも行ってみますか? 」

 

「やめておいた方がいいわよ。この時期って、日差しがすごく気持ちいいけれど紫外線も強いから」

 

転寝でもしようものなら、肌にはあまりよろしくないらしい。むしろ転寝するなら東屋の方がいいのだそうだ。

 

暫く風が運んでくる緑の匂いを堪能する。ついつい欠伸が出た。

 

 

 

ふと気が付くと、俺は母さまに膝枕された状態でブランケットをかけられていた。

 

「おはよう、ミント」

 

「いつの間にか寝てしまったのですわね。おはようございます、お母さま」

 

「まぁ、そんなに長い時間は経ってないけどね」

 

「そうでしたか。ところでこのブランケットはどうされたのですか? 」

 

「ミントが寝ちゃって、お母さんは膝枕してるから動けないでしょう? そしたらね、その子がナースセンターから借りて来てくれたのよ」

 

「その子? 」

 

「僕だ」

 

「ひゃぁぅ!」

 

急に反対側から声をかけられて、また変な声を上げてしまった。少し寝ぼけていたのだろうか、全く人がいることに気付かなかった。

 

「すまない、驚かせるつもりはなかったんだが」

 

「い、いえ、こちらこそ急に変な声を出してしまって。失礼しました」

 

慌ててぺこりと頭を下げる。着ているのは管理局の制服だろうか。ルークさんが着ているものよりも、ベアトリスさんが着ているものに近いデザインのような気がする。そのまま目線を上げて、相手の顔を見た瞬間、思考が停止した。

 

「ブラマンシュ一族のことは話では聞いたことがあるけれど、実際に会うのは初めてだな。僕はクロノ・ハラオウンだ。よろしく頼む」

 

名乗られたことで、漸く頭が回り始める。

 

「ミ、ミント・ブラマンシュですわ」

 

差し出された右手に慌てて握手をしようとして、両手に嵌められたギプスに気付く。クロノも同時にそれに気付いたようで、バツが悪そうに頭を掻いた。その手首には軽く包帯が巻かれている。

 

「重ね重ねすまないな。その両腕の武勇伝も聞いてはいたんだが」

 

「いえ、っていうか武勇伝って何ですの? 」

 

「違法魔導師と闘ったんだろう? さっきイザベルさんから聞いたよ。君があのショッピングモールテロ事件のミントだったんだな」

 

母さまはにこにこと俺のことを見ていた。いつの間にか自己紹介までしていたらしい。別段咎めるようなことでもないのでそちらはスルーし、軽くため息を吐くとクロノに答える。

 

「闘ったというよりは、一方的に叩きのめされたというのが正しいですわね。それよりわたくしのことをご存じだったのですか? 」

 

「あぁ。現場を担当した三等陸尉の報告書は読んだよ。君のおかげで助かったという人が沢山いたと聞いている」

 

「初耳ですわ」

 

「あの時3階にいた民間人は、逃げる時に君がかけたプロテクションのおかげで命拾いしたと証言しているらしいし、陸士隊の隊員は、君が違法魔導師の注意を引いてくれたおかげで1階への突入を早めて死者を出さずに済んだと言っている」

 

「あまり褒めないでね。今回ばっかりは、本当にどうなることかと思ったのよ」

 

母さまは少し渋い顔をしてそう言った。

 

「今回は巻き込まれた形だから仕方ないとも言えるが、確かに君のような小さな子が違法魔導師に挑むというのは無謀だな。これからは注意した方がいい」

 

言っていることは正論なのだろうが、正直クロノの見た目はかなり幼い。そのクロノに小さな子呼ばわりされ、少しだけムッとした。

 

「クロノさんだって、まだ子供ではありませんか」

 

勿論、知識としてはクロノの方が5歳以上年上なのは知っていたが、ついそう言ってしまった。

 

「僕はこれでも11歳だ。それに今日、執務官試験にも合格した。子供呼ばわりはしないでくれ」

 

「あら、そうなんですの? それはおめでとうございます。難関だと聞いていますわよ」

 

執務官試験がとても難しいということは前世知識でも知ってはいたが、一応以前にマーカスさん達からも管理局の話はいろいろと聞いていた。

 

「ああ、僕も2回目の受験でやっと…って、今そんなことはどうでもいいか」

 

そういう風に、他人の言葉に一喜一憂するあたりが、まだ子供だと思った。それにどう考えても11歳は子供だろう。敢えて本人の前では口にはしないが、その代わりにクスリと小さく笑う。

 

「ところでクロノさんは、今日はどうして病院にいらしたのですか? 」

 

「今日の実技試験でちょっと怪我をしてね。と言っても軽く捻っただけなんだが」

 

そう言って包帯が巻かれた手首を軽く回している。どうやら実技試験終了後、バリアジャケットを解除した時にうっかり転んでしまったらしい。本来なら本局の医務室に行けばよかったのだが、たまたま今日は地上本部に急ぎの用事があり、そちらを優先させたのだそうだ。

 

「地上本部からなら、この病院に来る方が手っ取り早いしね。大した怪我でもないんだが、とりあえず湿布だけ処方して貰ったんだ」

 

イメージしていたクロノよりも随分と饒舌だった。もしかしたら執務官試験に合格できたことで浮かれているのかもしれない。

 

「で、そろそろ帰ろうと思ってロビーを歩いていたら、庭にいる君たちに気付いたんだ。2人揃ってバカみたいに大きな魔力を持っているものだから気になってね」

 

「あら、クロノさんも管理局員のスカウトを? 」

 

「いや、別にそういうわけじゃないんだ。というか、『も』って何だ。君はまだ5歳なんだろう? もうスカウトが来たのか? 」

 

「例の三等陸尉ですわよ。管理局に入るつもりはないって言ったら残念そうにしていましたわ」

 

俺がそういうと、クロノも呆れたような表情をした。

 

「そういえば、執務官って三等陸尉よりも階級は上なんですの? 」

 

「執務官というのは役職であって階級じゃないんだ。階級で言うなら僕は二等空尉だから1階級上ということになるな」

 

「話では聞いていましたが、本当に実力主義ですのね。その歳にして階級がそんなに高いなんて」

 

「魔力量に左右されるところが大きいんだ。それに僕は士官学校を出ているからな。最低階級が三尉になる」

 

こういうところも軍隊のように思えてしまい少し嫌な気分になったが、あえて表情には出さないように会話を続けた。話をしている雰囲気からも、クロノが時空管理局に対して全幅の信頼を寄せていることがよく判る。俺自身、別に時空管理局の存在そのものが間違っているとは思っていないし、クロノと口論をしたい訳でもないのだ。

 

「ところで、ブラマンシュ一族はあまり外の世界に出ることはないんだろう? 君は何故ミッドチルダに? 」

 

「外の世界に出る人が皆無という訳ではありませんわ。わたくしは来年からクラナガンの魔法学院に通いますのよ」

 

「魔法学院か。なるほど、そういえば願書の締め切りは毎年秋口だったな」

 

「その前に魔導師資格を取得しようと思っていたのですが、ミッドチルダに到着した当日にこの有様ですわ」

 

「それは確かに災難だったな。心からお見舞い申し上げるよ。だが回復したら登録するんだろう? デバイスは持っているのか? 」

 

「まだ持ってはいませんわ。管理局で貸し出してくれると聞いています」

 

するとクロノは少し考えるような素振りを見せた後で、こう言った。

 

「君は自分の魔力ランクがどのくらいあるか、把握しているか? 」

 

「母さまがAAAで、それと同等かそれ以上とは聞いていますが、まだ正確に測ったことはありません」

 

「僕の魔力ランクも今ちょうどAAAだ。君は確かに魔力量については僕よりも多いと思う。それで予め言っておくが、管理局で貸し出すデバイスは一般局員向けのものだ。対応できる上限は精々AAくらいまでだろうな」

 

「は? えっと、それってどういう…? 」

 

「AAA以上の魔力を持った魔導師なんて、管理局全体でも5%に満たない。そんな少数派用の高度なデバイスを貸し出し用に常備するくらいなら、その分の資金を他の事に回すって言うことさ」

 

一瞬、クロノが何の話をしているのか判らなかったが、どうやらあまりに魔力が大きいと、管理局で貸し出してくれるデバイスでは処理しきれずに機能停止、最悪の場合壊れてしまうこともあるらしい。

 

「魔力量がAAA以上の魔導師は、ほぼ全員自前のデバイスを持っているよ。魔導師登録にはデバイスを使った検査もあるし、君も事前にデバイスを入手しておいた方がいいな。多分、その魔力量だと貸し出しは拒否される可能性が高い」

 

これは魔導師登録よりも先に、エルセアにいるというサリカさんのご両親に相談した方が良いだろう。

 

「クロノさん、聞いても良いですか」

 

「何だ? 」

 

「デバイスを買おうと思ったら、おいくらくらいするものなのでしょうね? 」

 

「あぁ、そういう問題もあるのか。AAA以上の魔力に対応出来るようなものはかなり高くつくだろうな。自作するにしても相応の部品代は覚悟したほうがいいし、何よりデバイスマイスターとしての勉強をしておかないと」

 

両腕が無事ならorzのポーズをとっていただろう。

 

「管理局に入局すれば、局員の装備は必要経費だから相応のデバイスも支給されることになるが、さすがに一朝一夕には行かないな。年齢が年齢だし、それに君は管理局に入るつもりはないんだろう? 」

 

「嘱託くらいならいいのではと以前から思っていましたが、今随分と天秤が傾きましたわ」

 

今夜にでもサリカさんに相談してみよう。さすがに未だ面識のないデバイスマイスターにツケ払いをお願いするのは気が引けるし、出来れば借金はこれ以上増やしたくないのだが、デバイスがなければ魔導師登録が出来ないとなれば話は変わってくる。

 

「嘱託魔導師か。まぁいずれにしてもそれは最低でももう2、3年してからだな。それにしても、ブラマンシュなんてみんな高い魔力を持っているのだから、全員それなりのデバイスを持っているものだと思っていたが」

 

「もともと魔力が高いだけで、ろくに魔法なんて使いませんのよ。他の世界とは全く違うのですわ」

 

実際ブラマンシュでデバイスを保有していたのは族長を含めても数人程度だった。それも一族の生活に役立てる仕事をする上で、必要に迫られて所持していたものだ。俺のために貸してもらうわけにもいかない。

 

「ねぇ、ミント。本当にお金のことは気にしなくてもいいのよ。ブラマンシュにはちゃんと貯えがあるんだから」

 

それまで黙って聞いていた母さまがそう言ってきた。ここまでずっと拒んできたが、心が揺れる。

 

「お気持ちは嬉しいのですが、やっぱりそれはブラマンシュの共有財産なのですわ。どうしても他に方法がない時はお借りするかも知れませんが、出来るだけ使わずに済む方法を探してみます」

 

母さまは多少諦めたように微笑みながら頷いた。

 

「さて、随分と長居してしまったな。僕はもうそろそろ行かないと。いろいろ話せて楽しかったよ。ありがとう」

 

にこやかな表情でクロノが立ち上がる。俺も愛想笑いを浮かべながら、随分と爆弾を投下してくれた史上最年少執務官を見送った。心の中で、もう少し空気を読んで欲しいと思っていたことは言うまでもない。

 

 

 

=====

 

『あぁ、そういうことなら1つSランク向けの高性能デバイスの試作品があるんだが、モニターになってくれるなら料金は要らんぞ』

 

クロノと話をした日の夜、サリカさんに事情を説明してご両親に連絡して貰ったところ、あっさりとそんな返事が来た。

 

「本当ですか? 助かりますわ」

 

『ただ、待機モードの造詣がかなり趣味に走っておる。見た目さえ気にしないならな。後、定期的にデータを提供してもらうことになるぞ』

 

「それは全く問題ありませんわ。是非、よろしくお願い致します」

 

『こちらも、ニアSランクのモニターを探すのに苦労しておったし、願ってもない。お互い様ということで、こちらこそよろしく頼むぞ』

 

全く案ずるより生むが易しとはこのことだろう。母さまとサリカさんによかったね、と声をかけられて本当に嬉しく思った。

 

エルセアに行くのは退院早々ということにした。未だ見ぬ相棒を想い、俺はデバイスにつける名称を考えていた。

 

「このミント・ブラマンシュの愛機になるわけですから、名前はやっぱり」

 

 

 

トリックマスター。

 

これしかないだろう。

 




最近、プライベートが随分と忙しくなってきました。。
投稿は不定期と言いつつ、何とか毎週土曜日の20時にUP出来てきていましたが、そろそろ本当に不定期になるかもしれません。。

出来る限り土曜日の20時UPを目指しますが、遅れた時も生温かく見守って下さい。。
ちなみに今回は19:55に書きあがりました。。


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第8話 「ミッドチルダにて」

両腕のギプスが取れてから更に1週間が過ぎた。最初は手首が固まったように動かなくて驚きもしたが、直接ダメージを受けた部分ではなかったためか、お湯などに浸けてゆっくり動かすようにしていると、数日で元通りになった。

 

右足のギプスも漸く外れた。まだ低下した筋力を元に戻すためにリハビリが必要なのだが、松葉杖で院内を自由に動き回れるようになったので、気分的には随分と楽になった。

 

何より嬉しかったのは、漸くお風呂の許可が出たことだった。この1か月近く、サリカさんや母さまが体を拭いてくれたり髪を洗ったりはしてくれたのだが、ギプスの所為でお風呂はおろか、シャワーすら浴びることが出来なかったのだ。

 

クラナガン総合病院にはかなり広い共同浴場があった。それも洗い場が別にある、日本タイプの物だ。最初に存在を知ったときからずっと入りたいと思っていたのだが、ギプスが外れるまでお預けになっていたのだ。

 

「おっ、おっ、おっ、お、ふ、ろ~が好き~だ~」

 

どこぞの金狼を真似して歌ってみる。さすがにあそこまで酷い音痴ではないが、彼女がイメージした本来のメロディーラインが判らないため必然的に音痴っぽい歌い方になってしまい、付き添ってくれたサリカさんも最初はどう反応したら良いのか判らず、戸惑っている様子だった。

 

「お、お風呂好きなのね。ちゃんと入れるようになって良かったわね」

 

「そう言えば、サリカさんのご自宅、バスタブと洗い場は別ですの? 」

 

「ええ、そうよ。バスタブを泡だらけにするのはあまり好きじゃなくて」

 

「良かったですわ。やっぱりお風呂ではゆっくり温まりたいですから」

 

確りと身体を洗い、サリカさんに背中を流して貰った後でゆっくりとお湯に浸かる。久しぶりのお風呂はとても気持ちがよかった。

 

「そういえばブラマンシュは基本的に各家庭に温泉があるんですってね。羨ましいなぁ」

 

「うちは露天でしたわ。源泉掛け流しですのよ」

 

ブラマンシュの集落近くには弱アルカリ泉質の源泉が湧出しており、これが各家庭に引かれているのだ。源泉の温度は46度と若干高めだが、家庭に届く時には42度になるように分配管が調整されている。

 

「そのうち是非お邪魔させて欲しいわ」

 

「いつでも歓迎致しますわよ」

 

2、3年前はよくユーノと一緒に露天風呂に入ったものだ。当時は今よりもずっと男性の意識が強かった所為か、ユーノと一緒に入るよりもむしろイザベル母さまと一緒に入る方がよっぽど恥ずかしかったのだが、今では殆ど意識しないで済むようになっている。その一方で、仮に今ユーノと一緒に入れ、と言われてもあまり抵抗は無いように思った。

 

(逆にユーノさんの方が意識してしまいそうですわね)

 

ユーノには申し訳ないのだが、彼に対する感情は未だ家族的なものが大きく、恋愛対象として見ることは出来ていない。男性としての意識も以前と比較して小さくなっているように思うが、相変わらず存在している。時間が解決してくれる問題なのかどうか今は判らないが、これについては現状を維持するしかない。

 

そういえば、入院してからユーノに連絡を入れていないことに思い至った。

 

(もしかしたらブラマンシュの方に手紙が届いているかもしれませんわね)

 

魔導師資格を取得するためにクラナガンに行くという話は以前手紙で伝えたのだが、それからは連絡をしていない。デバイスを入手したら通信を入れておこうと思った。

 

 

 

お風呂から上がって身体を拭いた後、病室に戻って髪を乾かす。母さまがドライヤーを用意して、俺の髪に当て始めた。

 

「ドライヤーくらい自分でも当てられますのに」

 

「でもミントの髪って触ると気持ちいいのよ」

 

「髪質はお母さまも同じだと思いますわよ」

 

「強いて言うなら長さの問題かしらね」

 

温風を避けるようにテレパスファーをぴょんと立てた。本来は寄生生物なのだが、宿主の意思でこうして動かすことも出来る。ただ、さすがに自分の身体を支えられるくらいに伸ばしたり、サルの尻尾のように使って木登りをしたりといったことは出来ない。

 

(空を飛ぶことも出来ませんわね。どこかでそんな描写を見たような気もするのですが)

 

矢張り空を飛ぶのはデバイスを入手して、バリアジャケットを構築するのが一番の近道だろう。退院後にエルセアを訪れるのがとても楽しみだった。思わず顔が緩むのを自覚するが、目の前の鏡台に置いてある壊れてしまったポーチを見て、直ぐに気を引き締めた。

 

(ジャンさんのお墓参りでもありましたわね)

 

既にサリカさんにも事情を話して、ランスター家にも連絡してもらっている。今回はジャンさんと面識があった母さまも一緒に行くことになっていた。ジャンさんが亡くなった事故ではランスター夫妻以外にも亡くなった方が何人かいるそうで、合同の追悼式典が近々開催されるとのことだったため、その式典に参加させてもらうことにしたのだ。

 

「サリカさん、退院は1週間後で間違いありませんでしたわよね? 」

 

「そうね。それまでにリハビリの進め方を指導するから、確りマスターしてね。あと自然治癒力を高めるために、あまり強化はしちゃダメよ」

 

式典は2週間後だった。退院しても暫くはリハビリが必要らしいのでエルセアに行く時にも松葉杖は持っていくように念を押された。

 

 

 

=====

 

1週間後、無事退院した俺は母さまと一緒に臨海エリアに買い物に来ていた。サリカさんも一緒に来たがっていたのだが、生憎とシフトの都合で今回は一緒には来れないとのことだった。その代り、今夜の晩御飯はサリカさんが帰宅する前に俺と母さまで『揚げ鶏の香味タレ』を作ってあげることにしている。

 

「あのタレにはガーリックとジンジャーが入っていたわよね」

 

「若干酸味もありましたから、ビネガーも少量必要だと思いますわよ」

 

そんな話をしながらルークさんに教えてもらった調味料専門店に入る。

 

「これは…すごいですわね」

 

店内には次元世界で入手できる各種調味料が所狭しと並べられていた。管理世界のものもあれば、管理外世界のものもある。

 

「あ、ミント。これじゃない? 」

 

母さまが見つけた棚には『97管理外』と書かれた札が挿してあり、日本語で『醤油』と書かれたラベルが貼られたボトルが置いてあった。ご丁寧にミッド語でふり仮名もつけられている。

 

「!」

 

同じ棚に味噌や出汁の素などが並べられているのを発見し、思わず手に取った。

 

「お母さま、これとこれと、あとこれも買いましょう」

 

目についたところから白味噌、いりこ出汁の素を籠に入れた。

 

「ミント、これは何? 」

 

「味噌っていう管理外世界の調味料ですわね。以前何かの本で読んだことがあります。これで美味しいスープが作れるはずですわよ」

 

本当は前世の知識で知っていたのだが、さすがにそれを伝える訳にはいかないので誤魔化しつつそう言っておいた。具材にはブラマンシュにもある乾燥わかめとお麩を使うことにする。幸いこの店でも乾物として扱われていたので、1袋ずつ購入。

 

醤油は今後のことも考慮して、多少大目に購入しておくことにした。母さまは、味噌が美味しかったらまた買いに来ることにしたようだ。

 

「確か、ライスはあると言われてましたわね」

 

「あと、レタスと胡瓜、トマトもあるって言っていたわよ」

 

ドレッシングがあることも出がけに確認済みだった。これでサラダも作れるだろう。揚げ鶏のソースに使う葱、生姜、ニンニク、白胡麻黒胡麻に至るまで在庫があったし、そもそも揚げる時に使用する油もコーンスターチも余裕があった。

 

「じゃぁ、後は鶏もも肉を買っておけば大丈夫ですわね」

 

鶏もも肉はサリカさんの家の近くにある店で新鮮なものを扱っているため、帰り道に寄って購入。これで必要な食材は全て揃った。

 

 

 

サリカさんの家に戻った頃には終業時間を迎えようとしていたので、早速下拵えを始めた。まず俺がお米を研いだ後、ソースの調合に入った。ニンニクと生姜を擂りおろし、醤油を適量混ぜる間に、母さまが包丁でもも肉を軽く叩きながら筋を切り、塩を塗す。もも肉はこのまま少し寝かせておいた。

 

「ビネガーも少し入れますわね。味の方はどうでしょうか」

 

自分で味見をしてみると、少し期待していたものとは違っていた。酸味はもう少しあっても大丈夫そうだったのでお酢の量をさらに増やし、母さまにも少し舐めてもらう。

 

「前に頂いたお弁当のタレはもう少し甘味があったような気がするわ」

 

「確かにそうですわね。お砂糖も少し入れてみましょうか」

 

砂糖を加えると途端に味が整った。

 

「かなり近くなったと思いますわ。どうでしょう? 」

 

「そうね。確かこんな味だったわ。後、お酢はもうちょっと入れてもいいかも。醤油と同じくらいでも大丈夫だと思うわよ」

 

母さまのアドバイスに従って醤油とお酢、砂糖はそれぞれ1:1:1くらいの量で、そこに擂りおろしたニンニクと生姜を適量加えると、かなりいい感じのソースになった。ひとまずタレはこれを完成形として、次に研いでおいたお米を炊くことにした。

 

吹きこぼれそうになる直前まで強火で炊き、その後は10分ほどトロ火で炊く。

 

「じゃぁ次は揚げ鶏ね。揚げ油の準備をしておくから、お肉にコーンスターチを塗しておいてくれる? 」

 

「承りましたわ」

 

ビニール袋にコーンスターチを適量入れ、もも肉を入れてポンポンと叩くと丁度良い具合に揚げ準備が完了。油も適温になったようなので、母さまが鶏を揚げている間にサラダと味噌汁も作っておく。

 

「ただいま。何かすごくいい匂い」

 

タイミングよくサリカさんも帰宅した。

 

「ちょうどよかったですわ。もうすぐ完成しますから、着替えて手を洗って来て下さいませ」

 

「ミントもありがとうね。その足だと配膳は難しそうだから、後はテーブルで待ってて」

 

「すみません、お母さま。そうさせて頂きますわ」

 

無理して料理をひっくり返したりしても大変なので、ここは母さまのお勧めに従って先にテーブルについておくことにした。母さまは揚げ終わった鶏肉に包丁を入れて均等にカットし、そこに刻み葱と白胡麻、黒胡麻を振りかけ、最後に例のソースをかけた。

 

「出来たわよ」

 

「うわぁ、美味しそう!あ、私持って行きますよ」

 

丁度着替え終わったサリカさんが戻ってきて、配膳してくれる。

 

「「「今日の糧に感謝を」」」

 

全員が席について食事を始める。結果から言うと、この日のメニューは大成功だった。

 

「帰宅した時にご飯が出来てるって幸せ!しかも美味しいし」

 

「喜んでもらえて良かったですわ。こちらのスープもお召し上がり下さいませ」

 

「うん、すごく美味しいわ。ミント、これお麩よね? 」

 

「ええ、ここまで味噌に合うとは思いませんでしたわ」

 

お麩はタンパク質や各種ミネラル分が含まれていて、尚且つカロリーが低い。サリカさんが言うには、ミッドチルダの病院でも幼児の離乳食や高齢者向けの食事で出すことがあるのだそうだ。

 

「揚げ鶏も美味しい。ねぇイザベルさん、ミントちゃんが卒業するまでここで生活しません? 」

 

「あら魅力的な相談ね。でもやっぱり私にはブラマンシュのような田舎の方が合っているわ」

 

実年齢はイザベル母さまの方がサリカさんより10歳ほど上なのだが、見た目だけなら母さまはサリカさんの妹と言われても違和感がない。その2人の会話風景はギャップがあって不思議な感じだった。

 

揚げ鶏にかけるソースは大好評で、レシピのメモはサリカさんにも共有した。母さまは味噌汁がとても気に入った様子で、ブラマンシュに帰る前に味噌をお土産に買っていくことにしたらしい。

 

食後、俺は改めてサリカさんに挨拶をした。

 

「では改めまして、サリカさん。これからよろしくお願い致しますわね」

 

「こちらこそよろしくね、ミントちゃん」

 

こうして予定より1か月ほど遅れて、俺のミッドチルダでの生活が始まった。

 

 

 

=====

 

母さまと一緒の傘に入れてもらい、松葉杖をつきながら雨が降る道を快速レールの駅に向かう。今日はエルセアにあるサリカさんの実家に向かうことになっていた。

 

「折角なのに、雨で残念ね」

 

「天気予報では夕方から夜にかけてが一番酷くなるみたいだから、午前中に移動するのが正解ですよ」

 

「でも明日には晴れるとも言っていましたわよ」

 

これからのスケジュールとしては、まずサリカさんの実家である「メルローズ・デバイス工房」を訪れて1泊、翌日ジャンさん達の追悼式典に参列して、夜にクラナガンに戻ることになっている。サリカさんは久し振りの連休なのだそうだ。

 

そして今回はサリカさんの父親で、A級デバイスマイスターでもあるアルフレッド・メルローズさんが試作したデバイスを受け取りに行くのも大きな目的の1つだった。何でも待機モードに斬新なフォルムを取り入れたため、デバイスとして正常稼働するかどうかも確認したいらしい。

 

「今更ですが、待機モードのフォルムを斬新にすることにどういう意味があるのでしょう」

 

「私に聞かれても、残念ながら判らないわね。ほら私リンカーコア無いし、魔法のことはさっぱりだから」

 

「お母さんも判らないわよ。デバイスなんて使ったこともないもの」

 

「まぁ、実際にお会いしたら色々とお話も聞かせてもらいたいですし、その時に併せて聞いておきますわ」

 

そもそも魔力を持たないサリカさんと、魔力こそあるものの電力替わり程度にしか使っていない典型的ブラマンシュの母さまに、デバイス関連の話はよく判らなかったようだ。餅は餅屋とも言うし、これについてはアルフレッドさんに直接聞くのがいいだろう。

 

駅に到着し、快速レールのチケットを購入すると、俺達はエルセア行きの車両に乗り込んだ。座席は2等のコンパートメントタイプだ。

 

「到着するまで3時間くらいかかるから、こっちの方がゆっくりできるわよ」

 

サリカさんはそう言うと早速座席を倒し始めた。

 

「まさかフルフラット状態にまでできるとは思いませんでしたわ」

 

「この車両は夜行としても運行しているのよ。寝台代わりね」

 

母さまも見様見真似で座席を倒すと、備え付けのブランケットの中に潜り込んだ。

 

「じゃぁお休み、ミント」

 

「お休みなさいませ。ブラインドは下しておきますわね」

 

「ありがとう。お願いね」

 

 

 

クラナガンを出発してから暫くは本を読んでいたのだが、少し飽きてきたのでブラインドの隙間から外の景色を覗いてみた。雨は大分強くなっていて、遠くの景色が霞んで見えない。

 

突然の稲光に驚いて「ひゃっ」と声を上げてしまった。続けてゴロゴロと雷の音が聞こえる。

 

「ミント、大丈夫? 」

 

「すみませんお母さま、起こしてしまいましたわね。大丈夫です。雷に驚いただけですわ」

 

「そう。こっちにいらっしゃい」

 

母さまがそっと俺のことを抱き寄せる。もう季節的には夏とはいえ、ミッドチルダの気候は1年を通して温暖だ。今も雨の所為か少し肌寒く感じていたこともあり、人肌の温もりがとても心地良かった。

 

「さて、そろそろ到着するから起きてね」

 

目を閉じて温もりを堪能しているうちに、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。サリカさんは既に荷物を纏め終わっていた。母さまも既に起きていた。俺もブランケットから這い出すと座席を元に戻し、松葉杖を手に持った。

 

雨は相変わらず、時折雷を伴って激しく降っていた。エルセア駅で改札を抜けるとアルフレッドさんが迎えに来てくれていた。

 

「あ、お父さん、ただいま。お母さんは家? 」

 

「ああ、店番をして貰っている。で、こちらが」

 

「うん。暫く家にホームステイすることになったミントちゃんと、そのお母さんのイザベルさん」

 

通信では何度か顔を合わせたが、実際に会うのは始めてだった。優しそうな壮年の男性がこちらに微笑みかけている。

 

「先日は通信で失礼しました。娘がお世話になります。イザベル・ブラマンシュです」

 

「初めまして。ミント・ブラマンシュですわ。よろしくお願い致します」

 

「よく来たね。待っていたよ。サリカもな。雨の中大変だったろう。車を回すから、少し待っていなさい」

 

「ありがとう、お父さん」

 

車を回してもらい荷物をトランクに入れる。サリカさんが助手席、俺と母さまが後部座席にそれぞれ乗り込むと、アルフレッドさんは車を出発させた。窓の外の景色は自然溢れる、と言うほどではないにしても、高層ビルが立ち並ぶクラナガンと比べれば随分と落ち着いた感じがした。

 

車は暫く走った後、『メルローズ・デバイス工房』という看板が掲げられたお店の前に停まった。どうやらお店の入り口から家に入ることになるらしい。

 

「先に上がっていてくれ。わしは車をガレージに入れてくるから」

 

俺達はアルフレッドさんにお礼を言うと、車を降りた。サリカさんと母さまが一緒にトランクから荷物を取り出していると、お店から女性が出てきた。

 

「サリカ、お帰りなさい。貴女達も、長旅お疲れさま」

 

「ただいま、お母さん。あまり帰れなくてごめんね」

 

「通信以外では初めまして、クリスティーナさん」

 

サリカさんの母親、クリスティーナ・メルローズさんだ。

 

「ようこそいらっしゃい。雨も酷いし、その足だと大変でしょう。立ち話も何だから中に入って頂戴」

 

俺達は荷物を纏めると、クリスティーナさんに促されるままお店の中に入った。

 

 

 

「話には聞いていたけれど、本当に大きな魔力を持っているのね。たぶん今の状態で、全盛期の私よりもすごいわよ」

 

「そうか。わしには魔力が無いから良く判らんが、確かニアSという話だったな。どうする? すぐにデバイスの確認をするか? 」

 

いきなりアルフレッドさんがそう言って立ち上がろうとしたので、まずは気になっていた部分を確認することにした。

 

「すみません、アルフレッドさん。わたくしくらいの子供は、下手にデバイスを持ったりすると逆に成長を阻害することがあると聞いたことがあるのですが、大丈夫なのですか? 」

 

「ああ、良く知ってるじゃないか。普通に魔力を持っている子供が、サポート能力に特化したデバイスを持ったりすると、そういうこともあるんだ。逆に魔力が大きすぎる場合はデバイスがサポートして魔力運用を調整しないと、上手く魔法が発動できなかったりすることもあるんだよ」

 

「そうね。ミントちゃんくらい魔力が大きいと、処理速度よりもサポート能力を重視した方が良いでしょうから、今回用意しているのもストレージ・デバイスじゃなくてインテリジェント・デバイスね。もちろんリミッターは必要でしょうけど。あ、適正はミッド式でよかったのかしら? 」

 

「はい、ミッド式で間違いありませんわ」

 

試しにアクティブ・プロテクションを発動させると、クリスティーナさんは興味深そうにチェックを始めた。

 

「かなり堅くて確りしたプロテクションね。でも実はプロテクションにはここまで魔力をつぎ込まなくてもいいのよ。相手の攻撃がどのくらいの威力なのかを見極めて、初撃を防げればいいの。中には『バリア・ブレイク』なんていう魔法もあるから、すぐに破られちゃってももったいないしね」

 

「お母さんがミントちゃんに魔法を教えてあげることは出来ないの? 」

 

「私が使う魔法はベルカ式だから、ミッド式を学ぶならちゃんと学校に通った方が良いと思うわよ」

 

ベルカ式と言うのはミッドチルダで使用されている魔法の一系統でミッド式とは異なり、より戦闘に、特に近接戦闘に特化した魔法体系だ。優秀なベルカ式魔法の使い手は『魔導師』ではなく『騎士』と呼ばれ、使用するデバイスもミッド式で使われる杖のような形状ではなく、武器を模っていることが多い。

 

「もしかしてクリスティーナさんはベルカの騎士なんですの? 」

 

「そう呼ばれていた時期もあったけれど、今ではただのデバイス屋さんのおかみさんね」

 

クリスティーナさんはそう言って微笑んだ。

 

 

 

=====

 

クリスティーナさんとお喋りを続けるサリカさんと母さまを残し、俺は試作品のデバイスを披露したくてうずうずしているらしいアルフレッドさんに案内され、半地下の倉庫に向かった。杖をつきながら慎重に階段を下りていると、不意に電気が消えた。

 

「おや、停電か。近くに雷でも落ちたかな」

 

「大丈夫ですわ。『ウィル・オー・ウィスプ』」

 

鬼火の魔法を使い、周囲を照らす。そのまま階段を降りると、アルフレッドさんが正面のドアを開けた。壁の高いところにある小さな窓を雨が激しく叩いている。鬼火に照らし出された若干薄暗い部屋を稲妻の光が一瞬白く染め上げた。

 

「っ!!」

 

部屋の奥に設置された棚には、複数体のアンティーク・ドールが並べられていた。それらの視線が一斉に俺に降り注いだような錯覚に陥る。

 

「あああるふれっどさん、あああれは」

 

「デバイスの待機モードだよ。斬新だろう? 」

 

シチュエーションはまるでホラーだったのだが、アルフレッドさんの言葉を聞いて何とか平静を保つことが出来た。

 

「デっ、デバイスでしたのね」

 

次の瞬間、アンティーク・ドールがいきなり浮遊を始めた。ご丁寧に、髪をかき上げるような仕草をしているものまでいる。

 

「ひぅ!? 」

 

≪Good eveneng, Meister Melrose.≫【こんばんは、マイスターメルローズ】

 

≪Who is this little girl?≫【こちらの少女はどなたですか? 】

 

≪Is she our master?≫【彼女が私達のマスターですか? 】

 

「今のところ、候補だな。この子の魔力はニアSランクだ。これからも成長することを考えると、アンとドゥは容量的には無理があるだろう。トロワとカトル、サンクもぎりぎりと言ったところだな」

 

≪That is fine with me. I will be able to support her.≫【私なら問題ありません。サポート可能です】

 

「そうだな、スィスなら容量的にも問題ないだろう。って、ミント嬢ちゃん、大丈夫か? 」

 

正直なところ意識はあったのだが、驚きのあまり頭の中が真っ白になっていたため、一瞬反応が遅れてしまった。

 

「あ…えっと、すみません。少し驚いてしまって」

 

「こいつが嬢ちゃんの相棒になるデバイスだ。便宜上スィスと呼んでいるが、これは6番って言う意味で正式な名前じゃない。嬢ちゃんの好きな名前をつけてやってくれ」

 

「はぁ、あ。はい。判りましたわ」

 

「どうだ、若干趣味に走ってはいるが、素晴らしい造形だろう? 」

 

その頃になって、やっと状況を理解出来るようになってきた。スィスと呼ばれたドールだけがその場に留まり、それ以外のドールは自ら棚に戻って普通に腰掛けた。

 

「あの、極自然に動いているように見えるのですが」

 

「あぁ、簡単なモーションプログラムを組み込んでみたんだ。人間と同じような仕草もいくつか登録してあるし、何ならダンスさせることも可能だぞ」

 

ディテールにこだわり過ぎである。それにどの程度のリソースが使われているのかなど、想像すら出来なかった。

 

「大丈夫なのですか? その、そんなに容量を使ってしまって、本来のサポート能力の方は」

 

「こいつはクアッドコア仕様だからな。メインAIとサブAIの同時起動が可能でストレージもエクサバイトクラスだ。むしろ通常のインテリジェント・デバイスと比較しても、1.25倍は高性能だな。尤もその分、開発にかかったお金は通常の10倍以上だったが」

 

そのセリフを聞いた瞬間、俺は今度こそ気を失った。

 




今年最後の投稿です。。
少し長くなりそうだったので、途中で切ってあります。。

閲覧して頂いた方々、評価を下さった方々、感想を下さった方々、本当にありがとうございます。。
来年も引き続きよろしくお願い申し上げます。。

新年1回目の投稿は1月11日を予定しています。。(4日はお休みです)

ではみなさま、よいお年を。。


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第9話 「デバイス」

年明け最初の更新です。。
今年もどうぞよろしくお願いします。。


気がつくと、居間で寝かされていた。母さま、サリカさん、クリスティーナさんが心配そうに覗き込んでいる。

 

「あ、ミント、気が付いた? 」

 

「ミントちゃん、大丈夫? 」

 

口々に声を掛けられる。一瞬夢でも見ていたのかと思ったが、枕元にアンティーク・ドールが一体置かれているのを見て、完全に意識が覚醒した。

 

「すまんな。まさか開発費の話をした途端気を失うとは思ってもいなかったぞ」

 

「いえ、こちらこそご迷惑をおかけしました」

 

色々と驚くようなことが重なって一杯一杯になっていたところにトドメを刺された形だった。停電は既に復旧していて、明るい光の下で見るアンティーク・ドールは普通に可愛らしかった。偶に髪をかき上げてみたり、立ち上がって自立歩行したり、空中を浮遊したりするところを除けば、だが。

 

「こんな小さな子供を驚かせたら駄目でしょう」

 

「うむ。正直すまんかった」

 

クリスティーナさんに窘められて、改めてアルフレッドさんが謝罪してきた。それは日本のプロレスネタなんじゃないかと心の中でツッコミを入れる。

 

「ところでデバイスのマスター認証はまだしておらんな。わしとしては早くデータを見てみたいんだが、やってみてくれんか? 」

 

アルフレッドさんがそう言うと、サリカさんとクリスティーナさんがジト目でアルフレッドさんを見つめた。

 

「お父さん、悪いことしたって思ってないでしょう」

 

「そうね、誠意が見えないわね」

 

その様子を見て少し和んだこともあり、何より俺自身がマスター認証をやってみたかったということもあって、アルフレッドさんに助け舟を出した。

 

「わたくしなら大丈夫ですわ。それにマスター認証にも興味がありますし。是非やらせて下さいませ」

 

まさか自分のデバイスが動く人形になるなんて思ってもみなかったが、普通に抱いてみると周りからは似合っているとの声がかかる。

 

「じゃぁ、早速やってみてくれるか。手順はこんな感じだ」

 

アルフレッドさんが取扱い説明書のようなものを渡してくれたので、それに従う。

 

「マスター認証、ミント・ブラマンシュ。術式はミッドチルダ式。デバイスの個体名称として、『トリックマスター』を登録」

 

≪Nice to see you, Miss Blancmanche. "Trick Master" has been registered as my individual name.≫【初めまして、ブラマンシュさん。個体名称『トリックマスター』を登録しました】

 

トーンの高い女性のような声が響き、リンカーコアが何時にも増して熱く脈を打つような感覚がある。空色の魔力光がトリックマスターをも包み込んだ。

 

≪Please register the password for setup.≫【セットアップ用のパスワードを登録して下さい】

 

「パスワード? そんなものが必要なのですか? 簡単に『セットアップ』で良いと思いますわよ」

 

≪It will be stylistically beautiful if you cast a long password.≫【ここで長々と詠唱するのが物語的にも美しいのです】

 

「アルフレッドさん、少し不具合があるようですわ」

 

≪OK, Stand by ready. Setup.≫【スタンバイ完了。セットアップ】

 

バリアジャケットをイメージするように促され、ギャラクシーエンジェルでミントが着ていた皇国軍の制服をアウターとしてイメージする。内側はブルーのミニワンピースで、足元は膝上丈の黒いソックスに白いブーツ。胸元には大きな青いリボン。薄手の白いグローブに包まれた手には、いつの間にか錫杖形態になったトリックマスターが握られていた。

 

「やればできるではありませんか」

 

≪Easy password will cause security trouble.≫【簡単なパスワード設定はセキュリティ事故の危険性が】

 

「声紋認証もあるのでしょう? 問題ありませんわ」

 

≪Do not you think it would be very cute if a little girl cast about falteringly?≫【幼女がたどたどしくも詠唱する姿に萌えるのに】

 

はぁーっと大きくため息を吐く。恐らくトリックマスターが言っているのは「我、使命を受けし者なり」のような文言だったのだろうが、まさかそんな実用的でないものをデバイス側から求められるとは思ってもいなかった。

 

「なんだかアルフレッドさんがモニターを探すのに苦労した気持ちが判ったような気がしますわ」

 

「いや、デバイスの性格は別に問題ではなかったよ。待機モードが人形だっていうことが問題だったんだ。ここまで魔力の大きな子供はそうそういないからな」

 

「あ、そういうことだったのね」

 

「だったらモニターがミントになるのは必然ね」

 

「あら、イザベルさんだってまだまだ行けると思いますよ」

 

サリカさんも母さまも納得したとばかりに軽口を叩き合っているが、俺には状況がよく理解できていなかった。

 

「見たところ普通の人形だと思うのですが、何か問題が? 」

 

「強いて言うなら、似合う似合わないの問題ね。ミント、例えばベアトリスさんがいつもこんな人形を抱いていたらどう思う? 」

 

「それはちょっと痛い…あっ」

 

確かに20歳を超えてもなお、いつもアンティーク・ドールを抱いているのは傍目に見て随分と痛く映るはずだった。一瞬とはいえ想像してしまったベアトリスさんに心の中で謝っておく。

 

「その点、ブラマンシュの人は不老みたいなものだから。イザベルさんもミントちゃんも見た目は問題ないよね」

 

サリカさんはそう言いながら親指を立てた。とりあえず今の段階なら似合っているようなので、先のことは敢えて考えないことにした。サリカさんが言うように母さまも見た目だけなら人形を抱いても様になる容姿だし、エターナルロリータというほどではないにしても、俺も似たようなものだろう。そういう意味では、確かにブラマンシュの人間以外がこのデバイスを使うのは難しいのではないかと思われた。

 

「さて、一度起動時のデータ確認をしておきたいんだが、構わないかな」

 

「ありがとうございます。よろしくお願い致しますわね」

 

アルフレッドさんに人形モードに戻したトリックマスターを手渡す。

 

「よく使う魔法をインストールしておくなら裏手に試射できるスペースがあるから、食事の後にでも行ってみるか? 」

 

「そうですわね。もし良かったらお願いしますわ」

 

 

 

その後、クリスティーナさんが晩御飯を作るというのでサリカさん、母さまと一緒にお手伝いをした。気を失っていたために時間感覚が曖昧になってしまっていたが、どうやらまだ18時頃だったらしい。

 

「ミントちゃんは、随分手馴れているのね」

 

「料理をするのは好きですので。まだ1人では火を扱わせて貰えていないのですが」

 

「好きこそものの上手なれって言うしね。でもあまり無理はしないでね」

 

松葉杖を器用に脇で挟み込み、雑談しつつ玉葱をみじん切りにする。半分に切った玉葱の根の部分を落とさずに横と縦に切れ目を入れると楽にみじん切りに出来るのだ。みじん切りにした玉葱は塩胡椒を軽く振って予め炒めておく。次に豚挽肉をよく捏ね、そこにパン粉、牛乳、卵と、先ほど炒めた玉葱を投入。

 

と、ここまでくれば誰にでも判る定番メニュー。今夜の晩御飯はハンバーグだった。レシピでは合挽肉を使うように書いてあるものが多いのだが、実は豚のみの方が臭みが少なくて良いのだ。合挽肉を使う場合はナツメグなどで臭いを消すのも一つの手。

 

「じゃぁ、ミントちゃんはハンバーグが焼けるまでにお父さんを呼んできてくれるかな」

 

「はい、承りましたわ」

 

サリカさんに頼まれて、工房にアルフレッドさんを迎えに行った。

 

「アルフレッドさん、そろそろご飯になりますわ」

 

「そうか。ちょうど良かったな。たった今微調整が終わったところだ。じゃぁ行くか」

 

≪I wish if I could enjoy meals with you!≫【私も一緒にご飯を楽しみたいのに】

 

「わたくしの隣で会話だけ楽しめば良いのですわ。もともと食べる必要もないわけですし」

 

先程から最新式のデバイスである割にAIがあまりにも成長しすぎているように思っていたので、アルフレッドさんに確認したところ、特別製の環境下に於いて複数のAIを常時起動し、相互学習させることでAIの成長を飛躍的に高めることが出来るのだとの回答があった。

 

「まぁ、その環境自体は企業秘密だがな」

 

アルフレッドさんはそう言って笑った。

 

 

 

=====

 

晩御飯のハンバーグはとても美味しかった。母さまとサリカさんがクリスティーナさんと洗い物をしてくれている間に、俺はアルフレッドさんと一緒に工房の裏にある試射スペースにやってきた。

 

「トリックマスター、セットアップ」

 

≪All right, master. Setup.≫【了解。セットアップ】

 

トランスバール皇国軍の制服を模したバリアジャケットを再び身に纏うと、片手で錫杖形態のトリックマスターを握る。

 

「改めてみると大変そうだな。大丈夫か? 杖をつきながらで」

 

「術式をいくつかインストールして試射するだけですから、特に問題ありませんわ」

 

アルフレッドさんに教えてもらいながらトリックマスターのストレージを開く。

 

「プレインストールされている術式がありますわね」

 

「ああ、確か砲撃魔法が1つ、探査魔法が1つインストールされていた筈だ」

 

登録されていたのは「パルセーション・バスター」と「ハイパー・エリア・サーチ」の2つだった。

 

「エリア・サーチは何となく判りますが、パルセーション・バスターというのはどういう魔法なのですか? 」

 

「重力振動波で空間に干渉する砲撃だな。相互に撃ち合いをした時に相手の砲撃を捻じ曲げて直進するから優位に立てるし、プロテクションも構成が甘いようなら貫通する。もちろん非殺傷設定可能だぞ」

 

話だけ聞くと、まるでどこぞの機動戦艦の主砲のようだ。まぁ非殺傷設定が可能とのことなので、ありがたく使わせてもらうことにした。

 

「では、まずわたくしの持っている術式をインストールしますわね」

 

順番に「ウィル・オー・ウィスプ」、「ディスガイズ」、「アクティブ・プロテクション」といった、使用頻度の高い魔法をトリックマスターのガイダンスに従ってインストールしていく。

 

「それからこれも忘れてはいけませんわね。『フライヤー』ですわ」

 

≪Oh, you are using quite interesting magic, master. But it can be much stronger than as it is. May I compose it a bit?≫【随分と興味深い魔法をお使いですね。構成によっては、より強くなりそうです。少しいじってみても構いませんか? 】

 

「え? ええ、構いませんわよ」

 

トリックマスターの突然の申し出に驚きつつも許可を出すと、暫くコアを明滅させた後で作業が完了したと告げられた。どうやら「パルセーション・バスター」に使用されている重力振動波による空間干渉の公式を組み込んだらしい。

 

≪Its power might be lower than “Pulsation Buster”, The movement of a “Flier” is flexible. It will be more manageable than “Pulsation Buster”.≫【単基での出力は『パルセーション・バスター』よりも低いですが、『フライヤー』はより自在に移動できますし、扱いやすさは『パルセーション・バスター』以上でしょう】

 

魔法の解説をしている時は随分と真面目なのだな、と場違いな感想を抱いた。

 

≪And I guess that you are planning to control the plural “Fliers” at the same time, according to its spell. If you can control more than 6 “Fliers”, the volley will be comparable to “Breaker” magic.≫【術式から察すると、貴女は複数『フライヤー』の同時制御を検討していますね。現状では6基の『フライヤー』による一斉射撃は『ブレイカー』系魔法に匹敵します】

 

「と言われましても、『ブレイカー』系の魔法がどの程度の威力なのか、良く判りませんわね」

 

「一度、試してみたらどうだ? 折角の試射練習場なんだしな」

 

アルフレッドさんがそう言ってくれたので、実際に試してみることにした。まずフライヤーを1基生成すると、練習場に設置されたターゲットを目掛けて直射弾を何発か撃ち込んでみる。

 

「ふむ。威力はAランクと言ったところか。連射性能は恐ろしいほどだな。A+どころじゃない。下手したらAAAはあるぞ。射程はさすがにここだと正確には測れんが」

 

≪The range of this magic will be A+ in theory.≫【理論上の射程はA+です】

 

その辺りの基準は良く判らなかったが、魔法としては随分上位に位置するものらしい。計測はアルフレッドさんとトリックマスターに任せて、フライヤーを更に追加で5基生成してみる。デバイス無しだと3基の制御しか出来なかったが、今はあっさりと6基のフライヤーを制御出来た。

 

「デバイスを使うとこんなにも違うのですわね。何だか今ではフライヤー10基でも制御出来そうな気がしますわ」

 

≪It might be possible temporary. But too much multi-task will cause overload on your brain at your age. I do not recommend you to use more than 7 “Fliers”, until you become 10 years old.≫【恐らく一時的な制御は可能ですが、マスターの年齢ではマルチタスクを行う際、脳に負担がかかりすぎます。10歳になるまでは7基以上の制御は推奨しません】

 

「それは命に関わるようなことですの? 」

 

≪As you may understand if you lose consciousness during you are fighting.≫【戦闘中に意識を失ったらどうなるかはご想像にお任せします】

 

「それはつまり実際の影響は意識を失う程度でも間接的に命に関わる可能性もあるということですのね。判りましたわ。気に留めるようにいたします」

 

ひとまず6基のフライヤーを個別に制御して再構築されたターゲットを囲うように配置させた。

 

「さぁ、参りますわよ。『フライヤー・ダンス』っ!」

 

思わず口をついて出たのはミント・ブラマンシュの必殺技。6基のフライヤーはそれこそダンスを踊るかのようにターゲットを周回しながら次々に直射弾を叩き込んでいく。1基のフライヤーから発射出来る直射弾は100発程。通常のスフィアの3倍以上である。これが6基で最大600発程度の直射弾の集中砲火を実現できる筈だったのだが、ターゲットは一瞬で消し飛んでしまった。

 

「ひ、非殺傷ですわよね? 」

 

≪Definitely. The target was created with magical energy. It was not blown physically, but damaged in magical method. There was no rubble also.≫【勿論です。ターゲットが魔力を用いて構築されたものであって、物理破壊された訳ではなく魔力ダメージによる破壊です。破片を撒き散らすこともありません】

 

「それにしても驚いたな。速射性に優れた魔法だというのが良く判ったよ。計測器によるとターゲットが破壊されるまでに要した時間が0.7秒、ちなみに使用弾数は84発だそうだ」

 

「単基で撃った時よりも威力が上がっているような気がしますわね」

 

≪You are correct. The separate bullet has each pulse, which I composed just before. And it causes the synergistic effect due to the multi-direction volley.≫【先程付与した振動波が複数方向からの一斉射撃により相乗効果をもたらしています】

 

トリックマスターの説明によると、重力振動波で空間に干渉するようになったフライヤーからの射撃が対象に対して個別に与える振動がダメージを増大させるのだとか。

 

「別に対艦砲が欲しい訳ではありませんし、広範囲に展開して複数の対象にダメージを与えるのが有効な使い方ですわね」

 

≪The flamboyant and high powered fire is a star of sorcerers at Mid-Childa. You do not need to be so shy.≫【派手で高威力の砲撃はミッド式魔法の花形です。それほど控え目になる必要はないかと】

 

別に俺自身がバトルジャンキーな訳でも大艦巨砲主義な訳でもないのだが、今後の原作介入に備えて高火力の魔法はとても助けになる。フライヤーの強化は望ましい事だ。

 

≪I am very happy to register “Flier Dance” and proud of it as a device of Mid-Childa style.≫【『フライヤー・ダンス』のような魔法を登録出来るのは、ミッド式デバイスとして光栄であり、誇りでもあります】

 

むしろトリックマスターの方がよっぽどトリガーハッピーのようだった。

 

(もしこの世界にフォルテさんがいて、この子をデバイスとして使用していたら、『ハッピートリガー』と名付けて気の合う相棒になったでしょうね)

 

俺は盛大にため息を吐いた。

 

 

 

=====

 

翌日、俺は母さまと一緒にアルフレッドさんの車でランスター家に向かっていた。同じエルセアとはいってもメルローズ・デバイス工房からランスター家まではかなり距離があったのでアルフレッドさんが送ってくれることになったのだ。昨夜の雨で道は若干濡れているものの、空は綺麗に晴れていた。

 

「さすがに店があるから帰りは迎えに来てやれないがな」

 

「いいえ、送って頂けるだけでも十分助かりましたわ。ありがとうございます」

 

閑静な住宅街で車を降りると、運転席のアルフレッドさんにお礼を言う。帰りはバスを使って直接快速レールの駅に向かうことになる。追悼式典に参列しないサリカさんは一足先にクラナガンに帰ることになっていた。

 

「魔導師登録が済んだら公共の練習場が使えるようになる。こまめに練習して、データの提供をよろしく頼むぞ」

 

「了解しましたわ。次は3か月後でしたわね」

 

「あぁ、楽しみにしているよ。じゃぁわしはそろそろ帰るから」

 

「ありがとうございました。お気をつけて」

 

アルフレッドさんは軽く手を上げてそれに答えると、車を発進させた。俺が入院している間に購入した喪服に身を包んだ母さまがランスター家の呼び鈴を鳴らす。ちなみに俺は喪服ではないが、母さまが一緒に買っておいてくれた黒い服を着ている。

 

暫くして玄関口に出てきたのは喪服に身を包んだ少年だった。

 

「ブラマンシュの方ですね。初めまして。ティーダ・ランスターです。今日は態々ありがとうございます。両親も喜んでいることでしょう」

 

13歳とは思えない確りした挨拶だったが、それが却って痛々しく感じる。ひとまず家に入れて貰い、遺影に向かって手を合わせた。その後ティーダ、母さまと一緒に追悼式典の会場に向かう。ティアナはまだ幼いということもあって、今日は家政婦さんと一緒に留守番なのだそうだ。

 

道すがら、ブラマンシュでのジャンさんの思い出を話した。とても陽気で、気さくで、集落のみんなから好かれている人だった。マーカスさん、ベアトリスさんといった管理局員の仲間とも良い関係だった。

 

「わたくしも随分とお世話になりましたわ。本当に残念です」

 

「そうでしたか。父は慕われていたのですね。ありがとうございます」

 

ティーダはそう言うと少し寂しそうに微笑んだ。

 

 

 

会場は事故の犠牲者が葬られた墓地だった。式典自体はそれほど大がかりな物ではなく、参列者も数十人と言ったレベルだった。事故の犠牲者はランスター夫妻以外にもおり、その人達の名前が読み上げられて、それぞれ鎮魂の言葉が捧げられていく形式だった。

 

式典は1時間ほどで終了し、ティーダにも改めて挨拶を済ませたので、そろそろお暇しようかと思っていたところ急に母さまが声をかけてきた。

 

「ミント、あそこにいる子って、この前の執務官さんじゃない? 」

 

ふと見ると、確かにそこにはクロノがいた。隣にはリンディ・ハラオウンと思われる、黒いベールをかぶった緑の髪の女性もいて、同じく喪服に身を包んだ親子連れと話をしているようだった。親子は向こうを向いているので顔は見えないが、背格好から子供の方は俺と同じくらいの女の子のようだった。

 

ふとクロノと目が合ったので会釈をすると軽く手を上げて答えてくれた。一応挨拶しておこうと思い、母さまと一緒にそちらに移動する。

 

「松葉杖か。以前よりも良くなっているようで何よりだ」

 

「ありがとうございます。先日は失礼しました。今日はもしかしてジャンさんの? 」

 

「あぁ、ランスター二等空曹か。そう言えば彼はブラマンシュの駐留部隊にいたんだったな。そちらも勿論挨拶はするつもりだが、どちらかと言うと今日はプライベートでね」

 

クロノの口調からすると、どうやらランスター夫妻以外の犠牲者に知り合いがいた様子だった。

 

「ねぇクロノ、こちらのお嬢さん達を紹介してくれないかしら? 」

 

リンディさん(推定)がクロノに声をかけた。

 

「あぁ、先日病院で知り合ったんだ。ブラマンシュのイザベルさんとミントさんだよ。こちらがリンディ・ハラオウン、僕の母だ」

 

「あぁ、貴女があのショッピングモールの。よろしくね、ミントさん」

 

にこやかに話しかけてきたリンディさん(確定)にも挨拶をする。

 

「というかクロノさんもリンディさんも、わたくしにはさん付けは不要ですわよ。クロノさんより6つも年下なのですから」

 

「あら、貴女クロノの6つ下って言うことは、今5歳かしら? 」

 

不意にさっきまでクロノが話をしていた親子連れの母親と思われる人が声をかけてきたので、「はい」と言いつつ女性の方に向き直る。

 

「だったら、丁度フェイトと同い年ね」

 

優しそうな表情をした女性だったので、イメージが即座には一致しなかった。

 

「初めまして、ミントちゃんでいいのかしら? 私はプレシア・テスタロッサ。それからこの子が娘のフェイト・テスタロッサよ」

 

驚きのあまり思考が停止してしまった俺を軽く押し出しながら、母さまがちゃんと挨拶しなさい、と言った。

 

「初めまして。ミント・ブラマンシでしゅわ」

 

2か所も噛んだ。だがこれは仕方がないことだろうと自分で言い聞かせる。フェイトはプレシアの後ろに隠れるようにしてこちらを見ていたが、こちらもプレシアに促されて、おずおずとした感じで前に出てきた。

 

「フェイト。フェイト・テスタロッサ…」

 

ぼそりとつぶやくように名乗った後、顔を赤らめながらフェイトは続けた。

 

「えっと、その、君の人形、かわいいね」

 

どうやらフェイトはかなりの人見知りで、精一杯の勇気を振り絞って話しかけている様子だった。その姿がとてもいじらしく見えた。それに絆されたおかげか、頭の中では「何故、どうして」が渦巻きながらも、表向きは何とか平静を装うことが出来ていた。

 

「どうぞ、手に取ってご覧になって下さいませ。動きますのよ」

 

「えっ、動くの? 」

 

「ええ。トリックマスター」

 

≪Nice to see you, everyone.≫【みなさん、初めまして】

 

空中を浮遊した状態でゴシックドレスの裾をちょんと持ち上げるような仕草で挨拶をする。母さま以外の全員が驚いたようにそれを見ていた。

 

「トリックマスター。わたくしのパートナーですわ」

 

人形がデバイスの待機モードであることを説明する。

 

「インテリジェント・デバイスか。随分と珍しい形状だが」

 

クロノが引き攣ったような笑顔でそう言った。フェイトは大きな瞳を更に見開いてトリックマスターを凝視している。今のところプレシアがフェイトを疎んじているようには見えず、フェイトに話しかけるときに見せる優しいまなざしにも嘘は無いように思えた。そして何より、フェイトのことを「娘」として紹介している。

 

これは明らかに俺が知っているストーリーとは異なる。記憶に齟齬が無ければ、この時期プレシアがフェイトのことを構うことは殆ど無く、教育はリニスに任せっきりだった筈だ。そしてクロノやリンディさん達とPT事件前に知り合いだったという話も聞いたことがない。

 

(むしろ正史じゃない、二次創作小説の世界ですわね)

 

しかし良く考えてみれば、既にミント・ブラマンシュという異物が入り込んだ世界だ。転生者が他にもいる可能性だってある。かつて俺をこの世界に転生させるきっかけになった人物の顔をふと思い出した。

 

(そう言えば、アレイスターさんも他の転生者に出会った、と言っていましたわね)

 

少なくとも、ここにいるプレシア・テスタロッサはPT事件を起こすような人間には見えなかった。

 

「ミントさん、どうかした? 」

 

リンディさんの声でふっと我に帰る。咄嗟にそれらしい言い訳を口にした。

 

「すみません、この事故でジャンさん達以外にも亡くなった方がいらっしゃるのだと、改めて思っていました」

 

「そうだな。良かったら君も一緒に挨拶してくれるか」

 

クロノが示した先には墓石があった。そこには「アリア・H」の名が刻まれている。今回の事故で亡くなった、クロノ達の知り合いなのだろう。

 

「私の親友だったのよ。娘さんが行方不明になって、旦那さんを亡くしてからもずっと気丈に生きてきて、間違った道に進みそうになった私を正してくれた」

 

プレシア…プレシアさんがそう言う。

 

「元々僕の父さんが彼女の夫であるH(アッシュ)提督の部下だったんだ。その関係で、彼女とも家族ぐるみで付き合いがあったんだよ。8年前に起こった事故で提督も父さんも他界してしまったけれどね」

 

「娘さん…行方不明ですか」

 

その苗字を聞いた時から何となく予想はしていた。だからその答えを聞いた時、思ったほど衝撃は受けなかった。

 

「ええ。ヴァニラちゃん…ヴァニラ・H(アッシュ)。もう20年以上昔のことよ」

 




ティーダ回と思わせておいて、何故か気付いたらティーダは空気に。。
まぁフェイトやプレシアが出てきたら空気にもなりますよね。。
ごめんね、ティーダ。。でも君の出番は第5部以降だから。。
それまでこのお話が続くことを祈っていて下さいませ。。

ハーベスターの音声が男性の声をサンプリングしてあるのとは異なり、
トリックマスターの音声は女性の声をサンプリングしてあります。。
少し腐っているようにも見えますが。。


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第10話 「新しい友達」

アリア・H(アッシュ)さんはかつてクラナガンでテスタロッサ家の隣に住んでいたらしい。お互い家族ぐるみでの付き合いがあったのだが、23年前に発生した魔力駆動炉の暴走事故でプレシアさんとアリアさんは共に娘さんが行方不明になっているのだそうだ。

 

当時、暴走事故を起こした魔力駆動炉のプロジェクトリーダーだったプレシアさんは査問会議にかけられたが、アリアさんの夫であるイグニス・H(アッシュ)提督(当時は執務官だったらしい)の調査により、アレクトロ社というプレシアさんが勤めていた会社の暗部が次々と公開されて信用も失墜し会社は倒産。むしろ他の社員を守るために事故前から最後まで上層部に抗議を続けていたプレシアさんは世論も味方につけて実質無罪を勝ち取ったらしい。

 

その後プレシアさんはアルトセイムに、H(アッシュ)夫妻はエルセアにそれぞれ引っ越したが、付き合いはそれからも続いていたのだそうだ。

 

一方、アリアさんの夫であるイグニスさんはリンディさんの夫であるクライドさんの上司だったのだそうだ。結婚前からずっとイグニスさんの補佐をしていたクライドさんはプライベートでも交流があり、リンディさんと結婚してクロノが生まれた後も頻繁に付き合いをしていたとのこと。テスタロッサ家ともそうした流れの中で親しくなったらしい。

 

クロノが言っていた「8年前の事故」については詳しいことは教えてもらえなかったが、前世の知識から察するに、恐らく闇の書事件だろう。魔力駆動炉の暴走で娘が行方不明になり、闇の書事件で夫を亡くし、更に自分自身も事故で命を落としてしまうなんて、H(アッシュ)家は呪われているのではないだろうか。そんなことをぼんやり考えながら、空中浮遊するトリックマスターに興味津々のフェイトを眺める。

 

「デバイスを持っているということは、貴女も魔導師よね。学校はやっぱり魔法学院かしら? 」

 

不意にプレシアさんが聞いてきた。

 

「はい、来年からクラナガンの魔法学院に通う予定ですわ」

 

「あら奇遇ね。フェイトも来年からクラナガンの魔法学院なのよ。確かクラナガン・セントラル魔法学院といったかしら」

 

「わたくしもその学院ですわ。ですが、お住まいはアルトセイムだと伺っておりますが」

 

「ちょっと事情があって、私自身がなかなかミッドに戻ってこれなそうなのよ。あの子は寮に入るのだけれど、仲良くしてくれると嬉しいわ」

 

なんでも現在プレシアさんは近々嘱託魔導師の試験を受けることが決定しており、合格した暁にはリンディさんの次元航行艦アースラに配属されるのだとか。

 

「あら、でも入寮できるようになるのは基本的に入学後ですわよね? 次元航行艦配属はそんなに先ですの? 」

 

「それまではリニス…私の使い魔を残していくわ。フェイトが入寮したらリニスには私のところに戻ってもらうけれど」

 

そんな話をしているとフェイトがトリックマスターを抱えて戻ってきた。

 

「ありがとう。良いデバイスだね」

 

「堪能できましたか? 」

 

「うん。私のデバイスももうすぐ出来上がるんだ。今、母さんの使い魔が作ってくれてて」

 

「そういえば、クラナガン・セントラル魔法学院に通われるのですね。デバイスができたら魔導師登録を? 」

 

「そのつもり」

 

フェイトからトリックマスターを受け取ると、改めてフェイトに微笑みかけた。

 

「わたくしも来年からクラナガン・セントラル魔法学院に通う予定ですの。よかったらお友達になって頂けると嬉しいですわ」

 

フェイトは若干不思議そうに首を傾げた。

 

「本で読んだりしたことはあるんだけど、その、お友達ってどうしたらなれるのかな? 」

 

「簡単ですわ。まずは名前を呼んで下さいませ。君とかではなく、ちゃんと相手の目を見て」

 

思わず口をついて出てきた言葉に、内心でまだ見ぬなのはに謝っておく。あなたの名台詞を盗ってしまってごめんなさい。

 

原作ではそれなりに感動的だったシーンが特に盛り上がることもなくあっさり終わってしまったことに若干寂しさを感じるが、兎にも角にも俺はこうしてフェイトと友達になったのだった。

 

「ミントもまだ魔導師登録していないんだよね? もしよかったら、一緒に登録に行ってくれないかな」

 

「ええ、構いませんわよ。ではフェイトさんのデバイスが完成したら、こちらの識別コードに連絡して下さいませ」

 

「うん。ありがとう、ミント」

 

フェイトにトリックマスターの識別コードを渡す。デバイスは2、3週間のうちに完成するだろうとのことだったので、その完成を待って2人で魔導師登録を行うことにした。その頃には松葉杖なしでも歩けるようになっていると嬉しいのだが。

 

暫くフェイトと話をしていて、ふと気が付くと母さまとプレシアさんが意気投合していた。クロノとリンディさんは少し離れたところでティーダと話をしているようだ。改めて原作とのズレを認識する。

 

(これはもうバタフライなんてものではありませんわ。原作知識は殆ど当てにならないと思った方がよさそうですわね)

 

原作改変などと意気込んでいたが、特に自分が関わらなくても既にこの世界は原作と異なる展開を見せている。発端は恐らく魔力駆動炉暴走事故に於けるヴァニラ・H(アッシュ)の存在だろう。現在は行方不明とのことだが、23年前に彼女がアリシア・テスタロッサと共に姿を消したことで、プレシアさんは原作ほどにはアリシア復活の妄執に取り憑かれることはなかった。理由として挙げられるのが、同じ境遇の母親であるアリアさんの存在と、そもそもアリシアの遺体が存在しないという事実だ。

 

同時に娘が行方不明になったアリアさんとプレシアさんはお互いの気持ちが判る関係になっただろう。先にプレシアさんが言っていた『間違った道に進みそうになったのを正してくれた』という言葉からも、2人の間に強い絆があったのは間違いない。

 

それにアリシアの遺体が無ければ記憶の抽出も出来ないだろうから、仮にフェイトがアリシアのクローンだったとしても、プレシアさんがフェイトを『アリシアの偽物』のような見方をすることはないだろう。

 

フェイトがクローンなのかどうかについてだが、これは正直どうでもいい。何故なら現状プレシアさんとの関係は良好に見えるし、何よりも今彼女は現実に存在しているのだから、クローンかどうかという議論自体に価値がない。

 

(それよりもヴァニラさんですわ。同じ世界に同じゲームのキャラクターとして存在していたのですから、もしかすると彼女も転生者だったのかもしれませんわね)

 

そして時代も同じであれば、会話もできたかもしれない。そう思うとこの物理的なジェネレーションギャップがとても歯痒く感じられたが、居ないものは仕方ない。無い袖は振れないのだ。

 

(いずれにしても原作の流れに捕らわれ過ぎず、最善と思う行動を取れば良いのでしょうね)

 

話の展開を知っているのに話すことが出来ないというシチュエーションは、気付かないうちにストレスになっていたのかもしれない。もともと他言できない原作知識ならいっそ知らない方が良かったと思うこともあったが、それが知識として確実ではないと判った瞬間、逆に何だか罪悪感が晴れたような、そんな気がした。

 

 

 

=====

 

アルトセイムに帰るフェイトやプレシアさんとはエルセアの駅で別れ、俺は母さまと一緒にクラナガン行きの快速レールに乗った。

 

何故か同じコンパートメントにクロノとリンディさんもいたりするのだが。

 

「遅ればせながら、デバイス入手おめでとう」

 

「ありがとうございます。時空管理局の方でも移動は快速レールを使われるのですね」

 

「まぁ、今日はプライベートだからな。市街地での魔法行使はよっぽどのことが無い限り許可が下りることはないよ」

 

「車を使っても良かったんだけど、結構距離があるのがネックよね。運転するのも大変だし」

 

本局に戻るのならエルセアの空港から直接シャトルを使えばいいのかと思っていたが、クロノ達はこの後一度クラナガンの時空管理局地上本部に寄る用事があるのだとか。なんでも最近次元世界を又にかけてテロを企てるかなり大規模な次元犯罪者集団がいるとのことで陸と海が一部協力体制を敷いており、その打ち合わせがあるのだそうだ。

 

ショッピングモールでのテロとは比べ物にならないような、質量兵器を使った爆破テロが管理世界、管理外世界を問わずに横行していれば忙しいのも判るのだが、プライベートでエルセアに来ている筈なのに、その帰り道に仕事を入れるなんて、どれだけ人員が足りないのだろう。いや、むしろクロノ達はマゾなのかもしれない。

 

「何だか今、随分と失礼なことを考えていなかったか? 」

 

「いいえ、お仕事が忙しそうだと思っただけですわよ? 」

 

「疑問形で返さないでくれ。まぁ、忙しいのは確かだな。もっと人手が欲しいよ」

 

その言葉で、先程プレシアさんも嘱託魔導師として働くと言っていたのを思い出す。

 

「そういえば嘱託魔導師になるのに年齢制限はないのですか? 」

 

「あら、ミントさん嘱託になってくれるの? 」

 

「いえ、逆に上限年齢をお伺いしたかったのですわ。プレシアさんが嘱託になるようでしたので」

 

「あら残念。そうね、特に年齢制限はないわよ。さすがに運動能力に難があるほど高齢な場合は配属先も限定されてしまうけれど。ミントさんも折角大きな魔力を持っているみたいだし、将来の進路として考えてもらえると嬉しいかしら」

 

「母さん、初等科にも上がっていないような子供をスカウトしようとしないでくれ。おまけに彼女はブラマンシュだし」

 

「ブラマンシュだって、希望があれば受け入れるわよ。そうだ、イザベルさんはどうかしら? 」

 

「ごめんなさい、私は魔法のこととかあまり詳しくなくて」

 

ブラマンシュの人達はテレパスファーの恩恵で大きな魔力を持ってはいるものの、基本的に魔法音痴である。俺のように魔法の勉強をしている方が珍しいのだ。おまけにのんびりとした田舎の風土にあって、争い事にも慣れていない。スカウトされても母さまのような反応をするのが普通だろう。

 

「凄い逸材だと思うんだけど、残念ね」

 

「魔力が大きいだけでは即戦力にはなりませんわよ。先日身を以て知りましたわ」

 

思わずそう呟くと、リンディさんもクロノもすこしバツが悪そうな表情をした。別に責めるつもりは毛頭なかったのでフォローも入れておく。

 

「嘱託魔導師に全く興味がないわけではありませんのよ。ただ今はまだ就学どころか魔導師登録もしていませんし、仮に嘱託の試験を受けるとしても何年も先になると思いますわ」

 

「じゃぁ、その時は期待しているわね」

 

リンディさんはそう言って微笑んだ。

 

 

 

日没前にクラナガンに到着すると、クロノ達は早速管理局の地上本部に向かった。本当に仕事熱心なことだ。軽く挨拶をして別れた後、俺と母さまはサリカさんの家に戻った。

 

「おかえり、ミントちゃん。思ってたより早かったね。イザベルさんもおかえりなさい」

 

既に寛いでいた様子のサリカさんにただいま、と声をかける。

 

「あ、晩御飯どうします? もう少し遅くなると思ってたから、完全に外食のつもりでいたけど、この時間なら何か作れますよね」

 

「そうね。冷蔵庫の中、見せてもらっても? 」

 

「あ、はい」

 

「それならわたくしが見てまいりますわ」

 

カウンター式のキッチンに入り、冷蔵庫を開ける。ぱっと目についたのは牛乳と卵だった。

 

「ハンバーグ、は昨夜頂いたばかりでしたわね」

 

「そうだね。それに確か挽肉は買い置きがなかった筈だよ」

 

それなら、と他の食材を手早く確認する。粉状にしたパルメザンチーズとベーコンがあった。一度冷蔵庫を閉めて、乾物の棚を開け、お目当てのパスタがあることを確認した。

 

「サリカさん、生クリームはありますか? 」

 

「生クリームかぁ。買った記憶はないかな」

 

「ならマヨネーズで代用しましょう。クリームパスタでよければ20分程で出来上がりますわよ」

 

所謂スパゲッティカルボナーラである。これはただ材料を混ぜるだけで準備にも殆ど時間がかからず、とても簡単なレシピだ。唯一包丁を使うのがベーコンを適当な大きさに切りそろえることくらいなので、以前から手を抜きたいときに偶に作っていた料理でもある。

 

「じゃぁベーコンを炒めるのはお母さんがやっておくわね」

 

母さまがベーコンを切って炒めてくれている間に卵、牛乳、粉パルメザンチーズ、マヨネーズをボウルに入れて攪拌する。ついでなのでレタスを千切ってプチトマトを乗せた簡易サラダも作っておいた。

 

パスタを並行して茹でておくとだいぶ時間を短縮できる。炒めたベーコンを一度小皿に除けておき、ベーコンの脂がたっぷり残ったフライパンにそのまま攪拌した卵ソースを注ぎ込んで少しだけ温める。そして茹であがったパスタをソースの中に直接移してよく絡めたらお皿に取り分け、ベーコンと粗挽き胡椒を適量乗せて完成だ。

 

「我ながら早いですわね」

 

「うん、本当に20分くらいでできちゃったね。あ、私持っていくよ」

 

≪It looks appetizing.≫【おいしそうですね】

 

サリカさんが配膳したお皿を見たのか、テーブル脇の椅子に座らせておいたトリックマスターがそう言った。

 

「トリックマスターに味覚があるとは思えませんが」

 

≪I have collated the web site information. It looks similar to the meal at restaurant.≫【ネット情報と照合しました。これは普通に飲食店で提供されるものと同じレベルに見えます】

 

レストランで出される料理と見た目が同じだからおいしそう、という認識らしい。

 

≪I want to eat. I want to eat. I want to eat.≫【食べたい食べたい食べたい】

 

腕をぶんぶんと振り回す。一体どれだけのモーションパターンが登録されているのやら。

 

「食べられないでしょうに。あとアンティークドールの見た目でそれを繰り返すのはおやめなさい。ホラーのようですわ。今度食品サンプルでも用意してあげますから」

 

≪What a shame.≫【残念です】

 

落ち込むトリックマスターを放置して、3人で晩御飯を食べた。

 

 

 

=====

 

「サリカさん、もしかしたらそのうちお友達を連れてくることがあるかもしれませんが、大丈夫ですか? 」

 

食後、洗い物をしながらふとそう聞いてみた。

 

「大歓迎よ。なんならお泊りしてもらっても構わないし。でもどうしたの? 急に」

 

「追悼式典で知り合った女の子がいるのですわ。今はアルトセイムに住んでいるようなのですが、来年から同じ学院に通いますので」

 

「ふーん。こっちに引っ越してくるの? 」

 

「ええ、学生寮に入るそうですわ」

 

フェイトのことを簡単に説明すると、サリカさんは少し顔を顰めた。

 

「他人の家庭のことだからあまり口出しはできないけれど、母親がお仕事で家に帰れないのに、使い魔と2人きりって寂しくないのかな。アルトセイムにお友達はいない感じだったんでしょう? 」

 

「ええ、わたくしが最初のお友達のような雰囲気でしたわ」

 

「プレシアさんから聞いた限りだと、街からは少し離れたところに家があって、遊び相手もその使い魔くらいらしいわよ」

 

母さまも話に加わってきた。どうやら俺が言い出さなかったら、同じことでサリカさんに打診しようと思っていたらしい。洗い物を終わらせ、みんなで居間に移動しても、話は続いていた。松葉杖を傍らに置いてソファに座る。「トリックマスター」と声を掛けると、人形状態のままふわふわと浮遊してきて、俺の腕の中に収まった。

 

「学校が始まるまでは、うちにステイしてもらっても全然構わないわよ」

 

「そうね、私も来週にはブラマンシュに帰るから、部屋は問題ないわよね」

 

「あの、先方に無断でそういうお話を進めるのは如何なものかと」

 

それからも色々と話したが、むしろサリカさんがリニス込みでフェイトを連れてきて欲しいと言うので、結局その方向で話が纏まりつつあった。

 

「フェイトちゃんのデバイスが出来上がったら連絡が来るんでしょう? そしたらその時にでもちょっと聞いてみてよ」

 

「判りましたわ」

 

軽く息を吐く。とりあえずフェイトについては連絡待ちで良いだろう。

 

「ミントちゃん、お風呂入る? 」

 

「ありがとうございます。後で入りますわ」

 

サリカさんにお礼を言うと、一度あてがわれた部屋に戻ることにした。

 

 

 

「トリックマスター、デバイス通信をしますわよ」

 

≪All right. Please enter the identification code.≫【了解。識別コードを入力して下さい】

 

俺は荷物の中からレイジングハートの識別コードを取り出して読み上げた。

 

「今のコードは登録しておいて下さいませ。登録名はレイジングハート、使用者はユーノ・スクライアですわ」

 

≪Sure. The information has been registered.≫【判りました。登録完了】

 

そのままレイジングハートへの回線を開いてもらう。

 

『もしもし? 』

 

「ユーノさん、お久しぶりですわね」

 

『ミント!? うん、久しぶり!デバイスを手に入れたんだね。元気そうで良かった。最近連絡がなかったから心配してたんだよ』

 

「申し訳ありません。色々とあって、結局ブラマンシュには戻らずにクラナガンにおりますのよ」

 

デバイス通信はここ十数年で急激に普及したシステムらしい。デバイス間でのデータ送受信の応用で音声データを特定アドレス宛に送信する、所謂ケータイのようなものだが電波の代わりに魔力が使われていて通信業者のようなものは存在しない。念話だと精々数十km程度の距離しかカバーできないが、デバイス通信であれば若干のタイムラグはあるものの、次元を超えて音声通信が可能なのだ。

 

『ミントはクラナガン・セントラル魔法学院だったよね』

 

「ええ、わたくしの場合、先にクラナガンにステイすることが決まってしまいましたので、その中で一番よさそうな学校を選んだのですが、パンフレットを見る限りは特に問題なさそうですわね」

 

『もうクラナガンに行ってから1か月くらい経つよね? まだ下見には行って無いの? 』

 

「本当に色々あって、時間が取れなかったのですわ。魔導師登録もまだ済んでいませんし。ユーノさんは魔導師登録は? 」

 

『僕は少し前に済ませたよ。魔力量はAだったけれど、攻撃魔法がからっきしだったから、まずはCランクでの登録だけどね』

 

「初等科3年に上がる頃にはもう少し上がっていそうですわね。きっと管理局からスカウトが来ますわよ。ご愁傷さま」

 

『今のところ管理局に入る予定はないけれどね。学校を卒業したらやっぱり考古学方面に進みたいし』

 

「そうですか。それで、肝心の学校は決まりましたの? 」

 

『うん。僕もクラナガン・セントラル魔法学院にしたよ。来年からまた一緒だね』

 

大丈夫。ユーノのことだからきっと色々と調べた上で、自分に一番合っている学院を選択した筈だ。以前と同じように軽く頭を振って妙な考えを追い払うと、ユーノと他愛もない雑談を続ける。少しすると部屋のドアがノックされ、サリカさんが顔をのぞかせた。

 

「ミントちゃん、お風呂沸いたけれど、すぐに入れる? 」

 

「ありがとうございます。すぐに参りますわ」

 

ふと時計を見ると軽く1時間が経過していた。

 

「じゃぁ、ユーノさん、また近いうちに連絡しますわね」

 

『わかった。僕もそろそろ休むことにするよ。おやすみ、ミント』

 

「お休みなさいませ」

 

 

 

お風呂で湯船に浸かりながら、エルセアでのことを思い返す。デバイスを入手できたことも大きかったのだが、それよりもいろいろな人達と知り合ったことが驚きだった。本当にいきなり原作キャラとの接点が増えたものだ。ティーダに始まり、リンディさん、フェイト、プレシアさん。クロノは前から顔見知りではあったが、今日話をしたことで、一層馴染めた気がする。

 

ふと頭の中に、長い緑色の髪の少女のイメージが過った。

 

「ヴァニラ・H(アッシュ)…ヴァニラさんですわね。直接お話し出来なかったのは残念ですが」

 

本人に直接会ったわけではないので、そのイメージはあくまでもゲームのビジュアルだ。大体23年前の事故で行方不明になったのなら、仮に生きていたとしてもゲーム通りの容姿ということはないだろう。

 

(もしかして転生者はみんなギャラクシーエンジェルのキャラクターの名前や容姿を持っているとか? いえ、そう考えるのは聊か早計ですわね)

 

考えてみれば、ヴァニラですら転生者だという確証は持てていないのだ。

 

(というより、そもそもアレイスターさんの話がどこまでが本当のことなのかすら判りませんし)

 

実際に転生しているのだから、転生の話自体は本当なのだろう。だが、それ以外に聞いたことは全て検証するにはリスクが大きすぎた。筆頭は転生者同士なら転生の話をしても呪いは発動しないということ。実際に試そうにも、結果「間違っていました」では済まされない。

 

(転生のことはこれからもずっと、誰にも言わない方が良いですわね)

 

非殺傷設定にも出来ず、確実に相手を殺してしまう魔法のようなものだ。中には俺自身のように転生を喜んで受け入れるような人間もいるが、それはあくまでも条件が整った場合のレアケースだろう。

 

何気なく両手でお湯を掬ってみる。とても小さい、子供の手だ。お湯から上がって風呂場の姿見を見れば、そこには幼いミント・ブラマンシュの姿がある。見た目はこんなに小さいのに、あっさり人を殺せる力がその中にあるのだ。

 

「まぁ、それは魔法も同じですわね。使い方を間違えないようにしないと、わたくしもテロリストと同じになり下がってしまいますわ」

 

そう呟くと、背中の傷痕を鏡に映してみる。普段はあまり目立たないが、お風呂に入って肌が上気すると若干浮き上がって見えた。

 

≪Why do not you fight against terrorists, swearing on your scar?≫【その傷に誓って、テロリスト達と戦うという設定は如何です? 】

 

「キャラじゃありませんわよ。っていうか、いつから見ていたのです? 」

 

≪From the beginning. I heard that a little girl was having a bath.≫【最初からです。幼女が入浴していると聞いて】

 

俺は黙って浴室のドアを開けると、いつの間にかその場にいたトリックマスターを、怪我をしていない左足で蹴り出した。

 




重ねて言いますが、トリックマスターにサンプリングされているのは女性の音声です。。

少し体調が良くないと思っていたのですが、どうやら風邪をひいてしまったようです。。
昨夜から38度弱の微熱が続いています。。

最近寒いですから、みなさまも寒暖差には十分お気をつけ下さいませ。。


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第11話 「歓迎」

エルセアから戻り、1週間が過ぎると漸く松葉杖なしでの歩行許可が下りた。

 

「やっと普通に歩けるわね。大変だったでしょう」

 

「そうですわね。でもおかげで雑学の知識が1つ増えましたわ」

 

松葉杖1本だけで歩行するときは、悪い足とは反対側の手で松葉杖を持つというのは知らなかった。感覚的には足の代用なのだから、悪い足と同じ方の手で持つものだと思っていたのだが、それだとバランスが悪く転倒する危険があるのだとか。

 

「まぁ、将来的にはあまり役に立てたくはない知識ではありますが」

 

「そうだね、もう怪我しないといいね」

 

苦笑するサリカさんの前で、軽く2、3回右足で足踏みをしてみる。杖に慣れていた所為か若干不思議な気分ではあったが、特に痛みもなく問題はなさそうだ。

 

「色々あったけれど、これでお母さんも安心してブラマンシュに帰れるわ」

 

「ミントちゃんはまだ暫くこっちにいるのよね? 」

 

「はい。フェイトさんからの連絡を待って魔導師登録をして、学校の下見と入学申込みもありますから、次に帰郷するのは越年祭の頃でしょうか」

 

ブラマンシュに限らず、どこの次元世界でも年末年始には何らかの祭事があるらしい。ちなみにクラナガンでは深夜0時にあちこちで花火が上がるのだとか。ブラマンシュでは花火は無いが、年末になると集落中央の広場に大きな篝火が焚かれ、年が明けるまでに集落裏手の湖に入って禊を行うのだ。年が明けるとその篝火の周りで酒宴のようなものが催される。

 

「わたくしは最後まで参加したことはありませんが」

 

「それはそうよ。子供は寝る時間ですもの」

 

「でもなんだか楽しそう。私も行ってみたいなぁ」

 

「お仕事が休めて、実家にも帰る予定が無いのであれば歓迎しますわよ? 」

 

「うーん、ちょっと考えさせて」

 

クラナガン総合病院では看護師さんが年2、3回、1週間程度の長期休暇を取得するのは珍しくないらしい。但しそれが年末年始となると、他の人達との兼ね合いもあることから調整が必要なのだそうだ。

 

「別に無理に今年でなくても構いませんわよ。今年はもしかしたらフェイトさん達もこちらにいるかもしれませんし」

 

「フェイトちゃん達も一緒に連れてきちゃえば? 族長にはお母さんから話しておくわよ」

 

先方の意向を確認せずに話を進めようとするのは母さまもサリカさんも同じだった。

 

 

 

母さまは結局それから3日後にブラマンシュに帰ることになった。何時の間に出かけたのかは知らないが、お土産と称して大量の醤油と味噌が買いこまれていたので、恐らくブラマンシュのみんなにも料理を振舞うつもりなのだろう。

 

一応ブラマンシュは特殊生態系保護区域であり、食品類の検疫はかなり厳しいのだが、醤油と味噌については事前に申告して許可までとっておいたらしい。退院してからは結構一緒にいる時間が長いように思っていたが、本当に何時の間に手配していたのやら。

 

「じゃぁ、ミント。本当にもう無茶とかはしないでね」

 

「判っていますわ。こんなことはそう何度もあることじゃありませんわよ」

 

時空管理局本局行きのシャトル搭乗ゲートで母さまに別れを告げる。1か月ちょっと前にブラマンシュの衛星軌道上にあるベースでやったのと同じようなやり取りが繰り返された。

 

「サリカさん、ミントのこと、よろしくお願いしますね」

 

「はい、任せて下さい」

 

≪Do not worry, madam. I will take care of my master too.≫【奥様、ご心配なく。私もついておりますから】

 

「トリックマスターも、ありがとう。じゃぁそろそろ行くわ。ミント、元気でね」

 

「ごきげんよう、お母さま」

 

母さまはこちらに向かって大きく手を振りながら、ゲートの向こうに消えていった。

 

「行っちゃったね。少し寂しくなるなぁ」

 

「フェイトさんが来ることになったら、きっとまた賑やかになりますわよ」

 

≪Gosh! I am very happy to hear that a little girl will join us.≫【いいですね。幼女が増えるのは喜ばしいことです】

 

「サリカさん、やはりフェイトさんの件は無かったことに」

 

≪I was just kidding!≫【冗談ですから】

 

改めて言っておくが、トリックマスターの待機モードはアンティーク・ドールである。容姿は愛らしい少女のもので、音声だって女性、それもレイジングハートとはまた違う、もっと幼い感じの声がサンプリングされている。

 

「何か、AIが本当に間違った方向に成長していますわね」

 

秋にエルセアのアルフレッドさんを訪ねる時は、AIの育成方法に再考の余地ありと伝えることを、割と本気で考えた。

 

「でもトリックマスターがいてくれるのは賑やかで楽しいかも」

 

「まぁ、そういう見方もありますが」

 

微笑みながら言うサリカさんにそう答えると、俺は溜息を吐いた。これでいて魔法を行使する時の情報分析や魔力配分などのサポート能力は相当に高く、信頼に足るのは確かなのだ。

 

「とりあえずは個性ということで認識しておきますわ」

 

≪Thanks for your understanding. I appreciate.≫【ご理解頂けて嬉しいです】

 

「判りましたから、少し抑え目でお願いします」

 

トリックマスターを抱えなおすと、俺はサリカさんと一緒に空港を後にした。

 

 

 

=====

 

8月も半ばを過ぎ、気候が温暖で極端に暑くなることが少ないクラナガンでも、多少汗ばむ日が続いていた。

 

「暑いわね~この夏一番の暑さだって」

 

サリカさんがテレビの気象情報を見ながらそう言ってくるが、正直なところブラマンシュの夏と比較すると大したことはない。ブラマンシュでは夏と言えばセミの声が煩いくらいなのだが、ミッドチルダに来てからはセミの声は聞いていなかった。

 

「この程度でしたら、ブラマンシュならまだ初夏の陽気ですわ。クラナガンは本当に過ごしやすのですわね」

 

「そうなの? これ以上暑かったらエアコンとか使わないと厳しいんじゃない? 」

 

「エアコンは使いません。自然保護意識の高いところですので、Co2排出についても規制が厳しいのですわ。排熱のない、魔力を使ったものであれば族長の家にはありましたが、他の家庭では見たことがありませんわね」

 

同じ理由でごみの分別もかなり厳しい。分別をしっかりしない人間はブラマンシュでは生きていけないのだ。俺自身もかつてユーノと一緒に、母さまから随分と分別の指導を受けた。

 

「そういえばイザベルさんも確りと分別してたもんね。あ、ところで話戻すけど、そんなに暑いのにエアコン無くて大丈夫なの? 」

 

「ブラマンシュも極端に暑いとも思えないのですが。集落のすぐ裏手に大きな湖がありますので、基本的に日中は水面が大気中の熱を取り込んで、夜になると放出してくれるのですわ。寒暖差は少なくて過ごしやすいですわよ」

 

「それでもクラナガンより暑いってことだよね? 」

 

「太陽からの距離が違うのでしょうね」

 

はっきり言ってしまえば、ブラマンシュの気候は日本と大差ない。むしろ夏は若干涼しいくらいである。その代り冬は随分と寒いのだが。

 

一方ミッドチルダの気候は地球で言うなら恐らくイギリスに近いだろう。夏はどんなに暑くても35度を超える日が数日ある程度で全体的に涼しく、逆に冬は暖かい。イギリスほど湿気が多いわけでもなく、一年を通して過ごしやすいのだ。

 

「ミントちゃん、アイス食べる? 」

 

「頂きますわ」

 

即答した。極端に暑いわけではなくても、アイスは美味しいのだ。

 

≪Master, I have received a device communication call from ASM0080**4XX, individual name "Bardiche".≫【マスター、ASM0080**4XXからのデバイス通信を受信しています。発信個体名は『バルディッシュ』】

 

「ありがとうございます。繋いで下さいな。あ、サリカさん、わたくしの分のアイスは後にして下さいませ」

 

サリカさんが「誰? 」と聞いてきたが、答えるよりも先に相手の声が聞こえてきた。

 

『もしもし、ミント? 』

 

「フェイトさん、ご無沙汰しています。連絡お待ちしていましたわ」

 

サリカさんに向かって親指を立てると、サリカさんもにっこり笑って俺が座っているソファに一緒に座った。

 

『エルセア以来だね。元気だった? 』

 

「ええ、おかげさまで。フェイトさんもデバイスが出来上がったんですのね」

 

『うん。バルディッシュって言うんだ』

 

音声通信のみでも、フェイトの声が弾んでいるのが良く判った。自前のデバイスが嬉しかったのだろう。

 

『それで、そろそろ魔導師登録をしようと思っているんだけど、ミントの都合はどうかなって』

 

「わたくしの方はいつでも問題ありませんわよ。足も完治しましたし、毎日が日曜日状態ですから」

 

『あ、足治ったんだね。よかった。もう杖はいいの? 』

 

「ええ、おかげさまで。ありがとうございます」

 

『それで魔導師登録のことなんだけど、ミントの都合が合うなら母さんの嘱託魔導師試験があるから、一緒にそっちに行こうと思うんだ』

 

「了解ですわ。いつになりますの? 」

 

『丁度1週間後。母さんは試験に合格したらそのまま次元航行艦に行くみたいだから、見送りたいし』

 

ここでサリカさんの表情を伺うと、にっこり笑ってこちらもサムズアップしてきた。改めてフェイトに確認を入れる。

 

「フェイトさん、折角ですし、よかったらうちに泊まっていきませんか? 実は家主さまから是非にと言われているのですが」

 

『え、いいの? 』

 

「ええ。何しろ家主さまのご意向ですので」

 

『それはすごく助かるんだけど、ちょっと母さんにも聞いてみるね』

 

正直なところ、フェイトが泊りに来てくれるのはすごく嬉しい気がした。母さまが帰国してしまったことで、少し寂しく思っていたのかもしれない。どうやら思った以上に母さまに甘えていたようだ。そんな事を考えていると、プレシアさん本人が会話に参加してきた。

 

『ミントちゃん、お久しぶりね。そちらの家主の方はいらっしゃるのかしら? いらっしゃるならお話させて欲しいのだけれど』

 

「初めましてテスタロッサさん。イザベルさんからミントちゃんを預かっている、サリカ・ブラマンシュと言います」

 

隣に座ったサリカさんがプレシアさんと話し始める。どうやらプレシアさんの方も母さまからサリカさんのことは聞いていたようだった。

 

暫くプレシアさんとサリカさんで話をした結果、フェイトが入寮するまではサリカさんの家でリニスも一緒に生活することになった。サリカさん的には別に入寮せずにずっと一緒に暮らしてもいい様子だったが、さすがにそこまで迷惑をかけられない、とプレシアさんが固辞した形だ。

 

とりあえず1週間後に迫ったプレシアさんの嘱託魔導師試験の前日にテスタロッサ家がクラナガンを訪れ、サリカさんの家で1泊することになった。プレシアさんはその試験で合格したらそのまま次元航行艦に行くことになり、フェイトは来年の春まではリニスと一緒にサリカさんの家で生活する。

 

『じゃぁ来週そっちに行くから』

 

「はい。楽しみにしていますわね。駅までは迎えに参りますから、到着時刻が判ったら教えて下さいませ」

 

『うん。判った。またね、ミント』

 

「ごきげんよう、フェイトさん、プレシアさん。リニスさんにもよろしくお伝え下さいませ」

 

通信を終えると、すぐにサリカさんが先程食べそびれたアイスを取りに行くと言って席を立った。その間にトリックマスターに指示してバルディッシュの識別コードを使用者フェイト・テスタロッサで登録しておく。

 

「ミントちゃん、バニラとチョコバナナ、どっちがいい? 」

 

「バニラでお願いします」

 

これは先日サリカさんが買ってきてくれたもので、クラナガンでも割と有名なお店のアイスらしい。暫くの間、2人で一緒においしいアイスを頂いた。

 

 

 

=====

 

それはフェイト達がクラナガンに到着する日の午前中のことだった。偶々病院のシフトがなく、お休みになっていたサリカさんに声を掛けられた。

 

「プレシアさん達って、今日の夕方に到着予定だったわよね? 」

 

「ええ、18:00着の快速レールだと伺っていますわ。中央口の広場で待ち合わせです」

 

「今日の晩御飯なんだけど、折角だから歓迎の意も込めて、珍しい料理でも作ってみようかと思って」

 

「いいですわね。それで珍しい料理と言いますと、例えばどんな? 」

 

「うん、それでミントちゃんが何か知らないかな~って思って」

 

「そこでわたくしに振るのはどうかと思いますが」

 

とは言え料理が趣味であることを公言している以上、メニューで頼られたら断る訳にもいかないだろう。

 

「では近くのスーパーで面白そうな食材がないか、見て参りますわ」

 

「あ、私も一緒に行くよ。ちょっと待ってて」

 

サリカさんが軽くお化粧をして着替えるのを15分程待って、その後2人で出掛けた。近所のスーパーに到着すると、鶏のもも肉とビーンカードがタイムセールになっていた。ビーンカードは豆乳ににがりを加えて固めたもので、日本で言うところの『豆腐』である。取り敢えずビーンカードを2パックと、鶏肉を2パックかごに入れる。

 

「あれ? もうメニュー決まったの? 」

 

「タイムセールですから、ひとまず商品をかごに入れただけですわ」

 

少し呆れたような表情のサリカさんをよそに、メニューを考える。もし良い感じのメニューに結びつかなければカートに戻せばいい。

 

「豆腐と鶏肉ですか。鶏はもも肉だからソテーにも出来ますわね。先日作った揚げ鶏香味ソースでも良いですが。豆腐はサラダにしても良いのですが、そうするともう一品くらいは欲しいですわね」

 

「あ、忘れてたけど、冷蔵庫に豚挽肉が残ってるよ。賞味期限が確か今日、明日くらいで切れる筈だから、使えるなら使っちゃわないと」

 

「豚挽肉ですか。あぁ、そういえば長ネギも少し残っていましたわね。あれも放っておくと臭いが出ますから、そろそろ使ってしまいませんと」

 

その時、ふと閃いた。先日買い込んでおいた醤油と味噌がまだ大量に残っていた筈だ。即座に頭の中でシミュレートする。

 

みじん切りにしたニンニクとおろし生姜を小口切りにしたネギと一緒に炒め、そこに豚挽肉を加える。味付けは醤油、砂糖、味噌、塩とそれから胡椒。そこにサイコロ状に切った豆腐を入れて、片栗粉…はないからコーンスターチでとろみをつけてあげれば麻婆豆腐のようなものになる筈だ。

 

お米は炊いて白米として一緒に出せばいいし、鶏もも肉は麻婆豆腐に合わせるなら料理酒と醤油を混ぜたものにニンニクとおろし生姜を入れ、肉を付け込んだ後、コーンスターチで衣を作って唐揚げにすればいい。お麩と乾燥わかめも残っているから、それを使った味噌汁も出来る。

 

「決まりですわね」

 

「おーっ、さすがミントちゃん。頼りになるね。で、何を作るの? 」

 

興味津々のサリカさんにレシピの構想を伝え、唐揚げに添えるサニーレタスを購入した俺たちは上機嫌で帰宅した。

 

 

 

料理というのは下拵えさえ済んでいれば、調理自体にはそれほど時間はかからないものだ。問題は複数種類のメニューを一度に食卓に並べる場合、如何に適温で配膳するかである。今回のようなメニューの場合、ご飯を炊いている間に多少冷めてしまっても美味しく頂ける唐揚げを作って盛り付けておき、最後に麻婆豆腐を作るのが一般的だろう。だが、それはあくまでも魔法抜きで考えた場合だ。

 

「こういう時に便利な魔法がありますのよ」

 

その名も「プリザベーション」。「プリザーブ」ということもある。ミッド式の術式ではあるのだが、正直なところブラマンシュ以外で使われているのを見たことは無い。

 

「どういう魔法なの? 」

 

「食品の消費期限を先延ばしに出来る魔法ですわ。例えばこの豚挽肉ですが」

 

そう言って手に取ったのは、今夜の麻婆豆腐に使う予定の挽肉パック。サリカさんの記憶通り、賞味期限が今日になっていた。

 

「これにプリザベーションの魔法をかけると、1週間程度は現在の状態を維持出来ますのよ」

 

「へー、冷蔵庫要らないね」

 

「重ね掛けができませんので、忘れないように管理する必要はありますわね。ですがこの魔法の真価は、かけた時の温度を保存できるところにあるのですわ」

 

「あ、それはいいね。ちょっと早めに料理が出来ちゃっても、冷めたりすることがないんだ」

 

「ただ1週間ずっと温度が変わらないので、カバンなどに入れて持ち運ぶ時には注意が必要なこと、それからこうしたこと以外に使い道がないというのが、この魔法の難点ですわね」

 

地味で使用用途が限られているからこそマイナーな魔法なのだろう。やはり次元世界一般で言えば、戦闘に直結した魔法の方が遥かに人気が高い。

 

「ですが、今日は存分に役に立ってもらいましょう」

 

フェイト達には晩御飯の用意があることを伝えてある。時間的にも到着後に一息入れたら晩御飯というのが望ましいだろう。サリカさんと一緒に料理を仕上げると、全ての料理に「プリザベーション」をかけて準備を終えた。

 

「トリックマスター、参りますわよ」

 

≪Yes, my master.≫【了解です】

 

ふよふよと飛んできた人形状態のトリックマスターを両手で抱える。

 

「ではサリカさん、みなさんを迎えに行ってきますわね」

 

「行ってらっしゃい。気を付けてね」

 

 

 

サリカさんの家から快速レールの駅までは徒歩約15分程だ。だいぶ日が傾いてきているが、まだ日没までには時間がありそうだった。待ち合わせ場所の広場に到着して時計を見ると、丁度18時になるところだった。

 

「丁度良いタイミングでしたわね」

 

やがて駅から出てくる人の中にフェイト達の姿を見つけて大きく手を振った。

 

「ミント。態々ありがとう」

 

「いいえ。ようこそクラナガンへ。歓迎しますわ」

 

プレシアさんにも挨拶をする。隣にいたアッシュグレイの髪の女性は、知識として持っていたリニスの容姿とぴったり一致した。

 

「初めまして。プレシアの使い魔、リニスです」

 

「初めまして、ミント・ブラマンシュですわ。よろしくお願い致します」

 

簡単な挨拶を済ませると徒歩でサリカさんの家に向かった。ふと見ると、プレシアさんは小洒落たトランクを持っているものの、フェイトとリニスは荷物らしい荷物を持っていなかった。

 

「そう言えばみなさん随分荷物が少ないですのね。暫く滞在すると聞いていたからもう少し多いかと思っていたのですが」

 

「そうでもないわよ。私は一度次元航行艦に乗ってしまうと買い物にもなかなか行けないから、少し多めに持ってきているわ」

 

「私の場合は使い魔ですからね。服もバリアジャケットの応用で用意できますし、そんなに荷物は必要ありませんよ。それに庭園の方のメンテナンスもありますから偶にアルトセイムに帰りますし、必要なものがあればその時にでも持ってきます」

 

「フェイトさんは大丈夫ですの? 」

 

「うん。私も母さんと一緒。着替えはバルディッシュに格納しているから」

 

どうやらプレシアさんとフェイトはデバイスの格納領域に荷物を入れているらしい。

 

「なるほど、そういう手もあるのですわね。わたくしも参考にさせて頂きますわ」

 

≪You can store anything at any time, master.≫【いつでも、ご自由に】

 

「ありがとうございます、トリックマスター」

 

≪Especially...≫【特に…】

 

「はい? 何か言いましたか? 」

 

≪Nothing. Please disregard.≫【何でもありません】

 

何やらトリックマスターが呟いたように思ったのだが、気のせいだったのかもしれない。そうこうしているうちに、サリカさんの家に到着した。

 

「こちらですわ」

 

呼び鈴を鳴らすと、すぐにサリカさんが出てきた。

 

「ようこそ、お待ちしていましたよ。どうぞ上がって下さい」

 

とりあえず全員を居間に通して自己紹介をした。リニスは原作通り、山猫を素体とした使い魔らしい。そこでふと気になったことを聞いてみた。

 

「リニスさん、葱は大丈夫ですか? 今日の夕食に使ってしまっているのですが」

 

「あぁ、気にしないで下さい。10年以上も使い魔をしていると、味覚も人間に近くなるんですよ。今では葱でもチョコレートでも香辛料でも全く問題ありませんから」

 

どうやら使い魔になってすぐの頃は素体の性質を強く引き継いでいるものの、永らく使い魔をやっていると体質なども変わってくるのだそうだ。一安心したところで食事にすることにした。洗面所で順番に手を洗い、食卓に着く。

 

「あら? 珍しい。プリザベーションね」

 

さすがにプレシアさんには判ったようだった。

 

「折角ですので、出来立ての美味しさを味わって欲しかったのですわ」

 

「もしかして、これミントが作ったの? 」

 

「はい。料理が趣味ですので」

 

「フェイトも少し教えてもらった方がいいかもしれませんね」

 

「じゃぁ、頂きましょう。『今日の糧に感謝を』」

 

フェイトは恐る恐る、リニスは興味深々といった感じで麻婆豆腐をよそっている。

 

「美味しいわ。ライスにも合うわね」

 

プレシアさんのお褒めの言葉を頂いた。

 

「先日、管理外世界の調味料が手に入ったので、色々と試しているのですわ。今日のメニューは第97管理外世界で『中華』と呼ばれるものですわ」

 

尤も味付けは和風調味料を使って、本場のものより随分マイルドに仕上げてはいるが。だがテスタロッサ家の口には合ったようで、フェイトもリニスもお代わりを貰っていた。

 

「とても美味しい。ミントはすごいね。こんな美味しいものが作れて」

 

「そうですね。もし良かったらレシピを教えて頂けませんか? 」

 

「ええ、構いませんわよ。後でメモを差し上げますわ」

 

そんな感じで和やかに食事を続けていると、トリックマスターがふよふよと飛んできた。

 

≪How I envy you!≫【なんて羨ましい】

 

「トリックマスター、ハウス」

 

≪Arf!≫【わん】

 

情けなそうに犬の鳴きまねをすると、トリックマスターは居間のソファにぽてっと落ちた。

 

「何だか可哀想。バルディッシュ、少しの間話相手になってあげて」

 

≪Yes, Sir.≫【了解】

 

フェイトが持っていた金色のプレートが、トリックマスターの方にふよふよと飛んで行った。

 

「申し訳ありません。気を遣わせてしまって」

 

「いいよ。バルディッシュにも友達ができると嬉しいし」

 

「フェイトちゃんは優しいね~」

 

サリカさんにそういわれると、フェイトの顔が少し赤くなった。そしてプレシアさんはそんなフェイトを微笑みながら見つめていた。

 

 

 

夕食を終え、洗い上げを済ませた後、俺たちは居間で翌日のスケジュールについて話をした。

 

「まずプレシアが嘱託魔導師試験ですね。使い魔である私がいますから、儀式魔法の展開については免除だそうです。午前中は筆記で、午後に実技ですね。ミントとフェイトは魔導師登録ですが、こちらは簡単な検査だけですから、午前中の筆記試験の間に終わらせてしまいましょう」

 

リニスが優秀な秘書のような雰囲気でスケジュールを伝えてくれる。ちなみにサリカさんは明日、普通に日勤のシフトが入っているそうなので、別行動だ。

 

「一応、ハラオウン提督経由で2人の魔導師登録についても連絡を入れておきました。プレシアが筆記試験を受けている間、私は不正防止の為ハラオウン提督と一緒にいないといけないらしいので、2人の検査にも立ち会うことになります」

 

「リニスさん、ハラオウン提督ってリンディさんのことですわよね? 不正防止で一緒にいるのは判るのですが、何故わたくし達の検査にも立ち会うことになるんですの? 」

 

「2人共優秀な魔導師の卵だし、どうしても検査を直に見たいと彼女自身が駄々を捏ねていましたから」

 

なんとなく、その情景が目に浮かぶような気がした。

 

「では明日の朝が早いプレシアとフェイト、それにミントはもう休んで下さい。寝不足で本調子が出せないなんてことになったら目も当てられませんよ」

 

「そうね、ありがとうリニス。じゃぁサリカさん、今日は本当にありがとう。申し訳ないけれど、先に休ませて頂くわ」

 

「お気になさらず、明日は頑張って下さいね」

 

時計を見ると21時を回ったところだった。寝るには丁度良い時間だろう。トリックマスターを抱え上げると、俺も立ち上がる。

 

「プレシアさん、フェイトさん、お部屋に案内しますわ。サリカさん、わたくしもそのまま寝ますわね。お休みなさいませ」

 

「うん。お休み、ミントちゃん」

 

プレシアさんとフェイトを部屋に案内する。母さまがブラマンシュに帰る前から一緒に確り掃除して2人用に仕立て直しておいた部屋だ。明日の試験が終われば、フェイトは暫くプレシアさんに会えなくなるわけだから、今夜はゆっくりして貰おう。

 

「ミントちゃんありがとう。じゃぁ、また明日」

 

「お休みなさい、ミント」

 

「ごゆっくりお休み下さいませ」

 

テスタロッサ親子が部屋に入るのを見届けた後、俺も自分の部屋に戻ってベッドに倒れこむ。

 

≪Please change into pajamas at least.≫【せめてパジャマに】

 

「判っておりますわ」

 

もぞもぞと服を脱ぐと、枕元に置いてあったパジャマに着替えて布団に潜り込んだ。

 

「トリックマスター、お休みなさいませ。電気消しておいて下さいな」

 

≪Sure. Good night and sleep well.≫【了解。お休みなさいませ】

 

目を閉じると直ぐに電気が消えるのが瞼越しに判った。そのまま数分もしないうちに、俺は夢の世界にいざなわれた。

 




ミント「トリックマスター、フェイトさん達を迎えに行ったとき、何と言っていたんですの? 」

トリックマスター「Nothing. Please disregard.」

ミント「バルディッシュさんは、何て言っていたか、聞こえていました? 」

バルディッシュ「Sir. She said "Especially, used underwear for a little girl."」

ミント「……」

※もはや性格的に、6番目のあの娘の面影はどこにもありません。。

=====

本当は魔導師登録の話まで書こうと思っていたのですが、いざ書いてみたらグダグダ部分が長くなりすぎました。。
毎回、ある程度見直してから投稿しているはずなのですが、反映完了後に複数の間違いが見つかって修正、というパターンが非常に多いです。。
もし見逃している誤字や間違いがあったらご一報頂けると嬉しいです。。


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第12話 「魔導師登録」

サリカさんとリニスはかなり意気投合したらしく、昨夜は随分と遅くまで話し込んでいた様子だった。何故それが判ったかというと、2人そろって居間のソファで寝ていたからだ。

 

「サリカさん、リニスさん、そんなところで寝ていると風邪をひきますわよ」

 

「あれ、ミントちゃん? 寝たんじゃなかったの? 」

 

「何を言っているんですか。もう朝ですわよ」

 

時計は6時を指している。

 

「申し送りは8時半からだから、あと1時間寝させて」

 

「それならご自分の部屋に戻って下さいませ」

 

「今から布団に入ったら7時に起きれる自信がないの」

 

「仕方ありませんわね。今日だけですわよ」

 

サリカさんの部屋から肌掛けを持ってきて、ソファに寝ているサリカさんに掛けた。リニスは起き上がって伸びをしていた。

 

「おはようございます。すみません、サリカと話をしていたらつい盛り上がってしまって」

 

「サリカさんも楽しかったのでしょうね。もし二度寝されるのでしたら、肌掛けをお持ちしますわよ」

 

「大丈夫です。ありがとうございます。今日は10時には本局に行かないといけませんから、シャトルの時間を考慮してもそろそろ起きておいた方が良いでしょう。プレシア達も起こしてきますね」

 

リニスはそう言って居間を出て行った。こちらはその間に簡単な朝食の用意をしておく。食パンをトーストして適当な大きさに切り、ベーコン、レタス、トマトを挟んでマヨネーズを適量かければB.L.T.サンドの出来上がり。

 

「ミント、おはよう。何か手伝うことある? 」

 

「おはようございます、フェイトさん。ではこちらのお皿を食卓に運んで頂けますか? 」

 

「うん、判った」

 

まずフェイトが起きてきたので、配膳をお願いする。今日はまだ髪を整えていないらしく、彼女の長い金髪は腰まで下ろされた状態だった。

 

「おはよう、ミントちゃん。随分と早いのね」

 

「おはようございます、プレシアさん。昨夜は早くに休ませて頂きましたし、朝食を用意しようと思ったのですわ。まぁ、それほど大したものでもありませんが」

 

温めたミルクで作ったカフェオレをプレシアさんと、一緒に戻ってきたリニスに手渡すとお礼を言われた。フェイトとサリカさんの分は自分のものと一緒にトレイに乗せて食卓に運ぶ。

 

「10時に筆記試験がスタートだから、30分前には本局に到着しておきたいわよね。空港からシャトルで本局まで30分程度だったかしら? 」

 

「そうですね。ここから空港までは快速レールで40分程度ですが、乗継時間を考慮したら8時には駅に着いていたいところです」

 

「では7時45分には家を出ないといけませんわね」

 

サリカさんの勤務先であるクラナガン総合病院までは家から徒歩20分程。家を出る時間は一緒で問題ないだろう。

 

「ふぁ…おはようございます」

 

「あらサリカさん。すみません、うるさかったですか? まだ6時45分ですわよ」

 

「ううん、大丈夫。良い匂いがしてきたからお腹空いちゃって」

 

折角なので、この後サリカさんも含めた全員で美味しく朝食を頂いた。

 

 

 

=====

 

「じゃぁ、プレシアさん、頑張ってきて下さいね」

 

「ありがとう。これから暫くの間、フェイトのことよろしくお願いするわね。時間が取れる時は私も出来るだけ顔を出すようにするわ」

 

「はい。フェイトちゃんとミントちゃんも行ってらっしゃい。帰りはちょっと遅くなるかもだから、ご飯は適当に済ませておいて」

 

「了解ですわ。では行ってまいりますわね」

 

病院に出勤するサリカさんとは大通りで別れ、俺たちはクラナガンの駅から空港に向かった。管理局員になると、地上本部と本局を結ぶ転送ゲートを使うこともできるようになるそうだが、今日は正規のルートを使うことになっている。

 

「フェイト、ちょっといらっしゃい」

 

快速レールの座席に座ると、プレシアさんがフェイトを呼ぶ。隣に座ったフェイトの髪を、プレシアさんはどこからともなく取り出したブラシで梳かし始めた。

 

「これから暫くはこうしてあげることも出来なくなるけれど、身嗜みは常にきちんとするようにしなさい」

 

「はい、母さん」

 

最後にリボンで髪を束ねると、そこには俺がよく知っているツインテールのフェイト・テスタロッサがいた。

 

「良く似合っていますわよ」

 

「ありがとう。でもまだ一人では上手く結べなくて。今練習中なんだ」

 

フェイトは少し頬を赤らめながら、そう言った。

 

 

 

空港に到着すると、今度はシャトルで本局に向かう。初めてクラナガンに来た時と同じ、壁面が360度モニターになる、空飛ぶ椅子タイプのシャトルだった。

 

「以前も乗りましたが、どうも落ち着きませんわね」

 

別に高所恐怖症というわけではないのだが、見慣れない景色にふとそう呟いた。

 

「あら、ミントちゃんは空を飛んだことはないの? 」

 

「ええ、実はデバイスを手に入れたのがつい先日のことで、それまではバリアジャケットも使ったことがありませんでしたから」

 

「別に適性がないわけじゃないのよね? 」

 

「未だ飛行魔法は構築しておりませんが、浮遊魔法で試した限りでは、適性はある様子でしたわ」

 

「そう。飛行魔法の術式ならあるけれど、よかったら使う? 」

 

「よろしいのですか? 助かりますわ」

 

「データを転送するわね。デバイスを貸してもらえるかしら」

 

トリックマスターを渡すと、プレシアさんは自身のデバイスを取り出してデータを転送した。

 

「それがプレシアさんのデバイスですか? 」

 

「ええ。在り来たりのストレージデバイスだけれど、許容魔力はSSまで上げてあるわ。はい、終わったわよ」

 

「ありがとうございます。トリックマスター、概要を教えて頂けます? 」

 

≪D rank magic "Maneuverable Soar" has been installed. It is well balanced, and good magic.≫【Dランク魔法『マニューバラブル・ソアー』がインストールされました。安定性の高い、良い魔法です】

 

「あ、高機動飛翔だね。その魔法、私も使ってるよ」

 

フェイトも会話に加わってきた。

 

「構築したのはかなり昔なんだけれど、特に手を加える必要もなかったわ。ランクも低めに設定されているから、扱いやすい筈よ」

 

「改めてありがとうございます。魔導師登録が済んだら公共の魔法練習場に行って練習しますわ」

 

「それよりも、今日本局で使うことになると思いますよ」

 

リニスが微笑みながらそう言ってきた。何でも魔導師登録の際に空戦適性の有無確認があって、飛行魔法の行使も検査項目に含まれるのだとか。

 

「初めてでも大丈夫でしょうか? 」

 

「その為に魔法ランク自体を低く設定してあるのよ。大丈夫、上手くいくわ」

 

魔法ランクというのはそのまま難易度に相当する。ランクが高ければ難易度も高く、使うことが出来る魔導師も限られてくる。逆にランクが低ければ難易度も低く、万人が同じように使うことが出来るのだ。

 

「ついでに少しトリックマスターに登録されていた魔法も確認させて貰ったのだけれど」

 

ふとプレシアさんが言ってきた。

 

「攻撃魔法はAAランクとAAAランク、それにSランクのものが1つずつあるのに、防御魔法がアクティブ・プロテクションのみというのもバランスがあまり良くないわね。もしよかったら、暫くリニスに講師でもさせましょうか? フェイトにも教えているし、折角だから一緒に」

 

「ありがとうございます。それは是非お願いしたいですわね」

 

「ミントが持っている魔法は強力なものや珍しいものが多くを占めていますが、バリエーションが少なすぎです。少し手数を増やすところから始めた方が良いでしょうね」

 

リニスがトリックマスターに登録された魔法のリストを見ながらそう言ってきた。

 

「で、一つ気になるものがあるのですが。何ですか? この『ハイパー・エリア・サーチ』って」

 

「そうね、それは私も知りたいわ。広域探索魔法の一種だとは思うけれど、それにしては消費魔力が大きすぎるし、おまけに魔法ランクがAAって」

 

「あら、『ワイド・エリア・サーチ』とはまた違う魔法ですの? 」

 

「『ワイド・エリア・サーチ』の魔法ランクは精々C程度だよ、ミント」

 

リニスやプレシアさんだけでなく、フェイトからもツッコミを貰ってしまった。正直俺自身も未だ使ったことが無い、プレインストールされていただけの魔法なので「良く判りません」としか言えず、何の説明も出来なかった。

 

「本局に着いたら、データベースで確認してもらうといいわ。リンディかエイミィあたりが好きそうなネタだし」

 

「ありがとうございます。そうさせて頂きますわ」

 

そんな話をしているうちに、シャトルは本局に到着した。

 

 

 

=====

 

「やあ。先日エルセアに行った時以来だな」

 

「こんにちは、クロノさん。よくお会いしますが、もしかして執務官って暇なのですか? 」

 

「会っていきなり失礼なことを言うなぁ君は」

 

「冗談ですわよ。今日はどうされたのです? 」

 

「かつて大魔導師とまで呼ばれたプレシア・テスタロッサ女史が嘱託とは言え管理局の試験を受けるんだ。多少忙しくても仕事の合間を見て見学にも来るさ」

 

本局の試験会場に到着した俺達を待っていたのは、かなりの数の見学希望者だった。恐らくほとんど全員がアースラスタッフなのだろう。

 

「やっぱり暇なのではありませんか? 午前中は筆記のみですわよ」

 

「そう言わないで頂戴、ミントさん。同じ次元航行艦に配属されることになっているから、みんな気になっているのよ。それに本局に係留中は次元航行艦スタッフって、あまりやることが無いのよね」

 

「かあ、艦長、嘘を吐かないで下さい。僕もついさっき地上本部との打ち合わせを終えて、今日の夕方にはまた出航じゃないですか。艦長だって、朝一で報告書の提出をしているでしょう」

 

クロノが呆れたようにそう言うと、リンディさんはぺろっと舌を出した。

 

「まぁ役職を持っていれば忙しくなるのは当然よね。でも今日はマシな方よ。みんなも今日をオフに出来るように、昨日まで凄く頑張ったのよ」

 

「そんなに期待されるようなものじゃないと思うけれど」

 

プレシアさんも苦笑しながらそう言う。恐らく半分以上は照れだと思うが。

 

「そろそろ筆記試験開始ね。じゃぁ、頑張って」

 

リンディさんにそう言われ、フェイトやリニス、俺にも激励されつつ、プレシアさんは試験会場に入っていった。

 

「さて、次は貴女達の魔導師登録ね。検査会場はこっちよ」

 

リンディさんに先導されて本局の通路を歩いていくと、何故かクロノや他のスタッフもぞろぞろとついてくる。

 

「あの、みなさんはどちらへ? 」

 

「君達が検査を受ける会場だ。筆記試験は見学対象じゃないからな」

 

「暇つぶしの見世物にされた気分ですわ」

 

ある意味、それは正解なのだろう。リンディさんあたりは「将来有望な魔導師の卵だから見学しておく価値あり」と力説しているが、どう考えたって今日の本命はプレシアさんの実技試験だ。深くため息を吐くと、フェイトが軽く肩をつついてきた。

 

「あまり気にしない方が良いと思う。気にしたらきっと負けなんだよ」

 

 

 

検査会場というくらいだから広い講堂のような場所をイメージしていたのだが、俺達が通されたのは、ちょっとした医務室のような部屋だった。

 

「はい、男性陣は暫くの間ここから先は立ち入り禁止~クロノ君もだよ」

 

「エイミィ、ご苦労さま。ごめんなさいね、準備任せちゃって」

 

「いえいえ、あたしも結構楽しみにしてたんで!」

 

「ミントさん、フェイトさん、紹介しておくわね。今日貴女達の魔導師登録を担当してくれるエイミィ・リミエッタ執務官補よ」

 

医務室のような部屋にいたのは、アースラNo.3の権力者と言われるエイミィさんだった。クロノ達男性陣を部屋の外に留めたまま閉じた自動ドアをロックした彼女は、満面の笑顔を俺達に向けた。

 

「初めまして。ミント・ブラマンシュちゃんだね。今日の検査を担当することになったエイミィ・リミエッタだよ。よろしくね~ で、フェイトちゃんは久しぶり!」

 

「は、初めまして。よろしくお願いしますわ。っていうか、エイミィさんってアースラのスタッフだったんじゃないですか? 」

 

思わず疑問が口をついて出てしまった。しまった、と思うが後の祭り。慌ててフォローを入れる。

 

「あ、以前クロノさんにそんなお話を聞いたような気がして。間違っていたら申し訳ありません」

 

「ううん、合ってるよ。でも偶にこうして検査の手伝いとかもしているし、今回は艦長たってのお願いだからね」

 

今回は何とか誤魔化せたようだったが、下手なことは言わないように注意しないといけない。改めて気を引き締めた。

 

「さてと、じゃぁ2人とも服を脱いでそっちのベッドに横になってね」

 

なるほど、男性陣が締め出される訳だ。服を脱いで下着だけになり、ベッドに向かおうとすると突然リニスが「あら? 」と声を上げた。

 

「どうしたの? リニス」

 

「ああ、すみませんフェイト。大したことではないので気にしないで下さい」

 

その直後に、リニスから念話が入った。

 

<ミント、その背中の傷は? 随分最近のもののようですが>

 

<あら目立ちます? 先日ちょっと失敗して、殺傷設定の魔法を受けてしまったのですわ>

 

<そうでしたか。すみません>

 

<構いませんわよ。もう完治しておりますし、痛みもありませんから>

 

そのままベッドに仰向けになると、エイミィさんが体に次々と電極のようなものを張り付けてきた。

 

「冷たくて、少しくすぐったいですわね」

 

「ちょっとだけ我慢してね。すぐ終わるから」

 

隣のベッドで横になっているフェイトにも電極のようなものが張り付けられて、その後エイミィさんが機械の操作を始めた。

 

「うん、やっぱり2人とも凄いね。まずフェイトちゃんだけど、魔力ランクはAAA。平均値は137万で最大発揮時はその3倍以上。まだ6歳だし、これからもっと伸びるね。それから雷の変換資質あり、と」

 

「その電極みたいなもので、そこまで判るのですか? 」

 

「そうだよ。映像データから推測値を出すことも出来るけど、やっぱりこっちの方が正確だしね。で、ミントちゃんなんだけれど、魔力ランクはS-だね。平均値142万、最大発揮時は同じく3倍以上。レアスキルは特に無いみたい」

 

「ありがとうございます」

 

「ミントちゃんは、そっか。生まれ月が9月だからまだ5歳なんだね」

 

「ええ。数えでは6歳ですわ」

 

電極のようなものを外してもらい、ベッドから体を起こしつつお礼を言う。

 

「2人共、もう服を着ても大丈夫だよ。次は魔法の適性を見るから、デバイスを用意してね」

 

俺とフェイトが服を着たのを確認した後で、エイミィさんがドアのロックを解除した。

 

「クロノ君、お待たせ」

 

「あぁ、漸く出番か」

 

通路に締め出されていた男性陣が部屋に入ってきた。クロノは胸ポケットからカード状のデバイスを取り出すと指先で弄ぶようにくるくると回した。

 

「じゃぁこれから各種適性を確認しよう。ついて来てくれ」

 

クロノが向かった先は部屋の奥の壁だったが、そこで何やらコンソールのようなものを操作をすると壁だった場所は一瞬で窓のようになり、その先にかなり広いスペースがあるのが判った。

 

「ここは? 」

 

「訓練施設だ。魔法の試射や模擬戦をやるときに使うことが多いな。他にも本局だけで同じような設備は50以上ある」

 

クロノの説明にフェイトと顔を見合わせた。

 

「凄いですわね」

 

「うん。でも面白そうだ。行ってみよう、ミント」

 

フェイトがまず訓練施設に入ってしまったので、慌ててそれを追う。中に入るとクロノが手にしたカードを指で弾いた。一瞬の後、カード状だったデバイスは錫杖形態に変わり、バリアジャケットが展開される。

 

「君達もセットアップしてくれ。まずは空戦適性を見るから、バリアジャケットを展開したら飛行魔法を行使してみてくれるか? 」

 

「了解ですわ。トリックマスター、セットアップ」

 

≪Standby, ready. Setup.≫【了解。セットアップ】

 

「行くよ、バルディッシュ」

 

≪Get set.≫【準備完了】

 

2人揃ってバリアジャケットを展開する。俺が纏うのはトランスバール皇国軍の制服を模したもので、フェイトは原作通りの黒いバリアジャケットだった。バルディッシュはハルバードのような形状になり、フェイトの手中に収まっている。

 

「さて、ぶっつけ本番になってしまいましたが、参りますわよ。『マニューバラブル・ソアー』」

 

先程プレシアさんから貰ったばかりの高機動飛翔魔法を行使した。浮遊魔法と違って急に高度を取るため一瞬バランスを崩しかけたが、すぐに体勢を立て直せた。この辺りはさすがDランク魔法と言ったところか。隣にはフェイトが既に空中で静止状態を保っている。

 

一瞬遅れて、高揚感に包まれた。

 

(わたくしは今、空を飛んでいるのですわ)

 

思わずその場でくるりと宙返りをする。

 

「はぁ~、気持ちいいものですわね」

 

思わずそう呟くと、フェイトが「判るよ」と言って微笑んだ。

 

 

 

その後、クロノに頼み込んで暫く空中散歩を楽しませてもらうことにした。空中での加速・減速や姿勢制御もイメージ通りに出来た。ただでさえ高かったテンションが更に高くなる。

 

「そろそろ良いか? 簡単な攻撃魔法と防御魔法の発動をチェックするから、一度降りてくれ」

 

「折角楽しんでおりましたのに。残念ですわ」

 

「仕方ないだろう、時間だって無限にある訳じゃないんだぞ。飛行魔法を楽しみたいのなら、魔導師登録を済ませた後で公共の練習場にでも行ってくれ」

 

折角テンションが上がってきたところだったのだが、少しばかり疲れたような表情でクロノが言うので、渋々地上に降りた。

 

「これからターゲットを出現させる。魔力で構成されたものだから非殺傷設定でも当たれば消滅する。それからターゲットは偶に攻撃も仕掛けてくるから、それをプロテクションないしはシールドなどの魔法で防いでみてくれ。まずはフェイトから」

 

「うん。判った」

 

フェイトの周囲にスフィアが浮かび上がる。直射弾の発射台なのだろう。

 

「フォトン・ランサー、フルオート。ファイア」

 

スフィアから次々と直射弾を発射してターゲットを破壊していくフェイト。矢張り高機動戦闘が得意のようで、ターゲットからの攻撃は防御するよりも回避する方がやりやすい様子だった。とんとんっと軽くステップを踏むように攻撃を躱していく。

 

「フェイト。一応防御魔法の発動も見たいから、回避するだけじゃなくて防御もしてみてくれるか? 」

 

「大丈夫。バルディッシュ」

 

≪Yes, Sir. "Defenser"≫【了解。『ディフェンサー』】

 

バルディッシュが生成する魔力盾がターゲットからの攻撃を弾いた。

 

「追撃、行くよ。『ブリッツ・アクション』」

 

フェイトの姿が一瞬消える。

 

≪Scythe form. "Scythe Slash".≫【サイズフォーム。『サイズ・スラッシュ』】

 

バルディッシュの声が聞こえたのはターゲットの後ろからだった。そのまま鎌のように変形したバルディッシュを一閃すると最後のターゲットが消失し、フェイトの検査は終了した。

 

「フェイトさん、お疲れさま。なかなかかっこ良かったですわよ」

 

「ありがとう。ミントも頑張って」

 

軽くお互いの手を打ち合わせ、立ち位置を入れ替える。

 

「さあ、次はミント、君だ」

 

「判りましたわ。お行きなさい、フライヤー達」

 

とりあえず3基のフライヤーを生成すると、ターゲットの周りに配置させ、一斉放火を浴びせた。時折飛んでくる直射弾は基本的に全てアクティブ・プロテクションで防ぐ。

 

≪Let us surprise them greatly.≫【みなさんを驚かせてやりましょう】

 

いくつかのターゲットを片付け、攻撃を防御した後でトリックマスターが提案してきた。

 

「何をしますの? 」

 

≪Please use "Flier Dance" and...≫【『フライヤー・ダンス』を使って…】

 

「却下ですわ。魔導師登録の検査程度で全力を出す必要もないでしょう」

 

≪What a pity.≫【残念です】

 

「派手なのは構いませんが、わたくしの必殺技ですわよ? そうそう安売りは出来ませんわ」

 

トリックマスターと雑談をしながらもフライヤーは次々とターゲットを攻撃し、プロテクションは攻撃を防ぐ。マルチタスクというのは本当に便利だ。

 

≪How about using "Pulsation Buster"?≫【『パルセーション・バスター』を使用するのは? 】

 

「何か意味がありますの? 」

 

≪It will be rather showy.≫【見た目が派手です】

 

「トリックマスター、ハウス」

 

≪Arf!≫【わん】

 

最後のターゲットを3基のフライヤーの同時攻撃で沈める。全力ではないがフライヤー・ダンスと同じようなものだ。トリックマスターにはこれでよいでしょう、と声を掛けた。

 

「お疲れさま、ミント」

 

「ありがとうございます、フェイトさん」

 

「2人共お疲れ。検査は一通り終了だ。室内に戻ってくれ」

 

クロノに促されて医務室のような部屋に戻ると、何故かアースラスタッフに拍手で迎えられた。

 

「いや~2人共凄いね!その年でそこまでの実力なんて、お姉さんびっくりだよ」

 

エイミィさんがおどけたような口調でそう言いながらカードのようなものを手渡してきた。お礼を言いつつ受け取ると、それは魔導師登録証だった。魔導師ランクの欄には空戦C+の記載がある。

 

「こんなに早く発行されるとは思っていませんでしたわ。C+ってどのくらいのレベルなのでしょう? 」

 

「C+って言うのはね、10歳以下の民間魔導師が登録できる最高ランクなんだよ」

 

エイミィさんが少し申し訳なさそうにそう言った。

 

「正直、君達の実力ならBランクにも手が届くんじゃないかと思うが、残念ながら現状の規則ではこれ以上のランクに上がることは出来ない。魔法学院で初等科3年になっても、公式に残る記録は余程のことが無い限り今と同じだろうな」

 

「余程のことってどんなことですの? 」

 

「何らかの事故でリンカーコアが欠損してランクが落ちた場合だ。まぁ10歳未満でも管理局に入局すれば、特例としてランク上限は解除されるが、いずれにしても魔法学院初等科の基本座学は修めてもらう必要があるな」

 

「そもそも初等科入学前からC+ランクとか、なかなか無いことなのよ。フェイトさんもミントさんも、本当に将来入局するつもりはない? 」

 

「あ、私は母さんと一緒に働きたいから、学院を卒業したらたぶん、嘱託試験を受けると思います」

 

フェイトの発言に、明らかにリンディさんの目がハート形になったのを見た。隣のリニスも呆れたような笑いを浮かべている。

 

「その時は是非声を掛けてね。楽しみにしているわ」

 

とりあえずフェイトが嘱託希望を表明してくれたおかげで、こちらに火の粉が飛んでくることはなさそうだった。

 

「あ、そういえば。ちょっと良く判らない魔法がありまして、プレシアさんに聞いたらリンディさんにデータベースで調べてもらうように言われたのですが」

 

「え、何何? 珍しい魔法なの? 」

 

リンディさんより、むしろエイミィさんが食い付いてきた。とりあえずトリックマスターのストレージを開いて、魔法のリストから『ハイパー・エリア・サーチ』を選択する。

 

「これですわ」

 

「あれ? これエリア・サーチ? 」

 

「エイミィ、よく見て下さい。魔法ランクや消費魔力がおかしなことになっているでしょう? 」

 

リニスが横からエイミィさんに説明をしてくれた。その後エイミィさんがキーボードを叩き始める。

 

「あ、データベースに該当1件ありだよ。えっと、『宙域艦隊戦用超広域探索魔法』? 」

 

「宙域艦隊戦って、どんな状況を想定しているのかしら」

 

リンディさんも呆れたような表情で呟いている。

 

「過去に艦隊戦が行われたような歴史なんてありますの? 」

 

「そうだな、確か何度か別世界の艦隊と戦闘になった歴史はあった筈だが、それも数十年単位で昔のことだ。最近は全く起きていないな」

 

「つまり大昔の遺品で、今は要らない魔法っていうことですわね」

 

「まぁ、良いんじゃない? 持っておけば。もしかしたら何かの役に立つかもしれないよ」

 

もう少し使える魔法なら嬉しかったのだが、残念ながら今のところ使い道はなさそうだった。

 

「そのうち改良できないか試してみますわ」

 

「そうだね。『ワイド・エリア・サーチ』よりも広域をカバーできるような、対人・対物探索魔法が出来上がったら是非教えてね」

 

エイミィさんが笑いながらそう言った。

 

「さて、そろそろ筆記試験も終わる時間だ。プレシア女史を迎えたら昼食を食べて、午後の嘱託試験見学に行こう」

 

クロノがそう言うとフェイトが顔を綻ばせる。時計を見ると11時半になるところだった。

 

「じゃぁ、みんな移動しましょう。ご飯は本局の食堂でいいわね。結構美味しいわよ」

 

リンディさんがポンと手を叩き、みんなが医務室を出ていく。最後の一言は俺達に向けられた言葉だろう。フェイトと並んで本局の通路を歩きながら、発行されたばかりの魔導師登録証を眺めた。基本的なデータは全て内蔵チップに登録されているため、カード表面に書いてある情報はそれほど多くはない。

 

「少し遠回りをしてしまいましたが、漸く第一歩ですわ」

 

登録証をポーチに仕舞うと、俺はそう呟いた。

 




ついついベッドに行けずにソファやおこたでうたた寝をしてしまうのは、私自身がモデルになっています。。
気持ちを判ってくれる人はきっといると信じていますが、これって風邪引きやすいんですよね。。

つい先日の風邪も、たぶん原因はこれです。。


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第13話 「出航」

「母さん、お疲れさま」

 

筆記試験を終えて会場から出てきたプレシアさんをフェイトが笑顔で迎える。プレシアさんも笑顔で答えてフェイトの頭を撫でた。

 

「出来はどうでしたか? プレシア」

 

「もう自動採点まで終わったわ。昔取った杵柄と言ったところかしら。ほぼ満点だったわね」

 

「あら? 満点じゃなくて『ほぼ』だったの? 」

 

「暫く研究方面に没頭していた所為かしらね。昔の常識は今の非常識ってことよ、リンディ」

 

「まぁその辺りは実務に携わっていればすぐに慣れるでしょう」

 

リニスやリンディさんとも談笑するプレシアさんを交えて、俺たちは本局の食堂に移動した。それぞれ食事をトレイに乗せて空席に座り、雑談を続ける。

 

「C+は素晴らしいわね。さすがは私の娘だわ」

 

「ありがとう、母さん」

 

「そう言えばさっきもリンディさんがC+はなかなか無いと言われてましたが、実際どのくらいのものなのか、ぴんと来ませんわね」

 

ふと俺が漏らした呟きに答えてくれたのはクロノだった。

 

「基本的に君達の年齢だと殆どがFか、良くてEだ。Dですら数える程しかいない。Cはそれこそ数年に1人というレベルじゃないか? 」

 

「2人共クラナガン・セントラル魔法学院だっけ? 学長はきっと大変だろうね。いきなりCランク以上が2人も入学するなんて、そうそう無いだろうから」

 

「そうなのですね。あ、でもそう言えばもう1人、クラナガン・セントラル魔法学院に通う予定のわたくしの友人がCランクだと言っていましたわ」

 

エイミィさんの手がピタッと止まった。

 

「何だ、その友人とやらもブラマンシュなのか? 」

 

「いいえ、スクライアの男の子ですわ。学生寮に入ると言っていましたから、フェイトさんと同じですわね。遅くても入学のときには会うでしょうから、改めて紹介しますわね」

 

「うん。ミントの友達なんだね。楽しみ」

 

そんな話をしていると、漸くエイミィさんが復活したようで、携帯端末で何やら操作を始めた。

 

「エイミィ、端末操作は食事が終わってからにしろ」

 

「ちょっと待って。Cランクオーバーが3人も一緒に同じ学校に入った例が過去にあったかどうかだけ。何か気になっちゃって」

 

「まぁ、僕は構わないが。さっきから母さんがエイミィのプリンを狙っている様子だったからな」

 

「あぁ~ダメです!ごめんなさい、艦長。後にします~」

 

慌てて携帯端末を横にどけると、エイミィさんはすごいスピードで食事を終わらせた。

 

「もう、クロノったら。大丈夫よ、エイミィ。黙って取ったりはしないから」

 

リンディさんは苦笑しながらそう言った。

 

 

 

食後に閲覧した過去のデータによると、Cランク以上の新入生が複数同時に同じ学校に入学した実績はSt.ヒルデ魔法学院で2回あった程度で、クラナガン・セントラル魔法学院では恐らく初だろうとのことだった。もちろん2、3年に1人くらいならCランクの生徒もいた様子だが。

 

「Cランクオーバーで入学した子も、過去にはそれなりにいたみたいね」

 

エイミィさんが操作する端末を横から覗き込んでいた俺は、過去のデータの中に気になる名前を見つけた。

 

「あ、ヴァニラ・H(アッシュ)さん。入学時のランクはC+ですわね」

 

「そう言えばヴァニラちゃんもクラナガン・セントラル魔法学院だったわね。尤も1年生の時に事故に巻き込まれて、それ以来ずっと行方不明だから、さすがにもう退学扱いになっているでしょうけれど」

 

プレシアさんがポツリと言うと、周りの空気が一気に重くなってしまった。そう言えば、このテーブルにいる人達はみんなH(アッシュ)家の関係者だった。これは明らかに俺の失言だ。

 

「申し訳ございません、配慮が足りませんでしたわ」

 

クロノのことを空気が読めないなんて、もう言えないかもしれない。

 

「大丈夫よ、ミントちゃん。気にしないで」

 

プレシアさんが優しく微笑みながら頭を撫でてくれる。それだけで随分空気が軽くなった気がした。

 

「もうそろそろ時間ですね。プレシア、あまり食べていませんでしたが、大丈夫ですか? 」

 

「これから実技試験で模擬戦でしょう? あまり食べ過ぎると動けなくなってしまうわ」

 

恐らく話題を変えてくれたのであろうリニスに対してそう答えると、プレシアさんは立ち上がった。

 

「私が今ここにいられるのはアリアのおかげ。彼女に笑われないように、実技の方も確り取ってくるわ」

 

「期待していますよ。頑張ってきてください」

 

クロノもエイミィもプレシアさんを激励していた。

 

「模擬戦では使い魔との連携も認められていますね。では参りましょう、プレシア」

 

「母さん、リニス、頑張って」

 

リニスがプレシアの隣に立つと、フェイトも両手で握りこぶしを作って応援する。プレシアさんは笑顔でそれに応えると、実技試験会場に向かった。

 

「じゃぁ、私たちも見学に行きましょう」

 

リンディさんがそう言うと、また全員で移動だ。いよいよ今日のメインイベントが始まろうとしていた。

 

 

 

=====

 

プレシアさんも相手を務める局員もお互い空戦タイプで、模擬戦は最初から空中戦になった。魔導師登録の時に使用した訓練施設よりもずっと広い設備に建物や樹木などを模した障害物なども設置されているのだが、まずはそれらを上手く利用しながらの空中射撃戦だった。

 

隣のフェイトは真剣な表情で模擬戦の様子を見ていた。フェイトを挟んで俺とは反対側に立っているクロノの表情も同じく真剣だ。

 

「試験官の方はSランクだそうですわね」

 

「ああ。基本的に受験者のランクと試験官のランクは同じになるように調整されるんだ」

 

「あ、でもそうするとリニスが一緒に戦う母さんの方が有利になるんじゃないかな? 」

 

「使い魔との連携も魔法の内だからな。織り込み済みだよ」

 

「では受験者と試験官のどちらが勝つかは時の運ということでしょうか? 」

 

少し不思議に思ったので聞いてみた。完全に平等な条件で実施するなら、それは試験というよりはむしろ本物の模擬戦だろう。尤も実戦形式でどの程度実力を出せるかという観点での試験という可能性もあるが。

 

「いや、完全に平等というわけじゃない。試験官はこの訓練施設の地形や障害物を熟知しているからな。ほら、今リニスの奇襲を躱しただろう。あれは地形と照合して、奇襲を想定していたんだ」

 

クロノの説明を聞いて改めて訓練施設内を見渡すと、確かに射線を遮ることが出来る障害物は多い。さっきリニスが潜んでいた場所は視線すらも通すことが困難で、予め判っているのでなければ奇襲回避は出来なかっただろう。

 

「では初見でその辺りの地形情報を有効に使っているプレシアさんは相当のものというわけですわね」

 

「当たり前だ。魔法戦闘というのは魔力の大小だけで決まるような単純なものじゃないからな。君達は魔法による戦闘で重要なのは何だか知っているか? 」

 

急にクロノがそう問いかけてきた。フェイトがまずその問いに答える。

 

「えっと、今魔力量の大小は関係ないって言ったよね。じゃぁ戦術とかかな? 」

 

「ミント、君はどう思う? 」

 

「そうですわね。確実に射撃を命中させるコントロール、というのは如何です? 『当たらなければどうということはない』とも言いますし」

 

全員マルチタスクを駆使して会話をしながらも視線はプレシアさんの模擬戦から外していない。

 

「まぁ2人共及第点だな。大事なのはまずミントが言うように相手に確実にヒットさせる射撃のコントロール。あと魔法を使う際の魔力配分や使い魔との連携、直射弾と誘導弾の使い分けなどはコンビネーションという。それからコンセントレーション、集中力だ。これは説明するまでもないと思うが、戦闘への集中だけでなく、マルチタスクでの状況分析なども包括する。そして最後は十分な経験や戦術などに裏打ちされた自信、コンフィデンス。フェイトの意見はここに含まれるな。これを総じて魔法戦で勝利するための4Cと言う」

 

何だかどこかで聞いたことのあるような話だと思ったが、どこで聞いたのかまでは思い出せなかった。そんな話をしているうちに、徐々にプレシアさんが追い詰められてきていた。

 

「さすがは地の利とでも言ったところでしょうか」

 

「でもまだ母さんは諦めてないよ。きっと何か手を打ってくる」

 

フェイトがそう言った時、試験官の動きが少し不自然になった気がした。

 

「幻術か。相手の地の利を逆手に取ったな」

 

クロノがそう呟く。どういうことかと聞こうとした時、プレシアさんの攻撃が見事に試験官を捉えた。

 

「やった!」

 

「だがまだ終わりじゃない。『スティンガー・ブレイド・エクスキューション・シフト』、AAAの広域攻撃魔法だ。対個人に随分と大盤振舞いだな」

 

試験官が膨大な数の魔力刃を形成していた。見た限りでは100本以上ありそうだ。対するプレシアさんもスフィアを大量に生成した。見た目の数で言えば試験官の魔力刃の半分にも満たない感じではあるが、これは間違いなく直射型射撃魔法の発射台。

 

「『フォトンランサー・ファランクス・シフト』。私もまだ練習中なんだけど、凄い威力の魔法だよ」

 

次の瞬間、訓練設備内で2つの強力な攻撃魔法同士がぶつかり合った。まるで爆発でも起きたかのような閃光に、思わず目を閉じてしまう。そして実技試験終了を伝えるブザーが鳴った。

 

 

 

「随分と派手にやったわね、プレシア」

 

「あら、本気を出したらこんなものじゃないわよ? 」

 

試験に見事合格したプレシアさんとリンディさんが笑顔で語り合う。模擬戦の結果は引き分けということになったのだが、嘱託魔導師試験としては上々の出来だったのだそうだ。

 

随分と嬉しそうにしていたので最初は単純に試験に合格出来たことを喜んでいるのかと思ったが、どうやらそうではなくフェイトが笑顔で「お疲れさま」と言ったことに浮かれていたらしい。原作とは打って変わって親バカになっているプレシアさんをみて、こちらも思わず笑みが零れた。

 

リンディさん以外のアースラスタッフも口々にお祝いの言葉をかけている。何とはなしにその景色を眺めていると、不意にクロノから声をかけられた。

 

「君はお祝いしなくていいのか? 」

 

「わたくしはいの一番に、フェイトさんと一緒にお祝いしましたわ。クロノさんこそお祝いに行かれませんの? 」

 

「あぁ、少しタイミングを外してしまった。今から行くのもどうかと思ってね」

 

クロノは苦笑しながら頬をかいている。ふと先程の模擬戦中のことを思い出し、気になったことを聞いてみることにした。

 

「そういえばクロノさん、さっき地の利を逆手に取った、と言われていましたわね? あれはどう言った意味なのですか? 」

 

「言葉通りの意味さ。プレシア女史は訓練設備内の障害物を幻術魔法を使って微妙に作り替えたんだ。視覚と位置覚の齟齬を誘発させて、試験官の空間把握能力を混乱させたんだろう」

 

「幻術、ですか」

 

「ああ。地味な魔法だから使い手も少ないが、ツボに嵌れば戦いを有利に運べる。さすがは大魔導師といったところだな」

 

幻術魔法は確か認識阻害や結界といった魔法から派生したもので、変身魔法などの影響も受けていた筈だ。少なくとも変身魔法に適性の無かった俺には縁の無い魔法だろう。ユーノだったら逆に使いこなせるかもしれないが。

 

「さて、そろそろ時間だな。僕らはアースラに戻るが、君もプレシア女史の見送りには来るんだろう? 」

 

「ええ、もちろん参りますわ」

 

そして俺たちは次元航行艦アースラが係留されているポートに移動した。

 

 

 

=====

 

アースラの正式名称は時空管理局・巡航L級8番艦というらしい。時空管理局が保有する大型次元航行艦であり、余程の事情が無ければ俺やフェイトのような一般民間人が乗艦することは認められない。このため、見送りは必然的に手前のゲートまでとなる…と思ったのだが。

 

「余程の事情って言うけれど、艦長の許可があれば問題ないと思うのよね」

 

リンディさんの鶴の一声で、プレシアさんとリニスはともかく、何故か俺もフェイトもアースラのブリッジにいた。

 

「本当によろしいのですか? こうした場所はあまり公開されるべきではないと思ったのですが」

 

「ミントさん、フェイトさん、ここで目にしたもののうち、何が極秘情報なのか判るかしら? 」

 

思わずフェイトと顔を見合わせ、その後2人揃って「判りません」と答えた。隣に立ったクロノが疲れたような表情で溜息を吐く。

 

「全部だ。ブリッジの形状やオペレーターと艦長席の配置、そこで働く僕達の個人情報までな。艦長も少し自重して下さい」

 

「彼女達なら大丈夫よ。クロノ執務官はこの子たちがスパイに見える? 」

 

「見えませんが、そういう問題ではないです。規則ですから」

 

「だから許可を出したのよ」

 

にっこり微笑むリンディさんと再び溜息を吐くクロノ。奥のオペレーター席ではスタッフが忙しそうに通信をしたりコンソールを操作していたりする。恐らく出航の準備をしているのだろう。ふとエイミィさんと目が合った。どうやらどこかと通信をしている最中のようだったが、にっこり笑って小さく手を振ってきたのでこちらも手を振りかえす。

 

「はぁ、もういいです。出航まであと1時間ほどあるし、少し艦内を案内しよう。プレシア女史にも説明しないといけないし」

 

「気を付けて行ってきてね」

 

いつの間にか取り出したハンカチをひらひらと振るリンディさんに見送られて俺たちはブリッジを後にした。その後、食堂やトレーニングルーム、居住区、メディカルルームなどの主要区画を案内して貰う。午前中に検査で使用したような訓練用の設備もあった。

 

そのうち今まで見てきた部屋のドアよりも若干大きなドアの前に辿り着いた。

 

「ここはスタッフの憩いの場だ」

 

そう言ってクロノがドアを開くと、そこには緑豊かな公園のような景色が広がっていた。

 

「すごい…まるで地上にいるみたいだ」

 

フェイトが感嘆の声を漏らす。プレシアさんとリニスも感心したように周りを見回していた。

 

「長時間次元空間を航行するのだから、こうした場所は乗務員のメンタルケアにも必要なのでしょうね」

 

妙な既視感を覚えた。これは生前プレイしたギャラクシーエンジェルというゲームに登場する儀礼艦エルシオールの銀河展望公園そのままだった。天井は高く、恐らくは映像なのだろうが、本物と見紛うような青空が広がっている。

 

「まさか、アースラにこんな場所があるなんて思ってもいませんでしたわ」

 

「次元展望公園だ。天井の空は映像だが、青空、夕方、星空など多様に変化させることが出来る。芝生や樹木は本物だし、空気もそよ風レベルで循環させているから気持ちいいだろう。食事だけなら食堂でもできるが、スタッフの中には手が空いた時、ここに弁当を持ち込んで食べる者もいるんだ」

 

説明するクロノの表情もどこか安らいで見えた。どうやら似たような設備はL級艦船になると標準装備されるらしいのだが、公園の管理人が違うと雰囲気もそれに応じて変わってくるらしい。

 

「とてもいい場所ね。気に入ったわ」

 

プレシアさんは微笑みながらそう言った。

 

 

 

「これで一通りの場所は回ったな。もうそろそろ時間だし、一度ブリッジに戻ろう。フェイト、ミント、判っているとは思うが」

 

「うん。見せてもらった施設配置も機密事項なんだね」

 

「大丈夫、承知しておりますわ」

 

プレシアさんがそれを横で見て、苦笑していた。

 

「執務官殿は気苦労が絶えないわね。もう少し肩の力を抜いておかないと、胃に穴が開いてしまうわよ」

 

「…ご忠告は心に留めておきますよ」

 

そんな会話をしながらブリッジに戻ってくると、エイミィさんが迎えてくれた。

 

「お帰り、クロノ君。プレシアさん、艦内はどうでした? 」

 

「居心地が良さそうな艦ね。問題はなさそうで良かったわ」

 

「エイミィ、出航準備は? 」

 

「もう殆ど終わってるよ。後は出航する時の管制官との微調整くらいだね。ミントちゃん、フェイトちゃん、楽しめた? 」

 

「ええ、ありがとうございます。堪能致しましたわ」

 

「凄く広いんですね。驚きました」

 

「いつか君達とここで一緒にお仕事が出来ることを、お姉さん楽しみにしているよ」

 

エイミィさんはそう言って笑った。

 

「じゃぁ、フェイト。身体に気を付けてね」

 

「母さんも無理しないで。ミッドチルダに戻るときは連絡して」

 

「勿論よ。リニス、暫くはフェイトのことを頼むわね。あまりサリカさんに迷惑をかけないように注意して。ミントちゃんも、フェイトのことよろしくね」

 

「フェイトが無事入寮したらお手伝いに回ります。プレシアのことですからあまり心配はしていませんが、お気を付けて」

 

「行ってらっしゃいませ、プレシアさん。また戻られたらいつでも遊びに来て下さいませ」

 

魔導師登録でお世話になったリンディさん、エイミィさん、クロノにも挨拶をして、フェイト、リニスと一緒に転送ポートに向かう。

 

「みなさま、お世話になりました。どうか良い航海を」

 

「ありがとう。ミントさんもフェイトさんも、元気でね」

 

転送ポートに光が溢れ転送される瞬間、フェイトがひくっと息を飲んだ。今まで表には出していなかったようだが、母親と暫く会うことが出来ないのは俺でも寂しく思うものだ。年齢通りのフェイトが寂しくない訳がないだろう。本局のゲートに戻り、窓から出航していくアースラを見送りながら、フェイトはずっと黙っていた。

 

「フェイト、寂しいのは判りますがいつまでもここにいる訳にもいきませんし、そろそろ行きましょう」

 

「うん、大丈夫だよリニス。ミントも、ごめんね」

 

「お気になさらず。わたくしも先日母が帰国した時は恥ずかしながら寂しい思いをしましたから、お気持ちは判りますわ」

 

フェイトは少し微笑んで、ありがとうと言った。とは言え、あまり沈んだ気分のまま過ごすのもどうかと思ったので、少しでも気分を盛り上げられないか、少しの間思案する。

 

「そう言えばリニスさんは香辛料も玉葱も、もう大丈夫なのでしたわよね? 」

 

「ええ、もう普通の人間と味覚は変わりませんよ」

 

「フェイトさん、辛い食べ物に抵抗感はあります? 」

 

「え? うん、あまり辛いのは苦手かな。でも昨夜食べた料理くらいなら大丈夫」

 

若干辛味は抑えておいたが、昨夜の麻婆豆腐が大丈夫なら問題はないだろうと考える。今日はサリカさんの帰りが少し遅くなるから食事は適当に済ませるようにと言われていたが、フェイトを慰めるためにも自宅で調理をしようと思ったのだ。ただ、そのためにはサリカさんに火を使う許可を貰う必要があった。

 

「トリックマスター、クラナガン総合病院に通常通信を」

 

≪All right. Connected. Here we go.≫【了解。繋がりました。どうぞ】

 

「もしもし、わたくしミント・ブラマンシュと申します。看護師のサリカ・ブラマンシュをお願いしたいのですが」

 

 

 

結局サリカさんに事情を説明し、リニスに見てもらうことを条件に火を使う許可を貰うことが出来た。ついでにサリカさんの分も作っておいて欲しいと頼まれたので、人数分の食材を購入して帰宅することにした。

 

「ミント、今日は何を作るつもりなのです? 」

 

「昨夜作ったのとはまた少し違うのですが、また管理外世界の料理ですわ。お肉と野菜を適当に切って適当に炒めて、適当に煮込むだけの適当料理なのに、ライスにかけてもパンにかけても美味しい一品ですわよ」

 

「昨夜のは美味しかったよ。ミントは本当に料理が上手いんだね。今日も楽しみ」

 

「おだてられて悪い気はしませんわね。まぁ、今日作るのは味付けも不要な料理なので、誰が作っても美味しくなると思いますが。では参りましょうか。臨界エリアにいいお店がありますのよ」

 

本局からシャトルで地上に戻ると、俺はリニスとフェイトを連れて例の調味料の店に向かった。今日の目的はカレールー。正直カレーは既製品のルーを使うなら味付けも不要で作るのも簡単な割に美味しいという素晴らしいメニューなのだ。

 

 

 

その日以降カレーがフェイトの大好物になり、本人も作り方を憶えようと頑張った結果、数日の間カレーが続くことになってしまったことを、ここに追記しておく。

 




今回から本文のみ「。。。」の代わりに「…」を使っています。。
これは句点を使用した文章が読みにくいとのご指摘を複数の方から受けたためです。。
第1部および第2部12話までについても、近いうちに変換します。。

雪が酷くて出先から帰れない状態です。。こんなとき、タブレットがあって良かったと、つくづく思います。。

※活動報告にも載せましたが、投稿済みの文章については全て…への変換が完了しました。。
 今後ともよろしくお願いします。。


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第14話 「使い魔」

魔導師登録が無事完了し、プレシアさんがアースラで次元航行に出てから数日が経った。リニスが魔法について色々と教えてくれることになったので、俺は登録完了の翌日から毎日、フェイトと一緒にサリカさんの家から程近い場所にある、公共の魔法練習場に来ている。

 

「はい、そこまで」

 

リニスの合図に、フェイトと2人で地上に降りた。

 

「ミントは中・長距離からの射撃が得意なようですから、もう少しバインドの練度をあげてフェイトに取りつかせないように。後はフェイトの動きを予測するクセをつけて下さい。特に『ブリッツ・アクション』を使用した直後は常に死角を取られているものと考えた方が良いでしょう」

 

「了解ですわ」

 

「フェイトはミントの広域攻撃に注意して下さい。『フライヤー』はかなりの精密射撃が可能な上に単基の威力もバスタークラスの魔法に匹敵しますから、極力ヒット&アウェイを心掛けるべきですね。取りついた状態で動きが無いと、あっという間に撃墜されてしまいますよ」

 

「うん、判った」

 

「さて、お互いの長所と短所を理解するために2人には模擬戦を実施して貰ったわけですが、実際に戦ってみてどうでしたか? 」

 

「ミントの射撃は正確で、しかも直射砲が至近距離から来るようなものだから躱すのが大変だったよ」

 

「フェイトさんは動きが早い上にトリッキーで、捕捉し辛いところが怖いですわ。躱されたら近接攻撃もありますし」

 

「それがお互いの長所でもありますからね。正解です。じゃぁ今度はそのやり難い部分をどうやって克服したらいいか、2人共明日までに自分の考えをレポート形式で纏めて提出して下さい」

 

リニスは人にものを教えるのが上手い。このまま学校の先生になってもやって行けるのではないかと思う。魔法に関わることだけでなく、一般常識や歴史などについても知識が豊富で、色々と教えてくれるのだ。そしてこれは魔法学院の入学試験対策にも非常に役に立っている。

 

「さて、今日はここまでにしておきましょうか。午後はクラナガン・セントラル魔法学院に願書を提出しに行くんですよね? 」

 

「ええ。魔導師登録も完了しましたし、奨学金の申請書も用意出来ていますからいつでも問題ありませんわ」

 

「あれ? ミントは奨学金制度利用するの? 」

 

フェイトがそう聞いてきた。隣のリニスも初耳、といった表情だ。そう言えば彼女達にはまだ事情を説明していなかった。

 

「ブラマンシュでは、お金は基本的に集落の共有財産ですから、出来るだけ個人的なことでの出費は控えておきたいのですわ」

 

「なるほど、それなら成績上位者の給付奨学金狙いなのですね」

 

リニスの言葉に首肯する。

 

「最悪貸与奨学金でもよいのですが、その場合は将来的に管理局と嘱託契約でもして返済金を稼がないといけませんわね」

 

「確かに今のフェイトやミントの学力なら学年でもかなり上位を狙えるとは思いますが、確実に10位以内に入るためには、座学はもう少し集中的にやった方が良いですね」

 

「お、お手柔らかにお願いしますわ」

 

「いえ、そういうことであれば手加減は出来ません。幸い入試まではまだ時間的にも余裕がありますし、明日からはペースアップしてビシバシ行きますよ」

 

素敵な笑顔でそういうリニス。俺としては願ってもないことであり、本当ならリニスに感謝すべきである筈なのだが、何故か色々なことが終了してしまったような気がした。

 

「…私も給付奨学金狙ってみようかな。母さんにばかり負担をかけるのは悪いし」

 

「ではフェイトもミントと一緒にがんばりましょう。えっと、貸与奨学金の受給資格は魔力ランクB以上、入学試験の8割以上を得点することですか。給付奨学金はその中の上位10名に限定されるそうですが、例えば入試を満点でクリアした生徒が11人以上いたとして、全員が給付奨学金を希望したらどうなるのでしょうね」

 

リニスはパンフレットを見ながら考えるような素振りを見せる。恐らくそんな事態は想定されていないのだろうが、一度学院側にも確認しておいた方が良いだろう。

 

「まずはお昼ですわね。一度帰宅して、昨夜フェイトさんがまた作って下さったカレーを温め直しましょう」

 

「うん!」

 

嬉しそうに頷くフェイトと一緒に後片付けをして、俺たちは公共魔法練習場を後にした。

 

 

 

=====

 

その日の午後、俺とフェイトはクラナガン・セントラル魔法学院に向かった。リニスも一応保護者との名目で同行している。

 

「思っていたよりも大きい学校だね」

 

正門から校舎まで続く並木道を歩きながらフェイトがそう言った。

 

「これ、何の木なんだろう? 」

 

「公孫樹のようですね。これだけあると…秋は大変でしょうね」

 

フェイトの問いにはリニスが答えた。葉の形が地球の公孫樹と少し異なっていたため一見では判らなかったが、リニスの説明でミッドチルダの公孫樹も銀杏を落とすのであろうことが予測出来た。

 

「銀杏、ですわね」

 

「あ、あれは私も苦手。凄く臭いから」

 

「踏み潰したりすると最悪ですが、ちゃんと調理すれば美味しいですわよ」

 

皮膚が弱い人はかぶれやすいので注意が必要だ。それに食べ過ぎると中毒症状を起こす場合もあるらしく、よく「歳の数以上は食べてはいけない」とも言われる。ただ殻を割ってフライパンで炒めた果肉に塩を振って食べると、とても美味しいのだ。茶碗蒸しの材料としても欠かせない。

 

「今度実際に調理してみますわね」

 

そんな話をしているうちに校舎に辿り着いた。まだ夏季休暇中の筈だが、廊下には数人制服姿の生徒がいて会釈してくる。どうやら休暇中も帰省しない寮生らしかった。

 

「あれが噂の制服ですわね」

 

生徒と別れた後でポツリと呟く。母さまがあまり可愛くないと評した制服だ。襟元が白いセーラーカラーでタイも白いものを採用している以外は全体的に黒い、膝丈のワンピースになっている。確かに地味かもしれないが、清楚なイメージではある。夏は半袖、冬は長袖らしい。

 

「お母さまが言うほど可愛くないこともないですわね」

 

「うん。私も好きだな。ここの制服」

 

「フェイトさんは黒系のコーディネートがお好きですしね。逆に白でも似合うとは思いますが」

 

ちなみに男子はボタンが見えないタイプの黒い詰襟の筈だが、夏の間はジャケットを羽織らないのだそうだ。

 

「ミントのお母さんはここの制服、嫌いだったの? 」

 

「いいえ、嫌いとは言っていませんでしたわね。確かSt.ヒルデ魔法学院の制服の方が見た目が可愛い、と」

 

St.ヒルデ魔法学院初等科の制服はミニスカートにベスト、胸元にリボンが付いたブラウスという、どちらかと言うとブレザーのような感じで、確かに見た目だけならクラナガン・セントラル魔法学院の制服より明るい感じではあった。

 

「あそこの制服は確かに可愛いけれど、どっちかというとベルカ式に寄った教育プログラムだし」

 

フェイトも苦笑しながらそう言った。そう、普通ならそういうところで判別すべきなのだ。

 

「あと、スカートがちょっと短すぎて恥ずかしいし」

 

≪You do not need to be shy. Little girls' "absolute area" is the greatest thing.≫【恥ずかしがることはありません。幼女の絶対領域は至高のものです】

 

突然言葉を発したトリックマスターに、フェイトが首を傾げる。

 

「絶対領域って何? 」

 

≪"Absolute area" is the exposed skin between top of long socks and hemline of skirt.≫【絶対領域とは長めのソックスとスカートの裾の間に見える素肌部分のことです】

 

「トリックマスター、フェイトさんに変なことを教えないで下さいませ。全く、どこからそんな妙な知識を仕入れて来るんですの? 」

 

≪I wish to exercise my right to remain silent.≫【黙秘します】

 

溜息を吐きながら、デバイスにも黙秘権があるのだろうかと考える。

 

「あまり変なことばかり言っていると10月の報告でエルセアに行く時に、アルフレッドさんにお願いして調整してもらいますわよ? 」

 

「あぁ、ミント。もし良かったらその前に少しそのAIを調べさせて欲しいのですが」

 

元々プレシアさんがデバイスマイスターの資格を持っており、リニスもその知識を受け継いでいるのだそうだ。

 

「ここまで腐…熟成されたAIはなかなかお目にかかれませんし、後学の為にも是非」

 

「ええ、構いませんわよ。調査にはどのくらいかかります? 」

 

「出来れば一度アルトセイムの庭園に戻って、本格的な設備でチェックしたいですね。次の週末辺りに一度泊りがけでアルトセイムに来てもらえませんか? 」

 

少しチェックするだけだと思っていたのだが、随分と大がかりなことを予定しているようだった。ただ今の状況なら多少の遠出は問題ないだろう。ついでにフェイトも一緒に行って、バルディッシュの調整も行うらしい。

 

「サリカさんにお話ししてからになりますが、まず大丈夫かと。アルトセイムは初めてですし楽しみですわ」

 

≪Do not be too hard on me, please.≫【お手柔らかにお願いします】

 

そんな話をしているうちに俺たちは事務局に到着し、入学願書を提出した。俺とフェイトが2人共C+ランクだと告げた途端、受付の女性は若干上ずった声ながらも各要項の説明を丁寧にしてくれた。

 

まず入学試験日程と入学までの流れについて説明を受けた後、簡単に年間スケジュールや学習プログラムについての説明も受けたが、それらは基本的に配布資料にも記載されている事項ばかりだったので、再確認程度に留める。

 

その後、何か質問は無いかと聞かれたので奨学金についても説明をしてもらうことにした。それによると給付奨学金が入試成績上位10名というのはあくまでも目安であり、状況に応じて増減する可能性はあるとのこと。

 

またフェイトが入寮する予定なので、寮規についての説明も受けた。門限などもあるが、思っていたほど厳しいものではない様子で、事前に連絡しておけば外泊許可の取得も比較的容易なのだとか。ただペットや使い魔の持ち込みは禁止とのこと。

 

「フェイトが入寮した後、私がプレシアのところに戻るのは、それも理由の一つだったんですよ」

 

どうやらプレシアさんがアースラで行っている嘱託業務には使い魔の存在は必須という訳ではないらしく、リニス自身の登録も武装隊と同じで有事の際に召集するような扱いになっているのだそうだ。むしろ親バカなプレシアさんがフェイトを心配するあまり、ぎりぎりまでリニスを傍に置いておけるよう手配したのかもしれない。改めて原作との乖離を認識する。

 

他には今のところ特に質問などはなかったので、追加の資料を貰って帰宅することにした。

 

「では、もし何かあればいつでもお問い合わせ下さい」

 

説明の途中から随分と落ち着きを取り戻した様子で、にこやかにそう言う受付の女性に「ありがとう」と返すと、俺たちは事務局を後にした。

 

 

 

「え~、アルトセイムに行くの!? いいなぁ~私も行きたいな~」

 

夕食のロールキャベツを食卓に並べながら、帰宅したサリカさんに週末の予定を伝えると、こんな反応が返ってきた。

 

「サリカさんのシフト次第では一緒に行けばよろしいのではありませんか? 」

 

「ダメ。その日私夜勤だもん」

 

「あ、サリカ。必ずその日じゃないといけない訳ではないので、別に日程をずらしても構いませんが」

 

リニスの言葉に少し考えるような素振りを見せたサリカさんだったが、結局同行は諦めることになった。

 

「暫くまとまったお休みが無くて、一泊するのは難しいのよね。私はそのうち別口で行くから、今回は3人で行ってきて」

 

「判りましたわ。ではご飯を食べてしまいましょう」

 

久しぶりにカレーではない料理だ。糧に感謝を捧げて食べ始めると、当初顔を顰めていたフェイトの表情も変わった。どうやらお気に召したらしい。

 

「口に合ったみたいで良かったですわ。おかわりもありますわよ」

 

「ありがとう。実はロールキャベツって少し苦手だったんだけど、ミントのは美味しいね」

 

「なるほど…リニスさん、もしかして今までロールキャベツを作る時、合挽肉を使っていませんでしたか? 」

 

「そうですね。レシピにもそう書いてありましたから」

 

「牛肉は煮込むと汁に臭みが出ることがあるのですわ。普通ならナツメグあたりで抑えるのですが、それでも苦手な人はいるようですから合挽肉よりも豚肉のみを使った方が良いですわよ」

 

実はこれについては以前、自分でもレシピ通りに作ったロールキャベツの味が気に入らなくて、色々と調整してみたのだ。以前作ったハンバーグも同じなのだが、煮汁が出るロールキャベツは臭みもハンバーグの比ではない。リニスはなるほどーと言いながら、2つ並べたロールキャベツをペロリと完食していた。

 

トリックマスターがまたぶつぶつと文句を言ったことは言うまでもない。俺は食事の度にトリックマスターの話し相手をさせられているバルディッシュが変な方向に感化されることが無いよう、そっと祈った。

 

 

 

=====

 

9月に入り大分気候も和らいできた週末、俺たちは一泊の予定でアルトセイムにあるプレシアさんの庭園に向かうことになった。目的はバルディッシュの調整とトリックマスターの調査だ。尤も調査といってもあくまでリニスの趣味の領域なのだが。

 

「初めて来る場所なのに、何故か懐かしい気分ですわ」

 

快速レールの駅からバスに乗り、窓の外を流れる景色を見ながら俺はそう呟いた。森林が多く、湖や池が点在している。ブラマンシュの自然とはまた少し違う、むしろ前世で写真集を見たイギリスの湖水地方の様な感じだったが、豊かな自然は矢張り懐かしいと思えた。

 

「次の停留所で降りますよ。そこからは徒歩です。フェイト、荷物を纏めておいて下さい」

 

「うん。判った」

 

バスを降りると、そこは小さな村のような所だった。スレートストーンという粘板岩を積み上げた塀は正に湖水地方のようで、周囲の景観とも調和している。

 

「綺麗なところですわね。レストランもあるようですし、食事はここでしても良かったのでは? 」

 

実は今朝、家を出る前にリニスに頼まれてサンドイッチを作ってきたのだ。晩御飯もフェイトの強い希望でカレールーとお米、野菜にプリザベーションを掛けたお肉までトリックマスターの格納域に入れてある。そこまでしたにも拘らず、現地に小洒落たレストランがあることが腑に落ちなかったのだ。

 

ただ俺の言葉に対してリニスは苦笑し、フェイトは明らかに顔を顰めた。

 

「う…ん、あまり美味しくないんだよね…」

 

「そんなに酷いのですか? 」

 

「ただでさえそんなに美味しくなかったのですから、ここ暫くミントの手料理に慣れてしまったフェイトに食べさせるのが残酷と思えるほどには」

 

見た目だけでなく食文化もイギリス並みのようだ。取り敢えず昼食と夕食は予定通り持参した食材を食べることにし、翌朝に食べるパンとミルクだけを購入してから庭園に向かうことにした。

 

ちなみにイギリスの料理にも美味しいものは存在するらしいのだが、一般的な調理方法や味付けがとにかく大雑把すぎるという話を聞いたことがある。和食や中華などと違って調味料にも幅がない、というか訳の分からない味付け方法が取られたりもするのだそうだ。お腹が膨れて栄養が取れてさえいれば味は二の次という感じの食事は俺自身も遠慮したかった。

 

「お肉にジャムを塗って食べるのは、絶対に何か間違っていると思う」

 

フェイトの呟きには、苦笑で答えるしかなかった。

 

 

 

庭園に到着してトリックマスターからサンドイッチと夕食の食材を取り出すとすぐ、リニスがバルディッシュとトリックマスターを液体で満たされたメンテナンス用の容器に放り込んだ。

 

「バルディッシュはともかく、トリックマスターが入るサイズのポッドを用意しておいて良かったです」

 

通常デバイスは数cmから十数cm程度の宝石やプレート、キーホルダーのようなものなどが待機状態に設定されている。だがトリックマスターは待機状態がアンティークドールに設定されているため、他のデバイスと比べてもかなり大きいのだ。

 

「後は夜までデータを取るだけですね。丁度いい時間ですし、ミントが作ってくれた美味しい美味しいサンドイッチを頂きましょうか。折角ですからガゼボに行きましょう」

 

≪I am drowning!≫【溺れるー】

 

「大丈夫ですわよ。退屈かもしれませんが、夜までおとなしくしていて下さいな」

 

メンテナンス用ポッドの中で、ぷかぷかと浮かびながら何故か嬉しそうな声を上げるトリックマスターにそう言うと、俺達は庭に出た。

 

リニスが「庭園」と呼ぶこの建物、実はミッドチルダの魔法技術によって作られた次元航行も可能な移動庭園で、本来の名前は「時の庭園」と言うらしい。今はアルトセイムに普通の古城のような顔をして存在しているが、いざとなったらラ○ュタのように敷地ごと空中浮遊して移動可能なのだそうだ。

 

「…シュールですわね」

 

「まぁ、備え付けられた魔力駆動炉も年代ものですしアルトセイムもいい場所ですから、もう移動することはないでしょうけれど。あ、あそこです。天気が良い日はいつもあそこで朝食を食べていたんですよ」

 

リニスが示した先には文字通りの庭園に囲まれた東屋(ガゼボ)があった。敷地の周りには森林があり、遠くに湖が見える。庭園は手入れする人がいないせいか若干雑草が生えている様子だったが、全体的な景観は素晴らしいものだった。

 

「食べ終わったら少し庭園の手入れをしましょう。折角の花壇が雑草にまみれるのは勿体ないですし」

 

リニスの言葉に頷き、昼食を終えた俺達は花壇の手入れをすることにした。

 

 

 

「あれ…何だろう? 」

 

花壇の手入れ中、急にフェイトが声を上げた。手を休めてフェイトの示した庭園の一画を見ると、鴉のような鳥が複数、何かに攻撃をしている様子だった。

 

「動物のようですね。弱ってしまったところを捕食されそうになっているようです」

 

リニスがそう言った瞬間、フェイトが弾かれたようにそちらに向かって走り始めた。慌ててフェイトを追いかける。鴉達はその勢いに驚いたのか、獲物から離れて飛び去った。

 

「フェイトさん? 」

 

蹲ったフェイトに声をかけると、フェイトは傷だらけになった子犬のような動物を抱いて立ち上がった。一目見て致命傷を負っていることが判る。リニスも俺達を追ってやってきた。

 

「これは…狼の子供ですね。残念ですが傷が深すぎます。衰弱も激しいし治癒魔法を行使しても、もう体力が持たないでしょう」

 

そういうリニスの表情はとても悔しそうだった。

 

「この子、私に助けて、って言ったんだ」

 

絞り出すように呟くフェイト。俺は改めてその狼の子供を見た。オレンジ色の毛並と額の宝石。俺の中の知識がアルフと告げているが、既にかなり原作から乖離している状態なので現状では何とも言えないだろう。

 

「リニス、この子を使い魔にすることで助けられないかな? 」

 

「フェイト、使い魔を作成して維持していくためには、術者は常に魔力を与え続けなくてはいけません。これはとても大変なことなんです。軽い気持ちで手を出して良いものじゃないんですよ」

 

「軽い気持ちなんかじゃ…」

 

フェイトは子狼を抱いたまま俯いている。プレシアさんが次元航行に出てしまっている今、フェイトは随分寂しい思いをしている筈だ。もしかすると孤独で死の縁にいるこの狼に自分自身を重ねているのかも知れない。

 

<リニスさん…>

 

<ええ、判っていますよ、ミント>

 

リニスは念話でそう答えた後、フェイトに向かって優しく諭すように話し始めた。

 

「良いですか、フェイト。使い魔の呪法は死亡の直前か直後の動物の肉体を憑代に、魔法で生成した人造魂魄を宿らせるというものです。だから実際には命を助けるわけでも、蘇らせるわけでもないのです。 失われた命を取り戻す魔法なんて、この世界のどこにも存在しないのですよ」

 

「だけど使い魔の呪法で生まれた命にも、生前の記憶が残る可能性があるって…リニス自身もそうだったんだよね? 」

 

フェイトがそう言うと、リニスは少しの間目を閉じ、ふっと息を吐いた。

 

「…その通りですよ、フェイト。本気なら、いくつか覚悟をしてもらう必要があります。ミントも聞いて下さいね」

 

リニスはいつもの座学のように、俺達に向かって話し始めた。それは生命への向き合い方。たとえ作り物ではあっても1つの命と運命を共にするということに対する、そして場合によっては契約の解除という形で自らの手でその命を絶つことになるという、その覚悟を確認するためのものだった。そんなリニスの問いかけにフェイトは小さく、だが確りと頷いた。

 

「では支度を始めましょう。契約の内容はどうしますか? 」

 

「取り敢えず仮契約で、正確な内容は後で考えるよ」

 

「ミント、契約の儀式には高度な術式が必要です。バルディッシュがメンテナンス中でトリックマスターもいませんが、出来るだけサポートをお願いします」

 

「了解しましたわ」

 

展開された魔法陣の傍らで、リニスの指示に従ってフェイトの儀式をサポートする。

 

「我が元に契約の承引を…契約の元、新たな生命と魂を」

 

呪文の詠唱が進むと、フェイトのリンカーコアから魔力が流れ出るのが傍目にも判った。

 

「我が力を糧に、新たな生命をここに…!」

 

魔法陣が一際強く輝く。俺は眩しさに一瞬目を瞑ってしまった。再び目を開いた時、そこには傷痕もなく、元気そうにフェイトの手を舐めている子狼の姿があった。

 

「成功…したんですの? 」

 

俺の問いかけにリニスは首肯する。

 

「暖かい…」

 

子狼を抱いたフェイトがポツリと呟いた。

 

「それが、命の温度です」

 

「リニスさんのように、人間形態になったりはしないのですか? 」

 

「仮契約したばかりですからね。人間の姿になるには、まだ1か月くらいはかかりますよ」

 

「そうなんですね…フェイトさん、大丈夫ですか? 」

 

「うん、ちょっと魔力が吸い取られる感じがするけど、問題ないよ」

 

子狼を抱いたまま、フェイトは優しく微笑んだ。その笑顔に心が温かくなるのを感じたが、次の瞬間、俺は重要なことを思い出して固まってしまった。

 

「あっ」

 

「どうしたのですか? ミント」

 

「魔法学院の寮って、使い魔禁止だったのでは…? 」

 

「「あ…」」

 

フェイトとリニスの頭に、大きな冷や汗が見えたような気がした。

 




使い魔についてのお話は基本的に原作(SS)通りですが、言い回しや設定は変えています。。

SSだとアルフはバルディッシュの完成前に使い魔になる筈ですが、本作では魔導師登録の都合上、バルディッシュが先に完成しています。。病気ではなく、怪我で死にかけてますし。。
そしてリニスが使い魔になった経緯は原作とは全く異なり、彼女は過去の記憶を保持しています。。

そして折角原作通りのシリアスっぽい流れだったのに、最後にオチをつけてしまいました。。


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第15話 「昔話」

とりあえず俺たちは手早く草むしりを終えると屋内に戻ることにした。子狼はフェイトに抱かれ、撫でられながら気持ちよさそうに目を閉じている。

 

「問題なのは、入学する半年後以降ですわね。現時点で考えられる候補としては、まずフェイトさんが入寮を諦めてわたくしと一緒にサリカさんの家から通学することと…」

 

「私は予定通り入寮するけれど、この子だけでもミントのところで預かってもらうこと、くらいかな」

 

「正直、後者はあまりお勧め出来ませんね」

 

リニスの言葉に俺達は頷く。使い魔とはいっても1つの命。術者には使い魔に対する責任があり、面倒を見る義務がある。

 

「いずれにしても黙って連れ帰る訳にもいきませんわね。トリックマスターの調査が終わったら一度サリカさんにも連絡を取りましょう」

 

「うん。私もバルディッシュの調整が終わったら母さんに連絡してみるよ」

 

「リニスさんは精神リンクとかでプレシアさんに連絡を取ったりすることは出来ませんの? 」

 

「精神リンクはある程度の感情を察知するくらいで、連絡に使うようなものではないのですよ。基本的に使い魔の側から主の方に感情を流すことは出来ませんし」

 

そう言いながら、リニスはすっと席を立った。

 

「ミルクを温めてきますね。貴女達も何か飲みますか? 」

 

「わたくしもミルクをお願いしますわ」

 

「あ、私もお願い」

 

 

 

リニスが淹れてくれたホットミルクを飲みながら、俺たちは話を続けた。子狼の前にも人肌程度に温められたミルクがお皿に注がれており、先程からおいしそうに舐めている。

 

「この子がリニスと同じように確り分別のついた行動が出来るようになるまで、どのくらいかかるかな? 」

 

「個体差もありますから一概には言えませんが…そうですね、大体半年から1年といったところでしょうか」

 

「ギリギリですわね」

 

半年後には俺もフェイトも魔法学院に入学する。仮にフェイトが入寮を諦めたとしても、学校に行っている間は面倒を見ることは出来ない。サリカさんは当然のように病院のシフトがあるし、リニスはプレシアさんの手伝いでアースラに行っているだろうから、この子は1人で留守番しないといけない状態になる。ある程度精神的に成長して、ちゃんと留守番が出来るようなら問題ないが、そうでないなら誰かが傍についていてあげないと可哀想だし躾をするにしても問題が多い。

 

「1か月もしたら人間形態に変身できるようになるのでしたわね。それなら尚のこと、ネグレクトは問題ですわ」

 

「すみません、私がついていながらそんなことにも思い至らなくて」

 

確かにいつもしっかり者のリニスがうっかりミスをするのは珍しいことだったが、話を聞いてみると、どうやら子狼にかつての自分を重ねて見てしまい、出来れば助けてあげたいという気持ちが先に立って判断を鈍らせていたらしい。

 

「もう20年以上昔のことになりますが、私もこの子と同じように瀕死の重傷を負ったことがあるんです。それを助けてくれたのがアリシアとヴァニラでした」

 

リニスが話してくれたのは、まだリニスが使い魔になる前の出来事だった。

 

「今ここにヴァニラがいてくれたら、きっとこの子は使い魔にしなくても助けてあげられたのでしょうけれど」

 

「私も母さんの話でしか聞いたことなかったけれど、そんなに凄い魔導師だったの? 」

 

「当時は私も魔法のことなど全く判っていない1匹の山猫でしたが、今にして思えばあれはどう贔屓目に見ても軽くSランクはある魔法でした。それをデバイスなしで行使した訳ですからね。後でプレシアから聞いた話では、彼女の魔力ランクは当時AA+程度だったそうですから、もしかしたら治癒魔法に関するレアスキルでも持っていたのかもしれません」

 

今となっては知る術もありませんが、とリニスは寂しそうに言った。

 

「そう言えば、リニスさんはどうしてプレシアさんの使い魔になったのですか? 今の話の流れだと、使い魔になる要素がありませんわよね? 」

 

「それを説明するにはヒュードラ…魔力駆動炉の暴走事故のお話をする必要がありますね。ミントは暴走事故のあらましを知っていますか? 」

 

「大まかなお話であれば、プレシアさんから伺っておりますわ。ヴァニラさんとアリシアさんが行方不明になった事故ですわね」

 

リニスは頷くと、その時の状況を話し始めた。魔力駆動炉の暴走事故が発生し、溢れ出した粒子状のエネルギーが呼吸可能な空気を無くしてしまったこと。偶々フィールド型の物理遮断結界を使っていて難を逃れたリニス達だったが、その内部に確保できていた空気も徐々になくなりつつあったこと。ヴァニラが危険を覚悟で1人で移動魔法を使うことにより、アリシアとリニスの為の空気を確保しようとしたこと。そしてそれを良しとしなかったアリシアが強引にヴァニラにしがみつき、一緒に移動してしまったこと。

 

「事前にフィールドが固定されていたおかげで、私だけは助かることが出来ました。周辺の空気が回復した後、プレシアがアリシアを探しに来たのですが、そこにいたのは私だけだった、という訳です」

 

「その時の状況を確認するためにリニスさんを使い魔にしたのですわね」

 

「理由は他にも色々とあったのですが、それも理由の一つです。ヴァニラの両親にも状況を説明をしないといけませんでしたから。それから行方不明になった2人の捜索を補佐する助手も必要でした。ですが捜索の甲斐なく、一切手掛かりが掴めないまま時間だけが過ぎてしまったのです」

 

「その…今は捜索は? 」

 

「さすがに15年が経過した時点で捜索は打ち切りました。エスティアの事件もありましたし」

 

「エスティア…事件? 」

 

「ヴァニラの父親が艦長を務めていた艦の名前ですよ。巡航L級2番艦、エスティア。その話は聞いていないのですか? 」

 

「クロノさんから、8年前に何か事故があったということは聞いておりますわ」

 

「そうですか。そう言えばクロノの父親は提督補佐で、エスティアの艦長補佐もしていましたね。では事故があったということだけ認識しておいて下さい。もともと転移事故で2人が別の世界に飛ばされてしまったことも考慮して、エスティアからも管理世界、管理外世界を問わず行った先々の情報を提供して貰っていたのですが…」

 

「今度はエスティア自体に事故が起きて、情報が提供されなくなった訳ですわね」

 

「そうです。それにその事故から暫くはアリア…ヴァニラの母親やリンディ達と一緒に過ごすことが多くて、捜索どころではなかったですし」

 

リニスがそう言ったところで、フェイトのお腹が「くぅ」と音を立てた。時計は既に18時を指していた。

 

「ごっ、ごめん。話中に」

 

「大丈夫ですわよ。もうこんな時間でしたのね。そろそろ食事の支度を始めましょうか」

 

真っ赤な顔をして謝るフェイトに微笑みかけ、一緒に食材をキッチンに運ぶ。リニスも手伝ってくれたので、下拵えはあっという間に終了した。材料は少し多めに持ってきていたので、豚肉の一部を子狼用に軽く炒めることにした。さすがに使い魔になりたてだと素体の特性を強く引き継いでおり、玉葱や香辛料は避けた方がいいとのリニスからの助言があったためだ。

 

「そう言えば元々使い魔の対応について話をしていた筈なのに、随分と話が脱線してしまいましたね」

 

リニスは苦笑しつつも火を使っているフェイトの様子を注意深く見ていた。フェイトは大分慣れた手つきで灰汁を掬い、カレールーを投入している。ご飯も30分と待たずに炊き上がるだろう。

 

「脱線ついでに、ちょっとお伺いしたいのですが」

 

「何ですか? ミント」

 

「もし答え難いことでしたらそう言って下さいませ。先日エルセアでプレシアさんがアリアさんのことを話しているときに、『間違いを正してくれた』というようなことを言われて、それが少し気になっていたのですわ」

 

「なるほど、プレシアがそんなことを話していたんですね。確かに公に吹聴するような話ではありませんが、フェイトの友人として聞いておいて貰いたい話ではあります。食後にでもお話ししましょう」

 

リニスは普段以上に真面目な表情でそう言った。そうこうしているうちにご飯も炊き上がり、カレーも完成したようだ。

 

俺が炊き上がったご飯をお皿に盛り、フェイトがそこにカレーをかけてリニスが配膳する。持ってきた野菜でサラダも作り、一緒に食卓に並べた。そして子狼用に温めておいた豚肉をお皿に入れて床に置く。

 

「「「今日の糧に感謝を」」」

 

フェイトはもうカレーを作るのも得意になったようだった。

 

 

 

=====

 

「さて、プレシアの話でしたね。エスティアの事故から暫くしてからなのですが、一時期プレシアがクローン技術の研究に没頭したことがあったのです」

 

食事を終え、洗い物も片付けた後、広間のソファに腰かけてリニスは話し始めた。

 

「クローン、ですか」

 

「何処からか手に入れてきた『Fabrication of Artificial-life and Transferring-memory Engineering』(人工生命体の構築及び記憶の転写工程)という論文を随分と読み漁っていましたね。きっと何とかアリシアとヴァニラを蘇らせようと思っていたのでしょう」

 

リニスはふっと息を吐き、俺のことを見つめた。

 

「ですが、ここで問題が発生しました。ミントはクローンと言われてどんなイメージを持ちますか? 」

 

「そうですわね…寸分違わない、全く同じ個体という感じでしょうか」

 

「そう、それが世間一般に浸透しているイメージでしょうね。ですが、実際にはかなり異なる部分が発生するのですよ」

 

リニスが言うには、網膜をはじめとする血管の配置や指紋などは後天的なものであり、クローンとして生成された個体がクローン元と同一になることはないのだそうだ。また過去にマウスなどを使って行われた実験では、性格が全く異なる個体が出来上がることもあったのだとか。

 

「要はクローンとはいえ個体としては全く別のものであり、同一の人格として扱うには無理があったということです。先の論文は、その辺りの検証が殆ど無視されたものでした。そうした説明は皮肉にもヴァニラ自身の蔵書に記載されていたそうです」

 

医療系の知識に興味を持っていたヴァニラは非常に多くの医学書を所持していたのだという。彼女自身が行方不明になった後、アリアさんがそうした本を読むようになり、うろ覚えながらもそうした知識を持つに至ったらしい。

 

「当時既にクローン生成の準備を進めていたプレシアは、周りが見えていない状態でした。先の論文に記載されていた記憶の転写にしても、基になる記憶が存在しないことにすら気付いていなかったのです。そして私自身はその当時医学的な知識が皆無で、プレシアに対してそれを指摘することが出来ませんでした」

 

「そうした矛盾点をアリアさんに指摘された、と」

 

リニスは俺の言葉に首肯した。

 

「エスティアの事故から1年半程後のことです。アリアに諭されたプレシアも最初はそれを信じようとはしませんでした。ですが実際に色々な文献をアリアに見せられ、それらを調べた結果、クローンでは同一個体を生成することが出来ないことを納得したのです」

 

「じゃぁ、プレシアさんはその時点でクローンの生成を諦めた訳ですわね」

 

俺がそう言うと、リニスはフェイトと顔を見合わせた。フェイトは小さく頷くと俺に向かって口を開いた。

 

「ここからは私が話すよ。実はクローンで同一個体を生み出すことが出来ないことが判ったとき、母さんは既に自分の未受精卵にアリシア姉さんの体細胞を注入していたんだ」

 

かつてアリシアが愛用していたブラシに残っていた髪の毛を、プレシアさんはずっと保管していたのだそうだ。そこから取り出した体細胞を卵子に注入し、クローンとしての胎子を作成した。

 

「母さんは一度、クローンに関わる実験の全てを廃棄しようとしたんだって。でもアリアさんがそれを止めた。クローン技術では失った人を蘇らせることは出来ない。でも、新たに生まれようとしている命を廃棄していい権利は誰にもない。そう言ったそうだよ」

 

「フェイトさん…」

 

「母さんはその後、試験管で育てていた卵子を自分の胎に戻したんだ。そして生まれたのが私」

 

気が付くと、俺はフェイトを抱きしめていた。体格的にはフェイトの方が若干大きかったので俺の方がしがみつくような形になってしまい、あまり様にはならなかったが。

 

「大丈夫だよ、ミント。確かに普通の人と生まれ方は違うかもしれない。それは違法研究の結果なのかもしれない。でも母さんは私を愛してくれている。私にはそれだけで十分なんだ」

 

「軽い気持ちで聞いていい話ではありませんでしたわね。申し訳ありません」

 

「違うよミント。私は君にこのことを知って欲しかったんだ。それで尚、私の友達でいて欲しい。君は私の初めての友達だから。これは私の我儘だけど、ダメかな? 」

 

「ダメなわけがありませんわ!生まれ方なんて関係なく、フェイトさんはわたくしの親友ですわよ」

 

「ありがとう、ミント」

 

何やら感極まって涙が溢れそうになった。

 

「さて、これでお終いではありませんよ。今までのお話しは本題ではありませんからね」

 

「ええ、判っておりますわ。この子をどうするか、ですわよね」

 

溢れそうになった涙を拭うと、フェイトと一緒に子狼に目を向ける。ちょこんとお座りをした状態でこちらを見つめる円らな瞳が可愛らしい。

 

「フェイトさん、まずは名前を考えましょう。いつまでも『この子』では可哀想ですし、わたくし達も呼びにくいですわ」

 

「そうだね…じゃぁ、アルフなんてどうかな? 」

 

「フェイトさんが気に入った名前で良いと思いますわよ。ところで、由来を聞いても? 」

 

「うん。初めての使い魔で、狼だから。『アルファ』と『ウルフ』をかけてみたんだ。あと、鳴き声も犬みたいだったし」

 

鳴き声なんて聞いたっけ? と思った時、丁度子狼が「わん」と鳴いた。確かによくトリックマスターが鳴き声を真似る時に使う「Arf!」に近い。

 

「良いんじゃないですか? この子も気に入ったようですよ」

 

「じゃぁ、これからはアルフさんですわね」

 

「よろしく、アルフ」

 

こうしてフェイトの使い魔の名前は原作通り「アルフ」になった。

 

「さてと、次はプレシア達への連絡ですね。バルディッシュの調整もそろそろ終わる予定ですから、様子を見てきましょう」

 

「わたくしも参りますわ。トリックマスターの調査結果も見てみたいですし」

 

「あ、私も行くよ。おいで、アルフ」

 

結局全員でメンテナンスルームに向かうことになった。液体に満たされた容器の中を漂うトリックマスターはどこか落ち込んでいるように見えた。

 

≪It was rather boring. Bardiche was only my bosom friend.≫【とても退屈でした。バルディッシュだけが心の友でした】

 

≪Thank you.≫【痛み入ります】

 

「そんなに拗ねないで下さいませ。クラナガン総合病院に通常通信をお願い致しますわ」

 

≪Could you sleep with me tonight?≫【今夜一緒に寝てくれますか?】

 

「……」

 

≪All right. Connected.≫【了解。繋がりました】

 

今夜、サリカさんは夜勤だった筈だ。取次ぎをお願いし、保留音を聞きながらフェイトの方を伺うと、同じようにバルディッシュのデバイス通信機能を使ってプレシアさんにコールしているところだった。

 

 

 

結論から言えば、サリカさんは子狼であるアルフが家に来ること自体は大歓迎としたものの、矢張りフェイトが一緒に面倒を見るべきであると主張。プレシアさんが次にミッドに寄港する時に是非お話ししたいと意気込んでいた。

 

一方プレシアさんもサリカさんとの話し合いは必須としたものの、それとは別にリニスの迂闊さに対して注意を促したらしい。通信中のリニスは随分としょげ返っていたが、フェイトが励ますことで何とか復活していた。

 

「フェイトが入学するまで未だ少し時間もありますし、暫くは現状維持ですね。アースラも2か月に1度はミッドに寄港する筈ですから、11月にはプレシアとサリカに話し合ってもらいましょう」

 

「それが妥当ですわね。折角ですから、また珍しい料理でおもてなし致しますわ」

 

「うん、凄く楽しみ」

 

話し合いとは言っても、十中八九フェイトがサリカさんの家で生活することで決まりだろう。元々サリカさん自身がそれを望んでいた訳だし、悪いようにはならない筈だ。

 

「そう言えば、トリックマスターの調査結果は如何でしたか? 」

 

「残念ながらあまり詳しくは判りませんでした。ただAIの熟成具合からは20年以上の育成が為されているとしか思えない様子なのに、パーツの製造記録はほんの数年前のものです。マイスターの方はきっとAI育成のエキスパートなのでしょうね」

 

リニスはアルフレッドさんの作品に対して興味津々だったので、10月にエルセアに行く時に同行してもらうことにした。当然フェイトやアルフも一緒に行くことになるが、メルローズ夫妻ならきっと歓迎してくれるだろう。

 

「さぁ2人共、一段落したところでアルフを連れてお風呂に入ってきて下さい。使い魔になったとはいえ元は野生の狼なのですから、寝る前に確り身体を洗ってあげないといけませんからね」

 

「うん。行こう、ミント、アルフ」

 

「了解ですわ」

 

着替えを用意してフェイトの後に続く。ちょこちょこと走ってフェイトを追いかけるアルフがとても可愛らしかった。

 

 

 

案内された先はとても広い浴室だった。例えるならローマの大浴場のような雰囲気である。

 

「実家の露天風呂もかなり大きいと思っていたのですが、ここはその3倍はありますわね」

 

「ミントの実家ってブラマンシュのだよね。一度行ってみたいな」

 

「いつでも大歓迎ですわ。さぁ、アルフさんを洗ってしまいましょう」

 

お湯をかけられて見た目が情けなくなったアルフにシャンプーをつけてじゃぶじゃぶと洗う。子犬などは体力消耗やストレスなどの関係上あまり小さいうちからお風呂で洗うのは推奨されないのだが、使い魔になってしまうとシャンプーやお風呂程度で命に関わるようなことは無いのだそうだ。

 

「早く人間形態で、自分で洗えるようになるといいね。それまではちょっと我慢だよ」

 

一通り洗い終わったアルフをフェイトがひょいと抱き上げた。

 

「フェイトさん、少しの間アルフさんのことお願いしますわ。わたくしも髪をあらってしまいますので」

 

「うん、判った」

 

髪を濡らし、シャンプーでもみ洗いをしていると、フェイトが俺の方をじっと見ていることに気付いた。

 

「どうかしましたか? 」

 

「あ、えっと…ミントって髪を洗うのが上手いんだね」

 

「そうでしょうか。まぁわたくしはフェイトさんほど髪が長くないですから、そう感じるのかもしれませんわね。もしかしてフェイトさんは髪を洗うのが苦手ですか? 」

 

「そ、そんなことないよ? ちゃんと一人で洗えるよ? ホントだよ? 」

 

慌てて言い訳するフェイトの様子が微笑ましくて、つい笑みがこぼれる。真っ赤になったフェイトが俯きがちにポツリと呟いた。

 

「あのね…髪を洗ってる時に目が開けられないんだ」

 

「でしたら洗って差し上げますわ。少々お待ち下さいませ」

 

まずは自分の髪を洗い終えると、手早くタオルで纏める。続いてフェイトの髪をシャワーで濡らし、シャンプーをつけた。フェイトはお湯が目に入らないように一生懸命目を閉じている。その様子が可愛らしくて、また顔が緩んでしまった。

 

「フェイトさん、アルフさんが苦しそうですわ。抱きしめるのは良いですが、髪を洗ってる間は離してあげた方が良いですわよ」

 

「う、うん、そうする。ごめんね、アルフ」

 

解放されたアルフは少し離れた所に行って、ぶるぶると身体を振るわせ、水を飛ばしていた。

 

フェイトの長い髪は俺のショートヘアと比べると洗うのに時間がかかる。それでも何とか洗い終えると、母さまが以前やっていたように見よう見まねでフェイトの髪を結いあげた。

 

「終わりましたわ」

 

「あ、ありがとう」

 

そのままフェイトの背中を洗ってあげる。

 

「かゆいところはございませんか? 」

 

「ふふっ、大丈夫だよ。次は私が流してあげるね」

 

「ありがとうございます。ではお願い致しますわ」

 

ボディタオルを手渡すと、フェイトはソープをたっぷりとつけて俺の背中を洗い始めた。

 

「あれ…? ミントのこれ、傷? どうしたの? 」

 

ふとフェイトの手が止まる。

 

「普段はそれほどでもないのですが、お風呂に入るとやっぱり目立つのですわね。もう痛みは全く無いのですが」

 

苦笑しながらフェイトを振り返る。そう言えば魔導師登録の時にリニスもこの傷について気にしていた様子だったことを思い出した。

 

「興味があるようでしたら、お風呂から上がってアルフさんを確り乾かしてあげたら、リニスさんも交えてお話ししますわよ。ただ本当にそんな大袈裟なお話ではないのですけれど」

 

自分でも二度と体験したくない事件ではあったが、フェイトが今日話してくれたことに比べたら精々ちょっとしたネタ程度にしかならないだろう。

 

ただそれでも、今日は何か自分の出来事をフェイト達と共有したい気分だった。

 




今回のお話はプレシアさんの裏設定です。。
ずっと時の庭園の建物内で、珍しく場面移動が殆どありません。。

第2部ももう15話なのに、まだ入学すらしていません。。
本当はもっとあっさり終わらせるつもりだったのですが、いつの間にか書きたいことが増えていて、ただでさえ冗長なお話がどんどん伸びています。。
第1部は21話で終わっているのに、このままだと大きく上回ってしまうかも。。

原作突入を楽しみにされている方、申し訳ございません。。もう暫くお待ち下さいませ。。

※他愛もない日常のレシピは移動することにしました。。


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第16話 「トレーニング」

「随分と登録されている防御魔法の種類が増えたな」

 

エルセアのメルローズ・デバイス工房で、アルフレッドさんがトリックマスターの調整をしながらそう言った。

 

「最近は連日リニスさんに扱かれていますから。フェイトさんとは模擬戦をするだけではなく、連携戦の練習もしておりますわよ」

 

10月になり、基本的には一年を通して温暖な気候のミッドチルダでも少し肌寒い日が増えてきた頃、俺はフェイト、リニス、アルフと一緒にサリカさんの実家であるメルローズ家にお邪魔していた。夜勤明けのまま直行し、明日一日お休みになっているサリカさんも勿論一緒だ。思った通り、リニス、フェイト、アルフもメルローズ家には歓迎された。

 

一通り紹介を終えた後サリカさんはクリスティーナさんとお喋りを始め、アルフレッドさんは俺、フェイト、リニス、アルフを伴って工房に向かい、トリックマスターの調整を始めたのだ。

 

「攻撃魔法の方はそんなには増えていないか…」

 

「『パルセーション・バスター』と『フライヤー』があれば大抵の局面には対応出来ますわよ」

 

「まぁ、魔法学院に入学しても最初の2年はまともに魔法を使わせてすら貰えんだろうし、入学前から無理して攻撃魔法の数を増やす必要も無いんだがな。ところでこいつのAIの方はどんな感じだ? 」

 

「どうもおかしな性癖に目覚めているように思えて仕方ありませんわね」

 

「そうか。まぁ、こいつは以前からそんな感じだったがな」

 

≪Yes, meister Melrose. I am very happy to be a partner of a little girl.≫【はい。幼女の相棒になれて最高です】

 

トリックマスターと2人して「HAHAHA!」みたいな感じで笑いあった後、アルフレッドさんは俺と一緒に作業の様子を見ているリニスとフェイトに声をかけた。

 

「あんた達が嬢ちゃんと一緒に練習してくれているおかげで、かなり面白いデータが取れて助かっているよ。ありがとう」

 

「いえ…ところでこのトリックマスターのAIなのですが、あまりにも成長速度が早いように思うのですが」

 

「それも随分と危ない方向に、ですわね」

 

「…まぁ確かにそうなんですが、それはこの際置いておくとして、一体どんな育成方法をしたらこんなにもAIが成長するのか、興味を持ったものですから」

 

「複数のAIを同時起動して、特殊環境下に置いておくんだ。そうすると通常よりもはやい速度でAIは成長する」

 

「その『特殊環境』というのは…? 」

 

「すまんが、それは企業秘密ってやつだな」

 

「まぁ当然といえば当然ですね。ところでトリックマスターのストレージ格納域についてですが…」

 

「おぅ、それはな…」

 

リニスは然程ガッカリしたような様子も見せず、アルフレッドさんとデバイス談義を始めてしまった。アルフレッドさんもそうした話が出来る相手が最近いなかった様子で、楽しそうにしている。フェイトとアルフは専門用語が飛び交う話の内容についていけていないようで居心地が悪そうだった。

 

「フェイトさん、アルフさん、そろそろ夕食の買い出しに参りましょう。わたくしもデバイスマイスター同士のお話は良く判りませんし」

 

「う、うん、そうだね。行こうか、アルフ」

 

「ごはんー? 」

 

「ご飯はまだですわ。材料を買いに行きますわよ」

 

クリスティーナさんとサリカさんもお互い近況報告の真っ最中だったため、とりあえず買い物に出かけることを伝えると、俺はフェイト、アルフと一緒にメルローズ家を出た。

 

 

 

エルセアはどちらかといえば閑静な住宅街が広がっている印象が強く、実際メルローズ・デバイス工房も住宅エリアの一角にあるのだが、スーパーのような商業施設が立ち並ぶエリアも当然存在する。

 

「お魚が美味しい季節ですわね」

 

「この時期ならキノコやお芋も美味しいよ」

 

「おにくもー」

 

食料品店を見て回りながらフェイト達を眺めて、ふと自分達が周りからどのように見えているのだろうかと考える。フェイトは見た目通り5、6歳といったところで、落ち着いた雰囲気からもお姉ちゃん的な立ち位置だろう。地球ならともかく、ミッドチルダであれば買い物くらいなら普通にこなせる年齢だ。

 

俺も年齢はフェイトと同じだが、体格で言うと若干小柄である。まぁこれはブラマンシュの宿命のようなものだが、周りからはきっと次女のように認識されていることだろう。

 

そして末妹的立ち位置のアルフ。見た目は2、3歳の幼女といったところだろうか。クラナガンでは3人で歩いていると仲の良い姉妹のように見られたことも何度かある。ところでリニスはこの3人と比較しても明らかに大人であり、普段一緒に出歩くことも少ないため、姉妹の中には数えられていないようだ。

 

「ミント、なんかぼーっとしてるー」

 

「あら、ごめんなさいアルフさん。少し考え事をしていましたわ」

 

ちなみにアルフは先日漸く人間形態に変身できるようになり、フェイトとの本契約も無事完了した。契約内容は「自身が望み、満足できる生き方を探して、それを実践しなさい」と言うものだった。つまり、好きに生きなさい、と言うことだ。これに対してアルフはずっとフェイトと一緒に生き、フェイトを守り続けることを宣誓した。

 

昔は使い魔といえば、必要な時に目的を限定して契約し、用が済んだら解呪するという方法が一般的だったらしいが、今のミッドチルダではあまりそうした形で使い魔を作成する人は少ない。というより、使い魔自体を作成する術者が非常に少ないのだ。

 

これは心を持った使い魔を、術者の都合で使い捨てにすることが世論的に受け入れ難かったということもあるが、それ以上に使い魔の呪法が使い勝手の悪いものであることも理由として挙げられるだろう。人間形態への変身は個体差もあるが、一般的に1か月程かかる。アルフのように素体が子供なら人間形態も子供からスタートするわけで、いくら生前の記憶が残っているとは言っても、そこから先の育成に時間がかかりすぎるのだ。おまけに常時術者が魔力を提供していないといけない。ここまでするメリットが無ければ、普通の魔導師は使い魔を持とうなどとは考えないものだ。

 

「それで、結局メニューはどうしようか」

 

「おにくがいいー」

 

やたらと肉を所望するアルフに苦笑しつつ、良いメニューが無いか考える。今回はクリスティーナさんへのお土産も兼ねて、お味噌と醤油も持ってきているので味付けには困らないが、アルフはまだ葱類など刺激の強いものが食べられないので、食材は慎重に選ぶ必要があった。

 

辺りを見回すと、秋茄子が棚に並べられている。この時期の茄子はとても美味しく、豚肉やピーマンと一緒に味噌炒めにすると絶品なのだが、ピーマンにはアルカロイドという成分が含まれており、大量摂取するとイヌ科の動物にはあまりよろしくないらしい。

 

「茄子はそんなに問題はありませんでしたわね」

 

味噌は少し前に実際アルフに少量を舐めてもらい、特に問題がないことを確認済みだ。なら一品目は味噌炒めで良いだろう。アルフにはピーマンを少なめに配分すれば良い。

 

「ひゃっ!おばけー!? 」

 

突然アルフが叫んだ。驚いてそちらを見ると、そこに置いてあったのはジャック・オー・ランタンだった。

 

「大丈夫だよ、アルフ。あれはただの作り物だから」

 

「ジャック・オー・ランタン…ミッドチルダにあるとは思いませんでしたわ」

 

「ブラマンシュにもあるの? 」

 

思わず呟いてしまったが、フェイトの問いに慌てて弁明する。

 

「いいえ、以前本で読んだだけですわ。実際に見るのは初めてです」

 

「そうなんだ。この時期になると、よく見かけるよ。今くらいが収穫時期なのかな? 」

 

「かぼちゃの収穫時期は夏ですわね。ただこのくらいの時期まで貯蔵すると甘みが増して美味しくなるのですわ」

 

フェイトと話をしていたら、無性にかぼちゃが食べたくなってしまった。

 

「今日は茄子と豚肉の味噌炒めに、かぼちゃの煮物にしましょう。ご飯とお味噌汁も出しますわよ」

 

「おにく? 」

 

「ええ。お肉もちゃんと入ってますわ」

 

「やったー」

 

嬉しそうにはしゃぐアルフをみてフェイトと少しだけ笑いあった後、俺たちは晩御飯の食材を購入してメルローズ家に帰宅した。

 

 

 

夕食の席で、買い出し中に見かけたジャック・オー・ランタンの話が出た。

 

「あれはどこかの世界のお祭りで使われるものだった筈だな。確か死んだ後で天国へも地獄へも行けなかった男の霊が憑いているとか、そんな感じのエピソードがあったと思うが」

 

「アルトセイムではかぼちゃの代わりにかぶを使うこともありましたよ。魔除けとして飾ることが多かったようです」

 

リニスとアルフレッドさんは随分と打ち解けた様子で雑学知識を披露しあっていた。

 

「おばけかとおもったんだよ!」

 

「確かにあれは子供にはちょっと怖く見えるかもしれんな。ミント嬢ちゃんは大丈夫だったか? 」

 

「わたくしはあの程度では驚きませんわよ」

 

「おや? 最初にわしの作品を見て、可愛らしい悲鳴を上げたのは誰だったかな? 」

 

思わず口に含んだ味噌炒めが気管に入りそうになり、思いっきり咽てしまった。

 

「ミント、大丈夫? 」

 

「ええ、すみません、フェイトさん…」

 

その後、今度はサリカさんに俺が気絶してしまったことまで暴露されてしまった。デバイス作成にかかった金額の大きさに驚いたためであることは必死に説明したのだが、リニスとフェイトにも生暖かい目で見つめられてしまい、俺が茹蛸のように真っ赤になったことは言うまでもない。

 

「うぅぅ、穴があったら入りたいですわ」

 

「まぁまぁ。ところでミントちゃん、これが例のお味噌? とっても美味しいわ」

 

「お口に合ったようで何よりです。わたくしの味方はクリスティーナさんだけですわ…」

 

 

 

食事を終えた後、アルフレッドさんは再度工房に戻ってトリックマスターの調整を継続し、リニスもその手伝いを兼ねて工房を間借りし、バルディッシュの調整をしている。

 

クリスティーナさんが居間でアルフの相手をしてくれている間に、フェイトと2人で洗い物をする。ちなみにアルフはクリスティーナさんに抱かれてウトウトし始めた様子だ。ちなみに夜勤明けのままエルセアに直行したサリカさんは、夕食が終わると早々に寝室に引き上げてしまった。

 

「サリカさん、大丈夫かな」

 

洗い物をしながら、フェイトが話しかけてきた。

 

「強行軍でしたからね。ただ快速レールの中でも仮眠は取っていましたし、問題はないでしょう」

 

時折、工房の方からアルフレッドさんとリニスの笑い声が聞こえてくる。あの2人は随分とウマが合ったようだ。

 

「そう言えばバルディッシュは先月調整したばかりだけど、またやるんだね」

 

「最近フェイトさんとわたくしで連携することも多いですから、トリックマスターを調整する際にデータを共有させるのだと思いますわよ」

 

フェイトの戦闘スタイルは中距離からの射撃魔法と近距離での白兵戦闘がメインで、中距離~遠距離の支援攻撃に特化した俺とは割と相性が良いのだ。ゲームなどで言えば、軽戦士と魔法使いのペアといったところか。

 

「出来れば盾役の重戦士や回復役の僧侶もパーティーには欲しいところですが」

 

「ミント、それ何のこと? 」

 

「ちょっとわたくし達の立ち位置をファンタジーのパーティーに置き換えてみたのですわ」

 

ミッドチルダでもよく見かけるファンタジー物のゲームや小説などは子供向けにもアレンジされており、フェイトにも多少馴染みがある様子だった。

 

「盾役の重戦士か。ベルカの騎士とかなら判るけれど、ミッド式魔法の使い手だと難しいんじゃないかな」

 

「ミッド式は派手な射撃戦がメインですからね。そう言えばクリスティーナさんは元ベルカの騎士らしいですわよ」

 

「そうなんだ。折角だから、ちょっとお話し聞いてみたいな」

 

「では洗い物を早めに終わらせて、クリスティーナさんの武勇伝をお伺いしましょうか」

 

そう言えば俺もクリスティーナさんの現役時代については詳しい話は知らなかった。騎士と呼ばれていた人なのだから、きっと色々ためになる話が聞けるに違いない。洗い物のペースも自然と上がった。

 

 

 

結果から言えば、クリスティーナさんに話を聞いたのは大正解だった。実は彼女が現役時代に使っていたアームド・デバイスは『ハルバード』だったのだ。これは『槍斧』とも呼ばれる、その名の示す通り槍と斧が組み合わさったような形状のポールウェポン(棒状武器)なのだが、同じポールウェポンの一種であるバルディッシュとは戦い方の面でも共通点が多く、特に白兵戦での戦い方において、フェイトの良い講師役になってくれた。

 

「ありがとうございます。クリスティーナさんの戦い方はとても参考になります」

 

「そう? 役に立てて良かったわ。ポールウェポンは長さがある分色々な戦い方が出来るけれど、重量もあるから使いこなすには日々のトレーニングは怠っちゃダメよ。あと食事は確り食べて、体力をつけることね」

 

「はい」

 

原作でのフェイトは割と食が細いイメージだったが、今のフェイトは食事面ではあまり心配していない。むしろ結構食べる方だと思っている。特にカレーとか。

 

(もしかしたらアルトセイムの食事が身体に合わなかったのかも知れませんわね)

 

以前聞いた、あまり美味しくないという食事のことを思い出し、少しだけ苦笑した。

 

「もし良かったら、明日少し稽古をつけてあげましょうか? ミッド式とはちょっと違うけれど、型を憶えておくだけでも棒術としてフェイトちゃんだけじゃなくミントちゃんも使えると思うし」

 

「是非、お願いします」

 

「わたくしもお願いしますわ。折角の錫杖形態も射撃ばかりでは勿体ないですし」

 

ゲームなどで後衛の魔法使いタイプが白兵戦をする状況というのは、つまり前線が崩壊してジリ貧状態になっている時なのだが、パーティープレイだけでなく単独行動を取ることも珍しくない魔導師としては覚えておいて損はない技術だろう。

 

その後、現役時代のクリスティーナさんのエピソードをいくつか聞いてからお風呂に入り、寝ることにした。あまり意識していなかったのだが、クリスティーナさんは聖王教会ではなく時空管理局の所属だったそうだ。同じく時空管理局でデバイスマイスターをしていたアルフレッドさんと知り合ったのだとか。尤も後半は半分以上が惚気話しだったので、適当に相槌を打っていただけだったのだが。

 

 

 

=====

 

翌朝、目を醒ますと、枕元にアンティークドールが置いてあった。

 

「おはようございます、トリックマスター。調子は如何です? 」

 

≪Good morning. I am fine. It is quite invigorating.≫【おはようございます。とても爽快です】

 

恐らく俺が寝ているうちにアルフレッドさんかリニスが調整を終わらせて持ってきてくれたのだろう。ふと隣のベッドを見ると、まだ夢の中にいるフェイトの枕元には待機モードのバルディッシュが置いてあった。フェイトを起こさないように念話でバルディッシュにも挨拶すると、俺はベッドを抜け出した。

 

≪I would like to enjoy the sleeping face of a little girl bit more.≫【もうちょっと幼女の寝顔を堪能したいのですが】

 

デバイスのくせに寝言を言っているトリックマスターを掴んで部屋を出る。お手洗いに向かう途中で人の気配を感じ、居間に行ってみるとサリカさんとリニスがいた。

 

「おはようございます、サリカさん、リニスさん。随分早いですわね」

 

≪Morning, Sarica and Meister Linith.≫【おはようございます、お二方】

 

「おはよう、ミントちゃん。トリックマスターも。私は昨夜早かったからね~朝風呂に入らせてもらおうかと思って」

 

「私は半分徹夜みたいなものでしたから、今から一眠りしてきますよ」

 

「あら、大丈夫ですか? 朝ご飯は如何されます? 」

 

「後にします。今日はサリカもお休みで1日のんびりできそうですし」

 

立ち上がって大きな欠伸をすると、リニスは「お休みなさい」と言って居間を出た。バルディッシュの調整に時間がかかったというよりは、きっと同業者と仕事をするのが楽しくてついつい遅くなってしまった感じなのだろう。この調子だとアルフレッドさんも朝食には起きてこない可能性が高い。

 

「じゃぁ、私はお風呂に入ってくるね。朝ご飯はその後で、一緒に作ろうか」

 

「了解ですわ。ごゆっくり」

 

 

 

リニスとサリカさんを見送り、お手洗いを済ませた後、俺は工房の裏手にある魔法の試射スペースに行ってみた。

 

「トリックマスター、セットアップ」

 

≪Standby, ready. Barrier jacket deployed.≫【スタンバイ完了。バリアジャケット構築】

 

一瞬光を纏った後、バリアジャケットが身体を包む。

 

「フライヤー3基展開しつつ、高機動飛翔」

 

≪Sure. Though I will not gain so much altitude.≫【了解。高度は然程取れませんが】

 

「構いませんわ。ちょっとした確認ですし」

 

低空での浮遊状態を維持したまま数枚のシールドとプロテクションを展開した。

 

「えっと、受け流すのがシールド、受け止めるのがプロテクション、でしたわね」

 

以前リニスに教えてもらった内容を再確認する。

 

≪That is correct. "Round Shield" is a kind of shield magic, and "Active Protection" is a kind of barrier magic. Also, please do not forget "Field" type.≫【その通りです。『ラウンド・シールド』はシールド系、『プロテクション』はバリア系の魔法ですね。他にもフィールド系をお忘れなく】

 

「身に纏うタイプでしたわね。覚えていますわ」

 

以前、アクティブ・プロテクション以外の防御魔法を持っていなかったことを指摘され、リニスには防御面を重点的に鍛えてもらっていたのだ。今では3種類の防御魔法を用途別に展開できるようになっている。

 

「発動が気持ちスムーズになった気がしますわね」

 

≪Each magic has been optimized for you, master. The required time has been shortened around 0.05 seconds.≫【今回の調整で各魔法はマスターに最適化されています。発動所要時間は以前と比較して0.05秒ほど短縮されています】

 

「これならフェイトさんとの模擬戦もばっちりですわね」

 

≪To tell you the truth, Bardiche has also been optimized for Fate. The required time may have been shortened as well.≫【実際にはバルディッシュもフェイトに最適化されていますから、発動所要時間は同様に短縮されているかと】

 

「…まぁ、それはそれで良いですわ。お互い切磋琢磨してこそですし」

 

相変わらず、魔法の話をしている時だけは真面目に受け答えしてくれるトリックマスターに多少冗談を交えて話しつつ、フライヤーを操作する。ふと、試射スペースの入り口にフェイトの姿が見えた。

 

「おはようございます、フェイトさん」

 

飛行魔法を中断して地上に降りる。

 

「おはよう、ミント。早くから頑張ってるね。あ、サリカさんがそろそろ朝ご飯作るって」

 

「了解ですわ。では参りましょう。ところでフェイトさんは朝ご飯にするならパンと白米のどちらがお好きですか? 」

 

「私はパンの方が好きかな」

 

雑談をしながら洗面所で手洗い、うがいをして、その後キッチンに向かった。今日の朝ご飯はトーストに目玉焼き、ほうれん草のバター炒め。

 

フェイトは嬉しそうに目玉焼きをトーストに乗せて食べていた。

 

 

 

=====

 

「ゆっくりとで良いわよ。流れるように…相手の手先だけを見ないで、全体の動きを見てね」

 

クリスティーナさんが試射スペースを使って教えてくれた型は棒術の基本で、攻撃を防御するためのものだった。初めは何度も同じ型をゆっくりと繰り返し、身体に動きを覚えこませるのだそうだ。

 

朝食を終えて少ししてから稽古を開始したのだが、基本の動きだけで軽く3時間は使っている。それからクリスティーナさんが防御の型に合わせてゆっくりと攻撃を打ち込むようにし、その後徐々にスピードを上げていくのだ。こちらが追い付かなくなり、受け損なうとまた最初からゆっくり始めるのである。最初は興味深そうに眺めていたアルフも飽きてしまったのか、今はスペースの脇にあるベンチでうたた寝していた。

 

「さすがに、一朝一夕には、無理、ですわね」

 

「でも、結構、楽しいよ。ミント、頑張ろう」

 

2人共息は上がってしまっていたが、スピードが乗ってくると本当に攻撃を捌いているような感覚があり、フェイトが言うように確かに楽しかった。

 

「おはようございます。棒術ですか? 」

 

お昼近くなってリニスが起きてきたので、一緒に型を見てもらうことにした。

 

「随分と実践的ですね。これは毎日続けたら面白いことになりそうですね」

 

「そうね。この型自体はそんなに難しいものではないわ。これを毎日継続するのが大変なのよ。でも続けていれば間違いなく強くなれるわね」

 

「サリカ、さんは、やらなかったの、ですか? 」

 

「あの子はあまりこういったことに興味を示さなかったのよ。小さい頃は少しやっていたのだけれど」

 

「筋肉痛になるのがイヤだったのよね」

 

不意にサリカさん本人の声が聞こえて、目の前に水の入ったコップが差し出された。

 

「あぁ、サリカさん、ありがとう、ございます」

 

「あまり飛ばしすぎないようにね。明日、結構大変だと思うよ? 」

 

フェイトにも水を渡しながらサリカさんがそう言った。

 

防御の型はバルディッシュとトリックマスターに動きを記録してもらい、クラナガンに戻っても毎日繰り返すことにした。傍目にはダンスを踊っているような動きに見えるかもしれないが、スピードが上がってくるとまた違うのだそうだ。

 

リニスも協力してくれることになり、引き続き頑張ろう、とフェイトと2人で言い合ったのだが、その翌日、全身を襲う筋肉痛により2人共早速練習を1日休んでしまったことを、ここに記しておく。

 




先日の「他愛もない日常のレシピ」ですが、「あとがきが長い」とのお叱りを頂きましたので、移転を検討しています。。
続編はしばらくお待ち下さいませ。。小説として認められるようなら、別作品として掲載しても良いのですが。。

リニスの英語表記は英語版WikiだとRynithやLynithなどもあるようなのですが、劇場版(Movie 1st)の公式英語サブタイトルで「Linith」と表示されたそうですので、本作では「Linith」を正として扱います。。

ミントとフェイトに魔改造フラグがたった。。かもしれません。。


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第17話 「冬」

夏から進めていた入学試験対策だが、11月になるとリニスも力の入れ具合が変わってきた。今までは魔法の練習と同じ程度の時間を座学に割り当てていたのだが、座学の時間が大幅に延長されたのだ。

 

「ミントもフェイトも、給付奨学金を狙うのでしたら知識は身に着けておいて損はありませんよ」

 

爽やかな笑顔でそう言うリニスが俺達に課したスケジュールは、毎朝5時に起きて棒術の練習、朝ご飯以降の午前中は座学を行い、お昼を食べた後に2時間ほどの休憩を挟んで公共施設での魔法練習。買い物が必要なら帰りに購入し、晩御飯の支度をする。夕食後はまた座学でその後入浴、就寝である。但し平日のみ。週末は早朝の棒術練習以外は自由になっている。

 

先日エルセアでクリスティーナさんに教えてもらった棒術は、最初の1日こそお休みしてしまったが、それ以降は毎日休むことなく続けていた。最近ではアルフもフェイトの横に並んで見よう見まねで棒を振るっている。幼いながらも自らが守るべき対象であるフェイトが自分よりもどんどん強くなることに抵抗を憶えているのかもしれない。

 

棒術の練習は基本的な型を記録しておいてくれたトリックマスターとバルディッシュが細かい指示を出しながら監修してくれる形式なのだが、魔法の話をしている時と同じように真面目なトリックマスターとのやり取りが行われる時間でもある。

 

「ここで…左足をこう、ですわね」

 

≪No, master. The foot step is a margin. You have to be careful in center of balance. Please use your waist to change the center.≫【いえ、足の動きは付随的なものです。むしろ腰を使った重心の移動に注意して下さい】

 

「ありがとうございます。こう…でしょうか」

 

≪Yes, it is much better.≫【はい。とても良くなりました】

 

「トリックマスターもいつもこんな感じなら、わたくしに投げられたり蹴られたりしなくて済みますのに」

 

≪That is my pleasure as well. A kind of reward.≫【あれはあれでご褒美ですから】

 

「……」

 

≪Well, Let us continue. If you skip your training for a day, you will need 3 more days to recover it.≫【さぁ、続けましょう。1日練習をお休みすると、取り戻すのに3日かかりますよ】

 

少しだけ見直した途端、すぐこれだ。溜息を吐きながら練習を再開する。隣を見るとフェイトはバルディッシュの指示に従い、黙々と型をこなしていた。アルフはフェイトの動きを真似るように動いているだけなのだが、始めた頃と比べれば明らかに動きが良くなっていた。

 

「門前の小僧、ですわね」

 

次にエルセアに行くのは年が明けてからになる。その時にまた改めてクリスティーナさんに成果を見てもらうことになっているのだが、次回からはアルフも一緒に見てもらうことになるかもしれない。その光景を想像し、少し微笑ましく思った。

 

 

 

=====

 

8月下旬にミッドチルダを出航したアースラからは、偶にデバイス通信が入ってくる。基本的にはプレシアさんからフェイト、リニス宛に入る音声のみの通信だ。巡航任務に就いている艦船との通信には検閲が入ることになっており、特に映像付のものはデバイス通信であっても検閲に時間がかかるためリアルタイムでの通信は絶望的である。一方音声のみであれば検閲も然程厳しくないので、リアルタイムに近い通信が可能なのだ。

 

フェイトとしては出来れば映像付のデータで通話したいと思っていたのだろうが、こればかりは我慢してもらうしかない状態だった。

 

但し、それは勿論アースラが次元航行中の時に限られる。

 

「という訳で、明日の夕食はフェイトさんお手製のカレーでパーティーですわ!」

 

パチパチパチと拍手をするのはリニスとサリカさん。フェイト本人は照れて赤くなりながらも、少し嬉しそうにしている。カレーに必須の玉葱と香辛料は使い魔になりたてのアルフにはまだ厳しいので、食卓にカレーが並ぶ時は、アルフだけ別メニューとして軽く焼いたお肉が振舞われる。尤もアルフ自身はそれが満足な様子で、メニューがカレーになるといつも大喜びしている。

 

明日はアースラがミッドチルダに寄港する。今回は打ち合わせなどの都合もあり、週末は丸々滞在するのだそうだ。艦長であるリンディさんや執務官のクロノは滞在中も仕事に追われることになるだろうが、嘱託魔導師であるプレシアさんにはそれほど大量の仕事は割り当てられていない。このためミッドチルダに滞在する金曜日から月曜日の間はプレシアさんもサリカさんの家に泊まることになったのだ。

 

これを聞いたフェイトが一念発起。プレシアさんが到着する日の夕食は自分がカレーを作ると宣言した。愛娘の手料理ならばプレシアさんも大喜びする筈とのことで、リニスもサリカさんも一も二もなく賛成し、現在に至る。

 

「折角だから今日の内に作り置きませんか? 明日、温め直すと玉葱が融けて甘みとコクが出ますわよ」

 

「そうだね。じゃぁ夕食が終わったら作ろうかな。サリカさん、お願いします」

 

「オッケー、頑張ろうね、フェイトちゃん」

 

「話が纏まったところで、そろそろ出かけましょうか。午後の練習が終わったら、カレーの材料も買ってきましょうね」

 

「うん。私頑張るよ」

 

「そうそう、明日はプレシアを迎えに本局まで行きますから、午後の練習はお休みにしますね。その代り、今日はビシバシ行きますよ」

 

一瞬輝きかけたフェイトの表情がすぐに固まる。

 

「う…うん、私…頑張る、よ」

 

「だ…大丈夫ですわ。明日を乗り切れば週末ですし、久しぶりにプレシアさんとのんびりできますわよ」

 

「そう、そうだよね。そのためにも…今日を生き抜こう」

 

結局その日の練習はかなり密度の濃いものになり、俺もフェイトも何とかその日のスケジュールを全てこなしたものの、お風呂から上がった後は完全に疲れ切っており、2人揃って泥のように眠った。

 

 

 

翌日は予定通り午前中に棒術の練習と座学をこなしたが、お昼ご飯を食べ終わったころからフェイトのテンションが上がりっぱなしになり、結局俺達はアースラ到着予定時刻の1時間も前に本局のポート前ゲートに到着してプレシアさんの帰還を待った。

 

5分でも遅延しようものなら恐らくフェイトは散々取り乱したのだろうが、幸いアースラは予定通りに入港し、プレシアさんもすぐにその元気な姿を見せてくれた。

 

「母さん、お帰りなさい。元気そうで良かった」

 

嬉しそうにプレシアさんに駆け寄るフェイトを、プレシアさんも笑顔で抱きしめる。その横にはリニスも立った。

 

「プレシア、お疲れさまです。お帰りなさい」

 

「ただいま、フェイト。リニスも。サリカさんに迷惑はかけてない? 」

 

「大丈夫だよ。ね、ミント」

 

「ええ。全く問題ありませんわ。お帰りなさいませ、プレシアさん」

 

プレシアさんがこちらにも微笑みかける。そこにてちてちと駆け寄る幼女が1名。アルフだ。

 

「はっ、はじめまして!アルフだよ!」

 

「あら、貴女がフェイトの使い魔ね。ちゃんと挨拶出来てえらいわ。これからよろしくね、アルフ」

 

プレシアさんに褒められて、アルフもフェイトも嬉しそうにしていた。

 

「あら、みなさんお揃いね」

 

不意に声を掛けられたのでそちらを見ると、丁度リンディさんやクロノ、エイミィさんもゲートを抜けてくるところだった。

 

「あ、リンディ提督。こんにちは」

 

「はいこんにちは、フェイトさん。ミントさんもお久しぶりね」

 

「ご無沙汰ですわ、リンディさん。クロノさんとエイミィさんもごきげんよう」

 

「ああ。みんな元気そうで何よりだ。で、すまないが僕とエイミィはこれから会議があるんだ。慌ただしくて申し訳ないが、これで失礼するよ」

 

「みんな、ゴメンねぇ~また今度のんびりお話ししようね」

 

本当に慌ただしくその場を後にするクロノ達を見送る。以前、執務官はヒマなのか、と言ったことを心の中でほんの少しだけお詫びした。

 

「さてと、私もそろそろ巡航記録を提出しに行かないと。プレシアはこれから3日間オフよね? 羨ましいわ」

 

「それはそうよ、あくまでも一嘱託ですもの。艦長や執務官とは違うわ」

 

「次の出航は月曜日の正午だから、それまではフェイトさん達とゆっくりリフレッシュしてきてね」

 

リンディさんもそう言うと手を振りながら歩いて行ってしまった。

 

「わたくし達もそろそろ参りましょうか。今から帰れば18時には家に着けますわ」

 

「そうね。サリカさんは今日は? 」

 

「日勤ですわ。19時には戻ると思います」

 

そうして俺達は家路についた。フェイトはプレシアさんと手をつないで嬉しそうにし、反対側の手でこれまた嬉しそうにしているアルフの手を引いている。それはごく普通の、幸せな家族の姿だった。

 

 

 

=====

 

帰宅後、まずフェイトとリニスがプレシアさんに対して、アルフを使い魔にした時の状況を詳細にわたって説明した。俺もその場にいた当事者の1人として、要所要所で補足を入れる。

 

「そうね。確かに自分の使い魔の面倒を自分で見るのは当然のことだわ」

 

「ですが、アルフの面倒をフェイト自身で見ることにすると、フェイトは予定していた学生寮には入れません」

 

「そこはもう仕方ないと割り切るしかないわね。こうなった以上、学生寮の線は無いわ」

 

そうなると、取れるオプションも限られてくる。プレシアさんが提示したのは、サリカさんの主張を全面的に認めてこのまま間借りを続けることと、近くに家を借りてリニスと一緒に生活させることの2つだった。

 

「後者はリニスさんがプレシアさんのお手伝いでいなくなることがあることを考慮すると、あまり現実的ではありませんわね」

 

「個人的な理由での長距離転送はまず許可も下りないでしょうから、そういう時はフェイトとアルフだけで留守番させることになってしまいますね」

 

一応リンディさんの計らいで、任務に必要な時にリニスを『召喚』することは認められたそうなのだが、元々滅多なことでは許可が下りない長距離転送である。『送還』については難しいとのことらしい。

 

「私はそれでも大丈夫だよ。料理も出来るようになったし」

 

「それはダメよ。ミントちゃんだってまだ1人では火を使わせて貰えていないのでしょう? 」

 

「恥ずかしながら、その通りですわ。それにフェイトさんが1人で生活する姿を想像したら…」

 

「きっとメニューは毎日カレーになってしまいますね」

 

「…ちゃんとサラダもつけるよ? 」

 

フェイトの反論に苦笑する。とりあえず今問題なのは食事のバランスだけではなく、全般的なことである。地球と比べて幼児の精神年齢が高い次元世界ではあるが、それでも矢張り6歳児を長期間1人だけにするのは使い魔に対するネグレクトと同様に問題だった。

 

「結局そうなるわよね」

 

プレシアさんも苦笑しつつ、デバイスからいくつかの小さな箱を取り出した。

 

「母さん、それは? 」

 

「管理外世界のお菓子だそうよ。リンディが貯め込んでいたのを分けてもらったの。改めてサリカさんにご挨拶しないといけないし、お土産ね」

 

そう言いながらプレシアさんが箱を開けると、そこには落雁が入っていた。さすがはリンディさん、甘いものが大好きなのは伊達ではなさそうだ。

 

その後、リニスと一緒にフェイトがカレーを温め直していると、サリカさんが帰宅した。

 

「プレシアさん、お久し振りです。お疲れさま」

 

「お久し振りね。お邪魔しているわ」

 

この場合、どちらが「おかえりなさい」でどちらが「ただいま」なのだろうと、どうでもいいことを考えながらフェイトと一緒に配膳する。

 

「おかえりなさい、サリカさん。すぐに食事になりますから着替えてきて下さいませ」

 

「はいはーい」

 

 

 

フェイトが作ったカレーは、プレシアさんにも大好評だった。誰でも割と簡単に作れて、失敗することの少ない料理ではあるが、愛娘の手料理と言うだけでもプレシアさんにはとにかく感涙ものだったようだ。

 

「とても美味しいわ。これも管理外世界の料理なの? 」

 

「うん。ミントに教えてもらったお店でルーを買ってきたんだ」

 

プレシアさんに褒められて、嬉しそうにフェイトが答える。

 

「あ、以前お味噌とかお醤油とかを買ってきてくれたお店だっけ? 」

 

「ええ。あのお店は本当に色々な世界の食材や調味料を扱っていますわね。とても助かりますわ」

 

「私も以前一緒に行ってみましたが、扱っている調味料は管理世界のものから管理外世界のものまで、本当に多種多様でしたね」

 

「良いわね。私も今度行ってみようかしら。あ、そうそう。ミントちゃん、前回のメニューもだけど、エイミィにレシピを提供してもいいかしら? 」

 

「ええ、構いませんわよ」

 

「ありがとう。何でも彼女、料理が趣味らしくて。以前作ってもらった、中華だったかしら? あれの話をしたら是非作ってみたいって」

 

エイミィさんの趣味が料理だというのは知らなかったが、同好の志が身近にいることを嬉しく思う。

 

「そう言うことでしたら、後でプレシアさんのデバイスにレシピを転送致しますわ。今まで作った料理のレシピは基本的に全部トリックマスターにも記録してありますし」

 

カレーのレシピだけは、折角だからバルディッシュから転送して貰えるようフェイトに念話で伝えたところ、嬉しそうに了解の返答があった。

 

 

 

ちなみにこれが原因となってアースラ内部で第97管理外世界の料理が大流行することになり、艦内食堂でも正式メニューとしていくつかの料理が採用され、数年後には管理局員だけでなく一般にまで浸透した地球の料理文化がクラナガンで一世を風靡することになるのだが、それはまた別の話である。

 

 

 

=====

 

俺やフェイト、アルフが就寝した後、プレシアさん、サリカさん、リニスの3人で話をし、フェイトがサリカさんの家から通学することがあっさり決まったそうだ。フェイトが入学する頃にはアルフも今よりは成長しているだろうが、念のためリニスも緊急時以外はサリカさんの家に逗留することになった。尤も一度『召喚』されてしまうとなかなか帰ってこれない状態なのだが。

 

「まぁ、サリカがいないのは夜勤の時くらいでしょうから特に問題はないでしょうね」

 

「月に、1、2回は、友人と、お食事に、行くことも、あるよう、ですが、それでも、22時には、戻って、いますわね」

 

錫杖形態のトリックマスターを使って棒術の型を練習しながらリニスの話を聞く。フェイトも隣でバルディッシュを振るっており、更にその隣ではアルフも棒を振るう。

 

「型の、練習も、ミントと、一緒に、出来れば、一人で、やるより、良いかも」

 

フェイトの言葉に少し嬉しくなり、トリックマスターを握る手にも力が入った。

 

≪Master, too much strain is not good. Please keep your hot heart, but keep your cool head.≫【マスター、力み過ぎは良くありません。心は熱く、ですが思考は冷静に】

 

「了解、ですわ」

 

そのまま一通りの型を終え、息を整える。

 

「ミント、少しテンポを上げて合せてみよう」

 

「判りましたわ。参りますわよ」

 

魔力で強化したトリックマスターとバルディッシュがぶつかり合い、まるで火花を散らすように魔力光の残滓が辺りに飛び散る。朝日の中でキラキラと輝く金色と空色はとても幻想的で綺麗だった。

 

 

 

棒術の練習を終え、軽くシャワーで汗を洗い流した後、フェイトとリニスと一緒に朝食を用意する。アルフは既にテーブルについてご飯を待っているようだ。

 

「今日は一日、プレシアさんとお出かけですか? 」

 

「うん。リニスとアルフも一緒に買い物にでも行こうかと思って」

 

「久し振りに家族水入らずでのんびりされるのが良いですわね」

 

「ミントはどうするの? 」

 

「読みかけの本がありますから、そちらを読了してしまいますわ」

 

今日は土曜日なので座学と午後の魔法練習はお休みなのだが、棒術の練習だけは身体が鈍ってしまわないように週末でも毎日続けているのだ。

 

「おはようフェイト、ミントちゃん。ちょっと寝過ごしてしまったわ」

 

プレシアさんが居間に入ってきた。時計を見ると丁度7時だ。

 

「プレシアはここしばらく休めていなかったのでしょう? たまにはゆっくり寝ても罰は当たりませんよ」

 

「そうだよ、母さん。それにまだ全然寝過ごしたっていう時間じゃないし」

 

「2人が棒術の練習をしているっていうから見せてもらおうと思っていたのよ」

 

プレシアさんは少し残念そうにしていたが、また明日もやるからというフェイトの言葉に微笑んだ。

 

「アルフもね、アルフもやってるんだよー」

 

「そうね、3人だったわね。ごめんなさい」

 

アルフの自己主張が微笑ましく、またみんなで笑っているとサリカさんも起きてきた。

 

「おはよー。いつもありがとうね」

 

「いえいえ。早く食べてしまわないと遅れますわよ。今日も日勤でしたわよね」

 

サリカさんを急かして席についてもらうと、配膳を終えた。

 

「「「「「今日の糧に感謝を」」」」」

 

「かんしゃー」

 

アルフの声だけが少しずれたが、それが可愛らしくてまた笑みが零れた。

 

 

 

=====

 

サリカさんが出勤し、テスタロッサ家が外出してしまうと、家に残っているのは俺一人になる。読みかけだった本を読み終えるまでには然程時間もかからず、少しばかり暇を持て余していた。

 

「トリックマスター、レイジングハートさんに通信を送ってみて下さいませ」

 

≪All right...OK, connected.≫【了解。繋がりました】

 

数回のコールの後、ユーノが出た。

 

「こんにちは、ユーノさん。今、大丈夫ですか? 」

 

『ミントならいつでも大歓迎だよ。今日はどうしたの? 』

 

実はユーノとは結構頻繁にデバイス通信をしていたりする。今回は偶々俺の方から連絡したのだが、大体ユーノの方から連絡が来ることが多い。ペースとしては3日に1回くらいは確実に連絡がある。

 

「少し暇つ…ではなくて、ユーノさんは年末は如何されるのですか? 」

 

『たぶん、スクライアのみんなとのんびり過ごすことになるかな。ミントはブラマンシュに里帰り? 』

 

「ええ。越年祭もありますしね」

 

『あの、みんなで湖に入るやつだよね。さすがにあの寒さの中で湖に入るのは堪えたなぁ』

 

「今年も入る気はありませんか? 」

 

『…ミントが誘ってくれるなら』

 

「ちょっと間がありましたわよ? 」

 

ちなみにユーノはブラマンシュの発掘調査団にいた関係で、去年も一昨年も越年祭には参加しているのだ。今年はサリカさんも年末年始に無事休みが取れたそうで、参加を表明している。プレシアさんはタイミングが合わず残念ながら次元航行に出てしまっている時期になるが、フェイトとリニス、アルフは巻き込むことに成功した。

 

『じゃぁ、そのフェイトっていう子にも会えるんだね。楽しみにしているよ』

 

「こちらこそ楽しみにしていますわ。じゃぁ、年末に」

 

『また連絡するよ。じゃぁね』

 

ユーノとの通信を終え、今度は母さまに手紙を書く。今年の越年祭は賑やかになりそうだった。

 

 

 

母さまへの手紙を投函しに行ったついでに、夕食の買い出しにスーパーに寄った。出掛けに食糧を確認したところ野菜類はある程度在庫があったのだが、お肉も魚も無かったためだ。売り場を見て回っていると、魚のコーナーに美味しそうなメロが並べられていた。

 

「これは…煮魚にしたら美味しそうですわね」

 

メロは深海に生息する大型の魚で、照り焼きや焼き魚などにしても美味しいのだが、今のブラマンシュ家には「醤油」という強い味方がいる。料理酒や砂糖などと混ぜて煮付けにすると、この上なく美味しくなるのだ。

 

「家に長葱がありましたわね。あれを一緒に煮付けてしまいましょう」

 

だがそうなると、アルフが問題だった。葱は中毒症状を引き起こすため食べさせる訳にはいかない。長いこと使い魔をやっているリニスなら問題ないのだが、未だ素体の特性が強く残っているアルフにとっては死活問題である。

 

「かといって、毎日お肉だとエンゲル係数の問題もありますし、栄養バランスも…」

 

考えながら歩き回っているうちに、別の売り場に来てしまった。普段はあまり立ち寄ることの無いエリアだったが、陳列棚に置かれたドッグフードを見て、ふと考えた。

 

「素体の特性が残っているなら、こういったものも好んで食べるかもしれませんわね」

 

少し悩んだ後、小さ目の箱を買って帰ることにした。この量なら、万一アルフが食べなかった場合でも諦められるし、もし食べるようなら次に買い物に来るまでは持ちそうだったためだ。

 

 

 

その日の食卓にお肉が無いことを知ったアルフは最初呆然としていたのだが、ドッグフードは大層気に入った様子で、いつも以上に良く食べてくれたので内心ホッとしていた。

 

いや、その時はホッとしていたのだが。

 

後日、アルフがみんなの目を盗んでドッグフードを食べていたことが発覚。90cm程度しかないアルフの体重が17kgにまで増えてしまうという事態が起きてしまった。リニスに怒られ、フェイトに心配された挙句、日々の食事制限と夕方の散歩が課されたことをここに記しておく。

 




第1部以上にのんびり、ゆったり時間が流れています。。
ただゆったり過ぎて取り留めもなくなってしまっている訳ですが。。

こんなのんびりしたお話でも読んで下さる方がいらっしゃることを嬉しく思います。。
みなさま、いつもありがとうございます。。今後ともよろしくお願いいたします。。

※90cmくらいの幼女は、通常体重は12~13kgなのだそうです。。
 アルフ。。ずいぶん太っちゃいました。。


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第18話 「喧嘩」

長距離次元航行を終えた民間船がブラマンシュ衛星軌道上のベースに到着し、真っ先に出迎えてくれたのは馴染みの管理局員、マーカスさんとベアトリスさんだった。

 

「お久し振りですわ。その節は大変お世話になりました」

 

「ベアトリスにも聞いたが、何だか色々と大変だったようだな。まぁ、見たところ元気そうで何よりだ」

 

マーカスさんは一応管理局員なのだが、ベアトリスさんのことを「シャリエ二等空曹」と呼ぶことはない。逆にベアトリスさんもマーカスさんのことはいつも「マーカスさん」と呼んでいる。ブラマンシュに駐留している局員達は、そういう意味では大らかなのかもしれない。尤もこのため俺はずっとマーカスさんの名字も知らなかった(と言うよりは気にしていなかった)訳だが、改めて聞いてみたところ「オージェ空曹長」と言うのだそうだ。

 

今回は俺が帰省することをイザベル母さまから聞き、それなら巡回の時間を合わせてシャトルに便乗できるようにと申し出てくれたのだそうだ。

 

「それで、そちらが友達か」

 

「ええ。紹介致しますわ。わたくしの親友、フェイトさんとその使い魔のアルフさん、それからフェイトさんのお母様のリニスさんですわ」

 

「ミント!? 違いますよ。お母様ではなく、お母様の使い魔です!」

 

「失礼、噛みましたわ」

 

絶対わざとですね、と言うリニスに笑いながら謝る。実は長距離次元航行の間殆ど寝てしまっており、先程起きたばかりで上手く口が回らず、うっかり言い間違ってしまっただけなので「かみまみた」とかふざけたりはしない。ちなみにサリカさんはこの場にはいないが、仕事の都合で1日遅れて到着する予定だ。

 

「まぁ、よろしくな。俺はマーカス、そっちの女性がベアトリスだ」

 

よろしく、とベアトリスさんも微笑む。

 

「あの、ベアトリスさんってもしかしてミントが怪我した時の…? 」

 

フェイトが恐る恐る尋ねると、ベアトリスさんは少し照れたように頷いた。

 

「大したことは何も出来なかったけれど」

 

「いえいえベアトリスさんがいなかったら、わたくしは冗談抜きで殺されていましたわよ」

 

フェイト達には以前違法魔導師に叩きのめされた経緯を話していたので、それを憶えていたのだろう。フェイトに尊敬の眼差しを向けられたベアトリスさんはますます照れてしまった様子だった。

 

「それにしても完治したようで良かったわ。私はまだギプスが外れる前にこっちに戻ってきちゃったし、イザベルさんがその後のことも話してはくれたけれど、ブラマンシュの人達も心配していたわよ」

 

そう言えばブラマンシュへの連絡は殆ど母さまに任せきりだった。今回は心配をかけた人達にも直接経緯の報告をしておいた方が良いだろう。

 

「そうだ、それで思い出したんだがスクライアの坊主にはまだ怪我のこと、話していないんだってな」

 

「ええ。こういうことは通信などでお話ししても下手に心配させるだけですから。後程わたくしから直接お話ししますわ」

 

むしろ話さないで良いならそのまま黙っていたいことではあるのだが、周りがみんな知っていることなのだからユーノに対してだけ隠し続けるのも逆に難しいし面倒だろう。だったらタイミングを見て、過去の話として話してしまった方が良い。

 

「判った。あぁそれと坊主の方は1時間後の船だそうだ。少し待たせちまうが、どうせなら一緒に送った方がいいだろうよ」

 

「そうですわね…」

 

辺りを見回すと飲食スペースのついた喫茶店のようなお店もあったので、そこで時間を潰すことにした。マーカスさんやベアトリスさんも誘ったのだが、勤務中であることを理由に固辞された。何でもベース内の警備も仕事のうちなのだとか。

 

「坊主が到着したら声を掛けるからよ。それまではのんびりしていてくれ」

 

「了解ですわ。ありがとうございます」

 

マーカスさん達にお礼を言うと、少しお値段が高い紅茶を購入して窓際の席に座った。

 

「これがブラマンシュ…綺麗な星だね」

 

「うん、きれいー」

 

窓の外に見える惑星ブラマンシュを眺めながらフェイトが呟き、アルフが相槌を打つ。ちなみにアルフはここ1か月で随分と成長し、身長は100cmに達していた。112cmのフェイトはともかく、105cmしかない俺はすぐに追い越されてしまうだろう。体重の方はダイエット作戦が功を奏して15kg程度まで絞り込むことに成功している。

 

「ミッドチルダも似たような感じの筈ですが、本局は次元空間にあるので見えないようです」

 

「大気や水がある星はみんなこんな感じなのでしょうけれど。そう言えばミッドチルダの地表から見えるのは色が淡いですし、ここまで鮮やかな景色を見た記憶はありませんわね」

 

リニスに言われて改めて思ったのだが、確かに時空管理局本局で窓から見た景色は大体艦船の係留ポートばかりだった。地表から見えるロシュ限界を超えたような星も、ミッドチルダの大気越しだとうっすらとしか見えない。こんな綺麗な景色が見れないなんて勿体ない、と思いつつ紅茶を口にする。チェーン店っぽいお店の割にいい茶葉を使っているらしく、味はとても良かった。

 

その後も暫くフェイト達と他愛もない雑談を続けて、ふと気が付くとテーブルの横にマーカスさんが立っていた。時計を見ると1時間は既に過ぎていた。

 

「声を掛けて下さっても良かったですのに」

 

「いや、女3人寄れば姦しいっていうがよ。ポンポンと新しい話題が出て来るもんだから声を掛ける切欠がなかなか掴めなくてよ」

 

頭を掻きながらマーカスさんが言った。

 

「スクライアの坊主はさっき到着したぞ。あっちでベアトリスと一緒に待ってる」

 

「ありがとうございます。ではわたくしの幼馴染に会いに参りましょうか」

 

 

 

ロビーに出ると直ぐに、少し大きめの荷物を持ったユーノが目についた。

 

「ミント!久し振り」

 

「お久し振りですわ、ユーノさん。まずは紹介しますわね」

 

先刻と同じようにフェイト達を紹介する。

 

「初めまして。話はミントから良く聞いているよ。フェイトって呼んでも? 」

 

「うん、問題ないよ。私もユーノって呼ぶね」

 

「よろしくお願いします。私のことはリニスと呼んで下さいね」

 

「アルフはアルフだよ」

 

お互いの紹介を済ませ、俺達はマーカスさん達と一緒に地表に降下するシャトルに向かう時、ふとユーノが持つ荷物が気になった。

 

「随分と大荷物ですわね」

 

「そうかな? 一応1週間滞在するんだから、着替えとかは必要だよね? っていうか、ミントの荷物はどうしたのさ? 」

 

そこまで言われて気が付いた。確かにデバイスの格納域をクローゼット代わりにするのはあまり一般的ではない。フェイト達と初めてクラナガンで会った時に、俺自身が思いつかなかったことなのだ。

 

「これはフェイトさん直伝の手法なのですわ。私の荷物はこれだけですわよ」

 

背中の小さなリュックを開け、中からアンティークドールを取り出す。

 

「あら、かわいいお人形さんね」

 

「見た目に騙されてはいけませんわよ、ベアトリスさん。トリックマスター、ご挨拶を」

 

≪Hello, everyone. Nice to see you.≫【みなさん、初めまして】

 

自立し、軽く手をあげながら挨拶するトリックマスターにユーノもベアトリスさんも驚いたようだった。

 

「えっと、トリックマスターって確かミントのデバイス名だよね? この人形がデバイスなの? 」

 

「ええ、待機モードが人形に設定されているのですわ。それでユーノさんの質問への答えがこちらです」

 

トリックマスターの格納域からケープを取り出して羽織る。

 

「この時期、地上は少し冷えますからね」

 

「…ああ、なるほど!デバイスのストレージに荷物を入れているんだ」

 

早速ユーノがレイジングハートを取り出し、格納域に荷物を格納可能か確認した。結論から言えば、レイジングハートの格納域はトリックマスターやバルディッシュほど大きくはないものの、ユーノの荷物くらいなら何とか格納できることが判った。

 

「ありがとう、レイジングハート。おかげで随分身軽になったよ」

 

≪You are welcome.≫【どういたしまして】

 

「おう、お前ら早くしないと置いていくぞ」

 

マーカスさんに急かされながら、俺達はシャトルに乗り込んだ。

 

 

 

=====

 

シャトルでブラマンシュの地表に降下している最中、リニスが体調を崩してしまった。巡回を終えベースに戻らなければならないマーカスさんやベアトリスさんと別れると、俺達は集落にある俺の実家にリニスを運び込んだ。

 

「魔力素が身体に合わないようですね。すみません、気を遣わせてしまって」

 

異なる世界に行った際に、偶に発生する病気のようなものだ。魔導師は大気中の魔力素をリンカーコアに取り込んでそれを魔力に変換するのだが、極稀に魔力素とリンカーコアが適合しない場合があり、体調を崩してしまうのだ。魔力素不適合症と言うらしい。

 

「リニス…本当に大丈夫? 」

 

「命に関わるようなことはありませんよ、フェイト。大丈夫、2日もすれば確実に順応できますから」

 

魔力素不適合症には個体差があり、何処で誰が発症するかは実際に行ってみなければ判らないのだとか。幸い一過性でリニスが言うように命に関わるような病気ではなく、伝染もしない。早ければ数時間、遅くても1~2日でリンカーコアが魔力素に適合するのだそうだ。

 

「リニスさんのことはお母さんに任せて、貴女達は折角だから出かけてきたら? 」

 

「そうですわね。ここにいても何が出来るという訳でもありませんし」

 

「本当にすみません。数か月ぶりの母娘再会の邪魔をしてしまって」

 

「お気になさらず。どちらにしてもフェイトさん達には集落周辺を観光して貰おうと思っていましたから」

 

魔力素不適合症が危険な病気ではないと判って多少安心したのか、フェイトもアルフも出かけることに賛成した。

 

「明日になればサリカさんも到着しますわ。さすがにリンカーコアの病気は看護師さんやお医者さまの範疇ではないでしょうけれど、少なくともわたくし達よりはずっと病人への対応方法を心得ている筈です」

 

「でも、この病気を発症している最中に無理して魔法を使ったりするとリンカーコアがダメージを受けて、回復までの時間が長くなるって聞いたことがあるよ」

 

「えっ、そうなんだ…リニス、魔法は絶対禁止だからね」

 

ユーノが披露した知識を聞いてフェイトが慌てて念を押す。

 

「大丈夫ですよ。私だって越年祭は楽しみなんですから。年末年始を寝て過ごしたくはありません」

 

リニスは苦笑しながら答えた。越年祭当日まであと3日。治るまで大人しくしていればリニスも問題なく参加可能だろう。

 

「ではお母さま、リニスさんのことよろしくお願いしますわね。行ってまいります」

 

「あ、ミント。念のため帰りにダリウスさんのところで睡眠導入薬を分けてもらってきてくれる? この手の病気はゆっくり寝ていた方が良い筈だから」

 

「了解ですわ」

 

 

 

ブラマンシュの自然は、フェイトにもアルフにも好評だった。針葉樹が多いアルトセイムの自然とはまた少し違う、樹木の層が複数に分かれた森は樹冠などが日光を遮ってしまうため多少暗く感じるものの、下草が生え難いので散策もし易く、冬の澄んだ空気も美味しく感じる。

 

「ブラマンシュに生まれて、本当に良かったと思う瞬間ですわ」

 

深呼吸をしながらそう呟いた。もし前世で肺癌などになっていなければ、いくら美味しい空気でもここまで感謝はしなかったかもしれない。隣を見ると、フェイトもアルフも、ユーノに至るまで同じように深呼吸をしていた。ふーっと吐く息が白くなる。

 

「本当…気持ちいいね。アルトセイムと比べても、少し空気が濃い感じがするよ」

 

「おもったほどさむくないね」

 

クラナガンと比べると大分寒いと思うのだが、アルフ的にはそれほど気にはならないようだった。

 

「以前はよくここの脇道を抜けて、小川の方に行ったよね」

 

「かわ!いってみたい」

 

早く早くとはしゃぐアルフについて小川までの道を歩く。小川にはすぐに辿り着き、アルフが川底を覗き込んでいた。

 

「アルフさん、気を付けて下さいませ。水に落ちて風邪でも引いたら、リニスさんが治っても今度はアルフさんがお祭りに参加できませんわよ? 」

 

「うぅ…わかったー」

 

夏なら水遊びも出来たのだが、この時期はさすがに遠慮したい。小川の水は元々湧水で、越年祭で入る湖ほどではないものの水温はかなり低いのだ。

 

実はリニスやアルフといった使い魔は供給される主の魔力を消費して常時バリアジャケットを構築しているようなものなので、万が一水に落ちても風邪をひくことはないのだが、少し脅かしておく。その意図に気付いたらしいフェイトも苦笑していた。

 

 

 

森林散策を終えて集落に戻ると、今度は反対側にある湖に行くことになった。途中、集落の中心にある広場にさしかかった時、アルフが古い家具や木材などが積み上げられているのを気に留めた。

 

「あれはごみ? 」

 

「いいえ、越年祭で使う篝火になるのですわ。あそこで大きな火を焚いて湖に浸かった身体を温めながら、周りに置かれたお料理を食べますのよ」

 

「ごみって言えば、集落の中にはごみが全然ないんだね。すごくきれい」

 

「ちゃんと掃除しているのですわ。分別も確りやって環境に配慮しませんと、折角の自然を壊してしまいかねませんから」

 

「僕も2年前に随分と仕込まれたよ。ブラマンシュでは特にごみの分別が厳しいんだ」

 

ユーノに分別を仕込んだのはイザベル母さまだ。俺も一緒にみっちりと教え込まれた。その時のことを思い出したのか、ユーノも少し苦笑気味だった。

 

「おお、ミント久し振りじゃな。ユーノも来ておったか。で、そちらのお嬢さん方はお友達じゃな? 」

 

そろそろ湖の方に移動しようかと思っていると、突然声を掛けられた。そこにいたのはブラマンシュの長老だった。

 

「ご無沙汰しております。ただいま戻りましたわ。年が明けたらまたクラナガンですが」

 

「怪我の方はもういいのかの? 集落のみんなも随分と心配したのじゃぞ」

 

「え…怪我? 」

 

ユーノが驚いたような声を上げ、こちらを見つめる。自分で説明しようと思っていたのだが、タイミングを見極めきれず、ずるずると先延ばしにしたことを一瞬後悔した。まぁ今となっては後の祭りである。

 

「はい、もう全く問題ありませんわ。ご心配をおかけしてしまい、申し訳ありません」

 

フェイトも紹介し、少し世間話をしてから長老と別れた。

 

「ミント、怪我って何のこと? 」

 

「本当は今夜にでもわたくしからちゃんとお話ししようと思っていたのですが」

 

俺はそっと息を吐き、事の次第をユーノに説明した。

 

 

 

「そんな…どうしてもっと早くに教えてくれなかったのさ!? 」

 

「怪我をした直後はとても連絡できる状態ではありませんでしたのよ? ギプスが外れて漸く手が使えるようになって、それでも当時はまだデバイスはありませんでしたし」

 

「だったら手紙だけでもくれればよかったのに!」

 

「興奮しないで下さいませ。手紙で怪我のことなんて伝えたら、心配をかけるだけではありませんか」

 

「その後だって、何度もデバイス通信をしてるよね!その時だって怪我のことなんかは一言も…」

 

「通信だって、直ぐに会えない状態で伝えたら不安に思うだけでしょう!」

 

フェイトが隣でおろおろしている。アルフは呆然と見つめている。申し訳ないことに巻き込んでしまったと思いつつ、ユーノを落ち着かせようと声を掛けていたのだが彼の興奮は収まらず、いつしかこちらもヒートアップしてきてしまった。

 

「それでも僕は知っておきたかった!秘密にして欲しくなかった!」

 

ゴメンなさいと一言謝れば、この場は収まるだろう。だが何故かそれは違うような気がした。

 

「ユーノさんはわたくしの何なんですの? 親? 兄? わたくしのことを心配してくれているのは判りますが、その心配をして欲しくなくて伝えないことだってありますのよ!」

 

その場の温度がすっと下がった気がした。

 

「他でもないミントのことだから…僕は心配したかった。心配をさせて欲しかったよ」

 

「…ユーノさん」

 

「ゴメン、ちょっと先に戻ってる」

 

そう言うと、ユーノは広場から立ち去った。俺は軽く溜息を吐くと、苦笑しながらフェイトを見た。

 

「申し訳ありません。少し感情的になってしまいましたわ」

 

「え…ううん、それはいいんだけど…ユーノ、追いかけなくていいの? 」

 

「今追いかけても、かける言葉が浮かびませんわ。少し頭を冷やさせて下さいませ」

 

「ミント、けんかよくないよ」

 

「そうですわね…」

 

曖昧な返事をアルフに返すと、俺は広場の隅にあるベンチに腰かけた。フェイトとアルフも隣に座る。

 

「…私が初めてミントに会った時、ミントはもう怪我をしていたよね」

 

「そうでしたわね」

 

「片手で松葉杖をついていて、最初足が悪いのかなって思ったんだ。それなのにもう片手で人形を抱きしめて」

 

クスリと笑いながらフェイトが言う。

 

「後で話を聞いた時、そんなに酷い怪我だったなんて知らなかったからちょっと驚いたんだ。でも心配するっていうのとはちょっと違った。だって私たちが知り合った時、ミントはもう元気だったから」

 

「……」

 

「でもユーノはもしかしたら、怪我をする前のミントも知っているから、不安や心配が私よりも大きいのかも」

 

「…どうなのでしょうね」

 

「でも、しんぱいしたかったっていってたよ? 」

 

≪I guess, Yuuno Scrya loves my master.≫【思うに、ユーノ・スクライアはマスターに恋していますね】

 

急に背中から声が聞こえた。背負っていたリュックを下ろし、中からトリックマスターを引っ張り出す。

 

「ずっと静かでしたから、寝ているのかと思いましたわ」

 

「それより、恋ってどういうこと? 」

 

思いのほかフェイトの食い付きが良い。

 

≪According to his behaviour, he wanted you to rely on him bit more. He was not only anxious about you, but also wanted to share your trouble to support you.≫【先程の言動からすると、恐らく彼はマスターにもう少し信用して欲しかったのでしょう。ただ単に心配したかった訳ではなく、打ち明けてもらった上で怪我をしたマスターの支えになりたかったのだと推測します】

 

おおー、とアルフが感嘆の声を漏らす。意味を分かっているとは絶対に思えないのだが。

 

≪Have you got any clue for this, master?≫【心当たりは? 】

 

「…半年前に告白されましたわ」

 

「え!? ミント結婚するの!? 」

 

「しませんわよっ!? どうしてそこまで話が飛躍するんですか!? 」

 

「そ、そうだよね…結婚っていろいろ準備が必要だろうから、すぐには出来ないよね」

 

「…いえ、そういう問題ではなく」

 

≪You two are too young to date each other with a view to marriage. In general, the first love does not accomplish. You do not need to think about it seriously.≫【まぁ、お互いまだ結婚を前提としたお付き合いすら早い年齢ですから。初恋は概して実らないものとも言いますし、あまり深刻に捉えすぎなくてもよいかと】

 

「…そうですわね。ありがとうございます」

 

魔法のことでもないのにいつになく真面目にアドバイスをくれるトリックマスターと、天然さを醸し出してくれるフェイトのおかげで少しだけ気が楽になった。

 

「それにしても、今日は随分と真面目ですのね」

 

≪Well, other people's misfortune and love story taste like honey.≫【そうですか? 他人の不幸と恋バナは蜜の味ですよ】

 

「……」

 

「ねーミント、なかなおりは? 」

 

「そうですわね、ちゃんと仲直りしないといけませんわ。とりあえず一度帰りましょう」

 

何だかアルフが一番の常識人のような錯覚に陥りながら、俺達は一度帰宅した。ユーノは宛がわれた部屋にいるとのことだったが、うっかりダリウスさんに睡眠導入薬を分けてもらうのを忘れてきたので、結局もう一度出かけることになってしまった。

 

 

 

=====

 

その日の夕食はイザベル母さまが作ってくれることになった。俺も手伝いたかったのだが、今日だけは自分が作るのだと言って聞かなかったのだ。

 

「ミッドチルダから到着した当日くらい、少しゆっくりしていなさい。そうだ。ご飯の前にお風呂にでも入ってきたら? 」

 

母さまの勧めに従ってお風呂に行くことにした。久しぶりの源泉かけ流し露天風呂だ。フェイトにも声を掛けたのだが、リニスの様子が心配だから後にする、との回答があった。

 

「トリックマスター、着替えを出して下さいませ」

 

≪Sure...Well, regarding our conversation just before,≫【了解…そう言えば先程の話ですが】

 

着替えを格納域から出しながら、トリックマスターが言ってきた。

 

「どうしました? 」

 

≪I think you like Yuuno Scrya as a friend, but his love seems to be too much for you. You do not need to mind it, because it is natural behaviour as your age. But...≫【マスターはユーノ・スクライアのことを友達として好きでも、彼の好意は今のマスターには重いのでしょう。それは年齢的に当然のことですから気にする必要はありません。ですが…】

 

「ですが? 」

 

≪Have you told him what you think?≫【貴女がどう思っているのかは、もう伝えたのですか? 】

 

「すぐには答えを出せない、と言うことは以前伝えてありますわ」

 

≪That is not good. Why do not you give him the final notice?≫【それは良くありません。さっさと引導を渡してしまいましょう】

 

「何故そこで引導を渡すのですか…」

 

半年前の気持ちは今でも殆ど同じで、ユーノのことは好きだがそれが恋愛感情かと言えば違うと思う。誕生日を過ぎて6歳になったところで、半年程度ではそうそう変わるものでもない。

 

≪All kidding aside, I believe that he is the one who felt uneasy about the relationship with you.≫【冗談は置いておくとして、恐らく彼自身がマスターとの関係に不安を抱いているのだと思います】

 

「不安、ですか? 」

 

≪Yes, it will be uneasy if a person cannot understand the intention of a loved one.≫

【想いを寄せる相手の気持ちが判らないのは、不安なものですよ】

 

「…何でトリックマスターがそんなことを知っていますの? 」

 

≪As I told you, other people's love story taste like honey. I browsed several web sites.≫【先ほども言いましたが、他人の恋バナは蜜の味ですよ。色々なサイトを検索済みです】

 

本当にどこまでもおかしなAIだと思う。

 

「とりあえず、お風呂から上がったら改めてユーノさんと話してみますわ。では行って参りますわね」

 

≪See you later.≫【行ってらっしゃいませ】

 

 

 

脱衣所に着くと、スクライアの民族衣装が置いてあった。それはつまりユーノがお風呂に入っているということだ。間が悪い、と思い脱衣所を後にしようとして、ふと足を止めた。俺はさっき母さまから「お風呂に入れ」と言われてここに来たのだ。そして客人であるユーノはお風呂を使う際に当然母さまに断りを入れるだろう。

 

「…確り話し合ってこい、と。そういうことですわね」

 

何も気づかない振りをしつつ何でも知っている母さまに脱帽するのと同時に溜息を吐くと、服を脱いで露天風呂へのドアを開けた。

 

「ミミっ、ミント!? 」

 

「失礼ですわね。これは耳ではなくてテレパスファーですわ」

 

自分で言って、滑ったかな、と思った。お湯に浸かる前に横の洗い場で手早く髪と身体を洗う。

 

「ゴメン、僕はもう上がるから、ごゆっくり」

 

「あら、折角だから久し振りに一緒に入るのも良いのではないですか? 1年前くらいまでは良く一緒に入ったではありませんか」

 

「や、でも恥ずかしい…」

 

「すみませんユーノさん、そこ、少しつめてもらえます? 」

 

とりあえず強引にユーノの隣でお湯に浸かった。

 

「露天風呂は気持ちいいのですが、冬は入るまで寒いのが難点ですわね」

 

「う、うん。何かさ、ミントってこういうところ無防備だよね」

 

「別にユーノさんはいきなり襲いかかってきたりはしないでしょう? 仮に来たとしてもフライヤーで丸焦げにして差し上げますけれど」

 

「丸焦げって、殺傷設定入ってるよね!? 」

 

「ええ。殺傷設定の魔法は痛いですわよ。経験者が言うのですから間違いありません」

 

冗談めかしてはいるが、本題である。ユーノがハッとしたような表情をした。

 

「ユーノさんは、わたくしが怪我をした時、そのことを知った上で心配したかったと言いましたわよね? 」

 

「うん」

 

「それはユーノさんの自己満足なのですわ」

 

「っ!」

 

「そして、わたくしがユーノさんに心配して欲しくなくて、怪我のことを伝えなかったのは、わたくしの自己満足です」

 

「…」

 

「その件に関しては、お互い様ということで水に流しませんか? 」

 

「…ミントはさ、僕のことをどう思っているの? 」

 

「大切なお友達、ですわね」

 

「フェイトは? 」

 

「大切なお友達、ですわね」

 

「そっか…」

 

「ユーノさん、正直なところ今のわたくしにとって、お友達と呼べるような人はユーノさんとフェイトさんだけですのよ」

 

「うん…えっ? そうなの? 」

 

一瞬、最年少執務官の顔が頭に浮かぶが、彼を友達と呼ぶのは少し違うだろう。アルフ辺りは友達として数えてもいいかもしれないが。

 

「学校に行くのも、たくさんの友達と知り合って楽しく過ごすためですわ。そこでたくさんのお友達が出来たとしても、ユーノさんがわたくしのお友達第一号であることに変わりはありませんわよ? 」

 

「…うん」

 

「焦るようなことではありませんわ。わたくし達はまだこれからずっと長い時間を生きていくのですから。恋愛感情だって普通はそうした中で理解していくものだと思いますわよ」

 

「そう…だね」

 

ユーノの返答がはっきりしない。改めてユーノをみると、顔が真っ赤だった。

 

「ミント…ゴメン、僕もうダメかも」

 

ユーノはそう言うと、俺に覆いかぶさるように倒れてきた。慌ててユーノの体を支えようとするが、バランスを崩してお風呂の淵で仰向けに倒れてしまい、ユーノに押し倒されたような形になる。

 

「……!」

 

唇に柔らかいものが押し当てられた感触があった。目の前にユーノの顔がある。頭が上手く回らない。視界の隅に、お風呂場の入り口のところで親指を立てているトリックマスターの姿が映った。

 

一瞬の後。

 

「トっ、ト…トリックマスタぁぁぁぁぁっ!!」

 

俺の叫び声に呼応するように、脱衣所の方から「気づかれちゃった!」「大丈夫、逃げるわよ」と言う声が聞こえた。フェイトと母さまの声だ。2人ともここにいたということは、結局最初から示し合わせていたのだろう。それを把握した瞬間、どっと脱力してしまった。

 

「…はっ、そうですわ。ユーノさん!? 」

 

ユーノは完全にのぼせてしまっていた。慌てて身体強化の魔法をかけ、脱衣所までユーノを運んで寝かせると、お腹が冷えないようにバスタオルをかけ、足を冷水で冷やしたタオルで拭いていく。幸い症状は軽く、少し休んでいれば大丈夫そうだったのでリニスと同じ部屋で休んでもらうことにした。

 

 

 

この日、不可抗力とはいえユーノとキスをしてしまった。あの状態だと本人が憶えているかどうかは怪しいところだが、母さまやフェイト、トリックマスターにも見られてしまっているので、誤魔化すことも出来ない。

 

だが何故か不思議と、イヤな気持ちはしなかった。

 




今回のお話は、当初「越年祭」というタイトルになる予定でした。。

でも何故か越年祭までお話が進みませんでした。。なので、それ以外のサブタイトルをつけようと思ったのですが、しっくりくるものがなかなか思い浮かばず、苦肉の策で「喧嘩」としました。。

ですが、タイトルにできるような大きな喧嘩にはなっていませんね。。

※本局からミッドチルダが角度的に見えないとしていた部分を、次元空間にあるため見えない、に修正しました。。ご指摘ありがとうございます。。
 上記に合わせて、その後のミントのセリフにも若干修正を入れました。。


 


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第19話 「雪」

越年祭には遅れて到着したサリカさんや体調が戻ったリニスも参加して、滞りなく行われた。全員で湖の中に入り、家内安全だの、無病息災だのを祈願して、集落に戻った後、広場にある篝火で身体を温めながら料理を食べて年を越すのだ。

 

禊を終えたままの恰好でその場に残る人もいるが、大半は一度自宅に戻って温泉に浸かった後、着替えて祭りに参加する。俺達も先程温泉に浸かってきたばかりだった。

 

「生き返ったわ~湖、冷たかったね」

 

「冷たいを通り越して痛く感じましたよ…でも上がってみると気持ちのいいものですね」

 

ちなみにリニスはサリカさんの助言に従って魔力消費の少ない山猫の姿で安静にしていたところ、すぐに体調が戻ったのだそうだ。

 

「みなさん火があるとはいえ確り拭いておかないと。髪がまだ少し濡れていますわよ。はい、タオルですわ」

 

「ありがとう、ミント」

 

サリカさんとリニス、母さまに乾いたタオルを渡すと、篝火を見つめているフェイトとアルフにも声を掛けた。

 

「フェイトさん、アルフさん、タオル。使います? 」

 

「うん、ありがとうミント」

 

「ねーミント、あれももやしちゃうの? 」

 

アルフの指差すところを見ると、古い家具を分解したものが篝火にくべられていた。

 

「長い間使用して、もう使えなくなってしまった古い家具は感謝の意も込めて越年祭で燃やすことになっているのですわ」

 

「ふーん」

 

「やあ、ミント。フェイトも。ここにいたんだね」

 

アルフが篝火に視線を戻すと、ユーノの声が聞こえた。

 

「ゆっ、ユーノさん。お疲れさまでした。Towelですわ」

 

「あぁ、ありがとう、ミント」

 

急に動悸が激しくなって、タオルの発音がおかしくなってしまったが、意図はちゃんと通じたようだ。

 

(全く…恋する乙女じゃあるまいし)

 

ユーノは案の定、キスのことは覚えていなかった。フェイトも母さまも現場を目撃している筈なのだが、このことに関しては沈黙を守っている。何だか俺だけが意識していることをまざまざと見せつけられているようで、急にやり場のない怒りが湧いてきた。その場を浮遊していたトリックマスターの頭を手刀で叩く。

 

≪Ouch!≫【痛っ】

 

「痛みなど感じないでしょうに」

 

≪I have selected a word, which suit the situation.≫【状況に合った台詞を選んでみました】

 

八つ当たりをしてしまったバツの悪さを、トリックマスターは冗談めかして言うことで払拭してくれたようだった。俺は心の中でだけトリックマスターにお礼を言うと、フェイトやユーノ達と一緒に用意された料理を取りに向かった。

 

 

 

越年祭の食事は数時間にわたって立食パーティーのような形式で行われる。誰かが音楽を演奏し始めて、それに合わせて歌を歌う人や踊る人たちが現れ始めた。料理が残り少なくなり、大人たちがお酒を飲むようになると、間もなく年が明ける。年が明けたら、祭りは自由解散だ。朝まで飲み続ける人もいるし、早々に帰宅して寝てしまう人もいる。

 

アルフはベンチの上で完全に寝てしまっているし、隣に座ったフェイトも船を漕いでいた。

 

「わたくし達は、年が明けたら家に戻りますわね」

 

「判ったわ。あ、出来たらトリックマスターは置いて行ってくれると嬉しいかな。朝までにはちゃんと戻ってもらうから。大丈夫? 」

 

「ええ、構いませんわよ」

 

少しお酒が入ったサリカさんやリニス、母さまにそう伝えるのと殆ど同時に年明けを告げる鐘が鳴り、至る所で「おめでとう」と挨拶が交わされる。

 

「みなさま、新年おめでとうございます。それではお先に休ませて頂きますわね。さ、フェイトさん、アルフさん、参りましょう」

 

「う、ん。おめでとう、ミント…」

 

「おめでとうございます。さぁ、こんなところで寝てしまうと風邪を引きますわよ。家に戻ってお布団に入って下さいませ」

 

大きな欠伸をしながらフェイトが立ち上がる。じゃぁ僕も、とユーノも立ち上がった。トリックマスターはふよふよと母さま達の方へ飛んで行く。

 

≪Well, I will stay with them bit more. Have a good night, master.≫【それでは私はもう少しだけこちらに残ります。お休みなさいませ、マスター】

 

「了解ですわ。お母さま達も、あまり無理して夜更かしなさいませんよう。ではお休みなさいませ」

 

俺は魔法で左手を強化してアルフを抱えると、空いた右手でフェイトの手を引いて家に戻った。2人共着替えて布団に入ると直ぐに寝息を立て始める。俺自身も自室の布団に入るとあっという間に意識を手放した。

 

 

 

年が明けて新暦63年になっても、俺とフェイトの朝は棒術の練習で始まる。

 

「これ、だけは、お休みの、間も、やって、おかないと!」

 

「ええ、身体が、鈍って、しまいますわ、ねっ!」

 

今朝目が醒めた時には既にトリックマスターは枕元にいたので、母さま達も今は寝ているのだろう。何の話をしたのかは聞いてはいないが、あのタイミングで話すことといえば例のキス事件のこと以外には考えられないので、あえてそこには触れないでいようと思った。

 

一通りの型を終えてそれぞれデバイスを待機モードに戻すと、アルフがコロンと地面に寝そべった。

 

「うー、まだねむいよ」

 

「昨夜が遅かったですしね。今日は特にすることもないから、お昼寝していていも構いませんわよ」

 

「そうするー」

 

「でもその前に汗を流そう? このままだと風邪引いちゃうよ」

 

フェイトがそう言ってアルフを抱き起す。そのまま3人でお風呂場に向かい、早朝から源泉掛け流し露天風呂を満喫した。

 

「冬の早朝に温泉って気持ちいいよね」

 

「雪が積もっているとまた格別な景色になるのですが、今シーズンはまだ雪は降っていないようですわね」

 

冬は気温こそ低くなるブラマンシュではあるが、集落の周辺に高い山が少ないことや、湖が温度調節の役目を担っていたりすることから、年末年始の頃に雪が降ることはあまりない。毎年1月後半から2月前半にかけて数回大雪が降るのだが、その頃は気温もずっと低くなり、湖が全面凍結することもある。

 

「あの湖が凍っちゃうんだ」

 

「ええ。そうすると氷の上でテントを張って、ワカサギを釣ったりするのですわ」

 

「氷の上で? お魚が釣れるの? 」

 

「氷に小さな丸い穴を開けて、そこから釣り糸を垂らしますのよ」

 

「面白そうだね」

 

「ワカサギは特に捌かなくても、そのまま油で揚げてお塩を振って食べるととても美味しいのですわ」

 

「骨とか内臓も取らないの? 」

 

「ええ。そのまま丸ごと」

 

「……」

 

フェイトは若干引いたようだったが、ワカサギと言えば矢張り天ぷらだろう。肝吸虫などの寄生虫がいない訳ではないが、生食しなければどうということはない。そんな話をしながらゆっくり温まり、温泉を出た。アルフはもう半分以上寝てしまっている。

 

「ちょっと先に部屋に戻ってアルフを寝かせて来るね」

 

「判りましたわ」

 

軽く身体を拭いてバスローブを羽織ったフェイトは自分の髪を手際よく結い上げ、タオルを巻くとアルフを抱えて脱衣所を出た。あの髪の結い方は、以前俺がアルトセイムでフェイトに教えたやり方だ。相変わらず髪を洗う時は目を開けられないようだが、それでも最近は苦手意識は減っている様子だった。

 

フェイトを見送った後、俺は洗面台の前に座って髪を梳かし、魔力ドライヤーで髪を乾かす。その後服を着ようと身体に巻いたバスタオルを取ったところで脱衣所の入り口の扉が開いた。

 

「あらフェイトさん、早かったで…す、わ…ね? 」

 

振り向いた目線の先にいたのはフェイトではなくユーノだった。お互いの動きが止まる。3日前は意識しないでいることが出来たであろう状況なのに、今はどうにも意識してしまって顔が火照る。

 

「あ…ミ、ミント、ゴメン。ちょっと朝風呂に入ろうと思って…」

 

まずユーノが再起動して真っ赤な顔で言い訳を始めたことで、俺も漸く言葉が出せるようになった。だが何を言っていいのか判らず頭が真っ白になって、思わず口をついて出た言葉が…

 

「ユーノさんの…えっち」

 

破壊力は抜群だった。それはもう、ユーノに対しても、俺自身に対しても。次の瞬間、ユーノは自らの鼻を押さえると、「ゴメン!」と叫んで脱衣所を飛び出していった。

 

俺はその後の記憶があまりない。後から聞いた話では、フェイトが戻ってきた時洗面台に何度も何度も頭をぶつけながら「男、男、男、男…」と、延々呟いていたのだそうだ。

 

 

 

新年早々そんな出来事があった以外はブラマンシュは全く平和で、あっという間に俺達がクラナガンに戻る日がやってきた。母さまやマーカスさん、ベアトリスさん達に見送られて、次元航行船のゲートに向かう。

 

「ユーノさんは7番ゲートでしたわね。わたくし達は1番ゲートですから、ここでお別れですわ」

 

「うん。次に会えるのは4月、入学式の時かな。入試は遠隔地試験を受けるからクラナガンには行かないけれど、お互い頑張ろう。じゃぁミントもフェイトも元気でね」

 

俺は笑顔でユーノに手を振ることが出来る程度には復活していた。意識していない訳ではないのだが、それを表に出さないでいられる程度には落ち着いている。尤も今後ユーノと一緒にお風呂に入ったりなど、過度のスキンシップをとることは出来ないだろう。ふと「男女7歳にして席を同じゅうせず」という言葉を思い出した。

 

(もう、今のわたくしは男性とは言えませんわね)

 

最初のうちは、ミント・ブラマンシュという人格を演じている感覚が強かった。それがだんだんと自然なこととして感じられるようになった。少し前までは、ユーノには悪いが男性と付き合うなんて考えたこともなかったのに、今では恋愛感情の有無はともかく、はっきりと彼を異性として意識している。自分は男性ではないのだということを改めて思い知らされたような気がした。

 

男性ではないということと、女性であるということは、同じことのようだが実は微妙に差異がある。今の俺は随分と女性のメンタリティに近づいて来てはいるものの、完全に女の子かと言われればまだ違う、中途半端な状態である気がした。

 

その所為か、未だに女の子然とした行動を取るのは抵抗があった。先日の「えっち」発言については思い出しただけでも意識が飛びそうになる。

 

「ミント!? ダメだよ!お願いだから、戻ってきて!」

 

フェイトの声でハッと我に返る。どうやら頭を壁に打ち付けていたようだ。

 

「すみません、フェイトさん。少しトリップしてしまっていましたわ…」

 

「本当に大丈夫? 次元航行船に乗ったら少し寝た方がいいよ」

 

「お気遣いありがとうございます。そうさせてもらいますわね」

 

この記憶は永久に封印しよう。そう強く思った。

 

 

 

=====

 

1月はまたエルセアに行ったり、アースラの寄港があったりと色々なイベントがあったのだが、幸い2月の入試を前に勉強の妨げになるようなことはなかった。これは俺やフェイトが以前から対策をしていたこともあるのだが、何よりもリニスの組んでくれた学習スケジュールが見事だったという一言に尽きる。

 

「2人共、良く頑張りました。もうミッド語と算数については問題ありませんね。あとは面接で尋ねられる魔法観についても常識的な範囲で答えれば問題ない筈です」

 

「ありがとうございます、リニスさん」

 

「すごく助かったよ。ありがとう、リニス」

 

「それにしても期日までに確りモノにするあたり、さすがはあたしのご主人様」

 

フェイトをご主人様と呼んだのはアルフだ。彼女はここ1か月でまた一段と成長した。身長は既に俺のことはあっさり追い抜き、今やフェイトすら追い抜こうとしている。口調も以前と比べるとがらりと変わってしまった。

 

ちなみに一人称を「あたし」にしたり、口調が姉御風になっていたりする理由として、本人は「フェイトより背が高くなったら自分がお姉ちゃんになってフェイトを守るんだ」的なことを言っていたが、実はどうやら最近ハマっているテレビドラマの影響らしいことを、こっそりリニスが教えてくれた。

 

「ミントちゃんもフェイトちゃんも優秀だねぇ。給付奨学金は間違いなしだね」

 

「まぁ、それを目標に頑張った訳ですから」

 

「友達たくさん出来るといいね」

 

「きっと出来ますわ。楽しみですわね」

 

「そうだ、お友達っていえばユーノ君は遠隔地試験だって? 」

 

サリカさんが微笑みながら聞いてきた。スクライアの一族はまたどこか別の遺跡で発掘や調査を行っているようで、入試を受けるためだけにクラナガンに来るのは困難なのだそうだ。幸い現在スクライアが滞在している世界は管理世界の一部で、各魔法学院が実施している遠隔地試験の対応都市があるのだとか。

 

「残念だったね~むしろウチに泊まってくれても良かったのに」

 

サリカさんには苦笑しながら曖昧に答えた。矢張り入試の前日や当日に、年末年始のようなドタバタが起きるのは避けたかったし、ユーノ本人も試験には集中したいと思うに違いない。まぁ、サリカさんもそれを理解した上で冗談を言っているだけなのだろうが。

 

「トリックマスター宛に、メール通信が届いていましたわよ。お互い頑張ろうって」

 

「あ、バルディッシュにも来ていたよ」

 

「…甘いわね、ユーノ君。ここはトリックマスターのみに入れておくところでしょうに」

 

「サリカさん? 一応申し上げておきますが、わたくし達まだ初等科入学前ですからね? 」

 

「ミッドチルダでは普通じゃない? 私が通ったのは魔法学院じゃないけれど、初等科1年の時からラブレターは貰っていたわよ」

 

「あら、それは是非詳しくお伺いしたいですわね」

 

「うん、すごく興味あるよ」

 

「2人共もう遅いのですから、明日にしたら如何です? 私は今からじっくり聞きますけど」

 

「リニス、ずるい。聞くならみんなで一緒に聞こうよ」

 

「あたしはパスでいいや。惚れた腫れたは良く判んないし」

 

試験勉強が一通り終わったという解放感からか、みんなで冗談を言い合う。入試は今週の土曜日で、今日は木曜日。明日は特に勉強はせず、1日リフレッシュして体調を整えるようにリニスに言われている。人事を尽くして天命を待つというところか。

 

「そう言えば明日から急に気温が下がって、週末にかけて雪の可能性もあるんだってさ。さっき天気予報で言ってたよ」

 

アルフが不吉なことを言う。

 

「試験当日に雪は、出来れば遠慮したいですわね」

 

「でも天気のことはどうしようもないよね…」

 

「まぁ、試験が終わった後に雪遊びが出来る、くらいに思っておけばいいんじゃない? 」

 

「『喜んで、庭駆け回る、何とやら』ですわね」

 

即興で有名な歌を川柳風に仕立て直してみた。

 

「ミントぉ。知ってるよ。そこには『犬』が入るんだよね? あたしは狼だってば」

 

「ミントもアルフもじゃれてないで、もうお風呂に入って寝る時間ですよ。フェイトも準備をして下さいね」

 

リニスがパンパンと手を叩きながら言う。はーい、と声を揃えて返事をした後、俺達はお風呂場に向かった。

 

 

 

翌朝はアルフが言っていた通り、急に寒くなった。

 

「まずは型で身体を温めようか」

 

「そうですわね」

 

「バリアジャケットは使わないのかい? 」

 

「身体だけでなく精神も鍛えるのですわ。心頭滅却、火もまた涼しですわよ」

 

「火が涼しいなんてことはないと思うけど」

 

「例えだよ、アルフ。心から雑念を払うことで寒さや暑さに耐えられるようになるんだ」

 

ふーん、と口では言っているものの、アルフは良く判っていない様子だった。ブラマンシュでもあまり寒さを感じないようなことを言っていたし、今も薄手の服のままでいるところを見ると、もしかしたらアルフは寒さに強いのかもしれない。

 

(いえ、違いますわね。元々フェイトさんの魔力を貰って衣類を構成しているのだから、あれ自体がバリアジャケットのようなものなのですわ)

 

苦笑しながらトリックマスターを錫杖形態にし、同じようにポールウェポン化したバルディッシュにコツンと合わせる。

 

「じゃぁ、今日もよろしくお願いします」

 

「ええ。始めましょうか」

 

「はいよ」

 

 

 

その日は夕方から雪になった。翌日の入試当日は交通機関も麻痺する可能性があったが、幸いクラナガン・セントラル魔法学院はサリカさんの自宅から徒歩10分~15分程度。予定より少し早めに家を出れば問題ないだろう。

 

「あ、受験生は結構今日のうちに移動するみたいだよ」

 

アルフと一緒に居間でテレビを見ていたフェイトが言う。魔法学院の入学試験は大体この土曜日に集中しているため、雪が降ることによってダメージを受けるのはクラナガン・セントラル魔法学院の受験生だけではない。また殆どの学院で遠隔地試験を導入していることから試験日の変更も困難なのだ。恐らく今日はこの辺りのホテルは予約で一杯になっていることだろう。

 

「聖王教会の騎士がSt.ヒルデ魔法学院の周辺を雪かきすることが決まったんだって」

 

「何だか微笑ましいニュースだねぇ」

 

「でもある意味災害派遣のようなものですわよ」

 

「炎の変換資質があれば一気に融かすことも出来るのでしょうけれど」

 

夕食の後片付けを終えた俺もリニスと一緒にテレビの前に座った。

 

「サリカさんは大丈夫かな? 」

 

「夜勤とはいえ、病院の建物内にいる訳ですから問題ないと思いますわよ」

 

夕方出かける時は降り始めだったので、病院へは問題なく出勤出来ただろう。むしろ明朝帰宅する時の方が大変だ。ただ最悪の場合、病院で仮眠を取るとも言っていたので、サリカさんについては心配ない筈。

 

≪Master, I have received a device communication call from Yuuno Scrya, code SRY1600**9ZA, individual name "Raising Heart".≫【マスター、ユーノ・スクライアからデバイス通信です。コードSRY1600**9ZA、発信個体名『レイジングハート』】

 

「繋いで下さいませ。もしもし、ユーノさん? 」

 

『やあ、ミント。何かそっちは大変みたいだね』

 

「今フェイトさんとニュースを見ていたところですわ」

 

「こんばんは、ユーノ」

 

『フェイトも久し振り。元気そうだね』

 

クラナガンが大雪になりそうという話は次元世界中でニュースになっているようだった。聞いてみたところ、ユーノ自身もニュースで状況を知り、こちらに連絡してきたのだとか。

 

「わたくし達は大丈夫ですわ。学院も徒歩圏ですし」

 

『そっか。良かったよ。でも足元が滑りやすいだろうから明日は気を付けてね。あと2人共、試験頑張って』

 

「ええ、お互いに」

 

ユーノだって会場が違うだけで、明日は俺達と同様に試験なのだ。ちょっとした雑談程度で通信を終えたが、もしかしたら彼も思った以上にナーバスになっているのかもしれない。

 

そう思っていると、今度はバルディッシュ宛に通信が届いた。相手はプレシアさんだったが、話の内容はたった今ユーノと交わしたものと全く同じだったので、俺はフェイトやリニス、アルフと顔を見合わせて笑った。

 

 

 

=====

 

結論から言えば雪はかなり積もったものの、俺とフェイトはいつも通り朝の棒術練習を終えてから試験会場に向かっても十分に間に合うことができた。矢張り距離が近いというのはとてつもないアドバンテージだ。試験問題も特に手間取るような箇所はなかった。

 

「で、手ごたえの方はどうでした? 」

 

「恐らく問題ないと思いますわ。筆記も面接も順調でしたわよ」

 

「私も大丈夫。問題は全部判ったし」

 

「さすがフェイト。じゃぁさ、試験も終わったしパーッと庭に出て遊ぼうよ」

 

「やっぱりアルフさんですわね。改めて例の川柳をプレゼント致しますわ」

 

「言ったね、ミント。あたしの雪玉をくらわせてあげるよ」

 

「ふふっ。楽しそうだね。じゃぁみんなでやろうか。リニスもどう? 」

 

「久し振りにはめを外すのも良いかもしれませんね。やりましょう。でもサリカが夜勤明けで寝ていますから、あまり騒ぎすぎないように」

 

「「「はーい」」」

 

こうしてフェイト&アルフのチーム対、リニス&俺のチームで雪合戦をすることになったのだが。

 

「あーっ、ミント!それ何だい!」

 

「プロテクションですわ」

 

「雪合戦は魔法禁止ー!」

 

「バリアジャケットを構築している時点で魔法ありですわよ。バリアジャケットだってフィールド系の防御魔法ではありませんか」

 

「ううっ、それならこっちだって~プロテクションはバリア系の魔法だから、生成プログラムに割り込みをかけて…これでどうだいっ!」

 

俺が構築したプロテクションにひびが入り、砕ける。アルフがバリアブレイクをモノにした瞬間だった。

 

「やりますわね。ならこちらも!プロテクション8枚掛けですわ。トリックマスター!」

 

≪”Protection”≫【プロテクション】

 

「ミント…やりすぎだよ」

 

試験を終えた解放感からか随分テンションが上がっていたようで、フェイトやリニスに苦笑されながら、本当に子供のようにはしゃぎ回った。結局辺りが暗くなって、サリカさんが起きてくるまでずっと全員で雪遊びをしていて、サリカさんには随分と呆れられてしまったのだが。

 

 

 

ちなみに入学試験の結果は、ケアレスミスをした俺とフェイトが同点で次席。主席入学は満点を取得したユーノだった。

 




毎度の言い訳になりますが、本当は今回越年祭は飛び越して入試から入学式までを書こうと思っていたんです。。
でも気付いたら何故か越年祭の描写をしていました。。

まぁ、何にしてもようやく入学出来そうです。。


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第20話 「魔法学院」

「ねぇリンディ。何とかならないものかしら? 」

 

「うーん、気持は判るし、何とかしてあげたいのは山々なんだけど、こればっかりはどうにも…ねぇ」

 

3月末日。ミッドチルダに寄港したアースラだったが、次の航海日程に問題があった。出航予定は今日なのだが、それだと1週間後のフェイトの入学式には間違いなく出席出来ない。このためプレシアさんは放っておいたら本当に血の涙を流しそうな雰囲気だった。出航の見送りに来ていたフェイトをして、見たことがないと言わせるほどの取り乱し振りだ。

 

「クロノ、貴方の書類提出を遅らせれば出航日をずらせるんじゃない? 」

 

「勘弁して下さい。仮に延長出来たとしても精々1日が限度ですし、それで怒られるのは僕なんですよ」

 

「っていうか、1日なら延ばせるんだ…」

 

プレシアさんの理不尽なお願いにクロノが溜息を吐き、エイミィさんがポツリと呟く。

 

「プレシア、こればかりは仕方ないですよ。私がちゃんと式の内容を録画しておきますから、それで我慢して下さい」

 

「ううぅ、何で使い魔の精神リンクでは『視覚共有』や『聴覚共有』ができないのよ…」

 

「よっぽどリアルタイムで入学式の様子を見たいのですわね」

 

「勿論よ!だってミントちゃん、初等科の入学式は一生に一度しかないのよ? 」

 

さすがに任務中の次元航行艦にリアルタイムでプライベートの映像通信を送ることは出来ない。必ず事前に検閲が入るためだ。

 

「あの、艦長。ちょっとよろしいでしょうか」

 

その場にいた、眼鏡をかけた茶髪の青年がリンディさんに話しかけた。

 

「一応デバイスからリアルタイム映像だけ送って貰っても良いですか? 検閲は僕がやっておきます。尤もおめでたいことですから、画面に見いっちゃって検閲が多少緩くなっちゃうかもしれませんが」

 

「「おおっ!」」

 

隣にいた紫髪の男性とエイミィさんが同時に手を叩いた。

 

「アレックス、本気で言っているのか? 完全な規則違反だぞ!」

 

「まぁまぁ、執務官殿。検閲には僕も協力しますから。リアルタイム通信でなければ言い訳も立ちますよね? 」

 

「ランディの言う通りだよ、クロノくん。今計算してみたけど、最低でも0.05秒のラグが発生するからリアルタイムじゃぁないね」

 

「いいわね。じゃぁ今回はそれで行きましょう」

 

「かぁ、艦長!…あぁもう、判ったよ。僕は何も聞いていないからな」

 

「みんな、ありがとう…」

 

こうしてプレシアさんはアースラスタッフの厚意により、ほぼリアルタイムで入学式の映像を見ることが出来ることになった。勿論それとは別口でリニスに記録映像の録画を依頼したことは言うまでもない。

 

 

 

=====

 

クラナガン・セントラル魔法学院は、日本の学校と同じで4月に1学期が始まる。今日はその入学式の日だ。

 

「2人共、準備できた? ハンカチは持った? ティッシュは? 」

 

「大丈夫ですわよ、サリカさん。準備はばっちりですわ」

 

「私も、もう行けるよ」

 

制服に着替え、フェイトと一緒に答える。今日はサリカさんもお休みを貰って入学式に参列してくれることになった。リニスとアルフも準備を整えて玄関で待っている。

 

「フェイトとミントの晴れの日ですからね。プレシアにも頼まれていますし、今日は撮影を頑張りますよ」

 

「よく似合ってるよ、フェイト。やっぱりフェイトには黒い服が良く合うね」

 

「ありがとう。アルフも恰好良いよ」

 

アルフはパンツルック、リニスとサリカさんはタイトスカートのスーツをそれぞれ着用している。そしてもう1人、今日この日のためだけにブラマンシュからやってきたイザベル母さまはシックなドレスを身に纏っていた。

 

「参列出来ないプレシアさんには申し訳ないけれど、やっぱり娘の入学式くらいは出たいじゃない? 」

 

「…それはいいんだけど、この中で最年長にはとても見えないよ…」

 

アルフの呟きは、その場の全員の思いを代弁していた。

 

「後で、みんなで記念写真を撮ろうね。あ、ミント。入学式の間、トリックマスターを貸して頂戴」

 

「ええ、構いませんわよ。ではトリックマスターはお母さまと一緒に」

 

≪Yes, I will record the whole celemony. I have enough free space in my memory as I can record little girl officially.≫【はい。式の全容を録画します。公然と幼女の撮影が出来るのですから、空き容量は十分に確保してあります】

 

無言のままトリックマスターの頭を軽くひっぱたくと、母さまに手渡した。

 

「…他の人の迷惑になるといけませんから、空は飛ばさないように注意しておいて下さいませ」

 

≪What a pity! Do not you think so, Bardiche?≫【残念ですね、バルディッシュ】

 

≪……≫

 

同意を求められたバルディッシュからの返答はなく、ただ一瞬だけキラッと光った。その光は何故かとても悲しそうに見えたが、もしかしたらバルディッシュも空中から撮影したかったのかもしれない。

 

 

 

校門のところで一度全員で写真を撮った後、リニス、アルフ、サリカさん、母さまは来賓として一足先に講堂に向かった。これから俺とフェイトはクラス分けの指示に従って、教室で簡単な説明を受けることになる。

 

校門から校舎に向かう並木道が桜ではなく公孫樹なのがとても残念なのだが、校庭には立派な桜の木が1本あった。地球のソメイヨシノによく似た種類で、今正に満開に咲き誇っている。その木の隣に掲示板があって、クラス割りが貼り出されていた。

 

「あ、ミント。同じクラスだよ」

 

「本当ですわね。ではこれから1年、よろしくお願い致しますわ」

 

「うん。こちらこそよろしく」

 

フェイトと2人で笑いあった後、改めてクラス割りを見直す。俺とフェイトの名前がB組に書かれているのに対して、ユーノの名前はA組にあった。

 

「あ…ユーノさんは隣のクラスですわね」

 

「本当だ…残念だったね、ミント」

 

フェイトはそう言うが、クラスが違っただけで致命的に何かが変わる訳でもない。休み時間なら会える訳だし、お昼も給食制ではなくお弁当か学食なので、一緒に食べることだって出来る。

 

「そう言えば、ユーノさんはいらっしゃらないようですわね」

 

掲示板の周りにいる生徒達の中に、ユーノらしき姿はなかった。

 

「もしかしてミントと別のクラスになったことがショックで、先にクラスに行って落ち込んでいるのかも」

 

「さすがにそこまではないと思いますわよ。むしろ新入生代表挨拶で悩んでいるのではないかと」

 

主席入学を果たしたユーノには、入学式での新入生代表挨拶という大役が任されたらしい。先日デバイス通信で話をした時には、原稿は出来ているとのことだったので、もしかしたら緊張でもしているのかもしれない。フェイトとそんな話をしながらB組の教室へ向かうと、丁度A組の前の廊下にユーノがいた。窓から外を見つめて溜息を吐いている。

 

<どっちかな? >

 

<まだ何とも言えませんわね>

 

フェイトから念話が届いたので、返答してからユーノに声を掛けた。

 

「おはようございます、ユーノさん」

 

「えっ、あ!ミント。おはよう。ブラマンシュ以来だね。フェイトも、元気だった? 」

 

「おはよう。どうしたの? 何だか元気がないみたい」

 

「うん…僕だけA組になっちゃったなぁって思ってさ」

 

凄く嬉しそうな表情で俺を見るフェイトに苦笑で答えつつ、ユーノの肩にポンと手を置いた。

 

「別のクラスになってしまったのは残念ですが、致命的に会えなくなるわけではありませんわよ」

 

「そうだね。お昼とかは一緒に食べられるだろうし」

 

「うん…そうなんだけどね…」

 

どうにも煮え切らない返事が返ってくる。

 

「本当に、どうなさいましたの? クラス割だけが理由ではないのですか? 」

 

「実は…例の挨拶なんだけれど、ちょっと緊張しちゃって」

 

結局、俺もフェイトも半分ずつ正解だったらしい。

 

「原稿は出来ているのでしたわよね? 」

 

「うん。練習もしてはきたけれど」

 

「でしたら、わたくし達の代表としてシャキッとして下さいませ。きっと大丈夫ですわ」

 

「そっか、ミント達の代表でもあるんだよね…ありがとう。うん、頑張るよ」

 

そう言ったところでタイミング良く予鈴が鳴る。

 

「あ、そろそろクラス説明が始まるよ」

 

「ではわたくし達は失礼しますわね」

 

「うん。じゃぁまた後で」

 

廊下にいた生徒達が三々五々教室に入っていく。俺とフェイトもユーノと別れてB組の教室に入った。黒板には既に割り当てられた座席順が記載されていて、それに従って席に着く。俺は一番廊下寄りの列の前の方の席で、フェイトは逆に窓際の後ろの方の席だった。

 

<席、離れちゃったね>

 

<予め決まっていたようですから、仕方ありませんわ>

 

先生が教室に入ってきたので、私語を念話に切り替える。勿論マルチタスク活用で先生の話も確り聞いておくことは忘れない。席順はどうやらランダムで決まっていたようで、名前順などではなかったようだった。

 

「はい、みなさん私語は謹んで下さいね。これから入学式についていくつか説明と注意があります」

 

黒髪でまだ若いが人当たりの良さそうな先生から入学式のスケジュールを渡され、簡単な注意事項などの説明を受ける。とは言っても式次第などはどこの世界も似たようなもので、改めて確認するほどのものでもない。注意事項についても騒がないように、というような当たり前のことだった。

 

 

 

その後、俺達は講堂に移動した。保護者や上級生達は既に席についているようだった。新入生はクラス別に呼ばれて入場していく形式だ。まずはA組が入場し、拍手で迎えられた。続けてB組が入場する。

 

「あれ…全部デバイス? 」

 

講堂に入ると、目を疑うような景色が広がっていた。来賓席と思われるエリアの上空が色とりどりの宝石やらプレートやらで埋め尽くされていたのだ。その中に見覚えのある人形を見つけて愕然とする。

 

<フェイトさん、バルディッシュは? >

 

<リニスに預けておいたんだけど、今はトリックマスターの隣にいるみたい>

 

フェイトに念話を送ると、若干呆れたような口調で返答があった。恐らく来賓の誰かがデバイスを飛ばし始めて、それが我も我もという形になってしまったのだろう。むしろ先生方が止めていないので、もしかしたら黙認されていることなのかもしれない。

 

<リニスさん…>

 

入場行進を終え、指定場所に着席すると、俺はリニスに念話を送ってみた。

 

<あ、トリックマスターとバルディッシュのことですよね? 周りの保護者達がみんな飛ばしている様子だったので、一緒に飛ばしちゃいました。プレシアから依頼されている映像データも確り録っていますからご心配なく>

 

<≪Thank you, Meister Linith. I appreciate for your kind concern.≫>【ご配慮感謝します】

 

<≪Me too. Recording had been started.≫>【同じく。録画は既に開始済みです】

 

<…特にお咎めもない様子ですので、良いと思いますわ。ただトリックマスターは待機モードでもサイズが大きめですから、他のデバイスの邪魔にならないようにお願いしますわね>

 

<≪Sure. I will take care.≫>【留意します】

 

苦笑交じりに念話を切ると、式典に集中した。校長の長い式辞を聞き、在校生の歓迎の言葉を終えるとユーノが壇上に上がる。さっきまで緊張していたような素振りは一切見せず、堂々と入学できることの喜びや希望、これからの目標を述べ、拍手の中「ありがとうございます」と締めたユーノを見て、少しだけカッコイイな、と思った。

 

 

 

入学式は滞りなく終了し、俺達は一度教室に戻ることになった。これから自己紹介や明日からの授業について説明があるとのことで、多少時間がかかりそうだったこともあり、母さま達には一足先に帰宅して貰うことにした。母さまもリニスも録画データのチェックをするのだと、嬉々としてトリックマスターやバルディッシュも拉致していた。

 

教室に戻ると出席番号順に自己紹介をした。基本的にミッドチルダ、特にクラナガンに元々住んでいた生徒が多いのだが、ユーノと同じく学生寮に入寮する生徒や、俺やフェイトと同じように下宿している生徒も数人いた。一通り自己紹介が終わると、先生からお話があった。

 

「本格的な授業は明日から始まります。みなさんは当学院の生徒として、楽しみながらも節度を持った学院生活を送って下さいね。それから困ったことがあったらすぐに先生に相談すること。判りましたね」

 

はーい、とクラスメートの声が揃う。改めて管理世界における教育レベルの高さを認識した。

 

(これが日本の小学校1年生だったら、「節度を持って」などと言ってもきっと理解できませんわね)

 

若干場違いな感想を頂きながらも、クラスの雰囲気に絆された所為か、クスリと笑みが零れた。

 

 

 

=====

 

終礼の後、帰り支度をしていると、隣席の少女から声を掛けられた。

 

「えっと、ブラマンシュさん、でいいのかな? 」

 

「ミントで構いませんわよ。コレット・ヴァーミリオンさんでしたわね」

 

自己紹介の時にハッキリ覚えていたのは、ロングポニーテールに纏められた少女の髪の毛が姓の通り鮮やかな朱色であり、もしかして家族全員が朱色の髪なのだろうかと下らないことを考えていたためだったりする。

 

「私もコレットでいいよ。今日はこれから何か用事とかある? もし良かったらお話し出来たらいいなって思って」

 

「わたくしは別に構いませんわよ。そうですわね…」

 

ふとフェイトの方を見ると、同じように近くの席にいた子と話をしている様子だった。フェイトも最初に出会った時は随分と人見知りの激しい様子だったが、今ではそんな素振りも見せない。自分の存在が少しでも役に立ったのなら喜ばしいことだ。

 

<合流しても? >

 

<うん、全然問題ないよ>

 

フェイトから同意も貰えたのでコレットを連れてフェイトのところに行き、一緒に話をしていた子とも改めて自己紹介をした。その少女はエステル・グリーズと名乗った。肩ほどまであるアッシュグレイの髪がとても綺麗な子だ。

 

コレットは生まれも育ちもクラナガンで、エステルは今はクラナガン在住だが、元はエルセアの出身なのだそうだ。暫く4人で趣味などの話をしているうちに今度は料理の話になった。

 

「ご飯の話をしていたら、何だかお腹空いてきちゃった」

 

「折角だから、お昼食べて行かない? ここ、学食あったよね」

 

コレットとエステルに誘われ、フェイトにも特に異論はない様子だったので学食で昼食を頂くことにした。リニスと母さまには念話で少し帰宅が遅れることを伝えたところ、どうやら映像データ編集に嵌ってしまっている様子で、ゆっくりしてきて構わないとの回答があった。

 

「そうだミント、ユーノも誘ってみたら? 」

 

「そうですわね。少々お待ち下さいませ」

 

ユーノに念話を送ると、直ぐに返事があった。どうやら彼も男の子の友達が一人出来た様子で、一緒に合流してもいいか、とのことだった。3人に聞いてみると、特に問題ないとのことだったので学食で合流することになった。

 

「ミントさんはもう念話が出来るんだね」

 

「ええ。慣れてしまえば然程難しいこともありませんわよ」

 

「うーん、何だか発信する時の感覚が良く判らないんだよね」

 

「もし良かったら教えようか? 私も念話くらいなら出来るし」

 

「「是非!」」

 

そんな話をしていると、丁度ユーノが1人の男の子と一緒にやってきた。

 

「あ、代表挨拶した人だ!」

 

コレットの指摘に微笑みながら、ユーノが挨拶した。

 

「初めまして。ユーノ・スクライアです。ミントやフェイトとは入学前からの友達だよ」

 

「ユーノさん、そちらの方は? 」

 

「彼はマリユース・シュミット。偶々座席が前後で並んで、仲良くなったんだ」

 

「マリユースだ。よろしくな」

 

ユーノはどちらかというと可愛い系の顔なのだが、マリユースは男の子っぽい顔をしていた。髪は若干赤味がかった金髪で、フェイトの金髪と比べるとどちらかというと銅色に近い。

 

その後、昼食を食べながらみんなで色々な話をした。魔導師ランクはエステルがDランクで、コレットとマリユースはEランクなのだそうだ。魔力量については全員Aランクはあるらしいのだが、魔法はまだまともに使ったことが無いらしい。

 

「えっと、コレットとエステルはさっき念話の発信が出来ないって言っていたよね。デバイスは持ってる? 」

 

「ううん、私はまだ持ってないよ。子供が持つようなものじゃないって、登録の時も貸出し用のを借りたの」

 

「私も同じ」

 

「発信については、最初はデバイスの補助があった方が判りやすいのですわ」

 

そう言ってユーノを見ると、確り首から紅い宝石を下げていた。

 

「レイジングハートさん、お願いできます? 」

 

≪Yes ma'am.≫【了解】

 

レイジングハートがふわりと浮かび上がってこちらに飛んでくる。

 

「すみませんわね、ユーノさん。少しお借りしますわ」

 

「良いけど、トリックマスターは如何したの? 」

 

「バルディッシュと一緒にお母さまとリニスさんに拉致されましたわ」

 

「あぁ、なるほど。画像データだね」

 

ユーノはそう言って苦笑した。

 

話を聞くとマリユースも念話は使ったことが無いそうなので、一緒に練習することにした。それぞれレイジングハートがサポートすると、ほんの数分で発信が出来るようになる。

 

「凄いな。こんなに簡単に出来るようになるなんて思わなかった」

 

「そうだね。相手のリンカーコアにチャンネルを合わせるっていうのかな? 感覚が良く判るようになったね」

 

「でもまだ1対1だけだね。もう少し練習しないと、複数の人に念話を送るのは難しいかな」

 

「大丈夫、すぐに慣れますわよ」

 

そんな話をしながら、ふと気になったことがあった。それは魔導師登録の時に実施した飛行魔法や射撃魔法の検査だ。念話すら使ったことが無いような子供に対してそうした試験を実施するとは考えにくい。

 

「そう言えば、みなさんの魔導師登録の時って、どんな検査内容だったのですか? 」

 

「えっとねー、まずベッドに寝かされてヘンなコードみたいのを付けられたよ」

 

「それから、デバイスを使った時の魔力増幅確認と、飛行魔法適性検査でしょ? 」

 

「それから? 」

 

「っていうか、それだけだよ」

 

周りを見ると、コレットもエステルもマリユースも頷きあっている。

 

「じゃぁ、飛行魔法や射撃魔法などの行使については? 」

 

「あ、それたぶん管理局入局基準の検査だよ。初等科入学レベルで必要な検査だと、普通は使える魔法の種類を聞かれるくらいだね」

 

ユーノの言葉に唖然とする。

 

「え、でもユーノさんは以前、攻撃魔法が使えないからCランクみたいなこと言っていませんでした? 」

 

「うん。使用可能魔法を聞かれてね。変身魔法や防御魔法は使えたから普通よりも高い点数を貰えたけれど、C+には届かなかったんだ」

 

どうやら俺とフェイトが受けたのは初等科3年を過ぎた頃に受ける、入局者や嘱託用の検査だったらしい。クロノが惚けていたのか、エイミィさんがうっかりしていたのかは判らないが、随分とステップを飛ばしてしまっていたようだった。

 

「次にアースラがミッドチルダに寄港したら、執務官殿に問い質しておきますわ」

 

「別にいいんじゃないかな? 資格として使えない訳じゃないんだし。むしろ上位の資格だよ」

 

ユーノがそう言うと、コレット達も「へぇ~」と感心頻りだった。

 

「ブラマンシュもテスタロッサも、もうそこそこ魔法が使えるっていうことだな? 出来ればオレにも色々と教えて欲しいんだけど」

 

マリユースがそう言うと、エステルやコレットも大きく頷いた。

 

「ミントで結構ですわ。教えるのは構わないのですが、みなさんはまだデバイスを持っていないのでしたわよね。学校で貸し出してもらえるのでしょうか」

 

「一度先生に聞いてみたらどうかな? あ、それから私のこともフェイトでいいよ」

 

結局食事を終えた後、先生に聞いてみるということで落ち着いた。食後、雑談を続けながらみんなで職員室に向かう。

 

「あ、そう言えば、A組の先生はミントと同じような口調でしゃべる人だったよ」

 

「そうだな。確かにブラマンシュ…じゃなくて、ミントの口調に似ていたな」

 

「あら、興味がありますわね。どんな方ですの? 」

 

「えっと、使い魔の鳥を連れていたな。先生は丁寧な口調なのに、こっちは凄く口が悪い」

 

「うん、オウムだね。色々酷いことを言うんだけれど、まぁ相手がオウムだから仕方ないよね」

 

マリユースとユーノの会話から察するに、A組の先生は随分と個性的な様子だった。イノリ先生と言うのだそうだ。生徒の使い魔はダメでも、先生なら許されるらしい。矢張り命に対する認識が確りできているかどうかということなのだろう。

 

「B組の先生は普通だったよね。名前、なんて言ったっけ? ニャモ先生? 」

 

「ミナモ先生だよ」

 

そんな話をしているうちに職員室に到着した。

 

「失礼します」

 

ユーノが率先して中に入っていく。俺達もぞろぞろと後に続いた。

 

「あら、貴女達まだ残っていたのね。どうしたの? 」

 

声を掛けてくれたのはミナモ先生だった。丁度良かったのでデバイスの貸し出しや魔法練習場の使用許可などについて確認したのだが、返ってきた答えはあまり芳しいものではなかった。

 

「残念だけど、初等科3年になるまではデバイスの貸し出しが出来ないのよ。魔法練習場の使用についても同じ。まずは魔法を使うことに対する心構えをしっかり学習するルールになっているの」

 

魔法学院で実際に魔法を使う場合、最低1年間は倫理と魔法学の授業を受ける必要がある。これは初等科1年で履修すべき学科で、管理局でも定められた必須授業なのだそうだ。そして2年になると今度は魔法理論の授業が始まる。魔法理論は攻撃、防御、移動、補助、回復などの基本的な魔法陣を学習し、構築式の成り立ちを学習するのだ。

 

1年の時に魔法が使えるようになっている生徒は飛び級で3年生以上のクラスに編入することもあるのだそうだが、少なくとも1年生の間は学院の施設内で魔法を使うことを禁止されている。勿論俺やフェイトのように公共の練習場などで練習する生徒もいるらしいので、あくまでも学院内に限ってのことだ。

 

「とは言っても、さすがに念話程度なら大目に見るけれどね。それ以外、特に殺傷、非殺傷の切り替えが必要な魔法はある程度の授業を受けてからでないと、まず使用許可は下りないわよ」

 

「そうですか。ありがとうございます」

 

「あ、でも先輩たちの練習風景を見学するのは問題ないわよ。興味があるなら、今度魔法科の先生にも紹介してあげるけれど」

 

「「「よろしくお願いします!」」」

 

コレット達3人は殆ど即答だった。先生達は今日はこれから入学式の後片付けや会議などがあるため魔法の練習はまた後日ということになり、俺達は改めてお礼を言うと職員室を後にした。

 

 

 

「じゃぁ、オレとユーノは寮だから」

 

「みんな、また明日ね」

 

「マリユースさんも寮生だったのですね。了解ですわ。ではまた明日」

 

「またね~」

 

校舎の入り口のところでユーノ達と別れて女子4人で公孫樹の並木道を歩く。

 

「ふと思ったんだけど」

 

エステルがそう切り出した。

 

「魔法を使っちゃいけないのって、学院の施設内だけだよね? で、ミントもフェイトも公共の練習場では魔法を使ってる…」

 

「あ、そうか。ミントちゃんとフェイトちゃんの練習に混ぜて貰えばいいんだ」

 

コレットがポンと手を叩いた。

 

「そうですわね。デバイスは取り敢えずわたくしのものをお貸し出来ますし、やってみましょうか。フェイトさんは如何です? 」

 

「うん、私も別に問題ないよ」

 

「さすがに毎日っていう訳にもいかないだろうけれど、時間が取れる時はお願い」

 

「ではリニスさんやアルフさんにも伝えておきませんと。あと、ユーノさん達も明日誘ってあげましょう」

 

「リニスさんやアルフさんって? 」

 

「リニスは私達の魔法の先生だよ。アルフは私の使い魔」

 

「えーっ!? フェイトさん、使い魔いるの!? 」

 

「凄いね!」

 

校門のところまで4人で雑談をしながら歩いた。コレットとエステルは学院前のバス停からバスを使うそうなので、そこで別れる。

 

「じゃぁ、また明日ね」

 

「はい。ごきげんよう」

 

そこからはフェイトと2人で燥ぎながら帰宅した。初日から3人も友達が増えたのは幸先が良い。これからの学院生活も楽しくなりそうだった。

 

 

 

ちなみに帰宅した時には既に映像データの整理やコンバートが全て完了しており、母さま達に拉致られた俺とフェイトは夜まで延々と入学式の映像観賞会に付き合わされることになった。

 




先生方はあくまでもビジュアルイメージと言うことでお願いします。。
お名前だけ借りてきた感じです。。イノリ先生はミントと口調がかぶりますし。。

最近ミントに料理をさせていませんが、描写が無いだけで本人は結構料理を楽しんでいます。。
移転させるとか言ってサボっていますが、そのうち「他愛もない日常のレシピ」もどこかに載せたいなと思っています。。


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第21話 「飛び級」

時が経つのは早いもので、俺達がクラナガン・セントラル魔法学院に入学してから、既に1年近くになる。クラスメートとの関係は全体的に良好だが、特にフェイト、コレット、エステルとの仲が良いのは相変わらずで、A組のユーノとマリユースを含めた6人でつるんでいることが多かった。

 

ミッドチルダに来た当初は例の違法魔導師事件のこともあり、飛び級をしてでも早く魔法技術を身に着けようと思っていたのだが、テスタロッサ家が平和なこの世界ではPT事件は起こらないだろう。となれば焦って卒業を目指すよりも、母さまが言うように友達と楽しく過ごす方が良いに決まっている。

 

いや、その筈なのだが。

 

「僕は飛び級も考えているよ。早めに現場で発掘作業に携わりたいしね」

 

「私も、母さんと一緒に嘱託魔導師の仕事をしてみたいから、飛び級かな」

 

前述の通り今の俺にとって飛び級をするかしないかは然程重要な問題ではなく、あくまでも友人達が飛び級するかどうか次第で決めるつもりだったのだが、特に仲の良いユーノとフェイトは飛び級試験を受ける気満々だった。

 

「オレも出来れば飛び級したいぜ。折角最近いい感じで魔法も使えるようになってきているし、先輩たちに混ざって実技練習はしてみたいしな」

 

「一応倫理と魔法学は修了しているし、2年で履修予定の基礎構築式ももう覚えちゃったから、飛び級の準備は万全だよね~」

 

「私は飛び級試験そのものに興味があるかな。どのくらいの点数が取れるのか、試してみたいわ」

 

マリユースもコレットもエステルも、飛び級に肯定的な様子だ。俺自身も以前ほどの熱意はないものの、友人達と楽しく過ごせるのなら否定する気も一切なかった。

 

 

 

この1年で、コレット達の魔法技術は飛躍的に伸びた。他のクラスメート達も自主的な魔法の練習をしている様子だったが、そうした子達との会話からも魔法関係の知識が向上していることが伺える。初等科1年もそろそろ終わる今、クラス内の話題は専ら魔法に関するものだった。

 

ちなみに、これはDSAA(次元世界スポーツ活動協会)が開催する公式大会の影響もある。毎年7月に地区予選が開催され、その後都市本戦、都市選抜、世界大会と続く大規模な大会は魔法に憧れる少年少女の登竜門と言うこともあり、その時期になると魔法を使いたくてうずうずしてくる生徒が爆発的に増えるのだ。

 

「…10歳になるまでは出場できないんだけれどね」

 

「まぁ、気持ちは何となく判るような気がしますわ」

 

前世的には、高校野球に憧れてテレビ中継に夢中になる小、中学生球児と言ったところか。

 

「こればっかりはねぇ。例え飛び級したとしても、最低あと3年経たないと私たちは出場出来ないから」

 

「でも飛び級さえすれば参加できる試合もあるぜ。学院内の魔法競技大会とか」

 

学院内で開催される魔法競技大会はチーム戦だ。こちらは年齢に関係なく、初等科3年以上の生徒が参加可能である。基本的には陸戦試合陣形でのトーナメント方式で、フロントアタッカー2名、ガードウイング2名、センターガード1名、フルバック1名の計6名で1チームとなる。

 

入学以来よく一緒に魔法の練習をしてきた仲良し6人組は一応全員空戦適性があったのだが、最近はリニスの助言も受け、この陸戦試合陣形で連携の練習も始めている。ポジションとしては近接戦闘を得意とするフェイトとマリユースがフロントアタッカー、中・長距離支援攻撃がメインのコレットと俺がガードウィング、防御・補助系魔法に優れ、司令塔でもあるユーノがセンターガード、そして同じく補助系や若干の回復魔法を操るエステルがフルバックという布陣だ。

 

「折角チーム戦での連携練習もしているんだから、全員で飛び級してチーム組もうぜ! 」

 

結局飛び級の話に逆戻りしてしまった。尤も笑顔で言うマリユースに異論がある訳でもなく、俺達は全員で飛び級試験に挑むことになったのだ。

 

ちなみにクラナガン・セントラル魔法学院の初等科1年生が受験可能な飛び級試験は3段階ある。1段階目は1学年のみスキップするもので、試験の難易度は一番低い。2段階目は一気に3学年をスキップするもので、1段階目と比較すると筆記だけでなく実技も加わり、難易度は段違いだ。そして3段階目はいきなり初等科卒業程度試験及び中等科入学程度試験を受けることになる。

 

3段階目を受験する生徒も極稀にいるらしいが、大抵の生徒は1段階目か2段階目を受験する。これは試験の難易度が非常に高いこともあるのだが、折角入学した初等科を1年で修了してしまうことに抵抗があるケースが殆どであるらしい。

 

「僕は2段階目を受験する予定だよ。本来なら中等科まで一気に行った方が期間的には得なんだろうけれど、5年生はほら、修学旅行があるし…」

 

「そうだね。私も修学旅行には行っておきたいから、受験するのは2段階目だね」

 

「初等科の修学旅行ってどこだ? 」

 

「第12管理世界フェディキアですわ。聖王教会の総本山ですわね」

 

そう、初等科5年だと修学旅行があるのだ。このため2段階目の飛び級試験は例年人気が高いのだとか。但し前述の通り難易度はとても高い。

 

1段階目の試験でも、1年で学習した倫理や魔法学の総決算試験であるだけでなく、2年で学習するはずの魔法理論についても熟知しておかなければならないのだが、これが2段階目だと更に3年、4年で習得する筈だった一般教養と実技を含めた魔法学知識も加わるため、試験も1日では終わらない。

 

「飛び級は良いけれど、みんな勉強の方は大丈夫? 絵に描いた餅とか洒落にならないわよ? 」

 

「エステルの言う通りだよ。給付奨学生だからって、気を抜いていると他の子達に追い抜かれちゃうよ? 」

 

ちなみにエステルとコレットは奨学金制度に申し込んでいないのだが、成績は常に上位の常連だった。俺やフェイトもリニスの教育もあって何とか入学試験の順位前後をキープしているし、ユーノに至っては常に学年首位だ。

 

「あー、やっぱりオレだよな。頑張らないとなぁ…」

 

マリユースも給付奨学生で成績は一応いつも上位10位以内には入っているのだが、常にトップを独走しているユーノとは違って大抵7位~8位ほどなのだ。飛び級試験は入学試験以上に難しい。しかも人気の高い2段階目である。俺達は自らの復習も兼ねた、マリユース学力強化プロジェクトを立ち上げることにした。

 

 

 

当然のことだが、飛び級の試験範囲などは一般に公開されたりすることはない。過去の中等科の編入試験などから出題傾向を推測することは可能だが、ヤマを張るような勉強方法ではいざという時に対応出来ない。

 

「試験には2種類のものがあります。1つは『落とすための試験』で、もう一つは『受からせるための試験』です。入学試験や飛び級試験は前者ですわね。後者は資格試験や魔導師ランク試験などですわ」

 

「そう。最初から定員が決まっていて、受験者のレベルによって合格ラインが変わるものと、逆に合格ラインが決まっていて、それを超えた受験者全員を合格にするものだね」

 

「今回わたくし達が受けるのは『落とすための試験』ですわ。これは『受からせるための試験』とは違って得意分野も苦手分野も同じように伸ばしていかないと合格は難しいですわよ」

 

合格ラインが予め決まっている魔導師ランク試験や資格試験などであれば、苦手分野を捨てて得意分野をひたすら伸ばすことで合格することも可能だが、受験者を篩にかけることが目的の試験では苦手分野の存在は致命的だ。

 

「ちなみにマリユースの得意科目と苦手科目は?」

 

「得意なのは数学と物理と体育だな。苦手というか、不安なのはベルカ語と魔法理論だ」

 

「体育は試験科目にないから取り敢えず忘れても良いよね。ベルカ語と魔法理論はさすがに確り勉強しておかないと。飛び級した後で周りについていけなくなっても困るから」

 

コレットが甲斐甲斐しくマリユースの面倒を見てくれている。魔法理論は2年から、ベルカ語は3年から学習する科目だ。1年生では授業で習うことが無いので、飛び級試験を受ける生徒は概して不安に思う科目でもある。

 

「でも実際に魔法の練習をしている時の発動は確り出来ていますわよね? 何故理論の方が出来ていませんの? 」

 

「考えるんじゃない、感じるんだ」

 

そう言ってストライク・アーツの構えを取るマリユースに、どこの武術家よ、と呆れたようにツッコミを入れるコレット。

 

「大体ベルカ式魔法の適性が高いくせにベルカ語が苦手とか、ありえないでしょ」

 

ここ1年、リニスの協力も得ながらみんなで練習を続けた結果、マリユースが6人の中では一番ベルカ式魔法に適性が高いことが判った。元々格闘技が好きな人に多い魔力を乗せた打撃中心の攻撃をするタイプで、ベルカ式主体のミッド式混合ハイブリッドだ。将来的にはナックルタイプかグローブタイプのアームド・デバイスが欲しいと常々言っている。

 

ちなみにコレットとエステルの適性はミッド式魔法だが、特にコレットは射撃系の魔法を得意とすることからマリユースとの相性も良い。エステルは補助魔法や回復などで、そんな2人をサポートする立ち位置だ。さすがに本格的な練習を始めてから日が浅いため、俺達から見てもまだまだ発展途上なのだが。

 

いずれにしても近接戦闘に特化し、尚且つ使用魔法の大半を感覚で組んでしまっているマリユースは、日頃から使いなれている身体強化や攻撃、防御魔法についても確り構築理論を学ぶ必要があったのだ。逆にこの辺りを得意としているのがユーノやフェイトだ。

 

「ミントちゃんは構築理論の方は? 」

 

「わたくしは自分で勉強するのは問題ないのですが、手持ちの魔法があまりマリユースさんの適性とは合わないので、教師役には向かないのですわ」

 

「あー、じゃぁ私と同じだね。ユーノくんはそう言うの飛び越えて教えるのが上手いし、フェイトちゃんは元々近接のテクニックをいろいろと持っているから」

 

「棒術の型だけならわたくしもやってはいるのですが、確かにフェイトさんは行使する魔法も近接戦闘に役立つものが多いですわね」

 

フェイトが得意とする魔法の中でも、ブリッツ・アクションなどの高速移動魔法は近接攻撃タイプの魔導師には必須だ。

 

「そう言えばミントって、超広域探査魔法を構築しようとしてたよね? あれはどんな感じ? 」

 

「まだまだ先は長いですわね。何しろ基になっている魔法が艦隊戦用ですから、一朝一夕には参りませんわ。ただ構築式を弄るのはパズルのようで結構面白いですわよ」

 

練習場の隅でコレットやエステルとそんな話をしていると、マリユースと練習していたユーノとフェイトも戻ってきた。

 

「ただいまミント。何の話? 」

 

「例の探査魔法のことですわ。なかなか進んでいませんけれど」

 

「あぁ、あれね。元の対象が大雑把過ぎて、コンバートが大変なんだよね…また手伝えることがあったら言ってよ。完成したら僕も使ってみたいし。まぁ発掘調査で使えるかどうかは微妙だけど」

 

「判りましたわ」

 

苦笑しながらユーノに答える。

 

「そう言えばミントが使ってる魔法って独特な構成が多いよね。フライヤーとかパルセーション・バスターとかは特に怖いよ。バインドをかけられたらほぼ回避出来ないのに、下手なプロテクションくらいならあっさり抜いてくるから」

 

「そう言うフェイトさんだって、最近ではバインド発動直前に察知してブリッツ・アクションで回避してしまうではありませんか」

 

「…ミントちゃんの射撃もだけど、フェイトちゃんの機動力も相当だよね」

 

「だけどプロテクションをあっさり抜くって、どんだけ威力が高いんだよ…」

 

「それがさっき言った独特な構成だよ。ミントの使う射撃魔法や砲撃魔法は、普通のものよりも振動数が多く設定されているらしいよ」

 

フェイトの説明に興味を持ったらしいコレット達3人に、重力振動波が空間に干渉する現象について説明した。

 

「えっと…つまり加速度運動で空間にひずみを生じさせて、他の射撃魔法や砲撃魔法を逸らしちゃうっていうこと…? 」

 

「ええ。それでいてこの振動波そのものはソリトンですから、空間歪曲の影響を受けずに直進するのですわ」

 

「あはは…改めて聞くと随分と出鱈目だよね…」

 

「それって、誰でも使えるものなの? 」

 

「砲撃に適性があるなら理論上は誰でも使えますわよ。尤も魔法ランクがAAAですので、本当に誰でも使えるかというと微妙ではありますが」

 

フライヤーにも同じ空間干渉の公式が組み込まれているが、こちらもランク的には同じような物で、フライヤーダンスにもなるとSランク魔法である。ここまで来てしまうと、概ね専用魔法と言ってしまっても齟齬はない。

 

「なあ、それって砲撃じゃないとダメなのか? 」

 

話を聞きながら考えるようにしていたマリユースが唐突に聞いてきた。

 

「どういうことですの? 」

 

「いや、その公式って、防御魔法に組み込めないものかな、って思ってさ」

 

確かに射撃魔法や砲撃魔法を逸らす性質があるのだから、防御魔法にも相性は良さそうに思う。

 

「防御魔法ですか…どうです? トリックマスター」

 

≪It will be possible. However, according to its disposition, it will be ineffectual against Mass weapon.≫【可能です。但し、その性質上、質量兵器に対しては効果が薄いと思われますが】

 

「…だそうですわ。でも急にどうしたのですか? 」

 

「前にアルフさんに模擬戦をして貰った時、バリアブレイクに随分苦労させられたからな。少し強化出来ないかと思ってさ」

 

≪I recommend you to program it as “shield” type or “Field” type. I do not think that this program suits for “barrier” type unfortunately.≫【この術式はシールド系かフィールド系のものに組み込むのが良いでしょう。残念ですがバリアタイプとはあまり相性が良くありません】

 

「え、そうなのか…? 」

 

言われてみれば、攻撃を逸らすということは「受け流す」ことに近い。「受け止める」ことを目的としたバリアタイプの防御魔法とは、そもそも趣旨が異なる。

 

「それならさ、フィールド系の、例えばバリアジャケットとかに組み込んでおいて、バリアを破られた時でも身を躱し易くするのが良いんじゃない? 」

 

≪You are quite correct, Colette. That will be the best solution, I guess.≫【コレットさんの言う通りです。恐らくそれが最善でしょう】

 

この日の成果として、俺達6人のバリアジャケットには「なんちゃってディストーションフィールド」が付与されることになった。

 

 

 

=====

 

そんな事があってから更に数週間が過ぎた。実技だけでなく学科の方の勉強も随分と進めては来たが、そのおかげもあってマリユースの魔法理論も大分板についてきた。

 

「おーう、おはようさん…」

 

廊下で立ち話をしていると、そのマリユースが目の下に酷い隈を作って登校してきた。

 

「顔色悪いよ。どうしたの? 」

 

「ベルカ語の勉強。でもおかげで漸く何とかなりそうな気がしてきたよ」

 

「もう…ちゃんと寝ないと、逆効果だよ? 」

 

コレットに支えられながらフラフラと歩くマリユースの姿は、不謹慎ながら可愛らしいカップルにも見えた。

 

「校内だと魔法は使えないね。フィジカル・ヒールが使えたら良かったんだけど、ごめんね」

 

「あぁ、むしろすまないな、気を使わせて」

 

申し訳なさそうに言うエステルにそう返すと、マリユースはコレットに支えられたままA組の教室に入って行った。

 

実はベルカ語の勉強に当たっては、俺自身が相当の苦労をしていたので気持ちは判らなくもない。テレパスファーの影響で翻訳魔法を常時発動させている俺はベルカ語を「聞くことが出来ない」ため、当初発音方法が全く判らなかったのだ。

 

「わたくしに比べたら、まだ取っ掛かりがある分、覚えるのも早いと思いますわよ」

 

「そっか、ミント一時期大変だったもんね」

 

フェイトが苦笑交じりに慰めてくれる。正直ベルカ語の勉強ではクリスティーナさんやフェイト、リニスにも随分とお世話になった。ただ特訓の甲斐があって翻訳魔法のオン・オフ切り替えは結局出来ないままだったものの、単純な発音については漸くベルカ語として聞き取ることが出来るようになったのだ。

 

「実際、泣いてたよね。比喩じゃなくて、本当に」

 

「そうなの!? ミント、そんなこと一言も言っていなかったから…」

 

「そんな恥ずかしいこと、言えるわけありませんわ! 」

 

自分の顔が真っ赤になっていることを自覚しながら腕をブンブンと振り回した後で、ユーノが笑っていることに気付いた。

 

「もう! からかっていましたのね」

 

「ごめん、そう言うつもりじゃなかったんだけど」

 

苦笑しながらユーノが弁解した所で丁度予鈴が鳴った。A組からコレットが戻ってくる。

 

「なあに、ミントちゃん痴話喧嘩? 」

 

「コレットさんに言われたくありませんわ…」

 

脱力した俺はユーノに「また後で」と告げると、フェイト達と一緒にB組の教室に入った。

 

 

 

その日の夕方、結局マリユースは授業が終わった後に倒れてしまい、ユーノが学生寮まで連れて帰った。

 

「もう、無理するから」

 

「でもまだ試験本番まで1週間あるのが不幸中の幸いでしたわね。これが試験前日だったりしたら、目も当てられませんでしたわ」

 

「コレット、心配なら学生寮の方に行ってみたら? 」

 

「…うん、そうする」

 

エステルに促され、コレットは小走りで寮の方に向かった。コレットの姿が見えなくなると、エステルが振り返る。

 

「ミント、今日トリックマスターは? 」

 

「鞄の中ですわ。どうかされました? 」

 

「ちょっと持ってきてくれるかな? フェイトも行くよね? 『お見舞い』」

 

「うん、勿論」

 

嬉しそうに答えるフェイトを見て、軽くため息を吐きながら帰り支度を整える。そう言えばフェイトには前科があったな、と考えながら鞄からトリックマスターを取りだすと、エステルに手渡した。

 

「エステルさん、これは『お見舞い』じゃなくて、『覗き見』ですわよね? 」

 

「まぁ、そうとも言うかもしれないわね」

 

「全く…あまり良い趣味とは言えませんわよ? 」

 

「そう言うミントも、顔が緩んでるわよ」

 

正直、全く興味が無いわけでもない。女子3人で怪しく笑い合うと、足音を忍ばせながら男子寮の方に向かった。

 

 

 

「学院の敷地内で魔法が使えないことを、ここまで悔やんだことは無いわね」

 

「それは言いすぎですわ。でも確かに認識阻害くらいは使いたいところですわね」

 

「2人ともダメだよ。敷地内で魔法使ったら、すぐにばれちゃうよ」

 

隠密行動をするための魔法でも、敷地内で使用すれば検知されてしまう。魔法学院内とはいえ基本的には街中と同じで、念話程度の魔力を殆ど使用しないもの以外は許可制になっている。しかも使用出来るエリアもある程度は決まっているので、フェイトが言うように認識阻害魔法を使うことによって、却って認識されてしまうという矛盾した結果になってしまうのだ。

 

マリユースの部屋はユーノと相部屋になっていて、以前何度か遊びに来たことがあった。間取りは熟知している。部屋のドアは少し開けたくらいならベッドの方からは見えにくい筈だ。尤もその分、入口のところからも中の状況が判り難いのだが。

 

<念話だけなら感知される心配もないし、ここからは念話で>

 

<了解ですわ>

 

<うん、判った>

 

エステルが部屋のドアを開けようとした瞬間、内側から勢いよくドアが開いた。ガン!という音が盛大に響き渡る。

 

「~~~!! 」

 

エステルが頭を押さえて蹲る。どうやらドアの直撃を受けたらしい。

 

「あれ? みんなどうしたの…って、エステル!? ごめん、ぶつけちゃった? 」

 

出てきたのはユーノだった。

 

「だ…大丈夫。そんなに痛くなかったから」

 

言葉とは裏腹に目に涙を浮かべながらエステルが立ちあがる。

 

「マ、マリユースさんのことが心配で、みんなでお見舞いに来たのですわ」

 

「そう、そうだよ。お見舞いに来たんだよ」

 

俺とフェイトが咄嗟に言い訳をまくしたてると、ユーノはにっこり微笑んだ。

 

「丁度コレットも来ているから、中で待ってて。僕はちょっと氷嚢に入れる氷を買いに購買部に行ってくるから」

 

ユーノが立ち去った後、恐る恐る部屋に入ると、恐らく全てを察していたのであろうコレットがとても素敵な笑顔で俺達を待っていた。平身低頭で謝る俺達に無言で黒い笑みを浮かべるコレット。

 

「お前ら、一応オレ病人なんだからさ…少し自粛してくれない? 」

 

 

 

=====

 

マリユースはその後2日と待たずに完全復活した。

 

ちなみに飛び級試験については全員ちゃんと合格したことをここに記しておく。

 




今回は本当に筆が乗りませんでした。。
一生懸命書こうとしていたのですが全然進まず、金曜日の夜時点で半分も書きあがっていませんでした。。
何とか予定時間内に書きあがりはしましたが、いつも以上にグダグダになってしまった気がします。。

先日久し振りに日間ランキングに載っていました。。
いつもいつもみなさまのご愛顧には感謝頻りです。。本当にありがとうございます。。

今後ともぜひよろしくお願い致します。。


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第22話 「魔法競技大会」

ミント「重大なミスが発覚しましたわ! 」

フェイト「どうしたの? ミント」

ミント「このお話しでは、バリアジャケットはデバイスに展開させるものであるっていう設定があるのですが」

フェイト「そうだね。私もバルディッシュに展開して貰っているよ」

ミント「前回、わたくし達6人が全員バリアジャケットを展開していましたの! 」

フェイト「あ…エステル達も!? 」

リニス「大丈夫ですよ、2人共落ち着いて下さい」

フェイト「あ、リニス」

ミント「大丈夫って、どういうことですの? 」

リニス「本編では描写されていませんでしたが、実は私が貴女達のお友達である3人に、簡易デバイスを作ってあげていたのですよ」

フェイト「そうだったんだ。ミスじゃなくて良かったね、ミント」

ミント「…読者の方から偶々ツッコミが入らなかっただけで、描写がないこと自体が十分ミスに相当しますわよ」

リニス「今回、本編でリカバリーして貰えると助かります」

ミント「厄介ですが…承りましたわ」

フェイト「では本編をどうぞ」



新年度になり、飛び級試験に合格した俺達は晴れて初等科5年生に編入されることになった。例の桜は今年も満開だ。掲示板に張り出されたクラス割のF組に、俺達全員の名前があった。

 

「良かったですわね。今度は全員同じクラスですわよ」

 

「っていうか、飛び級した人がみんな一つクラスに纏められている気がするよ」

 

ユーノに言われて改めてクラス割を見直すと、確かに1年生の時に見知った名前がちらほら混ざっていた。1年生の時は1クラス20人程度だったのだが、5年生のクラスはそれよりも若干人数が増えている。進級組も混ざっているのかと思っていたが、ユーノはそれを否定した。

 

「たぶん、4年から進級してくる人はこのクラスにはいないよ。全員1年、2年、3年からの飛び級組じゃないかな」

 

「えっ、そうなの? 」

 

フェイトもそれを聞いて辺りを見回していた。

 

「推測だけど、進級組と飛び級組でクラス内に派閥が出来ちまうのを回避するためだと思うぜ」

 

「クラス毎で温度差があるようになるのも、どうかと思うけれど」

 

「対抗心だったら良いんだろうさ。来月には魔法競技大会があるからな。別にクラス対抗っていう訳じゃぁないが、同じクラスでチーム組んだ生徒が勝ち進んだら応援したくなるってもんだろ? 」

 

「で、その翌月の修学旅行で更に親睦を深めるっていうことよね」

 

「更にその翌月にはインターミドルの地区予選が始まるわよ。尤も私たちは年齢制限で出場できないけれど」

 

何ともイベント目白押しの3か月間だ。1年生の時は参加出来ず、見学するだけだった魔法競技大会も今年からは参加出来ることになっている。チームは任意で組んで良いらしいので、当然のように俺達はいつもの6人で大会に参加することを飛び級する前から決めていた。

 

「取り敢えず今は教室に参りましょう。そろそろ予鈴がなる時間ですし、初日から遅刻では格好もつきませんわ」

 

そう言ってふとユーノの方を見ると何やら感じ入ってしまった様子で涙を流していた。

 

「ユ…ユーノさん…? 」

 

「あ、放っておいていいぜ。こいつミント姫と一緒のクラスになれて感激しているだけだから」

 

「な…! そう言うマリユースだって、コレット姫と一緒で嬉しいくせに! 」

 

「おまっ! そんな大声で言うなよ恥ずかしい! 」

 

言い合いを始めた2人を余所に、エステルとフェイトがそれぞれコレットと俺の背を押してその場を離れた。

 

「…あれは他人。だよね? 」

 

「…承知しましたわ」

 

 

 

教室に入り、指定された席に着くと予鈴が鳴った。ユーノとマリユースが慌てて教室に入ってくる。

 

「ひどいよ、置いていくなんて」

 

「自業自得ですわね」

 

息を切らせながら苦情を言うユーノに笑顔のままそう答えると、ユーノはパタリと机に突っ伏した。ただ表情は緩んでいるので放置しておいても大丈夫だろう。

 

「そう言えばF組の担任はミナモ先生だったよな」

 

「良い先生ですわよ。優しいですし」

 

1年の時にB組を受け持ってくれた先生が、今年は5年を受け持ってくれることになったのだ。B組出身の俺達としては馴染みがあるし、生徒にも好かれる先生だったので問題はない。

 

「イノリ先生も楽しい先生だったよ。最初の頃は遅刻が多くて困ったけれど」

 

ユーノが苦笑しながら言う。去年1年A組の担任だったイノリ先生が遅刻常習犯だったという話は以前にも聞いていた。寝坊しての遅刻など日常茶飯事で、都度使い魔のオウムだけが先に飛んできては別段ありがたくもない『ありがたいお話』をしてくれるのだとか。2学期の中盤頃から随分と遅刻が減ったのだそうだが、実はミナモ先生が毎朝迎えに行っていたらしい。

 

「そういえばイノリ先生は今年どこのクラスを受け持っているの? 」

 

「確か3年生のクラスだったと思うよ」

 

そんな話をしていると本鈴が鳴り、ミナモ先生が教室に入ってきた。みんなが慌ただしく自席に戻る。

 

「本鈴が鳴った時には席についていないとダメですよ。今日は大目に見ますけれど」

 

にっこり微笑むミナモ先生に、全員で「はーい」と返事をした。先生から簡単に注意事項や連絡事項の説明を受けた後、俺達は講堂で始業式に参加した。

 

 

 

始業式が終わって教室に戻り、各々の自己紹介なども終えると、ミナモ先生が1枚のプリントを配った。

 

「今配ったプリントは、来月に実施される全校魔法競技大会の概要です。みなさんもご存じの通り、この大会はDSAAのインターミドルと違って年齢制限がありませんので、5年生であるみなさんは全員参加資格があります」

 

先生がそう言った途端、教室内に歓声が上がる。

 

「静かにー! この中には出場経験者もいることと思いますが、飛び級で1年生や2年生から上がってきた場合、不安に思うこともあるかもしれません。勿論参加は強制ではないので、不安に思う場合は応援の方に回ってもいいですからね」

 

ミナモ先生はそう言うが、折角魔法学院に入って魔法を使う機会に恵まれて、応援するだけなどあり得ないと思う。飛び級した生徒だって実技試験をパスしたからこそここにいるのであって、不安に思うことなどないだろう。実際、周りはみんなやる気満々といった雰囲気だった。

 

取り敢えず大会の概要はプリントを読むように伝えられ、初日は解散となった。帰り支度をする前にざっとプリントに目を通すと、大会の大まかなルールが記載されていた。フェイトが横から手元を覗き込んでくる。

 

「6人で1チーム、陸戦試合陣形なのは例年通りだね。これなら練習通りに出来そう」

 

「安全のためClass3以上のデバイス所持を必須とする、だって。この子ってClass3以上かな? 」

 

コレットとエステルも俺の手元を覗き込みながら、待機状態のデバイスを撫でる。

 

「一応ちゃんとClass3の条件を満たしていると聞いていますわよ」

 

去年、リニスがアルフ用にと腕輪型のデバイスを作成したのだが、その時にテストとして使用したコアと、元々アルトセイムの庭園で倉庫に眠らせていたコアを使ってコレット、エステル、マリユース用の簡易ストレージ・デバイスも一緒に作成してくれたのだ。

 

リニスは余剰部品で作成したと言っていたが、強度や処理速度も通常のストレージ・デバイスと遜色ない、Class3レベルになっているらしい。フェイトや俺の友人であるという理由での大盤振舞いだったため、他のクラスメートのことも考慮して出所は秘密にしているのだが、飛び級試験を受ける際に学院からの貸し出しデバイスではなく自前のものを使う生徒が多いので、特に気にされたりはしていない様子だ。

 

「リニスさんには改めてお礼をしないとね」

 

「まぁそれは良いとして…どうしてみなさん1枚のプリントを覗き込んでいますの? 」

 

「自分のプリントは仕舞っちゃったし、何となくかな? 」

 

苦笑しながら、引き続き俺の手元を覗き込もうとするみんなによく見えるよう、机の上にプリントを置いた。

 

「基本的なレギュレーションは例年通りで変更は特にないみたいだね」

 

「やるからには当然、優勝を目指すんだよな」

 

今度はユーノとマリユースまでやってきた。さすがに全員で一つの机を囲むのは窮屈だったので、食堂に移動して話を続けることにした。

 

 

 

「チーム編成メンバーがクラスや学年に限定されないってことは、本当に自由に組んで良いんだね」

 

「さすがに先生や学院と関係のない人はダメだけどな」

 

当然使い魔の投入も禁止されているが、ゴーレムやアルケミック・チェーンなどの無機物をその場で召喚し、魔力を使って動かすことは認められているようだ。

 

「あ、一応滞空時間制限があるみたいだよ」

 

「空戦適性がない人も多いから。さすがに制限しないと圧倒的になっちゃうわよ」

 

「陸戦の人でも使える対空攻撃だってあると思うのですが」

 

「こればっかりは仕方ないよ、ミント。出場者には建前上、今年初めて魔法を習い始めたっていう子もいるんだし」

 

「いや、それオレ達も当てはまるんじゃね? 」

 

「あくまでも建前上ですわ。魔法が好きで魔法学院に入るような人達ですから、自習しないなんてあり得ませんわよ」

 

雑談をしながら大会レギュレーションの再確認をしていく。教室でユーノが言っていた通り、概ね変更点などはない様子だった。それぞれのライフポイントはDSAA公式試合で使用されるものと同じタグで管理され、ライフが100を切った人は行動不能になる。そして0になると戦闘不能でリタイアだ。

 

試合はどちらかのチームメンバーが全員行動不能になるか、試合開始後30分が経過した時点で終了となる。タイムアップの場合はチームメンバー全員のライフポイント合計値を比較して、より多い方が勝利することになるのだ。

 

ちなみに飛行魔法を行使して30秒が経過すると、その後10秒毎にライフが1ポイントずつ減っていくというペナルティが課せられる。このペナルティは飛行魔法を解除して30秒が経過するとリセットされるが、連続して飛行することが出来ないため、飛行魔法は緊急回避的な意味でしか使えないだろう。

 

「クラッシュ・エミュレートがあるから、ライフが100を切ると本当に動けなくなるんだ。誰かが助けに行かないと回復も出来なくなるから注意が必要だよ」

 

「ユーノ、クラッシュ・エミュレートって何?」

 

「タグで管理されるダメージとは別に発生する身体ダメージを再現するシステムさ。脳震盪を起こしたり、骨折したりっていう事態は大会中に発生することはないけれど、それと同等の『重度の負傷をした』と判定された時に痛みや動作制限として疑似的に再現されるんだ」

 

「非殺傷設定の魔法戦闘なのに、なんでそんなシステムが必要なのかしらね」

 

エステルが溜息交じりに言うが、実は魔法における非殺傷設定というのはかなり曖昧なのだ。例えば俺がフライヤーでユーノを攻撃したとする。当然非殺傷設定が有効になっているため、攻撃そのものは魔力ダメージとしてユーノの魔力を削るが、肉体的に怪我をしたりすることはない。

 

だが非殺傷設定の魔法であっても、無機物に対しては物理ダメージを与えるのだ。前述の例で言えば、俺のフライヤーが発射した直射砲をユーノが回避して、そのまま後ろの壁に当たったとする。そうすると壁にはちゃんと穴が開くだろうし、場合によっては崩れてしまうだろう。

 

ではもしユーノが、その崩れた壁の下敷きになったとしたらどうだろう。これは魔法ダメージではなく、純粋な物理ダメージである。下手をすれば骨折などのダメージを受けることになるし、場合によっては命の危険すらある。

 

だからこそバリアジャケットは魔法、物理の両ダメージを防ぐように出来ているし、バリアジャケットが構築できるようなデバイスが無ければ魔法の練習など出来ないのだ。

 

話を元に戻すと、クラッシュ・エミュレートとは結局そうした物理ダメージを受けると想定される場面で、「バリアジャケットが無かった場合を想定した」ダメージを疑似的に再現するものなのだ。

 

(…ですが正直なところ、あんな痛みは二度と味わいたくないものですわね)

 

両腕を杖で殴られた時のことを思い出してしまった。あの痛みを疑似的に再現するなど、随分と悪趣味なシステムを構築したものだと思う。

 

「ミント、大丈夫? 何だか気分悪そうだけど」

 

「大丈夫ですわ、フェイトさん。少し嫌なことを思い出していただけです」

 

改めて考えてみれば普通に物理ダメージを負ってもおかしくない場面で、それを疑似ダメージに完全変換出来るのだから、魔法というのはつくづく便利なものである。

 

 

 

=====

 

リニスやアルフにも協力して貰い、俺達は何度もチーム戦の練習をして大会初日を迎えた。

 

魔法競技大会はあくまでもクラナガン・セントラル魔法学院内で行われるものであり、予選は無い。事前にエントリーしているチームでブロック分けされた一次トーナメントを戦い、それぞれのブロック勝者で二次トーナメントが組まれる。こうして数日に亘って試合が行われるのだ。

 

ちなみに1年生と2年生は参加せず応援のみなので、実際に大会に出場するのは3年生から5年生までの生徒約400人である。今年は6人1組のチームが64出来上がり、一次トーナメントはそれぞれ8チーム8ブロックで行われることになった。

 

「わたくし達のブロックはGですわね」

 

「第3試合で最初の相手は5年生か。B組とC組の混合チームだ。進級組だからオレ達よりも年上だな」

 

「年上相手で注意すべきなのはやっぱりフィジカルパワーと魔力量よね」

 

俺達くらいの年齢だと、基本的には歳を重ねる毎に筋力も魔力量も増えていく。飛び級で5年に進級することが決まった時、本来なら3年生で実施する筈だった公式魔力量測定も併せて実施したのだが、あいにくと俺達の魔力量は6人共、入学前に魔導師登録をした時の魔力量から変化はなかったのだ。

 

「でも相手が必ずしも僕達よりも魔力量が多いとは限らないよ。むしろ僕達の魔力量を超えるようなチームの方が少ないんじゃないかな」

 

「そうだね。特にミントなんかはS-だし」

 

「魔力量でブラマンシュ一族の右にでるような人は早々いないと思うよ。そう言うフェイトだってAAAだよね? 僕達の年齢からしたら破格だよ」

 

ちなみにユーノとコレットの魔力量がA、マリユースがA-で、エステルはA+だった。

 

「確かに魔力量がCやBという方もいらっしゃる中で、このチームはトップクラスと言っても差し支えありませんわね」

 

「だからと言って油断は禁物だよ、ミント。進級組なら間違いなく場数は踏んでいる筈だし、物理的な打撃力は確実に相手の方が上だから」

 

「身体強化が鍵ですわね」

 

「なに、オレ達だってリニスさん達に扱かれて来たんだ。油断じゃなくて自信なら持って良いだろ? 」

 

「あ、そう言えばリニスもアルフも、今日は見学に来るって。みんなの勇姿を楽しみにしてるって言っていたよ」

 

魔法競技大会は生徒の家族達も見学に来ることが多く、さながら体育祭のような雰囲気だ。サリカさんとリニス、アルフはフェイトが言ったように見学に来ているのだが、可愛そうなプレシアさんは今回もまた寄港のタイミングが合わずに参加出来なかった。

 

 

 

グループH、第3試合のアナウンスが流れた。俺達のチームの初陣である。

 

「じゃぁ、行こうか」

 

「うん。頑張ろうね」

 

声を掛け合い、試合会場に向かうと、観客の中にサリカさん達を見つけた。「頑張ってねー」と声をかけてくるサリカさん、リニス、アルフに手を振って応える。それまでは少しだけ緊張していたのだが、手を振った瞬間、緊張が解れたような気がした。

 

会場でデバイスをセットアップすると、先生がライフポイント管理用タグを付与する。ライフポイントはポジションによって決められており、フロントアタッカーが3000、ウイングガードが2800、センターガードが2500、フルバックが2200となっている。インターミドルの個人戦と比較すると5分の1程度のポイント設定だ。

 

中にはウイングガードの代わりにウイングバックというポジションを導入するチームもあるが、これは中後衛に当たる。どちらかというと防御重視のチームに多いポジションで、ライフポイントはセンターガードと同じ2500だ。

 

初戦の相手は俺達と同じオーソドックスな2-2-1陣形だった。

 

「よろしくお願いします」

 

お互いに挨拶をすると、それぞれのポジションにつく。

 

<ここから先の作戦的な会話は全部念話でするよ。相手の陣形は僕達と同じだから同じポジション同士での1on1が発生しやすくなる。魔力はともかく打撃力は相手の方が上だから注意して>

 

<事前にオートガードも設定していますわ。身体強化も掛けましたし、ユーノさんとエステルさんのブーストもあります。準備万全ですわよ>

 

フェイトも頷いてバルディッシュを軽く回すと、ベルカ棒術の構えを取った。俺も錫杖形態のトリックマスターによろしく、と声をかける。

 

<≪Let us do our best, master.≫>【頑張りましょう】

 

試合開始のブザーが鳴るのと同時に、フロントアタッカー同士が交戦に入った。可視化されたタグがそれぞれのライフポイントとダメージを表示する。意外とこちらが押している感じだった。

 

<ミント、コレット、相手のウイングガードが回り込んでくる。足止めを>

 

<オッケ~>

 

<了解しましたわ>

 

フライヤーを3基生成して相手ガードウイングの男子を牽制する。コレットも誘導弾を上手く使って敵の足止めをしていた。相手のセンターガードはまだ動いていないが、ユーノと同じように防御に特化しているのかもしれない。

 

相手のガードウイングが射撃魔法を撃ってきた。アクティブ・プロテクションでそれらを弾きながら、展開したフライヤーからこちらも直射弾を撃ち込む。相手の反応速度はそこそこだったが、さすがに至近距離からの連続射撃を躱しきれなかったようでタグのライフポイントが大きく削れた。

 

チャンスかと思ったのだが、次の瞬間、相手は錫杖形態だったデバイスをナックルのような形に変えてこちらに突っ込んできた。

 

<近接もこなすのか! ミント、気をつけて>

 

<大丈夫ですわっ>

 

こちとらクリスティーナさん直伝の棒術がある。相手は5年生の男子で体格には圧倒的な差があったが、トリックマスターを上手く回して攻撃を往なし、再び距離を取った。その時、左肩に鈍い痛みが走る。相手の射撃魔法をオートガードが受け止めていた。

 

<助かりますわ>

 

<≪Pleasure. Mind the attack.≫>【どういたしまして。敵の攻撃に注意して下さい】

 

防御しているため個々の被ダメージは大きくないが、先程からの累積で800近いライフを持って行かれている。さっきフライヤーで与えたダメージは1000程度なので、まだこちらが優勢だろう。

 

(ですが、僅差ですわね。悠長には構えられませんわ)

 

試合開始から然程時間は経っていないが、フロントアタッカー同士の戦いはそれこそライフポイントの削り合いになっていた。機動力の高いフェイトは辛うじて持ちこたえているものの、マリユースの方はそろそろ回復しておいた方が良いレベルのダメージを受けていた。勿論それは相手も同じなのだが、先に数の均衡を崩すのは不味い。

 

<ここはわたくしが決めておくべきですわね。チェーン・バインド! >

 

正面のガードウイングをバインドで拘束する。

 

「申し訳ありませんが、終わりにさせて頂きますわ」

 

敢えて声に出してそう宣言すると、フライヤーの射撃を叩き込んだ。相手のライフポイントが一気に減少する。

 

<≪Caution! Their Center Guard is preparing Buster magic.≫>【警告。敵センターガードが砲撃魔法を準備中】

 

はっとしてセンターガードの方を見た瞬間、白い光が辺りを覆った。

 

<高機動飛翔! >

 

<≪”Maneuverable Soar”≫>【『マニューバラブル・ソアー』】

 

間一髪のところで相手の砲撃を回避した。ウイングガードの男子は残りライフポイント30。リタイア目前の行動不能状態なので、とりあえず目標を切り替える。

 

<ミント、滞空時間制限に注意して。マリユースとスイッチ、行ける? >

 

<任せて下さいませ。マリユースさん、スイッチですわ>

 

マリユースのすぐ後ろに着地すると、立ち位置を入れ替えてトリックマスターを構えた。

 

<すまないな。すぐ戻るからそれまで持ちこたえてくれ>

 

<あら、別に倒してしまっても構わないのでしょう? >

 

<ミント、それ死亡フラグ! >

 

クスリと笑いながら敵フロントアタッカーの攻撃をベルカ式棒術で往なす。

 

「女の子だからって、甘く見ていると痛い目を見ますわよ! 」

 

そう強がって言ってはみたものの、フロントアタッカーの攻撃はさすがに重く、じわりじわりとライフポイントが削られていく。乱戦状態なのでフライヤーによる射撃も困難だ。

 

<ミント、大丈夫? >

 

<大丈夫、とは言い難いですわね>

 

フェイトからの念話に少しだけ弱音を吐くと、エンゲージ離脱を試みる。距離さえ取れればバインドなり射撃なりで攻撃が可能だからだ。ただ相手もそれは考慮している様子で、執拗に食い下がってきた。飛行魔法は一度見せてしまっているので、恐らく飛び立った瞬間、センターガードからの集中砲火を浴びるだろう。

 

<ミント、厳しかったら空中に逃げて。センターガードの攻撃は僕が何とかするから>

 

ユーノから念話が届いた。フェイトはきっちりもう一人のフロントアタッカーを押さえてくれている。コレットの相手はどうやら射撃が得意なようで、お互い射撃戦に入っていた。エステルの回復魔法でマリユースは間もなく戦線復帰可能だろう。

 

<判りましたわ。よろしくお願いしますわね>

 

トリックマスターがマニューバラブル・ソアーを起動し、俺が空中に逃れると同時に敵センターガードから射撃魔法が飛んできた。だがそれらは悉く緑色の障壁によって阻まれる。

 

<ユーノさん、ありがとうございます>

 

漸く体勢を立て直した俺は先程まで対峙していたフロントアタッカーをバインドで拘束した。

 

<≪Caution. The Center Guard will shoot Buster magic again.≫>【警告。センターガードがもう一度砲撃を撃つ様子です】

 

<大丈夫ですわ。トリックマスター、パルセーション・バスター! >

 

<≪Sure. “Pulsation Buster”.≫>【了解。『パルセーション・バスター』】

 

今度は相手の砲撃を予測していたので、こちらも対応準備は出来ている。俺が撃った空色の砲撃は空間歪曲で相手の砲撃を捻じ曲げ、そのままセンターガードを飲み込んだ。

 

 

 

結局相手のフロントアタッカーは、バインドで拘束された人も含めてフェイトが1人で倒すことに成功。苦戦していたコレットのところには回復したマリユースがサポートに入って無事勝利を収めた。その時点で相手のフルバックが降伏を宣言。俺達の初陣はいくらかダメージは貰ったものの、ほぼ完封と言っていい勝利だった。

 




改めて、一人称での戦闘描写って難しいな、と思いました。。
もっと沢山いろんな人の作品を読んで、戦闘描写の技量を上げていかないと。。このままでは第3部で行き詰ってしまいそうです。。

もうすぐお気に入り登録数500になろうとしているのに(ありがとうございます!)、このままではダメですね。。引き続き精進しますので、見捨てないで頂けると嬉しいです。。

>倒してしまっても
シリアスな場面ならすごくかっこいいセリフなのに、二次創作で使うと死亡フラグになってしまうのはお約束ですね。。


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第23話 「朱の支配者」

「ごめんなさい、私のせいで…」

 

「いいえ、これはコレットさんのせいではありませんわ。わたくしがもっと早く相手のウイングバックを削り切って、サポートに回れれば良かったのです」

 

数日に亘る魔法競技大会も最終日を迎え、全ての試合と表彰式を終えた。

 

俺達は2回戦以降も順調に勝ち進み、Gブロックの代表として二次トーナメントに進むことが出来たのだが、さすがにそこまで来ると他の二次トーナメント進出チームから徹底的に調査されてしまい、結局準決勝までは何とか辿り着いたものの、そこで相対した5年生の進級チームに敗退してしまったのだ。

 

「でも判定は本当に僅差だったし、あそこで私が落とされなければユーノ君やエステルちゃんに行く攻撃も防げたのに」

 

「まぁ過ぎちまったことを悔やんでも仕方ないさ。3位決定戦では勝てたんだし、初の大会でこの成績は快挙ってもんだ」

 

「そうよ。今回は相手の方が一枚上手だったってだけ。次の機会があったら負けないって思っておけばいいと思うわ」

 

「っていうか、むしろ今回のは僕のミスだよ。コレットに近接攻撃が行っていたのは判っていたのに防ぎきれなかったんだから。本当にゴメン」

 

「ユーノ、それは違うよ。相手のフロントアタッカーを食い止められなかったのは私達、前衛の失敗」

 

準決勝の相手はフロントアタッカー3名、ウイングバック、センターガードが1名ずつという、所謂3-0-2の変則型陣形を用いてきたのだ。フェイトとマリユースはエンゲージが封鎖され、そこにもう1人のフロントアタッカーが突出してきた。それがたまたまコレットの目の前だったというだけの話だ。

 

「なんちゃってディストーションフィールド」は魔法攻撃に対しては高い効果を発揮するが、白兵攻撃などの物理ダメージには逆に効果が薄い。これは予めトリックマスターにも警告されていたことだった。

 

本来ならそこは俺がスイッチするべきだったのだ。コレットは中・遠距離支援攻撃に特化した魔導師なので、近接されると分が悪い。同じように中・遠距離支援攻撃型魔導師である俺も分が悪いのは同じだが、少なくともベルカ式棒術が使える分、コレットよりも持ち堪えられた筈だ。

 

「いえ、やっぱりそこはわたくしが…」

 

スパーン!

 

言いかけたところでエステルに頭を叩かれた。

 

「もう! さっきマリユースも言ったけど、終わったことをいくら悔やんでも仕方ないでしょう? 反省するのは良いけれど、後悔するのは無意味よ」

 

「言っていることは正論ですが、今のはかなり痛かったですわよ」

 

目に涙を浮かべながらエステルに抗議した。隣で苦笑していたフェイトが、何かを思いついたようにポンと手を叩く。

 

「そうだ、打ち上げやろうよ」

 

「いいわね。折角大会3位入賞した訳だし、お祝いしましょう」

 

「うん、そうだね…コレットもミントも泣き止んで。3位入賞なんだから胸を張ろう」

 

「…わたくしが泣いているのは主にエステルさんのせいですわよ」

 

 

 

=====

 

打ち上げはその週の金曜日の夜に行うことになった。サリカさんが開催場所として快く自宅を提供してくれることになり、コレットとエステルも家族の許可を貰って泊まっていくことになった。勿論、ユーノとマリユースも外泊許可申請済みである。

 

「今日の料理はわたくしとフェイトさんの合作ですわ」

 

「私が作ったカレーに、ミントが作った鶏料理だよ」

 

「タンドリーチキンと言いますのよ。ご賞味下さいませ」

 

タンドリーチキンはヨーグルトや生姜、ニンニク、カレー粉等を混ぜ合わせたタレに半日ほど付け込んだ鶏肉をオーブンで焼くだけの簡単レシピだ。先日、もはや常連となりつつある例の臨海エリアにあるお店にカレールーを買いに行った時、たまたま見つけたカレー粉のパックに調理例としてレシピが載っていたのだ。ついでに小麦粉をオリーブオイルやヨーグルトで捏ね、バターで焼き上げたナンも用意してある。

 

最近はアルフもリニスと一緒にキッチンに立つことが多くなり、学院の課題などで忙しい時は代わりに炊事をして貰ったりもしていたのだが、矢張り自分で調理するのは楽しいものだ。配膳すると、友人達からも歓声があがった。

 

残念ながらアルフだけ別メニューなのは相変わらずなのだが。

 

「あたしは別に構わないよ。ちゃんとこうして美味しいお肉が用意されているんだからさ」

 

嬉々として軽く炙った肉に齧り付くアルフに悲壮感は欠片もない。使い魔化してから既に1年半以上が経過しても味覚についてはまだ素体の特性が残っているため、刺激の強いものや葱類などの中毒症状を引き起こすものは食べることが出来ないでいるのだが、本人は全く気にしていない様子だ。

 

一方、カレーとタンドリーチキンも友人達には大好評だった。フェイトの得意料理と言うことで、カレーライスは過去にも何度か振舞ったことはあったのだが、タンドリーチキンとナンについては今日が初披露である。

 

「ほれはふまひ! はいほー! 」

 

「マリユース、口の中にものを入れたまま喋るの止めなさい」

 

「でも言いたいことは判るよ。美味しいよね」

 

みんなでワイワイと食事を楽しみ、食後の後片付けも終えて居間で寛いでいるとリニスが声をかけてきた。

 

「今回はみんなよく頑張りましたね。準決勝は残念でしたが、学院第3位という成績は誇ってよいものですよ」

 

「そうだね。みんなすごいと思うよ。おめでとう」

 

サリカさんも微笑みながらお祝いの言葉を述べ、俺達は声を揃えて「ありがとうございます」と返した。アルフもその様子を嬉しそうに眺めている。

 

「ちょっとここでお話しがあります」

 

リニスが真面目な顔をしてそう言ったので、全員で注目した。

 

「大会前にも言いましたが、今回貴女達の試合は逐一フェイトの母親であるプレシアの希望により、映像データを送信していました」

 

「ええ。また裏技の『ほぼリアルタイム映像』だったのでしょう? 伺っておりますわ」

 

リニスは首肯して続ける。

 

「その映像を一緒に見ていた時空管理局の提督が、貴方達のことを非常に評価しています。出来れば将来、入局して欲しい…と連絡がありました」

 

「リンディさんの悪い癖ですわ。みなさん、あまり本気にする必要はありませんわよ。初等科5年とは言っても、わたくし達は飛び級していますから、実質まだ2年生相当ですし」

 

にこやかに勧誘するリンディさんと、その横で呆れながらツッコミを入れるクロノの姿は容易に想像できた。

 

「でも認めて貰っているっていうのは嬉しいな。オレとしては興味がないわけでもないし」

 

「僕は卒業後、スクライアの発掘現場に戻るつもりだから入局は考えていないけれど」

 

「あ、私は母さんと一緒に仕事してみたいから、卒業したら嘱託の資格を取ろうと思ってるんだ」

 

「私は技術職にも興味があるわ。デバイスマイスターの資格も取ってみたいし、そう言う意味では管理局に入局するのも悪くないかもしれないわね」

 

みんないろいろと将来のことを考えているんだなと思いながら、ふとコレットが全く発言していないことに気付いた。

 

「コレットさんは入局に興味はありませんの? 」

 

「え、私? 私は無理だよ。だって魔法も全然制御出来てないし」

 

「は? いえ、そんな事はないと思いますわよ? 」

 

いつになく自信無さ気に言うコレットに違和感を覚える。彼女が操る中距離射撃は初等科レベルではトップクラスといっても良い。極端に攻撃力が高い訳ではないのだが、とにかく集中力が高くて誘導弾のコントロールも抜群なのだ。魔法の収束率も良いため、効果の高い魔力弾を生成出来る。

 

「コレット、お前何か悩み事あるんじゃね? 」

 

マリユースがそう言うと、コレットは黙り込んでしまった。ソファの上で俯いたコレットの隣にフェイトが腰をおろす。

 

「そうなの? コレット、何か悩みがあるなら相談に乗るよ? 」

 

「そうですわよ。わたくし達はお友達ではありませんか」

 

俺がそう声をかけてもコレットは俯いたままだった。

 

「ああ、もう! 鬱陶しいわね! 折角の打ち上げお泊り会なんだから、その辛気臭い顔を止めなさい! 」

 

エステルがそう言うと、いきなりコレットを押し倒してくすぐり始めた。

 

「きゃっ、エステルちゃん、やだ、止めて、やめ…あはっ、あははっ…ダメっ、止めて~」

 

「どう? 話す気になった? 」

 

「言うよ~言うから~」

 

悶絶しながらそう言ったコレットだったが、落ち着いて話を始めるまで更に数分を要した。尚、ユーノとマリユースは真っ赤な顔をして服装が若干乱れたコレットから視線を外していたことをここに記しておく。

 

 

 

「実はね、大会が終わった日にお母さんに、私が落とされたせいで負けたって言ったのね」

 

「もう、その話は終わった筈でしょう? 」

 

「うん、ゴメン。でもそれは良くて。その後お母さんが『じゃぁ、接近戦を仕掛けられても撃退出来る魔法を教えてあげる』って言って、教えてくれた術式があるんだけど…今日まで何度練習しても上手く出来なくて」

 

「そう言うことなら、もっと早くに言いなさいよ…まずは術式を確認してみましょう」

 

サリカさんの許可を貰ってコレットに術式を展開して貰う。

 

「あら…? コレットさん、これ、『近接されても撃退出来る』と言われたのでしたわよね? 」

 

「うん。だから最初は近距離用の魔法だと思ったんだけど、構築式を見る限り広域魔法みたいなんだよね」

 

「わたくしも同じ見解ですわ。特にここのソースコード多重ループは広域殲滅型魔法によくある特徴ですし」

 

「でもミント、こっちのソートでは対象特定のアルゴリズムが組まれているよ。広域殲滅型だと、対象特定はしないよね? 」

 

「何だ、これ? プレコンディション? 何か前提が必要なのか? 」

 

コレットが展開した魔法陣に記された構築式は今まで見たことの無い複雑なものだった。まるで複数の魔法の良いところを切り取って貼り合せたような不自然さを感じる。

 

「魔法名は…っと。『Lord of Vermilion』ですって。これ、ヴァーミリオン家の秘伝魔法か何か? 」

 

「うーん、特に詳しいことは聞いてないんだよね…」

 

「何だか麻痺系の術式も組み込まれているみたい…リニス、どう思う? 」

 

「…これはどう見てもSランクの大魔法ですね。広域範囲魔法であるにも関わらず、対象を選択出来るようになっています。乱戦エリアで使用可能な範囲魔法と言うことですね。しかもダメージを与えて、尚且つ一時的に対象者の視覚を麻痺させるようです。恐らくエステルの指摘通り、ヴァーミリオン家に伝わる魔法なのでしょう」

 

その場にいた全員が感嘆の声を上げた。古くからある魔導師の家系では、代々伝わる魔法と言うものもあるのだが、いくら魔導師の家系とはいえ、生まれてくる子供が必ずしもリンカーコアを持っているとは限らないため、失伝してしまった魔法も数多くあると聞く。但しこうした魔法は正当な後継者が継承していれば、術者の魔力が魔法ランクに達していなくても発動できたりするのだ。

 

「えっと、そんな大切な魔法を私たちが見ちゃってもいいのかな? 」

 

「大丈夫ですよ、フェイト。前提条件として『ヴァーミリオンの血を継ぐ者』という項目がありました。ここにいる人間で、コレット以外にこの魔法を使える魔導師はいませんよ」

 

そう言うとリニスはコレットに向き直り、彼女を見つめてにっこり微笑んだ。

 

「折角ですから、魔法学のお勉強をしましょう。この魔法の難しいところは効果範囲がとても広いにも関わらず、エリア内にいる全ての人に効果を及ぼすのではなく、術者が対象として指定した人だけに効果を及ぼすところにあります」

 

「それって、ミントの『フライヤー・ダンス』とは違うの? 」

 

「『フライヤー・ダンス』はフライヤー自体の機動性と速射性で広域範囲をカバーしているだけで、元々は単体射撃魔法なのですわ。広域範囲内で素早く標的を切り替えているだけですのよ」

 

勿論同じように広域範囲をカバーした上で対象を選択する以上、いくつか共通する技術はあると考えられる。例えばマルチロックオンやそれぞれの対象への収束率演算などだ。それを伝えると、リニスは満足そうに頷いた。

 

「正解ですよ、ミント。今ミントが言ったのは『魔法制御』と呼ばれる技術です。これはコントロールを的確にし、誤射し難くする『魔法誘導』や、拡散しがちな魔力を一か所に収束させて効果を高める『魔法収束』と言った技術を発展させたものです」

 

「でもそう言う意味では、コレットの『魔法誘導』や『魔法収束』はかなり高いレベルだと思います。それでも発動出来ないのですか? 」

 

さっきリニスが「魔法学の勉強」と言った所為か、ユーノの発言も生徒モードになっていた。

 

「ユーノ、魔法戦闘に必要な4Cと言うものを聞いたことがありますか? 」

 

「はい。コントロール、コンビネーション、集中力(コンセントレーション)、自信(コンフィデンス)ですね」

 

「コレットの場合、コントロールと集中力はとても良いのですが、マルチタスクを多用したコンビネーションに若干の難がありますね。そして、その原因は自信が足りない所為だと推測出来ます」

 

「はい…」

 

コレットは若干俯き気味に頷いた。

 

「でもそれって、これからマルチタスクの練習に重点を置いて、自信をつければいいってことだよな? 」

 

「そうよね。別に期限がある訳でもないし、気長に練習しましょう」

 

「うん! ありがとう、みんな…」

 

こうして何とかコレットの元気も戻り、翌日から「ロード・オブ・ヴァーミリオン」の習得に向けた特訓を始めることで話が纏まった。ふと気が付けば、既に時計は21時を指している。

 

「じゃぁみんなそろそろお風呂に入って寝なさい。夜更かしはダメだよ」

 

サリカさんに促されて「はーい」と返事をすると、みんなで居間を後にした。尤も6人全員で入るにはお風呂の広さに難があったので、女子4人で先に入り、ユーノとマリユースには後から入ってもらうことにした。

 

 

 

翌朝、みんなより少し早めに起き出して、フェイト、アルフと一緒に棒術の練習をしているとユーノが起きてきた。

 

「おはよう。相変わらずそれやってるんだね」

 

「もう完全に日課ですわね。ユーノさんもどうです? 」

 

「いや、僕は遠慮しておくよ。頑張ってね、ミント、フェイト」

 

≪He is spineless, master.≫【彼は軟弱者です】

 

「トリックマスター!? 」

 

ユーノが立ち去った後、いきなりトリックマスターが毒を吐いた。

 

≪He refused also, when I asked him to peep you together at bathroom last night.≫【昨夜もマスター達のお風呂を覗きに行こうと誘ったら断られましたし】

 

「それは断って当然ですわよっ! 」

 

≪Do not worry. I am just joking.≫【冗談です。ご心配なく】

 

「言っていい冗談と悪い冗談があることを、ちゃんと覚えて下さいませ…」

 

苦笑するフェイトとアルフに慰められながら、俺はガックリと項垂れた。

 

その後、エステルやコレット、マリユースも起きてきたので、みんなで朝食にした。日勤のサリカさんが出かけると、リニスが公共の魔法練習場に行くことを提案してきた。昨夜のこともあって、一も二もなく賛成する。リニスも保護者代わりに同行することになった。

 

「じゃぁ、早速行ってみようぜ! 1回でも成功すれば、コツも掴めて自信もつくだろうし」

 

「そんな一朝一夕に行ければ苦労しないわよ」

 

「うん、でもありがとう。私頑張るね」

 

 

 

練習場に到着すると、それぞれデバイスをセットアップし、準備運動代わりに誘導弾のコントロール練習をする。複数の誘導弾を展開すればそれだけ思考を並列させる必要があるので、マルチタスクの練習にもなる。尤も10歳未満の子供に展開できるのは精々6つまでで、それ以上の展開は脳に負担がかかり過ぎるらしい。

 

「コレットさん、調子はどうですか? 」

 

「ありがとう、ミントちゃん。大丈夫だよ」

 

3発の誘導弾を展開し、更に1つ、2つと誘導弾を追加したコレットに声をかけてみると、意外にもまだ余裕がある感じだった。

 

「もう1発、追加してみましょう。合計6発の誘導弾をコントロールしながら、わたくしとお喋り出来るようならマルチタスクには全く問題がありませんわ」

 

「う、うん。やってみる」

 

更に1発の誘導弾を追加すると、途端に制御が乱れた。即座にフライヤーを1基、誘導弾にぶつけて相殺する。

 

≪The cause is definitely the psychological matter.≫【矢張りこれは精神的なものですね】

 

トリックマスターの推測に頷く。

 

「5発なら余裕があるのに、6発にした途端乱れるのですから、まず間違いないですわ」

 

「どうしたらいいと思う? 」

 

「やっぱり、ここは練習あるのみじゃね? 」

 

「そうだね。こればっかりは慣れるしかないと思うよ」

 

「…だそうよ。頑張って、コレット」

 

「う、うん」

 

それから昼食を挟んで午後まで練習してみたのだが、制御が乱れるコレットの癖は直らない。何かいい方法はないかと全員で相談した。

 

「そう言えば、例の『ロード・オブ・ヴァーミリオン』って、最初発動に失敗した時はどんな感じだったんだ? 」

 

「あの時はまだ普通の広域範囲魔法だと思っていたから、そっちのイメージだけで発動しようとして失敗したの。だから何も起こらなかったよ」

 

「でも、今はこの魔法の本質は判っている訳よね…ちゃんと理解しているから正しく発動できる可能性は高いわ」

 

「だな。なぁ、もう一度試しに発動させてみないか? 」

 

マリユースとエステルは結構乗り気でコレットに魔法行使を勧めているが、実際にはどんな魔法なのかを知りたくてうずうずしているのだろう。そう言う俺自身も興味があるので2人を止めはしない。非殺傷設定なわけだし、それ以前に効果範囲に人が入らないようにしておけば良いのだから。

 

「うん。じゃぁやってみるよ」

 

「本当に大丈夫? 無理はしないでね」

 

軽いノリがうつったかのようにそう言うコレットに対して、フェイトが心配そうに声をかける。

 

「大丈夫だよ、フェイトちゃん。場所的なこともあるから、出力はあまり出さないイメージでやってみるし」

 

コレットはそう言って微笑むと、練習場の中央に立った。

 

「一応、念のため封時結界を展開しておくよ。このブース丸々カバーしておけばいいかな」

 

「ありがとう。じゃぁ、やってみるね~」

 

ユーノが結界を展開すると、コレットが集中を始めた。足元には予想していたよりも大きめの魔法陣が3重に展開される。コレットの魔力がどんどん高まっていくのが判った。

 

「たぶん一番外側の魔法陣よりも外にいれば大丈夫だとは思うけれど、一応みんな離れられるだけ離れておいて」

 

封時結界を制御しながらユーノがそう言う。全員がギリギリ後ろまで下がったところで魔法陣内に変化があった。まるでマグマで出来た大蛇がうねるように朱色の炎が地面のあちこちから湧き上ってくる。と、次の瞬間、魔法陣内が巨大な火柱に包まれた。

 

「ひぶっ!? 」

 

同時に聞こえたコレットのあられもない悲鳴に、全員が一瞬固まってしまった。炎はすぐに治まり、ぼろぼろのバリアジャケットで呆然と立っているコレットだけが残された。慌てて全員で駆け寄る。

 

「コレット、大丈夫!? 」

 

「意識はあるか!? 大丈夫か!? 」

 

「う、うん…出力落としていたから。でも目が見えなくて」

 

「あ…そう言えばリニスさんが、視覚麻痺効果があるって言っていましたわね」

 

「そうですね。ただ一時的なものですから、数分もすれば効果は切れると思いますよ」

 

「何にしても無事で良かったよ。バリアジャケットがダメージを殆ど吸収してくれたんだね」

 

「うぅぅ、でもまさか自爆するとは思わなかったよぉ…」

 

コレットが無事なことが判って、みんなホッとしたのか、口々に慰めの言葉をかけていった。暫くすると視覚麻痺効果も切れたようで、コレット自身も元気を取戻し、また頑張る、と宣言した。

 

 

 

=====

 

それから一か月程が経過し、練習に練習を重ねたコレットは自爆することなく「ロード・オブ・ヴァーミリオン」を発動させることに成功した。

 

だがそれで浮かれてしまっていた俺達は、コレット本人も含めてすっかり忘れていたのだ。

 

…コレットがマルチロックオンの練習を全くしていなかった事実を。

 

 

 

久し振りに3on3で模擬戦をやることになった俺達は、コレットの魔法が炸裂した瞬間に、そのことを思い出す。

 

「あ…ゴメン! みんな、逃げてー!! 」

 

コレットの悲鳴と共に、敵も味方も関係なく相当の魔力ダメージと視覚麻痺を受けた俺達は、異口同音に叫んだ。

 

「「「「「次は『魔法制御』の特訓だから(ですわ)!! 」」」」」

 




タイトルだけは若干不穏な雰囲気を醸し出しつつ、内容は全くいつも通りの日常です。。

「ロード・オブ・ヴァーミリオン」の元ネタは某MMORPGの大魔法です。。最近は同名のオンライン対戦型トレカゲームもあるようですが、そちらは残念ながらあまりよく知りません。。

今日、何気にランキングを眺めていたら本作がまた日間の方にランクインしていました。。
そしてついにお気に入り総数が500を超えました。。
みなさまのご愛顧には本当に頭が下がります。。ありがとうございます。。

今後は日間だけでなく、週間や月間の方にも載るようになると嬉しいので、引き続き頑張ります。。
どうぞ末永くよろしくお願いいたします。。

※「ヴァーミリオンの姓」→「ヴァーミリオンの血」に訂正しました。。
 また、一族伝来の魔法は継承していれば魔力ランクが魔法ランクに達していなくても使用可能、という一文を追加しました。。
 ご指摘ありがとうございます。。


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第24話 「質量兵器」

ミッドチルダにおける「修学旅行」は、かつて「宿泊研修」とも呼ばれており、課外授業の一環として魔法の成り立ちや過去の歴史について実地研修を行うためのものだった。

 

例えばクラナガン・セントラル魔法学院の初等科が行先にしている第12管理世界フェディキアは、聖王教会の総本山である中央教会堂があり、時空管理局が発足するよりもずっと昔、旧暦以前にあった古代ベルカの戦争について当時のベルカ側から見た戦争記録の写本が少数ながら遺されている。写本とはいえ制作された年代も旧暦以前であるため、それ自体の歴史的価値も高い。

 

こうした写本は門外不出ではあるものの中央教会堂の図書室を訪れれば見学することは可能であり、教会のシスターも口伝として遺された伝説や伝承を説明してくれる。フェディキアの聖王教会中央教会堂を修学旅行先にしている魔法学院は多いが、クラナガン・セントラル魔法学院も含めてその殆どが古代ベルカにおける戦乱について教えられ、質量兵器やロストロギアの危険性についてを学ぶのだ。

 

「…という訳で、古代ベルカで行使されていた魔法の殆どは、現在では失われてしまっています。みなさんの中にはベルカ式魔法を使用されている方もいるとは思いますが、これは失われてしまった古代ベルカの技をミッド式魔法の傍系として再現したものなんです。これを近代ベルカ式魔法と呼びます」

 

ミナモ先生の説明を聞きながら、陳列棚に並べられた聖王の聖骸布(レプリカ)やら古代のアームド・デバイス(レプリカ)やらを見学する。殆どの陳列物に「(レプリカ)」の表記があるが、オリジナルは恐らく厳重に保管されているのだろう。

 

 

 

唐突だが、俺達はフェディキアにある聖王教会、中央教会堂に来ている。初等科5年の恒例行事、修学旅行だ。尤も所詮は初等科、行程は2泊3日のあくまでも小旅行ではあるが、今日はその2日目だ。

 

「それにしても、すぐに治って良かった。昨日は心配したんだよ? 」

 

ミナモ先生の説明が終わると、隣のフェイトが小声で話しかけてきた。実はフェディキアに到着してすぐ、俺は魔力素不適合症を発症してしまったのだ。ただ以前リニスがブラマンシュで発症した時よりも軽症で、半日休んでいただけで体調は元通りになった。

 

「心配をおかけしてすみません。もう体調は万全ですわ」

 

偶に発症する生徒もいるらしいのだが、今回は過去の発症例と比較しても然程重篤な状態ではなかったらしい。但し後遺症の恐れもあるとのことで旅行中は念話以外の魔法使用を禁止されてしまっている。

 

勿論街中で攻撃魔法や移動魔法などを無許可で行使するのは違法だし、それは病気に関係なく禁止されているのだが、初日に実施された近代ベルカ式魔法の術式を構築する研修に参加出来なかったことだけはとても残念だった。

 

尤もとりあえず基本構築式さえ覚えておけば構築自体はミッドチルダに戻ってからでも出来るので、然程不都合はない。むしろ今は旅行を楽しむべきだろう。そう言うと、フェイトはクスッと笑った。

 

「ところで今夜はディナークルーズだったっけ。楽しみだね」

 

「中央教会堂を出たあとは昼食後に自由行動、夕方18時にSt.ワレリー港に現地集合でしたわね」

 

ディナークルーズ自体は研修とは関係ないだろうが、生徒達のモチベーションを上げる役には立っているようだ。St.ワレリー港から船で沖に出ると、中央教会堂を中心としたフェディキアの街並みの夜景が水面に反射して、それはそれは綺麗なのだそうだ。次元世界の夜景100選にもなっており、ここのディナークルーズはとても人気が高いのだ。

 

「だけど、さすが聖王教会のお膝元だね。いろんな場所に聖人の名前が使われてるみたい」

 

「聖ワレリーは聖王教会の宣教師でしたわね。そう言う意味では港の名前になるのも頷けるのですが、どちらかと言うと空港の方が相応しい気がしますわ」

 

「空港には最初の殉職者、聖ジルベールの名前が付いちゃっているからね。はい、これ。念のためおでこに貼っておいてって先生が」

 

ユーノが横から額に貼り付けるタイプの解熱シートを差し出してくる。姿が見えないと思っていたら、どうやら先生から解熱シートを貰ってきてくれたらしい。

 

「ありがとうございます。もう殆ど問題はないのですけれど」

 

ユーノにお礼を言うと、シートを額に貼り付けてもらった。

 

「ところで、何で聖ワレリーの話をしていたの? 」

 

「丁度夕方にSt.ワレリー港に参りますから、名前の由来を話していたのですわ」

 

「ああ、成程」

 

暫く3人で見学を続け、次のブースの手前まで来るとフェイトが手元のパンフレットを見つめた。

 

「ミント、ユーノ、次のブースはロストロギアのレプリカが陳列されているみたいだよ」

 

「ではユーノ大先生に解説をしてもらいましょう。よろしくお願いしますわね」

 

照れるユーノを煽て透かして解説をして貰いながら3人で見学を続けた。ちなみに中央教会堂内は少人数で移動することが推奨されていたので、コレットやマリユース、エステルは別行動だ。教会堂から出た後で合流する予定になっている。

 

「そもそもロストロギアっていうのは過去に滅んでしまったり、消失してしまった世界で製造された物の中で、現存技術では再現できないような超高度技術で作られたものを言うんだ。中には使い方次第で次元世界を崩壊させるようなものもある…」

 

ユーノが、ブースの一角を示した。

 

「これなんかは危険度で言えば最大級のものだね。旧暦462年に起こったとされる次元断層…隣接する世界が複数崩壊して虚数空間に飲み込まれてしまったんだ」

 

「ここにはレプリカが置いてないんだね」

 

「言い伝えでしか存在しないんだ。どんなロストロギアだったのかは誰も知らない。でも実際に断層が発生した場所は今でも座標が不安定で虚数空間が広がる危険な場所だよ」

 

「まるで…」

 

時空震爆弾(クロノ・クェイク・ボム)…と言いかけて、すぐにその言葉を飲み込む。

 

「どうしたの? ミント」

 

「いえ、何でもありませんわ」

 

フェイトに笑顔で答える。結果として大災害に繋がったという点は同じでも、時空震爆弾はギャラクシーエンジェルのエピソードに登場した空間を相転移させる爆弾であって、この世界とは関係ない。俺は軽く頭を振ると、その考えを追い払った。

 

「程度の強弱はあっても、次元干渉型のロストロギアは概ね危険だよ。時空管理局のA級捜索対象になっているのも殆どがこのタイプなんだ」

 

「そう言えばスクライア一族は、そうした危険度の高いロストロギアの捜索も行っていましたわね。発見したら管理局に通報して引き取ってもらうのだとか」

 

「そうだよ。僕達一族はそうした対価の支払いで生計を立てているからね」

 

「ちょっとお伺いしたいのですが、ブラマンシュの遺跡にもそんな危険なロストロギアがあったのですか? 」

 

そもそもユーノ達スクライア一族がブラマンシュにやってきたのは先史文明の遺跡調査と発掘が目的だったが、その遺跡から危険な代物が発掘されたというような話は聞いたことが無かった。

 

「僕が知っている限り、危険な発掘品はなかった筈だよ。でもあそこはブラマンシュの人達が暮らすようになる前から存在している遺跡だし、実際のところ次元干渉型のロストロギアが存在することを示唆する文献があったからこそ調査に行った筈なんだ」

 

ユーノの言葉を聞いて背筋が凍るような気がした。

 

「では、本来ならそうした危険物があった筈なのですわね」

 

「うん。でも発掘のプロであるスクライアが調査して出てこなかったんだから、あの遺跡には間違いなくロストロギアは存在しなかったんだと思うよ」

 

「既に盗掘されていたとか、かな? 」

 

フェイトも興味を持ったようで、ユーノに尋ねている。

 

「ううん、その可能性も低いと思う。盗掘されていれば必ずその形跡がある筈なんだ。スクライアがそれを見落とすはずがないよ」

 

いずれにしても、現時点でブラマンシュには危険なロストロギアは存在しないのだろう。そう思ったのだが、ユーノは意外にも答えを保留にした。

 

「もしかすると、僕たちが調べた文献の情報が間違っていた可能性もあるんだ。例えば文献が作成された後に、何らかの事情で保管場所の方が変更されたとか、そもそも文献自体が後世の探索者を欺くためのダミーだったとか」

 

過去にもそうした誤情報によって調査や発掘が空振りになったケースは多いらしい。ブラマンシュでも目的のロストロギアは見つからなかったが、それ以外にいろいろな収穫があったため、長期間の発掘作業を行っていたのだそうだ。

 

「フェイトには言ってなかったけれど、僕のレイジングハートもブラマンシュで発掘されたコアを使っているんだよ」

 

「そうなんだ。知らなかった」

 

「そう言えば、わたくしもすっかり忘れていましたわ」

 

ちなみに今ここにはレイジングハートもトリックマスターもバルディッシュもいない。中央教会堂は一般観光客のデバイス持ち込みが禁止されているため、入り口のクロークに預けてあるのだ。

 

「一応、ブラマンシュでの調査結果と文献との照合は実施したんだけど、ロストロギアについての記述以外は殆ど一致していたらしいから、たぶん後世に保管場所が変更された可能性が高いと思う」

 

残念ながらユーノはブラマンシュにあったのがどんなロストロギアだったのか詳しく教えられていなかったようだが、いずれまたブラマンシュに探索に行きたいと抱負を語った。

 

 

 

中央教会堂の展示ブースを出てクロークからデバイスを受け取り、中庭に向かうとコレット達が待っていてくれた。

 

「こっちだよ~」

 

手を振るコレットのところに向かう。

 

「思ってたよりも遅かったな。体調は大丈夫か? 」

 

「ええ、大丈夫ですわ。ご心配おかけしました」

 

「解熱シートを付けている状態で言われてもあまり説得力はないわね。少しこっちのベンチで休んでいたら? 」

 

エステルに勧められるままにベンチに腰掛ける。

 

「ありがとうございます、エステルさん。でもこれはミナモ先生が心配して下さっただけで、本当に体調はもう大丈夫ですのよ」

 

「魔法が使えないだけだよね」

 

フェイトが苦笑しながら言う。

 

「ゴメン。ロストロギアのブースで話し込んじゃって、それで遅れたんだよ」

 

「まぁユーノがいるからな。そうじゃないかって話はしてたよ」

 

雑談をしていると「集合~」というミナモ先生の声が聞こえたので教会堂正面に集合し、全員で昼食を頂くレストランに移動した。

 

フェディキアは海産物が有名で、次元世界でも屈指の魚市場がある。今日の昼食はこのマーケットに併設されたシーフードレストランでロックオイスターを頂いた。日本の岩牡蠣とは異なり、小振りで一口サイズだったが、味は十分に美味しかった。

 

 

 

=====

 

午後の自由時間は6人で街の散策をし、お土産を買ったりしているうちに、あっという間に時間が過ぎてしまった。一応集合時間まではまだ多少余裕があるものの、いつの間にか買い物をしながらSt.ワレリー港とは反対側の方まで行ってしまっていたので、全員無意識のうちに小走り状態になっていた。

 

「あっ、危ない! 」

 

不意にエステルが声を上げた。丁度狭い路地から大通りに飛び出した俺の目の前を、白い服を着た女性が歩いていたのだ。俺は勢いを止められず、女性にぶつかって転んでしまった。

 

「ミント! 大丈夫? 」

 

フェイトが駆け寄ってくる。多少膝を擦りむいてしまったが、他に怪我らしい怪我はなさそうだ。

 

「わたくしは大丈夫ですわ。それよりも…」

 

ぶつかった相手の女性も尻餅をついていたが、すぐに立ち上がって服の裾を払うと、にっこり笑って俺が落としてしまったトリックマスターを拾ってくれた。見たところサリカさんと同じくらいの歳のようだ。

 

「急に飛び出すと危ないわよ。はい、このお人形さん、貴女のよね? 」

 

「あ…申し訳ございませんでした。ありがとうございます」

 

その女性の笑顔に引っかかりを憶えた。大きめの丸い眼鏡をかけた、青い瞳。肩ほどまであるプラチナブロンドの髪。マーメイドスタイルの白いワンピースドレスに身を包んだこの女性を、俺はどこかで見たことがあるような気がした。

 

「あの、すみません。どこかでお会いしたことはありませんでしたでしょうか? 」

 

「うーん、貴女のような可愛い子に会ったら忘れないと思うけれど。生憎と記憶にはないわね」

 

「そうですか。他人の空似かもしれませんわね。本当に失礼致しました」

 

フェイトやユーノ、コレット達も一緒になって謝ってくれ、女性も大丈夫だから、と笑顔で手を振ってくれた。

 

≪I would like you to apologize as well, master.≫【私にもお詫びをお願いしたいです】

 

「そうですわね。手を放してしまってすみません」

 

≪…Please be careful not to tumble.≫【…これからは転ばないように気を付けましょう】

 

「ええ、気を付けますわ」

 

女性と別れた後、抗議してくるトリックマスターに苦笑しながら謝り、今度は注意しながら走った俺達は何とか集合時間の10分前にSt.ワレリー港に到着することが出来た。点呼の後で船に乗り込んだのだが、ディナークルーズで見た夜景はとても綺麗で、食べたロブスターも逸品だった。

 

「夜景、綺麗だったね~」

 

「うん。すごく綺麗だった。鮮やかっていうのかな」

 

クルーズを終え、ホテルに戻ってからも女子達は夜景の話で盛り上がっていた。実際、クラナガンの夜景よりも色とりどりの明かりに浮かび上がった街並みは筆舌に尽くし難いものがあり、機会があればまた訪れてみたいとも思った。

 

「そう言えば、明日の予定はどうなっているんだっけ? 」

 

「朝からお昼過ぎまでは旧市街と博物館の見学ですわ。お昼ご飯の後にSt.ジルベール空港から出発になりますわね」

 

「そっか~楽しかったな。また来たいね」

 

魔力素不適合症で初日を無駄にしてしまったのはとても残念だったが、それをおいても楽しい旅行ではあった。そもそもフェイトやコレット、エステル達と泊りがけで旅行に出る機会など早々なかったのだから、それだけでもみんなテンションが上がっているのだろう。

 

「貴女達、楽しいのは判るけれど明日もあるんだから、いつまでも騒いでいてはダメよ」

 

見回りに来たミナモ先生に注意され、ベッドに潜り込む。

 

「ねぇ、ミナモ先生」

 

「なあに?」

 

「イノリ先生のこと、毎朝お迎えに行ってるってホント? 」

 

コレットの質問に、ミナモ先生は軽く笑いながら言った。

 

「本当よ。学生時代からの腐れ縁なのよ。さぁ、無駄話はこれくらいにして、もう寝なさい」

 

「「「「はーい」」」」

 

みんなで布団を被ると、先生は電気を消した。勿論、それで眠らないのがお約束なのだが、暗い中でおしゃべりを続けていることがバレて先生に怒られるのもまたお約束。さすがに廊下に並んで正座、などということはなかったが、4人共学院に戻ってから3日間のトイレ掃除を言い渡された。

 

 

 

翌日、旧市街を観光していると、黒っぽい修道服に身を包んだ数人のシスターが巡礼のような行列で教会堂の方に向かうのを見かけた。シスターのうち何人かは頭からフードの付いたマントを羽織っていた。

 

「何だか、こういう風景はさすがフェディキアだと思うわ」

 

「そうだね。クラナガンではまず見ない景色だと思う」

 

聖王教会が実質国のような形で保有する北部のベルカ自治区に行けば同じような光景が見られるのかもしれないが、確かにクラナガンではそうしたことはまず目にしない。思わずありがたいものを崇めるかのように、手を合わせてお辞儀をしてしまう俺達がそこにいた。

 

「お待たせ…みんな、何してるの? 」

 

近くのお店で飲み物を買っていたユーノとマリユースが戻ってきた。

 

「聖王教会のシスターが中央教会堂に向かわれる所を拝見していたのですわ」

 

「へぇ。言われてみれば、あまり見ないよな。ほら、ドリンク」

 

「ありがとうございます」

 

紙パックの紅茶を手渡してくれたマリユースにお礼を言うと、受け取ったパックを開けてストローを差し込んだ。

 

「そう言えばお前ら昨夜騒いで怒られたんだって? 」

 

「うん…戻ったらトイレ掃除だって」

 

「言っとくけど、オレらは手伝わないからな」

 

「女子トイレですわよ?手伝って貰っても逆に困りますわ…」

 

 

 

=====

 

「…随分と騒がしいですわね。どうしたのでしょう? 」

 

博物館で古代ベルカ時代の武具や鎧などを見学しお昼御飯を食べた後、いよいよミッドチルダに戻るためにSt.ジルベール空港に向かったのだが、どうも様子がおかしかった。

 

「何だか人も多いね。何かあったのかな? 」

 

「皆さん、集合して下さい~」

 

雑談をしていると、先生の声が聞こえてきたのでクラス毎に整列する。

 

「今、どうやら航路上で磁気嵐が発生しているとの情報があり、次元航行船の発着が見合わせられているのだそうです。復旧の目途は立っていない様子で、最短でも2、3時間は動けないだろうとのことでした」

 

磁気嵐は次元航行を行う上では然程障害にはならないが、次元空間に入るときと通常空間に出る時には一度宇宙空間に出る必要がある。この時に磁気嵐が発生していると、船体や計器に影響が出てしまうのだ。時空管理局本局のように最初から次元空間にポートがある場合は例外だが、それでも地上に降下するシャトルは一度通常空間に出るため、磁気嵐が発生している時は運行を見合わせるのが常だった。

 

えー、とか、どうするんですかー、といった声があちこちから上がる。

 

「静かにー! とりあえず今から2時間、空港の施設内に限り自由行動とします。但しクラナガン・セントラル魔法学院の生徒として、節度を持った行動をすること。2時間後にまたここに集合です。良いですね」

 

先生がそう言った途端、生徒達はみんな元気な声で「はーい」と答える。ユーノとフェイトが俺のところにやってきた。

 

「とりあえず、マリユース達を誘って売店か喫茶店に行こうか」

 

そう言うユーノに返事をしようとした時、視界の隅に修道士らしい人の姿が映った。今朝見かけた修道士と同じように、フードの付いたマントを羽織っているのだが、マントが翻った時にちらりと見えた真っ白な服に違和感を覚える。

 

それは昨日、街中でぶつかってしまった女性だった。大きめの丸い眼鏡をかけた、肩ほどまでのプラチナブロンド。その女性が、修道士のようなフード付きのマントを羽織っていたのだ。その瞬間、俺はその女性をどこで見たのかを思い出した。

 

(…ルル・ガーデン! )

 

この世界ではない、前世でのことだ。ギャラクシーエンジェルの漫画版にのみ登場する女性。丁度漫画に初登場した時の恰好が、今の服装に酷似していた。

 

「すみません、ユーノさん、フェイトさん。後で連絡を入れますわ」

 

「ミント!? 」

 

女性を見失わないように後を追いかける。もしかしたら転生者なのかもしれない。そう思うと、どうしても話をしてみたくなったのだ。だが彼女は昨日会った時、俺のことを知らないと言った。

 

(少なくともミント・ブラマンシュの容姿に何の反応も示さなかったことは事実ですわ。もしかしたらただ容姿が似ているだけで、転生とは関係ないのかも)

 

いや、そもそも転生者がみんなギャラクシーエンジェルの登場人物の容姿と同じかどうかすら確証がないのだ。それこそ他人の空似ということも十分あり得る。

 

(他のエンジェル隊メンバー…いえ、せめてシェリー・ブリストルとかノアとかなら判り易いのですが)

 

ルル・ガーデンは漫画版でも一度だけしか登場していない。ミルフィーユ・桜葉とランファ・フランボワーズを人質にしてシヴァ皇子との交換交渉を持ちかけるものの、タクト・マイヤーズの策略により失敗してしまう人物だった。しかも「この借りは必ず…」と捨て台詞を残したものの、結局その後再登場することの無かった不遇のキャラである。

 

そんなことを考えながら後を追っていたのが悪かったのか、ふと気が付くとルルらしき女性を見失った上、空港の地下設備に迷い込んでしまっていた。

 

≪Master, non-official people are prohibited to enter around this area. I recommend you to back to upstairs at once.≫【マスター、このエリアは立ち入り禁止のようです。即刻戻られることを推奨します】

 

両手で抱えたトリックマスターが、そう提言してきた。

 

「そうですわね…あの女性も見失ってしまいましたし」

 

≪Can I ask you the reason why you are chasing her like this? ≫【ここまでしてあの女性を追いかける理由を伺ってもよろしいですか】

 

思わず回答に詰まってしまった。トリックマスターに詳細な理由を伝えるということは、転生について話すということだ。だがこの話には呪いがかかっている。さすがにデバイスのAIにまで有効な呪いと言うことは無いだろうが、念には念を入れておいた方が良い。

 

「…少しお話をしたかったのですわ。他の人には絶対に聞かせられないお話しです。もし彼女と相対する機会があったら、トリックマスター、貴女もスリープに移行してログを残さないようにお願いしますわ」

 

≪It is rather unconvinced, but I have noted.≫【納得は出来ませんが、了解しました】

 

「申し訳ありません。それから今の話は他言無用ですわ。とりあえず今は、みなさんのところに戻りましょう…」

 

そこまで言いかけて、ふと壁のパイプに取り付けられた、奇妙な装置に気が付いた。15cm程度の、円筒形の装置がパイプに取り付けられている。パイプに面した部分は円錐状に窪んでいて、装置から伸びたコードが別の装置に接続されていた。そちらの装置には徐々に減っていく数字が表示されている。

 

「…っ! 」

 

俺は目を見開いた。これは何処からどう見ても時限爆弾だった。バリバリの質量兵器である爆弾が、何故管理世界に存在するのかは判らないが、前世ですら物語の中でしか見たことの無いものがいきなり目の前に現れたことで、一瞬だけ思考が停止する。

 

「トリックマスター、このパイプは何のパイプだか判りますか? 」

 

≪I am not quite sure, but it might be the gas pipe according to its structure.≫【正確には判りませんが、構造からガス管ではないかと推測されます】

 

「トリックマスター、ここの座標をレイジングハートとバルディッシュに転送! 急いで! 」

 

トリックマスターが了解と返してくる。俺は唯一許されている念話でミナモ先生に連絡を取ろうとしたのだが、上手く繋がらない。何かに念話を妨害されているような感覚があった。デバイス通信も上手く繋がらないようで、トリックマスターからデータ転送不可の回答がある。タイマーの表示は残り1時間半ほどだった。

 

「仕方ありませんわ。兎に角早く地上に戻って、このことを報告しませんと」

 

≪Caution. Suspicious people are approaching us.≫【警告。不審な人物が数人近づいてきます】

 

トリックマスターの報告にハッとして近くにあった機械の陰に隠れた。遮蔽物は他にもいくつもあったが、完全に体を隠せるようなものではなかった。

 

「トリックマスター、わたくしが囮になりますから、その隙に地上と連絡を」

 

≪I cannot accept your idea.≫【承服しかねます】

 

「あそこにあるのは質量兵器ですわ。早く伝えないと大変なことになります。魔法が使えないわたくしはむしろ足手纏いでしょう。それにトリックマスターのサイズなら、この通路を隠れたまま移動できそうですし」

 

≪…Sure.≫【…了解】

 

小声でトリックマスターに指示を出すと、若干不満そうではあったものの、同じく音量を抑えた回答があった。その時、何かが目の前に落ちてきて、周りに煙を吹き出し始めた。恐らく催眠、または催涙ガスの類だろう。もう一刻の猶予もない。

 

「お願いしますわよ、トリックマスター」

 

片手で口を押えながら、床の上を滑らせるようにトリックマスターを放り投げたところで、俺の意識はそのまま闇に落ちた。

 

 

 

=====

 

どのくらい意識を失っていたのだろう。気が付くと、小さな部屋で簡易ベッドらしきものの上にいた。衣服は脱がされて下着姿だった。一瞬状況が判らず起き上がろうとしたところで手足が拘束されていることに気付いた。四肢をベッドの柵に固定されているらしい鎖がじゃらっと音を立てる。

 

「目が醒めたみたいね」

 

声のする方に視線を向けると、そこにはあの女性が座っていた。

 

「ルル・ガーデン…」

 

「あら、何処でその名前を知ったのかしら? 爆弾を見られた上に名前まで知られたら、本当に生きて返す訳には行かないわね」

 

ルルは昨日見た笑顔とは全く違う冷たい笑みを浮かべて俺を見ていた。当初は転生者と話をしてみたいと思って彼女を追っていたのだが、今の一言で一気にその気が失せた。今、相手に余計な情報を与えるのは悪手だろう。ふと以前クロノやリンディさんから聞いた、大規模テロ組織の話を思い出した。

 

「そう言えば、管理世界、管理外世界を問わずに連続爆破テロを行っている組織がいるのでしたわね」

 

「それを聞いたところですぐに死んじゃう貴女には意味の無いことよ」

 

「…貴女達は何故こんなことを」

 

「だから無意味だって言っているのよ。そうね、貴女には必ず死ねる呪いをかけてあげる」

 

ルルはそう言うと俺の耳元に口を近づけて、言った。

 

「私は、転生したの」

 

 

 

ルルが俺に話した内容は予想の範囲内だったが、いくつかの収穫があった。1つ目は、転生話の呪いが新たな転生者を生み出すことを、彼女自身が知らないことだ。彼女は自分が転生の話をすることによって相手が死ぬということは理解していても、その相手が転生するということまでは気付いていない様子だったのだ。

 

それからもう1つ、彼女は「ギャラクシーエンジェル」に関する知識が全くなかった。会話の中に「ギャラクシーエンジェル」という単語や「トランスバール皇国」という単語等を織り交ぜて反応を伺ったのだが、そのどれにも興味を示さなかったのだ。つまり彼女が初対面の時に言っていた、「ミント・ブラマンシュ」を知らないというのは本当のことだった訳だ。

 

「あと1時間もしたら地上も巻き込んで大爆発が起きるわ。貴女だけでなく、お友達も一緒に逝けるのだから安心なさい」

 

そう言うとルルは立ち上がって部屋の扉を開けた。先程見た爆弾のタイマーは1時間半程度だった筈だから、俺が気を失っていたのは30分程度なのだろう。

 

「こんなことを続けていたら、いつか後悔しますわよ」

 

「面白いことを言うわね。良いことを教えてあげるわ。私はね、呪いの力で今まで邪魔な人間を何人も殺してきた。それで今の地位を手に入れたのよ。これからだって同じようにするわ」

 

不意に生前、アレイスターさんに聞いた言葉が頭の中に蘇ってきた。

 

『面白がって転生者を増やすような人がいたら、僕なら始末するだろうね』

 

違う、と思った。転生者が転生者を物理的に殺すことが出来るという話は、確証がなかった筈だ。このような人間は別の世界に行かせてはいけない。かといって、このままこの世界に留まらせることも危険過ぎる。何しろ、大切な友人達が今まさに危機に瀕しているのだから。だがいずれをも回避できる策など、浮かんで来るはずもなかった。

 

「そこの3人、爆弾が爆発するまでは他の人間を近づけないように、ここに残りなさい。それ以外は私と一緒にアジトに戻るわよ」

 

ルルがそう言って部屋を出る。入れ替わりに1人の男が部屋に入ってきた。

 

「じゃぁ、ね。お嬢ちゃん。もう二度と会うことも無いけれど」

 

ドアのところで一度だけ振り返ってそう言うと、ルルはドアを閉めた。

 

「貴方は良いんですの? このままではみんな爆発に巻き込まれて死んでしまいますわよ? 」

 

部屋の男にそう言ったが、彼は下卑た笑いを浮かべるだけで答えようとはしなかった。暫くすると、更に2人の男が部屋に入ってきた。

 

「…ルル様はもう行ったか? 」

 

「ああ。シャトルで離脱した。爆発までは? 」

 

「あと45分程だな」

 

男達が揃ってこちらを見る。

 

「な…何ですの…? 」

 

「お前さん、ルル様の呪いを受けたんだろう? ならいいとこ持ってあと数時間の命だ。尤もその前に爆発で吹き飛ばされちまうだろうけどな」

 

「最後のひと時、俺達と楽しもうぜ」

 

そう言われて、改めて自分が下着姿のままベッドに縛り付けられていることを思い出した。

 

「ちょっ…! 止めなさい、変態! ロリコン! ペドフィリア! 」

 

思わず普段なら使わないような言葉で男達を罵るが、それはむしろ彼らを悦ばせるだけだった。

 

「やだ! ユーノさん! フェイトさん! 」

 

思わず親友の名前が口をついて出た、その時だった。

 

<大丈夫。今助けるから>

 

フェイトの声が聞こえた気がした。次の瞬間、扉が吹き飛んだかと思うと、サイズ・フォームのバルディッシュを構えたフェイトが飛び込んできた。

 

「何だ、お前は! 」

 

男達が口々に叫んで、黒い塊を取り出す。拳銃だった。

 

「フェイトさん、危ない! 」

 

≪"Blitz Action".≫【『ブリッツ・アクション』】

 

聞き慣れたバルディッシュの声が響き、男達の拳銃が火を噴くのと同時にフェイトの姿が一瞬で消える。気が付くとフェイトはバルディッシュで俺を拘束していた鎖を断ち切っていた。

 

「貴様ぁ! 」

 

男達が慌ててこちらに照準を合わせようとする。

 

「コレット! 」

 

「任せて! 『ロード・オブ・ヴァーミリオン』!! 」

 

視界が朱に染まる。暴発事件からずっとマルチロックの練習に励み、旅行直前に漸く発動に成功した、ヴァーミリオン家伝来の魔法だった。

 

炎が収まると、そこには強固なバインドで雁字搦めにされた3人の男が倒れていた。

 

「貴女達は突っ込み過ぎです! 上手くいったからいいですけれど、もう少し先生達を頼りなさい」

 

ミナモ先生が入り口のところでデバイスを構えていた。どうやらバインドはミナモ先生がかけたらしい。

 

「ミント、大丈夫? 」

 

エステルがやってきて、鎖に繋がれて赤くなった手足にフィジカル・ヒールをかけてくれる。

 

「みなさん…ありがとうございます」

 

ホッとした瞬間に涙がぼろぼろと零れてきた。そんな俺をフェイトがそっと抱きしめてくれる。

 

「あ! ミナモ先生!! 質量兵器が…」

 

不意に爆弾のことを思い出し、先生にそう告げる。

 

「ええ、判っています。管理局にも通報済みですし、ベルカの騎士団も応援に来てくれています。私たちはこのまま避難しますよ」

 

脱がされていた制服は部屋の隅に放置されていたので慌てて着直した。

 

「あの…ユーノさんとマリユースさんは? 」

 

「トリックマスターの証言で、AMF発生装置が見つかったんだ。あの2人はそれを止める方に参加していたんだけれど…あ、来たよ」

 

ユーノとマリユースも合流して、一緒に避難することになった。

 

「ミント! 本当に、心配したんだよ…でも、無事で良かった」

 

ユーノはそう言いながら、預かってくれていたらしいトリックマスターを手渡してくれた。

 

≪Please, never behave like this time again.≫【こういうことは今回限りにして下さい】

 

「すみません、トリックマスター。判りましたわ」

 

 

 

=====

 

結局爆弾はベルカ騎士団と時空管理局フェディキア駐留部隊が解体し、爆発することは無かったが、実際に爆発していたとしたら相当な被害が出ていたらしい。そもそも磁気嵐すら偽情報で、どうやらテログループが被害を大きくするために客たちの足止め目的で流したものだったらしい。

 

「元々鉄筋の建物は爆弾の爆発だけでは早々壊れるものじゃないんだ。だがガス爆発が加わると被害は途端に拡大する。今回爆破テロを未然に防ぐことが出来たのは君達のおかげだ。本当にありがとう」

 

修学旅行を終えてクラナガンに戻った俺達は、何故かクロノに呼び出されて直々にお礼を言われることになった。結局今回の事件はトリックマスターが敵に見つかることなく地上に戻り、事情を的確に伝えてくれたからこそ回避できたのであって、俺はあくまでもおまけである。

 

「はぁ…」

 

「どうしたんだ、ミント? あまり嬉しそうじゃないな」

 

「判っていますわ。上げて、落とすんですわよね? 無謀だ、とか危険だ、とか」

 

「判っているなら話は早い。うちの艦長がお説教したくてうずうずしているんだ。一緒に来てくれるか? 」

 

「止めて下さいませ! わたくしのライフはもう0ですわ! 」

 

「何だ、まだ元気そうじゃないか。さぁ、こっちだ」

 

事件の後、俺は勝手に行動して危険な目に遭ったことをユーノやフェイトに怒られ、コレットやエステルに怒られ、ミナモ先生に怒られ、ベルカ騎士団の人に怒られ、サリカさんとリニスに怒られ、アルフに詰られ、イザベル母さまに怒られ、族長に怒られた。これから向かう部屋にはリンディさんとプレシアさんが待っていることだろう。

 

一応、俺の行動があったからこそSt.ジルベール空港は爆破されずに済んだということもあって、お説教だけで済んでいるのがせめてもの救いではあるが、ずっと怒られ続けるというのはかなり精神を蝕むのだ。

 

「大丈夫、私達も一緒に行くから」

 

フェイト達が微笑みかけてくれることで、何とか平静を保つことが出来ているが、そうでなかったら泣いていたかもしれない。

 

 

 

だが、それはまだ良い。それよりも大きな問題が目の前にあった。

 

前世でアレイスターさんが言っていた通り、ルルの呪いは俺には作用しなかった。図らずも我が身を以てアレイスターさんの話が正しかったことを立証してしまった訳だが、今まさにテログループを摘発しようとしているクロノ達はそういう訳には行かない。万が一彼らがルル・ガーデンと対峙することになったら、彼女の言葉は決して聞いてはならないのだ。

 

聞いてしまったら最後、数時間以内に必ず死に至る呪いの言葉が存在することを。その言葉を躊躇うことなく発してくる女性がいるであろうことを。俺自身が発動条件すら良く判っていない呪いを発動させることなく、クロノ達に伝える必要がある。

 

もし伝えないのであれば、俺自身が彼女との決着を付けなくてはならない。だがそのためには俺が彼女と戦うことが出来る立場にならなければならない。だがこれは私闘になるだろうから、例え嘱託であったとしても局員として遂行することは出来ない。

 

仮に戦うことが出来たとしても、相手を殺してしまうことなく、それでいて呪いを使用することが出来ない状態に持ち込む方法を見つけなくてはならないのだ。

 

八方塞だった。

 

これからのことを考えると、溜息しか出なかった。

 




どうしてもキリがいいところで終われず、通常投稿の1.5倍くらいの長さになってしまいました。。
そろそろ物語が第3部に向けて動き出そうとしていますが、作者としてはさっさとジュエルシード事件を終わらせて、またのんびりと日常のお話を書きたいな~と思っています。。

タイトル詐欺と言われないように、非日常は早めに終わらせましょう。。終わるといいな。。

※磁気嵐について違和感を持たれる方が何人かいらっしゃいましたので、説明文を追記しようとしたところ、記載ミスが発覚しましたので、合わせて修正しておきました。。
 


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第25話 「卒業」

俺の目の前には、珍しく困ったような表情を浮かべるリンディさんがいた。その隣には憮然とした表情を浮かべたクロノもいる。

 

「それは…本当なら随分と厄介ね。レアスキルのようなものなのでしょうけれど…」

 

「出来れば誰にも言いたくはなかったのですが、リンディさんやクロノさん達がテロ組織を追う以上、留意しておかなければ命に関わることですわ」

 

それはルル・ガーデンに関することだった。リンディさんとプレシアさんにたっぷりとお説教を受けた翌日、俺は改めてテロ組織構成員についての情報提供という名目で、本局での聴取を受けることになった。この時散々悩んだ挙句、結局リンディさんとクロノにルルの容姿と名前、そして死をもたらす呪いを操ることを伝えることにしたのだ。

 

それは俺しか伝えられないことではあるが、俺が説明するのはこの上ない危険を伴うことだった。何しろどこまで話せば呪いが発動するのかが全く判らないのだ。本来なら誰にも言わずに自分だけで決着をつけるのが理想なのだが、ルルだけならまだしも相手は組織だ。まだギリギリ8歳手前の幼女1人の手におえるような問題ではない。

 

一方、時空管理局は組織をあげてテログループを追っている。しかも現場担当であるクロノ達は今後、俺よりも先にルルと接触する可能性が高い。そしてルルは追い詰められれば平気で呪いの言葉を口にするだろう。心構えが出来ているのといないのとでは雲泥の差があるのだ。

 

「だが君の情報が正しいということを証明することができるものが何もないのも事実だ」

 

「勿論それは重々承知しておりますわ。わたくしもあの女性が死の呪いを使うということだけしか判りませんし」

 

何しろ実証するということは転生について詳しく説明することに他ならず、その説明をした時点で確実に1人はお亡くなりになってしまうのだ。そんな実証は頼まれたとしてもやりたくはないし、これから先ずっと口にするつもりもない。

 

だがそれでは説明に説得力を欠いてしまう。俺は呪いが暴発してしまう可能性も考慮し、今回リンディさんとクロノの2人同時に話をすることにした。これは以前アレイスターさんが「不特定多数の人間に対して発言した時は呪いは発動しなかった」と教えてくれていたためだ。対象を1人に絞ることで暴発の可能性が高まるのなら、そのリスクは出来るだけ減らしておきたかった。そしてその状況下であっても核心まで話すつもりは無かったのだ。

 

「でも嘘の証言をすることでミントさんにメリットがあるとは考えにくいわ。ひとまず1つの情報として、留意しておきましょう」

 

「了解です、艦長。ですが、さすがにこのような話は武装隊にする訳にはいきませんね。彼らの不安を煽ることになります」

 

嘘は確かに言っていない。話していない情報があることは事実だけれども。いずれにしても、元々確証のない情報だ。落としどころとしては妥当だろう。

 

「…ミントさんの証言から、テロ組織の内部でも死の呪いを扱うことが出来る人間は限られているか、或いはルル・ガーデンという女性1人だけだと推測出来るわ。彼女はその力を使って地位を得たと言っているのでしょう? 」

 

「ええ。確かにそう言っていましたわ」

 

「でもそうすると彼女の目的は何なのかしら? 組織のトップに上り詰めることではないみたいだけれど」

 

確かに組織そのものを束ねることが目的であれば、彼女は邪魔な人間を悉く殺して、とっくにトップの座に収まっていることだろう。だが実際にルルと話した限りではそうなってはいない様子だったし、何より彼女はあまり組織を取り纏めることに興味を持っているようには見えなかった。

 

「さすがに何を考えているのかまでは判りませんでしたわね…」

 

「ここで僕たちが頭を悩ませても、推測以上の結論は出ないだろう。だったら実際にそのルル・ガーデンという女性と出会った時にどういう対応をするべきなのかを考えた方が良い」

 

「そうね。確かにその方が建設的だわ」

 

普通に殺しても転生してしまう筈なので、俺にはルルを殺すという選択肢がない。これを転生話抜きでクロノ達に説明するのは困難かと思われたが、幸いクロノもリンディさんも、最初からルルを殺す心算は無い様子だった。さすがは時空管理局局員というところだろう。

 

「当たり前だ。そもそも殺害以前に、事情も聴かずにいきなり被疑者を攻撃出来る訳ないじゃないか」

 

「ですが事情なんて聴いていたら、その場で呪いをかけられそうですわね」

 

「局員として正当に対応しようとすると自分の身が危ない。かといっていきなり攻撃するわけにもいかない…本当、厄介ね…」

 

リンディさんがふぅと溜息を吐いた。

 

「ところで…その、最後まで残っていた3人の男性は…? 」

 

「彼らなら拘置所だ。黙秘を続けているが、仮に喋ったとしても重要な情報を持っているかどうかは疑問だな。ちなみに全員魔導師じゃぁなかったよ」

 

何故リンカーコアすら持たない男達が自分の命すら危ない状況で俺にちょっかいをかけてこようなどと思ったのか不思議だったのだが、俺が囚われていた部屋のすぐ下の階層で対爆カプセルが発見されたのだそうだ。どうやら自分達だけはちゃっかり生き残る予定だったらしい。

 

手籠めにされそうになった立場からすれば腹立たしいことこの上ないが、落ち着いてよく考えてみれば多少なりとも人間らしいところが見えて安心もした。「自分たちの行為こそが正義であり、死をも恐れずにテロ活動を行う」ような狂信者とはできれば関わり合いにはなりたくないのだ。

 

「そう言えば、ルル・ガーデンにも魔力は特に感じませんでしたわね」

 

「それって、リンカーコアが無いってこと? それなのにレアスキルが発動できる…別の場所から魔力供給を受けているのかしら? それとも発動にはそもそも魔力が必要ない…? 」

 

改めて聞いたところ、リンカーコアを持たないにも関わらずレアスキルだけを持っているケースは極稀に存在するのだそうだ。尤もレアスキルを発動するための魔力を自身で生成できないため、殆どの場合は何の役にも立たずに終わるのだとか。

 

「周囲に膨大な魔力が溢れている時に、その魔力と反応してレアスキルが発動したっていう事例が過去にあったみたいだけど…今回は判らないわね。死の呪いは任意で発動出来るみたいだし」

 

「それこそ今考えても判りませんよ」

 

クロノがため息交じりにリンディさんに言った。

 

結局この日は良い打開案は出てこなかったが、細心の注意を払ったおかげか、クロノやリンディさんに呪いが発動することも無かった。これはこれで1つの前進である。

 

(今回はリンディさん達が無防備に呪いを受けることが無くなっただけでも良しとしましょう)

 

トリックマスターを再起動して家路につく。話す内容が内容なので、念のためスリープモードになって貰っていたのだ。当然ログも残していない。

 

≪Good morning, master. I am bit hungry.≫【おはようございます、マスター。少しお腹が減りました】

 

「もう夕方ですわよ。っていうか、貴女のお腹が減る訳ないでしょう」

 

≪I am in adolescent to say that.≫【言ってみたいお年頃なのです】

 

「お年頃って…中等部2年生とかではないですわよね? 」

 

≪Sorry, I cannot understand what you mean.≫【意味が良く判りません】

 

そんな風に雑談をしながら帰宅してドアを開けるとカレーの良い匂いが漂ってくる。

 

「あ、ミントお帰り。聴取お疲れさま」

 

「ただいま戻りましたわ。夕食の支度を任せてしまってすみません」

 

「いいよ。母さんやイザベルさんも楽しみにしててくれたし、リニスも手伝ってくれたから大丈夫」

 

居間にはプレシアさんとアルフもいた。学校からの連絡を受けてすぐに飛んできたイザベル母さまも一緒にソファに座っている。リニスは台所でフェイトの手伝いをしており、サリカさんももうすぐ帰宅するだろう。みんな笑顔だ。ルル・ガーデンのことを考えると不穏なことばかりだったが、今くらいは俺も一緒に笑っていたい気分だった。

 

 

 

=====

 

波乱の修学旅行が終わるとDSAAインターミドルの予選が始まり、更に立て続けに夏季休暇に入るため生徒達のテンションも急上昇だ。飛び級組は殆どが10歳に満たないためインターミドルへの出場資格は無いのだが、それでもテレビ中継などで試合を見て盛り上がったりする。

 

だが今年、俺達仲良し6人組は別の話題で盛り上がっていた。

 

「えっと、ユーノは中等科卒業程度試験を受験するんだよな? 」

 

「出来るだけ早く発掘や調査の仕事に携わりたいからね」

 

「あとフェイトちゃんも受験するって言っていたよね? 」

 

「うん。早く母さんと一緒に嘱託の仕事をしてみたいから」

 

ユーノとフェイトは以前から公言していた通り、中等科卒業程度試験を受験する予定だ。合格すれば2人共今年度限りで学院を卒業することになる。コレット、エステル、マリユースの3人は中等科は飛び級せず、普通に3年を過ごす予定らしい。その一方で俺はと言えば、目標がブレまくっていた。

 

当初原作に介入する気満々だった俺は、魔法学院の課程は最短で修了させるつもりでいた。だがこの世界でPT事件が発生する可能性が限りなく低いことを知り、それなら友達と一緒に楽しんだ方が良いだろうということで、のんびり学生生活を満喫することを考えた。

 

そんな俺が飛び級試験を受験したのは、結局仲の良い5人の友人たちが全員飛び級試験を受けることを決めたからだった。本来ならこのまま中等部に進学して、残り3年の学院ライフを満喫するつもりだったのだが、転生者であるルル・ガーデンと出会ったことで、今後の進路について悩む羽目になってしまった。

 

ルルがテロ組織に所属している訳ではなく、死の呪いについても平気で使うような人間でなければ、友人として上手くやっていけたのかもしれないが、彼女は既に時空管理局に追われる犯罪者である上、人を殺すことに何の躊躇いもない。

 

(これが普通の犯罪者なら、管理局に任せてのんびりと過ごしていればよいのですが…さすがに死の呪いがあると判っていてクロノさん達に死んで来い、とは言えませんわね)

 

だが全ての事情を話せない中で、まだ学院を卒業すらしていない俺を戦闘に加えるようなことは、彼らは絶対にしないだろう。まぁ仮に卒業していたとしても、理由も聴かずに俺1人に戦闘を任せてくれるとも思えないが。

 

(いずれにしても一度本格的に敵対したら学院どころではなくなってしまうでしょうし、矢張り卒業はしておいた方が良いですわね)

 

「ミント? どうしたの? ぼーっとして…」

 

エステルの呼びかけにハッと我に返った。随分と長いこと思考の迷路にはまり込んでしまっていたようにも思ったが、実際にはほんの数分のことだったようだ。

 

「ぼーっとしているように見えましたか? 進路をどうするか考えていたのですが」

 

「目を開けたまま眠っているのかと思ったわ。で、結局ミントはどうするの? 」

 

「そうですわね…やっぱり中等科卒業程度試験、受けてみようと思います。ユーノさんやフェイトさんのように、明確な目的がある訳ではありませんが」

 

卒業後にどうするのかも、これから考える必要があった。例えば、今現在ルルがどこにいるのかを俺は知らない。それを調べるとしても何をどうすればいいのかすら判らなかった。おまけに彼女はテロ組織に属している。以前会った時は魔力こそ感じなかったものの、当然のように質量兵器で武装しているだろうし、仲間だっている。こちらが1人で出来ることなどたかが知れているのだ。

 

だからと言って全てを管理局任せにして、万が一呪いによる死者が出てしまったら、俺はずっと後悔するだろう。だから嘱託でも何でも、テロ組織と敵対している管理局とは協力する態勢が必要なのだ。

 

「ミントちゃんも卒業試験かぁ。大分寂しくなっちゃうね」

 

「別に、永遠に会えなくなるわけじゃないわよ。リニスさんに貰ったデバイスで通信も出来るしね」

 

「それにもしかしたら、将来同じ職場で働くことになるかもしれないぜ? 」

 

マリユースとコレットは中等科卒業後は管理局に入局するつもりらしい。エステルは更に学院に残って修士資格を取得するつもりなのだとか。

 

スクライアとして発掘、調査の仕事に携わる予定のユーノはともかく、既に入局を決めているフェイト達3人は一緒に仕事をすることになるかもしれないし、俺やエステルも絶対に入局しないとは限らない。

 

「まぁ、将来的にもし同じ職場で働くことになったら、その時はまたよろしくお願いしますわね」

 

 

 

=====

 

それからの半年はあっという間に過ぎた。次元世界のニュースも意識して見ていると爆破テロの話題もそれなりの頻度で発生していることが判った。時空管理局も頑張って対処してくれている様子ではあるのだが、相変わらずの人手不足の所為か、なかなか収束する気配はない。

 

「3日前はヴァイゼンでテロがあったみたい。犠牲者は100人近いんだって」

 

「負傷者を含めたら1000人を超えるそうよ」

 

爆破テロとしてはかなり大規模だったらしく、連日テレビなどで放送されている。不思議なのは、このテロ組織が爆破テロを行っても、犯行声明を一切出さないことだ。このためこの組織が何のために爆破テロを続けているのか、全く判っていないらしい。

 

「さすがにミッドチルダに入ってくるのは管理世界の情報ばかりだけれど、彼らは管理外世界でも爆破テロをやっているらしいよ」

 

「管理外世界じゃぁ、管理局は動けないよね。どうやって対応するの? 」

 

「特に何もしないんだとさ。っていうか、何も出来ないらしい。管理外っていうことは魔法技術も無いんだろうし、仕方ないと言えば仕方ないけどな」

 

テレビのモニターが、瓦礫にまみれたヴァイゼンのテロ現場で泣き叫ぶ子供を映し出していた。年齢は恐らく俺達と同じか、もう少し下くらいだろう。

 

「…居た堪れませんわね」

 

「ご両親を亡くしてしまったのかも」

 

画面の中にはこの子供だけでなく、怪我をして搬送されていく人達や力なく座り込んで項垂れる人達の姿もある。

 

「…私、頑張るよ。こういう人達も笑顔で暮らせるように、嘱託魔導師として頑張ってみる」

 

フェイトがそう言って拳を握りしめると、コレットとマリユースも力強く頷いた。

 

 

 

フェイトは先日嘱託魔導師試験を受験して、見事合格している。リンディさんの口利きもあって、卒業後はプレシアさんと一緒にアースラで働くのだそうだ。コレットとマリユースはこれから中等科に進むことになるが、そちらを卒業するまでには嘱託資格を取得する予定だそうだ。

 

「中等科に残る私達としては少し寂しいけれど、フェイトもミントもユーノも、卒験に合格出来て良かったわ。おめでとう」

 

「ありがとうございます。エステルさんはこれから中等科と修士課程ですわね。頑張って下さいませ」

 

フェイトとユーノ、それに俺は一緒に中等科卒業程度試験を受験し、3人揃って合格した。クラナガン・セントラル魔法学院に通うのも3月までと言うことになる。今は1か月後の卒業を待つばかりだ。

 

「そう言えば、ユーノは卒業したらどうするんだ? すぐに部族のところに帰るのか? 」

 

「そうだね。でも一旦帰って準備を整えたら、もう一度ブラマンシュに行こうと思っているんだ」

 

こちらを伺うような感じでユーノがマリユースに答えた。

 

「初耳ですわね。何故急にブラマンシュに? 」

 

「あれじゃね? 『お嬢さんを僕に下さい』ってやつ」

 

スパーン! と音がして、マリユースが蹲った。エステルの手にスリッパが握られているから、恐らくあれで叩かれたのだろう。

 

「マリユースさん…いくらなんでも、8歳でその展開は無いと思いますわよ? 」

 

そう言ってユーノの方を見ると、思いっきり赤面していた。どうやらかなり意識してしまった様子だ。それに気付いた途端、こちらも気恥ずかしさがこみ上げてくる。

 

「いや、そうなったらいいなとは思うけど…って、そうじゃなくて! 以前調査していた遺跡の追加調査をしてみたいんだよ」

 

「追加調査? ユーノさんお1人でですか? 」

 

「うん。実際には調査っていうよりは自己満足の確認なんだけれどね。以前、僕がブラマンシュにあった筈の次元干渉型ロストロギアについて話をしたの憶えてる? 」

 

「ええ。フェディキアに行った時に伺いましたわね」

 

フェイトも一緒に3人で教会堂を見学していた時に、少し話を聞いたのを憶えていた。スクライア一族が調べた文献に記載されていたロストロギアを結局発見できなかったという話だ。確か、文献が記された後で、保管場所が変わった可能性があるという話だったか。

 

「普通なら保管場所が変わればそういうことも追記されたり、別の文献に記載されたりするものなんだけれどね。まぁ文献自体が古いものだし、色々な理由で消失しちゃっていることも珍しくないから」

 

ユーノが言うには、そういったロストロギアを移動させるには何らかの理由がある筈で、実際に現地で「誰が」「何時」「何故」「どのように」「どこへ」といった事柄を想像し、検証していくのがとても楽しいのだとか。

 

「ユーノくんって、根っからの考古学者だよね」

 

コレットの苦笑交じりの言葉に全員で頷いた後、何故か急に可笑しくなって俺達は暫くの間みんなで笑いあった。

 

「こうやって笑いあえるのも、考えてみたらあと1か月だけなんだね」

 

「そこ! センチになるの禁止! 」

 

「まぁ、オレらはまだあと3年あるしな。でも折角だからあと1か月は6人全員で楽しもうぜ」

 

「あ、ミントちゃん! 近いうちに、この前食べさせてもらったクリームパスタの作り方、教えて欲しいんだけど」

 

「構いませんわよ。ではまたみんなでお泊り会でもやりましょうか? 」

 

「うん、是非! 」

 

俺達の学院生活最後の1か月は、こんな調子でいつも通り過ぎて行った。

 

 

 

=====

 

「みんなが急にいなくなっちゃうのは寂しいわね」

 

卒業式を終えた日の夜、夕食の席でサリカさんがそう呟いた。

 

「わたくしも寂しいですわ。もう2年半、お世話になっていた訳ですし」

 

「何だか私の方がお世話になってた気もするけどね。フェイトちゃんは明日出発だっけ? 」

 

「はい。アースラが明日出航するので、その時に。長い間本当にお世話になりました」

 

頷くフェイトの隣にはリニスとアルフ、それにプレシアさん。今回は偶々アースラの寄港スケジュールと学院の卒業式が一致したため、プレシアさんは大喜びで出席したのだ。

 

「本当に色々と面倒をかけてしまってごめんなさいね。でも本当に助かったわ。どうもありがとう」

 

「いいえ、こちらこそフェイトちゃんにもリニスにも助けて貰いましたから。勿論、アルフちゃんにも」

 

プレシアさんとサリカさんによるお礼の応酬を聞きながら、ふと右隣に目をやるとユーノと目が合った。ユーノも明日、スクライア一族のところに戻るのだが、学生寮の部屋は卒業と同時に返還している。本人は今夜はホテルにでも泊まるつもりだったようなのだが、サリカさんとイザベル母さまによって拉致されたのだ。

 

そのイザベル母さまは俺の左隣で微笑んでいた。俺と母さまはもう1週間だけクラナガンに滞在し、その後ブラマンシュに帰る予定だ。例の臨海エリアの店で、醤油と味噌、出汁の素を大量に買い込んで、ブラマンシュに送ってからの出発になる。

 

「イザベルさんとミントちゃんは、もうちょっといるのよね? 」

 

「ええ。出発は1週間先ですわ」

 

「ブラマンシュに帰っちゃった後でも、またいつでも遊びに来てね」

 

「勿論ですわ。でもコレット達も結構頻繁に遊びに来るようなことを言っていましたわよ」

 

学院から近いことや、何度もお泊り会を実施して仲良くなったこともあり、コレットやエステル、マリユースも時々サリカさんのところに遊びに行きたいとお願いしており、サリカさんもそれを快諾していた。

 

「サリカさんも、またブラマンシュに遊びに来て下さいませ。今度はアルフレッドさんやクリスティーナさんも一緒に」

 

「そうね。また是非行かせてもらうわ」

 

 

 

その翌日、出航するアースラの見送りに本局のポートを訪れた。

 

「ミント、いろいろありがとう。また連絡するね」

 

「フェイトが本当にお世話になりましたね。何かあればいつでも連絡して下さい。出来る限り力になりますから」

 

「ミントとは結構気が合うし、一緒にいてあたしも楽しかったよ。じゃぁ、またね」

 

フェイト、リニス、アルフが口々にお別れの言葉を述べてくるのだが、それと同時にそれぞれが念話で語りかけてくるのだ。

 

<ミント、ユーノと幸せにね>

 

<ユーノは稀にみる優良物件ですよ。絶対にものにして下さいね>

 

<結婚式には呼んでおくれよ>

 

みんな気が早すぎである。苦笑しながらそれぞれに<わたくし達はまだ8歳ですから!>と返しておいた。恐らく顔は真っ赤だったのだろう。隣にいたユーノ本人に心配されてしまうレベルだった。プレシアさんとイザベル母さまは確り判っていたようで、生暖かい笑顔を向けてくれていた。

 

「そろそろ時間だな。じゃぁ行こうか」

 

クロノがそう言った時に、ふと頭にひらめくものがあり、俺は胸元のリボンを1本解いてフェイトに手渡した。

 

「思い出にするとかではありませんが、フェイトさんに持っていて貰いたいのですわ」

 

「ありがとう。じゃぁ私も」

 

そう言ってフェイトは髪を束ねていたリボンを解いて手渡してくれた。

 

「また近いうちに会おうね」

 

「ええ、必ず」

 

アースラに乗り込むフェイト達を、手を振って見送ると、クロノが念話を送ってきた。

 

<例の女性のことで、何か判ることがあればいつでも連絡してくれ。S2Uの識別コードは教えてあったな>

 

<ええ、存じておりますわ。クロノさんも航海お気を付けて>

 

<ああ、ありがとう>

 

こうしてアースラは再び次元航行の旅に出て行った。

 

「…行っちゃったね」

 

「ええ。次はユーノさんの番ですわね」

 

「うん…」

 

「ユーノさん、暗いですわよ? どうせ1週間後にはまた会うのですから、ここは明るく手を振るところですわ」

 

「そっか、そうだよね。すぐ会えるんだから」

 

そう言いながら、ユーノは微笑んだ。その微笑みを見た時、何故だかどうしようもなく、ユーノのことを愛おしく思ってしまったのだ。

 

「じゃぁ、ユーノさん、1週間後に」

 

そう言うと、俺はすっとユーノの横に回り込んで、彼の頬にチュッとキスをした。

 

「ミミっ、ミント!? 」

 

「ですからこれは耳ではなくて、テレパスファーですわ」

 

 

 

その後ユーノは元気よく手を振りながら次元航行船のゲートに消えて行き、俺は満面の笑顔の母さまと一緒に真っ赤な顔をしながら帰宅した。

 

その後トリックマスターがそのシーンを動画記録していたことが発覚し、悶死している俺を余所に、サリカさんとイザベル母さまはきゃいきゃい言いながら何度もその動画を観続けていた。

 




前回の流れを断ち切って、結局日常回にしてしまいました。。
でもこれで概ね準備が完了しました。。

次回を第2部最終話にできるかどうかは書いてみないとわかりませんが、文字数が多くなりすぎるようなら途中で切るかもしれません。。

引き続きよろしくお願いいたします。。


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第26話 「ロストロギア」

「お母さま、そちらのビーンカードを取って頂けますか?」

 

「はい。一応小さ目に切っておいたわよ」

 

「ありがとうございます。助かりますわ」

 

「もう少ししたらマーカスさん達のシャトルが到着する時間ね」

 

イザベル母さまの言葉に少し手を休めて時計を見ると、丁度正午になるところだった。管理局のシャトルはいつも集落から少し離れた広場に着陸する。次の巡回は12時半の予定だ。

 

「あと少しで完成しますから、そうしたらお迎えに行って参りますわ」

 

3年前から身長は殆ど伸びてはいないのだが、少し前に漸く1人でも油と火を同時に使ってもよいとの許可を貰うことが出来た。但し母さまがいる時は基本的に監視付きでの作業になる。今日作っているのはクラナガンで購入しておいた味噌と醤油を使用した麻婆豆腐もどきだ。初めてフェイトがクラナガンに来た時に作って、好評だったためそれから何度も作ったのだが、特にユーノの受けが良かった料理でもある。

 

片栗粉代わりのコーンスターチを水で溶いて流し込み、とろみをつける。小さじで掬って味見をしてみると、丁度良い甘辛さ加減だった。

 

「これで良いですわね。では仕上げに…『プリザベーション』」

 

火を止めても冷めてしまわないように、保存魔法をかける。

 

「トリックマスター!」

 

≪I am ready, master.≫【準備は出来ています】

 

「ではお母さま、行って参りますわね」

 

「行ってらっしゃい。気を付けてね」

 

 

 

クラナガン・セントラル魔法学院を卒業して1週間が経ち、俺と母さまはブラマンシュに戻ってきた。そしてそれに合わせてユーノがブラマンシュを訪れることになっていたのだ。丁度お昼の巡回に合わせてマーカスさんが乗せてきてくれる手筈である。

 

「トリックマスター、セットアップ」

 

≪Stand by, ready. Set up.≫【準備完了。セットアップ】

 

集落の入り口を抜けると俺はバリアジャケットを身に纏い、高機動飛翔の呪文を発動した。クラナガンと違ってブラマンシュでは飛行魔法を操る人間は殆どいない。というより、俺以外では長老が偶に使用しているのを見かける程度で、俺は長老から管理局のシャトルにさえ注意していれば自由に飛んでも良いとの許可を貰っているのだ。

 

飛行魔法を使用すれば、普通なら徒歩10分程かかる広場もあっという間に到着する。

 

「…少々早すぎたかもしれませんわね」

 

≪It is quarter past 12. You may have to wait for their arrival bit more.≫【現在時刻は12時15分です。到着までもう少しかかるでしょう】

 

トリックマスターが時間を教えてくれる。

 

「まぁ、15分程度でしたら待つ内には入りませんわよ。トリックマスター、フライヤー・バージョンFですわ」

 

≪Sure.≫【了解】

 

俺の周囲に6基のフライヤーが展開される。これは通常のフライヤーとは異なり、1方向に連続して直射弾を射出するのではなく、一度に全方位に短射程の直射弾を発射する。攻撃力としての威力は殆ど0にまで絞り込んであるのだが、その代わり魔力光が出来るだけ明るく発光するように設定した、別名見かけのみバージョンである。

 

漂うフライヤーを見つめながら、1週間振りに会う幼馴染のことを考えた。別れ際にキスをしてしまったことを思い出し、顔が熱くなるのを感じる。

 

(やっぱり、異性としてユーノさんのことを好きになっているのかもしれませんわね)

 

それは別に嫌なこととは感じられず、むしろ表情が緩むのが自覚できた。

 

≪Are you all right, master? Your smile is rather suspicious.≫【大丈夫ですか? 笑みが少々キモいですよ】

 

トリックマスターの言葉にハッと我に返ると、コホンと咳払いをする。

 

「今までは一緒に来ることが多かったですし、お迎えするという感じではありませんでしたが、今回はばっちり盛大な花火でお迎えしますわよ」

 

≪I think it is not good idea to launch it during the day.≫【あまり日中に打ち上げるのはよろしくないとは思いますが】

 

そんな話をしているうちに管理局のシャトルは定刻通りに飛来して、広場に着陸した。ドアが開いてタラップが下ろされると、ユーノが手を振りながら降りてくる。

 

「やあミント。1週間ぶり」

 

「ようこそブラマンシュへ。歓迎致しますわ」

 

俺はそう言うと6基のフライヤーを全て上空へと飛ばし、はじけさせる。それはまるで花火のようにキラキラと輝いて消えた…のだが。

 

「…確かに昼間だとあまり目立ちませんわね」

 

≪Yes, this is what I wanted to say.≫【でしょう? 】

 

「大丈夫だよ! 通常よりも明るかったから光ったのは判ったし」

 

綺麗に晴れ渡った青空に、俺の空色の魔力光は残念ながらあまり映えることは無かった。

 

実はこのフライヤー・バージョンF、構成が完成したのは昨夜のことで、試射をしている余裕は無かったのだ。ちなみに「F」は「ファイアーワークス」(花火)を意味している。

 

「折角派手な花火でお迎えしようと思ったのですが、残念ですわ」

 

「まぁ、夜にでも改めて打ち上げればいいだろうがよ。とりあえず移動するぞ。いつまでもここにいる訳にもいかないしな」

 

マーカスさんに促されて、俺達はそのまま集落に向かった。

 

 

 

ユーノが母さまに挨拶を済ませると、早速お昼ご飯にした。用意してあった白米をお皿によそい、麻婆豆腐をかける。

 

「「「今日の糧に感謝を」」」

 

嬉しそうに麻婆豆腐を食べるユーノを何となく微笑みながら見つめる。

 

「ミント? どうかした? 」

 

「美味しそうに食べて頂けるのが嬉しいと思っただけですわよ」

 

視線に気づいたらしいユーノが問いかけてきたので、そう答えると俺もスプーンを口に運んだ。

 

「そう言えばユーノさんは今回1か月程滞在する予定でしたわよね? やっぱり行方不明のロストロギアについて調査を? 」

 

「あ、いや、そのことなんだけどさ…」

 

以前スクライア一族が見つけることのできなかったというロストロギアの調査をしに来たものだとばかり思っていたので確認がてら問いかけると、ユーノは急に口籠ってしまった。

 

「どうかされましたか? 」

 

「う、ん…実はさ、今回ブラマンシュに来る直前にスクライアの族長に聞いたんだけど、どうやらロストロギアは前回の調査で見つかってはいたらしいんだよ」

 

「そうなのですか!? でも確か、持ち帰ったり売却したりといった話はなかったんですわよね? 」

 

どうやらそのロストロギアはブラマンシュに存在する限り暴走することは殆ど無いらしいのだが、一度ブラマンシュから持ち出すと、ちょっとした刺激を与えるだけで暴走してしまう可能性があるような危険なものだったとのこと。

 

「午後にそのことでブラマンシュの長老さんに会おうと思うんだ。詳しい話はそこで」

 

「ええ、判りましたわ」

 

 

 

昼食を終え、洗い物も済ませると、俺はユーノと一緒に長老の家に向かった。ちなみに母さまはそもそもロストロギアというものが何であるのかすら良く判っていない様子だったこともあり、下手に不安がらせても仕方ないので、今回は家に残って貰っている。

 

「うむ、スクライアの族長からも話は聞いておる。例のロストロギアのことじゃな? 」

 

「はい。族長からは、ブラマンシュ長老、時空管理局との三者合意の上で『ロストロギアは見つからなかった』ことにしたと聞いています。それ以上の詳細はブラマンシュ長老から聞け、と族長が」

 

何でも最低でもスクライア族長とブラマンシュ長老の許可を得てからでないと話を聞けない取り決めになっていたらしい。それなら俺は話を聞けないのでは、と思ったのだが、ユーノと何故か長老までスクライア族長に俺の分の許可を貰っていたのだそうだ。

 

「概要はともかく、これから話すことは他言無用じゃ。改めて説明すると、そのロストロギアはブラマンシュに存在する限り、暴走する可能性は限りなく0に近い。これは最初にロストロギアを発見したスクライアの学者が、調査を重ねて結論付けたことじゃ」

 

最初にそのロストロギアを発見した人は、当初その状態があまりにも安定していたことから本物ではなくダミーだと思ったらしい。だが調査を進めていくうちに状態が安定しているのは、そのロストロギアがブラマンシュの魔力素に適合しているためであることが判り、ブラマンシュから持ち出すこと自体が危険であるとの結論に達したのだとか。

 

時空管理局もロストロギアの捜索や確保を行っているとはいえ、安定状態にあり暴走の可能性が限りなく低いものを態々危険な状態にするようなことは愚策と考えたようだ。スクライア族長とブラマンシュ長老から連絡を受けて管理局から派遣された提督も、このロストロギアをブラマンシュに置いたままにしておくことを提言したらしい。

 

「表向きロストロギアが見つからなかったことにしたのは、興味本位や犯罪目的でこれを持ち出すような輩が出ないようにするためじゃな。遺跡探索のプロであるスクライアが無いというのじゃから、大抵の者はそれを信じるじゃろう」

 

万が一のことも想定して、時空管理局はブラマンシュそのものの監視体制を強化し、スクライア族長とブラマンシュ長老には出来るだけロストロギアの存在を口外しないように指示したらしい。

 

「大まかな経緯は判りましたわ。ですが、それでしたらわたくしには引き続き秘密にしておいた方が良かったのではないですか? 」

 

「ミントにこの話をしたのには別の理由があるのじゃ。実は今までブラマンシュにはわし以外にまともに攻撃魔法を扱える人間はおらんかったからの」

 

「…つまり防衛するような事態になった場合には協力する必要があるということですわね」

 

ブラマンシュにも狩人が何人かおり、そうした人達は多少の攻撃魔法を使用することも出来るらしいが、残念ながら俺のように魔法学院で確り魔法を学んだ訳ではなく戦力としては心許ないのだそうだ。おまけに飛行魔法を行使できるのは現状では長老と俺だけである。

 

「判りましたわ。今はそんな不逞の輩が現れないことを祈るばかりですが。ところでそのロストロギア、ブラマンシュから持ち出して暴走した場合、どの程度の被害が予想されるのですか? 」

 

「そうじゃな、1つだけでも下手をしたら小規模次元震くらいは発生する代物じゃ。複数纏めて暴走したらそれこそ次元断層ですら発生するやもしれん」

 

「ちょっと待って下さいませ。複数って…ブラマンシュにロストロギアが複数存在するんですの!? 」

 

「そうじゃ。全部で21個ある。形状は青い菱形で、文献によると宝石のようにも見えることから『ジュエルシード』と命名されていたようじゃ」

 

俺はその場で頭を抱えて蹲った。

 

 

 

=====

 

ジュエルシード。原作ではユーノが発見したことになっていた筈だが、この世界では彼が本格的に発掘に従事する随分前からブラマンシュに存在していることが判っていたようだ。だが乖離はそれだけではない。ブラマンシュに存在する限り暴走しないという特性がある以上、好んでこれを持ち出そうとする人は多くないだろう。従って輸送中に襲撃されることもない。

 

(それに原作と違ってプレシアさんが襲撃事件を起こすとはとても思えませんし)

 

現在時空管理局の嘱託魔導師として働いているテスタロッサ家の家庭状態は円満だし、犯罪行為に走る理由も見当たらない。だがそれで安心するわけにもいかないだろう。何故ならこの世界には原作に表だって存在しなかった、テロ組織なども存在しているのだから。

 

「ジュエルシードが暴走する条件のようなものはあるのでしょうか? 」

 

少し考えるようにしていたユーノが長老に問いかけた。

 

「スクライアの調査結果から聞いておる限りでは、ブラマンシュ以外の魔力素に数時間触れていることで、いつ暴走してもおかしくない状態になるそうじゃ。封印状態にしてあれば多少は安定するようじゃが、それでも周囲で強い魔力が働いた場合は連鎖的に発動する可能性がある」

 

「昔の人は随分と厄介なものを作ったものですわね。用途なども判らないのでしょう? 」

 

「いや、文献に書かれている通りだとすれば、このロストロギアはブラマンシュの豊かな自然を維持するのに役立っているようじゃな。別になくなったからと言ってすぐにブラマンシュが滅びたりする訳ではないじゃろうが、気候などが不安定になる可能性もあると聞いておる」

 

ブラマンシュの魔力素を吸収して状態が安定しているジュエルシードは、太古の昔からこの地に住む人達の「平和に、穏やかに暮らしたい」という願いを、自然を豊かにすることや気候を安定させることで具現化しているのだそうだ。もしも住民の大半がカタストロフィを願えばそれが具現化されてしまうのだろうが、現状では仮に十数人程度が崩壊を願ったとしても平和を望む気持ちの方が圧倒的に強いので問題はないらしい。

 

万が一ジュエルシードが他の世界で暴走状態になると、周囲の願望や欲望を片っ端から取り込んだ上、自身に蓄えた膨大な魔力を使って強引に叶えようとするのだそうだ。そしてその時に放出する魔力が次元干渉可能なレベルを超えると、次元震や最悪次元断層といった災害を引き起こす可能性があるらしい。

 

「つまり用途が限定された願望器のようなものですわね。分を超えた願いが破滅を呼ぶのはよくあるお話しですわ」

 

「他にも願望器と呼ばれるようなロストロギアが時空管理局で厳重に管理されているっていう話を聞いたことがあるよ。もしかしたらブラマンシュのものと同じ特性を持ったもので、何らかの理由で適合する魔力素が供給出来なくなったものなのかもしれないね」

 

ジュエルシードが他にも複数セット存在するということはあまり考えたくないことではあったが、今の話からすれば可能性としては十分にあり得るだろう。

 

「長老、可能であれば明日にでも実物を見てみたいのですが、よろしいですか? 」

 

「こうなった以上、わたくしも実物は見ておきたいですわね」

 

俺達の言葉に長老はゆっくり頷くと、俺に1本の鍵を手渡した。

 

「ユーノはスクライア族長から鍵を預かっておるのじゃろう? それはスクライアの鍵で、こちらがブラマンシュの鍵じゃ。ロストロギアが封印されている部屋へはその2本の鍵がないと入ることはできんからの」

 

ロストロギア・ジュエルシードを封印した時、時空管理局の立会いの下でスクライアとブラマンシュの双方が施錠し、お互いの了承が得られた場合のみ開錠するという取り決めがなされたのだそうだ。

 

「よいか? かのロストロギアはブラマンシュに存在する限りは安全じゃが、他の世界では爆弾どころではない破壊をもたらすじゃろう。決して持ち出してはならぬものなのじゃ」

 

「はい、判りました」

 

「心得ておりますわ」

 

「明日は念のため儂も遺跡まで同行しよう。ユーノは今日到着したのじゃったな。なら今日はゆっくり休んで疲れを取っておくが良かろう」

 

 

 

その日の夜、湖の畔で改めてフライヤー・バージョンFを打ち上げた。昼間と違ってとても綺麗に見えた。ユーノもとても喜んでくれたので、大成功と言っていいだろう。

 

 

 

=====

 

翌朝、日課になっている棒術の型稽古を終えて朝食を頂いた後、ユーノと一緒に家を出ることにした。

 

「では行って参ります、お母さま」

 

「行ってらっしゃい。気を付けてね。ユーノくんも」

 

「はい、行ってきます」

 

見送ってくれる母さまには何かあったら念話で連絡すると伝えて、俺達は集落の入り口に向かう。そこには長老が待っていてくれた。

 

「お待たせしてしまいましたわね、申し訳ありません」

 

「大丈夫じゃ。では参ろうかの」

 

長老はそう言うと、デバイスを取り出してバリアジャケットを展開して飛行魔法を行使する。ユーノも俺もそれに倣ってそれぞれバリアジャケットを展開し、飛行を開始した。

 

ブラマンシュの長老は、見た目だけなら初老の男性なのだが、実はもう100歳を超えているらしい。ただブラマンシュ独特の体質により肉体的には然程老化していない上、魔法で身体強化もしているため俺やユーノと比べても遜色ないレベルで運動出来るのだ。ちなみに本名はグレゴリーと言うのだが、みんな「長老」と呼んでおり、名前で呼ぶ人は見たことがない。

 

集落から遺跡までは通常徒歩で1時間弱ほどかかるのだが、空を飛んでしまえば15分程度だ。俺達はかつてスクライア一族が作業をしていた発掘坑の入り口付近に着地すると、坑道を覗き込んだ。

 

「…明かりの類は全部撤去されているから、暗いね」

 

「お任せ下さいませ。『ウィル・オー・ウィスプ』」

 

俺が鬼火を呼び出すと、歩行に支障がないレベルで辺りが明るくなる。

 

「これで大丈夫ですわ。さぁ、参りましょう」

 

「ありがとう、ミント」

 

「足元に気を付けてな。念のためバリアジャケットは展開したままにしておいた方が良いじゃろう」

 

別に危険な生物などはいないのだそうだが、万が一転んだりした時のため、ということらしい。そのまま暫く進むと坑道はあちこちに枝分かれしていて、さながら地下迷宮のようだった。

 

「ここにはスクライアの符丁がつけられているね。奥に行くのはこっちの道だよ」

 

ユーノに先導して貰いながら暫く先に進んでいくと、やがて祭壇のようになっている場所に出た。奥に扉があり、鍵穴が2つある。

 

「ここじゃな。ミント、ユーノ、それぞれの鍵で扉を開錠するのじゃ」

 

長老に言われるまま扉にかかった鍵を開け、扉を開く。目の前にあったのは台座に収められた21個のロストロギア…ジュエルシードだった。

 

「これが…? 」

 

ユーノが不思議そうに言う。俺も違和感を拭えなかった。膨大な魔力を蓄えた次元干渉型ロストロギアと言う割に、魔力が微弱にしか感じられないのだ。

 

「これが安定しているということなのでしょうか…確かに一見してロストロギアとは思えませんわね」

 

「そうじゃ。この状態であれば触れたりしても特に問題はない。ミント、掌をジュエルシードの上に翳してみい」

 

「…こう、ですか? 」

 

長老の言う通りにジュエルシードの1つに手を翳すと、ジュエルシードから魔力が身体に流れ込んでくるかのような錯覚に陥った。驚いて手を退けると、その感覚はすぐに治まる。横ではユーノも同じようにジュエルシードに手を翳しているが、特に何も感じていない様子だ。

 

「それはブラマンシュの魔力素に慣れ親しんだ者のみに発生する現象じゃ。例えばユーノならばあと3年もここで暮らせば、同じようになるじゃろうな」

 

「そもそもこれは一体何なのですか? 身体に魔力が流れ込んでくるような感触でしたわよ」

 

「自身の魔力を回復したり、自らの身体を媒体にして他人に魔力を譲渡したりすることが可能なのじゃよ。まぁ使う機会など殆どないじゃろうがの」

 

試しにもう一度手を翳してみると、同じように魔力が流れ込んできた。

 

「どうすれば譲渡できますの? 」

 

「もう片方の手で対象に触れて、後は譲渡を願うだけじゃ」

 

折角なのでユーノを実験台にすることにした。錫杖形態のトリックマスターを台座に立て掛け、ユーノと手を繋いで魔力の譲渡を念じてみる。

 

「あ、本当だ。魔力が流れてくる…」

 

「あまりやり過ぎるでないぞ。飽和状態になると魔力酔いを起こしてしまうからの」

 

そう言われて慌てて手を放した。魔力酔いはリンカーコアの許容量以上の魔力を体内に取り込むことによって正常な循環が出来なくなり、発熱や嘔吐などを引き起こすのだ。これは「ディバイド・エナジー」などの魔法でも稀に発生することがあるらしい。

 

「でもそれが発生するのって魔力量Sランク以上の魔導師がEランクとかFランクの魔導師に魔力を分ける時くらいだよね? 」

 

「そうは言っても、ロストロギアですわよ? どの程度の魔力が流れ込むか、判ったものではありませんわ」

 

「そうじゃな。どこまで魔力が続くのかは全く判らんからの。自身については言うに及ばず、万一譲渡することがあっても相手の許容量に見合った魔力だけにするよう気を付けるのじゃぞ」

 

さすがに前例は未だ無いらしいが、理論上では魔力酔いを起こした状態から更に許容量を大幅に超える魔力を吸収してしまった場合、リンカーコアがダメージを受けたり神経系統などにも影響があったりする可能性があるらしい。

 

改めて台座に収められたジュエルシードを見つめる。今日はまだそれほど魔法を使用していないとはいえ、先程の一瞬で俺の魔力はほぼ満タンに近い状態まで回復していた。それでも尚、このロストロギア自体からは微弱な魔力しか感じられない。内包している魔力と外から感じる魔力に天と地ほどの差があるのだ。

 

背筋を冷たいものが走った気がした。

 

「…いくら安定しているからと言って、無闇矢鱈と触れてはいけないものだということが良く判りましたわ」

 

「それが『力』と言うものじゃよ」

 

 

 

その時だった。突然、長老のデバイスが警告音を発した。

 

「エマージェンシーコール…オージェ空曹長、どうしたのじゃ? 」

 

長老が通信回線を開いた。相手はマーカスさんだった。

 

『長老、たった今所属不明のシャトルが2機、こちらの制止を無視してブラマンシュの成層圏に侵入した! 』

 

「何じゃと!? 」

 

何時になく真剣なマーカスさんの声と今まで経験したことの無い事態に、思わずユーノと顔を見合わせた。

 

『次元航行部隊にも応援を要請したが、到着までは時間がかかるだろう。それまで集落のみんなをどこか安全な場所に避難させてくれ』

 

「了解じゃ。今少し集落から離れた場所におるのでな。急いで戻ることにしようかの」

 

『こちらも大至急追撃する。お互いの健闘を』

 

通信はそこで切れた。長老はふっと息を吐くと、俺達の方に向き直った。

 

「どうやら未曽有の危機と言うやつじゃな。今まで管理局の制止を振り切ってまで侵入してくるような輩はいなかったのじゃが」

 

「一体、何が起きているのですか? 」

 

「さてな、いずれにしても今はすぐにでも集落に戻って、皆の安全を確保すべきじゃろう。2人共、飛べるかの? 」

 

「問題ありませんわ」

 

「僕も大丈夫です」

 

俺達はロストロギアが収められた部屋を再び封印すると、鬼火をそれぞれのデバイスの先端にかけ直した。

 

「これで大丈夫ですわ。急ぎましょう」

 

「レイジングハートがマッピングしているから、最短距離で飛ぶよ。ついて来て! 」

 

まずユーノが飛び立ち、俺と長老も後に続く。暗い坑道が不安と焦りを更に煽るように感じた。

 




先週は急遽投稿をお休みしてしまい、申し訳ございません。。
経緯は活動報告に記載しておりますが、入院した母の看病をしていて時間が取れなかったことが原因です。。幸い回復はそこそこ順調で、一安心しているところです。。

そしてやっと第2部を終えることができそうです。。
ただ、最終話の作成に多少手こずっています。。プロットを文章に起こすだけのはずなのに、詳細な描写がうまくいかないのは矢張り書き手として未熟なせいなのでしょう。。

頑張って完結にこぎつけたいと思いますので(まだ無印突入直前ですが!)、引き続きよろしくお願いいたします。。


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第27話 「襲撃」

最短距離とはいえ、狭くて暗い坑道の中を飛ぶのは注意が必要で、出口に辿り着くまでに30分程の時間がかかってしまった。坑道から出て、遺跡上空を飛行する俺達の目に飛び込んできたのは、ブラマンシュ集落から立ち上る炎と黒煙だった。

 

「集落が…燃えていますわ! 」

 

集落の広場の辺りに強行着陸したと思われるシャトル2機も見える。襲撃されたのはほぼ間違いないだろう。

 

「連絡を受けてすぐに湖の方に避難するよう伝えておいたんじゃが、今は念話が通じんな。デバイス通信もあれから使えんようじゃ」

 

長老の言葉を聞いて、俺も母さまに念話を飛ばしてみる。

 

<お母さま! 大丈夫ですの!? お母さま! >

 

こちらも矢張り返事は無かったが、フェディキアで感じたような、何かに念話を阻害されているような感覚があった。

 

「…AMF発生装置ですわね。修学旅行の時と同じですわ」

 

あの時はユーノがマリユースと一緒にAMFの発生を止めた筈だ。ただ2機あるシャトルのどちらに装置が搭載されているのか判らない状態で無闇に突っ込むのは無謀だろう。場合によっては両方のシャトルに複数の装置があるかもしれないのだ。

 

「さすがに今回は人手が足りな過ぎるね。AMFを止めるんじゃなくて、それを上回る出力での魔法行使を考えた方が良いと思うよ」

 

ユーノがこちらの考えを読んだかのようなタイミングでそう言った。

 

「AMFを使ってくるということは、相手はまた非魔導師なのでしょう。質量兵器には注意が必要だとは思いますが…いずれにしてもお礼は確りとさせてもらいますわ! 」

 

不安と焦りに押しつぶされそうになりながらも、自らを鼓舞するために敢えて声に出してみた。普通に飛んで15分程度の距離がとてつもなく長く感じる。錫杖形態のままになっているトリックマスターの柄を握りしめる手にも自然と力が入った。

 

≪I will support you, master. Do not worry, and please act as usual practice.≫【サポートします。今までの練習通りに動けば大丈夫です】

 

「ありがとうございます、トリックマスター…参りますわよ! 」

 

≪Sure.≫【了解】

 

 

 

集落まであと少しというところで、急に高機動飛翔の制御が乱れた。AMFの効果範囲に入ったのだろう。魔力を多めにつぎ込み、何とか体勢を整えて着地するとそのまま走って集落に向かう。ユーノが何か叫んだような気がしたが、聞き返しているような余裕は無かった。

 

ブラマンシュの集落では殆どの家が遊牧民のテントのような作りになっているのだが、今その家々は半分近くが業火に包まれていた。いくつかの家をなぎ倒すような形でシャトルが着陸している。何人か見張りのような人間がいるようだが、集落の人達の姿はない。恐らく長老が指示してくれた通り湖の方に避難しているのだろう。

 

「ガキが1人! 足元を狙え! 」

 

無策にいきなり入り口から飛び込んでしまったため、あっさりと見張りに見つかってしまった。続けてパンパンと乾いた音が聞こえる。それと同時に走っている俺の足元で地面が小さく爆ぜた。地面は完全に舗装されている訳ではないのだが、石畳部分に当たると跳弾の恐れもある。

 

「っ! 」

 

足を何かが掠めたような感触があったが、痛みは特にない。バリアジャケットは展開しているものの、「なんちゃってディストーションフィールド」の所為で物理攻撃に対して強度があまりないことを今になって思い出し、俺は近くのまだ無事な家の陰に飛び込んだ。ユーノと長老はいつの間にか見当たらなくなっていた。さっき何か叫んでいたのは、別行動を取るつもりだったのだろう。

 

「トリックマスター、フライヤー6基展開! 」

 

≪All right. "Fliers" are ready.≫【了解。『フライヤー』準備完了】

 

いつもより魔力消費が激しいが、この程度なら未だ大丈夫と自己判断する。銃撃は止んでいた。恐らく家の陰から出てきたところを狙うつもりなのだろう。

 

(相手はAMFを使っている…ならこちらの魔法に対しては警戒心が薄れている筈ですわ)

 

俺はトリックマスターを強く握り締めると、すーっと息を吸い込んだ。

 

「『マニューバラブル・ソアー』! 」

 

高機動飛翔で建物の上から飛び出すと、フライヤーを散開させた。

 

「な!? こいつ魔法が使えてるぞ! フィールドは如何した! 」

 

「正常に稼働中です! 使える筈は…」

 

「ちっ! 構わん! 撃て! 」

 

シャトルの周りにいるのは男が5、6人。その男達が俺に向かって銃を構えるが、その時点で既に俺は太陽を背にしていた。以前違法魔導師にやられたのと同じ戦法である。立て続けに発砲音が聞こえるが地上から上空の、それも移動している対象に狙いをつけるのは困難な筈だ。

 

「丸見えですわよ…お行きなさい、フライヤー達」

 

6基のフライヤーが発射した直射弾が次々と男達を撃ち抜いていく。「ぎゃっ」とか「ぐあっ」とかの悲鳴が上がり、男達は武器を取り落した。

 

「非殺傷設定ですわ。良かったですわね、気絶するだけで済みましたわよ」

 

≪Caution. Another group is also aiming at you.≫【警告。別の集団がマスターを狙っています】

 

「了解ですわっ! 」

 

もう1機のシャトルの陰から今度はパンパンという発砲音の他に、タタタタタタというマシンガンのような音も聞こえてくる。ロールで回避しながらアクティブ・プロテクションを生成し、数発の銃弾を受け止めた。

 

前世でも本物の銃の発砲音など聞いたことはなかったのだが、人の命を刈り取る道具であるにも関わらず、その軽い音はまるで玩具が音を立てているかのような錯覚に陥る。

 

「一気に決めますわよ。トリックマスター! 」

 

≪All right. "Flier Dance".≫【了解。『フライヤー・ダンス』】

 

シャトルの陰に隠れていた男達を空色の光が薙ぎ払う。一瞬の後、そこには気を失った男達が倒れ伏していた。

 

「…あっけないですわね」

 

俺は警戒しながら着地すると、男達が取り落した銃器を拾い集め、まだ無事だった家の中に放り込んでおいた。その後倒れている男達をひとまとめにしてチェーン・バインドで縛り上げる。

 

≪Caution. Magical power has been detected in the air behind you.≫【警告。背後空中に魔力反応を感知】

 

「え…後ろ!? 」

 

銃声が聞こえたのと振り向くのはほぼ同時だった。ギンッというような音と共に、俺の手からトリックマスターが弾き飛ばされた。

 

「トリックマスター! 」

 

≪Device core has been shot. Damage report... Casting support 3% down. Communication function disabled. Self-repairing has been started.≫【デバイスコアに命中。ダメージ報告…詠唱支援3%低下。通信機能使用不可。自己修復を開始します】

 

慌てて駆け寄り、錫杖形態のトリックマスターを拾い上げる。2発目、3発目の射撃が外れたのは運が良かったとしか言えないだろう。

 

「大丈夫ですの!? 」

 

≪The damage is not so serious. I can keep constructing your barrier jacket. However, it may take few days to use telecommunication function. Casting support function should be repaired preferentially.≫【ダメージは然程深刻ではありません。バリアジャケットの構築維持可能。但し遠距離通信機能の回復には数日かかりそうです。詠唱支援機能の回復を優先させます】

 

「その程度なら許容範囲ですわ」

 

トリックマスターを握り直すと、空中の人影を睨みつけた。4発目の射撃をアクティブ・プロテクションで受け止めると、高機動飛翔の呪文でこちらも空中に舞いあがる。

 

「後ろから不意打ちとは随分と紳士的ですわね」

 

目の前の男にそう言い放った。他の見張り達と違って明らかに魔力反応がある。全体的に黒っぽいバリアジャケットを身に纏ってはいるものの、手にしているのはデバイスではなく拳銃。先程実弾を撃っていたことから、拳銃は質量兵器だろう。とするとバリアジャケットを構築しているデバイスは別にある筈だ。

 

「複数のAMFを稼働させているのに平然と魔法を使うような化け物相手にはこれくらいがちょうどいいだろう」

 

「そう言う貴方も飛行魔法を行使していらっしゃるようですが、まぁそれは良いでしょう。襲撃の目的は何ですの? 」

 

「さてな。とりあえず今やるべきは全員を捕まえることだ」

 

そう言うと男は改めて拳銃を構えた。こちらも身体強化を最大まで引き上げ、銃弾に備える。

 

「捕まえるだけなら銃など邪魔なだけでしょうに」

 

「生憎だったな。俺は銃を撃つのが大好きでね! 」

 

そう言うや否や、男が発砲した。最大レベルまで身体強化をしているため、俺の眼にも弾道がはっきり見える。避けるだけなら何とかなりそうだった。

 

「無駄ですわ。フライヤー! 」

 

立て続けに発砲する男の銃弾を躱しながらフライヤーを懐に潜り込ませ、至近距離から直射弾を発射する。

 

「ぐっ! このっ! 」

 

男は器用に身を捩るが、躱しきれなかった直射弾が数発バリアジャケットを掠めた。男のバリアジャケットが大きく抉れる。

 

「掠っただけでこの威力かよ。反則だな」

 

「今更降伏しても遅いですわよ。管理局に突き出して…」

 

そこでふと気が付いた。当初マーカスさんがこのシャトルを追っていた筈だ。1人だけで追うことは無いだろうから、ベアトリスさんや他の局員の人達も一緒だった可能性が高い。その人達はどこにいる? 集落のみんなは湖に避難している筈だが、シャトルに乗ってきた男達がさっき倒した人数だけとは考えにくい。そいつらはどこにいる…?

 

≪We are in serious trouble, master.≫【まずい状況ですね】

 

トリックマスターがそう言うのと同時に銃声が聞こえた。

 

「そこまでだ。地上に降りて杖を捨てろ。ゆっくりとだ」

 

銃声がした方を見ると、数人の男達が湖の方から歩いてくるのが見えた。それぞれブラマンシュの集落の人を人質として引きずっている。先頭の男に引きずられているのはイザベル母さまだった。頭に拳銃を突きつけられている。

 

「…下衆共」

 

転生してからは使ったことすら無かった悪態が口をついて出た。だが母さま達を人質にとられている以上、抵抗出来よう筈もない。俺はそのまま高度を下げ、着地した。

 

「申し訳ありません、トリックマスター」

 

≪Do not mind. I will support you at any time. Let us bide our time for the time being.≫【お気になさらず。私は常にマスターの傍にいます。今は雌伏の時です】

 

小声でそっと囁くと、トリックマスターも微かに返答してくれる。俺はその場にトリックマスターを置くと、数歩下がった。

 

「ガキが、手間かけさせやがって」

 

魔導師の男も地上に降りてきて、俺にバインドをかけた。ストラグル・バインドだろう。バリアジャケットと身体強化が解除されていくのが判った。

 

「さっきのお礼をしないとな! 」

 

男が近寄ってきて、そのまま俺のことを蹴り飛ばした。バインドに拘束された状態のまま地面を転がる。

 

「ミント! 」

 

母さまの叫び声が聞こえた。衝撃で吐き気がこみ上げてくるのと同時に、数年前にクラナガンで違法魔導師に蹴り飛ばされた時のことがフラッシュバックする。

 

力不足で蹂躙され、悔しく惨めに思った出来事。結局、俺はあの時から何も変われていなかったのかも知れない。だが俺は溢れそうになる涙をぐっと堪えた。まだ動ける。ここには守るべき人達がいる。

 

(諦めたら、そこで試合終了…でしたわね)

 

トリックマスターが言うように、今は雌伏の時なのだ。

 

 

 

=====

 

ストラグル・バインドに拘束されたまま男達に引きずられていった先は湖の畔だった。男達の仲間と思われる人間が他に十数名いる。その中で魔力を持っているのはさっきの魔導師の他に数人といったところだったが、総じて魔力量はあまり多くなさそうだった。一番多いのが恐らく先程俺と戦った魔導師で、Aランク程度だろう。その代り全員が質量兵器で武装している。

 

銃口の先にはブラマンシュの人々。幸い死者は出ていない様子だったが、何人か怪我人が出ている様子で、その中の数人は明らかに銃で撃たれているようだ。怒りがこみ上げてくるが、結局何もできない現状を悔しく思い、俺は奥歯を噛みしめた。

 

「魔導師はこっちだ。大人しくしていろ」

 

突き飛ばされ、倒れ込んだところにはマーカスさんやベアトリスさんといった管理局の人達も捕らわれていた。全員ストラグル・バインドで拘束されている。

 

実はストラグル・バインドは魔法による一時的な強化などを無効化する反面、通常のバインドと比較しても拘束力は弱い。それでも尚魔導師達が捕まっているのは、単純に人質の安全を優先しているためだ。

 

「よう、ミント嬢ちゃん。すまねぇな。みっともなく捕まっちまってよ」

 

「…人質を盾にされたのでしょう。仕方ありませんわ」

 

「だが本来ならこんなに簡単に突破されちゃぁ沽券に関わるんだがな」

 

平和ボケしていたのかもな、と自嘲気味に言うマーカスさんと、男達に聞き咎められないように小声で話をする。魔力を余計につぎ込めば念話も可能かもしれないが、通常殆ど魔力を消費しない念話に魔力をつぎ込むのは調整が難しい。AMFの影響下で、更にこの距離であれば小声で話した方が早いのだ。

 

「これで全員か? 誰が長だ? 」

 

「長老は出掛けていて今はいない。私が留守を預かっている」

 

ブラマンシュの男性が手を上げてそう言った。集落で薬剤の処方などをしてくれているダリウスさんだ。問いかけているのは先程の魔導師の男。こいつがリーダーのようだった。

 

「ふん、ならお前だ。ここに次元干渉型のロストロギアがあるだろう」

 

「それはただの噂だ。実際数年前にスクライア一族が発掘調査に来たが、何も見つかっていない」

 

すると男は無言のままダリウスさんの右足を撃ち抜いた。

 

「ぐぁっ! 」

 

周りからも悲鳴が上がるが、男が空に向けて更に一発銃を撃つと直ぐに静かになった。

 

「こっちは信頼できる筋から情報を貰っているんだ。嘘は通用しねぇぞ」

 

「知らん! 本当に何も知らんのだ! 」

 

「そうか。なら次は左足だ」

 

男がダリウスさんに銃を向ける。堪らず俺は叫んでいた。

 

「待って下さいませ! 」

 

視線が俺に集中する。俺はバインドに拘束されたままの状態でゆっくり立ち上がった。

 

「ロストロギアはありますわ。ですがブラマンシュの人には情報が開示されていないのです」

 

「ほう…なら、お前は知っているんだな? 」

 

男の言葉に首肯する。

 

「ならお前でいい。案内しろ」

 

人質の命がかかっているため下手なことは言えないのだが、現状では鍵が無い。ジュエルシードを封印している場所への扉はブラマンシュの鍵とスクライアの鍵が必要だ。俺は長老からブラマンシュの鍵を託されてはいるものの、スクライアの鍵はユーノが持っている。

 

その時、足元から「きゅ」という声が聞こえた。視線を下ろすと、そこにいたのはフェレット形態のユーノだった。首からレイジングハートの待機モードである紅い宝石を掛け、ご丁寧にスクライアの鍵を咥えている。これはチャンスだった。

 

「わたくしが貴方達をロストロギアのところに案内したら、集落のみんなを解放して頂けますか? 」

 

「そうだな。ちゃんと案内出来たらな」

 

男はニヤニヤしながらそう言うと、バインドを解除した。素早くしゃがんで鍵を受け取った後、ユーノを隠すように服の内側に滑り込ませた。幸い男達に気付かれた様子はない。

 

「お前のデバイスはこっちで預かっているからな。変な気は起こすなよ」

 

男の言葉に頷くと、俺は母さまの方に向き直った。

 

「お母さま、ちょっと行って参りますわ」

 

「ミント…気を付けて」

 

「大丈夫ですわ。すぐにみなさんを解放して差し上げますから」

 

 

 

シャトルに乗ってきた男達は全部で25人だった。そのうちの10人がシャトルのところで見張り、10人が湖の畔で集落のみんなと管理局員達の監視。そして残りの5人が俺と一緒に遺跡に向かうことになった。この5人は魔力を持っていないものの、全員が拳銃やサブマシンガンで武装していた。

 

「…ロストロギアを手に入れに来たんですのね? 」

 

「答える必要は無いな」

 

「あのロストロギアはブラマンシュから持ち出すだけで暴走する可能性がある危険なものですわよ? 」

 

「いいから黙って歩け」

 

「…何に使うつもりなのですか? 」

 

「……」

 

歩きながら男達に問いかけてみたが、反応は芳しくなかった。尤も然程回答を期待していた訳でもないので、こちらも口をつぐんで歩き続けた。少し歩くと、AMFの効果範囲から外れたようだ。

 

<ミント、聞こえる? >

 

<聞こえていますわよ。無事で良かったです>

 

服の中のユーノが念話で話しかけてきた。ここで出来る限りお互いが別れた後の情報交換をしておいた方が良いだろう。とは言っても、俺は殆ど戦闘していただけなので、あまり有意な情報は入手できていないのだが。

 

<ミントが暴れてくれたおかげで、随分と動きやすかったよ。ありがとう。ナイス囮>

 

<…あまり褒められている気がしませんが、まぁ良いですわ。そちらは何か判りました? >

 

<うん…奴ら、きっとブラマンシュの人を解放するつもりはないよ。シャトルから少し離れた林の中で大量殲滅用と思われる質量兵器を見つけたんだ>

 

<…! どこまでも卑劣ですわね>

 

ユーノの話によると、どうやら発見されたのはスイッチ起爆型の大型爆弾のようだった。そんなものをブラマンシュで爆発させるわけにはいかない。

 

<今、長老が何とか解体出来ないか、頑張ってくれているよ。でも念のため奴らのリーダーが持っているらしいスイッチを手に入れたいんだ。もしそれが難しいなら最悪破壊しておきたい>

 

遠隔操作可能なスイッチなら、恐らく起爆装置に信号を送信するタイプなのだろう。破壊する時の衝撃で信号が送られなければ良いのだが、出来るだけ危険は避けたい。矢張り何とかして奪い取るのが最善策だ。破壊するとしても、ブラマンシュから出来るだけ離れた場所が良い。

 

<スイッチを持っているのはリーダーでしたわね。ならこういう作戦は如何です? >

 

爆弾なら自分たちがいる場所で爆発させるとは考えにくい。奴らはジュエルシードを手に入れたらシャトルで飛び立つだろう。その時に一緒にシャトルに乗り込んで、起爆スイッチとジュエルシードを奪い返し、ユーノの転送魔法でブラマンシュに帰還。

 

<ミント…それ作戦って言えるの? 随分運頼みの要素が強いと思うけれど。おまけに一緒にシャトルって、どうやって乗り込むのさ? >

 

<撤退する時に、最低1人は人質を連れていくと思いますわ。そうしないとギリギリのところで攻撃されてしまうでしょうし。その人質に志願すればいいでしょう>

 

懸念点は、トリックマスターを奪還するまでデバイスが無いことだろうか。ただそれまではレイジングハートが力を貸してくれると申し出てくれた。

 

<まぁ、確かに今は時間が無いし他に良い案がある訳でもないか。でも十分注意して行こう>

 

<判っていますわ>

 

ユーノと話をしていると、不思議と気力が湧いてくる。まだまだ諦めずに頑張れそうだった。

 

 

 

小一時間もすると、俺達は遺跡に到着した。ここからは更に1時間ほど坑道を進み、あの扉の前に辿り着いた。解錠しようとした時に、ユーノからの念話が届く。

 

<思ったんだけど、こいつらって質量兵器でブラマンシュの人達を皆殺しにしようとしているよね? >

 

<そのようですわね>

 

<そしたらさ、この状況ってすごくマズいと思うんだ>

 

ユーノが懸念していたのは、ロストロギア回収後に「お前はもう用済みだ」といわれるパターンだった。その可能性には思い至っていなかったが、言われてみれば確かにそれ以外のルートが無いような気もする。

 

「おい、何してる! さっさと鍵を開けろ! 」

 

「お待ち下さいませ。今開きますわ」

 

表向きは平静を装いながら、マルチタスクで必死に逃げ道を探す。

 

<≪I have an idea, master.≫>【マスター、考えがあります】

 

<レイジングハート! 何か良い案があるの? >

 

<≪Here was a mining gallery. There should be many pits.≫>【ここは元々坑道ですから、縦穴も複数あります】

 

<うん。それで? >

 

<≪I can guide you. Let us fall down.≫>【案内も出来ます。そこに落ちましょう】

 

ユーノに提案するレイジングハートの言葉を聞いて、それだと思った。要は男達が、俺が死んだと思うような状況にすればいいのだ。作戦が決まれば後は実行するのみ。俺は扉を開いて男たちをロストロギアの部屋に招き入れた。

 

「これか…おい、本物なんだろうな? 魔力を殆ど感じないぞ」

 

「現状は安定している、ということですわ。ブラマンシュから移動させたら何が起こるか判りませんが」

 

「よし。運び出すぞ。トランクに入れろ」

 

男達がジュエルシードを持ってきていたトランクに入れ始めた。

 

<ユーノさん、急いで下さいませ>

 

<ちょっと待って…『管理権限、新規使用者設定機能フルオープン』>

 

服の中でレイジングハートが暖かい光を発するのが判った。慌てて両手を胸の前で組んで誤魔化す。発生する魔法陣は最小限に留めているため制御に時間がかかっているようだったが、やがてユーノから念話が入った。

 

<オーケー。ミント、繰り返して。『風は空に、星は天に』>

 

<ユーノさん!? パスワード認証は無意味だから省略するべきだって、学院時代にも言っておきましたわよね!? >

 

<ゴメン! 今度直しておくから! それより今は早く! >

 

男達はジュエルシードを収納し終えて、下卑た笑みを浮かべながらこちらに近づいてくる。

 

<仕方ありませんわね。『風は空に、星は天にっ』>

 

「ご苦労だったな。これでお前さんは用済みだ。ご褒美に鉛玉をくれてやるよ」

 

死刑宣告を聞いた瞬間俺は身体を強化し、男が銃を構えるよりも早く出口から駆け出した。

 

「あっ、おい、こら! 待ちやがれ!」

 

後ろから発砲音が聞こえた。予め示された道を、弾を避けるようにジグザグに走りながら逃げる。逃げながらもユーノの設定したパスワードを繰り返した。

 

<『不屈の心は、この胸にっ! この手に魔法をっ!』>

 

足元で石が弾けた。バランスを崩した先に縦穴が見える。チャンスはここしかなかった。

 

<『レイジングハート、セットアップ!! 』>

 

<≪Stand by, ready. Setup.≫>【準備完了。セットアップ】

 

魔力は出来るだけ漏れださないように抑えているので、光の柱が出来るようなことはない。バリアジャケットの展開と同時に、俺は高機動飛翔の魔法を発動して縦穴に飛び込んだ。

 

「きゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー…………」

 

オーバーハング状態になった縦穴の縁部分に身を隠すと同時に悲鳴を上げ、ロングトーンでだんだん声を小さくしていく。前世で観たとあるアニメで主人公が使った手法だ。最後に少しだけ間をおいて小さく「ぎゃっ」と発声する。

 

「ふん、落ちたか。逃げたりしなければ楽に殺してやったのにな」

 

「まぁ結果は同じだ。行くぞ」

 

男達はそのまま坑道を引き上げて行った。暫くその場に留まり、人の気配が無くなったところでサーチャーを作成する。どうやら男達はちゃんと出口に向かっている様子だった。

 

一旦ジュエルシードが封印されていた部屋に戻り、サーチャーから送られてくる情報に集中する。その後小一時間ほどして男達が遺跡を後にしたことを確認した俺達は大きく息を吐いた。

 

「ありがとうございます、ユーノさん、レイジングハートさん。おかげで助かりましたわ」

 

≪You are welcome, Mint.≫【どういたしまして】

 

「でもこれで終わりじゃない。むしろこれからが本番だよ。まずはトリックマスターを奪還して、それから奴らのシャトルに忍び込まないと」

 

あの男達が集落に帰りつくまでには、あと1時間ほどかかるだろう。空を飛べる俺達は今から坑道を出てもギリギリ先回り出来る筈だ。

 

「そうですわね。ではそろそろ参りましょう」

 

俺は改めてバリアジャケットの内側にユーノを入れて落ちないようにし、飛行魔法を駆使して一気に坑道を抜けた。

 




結局、書き上げてみたらいつもの2倍ほどの文量になってしまったため、急遽前・後編に分けることにしました。。

中途半端には切れなかったので、区切りを調整したところ、文字数は今回の27話が10000文字弱、次回の28話(第2部最終話)が7000文字強ということになってしまいました。。

最終話のボリュームが減ってしまうのは不本意なのですが、だらだらと長文を載せるよりは半分にした方が良いと判断しました。。

このため、第2部の完結は来週になります。。お待ち頂いた方には本当に申し訳ございませんが、引き続きよろしくお願いいたします。。

最終話は既に5月31日20時の予約投稿を設定済みです。。来週はのんびり母のお見舞いに行けそうです。。


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第28話 「脱出」

俺達は男達に見つからないように集落へ向かう道から外れ、湖側から回り込むようにして集落に近づいた。ブラマンシュのみんなはまだ無事のようだ。

 

「爆弾解体の進捗が確認できなかったのが痛いですが、仕方ありませんわね」

 

「どうするの? 人質になるとは言っても、今の状況だとミントが顔を見せるのはマズいよ」

 

当初の予定ではロストロギア回収から戻った後で人質に志願するつもりだったのだが、遺跡で死んだことになった以上、顔を出すことは出来ない。むしろその前に大立ち回りも演じているため、いくら志願したところで人質として認められない可能性が高いことに、今更ながら思い至った。

 

「だ…大丈夫ですわ。ほら、あれですわよ。昔ユーノさんと一緒に練習した」

 

「え…あ! 変身魔法! 」

 

5年ほど前、ユーノがフェレットへの変身魔法を習得した時、俺も一緒に変身魔法を練習していたのだ。残念ながら俺にはユーノ程には適性が無かったのだが、外見を変えることは出来るようになっていた。思いつきで口にしたのだが、今となってはそれ以外には方法は無いと思われた。

 

「結構長いこと使っていませんが…変身魔法ならぬ、変装魔法ですわね。如何です? 」

 

かつて「ディスガイズ」と名付けた魔法を行使する。数年前までは遊び感覚で頻繁に使っていたが、ここしばらくはお蔵入りになってしまっていた魔法だ。

 

「うん。いい感じでイザベルさんに見える。これならいけるかも」

 

「ディスガイズ」を行使した俺の姿は髪も長く、身長こそ若干足りないもののイザベル母さまによく似ていた。髪色、瞳の色は元々母さま譲りで、顔つきも似ているため、隣に並んで見比べるのでなければ、見慣れていない人には見分けがつかないだろう。

 

ユーノはフェレット形態のまま待機モードに戻したレイジングハートと一緒に服の中に忍ばせ、俺は見張りの隙を見つけて近くの木陰からみんなが捕らわれているところに合流した。丁度遺跡から男達の仲間が戻ったところで、そちらに注意が向いたのが幸いした。

 

「…お母さま」

 

「ミント!? その格好は…? 」

 

母さまの近くに座り込み、小声で事情を説明した。男達がブラマンシュを解放するつもりが無いだろうこと、質量兵器が隠されていること、長老が頑張ってくれているが、解除出来るかどうかは判らないこと、そのため人質としてシャトルに乗り込み、隙をみて起爆スイッチを奪い取る計画であること。

 

「危険ではありますが、今これを出来るのはわたくしだけですわ。勝算もあります。心配をかけて申し訳ありませんが、必ず戻りますから」

 

そう言うと、母さまは俺のことをそっと抱きしめた。

 

「本当なら貴女にはもう危険なことをして欲しくないけれど。本当なら変わってあげたいのだけれど」

 

そう言った後、母さまは俺の額に口づけし、それから俺のことをじっと見つめた。

 

「一つだけ、絶対に無事に帰ってくること。これだけは約束して頂戴」

 

「…勿論ですわ」

 

 

 

男達は予想通り俺達の中から人質を連れだすことにし、結局立候補した俺がシャトルに乗り込むことになった。母さまにはその間ずっと俯いて貰っていたため、男達は同じような顔が並んでいることに気付かなかったようだ。

 

「それにしても本当に子供にしか見えねぇな。本当にこいつ、成人してるのか? 」

 

「何でもそういう種族らしいぞ。以前は不老長寿の研究者が言い値で買ってくれていたらしいな」

 

「なら用が済んだら売り払うか? 」

 

「丁度良い違法研究者でもいたらな」

 

シャトルの貨物スペースに放り込まれた俺を見て、男達がそんな不穏な会話をしていた。怯えるような素振りを見せながら、周囲の状況を確認する。簡素な造りになっていて、男達が乗るスペースまで扉は無い。幸いなことに集落で回収されたと思われるデバイスについても貨物スペースに置いてあった。

 

(トリックマスター…良かった。他のデバイスも見覚えがありますわ。あれはマーカスさんの…あちらはベアトリスさんのデバイスですわね)

 

これらのデバイスは後でユーノに頼んで船外に転送して貰うことにする。

 

「それにしてもロープで縛るだけで大丈夫なんですか? 」

 

「あぁ、こいつら魔力だけはバカみたいに大きいが、攻撃魔法は使えないんだとよ」

 

「でも死んじまったっていうガキは使ってましたよね? 」

 

「ありゃぁレアケースだな。偶にはそういうのもいるらしい」

 

ブラマンシュの情報としては割と正確なのだろうが、それで油断してくれているのは大歓迎である。

 

「念のためAMFは最大出力で稼働させておけ。離陸したら相互通信は禁止。それと管理局の奴らが次元航行部隊にも応援要請をしている筈だ。2号機が先に離陸して囮になれ。ステルス機能があると言っても過信はするな。その後は独自判断で動け。アジトで合流だ」

 

リーダーらしい男の声が聞こえてきた。恐らくジュエルシードと起爆スイッチはそこにあるのだろう。運が良いことに、俺が乗せられたのは1号機らしい。エンジン音が高まっていき、貨物スペースを覗き込んでいた男達も顔を引っ込めた。

 

「今ですわ。ユーノさん、まずは転送を! 」

 

「判った! 」

 

バリアジャケットの中からユーノが飛び出してきて、転送魔法を発動する。対象はトリックマスター以外のデバイスだ。その間に俺は極小の魔力弾でロープを切断した。

 

「トリックマスター! 早速で悪いのですが、セットアップですわ」

 

≪Sure. And welcome back, my master.≫【了解。それと、おかえりなさいませ、マスター】

 

「ええ…ただいま戻りました」

 

「ディスガイズ」を解除して元の姿に戻ると、即座にセットアップしておく。ほぼ同時に浮遊感があった。シャトルが上昇を開始したのだろう。

 

「こっちは終わったよ」

 

「ありがとうございます、ユーノさん。次は起爆スイッチですわね」

 

サーチャーを作成し、先程リーダーの声が聞こえていた方を探る。内部はかなり広い作りになっていて、中央の椅子にリーダーと思われる男が座っていた。その足元には見覚えのあるトランク。ジュエルシードが収納されているものだ。見える範囲ではそれ以外に男が10人ほど。操縦席にも何人かいる筈だが、さすがにこのエリアを突っ切ってサーチャーを飛ばすのは危険だ。

 

「AMF発生装置がどこにあるのかは、ここからだと判りませんわね。ユーノさん、大丈夫ですか? 」

 

「うん。今はまだフェレット形態だから、魔力消費もそんなにないし、大丈夫だよ。それよりミントこそ大丈夫? 」

 

「ええ、特に問題はありませんわ」

 

魔力はまだ半分程はある。AMF影響下とはいえ、十分に持つ筈だ。それにジュエルシードを奪還出来れば、そこから回復することも可能だろう。

 

「起爆スイッチは…リーダーが持っているのでしたわね」

 

改めてリーダーの姿を確認するが、何処にスイッチを隠し持っているのかはすぐには判らなかった。貨物スペースに窓は無く外の様子は判らなかったが、サーチャーに映った窓からは随分と高度があがっている印象を受ける。

 

遠隔スイッチの有効範囲はそんなには広くない筈だ。次元間航行に入る前にはスイッチが押されてしまうだろうが、押されなかったとしても万一次元間航行に入ってしまってはユーノの転送魔法も範囲外になるため、今度は俺達がブラマンシュに戻れなくなる。

 

「時間がありませんわ。こうなったら一気に室内を制圧しますわよ」

 

「ちょっと待って、ミント。制圧ってどうやって? 」

 

「幸いスペースはそんなに広くありませんし、フライヤーダンスで…」

 

「ダメだよ。今回は対象が壁際にいるから外側に向けて射撃を拡散させることになる。個別に狙い撃つならともかく、一斉射撃だと外壁が傷つく可能性もある」

 

これから宇宙空間に向かうシャトルの外壁を傷つける訳には行かない。

 

「ですが個別に狙い撃っていたりしたらすぐに警戒されて反撃体勢に移られてしまいますわ」

 

「うーん…数秒だけでも無力化出来ればいいんだけど…目潰しみたいな」

 

ユーノがハッとした表情で俺を見る。その瞬間、俺も同じことに思い至った。

 

「「フライヤー・バージョンF!」」

 

そうと決まれば後は実行するのみだ。作戦としてはまずフライヤー・バージョンFで室内にいる男達の視界を奪い、続けて通常のフライヤーで各個撃破。最初に魔導師でもあるリーダーを落とせれば後の展開が楽になるだろう。

 

「トリックマスター、サポートをお願いしますわ」

 

≪Of cause yes. I will do my best.≫【もちろんです。最善を尽くします】

 

フライヤー・バージョンFを1基生成し、追撃用のフライヤー5基を展開する。戸口の縁に隠れて光を直接見ないように準備した。

 

「…参りますわよ」

 

「…うん」

 

「…GO! 」

 

男達がいる部屋にフライヤーを全て放り込み、次の瞬間バージョンFを炸裂させた。

 

「うわっ、何だ!? 」

 

「目が、目が見えねぇ! 」

 

「てめぇら、落ち着けっ! くそっ、何が起きてやがるっ」

 

一瞬遅れて部屋に飛び込むと、パニックを起こしている男達を次々フライヤーで仕留めていく。悲鳴を上げる男達の意識を容赦なく刈り取ると、フライヤーを更に1基追加して操縦席エリアへの通路に配置した。

 

「おい、どうした! 」

 

通路の方から入ってきた男に向かってフライヤーが直射弾を打ち出すが、わずかに狙いがそれてしまった。

 

「くそっ! てめぇ、死んだんじゃなかったのかよ! おい、敵襲だ!! 」

 

「中で銃を使うんじゃねぇぞ! 何かに掴まってろ! 」

 

操縦席の方からそんな声が聞こえ、次の瞬間機体が大きく揺れた。バランスを崩し、壁に叩きつけられる。

 

「くっ! こんなことなら最初から飛行魔法を使っておくのでしたわ! ユーノさん、大丈夫ですか? 」

 

「う…うん、ちょっとびっくりしたけれど、問題ないよ」

 

改めて飛行魔法を発動し、気を失っているリーダーの服を調べる。起爆スイッチと思われるリモコンのようなものは簡単にポケットから出てきた。

 

「ありましたわ! これですわね」

 

スイッチをバリアジャケットのポケットに入れ、次にジュエルシードが入ったトランクに手を伸ばす。その時、今度はシャトルがロールを始めた。飛行しているため身体自体は影響を受けなかったが、いきなり周りの景色が回転したため視覚が混乱する。

 

「っ! トランクが! 」

 

ジュエルシードを収納したトランクが宙を舞った。同時に気絶した男達も椅子から投げ出されるように転がり、うめき声を上げる。

 

「まずいよミント! 早くトランクを確保して戻ろう! 」

 

慌てて転がったトランクに手を伸ばした瞬間、銃声が響いた。トランクのハンドル付近に着弾したようで、火花が散る。思わず手を引っ込めてしまった。

 

「随分とふざけた真似してくれるじゃねぇか」

 

銃を構えていたのは例の魔導師の男だった。他の男達はまだ意識を取り戻してはいない様子だ。

 

「船内で銃を使うのは危険なのではありませんか? 」

 

「てめぇをぶち殺すのが最優先だ」

 

そう言って立て続けに発砲する。俺としてもシャトルと心中するのはイヤだったので、避けるのではなくプロテクションで弾を止めていたのだが、次の瞬間窓の外の景色がガラリと変わった。次元間航行に入ってしまったのだ。

 

「ダメだ。間に合わなかった…」

 

ユーノの呟きを聞いて、魔導師の男は下卑た笑いを浮かべた。

 

「長距離転送は出来ないようだな。こうなっちまえば狭いシャトルの中で逃げ場はねぇぞ」

 

銃を構え、ニヤニヤとした笑みを浮かべたまま男がゆっくりと近づいてきた。プロテクションが間に合わないような至近距離から発砲するつもりだろうか。

 

「…一つ、良いことを教えて差し上げますわ」

 

「あん? 言ってみろよ 」

 

「銃のメリットは離れたところから攻撃出来ることですわ。自らそのメリットを捨てるのは愚の骨頂ですわね」

 

そう言うや否や、俺は錫杖形態のトリックマスターを回転させて男の拳銃を弾き飛ばした。ベルカ式棒術だ。

 

「てめぇっ! 」

 

激昂して殴りかかってくる男の足を払って倒れさせると、容赦なくフライヤーの一撃を叩きこむ。男はそれで動かなくなった。俺はふっと息を吐くと、駆け寄ってきたユーノを肩に乗せた。

 

「ジュウって言ったっけ? あの質量兵器はどうするの? 」

 

「この魔導師以外は次元間航行中の船内で発砲するような愚は犯さないでしょう。わたくしは正直、あれに触りたいとも思いませんし」

 

本物の拳銃など、前世を合せても見たことすら無い。下手に弄って暴発でもされたら厄介だ。それよりも今は操縦者を確保するのが先だろう。俺はジュエルシードが入ったトランクを拾い上げると、シャトルの操縦席に向かった。

 

 

 

そこには男が2人いた。あまり怯えた様子もない男達の態度に、俺は溜息を吐いた。

 

「…ブラマンシュに戻ってとお願いしても無駄なのでしょうね」

 

「当たり前だ。そんなことをするメリットはどこにもない」

 

6基のフライヤーを男達の周りに散開させたが、彼等はそれを一瞥しただけだった。

 

「脅し方が甘いんだよ。AMFの影響下でいつも通り魔法を行使できると思うなよ。それに俺達がいなくなったら、誰がシャトルを止める? てめぇに操縦出来るのか? 」

 

正論だった。確かに魔力は大分減っている上、俺もユーノもシャトルの操縦など出来はしない。操縦席で勝ち誇ったようにしている男達を睨みつけた。

 

「次元間航行に入った時点でてめぇは詰みなんだよ。通常空間に戻れば今度は俺らの仲間がいる。そうすればお前はどのみち殺される」

 

ここで男達を倒すことに全く意味は無い。戦闘力ではこちらが上でも、逃げ道がなければ確かに詰んだも同然だった。唇を噛む俺を見て、男が嫌な笑い声を上げた。

 

「船内じゃぁ銃は使えねぇが、一度アジトに戻ればてめぇを殺す手段なんざいくらでもあるんだぜ。銃で撃ち殺されたいか? 死の呪いでも受けたいか? 」

 

男のセリフに、聞き捨てならない単語があった。

 

「死の…呪い、ですか。質量兵器を使っているからそうだろうとは思っていましたが、やっぱり貴方達はルル・ガーデンのお仲間だったわけですわね」

 

そう言うと、男達は初めて動揺を浮かべた。

 

「! てめぇ、ルル様のことを知って…! 」

 

「あの人の呪いは、わたくしには通用しませんわよ…」

 

「ふ、ふん。はったりはそのくらいにしておけよ」

 

男達と睨みあいを続けながら現状打破の方法について考えを巡らせるが、これといっていいアイディアは思い浮かばなかった。

 

「ミント! 後ろ!! 」

 

ユーノの声に慌てて後ろを振り向くと、あの魔導師の男が銃を構えていた。

 

「…しぶといですわね。しつこい男は嫌われますわよ」

 

「いいよなぁ。銃はいい。AMFが稼働していても弾さえあればいくらだって撃てるんだからな」

 

どこか恍惚とした表情を浮かべる魔導師に、背筋が寒くなった。

 

「取り敢えず、てめぇは死ね」

 

いい終わると同時に魔導師が発砲する。

 

「プロテクション! 」

 

アクティブ・プロテクションを展開したが、驚いたことに今度は銃弾がプロテクションを突き抜けた。幸い弾道がわずかに逸れたため命中はしなかったが、次の攻撃には注意が必要だ。

 

「頭! 船内で銃は止めて下さい! ただでさえ通常の速度制限を大幅に超えて航行しているんですよ!? 外壁に穴が開いたら全員死んじまいますよ!! 」

 

「うるせぇっ! このガキを殺すのが先だ! …さっきまでの銃とは違うぞ。観念しな! 」

 

魔導師が持っている大きめの拳銃。正面から見て三角形に近い銃身は重厚感があり、確かに威力は高そうだ。魔導師が更に発砲した。

 

「っ!…ラウンドシールド! 」

 

咄嗟に受け止めるのではなく、受け流す方向でシールドを展開したのだが、これは失敗だった。弾道が変わった弾丸が操縦席のコンソールに命中し、機器が火を噴いたのだ。

 

「不味い! くそっ、次元間航行の制御ができねぇ! 」

 

不意に窓の外が明るくなった。通常の宇宙空間に出たにしても、この明るさは異常だった。

 

「不味い、不味い! どこかの惑星の大気圏内だ!! 至急離脱するぞ! 」

 

災い転じて福と為す。どこの惑星なのかは判らないが、今シャトルから離脱出来れば助かるかも知れない。

 

「ユーノさん! 船外転送、行けます!? ユーノさん! 」

 

ユーノからの返事が無い。見ると、俺の肩にしがみついたまま蹲るようにしている。

 

「やらせるかよっ! 」

 

魔導師が更に発砲してきた。ユーノに気を取られていたため、シールドの展開が間に合わない。と、目の前に緑色の障壁が現れ、銃弾を逸らせた。ユーノが代わりにシールドを張ってくれたようだ。

 

「…ゴメン、ミント…ちょっと、転送までは…無理、かも」

 

ユーノが苦しそうに言う。俺はこの症状に心当たりがあった。

 

「…魔力素不適合症、ですわね。すみません、ユーノさん」

 

魔力素不適合症を発症している状態で魔法を行使すると、それだけ回復が遅れてしまう。既にシールドを使わせてしまうことになったが、ユーノにはこれ以上負担をかけられない。何か他の方法で脱出する必要があった。

 

 

 

次の瞬間、船外から膨大な魔力の高まりを感じた。それはAMFなどものともしないような、圧倒的な力だった。操縦席の脇にあったハッチが吹き飛び、視界が桜色に染まる。

 

「何だ! 何が起こった!? 」

 

「判りません! ただ船体が大きく破損! このままでは宇宙空間に出ることが出来ません! 不時着します! 」

 

脱出するなら今をおいて他に無かった。俺は咄嗟に船体に開いた穴に向かって駆け出した。

 

「! 逃がすか!! 」

 

魔導師が立て続けに銃を撃ってきた。数発が身体を掠める。

 

 

 

それはまるでスローモーションの映像を見ているようだった。

 

トランクが弾け、ジュエルシードが空中に散乱した。バリアジャケットのポケット部分が破れて、起爆スイッチが空中を舞った。

 

 

 

ジュエルシードは船体に開いた穴から外にこぼれて行った。慌てて手を伸ばすが、届かない。俺の身体もそれを追うように外に投げ出されるが、視界の端に宙を舞う起爆スイッチが映った瞬間、俺は3基のフライヤーを追加で生成し、スイッチを撃ち抜いた。6基のフライヤーは全て男達の方を向いていて、方向転換させるよりも新規のフライヤーを生成する方が早かったからだ。

 

(こうなった以上…スイッチだけは…壊しておかないといけませんでしたから…ね)

 

かつて、フライヤーの生成数が7基を超えると脳に負担がかかるとトリックマスターから聞いていた。戦闘中に意識を失うことになれば問題があるという話だっただろうか。猛烈な頭痛に襲われながら、俺はそんなことを思い出していた。

 

(まだ、ですわ…ジュエルシードを回収しませんと…)

 

シャトルはみるみる小さくなっていく。スイッチがフライヤーによって破壊されるのはこの目で確認した。ユーノは意識を失っているようだが、俺が左手で確り抱いている。右手にはトリックマスター。

 

浮遊魔法を、との言葉は結局口から出ることはなかった。俺は頭痛に耐え切れず、そのまま意識を手放した。

 




永らくおつきあい頂き、ありがとうございます。。
おかげさまでようやく第2部を完結させることができました。。

次回からいよいよ第3部になりますが、満を持してというよりはむしろあっさり終わらせてしまい、さっさと空白期ののんびりモードに移行したいと考えています。。

引き続き、なにとぞよろしくお願いいたします。。


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第3部 ~Angels' view~
第1話 「邂逅」


「ヴァニラちゃん…? ヴァニラちゃん! 」

 

アリシアちゃんが何度か私の名前を呼び、それではっと我に返る。

 

「あ…アリシアちゃん、ゴメン。ちょっと驚いちゃって」

 

「ねぇ、この子達、どうしようか? 」

 

アリシアちゃんの問いに、改めて青い少女を見つめる。どうもこうも、このまま高台に放置しておくわけにもいかないだろう。かといって、勝手な判断で高町家に連れ帰るのもどうかと思う。

 

「あ、なのはさん! 士郎さんに連絡取って貰っていい? 」

 

「ふぇっ!? あ…うん、そうだね」

 

なのはさんが携帯電話で翠屋に連絡を入れ、簡潔に事情を説明しているのを聞きながら、ふと青い少女が持っている杖に意識が向いた。

 

「ミッド式のデバイス…同系の魔導師だよね? インテリジェント・デバイスならこっちの言ってることも判るかな? 」

 

デバイスにミッド語で語りかけてみたが、反応がない。

 

「ハーベスター、どう? 」

 

≪I think she is on the way of repairing her function due to some kind of problem.≫【どうやら現在何らかのトラブルにより自己修復中のようです】

 

自分のマスターを守るためにも、まずは自身の修復を優先させているのだろう。

 

「ヴァニラちゃん、大丈夫だよ。自宅の方で休ませてあげてって」

 

「ありがとう、なのはさん。じゃぁ行こうか。あ、アリシアちゃんはそっちのフェレットを抱いてあげて」

 

「オッケー。うわぁ、温かい」

 

フェレットやうさぎのような小動物は発汗して体温調節することが出来ないのだが、概して体温は高めである。そのため温かく感じるのだろう。

 

「なのはさん、身体強化して手伝ってくれる? 1/10で良いから」

 

「うん! 」

 

なのはさんと2人で、両側から支えるようにして少女を運んだ。少女のデバイスは、フェレットを抱いたアリシアちゃんに一緒に持ってもらった。

 

 

 

家に戻ると、まず少女を私のベッドに寝かせた。デバイスは枕元に置いておく。

 

「フェレットは…どうしよう、ベッドじゃない方が良いかな? 」

 

「あ、わたしの部屋に丁度良いサイズのバスケットがあるんだ。持ってくるね」

 

そう言ってなのはさんが持ってきてくれたのは円形のラタンバスケットだった。底に折りたたまれたタオルが敷いてあり、フェレットには丁度良いベッドになりそうだ。

 

「どうかな? 」

 

「うん、丁度良いみたい」

 

アリシアちゃんがフェレットを中に入れ、布団代わりのタオルをかける。

 

「良かった。そっちの子はどう? 」

 

「さっき高台で簡易スキャンをした時にも外傷は特に見当たらなかったし、一時的な意識障害だろうから、時間が経てば自然に目が醒めると思う…」

 

そう言いながら少女が寝ているベッドを見た私は、違和感を覚えた。少女の様子は特に変わってはいないのだが、枕元にアンティーク・ドールが1体置かれている。そこはさっき、少女のデバイスを置いた場所だった。

 

「え…あれ!? 人形!? 」

 

≪It may be the standby mode. I think that repairing is going smoothly.≫【恐らく待機モードでしょう。修復は順調のようです】

 

ハーベスターが様子を説明してくれた。

 

「すごーい。お人形さんが待機モードって、かわいいね」

 

アリシアちゃんは目をキラキラさせながらそう言うが、「だるまさんが転んだ」状態でいきなり錫杖形態のデバイスがアンティーク・ドールに変わったりしたら、それは驚くというものだ。

 

≪Hello, everyone. Nice to see you.≫【こんにちは、初めまして】

 

「ひゃいっ!? 」

 

急にそのアンティーク・ドールから声をかけられて、変な声を上げてしまった。見た目に相応しい可愛らしい女性の音声だったのだが、あまりにも急だったため心臓が激しく動悸する。深呼吸をして何とか落ち着かせた。

 

≪First of all, thank you very much for saving us. I really appreciate. My name is Trick Master.≫【まずは助けて頂きありがとうございます。感謝します。私はトリックマスターです】

 

「いえ、どういたしまして…それで、こちらの方が貴方のマスターで良いのですか? 」

 

≪Yes, you are right. She is my master, and her name is Mint Blancmanche. Pleased to make your acquaintance.≫【その通りです。彼女が私のマスター、ミント・ブラマンシュです。どうぞお見知りおき下さい】

 

予想していたためか、あまり驚きは無かった。もしかしたら私と同じように転生したのかもしれないと思うと心が騒いだが、呪いのことを考えると安易に話す訳にもいかない。「ギャラクシーエンジェルのヴァニラ」を知っている人だとすると少し恥ずかしい気もするが、それと同時に「ギャラクシーエンジェルのミント」の姿をした彼女の存在を何故か心強く思った。

 

「よろしく…私はヴァニラ・H(アッシュ)です。それと私のパートナーで、ハーベスター」

 

≪Nice to see you.≫【初めまして】

 

「わたし、高町なのは! よろしくね」

 

「アリシア・テスタロッサだよ。よろしく~」

 

口々に自己紹介をしていると、いつの間にかアンティーク・ドールと話をしているという異様な光景にも違和感がなくなっていた。

 

≪Testarossa... Oh, I see.≫【テスタロッサ…なるほど】

 

「ん? 私の名前がどうかした? 」

 

≪Just I know someone who is your look-alike. It will be much more fun if you see my master face to face.≫【あなたにそっくりな知り合いがいます。あなたと直接お会いした時のマスターの反応が楽しみです】

 

「え? そうなの…? 」

 

≪It was a slip of my tongue. Please ignore. By the way we are lucky to be saved by little girls like you.≫【失言でした。ご放念下さい。それよりも、貴女方のような幼女に助けて貰えたのは幸運でした】

 

「……」

 

不思議なデバイスだった。ハーベスターでもここまで冗談を言ったり、ふざけたりすることは無い。AIとして相当熟成されているのだろう。

 

「ところで、貴女達はどうして空から落ちてきたのですか? 」

 

≪You would better to ask my master regarding this issue. I guess she is getting up.≫【それはマスターに直接伺った方が良いかと。そろそろ覚醒しそうです】

 

トリックマスターの言葉で、私達は一斉に少女を見た。琥珀色の瞳がゆっくりと開かれた。

 

 

 

=====

 

目を醒ますと、目の前には珍しく可愛らしい服を着たフェイトがいた。心配そうな表情で俺のことを見ている。

 

「フェイトさん…ここは…? 」

 

ゆっくり起き上がろうとすると、頭が少しずきずきと痛んだ。それと同時に記憶が蘇ってくる。俺はテロ組織のシャトルから脱出したは良いものの、そのまま気を失って墜落してしまった筈だった。

 

「わたくし…生きていますわね。それにフェイトさんがいらっしゃるということは、もしかしてアースラが救助に来てくれたのですか? 」

 

「ふっ、ふぇっ!? 」

 

何やら妙なリアクションをするフェイトに、違和感を覚える。魔力が全く感じられないのだ。

 

「フェイトさん…リンカーコアが…? 」

 

「え、えーと、私はアリシア! アリシア・テスタロッサだよ。フェイトっていうのがさっきトリックマスターが言っていた私のそっくりさんかな? 」

 

「え…」

 

アリシア・テスタロッサというのは、26年前に行方不明になったプレシアさんの娘の名前だった。ぎぎぎ…という擬音をたてるような感じで辺りを見回すとそこはアースラの船内ではなく、どちらかといえばクラナガンのものに近い個人宅の部屋のようだった。アリシアを名乗った少女の他に2人、同じような年頃の少女がいる。

 

そのうち片方の少女はどう見ても「高町なのは」だった。もう1人の少女は翠色のセミロングヘアにフェイトと同じような赤い瞳をしている。どこかで見たことのある容姿だったが、思い出すよりも早く脳が思考することを拒否した。

 

俺の意識は再び闇に落ちた。

 

 

 

=====

 

「きゅぅ…」

 

まるで漫画のような声を上げて、少女…ミントさんは再び気を失ってしまった。

 

「何だったんだろう、今の…」

 

「少なくとも、『フェイトさん』っていう人がさっき話に出たアリシアちゃんのそっくりさんだろうってことだけは判ったんだけれど」

 

「取り敢えず命に別状はなさそうだし、今はゆっくり休んで貰おう。お話しは落ち着いてからっていうことで」

 

私はそう言うと、フェレットを入れたラタンバスケットをベッドの上に移動させ、ミントさんと一緒に改めてリラクゼーション・ヒールをかけた。

 

≪Sorry, but I am also dedicate myself to restore for a while. See you later.≫【申し訳ありませんが、私も暫く修復に専念させて頂きます。また後程】

 

詳細な説明はマスターからするべきと思っているのか、トリックマスターもそう言うと再び黙り込んでしまった。

 

「そろそろ桃子ママが戻ってくる時間だよ。お手伝いどうする? 」

 

「うーん、じゃぁアリシアちゃんとわたしでお手伝いに行こう。ヴァニラちゃんはミントちゃんだっけ? この子のことお願いしていいかな? 」

 

「うん、判った。こっちは任せて」

 

そう答えると、なのはさんとアリシアちゃんは2人で階下に降りて行った。引き続きリラクゼーション・ヒールをかけながら、ミントさんとフェレットの様子を伺う。

 

その時、ふとフェレットの首にかけられた紅い宝石が揺れたような気がしてそちらに注意を向けると、フェレットの目がゆっくりと開いた。

 

「良かった…気が付いたみたい」

 

そう独り言を口にして安堵の息を吐く。

 

「これは…回復系の、上位魔法…治癒術師ですね…助けてくれて、ありがとう…」

 

フェレットがそう言った。言葉を話せるということは、矢張り使い魔の類なのだろう。ただ意識を失っていただけにしては随分と消耗しているようにも見えた。

 

「特に怪我もしていないようですし、スキャン結果も問題ないから、身体的には大丈夫だと思うのですが…」

 

と、口にしたところで1つの可能性に思い至った。

 

「もしかして魔力素不適合症…? 」

 

「うん…しかもちょっと、魔法を使っちゃって…」

 

通常この病気は個体差こそあるものの、早ければ数時間、遅くても2日程度で完全に回復する。ただフェレットが言うには発症した状態で魔法を使ってしまったらしい。この場合リンカーコアがダメージを受けてしまうため、回復にはかなりの時間がかかる。

 

「判りました。出来るだけのことはしてみます」

 

「ありがとう、ございます…僕は、ユーノ。ユーノ・スクライアといいます…」

 

「え…スクライア!? 」

 

スクライアといえば一族で遺跡等の発掘や調査を生業にしている人達だった筈だ。嘗て転生の呪いについて気付かせてくれた人の顔が頭を過る。

 

「ということは、貴方は人間だったのですね。私はヴァニラ・H(アッシュ)といいます。すみません、ミントさんという方の使い魔かと思っていました」

 

人間は魔法を使って小動物等に変身することで、魔力の消費を抑えることが出来る。フェレットの体温が高かったのは小動物をベースにした使い魔であった所為ではなく、恐らく本当に発熱していたのだろう。

 

「あ…ミントっ…そうだ、ミントは無事ですか…? 」

 

「ええ。先程少し意識が戻ったのですが、今はまたお休みになっています」

 

「そう…ですか、良かった…ところで、ここは…どこですか? 」

 

「ここは地球です。ミッドチルダ風に言うなら、第97管理外世界ですね」

 

ユーノと名乗ったフェレットの目が大きく見開かれた。管理外世界に魔導師が、それも治癒術師がいることに驚いたのだろう。

 

「事情は改めてお話します。貴方達にも何があったのか聞いておきたいですし」

 

「それが…僕は、途中から気を失っちゃって…あまりよく、覚えていないんです…」

 

「そうですか。ではそのお話はミントさんが意識を取り戻してからにしましょう。今はゆっくり休んで下さい」

 

「はい…ありがとう、ございます、ヴァニラさん」

 

「ヴァニラ、で構いませんよ」

 

それには頷くだけで答えると、ユーノさんは目を閉じた。私はリンカーコアが負ったダメージを回復させるようイメージし、リラクゼーション・ヒールにレストア・ヘルスという病状回復に効果を発揮する呪文も上乗せした術式を発動させた。だがこれにしても一瞬で回復させるようなものではない。多少治りが早くなる程度だろう。

 

「…ゲームみたいには、簡単にいかないか」

 

思わず独り言が零れた。

 

結局その日は夕食を終えて夜になってもそれ以上の進展は無く、続きの治療はまた翌日ということにして、私はアリシアちゃんと一緒のベッドで眠りについた。

 

 

 

=====

 

目が醒めると、窓にかかったカーテンの隙間から光が差し込んでいた。俺はベッドから起き上がると、伸びをした。

 

「トリックマスター、今何時…」

 

そう言いかけて、部屋の中にあるもう一つのベッドに気が付いた。そこで寝ている2人の少女を見た瞬間、夢かと思っていた光景がフラッシュバックする。1人はリンカーコアのないフェイト…アリシアと名乗った少女で、もう1人はどこかで見たことのある、翠色の髪の少女だった。

 

不意にその翠髪の少女が目を開けた。

 

「おはようございます。早いですね。体調はどうですか? 」

 

「あ…そ、そうですわね、特に問題は無いようですわ」

 

慌ててそう答えた。

 

「昨日は自己紹介も出来ませんでしたから。改めてよろしくお願いします。ヴァニラ・H(アッシュ)です」

 

俺はそのままの体勢で固まった。

 

 

 

ヴァニラは俺の名前がミント・ブラマンシュであることを知っていた。昨日のうちにトリックマスターが教えていたのだそうだ。そして彼女は俺に、ここが第97管理外世界、すなわち地球であることを教えてくれた。

 

「私も去年、魔力駆動炉の事故に巻き込まれてこちらに飛ばされてしまったんです」

 

そう言うヴァニラの言葉に違和感を覚えつつ、結局原作通りにジュエルシードが地球に落ちてしまった事実に溜息を吐いた。

 

「強制力、とでもいうのでしょうか…」

 

独り言が口をついて出た。ヴァニラはよく聞き取れなかったようで、首を傾げてこちらを見る。

 

「ごめんなさい、何でもありませんのよ」

 

改めてヴァニラの姿を見る。髪がイメージしていたよりも短いことと、ヘッドギアを着けていないことを除けば、確かにヴァニラ・H(アッシュ)であった。もしかしたら彼女も転生者なのかもしれない。随分と落ち着いた雰囲気を纏っているが、ルル・ガーデンと同様に「ギャラクシーエンジェル」のことを知らない可能性もある。

 

「あの…初対面でこのようなことをお伺いするのは、とても恥ずかしいというか…奇妙に思われるかもしれないのですが…その、どう思われます? えっと、わたくしが『ミント・ブラマンシュ』であることについて…」

 

少しだけ逡巡した後、俺はヴァニラに対してこう質問した。これは「ギャラクシーエンジェル」を知らなければ意味不明の質問だ。知らないなら聞き返してくるだろうし、知っているなら…。

 

効果は覿面だった。ヴァニラは急にそわそわしだし、顔を真っ赤にして俺の手を引っ張った。

 

「…少し出ましょう。ここでは、話し難いです…」

 

「あ、少々お待ち下さいませ。トリックマスター」

 

呼び寄せたトリックマスターを小脇に抱えると、俺はヴァニラに手を引かれるまま部屋を出た。

 

家は一般的な日本家庭の物だった。ブラマンシュともミッドチルダとも違う建物に一瞬戸惑いを憶えるが、すぐにそれは「懐かしい」という感想に変わった。居間の壁に掛けられた時計が目に入る。まだ5時前だった。その割には人が活動している気配がある。

 

何処に行くのかと思っていたら、和風な庭に案内された。

 

「少し、待っていて下さい」

 

ヴァニラはそう言うと、俺を置いて離れの方に歩いていく。手持無沙汰になると、急にブラマンシュのことが心配になってきた。爆弾はちゃんと解除されたのだろうか。母さまやみんなは無事だろうか。

 

「トリックマスター、長距離通信機能は…」

 

≪It has not been restored yet. Please wait for a while.≫【まだ直っていません。もう少しお待ち下さい】

 

俺は不安を振り払うように軽く頭を振ると、トリックマスターを錫杖形態にして、棒術の練習を始めた。

 

(今はジュエルシードを回収することが先決ですわね)

 

ジュエルシードの回収は急いだ方が良い。この近辺に散らばってしまっているのは間違いないのだが、恐らくテロ組織側も回収のために動いてくるだろう。ユーノは回復するまでに時間がかかる筈だし、他にも回収を手伝ってくれる仲間が欲しかった。

 

 

 

然程時間をおかずにヴァニラは戻ってきたが、練習をしている俺を見て目を丸くしている。

 

「何をしているのですか? 」

 

「ベルカ式棒術の型ですわ。日課にしていますので」

 

<そうですか。ではやりながらで構いません>

 

急に念話に切り替えて話しかけられたので、こちらも念話で返すことにした。

 

<やっぱり貴女も転生者なのですわね>

 

<!…それは>

 

一瞬顔色が変わったヴァニラを見て安堵した。彼女が呪いの存在を知っているのは間違いない。そしてルル・ガーデンとは違ってそれを口にすることを恐れている。

 

<大丈夫ですわ。転生者に対して転生の話をしても、呪いは無効ですわよ>

 

<そうなのですか!? …それは知りませんでした>

 

<普通なら知り得ない情報ですわ。わたくしの場合、少し事情があっていくつかの情報を取得していますの>

 

転生者が転生を繰り返すという情報は敢えて伏せておいた。これはあまり表に出すべき情報ではないと思ったからだ。俺はこれまでに知り得た、呪いの発動条件などの情報をヴァニラに伝えた。前世についての話はお互いしなかった。何故か話したいとも思わなかったし、彼女も触れてくることが無かったため、未練は無いものと判断したのだ。

 

結局転生に関連する話は今後個別念話でのみ情報交換をすることにし、俺達以外の人には引き続き秘密にするということで落ち着いた。その後丁度棒術の練習を終えたところで、母屋から人が出てきた。

 

「ヴァニラちゃん、おはよう。それからミントちゃん、だっけ? 早いんだね」

 

「ずるいよ~1人だけで先にお喋りしてるなんて」

 

「おはようございます、フェイトさん…ではありませんでしたわね。すみません、アリシアさん。それと…」

 

「うん! なのは! わたし、高町なのはだよ! 」

 

アリシアの姿を見た時に、思わずフェイトと見間違えてしまったのだが、それは仕方のないことだろう。それよりも高町なのはの登場で、改めて俺はここが第97管理外世界、「地球」であることを実感していた。

 

なのはにも挨拶を済ませると、それまで転生以外の話を殆どしていなかったことに気付き苦笑した。

 

「実は日課にしている棒術の練習をさせて頂いただけで、お喋りらしいお喋りはしていませんのよ。丁度良いので、色々とお話しさせて頂きますわ。お伺いしたいことも、お願いしたいこともありますし」

 

「あ、それでしたら士郎さん…この家の人達にも一緒に聞いて貰いたいのですが、大丈夫ですか? この家の人達はみんな魔法のことを知っていますから」

 

今までの会話から、俺はヴァニラが「魔法少女リリカルなのは」についての知識を全く持っていないことを確信していた。そんな彼女を、少し羨ましく思う。彼女は何も知らないからこそ原作知識に振り回されることなく精一杯頑張って、良い意味で原作をブレイクしてきたのだろう。

 

だからこそ、俺は気が重くなった。今更乖離に乖離を重ねた原作知識について話すつもりは全くなかったのだが、これまでのヴァニラとの会話や彼女達の容姿から、彼女達が時を超えてしまったのはまず間違いない。そして彼女達が知らない26年の間に色々なことが起きているのだ。

 

アリシアにフェイトという妹が出来た事実については、驚きこそあれ悲しむようなことではないだろう。だがヴァニラの両親についてはそうはいかない。ただ時を超えたというだけでも十分ショックなのに、その間に両親が亡くなっている事実を知るのは、とてもつらいことのように思った。

 

(いずれ判ってしまうことですわ…むしろ早めに教えて差し上げた方が良いのかもしれません)

 

転生前にアニメで見たようなシューターでの空き缶撃ちをする彼女達を見ながらそんなことを考え、それでもまだ俺は真実を告げるべきかどうかを迷っていた。

 

 

 

=====

 

今日の練習はシューターでの缶撃ちをするだけに留め、私達は早々に家に入った。ミントさんはユーノさんからの念話を受信したとのことで一度部屋に戻ると、フェレットを抱くようにして階下に降りてきた。

 

「ユーノさん、大丈夫ですか? 」

 

「うん…ありがとう、ミント。こんな姿ですみません。僕はユーノ・スクライアという人間の魔導師なのですが、今はちょっと体調を崩していて、魔力消費の少ない小動物の姿になっているんです」

 

ユーノさんも、どうやら意識は回復したようだった。魔法が効いたのか、昨日よりは随分と口調もはっきりしている。なのはさんとアリシアちゃんが順番に挨拶すると、矢張りアリシアちゃんがフェイトという人にそっくりだと言って驚いていた。

 

その後ダイニングに行くと、既に桃子さんが朝食の支度をしてるところだった。

 

「桃子ママ、私達も手伝うよ~」

 

アリシアちゃんがテーブルの上にランチョンマットを敷き、なのはさんが食器を並べる。

 

「ミントさんは居間の方で待っていて下さい」

 

私はそう言うと、人数分のパンをトースターから取り出した。やがて朝練を終えた士郎さん、恭也さん、美由希さんも合流した。

 

「ご迷惑をおかけして申し訳ございません。ミント・ブラマンシュと申します。こちらは友人のユーノ・スクライアですわ。助けて頂いてありがとうございます」

 

「初めまして、ミントちゃん。私は高町士郎、そして妻の桃子、長男の恭也、長女の美由希だ。なのはやヴァニラちゃん、アリシアちゃんとはもう自己紹介は済んでいるんだろう? 」

 

ミントさんが多少緊張した面持ちで挨拶すると、代表して士郎さんが高町家の紹介をした。美由希さんはユーノさんのフェレット姿にとても惹かれたようだったが、ただの動物ではなく人間の魔導師なのだと聞いて自重した様子だ。

 

「折角だから先にお食事にしましょう。昨夜から何も食べていないのですもの。お腹空いたでしょう? 」

 

桃子さんがそう言うと、それに応えるようにミントさんのお腹が「くぅ」と可愛らしい音を立てた。真っ赤になりながら頷くミントさんを席に誘導すると私も着席し、それからみんなで朝食を頂いた。

 

 

 

「えっと、まずはわたくし達がここに来た理由ですわね。それをお話しした上でお願いしたいことがあります」

 

食後、洗い物を終えると私達は居間でミントさんの話を聞くことにした。翠屋FCの練習は、今日は中止ということで昨日のうちに連絡を回してあったらしく、翠屋の開店時間までは士郎さんも時間が取れるとのこと。仕込みが必要な桃子さんだけは一足先に翠屋に向かった。

 

「君達は空から落ちてきた、となのは達に聞いたんだが、本当なのかい? 」

 

「ええ、間違いありませんわ。その状況に至った理由なのですが、まずはロストロギアという、魔法文明遺産について説明します」

 

ミントさんが語ったのは、異世界で異様に発達した魔法文明が遺した技術などについてだった。下手をすれば世界そのものが滅んでしまうようなロストロギアの話を、私も以前お父さんから聞かされたことがあった。

 

「オーパーツみたいなものかな。ス○リガンみたいだよね」

 

「なのは、オーパーツが凄い力を持っているっていうのは漫画だけ。本当のオーパーツっていうのは時代にそぐわない、場違いな加工品のことだよ」

 

なのはさんの感想に美由希さんがツッコミを入れる。

 

「ですが、ロストロギアは本当に計り知れない力を持っているのですわ」

 

ミントさんの話によると彼女の世界「ブラマンシュ」では、通常なら時空管理局で管理するようなロストロギアが例外的に保管されていたらしい。

 

そしてそのロストロギアが、次元世界中で爆破テロを行っているテロ組織に奪われそうになったという下りで士郎さん達の目つきが鋭くなった。

 

「ミントちゃん、そのテロ組織は時空管理局が管理外としている世界でもテロ行為を行っているという認識で良いんだね? 」

 

ミントさんが頷く。

 

「父さん…」

 

「ああ、可能性が無いとは言い切れないな」

 

恭也さんと士郎さんが何やら剣呑な雰囲気で話をしているが、私はそれよりも気になる点があった。

 

「すみません、ミントさん。私は次元世界でそんなテロ行為が行われているという話は聞いたことが無いのですが」

 

「そうだね。私も爆破テロっていう言葉はこっちに来てから覚えたくらいだし」

 

違法魔導師による無差別攻撃などは毎年何件かは発生している筈だが、大規模な連続爆破テロ等は聞いたことが無かったのだ。私とアリシアちゃんがそう言うと、ミントさんは少し悲しそうな顔をした。

 

「その理由も判りますので、後程お話ししますわ。その前にお願いなのですが、そのロストロギアの回収を手伝って頂きたいのです」

 

「ああ、構わないよ」

 

予想外に、あっさりと士郎さんが答えた。逆にそこまであっさりと信じられた所為か、ミントさん自身が呆然としているようだった。

 

「君の話は信用するに足ると判断した。それに君が言うテロ組織は地球でもテロ行為を行っている可能性がある。いくつか心当たりのある事件があってね。因縁もあるから、ここは協力しない手はない」

 

「あ…士郎さんはメンタリストなんですよ。たぶんミントさんの仕草や表情からも判断している筈です」

 

私がそう言うと、ミントさんも納得した様子だった。

 

「じゃぁ、次はこっちから質問良いかな? ミントちゃんが『フェイト』って言っていた、私のそっくりさんについてなんだけれど」

 

アリシアちゃんがそう言うと、ミントさんは真剣な表情で私達を見つめた。

 

「ヴァニラさんとアリシアさんに関しては、このお話の方がよっぽど衝撃的だと思いますわ。それもかなり悪い意味で。心の準備をして、聞いて頂けますか? 」

 

「え…え? 」

 

アリシアちゃんが笑顔のまま固まった。私も一体何の話が出て来るのかと身構える。

 

「お二人のことは、実はわたくしは以前から存じておりました。魔力駆動炉の事故で行方不明になったというお話を伺っていたのですわ。ではここで質問です。魔力駆動炉の暴走事故は新暦何年に発生しましたか? 」

 

「え…と、新暦39年、5月でした。地球に来てから半年経っているので、もしかするともう40年にはなっているのかもしれません」

 

私は恐る恐る答えた。何だかとても嫌な予感がする。ミントさんは一呼吸おいて、そして言った。

 

「今年は新暦65年ですわ。お二人が行方不明になってから、既に26年が経過しているのです。つまり…」

 

私とアリシアちゃんは、時を超えてしまったのだ、と。

 




視点がコロコロ変わるので、最初はどちらの視点なのか明記しようと思っていたのですが、実際に書いてみたら(○○視点)や(○○'s view)、(Side ○○)などでも違和感がありまくりで、結局断念しました。。
敢えて視点は記載していませんが、一人称が「私」なのか「俺」なのかで判断して頂ければ助かります。。

三人称にした方が良かったかな。。?


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第2話 「衝撃」

誰も、何も言えなかった。高町家の居間は、水を打ったように静まり返っていた。

 

「え、えっと…それって」

 

なのはさんが声を発したことで、漸く私も再起動出来た。

 

「ミントちゃんが、未来から来たってことにはならないのかな? 」

 

「なのはさん、時間は常に先に流れるの。未来に行くことは出来ても、過去に戻ることは出来ないんだよ」

 

前言撤回。私は完全に再起動した訳ではなかったようだ。自分でも訳のわからないことを言い出し始めている。いや、むしろ逃避していたのかもしれない。

 

「え? じゃぁ、タイムマシンは? 」

 

「理論的に不可能。タイムパラドックスっていうのがあってね。例えば私が過去に戻って、赤ちゃんだった時の私を殺したとすると、その時点で私という存在はいなくなるから、誰が赤ちゃんの私を殺したのか、っていうことになっちゃうの」

 

これには並行世界理論やら事象の強制力理論やらで反論している人達もいるようだが、話しがややこしくなってしまうので敢えて話題には出さないことにする。いずれにしても現時点で過去に戻る理論が確立されていない以上、私達が未来に来てしまったと考えるしかないのだ。

 

「えっと、取り敢えず続きを聞いても良いかな? 私とヴァニラちゃんが未来に来ているとして、それが『フェイト』っていう人とどう関係するの? 」

 

アリシアちゃんは私とは違って、正常に再起動した様子だった。だがそれも次のミントさんの言葉を聞くまでの間だけだった。

 

「フェイトさんのフルネームは『フェイト・テスタロッサ』。プレシア・テスタロッサさんの娘であり、アリシアさん、あなたの妹に当たる人ですわ」

 

アリシアちゃんは再び固まってしまった。以前から妹が欲しいと言ってはいたが、急に言われても対応しきれないのは当然だろう。そう言えばプレシアさんは大分前に離婚していた筈だが、再婚でもしたのだろうか。

 

「そっ、それにしても奇遇ですね。そんな20何年も経っているのに、プレシアさんの知り合い同士がこうして管理外世界で出会うなんて」

 

「確率としては天文学的な数字になりそうだよね…」

 

「そのプレシアさんという人がアリシアちゃんのお母さんなんだね。もしかしてミントちゃんって、ヴァニラちゃんのご両親のことも知っていたりするの? 」

 

なのはさんがそう口にした瞬間、ミントさんの雰囲気が変わったような気がした。そのまま黙ってうつむいてしまう。その態度から、彼女が私の両親について何か、それもあまり良くないことを知っているのだと悟った。

 

「ミントさん…もし何かご存知なのでしたら、教えて貰えませんか? 」

 

恐る恐るそう声をかけると、ミントさんの代わりにデバイスであるトリックマスターが言葉を発した。

 

≪I guess it is too hard to explain the situation for my master. I will tell you the fact instead if you want.≫【マスターは事情を説明するのが忍びない様子です。お望みでしたら私が代わりに説明しますが】

 

「トリックマスター…いいえ、大丈夫です。わたくしがお話ししますわ」

 

ミントさんはそう言うと、じっと私の顔を見つめた。

 

 

 

=====

 

「そんな…じゃぁヴァニラちゃんのご両親は、もう…」

 

俺が伝え聞いた限りのエスティアの事故のことと、エルセアで起きた交通事故の話を終えると、みんな絶句してしまった。俺は居た堪れなくなってしまい、もう一度俯くと言い訳をするように口を開いた。

 

「申し訳ありません。特にエスティアの事故についてはわたくしもお話を聞いただけで、詳しくは判らないのですわ…」

 

「いえ…それに両親のことはミントさんの所為ではありませんし、お気になさらず」

 

そう答えるヴァニラだったが、改めてその表情を見ると血の気が失せて真っ青に近い。

 

「ヴァニラちゃん…ごめんね、あの時私が無理にしがみついたりしなければ、もしかしたらこんなことにはなっていなかったかもしれないのに」

 

アリシアが気遣うようにそっとヴァニラの肩を抱くと、ヴァニラもアリシアを抱き返した。

 

「ううん。アリシアちゃんの所為でもない。むしろアリシアちゃんがいてくれたおかげで、虚数空間に落ちなかった可能性だってあるの。だから自分を責めたりしないで」

 

それよりも、とヴァニラは俺の方を向いて言った。顔色は相変わらずだったが、口調ははっきりとしている。

 

「ロストロギアを探すのが優先なのでしょう? 私も封印魔法は使うことが出来ます。幸い今日は日曜日で学校もありませんから、すぐにでも探索に向かえます」

 

「ですが…」

 

言いかけた俺の肩に、高町士郎さんが手を置いた。

 

「じゃぁヴァニラちゃん、一足先に捜索を開始してくれるかい? 恭也と美由希はお昼までは翠屋で、状況を見て午後から捜索に参加だな」

 

「はい…ありがとうございます」

 

ヴァニラは呟くようにそう言うと、部屋を出て行った。

 

「すまないな、ミントちゃん。彼女は今、少し一人になる時間を欲しがっている様子だったからね」

 

士郎さんはそう言うと、少しだけ寂しそうに微笑んだ。

 

「さて、じゃぁそのロストロギアというものがどういう物なのか、形状や色などを教えて貰っていいかな? 」

 

恭也さんにそう言われて初めて、捜索対象について全く説明していなかったことに気が付いた。ヴァニラは聞かずに出て行ってしまったが、今は捜索よりも気持ちを整理することを優先させた方が良いだろう。

 

「ヴァニラちゃんには後であたしから伝えておくね」

 

「ありがとうございます。ロストロギア…ジュエルシードについては、僕から説明します」

 

ユーノがジュエルシードの形状について説明をすると、アリシアが少し考えるような素振りを見せた。

 

「それって、昨日ミントちゃん達が落ちてきた時に、一緒に落ちてきた隕石みたいなのだよね? 確かヴァニラちゃんが1つ封印していたよ」

 

「そうか、ありがとう。全部で21個ある筈なんだ。だからあと20個…テロ組織よりも先に集めなくちゃ」

 

すると、それまで黙っていたなのはが何かを決心したような表情で口を開いた。

 

「あの! わたしにも何か手伝えないかな? わたしにも一応魔法を使う素質はあるみたいだし、ミントちゃん達を助ける力があるなら、お手伝いしたい! 」

 

「でもなのはちゃんはデバイスを持っていないし封印術式も無いから、出来るのは本当に探索だけくらいだと思うけれど」

 

アリシアが申し訳なさそうに言う。正直、地球の小学校3年生であるなのはは俺達とは違って、正規の魔導師としての教育を受けていない。だがヴァニラが既にある程度のことは教えている様子で、原作よりも魔法に関する知識があるのは間違いなかった。

 

ふと、シャトルのハッチを吹き飛ばした桜色の魔力が頭を過った。あれがもしなのはの砲撃だとしたら、その威力は相当なものだ。

 

「あの、なのはさん、もしかしてわたくしが落ちてくる直前に、砲撃か何かを撃ちました…? 」

 

「え…っと、うん。ヴァニラちゃんやアリシアちゃんと一緒に砲撃魔法の練習をしたよ」

 

矢張りそうだった。だが、ただの砲撃にしては威力があり過ぎた気がする。その疑問に答えたのはアリシアだった。

 

「うん、集束砲だよ。うっかり結界を貫通させちゃって…あ、まさかミントちゃんを撃ち落としちゃったの!? 」

 

「いいえ、逆に助かったクチですわ。捕まっていたテロ組織のシャトルから脱出できたのですから」

 

明らかに安堵の表情を浮かべるなのはとアリシアを見ながら、俺は内心驚愕していた。なのはの集束砲といえばスターライト・ブレイカーだろう。これは本来、フェイトとの戦いの中で編み出されるもので、しかも結界貫通効果が付与されるのはA's以降だった筈だ。なのはの魔法戦闘力は間違いなく原作よりも上を行っている。

 

士郎さん、恭也さん、美由希さんを見ると、無言で頷かれた。なのはに対する信頼か、サポートすることへの自信の表れかは判らないが、なのはが魔法を使うことに対して、全員が了承している様子だった。

 

「ユーノさん、彼女にも手伝って貰った方が良いと思いますわ」

 

それは打算だった。テロ組織よりも早くジュエルシードを入手するには人手が欲しい。俺は危険があることを承知の上で、なのはを巻き込むのだ。そんな自分に多少嫌悪感を抱きつつ、ユーノに語りかけると、ユーノはそれだけで俺の意図を察してくれた。

 

「なのはさん、だっけ? 僕は暫く魔法を使うことが出来ない。ヴァニラにも止められているしね。だから暫くの間、僕の代わりにこのデバイス…レイジングハートを使って欲しいんだ」

 

「え…いいの!? あ、でも確かデバイスは所有者に最適化されているってヴァニラちゃんに聞いたけど」

 

「管理権限があれば、新規使用者設定が出来る筈だけど…もしかしたら、彼女のデバイスは管理者が別にいるのかもしれないね」

 

念のために一度庭に出て、なのはに新規使用者としての権限を付与する。だが矢張り光の柱が立ち上るようなことは無かった。どうやら確りと魔力をコントロールできているようだ。

 

「ありがとう、ユーノくん。レイジングハート、暫くの間よろしくね」

 

≪All right. I will support you as much as I can, Nanoha.≫【了解です、なのはさん。出来る限りサポートします】

 

なのはのバリアジャケットは矢張り聖祥の制服をモチーフにしたのだろう。白地に青いラインや赤いリボンがあしらわれたその服は、見覚えのあるものだった。

 

「なのはが探索に出るなら、サポートは恭也に任せよう。何かあったら翠屋に連絡を入れるんだぞ」

 

「ああ、任せてくれ」

 

「お父さん、ありがとう! お兄ちゃん、よろしくね」

 

嬉しそうに恭也さんと出かけるなのはを見送ると、俺も動くことにする。魔法が使えない上、リンカーコアの回復が優先されるユーノには部屋で大人しく寝ていてもらうことにし、アリシアがその面倒を見てくれることになった。

 

「午後になったらあたしもサポートに回るけど、それまではちょっと我慢してね」

 

美由希さんはそう言うと、士郎さんと一緒に家を出た。恐らく翠屋に向かうのだろう。連絡を取る場合はユーノを介して貰えば良い旨をアリシアに伝え、俺もジュエルシード探索のために高町家を出た。

 

 

 

=====

 

家を出た私は暫くの間あてもなくふらふらと歩きまわっていたが、気が付くと桜台公園の、いつもの高台に来ていた。日曜日の午前中ということもあって、公園にはそこそこの人がいたが、高台の方には誰も来ていなかった。

 

「嘘、だよね…」

 

思わず呟いてみたが、ミントさんが嘘を吐く理由もないことは判っていた。彼女の話によれば、お父さんは11年前に、お母さんは3年前に他界したらしい。半年前まで元気だったイメージが強いため、全く実感が湧かなかった。

 

「お母、さんに…心配かけて…ごめんなさいって…」

 

言えなかったな。そう思うと涙が溢れてきた。お父さんとの最後の会話も、通信で冗談を言ったきりだった。まさかあの冗談が本当になってしまうなんて、思ってもいなかった。

 

ベンチに腰掛けたまま俯いていると、涙が後から後から零れてスカートを濡らしていった。ふと、涙で歪んだ視界の隅に人影が映ったような気がして、咄嗟に封時結界を展開した。結界は鳥のさえずりや風が運んでくる街の喧騒も消し去る。静かになった世界の中で私の孤独感は却って膨れ上がってしまい、改めて両親を失ってしまった悲しみが押し寄せてきた。

 

「う…ひくっ、くぅ、ぅあああぁぁぁぁっ…! 」

 

私は本当に久しぶりに、声を上げて泣いた。

 

どのくらい経ったのだろう。随分と長い時間泣いていたような気もするが、その割に喉が嗄れていないことから、もしかしたらほんの少しの間だったのかもしれない。ふと我に返ったのは、まるでブランコが軋むような「きぃ…」という音が聞こえたのと人の気配がしたこと、そして私の頭を優しく撫でるような感覚があったためだった。

 

封時結界を展開しているのだから、なのはさんかミントさんが来たのだろうと思った。恐らく散々泣いていたため、こんな近くに来られるまで気付かなかったのだろう。少し照れ臭く感じた。

 

だが顔を上げた瞬間、私は固まってしまった。そこにいたのはなのはさんでもミントさんでもなく、大晦日に中丘町で出会った、あの車椅子の少女だったのだ。

 

 

 

「…っ!! 」

 

「ああっ、待って妖精さん! 逃げんといて! 」

 

フリーズから復活した途端、私は少女から距離を取ろうとしたのだが、彼女は私の腕にしがみ付いてしまった。無理に振り解こうとするとバランスを崩して車椅子ごと倒れてしまいそうだったため、私は諦めてもう一度ベンチに腰を下ろした。

 

「…もう、逃げませんから…腕を放してもらえませんか? 」

 

「ホンマ? ホンマに逃げへん? 」

 

大晦日には一度逃げた。今も腕を掴まれなければ逃げていただろう。少女の方でもそれが判っているのか、なかなか手を放してくれない。私はふっと溜息を吐いた。

 

「そもそも、妖精って何ですか? 私は普通の人間ですよ」

 

「あんな、普通の人間は空飛んだり急に消えたりせぇへんよ。髪もこんな綺麗な翠色で。普通の人間? ないわー、ないない」

 

改めて少女を見る。丁度私やなのはさん達と同じくらいの歳だろう。なのはさんより少し暗い茶色の髪を可愛らしいボブカットで纏め、左側をヘアピンで留めていた。少しだけ青みがかった大きな瞳で私のことを見つめている。

 

「それより、何や泣いとったやろ? 悲しいことでもあったん? 妖精の国から追い出されたとか? 」

 

矢張り一部始終を見られていたらしい。恥ずかしさで顔が熱くなった。

 

「…いい加減、妖精から離れて下さい。私はヴァニラ・H(アッシュ)といいます。魔導師ではありますが、妖精ではありませんよ」

 

「そっかぁ、魔法少女やったんやね! 私は八神はやてや。それにしてもヴァニラちゃん、ヴァニラちゃんかぁ…どっかで聞いた名前やけど…」

 

まさかこの子も転生者なのだろうか、と一瞬ヒヤッとしたのだが、八神と名乗った少女の口から出てきた言葉は想像をはるかに超えていた。

 

「あぁ、そうや。図書館ですずかちゃんに聞いたお友達の名前がヴァニラちゃんやった! まさかすずかちゃんのお友達が魔法少女やったとは! 」

 

何故すずかさんと八神さんに接点が、とも思ったのだが、そう言えばすずかさんは以前からよく風芽丘図書館を利用している口振りだった。中丘町からも近いため、2人が図書館で出会っていてもおかしくはない。それよりも、八神さんの口からすずかさんに情報が漏洩してしまうことだけは避ける必要があった。

 

「…お願いですから、その『魔法少女』というのも止めて下さい…それからすずかさんって、月村すずかさんですよね? 彼女にはこのことは内緒にして貰いたいのですが」

 

「えー、何で? カッコええやん。ってか、すずかちゃんこのこと知らへんの? 」

 

私は溜息を吐きながら、八神さんのような人が少数派であることや大半の人が自分達とは異なる人間を排除するであろうことを説明した。

 

「魔法のことを知っているだけで、八神さん自身にも危険なことがあるかも知れないんですよ? 本当なら記憶を消してしまいたいところなのですが…」

 

「えーっ、さすがに折角の記憶を消されるんはいややなぁ…」

 

「まぁ、私は記憶操作の魔法は知らないですし」

 

「何や、脅かさんといて。うん、判った。すずかちゃんには内緒にしといたるわ。あと、私のことははやてって呼んで」

 

一応すずかさん以外の人にも内緒でお願いします、と念を押しておく。魔法については極力秘匿すべきことなのだ。

 

「それで? さっきの質問にまだ答えて貰っとらんのやけど? 」

 

八神さん改めはやてさんの言葉で、再び喪失感が襲ってきた。だがはやてさんと会話をしていたおかげでかなり気も紛れていて、今度は泣くほどではなかった。少しだけ迷った後、私ははやてさんに大まかな事情を説明することにした。

 

「実は事情があって長いこと家に帰れていなかったのですが、その間に両親が他界していたことが判って…」

 

「そっか…ゴメンな、ちょっと無神経やったわ」

 

「いえ…」

 

少し気まずい雰囲気になって、2人して黙り込んでしまった。封時結界が周りの音も消しているため、本当に何の音も聞こえない。

 

「な、なぁヴァニラちゃん。このあたりの景色ってやっぱり魔法なん? まるで時間が止まってしもたみたいやけど」

 

「封時結界です。簡単に言えば、魔力を持たない普通の人が入ってこれない、人払いの結界のようなものです」

 

「ふーん…そんなものがあるんやね…って、私、入れとるよ? 」

 

「あぁ、それははやてさんにも魔力が…」

 

失言だった。はやてさんは期待に満ちた目で私を見て、そして声を上げた。

 

「なぁなぁ! それって私にも魔法が使えるってことやろか? 」

 

両親のこともあって、精神的に参ってしまっていたのかもしれない。だが今更口を滑らせたことを後悔しても遅いだろう。

 

「ええ、そうですね。素質はあると思いますよ…」

 

相変わらずはやてさんから感じる魔力はあまり大きくは無い。これではそんなに大がかりな魔法は唱えられないかもしれない、と思いつつ改めてはやてさんのリンカーコアを感じられるように集中した。

 

「…!? 」

 

「ん? どないしたん? 」

 

はやてさんのリンカーコア容量は、むしろ下手をしたらミントさんよりも多いのではないかと思われた。だがそこから感じられる魔力が異様に少ないのだ。

 

(何だろう、これ…魔力が漏れ出している…? ううん、違う。まるで何かに吸い取られているみたい)

 

今までに読んだミッドチルダの医学書や魔導書の知識では、当てはまる症状は無かった。明らかに不自然な状態で、何が起こるか判らないという観点からも、この状態のまま魔法を行使することは躊躇われた。

 

「ヴァニラちゃん? おーい? 」

 

掛けられた言葉に、ハッと我に返る。はやてさんは心配そうに私を覗き込んでいた。

 

「あ…ごめんなさい。少し驚いてしまって」

 

私ははやてさんの魔力が異様に減少していることと、その原因は判らないものの、今のままの状態で魔法を使うのは避けた方が良いだろうということを伝えた。

 

「そっか、残念やけど…まぁヴァニラちゃんがそう言うなら、使わん方がええんやろなぁ」

 

「あ、でも念話くらいなら大丈夫かも」

 

はやてさんがあまりにも残念そうに言うので、また口が滑ってしまった。だが確かに魔力消費が殆どない念話なら、使っても然程問題は無いように思う。

 

「念話? それも魔法なん? 」

 

「ええ、声を出さずに魔導師と会話ができる…」

 

≪Caution. Magical power has been detected. It is behind you.≫【警告。魔力反応を感知。背後です】

 

はやてさんに念話の説明をしようとしたところで、ハーベスターが警告を発した。それと同時に私はざわめくような気配を感じて後ろを振り返った。茂みが大きくガサッと揺れ、そこから何かが現れる。

 

「な…なぁ、ヴァニラちゃん…あれ、何やの? 」

 

「ごめんなさい、判りません。結界内に入っている以上、魔力を持っているもののようですが」

 

それは本当に「何か」としか形容できないモノだった。低いうなり声をあげてこちらを睨みつけている。攻撃をする気満々なのは明らかだった。

 

「はやてさん、少し下がっていて下さい。ハーベスター、セットアップ! 」

 

一瞬でバリアジャケットを身に纏うと、ハーベスターを錫杖形態にする。

 

「おお~っ、ホンマに魔法少女や! 」

 

少し後ろに下がったところではやてさんが感嘆の声を上げた。魔法少女は止めてと言ったのに、と頭の隅で思いながらも今は目の前のモノに集中する。

 

≪Scan has been completed. I guess it is the kind of substantial intellection, and holds 2 magical cores. These might be the Lost Logia, which Mint is looking for.≫【スキャン完了。恐らく思念が実体化したものかと。魔力核と思われるものを2つ確認。ミントが探しているロストロギアの可能性があります】

 

ハーベスターがそう言うのと同時に、その思念体は触手のようなものを鞭のように振り回して攻撃してきた。

 

≪"Round Shield".≫【『ラウンド・シールド』】

 

複数回にわたる攻撃を、翠色の盾が受け流していく。思念体の触手が、さっきまで私が座っていたベンチを粉々に粉砕した。

 

「っ! ありがとう、ハーベスター。プラズマ・シューター、行くよ」

 

幸い思念体の狙いは私だけのようで、はやてさんの方には全く攻撃が行っていない。私は攻撃を躱しながらシューターを生成して、思念体への反撃を開始した。だがこれはあくまで牽制だ。本命は…

 

「フォトン・ランサー! 」

 

プラズマ・シューターに紛れて生成しておいたフォトン・スフィアから2発立て続けに直射弾を発射する。魔力の槍は思念体を大きく削ることに成功した。

 

「ライトニング・バインド! 」

 

思念体の真下に魔法陣を生成し、バインドで拘束する。後は魔力核を封印さえすれば、思念体は実体を保っていられなくなる筈だ。

 

≪Sealing mode.≫【封印モード】

 

ハーベスターを封印形態にして思念体に近づく。その時、一際大きく暴れた思念体の触手が地面を叩き、弾かれた石が複数、はやてさんに向かって飛んで行った。

 

「ひゃっ!? 」

 

「っ! プロテクション!! 」

 

アクティブ・プロテクションで石を防ぐ。それは何とか間に合ってはやてさんに怪我は無かったのだが、一瞬の隙をついて思念体がバインドを解除して逃走した。

 

「あっ、ヴァニラちゃん、逃げたで! 」

 

幸い今までは封時結界の中で戦っていたので周りへの影響は無かったのだが、結界魔法にあまり適性がない私が展開したものであるため、結界自体の範囲は非常に狭い。このままだとすぐに結界の外へ逃げられてしまうだろう。

 

瞬時に頭の中で計算する。射程がそれほど長くないシューターでは追いつくのが難しい。ランサーはいけるかもしれないが、直射弾は少し離れると命中精度が落ちてしまう。

 

「ハーベスター! 確かディバイン・バスターの術式、記録してたよね!? 」

 

≪Yes, but you do not have much aptitude for buster magic. The power will be less than half of Nanoha.≫【はい。ただマスターには砲撃の適性があまりありませんので、威力はなのはの半分以下でしょう】

 

「それでも、当たればいいよっ!」

 

≪All right. I am transitioning to buster mode.≫【了解。砲撃モードに移行します】

 

砲撃ならランサーと違って効果範囲が広い。仮に直撃しなくても半径数m内にいれば巻き込める筈だ。私は砲撃モードに変形したハーベスターを構えると、思念体をロックした。ハーベスターの先端を囲むように複数の魔法陣が、そして足元に一際大きな魔法陣が描き出される。

 

「行っけぇぇー!! 」

 

≪"Divine Buster"≫【『ディバイン・バスター』】

 

トリガーを引くと翠色の砲撃が思念体に向かって発射され、それは結界を抜けるギリギリ手前で見事に思念体を捉えた。

 

「ふぅ…」

 

思念体が消えて、後に魔力核になっていた青い石が残っているのが確認できた。なのはさんの半分以下の威力とはいえ、思念体を倒すには十分すぎる威力だったようだ。私ははやてさんにはその場で待ってもらい、ミントさんが探しているロストロギアであろうその青い石を封印することにした。

 

≪Sealing mode, internalize number 20 and 21.≫【封印モード、20番、21番収納】

 

表面にXX、XXIの文字が浮かび上がる。

 

「昨日の石と同じだね…あの隕石みたいなのがロストロギアだったんだ」

 

青い石をハーベスターに取り込ませると、私ははやてさんのところに戻った。

 

「あー、びっくりしたわー。何やイメージしとった魔法少女とは随分違うたけど、カッコ良かったで」

 

「…お願いします。その『魔法少女』は本当に勘弁して…」

 

 

 

その後バリアジャケットは解除し、ハーベスターも待機モードのペンジュラムに戻した。封時結界を解除すれば、壊れてしまったベンチ等も元通りだ。

 

「魔法って、便利なんやね」

 

「ですがさっきも見て貰った通り、圧倒的な暴力にもなります。はやてさん、人は基本的に異質なものを拒むんですよ」

 

「そやね…さっきヴァニラちゃんが言うとったことも何となく判る気がするわ」

 

ふと公園の時計に目をやると、丁度正午を過ぎたところだった。

 

「…あんな、ヴァニラちゃん。実は私、ちょっと前までずっと人生を悲観しとったんよ」

 

急にはやてさんがそんなことを言い出した。

 

「私もヴァニラちゃんと同じで、事故で両親を亡くしとってな。おまけに足は動かへんし、病院で診て貰っても原因不明や。何やもう、どうでもよくなってしもてな」

 

私は黙って、はやてさんの独白を聞いていた。それによると、はやてさんはずっと長いこと両足の麻痺を患っており、学校は休学中。病院には通っていたものの治療に積極的にもなれず、病院に行く時以外は出掛けることも殆どせず、引き籠りのような生活を送っていたらしい。

 

「でもな、去年の大晦日にヴァニラちゃんを見た時にはホンマ驚いた。で、妖精さんやーって思ったらすっごく嬉しくてな。きっと神様がちょっとだけサービスしてくれたんやって思った。それから少しだけ、生きて行くのも楽しいかなって思うようになって」

 

そう言いながらはやてさんは私の方を向いてにっこりと笑った。

 

「それからやな。あちこち自主的に出かけるようになったんは。そんで図書館ですずかちゃんとも知り合うて、お友達になれた。主治医の先生も最近明るくなった、って喜んでくれとる。ええことずくめや。ヴァニラちゃんは私にとって幸運の女神やったんかもな」

 

「…そんなことは、ありませんよ」

 

持ち上げられすぎて、顔が熱くなるのを感じた。

 

「今日魔法のことも知って、余計人生が楽しくなったわ。なぁヴァニラちゃん、私ともお友達になってくれへん? 折角やし、これからもいろんなお話ししたいわ」

 

案ずるより産むが易し。はやてさんに出会うことを避けてばかりいないで、もっと早くに話をしていれば悩むことも無かったのかもしれない。なのはさんやアリシアちゃん達ともいいお友達になれそうだし、紹介も兼ねて一緒に帰ることにしよう。

 

「そうですね。じゃぁ折角ですから、一緒にお昼ご飯でも如何です? 翠屋っていう、とっても美味しいお店があるんですよ。紹介したい人もいますし」

 

両親のことで、高町家の人達にも心配をかけたことだろう。思い出せば矢張り悲しいし、寂しい。一人でいる時は泣いてしまうこともあるかもしれない。それでも今なら…みんなの前でなら、普通に笑顔を浮かべていられるような気がした。

 




先日Original Chronicleを購入したのですが、思った以上に資料として役立ちそうだったので助かります。。特にレイジングハートのセリフとか。。(笑)

そしてはやてさんは本格的に登場していきなり魔法バレしてしまいました。。でもこのシーンは年越しのお話を書いた時からずっと書きたかった部分なので、ちょっと嬉しいです。。

引き続きよろしくお願い致します。。


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第3話 「情報共有」

午前中は海鳴の市街地を中心に捜索したのだが、ジュエルシードはなかなか見つからない。

 

(思った以上に捜索エリアが広いですわね…)

 

出掛けに士郎さんから借りた海鳴市の地図を見ながら大通りを歩いていると、昼前に少し離れた場所で結界が張られた気配があった。

 

(戦闘をするほどの規模ではありませんわね。それにこの魔力パターン…きっとヴァニラさんですわ)

 

恐らく人知れず泣いているのだろう。そう思った俺は結界を敢えて無視して市街地の捜索を続行したのだが、結局収穫はゼロだった。ところが正午を回った頃に、ヴァニラの結界の方角から魔力が膨れ上がるような、ぞわぞわした気配を感じた。

 

(まさか、ジュエルシードが発動したんですの!? )

 

慌ててそちらに向かおうとしたのだが、日曜日の市街地は人で賑わっている。認識阻害をかけているとはいえ、飛行魔法を行使するのは躊躇われた。市街地捜索が完全に裏目に出た形だった。

 

念話でヴァニラの安否を確認しようとした瞬間、血の気の失せた表情のヴァニラが脳裏に浮かんで、少しだけ迷ってしまった。軽く頭を振って気持ちを整理する。

 

(ここは安否確認が先決ですわ! )

 

だが改めて念話を送信しようとした矢先にジュエルシードの気配が消え、続けて結界も解除されたようだった。恐らくヴァニラが封印に成功したのだろう。緊張が途切れてふっと息を吐く。

 

<ミントちゃん! 何だか今、ぞわぞわって、ヘンな感じがしたよ!? >

 

丁度その時、少し慌てたような声でなのはから念話が入った。

 

<どうやら発動してしまったジュエルシードがあったようですわね。大丈夫ですわ。ヴァニラさんの方で封印されたようですから>

 

なのはもどうやらヴァニラに気を遣って直接念話で確認するのを躊躇っていたらしい。すると丁度その本人からも念話が入った。

 

<ロストロギアと思われる青い石を2つ回収しました。今はハーベスターのストレージ内に封印していますので、今夜にでも引き渡します>

 

<ありがとうございます。ですがよく判りましたわね。わたくし、形状や色をお伝えするのを失念しておりましたのに>

 

<昨日、ミントさんが落ちてきた時、一緒に落ちてくる石を見たんです。微弱とはいえ魔力も纏っていましたから、たぶんこれだろうと>

 

成程、確かに俺と一緒に落ちたジュエルシードを見ていたのなら推測は容易いだろう。

 

<ヴァニラちゃん! 大丈夫だった? 怪我とかしてない? >

 

<うん、大丈夫。ありがとう、なのはさん>

 

念話はどうやらなのは宛にも飛ばされていたようだった。声の感じからヴァニラも落ち着いている様子だったし、こちらの会話が終わったとみて、なのはも参加したのだろう。

 

<ねぇ、そろそろお昼だし、一度家に戻ってご飯にしない? >

 

<あ、実はさっきお友達になった人と一緒にいるから、お昼は翠屋に行こうと思っていたの。お昼時だし、車椅子なんだけど大丈夫かな? >

 

すると少しの間沈黙があり、その後すぐになのはからの回答があった。

 

<お兄ちゃんに聞いたら、テラス席なら空いてるだろうって。ミントちゃんも来るよね? >

 

<ええ、伺わせて頂きますわ>

 

前世の知識から、翠屋といえばスウィーツに限らず自家焙煎コーヒーや軽食も非常に美味しいことで有名であることは判っていた。折角海鳴にいるのだから最低でも一度は行っておきたい場所の筆頭である。ジュエルシード回収を優先させなくては、という気持ちも確かにあったのだが、料理好きとしての知的好奇心には抗うことが出来なかった。

 

一応ユーノにも連絡を入れてみたのだが、まだ人間形態になるのは控えた方が良さそうだとのことだったので、今日は諦めて貰うことにした。さすがに飲食店に行くのに、テラス席とは言え動物を連れていくのは好ましくないだろう。

 

(さてと…確か翠屋は駅前にあった筈ですわね)

 

うっかり場所を聞くのを忘れてしまっていたのだが、とらハ3では確か駅前商店街の一角にあった筈だった。丁度今いるのが駅の近くだったので、そのまま辺りを散策する。

 

「…ありませんわね」

 

暫く歩き回った後、思わず独り言が零れる。結局もう一度なのはに念話を入れ、実は商店街からは少し離れた高町家の自宅のすぐ裏手にあったことを聞きだした。前世知識との乖離がこんなところにも、と思いながら俺は半ば駆け足で翠屋に向かった。

 

 

 

翠屋に到着すると、テラス席になのはとアリシアの姿があった。ヴァニラはまだ到着していないようだ。車椅子の友人を連れてくると言っていたので、少し時間がかかっているのだろう。

 

(え…? 車椅子…? )

 

その時になって、漸くその単語が引っかかった。海鳴で車椅子と言ったら、心当たりは1人しかいなかった。

 

「あ、ミントちゃん。こっちだよ」

 

なのはが俺の姿を見つけて手を振ってくる。

 

(まぁ、今更ですわね。なるようになりますわよ…たぶん)

 

俺は無理やり笑顔を作ると、なのはとアリシアが座るテラス席に向かった。

 

 

 

=====

 

まず最初に困ったのは、桜台公園から高町家に向かう最短ルートが階段であることだった。身体強化をすればはやてさんごと車椅子を抱えることも出来るだろうが、いくら認識阻害をかけているからといって、そのような姿を衆目に晒すのはさすがに抵抗があった。

 

このため少し遠回りになるのだが、私達は一度駅方面に向かう舗装された坂道を降り、その後高町家に向かうことにしたのだ。

 

「…上ってくるときは、どうしたんですか? 」

 

「反対側にもスロープになってる道があるんよ。まぁここまで上って来たんは初めてなんやけど」

 

はやてさんの車椅子は、一見すると普通の車椅子だったのだが、電動ユニットが取り付けてあり、1人でも気軽に高台まで上ってくることが出来るようになっていた。普通の車椅子を既に持っている場合であれば、最初から電動として設定されている車椅子を購入し直すよりも割安なことが多い。

 

それでもバッテリー込でかなりのお値段がする筈だが、両下肢麻痺ということであれば1級障害者の筈だし、障害者手帳があれば補助や割引も受けられるのだろう。

 

そこまで考えて、ふと違和感を覚えた。

 

(電動車椅子を選択するっていうことは、普段車椅子を押したり介護したりしてくれる人は居ないってことだよね…実際ここには1人で来ている訳だし。さっき両親は他界しているって言っていたけれど、じゃぁ未成年後見人は…? )

 

通常両親を失った子供は施設に入ったり、私達のように里子になったり、或いは養子などになったりするものなのだが、はやてさんの口振りではどうやら一人暮らしをしている様子だった。この場合最低でも未成年後見人という、親権を代行する人がいる筈だ。そしてこの後見人には管財や契約代理などのサポートを行ったり、監護、教育を行ったりする義務がある。

 

万が一この後見人がこうした子供と同居したり出来ない場合、子供が住む場所は後見人が指定することになるのだが、それでも基本的には施設に預けられるパターンが殆どで、幼女の一人暮らしなど聞いたことが無かった。

 

「それにしてもヴァニラちゃんって、見た目に似合わんと随分力持ちなんやね」

 

はやてさんがそう声をかけてきたので、考え事は一時棚上げした。バッテリーを無駄に消耗しないように、桜台公園から電動ユニットをオフにして私が押してきたので力があると思われたようなのだが、実は当然のように身体強化をしている。

 

「これも魔法ですよ。出力は随分落としていますけれど」

 

「そっかぁ。ホンマ便利なもんやね…あ、あそこが目的地やな。手ぇ振っとるで」

 

私達が翠屋に到着すると、既にそこにはなのはさん、アリシアちゃん、ミントさんの姿があった。

 

「ごめんね、遅くなっちゃって」

 

「ううん、大丈夫。ミントちゃんもついさっき到着したところだよ」

 

「すみません。道に迷ってしまったのですわ」

 

「にゃはは…ごめんね。わたしが翠屋の場所を伝え忘れてて。で、その子が新しいお友達? 」

 

「八神はやて言います。よろしくな」

 

にこやかに自己紹介が行われる中で、なのはさんから念話が届いた。

 

<車椅子って聞いてもしかしてって思ったんだけど、この子って去年の暮れに言っていた子でしょ? 何があったの? >

 

<詳しくは後で話すよ。まぁ…完全に誤魔化しきれないところまでバレちゃったから>

 

<……>

 

<…大丈夫、だと思うよ。悪い子じゃないみたいだし>

 

<まぁ、ヴァニラちゃんがそう言うなら良いけれど。わたしもお友達が増えて嬉しいし>

 

微笑みを浮かべながら、なのはさんがはやてさんとの会話に戻る。ふとミントさんを見ると、こちらも笑顔を浮かべてはいるものの、どことなく引き攣っているように見えた。

 

「なのはちゃんとアリシアちゃんのことは、すずかちゃんからも聞いとるで。ミントちゃんはお初やろか? 」

 

「わたくしも昨日こちらに来たばかりなのですわ。これからよろしくお願いしますわね」

 

一通り挨拶を終えると、美由希さんがランチプレートを持ってきてくれた。今日は桃子さん特製のチキンカチャトラとパンだった。

 

「お待たせ。ヴァニラちゃん、大丈夫? 」

 

「はい。ご心配をおかけしましたが、大丈夫です」

 

「そっか…何かあったら言ってね。あたし達は家族なんだから」

 

以前桃子さんに言われたのと同じセリフに、何だか胸が温かくなった気がした。

 

 

 

=====

 

「うわ! これめっちゃ美味しいやん! こんな美味しいカチャトラ食べたんは初めてや」

 

カチャトラというのはトマトソースで煮込んだ肉料理だ。地球ではイタリア料理として有名なメニューだが、実はミッドチルダにも同じメニューが存在する。鶏もも肉が柔らかくふわふわした食感になるまで煮込むのがポイントで、俺もクラナガンに滞在していた頃に何度か作ったことがある。レシピとしては割と簡単に出来る一品で、特にサリカさんが大好きだったメニューだ。

 

翠屋のカチャトラはただ鶏肉を玉葱、パプリカ、マッシュルームといった野菜と一緒にトマトソースで煮込むだけではなく、そこにチーズが塗されていた。そしてこのチーズがまた絶妙な旨味を醸し出している。お手軽に作ろうとするとプロセスチーズを使うこともあるのだが、矢張りカチャトラといえばパルメザンチーズだろう。だが、このチーズは更に風味が豊かだった。

 

「マッシュルームがいい味を出していますわ。それにこのチーズ…一般的なパルメザンではありませんわね。ずっと味が濃いです」

 

「ミントちゃんも料理作るん? うん、ええ味や。風味もコクも豊かやし、パルミジャーノ・レッジャーノで間違いないやろ」

 

思わず呟いた俺の独り言に、はやてが的確な答えを返してきた。パルメザンとは本来パルミジャーノの英語読みであった筈なのだが、近年では粉状のハードチーズを総じてパルメザンと呼ぶようになってしまったらしい。

 

前世知識で、はやてが作る料理は「ギガうま」とヴィータに評されていたことを思い出した。尤も先程の会話が10歳にも満たない幼女のものだとはとても信じ難かったのだが。

 

「ええ、料理を作るのは趣味ですわね。はやてさんも料理を? 」

 

「私も趣味みたいなもんや。私、足がこんなやん? 運動とかも出来ひんけど、その代わり本は昔からよう読んどってな。最近はレシピ本にハマっとるんよ。主治医の先生はもっと子供らしい童話とかを読めばいいのにって言うんやけど、実はその手の本は読み飽きてしもうて」

 

そう言いつつペロッと舌を出すはやてを見ていて、気付いたことがあった。俺がそもそも料理にハマった切欠は、食べてくれる人が「美味しい」といってくれることが嬉しかったからだ。だが、今のはやてにその相手はいない筈だった。

 

俺は、はやてにもあの喜びを味わって欲しいと思った。

 

「はやてさん、今は少し事情があってやらないといけないことがいくつもあるのですが、全部片付いて落ち着いたら一緒に料理を作るというのは如何ですか? 」

 

「! …うん! そうしよ! うわー、楽しみやなぁ。あ、ヴァニラちゃん、なのはちゃん、アリシアちゃんも、その時は一緒にどうや? 」

 

「うん、是非! そうだ、すずかちゃんやアリサちゃんも誘ってあげようよ」

 

どんどんと話が膨らんでいく。だが嬉しそうにしているはやてを見ていると、これで良かったのだろうと思えた。

 

結局食事を終えてからも、俺達は士郎さんが用意してくれたコーヒーや紅茶を頂きながら雑談を続けた。

 

「そうだ、はやてちゃん連絡先教えて! 」

 

「ゴメンな、なのはちゃん。私、携帯持っとらんのよ。自宅の番号でもええ? 」

 

「うん、それでいいよ。あ、でも自宅の電話だとあまり遅くに掛けるのは悪いよね」

 

少し残念そうに言うなのはに、はやてはパタパタと手を振って答えた。

 

「大丈夫やよ。家におらんことも多いけど、夜やったら大抵おるし、結構遅くまで本読んだりして起きとることの方が多いし」

 

「え…? でもご両親にも迷惑なんじゃ? 」

 

「あぁ、ヴァニラちゃんには言っておいたんやけど、両親は昔事故で亡くなっとるんよ。せやから今は絶賛一人暮らし中や」

 

なのはとアリシアはその言葉が良く理解できていない様子だった。それはそうだろう、普通10歳にも満たない幼児が一人暮らしをするなどと言うことはありえないことだからだ。そういう俺自身も実際にはやての口からその言葉を聞くまで、実感できていなかったところがある。

 

「はやてさん、そのことでちょっと聞きたいことがあります」

 

声をかけたのはヴァニラだった。

 

「本来子供は親や後見人が指定した場所に住むことが法律で定められていますが、それは生活環境が確り整っている場合に限ります。はやてさんの年齢で一人暮らしというのは、どう考えてもおかしいですよ」

 

保護責任者遺棄と言うのだったか。ヘルパーさんが24時間介助してくれるのならともかく、本人に「一人暮らし」と言わしめるような生活環境は、明らかにネグレクトだろう。前世でアニメを見ていた時から不自然に思ってはいたのだが、改めて現実として考えてみると恐ろしい話だった。

 

「はやてさんの後見人の方、お名前を伺ってもよろしいですか? 少し、文句を言いたいです」

 

ヴァニラの発言を冗談と受け取ったのか、はやては苦笑しながら答えた。

 

「後見人してくれとるの、外国の人やからなぁ。あまりいじめんといてあげてな。グレアムおじさん…ギル・グレアムさんや。イギリスの人で、父親とは親友同士やったって聞いとる」

 

それを聞いたヴァニラが驚きの表情を浮かべた。ヴァニラには原作知識は無かった筈だが、明らかにこの名前に聞き覚えがある様子だった。

 

「ヴァニラさん、何か心当たりが…? 」

 

「父の…いえ、以前父が働いていた職場の上司がギル・グレアムという名前だったと聞いています」

 

「え? でもヴァニラちゃんのお父さんって…」

 

「うん。ミッドチルダの時空管理局勤め。だからもしかしたら同姓同名の別人かも」

 

はやてが不思議そうな顔をしている。どうやら「ミッドチルダ」や「時空管理局」といった単語は知識にない様子だった。ヴァニラもその辺りを失念して、口を滑らせてしまったのだろう。

 

「あまりオープンスペースで話すような内容ではなくなってきましたわよ。一度場所を変えることを提案しますわ」

 

俺がそう言うとヴァニラ達も漸く気付いたようで、慌てたように辺りを見回しながら頷いた。

 

 

 

士郎さん達に一度自宅の方に戻る旨を伝え、俺達は場所を高町家の居間に移した。車椅子は玄関に置いておき、強化した俺とヴァニラではやてを居間まで運ぶ。念のためアリシアにお願いして、ユーノも連れてきてもらった。ラタンバスケットをコーヒーテーブルの上に置き、なのはとアリシアも含めた全員がソファに座る。

 

「ここなら安心ですわね。予め言っておきますが、このフェレットも魔法で姿を変えているだけの、人間の魔導師ですわ。普通に会話も出来ますわよ」

 

「よろしく。ユーノ・スクライアです」

 

喋る動物というのは、はやてにとって漸く登場したファンタジー的な存在だったようだ。目をキラキラとさせながら挨拶をしている。区切りがついたところで、俺ははやてに尋ねた。

 

「早速ですが、はやてさんは魔法のことについてどの程度ご存知なのですか? 」

 

「うーん、ヴァニラちゃんが使うとったのを見たことがあるだけで、基本的には殆ど知らんよ? 」

 

「ではここで情報の共有をしてしまいましょうか」

 

俺とヴァニラで、魔導師は基本的には次元世界と呼ばれる別の世界から来た人間であることを説明する。そして魔法が武力に相当すること、魔法が認知されていない世界における魔法知識の流布は極力避けるべきであることについても話をした。なのはとアリシアからも補足説明が入り、はやても確り理解できた様子だった。

 

「つまり私やなのはちゃんは地球人やけど魔法が使える特殊な体質っちゅうことやな? 」

 

「その理解で問題ありませんわ。では次に…」

 

今度はロストロギアについての説明をする。これについてはユーノが細かく説明をしてくれた。そして現在下手をしたら地球規模の災害が発生しかねないロストロギアが海鳴りに散らばってしまっていること、それを回収するためにヴァニラやなのはに協力を依頼していることを話した。

 

「そう言えば、捜索に行かなくて大丈夫なの? 」

 

アリシアが聞いてきたので、今日の午前中の状況を説明した。

 

「ジュエルシードが発動すれば、魔力反応を感知することは可能ですわ。ただ発動前のジュエルシードが発する魔力は本当に微弱ですの。勿論午後はまた捜索に出るつもりですが、闇雲に探しても見つかるかどうかは運次第ですわね」

 

「なぁ、私にも何か手伝えそうなことないやろか? 」

 

はやてはそう言ってくれるが、正直なところ現状で手伝えることと言えばジュエルシードを見つけたら触らずに連絡をする、くらいのことしかないだろう。そう伝えると、はやては少し残念そうな顔をして俯いてしまった。

 

「ミントさん、はやてさんは携帯電話も持っていませんし、ロストロギアを見つけてすぐに連絡が取れるようにするなら、念話を教えておいた方が良いと思いますよ」

 

ヴァニラがそう提案してきた。

 

「はやてさんの魔力は何かに吸い取られているように少なくなっています。このような例は私は聞いたことが無いのですが病気とは違うようですし、魔力消費が殆どない念話だけなら使用しても問題ないと思います」

 

それを聞いた瞬間、俺の頭に一つのアイディアが閃いた。

 

「では、今夜はわたくしがはやてさんの家に泊めて頂くというのは如何でしょう? 勿論はやてさんさえ良ければ、ですが。いつまでもヴァニラさんのベッドを占領するわけにも参りませんし、何より念話の発信練習はデバイスのサポートがあった方が覚えも早い筈ですわ」

 

基本的に捜索担当者はデバイスを持っている必要がある。これはジュエルシードを見つけた時に封印しなければならないからだ。そして現状デバイスはレイジングハート、トリックマスター、ハーベスターの3機のみ。当然なのは、ヴァニラ、俺の3人が捜索担当になる訳だが、そうすると念話の練習は早朝か夜間に行うことになる。

 

勿論はやてが高町家に泊まるという選択肢もあるのだが、既にお世話になっているヴァニラやアリシアに加え、俺とはやてまで転がり込むのはあまりにも迷惑だろう。

 

「あともう一つ。明日は月曜日で、みなさんは学校ですわよね? その点わたくしは既にミッドで中等科課程まで修了していますし、はやてさんは休学中…まぁ正確には就学義務の猶予とか免除とか言うのでしょうけれど…とにかく一緒に動ける時間が多いというメリットもあります。むしろ暫くお邪魔する形になるかもしれませんが、如何ですか? 」

 

そして、これはみんなには伝えないが、上手く立ち回れば闇の書事件に介入する時のアドバンテージにもなる。勿論これは打算なのだが、俺の説明を聞いていたはやては最初こそ驚いたような表情を見せていたものの、すぐに花が咲くような満面の笑顔を見せた。

 

「うん! うん!! 大歓迎や! むしろ好きなだけおってくれてええんやで! 」

 

こうして俺は地球に滞在する間は八神家で生活することになった。高町家の人達とはヴァニラやなのはを通して連絡を取り合い、連携してジュエルシード捜索を行うことにした。

 

「ユーノさんは万が一のことを考えて、高町家に残って下さいませ。ヴァニラさんは優秀な治癒術師のようですし、確り養生して下さいな」

 

「うん、判ったよ。ミントも気を付けてね。ところで…リニスさんやプレシアさんにもう連絡は入れたの? 」

 

ユーノがそう言った瞬間、明らかにアリシアとヴァニラが動揺した。

 

「トリックマスターの長距離通信機能はまだ回復していませんわ。数日中には回復すると言っていましたが」

 

「ねぇ! 今、ママに連絡するって言った!? 連絡出来るの!? 」

 

「ええ、デバイス間通信を使えば恐らくは可能ですわね」

 

そう言えばデバイス間通信が普及したのはここ十数年のことで、ヴァニラ達がミッドチルダにいた頃には、この技術は無かった筈だった。説明不足を謝り、デバイス間通信について簡単に説明する。

 

「残念ながら今トリックマスターの通信機能は修復中ですが…数日中には連絡できると思いますわよ」

 

「ヴァニラちゃん! 連絡出来るって! 」

 

「う…うん、そうだね」

 

ヴァニラはまだ少し状況に追いつけていない様子だった。いや、もしかしたら飛び越えてしまった26年のブランクを改めて見せつけられることに戸惑っていたのかもしれない。

 

「ねぇミント…フェイトの連絡先で良かったら、レイジングハートに登録してある筈だけど」

 

「…は? 」

 

「マリユースやコレット、エステルの連絡先もあるけど…フェイトなら今プレシアさんと一緒に次元航行艦に乗っているんだよね? 」

 

今度は俺が固まる番だった。そしてフリーズから復活した後、俺はレイジングハート経由でフェイトの連絡先をコールして貰うことにした。

 

「なのはさん達のお話も出ると思います。出来れば士郎さん達にも同席して貰いたいですわね」

 

「うん、判った。呼んでくるね」

 

そう言って翠屋に向かったなのはが戻ってきたのは数分後だった。一緒に来たのは士郎さんと美由希さんだった。

 

「例の、時空管理局と通信できる算段が付いたんだって? 」

 

「ええ。厳密に言えば管理局内の一部隊に所属している友人に、ですが。…なのはさん」

 

俺の言葉に頷いて、なのはがレイジングハートを差し出してくる。ヴァニラとアリシアは緊張した面持ちだ。俺は1度軽く息を吐くと、レイジングハートにフェイトへのコールを依頼した。

 




次回に続く、です。。
当面の間ヴァニラは高町家、ミントは八神家で生活することになりそうです。。
やっぱり両家での生活は欠かせないテンプレですよね。。(笑)

前回は殆どヴァニラ視点だったので、今回はミント視点メインにしてみました。。


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第4話 「管理局」

改めて、26年という年月が経っていることを実感した。私がミッドチルダにいた頃は、次元世界同士の長距離通信にはかなり大掛かりなシステムが必要だった筈で、デバイスのような個人が所有するものでお手軽に通信が出来るなどとは想像も出来なかったのだ。

 

嘗てなのはさんがアリシアちゃんと私のことを現代版かぐや姫と称したことがあったが、これじゃぁまるで浦島太郎だよね、と思わず自嘲めいた笑みが零れる。

 

「レイジングハートさん、お願いしますわね」

 

≪All right. Please wait for a while.≫【了解。少々お待ち下さい】

 

ミントさんが声をかけると、なのはさんの手の上から紅い宝石がふわりと浮かんで、チカチカと明滅を繰り返した。程なくして、アリシアちゃんとそっくりの声が聞こえてきた。

 

『え? これ、レイジングハートからの通信だよね? ミントなの!? 』

 

「フェイトさん、お久し振りですわね」

 

『ミント! お久し振り、じゃないよ! すごく心配したんだよ? 今、丁度ブラマンシュに来ていて…あっ』

 

『ミント! ミント!! 無事なの!? 』

 

どうやらアリシアちゃんとそっくりな声の人がフェイトさんというらしいのだが、その人を押し退けるような感じで別の女性の声が割り込んできた。ミントさんが苦笑しながら答える。

 

「心配をかけて申し訳ありません、お母さま。わたくしは全く問題ありませんわ。フェイトさんがブラマンシュにいるということは、アースラが支援に行ってくれたのですわね。爆弾…質量兵器は大丈夫でしたの? 」

 

『ええ。管理局の人達が協力して解体してくれたわ。集落のみんなも大丈夫よ。それよりミント、貴女今どこにいるの? 』

 

ミントさんは安心したようにホッと息を吐いて微笑んだが、すぐに申し訳なさそうな表情でこちらに謝るようなジェスチャーを示した。話が長引いてしまうことについての謝罪だろう。

 

「今わたくしがいるのは第97管理外世界です。ユーノさんも一緒ですわ」

 

『管理外…って、戻ってこれそうなの? 』

 

「単独では難しいですわね…出来れば管理局に救助をお願いしたいですわ。それと現地に偶々居合わせた魔導師の方に助けて頂いたのですが」

 

そう言うとミントさんがこちらに目配せをしてきた。

 

「そのことについて、プレシアさんに大事なお話がありますの。そちらにプレシアさんはいらっしゃいますか? あと出来ればフェイトさんにも一緒に聞いて頂きたいですわね」

 

ミントさんの言葉を聞いた瞬間、嬉しいような、それでいて少し怖いような複雑な想いが過る。そっと隣のアリシアちゃんを伺うと、私と同じように思っていたのか複雑な表情をしていた。

 

『そう…判ったわ。でも本当に無事で良かった…プレシアさんね? ちょっと待ってて』

 

ミントさんの母親というには随分と若く聞こえる声の女性がそう言った後、少しの間声が途切れる。

 

『ミントちゃん? 心配したのよ。大丈夫? 』

 

「ご無沙汰しています、プレシアさん。わたくしは大丈夫ですわ」

 

アリシアちゃんがヒクッと喉を鳴らした。少し声質が低くなったような気もするが、聞き覚えのある懐かしい声だった。思わず叫びだしたい衝動に駆られたが、ミントさんが「もう少し待って」とジェスチャーを示すので、何とか我慢していた。アリシアちゃんも同じだったのだろう。

 

『それで、大事な話って何かしら? 』

 

「サプライズ、と言えないこともありませんが…正直かなりのレベルで驚くことになりますわ。まずは心の準備をお願いします。深呼吸が良いですわ。フェイトさんもお願いします」

 

『なあに? 随分と物々しいのね…ええ、良いわよ』

 

ミントさんもそれに合わせて一呼吸置いた後、ゆっくりと、だがはっきりと言った。

 

「こちらで、アリシアさんとヴァニラさんにお会いしましたの」

 

『何だってー!? 』

 

聞こえてきたのはプレシアさんではなく、まだ若そうな男性の叫び声だった。予想外の出来事に私もアリシアちゃんも呆然としてしまう。恐らく横で聞いているなのはさんやはやてさん、士郎さんに美由希さんですら、何が起きたのか全く把握できていなかったことだろう。

 

「…すみませんクロノさん。今わたくしはプレシアさんとお話していたと思ったのですが」

 

『今は作戦行動中だ! 入ってくる通信は検閲が必要だからな。一緒に聞かせて貰っている。それより、本当なのか!? 間違いないのか!? あのアリシア・テスタロッサとヴァニラ・H(アッシュ)なのか!? 』

 

「ク…クロノさん、少し落ち着いて下さいませ」

 

『これが落ち着いていられるか! って、あ! 待て、エイミィ! 何を…』

 

男性の声はそのままフェードアウトし、その後すぐにまたプレシアさんの声が聞こえてきた。

 

『ごめんなさいね。クロノも悪気はなかったのだけれど。それより、本当なの? 本当にアリシアとヴァニラちゃんがいたの? 』

 

どうやらクロノという人が必要以上に驚いてくれたおかげで、プレシアさんは逆に落ち着くことが出来た様子だった。ミントさんがこちらに向かって頷く。

 

「え…っと、ママ? 」

 

まずアリシアちゃんが声をかける。通信の向こうで息を飲むような気配があった。

 

『…アリシア、なの…? 』

 

「うん…うん! 私だよ! ママ! 」

 

『アリシアーーーっ!! 』

 

『かっ、母さん!? 』

 

『プレシア!? 落ち着いて下さい! バルディッシュに抱きつかないでっ! 』

 

『リニス! 離しなさい! アリシアーっ! 』

 

前言撤回。プレシアさんも全く落ち着いていないようだった。結局、リニスと呼ばれた女性がプレシアさんを落ち着かせるまでに結構な時間を要してしまった。

 

 

 

『そう…確かに信じられないようなことだけど、時間を超えてしまったということであれば辻褄が合う部分もあるわね。以前エスティアに第97管理外世界の調査も依頼したことがあったけれど、その時は何も判らなかったし』

 

「私達が地球に来てから、まだ半年程しか経っていません。ですがミッドチルダではもう26年が過ぎていると、ミントさんから聞きました。両親のことも…」

 

『ええ…本当に残念だけれど…』

 

プレシアさんが本当に落ち着きを取り戻し、一頻りアリシアちゃんとの話を済ませてから、私は漸くプレシアさんと久しぶりの会話を交わした。先程リニスと呼ばれていた女性は、私達が知っているリニスで良いらしい。今ではプレシアさんが使い魔にしているのだそうだ。

 

「…久し振り、でいいのかな? えっと、リニス…さん? 」

 

『以前のようにリニス、と呼んで下さって構いませんよ。それにしても、よく無事でいてくれましたね』

 

浦島太郎状態を果たして無事と呼んでいいのかどうか判らなかったが、取り敢えず「ありがとう」と答えておいた。

 

『出来ればすぐにでもそちらに向かいたいところなのですが、こちらもブラマンシュで捕えたテロリスト達の取り調べや引き渡しなどをこなさなければなりません。嘱託とはいえ、フェイトもプレシアも管理局員として働いている訳ですからね』

 

プレシアさんは3年ほど前から管理局に復帰していたらしい。復帰とは言っても以前働いていたのはアリシアちゃんが生まれる前のことらしいし、その時はすぐに寿退職してしまったとのことなので、今回が実質初めてのようなものだと言っていた。リニスはそのサポートをしているのだとか。

 

『そんな状態ですので、あと2週間は動けそうにありません。申し訳ないのですが、救助はもう少し待って下さいね』

 

救助、という言葉を複雑な気持ちで聞いた。あんなに戻りたい、帰りたいと思っていたミッドチルダだったのだが、両親が他界していたということや26年もの年月が経過してしまっていた事実などは、私にとってとてつもない不安材料だった。それに加え地球にはお世話になった高町家の人達や、アリサさん、すずかさん、はやてさん達のような友達もいる。

 

(アリシアちゃんは戻ることになるだろうけれど、私は…少し、考える時間が欲しいな…)

 

管理局の人達がこちらにやってくるまでの2週間は、それを考えるのに丁度良い時間のように思えた。そして恐らくミッドチルダに帰還することになるだろう私の親友の様子を伺うと、丁度新たに出来た妹と一生懸命会話をしているところだった。

 

 

 

=====

 

『えっと、アリシア姉さん、で良いのかな? 』

 

「うん! 私がお姉ちゃんだよ、フェイト。よろしくね! 」

 

『こちらこそ。会えると思っていなかったから…すごく嬉しい』

 

フェイトとアリシアの会話を横で聞きながら、改めて現状を整理する。まずイザベル母さまを含むブラマンシュのみんなに最悪の事態が起きていなかったことには安心した。爆弾も無事解体されたようだし、何よりアースラがブラマンシュの支援をしてくれているのも心強い限りだ。

 

だがこの後アースラが地球に来れるのは2週間後ということで、話しの流れからすると恐らくそれよりも早いタイミングで到着出来る次元航行部隊は無いのだろう。ジュエルシードの捜索はここにいるメンバーと高町家の人達だけで行うしかなさそうだった。

 

(武装隊の人達に協力して貰えるようなら人海戦術も取れたのですが…仕方ありませんわね)

 

先日士郎さんから聞いた話によると地球でも連続爆破テロが発生しており、しかもその手口などから次元世界でテロを起こしている組織と同一の可能性があるという。つまり地球にも彼らのアジトがある筈なのだ。シャトルに乗っていた魔導師達も、仲間と合流して態勢を整えればきっとジュエルシードを探しに来るだろう。

 

これについては管理局側とも情報を共有しておく必要があるだろう。俺はアリシアやヴァニラの会話が一段落したところを見計らって、声をかけた。

 

「すみません、そちらにリンディさんはいらっしゃいますか? 」

 

『ええ、ミントさん。いつ声をかけて貰えるかと思って待っていたのよ』

 

ツッコミを入れた方がいいのか一瞬本気で迷ったのだが、取り敢えず今は保留にしておく。

 

「リンディさん、ブラマンシュにロストロギアがあったというお話はご存知です? 」

 

『こちらに到着してすぐ、長老から聞いたわ。管理局で保管せずにブラマンシュに残されていた理由から、テロ組織に奪われてしまったこと、貴女が勇敢にも奪還のためにシャトルに乗り込んだことまで全部ね』

 

『取り敢えず、これだけは言わせてもらうぞ。無謀だ』

 

またクロノが割り込んできたが、あの時は俺が人質になる以外に方法が無かったのだから仕方ない。そして今はその釈明よりも状況説明が先だ。俺はシャトルから脱出する際にトランクが破壊されてしまい、ジュエルシードが海鳴に散らばってしまったことを説明した。

 

「一度狙った以上、彼らがこのまま諦めるとは思えませんわ。アースラが到着するまではヴァニラさんとわたくし、それから現地で知り合った魔導師に協力して貰って回収を進めますわね」

 

『重ねて言うが、無謀だ。…だが現状で管理局が動けず、しかも一刻争う事態とあっては君達に頼むしかないのも事実だ。それにしても…さっきも言っていたようだが、管理外世界に魔導師がいるというのは驚いたな。』

 

「ええ。たまたまリンカーコアを持っていたために、成り行きで魔法の事を知ってしまった方達ですわ。やむを得ず事情を説明して、協力して頂いています」

 

一応なのはだけでなく、はやてのことも紹介しておくことにした。原作知識が役に立たないほど乖離が進んでいるとはいえ、はやての後見人をしているのがギル・グレアム提督であるのなら、現状でもリーゼ姉妹を使って八神家を監視している可能性が高い。ここではやてをクロノ達に紹介しておくことはグレアム提督に対する牽制にもなるし、ヴォルケンリッターが顕現した場合には保険としての役割も期待できると思ったからだ。

 

一方、なのはについては純粋に戦力として数えられる。半年間、ヴァニラが確りと教育してくれたおかげで魔力運用についてはほぼ問題ないレベルに達しているし、元々魔法センスが非常に高いこともあって、既に攻守共に強力な魔法を行使出来るようになっている。おまけに今はユーノから借り受けたレイジングハートのサポートもあって、正に鬼に金棒状態だ。

 

「お二人共、優秀な魔導師の卵ですわ。人柄につきましても、わたくしが保証致します」

 

『ミントさんがそこまで言う魔導師ならきっと大丈夫ね、クロノ』

 

『ああ。君達を民間協力者と認めた上で、改めて頼む。時空管理局の管理外世界とはいえ人間が、生命が住んでいる世界の一部だ。僕らも事態が収拾次第そちらに向かうが、それまでの間はミント、君達がこの世界を守ってくれ』

 

「…承りましたわ」

 

これは別に大袈裟なことでも何でもない。ロストロギアには本当にそれだけの力があるのだから。今回、テロ組織にジュエルシードを渡してしまったのは俺の独断だ。だから万が一ジュエルシードが悪用されるようなことがあった場合、それは俺の責任でもある。

 

(21個…絶対に欠けることなく、全部回収して見せますわ)

 

拳を握りしめると、俺はそう決意を新たにした。

 

 

 

=====

 

「世界の危機や言われても、あまりピンと来んなぁ…」

 

「にゃはは…そうだよね。わたしもさっぱり」

 

ミントさんが時空管理局の提督らしい女性と話をしているのを横で聞きながら、はやてさんとなのはさんがお互いにそんな事を言い合っていた。実は私自身もロストロギアについてはあまり詳しくは知らない。精々旧暦の時代に発生し、複数世界を同時に消滅させた次元断層はロストロギアによって引き起こされたとの話を聞いたことがある程度だ。なのはさん達が理解できないのも無理はないだろう。

 

『ところで、ヴァニラ・H(アッシュ)さんはいるかしら? 』

 

「は…はい、私です」

 

唐突に、私が指名された。まさか管理局の提督に呼ばれるとは思ってもいなかったので、驚きつつ返事をする。

 

『急にごめんなさい。改めて、リンディ・ハラオウンよ。リンディと呼んでくれて構わないわ』

 

「……」

 

先程のミントさんとの会話の時にも思ったのだが、提督とはいえ随分とフランクな性格のようだ。「ハラオウン提督」と呼ぼうとしたところ機先を制されてしまい、思わず言葉に詰まる。ミントさんは普通に「リンディさん」と呼んでいたようだが、さすがにその呼び方は憚られた。

 

「…では、リンディ提督、と」

 

一先ず呼び方が落ち着いたところで要件を尋ねると、プレシアさんも含めて私の両親の知己であるとの回答があった。

 

『貴女のお父様…イグニス・H(アッシュ)提督の補佐をしていたのが私の夫なのよ。そのこともあって、H(アッシュ)家とは以前から家族ぐるみで付き合いがあったの』

 

どうやら私のお父さんが艦長を務めていたエスティアという次元航行艦が事故に遭った際、リンディ提督の旦那さんも一緒に亡くなられたらしい。それから後も、お母さんやプレシアさんとは頻繁に会っていたのだとか。

 

『貴女のことも良く聞いていたのよ。生きていてくれて、本当に嬉しいわ』

 

それを聞いた瞬間、また涙が零れそうになった。リンディ提督のその言葉が、私にはまるでお母さんからかけられた言葉のように思えたのだ。

 

<大丈夫ですか?辛いようでしたら、無理にお話なさらなくても構いませんわよ? >

 

<いえ…お気遣いありがとうございます。大丈夫です>

 

素早く目元を拭うと、ミントさんからの念話に答えた。

 

「ありがとうございます、リンディ提督。あの…地球にいらっしゃるんですよね? 」

 

『ええ、こちらでの処理が終わり次第、そちらに向かうわ』

 

「もし良ければ、その時に両親のこと、色々と聞かせて貰いたいのですが」

 

プレシアさんともいろいろと話したいことはあるが、折角のアリシアちゃんとの再会を邪魔するのも悪いし、何より私自身がこの時リンディ提督と直接会って話したいと強く思っていたのだ。

 

『ええ、勿論よ。会えるのを楽しみにしているわね』

 

 

 

今後も定期的に連絡を取ることを取り決めて、ミントさんは通信を切断した。アリシアちゃんは少し名残惜しそうにしていたが、すぐに2週間後には話だけでなく実際に会うことが出来るのだからといって微笑んだ。

 

なのはさんとはやてさんについては、話しは出たものの直接会話に参加することは無かったため、士郎さんと美由希さんも傍らで話を聞いていただけだった。

 

「折角参加して頂きましたが、殆どお話して頂くことはありませんでしたわね」

 

「いや、それなりに実はあったよ。彼らの為人も把握できたしね」

 

申し訳なさそうなミントさんに対して、士郎さんはあっさりと答えた。

 

「まぁ音声だけだから完全とは言い難いが、個人としては信用して良さそうに思うよ」

 

「とーさんはそう言うけど、改めて聞くと例のロストロギアだっけ? 本当に世界の危機なら、あたし達だけじゃなくてもっと協力者を増やすべきだと思うけど」

 

士郎さんと美由希さんは地球の人間だ。自分達の世界が滅びるかどうかという事件が起こった時に、それを招いた元凶である次元世界の人間が、何の情報開示も無しにこっそり事態の収拾にあたるというのは確かに納得できないところではあるだろう。

 

「そのことについては返す言葉もありませんわ。ただわたくし達としても管理外世界への情報開示は神経質にならざるを得ない部分でもあります」

 

「確かに、下手に全ての情報を開示してしまったらパニックどころじゃ済まないだろうな。以前ヴァニラちゃんが懸念していた事態が現実に起こってしまうことも考えられる」

 

嘗て私が説明した、高町家やアリシアちゃんに被害が及ぶ可能性についての話が出ると、美由希さんも頷いた。

 

「うん、それは判ってるんだけど…たぶん想像していたよりも大事だったから弱気になってたんだと思う。大丈夫! 一度引き受けたことだし、ちゃんと最後まで付き合うよ」

 

「さて、少し遅くなってしまったが、これから捜索に向かうかい? 」

 

士郎さんの言葉に時計を見ると、丁度15時になるところだった。3時間もあればそれなりに捜索は出来るだろうが、私は改めてはやてさんのことが気になっていた。プレシアさん達との通信で有耶無耶になってしまっていたが、元々ははやてさんの後見人に文句を言うというのが話の発端だった筈だ。

 

だがはやてさんの後見人をしているのが「ミッドチルダのギル・グレアム氏」だとすれば、何故なのかという疑問が生じる。本人が聞かされていたように父親が親友だったというなら判らなくもないが、それでも一人暮らしをさせるという一点について理解できない。

 

「ヴァニラちゃん? 大丈夫? 」

 

不意になのはさんから声をかけられ、我に返った。既にミントさんとなのはさんは2人で両側からはやてさんを支えるように立っている。心配そうな表情から、私のことを気遣ってくれているのが判った。

 

「あ…ゴメン、なのはさん。ちょっと考え事をしてて」

 

私も慌てて立ち上がると、3人が通りやすいように居間のドアを開けると、玄関に置いてあった車椅子の準備をする。はやてさんの後見人については夜にでも士郎さんに相談してみようと思った。

 

「じゃぁ私と美由希は翠屋に戻っているから、何かあったら連絡してくれ」

 

「みんな、あまり無理しちゃダメだよ」

 

士郎さんと美由希さんがそう言って先に玄関から出た。どうやら午後の捜索は時間的なことからも手分けするのではなく、発動の気配を察知してからその場所に向かえるよう、全員で行動することに決まったらしい。はやてさんは夕食は高町家で頂いて、その後ミントさんと一緒に八神の家に戻るのだそうだ。

 

「あと1、2時間もしたら桃子ママが夕食の支度に戻ってくるだろうから、私はお手伝い要員で待機してるねー」

 

笑顔で手を振るアリシアちゃんに「よろしく」と声をかけ、私達も家を出た。

 

「そう言えば、預かっているジュエルシードは如何しましょうか? 」

 

ふと思い出して、ミントさんに尋ねてみた。今私が封印しているジュエルシードは全部で3つある。

 

「そうですわね…テロ組織もジュエルシードを狙っている可能性がある以上、纏めておくのは心配ですわ。出来ればヴァニラさん、なのはさん、わたくしの3人で分散して持っておきたいですわね」

 

≪Sure. Put out.≫【了解。取り出します】

 

ミントさんの依頼に従ってハーベスターが2つのジュエルシードを排出し、トリックマスターとレイジングハートがそれぞれ1つずつ格納した。

 

「それがさっき話とったオーパーツもどきなんやね。ぱっと見、ただの綺麗な青い石って感じやったけど」

 

正直なところ、私自身もこの石に世界を滅ぼすような力があるとは思えなかった。それぞれの石から感じる魔力はとても微弱なものだったからだ。だがそれはジュエルシードが安定状態にあるからだということをミントさんから聞いているし、何より思念体として発動した時の魔力の高まりは相当なものだった。

 

(それでも世界を滅ぼすような力には程遠いと思うけれど。でもミントさんの話では思念じゃなく、実体を持った生命体の願いだとより強い力を持つって言っていたし)

 

何にしても、早めに残りのジュエルシードを探し出さなければいけないのは確実だった。そしてロストロギア探索以外にも2週間後にやってくる時空管理局の人達のことや、これからの私の身の振り方についても考えなくてはいけない。

 

ふと、昨夜ユーノさんが口にした言葉が頭の中に蘇った。

 

『治癒術師ですね…』

 

それは私の将来の目標だった筈だ。だが治癒術師はミッドチルダにいてこそなれる職業であり、地球にいる限り医者になることは可能でも治癒術師にはなれない。だが元々知り合いがそれ程多くなかったとはいえ、26年の時差を気にしない訳にもいかない。

 

「…将来、かぁ」

 

「ん? ヴァニラちゃん、どないしたん? 急に溜息なんか吐いて」

 

思わず吐いた溜息にはやてさんが反応した。

 

「あ、すみません。少しこれからのことについて考えていたのですが」

 

「それって、2週間後に来るっていう管理局の人達のこと? ヴァニラちゃんもアリシアちゃんも、やっぱりミッドチルダに帰っちゃう? 」

 

少し不安そうな面持ちで、なのはさんが語りかけてきた。

 

「…まだ良く判らない。帰りたいっていう気持ちも間違いなくあるんだけど、まだみんなと一緒にいたいっていう気持ちもあるから」

 

少し笑顔を見せるなのはさんと対照的に、今度ははやてさんの表情が少し翳ってしまった。

 

「なぁ、ヴァニラちゃん。わたしにもなのはちゃんみたく、もうちょいフレンドリーに話してくれへん? なんや敬語使われとると壁があるみたいで、気になるわ」

 

「え? そうですか?…って、あ」

 

確かに思い返してみればはやてさんやミントさんに対してはずっと敬語で話しかけていた。これはもう癖のようなものだろう。

 

「不思議とミントちゃんの方はあまり気にならんのやけどね。みんなに対して同じ口調やからやね、きっと」

 

「最初にわたしと話した時も、そんな口調だったよね。今では普通だけど、みんなで頑張って矯正したんだよ」

 

矯正と言う言葉がこの場合正しいかどうかは取り敢えずおいておく。

 

「そう…だね。ごめん、はやてさん。こんな感じでいいかな? 」

 

なのはさんやアリサさん達に鍛えられただけあって、意識すればすぐに口調を変えることが出来た。後は慣らしていけば自然に話せるようになるだろう。

 

<わたくしとしては、その口調の『ヴァニラ・H(アッシュ)』に違和感があるのですけれど>

 

<仕方ないよ。私は『ギャラクシーエンジェルのヴァニラ』じゃなくて、『ミッドチルダのヴァニラ』だから。ミントさんにもこれからは出来るだけこっちの口調で話すようにするね>

 

<…それもそうですわね。了解ですわ>

 

ミントさんとも念話で会話しながら、私達は捜索を続けた。

 

だが残念ながらこの日は結局、追加のジュエルシードを見つけることは出来なかった。

 




本当なら前回の「情報共有」ですべての情報を共有したかったところですが、なかなかうまく纏まりませんね。。
ちなみにミントとユーノが海鳴に落下したのは土曜日(設定では4月16日)で、第3部は第1話後半から第4話まではずっと日曜日(設定では4月17日)のお話です。。長い週末です。。

あ、第5話もまだ日曜日の予定です。。


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第5話 「八神家」

高町家で夕食を済ませ、後片付けも終えてから、私ははやてさんの足の状態をスキャンすることになった。食事中にアリシアちゃんが「治せないの? 」と聞いてきたことが発端だった。

 

正直なところ色々なことが纏めて起こり過ぎていて治療まで考えが回っていなかったというのが実情ではあるが、いずれにせよ治療をするならば障害の原因を特定しなければならない。そのため八神邸に戻る前のはやてさんと付添のミントさんが高町家を出る前に、ハーベスターに頼んでかなり詳細なスキャンを走らせてみたのだ。

 

士郎さん達は既に翠屋に戻っているため、場所は2階のアリシアちゃんと私の部屋に移動している。アリシアちゃん、なのはさん、ミントさん、ユーノさんが見守る中、はやてさんのスキャンを終えた私はふっと息を吐いた。

 

「…なるほど、原因不明ね…」

 

通常、両下肢麻痺には対麻痺、或いは四肢麻痺などの可能性があり、それらの原因となるのは脊髄や末梢神経の障害、場合によっては脳幹や筋肉の病気も疑われるのだが、スキャンした限りでは脊髄炎や血管障害、腫瘍といったものは一切ない。筋萎縮も見られるものの、これは廃用性と思われた。

 

「はやてさん、足が動かなくなったのっていつ頃から? あと家族や親戚に同じような症状の人は? 」

 

「正確には覚えとらんけれど、3歳の頃にはもう症状が出とったと思うよ。それから足が動かんのは私だけやったはずやね」

 

「3歳…なら多発性硬化症の可能性は低いかな…期間も長いからギラン・バレー症候群でもない…症状としては性染色体劣性遺伝型筋ジストロフィーのデュシェンヌ型が一番近いけれど、筋原性筋萎縮も見られないし遺伝も確認出来なくて、何よりはやてさんは女性…それにCK(クレアチンキナーゼ)の値が上がっていないのもおかしいな…」

 

「ごめん、ヴァニラちゃん。出来れば日本語で話してもらえると嬉しいかな…」

 

独り言のように呟いていると、頭の周りにクエスチョンマークを飛び回らせた様子のなのはさんがそう言ってきた。アリシアちゃんもユーノさんも良く判っていない感じだったが、ミントさんだけは値踏みするように私を見ている。

 

「普通に医学的な判断をすれば、はやてさんの病気は良く判らないっていう以外にないと思う、っていうこと。少なくとも私が知っている病気には、当てはまるものは無いよ」

 

「そっかぁ…まぁ神経内科の先生も同じようなこと言うとったしなぁ」

 

はやてさんが少し気落ちした様子で俯いた。確かに普通に考えればこの手の病気について根本原因を探るのは神経内科の範疇であり、その後の診断結果によって患者は脳神経外科や整形外科などに回されることになる。私のように外科医を目指していただけの医学生の知識程度では原因を特定するのは困難だろう。

 

「でも…」

 

ふと口をついて出た言葉に、みんなの視線が集中する。

 

「直接関係あるかどうかは判らないんだけど、気になることはあるんだよね」

 

「魔力の異常な減少…ですわね? 」

 

ミントさんが確認してきたので頷いて返す。以前なのはさんには話したことなのだが、制御されていない魔力は身体機能の感覚を阻害するものだ。これは本来命の危険などはなく、はやてさんのように麻痺を起したりすることもまず考えられない。だが本来なら体内を循環する筈のはやてさんの魔力が、まるで何かに吸い取られているかのように減少していることは、ずっと引っかかっていた。

 

「えっと…魔力の異常な減少って…? 」

 

アリシアちゃんが不思議そうに聞いてきたので、はやてさんのリンカーコア容量に対して魔力が極端に少なくなっていることを説明した。

 

「何だか、昔話に出てくる妖怪みたいだね…わたし前にガマガエルが人を病気にするお話とか読んだことある…」

 

「ミッドチルダにも似たようなお話があるよ。人の精気を吸う魔物とか」

 

「もう…2人共、そう言う話は後にして」

 

こそこそと不謹慎な話をしているなのはさんとアリシアちゃんを窘めると、私ははやてさんに向き直った。

 

「効果があるかどうか判らないんだけど、少し試してみたい方法があるの。『ディバイド・エナジー』っていう魔法で、私の魔力をはやてさんに分けてあげる方法なんだけれど」

 

「それでしたらわたくしがやりますわ。丁度ブラマンシュに伝わる、良い方法がありますのよ」

 

それまで横で話を聞いていたミントさんが、魔力の譲渡を申し出てくれた。確かにAA+の私がやるよりも、はやてさんの魔力量に近いミントさんが譲渡してくれるのはとても助かるのでお願いすることにした。

 

「い…痛くせんといてな…」

 

「大丈夫。痛いことなどありませんわよ。既にユーノさんで実験済みですわ」

 

「ミント…出来れば実験なんていう言い方はやめて欲しいんだけど」

 

ユーノさんの苦情を無視するようにミントさんは何故かトリックマスターから取り出したジュエルシードを右手に持ち、左手ではやてさんの足をさするようにした。すると、決して少なくない魔力がミントさんからはやてさんに流れ込んでいくのが判った。

 

「ん…っ」

 

はやてさんが身動ぎする。様子を見ている限り、痛みなどはなさそうだ。そして暫くの間、同じような状況が続いた。

 

「…もうっ、どちらもまるで底なしのようですわ」

 

10分ほどしてミントさんが溜息と共にはやてさんから手を離し、ジュエルシードをトリックマスターに再封印した。どうやらジュエルシードが蓄えていた魔力を、自身を介してはやてさんに流し込んでいたようなのだが、相当な量の魔力を譲渡したことで少なからず消耗している様子だった。

 

「でも、さっきまでと比べて随分と楽になったわ。おおきに。ありがとうな」

 

はやてさんが微笑みながらそう言った。アリシアちゃんもなのはさんもホッとしたような表情を見せている。

 

「…確かに、譲渡前と比べても体内で循環している魔力が少しだけ増えている気がする。だけど…」

 

「ええ。恐らくすぐにまた減ってしまうのでしょうね」

 

魔力を融通することで、一時的に回復することは判った。矢張りこれは魔力的な何かが原因の障害だろう。となると、ギル・グレアム氏がはやてさんの後見人になっているという事実にも何か理由があるような気がしてきた。

 

(お父さんの元上司ということは、リンディ提督もご存じかも知れない…今度会う時に聞いてみよう)

 

定時連絡の約束もしてはいるが、それはあくまでも定時連絡なのであって、あまり私的な話を織り込むわけにもいかないだろう。どうせ2週間後には会うことになるのだし、その時に確認することの一つとして頭の片隅に記憶しておくことにした。

 

「魔力の譲渡は定期的にやってみてくれるかな? 今回みたいに大量じゃなくて、普通のディバイド・エナジーくらいの量で構わないから」

 

「了解ですわ。毎日、少しずつやってみますわね。ではそろそろ参りましょうか」

 

時計を見ればそろそろ20時になろうとしているところだった。

 

「あ、帰るときに翠屋に寄って欲しいってお兄ちゃんが。送ってくれるみたいよ」

 

「折角だからみんなで送ろうよ」

 

さすがに幼女だけで出歩くには遅い時間だが、恭也さんが付いていてくれるなら安心だろう。

 

「あ、私はユーノさんの治療経過も見たいから、翠屋までね」

 

「じゃぁ僕はここで待っているね。ミント、みんなも気を付けて」

 

そう言うとユーノさんはまたラタンバスケットの中に潜り込んだ。

 

4月とはいえ、夜はまだ肌寒い。上着を羽織ってから身体強化をして、ミントさんと一緒にはやてさんを階下に連れて行くと、なのはさんとアリシアちゃんが車椅子の準備をしてくれていた。そのまま全員で翠屋に向かう。日曜日の夜ではあったが、幸い翠屋の方も落ち着いていて、恭也さんが抜けても問題ない状況だった。

 

「じゃぁヴァニラちゃん、今日はありがとうな。今度ウチに遊びに来てな」

 

「うん。近いうちに必ず」

 

「この時間だと桜台を抜けるのは止めた方が良いな。遠回りになるからバスを使おう。じゃぁ行ってくるよ」

 

恭也さんが車椅子を押すと、なのはさんとアリシアちゃんもはやてさんとお喋りをしながら歩き出した。

 

<ではヴァニラさん。何かあったら連絡しますわね>

 

<うん。こっちもまた連絡するね。はやてさんのこと、よろしく>

 

頭の中にミントさんの念話が届いたので、こちらも念話で返しておく。本当ならもっといろいろなことを話し合いたいところだったが、それはロストロギアの回収が終わってからのんびりすればいいだろう。

 

「あれ? ヴァニラちゃんは一緒に行かないんだ」

 

みんなのことを見送っていると、翠屋の入り口から美由希さんが出てきて声をかけてくれた。

 

「ええ。ユーノさんの治療経過を見たいのと、それから少し士郎さんとお話がしたくて」

 

「とーさんなら中にいるよ。まだ外は冷えるから中に入って」

 

美由希さんに手を引かれて翠屋に入ると暖房が効いているのか、程よく暖かかった。

 

 

 

「成程、雰囲気からしてそうだろうとは思っていたが…それにしてもあの歳で一人暮らしというのは確かに常識では考えられないな」

 

「普通なら施設等に行くのでしょうけれど…本人が魔力を持っていて、しかも後見人はミッドの人である可能性があるというのは出来過ぎのような気がします」

 

「ふむ…何らかの目的があってそうしていると見た方が良いだろうな」

 

カウンターで士郎さんに淹れて貰ったコーヒーを飲みながら小声で話をする。お客さんはまだ何組かいるのだが、幸いカウンター席には誰も座っておらず、店内で話をしても聞き咎められるようなことは無いだろう。

 

「まぁ、何かあったらいつでも言ってくれて構わないよ。まだ空き部屋も残っているし、いざとなったらうちで面倒を見ることも出来るからね」

 

士郎さんはそう言ってくれるが、さすがにそこまでして貰うのも気が引ける。もしこれがミッドチルダの人が関与する問題ならミッドチルダの人が対応するべきことだし、高町家に来るかどうかを決めるのははやてさん自身だからだ。

 

「私としては、はやてちゃんよりもミントちゃんの方が気になるな。話をしていて思ったんだが、彼女は嘘は吐いていないけれど明らかに隠していることがあるよ。特にはやてちゃんについて何か知っているようだったし」

 

「そうなのですか!? 」

 

「悪意はなさそうだったし、敢えて触れないでいたんだよ。もしかしたらそれも魔法絡みかもしれないしね。特に問題は無いと思うが…本当に何かあればいつでも言ってくれて構わないからね」

 

「はい。ありがとうございます」

 

それについては後で念話ででも聞いてみようと思う。

 

「さて…コーヒーのお代わりはいるかい? 」

 

「いえ、ユーノさんの治療経過も気になりますし、今日は戻ります。いろいろありがとうございます。コーヒーも、ご馳走さまでした」

 

私はそう言って席を立つと、高町家に戻ることにした。

 

 

 

=====

 

バスに乗ると、15分程度でとある小さな公園前のバス停に着いた。運転手さんが専用のスロープ板を用意してくれたので、乗り降りも特に問題は無い。

 

「ここがはやてちゃんの家の最寄? 」

 

「うん。その先の信号を渡ったらすぐや」

 

なのはの問いにはやてが答える。隣にいるのはアリシアなのだが、どうも未だ前世のイメージが抜け切れていない所為か、この場にフェイトではなくアリシアがいることが不思議に思えてしまう。だが前世知識が当てにならないことも重々承知している。俺は軽く頭を振ってイメージを追いやった。

 

「ん? ミントちゃん、どうかした? 」

 

「いえ、何でもありませんわ」

 

無邪気な笑顔を向けてくるアリシアにこちらも笑みを返すと、みんなで青に変わった信号を渡る。

 

「ここは幹線道路だろう? 見通しは良いが、昼間は交通量もそれなりに多い。車椅子で、1人で渡るのは大変そうだな」

 

「お気遣いありがとうございます。せやけど、もう慣れました」

 

恭也さんの呟きにはやてが笑顔で答えた。

 

「まぁ暫くはわたくしが一緒にいますから、問題はありませんわ」

 

「せやな。これからよろしくな、ミントちゃん。っと、あぁ、ここです」

 

はやてが示した先には立派な一軒家があった。高町家と比較すると少しばかり小さく、それでいて一人暮らしをするには大きすぎると言わざるを得ない。そしてこの建物はどう見ても二階建てだった。

 

「あぁ、大丈夫や。ちゃんと車椅子用のエレベーターも付いとるんよ」

 

全員が一斉に心配そうな表情を見せた所為か、はやてが慌てて弁明する。

 

「本当なら上がってもろて、お茶でもどうや? って言いたいところやけど…」

 

「あぁ、さすがにこの時間だからね。俺達は遠慮させて貰うよ」

 

「えぇー、ちょっとくらいなら良いんじゃない? 」

 

「ダメだぞ、なのは。明日は学校もあるんだろう? 」

 

なのはは頬を膨らませているが、恭也さんが言う通り今日は日曜日でなのはとアリシアは学校がある。この時間からのお茶はさすがにまずいだろう。

 

「明日、学校の帰りにでも待ち合わせましょう。念話の練習はしておきますから、おしゃべりならいつでも出来るようになりますわ」

 

「そうだね。私は念話出来ないから、なのはちゃん通訳お願い」

 

「うん。任せて」

 

漸く機嫌を直したらしいなのはと翌日学校が終わる頃に翠屋で落ち合うことにして、今日は別れることにした。

 

「恭也さん、態々ありがとうございます。それから昨夜からお世話になりっぱなしなのに、我儘ばかりで申し訳ありません。士郎さんにもよろしくお伝え下さいませ」

 

「気にしなくても良いよ。それにしてもまさか本当に一人暮らしをしているなんてな…」

 

さっきバスに乗っている時に予め恭也さんには後見人のことも含めて大まかな事情は説明してあったのだ。士郎さんには今頃ヴァニラが説明してくれている筈だ。恐らく後で認識合わせの念話も来ることになるだろう。

 

「関わった以上は面倒も見てあげたいと思うが、正直魔法絡みとなると君達の方が専門だ。はやてちゃんのこともよろしく頼むよ。なのは、アリシアちゃん、そろそろ帰るぞ」

 

「はーい。じゃぁ、ミントちゃん、はやてちゃん。また明日」

 

恭也さんと一緒になのはとアリシアがこちらに手を振ってきたので、はやてと一緒に手を振り返した。

 

 

 

「ええなぁ…私もあんな優しくてかっこいいお兄ちゃんやかわいい妹達が欲しかったなぁ」

 

3人の姿が見えなくなっても、はやては暫くその場でなのは達が曲がって行った角を見つめていた。何だかんだ言って、ずっと1人で寂しい思いをしてきたのだろう。ヴァニラではないが、グレアム提督に一言文句を言いたい気持ちになった。

 

「まぁ、今日からはミントちゃんがおるし、楽しくなりそうや。よろしくな」

 

「そうですわね。こちらこそよろしくお願いしますわ」

 

先程とは打って変わって、満面の笑みで言うはやてにこちらも笑顔で返す。

 

「そろそろ入りましょうか。ずっと外にいると身体が冷えてしまいますわ」

 

はやてから鍵を預かり、ドアを開ける。中に入るとそこは開放感のある吹き抜けになっていた。

 

「あ、ミントちゃん。ちょっと手伝って貰ってええ? 」

 

「了解ですわ。こちらの車椅子に乗り換えるのですわね」

 

どうやら室内用には別の車椅子を使用しているようで、玄関にはもう一台の車椅子が置いてあった。

 

「去年まではあまり外にも出へんかったし車椅子も一台で何とか間に合っとったんやけど、今年に入ってからはあちこちに行ってみたくなってなぁ。室内用の簡易車椅子をもう一台購入して、今まで使うてたんは電動ユニットを付けて外出専用にしたんよ」

 

身体強化をかけてはやてを室内用の車椅子に乗せ直すと、はやては嬉しそうにそう語った。そのまま室内用の車椅子を押して、家の中を案内して貰う。はやて自身の部屋は利便性を考慮して1階にあり、2階部分はエレベーターで上がれるようにはなっているものの、今は殆ど使っていないらしい。

 

「掃除だけはしとるんやけど、今は空き部屋とよう使わん荷物を置いとるくらいやな。ミントちゃん、もし良かったら好きに使うてええで」

 

「さすがにそこまでは致しませんわよ。泊めて頂けるだけで十分ですわ」

 

「ほな、私の部屋で一緒に寝る? ベッド大き目やし、2人でも大丈夫やで」

 

布団さえ貸してもらえれば床に敷いて寝るのでも構わないと思っていたのだが、かなりしつこく誘われて最終的には一緒のベッドで寝ることになってしまった。まぁ、同じベッドで寝ると言えば、以前もフェイトやコレット達とよくやっていたので然程気になることもないだろう。

 

そのまま居間とキッチンを見せてもらう。普通のシステムキッチンの隣に机くらいの高さのシンクやコンロなどがあり、車椅子に座ったままでも楽に作業が出来るようになっていた。

 

「ここは…問題があると思ったのですが、意外と使えそうですわね」

 

さすがに普通のシステムキッチンは踏み台が無いと作業は困難だが、意外なことに車椅子用のキッチンは普通に立っている筈の俺に丁度良い高さだったのだ。

 

「あぁ、車椅子自体にある程度高さがあるし、ミントちゃんくらいの身長でも問題なく使える筈やな」

 

「助かりますわ。踏み台の購入を検討しなければならないと思っていましたから…」

 

そこまで話をして、ふと俺は日本円を全く持っていないことに気が付いた。バスの運賃は恭也さんが纏めて払ってくれており、翠屋での昼食も高町家の厚意で頂いたものだったため、お金を払うという行為自体、全くしていなかったのだ。

 

「? どうしたん? ミントちゃん、顔色悪いで」

 

「わたくし…こちらのお金を全然持っていませんでしたわ…」

 

「あぁ、別の世界から来たんやったな。そらしょうがないわ。まぁ、お金のことは心配せんでもええよ。グレアムおじさんから結構な額、仕送りして貰っとるし、うちにいる間は私が面倒見たるわ」

 

それはそれで抵抗がないわけではなかったが、背に腹はかえられない。結局八神家滞在中ははやてのお世話になることで同意した。

 

「いずれブラマンシュにいらっしゃることがあれば、その時は最大限のおもてなしをさせて頂きますわ」

 

「うん! 楽しみにしとるわ。ほな次行こか」

 

キッチンに続いてトイレやお風呂などの水回りも確認させてもらった。トイレはさすがに車椅子が問題なく進入出来るように十分なスペースが確保してあり、手すりも確りしたものが取り付けられていたが、お風呂については手すりこそあるものの車椅子で入れるような作りにはなっていなかった。

 

「最近は入浴用の車椅子とかリフト付きの専用バスユニットとかもあるんやけど、ヘルパーさんが手伝ってくれればお風呂は入れるしな。あ、後で一緒にお風呂入ろ」

 

「ええ、構いませんわよ」

 

ヘルパーが手伝ってくれればお風呂に入れる、ということは、裏を返せばヘルパーがいないときはお風呂に入れない、ということだ。俺も一時期お風呂に入りたくても入れないことがあったが、あれはかなりストレスが溜まる。幸い身体強化をすればヘルパー並みに手伝いをすることも可能だ。俺自身ブラマンシュが襲撃されて以来お風呂に入っていなかったこともあり、はやての申し出は渡りに船だったので、二つ返事で了承した。

 

「次はいよいよ寝室やね。こっちや」

 

はやてに案内されて寝室に入ると、微かに魔力を感じた。それは寝室の書架に置かれた本が発する魔力だった。四辺を鎖で縛られた大きめの本。これが闇の書なのだろう。だが現段階ではジュエルシードと同じなのか、近づくことで漸く判る程度にしか魔力を発していない。

 

「その本、気になるん? ずっと昔からうちにあったんよ。両親の物やと思うし、形見みたいなもんやから本棚に置いとるんやけど、見ての通り鎖で確り固定されとるから、中は見たことないなぁ」

 

闇の書に見入っていると、はやてから声をかけられた。

 

「鎖で縛られていて中身が読めないなんて、読んではいけない本のようですわね」

 

「怖いなー。エイボンの書とか、ルルイエ異本とか、セラエノ断章とか、そう言ったもんやろか? 」

 

実はむしろ思春期の女の子が書いた日記帳のようなものをイメージしていたのだが、敢えてそれは口外しないことにして、適当に相槌を打っておいた。エスティアの事故についても詳細を知らされていない俺が闇の書について知識を持っているのは不自然なので、そのままスルーしておく。

 

ヴォルケンリッターが覚醒するのは、俺の記憶通りならはやての誕生日である6月4日だった筈だし、まだ多少とはいえ時間はある。近いうちに出来るだけ自然に管理局と情報共有できるようにしなければ、と考えた時点で介入する気満々の自分に気が付いて苦笑する。

 

(まぁ、知り合った以上は助けたいと思うのが人情ですわね)

 

そもそも、既にリンディさんやクロノにははやてを紹介してしまっているのだ。口ではああ言っていたが、クロノはかなり慎重派だし、リンディさんも無条件に他人を信用したりはしない。彼らも当然独自ルートでなのはやはやての身辺調査はする筈だ。トリックマスターの修復もじきに完了するだろうし、アースラが地球に来るまでに状況証拠を纏めておけば共有もしやすくなるだろう。

 

「準備出来たで。ほなお風呂行こか」

 

はやての声にふと我に返る。見るとはやては着替えをこちらに差し出していた。

 

「パジャマは私のやから、ミントちゃんには少しサイズが大きいかもしれへんな。下着は丁度新品の在庫があって良かったわ」

 

「ありがとうございます。お借りしますわね」

 

闇の書については取り敢えず棚上げし、俺ははやてと一緒にお風呂場に向かった。

 

はやての背中を流し、髪を洗うサポートをした後、こちらも身体を念入りに洗う。遺跡の坑道に入ったり、竪穴から落ちたり、更にはテロリストと戦闘行為まで行ったのだ。身体は汗や埃にまみれているだろう。

 

「あ、ミントちゃん、背中流したるわ」

 

「ありがとうございます…って、はやてさん、そこは背中ではありませんわよ? 」

 

「いやー、ちょっと手が滑ってもうて」

 

はやては何を思ったのか俺の脇から両手を差し込み、胸を揉もうとしてきたのだ。ただ残念なことにブラマンシュ一族の特性から俺の胸は実年齢以上に完全にまな板で、つぼみと呼ぶのも烏滸がましい。せめて母さまくらいまで成長すれば、と思わず溜息が出た。

 

「堪能できましたか? 」

 

「いや…その、何というか…ゴメンな? 」

 

「その謝り方は、逆に心を抉りますわね…」

 

≪I was satisfied with the physical contact between little girls.≫【私は幼女同士のスキンシップを堪能させて頂きました】

 

「……」

 

今日一日、殆ど音声を発していなかった俺の相棒が、何故か浴室にいた。

 

「…これ、ミントちゃんの持っとった人形やろ? 何や喋っとったみたいやけど」

 

「わたくしのデバイスですわ。さっきはやてさんに魔力を譲渡した時にも、ジュエルシードを取り出したり再格納したりしていたのですが…」

 

思い返してみれば、はやての前で音声を発したのはレイジングハートとハーベスターだけで、トリックマスターはずっと黙っていた。恐らくはやてはトリックマスターのことをアンティークドール型の収納か何かだと思っていたに違いない。

 

「ヴァニラちゃんのペンジュラムと同じようなもんやと思っとけばええ? 」

 

「ええ、それで齟齬ありませんわ。で、どうしたのです? トリックマスター」

 

≪I have completed my recovery. Therefore, I came here to report.≫【修復が完了しましたのでご報告に】

 

どうやら遠距離通話機能も含め、全ての機能が復旧したらしい。

 

「それはご苦労さまです。ただ女子の入浴中にお風呂場に忍び込むのはあまり感心しませんわね」

 

≪What a pity! It was purpose in my life!≫【何ということでしょう…生き甲斐なのに】

 

俺は黙って浴室のドアを開けると、トリックマスターを蹴り出した。

 

「大丈夫なん? 一応精密機械なんやろ? 」

 

「いつものことですわ」

 

 

 

お風呂から上がってパジャマに着替え、はやてと一緒にベッドに潜り込むと、ヴァニラからの念話を受信した。

 

<遅い時間にすみません。今、大丈夫ですか? >

 

<まだ寝る前でしたから問題ありませんわ。何か御用ですの? >

 

少しの間、声が途切れる。別になのはやユーノ達を宛先に含めた訳ではないようで、俺だけを宛先にした個別念話だった。

 

<今日、少し士郎さんと話をして、その時にその…ミントさんがはやてさんについて何かを知っている様子だったと言われたので>

 

成程、さすがメンタリストと言ったところか。だが俺は他の人に「原作知識」について話すつもりは無かった。例え相手がヴァニラであっても、だ。いや、むしろヴァニラだからこそ「原作知識」を教えることは金輪際有り得ない。これは原作を知らずに今まで頑張ってきた人達にとって、それまでの頑張りを否定することにもなりかねない劇薬なのだ。

 

ただ士郎さんが感づいているのなら、無理に隠し通すのも困難だろう。俺は少し考えた上で、詳細は語らないまでも、一部の事実のみを認めることにした。

 

<その通りですわ。わたくしは八神はやてさんを、以前から知っていました。ですが、これ以上は申し上げることが出来ません>

 

<…それは、同じ転生者であってもダメということ? >

 

<このお話しは聞いた人が必ず死ぬとか、そう言うものではありませんが、ある意味それ以上に厄介なものなのですわ。わたくしはこのお話を誰にも話すつもりはありませんわよ>

 

<……>

 

暫くの間、沈黙が続く。やがてヴァニラがふっと息を吐くような気配があった。

 

<…それは、もしかして私や貴女が『ヴァニラ・H(アッシュ)』であったり、『ミント・ブラマンシュ』であったりすることと同じようなことなのかな? >

 

<…申し上げた筈ですわよ。わたくしはこのお話を誰にも話すつもりはありません。お墓まで持って行きますわ>

 

ヴァニラの言葉を聞いて、俺は一瞬冷水を浴びせられたような気分になった。ヴァニラの質問は正鵠を射ている。もしかしたら大凡の事柄についても把握してしまったかもしれない。俺は出来るだけ平静を装い、重ねて言った。

 

<ヴァニラさん、わたくし達は今、生きていますわ。これは『ギャラクシーエンジェル』というゲームでも、アニメでもありません。紛う方なき現実ですわよ。そのことは重々、承知して下さいませ>

 

再び静寂が訪れる。隣から、はやての規則正しい寝息が聞こえてきた。枕元の時計は22時を指している。普段は0時頃まで本を読んだりしていると言っていたが、今日はもしかしたら色々とあって疲れていたのかもしれない。

 

<…うん、判った。ごめんね。私はミントさんを信じるよ>

 

暫くして、漸くヴァニラから返答があった。その内容に、俺はホッと息を吐いた。

 

<わたくしはヴァニラさんやアリシアさん、はやてさんや高町家の人達に害を与えるつもりは全くありませんわ。これは誓っても良いです>

 

<大丈夫。それは判っているから。じゃぁ、これからもよろしく。明日、また連絡するね。お休みなさい>

 

<ありがとうございます。お休みなさいませ>

 

クスリと笑うようなヴァニラの声に癒される。念話を切ると見慣れない天井を見つめ、そのまま目を閉じた。

 

(あ、ユーノさんの治療経過について聞き忘れてしまいましたわね…)

 

明日また聞けばいいか、と思いながら、俺は眠りについた。

 




長かった週末が漸く終わりました。。
気がつけばいつも通りののんびりモードに入っていましたが、そろそろ少し話を進めていかないといけませんね。。

でもついつい日常の描写が楽しくて、そっちばかりに感けてしまいます。。


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第6話 「接触」

翌朝、肌寒さを憶えて目を醒ますと、掛布団をはやてに全部持っていかれていた。幸い真冬ではなかったのでダメージは少ない。気持ちよさそうな顔で寝ているはやてを起こす訳にもいかず、そっとベッドを抜け出す。時計は5時を指していた。

 

「トリックマスター」

 

昨夜修復が完了した相棒を小声で呼ぶと、ふよふよと浮かんでついてくる。居間のカーテンを開けるとそこは庭になっていた。高町家の庭ほど広くは無いが、棒術の練習をする程度には問題ない広さがある。一度玄関に行って靴を持ってくると、俺は庭に出た。

 

≪Mode change. Device mode.≫【モード変更。デバイス形態】

 

錫杖形態にしたトリックマスターを握り、ベルカ式棒術の型をこなす。

 

 

 

「ミントちゃん? 何処や~? 」

 

暫くして一通り型を終えると、焦ったようなはやての声が聞こえてきた。何かあったのだろうかと思い、居間の窓を開けて中に声をかける。

 

「おはようございます。日課の練習をしていましたの。庭をお借りしていますわ」

 

「あぁ、そっちにおったんか。良かった。おはよう。目え醒ましたらおらんかったから、びっくりしたで」

 

どうやら俺がいないことを心配して、家の中を探し回ったらしい。玄関に靴が無かったため、不安が限界に達して声を上げたようだった。余程人恋しかったのだろう。少し申し訳ないことをしたと、反省する。

 

「事前にお伝えしておけば良かったですわね。でもあんまり気持ちよさそうに寝ていたから、起こすのは忍びなかったのですわ」

 

あははーと照れたように笑いながら、はやてが車椅子の車輪を回す。

 

「朝ご飯作るから、ちょっと待っててな。パン食とお米とどっちが好み? 」

 

「どちらも好きですが、強いて言うならパン食ですわね」

 

嘗てフェイトにも同じ質問をしたのを思い出しながら答えた。フェイトも朝食はパン派だったが、個人的には温泉宿等で提供される純和風な朝食も決して嫌いではない。

 

「お手伝いしましょうか? 」

 

「そんなに手間はかからんし、今日はええよ。ゆっくりしててや」

 

キッチンで手際よく野菜を切るはやての姿を見ていると、不意に遠くの方でなのはとヴァニラの魔力パターンを感知した。時計を見ると6時前。彼女達も例の朝練をやっているのだろう。少し念話を入れてみることにした。

 

<おはようございます。朝から精が出ますわね>

 

<あ、ミントちゃん! おはよう~>

 

<ミント! おはよう>

 

<おはよう、ミントさん。はやてさんの具合はどう? >

 

<昨夜はゆっくり休んでいたようですし、調子は悪くなさそうですわ>

 

なのはとユーノ、ヴァニラからそれぞれ返答があった。ヴァニラがはやてのことを気にかけていたので特に変調は無いことを伝え、今日の行動予定を連絡することにした。

 

<朝食後に魔力の譲渡を行いますわ。それからジュエルシード探索に出ます。念話の練習は道すがら実施しますわね。翠屋に寄るのは15時頃で良いですか? >

 

<うん。それでいいと思う。それからユーノさんのことだけど>

 

丁度ヴァニラに尋ねようと思っていた話題が出たので意識を集中させる。

 

<もう体力的には問題ないところまで回復してる。でも、変身魔法と念話以外の魔法はあと2週間は禁止。これ以上下手に魔法を使うと、リンカーコアが回復不可能なレベルのダメージを受けるかもしれないから>

 

現在ユーノの魔力量はAで、本来このまま成長すれば将来的には20歳前後でAAA程度にはなる筈なのだが、今ここで無理して魔法を使ってしまうと、魔力量がAのまま成長出来なくなってしまう可能性もあるのだとか。通常なら最長2日程度で復活する筈の魔力素不適合症がここまで長引いているのは、テロリストのシャトルでたった1回、シールドの魔法を使ったためだ。

 

<…危険な状態だったのですわね。ユーノさん、すみません>

 

<ミントの所為じゃないよ。それにあと2週間だけ魔法を使わなければ大丈夫なんだから、気にしないで>

 

ヴァニラのお墨付きもあり、念話で声を聴く限りでは随分と元気になったようでホッと胸をなで下ろす。ちなみに念話は魔力消費が殆ど無いため使用が許可されているのだが、変身魔法が許可されているのは「変身してもよい」という意味ではなく「人間の姿には戻らず、現在のフェレットモードを継続する」ということらしい。

 

<人間の姿に戻れるのも2週間後だってさ。それまではフェレット姿だから、翠屋で食事をするのはまだ先だね>

 

<それまではわたしがユーノくんのために、シュークリームを持って行ってあげるね>

 

「ミントちゃん、朝食の用意出来たで~」

 

「ありがとうございます。すぐに参りますわ」

 

念話での会話中にはやてから声をかけられたので、まずは手を洗いに洗面所に向かう。

 

<わたくし達はこれから朝食ですわ。ヴァニラさん達は学校ですわよね? お気を付けて。アリシアさんにもよろしくお伝え下さいませ>

 

<うん。じゃぁまた、放課後に>

 

念話を切り上げると、俺ははやての待つダイニングに向かった。

 

 

 

朝食を済ませ、片付けを終えると俺ははやてを寝室に連れて行った。魔力の譲渡を行うためだ。ベッドの上にはやてを横に寝かせると、その横に腰掛ける。

 

「トリックマスター」

 

≪All right. Here we go.≫【了解です。どうぞ】

 

ストレージからジュエルシードを取り出して左手に持ち、右手をはやての足に添えると魔力がそこからどんどん流れ込んでいく。以前ユーノに対して譲渡した時は一瞬だったこともありあまり感じなかったのだが、はやての魔力は常時殆ど空っぽの状態なので、気を抜くと膨大な量の魔力が一気に流れ込んでしまいそうになる。

 

はやてのリンカーコアはいくら流し込んでも一杯にならない底なしの容器のような感じなのだが、対するジュエルシードも相当量の魔力を譲渡に使用しているにも関わらず、一向に魔力が切れる様子がない。オーバーフローさせる訳には行かないのである程度譲渡に使う魔力を制御しているのだが、これが意外と体力を使うのだ。

 

「…んっ」

 

「万一気分が悪くなったりしたら、すぐに言って下さいませ」

 

「うん…了解や。せやけど、どっちか言うたら気持ちええ感じやね」

 

「それは良かったですわ」

 

今日の譲渡は5分程度に留め、様子を見ることにした。これから毎日同じことを繰り返し、容体が改善するかどうかを確認するのだ。

 

「どうですか? 昨日より量は少なくしているのですが」

 

「ええ感じや。十分楽になっとるよ。ありがとうな、ミントちゃん」

 

さすがに闇の書に蝕まれた足は動くようにはならないだろうが、それでも身体が楽になるというのはヴァニラに言わせると体内の魔力が正常な状態に近づくためなのだそうで、良い傾向なのだろう。

 

「ほな、そろそろ出かけよか。ジュエルシードとかいうオーパーツを探すんやろ? 」

 

「ええ。そうなのですが、ただ闇雲に歩くのも効率が悪いですわね…ある程度の落下地点が予測出来ればよいのですが」

 

シャトルから放り出された時に、ほぼ同時にジュエルシードも散乱してしまっている。

 

「トリックマスター、ジュエルシードが散乱した時の落下角度やスピードから大まかな位置予測はできませんか? 」

 

≪It will be rather difficult. My global positioning system did not work properly because I do not have detailed coordinates of Non-TSAB administrated world, and I do not know where we exactly escaped from the shuttle.≫【難しいですね。管理外世界の座標は判りませんから私のGPSは正常動作していませんでしたし、シャトルから脱出した時の起点を特定することが出来ません】

 

「…そうですか」

 

≪However, that might be the good idea. I will contact Harvester and Raising Heart, and check if we can share the information.≫【ですが、それはいいアイディアかもしれません。ハーベスターやレイジングハートと情報共有してみます】

 

トリックマスターが言うには、ハーベスター側では落下しているジュエルシードの一部しか把握していないだろうが、その代わり海鳴の地図や座標といった情報を持っている筈だ、とのこと。ヴァニラが俺達を救出したポイントや、なのはがスターライトブレイカーを射出した角度などから、ジュエルシードが散乱した起点を特定出来る可能性もあるらしい。

 

尚レイジングハートが持っている情報もトリックマスターのものとほぼ同じだと思われるが、予測の正確性を高めるためには少しでも情報が多い方が良いとのことだった。

 

「何やそういう話をしとると、トリックマスターもまともに見えるな」

 

≪How can you be so rude? I am always serious...Serious even if I am joking.≫【失礼ですね。私はいつも真剣です…ふざけている時も真剣です】

 

「何か色々と台無しですわ」

 

 

 

≪Sorry to have kept you waiting. We have calculated some prospected points.≫【お待たせしました。いくつかの予測ポイントを算出しました】

 

暫くしてトリックマスターから申告があった。昨日士郎さんから借りた地図を広げると、そこに重ねるようにして、予測ポイントが複数表示されていく。ハーベスターから提供して貰った座標データと、レイジングハートとの連携で計算した落下ポイントらしい。

 

「…この赤い丸が捜索エリアなん? 一つ一つが随分広いようやけど」

 

「…それでもある程度の目安としては十分ですわ。少なくとも今までの半分くらいまでは絞れましたし」

 

赤い丸は海鳴のほぼ半分を占めてはいたが、裏を返せば残り半分は捜索対象外にして良いということだ。情報が有るのと無いのとでは効率も違う。これで少なくともテロリスト達を数歩はリードできた筈だ。

 

「せやけど、これ海の部分にも捜索エリアがあるで? これ、どないするん? 」

 

「海に落ちてしまったものの捜索は後回しですわ。捜索方法も考えないといけませんし」

 

はやての問いに答えながら一番近場の捜索ポイントをチェックする。

 

「っていうか、このエリアはうちも含まれとるな。まずはこの周辺から探してみよか」

 

「土地鑑がある方が一緒だと助かりますわ。よろしくお願いしますわね」

 

トリックマスターが表示してくれた捜索範囲はハーベスターやレイジングハートとも共有し、俺達は家を出た。道すがらはやてに念話を教えることになっていたため、念話のサポートをするトリックマスターは、はやてが車椅子の上で抱いている。

 

<こんな感じやな? 頭の中に声が響くみたいで変な感覚やけど>

 

<ちゃんと発信できていますわよ。後は練習を繰り返して、複数の人と同時に念話出来るようになれば完璧ですわね>

 

<ありがとうな。ところでこの念話ってどのくらいの距離まで届くん? >

 

<精々、数kmと言ったところですわね。ちなみに、はやてさんの家からヴァニラさんやなのはさんにはちゃんと届きましたわよ>

 

念話で雑談をしながら、はやての車椅子を押す。平日の昼間なので下手に補導官などに見つかった場合を想定して色々と言い訳も考えてはいたのだが、幸いそうした事態に陥ることもなかった。

 

暫く歩いていると手摺付きのスロープがあり、その先にある風芽丘図書館と書かれた建物が目に入った。

 

「ミントちゃん! あれ!! 」

 

図書館の敷地内に入った時、はやてが声を上げた。指差す先には植え込みの葉に隠れるようにして落ちていたジュエルシード。慌てて拾い上げると、トリックマスターに封印する。

 

≪Internalize number 15.≫【15番、収納】

 

「早速1個や。幸先ええなぁ」

 

嬉しそうにはやてが言う。どうやら子供用車椅子に座り、俺よりも更に低い目線になっていたため、たまたま光を反射したジュエルシードが目についたらしい。

 

「ありがとうございます。発動前に封印できたのは幸いでしたわね」

 

「この調子でどんどん見つけようかー」

 

俺もはやてもこの発見で随分とテンションが上がっていたのだが、結局残念ながらそれ以降は待ち合わせの時間まで、他のジュエルシードを発見することは出来なかった。

 

 

 

=====

 

「…将来、かぁ」

 

お昼休みの屋上で、なのはさんがポツリと呟く。今日の授業で、将来どんな職業に就きたいのかを今から考えておくのも良いのではないか、との先生の言葉があったためなのだが、それは奇しくも私が昨夜口にした言葉と同じだった。

 

「アリサちゃんも、すずかちゃんも、もう結構決まってるんだよね」

 

「あたしのところはお父さんもお母さんも会社経営だから、いっぱい勉強してちゃんと後を継がなきゃ、っていう程度のことよ」

 

「私は機械とか好きだから、工学系で専門職がいいかな…アリシアちゃんは? 」

 

「デ…じゃなくて、やってみたいことはいろいろとあるんだけど、さすがにまだ将来のことまでは考えていないかな」

 

アリシアちゃんは以前、デバイスマイスターになりたいと言っていたが、それは私の目標だった治癒術師と同じで、地球では成り立たない職業だ。

 

「ヴァニラは医療系志望って言っていたわよね。なのははどうなの? やっぱり翠屋の二代目? 」

 

「それもビジョンの1つではあるんだけどね…」

 

なのはさんは私とアリシアちゃんの方を見て微笑んだ。

 

「最近ね、色々とやりたいこと、やってみたいことが出来てきたの。今はどうするかはっきり決まった訳じゃないけれど、これからいろいろと考えていくよ」

 

「なのはとアリシアはこれから、ってことね」

 

明確な目標という訳ではないものの、大まかな方向性がある程度決まっているアリサさんやすずかさん、それに私がいることでも、別に焦った様子もなく自分の希望を語るなのはさんを見て笑みが零れた。これが半年前の、ありのままの自分でいてはいけないと信じ込んでしまっていたなのはさんだったなら、きっと気負い過ぎたりして、悲観的な見方をしてしまっただろう。

 

「あ、そう言えば朝少し話していたけれど、はやてちゃんに会ったんだよね? 」

 

「うん! 今日も放課後に会う約束をしてるんだよ。あ、アリサちゃんとすずかちゃんも一緒にどう? 」

 

すずかさんの問いに嬉しそうに答えるなのはさんだったが、アリサさんが呆れたような表情でツッコミを入れた。

 

「なのは…今日は塾の日でしょ。学校が終わったらそのまま行くんだから、会うのは無理よ」

 

「にゃっ!? そうだったっけ!? どうしよう? 」

 

どうやら今日が塾の日だということを失念していたようだ。

 

「なのはちゃん、落ち着いて。今日は3人で塾に行ってきて。はやてちゃんとミントちゃんにはヴァニラちゃんと私で会いに行ってくるから、みんなで会うのはまた今度にしよう」

 

「うん…ごめんね、アリシアちゃん、ヴァニラちゃん。後で私からもゴメンって連絡しておくね」

 

アリシアちゃんが宥めることで漸くなのはさんは落ち着きを取り戻したようだったのだが、今度はアリサさんがアリシアちゃんの言葉を聞いて質問してきた。

 

「えっと、はやてっていうのはすずかも知ってる子よね? で、ミントっていうのは誰? 初耳なんだけれど」

 

「あ…うん、最近海鳴に来たんだって。今、はやてちゃんと一緒に暮らしてるみたいよ」

 

「ふーん。親戚か何かな訳? 」

 

「えっと…遠い親戚だか、知り合いだか…詳しくは知らないけど」

 

アリシアちゃんが言葉に詰まりそうだったので、咄嗟にフォローを入れた。後でミントさんやはやてさんにも口裏を合わせて貰う必要があるだろう。

 

「…まぁ、いいわ。近いうちに紹介してくれるんでしょう? 」

 

「うん、勿論! 明日っ、明日は如何かな? 塾は無いし」

 

「残念、あたしとすずかは明日バイオリンのお稽古」

 

なのはさんも一生懸命はやてさんやミントさんとみんなで一緒に会うスケジュールを検討していたのだが、なかなかみんなの都合が良いスケジュールは決まらない様子だった。

 

「もういっそ、みんな温泉旅行に招待して、みんなで行っちゃえば? 」

 

すずかさんがそう言うが、ジュエルシードがまだ殆ど集まっていない状況で、みんなで遊びに行ってしまうのはどうなんだろう、とも思う。そしてその一方で、すずかさんの意見に賛同できる気持ちもあった。世界の命運に関わることと言いながら、今一つ実感が湧かなかったのだ。

 

(発動したジュエルシードも思念体とかいう、何だかよく判らないモノになっただけだったし、世界が滅びるような力があるとしても、実際にはそんなことなんて早々起こらないのかも)

 

そう思いかけた時、触手のようなものがベンチを打ち砕いた光景が頭を過った。あの思念体だって私が偶々魔法を使えたから封印できたけれど、その場にいたはやてさんが襲われていたら命の危険だってあった筈だ。ましてやここは管理外世界。魔法を使える人は表向きいない筈なのだ。注意して事に当たる必要があるだろう。

 

(…でも、それにしても世界滅亡の危機っていうのは言い過ぎのような気がするんだよね…)

 

結局みんなで一緒に会うのは塾もお稽古も無い木曜日の夕方ということになった。午後の授業が終わった後、なのはさん達3人は塾に向かい、私はアリシアちゃんと一緒に翠屋に向かった。予め念話では伝えておいたのだが、なのはさんが塾のスケジュールを忘れていて急遽来れなくなったことを実際に面と向かって伝えると、何かがツボに嵌ってしまったようで、はやてさんは暫く笑い続けていた。

 

その後、4人で少し街中を捜索したのだが、この日見つかったジュエルシードは結局ミントさんとはやてさんが午前中に見つけたという1個だけに止まった。

 

 

 

翌日の放課後、アリサさんとすずかさんはバイオリンのお稽古があるため、校門のところで別れた。バイオリンのお稽古は少し学校から離れた場所まで通っているため、バニングス家の執事をしている鮫島さんが車で迎えに来てくれるのだ。

 

「なのはさんは、バイオリン弾かないの? 」

 

「ああいうのはね、ヴァニラちゃん。適材適所っていうんだよ」

 

「ああ…うん、何となく判った」

 

アリシアちゃんなら歌が上手いから歌い手としては良いけれど、私はバックコーラスならまだしもメインボーカルには逆立ちしてもなれない。なのはさんが言っていることも似たようなものなのだろう。そんな他愛もない雑談をしながら桜台公園の階段を下り、いつもの海岸沿いの道を歩く。

 

その時だった。先日高台で感じたのと同じような、ざわめくような感覚があった。

 

「! ヴァニラちゃん、これ…! 」

 

「うん、たぶんジュエルシードが発動したんだと思う。アリシアちゃん、ゴメン。先に帰ってて。翠屋にはやてさんが来ている筈。後でそっちに合流するから。あと士郎さんと…恭也さんか美由希さんに連絡をお願い」

 

「判った。2人共気を付けてね」

 

手を振るアリシアちゃんを残して、私はなのはさんと一緒に下りてきたばかりの公園の階段を駆け上がった。走りながらミントさんにも念話を入れる。

 

<ミントさん、ジュエルシードが>

 

<ええ、こちらでも感知しましたわ。わたくしもすぐに参りますわね>

 

感覚からすると、発動したのは桜台公園の池の反対側辺りだろう。つい先ほど通った道だった。発動するまで正確な場所が判らないという厄介さに改めて閉口してしまう。

 

<ヴァニラちゃん、飛んだ方が早くない? >

 

<ダメだよ。認識阻害をかけていても、ほら、周りにまだ人が>

 

結界魔法にそれほど適性が無い自分が恨めしい。せめて桜台公園一帯を覆えるレベルの封時結界が発動出来れば、迷うことなく飛んで行けるのだが、今の私では池の周辺をカバーするのがギリギリだろう。それにはやてさんの例もある。リスクは出来るだけ避けた方がよい。

 

だが次の瞬間、誰が張ったのか判らないが、辺りが封時結界に包まれた。

 

「ヴァニラちゃん! これって…」

 

「うん、結界だね。誰のかは知らないけれど」

 

結界の魔力パターンは私の知らないものだった。ミントさんの物でもなのはさんの物でもない。随分と脅しておいたユーノさんが魔法を使う訳もなく、はやてさんはまだ基本念話くらいしか使えない筈だった。

 

「でもこれってチャンスだよ! 行こう、レイジングハート! 」

 

≪Stand by, ready. Set up.≫【準備完了。セットアップ】

 

一瞬身体が光に包まれると、なのはさんはバリアジャケットを身に纏ってフライヤー・フィンを発動させた。私も慌ててセットアップし、後を追う。

 

「ハーベスター、高機動飛翔! 」

 

≪Sure. "Maneuverable Soar".≫【了解。『マニューバラブル・ソアー』】

 

なのはさんと並ぶようにして、出来るだけ低空を飛ぶ。

 

「なのはさん、気を付けて。ジュエルシードはともかく結界を張った以上、誰か魔導師がいる筈。魔力パターンは私も知らないから、味方かどうかも判らない」

 

「それって、ミントちゃんが言っていた…テロリスト!? 」

 

「その可能性もあるっていうこと」

 

 

 

池の畔に到着すると対岸で高まる魔力反応と共に、光の柱が立ち上った。光の柱は2本、3本と増えていく。魔力量は私よりも若干少ないくらいだと思われるが、警戒はしておく必要があるだろう。

 

「間違いない…誰かが攻撃魔法を使ってる」

 

「何にしても、あっち側に行かないと始まらないよ! 」

 

実戦で使うのは初めての筈のフライヤー・フィンを見事に制御し、なのはさんが対岸に向かう。そしてその後を追うように飛ぶ私の目に、異形のモノが映った。

 

「あれ…何? 」

 

強いて言うなら虎。それが空を飛んでいる。背中には蝙蝠の羽のような翼が生えていた。明らかに地球上の生命体とは異なる。そしてそれは私が先日見た思念体とも全く異なるものだった。さすがのなのはさんも一瞬歩を止める。その時、地上から放たれたらしい射撃魔法が虎のようなモノを掠めた。

 

「っ! 」

 

その射撃魔法が放たれたと思われる辺りに、1人の男性がいた。虎の意識が男性の方に向いた瞬間、気を取り直したらしいなのはさんが虎に特攻した。

 

「えぇぇぇぇぇいっ!! 」

 

アクティブ・プロテクションを展開し、それを虎に押し当てたまま地上まで一気に加速する。

 

<なのはさん、気を付けて! >

 

<大丈夫! 任せてっ>

 

虎を地面に叩き落とすと、なのはさんはそのままレイジングハートを突きつけた。

 

「ジュエルシード、封印! 」

 

その時少し離れたところに立っていた男性が、虎ではなくなのはさんに対して拳銃を構えるのが見えた。

 

「! なのはさん、危ないっ! 」

 

辺りに銃声が響くのとほぼ同時に、私はアクティブ・プロテクションを展開した。だが銃弾は私のプロテクションを突き破った。

 

「!! 」

 

幸いその1発目はなのはさんには命中しなかったものの、一瞬の隙をついて虎がなのはさんの拘束を逃れ、空中に逃げ出した。魔導師は構わずに2発目、3発目を撃ってくる。慌ててアブソリュート・フィールドを発動させようとした時、一瞬早く空色に輝くラウンド・シールドがなのはさんの正面に展開され、銃弾を弾いた。

 

「お待たせですわっ! こちらはわたくしに任せて、なのはさんとヴァニラさんはジュエルシードを! 」

 

涼やかな声と共に現れたのはミントさんだった。恐らく直射弾の発射台であろうスフィアを6基、周囲に展開して私達の前に立ち、魔導師と対峙した。なのはさんはミントさんの言葉に頷くと、虎を追って空中に飛び立った。その時、相手の魔導師が初めて言葉を発した。

 

「…またお前か。何処までも邪魔しやがって、今度こそブッ殺してやる」

 

「お言葉を返すようですが、私利私欲のためにわたくし達の平穏な生活を邪魔したのはそちらが先ですわよ」

 

恐らくこの男が、ミントさんが言っていたテロリストの1人なのだろう。先程まで虎を狙っていた射撃魔法ではなく、拳銃で攻撃してきたことに少しだけ違和感を覚える。

 

<ヴァニラさんも行って下さいませ。あれは原生生物…恐らく猫か何かを取り込んでいますわ。思念体よりも強くなっている筈ですわよ>

 

<うん…ミントさんも気を付けて>

 

ミントさんからの念話に違和感を振り払ってそう答えると、私はなのはさんのサポートに向かった。上空では丁度、なのはさんが放った誘導弾が、虎の翼に命中したところだった。予想以上にあっさりと翼がもげるが、即座に新しい翼が生えてくる。もげてしまった方の翼は、今度は複数の不気味なモノに変化してなのはさんに襲い掛かった。

 

「にゃぁぁっ、こんなの聞いてないよぉっ! 」

 

「ハーベスター、プラズマ・シューター! 」

 

≪Sure. "Plasma Shooter".≫【了解。『プラズマ・シューター』】

 

不気味なモノ…強いて言うなら口と胴体だけの化物は見た目ほど強いわけでは無く、シューターが命中するとあっさり無力化出来た。

 

「あー、びっくりした。ヴァニラちゃん、ありがとう」

 

「翼はいくらでも再生可能みたいだから、本体に大技を当てていくしかないと思う。なのはさん、以前教えたこと、実践してみようか」

 

「あ! うん! 覚えてるよ」

 

なのはさんは対峙した虎に向かってレイジングハートを構えた。

 

≪"Restrict Lock".≫【『レストリクト・ロック』】

 

集束系の上位魔法が虎を拘束する。それと同時に私もなのはさんと一緒に砲撃の準備に入った。

 

「…なのはさんほどの威力は出せないけれど」

 

「大丈夫! 一緒にいくよっ! ダブル・ディバイン・バスター!! 」

 

なのはさんの声に合せてトリガーを引く。レイジングハートとハーベスターが同時に放った砲撃が虎を飲み込んだ。虎の身体が光の中に消えると、代わりに小さな猫が落ちていく。

 

「あっ、危ない! 」

 

慌てて猫を掬うように抱えると、猫はのんきに欠伸をしている。もしかすると今までの戦闘の記憶は無いのかもしれない。

 

「なのはさん、ジュエルシードお願いしてもいい? 」

 

「任せて。レイジングハート、お願い」

 

≪Sealing mode, internalize number 16.≫【封印モード、16番収納】

 

その場に浮いていたジュエルシードをレイジングハートに収納させると、私達は地上に降りて猫を放した。

 

「次はミントちゃんの方だね」

 

「うん、急ごう」

 

さっきから頻りに銃声が聞こえているし、ミントさんの魔力反応の高まりも感じている。それは取りも直さずミントさんが戦闘を継続していることを意味していた。

 

私達は改めて飛行魔法を展開すると、ミントさんのサポートに向かった。

 




本当に「ロストロギア=世界の危機」と認識していたら、呑気に温泉旅行なんて行ってられないと思うのです。。

良いんです、温泉旅行は全て落ち着いてからで。。「延期しよう。。温泉にはまた行けるから」

※トリックマスターのセリフ「私はいつも真面目です…ふざけている時も真面目です」の「真面目」を「真剣」に修正しました。。
ご提案ありがとうございます。。


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第7話 「状況整理」

なのはとヴァニラが虎の対処に向かった後、俺は改めて例の魔導師と向かい合った。

 

「テロリストのクセに、態々結界を張るなんて随分と手間をかけるのですわね」

 

「結界を展開しなかったら銃を使えないだろう? 今この世界で問題を起こすと後々厄介だしな」

 

ニヤニヤしながら男がこちらに銃を向けてくる。その時ふと結界の魔力パターンが、目の前の男が先日ブラマンシュで使っていた飛行魔法の魔力パターンと違っていることに気が付いた。恐らく、結界を展開した魔導師が近くに隠れているのだろう。到着する直前に感じた攻撃魔法も結界と同じパターンだったので気付くのが遅れたのだ。

 

意識して魔力を感知しようとしてみたのだが、気配は感じられない。だが結界を張ったのが目の前の男ではない以上、警戒しておく必要があった。

 

(認識阻害系の上位魔法でしょうか…厄介ですわね)

 

魔法で身を隠している魔導師も発見できるような強力な探索魔法があれば良いのだが、生憎とハイパー・エリア・サーチの改修は完了していない。今度ユーノと相談して隠蔽看破の術式も組み込んでみようと、頭の片隅で考えながら、錫杖形態のトリックマスターを構えた。

 

「さて、覚悟は出来たか? 今度は確実に仕留めてやる」

 

「何度やっても、返り討ちにして差し上げますわ」

 

拳銃のメリットは離れたところから攻撃が出来ることではあるが、逆に距離が近ければ弾速も早く、殺傷能力も高い。1発や2発撃たれただけなら身体強化だけでも躱すことは可能なのだが、至近距離で何発も撃たれた場合はそれも困難だ。まずは適性距離を保つ必要がある。

 

≪"Blitz Action".≫【『ブリッツ・アクション』】

 

短距離とは言え、高速で移動することで相手の視覚をも錯乱させるこの魔法はフェイトの得意技だ。相手の男が発砲するのと同時に男の背後に回り込んだ。だがフライヤーの一撃を加えようとした瞬間、男は飛行魔法で空中に飛び上がり、身体をひねってこちらに銃を撃ってきた。即座に高機動飛翔を行使して弾を躱しつつ、俺も空中に異動して男を追う。

 

「…よく背後にいることが判りましたわね」

 

「瞬間移動の後に死角に入りこまれているのは常識だろうが」

 

何だかんだ言いつつ、律儀に返事を返してくる男に若干違和感を覚える。距離を取って男を観察するが、ブラマンシュで戦った時と同じくデバイスを所持しているようには見えない。だが黒っぽいバリアジャケットは展開し、飛行魔法を行使している。男が使用できる魔法はこれらの他にはブラマンシュで俺を拘束するために使ったストラグル・バインドと…

 

(…そう言えば、わたくしはこの男がそれ以外の魔法を使用しているところを見たことがありませんわね)

 

フライヤーの射撃にしても、初級の防御魔法であるアクティブ・プロテクションすら展開させずに、全てを躱そうとしている。躱しきれずに掠ったり命中したりしても、とにかくバリアジャケット以外の防御魔法を使う素振りがないのだ。

 

(バリアジャケットの構築と飛行魔法、ストラグル・バインド…それ以外の魔法を使わない、或いは使えない…? )

 

再度、男の射撃をブリッツ・アクションで躱し、今度は男の直上に移動する。

 

「! 」

 

銃口はすぐにこちらを向いた。地上で背後なら即座に対応出来たとしてもおかしくはないが、360度の1点のみを看破するのは勘が良いというようなレベルではない。

 

(きっと隠れている魔導師が、念話か何かで位置を教えているのですわ)

 

俺の姿を目視しているのだとすれば、上空にいるよりも公園の木を遮蔽物にした方が戦局を有利に展開出来るだろう。男が撃った弾を躱し高度を下げると、俺は木々を縫うように飛びながら追ってくる男に対してフライヤーでの射撃を行った。

 

「! 今ですわっ! ブリッツ・アクション!! 」

 

木々の隙間をすり抜けて、三度男の死角に飛び込む。だが男の反応は矢張り早かった。これは視認しているのではなく、探査魔法を使用している可能性もある。

 

「馬鹿の一つ覚えのような戦術に早々ハマるかよ! 」

 

「そうですか…ではこれなら如何です? 」

 

もう一度ブリッツ・アクションで男の背後に回り込み、立て続けにブリッツ・アクションを行使して、正面に戻った。そして更に2度、3度と移動を繰り返す。

 

「なっ…くそっ! 」

 

さすがに俺の姿を追い切れなくなったようで、男はでたらめに銃を撃ち始めた。だがそんなものが命中するような幸運はそうそう有り得ない。なまじ威力が高い銃であるだけに、生木相手では跳弾も起こり難い。直ぐに弾切れを起こした様子で、男は手にした銃のグリップからマガジンを落下させた。

 

「今ですわ! フライヤー、最大出力! 」

 

フライヤーの直射弾は一撃で男を大きく仰け反らせ、続く2発目、3発目で確実に意識を刈り取った。フライヤー・ダンスは敢えて使用しない。周囲にまだ他の魔導師がいる可能性もあるため、出来るだけ消耗を避けようと思ったからだ。

 

気を失った男を捕縛しようと近づいた時、案の定俺の死角から魔力の高まりを感じた。発射された射撃魔法を難なく躱す。

 

「予め来ると判っていれば、回避もさして難しくはありませんわ」

 

射撃魔法が飛んできた方に注意を向けるが、その時には既に気配がない。念のためサーチャーを作成して、エリア・サーチをかけたところで、なのはとヴァニラが戻ってきた。

 

「ミントちゃん、大丈夫? 」

 

「お2人共、注意して下さいませ。まだ他にも魔導師がいる筈ですわ」

 

「…他にも? 」

 

ヴァニラが不思議そうな表情で聞き直してきた。

 

「そこに倒れている男の仲間…で…」

 

ふと見ると、先程倒したはずの男の姿は既に無かった。

 

「…まるでホラー映画ですわね」

 

尤もあのダメージで即回復するのは困難な筈なので、恐らく仲間が回収したというのが実情だろう。そしてこれだけの至近距離で気配を掴ませないのだから、かなり強力な隠蔽系の魔法の筈だ。更に言うなら射撃魔法を撃ってきた魔導師の方角からして、それとは別の術者がいたと考えるのが妥当である。

 

「…最低でも3人、ですか」

 

そう呟いた時、先程男が落下させた銃のマガジンが目についた。周囲に注意しながら拾い上げたところで、はやてから念話が入った。

 

<ミントちゃん、さっき恭也さんから翠屋宛に連絡があってな。今桜台公園の池の辺りにおるらしいんよ。例の結界、張っとるんやろ? 解除してあげて>

 

マガジンをトリックマスターに収納して周囲のサーチを続けるが、魔導師は見つからない。だが結界がまだ存在している以上、近くに術者がいる筈だった。

 

<はやてさん、この結界はテロリストの一味が張ったものですわ。わたくし達が解除することは出来ませんから、術者を探しているところです>

 

<…厄介なんやね。壊すこととか出来ひんの? >

 

はやてにそう言われて、なのはのスターライト・ブレイカーに結界貫通効果が付与されていることを思い出した。

 

「…術者を探すよりも手っ取り早いかもしれませんわね」

 

「何? 何かするの? 」

 

そう聞いてきたなのはの顔をじっと見つめた。

 

「なのはさん、先日練習していたっていう集束砲、ありますわよね? あれをここで撃ってもらえませんか? 」

 

「え? うん、行けるけど…大丈夫なの? 」

 

「丁度今はやてさんから念話があって、恭也さんが到着しているらしいのですわ」

 

「成程…結界を破壊するってこと」

 

ヴァニラの推測に首肯する。改めてなのはを見ると、彼女も大きく頷いた。

 

「判った。少し離れててね」

 

「ヴァニラさんは念のため集束砲自体に認識阻害の付与をお願い致します。わたくしはその間周囲を警戒しますわ。射撃魔法を撃てる魔導師がいるのは確認済みですから」

 

ヴァニラが頷き、なのはがレイジングハートを空に向かって構えると、足元に大きな魔法陣が現れた。それと同時に林の奥からまた射撃魔法が放たれる。だがそれらは悉く俺が作り出した空色のアクティブ・プロテクションによって防がれた。それらの残滓も含め、なのはは周囲の滞留魔力を集束して巨大なスフィアを形成していた。そして公園全体を囲うことが出来そうなほど大きな魔法陣がスフィアの周りに生成されていく。

 

「高町なのは、スターライト・ブレイカー、いっきまーすっ!! 」

 

次の瞬間、桜色の光が奔流となって放たれた。その衝撃の余波はあまりに凄まじく、立っているのがやっとの状態で目すら開けていられない程だったが、幸いそれはテロリスト達も同じだったようで、その間に攻撃されることは無かった。

 

余波が収まり目を開けると、結界は既に破壊されていた。周囲には疎らながら、一般人の姿も見える。認識阻害が功を奏したのか、特に騒ぎが起きたりはしていない様子だ。相変わらず魔導師達の気配はないが、結界が破壊された以上ここに留まるとは考えにくい。

 

「ありがとうございます、なのはさん。お疲れさまでした」

 

ヴァニラをお尻で押し倒したような形のなのはに手を貸し、立ち上がらせる。どうやらひっくり返りそうになったなのはを、ヴァニラが後ろに回って支えながら倒れたらしい。

 

「にゃ…ありがとう。あ、ヴァニラちゃん、ゴメンね。大丈夫? 」

 

「うん…大丈夫だよ。それより魔導師は? 」

 

「たぶん、撤収していますわ。ジュエルシードはわたくし達が確保して結界も破壊されているのに、この場に留まる意味はありませんわよ」

 

俺がそう言ってバリアジャケットを解除すると、なのはとヴァニラもふっと息を吐いてそれぞれバリアジャケットを解除した。一般人がいる中での早着替えは、認識阻害をかけていればこその芸当だろう。

 

その後、俺達は恭也さんと合流すべく、移動することにした。

 

 

 

=====

 

歩き始めてすぐに、辺りの空気が張り詰めるような感じがした。毎朝、高町家で感じる空気と同じだった。

 

「ミントさん…」

 

「了解ですわ。この先ですわね」

 

ミントさんに声をかけると、すぐに答えが返ってきた。

 

「何? どうしたの? 」

 

「この先で、恭也さんが戦っている可能性があるの」

 

なのはさんだけは事情が判っていない様子だったので、簡単に説明する。

 

「あ! そう言えば朝の道場と雰囲気が似てるかも! 」

 

なのはさんの言葉に頷き、再度セットアップしようとしたところで急に空気が弛緩した。

 

「…終わったのかな? 」

 

状況が掴めずに警戒していると、少し先にある林の中に続く小道から美由希さんが姿を現した。

 

「あれ? お姉ちゃん」

 

「あ、なのは! 丁度よかった。恭ちゃん、なのは達いたよ」

 

どうやら恭也さんと一緒に美由希さんも来ていたようだ。美由希さんに連れられて一緒に林の奥に入っていくと、そこには恭也さんの他に、倒れ伏した男が4人いた。全員気を失っているようだが、そのいずれからも魔力は感じられない。

 

「何人か逃げられた。気配の遮断が素人とは思えないレベルだったし、すぐに視認も出来なくなったから、魔導師が含まれていた可能性もあるな」

 

「恭也さん、こちらも先程、魔導師と交戦しました。私となのはさんはジュエルシードを封印していて実際に戦ったのはミントさんがメインですが、最低でも3人は居た様子です」

 

「そうか…判った。ありがとう」

 

倒れた男達の両手を背中に回し、親指同士をワイヤーのようなモノで縛りながら恭也さんが答える。

 

「何か、痛そう…」

 

自分がワイヤーで指を縛られる事態を想像してしまったのか、なのはさんが顔を顰めて呟いた。だが背中に回された親指同士を、特に第一関節と第二関節の間で縛るのは身体の構造上からも有効な拘束手段だ。これで足の親指も同じように縛られたら脱出はほぼ不可能だろう。

 

恭也さんが使っていたのは、丁度カテーテルに使われているガイドワイヤーと酷似していた。後で聞いたところ「鋼糸(こうし)」という武器の一種なのだそうだ。

 

「…これで良し、と」

 

男達を縛り終えた恭也さんが、携帯電話を取り出して電話を始めた。

 

「あぁ父さん。こっちの準備は終わったよ。…判った。これからなのは達を連れて帰るから」

 

そう言って電話を切った恭也さんが「じゃぁ行こうか」と私達を促した。

 

「あの、恭也さん。この人達は置いて行ってしまっても良いのですか? 」

 

「構わないよ。ちゃんと対応する人を呼んでもらったからね。尤もいつも通り黙秘なんだろうけれど」

 

詳しいことは不明だが、どうやら士郎さんの方でテロ対策のスペシャリストに伝手があるらしく、最近頻発している爆破テロについても情報を共有したりしているらしい。そしてそれによると過去に何度か捕えられたテロリストメンバーは悉く黙秘しているのだそうだ。

 

「まぁ、ここから先は専門家の仕事だ。本格的にテロリストが絡んで来たのなら、俺達も本腰をいれて対応しなくちゃな」

 

改めて士郎さんや恭也さんは何者なんだろうと思いながら、私達は翠屋に向かった。

 

 

 

その日の夜、高町家の食卓に、なのはさんの叫び声が響き渡った。

 

「えぇーっ、じゃぁ温泉旅行は無くなっちゃうの!? 」

 

「落ち着け、なのは。中止じゃなくて延期だよ」

 

ちなみに、はやてさんとミントさんも一緒にいる。一度八神家に帰ろうとしたのだが、士郎さんと恭也さんに「大事な話があるから」と引き留められたのだ。その内容はジュエルシード探索についてだった。

 

「すぐに集まるのなら良かったんだが、思った以上に難航している様子だし、先日ヴァニラちゃん達に見せて貰った予測地点は海にまで及んでいる。まだ大きな被害こそ出ていないけれど、地球規模の災害に発展する可能性があるものを放っておいて、温泉旅行なんて行っていられないからね」

 

「幸いまだキャンセルも間に合ったから、宿の方には連絡しておいた。忍には俺の方から連絡してあるよ」

 

「…本当にすみません。僕たちの所為で…」

 

ユーノさんは相変わらずフェレット姿だが、家の中だけなら自由に行動して良いという許可を桃子さんから貰っている。それにしても食卓で一緒にご飯を頂きながらしゅんと項垂れるフェレットは見ていて若干シュールだった。

 

「いや、これはこちらにも関係があることだから、君たちが気に病む必要はないよ。どうやら本格的にテロ組織が動き出したようだし、むしろ本題はここからなんだが」

 

士郎さんはそう言うとみんなを見渡した。

 

「はやてちゃんとミントちゃんには、時空管理局が到着するまでの2週間、うちに滞在して貰おうと思う」

 

「…はい? 」

 

「え…えっと、申し訳ありません、お話しが見えないのですが」

 

はやてさんとミントさんがほぼ同時に声を上げた。

 

「順を追って話そうか。まず現状でジュエルシードの探索が可能なのはミントちゃん、ヴァニラちゃん、なのはの3人だけだ。これはジュエルシードの発動を感じ取ることが出来て、尚且つある程度自分自身を護れる手段を持っていることが前提になる」

 

確かにはやてさんやアリシアちゃんは自衛という意味では心許ないし、戦闘力では私達を大きく上回るだろう恭也さんや美由希さんはジュエルシードの発動を感じ取ることが出来ない。そうすると矢張り捜索のメインは私達魔導師組ということになる。

 

「だけど今日の一件で、テロリスト達もジュエルシードを狙って動き始めていることが判った。姿を見せていない魔導師がいるということは恐らくまだ様子見の状態なのだろうけれど、動員している数もそれなりに多いし、これからもっと増える可能性もある」

 

そう言って士郎さんは私達を見つめた。

 

「いくら魔法が使えるからといって油断することは出来ない。複数の、それもテロを実行することすら厭わない人間に襲われた場合も想定して、単独での捜索は控えるべきだ。連絡は常に取り合って、万が一の場合は独断専行せず、必ず恭也か美由希も含めて3人以上のチームで対応すること。そしてそのためには…」

 

「…ええ。少なくともわたくしはこちらで連携した方が良いですわね」

 

「ミントちゃんだけじゃないよ。現場には出られないはやてちゃんやアリシアちゃん、ユーノくんには情報の取り纏めや、連絡の中継をお願いしたいんだ。恭也や美由希は念話が使えないからね。戦いはフォワードだけで行うものじゃない。ディフェンダーやミッドフィールダーもいてこそのチームだ」

 

あまり馴染みのない単語が出てきたような気がしたが、どうやらサッカー用語らしい。そう言えば今週末は翠屋FCの練習試合がある筈だった。なのはさん達は応援に行くと言っていたが、私は辞退してジュエルシードの捜索に当たった方が良いかもしれない。

 

「…まぁ、そういう訳だ。なのは達のバックアップをお願いするにあたって、はやてちゃんもミントちゃんも、ウチに滞在して貰った方がいろいろと都合が良いんだよ。どうかな? 」

 

「私は構いません…っていうか、お手伝い出来るんなら是非お願いしたいです。ミントちゃんもそれでええ? 」

 

「はやてさんがよろしいのなら、わたくしも異存はありませんわよ」

 

はやてさんはどこか少し嬉しそうな表情だった。なのはさんとアリシアちゃんも若干燥いでいる様子だが、これはお泊り会ではない。あくまでもジュエルシード探索のために効率の良い手段を取っているのだから気を引き締めてかかる必要がある。

 

「ほな、今日からよろしくお願いします…あ、着替えとか持ってこな」

 

「後で一度俺が付き添って家まで行こう。必要最低限の物だけ持って来てくれればいいよ。2週間なんて、あっという間さ」

 

恭也さんがそう言った途端、はやてさんがハッとしたような表情になった。

 

「なぁ、ミントちゃん。ジュエルシードが全部集まったら、ミントちゃんは魔法の世界に帰ってまうんやろ? ヴァニラちゃんやアリシアちゃんは? お迎えが来たら帰らなあかんの? 」

 

「あ…そっか、よく考えたらアリシアちゃんのお母さんが来るんだよね…」

 

なのはさんも少し表情を曇らせた。正直なところ私はまだどうするのかを決めかねていたのだが、魔法を教えかけのなのはさんを放って、ミッドチルダに戻るのは避けたかった。はやてさんに念話を教えるように提言したのも、原因不明の麻痺について魔力譲渡による暫定対応を提言したのも私だ。今ここで2人を中途半端に放り出してしまったら、私はミッドチルダに戻ってもそれが気になって何も手がつかない状態になってしまいそうだった。

 

「…なのはさん、はやてさん。2人に魔法のことを教えたのは私で、私には2人の行く末を見守る義務があると思うの。ちゃんと魔法を使いこなせるようになるか、それとも魔法のことは全部忘れて普通の生活を送ることにするのか…」

 

「忘れるなんて、イヤだよ! 」

 

突然、なのはさんが叫ぶように言った。

 

「折角、わたしにもやりたいこと、続けていきたいことが見つかったんだよ…諦めたくないよ」

 

「私もやね。前にも言うたけど、折角貰った素敵な記憶や。無くしとうないな」

 

2人共真剣な表情で私を見ていた。私はふっと息を吐いて、それから言った。

 

「…それなら私も出来るだけこっちに残る方向で考えてみるよ。本気で魔法を習うならミッドチルダに来た方が良いと思うけれど、最低でも義務教育、出来れば高校くらいはこっちで出た方が良いと思うから」

 

「! うん…うん! うん!! ありがとう、ヴァニラちゃん。わたし頑張るよ」

 

「じゃぁ、ママたちが来たら、何かいい方法がないか、聞いてみようよ。私も折角みんなとお友達になれたのに、お別れするのはイヤだし」

 

何と当然ミッドチルダに帰るものとばかり思っていたアリシアちゃんまで、そんなことを言い出した。驚く私に、アリシアちゃんは笑顔を返してきた。

 

「かぐや姫を力づくで護ろうとした朝廷の兵士は、月からの使者に逆らえなかったんだったよね? でも今回はちゃんとお話が出来る筈だよ。無理矢理連れ戻される訳でもないし、使者に対して攻撃するわけでもないんだから」

 

何度も読み返した絵本の内容に事態を例えるアリシアちゃん。だが確かにアリシアちゃんの言う通りだ。何かいい方法がないか、プレシアさん達に相談してみよう。そう考えただけでも、随分と気持ちが楽になった。

 

 

 

「さて、私達はそろそろ翠屋に戻るよ。恭也、はやてちゃんのこと、よろしくな」

 

「あぁ、任せておいてくれ」

 

いつもより随分と賑やかな夕食を終えると、士郎さんと桃子さん、美由希さんは翠屋に戻り、恭也さんがはやてさんの荷物を取りに行くのに付き添うことになった。

 

「わたくしも、一度戻りますわね。少々確認しておきたいこともありますので」

 

ミントさんもそう言って、恭也さんと一緒に八神家に向かうことになった。家に残ったなのはさん、アリシアちゃん、私の3人で洗い物を済ませ、はやてさんとミントさんが滞在する部屋の片付けをする。

 

「ゴメン。僕も手伝えれば良かったんだけど」

 

「仕方ありませんよ。ユーノさんの人間形態を禁止したのは私なのですから、そこは気にしないで下さい」

 

「ユーノくんは、今は身体を治すことを最優先に考えてね」

 

「…そうは言っても、もう体調は万全なんだけれどね」

 

どうやら苦笑しているらしい微妙な表情のフェレットに、少しだけ頬が緩む。

 

「リンカーコアの障害はあまり甘く見ない方が良いですよ。ダメージを受けすぎて魔法が使えなくなって、管理局をやめた、なんていう人もいるらしいですから」

 

以前お父さんがそのような話をしていたのを思い出しながら、そう言っておいた。

 

元々美由希さんが掃除などをしてくれていたそうで、部屋の片付けは然程時間をかけずに終えることが出来た。翌日の学校に備え、早めにお風呂に入ろうとしている私達に、ユーノさんが声をかけてきた。

 

「あの…すごく申し訳ないんだけど…後で僕もお風呂に入りたいんだ。洗面器で良いから、お湯を入れて貸してくれると嬉しいんだけど」

 

「え? 別に、一緒に入っちゃえばいいんじゃない? そうすればユーノくんのことも洗ってあげられるよ? 」

 

「あ…いや、あの、それは、ちょっと…」

 

ユーノさんはアリシアちゃんの申し出にしどろもどろになっている。年頃の男の子として恥ずかしがっているのだろう。

 

「アリシアちゃん、ユーノさんも今はこんな姿だけど、一応人間で同い年の男の子だからね」

 

「うーん、でも人間の姿は見ていないし、あまり実感がないんだよね」

 

「あ! それに最近出来たスーパー銭湯は10歳未満の子供は男湯でも女湯でもOKだって、クラスの子が言ってたよ」

 

基本的には小学校に上がったら混浴禁止とする地域が多いと思うのだが、確かに東京都の条例では10歳未満は混浴OKだった筈。どうやら海鳴の条例もそうなっているらしい。ちなみに私も恭也さんや士郎さんならともかく、それこそ10歳未満の男の子相手ではあまり恥ずかしいという気持ちも起きなかったので、そのまま成り行きを見守っていると…

 

「大丈夫、大丈夫。痛くしないから」

 

「綺麗に洗ってあげるからね~」

 

「……」

 

アリシアちゃんとなのはさんという、2人の美少女にがっちりホールドされて、ユーノさんはお風呂場に連行されたのだった。

 




前回出した伏線(というよりは個人的な疑問)を回収しておきました。。
でもヴァニラはまだ実感を持てていないでしょう。。次回あたりで少し実感できそうな事態を起こしてみようと思います。。

そして唐突ですが、夏休みをとることになりました。。
詳細は活動報告にも記載していますが、母親の転院に絡むことです。。
この期間中は恐らく執筆できないので、申し訳ないのですがまた少し休載しようと思います。。

次回の更新は8月9日を予定しています。。ご迷惑をおかけしますが、しばらくお待ちください。。


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第8話 「トラウマ」

俺がはやてと一緒に八神家に戻ったのは、たとえ2週間とはいえ闇の書とはやてを離した状態にしておくことにより、何らかの影響が出ないか心配に思ったからだ。一応、微弱ながら魔力を感じるということを理由にして、はやてに持参して貰おうと思っていた。

 

(…そう言えば、猫姉妹の姿は見かけませんわね)

 

初めてはやての家に来てから今までの間、たまに監視するような魔力は感じるものの、実際にリーゼ姉妹が姿を見せたり、直接干渉して来たりすることは無かった。

 

もしかしたら最初にアースラメンバーにはやてを紹介してしまったため、計画の練り直しでもしているのかもしれない。そうやって考えてみると、随分と原作とは話が変わってきてしまっている。はやてとなのはが知り合った時期も不自然だし、そもそもすずかと図書館で出会うのも原作ではもっとずっと先だった筈だ。

 

ジュエルシードの発動も俺の知識とは違っている。本来最初の思念体を倒すのはなのはで、その時に入手するジュエルシードは1個だけだった筈だ。それにユーノがその時点で既に1個のジュエルシードを入手していた気がする。そして2個目のジュエルシードは神社の犬…

 

(それが何故か桜台公園で猫になっていましたわね)

 

巨大猫といえば月村家でのお茶会で登場する筈だったが、今日見た虎のようなものではなく、子猫をそのまま大きくしたような愛嬌のある容姿だったように思う。

 

例の公園前でバスを降り、車椅子を押す恭也さんの後ろを歩きながらずっとそんなことを考えていたが、最終的に辿り着いた結論は、そもそも役に立たない原作知識など忘れてしまえばいいということだった。

 

(むしろ望むところですわ)

 

原作知識は万能ではない。既に現状は俺の知識から大きく乖離してしまっている。嘗ては介入に当たって原作知識を武器にしようなどと考えていたこともあったが、今の状況ではむしろ原作知識を重要視してしまうと判断を誤ることになりそうだった。

 

結局介入どころか当事者になってしまった訳だが、俺が知っているのはあくまで別の世界の物語。今の世界とは似通った事象がいくつも発生してはいるものの、全く別の世界と捉えるべきだ。八神家に到着し、はやてが着替えを纏めている横でそんなことを考えながら、俺はじっと闇の書を見つめていた。

 

「ミントちゃん? どないしたん? その本、どうかした? 」

 

「えぇ…初めて見た時から思っていたのですが、矢張りこの本からは微弱ながら魔力を感じますわ」

 

「やっぱり何か曰く付きなんやろか。本気でネクロノミコンとかやったりしてな」

 

魔導書という意味では間違いないが、その例えを持ち出す8歳の幼女というのは些かシュールだと思った。

 

「契約とか出来ひんのやろか? 」

 

「契約、ですか? 」

 

「ネクロノミコンやったら、中の精霊と契約して悪の組織と戦うんやろ? 」

 

俺の知っているネクロノミコンとは何かが致命的に違っているような気もしたのだが、闇の書としてみた場合はあまり齟齬ないようにも思えてしまい、言葉を失った。するとはやてはカラカラと笑い声を上げる。

 

「冗談や。ゴメンな、ミントちゃん。今のはネクロノミコンを題材にした、ゲームのお話や。せやけど、魔力があるっていうことは、これもやっぱり魔法関連っちゅうことやろね」

 

「時空管理局の人達はこうした物品についても造詣が深い筈ですわ。鑑定する意味も含めて、一度見て貰いましょう」

 

「そっか。ならこの子も一緒に行こか」

 

はやてはそう言うと本棚から闇の書を手に取り、大事そうに抱えた。

 

はやては闇の書の主であり、闇の書は時空管理局の第一級捜索指定遺失物に認定されている。アースラスタッフに書を見て貰うということは、はやて自身が封印される危険性もあるということだ。だが本来なら見つけ次第問答無用で封印されるべきロストロギアとはいえ、俺は以前クロノが言っていた『事情も聴かずにいきなり被疑者を攻撃する訳がない』との言葉を信じることにした。

 

「私の方はこれで大丈夫や。ミントちゃんの方は用事は済んだん? 」

 

「ええ。問題ありませんわ。では参りましょう」

 

取り敢えず居間で待っていてくれた恭也さんに声をかけ、俺達は再び高町家に向かった。

 

 

 

高町家に到着すると、まず2階に用意された、はやてと俺の部屋に案内された。

 

「足のことがあるのに、部屋が2階にしか用意できなくて申し訳ない。2週間だけだから何とか我慢してくれるかい? 上り下りには必ず誰かが付き添えるようにしておくよ」

 

申し訳なさそうに言う士郎さんだったが、ヴァニラやなのは、俺がいる時なら身体強化で問題なく支えることが出来るだろうし、士郎さんや恭也さん、美由希さんも小学校低学年の女の子を介助するくらいは問題ない筈だ。はやてが特に問題ない旨を伝え、闇の書を含めた荷物を部屋に置くと次は1階に移動した。

 

「1階ではこれを使ってくれて構わないからね」

 

そう言って士郎さんが示したのは、室内でも動きやすいように簡素化された車椅子だった。

 

「だいぶ前に私自身が大怪我をしたことがあってね。その時に使っていたものなんだ。大人用だから少し重いかもしれないが、無いよりはいいだろう」

 

「ありがとうございます。簡易車椅子なら子供用の物ともそない変わりませんし、大丈夫です」

 

聞けば廊下なども車椅子で楽に移動が出来るように広めになっており、曲がり角には隅切りもされているのだとか。士郎さんが怪我をした時に、一部改装したらしい。実はこれ、はやては最初に高町家を訪れた際に既に気付いていたのだそうだ。改めて見てみると、普通とは少し違った感じがして不思議だった。

 

「ミントちゃん、何言うとるん? ウチの廊下も全部これと同じタイプやで」

 

「あら、そうでしたの? 全く意識していませんでしたわ」

 

普通に生活していると、特に健常者は障害者の苦労を理解し辛いものらしい。これにはヴァニラも同意していた。そんな話をしていると、美由希さんが声をかけてきた。

 

「はやてちゃんとミントちゃんは、お風呂入る? なのは達はさっき入っちゃって、後は寝るだけなんだけど」

 

「あ、折角やし、入らせて貰ってええですか? ミントちゃん、一緒に入ろ」

 

「ええ。では着替えを持ってきますわね」

 

はやてを待たせて2階に上がると、荷物からはやてのパジャマと替えの下着を用意する。その時に、ふと闇の書からの魔力反応が少しだけ大きくなったような気がしてそちらに目が行った。

 

「…出来れば、貴女も助けたいのですわ、『夜天の魔導書』さん。よろしければ協力して下さいませ」

 

俺は呟くようにそう言うと、着替えを持って部屋を出た。

 

 

 

=====

 

「じゃぁ、ユーノくんは今夜からミントちゃんとはやてちゃんの部屋に移動? 」

 

「うん。その方がお互い安心するだろうし」

 

案内をするためだけに抜け出して来た士郎さんが翠屋に戻り、はやてさんとミントさんがお風呂に向かうと、私はなのはさん、アリシアちゃんと一緒にユーノさんの引っ越しについて相談を始めた。

 

「…僕は別に今のままでもいいけど」

 

「ダメだよ~その間が本音を白状しているから」

 

アリシアちゃんがそう言ってユーノさんを抱え上げた。ユーノさんの治療に関しては、私に出来ることは丁度全て完了したところだ。体力も十分回復しているし、後は暫く念話以外の魔法を使わないことで完治する筈だから、実際部屋がどこになってもあまり影響はないのだが、アリシアちゃんは特にユーノさんを移動させることに積極的だった。

 

確かに元々馴染みの深い人と相部屋の方が安心感もあるだろうし、色々とお喋りしたいこともあるだろう。だがアリシアちゃんがここまで積極的なのは、恐らくユーノさんがミントさんのことを好きだということに気付いたからのようだ。

 

なのはさんはあまりピンと来ていない様子だが、ミッドチルダの人は精神的に成熟が早いので、男女間の機微にも気付きやすいのかもしれない。勿論、それには個人差もあるのだろうけれど。

 

「好きかどうかってことなら、わたしもユーノくんのことは好きだよ」

 

≪It is slightly different, Nanoha. Yuuno Scrya loves my master. This is not "Like", but "Love".≫【微妙に違うのですよ、なのはさん。ユーノ・スクライアはマスターを友達として好きなのではなく、異性として好きなのです】

 

いつの間にかトリックマスターが会話に参加していた。前から思っていたのだが、このデバイスは本当に神出鬼没だ。

 

「トリックマスター! 余計なこと言わないでよっ! っていうか、何でここにいるのさっ」

 

≪You do not need to be so bashful now, Yuuno Scrya. My master seems not wholly averse to it. Additionally, I am here because other people's love story taste like honey.≫【何を今更照れる必要があるのです、ユーノ・スクライア。マスターだって、満更でもない様子ですし。ついでに言うなら、私がここにいるのは他人の恋バナが私を呼ぶからです】

 

以前からこのデバイスのAIは妙な方向に成長していると思っていたが、改めて随分と人間臭いのだと再認識する。

 

≪Well, "Love for family" is with "Sincerity". "Love for romance" is with "Desire".≫【良いですか? 真心があるのが愛で、下心があるのが恋です】

 

「んー、良く判らないよ。ヴァニラちゃん、今のってどういう意味? 」

 

「トリックマスター、それは今の話とはちょっと趣旨が違うよ。大体「愛」も「恋」も漢字は小学校3年じゃぁ教わらないんだから、なのはさんとアリシアちゃんには判らない…っていうか、何で貴女が日本語の漢字を知ってるの!? 」

 

≪I wish to exercise my right to remain silent.≫【黙秘します】

 

「……」

 

本当にどこまでも不思議なデバイスだった。

 

結局ユーノさんは赤くなりながらも、アリシアちゃんの勧めに従ってミントさんの部屋に移動することになった。

 

 

 

=====

 

お風呂から上がり、はやてを支えて2階の部屋に戻ると、程なくしてなのは達がユーノを連れてこちらの部屋にやってきた。心なしかみんなの視線が生暖かい気がする。

 

「や、やぁミント」

 

「みなさん総出で如何されたのです? っていうかユーノさん、挨拶が不自然ですわよ」

 

≪We came here to give a benediction to kids, who have a bright future.≫【前途ある若者達の未来を祝福しに】

 

トリックマスターの言葉となのは達の雰囲気から、何があったのかは容易く想像出来てしまった。

 

「成程、大体トリックマスターの所為ですわね」

 

≪I think this is absurd.≫【理不尽です】

 

抗議してくるトリックマスターは取り敢えず無視しておく。

 

「丁度良かったですわ。わたくしからもみなさんに相談がありましたの」

 

俺は今日の魔導師との戦いで気になっていた隠蔽魔法について、改めてみんなに説明した。

 

「ミントの魔力感知能力でも判らないような認識阻害の上位魔法、か…」

 

ユーノがそう言って考え込む。魔力感知とは相手の魔力を頼りに居場所を検知したり、気配を読み取ったりする能力で、魔力量が多い人ほど長けていることが多い。俺自身も例に漏れず、魔力感知は得意分野だった。慣れてくると、相手の魔力パターン分析も出来るようにもなるのだが、それは取り敢えず今は置いておく。

 

「丁度今、ユーノさんやトリックマスターと一緒にエリア・サーチの上級魔法を構築しているところなのですが、これに隠蔽看破の術式も組み込んでみたいのですわ」

 

俺はトリックマスターからハイパー・エリア・サーチの術式を呼び出すと、その場のみんなに見えるようにした。魔法を知ったばかりのはやてには然程期待できないが、ヴァニラや多少魔法に接する期間の長かったアリシア、なのはからも、可能な限りアイディアを貰えれば、と思ったのだ。

 

「うぁ…なにこれすっごい複雑」

 

「っていうか、索敵範囲の桁が違ってるよ。これ、本当にエリア・サーチなの? 」

 

アリシアとヴァニラからはほぼ予想通りの反応があった。なのはは良く判っていないのだろう。隣で困ったような表情で「にゃはは…」と笑っていた。これはなのはもはやてと同じく戦力外と見るのが良いだろう。

 

「『宙域艦隊戦用超広域探索魔法』だそうですわ」

 

「これだけのエリアを一斉に捜索するのって、サーチャーいくつ必要なんだろう…」

 

ヴァニラが呟くように言った。実際、この魔法の改修で一番ネックになっているのはそこだった。トリックマスターに言わせると、10歳未満の子供が同時に扱える攻撃魔法やスフィアは最大で6つ。サーチャーでも精々8つが限界で、それ以上は脳に負担がかかり過ぎるのだそうだ。

 

一方、ハイパー・エリア・サーチの索敵範囲を網羅するためにはサーチャーが最低でも30は必要になる。これは大人でもマルチタスクに長けた人が1人で行使出来るギリギリ上限らしい。このサーチャーの数を、今の俺達が使える限界値まで引き下げた場合、索敵範囲がワイド・エリア・サーチよりも若干広い程度で大差なくなってしまい、消費魔力も大きいAAランクのハイパー・エリア・サーチを使う意味があまりなくなってしまうのだ。

 

「つまり索敵範囲がワイド・エリア・サーチと大差ないなら、それ以外の付加価値が必要ってことだよね」

 

「それが隠蔽看破…でもそんな強力な隠蔽魔法を看破する魔法を上乗せしたら消費魔力も、魔法ランクも上がるんじゃない? 大体ベースになる魔法が無ければスリム化も出来ないでしょ」

 

「サーチャーの数は増やせないから、今のところ範囲はこれが限界なんだ。むしろワイド・エリア・サーチの構築式をベースに上乗せした方が早いくらいなんだろうけれど、そもそもどうしたら強力な隠蔽看破魔法が構築できるのかっていうところで躓いているし」

 

アリシアとヴァニラが意見を出し合い、ユーノも補足説明をする。

 

「なぁ、さっきから言っとる『サーチャー』って何なん? 」

 

話を聞いているだけでは飽きてきてしまった様子のはやてが質問してきた。取り敢えず実際にサーチャーを一つ作成して説明をする。

 

「このような探索用の端末ですわ。この端末が捉えた映像を視覚情報として離れたところからでも確認できるようにするのがエリア・サーチという魔法です」

 

「ふーん…なぁ、これって自立行動って出来ひんの? 」

 

はやては少しの間興味深そうにサーチャーを観察していたが、不意にそんなことを聞いてきた。

 

「自立行動、ですか? 」

 

「せや。例えば親機、子機、孫機みたいな感じでどんどん端末を増やしていって、孫機の情報は子機が取り纏める。子機の情報は親機が取り纏める。最終的な情報だけ術者が判断できるようにしておけば、索敵範囲は広がるんちゃう? 」

 

確かにそれなら相当な広範囲探索は可能だが、探索対象が都度変わることを考慮すると各サーチャーの思考ルーチンをかなり高度なものに設定する必要があった。

 

≪It sounds rather interesting. I will try to construct it.≫【それは面白そうですね。やってみましょう】

 

「…大丈夫ですの? トリックマスター」

 

≪Your "Flier" system can be applied to this. Please give me few days to prepare.≫【『フライヤー』システムの応用で行けると思います。作成に数日下さい】

 

フライヤーのシステムをどのように応用させるのかは今一つ判らなかったが、トリックマスターが出来ると言う以上、恐らく問題は無いのだろう。戦力外と思われていたはやての、思いがけないファインプレーだった。

 

「にゃっ? アリシアちゃん、何でそこでわたしを見るの? 」

 

「うん、次はなのはちゃんのファインプレーかな、って思って」

 

アリシアの冗談を真に受けたなのはが、うーんうーんと唸り始めてしまった。

 

「まぁ、一朝一夕に行くようなものでもありませんわ。あまり無理はなさらず」

 

「そうだよ、なのはさん。こういうのって無理に考えるよりも、ふとした思いつきで良い答えが出て来たりするものだから」

 

ヴァニラと2人でなのはを励ましていると、ふと部屋の入り口に美由希さんが立っていることに気付いた。

 

「…みんな、いい加減寝なよ。もう22時過ぎてるんだよ? 」

 

俺達が慌てて解散したのは言うまでもない。

 

 

 

=====

 

「はやてにミントね。オーケー、困ったことがあったらいつでも言いなさいよ」

 

アリサさんがいつもの調子で2人に話しかけている。週明けになのはさんと話をしていた顔合わせが漸く実現したのだ。ちなみにはやてさんが暫く高町家に滞在することについてはアリサさん、すずかさん共に連絡済みだ。理由については「士郎さんの事情」とだけ伝えたのだが、温泉旅行が延期になったのも士郎さんの事情であると伝えてあったことから、2人共何やら大人の事情らしいということで察してくれたようだ。

 

「そういえば、ミントちゃんは学校には通わないの? 」

 

「わたくしはこう見えて中等科まで卒業していますのよ。俗にいう飛び級というやつですわね」

 

「うわぁ、頭良いんだね」

 

「今は卒業後の休暇を利用して、はやてさんのところに遊びに来ていますの」

 

事前に口裏を合わせるように頼んでおいて良かった、と胸をなで下ろす。ミントさんははやてさんの遠い親戚にあたるという設定で、中等科を卒業して纏まった休暇が取れたので海鳴にやってきたということになっていた。

 

「そう言えばはやて、あんた麻痺は足だけよね? 水泳って出来るの? 」

 

「水泳? そう言えば試したことないなぁ。でもどうしたん? 急に」

 

「以前、本で読んだことがあるのよ。下半身麻痺なのにパラリンピックで10個以上も金メダルを取った水泳選手のこと。もしかしてはやてみたいに足が不自由でも、水の中なら自由に動けたり、リハビリになったりするんじゃないかって思って」

 

アリサさんはそう言うと、私の方を見てどう?と尋ねた。確かに水中での浮力は下半身麻痺のはやてさんにとって身体を動かす手伝いをしてくれるだろうし、水泳では陸上での動きと異なり全身の筋肉を使うことから、医学的に見ても悪くない判断だった。

 

「うん、良いと思う。念のため主治医の先生にも聞いて、許可を貰ってからにはなるだろうけれど」

 

私がそう言うと、アリサさんは嬉しそうに数枚のチケットを取り出した。何でもご両親の仕事の関係で温水プールの招待券を複数枚貰ったのだそうだ。

 

「明日の放課後に行こうと思っているんだけど、みんなで一緒にどう? 」

 

「あー、アリサちゃんゴメンな。明日は病院の検査日で、午後は病院に行かなあかんから…」

 

「わたくしもはやてさんに付き添って病院に参りますから、明日は無理ですわね」

 

ミントさんはどうやら検査の付き添いに託けて、ジュエルシード探索をしようと思ったのだろう。恭也さんと美由希さんのスケジュールは判らないが、念のため私も用事があることにして、ミントさんと行動を共にすることにした。

 

「…そう言うことなら仕方ないわね。プールは逃げないんだから、違う日にしましょう」

 

アリサさんはそう言うとスケジュールを確認し始めたのだが、なかなかうまく都合がつく日が無い様子だった。

 

「ねぇアリサちゃん。その温水プールって、この前オープンしたところだよね? 折角だからわたし達で先に行ってみて、後でヴァニラちゃん達に様子を教えてあげるっていうのはどうかな? 」

 

ふとなのはさんがそんなことを言い出した。そんなにプールに行きたかったのか、と苦笑すると、思いのほか真剣な声で念話が入った。

 

<違うよ、ヴァニラちゃん。プールの場所、例の地図で見てみて>

 

ミントさんと顔を見合わせると、アリサさんやすずかさんからは見えないようにジュエルシードの探索図を展開する。

 

<…あ>

 

プールがある場所は、赤い丸の1つで覆われていた。

 

<これって、早い方が良いよね? >

 

「良いね! うん、良いよ! なのはさん、それでお願い」

 

 

 

結局翌日の放課後はアリサさん、すずかさん、なのはさん、アリシアちゃんがプールに行くことになり、引率という建前で美由希さんに付き添ってもらうことになった。

 

一方私ははやてさん、ミントさんと一緒に病院に行き、プール以外の場所でのジュエルシード同時発動があった場合に備えておくことにした。こちらには恭也さんが一緒に来てくれることになった。

 

「実はプールの監視員のバイトを頼まれていたんだけど、捜索のこともあって断っておいたんだ。こうなるって判っていたら、バイトを受けておいても良かったかもな」

 

恭也さんは苦笑しながらそう言った。

 

「何だか振り回してしまったようですわね。申し訳ありません」

 

「いや、構わないさ。考えてみれば監視員の立場じゃぁ表立ってなのは達の手伝いは出来ないだろうし、バイトを断っておいて遊びに行くのも気まずいしね。却って良かったよ」

 

やがて海鳴大学病院に到着した。私とアリシアちゃんがこの世界に来て初めてお世話になった場所だった。まだ半年しか経っていないのに、随分と昔のことのような気がした。

 

はやてさんが外来棟にある受付機に診察券を入れると、担当医と番号がプリントされた紙が出てくる。これを持って、各科の受付に行くシステムだ。

 

「はやてちゃん、こんにちは」

 

神経内科の受付で、看護師さんが声をかけてくる。はやてさんも笑顔で挨拶を返しているので恐らくは顔馴染みなのだろう。やがてはやてさんの番号がモニターに表示された。

 

「ここからは中待合室や。折角ついて来てもろたけど、あまり大人数で入るのはどうかと思うし、そんなに時間もかからへんから、この辺りで待っとってもろてええ? 」

 

「ならヴァニラさんに付き添って貰って、わたくしと恭也さんがお待ちしましょうか」

 

ミントさんがそう言うのをそっと制した。恐らく医学的なお話しなら私が聞いた方が良いと判断したのだろうが、むしろ私達の年齢で医学的なお話が判る方がおかしいのだ。下手に相槌を打ってしまったり、専門用語が口をついて出てしまうことが無いとも言えない。逆に付き添うなら恭也さんか、ミントさんの方が適任である。そう小声で説明すると、ミントさんも納得したように頷いた。

 

「そう言うことでしたら、わたくしが付き添いますわ。ヴァニラさんと恭也さんは申し訳ありませんが、少々お待ち下さいませ」

 

「ああ、判った」

 

「そこの通用口から出ると中庭です。天気もええし、ちょっと散策してくるのもええと思いますよ」

 

はやてさんの言葉に恭也さんも微笑んで頷く。はやてさんとミントさんが中待合室に移動するのを見送ると、私達は通用口から中庭に出た。

 

「それにしても、随分と暖かくなったな」

 

「もうすぐ5月ですからね」

 

恭也さんと雑談しながら中庭を少し歩く。暫く歩くと、桜並木に出た。完全に葉桜になってしまっているが、良い日除けにはなってくれた。今くらいの時期は雨も少なく、良い天気が多い。尤も日照時間も長いので紫外線対策は必須なのだが、木陰にいるとむしろ爽やかな風が気持ち良かった。

 

少しだけ立ち止まって目を瞑ると、風が運んでくる新緑の香りが鼻をくすぐる。

 

「なぁ、ヴァニラちゃん。ジュエルシードの落下予測地点に、この病院は入っていなかったよな? 」

 

「え? ええ、ここは範囲外ですね。他の候補地も捜索はしているのですが、ただ探すだけだとなかなか…」

 

不意に声をかけてきた恭也さんにそう答えながら、何気なく彼の視線の先を追う。そこには桜の木の枝に、葉に隠れるようにしてカラスが1羽とまっていた。丁度カラスが首を捻ってこちらを向いた時、その嘴に咥えられたモノが光った。

 

「! ジュエルシードっ!? 」

 

幸いまだ発動はしていないが、カラスが発動させてしまったりすると厄介だ。空を飛ぶ相手に対して私が展開出来る結界はあまりにも効果範囲が狭く心許ない。

 

「でも…やらなくちゃ! ハーベスターっ」

 

≪Sure. Setup.≫【了解。セットアップ】

 

念のためバリアジャケットを身に纏う。万が一の時、すぐに飛べるようにするためだ。下手にバインドなどを使えば、拘束から逃れようとするカラスがジュエルシードを発動させてしまう可能性がある。出来れば自然に取り落してくれればいいのだが。

 

≪"Plasma Shooter".≫【『プラズマ・シューター』】

 

周りに人がいないことを確認した上で誘導弾を3発ほど生成して、カラスから少し離れたところを漂わせる。結界はギリギリまで使わず、いざとなったら認識阻害だけで飛行魔法を駆使するつもりだった。

 

カラスは誘導弾を興味深そうに眺めている。もう一押しだ。

 

「…ブレイクっ」

 

ぽんぽんぽんっと立て続けに誘導弾を弾けさせた。戦闘で使うようなものではなく猫騙し程度のものだが、効果は抜群だった。驚き、飛び去るカラスの嘴からジュエルシードが零れ落ちた。

 

「やった! 」

 

ホッとし、落ちてくるジュエルシードを封印しようとした瞬間だった。

 

ドクン!

 

胸を打つような魔力反応が発せられた。マズい、発動する! 咄嗟に恭也さんも巻き込んで、封時結界を展開した。次の瞬間、目の前にいたのは…

 

 

 

…巨大な毛虫だった。

 

 

 

「…ひぅっ!? 」

 

硬直していた私の方に、毛虫が巨大な身体を向けてきた。棘も含めた全身が緑色で、身体の中央に青い筋がある。一部先端がオレンジ色に染まった棘もあり、見るからに毒々しかった。

 

「…いや」

 

ジュエルシードの発動とは異なる、ぞくぞくした悪寒が体中を走る。

 

「…いやぁ」

 

不意に毛虫が棘の先端をこちらに飛ばしてきた。咄嗟のことで反応出来ない。

 

「疾っ!! 」

 

恭也さんの声が聞こえたと思った瞬間、棘が何かに弾かれて落ちた。次の瞬間、恭也さんは毛虫の身体に木刀を打ち付けていた。素早い動きで毛虫を翻弄しながら、2度、3度と打ち付ける。

 

「ヴァニラちゃん! 今だっ! 」

 

「いやぁぁぁぁぁぁーっ!! 」

 

恭也さんが叫んだ瞬間、私の中で何かが弾けた。気が付くと私はありったけの攻撃魔法を毛虫に叩きこんでいた。

 

 

 

「…それでこの状態になった訳ですのね。ヴァニラさん、もう毛虫はいませんわ。封時結界も解除して大丈夫ですわよ」

 

いつの間にかミントさんとはやてさんが結界の中にいた。封印するのも忘れてその場に残したままになっていたジュエルシードはミントさんが封印してくれたようだ。結界を維持したまま荒い息で膝をついていた私が改めて周りを見ると、まるで爆弾でも爆発したのかと思うほど酷い状況だった。

 

「…わたくしの中では、どちらかというとヴァニラさんは毛虫くらいでは取り乱さずに、つまんで葉っぱの上に乗せてあげるようなイメージだったのですが」

 

「うーん、せやけど毛虫っちゅうのは生理的に嫌がる女の子も多いしなぁ」

 

「さっきの毛虫はヒロヘリアオイラガの幼虫だな。確かに毒々しい色合いだし、気持ち悪く思っても仕方ないだろう」

 

私は平然と話をしている3人を呆然と眺めていたが、暫くすると漸くまともに思考できるようになった。

 

「あ…終わったの? 診察…」

 

「さっきな。したら急にぞわぞわーってした感じがあって。で、ミントちゃんが走り出してな」

 

「つい先ほど、なのはさんからも連絡がありましたわよ。プールで思念体が発生したらしいのですが、あっさり返り討ちにしたそうですわ」

 

何でもアリサさんやすずかさんには気取られることなく、アリシアちゃんのアドバイスを受けながら鮮やかに封印完了したらしい。毛虫に怯えてしまい、プールでのジュエルシード発動まで感知できていなかったことを少し恥ずかしく思った。

 

だが今でも目を閉じると、あの毒々しい色が目に浮かんでしまう。当分の間、葉桜の下を歩く勇気は持てそうになかった。

 

 

 

この日以来、私は毛虫が大の苦手になった。

 




夏休みの間、母の病院に行ったり、タブレットで他の方が書かれたWeb小説を読んだり、ソーシャルゲームに勤しんだり。。結構満喫していました。。(笑)
また今後ともよろしくお願いします。。

前回「次回あたり実感できるようなことを」と書きましたが、結局そこまでたどり着くことはできませんでした。。
その代りヴァニラはトラウマを1つ手に入れました。。本当は夜の学校捜索をしようと思っていたのですが、いろいろなWeb小説を読んでいるうちに「全部原作沿いにする必要ないよね!?」と思い始めて、結局オリジナルエピソードと差し替えました。。

まぁ、プールの話も本来原作(Origin)通りなら虎の話の前に当たる筈なんですけどね。。


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第9話 「次元震」

※今回、一部震災をイメージするような描写があります。。ご留意下さい。。



正直、俺は少し焦り始めていた。なのはやヴァニラが頑張ってくれたおかげで、何とか7個のジュエルシードを回収することに成功している。だがこれはまだ1/3に過ぎないのだ。もしかするとテロリスト達はもっとたくさんのジュエルシードを入手できているのかもしれない。そう思うと居ても立ってもいられなかった。

 

しかも先週の金曜日に病院とプールで1つずつとんとん拍子に回収出来たにも関わらず、その勢いで迎えた週末には結局1個も回収出来なかった。週が明けた今日も学校帰りのヴァニラと合流し、なのはが塾から帰ってくるまでの間は捜索に当たったのだが、これも空振りに終わっている。ちなみにヴァニラはまだ葉桜の下を歩くことに対して抵抗があるようで、今日は桜台公園を大きく迂回して帰ってきた。

 

「なぁ、ミントちゃん。あまり気にしすぎない方が良いぞ。ミントちゃんやヴァニラちゃん達がこれだけ探して見つからないんだ。テロリストだって同じように苦戦している筈さ」

 

恭也さんや士郎さんはそう言って励ましてくれるが、病院の1件は実は俺にとって些かショックだった。

 

元々海鳴大学病院の敷地は、トリックマスター達が算出した落下地点には含まれていなかった。にも拘らず、ジュエルシードは存在していたのである。ヴァニラと恭也さんが最初に見た時、カラスがジュエルシードを咥えていたらしい。カラスといえば光物が好きで集める習性がある。恐らく、別のところで拾ったジュエルシードを持って来てしまったのだろう。

 

この可能性にはもっと早く気付くべきだったのだ。何しろ原作でも似たような描写はあったのだから。そう、翠屋FCのキーパー少年だ。あの少年は拾ったジュエルシードを持ち歩いていた。

 

幸いこの世界では、翠屋FCのキーパー君はジュエルシードを拾っていないことを確認済みなので問題はないが、同じようにジュエルシードを拾って、持ち歩く人がいてもおかしくは無い。

 

「…折角上手く出し抜いたと思ったのですが…振り出しに戻ってしまいましたわね」

 

「仕方ないよ。また頑張って探そう? わたしもレイジングハートと一緒に、一生懸命お手伝いするから」

 

「ええ。ありがとうございます」

 

気遣うように励ましてくれるなのはに笑みを返しながらお礼を言うと、今後の捜索方法について検討する。

 

「ねぇミントちゃん。ちょっと思ったんだけど、捜索範囲自体はトリックマスター達が算出した場所で良いんじゃないかな。エリアから持ち出されたものについては、誰が持ち出したのか判らない以上、結局発動待ちするしかないんでしょ? 」

 

「せやな。例のエリア・サーチやったっけ? あれでジュエルシードも捜索出来るんやったらええんやけど」

 

「そうですわね…サーチャーの多段活用が実用化できれば、海鳴一帯を捜索してみるつもりではいますけれど、それにしても視覚情報しか頼れない以上、困難ではありますわね」

 

サーチャーそのものが魔力感知を実行出来れば話は早いのだが、残念ながら魔力感知はあくまでも魔導師自身の能力であり、術式が確立された魔法とは異なる。従ってエリア・サーチの術式に魔力感知をそのまま組み込むことは出来ない。何よりサーチャーの多段活用の術式自体、トリックマスターが整理してくれてはいるものの未だ完成していない状態だ。

 

「せめて例の隠蔽魔法看破だけでも何とかしたいところではありますが…そもそもどうやれば隠蔽魔法を看破出来るのかが判っていない訳ですから、術式も構築のしようがありませんわね」

 

思わず溜息を吐いた。この点は何度もユーノと話し合ったのだが、未だ結論は出ていない。隠蔽看破をするためには、術者がかけた隠蔽魔法を上回る威力で解除、或いは無効化の術式を発動させる必要がある。仮に1度その術式が完成したとしても、更にそれを上回る隠蔽魔法をかけられたら同じことの繰り返しだし、いずれこちらの改良も頭打ちになってしまうだろう。

 

「確かにそれだと確実性に欠けるし、使い勝手も悪いよね」

 

アリシアとヴァニラも考え込んでしまった。

 

「…ねぇミントちゃん。これって、隠蔽魔法を必ず看破しないといけないのかな? 元々、テロリストがいるかどうかを確認するためのものだよね? 」

 

なのはが軽く手を挙げながら聞いてきた。

 

「別に無効化までしなくても、誰かが隠蔽魔法を使っているっていうことが判れば…あ、でもそれを出来ないようにするのが隠蔽魔法とか認識阻害だっけ。にゃはは、何言ってるんだろう、わたし」

 

照れ笑いをしながら手を引っ込めるなのはをじっと見つめた。そしてなのはを見つめながらユーノに声をかける。

 

「…ユーノさん、クラナガン・セントラル魔法学院で使用されていた、認識阻害を認識する術式について何かご存知です? 」

 

「ゴメン。さすがに構築式までは…でも、そうか。確かにあれの構築式が判れば、使えるかも」

 

「ヴァニラさんは? 何か聞いていませんか? 」

 

「…ゴメン、何の話か良く判らないんだけど」

 

確かヴァニラも26年前とはいえ、クラナガン・セントラル魔法学院に通っていた筈だ。話で聞く限りでは1年もしないうちに魔力駆動炉の事故でこちらに転移してしまったようだが、あれだけ全校生徒に認知されていたシステムを知らないというのは考えにくい。

 

「校内で魔法を使うのが許可制になっていて、念話以外の魔法は使うとすぐに検知されてしまうのですが…ご存じないのですか? 」

 

「うん、私が在籍していた頃も校内での魔法行使は禁止されていたけれど、みんな結構隠れて使っていたみたいよ」

 

在学中はあまり意識していなかったのだが、ヴァニラの話を聞く限り、どうやらあのシステムは少なくともここ26年の間に構築されたもののようだ。

 

「トリックマスター、長距離デバイス通信! エステルさんに回線を繋いで下さいませ」

 

 

 

数週間振りに言葉を交わしたエステルはすぐにミナモ先生に確認してくれた。さすがに学院で正規運用しているシステムということもあり、一朝一夕に教えて貰えるとは思っていなかったのだが「絶対に悪用しないから」とお願いしたところ、意外にもあっさりと使用許可が下りた。実は過去にも興味を持った卒業生が術式を尋ねたことがあり、その時にも構築式を公開した前例があるのだそうだ。

 

「…まさかミナモ先生とイノリ先生が共同開発した魔法だったなんて…知らなかったよ」

 

「開発者はともかく、わたくしとしてはこんなにあっさり学院のシステムに関わることを教えて貰えるとは思いませんでしたわ」

 

術式はすぐにトリックマスターに送られてきた。デバイス間通信の添付機能で送れる程度のサイズなので、それほど複雑なものではないだろう。ミナモ先生によると在学中の生徒に教えることは殆ど無く、また部外者であれば当然教えない。一部の学生と卒業生の中でも先生が信用できると判断した場合のみ術式の公開をしているのだとか。俺は念のため、ハーベスターとレイジングハートにも術式のコピーを渡しておいた。

 

「何にしても、今回は本当になのはさんのファインプレーでしたわね。ありがとうございます」

 

「うん! 良く判らないけれど、役に立てたのなら良かったよ! 」

 

嬉しそうにしているなのはに微笑み、届いた術式を確認する。案の定、複数の簡単な術式の複合魔法で、複雑なのはむしろ結合式の方だった。この術式は固定エリアでの発動を前提としたものだったため、エリア・サーチに組み込むためには手直しが必要で時間こそかかりそうだったものの、それ以外の問題は特になさそうだった。

 

「…っていうか、この探信波は反則だよ。認識阻害や隠蔽を看破するんじゃなく存在そのものを無視することで無効化させるなんて、そもそも発想が違うって。構築した先生達って間違いなく天才か、筋金入りの怠け者だね」

 

アリシアが溜息を吐きながらそう言った。

 

「え…何で怠け者だと凄い魔法を構築できるの? 」

 

「複雑な術式を組むのが面倒だから、何とか楽しようとして簡単な魔法を組み合わせようとするんだよね…大抵結合式が複雑になり過ぎて諦めちゃうんだけど、怠けるために努力出来る人はそれすら乗り越えちゃうの」

 

なのはがアリシアの説明を聞いて頻りに感心している。

 

「確かにこれなら隠蔽魔法を使用している魔導師も検知できそうですが…ジュエルシードの探索にはあまり効果が上がりそうにはありませんわね」

 

「そか、そっちが元々の目的やったなぁ」

 

「まぁ出来ないことを嘆いても仕方ない。明日は夕方以降なら俺も美由希も時間は取れるし、母さんたちにも言って少し捜索時間を長めにとってみようか」

 

恭也さんの申し出にお礼を言う。明日はアリサやすずかはバイオリンの稽古があるため、恒例の翠屋集合もない。捜索にはゆっくり時間をかけられそうだ。そう思うと、ほんの少しだけ気持ちが楽になった。

 

「トリックマスター、今構築しているサーチャーの多段使用術式が完成したら、こちらの術者感知術式を併用出来るよう、調整をお願いしますわね。今日明日中に、とは言いませんが、出来るだけ早いと助かりますわ」

 

≪Sure. I will do my best.≫【勿論、全力を尽くします】

 

少なくとも魔法のことに関しては、トリックマスターに任せておけば間違いはない。普段はふざけていることも多いが、ここ一番という時に助けになってくれるのもまた事実なのだ。

 

「ねぇミントちゃん、新しいエリア・サーチの名前ってどうするの? 」

 

不意にアリシアが聞いてきた。

 

「『ハイパー・エリア・サーチ』を改良したんだから、更にその上の名前になるんだよね? 例えば『ウルトラ』とか『アルティメット』とか」

 

「そんな仰々しい名前にするつもりはありませんわよ。改良とは言っても個人で使いやすい形にするための、言ってみればデチューンに近い訳ですし」

 

この魔法の本来の探索エリアは宙域単位なのだ。個人で使用するエリア・サーチにそこまでの広域探査は不要と言っても良い。以前ユーノと試行錯誤しながらも対艦に設定されていた対象も対人に変更してあるし、探索範囲もサーチャーの多段使用で漸く通常の「ワイド・エリア・サーチ」の倍程にはなっているが、元々の宙域単位での探索エリアとは比べるべくもない。

 

「精々、『スーパー・エリア・サーチ』といったところでしょうか。いずれにしても正式名称はちゃんとした術式が組み上がってからですわね」

 

少し残念そうにしているアリシアにそう伝える。まだ試作段階でしかない魔法なのだ。まずはトリックマスターが仕上げた術式を試した上で使用可能かどうかを確認しなければならない。正式名称など、その後で良いだろう。

 

「じゃぁ『暫定スーパー・エリア・サーチ(仮)』だね」

 

「アリシアちゃん、『暫定』と『仮』は同じ意味だから一緒には使わないようにね」

 

いつか、どこかで聞いたような言葉で、ヴァニラがアリシアに日本語の説明をしていた。

 

 

 

=====

 

翌日の放課後、バイオリンのお稽古に向かうアリサさんとすずかさんに無理にお願いして、鮫島さんの車に一緒に乗せて貰うことになった。

 

「たぶんPTSD(心的外傷後ストレス障害)じゃなくて、ASD(急性ストレス障害)だと思うから、1か月もすれば大丈夫になるとは思うんだけど」

 

巨大な毛虫を見たのが金曜日。土曜日は碌に眠れず、日曜日もことあるごとにあの毒々しい姿がフラッシュバックして眩暈や動悸、発汗などの症状があったのだが、昨日はその頻度が随分と減った。それでも桜台公園を通り抜けることは出来ず、塾に向かうなのはさん達とは公園の入り口で別れて、アリシアちゃんと大回りして帰宅したのだ。

 

「ヴァニラがそこまで怖がるなんて、よっぽど酷い目にあったのね。大丈夫? 刺されなかった? 」

 

アリサさんが少し心配そうに聞いてきたので、大丈夫だと答える。最初は笑い話にしようかとも思ったのだが、根が真面目で優しいアリサさんもすずかさんも、笑うどころか真剣に心配してくれた。

 

鮫島さんが車のドアを開けてくれたので、そこから後部座席に乗り込む。余談だが、5人乗りの車でも12歳未満の子供は大人の2/3換算になるので、子供5人に運転手を務める鮫島さんを加えても大人5人分になるのだ。最初は私が助手席でもと思っていたのだが、アリサさんがお客さんを助手席に座らせる訳にはいかないと言い張り、結局助手席にはアリサさんが座った。

 

「治るまではいつでも言ってくれて構わないからね」

 

桜台公園を迂回して貰えるだけで良かったのだが、結局鮫島さんは私達を翠屋まで送ってくれた。

 

「ありがとう、アリサさん。すごく助かったよ。鮫島さんも、ありがとうございます」

 

「いいのよ。じゃぁまた明日、学校で」

 

「はやてちゃんとミントちゃんにもよろしくね」

 

バイオリンのお稽古に向かう2人と別れた後で、今度は恭也さん、美由希さん、ミントさんと合流する。

 

「じゃぁ、私ははやてちゃんとお留守番してるね。みんな、気を付けて」

 

「緊急時は私に念話で連絡してな。ユーノ君でもええけど、私もアリシアちゃんも明るいうちは翠屋におると思うし」

 

シュークリームを両手で持つアリシアちゃんとはやてさんに見送られながら、私達はジュエルシードの捜索に向かった。なのはさんや私達の代わりに桃子さんのお手伝いをしてくれるのだから、あれくらいは役得だろう。

 

 

 

「今日こそは見つけますわよ」

 

意気込むミントさんが今日の捜索対象エリアに選んだのは、今までにも何度か捜索した海鳴中心街だった。いつでもそこそこ人が多く、発動する確率が高いため早いタイミングで対応しておきたかった場所なのだが、生憎と今までの捜索ではまだ発見に至ってはいない。

 

勿論誰かが持ち去ってしまっている可能性もあるのだが、ハーベスターやトリックマスター、レイジングハートの作成した地図では最低でも2つのジュエルシードがこのエリアに落下した可能性が高く、放置しておくことも出来なかった。

 

「どうする? 手分けして探そうか」

 

「いや、裏路地の探索なども考えると人数を分けるのはあまり好ましくないな。敵はどこにいるか判らないんだろう? 」

 

美由希さんの提案は恭也さんによって即座に否決された。全員で行動するのは探し物には不向きかもしれないが、万が一テロリストと相対した時の対応は確かにやりやすいだろう。

 

≪Sorry, but the detector has not been fixed yet. I will establish it as soon as possible.≫【申し訳ございません。感知用魔法は未だ調整が完了していません。現在鋭意作業中です】

 

さすがに昨日の今日では準備が出来ていないようだが、ミントさんは気にする様子もなく捜索を開始した。

 

「ハーベスター、一応魔力察知の感度は限界まで上げておいて。発動前のジュエルシードにどれだけ有効かは疑問だけど」

 

≪Certainly.≫【了解】

 

 

 

それから暫くの間、私達は街の至る所を捜索したのだが、ジュエルシードは見つからないまま時間だけが過ぎていった。

 

「そろそろ19時になるよ。恭ちゃん、一度かーさんに連絡入れた方が良いんじゃない? 」

 

「そうだな…残念だけど、今日はこのくらいで切り上げるか」

 

恭也さんが時計に目をやって、そう言った時だった。

 

≪Master, The magic power has been detected.≫【マスター、魔力反応を検知しました】

 

ハーベスターが発した音声に全員が注目した。だがハーベスターはそのまま黙り込んでしまい、その代わりに私達は予想外の人物から声をかけられることになった。

 

「…ヴァニラ? それになのは…ミントも、どうしたの? こんなところで」

 

「あ…恭也さん、美由希さん、こんばんは」

 

そこにいたのはアリサさんとすずかさんだった。

 

「にゃっ!? 二人こそどうしてここに? 」

 

「何言ってるのよ、さっきお稽古が終わって、これから帰るところに決まってるじゃない」

 

「え…でも車は? 」

 

「もうすぐ迎えが来るわよ」

 

なのはさんとアリサさんのやり取りをよそに、私はじっとすずかさんを見つめていた。彼女のポーチから発する微弱な魔力反応に気付いたからだ。

 

「すずかさん、もしかして、青い菱形の石を拾わなかった? 」

 

「え? うん、さっき向こうで拾ったよ。綺麗だったから持って帰ってみんなにも見せてあげようと思ってたんだけど、もしかしてヴァニラちゃんのだった? 」

 

「ううん、ミントさんのだよ。いくつか落としちゃったみたいで、丁度みんなで探してたの」

 

そっか、と言いながらすずかさんがポーチから取り出したのは、紛うことなきジュエルシードだった。XIVという刻印が入っている。

 

「ありがとうございます。助かりますわ」

 

ミントさんがジュエルシードを受け取ろうとすずかさんに近寄った瞬間、辺りに魔力反応が溢れた。それに呼応するようにドクン、とジュエルシードが発動する時の独特の魔力反応が発せられる。

 

「! ゴメン、すずかさん! 」

 

私は思わずすずかさんの手からジュエルシードを払い除けた。封印するよりも早く発動されたらすずかさんにも被害が出てしまうだろう。咄嗟の判断だった。

 

「また性懲りもなく…! 今回は通行人だって多いですのに! 」

 

ミントさんが珍しく悪態をつくのが聞こえる。辺りに満ちた魔力は明らかにジュエルシードの強制発動を狙ったものだろう。前回は発動直後にテロリストが結界を張っていたことを思い出した。彼らに結界を張らせてしまうと、恭也さんや美由希さんが中に残れない。

 

「封時結界! 」

 

私は規模が小さいことを承知の上で結界を生成した。更にセットアップしてバリアジャケットを展開する。ジュエルシードはすずかさんの手を離れて数メートル先に転がった後、何かを求めるかのように魔力の触手を伸ばし始めた。このまま放置すれば周囲の思念を取り込んで暴走してしまう。

 

「…何? 何なの? あれ…」

 

「ちょっと、ヴァニラ! これ、どういうこと!? 」

 

すずかさんとアリサさんの声が聞こえ、一瞬だけ固まってしまう。咄嗟に結界を展開した時に慌てていたため、恭也さんと美由希さんだけでなく、アリサさんとすずかさんまで結界内に取り込む設定にしてしまっていたのだ。

 

「ゴメン! 2人共、後で説明するから、今はここでじっとしていて。なのはさん、セットアップして。ジュエルシードをお願い! 」

 

「え…あ、う、うん! 」

 

「ハーベスター、『アブソリュート・フィールド』展開! 」

 

≪Sure. "Absolute Field" invoked.≫【了解。『アブソリュート・フィールド』展開】

 

アリサさんとすずかさんを翠色の完全物理障壁が包み込んだ。恭也さんと美由希さんは既に臨戦態勢で周囲を警戒している。ミントさんも既にセットアップを完了して6基の「フライヤー」を展開していた。その時、辺りに銃声が響いた。

 

「きゃっ! 」

 

なのはさんの悲鳴が聞こえる。

 

「なのはさん!? 大丈夫!? 」

 

「うん、平気! レイジングハートが防いでくれたから」

 

見るとなのはさんを護るように、ラウンドシールドが展開されていた。そしてその先にあるジュエルシードを挟んで反対側に、見覚えのある男が立っていた。先日、桜台公園でなのはさんに発砲した、あの男だ。

 

「なのはさん、こちらは任せて下さいませ。今のうちに封印を」

 

ミントさんが男の前に割り込みながらそう言った。

 

「さて、そううまくいくかねぇ? 」

 

男が嫌な笑いを浮かべると同時に、明後日の方向から射撃魔法が飛んできた。射出時の魔力の高まりは感じられず、射撃そのものの魔力で漸く感知できる。これがミントさんの言っていた隠蔽魔法だろう。そして次の瞬間、私が発動させた封時結界が破壊された感触があった。

 

「手間ぁかけさせやがって」

 

私の結界が破壊されても、それを外から包み込むように別の封時結界が展開されていた。銃の男の傍らには、いつの間にか10人ほどの男達がいたが、いずれも魔力は感じない。幸いなことに、恭也さんと美由希さんも結界に弾かれることなくその場にいた。

 

「この程度なら問題ない。美由希、サポートを頼む」

 

それぞれが銃器を装備し、攻撃している筈なのだが、恭也さんはそれらを易々と掻い潜ってあっという間に半数を打ち倒してしまった。たまにエンゲージが封鎖され、突出する敵がいても美由希さんがカバーして撃ち漏らしは無い。ミントさんも銃の男を圧倒しつつある。

 

問題はなのはさんだった。ジュエルシードの封印にかかろうとすると、何処からともなく射撃魔法が飛んできて行動を阻害されるのだ。なのはさんは飛行魔法を駆使して何とか攻撃を躱している状態だった。私は迷うことなくなのはさんのバックアップに向かった。

 

「あ、ヴァニラちゃん、ありがとう」

 

「今のままだとジュエルシードの封印は難しいね。射撃魔法を撃ってくる魔導師の場所が判ればいいんだけど」

 

「レイジングハート、昨日ミントちゃんに貰った感知魔法の術式ってあるよね。あれは使えないの? 」

 

≪It is technically possible. But I do not recommend you.≫【技術的には可能ですが、お勧めはしません】

 

レイジングハートの説明によると、例の感知魔法は固定エリアのみに対応しており、効果を持続させるためには発動させたデバイス自体はその処理に特化させ、更に固定しておく必要があるとのことだった。例えばなのはさんがレイジングハートを使ってこの魔法を発動させた場合、レイジングハートはバリアジャケットを構築することも出来なくなり、なのはさんは飛行魔法もデバイスのサポートも無しに敵と戦わなくてはならなくなるのだ。

 

「…なら、それは私の仕事だよね、ハーベスター」

 

≪I cannot consent it.≫【承服できません】

 

「ハーベスター、お願い」

 

私は地上に降りると、バリアジャケットを解除した。続けてハーベスターをその場に固定し、感知魔法を展開させる。

 

<ヴァニラちゃん、本当に気を付けてね>

 

なのはさんからの念話には大丈夫、と答える。ハーベスターが展開した3Dの周辺地図に魔導師の存在を示す光点が表示された。表示されたマーカーが示す敵はなのはさんの後ろに1人、私の直上に1人。

 

<なのはさん、左後方に注意して! >

 

プラズマ・シューターを真上に放ちながら、なのはさんに念話を入れる。私のシューターは回避されてしまったようだが、その瞬間、相手の姿が視認出来た。

 

「『オプティック・ハイド』…幻術系だったんだ」

 

オプティック・ハイドは術者や接触した対象を不可視状態にする魔法だ。これだけでも単純なセンサーなどは誤魔化すことも可能だが、ミントさんほどの術者が魔力感知すら出来ないことから、更に別の隠蔽魔法を重ね掛けしているのだろう。

 

なのはさんも私の指示した場所に誘導弾を撃ち込み、相手を実体化させることに成功した。オプティック・ハイドは対象が激しく動いたり魔力を大量に消費したりすることで展開した光学スクリーンの消費を加速させる。今までは都度かけ直していたのだろうが、位置を特定出来ればそれを上回るスピードで攻撃出来るため、こちらが有利だ。

 

と、なのはさんの相手をしていた魔導師が急にこちらに向かって射撃魔法を放ってきた。

 

「ヴァニラちゃん! 」

 

「大丈夫! 」

 

バリアジャケットを解除していても、身体強化までは解除していない。難なく射撃魔法を躱すと、魔導師は次にジュエルシードに向かって飛んだ。

 

「行かせないんだからっ! 」

 

なのはさんがバインドを放つ。だが横から飛び込んだもう1人の魔導師の身体にぶつかり、何故かバインドは消えてしまった。気が付けばバインドで拘束された筈の魔導師の姿も無い。

 

「これも幻術!? 」

 

ハーベスターの示す地図を再確認するよりも早く、なのはさんが魔導師を追ってジュエルシードの方に飛んだ。だが、あと少しと言うところで、今までの物とは比べ物にならないような、大きな、大きな衝撃が私達を襲った。

 

「!?」

 

なのはさんが封印のために伸ばしたレイジングハートにひびが入り、砕けた。同時に、それまでとは比べ物にならない濁流のような魔力が結界内で暴発し、天にも届くような青い光の奔流となる。その勢いで、なのはさんが弾き飛ばされてしまった。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁっ! 」

 

「なのはさん! 」

 

慌ててなのはさんのところに駆け寄ってヒール・スフィアを生成するが、幸いバリアジャケットを抜けたダメージは少なく、問題はなさそうだった。レイジングハートもコアにまで及ぶダメージを受けながらも、まだ何とかバリアジャケットを維持し、なのはさんを護っている。

 

「ありがとう。大丈夫だよ」

 

ホッとしたのもつかの間、ジュエルシードの暴走は止まらず、辺りを大地震のような揺れが襲い始めた。

 

「次元震ですわ! 」

 

ミントさんの声が随分と遠くで聞こえたような気がした。周囲の建物が崩れ始め、割れた窓ガラスが降り注ぐ。路面のアスファルトがひび割れていく。なのはさんに支えられて空中に移動したので問題はないが、地上にいたら立っていることも出来ないだろう。

 

「そう言えば…! 」

 

慌てて周りの様子を確認すると、アブソリュート・フィールドは未だ健在で、中のアリサさんとすずかさんも外の景色を呆然と見ていた。絶対物理障壁は次元震の揺れすらも遮断しているようだった。一方、表にいた恭也さんと美由希さんはバランスを崩しながらも何とか立っていた。降り注ぐガラス片からはミントさんが防御魔法を駆使して2人を護っていた。

 

今は結界があるから被害はこの空間にのみ留められているが、結界が無かったことを考えると身の毛がよだつ思いだった。これは正に映像でしか見たことの無い、大地震そのものだった。ミントさんやユーノさんが言っていた、世界を滅ぼす力、その一端を垣間見たような気がした。

 

「結界を破棄! 撤退するぞ」

 

そんな声が聞こえた。

 

「この状況で結界を破棄!? 正気ですの!? 」

 

「もう知るか! かけ直したければ勝手にやるんだな! 」

 

あの銃の男だった。ミントさんの叫びの意味を理解した瞬間、私も叫んでいた。

 

「なのはさん、封時結界! お願い!! 」

 

「ヴァニラちゃん!? 」

 

そしてバリアジャケットも無いままに高機動飛翔を行使すると、なのはさんを振り切ってジュエルシードのところへ飛んだ。そのまま素手でジュエルシードを掴む。

 

自分でも何をしているのか良く判っていなかった。ただ、ひたすら、私は念じ続けていた。

 

(止まれ…止まれ、止まれ、止まれ、止まれ…止まれっ! )

 

掌が焼けつくように痛む。皮がはじけ飛び、血が滴る感触。それでも手を離すわけにはいかない。包み込む。抑える。収束させる。飲み込む。そんな単語が頭の中を過った。それと同時に、私の両手に魔法陣が展開される。魔法名が自然と頭の中に流れ込んできた。

 

「グラヴィティ・コンバージェンスっ!! 」

 

溢れ出した周囲の魔力を圧縮していく。いや、飲み込んでいく。ともすれば私自身も飲み込まれてしまいそうな錯覚に陥りながら、必死に魔力を制御して対象をジュエルシードの魔力に絞った。

 

(止まれっ! 元の状態に…戻りなさいっ!)

 

 

 

気がつけば、ジュエルシードの暴走は止まっていた。そっと掌を開くと、すっかり爛れてしまった手の中にジュエルシードが納まっていた。周りを見渡せば次元震も止まり、なのはさんとミントさんが文字通り飛んでくるところだった。銃の男達は見当たらない。

 

立ち上がろうとしたのだが、魔力も体力も使いすぎたのか全く力が入らなかった。倒れそうになった私を誰かが支えてくれた感触があった。

 

「誰…か、封、印を…」

 

ああ、アリサさんとすずかさんにも事情を説明しないと。

 

そんなことを考えながら、私の意識はそのまま暗転した。

 




最近、ミントが全然活躍できていない気がしますが、気のせいです。。

次元震は原作で見た時、あまり凄いというイメージを持てませんでした。。
むしろ物質的な被害が出た、キーパー君事件の方がインパクトがあったように思います。。
そのため、今回次元震の描写は若干変更させていただきました。。
気分を害された方がいらっしゃいましたら、この場を借りてお詫びいたします。。


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第10話 「索敵」

「大丈夫かなぁ、ヴァニラちゃん、大丈夫かなぁ? 」

 

「なのはちゃん、落ち着いて。取り敢えず今ハーベスターがチェックしてくれているから」

 

次元震が発生した直後、あろうことか素手でジュエルシードの暴走を止めてしまったヴァニラは、そのまま昏睡状態に陥った。原作ではフェイトが同じことをしていた記憶があるが、実際にこの目で見ると、かつて映像で見たものとは全く違っていた。

 

兎に角酷いのは、ヴァニラの両手の怪我だ。まるで高速回転するドリルを素手で掴んだのではないかと思うほど掌が完全に爛れ、血塗れになっている。取り敢えず帰宅前に俺が適性が無いなりにかろうじて習得していた治癒魔法を行使して簡単な止血だけはしておいたのだが、それでもアリシアが初見で気を失いそうになった程だ。

 

なのはは病院に連れて行かなくちゃ、と大騒ぎしたが、何が起きたのかを説明できないこともあって、まずはハーベスターにチェックして貰うことになったのだ。

 

≪This is just a kind of tiredness. Master should be exhausted due to excessive use of her magical power. Fortunately, her Linker Core does not have much damage. She will recover consciousness before long.≫【ただの疲労です。マスターは魔力を酷使しすぎたのでしょう。幸いリンカーコアに大きなダメージはありませんので、暫く休めば意識を取り戻すと思います】

 

ヴァニラはあのまま目を醒ましていないが、魔力の異常行使による一時的な疲労らしく、一両日中には自然に目覚めるだろうというのがハーベスターの見立てだった。掌の傷は確かに酷いのだが、ヴァニラが意識を取り戻しさえすれば自力で回復魔法を行使出来るだろうとハーベスターも意見を述べたため、現状維持が決まった。

 

「ハーベスターがバイタルチェック機能を持っていて良かったよ。さすがはヴァニラのデバイスと言ったところかな」

 

≪Thank you.≫【ありがとうございます】

 

ユーノが感心したように言い、それにハーベスターが礼を返す。

 

「あっ、そうだ! ユーノくん、ゴメン…レイジングハート壊しちゃって」

 

「いや、大丈夫だよ。さっき確認したら、ちょっと時間はかかりそうだけど自己修復出来そうだったし」

 

≪Yes, I can restore myself within a couple of days without any problem. You do not need to worry about it, Nanoha.≫【はい。数日中に修復可能ですのでお気になさらず】

 

レイジングハートはそのまま修復に専念するとのことで黙り込んでしまったが、それを聞いたなのはも漸く落ち着きを取り戻したようだった。

 

「さてと。取り敢えずヴァニラは大丈夫ってことよね? じゃぁ事情を説明して貰おうかしら? 」

 

「にゃぁぁぁっ!? 」

 

「うん、私もいろいろと聞かせて貰いたいな。特にその喋るペンジュラムとか喋るフェレットにはとっても興味があるんだけど」

 

何故か、高町家にはアリサとすずかも一緒について来ていた。事情を説明すると約束したのはヴァニラだったような気もするのだが、それを理由に彼女たちの追及を拒否することなど、この場にいる誰にも出来はしないだろう。

 

アリサは不機嫌を露わにしているし、すずかは笑みが怖い。恭也さんと美由希さんはとっくの昔に席を外してしまっている。ヴァニラとアリシアの寝室に入れる人数も限られるので、階下で待機してくれているのだろう。はやても心配そうにしてはいたのだが、大人数で2階に上がることになったため1階で待ってくれている。尤もはやての場合は仮に一緒にいたとしても事情の説明は出来ないと思うが。

 

俺はふっと息を吐いた。

 

「そうですわね…ヴァニラさんの事情はアリシアさんとなのはさんの方が詳しいでしょうから、説明はお任せしますわ。わたくしは今回の事象について説明致します。ですが…」

 

そう言いながら時計を確認する。時刻は既に21時を回っていた。ここにいるメンバーはまだ夕食を済ませていないし、彼女たちを納得させる説明をするには今日だけでは確実に足りない。それを指摘すると、2人も言葉に詰まる。

 

「大体、アリサさんもすずかさんも、明日は学校があるのでしょう? とりあえず今日のところは簡単な概要だけ説明して、詳細は週末ということにしませんか? 」

 

「…判ったわ。だけど何よりも今、確実に教えてもらわないといけないのが、これのことよ」

 

アリサさんが示したのは彼女のスマホに示されたニュース速報だった。そこには海鳴を中心に発生したとされる、割と大きめの地震について記載されていた。

 

次元震の、次元震たる所以だった。いくら封時結界で影響を抑え込もうとしても、次元空間で発生した衝撃波はその規模によって、現実世界に於いても多少の影響を与えることがあるのだ。そしてそれは結界の強弱によっても左右される。

 

今回の場合は特に、あまり結界魔法に適性がないなのはが構築した封時結界で影響を抑えようとしていたこともあり、俺達が結界の中で見た程の被害はなかったものの、現実世界でも震度4程度の地震が観測されていた。もしユーノが万全の状態で発動した結界だったなら、現実世界に影響が出るようなことは無かったに違いない。

 

アリサとすずかは、「余震があるかもしれない」ということで高町家に一時避難という形を取っている。むしろすずかの屋敷やアリサの家の方がよっぽど耐震面では安全なのではないかと思うのだが、そこは恐らく子供達の我儘が聞き入れられたのだろう。

 

「この地震って、さっきの…あれよね? でも…ちょっと混乱しているのかしら…」

 

「うん、あれは震度4とか、そんなレベルじゃなかったよね」

 

いずれにしても、まずは魔法の存在から説明する必要があるだろう。これが一番厄介なのだが、と思いながら俺はパートナーのアンティークドールを呼び寄せた。

 

 

 

アリサもすずかも理解力は優れており、なのはの実演やトリックマスターとユーノの解説などを交えたこともあって、30分も説明すると魔法の存在や仕組み、更には情報を公開することの危険性をも認識してくれた。

 

「つまりさっきの地震は魔法で切り出した別空間で発生したもので、そこで抑えきれなくなった余波が現実世界にも影響したっていうことなのね」

 

「その地震の原因が私が拾った、あの青い石なんだ…」

 

「その通りですわ。全部で21あるロストロギア…超高度文明の遺産の1つです。とても危険なものなので回収していたのですが…結局みなさんにご迷惑をかけることになってしまいましたわね」

 

ニュースで見る限り、幸い怪我人などは出ていない様子だが、現実世界に影響を出してしまった上、表立ってそれを謝罪することも出来ないのは心苦しかった。

 

「みんな、そろそろ一区切りつけて。遅い時間だけど、さすがに何かお腹に入れておかないとだよ」

 

美由希さんが部屋の外から声をかけてくれた。どうやら桃子さんが軽く食べられるような夜食を用意してくれたらしい。まるで図ったようなタイミングで、誰かのお腹がくぅと音を立てた。

 

「あ…ごめん、今のわたし…」

 

なのはが恥ずかしそうに手を挙げる。

 

「アリサちゃんやすずかちゃんの分もあるから食べてきて。ほら、ユーノくんも。ヴァニラちゃんには暫くあたしがついているから」

 

「ありがとうございます、美由希さん」

 

「じゃぁ、食べてきちゃうね。お姉ちゃん、ちょっとの間よろしく」

 

俺達は美由希さんの言葉に甘えて、ユーノを含む全員でダイニングに移動した。夜食を用意してくれていた桃子さんにお礼を言う。どうやらはやても手伝いをしてくれていた様子だった。

 

「気を遣わせてしまったようですわね。すみません、はやてさん」

 

「ええんよ。ヴァニラちゃんのことは心配やけど、一緒に2階に上げて貰うても出来ることなんてあらへんし」

 

取り敢えず特に問題が無さそうなことだけ伝えると、はやても安心したように微笑んだ。

 

結局この日はみんなで軽い夜食を食べた後に解散となり、アリサとすずかはバニングス家の執事が運転する車で帰宅することになった。

 

「じゃぁ週末に泊まりにくるわ。延期になったとはいえ元々温泉旅行にいく予定だった日だし、他の予定は無いから問題ないわね」

 

「了解ですわ。その頃にはたぶんヴァニラさんも回復しているでしょうし、改めて色々な事情を説明します。それからもし今後、他のジュエルシードを見かけたら…」

 

「うん、判ってるよ。触らないようにして、なのはちゃんに連絡すればいいよね」

 

すずかの言葉に頷いて返す。なのはならば携帯電話も持っているし念話も使えるため、何処にいても連絡がつけられる。アリサもすずかも、なのはの携帯番号は知っているため連絡役としては最適だった。

 

「じゃぁ、なのはとアリシアはまた明日、学校で。ヴァニラのことよろしくね」

 

「うん。アリサちゃん、すずかちゃん、おやすみ」

 

アリサとすずかが高町家を出た時には既に22時を回っていたため入浴は諦め、俺達は軽くシャワーを浴びただけで就寝することになった。

 

 

 

=====

 

ズキズキとした掌の痛みで目が醒めた。見ると両手がぼろぼろになっていた。簡単な治癒魔法がかけられた形跡があったが、恐らく完全に傷を治すには練度が足りなかったのだろう。

 

「…リジェネレーション」

 

思考が纏まらず、ぼーっとした頭のまま、取り敢えず痛みを取り除こうと思って魔法を唱えた。翠色の魔力光が両手を包むと見る見るうちに傷痕は綺麗になり、痛みも嘘のように引いていく。

 

「…うん。これで落ち着いて眠れるかな」

 

≪Before you fall asleep, please wait for a while. I would like you to listen my complaint, master. ≫【寝るのは少々お待ち下さい。苦情を聞いて貰いたいので】

 

不意にハーベスターに声をかけられ、閉じかけた目を開ける。何気に時計を見ると短針は10と11の間、長針は6を指している。外は暗いので恐らく22時30分ということなのだろう。

 

「明日じゃダメなのかな? 学校もあるから疲れないようにしておきたいんだけど」

 

≪Do not worry. Tomorrow is National holiday. And many people are waiting for you to impeach.≫【心配には及びません。明日は祝日です。それに大勢の人がマスターにお説教したくて待っている状態ですから】

 

「…は? 祝日? それにお説教って…」

 

何のことだか判らずにハーベスターに聞き直した時、部屋のドアが勢いよく開いた。廊下の明かりがまぶしくて思わず目を閉じてしまう。

 

「ハーベスター! ヴァニラちゃんの意識が戻ったって!? 」

 

「ヴァニラちゃん、大丈夫!? どこか痛いとか無い!? 」

 

声からすると、なのはさんとアリシアちゃんのようだった。だが部屋に入ってきた気配は更に多い。明るさに目が慣れてきて改めて見ると、そこにはなのはさんとアリシアちゃんの他にもミントさんに支えられたはやてさん、それにアリサさんとすずかさんまでいた。

 

「あれ…? 何でみんないるの? 」

 

全員パジャマを着ていることから、恐らく別の部屋で寝ていたのだろう。何故お泊り会になっているのか、何故アリシアちゃんまで別の部屋で寝ていたのか、そうしたことが全く理解できていなかった。その時、アリサさんがすーっと大きく息を吸い込んだ。

 

「この、バカちんが~~~~~~~~~っ!! 」

 

その大音量に思わず耳を塞いでしまう。アリサさん、夜中なんだからそんな大声出しちゃダメだってば。

 

 

 

1時間後。私はベッドの上で正座をさせられ、延々と怒られ続けていた。最初の内は全く訳が分からず困惑しており、周りからの追及も叱責と言うよりもむしろ心配するような感じを強く受けていたのだが、ジュエルシードの暴走を抑え込んだ時のことをはっきりと思い出した途端、完全に槍玉にあげられてしまったのだ。

 

曰く、後先考えずに突っ込んで行って、よりにもよって次元震を起こしているジュエルシードを素手で掴むとは何事か。

 

曰く、バリアジャケットなしの飛行魔法行使が危険だと自分で言っておきながら、それを実行するとは何事か。

 

曰く、今までに構築したことも無い、それも確実にSSランクオーバーの魔法を、デバイスの補助もなくぶっつけ本番で行使するとは何事か。

 

他にも様々な叱責を受けたが、それらは全て私がとった無茶な行動を心配してのことだった。このため私は口答えすることも出来ず、ひたすら謝り続ける羽目になったのだ。正座させられていたのがベッドの上だったことだけが救いだった。これが床だったら、私の足は完全に痺れてしまっていたことだろう。

 

「みんな、そのくらいにしてそろそろ寝なさい。もう23時半よ」

 

桃子さんがお盆を持って部屋に入ってきた。

 

「ちょっと遅いけれど、少しでも口に入れておいた方が良いでしょう? おじや、作ってきたわ」

 

「あ…ありがとうございます」

 

ほのかに良い匂いがしてくるのと同時に、お腹が「くるくるくぅぅぅ~」と音を立てた。恥ずかしさのあまり俯いてしまったが、なのはさん達は安心したように微笑むと、「お大事に」「また明日ね」と言いながら部屋を出て行った。

 

桃子さんのおじやは少し熱かったけれど、とても美味しかった。食後すぐに眠ってしまうのは消化に悪いのだが、眠らずに身体の右側を下にして30分程横になるのは、逆流性食道炎でも無い限り却って消化を助けてくれる。私はその体勢を維持したまま、ハーベスターに状況を確認することにした。

 

これによると海鳴市街地でジュエルシードが暴走し、次元震が起こったのが4月26日の火曜日。今日が28日の木曜日で、私は丸2日間眠っていたのだそうだ。尤も記憶こそないものの、途中で何度か起き上がってはお手洗いに行ったり、桃子さんが作ってくれたおじやを食べたりはしていたらしい。

 

その都度なのはさんやアリシアちゃん達が一生懸命声をかけてくれていたらしいのだが、それらの一切に対して反応が無く、とても心配をかけていたとのこと。ちなみにアリサさんとすずかさんへの事情説明は今日の夕方までに殆ど終わっているのだそうだ。

 

<改めてみんなに心配かけたこと、謝らないとだね>

 

<≪Of course you should, master. And please do not cast such a dangerous magic in future, even if I support you.≫>【勿論です。それから今後あのような危険な魔法は、仮に私の補助があったとしても行使しないで下さい】

 

危険な魔法というのは「グラヴィティ・コンバージェンス」のことだ。あの魔法は既に放出されてしまったエネルギーを強制的に収束させるためにマイクロブラックホールを生成して制御し、改めて器であるジュエルシードに封じ直すように設定しているうちに完成した術式だ。

 

これはなのはさんが行使する集束魔法とは全く異なるメカニズムではあるが、ハーベスターに言わせると確実にSSランク以上の魔法らしく、しかも制御に失敗すれば術者ごとブラックホールに取り込んでしまう可能性があるものなのだとか。勿論非殺傷設定など適用できるものではなく、対象を人間に設定などしようものなら確実に消し去ることが出来てしまうだろう。

 

<…うん。それは怖いね…判った。もうアレは使わないよ>

 

だがそれはそれとして、疑問は残る。私の魔力量はAA+であり、仮にSSランク魔法を唱えたとしても、そもそも制御するどころか、発動に必要な魔力すら賄えない筈なのだ。

 

<≪You might have a rare skill. I am not sure what it is, but at least you can cast SS magic. For example, the rank of "Regeneration" is also SS.≫>【マスターにはレアスキルがあるのかもしれません。それがどのようなものかは判りかねますが、少なくともマスターがSSランク魔法を唱えることが出来るのは確かです。例えば『リジェネレーション』もSSランク魔法ですよ】

 

そう言えば、以前アリシアちゃんもそのようなことを言っていた気がする。デバイスに格納された魔法一覧にはランクが表示されていなかったので、今まではあまり意識していなかったのだが、実はこれ、管理権限で開くとランクまで表示されるのだそうだ。

 

<…初耳だよ>

 

<≪Meister Presea has the administrative permission currently. Why do not you ask her to transfer the permission when you see her next?≫>【現在管理権限はプレシア女史が保持しています。今度お会いする際に権限の移譲をお願いしては如何でしょう】

 

<そうなんだ…うん、考えておく>

 

そう言えば随分前にプレシアさんがそのうち私のレアスキル有無についても調べるようなことを言っていたが、お仕事が忙しくなってしまったこともあって有耶無耶になってしまっていたことを思い出した。そしてそれと同時に、あの頃の楽しかった思い出が甦ってくる。

 

(お母さん…お父さん…)

 

喉がヒクッと音を立てる。

 

<≪...30 minutes has passed since you ate supper. I will transitioning to sleep mode if you fall asleep.≫>【食後30分が経過しました。お休みになるなら、こちらもスリープモードに移行します】

 

<うん…そうする。お休みハーベスター>

 

ハーベスターなりに、気を利かせてくれたのかもしれない。私はそれから暫く声を殺して泣き続けた。

 

 

 

=====

 

翌朝、棒術の型を練習するためにそっと部屋を抜けだそうとすると、なのはとアリシアも目を覚ました。ヴァニラが寝込んでいた間はずっと同じパターンで2人が俺の練習に付き合うように起きてくる。レイジングハートの修復も無事完了したようで、なのはの襟元でキラリと光った。

 

「おはようございます。今日も魔法の練習ですか」

 

「うん。わたしももっと強くなって、ヴァニラちゃんやミントちゃんを助けられるようになりたいし」

 

「もう随分と助けて頂いていますわよ」

 

それは勿論本心だ。なのはだけでなく、アリシアにもはやてにも、随分と助けてもらっている。恭也さんや美由希さんなど、高町家の人達にも十分すぎるほどよくして貰っている。

 

「…厚意には誠意をもってお応えしなければなりませんわね」

 

まずはジュエルシードを確保しなければならない。全てはそれからだ。

 

「ねぇミントちゃん、ちょっと思ったんだけど」

 

不意にアリシアが声をかけてきた。

 

「次元震が発生した時、放出されたエネルギーに触発されたジュエルシードは無かったんだよね? 」

 

「…ええ、あの一帯では特に反応はありませんでしたわ」

 

アリシアが言おうとしていることはすぐに判った。トリックマスター達が作成してくれたジュエルシードの落下予測地図によると、次元震が起こった海鳴市街地には最低でも2つのジュエルシードがあった筈なのだ。次元震程のエネルギー放出を受けて、他のジュエルシードが誘発しない訳がない。

 

「誰かが持って行ってしまったか、或いは既にテロリストの手に落ちたか、と言ったところですわね」

 

今までに封印出来たジュエルシードは8つ。まだ半分にも届いていない。俺が知る原作とは事象が大きく異なっているためペースとして早いか遅いかは判らないが、アースラ到着までに10個は確保しておきたいところだった。俺は錫杖形態のトリックマスターを構え直すと、2セット目の型練習を始めた。

 

トリックマスターが「スーパー・エリア・サーチ」を完成させたのはこの日の午後だった。

 

 

 

「術式そのものには齟齬は無いみたいだよ。魔法ランクも何とかBまでは引き下げてあるけれど、その代わり詠唱が必要になっちゃったみたい」

 

「元のランクがAAだったことを考えれば上出来だよ。詠唱もそんなに長いものじゃなさそうだし」

 

アリシアとユーノがざっと術式をチェックして、そう告げる。まぁ全体的な利便性が上がるなら多少の詠唱も仕方ないだろう。それに術者が行使に慣れれば詠唱は省略することも出来た筈だ。

 

「後はサーチャーからのフィードバックですわね。自立制御設定がどのくらい出来ているのかは試してみないことには判りませんし」

 

そのまま全員でぞろぞろと庭に出ることにした。尚、この場には昨夜から居座り続けたアリサとすずか、それに病み上がりにも関わらずその2人に捕まり、午前中を説明だけで終えたヴァニラもいる。朝起きてきた時は真っ赤な目をしていて何事かと思ったが、今はすっきりとした笑顔を見せているし、説明は上手くいったのだろう。

 

「楽しみやな~上手くいっとるとええなぁ」

 

「はやてちゃん、発案者だもんね」

 

「なのはちゃんかて、隠蔽看破では役に立ったやん」

 

興奮を抑えきれない感じのはやてとなのはに微笑みながら庭の中程まで行き、錫杖形態のトリックマスターを構えた。唱えるべき呪文が自然と口をついて出てくる。

 

「ルミエル…ダン…ロブスクリート…マキナード…ケンデゥ…暗闇の中の光、賢神の策謀。求める者に智を、知るべき者に道を指し示せ! 『スーパー・エリア・サーチ』!! 」

 

複数の情報が瞬時に頭の中に流れ込んできた。ここまでは通常のエリア・サーチと変わらない。

 

(第二次展開…)

 

頭の中で情報が細分化されていく。予めトリックマスターから概要は聞いているので焦りなどは特にない。即座に状況を判断できるよう、第一段階目のサーチャーにフィルターをかけていく。対象は菱形の青い石、ジュエルシード。通常魔力からの検知は困難だが、一度発動すると膨大なエネルギーを放出する。これらの情報をサーチャーの子機に設定することで不要な情報を廃棄。

 

(第三次展開…)

 

更に情報が複雑化するが、予め条件を指定してあるので戸惑う程ではなかった。さすが、トリックマスターが数日かけて調整しただけのことはある。だが例の魔力探信波を発動した瞬間、流れ込んでくる情報が数倍に膨れ上がった。咄嗟に孫機に対して条件付けを増やし、子機のフィルターで調整させる。

 

「ランクBと言いながら、結構制御は難しいですわね…」

 

≪Custom makes all things easy.≫【慣れたら余裕ですよ】

 

そんなものか、と思いながら引き続きサーチャーからの情報に注意を払う。

 

「どう? 例の魔導師、いた? 」

 

「困ったことに反応はありませんわね」

 

これでは本当に魔導師がいないのか、単純に魔法を使っていないのか、それともこちらの呪文が正常に動いていないのかが判らない。

 

「ヴァニラさん、ちょっと認識阻害をかけた状態で1、2km離れてみてもらえますか? 」

 

「判った。ちょっと待ってて。ハーベスター、セットアップ」

 

この魔法の探査エリアはとてつもなく広い代わりに、術者からの距離が近いと反応が曖昧になるようだ。これは親機、子機、孫機が代を重ねるごとに術者から遠ざかるためだろう。術者の周囲にある親機からも探信波を使用できるように改良した方が良さそうだ。

 

≪All right. I will fix it within today.≫【今日中に調整します】

 

お願いしますわね、とトリックマスターに伝え、探信波の反応に注意を払う。ヴァニラが飛び立って少しすると索敵エリアに反応が出た。こちらから遠ざかっていく方角からして、ヴァニラに間違いないだろう。

 

<ありがとうございます。確認出来ましたわ>

 

ヴァニラにそう伝え、戻って貰おうとした瞬間、丁度ヴァニラとは反対側の山中を捜索していたサーチャーの情報に違和感を覚えた。該当する端末を同じルートで旋回させると、山中を流れる小川の水辺にキラリと光るジュエルシード。

 

「…見つけましたわっ! 」

 

「え? あ! ミントちゃん、ちょっと待って! 」

 

即座に認識阻害を纏い、飛行魔法を行使すると俺は対象のジュエルシードに向かって飛んだ。少し遅れる形でなのはが続く。ヴァニラには取り敢えず高町家に戻って待機して貰うことにした。

 

 

 

かなりのスピードで飛んだのだが、それでも目的地付近までで30分近くかかってしまった。

 

「ミントちゃん、大丈夫かな? わたし達だけで来ちゃったけど」

 

「ジュエルシードは未発動。辺りに例のテロリスト達は居ない様子ですし、恭也さん達がいなくても恐らく大丈夫ですわ。それにヴァニラさんに待機して貰ったのは万が一を考慮してですし」

 

ヴァニラが「トランスポーター」を使用できることは確認済みだ。俺達が先行して、座標が特定出来れば恭也さんや美由希さんを連れた状態でヴァニラが瞬間移動できる。咄嗟に思いついた言い訳ではあったが、有効な手段だと思う。やがてサーチャーで確認した小川が見えてきた。

 

「あれ? ここって…」

 

「どうかされました? 」

 

なのはが急にきょろきょろし始めたので聞いてみた。

 

「うん…ここね、わたし達が旅行に来る予定だった温泉郷の近くだと思う」

 

海鳴温泉郷と言うのだそうだ。確か宿の名前は「山の宿」だったか。なのはの話によると、この場所は山の宿から徒歩15分程度の遊歩道らしい。

 

「…取り敢えず今は封印が先ですわね」

 

水辺に落ちたジュエルシードに近づこうとすると、唐突にドクンと、発動を示す魔力反応が感じられた。恐らく丁度発動ギリギリの状態だったものが、俺やなのはの魔力に触れることで活性化してしまったのだろう。

 

「ミントちゃん! 」

 

「大丈夫ですわ。なのはさんは周囲の警戒を」

 

何故かは良く判らないが、この時俺はジュエルシードが完全に暴走してしまう前に封印できることを不思議と確信していた。そのまま歩を進める。

 

「…恐れる必要はありませんわ。わたくしがちゃんとブラマンシュに送り届けて差し上げますから」

 

心なしか、ジュエルシードの魔力反応が弱くなった気がする。

 

「大丈夫。21個、欠けることなく全部ですわ。お任せ下さいませ」

 

気のせいではなく、1歩進むごとにジュエルシードの魔力反応は明らかに弱くなっていた。そして俺が手を触れた時、ジュエルシードは完全に安定状態に戻っていた。

 

「トリックマスター、お願いしますわね」

 

≪Sure. Sealing, and internalize number 3. Good job, master.≫【了解。封印及び3番、格納。お疲れさまです】

 

封印を完了させて一息吐く。改めて確認したが、矢張り周辺になのは以外の魔導師反応は無いようだ。ヴァニラにも念話を飛ばして封印成功を伝える。

 

<折角だから迎えに行こうか? 飛んで帰ってくるよりもいろいろな意味で安全だろうし>

 

言われてみればその通りなので、ヴァニラの提案を受け入れて迎えに来てもらうことにした。座標を特定すると程なくして指定場所に魔法陣で出来たポータルが開き、ヴァニラが姿を現した。促されるままに魔法陣に乗ると、なのはも俺も一瞬で高町家の庭に転送される。

 

「便利な魔法だね~これを使えばいつでも温泉旅行にいけるよね」

 

「あんた何言ってるの? 旅行っていうのは偶に行くからいいんじゃない」

 

「せやな。それにな、なのはちゃん。旅行は目的地までの道中も楽しみのうちやで? 」

 

なにやらがっちりと握手をしているはやてとアリサ。全て片付いたら、みんなで今回延期になってしまった温泉旅行に行くのだろう。

 

「…わたくしも、久し振りに露天に浸かりたいですわ」

 

「ミントの家の露天風呂? あそこも結構広いし気持ちいいから、僕もまた行きたいな」

 

ユーノが俺の肩に上ってきてそう言った。

 

「え? 何何? ミントちゃんの家って露天風呂付きなの? 」

 

「あら、じゃぁ全部片付いたらみんなで行く旅行はミントの実家とかはどう? 」

 

「楽しそうだね。私も是非参加したいな」

 

何やら急に話が変な方向に行ってしまった。実際に全員をブラマンシュに招待することは吝かではないのだが、あそこは文明レベルが低いとはいえ一応管理世界である。管理外世界の地球から渡航許可を取るのは大変そうだし、そもそも家の風呂は個人用である。男湯と女湯にわかれている訳でもない。時間で分けるか、他の家の露天風呂を借りるかしないといけないだろう。

 

だがそんなイベントも悪くないかもしれない。

 

「…検討しておきますわ」

 

アースラと合流したら、リンディさんやブラマンシュの長老にも相談してみようと思った。

 




最初は発動に必要な呪文の中二さ加減にミントとトリックマスターがいろいろやりあうというシーンも考えたのですが、呪文は自然と浮かんでくるものだという設定に従って結局普通に流しました。。似たような呪文をヴァニラも以前使っていますし。。

リリカルマジカル、ではありませんけれど。。


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第11話 「リンカーコア」

3連休になった週末はアリサさんやすずかさんが滞在したこともあって賑やかに過ごしたが、見つかったジュエルシードは初日の1つだけだった。その代り、アリサさんとすずかさんには私達の事情を確りと話すことが出来た。尤も私が気を失っていた2日間でミントさんやなのはさん、アリシアちゃんが殆ど説明してくれていたため、私が説明したことなど雑談レベルだったのだけど。

 

2人共、今まで私が魔法のことを秘密にしていた理由まで確り理解してくれた上で、これからも困ったことがあったらどんどん相談するように言ってくれた。嬉しさのあまり、少しだけ泣いてしまったのはここだけの秘密。

 

そして2人が帰宅した日曜日の夜、高町家の居間には9歳の男の子の姿があった。

 

「改めまして、ユーノ・スクライアです。この度はご迷惑をおかけしてしまい、すみませんでした」

 

フェレットではなく、人間の姿だ。今までは私が指示した通りずっとフェレット姿のままで、念話以外の魔法も使わずに耐えてくれていたのだが、漸くリンカーコアも安定したため魔法解禁の許可を出したのだ。アリサさん達にも今夜あたり、という話をしておいたので、近いうちに顔見せが必要だろう。

 

「ユーノくんの人間の姿って初めて見るけれど、結構可愛いよね」

 

「ははは…ありがと…? 」

 

アリシアちゃんの褒め言葉に複雑そうな、少し乾いた笑いを浮かべるユーノさんだった。矢張り男の子にとって「可愛い」というのはあまり褒め言葉としては受け取られないらしい。

 

「本当に人間の男の子だったんだね。こうしてみるとちょっと不思議な気分かも」

 

「まぁ、今まではずっとフェレット姿でしたからね。これで大手を振って翠屋に食事に行けますわよ。良かったですわね」

 

「ミント…せめてそこはジュエルシード捜索の役に立てる、って言ってよ。ヴァニラから魔法使用の許可もちゃんと貰ったんだからさ」

 

2人のやり取りにクスリと笑みが零れる。聞いたところによればユーノさんは優秀な結界術師で、海鳴一帯をカバーできるレベルの封時結界を生成出来るのだそうだ。ミントさんを始め、なのはさんや私自身も結界魔法はあまり得意とするところではないため、ユーノさんの復帰は正直とても心強い。

 

「あ、そうしたらレイジングハートはユーノくんに返した方がいいのかな」

 

なのはさんが少し名残惜しそうに言うと、ユーノさんは少し考えるようにして、それから言った。

 

「確か、プレシアさんとリニスさんが専用のデバイスを用意してくれるんだよね? でも調整にはさすがにまだ少し時間がかかるだろうから、それまではレイジングハートを使ってくれて構わないよ。普通に結界を張ったり、防御魔法を行使するだけなら元々得意分野だし、直接戦闘に参加しないなら空を飛ぶ必要も無いしね」

 

「ありがとう! じゃぁもう少しの間よろしくね、レイジングハート」

 

≪All right, Nanoha. I will do my best to support you.≫【了解です、なのはさん。精一杯サポートします】

 

なのはさんが嬉しそうにレイジングハートに語りかける。ユーノさんが言う通り、定時連絡の際になのはさんのデバイスの話が出て、プレシアさんとリニスがなのはさん用に調整したデバイスを組んでくれることになったのだ。

 

「ええなぁ、なのはちゃんはデバイス貰えて」

 

はやてさんもそう言って羨ましがっているが、はやてさんの場合は魔法行使よりも先にリンカーコアの異常を調査する必要がある。魔力が異常に減少している原因が判らないうちは下手に魔法を使わせるわけにはいかないのだ。

 

ちなみに時空管理局が到着したら、はやてさんだけでなくなのはさんやアリシアちゃん、私に至るまで、全員精密検査を受けることになっている。尤もアリシアちゃんと私については長期間に亘って管理外世界に滞在したことによる身体影響などの確認が主なのだろうけれど。

 

「そう言えば、時空管理局の人達が到着するのって明日だよね? 何時くらいだろう? 」

 

「予定では午後と言うことでしたが、正確な時刻までは聞いていませんでしたわね。まぁブラマンシュの方も漸く色々な面倒事が片付いたようで安心しましたわ」

 

なのはさんの問いにミントさんが答えている。数日に一度、デバイス間通信でお互いの進捗を報告している所為か、いよいよという段になっても何だか実感が湧かない。ただ実感が湧かないとは言ってもやっておくべきことは色々とあった。その筆頭が士郎さんや桃子さんとの相談だった。

 

アリシアちゃんともじっくりと話し合いを進め、お互い最低でも中学を卒業するまでは地球に残る考えであることは確認している。そしてその意思は高町家の人達や、プレシアさん達にも伝えてある。そうすると次に問題になるのは住居のことだ。今は士郎さん達の厚意に甘えて高町家でお世話になっているが、今後のことについてはプレシアさん達が到着した後で改めて話し合うことになった。

 

「アリシアちゃんのお母さんは時空管理局で働いているんだから、こちらで生活するのは難しいんだろう? 話し合いの結果次第だけれど、ウチとしてはこのまま生活の拠点にして貰って構わないからね」

 

そう言って微笑む士郎さんに対して、私はただただ頭を下げることしかできなかった。

 

 

 

「ヴァニラちゃん、ちゃんと聞いてた? 」

 

不意にアリシアちゃんに声をかけられて、回想に耽ってしまっていたことに気付いた。

 

「あ、ゴメン。ちょっと考え事をしてたの。何? 」

 

「うん。今日は私となのはちゃんではやてちゃんのお風呂介護をするから、ヴァニラちゃんはミントちゃんと一緒にお風呂に入っちゃってね」

 

「あ、そういう事。うん。判った」

 

最近はいつも入浴は2回に分けていた。幼児3人で入っても十分な広さがある高町家のお風呂場ではあったが、さすがに4人以上で入るには若干難があったためだ。

 

「なら早めに入っておかないと後が閊えちゃうね。美由希さんも恭也さんも入るだろうから。あ、時間短縮させるならユーノさんも一緒に入っちゃいますか? 」

 

「え!? あ、いや。僕は後で恭也さんと一緒に入ることにしたから大丈夫だよ。お先にどうぞ」

 

真っ赤になってそう言うユーノさんを見て、彼が以前にも同じように恥ずかしがっていたことを思い出した。無理強いすることでもないのでそのまま流したけれど、ミントさんはその光景を見てコロコロと笑っていた。

 

 

 

「そう言えばヴァニラさんと一緒にお風呂に入るのは初めてでしたわね」

 

脱衣所で服を脱ぎながら、ミントさんが口を開いた。そうだね、と答えて振り向くと、偶々ミントさんの背中が目に入った。

 

「! ミントさん…それって」

 

「え? あぁ、随分と久し振りなのですっかり忘れていましたわね」

 

ミントさんの背中には、少し古い感じの傷痕があった。完治しているようなので普通にしていればそれほど目立たないかもしれないが、一度気になるとどうしても目についてしまう。

 

「以前違法魔導師のテロに巻き込まれたことがあって、その時に受けた傷ですわ。それにしても、良く判りましたわね。はやてさんも気付いていなかった様子でしたのに」

 

「確かにかなり丁寧に縫合されたみたいだし、目立つかと言われたらそうでもないかもしれないけど」

 

もしかしたら医療系の道を目指す人間として気になるだけなのだろうかとも思った時、ミントさんが思い出したように言った。

 

「そう言えばあの時、はやてさんは別のことに気を取られていた様子でしたから、単純に気付かなかっただけかもしれませんわね」

 

「別のこと…何かあったの? 」

 

「大したことではないのですが、敢えてそれは秘密と言わせて頂きますわ」

 

ミントさんはこちらを振り返ると、にっこりと微笑んだ。その仕草は同性の私から見ても可愛らしいものだった。

 

「…傷痕を消すなら、魔法で出来ると思うけれど」

 

リジェネレーションを使えば、多少古い傷であっても治すことは可能だしデメリットも無いと思ったのだが、ミントさんは少しだけ考えるような素振りを見せた後、ゆっくりと頭を振った。

 

「折角ですが、この傷はこのままにしておきます。色々と思い出もありますし。お気持ちだけ頂いておきますわ」

 

本人がそう言うなら、これ以上口出しも必要ないだろう。私達は後続のアリシアちゃん達に影響が出ないレベルでのんびりとお風呂を堪能した。

 

 

 

=====

 

翌日なのは、ヴァニラ、アリシアの3人が学校に向かった後、俺ははやてに恒例となった魔力譲渡を行った。

 

「ありがとうな、ミントちゃん。これ始めて貰うてから、ほんまに体調がええんよ」

 

「お役に立てているのなら何よりですわね」

 

会話しながらもジュエルシードから溢れる魔力を制御する。これが意外と神経と体力を使う作業なのだ。上限は不明だが無制限に流し込んでしまうと何が起こるか判らないこともあり、取り敢えず今は毎日5分程度の譲渡を行うことに決めていた。

 

以前長老に聞いた話では、理論上許容量を超えて魔力を譲渡してしまうと、譲渡された側のリンカーコアがダメージを受けたり、神経系に影響があったりする可能性もあるという事だった。下手なリスクは負わないに限る。

 

「今日もエリア・サーチかけるん? 」

 

「ええ、そのつもりですわ。ですが矢張り基本が目視ですので、運が良ければ発見できるというレベルですわね」

 

例の隠蔽看破の術式でジュエルシードの魔力を感知出来れば話は早かったのだが、未発動のジュエルシードが発する魔力が少なすぎる所為か、スーパー・エリア・サーチを行使しても未発動のジュエルシードを発見するのは目視に頼らざるを得なかった。

 

「発動すればすぐに判るのですが…ただ歓迎できる状況でないことだけは確かですわ」

 

「せやな。まぁ今回からはユーノ君も参加出来るんやし、これを切欠にええ方向に向かうとええな」

 

「ですわね。さ、終わりましたわよ」

 

魔力の譲渡を終え、ジュエルシードをトリックマスターに格納し直すと、今度ははやてを支えて居間に移動した。士郎さんと桃子さんは既に翠屋で、美由希さんは高校だが、恭也さんだけは万が一に備えて大学を休んでくれていた。俺達が居間に入ると、丁度ユーノと恭也さんが2人で何かを話しているところだった。

 

「ミント、はやて、お疲れさま」

 

「私はそれほど疲れとらんよ? お疲れやったんはミントちゃんやね。ほんま、ありがとうな」

 

改めてお礼を言うはやてに笑みを返すと、ユーノ達の方に向き直った。

 

「ところでお2人はどうされたのです? 随分と仲良さそうにお話しされていたようですが」

 

「ああ、実はミントちゃんが毎朝やっている、棒術の型についてちょっとね」

 

何かと思ったらベルカ式棒術のことについて話をしていたらしい。今朝も庭先を借りてなのはやヴァニラの魔法訓練と一緒に練習していて、それを美由希さんと一緒に見ていたのは気付いていたのだが、気になるようなことでもあったのだろうか。

 

「随分と身についているようだし、先日のテロリストとの戦闘でも確り応用しているようだったからね」

 

「まだ練習を始めて2年半程度ですけれど」

 

「でも毎日やっているんだろう? 継続は力さ」

 

実は最初に練習をした翌日に早速1日サボってしまったのだが、確かにそれ以降は毎日欠かさずに練習している。要所要所で役にも立っているし、身についていることが実感できるのは嬉しいことだ。

 

≪If you are losing shape or center of gravity, I will support you to break yourself of a habit.≫【もし構えや重心にズレが生じた場合は私が矯正しますから】

 

トリックマスターがふよふよと飛んできて会話に混ざった。長い期間単独で練習をしていると型が崩れてしまうことがあり、確り矯正しておかないと故障や怪我の原因にもなることがあるのだとか。

 

「で、話しを戻すけれど、もし良かったら軽く手合せしてみないか? 」

 

「…はい? 」

 

どう考えても体格的に絶対無理だろうと小一時間ほど問い詰めたかったのだが、気が付けば道場で恭也さんと向き合っていた。はやてとユーノは道場の隅で見学している。

 

「じゃぁ軽く打ち込むから、捌いてみてくれ。身体強化はして貰って構わない」

 

「…了解ですわ」

 

俺はそっと溜息を吐くと身体を強化し、錫杖形態のトリックマスターを構えた。

 

 

 

「そうか、魔法を使うことが前提になっている動きなんだな」

 

繰り出される攻撃を何度かトリックマスターで捌いていると、ふと恭也さんがそう呟いて手を止めた。

 

「どういう事ですか? 」

 

「以前から、体格の小さなミントちゃんが使う足運びにしては少し無理がある動きだと思っていたんだ。一度身体強化を解除して、受けて貰っていいかい? 」

 

言われるままに強化を解除して恭也さんの攻撃を受けようとしたところ、あっという間にバランスを崩して尻餅をついてしまった。

 

「同じような体格の人相手なら問題ないんだけれど、体格差がある時はそれをスピードや技術で補うのが普通なんだ。ミントちゃんの棒術の場合は、恐らくそれ以上に魔法による強化が活かし易い型になっているんだと思うよ」

 

ちなみに、と言って恭也さんは軸足の使い方や体重移動のタイミングについて簡単に説明してくれた。

 

「古武術だと、こうした足運びや重心の取り方は基本でね。まぁ身体強化が出来ているならあまり意味は無いかもしれないけれど」

 

「いえ、是非参考にさせて頂きますわ。ありがとうございます」

 

一朝一夕には難しいだろうが、一応トリックマスターにも動きを記録して貰った。毎朝の練習の際に、合わせて試すのも良いかもしれない。改めて恭也さんにお礼を言うと、俺達は道場を出た。

 

「ほな次は捜索やね。ミントちゃん、頑張ってな」

 

「そう言えばミント、スーパー・エリア・サーチでジュエルシード発見場所の座標は特定出来るよね? 」

 

「ええ、可能ですわね」

 

「この前みたいに後先考えず飛び出すのは止めてよね。僕がトランスポーターで恭也さんと一緒に送るから」

 

ユーノに釘を刺されてしまった。先週、山の宿近くの小川でジュエルシードを見つけた時はそこまで考える前に飛び出してしまったため後付けで言い訳を考えたのだが、どうやらユーノにはバレてしまっていたようだ。

 

「まぁ5年近くも一緒にいるからね…考えてることは大体判るよ」

 

「お~ええなぁ。以心伝心いうやつやな」

 

「無駄話はこのくらいにして、そろそろ始めますわよ」

 

茶化すはやてのセリフを遮るようにスーパー・エリア・サーチを展開した。二次展開、三次展開と索敵範囲を広げていく。以前トリックマスター達が作成してくれた地図の落下予測地点を重点的に捜索するのだが、一応それ以外の場所にもサーチャーを回している。

 

「ミント、どう? 」

 

「実際に見て歩くことを考えたら随分と効果的ではありますが、やっぱり全部のエリアを虱潰しにするには圧倒的に人手が足りませんわね」

 

ユーノやなのは、ヴァニラにも同時にスーパー・エリア・サーチを展開して貰うことを検討中なのだが、それぞれのサーチ結果をリンクさせる準備がまだ出来ていない。そこまで行くと儀式魔法と呼んでもいいレベルになってしまうので、今は取り敢えず俺が1人で捜索を担当しているのだ。

 

そうして暫く捜索を続け、そろそろお昼になろうとしている時、俺はサーチャーを通してジュエルシードを発見した。

 

「見つけましたわ…ですが」

 

「どうしたの? ミント」

 

そのジュエルシードを見つけたのは、遠見市寄りにある大きな工場プラントの敷地内だった。気になったのは、あまりにも無防備に、目立つ状態で落ちていたこと。そしてその周囲に6つの隠蔽魔法反応があったことだった。

 

「…罠ってこと? 」

 

「餌を撒かれたっちゅうことやろな。待ち伏せしとるつもりなんやろうけど、バレバレなところが滑稽や」

 

スーパー・エリア・サーチの存在は知られていない筈だが、以前街中で戦闘を行った時にヴァニラが一度単独で隠蔽看破を行使している。誘われている可能性は捨てきれない。

 

「だがこちらとしても手を出さない理由は無い。行こうか」

 

「…ですわね。折角相手が手持ちのジュエルシードを提供してくれるのですから、回収しない訳には行きませんわ。はやてさん、なのはさんとヴァニラさんへの連絡、お願いしますわね」

 

「任しといて。みんな、気を付けてな」

 

はやての言葉に頷くと、俺は恭也さん、ユーノと一緒にトランスポーターのポータルに乗る。一瞬の浮遊感があり、俺達は指定した座標に転移した。

 

だが次の瞬間、俺はここに恭也さんとユーノを連れてきてしまったことを激しく後悔した。出来れば思い出したくない、聞き覚えのある声が聞こえてきたからだった。

 

「ふーん…死の呪いが効かないっていうのは、どうやら本当みたいね」

 

俺達の目の前に立っていたのは、ルル・ガーデンだった。

 

 

 

=====

 

はやてさんから念話が届いたのは、丁度お昼休みを知らせるチャイムが鳴った少し後だった。

 

<さっきミントちゃんがジュエルシードを見つけたんや。せやけどどうやらテロリストの罠らしくてな。6人くらい待ち伏せしとるらしいんよ>

 

<うん、判った。なのはさんと一緒にすぐ飛ぶよ>

 

丁度お弁当を食べようと屋上に来ていたので、アリサさん達にジュエルシード回収に行く旨を伝え、座標を確認してセットアップを完了させると、認識阻害と同時にトランスポーターを起動した。

 

「なのはさん、恭也さんとユーノさんと一緒に、周囲の警戒をお願いします。まだ5人ほどいらっしゃるようですわ。ヴァニラさんはこちらへ」

 

転移完了とほぼ同時に、ミントさんがそう言った。視線は正面の女性に向けたままだ。見たことの無い女性だったが妖しげな笑みを浮かべており、心の中でアラートが鳴り響く。ゆっくりと歩を進めてミントさんの隣に並んだ。周りは既にユーノさんが張ったと思われる封時結界に覆われており、更にユーノさん達は後方に別の結界を展開していた。

 

<…転生者ですわ>

 

不意にミントさんから念話が入る。その意味を正確に把握するのに数秒を要した。

 

<え…って、この人もテロリストの仲間なの? >

 

<ええ、それもとびっきりたちの悪い…人を殺すために、平気で呪いを口にする人ですわ>

 

私は目を見開いた。ミントさんがなのはさん達を下がらせたのは、呪いを回避するためなのだろう。

 

「まさか本当に呪いが効かないなんてね…どういうトリックなのかしら? 」

 

「それを聞かれて、わたくしが素直に答えるとでも思っていますの? 」

 

「…まぁいいわ。ちょっとは判ったこともあるし」

 

そう言いながら、女性はバリアジャケットを身に纏った。デバイスを持っているようには見えないが、魔力量はかなり大きいように思った。

 

「わたくしとしては、貴女が魔法を使えるのがとても不思議なのですけれど。以前お会いした時には、貴女にはリンカーコアがありませんでしたわよね」

 

「あら、そうだったかしら? でも今はちゃんと魔法も使えるわよ。こんな風に…ねっ! 」

 

女性はそう言うと、即座に生成したスフィアから直射弾を立て続けに発射した。

 

「高機動飛翔! 」

 

ミントさんと私はそれぞれ同時に飛行魔法を展開し、空中に逃れた。女性も後を追うように空中に舞い上がる。そしてそれと同時に恭也さん達も動き出す。銃声が聞こえたので、恐らく隠れていた他のテロリスト達も動き出したのだろう。

 

「正気ですの? 封印していないジュエルシードがある空間で魔法戦闘を仕掛けるなんて! 」

 

「態とそうしてるのよ。次元震が発生する時のデータが欲しいのよね」

 

「ならご自身のアジトで検証すれば良いでしょうにっ」

 

「判っていないわね。データは欲しいけれど、それで貴重なロストロギアを失う訳にはいかないの。そっちの子がいれば、次元震が起きても止めてくれるのでしょう? 」

 

ミントさんと言い合いをしていた女性が、唐突にこちらに向かって微笑みかけてきた。その視線に背筋が寒くなる。

 

<埒が明きませんわね。わたくしが前に出て足止めをしますから、ヴァニラさんは援護をお願い致します。チャンスがあれば封印を>

 

<う…うん、判った>

 

私に出来ることなどそれほど多くはないのだが、まずはプラズマ・シューターを6基生成して側面と背後からの射撃に専念する。だが回り込んでジュエルシードに向かおうとすると、都度女性に妨害された。

 

「おいたはダメよ。貴女に死なれたら困るんだから」

 

「…っ! 」

 

女性はミントさんと戦闘しながらもこちらに射撃魔法を飛ばしてくる。それを回避しながら、こちらもシューターで牽制するが、連携戦闘の練習など殆どしていない私はミントさんの攻撃に合せるのも一苦労で、なかなか決定打を与えることが出来ない。

 

<ヴァニラちゃんっ、後ろ! >

 

不意になのはさんから念話が入り、咄嗟に横に移動すると、さっきまで私がいた場所を射撃魔法が薙いだ。目の前の女性に集中しすぎていたが、他にも警戒しなければならない魔導師が5人いることを改めて思い出した。そして次の瞬間、ドクン、というジュエルシードが発動する時の独特の波動を感じた。

 

<ミントさん、ゴメン。ジュエルシードの封印を最優先するよ>

 

<了解ですわ。お願いしますわね>

 

女性の対応をミントさんに任せると、私はなのはさん達の援護に回った。

 

「ハーベスター、スーパー・エリア・サーチの術式はコピーしてある? 」

 

≪Yes, master. Shall I activate it? ≫【はい。行使しますか? 】

 

「うん、お願い」

 

目的は隠蔽看破。二次展開以降は必要ない。確認すると、恭也さんが1人で辛うじて3人の魔導師を抑えてくれていた。ユーノさんとなのはさんが連携して2人の魔導師とやり合っているが、隠蔽魔法を使われている状態で苦戦している様子だった。そこにフォトン・ランサーを叩きこむ。

 

「ヴァニラちゃん! 」

 

「なのはさん、私が魔導師を牽制しておくから、その隙に大出力の砲撃でジュエルシードの暴走を抑え込んで」

 

「そうか! 封印砲だ」

 

私の意図に気付いたユーノさんが声を上げる。

 

「え…っと、良く判らないけど、ディバイン・バスターで撃てば良いんだよね」

 

レイジングハートを砲撃モードにして構えるなのはさんの隣にユーノさんが立ち、両手にそれぞれ5枚ずつ、合計10枚のプロテクションを瞬時に発動させた。

 

「防御は任せて! 」

 

飛来する射撃魔法はユーノさんのプロテクションによってあっさり無効化され、術者は私がシューターで攻撃する。大きなダメージを与えるには至らなかったが、ディバイン・バスター発動の時間稼ぎには十分だった。

 

「行くよっ!! 」

 

≪"Divine Buster".≫【『ディバイン・バスター』】

 

桜色の奔流がジュエルシードを飲み込み、暴走を抑え込む。

 

「…やってくれたわね。全く、足止めすら出来ないなんて役立たず共。少しは役に立ちなさいよ」

 

ミントさんと相対する女性がそう言った途端、5人の魔導師の動きがおかしくなった。

 

「何だ!? 」

 

恭也さんが異変に気付き、魔導師から距離を取った。隠蔽が解除されて、急激にそれぞれの魔力量が増加を始める。あの女性が何かしているのは間違いない。元々Aランク程しかなかった魔導師達の魔力量があっという間に推定でAAからAAA程度に跳ね上がった。

 

「何? これ、何が起きてるの? 」

 

「判らない…こんな魔法、聞いたことないよ」

 

 

 

だが次の瞬間、空から金色の砲撃と水色の光弾が降り注ぎ、それと同時に魔力量の増加も止まった。周囲にあふれていた魔力も霧散する。

 

「そこまでです。時空管理局嘱託、フェイト・テスタロッサです。この場所でのこれ以上の戦闘行動を禁じます」

 

「え…あ、アリ、シアちゃん…? 」

 

そこにいたのは、黒いバリアジャケットに身を包んだアリシアちゃんだった。隣には見慣れない黒髪の少年もいる。一瞬頭が混乱しそうになったが、すぐに彼女が定時連絡で何度か話をした「フェイト・テスタロッサ」であるだろうことに思い至った。隣の少年が「クロノ・ハラオウン執務官」だろう。

 

「くっ、管理局とはね…一度退くわよ!! 」

 

女性がそう言い残すと、5人の魔導師達も一緒にその場から姿を消した。恐らく転送魔法だろう。一次展開しかしていないスーパー・エリア・サーチではあっという間に検知できなくなってしまった。

 

「どうする、クロノ? 」

 

「エイミィ、追えるか? 」

 

『ダメ。短距離転移を繰り返していて、上手く座標が特定できない…あ、二手に分かれて…! ゴメン、見失っちゃった』

 

クロノと呼ばれた少年の傍らに開いた通信コンソールから、女性の声が聞こえた。

 

「まぁ、いいさ。あれが例の『ルル・ガーデン』なんだろう? 深追いは却って危険だ。さて」

 

クロノさんがこちらを向いて、そして言った。

 

「永らく待たせてしまってすまない。時空管理局執務官のクロノ・ハラオウンだ。こうして直接会うのは初めてだな。よろしく頼む」

 




最近、いろいろなWeb小説を読んで、思いました。。
人間の悪意を描写するのって、難しい。。

上手な人が書く悪役って、本当に嫌な奴なんですよね。。
読み手が思わずその世界に飛び込んでいって、殴りつけてやりたいって思うような悪役が書けるようになりたい。。

引き続き精進しますので、今後ともよろしくお願いします。。


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第12話 「レアスキル」

「ミント、久し振り」

 

「フェイトさん…ありがとうございます。助かりましたわ」

 

ふっと息を吐く。逃がしてしまったとはいえ、ルル・ガーデンに死の呪いを使わせずに済んだことはこちらの勝ちに等しい。それに餌として用意されていたであろうジュエルシードも奪取することが出来た。そっちは丁度なのはがレイジングハートに格納しているところだった。

 

「ギリギリ、目標クリアですわ」

 

アースラが到着するまでに最低10個はジュエルシードを確保しておきたいと思っていたが、これが丁度10個目。漸く半数に手が届いたと言ったところだ。

 

フェイトと一緒になのは達のところに合流すると、まずユーノが手を振ってきた。

 

「フェイト、久し振り」

 

「ユーノも、元気そうで良かった」

 

傍らでそれを眺めているなのはとヴァニラ、それに恭也さんはさすがに呆然とした様子だった。

 

「ふぇぇ…本当にアリシアちゃんにそっくりだねぇ」

 

「うん。最初、見間違えちゃった」

 

雰囲気で言えば、妹であるフェイトの方が若干大人びているのだが、髪形を含めた見た目は確かにそっくりだ。

 

「君がなのはだね。よろしく」

 

「うん。よろしく、フェイトちゃん。私ともお友達になってくれる? 」

 

「もちろん、喜んで」

 

原作とは違うが、この状況も悪くないと思った。だが一応ここでもう一度、名台詞を盗ってしまったことをなのはに謝っておくことにした。勿論、心の中でだけだが。

 

「君がヴァニラ? ありがとう。君のおかげでアリシア姉さんに会うことが出来るよ」

 

「いえ、むしろ私の方こそアリシアちゃんにはいろいろ助けて貰って」

 

ヴァニラは傍目に見ても緊張している様子で、以前のような丁寧口調になっていた。まるで昔のフェイトを見ているようで、思わず笑みが零れる。

 

「フェイト、挨拶はそれくらいにして取り敢えず一度アースラに移動しよう。艦長やプレシア女史も首を長くして待っている筈だからな」

 

クロノがそう言うと、すぐに傍らに通信コンソールが開いた。

 

『ご苦労さま、クロノ執務官、フェイトさん。首を長くして待っていると言えばその通りなんだけど、先に関係者の取り纏めをお願いね』

 

「あ、それなら私が呼んできます」

 

ヴァニラがそう言ってトランスポーターを起動した。

 

 

 

30分程して、今回アースラに同行するメンバーがその場に集まった。行くことになったのは俺の他には恭也さん、なのは、はやて、ユーノ、アリシア、ヴァニラ、そして何故かアリサとすずか。

 

「にゃっ? 何で2人がいるの? 」

 

「いい度胸ね、なのは。あたし達だってもう十分に関係者でしょ」

 

「この前お泊りした時、こういう機会があったらちゃんと声をかけてねってヴァニラちゃんに言っておいたんだよ」

 

先見の明と言うか、好奇心の塊というか。クロノはあまりいい顔をしていないが、一応リンディさんから「まぁ良いでしょう」と言われて2人共大いに燥いでいた。

 

ちなみに士郎さんと美由希さんは今回参加を見送ることになった。これはリンディさんとプレシアさんが後日改めて翠屋に挨拶に訪れることを表明したためだ。後でゆっくりと話し合いが出来るなら、態々焦って大人数でアースラに乗り込む必要もない、という事らしい。むしろ愛娘達に何かあった時は「恭也、やってしまえ」的な雰囲気になりそうで怖いが。

 

そしてはやては今回、闇の書を持参していない。原作よりも早いタイミングで対応したい考えではあったものの、ジュエルシードと並行して対応するには問題が大きすぎるため、はやて本人には曖昧にではあるものの少し落ち着いてから管理局に相談しようと持ちかけていたのだ。

 

「フェイト! お姉ちゃんだよっ! 」

 

本当に嬉しそうに話しかけるアリシアに、フェイトも笑みを浮かべて答えていた。

 

「姉さん、一つだけ忠告。今はリニスとアルフが抑えてくれているけれど、姉さんを見たら多分母さんの箍が外れちゃうから注意して」

 

「…先日のこともありますし、容易に想像出来ますわね…」

 

そんな雑談を繰り広げていると、改めてクロノの傍らに通信コンソールが開いた。

 

『みんな揃ったかしら? 大丈夫ならゲートを開くわよ』

 

「はい、艦長。問題ありません。お願いします」

 

クロノがそう答えると程なくして俺達の周りに魔法陣が生成され、そして視界は眩い光に包まれた。

 

『アリシアーーーっ!! 』

 

光が収まると同時にプレシアさんの声が響いた。見ればガラスのような透明な壁に仕切られた反対側で、リニスとアルフにがっちりと抑え込まれているプレシアさんの姿があった。

 

『プレシア、もう少しだけ我慢して下さい! これから検疫を兼ねた簡易メディカルチェックですから! 』

 

『全く…フェイトの時もそうだったけれど、娘が絡むとあんたは人が変わっちまうねぇ』

 

一方アリシアの方はちゃんと弁えているようで、笑顔でプレシアさんに大きく手を振ってはいるが、取り乱したりするようなことはなかった。

 

「さぁ、こっちだ。バリアジャケットを展開している者は解除してくれ」

 

クロノに先導されてメディカルチェック用のゲートをくぐる。幸い検疫に引っかかる人はいなかったが、以前の醤油や味噌が簡単に許可された経緯もあって、もしかしたらチェックが甘いのではないかと少しだけ不安になってしまったことは秘密にしておく。

 

ゲートを抜けた俺達は…というかアリシアは大方の予想を裏切らずにプレシアさんの抱擁の餌食になった。

 

「ママ…苦しいよ」

 

「ああ、ごめんなさい。これで大丈夫かしら」

 

文句を言いながらも嬉しそうにしているアリシアと、さっきと比べたら大分落ち着きを取り戻したように見えるプレシアさん。だが周りの状況が見えていない様子なので、本当に落ち着くまでにはまだ少し時間が必要だろう。

 

「みんな、ゴメン。ああなっちゃうと、母さんは暫く止まらないから」

 

「そうだな。取り敢えず我々だけで先に艦長のところに行こう。リニス、後は頼めるか? 」

 

「仕方ありませんね。落ち着いたら連れて行きますので、先に行っていて下さい」

 

苦笑するリニスにプレシアさん達の対応を任せる。ふと、ヴァニラがリニスを凝視している風だったので、一緒に残るか尋ねたのだが、彼女は軽く首を振った。

 

「26年ぶりの母娘の再開を邪魔するわけにはいかないよ。それにお話しなら後でゆっくり出来るだろうし」

 

「プレシアにとっては貴女だって娘のようなものでしょうから、アリシアとのことが一段落したら次は貴女の番だと思いますよ」

 

リニスが悪戯っぽく言うと、ヴァニラも苦笑していた。

 

「取り敢えず今はリンディ艦長のところへ。ヴァニラが言う通り、お話は後でゆっくり出来ますからね」

 

そう言うリニスに別れを告げ、先に進む。やがて案内された部屋はリンディさんの私室だろうか。嘗て画面の向こう側で観た、何か色々と間違った和室がそこにあった。

 

「すごい…室内に桜があるよ」

 

「もう5月やのに、満開やね」

 

「SF感満載の宇宙船に乗り込んで、こんな景色に遭遇するなんて予想外の更にその外だったわ…」

 

鹿威しがカコン、と音を立てた。部屋の中央に野点のセットが置いてあり、そこにリンディさんが正座していた。言うまでもなく、時空管理局の制服姿である。改めて見ると違和感だらけであることこの上ない。

 

「ようこそ、アースラへ。改めまして私が艦長のリンディ・ハラオウンです。どうぞ、楽にして下さい」

 

ヴァニラがさり気なく桜から一番離れた場所に腰を下ろすと、それ以外の面々も戸惑いながらその場に座った。すると各自にリンディさんが点てたらしいお茶が振舞われる。

 

「みなさん、お砂糖は? 」

 

「あぁ、俺は結構です。甘いものは苦手なので」

 

「あ…わたしも大丈夫です…」

 

原作通り、リンディ茶はみんなに受け入れられていない様子だったが、俺は砂糖とミルクを受け取った。

 

「ミントちゃん…それ、入れるん? 」

 

「ええ、抹茶ラテみたいで美味しいですわよ」

 

俺がそう言うと、アリサとすずかも恐る恐ると言った感じで砂糖とミルクを投入した。今回の同行についてもそうだが、本当にこの2人はチャレンジャーなのだな、と改めて思う。

 

「あ、本当に美味しいじゃない」

 

「うん。こんな味になるんだ…びっくりだよ」

 

意外と好評のようで、リンディさんも嬉しそうにしている。ただ、なのはとはやては苦笑しながらそれを眺めているだけで、最後まで砂糖もミルクも投入することは無かった。

 

(リンディさんは入れ過ぎなのですわ)

 

心の中でだけ、ツッコミを入れておいた。

 

 

 

お茶を頂いて一息ついた後、丁度プレシアさんとアリシア、リニスも合流したので、全員で自己紹介をしておいた。尤も定時連絡も入れていたから、本当の意味で初めてなのはアリサとすずかだけなのだが。

 

「そう…貴女が高町なのはさん、そして貴女が八神はやてさんね」

 

「例の民間協力者か。君達に協力して貰ったことで随分助かったと聞く。改めてお礼を言わせてくれ」

 

「まぁ協力しとったんは殆どなのはちゃんやけどな。私は何も出来ひんかったし」

 

クロノが頭を下げると、はやてが慌たように両手を振った。

 

「いえ、はやてさんにも随分と助けて頂きましたわよ。特にスーパー・エリア・サーチははやてさんとなのはさんの協力なしでは完成しませんでしたし」

 

「あぁ、例の超広域探査魔法か。後でエイミィに術式を提供して貰えるか? 随分と楽しみにしていたようだからな。さてと、そろそろ本題に入ろうか」

 

クロノがそう言うと、リンディさんも頷いた。

 

「ヴァニラさんとアリシアさんには、管理外世界への長期滞在に伴う身体への影響度を検査して貰います。それからなのはさん、はやてさんは魔導師としての適性検査ね。恭也さんにアリサさん、すずかさんも付き合って貰えるかしら? 」

 

「はい、判りました」

 

「私が案内するよ。ついて来て」

 

フェイトが立ち上がり、それに合わせてみんなも立ち上がる。俺も一緒に行こうとしたのだが、その時クロノがこっちに声をかけてきた。

 

「ああミントと、それからユーノ。2人は別件で話があるんだ。ちょっと残って貰っていいか? 」

 

「? ええ、構いませんわよ」

 

なのは達が部屋を出ると、周りの空気が少し引き締まった気がした。

 

「まずは例のテロリストについてなんだが…ミント、以前聞いた時は確かルル・ガーデンにはリンカーコアは無かったと言っていたな? 」

 

「ええ。フェディキアで会った時は確かにリンカーコアの反応はありませんでしたわね」

 

だが今回、ルル・ガーデンは明らかに魔法を使用してきた。こちらで検知した限り、魔力量もAAAクラスはあったように思う。

 

「実は最近になって、奴らの仲間に魔法を使用できるものがどんどん増えているようなんだ」

 

「それは…もしかして魔導師がテロリストの理念に賛同しているということですの? 」

 

俺の質問に答えたのは、先程合流したばかりのプレシアさんだった。

 

「…人工リンカーコアよ。奴らは、非魔導師を魔導師にする技術を身に着けたの」

 

一瞬言葉に詰まった。万年人手不足の時空管理局にとって、それは喉から手が出る程欲しい技術ではないかと思ったのだ。だが、プレシアさんの言葉はそれを否定するものだった。

 

「テロリストが拠点にしている場所の1つから研究資料が一部発見されたんだけど、そのデータからすると拒絶反応が起きた場合の致死率が高すぎるの。人工リンカーコアを体内に埋め込んで、拒絶反応を起こす確率は40%程。でも拒絶反応を起こした人は90%以上の確率で亡くなっているわ」

 

「彼等は、それを承知の上で人工リンカーコアを使っているっていうことですか? 」

 

ユーノの質問にプレシアさんは頷いて返す。

 

「管理局側でも人工リンカーコアの研究を始めてはいるけれど、この成功率じゃぁとてもじゃないけれど臨床実験をする訳にもいかないのよ。それに今までの研究で確認したところ、どうも人工リンカーコアには欠陥があるみたいだし」

 

リンディさんが溜息交じりにそう続けた。

 

「欠陥、ですか? 」

 

「ええ。恐らく人工リンカーコアを使って魔導師になった人間は、そんなにたくさんの魔法を行使することは出来ないわ。精々3、4種類…多くても5種類程度しか使うことが出来ないのよ」

 

それは言われてみれば確かに心当たりがあった。あの銃の男は銃以外の攻撃手段を持っていない様子だったし、射撃魔法と結界魔法を使っていた魔導師にしても、使用していた魔法には偏りがあった。

 

「それに殆どの場合、人工リンカーコアで得られる魔力量はCからB程度。良くてもAと言ったところね」

 

「ですが、ルル・ガーデンは明らかにAAAクラスの魔力を有していましたわ。これも人工リンカーコアなのでしょうか? 」

 

「さすがにそこまでは判っていない。だが過去に魔力を持たなかった人間が急に魔力を有したんだ。人工リンカーコアと考えるのが妥当だろうな。だが最後のあの魔法は…」

 

「他の魔導師達の魔力量が急激に上がったあれだね。何か心当たりが? 」

 

「いや、生憎とさっぱりだよ」

 

さすがにこれ以上は考えても推測の域を出ることは無く、結局進捗を報告して貰ってもあまり役に立つことは無かった。ただ彼等が最後に使った魔法については、俺は妙な既視感を覚えていた。

 

(どこか「ヘル・ハウンズ隊」と共通するところがあるような気がしますわね)

 

近いうちにヴァニラの意見も聞いてみようと思い、俺はユーノと一緒に艦長室を後にした。

 

 

 

=====

 

次元航行艦アースラのメディカル・ルームに通された私達は、まず気さくそうな明るい女性を紹介された。

 

「みんな、初めましてだね。今日みんなのチェックを担当するエイミィ・リミエッタだよ。エイミィって呼んでね」

 

普段はアースラのオペレーターをしているというエイミィさんの指示に従って検査を進める。結果としてはアリシアちゃんも私も、管理外世界に長期滞在していることに伴う身体への影響などは特にないとのことだった。

 

「そう言えば昔の映画で、地球侵略にきた宇宙人が結局地球のバクテリアによって死滅しちゃうお話があったわよね」

 

「そこまで酷いのはなかなか無いと思うけどね。基本的に生命体にはちゃんと免疫力が備わっている筈だから。それにそっち方面はアースラに搭乗する時にチェック済みだから問題なし」

 

雑談をしながらもエイミィさんの指先はコンソール上を流れるように動き、結局規定時間内に私達だけでなく、アリサさんやすずかさんの健康診断まで終わらせてしまった。ちなみに恭也さんは別の部屋で診断を受けているらしい。

 

「はやてちゃんは下肢麻痺の精密検査をするから、もう少し待っててね。それ以外は全員健康優良、問題なし! 次は魔力チェック行ってみようか」

 

魔力チェックということで対象は精密検査待ちのはやてさんを除いたなのはさんと私の2人かと思ったのだが、何故かアリシアちゃん、アリサさん、すずかさんも一緒に受診することになった。

 

「君達にはリンカーコアは無いんだけれど、偶にリンカーコアが無くてもレアスキルが顕現したりすることがあるから、念のためね」

 

「あ…レアスキルの検査もして貰えるのですか? 」

 

「うん。折角の機会だし、機材も揃っているからね」

 

最近ハーベスターからも、もしかしたらレアスキルがあるかもしれないという話を聞いていて少し気になっていたので、丁度良かった。変なスキルじゃなければ良いけれど、と少し不安を抱きつつ、私達は魔力チェックに臨んだ。

 

 

 

「艦長…こんなケースは初めてで、なんて報告したらいいか…」

 

先程までとは打って変わって、エイミィさんが複雑そうな声でリンディ提督と通信で話をしている。原因は文字通り今まで報告例がないレアなスキル。アリサさんとすずかさんにはリンカーコアは無く、なのはさんも含めてレアスキルは確認出来なかったのだが、アリシアちゃんと私に顕現したレアスキル、これが問題だった。

 

『まさか、時間跳躍系のレアスキルなんて言わないわよね? 』

 

「直接時間を跳躍できるようなものではなかったのですが…ただ、それに近いというか、何と言うか…」

 

まずアリシアちゃんに顕現したレアスキルは、コクーンと呼ばれる非常に強力な結界を展開するものだった。これは封時結界の強化版のようなもので、外部との時間の流れを完全に遮断してしまうのだが、コクーン内部の時間の流れはランダムで、アリシアちゃん自身でも調整が出来ないらしい。

 

検査結果から推測された経緯は次のようなものだ。魔力駆動炉の暴走で溢れ出たエネルギーでレアスキルを発動させてしまったアリシアちゃんは私と一緒にコクーンに取り込まれ、殆ど時間が静止しているような状態で26年を過ごしてしまったらしい。これに私のトランスポーターの暴走が重なったことで天文学的な確率で地球にジャンプすることになったのだとか。

 

場合によっては事故の数時間後にミイラ化してしまった2人の遺体が発見されていた可能性もあったのだと知らされ、思わずアリシアちゃんと抱き合ってガタガタと震えていた。封印するかどうかと尋ねられたアリシアちゃんは何度も大きく頷きながら、すぐに封印して欲しいとお願いしたのだ。

 

封印は、報告を受けて文字通り飛んできたプレシアさんが主導して、厳重に行われた。ただかなり複雑な術式らしく、数年に1度は再封印の必要があるのだそうだ。

 

「プレシアさんの術式でもあるし、恐らく大丈夫だと思いますが…これ、公になったら大問題ですよね? 」

 

『過去に戻れる訳ではないけれど、今までに報告例の無い時間操作系…確実に非合法の研究機関に狙われるわね。エイミィ、データの抹消は? 』

 

「勿論、完全に削除済みでバックアップも取っていません。じゃぁアリシアちゃんのことは今後プレシアさんにお任せする形で…それで、今度はヴァニラちゃんの方なんですけど」

 

エイミィさんと目が合った。話しても良いか、とのアイコンタクトのようだったので、軽く頷いて返した。

 

『…まさかこれ以上の衝撃とか…? ちょっと待って! 深呼吸するから』

 

「アリシアちゃんのレアスキルと比較したら衝撃度は低いと思いますが…ただ本人が隠蔽を望んでいなくて」

 

私のレアスキルは、自分が治療や修復を意図して発動した魔法についてのみSSSを超える魔力を使用可能で、しかも制御まで出来るようになっているというものだった。治療や修復を意図した場合のみなので、仮に「グラヴィティ・コンバージェンス」を人間に対して発動しようとしても不発に終わってしまうことだろう。前回はあくまでも「元の状態に戻す」ことを前提に行使したため発動出来たのだ。

 

『ちょっと待って! それって、SSSオーバーの治癒術師ってこと!? そんなの聞いたことないわよ! 』

 

「判っています。記録にある限り、AランクやAAランクの治癒術師が数人いた程度で、それでも伝説と言われているくらいです。こんなことが公開されたら、下手したら一生本局から出してもらえなくなりますよ」

 

『もう、アリシアさんの事象よりも衝撃度が低いっていうけど、正直とんでもないことよ? …で、本人が隠蔽を望んでいないって…ヴァニラさんはそこにいるのかしら? 』

 

エイミィさんに呼ばれて、コンソールの横に立った。厳密に言えば隠蔽を望まないというよりは、私自身が将来的に治癒術師になることを希望していることもあり、いずれ発覚するなら早い方が良いと考えただけだったので、それをリンディ提督にも説明する。少しの沈黙の後、リンディ提督はふっと息を吐いた。

 

『貴女の意思は判ったわ。ただやっぱり暫くの間は情報を抹消させて欲しいの。H(アッシュ)提督がご存命だったら問題なかったのでしょうけど、今の貴女には後ろ盾が全く無い状態。そこで強い力を持っていることが知られてしまうのはあまり望ましくないのよ』

 

リンディ提督が私の身を真剣に案じてくれていることは良く判ったので、そこは素直に「はい」と答えた。

 

『貴女にはちゃんとした後見人も必要ね。今は高町さんが里親になってくれているけれど、将来的に治癒術師を目指すのなら、ミッドチルダに戻るつもりがあるのでしょう? 』

 

「はい。義務教育期間は出来れば地球に滞在して、その後ミッドチルダに戻ることを考えています」

 

『そうね、そうして貰えるとこちらも助かるわね。情報整理の猶予も出来るし』

 

意外とあっさり許可が下りそうなことに安堵し、アリシアちゃんに笑いかけると、サムズアップが返ってきた。

 

『あとは生活基盤を含めた後見人、保証人は必要ね…ヴァニラさん、貴女うちの養女にならない? 』

 

「はい…えっ? あ、ちょっと待って下さい」

 

思わず答えてしまってから、提案された内容を理解した。

 

『エイミィ、今の記録してあるわよね? 『えっ? 』の後ろはカットして、こちらに送ってくれる? 』

 

「ちょ、リンディ提督!? 」

 

『……コホン。今のは冗談として、養女の件、真剣に考えて貰えないかしら。単純な生活基盤や後見人と言う意味ではプレシアさんや高町さんでも問題は無いのだけれど、貴女の能力の特異性を考慮すると、どうしても後ろ盾は必要なのよ』

 

それには「提督」としての肩書が役に立つという。最初に若干間が開いたところが気になるが、悪い話ではないことだけは確かだろう。ただそれにしても即答は出来なかった。

 

「少し、考えさせてもらって構いませんか? 」

 

『ええ。暫く地球に滞在するならまだ猶予はあるし、ゆっくり考えて頂戴』

 

今年の初詣で引いたおみくじの「縁談:滞りなく進む」の文言が頭を過った。これも確かに縁談の一つには違いない。

 

 

 

さて、これで全て終わりかと思っていたのだが、最後に超弩級の問題が発生してしまった。それははやてさんの精密検査結果に関連することだった。

 

はやてさんの精密検査を実施する際に、魔力の異常減衰についてエイミィさんに話をしておいた。実際検査結果からも何かに吸い取られるように魔力が減少していて、それが麻痺の原因だろうということは予測出来たのだが、そもそも何がはやてさんの魔力を吸い取っているのかについては全く判らない状態だった。

 

ミントさんが魔力譲渡を実施しているおかげか、現状で麻痺は進行しておらず小康状態を保っていた。ただ原因が判らない以上、これは暫定的な対症療法でしかない。だが、はやてさんがふと漏らした言葉で、事態は急展開することになったのだ。

 

「そう言えば私、魔力のある本を持っとるよ? ミントちゃんと相談して、今の事件が一段落したら調べて貰おうって言っとったんやけど」

 

それを聞いたエイミィさんの顔がさっと青褪めた。

 

「? エイミィさん、何か心当たりが? 」

 

「…え? あ、うん、ちょっとね。でもまだ確証がある訳じゃないから。いずれにしてもその本って、出来るだけ早いタイミングで見せて貰ってもいいかな? 」

 

「今はなのはちゃん家の部屋に置いてあるし、一度戻ったらすぐ持って来れるで」

 

はやてさんがそう言った時、エイミィさんの通信コンソールが開いた。どうやらクロノさんからコールが入った様子だった。

 

『エイミィ、問題が発生した。ちょっと確認して欲しいことがあるんだが』

 

「あ、クロノ君。丁度良かった。こっちも気になることがあるんだよ。艦長も含めて直接話したいんだけど…」

 

エイミィさんはそこで言葉を切り、私達の方を見た。今ここには私の他にフェイトさん、なのはさん、はやてさん、アリサさん、すずかさん、アリシアちゃんがいる。もしかしたら私達にはあまり聞かせたくない話なのかもしれない。

 

「あの、もしお邪魔でしたら席を外しましょうか…? 」

 

『いや、もうそんなことを言っていられる状態じゃなくなったんだ。それにこの話はヴァニラにも関係がある。構わない。僕達がそちらに行こう』

 

通信が切れて暫くすると部屋のチャイムが鳴り、エイミィさんがドアを開けた。入ってきたのはリンディ提督、クロノさん、恭也さん、ミントさんの4人だった。ユーノさんとアルフさん、リニスの姿はない。

 

「簡単に説明しようか。さっき高町家から恭也さん宛に連絡が入った」

 

クロノさんがそう言うと、恭也さんがポケットから携帯電話を取り出した。アースラ内部でも電波が通じるんだ、と場違いな感想を抱く。

 

「それによると、高町家自宅に突如『守護騎士』を名乗る4人の不審者が現れ、『主はどこだ』『主に会わせろ』と言い続けているらしい」

 

「美由希が父さんと一緒に不審者を追い出そうとしたらしいんだが、相手も相当な手練れらしくて膠着しているようなんだ」

 

「え…お父さんや美由希お姉ちゃんは大丈夫なの? 怪我とかしてない? 」

 

「あぁ、怪我とかはしていないようだが、未だに睨み合いが続いているらしい」

 

恭也さんの説明になのはさんはホッとしたような表情を見せたが、隣に立っているミントさんは心なしか不機嫌そうに見える。それにしても美由希さんと士郎さんを相手に膠着状態に持ち込めるのは相当な使い手だ。そんなことを考えていると、リンディ提督がはやてさんの前に進み出た。

 

「はやてさん、ちょっと聞きたいのだけれど、この本に見覚えが無いかしら? 」

 

浮かび上がったホログラムに表示されたのは、はやてさんが高町家に来た時に持ってきた本だった。

 

「はい、物心ついた頃からウチにあった本です。ミントちゃんからも魔力があるって聞いとったんで、一度調べて貰おう思うてました」

 

クロノさんが溜息を吐くと、目を閉じたまま顔を上に向けた。

 

「間違いない。主と言うのは『闇の書の主』で、はやてこそがその主だ」

 

「あぁ、もうまどろっこしいわね! もうちょっと判りやすく説明しなさいよ。そもそも『闇の書』って何なのよ」

 

「アリサちゃん、落ち着いて。失礼だよ」

 

クロノさんは軽く手を上げてアリサさんとすずかさんを制すると、ゆっくりと言った。

 

「『闇の書』と言うのは第一級捜索指定遺失物に相当する、ジュエルシードと同等の危険な代物だ。そして11年前、ヴァニラの父親であるイグニス・H(アッシュ)提督と、僕の父、クライド・ハラオウンが亡くなったエスティア事故の…原因でもある」

 

「…はい? 」

 

思わずはやてさんと顔を見合わせた。クロノさんに言われたことの意味が、良く判らなかった。

 

「…クロノさん、その言い方では誤解を招きますわ。説明するなら最後まで、確りとなさって下さいませ」

 

「あ、あぁ、すまない。詳しく説明しよう。その上で、君達に頼みがある。どうか、君たちの力を貸してほしい」

 

クロノさんはそこで言葉をいったん区切り、私達に向かって頭を下げた。

 




結局、ヴァニラは(バレバレだったとは思いますが)とんでもないチート能力持ちでした。。
本気を出したらリペア・ウェーブでStSで老朽化して廃艦予定だったアースラでも全修復出来てしまうかもしれません。。

ごめんなさい、それはさすがに嘘です。。
そして闇の書は、はやてがその場にいないのに勝手に起動してしまいました。。

来週の3連休は某音楽フェスで滋賀の方に行く予定です。。母の調子も良いので、ちゃんと事前に予約投稿をしておけるように頑張ります。。
引き続きよろしくお願い致します。。


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第13話 「守護騎士」

メディカルルームで話を続けるには若干手狭だったこともあり、俺達は一度ミーティングルームに移動することにした。

 

「思ったんだけど、あたし達っているだけお邪魔だったりする? 」

 

「何の役にも立てそうにないよね…話が話なだけに」

 

アリサとすずかが移動しながらそんなことを話しているのが聞こえてきた。

 

「ううん、実は2人にも別件でちょっと頼みたいことがあるんだよね~クロノ君、例のプロジェクトの件なんだけど、この子達にお願いしてもいいかな? 」

 

「あぁ、例の『味見』役か。最初はミントに頼もうと思っていたんだが、確かにこれから忙しくなるし、現地人の方が信頼できるか。構わないが本人達にはちゃんと了承を取ってくれよ。それとテロリストから攻撃を受けた場合を想定して、護衛も確りとな」

 

「判ってる。じゃぁ、アリサちゃんとすずかちゃんだったね。君達はこっちね~」

 

エイミィさんに連れられて離脱していくアリサとすずか。元々俺に頼むつもりだった仕事らしいので変なものではないと思いたいが、特に聞いていなかったことなので疑問に思う。

 

「えーっと、クロノくん? アリサちゃん達、どうしたの? 」

 

なのはも状況が掴めていないようで、クロノに確認していた。

 

「文字通り、味見をして貰うんだ。最近エイミィが第97管理外世界…君達の世界の料理にハマってしまって、艦内でスタッフに振舞った結果、食堂でメニュー化しようという動きが出たんだよ。元々ミントが提供してくれたレシピが殆どだからミントに味見もして貰おうと思ったんだが」

 

そう言えば大分前にプレシアさん経由でエイミィさんにレシピを提供した覚えがあった。平時ならはやても嬉々として参加しただろうし、俺としても興味は尽きないが、残念ながら今はロストロギア対策が最優先だ。

 

「ジュエルシードも闇の書もさっさと片付けて、わたくしもそっちのプロジェクトに参加したいものですわ」

 

「せやな。私もそっちのがずっと気楽なんやけど」

 

思わず漏れた呟きにはやてが答える。だがその顔を見ると、一生懸命笑顔を取り繕おうとしているようにも見えた。不安に思う気持ちも判る。いきなり複数の人間が死亡した事件の原因と関係があるなどと言われて、平静でいられる方がおかしいのだ。

 

そのはやての車椅子を押すヴァニラはさっきから一言も話していない。ギャラクシーエンジェル初期のヴァニラを彷彿とさせる無表情さで、何を考えているのかは見当もつかなかった。と、不意に顔を上げたヴァニラと目が合った。

 

<ミントさん、そう言えばユーノさんの姿が見えないけど>

 

<あ、夜て…さんの闇の書について、詳しく調べて貰うことになったのですわ。スクライアはそうした調べ物に便利な魔法を持っていますので。リニスさんとアルフさんもサポートで同行していますわよ>

 

突然のことだったので、うっかり「夜天の魔導書」と言いそうになってしまったのを、慌てて誤魔化した。然程意識していなければ「はやてさんの闇の書」と聞こえたことだろう。少し不自然になってしまったかもしれないが、ヴァニラがそれを気に留めた様子はなかったのでホッと胸をなで下ろす。

 

実は高町家に現れた不審者が「守護騎士」、「主」と言う言葉を使用したことや、幼女1名を含む女性3人と男性1人の構成であったことなどから、連絡直後からクロノが闇の書の可能性に思い至っていたのだ。はやてへの確認は念のため行ったに過ぎない。

 

俺はメディカルルームに到着する前のやり取りを思い返していた。

 

 

 

「どう考えたって、これは闇の書だろう! 第一級捜索指定のロストロギアだぞ! 本来なら発見次第即封印するようなものだ! 」

 

「怒鳴らないで下さいませ。わたくしが言いたいのは、その闇の書の主が何も知らない、たった9歳の女の子だということなのですわ。その為人はクロノさんだってお分かりでしょう? 」

 

恭也さんが士郎さんからの連絡を受け、状況を説明した途端、クロノは動こうとした。端的に行ってしまえば、1人で封印に向かおうとしたのだ。一番苦労したのは、闇の書がどういう物なのかを知らない振りをしつつ、情報を引き出すことだったのだが、幸いリンディさんが簡潔且つ的確に説明してくれたおかげでその部分の齟齬は無くなった。

 

「いつもクロノさんに言われていたことを、全てお返しさせて頂きますわ。1人で封印に向かうなんて、それこそ無謀の極みです! 」

 

「そうね、そこはミントさんの言う通りだわ。まずは確りと準備をすること。人員の確保も勿論だけど、闇の書に関する情報も収集しておいた方が良いでしょうね。エスティア事件の時ですら、ろくな情報が集められなかったのだから」

 

そこまで言われて、クロノは漸く止まったのだ。明らかに不本意であるという表情はしていたが。

 

「それにしても、そんな事件があったなんて知りませんでした…学院では11年前にL級艦船の事故があったっていうことだけは教えて貰ったけれど、まさかロストロギアが絡んでいたなんて」

 

「11年前の事件はちょっと特殊だったのよ。被害が出たのは直接相対した管理局員だけ。遺族も管理局の関係者が殆どだったわ。これは前の闇の書の主が管理局員だったことも関係しているの」

 

ある管理局員が闇の書の存在に憑かれてしまったのが全ての始まり。封印すべきロストロギアであることを認識していながら、自らの命が危機に瀕した時、現実から逃げ出して書に自分自身を取り込ませてしまったらしい。この直後の暴走で百人以上の管理局員が犠牲になった。

 

何とか仮封印することに成功し、永久凍結が可能な無人世界に移送していたのだが、書に組み込まれていた防衛機構が封印を解除して活性化し、艦を取り込んで暴走を始めたのだそうだ。この時犠牲になったのがH(アッシュ)提督率いるL級2番艦、エスティア。ここは俺の原作知識に近い結果となり、アルカンシェルを撃ち込まれて轟沈したらしい。

 

発端が管理局員であったことから情報が操作されて、11年前に起きた闇の書事件は一般市民には隠蔽された。こうして闇の書は一部の関係者を除いて、数ある都市伝説の一つ程度に捉えられることになった。

 

「そうですわ、クロノさん、リンディさん、『ギル・グレアム』さんと言う方に心当たりはありませんか? ヴァニラさんに聞いたところ、以前はH(アッシュ)提督の上司だったとか」

 

「知っているも何も、11年前のエスティア事件でアルカンシェルを発射した本人だよ。そのことをずっと気にしておられた。あの時はそれ以外に方法が無かったことを、みんな判っているのに」

 

クロノの言葉で、エスティア事件に関する俺の原作知識がそれ程大きく乖離していないことが確認出来た。

 

「階級としては同じ提督だけど、実質的には顧問のような立場の方よ。それがどうかしたの? 」

 

「はやてさんの後見人の方…お名前が『ギル・グレアム』さんとおっしゃるそうですわ」

 

「! そんな…まさか」

 

ギルという名も、グレアムという姓も、英語圏ならば普通に存在する。偶然の一致という可能性も無いとは言い切れないのだが、偶然と切り捨てるには符号する情報が多すぎた。クロノも同じように考えたのか、暫くの間額に手を当てて考えるような素振りを見せた。

 

「…確かに事前の情報収集は必須だな。ミント、さっきは怒鳴ってしまってすまない。因縁のあるロストロギアなだけに冷静さを失っていたようだ」

 

「いえ…こちらこそ少し気が立っていたようですわ」

 

そもそも今回の件は、俺も全く想定していなかったことだった。ヴォルケンリッターが顕現するのははやての誕生日である6月4日だと思い込んでいたのだ。しかもはやてがいない状態で闇の書が起動出来るなど、考えたことすら無かった。ここでも無意識のうちに原作知識をあてにしてしまっていたことに苛立ちを覚える。

 

これもその原作知識によるものではあるが、闇の書は長期間蒐集行為が行われない場合に主のリンカーコアを侵食し、魔力を吸収するものだった筈だ。俺が魔力を譲渡したことによってヴォルケンリッターを顕現させるだけの魔力が早めに集まり、顕現時期が早まった可能性も十分に考えられる。俺は掌に爪が食い込む程、拳を握りしめた。

 

「まずは闇の書に関する情報を出来るだけ集めよう。はやてには事情を全て話して、守護騎士が蒐集を開始しないようにブレーキ役を務めて貰う。それと並行して、ジュエルシードの回収とテロリストの対応も必要か…人手がいくらあっても足りないな。局に応援要請を入れたいところだが、グレアム提督の件がはっきりするまでは下手に情報を漏らさない方が良いだろうし」

 

「クロノさん、わたくしも協力しますわ。ヴァニラさんへの説明には気を遣う必要があるでしょうけれど、なのはさんにも協力をお願いしましょう」

 

「僕も手伝うよ。ミントばかりに負担をかけられないし」

 

「すまない。そうして貰えると助かる」

 

クロノは意外なほど素直にお礼を言ってきた。そしてまずは本局の無限書庫で情報を収集することになり、これにユーノが立候補した。探索や資料の確認に便利な魔法を持っているユーノは情報収集に適任ということで、問題なく許可が下りた。実は噂に聞く無限書庫に行ってみたいという欲求が半分くらいはあったということを、暫く後になって本人から聞いた。

 

「本局までの長距離転送はアースラのポートから可能ね。後は到着後の案内とサポートだけど…リニスさん、お願いできるかしら」

 

「了解です。アルフも一緒に連れて行きますね。あの子、あれで結構こういうことに鼻が利く方ですし」

 

情報収集は早い方が良いということで、ユーノ、リニス、アルフは早速本局に飛ぶことになった。

 

「ユーノさん、頑張って下さいませ。成果を期待していますわ。リニスさんもアルフさんもお気を付けて」

 

「うん、任せておいて。ミントもあまり無茶はしないようにね」

 

「都合がつき次第、追加のサポート要員を送る。頼んだぞ」

 

ユーノ達が移動した後、俺達はエイミィと連絡を取り、情報共有と協力要請のためメディカルルームに向かったのだ。

 

 

 

「…という訳だ。我々としては闇の書を暴走させるわけにはいかないが、だからと言って放置しておくことも出来ない。対策をしたくても情報が殆どない状況では迂闊に手も出せない。不本意だが、何らかの打開策が見つかるまでは出来るだけ現状を維持したいんだ」

 

ミーティングルームに到着した後、クロノが現時点で判っている闇の書の説明を行い、はやてに協力を依頼した。主として認められたはやてであれば、守護騎士を抑えておくことも出来るかもしれないというのがクロノやリンディさんの見解だったし、プレシアさんもその意見には肯定的だった。

 

「私で役に立てるんやったら、是非。なのはちゃんの家にも迷惑かけとるようやし」

 

はやても闇の書の概要を聞いた所為か、現状ではヴォルケンリッターに対して警戒心を持っているように見える。本来ならはやてが彼等を無条件に受け入れ、お互いの信頼関係を築いていく筈だったのだが、これが悪い方向に行かないことを祈るばかりだった。その時、それまで黙っていたヴァニラが口を開いた。

 

「すみません、私も一緒に行って構いませんか? 」

 

恐らくエスティア事件のことが気になっているのだろう。もしかしたらヴォルケンリッターに問い質すつもりなのかもしれない。クロノもそれを察したのか、頷いて答えた。

 

「判った。はやてとヴァニラの2名は、一応念のため武装隊に護衛させよう」

 

「ちょっと待って下さいませ」

 

思わず口をついて出た言葉に、その場にいた全員の視線が集中した。

 

「どうした? ミント」

 

「闇の書の守護騎士はベルカの騎士だそうですわね? 以前魔法学院でベルカ語の授業の時に教わったのですが、有名なお話で『和平の使者なら槍は持たない』という言葉があるそうですわ」

 

「それは確か、小話のオチだった筈だが」

 

クロノはすぐに俺の意図を察したらしくそう反論したが、プレシアさんとリンディさんは逆にこちらに味方してくれた。

 

「確かに武器で脅して会話をしようとしても、相手は意固地になってしまう可能性が高いわ。ヴァニラちゃんが守護騎士と話したいなら、彼らの目の前で主であるはやてちゃんにハーベスターを預けるのも効果的だと思うわよ」

 

「そうね、魔導師が自分のデバイスを預けるというのは信頼に値するわ。それにあまり管理局が表立って動いている印象を与えて刺激したくないわね」

 

「プレシア女史も艦長も甘すぎです! 例えはやてを主と仰いでいても、相手は第一級捜索指定遺失物ですよ? どんな行動を取るか判らない以上、万全を期すべきです」

 

クロノの言い分も判らないではないが、このままでは進展がない。そう思っていると、フェイトが意見を述べた。

 

「クロノ、私も一緒に行く。バルディッシュをセットアップしていなくても2人を護るくらいは出来るから」

 

「俺も一緒に行こう。というか、自分の家に帰るだけなんだが」

 

「あ、それならわたしも! えっと、レイジングハートをユーノくんに無断ではやてちゃんに預けるのはどうかと思うから、今のうちにミントちゃんに渡しておくね。はい」

 

恭也さんとなのはも参加を表明した。そしてなのははクロノの許可を待つよりも早く、俺にレイジングハートを押し付けてくる。苦笑しながらも受け取ると、クロノも溜息を吐きながら言った。

 

「判った。許可しよう。だが本当に、重々注意してくれよ。それからミントは悪いがジュエルシード探索の件で少し打ち合わせをさせてくれ」

 

「了解ですわ」

 

こうして恭也さん、なのは、フェイト、はやて、ヴァニラの5人が一時海鳴に帰還することになった。

 

 

 

=====

 

高町家に戻ると、そこは何故か予想していたよりもずっと和やかな雰囲気だった。

 

「え…っと、ただいま…? 」

 

戦闘をしているような気配が全く感じられなかったので、なのはさんが恐る恐る声をかけて居間のドアを開けたところ、驚いたことに見慣れない4人の男女は居間でお茶を飲んで、シュークリームを食べていた。

 

「あ、なのは! おかえりなさい。恭ちゃん、ヴァニラちゃん、アリシアちゃん、はやてちゃんも」

 

美由希さんが唖然としている私達に声をかけてきた。どうやらフェイトさんをアリシアちゃんと見間違えている様子だったが、訂正するよりも早くその4人の男女が立ち上がり、はやてさんの目の前に並ぶと跪いた。

 

「闇の書の起動を確認したものの、主様の反応が近くに無かったため心配しておりました。本来であればいついかなる時でもお傍に控えるべきであったのですが、果たすことが出来ず申し訳ございません」

 

「改めまして、我ら闇の書の蒐集を行い、主様を守る守護騎士にございます」

 

2人の女性が詫びるようにそう告げる。金髪の女性の言葉を聞いた時、はやてさんが少しだけ顔を顰めたような気がした。更に唯一の男性と、私達と然程歳の違わないような少女が続ける。

 

「夜天の主の下に集いし雲」

 

「ヴォルケンリッター、何なりとご命令を」

 

「えっと、みんなまず顔を上げてくれる? あぁ、念話は使わんでええよ。あと出来たら立ち上がってくれると嬉しいんやけど」

 

一通り口上を終えた様子の彼らに対してはやてさんがそう言うと、4人はその場で立ち上がった。クロノさんは彼らのことを闇の書が作り出したプログラムであり、とても危険だと評していたが、こうしてみる限りでは若干感情に乏しいくらいで、それ以外は全く普通の人間に見える。

 

「あ、と。すまないな。大丈夫な様子だから、俺は一度部屋を出ているよ」

 

恭也さんが少し顔を赤らめながら居間を出る。どうやら女性陣が身に着けていた服がインナーのようなものであったために気を遣ったようだ。

 

「あっ、じ、じゃぁ、あたしは一度翠屋に戻るね。何かあったら連絡して」

 

美由希さんもそう言うと、何故か逃げるように部屋を出た。残された私達は改めて守護騎士達と向かい合った。いきなり攻撃を仕掛けられるような雰囲気ではないものの、多少警戒されているのが見て取れる。

 

「ところで主様、この者達は…? 」

 

「せやな、まず自己紹介しよか。私は八神はやて。ここにおるんはみんな私のお友達や。右側におる栗色の髪の子がなのはちゃん、車椅子を押してくれとる翠髪の子がヴァニラちゃん、左側の金髪の子がフェイトちゃんや。で、ここは私が今お世話になっとるなのはちゃんの家やな。みんなの名前も教えて貰える? 」

 

はやてさんがそう言うと、守護騎士が一人ずつ名乗った。桃色の髪の女性が烈火の騎士シグナム、金髪の女性が湖の騎士シャマル、赤い髪の少女が鉄槌の騎士ヴィータ、そして唯一の男性が盾の守護獣ザフィーラと言うのだそうだ。それに続いて、私達も改めて自己紹介をした。

 

「ところでみんなは何でシュークリーム食べとったん? 最初は一触即発状態やって聞いとったんやけど…? 」

 

一通り自己紹介を終え、はやてさんが思い出したようにそう尋ねた瞬間、守護騎士たちは慌てたようにまた跪いてしまった。

 

「申し訳ございませんっ! 主様を差し置いて頂くべきではないと思慮はしたのですが…」

 

「あ…いや、そこを咎めとる訳やのうて…状況を教えて欲しかったんやけど」

 

騎士にあるまじき失態! と騒ぐシグナムさんを落ち着かせて話を聞いてみると、どうやら闇の書が起動し守護騎士が顕現した際に、近くに主の気配を感じなかったため部屋を出たところで美由希さんと鉢合わせ。いきなり攻撃を受けたために応戦したらしい。

 

「…美由希さんがいきなり攻撃を仕掛けるなんて、ちょっと信じられないんだけど」

 

美由希さんが自分から手を出すことは殆ど無い。半年間一緒に生活をしてきて、彼女がとても優しい人物であることは身に染みていたので、思わずそう呟いてしまった。

 

「あぁ、その誤解は既に解けた。どうやら我らが着ているこの服は、この世界ではあまり一般的ではないようでな。当初は変質者と疑われていたようだ」

 

漸く落ち着いた雰囲気のシグナムさんがそう説明してくれた。改めて見れば、確かにインナーとしか言いようがない黒い服に身を包んだ彼等は、私の目から見ても少し…痛々しかった。

 

「でもそれならお姉ちゃんもお父さんも、状況が変わった時に連絡をくれればよかったのに」

 

「すまないな。恐らくそれは我らの所為だ」

 

何でも士郎さんが恭也さんに連絡を入れた後も暫く睨み合いが続いていたらしいのだが、均衡が崩れたのは桃子さんが紅茶とシュークリームを持って来たことが切欠だったのだとか。毒気を抜かれて武器を下ろしたことで緊張感が一気に失われた。士郎さん達にリンカーコアが無かったことも守護騎士達の戦意を削ぐ理由の一つだったらしい。

 

「で、あまりのギャップに連絡するのを忘れてたってこと…? 」

 

確かにさっきの美由希さんは若干挙動不審だった。連絡を失念していたことに対して居た堪れなく思っていたのに違いない。だが正直なところ、私自身もアースラで聞いていた話とは随分と印象が異なる守護騎士に戸惑っていた。最初の内はみんな感情に乏しいように思っていたのだが、私達と話し始めてからほんの少しの時間しか経っていないにも関わらず、焦りや苦笑といった感情表現が少しずつだが出来てきているようだった。

 

だからこそ、私達は彼女達が第一級捜索指定ロストロギアのプログラムであるということを実感できずにいた。頭では理解しているつもりなのだが、実際に話をしてみると普通の人間と会話するのと全く差異が無いのだ。だからシャマルさんが発した言葉に私は虚を突かれ、すぐに反応出来なかった。

 

「ではそろそろ蒐集を始めたいと思いますが…お友達は蒐集対象外でしょうか? 」

 

「あ…ああっ、あかん! ダメや! 蒐集はせんといて! 」

 

はやてさんが即座に対応出来たのは賞賛すべきところだろう。

 

「…判りました。ではお友達は蒐集対象外ということで」

 

「そうやのうて。蒐集行為自体、せんで欲しいんよ。蒐集するいうことは、他人様にご迷惑をおかけするっちゅうことや。そんなことは、しとうない」

 

はやてさんの言葉に、今度こそ守護騎士達は明らかに驚きの表情を浮かべた。

 

「何故です? 我らは蒐集を行い、主様を護るための存在です。それに闇の書を完成させることが出来れば、主様は大いなる力を得ることが出来ます。見たところ足を悪くされている様子ですが、それすら治すことが出来るかもしれないのですよ」

 

「それでもや。何度も言うようやけど、他人様を私の身勝手な願いの犠牲にするのはあかん」

 

はやてさんはそう言うと、守護騎士達をじっと見つめた。

 

「蒐集いうんは、対象の身体に極端な負荷をかけると聞いとるよ? やり過ぎたら、それこそ命に関わることもあるそうやな。私はみんなにそんなことをして欲しくない」

 

「…判りました。それが主様の願いであるなら」

 

シグナムさんが深く頭を下げ、他の3人の守護騎士達もそれに倣う。これで口約束とはいえ、守護騎士達は蒐集をしないことを約束させることが出来た。ホッとしていると、はやてさんが私の方を振り返り、そっと声をかけてきた。

 

「ヴァニラちゃん…」

 

私は最初、守護騎士にエスティアが沈んだ時の話や、蒐集行為を行った時の話を聞こうと思っていた。ただそれを聞いてどうしたいのかと問われると、自分でも良く判らなかった。もしかしたらお父さんが死んでしまったことの原因を彼らに求め、非難したい気持ちがあったのかもしれない。でも、はやてさんの不安そうな瞳を見た瞬間、そんな気持ちは失せていた。

 

今までのはやてさんとの会話を聞く限り、私は守護騎士達を危険なプログラムとは思えなくなっていた。彼らには明らかに感情が芽生え始めているようだったし、主であるはやてさんのことを案じて行動している様子だったからだ。だから私が彼らに聞いたことは、過去の事件とは全く関係ないことだった。

 

「守護騎士のみなさんに聞きたいことがあります。ご覧の通り、はやてさんは今両下肢麻痺を患っています。私は治癒術師を目指しているのですが、残念なことに彼女の麻痺の原因は特定出来ませんでした」

 

一度言葉を切って守護騎士達を見ると、彼らも真剣にこちらの話を聞いてくれている様子だった。私はそのまま続けた。

 

「ですが、彼女のリンカーコアから決して少なくない魔力が漏れ出していることが判りました。そしてそれが身体に影響を及ぼしているのではないかと思っています。状況から考えて闇の書が影響しているのではないかと思うのですが、何かご存知ありませんか? 」

 

何故かはやてさんが驚いたような表情で私を見ていた。

 

「シャマル、判るか? 」

 

「ちょっと待って…クラールヴィント」

 

シャマルさんがそう言うと、指輪が青磁色の淡い光を発する。どうやら彼女のデバイスのようだ。暫くの間、その光がはやてさんの両足をスキャンしている様子だったが、やがてシャマルさんがふっと息を吐いた。

 

「確かにかなりの量の魔力が闇の書に供給されているみたい。ただ原因についてはちょっと…」

 

「そうか」

 

シグナムさんはそれに頷いて返すと、私の方を見た。

 

「H(アッシュ)と言ったな。すまないが、我々は闇の書のシステムについては関知することが出来ない。確かにお前が言うように魔力は闇の書に流れているようなのだが、それが何故なのかは知らされていない」

 

「そうですか…」

 

シグナムさんの話を引き継ぐように、ザフィーラさんが話始めた。

 

「そもそも我らは主様を護る存在、そして闇の書を完成させるために魔力を蒐集する存在として闇の書に登録されている。それ以外の情報は不要ということなのだろう」

 

その時、ふと違和感を覚えた。シグナムさんは「知らされていない」と言った。ザフィーラさんは「不要と言うことなのだろう」と言った。これは明らかに守護騎士達の上の立場の存在がいることを示唆している。だが彼等は主であるはやてさんに付き従う騎士だ。そしてはやてさんがその辺りの事情を知っているとは考え難い。

 

「もしかして…貴方達を統括するような立場の方がいらっしゃるのですか? 可能ならその方とお話ししたいのですが」

 

「闇の書の管制人格が存在するが…我々も現状ではコンタクトを取ることは出来ないな」

 

「そうですか。ありがとうございます」

 

どうやら現時点ではこれ以上の情報は望めそうにないが、はやてさんの治療には矢張り闇の書の情報が不可欠であることが再認識出来ただけでも収穫があった。

 

「ヴァニラちゃん…ゴメンな。ホンマやったら責められて当然やのに」

 

はやてさんが申し訳なさそうにそう言ってきたので、首を振って答える。

 

「誰かを責めても死んだ人は帰ってこないよ…それよりも私ははやてさんの身体を治したい。今ユーノさん達も無限書庫で調査をしてくれているから、きっと何か判るよ」

 

だがそう言った途端、その場の空気がこれ以上ない程に張り詰めた。

 

「無限書庫…てめぇら、管理局だったのか!? 」

 

叫んだのは今まで殆ど言葉を発していなかった赤毛の少女、ヴィータさんだったが、それ以外の守護騎士達も明らかに警戒の色を強めていた。ぶつけられる敵意に思わずたじろいだが、私達を庇うような形でフェイトさんが一歩前に進み出た。手にした金色のプレートをはやてさんに手渡すのを見て、私も慌ててハーベスターをはやてさんに預ける。

 

「時空管理局嘱託、フェイト・テスタロッサです。闇の書が第一級捜索指定ロストロギアであることはご存知のようですが、今日は戦闘をするつもりはありません。『和平の使者なら槍は持たない』の言葉通り、デバイスも貴女達の主に預けました」

 

クロノさんは所詮小話のオチと言ってはいたが、明らかにぶつけられる敵意は緩んだ。相変わらずヴィータさんだけはこちらを睨んでいるが。

 

「そ、そうや。みんな落ち着いて。フェイトちゃん、ゴメンな。私がちゃんと止めなあかんかったのに」

 

気が付くと、いつの間にか恭也さんも部屋に戻っていた。雰囲気を察してカバーに入ってくれていたようだ。

 

「はっ、管理局があたし達を拘束しないで何するってんだよ」

 

「私は一嘱託で、管理局の総意を述べることは出来ません。ですが私達が所属している次元航行艦の意見としては、当面の間不戦協定を結びたいと考えています」

 

守護騎士は蒐集のために動かない。アースラチームは守護騎士が蒐集行為を行わない限り、拘束などはしない。勿論フェイトさんが言うように、これは管理局の総意ではないから情報統制は必要だ。

 

「聞く限り、こちらに不利な条件はなさそうだ。私は受けても良いと思う」

 

「そうね。蒐集行為はしないのだから、管理局と事を荒立てる必要がなくなるのは歓迎すべきことだわ」

 

ザフィーラさんもシャマルさんも、こちらの提案を好意的に受け止めてくれているようだ。ヴィータさんは相変わらずこちらを睨んでいるようだけれど、口出ししてこないところを見ると異論はないのだろう。

 

「判った。その条件を飲もう。だが良いのか? そちらにはあまりメリットが無いように思うが」

 

シグナムさんの問いに、フェイトさんはゆっくりと首を振った。

 

「闇の書を封印するとなると、恐らく主ごとということになります。私は…私達は友達を封印したいとは思いません」

 

その為にも、出来るだけ早いタイミングで闇の書の調査結果が出ることを祈るばかりだった。

 

 

 

=====

 

おまけ。

 

フェイトさんとシグナムさんが協定に合意して握手した時、私の隣で大人しくしていたなのはさんが恐る恐ると言った感じで口を開いた。

 

「えっと…折角だからみんなともお友達になれないかな…? 」

 

「……」

 

「あうぅぅ…」

 

ヴィータさんに睨まれて、委縮してしまっているようだ。と、ヴィータさんがふっと息を吐いた。

 

「言っとくが、あたしはまだお前達を完全に信用した訳じゃないからな。でも主様の友達ということだから、偶に付き合うくらいはしてやるよ、高町にゃのは」

 

それを聞いたなのはさんの顔がぱっと明るくなった。

 

「なのは、だよ。高町な・の・は。よろしくね、ヴィータちゃん」

 

「ちゃん付けはやめろ、高町にゃはは」

 

「酷くなってる!? 」

 




なのはさんとヴィータさんが若干空気になってしまったので、強引におまけを入れました。。
「睨んでねーです」も良いかと思ったのですが、さすがに今の状況にはそぐわないですね。。

いつも通りの有耶無耶感で守護騎士との戦闘も避けてしまいましたが、はやてさん本人はなのはさんとは違い、まだ完全には守護騎士を受け入れていない感じです。。


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第14話 「ストレス」

「フェイトさんから連絡があったわ。無事、守護騎士達と不戦協定を取り付けたそうよ」

 

それはジュエルシード回収の方針や、万が一テロリスト、特にルル・ガーデンと相対した時の対応などについての打ち合わせが粗方終わった時だった。リンディさんの言葉にホッと胸をなで下ろす。正直なところテロリストと戦いながら守護騎士を警戒するなど、遠慮願いたいところだった。

 

「ですが艦長、不戦協定はあくまでも一時的なものです。いざとなったら破棄しなければならない可能性もあります」

 

「出来れば、そうならないことを祈りますわ…いずれにせよ、ユーノさん達からの連絡待ちですわね」

 

「…僕だって好んで守護騎士と戦いたい訳でも、はやてを封印したい訳でもないんだ…だが最悪の事態だけは常に考慮しておいてくれ」

 

クロノの言葉に頷いて返す。

 

「さてと…僕も少し本局の方に行ってくる。君がくれた宿題を色々と片付けないといけないからな」

 

「お手数をおかけしますわね。よろしくお願い致します」

 

ブリーフィングルームを出ると、クロノはそのままポートに向かった。

 

「行ってらっしゃい。気を付けてね」

 

何処からともなく白いハンカチを取り出して振るリンディさんをみて、この人も変わらないな、と思う。クスリと笑った後、俺はリンディさんと一緒に食堂に向かうことにした。恐らくアリサやすずかがまだいる筈だし、エイミィさんにスーパー・エリア・サーチの術式を見せる約束もあったからだ。

 

「じゃぁ申し訳ないのだけれど、ルル・ガーデンが出てきた時はさっきの打ち合わせ通り、ミントさんが前衛でお願いするわね。本当なら外部協力者を危険に晒すようなことはしたくないのだけれど」

 

「いえ、むしろわたくしの方からお願いしたようなことですから問題ありませんわ」

 

矢張り死の呪いを回避できるという実績は大きい。本当ならヴァニラも同じなのだが、根拠を示すことが出来ない上に彼女の本分は治療や回復だ。ならばここは俺が矢面に立つべきだろう。ただ今まで何とかなっていたとはいえ、さすがに毎朝やっている棒術の練習だけでは心許ない。

 

「もしよろしければ、武装隊の方々と一緒に訓練させて貰えると嬉しいですわね」

 

「それは勿論よ。何の準備も無しに戦わせるわけにはいかないわ」

 

≪There will be no problem if I support you when you fight.≫【私がサポートすれば問題ありませんよ】

 

「トリックマスター…励ましは嬉しいのですが、その自信には根拠が全くありませんわよ」

 

そんな会話をしながらアースラの通路を歩いていると、不意に声をかけられた。

 

「あ、ミントちゃん! 丁度良かった」

 

そこにいたのはアリシアとプレシアさんだった。

 

「さっきなのはちゃんからレイジングハート預かってたよね? ちょっとデータをコピーさせて貰いたいんだけど、いいかな? 」

 

「あぁ、例のなのはさん専用デバイスですわね。本来ならユーノさんの許可を取るべきなのでしょうけれど…」

 

そう言うと、俺は先程なのはに渡された紅い宝石を取り出した。

 

≪No problem. You are configured as my sub master. Therefore, your order is potent if my master is absent, including emergency case.≫【大丈夫です。貴女はサブマスターとして設定されているので、緊急時を含むマスター不在時の指揮権があります】

 

「あら、そうでしたの? 聞いていませんでしたわ」

 

どうやらユーノが俺の知らないうちに設定を組み込んでいたらしい。苦笑しながら、レイジングハートをアリシアに手渡す。

 

「助かるわ。折角だからバリアジャケットや、使用魔法のデータはコピーしておきたかったのよ。デバイス使用時のクセなんかも判れば調整しやすいし」

 

「データコピーが終わったら後は最終調整だけだから、早ければ明日にでもお披露目出来ると思うよ! 」

 

2週間程前からプレシアさんがリニスと一緒に開発してきたデバイスだ。リニスが無限書庫に行っている間はアリシアも製作を手伝っているらしい。普段から仲の良いアリシアが手掛けたデバイスなら、なのはも喜ぶことだろう。

 

「わたくしも楽しみにさせて頂きますわ。少しアリサさんやすずかさんの様子を見に行きますので、終わったら声をかけて下さいませ」

 

プレシアさん達と別れると、俺はリンディさんと食堂に向かった。懐かしい匂いが鼻腔をくすぐる。

 

「…随分と良い匂いが漂ってきますわね」

 

「最近はずっとこんな感じよ。メニューも幅が広がって嬉しいわ」

 

リンディさんが微笑みながら言う。

 

「ちなみにリンディさんのおすすめメニューは? 」

 

「そうねぇ…かぼちゃの煮物とか、肉じゃがは大好きよ」

 

安定のリンディさんは普通の料理でも、矢張り甘いものの方が好きなようだった。苦笑しながら食堂に入ると、丁度アリサとすずかがエイミィさんと何やら話をしているところだった。

 

「あ、ミントちゃんに艦長。お疲れさまです」

 

エイミィさんがこちらに気付いて笑顔を向けてきた。それと同時にアリサとすずかも振り返る。

 

「ご苦労さまです。味見の方はどうでした? 」

 

「うん、どれもとっても美味しいよ。ちょっとずつしか食べられないのが残念なくらい」

 

「ところでミント、さっき話していた件はもう片付いたの? なのは達の姿も見えないけれど」

 

アリサがそう聞いてきたので、なのはやヴァニラ、はやてが守護騎士との話し合いに一度海鳴に戻ったことを説明した。もしかしたら自分達を置いて行った、と騒ぐかとも思ったのだが、返ってきた答えは「ふーん」という淡白なものだった。

 

「…思ったより落ち着いていますわね」

 

「そう? これでも結構舞い上がっているんだけど」

 

「なのはちゃん達も、またこっちに戻るんでしょう? ならそれまでは折角の宇宙船を堪能しないと」

 

どうやら自分達の知的好奇心が不安感を上回っている様子だった。特にすずかは色々と技術的な方面に興味を持ったらしく、エイミィさんにも色々と質問をしていた。以前聞いた話では工学系の専門職を希望しているとのことだったが、今回のことでデバイスマイスターにも興味を持った様子だった。

 

一方のアリサはと言えば、エイミィさんに食材だけでなくそれ以外の地球文化について色々と説明している。もしかしたらそのうち、対ミッドチルダの物流に手を出すことも考慮しているのかもしれない。

 

「2人共、まだ若いのに立派ねぇ」

 

リンディさんの呟きに思わず頷いた。アリサもすずかも、確りと将来を考えた行動を取っているように見えた。

 

「でも、ミントさんも十分立派よ。確かに危険なことではあったけれど、たった1人でテロリストに立ち向かった勇気を否定することは出来ないわ」

 

「1人ではありませんでしたわ。ユーノさんもいましたし。それに勇気とはいっても、わたくしはただブラマンシュを…ブラマンシュのみんなを護りたかっただけですわよ」

 

「それは間違いなくミントさんの勇気よ。そしてそれによってブラマンシュは確かに救われたの。自信を持っていいわ」

 

別に将来を見据えてとった行動という訳ではなかったのだが、リンディさんに面と向かってそう言われると、少し照れ臭い感じがした。もしこの場にクロノがいたら、きっと無茶だ無謀だと責められるようなことではあったが、それでも改めてブラマンシュが無事だったことに喜びを感じる。

 

「そ…そういえばエイミィさん、例のエリア・サーチの魔法ですが」

 

照れ隠しに、丁度アリサやすずかの話も一段落ついた様子のエイミィさんに声をかけた。

 

「あぁ、うん。聞いてるよ。随分と改良したみたいね。見せて貰うの、楽しみにしていたんだよ」

 

「探査範囲についてはワイド・エリア・サーチよりも広域をカバーできますが、さすがに元のレベルからはランクダウンさせてありますわ。宙域レベルの探査は不要でしょうし」

 

「あれは艦船を探査するものだからねぇ。多少粗があってもカバーできるレベルだろうし…っと、ありがと。ふーん、Bランクまで落としたんだね」

 

トリックマスターが表示した術式をエイミィさんが確認していく。

 

「最初のうちは呪文詠唱が必要になってしまいましたが」

 

「いやいや、このレベルなら上等だよ。ミントちゃん、この術式コピーさせて貰ってもいい? 」

 

「ええ。問題ありませんわ」

 

エイミィさんは素早く手元のコンソールを叩くと、アースラのデータベースにスーパー・エリア・サーチを登録した。

 

「これ、複数の魔導師が同時展開したらかなり精密な探査が出来そうだよ」

 

「…そうね。お互いのサーチ結果をリンクさせるのが厄介だけど…アースラのコンピューターで全ての結果をモニターしておけば大丈夫そうだわ」

 

エイミィさんの言葉にリンディさんが頷いて俺の方に向き直った。

 

「ミントさん、これからジュエルシードの捜索はアースラで責任を持って行います。ルル・ガーデンのこともあるから回収には協力して貰うことになってしまうけれど、貴女の負荷は大分減らせる筈よ」

 

「ありがとうございます。助かりますわ」

 

探査をアースラチームで実施して貰えるのは正直願っても無いことだった。今まで実現できていなかった複数術者によるサーチ結果のリンクも問題なさそうだし、俺が1人で探索するよりも確実に効果は高い筈だ。後は発見出来たジュエルシードの回収に向かうため、英気を養っておけばいいだろう。

 

「何だかミントちゃん、嬉しそう」

 

「最近、色々と考え込んでること多かったみたいだし、丁度いいわね。あまり考えすぎると老けるわよ」

 

アリサとすずかも、にこやかに声をかけてきた。どうやらここ暫くの間、俺は傍から見ると随分気難しそうにしていたらしい。

 

「ご安心下さいませ。わたくし達ブラマンシュは、殆ど老化しない種族ですので」

 

「何それ、羨ましすぎるわねっ」

 

冗談っぽく笑いながら、アリサが俺の頭をくしゃくしゃと撫でまわす。すずかはそれを見てくすくすと笑っていた。俺自身も久し振りに肩の荷が下りたような気持になっていて、思わず一緒になって燥いでいた。リンディさんの笑顔が若干引き攣っていたように見えたのはきっと気のせいだ。

 

 

 

「あ、ミントちゃん。アリサちゃんにすずかちゃんもここにいたんだね」

 

暫くみんなで雑談していると、アリシアとプレシアさんが食堂にやってきた。

 

「さっきはありがとう。レイジングハートは返しておくわね」

 

「お役に立てたのなら良かったですわ。レイジングハートさん、おかえりなさいませ」

 

≪I am back.≫【ただいま戻りました】

 

プレシアさんから紅宝石を受け取ると、なのはがやっていたように首に掛けた。

 

「それもデバイスなんだよね? 随分いろいろな形があるんだね」

 

すずかが興味深そうに覗き込んできた。

 

「待機モードの形状はそれこそ製作者の好みでどうにでもなるわ。さすがにミントちゃんのトリックマスターほど奇抜なのはなかなか無いけれど」

 

≪I would be very happy if you describe me as "special".≫【『特別』と言って貰えると嬉しいのですが】

 

「心配しなくても、トリックマスターは十分特別ですわよ…」

 

良い意味でも悪い意味でも。最後の言葉だけは口に出さずに、微笑むだけに留めた。

 

「さてと。みなさんもそろそろ一度お家に戻った方が良いわね。あまり遅くなると家族の方も心配されるでしょうし」

 

リンディさんの言葉に時間を確認すると、既に18時を回っていた。随分と長いことアースラにいたような気がしていたが、実際にはそんなに時間が経っていなかったことに少しだけ驚く。

 

アリシアは今夜アースラに泊まって、フェイトやプレシアさんと一緒に過ごすらしい。リニスとアルフは居ないが、久し振りに甘えることが出来るだろう。アリサとすずかは一度帰宅して、明日また遊びにくるようなことを言っていた。

 

「明日からまた連休だし、お稽古もお休みだし、また色々と教えて下さいね! 」

 

エイミィさんとは随分打ち解けた様子のアリサとすずかだった。ちなみに今日は塾の日だったらしいのだが、アースラに来ることが決まった時点で既に欠席の連絡を入れていたのだとか。行動力があるところは純粋に凄いと思った。

 

「ミントちゃんはどうするの? 」

 

「わたくしもアースラに残りますわ。武装隊の方と一緒に訓練させて頂く約束ですので」

 

はやてへの魔力譲渡は続けるつもりなので一時的に海鳴にも戻ることになるだろうが、それ以外はアースラを活動拠点とした方が色々な面で利便性が高い。

 

「それなら私達の部屋にまだ空いているベッドがあるから使うといいわ。フェイトも貴女とゆっくり話したい様子だったし」

 

親子水入らずを邪魔してしまうのは心苦しかったが、リニスやアルフが戻ってからの方が家族揃ってのんびりできそうだし、プレシアさんの申し出はありがたく受けさせて貰うことにした。

 

 

 

=====

 

アースラ側と連絡を取りつつ、今後の方針を決めていく。守護騎士達と不戦協定を結んだのは良いけれど、さすがに彼等をアースラに連れて行くのはマズいということになった。これは守護騎士達が必要以上に管理局を警戒してしまうことを避けるのが目的らしい。このため主であるはやてさん自身も海鳴に残り、詳しい話し合いは明日以降にリンディ提督とクロノさんがこちらに出向いて行われることになった。

 

ちなみに守護騎士達には一時的に高町家の人達のお古の服を着て貰っている。シグナムさんは美由希さんの、シャマルさんは桃子さんの、ザフィーラさんは士郎さんの、そしてヴィータさんはなのはさんのお古をそれぞれ着ることになった。サイズが多少合わないところもあるが致命的ではなく、表に出ても然程問題はなさそうだ。

 

「本来なら主様がイメージしてくれた騎士甲冑を纏うものなのですが」

 

「甲冑、…甲冑かぁ…」

 

はやてさんがうんうんと唸りながら考え込む。

 

「あかんわ。上手いことイメージ出来へん。なぁ、家に戻ってからでもええ? 確か書架に中世の鎧みたいな本があった筈やし、それ参考にするわ」

 

アースラに戻らないことにしたはやてさんと守護騎士達は、今夜は八神家に移動することになっていた。さすがにこの大人数を全員高町家で生活させるのは無理があったし、元々はやてさんが高町家にいるのはアースラが到着するまでとの約束でもあったからだ。

 

「うーん、本当なら是非泊まっていって、って言いたいところなんだけど…さすがにお部屋の数が足りないしね」

 

にゃははと苦笑しながらなのはさんが言う。

 

「でも折角だからご飯だけは食べて行って頂戴。なのは、ヴァニラちゃん、手伝ってくれてありがとう」

 

「いいえ」

 

配膳を終えると、丁度ミントさんとフェイトさんが通信で話をしていた。フェイトさんは当初、守護騎士達との協定を結んだ後すぐにアースラに戻ろうとしていたのだが、折角だからご飯くらい食べて行って欲しいとなのはさんに懇願され、戸惑いながらも了承していた。

 

ちなみに美由希さんも士郎さんも、フェイトさんがあまりにもアリシアちゃんと似ていることに驚いていた。本来であれば20歳以上も歳の違う姉妹の筈なのだが、一卵性双生児と言っても疑う人がいないのではないかと思うほど、2人の容姿が似通っていたからだ。

 

通信コンソールから、ミントさんの声が聞こえた。

 

『機会があるのなら、桃子さんの料理は絶対に食べておくべきですわ。わたくしの作る料理よりも断然美味しいですわよ』

 

「ミントがそこまで言うなら、折角だからご馳走になってくるね。母さんと姉さんには悪いけど…」

 

『私は半年間堪能したから大丈夫! それに私もフェイトには桃子ママの料理を食べて貰いたいし』

 

『お店があるのよね? 私も近いうちに伺うから気にしなくて大丈夫よ』

 

ミントさんとアリシアちゃんにも絶賛された料理が楽しみなのか、フェイトさんも微笑みながら通信を終えた。プレシアさんも既に別途翠屋を訪れる予定を入れている様子だった。

 

私もこの半年間、当たり前のように桃子さんの料理を食べてはいるが、考えてみればミッドチルダでここまで美味しい料理を食べた記憶は無かった。改めて自分が随分と贅沢な食生活を送ってきたのだと思う。美味しいだけでなく栄養バランスもカロリー計算も確りした料理を見て、私ももう少し自分自身の女子力を磨いた方が良いのでは、と思った。

 

(そう言えばミントさんもはやてさんも料理が趣味だって言っていたし、今回の件が落ち着いたら色々と教えて貰おうかな)

 

桃子さんにも今までに色々なことを教わっているが、翠屋のことで忙しい彼女にこれ以上負担をかけるよりはそちらの方が良いに違いない。

 

「ギガうまー! 」と叫ぶヴィータさんや、それを窘めるザフィーラさんとシグナムさん、味に感動した様子のシャマルさんやフェイトさんを眺めながら、私はそんなことを考えていた。

 

 

 

食事を終えて後片付けも済ませると士郎さんと桃子さん、美由希さんは翠屋に戻り、私はなのはさん、恭也さんと一緒にはやてさんと守護騎士達を送っていくことにした。フェイトさんも一緒に八神家まで付き合い、その後アースラに戻るらしい。

 

「そうか、テスタロッサはベルカ式棒術を学んでいるのか。いずれ手合せを願いたいものだな」

 

「まだ始めてから2年半程ですが、簡単には負けませんよ」

 

シグナムさんとフェイトさんは随分と意気投合した様子だった。ベルカ式棒術といえばミントさんもやっていたが、聞いたところによるとずっとフェイトさんと一緒に練習をしていたのだとか。

 

ふと見ると、ザフィーラさんと恭也さんが防御と攻撃の比重について話をしている。なのはさんはヴィータさんに一生懸命話しかけようとしていて煩がられてはいるものの、ヴィータさんの表情を見る限り満更でもなさそうだった。シャマルさんはさっきから私の代わりにはやてさんの車椅子を押している。私ははやてさんの車椅子に並んで歩いていた。

 

<ヴァニラちゃん、ホンマにゴメンな>

 

もうすぐバス停に到着するという頃になって、不意に隣のはやてさんから念話が入った。

 

<どうしたの? 急に…>

 

<私な、私…どうしたらええのか、よう判らんようになってもうて>

 

はやてさんは絞り出すようにそう言った。

 

<何で私なんやろ? ヴァニラちゃんや、いろんな人達に迷惑をかけて、苦しめたロストロギアの主が、何で私なんやろか? >

 

見るとはやてさんはぽろぽろと涙を零していた。膝の上に抱えた闇の書が涙で少し濡れてしまっている。

 

「主様…大丈夫ですか? どこか痛いところでも」

 

「大丈夫や。何でもあらへん」

 

シャマルさんが心配したように尋ねるが、はやてさんはそう言って俯いてしまった。明らかにストレスを抱えた状態で、適応障害などに見られる情緒的な気分障害の可能性があった。恐らく闇の書の実態を知ってしまったために、守護騎士達を素直に受け入れられないでいるのだろう。この状態のはやてさんを、一人にしておくことは出来ない。

 

<はやてさん、もし良かったら、今夜泊まっていってもいいかな? 今日はいろんなことがあって不安になるのも判るし、お話しすれば気分も紛れるよ。あまり一人で抱え込むのも良くないしね>

 

幸い明日から連休なので学校はない。はやてさんは一瞬驚いたような表情で私を見た後、ゆっくりと微笑んだ。

 

<ありがとうな、ヴァニラちゃん。そうして貰えると嬉しいわ>

 

その後、私ははやてさんが少し精神的に不安定になっていることと、今夜は八神家に泊まって様子をみるつもりであることを恭也さんとなのはさんに伝えた。なのはさんも一緒に泊まりたかったのだろうが、今回ははやてさんの気分障害の可能性も考慮したらしく自粛すると言った。

 

バス停の少し手前でみんなに待って貰うと、私は速攻で高町家に戻って替えの下着や洗面用具などのお泊りセットを用意した。

 

 

 

「じゃぁ、ゆっくり休んでね、はやてちゃん。ヴァニラちゃんはまた明日」

 

「うん。おやすみなさい、なのはさん。恭也さんもありがとうございます」

 

「ありがとうな、なのはちゃん。また近いうちにな」

 

送ってくれた恭也さんとなのはさんに挨拶をした後、アースラに戻るというフェイトさんに話しかけた。

 

「フェイトさん、今日はありがとう。また明日アースラに行くから、その時にでもお話ししたいな。プレシアさん達にもよろしくって伝えておいてくれるかな? 」

 

最初に話をした時は緊張して敬語で話をしてしまったが、慣れてくるとアリシアちゃんと同じ容姿ということもあってか、自然と普通の口調で話すことができた。フェイトさんもにっこり笑って頷いてくれた。

 

みんなと別れた後、私ははやてさんや守護騎士達と一緒に家に入り、何よりも先に全員を居間に集めた。帰り際にはやてさんが泣き出してしまった時から、守護騎士達の雰囲気も若干暗くなっていた。

 

「単刀直入に伺います。闇の書が主を決める基準などはあるのですか? 」

 

私の言葉に、守護騎士達が顔を見合わせた。

 

「すまないが、我々にはその知識がない。管制人格であれば何か知っているかもしれないが、我々では判り兼ねる」

 

シグナムさんがそう答えると、室内用の車椅子に乗り換え、隣で私の手を握っていたはやてさんがふっと息を吐いた。私は改めて守護騎士達に質問を続けた。

 

「貴女達は、過去に闇の書が起動した時の記憶がありますか? 」

 

「完全ではないが、我々が顕現している時のことであれば概ね覚えているな」

 

今度はザフィーラさんが答えてくれた。

 

「11年前…前回起動した時の主は管理局員だったそうですね」

 

「ええ。封印しようと思いながらも、大いなる力にも未練があったのね…結局中途半端に蒐集をして、その後自らを闇の書に取り込ませてしまったの」

 

「その後のことは覚えていますか? 」

 

守護騎士達は再び顔を見合わせた。

 

「いや…少なくともあたしは覚えてねーな。シグナムは? 」

 

「すまんが、私も記憶がない。恐らく主様を取り込んだ際に我々も書に戻されたのだろうな」

 

どうやら詳しい事情を聞くためには、矢張り管制人格と呼ばれる人と話が出来るようにする必要があるようだった。だが守護騎士達は管制人格とコンタクトを取ることは出来ないと言っていた。蒐集をすれば現れてくれるのかもしれないが、それははやてさんの意思に反する上、本末転倒というものだろう。

 

(根本的な対応方法はユーノさん達の調査を待った方が早いだろうけれど…今はとにかく、はやてさんの精神状態を安定させるのを優先させなくちゃ)

 

話は一旦切り上げると、取り急ぎ私ははやてさんと一緒に守護騎士達が休める部屋の準備をすることにした。このような作業をしている方が、余計なことを考えなくて済むだろう。丁度2階に空き部屋があるということだったので、まずは掃除をする。守護騎士達は敢えて居間で待って貰うことにした。

 

はやてさんと一緒に車椅子用のエレベーターで2階に上がると、まず埃対策で窓を開ける。

 

「うぁ…埃酷いなぁ。2週間前まではちゃんと掃除しとったんやけど」

 

「2週間放置していたらこんなものだよ。まだこの時間なら掃除機を使っても大丈夫かな」

 

床などに積ってしまった埃を巻き上げないようにそっと歩き、丁寧に拭き取っていく。はやてさんには棚などの手が届く範囲の掃除をお願いした。空き部屋は4つあったのだが、そのうちの1部屋は倉庫代わりに使わない荷物が置かれていて、部屋として使える状態ではなかった。

 

「1部屋足らんなぁ。4人やのに…」

 

さすがに今から荷物の整理まで始めるとかなり遅くなってしまいそうだったので、部屋割は本人達に任せることにした。やがて何とか床の掃除を終え、窓の桟などからも埃の除去が完了した。

 

「はやてさん、布団はある? そろそろ敷けそうだよ」

 

「隣の部屋の押し入れにあった筈や。取りに行こか」

 

少しだけカビ臭くなっていた布団をベランダに出て軽く叩く。夜なので、ご近所の迷惑にならない程度だ。明日、晴れたら干そうと話ながら、4組の布団を用意した。

 

はやてさんの気分も大分落ち着いてきた様子で、部屋の方も何とか使えるレベルになったため、守護騎士達を呼ぶことにした。

 

「申し訳ございません。我々のために、こんな立派な部屋を用意して頂いて」

 

「ゴメンな。ちょっと時間の都合もあって今使えるのは3部屋だけなんよ。それからお布団も暫く干してなかったから、ちょっと臭うかもしれへん…」

 

お互い申し訳なさそうに言う。まだ少しお互いの距離があるような感じだった。

 

「いえ、ゆっくり休める場所を提供して頂けるだけで十分です。感謝します。シャマルとヴィータは同じ部屋で良いか? 」

 

「あたしは構わねーよ」

 

「私も、それでいいわ」

 

「むしろ、私は居間でも構わんのだが」

 

ザフィーラさんがそう言うと、急に姿を変えた。

 

「え…? 犬!? 」

 

『…狼だ』

 

そう言えば、彼は盾の守護「獣」だと言っていた。確かに犬…狼の姿なら、居間で寝ていても不自然ではないように思う。

 

「まぁ、折角の主様の厚意なのだから、部屋を使わせて貰うといい」

 

シグナムさんにそう言われ、ザフィーラさんも頷く。部屋割を決めた後、私ははやてさんと一緒にお風呂に入って埃に塗れた身体を洗い、1階にあるはやてさんの部屋に戻った。闇の書は書架に戻されている。

 

「ヴァニラちゃん、今日はありがとうな。一緒にいてくれて…」

 

一緒のベッドに潜り込んで電気を消すと、はやてさんがそう言ってきた。

 

「…少しでも役に立てているのなら、良かったよ」

 

「うん、大分落ち着いたわ。ほんま、ありがとうな」

 

まだ守護騎士に対して不安に思っているようではあったが、精神状態はさっきよりも随分と良くなった様子だった。ただこれからの生活のことを考えると、ミントさんが暫く一緒に生活してくれた方がはやてさんも安心するかもしれない。明日ミントさんに会ったらそう伝えてみようと思いながら、私は眠りについた。

 




本当はもう少し話が進む予定だったのですが、何故か書いているうちにどんどんプロットから外れた方向に行ってしまい、修正しているうちに文字数が多くなりすぎたため、途中で切ることにしました。。

今回のヴァニラパートは前編扱いで、次話の後編に続きます。。


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第15話 「空」

夜中、誰かに呼ばれたような気がしてふと目を醒ますと、書架に置いてあった筈の闇の書がはやてさんの真上を浮遊し、淡い光を放っていた。慌てて上体を起こすと、隣で寝ていたはやてさんが「うぅ~ん」と声を出した。闇の書のせいなのか、私のせいなのか微妙なところだったが、そのまま目を覚ます気配がなかったので改めて闇の書に意識を集中させた。

 

(なんだろう? 明らかにはやてさんに干渉しているよね…)

 

そっと手を伸ばし、闇の書に触れた瞬間、まるで感電したかのような衝撃を受けて、意識が飛ぶような感覚があった。気がつくと私は見知らぬ場所で、見知らぬ景色を見ていた。

 

「ヴァニラちゃん? 」

 

不意に声をかけられ振り向くと、そこには驚いた顔のはやてさんがいた。車椅子には座らずに、ふわふわと浮いている。改めて見ると、私自身も宙に浮いているようだった。

 

「これって夢やろか? 」

 

「どうだろう…よく判らないけど…」

 

見えている景色は、まるで中世の戦争だった。騎士同士が戦い、やがて一方の騎士が他方を圧倒する。勝った騎士は、武骨な甲冑に身を包んだシグナムさんだった。驚いて見ている私達の前で、シグナムさんは倒した騎士のリンカーコアを蒐集する。騎士は苦しみ悶え、やがて動かなくなった。

 

「あ…あぁっ…! 」

 

声にならない悲鳴を上げるはやてさんを抱き寄せる。恐らくこれは過去に蒐集行為を行っていた時の、闇の書の記憶だろう。言葉で聞いて知ってはいても、実際に見るとなると衝撃度が違う。今のはやてさんの精神状態で見るには、あまりにも刺激が強すぎた。

 

仲間を倒され、救援を呼ぼうとした女性をシャマルさんが襲い、同じように蒐集した。腕を折られ、既に戦意を失っている騎士に対しても、ヴィータさんが執拗に攻撃を加えた。

 

「何や…何やの、これ…やめて、やめてぇっ! 」

 

泣き出したはやてさんをしっかり抱きしめると、口の中で「サニティ」と唱えた。パニックを鎮め、精神を安定させる効果がある魔法だ。この状況で効果を発揮するかどうかは微妙だったけれど、どうやら上手く発動した様子で、はやてさんの呼吸も徐々に穏かになってきた。

 

「はやてさん、落ち着いて。これはたぶん、過去の…闇の書の記憶。私達は干渉出来ないみたいだよ」

 

「ヴァニラちゃん…せやけど」

 

ある程度の落ち着きは取り戻せたようだが、はやてさんはまだ納得出来ていない様子だった。そこに守護騎士達の声が聞こえてきた。

 

『魔力の無駄な消耗は避けるべきだぞ、ヴィータ。十分な休息がとれるわけではないのだからな』

 

『うぜーんだよ、こいつら! 泣き叫ぶくらいなら最初から武器なんて持つなっての! 』

 

『ヴィータ…早く蒐集を終えて戻りましょう。主様のところへ』

 

容姿や口調などは守護騎士達で間違いないのだが、今日話をした守護騎士達とは何かが決定的に違うような気がした。どうやらはやてさんも同じように感じ取ったらしい。

 

「何やろ? 何かが違うような…」

 

すると唐突に周りの景色が切り替わった。今度はどこかの建物の中だった。

 

『ヴォルケンリッター、ただいま戻りました。本日の戦果は西の城を1つ』

 

『蒐集ページは54ページ、合計で316ページになりました』

 

主に報告をしているのだろう。それに対して主らしき女性は苛立ちを露わにし、『遅い、遅いわ! 』と喚いた。

 

『私は闇の書に選ばれた。絶対たる力を得る権利がある! 神にも等しい闇の書の力、早くこの手に齎すのだ! 』

 

狂っているとしか思えなかった。大いなる力に惑わされた人の姿なのだろう。傍から見ていると滑稽以外の何物でもないのだが、守護騎士達は一切逆らうような素振りを見せずに深く跪いた。ここでもさっきと同じ違和感を覚えた。更に場面が切り替わる。

 

『明朝には出発する。それまでに可能な限り回復しよう』

 

はやてさんが息を飲んだ。守護騎士達は布団も、寝藁すらもない石床の上で寄り添って身体を休めていた。さっきザフィーラさんが言っていた、十分な休息が取れないというのはこのことだったのだろう。

 

「…何や、これ? まるで地下牢や…こないなところが、部屋…? 」

 

「たぶん…この時の主は守護騎士達を蒐集のための道具としてしか見ていなかったんだろうね」

 

「…そっか、そんで主の命令に逆らえずに…蒐集を…」

 

はやてさんは少し俯くと、私の手を強く握った。

 

「…事の良し悪しは別にして、主のために一生懸命頑張っとる子達に…この仕打ちはないやろ」

 

私達が見た守護騎士達は、ちゃんとシュークリームや晩御飯を食べていた。ヴィータさんなど、桃子さんの料理に対して「ギガうまー! 」と大はしゃぎしていた。つまり彼らはプログラムと呼ばれてはいるけれども人間と同じ、味覚もあれば空腹だって覚える筈なのだ。

 

それがろくに食事も与えられず、冷たく湿った地下室で武骨な甲冑以外のまともな服も与えられず、正に奴隷のような生活を強いられていた。そしてそのことに異議を唱えることもなく、受け入れている。

 

(自我が薄い…? )

 

唯一ヴィータさんだけは若干反抗的な態度を取ってはいるものの、それも終始一貫したものであり、どちらかと言えば「そのようにプログラムされたAI」というような雰囲気だった。そう、プログラムというならば、今私達が見ている守護騎士こそがプログラムと呼ぶのに相応しいだろう。

 

「……」

 

はやてさんも同じように感じているのだろうか、無言で守護騎士達を見つめている。

 

また不意に景色が切り替わった。今度は男性の主に仕えて蒐集を行っている様子だったが、待遇は然程変わっていなかった。いや、むしろ酷くなっていた。なまじ体力があるために、守護騎士達に対して殴る、蹴るといった暴力を振るっていたのだ。

 

「あんまりや…相手が抵抗出来へんのをいいことに…」

 

ここでも守護騎士達の態度は同じだった。自我が薄く、主には絶対服従。ただ命令された通りに蒐集だけを行う存在。確かに守護騎士達が過去に行ってきた蒐集行為で苦しめられた人達は大勢いたのだろう。命を落とした人達も少なからずいた筈だった。

 

それでも私はもう、守護騎士達は被害者にしか見えなかった。同情と言われればそうなのかもしれない。でも何度も繰り返される悲劇に、私は彼女達に救われて欲しいと強く思うようになっていた。

 

 

 

どれくらいの時間、そんな酷い光景を見続けていたのだろうか。仕えるべき主自身から蔑まれ、忌み嫌われ、肉体的な暴力は日常茶飯事、時には性的な暴力すら受けるような日々。もちろんそのようなシーンをはやてさんに見せるわけにはいかないので、そのような時は決まってはやてさんの顔を私の胸に埋めるようにして抱きしめた。それでも肩が小刻みに震えているのは、恐らく状況を理解してしまっているからだろう。

 

やがてまた周りの景色が変わった。

 

「!? …これは? 」

 

「何や、今までとは随分雰囲気が違うなぁ」

 

そこは一面に広がるお花畑だった。青い空の下で、一人の若い女性が花に囲まれて笑顔で手を振っていた。白杖を所持しているところを見ると、目が見えていないのかもしれない。

 

『主、こちらにいらしたのですか。心配したのですよ』

 

シグナムさんが、優しそうに微笑みながら女性に近づいていく。今まで見てきたものとは異なり、明らかに感情が感じられた。そしてそれは、今日私が見たシグナムさんの雰囲気に近いものだった。そしてその後ろに続くシャマルさんもザフィーラさんも笑顔だ。あのヴィータさんですら、表情を綻ばせていた。身に付けているのも武骨な甲冑ではなく、それぞれによく似合った服装だ。

 

その女性の映像はそれだけだった。守護騎士達が蒐集をしている光景はなかったので、蒐集が行われたのかどうかも判らない。でも何となく、私は蒐集は行われなかったんじゃないかと思っていた。何故なら、その女性の笑顔が本当に幸せそうだったから。私には、この女性が他人に犠牲を強いて得た幸せを心から享受出来るようには見えなかったのだ。

 

「ヴァニラちゃん…もしかして、もしかしての話やけど、守護騎士って主の性格や扱いによって感情があったり無かったりするんやろか…」

 

「…判らないけれど…その可能性はあるよね」

 

どうやら過去の記憶を巡る旅はここでおしまいのようだった。これ以降風景が切り替わることはなく、私の意識はそのまま覚醒した。そこははやてさんのベッドの上だった。カーテンから朝日が差し込んでいる。時計を見ると時刻は6時を示していた。

 

ふと、隣で寝ていたはやてさんと目が合った。

 

「…夢、やないよなぁ…? 」

 

「…と、思うよ」

 

それだけで通じ合った。闇の書はちゃんと書架に戻っていたが、何か明確な意図を持って私達にあの映像を見せたのだろうか。

 

「ヴァニラちゃん、大いなる力って、何なんやろな? 」

 

不意にはやてさんがそんな事を言ってきた。

 

「だって、私達が見てきた風景は蒐集中のもんばっかで、実際に闇の書が完成したっちゅうシーンは無かったやんか? 」

 

「そう言えばそうだね。11年前の事故では完成する前に暴走したっていうお話だったみたいだけれど…その力に興味ある? 」

 

「んー、欲しいかって言われたら別にいらんと思うけどな。以前ヴァニラちゃんも言うとったように、強い力は排斥の対象になるだけやろし」

 

そう言われた時、ふと一番最初に見た、狂った女性の言葉を思い出した。

 

『絶対たる力、神にも等しい闇の書の力』

 

女性はそう言っていた筈だ。もし過去にそんな強力な力を手にした人物がいたのであれば、善悪を問わず間違いなく歴史に名前が残っているだろう。

 

「ユーノさんの調査が終わったら、何か判るかも知れないね」

 

「せやな。さてと、まずは起きて朝ごはんの支度せな」

 

「うん。手伝うよ」

 

はやてさんの着替えを手伝い、自分自身も着替えを済ませると、私ははやてさんの車椅子を押しながら部屋を出た。丁度、守護騎士のみんなも階段を下りてくるところだった。

 

「おはようございます、主様」

 

シグナムさんの言葉に、はやてさんが少し顔を顰めた。

 

「えっと、シグナムさん…」

 

「我々のことはどうぞ呼び捨てにして下さい」

 

「…うん、判った。ならシグナム。その『主様』いうんも、止めて欲しいんやけど。私ははやてや。私のことは名前で呼んでくれると嬉しいな」

 

少し驚いたような表情で顔を見合わせた後、守護騎士達は優しそうに微笑んだ。

 

「それなら主はやて、とお呼びしましょう。それでよろしいですか? 」

 

「うーん、ほんまやったら主いうんもいらんのやけど…まぁええわ。改めてよろしくな、シグナム」

 

守護騎士達の笑顔に、はやてさんも笑顔で答える。昨夜のようなぎこちなさは、もうなかった。

 

「相変わらず固ぇな、シグナムは。なぁ、あたしははやてって呼んでも良いか? 」

 

「勿論や。よろしくな、ヴィータ」

 

「じゃぁ私も。これからよろしくお願いしますね、はやてちゃん」

 

「うわぁ、ええなぁ。ええ感じや。うん、こちらこそよろしくな、シャマル」

 

それは家族の姿だった。ある意味、今のはやてさんに一番必要なものだろう。思わず「良かった」と呟くと、私の隣にザフィーラさんがやってきた。

 

「昨夜、何かあったのか? 随分と雰囲気が違うようだが」

 

「そうですね、ちょっと夢見が良かったようですよ」

 

ザフィーラさんも、はやてさんのことをシグナムさんと同じく「主はやて」と呼ぶことにしたようだ。思い返せばあの闇の書の記憶の中で守護騎士達は主の事を常に『主様』と呼んでいた。唯一違ったのは最後の女性だけ。彼女のことだけは『主』と呼んでいた。些細な違いなのかもしれないが、私にははやてさんがあの時の笑顔を目指しているように思えた。

 

 

 

朝食をみんなで頂いて後片付けも終えると、はやてさんが宣言した。

 

「今日はええ天気やし、みんなの布団を干します! シグナムとザフィーラは2階からお布団を下ろして。シャマルは庭にある物干し竿を、軽く雑巾で拭いてくれる? 」

 

「承知しました」

 

「はやて、あたしは何をすればいい? 」

 

「ヴィータはもうちょっと待っててな。お布団を取り込む前に埃を叩かなあかんのやけど、その時に手伝って貰いたいんよ。それから、午後はみんなで買い物に行くで」

 

そんな八神家の様子を見て、私も随分と心が軽くなった気がした。今日はミントさんの代わりに私がはやてさんへの魔力譲渡をしておこう。私はアースラへの連絡を取って貰うため、なのはさんに念話を送った。

 

 

 

=====

 

武装隊の早朝訓練にはフェイトも参加していると聞いて、リンディさんに我儘を言って同じ時間帯に訓練を入れさせて貰うことにした。通常の訓練を終えた後で、折角なので久し振りに模擬戦をしようという話になった。

 

「相変わらずっ、とんでもないスピードですわねっ! 」

 

「ミントこそ、フライヤーの威力が、また上がってるし…そこっ! バルディッシュっ! 」

 

≪Yes, sir. "Arc Saver".≫【『アーク・セイバー』】

 

「くっ、トリックマスター! 」

 

≪"Blitz Action"≫【『ブリッツ・アクション』】

 

フェイトが放った『アーク・セイバー』を何とか回避する。弾速はあまり早くないのだが、バリアを噛む性質があるので厄介な魔法だ。しかも軌道が不規則なため本来なら回避もし辛い。俺が相対する場合は超高速移動魔法を駆使してやっと、と言うところだ。

 

「ですが、連射性が低いのは助かりますわっ」

 

「甘いよ、ミント。『セイバー・ブラスト』っ」

 

「!! フライヤーっ! 」

 

フェイトが光刃を爆散させたのと、俺がフライヤー3基に一斉射撃をさせたのは、ほぼ同時だった。下手にプロテクションで爆風を防御してしまうと、一瞬の隙を突かれて死角に回り込まれる可能性があった。

 

「まさか連続射撃で牽制しながら爆風自体も押し返すなんて」

 

「『フライヤーダンス』の応用ですわ。フライヤーの連射性能はAAAですわよ」

 

フェイトがふっと笑みを零した。

 

「丁度良い仕切り直しだ。次、行くよっ! 『フォトン・ランサー・マルチショット』! 」

 

「! こちらも参りますわよ、フライヤーっ! 」

 

3基のフライヤーを追加して、合計6基のフライヤーをフェイトに向かわせる。フェイトの周りのフォトン・スフィアが放ってくるランサーを何とか躱しながら、スフィアを次々に撃ち抜く。勿論フェイト本人も狙うのだが、相変わらずの軽やかなステップで躱されてしまう。次第にお互いが段々と熱くなってきて、ついうっかり威力が高めの魔法を繰り出してしまった。

 

「撃ち抜け、轟雷っ、『サンダー・スマッシャー』! 」

 

「やらせませんわよっ、『パルセーション・バスター』! 」

 

トレーニングルームの一角が、盛大に爆発した。

 

 

 

「あはは…随分と派手にやったねぇ。取り敢えず、ちゃんと直しておいてね。自分達で直すのなら、誰にも文句は言われないからさっ」

 

エイミィさんに苦笑交じりにそう言われて、改めて壊れてしまった内壁をフェイトと一緒に見上げた。

 

「申し訳ありません、フェイトさん。ちょっと熱くなりすぎましたわ」

 

「ううん、私も同じだから。取り敢えず直しちゃおう」

 

2人で並んで破損した箇所に両手を当てて、そこから魔力を流し込む。破損率の高いトレーニングルームの内壁は、デバイスと同じように魔力を流し込むことで修復が可能になっている…なっているのだが。

 

「…修復なら適材適所ってことで、ヴァニラさんにお願いするというのは…」

 

「だーめ。ヴァニラちゃんは午後、なのはちゃんと一緒に来る予定なの。それにほら、もう次に模擬戦する人が待っているんだから、ちゃっちゃと直す」

 

ヴァニラがいればSSSオーバーの魔力を駆使して、あっという間に修復出来るのだろうが、生憎と治癒や修復に然程適性がある訳でもない俺やフェイトは半泣きになりながら15分程かけて内壁の修理を終えた。

 

「そう言えば、さっきなのはちゃんから連絡があったよ。はやてちゃんへの魔力譲渡は、今日はヴァニラちゃんがやってくれたみたい」

 

「…正直、助かりますわ」

 

さすがに模擬戦を終え、壊してしまった内壁を修理した後だ。せめてシャワーくらいは浴びたいが、そうしているとはやてのところに行くのがかなり遅くなってしまう。午後にまたアースラで集合予定だし、とんぼ返りになるのも精神的につらかった。尤も全て自業自得なのだが。

 

「まぁ、時間が取れたのは今は素直に嬉しいですわね」

 

「そうだね。シャワー、浴びに行こうか」

 

フェイトと一緒にシャワールームに向かおうとした時、エイミィさんの通信コンソールがコール音を発した。

 

「あ…ミントちゃん、とーっても心苦しいんだけど…」

 

エイミィさんが本当に申し訳なさそうな表情で、俺に声をかけてきた。つまりあれだ。ジュエルシードが見つかった、と。

 

「…喜んでいいのか、悲しんでいいのか、微妙なところですわね」

 

「私も出るよ。すぐに回収して戻ってこよう」

 

「助かりますわ。参りましょう、フェイトさん」

 

エイミィさんの指示でポートに向かい、地上に転送してもらった。

 

「これは…もう発動していますわね」

 

「急ごう、ミント」

 

フェイトと2人で現場を目指した。到着したのは山間の森。幸いテロリスト達の気配はない。目の前には巨大な鳥が1羽。フェイトが封時結界を展開し、俺がチェーン・バインドで拘束する。

 

≪Scythe Form.≫【サイズ・フォーム】

 

俺がフライヤーで怪鳥を撃ち抜くと、即座にフェイトが接近して魔力斬撃を放つ。それだけで十分だった。ジュエルシードから解放された鳥はそのまま飛び去り、後にはVIIIの刻印が施されたジュエルシードだけが残された。

 

「任務完了。これよりアースラに帰投します」

 

「帰ったら、今度こそシャワーを浴びたいですわね」

 

久し振りのフェイトとの共闘だったが、模擬戦以上に息の合った連係でジュエルシードをあっさり封印回収した俺達は、軽口を叩きつつアースラに戻った。

 

 

 

「ご苦労さま。2人共さすがね」

 

報告のためにブリッジに顔を出した俺達をリンディさんが労ってくれる。朝の模擬戦から連続で出動した俺達を気遣って、先にシャワーを浴びることを許可してくれたリンディさんに感謝しながら答えた。

 

「フェイトさんとの連係は、以前随分とリニスさんに叩きこまれましたからね」

 

今回あっさりとジュエルシードを回収出来たのは例のテロリストがちょっかいをかけてこなかったことが一番の理由ではあるのだが、実際フェイトの動きは慣れもあって合わせやすく、こちらも気持ちよく動くことが出来た。

 

「敵に回すとこの上なく厄介ですが、味方なら本当に心強いパートナーですわ」

 

「ミントの敵に回ることなんてないよ。精々、模擬戦くらいかな」

 

「まさにそのことを言っていますのよ」

 

くすくすと笑い合っていると、リンディさん宛にコールが入った。どうやら本局に行ったクロノからの定時連絡のようだ。

 

『艦長、こちらの確認もほぼ終わりました。八神はやての後見人として援助をしていたのはグレアム提督で間違いないようです。詳しい報告は別途書面でも提出しますが…実は提督がヴァニラとの面会を希望していて』

 

「H(アッシュ)提督の忘れ形見ですもの。当然よね。でもそれははやてさんに関する干渉行為の詳細を確認してからにして欲しいわ。私も同席しますので、日程については追って連絡します」

 

『判りました。それからアリアとロッテの2名をユーノ達のサポートにつけることになりました。僕も報告書を纏めたら進捗確認も兼ねて無限書庫に向かおうと思いますが、よろしいですか? 』

 

「許可します。何かあったら連絡を入れますね。お疲れさま」

 

相変わらずクロノは忙しそうだ。若いからまだ体力も持つのだろうが、明らかに働き過ぎだ。闇の書には因縁もあって意気込むのは判るし、宿題を押し付けた俺が言うのもなんだが、今度あまり無理をしないように進言しておこうと思った。

 

ギル・グレアム提督に面会するのはヴァニラとリンディさん、クロノの3人らしい。本当ならはやても連れて行った方が良いのかもしれないが、さすがにヴォルケンリッターだけ留守番をさせる訳にもいかないし、ヴォルケンリッターと一緒に本局に連れて行く訳にもいかないだろう。

 

ちなみに俺は海鳴に張り付いていることにした。万が一不在時にテロリスト、特にルル・ガーデンが出てきてしまうと困るからだ。グレアム提督との会談にも興味はあったのだが、今回はリンディさん達が戻ってきてから話を聞くことで我慢するしかない。

 

「ミント、そろそろお昼ご飯食べに行こう」

 

「そうですわね」

 

時計はもうそろそろ12時を指そうとしていた。

 

 

 

食堂でお昼ご飯を済ませ、食後のデザートを食べていると、なのは達も食堂にやってきた。軽く手を上げて挨拶してくるなのはに、こちらも笑顔を返す。

 

「思ったより早かったですわね」

 

「はやてちゃんが随分と張り切って、早いうちから守護騎士さん達の服とかを買いに出かけちゃったみたい。それでヴァニラちゃんが早めに家に来たから」

 

どうやら心配していたはやてと守護騎士の溝も大分なくなった様子で、そこは素直に良かったと思う。

 

「あら、みんなもう到着していたのね。丁度良かったわ。ヴァニラさん、ちょっとお話ししたいことがあるのよ」

 

リンディさんが早速スケジュールの交渉を始めた。その結果ヴァニラが本局に行くのは明日、5月4日になり、リンディさんとプレシアさんが高町家に挨拶に行くのは翠屋の混雑状況も考慮して、敢えて飛び石に当たる6日に設定された。ヴァニラはグレアム提督に一言文句を言うのだと意気込んでいた。

 

「翠屋を休業させずにお話をするなら、まぁ妥当なところよね」

 

「休日だとお客さんが一杯になるから、お話どころじゃなくなっちゃうものね」

 

予想していなかった訳ではないのだが、アリサとすずかも当然のような顔をして一緒に来ている。確かに昨日はまた来ると話をしていたが、本当に毎日来るその行動力は脱帽ものだった。

 

「だって、今日はなのはちゃんの新しいデバイスが出来上がるんでしょう? アリシアちゃんも手伝ってたみたいだし、見てみたいから」

 

「あたしは純粋に楽しんでるわよ。どうせ連休中はすずか達と遊ぶつもりだったんだし、折角の機会だから宇宙船も堪能させてもらうわ」

 

厳密に言えば宇宙船ではなく次元航行艦なのだが、どうやらアリサやすずかのイメージは宇宙船で固定されてしまっているようだ。

 

「…一応、時空管理局はテロリストと敵対している組織ですのよ。戦闘行為なども当然あるのですから、危険だということだけは認識しておいて下さいませ」

 

「今までに一番危険だったのは、あんた達の戦闘に巻き込まれた時だと思うけど」

 

「その節は大変申し訳ございませんでした」

 

改めて頭を下げると、何故かわしゃわしゃと撫でられた。

 

「むしろミント達の方が気を付けてよ。相手は非殺傷設定とか、使ってくれないんでしょう? 」

 

「ええ…お気遣いありがとうございます」

 

この数日でアリサもすずかもかなり色々な知識を身に着けていた。特にすずかは次にプレシアさんが何かデバイスを作る時には是非見学させて欲しいとお願いしている程だ。アリサもエイミィさんとは意気投合したらしく、特に食材の流通についてかなり突っ込んだ話をしている。

 

(本当にチャレンジ精神が旺盛なのですわね)

 

そんな2人を微笑ましく眺めていると、アリシアも食堂にやってきた。

 

「あ! いたいた。ヴァニラちゃん! 」

 

「アリシアちゃん。どうしたの? 」

 

「ママが、ハーベスターも調整したいんだって。そんなに時間もかからないみたいだから、ちょっと一緒に来てくれる? 」

 

どうやら管理者権限をヴァニラ本人に移譲するのと同時に、長距離デバイス間通信ユニットも組み込むことになったのだそうだ。今まで長距離通信が出来なかったハーベスターも、これで常時アースラと通信できるようになる。

 

「直接通信が出来るようになるのは助かるな。うん、じゃぁちょっと行ってくるね」

 

「あ、あと、なのはちゃんのデバイスも最終調整は殆ど終わってるから、後で持ってくるね」

 

「ありがとう! 楽しみにしてるね」

 

 

 

ヴァニラとアリシアは本当に30分もしないうちに戻ってきた。恐らくなのはの専用デバイスと思われる、桜色のペンジュラムを手にしたプレシアさんも一緒だ。

 

「お待たせ、なのはちゃん。これがなのはちゃんのデバイスだよ。ママ、早く早く」

 

プレシアさんが苦笑しながらなのはにデバイスを手渡す。

 

「ありがとうございます! わぁ、ヴァニラちゃんのペンジュラムと同じ形だ」

 

「ハーベスターの妹に当たるデバイスよ。リニスも手掛けてくれたから、バルディッシュの妹とも言えるわね」

 

その時、桜色のペンジュラムが音声を発した。レイジングハートと同じような、落ち着いた女性の声だ。

 

≪Please let me know your name, Miss.≫【貴女のお名前を教えて下さい】

 

「わたし? 高町なのは。なのはだよ」

 

≪Thank you, Nanoha. Could you please name me as well? ≫【ありがとう、なのはさん。私にも名前を付けて頂けますか?】

 

「にゃっ!? 名前…名前? 」

 

マスター登録方式ではなく、フレンドリーに名前を聞いてくるシステムはプレシアさんの好みらしい。

 

「えっと…名前…名前…」

 

リンディさんやプレシアさんを始め、エイミィさん達アースラスタッフも微笑ましく見守る中、どうやら名前を考えていなかったらしいなのはは1人でテンパっていた。

 

「なのはちゃんは空を飛ぶのが好きだから、何か空にちなんだ名前はどう? 」

 

「そっ、そうだね! えっと、空…そら…スカイ…」

 

色々と口にしているものの、なかなかピンとくる名前に行きつかない様子だ。と、リンディさんがなのはに声をかけた。

 

「なのはさん、『エルシオール』なんてどうかしら? なのはさん達の世界のフランスっていう国の言葉で、空を意味するのよ」

 

『Elle ciel』、英語で言うと『The Sky』と言ったところか。何処の世界の儀礼艦かと突っ込みそうになってしまったが、何とか自制することが出来た。

 

「エルシオール…うん、いいですね! じゃぁ、これからよろしくね、エルシオール! 」

 

≪Thank you again, Nanoha. "Elle ciel" has been registered.≫【改めてありがとうございます。『エルシオール』、登録しました】

 

なのは本人は喜んでいる様子なので、俺から何か言うことも無いだろう。

 

「っていうかリンディさん、フランス語なんてよくご存知ですわね」

 

「あら、結構流行っているのよ。例えば『アルカンシェル』だって元はフランス語。虹を意味する『Arc-en-ciel』だし」

 

ふとヴァニラの方を見ると、目が合った。恐らく同じことを考えていたのだろう。俺達はお互い苦笑した。

 




なのはさんといえばレイハさんのイメージが強いのですが、本作では過去ミントが不用意に発した一言のせいで、ユーノくんはレイジングハートを手放すつもりが全くありません。。
このため、なのはさんにはオリジナルデバイスを取得してもらいました。。

どうやらミッドチルダではフランス語が流行しているようです。。

※活動報告にも記載しましたが、私用のため来週の投稿はお休みさせて頂きます。次回の投稿は10月11日を予定しています。。
申し訳ございませんが、よろしくお願いいたします。。


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第16話 「思い出」

※今回はヴァニラパートのみです。。


アースラの長距離転送ポートから本局までは一瞬だった。いつもこの方法が使えればとても便利だと思うのだけれど、実際には予め設置されたポートにしか飛ぶことが出来ないうえ色々な手続きも必要で、いつでも気軽に使えるものではないらしい。ちなみに次元世界間レベルでの長距離転移魔法使用申請になると、更に十数枚の申請フォーマットが増えるのだとか。

 

「今日のスケジュールを確認しておくわね。グレアム提督との面会は午前10時から。それからシャトルでエルセアに向かうわ。お昼は向こうで食べた方が良いわね」

 

「はい、判りました」

 

ギル・グレアム提督から会いたいと言われた時、私は二つ返事でOKした。はやてさんのことで未成年後見人になっているというグレアム提督に一言文句を言いたいという気持ちもあったのだが、それ以上にミッドチルダに両親のお墓があることが判り、この機会にお参りさせて貰いたいと思ったから。リンディ提督は私のお願いを快諾し、お墓参りにも付き合ってくれることになった。

 

「それにしても驚きました。まさか地球からミッドチルダに日帰り旅行が出来るなんて」

 

「ポートの使用申請が受理されてさえいれば問題は無いのだけれど。あまり簡単には許可が下りないのよ。今回は表向き提督同士の会談に使用することになっているわ」

 

本来なら確りと申請して、許可を取ってから使用するらしいのだが、今回は特例尽くしで書類に記載出来ないようなことが多すぎるのだ。闇の書については現時点では公にすることは出来ないし、それどころか私の存在自体、今は公表することが出来ないとのこと。ちなみに私のレアスキルのことは、現状グレアム提督にも秘匿しているらしい。

 

「レアスキルのことを除いても、ヴァニラさんの存在は特異なのよ。何しろ時間跳躍の理論が確立できていないのに、11年前に亡くなったH(アッシュ)提督に7歳の娘がいるのは説明出来ないし。そういえば、7歳で良いのよね? 」

 

「地球で取って貰った戸籍上では、私もアリシアちゃんも8歳ということになっていますが」

 

「もういっそ、2人共8歳で通しちゃう? 」

 

ミッドチルダの戸籍を持ち出すなら今の私は30歳を超えている訳だが、さすがにこの見た目でそれは有り得ない。ただ今更7歳とか8歳とか程度の差が問題になるようには思えなかった。なのはさん達とも同い年ということで通していることもあり、今更7歳でした、などとカミングアウトしたところで誰も得する人はいないだろう。

 

「アリシアちゃんにも相談は必要でしょうけれど、私はそれで構いませんよ」

 

「そうね…じゃぁ、その話は取り敢えず置いておきましょう。着いたわよ。ここがグレアム提督の執務室」

 

リンディ提督が示した先には飾り気のない、スライド式のドアがあった。その前にクロノさんが立っていて、こちらの姿を認めると軽く手を上げてきた。

 

「クロノさん、おはようございます。大丈夫ですか? 少し疲れているようですが」

 

「ああ、おはよう。大丈夫だよ。任務に支障はきたさないさ」

 

リラクゼーション・ヒールを準備しようとすると、リンディ提督がそっと私の肩に手を当てて、首を振った。

 

<本局にいる間は、出来るだけ魔法は控えて頂戴。一応チェックされているから>

 

現在でもミッドチルダでは治癒術師が不足しているのだそうだ。下手に回復系の上位魔法を使ってしまうと、それだけでも相当目立ってしまうらしい。折角色々と情報を秘匿して貰っているのに、うっかり暴露してしまう訳にもいかないだろう。私は魔法を中断し、アドバイスは心に留めておくことにした。

 

「準備はいいか? じゃぁそろそろ行こうか」

 

クロノさんが何やら合図をすると、ドアがスライドして開いた。グレアム提督の執務室は思っていた以上に広く、十数人が座れそうな大きなソファが部屋の中央に設置されている。窓辺に立っていた初老の男性が振り返って微笑んだ。これがギル・グレアム提督なのだろう。ただ艦隊指揮官や執務官長を歴任してきた、所謂歴戦の勇士と聞いていた割に影が薄いというか、笑みに力が無いことが少し気になった。

 

「クロノ、ありがとう。リンディは久し振りだな」

 

「ご無沙汰しています、提督」

 

クロノさんとリンディ提督が挨拶を済ませると、グレアム提督が私の方に向き直った。

 

「君がイグニスの娘だね」

 

「はい。ヴァニラ・H(アッシュ)です。初めまして、グレアム提督」

 

少しの間私のことを見つめた後、グレアム提督はふっと息を吐いた。

 

「成程、全く変わらないな。時を超えたというのは…確かに公にする訳にはいかないか」

 

「…あの、失礼ですが、以前お会いしたことがありましたか? 」

 

私の記憶にある限り、グレアム提督とはこれが初対面だった筈だ。変わらない、という言葉を不思議に思ってそう尋ねると、提督は壁際にある机の引き出しから古びたロケットを取り出した。

 

「これは以前、イグニスが持っていたものだ。本当なら君の母親に渡すべきだったのだろうが、忙しさを理由に先送りにしているうちに、再び会うことすら叶わなくなってしまった」

 

提督がロケットを開くと、そこにはお父さんとお母さん、そして私の3人が笑顔で写った写真がはめ込まれていた。予想もしていなかったことに、思わず両手で口を覆う。また涙が溢れそうになった。

 

「形見のつもりで預かっていたんだが、むしろ君こそがこれを持っているのに相応しいだろうし、その方がイグニス達も喜ぶだろう。これは君にお返ししよう」

 

「あり…がとう、ございます…」

 

私はロケットを受け取ると、ハーベスターと一緒に首に掛けた。両親の思い出になるようなものを何一つ持っていなかった私にとって、このロケットは本当の意味での形見のように思えた。

 

「…そろそろ本題に入らせて貰ってよろしいですか? 」

 

クロノさんの言葉に慌てて涙を拭うと、姿勢を正す。

 

「ヴァニラさん、大丈夫? 」

 

「はい。すみませんでした」

 

「良いのよ。貴女が悪いわけじゃないのだから」

 

優しく声をかけてくれるリンディ提督に、こちらも微笑んで頷いた。その後リンディ提督は改めて表情を引き締めると、グレアム提督に声をかけた。

 

「昨日、クロノ執務官から提出された報告書には一通り目を通しておきました。一部の確認内容は重複する場合もありますが」

 

「ああ、判っているよ。では始めようか」

 

 

 

リンディ提督が確認や質問を行い、それに対してグレアム提督が答えていく。元々はやてさんが闇の書の主であることに気付いたのが数年前。これは全くの偶然で、休暇を利用してイギリスに帰省していた際に使い魔が本場のお寿司を食べたいと言い始め、日本まで足を延ばした時に同じお寿司屋さんで両親と一緒に来店していたはやてさんと出会ったらしい。

 

偶々リンカーコアがあることに気が付いたものの、その容量に対してあまりにも魔力が少ないことが引っかかり、身辺を調査したところ闇の書を所持していることが判ったのだそうだ。その後両親を事故で失ったはやてさんに父親の親友を装って未成年後見人になり、生活資金の援助を行っていたとのこと。

 

「では、別に独自調査などをして闇の書の転生先を突き止めたわけでは無いのですね? 」

 

「さすがにそれは無理だ。確かにエスティアの事件以降、私も闇の書について色々と調べてはみたが、どうやら転生先には適合する魔力資質の持ち主をランダムで選定するらしいのだ。たかだか数年の調査で、管理外世界も含めた全次元世界を調査し尽くすのは物理的に不可能だよ」

 

ここで守護騎士ですら知らなかった情報が出てきた。

 

「ランダム…じゃぁ、闇の書の主は」

 

「ああ、主となった当初は何も知らない筈だ」

 

私の呟きに、グレアム提督が答える。ランダム選定ではやてさんが主に選ばれたということは、はやてさんに落ち度も責任もなく、気にする必要が無いことを意味している。それでも2日前の夜、はやてさんの苦悩を知ってしまった私には、気軽にこのことを伝えたり慰めたりする気にはなれなかった。

 

「それから提督は、生活援助をしながらはやてさんのことを監視していましたね。闇の書の存在を知ったにも関わらず、管理局員である…それも顧問官に相当するような人が、何故第一級捜索指定遺失物の情報を隠蔽しようとしたのです? 」

 

「君達だって、今まさに隠蔽しようとしているのだろう? それと同じことだよ。情報を公開してしまえば大騒ぎになる。そうなると却ってまともな対策が立てられなくなる」

 

グレアム提督が再びふっと息を吐いた。

 

「それに、私以外の人間が闇の書の対応にかかるのは正直複雑だった」

 

「…つまり、ご自分の手で決着をつけたかった、と」

 

グレアム提督は黙って頷いた。すると、今まで黙っていたクロノさんが口を開いた。

 

「提督が以前、僕の執務官研修の担当官をしてくれた時に言って下さった言葉を覚えていますか? 『窮地に於いてこそ、冷静さが最大の友たるべきである』…お一人で闇の書との決着をつけるなど、とても冷静な人の考えとは思えません」

 

「それでもだよ、クロノ。今にして思えば、私はどうしてもイグニスやクライドの仇を取りたかったのだろうな」

 

これ以上犠牲者を出さないために、護るために闇の書と対決するのではなく、自身の溜飲を下げるために、恨みの矛先として闇の書と対決する。それは明らかに間違った判断だった。

 

「それに闇の書を封印するためには、蒐集が行われていなくてはならない。封印のタイミングは闇の書が完成してから暴走が始まるまでの、短い期間だけだ。この時に主ごと封印しなければ、闇の書は主を取り込んでまた別の主の下へ転移してしまう」

 

主ごと封印する可能性については以前クロノさんからも伝えられてはいたが、改めてグレアム提督の口からその言葉を聞くと胸が締め付けられる思いがした。

 

「グレアム提督、もしかして貴方が後見人を引き受けながら、はやてさんに会わなかった理由は…」

 

「…そうだな。実際に会ってしまうと情が湧く。いざ封印をする際に決断が鈍ってしまうかもしれない」

 

はやてさんを施設に入れずに一人暮らしさせていたのも、出来るだけ関係者を減らしておくことで、いざという時にはやてさんを失って悲しむ人が少なくなるようにしていたのだそうだ。それを聞いたとき、以前はやてさんが私に言った言葉を思い出した。

 

『実は私、ちょっと前までずっと人生を悲観しとったんよ』

 

ずっと孤独で、寂しい思いをして、今でこそ明るく振舞ってくれているが、彼女はたった8歳の女の子なのだ。良くも今まで心が折れずにいてくれたものだと思う。それと同時に、今までそれを強いてきたグレアム提督に対して改めて怒りがこみ上げてきた。

 

「それはあまりに自分勝手だとは思いませんか? はやてさんが今までどれだけ寂しい思いをしてきたか、判っていますか? 彼女はつい先日まで闇の書のことなんて何も知らなかった、たった8歳の女の子なんですよ」

 

「だが書を封印しなければ、もっと沢山の人達が苦しむことになる。下手をしたら地球が…第97管理外世界が滅んでしまう可能性だってあるのだよ」

 

確かに1人の命とその他大勢の人達の命を天秤にかけるのであれば、大勢の人達を救うべきなのかもしれない。でも少なくともそれなら、尚のことグレアム提督ははやてさんに会って事情を説明すべきだったのだ。

 

「…何も知らずに、何も知らないまま、第三者に人生を翻弄されて、封印されてしまうなんて、おかしいですよ。どうしてそこまで傲慢になれるのです? 」

 

私の糾弾に、グレアム提督は俯いてしまった。さっき私にロケットをくれた時にも思ったが、この人は本当は優しい人なのだろう。本心でははやてさんを犠牲にすることに、未だ躊躇いを感じているようにも見えた。

 

「…でも、もう遅いです。はやてさんは家族の暖かさを知ってしまいました。今更大勢の人のために犠牲になってくれと言われて素直に頷くとは思えませんし、仮に本人が認めたとしても、私は友人として、それを認めることは出来ません」

 

私だけではなく、きっとなのはさんやアリサさん、すずかさんやアリシアちゃん達もみんな同じように思うに違いない。それに私は少なくとも医学を志す者としても、誰も犠牲にせず全員の命を救う方法を探したいと思っていた。

 

「…闇の書は、封印しなければ必ず暴走する。蒐集してもしなくても、最終的には必ず主を取り込んでしまうのだ。守護騎士も主のためなら冷酷無比に蒐集を行う。私はこの11年の間、ずっと独自に調査を続けてきたのだよ」

 

「でしたらその情報はユーノさん達とも共有して下さい。…日本には三人寄れば文殊の知恵という言葉があるそうです。みんなで考えれば、守護騎士達も含めて、みんなを助けることが出来る良い方法が見つかるかもしれませんよ? 」

 

グレアム提督はまた溜息を吐いた。

 

「確かに君の言う通りなのかもしれない。だが守護騎士達は君の父親の仇とも言える存在だろう? 何故彼等まで助けようと思うのかね? 」

 

「守護騎士達は、あくまでも主の命令に従っているだけです。主が平和を望めば蒐集はしません」

 

「…根拠は? 」

 

「先日、はやてさんと一緒に闇の書の記憶を見ました」

 

それを聞いてグレアム提督だけでなく、クロノさんやリンディ提督も驚いた表情を見せた。

 

「ヴァニラ、それは本当か? 僕も初耳なんだが」

 

「そうね。確かに報告義務はないけれど、詳しく教えて欲しいわ」

 

2人にも促されて、私は2日前の出来事を詳しく説明した。過去に様々な主がいたこと。守護騎士達が本当に酷い扱いを受けていたこと。その時の守護騎士達は本当にプログラムのように見えたこと。ただ主によっては守護騎士にも感情があるように思えたこと。そして、はやてさんと一緒にいる今の守護騎士達にも感情があるように思えること。

 

話が終わって暫くの間はグレアム提督もリンディ提督もクロノさんも、みんな無言のまま何かを考えているようだったが、やがてクロノさんが口を開いた。

 

「推測にすぎないが、恐らくヴァニラが見たのは闇の書とその主の相互理解を深めるためのシステムだろうな」

 

「でも、あの時のはやてさんの状況では、刺激が強すぎるように思いました。精神安定の魔法が上手く効いてくれましたが、そうでなければ逆効果になってしまった可能性もあります」

 

「…もしかしたら、はやてさんが無意識のうちに闇の書の深層部分にアクセスしてしまったのかもしれないわ。そしてヴァニラさんははやてさんの心を護るために、闇の書に呼ばれたのかも」

 

「本来なら管制人格がそういった状況を管理する筈なのだが、まだ全く蒐集が行われていない状況では管制人格の起動が出来ていないのだろうな。もしかしたらリンディの言う通りなのかもしれない」

 

クロノさんの発言がきっかけになったのか、みんなが次々に意見を述べていく。尤もこれらはあくまでも推論に過ぎず、もしかしたらユーノさん達の調査に役立つかもしれないという程度のものでしかない。

 

「まぁ、それはそうだが、今は情報が少しでも欲しい。取捨選択は後ですればいいさ。今の情報も含めてユーノに回そうと思うが、構わないか? 」

 

クロノさんの言葉に私は頷いた。その後面談もそろそろ終わるという時に、グレアム提督が私に声をかけてきた。

 

「ヴァニラ君、ありがとう。今日、君と話をすることが出来て良かったよ。私が持っている情報は、使い魔を通じて全て提供しよう」

 

グレアム提督はその上で、はやてさんを犠牲にしなくても闇の書を暴走させずに済む方法を一緒に探してくれると約束してくれた。その時の笑顔は、初めて会った時よりも若干力強く感じた。

 

「それから、闇の書の本当の名前…元々は『夜天の魔導書』という、色々な魔法を資料として纏めておくための本なのだよ。代々の所持者が次々とプログラムに改編を加えていった結果、今のような形になってしまったようだがね。この辺りの経緯はクロノが提出した報告書にも記載がある筈だから、調査チームも重点的に調べているだろうが…」

 

「夜天の魔導書、ですか」

 

その言葉はどこかで聞いたような気がしたが、はっきりとは思い出すことが出来なかった。取り敢えず私は思考を切り替え、グレアム提督にお別れの挨拶をした。

 

「…もしお時間が取れるなら、是非はやてさんにも会ってあげて下さい。会いたがっていましたよ、『グレアムおじさん』に」

 

「そうだな。彼女が私に会いたいと願ってくれるのなら…私の贖罪を受け入れてくれるなら」

 

「はやてさんはきっと感謝しかしないと思いますよ。私も…ロケット、ありがとうございます」

 

「…これからご両親のお墓参りだったかな。よろしく伝えておいてくれるかな? 」

 

「はい」

 

私はお辞儀をすると、リンディ提督と一緒にグレアム提督の執務室を後にした。クロノさんは少し残って今後の打ち合わせをした後、情報を持って無限書庫に向かうのだそうだ。

 

「今日は私が言わなくちゃいけないことを、全部ヴァニラさんに言って貰っちゃったわね。ごめんなさい」

 

本局の通路をシャトルのゲートに向かって歩いている時、急にリンディ提督がそう言ってきた。

 

「いえ…未成年後見人になっておきながら、はやてさんのことを放置していたことに対する文句を言っただけですよ」

 

「ああ言ってはいたけれど、グレアム提督もはやてさんを犠牲にすることは随分悩んでいたようなの」

 

それは私も感じていたことだった。グレアム提督には初めて会った時からどことなく覇気が感じられなかったのだが、恐らくその罪悪感もあったのだろう。

 

「実はね、アルカンシェルでエスティアごと暴走した闇の書を撃った後、合同葬儀の会場で彼、私とアリアに泣きながら謝ったのよ」

 

艦隊司令でもあった提督が、公の場で頭を下げたのだという。それほどまでに、グレアム提督は参ってしまっていたのだろう。そしてそのまま管理局を辞職しようとしたのだそうだ。

 

「私とアリアで相談して、辞めないようにお願いしたのよ。H(アッシュ)提督やクライドは志半ばで逝ってしまったけれど、その遺志だけは継いで欲しかったの」

 

「そう、だったんですね」

 

「尤も却ってそれが負担になっちゃったのかもしれないわね。ずっとあの時のことで自分を責めていたみたいだから」

 

ゲートを抜けると、そのままエルセア行きのシャトルが係留されているポートに向かう。

 

「…でも今日、ヴァニラちゃんが言ってくれたことは、随分とグレアム提督の気持ちを動かしてくれたみたい。別れ際の笑顔はここ数年、見たことないくらいだったわ」

 

「…闇の書のこと…ジュエルシードのこと…みんな無事に解決できると良いですね」

 

「そうね。そのために、私達も全力を尽くしましょう」

 

 

 

私達が乗りこんだシャトルは本局から30分程かけてエルセアの空港に向かう。

 

「凄い! 壁が全面モニターになるんですね」

 

「ええ。ヴァニラさんはシャトルに乗るのは初めてだったのね」

 

「はい。快速レールは良く使っていましたけれど。そう言えばエルセアに行くのも初めてですね」

 

私の家はクラナガンにあり、お父さんもお母さんもクラナガンで暮らしていた。リンディ提督やプレシアさんから聞いた話では、魔力駆動炉の事故が起こって間もなくプレシアさんはアルトセイムに、お父さんとお母さんはエルセアに引っ越したのだそうだ。

 

事故の直後にはプレシアさんも査問会議にかけられたらしいが、色々な調査を行ってプレシアさんを助けたのがお父さんだったらしい。お母さんも精神的にプレシアさんを支えてくれたと聞いている。その後住んでいる場所が離れてもお互いの交流は続いていたのだそうだ。

 

やがてシャトルが空港に着陸し、私達は快速レールで市街地に向かった。窓から見える景色はクラナガン程都会という訳ではないものの、一戸一戸の敷地はクラナガンよりも広めな感じで落ち着いた雰囲気の住宅地が続いていた。

 

「次の駅で降りるわよ。そこからは歩いてもそんなにかからないから」

 

「はい」

 

リンディ提督について改札を抜けると、駅前にあった花屋さんでお墓に供える花を買い、同じ並びの食堂で軽く昼食を食べた。その後、共同墓地に向かう。

 

「事故があったのも5月だったのよ。本当の命日まではまだ2週間くらいあるけれど、その頃になると関係者も訪れるようになるから、今くらいの時期に来れて良かったわ」

 

「…そうでしたか。出来れば命日にも来れたら良かったのですが」

 

「…そう、ね。都合をつけて、来られるようにしましょう。きっとプレシア達も来たいでしょうし」

 

そんなことを話しながら歩いていると、前の方から15、6歳くらいの少年が、私よりも少し年下と思われる女の子の手を引いて歩いてきた。様子からして、お墓参りの帰りなのだろう。

 

<ヴァニラちゃん、H(アッシュ)の名前は今は伏せておいてね>

 

不意にリンディ提督から念話が入り、それでこの2人も関係者なのだろうと察しがついた。

 

「リンディ提督、ご無沙汰しています」

 

「こんにちは、提督」

 

どうやら2人は兄妹のようだった。リンディ提督とは知り合いのようで、挨拶をしてきた。

 

「久し振りね、ティーダ君。ティアナさんはまた大きくなったわね。最近調子はどう? 」

 

「先月漸く課程を修了して、実地研修に入りました。今は空曹長見習いですが、半年後の本着任時は三等空尉です。これもリンディ提督が士官学校を紹介してくれたおかげです。ありがとうございます」

 

話の内容から、ティーダさんは入局を目指している様子だった。どうやら過去にリンディ提督がお世話をしたことがあるようだ。ふと、ティアナさんと呼ばれた少女と目が合った。私が微笑むと、少し恥ずかしそうに顔を赤くしながらも微笑みを返してくれた。

 

「リンディ提督、こちらの女の子は? 」

 

「うちの遠い親戚なのよ。ヴァニラさん、こちらティーダ・ランスター君とティアナ・ランスターさんよ」

 

「ヴァニラ、と言います。初めまして、ティーダさん、ティアナさん」

 

ティーダさんとティアナさんに挨拶をする。ティーダさん達の両親も、お母さんと同じ事故で亡くなっているのだそうだ。命日まではまだ少し日があるのだが、入局絡みの実地研修でなかなか時間が取れそうにないため、偶々今日お墓参りに来ていたらしい。

 

話では聞いていたけれど、本当に私以外にもこの事故で両親を失った子達がいたのだと、改めて思った。ティーダさんは管理局員だった父親の遺志を継いで入局を目指しているらしい。ティアナさんにも魔力資質があるそうで、来年から魔法学院に通うのだそうだ。

 

暫く世間話をした後でティーダさん達と別れ、私達はお母さんのお墓に向かった。

 

「向こうには例の事故で亡くなった方の慰霊碑もあるわ。後で行ってみましょう」

 

「はい」

 

リンディ提督に連れられて、お母さんのお墓の前に立った。墓石には「アリア・H」の名と一緒に、「イグニス・H」の名も刻まれていた。それが改めて両親が他界している事実を突きつけてくる。

 

「H(アッシュ)提督の名前は、アリアが寂しくないように後で入れたの。でも遺体は無いわ。ごめんなさい」

 

宇宙空間で反応消滅させられた艦に乗っていたのだから、遺体は無くて当たり前だろう。私は軽く首を振った。

 

「いえ…むしろお父さんの名前も入れて下さって、ありがとうございます。だって…ここに来れば、2人に、会えるから…」

 

涙で視界が霞む。以前、お墓に魂は留まらないのだから、お墓の前で泣かないで、というような歌を聞いたのを思い出した。

 

(違うよ…やっぱりお墓は、亡くなった人たちとの思い出に会える場所なんだ…)

 

お墓は、亡くなった人達のためにあるんじゃない。遺された人達が亡くなった人達との思い出に浸るための場所。お墓に魂は留まらなくても、遺された人が思い出に浸って泣くことが出来る場所なのだ。

 

リンディ提督がそっと抱きしめてくれているのを感じながら、私は両親のことを思い出していた。グレアム提督に貰ったロケットを握りしめて、私は暫くの間その場に蹲っていた。

 




最初はグレアム提督との面談とエルセアのお墓参りのお話は別にして、それぞれミント視点のお話を入れようと思っていたのですが、文字数のバランスが悪かったのでヴァニラのお話だけで1話にまとめてしまいました。。
その分ちょっとグダグダになってしまいましたが。。

次回はミントメインで書いてみようと思います。。

※一部誤字や表現の訂正を行いました。。
 ご指摘ありがとうございます。。


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第17話 「違和感」

※今回はミントパートのみです。。


『ミントちゃん、なのはちゃん、お疲れさま。これで確保できたジュエルシードは12個目だね』

 

エイミィさんからの通信が開くいた。ふっと息を吐くと、手に取ったXIIの刻印のあるジュエルシードをトリックマスターに封印する。12個目に12番のジュエルシードというのも判りやすいな、と場違いなことを考えた。

 

「お疲れさまです。なのはさんもありがとうございます。助かりましたわ」

 

「ううん、役に立てたのなら良かったよ…少しは元気出た? 」

 

「?…大丈夫ですわよ。取られたものは取り返せば良いのですから」

 

ジュエルシードの回収は俺がメインで、パートナーにフェイト、なのは、ヴァニラの3人のうちスケジュールが合う人とチームを組み、可能であればそこに恭也さんか美由希さんが加わる形で実施するようにしていた。アースラの観測チームは昨日と今日で1つずつジュエルシードを発見し、新デバイスであるエルシオールを携えたなのはがパートナーとして協力してくれたこともあって、今日は無事ジュエルシードを確保出来た。

 

ただ昨日は発見と同時に出動したにも関わらず、現着した時には既にジュエルシードは持ち去られていたのだ。サーチャーからの映像送信が妨害されていたらしいので、恐らく相手は例のテロリスト達なのだろう。

 

こういう事態もある程度は想定していたので然程気落ちはしていないつもりだったのだが、なのは達からみるとどうやら俺は落ち込んでいるように見えたらしい。

 

(確かにもやもやと…気分が優れないところはありますわね…冗談でも言って、元気があるところをアピールしておきましょうか)

 

そんなことを考え、すぐにそれを振り払う。アースラと合流した当日、ルル・ガーデンはジュエルシードが次元震を起こす時のデータを観測しようとしていた。つまり次元震を起こすことが目的で、ジュエルシードを集めている可能性があるということだ。

 

たった1つのジュエルシードが起こした小規模次元震、それが少し前に発生した出来事だ。以前ブラマンシュの長老が言っていたように、複数纏めて暴走すれば次元断層が発生するようなエネルギーを秘めているのは間違いない。それだけは何としても避けなければならず、気を引き締めてかかる必要があった。

 

ちなみに先日の小規模次元震は当然のようにアースラでも観測されていたのだが、すぐに収まったことや、現実世界への影響が少なかったこともあって、報告は詳細なものではなく口頭で簡単に済ませていた。ところが先日になってエイミィさんが計測したエネルギー放出量ではそのままでの強制封印が困難であることが判り、クロノが詳細な経緯報告を書面で纏めるように言ってきていた。

 

その報告書は昨日までに完成していた。クロノは1日ヴァニラやリンディさんと一緒に本局に行っており、戻ってきたのは夜だったのだが、俺が渡した報告書を読んだ直後にはちょっとした騒ぎになり、ヴァニラのことを省いて報告していた俺達が言外にとても責められた。まぁ尤もそれは完全に余談だが。

 

「ひとまず、今はアースラに帰りましょう。リンディさんへの報告が終わったら、シャワーを浴びたいですわね」

 

「そうだね。じゃぁ、帰ろっか」

 

もやもやする気分を振り払うように頭を振ると、俺はなのはと一緒にアースラに向かった。だがリンディさんへの報告を終えても、シャワーを浴びても、この日は一日中もやもやが晴れることは無かった。

 

 

 

原作でもアースラに協力してジュエルシード回収を手伝っていたなのはだったが、原作とは異なり基本的には学校を休まないで済むようにスケジュールを調整している。これはヴァニラについても同じで、彼女達が学校に行っている間は俺とフェイトがメインで出動することになっていた。

 

ただ12番のジュエルシードを回収した翌日、5月6日だけは、なのはもアリシアもヴァニラも学校を休んでいた。午後にリンディさんとプレシアさんが高町家に挨拶に行くことになり、それに同席するために当初は早退する予定になっていたのだが、士郎さん達にも事前に連休中の報告を入れておく必要が出てきたことから、結局1日休むことになったのだ。

 

アリサとすずかは通常通り登校するが、「家庭の事情」であることは彼女達も判っていることなので、心配されるようなこともない。

 

「ミントちゃんも行くでしょ? 」

 

早朝の訓練を終えた後、不意になのはがそう聞いてきて、一瞬だけ返答に詰まった。

 

「…まだジュエルシードが見つかるかもしれませんし、わたくしはアースラで待機していますわ」

 

「どうせジュエルシードが見つかるとすれば海鳴だろう? 僕や艦長も一緒にいるし、フェイトだってプレシア女史の説明のために同席する。通信環境も問題ないのだから別に一緒に行っても構わないと思うが」

 

こんな時に限ってクロノが気を回したような物言いをする。特に理由もなく苛立ってしまい、少し文句を言おうかと思ったが、彼の目の下にうっすらと出来たクマを見て言葉を止めた。そう言えばここの所クロノは本局に出向いたり、無限書庫に行ったりしており、休んでいるところを見た記憶が無かった。アースラにいる時も殆ど執務室で報告書を纏めていると聞く。

 

「クロノさん、ちゃんと寝ています? 」

 

「仮眠はちゃんと取っている。問題は無いよ」

 

「…疲れが溜まっていると、肝心な時に本来の力を出せなくなりますわよ」

 

クロノは深く溜息を吐いた。

 

「忠告はありがたく受け取っておくよ。だがそれは君にも言えることだろう? 守護騎士が顕現してからはずっとアースラに詰めっぱなしじゃないか。はやてへの魔力譲渡もここ2、3日はヴァニラがやっているようだし、息抜きも兼ねて顔合わせくらいはしてきてもいいんじゃないか」

 

確かにジュエルシード回収で何度か地上に降りてはいるものの、回収を終えればすぐに帰還。海鳴でのんびりするような時間は無かった。だが一度くらい顔を出しておかないと、ヴォルケンリッターに不審者扱いされかねない。それに元々はやてへの魔力譲渡は俺が請け負った仕事だ。

 

「…そうですわね。確かに最近はやてさんのことはヴァニラさんに任せっぱなしになっていましたし、今日はわたくしが八神家に伺うことに致しますわ」

 

「じゃぁ、その後で翠屋の方に来てね。待ってるから」

 

なのはは元気そうに笑うと、転送ポートの方に駆けていく。どうやらヴァニラも一緒のようで、13時頃に現着予定のアースラ組よりも先に海鳴に向かうようだ。その後ろ姿を眺めながら、俺はポツリと呟いた。

 

「…なのはさんにも、あまり無理はさせないようにしないといけませんわね」

 

「そうだな。彼女はどうも魔法が使うのが楽しくて仕方がないようだし才能もあるようだが、まだ練習を始めてから半年程度だと言っていたからな。自分の限界が判らないうちは、あまり無茶させられないよ。尤もヴァニラがサポートしてくれているおかげで今のところ体調は万全のようだが」

 

そう言うと、クロノは俺の方に向き直った。

 

「むしろ心配なのはヴァニラの方だ。一昨日の報告にもあったが、小規模とはいえ素手で次元震を止めようとするなんて、無謀とかそう言う次元の話じゃない。どうも彼女は、周りを護るためなら自己犠牲すら厭わない性格のようだな」

 

そう言えば「ギャラクシーエンジェルのヴァニラ」は艦内に蔓延した花粉症の治療や調査に力を入れ過ぎて、結局自分が倒れることになったエピソードがあった筈だった。この世界のヴァニラは原作と比べて表情も豊かだし、自分の意見をはっきり述べることが多いのであまり意識していなかったが、根本的な性格は似たようなものなのかもしれない。

 

「…お医者さまとは概して不養生なものですしね」

 

「それで済むようなことじゃない。あまりいい例とは言えないだろうが、例えば君が敵の攻撃に晒された時、近くにヴァニラがいたとしようか。彼女はどう行動すると思う? 」

 

今までのヴァニラの行動を見る限り、恐らく彼女は傷ついた俺を癒す以前に、そもそも俺が傷つかないようにサポートに入ろうとするだろう。それこそ、自分の身を顧みずに、だ。それを伝えると、クロノは頷いた。

 

「打算的に言えば、例えその場で撃墜されたとしても、ヴァニラがすぐに治癒魔法を使えば君は問題なく回復する筈だ。だが彼女はきっとそこまで考えずに、まず君を攻撃から守ろうとするだろうな」

 

「…その結果、ヴァニラさんが傷つく…下手をしたら2人共撃墜されてしまいますわね」

 

回復役が先に撃墜されてしまったら、残された方はジリ貧になる可能性が高い。回復役は、兎に角自身の安全を確保した上で仲間の治療を行うのが鉄則なのだ。

 

「僕の方からも彼女には釘を刺しておくが、念のため君も気にしておいてくれると助かる」

 

「了解ですわ。ではわたくしもそろそろ、はやてさんのところに行って参りますわね」

 

「ああ。じゃぁまた後で」

 

俺はクロノと別れると、ブリッジに向かった。そしてリンディさんに事情を話して八神家に向かう許可を貰うと、転送ポートから海鳴に転移した。

 

 

 

はやてには事前に念話で訪問を伝えておいたのだが、玄関に到着して呼び鈴を鳴らすと、ドアを開けたのはシャマルだった。

 

「貴女がミントちゃんね。はやてちゃんから話は聞いているわ。さぁ、どうぞ」

 

「ありがとうございます。お邪魔させて頂きますわ」

 

「あー、あかんよ、ミントちゃん。まだちょっとしか生活しとらんけど、ここはミントちゃんの家でもあるんやで? そこは『ただいま』やろ」

 

奥から室内用の車椅子に乗ったはやてが出てきて、嬉しそうにそう言う。その笑顔につられてこちらも笑みを返すが、その時はやてが少し不思議そうな表情をみせた。

 

「どうしたん、ミントちゃん? 何や元気ないようやけど…? 」

 

「…は? いえ、そんなことはありませんわよ」

 

不意を突かれる形になってしまったが、特に事情を知らない筈のはやてにまでそんなことを言われるというのは、もしかすると自分で思っている以上にジュエルシードが奪われてしまったことを引き摺っているのかもしれない。俺は改めてはやてに微笑みかけた。

 

「本当に、何でもありませんわ。別に疲れている訳でもありませんし」

 

「…気のせいやったんかなぁ? 何や違和感があったんやけど。まぁええわ。ほなみんなに紹介するから居間に来て」

 

「判りました。では改めて、ただいま戻りましたわ」

 

満面の笑みで「おかえり」と言うと、はやては俺を先導して居間に戻った。

 

「みんな、紹介するわ。みんなよりちょっと前にこの家に住むことになっとった、ミントちゃんや。ここ数日管理局のお手伝いをしとって家におらんかったけど、よろしくな」

 

「厳密に言えば、管理局がわたくしのお手伝いをして下さっているのですけれどね。ミント・ブラマンシュですわ。よろしくお願い致します」

 

居間には俺達と一緒に入ってきたシャマルを含め、ヴォルケンリッターが全員揃っていた。恐らく先日買い物に行った際に購入したのであろう、それぞれに良く似合った私服を着ている。

 

「ブラマンシュ…あぁ、お前が主はやてに魔力を譲渡してくれていたという…改めて礼を言う。烈火の騎士、シグナムだ」

 

思っていた以上に友好的なヴォルケンリッターにホッと胸をなで下ろす。どうやらはやてが予め俺のことを説明しておいてくれたようだ。

 

「私はシャマルよ。よろしくね、ミントちゃん」

 

「盾の守護獣、ザフィーラだ」

 

「……ヴィータ」

 

こちらは予想していた通りのヴィータの反応に、思わずクスリと笑みが零れた。

 

「あーっ、お前、今笑ったな? 」

 

「申し訳ございません。改めてよろしくお願いしますわね、ヴィータさん」

 

少しだけ赤くなって俺のことを睨んではいるが、威圧感は全くない。というより、ヴィータの目線は俺に抱かれているトリックマスターに向いている様子だった。

 

「…ご覧になります? 」

 

「良いのか? それ、お前のデバイスなんだろ? 」

 

≪No problem. Nice to meet you, little lady.≫【大丈夫です。よろしく、お嬢さん】

 

格納してあったジュエルシードを1つ取り出し、人形状態のトリックマスターはヴィータに手渡した。この状態でも魔力譲渡のサポートが確り出来るのは、さすがクアッドコアと言ったところか。ヴィータは興味深そうにトリックマスターを弄り回している。

 

「ん…ドロワーズか」

 

≪This is pretty. Do not you think so? ≫【可愛いでしょう? 】

 

妙な会話をしているヴィータとトリックマスターを傍目に、はやてに魔力を譲渡する作業を始める。右手でジュエルシードを軽く握り、流れてくる膨大な魔力を制御しながら左手を介してはやてに流し込んでいく。暫くその状態を維持していると、横で見ていたシグナムがポツリと呟いた。

 

「それがジュエルシードとかいうロストロギアか。主はやてから聞いてはいたが…本当に魔力を感知し辛いのだな」

 

「…安定している時はこんなものですわ。ですが一度暴走してしまうと、とんでもない魔力を放出しますわよ」

 

「だろうな…実際主の身体に流れ込んでいる魔力は感知できる。既にかなりの量の魔力が譲渡されているようだ」

 

シグナムとそんな話をしながら譲渡を続け、5分程経過したところでジュエルシードを再封印する。

 

「はやてさん、調子は如何です? 」

 

「うん、いつも通りええ感じや。ありがとうな、ミントちゃん」

 

話を聞いたところ昨日も病院で検査をしたようなのだが、麻痺は回復こそしていないものの進行はしていない状態らしい。

 

「石田先生も悪化はしていない以上、今の治療を続けて行く方針だと言っていたし、魔力譲渡はこれからも続けて貰えると嬉しいのだけど」

 

「ええ、勿論そのつもりですわ」

 

シャマルも「ディバイド・エナジー」のベルカ版のような魔法を使えるらしいのだが、さすがにジュエルシードの力を借りることが出来る俺や、治療目的限定とは言えSSSオーバーの魔力を扱うことが出来るヴァニラとは比べるべくもない。

 

(ですが古代ベルカ式魔法には、確か瞬時に体力と魔力を回復させるものがあった筈ですわね)

 

今では失伝とされる術式だが、魔法学院にいた頃にそういう術式があったらしいことは習っていたし、何より前世の記憶ではシャマルが使用していたように思う。ヴァニラが見たら、さぞ驚くことだろう。そんなことを考えていると、はやてが声をかけてきた。

 

「なぁ、ミントちゃん。今日はこれから何か用事あるの? 」

 

「午後に翠屋に参りますわ。リンディさん達が高町家に挨拶に行く予定ですのよ」

 

時計を見るとまだ午前11時前。まだ多少時間があった。

 

「もし良かったら、みんなで一緒に散歩に行かへん? ちょっと表に出たい気分なんよ」

 

「ええ。構いませんわよ」

 

はやての誘いに頷いて返す。守護騎士達も全員付き添うことになり、俺達は全員で家を出た。

 

 

 

家を出て向かった先は、桜台公園だった。後で翠屋に向かうにしても行き易い場所なので問題はない。車椅子はシャマルが押してくれているので、俺ははやての左隣を歩くことにした。ちなみにシグナムははやての右隣、ヴィータは燥ぐような素振りを見せながら少し前方を歩いている。ザフィーラは少し後ろについて来ている感じだった。

 

(何かあった時に主を護るには、良い陣形なのかもしれませんわね)

 

何となくそんなことを思っていると、シグナムから声をかけられた。

 

「ブラマンシュ、お前は辺境世界の出身だったな」

 

「ええ。一応管理世界ではありますが。第73管理世界ですわ」

 

「そうか…すまないな。随分と大きな魔力を持っているようだから、少し気になっただけだ」

 

そう言えば守護騎士達は今でこそはやてに蒐集を止められてはいるが、もし蒐集を行うことになったとしたら、俺は最有力候補だろう。勿論原作で蒐集されていたなのはとフェイト、それにヴァニラだって例外ではない。

 

「…テレパスファーの影響ですわね。ブラマンシュ一族にのみ恩恵を与えてくれる寄生生物ですわ」

 

少しイヤな考えになりそうだったのを忘れるようにそう答えると、はやてが驚いたような声を出した。

 

「え! ミントちゃんのそれって、寄生生物やったん!? 今の今まで、何かの飾りかと思っとったわ」

 

「動かすことも出来ますわよ。ご覧になります? 」

 

テレパスファーをぴょんと立てると、はやては手を叩いて喜んでいた。それから暫くテレパスファーの特性やブラマンシュの風土などについて話をしているうちに、俺達は桜台公園にある池の畔に到着した。平日の午前中ということもあってか、人は少ない。

 

「連休の合間やから、もうちょっと人もおるかと思うとったけど、まぁこんなもんやろか」

 

はやてが辺りを見渡して少し残念そうに言った。

 

「人が多い方が良かったですか? 何なら駅前の方まで下りてみます? 」

 

「あー、いや、別にええんやけどな。そう言えばヴァニラちゃんはまだ桜、ダメなん? 」

 

ふと見上げると、青々とした葉を生い茂らせた桜並木が池の周りに立ち並んでいた。連休中は基本的にアースラにいたため現在のヴァニラの症状は判らなかったが、最後に聞いた話ではまだ桜台公園を避けて通学しているという話だった筈だ。

 

「先月に比べたら大分マシになったと思いますが、まだ桜の木の下は歩きたくない様子ですわね」

 

「そっか。アースラでも真っ先に桜の木から一番遠いところに座っとったしなぁ。早く良うなるとええんやけど」

 

はやてがそう言った瞬間、ドクン、とジュエルシードの発動を示す魔力反応があった。

 

「ミントちゃん、今のって…」

 

「ええ、間違いありません。ジュエルシードですわね」

 

桜台公園では既に4つのジュエルシードを封印しているが、5つ目があるとは思ってもみなかった。その反応は池の中からのようだ。さすがに池の中まではエリア・サーチでも探していなかったことだろう。辺りを見渡すと、少ないながらも人の姿がある。

 

「ヴィータちゃん、池を中心に結界お願いできる? 」

 

「ああ、任せな」

 

≪"Gefängnis der Magie".≫【『封鎖領域』】

 

シャマルの言葉に答え、ヴィータが結界を展開する。おかげで人目を気にする必要も無くなった。

 

「助かりますわ。トリックマスター、セットアップ! 」

 

≪Setup, device mode. Barrier jacket deployed.≫【セットアップ、錫杖形態。バリアジャケット展開】

 

見ると守護騎士達もそれぞれ装いが変わっている。はやてがデザインした騎士甲冑なのだろう。

 

「はやてさんは後ろに」

 

「うん、みんな気を付けてな」

 

はやての傍らにはシャマルとザフィーラが付き、シグナムとヴィータはそれぞれのデバイスを構える。と、池の水面が大きく盛り上がった。

 

「何だ? あれ…」

 

ヴィータがポツリと呟く。浮かびあがったのは10メートルはあろうかという、巨大な半透明の丸い物体だった。周囲に無数の触手が蠢いている。

 

「あれ、真水水母やろ! 普通、2cmくらいのサイズやのに…っていうか、真水水母って確か発生するの秋やった筈やけど」

 

「ジュエルシードが絡んだ時点で、常識は通用しませんわよ! 」

 

水母が触手を伸ばしてくる。高機動飛翔を行使して躱すと、フライヤーで触手を弾き飛ばした。すると千切れた触手が無数の不気味なモノに変化して襲い掛かってきた。

 

「くっ、厄介ですわねっ! 」

 

単体としては然程強くないようで、簡単な衝撃でも倒せるようなのだが、如何せん数が多い。いくつかが俺の攻撃を掻い潜って、はやての方に向かった。

 

「やらせんっ! 」

 

ザフィーラがはやての前に障壁を展開すると、不気味なモノはそこにぶつかった衝撃だけで次々と消えて行った。

 

「防御は私達に任せて、攻撃に専念して! 触手は再生するみたいだから、狙うのは本体よ」

 

シャマルに言われて、改めて水母の本体を見る。触手をむちゃくちゃに振り回すことで、敵の接近を防いでいるようにも見えた。近接攻撃を得意とするベルカの騎士達には相性が良くないかもしれないと思い、フライヤーを展開する。

 

「随分柔らかそうだな…叩きダメージはあまり通らないかも」

 

「敗北宣言か、ヴィータ? 」

 

ヴィータの呟きに対して、シグナムがからかうような口調で言った。それと同時に彼女のデバイスが鞭のようにしなる。

 

≪Schlange form.≫【シュランゲフォルム】

 

シグナムの長剣がその名の通り蛇のようになって触手を躱しつつ、水母の本体に食らいついた。

 

「敗北だぁ? はっ、冗談! あたしにだって攻撃手段くらいあるぜ! 」

 

≪"Schwalbefliegen".≫【シュワルベフリーゲン】

 

対するヴィータは複数の鉄球を取り出すと、それを手にしたハンマー型デバイスで打ち出した。ベルカ式には珍しい、誘導弾攻撃だ。これもまた触手を掻い潜ると、水母本体に突き刺さった。

 

この2人の過剰とも言える攻撃で、真水水母はあっさりと霧散し、後にはIXの刻印があるジュエルシードだけが遺された。展開したフライヤーの振り下ろし先を無くしてしまった俺は、そのまま上空で固まっていた。

 

「どうした、ブラマンシュ。封印するのだろう? 」

 

シグナムの言葉に、はっと我に返る。

 

「そ、そうですわね。ありがとうございます」

 

≪Internalize number 9. I appreciate your kind cooperation.≫【9番収納。ご協力に感謝します】

 

ジュエルシードを封印し、バリアジャケットや騎士甲冑を解除すると、ヴィータが結界を解いた。周囲の雰囲気がガラリと変わる。それと同時にクロノから念話が入った。

 

<…ジュエルシードか>

 

<ええ。ですが守護騎士達に協力して頂いて、無事封印出来ましたわ>

 

<そうか、何よりだ。ただ…次回からは行動する前にも一報入れてくれると助かるな>

 

言われてみれば、急に街中でベルカ式の結界が展開されたのだ。アースラチームもそれは驚いたことだろう。ただ結果的に手伝って貰えたことに対しては直接お礼が言いたいとのことだったので、午後の翠屋訪問ははやてとヴォルケンリッターも連れて行くことになった。

 

<そう言えばクロノさんは今どちらに? >

 

<僕達は一足先に翠屋に来ているよ。艦長やプレシア女史達も一緒にね。正式な挨拶の前に、翠屋の美味しい美味しい料理を食べたいんだそうだ>

 

溜息を吐くクロノの顔が容易に想像出来てしまい、思わず苦笑した。

 

「ミントちゃん、どないしたん? 急に百面相し出したりして」

 

「あ…失礼しました。クロノさんと念話で話していたのですわ。みなさん、約束の時間よりも早めに到着して、翠屋でお昼を食べているそうですわよ」

 

「そっかぁ、ほな折角やし私達も翠屋でお昼にしよか? 時間的にも丁度ええやろ」

 

元々お昼の混雑する時間を避けて挨拶に行くという話だった筈なのだが、最初からその前提が崩れているのならこちらが気にすることもない。幸いなのはに念話で空席状況を確認すると、まだ十分余裕があるとのことだった。

 

「早く行こうぜ。桃子さんの料理はギガうまだからな! 」

 

「そうだな。では階段を使うとしようか。主はやて、こちらへ」

 

シグナムがはやてを抱き上げると、ザフィーラが車椅子を軽々と持ち上げた。俺達はそのまま階段を下りると、翠屋に向かった。

 

 

 

翠屋に到着すると、美由希さんが奥の席に案内してくれた。お昼時ということもあって店内は賑わっていたが、連休の合間である所為か、空席もいくつかあった。

 

奥の席には既にリンディさんやプレシアさん、クロノ達がいて、なのは達と談笑していた。一応、簡単な認識阻害の魔法が席周辺にかけられている様子だ。俺達が近づくと、リンディさんが立ちあがって、にこやかに手を差し出した。

 

「守護騎士のみなさんね。私はリンディ・ハラオウンといいます。今回はロストロギア、ジュエルシードの封印に協力して下さってありがとうございます」

 

「…ヴォルケンリッターが将、烈火の騎士シグナムだ」

 

多少緊張しているようではあるものの、ファーストコンタクトとしては上等な部類だろう。全員が簡単に挨拶を済ませると、まずは昼食を頂くことになった。

 

その時、偶々俺の隣に座っていたヴァニラが、俺の顔を見て不思議そうに首を傾げた。

 

「? どうかなさいましたか? 」

 

「ミントさん、もしかして疲れてたりする? リラクゼーション・ヒール、かけようか? 」

 

「いえ、別に大丈夫ですわよ。というか、疲れているように見えます? 」

 

そう言うと、ヴァニラは少し考えるような素振りを見せた。

 

「元気が無いように見える…かな。ちょっと違和感があったから」

 

「……」

 

どうやら気のせいではないようだ。少し気晴らしでもした方が良いのかもしれない。はやてを誘って料理大会でもやってみようか、と半ば本気で考えた。

 




守護騎士達やなのは、フェイト、ヴァニラなども審査員に迎えて○極VS○高の対決を。。

ごめんなさい、嘘です。。

でも第4部まで行ったら、やってみてもいいかもしれません。。


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第18話 「元気」

金曜日に行われたリンディ提督達と高町家の会談は、まずリンディ提督の謝辞から始まった。それはアリシアちゃんや私を保護してくれたことや、次元世界への理解を示しつつ、情報を秘匿してくれていることに対するお礼であり、同時にロストロギアの絡んだ事件に巻き込んでしまったことに対する謝罪でもあった。

 

「それから、アースラは暫く第97管理外世界…皆さんの言葉で言うところの『地球』に程近い次元空間に留まることになりました。これは地球におけるロストロギア対応担当が正式にアースラに決定されたためです」

 

リンディ提督がそう言うと、なのはさんがそっと手を挙げた。

 

「あの…ロストロギアって、ジュエルシードと闇の書っていうことでしょうか? 」

 

「そうね。その認識で間違いではないけれど、闇の書についてはまだ正式に報告している訳ではないから、表向きはジュエルシード探索とテロリストの拘束が主任務ね」

 

「尤もユーノやリニス達がある程度の情報を入手して対策の目途が立ったら、こちらも正式に報告をするつもりだ。その時ははやてや守護騎士達にも協力して貰うことになるだろう。すまないが、よろしく頼む」

 

リンディ提督の説明をクロノさんが引き継いだ。目の下にうっすらとだがクマが出来ているのが判る。本局では魔法を使えなかったけれど、後でリラクゼーション・ヒールをかけてあげようと思いながら話を聞いていると、美由希さんも同じことを思ったのかクロノさんに疲れているのではないかと尋ね、そのまま済し崩し的にアースラ乗組員のメンタルケアの話になった。

 

結局クロノさんのクマについては個人的に休みを取ることで決着したのだが、長期間に亘って艦内生活を送る必要がある次元航行部隊でのメンタルケアについては、士郎さんや桃子さんも気になっていた様子だ。

 

「確かにアースラには次元展望公園とか憩いの場はあるんだけれど、地上に降りると全然違う解放感があるよ」

 

「そうね…地球の近くに長期停泊するなら地上にも拠点を置いて、定期的にクルーのシフトをすることを提案するわ」

 

フェイトさんの発言にプレシアさんも頷きながら言う。次元展望公園はアースラのように長期の次元間航行を行う大型艦船には標準装備された施設らしい。私も連休中になのはさんやアリシアちゃん達と何度か訪れたことがあるのだが、丁度「ギャラクシーエンジェル」で出てきた銀河展望公園と似たような場所だった。

 

とは言っても、私がゲームの中で銀河展望公園を見たのは1回だけなのだけれど。ピクニックの最中にスプリンクラーが誤作動して大雨状態になってしまうシーンで、そのイメージが強く残っていた。

 

「ヴァニラさんの意見はどうかしら?治癒術師としての意見も聞いてみたいわ」

 

不意にリンディ提督から声をかけられた。一応考え事をしながらも話は聞いていたので、すぐに答える。

 

「…次元展望公園は確かに憩いの場ですし、本物の土や植物があるのでメンタルケアには大きく役立っていると思いますが…やっぱりたまには本物の日光を浴びる方が良いと思います」

 

太陽光は交感神経を活性化させ、その十数時間後にメラトニンを生成する。これは睡眠に必要なホルモンで、昼間に太陽光を浴びて交感神経を働かせ、夜に眠ることで副交感神経が自然治癒を促すことになる。このサイクルが乱れると、自律神経失調症や鬱病などになってしまう恐れもある。

 

「…1日が24時間であるのに対して、人の体内時計は25時間を1日として認識しているそうです。これをリセットするためにも、毎朝太陽光を浴びるのは推奨されるべきですね」

 

ちなみに、これは室内灯では代替するのが難しい。精々1,000ルクス弱の室内灯では、15,000ルクスを超える太陽光には遠く及ばないのだ。ちなみに体内時計のリセットには、最低3,000ルクスの光が必要だと言われている。

 

「それ、前にテレビでも見たことあるよ。あとは何か栄養素も作れるんだよね? 」

 

「アリシアちゃん、正解。ビタミンDの生成だね。骨とか歯の形成に必要な栄養素だよ」

 

ビタミンDはカルシウムの摂取を助け、骨を丈夫に保つためには欠かせない。殆どのビタミンは体内で生成出来ないのだが、ビタミンDについては太陽光を浴びることによって皮膚が生成してくれる。

 

尤も強すぎる紫外線は良いことばかりではない。浴びすぎると火傷になってしまったり、シミや皮膚癌の原因になったりもする。何事もほどほどが良いのだ。

 

「そうね…じゃぁ、プレシアの意見を採用することにしましょう。夜勤明けと休みに当たる乗員のうち、希望者は地球への上陸許可が下りやすくなるようにしておくわ」

 

海鳴市内での拠点確保にまで話が及んだ後、リンディ提督はコホンと咳払いをした。

 

「申し訳ありません。会談中なのに内部の話になってしまい、失礼致しました」

 

士郎さんが苦笑しながら問題ない旨を回答した。

 

「ただそれはそれとして、あたしとしてはアリシアちゃんとヴァニラちゃんの今後について確認しておきたいですね」

 

美由希さんがそう言うと、士郎さんも恭也さんも頷いた。

 

「プレシアさんが海鳴に常駐してくれるのであれば、アリシアちゃんは一緒に暮らした方が良いだろうな。フェイトちゃんという妹もいることだし、家族と一緒に暮らすのはこの年頃の子には大切だ」

 

士郎さんがそう言うとプレシアさんも頷いてアリシアちゃんを見つめた。

 

「そうですね。話が元に戻ってしまいますが、矢張り海鳴市内での拠点確保は必須でしょうね。ここの近くで広めのマンションでもあれば、テスタロッサ家に常駐して貰う形が良いかもしれないわ」

 

「マンションって、借りるんですよね? まぁ買うのもありかもしれないけれど。その場合、お金ってどうするんですか? 」

 

リンディ提督の言葉に、なのはさんが質問した。確かに管理外世界のお金となると入手経路など存在しないようにも思ったのだが、実は驚いたことに一部で交流があったらしい。

 

「…そう言えば、わたくしが知っている限りでも、クラナガンには地球の鶏料理を提供していたお店がありましたわ。臨海エリアには地球の…それも日本の調味料などを扱うお店もありましたし」

 

「そうなの!? そんなお店があるなんて、全然知らなかった…」

 

ミントさんの言葉に愕然とする。つまり私がこの半年間、ずっと連絡できずにやきもきしていたミッドチルダと交易していた人達がいたということだ。言われて思い出したが、リンディ提督の部屋には桜や鹿威し、野点セットもあった筈だ。色々と間違った感じではあったが、少なくとも日本文化について知識の片鱗があることは間違いない。私は思わず、ガックリと項垂れた。

 

「でもそれは結構最近になってからのことよ。さすがに20年以上前になると交易ルートなんて殆ど無かったから、ヴァニラさんが知らなくても仕方ないわ。兎に角、お金については心配いらないわよ」

 

こうして建前上は時空管理局の海鳴臨時出張所、その実態はアリシアちゃんが友人とも気軽に遊べるように配慮されたテスタロッサ家の住居が出来上がることが確定した。

 

「アリシアさんもヴァニラさんも以前お話しした通り、少なくとも日本の義務教育修了までは日本に滞在するということでいいのよね」

 

「はい、そのつもりです」

 

アリシアちゃんが頷くのを見て、私もそう答えた。

 

「ロストロギアの件が片付くまではこちらで生活するということに問題は無いわ。ただこちらの義務教育期間修了までは確かまだ7年ほどあるのよね。飛び級制度は無いみたいだし…さすがにそれまで事件が片付かないなんてことは無いでしょう」

 

プレシアさんが少し考えるようにしてから、そう言った。

 

「取り敢えず、その点については一連のロストロギア事件に解決の目途が立ったら改めて相談しましょう。当面テスタロッサ家の生活環境についてはさっき決めた通りで良いかしら」

 

「ちょっといいかな? 拠点にするということは、アースラの乗組員も地上に来る際に利用するということだと思うんだけど」

 

恭也さんがリンディ提督に問いかける。

 

「そうですね。簡易ゲートを設置しておけば比較的自由にアースラと行き来できるようになりますし」

 

「確かに…だとするとマンションは避けた方が良いかもしれないな」

 

今度は士郎さんが呟くように言った。

 

「ハラオウン提督、マンションだと多数の隣人の目に晒されることになる上、防犯カメラなどもあるでしょう。一家族だけが生活している筈の部屋に、大勢の人が出入りするのはあまり好ましくない…特に見た目が外国人となると、尚更です。下手に軋轢を生まないようにするためにも、ここはマンションではなく戸建を確保した方が良いと思いますよ」

 

士郎さんの提案に、今度はリンディ提督が考えるような素振りを見せた。

 

「そうですね…丁度良い物件があれば、その方が良いかもしれませんね」

 

「それなら隣の区画に確か結構大きめの物件があったと思うよ。確か賃貸だったと思うけど」

 

「ありがとうございます。では後程、確認しておきます。アリシアさんのことはこれで決まったとして、次はヴァニラさんのことになるのだけれど」

 

リンディ提督が私に声をかけてきた。それは私の今後の身の振り方についてだった。

 

「先日、少しお話しさせて貰ったことの続きと思って貰っていいわ。将来的にミッドチルダに戻って治癒術師になるならハラオウン家の養女になって貰うのが一番良いのだけれど」

 

「…そうですね。まだ心の準備が出来たとは言えない状況ですが、前向きに検討しています」

 

そう言ってから、私は士郎さん達の方に向き直って頭を下げた。

 

「厚かましいお願いですが、もしよろしければ中学卒業まで、お世話になってもよろしいでしょうか」

 

恐らくミッドチルダに戻るのであれば、リンディ提督が言うようにハラオウンの養女になるのが適切だと思う。ただ地球に滞在する間は、そのことをあまり意識する必要はないだろう。だから私は今、誰の傍にいるのが一番いいのか…誰と一緒にいたいのかを考えて、この結論を出した。

 

アリシアちゃんは母親であるプレシアさんが護ってくれるだろうし、妹のフェイトさんもいる。はやてさんには守護騎士のみんなが付いていてくれるし、当面はミントさんも力になってくれる筈だ。高町家もそういう意味ではなのはさんにとってかけがえのない素敵な家族なのだが、かなり魔法に傾倒しているなのはさんのサポートは魔導師である私が適任だし、何より私はなのはさんを護りたいと思っていたからだ。

 

「歓迎するよ、ヴァニラちゃん」

 

顔を上げると、高町家全員の笑顔が目に入った。

 

「ありがとうございます…改めてよろしくお願いします」

 

 

 

結局、高町家から道を挟んで隣にある区画の戸建にテスタロッサ家が入居することになった。八神家は現状維持だが、必要に応じて管理局サイドと協力体制を取る必要もあり、はやてさんは携帯電話を購入することになった。

 

「ヴァニラちゃんやアリシアちゃんも、一緒に買いに行かへん? 」

 

「そうだな。中学までは一緒に生活するとは言っても四六時中なのはやアリサちゃん達と一緒にいる訳にもいかないし、学校もあるから念話やデバイス通信だけだと色々と不都合もあるだろう。むしろ遅すぎたくらいだが携帯電話は持っていた方がいいな」

 

アリシアちゃんが携帯電話を持つのなら、当然プレシアさんやフェイトさんが購入しない訳がない。士郎さん達の勧めもあって翌日の土曜日に私達は揃って携帯電話を買いに行き、全員なのはさんと同じ型で色違いの携帯電話を持つことになった。ちなみに、アリサさんとすずかさんも同じ機種を使っているのだそうだ。

 

全員で番号を交換して登録すると、士郎さんや桃子さんの番号も合せて一気に10以上の番号が表示され、それが何故だかとても嬉しかった。

 

そしてその日の夜、早速メールが届いた。差出人はフェイトさんだった。なのはさんとはやてさんにも同報で送られている様子だ。

 

『最近、ミントの元気がないみたいだから、元気付けるために協力して欲しいんだ』

 

メールにはそう書かれていた。

 

 

 

=====

 

「ふぅ…」

 

アースラの通路を歩きながら、気が付くと溜息を吐いていた。ヴォルケンリッターと一緒に封印した水母のジュエルシード以降、新規ジュエルシード発見の報はまだない。打ち合わせでは、取り敢えず1週間は現状を維持するが、念のため並行して海中に落ちてしまった可能性のあるジュエルシードの探索方法についても検討することになっていた。

 

(それにしても…まさか潜る訳にも行きませんし。サーチャーでの探査は水中向けではありませんし…)

 

特に今は春から初夏にかけて水温が上昇しプランクトンが大量発生する、所謂「春濁り」の真っ只中だ。目視による海中探査でジュエルシードを捜索するのは絶望的だろう。

 

「春濁り」が発生する時期は産卵シーズンになる魚類も多く、生への欲求に溢れた海中でジュエルシードが今まで発動せずにいたのは僥倖というものだ。だが今のままでは原作通りに強制発動させるくらいしか対策が無く、しかも1つのジュエルシードが発動することで連鎖的に他も発動する可能性がある現状では相応の準備が必要だ。

 

「ふぅ…」

 

≪One sigh will take one happiness away from you, master. You have already missed happiness twice.≫【溜息を吐くとその分幸せが逃げると言います。マスターは既に2度、幸せを逃していますね】

 

俺がもう一度溜息を吐くと、トリックマスターがそんなことを言ってきた。

 

「そうは言いますが…ままならないものですわね」

 

≪Anyway, gloominess will infect the others. You have to be careful if you are not alone.≫【暗い雰囲気は他の人にも伝播します。誰かと一緒にいる時は注意した方が良いです】

 

「…そうですわね」

 

いつもふざけているトリックマスターに言われるのは何となく癪だったが、正論なので言い返すことも出来ない。もやもやした気持ちのまま通路を歩いていると、食堂の入り口に設置された自動販売機の前で缶コーヒーを飲んでいるクロノの姿を見かけた。

 

声をかけようとしたところで一瞬固まってしまった。クロノが飲み終わったコーヒーの缶を、誤って紙コップの回収ボックスに入れてしまったのだ。本人もすぐに気付いたようで慌てて投入口を覗き込んでいたのだが、小さな穴に腕が入らず、溜息を吐くとすぐに諦めた様子で立ち去ろうとした。

 

「…クロノさん、見ましたわよ」

 

間違って紙コップの回収ボックスに缶を捨ててしまったのは仕方ないとしても、すぐに取り出すのを諦めて放置しようとしたことは許せなかった。クロノが少し驚いたような表情を浮かべて振り返った。

 

「ミントか。見たって、何を? 」

 

「それはもう一部始終を。しっかりと目に焼き付けましたわ。敬愛すべき執務官が、まさかゴミの分別ルールを守れないようなお人だったなんて。失望しましたわ」

 

「今のは偶々、うっかり間違えただけだ。手も届かなかったんだから仕方ないだろう」

 

俺はつかつかと回収ボックスに歩み寄り、後ろ側についていたフックを外すと上蓋部分を取り外して中の缶を拾い上げた。

 

「こうすれば蓋が開くのですわ。今後は注意して下さいませ」

 

「勘弁してくれ。たかがゴミの分別くらいで」

 

そのクロノの呟きを聞いて、カチンと来てしまった。

 

「…クロノさんがそこまでモラルの低い方だったなんて、他の皆さんが知ったらどう思われるか。良いですか? 一事が万事と申しますわ。普段の行動にこそ、その人間の本性が現れるものです。巨大なダムに開いた小さな穴から少しずつ水が漏れだして最後にはダム全体が崩れ落ちるように、この小さな悪事が最終的にクロノさんの信用をすべて崩壊させるのも時間の問題ですわね。そしてそんなことになったらアースラチームはもうおしまいですわ。クロノさん…誰からも信用されなくなった人間の末路というものは、惨めなものですわよ」

 

一気に捲し立てた後で、この台詞がゲーム「ギャラクシーエンジェル」の中で、ミント・ブラマンシュがタクト・マイヤーズに対して言ったものと殆ど同じであることに気付いた。クロノを見ると、バツが悪そうな表情で俺のことを見ている。自分の中の怒りがスッと引き、代わりに居た堪れない気持ちになった。

 

「…申し訳ありません。少々言い過ぎましたわ」

 

「いや…今のは僕の方に非があった。すまなかった。今後は二度としないように、注意するよ」

 

改めてクロノのことを見ると、クマが昨日より酷くなっていた。

 

「昨夜、ヴァニラさんがリラクゼーション・ヒールをかけていらっしゃいませんでしたか? 状態が酷くなっているような気がするのですが」

 

「あぁ、実は昨夜ヴァニラにヒールをかけて貰った後、本当に久しぶりに身体が楽になったんだ。それで調子よく書類の整理をしていて、気が付いたら朝になっていたんだ」

 

頭を掻きながらそう言うクロノに呆れてしまった。どうやら一晩中書類の整理をした後、今日は今日で一日中別の仕事をしていたらしい。折角ヴァニラがヒールをかけても、それを上回るペースで仕事をしてしまっては元も子もない。そもそもヒールをかけて貰って身体が楽になるということは、身体が休息を求めているということなのだ。

 

「先日も申し上げましたが、疲れが溜まっているのに無理をして仕事をしても、良い結果には結びつきませんわよ」

 

「…そうだな。判ってはいるんだが…いや、これも合せて注意するよ。ところで君の方は大丈夫なのか? 」

 

不意にクロノがそう聞いてきた。

 

「わたくしは全く問題ありませんわ。いつジュエルシードが見つかっても、すぐに出られますわよ」

 

「そう言う割にはここ暫くの間、ちょっとイライラしているんじゃないか? フェイト達も心配している様子だったぞ」

 

「そんなことは…」

 

無い、とは言い切れなかった。さっきもトリックマスターと話をしながら少しイラついていたような気がする。俺は3度目の溜息を吐いた。

 

「…少し、次元展望公園に行って参りますわ。この時間でしたら星空が綺麗でしょうから」

 

勿論次元空間に停泊しているアースラから本物の星空が見える訳ではなく、あくまでも映像なのだが、それでも気休めにはなるだろう。

 

「行くのは構わないが、程々で引き上げてくれよ。今日はお互い、早めに就寝した方が良さそうだからな」

 

「…そうですわね。了解ですわ。ではクロノさん、お休みなさいませ」

 

クロノと別れた後、俺は次元展望公園の芝生の上に寝転がり、星空を見ていた。

 

「…矢張り強制発動しかないかもしれませんわね」

 

≪If you are talking about Jewel Seeds in the sea, it might be the best method at current situation.≫【海中のジュエルシードについてでしたら、現時点では恐らくそれが最善でしょう】

 

海上で強制発動を行うとすれば、仮にテロリストが横槍を入れに来たとしても対応出来るのは飛行魔法が行使できる魔導師だけだ。総数こそ不明だが、こちらには俺以外にもフェイト、なのは、ヴァニラ、それにクロノやプレシアさんだって空戦適性がある。無限書庫で調査をしているユーノやリニス、アルフも戻ってくれば、早々負けることは無いだろう。

 

(ですがそれは純粋に戦闘をした場合のことを想定して、ですわね。発動させたジュエルシードが暴走状態にでもなったら…)

 

そんな状況になったらテロリストと戦うだけではなく、ジュエルシードの封印も並行して行わなくてはならない。ヴォルケンリッターが手伝ってくれれば心強いが、万が一敵方にルル・ガーデンが出てきた場合、まともに戦えるのは俺だけになってしまう。

 

(ヴァニラさんの魔力は、暴走したジュエルシードに対して有効ですわ。守護騎士達は呪いにかかるかどうか判りませんが、危ない橋は渡りたくありませんし)

 

ただ、テロリスト達が邪魔をしに来るというのも、その中にルル・ガーデンがいるというのも、今の段階では可能性を論じているに過ぎない。他に良い代替案が無ければ、恐らくリンディさんも強制発動を作戦として認めることになるだろう。

 

(取り敢えず、わたくしに今出来るのは提案することだけですわ。守護騎士達に手伝って貰う是非についての判断は、リンディさん達に丸投げすることにしましょう)

 

そう考えたところで、星空に流れ星を見つけた。投影された映像であることは判っていたのだが、俺はついつい全ての物事が上手く行くように願いをかけていた。

 

 

 

翌日の朝、フェイトとの早朝訓練を終えたところで、トリックマスターとバルディッシュにそれぞれクロノから緊急の呼び出しが入った。

 

「おはようございます、クロノさん。どうされたのですか? 」

 

『あぁ、おはよう、ミント。フェイトも一緒か。好都合だな。実は、つい今しがた無限書庫のユーノから第一報が入った。今、関係者を集めているところだ。君達もすぐにブリーフィングルームに来てくれ』

 

それを聞いた瞬間、俺は弾かれたように駆け出した。

 

「あっ、ミント! ちょっと、早いよ」

 

そう言うフェイトもすぐに俺を追って走り出し、結局ブリーフィングルームへは数分で辿り着いた。

 

「随分と早かったな。まさか通路を飛んだりしていないだろうな」

 

「…さすがにそこまでは致しませんわよ。本気を出したら連続ブリッツ・アクションですわ」

 

何だか久し振りに冗談を言った気がした。ブリーフィングルームにいたのはクロノの他にはエイミィさんとリンディさんだけで、それ以外のメンバーとしては俺とフェイトが一番早かったようだ。モニターにユーノとリニスが映っている。

 

「ユーノさん、リニスさん、お久し振りですわね。お疲れさまです」

 

『ミントも元気そうだね。そっちは変わりない? 』

 

「ええ。クロノさんから連絡があったかもしれませんが、ジュエルシードは13個まで回収しましたわ」

 

少し驚いたような表情を見せるフェイトとクロノを傍目に、少しだけユーノやリニスと雑談をした。アルフは今、一緒に捜索をしてくれていたリーゼ姉妹と仮眠を取っているのだとか。フェイトは少し残念そうにしていたが仕方ない。やがてプレシアさんとアリシアも到着し、なのはとヴァニラが転送されてくる旨の連絡も入った。

 

「そう言えば…はやてさんと守護騎士達はいらっしゃるのですか? 」

 

「無理矢理連れてくるわけにもいかないから、任意ということで話をしたんだ。そうしたら、はやてが是非来たいと言ってね。シグナムとシャマルが一緒に来るそうだ」

 

さすがに今回アリサとすずかは来ないらしいが、それでもかなりの人数だ。俺は取り敢えずモニターの前に並べられた席に座った。フェイトも俺の隣に腰を下ろす。

 

「そう言えばユーノさん、さっき『元気そう』と言われましたわよね? わたくし、元気そうに見えましたか? 」

 

『え? うん、そう見えるけれど…もしかして元気じゃなかった!? 』

 

「いいえ、元気でしたわよ? ただ、最近みんなしてわたくしのことを『元気がない』と言われるものですから」

 

ユーノの隣で何故かリニスがくすくすと笑っているようだった。隣のフェイトはクロノとぼそぼそ話をしていた。

 

「…戻っているよね? 」

 

「…あぁ、戻っているな」

 

何のことなのかいまいちよく判らなかったが、取り敢えず闇の書に関する打開策が見込めるであろう報告が来たのだ。漸く物事が動き出すような、そんな気持ちだった。

 

気が付けば、ここ最近頻繁に感じていたもやもやはどこかに消え去っていた。

 




活動報告にも記載したのですが、現在自宅PCのHDDがピンチです。。
ガリガリとすごい音を立てて、たまにけたたましくキーンと鳴りつづけています。。

今回は故障前にヴァニラパートが半分以上書きあがっていたのが功を奏して、なんとか土曜日の20時に間に合いましたが、タブレットでの編集は普段と比較しても倍以上の時間がかかっているため、次回はおそらく間に合いません。。

度々で申し訳ございませんが、暫く投稿は不定期になると思います。。
なにとぞよろしくお願い申し上げます。。


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第19話 「夜天の魔導書」

※今回はヴァニラパートのみです。。


なのはさんと一緒に朝練を終えて帰宅し、丁度朝ご飯を終えたところでクロノさんから連絡が入った。どうやら無限書庫で闇の書について調査をしていたユーノさんやリニス達から報告が入ったらしい。

 

幸い今日は日曜日で学校はない。翠屋に向かう士郎さんや桃子さんに事情を説明すると、恭也さんも付き添ってくれることになった。まずは朝食の後片付けを始める。

 

「洗った食器を回してくれ。拭いてしまっておくから」

 

「恭也さん、ありがとうございます。なのはさん、洗い物だけ速攻で済ませたらすぐに出よう」

 

「うん! あ、はやてちゃんも来るって言ってたから、待ち合わせ出来るよ。エルシオール、おいで」

 

≪Yes, my master.≫【はい、マスター】

 

桜色のペンジュラムがふよふよと飛んできて、洗い物をしているなのはさんの首にかかった。私も同じようにハーベスターを準備しておいた。

 

洗い物は恭也さんも手伝ってくれたおかげですぐに片付いた。そのまま家を出ると、待ち合わせ場所の臨海公園まで駆け足で向かう。

 

「あ、なのはちゃん、ヴァニラちゃん。おはよう~」

 

待ち合わせ場所に着くと、こちらに気付いたはやてさんが手を振ってきた。シグナムさんとシャマルさんも一緒に来ている。

 

「はやてさん、おはよう。シグナムさんとシャマルさんもおはようございます」

 

「おはよう、みんな。ゴメン、待たせちゃったかな? 」

 

「いや、我等もつい今しがた到着したところだ」

 

ザフィーラさんはヴィータさんと一緒に留守番らしい。ザフィーラさんと意気投合していた恭也さんは少しだけ残念そうな表情をしていたが、さすがにまだ全員揃ってアースラ、という訳にもいかないのだろう。取り敢えず全員が揃ったところでアースラに連絡を入れる。

 

『みんな揃った? じゃぁ座標を固定。ゲートを開くよ~』

 

エイミィさんがそう言うと、目の前に魔法陣が展開され、光が溢れた。

 

 

 

昨夜アースラに泊まっていたミントさんやアリシアちゃんはプレシアさんやフェイトさんと一緒に、既にブリーフィングルームで私達を待っていた。

 

「すみません、お待たせしました」

 

「あぁ、来たか。じゃぁ早速だが始めるとしようか」

 

クロノさんが若干やつれたような表情でそう言った。

 

「クロノさん…またお疲れですか? 」

 

「いや昨夜はちゃんと寝たし、さっきまでは別に疲れていなかったんだ。というか、ちょっとした気疲れだから気にしなくてもいい。取り敢えずユーノ、報告を頼む」

 

全員が適当に席に座ると、ユーノさんとリニスが説明を開始した。その説明を聞きながら、何となくミントさんとフェイトさんを見る。

 

(…一昨日とはずいぶん雰囲気が変わったなぁ)

 

ミントさんは随分と元気になったように見えた。フェイトさんの計画は無駄になってしまったかもしれないが、元気があるのは悪いことではない。少し安心した私はユーノさんとリニスの説明に集中することにした。

 

 

 

以前グレアム提督にお会いした時にも聞いたのだが、闇の書は本来「夜天の魔導書」という、色々な魔法を記録して研究資料にするための、健全な魔導書だったらしい。グレアム提督の使い魔、リーゼロッテさんとリーゼアリアさんが捜索に協力する際に、その情報も提供してくれたため、ユーノさん達は「闇の書」と「夜天の魔導書」という2つのキーワードからの捜索を行うことが出来たようだ。

 

『おかげで随分と色々なことが判ったよ。どうやら歴代の所有者の誰かが、魔法の記録をしやすくしようとして、各地を簡単に転移できるような術式を組み込んだらしいんだ。でもこの術式は魔導書が本来持っていた防衛プログラムと競合するものだったみたいだね』

 

その時点でも若干の不具合はあったようなのだが、無理をすれば使えないことはない状態だったため、その所有者は不整合を無視し続けたらしい。

 

『決定的に魔導書がダメージを負ったのは、他の所有者の手に渡ってからだね。その所有者は記録された魔法の破損を自動修復する術式を組み込んだんだ。これが夜天の魔導書の基幹プログラムに悪影響を及ぼした』

 

パソコンなどで言えば、レジストリに余計な文言が書き込まれることで、まるでウイルスに感染したかのような挙動をするようなものらしい。既に魔導書として完成形になっていたところに競合プログラムが複数導入されればバランスも崩すというものだ。

 

『ちなみに守護騎士のプログラムは、元々各地を旅して魔法を記録する持ち主の護衛のために、夜天の魔導書に組み込まれたシステムだったようですが…』

 

「…その辺りの記憶は殆どないな。確かに主の護衛をする、という意識はあるのだが…役に立てず、すまない」

 

リニスがユーノさんの言葉を引き継いで説明するが、シグナムさん達は本能的に主を護衛するということを認識しているだけで、その当時の記憶は無いとのことだった。

 

『いえ、お気になさらず。恐らくですが、競合術式によるシステム改竄でいくつものバグが発生したのでしょう。記憶が無いのはその影響だと考えられます。はっきり言って、現代では考えられないような杜撰なシステム管理ですね』

 

リニスが溜息を吐きながらそう言った。プレシアさんのサポートを行う関係でデバイスマイスターの資格を取得したというリニスにとって、無計画に相性の悪い術式を組み込む行為は理解できないようだ。

 

『…自動修復術式と転移術式が反応しあって基幹プログラムを侵食し、守護騎士プログラムにも一部影響を与えたというのが事の発端ですね』

 

「それだけなのか? それなら術式をアンインストールしてしまえば全て解決するようにも思うが」

 

クロノさんがそう問いかけると、今度はユーノさんが答えた。

 

『説明するだけなら簡単なんだけれどね…実際はリニスが言った、反応っていうのが曲者なんだよ。もう解せない状態まで絡まった糸みたいなものさ』

 

自動修復の術式が記録された魔法だけでなく、システムにまで影響を及ぼすことになってしまい、それに加えて不整合を起こしていた転移機能まで取り込んで、無限に再生、転生を繰り返すようになってしまったのだとか。

 

『更にまずいことに、守護騎士プログラムの一部を取り込んだことで、極限まで魔力を溜め込んだ後に暴走し、その魔力を全て放出した後に転生する新しいプログラムが出来上がってしまいました。これが『夜天の魔導書』が『闇の書』と呼ばれるようになった切欠…防衛プログラム『ナハトヴァール』だそうです』

 

「そんな…だって闇の書が完成すれば大いなる力が手に入るって…」

 

「…いや、それすらもバグとやらによって歪められた記憶なのだろうな…考えてみれば、私達は今まで主達が大いなる力を手にしたところに立ち会ったことすら無い」

 

シャマルさんの言葉をシグナムさんが制する。

 

「じゃぁ私達が今までしてきたことって…」

 

「…破壊を撒き散らすためのエネルギー集め、ということか…」

 

シャマルさんとシグナムさんが悔しそうに俯く。すると隣にいたはやてさんが声を上げた。

 

「なぁ、それ何かの間違いとちゃうんか? 頑張りが報われん話なんて無いやろ? 」

 

『はやて…ゴメン。これは事実なんだ。蒐集すればその魔力を使って主を取り込み、破壊を撒き散らす。蒐集しなければ宿主の魔力と生命力を吸い尽くして転生する。それが今の夜天の魔導書…いや、闇の書なんだ』

 

「せやけど! そのナハトなんとか言うんを上手く制御出来へんかっただけで、それが暴走みたいに…とか…」

 

はやてさんは最後まで言い切れなかった。ユーノさんが悲しそうに首を振ったからだ。闇の書は魔力を蒐集しないことで主の魔力と生命力を吸い取る。はやてさんの足が麻痺しているのは正にこの所為だったのだ。そしてこのまま放置すれば遠からずはやてさんの命は尽きて、闇の書は別の主の下へ転生してしまうということになる。

 

「そんな! ユーノくん、何とかならないの? 」

 

辛そうにしているはやてさんの代わりに、なのはさんもそう問いかけた。その時、私はグレアム提督達と話をしていた時のことを思い出した。あの時、グレアム提督は「管制人格の起動が出来ていない」と言っていた筈だ。守護騎士達もコンタクトこそ出来ないと言っていたが、彼等を統括する存在として認識している様子だった。もしかしたら今回の件に関しても解決方法を知っているかもしれない。

 

「…ユーノさん、リニス、管制人格って判る? 」

 

『それはアリアやロッテから聞いているよ。一定量の魔力を蒐集することで覚醒し、限界まで魔力を溜め込むと具現化するみたいだね』

 

そもそも闇の書が魔力を蒐集すると書内のページが埋まっていき、666ページが埋まると魔導書として完成するらしいのだが、その直後に具現化した管制人格が主と融合して暴走してしまうらしい。

 

「…書を完成させずに、管制人格の意識だけを覚醒させることは可能? 」

 

『可能だと思いますが…正確な蒐集量は掴めていません。最近の事例では300ページから400ページ程の蒐集が完了した時点で何らかの変化があった様子ですが、過去にはもっと早いタイミングでの覚醒や、書が完成する前に具現化したなどの記録もあるようです』

 

私は以前守護騎士達と話をした際に、管制人格ならより詳しい情報を持っているかもしれないと感じたことを説明した。勿論闇の書を完成させるのは回避しなくてはならないだろうが、完成前に意識を覚醒させることが出来るのであれば、試す価値はあるかもしれない。それについてはシグナムさんも肯定してくれた。

 

『判った。管制人格覚醒についての詳しい情報は引き続き調査するよ。もしかしたらヴァニラが言うように何か打開策を知っているかもしれないしね』

 

ユーノさんがそう言ったところで、はやてさんがおずおずと手を挙げた。

 

「…なぁ、その管制人格言うんは、具体的にはどういう人なん? 具現化するっちゅうことは、シグナム達と同じような人なんやろ? 何かの情報を知っとるかもしれへんちゅうことは判ったんやけど…」

 

「管制人格については私が説明しましょう、主はやて。彼女は我らのように主を護衛するのではなく、直接主と融合して力を与える存在です」

 

彼女、ということは女性なのだろう。融合するという部分がいまいちピンとこなかったのだが、シグナムさんの説明によると、どうやらインテリジェント・デバイスを極限まで擬人化したようなもので、有事の際には主と合体して魔法を行使する際の管制や補助をしてくれるらしい。

 

「成程…夜天の魔導書はベルカのユニゾン・デバイスでもあったのね…」

 

プレシアさんが口にした「ユニゾン・デバイス」という言葉は聞き慣れないものだった。

 

「古代ベルカで開発されたデバイスの一種よ。反応速度や魔力量ではミッド式デバイスを遥かに凌ぐ性能だったらしいけれど、術者に融合適性が求められることや融合事故という、デバイスが術者を乗っ取ってしまう現象の危険性があったことから量産されることが無かったと伝えられているわ。もしバグを全て取り除いて正常化出来るなら、是非この目で見てみたいものね」

 

『ですがプレシア、バグを全て取り除くのはかなり困難と思われます。まず現在の闇の書の状態ですが、主以外の人間が外部からアクセスしようとすると先程お話ししたナハトヴァールが暴走して主を取り込み、転生してしまうようです』

 

しかも、主というのはただ所有者に選ばれるだけでなく、魔導書の完成後にマスター認証を実施する必要があるらしい。

 

「…っちゅうことは、どうにかしよう思うたら結局蒐集はせなあかん言うことでしょうか…? 」

 

「でも、完成しちゃったら暴走するんだよね? どうしたらいいんだろう…」

 

それは答えの出せない問答のようなものだった。暫くの間、沈黙が続く。それを破ったのはクロノさんだった。

 

「…仕方ないだろう。まずは管制人格が起動出来るまで、何らかの方法で蒐集をしよう。書を完成させずに事態を終息させる方法については、管制人格の意見も参考にしないといけないだろうしな」

 

「せやけど、蒐集は対象の身体に極端な負担をかけるんやろ? 場合によっては命に関わることもあるらしいやんか。私は他人様に迷惑をかけるのは嫌や…」

 

はやてさんはそう言うと、俯いてしまった。隣にいたシャマルさんがそっとはやてさんの肩を抱く。その時、ミントさんがクロノさんに問いかけた。

 

「クロノさん、リンカーコアを持っているテロリストを捕縛した時に蒐集することは出来ませんの? 」

 

「…心情的には判るんだが、犯罪者だからといって問答無用で苦痛を与えるのは、管理局員としてどうかと思うぞ」

 

クロノさんが苦笑しながらそう言った。それは問答無用でなければ…つまり、双方合意の上でなら問題ないということだろうか。

 

「ジュエルシードの件が落ち着けば、わたくしのリンカーコアを媒介にしてジュエルシードの魔力を蒐集するという手もありますわよ」

 

ミントさんも同じように考えたのか、そんなことを言い出した。

 

「あかん、あかんて! 私は誰にも迷惑かけとうないし、誰にも痛い思いをして欲しくないんや」

 

「ですが、わたくしははやてさんのお友達ですわ。お友達が困っているなら助けたいと思うものでしょう? 」

 

「あ! それならわたしも同じだよ! わたしも協力したい! 」

 

ミントさんの言葉になのはさんも同調した。

 

「私も、はやてさんの治療の一環としてなら魔力量以上の蒐集が可能かもしれないし」

 

私もそう言ったのだが、ミントさんはゆっくりと首を振った。

 

「これはブラマンシュであるわたくしが適任なのですわ。ジュエルシードから無制限に魔力を供給して貰えますから。それからなのはさんもそうなのですが…特にヴァニラさんはもう少しご自身を大切になさって下さいませ」

 

「え…それって、どういう…? 」

 

ミントさんが言いたいことが一瞬わからずに聞き返してしまった。

 

「適材適所、ということですわ。今回はシャマルさんも治療役に回って下さるでしょうけれど、本来治癒術師という存在は、まず自身の安全を確保した上で他者の治療に当たるべきなのです。先日の次元震でヴァニラさんが両手に大怪我を負った時、完全に治癒出来なかったわたくしの悔しさ、判って下さいませ」

 

ミントさんにそう言われて、私は返す言葉が無かった。次元震が起きた時、もし怪我をしたのが私じゃなかったら、私はその怪我を完全に、即座に治すことが出来た筈だ。他者を治療する人間は、他者よりも先に墜とされてはいけない。それは理屈では判っていたものの、つい先日まで実感すらしていなかった。

 

今回実際に蒐集することになれば、守護騎士達は確り手加減をしてくれるだろうし、シャマルさんも回復系魔法が得意とのことなので命の危険は限りなく少ないだろう。それでもミントさんが言う通り適材適所ならば、私がシャマルさんと一緒に治療に回るのが最善であることは理解出来た。

 

「まぁテロリスト…特にルル・ガーデンとの戦いにミントは必要不可欠だし、仮にさっきの案を承認するとしても、ジュエルシード捜索の都合もあるから最低でも1週間は無理だ。取り敢えずその話はもう少し待ってくれ。それから、ヴァニラ」

 

クロノさんはそう言うと、改めて私の方に向き直った。

 

「さっきミントも言っていたが、君はまず自分が無事に生き延びることを考えてくれ。間違っても攻撃に晒された仲間の身代りになろうなんて思わないでくれよ」

 

「…判りました」

 

私はそう頷くしかなかった。

 

「ところで、他に打ち合わせておかないといけないことは無かったかしら? なければユーノさんやリニスさんにはそろそろ休んで貰おうと思うんだけど。2人共徹夜しているみたいだから」

 

リンディ提督が少し沈んだ空気を断ち切るようにそう言った。

 

「…お2人共、あまり無理はなさらないで下さいませ」

 

『それはこっちのセリフだよ、ミント。さっきの提案は寿命が縮むかと思ったよ』

 

聞けばアルフさんやグレアム提督の使い魔達も一緒に徹夜しており、先に休んでいるとのこと。ユーノさんとリニスは報告のためだけに起きていたのだそうだ。

 

「あぁ、終わる前に聞いておきたいんだけれど、次の調査は管制人格に関する情報収集ということで良いのよね? 」

 

プレシアさんの言葉にユーノさんが頷いた。

 

「出来れば管制人格のプログラムを保存するのに、どのくらいの容量が必要なのかも調べて貰えないかしら。古代ベルカのユニゾン・デバイスなんて早々お目にかかれないし、バグから切り離せなかった場合も考慮してデータだけでも保存しておきたいわ」

 

『確かにそれが可能ならレストアも出来るかもしれませんね。了解です』

 

プレシアさんの言葉にリニスが頷く。どうやら万が一に備えて管制人格のバックアップが出来るようなストレージを作成するつもりらしい。

 

「ただ古代ベルカのユニゾン・デバイスの管制人格だから、最低でもゼタバイト…いいえ、ヨタバイトを超えるような容量になると思うわ。そうすると製作は年単位になってしまうわね。ミッドから誰か、腕のいい技術者をサポートで迎えられると嬉しいのだけれど」

 

「あ、あたしはお手伝い出来ますよ! アースラのオペレーターとしてのお仕事もあるから、手が空いている時に限られますけれど…」

 

エイミィさんがそう言うが、プレシアさんは苦笑しながら答えた。

 

「ごめんなさいね、エイミィ。言葉が足りなかったわ。貴女やリニスはもう頭数に入っているの。それでも最低あと2、3人は協力者が欲しいわね」

 

さすがにアリシアちゃんやすずかさんをサポート役にする訳にもいかないだろうと思っていたのだが、プレシアさんはどうやら彼女達もお手伝い程度で参加して貰うつもりだったようだ。

 

「確か3年くらい前に本局の技術部に入った子がかなり優秀だっていう話を聞いているわ。マリエル、だったかしら? でも闇の書のことを公に出来ない以上、引っ張ってくる理由付けが必要ね。守秘制約も課さないといけないでしょうし」

 

リンディ提督が少し考えるようにそう言う。

 

「艦長、マリーなら一応面識もありますよ。守秘の件に関しては大丈夫だと思います。制約は勿論課す必要はあるでしょうけれど、秘密を漏らすような子じゃないんで」

 

「そう? エイミィがそう言うなら大丈夫ね。表向きの招聘理由については考えておくわ。でも少しかかるわよ」

 

「ありがとう、リンディ。リニス達の調査ももう少しかかるでしょうから、それは構わないわ。あと他にも技術者の心当たりはないかしら? 」

 

「そうねぇ…当たってはみるけれど、何人も同時に招聘するのは難しいわね」

 

リンディ提督とプレシアさんがそんな話をしていると、珍しく恭也さんが発言を求めた。

 

「技術者っていうのは、別に地球の人間でも構わないかな? それなら1人、紹介出来ると思うけれど」

 

「そうね、信用できる人なら助かるわ」

 

プレシアさんがそう言って先を促した。

 

「月村忍…すずかちゃんの姉だよ。そもそも彼女が機械工学系の進路を希望しているのは、姉の影響でもあるんだ。為人は俺が保障するよ。すずかちゃんも、そろそろ姉に色々と黙っているのは限界だろうしね」

 

「成程。じゃぁ近いうちにお会い出来るように、お話しをしておいて貰えるかしら」

 

こうして一通りの打ち合わせを終えたのだが、最後にクロノさんがユーノさんを呼び止めた。

 

「一応君達のポート使用はロストロギア調査の名目で、無制限で許可が下りている。あまり無理しないで、出来れば夜はアースラに戻って休んでくれないか? 」

 

『仮眠ならこちらでも取れるけれど…』

 

「難しそうなら3日に1度でもいい。君が長期間いないと、ミントがやたら不機嫌になるんだよ」

 

苦笑しながらそう言うクロノさんに、ミントさんが「そんなことはありませんわ! 」と噛みついていたが、顔が真っ赤になっていたのであまり説得力は無かった。それを聞いていたユーノさんも同じように真っ赤だ。

 

『あ、あぁ、うん。判った。出来るだけ、その、戻るようにするから』

 

ユーノさんはそう言って、そそくさと通信を切った。打ち合わせが終了すると、ミントさんはすぐに立ち上がって言った。

 

「さ、さぁ、折角ですし、今日の分のはやてさんへの魔力譲渡を済ませてしまいますわよ! 」

 

あまりにも初々しい感じがするその態度に、思わず口元が緩む。

 

「あ、ミント。ちょっといいかな? 実はヴァニラやなのはとも相談して、2 on 2で模擬戦をやろうと思ったんだけど、後で時間とれる? 」

 

フェイトさんがミントさんを元気付けようと企画していたのはペアでの模擬戦だった。一応元気は取り戻した様子ではあったが、折角なので企画自体は実行することにしたようだ。それを聞いたミントさんは少し考えるような素振りを見せた後、こう言った。

 

「折角ですし、守護騎士にも参加して貰って3 on 3にしましょう。シグナムさん、シャマルさん、如何です? 良い気分転換になると思いますわよ? 」

 

「そうだな…私も少し身体を動かしたい気分だ。参加させて貰えるか? 」

 

こうして私達はその日の午後に、アースラのトレーニングルームを借りて模擬戦をすることになった。これははやてさんにとっても良い気分転換になったようで、アリシアちゃんと一緒に嬉しそうに応援をしていた。

 

ミントさん、シグナムさん、シャマルさんが1チームで、私はなのはさん、フェイトさんとチームを組むことになったのだが、結果は私達の惜敗だった。原因はダメージを受けたなのはさんを回復させるよりも助けに入ることを優先してしまった私のミスで、少し前にミントさんとクロノさんに言われたことをそのまま実感することになった。

 

「悔しいけど、楽しかった。またやりたいな」

 

なのはさんは笑顔でそう言ったが、私としては色々と課題が残る結果だった。

 

 

 

その日の夜、私はハーベスターに相談を持ちかけた。

 

「やっぱり回復役が最初に落とされるのはマズいよね…防御力を高めるのに良い方法は無いかな? 」

 

≪You may need to consider how you can spare your partner, rather than increasing self-defense. The tactics should be changed according to the circumstances. The best way to learn this will be practice.≫【マスター自身の防御力を高めるより、仲間を生かす方法を熟考するべきでしょう。戦術は状況によって変わりますので、とにかく練習あるのみです】

 

「そっか…ありがとう」

 

今まであまりチームで戦う練習はしたことがないが、今後はテロリスト達との戦闘の中で、なのはさん達をサポートしながら戦う機会も増えてくるだろう。そうした状況で的確な判断を下すには、矢張り練習を重ねるのが一番のようだ。

 

≪Also, I recommend you to establish a magic, which extend your life, in case if you were fatally wounded accidentally.≫【それから万が一マスターが致命傷を負った場合のために、延命系の魔法を構築しておくことをお勧めします】

 

「延命かぁ…それだと、バイタル低下をトリガーにする自動発動の術式をハーベスターにインストールすることになるのかな? 」

 

≪Definitely. Please configure the magical power usage as unlimited, and make sure its effectiveness should be same as "Regeneration" or upper.≫【その通りです。構築に際して使用魔力は無制限、効果は『リジェネレーション』と同等以上に設定して下さい】

 

「随分と大がかりだね。それだと確実にSSSクラスの魔法になっちゃうだろうけど…うん、判った。近いうちに構築してみるね」

 

先日プレシアさんに長距離デバイス間通信ユニットを増設して貰い、管理権限を移譲して貰った際に、念のためリミッターも一部解除しておいた。これによりハーベスターはプログラムされた魔法を行使する際に、私の魔力を無制限で使用できるようになった。

 

「出来上がったらテストしないといけないけれど、さすがにバイタルは低下させられないから疑似的にね」

 

≪All right.≫【了解です】

 

結局この魔法が完成したのは暫く後になってからのことだった。そしてあまり活躍して欲しくは無いこの魔法の名前は「リザレクション」となっていた。

 




投稿が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。。
状況説明&つなぎの回だったこともあって、何度も書き直しが発生していたのですが、やっぱりタブレットでの投稿は相応に時間がかかってしまいました。。

PCのリカバリーですが、HDDを新規購入して自力で直してみることにしました。。
一体型なのでまだ時間はかかりそうですが。。

完全復旧するまではペースが落ちてしまいますが、引き続きよろしくお願いいたします。。


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第20話 「強制発動」

※今回はミントパートのみです。。


守護騎士に協力して貰って封印した水母の件から1週間が経過したが、結局それ以降地上でジュエルシードが見つかることは無かった。スーパー・エリア・サーチを多重展開して何度も捜索しているので、恐らくもう地上にはジュエルシードは存在していないのだろう。

 

「残りはたぶん、海の中でしょうね。さすがに武装隊に潜って貰う訳にもいかないし…やっぱりミントさんの提案通り強制発動しかないのかしら…」

 

「ですが艦長、強制発動をするにしても数によって対応は変わってきます。正確な数が判らない以上、今回は出来るだけ人員を投入すべきかと」

 

もし海中のジュエルシードが1、2個程度であれば封印自体は楽だろうが、それはテロリストが現時点で6~7個のジュエルシードを保持していることになる。今度はそれらを全て取り返さなくてはならないのだ。逆に海中のジュエルシードの数が多ければその分テロリストに渡った数は少なかったことになるが、封印は大変な作業になるだろう。

 

それに回収作業中にテロリストの襲撃を受ける可能性もある。海上での作業になるため、空戦適性があるメンバーで対応しなければならない。

 

「テロリスト側の、正確な魔導師の数が判っていないのもネックね。ジュエルシード回収とテロリスト対策で2チームが必要になる訳だけれど」

 

「テロリスト対策にわたくしが加わるのは決定ですわね。勿論、テロリストの襲撃が無ければ封印のお手伝いを致しますが。それからユーノさんには大規模な結界を展開して頂きたいですわ」

 

海の上には遮蔽物などない。ジュエルシードを強制発動させて封印することも当然だが、その場を人間が飛び回る姿だって海鳴の人々に晒す訳にはいかない。

 

「テロリストと戦闘になった場合は、僕もそちらに加勢しよう。ルル・ガーデンが出てきたらそれ以外のテロリストは武装隊で対応する。ミントは彼女との戦いにのみ専念してくれ」

 

「了解ですわ」

 

「それから守護騎士なんだけれど、はやてさんから改めてジュエルシード回収を手伝いたいとの意思表明があったわ。シグナムさん達も納得しているそうよ」

 

守護騎士達がジュエルシード回収に協力してくれるのは心強い限りだった。何でも守護騎士達と一緒に平穏に暮らすのがはやて自身の望みであるため、それを脅かす可能性があるロストロギアを早々に回収することは吝かではないらしい。

 

「なら守護騎士とプレシア女史、フェイト、なのはには基本的にジュエルシードの回収を担当して貰おう。テロリストの襲撃があっても、このメンバーなら戦闘をこなしながら回収作業も出来る筈だ。ユーノ、リニス、アルフは結界の維持と、状況に応じて彼女達のサポートをして貰う」

 

「それが妥当なところね。ミントさんはクロノ執務官と協力して封印作業のサポートと周囲の警戒を。襲撃を受けたら即対応できるようにお願いね」

 

リンディさんの言葉に了解の意を返す。

 

「後は実行日ね。丁度明日から週末だからヴァニラさんやなのはさんの学校にも支障はないけれど…さすがに今日の明日は避けた方が良いかしら」

 

「せめて明後日の日曜日にすべきですわね。ただ気候も大分良くなってきましたから、臨海公園にはかなりの人出が予想されますわ」

 

「その為の結界だろう? 万が一リンカーコアを持っている人が結界内に取り残されたとしても、その辺りのケアはうちのスタッフで対応するように手配しておくよ」

 

「助かりますわ。よろしくお願い致します」

 

こうして5月15日の日曜日に海中のジュエルシードを強制発動させる計画が承認された。プレシアさんやフェイト、なのは、ヴァニラにも計画が通達され、ユーノやリニス、アルフも夜天の魔導書に関する調査は一旦切り上げて、土曜日の夜にはアースラに戻ることになった。

 

 

 

「ミントには結界に取り残された人のケアをすると言ったが、出来るだけリスクの軽減は図りたい。作戦は明日、日曜日の早朝。現地時間の6時に開始しようと思う。休日とはいえ早朝なら、日中と比べて人も少ないだろうからな」

 

『判った。なら僕達も今夜は早めにアースラに戻って、疲れを取ることにするよ』

 

日付が変わり、土曜日の午後。クロノが事情を説明すると、モニター越しにユーノがそう答えた。ちなみに無限書庫組以外はみんなブリーフィングルームに集合している。明日の作戦に備えて、今夜は全員でアースラに泊まり込むことになったのだ。

 

「にゃぁぁ…朝は苦手なんだけどなぁ…」

 

「なのはちゃん、そこは諦めるとこや。あ、私はエイミィさん達と一緒にみんなの応援をしとるわ。みんな頑張ってな」

 

「主はやての声援があれば、怖いものなどありません。盾の守護獣の名に懸けて、必ず皆を護り通しましょう」

 

「あたしとザフィーラは前回、留守番の所為で模擬戦も参加出来なかったんだ。今回は暴れさせて貰うぜ」

 

意外と守護騎士達のモチベーションも高いことに驚く。ザフィーラやヴィータだけでなく、シグナムとシャマルもやる気は十分のようだ。

 

「そう言えば守護騎士の皆さんは、もう全員でアースラにいらしても問題ありませんの? 」

 

少し前までは守護騎士達を刺激しないようにする名目で、アースラへの出頭は任意になっていた筈だった。全員が同時にアースラに来るのはもしかしたら初めてかもしれない。

 

「ああ。時空管理局全体という意味ではさすがにまだ我等に対して思うところも多いだろうが、少なくともここのスタッフについて言えば信用に値する。執務官殿も、自身の蟠りを抑えて我等に接してくれているしな」

 

「…僕の父親が命を落としたのは闇の書の暴走が原因であって、君達が殺したわけじゃない。それにヴァニラやはやての話、ユーノ達の調査結果を統合して考えれば、君達だって被害者のようなものだからな」

 

本心は判らないが、クロノは随分と理性的に守護騎士達と接しているようだった。親の死というものは避けては通れないこととはいえ、まだ若いクロノがまるで達観したかのような物言いをするのは少しだけ違和感があった。

 

「今夜はみんなでアースラに泊まり込むんだよね? 何だかお泊り会みたいで楽しみ」

 

「アリシアちゃん…別にみんなで遊ぶ訳じゃないんだからね」

 

少しだけ不謹慎な発言をしたアリシアを、ヴァニラが苦笑しながら注意していた。

 

「…ジュエルシードを全部回収できたら、その時は本当に打ち上げでお泊り会でも致しましょう。アリサさんやすずかさん達も誘って、次元展望公園で星を見ながらバーベキューなど如何です? 」

 

少し冗談交じりにそう言うと、クロノが溜息を吐いた。

 

「最近忘れられているように思うが、一応これでも艦内の情報は機密事項に相当するものが殆どなんだ。少しは自重してくれ…」

 

 

 

その日の夕方、無限書庫からユーノ達が戻ってきた。管制人格についての情報は以前の調査で得たものがほぼ全てで、それ以外の目新しい情報は特にないのだが、いくつか他のユニゾン・デバイスに関する記述が発見されたため、ユーノ達はリーゼ姉妹とも協力体制を敷き、それを基に夜天の魔導書を何とかレストア出来ないか引き続き調査を進めている。

 

ちなみにリーゼ姉妹は今回のジュエルシード封印作戦には参加しない。何でもユーノ達が不在の間もユニゾン・デバイスについての情報を集めてくれているのだそうだ。

 

「ユーノさん、リニスさん、お疲れさまです」

 

「アルフもお疲れさま。夕食まだだよね? みんな食堂にいるよ」

 

俺はフェイトと一緒にユーノ達を出迎えた。何だかんだで、3日に1度は最低でもアースラに帰艦するようになっていたユーノ達を転送ポートまで迎えに行くのは最近の常だ。

 

「ただいま。ミント、フェイト、いつもありがとう」

 

「あたしはもうお腹ペコペコだよ。今日はなのはや守護騎士達も来てるんだっけ? なら早く食堂に行かないと目当てのメニューが無くなっちまうかもしれないねぇ」

 

「そうですね。フェイト、アルフ、少し急ぎましょう」

 

「え? あ、そうか。じゃぁミント、ユーノ、また後で」

 

アルフとリニスが嬉しそうに食堂に向かい、苦笑しながらフェイトもその後を追う。後に残されたユーノがポツリと呟いた。

 

「…あのさ、ミント。これって、もしかしなくても」

 

「ええ、明らかに気を遣われていますわね」

 

こちらも苦笑しながら、取り敢えずユーノと一緒に食堂に向かって歩き始めた。

 

「…いよいよジュエルシード探索も大詰めかな」

 

「そうですわね。ですが、まだ終わりではありませんわ。テロリストの手に落ちたジュエルシードも回収しなければなりませんし、それが終わったら今度は夜天の魔導書のこともあるのですから」

 

最初はジュエルシードの回収が目的ではあったが、ここまで関わった以上、夜天の魔導書についても介入しないという選択肢は有り得ない。ブラマンシュに帰るのは少し遅くなってしまうが、母さまとは偶に長老のデバイスを介して通信をしているので寂しさなどは無い。

 

「それにしても、数人増えた程度で食堂のメニューが無くなるなんてことは無いと思うけど」

 

「そうでもありませんわよ。食材は無限ではありませんし、冷凍保存したところで消費期限が多少伸びる程度ですわ。プリザベーションのような魔法を使っても、新鮮さを保てるのは精々1週間…重ね掛けも出来ませんし」

 

次元航行艦における食糧事情は、実は意外とシビアだ。管理世界を回っている間は現地で食材を補給するのだが、今回のように管理外世界に長期滞在する場合は検疫の都合もあって、現地からの補給は殆ど見込めない。基本的には転送ポートを使用した本局からの輸送に頼るのが実情だ。

 

ただこの場合、一度に輸送できる量も限られてくるので、食堂では節約のためメニューごとの調理数を減らす傾向にあるのだ。

 

「…地球に関して言えば、特に検疫はしなくても問題ないような気もしますけれど」

 

「確かに、もうアースラの食堂メニューの定番にも色々な地球の料理があるしね」

 

そんな他愛もない話をしながら食堂に入ると、フェイトが丁度カレーライスを持って席に着くところだった。そのタイムリーな行動に、思わずユーノと顔を見合わせて笑った。

 

 

 

翌朝、クロノからの緊急コールで目が醒めた。時計を見るとまだ4時半だ。

 

「クロノさん、どうされたのです? 作戦は6時からだと思っていましたが」

 

『状況が変わったんだ。すまないがすぐにブリッジに来てくれ』

 

同じ部屋で寝ていたフェイトとアリシア、アルフも眠そうな眼をこすりながら起き出してきた。

 

「…どうやらテロリスト達に先を越されたみたいよ」

 

一足先に起きていたらしいプレシアさんの言葉で、一瞬で意識が覚醒する。プレシアさんとリニスは既に着替えも済ませ、準備万全だった。

 

「トリックマスター! 」

 

≪All right. Setup.≫【了解。セットアップ】

 

「ミント…さすがにそれはどうかと思う」

 

「時間がありませんし、今回は大目に見て下さいませ」

 

着替えている時間も惜しかったので、パジャマ姿のままセットアップしたのだが、フェイトにツッコミを入れられてしまった。

 

≪It is OK. This is quite nice situation, I think. Wearing barrier jacket over pyjamas is "fascination".≫【大丈夫です。これはとてもいい状況です。パジャマのままバリアジャケットをセットアップするのは『萌え』です】

 

戯言を言うトリックマスターを無視すると、俺達はブリッジに向かった。ブリッジには既にユーノと守護騎士達が到着していて、モニターを凝視していた。同じくモニターを見ていたクロノがこちらを一瞥すると、再びモニターに目を戻す。

 

「これだ。先日工場プラントにいた5人組で間違いないな」

 

モニターを見たままクロノが言う。確かにそこに映っていたのはあの男達だった。今回は姿を隠すつもりは無いらしく海上に止まり、大掛かりな魔法を行使していた。恐らく儀式魔法の一種なのだろう。ルル・ガーデンの姿は見えない。ホッと胸を撫で下ろすのと同時に、なのはとヴァニラもブリッジに到着した。

 

「すみません、遅くなりました」

 

「艦長、全員揃いました」

 

クロノの声にリンディさんが頷く。

 

「簡単に状況を説明するわね。私達がやろうとしていたジュエルシードの強制発動なんだけれど、丁度テロリスト達も同じことを考えたみたい。今、まさに強制発動の真っ最中よ」

 

その時、アースラの計器がアラートを発した。それと同時に感じ慣れた、ぞわぞわとした感覚が体中を走る。

 

「海中にジュエルシードの反応! 数は2、3…いえ、更に連鎖反応あり! 全部で4個です! 」

 

原作では確か海中にあったジュエルシードは6個だった筈だ。少し数が少なくなっているとはいえ、先日の次元震は原作の破壊力を上回っていたように思う。油断は出来ない。その時、海面が大きく盛り上がったかと思うと、巨大な竜巻が4本発生した。

 

「ジュエルシード、発動! 結界、未展開です! 」

 

「くそっ、本来ならあいつらが消耗してから叩ければ楽なんだが! 」

 

「結界が未展開で、しかも複数が暴走…下手をしたら中規模以上の次元震が現実世界を襲うことになりますわ」

 

俺の言葉にクロノも頷く。

 

「ああ、判っている。仕方ない、全員で出るぞ! 分担は昨日説明したフォーメーションBだ」

 

クロノの指示で俺達は即座に転送ポートから現場に飛んだ。フォーメーションBはジュエルシード回収作業中にテロリストの襲撃を受けた時の物で、俺とクロノでテロリストの相手をしている間に守護騎士やフェイト、なのは、ヴァニラ、プレシアさんがジュエルシードの回収をする手筈になっていた。

 

「ユーノさん! 」

 

「判ってる! 行くよ、レイジングハート!! 」

 

≪Yes, my master. "Wide-area Force Field".≫【了解。『広域結界』】

 

ユーノが紅い宝石をかざすと、海上だけでなく臨海公園のほぼ全域を巻き込んだ巨大な結界が発動した。リニスとアルフがユーノの護衛兼サポートに当たる。それを見届け、6基のフライヤーを展開すると、俺はテロリストに向き直った。

 

「今日こそは年貢の納め時ですわよ」

 

「ほざくな、ガキ! 」

 

銃を構えた男が俺に向かって発砲してきた。

 

「当たるものですかっ」

 

≪"Round Shield".≫【『ラウンド・シールド』】

 

数発を躱し、数発を魔力盾で受け流しながら、相手の銃を観察する。以前桜台公園で戦った時に使っていたものと同じ銃のようだ。実はあの後、拾ったマガジンを士郎さんに見て貰い、形状を説明することで銃の種類は特定出来ていた。

 

(あれはデザートイーグル…型番まではさすがに覚えていませんが、使用する弾は50AE弾。装弾数は7発、でしたわね)

 

士郎さんの話では、地球のハンドガンとしては最強の威力を誇るらしい。予めチャンバー内に1発仕込んでおくことで合計8発までの射撃が可能だった筈だが、マガジン交換の際にスライドの状態を確認すれば、残弾数が判ることも教えて貰っていた。

 

「! 」

 

男がマガジン交換をした。スライドは後退したままだ。チャンバー内に弾は残っていない。

 

<ここから7発…そうしたら一気に詰めますわよ。念のためカウントをお願いしますわね>

 

<≪Sure. I got it.≫>【了解】

 

トリックマスターに残弾数の確認をお願いする。その時、銃の男の周りにいた他のテロリスト達の姿と気配が消えた。今更ながらこちらを包囲するつもりなのか、或いはフェイト達の妨害に向かおうとしているのかもしれない。

 

「甘いですわ…『スーパー・エリア・サーチ』、一次展開! 」

 

フライヤーとの同時展開で負担も大きいが、致命的に処理落ちしてしまう程ではない。どうやら姿を消したテロリスト達はこの場を銃の男に任せて、ジュエルシード封印に向かおうとしていたようだ。咄嗟にフライヤーで足止めの射撃をする。

 

「フェイトさん達の邪魔はさせませんわよ! クロノさん、お願いしますわね」

 

「ああ、任せておけ。『スティンガー・スナイプ』! 」

 

フライヤーの威嚇射撃で再び姿を現したテロリスト達に、クロノの誘導型魔力光弾が襲い掛かった。何とか回避しているものの、「スナイプ・ショット」の掛け声とともに加速する誘導弾に阻まれて、移動は出来ない状態になっていた。

 

「さてと、仕切り直しますわよ」

 

更に数発、銃の男が撃ってきた弾を躱すと、改めてトリックマスターを構える。

 

<≪He has shot 4 bullets. There will be 3 remained.≫>【4発射撃されています。残弾数3】

 

<了解ですわ。ありがとうございます>

 

更に2発の射撃を躱す。男がギリッと歯を鳴らした。

 

「…投降なさいませ。もう貴方達に勝ち目はありませんわよ」

 

「ぬかせ! いつもいつも邪魔ばかりしやがって」

 

「何度も申し上げますが、先に手を出してきたのは貴方達ですわよ。自業自得ですわ」

 

「やかましいっ! 」

 

男が最後の1発を撃つのと同時に、俺はブリッツ・アクションで男の懐に入り込んだ。

 

「はっ! 」

 

気合と共にトリックマスターを回転させ、銃を弾き飛ばす。そしてそのまま男をバインドで拘束した。

 

「チェックメイトですわ」

 

同時に、海面の方で高まるなのはの魔力を感じた。そちらに視線を向けると、丁度守護騎士やフェイト達が4本の竜巻を抑え込み、そこになのはがディバイン・バスターを叩きこむところだった。竜巻が消え、4つのジュエルシードが残される。あとはあれを封印して作戦完了だ。

 

「!? 」

 

次の瞬間、バインドで拘束した筈の男の魔力が大きく膨れ上がった。クロノが足止めしていた他の男達も同様に魔力が増大している。

 

「な…何だ? さっきまでとは動きが…うわっ」

 

男達がクロノを弾き飛ばしてジュエルシードに向かった。俺の眼の前にいた男もバインドを容易く解除すると、ジュエルシードの方に向かおうとした。

 

「! 行かせませんわよ! 」

 

『じゃマ…どケ』

 

男の前に立ち塞がろうとしたのだが、男の顔を見た途端、一瞬足が竦んでしまった。目の焦点は合っておらず、表情らしい表情がない。まるでゾンビのようだった。そしてその一瞬の隙を突かれた俺は男のショルダータックルをまともに受けてしまい、弾き飛ばされた。

 

「きゃぁぁっ! 」

 

「ミント! 」

 

体勢を立て直す前に、ユーノが俺を受け止めてくれた。

 

「ユーノさん…? あ、ありがとうございます」

 

「大丈夫? ミント」

 

実際には弾き飛ばされて驚いただけで、特にダメージなどは無い。バリアジャケットのおかげだろう。

 

「問題ありませんわ。それよりユーノさん、この現象って」

 

「うん、2週間前の工場プラントの時と同じだ。急に魔力が高まって」

 

男達が向かった先を見ると、ジュエルシードを封印する余裕もなく、みんなが応戦を始めていた。テロリスト達の魔力は今や一人一人がSランクに届こうかというくらいにまで高まっている。だが俺はそこに参戦するわけにはいかない。

 

「ユーノさん、少し…下がっていて頂けませんか? 」

 

「えっ? 」

 

そう言えば、2週間前もそうだった。彼等の魔力増大の切欠は、この女。俺はトリックマスターを片手にユーノを制すると、前に出た。

 

「…やっぱり来ましたわね、ルル・ガーデン」

 

「どうやら貴女とは随分と縁があるようね。可愛いお嬢ちゃん」

 

俺はいつの間にかその場にいた真白な女、ルル・ガーデンを睨みつけながらフライヤーを展開した。ルルも身体の周りにスフィアを展開すると、直射弾を発射した。

 

「お行きなさい、フライヤー達! 」

 

ルルの直射弾を躱しながらフライヤーを制御する。そして威嚇射撃をしながら、相手の動向を観察した。ルル・ガーデンは転生者だ。つまり、普通に殺してしまうと記憶を持ったまま別の世界に転生してしまう。そうすれば、彼女はその世界で同じように死の呪いを振り撒くだろう。

 

かといって、生かしたままにしておけば危機に晒されるのはこの世界だ。正直、ルルの魔力量はAAA程度はある様子だったが、魔導師としての技量は俺よりも若干低い程度だ。それでも下手に手を出せずにいるのは矢張り死の呪いの存在が大きい。

 

(呪いを解く方法が判れば話が早いのですが)

 

嘗て聞いた話の中には「転生者が手を下せば、それ以上の転生はしない」と言うものもあったが、確認が出来ない以上、この話は眉唾モノだ。確認が出来なければ意味がない。

 

「ミント、危ないっ! 」

 

「! 」

 

ユーノの声にハッと我に返ると、ルルの直射弾が頬を掠めて行った。下がって貰った筈のユーノが、いつの間にか俺の隣でシールドを展開している。

 

「ユーノさん!? 危険ですわ。離れていて下さいませ」

 

「でもミントを1人にしておけないよ。大丈夫、この程度の直射弾なら自分の身は護れるから」

 

「そう言う次元のお話しではないのですわ! 」

 

言い合いをしながらも、今度は俺がプロテクションで直射弾を受け止めた。その時、ルルがにやりと笑ったような気がした。

 

「ふーん…そういうこと」

 

「な…何ですの? 」

 

俺はユーノを庇うように前に立つと、改めてルルを睨みつけた。

 

「貴女にはどういう訳か死の呪いが効かなかったけれど、そっちの男の子ならどうなのかしらね」

 

「ユーノさん、逃げて! 早く! この女の言うことを聞いてはダメですわ! 」

 

咄嗟に俺はそう叫んでいた。だが即座にこれが悪手だったことに思い至った。

 

「…え? どういうこと? 」

 

「ふふっ、やっぱりそうなのね。良いことを教えてあげる。私はね、転生したの」

 

目の前が真っ暗になるような錯覚に陥る。ユーノが呪いにかかってしまった。ユーノがいなくなってしまう。イヤだ、イヤだ、イヤだ! こんなことなら他の世界のことなんて考えずに、さっさとルルを殺しておけば良かった…!

 

「ぁぁぁぁああああああああああっ!! 」

 

俺はその場で6基のフライヤーの一斉射撃を、ルル・ガーデンに叩きこんだ。

 




ぎりぎり間に合いました。。

本当はもう少し話を進めておきたかったのですが、そうするとキリが悪くなりそうだったので、いつもより文字数少な目ではありますが、ここで投稿しておきます。。

HDDの入れ替えは、実はまだ出来ていません。。来週の投稿は難しいと思いますので、申し訳ありませんが続きは再来週までお待ちくださいませ。。


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第21話 「解呪」

ユーノさん達が海上に巨大な結界を構築してくれたおかげで、私達は人目を気にせず魔法を使えるようになった。

 

「行こう、ミントとクロノがテロリストを足止めしてくれているうちに」

 

「うん! さっさと封印しちゃってミントちゃん達のサポートに回ろうね」

 

バルディッシュを携えたフェイトさんと、エルシオールを構えたなのはさんがお互いに頷き合う。けれど竜巻はあまりにも大きく、威力も強い。一朝一夕には封印出来そうになかった。

 

「…少し威力を弱めてからじゃないと、なのはさんの封印砲でも厳しいかも」

 

「それでこそ、我らの活躍の場があるというものだ。行くぞ、『紫電一閃』! 」

 

シグナムさんが炎を纏った剣で竜巻に切りかかった。水に対して炎の攻撃はどうかとも思ったのだが、どうやら純粋に魔力を炎熱変換したものであるため、水をかぶって消えてしまうなどということは無いようだ。ただ竜巻は一瞬切り裂かれただけで、そんなに威力が落ちたようには見えない。

 

「ふん…矢張りこの程度では然程効果は見込めんか」

 

「あたしがぶち抜いてやるぜ! アイゼン、ロードカートリッジ! 」

 

≪Jawohl. Raketenform.≫【了解。ラケーテンフォーム】

 

ヴィータさんがハンマー状のデバイスを構え、カートリッジを排莢した。ベルカ式アームドデバイスに良く見られるカートリッジシステムは、魔力を込めたカートリッジを消費することで一時的に爆発的な攻撃力の増加を見込める。

 

「様子見なんてしてられっか。初っ端から全力全開だ! ラケーテン…ハンマーっ!! 」

 

ハンマーの後部から魔力燃料がロケットのように噴射してヴィータさんを中心に凄い勢いで回転する。遠心力の効果もあって、ヴィータさんの攻撃で竜巻の1つは大きく爆ぜた。

 

「私達も負けてられない…先にいくよ、なのは。アルカス・クルタス・エイギアス…疾風なりし天神…今、導きの下に撃ちかかれ。バルエル・ザルエル・ブラウゼル…! 」

 

≪"Photon Lancer Phalanx Shift".≫【『フォトン・ランサー・ファランクス・シフト』】

 

フェイトさんほどの術者が長い詠唱を必要とする魔法というだけで、その威力の高さが判る。周囲に展開されたフォトン・スフィアはざっと見ただけで30個を超えるだろう。

 

「撃ち砕け! ファイアーっ!! 」

 

全てのスフィアから放たれたランサーの高速連射は、ヴィータさんの攻撃と同様に竜巻の1つが大きく勢いを殺がれる。ただ大技を使っただけあって、フェイトさんの魔力消費も大きいようだ。そうなれば、ここは私の出番。すぐにフェイトさんの隣に並ぶと術式を展開する。

 

「ハーベスター、サポートお願い。『ディバイド・エナジー』」

 

ハーベスターから翠色の魔力が溢れ出し、バルディッシュを介してフェイトさんに流れ込んでいく。

 

「ありがとう、ヴァニラ。助かった」

 

「じゃぁ、次はわたしね。ヴァニラちゃんも一緒に行こう! 」

 

なのはさんが私の手を取る。なのはさんの使用魔法に特化した砲撃戦用のデバイスであるエルシオールは、なのはさんの最大攻撃魔法である「スターライト・ブレイカー」を、若干集束率は落ちるものの溜め時間を短縮させて撃つことが出来る。

 

集束率が落ちるということは威力が下がることに他ならない。だけど魔力残滓を多くしておくことで、多少は威力面でのカバーは出来るかも知れない。ここは私が先に砲撃を撃って、その後なのはさんが集束砲を撃つのが妥当だろう。

 

「ハーベスター、砲撃モード」

 

≪Sure. Buster mode, stand by.≫【了解。砲撃モード、スタンバイ】

 

足元の魔法陣が足場を固定してくれる。続けてハーベスターの先端部に複数の魔法陣が展開された。

 

「わたし達も準備するよ、エルシオール」

 

≪All right. Stand by ready. Cannon mode.≫【了解。砲撃モード準備完了】

 

なのはさんの周りにキラキラと輝く魔力残滓が集まり、そしてそれがエルシオールの先端部分に集束していく。

 

「なのはさん、先に撃つね」

 

「うん! バーンってやっちゃって! 」

 

「…いくよ、ハーベスター。『ディバイン・バスター』」

 

魔力チャージが完了したハーベスターから翠色の砲撃が迸る。さすがになのはさんほどの威力は出せないが、それでも多少は竜巻の威力を削ぐことが出来たと思いたい。

 

「じゃぁ、続けていくよっ! 『スターライト・ブレイカー・プチ』! 」

 

私がディバイン・バスターを撃ちこんだ竜巻に、間髪入れずになのはさんが砲撃を直撃させた。

 

「うーん、何だか間の抜けた感じの名前だね」

 

そう言ってにゃははと笑うなのはさんだったが、威力は通常のディバイン・バスターを若干上回るようだった。

 

「では最後は私が貰おう。翔けよ、隼! 」

 

いつの間にか弓のような形に変形していたデバイスを構えると、シグナムさんがそう叫んだ。

 

≪"Sturmfalken".≫【『シュツルムファルケン』】

 

放たれた魔力の矢は4つ目の竜巻に命中すると爆発と共に竜巻の威力を極端に弱める。

 

「良いところは全部持って行かれてしまったわね。でもまだ仕上げが残っているわよ! 」

 

プレシアさんがそう言うと同時にライトニング・バインドを展開した。弱体化した竜巻を抑え込むつもりのようだ。

 

「こちらも行くぞ。『鋼の軛』! 」

 

ザフィーラさんの声と共に海面からいくつもの棘のようなものが現れて、竜巻を串刺しにして動きを抑えている。シャマルさんもそのサポートをしているようだ。私もフェイトさんと一緒にライトニング・バインドで竜巻を封じる。

 

「おい、高町にゃはは。お前、封印砲あるんだろ? 纏めてやっちまえ! 」

 

「なのはだよ、高町な・の・は! …封印砲って、この前使ったのだよね? あれからまたパワーアップしたんだ。見ててね! 」

 

≪Magical power has been charged 120%. Targets were multi-locked. Please pull the trigger at any time.≫【魔力120%充填完了。対象はマルチ・ロックされました。いつでも撃てます】

 

さっきのスターライト・ブレイカー・プチを上回る程、なのはさんの魔力が膨れ上がる。展開された魔法陣もいつも以上に大きいようだ。

 

「『ディバイン・バスター・フルパワー』! 行っくよ~っ!! 」

 

掛け声とともに発射された桜色の砲撃は、もはや広域攻撃といってもいい程の範囲を包み込んだ。

 

「…すげぇ」

 

「まさに一網打尽といった感じだな」

 

竜巻が消え去ると、そこには4つのジュエルシードが残された。あとはあれを確保すれば今回の作戦は完了ということになる。

 

「ひゃっ!? 」

 

次の瞬間、なのはさんを狙ったと思われる射撃魔法を桜色のプロテクションが受け止めた。

 

「あ、ありがとう、エルシオール」

 

≪Welcome. Please be careful. Next shot is coming shortly.≫【どういたしまして。気を付けて下さい。すぐに次の攻撃が来ます】

 

上空を見上げると、足止めをしていたクロノさんを躱し、ミントさんを突き飛ばして例の5人組の男達がこちらに向かってきていた。私達は一斉に迎撃の態勢を整えた。ただ男達のそれぞれの魔力は大幅に上がっているのは明らかなのだが、どうも様子がおかしい。

 

「…何だろう、気持ち悪い…」

 

なのはさんがそう呟いた瞬間、射撃魔法がまるで雨のように降り注いだ。咄嗟にプロテクションを複数枚生成して攻撃を防ぐ。

 

「彼らの魔力反応、さっきまではこんなに大きくなかったのに…っ! 」

 

「そうは言っても現実に高まっているのだから仕方あるまい。兎に角、迎撃するぞ」

 

障壁を展開したザフィーラさんがシャマルさんを庇いながら1人の男を殴り飛ばした。殴られた男は悲鳴を上げるでもなく、すぐに体勢を立て直してザフィーラさんに向かっていく。明らかにおかしな挙動だった。

 

なのはさんのところにも男が1人突っ込んできた。

 

「! アクセル・シューター! 」

 

なのはさんもスフィアから誘導弾を発射して迎撃しようとしていたが、誘導弾が命中しているにも関わらず、無表情なまま突っ込んでくる男に怯えたのか、なのはさんの足が止まってしまう。

 

「危ない! 」

 

プロテクションの出力を上げてなのはさんと男の間に割り込んだ。男の手にあった脇差ほどの大きさの魔力刃をプロテクションで受け止めると、なのはさんを抱えて距離を取った。

 

「ありがとう、ヴァニラちゃん」

 

「大丈夫…後でまたクロノさんに怒られそうだけど」

 

敢えて軽口を叩いて気を紛らす。なのはさんも少し緊張が解けたようだった。また男がこちらに向かってくるのを見て、なのはさんと私は左右に散開すると誘導弾を発射する。

 

「…ジャま…たオす…ろスとろぎア…ふうイん」

 

すれ違いざま、無表情のまま男が感情のこもっていない声でそう呟いたのを聞いて、背筋が寒くなった。

 

(これって…ミントさんが言っていた「ヘル・ハウンズ」…? )

 

ゲーム「ギャラクシーエンジェル」に登場するという、敵キャラクター。本来は感情豊かである意味面白い人達だったが、機械に取り込まれて生ける屍状態になってしまうらしい。生憎と私は彼らが登場するまでゲームをプレイすることは出来なかったけれど。

 

改めて男達を見ると、魔力はSランクを超えるようなレベルまで増幅していて、放ってくる魔法もそれに応じて高威力になっていた。ただ、まるで機械のように攻撃してくるだけで意思のようなものは感じられなかった。

 

「…っ! 」

 

魔力刃を手に再度特攻してくる男にバインドを仕掛けるが、あっという間に解除されてしまう。戦いながら周囲の状況を確認すると、フェイトさんやプレシアさん、クロノさんやシグナムさん達も相手の変貌に戸惑っているのか、若干苦戦している様子だった。

 

(でも人数はこちらの方が上なんだし、均衡さえ崩せれば)

 

その時、ふと思いついた。機械的な挙動をするなら思考も機械的になっている可能性がある。機械的な思考なら臨機応変な対応が必要な事象には対応が遅れる筈。

 

<なのはさん、レストリクト・ロック、行ける? >

 

<…うん、大丈夫だよ! >

 

あれを解除するには咄嗟の判断で魔力量を増やす必要がある。機械的な思考では解除出来ない可能性が高い。

 

<レストリクト・ロックをかけたらすぐにチャージ。双方向からダブル・ディバイン・バスター、行くよ>

 

<オッケー! じゃぁ、行くよっ! >

 

なのはさんがレストリクト・ロックをかけると、案の定男の動きが止まった。

 

「ハーベスター! ディバイン・バスター、全力全開で!! 」

 

「こっちも行くよ、エルシオール!! 」

 

ロックされて動けない男に、容赦無く桜色と翠色の奔流が襲い掛かった。勿論非殺傷設定なので怪我はしていない筈だが、砲撃の光が止んだ時、男のバリアジャケットはぼろぼろで意識も失っている様子だった。

 

「まず1人。次はフェイトさん達のサポートに回ろう! 」

 

「うん! 」

 

アースラに念話で連絡を入れて、武装隊の人に男の回収をお願いする。そのまま銃の男と相対しているフェイトさん達のところに飛ぼうとした時、上空からミントさんの悲鳴のような叫び声が聞こえてきた。

 

「ぁぁぁぁああああああああああっ!! 」

 

それと同時に空色の魔力光が眩く輝いた。

 

 

 

=====

 

「あははっ、良い表情ね。貴女のそういう顔が見たかったのよ」

 

ルル・ガーデンの笑い声が響く。辺りを見渡すとフェイク・シルエットだろうか、複数のルルの姿があった。ギリッと歯噛みすると、フライヤーで次々と幻影を撃ち抜いていく。

 

「なかなかやるじゃない。でも…これならどう? 」

 

その場にいた全てのルルが、こちらに向かって直射弾を撃ち込んできた。殆どが幻影だったが、そのうちの1つに強い魔力を感じて、プロテクションで受け止める。

 

「そんな! フェイク・シルエットなら、よっぽど練度が高くないと術者は動けない筈なのに…! 」

 

ユーノが驚いたような声を上げるが、それがまた俺を苛立たせた。ユーノは事態の重さを判っていない。放っておいたら彼は確実に死んでしまうのだ。だが、これは俺自身の所為でもある。死の呪いについては拡散を防ぐ目的もあって、同じ転生者であるヴァニラを除けばクロノとリンディさんにしか概要を話していない。これが裏目に出た形だった。

 

(あの時、もっと距離を取っておけば…! そもそもユーノさんに死の呪いについて、ある程度の知識を持って貰っていればっ! )

 

そんな後悔ばかりが頭の中を埋め尽くしていた。先刻受け止めた直射弾が飛んできた方向に対して重点的にフライヤーを回し、ルルの幻影を撃つが、本人は既に移動してしまっていたのかその場にいたのは幻影だけだった。

 

≪Caution. Magical power has been detected behind you.≫【警告。背後に魔力反応】

 

「ミント! 危ないっ! 」

 

トリックマスターとユーノの声が聞こえたと思った瞬間、背後から直射弾の直撃を受けた。バリアジャケットが威力を殺いでくれたものの、一瞬息が詰まる。どうやら一カ所に集中するあまり、それ以外の場所に対する注意が散漫になってしまっていたようだ。

 

「落ち着いて。スーパー・エリア・サーチなら幻影だって見抜ける筈だよ」

 

ユーノは俺の隣に立つと、そう言った。その言葉にハッと我に返る。ユーノが呪いを受けてから、まだ然程時間は経っていない。つまりユーノが転生してしまうまで、まだ少しは猶予がある可能性が高いということだ。それまでに、俺がやるべきことは、少なくともルル・ガーデンに対して八つ当たりすることではないだろう。

 

「ありがとうございます、ユーノさん。トリックマスター、スーパー・エリア・サーチ、再展開ですわ」

 

怒りにまかせてルルに特攻した際に解除してしまったサーチャーを再度生成する。フェイク・シルエットは簡易センサー程度なら誤魔化すほどの精度を持つ魔法だが、スーパー・エリア・サーチの索敵性能は生半可なものではない。即座にルルの位置を割り出すと、フライヤーによる射撃を浴びせた。

 

「ふーん…位置を特定させないための幻影は無駄ってことね」

 

防御魔法を展開して俺の射撃を防いだらしいルルが、薄い笑みを浮かべながらこちらを見ている。

 

「…その笑み、すぐに消して差し上げますわ」

 

「出来るものならね」

 

フェイトやヴァニラ達の様子を伺うと既に数人の男を捕縛し終えており、人数的にも勝利は確定的だった。4つのジュエルシードもなのはがエルシオールに格納しているようだ。これで懸念事項の1つは消えた。

 

「…折角魔力を増幅してやったのに、本当に使えない」

 

「貴女本人の魔力は増幅されておりませんわね」

 

「それはそうよ。上がるところまで上がり切っちゃったら、心が壊れてしまう魔法ですもの」

 

ふっと溜息を吐いた。死の呪いで平然と人を殺すルルにとって、部下を捨て駒にすることなど当然のことなのだろう。俺はルルと相対しながら、ヴァニラに念話を送った。

 

<ユーノさんが、例の呪いを受けてしまいました。何とか解呪の方法を検討したいのですが>

 

<! …それは、難しいね。今まで何人もの人が解けなかったものでしょう? でも…>

 

<ええ、諦める訳に参りませんわ。最後まであがいてみます>

 

<判った。ミントさんも気を付けて。取り敢えず、周囲の状況はこっちでも注意しておくね>

 

例のトラックが…本当にトラックなのか怪しいものだが、とにかく何かがユーノの命を刈り取るために現れる筈だ。ヴァニラはそれを察してくれたようだ。念のため、ユーノにも声をかけておく。

 

「ユーノさん、もし視界内にトラックのようなものが見えたら、ひたすら逃げて下さいませ。絶対にぶつかってはダメですわよ」

 

「え…? う、うん、良く判らないけれど、判ったよ」

 

判らないのか判ったのか、はっきりしないユーノの答えがおかしくて少しだけ笑みが零れた。ただすぐに気を引き締めて、ルル・ガーデンの方に向き直る。

 

「ロストロギアは確保出来なかった。部下は全滅。本当ならこの場に残る意味もあまりないのだけれど」

 

「…逃がしませんわよ」

 

「大丈夫よ。そっちの男の子が死んで、絶望する貴女の姿を見たいもの。それまでは遊んであげるわ」

 

「随分と良い性格ですわ…ねっ! 」

 

フライヤーを周囲に展開して連射する。だがルルの方でもそれは予測済みだったようで、高速移動などで回避してしまう。

 

「チェーン・バインドっ! 」

 

「甘いわね。幻影にはこういう使い方もあるのよ」

 

ユーノがルルを拘束しようとするが、今度は幻影を巧みに動かしてバインドにぶつける。その勢いで幻影は消えるが、バインドも同時に相殺されてしまった。

 

正直なところ、ルルを拘束しておくのは非常に困難だ。拘束するだけなら良いのだが、聴取の時に呪いを発動されたりしたら目も当てられない。仮に俺やヴァニラが聴取を行って、他の人がライブ映像を確認していたとしても、それで呪いが発動しなくなる保証はない。

 

実は先刻、怒りにまかせて闇雲に攻撃をしていた時に、俺はルルの呪いによる被害者を今後増やさずに済むかもしれない方法を1つだけ思いついていた。それはジュエルシードを使った、ブラマンシュならではの手法だった。

 

(リンカーコアに過剰な魔力を譲渡して、神経系統にダメージを与える…)

 

言い方は悪いが、植物状態の廃人にしてしまうということだ。ただこの方法も確実に成功するかどうかは判らないし、人道的に見ても問題だらけだろう。何より根本的な解決になっていない。その状態で死んでしまえば、また転生する可能性もあるからだ。この世界での呪いの被害者を増やさない代わりに、当然事情聴取など出来る筈もない。

 

(本当に最悪の場合の、最後の手段、ということですわね)

 

いずれにしてもルルのことを拘束できなければ、それすら困難なのだ。俺はふっと息を吐くと、トリックマスターを構え直した。

 

「参りますわよ! 」

 

フライヤーで威嚇射撃をしながら懐に飛び込み、ベルカ式棒術で攻撃を仕掛ける。隙があれば更にフライヤーで追撃を仕掛けるが、相手もどうやら結末を見届けることに重点を置くと言ったのは嘘ではないようで防御に専念してしまっており、なかなか決定打を与えられない。

 

「しぶといっ、ですわねっ! 」

 

「生憎と、防御だけならっ、自信があるのよねっ! 」

 

そんな攻防を暫く繰り返した時だった。

 

<ミントさん! 来たっ!! >

 

ヴァニラから念話が入った。呼応するように防御を固めるルルを弾き飛ばして距離を取ると、即座にユーノのところに向かう。突っ込んできたのは、まさに名状し難いモノだった。生前の自分自身が何故あれをトラックと認識していたのか、理解に苦しむ。

 

「な…何でこんなところにトラックが…? 」

 

「そんなことを言っている場合ではありませんわ! とにかく逃げますわよ! 」

 

呆然とするユーノを抱え、ルルを放置したままブリッツ・アクションで突っ込んで来たモノを躱す。

 

「ユーノさん、あれがトラックに見えますの…? 」

 

「えっ!? あ、いや、確かにこんな空中にトラックが飛んでる筈がないから、何か別の物なんだろうけれど…でも、そもそもミントが『トラックのようなもの』って言ったんだし、それに他に形容のしようがないよ」

 

俺の眼には、それはまるで…苦しそうに蠢く、実体が無い人達の集合体、亡霊の塊のように見えた。その亡霊のようなモノが反転すると、再びこちらに向かってくる。

 

「あははっ、いつまで逃げられるのかしらね! 」

 

無駄に神経を逆撫でするようなルルの声を無視して、もう一度亡霊の突撃を躱した。すれ違いざまにフライヤーで射撃を撃ち込んでみるが、全く手応えが無い。ヴァニラやなのは、フェイト達も攻撃してくれているようだが、そのどれもが亡霊をすり抜けてしまっていた。

 

<どうやらこちらからの攻撃は無駄のようですわ。みなさんは絶対に近付かないで下さいませ>

 

オープンチャンネルでみんなに念話を飛ばすと再び亡霊に意識を集中させ、3回目の突撃を躱す。

 

「ミント、無理しないで」

 

「今せずに、いつするというのですかっ! あれに当たったら、ユーノさんは死んでしまいますのよ! 」

 

「でもっ、さっきから魔力を使いすぎだよ! 」

 

ユーノの言う通り、随分と消耗してしまった感がある。だが、魔力だけなら回復の術があった。

 

「トリックマスター、ジュエルシードを」

 

≪Sure. Put out.≫【了解。排出します】

 

取り出したジュエルシードから魔力が流れ込んでくる。ユーノが単独で逃げ回るよりも、俺がこうして魔力を補充しながら魔法を行使した方がまだ時間が稼げるだろう。気を張り詰めている所為か乱れる呼吸を何とか整えながら、もう一度亡霊の塊に意識を集中する。その時、横から直射弾が飛んできた。

 

「楽に逝けるように、手伝ってあげるわ」

 

「余計なお世話ですわっ! 」

 

マルチタスクを駆使してルルの攻撃を躱し、同時に亡霊にも意識を集中させていたのだが、終わりの見えない回避戦に、ついに俺の苛立ちは限界を迎えた。

 

「…この亡霊、ルルにぶつけてやりますわ…ユーノさん、参りますわよ! 」

 

「う、うん、判った」

 

ブリッツ・アクションでルルの目前に移動すると、0距離からユーノがチェーン・バインドを仕掛ける。それも想定の内だったのか、ルルは即座に幻影と立ち位置を入れ替えて距離を取ろうとした。

 

「逃がさない、といった筈ですわよ! 」

 

更に複数回、ブリッツ・アクションでの移動を繰り返すと、棒術によるトリックマスターの一撃を背後からルルに叩きこんだ。だが緊張の連続から体力も消耗していたのだろうか、バランスを崩したのはルルではなく俺の方だった。

 

「そんなにその男の子が大切なら、貴女が代わりに逝ってあげればいいんじゃない? 」

 

そう言うと、ルルは俺の眼の前でスフィアを破裂させた。

 

「っ!! 」

 

慌てて防御態勢を取ったものの、俺の身体は迫ってくる亡霊の正面に投げ出されてしまった。

 

「ミント!! 」

 

ユーノが悲鳴のような声を上げ、手を伸ばそうとする姿がスローモーションのように見えた。そして、亡霊の塊は俺を跳ね飛ばした…筈だった。

 

ルル・ガーデンが呆けたような表情でこちらを見ている。ユーノは俺に手を伸ばそうとした体勢のまま固まっていた。

 

亡霊がぶつかったことによる衝撃は全く感じない。にも拘らず、亡霊の塊は俺の身体の周りにキラキラと輝く光だけを残して、綺麗さっぱり消え去っていた。

 

一瞬、目の前に青緑色の髪の女性が現れ、微笑んだような気がした。

 

(え…シャトヤーン様…? )

 

次の瞬間、俺の身体の周りに漂っていた光が一斉にルルの方に向かって移動し、そのまま弾けるように消えた。それと同時にルルは糸が切れた操り人形のように落下していく。

 

「! クロノさん! 」

 

叫んだ時には、既にクロノがルルをバインドで拘束していた。

 

「ミント、ユーノ、大丈夫か? 」

 

「ええ…問題ありませんわ」

 

「僕も大丈夫だけど…一体何が起きたのか…」

 

「それは僕達も同じだ。一体何だったんだ? あの怪しいトラックは」

 

どうやらクロノもあれをトラックとして認識していたようだ。ふと視界の端に、バインドで拘束されたルルの姿が映る。

 

「そう言えば、ルル・ガーデンはどうなりましたの? 」

 

「ああ、大丈夫。気を失っているだけだ。意識を取り戻した途端に呪いをかけたり出来ないように、アースラに連れ帰って厳重に拘束しておくよ。ご苦労だったな」

 

クロノはそう言ったが、俺は何となくルルはもう死の呪いを操れないんじゃないかと思っていた。何故かは判らないが、あの時見たシャトヤーン様の微笑が、ルルの呪いは解けたと言っていたような気がしたのだ。

 

「ミントちゃん! ユーノくん! 」

 

「ミント! 大丈夫? 痛いところとか、無い? 」

 

クロノがルルを抱えて一足先にアースラに転移すると、今度はなのはやフェイト、ヴァニラ達がやってきた。

 

「心配をかけてしまいましたわね。この通り、全く問題ありませんわ」

 

「そっか、良かった」

 

俺が微笑むと、みんなも安心したように破顔した。ふと隣を見ると、同じように微笑むユーノがいた。その表情を見て初めて、俺はユーノを護り切れたんだと実感した。

 

(まだ、まだですわ。まだジュエルシードは4つ足りませんし…でも、今だけは)

 

もう少しだけ解放感に浸っていたかった。

 

 

 

その日の夜、俺はヴァニラと一緒に次元展望公園で星を見ていた。フェイトやなのは達は来ていないが、ブリッジからも状況は確認出来ているだろうし、念のため表面上は他愛もない話だけをして、本題は念話で行う。

 

<…やっぱり、あれが正しい解呪の方法だったんだと思う。確証はないけれど、光がルルさんの方に流れたでしょう? >

 

<ええ…人を呪わば穴二つ、とも言いますしね。気軽に検証できないところがつらいですが、そうだと信じたいですわ>

 

展望公園の天井に映し出された満天の星空を見上げると、俺は軽く溜息を吐いた。

 

<そう言えば、ヴァニラさんの目には、あれ、どう映っていましたの? >

 

<ああ…例のトラックのこと? 何であれをトラックだって思っていたんだろう。まるで幽霊みたいだった…>

 

あの時はユーノを護ることで頭が一杯で、亡霊の容貌について意識している余裕は無かったが、今思い返すと思わず背筋が凍るような恐ろしい姿だった。ヴァニラも同じように思ったのか、軽く身を震わせると両手で自分の身体を抱いた。

 

<わたくし達以外の人にはトラックのように見えていたようですわね>

 

<たぶん…あれの本当の姿を見ることが出来る人が、呪いの連鎖を断ち切ることが出来るんじゃないかな…>

 

その時、天井を映像の星が流れた。先日、願をかけていたことを思い出し、クスリと笑った。

 

「どうしたの? 」

 

「流れ星ですわ。映像ですが、先日かけておいた願のうち、1つが今日叶いましたの。ヴァニラさんも如何です? ご利益があるかもしれませんわよ」

 

ヴァニラが敢えて口に出して聞いてきたので、こちらも言葉に出して答えた。その後また2人で星空を見上げる。

 

「…地球の星座は見えないね」

 

「ミッドチルダの星空がベースになっていますわね。ブラマンシュの星空とも違いますわ」

 

「見慣れた筈の星空なのに、何だか不思議な感じがする…」

 

そのまま2人で暫く星空を見つめた。

 

<…呪いのことなんだけど、ミントさんにかかっていたのも解けてるんじゃないかな? >

 

不意にヴァニラがそう念話で伝えてきた。

 

<そう…かもしれませんわね。あの時見たシャトヤーン様の姿が、何を意味するのかは判りませんが>

 

検証する気にはなれなかった。万が一呪いが発動してしまい、誰かがその被害を被るなど、考えることすら遠慮したかった。

 

<転生のことは、引き続き秘匿しよう。解呪の方法だって、可能性の話でしかないし>

 

<…ヴァニラさんも、呪いが解けるかもしれませんわよ? >

 

<巻き込まれたら、私も試してみるよ。でも…自分から進んであの状況を作り出したいとは思わないかな>

 

ヴァニラは苦笑しつつそう言った。

 

「…あ」

 

「流れ星、ですわね」

 

ヴァニラがそっと目を閉じて祈るような素振りを見せた。俺もその隣でもう一度、残った4つのジュエルシードの回収が上手く行くように、そしてみんなが笑顔でいられるようにと、そっと祈った。

 




第3部もそろそろ最終話に向けて収束させないといけませんね。。

ちなみに第4部は、最終回以外のプロットがまだできていません。。
いろいろと書いてみたいお話はあるのですが。。みんながブラマンシュの温泉で遊んだり、フェイトが伝説のカレーを探してインドに行ったり、とか。。(笑)

どこまで実現できるかわかりませんが、第3部とは打って変わって暢気なグダグダストーリーを展開したいと思っています。。

引き続きよろしくお願いします。。


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第22話 「爆発」

「全く…厄介な魔法だよ」

 

取り調べを中断して移動した先のブリーフィングルームで、クロノさんが頭を抱えていた。その原因は前日に捕縛した5人の男達である。彼等は捕縛されているにも関わらず敵対的な行動を示し続けたため、仕方なく拘束衣を着用させている。ただ長時間の拘束衣着用はクラッシュ症候群を引き起こす可能性もあるので、実際に着用するのは取り調べの時のみだけれど。

 

私はシャマルさんと一緒に、男達が拘束衣の脱着を行う時と取り調べをしている間は立ち会って欲しいとの依頼を受けた。当初の目的としては万が一男達が着替えの途中で暴れ出して武装隊の人達が怪我をした場合や、拘束衣によるクラッシュ症候群が発生した場合などに速やかに対処できるようにするためだったらしいのだが、それ以前に男達との意思疎通が出来ない状態ということで、彼らの医療スキャンまで請け負うことになった。

 

「ハーベスターのスキャン結果では5人ともアルファ波が徐波化していて、デルタ波が検出されています。これは意識が覚醒している成人男性の場合、明らかに異常な状態です」

 

「クラールヴィントも同じような検出結果を示しているわね。これはどちらかというと統合失調症などの患者に見られる症状なんだけど…彼らの状態は明らかに病気とは異なるし」

 

シャマルさんは言葉を切ると、軽く溜息を吐いた。私が言葉を継ぐ。

 

「…もしかしたら、酩酊状態や譫妄状態になっていると言った方が近いかもしれませんね」

 

「そうね。ただ原因は明らかにあの時に起きた魔力量の異常な増加なのだから、通常の医学知識で推論を述べることにあまり意味は無いと思うわ」

 

「…結局、ミントがあの女から情報を引き出せなければ進捗も無いということか…」

 

明らかに統合失調症や譫妄と断定出来るならハロペリドール等の抗精神病薬を投与するのも良いのだろうが、今回の場合は原因がルル・ガーデンという女性が行使したと思われる魔法がトリガーになっている。下手に投薬治療を行うよりも、確かに元になる術式を調査した方が確実だろう。

 

「そう言えばヴァニラ、彼等と以前戦った時に、同じような状況に陥ったと言っていたな」

 

クロノさんは顔を上げると、私にそう聞いてきた。工場プラントで彼等と対峙した時、確かに急激に魔力量が増加していた筈だ。

 

「はい。ただあの時は恐らく術式は完成していませんでした。途中でクロノさんやフェイトさんが妨害したことで彼等も逃走しましたし」

 

「術式が完成してしまえば、元に戻せるかどうかも判らない、か…」

 

ミントさんがルル・ガーデンから戦闘中に引き出したという情報では、魔力量が上がり切ると心が壊れる魔法なのだという。だとしたら矢張り抜本治療には術式の調査は欠かせない。どのように心が壊れたのかが判らなければ、治療のしようもないからだ。

 

「現実に彼らの魔力量はSランク程度のままです。前回どの程度のスパンで回復したのかは判りませんが、場合によってはこのまま回復しないことも考慮しておいた方が良いかもしれませんね」

 

「そうだな…詳細はミントの報告次第で変わってくる可能性もあるが」

 

「あ、それから、彼らの脳波がお互いに共鳴しているような部分が見受けられます。魔法の発動を封じる腕輪をしているから念話とは違うと思うのですが…」

 

一応検査の際に気になったことも伝えておいた。

 

「下手に意思疎通ができていたりすると厄介だな。念話はないと思うが、一応収監場所は別にしておこう」

 

「そう言えば、人工リンカーコアだったかしら? あれについての資料もあったら見せて欲しいんだけれど」

 

シャマルさんの言葉を聞いて、クロノさんが少し顔を顰めた。

 

「それは今回の事象に関わる調査の一環、という認識でいいのか? 」

 

「勿論よ。スキャン結果では疑似的に生成されたリンカーコアのようなものが確認は出来ているけれど、やっぱり違和感はあるしね」

 

実際、ハーベスターのスキャンでも違和感は拭えなかった。通常リンカーコアには決まった形がある訳でもなく、個人の体内に大気中の魔力素を抽出して魔力に変換し、放出するために存在する器官だ。これが男達の身体に埋め込まれたものは全て同じ、宝石のような形状をしていた。

 

「明らかに人工的に作られたものだし、例の魔力増幅魔法にも関係している可能性があります。摘出の可否についても人体への影響が判らない以上、まずは資料があれば拝見したいな、と」

 

シャマルさんの言葉を継いで、私も説明する。

 

「…判った。閲覧許可は艦長に言えばすぐに取れるだろうし、後で写しを届けさせよう」

 

「ありがとうございます」

 

「後は取り調べについてだが…このまま再開しても実は無いだろうし、今日のところはこれで切り上げようか。2人共、ご苦労だったな」

 

クロノさんが疲れたような声でそう言った時、シャマルさんが何やら呟いた。

 

「静かなる風よ、癒しの恵みを運んで」

 

それと同時に青磁色の魔力光がクロノさんと私を包む。回復系の魔法のようだったが、驚くべきはその効果の高さだった。シャマルさんが生成した魔法陣はベルカ式のもので一見では詳細が判らなかったのだが、明らかに体力と魔力を同時に、しかも瞬時に回復させており、またクロノさんと私を同時に対象としたところから対象が単体ではなく範囲である可能性が高い。

 

「…あぁ、ありがとう。大分楽になったよ。じゃぁ今日はこれで解散にしよう」

 

クロノさんがそう言い、私達はブリーフィングルームを後にした。一度男達の様子を確認した後でリンディ提督に報告に行くというクロノさんと別れ、私はシャマルさんと一緒にはやてさん達が待っている食堂に向かった。ちなみに今日は月曜日。なのはさんやアリシアちゃんは学校に行っているのだが、私はアースラでのお手伝いを優先させることになったので、学校は暫くお休みすることになった。

 

「あの…シャマルさん、さっきの魔法なのですが」

 

「あぁ、最後に使った回復魔法ね。『静かなる癒し』っていうのよ」

 

道すがら話を聞くと、思った通り体力と魔力を同時に回復させ、更に負傷や騎士甲冑…バリアジャケットの欠損がある場合はそれすらも修復してくれる術式らしい。それだけの効果を瞬時に、しかも指定範囲内の対象全てに対して行使できる魔法というのは、今までに聞いたことが無かった。しかもこれだけの効果を重ねても、魔法ランクはAA程度なのだとか。

 

「これは昔から私達が使っていたベルカの術式なの。たぶん…今ではもう失伝扱いなんだと思うわ」

 

「そう言えば、ミントさんやフェイトさんもそんなことを言っていました。古代ベルカの術式は殆どが失伝していて、現代に伝わるベルカ式魔法はミッド式の傍流として再現したものに過ぎないって」

 

「…元々ベルカ式魔法は対人戦の近接攻撃に特化したものが多かったのよ。そう言う意味でも、汎用性が高いミッド式魔法に淘汰されちゃったのね、きっと」

 

シャマルさんは少しだけ寂しそうにそう言った。

 

「そうそう、さっきの『静かなる癒し』ね。ミッド式魔法へのコンバートが出来るかどうか判らないけれど、ヴァニラちゃんにも術式、プレゼントしておくわ」

 

「良いんですか!? ありがとうございます! 」

 

シャマルさんのデバイス、クラールヴィントからハーベスターにデータが転送される。

 

「はやてちゃんのことで色々とお世話になっているお礼と、同じく癒しと補助を本領とする騎士の誼ってとこかしら。古代、なんて言い方をすると少し違和感があるけれど」

 

確かにベルカ式魔法を古代や近代と称するのは今の時代の人達なのであって、気が遠くなるほど昔からベルカ式魔法を使い続けている守護騎士達からすれば、自分達の魔法が「古代」と分類されるのは不思議な気分なのかもしれない。そんなことを考えているうちにデータ転送が完了した旨、ハーベスターから通知された。

 

「本当にありがとうございます。ミッド式へのコンバートも試してみますね」

 

「まぁ治療や回復限定とはいえ、SSSオーバーのヴァニラちゃんなら無理してコンバートしなくてもベルカの術式のままで発動出来るかもしれないけれど…何にしても頑張ってね」

 

優しく微笑むシャマルさんにもう一度お礼を言うと、私達は改めて食堂に向かった。

 

 

 

食堂に入るとすぐにテーブルで談笑しているはやてさんとヴィータさん、ザフィーラさんを見つけた。

 

「あ、ヴァニラちゃんにシャマル。お仕事の方はもうええん? 」

 

「はい。たぶん今日はもう召集は無いと思いますよ。ところでシグナムの姿が見えないようですが…」

 

「シグナムやったら、さっきまたフェイトちゃんと一緒にトレーニングルームに行ってしもた。あの2人もようやるなぁ」

 

はやてさんとシャマルさんが話をしているのを隣で聞きながら、私は何となくさっきまでのやり取りを思い返していた。今まではあまりシャマルさんとじっくり話をしたことは無かったけれど、お互い医療系の知識があって治癒や補助の魔法を扱う術者同士、今後も医療系のことで色々とお世話になるだろうし、接点も増えてくるだろう。仲良くできたらいいな、と思う。

 

ふと時計を見ると、14時を回っていた。そう言えばお昼ご飯がまだだったことを思い出して、食堂のメニューを確認すると、まだ軽食のセットとデザート類が残っているようだった。

 

「少し遅くなってしまいましたが、お昼代わりに軽食セットを貰ってきます。シャマル先生も如何ですか? 」

 

「え…先生? 」

 

さっきまで医療系のことで今後お世話になると考えていた所為か、「先生」という敬称が思わず口をついて出てしまった。言われた当人はきょとんとしている。

 

「…あ、ごめんなさい。つい、お医者さんのイメージで呼んでしまいました」

 

「ああ…うん、確かに言われてみれば先生ちゅうのも、ありかもしれへんなぁ」

 

「もう、はやてちゃんまで。でも先生って呼ばれるのもちょっと良いかも。将来的にはそっちのポジションも狙ってみようかしら」

 

シャマルさんはそう言って微笑むと、席を立った。

 

「ありがとう、ヴァニラちゃん。折角だから一緒に頂きましょう」

 

「おー、仲良しさんやな。仲良しなんはええことや」

 

嬉しそうに言うはやてさんに笑顔を返すと、カウンターで軽食セットを頂いた。

 

「あら、ヴァニラさん達も今からお昼ですの? 」

 

席に戻ろうとしたところで、丁度食堂に入ってきたミントさんから声をかけられた。

 

「ミントさん、お疲れさま。うん、さっき戻ったところ。取り調べの調子はどう? 」

 

「どうもこうもありませんわ…ずっと黙秘ですわよ。挙句の果てには、わたくしの顔はもう見飽きた、ですって」

 

いつになく不機嫌そうな口調に少し驚いたが、ミントさんはすぐに笑顔になった。

 

「わたくしも何か頂いてきますわね。ご一緒させて下さいませ」

 

「うん。じゃぁ先に席に行ってるね」

 

シャマルさんと一緒に席に戻って暫くすると、ミントさんもやってきた。その手に持っていたのは毒々しい色をしたゼリーだった。

 

「ミントちゃん…そんなんよう食べるなぁ」

 

「あたしもアイスとかなら良く食うけど、さすがにそれはちょっと…」

 

はやてさんもヴィータさんも結構引いている様子だった。

 

「今日は無性に甘いものが頂きたい気分だったのですわ。ザフィーラさんは如何です? 」

 

「…遠慮しておこう」

 

普段のミントさんが結構食事に拘りを持っている感じだったため、まるで駄菓子のようなものを食べる姿にギャップを感じていたのだが、後でミントさん本人に聞いたところ実は「ギャラクシーエンジェルのミント・ブラマンシュ」は駄菓子が大好きだったのだとか。

 

「一応言っておきますが、アースラの食堂では人工甘味料や人工着色料の類は一切使っておりませんのよ。このゼリーだってこんな見た目ではありますが、天然蒟蒻精粉と果汁100%のジュースが原料です。甘さも控えめで結構美味しいのですわ」

 

ミントさんはそう言いながらスプーンを口に運び、蕩けるような笑顔を見せた。

 

 

 

=====

 

食堂でヴァニラ達と別れた後、気分転換も兼ねて艦内を散歩していると、トレーニングルームで模擬戦をしているフェイトとシグナムを見かけた。お互いに近接戦闘を得意とするものの、中長距離での対応も出来るオールラウンダーだ。

 

折角だから2人の模擬戦を見学しようと、トレーニングルームの入り口から中を覗き込んだ。どうやら近接攻撃では技術面やパワーで上回るシグナムの方が有利で、中距離からの射撃戦では手数の多さからフェイトが有利な様子だった。とは言えその差はとてもわずかなもので、概ね互角と言っても差し支えない。

 

暫くすると模擬戦終了のブザーが鳴り、2人がトレーニングルームから出てきた。

 

「フェイトさん、シグナムさん、お疲れさま。お2人共いい感じでしたわよ」

 

「ありがとう、ミント。途中から見てるのは気付いてたんだけど、気を抜いたら負けちゃいそうだったから」

 

フェイトが苦笑しながら、俺が差し出したタオルを受け取った。片手をあげて挨拶してくるシグナムにも同じようにタオルを手渡す。

 

「ブラマンシュは例の女の聴取だったな。もう終わったのか? 」

 

「今は休憩中ですわ。と言っても黙秘ばかりで碌に進んでおりませんが」

 

「大変だね…何か手伝えることがあれば良いんだけど」

 

フェイトもそう言ってくれるが、さすがに呪いが解けたことを実証出来ていない状態でフェイトを聴取につき合わせる訳にもいかない。

 

「ありがとうございます。お気持ちだけ、受け取っておきますわ」

 

「我らに出来ることなどそんなには無いだろうが、気晴らしの模擬戦ならいつでも付き合うぞ。身体を動かしたくなったら声をかけてくれ」

 

「そうだね。その時は私も参加させて貰えると嬉しいな」

 

シグナムとフェイトはきっと自分達が模擬戦をしたいのだろうなと思いながらも、気遣いには感謝の意を返しておく。ふと時計を見ると15時半を示していた。気は進まないが、もう一度ルルのところに行って聴取をしてみようかと思い、フェイト達に別れを告げる。

 

そのままトレーニングルームを出ようとしたのだが、ふと思い立って振り返ると、俺は2人にこんな質問をしてみた。

 

「フェイトさん、シグナムさん。あの時…ルル・ガーデンの呪いが発動してわたくしと接触した時、客観的にはどのように見えていたのか、教えて頂けませんか? 」

 

「あのトラックのようなものがブラマンシュに突っ込んだ時か? 本当に一瞬のことで、何が起きたのか良く判らなかった、というのが正直な感想だな」

 

「私も同じかな。トラックみたいなものがミントに触れた瞬間に光の粒に変わって、それが今度はルル・ガーデンだっけ? あの女の人にぶつかっていったっていう感じだったよ」

 

2人の回答に対して改めてお礼を言うと、俺は今度こそトレーニングルームを後にした。2人共あの塊を、トラックのようなものとして認識していた。つまり、守護騎士と言えども死の呪いには影響を受ける可能性があるということだ。

 

(デバイスは大丈夫だとは思いますが…念には念を入れておいた方が良いですわね)

 

俺は片手で抱いたトリックマスターを見つめながら、そんなことを考えていた。

 

≪Oh, is there any food particles in my mouth or something? ≫【口元に食べ滓でもついていましたか?】

 

「生臭坊主の駄洒落じゃあるまいし。敢えて塗ったりしない限り、つくことはありませんわよ」

 

≪Am I boiled? How awful! ≫【煮込まれてしまうのでしょうか? 何て恐ろしい! 】

 

トリックマスターの無駄な知識はいつも通りスルーしておいた。

 

 

 

念のためトリックマスターをスリープ状態にしてから、ルルが拘留されている犯罪者用の部屋に入った。例の男達とは違って拘束衣を着せることが困難なこともあり、彼女の聴取はいつも牢屋越しだ。一応魔法の発動を抑制する腕輪が両手に嵌められているので、魔法を唱えることは出来ない筈だ。

 

「…また貴女なの? 本当にもううんざりなんだけど」

 

ルルの愚痴には溜息で返す。

 

「誰彼構わず呪いをばら撒くような人には危険すぎて、他の人を宛がうことなんて出来ませんわよ」

 

「…どうせもう使えなくなっているわ」

 

どうやらルル自身も死の呪いがもう使えなくなっているだろうと考えている様子だった。

 

「そうですわね。わたくしもそう思いますが、残念ながらそれを証明する手段はありません。確証もないのに危険を冒す訳には参りませんわね」

 

「このやり取りも、もう飽きたわ」

 

「今まで散々やりたい放題やられたのでしょう? 自業自得ですわよ。それよりも、いい加減こちらの質問にも答えて頂けませんか? 答えて頂ければわたくしの顔も見ずに済むと思いますわよ」

 

「……」

 

結局昨日も今朝もこんな感じで、本拠地の場所やらメンバー総数などといった重要な情報は何一つ入手出来ていなかった。少し考えた後、俺はブリッジのクロノに通信を入れた。

 

『どうした? ミント』

 

「クロノさん、ここの聴取の状況は把握されていますか? 」

 

『…録画はしている。何があるか判らないから、リアルタイムでは確認していないな』

 

「これから少し、ルル・ガーデンと呪いについてお話しをしようと思います。かなりセンシティブなお話しになると思いますから、少しの間だけ、録画を止めて頂きたいのですが」

 

暫くの沈黙の後、クロノが口を開いた。

 

『記録映像は残しておく必要がある。止めるのは音声だけでも構わないか? 』

 

「十分ですわ。感謝致します」

 

『…今、音声の録音を停止した。取り敢えず10分後にまた連絡をくれ』

 

「了解ですわ」

 

そう言うと、俺はルルに向き直った。

 

「今更、何の話かしら? 」

 

「転生した人間に転生の話をしても、呪いは無効なのですわ」

 

いきなり本題を切り出すことにした。その言葉に、ルルは驚きを隠さなかった。

 

「つまり…あなたも転生者ってこと? 」

 

その問いには敢えて答えない。万が一の事態を想定してのことだ。恐らくルルにかけられた呪いは解呪されているだろう。一度呪いを受けた者が解呪された後で、同じ呪いにかかるかどうかは不明だが、もし俺自身にかけられた呪いがまだ効力を持っている場合、今度は俺がルルに死の呪いを発動してしまう危険性があった。

 

勿論、仮に発動したとしても俺自身を盾にすることで回避は可能だろうが、下手に危険を増やすこともない。何がキーワードなのかは未だに判っていないが、俺はできるだけ呪いが発動しないように言葉を選びながらルルと話をすることにした。

 

「…呪いが効かなかった人間は転生者、と考えてもいいのかしら? 」

 

「その言い方…矢張り他にも呪いにかからなかった人がいるのですわね? 」

 

今度はルルが口をつぐんでしまった。だが先ほどの俺と同じく、この場合も沈黙は肯定と同じ意味を持つ。しかもこの態度からして、ある程度親しい間柄のようだ。

 

「通常、人が死ぬと判っていて呪いの言葉を口にする人は少数ですわ。ですがその呪いが効かないと判っているなら、むしろ自分の境遇を共有したいと思う筈です」

 

「…何が言いたいの? 」

 

「貴女が呪いをかけたのに死ななかった人物…恐らくは転生者ですわね。呪いをかけられて生きているのだから、転生者に対して呪いが無効なことも推測出来ている筈ですわ」

 

「……」

 

「なのに何故、貴女には自分が転生者であることを明かさなかったのでしょうね? 」

 

「……」

 

俺は軽くため息を吐いた。これではまるで俺の方が悪役だな、と思いながらも言葉を続ける。

 

「信用されていなかったのでしょうね。或いは貴女が部下に対してしていたのと同じように使い捨ての駒に…」

 

「うるさい! 黙れ!! 」

 

どうやらこちらの推測は正しかったようだ。だが余計なところで地雷も踏んでしまった。もっとも、ある程度はこうなることも予測はしていたのだが。俺は再びクロノに通信を送った。

 

『…随分と剣呑な雰囲気だな。何があった? 』

 

「少しばかり、心の傷をえぐって差し上げただけですわ」

 

『…ほどほどにしておいてくれよ。今日はもう上がるか? 』

 

「そうですわね…」

 

ちらっとルルの方を見やると、牢の中で完全に項垂れてしまっていた。今日はこれ以上の聴取は難しいだろう。

 

「わたくしはもう帰りますわね。ごきげんよう」

 

「うるさい! うるさい、うるさい!! さっさと出て行けっ! 」

 

俺は軽く肩をすくませると、ルルが拘留されている牢を後にした。

 

 

 

クロノとリンディさんには、恐らく他にも死の呪いを使うことができる人間がテロ組織内にいる可能性があることを伝えておいた。これはこれで大きな収穫ではあったのだが、今日のやり取りでルルの態度は一層頑なになってしまうだろう。

 

(今後の聴取のことを考えると、少し先走りすぎたかも知れませんわね…結局呪いの効果範囲については不明なままですし)

 

夕方になって学校を終えたなのはとアリシアがアースラにやってくることになり、出迎えに行くというプレシアさんとフェイトが部屋を出て行った後、一人でベッドに寝転んだまま、そんなことを考えていた。

 

今日は呪いについて、かなり突っ込んだ話をしたのは確かだ。それにも拘わらず、ルルに対して呪いは発動しなかった。勿論、発動しないように注意しながら話はしていた訳だが、正直呪いが発動してくれていればルルの解呪が完了していたことと、俺の呪いが生きていることの証明になった筈だ。

 

(それが今の段階ではどちらも不明…まぁ、仕方ないことではありますが)

 

取りあえず、今は深く考えても結論は出ないだろう。それなら、とベッドから身体を起こす。今日は八神家一同も、なのは達も揃って食堂で夕食を食べることになっていた。もう少ししたら、再び無限書庫に調査に出ているユーノやリニス達も戻ってくるだろう。一緒に食事をすれば気晴らしにもなるに違いない。

 

(みんなで頂くご飯はおいしいものですからね)

 

そう思って部屋を出ようとした瞬間、大きな振動がアースラを襲った。思わずバランスを崩して倒れそうになる。

 

「! 一体、何が起きましたの? 」

 

≪According to the kind of oscillation, it might be the explosion.≫【振動の様子から、爆発と推測できます】

 

トリックマスターが音声を発すると同時に、艦内にけたたましくアラートが鳴り始めた。ブリッジに行こうと部屋を飛び出したところで、クロノからの通信回線が開いた。

 

『ヴァニラ、シャマル、緊急事態だ。例の男達のうち、1人がいきなり爆発した。原因は不明。看守2名が巻き込まれて重傷。出来れば応援を頼みたい。Cブロック23番地だ。ミント、ルルにも状況を確認してもらう必要があるだろう。一度ブリッジに来てくれ。情報を共有しよう』

 

「すぐに参りますわっ」

 

そのままトリックマスターを小脇に抱え直すと、俺はブリッジに向かって駆け出した。

 




せっかくPCが直ったのに、今度は私自身が体調を崩してしまいました。。
ウイルス性腸炎だそうです。。

お休みしている間に執筆を進めたら、とも思ったのですが、正直甘かったです。。
38度の熱が出て、酷い頭痛と吐き気、倦怠感でPCの前に座っても眩暈で自分が何をやっているのかわからない状態。。
固形物を食べてもすぐに吐いちゃうし、お腹の中のものは下痢で全部流れちゃう感じで、一番ひどい時は呼吸さえおぼつかない状態でした。。

幸い2日ほどで病状も徐々に回復してきましたので、布団の中で横になりつつ、ブラウザゲームで遊びながら、今回の投稿予約までは完了しました。。(笑)

まだ若干頭痛と微熱が続いていますが、峠は越えたと思われます。。

季節がらノロウイルスとかも含めてウイルス性の腸炎が流行っているようですが、結構侮れないことが改めてわかりました。。
みなさんも重々お気を付けくださいませ。。


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第23話 「発動」

その振動がアースラを襲った時、私はシャマルさんと一緒に、丁度届けられた人工リンカーコアの資料を読んでいる最中だった。興味深そうに私達の手元を覗き込んでいたはやてさんがバランスを崩さないよう、シャマルさんが咄嗟に車椅子を支えた。

 

「えっ? 爆発!? 人が!? 」

 

直後に入ったクロノさんからの連絡に、思わず聞き返してしまった。

 

『ああ。はっきり言って相当スプラッタな状態だ。本当なら君のような外部協力者の子供に見せられるような状態じゃないんだが…看守の怪我も酷くて、うちの医療スタッフだけだと手の施しようがないんだ』

 

申し訳なさそうに告げられたクロノさんの言葉に一瞬喉が鳴る。一緒にいたはやてさんやシャマルさんと顔を見合わせた。

 

「何やよう判らんけど、取り敢えずシャマルは行った方がええんとちゃう? 」

 

「え、ええ、そうですね。ヴァニラちゃんは残っても…」

 

「…いえ、大丈夫です。私も行きます。ハーベスター」

 

≪...All right.≫【…了解】

 

シャマルさんが気を遣ってくれるが、人命救助と聞いて黙っている訳にもいかない。はやてさんのことはヴィータさんとザフィーラさんに任せて、私もハーベスターを呼び寄せた。

 

「気いつけてな、2人とも」

 

はやてさん達に見送られながら、私はシャマルさんと一緒に大急ぎで指定されたブロックに向かった。走りながらクロノさんに状況の確認を行う。

 

『本当にすまない。こちらも油断していた。まさかいきなり人間が爆発するなんて思っていなかった』

 

「それよりもまず、状況を教えて貰えるかしら。爆発したのは1人だけなのよね? 」

 

『そうだ。あの質量兵器を使っていた、リーダー格の男だよ』

 

クロノさんの言葉を聞いて、走りながら一瞬だけ目を閉じる。あの銃の男の顔を思い浮かべると、そっと冥福を祈った。幸い収監場所を別々にしておいたおかげで死亡したのは銃の男だけだったらしいのだが、もし他の男達も一緒にいた場合、全員死亡していた可能性もあったらしい。

 

『アースラの内壁も、随分とダメージを受けてしまった。出来ればそちらの修復も手伝って貰いたいところだが…』

 

「了解です。でも今は怪我人が最優先ですね」

 

『そう言うことだ。すまないが、よろしく頼む。何があるか判らないから、念のためバリアジャケットは展開しておいてくれ』

 

DMAT(災害派遣医療チーム)の認識は広まりつつあったし、医学生が災害現場に協力に行くこともあった。私自身はまだ参加したことはなかったけれど、テレビなどで災害が発生した場合に医師が現場に派遣されることがあることは知っていたし、今回のことも似たようなものだと思っていた。

 

そう、現場に着くまでは。知識で知っているのと、実際にその場に立つのは全く異なっていた。アースラの医療スタッフがマスクを貸してくれたけれど、それが何の役にも立たないほどの血と内臓の臭い。思わずこみ上げてくるものを、なんとか飲み込んで抑える。

 

「ヴァニラちゃん、無理はしないでね」

 

「…大丈夫、です」

 

武装隊の人が片付けている、人だったものの欠片を出来るだけ目に入れないように、シャマルさんと一緒に怪我をしたという人の前で跪いた。

 

「これは…酷いわね。傷が深すぎる…」

 

シャマルさんが呟くように言った。艦内でバリアジャケットを解除していたことも、被害が大きくなってしまった原因の一つだろう。「静かなる癒し」ですら、カバーできるレベルを超えているらしい。

 

「…私の術式は応急処置には向いているけれど、ここまで酷いと確かにヴァニラちゃんの『リジェネレーション』レベルじゃないと間に合わないわ」

 

そんなシャマルさんの声が、どこか遠くから聞こえているように思った。私の目の前で苦悶の表情を浮かべている人は、左腕と左足がなかった。更に顔の左側に酷い裂傷が出来ており、粉々に砕けた机の破片や鉄格子の欠片までが身体中に突き刺さっている。恐らく骨折も複数個所、下手をしたら内臓にもダメージが入っている可能性があった。もう1人は両腕こそ残っているものの両下肢が欠損しており、状況は似たようなものだ。

 

考えてみれば、私はここまで酷い怪我をした人を現実に見たことがなかった。前世では本や模型などで机上の勉強はしていたけれど、実際に災害現場に出たわけではないし、実習プログラムは未受講。転生した後は尚更のこと医療関係の本を読んでいただけで、実技など猫だった頃のリニス以外では未経験。魔法戦闘だって基本は非殺傷設定で、こんな状況は想定していなかった。

 

「ヴァニラちゃん!? 」

 

一瞬真っ白になってしまった私の頭に、シャマルさんの声が響いた。はっと我に返った瞬間、目の前で怪我をした男性が血を吐いた。私のバリアジャケットもその血で赤く染まる。肋骨が折れて肺に刺さっている可能性があった。この状態で、しかも患者は複数。通常のリジェネレーションでも追いつかないかもしれない。

 

(集中…しなくちゃっ! )

 

パンっと両手で頬を叩くと、目を閉じて意識を集中させる。

 

「リコルテっ…ハーベスト、デッセ、スーリエ、グエリス、ブレス、レクセプト…っ」

 

呪文を詠唱しながら、通常のリジェネレーションよりも高い効果、広い範囲をイメージすると、私の両手に通常よりも大きな魔法陣が複数展開された。ここに、効果を高めるための新しい術式を書き込んでいくのだ。

 

(シャマルさんの、『静かなる癒し』のような広範囲、高効果の術式を…)

 

私はシャマルさんからもらった「静かなる癒し」を、ベルカ式の術式のまま同時展開した。三角形の魔法陣を徐々に分解し、その場でミッド式魔法にコンバートしながらリジェネレーションの術式に取り込ませていく。それに応じてリジェネレーションの術式が今までのものとは違う、大きく複雑なものに変わっていった。

 

「ハーベスター! 増幅、お願いっ!! 」

 

≪All right. “Repair Wave”invoked.≫【了解。『リペア・ウェーブ』発動】

 

ハーベスターが魔法名を唱えた瞬間、複数の魔法陣が弾けるように広がり、周囲が私の翠に包まれた。それと同時に膨大な魔力が流れ出ていく感覚があった。あまりにも急激な魔力の大量消費に、一瞬コントロールを失いそうになる。

 

(SSSを超える魔力だって、制御できる…筈なんだからっ!)

 

一生懸命意識をつなぎとめていると、不意に身体が楽になったような気がした。気がつくと私の周りに青磁色をした三角形の魔法陣が展開されていて、それが私のサポートをしてくれていた。

 

「シャマルさん…ありがとうございます」

 

「いいのよ。それより制御に集中して」

 

シャマルさんに頷いて返すと、改めて意識を集中させる。

 

(身体に残った異物を除去…骨折箇所をスキャン、修復した上で…骨髄から血管内皮前駆細胞、間葉系幹細胞、造血幹細胞を生成して欠損器官を再生)

 

身体から溢れてくる魔力がより強く、それでいて安定したものになっていく。そして不思議なことに、大量の魔力を注ぎ込んでいるにも関わらず、いつまで経っても魔力が切れる様子はない。

 

「…すごい」

 

誰かの呟きが耳に入ったような気がした。暫くその状態を維持していると、いつの間にか怪我をしていた2人の呼吸も安定していた。欠損していた四肢も問題なく再生している。さすがに衣服はちぎれたままだが、これは仕方ないだろう。

 

「ハーベスター、バイタルチェックお願い」

 

≪The vital sign for both of them are currently normal. They are no more facing a life crisis.≫【両名とも現在のバイタルは正常。重篤な状況は脱しました】

 

ふっと息を吐くと、私は術式を解いた。

 

「ヴァニラちゃん、お疲れさま。この状況なら私一人でも十分対応できるから、少し休んできて。顔が真っ青よ」

 

「…ありがとうございます、シャマルさん。少し、お願いします」

 

私はそう言うとその場を後にし、最寄りのトイレに駆け込んだ。一度集中が途切れてしまうと、最初の部屋の惨状が頭にこびり付いて離れなくなった。

 

「…っ! 」

 

今度は込み上げてくるものを抑えきれず、私は吐いた。2度、3度と吐いているうちに、だんだん頭の中がクリアになってきた。

 

(外科医を目指した時に、こういうことも覚悟していたつもりだったのに…やっぱり実際に体験するのはキツいなぁ…)

 

でも私が医者や治癒術師を目指すのなら、これから先、必ずと言っていいほど出くわす可能性が高いシチュエーションでもある。こうした状況に「慣れる」というとあまり良い表現ではないかもしれないが、状況に飲まれて一杯一杯になってしまい、結果として処置が遅れたりするようなことになったら本末転倒だ。

 

今回は何とか間に合ったけれど、シャマルさんに声をかけて貰えなければもしかしたら取り返しのつかないことになっていた可能性だってあるのだ。

 

「慣れるんじゃない…慣れなくてもいい…でも表には出さずに、治療に影響しないようにしておかないと」

 

呪文を唱える時のようにはっきりと、そして自分に言い聞かせるように確りと呟くと、私は目尻一杯に溜まった涙を拭いて立ち上がった。

 

 

 

トイレから出てくると、そこにはリンディ提督がいた。

 

「ヴァニラさん…さっきは本当にごめんなさい。つらい思いをさせてしまって」

 

「…いえ、そんなことは…」

 

「本来なら私達、時空管理局は貴女達を守ってあげないといけない立場なのに…ままならないものね」

 

リンディ提督は小さく溜息を吐いた後で姿勢を正すと、私に対して頭を下げた。

 

「改めて、ありがとう、ヴァニラさん。貴女のおかげで2名の職員が一命を取り留めたどころか、体力さえ回復すればすぐにでも職場復帰できる状態にまで持ち直したわ。さっきシャマルさんから連絡があったけれど、意識もはっきりしたそうよ」

 

「そう、ですか…よかったです」

 

それを聞いて、私も安堵した。漸く笑みが零れる。それを見てか、リンディ提督も微笑んだ。

 

「朦朧としていながらも、腕や足を失ったことは判っていたみたい。意識がはっきりして、自分たちが五体満足なことを知って随分と混乱したらしいわ」

 

そう言うと、リンディ提督は表情を引き締めた。

 

「ヴァニラさん、さっき行使した治癒魔法…あれは何なの? 」

 

「…『リジェネレーション』に、ベルカ式の回復魔法である『静かなる癒し』を組み込んで増幅させました。範囲内の複数対象に強化した『リジェネレーション』をかけるようなものです」

 

私の説明に合わせて、ハーベスターが新たに登録された魔法をリストから抽出して表示した。

 

「SSSランク魔法、『リペア・ウェーブ』…あらゆる意味で規格外な魔法だわ。ヴァニラさん、助けて貰った手前こんなことを言うのもなんだけど、高レベルの治癒魔法は極力秘匿するようにしてね。これは貴女自身のためでもあるのよ」

 

「…はい」

 

歩き出そうとして、少しふらつく。魔力はともかく、体力は相当に消耗していたようだ。シャマルさんの癒しが術式の間中ずっとカバーしてくれていたことを考えると、本来の消耗度合はこんなものではないのだろう。リンディ提督がそっと肩を抱いて支えてくれた。

 

「大丈夫? 無理はしないでね」

 

「すみません、大丈夫です。ありがとうございます」

 

どうやら私は「SSSを超える魔力を制御できる」のは確かなようだが、まだそれに見合う体力が足りていないようだった。それだけではなく、私はまだ色々と足りていない。メンタルもフィジカルも、もっと鍛える必要があるだろう。そんなことを考えていると、リンディ提督宛の通信回線が開いた。

 

「…なのはさんとアリシアさんが到着して、今は食堂の方にいるそうよ。貴女も少し休んだら? 」

 

「いえ、アースラの内壁を修復しないといけませんし、それに…爆発時の状況も詳しく聞いておかないと」

 

人体がいきなり爆発するなんて、通常では考えられない。彼らは爆発物を所持していた形跡は無かったし、仮に持っていたとしてもアースラスタッフがそれを見逃す筈もない。そうなると爆弾が体内に埋め込まれていたことになるが、それこそ私とシャマルさんの2人でスキャンをしたにも関わらず爆弾らしきものは存在しなかったのだ。だが彼らの身体の中には、明らかに人の手によって埋め込まれたものがある。

 

「…人工リンカーコア、ね」

 

「はい。他に爆発するようなものの心当たりがありません」

 

「確かにそう考えるのが妥当よね…でもそうすると他の男達も危険だわ。早急に摘出手術の安全性を確立しないと」

 

リンディ提督はそう言って、少しの間考えるようにしていた。

 

「ヴァニラさん、内壁の修復はミントさんとフェイトさんが武装隊と一緒に対応してくれるそうです。それよりも今は人工リンカーコアの処理を優先させるべきだわ。本当ならこんなことを言えた義理じゃないのだけれど、お手伝い、お願いできるかしら? 」

 

「はい。勿論です」

 

私は二つ返事で頷いた。

 

 

 

=====

 

クロノからの緊急連絡を受けてブリッジに到着すると、呼び出した張本人は難しそうな表情でモニターを睨んでいた。

 

「あ、ミントちゃん。お疲れさま」

 

エイミィさんがコンソールを叩く手を休めることなく、こちらに挨拶してきた。状況が状況なだけに、いつものような笑顔ではないが、それでも労ってくれる馴染みの声に少し心が落ち着く。こちらも軽く手を振って応えた。

 

「あぁ、ミントか。すまないな、休んでいるところを」

 

「構いませんわ。それよりも、詳しい状況を教えて下さいませ」

 

「丁度シャマルやヴァニラにも通信で説明していたところだ。まずは一緒に聞いていてくれ」

 

聞いてみると、爆発したというのは例の銃の男だったらしい。俺に対して散々悪態をついてくれたものだが、こうなってしまうとむしろ哀れに思えた。問題なのは、実際に爆発が起きた時の詳しい状況を知っている筈の看守が2人、瀕死の重傷を負っていることだった。これでは証言どころではない。

 

だがその時、モニターを翠色の光が覆い尽くした。どうやらヴァニラが何らかの治癒魔法を行使したらしい。やがてその光が収まった時、瀕死の重傷を負っていた筈の局員は傷一つない状態にまで回復していた。

 

「すごい…」

 

「…何て魔法だ…すごいなんてもんじゃない。明らかにミッドチルダの医療事情をひっくり返すようなものだよ、これは…」

 

エイミィさんの呟きにクロノが答える。と、ヴァニラがその場を後にし、お手洗いに向かった。顔色が真っ青で目に涙を浮かべ、口に手を当てているその姿を見た瞬間、胸が締め付けられる思いがした。映像越しに見ていた俺の気分が悪くなったくらいだ。実際にその場にいたヴァニラの心境は如何なものだっただろうか。

 

「…っ! 全く、世の中はこんな筈じゃなかったことばかりだ…あんな少女に負担を強いることになるなんて」

 

クロノが悔しそうにそう言った。

 

「…ヴァニラさんのケアは私がするわ。クロノ執務官、後はお願いね」

 

「…了解しました」

 

リンディさんが席を立つと、ブリッジを後にした。やがて現場のシャマルから、怪我をした局員達の意識が回復したことが伝えられた。報告によると、どうやらヴァニラは彼女自身が術式を持っているSS魔法「リジェネレーション」に、既に失伝扱いになっている古代ベルカの回復魔法を組み込んだ上で増幅させたらしい。

 

「全く…以前なのはさんのことを『感覚で魔法を組める天才』なんて言っていましたが、ヴァニラさんだって似たようなものですわね」

 

思わずそんな呟きが口をついて出た。

 

「え? 何何? わたしがどうかした? 」

 

不意になのはに声をかけられて、初めてなのは達がブリッジに到着していたことに気付いた。アリシアとフェイト、プレシアさんも一緒だ。

 

「みなさん、もう到着されていたのですか。先程の爆発について、もうお聞きになりましたか? 」

 

「うん。少しだけ聞いたよ。ヴァニラちゃんが怪我した人の治療をしたんだよね? 」

 

「その時に使った魔法が、とんでもないものだったのですわ。どうやらミッド式の回復魔法とベルカ式の回復魔法を即興で組み合わせたようなのですが…」

 

「ミント、それホント? っていうか、そんなこと学院の先生でもきっと無理だよ。ヴァニラって天才だったのかな」

 

俺の説明にフェイトが感嘆の言葉を漏らすが、アリシアはそれに対して異論があるようだった。

 

「私もちょっと前まではそう思ってたんだけど、今は判るよ。ヴァニラちゃんはね、天才っていうよりは努力の人かな。たぶん組み合わせた魔法っていうのも、ちゃんと術式の特性を理解した上で、論理的に組んでいると思う。本当の天才っていうのは、なのはちゃんみたいに感覚で飛行魔法や砲撃魔法を構築出来ちゃうような人だよ」

 

「にゃっ!? わたし!? そんなことないよ~」

 

「そんなことあるんだって。尤もヴァニラちゃんだって複雑な術式を即座に理解して臨機応変に組み替えるんだから、他の人から見たら天才的なんだけどね」

 

そう言うとアリシアはコロコロと笑った。

 

 

 

なのは達とも改めて情報を共有した。彼女達は丁度アースラに到着した直後に爆発の振動を感じたらしい。最初は訳が判らず、クロノに連絡しても忙しそうで「すまないが後にしてくれ」と言われ、取り敢えずブリッジで情報収集をしようと思ったらしい。

 

「わたし達が到着した後、すぐにポートが封鎖されちゃったんだよ。何だか緊急事態だって」

 

「あらあら…でしたらユーノさんやリニスさん達は、本局側で足止め状態ですわね。ご愁傷様」

 

『大丈夫だよ、通信は出来ているから。でもみんな無事そうで良かったよ』

 

いつの間にかユーノとも通信が繋がっていた。クロノが状況を説明していたようだ。

 

『取り敢えず、封鎖解除にはまだ少し時間がかかりそうだから、僕達ももう少し作業を続けるよ。残念だけど食事会はまた今度だね』

 

「了解ですわ」

 

はやてはシャマル以外の守護騎士達と一緒に食堂にいるとのことだったので、なのはとアリシアもそちらに向かうことになった。

 

「ミントはどうするの? 」

 

「ルルの聴取…と言いたいところですが、今日はちょっと追及しすぎた感がありますし。聴取は明日の午前中にして、今日はアースラの内壁修理のお手伝いでも致しますわ。いくら修復とはいえ、今のヴァニラさんにはきっとあまり余裕が無いでしょうから」

 

「そうか…そう言えばルル・ガーデンは今日、君が随分と苛めていたんだったな。精神的に」

 

フェイトの問いに答えると、クロノが茶々を入れてきたので軽く睨んでおいた。

 

「あ、じゃぁ私も内壁の修理に付き合うよ」

 

「そうして貰えると助かる。すまないな、2人共」

 

「なら私はヴァニラちゃんのサポートに回るわ。きっと人工リンカーコア摘出手術の話にもなるだろうし」

 

プレシアさんがそう言うと、一瞬怪訝な表情を浮かべたクロノだったが、すぐに納得したようでリンディさんに通信を送った。

 

「どうやらヴァニラもプレシア女史と同じ見解のようですね。言われてみれば確かに爆発するようなものは人工リンカーコア以外に存在しないか」

 

通信を終えたクロノがプレシアさんにそう言った。

 

「そう言うこと。生憎と私には医療知識は無いけれど、研究者としては協力出来る筈だしね」

 

「了解です。他のみんなも一時解散にしよう。追加情報があれば通信を入れる」

 

クロノが解散を宣言した。俺はなのはやアリシア達に別れを告げると、フェイトと一緒に現場に向かった。

 

「…ちょっと、臭うね」

 

「まだ消毒消臭処置は完了していないようですわね。仕方ありませんわ」

 

武装隊の人達が掃除してくれたらしく血の跡などは無くなっていたが、まだ辺りには異臭が漂っていた。

 

「お嬢ちゃん達、何か用か? このブロックに入るなら、マスクはつけておいた方がいいぞ」

 

武装隊の人がそう言ってマスクを手渡してくれた。

 

「ありがとうございます。内壁がダメージを受けたとのことで、修復のお手伝いに来たのですわ。どちらに行けばよろしいでしょう? 」

 

「あぁ、助かる。右奥の通路側が一番酷いんだ。そっちに回ってくれるか」

 

「了解ですわ」

 

フェイトと頷き合うと、指示された場所に向かう。そこでは既に何人かが作業を始めていた。どうやら壁の中の電気系統などにも不具合が生じていたようで、そちらの修理を優先させているらしい。手伝いに来たことを伝えると、壁面に魔力を流し込む作業を依頼された。

 

「要はトレーニングルームの修理と同じだ。2人共割とよく壊しているから、慣れているだろう? 」

 

「失礼ですわね。そんなに頻繁には壊していませんわよ」

 

軽口がその場の重い空気を少しだけ払拭してくれる。改めて見ると内壁はかなり酷く抉れていて、爆発の大きさを物語っていた。被害状況からすると、1時間程度では終わらなさそうだ。休憩を挟めば2時間はかかるかもしれない。

 

「…取り敢えず、始めよう。見ているだけじゃ、いつまで経っても終わらないよ」

 

「ええ、そうですわね」

 

俺達は並んで壁に両手をかざすと、魔力を流し込み始めた。

 

 

 

結局作業には丸々2時間を要してしまい、夕食はその後ということになった。

 

「もしかして、わたしもお手伝いすればよかったのかな? ごめんね、ミントちゃん、フェイトちゃん」

 

食堂ではやて達と一緒に待っていたなのはがそう言ってきた。夕食はみんな既に済ませていたようだ。俺は夕食が乗せられたプレートをテーブルに置くと、なのはの言葉に答えた。

 

「ですが、手伝って頂くとなのはさん達もこの時間から夕食ということになってしまいますわ。明日も学校でしょうし、今夜は海鳴に戻られるのでしょう? あまり遅くなると士郎さん達に心配をかけてしまいますわよ」

 

「うーん、それが実はまだ転送ポートが封鎖状態なんだよねぇ…」

 

アリシアが頬杖をつきながら、呟くように言った。どうやら帰るに帰れない状態だったようだ。

 

「あ、でもさっき電気系統は全部復旧したみたいだから、後は魔力駆動炉の接続だけだよね。それならそんなにしないうちに復旧するんじゃないかな」

 

フェイトも夕食のプレートを同じようにテーブルに置いて、そう言った直後に、艦内アナウンスで転送ポートの復旧が告げられた。

 

「良かったぁ。さすがにアースラに泊まって、朝家に寄ってから着替えて学校、っていうのは避けたかったし」

 

「でも、本当ならヴァニラちゃんにも挨拶しておきたかったんだけど…」

 

そう言えば、さっきからヴァニラの姿を見ていなかった。どうやら食事も取らずに人工リンカーコアの調査に当たっているらしい。

 

「っていうか、食欲が無いんだって。状況が状況だから、無理に勧めない方が良いかなって思って」

 

俺たちが見た映像はある程度処理されていたが、言われてみればヴァニラはあの惨状を直に見ているのだ。逆に食欲がないのも当然かもしれない。

 

「せやな。ヴァニラちゃん、今日はずっとシャマルと一緒におる筈や。伝言あるなら預かっとくけど? 」

 

「ありがとう。じゃぁ、お願いしようかな」

 

はやてにいくつか伝言を預けると、なのはとアリシアは海鳴に帰ることになった。ちなみに海鳴に借りることになった一軒家は契約こそ締結したものの、最終的に入居できるのは月末になるとのことだった。それまでの間、アリシアは高町家から学校に通っているのだ。

 

「アリサさんやすずかさんにもよろしくお伝え下さいませ」

 

「うん。明日また放課後に来るね」

 

なのはとアリシアを見送ると、俺とフェイトは遅めの夕食を頂いた。

 

 

 

翌日の朝、恒例になった棒術の型と武装隊との訓練をこなした後でシャワーを浴びることにした。ロッカールームで服を脱ぎ、シャワールームに入ると、何とヴァニラが裸で倒れていた。

 

「!? ヴァニラさん!? どうされたのです!? 」

 

慌てて駆け寄り抱き起こすと、僅かに膨らみかけた胸が規則正しく上下していることに気が付いた。これは明らかに睡眠状態だった。シャワーを浴びてからそんなに時間は経っていないようで、肌はまだ温かく上気している。胸元にかけられた翠色のペンジュラムがキラリと光った。

 

≪You came here on just right time. Could you kindly help me and my master, please? ≫【丁度良いところにいらっしゃいました。出来れば私とマスターを助けて頂きたいのですが】

 

「あー、つまりこれは…」

 

≪My master was up all night, and half asleep when she came here.≫【実はマスターは徹夜をした後、寝惚けたままここに来まして】

 

ホッと安堵の息を吐くと、俺は少し強めにヴァニラのことを揺らして声をかけた。

 

「ヴァニラさん、起きて下さいまし。濡れた身体のままこんなところで寝ていると風邪を引きますわよ! 」

 

すると、ヴァニラは薄く目を開けた。

 

「…ぁ、ミントさん…大丈夫、ちゃんと、報告するから、あと10分…」

 

「ダメです! ご自分の恰好を自覚して下さいませ! ハーベスターさん、彼女はどのロッカーを使っていますの? 」

 

≪She is using No.5. The key is on her right wrist.≫【5番です。鍵は右手首に】

 

このまま身体強化をかけて、ロッカールームまでヴァニラを担いでいこうかとも思ったのだが、その時改めて俺の身体が汗でべとべとであることを思い出した。この状態で既にシャワーを浴びた後のヴァニラを担ぐのは抵抗がある。かといって俺がシャワーを浴びている間、ここに放置しておくわけにもいかない。

 

「…仕方ありませんわね。あまり褒められた方法ではありませんが」

 

俺はスーッと大きく息を吸い込んだ。

 

「あーっ!! ヴァニラさんの肩に毛虫が!! 」

 

「ひゃぁぁぅっ!? 」

 

慌てて飛び起きたヴァニラに微笑みかける。

 

「おはようございます、ヴァニラさん。お疲れのようですが、寝るならちゃんとベッドにお入り下さいませ。こんなところで倒れられては…」

 

笑顔のまま、睨みつけた。

 

「心臓が止まるかと思いましたわ! あまり心配をかけさせないで下さいませ! 」

 

「あぅ…うん、ゴメン。あ、と、ありがとう…」

 

そそくさとロッカールームに向かうヴァニラを見て、溜息を吐くのと同時に少し安堵した。起き抜けだったとはいえ、今見た限りでは昨日のことを引き摺っているようには見えなかったからだ。恐らく徹夜というのも、例の人工リンカーコアの調査をしていたのだろう。

 

「プレシアさんも一緒だったのなら、注意して下されば良いですのに」

 

≪It might be difficult. The sight of a scholar is basically limited while she is concentrating.≫【難しいでしょう。研究者が集中している時の視野とは概して狭いものです】

 

その場にいたトリックマスターをジト目で見る。俺はトリックマスターを施錠したロッカーの中にしまっておいた筈なのだが。しかもご丁寧に、さっき脱いだ俺のパンツを頭にかぶっている。

 

「貴女もブレませんわね…」

 

≪Thanks for your praise for my honesty.≫【お褒めに預かり光栄です】

 

「褒めていませんわよっ! 」

 

俺はシャワールーム入り口のドアを開けると、トリックマスターを蹴り出した。

 




ヴァニラパートでちょっとシリアスっぽいお話を書いていたら、なんだか無性にヴァニラのボケも書いてみたくなり、ミントパートはギャグオチにしました。。

本当は今回ミントパートには別のお話を入れるつもりでいたのですが、病み上がりのリハビリのつもりで思いつくままに書いてみました。。

入浴シーンにトリックマスターが登場して、ミントに蹴り出されるのが、だんだんデフォになりつつあります。。


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第24話 「施術」

シャワーを浴びた後は朝食を取り、その後ブリーフィングルームでミーティングを行うことになっていた。ちなみにあの後ヴァニラはアースラに用意された部屋でちゃんとベッドに入って眠ったらしい。幸い風邪を引くことも無かったようなのだが、結局ミーティングは欠席していた。

 

「それが…あんまり気持ち良さそうな顔で寝ているものだから、起こすのが忍びなくて…」

 

「彼女は頑張り過ぎだ。休めるものならゆっくり休ませてやりたい。むしろ起こさないでやってくれ」

 

シャマルが申し訳なさそうに言うと、クロノが苦笑しながらそう答えた。

 

「ただね…まだ8歳の子供に徹夜させるなんて…その点についてはちゃんと反省して貰いたいものね」

 

「「大変申し訳ございませんでした」」

 

リンディさんの指摘に、プレシアさんとシャマルが同時に謝罪した。所謂、最敬礼というやつだ。それを見てリンディさんも深く溜息を吐く。

 

「とはいえ、私達もヴァニラさんに負担を強いたという点では同罪だわ。民間協力者であるということを抜きにしても、お仕事を任せ過ぎよね…彼女だけ、学校も休ませてしまっているし」

 

「でも艦長、ヴァニラちゃんの『リペア・ウェーブ』が無かったら、あの怪我をした2人だってただでは済まなかったと思いますよ」

 

「そこも問題なのよ、エイミィ。こんなことが何度もあると、とても誤魔化しきれなくなるわ。いくら記録データを抹消したとしても、ね」

 

確かに爆発の規模や看守の配置が明らかな時点で、彼等が無傷なことを訝しむ人だって出てくるだろう。仮に今回の一件を偶々ということにしても、納得しない人がいなくなる訳ではない。かといって、折角治った腕や足を切り落とすなどという暴挙に出られる筈もない。

 

「やっぱり早いタイミングで後ろ盾をしっかりさせておいた方が良いですよね」

 

「それについてはグレアム提督も動いてくれているから、意外と早くに何とかなりそうよ。滞在先の記録さえ上手く調整出来れば、留学という言い訳も使えるし」

 

「艦長、そう言う話は別途本人を交えてちゃんと進めて下さい。それよりもこのミーティングは人工リンカーコアの摘出手術と危険性について報告を受ける場だと思ったのですが。エイミィも少し自重してくれ」

 

クロノが呆れたように言うと、リンディさんもエイミィさんもハッとしたように居住まいを正した。

 

「ごめんなさい、そうだったわね。じゃぁ改めて説明をお願いするわ」

 

プレシアさんが頷くと、資料を提示した。

 

「こっちが以前、テロリストの拠点から押収した資料…で、こっちがそれを基に調べた拒絶反応のデータよ。勿論一部だけだから完全とは言えないけれど、これをハーベスターとクラールヴィントのスキャンデータと組み合わせて算出したのが…これ」

 

プレシアさんが新たに示したウインドウには、複雑な式や想定される現象などがびっしりと書き込まれていた。正直に言うと、俺が見ても半分も理解できない。辛うじて理解できたのは「人工リンカーコア」という名前が便宜上呼ばれているだけで本来の名称ではないことと、元々存在する何らかのオリジナルを模倣して作成されたもののようであるということくらいだった。

 

「…このオリジナルというのは、矢張りロストロギア、ですわよね…? 」

 

「…どう考えてもそうだろう。そして恐らくルル・ガーデンに使用されているものが、そのオリジナルなんだろうな」

 

「このオリジナルというものも、どうやら複数存在するようなのよ。彼等も劣化コピーを作って実験しているくらいだから、恐らく本当の用途については調査中なんでしょうけれど、少なくとも人造魔導師を生成することが出来ることだけは確かだわ」

 

プレシアさんはそこで一旦言葉を切ると、フッと息を吐いた。

 

「厄介なのは例の爆発ね。スキャン結果を詳細分析したんだけど、どうもオリジナルのロストロギアがそもそも超高エネルギー結晶体のようで、外部から大きな魔力を与えると爆発する性質があるらしいの。で、劣化コピーの方はその性質を利用して、遠隔で爆破できるようなシステムを構築していたみたい」

 

つまり今回の件は、ただ爆発したという訳ではなくテロリストの元締めが証拠隠滅のような形で存在を抹消しようとしたということか。

 

「…ですが、それだとおかしい点もありますわ。何故、1人だけ爆発して残りが無事なのでしょう? 」

 

「ミントちゃんの疑問はもっともね。これはあくまでも想像の域を出ないんだけれど、爆発したのはリーダー格の男だったのでしょう? 本来ならリーダーが爆発した時点で他の男達も誘爆するようになっていたんじゃないかしら。ただ、そのシステムが何らかの理由で上手く働かなかった…」

 

その時、クロノがパンっと手を叩いた。

 

「そうか! そう言えばあの時、ヴァニラが妙な脳波を検出したと言っていた。最初は念話のようなものを警戒して通信遮断の魔法をかけた個室に別々に拘留していたんだ」

 

「あ、そのデータならクラールヴィントにも残っているわ。すぐに確認するわね」

 

シャマルが指にはめたリングからデータを取り出し、チェックをしていく。いくつかプロテクトのようなものの解除もしている様子だった。横から覗き込んでいたプレシアさんも目でデータを追うと、満足そうに頷いた。

 

「間違いないわ。巧妙に偽装されていたから見落としていたけれど、明らかに誘爆を指示するシグナルね」

 

「当初の認識こそ間違っていたが、結果的に正しい対応をしていたということか」

 

「恐らく起爆システムは個別にも作動出来るようになっている筈だけど…今彼等が爆発していないのは、その通信遮断魔法のおかげね。看守の話だと、例の男が爆発した時は丁度夕食の配膳で防壁を一時的に解除したところだったというし」

 

他の男達の個室にもそれぞれ同じ魔法がかけられているため、1つずつ解除する分には問題ない認識だったのだろう。勿論そのおかげで被害は最小限で済んだわけだが。

 

「概要については了解しました。じゃぁ次に摘出手術の可能性と危険性について、判ったことを報告して貰えるかしら」

 

リンディさんが促すと、プレシアさんもシャマルも明らかに表情が翳った。

 

「…まさか、手術する方法がない、なんてことはありませんわよね? 」

 

「ううん、一応手術自体は可能なのよ…ただかなり繊細な施術が必要だから、それなりの設備が整った施設が必要なのよね…」

 

「アースラの医務室レベルでは無理、ということですわね…」

 

その場にいた全員がうーん、と考え込んだ。ミッドチルダの、例えばクラナガン総合病院などに移送して手術を受けさせるなら、一度通信遮断魔法がかけられた個室から出さなければならない。アースラ内での移動だけならそれでもケージのようなものを使用して移送可能かもしれないが、さすがに転送ポートを使用する時点でアウト。下手をしたら本局に転移した途端に爆発するという、洒落にならない状況に陥ってしまうだろう。

 

「…1つだけ、あまりお勧めじゃない、っていうか、やりたくない方法でなら施術可能なんだけど」

 

「奇遇ね。私もたぶん今、全く同じことを考えたわ」

 

プレシアさんとリンディさんが苦笑を浮かべつつ、そう言った。まぁ言われなくても、俺でも判る。その方法とはヴァニラに手伝って貰うという選択肢だろう。

 

人工リンカーコアを摘出すると言うが、ただ開胸して取り出せば終わりという訳ではない。大気中から抽出した魔力を体内に循環させるため、血管や神経なども組み込まれる形になっているのだ。それらを全て、元の状態に縫合し直さないとならない。それにも増して人工リンカーコアは心臓のすぐ下、下行大動脈の横に寄り添うように存在するらしいのだ。ほんの少しのミスで致命的な状態に陥ってしまう。

 

それがヴァニラに「リジェネレーション」を唱えて貰うだけで、手術のリスクを大幅に軽減できる。碌に医療知識を持たない俺が思いつくのだから、シャマルやプレシアさんが検討しない訳はない。だが負担を強いることを避けるにしても、回避策が無いなら結局その意味がなくなってしまうのも事実だ。

 

「…ヴァニラさんに無理をさせたくないという気持ちも判りますが、だからと言ってこのまま放置していても結果は変わりませんわ。彼等をずっと断食させておくわけにも参りませんし」

 

俺がそう言うと、クロノが溜息を吐いた。

 

「ミントの言う通りだな。それにトリガーが1つだけとは考え難い。万一宿主が死ぬことで爆発する機構があったとして、餓死で爆発なんてことになったら目も当てられないからな。本当に心苦しい限りだが…ヴァニラが起きたら、一度頼んでみるよ」

 

「そうね…代替手段が見つからない以上、そうするしかないわね…」

 

施術自体はシャマルが担当し、人工リンカーコアの切除と同時にヴァニラがリジェネレーションをかける。摘出した人工リンカーコアはプレシアさんが即座に封印。これが恐らく対象の負担も少なく、一番安全に、しかも確実に実行できるプランだった。ヴァニラへの説明と依頼は後程ということになったが、彼女の性格からしてお願いされたことは出来るだけ引き受けようとする筈だ。

 

「他には話しておくことは無いかな? なら午前中の打ち合わせはこれで終わりにしよう。あと、人工リンカーコアなんだが、どうもそのままだと呼びにくいし、特にオリジナルはロストロギアとして扱うべきだろうから、今後は『レリック』と呼称する」

 

「『レリック』…ですか」

 

「ああ。遺物とか遺産といった意味の言葉だよ」

 

どこかで聞いたような名前だと思ったが、詳しく思い出せなかったので、その場はそのまま了解の意を返した。こうして、人工リンカーコアは今後局員の間ではレリック、及び模造レリックと呼ばれることになった。

 

 

 

ミーティングを終えた後、俺はルルが拘留されている場所を訪れた。

 

「…また貴女なの? 」

 

睨んでくるルルに苦笑を返す。

 

「一応、声はかけてくれますのね。昨日の今日ですから、無視されるかとも思っていましたが」

 

「あら、無視されたかった? 」

 

「いえいえ、お声をかけて頂いて嬉しいですわ」

 

ルルはふん、と鼻を鳴らすと、牢の中に設置されたベッドの端に腰を下ろした。その姿を見つめながら、俺はゆっくりと口を開いた。

 

「昨日、貴女の部下が一人、爆発して死亡しましたわ」

 

「…あらそう」

 

相変わらずの反応に溜息を吐く。

 

「あまり驚かれませんのね」

 

「知っていたもの。あいつらのリンカーコアに自爆機構がついていること」

 

「良く平然としていられますわね。ご自分にも同じようなものが埋め込まれておりますのに」

 

するとルルはニヤリと笑って言った。

 

「私のリンカーコアはあいつらのとは違うわ」

 

だが、それだけだった。それ以降は例によって何を聞いてもまともな会話にはならず、俺はもう一度溜息を吐くと、ルルが拘留された牢を出た。

 

(折角ですし、昼食前にはやてさんの魔力譲渡も済ませてしまいましょうか)

 

譲渡の後で一緒に昼食でも取れば、いい気分転換にもなるかもしれない。俺ははやてに念話を送ってこれから伺うことを伝えると、彼女達に割り当てられた部屋に向かった。

 

 

 

=====

 

ふと目を醒ますと、シャマルさんとプレシアさんが微笑ましそうに私の顔を覗き込んでいた。

 

「……」

 

「あ、あら、ヴァニラちゃん。おはよう」

 

「…どうかされましたか? 」

 

ベッドから上半身を起こすと、挙動不審な2人に聞いてみた。

 

「えーっとね、あんまりヴァニラちゃんが幸せそうな顔をして寝てたから、つい見入っちゃったのよ」

 

「…幸せそう、ですか」

 

自覚は無いのだが、そう言われると何となく恥ずかしく思う。顔が赤くなるのを感じて顔を逸らすと、時計が目に入った。

 

「…あ! 大変、もうお昼過ぎてるじゃないですか! ミーティングは…」

 

「大丈夫よ。午前中のミーティングはちゃんと済ませてあるから」

 

どうやら態々起こさないでいてくれたらしい。おかげで随分と快適な目覚めだった。

 

「すみません。もう少し、自己管理が出来るようにしておかないとダメですね」

 

「ううん、むしろ私達の方こそごめんなさい。昨夜は無理に付き合わせちゃったようなものだから」

 

シャマルさんは申し訳なさそうにそう言ったが、結局そこはお互い様ということにした。パジャマのままベッドから起き出して髪をブラシで梳かしながら、午前中に行われたミーティングの概要を聞く。

 

「…じゃぁ今後は『レリック』っていう名称で呼ぶことになるんですね」

 

「そうね。たぶん今日明日中には模造レリックの摘出手術をすることになるわ。その時に、ヴァニラちゃんの力が必要になる…後で正式にクロノ執務官から依頼があると思うけれど」

 

プレシアさんがそう言ったところで、ドアがノックされた。反射的に「どうぞ」と言ってしまってからパジャマを着替えていないことを思い出したけれど、残念ながら後の祭り。入ってきたのはクロノさんだった。

 

「ぁ…す、すまない。少し早すぎたか? 出ていた方がいいか? 」

 

「いえ、こちらこそすみません、こんな恰好で…ちょっとだけ待って下さい」

 

こちらが許可して入って貰ったのだから、追い出すのは失礼だろう。かといってクロノさんの目の前で生着替えするのもどうかと思い、持って来ていた荷物の中から春物のカーディガンを引っ張り出して羽織った。

 

「本当にすみません。お待たせしました」

 

「あぁ…ところで体調の方は問題ないのか? 」

 

「はい。ゆっくり休ませて貰ったので」

 

「そうか。それなら良かったよ」

 

朝のシャワールームでの出来事はミントさんが黙ってくれている様子だったし、報告するには恥ずかしすぎる内容だったので、敢えて内緒にしておくことにした。クロノさんの要件は、さっきプレシアさんに聞いた内容と同じだった。

 

「現状で模造レリックを摘出するには、障害が多すぎる。その障害を乗り越えるにはどうしても君の力が必要なんだ。君はあくまでも民間協力者で、こちらの指揮命令系統には入っていないにも関わらず、既に過剰な程の協力をして貰っている。だがその上で、是非お願いしたい」

 

深く頭を下げるクロノさんからは必死な想いが伝わってきて、とても好ましく思えた。

 

「顔を上げて下さい、クロノさん。私はお手伝いをするためにここに残っているのですから。お役に立てるのであれば、喜んで協力します」

 

「すまない…感謝する」

 

だけど、顔を上げたクロノさんの表情からは悔しさしか感じられなかった。ふとリンディ提督が昨日、ままならないと言っていたことを思い出した。クロノさんもリンディ提督も、本当に私達を護ろうとしてくれていることが痛いほど良く判った。そして私のお父さんもその生涯を捧げた、時空管理局という職場で働くことに誇りを持っている。

 

(優しい人達なんだな…それに、とても暖かい)

 

改めてそう思うのと同時に、以前ハラオウンの養女になることを打診されたことを思い出した。中学校を卒業するまで高町家にお世話になることは既にリンディ提督にも伝えてあるけれど、それ以降のことについてはまだ正式に回答していない状態だった。

 

(養女っていうことになると里子と違って姓も変わることになるし…『ヴァニラ・ハラオウン』ってことになるのかな…)

 

リンディ提督もクロノさんも優しくて親切だし、人柄は全く問題ない。リンディ提督が懸念している後ろ盾という観点から見ても、提督の肩書があればきっと大丈夫なのだろう。今後ミッドチルダに帰って治癒術師の道に進むことを考えれば、最良の選択であることは間違いない。

 

ただ、私は両親が遺してくれた「H(アッシュ)」の姓を手放すことには抵抗があった。別にギャラクシーエンジェルのヴァニラになりたい訳ではないし、キャラクターと異なる名前になることは構わないのだが、私の姓が変わってしまうことによって両親との絆が切れてしまうような気がして、それが怖かったのだ。

 

「…施術は今日中に行う予定だ。ただ本当なら全員纏めてやってしまえれば楽なんだが、残念なことに例の爆発も気にしなくちゃならない。時間はかかることになるが、1人1人個別に処理していくことになる」

 

「判りました」

 

クロノさんの説明に了解の意を伝えつつ、考え事は一旦棚上げすることにした。中学卒業まではまだ時間もあるし、今からずっと心配し続ける必要もない。それよりも今は今日行われるという人工リンカーコア改め模造レリックの摘出手術に集中するべきだ。

 

「模造レリック摘出手術自体はシャマルに担当して貰う。ヴァニラは摘出後、対象者の治療を頼む。摘出後のレリックはプレシア女史に封印して貰う」

 

「メインの執刀医はシャマルさんですね。じゃぁシャマル先生、プレシアさん、今日はよろしくお願いします」

 

「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。きっと上手く行くわ」

 

緊張を誤魔化すために敢えて少し冗談じみた言い方をしてみたのだが、どうやらプレシアさんには御見通しだったようだ。

 

手術は16時から開始することになった。1人当たりの所要時間は約30分を見込んでいるが、順調にいけばもっと早くに終わるとのことだった。開胸は必要だが、肋骨はギリギリ切断しなくて済む位置だったのが幸いだった。

 

「本当なら開胸せずにレリックだけを転移させられると楽なんだけれど…いずれにしても実際に目視で状況確認しながらじゃないと正確な転移は出来ないし、大動脈に傷をつける訳にもいかないしね」

 

模造レリックは下行大動脈に密接した状態で、そのまま転移させようとすると、位置的にどうしても下行大動脈にまで傷をつけてしまうらしい。そのため今回は転移は用いず、メスによる執刀を行うのだそうだ。

 

「念のため15時から関係者を集めてカンファレンスを行いましょう。それまではゆっくりしていてね」

 

「その辺りのことは任せるよ。じゃぁ、僕も手術には立ち会うから。みんな、よろしく頼む」

 

クロノさんはそう言うと、部屋を出て行った。すると今度はプレシアさんが隣にやってきて、そっと聞いてきた。

 

「たぶん、精神的に参っている部分もあると思うけれど、無理にでも何か食べておいた方が良いわよ。昨夜から何も食べていないのでしょう? 」

 

不思議なもので、そう言われると急に空腹を感じた。吐き気は治まっているので昼食を食べても問題は無いだろう。

 

「ありがとうございます。体調は大丈夫そうなので、着替えたら食堂に行ってきます」

 

「良かったわ。ゆっくり食べていらっしゃい。じゃぁまた後で、カンファレンスの時に」

 

プレシアさんもそう言って微笑むと、部屋を出て行った。

 

「あ、ヴァニラちゃん、私も一緒にいくわ。はやてちゃんもいる筈だから」

 

「判りました。少し待っていて下さい」

 

シャマルさんに待って貰うと、パジャマを脱いで水色のワンピースを身に纏う。さっきまで羽織っていた春物のカーディガンをちゃんと着直すと、いつでも外出できそうな格好になった。

 

「お待たせしました」

 

シャマルさんと微笑を交わすと、私達は部屋を出て食堂に向かった。

 

 

 

「あ、ヴァニラちゃん。もうええん? 」

 

はやてさんは開口一番でそう聞いてきた。

 

「心配かけてゴメン。もう大丈夫だよ」

 

「そっか。なのはちゃんやアリシアちゃんも心配しとったで。後でまた来る言うとったから、声かけてあげてな」

 

はやてさんはそう言って微笑むと、昨夜なのはさん達から言付かった内容を伝えてくれた。それを聞いていると、不意に目の前に軽食セットのプレートが置かれた。

 

「H(アッシュ)もこれで良かったか? シャマル一人だと運ぶのが大変そうだったので手伝ったのだが」

 

「ありがとうございます、シグナムさん。助かりました。すみません、お手を煩わせてしまって」

 

「いや。お前にも随分と世話になっているし、この程度のことは気にしなくていい」

 

シャマルさんが昼食を取るのに合わせてシグナムさんが私の分も持って来てくれた。その時、ふと「H(アッシュ)」と呼ばれたことが気になった。

 

「そう言えば、シグナムさんは私のことを『H(アッシュ)』と呼びますが、もし姓が変わったら呼び方も変わりますか? 」

 

「何だ? 姓が変わる予定でもあるのか? 」

 

不思議そうな表情をするシグナムさんだったが、隣ではやてさんが「ああ」と手を叩いた。

 

「リンディさんが言うとった、養女の話やろ? そっか、受けるんやったら『ヴァニラ・ハラオウン』になるんやろか? 」

 

それを聞いてシグナムさんも納得したような表情を見せた。

 

「そう言うことか。お前が気にするなら呼び方は変えてもいいが…仮に姓が変わったとしても、お前が『H(アッシュ)』だった事実は変えようがないだろう? 」

 

さも当然のように言ってくれるシグナムさんの言葉を、とても嬉しく感じた。

 

「ありがとうございます。何だか自分が自分じゃなくなるような気がしていたものですから」

 

「そう言うことか。名前が変わったからと言って、本質はそうそう変わるものじゃない。お前は間違いなく『H(アッシュ)』なのだし、あまり気にする必要はないだろう」

 

「…名前を変えたくないなら、それでもいいんじゃねーか? 結構養子に出された奴が旧姓を名乗ってたりすることもあるらしいぜ」

 

「そうだな。一番多いのは旧姓をミドルネームに持ってくるパターンか」

 

ヴィータさんやザフィーラさんもアドバイスをくれたおかげで、私は目から鱗が落ちたような気分だった。

 

「そっか、そしたら『ヴァニラ・H・ハラオウン』ちゅうところやろか。響きも悪くないし、ええと思うよ」

 

私は口の中で小さく「ヴァニラ、アッシュ、ハラオウン」と呟いてみた。不思議な程しっくりくるように思えて、思わず笑みが零れた。

 

「ありがとう、はやてさん。みなさんもありがとうございます」

 

落ち着いたら、リンディ提督にも相談してみよう。そう考えながら、私は昼食を終えた。

 

 

 

カンファレンスはメインの執刀医となるシャマルさんと麻酔導入などのサポートをするアースラの医療スタッフ、術後治療を行う私、封印を担当するプレシアさんに立ち会いのクロノさんというメンバーで、予定通り15時から実施された。

 

「リジェネレーションなら呼吸器系の不全や肺炎などの、開胸に伴う合併症もある程度防げると思います」

 

「助かるわ。あとは万が一手術中に動脈を傷つけることになってしまった場合だけど」

 

動脈損傷はグレードにもよるが、大量出血を伴う場合ショック状態を引き起こしてしまう可能性もある。この場合、かなり高い確率で死に至る。でも予め準備出来ていれば、リジェネレーションの出力を上げることでカバー可能な筈。

 

「だがそれだとヴァニラにかかる負担が大きすぎないか? 」

 

「…緊急時ですから、多少は仕方ないです」

 

「出来るだけ発生しないように注意はするけれど…じゃぁ、万が一の時は出来るだけ早めに通達するからよろしくね」

 

シャマルさんの言葉に頷いて返す。

 

「あと前にも言ったが、心肺停止状態で起爆する可能性も無いとは言えない。出来れば模造レリックはサンプルとして確保したいが、緊急時の判断はシャマルに一任するよ」

 

「封印方法だけど、デバイスによる一般的な封印を施した後に3重にコーティングする予定よ。これで暴発はほぼ防げると思うけれど、処理は封印だけの時に比べて0.5秒ほど遅くなるわ。一応覚えておいて。封印だけだと、起爆が始まっている状態のレリックを抑えきれないと思うから」

 

麻酔は全身麻酔を導入することになった。男達の態度が反抗的だったこともあるし、これは当然だろう。こうして手術の詳細な手順やメディカルルームへの移送手順などを打ち合わせ、私達はカンファレンスを終えた。

 

「それから、ヴァニラ。手術が一通り終わったら、艦長から話があるそうだ。時間を空けておいて貰えるか? 」

 

「…判りました。では後程」

 

15時50分になり、全身麻酔を施された男が移送用のケージでメディカルルームに搬送された。16時からの手術に合せて、私達もメディカルルームに入る。前世の手術だと麻酔導入や手術準備にかなりの時間をかけた筈だが、魔法を併用することで大幅な時間短縮が出来るようだ。

 

だが問題は、シャマルさんが開胸のためにメスを入れた時に発生した。

 

「!? 模造レリックの魔力反応に異常確認! レリック内部の魔力圧力が急速上昇! 」

 

「ゴメン、ヴァニラちゃん! 後お願い!! 」

 

開胸手術そのものに反応する仕掛けがあったのかもしれない。シャマルさんが咄嗟に転移をかけた。レリックだけを艦外空間に放り出したのだ。それと同時に開胸部分から血がすごい勢いで溢れてくる。

 

「っ! 『リジェネレーション』! 」

 

≪"Regeneration" invoked.≫【『リジェネレーション』、発動】

 

事前にある程度予測が出来ていた分、落ち着いて魔法を発動出来た。ハーベスターがサポートしてくれたのも大きかった。生成した魔法陣が翠色に輝き、徐々に出血が治まる。

 

「大丈夫、まだ大丈夫…」

 

溢れてしまった血液も、可能な限り下行大動脈に戻すよう、術式を制御する。解離が起こらないように慎重に大動脈の傷を塞ぎ、レリックに取り込まれていた血管や神経の再生、結合を進めた。体内の治療を終え、開胸部分の傷を塞ぐと、私はふっと息を吐いて術式の行使を終了した。

 

「1つ目は…失敗ね。残念だけど」

 

「ごめんなさい。まさか開胸のメスに反応するなんて…」

 

「いや、今のは仕方ないさ。それよりも咄嗟に転移させたのは良い判断だった。ありがとう」

 

どうやらアースラの艦外で模造レリックの爆発が確認できたのだそうだ。レリックの確保には失敗したものの、対象となった男性が生存しているのは不幸中の幸いだろう。

 

「ヴァニラも良くやってくれた。おかげで大切な証人を失わずに済んだよ」

 

模造レリックを摘出できたとはいえ、ルル・ガーデンさんが言うところの「壊れてしまった心」が元に戻るかどうかは微妙なところだ。でもクロノさんが言うには、生きているだけで証拠として有効な部分もあるとのことだった。

 

「問題は残りの手術についてだが…今日は中止にするか」

 

「そうね。今の施術も踏まえて、もう一度確りとカンファレンスをしておきたいわ。残り3人の施術は延期させて貰えると嬉しいかも」

 

結局、残りの模造レリック摘出手術は翌日以降に延期されることになった。ただ今回の失敗は残念ではあるものの、決して致命的ではない。対象の男は生存しているし、模造レリックの確保は1つを失ったとはいえ、他の3つでやり直しが出来る状態だ。

 

恐らく学校を終えてすぐにやって来ていたのだろう、なのはさんやアリシアちゃんが、はやてさんと一緒にメディカルルームの窓の外から心配そうな表情でこちらを見ていた。私は大丈夫だよ、という気持ちを込めて彼女達に微笑みかけた。

 




このお話を書き始めてから、2度目の年末を迎えました。。
とは言っても最初の投稿が2013年10月なので、それほど時間が経っているわけではありませんが。。
いずれにしても今回が今年最後の投稿になります。。

去年もそうだったのですが、年末年始はネット環境が整備されていない田舎に帰省予定ですので、1月3日(土曜日)はお休みします。。
次回投稿は1月10日を予定しています。。いよいよシャマル先生の「旅の鏡」が活躍する。。のかな。。?

おかげさまで900件を超えるお気に入り登録を頂き、本当に感謝頻りです。。
また来年もぜひよろしくお願い申し上げます。。

ではではみなさま、よいお年をお迎えくださいませ。。


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第25話 「ハラオウン」

※今回はヴァニラパートのみです。。


1回目の模造レリック回収が失敗に終わった後、私達は30分程の休憩を挟んでから再度ブリーフィングルームで打ち合わせを行った。

 

「メスを入れただけで爆発するんじゃぁ、開胸は出来ないわね。結局スキャンをかけながら転移、っていうのが最善策かしら」

 

プレシアさんの言葉に対して、シャマルさんが少し考えるような素振りを見せた。

 

「実は…もしかしたら使えるかもしれない魔法があるの。ただ、あまりはやてちゃんには見せたくなくて」

 

そう言われた時に、以前夜天の魔導書に過去の記憶を見せて貰った時のことを思い出した。

 

「あ、蒐集の時の…ですね」

 

シャマルさんは俯くように頷いた。過去の記憶の中で、シャマルさんは何らかの魔法を駆使して距離を取ったまま対象者のリンカーコアだけを掴み出していた。確かにあれは恐ろしい光景だった。対象者の身体からいきなりシャマルさんの手が突き出してくるのだ。実際、見ていて気持ちのいいものではないし、はやてさんに見せたくないというのも判る。

 

「それにあの魔法…『旅の鏡』で摘出した模造レリックを、そのままの状態で封印できるかどうかも判らないし、仮に出来たとしても、そのまま封印するなら取り込んでいた血管や神経は転移と同じように引き千切ることになるわ。それなのに身体には表向き傷がつかない…目視できずに体内組織を再生させることになるヴァニラちゃんに、負担を強いることになるの」

 

確かに目視による情報が一切ない状態での治療は、情報がある場合と比べれば難しい。でも前回の治療でも目視で得た情報は僅かなものだし、殆どはハーベスターとクラールヴィントのスキャンデータを基に手術を行っていた。メディカルスキャン用に最低もう1台のデバイスを確保して、複数のデバイスによる立体的な視覚情報さえ確立できれば、決して不可能な作業ではない。

 

「私なら大丈夫です。内視鏡代わりになる立体的なスキャンを実行可能なデバイスを、あと1台使うことが出来れば」

 

「メディカルスキャンを実装するなら、そもそも医療用に開発された物か、サポート能力の高いインテリジェント・デバイスにすべきね。ストレージだと…展開スピードは速いでしょうけど、臨機応変な動作は期待できないわ」

 

「そう言う意味ではアームド・デバイスもあまり向いてはいないわね。クラールヴィントが特別なのよ」

 

「…僕のS2Uはストレージ・デバイスだ。残念ながら今回の件には向かないな」

 

アドバイスを受けて、その場で候補になりそうなインテリジェント・デバイスを思い浮かべる。

 

(ミントさんのトリックマスター、ユーノさんのレイジングハート、フェイトさんのバルディッシュ、それからなのはさんのエルシオール…)

 

インテリジェントに限定するなら、この4機が最有力候補だろう。アリシアちゃんあたりは新規に専用デバイスを構築したがるかもしれないが、さすがに今回は時間が足りない。

 

「エルシオールはロールアウトしてからそんなに経ってないから、容量的には全く問題ないけれど…AIはまだまだ成長段階ね。バルディッシュもどちらかというと近接戦闘を主としたサポートをメインにしているから…その2機はあまり医療系のサポートを期待しない方がいいわ」

 

「その点レイジングハートとトリックマスターはAIがかなり熟成されているようだから、サポート面でも問題は無いでしょうね。特にトリックマスターのAIなら相当に複雑な制御も対応できると思うけれど」

 

プレシアさんとシャマルさんの発言を聞いて、クロノさんが少し顔を顰めた。

 

「トリックマスターか…いつもふざけているイメージが強いんだが、大丈夫なのか? 」

 

確かにトリックマスターの普段の言動はふざけているとしか思えないようなものも多いのだが、あれで魔法戦闘中のサポートは一級品だと、以前ミントさんからも聞いていた。

 

「…ミントさんほどの術者が信頼を置いているデバイスです。きっと大丈夫ですよ。後でお願いしてみます」

 

「…そうか、そうだな。判った。僕からも後で協力を要請しておくよ」

 

私の回答に、クロノさんも頷いてそう言った。

 

「それから最初に言っていたはやての件だが…前回の施術がああいう形で終わってしまったこともある。実際子供達が見るには刺激が強すぎるだろうし、それを理由に見学出来ないようにしておくよ。これはフェイトやアリシア、なのは達も同じだ」

 

ミントさんの名前が出なかったのはトリックマスターを借りる関係上、見学を拒むのが難しいと考えたためなのだそうだが、フェイトさんやはやてさんが見学しないなら、無理に1人だけ残るようなことも無いような気がした。

 

「今回実施するのは通常の施術じゃない。上手く行くかどうかも判らないようなことに君達を巻き込んでしまうことは申し訳なく思う」

 

クロノさんが不意にそう言って頭を下げた。

 

「…失敗してもおかしくない施術だ。万が一の時は、各自自分達の命を最優先にしてくれ。特にヴァニラ」

 

「…はい。判っています」

 

私だって別に好んで危険に身を晒している訳ではない。クロノさんの指摘には苦笑しながら答えた。

 

「残った3人の施術は、明日の午前中…10時からにしましょう。カンファレンスはその1時間前に。今日はみんなゆっくり休んで、明日に備えてね」

 

シャマルさんがそう言って、この日の打ち合わせは終了になった。ブリッジに向かうというクロノさんに、ふと声をかける。

 

「そう言えば、リンディ提督が何かお話しがあるということでしたが」

 

「あぁ、あれか。取り敢えず全員の手術が終わるまでは保留にするそうだ。今はそちらに専念しておいてくれ」

 

「…判りました。お疲れさまです」

 

挨拶を済ませると、クロノさんと別れてブリーフィングルームを出た。その後プレシアさん、シャマルさんと一緒に食堂へ行くと、丁度なのはさんとアリシアちゃんがはやてさんの車椅子を押しながら食堂から出てくるところだった。シグナムさん達守護騎士も一緒だ。

 

「あ、ママ! ヴァニラちゃんも。お疲れさま! 」

 

「シャマルもおるな? 丁度ええわ。みんな一緒に次元展望公園に行かへん? 」

 

「ミントちゃんもフェイトちゃんも、先に行ってるんだ。特別に流星群の映像を流してくれるんだって! 」

 

嬉しそうに燥ぐみんなの様子に、思わず笑みが零れた。

 

「アリシアもフェイトも行くなら私も当然行くわよ」

 

「私も、勿論はやてちゃんについていきます」

 

「ほら、ヴァニラちゃんも早く」

 

アリシアちゃんに手を引かれて、そのままみんなで次元展望公園に移動すると、思いのほかたくさんの人達が集まっていた。既に照明は夜間モードになっている。

 

「ヴァニラさん、お疲れさまです」

 

トリックマスターを抱いたミントさんが声をかけてきた。一瞬デバイスを借りることについて相談しようとも思ったのだが、そういう雰囲気でもなかったので取り敢えず後回しにした。

 

「? どうかされました? 」

 

「ううん、何でもない。随分人が多いね」

 

「そうですわね。たぶん武装隊の方も含めて、アースラスタッフの半数近くがいらしていると思いますわよ」

 

改めて次元展望公園の中を見渡すと、食堂から出張でもしてきたのか軽食系の屋台まで出ていて、ちょっとしたお祭りのような雰囲気だった。

 

「…少し気が滅入る事件もありましたし、気分転換の意味もあるのでしょうね」

 

ミントさんが呟くように言った時、いくつかの星が流れた。周りから歓声が上がる。その後も流星は何度も出現し、その度に私の目を楽しませてくれた。

 

「綺麗…アリサさんやすずかさんにも見せたかったな」

 

「お2人でしたら、いらしていますわよ。ほら」

 

ミントさんが示した方を見ると、なのはさんやアリシアちゃん、はやてさんと一緒に談笑しているアリサさんとすずかさんの姿があった。

 

「あ…来てたんだ」

 

苦笑交じりに呟いた時、すずかさんと目が合った。微笑みながら手を振ると、それに気付いたらしいアリサさんも一緒にこちらにやってきた。

 

「ヴァニラちゃん、ミントちゃん、お疲れさま」

 

「あんた達も忙しいみたいだけど、あまり無理するんじゃないわよ」

 

恐らくなのはさんやアリシアちゃんから簡単に状況を聞いていたのだろう。2人が労ってくれるのが嬉しかった。

 

「ありがとう。体調は問題ないよ。もう少ししたら学校にも戻れると思うし」

 

「そっか、早く戻れるといいね」

 

「家庭の事情ってことになってはいるけれど…月夜達も結構気にしていたわよ」

 

ここ数日ご無沙汰しているクラスメイトの名前を聞いて、まだ聖祥に編入してすぐの頃、クラスの男子から「何故Hと書くのに読みが『アッシュ』なのか」と聞かれたことを思い出した。些細な会話だったが、あの時から私に声をかけてくれる男子が多くなっていたように思う。

 

「どうしたのよ、急に黙りこんで」

 

「…あ、ごめん。何でもないの」

 

アリシアちゃんは言うまでもなく、アリサさんやすずかさん、なのはさんはきっと私の姓が変わっても、今まで通り私と接してくれるだろう。多分、橘さんや他の友達もみんな最初は戸惑うかもしれないけれど、すぐに馴染んでくれるに違いない。

 

けれど、この時私は何となく彼女達から『H(アッシュ)』以外の名前で呼ばれている自分を想像出来なかった。

 

「ふーん…まぁいいわ。でも、何か困ったことがあったのなら、すぐに相談しなさいよ」

 

「そうだよ。お友達なんだから、遠慮なんてしないでね」

 

その言葉だけで、今は気分が晴れ渡るような気がした。ありがとう、とお礼の言葉を述べると私達は次元展望公園の天井に映し出された夜空を見上げた。結局そのままアリシアちゃんやなのはさん、はやてさん達とも再合流し、更に屋台で人数分のカレーライスを買ってきたフェイトさんや無限書庫から戻ってきたユーノさん、リニス達とも一緒になって、みんなで流星を見ながらお喋りを続けた。

 

そして翌日も学校があるなのはさん達、海鳴組が帰ってしまった後も暫くお祭りのような雰囲気は続いていた。その所為で少し夜更かしをしてしまったけれど、久し振りに心から楽しめたひと時で、リラックスできたのは良かったと思う。

 

 

 

翌朝の目覚めも快適だった。9時からのカンファレンスに間に合うよう支度を済ませると朝ご飯を頂いた。

 

「おはようございます、ヴァニラさん」

 

「あ、おはよう、ミントさん」

 

ミントさんが私の席にやってきたので挨拶を交わす。朝食のプレートを持っていなかったので不思議に思っていたのだが、どうやら少し前に済ませてしまったらしい。

 

「クロノさんから聞きましたわよ。昨夜お話しした時にでも言って下されば良かったですのに」

 

差し出されたアンティークドールを見て、相談を後回しにしたままキッチリ忘れていたことに思い至った。

 

「…そういえば、忘れてた。昨夜、あんまり楽しかったから」

 

「良いことですわね。最近気を張り詰めすぎですし。本当に、無理はしないで下さいませ」

 

「ありがとう。じゃぁ、ちょっと借りるね。トリックマスター、よろしくね」

 

≪I will do my best.≫【最善を尽くします】

 

頼もしい返事をくれるトリックマスターに、ハーベスターからメディカルスキャンのデータを転送して貰う。

 

「あ、でもトリックマスター借りちゃって、はやてさんの魔力譲渡は大丈夫? 」

 

「ご心配なく。今日はもう済ませておきましたわ」

 

手術の見学が禁止されたこともあるのだが、それ以前に今日は海鳴大学病院ではやてさんの検査があるらしい。折角なので、シャマルさん以外の守護騎士達と一緒に病院に付き合うことにしたのだそうだ。このためはやてさんは朝食抜きだそうだが、代わりにお昼はみんなで翠屋に行くのだとか。

 

「そっか。最近は小康状態が続いているんだよね」

 

「…可もなく不可もなく、といったところですわ。悪化していないことだけが救いですわね」

 

少なくとも、魔力譲渡を続けていることで症状が悪化していないのは安心材料だ。そんな話をしているうちにハーベスターとトリックマスターからデータ転送が完了したとの連絡を受けた。時刻は8時30分。

 

「では、わたくしはそろそろ参りますわね。ヴァニラさんも手術、頑張って下さいませ」

 

「うん、ありがとう。じゃぁまた後で」

 

ミントさんと別れると私も食器を片づけ、借りたトリックマスターを抱えてブリーフィングルームに向かった。

 

 

 

「じゃぁ、基本的な担当は変更なしでいいな。プロセスはシャマルが魔法で模造レリックを抽出して、プレシア女史が封印。ヴァニラがスキャンデータを基に封印後の治療を行うというところか」

 

クロノさんが手順を再確認していくのを聞きながら、ハーベスターとトリックマスターにメディカルスキャンの指示を出す。クラールヴィントからの情報は先程からシャマルさん経由で提供されている。カンファレンスで議題に上がった問題点はただ1つ。「旅の鏡」で体外に抽出された模造レリックを、そのまま封印することが出来るかどうかという点だった。

 

前例がないため、兎に角やってみなくては出来るかどうかも判らない。まずは試してみて、爆発の兆候が出た時点で前回同様艦外に転移させることになった。

 

「では、摘出を開始します…」

 

シャマルさんがそう言うと、右手の人差し指と薬指にはめられた2つの指輪から宝石部分が分離して魔力の紐を伸ばしていく。紐がお互いに絡み合い、直径1メートル程の円盤が形成された。その円盤にシャマルさんがすっと左手を差し込むと、同時に全身麻酔をかけられて眠っている男の胸からシャマルさんの左手が現れた。そこには確りと模造レリックが握られている。

 

「模造レリック内の魔力反応に変化はありません。安定状態です」

 

モニターしてくれている医療チーム担当者がそう言うと、プレシアさんがデバイスを封印モードに変換した。

 

「前回計測した限りでは、魔力反応に異常が発生してから爆発までは5秒程でした。気を付けて下さい」

 

「ありがとう。5秒ならコーティングまで完了しても、2秒近い余裕があるわ。大丈夫よ」

 

一度目を閉じて深く息を吐くと、プレシアさんが封印術式を展開した。途端に模造レリックの魔力反応が増加する。

 

「魔力反応の異常検知! 爆発まであと4秒! 」

 

「大丈夫、行けるわ! 」

 

プレシアさんがそう言うのと同時に、紫色の魔力光が封印術式に捕らわれた模造レリックを拘束するかのように包み込んだ。それと同時に暴走は止まり、レリックはまるで切り落とされたかのようにその場に落下した。これで最初の懸念点はクリアしたことになる。

 

「ヴァニラちゃん! 」

 

「はい! リジェネレーション! 」

 

ここからが私の仕事だ。ハーベスター、トリックマスター、クラールヴィントから送られてくるスキャンデータに集中する。下行大動脈に損傷はなく、いくつかの血管や神経に断絶が見られるものの出血量は然程多くない。むしろ前日の施術よりも難易度は低いくらいなのだが、油断はできない。落ち着いて術式を制御し、再生した血管や神経の結合を進めていく。

 

やがて全ての治療が完了し、術式を解除した私は大きく息を吐いた。

 

≪Good job, master.≫【お疲れさまです】

 

「ありがとう、ハーベスター」

 

労ってくれるハーベスターに笑顔を向ける。

 

「みんな、ご苦労だった。施術も無事成功したし、模造レリックのサンプルも入手出来た。本当にありがとう」

 

クロノさんがそう言うと、メディカルルームの空気が弛緩した。スタッフはみんな笑顔だ。施術に要した時間は僅か10分程度。でも集中していた所為か、随分と長い時間に感じられた。

 

「ハーベスター、一応術後の経過も見たいから各スキャンは暫く継続。データは蓄積しておいて」

 

≪All right.≫【了解】

 

≪Do you want me to save the data, as well? ≫【こちらもデータを蓄積した方が良いですか? 】

 

「トリックマスターは余裕があったらでいいよ。ミントさんの支援を優先させて」

 

≪Thank you. I appreciate.≫【お気遣いありがとうございます】

 

ハーベスターとトリックマスターに指示を出すと、シャマルさんが声をかけてきた。

 

「あ、ヴァニラちゃん。経過観察は昨日の人も含めて、取り敢えず1週間ほどお願い。クラールヴィントにもチェックして貰うけど、情報は多い方が良いから」

 

「はい、シャマル先生」

 

冗談めかしてそう言うと、シャマルさんも微笑んだ。

 

「さてと、残りの2人…普通なら今回の経過観察を実施した上で対応するのがいいんだけど…」

 

「後顧の憂いは早めに絶っておきたいわね。ヴァニラちゃんは大丈夫? 」

 

「特に問題ありません。大丈夫です」

 

実際体力的には全く問題は無かったし、すぐにでも次の手術に対応出来るような状態だった。念のため40分程の休憩を挟み、2回目の施術は11時から、3回目の施術は同じく12時から実施することになった。

 

そして結果として施術はその2回とも成功した。私達は3つの模造レリックをサンプルとして確保し、4人の男達をクロノさんが言うところの「証人」として拘留することが出来たのだ。

 

 

 

手術を全て終え、昼食を頂いた後で私はリンディ提督に呼び出された。半月ほど前に通された時と同じリンディ提督の私室には相変わらずの桜。

 

「いらっしゃい、ヴァニラさん。どうぞ、楽にしてね」

 

あの毛虫事件から1か月近くが経過し、私は漸く桜の木の下を普通に歩くことが出来るようになった。尤もまだ毛虫そのものには抵抗感があるし、思い出しただけでも足が竦みそうになるので、完治まではまだ暫くかかるのだろう。リンディ提督に促されて、それでも私は少し桜の木から距離を取った場所に座ることにした。

 

「今回は色々と手伝ってくれてありがとう。ヴァニラさんがいてくれて、本当に助かったわ。それから色々と引っ張りまわしてしまって、本当にごめんなさい」

 

私が腰を下ろすと、リンディ提督は深く頭を下げた。

 

「いえ…私も最初から協力するつもりでやっていましたから、お気になさらないで下さい」

 

「そう言ってくれるのは嬉しいのだけれど、実際に私達が貴女にお願いしてきたことは、それだけではとても済まされないことばかりなのよ」

 

リンディ提督は顔を上げると私の顔をじっと見つめた。

 

「学校を休んで貰っていることもそうだし、何より本来なら貴女のような子供が担当するべきではないような手術まで手伝って貰ったわ」

 

「……」

 

「高レベルの治癒魔法を秘匿するように言っておきながら、自分達が必要な時にはお願いして行使して貰う…それがどれだけ身勝手でいい加減なことなのかも理解はしているつもりよ」

 

絞り出すように言うリンディ提督は本当につらそうな表情をしていた。私自身はあまり気にしていなかったのだが、確かに言われてみれば若干の矛盾があったのかもしれない。ただ、やっぱりそれで失われる筈の命を助けることが出来たのなら、その程度の矛盾は私にとって些細なことだったのだ。

 

「…私は、良かったと思っています。そのおかげで何人かの命を救うことが出来ましたから」

 

「ありがとう、ヴァニラさん。でも私達がこちらの都合で貴女を使ったことは事実です。そして私はそれを棚に上げて、貴女にまたお願いをしようとしているの」

 

リンディ提督はそこで言葉を切り、姿勢を正すと改めて私のことを見つめた。

 

「今回の模造レリック摘出手術は本局にも報告することになるわ。当然、『証人』である彼等自身も含めてね。つまり、本来であればアースラの施設では不可能なくらいの繊細な施術結果を公開するということなんだけど」

 

「……」

 

「これによって問題視されるものが2つあるの。1つはシャマルさんの『旅の鏡』。そしてもう1つが…」

 

「『リジェネレーション』、ですね」

 

リンディ提督はゆっくり、でも確りと頷いた。

 

「『旅の鏡』は元々失伝してしまった古代ベルカの術式だし、まだ何とか誤魔化しようがあるのよ。でも『リジェネレーション』は明らかにミッド式の術式で、見る人が見ればSSランク魔法であることもすぐに判ってしまう…以前、地球で義務教育を終えたら養女にならないか、という話をしたわよね? 」

 

「…はい」

 

「もうそんな悠長なことを言っていられなくなったの。勿論、貴女が地球に残って高町さんの家にお世話になるのは継続して構わないのだけど、法的な養子縁組は先にしておく必要があるわ」

 

「…え? 残ってもいいのですか? 」

 

リンディ提督の言葉には正直驚いた。実はリンディ提督に呼び出された時、このような話になることはある程度想定していたのだ。ただミッドチルダに戻るように言われた場合、なのはさんやはやてさんのことを放り出してしまうことになるので、出来る限りリンディ提督と相談して納得できる妥協点を見つけるつもりだった。

 

「この件にはグレアム提督も協力してくれているのよ。貴女は表向き、とある管理世界に留学していることになるわ。勿論、行先は公開されないけれどね」

 

リンディ提督の話を聞きながら、緩んでしまった気を一生懸命引き締める。まだこれから、姓に関するお願いをリンディ提督にしなければならない。日本の法律では養子縁組をした場合、子供は養い親の姓を名乗らなければならないことが明記されている。だが次元世界では旧姓を名乗ったり、ミドルネームを付与したりするのは割と一般的らしい。

 

「あの、リンディ提督。そのことで少し、お伺いしたいことがあります」

 

「ええ、いいわよ。何かしら? 」

 

「その…養子縁組をした場合の、姓の扱いについてなんですが」

 

私はリンディ提督に、両親との絆でもある姓を変更することに抵抗があること、そして姓が変わることによって自分が自分でなくなってしまうような不安を抱いていたことを正直に話した。リンディ提督はそんな私の話を最後まで聞いた後、少し考えるようにしていた。

 

「ヴァニラさんが不安に思う気持ちも判るわ。でも養子縁組をする以上、公文書に記載される姓はどうしても『ハラオウン』になってしまうの」

 

だけど、とリンディ提督は言葉を継ぎ、いくつかの書類を私に示した。

 

「勿論ミドルネームとしてH(アッシュ)を名乗ることは日本の法律と違って正式に認められているし、次元世界で日常生活を送るのにあたっては、それを姓として名乗っても全く問題はないのよ」

 

差し出された書類は養子縁組の必要書類で、後は私がサインをするだけの状態だった。そしてそこに記載されていた私の本名は「ヴァニラ・H」、そして戸籍名が「ヴァニラ・H・ハラオウン」となっていた。

 

「リンディ提督、これは? 」

 

「貴女がこのことについて悩んでいたのには気が付いていたの。ただ説明を後回しにしたことで貴女を余計不安にさせてしまったわね。本当にごめんなさい」

 

リンディ提督はそう謝ってくれたが、これは私の希望を十分に満たしてくれる結果だった。法的にはハラオウン家が後ろ盾になってくれて、公式な書類では「ヴァニラ・H・ハラオウン」という戸籍名を使用しながらも、普段は本名として「ヴァニラ・H(アッシュ)」を名乗ることができる。

 

「今は貴女を護ることが最優先だし、貴女自身も気持ちを整理する必要があるでしょうから、多分これが最善だと思うのよ。名前のことは置いておくとしても、これからは私達に貴女のことを…家族として護らせて貰えないかしら」

 

「はい…これだけで、もう一杯です。ありがとう、ございます」

 

この日、私は「ヴァニラ・H」の名前のまま、ハラオウン家の一員になることになった。

 




年始最初の投稿になります。。
みなさま、今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。。
冬休みは実家で、同じく一時帰宅した母の介護をしつつ他の方の作品を読んだりゲームをしたりしていました。。
やっていたことは、何ら特別なこともない、普段の休日と同じでした。。

今年の目標は、早めに第4部に移行して、そのまま本編完結まで漕ぎ着けることです。。

そう言いながら、結局ぐだぐだと完結出来ないかもしれませんが。。
改めまして、引き続きよろしくお願いいたします。。


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第26話 「兄」

※今回はミントパートのみです。。


海鳴大学病院の中庭で、はやてやヴィータと一緒に狼形態のザフィーラを撫でていると、石田医師との面談を終えたシグナムが戻ってきた。

 

「取り敢えず現状では、麻痺の進行は無いのですわね。良かったですわ」

 

シグナムが医師から受けてきた説明内容を聞く限り、近々で問題になるような事態にはならないだろう。

 

「だが、あくまでも対症療法だ。闇の書…いや、夜天の魔導書の対処方針が未だ検討中である以上、油断は出来ないな」

 

「今はまだ『原因不明』なのですから、仕方ありませんわよ。後はユーノさんやリニスさん達が良い報告をしてくれるのを待つばかりですわね」

 

「まぁそうなんやけど、取り敢えず今は移動せえへん? シグナムも戻ってきたし、さっきからお腹の虫が鳴いて仕方あらへん」

 

はやてがそう言うと、まるで計ったかのように彼女のお腹が「くぅ」と可愛らしい音を立てた。

 

「はやては今朝、食事抜きだったからなー」

 

「我々だけ朝食を頂いてしまって、申し訳ありません」

 

実は守護騎士達も最初ははやてに付き合って朝食を抜こうとしたのだが、それははやてが良しとしなかった。微笑みながら「ちゃんと食べておかんと、いざという時私を護るだけの力が出せんかもしれへんよ? 」とはやてが言うと、渋っていたシグナムも漸く折れたのだ。

 

「ええんよ。検査が午前中やったから仕方あらへんし。ほな翠屋に行って、桃子さんの美味しい料理を頂こか! 」

 

シグナムが頷いて、はやての車椅子を押すと、ヴィータがザフィーラのリードを手に取った。

 

『…私は狼なのだが』

 

「仕方ねーだろ。一般人には犬と狼の区別なんてつかねーんだから」

 

「せやな。それに海鳴の条例で散歩中の犬はリードで繋いでおかなあかん。もう少し、我慢してな」

 

『……』

 

最初から人間形態で出掛ければ問題も無かったのだが、今日ははやてが珍しく我儘を言って、ザフィーラには狼形態で出掛けて貰うことになったのだ。

 

「前から犬を飼って、一緒に散歩したいって思っとったんよ。ザフィーラは狼やけど、一緒に出掛けられて嬉しいわ。あ、ヴィータ。後で私にもリード持たせて」

 

「ああ。ザフィーラ、構わねーか? 」

 

『…主が喜ぶのであれば、私はそれで構わん』

 

はやてがちゃんと守護騎士達を家族として受け入れてくれている様子に、笑みが零れた。守護騎士達が顕現した当日は、混乱もあってストレス障害を起こしたことを以前ヴァニラからも聞いていたが、もうそんな心配も必要ないだろう。

 

ただ嬉々としてリードを握るヴィータやはやての様子とは裏腹に、ザフィーラからは哀愁が漂ってくるように感じた。

 

 

 

守護獣とは言え、見た目が犬のまま翠屋に行くのは好ましくないだろうということで、念のため事前に連絡した上で一度高町家に寄ることにした。幸い高町家の人達はみんな守護騎士達と面識があるし、ザフィーラが守護獣であることも説明済みだ。

 

「ザフィーラだけお昼抜きにする訳にもいかへんしな」

 

そんな軽口を言いながら高町家の門をくぐると、士郎さんが態々待っていてくれた。

 

「お忙しいのに、態々ありがとうございます」

 

「いや、バイトの子達もいるからね、少し抜けるくらいなら問題ないさ」

 

士郎さんに玄関の鍵を開けて貰って中に入ると、ザフィーラは早速光に包まれ人間形態になった。

 

「すまない。面倒をかけたな」

 

「大丈夫、気にしてないよ。じゃぁ行こうか」

 

高町家を出ると、翠屋まではすぐだ。平日とはいえ、お昼時ということもあって店内はかなり混雑していた。

 

「今日は風もないし、日差しもそんなに強うないから、テラス席でええかな」

 

「はい。では主はやて、こちらへ」

 

シグナムがはやての車椅子をテラス席のテーブルにつけると、自分はその隣の席に腰を下ろした。ヴィータとザフィーラまで席に着くと、若干手狭な気がしたが、テーブルを2つ使うほどでもないだろう。

 

「うん、狼の恰好もええけど、兄ちゃんみたいなザフィーラも恰好良くてええな」

 

丁度向かいに座ることになったザフィーラを見て、はやてがそう言った。

 

「ありがとうございます、主はやて」

 

「…ちょっと堅いんが玉に瑕やけどな。まぁ、今はまだええけど」

 

「ザフィーラも、これが素ですからね」

 

はやての呟きに苦笑しながらシグナムがメニューを手渡した。

 

「ありがとうな。今日は…あ、日替わりランチセットが揚げ鶏の香味タレやな。私はそれにするわ」

 

「あたしも、はやてと同じのにする」

 

はやてとヴィータが早々にオーダーを決めると、シグナムもはやてに渡したばかりのメニューを覗き込んだ。

 

「成程、これは美味しそうですね。では私もそれで」

 

揚げ鶏の香味タレといえば、3年ほど前にクラナガンのショッピングモールで事故に巻き込まれ、食べられなかったメニューだ。結局その後、陸士隊の人の厚意でお弁当バージョンを貰うことが出来たし、自分でもタレを研究して何度か母さまやサリカさんと一緒に作ったこともあるのだが、そのことを思い出して懐かしさから俺も同じメニューを選んだ。

 

「…なら私も同じものを貰おう」

 

「ザフィーラさん、大丈夫ですか? 見たところ葱が使われていますし、恐らくタレには生姜とニンニクが使われていますわよ? 」

 

「大丈夫だ。葱も生姜も問題ない」

 

さっきまで狼形態だったため気になったので聞いてみたのだが、どうやらリニスと同じく香辛料ですら慣れてしまっているらしい。よくよく考えてみれば古代ベルカの守護獣なのだから、リニスなど比べ物にならない程長い時間を生きている筈なのだ。問題なくて当たり前だろう。

 

(もしかしたら、アルフさんもそろそろ食べられるようになっているかもしれませんわね)

 

アルフはまだ使い魔になってから3年弱ではあるが、そのうちフェイトと一緒にカレーライスを食べる日が来るのかもしれない。

 

そんなことを考えながら、配膳された揚げ鶏の香味タレをみんなで食べた。それは翠屋のメニューに相応しい、とても美味しいものではあったのだが、何となく3年前に食べたお弁当の味と似ているような気がした。

 

 

 

午後も暫くは海鳴に滞在し、夕方近くになってアースラに戻ると、ヴァニラがハラオウン家の養女になったことが一部の関係者に対して周知されていた。

 

日本の法律とは異なり、公文書以外では「ヴァニラ・H(アッシュ)」をそのまま名乗っても良いらしい。最初は原作のフェイトのように「ヴァニラ・H・ハラオウン」になるものだと思っていたのだが、そう言えば確かに原作でもフェイトを母としながらも、自らは「テスタロッサ」も「ハラオウン」も名乗っていなかった少年と少女がいた。

 

(エロオ…ではなくてエリオ、それから…キャロもそうでしたわね)

 

StrikerSを観ておらず、二次創作小説程度の知識しかなかった俺の頭にまず過ったのは、ラッキースケベ属性を持つ少年の二次創作的呼び名だったのだが、それはひとまず置いておく。いずれにしてもあの2人が「モンディアル」や「ル・ルシエ」を名乗ることが許されていた以上、ヴァニラも同様に扱われるということなのだろう。

 

「あ、でもまだヴァニラちゃんもアリシアちゃんも、暫くは地球にいるんでしょ? 」

 

なのはの言葉が、考え事をしていた俺を現実に引き戻した。放課後になって、アリシアと一緒にアースラにやってきたのだろう。そのアリシアがなのはの問いに答える。

 

「うん。こっちの中学校卒業までは、留学っていう体裁を取るみたい」

 

「そっか。こういう言い方もなんやけど、ちょっとだけホッとしたわ。アリシアちゃんともヴァニラちゃんとも、もっともっといろんなお話をしたいしなぁ」

 

ちなみにヴァニラ本人はこの場にはいない。俺達と入れ違いのような形で、リンディさんと一緒に高町家に報告に行っているのだそうだ。

 

「あ、はやてちゃん。みんなも、お帰りなさい」

 

みんなで雑談をしていると、シャマルもやって来て合流した。今朝ヴァニラに貸していたトリックマスターを手にしている。

 

「ヴァニラちゃんから預かっていたの。ありがとう、ミントちゃん。おかげで助かったわ」

 

≪Master, I accomplished the mission.≫【マスター、私はやり遂げました】

 

「お疲れさまです。今回は無事成功したそうですわね。良かったですわ」

 

模造レリックの回収手術が成功したことは事前に聞いていたのだが、なのはやアリシアにとってはヴァニラの養女問題の方が重要だったようで、ずっとそちらの話題ばかりしていたのだ。

 

「後はルル・ガーデンのオリジナルだけですわね」

 

「そうね…ただデータ上、模造レリックとオリジナルのレリックだと色々な意味で違いが大きいのよ。超高エネルギー結晶体としての純度もそうね。基本的な手術の手順は変わらないと思うけれど、万が一爆発してしまった場合の被害規模は劣化版とは比べ物にならないと思うわ」

 

シャマルの言葉に一瞬背筋が寒くなった。爆発の規模としては、計算上では恐らくアースラ程度なら軽く吹き飛ばしてしまうくらいのレベルになるのだそうだ。

 

「…最初に爆発したのがオリジナルではなかったのは僥倖ですわね」

 

「ミントちゃん、『ぎょうこう』ってなぁに? 」

 

話の途中でアリシアが聞いてきたので、ふとなのはを見ると目を逸らされた。確かに小学校で習うような言葉ではないだろうと思っていたら、意外なことにはやてが説明していた。

 

「僥倖いうんは偶然、思いがけなく手に入った幸運ちゅう意味や。たまに小説なんかで使われとるな」

 

「へぇ~、そうなんだ。ありがとう。はやてちゃんも良く知ってるね」

 

「本は好きやし、結構色々読んどるからなぁ。自然と覚えたっちゅう感じやね」

 

やり取りの様子に微笑みながら、改めて考える。今のところレリックが危険なのは爆発に関することだけだ。ただいくら爆発の規模が大きいとは言っても、次元干渉型エネルギー結晶体であり、複数の同時発動で次元断層にまで被害が大きくなるジュエルシードと比べれば、まだ現実的といえる。

 

だがレリックはジュエルシードよりも状態が不安定で、ふとした拍子に爆発してしまう可能性が高い。プレシアさんが通常の封印を施した後に更にコーティングしているのも暴発を防ぐためだ。

 

「被害程度はそんなに大きくなくても、常に状態が不安定で、すぐに発動してしまうレリック…それから普段は比較的安定していて発動し辛いものの、一度発動してしまうと世界規模での被害を起こす可能性があるジュエルシード…どちらも厄介極まり無いですわね」

 

週末に海中のジュエルシードを4つ回収してから今日で3日が経つが、その間アースラで念のためにと走らせて貰っているスーパー・エリア・サーチにも反応は全くない。更にその1週間前から地上での反応が無いことを考えても、残り4つのジュエルシードはテロ組織に押さえられているとみて間違いない。

 

だがそのテロ組織の詳細な情報は判っていない。ルルの口を割らせることが出来ればいいのだが、尋問しているのが素人の俺だけなので、それがまたネックになってしまっている。

 

(何とかルルに喋らせる方法があれば良いのですが…)

 

揺さぶりをかけるなら、もう1人の転生者と思われる人間の名前でも当てることが出来れば良いのだが、そもそも転生者が全員ギャラクシーエンジェルのキャラクターと同じ容姿や名前を持っているという確証もない。仮にそうだったとしても、脇役まで含めた全てのキャラクターを知っている訳でもない。

 

(順当に考えればルルの上司はシェリー・ブリストル、或いはエオニア・トランスバールなのでしょうけれど)

 

漫画版でのルル・ガーデンの立ち位置は、シェリーの配下でありながらも常にエオニアの傍に控えているシェリーに対して嫉妬心を募らせており、いずれシェリーに代わって自分がエオニアの傍に着くことを画策していた筈だった。

 

自分にとって邪魔な人間に対して、平気で死の呪いをかけるルルならば、仮にシェリーが原作と同じような立場だったなら邪魔者として処分しようとした可能性は無いとは言い切れない。

 

(確証はありませんが、候補の一つとして考えておきましょう)

 

その時、不意に嘗てフェディキアの空港地下で捕らわれた時のことを思い出した。あの時、俺はルルに対して「トランスバール皇国」という言葉を使ったにも拘らず、反応が無かったのだ。もしルルの知り合いがエオニア・トランスバールだった場合、皇国という単語は置いておいたとしても「トランスバール」には反応していた筈だ。

 

(つまりこの時点で、少なくとももう1人の転生者がエオニアではないことが判った訳ですわね)

 

そこまで考えて、俺は溜息を吐いた。確かに俺はミント・ブラマンシュだし、他の転生者にはヴァニラ・H(アッシュ)もいる訳だが、ここはギャラクシーエンジェルの世界ではないし、俺達を取り巻く環境だって大きく異なる。もし転生者が全てギャラクシーエンジェルのキャラクターと同じ容姿や名前を持っていたとしても、原作通りの立場ではない可能性の方が大きいのだ。

 

(漫画版ではルルの配下だった筈のレゾム・メア・ゾム…彼がテロ組織のリーダーである可能性だってありますわよね)

 

もっと言ってしまえば、アニメ版で噛ませ犬だったパトリック、ジョナサン、ガストなどがボスになっていてもおかしくない。つまり、この場でいくら考えてもそれは結局根拠のない推論でしかないということだ。

 

「ミント、大丈夫? 」

 

「ひゃいっ? 」

 

不意にかけられた声に驚いて、変な声を出してしまった。気が付くと、いつの間にか隣にフェイトが座っていた。

 

「あ…フェイトさん。いつからいらしたのです? 」

 

「ちょっと前からいるよ? 姉さんが来ているって聞いたから、ちょっと面白いものを見せようと思って来たんだけど…」

 

「すみません、少し考え事をしていたのですわ。というか、面白いものって何ですの? 」

 

フェイトが微笑みながら示す先には、真っ赤な顔をしたクロノがいた。どうやらフェイトと一緒に来たらしい。

 

「クロノ執務官、かわいい妹が出来た、今の心境を一言! 」

 

調子に乗ってクロノに突撃しているのはアリシアだ。普段のクロノならこのようにからかわれても一刀両断にしているのだが、何故か今日は必要以上にわたわたというか、そわそわしているような気がする。

 

「…何かあったんですの? 」

 

「どうやらヴァニラが、出かける前にエイミィのところに行って、クロノの呼び方について相談したみたいなんだ」

 

「あぁ…なるほど。状況が読めてきましたわ。それをネタにエイミィさんにからかわれたんですのね」

 

頷くフェイトに確認したところ、エイミィさんのお勧めは「お兄ちゃん」だったらしいのだが、これはヴァニラ本人も何か違うと感じたようで、結局上手く言えなかったらしい。その後「兄さん」や「兄貴」など、色々な呼び方を試したようなのだが、結局纏まる前にヴァニラが海鳴に行ってしまったらしい。

 

「で、ヴァニラが帰ってきたら改めて呼び方を決めるらしいんだけど、そのことでエイミィが随分とクロノのことを弄っちゃって、こうなったんだ」

 

フェイトとそんな話をしていると、なのはもこちらにやって来て会話に加わった。

 

「なんだかヴァニラちゃんが『お兄ちゃん』っていう言葉を使うイメージは無いかな。でも『兄貴』はもっと無いと思うよ。わたしとしては『兄さん』が一番合いそうな気がするけど、何かそれも違うような気がするなぁ」

 

「私はなのは程ヴァニラとの付き合いがある訳じゃないけれど…確かに『お兄ちゃん』は違うと思う」

 

その後もなのはとフェイトで「兄上」とか「お兄様」とかの候補を挙げては「合わないね」と首を捻っていたのだが、そのうち「ミント(ちゃん)はどう思う? 」と異口同音に聞いてきた。正直、今候補に挙がったものは全て彼女のキャラではないような気がしていたのだが、取り敢えず無難な答えを返しておくことにした。

 

「そうですわね…わたくしもヴァニラさんとは知り合って間もありませんが、やっぱり『お兄ちゃん』だけは無いと思いますわよ。というより、ヴァニラさんのことなら一番付き合いの長いアリシアさんに聞くのが良いのではないですか? 」

 

俺がそう言うと、2人共納得したような顔で頷き、はやてと一緒になってクロノを弄るアリシアを呼び寄せた。

 

「クロノくんの呼び方かぁ…今まで通りじゃないかな」

 

「え…それって『クロノさん』のままってこと? 」

 

「うん。ヴァニラちゃん、性格的にそう言う呼び方を急に変えたり出来ないと思うよ」

 

そう言われてみれば、確かにそんな気がする。そんな話をしていると丁度タイミング良くヴァニラが戻ってきた。

 

「あ! お帰り、ヴァニラちゃん」

 

「ただいま。どうしたの? 何か盛り上がっていたみたいだったけれど」

 

「ヴァニラちゃんが今日からクロノくんのことをどう呼ぶのか、みんなで話して盛り上がっていたんだよ」

 

なのはの回答を聞いてヴァニラは苦笑した。

 

「あぁ、そのことね。リンディ提督とも相談したりして色々と考えてみたんだけど、結局無理に改めなくてもいいんじゃないかなって…そういう訳ですのでクロノさん、改めてこれからもよろしくお願いします」

 

ヴァニラはそう言って、兄になったクロノに会釈した。

 

「さすが姉さん、大正解だね」

 

「うん。さすがアリシアちゃん」

 

「まーねー」

 

得意そうに笑顔を見せるアリシアと異なり、クロノが少し寂しそうな表情をしたのを、俺は見逃さなかった。

 

「クロノさん…残念でしたわね」

 

「君か…残念って、何のことだ? 」

 

惚けるクロノの横に回り込み、そっと囁いた。

 

「…『お兄ちゃん』」

 

「!! 」

 

「…と、呼んで欲しかったのではありませんか? 」

 

「なな何を言っているんだ君は。これでエイミィに弄られないで済むと思って安心していたところだ。僕はもうブリッジに行くからな」

 

真っ赤な顔のまま席を立って、そのまま去ろうとするクロノを見送りながら、クスリと笑みが零れた。あの態度では逆に弄るネタを提供している以外の何物でもないだろう。

 

「お疲れさま、と言っておきますわ」

 

エイミィさんの満面の笑顔を思い出しながら、俺はそう呟いた。

 




いつもよりも文字数が少な目ですが、キリが良いので投稿してしまいます。。

今回はとにかく筆が乗りませんでした。。プライベートでいろいろとあって、気が散ってしまったのが原因です。。

特に今週始まったブラウザゲームのイベントが思うように進められず苦労していることと、旅行に出ている知り合いにしばらくペットの世話をお願いされていることが大きいです。。

イベントは来週まで続くし、ペットの面倒も見てあげないといけないので、申し訳ないのですが来週の投稿はお休みさせて頂きます。。

落ち着いたらまた続きを投稿しますので、しばらくお待ちくださいませ。。

※タイトル修正しました。。×「27話」→○「26話」です。。大変失礼しました。。


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第27話 「雷撃」

※連続になりますが、今回もミントパートのみです。。


お兄ちゃん騒ぎがあった翌日、はやてへの魔力譲渡を終えた俺はまたルルが収監されている拘束室に向かった。万が一のことを考慮して食事の提供も全て俺が対応しているのだが、既に4日も経っていることもあり手慣れたものだ。既にこうした作業も日常の光景になりつつあった。

 

「…一体いつまでこんなところに閉じ込めておくつもり? 」

 

「貴女が素直に色々なことを喋ってくれるまで、だと思いますわよ」

 

「そう簡単に口を割る訳ないじゃない」

 

拘束室の配膳口から食事を渡す。ふと、ルルの雰囲気が昨日までと少し違っているような気がした。暫くその場に留まって様子を伺うが、どこがどう違っているのかといった詳細までは認識出来なかった。

 

「…気が変わったら、いつでも歓迎しますわよ」

 

「それより私の部下が爆発したって言ったわよね。あれ、いつのことだったかしら? 」

 

不意にルルから質問を受けて、一瞬まじまじと彼女の顔を見つめた。

 

「…何よ」

 

「いえ、別に。貴女達を拘束したのが4日前、彼が爆発したのがその翌日ですから、3日前ですわね」

 

「そう…判ったわ」

 

それだけ言うと、ルルは興味を無くしたかのように俺から視線を外した。それからはいつも通り、話しかけても特に返事は無かった。相変わらず昨日までとは違った雰囲気のような気はするのだが、はっきりとどこが違う、というようなことが判る訳でもない。軽く溜息を吐くと、俺はルルの拘束室を出てブリッジに向かった。

 

 

 

「あら、ミントさん。いらっしゃい」

 

リンディさんが笑顔で迎えてくれる。一応アースラの内部は機密だらけだった筈なのだが、なし崩し的に民間協力者になってしまった俺の扱いは嘱託魔導師であるフェイト達と殆ど変らず、ブリッジに入ってもこうして歓迎して貰える。最近ではクロノも諦めている様子だ。

 

「リンディさん、お疲れさまです」

 

「今日は玄米茶を淹れて貰ったの。ミントさんも如何? 」

 

「ありがとうございます。頂きますわ」

 

緑茶だけでなく、玄米茶にもミルクと砂糖をたっぷり投入するのがリンディさんクオリティ。見た目は怪しい色の飲み物になってしまっているが、これも意外と美味しい。エイミィさんからその玄米茶ラテのようなものを受け取ると、そこに更にミルクを追加した。ちなみに玄米茶1に対してミルク2くらいの割合が個人的にはベストだと思っている。

 

「ところで、今日は何の御用かしら? 」

 

「ジュエルシード探索の現状を確認しに来たのですが…さすがに進捗はなさそうですわね」

 

海中のジュエルシードを確保した後も念のため地上の探索は続けて貰っていたのだが、矢張り新規のジュエルシードは見つかっていない様子だった。尤も海中にあったジュエルシードを封印する前にも1週間地上の探索でヒットなしだったことから、これは想定内のことだ。

 

「残りは4つだったわね。探索でも見つからず、発動もしていないのだから、十中八九テログループの手に渡っているものと考えてよさそうね。尤もだからといって探索をやめる訳にはいかないのだけれど」

 

「問題はそのテログループがどこを拠点にしているのかが判っていないことですよ、艦長。あ、ミントちゃん、お茶のお代わりは? 」

 

エイミィさんがポットを持って来てくれたが、今は大丈夫と首を振る。

 

「…そう言えば、ルル・ガーデンの様子はどうだ? 少しは落ち着いたのか? 」

 

「さっき見てきた限りでは、平常運転の様子でしたわね…ただ少し雰囲気が今までと違っていたような気はしましたけれど」

 

オペレーターに何やら指示を出していたクロノがこちらに問いかけてきたので、何の気なしに先程の感想を伝えた。するとクロノは神妙な顔つきで少し考えるような素振りを見せた。

 

「一応、録画してあった映像データを確認してみよう。エイミィ、準備してくれ」

 

「気のせいかもしれませんわよ? 」

 

「ダメ元でも良いさ。ただ、クルーの中でルル・ガーデンと一番接しているのが君だからな。違和感があったのなら、もしかしたら何かの突破口になるかもしれない」

 

クロノはそう言うと、エイミィさんの席に向かった。俺も慌てて後に続く。

 

「準備出来てるよ。データ抽出も完了…再生するね」

 

エイミィさんが再生したのは十数分前の映像。一通り映像を観た後で、今度は隣のモニターに前日以前のデータも再生される。エイミィさんがコンソールをカタカタと叩くと、ルルの表情がモニター上に数値化された。

 

「成程ね…ぱっと見だと殆ど判らないけれど、口角がほんの少しだけ上がっているね」

 

「つまり…笑っている、ということか? 」

 

それを聞いた途端、嫌な予感がした。全体的にいつもよりも僅かに口角が上がっている様子だったのだが、特に笑ったと思われるデータが残されていたのは、丁度銃の男が爆発してから3日経ったことを告げた直後のことだったのだ。

 

「クロノさん、もしかすると…」

 

「ああ、判っている。テロリスト達の襲撃が計画されている可能性も考慮しておいた方が良いだろうな」

 

今までに恭也さん達が捕えたテロリストは地球で捕縛されたままになっているようだが、今アースラにいるのは人工リンカーコア改め模造レリックを埋め込まれていた魔導師もどきだ。しかもオリジナルレリックを埋め込まれていることが確定的である、ルル・ガーデンもいる。当然、以前捕えられたテロリストとは保持情報量が違う筈だ。

 

「…奪還、或いは口封じですわね」

 

「どんな手で攻撃してくるかは判らないが、次元空間では通常レーダーの精度が極端に落ちる。念のためいつでも通常空間に退避できるようにしておく必要があるだろうな」

 

ちなみに今アースラは通常の宇宙空間ではなく、次元空間内に留まっている。ただ万が一通常空間に出てしまったとしても、艦全体を覆う認識阻害魔法の効果により地球から観測されることはまずないだろう。それでも矢張りこんな大きな艦が地球の衛星軌道上に、誰にも気付かれずに停泊するというのは困難だしリスクも高い。次元空間内だけで対応出来るなら、それに越したことはないのだ。

 

「魔導師同士がこういう状況で戦う場合、本来警戒すべきなのは次元跳躍魔法による攻撃なんだけれど…」

 

リンディさんがそう言って首を傾げる。

 

「勿論その可能性も考慮してはおきますが、基本的には魔法攻撃よりも質量兵器による攻撃を警戒するべきですね」

 

「そうね、今までの経緯から考えると、それが妥当だわ」

 

リンディさんとクロノの話を聞きながら、ふとアースラの武装が気になった。アースラといえばアルカンシェル搭載可能艦ではあるが、アルカンシェルは殲滅力が高すぎることから平時の運用は認められておらず、当然今のアースラには取り付けられていない。だがそれ以外にアースラの兵装というものを見た記憶が無かったのだ。

 

だがその疑問を口にすると、クロノはさも当然のように答えた。

 

「何を言っているんだ? 仮にも次元世界の治安を守る次元航行艦、それもL級艦だぞ。兵装を搭載していない訳がないだろう」

 

「左舷と右舷にそれぞれ5門ずつ、合計10門の中距離魔力砲、ブレード側面には近接迎撃用として魔力ファランクスタイプのCIWSも装備しているんだよ」

 

エイミィさんが図解入りで兵装の説明をしてくれるが、モニターに映し出された華奢な砲塔を見る限り、若干の頼りなさを感じてしまうのは仕方ないだろう。正直、最初に見た時には砲塔ではなく何かをひっかけるフックのようなものとさえ思っていたのだ。

 

「ミントさん、不安かしら? 」

 

リンディさんが俺の横に立つと、そう聞いてきた。

 

「そうですわね…正直に申し上げますと、確かに不安に思うところもありますわ」

 

「気持ちは判るわ。元々アースラの運用目的は治安維持や巡視であって、兵装だって必要最低限のものですものね」

 

「しかも相手がどんな手段を取ってくるのか、全く見えないところもある。魔力防壁は出力を最大まで上げておこう。それから艦長、万が一の時はお願いします」

 

「ええ、判ったわ。プレシアにも協力して貰いましょう」

 

リンディさんもプレシアさんも自身が保有する魔力だけでなく、魔力駆動炉など他の媒体からの魔力供給を受けることで素の魔力量を超える魔力を行使できる。レアスキルのように個人特有のものではないのだが、外部からの魔力供給を制御するのは非常に困難で、使いこなすことが出来る人はそう多くはいないらしい。

 

この制御が出来る人は魔導師ランクを取得する際に「条件付き」として通常よりも高いランクを保持できるのだ。ちなみにプレシアさんは基本がSランクの条件付きSSランク、リンディさんは基本がAA+ランクの条件付きS-ランクとのこと。尚、これはあくまでも魔導師ランクであり、個人が保有する魔力量とはまた異なる。

 

そんなことを考えていると、丁度ブリッジにプレシアさんがやってきた。どうやらリンディさんが呼び出していたらしい。一緒にやってきたフェイトに軽く挨拶をする。

 

「ミント、お疲れさま。何かあったの? 」

 

「例のテロリストの件ですわ。アースラが襲撃される可能性が出てきたものですから」

 

俺がそう言うと、フェイトも表情を引き締めた。リンディさんがプレシアさんに状況を説明しているのを横で一緒に聞く。

 

「…襲撃される可能性が高いことは判ったわ。問題は襲撃がいつ、どのような方法で行われるかが判らないことよね」

 

「はっきり言えば今、この場で襲撃があってもおかしくない状況よ。第四種警戒態勢ね」

 

アースラでは第一種から第四種までの警戒態勢があり、第四種が最も厳しい状況であることを示す。軍隊などで使われる第一級や第二級といった戦闘配置とは逆順のようだが、生前に観たことがある怪獣映画で使われていた言葉と同じだったこともあり、すぐに馴染むことが出来た。

 

「ですが艦長、第四種警戒態勢ということになると転送ポートを使用した移動は近距離の戦闘行動に限定されます。そうするとはやてちゃんや守護騎士のみんなも戦闘行動中、アースラに滞在することになりますが」

 

「それは仕方ないわね。むしろアリシアさんやなのはさんが巻き込まれずに済んだことを幸いとしておきましょう。はやてさんには守護騎士がいるから大丈夫だとは思うけれど、念のため武装隊の護衛をつけておいて貰えるかしら」

 

エイミィさんの問いかけにリンディさんが答え、クロノに指示を出す。

 

「姉さんやなのははともかく、リニスとアルフも戻ってこれないね…ユーノもだけど」

 

クロノが艦内に第四種警戒態勢を発令していると、ふとフェイトがそう呟いた。

 

「そうですわね。戦力としてあてに出来る分、残念ではありますが…仕方ありませんわ。ところでクロノさん、わたくしはよろしいのですか? 」

 

「君だって当事者だし、どうせ避難しろと言ったところで居座るつもり満々だろう」

 

フェイトに答えるのと同時にクロノにも声をかけると、ため息交じりにそんな答えが返ってきた。

 

正直なところアリシアはともかく、なのはの攻撃力、ユーノの防御力は惜しいし、リニスに至っては俺達の師匠でもある。アルフにしても近接戦闘では相応の実力を身に着けている。だが今の状況で長距離転送を行うのは非常に危険なのだ。長距離転送ポート稼働中に攻撃を受けても誤転送処理が発生する可能性は極めて低いが、万が一ということもある。

 

「はやてには念のため艦中央の医療ブロックに避難して貰った。守護騎士も一緒だ。何かあった時はシグナムとシャマルがこちらに協力してくれるそうだ。今はヴァニラも一緒に、敵の襲撃に備えて医療ブロックで待機してくれている」

 

クロノがそう言った瞬間、艦内にアラートが響き渡った。

 

「レーダーに感! 投射型質量兵器と思われます! 1時方向から2発が高速接近中! 」

 

「次元魚雷かっ! 魔力砲及びCIWS、迎撃用意! 撃て!! 」

 

クロノの声と共に、モニターに映し出されていたフックのような砲塔の正面に魔法陣が浮かび上がり、次の瞬間砲撃魔法が放たれた。プラズマのようなものを纏って発射される砲撃は砲塔の貧弱さとは裏腹に思っていた以上に迫力があり、思わず見入ってしまう。さすがになのはが使うディバイン・バスターよりも威力は落ちるようだが連射性能は上のようで、連続した砲撃を行っている。

 

アースラに向かっていた2発の魚雷のうち、1発を砲撃魔法が薙ぐ。攻撃を受けた魚雷はその場で爆発するが、もう1発は爆発することなく距離を縮めてきた。だがその魚雷もCIWSの射撃によって爆散し、アースラに届くことはない。

 

次の瞬間、モニター上の一部にアラートが表示された。

 

「強力な電磁パルスを確認。EMP防壁正常に作動。メインコンピュータには影響ありません。但し先日の爆発で修理した一部の電気回路にて停電発生。魔力修復は完了しています。電力の完全復旧まであと5秒」

 

「EMP攻撃か。本来なら防壁だけで完全に防げたはずだが…まぁ実害も無かったようだし、良しとするか」

 

クロノが言い終わるよりも早く、表示されていたアラートはグリーンの「OK」の文字に変わり、そのまま消えた。だがそれで安心している暇はない。

 

「魚雷、第2射! 来ます! 2時方向から6発、距離12,000! 」

 

「くそっ、迎撃急げ! 索敵、どうなっている!? 」

 

「魚雷の発射元、特定出来ません! 先程の停電から、レーダー索敵範囲が大幅に減衰しています! 」

 

「…爆発の際に、EMP攻撃に反応するような物質を散布されたか。くそっ、どうして気付かなかった! 」

 

艦同士の砲撃、雷撃戦となると、魔導師は途端に無力になる。艦内から次元空間や宇宙空間に対して攻撃を行うことが基本的に出来ないからだ。フライヤーならば強引に艦外に飛ばしてCIWSの代替くらいは出来るかもしれないが、デバイスを介して発射する砲撃魔法は艦の艤装を使う他に方法がない。出来ることといえば精々艦を砲撃から護るための防御魔法の展開くらいなのだ。

 

恐らくリンディさんとプレシアさんが展開したのであろう、その防御魔法が砲撃を掻い潜ってきた魚雷を防ぐ。せめて敵艦の所在が明らかになれば、座標を特定して武装隊を近距離転送で送り込むことによる制圧も可能なのだろうが、現状ではそれも困難だ。

 

「…見ているだけで、何もできないのは辛いね」

 

フェイトが隣でそう言う。現時点では仮にフェイトの魔力量と制御力でファランクス・シフトを使用したとしても、フライヤーよりも若干攻撃範囲の広いCIWS程度にしかならないだろう。敵艦の機関部に攻撃魔法を直撃させて足を止めるような運用をするなら、最低でも敵艦までの距離を1,000メートル程度まで縮めなければならない。

 

(ただでさえレーダーの索敵範囲が狭まる次元空間内…しかも索敵範囲が減衰している状況では対応が後手に回ってしまいますわね。ここはリスクがあっても通常の宇宙空間に出た方が…)

 

そこまで考えた時、ふとかつて自分自身が発した言葉を思い出した。

 

『つまり大昔の遺品で、今は要らない魔法っていうことですわね』

 

ハッとして顔を上げると、丁度同じことに思い至ったと思われるエイミィさんと目が合った。

 

「ミントちゃん! たしか宙域艦隊戦用超広域探索魔法、持ってたよね!? お願い! 使わせて! 」

 

「トリックマスター、『ハイパー・エリア・サーチ』データ転送! 急いで下さいませ! 」

 

≪Sure. I will do it at once.≫【はい、直ちに】

 

アースラのデータベースにアクセス許可を貰い、「スーパー・エリア・サーチ」の基になった艦隊戦用の索敵魔法術式をコピーしていく。コピーしたデータは即座にコンピュータ上で解析が行われ、発動準備が整う。

 

「ありがとう、ミントさん。借りるわね」

 

リンディさんがそう言うと、メインモニターに宙域図が表示された。次元空間内のため、障害物のようなものは一切無い。中央の青いマーカーはアースラを表しているらしい。そこからかなり離れたところに赤い光点が3つ。補足説明文が合せて表示されている。

 

「えっと…スパード級駆逐艦とバーメル級巡洋艦、それにジゼル級ミサイル艦っていうのがそれぞれ1隻ずつ…あまり聞かない名前だね」

 

「昔、辺境世界で使われていた艦名だ。強力な質量兵器を搭載しているから油断はできないが、確か全て無人艦だった筈だ。次元空間内でこれだけの索敵性能があることからも、レーダーとは違う索敵方法を採用しているものと思われる。まずは接近してスキャン、無人である確認が取れたら攻撃だ。人が乗っているようなら武装隊で制圧する! よろしいですね、艦長」

 

「ええ。それでお願いするわ」

 

クロノの指示でアースラが移動を開始した。魚雷による攻撃は相変わらず行われているが、ハイパー・エリア・サーチで敵艦までの宙域を俯瞰できるようになったため、レーダーの指向性を高めることで早めの対応を実施し、確実に迎撃していく。

 

「え…あれっ? 」

 

そんな中で、エイミィさんが声を上げた。

 

「どうした、エイミィ? 」

 

「クロノ君、不味いよ! ルル・ガーデンがいない! 拘束室の扉が開いてるよっ! 」

 

「何だって!? くっ、さっきの停電か! 」

 

ルルは体内にオリジナルのレリックを埋め込まれている。万が一遠隔で爆破されたりしたら、アースラですら轟沈してしまうだろう。俺は咄嗟にトリックマスターを錫杖形態にすると、バリアジャケットをセットアップした。

 

「わたくしが行って参りますわ! クロノさんはヴァニラさんとシャマルさんに協力要請をお願いします!」

 

「ミント、私も一緒に行くよ」

 

「了解した! エイミィ、索敵と並行して艦内モニターの映像を回せ! 」

 

同じくセットアップしたフェイトと一緒にブリッジを飛び出すと、まずははやて達が避難している医療ブロックに向かった。ヴァニラとシャマルもここにいる筈だ。プレシアさんはブリッジに詰めているため封印魔法は使えないが、最悪の場合その場でレリックの摘出をすることになる可能性もある。そのためにはどうしても2人の協力が必要だった。

 

「…オリジナルの、レリックは、確保、できないかも、しれませんわよっ」

 

『残念だが、状況が状況だけに仕方ないだろう。今はそれよりもアースラ乗員の命が最優先だ』

 

走りながらもクロノと通信で連絡を取り合う。医療ブロックに到着すると、既にヴァニラとシャマル、それにシグナムが準備を整えていた。

 

「執務官から話は聞いている。私も同行しよう。魔法を封じてあるのなら、気絶させて取り押さえることも可能だろう」

 

「助かりますわ。それからシャマルさんとヴァニラさんは…」

 

「うん、聞いてる。レリックの摘出とその後の処置だよね」

 

ヴァニラの確認に首肯する。するとシャマルが少し思案するような面持ちで口を開いた。

 

「1つ、良いかしら。激しく動き回る相手に、旅の扉を行使するのは難しいわ。元々万全なバリアジャケットを構築した相手には効果が薄いような、繊細な術式なのよ」

 

バリアジャケットが破損していたり、そもそも展開すらしていなければ先日の手術のようにレリックだけを摘出することも可能らしいのだが、それにしても対象が動き回っているような状態だと正確な摘出は困難らしい。

 

「まぁ相手を無力化する目的で私も同行するのだから、問題は無いと思うがな。テスタロッサも一緒なのだろう? 」

 

「はい。私も全力でサポートします」

 

「期待しているわ。でもどうしても間に合わないと思ったら…その時は身体ごと転移させる可能性もある。そのことは覚えておいてね」

 

つまり爆発の兆候が現れたら、アースラを護るためにルル・ガーデンを切り捨てる、ということだ。可能な限り避けたい事態ではあるが、今回はやむを得ない処置だろう。それについては俺が口を開くよりも先に、クロノが通信を送ってきた。

 

『それで構わない。協力に感謝する。それからルル・ガーデンの所在が判った。最下層のコンテナ格納エリアだ』

 

「すぐに参りますわ! 」

 

そう言って駆け出そうとした俺をヴァニラが引き留めた。

 

「クロノさん、艦内でトランスポーターを使用してもいいですか? 」

 

『…許可する。座標は判るな? 』

 

「はい。行くよ、ハーベスター。みんなも、乗って」

 

≪All right. "Transporter" activated.≫【了解。『トランスポーター』起動】

 

ヴァニラに促されてポータルに飛び乗る。視界が翠の魔力光に包まれ、俺達はそのまま転移した。

 




長いことお休みを頂いておりましたが、ようやく1話書きあがりました。。
でもまだ暫くの間は不定期更新になりそうです。。

活動報告にも書きましたが、最近は機動戦艦ナデシコの二次創作小説にはまっています。。
読んでばかりで書く方がおろそかになっているのが更新遅延の理由の1つなわけですが。。

ただ残念なのは、展開が面白いにも関わらず、途中で更新が途絶えてしまっているお話が非常に多いことです。。
これは自身に対しても戒めとして、たとえ更新が遅くなっても最後まで書き切るように頑張ります。。

引き続きよろしくお願いいたします。。

※一部ご指摘に基づき、レーダーの索敵範囲がEMP攻撃により減衰したとの表現を追記しました。。


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第28話 「虹彩異色」

※今回はヴァニラパートのみです。。


「思っていたよりも遅かったわね」

 

一瞬の浮遊感の後、コンテナ格納エリアに転移した私達は、不敵な笑みを浮かべたルル・ガーデンさんと対峙する。どうやって外したのかは判らないけれど、魔法を封じるために装着させられていた筈の腕輪は既に彼女の腕には存在しなかった。

 

「…バインドと同じ要領で、より大きな魔力をつぎ込めば確かに破壊できる可能性もあるけれど…それにしたって、あの腕輪を破壊するのはSランク以上の魔力が必要な筈よ」

 

シャマルさんが小声でそう言う。改めてルルさんの様子を伺うと、リンカーコア容量自体は依然としてAAA程度を保っている様子ではあったものの、まるで外部からの魔力供給を受けているかのように循環魔力総量が上昇しているようだった。

 

「まさか…アースラの魔力駆動炉から…? でも確かアースラからの魔力供給はリンディ提督とプレシアさんに限定されている筈なのに」

 

『恐らく、例の爆発の際に時限式のウイルスのようなものも一緒にばら撒いていたんだろう。事前に検知出来なかったのは明らかにこちらの手落ちだな』

 

思わず口走った私の疑問に答えるように、通信ウインドウ越しにクロノさんの悔しそうな声が聞こえる。

 

『すぐに駆除作業に取り掛かるが、例の無人艦との戦闘も同時に処理する必要がある。すまないが魔力供給路の完全な遮断はもう少し待ってくれ』

 

「大丈夫だよ、執務官殿。例え相手がオーバーSランクだったとしても、所詮は1人。ただでさえベルカの騎士ならば1対1の戦闘に於いて負けは無い。それに加えて…」

 

「そうですわね、今はこちらが手数でも勝っていますわ。投降するなら今の内ですわよ」

 

シグナムさんがレヴァンティンという名前らしいアームドデバイスの剣を構えると、ミントさんもフライヤーを生成する。フェイトさんもバルディッシュを構えてミントさんの隣に並び立った。

 

「…これ以上抵抗するなら、管理局としても容赦しない。武装解除して投降を…」

 

「はっ、何を今更。寝言は寝て言うものよ! 」

 

フェイトさんの言葉を遮るように言うと、ルルさんは即座に生成したスフィアから直射弾を放ってきた。血のように真っ赤な魔弾がフェイトさん達に届く手前でプロテクションを発動させ、受け止めることに成功した。

 

「…防御は私が」

 

「ありがとう、ヴァニラ。シグナム、行きましょう」

 

「ああ」

 

恐らくプロテクションが無かったとしても、フェイトさんやシグナムさんなら問題なく回避可能だった筈。ただ直前に念話で行った打ち合わせで、攻撃魔法を撃たれた場合は出来るだけプロテクションで受け止めることになっていた。

 

シグナムさんとフェイトさんがそのまま散開し、それをミントさんのフライヤーが援護する。

 

「シャマルさんはレリック摘出の準備をお願いします」

 

「判ったわ」

 

ペンダルフォルムに変形したクラールヴィントが青磁色の鏡面を形成する。

 

「チャンスがあったら即座にシークエンスに入るわ。申し訳ないけれど、後処理はお願いするわね。でもさっきも言った通り、成功するかどうかは五分五分よ」

 

申し訳なさそうに言うシャマルさんに、頷いて返す。シャマルさんの「旅の鏡」は、とても繊細な術式だ。前にも話を聞いてはいたけれど、発動させるためにはルルさんを取り押さえるだけでなく、構築されたバリアジャケットもある程度破損させておく必要もあるらしい。それは取りも直さず、こちらからの攻撃に手を抜くことが出来ないことを意味している。

 

(普通に考えるなら、次元間航行中の艦内戦闘で内壁を傷つけるような攻撃魔法は使用できない…ルルさんだってそれは理解している筈。もしかしたら逆手に取ってくるかも。だけど…)

 

ルルさんが放つ攻撃魔法は、極力プロテクションで受け止める。躱したり、シールドで受け流したりすると、アースラの内壁を傷つける可能性があるからだ…というのが建前。実はこれ、ルルさんの油断を誘うための作戦でもある。シグナムさんとフェイトさんの攻撃がダメージよりも命中力重視で、ルルさんの行動を阻害するだけに留まっているような印象を受けるのも作戦の内。

 

それが功を奏したのか、ルルさんが徐々に高威力の攻撃魔法を使用するようになってきた。威力を高めるために魔力をつぎ込むことは相手に与えるダメージが大きくなることを期待できる一方で、それだけ隙も多くなる。

 

「…これなら、どうっ!? 」

 

ルルさんが高威力の直射弾を放つ。威力だけなら砲撃魔法にも引けを取らないだろう。生半可なプロテクションなら貫通もするかもしれない。

 

「今ですわっ! 」

 

高威力の攻撃魔法を受け止めるのではなく、躱したミントさんの手には砲撃モードに変形したトリックマスターが握られていた。自分の正面に展開された魔法陣と高まる魔力に、ルルさんの表情に焦りが浮かぶ。

 

「パルセーション・バスターっ!! 」

 

「く、ぁっ…! 」

 

ミントさんの砲撃を、ルルさんは身を捩って紙一重で躱した。ただ、身に着けたバリアジャケットは大きく抉れている。

 

「シャマルさん、行けますか!? 」

 

「…ゴメン、もうちょっと! 」

 

まだもう少し損耗させないとダメなようだ。それにいずれにしても精密な摘出作業を行うならルルさんが動きを止めるか、こちらが彼女を取り押さえるかする必要があるだろう。今の状態では摘出は困難だ。

 

私は気持ちを切り替えて、両足から床に魔力を流し込むようイメージする。今の一連の攻防で少なからず損傷してしまったアースラの内壁だったが、床から伝わった私の魔力が即座に修復を完了させた。

 

<…さすがですわね。ありがとうございます。助かりましたわ>

 

ミントさんからの念話が届いた。

 

<こっちは問題ないよ。でもバリアジャケットはもう少し破損させた方が良いみたい>

 

<了解ですわっ>

 

視線はルルさんから外さないまま、ミントさんはフライヤーを展開した。シグナムさんとフェイトさんも一緒に距離を詰めようとした時、クロノさんから緊急通信が入った。

 

『敵艦1隻、スキャン中に自爆シークエンスに入った! シールドがあるからダメージは来ないだろうが、かなりの揺れが想定される! 全員衝撃に備えてくれ!! 』

 

その直後、アースラ全体を大きな揺れが襲った。揺れに足を取られて転びそうになるが、シグナムさんが支えてくれたおかげで何とか持ちこたえた。

 

「大丈夫か? H(アッシュ)」

 

「はい…ありがとうございます」

 

お礼を言って体勢を整えたその瞬間、視界の端に映ったルルさんが分裂したように見えた。

 

「幻影だ! ミントっ! 」

 

「ええ、判っておりますわ! トリックマスター、スーパー・エリア・サーチ! 」

 

≪"Super Area Search" invoked.≫【『スーパー・エリア・サーチ』発動】

 

フェイトさんとミントさんが真っ先に対応する。どうやらルルさんはこちらの一瞬の隙をついて逃亡を図った様子だ。

 

「逃しませんわよっ、フライヤーっ! 」

 

「く…っ! 」

 

更に数発の射撃魔法がルルさんに命中し、バリアジャケットの破損が広がる。

 

「これくらいダメージが蓄積しているなら、行けるかもっ」

 

シャマルさんはそう言うと、旅の鏡の前に立って改めて魔力を集中させ始めた。なら後はルルさんを拘束するだけだ。丁度その時、ルルさんの魔力総量が急激に減少した。

 

『すまない、待たせたな。無人艦はさっき自爆したのも含めて全て沈黙。ウイルスの駆除も完了だ。引き続き、ルル・ガーデンの捕縛に当たってくれ。プレシア女史もそちらに向かわせる』

 

「…だそうですわ。いよいよ年貢の納め時ですわね」

 

タイミングよく入ったクロノさんからの通信を引き継ぐ形でミントさんがルルさんに声をかけた。シグナムさんとフェイトさんもそれぞれのデバイスを構えてルルさんを取り囲んでいる。

 

「…随分と邪魔してくれたわね。この借りは…」

 

そう言いかけたルルさんの目の前に、砲撃モードのままのトリックマスターが突きつけられた。

 

「…今まで他人の迷惑も顧みず、散々やりたい放題やってきたのでしょう。それを棚に上げて邪魔されたなどと…よく言えたものですわね」

 

淡々と言うミントさんを睨みつけるようにしていたルルさんだったが、突然胸を掻き毟って苦しみだした。

 

「く…ぁぁっ、あぁぁぁぁぁぁっ! 」

 

それと同時に彼女の体内で魔力が異常なレベルで高まっている感じがした。これは以前、模造レリックが爆発直前に示した挙動と同じだった。封印担当のプレシアさんはまだ到着していない。臨界まで数秒しかないだろうから、封印は不可能だ。

 

「シャマルさん!! 」

 

私がそう叫んだ瞬間、ルルさんの胸からシャマルさんの腕が突き出した。だが肝心のレリックは握られていない。

 

「お願いっ! 動かない…でっ!! 」

 

再度、シャマルさんの腕がルルさんの胸を貫く。その手には模造レリックよりもずっと禍々しい、血のように真っ赤な宝石が握られていた。そこから感じられる魔力圧力は既に限界のように思われた。

 

「ゴメン! 近距離転移しか…っ! 」

 

シャマルさんがそう言った瞬間、レリックは消失した。それとほぼ同時に、アースラをさっき無人艦が自爆した時以上の激しい揺れが襲う。恐らく長距離転移の座標を演算する余裕すら無かったのだろう。近距離で爆発したレリックはアースラの船体にもダメージを与えたようで、アラートがけたたましく鳴り響いた。

 

今度は私もバランスを崩して倒れてしまったが、私自身には特に深刻なダメージはない。

 

「ハーベスター、ルルさんのスキャンを」

 

≪All right. Medical scan started.≫【了解。スキャン開始】

 

すぐに立ち上がってハーベスターに指示を出すと、即座にシャマルさんのクラールヴィントも同期して情報を送ってくれた。そのまま私はルルさんの状態を再チェックした。意識は混濁しているようで、顔面は蒼白。

 

(血管の収縮、血圧低下に心拍数増加…麻酔なしの痛みによる一次性ショック状態か。少しでも軽減できれば…)

 

咄嗟に『サニティ』の呪文を唱える。痛みにより放出されるアドレナリンやノルアドレナリンがある程度痛みそのものを抑えてくれるだろうが、同時に興奮状態に陥り、不整脈などが発生してしまうのを防ぐためだ。この状況だと麻酔効果のある術式を使用しても効果は薄い。むしろ早急に施術を終え、睡眠導入した方が負担は少ないだろう。

 

取り敢えず近くにあった小さ目のコンテナを手術台代わりにしてルルさんを寝かせると、私は止血と損傷個所再生のために『リジェネレーション』の術式を展開した。

 

「…ミントさん、フェイトさん、取り敢えず…クロノさんへの状況報告と…アースラの損傷修復をお願い」

 

術式を制御しながら、並行してやった方が良いであろう作業をお願いする。

 

「…了解ですわ。トリックマスターはヴァニラさんをサポートして下さいませ」

 

≪Sure.≫【了解】

 

すぐにトリックマスターも同期し、三次元的な視覚情報が展開された。これで施術の難易度は大きく引き下げられる。私はふっと息を吐いた。

 

「ありがとう。こっちが安定したら、私もすぐに修復の方に向かうから」

 

「ヴァニラ、あまり無理はしないでね。ミント、行こう」

 

フェイトさんとミントさんに続いて、シグナムさんも立ち上がる。

 

「私も一緒に行こう。ここに残っても手伝えることはなさそうだしな。シャマルはH(アッシュ)をサポートしてくれ」

 

「判ったわ」

 

シャマルさんはそう言うと、青磁色の魔法陣を私の周りに展開した。それと同時に身体が軽くなったように感じる。恐らく以前、『リペア・ウェーブ』を行使した時に使ってくれたものと同じ術式だろう。

 

「ありがとうございます…すぐに終わらせましょう」

 

シャマルさんと頷き合うと、私達は治療に集中した。

 

 

 

麻酔なしでの施術はルルさんだけでなくこちらの負担もそれなりに大きかったのだが、然程大きな問題も無く成功した。容体が安定するまでルルさんには睡眠導入系の魔法で眠って貰うことになり、クロノさんの指示でルルさんを医務室に運んだ後、私とシャマルさんはその足で船体の修復現場に向かった。

 

「お疲れさま。状況はどう? 」

 

「ヴァニラさんこそお疲れさまです。今は艦内から魔力を送って外壁の修復をしているところですわ。トレーニングルームや内壁修復とは勝手が違いますから、難航していますわね」

 

ミントさんに説明を受けて、私も一緒に艦内から魔力を流すことにした。ふと見ると、プレシアさんやクロノさんも一緒に作業しているようだった。目が合ったので軽く会釈してから作業に当たる。ミントさんが言うように通常の修復と比べると勝手が違ったが、それでも魔導師の多くが作業に参加してくれたおかげで、外壁の修復は1時間とかからずに完了した。

 

その後の索敵でも周囲に敵影は無く、第四種警戒態勢は夜には第二種警戒態勢まで引き下げられた。もちろんこれで全てが終わったわけでは無いので、一時的にではあるが。

 

「そんなことになってたんだ…ごめんね、お手伝い出来なくて。でもみんな無事で本当に良かったよ」

 

アースラの食堂で夕食を食べながら、なのはさんがそう言ってきた。本来なら完全には危機的状況が去ったわけでは無いアースラに連れてくるのは気が進まなかったのだが、本人がどうしてもと言って聞かなかったのだ。アリサさんとすずかさんも一緒に来たがったようなのだが、自衛手段がない2人には今回は我慢して貰った。

 

尤も、アリシアちゃんも一緒に来ているけれど。これはプレシアさんとフェイトさんがアースラにいるために、特別に許可されたようなものだ。これに合わせてユーノさんやリニス、アルフさん達も一時的にアースラに引き上げてきていて、艦内はかなり賑やかな状態になっている。

 

「集結できる戦力は揃えておきたかったからな。少なくともリニスとアルフは十分戦力として期待できるし、ミントもユーノも管理局員じゃないとは言え、ジュエルシードの件では当事者だから」

 

クロノさんが私の隣の席で夕食を食べながら、そう言った。魔力的なことを言えば、ミントさんは言うまでもなく、なのはさんもユーノさんも十分に戦力として期待できる。ただ管理局員でもなく、年端もいかない彼等をあまり巻き込みたくないというのが本音なのだろう。

 

「まぁ、気持ちは判らないではないですけど。それに全員インテリジェント・デバイスのマスターなんだし、足手纏いにはならないと思いますよ」

 

「君も含めて、な。過剰な程助けて貰って感謝している。だけど、本当に無理だけはしないでくれよ」

 

「…判っています。大丈夫です」

 

「君が自分自身に対して使う『大丈夫』はあまり信用できないからな」

 

クロノさんの言葉に思わず苦笑する。ふと見れば、なのはさんも同意するように頷いていた。

 

「…倒れるような無理はしないって。約束する」

 

「うん! もしも無理しそうな時はわたしが止めるからね」

 

そう言うなのはさんに笑みを返すと、クロノさんが空の食器を手に取って立ち上がった。

 

「さて、僕はそろそろ戻るよ。緩和されたとはいえ、まだ第二種警戒態勢なんだ。他のクルーにも交代で食事をとって貰わないといけないし」

 

「…クロノさんこそ、ちゃんと休憩は取って下さいね。以前のように酷いクマを作ったまま仕事をしているようだと、私のこと言えませんよ」

 

ちょっとした意趣返しのつもりで言うと、クロノさんも苦笑しながら「気を付けるよ」と答えた。

 

アースラ艦内にアラートが響き渡ったのは、丁度その時だった。

 

「エイミィ、何があった? 」

 

『クロノ君! 丁度良かった。至急ブリッジにお願い! 索敵魔法に感あり。ハイパー・エリア・サーチの情報だと、スパード級駆逐艦2隻、バーメル級巡洋艦2隻、ザーフ級戦艦3隻、それにゼム級戦闘母艦1隻…戦闘母艦は旗艦表示が出てる! コード・ゼル、旗艦ゼル! 』

 

「旗艦だって!? …いや、むしろこちらから探す手間が省けたかもしれないな。判った、すぐに行く! 」

 

思わずなのはさんと顔を見合わせる。

 

「なのはさん、私達も行こう」

 

「うん! 」

 

クロノさんは律儀に食器を返却口に戻すと、そのままブリッジに向かって走り始めたので、私達もすぐに後を追った。同じことを考えたらしいミントさんやフェイトさん達とも合流し、結局ブリッジに到着した時には結構な大所帯になってしまっていた。

 

「艦長、遅くなりました」

 

「お疲れさま、クロノ執務官。聞いているとは思うけれど、ちょっと数が多いわね」

 

再び第四種警戒態勢が敷かれることになったブリッジで、リンディ提督の声に思わず首を竦める。

 

「あぁ、貴女達じゃなくて、敵艦の話よ」

 

微笑みながら言うリンディ提督に、内心ホッと胸を撫で下ろした。判ってはいても、それだけリンディ提督の声が真剣味を帯びていて、緊迫感を醸し出していたのだ。

 

「戦艦3隻を含む、計8隻…旗艦の戦闘力も未知数だし、前回以上に注意してかかる必要がありますね」

 

「そうね。駆逐艦と巡洋艦については前回のデータからある程度は予測出来るけれど、それでも油断は禁物だわ」

 

ブリッジ前面のモニターには敵と思われる艦が赤い光点で記されていて、それぞれに艦種が記載されていた。ふと隣を見ると、ミントさんが何やら難しそうな顔で考え事をしている様子だった。

 

<ミントさん、どうかしたの? >

 

クロノさんやリンディ提督の邪魔にならないよう念話で話しかけると、ミントさんはハッとした表情で私を見た。

 

<…敵のことについて、考えていましたの。ルルの言動から、テログループには他にも転生者がいる可能性が濃厚ですわ。わたくしは、それがリーダーではないかと踏んでいるのですが>

 

ミントさんは小さく息を吐くと、視線をモニターに戻した。

 

<旗艦ゼル…あれは元々『ギャラクシーエンジェル』で、エオニアが乗っていた船なのですわ>

 

<! じゃぁ、敵のリーダーって、まさか…>

 

私の問いにミントさんは首を振った。

 

<以前、これについてルルに水を向けてみたことがありますの。敵のリーダーはエオニアではないと思いますわ>

 

それだけは間違いない、とミントさんが言ったところで、エイミィさんが声を上げた。

 

「艦長! 敵艦から通信が入っています! 」

 

「っ! …繋いで頂戴」

 

すぐに前面モニターの中央にウインドウが開き、男性の姿が映し出された。

 

『…何だ。爆発させて残骸からロストロギアを回収出来れば楽だと思っていたのに、無傷かよ』

 

その男性は背中辺りまで伸ばした銀色の髪と、青い右目に赤い左目の虹彩異色症…所謂「オッド・アイ」が特徴的な青年だった。ふとミントさんを見ると、呆然としたような表情をしている。

 

「…誰? 」

 

ポツリとそう呟いているのが聞こえたのでミントさんは面識がないのかもしれないけれど、私はこの男性をどこかで見たことがあるような、そんな気がした。

 

(転生者と仮定するならギャラクシーエンジェルの登場人物っていう可能性が高い…そして私がプレイしたのは本当に最初の部分だけ。それでいてなお、私が知っているキャラクターと言ったら…)

 

そう思った瞬間、私は唐突にモニター上の男性が誰なのかに思い至った。この人はゲームではここまで髪を伸ばしていなかった。それに左目はいつも眼帯で隠していた。だから気が付くのが遅れたのだ。

 

<ミントさん、この人…クールダラス副指令だ…>

 

今、私たちの前で厭らしい笑みを浮かべている男性は、ゲームの中では頼れる副官だった筈のレスター・クールダラスだった。

 




3か月のご無沙汰です。。お待たせしてしまい、申し訳ございません。。

詳細は先日活動報告にも書きましたが、ここしばらく執筆できる状態ではありませんでした。。
だいぶ落ち着いてきたのでまた再開しようと思いますが、まだ本調子ではないので今後も投稿は遅延すると思います。。

ただ遅くなっても完結できるように頑張ってまいりますので、引き続きよろしくお願いいたします。。

なお、ギャラクシーエンジェルでは、レスター・クールダラス副指令は眼帯を取ると「シャランラー」と巨乳美女に大変身するのだそうです。。(by GAみち)

※旗艦の表現に若干の修正を入れました。。ご指摘ありがとうございます。。


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第29話 「突撃」

ヴァニラからの念話に一瞬思考が止まる。それから改めて男を見ると、確かにレスター・クールダラスに見えないこともなかった。

 

(…何でそんな中二病チックな容姿をしていますのっ!? )

 

思わず心の中でツッコミを入れてしまった俺は決して悪くないと思う。何しろ銀髪オッドアイである。銀髪だけなら次元世界では特段珍しい髪色ではないのだが、更にオッドアイとなると話が変わってくる。

 

ミッドチルダでオッドアイといえば、10人中9人は確実にベルカ王家をイメージするだろう。歴史資料だけでなく童話などに登場する聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒトや覇王クラウス・イングヴァルトもオッドアイだったと伝えられているのだ。その所為もあるのだろうか、一瞬アースラのブリッジも静まり返った。

 

『管理局のL級艦船だな。面倒なことはしたくなかったが、折角つないだ通信だ。一応言っておいてやる。お前達が所持しているロストロギアをこちらに渡せ』

 

「っ…そう言われて、素直に譲るとでも思っているのかしら? 」

 

通信で送られてきた言葉に、咄嗟に再起動したらしいリンディさんが反応する。

 

「ジュエルシードはブラマンシュで管理しなければ暴走の危険がある代物ですわ。そちらこそ奪ったジュエルシードを返して頂きませんと」

 

本来なら状況的に口出しするべきではない場面ではあったが、動転していた所為か俺も思わずそう口走ってしまった。隣にいたユーノも頷いている。するとレスターと思われる男はせせら笑うように鼻を鳴らした。

 

『暴走の危険があるからこその使い道もあるのさ。渡すなら早くしろ。渡さないなら当初の予定通りここで沈んでもらうだけだ』

 

「…追い銭をくれてやるほど、時空管理局は甘くない。無駄な抵抗は止めて投降するんだ」

 

クロノの口上を、レスターらしき男は遮って言った。

 

『はっ! 無駄っていうならそっちこそ無駄な努力だろうぜ。交渉は決裂って訳だ。まぁ元々期待なんかしていなかったが、取り敢えずお別れだな』

 

通信はそのまま一方的に切断されてしまった。それと同時にアースラのアラートがけたたましく鳴り響く。

 

「スパード級駆逐艦、及びバーメル級巡洋艦から熱源反応! 魚雷と思われます! 続いてザーフ級戦艦から砲撃! 着弾まで約30秒! 」

 

「回避行動急げ! 艦長、念のためプロテクションの用意をお願いします」

 

「ええ、任されたわ。プレシアもお願いね」

 

アースラが回避行動に入ると、船体が大きく揺れた。

 

「ミント、危ないっ」

 

「ユーノさん…助かりましたわ」

 

転びそうになった俺の手をユーノが掴んで、近くの手摺に誘導してくれた。ユーノにお礼を言うと、更に近くで同じようにバランスを崩して尻餅をついてしまったなのはの手を取り、立ち上がらせる。

 

「にゃっ、ミントちゃん、ありがとう」

 

「いいえ。お怪我はありませんか? 」

 

「ううん、わたしは大丈夫だよ」

 

周りを見れば同様に守護騎士がはやてを、ヴァニラとリニスがアリシアを支えているようだった。更に続けて鈍い振動が伝わってくる。恐らく中距離魔力砲とCIWSが魚雷を迎撃しているのだろう。

 

「はやてさんとアリシアさんは念のためメディカルルームに避難した方が良いわね。誰か護衛を」

 

「私達が送ろう。騎士とはいえ艦隊戦では然程役に立てそうもないしな。ヴィータ、ザフィーラ、行くぞ」

 

リンディさんの言葉にはシグナムが答えた。第四種警戒態勢なのだから、そもそもアリシア達がブリッジにいることの方がおかしいのだが、今更それを言っても始まらないだろう。

 

「船体補修などが発生する可能性もある。シャマルは念のため残ってH(アッシュ)やブラマンシュ達をサポートしてくれ」

 

「ええ、判ったわ」

 

シャマル以外の守護騎士達がはやてとアリシアをつれてブリッジを出たのを見送った後、フェイトがクロノの隣に立った。

 

「逃げているだけじゃ倒せない。でも反撃するには兵装が圧倒的に足りない。短距離転送で武装隊を送り込んで制圧するのも、さっきみたいに自爆されると厄介。何かいい作戦はある? 」

 

「さすがに旗艦なら自爆はしないだろう。首謀者らしき男が乗っている様子だからな。何とか敵艦隊の砲撃、雷撃を躱して旗艦に取り付くんだ。そうすれば武装隊を転送させて制圧も可能だ」

 

クロノは顔を顰めながらそう答えた。言うほど簡単ではないことを確り理解しているのだろう。アルカンシェルでもあれば話は変わってくるのだろうが、生憎と現時点でアースラに搭載されていない兵装のことを言っても仕方がない。

 

「…確かに、出来る出来ないを論じても始まらないわね。今の状況ではそれをやるしか手立てはないわ」

 

「魚雷、第2波来ます! 続いて砲撃! 」

 

リンディさんとプレシアさんが魔力駆動炉にアクセスし、その膨大な魔力でアースラを護るようにプロテクションを張る。だがこれも全周囲をカバーするバリアのようなものではなく、砲撃に対する防壁のようなものを構築するのが限界だ。しかもプロテクションを張れるのは魔力駆動炉にアクセスできる2人だけ。少しでも気を抜けば、敵の攻撃が船体を直接襲うことになるだろう。

 

その負荷を多少なりとも緩和しているのが中距離魔力砲とCIWSだ。これらが魚雷の迎撃をしてくれるため、プロテクションは敵戦艦の砲撃に集中できる。

 

(とは言え、綱渡り状態であることに変わりありませんわね)

 

もっと敵艦に近付くことが出来れば、中距離魔力砲は迎撃だけでなく敵艦への攻撃にも使用出来るし、フライヤーやフォトン・ランサーのようなスフィアを媒介する魔法なら船外にスフィアを生成することでも攻撃が可能だ。

 

但し近づけば近づくほど魚雷の弾道予測も困難になるし、敵艦も弾幕を張ってくるため容易には接近出来ない状態だった。

 

「トリックマスター、今ここでフライヤーを船外に生成した場合の有効操作範囲はどのくらいですの? 」

 

≪It would be around 4 or 5 km. The individual firing range will be 2 km more or less. So the total firing range will be around 6 or 7 km.≫【4、5kmと言ったところでしょう。個別有効射程が凡そ2kmなので、合計射程は6、7kmになります】

 

改めてモニターを見ると、敵艦隊との距離は確実に数十kmはある。今ここでフライヤーを生成しても敵艦までは全く届かないため、精々魚雷迎撃の手を増やす程度でしかない。

 

「それでも、やらないよりはマシですわね! トリックマスター! 」

 

≪Sure. "Fliers" are invoked.≫【了解。『フライヤー』発動】

 

俺が船外にフライヤーを生成したのを見て、フェイトとリニスもフォトン・スフィアを複数生成した。フライヤーとは違ってスフィア自体の誘導制御はしていないので基本的には使い捨てなのだが、それでもいくつかの魚雷を撃ち落とすことに成功していた。

 

「みんなすごいね。わたしも何か出来ないかな…」

 

≪"Divine Shooter" will be able to attack the torpedoes, but control will be difficult since Arthra is now moving with top speed.≫【誘導弾であれば魚雷に対する攻撃も可能ですが、現在アースラは高速航行中ですので、制御が困難かと】

 

なのはが隣でエルシオールと会話しているのを聞きながら、俺はフライヤーを制御していた。俺もフェイトもこうした魔法の制御は学院で確りと習得しているためこの状況下でも何とか制御出来ているのだが、それでもギリギリなのだ。原作よりも長く魔法に馴染んでいるとはいえ、まだまだ初心者のなのはに追い抜かれては立つ瀬がない。

 

(むしろなのはさんの砲撃を使えたら、この上なく心強いのですが)

 

なのはのスターライト・ブレイカーならアルカンシェル程とは言わないまでも、恐らく駆逐艦程度であれば一撃で大破させるだけの破壊力があるだろう。ただスターライト・ブレイカーの射程はそれ程長くはなかった筈だ。以前確認した限りでは単体射程は精々4、5kmと言ったところだろう。それに仮に敵艦に近付いたとしても、さすがにエルシオールだけを船外に放り出す訳にもいかない。

 

(撃った砲撃だけを船外に転移させることが出来れば…)

 

残念ながら、そこまで都合の良い魔法を俺は知らなかった。軽く頭を振って、フライヤーの制御に集中する。と、不意に身体が青磁色の光に包まれ、それと同時に身体が軽くなった気がした。どうやらヴァニラとシャマルが手分けをして、魔法を行使している俺達のサポートをしているようだ。

 

「シャマルさん、ありがとうございます。助かりますわ」

 

「いいのよ。でも無理しすぎないでね」

 

丁度ヴァニラもプレシアさんとリンディさんを回復している様子だった。改めてフライヤーの制御に戻ろうとして、ふと青磁色の光を纏ったシャマルの指輪が目に留まった。

 

「ミントちゃん? どうかした? 」

 

「シャマルさん…いくつか、確認したいことがあるのですが、よろしいですか? 」

 

 

 

俺がシャマルに聞いたのは、『旅の鏡』をシャマル以外にも通り抜けが可能なのかどうかということ、『旅の鏡』の射程がどの程度なのかということ、そして『旅の鏡』の出口を次元空間内に設定することが可能なのかどうかということの3つだった。

 

『旅の鏡』は元々離れた場所にあるものを取り寄せる、いわば『アポート』を実施するためのゲートのようなものだ。術者の手を送り込んで対象を掴むという細かい作業を必要とする繊細な術式であり、それだけにちょっとした障害があるだけで上手く対象物を掴めなかったりすることもある。

 

だがこれが「物を掴む」という行為を伴わない、純粋に何かを送り込むというだけの所作だったらどうか。

 

これについては全く問題ないらしい。勿論制御自体はシャマルが行わなくてはならないのだが、実際に鏡面を通過するだけなら有機物・無機物を問わず、術者であるシャマルが許容したものであれば全て通り抜けが可能なようだ。

 

次に射程についてだが、これも全く問題なかった。基本的に空間を歪曲させてつなげるものなので、理論上射程は無制限になるとのことだったのだ。接続先の状況も一応鏡面が映像として映してくれるらしい。そして出口を次元空間内に設定するのも理論上は可能とのこと。

 

「ただ…あくまでも理論上、よ? そんな長距離での行使は初めてだから、成功するかどうかは保証できないわ」

 

「だがこのまま手を拱いているくらいなら、試せることは何でも試した方がいい。ですね? 艦長」

 

「そうね。やってみましょう。シャマルさん、お願いね」

 

こうして相談している間にも敵の攻撃は続いている。この砲撃と雷撃を何とかしない限り、敵旗艦に近付くのは困難だ。

 

「大丈夫、きっと上手く行くよ」

 

ユーノが軽く俺の手を握ると、そう言った。こちらも軽く頷き、微笑んで返す。

 

「ではシャマルさん、お願いしますわね。なのはさんはスタンバイを」

 

シャマルが頷き、そっと口づけをすると、クラールヴィントはリンゲフォルムという指輪状の形態からペンダルフォルムにその形状を変えた。振り子のような形状の宝石が魔力の紐を伸ばし、それが絡み合って青磁色の鏡面を生成する。

 

「なのはさん! 」

 

「オッケー! エルシオール、行くよっ! 」

 

既に砲撃モードで待機していたエルシオールの先端を突き刺すように『旅の鏡』に送り込み、なのははそのままチャージを開始した。

 

「さすがに集束出来る魔力残滓が少ないから、ここはスターライト・ブレイカーよりもディバイン・バスター・フルパワーだね。敵艦のスキャン完了。旗艦以外はやっぱり無人みたいだよ。なのはちゃん、バーンってやっちゃおう! 」

 

「ありがとう、エイミィさん! 行けっ、ディバイン・バスター・フルパワーっ!! 」

 

膨大な魔力がエルシオールを介して『旅の鏡』に流れ込んだ。次の瞬間、モニター上に表示された敵艦を表す光点の内、スパード級駆逐艦と記されたものが1つ暗転した。

 

「やった! 大成功だよ! スパード級駆逐艦、1隻沈黙! 」

 

エイミィさんの声と共に、ブリッジが歓声に包まれた。

 

 

 

=====

 

なのはさんが『旅の鏡』を介して砲撃を放ち、駆逐艦と巡洋艦を次々と攻撃していく。最初の1隻は当たり所が良かったのか一撃で沈黙させることに成功したが、2隻目、3隻目はさすがに沈黙させるまでに数発を要した。

 

とは言ってもミッド式魔法の花形とまで言われるだけあって見た目も派手だし、当たれば破壊力も抜群だ。無機物を次々と破壊していくこの魔法を見ていると、人体に当たっても物理的なダメージが無いということを俄かには信じられない。

 

(まぁ、バリアジャケットはぼろぼろになっちゃうんだろうけど)

 

そんな場違いな感想を抱きながら、なのはさんに『ディバイド・エナジー』をかけた。私が行使できる攻撃魔法はそれ程多くないし、最近使えるようになった『ディバイン・バスター』も威力でいうならなのはさんの半分以下だ。ならここは攻撃に参加するのではなく、みんなのサポートに回った方が効果的だろう。

 

「ありがとう、ヴァニラちゃん! 次、右側の戦艦を狙うね。シャマルさん、角度調整お願いします! 」

 

「判ったわ。…オッケー、行けるわよ」

 

なのはさんは同じようにして立て続けに砲撃を撃ち込むが、さすがに駆逐艦や巡洋艦とは違って防御力も高いようだ。なのはさんの表情も真剣だ。そんななのはさんの隣にミントさんが歩み寄り、声をかけた。

 

「なのはさん、少し失礼致しますわね。フライヤー、再展開! 行きますわよ、トリックマスター」

 

なのはさんがエルシオールを『旅の鏡』から引き出し、入れ替わるようにミントさんが生成したフライヤーを突入させた。

 

「なのはさんの砲撃と合わせた波状攻撃ですわ。『フライヤー・ダンス』っ! 」

 

『旅の鏡』の鏡面が補助的に映し出す映像の先で、敵戦艦が大きくダメージを受ける。

 

「今ですわ! なのはさん、とどめを! 」

 

「うん! いっくよ~」

 

≪"Divine Buster Full Power".≫【『ディバイン・バスター・フルパワー』】

 

なのはさんの砲撃が敵戦艦を貫き、モニター上の光点がまた1つ暗転した。

 

「全くミントもそうだが、なのはもとんでもないバカ魔力だな…」

 

「今更だよ、クロノ君。それに敵が無人艦なのは判ってるんだから何の問題もなし! 」

 

苦笑するクロノさんに、エイミィさんがサムズアップで答える。当初に比べると形勢が有利になってきていることもあってか、ブリッジの雰囲気も随分と明るくなっていた。

 

「よーし、後は巡洋艦1隻と戦艦が2隻だけだよ! 頑張ろう~」

 

「判った。次は私が。アルカス・クルタス・エイギアス…」

 

フェイトさんの詠唱と共に多数のスフィアが鏡面の先に展開される。38基のスフィアからそれぞれ30発近い射撃を行うことで短時間に合計1000発を超えるランサーを対象に叩きこむことが出来る、フェイトさんの強力な攻撃魔法の1つ『フォトン・ランサー・ファランクスシフト』だ。

 

「撃ち砕けっ! ファイアー! 」

 

敵戦艦は今の攻防で目に見えてダメージを受けていた。この1隻も、もう一押しで沈黙させることが出来るだろう。そう思った時、エイミィさんが少し緊迫した様子で声を上げた。

 

「ゼム級戦闘母艦から多数の反応! これは…えっ? これも艦なの!? 」

 

「どうしたエイミィ。報告は明確にしろ」

 

「敵、旗艦から多数の艦が発進してこちらに向かっているよ! 情報表示によると、名称はセラク級突撃艦! 」

 

「何だと!? 正確な数は? 」

 

「10時方向に5…、正面7…、ハイパー・エリア・サーチで合計12隻を確認! 武装はさっきの駆逐艦より少ないみたいだけど、随分小型で逆にスピードや旋回性能はこっちの方が上みたい」

 

「艦というよりむしろ戦闘機や機動兵器に近いのか…しかも数が多い。厄介だな」

 

クロノさんが一瞬考えるような素振りを見せた。モニター上に示された情報では小型艦のようではあるが、移動速度はかなり早いため、『旅の鏡』で予測進路を押さえたとしてもエンゲージまでに全ての艦を沈黙させるのは難しいと思われた。

 

「それでも…少しでも減らさないと! 」

 

なのはさんがエルシオールを構え、ミントさんがフライヤーを待機させる。

 

「僕は防御に回るよ。艦長達のように魔力駆動炉から魔力供給を受けることは出来ないけれど、レイジングハートのサポートがあればかなりの強度のプロテクションやシールドを張れるし」

 

「すまない。助かる」

 

ユーノさんはクロノさんに断りを入れると、リンディ提督とプレシアさんのところで防御魔法の準備を始めた。その様子を見て、私も自分が出来ることを考える。適材適所ということなら私が担当すべきなのは矢張り、万が一被弾した場合のダメージコントロールだろう。

 

「クロノさん、艦内でのトランスポーター使用許可を頂けますか? 」

 

「今か? 用途は? 」

 

「被弾した場合のダメージコントロールに向かいます。複数個所が被弾した場合、最短時間で移動したいので」

 

この場合のダメージコントロールには外壁修復によるアースラの航行機能維持だけでなく、火災などの被害拡大を抑えたり、万が一負傷者が出た場合の処置を行ったりすることなども含まれる。

 

「…判った。許可する。シャマルはブリッジに詰めて貰うからサポートには回せないが、現場の武装隊には連絡を入れておこう。ただ、くれぐれも無理はしないでくれよ」

 

「了解です。ありがとうございます」

 

私がクロノさんにお礼を言い、トランスポーターを発動しやすいようにブリッジの隅に移動すると、程なくしてアースラは敵突撃艦と交戦に入った。

 

エイミィさんの説明によると、突撃艦というのは本来は駆逐艦に分類されるもので、その中でも特に巡航速度が速く、敵に接近して近距離射撃を行う、所謂一撃離脱的な運用に適した艦船のことらしいのだが、今回の艦はクロノさんが言ったように艦というよりは戦闘機に近いらしい。

 

「…速度が速くたって…っ! 」

 

「ええ、近づいてくれるなら返り討ちですわっ! 」

 

フェイトさんとミントさんが『旅の鏡』を介さずに直接船外に設置したスフィアから攻撃魔法を放つ。アースラの中距離魔力砲も敵突撃艦に対して砲撃を繰り返しているのだが、相手の速度が速い所為かなかなか効果的なダメージを与えられていない様子だった。

 

「っ! ゴメンなさい、スターボード側、防御が間に合わないわ! 」

 

リンディ提督が声を上げるのと同時に大きな振動が襲い、アラートが鳴り響いた。

 

「スターボード、C38ブロック被弾! 」

 

「! クロノさん、行ってきます! 」

 

私はそう叫ぶと、トランスポーターを発動させた。

 

 

 

現着すると外壁の傷はそこそこ大きい様子だったもののアースラ内部に到達するほどではなく、幸い負傷者はいなかった。安堵の息を漏らすと、私は武装隊の人に声をかけた。

 

「修復を手伝います。スペースはありますか? 」

 

「すまない、助かる。C37から内壁を通して魔力が流せる筈だ」

 

指示に従って外壁の修復にあたる。現時点では然程大きな損傷ではないが、ダメージを抱えたままでは蟻の一穴ということにもなりかねない。

 

次元空間は宇宙空間とは違って真空ではなく、仮に穴が開いたところで空気ごと外に吸い出されると言ったことは無いのだが、人間が普段呼吸している大気とは成分が異なるため、生身で外に出れば当然呼吸は出来ない。外壁に穴が開いた場合は、今回のようにブロックごとで遮断して、隣のブロックから魔力を送るのだ。今回は内部にまでダメージは及んでいないものの傷自体はそれなりに大きかったため、万全を期したらしい。

 

修復自体は数十秒程度で完了したが、息をつく暇も無く次の振動を感じた。

 

「ありがとう、こっちはもう大丈夫だ。次はポート側、A12ブロックだそうだ。急かして済まないが、よろしく頼む」

 

「了解です。行ってきます」

 

即座にトランスポーターを起動して次の現場に向かう。現着した私の目に最初に飛び込んできたのは、血に塗れた人だった。思わず息を飲む。

 

「大丈夫ですか!? 今、治療を…」

 

「あぁ、いや、少し出血が多いだけで、傷はそんなに酷くないんだ。それより外壁の穴を塞いでくれ」

 

そうは言われたものの出血が気になったのでまずは簡易スキャンをかける。確かに動脈などが傷ついている訳でもなく、傷としては然程酷いものではなさそうだったため、ホッと息をついて船体修復に向かうことにした。

 

「…ハーベスター、修理が終わったらすぐ治療に入れるように、モニターをお願い」

 

≪Sure. I will monitor him.≫【了解。モニターしておきます】

 

他の武装隊の人達と一緒に魔力を流して破損した壁を補修していく。修理が8割がた完了したところで、更に立て続けに複数回の振動を感じた。

 

「君のおかげでここの損傷は大分直せたし、もう俺達だけで大丈夫だ。他のところに回って貰ってもいいか? 」

 

「…判りました。ただ、先にそちらの方の治療を」

 

≪The vital condition is all right. This is minor injury.≫【症状は安定しています。軽症に分類されます】

 

ハーベスターの見立てに頷くと、私はヒールスフィアを生成した。翠色の魔力光が傷口を照らすと、目に見えて傷が塞がっていく。

 

「ありがとう。助かったよ」

 

「…血小板減少症というほどではないですが、血小板数が11万程度で平均数を若干下回っているようです。ウイルスなどの感染は無いようですし誤差の範囲内とは思いますが、あまりストレスなどを溜め込まないように注意して下さいね」

 

武装隊の人にそうアドバイスすると、私はブリッジからハーベスターに送られていた被弾箇所の状況を再確認した。治療している間にも被弾しているような振動が何度か伝わっていたが、中でも大きな被害を受けている場所が3カ所あったため、まずは移動しようとトランスポーターの準備を始めた。

 

と、その瞬間、再び大きな振動が船体を襲い、一際大きなアラートが鳴り響いた。改めてハーベスターが展開してくれたコンソールを見ると、被弾箇所が加速度的に増えていくのが判った。

 

「…いけない、このままじゃぁ…」

 

咄嗟にトランスポーターの転送先をメディカルルームに切り替え、転移を開始する。魔法陣から溢れる翠色の魔力光に包まれながら、私はそっと目を閉じた。

 

 

 

「ヴァニラちゃん!? どうしたの? 」

 

「いきなりやな。ビックリしたわ」

 

突然部屋に現れた私を見て、アリシアちゃんとはやてさんが驚いたような声を上げた。守護騎士達も呆然とした感じでこちらを見ている。

 

「ごめんね、みんな。ちょっとだけお邪魔するね。ハーベスター、被害状況を」

 

≪Sure. Here we go.≫【どうぞ】

 

ハーベスターが展開してくれたコンソール上で、被弾箇所を再確認する。中枢部分まではそれ程ダメージは来ていないが、外壁は既に無事なところを数えた方が早いくらいにダメージを受けていた。しかも現在進行形で被弾箇所が増えていく。迷っている暇は無かった。

 

「…行くよ、ハーベスター」

 

身体全体から膨大な量の魔力を放出し、その魔力が艦全体に行き渡るようにイメージする。対象は艦の外壁、それから怪我をしたアースラのクルー達。

 

(みんな纏めて、なおして…みせます! )

 

溢れ出る魔力を何とかコントロールしながら、室内を翠に染める魔力光の向こうで心配そうな顔をしてこちらを見ているアリシアちゃんとはやてさんに微笑みかける。

 

やがてコンソール上に表示された被弾箇所のダメージが次々と消えて行った。メディカルルームは外部からの攻撃に出来るだけ耐えられるように、艦の中枢に位置している。逆に言うと、艦全体に万遍なく魔力を行き渡らせようとするなら、ここ以上に適切な場所は無いのだ。

 

『ヴァニラか? 何があった? 』

 

殆どのダメージを回復させた時、ブリッジから通信が入ったので、艦全体の一斉修復を行ったことを伝えた。SSSを超える魔力すら行使、制御が可能なレアスキルを持っていてさえ、さすがに足元がふらつく。と、横からザフィーラさんがそっと支えてくれた。

 

『…無理はするなと伝えておいた筈だが』

 

「大丈夫です。ちょっと疲れただけです。それより状況はどうですか? 」

 

『…先程なのはが戦艦と巡洋艦を全て沈黙させた。フェイトとミントも、丁度10隻目の突撃艦を落としたところだ。残り2隻も時間の問題だろう。これからアースラは敵旗艦に対して接近、制圧戦を開始する』

 

大きく溜息を吐いた後、クロノさんは状況を説明してくれた。改めて気を引き締める。

 

「了解です。一度ブリッジに戻ります」

 

『ああ、それからヴァニラ』

 

ブリッジに向かうためにトランスポーターを起動させようとしていた私を呼び止めるように、クロノさんが声をかけてきた。

 

『ありがとう。君のおかげで負傷者も全員回復しているし、ほぼベストの状態で敵旗艦に向かうことが出来る。本当に、助かった』

 

「いえ…どういたしまして」

 

戦闘行動中ではあるが、優しく微笑むクロノさんに、こちらも笑顔を返す。

 

『あぁ、あとこの戦闘が終わったら…無理したことに対して艦長からお話しがあるそうだ』

 

この瞬間、クロノさんの笑顔を何故かとても恐ろしいものに感じてしまった。

 




やっぱりピンポイントバリアでは、多方向からの攻撃には対応し辛いと思うのです。。

「この戦闘が終わったら…」だけだと死亡フラグになりそうなのに、後半の文言と合わせると俄然生存フラグっぽく早変わりするのはなぜなのでしょう。。

最近ベランダ菜園を始めました。。日に日に大きくなっていくナスとか、収穫したピーマンで作った料理とかが、一杯一杯だった心を和ませてくれています。。

まだもうしばらくバタバタするでしょうし、次話の投稿日も未定ですが、引き続きよろしくお願いいたします。。


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第30話 「制圧」

対艦射撃を掻い潜りながら、アースラは敵旗艦に肉薄した。改めて近くで見ると、敵旗艦の大きさが良く判る。精々大型戦闘機サイズとはいえ、12隻もの突撃艦を忍ばせていたのだから当然といえば当然なのだが、今までは殆どモニター上の光点でしか見ていなかったため、大きさについてはあまり意識していなかったのだ。

 

「武装隊、整列! これからテロリスト旗艦に短距離転移を行い、内部制圧を行う。エイミィ、内部のスキャンは? 」

 

「モニターに出すよ! 生体反応はあるけれど、思ったほど多くないね。殆どが艦上方部分に集中している。この辺りがブリッジだろうね。動力になっている魔力駆動炉は艦の下部に設置されているみたいなんだけど…大型の駆動炉を2基確認したよ」

 

「あのサイズの艦なら双発もありか。だがそうすると、突入部隊は分ける必要があるな」

 

クロノはそう言った後で、こちらに目配せをしてきた。

 

<ミント、さっきの男も死の呪いを操れると思うか? >

 

<まだ判りませんが、その可能性はありますわね。突入するのでしたら、あの男はわたくしに任せて頂きたいですわ>

 

そのまま少し考えるような素振りを見せたあと、クロノは頷いた。

 

「まずは武装隊をA班とB班に分けて突入させる。A班はプレシア女史、B班はフェイトを指揮官として作戦に当たってくれ。目標は敵艦魔力駆動炉の停止、若しくは破壊だ」

 

「ならあたしはフェイトについて行って、大暴れすればいいんだね。暫く調べ物ばっかりだったから、身体が鈍っちまってさぁ」

 

了解の意を返すフェイトの横で、アルフが嬉しそうに指を鳴らす。リニスもプレシアさんについて魔力駆動炉の制圧戦に参加するようだ。

 

「A班、B班と同時に突入した別働隊が、並行して敵艦ブリッジを制圧する。こちらにはミントと…僕が向かう」

 

「クロノさんもですの? ですが、それは…」

 

クロノは軽く手を挙げて俺の言葉を遮った。

 

「危険があることは重々承知している。だが僕は時空管理局の執務官としてテロリスト達を拘束する義務があるし、君だって回避できるのは死の呪いだけで、それ以外の条件は同じだろう。それなら死地に向かう民間協力者を護るのは僕の仕事だ」

 

その「死の呪い」を回避できることこそがこの上ないアドバンテージなのだが、それを言ったところでこの頑固な最年少執務官は聞き入れてくれないだろう。それに彼が言うように、質量兵器を持ち出されたら命の危険があるのはこちらも同じだった。反論しようとした口を一旦閉じると、代わりに軽く溜息を吐いた。

 

「…判りましたわ。言っても聞いて頂けそうにありませんし。ただ、くれぐれも気を付けて下さいませ」

 

万が一相手が死の呪いを発動させたとしても、俺が割り込むことでまた解呪出来るかもしれないという打算もあった。だがこれはユーノを焚き付けることにもなってしまった。

 

「…僕も一緒にいく」

 

「ユーノさん!? 何を言っていますの!? これは本当に危険なことなのですわよ! 」

 

「そんなことは判ってる! でも…ミントが危険な目に遭っている時に、待っているだけなんて耐えられないよ! 」

 

「もう! クロノさんも何か言って下さいませ」

 

だがクロノは少し考えるようにした後、俺とユーノを見つめた。

 

「いや、許可しよう。ユーノも一緒に来てくれ」

 

頷いて返すユーノを押し退けるようにして、俺はクロノに詰め寄った。

 

「クロノさん、本気ですの? ユーノさんを連れて行くだなんて」

 

「ああ、少し調べていることがあるんだ。ユーノ、君には例の件の検証をして貰いたい。安全についてはこちらも最善を尽くすが、万が一の場合、自分の身は自分で守って貰うことになる可能性があることは考慮してくれ」

 

「うん。判った」

 

俺は再び軽く息を吐くと、錫杖形態にしたトリックマスターを握り直した。「例の件」という言い方に引っ掛かりを覚えはしたがクロノにはちゃんとした考えがあるようだし、ユーノの気持ちも判らなくはない。そして何よりユーノに危険な目に遭って欲しくないと思う一方で、一緒に行けることを嬉しく思っている自分がいることも確かだった。

 

「仕方ありませんわね。そうと決まれば防御はお任せしますわよ」

 

「うん! 大船に乗った気で任せてよ」

 

「…大船には制圧に向かうのですけれどね」

 

ユーノは首にかけられたレイジングハートを確かめるようにした後、「確かにね」と言って微笑んだ。

 

 

 

「クロノくん、転送準備完了だよ! 転送先は敵旗艦の中層フロア。かなり広いスペースがある様子だからA班、B班と同時に転送可能だね。フロア制圧後に両班は魔力駆動炉、クロノくん達はブリッジに向かって」

 

「了解だ。転送後、アースラは敵艦からの砲撃を回避しつつ距離を取って待機。行くぞ、みんな! 」

 

エイミィさんがコンソールを操作すると、転送ゲートが起動される。一瞬視界が光に包まれた後、俺達は敵艦内部にいた。普段使う地上との転移と違って、アンカーなしの転移は一瞬だけ方向感覚とバランス感覚が狂う。少しふらついた身体を、偶々近くにいたフェイトが支えてくれた。

 

「ミント、大丈夫? 」

 

「ええ、少し眩暈がしただけですわ。ありがとうございます。フェイトさんは大丈夫ですの? 」

 

「もう結構慣れたから…みんな注意して。敵が来たみたいだ」

 

フェイトの警告を受けて、即座に集中し直す。それとほぼ同時に周囲から銃声と思われる破裂音が響き渡った。

 

「プロテクションっ! 」

 

ユーノが一瞬で周囲に複数のアクティブ・プロテクションを展開すると、殆ど全ての弾丸を防ぐことに成功した。武装隊のにも防御魔法を展開している人達が何人かいるが、レイジングハートのサポートを受けたユーノのプロテクションは質、量共に群を抜いていた。

 

「よし! こちらからも反撃するぞ! 」

 

クロノの合図に合せて、武装隊から射撃魔法が放たれる。相手は戸口やコンテナ等の遮蔽物に身を隠してはいるが、誘導弾が次々と的確に敵戦力を殺いでいく。

 

「向こうの質量兵器は直射しか出来ないんだから楽勝だな。このまま押し切ってやる! 」

 

「油断はするなよ。敵にだって魔導師がいないとは限らないんだからな」

 

武装隊の人達はそんな軽口を叩きながらも次々と誘導弾を放っていた。全員がBランク以上の安定した実力を持っており、頼もしい限りだ。俺も負けじとフライヤーを敵陣に送り込む。だが数人を無力化したところで、テロリスト達は一斉に退却を始めた。

 

「? 随分とあっさりしていますわね…」

 

「罠かもしれないな。各人、注意を怠るなよ」

 

クロノがそう言った途端、周囲に魔力反応が溢れ、膨大な数の魔法陣が展開された。

 

≪Caution! The magic circle indicates summoning.≫【警告。召喚系の魔法陣です】

 

トリックマスターが警告を発するのと同時に、それぞれの魔法陣から鎧のようなものが現れた。

 

「傀儡兵か! これだけの数を扱える魔導師がいるのか? ざっと見ただけでも50体はくだらないぞ」

 

「恐らくキーワードで起動できるようにしてあって、動力は直接魔力駆動炉から取っているのだと思うわ。時の庭園でも維持管理用に先日数体導入したのだけれど、それぞれがAランク魔導師と同等の力を持っているし、数も多いから十分脅威ね」

 

プレシアさんがそう説明すると、クロノは即座に迫ってくる傀儡兵に対して魔法を放った。

 

「『スティンガー・スナイプ』! 」

 

クロノが発した魔力光弾が一瞬で十数体の傀儡兵を破壊した。だが通路から更に新たな傀儡兵が現れる。

 

「キリがないが…武装隊はスリーマンセルで1体ずつ確実に落とせ。負傷したものは一旦アースラに退避。エイミィ、そちらは大丈夫か? 」

 

『バッチリだよ。そっちの座標は掴んでいるから。いつでも転移できるように準備しておけばいいんだよね』

 

クロノ自身も戦闘をこなしながら武装隊に指示を出す。武装隊メンバーにはAランク以上の魔導師もいるが、それでも単体で傀儡兵と戦うのは危険が伴う。俺もフライヤーで何体かの傀儡兵を倒してはいるが、これはフライヤーの速射性能が良いからで、接敵されてしまうと数とパワーで劣る分、不利になる可能性もある。

 

「一気に纏めて倒せれば楽なのですが…」

 

「ミント、無理しちゃダメだよ。これから先、どれくらいの敵がいるか判らないんだ。魔力も温存して、出来るだけ消費の少ない誘導制御型の魔法で対応しよう」

 

ユーノがアクティブ・プロテクションを展開しながら、こちらの独り言に答えてくれた。

 

「わたくしなら、ジュエルシードを使った回復も出来ますわよ? 」

 

「それも、今は避けた方がいいよ。ここは敵艦の中…地の利は向こうにあるからね。敵の狙いがジュエルシードである以上、こちらのジュエルシードはよっぽどのことが無い限り、彼らの目に触れないようにした方がいい」

 

「…確かに、そうなのですが…膠着状態になるとみんな疲弊してしまいますわね」

 

実際、傀儡兵の数は多く、増援も底が見えない状態だ。一方で武装隊はスリーマンセルを組んだために手が足りない状態になっていた。クロノやプレシアさん、フェイト達が奮戦してもなかなか先に進めない状態で、撤退が必要なほどの重傷者こそいないものの軽い怪我を負う者も出始めている。現時点では戦闘行動に支障もないが、かといって放置しておくわけにもいかないだろう。

 

「リニスさんやアルフさんも頑張ってくれてはいますが、敵の数が多すぎますわね。もう少し手数が欲しいところですわ」

 

『大丈夫だよ、ミントちゃん。クロノくん、敵側はあれ以降援軍もないみたいだし、砲撃もある程度落ち着いてきているから、増援を送るね』

 

傀儡兵にフライヤーからの直射弾を撃ち込みながら愚痴を言ったところで、通信用コンソールからエイミィさんの声が聞こえた。

 

「増援だって? だが武装隊は…」

 

クロノが言いかけたところで、武装隊の後方に新たな転移魔法陣が構築された。エイミィさんが言っていた増援が到着するのだろう。そして魔法陣が光に包まれた。

 

「ここんとこ、模擬戦ばっかで退屈してたからな。暴れさせてもらうぜ! 傀儡兵なんざ、グラーフアイゼンの頑固な汚れにしてやる! 」

 

「ふっ、レヴァンティンの錆にされる傀儡兵の方が多いと思うがな。烈火の将、推して参る! 」

 

「接近戦で後れを取るつもりは無い。私も参戦させて貰おうか」

 

転移してきたヴィータ、シグナム、ザフィーラの3人が即座に傀儡兵に向かって駆け出す。

 

「うわぁ、みんな早いなぁ…わたし達も負けられないね。行くよ、エルシオール! 」

 

≪OK. Here we go.≫【了解。行きましょう】

 

守護騎士達をフォローするように、なのはが放った桜色の誘導弾が傀儡兵を次々と貫いていく。そして一瞬呆然としてしまった俺達の間を、翠色の風が吹き抜けたような気がした。それと同時に傷を負っていたものはバリアジャケットごと回復し、消耗した体力や魔力まで癒されていくように感じた。

 

「ヴァニラか! すまない、助かる。今のは…? 」

 

「…リペア・ウェーブから、シャマルさんに頂いた術式部分だけを切り取って行使しました。ミッド式の『静かなる癒し』です」

 

クロノの呼びかけにそう答えると、ヴァニラもまたなのは達と並んで傀儡兵と対峙した。状況を理解した俺も慌ててそれに倣い、フライヤーを再展開させる。

 

「ありがとうございます。魔力の方は大丈夫ですの? 」

 

「うん。元の魔法ランクはAAだったそうだけど、今回はリペア・ウェーブからの切り出しだから、消費もそんなに大きくないよ」

 

改めて考えてみれば、治療や回復に関する消費魔力の心配はヴァニラには不要だったかもしれない。微笑むヴァニラに頷いて返すと、俺も攻撃を再開した。

 

「これだけの戦力で、押し負けるなんてありえないな。武装隊、魚鱗陣形! 防衛線を突破するぞ」

 

クロノが気を吐き、武装隊がそれに応えた。

 

 

 

=====

 

武装隊の人達が軽傷とはいえ怪我を負った時に、私は戦線への参加を決めた。元々はヴィータさんがじっとしていることに耐えられなくなり、シグナムさんやザフィーラさんと一緒に援軍の提案をしたのだが、敵艦内の状況として傀儡兵との戦闘が膠着しそうになっていたことからも、リンディ提督がその提案を承認したのだ。

 

はやてさんとアリシアちゃんを護る名目で、シャマルさんだけはアースラに残っている。最初は息の合った守護騎士のみんなが揃った方が良いのかとも思ったのだが、最低でも守護騎士のうち1人ははやてさんの側についていることが望ましいそうで、むしろ私が一緒に行った方が良いと言われたことも背中を押した。

 

「ここから先は別行動ですわ。みなさん、お気を付けて」

 

「エイミィからの情報だと、殆どの戦力は魔力駆動炉の防衛に充てられているようだ。くれぐれも気を付けてくれ」

 

広間を突破し、通路を制圧すると広めの階段に到着した。エレベーターのようなものもあるが、さすがに待ち伏せなどが考えられる状況下で敵艦内部のエレベーターを使用するのは躊躇われる。

 

「私達は下層ね。エイミィからスキャンデータが送られているから、迷うことはまずないわ」

 

上層へと向かうクロノさんとミントさん、ユーノさんを見送った後、私達はプレシアさんに促されて下層へと向かった。

 

 

 

「邪魔だぁっ! 」

 

ヴィータさんがハンマー型のデバイス、グラーフアイゼンを振るうと、複数の傀儡兵が纏めて吹き飛ばされる。「テートリヒ・シュラーク」という打撃攻撃で、防御ごと敵を吹き飛ばすような強烈な一撃を放つ術式らしい。近接攻撃で敵を圧倒するベルカ式魔法の基本とも言える技だ。

 

「貴様らごとき、カートリッジを使うまでもない! 」

 

シグナムさんが剣型デバイスのレヴァンティンから飛ばした衝撃波に傀儡兵が一瞬動きを止め、返す刀で一刀両断にされていく。ザフィーラさんは格闘戦闘が得意らしく、迫りくる傀儡兵たちと肉弾戦闘を繰り広げ、叩き潰していた。

 

「さすが、ベルカの騎士。近接戦闘では敵なしって感じだね。今度あたしとも手合せを頼むよ」

 

「落ち着いたら、いくらでもな。気を抜くな。次が来るぞ」

 

同じ狼を素体とした使い魔と守護獣ということもあって、アルフさんとザフィーラさんは随分と意気投合した様子だ。そういうアルフさんも守護騎士達に引けを取らない活躍を見せている。

 

「ふえぇ、みんなすごいよね…」

 

「そうだね。でもそう言うなのはさんだって、十分活躍していると思うけど」

 

誘導弾と直射弾を織り交ぜたコンビネーションや、絶妙のタイミングで放たれる砲撃は、既にトップクラスの魔導師と比べても遜色ない。

 

「なのは、ヴァニラも無駄口を叩いている余裕はありませんよ。間もなく動力部です。私と守護騎士達はプレシアと一緒に行きますから、フェイトのことをよろしくお願いしますね」

 

「はいっ! リニスさんもお気を付けて! 」

 

リニスの言葉に、なのはさんが元気よく答える。

 

「大丈夫さ。傀儡兵ごとき、あたしの敵じゃないね…っと! 」

 

傀儡兵を殴り飛ばしながら不敵に言うアルフさんに別の傀儡兵が襲い掛かる。だがその攻撃は、素早く回り込んだフェイトさんに防がれた。

 

「アルフ、自信は適度に。自惚れは危険だ」

 

≪Scythe form. "Scythe Slash".≫【サイズ・フォーム。『サイズ・スラッシュ』】

 

瞬時に大鎌の形状を取ったバルディッシュを振るうと、傀儡兵はあっさりと切り裂かれた。偶に傀儡兵に混じって銃弾が飛んでくるのだが、以前のようにプロテクションを貫通するようなものは無く、武装隊の人達が展開した防御魔法が効果を発揮していた。極稀に跳弾や、傀儡兵の攻撃を躱しきれずにかすり傷を負う人もいたが、ミッド式の「静かなる癒し」はハーベスターにショートカットを設定してあるので、予備動作も無く発動可能だ。

 

今のところは難無く進めているし、魔力や体力にも余裕がある。油断は出来ないが、このままの勢いで魔力駆動炉も制圧したいところだ。その時ふと、隣にいるなのはさんが妙な表情をしていることに気付いた。

 

「なのはさん? どうかした? 」

 

「あっ、ううん、ちょっと言ってみたい台詞があったんだけど…死にフラグになっちゃうと困るから」

 

にゃはは、と少しだけ笑うと、なのはさんはすぐに表情を引き締め、倒した傀儡兵が転がる通路前方の分岐を見つめた。

 

「それよりも、あそこの分かれ道だよね? 2基の魔力駆動炉に向かう通路って」

 

「そうですね。あそこからは別行動です。お互い気を付けて、制圧後にまた会いましょう」

 

私はB班について、フェイトさんやなのはさん達と一緒に行くことになる。一瞬A班の治療は大丈夫だろうか、という心配が過ったが、戦力的には守護騎士達が付いている分、B班よりも殲滅力は高いだろう。

 

「心配はいりませんよ。さすがに貴女ほどではないけれど、いざとなったら私もプレシアも治癒魔法は使えますし」

 

「そうね。それに…貴女に最初に治癒魔法を教えたのは私なのよ。師のことは信用なさい」

 

「いーや。治癒魔法なんて必要ねーよ。あたしが敵の攻撃を全部撃ち落とすからな! 」

 

リニスとプレシアさんに諭され、不敵に笑うヴィータさんにも頷いて返す。

 

「…行こう。短時間で制圧すれば、ミントやクロノ達のサポートにも向かえる」

 

「そうだな。よし、行くぞ! 」

 

全員がフェイトさんの言葉に頷き、私達はそれぞれの魔力駆動炉に向かって駆け出した。

 

 

 

魔力駆動炉が設置されたエリアはとても広い空間になっていた。駆動炉自体のサイズも想像していたものより遥かに大きい。そしてその空間には数えるのも嫌になるくらいの傀儡兵が存在していた。壁面を添うように通路も設置されているが、飛行能力を持つ傀儡兵も多数いる様子から、私達も飛行魔法を行使した方が良さそうだ。

 

「すっごい数…でも、怯んでなんていられないよね」

 

「勿論さ! これくらいの方が、やりがいがあるってもんだ」

 

なのはさんもアルフさんも、やる気は十分のようだ。

 

「B班、武装隊はスリーマンセルを維持。飛行魔法を展開し、降下しながら敵を制圧します。傀儡兵以外に人間のテロリストがいた場合は優先的に拘束して下さい。最終目標は魔力駆動炉の停止、若しくは破壊。各自の検討を祈ります」

 

フェイトさんは武装隊にそう指示をだすと、次に私達に声をかけてきた。

 

「なのはもアルフも単独で傀儡兵を突破できるから、魔力駆動炉に取り付くことを優先して。ヴァニラはダメージコントロールを」

 

「うん、任せて! 」

 

なのはさんの足元に桜色の翼が現れ、魔力駆動炉に向かって飛び出した。かつて彼女が独自に構築した飛行魔法「フライヤー・フィン」だ。私も高機動飛翔の術式を展開させて後に続く。

 

「エルシオール、お願いっ! 」

 

≪Sure. "Divine Shooter".≫【了解。『ディバイン・シューター』】

 

なのはさんがエルシオールを振るうと、発射された複数の誘導弾が一斉に傀儡兵に襲い掛かる。缶撃ちをしていた頃は1、2発のみ操作していたが、今は5発の誘導弾を同時制御している。本来弾速よりも操作性を重視した術式で、バリア貫通効果も付与されていることから、多数の敵に対しても有効だ。

 

誘導弾を制御し、傀儡兵を次々と倒していくなのはさんの死角から数体、別の傀儡兵が攻撃を仕掛けてくる。でも私がカバーするよりも早く、フェイトさんが回り込んでいた。

 

「サンダー・レイジっ! 」

 

バルディッシュの前面に展開された魔法陣からバインド効果のある雷光が迸り、敵の動きを止めると、そのまま雷撃による攻撃が傀儡兵達を襲う。2段階発動とは言え、威力は申し分ない。なのはさんを襲おうとしていた傀儡兵は纏めて粉砕された。

 

「ありがとう、フェイトちゃん」

 

「気にしないで。次が来る」

 

「うんっ! 」

 

なのはさんとフェイトさんは引き続き傀儡兵を撃ち落としていく。私はバインドや癒しで彼女達をバックアップしていたのだが、目の端に映った人影に、急遽進行方向を変えた。

 

「ハーベスター! 」

 

≪Yes. "Blitz Action".≫【了解。『ブリッツ・アクション』】

 

私が高速移動した先は、壁面に設けられた通路にある柱の陰からなのはさん達を銃で狙っている2人の男達の正面だった。

 

「なっ!? 」

 

「やらせない…ライトニング・バインドっ! 」

 

翠色の稲妻が即座に男達を絡め取っていく。男達は慌てて銃口を私に向けようとするが、それよりも早く私の術式が完成した。かつてプレシアさん相手に散々練習したコンボだ。元々が設置トラップ型とはいえ、繰り返し練習した術式はチェーン・バインドなど他のバインドと比較しても、発動速度はわずかに上回る。

 

「くそっ、離しやがれ! 」

 

騒ぐ男達の首筋にシューターを当てて意識を刈り取ると、すぐに武装隊の人達が応援に来てくれた。

 

「お手柄だな、嬢ちゃん」

 

「…お任せしても? 」

 

「ああ、引き受けた。フェイト班長達のことも頼むぞ」

 

武装隊の人達に頷いて返すと、私は再び高機動飛翔を駆使して、戦闘を継続しているなのはさん達のところへ向かった。なのはさんとフェイトさんは、今までとは違う、巨大な傀儡兵と対峙していた。

 

「大型だ。バリア出力も強い…」

 

「うん…でも、負けられないっ」

 

2人の正面で広げた傀儡兵の砲塔のような場所に魔力が集中する。恐らく砲撃を放とうとしているのだろう。私は即座に静かなる癒しを発動した。2人を翠色の風が包み、消耗していた筈の魔力と体力を回復させる。

 

「ヴァニラちゃん、ありがとう! さぁ、行くよっ!! 」

 

「みんなの力を合せれば、貫ける! 撃ち抜け、轟雷!! 」

 

フェイトさんの魔力が高まり、バルディッシュが砲撃形態に変形した。それに合わせてなのはさんの魔力も高まっていく。

 

≪"Thunder Smasher".≫【『サンダー・スマッシャー』】

 

≪"Divine Buster, full power".≫【『ディバイン・バスター・フルパワー』】

 

バルディッシュとエルシオールの音声が重なり、前面に展開された魔法陣から膨大な魔力の砲撃が放たれた。それと同時に傀儡兵も砲撃を放ち、砲撃同士が正面からぶつかり合う。そのエネルギーは拮抗しているようにも見えた。

 

「ハーベスター、砲撃形態に移行して、ディバイン・バスターを用意。チャージ完了次第、発射するよ」

 

≪All right.≫【了解】

 

なのはさんやフェイトさんの砲撃には威力で劣るけれど、拮抗した状態を打破する程度には役に立てる筈。そう思ったのだが、チャージが完了する直前で2人の魔力が更に膨れ上がった。

 

「「せぇーのっ!! 」」

 

声を合せると同時になのはさんとフェイトさんの砲撃の威力は倍増し、敵の砲撃と一緒に傀儡兵の本体を貫いた。バラバラになって崩れ落ちていく傀儡兵を見つめ、私はフッと息を吐いた。

 

≪Not yet, Master. Be careful.≫【マスター、まだです。注意して下さい】

 

ハーベスターの警告と同時に私達のすぐ近くの壁面を突き破って、今しがた倒したばかりのものと同じ、大型の傀儡兵が現れた。なのはさんとフェイトさんは砲撃を撃ち終えたばかりで体勢が整っていない。思わずチャージが完了したばかりのハーベスターを傀儡兵に向けて、一瞬だけ逡巡した。

 

(あのバリアを、私の砲撃で貫通できるかどうか…)

 

傀儡兵の砲塔がこちらを向いた。その時、私の横をすり抜けて、アルフさんが傀儡兵に迫った。

 

「バリアなら、あたしに任せな! 行っけぇぇぇっ! バリア・ブレイクっ!! 」

 

アルフさんが振り抜いた拳は正面から傀儡兵を捉え、そのバリアを粉砕した。

 

「ヴァニラ! 今だよっ!! 」

 

「ディバイィィィン・バスタァァァーっ!! 」

 

咄嗟に放った砲撃は見事に傀儡兵を貫いて、その動きを止めた。でもまだ完全に活動停止には至っていない。即座に体勢を整えようとした次の瞬間、紅、紫、白の魔力光が傀儡兵を撃ち抜き、鎧のようなその身体を崩壊させた。

 

「悪ぃ悪ぃ。勢い余って傀儡兵ごと壁をぶち抜いちまった」

 

「迷惑をかけたな。我等の方は魔力駆動炉の破壊まで完了した。傀儡兵もこいつが最後だ。怪我人も特にいない」

 

現れたのは守護騎士のみんなだった。プレシアさんも、テロリストを拘束した武装隊の人達やリニスを伴ってやってきた。一瞬呆然としたものの、状況が判って漸く力が抜ける。

 

「こちらも概ね終わっているようね。さぁ、魔力駆動炉を停止させてしまうわよ」

 

「フェイト、アルフ、なのはとヴァニラも、よく頑張りましたね。次はミント達のサポートです。もうひと踏ん張りですよ」

 

リニスの言葉に改めて気を引き締めた。まだこれで終わった訳じゃない。これから本命の…テロリスト達の親玉との対決が待っているのだ。

 

私は砲撃形態のままのハーベスターをギュッと握り直した。

 




3か月ちょっとのご無沙汰です。。
今回はさすがに作品を途中で打ち切ってしまう作者さんの気持ちが少し判ったような気がします。。
長期間書いていないと、だんだんいろんなことが鈍ってくるのですね。。

でもやっぱり自作品を打ち切りにはしたくないので、これからも更新頑張ります。。
相変わらずの不定期更新ですが、引き続きよろしくお願いいたします。。


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第31話 「決着」

※今回はミントパートのみです。。


魔力駆動炉制圧部隊と別れた後、俺はユーノ、クロノと一緒にブリッジを目指した。

 

「くっ、またか! 」

 

クロノが放ったスティンガー・スナイプが複数の傀儡兵を纏めて射抜く。先ほどから傀儡兵だけでなく、テロリスト達もそれなりの数を無力化しているのだが、その割になかなか先に進めていないのが現状だった。

 

「全く、殆どの戦力は魔力駆動炉の防衛に充てられているんじゃなかったのか? 」

 

『傀儡兵だけで言うなら、魔力駆動炉周辺には軽ザ…その5倍の数がいるよ。ザ…フェイトちゃん達が交戦中! 』

 

アースラとの通信は何とか繋がってはいるが、かなりノイズが入る。

 

『あ、それからテロリストの首謀者ザ…けど、名前判ったよ! 艦長が調べてくれてザ…』

 

『ええ。本局のザ…ータベースで照合してザ…で99.98%一致したわ。第一級ザ…手配テロリストで名前はレスター。レスター・クールダラスよ』

 

途中で音声がリンディさんのものに代わる。本人は自己紹介などしてくれるようなタイプには見えなかったから、ここで名前が判ったのは非常に助かった。

 

『ザ…あと、注意して、クロノくん。彼の魔力ランクはオーバーSザ…ザザ……』

 

「エイミィ、どうした? エイミィ? 」

 

雑音が急激に酷くなったと思ったら、アースラとの交信が途切れてしまった。だが必要な情報は粗方聞けたようだ。

 

「…ジャミングか。それに…」

 

「ええ…この圧迫感。ブリッジ周辺はAMFが発動しているとみて間違いありませんわね」

 

過去に何度も経験したAMF…アンチ・マギリンク・フィールド。クロノやユーノ、俺のようなAランクを超える魔導師であればフィールド内でも魔法を行使することは出来るが、消耗度合いは通常の比ではない。

 

「でもここの傀儡兵って魔力駆動炉から直接動力を取っているんだよね? ならここから上層では傀儡兵の数は減るんじゃないかな? 」

 

「そうだな。だが質量兵器には引き続き警戒が必要だ。それにエイミィからの情報では首謀者の魔力ランクはオーバーSなんだろう? なのに態々AMFを使用している…」

 

「何か裏があるということですわね。警戒は怠らないように致しましょう」

 

俺はクロノにそう答えると、ジュエルシードを1つだけ取り出し、ポケットに忍ばせた。AMF影響下での戦闘は魔力の消耗が早い。テロリスト達の狙いがジュエルシードであるのは判ってはいるが、魔力の回復手段は用意しておくにこしたことはないだろう。ユーノもそれは理解しているようで今回は制止することなく、俺と目を合わせるとそっと頷いた。

 

 

 

ユーノの推測通りそれ以降は傀儡兵による待ち伏せはなく、更に数人のテロリスト達を無力化したところで質量兵器による襲撃も鳴りを潜め、俺たちは漸く最上階層へと辿り着いた。ドアはなく、戸口状になった入口を抜けると、ブリッジはアースラのものと同等のかなり広いスペースになっていた。ただアースラと違って、オペレーターらしき人は誰もいない。

 

「思ったより早かったな」

 

唯一、その場にいた男、レスターが声をかけてきた。銀色の長髪にオッドアイ。そして感じる魔力は事前にエイミィさんから言われていた通り、明らかにS以上はあるだろう。

 

「お前1人か? AMFを使っているくらいだから、部下に質量兵器を過剰装備させるくらいのことを想定していたんだが」

 

レスターはクロノの言葉を無視して、値踏みするような目つきで俺の方を見てきた。

 

「な…何ですの? 」

 

「ふん…『ミント・ブラマンシュ』か。まぁ、そっちの艦との通信で見たときに、来るだろうとは思っていたがな」

 

そう口にした言葉を聞いた瞬間、心臓が跳ね上がるような気がした。

 

「…どうして、ミントのことを知っているんだ? 」

 

「お前さんのことだって知っているさ。クロノ・ハラオウンに、そっちのはユーノ・スクライアだな」

 

間違いない。こいつは「ギャラクシーエンジェル」だけでなく、「リリカルなのは」も知っている。そう思った瞬間、冷や汗が流れた。ユーノやクロノがいる前で、余計なことを言われたくない気持ちもあった。

 

「こいつ…僕たちのことを…? 」

 

ユーノのつぶやきに、慌ててその場を誤魔化そうとした。

 

「わたくし達のことまで調べるだなんて、随分とマニアックなファンですのね」

 

「そういうお前も、俺のことは知っているんじゃないのか? 」

 

男は挑発するような目つきでこちらを見てくる。確かに髪の毛を短くして眼帯をつけたところを想像すれば、レスター・クールダラスに見えないこともないのだが、その性格や物言いは、ギャラクシーエンジェルに登場したレスターとはかけ離れていた。

 

「…あいにくですが、テロリストの知り合いはおりませんわね」

 

レスターモドキを睨みつけながら、そう返す。

 

「ですが、名前なら存じ上げておりますわよ」

 

そう言って、クロノに目配せする。軽く頷いて、クロノが続けた。

 

「第一級指名手配テロリスト…レスター・クールダラスだな」

 

レスターが目を細めて、薄く笑う。

 

「まぁ、管理局のデータベースにも載っている情報か。別に今更知られて困る情報じゃない」

 

そういうと、レスターの周りに複数の魔法陣が浮かび上がり、魔力の矢が放たれた。矢はユーノのプロテクションによって防がれるが、数発の矢を防いだだけで、防御適性が高いユーノのプロテクションに早くもひびが入った。AMF効果を考慮しても、相手の魔力の高さが伺える。

 

「腐ってもオーバーSということか。ミント、ユーノ、気を付けてくれ」

 

「言われなくても、わかっておりますわ」

 

レスターが再度魔力の矢を放ち、ユーノが再展開させたプロテクションでそれを防ぐ。だがAMF影響下では、これだけでも相当な負担がある筈だ。

 

「大丈夫! まだいけるよ」

 

こちらの心配を察したように、ユーノがそう言って微笑んだ。いずれにしても彼の負担を減らすためにはレスターを止めるしか方法はない。

 

「ミント、合わせられるか? 」

 

「もちろんですわっ」

 

6基のフライヤーを展開させると、クロノが放つスティンガー・スナイプに合わせて波状攻撃を行うが、レスターもプロテクションを展開し、あっさりとそれらの攻撃を防いだ。

 

「…それだけの力を持っていながら、何故テロリストなどに! 」

 

「さぁな。これから死ぬお前らが知ったところで、意味のないことさ」

 

レスターがそう言って軽く右手を振ると、それだけで軽く30を超えるスフィアが生成された。それらから魔力弾が一斉に降り注ぐ。高威力の直射弾だ。

 

「くっ…さすがに、ちょっとキツいかも」

 

プロテクションを複数展開し、何とか直射弾を凌いでくれているユーノは特にAMFの影響を受けていた。

 

「クロノさん、援護をお願いします」

 

「ああ、了解だ」

 

クロノがレスターに対してスティンガー・スナイプを発射し、気を引いてくれることで、多少直射弾の雨にばらつきが出る。その隙を突いて、俺はユーノの傍に駆け寄った。すかさずポケットのジュエルシードを握り、魔力を移譲する。

 

「ありがとう、ミント。もう大丈夫」

 

「あまり無理は…いえ、今は無理をしてでも、彼を止めるべきですわね」

 

確かにSランクオーバーというだけあって、レスターの攻撃は熾烈を極めた。魔力ランクだけではなく、魔導師ランク的にもかなりの実力だろう。だがこちらはチームである上、魔力の回復手段もある。早々遅れをとることはない。

 

「クロノさん! 」

 

こちらの声に頷いて返すクロノとスイッチし、こちらに向かってくる魔力弾をフライヤーで迎撃する。そしてその間を縫うように、クロノのスティンガー・スナイプがレスターに対して攻撃を仕掛けた。

 

「スナイプ・ショット! 」

 

クロノの詠唱に呼応するように、水色の魔弾が速度を上げた。レスターはそれを、身体を捻って躱す。

 

「くっ! 」

 

「わたくし達の連携を甘く見ないことですわ。例えオーバーSランクだったとしても、多勢に無勢ですわよ。大人しく投降することをお勧め致しますわ」

 

ほんの一瞬だけ、レスターが苛立つような表情を浮かべたような気がした。だがすぐに先ほどと同じ、嫌な笑みを浮かべる。

 

「この程度で勝ったつもりになるなよ。もうじきこちらのロストロギアが暴走状態になる。この一帯が次元断層に飲み込まれるのも時間の問題だ」

 

「次元断層だって!? 馬鹿な、それがどういうことなのか、判って言っているのか? 」

 

「はははっ、当たり前だ! つまりは、みんな死んじまうってことさ」

 

「! …そんなこと、させませんわよっ! 」

 

即座にフライヤーを回り込ませて攻撃を開始する。レスターはプロテクションを展開したが、すかさずクロノが放った光の魔弾が高速でプロテクションを貫き、レスターの肩を掠めた。

 

「ぐっ、調子に乗りやがって…だがもういい塩梅だ。お別れの時間だよ」

 

そういうと、レスターはリモコンのようなものを取り出し、そのスイッチを押した。途端に今までずっと感じていたAMFの圧迫感が霧散した。そしてそれと同時に、ここ数週間でずいぶんと慣れてしまった感覚が全身を襲った。

 

どくんっ!

 

それはレスターが立っているあたりから特に強烈に感じられたが、それと同時に俺のポケットの中のジュエルシードも反応を示した。

 

「そうか…AMFを使って急激な負荷をかけたんだ! 急激に活性化した魔力と魔力残滓の影響でジュエルシードの発動を加速させた…」

 

「まずいぞ! このままだと本当にこの一帯が次元震に見舞われることになる! 」

 

ユーノとクロノが焦ったような声を上げるが、俺は逆に落ち着いていた。それは、ポケットの中で共鳴を始めたジュエルシードの反応が、暴走するときのものとは違うように感じたからだった。そして、その共鳴がむしろ他のジュエルシードの暴走に歯止めをかけている、そんな気がした。

 

「何故だ!? これだけの魔力があれば、エネルギーの放出はもっと膨大な筈だ! 」

 

俺の感覚を裏付けるように、レスター自身も焦ったような声を上げる。その瞬間、俺は先日海鳴温泉郷でジュエルシードを封印した時のことを思い出した。

 

『…恐れる必要はありませんわ。わたくしがちゃんとブラマンシュに送り届けて差し上げますから』

 

あの時感じた確信のようなもの、それが今回もあった。ブラマンシュである俺だからこそ、ジュエルシードの暴走は止められる。俺はゆっくりとレスターの方に歩を進めた。

 

(全く…もっと早くに気付いていれば、ヴァニラさんにあんな大怪我をさせなくても済んだでしょうに)

 

海鳴の繁華街で、俺は銃の男に対応するためジュエルシードの対応をヴァニラとなのはに任せてしまっていた。その結果が、現実世界にまで影響を及ぼした小規模次元震とヴァニラの両手の怪我だ。あの時俺がジュエルシードの対応をしていれば、その場で暴走を止めることが出来た筈だ。だが直ぐに軽く頭を振ってその考えを払う。今更、済んでしまったことを悔やんでも仕方ない。目の前に暴走しかけたジュエルシードがあるのだ。今はこれを止めることだけに集中していればいい。

 

「てっ、てめぇ! 」

 

近づく俺に気付いたレスターが即座に魔力スフィアを展開する。だが、遅い。既に俺は錫杖形態のトリックマスターがレスターに届く位置にいたのだ。スフィアから魔力弾が発射される寸前、トリックマスターの杖底がレスターの顎を捉えた。

 

「がっ…! 」

 

その流れのままトリックマスターを回転させ、レスターの足を払う。ベルカ式棒術ではかなり基本的な型だが、これが見事に決まってレスターは転倒した。立ち上がろうとするレスターの眼前にトリックマスターを突きつける。

 

「ブラマンシュのジュエルシード…返して頂きますわよ」

 

ジュエルシードの暴走は既に収まりつつあったが、手をかざすとレスターの懐に、確かにその存在を感じ取ることが出来た。

 

「…急に見知らぬ土地に連れて来られて、貴方達も怖かったのでしょう。ですが、もう安心ですわよ。わたくしと一緒に、ブラマンシュに帰りましょう」

 

まるでその言葉に反応したかのように、4つのジュエルシードがレスターの懐から俺の目の前に浮かび上がって来た。それらをトリックマスターが格納していく。

 

≪Perfect, master. Sealing, and internalize number 4, 6, 7 and 13. Total 21 Jewel Seeds have been completed.≫【完璧です。4番、6番、7番、13番の封印、格納。これで21個全て揃いました】

 

「ありがとうございます、トリックマスター」

 

レスターから目を離さないままトリックマスターにお礼を言う。

 

「…何故だ。何故暴走が止まった。計算上では次元断層発生に十分なエネルギー量を放出させるだけの魔力があった筈だ」

 

「それは、わたくしがブラマンシュだからですわ」

 

今なら、判る。ブラマンシュの魔素に適合するように設定されたジュエルシードは、ブラマンシュ以外の場所に持ち出すと暴走の危険があるということだった。だがブラマンシュの魔素に馴染んだ人間が近くにいれば、それだけで暴走の確率は格段に減るのだろう。

 

「確かにジュエルシードには願望機としての側面もあるけれど、今のミントの話からすると、きっと数十人のテロリストが破滅を望んでも、ミント1人が平穏を望めば、そっちが優先されるんだろうね」

 

「そんな話は聞いていないんだが」

 

「仕方ありませんわ。わたくしだって、つい先ほどまでは気付いておりませんでしたのよ」

 

隣にやってきたユーノとクロノにそう答えると、急にレスターが笑い始めた。

 

「はははっ、とんだ道化じゃないか! せっかくこの世界をぶち壊せるロストロギアを手に入れたと思ったのによ」

 

「世界を壊すだって? そんなことをする理由も意味もないと思うんだが」

 

「理由ならあるさ! この世界がふざけた物語だからだ! 」

 

「…は? 」

 

一瞬、言葉に詰まった。まさかそんな下らない理由がレスターの口から発せられるとは思っていなかったからだ。

 

「お前だって判っているんだろう? 俺たちだってキャラクターだ。こんな悪趣味でふざけた世界は全部ぶっ壊してやろうと思わないか!? 」

 

レスターは自分が「ギャラクシーエンジェル」の登場人物であることも、「リリカルなのは」の世界に転生したことも、全て不服としている様子だったが、それは明らかに自分勝手な思い込みだ。そんな思い込みに巻き込んで欲しくないというのが正直な感想だった。腹が立った俺は、ヒステリックに叫ぶレスターの顔のすぐ脇をフライヤーで撃ち抜いた。

 

「ふざけているのは貴方の頭の中ですわ! 何が物語ですの!? たまたまご自分が知っている物語と登場人物が同じというだけで、この世界で生きている全ての人達を否定させませんわよ! 」

 

一瞬、レスターがたじろいだように見えた。

 

「第一、貴方がご存知の物語とやらに、貴方自身は登場しておりますの? ストーリーは同じものですの!? 」

 

「黙れ! こんな筈じゃなかったんだ! 」

 

「ええ。世界はいつだってこんな筈じゃなかったことで満ち溢れていますわ。そうですわね? クロノさん」

 

そう言って、クロノの方を見た。深く考えずに捲し立ててしまったが、いろいろ言ってはいけないことを口走ってしまった気がする。だがクロノはさして気に留めた様子もなく、こちらに頷いて返してきた。

 

「ミントの言う通りだよ。ずっと昔から…いつだって、誰だってそうだ。その現実から逃げても、立ち向かっても、それは個人の自由だ。だが自分の勝手な思い込みに、無関係な人間を巻き込んでいい権利など、どこの誰にもありはしない! 」

 

「だったらさっさと俺を殺せばいい。この世界を壊せなかったのは心残りだが、そうすれば俺はまた別の世界でそっちの世界を破壊できる」

 

「…何を言っているんだ? 」

 

少し戸惑うような表情を見せるクロノに、それ以上の話を聞かないよう警告しようとしたのだが、一瞬遅かった。

 

「俺は死んでも次がある。何度でも転生するのさ。今までもそうしてきたし、これからも同じだ。俺は転生者だからな」

 

 

 

以前、ユーノが呪いを受けた時と比べると、多少落ち着いていられた。実際に呪いが発動するまでにある程度時間がかかることは判っていたし、解呪の実績もあったためだ。

 

「その呪いは、わたくし達には通用しませんわよ」

 

「ハッタリだな。転生していないクロノ・ハラオウンに、この呪いを避ける手段などある筈がない」

 

俺はレスターから視線を外さないまま、嘗てユーノに伝えたように、視界内にトラックのようなものが見えた場合は全力で回避するよう、クロノに念話を送った。

 

<…つまり、さっきのが死の呪いを発動させるキーワードだった訳か。僕も死の呪いにかかったという訳だ>

 

<ええ…ですが、クロノさんを死なせたりはしませんわよ>

 

クロノは少し微笑んだ後、レスターに向き直った。

 

「さっき『殺せ』と言っていたが、生憎と時空管理局の法には死刑制度は無い。お前の身柄は拘束されて本局へ送られることになる」

 

「ならまだこの世界を破壊するチャンスはあるな。クロノ・ハラオウン、お前が死んだ後にでも脱出して、別のロストロギアでも探せばいいことだからなっ」

 

そう言った途端、レスターの魔力が大きく膨れ上がった。先ほど以上の数のスフィアが生成され、無数の直射弾が発射される。

 

「! まずいっ、プロテクションが! 」

 

ひっきりなしに降り注ぐ魔力弾によって、ユーノのプロテクションには無数のヒビが入っていた。

 

「トリックマスター! 」

 

≪“Pulsation Buster”.≫【『パルセーション・バスター』】

 

俺は咄嗟に高機動飛翔を使って間合いを取ると、レスターに対して砲撃を撃った。だが、これは悪手だった。レスターはプロテクションを高強度のプロテクションを複数展開してパルセーション・バスターを防ぐと、直射弾の中に紛れ込ませていたらしい誘導弾を俺に殺到させたのだ。

 

「くっ! フライヤーっ! 」

 

ローリングしながら回避し、フライヤーで次々と誘導弾を撃ち落していくが、撃ちもらした1発の誘導弾が俺の右足に直撃した。

 

「く、あぁっ!! 」

 

右足に激痛が走る。姿勢制御が出来なくなり、着地して動きを止めてしまった俺に再び魔力弾が襲い掛かるが、それはユーノがプロテクションを生成して防いでくれた。右足を見ると、バリアジャケットのタイツ部分がかなり大きく裂けて傷口が開いており、出血も酷い。

 

「ミント、無茶しすぎだよ。待って、すぐ治癒魔法を…」

 

「いえ、そんな時間はありませんわ。次が来ますわよ! 」

 

ユーノが即座にプロテクションを再展開するが弾幕も激しく、防御以外には手が回らない。とりあえず自分自身で簡単な治癒魔法をかけて止血はしたものの、高威力の魔力弾を殺傷設定で受けてしまった右足はしばらく動きそうに無かった。

 

「ごめん…僕が守らなくちゃいけなかったのに…それに僕の治癒魔法でも回復度合いはあまり大差ないと思う」

 

ユーノが悔しそうにそういうが、本来治癒魔法とは対象者の代謝機能を高めて自己治癒を促進させるもので、即座に回復が見込めるものではない。ヴァニラやシャマルが規格外なだけなのだ。

 

「とりあえずこの戦いが終わったら、ヴァニラさんに治して頂きますわ。それまで、負けるわけには参りませんわね」

 

痛みを堪えてユーノに微笑を返す。高機動飛翔で空中を移動すれば痛みは多少軽減されるだろうが、集中しにくい上に姿勢制御もままならず、機動力は無いに等しい。それならいっそ、ユーノに守ってもらいながらフライヤーの操作に専念した方がいいだろう。

 

6基のフライヤーを再展開したところで、艦の駆動音が停止した。フェイト達が魔力駆動炉の停止に成功したのだ。まもなくこちらに援護に来てくれるだろう。そう思うだけで、ずいぶんと気が楽になった。

 

「チッ、もうやられちまったのか。なら下半分はパージするか」

 

レスターが目の前にコンソールを表示させ、操作をすると艦が一瞬、大きく揺れた。バランスを崩し、右足にまた激痛が走る。思わず蹲りそうになるのを必死に耐えた。

 

「駆動炉部分にはまだ仲間がいただろう!? その状況で切り離したというのか!? 」

 

「管理局に捕まっていなければ、とっくに逃げているだろうさ。それよりも自分の心配をしたらどうだ」

 

レスターが再度魔力弾を撃つが、クロノも誘導弾を巧みに操り、次々と魔力弾を撃ち落していく。俺も何とかフライヤーを回り込ませてクロノの援護をしていたのだが、その攻防を何度か繰り返したところで、俺は視界の隅にあの禍々しい亡霊の群れのようなモノを捕らえた。

 

 

 

「ミントっ、あれ! 」

 

「ええ、判っておりますわ! 」

 

いつでもクロノと亡霊の間に割り込めるように体勢を整えようとして、俺は愕然とした。レスターとの魔法戦闘で高速移動を繰り返すクロノの座標が絞り辛く、更に今の俺の右足ではまともな機動は期待できないのだ。

 

「…申し訳ありませんがクロノさんにはギリギリまで回避して頂いて、タイミングを見計らってブリッツ・アクションで割り込みをかけましょう。トリックマスター、サポートお願いしますわね」

 

≪Sure. I will do my best.≫【了解。最善を尽くします。】

 

<クロノさん、大変だとは思いますが…>

 

<ああ、状況はわかっている。了解した。何とか逃げ切ってみせるよ>

 

クロノにも念話を飛ばして状況を共有し、チャンスを待つ。やがてクロノが亡霊を挟んで俺と対極の位置に到達した。ブリッツ・アクションで直線的に飛べばいい位置で、負荷も少なめだろう。この機会に賭けるしかなかった。

 

「今ですわ! 」

 

≪"Blitz Action".≫【『ブリッツ・アクション』】

 

 

 

短距離とはいえ、超高速での移動は当然足にも負荷がかかる。それを計算したつもりだったのだが、激痛は予想を超えていた。移動の瞬間に大きくバランスを崩した俺は、トリックマスターのサポートを駆使したにも関わらず、亡霊の軌道からわずかにずれた場所にいた。

 

「クロノさんっ!! 」

 

思い切り手を伸ばしたが、届かない。亡霊がクロノに突っ込んでいくのがスローモーションのように感じられた。

 

 

 

<大丈夫>

 

どこからか、そんな声が聞こえたような気がした。次の瞬間、亡霊は掻き消えるように消滅し、キラキラと輝く光だけが残された。その光の中央に、少女の姿があった。それがヴァニラだと気付いた瞬間、その光が一斉にレスターに向かって移動し、そのまま弾けるように消えた。

 

「ミント、大丈夫? 」

 

崩れ落ちるように倒れるレスターを呆然と見ていた俺に、フェイトが声をかけてきた。

 

「あ…フェイトさん…? 」

 

「うわっ、ひどい怪我! ヴァニラちゃーん、お願いできるかな? 」

 

フェイトの後ろから覗き込むようになのはが顔を出し、ヴァニラを呼んだ。翠色の風が流れたような気がした瞬間、痛みが嘘のように引いていく。

 

「うん、これで大丈夫。血の跡は、後でお風呂で流してね」

 

「あっ、ありがとうございます」

 

微笑むヴァニラに慌ててお礼を言うと、改めてレスターの方に視線を向ける。ちょうど意識を失ったと思われるレスターを、守護騎士達とクロノが拘束しているところだった。

 

「遅くなってごめん。急に魔力駆動炉部分がパージされたから直接移動が出来なくて、一旦拘束したテロリスト達をトランスポーターでアースラに移動させていたんだ」

 

フェイトの説明を聞きながら、徐々に戦いが終わった実感が湧いてきた。テロリストは全員拘束した。ジュエルシードは全部回収出来た。レスターの呪いも、ヴァニラのおかげで恐らく解呪出来ている筈だ。俺は感極まって、思わずフェイトに抱きついた。

 

「ミっ、ミント? どうしたの? 」

 

「やりました! やりましたわ! ついにジュエルシードが21個全部揃いましたの! 」

 

「よかったね、ミントちゃん! おめでとう! 」

 

なのはが声をかけてくれると、フェイトがやさしく俺の髪を撫でてくれる。ふと見ると、ヴァニラも、ユーノも、みんな笑顔だった。改めて1つの山を越えたんだ、と思った。

 

 

 

「お祝いムードのところ悪いんだが、続きはアースラに戻ってからにしてくれないか? ジャミングを発生させていた装置を破壊してアースラと連絡が取れるようになったのはいいんだが、どうやら魔力駆動炉を失った艦が漂流を始めているらしいんだ」

 

『今、アンカーを打ち込んだから暫くは大丈夫だと思うけど、首謀者の拘留もしないとだし、何より祝勝会もしないとだから、出来るだけ急いでね! 』

 

エイミィさんの声が通信機から聞こえる。俺たちは顔を見合わせると、誰からともなく笑い出した。

 

「そうだね、祝勝会は大事だよね、うん! 」

 

なのはが笑いながらそう言った。

 

「クロノさん、トランスポーターの使用許可を」

 

「ああ、許可する。みんなまとめて送り届けてくれ」

 

ヴァニラがトランスポーターを展開し、みんなが次々にアースラへ帰還していく。俺もトランスポーターに乗ろうとして、ふと後ろを振り返った。ブリッジ部分には魔力弾の真新しい傷痕がいくつも残されている。つい先ほどまでここで戦闘をしていたのに、何故かそれが随分と昔のことのように思えた。

 

「ミント、早くー」

 

「今、参りますわ」

 

ユーノに返事を返すと、俺もトランスポーターに飛び乗った。




1年半以上も放置してしまいました。。
言い訳は活動報告の方にしておりますので、ここではお詫びとお礼のみさせて頂きます。。

まずはお待たせしてしまい、大変申し訳ございませんでした。。
そして放置中にもかかわらず1000件を超えるお気に入りを頂き、本当にありがとうございます。。

プライベートはだいぶ落ち着いてきましたので、また少しずつ更新していけるよう頑張ります。。
引き続きよろしくお願いいたします。。


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第32話 「今後」

※今回はヴァニラパートのみです。。


テロリストの首謀者を拘束して、ジュエルシードも21個全てを回収出来たことで、その日の夜はアースラの食堂を借り切って祝勝会が開かれた。料理が趣味だというエイミィさんがはやてさんと一緒に地球の料理を再現し、以前から監修に付き合っていたというアリサさんやすずかさんも協力して、かなりの量の料理が食堂に並べられた。武装隊の人達も食堂に集まっている。以前ミントさんが提案していた「星を見ながら次元展望公園でバーベキュー」ではないが、それに近い状況だ。

 

「とりあえずテロリストの方は首謀者を拘束したことで、ある程度の沈静化が見込めると思う。これもみんなの協力があってこそだ。本当にありがとう」

 

クロノさんがそういって頭を下げた。

 

「まだ各地に散っているテロリストの残党対策もあるし、闇…夜天の魔導書の対応もしないといけない。やるべきことは山積みだが、まずは一山を越えたということで、こうした席を設けさせてもらった。みんなも楽しんで、英気を養って欲しい」

 

周囲から拍手が起こる。そこでクロノさんがリンディ提督に乾杯の音頭をお願いした。

 

「堅苦しい挨拶はここまでにしましょう。みなさん、お疲れさまでした。乾杯!」

 

乾杯の声が唱和する。周りにいる人達はなのはさんやフェイトさん達も含めて、みんな笑顔だった。ただ、私はこの状況を素直に楽しめていなかった。

 

(怪我をしたミントさんの代わりに咄嗟に解呪しちゃったけど、あれってやっぱり不自然だったよね)

 

高速移動でクロノさんと亡霊のようなモノの間に割り込み、解呪したこと自体には悔いはない。だってそうしなければクロノさんが死んでしまっていた筈だから。ただ、私が解呪出来たことに対して、誰も何も言わないことが不安を煽った。恐らく、私自身の呪いも解呪されている。それはあの光に包まれたときに確信した。それでもまだ転生のことを口にするのは躊躇われた。

 

正直に言えば、そのことを話題に出して欲しくない気持ちは強いのだが、さすがにあの行動の後でその話題が出ないことが不思議なのだ。

 

ふと、フェイトさんと談笑しているなのはさんの顔を伺う。特に何かを疑問に思っている風でもなく、屈託無い笑顔だった。そのなのはさんがこちらに気付き、手を振ってきた。私も微笑みを返し、小さく手を振る。

 

(あの時、なのはさんとフェイトさんは私よりも遅れてブリッジに入ったから、タイミング的に解呪の瞬間は目撃していない筈…でも、明らかにあの現場を目撃したクロノさんとユーノさんが何も言ってこないのは…)

 

「どうされたんですの? 浮かない顔をしていますわよ」

 

不意にミントさんが声をかけてきた。考え事をしていたので少し驚いたが、すぐに笑顔で挨拶を交わす。

 

「うん、ちょっと、さっきのことでね…」

 

とりあえず表向きは他愛もない会話をしながら、念話で不安に思っていることを説明すると、ミントさんは納得したように頷いた。

 

<その気持ちは判りますわ。わたくしも、今日は随分と余計なことを言ってしまっておりますし…ただ、クロノさんも恐らく気を遣ってくれているのですわ。今日のところはゆっくり楽しめと、そういうことだと思いますわよ>

 

<…なんだか最後の晩餐みたいで、それはそれで怖いんだけど>

 

半分冗談めかして言うと、ミントさんはころころと笑った。

 

<まぁ今日はともかく、明日には何か言ってくるとは思いますわ。ところで…ヴァニラさんもやっぱりシャトヤーン様を?>

 

<実際ゲームでは見たことないんだけどね…ヴェールみたいなものを被った青緑色の髪の女性が微笑んでいたよ>

 

その女性は、呪いが解けたと言ったような気がした。そして私は何故か、それが本当であると確信していた。根拠はなかったけれど、直感的に信じることが出来た。

 

<やっぱり、そうなのでしょうね。これでテロリストが再転生するのは回避出来たという認識でいいと思いますわ>

 

<…テロリストの中に、他の転生者がいなければいいね>

 

<勘弁して下さいませ…これ以上、自分勝手な転生者に関わるのは本当に遠慮したいですわ>

 

ミントさんが心底げんなりした表情をするのをみて、くすりと笑う。

 

「ありがとう、ミントさん。おかげでだいぶ気が紛れたよ。とりあえず今は楽しもう」

 

「それは良かったですわ。あちらに美味しい料理がありましたの。ご一緒しませんか?」

 

「うん。喜んで」

 

この後、なのはさんやアリシアちゃん達とも合流して随分と楽しませてもらった。たまたま今日が土曜日で、明日の日曜日は学校がお休みのため、アリサさんやすずかさんも含め、みんな今夜はアースラに泊まることにしたらしい。折角なので私もパジャマパーティーに参加させてもらい、かなり遅い時間までみんなでおしゃべりをした。

 

そして一夜明けた日曜日の朝、ミントさんの予測通りクロノさんからの呼び出しがあった。

 

 

 

ブリーフィングルームに到着すると、そこにはクロノさんの他にミントさんとユーノさんもいた。

 

「疲れているところ、朝からすまないな。まずはヴァニラとミント、君達2人に見てもらいたいものがある」

 

「いえ…これは?」

 

「ここ暫くユーノ達に夜天の魔導書に関わる資料を捜索して貰っていたのは知っての通りだが、その時に無限書庫から偶然発見されたんだ」

 

改めて見ると、『Consideration Regarding Reincarnation Phenomenon』(生まれ変わり事象に関わる考察)とのタイトルが記載されている。著者名は『C. Karasuma』となっていた。タイトルからすると内容は転生に関わることだろうし、著者名は聞き覚えがなかったけれど、転生者の可能性もある。そう思ってふとミントさんの顔を見ると、何故か盛大に引きつっていた。

 

「今まで君達に黙っていたのは、余計な気を遣わせたくなかったからだ。その代わり、ユーノには随分と調査や検証をしてもらったよ」

 

クロノさんがそういって目配せをすると、ユーノさんも頷いて言葉を継いだ。

 

「この本に関する説明は僕からするね。内容的にはこのカラスマっていう人の手記なんだ」

 

ユーノさんが説明してくれた内容は、明らかに転生者の手記と思われた。転生に伴う呪いのことや、対象者を特定しないと呪いが発動しない、等といった影響範囲についても記載されていたのだ。

 

「何の予備知識もない状態で見たら眉唾ものの話なんだけど、明らかにあのルル・ガーデンが言っていたことと一致するし、それにあの時、確かにルル・ガーデンは『転生した』って言っていた…それだけでも、この手記の信憑性は高いんだけどね」

 

「僕もユーノから報告を受けて、ざっと目を通したよ。確かに心当たりが多すぎる。で、僕達はある仮説を立てた」

 

クロノさんはそう言うと、ミントさんをじっと見つめた。ミントさんも観念したようにふっと息を吐いた。

 

「わたくし自身も転生者である、ということですわね」

 

「そうだ。あらゆる状況証拠がその可能性を肯定している。昨日のレスター・クールダラスとの会話も含めて、だ」

 

ミントさんが私をじっと見つめてきた。念話など無くても言いたいことは判る。万が一のときはお願いする、そのつもりで私も呼ばれているのだろうことは重々判っていた。ミントさんには確りと頷いて返す。

 

「そうですわね。確かにわたくしは転生者ですわ」

 

一度目を閉じた後、今度は確りとクロノさんを見つめて、ミントさんはそう言った。

 

 

 

結果として、呪いは発動しないままお昼を迎えた。そしてそれまでの間に、私達は転生に関するいろいろな推察をクロノさん達に伝えた。例えば、一度転生した人間は例のトラックのようなモノを亡霊のような姿で捉えること。その状態であれば恐らく自身がそれに触れることで解呪が可能であること。解呪した人間もされた人間も、恐らく死の呪いを使うことは出来なくなること等だ。

 

昨日、実際に発動した呪いを解呪したことから予測はついていた様子だったけれど、私自身も転生者であることを明かした。ただ、昨夜から一番懸念していたことだった割には、驚くほどあっさりと受け入れられてしまった。

 

「これだけ待っても何も起きないってことは、ミントもヴァニラも、呪いはもう解けているっていう認識でいいと思うよ。僕の時もクロノの時も、概ね1時間以内にあのトラックみたいなモノがやってきたからね」

 

「この手記でも解呪の方法は不明だったからな。君達が解呪のパイオニアというわけだ」

 

クロノさんがからかうように笑みを浮かべながらそう言った。でもすぐに真面目な表情になり、頭を下げた。

 

「君達が転生のことを秘匿してくれたことは評価に値する。おかげで被害は最小限に留めることが出来た。本当にありがとう」

 

「…お礼を言われるようなことではありません。私は結局、自分のせいで他人が死ぬのが嫌だっただけですから。それに…」

 

かつて、呪いのことを知らずに転生の話をしてしまい、そのせいでアレイスターさんは死んでしまった。その時に私は転生の話を他の人にしないことに決めていた。ただそれ以上に転生という事象自体あまり吹聴するような話じゃないし、呪いが解けた状態でも口にしたいとは思わない。

 

「…今の私はヴァニラ・H(アッシュ)です。前世の記憶はあるけれど、それを理由に自分自身を否定したくないんです」

 

私がそう言うと、クロノさんも頷いた。

 

「判った。とりあえず、転生の話はここだけに留めよう。ヴァニラはヴァニラだし、ミントはミントだ。転生者だからといって、それが変わるわけじゃない」

 

「ありがとうございます。それで、このことはリンディ提督には?」

 

「後で僕の方から概要だけ伝えておく。それ以外には話をする必要も無いだろう」

 

そう言ってくれるクロノさんに、自然と頭が下がった。

 

「…一つだけ言っておくが、出来ればそんな他人行儀はやめてくれ。君はもう僕の大切な妹なんだから」

 

顔を上げると、少し赤い顔をしたクロノさんがそっと目線を逸らせた。明らかに照れているその仕草に、こちらも笑みがこぼれる。小さな声でそっと「ありがとう、お兄さん」と呟いた。

 

「聞こえましたわよ。良かったですわね、クロノさん。念願が叶ったではありませんか」

 

「なな何を言っているんだ君は。とりあえず他のメンバーとも今後のことを打ち合わせる必要がある。次は午後、ブリッジに集合だからな」

 

そう言ってブリーフィングルームを後にするクロノさんの顔は茹蛸のように真っ赤だった。とはいえ、私自身もかなり赤面している自覚があるし、「お兄さん」はやっぱり暫く封印しようと思う。

 

 

 

午後のミーティングまでそんなに時間は無かったけれど、お昼を食べていなかった私達は一度食堂に向かった。ちょうど食事を終えたらしいはやてさんや守護騎士のみんなが出てくるところだったので、挨拶を交わす。

 

「なんや、みんなお昼まだだったん? 言うてくれれば待っとったのに」

 

「それは逆に悪いよ。私達も、おしゃべりしていて遅くなっちゃっただけだから」

 

「あはは、そらしょーがないわ。で? 何のおしゃべりしとったん?」

 

はやてさんは軽い気持ちで聞いたのだろうけれど、一瞬言葉に詰まってしまった。と、ミントさんが横から助け舟を出してくれた。

 

「クロノさんですわ。彼がヴァニラさんに『君は僕の妹なんだから、他人行儀は止めてくれ』と言ったんですの。可笑しいと思いません? 彼の言い回しだって、十分他人行儀ですのに」

 

「ほほー、それはなかなかに胸きゅんポイントの高いコメントやな」

 

「まぁ、執務官殿はあの歳で激務をこなすのに、随分と気を張っている様子だからな。多少言い方が堅くなってしまうのは仕方ないだろう」

 

「でも、確かに14歳には見えねーよな」

 

「そういうヴィータかて、見た目と中身にギャップあるで。まぁそこも萌えポイントやけど」

 

守護騎士のみんなも会話に加わってきて、話が逸れたことに私はほっと胸を撫で下ろした。ミントさんにも念話でお礼を言っておく。

 

「そういえばヴァニラちゃん達もご飯を食べに来たのでしょう? もうお昼時間も残り少ないけど大丈夫?」

 

「…午後には全体ミーティングがあるのだろう。急がないと間に合わなくなるぞ」

 

「あ…そうですね。ありがとうございます。じゃぁ、はやてさんも、また後で」

 

「うん。ほな後でなー」

 

笑顔で食堂を出て行くはやてさんと守護騎士達を見送ると、こちらも笑顔になる。かつては危険なロストロギアの主になったことからストレスを抱え、適応障害も起こしていたはやてさんだったけれど、今では守護騎士達とも良好な関係を築いていて、本当に仲のいい家族のようだった。

 

「ヴァニラさん、参りますわよ」

 

「あ、うん。今いく」

 

ミントさんの声に返事を返すと、私も食堂に入る。軽食のメニューがいくつか残っていたので、みんなで少し遅めの昼食を済ませた。

 

 

 

午後のミーティングにはなのはさんやアリシアちゃんも参加していた。アリサさんとすずかさんは一足先に海鳴へ帰ったようだが、その代わり恭也さんと美由希さんも参加していた。目が合うと軽く手を振って挨拶されたので、こちらも会釈を返す。ご飯を食べていたせいか、私達が一番最後だったようだ。

 

「さて、全員揃ったところで始めようか。今日のミーティングだが、今後のスケジュールを纏めようと思う。エイミィ、頼む」

 

「了解」

 

エイミィさんがコンソールを操作すると、モニターにいくつかの項目が表示される。丁寧に、ミッド語と日本語の両方で記載されていた。どうやらなのはさんや恭也さん、美由希さんに配慮したものらしい。随分といい仕事をするなと思っていたら、なのはさんから念話が入った。

 

<日本語部分は、アリシアちゃんが翻訳してくれたんだよ>

 

なるほど、半年間日本語を勉強してきたアリシアちゃんは通訳として最適な人材だったようだ。なのはさんの隣でこちらに笑顔とVサインを送ってくるアリシアちゃんには、こちらも親指を立てて笑顔を返しておいた。

 

「まずは武装隊の案件だな。テロリストの本体を叩いたとはいえ、まだ各地に残党が残っている。近いところでは、第97管理外世界でも活動が確認されているようだ。本来管理外世界への介入は我々の業務範囲を逸脱するが、今回に限っては管理局法13の8を適用する」

 

クロノさんがポインターを操作して説明を続けると、モニターの表示が切り替わった。どうやら次元犯罪者が管理外世界に潜伏した時の対処マニュアルのようだ。

 

「近隣の管理世界については別働隊が動いてくれる。我々は第97管理外世界での対応に当たることになった。現地協力者である高町恭也氏、美由希氏両名と協力体制を取り、テロリストの拘束に努めること」

 

「了解!」

 

武装隊の人達の返事に対して満足そうに頷くと、クロノさんはまたポインターを操作した。

 

「第97管理外世界での対応を行うため、アースラは暫くこの近隣の次元空間に駐留する。ユーノ、リニス、アルフの3名についてはまだ本局とのポート使用が許可されているから、引き続き無限書庫で夜天の魔導書の管制人格について調査をお願いしたい」

 

クロノさんからの指名に、ユーノさんも力強く頷いた。

 

「必要な情報は粗々揃っているし、アリアやロッテも協力してくれているから、早いタイミングで報告内容を取り纏められると思うよ」

 

「プレシアから頼まれていた管制人格プログラム保存に必要な容量は概ね算出できています。後ほど仕様書に纏めて提出します」

 

リニスもこうした仕事に慣れているのか、受け答えも確りしている。肉体労働が向いていると言っていたアルフさんも満更ではない表情だった。

 

「それからミント…早急にジュエルシードをブラマンシュに送り届けたい気持ちはあるだろうが、先程も言った通りアースラは暫く動けない。申し訳ないが、ブラマンシュへの帰還は暫く待って欲しい。それで、その間はユーノ達の手伝いを頼みたいんだが」

 

「本局まで出られれば、シャトルでブラマンシュまで戻れますわよ?」

 

「すまないが、現時点ではユーノ達のサポートとして許可が下りているのが無限書庫の出入りまでなんだ。正式に本局に出入りする申請はもう少し時間がかかる」

 

「…状況が状況ですから、仕方ありませんわね。了解ですわ」

 

ハーベスターとエルシオール、一部レイジングハートで分散管理していたジュエルシードは、昨夜までに全てミントさんに返還している。別々に管理するよりも、全て纏めてミントさんが持っていたほうがジュエルシードの安定性が高まることが判ったのだそうだ。一元管理していて万が一ミントさんが襲われるようなことがあったら大変なのだが、ユーノさんやリニス、アルフさんまでついているのだから大丈夫なのだろう。そう思ってふと見ると、ユーノさんが小さくガッツポーズをしていた。

 

 

 

「最後になるが、ヴァニラとなのは」

 

今後のスケジュールが粗方纏まったところで、クロノさんがこちらに頭を下げた。

 

「君達には今回本当に世話になった。ミントやユーノもそうだが、彼らは当事者でもあるからな。純粋な民間協力者としては過剰なサポートをしてもらい、本当に感謝している」

 

「いえ…お役に立てたのなら良かったです」

 

そう言ってなのはさんの方を見ると、何故か不安げな表情をしていた。

 

「なのはさん? どうかした?」

 

「あ、うん…っとね、何か他にもお手伝い出来ること無いのかなーって」

 

なのはさんはどうやら、このままアースラとの接点が無くなってしまうのではないかと思っている様子だった。

 

「そうだな…今は緊急でお願いしたいことも無い。ヴァニラやアリシア達と学園生活を楽しんでくれ。本来なら今後はあまり連絡なども取らないようにするんだが…」

 

「ええーっ、そんなぁ」

 

「…するんだが!」

 

不満げな声を上げるなのはさんに対して、クロノさんの表情は若干微笑んでいた。これは絶対判っていて、なのはさんの反応を楽しんでいる。普段はあまりこういう悪戯をするようなイメージは無いのだけれど、事件が1つ片付いたことで気持ちが開放的になっているのかも知れない。

 

「…夜天の魔導書対策ですずか嬢やアリサ嬢もまたこっちに来ることになる。調査結果次第ではまた君達にも協力してもらうことになるだろう。このため、引き続きアースラへの乗艦、退艦は任意で出来るようにしておくよ」

 

その瞬間、なのはさんの表情がぱっと明るくなった。

 

「うん! ありがとう、クロノくん!」

 

 

 

こうしてミーティングは終了し、私はなのはさんとアリシアちゃんと一緒に一度海鳴に帰ることになった。帰り際、クロノさんやリンディ提督に挨拶しておこうと、私達はブリッジに向かった。ブリッジにはミントさんやフェイトさんもいたのだけれど、どこか様子がおかしかった。

 

「あの…何かあったんですか?」

 

「え、あぁ、そうね」

 

私が尋ねると、リンディ提督が珍しく言葉を濁した。その隣でミントさんが溜息をついた。

 

「…リンディさん、その態度では何かあったと言っているようにしか見えませんわよ。セキュリティは万全ですわよね? でしたら、いっそヴァニラさんにもお伝えしてしまった方がいいと思いますわ」

 

「僕もミントと同意見です。あまり深刻に捉える必要は無いと思いますが、自衛の意味からも本人にも自覚しておいて貰ったほうがいい」

 

クロノさんの意見に、リンディ提督もふっと息を吐くと頷いた。そしてこちらをじっと見つめる。いつにも増して真剣な表情だ。

 

「実はさっき、レスター・クールダラスの意識が戻ったと連絡があったの。彼は自分が死の呪いを使えなくなったことを認識していたわ。そしてミントさんとヴァニラさん、貴女達との面会を希望したの」

 

そう言って、リンディ提督は言葉を区切った。ただの面会希望だけなら、リンディ提督がここまで話を渋る必要はない筈。言いようのない不安に襲われた。

 

「もちろん面会に行く義務はないし、私としては行かせるつもりもないわ。ただ、これだけは覚えておいて欲しいの。レスター・クールダラスはずっと笑っていたそうよ。そして、こう言ったの」

 

 

 

ミント・ブラマンシュとヴァニラ・H(アッシュ)、この2人を俺は絶対に許さない。特に俺を二度と転生できない身体にしたヴァニラ・H(アッシュ)は、必ず殺してやる、と。

 




ジュエルシードの一件が片付いたため、これで第3部は完結です。。
次回からは最終章にあたる第4部になりますが、お話は普通に続いている感じになります。。

※今回から会話文の末尾を除く「!」「?」後のスペースを全角にしています。。
 会話文末尾はスペースなしです。。
 そのうち本編は全て同じように更新する予定です。。

引き続きよろしくお願いいたします。。


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第4部 ~A Petty and Usual Melody~
第1話 「花火」


「さっきクロノくんも言っていたけど、あまり深刻に捉えなくてもいいと思うよ?」

 

「そうだよ。それにそのテロリストの首謀者ってアースラで拘束されていて、魔法も使えない状態なんでしょ? 心配することないって」

 

夕暮れ時の海鳴臨海公園を歩きながら、なのはさんとアリシアちゃんが口々に慰めてくれる。正直なところ、リンディ提督から話を聞いた私はかなりショックを受けていた。覚悟をしていなかった訳ではないけれど、今まであからさまに殺意を向けられた経験が殆ど無かったからだ。もちろんこれがレスター・クールダラスの自分勝手な言い分であることは理解しているし、殺されてやるつもりなどさらさら無い。それでもショックを受けているのは、その感情に対してどう受け止めればいいのか、自分でもよく判っていないからだろう。

 

確かにレスター・クールダラスは今、アースラで拘束されている。こちらが出向かない限り顔を合わせるようなことはないし、その身柄もルル・ガーデンを含む他の拘束されたテロリスト達と一緒に、数日中にミッドチルダの本局に移送されることが決まっているらしい。そうなってしまえば、もう私が彼と出会うことなどほぼないと言っていいだろう。アリシアちゃんが言うように、心配する要素などどこにも無い筈だ。

 

「うん、ごめんね? ちょっと弱気になってたみたい。万が一あの人とまた出会うことがあったら、その時は全力で逃げることにするよ」

 

軽い口調でそう言うと、なのはさんもアリシアちゃんも一緒になって笑ってくれた。遠くで防災行政無線のチャイムが鳴っているのが聞こえる。アースラに詰めていたのは2週間くらいの筈なのに、随分と海鳴の街並みを懐かしく思った。5月も下旬になり、この時間でも寒さは感じない。

 

「あ、5月っていえば、アリシアちゃんの誕生日! もう来週じゃない」

 

「ここんとこ、忙しかったからねー」

 

苦笑交じりにそう言うアリシアちゃんの誕生日は5月29日。今年だと来週の日曜日だ。ジュエルシードとテロリストの対応でバタバタしていたせいで、すっかり忘れてしまっていた。

 

「過ぎちゃわなくて、良かったよ。じゃぁアリサちゃんやすずかちゃんや、クラスの他の子達も呼んでお祝いしようか」

 

「あ、そのことなんだけどね、実はフェイトの誕生日も5月29日なんだって! で、ママが一緒にお祝いしたいって」

 

ちょうどその週末は以前契約した海鳴の一軒家への引越しも予定されているらしい。その状況だと、お祝い自体はアースラでやった方がいいだろう。ただその場合、アリサさんやすずかさん以外のクラスの子達を呼ぶわけにはいかないので、クラスメートとのお祝いは金曜日に実施されるお誕生日会に限定される。

 

「まぁ、みんなとは学校でも会えるし、今回はママとフェイト優先かな」

 

「そういえば、いよいよ引越しなんだね。わたしもお手伝いするよ」

 

今まで一緒に生活していたのが離れ離れになるのは少し寂しい気もするけれど、実際にはほんの数十メートル離れているだけのご近所さんだ。そこにプレシアさんやフェイトさんも暮らすことになるのだから、むしろ今まで以上に賑やかになるのかもしれない。

 

「そうだね。みんなでお手伝いして、早めに引越しを済ませて、みんなでお祝いしようか」

 

一瞬、ミッドチルダでお父さんやお母さん、プレシアさんやアリシアちゃんと一緒に私の誕生日パーティーを開いたときの記憶が頭を過ぎった。あの時も楽しかったが、今回は高町家もハラオウン家も、アリサさんやすずかさんも参加するだろうし、とても素敵なパーティーになるだろう。

 

私はレスター・クールダラスのことは一旦棚上げすることにして、アリシアちゃんの誕生日プレゼントをどうするかを真剣に考え始めた。

 

 

 

数日振りに高町家の玄関をくぐると、桃子さんが作る料理の匂いが漂ってくる。

 

「お母さん、ただいまー」

 

「おかえり。みんな、手を洗ってお手伝い、お願いできる?」

 

いつも通りの桃子さんの対応に笑みが零れる。みんなで「はーい」と返事をすると、いつもの日常に帰ってきたような、そんな気がした。

 

<あ、そうだヴァニラちゃん。ご飯終わったら、ちょっと相談したいことがあるんだけど>

 

配膳を手伝いながら、なのはさんが念話を送ってきた。態々念話を使うということは、他の人には聞かれたくないことだろうか。

 

<相談? どういったこと?>

 

<うん、魔法の改造っていうか…ちょっと術式の組み換えについて>

 

<そっか。いいよ。じゃぁ後片付けが終わったらにしようか。でも何で態々念話で?>

 

<にゃはは。ちょっとアリシアちゃんには内緒で進めたくて>

 

なるほど、誕生日のサプライズということらしい。それなら私に異論があるはずも無い。マルチタスクを使えば食事中でも念話で内緒話は出来るけれど、折角桃子さんが作ってくれたご飯はしっかり集中して味わいたい。こうして内緒話は食後に改めて、ということになった。

 

ちょうど夕食の準備が出来た頃にアースラで追加の打ち合わせをしていた恭也さんと美由希さんも戻ってきて、夕食は久しぶりにみんな一緒に頂くことが出来た。ただ隠すつもりは全くなかったのだけれど、打ち合わせの際に私たちが参加した魔法戦闘の詳細が恭也さんや美由希さんにも告げられていたようだ。

 

「ヴァニラちゃんもなのはも、本当にお疲れさま…って言いたいところだけど、何だか随分危ないことにも巻き込まれてたみたいね」

 

「ハラオウン提督と執務官が揃って平謝り状態だったぞ」

 

責めるような口調ではなかったけれど、みんなに心配をかけていたのは間違いない。なのはさんと口をそろえて「ごめんなさい」と言うと、それまで発言していなかった士郎さんが口を開いた。

 

「なのは、ヴァニラちゃん、今回の件で一番怖いと思ったことは何だい?」

 

唐突な質問に咄嗟に言葉が出ず、私はなのはさんと顔を見合わせた。

 

「…わたしは、みんなが一緒にいてくれたからあまり怖いと思うことはなかったかなぁ…あ、でもヴァニラちゃんが大怪我をしてなかなか起きてこなかった時は怖かったよ」

 

なのはさんはそう言ってにゃはは、と笑った。

 

「ホント、無事でよかったよ」

 

そんななのはさんにお礼を言うと、私もこの一連の出来事を思い返してみた。最初に両親の死を知って、自分だけ取り残されたような気持ちになったのも怖かったし、アリシアちゃんと一緒に時を超えてしまったと知った時も得体の知れない恐怖感があったように思う。

 

(毛虫はトラウマになるくらい怖かったし、テロリストが爆発した時や摘出手術の時、それにクロノさんに転生のことを話した時も怖かった…)

 

思い返してみると、私はずっと怖いと思い続けていたようにも思う。ただ、その中でも今改めて一番怖かったと思えることは、なのはさんやアリシアちゃんが一緒に乗艦しているアースラが攻撃を受けて、ダメージがどんどん蓄積していった時のことだろう。あのままアースラが墜とされていたら、今こうして笑いあうことも出来なかったのだから。それをそのまま伝えると、士郎さんは頷いた。

 

「なのはもヴァニラちゃんも、その怖いと思う気持ちは守りたいものを守れないことに対する恐れだよ。その気持ち自体は大切なことだから、忘れちゃいけない。そしてその恐れを払うには勇気が必要だ」

 

「そう言えば、この前TVでも勇気は大事だって言ってたよ! 成功率の足りない分を勇気で補えば100%になるんだって」

 

笑顔でそういうアリシアちゃんに、士郎さんも笑って答える。

 

「それも確かに一理あるんだけどね、アリシアちゃん。勇気があれば何でも出来るっていうわけでもないんだよ。時には撤退する勇気だって必要だ」

 

士郎さんはそう言うと、もう一度私達に向き直った。

 

「勇気と無謀は違う。なのははさっき、怖いことはあまりなかったと言ったね? それは仲間を信頼出来ているという意味ではいいことなんだが、危険があることをちゃんと理解して度合いを分析し、その上で行動することが出来る心の強さこそ、本当の勇気だよ。ただ闇雲に危険に飛び込んでいくだけじゃダメだ」

 

優しく諭すように言う士郎さんに、なのはさんもはっとしたように姿勢を正す。

 

「これからも魔法を使ったり、時空管理局の手伝いをするつもりなら、それなりに危険は付き纏うだろう。でも君達には帰りを待っていてくれる、心配してくれる家族がいる。そのことを忘れずに、無茶は控えること。いいね?」

 

「「はい」」

 

「よし、堅い話はここまでにして、食事を終わらせようか。バイトの子達も待っているだろうからね」

 

そう言って士郎さんは微笑んだ。そうだ、みんなの笑顔を守るなら、まず私やなのはさんが無事に帰ってくることが絶対条件。2週間ほど前にミントさんやクロノさんからも、まずは自身を大切にするように言われたことを思い出した。

 

 

 

食後の後片付けを終えて居間でTVを見ながら、なのはさんに念話を入れた。

 

<なのはさん、さっき言ってた術式の組み換えの話だけど>

 

<そうそう。アリシアちゃんとフェイトちゃんの誕生日って、アースラでお祝いするよね? その時にバーンって派手に打ち上げ花火とか>

 

<ああ、なるほど。魔法で花火の代用をするんだね>

 

<そう! 言ってみれば砲撃魔法の平和利用編>

 

なのはさんの砲撃を思い浮かべる。ディバイン・バスターもスターライト・ブレイカーも、夜空に打ち上げれば桜色の魔力光がそれは綺麗に映えることだろう。

 

<うん、いいと思うよ。攻撃力を最小限まで絞り込んで、その分魔力光の発光を明るめに設定する感じかな>

 

ただ、問題もあった。砲撃魔法を花火として使用する場合、ある一定距離を進んだ後で全方位に光を拡散させる必要があり、その構築には結構複雑な演算式が必要だった。また折角花火を模すのだから、1、2発打っておしまいでは締まらない。でも数多く砲撃を撃つならその分魔力も必要だ。それに打ち上げ場所も確保しないといけない。

 

<あとね、わたし一人だけだとずっと桜色の花火になっちゃうでしょ? だからヴァニラちゃんにも協力して欲しいんだよね>

 

確かに私の翠色が加われば少しは華やかになるかもしれない。

 

<ハーベスター、うまい具合に砲撃魔法を花火っぽく拡散させられるかな?>

 

<≪It would be possible. I recommend you to consult with Mint, because I remember that Trickmaster holds similar magic.≫>【可能です。ミントにも相談することをお勧めします。確かトリックマスターが似たような術式を保有していた筈です。】

 

<あ、じゃぁミントちゃんにも協力してもらおうよ! そしたら花火も3色になるし>

 

<そうだね。ミントさんは無限書庫でユーノさんの手伝いをしている筈だから、明日にでもデバイス通信で聞いてみよう>

 

解決しないといけない問題点を抱えながらも、こうしてアリシアちゃんとフェイトさんの誕生日に花火を打ち上げる計画がスタートした。

 

 

 

=====

 

無限書庫とは、管理局の創設以前から存在している巨大なデータベースだ。有形書籍であれば存在しないものはないとさえ言われるこの書庫は「世界の記憶が眠る場所」と称されることもあるらしい。今回俺達が調査をするのは古代ベルカに関する書物であり、その大半は一般人の立ち入りが制限された区画に存在するらしい。このため、俺は特別に無限書庫の立ち入りパスを発行してもらった。

 

「僕も今はミントと同じ立ち入りパスなんだけど、今回の件が落ち着いたら司書資格も取ろうと思ってるんだ」

 

ユーノやリニス、アルフと一緒に一般開放区画を歩いていくと、やがてゲートが見えてきた。その手前で数名の司書と思われる人達が作業をしている。

 

「…はっきり言って、整理なんてされていない状態なんだよ。あの人達は、少しでもここの環境を良くしようと頑張ってくれているんだ」

 

「ユーノは発掘調査もしつつ、ここの状態を改善していくのが夢なんだそうですよ」

 

「随分と大変そうですわね。頑張ってくださいませ」

 

どうやらユーノは折角のデータベースが活用されず放置されている現状に我慢が出来ないらしい。エールを送りつつ、ゲートに向かう。

 

「このゲートから先は未整理区画だよ。無重力状態になっているから、飛行魔法を用意しておくと移動しやすいかも。あと念のためバリアジャケットも展開しておいて」

 

「判りましたわ。情報ありがとうございます」

 

≪"Maneuverable Soar" has been prepared. Please invoke at your suitable time.≫【『マニューバラブル・ソアー』の準備は出来ています。発動は任意のタイミングでどうぞ】

 

トリックマスターにもお礼を言い、まずはバリアジャケットを展開する。ゲートが光に包まれ、次の瞬間俺達は書架に囲まれた広大な空間にいた。転送先が無重力ということもあって、一瞬体勢が崩れかけるがすぐに高機動飛翔を発動させてバランスを取った。

 

「こっちの区画の先でアリアとロッテが調査を続けている筈だから、一度挨拶をした後で僕達はあっちの区画を捜索しよう。未整理区画だと、何があるか判らないから十分注意してね」

 

「は? ここって書架ですわよね? 何か危険なことでも…?」

 

そう言いかけて、ユーノの隣にいるアルフが笑いを堪えている風なことに気が付いた。

 

「アルフさん、何かご存知ですの?」

 

「実はさ、数日前にユーノが開いた本から亡霊が飛び出してきてさ」

 

「はぁ!?」

 

「あ、アルフ! あのことは内緒で…!」

 

焦った様子のユーノを宥めてアルフに詳細を確認すると、どうやら書物の簡易防衛プログラムが霊体を模したものになっていたらしい。それを間近でみたユーノが大げさな悲鳴を上げたのだとか。

 

「まぁ、あたしとリニスでボコったらあっさりと本の中に戻っていったけどね」

 

「そんなことがあったのですか。聞いておりませんでしたわよ」

 

「だって、そんな恥ずかしいこと言えないよっ」

 

真っ赤になるユーノをからかいながら区画を移動していくと、調査をしている猫姉妹の姿が見えた。

 

「アリア、ロッテ、お疲れさま。また今日もよろしく」

 

「そっちもお疲れーって、初顔がいるわね」

 

「初めまして。ミント・ブラマンシュですわ」

 

クロノの師匠でもあるリーゼアリア、リーゼロッテの姉妹は同時にグレアム提督の使い魔でもある。俺も知識としては知っていたが、直接顔を合わせるのはこれが初めてだった。改めて自己紹介する。何でもアリアの方は魔法戦闘を得意としており、ロッテの方は格闘戦闘が得意なのだとか。かなり凄腕で、さっき言っていたような簡易防衛プログラム程度なら2人で対応可能なのだそうだ。

 

「それじゃぁこのあたりは2人に任せて、僕達はB009254あたりの区画で調査をするよ」

 

「はいはーい、頑張ってね」

 

 

 

リーゼ姉妹と別れて移動を続けると、やがて書架だけでなく、無重力状態の空間に数え切れない書物が浮遊している空間に出た。

 

「これらが全部未整理の書物なのですから、整理するとなると年単位ですね」

 

リニスが溜息をつきながら言う。

 

「少しずつでも、片付けていればそれは進歩だよ。頑張ろう」

 

ユーノがそう言って右手を振るうと、緑色の魔力光とともに彼の周りにあった十数冊の書籍が一斉に開いてページをめくり始めた。驚いたことに、ユーノはそれらを同時に速読しているようだ。

 

「…さすがにこれはマネできませんわね」

 

「まぁ、元々スクライアの発掘調査用魔法をベースにしているし、2週間もやっているから慣れているのもあるかもね」

 

そう言いながら、早くも十数冊を読み終えた様子のユーノが、そのうち数冊をこちらに手渡してきた。

 

「これはちょっと参考にならない分だから、一度書架に戻そう。こっちがB009254A、こっちはB009254Gにお願いできる?」

 

「了解ですわ。わたくしには調査よりもそちらの方がお役に立てそうですわね」

 

ユーノから渡された書物を書架に戻していく。リニスとアルフも少し離れたところで調査をしているようだ。最後の書物を書架に戻し、ふと天井の方に目をやった。

 

「…無重力とはいえ、書架には上下があるのだからあっちが上ですわよね…」

 

何もしていなければ、とても静かな空間だった。静か過ぎる状況に、思わず独り言がこぼれた。

 

≪I have received a device communication call from UMT0013**5XX, individual name "Harvester".≫【UMT0013**5XXからのデバイス通信を受信しました。発信固体名、『ハーベスター』】

 

「ひゃぁぅっ!?」

 

突然のコールに驚いて、手を広げた拍子に、書架に並んでいた書物にぶつかって折角戻した書物の倍程の書物が無重力空間に散らばってしまった。そっと溜息を吐く。

 

「…仕方ありませんわね。ぼんやりしていたわたくしが悪いのですから。トリックマスター、繋いで下さいませ」

 

≪Sure.≫【了解】

 

それはヴァニラからの通信だった。アリシアとフェイトの誕生日に砲撃で花火を模したものを打ち上げたいとのことで、フライヤー・バージョンFの術式を参考にしたいらしい。

 

『ごめんね、忙しいところ邪魔しちゃって』

 

「いえ、構いませんわよ。そういうことでしたら喜んで協力させて頂きますわ」

 

『ありがとう。じゃぁ詳細は夜にでも』

 

ヴァニラに了解した旨を伝えて通信を切ると、俺は周りに散らばってしまった書物を見つめてもう一度溜息を吐いた。

 

「まずはここを片付けてしまいましょう。幸い散らばってしまった本も他と混ざってはいない様子ですし」

 

そういってふと書架に目をやると、何故か1冊だけ棚に残っている書物があった。

 

「これだけ散らばらずに残っているのは、ちょっと不自然ですわね」

 

よくよく見ると、台座が書架に固定されており、多少の振動などでは外れないようになっていた。ゆっくり引き出してみると台座ごとスライドし、書物が取れるようになっていた。その書物を手にとって、ぱらぱらとページを捲る。内容的にはあまり大したこともない、旧ベルカ王家の物語のようだ。王家の名前は恐らく遥か昔に忘れ去られたものなのだろう。今までに聞いたことのないものだった。

 

「『Drescher』…ドレスチャー? いえ、ドレシャーですわね…」

 

そう呟いて、本を台座に戻した次の瞬間、急に書架が大きく振動し、横にゆっくりとスライドし始めた。

 

「ミント!? 一体何があったの!?」

 

「何と言われましても、見当もつきませんわよ!」

 

ユーノだけでなく、リニスやアルフも呆然と動く書架を見つめていた。やがて振動が治まり、書架が完全に停止した時、そこには装飾や彫刻があしらわれた巨大な扉のようなものが現れていた。

 

「隠し扉だ…こんなものがあったなんて」

 

ユーノが近づいて扉を調べようとした瞬間、彫刻とばかり思っていた人型が2体、急に動き出した。

 

「フライヤーっ!」

 

≪"Flier" invoked.≫【『フライヤー』発動】

 

咄嗟に放った魔力弾が人型に命中し、一瞬動きを止めた。だがあまりダメージが通ったような気配はない。

 

「ガーディアン・ゴーレムだ! こんなものがいるなんて…気をつけて! この前戦った傀儡兵よりもずっと強い筈だよ!」

 

「上等ぉっ! 片方はあたしに任せなっ!」

 

アルフが1体のゴーレムにパンチを入れる。ゴーレムは大きくよろめいたが、こちらも然程ダメージを受けたようには見えない。

 

「随分と硬いねぇ。ならもう少し楽しませてもらうよっ!」

 

アルフに対して反撃するゴーレムの動きはそれほど早くはない。俺ももう1体のゴーレムに複数のフライヤーの攻撃を集中させる。振動波の相乗効果で破壊力はさっきよりも上がっている。

 

「参りますわよ…フライヤー・ダンスっ!」

 

ゴーレムの装甲はかなり硬いものだったが、複数フライヤーによる射撃の貫通能力はその速射性とも相まって徐々にゴーレムのダメージを増やしていく。

 

「フィニッシュですわ!」

 

最終的に6方向からの一斉射撃に耐えられず、ゴーレムの1体はばらばらに砕けた。

 

「やるねぇ! ならあたしも、ロッテに教えてもらったやつを試してみるいいチャンスだね!」

 

大振りパンチを軽やかにかわすと、アルフはゴーレムの頭部に取り付いた。

 

「ブレイク・インパルスっ!!」

 

アルフが魔法を発動させた瞬間、ゴーレムは頭部から粉々に砕け散った。笑顔でこちらに手を上げてきたので、俺も笑顔で手あげ、パンっとハイタッチを決めた。

 

「2人とも、まぁ及第点ですね。次はもう少し早く処理が出来るようにしましょう」

 

先生モードのリニスに「はい」と返事をすると、学生時代を思い出して懐かしい気がした。ふとユーノを見ると研究者の血が騒いだのか、既に扉の調査に入っているようだ。

 

「これは…旧王家が所蔵していた書物庫が、そのまま納まっているんだ。扉は開けられそうだよ」

 

 

 

警戒していたのだが、中からゴーレムの大群、というようなことは無かった。ただ扉の中の書架は、今までのものとは様相がかなり異なっていた。

 

「すごい…迷宮型だ。ここまで大規模なのは滅多にないよ! これから暫くはここの探索だね!」

 

ユーノは随分興奮しているようで、嬉しそうに入り口付近の書架からいくつか本を抜き取って読み始めた。俺はダメ元でユーノに釘を刺しておくことにした。

 

「ユーノさん、わたくしは徹夜はしませんわよ! 今日もちゃんとアースラに帰りますからね! 判っていますわよね!?」

 

俺の言葉に、ユーノは「判ってるー」と答えたものの、確り理解できているかどうかは怪しいものだった。とりあえず俺はそれ以上催促することを放棄し、散らばった書物を片付けながらフェイトとアリシアの誕生日に打ち上げるという花火のことを考え始めた。




B009254Gの迷宮型書庫を発見したのはミントだったというお話。。
後日ガーディアンゴーレムを再生できないことが判って、考古学者が涙目になったとかならなかったとか。。

また少しお仕事の方が忙しくなりそうですが、余裕があるときに更新していきます。。
引き続きよろしくお願いいたします。。


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第2話 「ダイエット」

結果としてユーノは調査に没頭した挙句、また徹夜したらしい。伝聞形なのは、俺がユーノを放置して宣言通りアースラに戻ってしまったからだ。帰り際に一応声をかけたのだが、結局今朝方リニスから聞いた限りでは夕食もろくに摂っていないらしい。尤もそのことに関してはきっちりお説教をしておいてくれたとのこと。

 

「あはは、そらユーノくんが悪いわ。でも男の子は好きなことに集中しだすと周りが見えなくなるもんやからなぁ」

 

「あら、はやてさんは経験がおありですの?」

 

「うん、私がまだ学校に行っとった頃やけどね。よう男子が同じような理由で怒られとったわ」

 

恒例の魔力譲渡を行いながら雑談をしていたのだが、学校の話が出たときに少しだけはやての表情が曇ったような気がした。日頃から明るく振舞っているはやてだが、本当ならなのは達と一緒に学校に行きたいのだろう。

 

「…はやてさんは足が治ったら、なのはさんやアリシアさん達と同じ学校に行かれますの?」

 

「…治るやろか?」

 

「治りますわよ。そのために今ユーノさんが夕食を抜いてまで調査してくれているわけですし」

 

「あはは、そういえばそうやったね。うん、元々は違う学校に通っとったんやけど、折角仲良うなったお友達や。すずかちゃんやアリサちゃん、ヴァニラちゃんもおるし、編入するのもええなー」

 

少し不安そうに見えたはやてだったが、冗談を交えると楽しそうに笑って前向きな答えをくれた。

 

 

 

「そういえば、もうすぐミントちゃんはジュエルシードを故郷の星に持って帰るんやろ? そしたらこうしてもらうのも後ちょっとなんやろか?」

 

魔力譲渡を終えてジュエルシードをトリックマスターにしまっていると、はやてがそんなことを聞いてきた。言われてみれば、今後の俺の身の振り方ははやてに伝えていなかった気がする。

 

「言葉足らずで申し訳ありません。確かにジュエルシードはブラマンシュに持ち帰りますが、その後もアースラにはお邪魔する予定ですし、魔力譲渡自体は引き続き行いますわ。たまにヴァニラさんがしてくださっているのと同じ術式がありますのよ」

 

「そっかー。ちょっと寂しい思うとったんよ。まだ会えるんやったらよかったわ」

 

母さまとは定期的に族長のデバイスを介した通信で話をしており、ある程度落ち着くまではアースラに滞在することを伝えている。その後のことはまだ確りとは決めていないが、以前考えていた通り、嘱託として管理局に入ることも検討中だ。

 

「…いずれにしても、今日、明日に帰る、というようなことはありませんわよ」

 

「なら6月4日も一緒におれるかなー?」

 

「そういえばお誕生日でしたわね。大丈夫ですわよ」

 

そう言った途端、はやてが驚いたような顔をした。何かおかしなことを言っただろうかと思った瞬間、その誕生日の記憶が前世知識だったことに思い至った。

 

「あれ、ミントちゃんに教えとったっけ?」

 

「え、ええ、聞いておりましたわよ?」

 

慌てて取り繕うが、実際知っているということは以前に聞いていたためだということで、はやても納得してくれたようだった。

 

「毎週末パーティーですわね。楽しみですわ」

 

「私としては、アリシアちゃんやフェイトちゃんと一緒にお祝いしてもらってもええんやけど」

 

「ダメですわよ、あのお二人はお誕生日が同じだったから一緒にお祝いするのですわ。はやてさんのお誕生日は翌週なのですから、ついでのように扱うのはよろしくありませんわよ」

 

俺がそう言うと、はやては嬉しそうな笑顔を返してくれた。

 

 

 

はやてへの魔力譲渡を終え、昨日同様に無限書庫へユーノの手伝いに赴くと、開口一番で謝られた。

 

「ミント! 昨日は本当にごめん!」

 

「はぁ、もういいですわよ」

 

好きなことに集中してしまうのは、正直判らないこともない。というより、はやてに言われるまで忘れていたが前世では俺も同様だった。それを自覚した瞬間、怒るに怒れなくなってしまったというのが実情だ。それでも少しばかり拗ねたような口調になってしまった。横で微笑ましくこちらを見ているリニスの視線に耐えられなくなって、俺は少しだけ大きな声を出した。

 

「さぁ、今日も一日、頑張りますわよ!」

 

「そうだねぇ。今日も昨日みたいな大当たりを一発、頼むよミント」

 

昨日の迷宮型書庫発見は既に司書長に報告済みで、近々第一次調査隊が編成されるらしい。司書の人達も数十年に一度の大発見だと随分興奮していたが、訪問初日でいきなり引き当ててしまった身としては、そこまですごい発見なのかどうかもあまり実感が湧かなかった。

 

「ビギナーズラックみたいなものですわね。司書さん達が何年もかけて出来ないことを、素人がそう簡単に何度も出来るものではありませんわよ」

 

アルフの冗談には苦笑交じりにそう答えた。

 

幸い一次調査が行われるまで書庫が閉鎖などということにはならず、俺達は自由にこの迷宮内を探索しても良いことになった。尤もこれは俺達がある程度自衛可能であることが前提となっており、何かあった場合は即報告も義務付けられている。あくまでも一次調査をさらに円滑に行うため、体よく斥候役を割り当てられたようなものだった。

 

「…まぁ僕達も古代ベルカの調査はしたいし、時間もない。斥候役でも何でも、チャンスを貰えたのだからそれで良しとしよう」

 

ユーノはそう言いながら、既に手近な書架から数冊の本を抜き出している。

 

「まだ未調査の迷宮ですから、何が起こるか判りません。アルフもミントも、あまりこのエリアから離れてはいけませんよ」

 

リニスの忠告に頷いて返すと、俺は高機動飛翔で隣の書架の上段に向かった。1冊1冊手に取って確認すると、確かに古いベルカ語で記述されている。学園時代にベルカ語の発音が判らず、泣きながら勉強したことを思い出してしまった。

 

「まぁ、あの時必死に勉強しておいたおかげでこうして調査が出来るのですから、苦労した甲斐があったというものですわね」

 

確認し終えたハードカバーの皮表紙にエンボス加工されたベルカ文字を指でなぞりながら、独り言をつぶやいた。そのまま本を書架に戻すと、次の本に手を伸ばす。そうして俺達は永遠とも思われるような作業を少しずつこなしていった。

 

 

 

今俺達が調べているのは「夜天の魔導書」、或いはそれに準ずるようなユニゾンデバイスに関わる管制システムについて明記された資料だ。プレシアさんから依頼されていた管制人格プログラム保存に必要な容量については、既にリニスが算出を終えて仕様書を提出済みだ。今頃はプレシアさんやアリシア、すずか達がバックアップ用デバイスの設計を始めている頃だろう。

 

あと必要なのは、具体的にどの程度まで蒐集を行うことで管制人格を起動できるのかという情報と、はやてにかかる負担の度合いに関する情報だ。ただこれは今までにユーノ達が集めた情報からだと、状況によって異なるようなのだ。今回のような状況は特殊事例だが、過去にも書の主が最後まで蒐集を拒んだケースもあったらしい。そうした事例を可能な限り集めて、そこから推測値を算出する作業が必要になる。

 

「…人手がない中で時間制限まであるのですから、本当にたちが悪いですわね」

 

≪Unfortunately, there will be nothing we can do for it. We have to do our best.≫【残念ですが仕方ありません。頑張りましょう】

 

「守護騎士達にも手伝ってもらえればよかったのですが」

 

≪It would be very difficult to invite Wolkenritter into TSAB Mid-Childan main office currently.≫【現時点で守護騎士を本局内に来訪させるのは困難でしょう】

 

トリックマスターが言っているのは正論だ。いくら当事者とはいえ、リンディさんやグレアム提督が情報を秘匿してまで「闇の書」事件を解決しようとしてくれているのに、それを無駄にするわけにもいかない。

 

「まぁ、情報の摺り合わせには協力して頂きますわ。とりあえず、この書架の確認を終わらせてしまいましょう」

 

トリックマスターと雑談しながらも確認を続けていた本を書架に戻し、俺は次の本を手に取った。

 

 

 

時に捜索に飽きてしまったアルフが身体を動かしたいと駄々をこね、棒術の練習に付き合わされたり、放っておいたらいつまでも調査を続けそうなユーノに強制的に休憩を取らせたりしながらも俺達は調査を続け、漸くそれらしい情報を手に入れたのは3日目のことだった。

 

「書庫の規模からしたら、奇跡的と言っていいくらい早かったですね。まだ5区画目に入る直前で見つかったのは幸運でした」

 

「…だけど、それを見つけたのがアルフだって言うのが、僕としてはちょっと納得できないんだけど」

 

「まぁ、運も実力のうちってやつかねぇ」

 

これまでの調査で一番情報を読み進めていたのは明らかにユーノだ。比率で言えば全員で進めた作業の半分以上はユーノの力によるもので、ついでリニス、俺、アルフの順で貢献している。アルフはドヤ顔だが、正直ユーノが納得できないという気持ちは判らなくもない。

 

「それこそビギナーズラックだったのかも知れませんわよ」

 

「ふーん、ミントはハードモードでの模擬戦を所望してるみたいだね。いつでも受けて立つよ」

 

『いや…君達の仲が良いのは十分判ったから、今は報告に集中してくれないか?』

 

通信モニターの向こうでクロノが呆れたような表情を見せ、ため息を吐いた。

 

 

 

今回の調査で判ったのは、まず「夜天の魔導書」の主として選ばれた人間が即座に蒐集を開始しなかった場合の状況の推移だった。「闇の書」と化してしまった「夜天の魔導書」は蒐集が行われない限り主の魔力を過剰に吸い上げ続け、それに伴い身体機能の低下を招く。症状は人によりまちまちなのだが、恒常的な魔力の欠乏はリンカーコアにもダメージを与えるとともに身体活動を阻害する。その結果として筋萎縮が発生し、最終的には呼吸機能障害や心筋障害などにより死に至るのだ。

 

『ヴァニラが言っていたが、筋萎縮は廃用性なんだそうだ。もっとも病気ではないから筋原性や神経原性にはなる筈もないんだが』

 

「…つまり、体を動かさないことによる筋体積の減少ですわね」

 

『そうだ。筋力が衰えることによって運動が出来なくなるのではなく、運動が出来なくなることによって筋力が衰えていくわけだ。まったく、呪いとはいえ厄介だな』

 

筋ジストロフィーなどは筋肉自体に問題があり、萎縮することで運動能力が失われていくものだが、闇の書の場合はまず身体が動かせなくなる。筋萎縮は長期間身体を動かせないことによる二次的なもの、ということだ。

 

『それで、肝心な期限については、何か判ったのか?』

 

「うん、実例をいくつか確認出来た。蒐集を行わない場合、守護騎士が顕現するまでは概ね5、6年で、顕現した後も蒐集を行わなければ、3ヶ月程で急激に症状が悪化するんだ。放置すると、そのまま4ヶ月と持たない筈だよ」

 

「今回のケースではヴァニラとミントが魔力譲渡をしていたのが幸いしていますね。他の事例の同じ時期と比較しても、明らかに症状の進行具合が遅いです。ただ…」

 

リニスが言いよどんだのは、過去の事例ではある程度症状が進行してしまっている場合に途中から蒐集を開始しても、進行が遅くなることはあっても改善したケースがなかったためだ。もちろん闇の書とのパスが切断されれば理論上は快方に向かうはずなのだが、そのパスを切断するためにはやはりどうしても管制人格の協力を取り付ける必要がある。

 

『防衛プログラム…確かナハト・ヴァールだったな。それをどうにかしないといけない訳か。やはりある程度の蒐集を実施した上で管制人格を起動させる他ないだろうな』

 

クロノがまたため息を吐く。

 

「あと、以前にも言ったと思うけど、管制人格の起動に必要な蒐集量は結局特定は出来なかったよ。とにかく記録にある事例だけでも規則性が全くなくて、早ければ蒐集量がおよそ50%。一番遅かったのは、蒐集が完了して暴走が始まる直前っていうケースもあった」

 

『先日の報告を裏付ける結果しか出てこなかったというわけか。確かに危険な賭けになるな』

 

全員の視線が俺に集まる。闇の書の蒐集には、俺を媒介にしてジュエルシードから無尽蔵の魔力を流し込むことになっているからだ。管制人格の起動が遅ければ遅いほど、俺にかかる負担が大きくなるし、暴走に巻き込まれる危険も高くなる。だがそれは全て判っていたことだし、覚悟の上だ。

 

「ところで、決行のスケジュールは決まったんですの?」

 

『以前話していたマリエル・アテンザの招聘は上手く行きそうだ。月村忍女史とのコンタクトも問題はない。このままの調子で行けば、管制人格バックアップ用のデバイスは、早ければ半年ほどで完成するそうだ』

 

「半年か…冬になっちゃうね」

 

ユーノが苦笑しながら言うが、元々ある程度時間がかかることは判っていたことだし、俺としては一度ジュエルシードをブラマンシュに届けておきたい。後で使うときに改めて数個のみ借りればいいのだし、族長にも許可を貰っている。

 

(…まぁあれは許可を貰ったというよりは、丸投げされたようなものでしたけれど)

 

先日通信で相談をした時に、鍵を持っているのはもう俺達なのだから管理も任せると言われたのだ。夜天の魔導書対応に関してのみ言えば都合がいいのだが、世界を滅ぼしかねない力を秘めたロストロギアだ。管理を任されるとは言っても実際に管理するのはジュエルシードではなく鍵の方なのだが、いずれにしても身が引き締まる思いだった。

 

『そうだ、それともうひとつ、君達に伝えておいた方がいい案件があるんだ。例のレスター・クールダラスについてのことだ』

 

クロノの言葉に、考え事から引き戻される。何でも査察官志望で士官学校時代の親友から、捜査結果の報告が上がってきたらしい。

 

『報告によると、どうやら統合失調症に近い障害のようだ。複数の思考が入り乱れているらしく本心の特定が困難らしいが…』

 

どうやらレスターは過去には転生に絶望し、転生者が手を下せば転生ループを止められるとの誤情報を信じ込み、他の転生者に頼んで殺してもらったこともあるらしい。それが失敗に終わったことで完全に壊れてしまったようだった。どこかで聞いたことのあるような話に、俺は顔を顰めた。

 

『本来なら転生のループを止めたことで感謝されてもいいような状況だった筈だが、彼はもうそういう考え方が出来なくなっていたようだ。兎に角転生した先々でその世界を滅ぼして、自分は更に転生してそのまた先の世界を滅ぼす…それがいつの間にか生きがいになっていたんだ』

 

「自分自身の、本来の望みすら忘れて逆恨みだなんて…はた迷惑な話ですわね」

 

『だがそういうことであれば、まだ矯正の望みもある。本局では障害治療を行った後で、更正プログラムを適用する方向で決定したらしい。尤も、結構な時間がかかりそうだがな』

 

ルルの方は思いのほかおとなしく更正プログラムを受けているらしいが、レスターは未だに反抗的な態度をとっているそうで、治療も含めて年単位での更正スケジュールが組まれているのだそうだ。

 

更正したところで罪状としては管理外世界も含めた全世界規模のテロリズムだ。判決は無期懲役以上になるだろう。ただこれでこの事件はとりあえずの解決をみた事になる。ヴァニラも余計な心配はしなくて済む筈だ。俺はほっと胸を撫で下ろした。

 

 

 

=====

5月28日、土曜日。今日はテスタロッサ家が新居に引っ越す日だ。連休の頃に契約だけしていたのだが、ジュエルシードの件も一段落して、漸く入居の準備が整ったのだ。

 

最近アリシアちゃんはすずかさんと一緒に、プレシアさんの手伝いでずっと忙しくしている。いつもはデバイスの調整とかストレージの最適化とかをやっていて、私やなのはさんは全く手伝うことが出来ずにいたのだが、今日はみんなでお手伝いが出来る。

 

「あ、その箪笥はこっちの部屋にお願い」

 

「うん、判った。あとは小さめのものだけだから、強化はなくても大丈夫かな」

 

10歳にも満たない幼女が自分の身体の3倍以上あるサイズの箪笥を軽々と持ち上げているのは、傍目に見て随分とシュールなことだろう。もちろん身体強化だけじゃなくて認識阻害もかけているから、一般人にはばれていない筈だけれど、なのはさんやはやてさんは随分と引きつった表情をしていた。言っておくけれど、なのはさんだって強化すればこれくらい出来るんだからね。

 

身体強化魔法というのは本当に便利なもので、ミントさんやフェイトさん、私のような幼女でも立派に荷物運びの戦力として数えられる。アースラからも男性スタッフが数名お手伝いに来てくれたし、恭也さんや美由希さんも手伝ってくれたこともあって、荷物運び自体は1時間もかからずに終わってしまった。

 

「みんな、ありがとう。あとは荷解きだけだから、私達だけでも大丈夫よ」

 

プレシアさんがそう言うと、アースラのスタッフさん達がそれぞれ挨拶をして帰っていく。

 

「じゃぁ、俺達もこれで。忍のこと、よろしくお願いします。美由希、行くぞ」

 

「改めてありがとう。助かったわ。向こう三軒両隣、というのでしょう? 後でご挨拶に伺うわね」

 

恭也さんに挨拶しているプレシアさんとフェイトさんの後ろで、アリシアちゃんがこちらを手招きした。

 

「どうしたの? アリシアちゃん」

 

「こっちこっち。見せたいものがあるんだ。あ、なのはちゃんとミントちゃん、はやてちゃんも一緒に来て。あ、階段があるからはやてちゃんのこと、支えてあげて」

 

アリシアちゃんが示したのは、地下に降りる階段だった。何でも大家さんが以前ワインセラーとして使っていた結構広いスペースがあるのだとか。なのはさんと一緒にはやてさんを支えながら地下に降りると、かなり広いスペースに見たことも無いような色々な機械が設置されていた。リニスとすずかさん、あと忍さんがそうした機器の調整をしている。

 

「みなさん、プレシアの研究室へようこそ」

 

私達が入室するとリニスが手を止め、挨拶してきた。すずかさんも笑顔でこちらに手を振ってくる。

 

「えっと、ここってワインセラーだったって聞いてるんだけど」

 

「元はそうだったようですが、今は棚も撤去されていてただの地下スペースですね。サイズ的にもちょうど良かったので、流用させて頂くことにしました」

 

もの珍しく辺りを見回していると、ミントさんがそばにあった大きめのポッドのようなものを撫でた。

 

「懐かしいですわね。これ、アルトセイムの庭園から持ってこられたのですか?」

 

「寝かせておくのは勿体無いですしね。その通りです。リンディ提督に無理をいって取りに行かせて貰いました」

 

どうやらプレシアさんがアルトセイムにいた頃、リニスと一緒に使っていたラボの設備をそのまま持ってきてしまったらしい。確か長距離転送ポートを使うにはかなり厳しいチェックと申請が必要だった筈だけれど、問題なかったのだろうか。そんなことを考えていると、すずかさんが声をかけてきた。

 

「ここで夜天の魔導書の管制人格をバックアップするためのストレージを作るんだよ」

 

「そうなんやね。私には何もお手伝い出来ひんけど、みんなよろしゅうお願いします」

 

はやてさんがそう言って頭を下げる。ここは、つまりはやてさんを助けるためにプレシアさん達技術部隊が用意した秘密基地なのだ。

 

 

 

テスタロッサ家の引越し自体は滞りなく終わったのだけれど、事件はその日の夜に起きた。それは桃子さんの夕食を頂いている高町家の食卓でのこと。

 

「ねぇ、なのは。あなたちょっと、その…太ったんじゃない?」

 

美由希さんの言葉に、なのはさんがぴしりと固まった。そして同時に、私も固まった。

 

「おおお姉ちゃん!? いやだなぁ、そんなことないって」

 

「そうかなぁ? 以前と比べてちょっとふっくらしてる気がするけど」

 

なのはさんは慌てたように否定しているけれど、よく考えてみれば多少心当たりがあった。今まで桃子さんが作ってくれるバランスの取れた食生活を送っていたなのはさんが急にアースラに入り浸るようになって、食堂の料理を思うさま食べていたのだ。なのはさん自身がカロリー計算していたとは考えにくく、更に思い返してみればアースラに来るようになってからというもの、学校の体育の授業以外で運動らしい運動はしていなかった。

 

「なのはさん…」

 

「な…何かな? ヴァニラちゃん、声が怖いよ?」

 

「今、体重何kg?」

 

「えーと…まだ32kgにはなってないよ! 31kgと…ちょっと…くらい」

 

なのはさんの年代で女の子だと、平均体重は26kgほどだったはずだ。無言でハーベスターを取り出し、なのはさんの前にかざすと、私の相棒はそれだけで私の意図を汲んでくれる。

 

≪Scan has been completed. Nanoha's height is 129cm≫【スキャン完了。なのはさんの身長は129cmです】

 

身長は年相応だった。この場合、ローレル指数は147程度であり、ぎりぎり肥満気味の範疇に入る。ジュエルシード事件でばたばたしていたため食生活方面まで気が回っていなかったが、桃子さんの目が届かないアースラでは、私がなのはさんの健康管理をするべきだったのだ。私は食卓に突っ伏した。

 

「ヴァニラちゃん? ヴァニラちゃん、大丈夫?」

 

「なのはさん」

 

怯えたような、引きつった笑顔を浮かべるなのはさんに、こちらも笑顔を向ける。

 

「ダイエット、しよっか」

 

「ふえええぇぇぇっ!?」

 

 

 

翌朝、恒例になっている魔法の朝練を終えると、私はアリシアちゃんも誘ってなのはさんを散歩に連れ出した。子供の頃に脂肪細胞が増えてしまうと、大人になってからも太りやすい体質になってしまうと言われている。なのはさんのダイエットは急務だった。

 

「ねぇヴァニラちゃん。ダイエットって、食べるほうも制限しないとダメ?」

 

散歩しながら、なのはさんが聞いてきた。

 

「そうだね…糖質は控えるべきだと思うよ。炭水化物もだけど、特にお菓子とかジュースの類は減らした方がいいかな」

 

なのはさんが絶望したような表情を見せるが、そもそもダイエットの本質は食事療法なのだ。

 

「ね、ねぇ、それって明日からじゃぁダメ? だってほら、今日の午後はアースラで、アリシアちゃんとフェイトちゃんのお誕生会やるんだよね?」

 

「そうだね。全面禁止はしないから安心して」

 

来週にははやてさんのお誕生会も控えている。なのはさんにはお菓子などの誘惑が多いこの時期をなんとしてでも乗り切ってもらう必要があった。

 

「あ、あのね、ヴァニラちゃん。昨夜少し調べてみたんだけど、BMI値っていうのがあって、それで検索したら、わたしの体重は平均値だって」

 

「なのはさん、BMI値っていうのは成人に対して使用する値なんだよ。小学生の場合はローレル指数っていう値を使うの」

 

「アリシアちゃーん、ヴァニラちゃんがいじめるよー」

 

なのはさんが大げさに泣くふりをして、アリシアちゃんに抱きついた。もちろん冗談でやっていることはわかっているので、こちらも苦笑する程度だけれど。

 

「そういえばリニスに聞いたんだけど、昔アルフもちょっと太っちゃったことがあるんだって。フェイトとミントちゃんが、やっぱり散歩に連れ出してたみたいよ」

 

ふとアリシアちゃんがそんなことを言った。結構スポーティに見えるアルフさんにも太っていた過去があるというのは、ちょっと意外だった。なんでもミントさんが試しに買ったドッグフードをえらく気に入ってしまい、間食代わりにみんなの目を盗んで食べていたのだとか。

 

「ドッグフードとかは嗜好性が高いからね。食べ過ぎちゃったんだろうね」

 

「でもアルフさんって結構犬扱いされるのを嫌がるけれど、ドッグフードは好きだったんだね」

 

そんな話題で笑いあっているうちに、気がつけば桜台公園を一周してしまっていた。

 

「後、折角アースラに行くんだから、少し早めに出てトレーニングルーム借りて模擬戦しようか。そうすれば消費カロリーもだいぶ増えるはずだし」

 

「あ、そうしたら今日の食事制限は無くても…」

 

「それは話が別だよ、なのはさん。こういうのは継続が大事なの。暫くは毎日同じようにするよ」

 

毎朝学校に行く前に朝練と散歩、放課後にはアースラで模擬戦。もちろん塾に行く日は模擬戦は出来ないけれど、その場合は夜に道場で美由希さんが簡単な型を教えてくれることになった。それに加えて糖分の過剰摂取は厳禁。

 

「うぅっ、ハードだよぅ…」

 

「大丈夫だよ、なのはさん。私も付き合うから」

 

 

 

その日の午後はアリシアちゃんとフェイトさんの誕生会。今日ばかりは研究も一旦中断とのことで、みんなアースラにやってきている。リンディ提督の計らいで、次元展望公園に臨時のパーティー会場を設営してもらったのだ。私もなのはさんとトレーニングルームで模擬戦をした後、軽くシャワーを浴びてから会場にやってきた。

 

「かんぱーい!」

 

「アリシアちゃん、フェイトちゃん、お誕生日おめでとう!」

 

グラスに注がれた麦茶を飲む。なのはさんに付き合ってジュースを控えているのだけれど、麦茶は麦茶でとても美味しい。うっすらと甘みがあるしノンカフェインだし、抗酸化作用があるし、クールダウン効果もあるし、おまけに虫歯予防にもいい。

 

「なんだか、途中から美味しいのとは関係なくなっているよね!?」

 

なのはさんがツッコミを入れてくるが、麦茶が健康にいいのは判ってもらえたようだ。そのなのはさんも手には麦茶のグラスを持っている。

 

「お兄ちゃんやお姉ちゃんも来れたらよかったのに」

 

「仕方ないよ。日曜日の翠屋だよ? さすがに人手が足りなくなっちゃう」

 

それもそっか、と苦笑するなのはさんに私も笑みを返す。

 

「ところでヴァニラちゃん、準備の方は大丈夫?」

 

「うん、ばっちり。賛同者も増えたから、今のところ9色かな。とは言っても、同じような色味も結構あるんだけどね」

 

これは以前からなのはさんが企画していた、砲撃による花火のプレゼントのことだ。ミントさんだけでなく、守護騎士のみんなやリニスも協力してくれることになったため、花火の色は桜色、緑色、翠色、空色、赤色、青磁色、紫色、藍白色、黄色と随分バリエーションに富んでいる。

 

クロノさんがミントさんやザフィーラさんと色が被るという理由で辞退してしまったのは残念だけど、どうせミントさんとザフィーラさんや、ユーノさんとシャマルさん、それに私のように似たような色もあるのだから、あまり気にしなくてもいいのに、と思う。

 

「アルフさんもいてくれたら橙色も映えるのに」

 

「アルフさんには、シャマルさんが旅の鏡を展開する時に主賓2人の気を引いてもらうっていう大事な役割があるから、そっちに専念してもらわないと」

 

なのはさんとくすくす笑いあっていると、クロノさんがやってきたので挨拶を交わす。

 

「楽しめているようで何よりだ。ところで、依頼されていた天井のモニターは、もう切り替え可能な状態になっているからな。必要な時に念話でいいから声をかけてくれ」

 

「ありがとうございます、クロノさん」

 

クロノさんに依頼したのは、次元展望公園の天井モニターを一時的に外部投影モードに切り替えることだった。シャマルさんが生成した旅の鏡を介してみんなが魔力の花火を打ち上げ、それをモニター越しに鑑賞するのが今回の目的。

 

「みんなが楽しめる、魔法の平和利用だよ。上手くいくといいなぁ」

 

なのはさんはそう言うと、にゃははと笑った。

 

 

 

用意していたプレゼントを渡して、みんながそれぞれ余興を進めていく。そしていよいよ私達の花火の順番がやってきた。

 

「シャマルさん、お願いします」

 

「はい。クラールヴィント」

 

私達の真上に青磁色の鏡面が生成される。空間を歪曲させる魔法なので別に真上でなくてもいいのだけれど、やっぱり上にあった方が打ち上げ感がある。

 

「クロノさん、切り替えを」

 

「ああ、判った」

 

次元展望公園の天井モニターが、次元空間のリアルタイム映像を映し出した。

 

「じゃぁ、わたしから行くね。スターライト・ブレイカー打ち上げ花火バージョン、ブレイク・シュートっ!」

 

桜色の軌跡が、旅の鏡を抜けて次元空間に大きく弾けた。ミントさんの『フライヤー・バージョンF』を参考にして構築した、牡丹タイプの花火だ。アリシアちゃんが、それをきらきらした笑顔で見上げている。フェイトさんも随分と驚いた様子で、サプライズとしては上々だろう。

 

「わたくしも参りますわよ。本家ですわ。フライヤー・バージョンF!」

 

今度は空色の花が咲く。私も負けじと翠色の軌跡を打ち上げた。その後も守護騎士のみんなやリニスも加わって、華やかな花火が次元空間を彩る。

 

「すっごーい!」

 

「光のアートね。本当に綺麗」

 

エイミィさんやリンディ提督からも、感嘆の声が漏れた。

 

「なぁなぁ、これ私の誕生会でもやってもらえんやろか? 錦冠とかもみてみたいんやけど」

 

はやてさんからもリクエストが上がる。錦冠というのは金色の花が咲いてからすぐに消えず、枝垂れるタイプだ。構築式も練りこむ必要がある。

 

「私も協力するよ。一緒に綺麗な花火を作らせて」

 

「面白そうですわね。フェイトさんなら錦冠、わたくしも銀冠を完成させて見せますわ」

 

フェイトさんやミントさんも笑顔だった。なのはさんも言っていたけれど、これは砲撃魔法の平和利用。武力としてではなく、みんなが笑顔になれる魔法なのだ。

 

「次は連射、行っくよー」

 

なのはさんが連続でスターライト・ブレイカーを放つ。魔力残滓を利用して小さな魔力で大きな効果を得られる集束砲とはいえ、制御には体力を使うものだ。

 

(うん、魔法の練習を少しハードにすれば、甘味制限くらいは解除してあげてもいいかな)

 

笑顔で手を振っているなのはさんを見ながら、私は新しいダイエットメニューを考え始めた。




また随分と時間がかかってしまい、申し訳ありません。。
9月くらいから一気にお仕事が忙しくなってしまい、なかなか続きがかけていなかったのですが、お正月休みを利用して何とか1話アップできました。

また徐々にではありますが、書き溜めていければと思いますので、よろしくお願いいたします。。


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