創造戦士ガンプラダイバーズSide:Genius (JNEXEL)
しおりを挟む

Season1 MyProgres"S"
File.0 新たな力をBUILDせよ!


※当話は予告編です。


明かり一つない真っ暗な部屋。光そのものが吸い込まれ消えてしまいそうな程の漆黒の空間。その部屋の中心に赤と青の光が集まり、人の形を成していく。鋭い双眸に光が灯る。両肩と状態の一部もぼんやりと青く発光した。直角的なラインに、V字型のアンテナ。見れば誰しもガンダムタイプだと分かるだろう。

「さぁ、実験開始だ」

ガンダムタイプのコクピットに座る青年は、眼前のコンソールパネルをタッチした。部屋の奥からゆっくりと明かりが灯りだした。床と天井に光源が仕込まれており、全て点灯するとかなり眩しくなる。赤と白を中心とし、所々に青いクリアパーツを配しているが武装や装甲を増やしていない。故にかなりシンプルな姿をしていた。どちらかと言えば正統派のガンダムタイプと取れる風貌をしている。やがてガンダムタイプの目の前に別の光が集まり、2体のMSを形成した。

「ダブルオークアンタフルセイバー、V2アサルトバスターガンダム。うん、相手にとって不足は無し。それじゃあ、行くか」

ガンダムシリーズの中でも強烈な性能を持った2体を相手にするようだが、この青年は一切動揺していない。むしろこれでようやく、この機体の性能を確かめられると言いたげな表情をしていた。クアンタフルセイバーがGNソードビットを自身の周囲に展開し、一気に加速をかけガンダムとの距離を詰める。GNソードⅣフルセイバーに右手をかけ、今にもガンダムを斬り裂かんとした。しかしガンダムはひょいと右にステップし斬撃を避けると、サイドアーマーから柄を引き抜く。柄の先端から光が揺らめいたかと思うと、瞬く間に刃の形を成した。その名もビームサーベル。MSの武装としてはごく標準の武装だが、使い勝手と取り回しの良さから全ての機体が装備していると言っても過言ではない。ガンダムがビームサーベルでGNソードビットを一基刺突して破壊すると、そのまま昇竜斬りでクアンタフルセイバーを打ち上げようとした。しかしクアンタフルセイバーもGNソードⅣフルセイバーの腹を向けて防いだ。ところがこれも青年の読み通りであった。ガンダムがGNソードⅣフルセイバーの腹を蹴り飛ばし、仰け反らせた所へエルボースマッシュを叩きつけた。V2アサルトバスターがクアンタフルセイバーの上に現れ、全砲門を前面に向け一斉発射した。

「やっべ...!?」

4つもの砲口から放たれるビームに加え、範囲外をカバーするかの如く迫るミサイル。青年の駆るガンダムにはシールドの類は一見して存在しない。だがそれでも青年は驚くだけでパニックには至らなかった。ガンダムの踵についたタイヤがギュルリリリリ!と唸りを上げた。何とガンダムはローラースケートのように床を滑った。V2アサルトバスターもビームとミサイルは標的を失いただ床に大穴を開けた。クアンタフルセイバーも同時に動き出し、GNガンブレイドを両手に構えガンダムの行く手を阻むように撃ち込む。ガンダムはそれをビームサーベルで斬り潰し、V2アサルトバスターの方へと突き進んだ。

「早速試そうか!ウェポン・ビルドアップ!」

青年が宣言する。突然、ガンダムの左手にパーツのようなものがどこからともなく集まり、ガシャン!と音を立てながらバズーカ型の武器を形成した。砲口と言うには径が小さい。銃口と言うほうが近いだろう。それが4つ配置されており、さながらガトリング砲である。V2アサルトバスターがメガビームシールドからバリアビットを展開、自身の目の前に置いて離脱を図った。しかし。

「ただのビームランチャーとは思うなよ?」

ガンダムの持つビームランチャーから、極小の光の粒が飛び出した。その内の2つがV2アサルトバスターの設置したメガビームシールドに着弾した途端、青白い爆風を起こし本体を削り取ったかのように消失させた。これと同じ特徴の武器はただ一つ。

「F91のビームランチャーと、ユニコーンのビームガトリングガン。そしてG-セルフのフォトントルビード。いい組み合わせだと思ったけど最早ベストマッチだ」

クアンタフルセイバーが時間を稼ごうと前に出た。次第に機体を真紅の輝きが包む。青年はそれを見るや興奮したように喜んだ。

「来た!トランザム...ならこれはどうだ?ウェポン・ビルドアップ!」

コンソールを操作する。選択したのは、テスタメントガンダムのコンピュータウイルスとキュベレイのファンネルとローゼンズールのサイコジャマー。クアンタフルセイバーをギリギリまで引き寄せ、わざとビームサーベルをブーメランの要領で投げつけた。クアンタフルセイバーは見事に引っ掛かり量子化した。そのまま背後から串刺しにしようとしているのか中々姿を見せない。だが青年としてはそれでよかった。V2アサルトバスターが武装ユニットを全てパージ、ミノフスキードライブから光の翼を羽ばたかせながらビームサーベルで斬りかかる。ガンダムも素早く反応してV2の右腕を掴みぐるりと立ち位置を変えた。クアンタフルセイバーが量子化を解除して攻撃に移るが、標的だったはずのガンダムではなく、僚機のV2を斬りつけてしまった。その間にガンダムはバックパックのコンテナからファンネルを射出、クアンタフルセイバーとV2の周囲に取りつかせた。現状クアンタフルセイバーはトランザムを稼働させた状態にある。つまり解除するまでは量子化する可能性が高い。そして案の定クアンタフルセイバーは再び姿を消した。

「よし、勝利への解は出た。後は実行するだけだ!」

青年が勝ち誇ったように声を上げ、指をパチンと鳴らした。ファンネル同士が光の線で結ばれ、矩形の檻を作り出した。V2が唐突に挙動不審に陥り、何もないところへビームライフルを連射し始めた。そしてクアンタフルセイバーの量子化も突然解除され、暴れ狂うV2に攻撃されていく。ガンダムの左手には先程のランチャーが握られていた。ファンネルから展開していたフィールドを解き、全方位から撃ち込むのと同時にビームランチャーからフォトントルビードを連射、クアンタフルセイバーとV2諸共消し去ってしまった。

 

「凄いな、これは」

戦いの様子を見ていたスーツ姿の眼鏡をかけた男は、ガンダムの持つ力に嘆息した。青年もダイバーズから戻ってき、スキャナからガンプラを取り出した。先程のガンダムに変わりないが、ビームサーベル以外の武器がない。あのビームランチャーもファンネルも、ダイバーズの中でのみの存在だったのだ。

「どうですか、東郷さん。一応戦闘用に改造しましたけど」

「全く君は恐ろしい奴だよ...水崎。何でもありじゃないか...で、その機体。何て言うんだ?」

東郷に問われ、ガンダム操っていた青年"水崎 諒馬"は暫し天井を見上げた。そして思いついたのか指を鳴らした。

「ビルドブレイズガンダム。"造る"、"形成する"って意味の、ビルドだ。ブレイズはスターバーニングのバーニングを言い換えてみた。最っ高でしょ?」

諒馬は得意げに笑い、ビルドブレイズガンダムを再びスキャナの上に置いた。その矢先、携帯電話が振動した。どうやら通話の着信らしく、諒馬は東郷に一言断って部屋を出て応答した。

「はい、水崎です」

「いきなりのご連絡申し訳ございません。私監査法人わかさリサーチの〇〇と申します」

わかさリサーチと聞いて、諒馬はピンときた。諒馬の所属する会社「ZeuS」の監査法人だと聞いたことがあった。しかし、監査法人から一社員に過ぎない諒馬に直接連絡を寄越すと言うのは、理解しがたい。普通ならば然るべき部署に連絡が行くものではないのか。諒馬は内心呟いた。

「監査法人ですか...どうなさったんです?」

「お電話ではお話しできない事でして、実は本日中にでも直接お会いしたいのですが」

何事かもわからず、諒馬は釈然としないまま返事をした。

 

3時間後、諒馬はわかさリサーチの会議室を訪れた。そこに居たのは諒馬と歳が近い男性社員だった。

「下田と申します。本日はご足労いただきありがとうございます。こちらへどうぞお掛けになってください」

下田に促され、向かい側の席に腰かけた。下田がスーツ姿に対し、諒馬は明らかに私服だった。と言うのも、ZeuSのダイバーズ開発部はある程度の役職の者以外は基本的に服装は自由なのだ。それは下田も知っていたので何事もなく話は進む。

「実は水崎さんにお願いしたいことがありまして。ガンプラダイバーズでの事件の事後処理なのですが」

「事後処理...?確かに起こしたのこちらですし、それは責任だとは思いますが...なぜ俺に?」

戸惑いを隠せない諒馬を見て、下田は少し申し訳なさそうな口調になった。正直事件を起こした人間達は行方も掴めぬ状態であり、現在のZeuSで連絡を取れる社員がほぼいなかった。ZeuSの当時の取引先を介してようやく見つかったのが諒馬と言うだけの話であった。

「あの事件の規模から想像もつかないほどの損害額を算出したため、データの整合性を確保するためにも被害状況を集約しなければならないのです」

「でも、それって監査法人の出番じゃないんですか?」

「私もその様に進言したのですが、全てのサーバー群をシステム面からでも調査できるのはやはり開発側以外にない、と。しかも事件の中心となった組織の後継者を標榜する連中まで出てきたと聞きます。解体させるにはダイバーズの経験者でないと難しいでしょう。ですが我々にはその様な人材が無く、これも致し方なく」

「冗談でしょう...だけど俺がやるにしたってどうすればいいんだ...」

ガンプラダイバーズの開発以前からその成長に力を尽くした立場としては、悔やんでも悔やみきれなかった。あの事件の影響で人格の豹変まで起こしたという話も耳にしていた。まさか開発した人間でさえ想像し得なかった事象が発生してしまう。信じたくはないが、これが事実なのだ。だとすれば、他の誰かに任せるなんて事は絶対にできないと思い始めた。それが開発者としての責任だと自分に言い聞かせる。

「...分かりました、お引き受けします」

「かなりお辛いものになると思いますが、我々も出来る限りのサポートはしていきます。どうか、よろしくお願いいたします」

「いや、やるなら俺にすべてやらせてください。結果は必ず持ち帰りますから」

 

開発部に戻るなり、諒馬はガンプラダイバーズの開発環境ソフトを立ち上げた。

(やるなら今しかない...これはダイバーズを立て直せって言う事なんだから、出来る事は全部するんだ。ビルドシステム...こいつさえあれば、ダイバーズはあるべき姿を取り戻せる...!)

諒馬のキーボードを叩く速度がいつにも増して速くなる。同時並行でUML図を逐一見直しつつ、SNSを使って現在の被害状況の確認も行う。これだけのタスクを重ねて作業を行うのは並の人間では気が狂うだろう。しかし、諒馬はむしろこの作業方式の方がやりやすい。同僚から恐れられた事もあったが、このスタイルを変える気はないようだ。

「動き出す時までにはこいつもまともに戦えるようにしないといけないのか...いや、やって見せるさ。何たって俺は天才だからな!」

スキャナの上に置かれたビルドブレイズガンダムを見て、諒馬はますます気合が入った。

 

贖罪の為の戦いの幕開けまで残り僅か。水崎 諒馬はどんな運命を辿るのか。




[次回予告]
不良集団も同然の連中から追われる女の子を助けたリョウマ・アルキメデスこと水崎 諒馬は、彼女の頼みを受けチンピラ連中と戦うことに。ビルドシステムを実戦で使うのは初めてではないが、まだ完成度が低いために苦戦を強いられる。だが、リョウマは引き下がる道を選ばなかった。

次回、創造戦士ガンプラダイバーズSide:Genius File.1「運命のボーイ・ミーツ・ガール」

初っ端から飛ばしちゃダメか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.1 運命のBOY MEETS GIRL

人々は娯楽の対象を仮初めの世界から享受しているが、それは今に始まったことではなかった。絵画や書物は創り手の空想を具現化させるための手段であり、演劇や映画は見る者にも感情を共有させる。そしてゲームは触れた者全てに新しい世界への扉を開かせる。この時代のエンターテイメントはそれからさらに踏み込んで、仮想現実の世界に踏み込めるようになった。娯楽は人々の求める物であり、その欲求がある限り発展は進み続けるのだろう。ガンプラダイバーズもまた、その発展の一つと言える。

「さて...始めるか。実験開始だ」

青年はデバイスを片手に、コンピュータを起動させた。コンピュータと接続している6角形の装置の上にはガンプラが置かれていた。赤と青に彩られているが、色の配置から非対称めいた印象を与えた。

 

ニューホンコン。"機動戦士Zガンダム"に登場する都市で、カミーユとフォウ・ムラサメの出逢いの舞台となった事で有名だ。ガンプラダイバーズのバトルエリアはオリジナルの物もあれば、こうした原作再現ステージも数多く存在する。高層ビルが乱立する森の中を駆け抜ける赤と白で彩られたMS―F91が、更に移動速度を上げる。何かを追いかけているらしく、コクピットの中ではパイロットがレーダーを逐一操作していた。

「見つけた!見つけました!このポイントに集結してください!」

このMSのパイロットは、やや幼い顔立ちをした少女だった。首元までのショートカットにした黒い髪に赤い瞳。一見すればミステリアスだが声と表情から、それとは正反対の性格をしているようだ。少女が仲間に呼びかけると、続々と僚機の反応がレーダーに現れた。

「早く見つかったなぁ...ほんま助かるわ、スワンちゃん!」

F91の隣をEx-Sガンダムが通り過ぎる。スワン、と呼ばれた少女は口許に笑みを浮かべレバーを更に前に倒した。彼女が乗っている機体はF91をベースに、V2ガンダムのミノフスキードライブを参考にした装置を搭載して接近戦用にフルチューンされている。その名もガンダムF91-M。

「じゃあ、行くよ!F91-M!」

ビルの陰からでもすぐに分かるほど、標的は巨大だった。全身が黒い魔神の様なガンダムタイプ。サイコガンダムだ。F91-Mが上空に飛び上がり、リアアーマーからビームサブマシンガンを装備しサイコガンダムの頭目掛け連射した。サイコガンダムも反応して指先の砲口に光を収束させ、一斉に解き放った。五本の指の先端から放たれるメガ粒子の渦をくぐり抜け、F91-Mは再度ビームサブマシンガンで頭部センサーの破壊を試みた。しかしサイコガンダムは耐ビームコーティングがなされていた。ビームによるダメージは尽く軽減され、サイコガンダムに掴ませるだけの隙を作ってしまう。

「一瞬だけなら...!」

サイコガンダムの指がF91-Mに触れる刹那、機体が光りに包まれ一瞬でその場から姿を消した。サイコガンダムはそれに気づかぬまま握り潰したものの、手に残ったのは塵のようになった装甲の破片だった。F91-Mがサイコガンダムの背後に回り、右手に持ったブースター付きの大型槍「ジェットペネトレイター」を構え猛スピードで突進した。ジェットペネトレイター後部のブースターと機体の推力が組み合わさり、途方も無い攻撃力を付与するその一撃が、サイコガンダムの後頭部に命中した。

「や、やるやんけ!何もせんわけにはアカンわな!」

Ex-Sも負けじと背部ビームキャノンを放ち、リフレクターインコムを射出してサイコガンダムの死角に取り付かせる。

「皆、すまねぇ...こんな相手に格闘機で来ちまったから足を引っ張ったな...」

僚機の一つ、エピオンのダイバーがメンバーに対し詫びを入れた。しかし、スワンもEx-Sのダイバーも彼の活躍の場を作るつもりでいた。

「大丈夫ですよ!格闘機が必要な場面はありますから!」

「せや!だからお前さんはそれまで体力温存しときや!トリがへばってたら話にならへんしな! 」

Ex-Sがリフレクターインコムに向けてビーム・スマートガンで狙撃した。音速をも超える光の矢が弾かれ、急角度で軌道を変えてサイコガンダムのシールドのハードポイントに直撃した。シールドは物の見事に腕から外れ、ビルを薙ぎ倒しながら転がった。

「何をする...んなぁあッ!?」

何が起きたのか、エピオンが吹き飛ばされてサイコガンダムの足元に出て来てしまった。

「エピオンの人が...!?他にも敵なんて居なかったはずなのに...」

スワンはその様子を見てただ困惑した。しかし、4機で戦っているのに一度も姿を見せなかったダイバーが一人だけいた。スワンの脳裏にある予感が過ぎった。

「ちょろちょろ逃げてんじゃねぇよ雑魚がよ。格闘機かなんか知らないけどサボんな」

黒と赤に染まった機体が空からエピオンを執拗に狙い撃つ。エピオンは被弾寸前に空中に退避したが、それを狙ってサイコガンダムが蹴りを放った。スワンもEx-Sのダイバーも思わず息を呑んだ。

「な、何や一体...あぁ、あのストフリか!今まで何にもしとらんやったのに何で今更出て来おって!」

Ex-Sのダイバーは怒りを顕にし、黒赤のストライクフリーダムにインコムとビーム・スマートガンを放ち追い返した。何とあろう事かストライクフリーダムは反応し切れずに全弾を喰らい撃ち落とされた。

「妨害すんなよバカ!さっきのが役立たずだから僕がアイツぶっ倒すんだよ!」

ストライクフリーダムから聞こえる声は明らかに小学生くらいだった。

「ちょっと君!何で仲間を邪魔だなんて言うの!メッセージでもいいから謝りなさい!」

スワンがストライクフリーダムの近くにF91-Mを着地させ、エピオンのダイバーに謝罪してくるように促すが、ストライクフリーダムのダイバーはそれを無視して何故かF91-Mを庇うような位置に機体を動かした。

「女の子がこんな所にいちゃあいけない。僕がいるから安心しろ」

ストライクフリーダムのように見えたが、顔と胴体だけが該当し、バックパックはデスティニーガンダムの物だった。しかも足はガンダムDXであった。機体名も"アルティメットロストフリーダムガンダム"とあり、かつてダイバーズを震撼させた機体と被っていた。しかし恐らくこの機体のダイバーは、それをただ模倣したに過ぎない。何も無ければ、スワンも褒めるくらいはできたのにダイバーの態度が悪過ぎるあまり、溜息しか出なかった。

「あの歳の男の子ってああなの...?何か違う気がするんだけど...後でキツく叱ってやらなきゃ!」

スワンはストライクフリーダムがサイコガンダムに突っ込むのを止めるべく、F91-Mのバーニアを点火した。Ex-Sがビーム・スマートガンでサイコガンダムの注意を引き、アルティメットロストフリーダムに活躍の場を与えないように立ち回り始めた。チームの連携が必須となるこの戦いにおいて、互いの足を引き合う様な事態が起きてしまえば、ミッション自体も失敗したも同然となる。エピオンがようやく戻ってきたが、機体が赤く輝いていた。ビームソード高出力モードである。ブースト持続時間と防御力を犠牲に圧倒的な機動力と攻撃力を手に入れる、エピオンの機能である。エピオンがすれ違いざまにサイコガンダムを斬りつけ、その姿も相まって輝いていた。

「やりおるわぁ...エピオンの旦那!妨害なんぞへのかっぱや!」

エピオンの太刀筋はまさに電光石火の一言だった。Ex-Sのダイバーは興奮気味に讃え、ますます手に力を入れた。しかし、またしても少年が行動を起こした。エピオンがサイコガンダムの死角から一撃を見舞おうと急降下した。その矢先にアルティメットロストフリーダムが、真横から蹴りを入れてエピオンを撥ね飛ばしてしまった。挙句サイコガンダムが足を上げて踏み込もうとする場所にエピオンを放り投げ、踏み潰させた。これにはスワンも穏便に済ませられそうにはなかった。

「今君が何をしたのか分かってるの!?仲間を身代わり人形にしてるんだよ!?」

「この世界は力のある者だけが勝つ!あの赤いのは想像するだけの頭のないチンパン野郎なのさ!はははは!でも大丈夫だよ、君の事は見捨てはしないから」

アルティメットロストフリーダムのダイバーが精一杯格好つけてスワンに言うが、逆に彼女の気を遠のかせてしまった事に気づいていなかった。

「ほら、あんなクソ重いので勝てるわけ無いだろ?時代は速さを求めてるからね!はい、雑魚はドーンってね!」

「やめてッ!!」

アルティメットロストフリーダムはバックパックから長距離射程ビームキャノンを構え、サイコガンダムを相手に奮戦しているEx-Sを撃ち落とした。スワンは悲しくて仕方が無かった。このようなゲームには、他人の迷惑となる行為を楽しむプレイヤーがいるという定説があるのはよく知っていた。しかし様々な立場を経験してきたスワンは、そのような輩と出会うことが無かった。故にあの定説は都市伝説の様なものだと信じたくなった、その結果がこの少年の行いであった。スワンは唇を噛みぐっと怒りが爆発するのを堪える。ここで力に任せてしまえば、自分も彼と同じレベルになってしまう。

「ちょっ、放せよ!敵が来てんだよ!」

「えっ...えぇっ!?」

アルティメットロストフリーダムに振り払われそうになるF91-M。しかしサイコガンダムの足がすぐ目の前に迫って来ていた。そしてその足が踏み降ろされようとした、その瞬間。

「ウェポンビルドアップ!」

サイコガンダムの足元から青白い爆風が巻き起こり、足を丸ごと消滅させられた。その上光の粒が胴体にも直撃し、まるで抉り取られたかのような姿になり真後ろに転倒した。サイコガンダムの膝の上からMSが飛び降りると、徐ろにアルティメットロストフリーダムの肩を掴んで投げ倒した。

「何すんだよ、不意打ちか!?お前もこの娘狙ってきてんだろ知ってんだよ!けどな、あの娘は僕の...ぐへぇっ!?」

アルティメットロストフリーダムがアロンダイトで斬りかかろうとするよりも早く、謎のMSのハンドガンが鳩尾に命中した。

「ごめん。そう言うの、興味ないんだ!俺が欲しいのは機体のデータだけなもんでさ」

スワンは目の前に現れた謎のMSに眼を見張った。特に何かを盛り込んだのでは無く、ただシンプルさを突き詰めたような外見をしていた。それでいて両肩は右と左で色と形が異なっている。後頭部からもよく分かるV字型のブレードアンテナで、ガンダムタイプだと悟った。

「足に...車輪??」

謎のMSの踵にはタイヤのついた車輪が。それに近いものは"SDガンダムフォース"の"キャプテンガンダム"でも見たことがあるが、通常頭身の機体で足に車輪がついている機体は見る事がない。謎のMSはアルティメットロストフリーダムのアロンダイトを軽々と避け、胸に膝蹴りを食らわせ飛び上がりつつ回し蹴りを浴びせた。踵のタイヤが高速回転し、蹴った跡は獣に襲われたような裂傷が残った。

「何だ...何だよこれぇ!!」

「これ?あぁコイツのこと?」

謎のMSは自身の装甲を小突き、その指をアルティメットロストフリーダムに向けた。

「ビルドブレイズガンダム。"造る"、"形成する"って意味の、ビルドだ。以後、お見知り置きを!」

未知の攻撃に少年はパニックに陥り、逃亡を強行した。アルティメットロストフリーダムが上昇しようとバーニアを噴かせて虚空へ消え去ろうとした。しかし、ビルドブレイズが空へ左手を掲げる。突然周囲に白い壁が現れたかと思うと何かを作るような音を立て始めた。

「ブーストビルドアップ!」

ビルドブレイズのダイバーは溌剌と宣言した。この壁の中ではファクトリーのようなシーケンスを経て武器を製造するようだ。そしてバックパックには青い大型スラスターユニットが装着された。

「ウェポンビルドアップ!さてこれで鳥を撃ち落としてやるぜ」

高く上昇し、左手に召喚したビームライフルを右手に持ち替え、狙いを定めるや否や引き金を引いた。

「い、今ので当たったの!?」

呆然と様子を見ていたスワン。僚機の損害状況が更新され、更に目を丸くした。続け様にビルドブレイズは両腕に奇妙な形の装備を形成、落下地点に向けて先端のクローを伸ばした。交差されたフレームパーツの構造からしてマジックハンドの類だが、それとは比して桁違いの速度で伸びてMSを掴んで引き戻してしまった。

「さて、データは完全に頂いていこうか!そんで、味方を餌にするやつは...分かってるよね!」

慣性が働きこちらへ向かって投げ出されるアルティメットロストフリーダムの鳩尾めがけ、正拳突きを放った。拳はVPS装甲すら紙のように突き破り胴体を貫いた。

「す、凄い...!でも流石にこれだけやられたら向こうも懲りるよね...あはは...」

シンプルな機体に見合わぬ凶悪な性能に、スワンは、ただただ引き笑いするしかなかった。しかし、彼のおかげで全滅は免れミッションは達成できた。その礼を言おうとビルドブレイズに通信をかけた。

「あの...助けてくれてありがとうございました!またお会いした時の為に、お名前教えてくれませんか?」

ビルドブレイズは一瞬無反応だったが、今気づいたらしくF91-Mに向き直った。

「助けたなんてそんな、言いすぎっしょ!」

戦い方に見合わぬ程の明るい声にスワンは呆気にとられるが、我に返り再び名前を聞いた。モニターには機体の名前もダイバーネームも表示されていなかったのだ。

「まさか2度も自己紹介することになるなんてな...まぁいいや。ビルドブレイズガンダム。"造る"、"形成する"って意味のビルド。そんでブレイズはバーニングの言い換えだ。それじゃ、SeeYou」

ミッションの制限時間が過ぎ、スワンは強制的に交流区画に転移させられた。かつて経験した事に比べればと思ったのだが、ビルドブレイズという機体が見せた力はどんな物よりも異質だった。だがスワンは、またどこかでビルドブレイズと出会うような気がしていた。

 

ZeuSの社屋、その何処かにあるという研究所。その地下で青年―水崎 諒馬が一人コンピュータの前に座っていた。彼は先程、ダイバーズの仮想空間から意識をサルベージして来たばかりであった。

「これで機体のテストは終わった。後は...動き出すだけ、か」

諒馬はビルドブレイズを手に取り、デスクトップマシンのモニタと交互に見た。ビルドブレイズの戦闘ログと、"ビルドアップ"の正常処理回数と不正処理回数の記録がびっしりと並んでいる。普通なら目眩を起こしそうになる画面だが、諒馬にとってはこれが普通である。

「ビルドブレイズなら...ビルドシステムを完璧に使いこなせる。間違いない」

諒馬はデスクトップマシンをスリープモードに切り替えて画面の電源を落とした。ネイビーのジャケットを羽織り、部屋を後にした。秋も深まり肌寒さも感じ始める頃に差し掛かると聞いていたので、ジャケットを持って来ていて正解だった。

「つってもこの辺って食える店が少ないんだよなぁ....何日目のカレーだよ本当」

車に乗り込み、プッシュスタートボタンを押した。これだけでエンジンが始動する自動車はほぼ全ての車に普及しているものだ。オプションでキーシリンダー式とを選択できるが、諒馬はかなりの面倒くさがりなのかボタン式を迷わず選んで車を購入していた。数分近く車を走らせ、目的の店に到着した。入口に置かれているカレーのオブジェでどう店なのか一目瞭然である。

「隣の店潰れたと思ったら駐車場になってたのねぇ...」

カレー料理店の隣は骨董品店だったのだが、いつの間にか閉業しており現在はコインパーキングとなっていた。諒馬は奥の方に車を停め、カレー料理店へ歩いた。

「いらっしゃいませ~あれ、随分と久しぶりなお客さんじゃない!」

気さくに微笑みかける店員に軽く会釈をし、すぐ近くの席に座った。メニュー表を手に取ることなく店員を呼び、注文した。「久々なのに大丈夫ですか?」と半ば心配されたが、諒馬は「平気ですよ」と聞き流すように答えた。店員が「爆熱++入りまーす!」と厨房に伝えた瞬間店内が一瞬静かになった。諒馬から見て斜向いの席で食べていた少女もぎょっとしたような顔をしていたが、彼は見向きもせずいつも通り携帯電話でニュースを読んでいる。

(証券取引所も動きが速い、特にこういう時は...更生法使おうたって、ZeuSの屋号は呪いみたいなものになってしまってる...これが現実なんだよな)

諒馬はコップの水をひと口飲み、携帯電話から目を離した。丁度注文していたカレーがテーブルに運ばれた。

「極限の熱さを受け入れろカレーです!」

「今思いついたみたいな名前ですね!?」

「バレちゃったかぁ...いいと思ったんだけどなぁ」

「こっちが恥ずかしくなるから勘弁してくださいよ...いただきます」

店員が楽しそうに厨房に戻り、諒馬はいよいよカレーを味わえるようになった。この店ではカレーの辛さを段階的に選べるようで、一番辛いとされるのが「爆熱」と呼ばれるものだ。今しがた諒馬が注文したのは、ほぼ彼の為と言ってもいいようなメニューである。カレーのルウが赤く、スパイスの強い香りと温度が相まって見ているだけで涙が出てくる代物だった。この男、水崎 諒馬は超が付くほどの辛党なのだ。




次 回 予 告

ビルドシステムとビルドブレイズの親和性をテストし終えた後の諒馬を待っていたのは、かつての同僚だった男"東郷 純一"。彼は諒馬に対し"事件を追うのはやめた方がいい"と忠告を受ける。だが諒馬はそれを気に留めずダイバーズへ飛び込む。そして何気なく対戦に入った所、初っ端から命知らずの戦い方をしてくる馬鹿と出会う。水崎 諒馬はこれにどう対処するか。そして襲って来た機体のダイバーとは?

次回、創造戦士ガンプラダイバーズSide:Genius
"File.2 怒りのKNUCKLE"

次回もゆるっとお楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.2 怒りのKNUCKLE

[これまでの創造戦士ガンプラダイバーズSide:Genius]
ビルドブレイズガンダムとビルドシステムの最終実戦テストをするため、ダイバーズに飛び込んだ水崎 諒馬は、妨害プレイヤーに追い込まれていた少女を救出。その後、ビルドシステムの実験台代わりに妨害プレイヤーを始末したことで事無きを得るが...何かあの娘とまた会いそうな気がするんだよなぁ...てかあのカレー食べた位で視線浴びてしまう方がよっぽど嫌でしょ!と言う訳で第2話行ってみよう!


「うぁあ...地味に寒い...!」

秋も半ばごろと言う事もあり、ZeuSのラボの鍵を開けながら諒馬は充電式のカイロで指を温めた。かつては清掃業者も頻繁に出入りしていたラボの玄関も、いつしか埃まみれになりつつあった。非常ドアを開けてしまえば、さらに気温が下がり諒馬は小さく身震いしながら階段を下りた。

(あれ、電気ついてる...消したはずだけどな)

普段使っている部屋の明かりがついている。電気の消し忘れかと思ったが、もしそうした場合携帯電話に通知が入るはずだった。しかし昨日ラボから帰宅するときには何の通知も来なかった。となれば誰かが入ってきたと考えるのが自然だろう。

「誰かいるんですか~....?」

諒馬はドアを恐る恐る開け、足音を立てないように歩きながら周囲を警戒した。しかし物色された形跡もないので、余計に不気味であった。

「おはよう、水崎。お邪魔しているよ」

眼鏡をかけたスーツ姿の男が椅子から立ち上がり、諒馬に声をかけた。諒馬は思いがけない人物の来訪に驚き、思わず声を上げた。

「東郷さんじゃないですか?なんでここにいるんです?」

「転職先が決まったものだから、見納めだと思ってな」

東郷は懐かしげにラボを見渡すと、足元の紙袋を持ち上げた。

「これはほんの土産だ。先週北海道に行ってもきたんだよ」

東郷から手渡された紙袋の中を見ると、発泡スチロール製の箱が入っていた。諒馬は視線をゆっくりと戻した。

「何ですか、これ...何か音がしてますけど」

「開けていいけど気をつけろよ?そいつ、まだ元気だから」

「元気!?やっぱりこれ生きてるんですか!?」

諒馬は空いている机の上に袋を置き、箱を取り出して戦々恐々しながら蓋を開けた。パキ、パキと音を立てながら蠢く鋏を持った甲殻。中に入っていた紙には"ズワイガニ"と書かれており、諒馬を更に驚かせた。

「土産物に生ものってどういう神経してんですか」

「ん?カニ嫌いだったか?」

そういうことじゃないでしょ、と諒馬は呆れ半分に返しカニの入った箱を冷蔵庫に入れた。しかし東郷がこのようなことをするとは思えなかった諒馬は、彼が何かをしようとしていると考えた。半ば諒馬のものになっていたこのラボに来る事などほとんどなかった上に、開発陣の中に親しい人物はいないはずだった。

「それで、用件は何ですか?何の用も無しに俺の顔を見に来たとかじゃないですよね」

すると、東郷は急にいつもの仏頂面に戻り諒馬のデスクからファイルを取り上げた。そのクリアファイルの中身は、監査法人から請け負った仕事の計画書である。

「お前が本当にあの事件に迫ろうとしているとは聞いていたよ。だけどこんな事をしてどうする?今や百崎社長は表に出られない状態のはずだ」

東郷の言うことは尤もだった。確かにZeuSを牛耳を執っていた百崎 翼の一派が引き起こした惨劇は、あるプレイヤー達の奮戦もあって終息していた。しかし、その後で翼らが残した傷跡が消えずに残っているのもまた事実だった。運営の中心に立っていたZeuSが倒産した今、連合の中にある企業がその立場を得ているが、運営方針の転換の影響でプレイヤー数が減りつつあった。このままではダイバーズそのものの消滅も時間の問題になってしまう。諒馬としては、自分の人生とも言うべきダイバーズを、このような事で消されたくなかった。

「だけどこのまま放って置いたら、きっと同じことが繰り返されるんですよ。模倣犯だって出てきてるって話じゃないですか」

「そう言う連中にそこまでの力があると思っているのか?お前らしくもないよ」

諒馬の危惧を東郷は笑い飛ばすかのごとく否定した。翼があれほどの規模で動けたのは、企業や本人のカリスマ性と組織運営の確かな能力に裏付けられていたから可能なのであり、ただの愉快犯連中にそこまでの力があるとは思えないのも頷ける話ではある。だが諒馬は東郷の観点では過小評価していると思えてならなかった。

「あるかどうかなんて実際に確かめなきゃ分からないでしょ。それに、あろうと無かろうと対処はしなけりゃいけない」

「そんなのは運営の仕事だろう。なぜお前まで動く?」

「元を正せば誰が悪いのか分かっていますよね?東郷さんだって...!」

「だから元社長の手の奴がラボを私物化してたんだから、それが原因なんだろう?」

「...本気でその話を信じているんですか?だとしたらあなたはここで何を見てきたんだ...!?」

徐ろに東郷は諒馬の耳元で、低い声で囁きラボを後にした。

「だがな。言っておくがこれ以上踏み込もうと言うなら、お前はもう取り返しのつかないことをしようとしているも同然だ。余計な犠牲を生みたくなければ手を引け」

諒馬は椅子に倒れ込むようにして座り、スキャナの上に立つビルドブレイズを眺めた。取り返しのつかない事など、かなり前からやっていた。それを今更避けようとしたところで、何の意味もなさないのは分かっていた。だからこそビルドシステムを使い、ガンプラダイバーズを"あるべき姿"に戻していく必要があるのだ。

「ビルドシステムを本来の使い方とは違うやり方で運用する...そして得たデータを組み込んで、全ての物をビルド出来るようにすれば、ダイバーズを...作り直せるはずなんだ」

諒馬は椅子から立ち上がり、デスクトップマシンを再起動させてダイバーズに意識を飛び込ませた。

 

交流広場第1区画にやってきた。仮想世界での諒馬は、ベージュのトレンチコートに赤と青のストライプのシャツ、黒のGパンといった姿をしている。ダイバーネームは"リョウマ・アルキメデス"だ。とは言え一度もその名前で呼ばれたことはない。基本的にいちプレイヤーとしてダイバーズを訪れる機会が滅多にないからだが、今回も間違いなくダイバーネームで呼ばれる気がしなかった。

「来て見たはいいけど、やっぱりまだあそこは封鎖されてんのねぇ...」

諒馬の視線のはるか先には、クリスタルの大樹が大地と天を貫いていた。ZeuS事件とはほぼ関係ないとされているが、その中の一部がこのクリスタルの大樹を生み出しているに違いないと諒馬は睨んでいた。背後から足音が聞こえ、諒馬が振り返るといきなり襟首を掴まれた。

「やっと見つけたぜ...運営さんよぉ...!」

「何よ!?」

襟首を掴んできた青年は、諒馬とはそれほど歳が離れていないように見えた。しかしこの青年の表情は怒りに染まっているように見えた。間違いなく穏やかではない。

「お前らのせいで俺の後輩が一人ここから出られなくなったんだよッ!!テメエは運営の人間だろうが、何か知ってんだろ、ええ!?」

かなりの力で引っ張られ、諒馬は僅かに爪先立ちになった。だが諒馬は飄々とした顔を崩さず、青年の脛を蹴りつけ地面に組み伏せた。

「痛でぇ!?な、何しやがる!?」

「それはこっちの台詞でしょ?いきなり掴みかかってきてやれ後輩が出てこられないとか、お前は運営だろとか。相手をよく見て言いなさいよ」

「お前のステータスみりゃ一発だろうが!そのバッジは運営じゃねぇとつかないって事くらい知ってんだよこっちは!てか放しやがれ!!」

諒馬のステータス表示の枠外に、銀色の歯車マークがついている。それは運営関係者を証明する印であり、誰でも知っている事だった。

「そんな事言ってもだね?一回手を放せばまた殴りかかるんだろ?ここはどこか分かる?ダイバーズだよ?じゃあ決着つけるなら手段は一つしかないよな?」

諒馬はウィンドウを開き、二人諸共バトルエリアに転移させた。

 

「そう言えば最低限の礼儀もわきまえてなかったな...俺は」

青年が自己紹介をしようとしたが、その続きを諒馬が口にした。

「恒岡 弘でしょ。んで機体はエクストリームガンダムゼノンフェース...これでいいんだろ?」

「お、おう....何で知ってんだよ!?」

「運営側の人間なら簡単に調べられるって、普通に考えたら分かるでしょ?じゃあさっさと始めようか」

諒馬のビルドブレイズと弘のゼノンフェースが降り立ったのは、孤島の砂浜だった。先手を打ったのはゼノンフェースだ。脚部のブースターを最大点火させ急接近、右ストレートを叩き込む。ビルドブレイズはそれを叩き落としてゼノンフェースの顔面に左手をかざした。

「ウェポンビルドアップ!」

左手に粒子と光線が集まると、瞬く間にハンドガンを形成した。そのままゼノンフェースの額に放ち、腹に鋭い蹴りを刺し込んだ。弘は今の現象が完全に理解を超えてしまい、思考が止まりかけた。

「い、今の何なんだ!?どこから武器を!?」

「それは企業秘密です!で、このハンドガンにコイツを足して...ウェポンビルドアップ!」

ハンドガンに再び光が集まると、今度は剣の形を成した。ビルドブレイズはゼノンフェースが起き上がろうとする方向に刃を振るい、起き攻めを狙った。見事に斬撃がゼノンフェースの胸部に命中し、大きくよろけさせた。だがゼノンフェースも反撃に出る。よろけた勢いを利用してバク転して体勢を立て直し、リアアーマーから柄を引き抜いた。

「お前が剣で行くってんなら、俺だってやってやるぜ!」

柄から発振した光の剣は、大きさの比を間違えたのでは驚くほどの出力を見せた。ゼノンフェースの主力武器"タキオンスライサー"である。ゼノンフェースが錐揉み回転しつつ突進、タキオンスライサーですれ違いざまに斬り裂かんと迫る。しかし、諒馬は一切の動揺を見せず、コンソールを操作した。

「格闘拒否は戦いの基本!ウェポンビルドアップ!」

ビルドブレイズの右手にあった銃剣が消え、その代わりに細長い鞭が現れる。ビルドブレイズがそれを掴むと素早く薙ぎ払い、ゼノンフェースを弾き飛ばした。

「畜生ッ!!次から次へと!!!」

弘はビルドブレイズが次々と武器を持ち替えながら戦いを優位に進めていくのが気に食わなかった。ビルドブレイズの見た目からしても酷くシンプルなはずなのに、どこからか様々な装備を呼び出してしまえるのが普通とは到底思えない。

「てめぇをやんなきゃ、あいつが閉じ込められた理由すら分かんねぇ!!」

「消えた....?一体何の話だ?」

恐らく弘が言っている人物は、ダイバーズで敗北したために仮想空間に拘束されたのだと思っている。しかしダイバーズの処理では敗退したプレイヤーを拘束することなど不可能である。そもそも、その様な仕様があるとすれば法を犯しているとしか言えなかった。諒馬でさえも敗退したダイバーの処理にいくつかのパターンがあるなど、聞いたことがなかった。

「すっとぼけんじゃねぇ!!てめぇを何が何でもぶっ潰して、全部吐かせてやる!!」

ゼノンフェースの繰り出す拳が諒馬の想像を超える速度で、ビルドブレイズの胸部に命中した。そして僅かに浮き上がった所へ凄まじい勢いで拳のラッシュを叩き込む。しかし、パターンを読みビルドブレイズがゼノンフェースの腕を掴み真後ろへ投げ飛ばした。

「全く。力押しだけなら誰にでもできるんだけどね...チェックメイトと行こうか。ブーストビルドアップ!」

諒馬の宣言と同時、ビルドブレイズのバックパックに一対の航空翼を備えたブースターユニットが形成された。ゼノンフェースが逃がすまいと掴みかかるが、その寸でのところで空中へ退避し右手にライフルを形成した。ビームライフルの類に見えるが、それにしてはやや小ぶりであった。これを見て誰もがただのビームライフルだと思うだろう。

「何だよ空から戦おうってのか!上等だぜ!」

弘はゼノンフェースを飛び上がらせ、空中を滑るように飛びながらビルドブレイズの眼前に迫った。ゼノンフェースの右腕のクローユニットが展開、超高温を発して爪が赤熱化した。だがビルドブレイズのライフルの銃口はすでにゼノンフェースの鳩尾に押し当てられており、ゼノンフェースの"爪が顔面に食い込む手前で光の渦が胴体を突き破った。

「ボルテックシュート...これで決まりだ」

青く輝く粒子の奔流がゼノンフェースを貫き、地平線の彼方へと消え去った。敗北したゼノンフェースを電子の揺らぎが包む。

「そりゃあねぇだろ...!こうも呆気なく終わっちまうなんてよ...!畜生ォオ!!」

「頭使って戦わないからだろ。さっきから使ってるのだって、武器は見ればどう動けばいいかとか分かるでしょうに。馬鹿みたいに突っ込むからこうなんの、分かった?」

諒馬は気だるそうにコンソールにもたれかかり、弘に諭した。だが諒馬の心中はどこかくすんでいた。

(負けたダイバーを牢獄に追いやるようなのは....作った覚えもなければ設計の段階でも上がっていなかった。アイツが言っていることが事実なら...けどどうあったって、おかしいじゃないか...)

諒馬が思考を巡らせているうちに両者とも交流広場に戻ってきた。視線の端には頭を抱え悔しさに震える弘の姿が映る。

「例え負けたとしてダイバーが消えるなんて、そんな事象は発生するはずがない。でもお前の言い方からして嘘じゃないんだろう。だけどこれだけは聞いてくれ。俺はそれを今初めて知った」

諒馬の一言に弘はぎょっとして顔を上げた。運営の人間なら何か知っているのではないかと睨んで動いていたはずなのに、目の前にいる男は「初めて知った」と言いだした。弘には到底信じられる話ではない。

「初めて知ったってどういう事だよ!お前運営の人間なんだろ?んでそんな白々しいこと抜かせんだよ」

また弘に襟首を掴まれ、諒馬は面倒そうに溜息をついた。ここまで直情的に動く人間を相手にするのは大の苦手である。

「確かに俺は運営側の人間だったし、今もZeuSの社員だ。けどな、ダイバーズの運営なんてのは別の部署が管理してたわけだし、会社が凍結食らう前から記録してたものは皆廃棄されちまって、調べようもねぇんだよ。だから俺がこうしてダイバーズに来てんだ。これで分かったろ?」

「だったら他に知ってる奴居んだろ...そいつを出せ」

「俺、会社の人とは連絡先の交換とかやってないんで」

諒馬は弘の手をぺちぺちと叩いて退かせると近くのベンチに座り、ウィンドウからレモンサイダーを呼び出し口にした。

「まぁ、そういう事だからお前の知りたい...何だっけ?人がダイバーズに閉じ込められたっての?そいつも調べるつもりだ」

そうかそうか、と弘は頷きながらしばし空を見上げる。そして何かを決めたような面持ちで諒馬に向き直った。

「決めた。目的が同じってんなら、手伝ってやる」

唐突過ぎる宣言に諒馬は暫くポカンとしていたが、小馬鹿にするように鼻で笑った。弘が片眉をピクリと動かし諒馬を凝視するが、当の本人は困ったように笑うだけである。

「お前には無理だ。フィジカルで何でも解決しようとする奴に出来る話じゃあない」

「んだと...?チート野郎に言われたかねぇ...!」

「ビルドシステムだ、チートじゃなくてれっきとしたツールだ!ダイバーズの未来を拓くためのな!」

「ぁあ?何言ってんだオメェは?」

弘が釈然としない顔で諒馬を見つめた。諒馬はベンチから飛び上がるように立つと、人差し指を空中にくるくると回しながらレモンソーダを飲んだ。

「今のダイバーズはお前の謂う様な事が起きてもおかしくない位に狂っちまってる。だからビルドシステムを使ってダイバーズをゲームとしてあるべき姿に戻す」

「だったらさっさとやればいいんだろうが。それで散々誰かをボコってたのかよ...最低じゃねぇか」

弘は舌打ちをして諒馬を訝しんだ。諒馬はそんな彼を見て指をパチンと鳴らした。

「ビルドシステムはまだ完成していない。全部の機体のデータを内包しているけど、それに追加してフルカスタムされたガンプラのデータも必要。んで、そのデータは100体分はないといけない。だからビルドシステムを乗せたビルドブレイズで戦ってんだ」

「ひゃ、100体!?」

「まぁそういうわけだから、使える駒は増えるのは悪くないって方法を思いついた。勝手に手伝ってくれて構わないよ。じゃあな」

「ちょっと待てテメェ...まさか俺に100体集めて来いとか言うんじゃねぇだろうな...?」

弘ががっしりと諒馬の肩を掴むが、彼の笑顔は引きつっている。しかし諒馬は一切意に介さず涼しげな顔でその手を払いのけ、別の区画に転移しようとしたところで思い出したかのようにくるりと向き直る。

「あ、忘れてたわ。俺はリョウマ・アルキメデス。そんじゃ、SeeYou」

電子的な揺らめきの中に消える諒馬を、弘はただ呆然と見送るしかなかった。

 

「シューインの旦那。奴さん、もう動きだしちまってるらしいぜ。どうするよ」

真っ白な部屋を訪ねてきたのは、40代らしき男だった。この年代とは思えぬ独特の色気を持つ顔立ちからして、プレイボーイな印象を与える。シューインと呼ばれた男は、来訪者を一瞥すると指を鳴らした。すると瞬く間に部屋の景色が変わり何らかの研究施設に様変わりした。

「グロックか...もう手は打ってある。ジプシーに命じて作戦を始めさせている」

「随分と剛毅なもんじゃないか。そんなら俺一人でも潰してやれんのによ」

グロックは愉快そうに笑いながら巨大プラズマボールに手を置いた。プラズマの光がグロックの手に集まり、さながら魔法を操っているようだった。

「それともアレか?昔の同僚だから、少しは心付けしてやろうってか?かぁ~慈悲深いねぇ旦那は」

「少なくともグロック、あなたの力ではオーバーキルになるしかない。ビルドシステムの完成自体は私も求めていることなのだから、それまで利用すれば手間も省ける。それに奴はビルドシステムに人生を賭けている。なればこそ完成度にも拘るだろうし、我々でやるより遥かに良質なものが生まれるはずだ」

シューインが再び指を鳴らすと、真っ白な空間に戻された。プラズマボールに手をついて立っていたグロックは、バランスを崩し転びそうになるが、シューインには態とやっているのだと分かっていた。

「お前はなぜ気づかない。お前が今やろうとしていることで、どんな惨劇が引き起こされるか。お前の独善で犠牲が生まれるんだ。それを分かれ....水崎...!」




次 回 予 告

「手伝う」と公言してしまった弘は、諒馬から送られてきた地図を頼りZeuSのラボを訪れる。そこで弘が目にしたのは、ビルドブレイズに似たガンプラ「ドラグハートガンダム」だった。諒馬の指示で弘はドラグハートのテストも兼ねてダイバーズで戦うこととなるが―。


次回、創造戦士ガンプラダイバーズSide:Genius
"File.3 初陣DRAGHEART!"

どうだ俺の作ったガンダムは!最ッ高でしょ!!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.3 初陣、DRAGHEART!

[これまでの創造戦士ガンプラダイバーズSide:Genius]
監査法人からの依頼で、ZeuS事件を追うリョウマ・アルキメデスこと水崎 諒馬は常岡 弘という男と遭遇する。彼はどうやら後輩がダイバーズに閉じ込められたと言う、出来事の真相を追っていた。て言うかいきなり殴りつけて来て、意味分かんない事言ってくるし何なのアイツ!はぁ、疲れるなぁ....まぁでも、馬鹿っぽそうだしセンスはまぁまぁあるから利用はできると思うけどね!

と言う訳で第3話、どうぞ!


ダイバーズから戻って来た諒馬は、早速ビルドブレイズの戦闘データを、サーバーから自身のコンピュータにコピーした。ビルドシステムにプールしたガンプラのデータをもとに、ビルドブレイズも相応に手を加えよう考えていた。当然ビルドブレイズはビルドシステムに最適化されている。それ程に手をつけなくてもいいのではと思っていたが、諒馬は何かに気づきマウスのカーソルを止めた。

(対戦機体のデータ取り込みがかなり遅くなっている.....何が原因だ?)

すぐさまキーボードを叩き、コンパイラにコマンドを入力した。すると、ダイバーズにおけるビルドブレイズの稼働状況が表示された。諒馬は食い入るようにモニタリングしているステータスを確認し、各種制御値を紙にメモした。そうしている内に、諒馬は突然手を叩いた。

「あ....コレか!機体の仮想ストレージ!コイツがもうパンパンになったってことか....鬱陶しくて通知消してたのがまずかったかぁ......最悪だ」

ビルドシステムへ逐一対峙した機体のデータを取り込ませるのは、ビルドブレイズそのものの稼働時間を縮める上に、ビルドアップが完結するのに遅れが発生してしまう。そこで諒馬は、機体内部に一時的にデータをプールするための仮想ストレージを搭載することで、ビルドアップ完了までの時間を短縮する方式を考案していた。その結果は良好だったようだが、ストレージである以上その容量は無限ではない。おまけにデータを採取しているのは主に戦闘中だ。残り容量の低下を警告する機能まで付けたにもかかわらず、諒馬自身でそれを停止させてしまった。明らかに自身の判断ミスである。無論、仮想ストレージの容量が一定値を下回ると自動でビルドシステムへエクスポートするようになっているが、フルカスタマイズされたガンプラを相手取った場合、データ一つを取ってもそのサイズは素組のものに比べると遥かに大きいのである。転送するのにも時間がかかってしまうのだ。

「となればビルドブレイズを更に弄ろうたって、イチからやり直しになるんだよなぁ.....あ、そう言やあ確か、常岡とか言う奴がいたな!アイツの機体にでも作り変えとくか....その上で俺の機体も用意すれば、元ビルドブレイズは代替機にもなるし、腐らせずに動かし続けるから、定期的にメンテする事になって面倒だけど......うぉお!!喜んでも仕方ないけどこれなら行ける!」

一人歓喜すると、早速通販サイトを開きガンプラの物色を始めた。素材にできるキットはいくらか持っているが、コアとなる物は新たに用意したかった。弘用にもそれを選別し、注文を確定させた。そして諒馬は到着日までに自分用機体の新たなOSと実物の設計を済ませるのを、携帯電話のリマインダーアプリに記録した。しかし唐突に諒馬の高揚したテンションが、まるでゲーム機のリセットボタンを押したかの如く元通りになった。机の端に置かれている額縁を取り、眉間を押さえながら天井を仰いだ。蛍光灯以外は打ちっぱなしコンクリートの壁。それしかなかった。

「こうしてやって行けば、いつか君に辿り着くんだ....絶対に見間違える事なんてしない....絶対にだ」

 

1週間後。スパーリングを終えクールダウンをする弘のもとに、2つ下の後輩がやって来た。

「あーあ....一歩及ばず、かぁ...先輩やっぱ強いわ」

「ちっと踏み込みが良けりゃ分かんなかったろ?駆け引きも大事だけど、思い切りの良さっつーもんも勝負決めっからよ!」

「にしても先輩本当にダイバーズ始めたんですか?言ってくれれば教えましたけどね」

「何いってんだよ、悠長にやってられないから体当たりでやりながら覚えてくしかねぇっての.....ぁあそうそう、俺運営の奴と知り合いになったわ」

弘が着替えながらそう言うと、後輩はぎょっとして振り向いた。

「え、それマジすか!?」

「けどソイツぁ何も知らなかったんだよ。ただまぁ、目的が同じってんで味方につけた!これで勝ったも同然だぜ!」

「けど藤堂先輩、生きてるかどうかも分かんないんじゃなかったんですか....そんな人がダイバーズにいるって保証ないでしょ!」

「望の奴は必ずダイバーズに居る。何せアイツの叔母さんが最後に見たってのが家の中だってんだ.......しかもあの時ゃアイツはダイバーズにのめり込んでたしよ。じゃなきゃ説明付かねぇ」

着替を済ませ、弘は部室を後にした。その時、携帯電話に着信が入りヘビーメタルの着信メロディが流れた。しかし携帯電話のスリープを解除して見れば、見覚えのない番号が表示されていた。

「.......何だこの番号?まぁいいや、もしもし?」

「ビンゴ!当たったよ〜....はぁ、よかった!!常岡 弘だろ?」

突然名前を言い当てられ、弘は携帯電話を放り投げそうになった。ところが、電話の主の声に若干引っかかるものがあり、そのまま通話を続ける事にした。

「何だよオメェ.....リョウマ・アルキメデス....ってか!?」

「うわぁお!ダイバーネームで呼ばれたの初めてじゃねぇかこれ!?いやぁ感激感激。こないだ協力するって言ったろ?住所はSMSで送っとくから、そこに来てくれ。そんじゃ、SeeYou!」

「おい、待て!テメェどこで俺の番号っ....切れやがった.....」

教えた記憶のない自分の番号を特定して来たリョウマと言う男を、弘は信じられる気がしなかった。敵に回すと厄介な分、タチが悪い。彼から届いたSMSには確かに住所が記されていた。これをGoogleMapで検索し、出発した。

「大学から割と遠いなぁ.....てかZeuSってアレか。望が行きたいって言ってた会社か。まさかあの野郎が居るってのかよ、ひぇぇ....」

電車を何本か乗り継ぎ、ようやく到着した。やはりZeuS社屋の目の前だった。しかし人影を一切感じず、都会のど真ん中と言うの建物の新しさの割には廃墟じみた雰囲気を漂わせていた。弘がきょろきょろと辺りを見渡していると、左奥のドアが開き諒馬が出て来た。

「着いたら連絡しろよ。友達同士だってそうやるだろ?」

「別に俺とお前はダチじゃねぇわ!てかゲームの時そのままじゃねぇか....」

ダイバーズで会った時と、今の彼を比べても顔が何一つ違わなかった。

「何で変える必要あんの?俺はこの通りイケメンで天才だから、それはナンセンスだね」

「うわっ.......自分で言う辺り引く」

正気を疑うような目で見る弘に、諒馬はやれやれと肩を竦め建物の中へ進んだ。やはりまだ新しいという事もあってか、居住感はない。

「ここ会社だったんだろ?何でこうなってんだよ」

「お前知らないのか....ZeuSは倒産してんの。軽くニュースにもなってんだぜ?」

「ぁあ?俺ニュースとか見ねえよ。でも天気予報とかスポーツの試合とかなら普通に見てんな」

「どうでもいいよ、んなもん見たって。大学生がそんなんでいいのかって言いたくもなるよ」

歳が近い人間に、かなり上からの言い方をされるのは弘は気に食わなかった。

「ほぼ同い年の癖にオッサンみてぇな事言ってんじゃないぜ....」

「俺30だよ。再来月で31だ。充分オッサンでしょ」

「はぁ!?お前その見た目で30は無理でしょ!?」

「これでも見たら信じるだろ」

諒馬が徐ろに財布から運転免許を出し、弘に突きつけた。確かに弘の生まれた年の丁度9年前が生年月日となっていた。しかし割に合わぬ程諒馬の顔つきは若く、見る人間によっては弘と同い年にしか映らないだろう。

「えぇ....冗談だろ......」

「人を見た目で判断しちゃいけないんだよ?単細胞君」

「るせぇ!何が単細胞だ!人は多細胞生物だろうが!」

「ムリに背伸びなんかする段階でアホだ」

諒馬と弘は地下のラボにやって来た。ここに来るまでに人の気配はなかったので、本当にここに居るのは諒馬1人と言う事になる。弘はますます諒馬が何者なのか分からなくなった。

「ダイブデバイスは持ってるだろ?お前に試してもらいたい....つーかこれから使わせる機体がこれだ」

諒馬が持ってきた箱の中には、カミキバーニングをベースとしたガンプラが入っていた。肩に青い大型装甲が取り付けられており、その下からフィンとバーニアが顔を覗かせている。アンテナも大型化しており、カミキバーニングが本来持つ勇猛な印象が強まっている。しかし弘はカミキバーニング自体見たことが無かったので、全て諒馬が自作したのだと思ってしまった。

「お前これ作ったのか!?まるで売りもん見てぇじゃんかよ!」

「何言ってんの。これ、カミキバーニングから作ってんだよ」

諒馬は弘の言う事が奇妙に思え、首を傾げた。すると弘もカミキバーニングを反芻しながら、首を傾げる。 弘はガンダムのことは全く知らないのだ。否、アニメなどの文化には然程明るくない位に縁がなかった。

「もしかしてガンダム知らない....?」

「知らねぇ。ガキの頃に見たポケモンとかドラゴンボールなら分かるけどよ.....小学校卒業する時にはもう見なくなったなぁ、そういや。漫画は読むけどそんなんでもない」

「えっ!?じゃあ何でゼノンフェースって、割とマイナーな奴持ってんの!?」

諒馬の言うゼノンフェースに弘はピンと来なかったが、彼から見せられた写真でようやく思い出した。

「俺に向いてるとかって後輩から貸してもらった奴だわそれ。そんなに珍しいのかそれって」

「そりゃあね。けど分からない奴に説明しようが、今の俺にもそこまで余裕無いから置いとく。とにかく操縦が出来て戦えてるなら、今はそれで十分だ」

突然諒馬はテンションを変えて、椅子や机を動かし弘のスペースを確保した。部屋の奥からデスクトップマシンを持ち出して設置すると、弘にも手伝わせた。とは言え弘はコンピュータにはめっきり暗かったので、機材の持ち運びを担った。10分程で設営が完了した。

「これでお前の使える場所が確保できた.....俺の目的はただ戦うだけじゃない。ビルドシステムの完成も兼ねている」

「ビルドシステム?ぁあ!?あのチートかよ」

「チートじゃない、れっきとした仮想空間拡張用のツールだ。元々ダイバーズはリリース当初から、オープンワールドになる予定だった。けどZeuSが運営している間に実装されなかった。これにはビルドシステムの開発に関わる問題が絡んでいると俺は見た」

「いきなり一人で語ってんじゃねぇ、分かるように説明しろ」

諒馬は口をぽかんと開けてしばらく黙り、また肩を竦めて弘用のガンプラをスキャナの上に置いた。

「まぁ、言葉の意味なんて後から調べればいくらでも出てくる。とにかく今お前がやる事は、この機体....ドラグハートガンダムをテストする、それだけだ。ゼノンフェースと同じ、純粋な格闘機だから扱いやすいはずだ。すぐにダイバーズにアクセスして準備してくれ」

畳み掛けるように指示され、弘は不満が爆発しそうになった。だがこの得体の知れない男に迂闊に手を出せばどうなるか、見当もつかない。格闘技のスポーツマンシップのような考えもあり、実行には移さず粛々と準備に取り掛かった。諒馬も新たに作り上げた機体、ビルドレイザーガンダムをスキャナの上に置いた。ガンダムジェミナス01をコアに据え、アストレイ系のフレームやガンダムアスタロトのサイドアーマーを組み込んでいる。腰パーツのみはビルドブレイズから継承しており、現行キットの運動性を手にしている。序に両足もビルドブレイズから引き継いでいる。

「さぁ、実験を始めようか!」

二人は同時にダイバーズへ意識を飛び込ませた。

 

リョウマが予め設定しておいたショートカットツールにより、ビルドレイザーとドラグハートは交流広場第一区画のバトルエリアへ直接転移した。ガンダムファイトの舞台ともなったランタオ島のリングに、2機は降り立った。

「お前も新型用意してたぁ!?」

弘はリョウマが乗っている機体が、以前とは全く異なる姿をしているのに驚きを隠せなかった。

「そのドラグハート、元々ビルドブレイズなんだよ。デチューンしたビルドシステムもあるし、見た目に面影なくても実質同じ機体だ。だから俺も新しいのを用意した....早速やってみようぜ!俺の天才っぷりに酔い痴れるな、これは!」

まず先手を取りに行ったのはドラグハートだ。地を蹴りダッシュしながら、ジャブを当てに行く。それをビルドレイザーは手で払い除けながら踵のタイヤを回転させ、真後ろへ退くとそのままドラグハートの周囲を高速で回り始めた。

「何だよこの動き!?気持ち悪りぃんだよ!!」

ドラグハートがビルドレイザーの来る位置に拳を叩き込むが、既に背後を取られていた。ドラグハートが振り向くよりも早くビルドレイザーがビームサーベルでX字に斬りつけ、再びタイヤを使って素早く距離を取った。

「こんの野郎!!正々堂々と戦えよ!こんなんじゃテストにもなりゃしねぇ!!」

「だからって手を抜いたんじゃ何にもならないだろ?ビルドレイザーだって完成したの昨日なんだから、俺だってテストしなきゃなんないのは同じなの」

ビルドレイザーは一瞬で距離を詰め、ビームサーベルで突きを放とうとした。その刹那、ドラグハートがリアアーマーから刀を抜き放ち、ビームサーベルを弾き返して鍔迫り合いに持ち込んだ。これにはリョウマも驚き、戦意を高揚させた。

「とか言いながらやるようなったじゃねぇか!」

「うるせぇ!条件が同じなら真正面から突破してやろうってんだ!」

ビルドレイザーが左に回り込みビームサーベルで袈裟斬りを仕掛ける。そこへドラグハートが刀を振り抜き弾き返す。だがビルドレイザーは弾き返された反動を利用して昇竜斬りを見舞った。しかしドラグハートも負けじと反応し、ビルドレイザーの腕を掴んで地面に放り投げた。

「いやぁ、流石本職は凄いなぁ....だったらこっちも本職を見せてやるとしますか!ウェポンビルドアップ!」

ドラグハートが刀を最上段から振り下ろすが、ビルドレイザーは一歩も動かなかった。ビルドレイザーの双眸が光を放つと、機体の周囲にファクトリーが形成されドラグハートを弾き飛ばした。

「ぁあ!?それ使うのか....いや、待てよ。俺のにも積んでんだよな!っしゃあ!ウェポンビルドアップ!」

ドラグハートの周囲にも同様のファクトリーが作られ、武器を形成した。ビルドレイザーはやや小ぶりなバヨネット付きのビームライフル、ドラグハートはタクティカルアームズの柄に細い刃が付いた剣を手にした。ビルドレイザーが持っているのが如何にも武器だったが、ドラグハートが手にしているのは、かなり貧弱そうに見える得物だ。これには弘はがっかりした。

「何だよこれダッセぇな!?」

文句を言われ、リョウマは口を尖らせた。

「ダサいとか言うなよ、その武器はドラグハートのメイン武器みたいなもんだからさぁ。さて、ビルドライフルの実験を始めようか」

ビルドレイザーがビルドライフルを数発放った。引き金を引いた瞬間にドラグハートが大きくよろけた。装甲にはかなり小さな穴が空いていた。

「何だ今の!?撃たれたのか俺!?」

「まぁ、弾速は今の所最高クラスだと思うよ、これ。ホラホラ、反撃しないと穴だらけになるよ」

「やってやらぁ!!」

ビルドライフルの光弾を突っ切り、ドラグハートは貧弱そうな剣"ストームブレイド"を振り上げた。ビルドレイザーが素早く反応し、ビルドライフルのバヨネットで弾き返すが、何かに押されたような形で僅かに後ろへ下がった。

「お....ぉお!?思ったより威力ある!!」

「言ったろ?俺の天才っぷりに酔い痴れるってな!どう?最っっ高でしょ!うわぁ!?ちょっと、少しはドヤ顔させろよ!」

「んな事知るか!!一泡吹かせるまでよ!」

ドラグハートが刀とストームブレイドの二刀流でしつこく斬りかかる。斬撃の数々をビルドレイザーはひょいひょいと躱し、ビルドライフルの銃口をドラグハートの顔に向けた。

「これでチェックメイト.......何だ....?他の熱源反応?」

「何か警報鳴ってんな....おい、リョウマ!アレ....じゃねぇのか!」

ドラグハートの指差す先を見ると、真紅のMSが空中から見下ろしているのを目にした。特徴からすると、ガンダムスローネ系とヴェイガン系だと推測出来るが、ジャミングされているのか何度モニターの解像度を上げてもその姿をはっきりと、視認することが出来なかった。

「何だ、アイツは........」

地上から見上げて硬直する2機のガンダムを前に、真紅のMSのダイバーは愉しげに微笑んだ。

「成程、彼がそうなのですね?あなたの大事な物を頂きます。この、ノアールロータスで.....うふふっ....」




[次 回 予 告]
テストを終えて交流広場に戻って来た、諒馬と弘に接近する謎の美女。ミステリアスな雰囲気を持ちながら気さくに接する彼女に、弘はテンションが上がってしまう。だが諒馬だけは彼女から感じる、違和感を拭えずにいた。果たして謎の美女の正体とは。

次回、創造戦士ガンプラダイバーズSide:Genius
"File.4 MYSTERIOUSな一輪の薔薇"

あんな綺麗でいい人が何だってんだよ諒馬!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.4 MYSTERIOUSな一輪の薔薇

[これまでの創造戦士ガンプラダイバーズSide:Genius]
ZeuSの監査法人から依頼を受け、事件の真相の調査に出たガンプラダイバー"リョウマ・アルキメデス"こと水崎 諒馬は、ダイバーズに後輩を奪われたという男、常岡 弘と出会う。諒馬はビルドブレイズガンダムのデータをフィードバックする際に、機体のモデルチェンジを思いつく。弘用にカミキバーニングガンダムをベースに、デチューンしたビルドシステムを搭載したドラグハートガンダム、そして自分用に新たにビルドレイザーガンダムを製作した。弘を呼び出し、それぞれの機体のテストを兼ねた対戦を始めるが、それを監視する紅い影の存在があった。あーあ、頭で考えない奴がいるとやっぱり大変だ。教えなきゃいけない所が山積みって、何の冗談だ?

さて気を取り直して第4話どうぞ!


ビルドレイザー達を見下ろす真紅のMSは、音を立てずに華麗に着地した。シルエットからするとスローネドライだが、ファルシアや煌ギラーガのパーツと棘のような装飾も見られ、まるで薔薇のようであった。二人のMSのモニタにも機体名が表示された。

「ガンダムノアールロータス.....?ガンダム顔でもないのに....?」

「何だよアイツ....」

弘は目の前のMSから放たれるプレッシャーを肌で感じ取ったのか、額から汗が吹き出た。直感的に、あのMSは危険だと分かる。しかし、真紅のMSから聞こえる声が二人を驚かせた。

「結構、いい機体に乗っておられるのですね?お手柔らかにお願いしますね....ふふっ」

「めっちゃいい人じゃねぇか...」

ミステリアスでありながら、男心に突き刺さるような声音。弘は思わず接触したくなったが、ビルドレイザーの手がドラグハートを押し退け、我に返されてしまった。

「おい、リョウマ!」

「間違いなく今の様子を見られている。今のうちに叩く!」

リョウマは照準をノアールロータスの頭に合わせ、トリガを引いた。ビルドライフルから放たれる、超弾速のビームがノアールロータスの顔面に命中するが、相手はそれを意に介さず飛び上がり、リアアーマーから茨めいた剣を引き抜き真上から斬りかかってきた。ビルドレイザーはドラグハートを押し退けてこれを回避、ビルドライフルを数発放ちながら距離を取る。ノアールロータスのダイバー、ジプシーはロックをビルドレイザーからドラグハートへ切り替え、ペダルを踏み機体を加速させた。

「今回はそうですね....様子見のつもりですから、こう立ち回りましょうか」

ノアールロータスが茨の剣を左右から挟み込むように振るった。ドラグハートは片方の剣を刀で弾き返し、右にステップして一気にダッシュして距離を詰めた。

「声から分かるぜ美人さんよ!不意打ちなんて罪な事するもんじゃねえ!」

「あらあら....お熱い心をお持ちなのですね?そう言うのも、好きですよ?」

「えっ....!?ぁあっ!?」

ドラグハートが刀で突きを放つ既のところで、ノアールロータスは流麗な身のこなしで相手の背中に乗り上げ、そのまま背後を取ると茨の剣の電磁拘束を解き、鞭のようにしなる得物を振り抜きドラグハートに叩きつけた。

「さて、これは見たことがないでしょう!」

「何だよ今のは.....!」

「あの馬鹿何してんだッ!?」

ビルドレイザーがビルドライフルを撃ち、ノアールロータスの注意を引いた。ノアールロータスが振り向いたタイミングでビルドレイザーは、ライフルを撃ちながら脚部タイヤを使った高速移動で接近する。ノアールロータスは茨の剣を鞭と剣に切り替えながら、光弾を跳ね返し接近を拒むが、ビルドレイザーの速さが一歩上を行った。ビルドレイザーが鞭の一撃を躱して、回し蹴りをノアールロータスの膝に叩き込んだ。ビルドレイザーの踵のタイヤには、微細な刃が無数についている。それが高速で回転しながらぶつけられるとどうなるか、想像に難くないだろう。ノアールロータスの膝装甲が斬り裂かれ、内部のフレームまで抉った。そのまま逆方向に回し蹴りを頭にぶつけ、大きくよろけさせた瞬間にドラグハートを叩き起こし、体勢を立て直した。

「これは中々痛々しい攻撃ね....貴方もしかして、そう言う人?悪くないかも知れませんね?」

かなりの痛手を負ったにも関わらず、ジプシーは余裕有りげに艷やかな笑みを浮かべた。

「何が言いたいんですか、あなたは。さっきの様子を見られたからには、放っては置かない!」

「え?さっきの様子って何の事でしょう?ごめんなさいね、このノアールロータス.....ロック距離が短い格闘機だから遠くの物はよく見えなくて」

ジプシーはやや申し訳無さそうに弁明するが、リョウマはそれを信じる気はなかった。彼女がただのダイバーとは到底思えないのだ。

「常岡!ストームブレイド、貸せ!」

「ビルドアップすればいいだろ!」

「馬鹿野郎!!」

ビルドレイザーはノアールロータスを蹴り飛ばすと、ドラグハートからストームブレイドを引っ掴んで分捕ると柄の上部にあるレバーを、上下に動かした。すると刀身から竜巻のような物が生まれ、それが段々刃に沿う形で細くなった。

「はぁああああああ!!セイヤァアアアーーーッ!!」

「これは....!?」

ノアールロータスが振るう鞭を切り落とし、勢いを殺さぬまま居合斬りで胴体を両断した。そのままノアールロータスは爆発によって四散し、勝負が着いた。

「今の彼女を逃すとマズい....常岡、行くぞ!」

「ちょっと待てよ!何で俺の武器を奪ったよ....!?」

ドラグハートに肩を掴まれるが、ビルドレイザーはそれを払い除け両方ともバトルエリアから転移した。

 

交流広場に戻ると、女が一人待っていた。声から察した雰囲気からして、彼女は間違いなくノアールロータスのダイバーだ。黒くウェーブのかかったセミロングの髪に、清楚さと妖艶さを見事に両立した顔立ち、黒いノースリーブブラウス、ベージュのバギーパンツと言った出で立ちをしている。

「お手合わせありがとうございました。とても楽しい戦いでした」

女はリョウマらの近くに歩み寄り、ペコリと礼をして微笑みを振りまいた。これに弘は完全に心を射抜かれた。

「まさかあなたの様な女の人でもここまで戦えるなんて、素直に尊敬っすわ!ちょっとフレンドにでも....えっと、ジプシー・ノアールさん」

弘がジプシーと握手しようとしたが、リョウマからの鋭い視線を感じあえなく手を引いた。しかし、彼女のステータスを見た所あるものが目に留まった。リョウマと同じ、銀の歯車のアイコンだった。つまり彼女もまた運営側の人間という事になる。

「運営の人間が、どうして平然とメインのアカウントでここを彷徨いているんですか」

リョウマの質問に、ジプシーは困ったように笑った。

「私もダイバーズは好きなので、息抜きに遊ぶ事はしますよ?」

「.....本当にそれだけですか」

ええ、もちろんとジプシーは頷く。弘はリョウマの肩を叩き、呆れたような顔で嗜めようとした。

「やめとけよ、ジプシーさん別に悪い人じゃねえだろ?こんだけ礼儀正しくてさ....さっきのアレはたまたま迷い込んだかもしんないだろ?」

「お前にはそう映るかもな。何も知らないからそう言うことが言える」

踵を返し去ってゆくリョウマを弘は大慌てで追いかけた。それを小さく手を振ってジプシーは見送ると、ウィンドウから紅茶を呼び出し近くのテーブルの席に座った。

(アレがZeuSの水崎 諒馬......想像以上に危ない人ですね、彼は。アーネストがここを担っていると言うのに、ZeuSの亡霊がまだここにいるなんて現状は、打破しないと行けませんね)

足音が近づいてきたので、振り向くとグロックが「よっ」と手を振りながらやって来るのが見えた。

「私の作戦中なので、邪魔は控えてもらえます?」

ジプシーがくすりと笑いながらコーヒーをウィンドウから呼び出し、彼に差し出した。グロックは彼女の隣に座ると、コーヒーを一口飲んだ。

「随分と躍起になってるもんで?アレが、水崎 諒馬と常岡 弘か」

「何の繋がりもないのに、何故それを...!?」

「シューインの旦那から聞かされたのさ。そんな事より、拾えたんだろ?見せてくれよぉ、ジプシーちゃん」

ジプシーの質問の真意を見抜いたか否か、グロックに躱され軽くため息をついた。

「外から観測した程度ですが、ビルドシステムは形成の精度が上がっているようですね。ですが前とは違う機体を使っています」

「そりゃあそうだろ。ビルドブレイズの事ぁ、結構目に触れるような動きしてたもんなぁ。今のアイツの立場じゃ、派手に暴れまわって誰かの目の敵になるのはリスクでしかない。て事はアイツの拘束も解いとくか」

「アイツって.....あの子は水崎 諒馬への切り札では?」

釈然としないジプシーに、グロックは舌を鳴らしながら指を振った。

「そうだよ。けど、俺はもう一つの方法を思いついた。おっともう時間か...Ciao!」

グロックが何かを思い出したかのように転移し、この場から姿を消した。

「シューインが呼んだというあの男....掴めなさ過ぎる....」

ジプシーはグロックの座っていた椅子を睨む様に眺め、紅茶を口に含んだ。

 

「おい.....おい!!お前今のはどう言うんだよ!?俺から武器取った事も、ジプシーさんにガン飛ばしたりしたのも!なんも説明してねーじゃねぇか!」

弘は先程からのリョウマの態度が気に食わず、我慢の限界を向え胸倉を掴み壁に押しやった。だがリョウマは壁に押し込まれる前に足払いをして転倒させ、その勢いを利用して脱した。

「お前から武器を借りたのは、ストームブレイド自体ドラグハート固有の武器として、インプットしているからだ。ジプシー・ノアールは見るからに怪しいから信用出来ない。恐らく俺たちが気づくよりも結構前から観察していたはずだ」

「見るからに怪しいって、あんな良さげな人がそう見えんのかよ!」

「発情期の猿みたいに暴れるなよ、面倒だからさ。運営の人間が何の用もなしに、ダイバーズにやって来るなんて普通は有り得ない。運営体制が変わってから、それが更に厳しくなっているのに、ジプシー・ノアールはそれをすり抜けて俺達の前に現れた。これは何か裏があるはずだ」

ZeuS運営時代から、運営と開発に関わる人間がダイバーズに入り込む行為は原則として禁じられている。それは現在も変わらず、規約として存在しているのだが、ジプシーと言う女が何のマスクデータも使用せずにダイバーズを訪れリョウマと接触した。これはリョウマからすればかなり恐ろしい事で、真意を疑わざるを得なかった。開発者にもプレイする権利は当然ある為、特例として同じパーソナルデータを使い別個のアカウントを用意する事もできる。その場合、例のアイコンは表示されないものになるが、その方法から考えても彼女はメインで使用しているアカウントでダイバーズに入ったという事になる。唯一例外があるとすれば、広報スタッフだがそうした場合別の運営アイコンが表示される。よってこの条件も除外出来る。

(俺が特例措置でここに来れているのは、その理由も含めてアーネストの連中だってよく知っているはず....そんな奴らがなぜ規約を破ってまで俺達と接触を.....?)

1人思考するリョウマを他所に、弘は路地裏を抜けて公園エリアに向かった。粗相をしたリョウマに代わってジプシーに謝罪しようとしたが、それまでいたはずの場所には彼女の姿は無かった。

「あ〜こりゃ完全に警戒されたかも知んないなぁ....これも目的から外れんなって意味なのか....」

弘はとぼとぼと公園の外周を歩きながら、マッチングを開いた。

 

「よぉ、旦那!早速で悪いが奴を解放するぞ」

巨大プラズマボールの陰からグロックが現れ、シューインの肩を指で突いた。何かを実験していたらしく、シューインはノートマシンを閉じた。

「どういう意味です?当初の計画から大きく外れる事になると言うのに」

「奴を見つけた時、旦那は"水崎 諒馬と関係のある人間だ"つったよな?今の内に娑婆に放り出しときゃ、奴さんを仕留めるのがぐっと楽になる」

グロックがポケットから出したのは、パッチ型の発信機だった。それを見たシューインは眉を顰めた。

「あなたにはそれが必要ないはずでは?」

「そりゃそうなんだけどよ。のっけから怪しまれちゃ話になんねぇだろ?キー、借りてくぜ」

グロックはそう言うとラボのドアを開け、地下へ続く階段を降りた。かなり暗く、足場もぼんやりとしか見えないがグロックは何の迷いもなく、スタスタと階段を降りていく。

「しっかし、旦那もいい趣味してんねぇ。ダイバーズの地下、SECTORを再開放してんだからよ....あの中に内包してるもんを使えば、水崎 諒馬だけじゃない。ブルームーンとか言う厄介な連中だって排除出来る。自分が手を下さなくても勝手に、作戦の下地は出来上がるってんだから.....さてと、今から女の子を口説くんだ。ちと格好ただしとくかね」

グロックはポケットからアトマイザーを出し、服に軽く噴霧した。ほのかなシトラスの香りを纏い、目的の部屋へ足を踏み入れた。床から青いスポットライトが1機のMSを照らしている。四方の壁から白いレーザーが機体に刺さっており、拘束しているかのようであった。否、この部屋に仕掛けられている機能によってこの機体は、コントロールを封じられているのだ。グロックは機体を見上げると、両手を広げ愉快そうに笑い、発信機付きのパッチを投げて取り付けた。

「結構早くなったが、おはようさん。今日がお前の復活日だ」

白いレーザー光が消え、次に青いスポットライトが消えた。そして天井の照明が点灯し部屋は再び青の光に染まった。

「ガンダムAGE-1 ナイトシーカー....だっけか?んで、比良坂 舞夜。これで晴れて自由って訳だ!」

グロックの声がコクピットに反響し、パイロットたる女が痛みに呻きながら瞼を開けた。深い紫の髪と瞳に、病的なほど白い肌。オリーブ色のミリタリージャケットに紫と黒のボーダーシャツ。そして黒いスキニーパンツの姿をしている。しかし彼女の体の至るところから機械の駆動音めいた音が聞こえる。機体が正常稼働を再開したからそのような音が聞こえたのか、比良坂 舞夜にはどうでも良い事だった。機体と同時に目覚めたのか身体を満足に動かせず、息も荒くなっていた。彼女の目はじっと、モニターに映るグロックを睨んでいた。

 

ある日。都内にあるカフェに、一人の少女がやって来た。黒く長い髪をサイドテールに纏めた、ごく普通の少女である。名を"白鳥 奏"と言う。店の中をしばらく歩いていると、目的の人物を見つけその席へ向かった。席に座っているのは、ノートマシンをで何か作業をしているハンチングキャップを被った、銀髪の女だった。

「神宮寺さん、お久しぶりです!電車の遅れで急に時間ズラシをお願いして、すみませんでした...!」

黒髪の少女に声をかけられ、神宮寺と呼ばれた銀髪の女は画面から顔を上げた。

「あ!奏ちゃんおっ久しぃ!どーせ今日はオフ取ってるし、別にいいよー」

神宮寺 英梨。週刊誌を刊行している"ROMANESQUE"と呼ばれる会社に所属する、記者である。彼女の取材範囲は非常に多岐に渡り、政治からゲームまでを網羅する。かつては"JOKER事件"、"ZeuS事件"と言ったガンプラダイバーズにて発生した事件を取材していた。英梨は「うりうりっ!」と言いながら奏の髪を強めに撫で、ノートマシンを彼女に向けた。

「この人です!私を助けてくれた人....!でも、何でこの人だって行き着いたんですか?」

奏が画面に映る写真を見て、手をパチンと叩いた。英梨は一度ノートマシンを自分に向け直し、再び奏に見せた。

「ダイバーネーム リョウマ・アルキメデス。本名は....水崎 諒馬。今はもう無くなってるけど、ZeuSって会社で研究員をしていたみたいね。会社更生手続きはして、今は賠償負債を清算しているらしいけど、それも先月で完遂の目処が立ってたってのよ。その上でこの人は何故か動き出してる。ZeuSの人間としてね」

「ZeuSって確か、前にダイバーズを運営してましたよね?潰れてなくなったんじゃないんですか?」

「登記上も消滅してるから、法人格としても終焉ね。とは言え事件後からかなり間を開けてるって....何かありそうよね」

説明をする英梨は何処か楽しそうだが、奏は少し気が重くなりそうだった。テレビのニュースで少し知った事だが、自分の知り合いが犯人扱いされていた。更には、親友の一人からダイバーズでの交流を絶たれてしまった。どれもこれも事件を起こしたZeuSが原因としか思えなかった。そして自分を救ってくれた男もまた、ZeuSの人間であった。

「あ....ごめんね、奏ちゃん。怜ちゃんの事思い出させちゃった?」

英梨から心配げに見つめられ、奏はゆっくりと首を振り力なく笑った。

「あの娘は、自分の使命を自覚しただけだと思いますから....きっと、皆の為に戦っています....ブルームーンとして」




[次 回 予 告]
ROMANESQUEの記者、神宮寺 英梨から情報を得て白鳥 奏は遂に諒馬との接触に乗り出す。彼に助けてもらった事への礼と、行動の目的を知る為にZeuSの元社屋を訪れる。そこで諒馬と邂逅するが―。

次回、創造戦士ガンプラダイバーズSide:Genius
"超高速のMASTERPIECE"

私も真実を知りたいんです!全ての真実を!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.5 超高速のMASTERPIECE

[これまでの創造戦士ガンプラダイバーズSide:Genius]
ZeuSの元社員にしてガンプラダイバーズ開発者の水崎 諒馬は、常岡 弘とのテスト試合の最中、ノアールロータスと言うMSの襲撃を受ける。その後、ノアールロータスのダイバーであるジプシー・ノアールと出会い弘は和解する気でいたが、諒馬は妙な引っ掛かりを覚え和解を破棄した。彼女がアーネストの人間であれば、まず警戒しなければならないのは明白だった。なぁ弘って女好きなのか?後輩取り戻さなきゃなんないのに、現抜かしてどうすんのさ?世話しか焼けないよホント....という訳で第5話行ってみよう!


奏は英梨から得た情報をメモに書き記し、急いで帰宅した。

「水崎 諒馬....この人に会えるかな....」

手元に持っていた端末の電源を入れ、専用アプリを起動した。テーブルに置かれたバイザー型の装置も頭に取付け、いよいよ奏はダイバーズへと飛び込んだ。最初にあった時のような、あっけらかんとした諒馬の態度から、きっと大丈夫な人だと期待した。

 

「ここへはやはり立ち入れないか」

リョウマが訪れたのは、交流広場第4区画であった。石畳が広がる中世ヨーロッパ風の景色が特徴的だが、リョウマの目的はそこには無かった。街を外れて程近い場所に、海に向かって伸びる岬がある。そこから望む海には、クリスタルで出来た大樹が聳え立っている。しかし岬へ足を踏み入れようにも、システムからの拒否が発生してしまう。リョウマがあの大樹を気にするのには理由があった。"JOKER事件"と称される、騒動が終息してから1ヶ月後に、諒馬は当時のZeuS社長"百崎 翼"の命により、大樹周辺の調査を行っていた。この頃はまだ封鎖されていなかった為、何の問題もなく調査が出来た。そこで発覚したのは、大樹が海底から伸びている訳ではなく、その地下深く、ダイバーズの中枢たるSECTORエリアまでも貫いていた事だった。ガンプラダイバーズの稼働その物には影響しないが、これが後々セキュリティホールになる可能性が高い。諒馬は即座に大樹の周辺区域を封鎖指定し、彼を含めた数人の開発者に限定して進入できるようにした。しかし次の"ZeuS事件"の影響で、運営体制は大きく変化した。企業連合の一つ、アーネストホールディングスがその後を引き継ぐ形となったが、封鎖指定エリア自体も維持されていた。よって、今のリョウマがそこへ踏み込めなくなったのは、体制の引き継ぎに併せ、アーネスト側が権限その物の変更を行ったと見て間違いない。

「ここともう片方を押さえたら.....後はビルドシステムを完成させるだけなんだ。彼女を取り戻す為にも.....」

リョウマが踵を返し別の区画へ転移しようとした矢先、目の前を通りかかった男に呼び止められた。中年そこらと思うが、それにしてはかなり若々しく見えた。ダイバーネームを参照すると、"グロック・ルーツ"と表記されていた。

「あ、君!ちょいと頼まれてくれないかな?」

「何ですか?」

「実はちょっと教えて欲しいことがあってさぁ....おじさんちょーっとガンダムが懐かしくて、これ。始めたんだけど、何か皆強すぎてボコボコにされちってな?そんで上手い戦い方を教えてくれる人いねーかなって探してたんだよ」

グロックが頭を掻きながら力無く笑った。確かにランクは初心者相当で、いきなり戦い始めたのでは痛い目を見るのはよくある話だった。しかしリョウマには、悠長に指導するような時間も無かった。他を当たってもらうしかないと判断し、立ち去ろうとした。

「申し訳ありません、俺急いでますんで」

「そこを頼むよ!こんなおじさんに手解きしてくれる人なんて、見つかるはずないんだからさ!」

「.......分かりましたよ。でもそんなに長くは教えられませんからね」

グロックはリョウマの指示に従い、彼に直接対戦を申し込みバトルエリアへと転移した。

 

バトルエリアとして選ばれたのは、砂漠である。これにはリョウマも「うげっ」と声を漏らした。何しろ大抵の機体は、砂地対策を施していないのが大半だからだ。

「最悪だ....よりにもよって砂漠かよ....」

リョウマは僅かな岩盤にビルドレイザーを着地させ、砂地に適応した物をビルドアップしようとした。

「ユニットビルドアップ!」

リョウマの宣言と同時に、ビルドレイザーの両足に光が集まり、ドムの足を機体に合わせて、ダウンサイジングさせたものが形成された。これによりホバー移動が可能になり、砂地でも機動性を失うことが無くなる。

「いやぁ、お待たせリョウマ先生!どうよ、これが俺の愛機だ。つってもただのウヴァルだけどは?」

目の前に着陸したMSは、真っ黒な装甲に身を包んだガンダムフレーム機だった。確かにグロックの言う通り、ガンダムウヴァルその物であるが、元々左右非対称だった姿から、見事に対称になるよう揃えられていた。右肩に配置されたシールドも左肩にも付いていたのが、証拠である。リアアーマーには長身の刀、右手にはライフルを装備していた。恐らく彼なりにダイバーズについて調べ、行き着いた結論なのだろう。

「バランスは良くしてるんですね?」

「左右非対称が気に食わなくてなぁ....先生の機体は見たこと無いやつだな....最近のか?」

「いえ....どれもかなり昔ですけど」

明らかに年上の人間から先生呼ばわりされ、リョウマは内心やり辛さを感じた。とは言えただ戦いの手解きをする為だけに、ビルドアップを使うわけには行かないと考えた。

「それで....何を知りたいんです?」

「接近戦やりたいけど、中々剣が当たらねぇんだよ。簡単に防がれちまって、戦いにならないもんでさ」

「だったら、それからやりましょうか」

ビルドレイザーが岩盤から降りる。グロックは顎に手を当てそれを眺める。

(口調だけは明るくても警戒はしてんだな....気付かれたなんて事はねぇだろうし....頃合いを見て適当にぶっ飛ばしてヅラかるか)

ビルドレイザーがバックパックから、ビームサーベルを引き抜くのに合わせ、ウヴァルもライフルをシールドにドッキングし、リアアーマーから剣を取った。そして互いに急加速して接近戦の間合いに入った。ビームサーベルと剣がぶつかり合い、火花を散らした。ウヴァルが最上段から剣を振り下ろすが、その速度はリョウマから見ても、かなり迷いのある物に感じられた。ビルドレイザーは砂地を滑り後退すると、ウヴァルの剣の先を、ビームサーベルで跳ね返した。

「思い切りが良くないですよ。躊躇いがある」

「思い切り?んー、全力のつもりだったんだがなぁ」

「相手が俺だからでしょうけど、戦いなんて何も待ってはくれませんからね」

ビルドレイザーは砂塵を巻き上げながら、ウヴァルの真正面に突入、ビームサーベルを左に振るった。ウヴァルはすぐに対応できたのか右肩のシールドで跳ね除け、すかさず袈裟斬りを仕掛けた。これもビルドレイザーは、ぐるりと斬撃の軌道を避けて突きで切り返した。

「先生容赦ないねぇ....!おじさん、ワクワクしてきたよ」

「そりゃ、どうも....!」

ウヴァルが剣でビームサーベルを押しのけ、今度はビルドレイザーの胴を斬り上げた。しかし、ビルドレイザーの反応が速く、容易くビームサーベルで跳ね返されてしまった。だがグロックは舌で唇を舐め、思考を一瞬だけ切り替えた。ウヴァルの剣が凄まじい速さで振り上げられ、ビルドレイザーのフロントアーマーに裂傷を刻んだ。リョウマはウヴァルの太刀筋が一瞬、別物になったのかと愕然とした。

(今の....まぐれか!?)

ビルドレイザーが困惑しているのか、じりじりと後退するのを見て、グロックは小さく舌打ちをした。

(今ので警戒するのかよ.....確かに旦那の言う通り。かな〜り勘が鋭いみたいだな)

ウヴァルが突然ダッシュし、ビルドレイザーの顔面めがけ左手を突き出した。リョウマはそれを見た瞬間、本能的にビルドアップを選択しそうになった。何しろ、ウヴァルの左手は通常のガンダムフレームの、マニピュレータではなかったからだ。指先に鋭い爪を備えた、立派な武器である。ビルドレイザーは咄嗟に、リアアーマーからビルドライフルを引き抜き、ウヴァルの腹部に接射した。しかし相手はガンダムフレームである。ゲームでの制約があるとは言え、並大抵のビームは無効化される。だがリョウマとしては、衝撃で跳ね飛ばしてしまえばそれで良かった。

「へぇ....たった一瞬の事でそう対応すんのか。凄えよ....水崎 諒馬君」

グロックがいきなり本名で呼び出し、リョウマは動揺した。どこかで会った記憶もなければ、諒馬自身が、そこまで噂になるような人物でも無い。だがグロックの口ぶりから察するに、当てずっぽうで言い当てたのでは無い。

「何で俺の名前を....!」

「何でって....まぁ、俺もアーネストの社員だから?あぁこのアカウントは仕事用じゃないんで、お咎め無しで頼むよ?」

「アーネストの刺客....!?だったら俺の事を知っててもおかしくは無いけど、邪魔をするのは一体何だって言うんだ!」

ウヴァルは数歩歩き、ビルドレイザーを指差した。

「そりゃ決まってんだろ。個人的に興味があったのさ。ガンプラダイバーズを作った、初期からの開発メンバーってどん位強いのかってね」

「ただそれだけの為に騙してまで....理屈が分からないな」

「おじさん....正々堂々とか、そう言うの苦手なんだわ」

突然ウヴァルがビルドレイザーの背後に現れ、左手で勢いよく掴みかかってきた。リョウマは容赦する必要が無いと、ビルドシステムを起動した。

「だったら容赦はしない!ウェポンビルドアップ!」

ビルドレイザーの左腕に粒子が集まり、形成したのはグフカスタムのガトリングシールドだ。これでウヴァルの爪を防いだ刹那、見覚えの無い機体が乱入してきた。

「水崎さん、危ない!!」

目の前を槍が猛スピードで突き抜け、リョウマもグロックも思わず声を上げた。

「「何だ!?」」

砂煙の中から出てきたのは、赤いF91だった。背中から伸びるのはヴェスバーではなく、V2のにも似たブースターユニットだ。ビルドレイザーのモニターには、"ガンダムF91-M"と"スワン・マスターピース"と表示されていた。

「思い出した!君はあの時の?鶴の恩返しってこの事か!?」

リョウマはダイバーネームから、先週出会った少女を思い出した。当時はビルドブレイズを使っていたのだが、それとは似ても似つかないビルドレイザーを見てリョウマだと判断出来た、彼女の勘にも恐ろしさを感じた。

「加勢が入っちまったら面白かねぇな....騙して悪かったな、水崎君。それじゃ、Ciao!」

ウヴァルは後ろにステップすると、電子の揺らめきと化して姿を消した。あっさりと引き下がったのはスワンにも予想外で、「あれ?」と首を傾げた。気を取り直し、機体を振り向かせビルドレイザーと対面した。双方のモニターにミニウィンドウが表示され、互いの顔が映し出された。

「すいません突然....あの、私。こないだのお礼がしたくて」

「そういう事だろうと思ったよ。義理堅そうだもん、君。助けられたのには感謝するけど....」

リョウマはF91-Mをじっと見据え、ビルドライフルを向けた。スワンは突然の出来事に衝撃を受け、目を丸くした。

「待って下さい!私....何か気に障る事をしましたか?」

「いや。君は何もしていないが、見てしまったんだろう?だったら君もただでは置かない。今誰かにこれを見られるのは...一番危険だからな」

ビルドレイザーが左腕のガトリングシールドを掲げた。スワンはしまったと唇をきゅっと結んだ。黙り込んだのを機に、リョウマは確信した。彼女にビルドシステムの一端を見られていたのだと。

「悪く思うなよ、スワン・マスターピースさん。...あ、その前に一つ聞かせてほしい。何で俺の名前を知っているんだ?」

「知り合いの人に聞いたら、そうだって」

「その人.......神宮寺 英梨って言う人だろ?」

「えっ....どうしてそれを....」

驚くスワンを他所に、リョウマは恨めしげにコンソールを睨んだ。

 

遡ること4日前。諒馬はある人物に電話でコンタクトを取っていた。ZeuSの経営陣による記者会見で一度あった事があり、その際に名刺も交換していた。ROMANESQUEの記者、神宮寺 英梨である。

「突然のご連絡失礼致します。ZeuSの水崎と申します」

「はい神宮寺です。....あ、水崎さんと言えば、あの記者会見以来でしたよね。どのようなご用件でしょうか?」

「電話口だと話すことが多過ぎるので、一度どこかで直接お話できればと思いまして」

「そうですねぇ〜....15時からは完全にフリーになります。その時間からなら」

そして諒馬と英梨は渋谷駅前のカフェで合流し、そのまま適当なテーブル席に座った。店員に注文しながら、諒馬はバッグからクリアファイルを出してテーブルの上に置いた。英梨は不思議そうな顔でクリアファイルを手に取り、中の書類に目を通した。

「これって....過去のアーネストの決算報告書ですね。どうしてあなたがこれを?」

「アーネストホールディングスは、今はZeuSを核としていた企業連合の中心を担っています。ですが5年前に不祥事を起こしている。そのアーネストが、いきなりそんな立場になったのが不思議だったもので。IR情報を参照すれば、簡単に手に入りました」

「5年前の不祥事....唐突の大量リストラと粉飾決算ですか。確かあれは私は取材はしてませんが」

英梨も何となく覚えていた。アーネストはかつて大規模な粉飾決算を行い、内部告発した社員を始め、大量リストラを強行した事件を起こした。これは業界再編さえ予見されるような事件だったが、何の変動も起きずにアーネストが仮想世界企業連合のトップに躍り出た。これには英梨も裏があるのではと考えていた。とは言え当時の英梨は別件の取材に回っており、詳しい事までは分からない。

「恐らくアーネストはZeuSの持つ資産を全て買収して、企業連合その物も吸収するつもりです。会社そのものは消滅しても、それを継承して海外の子会社に財産を分散させてますからね....今のアーネストにはそれらを回収する力がある。もしそれが達成された場合...」

「序列はあれど均衡を保っていた企業連合が解体され、アーネスト単独でガンプラダイバーズを管理運営する.....」

言いながら英梨は、頭の中である仮定が出来た。しかしそれは突飛にも程があるものだった。だが諒馬はそれに気づき、頷いた。

「業界の独占が始まる。となると、独禁法に触れるからアーネストの信頼も落ちる。最悪の場合、ガンプラダイバーズその物も終わりを迎える事になる。だからあなたには、アーネストの過去の不祥事の真相と、今の彼らがなぜその様なことをしようとしたのか。それを調べて頂きたいんです。私もダイバーズ側から可能な限り調査します....尤も、監査法人からの命が先に来てしまった、ですが」

ダイバーズの終焉。英梨はふと脳裏に、ある少女の事が過ぎった。彼女にとってかけがえの無い居場所となった、ダイバーズをこのような事で失わせたくなかった。しかし英梨の立場では、独自に動き出す事さえかなりのリスクを伴うのもまた事実だった。そしてZeuSが消えたにも関わらず、諒馬はZeuSの人間を名乗っている。これも手伝い、英梨を踏みとどまらせた。

「個人からの取材依頼はお受けできません.....申し訳ございません。ですが機会があれば取材はして行きます。この件は一度持ち帰らせて頂いても?」

「どうぞ。それは元々そちらへお渡しする物なので」

 

リョウマとスワンは交流広場第1区画に戻って来た。どうやら先に弘が野試合から戻って来ていたらしく、リョウマが少女を伴って戻っだのに面食らいつつも、不機嫌をむき出しにしていた。

「お前も隅に置けねぇな」

「何の話だよ?この娘はよく分からないけど、訳アリっぽい。俺の本名を知ってた....ネチケットもプライバシーも、へったくれもあったもんじゃない」

リョウマが弘の隣に座り、テーブルに肘をかけた。スワンは申し訳なさげに頭を下げた。

「ごめんなさい....!水崎さんのダイバーネーム、忘れてしまったので....やむを得ず...」

「いいんじゃねぇのか?別に本名知られたくらいで、何か起こるわけでもないんだしよ。こんな可愛い娘に謝らせるって、最低だぞマジで」

弘がスワンを宥めて顔を上げさせた。

「あのなぁ....俺の名前って、ダイバーズの開発からしたら相当に知れ渡ってるからな?仮想世界に意識をダイブさせる基礎理論を基に、世界で初めてプロトタイプを完成させて、本仕様まで漕ぎ着けたんだから!どう?凄いでしょ!最高でしょ?天っ才でしょ!」

自分語りをした途端リョウマはテンションを急激に上げ、弘とスワンを困惑させた。

「と言うことは、水崎さんがダイバーズを作った人って事ですか?」

「俺だけじゃないけどね。まぁそれは置いとくとして、だ。俺の存在は今のダイバーズの運営、アーネストの連中に狙われている。さっき出会ったウヴァルの奴も、あのジプシーと言う人も、アーネストの人間だった。俺がビルドシステムを完成させようとしているのも、何処かで知っていてもおかしくない。奴ら、多分俺の事を本名でしか把握していない。だから警戒するしかなくなるって訳」

「けどこの娘、別にそうじゃないだろ」

弘の言う通り、スワンはアーネストとは無関係だった。

「あの、水崎さん。私、人を探しているんです。幼馴染に会いたいけど、一切連絡がつかなくて....ブルームーンって知ってますか?」

ブルームーン、と聞いてリョウマはすぐにピンと来たのか指をパチンと鳴らした。

「JOKER事件に関わったクランか!....そこに君の知り合いが?.....何て事だ、最悪だ」

「何が最悪なんだよ?人助けもしてやんねぇと、関係ねえ奴にも狙われるかも知んないだろ?見境なくチート使ってボコってんだからよ」

弘の軽口をリョウマは遮り、抗議した。

「チートじゃないって言ってんでしょ?ビルドシステムはれっきとしたダイバーズに必要な物だ!......はぁ。仕方ないか....じゃあスワンちゃんだっけ?その幼馴染に出会うまでなら、ついてきてもいい。但し.....内通しようものなら容赦はしない」

リョウマの目には嘘はなく、眼光すら鋭い。だがスワンは怯えずに彼の目をじっと見据えた。

「私はこれでも武家の家系でしたから、そのような事は致しません....私はただ、真実を知りたいんです!」

スワンは無意識に昔の癖が出たが、本人でさえ気づかぬままに言葉を続けた。だがその意思はリョウマにも伝わり、2人は握手を無事に交わして3人での再出発となった。




[次 回 予 告]
シューインは実験の第一段階として、自らの機体にビルドシステムを組み込み戦場へと姿を表した。スワンから無差別撃墜の報せを受けた諒馬と弘は、シューインの狩るMSを撃退しようとするが、諒馬はシューインの言葉に衝撃を受ける。

次回、創造戦士ガンプラダイバーズSide:Genius
"'File.6 PAINFULな制裁"

水崎 諒馬その物を....消す


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.6 PAINFULな制裁

[これまでの創造戦士ガンプラダイバーズ Side:Genius]
リョウマ・アルキメデスにして元ガンプラダイバーズ開発者の水崎諒馬は、封鎖エリアへの進入する為の手がかりを得る為にダイバーズへ飛び込むが、運の悪い事に初心者のダイバーに戦いの手解きをする事になった。しかし相手のウヴァルの動きが豹変し、ダイバーのグロックと言う男はアーネストの人間だと暴露し、ビルドレイザーに対し攻撃を始めた。そこへリョウマが少し前に助けたダイバー、スワン・マスターピースのガンダムF91-Mが介入したお陰で、何とか危機を脱した。まぁスワンと言う娘にまで本名を調べられるわ、何か諦めそうにも無かったから仲間にしてみたけど、常岡より頼りにはなりそうだよなぁ....向こうの目的を達するまでは協力関係くらいつけとくか!

と言う訳で第6話、どうぞ!


「お前ロリコンか?」

ダイバーズから戻ってきて早々、弘にそのような事を問われ諒馬は、飲んでいた水を噴き出した。

「何でそうなんだよ....うへぇ.....床が汚れちまったじゃねーか」

「明らかにあの娘、中学生になったばかりだろうが」

やけに小さい背と顔立ちから、スワンがその辺りの年齢だと弘は見ていた。

「ダイバーと生身の人間が一致するなんて、そっちの方があり得ないよ。実力ならお前より余程当てになる」

諒馬がモップを掃除道具入れから引き出し、掃除していると、インターホンが鳴った。手早く水を拭き取り、大急ぎでラボを飛び出して行った。

「何だ?また誰か来るってのか?」

弘はため息混じりに呟き、リュックサックからエナジードリンクを取り出し、プルタブを開けた。程無くして諒馬が戻って来たが、連れてきたのは弘の見立て通りの、やや幼げな少女だった。

「お待たせ。彼女がスワン・マスターピース....んで、本名は」

諒馬の紹介から奏が続けた。

「白鳥 奏です!こう見えて21歳です....あ、よろしくお願いしますっ」

「あ!?マジかよ!?見た目の割にガキっぽいのに....」

弘が無神経に感想を漏らしたせいで、奏は苦々しい顔をした。無論弘はそれを気にせず、若干困惑したまま椅子にドカリと座った。諒馬は余っている机と椅子を引っ張り出し、いつの間にか購入していた模型用工具セットと、デスクトップマシンを設置し始めた。奏もそれを見るや急いで手伝いに回った。

「ごめんね白鳥さん。アイツ、バカだからさ」

馬鹿じゃねぇ!と弘から抗議の声が上がるが、二人は気に留めず作業に集中した。

「いえ....そう言えばさっき黒いウヴァルと戦ってましたけど....ただのバトルですか?」

「奴も恐らく俺達を狙っている。ビルドシステムと、俺の目的を把握していなければ、いきなり牙を剥く事はないし....」

ビルドシステム?と奏が聞き返すと、諒馬は待ってましたと言わんばかりに笑顔になり、指をパチンと鳴らした。

「ガンプラダイバーズの未来を切り拓く、唯一の力だ!君に分かりやすく言えばコロニービルダーの仮想世界版ってとこだ」

「つまり.....どういう事ですか?」

「元々ダイバーズは開発段階で....オープンワールドになる予定だったんだ。だけどリリース直前になってそれが廃止され、ビルドシステム自体も凍結された。理由は不明だが、これには間違いなく百崎翼ら一派の思惑がある」

百崎 翼と言う聞き慣れぬ名前に、奏は首を傾げた。そもそも事件中は日本から離れていた上、それどころではなかった。

「そう言うことがあったんですね...」

「そんで俺は、この会社の監査法人から頼まれて、最終的な被害状況の調査をしているってわけ。俺自身としては、それじゃ何の贖罪にもならないから、完全なビルドシステムを完成させて、ダイバーズを在るべき姿に変える....よし、これで白鳥さん用のデスクは完成した」

デスクトップマシンとカッティングボードを備えた、奏専用のスペースが完成した。パソコンを用意するのは奏にも分かったが、何も言っていない内からプラモ用の工具まで用意された。ありがたいと思う反面、妙な重さを感じてしまうものだ。

「組んだばかりの私にここまでしてくれるんですか?」

「本当は予備のつもりだけど、ちゃんとプラモやる人ならそれなりに信じて預けられる。自分のだと思って、使ってくれていいよ」

そう言って、諒馬はポケットから缶コーヒーを出し奏に握らせた。

「ズリぃな本当。俺には適当にする癖に女の子にはコーヒーまでプレゼントすんのかよ?やっぱお前ロリコンだろ!」

「冗談言うんじゃないよ。ダウングレード版でもビルドシステムも、機体も貸してるでしょうが。ほら、行くぞ」

3人はそれぞれの機体をスキャナに置き、ダイバーズへ意識を飛びこませた。

 

「来たか」

シューインはクリスタルの大樹の上で、モニターウィンドウを通じてリョウマ達が、ダイバーズにやって来たのを確認した。眼鏡をクイとあげ、別のウィンドウに表示されたラジオボタンをタップし、自らはバトルエリアへと転移した。

「ジプシーは手筈通り、頃合いを見てF91の方へ匿名で通信を送れ」

南米ジャブローを想起させる、大森林。一部を取り囲むように広がる、台地から落ちる瀑布の裏に、紅い一つ目を持つ紫のMSが現れる。これを操るのは言うまでもなく、シューインである。

「通報が済み次第、援護にも回りますが。如何しましょう?」

「今回は敗走も選択肢に入っている。余計な手合が来るようなら....追い払ってもらえると助かる」

シューインは通信を切断すると、ウェポンセレクタを操作した。

「ビルドシステムを完成させる為に、一度は餌にならなければならない。イフリートコラプス、行くぞ」

イフリートコラプスの両足のホルダーが展開、柄が飛び出しマニュピレーターの中へ収まった。鉛色の刀身が鈍い光を放つ。シューインはレバーを倒し、イフリートコラプスを滝のカーテンから飛び出させ、上空へと高度を上げた。

「とは言えこの機体を扱うのも初めてだ.....試せる相手を探さねば.....いや、丁度いいものが見つかった」

シューインの目に留まったのは、低空飛行中のケルディムガンダムGNHW/Rと、ガンダムヘビーアームズ改EW。調べて見ると、ダイバーのランクも決して低くなく、イフリートコラプスの腕慣らしには適当と見た。シューインは迷わず機体を加速させ、ケルディムガンダムとの距離を一定に保ちながら追跡した。そして。

「来てる!?」

先に異変に気づいたのはヘビーアームズ改だった。グルリとその場で振り向き、右腕の2連装ガトリング砲を放った。イフリートコラプスは、真横へ滑るようにして降り立ち、一気にヘビーアームズ改の距離を詰め、左手に持ったヒートサーベルで腰から両断しようとした。だがケルディムも気づき、GNシールドビットを前面に展開、イフリートコラプスの斬撃を間一髪防いだ。しかし、イフリートコラプスは目にも留まらぬ速さでGNシールドビットを叩き落とし、スライディングしてケルディムの懐へ突入した。

「させるか!!」

ヘビーアームズ改が真横へジャンプしながら、両足と両肩のミサイルランチャー、両腕のガトリング砲を斉射した。ケルディムも被弾しない範囲で、自身にGNシールドビットを張り直した。シューインは「そう来ると知っていた!」と声を上げ、地を滑り左サイドアーマーからクナイを射出、ヘビーアームズ改の足元を砕いた。着地ポイントを見事に奪われ、ヘビーアームズ改は無理矢理着地をずらして事無きを得るが、周辺の大木が次々と圧し折られ、泥濘まであと一歩となる最悪の事態となった。気がつくとケルディムが大きく距離を取り、右肩とリアアーマーの懸架ラックから、ライフル型の端末を射出していた。GNライフルビットだ。イフリートコラプスの足場と死角に取り付き、行動を制限して狙撃する算段である。

「常套手段か。まぁいいだろう....ブーストビルドアップ」

シューインが宣言すると、イフリートコラプスの両足に光が集まり、スパークと白煙を散らしながら形状が変化した。Ex-Sガンダムのブースターユニットが、通常の脚部と入れ替わるように形成された。そのまま4基の大出力バーニアが火を噴き、まさしくロケットの如く上昇した。展開していたクナイがイフリートコラプスに追従、GNライフルビットに衝突させて爆破した。

「ダートビット....やはりこの性能は本物のようだ....!」

ケルディムを足蹴にし、イフリートコラプスは、両足のブースターユニットを解除した。レーダーには、30機分は有ろうかという熱源反応が。

 

リョウマ、弘、スワンの3人は交流広場第7区画を訪れていた。当然、ZeuSが引き起こした事件の詳細を調べる為だが、ここもそこはかとなく穏やかな雰囲気ではなかった。と言うより、葬式めいたものを感じる。

「ここに何があるってんだ?何か嫌な場所だなここ」

弘はこの雰囲気が不気味で仕方が無かった。それはリョウマもスワンも同様であった。

「ここは.....犠牲になった人達の眠る....そういう場所があるんだ。もちろん国際ネットワークとしての役割しかない。同じような事になってんのは、何も7だけじゃないけど」

3人が飲食店が立ち並ぶ街並みを歩いていると、路地裏の入口に、やけに新しいカフェを見つけた。

「......これからの行動を固めておく必要がある。あの店なら好都合だ」

ドアを開けると、カランカランと鐘の音が鳴った。いらっしゃいませ、とカウンターの奥から店員が出てきた。店員に連れられ空いた席に座る。

「ここ、知り合いの人がやってるって言うんだけど、今日は来ていないのかな」

スワンは暫し周囲を見渡すが、彼女の見知った影は無かった。

「適当に注文しといてくれ」

そう言うとリョウマはノートマシンをウィンドウから呼び出し、作業に入った。スワンはやや困った様に返事し、店員に注文した。

「何やってんだ?」

弘がリョウマのノートマシンの画面を倒し、覗き込もうとしたが、手を叩かれ払い退かされた。

「お前が見たって分かるもんでもない。接触してきたグロックとジプシーについて、サーバに問い合わせてんだよ。奴らがどう言う連中か知らないと、対処の方法だって変わっちまうだろ?」

対処の方法?とスワンが聞き返した。リョウマは両手の指を組みながら画面から目を離し、二人に視線を向けた。

「ジプシーってのは、俺と弘がテストバトルしてる時に乱入して来たやつだ。彼女のプロフィール情報を見る限り、今のダイバーズを運営している"アーネスト"って会社の人間だった。その後に君が介入した時のウヴァル....アレもアーネスト側の人間。だけど俺の妨害に出る理由がハッキリしない。俺がやろうとしていることは向こうも知っているはずなのに....」

「....水崎さん、これ....!」

スワンはミニウィンドウを反転させ、リョウマに見せた。ダイバー同士の交流に使われるチャットのようだが、投稿されている内容にリョウマは目を疑った。交戦区域に出現しては、介入して無差別に攻撃を加えていると言う。戦いに介入する行為そのものは、規約違反という訳ではない。しかしダイバー達の間ではそれがご法度であると、暗黙の了解を持っている。それを突き破り破壊行動に出ると言うのは、本来の任務とは関係なく、リョウマとしても見過ごせなかった。

「最悪だ....しょうがない、やるか」

リョウマは溜息混じりに呟き、マッチングを開いてバトルエリアへと転移した。

 

ビルドレイザー、ドラグハート、F91-Mが転移した先はギアナ高地だった。ありとあらゆる場所から煙が上り、凄惨な光景が広がっていた。

「情報が上がってから、そう時間は経っていないはずだ....にしてもひっどいな。スワンさんは先に行っててくれ。このままじゃ長く飛べないんでね」

「はい....分かりました。でもどうするんですか?」

「何言ってんの?ビルドシステムはその為にあるものだよ?」

F91-Mが急加速をかけて現場へ向かうのを見送ると、リョウマはコンソールからビルドシステムを起動させた。

「おい!自分だけかよ!俺にも機能解放しろ!」

「うっさいなぁ...」

弘の抗議を他所に、リョウマはビルドアップする物を選択した。ビルドレイザーが右手を掲げると、粒子と光線が集まり赤と白に彩られた、妙に長い板を形成した。弘はそれが何なのか分からず、その板をじっと凝視した。

「何だよそれ」

「リブレードボードだ。サーフィンするガンダムって最高だろ!」

ビルドレイザーがリブレードボードに足をかけると、ふわっと浮き上がった。呆気にとられる弘に、リョウマは呆れ気味にリブレードボードに乗るよう促した。

「乗れよ!時間ないんだから!」

「サーフボードって二人乗りじゃねぇだろ!それぞれに分けられんねぇのかよ」

ビルドレイザーとドラグハートを乗せたリブレードボードは、軽快に加速して空へと飛び出した。見た目からして想像もつかないほどの速さに、弘は思わず身震いがした。ロック機構で足が固定されているとは言え、板切れの上に乗って空を飛ぶという奇妙極まりない状態だ。否応無しに恐怖を感じるのも仕方がない。

「傾け過ぎだっつーの!!落ちるだろ!」

「だったら一人だけ落ちろよ。追っつかないでヤバい目に遭っても知らねぇぞ」

 

スワンは現場に到着すると、F91-Mのセンサー感度を最大にした。神経を張り詰めるだけで、周囲からの殺気を感じる。スワンの身体に緊張が走った。

「来た!....クナイ!?」

真正面から刃が飛んできたのを躱し、着弾した場所を観察した。まさしくクナイであった。そして、左側からの反応にスワンは咄嗟にレバーを引いた。木々を薙ぎ倒し現われる赤熱化した刃。F91-Mはリアアーマーからビームサーベルを引き抜き、受け止め跳ね返した。出力の差があり、ビームサーベルが赤熱化した刃を両断した。煙が晴れ、敵の正体をようやく見る事ができたが、その姿はスワンに奇妙な疑問を抱かせた。

「イフ...リート....?」

全体的な印象はイフリートであるが、アンテナの配置や一部にGN-X系のパーツが使われている。そのレイアウトと色合いからして、妙な圧力を持っていた。

「お前に興味はない。が、現れたのなら排除するまで」

イフリートから聞こえる声は、機械で合成した音声のようだった。テレビでよく聞くような、男性用のモザイク音声に近い。F91-Mのモニターには、"イフリートコラプス"と表示された。

「見境なく壊しているあなたを、見過ごせません!」

F91-Mがジェットペネトレイターを下から突き上げ、仰け反らせた所へ穂先の根本のビームマシンガンを撃ち込んだ。イフリートコラプスはヒートサーベルで槍の一撃は抑えるも、ビームマシンガンに刃先を砕かれた。だがシューインの顔には焦りの色一つなく、むしろ余裕さえある。F91-Mが少し上昇し、ジェットペネトレイターの推力も利用して突貫しようとする。しかしイフリートコラプスはそこから一歩も動かない。ジェットペネトレイターが首元に突き刺さる瞬間、ヒートサーベルを交差させて防いだ。互いのパワーが拮抗し、ヒートサーベルの起爆で双方とも吹き飛ばされた。ところがイフリートコラプスは、即座に足裏のアンカーを地面に突き刺し踏ん張ると、そのまま一気にF91-Mへ向かい加速した。

「タックルする気....なら!」

イフリートコラプスの左肩からビーム刃らしきものが見え、スワンはペダルを踏み込んだ。急上昇するF91-Mだが、イフリートコラプスもその場で垂直に飛び上がり、ヒートサーベルの柄を振り上げた。何をしようとしているのか測りかねたスワンは、F91-Mの頭部バルカン砲で追い返そうとした。しかしイフリートコラプスはスワンの想像を容易く裏切った。

「ウェポンビルドアップ」

ヒートサーベルの柄に光が集まり、瞬く間に赤熱化した刀身を形成した。この様子を見たスワンは、リョウマと初めて出会った時に目の当たりにしたものを思い出した。

「あれって、水崎さんの!?どうして!?」

ヒートサーベルから繰り出される斬撃をビームシールドで防ぎつつ、イフリートコラプスの胸部を蹴りつけて距離を取った。

「....奴が、来たか」

シューインはレーダーに映る2つの熱源反応を確かめると、口許をニヤリと歪ませた。スワンも同じく、ビルドレイザーとドラグハートの反応を見つける。

「水崎さん!常岡さん!」

「あの野郎かよ....うぉわわわっ!?」

ビルドレイザーとドラグハートが乗っているリブレードボードが消え、2機は真っ直ぐに着地した。しかし弘は急な落下に対応しきれず、バランスを取れないまま機体を倒してしまった。

「あれが噂の、ねぇ....すんごい不気味だけど、それなりにデータが採れそうだ」

ビルドレイザーの右手にビルドライフルが形成される。イフリートコラプスの足下めがけ数発撃ち込み、牽制とするが相手はそれよりも速く駆け出し、左腕のビームバルカンを連射した。ビルドレイザーは上体を少し反らせて避け、バックパックからビームサーベルを抜き放ち居合斬りを見舞う。だがイフリートコラプスも素早く反応し、ビームサーベルでビームサーベルと切り結んだ。そこから間髪入れず、イフリートコラプスがもう片方のヒートサーベルで、ビルドレイザーの頭を貫こうと突きを放つ。ビルドレイザーはヒートサーベルを振り上げて弾き返し、仕返しにとビルドライフルを放つ。これもイフリートコラプスはヒートサーベルの斬撃で潰し、右肩からスパイク状にビームを発し、猛烈な加速をもってビルドレイザーを突き飛ばした。流石にリョウマでも反応が間に合わず、まともに喰らい、空中で受け身を取らせるので精一杯だった。

「やれやれ....これを使うか。ウェポンビルドアップ!」

ビルドレイザーの左手に光が集まり、V字型の武器を形成した。手に持っていない部分は刃状になっており、それに沿う形でビームを発振している。所謂、ビームブーメランである。

「アイツだけにいいカッコさせられっか!俺もやってやる!」

ドラグハートが飛び上がり、降下しながらイフリートコラプスに拳を叩きつける。炎を纏う拳はイフリートコラプスの胸部装甲を凹ませ、そのダメージがかなりものであると示した。

「やはり来るか。愚かな奴だ」

イフリートコラプスはグルリと回転、ヒートサーベルで何度も斬りつけ、ドラグハートを蹴り飛ばした。

「っざけんなよ!何だ....ぁあ!?」

ドラグハートの首に茨のような物が巻き付き、一気に引き寄せられた。

「常岡さん!?敵は一人だけじゃなかった!」

スワンは茨が飛び出してきた方に機体を飛ばした。ドラグハートが何とか踏ん張り抵抗している間に、どうにか正体を掴みたかった。リョウマはその様子を見るや、ある予感が脳裏を過ぎった。

「あの茨....と言う事はこのイフリートも関係があるという事か!」

ビルドレイザーはビームブーメランを投擲、そこから時間差でバーニアを全開にし、その間に別の武器をビルドアップした。クロスボーンガンダムX-0のバタフライバスターだ。銃身を畳み、切断面からビームサーベルを発振、ビームブーメランの着弾に合わせて攻撃を加えんとした。しかし、イフリートコラプスは事も無げにビームブーメランを斬り落とし、バタフライバスターの斬撃を、交差した刀身で受け止めた。

「ここまでの反応速度、褒めてやるよ。けどお前の場合は容赦できないな!データを取った上で倒す!」

「大見得を切るのは得意なようだな....水崎 諒馬」

イフリートコラプスから本名を言われ、リョウマは歯軋りをした。間違いない、奴もまたアーネストの連中だ。リョウマはそう確信した。

「よく俺の名前をご存知で!ダイバーズに来てから本名で呼ばれてばかりなのは...嫌だけどね!」

バタフライバスターがヒートサーベルを溶断し、左右から挟み込むように斬りつけようとした。しかしイフリートコラプスはヒートサーベルの刀身を再形成し、バタフライバスターを弾いて銃身を真っ二つにした。間一髪でビルドレイザーが手を離していたお陰で、マニピュレータが使い物にならなくなる被害は免れた。立て続けにイフリートコラプスがヒートサーベルを最上段が一気に振り下ろし、ビルドレイザーの頭を叩き割ろうとした。

「ウェポンビルドアップ....何だって!?」

ビルドレイザーの周囲にGNシールドビットを展開したが、ヒートサーベルにいとも容易く破壊されてしまった。少しの時間差を見つけ、ビルドレイザーを後退させ事なきを得るが、イフリートコラプスの持つ性能に恐怖を持ち始めた。

「流石の判断力だ。しかし今のお前では、どうする事も出来ない。水崎 諒馬....お前を、消す」

イフリートコラプスから発せられた、無慈悲な宣告。普段のリョウマであれば、無視するがイフリートコラプスから感じられる殺気は間違いなく本物だった。




[次 回 予 告]
ビルドレイザーとイフリートコラプスが死闘を繰り広げる最中、リョウマはある事に気付く。そして驚愕する。ビルドシステムについて、恐ろしい想像をするリョウマ。殺意と圧倒的な力を以て、ビルドレイザーとリョウマを斃さんとするシューイン。果たして真実や如何に―。
そして、弘を苦しめる敵の正体とは。

次回、創造戦士ガンプラダイバーズSide:Genius
File.7 その真実はUNBELIEVABLE

最悪だ....最悪だ最ッッ悪だ!こんな事を知らなかったんだ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.7 その真実はUNBELIEVABLE

[これまでの創造戦士ガンプラダイバーズSide:Genius]
リョウマ・アルキメデスこと水崎 諒馬は、スワン・マスターピースを仲間に加え動き始めた。スワンの知り合いが経営していると言うカフェで作戦会議を始めるが、突然彼女の元にとある通知が届いた。その内容は、「無差別に破壊を行うダイバーがいる」と言うものだった。リョウマ、弘、スワンの3人は現場へ急行するが―。

と言う事で第7話どうぞ!


「水崎 諒馬....お前を、消す」

イフリートコラプスがふわりと浮き上がり、飛び込みながらヒートサーベルを、ビルドレイザーの頭を貫こうと切っ先を向けた。

「俺ってそんな有名人だっけ?嫌なもんだなぁ....」

口ではいつもの調子だが、リョウマは内心焦りを感じていた。振るわれるヒートサーベルを避けながら、相手に対し有効な武装はないか思考する。そして突き出されたヒートサーベルを握る左手を掴み、引き寄せてカウンターを決める。

「ウェポンビルドアッブ!」

ビルドレイザーの右腕には、先端に高速回転するドリルを持つ武器が形成された。正拳突きの要領でドリルを叩き込んだ。しかし―。

「そんな物で勝てるとは思わない事だ」

装甲に接触する瞬間、イフリートコラプスが右手に持ったヒートサーベルで一撃を受け止めた。かなりの衝撃と掘削力により刀身は砕け散るが、腕からビームの棘を発振させ逆に殴り返した。

「形成が間に合わない....!?うぁああッ!!」

イフリートコラプスの腕から発した"ビームニードル"によって、ビルドレイザーの右肩装甲が突き破られた。幸い関節に達していなかった為、戦闘の続行は可能だ。しかしこのまま真正面から戦う方が不利なのは明白だった。

「しょうがない.....ちと頭使うか。ウェポンビルドアップ」

ビルドレイザーの右腕に着いていたドリルが消失し、その代わりにイカを模したユニットを形成した。先端部に開口している穴から勢いよく黒煙を噴出し、イフリートコラプスの視界を奪った。

「そんな手を使おうが....今は勝敗など無関係だ」

シューインは真っ黒に染まったモニターを眺め、指を組んだ。レーダーの方へ目を遣ると、ジプシーのノアールロータスが2機のMSと交戦しており、上手くこちらから引き離してくれているのが分かった。何故かビルドレイザーの反応は消えていたが、何をするつもりなのか粗方見当がついていた。

 

ドラグハートは強引に茨を引っ張り、手繰り寄せた。森の中から引きずり出せばドラグハートにも有利な状況が生まれるが、相手もそれを警戒してか一向に出てくる気配を見せない。

「スワン!敵は見つかってんのか!」

敵の正体を探るためにスワンのF91-Mが先行したが、何ら報告が上がらなかった。弘はF91-Mに通信をかけて、状況を聞こうとしたが応答がなかった。

「アイツやられてんじゃねぇだろうな!?冗談じゃねぇよ!」

ドラグハートは大きく幅跳びをし、更に茨の根元に寄って再度引き寄せた。

「まだ探し始めたばかりなのに見つかる訳....!」

一方のスワンは、聞こえぬように愚痴をこぼすが近くからガサガサと草木が揺れる音が聞こえた。まさかと音のする方へ振り向き、カメラアイの解像度を最大にした。ジェットペネトレイターのビームマシンガンをアクティブにし、その周辺に向けて放った。その刹那、草叢からF91-Mを捕縛しようと赤い茨が飛び出してきた。スワンは素早く反応し、ウェポンセレクタからビームサーベルを選択する。F91-Mはリアアーマーからビームサーベルを引き抜き、茨を弾き更に接近していく。だが茨は軌道を大きく変え、背後からF91-Mを突き刺そうと迫る。F91-Mは真横に大きく飛び退き、回し蹴りで茨を叩き落とし草叢へ向けてビームマシンガンを斉射した。

「そこだ!!」

F91-Mの背部から翼のように伸びる、ミノフスキーブースターを展開した。青白い粒子が一気に放出され、V2ガンダムと同様の光の翼を広げはためき一つで草叢を吹き飛ばしてしまった。

「あら.....もう見つかってしまったのですね?勘の鋭いこと」

想定よりも早く居場所を掴まれた事に、ジプシーは少々驚きつつも落ち着き払っていた。そのまま左手に持った茨を勢いよく引き寄せた。木々を薙ぎ倒すような音を立てながら引き摺られたのは、ドラグハートだった。

「何てパワーだよ.....あ、アンタは!?」

「ふふ....お久しぶりですね、常岡 弘さん」

ノアールロータスを前に、弘は唖然とした。まさか諒馬の言う通り、こちらの敵だった。しかし弘としてはまだ信じたくなかった。

「冗談だろ....あの変な機体の仲間だってのか...」

「私は私の正義を貫く。それだけです」

ノアールロータスは茨の拘束を解き、一本の剣に形状を変えた。超硬度ワイヤーにより鞭のように運用できるが、一定値の電力を送り込む事で棒状に硬化し、剣としても使えるようになっている。F91-Mが割って入り、ビームマシンガンを撃ちながらドラグハートの体勢を立て直す為の時間を稼ぐ。ノアールロータスは二振りの茨の剣を華麗に振るい、光の矢を弾くと片方のみを鞭に形状変更、勢いよく薙ぎ払った。

「その程度、見える!」

F91-Mがビームシールドを展開し鞭を防いだ。そのまますかさず前進し、ジェットペネトレイターのブースターを点火して推力を引き上げた。

「そう.....この足に敵うと思って?」

ノアールロータスはくるりと回りジェットペネトレイターの一撃を受け流し、背後にある大木の枝に向けて鞭を伸ばし飛び上がると、ドラグハートの頭の近くに着地した。

「この機体の機動性を舐めないでください!」

F91-Mもジェットペネトレイターのブースターを切り、グルリとバレルロールして向きを変え、両手にビームサーベルを構え斬りかかる。ノアールロータスは茨の剣を振り上げて斬り結び、胸部に埋め込まれたビームバスターを放った。着弾する直前、F91-Mがビームシールドを起動して受け止めた。だがそれでも絶えず前進し続ける。そしてスワンは間合いを得たと感じ、ビームシールドの出力を切り替えた。

「いざッ!!」

「その手を使ったのね....!」

ビームシールドは形を変え、幅広の刀身を形成した。シールドとしての機能は損なわず、ビームバスターを防ぎながら大きく踏み込んで薙ぎ払い、ノアールロータスの胸部に裂傷をつけた。

「常岡さん!立ってください!ここを切り抜けて水崎さんを助けないと!こんな所でダメになってどうするんですか!」

スワンは強引にレバーを動かしてノアールロータスを突き飛ばし、ドラグハートを引き上げて立たせた。

「.....そりゃ、そうだよな.....もうやってやるッ!!」

弘が戦意を取り戻したのに呼応し、ドラグハートの両肩から青と金の風が吹き出した。ぐっと身を屈め、そのまま一気に駆け出した。一瞬で間合いを詰められ、ジプシーは思わず目を疑った。

「こ、これだけの速度で....!?撤退するしか...!」

ノアールロータスが鞭を振り抜き、ドラグハートを弾き飛ばそうとする。しかしそれよりも早くF91-Mが動き出した。両腕のビームシールドで鞭を斬り落とし、その間にドラグハートがノアールロータスの懐へ飛び込み、渾身のストレートを顔面に叩き込んだ。

「俺の邪魔はさせねぇッ!!」

「うぁあッ...!!?り、離脱しなければ!」

殴り飛ばされた勢いを利用してバーニアを使い上昇、バトルエリアから離脱した。

「なっさけねぇ所見せちまったな....もうこれで本調子で行けるぜ!」

弘はモニター越しにサムズアップし、それを見たスワンはにっこりと笑った。

「さて、そろそろ水崎さんの援護に行きましょう!」

「けど諒馬の奴....どこにいんだよ?レーダーには映ってねぇぞ」

弘の発言を受けスワンも急いでレーダーを確認した。彼の言う通り、ビルドレイザーの反応が完全に消えていた。もしかしてさっきのイフリートにやられてしまったのでは―。そんな想像がスワンの脳裏を過ぎった。

「......と、とにかく行かないと分からないでしょ!」

F91-Mとドラグハートは森を飛び出し、先程の場所へと戻った。

 

「ジプシーが撤退したと言う事は、奴らか....」

シューインは遠くからやって来る2つの反応に目を細めた。となれば1対3で戦う事になるが、いずれにせよビルドレイザーで無ければ容赦なく潰す気でいた。シューインが欲しているのは、現状のビルドシステムの情報だけである。シューインはレバーを踏み込み、イフリートコラプスを高空へと飛ばした。刃が折れて使い物にならなくなった方を、脛のホルダーに収納しヒートサーベル一本のみとなった。

「真正面からとはいい度胸だな!」

ドラグハートが先行し、拳に炎を纏わせ突進する。イフリートコラプスは左腕からビームバルカンを撒き、牽制すると僅かに高度を落とした。

「お前如き相手にする価値も無い」

イフリートコラプスがヒートサーベルを振り上げ、ドラグハートの足を切断しようとした。だが何かに弾かれたかのように、刃が通らずシューインは舌打ちした。ドラグハートの膝にある青いパーツから、薄っすらと光が漏れ出ていた。

「おおっと、足をやられるところだった......今度はこっちから行かせてもらうぜッ!」

今度は右足に炎を這わせ、一回転して踵落としを叩き込んだ。イフリートコラプスは咄嗟に左肩からビームニードルを発振させ、迎え撃つが踵落としは装甲の中央部に命中し、弾け飛んだ。イフリートコラプスが一時離脱を図り飛び退くが、そこへすかさずF91-Mのジェットペネトレイターが食らいつく。ビームマシンガンを放ちながら突進した事で、イフリートコラプスの左腕を封じ込め、脇腹めがけ突きを放った。

「水崎さんの敵、討たせてもらいます!」

「何を、言っている...?」

イフリートコラプスがジェットペネトレイターの切っ先を蹴り飛ばした、その瞬間。

「勝手に殺さないでもらえるかな?俺はこの通り、ピンピンしてるんだ」

背後からワイヤーが飛んで来、イフリートコラプスの背中にアンカーを刺し込んだ。シューインはモニターにミニウィンドウを表示させ、背後の様子を見る。先程まで姿を消していたビルドレイザーがいた。機体を旋回させ、脚部ホルダーから折れたヒートサーベルを引き抜き、再装備した。

「そうか....ビルドアップ」

一方リョウマは、ウィンチユニットに逆回転をかけてイフリートコラプスを引き寄せようとした。引き込んだ上で蹴り飛ばし、再拘束して目的を聞き出そうと考えていた。しかし、イフリートコラプスの起こした現象にその思考が吹き飛んでしまった。何とイフリートコラプスの折れたヒートサーベルに、光が集い刀身を再生させ、ワイヤーを切断したのだ。

「うわ、何だ一体....!?刃が再生した.....?」

「お前でも気づかなかったか.....まぁ、その方が好都合だが」

猛烈な勢いで迫りくるイフリートコラプスに対し、ビルドレイザーはビルドライフルを連射、左腕のウィンチユニットを消去して新たな武装を形成する。

「来る前に何とかしなきゃマズイな.....ダブルビルドアップ!」

ビルドレイザーを囲う形でファクトリーのエフェクトが現れ、イフリートコラプスの斬撃を跳ね返した。そして左腕にはアレックスの腕部ガトリング砲にも似た武器を、背中にはビルドブースターを装備した。しかしビルドブースターは、従来のビーム砲とは異なり大型のビームガトリングガンとなっていた。ビームガトリングガンを乱射しながらイフリートコラプスを拘束、ビルドライフルでヒートサーベルを撃ち抜いた。

「武器を簡単に再生出来るような機能は、原作世界には存在しない物のはずだ....DG細胞だって利用法はダイバーズだと確立されていない.....そして相手はアーネストの人間.....」

リョウマは「まさか!?」と声を上げた。イフリートコラプスにも、ビルドシステムに準ずる機能を備えているかも知れない、と言う恐ろしい想像をした。

「何かに気づいたらしいな....そうでなくては困る...が」

撃ち抜かれたヒートサーベルを見て、シューインはボイスチェンジャーを解除し、宣言する。

「ウェポンビルドアップ」

リョウマの恐ろしい想像は、見事に的中してしまった。そしてイフリートコラプスから聞こえる声に、妙な覚えがあった。ヒートサーベルの刀身がみるみるうちに再生したが、イフリートコラプスは何もせずに虚空へと飛び去った。

「諒馬!お前今までどうしてたんだよ!」

ドラグハートがビルドレイザーの肩を掴んだ。

「そりゃあ、今の奴と戦う為にジャミングとステルスを同時に.....いやそんな事より、奴との戦闘リプレイ、後で見せてくれ!確かなきゃなんない事が出てきたんだよ」

 

3人は現実世界に戻り、ドラグハートとF91-Mの戦闘リプレイをコンピューターにコピーして再生した。

「あの、気になる事って何ですか?」

奏は諒馬の隣に座り、画面を眺めながら首を傾げる。弘も背もたれに手をかけて同じくリプレイを見る。

「あのイフリート....ヒートサーベルを再生させてたんだ。普通ならどうやっても出来ないくらいに、難度の高いやり方でようやく、実装に漕ぎ着ける位の代物だ.....しかもあのパイロット、"ビルドアップ"と言ってたしな......まさか俺以外にビルドシステムのデータを持ってる奴がいるなんて.....最っ悪だ」

しかしどの視点から見ても、ヒートサーベルの再生現象を確認出来たのは、ビルドレイザー側のリプレイだけだった。F91-Mの方でも何度か再生して、それらしき場面を見つけたが写りが悪く、明確に分析出来るような物とはならなかった。

「あのイフリートも、ビルドレイザーと同じって事ですか?」

「そう見て間違いない......何て事だ....!」

諒馬は悔しげに呟き、リプレイを停止した。

「なぁ諒馬。そのビルドなんたらってのパクったんなら、そいつももしかしたらよ....」

「そうに決まってるだろ!そうじゃ無かったら説明がつかない!」

反射的に声を荒らげ、諒馬はすぐに我に返った。そのままラボを出て、外へ向かった。

 

「......ここか」

ダイバーズのとあるバトルエリア。夜の摩天楼を舞台とした戦場、その中でも一番高い塔の上に1機のMSが降り立った。スカーフにも似た布を靡かせる青紫の影は、まるで忍者のようであった。両腕に装着した武装を回転し、ブレードを前面に向けると身を屈め一気に跳躍、目標めがけ一直線に降下した。その目標は、ガイアインパルスとサイコ・ドーガだった。

「何だぁ!?ヨシ、避けろ!!」

そう叫んだのも束の間、ガイアインパルスのシルエットが半分に斬り裂かれ、腰から引き抜いた鉈のような剣で頭を刎ね飛ばされた。サイコ・ドーガはシールドのシュツルムファウストを放ち、逃走を図るが"ナイトシーカー"の目はそれを見逃さなかった。素早く前へ飛び出し、地面を蹴って大きくジャンプすると、腰部右側に装着していた巨大な手裏剣を投擲した。凄まじい速度で回転しながら接近する手裏剣に、サイコ・ドーガのダイバーは恐怖した。ビームアサルトライフルで破壊を試みるも、尽くビームは無効化されその勢いを殺せなかった。手裏剣がサイコ・ドーガのビームアサルトライフルを、真っ二つにするのと同時にナイトシーカーはバーニアを全開にして、両脛からナイフを引き抜いた。そして投擲し、サイコ・ドーガの両肩を貫いた。そのまま勢いを殺さず、両腕のブレードを再展開して、今度はコクピットを引き裂いた。

「な、何なんだこいつぁ!?」

全身をズタズタにされたサイコ・ドーガが消失し、ナイトシーカーは武器をマウントし直して着地した。ナイトシーカーの目と鼻の先には、現在も修復の最中にある場所があり、サイコ・ドーガ達はここの封鎖を突破して妨害をしようとしたのだろう。

「"あの人"の妨げになるものは、全て排除する.....それだけが私の存在意義....」

ナイトシーカーのダイバー、比良坂 舞夜は静かに呟きその場を後にした。その様子を遥か遠くから観察しているMSが1機。真っ黒な外装に身を包んだガンダムフレーム機、ガンダムウヴァルだ。

「やっぱ、獣を鎖から解き放つと、ああなっちまうんだよなぁ...んま、どう動こうが知ったこっちゃないが」




[次 回 予 告]
諒馬の元に届いたメール。存在しないはずの"彼女"からもたらされた情報により、現在も尚未修復となっているエリアが存在することを知る。それを受け、リョウマ達は"クラックゾーン"の調査に乗り出した。

次回、創造戦士ガンプラダイバーSide:Genius
File.8 断片のRETURNER

爪痕がこんなに残ってるなんて、あの事件は本当に....


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.8 断片のRETURNER

[これまでの創造戦士ガンプラダイバーズ Side:Genius]
ガンプラダイバー リョウマ・アルキメデスは、スワンが受けた情報を確かめるべく現地へ向かう。そこで対峙する謎のイフリート。イフリートが使う能力はあろう事か、ビルドレイザーに搭載されているビルドシステムその物だった。完全にイレギュラーな事象に、諒馬はアーネストの目論見に気づく。そしてある人物との再会という数奇な運命まで引き寄せた。

さぁ、第8話はどうなる?


時刻は午前3時を回る。奏と弘が帰宅してからも、諒馬はイフリートコラプスとの戦闘データの解析を続けていた。徹夜は慣れており、肉体的な体力には苦労は無いが、ビルドシステムに準ずる物をどう入手するかを考え続けた為、上手く頭が回転しない。ヒートサーベルの再生シーンを何度も繰り返してリピートしては、ビルドレイザーのビルドアップと照合する。

(.....やっぱり全く同じだ.....)

生成速度には数ミリ秒の差はあるものの、形成時のエフェクトや攻撃判定は全く同じ。つまりイフリートコラプスもまた、ビルドシステムを搭載していると証明できた。

(ビルドシステムのセキュリティの権限は俺しか持っていないはず。なのにアーネストとは言え、外部の人間がそれを搭載した機体を持っていた.....クラッキング....?)

思い立つと、すぐに作業に取り掛かった。ダイバーズの各サーバにアクセスし、不審な記録が残っていないかを隅々まで調べる。しかしそれらしきものは全く見当たらず、諒馬は唸った。栄養ドリンクの蓋を開けながら、戦いの事を思い出した。妙な引っ掛かりが気になり、冷蔵庫を閉めた途端にその疑問が晴れた。

「あのシューインってダイバー.....やはりそう言う事か!」

諒馬は倒れ込むようにソファーに座り、膝を殴りつけた。ビルドアップを宣言した時のシューインの声は、諒馬がよく知る人間の物だった。

「東郷さん.......!」

 

翌日、奏は諒馬から指定された時間よりも早めに、ラボにやって来た。しかし一番最初に目に飛び込んで来たのは、机に伏して気を失っている諒馬の姿だった。奏は慌てて諒馬の肩を叩きながら呼びかけるが、一切の反応が無かった。

「水崎さん?......水崎さん?.....あれ?これって....」

諒馬の机に置かれたモニターは3台に増えていた。ビルドシステム調整用の物、前回の戦闘リプレイを再生している物、そして夥しい数のコマンドプロンプトウィンドウを表示する物だ。机の前や真横に備え付けられているホワイトボードは、付箋やアルゴリズム図式、擬似言語によるソースコードの雛形がびっしりと書き込まれていた。奏や弘が寝ていたり、日常生活を過ごしていたりする中で、諒馬はただ一人で途轍もない量の作業を熟していたのは、想像に難くない。

「うぅ.....あ?ぁあっ!!!?」

突然諒馬が飛び跳ねるように立ち上がり、奏は思わず奇妙な叫びを上げてしまった。

「何ですか!?急に....」

「.....あれ、何で白鳥さんがここに?まだ1時間も早いよ?」

諒馬は奏が来た事に驚き、腕時計を見ながらコーヒーを飲み、「うっわ不味くなってら...」と顔を顰めシンクに捨てた。

「今日は早めに上がれたので。水崎さんこそ、こんな時間まで....」

「俺はこれが仕事だから。昨日の奴の事、気になって夜も眠れなかったもんだし」

「あのイフリートも、ビルドレイザーと同じだって事ですか?」

「認めたくは無ぇ....けど事実に間違いない。アーネスト側に、ビルドシステムが渡った経路も探らなくちゃ行けないし。奪ったビルドシステムで何をしようとするのか....その真意も知る必要はある」

未だ疲れが抜けきっていないのか、諒馬は力なく椅子に座り、ビルドレイザーを手に取り眺めた。諒馬と言えど、ビルドシステムを奪取されるのは予想外だったのだと、彼の表情から見て取れた。

「その、ビルドシステムが奪われるとどうなるんですか?」

奏は自分の着ていたコートをハンガーに掛け、専用の机にトートバッグを置いた。

「あれの本来の使い道は話したろ?」

「確かコロニービルダーのダイバーズ版、でしたっけ」

「ああ。もしそれを悪用すれば、仮想世界そのものを破壊する事だって出来る....造れる物なんだから、壊すのも当然....と言う奴だ。それに、ビルドシステムはどんな物もビルドしてしまうから、俺自身の物にもそれなりのリミッターをつけている。ビルドシステムで禁忌の兵器.....ガンダム世界における大量破壊兵器を作らせない為に」

諒馬はマウスをダブルクリックした。中央のモニターに複数の画像が映し出された。コロニー落とし、ガンダム試作2号機のアトミックバズーカ、ソーラ・レイ、コロニーレーザー、小惑星アクシズ、バルジ砲、ガンダムXとGビットによるサテライトキャノン同時発射、∀ガンダムの核弾頭、本来の性能によって引き出された月光蝶、サイクロプス、ジェネシス、メメント・モリ、プラズマダイバーミサイルなどと、ガンダム世界における大量破壊兵器は枚挙に暇がない。

「これだけの物を作ったら....ゲームどころの話じゃ無くなりますよね.....」

奏はこれらの画像を目の当たりにし、血の気が引く様な感覚に襲われた。

「奴らならこれを利用してでも俺や、かつてZeuSが関った物を抹消しようとするだろうな.....特に"ZeuSの亡霊"扱いされてる俺を消すのに躍起になってるはずだ。ビルドシステムを奪って、当人の前で使うくらいなんだから」

 

数時間後、弘もラボにやって来た。

「奏ちゃんもう来てんのかよ....つーか、アイツ、何かあった?」

諒馬が何も言わず頭を抱えているのを見て、弘は給湯室でコーヒーを淹れる奏に問うた。

「死んだはずの人からメールが来たんだって....言ってました」

「はあ?何だそりゃ、死人からメールって」

現実味の無い話に弘は肩を落とし、リュックサックからシリアルバーを数本取り出した。

「て言うか諒馬もそう言うの信じんだな。幽霊がどうとか死人がどうとか」

リンゴ味と書かれた袋を開け、シリアルバーを頬張る。奏は二人にカップを配りコーヒーを注いだ。暫くして諒馬は横目で弘を見て、再びモニターに視線を戻した。

「信じるも何も、事実だ。お前の後輩とかとは、事情が違い過ぎる」

「望とかとはってどういう意味だ!」

弘はむんずと諒馬の襟首を掴み、睨みつけた。だが諒馬の顔は悲痛さと罪悪感、そして困惑で塗れていた。これには弘も追及できなくなり、手を離してモニターに目を遣った。

 

"件目:調査依頼

本文: 交流広場、バトルエリアそれぞれにて未修復エリア"クラックゾーン"が観測されました。至急調査協力を要請します。交流広場第三区画で合流を。

比良坂 舞夜 "

 

「クラックゾーン?何だそれ?」

メールの内容を理解出来なかった弘。諒馬はウィンドウを閉じ、スキャナを起動した。

「ZeuS事件についてそれなりに勉強してから聞いてくれ。要するに事件によって仮想世界を保護するセキュリティ.....壁みたいな物の一部が壊れたまま放置されてるって事....さて、行こうか!」

諒馬は手を叩きテンションを強引に普段の調子に戻し、スキャナの上にビルドレイザーを置いた。弘も奏もやや困惑気味に準備し、3人はダイバーズへ意識を飛び込ませた。

 

交流広場第三区画。ここを比良坂 舞夜なる人物が合流ポイントに指定していた。リョウマが到着してから頻りに辺りを見返しては、足早に先へと歩き出すのでスワンは、軽く溜息をつきながらコートの袖を引いた。

「そんなに焦ってたら見つかる物も見つからなくなります」

「あぁ、そりゃそうだね....済まない」

特に異変もなく、普段通りの景色が広がる街並みを歩いていると、再びリョウマが走り出した。スワンも弘も急いで後を追いかける。やって来たのは、マルシェのような催しが行われている公園だった。基本的には個人制作のアバター用のウェアや、限定品の飲食物が売られている。リョウマは人の波を掻き分けて奥へ奥へと進んでいく。

「あぁもう!水崎さん!全然見えない....見えなくなった!」

元より人混みが苦手なスワンは、その背の低さも相まってリョウマを完全に見失ってしまった。

「こりゃ見つけるのも大変だぞ....!」

弘がスワンの手を引き人混みの中へ突入した。

「お兄さん達カップルかい?これなんてどうよ!今なら安くしとくよ!」

絵に描いた様なインド人に声をかけられ、弘とスワンが目を向けると、そこには金の刺繍を至る所に施された豪華な服が。しかもペアルックと来ている。弘もスワンもこれには引いてしまった。

「悪いけど、俺ら人探してんだよ。ほら、行こうぜ」

「あんなの誰が着るんでしょう....?」

「お前強心臓過ぎんだろ。聞かれたらどうなんのか分かんねぇぞ....」

もはや悪趣味としか言えない物を前に、スワンですら直球的な感想しか出なかった。

「今見えたのが本人なら.....畜生....どこだ....」

リョウマは既にマルシェの広場を抜け出しており、舞夜と思しき影を見つけられなかったので再度突入を考えていた。

「リョウマ」

建物の陰から呼ぶ声が聞こえ、リョウマはぎょっとして振り返った。紫の髪と白い肌。間違いなく、諒馬が最後に見た彼女の姿その物だった。リョウマは急いで向かい、真相を確かめようとした。

「君なのか....!?無事だったなんて....!」

リョウマに両肩を掴まれ、舞夜は半ば驚いた顔をした。

「この身体だけは....と言ったところです。ですが.....記憶の殆どは保持していない...」

「でも何で俺のことは知ってたんだ?」

「私とあなたの間に、何かしらの繋がりがあった....それしか分かりません」

舞夜がそう告げると、リョウマは手を離して後退り壁にもたれかかった。彼女の記憶が残ってい無いというのは想定外だった。寧ろ彼女が今も尚ダイバーズの世界で生きている事自体、あり得るはずの無い話である。何しろ彼女は既にこの世を去っているのだ。そう思っていた。

「申し訳ありません....」

「いや、いいんだ。生きててくれるだけで充分だ。....さて、例の話の続きを」

「おい、諒馬!いきなり走り出して何のつもりだよ!」

居場所を突き止めた弘が声を上げてこちらへ走ってきた。その後に続く形でスワンも現れた。

「てか、この女があれ?クラクラゾーンか何かの?」

「クラックゾーンだバカ。この人は比良坂 舞夜....かつての俺の同僚だった人だ」

「バカ言うな」

リョウマの紹介を受け舞夜は軽く一礼したものの、無表情かつ生気を感じさせない眼差しをしていた。弘は一瞬だけ身震いして「マジかよ」と呟いた。

(この人....本当に人間なの....?)

スワンは耳がいい方だった。故に舞夜から聞こえる、駆動音めいた音に首を傾げた。

「この方達は開発チームには居なかったような....現行の運営ですか?」

舞夜は当然二人に見覚えがない。

「いや、何だろう....単に協力者だと思ってくれ。それぞれの目的はあるんだけどな....そろそろ行こう」

4人はバトルエリアへと転移した。

 

ビルドレイザー、ドラグハート、F91-M、ナイトシーカーが降り立ったのはエゥーゴが保有するドック艦"ラビアンローズ"だ。放射状の形をした本体から伸びるドックアームは、さながら巨大な花のようである。

「ここなのか.....舞夜、案内頼む」

「了解」

ナイトシーカーに追随してラビアンローズを離れる。

「おい、これどうやって動かしゃあいいんだ?体がごちゃごちゃしてんだよ」

ドラグハートが宇宙で"溺れている"ように見え、スワンは思わずくすりと笑いそうになった。

「モビルファイターを使ったことはないから正しいかは分かりませんが、水の中を泳ぐ感覚でいいと思います」

スワンの言う様に、弘は水中を泳ぐイメージを描き機体を動かす。しかしその思考が完全に表に出てしまい、宇宙でクロールすると言う奇妙な光景を生み出した。ビルドレイザーが近寄りドラグハートの頭を叩いた。リョウマが呆れているのは見て取れる。

「あのね....スラスター使いな?皆と同じようにすりゃあいいんだよ」

「んな事最初から出来てたら苦労しねぇよ!」

噛み付こうとする弘にリョウマは面倒に感じ、ビルドシステムを起動した。

「わぁったわぁった....だったらこれ使って感覚に慣れなさいよ。ユニットビルドアップ!」

ドラグハートの背中にフォースシルエットが形成、装着された。シルエット本体の上部からは、レーザーを発するセンサーユニットが搭載されており、常時ビルドレイザーの移動経路をトレースするようになっている。ビルドレイザーが踵を返し、ナイトシーカーに合流する。

「少し距離があるようです。悪用される前に急いだ方がよろしいのでは」

ビルドレイザーのモニター、ミニウィンドウ越しに舞夜が映る。相変わらず表情は無いが、口調から大体の感情は分かる。

「ああ、分かってるよ。あのバカを教育してやんなきゃ行けないからなぁ....さて急ぐぞ!」

リョウマから何度も小馬鹿にされ、憤る弘を宥めつつ、スワンもペダルを踏みF91-Mの速度を上げた。しかしリョウマも内心複雑だった。努めて明るく振る舞うにしても、生きているはずの無い人間が目の前にいる。この現象は一体何なのか推察しようにも、前例が存在しない。

(今は考えても仕方ないか........)

数十分ほど航行していると、舞夜からの通信が入った。どうやらこの周辺にクラックゾーンが存在するようだ。リョウマはじっと目を凝らし周囲を観察する。すると西の方角に奇妙な光を見つけた。細長い線のような赤い光が、漆黒の宇宙の中にぽつんと浮かんでいる。

「......あれか!」

その光は宇宙空間に走る"ヒビ"のようになっていた。一言で表せば空が割れていると言うところか。リョウマは更に機体をクラックゾーンに近づけさせる。大きなヒビとなっている場所から見えるのは、真っ赤な光を伴った空間だった。

「この中に放り込まれるとどうなるんだ?ウェポンビルドアップ!」

ビルドレイザーの左手にザクⅡのクラッカーが現れ、それをクラックゾーンに放り投げた。クラッカーは電子の揺らぎを発しながら、跡形も無く消失してしまった。

「ここに踏み込めばあらゆる物が消えてしまう、か.....確かにこれは放って置けないな」

本来仮想世界その物にも影響を与える規模の兵装を使用した場合、直ちに修復するようにプログラムされている。しかしこのクラックゾーンは、その修復を阻むかの様に、そして傷を拡大させるかの如く侵食していた。このまま放っておけばどうなるか。考えただけでも寒気がする。

「これが、クラックゾーン.....不気味、ですね....まるで抉り傷みたい...」

スワンの目には、クラックゾーンが人間の傷のような生々しい物に映った。

「ビルドシステムを使えば修復出来ますか」

ナイトシーカーがビルドレイザーの肩に手を置いた。

「それは間違いなく出来るはずだ.....常岡、スワンちゃん....舞夜も周辺の警戒を」

唐突にフォースシルエットとのリンクが切れ、またもや不安定な姿勢になった。弘はモニターに頭をぶつけ、額を擦りながら何とか体勢を立て直した。

「今から何すんだよ?」

「ビルドシステム本来の使い方をする。その間はビルドレイザーは無防備になっちまうんで、守ってくれよって事だ」

ナイトシーカーとF91-Mが散開していくのを見て、弘もドラグハートを移動させた。人生で初めての宇宙で戦う事になるとは誰が想像しただろうか。

「宇宙でやれんのかよ、俺.....いぃや、ビビってもしょうがねぇか!」

リョウマはドラグハートを横目で見送ると、コンソールを操作しビルドシステムを再起動した。コクピットインテリアの照明は一気に減り必要最低限まで落とされ、ビルドレイザーのツインアイも消灯した。機体の稼働エネルギーも限界寸前まで落ち込む。機体の周囲をホログラムのウィンドウが覆い、マニピュレータから立方体型のエフェクトが発せられ、クラックゾーンをゆっくりと埋めていく。このエフェクトには修復用プログラムを内包している為、このような芸当が出来るのだ。

「やはり、来るか....」

舞夜はレーダーに熱源反応が現れたのに気づき、ナイトシーカー両腕のブレードをアクティブに切り替えた。刃先が青く光ったのと同時にバーニアを全開、熱源反応の方へと全速力で向かった。

「諒馬の邪魔をする者は.....!」

緑色のスモーが視界に入り、舞夜の目つきはブレード以上に鋭くなった。スモーもそれに気づき、ハンドバズーカを放つ。ところがナイトシーカーの両足から白い霧を発すると、全く姿を見ることが出来なくなった。スモーがキョロキョロと索敵をするが既に遅く、四肢を分断され達磨と化した。そして、ナイトシーカーが背後に現れた刹那、真上に向かい斬り裂かれ火球に呑まれた。

「え!?何の光!?」

突然光が現れ、スワンは何事かとカメラアイの解像度を最大にした。そこに映っているのは、火球の光を見下ろすナイトシーカーの姿だった。




[次 回 予 告]
次々と見つけ出されるクラックゾーン。ZeuS事件の時に発生した物にしてはあまりにも数が多過ぎた。諒馬達は事件後にも何者かによって、故意にクラックゾーンを発生させているのでは無いかと考え始めていた。修復を進めるために動き出す矢先、再び"黒の薔薇"と対峙することとなる。

次回、創造戦士ガンプラダイバーズSide:Genius
File.9 CRACKの導き

あのバカがまた怯まなきゃいいけどなぁ....


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.9 CRACKの導き

[これまでの創造戦士ガンプラダイバーズSide:Genius]
リョウマ・アルキメデスこと水崎 諒馬は、ダイバーズにてかつての同僚である比良坂 舞夜と再開を果たす。彼女により、仮想世界に生まれた亀裂"クラックゾーン"なる物が存在しているという事実を知る事に。ビルドレイザーに搭載されているビルドシステムを使い、クラックゾーンの修復をしていくが何者かがこれを監視していた。

今日から「機動戦士ガンダム エクストリームバーサス2」の稼働開始!どんなゲームになるかワクワクしてくるよな....最っ高だ!...何だよ舞夜....あ!?そろそろ9話始まるぞ!


青い閃光が宇宙を駆け抜ける。ナイトシーカーの目は敵を確実に捉え、鷹が狩りをするように正確かつ素早く目標を貫いていく。百式がメガバズーカランチャーを構え、慣性移動を利用しながらナイトシーカーに狙いを定める。もちろん、射線の延長線上にはビルドレイザーも位置している。纏めて消し去ろうという魂胆だったが、そんな目論見は舞夜にも見抜けていた。メガバズーカランチャー砲身の真下を潜り抜け、シグルスレイヤーを振り抜き両断、百式が急いで離脱しようとするのを見逃さず、足にマウントした短剣"スパロクナイ"を投擲、顔面を貫き爆破させた。そのままナイトシーカーは宙返りし次の目標めがけ、最大速度を保ったまま突き進む。全ての動きが速すぎる。そしてある種の美しささえあった。その様子を遠くから見ていたスワンも弘も、言葉を発する事すら出来なくなった。

「舞夜一人でやってるのか....こっちにも近づかれたらどうするんだ....!」

クラックゾーンの修復完了まで残り僅かだが、身動きが取れない状況に変わりはなかった。リョウマはF91-Mとドラグハートの動きが悪くなっているのに焦りを覚えた。そして悪夢が襲いかかる。ガンダムグシオンが真正面からやって来、グシオンハンマーを大きく振り上げようと構えていた。2秒もしない内に攻撃範囲内に入ってしまうのをリョウマは察し、機体の大破を覚悟した。ビルドシステムを戦闘用に切り替えるのにも時間がかかる影響だが、ここまで状況が悪くなるとは思っても見なかった事であった。

「ぶっぱがしてやるッ!!」

「させっかよ!うぉおおおりゃあッ!!」

グシオンハンマーがビルドレイザーの脇腹に向けて振り上げられる刹那、ドラグハートの炎を纏った拳が玄翁を凹ませ、その勢いを利用して柄を圧し折った。そしてF91-Mが全速力で突っ込み、ジェットペネトレイターをグシオンの腹に突き刺し、マシンガンで蜂の巣にした。辛くもビルドレイザーは難を逃れるが、リョウマとしては生きた心地がしなかった。ビルドレイザーが触れていたクラックゾーンは完全に閉じられ、消失した。

「間に合ったから良かったものの....」

「ごめんなさい、水崎さん!修復はどうなってますか?」

「今ので何とか終わった。だけどこの辺だとまだありそうだな」

レーダーに映るクラックゾーンの反応を頼りに、周囲を見渡すリョウマ。コクピットも普段通りインテリアが正常運転に戻っていた。

「まだあんのかよ。一体どんだけあるんだろうな」

「それだけ事件がやばかったって事だよ」

程なくしてナイトシーカーも敵の殲滅を済ませて合流した。

「やはり連中は、アーネストの誰かに指示されているようですね」

「だろうな」

もう1つのクラックゾーンが存在する宙域への移動の最中、リョウマは"生きていないはず"の舞夜について考えていた。そして共通性のある、ダイバーズに閉じ込められたと言う弘の後輩についても、何かしらの仕組みがあると見ていた。開発時点でもその様な仕様は無かったのだが、現にこうして起きてしまった以上否定する事も出来ない。仮想世界でしか生きられなくなった人間を知るには、舞夜に聞くのが近道のように思えた。しかしその行動が、彼女に深い傷を与えてしまうのではと言う恐怖もある。

「水崎さん?」

黙り込んでしまったリョウマを心配したのか、スワンが声をかけた。

「何か、元気無いみたいですけど」

「俺は大丈夫だ。君が思っている以上にヤワじゃない」

リョウマは軽く咳払いをし、気を取り直そうとするが簡単に切り替えられるものでも無かった。

 

とある拘置所に、一人のジャーナリストが訪れた。目的は一つ。ZeuS事件の真相を知る事である。仕事でもあり、彼女自身も知りたいと強く望んでいた。

「あ、すいませ~ん。ROMANESQUEの神宮寺です。百崎 翼さんの面会に来たんですけど、大丈夫そうです?」

守衛の警官は英梨を見るや「またですか」とため息をついた。

「その名前の人間はここには居ません。何度言えば分かるんですか」

「でも、こっちはそのタレコミを掴んじゃってるんですよねぇ〜....?いいんですか?ここの課長クラスの人が、職場内不倫をしている事も知ってるんですよ?」

英梨が笑みを浮かべながら一枚の封筒を警官にちらつかせた。警官はぎょっとして英梨を凝視し、一度目を逸らした後に彼女を守衛室に招き入れた。

「どこからそんなネタを掴んだのか知りませんが、警察全体の信用に関わるので余り口にしないで頂けませんか」

そう言うと、英梨は甘えるような声で選択を迫りつつ、封筒を開けようとした。

「だったら教えてちょ〜だい?百崎 翼がここにいるんでしょ?教えてくれたらこの封筒は貴方にあげてもいいけど....どうします?」

相変わらず嫌な女だ、と警官は言い出しそうになりながらも収監者名簿のコピーを取った。

「確かにいます。ですがあれ程までの地位の人間が起こした事件も、相応の規模なので特別に警戒しているのです。だから世間に対しても、記者クラブに対しても規制をかけている....にも関わらずどうしてこんな」

「私は知りたい事があれば徹底的に明らかにしないと気が済まない性分なの。そんじゃ、これはそのお礼という事でよろしくね〜」

「あ、コラ待て!面会は許可しない!」

警官が慌てて回り込み、英梨を敷地から追い返そうとする。だが英梨はひょいと警官の腕の下を潜り、施設の中へと向かった。その折に警官に電話がかかってきた。

「済まないが大杉君、百崎 翼への面会予定がある人が来ているそうだ。名前は確か神宮寺...」

「はぁ!?面会許可出したんですか!?それならもう来て....!」

上司からの連絡に腑に落ちない顔をしながらも、警官は守衛室に戻った。英梨は玄関を抜けると受付を済ませ、近くの椅子に腰掛けた。

(とんでもない事をしているってのは分かってるけど....あの人と関わってしまったばかりに、形振り構ってられなくなったし。教授が言ってた通りに動くのね、私)

職員が案内すると言うのは受付で聞いていたので、それまでの暇つぶしのつもりで自販機コーナーへ向かった。適当なコーヒーを買って戻って来る頃に、案内役であろう職員とバッタリ会った。

「神宮寺 英梨さんですね?それでは参りましょうか」

職員に連れられ、人気のない通路を通り収監棟へと進んで行く。

「まさか百崎 翼と面会したいと真っ先に仰ったのがあなただったとは....彼の親族からも何の連絡も無かったもので、我々もかなり驚かされました」

「彼のご両親、血族共々行方知れず....なのでしょう?それに私は職業柄と性格のせいですから」

「実はあなたから面会の申し出があった時、百崎もまたその日を望んでいたようでした。何か関係がお有りですか?」

「特に関係はありません。私からしたら彼は、ただの取材対象ですので」

英梨は無意識に鋭い声音で話していた。それだけ緊張していたのだろうが、それ以上に翼が起こしていた事件で、周囲の人間が一生癒えることの無い傷を背負う事になった。その方が許せなかった。職員がドアを開けるとドラマの様な、面会室に入る事ができた。多少の差異はあれど、かなり近い。英梨は椅子に座り、翼が来るのをじっと待っていた。事前にボイスレコーダーをジャケットの中に仕込んでいて正解だったと内心呟き、カバンから手帳と筆記具を取り出した。普段ならタブレットを使うが、この場だと何かを疑われては取材どころではなくなるので、手帳とした。殊に翼レベルの影響力を持った収監者の肉声は、予想もしない方向で刺激を与え最悪の場合、社会的混乱が起きかねないのだ。10分程して向かい側の部屋に警官に連れられ、百崎 翼が入室してきた。真っ白な収監着に身を包んでこそいるが、あの事件を引き起こした人間とは思えぬ、爽やかな顔つきをしている。直接対面した事のない英梨は、彼を見て度肝を抜かれる気分を味わった。

「お初にお目にかかる...とでもいいましょうか。申し上げるまでも無いでしょうが、私は百崎 翼....世に言うZeuS事件の、謂わば首謀者....と言った所です。貴女の事は予予聞いておりましたよ、神宮寺 英梨さん」

翼は微笑みを絶やさずに挨拶を済ませる。丁寧な口調と言い、抑揚と言い人の警戒心を解かせる様な話し方をしていた。だが事実を知る英梨としては、これが余計に不気味に感じられないはずがなかった。

「私の事までご存知だなんて。それなら話が早い...単刀直入に聞かせてもらうわ。貴方が起こしたあの事件の本当の目的は何?」

「残念ですが....何も記憶していないのです。話に聞けば、私は何処かで誰かに倒されたようで、それをきっかけに私自身を失った...と」

「何なの、それ....じゃあ何故あなたまで私との面会を望んだってのよ...何か隠してるんならはっきり言った方が身の為...と言っとくけど」

「隠すも何も。少しは外界の人と話をしたかった。同じ人とばかりだと、見える世界が狭まってしまう。あなたの様な世間を記録する人であれば、いい刺激になるのではと思いましてね」

「はぁ....だったら私じゃなくても良かったでしょ」

「半年くらい前に読んだ雑誌にあなたの写真が載っていて、綺麗な人だなと」

「悪いけど、人間の精神を踏みにじろうとした人に言われても嬉しかないよ」

英梨は苛立ち混じりに返し、これ以上の引き伸ばしをさせまいとした。

「ハイラック・J、エス・ブラックベイ、ハジメ・アルファインス、ツグト・ルート、レイ・ブルームーン、ミナ・ツバクラメ、挙げたら切りがないけど.....この人達の名前に覚えがあるんでしょ?」

「変わった名前の人達ばかりですね....しかし私には覚えがありません。全てを失ったと言う事は知っていますが。それより前の事は何とも」

「.....これじゃ何の為にここに来たのか分かんないじゃない....最悪」

翼の口振りからして、嘘ではないと分かると英梨は途端に気落ちした。かつての知り合いから翼の逮捕を聞いた時には、これで恋人や親友達が巻き込まれたJOKER、ZeuS両事件の真相を暴き出せると期待していた。勿論彼女独自のルートで情報を集めてもいたが、やはり得られる物は限られてくる。知り合いの中にも関わった者は居るが、全員口を噤んでしまう程だった。やはり凄惨極まりない事件を起こすのだから、その首謀者を詰めていけば真実に辿り着けると言う確信があった。しかし今の翼を見る限り、とても話が通じるとは考えられなかった。英梨は失意を感じながら面会室を後にし、拘置所を出たところで電話をかけた。

「あ...大丈夫かな?今百崎 翼の面会が終わったんだけど....ごめん、何も聞き出せなかった。記憶が無いってさ.....本当、勝手もいいところよね」

「きっとそうなるんだろうとは思ってました。こちらこそ申し訳ないです。神宮寺先輩に無理させました」

「いやいいんだよ、私はね。でも何か、皆に申し訳なくってさぁ....私このまま帰るから、記事の続き頼まれてくれないかな?ごめんね、自分の仕事まで押し付けて...それじゃ、また明日」

英梨は無理に平静を取り繕い、電話を済ませると公衆トイレに駆け込んだ。悲しみと怒りと悔しさが同時に伸し掛かり、洗面器の鏡に拳を打ち付けた。泣きたくて仕方が無かったが、それを忘れさせる程の無力感が彼女の心を占めた。

「こんな終わり方....納得出来るか....皆あれで傷つけられて、人生まで奪われてるって言うのに....こんな仕打ち、あるわけ無いでしょ....!畜...生....!」

 

リョウマ達のクラックゾーン修復も、このバトルエリアに存在する物の90%程は完了した。残るは後2つ。

「思ったより順調ですね!」

「大きな物が無かったからな。にしちゃあ、スワンも見つけるの早くなって来たし、その方がびっくりだぞ。助かる」

リョウマに褒められ、スワンは素直に嬉しくなり思わず笑みを浮かべた。ドラグハートの動きも宇宙に順応したらしく、ビルドレイザーの補助を必要としなくなった。これもリョウマにとっては有り難い事だった。そんな折に、不可思議な物が目に飛び込んできた。

「ビームなのか....何かに繋がっている....」

「うぁあっ!?何かこれ痺れんぞ!?」

ドラグハートが緑の光線に接触した瞬間、電撃が走り一時的な制御不能に陥った。リョウマは急いでビルドレイザーの手を引かせ、光の進む先にじっと目を凝らした。やはり何かに繋がっているようだが、この光線は一本だけでは無かった。ぼんやりと浮かび上がり、やがてハッキリとした線になる。真っ先に舞夜が状況を捉え、声を上げた。

「ビームカーテンの可能性があります、既にこちらの行動を読んでの事と思われます!」

「ビームカーテン....水崎さん、あれ...!」

F91-Mの視線の先、力無く漂うプロヴィデンスガンダムの姿があった。ツインアイだけはぼんやりと光を灯しており、稼働中にあるという事は見て取れた。

「プロヴィデンス?にしては動いてないな.....まずい、常岡離れろ!」

「あ?何だよいきなり....うぉわっ!?」

ドラグハートが近くまで来た瞬間、プロヴィデンスの内部から光が漏れ出し、起爆した。間一髪ドラグハートが離れたお陰で大事に至らずに済むが、これであのプロヴィデンスは罠として使われた事が確定した。

「レーダーに気を配れよ....あれは罠だ」

ビームカーテンが消失してからが、本番だと捉えた。リョウマは周囲に神経を張り詰め、すぐに対応出来る体勢に入った。他の3人も同様に、あらゆる方向からの襲来に警戒した。突然、かなりの数の岩石がこちらへ流れて来た。リョウマはレーダーと照らし合わせ、その岩の正体を把握した。

「だ、ダミーバルーン....!そいつに触るな!爆発するかもしれない」

「ここまであからさまな罠を撒くなんて....諒馬。私は外に出て先行します」

舞夜はそう言い残し、ダミーバルーンの間を縫って罠の主を探しに向かった。

「おい、どうすんだよ?このままじゃ俺達何にも出来ねぇぞ」

「慌てんじゃないよ。方法はある。ウェポンビルドアップ」

ビルドレイザーの両手に現れたのは、巨大なハエ叩きの様な物体だった。これをドラグハートとF91-Mそれぞれに渡した。スワンはこの道具を見てピンと来たのか、納得したように頷いた。

「あぁ...これってGレコで見た事あります!これでデブリ掃除してましたよね!」

「その通り。これを使えばダミーバルーンを爆発させないで退かせられる。少しは進路を作っておかないとな」

「マジでこれでやんのかよ....かっこ悪りぃのな」

3機はデブリ掃除用の器具を使い、ダミーバルーンを除けた。確かにリョウマの言う通り、ダミーバルーンに余計な刺激を与えず、安全な方向に放り出すことが出来た。一方の舞夜は、偽装した隕石群の上を航行しながら、罠の主の捜索の真っ只中だった。唐突に舞夜は肌に走る、ピリピリとした感覚に眉を顰めた。何か来る。そう確信した。

「そこか!」

ナイトシーカーが振り向きながら、シグルスレイヤーを突き出した。刃先から火花が散り、敵が姿を見せた。ファルシアとギラーガを足した姿を持つ、黒い薔薇。ガンダムノアールロータスだ。

「うふふ....久し振りね、比良坂 舞夜さん?グロックが本当に拘束を解いたって、聞いたから驚いたわよ?」

ミニウィンドウが表示され、ジプシーが笑っているのが見えた。舞夜は唇をきゅっと結び、戦いだけに意識を集中させた。茨の剣を弾き返し、一旦後退して上昇しながらへの字を描き急速接近、右腕のシグルスレイヤーをアクティブにし斬撃を浴びせる。しかしノアールロータスも靭やかな身のこなしで、それを受け流すと本物の隕石にぶつけようとした。ナイトシーカーは衝突する寸前で姿勢制御を行い、逆に隕石を踏み台にして跳躍、再びシグルスレイヤーで突きを放つ。ノアールロータスが茨の剣を交差させこれを防ぐが、素早くナイトシーカーが踏みつけて離脱、左大腿にマウントした鉈型の剣"シグルスラッシャー"を抜き放ち、袈裟斬りの要領で叩きつけた。ノアールロータスはすぐに茨の剣にかけている電磁拘束を解き、ウィップ状にして薙ぎ払った。鞭と鉈がぶつかり合い、スパークが散る。

「でもあなたも可哀想な人ね....あなたを殺した人間であっても、守ろうとするなんて」

「何がッ!私は彼に殺されてなどいない!貴様らの勝手な想像には、もう付き合えないと言ったはずだッ!」

「あら、そうなのね」

ジプシーにとっては安い挑発のつもりだった。しかしこれは舞夜には、諒馬への侮辱に他ならない。故に彼女の怒りを買う形となった。下から潜り込む形で斬り込むナイトシーカーの腕を蹴り飛ばし、ノアールロータスは右手のビームバルカンを斉射した。ナイトシーカーは止む無くシールドモードにしたシグルスレイヤーで受け止めるが、同等の機動性を有したノアールロータス相手に、大きな隙を晒したも同然であった。ノアールロータスが鞭に電磁拘束をつけ、レイピアの如く構え素早く打ち込んだ。僅かに舞夜の反応が遅れ、ナイトシーカーは数発直撃し宙を舞った。

「そこか!......お前は....そうか、この罠はお前だったんだな」

超弾速の光弾が目の前を横切り、ジプシーは飛んできた方に目を向けた。ビルドライフルを構えるビルドレイザーが現れ、多少ながらも都合の悪さを感じた。

「お久し振りですね....リョウマさん。いいえ、水崎 諒馬さん?」

「生憎、慣れ始めたから大して驚かねぇぞ」

ビルドレイザーはビルドライフルを撃ちながら接近し、ノアールロータスを追い返しつつナイトシーカーの前に立った。

「背中からあなたを刺すかもしれない女を、どうして庇おうと思うのでしょうね.....そんなあなたを奪うのもアリ....と言えばどうします?」

「ああ、命を奪われるのは御免だ」

ノアールロータスはビルドライフルの一撃を防ぎつつ、隕石を飛び移りながら背後に回り込む。ビルドレイザーも左手にZガンダムのビームライフルをビルドすると、ノアールロータスの行く先にある隕石を次々に撃ち砕いた。

「舞夜、どうした!何で何も言わない!」

救援に入ったはいいものの、ナイトシーカーが一切動きを見せなくなった。舞夜は後悔に塗れた顔で、ただビルドレイザーの戦いを眺めていた。ある時からずっと誓っていた、何があっても諒馬を信じると言う約束。ほんの一瞬でも舞夜は彼を疑いそうになり、自己嫌悪に陥る。

(これでは諒馬を守れない....なぜ私は彼を疑おうとした....!!奴の言う事は嘘だと分かっているのに....何故私は....!)

舞夜のグリップを握る力が強くなり、いきなり前に倒した。シグルスレイヤーをアクティブにし、ナイトシーカーが勢いよく飛び上がりノアールロータスめがけ突き進み、殺意を込めて劈いた。予想外の速度と威力を見せた攻撃にジプシーは目を見開いた。

「急に動き出した....!?」

ナイトシーカーがノアールロータスを踏みつけ、両足からクナイ型爆裂ナイフ"シグルクナイ"を飛ばして起爆させ、止めにシグルスレイヤーで隕石ごと貫かんと迫った。リョウマはその様子に焦りを感じ、やめるように言い聞かせたが舞夜の耳には一切入らなかった。




[次回予告]
暴走する舞夜を止めるべく、リョウマは戦闘に介入する。だがジプシーのノアールロータスの新たな力に、翻弄されてしまう。アーネストがクラックゾーンを保護したがる理由とは一体。一方の神宮寺 英梨はかつての仲間の元へと向かう。そこで彼女が知る真実とは。

次回、創造戦士ガンプラダイバーズSide:Genius
File.10 悪意のTRIGGER

次回もお楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.10 悪意のTRIGGER

挙動が急に変わるナイトシーカーを前に、ジプシーは一瞬手が止まった。だが彼女も経験を積んだダイバーである。すぐに思考を引き戻して、早急に対応する。シグルスレイヤーを振り下ろすタイミングを見計らい、隕石から伸びているワイヤーに手をかけ一気に引っ張った。

「これならどうかしら?」

ナイトシーカーが勢いを殺さぬままに突撃する。ジプシーの計算通り、隕石は大爆発を起こしナイトシーカーは火の中へと飛び込んだ。

「罠ッ....!?」

「舞夜!えぇい....!!」

リョウマはビルドレイザーを最大まで加速させ、ビルドライフルでノアールロータスを追い返した。

「お前の相手は、この俺だ!」

ビルドレイザーがビームサーベルを斜めに振り上げ、ノアールロータスの茨の鞭を寸断した。だが茨の鞭を成していた棘は、機体の周囲に漂いビルドレイザーに牙を剥いた。

「私の武器だって、一枚岩ではないのよ?」

「コイツ...!ウェポンビルドアッブ!」

棘の正体がビットだと分かり、リョウマはすかさずビルドシステムを起動した。ビルドレイザーの左腕に円筒形の装置が現れ、四方に向けて光の刃を発した。ビットが接触する刹那、ビーム刃が高速回転し、触れる物全てを真っ二つにした。ジプシーは不利を悟り、一時撤退を視野に立ち回るのを考えた。

「まさかその手を使うなんて....流石は天才」

「鞭相手には、これが有効だ」

「でしたら、もっといい舞台でも用意しましょうか...ふふっ」

ノアールロータスが右手からビームサーベルを発振させ、突然ビルドレイザーめがけ全速力でバーニアを噴きはじめた。ビルドレイザーも当然斬撃を躱し、ビルドライフルの下部にあるレアアロイ製のバヨネットで、サーベルを跳ね返そうとした。しかし。

「あなたに私を捉えられます?黒猫って....闇夜に紛れると...」

「逃しはしない!....何ッ!?」

ビームサーベルが弾け、強い光にリョウマの目が眩んだ。ビルドレイザーが勢いに押されてくるくると宙を舞い、背中に隕石が接触した。視界を取り戻したはいいが、ノアールロータスを完全に見失ってしまった。

「諒馬....私は....」

舞夜もようやく冷静さを取り戻したらしく、急いで状況の把握に努めた。

「正気に戻ってくれて助かる。奴は姿を消しただけだ....次は俺達の予想も着かない場所から来る。間違いなく、な」

「理解しています」

ビルドレイザーのレーダーに、ドラグハートとF91-Mの機影が表示された。想像以上に遅い合流にリョウマは思わず溜息が出た。

「一体何があった」

「お二人の反応探してたけど、中々見つからなくて....!」

「馬鹿な。俺達はあのポイントからそんなに離れていない」

「でも事実なんだよ。いきなりお前らの反応が消えちまって、変な方向に引き寄せられそうになるしよ」

弘はコクピットの天井から伸びるグリップを掴み、懸垂を始めた。

「しかし、機体の熱源反応すら....音波でさえも検出させないステルスとは一体...」

舞夜はモニターを隅々まで凝視し、レーダーの感度を最大まで引き上げつつ、ノアールロータスの行方を追う。

「そう言えば水崎さん...比良坂さんが同僚と言うなら、ラボの場所もきちんと教えた方がいいと思います」

F91-Mのマニピュレータをビルドレイザーの右肩に乗せ、リョウマに提案した。しかし彼の返答は、スワンの予想を裏切るものだった。

「教えても、どうせ行く事すらできないんだ....アイツは、そう言う奴だ」

リョウマの口調は重く、普段とは異なり消え入るような感じであった。

「どういう意味でしょう....?」

「君には関係のない事だ。仮に知ろうとするなら、今すぐにでも協力関係は破棄するつもりだ」

F91-Mがビルドレイザーから離れるのを認めると、リョウマは頭を垂れ両掌をじっと見つめた。舞夜との間で起きたことを思い返す度、自分のこの手が怖くて仕方が無くなる。唐突にコクピットが揺れ、視線を上げるとドラグハートが先行していくのが見えた。

「いや、今はやるべき事をやるだけだ」

ペダルをゆっくりと踏み、ビルドレイザーのスラスターを点火した。

 

何度も自分を呼ぶ声が聞こえ、英梨は何事かと顔を上げた。

「お客様、ここで寝られると他のお客様がご利用出来なくなる事がありますので。具合が悪いのでしたら、このすぐ近くに病院がありますが...」

「すいません....!何ともないですから!」

コンビニのイートインで昼食を摂っていたはずが、気づかぬ間に眠りこけてしまった。英梨は気まずそうに笑い、急いでコンビニを後にする。短時間ではあるが睡眠のお陰で頭はスッキリとしていた。

「あの面会からずっとこんなだわ.....何なのよ、全く....」

車を少し走らせ、公園の駐車場に停めた。シートを傾けエアコンを換気モードにして窓も開けると、トートバッグの中から煙草の箱を取りだした。

「あんなにアイツには吸うなって言ってた私が、まさかこうなるなんてね.....」

ライターで火を点け、煙草を咥え天井を眺める。幸いにも自分の車だったので、何の問題もないが自分自身の変わりようの方が大きく感じられた。JOKER事件からZeuSの終焉までを追い続けてきて、その集大成となるはずだった今日を、黒幕たる翼に簡単に潰されてしまう。その原因の一端が英梨自身の意識の変化にある事も、十分に理解していた。

「真実を世間に伝えるはずだったのに、いつしか潰そうとして復讐に置き換わってる....行けないとは分かっちゃいるけど、どうにもなんなさ過ぎ....そろそろ行こうかな」

煙草の灰を窓のエッジで叩き落とし、灰皿の中に押し込んで閉めた。時計を見ると17時を回っていた。流石に遅くなり過ぎると先方に迷惑がかかりかねなかったので、最短ルートを駆使して急行した。その行く先とは、堂夢大学だった。

「ふぅ、やっと着いた....」

車から降りた矢先、黒いダウンを着た青年に声を掛けられた。英梨はそれに気づくと、鍵を締めて彼のもとへ歩いた。

「やっ。久し振り、ユウ君....だっけ」

「半年振りですか。ですが相変わらずギリギリに連絡寄越すとは....」

「紗綾ちゃんとのデートの予定ぶった斬っちゃったとか?」

英梨が意地悪な笑みを浮かべ、言い当てようとしたが当のユウは特に取り乱す様子は見せなかった。どうやら外れのようだ。しかし。

「アイツは一足先に帰りました。と言うか、あなたは紗綾に何を教えたんです!?お陰で朝からお互い変な空気になって....!」

「あっちゃあ〜....駄目だったんだ?」

何を教えたのかは英梨の性格を考慮すれば、大体の想像がつくだろう。平静その物だったユウも、恥ずかしさ半分に何とも言えぬ表情をしていた。

「まあまあ、そうすぐに慣れるもんじゃないでしょ!えっと〜....サト君は何処に?」

「この敷地のすぐ近くに.....あぁいいや。行きましょう」

ユウは英梨を伴って、大学の近くにあるバーに入った。どうやら夕方まではカフェとしても営業しているらしく、店内は明るかった。

「こんな店があったなんてね」

「最近出来たばかり....だとか。聡、お連れしたぞ」

隅の席に座っている青年に声をかける。彼こそ、ZeuS事件に巻き込まれながらもダイバーズを救ったガンプラダイバー"エス・ブラックベイ"こと、黒浦 聡である。聡は慌ててヘッドホンをバッグに突っ込み、弾みか何か椅子から立ち上がってしまった。英梨はそれをポカンと眺めた。

「どうした....?大丈夫、サト君?」

「いや別に...ってかその呼び方はどこで知ったんですか!」

「まぁー、ジャーナリストを舐めるでないよって事なんだけどね」

今の英梨の呼び方は聡からすると、頭が痛くなりそうな程の不愉快さを与える。彼女は冗談のつもりで言っているのだと、聡も理解していたので受け流す事はできた。ユウはこれから用事があるらしく店を後にした。そして英梨は聡の向かい側の席に腰掛け、トートバッグからクリアファイルを取り出しテーブルの上に置いた。

「これ、ありがとう。お陰で次の手に進めそう」

「これはもう、教授があなたにくれてやるって言ってましたけど」

「そうは言ってもねぇ....この情報が持つ力って私じゃどうにもなんないの。SECTORですらない、本来なら存在し得ないはずの"区画"....本気で調べようとしたら、深みにハマってヤバイかもって分かったから」

「あそこで戦った俺だから言えるんですけど、アレを利用されたら、どうやったって太刀打ちできない。でも、調べようとしたって事は、まだ残ってるんですよね」

「そうよ。痕跡的な物だったらどんなに良かったかって思った。封鎖されて消えたはずなのに、いきなり蘇ってさ....解散したZeuSにダイバーズをどうこうする力はない....だったら今運営しているアーネストなんでしょうけど」

「少しはマシになったんだと思ってたんですけど、今の話を聞けば更にヤバイ事になってそうだ....」

聡は唇を噛み、眉間を押さえた。命がいくつあっても足りない、死闘の連続を乗り越えて来てようやく平穏を掴み取ったかと思えば、また別の何者かが事件を利用して、全てを無に返そうとしている。あの長き戦いには何の意味があったのか、分からなくなってしまいそうだった。

「だからあなたと門松教授から提供してもらったこれが、役に立った訳。旧ZeuSの上層部が、影でアーネストと繋がっていた事がハッキリしたから.....でも引っかかるんだよね..."ハザード"って、何か知ってる?」

英梨が資料の指差した先にある、"ハザードシステムの開発は現段階を持って中断。以後破棄された"と言う文言を見て、聡は思い出したように口を開いた。

「俺もお渡しする前に読んでて、分からなかったんですよ。でも教授はそれについての事だけは、一切教えてくれなかった...ハザード、か....」

そっか、と英梨は呟き聡の頭をひと撫でした。

「聡君の状況は私もよく知ってる。だから手伝えとは言わない。聞いてくれてありがとうね」

「流石にアレは誰でも気になりますよ。そう言えば昨日、葛城さんがサークルに来ました」

葛城と聞き、英梨はぎょっとした。

「え、アイツが来てた!?え....でも絢斗、ダイバーズには関わらないって言ってたのに....てかそんな事本人から何も聞いてないし!!」

 

ビルドレイザー一行は廃棄コロニーが漂う宙域に到着した。ここまで一度も敵らしき機影が確認出来ず、やはりジプシーが撤退したのではと言う見方が濃厚になりつつあった。

(何で水崎さんは、比良坂さんの事を何も教えてくれないんだろう.....普通の人じゃないの、分かってて...なのかな....)

スワンは先を行くナイトシーカーと、ビルドレイザーを交互に眺めた。初めて対面した時に聞こえた、機械の駆動音や生気を感じられぬ白い肌。比良坂 舞夜は一体何者なのか、スワンとしては内心信じられずにいた。

「のわっ!?爆弾....!?」

ドラグハートの直ぐ側の壁が爆発し、弘は咄嗟に回避行動を取らせた。幸い損傷はないが、ジプシーの所在が確実となった。間違いなく、この廃棄コロニーの何処かにいる。

「なるほど....通りでここに誘導されてきた訳だな。ウェポンビルドアップ!」

ビルドレイザーの左手に形成された、手榴弾"クラッカー"らしき武装。これにはステルスを使う相手に対し有効な機能を内包させている。リョウマはそれを何個かビルドさせ、ナイトシーカー達に投げ渡した。

「何だこりゃ」

弘はクラッカーらしき物体を前に首を傾げた。

「投げて何かにぶつかれば起動する。適当なタイミングで使っていいけど、一発しかないからよく考えて使え」

4体のMSは散り散りになって行動を開始した。スワンのF91-Mは、ナイトシーカーがぎりぎり見える位置を航行しながら索敵する。

(あの人が何者なのか分かれば....)

頭部バルカン砲で破片を砕きつつ、西へ進んでいく。その時、スワンの目に奇妙な物が映り込んだ。ビームの物とは違う、光の筋。その先へ目を遣るが、何に繋がっているのかはっきりしない。だがそれがスワンにある確証を与えた。

「間違いない....この近くだ....!」

一度その場を離れた瞬間、目の前を光が通り過ぎ瓦礫の塊を粉砕した。スワンは光弾が飛んできた方向を睨み、唾を飲んだ。

「そこッ!!」

ジェットペネトレイターのビームマシンガンをばら撒き、炙り出そうとした。外壁が崩れ爆発の炎が起こる。そして左手に持ったクラッカーを勢い良く投げつけた。球体から生えたような円筒から、更に細長いアンテナが伸び青白い光の力場を発した。

「水崎さん!見つけました!」

スワンは力場が僅かに歪む瞬間を目撃し、直ちにリョウマに通信を送った。リョウマも同時に目にしていた為、即座に対応に出た。

「ナイスだ!ウェポンビルドアップ!」

ビルドレイザーの右手にザンバスターを形成し、銃口にクラッカーを嵌め込み引き金を引いた。ザンバスターには元々、銃口にグレネードをはめ込む事で謂わばグレネードランチャーの機能を使う事ができる。これを応用して、クラッカーを放ったのだ。

「気づかれた....少し安易過ぎたかしら...!」

ジプシーは攻撃の手が迫って来ているのに、若干の驚きを覚えた。ノアールロータスは眼前の外壁破片を蹴って方向転換、ジグザクに動きながら撹乱していく。しかし、これが彼女らしからぬ迂闊な行動となってしまった。

「あれは....!?きゃあ!?」

「あ....アンタ、あの時の!?いきなり現れやがって!!」

何とあろう事か、ドラグハートに追突してしまい、その勢いのせいか反射的にノアールロータスのステルス機能を解除してしまった。これには両者ともに困惑せざるを得ず、思考が止まりかけた。そこへビルドレイザーが現れたことで、再び臨戦態勢に移った。

「今度こそ逃がさないぞ!ジプシー・ノアールッ!!」

「天才は嘘じゃないようね....!」

ビルドレイザーのザンバスターを避けつつ、ノアールロータスは鉄骨を蹴り上げて反作用で急降下する。だがビルドレイザーも素早く反応し、着地点めがけザンバスターで狙撃し風穴を空けた。

「意地でも広い所へ引きずり出そうという魂胆....見えてるわよ!....あら、少しの幸運もあったようね」

茨の鞭を振り上げてザンバスターを打ち消すと、背後から迫って来たナイトシーカーに振り向きビーム・アサルトライフルを放った。当然ナイトシーカーは、シグルスレイヤーのシールドで防ぎながら真横へ飛び退いた。

「足を止めるッ!!」

煙の中からナイトシーカーが飛び出し、巨大な手裏剣を投擲した。高速回転しながら追尾する手裏剣を、ノアールロータスはジャンプと巧みな飛び移りを利用して躱す。しかし長時間追尾する手裏剣を見たジプシーは、舌打ちをした。

「量子コントロール....!これは厄介ですね...また上から!?」

今度はF91-Mが真上に現れ、最大速度を維持したままジェットペネトレイターで突進してきた。流石のジプシーも反応しきれず、茨の鞭を薙ぎ払って追い返すしか無かった。その刹那。

「えっ!?狙撃!?」

「悪いけどビルドライフルの狙撃性能は、下手なスナイパーライフル並にはあるんだよ。頼んだぜ常岡。ウェポンビルドアップ」

正に光速。常人では避けきれない速度のビームがノアールロータスの左肩を貫いた。ビルドレイザーが構えていたのはザンバスターではなく、ビルドライフルだった。そして間髪入れずドラグハートが急速接近し、右手に装着したドリルで殴りかかる。

「あん時の仕返しだッ!!受け取れよぉ!!」

「そんな、私がやられる.....!?」

敗北が揺るがぬ物になる。そう予感した。しかしドラグハートの拳はノアールロータスの右足を粉々にしたのみで、それ以上の攻撃をしなかった。ジプシーは最早、ドラグハートをただ怯えた目で凝視するしかなかった。

「何故.....」

「そりゃアイツに聞け。俺は女を全力でぶん殴れるほど腐っちゃいねぇよ....アンタに調子狂わされた仕返しは、これで終わりにしてやる」

弘は手のひらに拳を打ち付け、昂りを抑え込みリョウマに後を任せた。

「あなたから聞かなければならない事が山程ある。出来ればこれ以上やり合いたくないんでね....よほどの馬鹿じゃないならこの状況を理解できるはずだ」

ビルドレイザーがスッと目の前に現れ、ビルドライフルの銃口をノアールロータスの頭に向けた。ナイトシーカーも背後にやって来、シグルスレイヤーの切っ先を背中に向けていた。ジプシーはもう観念しようかと言う素振りを見せた。そう、見せたのだ。レーダーに映るもう一つの反応。ジプシーは艷やかな笑みを浮かべた。

「そうね....でもここにいるのが私一人とは思わない事ね」

ジプシーの発言が嘘ではないと舞夜は察知し、レーダーを見るとかなり遠く離れた場所に、もう一つの熱源反応が見つかり、奥歯を噛んだ。

「諒馬!熱源反応がもう一つ!高出力ビーム、来ます!!」

「何だって.....最悪だ....!皆避けろ!」

スパークを纏った、メガ粒子の濁流が押し寄せて来た。ビルドレイザー達は緊急離脱して難を逃れるが、廃棄コロニーは一瞬にして呑み込まれ綺麗に半分ほどが消え去ってしまった。




[次 回 予 告]
突如襲いかかってきた砲撃により、ジプシーを取り逃がしてしまったリョウマ。行方など到底分かるはずもなく、現実世界に戻る事を余儀なくされた。そして神宮寺 英梨と再会したのだったが―。

次回、創造戦士ガンプラダイバーズSide:Genius

File.11 実態の無いMEMORY

もうお前らは、袋の鼠なんだよ...


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.11 実態のないMEMORY

[これまでの創造戦士ガンプラダイバーズSide:Genius]
天才ガンプラダイバー....えぇ?のリョウマ・アルキメデスこと水崎 諒馬は、比良坂 舞夜との再開を経てクラックゾーンの修復に乗り出す。そんな中再びアーネストのジプシー・ノアールの、ノアールロータスが襲いかかってきた。何の因果か暴走しかける舞夜を抑えつつも、ジプシーを追うリョウマ達。しかし後一歩の所で伏兵によって取り逃がしてしまう。さてどうなる第11話!

じ、自分で天才って言っちゃうんだ....あ、今回は神宮寺
英梨がお送りしました〜!


周囲を貫くメガ粒子の奔流。廃棄コロニーの半分が吹き飛び、その勢いもろともビルドレイザー達は宇宙へと放り出された。リョウマはレーダーから敵の反応が消え、悔し紛れにシートの膝掛けを叩いた。

「敵は一人じゃなかったと何故....!読んでいなかったなら、天才の名が廃る....!」

交流区画に帰還すると、見覚えのある男が声をかけてきた。リョウマは彼を見るや足を止め眉をひそめた。その男とは、グロックだった。

「よっ。さっきの戦い、ちと覗かせてもらったよ」

「何?」

「そう怖い顔するなよ。ここん所妙な動きをする奴がいるもんでな....もしかしたら〜と思ったけど、今回はハズレだ。安心しろ」

「どういう事だ?」

リョウマに怪訝そうな顔をされ、グロックは近くの椅子に腰掛けた。

「ZeuS事件の事をまだほじくり返してる連中は、あんたらだけじゃないって事だ。どうもその女はお前さんと、その両親....んで、百崎 翼との関係を嗅ぎ回っている」

「女って.....一体誰の話をしている」

暫し間を置き、グロックは口を開いた。

「神宮寺 英梨だ。お前もよく知ってるだろ?何かしらで協力してんだからよ」

「あの人が....成程、理解は出来る....実感の無い記憶ばかり持ってる俺に当たるよりは、確実だものな」

「だから奴にも気をつけろ。背中を刺されるようなことにならねぇ様にな?Ciao!」

グロックはそう言うとリョウマの肩を叩き、そのまま姿を消した。ひとり残されたリョウマは現実でもやらねばならぬ事が増え、胃が痛みそうだった。

「皆は先に戻ったみたいだな....まぁ、それはそれでいいか...」

ウィンドウからカレンダーを呼び出すと、今日の日付を見て唇を噛んだ。

「確かに今日だったな......舞夜......」

リョウマはすぐにダイバーズから意識を引き戻した。

 

やはり弘も奏もラボを後にしていたようで、荷物が消えていた。諒馬は一通り忘れ物が無いか確かめた後、ロッカーからスーツを出して着替え始めた。そしてラボを出て車に乗り込み、エンジンをかけた。これから向かう場所は、諒馬にとってある意味かけがえのない地である。東京からはそれなりの距離があり、道中で花束を買いながら向かう事にした。1時間近く高速道路を走り、少し脇道を通ると片田舎の景色が見えてきた。砂利道に車を停め、花束を片手に進んだ先は墓地だった。目的の墓の前に立ち止まり、花束を置いて合掌する。

「まぁ....今年もいらしてたんですね?」

「どうも......去年本当に亡くなったと聞いた時から、毎年会いに行こうと決めていたもので」

少し老いた女性が現れ、諒馬は挨拶しながら立ち上がり墓石に水を掛けた。墓石には、"比良坂 舞夜"と刻まれていた。

「ありがとうごさいます。きっと娘も喜んでいると思います....旅立っても愛してくれる人がいるんですから」

「私はそんなんじゃ.....」

言いよどむ諒馬に、舞夜の母は首を横に振った。

「以前にも仰ってましたね。でもそうやってご自身を責めないで下さい。....事件の話は聞いております。でもそれは、あなただって被害者の一人じゃありませんか」

「だけど実験に加担して、命を奪ってしまったのは変わりのない事実です。償う事すら、烏滸がましいのは分かっています....」

諒馬は俯きながら墓を見つめ、無意識の内に拳を握っていた。ZeuSに入社してから、海外支社に赴任する前日までの記憶が、実感の無いものばかりなのが歯痒くて仕方が無かった。舞夜の母は諒馬を家へと招き入れた。諒馬の立場からすれば、舞夜の実家である。この時代にしては敷地が広く、古風な日本式の邸宅と言った趣がある。先祖代々地主だったらしく、農業も営んでいたと言うから納得がいく。だが夫婦は高齢で生前の舞夜も継ぐことは考えていなかった事もあり、近い内に引っ越す事になるらしい。舞夜の母はそんな話をしながら、タンスからある物を取り出して諒馬に差し出した。

「先週見つかったんです。手紙も一緒だったので、きっと水崎さんにプレゼントする予定だったかと」

「これを....私にですか?」

真っ白な小さいが長い箱と、便箋が1通。諒馬は先に箱の封を開けた。中には緑地に黄色のラインが入ったネクタイが。ネクタイの大剣の裏には、赤と青の糸で刺繍された鳳凰が描かれていた。ネクタイピンまで付属しており、歯車の刻印がなされている。諒馬はこれを見た瞬間言葉を失った。唯一残っていた記憶、実験の直前に舞夜から聞いた言葉が蘇る。生前の彼女は、快活のそのもので開発チームのムードメーカーだった。実感が薄くとも、これだけは嘘ではないとはっきり言える事だった。諒馬はネクタイを握りしめ項垂れ、肩を震わせた。

「俺は.....君を失いたくなかった....!」

嗚咽混じりに吐き出される、舞夜への感情。今まで全く人を愛せなかった彼が、唯一心を寄せられた人間。それが比良坂 舞夜だったのだ。ダイバーズで再会した彼女も間違いなく本物だが、何かを失った形でしかなく諒馬は言いようの無い恐怖を感じていた。否、聞くのが怖かっただけに過ぎなかった。少し落ち着いてきた頃に、舞夜の母が戻って来た。盆に湯呑みとお茶請けのお菓子が乗っていた。

「あの娘がここまで好きになるなんて、やはりあなたは悪い事をするような方では無いわ....最後に家に帰ってきた日、"結婚したい人ができた"って喜んでたもの」

「それが俺だった....何て冗談なんだ....。今更ですけど、俺は事件の事はざっとしか話してないはずです。なのにそこまで知ってる様な言い方を....?」

墓前での会話に引っかかりを感じていた。前に来た時は事件について、自分が関わった事と舞夜の命を奪ってしまった事への謝罪しかしていなかった。本来ならただ責められるだけのはずが、諒馬まで被害者の一人だったと理解されているのは妙な話だった。

「朝方来たんです....記者の方が。確か、神宮寺...と仰ってました」

「神宮寺.....!?何でここに....何の為に....?」

舞夜とは無関係である、英梨がこの家の場所を知っていた。記者である以上どこかの伝を使えば知ることも出来ようが、いきなりやって来て接触を図るのは常識外である。挙句ZeuS事件の話をしてしまった。諒馬は彼女までも敵に回ろうとしているのか、全く推し量れず戸惑いを隠せなかった。

 

東京拘置所。ある一室を訪れたのはシューインこと、東郷 純一だった。面会の相手はあの百崎 翼である。何故か監視の為の警官が入出せず、面会室を壁を隔ててこそいるが、純一と翼だけしかいなかった。

「やはりあなたの予測通り、水崎は動き始めました。指示に従いビルドシステムの開発も進めさせています」

「そうか....監査法人もこのタイミングで全てを回収しきるつもりなのだろう。東郷...次の手はすぐに実行出来るのか」

翼の態度は英梨が来た時とは180度変わって、以前のような雰囲気に戻っていた。かつての戦いで大きな犠牲を払ったが、事前に対策を講じていた。それが間に合った結果、その犠牲すら帳消しに出来たのだ。買収した弁護士を利用して自らを偽り、刑事もジャーナリストである英梨さえも欺くのに成功していた。

「問題ありません。新たな戦力の確保も完了しています。後はジプシーにビルドレイザーのデータを採らせるだけです」

「排除せねばならぬ敵は3つ。一つはROMANESQUEの記者....神宮寺。もう1つは門松教授....最後は行方を眩ませた徹・アルマーニュ....それさえ潰えてくれれば、私の目的に大きく近づける。アーネストには息のかかった者達もいる。なれば後一歩、か」

「承知しております。これにて報告は以上です。失礼致します」

純一は深々と礼をすると面会室を後にした。

「旦那もよく働くねぇ〜....」

待合室へ向かおうとした矢先、背後から声が聞こえた。振り向くとそこには40代そこらの、独特の色気を持った男が立っていた。グロック・ルーツこと結城 秀晃である。

「勝手にうろつかないでもらえますか。迷惑行為以外の何物でもありませんよ」

純一はため息混じりに呟き、待合室に向かった。いきなり後ろから何かが飛んできたので、すかさずキャッチするとその物体の正体は、缶コーヒーだった。秀晃は拍手をする素振りを見せながら、席に座った。

「Bravo!真後ろから不意討ちのつもりだったんだがなぁ...やっぱお宅、後ろにも目がついてんじゃないの?」

「もし取れなければ私は怪我をしていたと言う訳ですか....警察の目の前でよくそんな事できますね」

「誰の目にも事故としか映らねぇだろ、こんな事。しっかし、あの百崎 翼.....転んでもただでは起きないって所は凄いよなぁ。これじゃあ倒してくれた連中も、どうなる事やら」

「自身の敗北も、計算の内だった....そう言われれば今回の動きにも納得が行く。我々は彼の行動をより早めるための、下地を作る事に専念すれば良い」

翼は自らの退陣までも視野に入れていたのだろうか。純一もそれは計りかねていた。しかし現実に諒馬が動き出して、かつてのZeuSの存在が世間に再び知られようとしているならば、影響力を取り戻して蘇ることは簡単にできてしまう。翼が警察の一部を買収したと言うのだから、準備さえ済んでしまえば取引に及ぶのは容易に想像できる。

(なるほどねぇ.....悪い事じゃあないんだが、先に一枚噛ませといて正解だったかもな)

待合室を去る純一を横目で眺めつつ、秀晃は欠伸をした。

「そうだ.....後一歩で、ダイバーズはこのまま歴史を刻むんだ。なぜお前はそれをリセットしようとするんだ....水崎」

純一は空を睨むように見上げ、拳を硬く握った。あれ程の凄惨な事件を経ても、ダイバーズをこのまま残していても問題は無いはずだった。しかし諒馬の行動はそんな動きに逆行するものでしか無い。純一の目には、これまでの歴史を無かった事にしようとしているとしか思えなかった。ビルドシステムが本当にダイバーズを変えるとも信じていない。自身も使って見て感じたのは、ただ一方的に相手を嬲り殺すだけの力そのものである。このような物が実装される前に翼によって凍結されたのならば、それは間違った判断では無いはずだ。やがて目の前に1台の車が止まった。純一はドアを開き助手席に座った。

「城島か。ビルドレイザーのデータは?」

運転席にいる女、"城島 結利香"は問われるとやや申し訳無さげに純一を見た。

「申し訳ありません、データは採れましたが....要求量には届きませんでした」

「いや何....こちらも要求し過ぎたと思っていたから、不問にしておこう。今のビルドレイザーでは、まだこちらが求める力には到達していないだろう」

城島はアクセルを踏み、エンジンを始動させた。

「あそこに収監されているのですね?百崎 翼は」

「でなければ何故私がこんな所まで出向く必要がある」

純一は適当に返し、膝の上でノートマシンを開いた。

「ふふっ.....それもそうでしたね」

車は拘置所からアーネスト本社社屋の地下駐車場へ向かう。道中で検問が実施されていたが、特に気にせず車を走らせる。

「イフリートコラプスも調整が済んでいる。後はそちらのノアールロータスにも、手を着けておきたい」

駐車した直後、純一からノートマシンの画面を見せられた。どうやら先程の戦闘リプレイから純一が改良プランを見繕っていたようだ。結利香はその内容に目を通し、小さく頷いた。

「大規模な改修は望みませんが、ライフルの静音性....でしょうか」

「であればそれで行こう。裏からいじれば簡単にできる内容だ」

 

用事が済み、ラボへ戻ろうと家の敷地を出た矢先、諒馬はハンチングキャップを被った銀髪の女と鉢合わせした。否、待ち伏せされていた。入ってきた時は別の場所から進んだ為に分からなかった。

「いつからここにいたんですか....神宮寺さん」

ゆっくりと歩み寄り、帽子のつばを上げ笑みを浮かべたのは、やはり英梨だった。

「いやぁ〜、今しがた戻って来たばかり。いやいや、嘘じゃないですよ?」

「まぁ、それはいい....それより聞きたい事があります。何故事件の内容を話したんですか。あのまま何も言わなければ、ただ俺が恨まれるだけで済んだかも知れないのに!」

「あぁ〜それね。実は私、そちらの事も同時に調べてたのよ。当事者....と言うか被害者とも顔見知りだったから急いで裏取って、事実をありのまま話してきた。だってこれからダイバーズを元に戻そうとする人が、ずっと憎まれっぱなしじゃぁね?」

英梨はそう言うと笑顔を消して、訝しむような顔で諒馬を見つめた。

「でもね、あなたもあなたで胡散臭くなってきたなぁってね。事件の当事者で、しかもZeuSの人間だったのに何も話さないなんてさ」

「よく言われる。だけど俺は、ZeuSに入社してからの記憶は殆ど無い。何でこうなったのか、知っているだけで覚えてはいない....だから何もかも実感が薄すぎる」

「知っているだけで、覚えてない?」

「全部門松教授とニュース、掘り出してきた資料から事件の内容に触れた....そんだけだ。もうあなたには色々頼めなくなって来ました。俺の事まで調べ上げる気なら、勝手にしてください」

諒馬は吐き捨てるように言い残し、自らの車に乗ろうとするが英梨はそれを呼び止めた。

「だったらこれは知らなかったと思うけど?あなたのご両親が、百崎 翼の下で何を研究して、何をやらかそうとしてたのか」

両親と聞き諒馬はドアを閉めようとする手を止めた。聞いた話では、諒馬と同じくZeuSで働いていたのと、翼に強く心酔していた事しか知らない。諒馬の視界が歪み、英梨を凝視した。

「やめろ....あんな奴らの話なんて....!」

「でも知らなきゃなんない事だし、遅かれ早かれ向こうも知ってるから手札に使われるでしょ?追々詳しい事は調べるけど、確実な事は言える。どう?知りたい?今ならタダで教えたげる」

英梨の予測は尤もだった。アーネストの連中、特にシューインの一派であればその事実を振りかざして、諒馬を再起不能に陥れる可能性が高い。そうなる前に知っておけばそのリスクは回避出来る。しかし、心から憎しみを感じていた両親の話など、諒馬は聞きたくもなかった。だが、聞かねば余計な苦しみを味わうのもまた事実だった。英梨の次の一言が、否応無しに覚悟を決めさせた。

「比良坂 舞夜さんが命を落としたのは、向こうの連中によって仕組まれた事....だとしたら?」

「舞夜が.....!?何の冗談だ!そんな事は誰も言ってなかった....!!」

「そう。教授も多分知らなかった....と言うかあの人も聞いただけだと思う。だから言えなかったのよ....確証なんてなかったんだから....あ、ちょっと話まだ終わってないでしょ!?」

「確証がないなら話さないでくれ....だけど知らなきゃマズいってのは分かった。詳細がハッキリしたら聞かせてもらう....それが最後になるはずだ」

そう言うと諒馬はドアを勢いよく閉じ、車を発進させた。英梨は去り行く車を遠目に見送りながら、石垣に寄りかかった。

「ええ、言われなくても調べてやるわよ....上塗りの記憶しかない人に、救わせるわけには行かないもの。それも違う意味で"自分を失っている"んだから....」




[次 回 予 告]
英梨から両親にまつわる事実に触れられそうになり、動揺する諒馬。それは戦いにも現れ、判断力を失いかける。そんな状況にも構いなく現れるアーネストの手先達。その中にはあのビルドシステムを搭載したイフリートも、黒いウヴァルも居た。

次回、創造戦士ガンプラダイバーズSide:Genius
File.12 CRUELな宣告


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.12 CRUELな宣告

ダイバーズの交流広場第6区画、その某所。ジプシー・ノアールは、プラネタリウムドームのような場所を訪れた。ただ鑑賞をしに来たというわけではない。何より天井には何の光も灯っておらず、暗闇と非常灯を除いては何も見えなかった。

「やっぱり待っていてくれたのね。リゲル・エンデバー君」

腕時計を操作し、側面についたライトで照らした。一番奥の席に向かってゆっくりと歩み寄り、そこに座る人物の耳元で囁いた。

「........また僕なのか....もう勘弁してくれ.....!」

青年は頭を抱え、ジプシーの声を聞くまいと首を振った。ジプシーは彼の隣に腰掛け、じっと様子を眺めた。

「私だってこんな事はしたくないです。でも私一人じゃどうにもならなくて....あなただってしたいんでしょ?家族を奪った人への復讐」

青年の耳に入った言葉がトリガーとなったのか、彼は手を震わせ悲鳴を上げた。唐突に沸き起こる怒り、嘆き、苦しみ、恨み。その全てが同時に青年の脳に押しかけて、精神の安定が崩れていく。

「僕が殺したいのは奴だけだ!!関係のない人なんて巻き込みたくない!!ぁああ.....うわぁあああ!!!」

彼の叫びをジプシーは苦痛さを滲ませた顔で聞いていた。やはり彼を利用する気にはなれなかった。いくら装ってみても彼女自身の根となる部分が邪魔をする。

(だけどやらなきゃ行けないのよ。私の正義がそうしろって言うんだから)

 

ZeuSの敷地内にあるラボの地下室に、諒馬は戻って来た。雨が降っていた為か全身ずぶ濡れだった。

「雨が降るなんて聞いてねぇよ....最悪だ」

隣の部屋に向かい、ロッカーから新しい服を出して着替え始めた。鏡に映る背中だが、首の付け根付近に深く刻まれた傷が。どこかで怪我をしたというよりは、手術痕のようにも見えた。着替え終わる頃にラボの方から奏の声が聞こえた。諒馬は急いでパーカーを着ると、ラボへ向かった。

「あ、水崎さん。お疲れ様です」

「雨凄かったろ?俺とした事が予報見てなかったからびっくりした」

「確かに....バスがかなり遅れるくらいでしたから」

「あれ?常岡のやつは?」

奏は来ているが、弘の姿はなかった。諒馬は給湯室でコーヒーを淹れ、奏のデスクに置いた。

「多分バスとかの遅れかと....ありがとうございます」

「そっか.....ちと席外すから待ってるか先にダイバーズに行っててくれ」

諒馬はそう言い残し、部屋を後にして再びロッカールームに入った。昨日遭遇した、英梨からの一言が諒馬の頭の中をグルグルと回っていた。

『比良坂 舞夜さんが命を落とした事が、実は誰かに仕組まれた事だとしたら....?』

舞夜の死は諒馬自身が招いた事だったはずが、その裏で陰謀が絡んでいた。不確定な事でありながら諒馬の胸中に渦巻き続ける、不気味な感覚に彼女の言葉の現実味を感じつつあった。

「そんな馬鹿な事が.....俺が殺してしまったんじゃなかったのか.....」

自分が恨まれ続ければそれで済んだこと。しかし諒馬の覚悟とは裏腹に変わりつつある真実は、彼を追い詰めようとしていた。実感のない記憶しかない彼には、情報と記録以外に頼れるものがない。地下の入口からドアが開く音がした。弘が到着したようだ。諒馬はすぐさまロッカールームを出てラボに戻った。

「悪りぃ、遅れた〜.....!」

弘がタオルで髪を拭いながらドラグハートをデスクの上に置いた。

「まぁ、仕方ない。この雨だったんだ。さて始めるぞ」

諒馬と弘はそれぞれの椅子に座り、ダイバーズの世界へと飛び込んだ。交流広場第8区画。国際ネットワークの中でも特に再開発が進んでおり、嘗ての面影は消え失せSF映画の様な未来都市となっていた。先にスワンが来ており、リョウマらの到着に気づきオープンテラスから出て来た。

「後は比良坂さんだけですね....全くお姿見ないですけど」

「舞夜なら後で来るはずだ。スワン、どうした?」

リョウマにはスワンの様子がおかしく見え、歩みを止めた。

「本当の話を聞かせてください。比良坂さんは....!水崎さん!」

リョウマが無視して立ち去ろうとし、スワンは食い下がらんと着いてきた。弘は何事か分からず、ただ呆然と見ていた。しかし妙な気配を感じ取り、思わず振り返った。黒いスーツ姿の女と、その後ろを歩く男。全体にウェーブのかかった髪型を見て弘は愕然とした。

「.......まさか....!?」

リョウマはふと気配の少なさに気づき、スワンを避けて周囲を眺めた。どこにも弘の姿は無く、二人の間に悪い予感が過ぎった。スワンも同じことを考えていた。

「水崎さん....!」

「あのバカどこに行きやがった!」

来た道を逆行して走り、弘の捜索を始めた。ログインステータスを確認した所、彼の居場所はこの区画の中との事だが、ここまで様変わりしたのであればリョウマにも探し出すのは困難だ。駅と思しき建物の前で舞夜にぶつかり、二人揃ってよろけた。

「どうしたのですか、諒馬....!」

「ま、舞夜....!弘の奴がいなくなっちまったんで、今探してる所だ。お前の手も借りたい」

「.....了解。発見次第連絡します」

舞夜は頷き、電子の揺らぎと共に姿を消した。思いもよらぬタイミングで出くわし、話が出来ずじまいとなった。

 

「望!どこに居んだよ返事しろ!...クソッ....見失った....けどアイツは間違いねぇ...望なんだ....!」

弘は路地の奥までやって来ており、対象の人物を見つけられずに苛立ち混じりに壁を殴った。それでも諦めきれず、路地を抜けて大通りに出た。その様子を窓屋根から眺める男が一人。グロックだ。近くを通りかかろうとした弘を呼び止め、飛び降りた。

「何かお探しかい?」

いきなり屋根から飛び降りて来た男に弘は絶叫し、大きく後退りした。

「どっから出て来てんだよアンタ!?....や、屋根から....??」

「そんなこたぁどうだっていいんだろ?お前さんが探してるのはコイツかな?」

グロックがジャケットの中から出してきた写真。弘はそれを見るや引っ掴むようにして奪い取り、凝視する。やや全体的にウェーブのかかった髪に、とてもスポーツ選手とは思えぬ顔立ち。間違いないと弘は確信した。

「な、何で分かった?」

「今しがた鉢合わせしたもんで。けどを彼を連れていた女....割と悪い噂ばかりだ。きっと彼は利用されてる」

女、と反芻しながら記憶を辿る。確かに一瞬だけだが、望と見られる男と一緒に女のような人影もいた。弘はグロックに視線を戻すや否や、すぐに走り出した。

「マジかよ....!済まねえ、助かったぞ!」

走り去る弘を、グロックは溜息をつきながら見送りサングラスをかけた。

「間接的にあの"子猫ちゃん"を潰さにゃあならん....ま、俺が手を下すより早いだろうさ....お?やっぱり来たか」

足音のする方へ目を向けると、リョウマの姿が。リョウマは左右を見渡しながらこちらへ向かっていた。だが向こうにも気づかれ、緊張が走った。

「やぁ水崎君。随分と慌てているな?」

「今はお前に構ってはいられない。退け」

「おいおいそれでいいのか?」

そのまま通り過ぎようとするリョウマの肩を掴み引き寄せた。互いに睨み合い、一瞬の静寂が訪れる。

「どう言うつもりだ?」

「次のお前さんの予定を言い当ててやろうか。ブルームーンに接触して、JOKER事件に関する情報を手に入れる。違うか?」

何の脈絡も無く言い当てられ、リョウマは驚きを隠せなかった。言葉を発さなくなった彼に追い打ちをかけるかの如く、グロックは続けた。

「けど残念だったなぁ。ブルームーンはもう存在しない。時代の流れだ。そういう自警団的組織は今のダイバーズにそぐわない。だから解体されたとしてもおかしくは....ねぇよな?」

「解体....だと....?馬鹿な!そんな話は聞いた覚えがない!」

そんな話は初耳だった。リョウマは狼狽し視線を別の方に逸した。

「信じるも信じないもお前の自由だ、水崎 諒馬君。あぁそう、お前さんが探してる奴はあっちに行ったよ。これは嘘でもなんでもねぇ。それじゃ、Ciao!」

「待て!ブルームーンが解体されたと言うなら、何故話が広がらない!」

リョウマが問い質そうとしたが、グロックはヘラヘラと笑いどこかへと去ってしまった。

「一体何だってんだよ.....ブルームーンが消えたって......もしかして"アント"も....」

近くの椅子に腰掛け、頭を抱えた。グロックの言った事から推測するに、ZeuSともう一つの事件に関わった組織は今はもう存在しなくなったと考えられる。もしそれが事実なら、リョウマの行動予定がすべて崩れ去ってしまう。振り出しに戻るということは無いにしても、これまでの流れからするとかなり状況が悪くなっている。突然リョウマの元に通知アラートがやって来た。

「あ、やべ......常岡の事すっかり忘れてた!最っ悪だ......」

リョウマはコートの襟を正し、急いで現場へ急行した。

 

「常岡さん!常岡さん!ここに居るんですか!?返事してください、常岡さん!」

テムズ川の側に建てられた金色の時計塔ビッグ・ベン。その上空を飛行するF91-M。イギリス・ロンドンを再現した街並みのバトルフィールドに、スワンはやって来た。一番最初に弘からの通知が来ていたので、取り急ぎ向かった次第である。しかしドラグハートの姿は見当たらず、スワンに不安を与えた。

「反応だけはあるのに、機体はどこにも.....なッ.....これは!?」

時計塔を支点に張り巡らされた緑のビームカーテン。スワンは既視感を覚えF91-Mに制動をかけた。廃棄コロニーで見たものと全く同じであった。

「だけどここを抜けなければ.....駄目、だよね....やるしかない」

リアアーマーからビームサーベルを引き抜き、光の糸を切り払いながら先へ進む。時計塔から離れ、市街地上空へ差し掛かった時。

「やっぱり....ッ!!」

左前方からビームの雨が降り注いできた。F91-Mは咄嗟にビームシールドを構えやり過ごし、ジェットペネトレイターのビームマシンガンを撃ち返しながら、公園の中心に着地した。しかし執拗に撃ち込まれる光の雨の、出処がつかめずスワンは防戦に持ち込まれる。スワンは注意深く敵の挙動を予測し、状況打開の機会を伺った。

「右へ左へ行ってる.....ジグザグ挙動なら!」

スワンの脳内に何かが閃く感覚がし、それに従ってレバーを動かした。F91-Mが左右に半円を描く軌道で地を滑走しつつ、サイドアーマーから予備のビームシールドを放り投げた。そのシールド発生器は投げた瞬間に爆発した。

「そこッ!!」

爆発した周囲をビームマシンガンで薙ぎ払い、敵を炙り出した。やはり敵は、流線型の装甲を纏う漆黒のMS―ノアールロータスだった。

「面白いやり方で探り当てましたね?でも猫は可愛がってあげないと、簡単に牙を剥くと分かっていて?」

ジプシーは看破される事など想定済みで、全く慌てることなくスワンの奇策を評価した。ノアールロータス自体の武器もかなり変わっていた。今までの様な茨の双剣ではなく、黒に染められた本体に緑に発光するパーツを嵌め込んだ、一組の盾と剣を得物にしている。リアアーマーにはビームアサルトライフルを懸架している。より中近距離戦を意識しているのだろうか。

「猫は実家でも飼ってましたから、世話の仕方くらいは!でも、今のとは何とも関係ありませんよ!」

F91-Mが地を蹴り、大きく羽撃いた。背部から翼状に伸びる"ミノフスキーブースター"のカバーが開き、青白い光を発する。それに逆行するかの様にノアールロータスは、建物の上にフワリと着地しV地を描くように他所へと飛び移った。緑光の網を華麗に潜り抜け、その隙間からビームアサルトライフルを放つその様は、まるで映画に出てくるような、腕利きの女スパイのようであった。

「ここまで来れたとしても、既にこの場所は私の独壇場になっているの」

「そんなの....!」

ビームシールドで光弾を払い除け、ビームサブマシンガンで応戦するF91-M。機体サイズの小ささを利用して小器用に潜り抜けるが、かなりの密度のビームカーテンだ。全方位から接触せぬように動かねばならず、スワンはかなり神経を使いながらの立ち回りを強いられた。しかし、ここで予想外の出来事に遭遇してしまう。F91-Mがビームマシンガンで網を撃ち破ったのと同時、ビームカーテンを伝う円筒形の端末が背後に回り、超弾速のビームを撃ち込んできたのだ。音も前触れもなく放たれる凶弾にスワンが対応できるはずも無く、コクピットを揺らす衝撃でコンソールに額を打ち付けた。F91-Mは鉄塔の中腹に衝突し、真っ逆さまに運河に落下した。

「きゃあっ!?ど、どこから.....敵は一人じゃない....嵌められたって事!?」

スワンは額を擦りながらレバーを前に倒し、機体を起き上がらせた。幸いにも川は浅かったようだが、内部に水が入り込んだとすれば一気に最悪な状況に傾くだろう。このゲームの水陸両用の利点はそこにあるのだが、F91-Mはどちらかと言えば宇宙での戦闘で強みが活きるタイプの機体だ。一時的であっても入水は百害あって一利なしである。F91-Mが水面から浮き上がり、幹線道路を滑走しながら空中へと飛翔した。その様子を遥か遠くから虎視眈々と見つめる異形の影。そのシルエットはまるで蜘蛛と人間を足したかの様。パラサイトスパイダー。この機体の名である。

「頼むから.....堕ちてくれ!」

コクピットに座するはリゲルだ。機体中央から射出したワイヤーにビームを這わせて、半永久的にビームカーテンを維持する機能を有し、これを利用してインコムを走らせて死角から敵を狙い撃つ。ノアールロータスが何の狙いがあってか、不得手な囮役をしているのでそれに合わせている。リゲルはF91-Mが浮き上がろうとするのを見逃さず、トリガーを押そうとするがその手前で真下からの衝撃に舌打ちした。

「おいテメェ!!話聞いてんのか!!望は何処だって聞いてんだよ!!」

パラサイトスパイダーが立っていた建物が真ん中を突き破られ、倒壊寸前になった。リゲルは急いで機体を急上昇させ、別の建物へ退避しようとしたが煙から飛び出した闘士―ドラグハートにしがみつかれ地面に引きずり降ろされた。

「何でこうしつこいんだ、弘!僕はやらなきゃいけないことをしているんだよ!」

ノアールロータス以外からの通信を遮断している為に、自分の正体を弘に知られずに済んでいる。腰の可変ユニット"ヲルターパラサイト"を分離させ、膝からビームサーベルを引き抜いた。だがドラグハートの拳はそれよりも数倍速く打ち出された。上段ストレートのパンチが僅かにずれたものの胸部装甲に命中し、更に膝蹴りが飛んできたがこれは何とか受け止め切った。

「ボクサーを目指してるって言うお前が蹴りなんて!」

「クソッタレが!いい加減喋りやがれッ!俺はお前なんかとやり合ってる暇はねぇッ!!」

弘はここに来るまでに強く感じ続けた気配を信じるしかなく、目の前に立ちはだかるパラサイトスパイダーから聞き出す事しか考えなかった。炎を纏った拳の乱打を浴びせ、腹部にアッパーカットを突き刺し、浮き上がった所へ手甲から発振させたビーム刃で真横一文字に斬りつけた。リゲルは機体を吹き飛ばされながらも器用に姿勢制御を行い、自分の得意な間合いまで距離を取った。しかしそれにしても、あのMFタイプの機体は妙に慣れた動きをしているように見えた。ジプシーから聞かされていたのは、弘が自分を探す為にダイバーズにやって来たと言う話と、バーニングガンダム系統が彼の機体に当たるという情報だけだった。確かに目の前にいるのはジプシーから齎された情報の通りだが、動きからしてゲームが苦手な弘ではないと思った。

「あれは弘じゃない....アイツがここまでやれるなんて事....ないよな.....だったらコイツは何なんだ....!」

パラサイトスパイダーが左腕からガトリングガンを展開し、砲火を開始しようとした矢先別方向からの射撃を受け、ドラグハートがバランスを崩して転倒した。建物の陰から現れたのは、左右対称のシルエットかつ十字の顔をしたガンダム・ウヴァルだった。そしてそのパイロットは―グロック・ルーツだ。

「やぁ待たせちゃったか?リゲル君。今日は旦那までここに来てっから失敗は出来ない。だから、俺が少し手を貸してやろうと思ってな?」

グロックの声を聞いた瞬間、リゲルは顔を憎しみで歪め唇をきゅっと結んだ。弘も新手の登場に驚きを隠せず、冷たい汗が服に滲んだ。

「あんな所にも隠れてやがったのか....聞いてねぇぞ....!でも関係ねぇッ!!俺がまとめてぶっ飛ばしてやらァ!!」

ドラグハートが飛び起き、猛烈な加速を以てウヴァルの懐に飛び込むが、拳の軌道を読まれたのか右手を引っ掴まれた。ウヴァルの十字の"目"が鈍く光り、それが弘を無意識に震え上がらせた。

「果敢にも立ち向かってきたお前を称して、教えてやるよ。これはウヴァルスターク....ま、お前さんのことだからすぐに忘れちまいそうだが?教えといて損はないと思うんで、取り敢えずな?」

ウヴァルスタークの左手はガンダムフレーム共通のパーツではなく、まるで悪魔の名を体現したかのような、鋭い爪を備えていた。

「これはほんのご挨拶だ」

爪がドラグハートの手甲に食い込み、じわりじわりと穴を穿ちはじめた。

 

リョウマのビルドレイザーはかなり遅れて、このバトルエリアに到着した。しかしリョウマの面持ちは、普段とは180度も変わって苦しげであった。今しがた聞かされたブルームーンの解体、そして先日に英梨がちらつかせた両親の話。その上弘の捜索も来ている。次から次へと状況が悪くなって行くせいで、リョウマ自身にも焦りが見え隠れしていた。

「.....街全体が罠になっている訳ね....滅茶苦茶だ」

リョウマはわざと落ち着き払ったかのように独り言ちり、ドラグハートの反応のある方向に進もうとした。その矢先、足元に何かが飛来し道路を爆砕した。ビルドレイザーが一旦後ろへステップし、煙の先を凝視した。爆煙から睨む"一つ目"。それを目にしたリョウマは全てを理解した。アーネストの刺客らによってこのロンドンの街全体が罠となり、何かを追ってきた弘を連れ戻そうとするリョウマ達を一度に始末する。もしくは弘達を餌にリョウマを引き摺り出し、抹殺するか。このどちらかに絞られた。いずれにせよ、こちらがアーネストの手によって誘き出されたのは違いない。

「まんまと釣られたってのか.....我ながら情けないな。あのイフリートまで現れるなんて、ただ事じゃない気もするけどな」

煙の中からゆらりと姿を見せるイフリートコラプス。

「また会えたな、水崎」

既に変声機能は使わず、シューインはそのままリョウマに語りかける。

「前程驚きはしないという事は、私が誰なのかすでに分かっているんだな?流石に忘れられてれば悲しくもなるが」

「開発チームの中で百崎 翼に最も近かったのは東郷さん、アンタだけだ。アーネストが絡んだのが分かった時点で疑念のような物はあった。余地無しって事さ」

リョウマは淡々と返し、コンソールに手を乗せた。

「こんなくだらない事をしてまで俺を懐柔したいのか?だとしたら、らしくない手を使ってんだな」

「お前の力は俺も信じていたからな....だが水崎夫妻の実験から全てが変わった。百崎社長は初めからそれを予見していた。仮想世界に新たな時代が来る事を。それがもうすぐ来ようとしている!それをお前に邪魔されるわけには行かない。だから排除すると決めたのだ」

「成程、分かりやすい。確かに俺の戦いは、そちらに逆行してるものな。だけど俺は.....ダイバーズを在るべき姿に戻す。それだけだ」

イフリートコラプスがヒートサーベルを引き抜き、ビルドレイザーも両手を翳しフラガラッハ3ビームソードを形成した。両者は睨み合いつつ攻撃の機会を伺う。この静寂を破るのは、どちらが先か。




[次回予告]
弘の独断専行を諒馬に咎められるのは最早逃れる事のできない話だった。しかしあの蜘蛛のMSこそ弘が探していた親友が乗っていると信じて疑わなかった。

その頃、比良坂 舞夜は転移ポイントを書き換えられ、別のバトルエリアへと閉じ込められてしまう。そこで彼女は蒼穹のガンダムと邂逅を果たす。

次回、創造戦士ガンプラダイバーズSide:Genius
File.13 告死するBLUEBIRD


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.13 告死するBLUEBIRD

[これまでの創造戦士ガンプラダイバーズSide:Genius]
突然姿を消した弘を追い、交流広場第8区画へやって来た諒馬達。リョウマはそこでグロックと遭遇し、ブルームーンと呼ばれる組織が解体された事を告げられ、動揺してしまう。一方の弘は親友である望の気配を信じ、一人バトルエリアへ飛び込むのであった。


ビルドレイザーとイフリートコラプス。両者の間に訪れた静寂を先に破ったのは、前者だった。動き出してからすぐにフラガラッハ3を消滅させ、GNソードⅡロングを二振りを形成しX字に斬りつける。イフリートコラプスもすぐにヒートサーベルを振り上げ一の太刀を受け止め、二の太刀も同様に防ぐとサイドアーマーからダートビットを射出した。ビルドレイザーは素早く反応して、ヒートサーベルを支店に飛び退き、頭部バルカンでダートビットを次々と破壊する。そのままバーニアの推力を上げ真下からの掬い上げるように斬撃を加え、その反動を利用して一気に振り下ろした。しかしイフリートコラプスはそれにも見事に対応した。最初の斬り上げは敢えて刀身で受け切り、破壊させてから再度ビルドアップして再生させた。これで刃こぼれしたとしても、瞬時に攻撃力を取り戻せる。そして振り下ろされたGNソードⅡロングの重撃を、交差斬りによる衝撃波で弾き返した。リョウマはシューインもとい、東郷 純一がダイバーズをしたことが無いと思いこんでいたため、少しの戸惑いを感じた。

「割にやる.....!て事はこの為だけに始めたんじゃないのかよ」

「戯け。私がこれを始めたのは初めからお前を消すためだ」

イフリートコラプスが駆け出し接近すると見るや、ビルドレイザーは僅かに下がりつつ、GNソードⅡロングをソードモードからライフルモードに切り替え、三日月型のビームを放った。範囲の広いビームなら、真横に避けられたとしてもダメージは与えられると踏んでの選択であった。だがイフリートコラプスはリョウマのそんな予想を簡単に裏切った。突然倒れ込む様にして地面スレスレを飛び、ワイドカッター状のビームを躱した後、バレルロールしながらビルドレイザーの真横に着地したのだ。これにはリョウマも舌を巻いた。

「何だよ.....簡単に避けるなんて....!?」

「これ位造作も無い。この為だけに作られたイフリートを、舐めてもらっては困る」

イフリートコラプスが放つ突きを、ビルドレイザーは仰け反って回避、GNソードⅡロングを放り投げ次の武器を形成した。

「クソ.....こうなったらこれでやってみる!ダブルビルドアップ!」

ビルドレイザーはすぐさまイフリートコラプスの腹に横蹴りを食らわせ、距離を作ると右腕と両足に光が集まった。右腕には前腕を覆う程の大きさの、先端部がドリルの近接武器"ドリルクラッシャー"、両足は形を変え爪先が鋭利になり踵には微細な刃を生やしたホイールを生成した。地を滑るように駆け回り、ジグザグに動きながらドリルクラッシャーをすれ違いざまに叩き込む。奇妙な挙動変化にシューインは眉を顰め、歯を食いしばる。

「なんて動きだ!ふざけているのか!」

「遊びなんかでこんな事やるかよ!東郷さん、アンタは何で今の今までアーネストに手を貸した!?ダイバーズの傷跡を広げるような真似までして、何がしたいんだ!!」

ビルドレイザーが助走をつけて飛び上がり、勢いと質量を上乗せしてドリルクラッシャーを叩きつけた。イフリートコラプスは衝撃を受けながらも踏ん張り、カウンター気味に再形成したヒートサーベルをビルドレイザーの首元に向けた。

「負の遺産は遺産として後世に残し、二度とあの様な惨事を引き起こさぬ決意を示す為だ....!何も間違ってないだろう。だがお前はどうだ?全てを浄化して無かった事にするだけだ。そんな事で前に進めると思うのか!?」

「俺はただ、その傷跡を利用してダイバーズをまた人が人であるのを失わせる、そんな道具なんかにされたくないだけだ!そうならない為にも、ビルドシステムは必要だし完成させる!ダイバーズを本来の姿に戻してやらなきゃ、また同じ過ちだけが繰り返される!東郷さん....アンタのやってる事はZeuSが....百崎が作ってきた歴史を、また歩むだけになるんだぞ!それを分かれってんだよッ!!」

辛うじて堰き止めていた左手のヒートサーベルが砕け、ドリルクラッシャーの一撃が胴部装甲を抉った。高トルク回転による衝撃は並のものではなく、イフリートコラプスを弾き飛ばす程の力を見せた。しかしイフリートコラプスも反射的に、ヒートサーベルを振り上げておりビルドレイザーの顔面に裂傷を負わせた。左の青い眼が潰され、モニターに激しいノイズが走るようになった。リョウマも左腕に強い痺れを感じたが、まだ戦いを諦めるつもりはない。

「ヤバくなってきたな.....だけど後には引かないって決めてるしな....最悪だ」

 

F91-Mは限界稼働に移行し、残像を発しながら空中を縦横無尽に駆け回る。ビームカーテンを次々と寸断し、動きやすい環境へと作り変えていく。無論ノアールロータスを追い続けているのには変わりはない。ビームサブマシンガンと、ジェットペネトレイターのビームマシンガンを斉射しながら、行先を詰め続けた。しかしノアールロータスはムーンサルトも絡めた鮮やかな回避行動を見せ、鉄塔を蹴りつけてF91-Mを飛び越えた。

「悪いけど、まだあなたには負けられないのよ」

飛び越えながら身をよじらせ、ビームアサルトライフルを頭上から撃ち込んだ。スワンが上手く反応したお陰で最低限の被弾で済んだが、そこから即座にノアールロータスの飛び蹴りがシールド発生器に命中、破壊したままくるりとF91-Mの腕の上に乗り上げ、顔面に強烈な回し蹴りをぶつけ撥ね飛ばした。

「な、なんて強さ....!!完全に不利を取られてる.....!」

スワンが思うに、F91-Mとノアールロータスはほぼ似たコンセプトで作られている。しかし両者は高機動+白兵戦向きでありながら決定的な違いがあった。F91-Mはミノフスキーブースターと限界稼働による爆発的な加速を以て、相手を貫く。謂わば直線機動に強みを持つ機体。ところがノアールロータスは、高機動型としては最低限の加速性能だがその分取り回しの良い武装を持ち、身軽かつ高い運動性からくる旋回能力で相手を翻弄し弱点を突く、小回りの良さが強みとして機能している。そう言った違いがあるのだ。AMBACを最大限活用したとしても、追い縋れる保証は全くと言っていいほど無い。スワンの"機体の強みを先鋭化させる"手法が、このノアールロータスを相手する時に仇となりやすかったのである。だがここで引き下がるのは、スワン―奏に流れている血が許さなかった。

「まだ勝機があるかも知れない.....ここまま引き下がりません!」

スラスター噴射で起き上がると、再びミノフスキーブースターの出力を上げた。F91-Mの背中からまるで翼が生えるかのように光を発し、あっという間に上空へと飛翔させた。そのまま揺らめく光の翼を雄々しく羽撃かせ、翡翠の如く急降下した。ジプシーは「懲りないわね」と笑みを見せ、ノアールロータスをジャンプさせ攻撃を躱した。しかしスワンはこれが狙いだった。

「少しでも可能性があるなら、私はそれを物にする.....そうだよね、レイ!」

スワンは胸に拳を当て祈るように瞼を閉じ、大きく見開いた。コンソールの上に高精度スコープモニタが迫り出され、ジェットペネトレイターの先端部にロックオン表示がなされた。スワンは手早く照準を合わせると、間髪入れず引き金を引いた。ジェットペネトレイターの刀身の基部、その周辺から一瞬放電しブースターを点火させて本体から勢いよく射出し、更に加速をかけながら突き進んでいく。

「ショットランサーとでも言うの!?は、速すぎるッ.....えぇい!!」

ジプシーは自らの反応の遅れを呪った。ビームアサルトライフルを放り投げ身代わりにして、槍身を巻き込んで爆破しようとした。しかしその目論見はいとも容易く破られてしまう。ジェットペネトレイターはビームアサルトライフルを秒もかからず貫通し、勢いを殺さぬどころかますます強めてノアールロータスのシールドを左腕ごと貫き、そのまま切り落としてしまった。そこから続けざまに、ジェットペネトレイター本体を放棄したF91-Mが、両手にビームサーベルを持ち斬りかかる。

「今度こそは倒します!どうかご覚悟を!!」

「私は私の正義を貫き通す.....!こんな所でやられる訳には!」

袈裟に振り下ろされるビームサーベルめがけ、ノアールロータスは剣を叩きつけた。緑の刀身は淡い光を放つとビームサーベルの出力を奪い、掻き消したのだ。

「こ、これは!?サーベルが吸い込まれる.....!?」

未知の機能にスワンは当惑し、思考が止まりかけた。その隙を突いてノアールロータスは一回転して勢いをつけ、緑の光を帯びた黒い剣でF91-Mの胸部を突き刺し、蹴り飛ばして叩き落とすとジプシーは迷わずノアールロータスを戦場から離脱させた。

「後数ミリ秒でも遅れたら......取り敢えず、戦力の分散は出来たから私の仕事はここまで....本当、下手したらやられてたわね....!」

F91-Mやスワンにではなく、ジェットペネトレイターの恐ろしさを評価する。どう見ても機体に不釣り合いな武器でしかないが、単体で見ると非常に魅力的に映った。一方F91-Mは建物を何棟も突き破りながら吹き飛ばされ、最終的に公園の大地に叩きつけられた。

「逃げられるなんて.....!ごめんなさい、水崎さん....常岡さん....お役に立てなかった....!」

スワンはコンソールに突っ伏し、肩を震わせた。上手く行ったはずの賭けが見事にひっくり返された挙句、完全にとどめを刺すこともなく見逃された。悔しさが募り、溢れてくる涙を流すのでさえ許し難かった。そのまま機体は爆発し、光となって消えた。もちろんスワンは死ぬことも無ければ、"自分を失う"事もない。だが、その無念さは容易に想像できるだろう。

 

リゲルはこの状況を利用できるのでは無いかと考えた。急遽加勢したウヴァルスタークと、自分の正体に気づかず対峙してきたドラグハート。リゲルとしてはドラグハートの攻撃の矛先を上手くウヴァルスタークに仕向けたかった。そうすればきっと、弘は自分に気づく糸口を見つけてくれると思った。

(考えろ、考えるんだ.....どうすれば弘の攻撃を全て奴に向けられるか.....考えるんだ!)

一歩引いた位置から戦いに参加しつつ、そのタイミングを狙う。ウヴァルスタークは両肩のシールド先端からビームサーベルを伸ばし、左右から挟み込む形で斬りつけた。ドラグハートが両腕から発したバリアフィールドで弾き、即座に拳撃に移った。だがウヴァルスタークに全て読まれ、簡単にいなされてしまった。

「おいおいそんな事じゃ強くなれねぇぞ?お前さんが倒したいのは俺じゃないのか?」

グロックがさも心配げに言い放ち、弘は頭に血が上る思いがした。

「うるせぇ!いきなり割り込んできやがって!お前みたいなのが一番気に食わねぇんだ!!」

ドラグハートが右足に青い炎を纏わせ、ハイキックを仕掛けた。ウヴァルスタークは肘の一撃で衝撃を相殺し、逆に足を掴んでドラグハートを投げ飛ばした。

「クソッ.....何なんだこの強さは!」

「年季が違うんだよ。それに頭も使わなきゃこのゲームには勝てない。昔っからそう言う物なのさ」

グロックの口振りはその殆どが弘の神経を逆撫でする物ばかりだった。両方の声を聞ける立場のリゲルには、彼の意図が読めなかった。

「リゲル君戦ってるかい?命握られてんだぜ?もうちょっと仕事してくれないと、困るなぁ」

ウヴァルスタークに肩を叩かれ、コクピットが揺れた。リゲルは舌打ちし、レバーを前に倒した。

「黙れぇえ!!」

パラサイトスパイダーがドラグハートに飛び膝蹴りを浴びせ、腕の3連装マシンガンを接射した。ドラグハートがよろけた所へ、すかさずヲルタースパイダーを呼び寄せ突進させ、更に大きく弾き飛ばした。

「がぁッ.....!?マジで.....手に負えねぇ....けどなぁ.....俺だって負けらんねぇんだよッ!アイツを....望を連れ戻すまでは、負けるわけには行かねぇッ!!!」

弘の闘争心に呼応し、ドラグハートの両肩から青と金の炎が噴き出した。全身のクリアパーツからも赤い炎を滾らせ、まるで炎神のような姿となった。

「ビルドアップ!俺だってな...やれるんだよ!」

ドラグハートが前に手をかざすと、炎と光が集まり、内から吹き出す風と混ざり合い生まれたのはストームブレイドだ。

「うぉおおおおりゃあああ!!」

一気に駆け出し、最上段から振り下ろした。パラサイトスパイダーは直ぐにサーベルを突き上げて跳ね返すが、あまりの剣圧の強さにリゲルの手が痺れた。

「あれぇ、こっちにもビルドシステムがあったのかぁ.....初っ端から安売りしてんのかね、アレ」

ウヴァルスタークはリアアーマーに懸架していた、大型武装に手をかけた。それはMSの全長に匹敵する大きさのチェーンソーだった。刃先を地面に滑らせながらゆっくりと歩み寄り、パラサイトスパイダーごとドラグハートを斬りつけた。

「どこを見ているんですか、味方まで巻き込んで!」

リゲルの抗議に耳を貸さず、グロックはドラグハートをに視線を向け不敵な笑みを浮かべた。

「ちょっと面白そうだな、それ。試してみろよ」

「んだと?上等だッ!」

ドラグハートはストームブレイドの刀身基部にあるもう一つのグリップを、素早く前後に動かした。刀身に沿う形で風が起こり、やがて透明な風刃となる。居合の構えで接近し、一閃する。ウヴァルスタークはチェーンソーで向かいうち、鍔迫り合いに持ち込んだ。グロックはストームブレイドから生まれる風の刃を注意深く観察した。原理は異なるが、これと似た特徴の武器が思い当たり、納得してうなずいた。

「なぁるほどね.....そりゃ見えなくしちまった方が強いよな?....ありゃ、何か来ちまってんな」

グロックはレーダーをチラリと見て、軽く笑いながら背後に目をやった。ビルドレイザーが転がり込み、それを追ってイフリートコラプスが着陸した。弘もそれを目の当たりにし、ようやく状況が理解できた。

「リョウマ!?お前いつの間に来た!?.....いやそうじゃねえ、これヤバくなって....!?」

「今頃理解したか!大馬鹿が!」

ウヴァルスタークの爪がストームブレイドを圧し折り、立て続けにドラグハートのV字アンテナを劈き空中へ放り投げた。

「弘....!畜生、最悪過ぎるだろ....!」

力無く倒れるドラグハートを見て、リョウマは絶望した。ここまで作戦を早く展開してきた、シューイン側との圧倒的な戦力差に為す術もない。このまま戦っていても、余計な被害を生むしかない。

「くっ.....ウェポン、ビルドアップ!」

ビルドレイザーの左腕にラッパ型の装置が形成され、周囲を一瞬にして煙に包んだ。ビルドレイザーとドラグハートに効果が及び、電子の揺らめきとなってバトルエリアから姿を消した。

「苦肉の判断だな。けど適切とは思うさ。なぁ、旦那」

グロックはへらへらと笑いながらシューインに問いかけた。彼は一切表情を変えず、ビルドレイザーの居た場所をじっと睨んでいた。

「ビルドシステムの完成度は、こっちの予想を超えて低かった....奴はやはり、できない事をやろうとしているに過ぎなかった.....ならばこちらで完成させるのみだ」

イフリートコラプスもバトルエリアから離脱し、ウヴァルスタークとパラサイトスパイダーのみとなった。

「あぁあ、躍起になっちゃったか....旦那も働き者な事で感心感心。ところでお前さっきから、ドラグハートの攻撃を俺に当てれるように立ち回ろうとしたよな?」

ウヴァルスタークがゆっくりと振り向き、パラサイトスパイダーの肩に手を置いた。リゲルはいきなり見抜かれ、肝が冷え口を固く閉ざした。

「まぁ、お前達と俺はそういう繋がりがあるから、仕方無いよな....だけど見当違いと言うやつかな、俺は直接手出ししていない。お前達の親御さん共が、勝手に滅んじまっただけの話だ。それが真実だって教えたよな?藤堂 望君?また会おう、Ciao!」

 

舞夜のナイトシーカーは2時間ほど前に、リョウマ達と同じバトルエリアに向かったはずだった。しかし、何故か見覚えの無い場所に転移先を変えられ、気がつけば機体からも降りていた。どこまでも続く白い景色に、薄く水が張った地面。少し目を凝らしてみれば、青く光る鎖が天と地を貫き通した、奇妙な光景も見られた。舞夜はこの空間に何の記憶もないが、ただ漠然とした安心感だけはあった。しかし同じだけの不安感もある。相反する感情をもたせる空間が、ただただ不思議でならなかった。突然人の気配を感じ、振り返ると青いレザージャケットを着た、服と同じ色の髪をした人の姿が。舞夜が目を細め様子を窺うと、その人物も視線に気づいたのか、向き直った。顔立ちと体型から、女だと言うのは一目瞭然だった。そして青いレザージャケットの下には、真っ白なドレスと言う変わった姿をしていた。

「あなたは....何者?」

舞夜は警戒しつつ問いかけた。しかし返答はなく、空しいまでの静寂が広がる。その後10分程間を空けて、女は口を開いた。

「それは重要じゃない。私は.....アンタの命がどのくらい残っているのかを"識"っている」

「命.....残念ですが、私は現実に存在しなくなっています。そんな話をしても意味が無いと思いますが?」

「分かっている。でもアンタを形作っている物がもうすぐ閉じられようとしている.....きっと、完全に閉ざされるのも時間の問題かもね」

この時舞夜は珍しく動揺した面持ちで、自らの胸元に視線を落とした。喉の根本から鎖骨の繋ぎ目、鳩尾の近くにいたる、何かがあるのだろう。ストールの下から薄らぼんやりと紫の光が漏れている。

(確かに......アレから僅かに狭まっている.....ある種の時限爆弾のような物、とあの男は言っていたが....)

舞夜はいつもの感情のない顔に戻り、女に向き直った。恐らく目の前にいる彼女から感じる、超然的なオーラは"本人のものでは無い"と推察した。彼女は依り代にされているのだろうか。女はそんな問いも察したのか首を横に振る。

「アンタの考える通りだったら、私はとっくに消えているし、こうして会うこともなかった。この異空間に閉じ込められるような事も無かったはず.....私に宿ったもう一つの魂を、奴らに気づかれたから....」

「シオン・ハルカス.....私の頭に入って来た名前に間違いは?」

「無い」

この異様極まり無い状況が物語るのは、きっと舞夜のこの先の運命に相当する事象を告げた、一種の予言のまた一端であるという事。この青い髪と瞳の女は、その身に宿したもう一つの魂で舞夜をこの場所から観続けたに違いない。舞夜もまた、シオン・ハルカスと言う名前を持つその魂に同じ存在だと思われているのも理解していた。しかしそれが嬉しい事とは決して考えられなかった。

「.....それでも、私はあなたとは違う。望んでこの身体になった私とは.....」

舞夜は真っ直ぐ彼女を見据えた。




[次 回 予 告]
リョウマこと諒馬は、弘の独断専行を許せずドラグハートの返還を要求するが、それは達することが出来ぬまま時間が過ぎようとした。
神宮寺 英梨はZeuSの社屋へと足を踏み入れ、新たな事実にたどり着く。そして出会いを果たした当事者から齎された、諒馬の両親が行っていた研究での出来事。全てが雪崩の如く進んでいく。

次回、創造戦士ガンプラダイバーズSide:Genius
File.14 RECORDから掴んだ悲劇

謎が一つ解かれようとする。その時、諒馬の行く先はどうなるのか。誰にも分からなかった。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.14 RECORDから掴んだ悲劇

とある区画の某所。シューイン達の拠点となっているビルの、地下深くに位置する巨大な空間をグロックが訪れた。ほぼ真っ暗で何も見えないが、床と壁の境目を走る光と水面から漏れ出す青く淡い輝きで辛うじて歩けるようにはなっていた。グロックの目の前にはモビルスーツが―ウヴァルスタークが立っていた。ここは交流区画のはずだが、何らかの技術で持ち出す事ができたのだろう。そして彼が手に提げているアタッシュケース。隙間から赤い光が漏れていた。

「かなり長い時間がかかっちまったなぁ.....水崎教授夫妻が遺棄したデータを復元すんのは、随分と骨が折れた...ま、それに見合った収穫ではあるんだが、な」

近くの物置台の上にアタッシュケースを置き、鍵の暗証番号を打ち込んで解錠した。赤い光は更に強くなり、それに併せてグロックも歓喜の笑顔を見せる。中に入っているのは赤い光を内包した、黒いシリンダーだ。

「本職じゃなかったもんで完全再現は無理だったが、補完は簡単だった。謂わばこれは俺オリジナルの"ハザード"って事だ」

グロックはそのシリンダーを片手に、背後にあるデスクトップマシンにソケットを接続した。ソケットが通電したのを確認すると、シリンダーを挿し込みパイプ椅子に腰掛けた。ウヴァルスタークを繋いでいたケーブルを赤い光が流れ、機体へと伝っていく。ウヴァルスタークから黒い霧が溢れ出し、赤いパーツが鈍く発光した。実験は成功のようだ。突然遠くから足音が響き、グロックはデスクトップマシンから顔を覗かせた。やって来たのはシューインだった。

「これは?」

シューインはウヴァルスタークを包む黒い霧に驚きを隠せず、目を細めた。

「まぁ旦那、これは上手く利用できるものだと分かったら、お前さんにもやるよ。これで水崎 諒馬を潰せる」

そう言いながら机に寄りかかるグロック。シューインは彼とウヴァルスタークを交互に見、手摺に手をかけた。

「これは何です?似たような物ならZeuSに在籍していた時に見た事がある......確か...」

「そう。ハザードシステムだ」

グロックは喜びを噛み締めるように告げ、シューインの隣に立った。それを聞いたシューインはウヴァルスタークを凝視した。ダイバーズが正式リリースされるよりも前に開発自体が凍結し、関連データ群は全て抹消ないし封印されているはずだった。ZeuSへの警視庁特捜部による強制家宅捜索の前後に、跡形も無く消えているのは確かである。

「だがあれは、完全に抹消されたはず....どうして....!?」

「理由は簡単だ。水崎 諒馬の母親....水崎 順子がまだ生きていたからだ。ただ頭をやられちまってるから記憶は完全に無かった。ちょい前に俺はコンタクトを取れてな、そこで頂いたのさ。本人はこれが何なのか分かってなかったみたいだけど、俺からすりゃあ相当なお宝だったんでね.....ハザードなんてとんでもねぇ物、百崎が何で作らせたかってのは、息子のアイツが一番気になるんだろうぜ」

 

交流広場第8区画に帰還して、リョウマは弘に対し開口一番に「ドラグハートを返してもらう」と言い放った。スワンの戦果に関しては初めから問う気は無く、弘の独断専行をどうにかしなければならなかった。しかし当然弘は納得するはずもなく、椅子から立ち上がりリョウマを睨みつけた。

「そういう訳には行かねぇ。もうすぐアイツに....望に近づける。もう時間が無いんだよ」

そのまま立ち去ろうとする弘の肩をリョウマは掴み、流れるような動作で襟首を引いた。

「ふざけるのもいい加減にしろよ.....何の確証も無かったのに勝手に突っ込んで自滅したのはお前だ。正直俺もスワンも不安しかなかった。多分スワンは気が気でなかったはずだ.....あんなズタボロになるまでやられてんだからな....今のお前の行動は、お前だけが被害を被るだけじゃない、俺達全員を苦しめたんだ....分かってるよな?組んでいる以上、身勝手にやる事がどんなリスクを生むか....!」

「俺がお前と組んだのはな!望を助ける為だ....お前の仕事とか全く関係ねぇ」

「だったら一人でやっててくれ。ドラグハートはお前のものじゃない。いくらかリミッターを解除できたからって、それはお前の力だと勘違いすんな」

睨み合う二人。スワンは割って入ることも出来ず、最悪の事態にはならぬよう祈るしかなかった。

「俺の成長が気に食わねぇだけだろ、お前こそ嫉妬してんじゃねぇぞ....そもそも初めから手出しさえしなけりゃ」

「手出ししなければお前はやられていた。俺たちも奴の罠に引っかかった形だが、お前一人が受けるダメージは確実に減らせた....それは事実だ」

リョウマが告げる事実に弘は言い返せず、舌打ちだけして強引に立ち去った。スワンが慌てて後を追おうとするが、リョウマはそれを制した。

「確かに成長性は期待してたが、予想以上の馬鹿だ。何を言っても無駄にしかなんない。行こう」

「み、水崎さん......だけどそれじゃ!」

「奴は痛い目を見ねぇと学ばないんだ....本当にそう言う人間なら、俺から願い下げだ。仕事の邪魔どころか、疫病神でしかない」

リョウマはスワンと別れ、ただ何の目的もなしに街を歩く。ここ2日ほどの間に畳み掛けるように降ってくる、両親の話。そしてブルームーンの解体による捜査の難航。リョウマに余裕が完全になくなっていたのも無理もない話だった。舞夜とは一切連絡がつかなくなり、頭痛の種が増えていく。そんな時だった。ある意味敵に回したくない女が現れたのは。

 

時は遡り、昨日深夜。英梨は警視庁にいる知り合いを伝に、ZeuSの社屋を訪ねていた。この付近に諒馬が仮住まいとしているラボもあるが、詳しいことは知らない為頭の片隅にも置いていない。

「ここが、第4開発室.....水崎 諒馬のご両親が所属してたって言う.....」

ドアを開けるとホコリが隙間から降りかかり、英梨は咳をしながら飛び退いた。迷わずリュックサックからマスクと防塵グラスを取り出し、装着して再突入する。そこかしこに机が並べられ、全てにデスクトップマシンや本が置かれていた。どこにでもあるIT企業の一室にしか見えない。ゆっくりとした足取りで部屋の中を歩き回り、スチール棚にぶつかった。

「どれもこれもプログラムの解説書ばかり.....いや、そうでもない...か」

英梨の目に留まったのは赤いバインダーファイルだった。手近な机の上に置き、直ぐ側にあったワイパーで埃を払う。掠れた字で題目が記されているが、読めなくは無かった。

「H計画 第7回開発状況報告書.....ってこれ相当な特ダネじゃん!?何でこんなもの放っておいたのよ捜査員さん!これはラッキーと思ったほうが良さそうね.....」

英梨は真剣な面持ちでページを隅から隅まで、穴が空くレベルで読み込んでいく心づもりでいた。どうにも水崎夫妻が関わっていたというH計画は、現実では到底不可能な事を引き起こすために用意されたものだと言う感想しか出てこない。

「仮想空間に人間の意識を潜入させる為に、脳に対し直接情報を流入する方式....."インターコレクト方式"を確立した現在、H計画の重要性はますます高まると見られる.....随分な自信だったのかな.....にしちゃあ、ここまで隠匿され続けた意味が分からないなぁ....ちょっとこれ拝借しましょうか」

1時間程読み進めても、全く理解しづらい内容で絵空事にしか思えなくなってきた。しかし、巻末に記載されている担当開発者の名前に目が留まり、英梨は彼らに取材をしてみる事にした。知り合いに電話で一報を入れた後、ZeuS社屋を後にした。そして今朝、担当開発者の一人である女性とのコンタクトを取ることに成功したのである。英梨は大急ぎで神奈川県横須賀市にある、市民病院に向かった。2階にある個別タイプの病室。ネームプレートに書かれている名前を見て、英梨は思わず二度も目を向けた。

「水崎 順子.....ちょっと待って、それって確か水崎さんのお母さん....!?」

前回までの取材では、諒馬の両親は二人共他界しているはずだった。墓そのものはないが、どこかの寺院に納骨されているのは確かである。英梨は若干の狼狽を残しつつも、ドアをコンコンとノックした。奥から「どうぞ」と声がし、ゆっくりとドアを開いた。中には諒馬の母が寝ているであろうベッドと、その隣に座る女の姿があった。女は英梨の姿を認めると、すっと立ち上がり深々と礼をした。英梨はトートバッグから名刺入れを出し、中から取り出した名刺を乗せ差し出した。

「Romanesqueの神宮寺 英梨と申します。先日は深夜遅くに突然の連絡、申し訳ございませんでした。豊島 遙さんでよろしいでしょうか?」

「いえいえ、そんな.....こちらにお掛けになってください」

そう言うと豊島はパイプ椅子を持って来、英梨に座るよう促した。英梨からして豊島は恐らく5、60代だと思った。服装はありふれていて質素なくらいだが、歳の割に若々しく物腰の柔らかさから上流階級にいる人間と見た。

「ありがとうございます。あのベッドに水崎 順子さんがいらっしゃるんですね?」

「ええ....そうです、もう5年になります....全く私のことも思い出せず、夫さんの事も、二人いるお子さんの事も......起きている時に見せる笑顔は、あの時のままなのに...」

豊島と順子はどうやら、それなりに長い付き合いになるらしい。あの時と言うからには、数年単位なはずはなかろう。しかし英梨は、彼女の話から妙な引っ掛かりを感じていた。英梨の取材では、水崎夫婦の間には一人息子のみがいた。勿論それが水崎 諒馬な訳だが実はもう一人兄弟が居た事など、初耳だった。

「お子さんが二人....ですか」

「確か、お兄さんが諒馬君で....私と同じ部署に入って来ました。あの会社の中では一二を争う逸材だと思います....それと、妹さんの真文さん....諒馬君とは結構年が離れてて、最後に見た時は中学生くらいでした」

豊島が言うには、水崎家は父・晴俊と母・順子、長男・諒馬、長女・真文(まや)で構成されていたようだ。ここでいよいよ英梨は本筋に切り込んでいく。

「かなり年が離れた兄妹なんですね。私も8つ離れた妹がいるから、何となく親近感がありますね。.....それじゃあ、何個かお聞かせください。答えづらかったりしたら無理にお答えしなくても大丈夫ですので。豊島さんは水崎夫妻の実験に関わっていましたか?」

「はい。私はそれまで第5開発室という、仮想世界構築の為に必要な技術を研究する部署にいました。ですが12年くらい前でしょうか....先代の社長からいきなり異動を言い渡されて、順子のいる第4開発室に転属しました。そこから5年位は、何もなかったのです....ただ夫さんと3人でひたすら開発に没頭する日々です。だけど一瞬で崩れてしまいました....あの日を境に」

「あの日.....もしかして、H計画に関係が...?」

H計画と聞き、豊島はぎょっとした目で英梨を見つめた。どうやら当たりだ。

「H計画....そんな呼ばれ方もしていましたね。よく、ご存知ですね...警察でもそんな話をしなかったのに」

「私も大学卒業から記者一筋でやって来てますから、こういう情報を掴んでくるのは得意なんです。それに警察だって知ってるとは思いますよ、だって捜査の重大な証拠になる訳ですしね」

笑顔で返しながら、英梨は手元のタブレットで豊島の話から要点をまとめ上げる。まだメモ程度にしかなっていないが、全て聞き出してしまえばこれ以上とない資料になるのは間違いなかった。

 

今から8年前の7月。まだ暑さは本格化せず、いくらか過ごしやすい気候だった。当時のZeuSの開発施設は別棟にあり、これが後の諒馬の仮住まいとなるラボに当たる。この頃は施設全体を本社社屋の中に移設すると言う計画が立ち上がっており、それなりの慌ただしさで動いていた。豊島 遙も第4開発室の一員として仕事に励んでいた。18時を回り、自らの仕事を終えて帰宅の準備を進めようとした所、後ろから「ハルちゃん」と軽い呼び声がした。水崎 順子である。

「ん?順子ちゃん、どうした?」

「ちょっとねぇ....夫と社長とで話ししてたんだけど、ハルちゃんにも声かけとこうと思って。今時間大丈夫よね」

いいけど、と遙は順子について行った。開発室内にある休憩コーナーには、順子の夫・晴俊がいた。

「すいません、お帰りの前に呼び止めてしまって」

晴俊はやや申し訳無さげに笑い、取引先から貰ったと言う鳩サブレーとコーヒーを差し出した。向かいに遙が、二人の間に順子が座った。

「いえ、とんでもないです。それで、お話と言うのは....」

「実は来週の中頃に、娘が社会科見学と言うことでこちらに来る事になってですね」

この開発室全体は、社内でもトップシークレットとされる程、情報を外部に公開しないようになっていた。そのセキュリティの強さは尋常ではなく、例えいちエンジニア単位でも情報漏洩に対する厳しい教育を施す程だ。無論遙や、順子達も例外ではない。しかし何故、いきなり社会科見学を受け入れようとするのかさっぱり見当もつかなかった。そんな遙の疑問を察したかの様に、順子が補足を入れた。

「うちの娘がゲームプログラマーになりたいんだって。それでここを見学したいって話になったんだけど、その日はちょうど操作周りとか調整が終わるから、それを狙って何か適当にゲームを作っておいて見学させようと思ってるのよ」

「へぇ....そうなの?確かに私の所もその辺だと一段落はつくわね....でもそんな短い間に適当な物でも用意出来ないんじゃない?」

「一応こちらでも用意はしたんですよ。社長と話ししたのは、ここの見学の許可を取り付けるためですから。見学用に作ってもらうのは、体感型のシューティングゲームですが、経験はありますか?」

「その位ならもう一人、花家君と宝多さんも来てもらえばすぐに出来ますけど....?」

こうして遙は見学用ゲームの制作を引き受けたのだが、妙に気になる所があった。社会科見学と言うからにはそれなりの人数が来ると当然誰しもが思う。だが予定表を見ても来るのはたった一人、水崎夫妻の娘だけしかいないのだ。正直一人に見せるためだけにここまでやる必要性は感じない。もし遙があの夫婦の立場だとしたら、過去に制作したゲームのソースコードを一部見せながら解説を交え、当該箇所を一緒に作る方がやりやすいし成功体験として、将来への参考にもなると考える。これは何とも不思議な話だが、この時の遙は疑う事もせずすんなりと受け入れた。

そして見学の前日。

「豊島さん、こんなもんっすかね?ラグとか判定とか割とガバ目にして、調整し甲斐あるようにしたんすけど」

遙と共同で作業していた宝多が、テストから戻ってきた。かなり砕けた物言いだが、遙は元から気にしない質だった。

「結構雑に仕込んだわね....見学のデモンストレーションなのに本気にさせようって魂胆?」

「そんな訳ないじゃないっすか!でも、プログラマの本気を一度見せてやれば、きっと憧れられるはずっすよ!あたしだって豊島さんマジリスペしてるんすから!」

宝多に押し切られ、ついつい遙も乗せられる。後ろでテストプレイの様子を見ていた花屋に頭を叩かれ、宝多は頬を膨らませ押し黙ってしまった。

「まだ作業が終わってない人がいるんだから静かにしろ、ニコ。豊島さん、自分も見た感じだとこれでいい気はします。でも不思議ですよね、一人しか見学に来ないんでしょ?何でここまでやるんだか...」

花家の言う通りだった。この案件はどう考えても普通とは考えにくいのだ。

「そうなのよ、そこが分からないけど.....それに諒馬君に兄妹がいたなんて聞いたことないし....気にしても仕方ないとは思うけど、気になるのよね」

スカウター型のヘッドギアをつけたまま、宝多が机の上に乗り出してきた。

「ははぁ〜ん、これはアレっすね。兄を超える大物妹って奴っしょ!」

「何だよ大物妹って。いいからさっさと片付けてしまえよ、邪魔になってんだからな。それじゃあ豊島さん、お疲れ様です」

「あぁちょっと花家先輩!こういう時だけ押し付けて最悪じゃないすか!!手伝えよ〜!」

花家と宝多のやり取りを微笑ましく眺めつつ、遙はコーヒーを飲んだ。あの二人は付き合っているのではないかと噂があるが、実の所交際はしていないらしい。精々息の合う先輩後輩と言った所だろう。二人が帰ってから、続々と他の社員達も開発室を後にした。残ったのは遙ひとりとなった。自分自身の作業も一段落付いた所で、そろそろ帰ろうとコンピュータの終了処理をしようとした矢先。

「ちょっとごめんね、ハルちゃん」

順子と晴俊だけではなく、当時の社長までやって来た。それだけでない。見た所中学生くらいの、長い黒髪の女の子もいる。遙は彼女を見て「もしや」と思った。

「いいけど、作業はまだ終わってないのよ?予定前倒しなんて聞いてないのに」

遙が戸惑うのも当たり前の話だ。そこへ社長の百崎が説明に入る。

「申し訳無い。これは急を要する話になりそうなので、こちらが独断で通してしまった。君のスケジュールを考慮しなかったのはこちらの落ち度だ」

社長に謝られてしまうと、いち社員に過ぎない遙は何も言えなくなってしまう。そこまで抗議するような重要性は無いのだから、取り立てて気にする意味もない。

「そ、そうでしたか....それで、この娘が二人の?」

晴俊は「ええ」と笑い、少女を撫でて一歩前へ歩かせた。

「娘の真文です。将来はゲーム開発に携わりたいからと、ウチの入社を狙っているみたいで」

「水崎 真文です....今日はよろしくおねがいします」

真文はぺこりと深めにお辞儀をし、遙も軽く礼をした。このときは気が付かなかったが、後に遙は彼女の奇妙さが引っかかるようになった。彼女は自分の名前を名乗っているはずである。なのに、若干詰まりながら言っていたのだ。本来そんなことがあり得るのか。緊張から来るものにしては、暗記した物を諳んじる感じがあった。




[次 回 予 告]
水崎夫妻が行った実験により命を落とした、名を知らぬ少女。ZeuSの異常さに直面した遙はついに去る決意をする。そして今紐解かれるハザードシステムの謎。英梨にそのバトンは託された。しかしそれは、あまりにも重過ぎる物だった。そして真実に近付こうとする彼らに、また影が迫るのだった。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.15 上塗りと現実のPARADOX

[これまでの創造戦士ガンプラダイバーズ Side:Genius]
リョウマ達を圧したシューイン率いるアーネスト勢力は、裏であるシステムの再現に成功させ、新たな手札を獲得した。その頃リョウマは弘の身勝手な出撃について問い質す。がしかし、事態は悪化し弘からドラグハートの返還を要求したことで離脱が決定的になってしまった。そんなリョウマの前に、記者の女が現れる。


「それじゃあ、後の事は私達に任せて。ハルちゃんは帰ってゆっくり休んで?」

順子の気遣いは嬉しいが、この仕事は本来遙に任されていた事だった。担当まで変わるなら、引継ぎまでしなければ話になるまい。

「でも順子ちゃん、そのゲームの触る所分からないでしょ?それが分からなかったら見学どころでも無くなるんだけど....」

「大丈夫よ!その位なら見つけ出す所も含めて見せれば!」

サムズアップをしてニッコリと笑う順子。そこまで言うのなら遙も心做しか安心してしまい、ようやく帰る心積もりも出来た。しかしそれが、後にZeuSを暴走させる実験になるとは思いもしなかった。遙が開発室を出るとすぐにドアに鍵がかかり、物音一つしなくなった。順子が説明するような声も聞こえない。瞬く間にドアの向こう側から異様な雰囲気が立ち込める。丁度そんな時に、外から戻って来たであろう諒馬と遭遇した。

「あ、水崎君?こんな時間まで仕事?」

「まぁ、そんな所。豊島さんはもう帰られるんです?」

「ええ....順子さんに強引に押し返されちゃった」

順子の名を聞き、諒馬はピクリと眉を動かした。

「あの二人に関わった人間は、必ずと言っていいほど不幸になる.....今度は何をしでかそうってんだ」

「嫌な予感がするのよ....ねぇ、水崎君って妹さんいたっけ?一度も聞いたことなかったなぁって」

「妹?ハッ.....まさか。俺は一人っ子ですよ。実験が明日なので、それじゃ」

これでハッキリした。水崎 真文は存在しない人物。そこからもう一つの疑問が生まれる。何故でっち上げの人物を使ってまで、見学をさせようとするのかである。そもそも見学自体許されるケースはほぼ無いが、広報の担当範囲であれば何とか許可は下りる。そうなれば態々偽名なんて使わなくていい。益々順子らが何をしようとしているのか分からなくなった。ほぼ同時に、ある噂を思い出した。「水崎夫妻は、百崎の一家に恩義があるらしく、信奉している」と言ったものだった。ふと開発室の窓に目を向けると、社会科見学とは到底思えぬ叫び声が聞こえてきた。それとは裏腹に淡々と何かを読み上げる声もした。遙は堪らなくなり、ドアを勢いよく開いた。

「何をしているんですか!?.....これは一体何なんです!?」

「ハルちゃん!?帰ったんじゃ....!?」

やはりだった。真文と名乗った少女は全身を椅子に縛り付けられ、スカウター型のヘッドギアからは、かなり幅広のケーブルが伸びていた。そして彼女の目の前にあるディスプレイには、試作段階のガンプラダイバーズのサイトが。挙句ログインまでされていた。順子は何とか遙を開発室から連れ出そうとしたが、梃子でも動く気は無かった。これは人体実験以外の何者でもない。晴俊は電話で誰かを呼びながら作業を続けている。その後ろで百崎は表情一つ変えず、作業進捗を観察する。数分してやって来たのは東郷 純一だった。ひと月ほど前に開発チームから外れ、百崎の側近として出世街道を行くようになったと遙は聞いていた。

「水崎さん」

「おぉ、東郷君。後少しで完成するよ。H計画の核....ハザードシステムが」

ハザードシステム。未知の単語に遙は本能的な危機を察知し、順子と純一を押し退け強引に介入した。

「ハザードシステム!?それって何ですか?そんな物はダイバーズの開発計画の中にはありません!教えてください、ハザードシステムって、H計画って何ですか!?」

食い下がる遙を純一は面倒そうに睨み、眼鏡をかけ直した。

「貴女には関係のない事です。出来れば上司だった貴女には、関わってほしくはないのですが」

「自分の出世の事だけを考えるあなたにそれを言われるのは、嬉しくも何ともない!晴俊さん、順子さん!今すぐそれをやめてください!こんなのただの拷問よ!」

遙は元々面倒見の良い姉御肌で通っていた。強い正義感もあり、かつて所属していた第5開発室では「エンジニアのオカン」と呼ばれる程だった。そして純一もまた遙の部下として働いていた時期があった。だが遙以下、殆どのエンジニア達から忌み嫌われてもいた。純一の腕を押し上げ、詰め寄るのを諦めなかった。

「水崎さんもこんな事、普通じゃないって分かってるはずです!今すぐこんなことはやめなさい!」

「これはダイバーズのユーザー体験を更に高めるために必要な事なんだ!先鋭化されたスリルは、VRに求められているのは分かっているでしょう!」

晴俊の抗議さえ、もはや説得力の欠片もなかった。現にあの椅子に縛り付けられた少女は、苦痛に唇を歪めていたのだから。しかし、遙には事態を止められなかった。少女は悲鳴さえあげず物言わぬまま、事切れてしまった。百崎は駄目かと息を吐き、純一を伴って開発室を後にした。その時に遙の耳に入ったのは、信じられないような話だった。この事件から数カ月後、遙はZeuSを去ったのだが際になって部下の一人からこんな事を告げられたのだ。

「諒馬もかなりやばい実験に手を出しているらしいよ。源川もウチも知ったのは昨日。実験は明日行われる....その被験者は今年入ったばかりの新人ちゃん....比良坂ちゃんです」

「え......!?比良坂って....水崎君の事が好きだって言ってた子よね.....どうして、また....」

「ウチからしたら、諒馬も複雑そうな感じでしたよ。あいつ実験大好きだから楽しいはずなのに、心を開き始めた相手を使わなきゃいけないんだから。顔には出ないけど、長い付き合いだと分かっちゃうっていうか....」

比良坂と言うのは、比良坂 舞夜の事だ。彼女はこの年に新卒入社してきたプログラマーだった。誰にでも明るく接し、第5開発室のメンバーからは妹の様な扱いで可愛がられていると聴いたことがある。まさか彼女までZeuSの手にかけられようとしていて、諒馬がその中心に立とうとする。寝耳に水もいい所だった。

 

そして話は現在に戻される。豊島はあの事件の記憶だけは鮮明に残っており、その後部下や同僚から聞いた情報さえメモに残していた。この事は風化させる訳には行かない。ZeuS事件が世間の関心を集めた今だからこそ、これを伝えられる誰かに託したかった。そのバトンを渡す相手に英梨を選んだのはそういう理由があったからだ。

「それから色々、話を聞くようになりました.......H計画と言うのは、ハザードシステムを使って無理やり人間を仮想世界に最適化させて、"進化"を促すためのプランだったと....いつの事は知らないのですが、赤ちゃんに対して石を埋め込む実験もあって、それをどの年代の人間にもリスク無しで使えるようにする為に、ハザードシステムを用意した.....それがH計画だったようなんです。結局、その進化と言う物に耐えられなかったあの子は帰らぬ人となりましたが....」

英梨は言葉を失った。正直ZeuSが、百崎の一族が何を考えていたのか全く分からなくなってしまった。仮想世界言えど、ガンプラダイバーズはただのゲームである。そんなことはあり得るはずがない。挙句リスク無しを謳いながら、"ハザード"とはあべこべにも程がある。しかし彼女もまた、ν-Typeと呼ばれる"異能者"の戦いを間近で追い続けた経験がある。結局信じるしかなかった。英梨の踏み込んだ場所は、もう常識では捉えきれない魔境の様に思えた。否、それが現実なのだ。これを記事にしなければならないが、一体どれほどの人間がこの話を事実と思ってくれるのだ?長年ジャーナリストを続けて来た英梨でさえ、皆目見当もつかない。そした豊島の一言に、英梨は耳を疑った。

「単に規約違反者を取り締まるJOKERも、その開発中のデータもハザードシステムの開発に使われたのでしょうね.....」

「え......だけどJOKERは少なくともハザードシステムよりも前に開発が進んでて、凍結されて5年前に....」

「仰る通りです。だけどアレもまた、ハザードシステムのもう一つの側面を作る為に必要な物....あの社長と周辺の人間達はそう考えているはずです。でも、順子ちゃんはもうその記憶すら無くして、私の事もよく遊びに来る人程度にしか見ていないのでしょうね....諒馬君がこの姿を見たら....殺意を感じてもおかしくない...」

「実は水崎 諒馬さん、ZeuS事件の調査をしているんです。だけど彼、"記憶が上塗り"らしくて、その為に情報は必要なんです」

「上塗り...やっぱり、彼も何かをされてZeuSを追われたのでしょうか。あの、これ....読みづらいかと思いますが、お役に立てるのなら...」

後に遙から預かった手帳によると、順子はハザードシステムの開発凍結から間もなくして退職してたようだ。しかし全く記憶を保持せぬまま幼子の様な人格に様変わり。遙は久方ぶりに会った時点で衝撃を受けたと言う。医師の診断では認知症やそれに類する病気や障害は見受けられず、可能性として外部からの記憶消去が行われたかも知れない、という話だった。人間の記憶という物はそこまで脆く、壊れやすいものだと言うのを如実に表していた。例えそれがどんな悲劇、幸福だったとしても―。

 

そして意気消沈するリョウマのもとにやって来たのだ。豊島 遙から託された"バトン"を片手に。

「相当に苦境っぽいね、あなた。あぁ、私の事はここでは"エリィ"って呼んでほしいな、お願いね」

「まさかダイバーズにまで追いかけてくるなんて。あなたこそ形振り構う気すらないんだな」

リョウマは半ばやけになった口調で返し、標識の柱に寄りかかった。エリィが無理にいつもの調子を保っているのは、リョウマから見てもすぐに分かった。エリィも繕った笑みを浮かべながら、リョウマに歩み寄る。

「ご両親の同僚だった人に会って来ちゃった。それでアレやコレや聞いて、記録の品もお借りできたから調べがついたのよ。これで私は嘘つきジャーナリストにならずに済んだって訳ね」

「そうですか」とリョウマは返し、明後日の方向に目を向けた。正直、今頃になって両親の研究の正体など知りたくもなかった。だが今後の動きの為には否応なしに知る必要がある、それだけだった。もう彼には肉親に対する感情はなく、罪人に対する断罪以外は頭にない。そもそもZeuSの行って来た違法な研究の全てを暴く為に、戦いを始めたのだ。記憶が上塗りでしかなくても、それくらいは出来る。

「何かこないだに比べて反応薄い。もうどうでもよくなった?」

「ぶっちゃけ、今更両親がどうとか関係ない気がしてきてな。どの道欠片さえ残っているなら、跡形もなく消してしまえばそれで済む。誰かに悪用される前にな」

「確かに、ハザードシステムなんてものが、何も知らぬ誰かに使われたらそれこそ、ZeuS事件の繰り返しにはなるよね」

「ハザードシステム.....?何だそれは、聞いたことがない」

リョウマは唐突過ぎる予測に耳を疑った。門松からも聞いたことがないその単語に、リョウマの頭痛の種はまた一つ増えた。エリィはリョウマの目をじっと見つめ、意外そうな顔をした。

「あれ?本当に知らなかったんだ....!だとしたら教授も....いやぁ...でもそれはそれで、おかしいじゃん。教授ってダイバーズ開発計画の中心に居た人でしょ?流石に天原博士とか篠原博士レベルじゃあなかったけど」

「.....おい、分かるように説明しろよ!そんな物があったなんて.....いつ知った!?」

リョウマは衝動的に彼女の両肩を掴んだ。エリィはぎょっとして彼の手を払い除け、落とした帽子を被り直した。

「ちょっとがっつき過ぎ!だから教えるためにここに来たんでしょうに....そんなに信用できないかな、私の事」

「雑誌記者なんてそんなもんだろ....けど今は何にでも頼るしかねぇんだ...」

昨日の話が余程尾を引いているのか、リョウマの表情は常に曇りがかかっていた。自分という物が上塗りでしかないからなのか、或いは―。エリィとしてもこの件は放っておく気にはなれなかった。彼もまた、違う意味で"自分を失っている"のだから。

「とか言いつつ、私もどこから話していいのか分かんないんだよね。何て言うか、私の取材と想像を超えてたっつーか....」

エリィが豊島から聞いた事を、イチから話そうと決めた矢先。交流広場にあるまじき乾いた音が響き渡った。聞き間違えようがない、銃声だ。銃弾はエリィとリョウマの間をすり抜け、壁にめり込んで地面を転がった。二人は事態が掴めず、音のする方へ振り返った。黒い何かが建物の上を移動するように見えたリョウマは、その場から追いかける気なのか走り出した。

「一体何考えてんだ....例え遊びでもタチが悪過ぎんだろ!」

「え....何よ!?ぁあもう、何でこうなんのよ!」

エリィは置いてけぼりを喰らいそうになり、大慌てでリョウマについて行った。事件の中核に触れようとするエリィとリョウマを狙った手合なのだろうが、ここまで白昼堂々狙撃をするのか理解に苦しんだ。黒い影は建物を屋根から屋根へと飛び移り、ひとまずリョウマ達を煙に巻いてから看板の裏に身を潜めた。ウェットスーツの様な服の上から防弾チョッキを羽織り、左大腿にはホルスターのついたベルトを巻き付けた、如何にも暗殺者の様な出で立ちをしていた。VRゲーム機の様なデバイスを外して露わになった顔。ジプシーだった。

「もうそんな所まで来ていたのね、記者さん。舌を巻く位だけど、もうすぐに黙らせてあげる。私の正義がそうしろと言うのよ....」

サイレンサーとやけに大きなスコープをつけた銃をホルスターに差し込み、またバイザーをつけると光学迷彩を起動させ行動を再開した。ジプシーの狙いはただ一つ。エリィのアバターを"消す"事のみ。一方で狙撃手を追いかけていたリョウマ達は、まんまと煙に巻かれ天を仰ぎながら右往左往するしかなくなった。

「最悪だ、見失っちまった!」

「仕事柄命狙われることもあるけどさ....何でここに来てまで、同じ思いしなきゃなんないんだか....」

「ただの雑誌記者が命狙われるって、おたくは一体何を取材してた訳?」

「顔に傷がお似合いの人達....って言えば分かる?割と何処にでもいるんだよね、ああ言うのは」

エリィもとい、英梨の手掛ける記事は他の記者に比べると"過労自殺"と揶揄される程、途轍もなく幅広い。政治経済のみならず、リゾートや恋愛関係、アパレルからゲーム、企業ぐるみの詐欺から殺人事件等など。普通の記者とは比べ物にならない程の取材をしているのだ。当然それ相応の経験があるはずだ。

「そりゃ怖いな」

彼女の口振りからリョウマも、その苦労を察して「聞いて損した」と内心思ったものである。にしても今回は酷すぎる。人殺しなんぞ出来やしないはずのダイバーズで、愚かにもそれの再現をしようとする馬鹿者が現れるとは。人として放って置けなかった。





[次 回 予 告]
ただ一人弘の捜索を続けるスワン。その道中で意外な人物と再会を果たす。彼らの助力を得て無事弘を発見できるのか。今ここでリョウマと弘を断ち切らせては行けないのだと、スワンの勘だけが告げていた―。

次回、創造戦士ガンプラダイバーズSide:Genius
File.16 縁繋げるか極熱FIST

落ち着きが無いから、探偵を始めたのはそういう理由だ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.16 縁繋げるか極熱FIST

スワンは弘を探す為、交流広場やバトルエリアを転々と移り続けた。しかし全世界で10万人ものプレイヤーを抱えているというダイバーズである。簡単に見つかるはずもない。ある時のドモンと同じような事をしていると考えると、とても見つかりそうもなかった。そして疲労困憊のまま辿り着いたのは、見覚えのあるカフェだった。壁の角には"WE's Coffee"と書かれた小さな看板が掛けられていた。こんな名前の店だったのかと驚いていると、中から一組のカップルが出て来た。彼らと入れ替わる形で店へと足を踏み入れた。やはり前に来た時と変わらぬ内装で、あの二人の店なのだと安堵した。カウンターの隅で売上入力をしていた店員と目が合い、二人揃って声を上げた。

「す、スワンちゃん!?」

「エルニアさん!?やっぱりこのお店で間違いなかったんだ....!」

エプロンを着ていて分かりにくいが、ブラウン寄りの髪と目で間違いなかった。JOKER事件とZeuS事件に関わりがあり、解決にも尽力した人物の一人、エルニアである。メイポールダンスと呼ばれるプレイヤーチームにも所属し、"異能者"と称されるν-Typeでもある。しかしν-Typeの事を除けば過去の話だ。彼女はここで、パートナーとも呼べる人と一緒にこのカフェを切り盛りしている。無論、純粋にプレイヤーとして対戦を楽しむことだってある。以前に見た時は、両方とも高校生だったが彼女の髪型は、当時の長いポニーテールから、セミロングで空気を含んだようなふんわりとしたスタイルになっていた。エプロンの下の白いブラウスとジーンズも相まって、かなり大人な見た目となっていた。

「か、変わりましたね....凄く大人って感じがしますよ?」

「あはは、ありがと!でも彼からはちょっと不評っぽいんだよねぇ....理由分かんないけど」

スワンから素直に褒められ、エルニアは思わず笑った。こうして直接話すのは何年ぶりだろうか。昔を懐かしんで語らいたいが、実際はそこまでの交流が無かったのが残念な所である。結局本題に移らざるを得なくなった。

「あの、この人を探しているんですけど....知らないですよね....」

スワンはおずおずと1枚の写真を差し出した。弘のプレイヤープロフィールの、スクリーンショットを一部切り取った物だった。そのせいかエルニアには、もはや証明写真めいて見えた。

「んー....何だろなぁ.....あ、これ飲んでよ。私の奢りって事でいいよ」

コーヒーを淹れながら写真を眺め、カップに注ぎ終えるとスワンの目の前においた。頂きます、とスワンは一口含んでみると何とも不思議なことに、苦味が抑えられて飲みやすかった。流石に猫舌も災いして、かなり気をつけて口にしなければならなかったが。

「美味しい....これなら私も飲めますね」

「前来たとき普通に飲んでなかった?気の所為ならいいけどさ。あぁウェルス来てたら早く言ってよ!スワンちゃん来てるんだから!」

店の奥から出て来たのは、黒いハットを被った青年だった。今しがた来たらしく、エプロンを片手に持ったままだった。赤いネクタイを締めた白いワイシャツの上に黒いベスト、黒いスラックスが今日のコーディネートのようだ。彼の名はウェルス。彼もまたJOKER、ZeuS両事件の解決に取り組んでいた。現在はエルニアと共にこの店を経営している。ギミック愛好家達の間では、伝説とまで呼ばれている男である。エルニアに不満そうな顔をされ困惑しながらも、スワンを見て意味を理解したのか目を丸くした。

「本当だ.......まさかまた来るとは...」

「ご無沙汰しております、ウェルスさん。あれ....!?その指に着けてるそれって、もしかして!?」

ウェルスはエプロンを肩にかけるように持っていたが、スワンが左手の薬指に光る何かを見つけた。エルニアもそれに気づくと幸せそうに笑いながらウェルスにピッタリとくっついた。

「あっちだとまだ先になるけど、ひとまずここで婚約はしたんだよ。ね、ウェルス」

「普通に婚約でいいだろ....何で余計な事まで付け加えるんだか....」

赤面を見られたくないウェルスは、右手で顔を隠して溜息をついた。あれからそうなるだけの年月が経とうとしているのだ、何も不思議な事ではないがスワンとしては祝福したいが、何処と無く寂しくなるような、そんな感覚だった。きっと彼女にも話しているだろう。そうであって欲しいと内心祈ったりもした。

「おめでとうございます!式がある時は、呼んでくださいね!」

「そうね〜皆呼びたいよね!さてぇ....ちょっと楽しくない話に戻るけど、ウェルスこの人知ってる?」

ウェルスはエルニアから写真を受け取ると、じっと凝視した。およそダイバーズとは無縁そうな若者だ。きっと歳も自分とそこまで変わらないだろう。だがスワンがここで探しているのならば、写真の彼も当然ガンプラダイバーなのだ。

「一度、少し前にお前から結構な支払いが飛んできたな....リアルマネーで無いとはいえ一人とは思えない額だったが....あの時は何人で来てた?」

少し前と言えば、ウェルスとエルニアがいない時間帯に店を訪れた時だ。リョウマ、弘と共に来店してこれからの行動計画を立てようとしていたのを思い出した。SNSを通じて出動したは良いが代金を支払っていないままだった為、後日スワンが二人分まで立て替えて送金していた。流石にゲーム内通貨なのだが。

「3人です。その中でスカジャンを着ていた人がいたと思うんですけど....後、その節は本当にごめんなさい...!」

「どの道払ってもらったから何も言わん....エル、悪いが」

ウェルスは思い立ってエプロンをエルニアに渡した。彼女も「そう来ると思った」と肩を竦めた。そして、

「それじゃ、頑張ってね。ちゃんと帰ってくること、約束よ!」

背伸びをしてウェルスと唇を重ねた。スワンは見ているだけで顔から火が出そうだ。

 

ウェルスはカフェの店主だけでなく、探偵というもう一つの顔を持っていた。その為店に顔を出す機会は少ないのだと言う。

「探偵までなさってたんですね....凄いです」

あまりにも意外な話にスワンはただ苦笑するしかなかった。紅の魔剣士と言う二つ名とは全く対極なのではと思ったが、それは口にしなかった。スワンは探偵と聞いて、ウェルスの姿も見てテンションが上がりそうになった。

「何でそんなにジロジロ見るんだ.....スーツが似合わんのは知っている....!」

「いえ、そんな事はないです!むしろアリだと思います!」

「何でそんな興奮してるんだ!?」

スワンのテンションが急に変わり、ウェルスは顔を引きつらせた。理由がはっきりしない事程、不気味なものは無かった。

「多分簡単に見つかると思う。今情報網に問い合わせたら直ぐに目撃証言が出た....これで出て来なかったら本番だったんだがな」

ウェルスは手元のウィンドウをスワンに見せた。全て匿名でIDも確認出来ないが、何時何処で何をしていたのかを詳細に書き残されているレスも存在した。この情報網も、ウェルスの探偵としての手腕で構築できた物に相違ない。スワンが知っている彼とは、もはや別の存在にも感じられた。

「直近だと第1区画からバトルエリアに進んだらしい....やはり本番は来ると言う事か」

「やっぱり頼って良かった....かなり意外な展開でしたけど」

「俺の落ち着きの無さだな、探偵を始めたのはそんな理由だ。お陰でエルに苦労をかけさせてばかりだが、この仕事はやめられない....お喋りはここまでだ、行くぞ」

 

舞夜はまだこの白い空間から離れる事ができなかった。青い髪の少女と向き合ったまま、ただ時間が過ぎていく。リョウマは、スワンは、弘は無事だろうか。ずっとそればかりを考えては動けぬ自分に歯がゆさを感じた。なぜここから出ようとしないのか。それは出口が無いからと言う理由だけではなかった。少女は舞夜に歩み寄ると、胸に手を当ててきた。青い光が少女の手から流れ込むと、"あるはずの無い心臓"が拍動した。目元が熱くなり、何かが溢れてくる。やがてそれは目から零れ落ち、彼女の手首を伝って舞夜自身の手に落ちた。涙だった。

「もう少し、自分に素直になったら?好きな人の為に、どこまでも頑張りたい。その気持ちは私にも痛いほど分かる。でも私はそう出来なかった。その時を最後に泣けなくなった....アンタは私自身と話したほうが良かったんだね....にしても、ここまでしなくて良かったのにとは思うけど....これも一つの覚悟の形なのかな」

少女は安堵したように笑み、舞夜から手を離した。舞夜が自身のダイバー体を機械に作り変えたのは、感情を持つことを自ら封じる為だった。自らの身体に、"亀裂"を宿す事も―。諒馬といつ会えるか分からない。もし会った時に生前のままだと、彼は自分を責め続けなればならなくなる。きっと何処か壊れていれば、その方が楽なのかもしれない。生前の比良坂 舞夜はエンパス体質だった。人の感情に誰よりも共感できる素質があった。だからこそ諒馬の心を保てるようにしておきたかった。そこには恋愛などと言う感情はなく、それを超越した"縁"とも呼べるものがあるのみ。舞夜にはそれで充分だった。諒馬の為に自分を捨て去るのは、別に悲しい事とは思わない。少女は舞夜を抱き締めると、そのまま青い光に包まれた扉を開いた。

「ここにアンタを閉じ込めたのは、少しでも自分を愛してあげて....と言いたかったから。本当のアンタを守れる人がいないなら、私が守る。だから今の間は待っててほしい...」

「.......やはりあなたは、底抜けに優しいのですね....こんな、生霊紛いの私にそう言うなんて」

「そんなんじゃないよ。これが使命のない私にできる、たった1つのことだから.....。誰かの希望になれれば、それでいいよ」

舞夜が扉の先へ足を踏み入れる時、少女は氷の中に自らを閉ざそうとした。そして彼女は去りゆく舞夜に、こう付け加えた。

「でもアンタを見て、私も自分を取り戻したくなった。覚えてるなら、会った時にこう呼んで.....レイ・ブルームーン、と....」

 

結局弘は、あの諍いの直後からドラグハートを返さぬままラボを離れ、望の病室を訪れた。望を"取り戻す"為には、何としてもドラグハートの力が必要だった。弘に一番応え、眠れる力を爆発させる唯一の存在のようにも感じていた。

「どうあっても俺はコイツを使う.....コイツが無きゃ、望に辿り着けねぇ....!」

パイプ椅子の角に拳を打ち付け、眠ったままの望を見つめた。諒馬の一言が頭の中をぐるぐると回り、その度に左右に振って考えまいとしてしまう。

『ドラグハートはお前のものじゃない。いくらかリミッターを解除できたからって、それはお前の力だと勘違いすんな』

うるせぇ。そんなの分かってんだよ。思い出す度にそう言い返してみても、ぶつけたい諒馬はもう居ない。いくらか冷静になった弘は、ただ自分の非を認められない自分自身を恥じ入るばかりだった。しかし元から素直でないせいで、諒馬のもとに戻って謝ることも出来ない。後悔だけしても仕方ないと言い聞かせるのが精一杯だ。諒馬は弘の成長性さえ見抜いていた。だからこそあの言葉が出てきたのだろう。

「まだ考えちまう.....畜生、悔やんでも仕方ねぇってのによ.....最悪だ....」

気が付けば、誰かと似たような台詞を吐いていた。心電図は未だに変化がなく、一定のリズムを刻んでいる。他の部員達は望の無事を絶望視しており、いつしか誰として見舞いに来なくなった。その証拠に花瓶を置いているチェストは軽く埃を被っていた。弘は一通り掃除してやりながら、やりきれない気持ちを振り払おうとする。

弘と望は幼い頃から家族ぐるみの付き合いがあった。ごく普通の親友同士だったのが、ある時を境に二人揃って地獄に叩き落とされたのだ。弘の父が知人から借金したのが始まりである。完済し終えたにもかかわらず、一切取り立てが終わらなかった。しかも不思議な事に知人本人からの連絡ではなく、組織的な物だった。家にいきなり怒鳴り込みに来る、見知らぬ男の集団の姿も時々見えた。幼かった弘はただ怯えるしかなく、無力感がこの頃から芽生え始めた。そして弘が望の家に泊まりに来たその日、悲劇は訪れた。望の母親が震えた声で弘を呼んだ。忘れるはずも無い。

「弘君.....パパとママが......」

驚き、疑い、悲嘆、それ以上に理解が追いついていないと言わんばかりの、瞼の開き具合だった。弘は意味と事態を理解できないまま、叔父夫妻に引き取られた。そして引き取られた日の夜、あるニュースが全国を駆け巡った。「民家が全焼 夫は死亡、妻と子供は無事に保護される」と言う見出しの新聞も、世間に放出された。一体なぜ何の落ち度もない一家が、ここまでの惨禍に巻き込まれなければならなかったのか。望は一時期失語症に陥ってたそうだが、中学で再会したときには完治していた。しかし今までやや内気だった望が、三枚目を演じるようになったのは弘としては不気味に映った。完全に無理をしているのは見て分かった。それだけに辛かった。ある時に望は弘に1枚の絵を見せた。ダンディな印象の男の絵だ。弘は一体何なのかと問うと、望はとんでもない事を口にした。

「僕と、お前の家を消し去った奴だ.....」

望は幼い頃から、見た物を瞬間的に記憶して絵に起こすと言う特異な才能を持っていた。例えば1秒間アメリカの国旗を見せたとしよう。彼はそれだけの時間で国旗を目で"撮り"、そのまま絵として残せるのだ。望はあの時、友達の家に遊びに行ってからの帰りだった。燃え盛る家に足が竦んでいたが、その近くを満足そうな顔で家の様子を眺めて立ち去る集団が通りかかった。それを望は、このときまで記憶していたのだ。幸か不幸か、この重要過ぎる証拠を持ち続けていた事になる。弘は警察に訴えようと持ちかけるが、望は首を横に振った。

「もう先週に僕がやったよ。取り合ってくれる訳が無いんだ。いくら説明しても、子供の戯言扱いで終わる。分かってたんだ、警察はこれを避けたがってる」

彼の言っていたことが事実だと知ったのは、それから2週間後だった。TVのニュースで報道され、弘は愕然とした。この時弘と望はボクシングを習い始めていた。理由は単純で、有名になる事で犯人に警告して、世間に引き摺り出す為だった。しかし歳を重ねていくに連れ、大学に上がったばかりの頃。望はこんな事を言い出すようになった。

「僕らが奴を殺らなきゃ、世の中は救われない....いつどこで、誰も分からないうちに事が起きたんじゃ、僕が生きている意味がないんだよ....!」

そう告げた時の彼の目は忘れることが出来なかった。完全に復讐鬼へと移り変わろうとしている人間の目だったのだ。そして彼は何の狙いがあってなのかダイバーズを始め、"戻らぬ"人となった。正直これだけの悔恨を持ちながら、よく道を踏み外さなかったのだと思っていた。弘も犯人には強い恨みを抱いている。しかし殺しに手を付けてしまえば、奴らと同じなのは理解していた。だから次に同じ事が起こらぬ様、法で裁いて貰うしかない。もし望が今も意識を保っていて、犯人を見つければ殺しにかかるのは火を見るよりも明らかだ。悔しいが弘は彼を止めるだろう。共倒れになったのでは、それこそ生きてきた意味を失う気がするからだ。

弘はリュックサックから買い込んでいたバター入りのロールパンを頬張り、水で胃の中へ流し込んだ。このロールパンも、望が好きだったメーカーのパンだ。ひと息ついて水に溶いたプロテインドリンクを飲み干すと、椅子から立ち上がって病室を後にした。

「どうあってもやる事は一つだ。望を取り戻す!」

彼の行く先はラボではなく、ネットカフェだった。望がかつて「最近はVR-MMOに対応したスペックのパソコン完備って言う店が多いんだ。ダイバーズの影響だったら凄いや」と言っていたのを思い出したからである。





[次 回 予 告]
何とウェルスはカフェのマスターと探偵の2つの顔を持っていた。彼の協力により弘を発見するも、ドラグハートと相対するモビルスーツにスワンの脳裏にあの戦いが蘇る。そして異形のMSが引き起こした現象は、新たな戦いを予感させた。

次回、創造戦士ガンプラダイバーズSide:Genius
File.17 交わらないSPIDERとFIRE


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.17 交わらないSPIDERとFIRE

[これまでの創造戦士ガンプラダイバーズSide:Genius]
1人どこかへと立ち去る弘を追いかけて、スワンが辿り着いたのは昔の仲間が経営していると言うカフェだった。ウェルス、エルニアとの再会を喜ぶ間もなく、弘の目撃情報がないかダメ元で聞いた。するとウェルスは店番をエルニアに任せ、スワンと共に捜索に出た。何と彼はカフェのマスターとは別に、探偵というもう一つの顔を持っていた。

そして舞夜は、未だに謎の空間に留まっていた―。

第17話、どうぞ!


ウェルスのバトルエリアにおける捜査手法は、かなり簡単なものだった。適当な連中に対戦を申し込み、その中で相手全員に写真を送りつけ目撃証言を集める、そんなやり方である。開発者でも無ければログを回収して、中から抽出して調べるだけの方法はない。そもそもほぼ無数にあると言えるバトルエリアを探索すると言う都合上、そのやり方でもかなりの時間はかかる。下手をすれば人から聞いた方が早い、という事も有り得る。ウェルスとスワンは二手に分かれ、虱潰しに対戦に交わり情報を得ていく。地道だが、決して楽に探せるものでもない。何とも運の悪い事に、弘がログインステータスを伏せているせいで一発で特定出来なくなっているのも手伝って、余計に労力が嵩んでいた。もっとも、ログインステータスさえ分かるならウェルスを頼ったりなんてしないのだが。

「はぁ、はぁ.....駄目だ、全然見つからない....普通の人を探すのって、分かってたけどとんでもなく大変....!」

スワンはこれで20戦目に突入しようかとしていた。しかしそれらしい情報にもありつけず、ただ戦いの疲れが溜まっていくばかりである。こんな時リョウマがいればとも思うが、今の彼がこのために手を貸すとも考えにくかった。

「ウェルスさん、そちらはどうですか?」

ウェルスに通信をかけてみると、何やら彼は考え事をしているようだった。スワンはもしやと期待してみる。

「済まない、気づかなかった。一件だけだがそれらしい話は聞けた。バトルエリアB、エンジェル・ハイロゥの可能性が高い」

「そんなことまで分かったんです!?」

「乗せられたらそこまでだな。だが俺の勘はこういう時だけは役に立つのでね....信用してくれていい」

ウェルスの機体はアストレイノワールだが、やけに大きなABCマントで頭以外を覆っていた。探偵である以上、姿を見せるわけには行かないのかもしれない。スワンはそう考える事にした。そしてアストレイノワールとF91-Mは、エンジェル・ハイロゥにぶつかるまで無作為に対戦ルームを立てては閉じ、を繰り返した。そして5分程で、スワンが立てた対戦ルームのステージがエンジェル・ハイロゥになり、二人は迷わずそこへ飛び込んだ。

 

「あれ?何だここ....変な所に来ちまったぞ!?」

ドラグハートが降り立ったのは、大小様々な円環が交差したような建造物の上だった。眼下には地球があり、弘は背筋が凍りそうであった。ダイバーズのGGの作り込みが現物並にあると言う証左である。

「.....あの機体が弘だってのか....ジプシーは一体僕に何をさせる気だったんだ.....直接引き合わせようとするなんて....」

うろうろとするドラグハートを、遠方から睨む"鉄の蜘蛛"。パラサイトスパイダーである。リゲルはジプシーからの指示でこの地に駆けつけた。しかし謎であった。何故リゲルを監視していたはずのジプシーが、逃してくれたのか。昨日とは完全に態度が違いすぎた。何かあると考えるのが普通で、リゲルも同じだった。腹の底が全く読めない女に翻弄され続けるのも御免被りたかった。通信も制限がなく、呼びかけようと思ったら簡単にできる。だが迷いが無いわけではなかった。何しろ弘と言葉を交わさぬまま、このパラサイトスパイダーで戦っていた。

「何か居んのか?.....ぁあ!?あの蜘蛛野郎か....野郎今度こそぶちのめしてやる!」

弘はレーダーを見て、反応のある方向に振り向いた。深緑と黒を混ぜ込んだ色合いの異形―パラサイトスパイダーを目の当たりにし、弘は舌打ちした。奴さえ倒せば、望の事が少しは分かるはず。一縷の望みに賭けるしかなかった。ドラグハートは助走をつけてジャンプ、全身のバーニアを全開にして更に勢いをつけて飛翔した。両手には赤い炎が宿り、クリアパーツからはプラフスキー粒子が放出された。リゲルは一瞬の躊躇いの後、奥歯を噛んだ。どの道気づき信じてもらう為には、倒れるわけには行かないのだ。

「――"ハザード"ッ!!」

リゲルの叫びに呼応し、コンソールが赤く光った。と同時、パラサイトスパイダーのライン状の"目"にも赤い光が走り、全身と腰の可変ユニット"ヲルタースパイダー"から黒い霧を発した。ドラグハートが猛烈な勢いで近づき、炎の拳を叩き込もうとした刹那、身動きを取らなかったはずのパラサイトスパイダーが赤い影だけを残して消え、僅か1秒未満で右に回り込んでいた。弘は状況が飲み込めず、再び攻撃を仕掛ける。

「んなろぉお!!」

だが次の拳も同じ様にして躱された。パラサイトスパイダーは既にドラグハートの背後を取っていた。

「ヲルタースパイダーは、要らないな....タイマンで使えるものじゃあない...」

リゲルは何かを堪らえようとしているのか、唸るように呟きパラサイトスパイダー本体から、ヲルタースパイダーを分離させた。これで格闘機を相手に戦いやすくなった。膝からビームサーベルを射出してキャッチする。柄の先端から光の刃が伸び、スパークも発した。ドラグハートの攻撃を最低限の動作で避けながら、的確にサーベルで斬りつけダメージを蓄積させる。だがリゲルは可能な限り深手を負わせまいと、手加減はしていた。目が赤く発光する前に、少なくともドラグハートを行動不能にしなければまともな対話は出来ない。弘が何かに執着している時、誰の話も耳に入らなくなるのを知っているから選んだ戦い方だ。しかし、ドラグハートも攻めるだけでなかった。腕や足からプラフスキーフィールドを展開し、サーベルの一撃を素早く防いでいた。MFタイプの機体は手足のように動かしやすくなる反面、総じて本人の反応速度に依存する傾向にある。殊に弘の様な格闘技を得意とする人間は、瞬間的な反応に長けているものだ。一瞬が勝敗を決める競技ではその駆け引きが重要だからだ。

「畜生、ここまで俺の動きを読んでやがる....!!だったらコイツはどうだ!」

パラサイトスパイダーが薙ぎ払ったサーベルの下を潜り、緩やかに降下しながらリアアーマーから刀を引き抜き、左手にストームブレイドを形成した。リゲルはドラグハートの機能に驚き、長期戦を予感した。

「何もない所から武器を....!?前もそうだ....!どうなってるんだ!?」

リゲルの翡翠色の瞳が、赤みを帯び始めた。唇を歪ませ、思考を保ちながら戦うのが限界に達しようとしていた。ドラグハートが二振りの太刀で交差に斬りつける刹那。パラサイトスパイダーから発されていた黒い霧が更に濃くなり、瘴気となってドラグハートにダメージを負わせた。

「おわぁああッ....!?何なんだよこれ....煙だろ!?」

狼狽する弘とは対照的に、リゲルは無表情でただモニターを見つめていた。瞳が完全に赤く染まり、レバーから手がだらんと離れた。"ハザード"がリゲルをコントロールし始めたのだ。ゆらりとドラグハートに近づくや否や、真っ直ぐ喉を掴み握り潰そうとマニュピレーターを食い込ませた。MFタイプの弱点は、機体の衝撃によるフィードバックが直に来やすい所にある。故に弘の喉元にも、締め上げられるような痛みが走った。

「あがぁぁッ......!?どうなってん.....だよ.....うぐっ.....ガハッ.....!!」

口角から滴り落ちる赤い雫。ゲームだから本当に死ぬことは無い。しかし、ここまで"殺される"感覚を味わうことになろうとは、誰が想像できただろうか。ましてや全くの初心者の弘である。ダイバーズのある側面を知らないのは当然である。ハザードの赴くまま、マニュピレーターの力を強めるパラサイトスパイダー。ドラグハートはただ、その手を引き剥がすために指をかけ、懸命に足掻くだけしかなかった。弘の喉を締める痛みも強くなり、意識が遠のき始めた。俺はこんな所で、手がかりも分からずに消えちまうのか。リョウマ、お前の言う通りにしてりゃ、こんな事にならなかったんだ。済まねえ、俺が悪かった。結局、望にも辿り着かないなんてよ――。そのまま全てが終わろうとしていた時。どこからか伸びたワイヤーがパラサイトスパイダーの腕を貫き、爆砕させた。

「常岡さん、常岡さん!!」

聞き覚えのある声が、弘の耳に入った。気がつくと喉を蝕んでいた感覚は無くなり、意識も清明になりつつあった。

「あ......??」

ドラグハートのモニターに映るガンダムフェイスに、弘は思わず声を上げた。同時にスワンも驚き、互いに悲鳴を上げた格好となった。

「なぁあ!?あ、お前かよ.... !?びっくりしたじゃねぇか!」

「びっくりしたじゃないです!でも良かった、無事で....!」

ミニウィンドウ越しで、スワンが泣きそうになっているのが見えた。こんな身勝手な自分の為に、本気になってくれる人間がいるのか。弘も心做しか涙が出そうになる。F91-Mに引かれ、ドラグハートは戦場から離れていく。どうやら誰かと協力していたらしく、他には弘の知らないマントの機体もいた。ウェルスのアストレイノワールだ。片腕を壊されたパラサイトスパイダーと対峙している。

「奴は普通じゃないな。見るからに危険だ...スワン、悪いがそいつを退避させろ。なるべく遠くにやるか、バトルエリアから離れるか。どっちか選ぶんだな」

「ウェルスさんはどうするんですか?」

「一先ず奴を撤退させるまでやってみる。流石にこの状態ではやり辛いが....言ってても仕方ない!」

ウェルスは感覚だけでF91-Mらの撤退を認めると、レバーを握り直した。"JOKER"とは明らかに異質だ。肌を通して伝わる異様さに、唇を固く閉ざした。アストレイノワールが遂に動き出す。右手に何かを込めるように構え、パラサイトスパイダーの眼前でマントの中から突き出した。パラサイトスパイダーは上体を逸して避け、またしても瞬時に真横を取った。ウェルスの反応と予測は見事に命中する。アストレイノワールは左足を振り上げ、足裏からワイヤー付きのヒートダガービットを飛ばして、パラサイトスパイダーの腹に巻き付けた。そしてウェルスはレバーのスイッチを押した。足からワイヤーが外れると自動で爆発して、パラサイトスパイダーを吹き飛ばしそのまま立て続けに、右腕から発振させたブランド・マーカーで打突、エンジェル・ハイロゥに叩きつけた。足のワイヤーには試作3号機のオーキスユニットに搭載されている、爆導索が使われているのだ。差し替えを嫌うウェルスだが、今の彼を以てしても限界があったため已む無く、他の方法で実物にも搭載している。

「チッ.....やっぱり、これでも黙らせられないか...!」

かなりのダメージになっているはずだが、パラサイトスパイダーは何事も無かったかのように、壁から這い出てアストレイノワールを睨みつけた。決定打でない事はウェルスも承知していたが、やはり一筋縄では行く相手ではないとハッキリと認識した。しかしウェルスは識らなかった。パラサイトスパイダーは、"1つだけではない"。アストレイノワールのレーダーからけたたましくアラートが鳴った。ウェルスは何事かと振り向くと、奇声を上げながら飛びかかる何かが目の前に迫ってきた。パラサイトスパイダーの自立型武装ユニット"ヲルタースパイダー"である。4本の脚から伸びる赤熱化した爪を振り下ろし、アストレイノワールに組み付かんと迫る。

「危うい!」

ヲルタースパイダーの突進をビームシールドで防ぎ、衝撃を利用して別の壁に飛び移ると蹴り上げて再び戻ってきた。所謂壁キックと言う動きで間合いを維持したという事である。

(ビームシールドをこんな所で使わされるなんてな.....油断している訳じゃないが、相手を知らなさ過ぎたか....致し方ないな)

ウェルスとしては、どうなってでもアストレイノワールのマントを失う訳には行かなかった。この機体に搭載されている物を見られれば、それだけウェルスは警戒され、仕事に支障をきたすからだ。探偵としての信用を失わない為にも、ABCマントは必要なのだ。ヲルタースパイダーとパラサイトスパイダーが一体化する。ヲルタースパイダーの上部ハッチが開き、そこへパラサイトスパイダー本体がドッキングした姿は、成程8本脚になるから蜘蛛を謳っている訳だ。パラサイトスパイダーは股間部のハッチを展開し、そこから緑色に輝く糸を全方位に向けて放ち張り巡らせた。遠くから見ていたスワンは、この光景に既視感があった。忘れるはずもあるまい。自由を奪う、空間そのものを罠にする蜘蛛の糸だ。

「ウェルスさん.....!行かないと...!」

「おい....お前マジでアレとやり合う気かよ!?」

スワンが何をしようとしているのか、弘にも気づいていた。正気を疑うトーンでの問いかけに、スワンは笑って誤魔化して「何事も当たって乗り越えないと気が済まなくて」と返した。本当は怖くて仕方が無かった。正義感が強い質だが、根は臆病だった。それを乗り越えたくてダイバーズを始めた節がある。成果を出して自分に自身を持たねば、"彼女"に会えなくなるかもしれない。そして比良坂 舞夜の正体にも迫れない。そう考えていた。F91-Mはミノフスキーブースターを点火して網の目の中へと飛び込んだ。

「少しずつでもいい、前に進むんだ!私の力がどこまでも届くように!」

リアアーマーからビームサーベルを両手に装備し、グルグルと高速回転させた。前や後ろに細かくずらしながら糸を断ち切り、早急にビームカーテンの正体を突き止めんとした。

「サーベルで切れた....どういう事だ?」

ウェルスもF91-Mの動きを見て、しばし思考を巡らせる。だがすぐに意味が分かった。

「スワン.....、あぁそういう事か!」

「はい!そういう事です!」

アストレイノワールとF91-Mが合流し、戦力差は少し変わった。後は二人次第と言う事になる。パラサイトスパイダーが壁を這い回りながらビームカーテンと拡散メガ粒子砲を乱射し、2機を潰そうとする。

「ウェルスさん、マントをやられるとまずいんですよね!私が盾になります!」

「何、だと.....!?お前....自分の言っている意味が分かってるのか!」

スワンの提案にウェルスは度肝を抜かれ、困惑した。確かにABCマントを失うのは致命傷そのものだ。だがその為にスワンを犠牲に出来るほど、ウェルスは非情ではない。ましてや依頼者を文字通り使うようでは、探偵と名乗る資格を捨てたようなものである。

「大丈夫です....私にはアレの罠の中で戦った経験があります。それに、今の私は一人じゃないですから」

その一言でウェルスも腹を決めた。彼女はウェルスの事を、今も仲間だと信頼している。ならば選ぶのはたった1つの答えだ。ウェルスも彼女を、依頼者以前に仲間だと信頼するだけだ。

「分かった....だが無理はするな!」

「ありがとうございます!スワン・マスターピース。ガンダムF91-M、推して参ります!」

「アストレイノワール、ミッションスタート!」

拡散メガ粒子砲をF91-Mがビームシールドで防ぎ、その間にアストレイノワールが接近してパラサイトスパイダーを叩く。この構えがあっという間に成立した。パラサイトスパイダーが頻りに唸りを上げ、縦横無尽に飛び移りながら巣の密度を急激に上げ始めた。

「まさか本当に糸まで張っていたなんて思いもしなかったな.....こんなもんならガッカリだ!」

アストレイノワールはマントの中で二振りの刀を構え、瞬時に8つもの斬撃を放ち糸を断ち切った。F91-Mもミノフスキーブースターから光の翼を発し、ビームシールドと一体化させて大きく薙ぎ払いアストレイノワールの血路を開く。

「死角からの攻撃だってある....もう二度と同じミスは犯せない!.....そこだッ!!」

スワンは視界の隅に動く小さな影を見つけ、F91-Mを旋回させてビームサーベルで貫いた。刃先には円筒型の端末が。これがビームカーテン上を移動して、死角から撃ち抜いてきたのだ。ただ破壊できても油断は出来ない。この端末が一つとは限らないのだから。

 

「このまま逃げ切れるのか.....最悪だな」

「何でこういう時はアンタまで落ち着いてんのよ?開発者って言ったって一般人でしょ?」

リョウマとエリィは銃撃から逃れるべく、路地の間を縫うように走っていた。未来都市イメージにしても、やはりこういった場所は相変わらず綺麗ではない。エリィはこう言った事態とは無縁そうなリョウマが、ここまで落ち着き払っているのが不思議でならなかった。

「俺が天才だからじゃ駄目か?」

「そんなくだらない回答をしなくていいから!」

「正直に言うと、そりゃめちゃくちゃ怖いけど、何だろうな?覚えてないくらい前から本気で思わなくなった。マジの怖いもの無しになっちまったのさ」

「どういう意味?」

「本気で怖いと思わなくなったって事だよ。やっべ、伏せろ!」

「きゃあっ!?何よ!?」

リョウマはエリィを突き飛ばし、電柱の裏に倒した。そのまま自分は僅かに戻り壁の陰に隠れた。乾いた破裂音と金属同士がぶつかる音が同時に響き木霊する。しばらく音がしなくなったところで、再び逃走を始めた。

「し、死ぬかと思った....さ、サンキューね...!にしても何で分かったのよ」

「俺の人生、敵ばっかだったからさ。背中から刺されるなんていつ起こるか分かんないだろ?天才はそういう所から違うんだよ」

路地を抜けてしまい、リョウマ達はいよいよ敵から好都合過ぎる状況に引き込まれた。ここから下手な動きをすれば、無関係なダイバーを犠牲にしかねない。リョウマは唐突にエリィを抱え込み、表示させたウィンドウに音声入力した。

「えっ!?何する気!?」

「ユニットビルドアップ!飛ぶから捕まってろ!」

「え.....えぇええええええ!?!?」

リョウマのスニーカーの下から同心円状に光が広がる。身を僅かに屈め、地を蹴って一気に跳躍した。悲鳴を上げるエリィをよそに、リョウマは屋根の上に着地して彼女を降ろした。

「本当はやるべきじゃないけど、人間を辞めたようなやつを相手にするなら、こっちも人間を辞めにゃならない.....なぁそうだろ?ジプシー・ノアール」

リョウマが虚空に向かって呼びかけたのだと、エリィは首を傾げた。しかしそれは思い違いだ。道路を挟んで向かい側の看板の上、空間が僅かに歪み光の膜が剥がれ、狙撃手が姿を現した。黒くウェーブのかかった髪に、妖しさが見え隠れする笑み。リョウマの予想通り、ジプシー・ノアールだった。彼女の手にはやはり、やけに大きな拳銃が握られていた

「勘は鋭いのね。何だか色々見透かされそうで恥ずかしいわ」

「知るかよ、お前個人には興味がねぇ!だけど解せないな。一般人を巻き込んでまでただの記者を殺そうとするなんて、正気の沙汰じゃあない。俺を殺すなら勝手にしろ。だけどこの人を殺すのなら許さない」

リョウマの指摘は、ジプシーとしても本当は理解していた。この指示をしたのがグロックだからと言うわけではない。だがやらねばならないだの理由がある。

「ただの記者にそこまであなたが固執するなら、尚更何かあるんじゃなくて?」

「元開発者のコメント一つ取ってゴシップにしたいんだとよ。昔の事だから俺にとっちゃどうでもいいんだが」

エリィはここで初めて気づいた。リョウマは凄まじく嘘が下手なのだ。演技力は結構なものだからそれでカバーしているとしか思えなかった。何しろ路地裏の近くで情報提供しようとしているのを見つけたから、狙撃までしているのだ。エリィは思わず「あっちゃぁ....」と漏らした。リョウマの肩に手を置き引き下がらせた。

「おい、何すんだ!殺されるぞ!」

「ハイハイ、ここはグレートなお姉さん記者に任せなさい....っと。同い年だけどそこは突っ込まなくていいから」

エリィにピシャリと言われ、リョウマは言い返すのをやめた。

「ジプシー・ノアールさん。あなたからも少しお話を聞きたいかな。それ次第で私からも見返りで情報を出しとくけど。ギブ・アンド・テイクって事でどう?」

リョウマがぎょっとした目で見てくるが、エリィは意に介さず目の前の状況に意識を集中させた。記者とて時には上手く嘘を利用しなければならない時もある。エリィも嘘はなるべくつきたくない方だが、こうなってしまっては仕方が無かった。

「話をするくらいなら、あなたを始末した方が早い気がするもの。事実を抱えたまま消えてもらうわよ」

ジプシーは端から聞く耳を持つ気はなかった。殺すのは厭だが、口封じは優先して行うつもりだからだ。エリィもそれを聞いて、さも残念そうに溜息をついた。

「そっかぁ.....それは残念ですね!いやぁ結婚を控えているのに、一度殺されるような経験しなきゃいけないなんて、あの世でしか自慢できないじゃん。結利香ちゃん」

エリィが最後に付け加えた名前に、ジプシーは唇を歪ませた。

(これだから記者は嫌なのよ.....!あなたの様な人達のせいで、人生が滅茶苦茶になった!)

エリィもこの名前を口にしてから、心の内では謝っていた。自分の会社や取材とは無関係の事件だが、ある雑誌の記事が原因で一家を滅ぼしてしまったと言う話を聞いたことがある。事実無根の捏造記事を流布し、日本のジャーナル史における、全くの汚点として広く知れ渡っている。城島 結利香。滅ぼされた一家の、唯一の生き残りたる長女だった。それがジプシー・ノアールの本当の名でもある。これを平気な顔で武器にするのは、エリィとしても心苦しかった。

「そっちが狙ってるのって、水崎夫妻の研究でしょ?確かにそちらは全部知ってそうだもんねぇ....だから水崎さんをずっと消そうとしてた。でもそうした所で何の解決になる?あぁもう、根からお人好しだとこうなっちゃうんだよなぁ.....だから言わせてもらうね。ケースワーカー紛いのことしてたし、あなたの事放っておけないの」

「!?」

ジプシーはエリィがいきなり調子を変えて、告げた一言に耳を疑った。エリィも自分で、結局彼女に対する心配を隠せず口をついて出た本音に、自嘲気味に笑うしかなかった。何だ、仕事じゃなかったら素が出てしまうじゃん。と何処かで安心もしていた。リョウマは何事なのか分からぬまま、エリィを眺めていた。彼の目には、単に演技と取材で得た物を武器にジプシーの情緒に切り込んで行っているように映っているのだろう。長い静寂の後、ジプシーはいきなり空へ発砲して何処かへと走り去ってしまった。リョウマが怪訝そうな顔でその様子を見送るが、エリィはと言うと悲痛さを滲ませていた。




[次 回 予 告]
銃撃から逃れられたリョウマは、パラサイトスパイダーと戦う弘達と無事合流を果たし、再び結束をしたかのように思えた。エリィがようやく伝えた真実が、更に事件の闇深さを彼らに実感させる。そして舞夜を"守る"と告げた少女は―。

次回、創造戦士ガンプラダイバーズSide:Genius
File.18 再結束したTRUST&TRUST

アレに並ぶ化け物になっちまうような奴だ。誰もが怖がるに決まってんじゃないか、ん?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.18 再結束したTRUST&TRUST

パラサイトスパイダーは一箇所だけ糸の密度を高めている場所があり、そこへ飛び退いた。アストレイノワールの蹴りが壁に突き刺さり、瓦礫が散った。ウェルスは急いで機体を浮き上がらせ、マントの中からやや小ぶりのマシンガンを構えさせた。アストレイノワールが装備した銃は、上部に妙に大きな弾倉を備えていた。モニターにも「残弾数:100」と表示がされている。

「仕方ない、多少見られようが足止めが先だ」

アストレイノワールは網の目を抜けながらビームマシンガン"キャリコBMG"を連射した。ウェルスはかつての愛機で気づかぬ間に、高速射撃と狙撃を両立させる眼を身に着けていた。この経験はアストレイノワールでも活き、マシンガンの連射と反動がありながら狙いはほぼ正確だった。パラサイトスパイダーも着弾を回避する為に、トランポリン状に重ねた網に着地するのを諦めて、高速でジグザグ移動をする程だから実力は本物だ。しかしパラサイトスパイダーはライン状のバイザーを光らせると、猛烈な速度で飛び上がり腰のヲルタースパイダーを変形させ、クローユニットへと形を成して、アストレイノワールに掴みかかった。アストレイノワールは自由落下を利用して距離を取りつつ、キャリコBMGを撃ち込むがクローの中央部は六角形のビームシールドが張られており、破壊は出来そうになかった。

「ウェルスさん!後退してください、私がやります!」

アストレイノワールの横をF91-Mが通り過ぎる。

「勝機があると言うのか!?」

「ありません!....でも希望はある!」

スワン自身も愚行だとは思っていた。しかしこういう時、出来る事は全て試すしかないとも考えていた。ウェルスに比べると経験に乏しいが、無知の力と言う物も馬鹿にはできない。唯一彼に負けないと言えるのは、度胸だ。例え臆病でも、それを乗り越えるなら相反する自らの強みを押し出していくのみだ。F91-Mは光の翼を羽撃かせ、ジェットペネトレイターのブースターを点火した。加速は最大点に到達し、亜光速によりF91-Mは光の槍になったのも同然の力を手に入れる。

「貫け.....!貫けぇえええ!!!」

パラサイトスパイダーが巨大な爪を引かせようとしたが、間に合うはずが無かった。物質の限界加速度をもって衝突されては、為す術もなく砕かれてしまう定めから逃れる事はできない。そしてショットランサーを参考に作られたジェットペネトレイターの貫通力は、元よりビームシールドなぞ簡単に突き破れるのだ。ヲルタースパイダーは一瞬にして穴を穿たれ爆散した。その直後、パラサイトスパイダーを覆っていた黒い瘴気が消え失せ、バーニアすらも停止して真っ逆さまにエンジェル・ハイロゥへ落ちていった。

「このまま逃がすかよ.....動けよドラグハート!」

弘は居ても立っても居られず、ドラグハートを起き上がらせたが、パワーが低下していて稼働時間が殆ど無くなっていた。エンジェル・ハイロゥによる影響なのか分かるはずもなく、弘は気合で強引にドラグハートを走らせる。

「パワーが無かろうが何だろうが関係ねえ!奴から聞き出さなきゃなんないんだよ!!」

ようやくドラグハートはパラサイトスパイダーの落下予測ポイントに到達したが、その時点でエネルギーが切れ膝から崩れ落ちた。スワンもウェルスも息を呑んだ。あわや大惨事を迎えるか。その瀬戸際だった。そんな時に現れる存在は常に一つだ。

「ウェポンビルドアップ!」

ウーンドウォートのギガンティックアームユニットが伸び、ドラグハートとパラサイトスパイダーを掴んで地面に寝かせた。その場にいた全員が状況を掴めず、巨大な腕の根本へ視線を動かした。赤と青のアシンメトリーなカラーリングのモビルスーツ。天才と名乗る男の機体。後はお分かりだろう。ビルドレイザーガンダムが駆けつけたのだ。

「何やってんだよ常岡.....ボロボロになっちゃってさ。まぁでも、どんだけ本気なのかやっと分かった。お前にしちゃあ上々じゃねぇの?ドラグハートが板についてるみたいだしな?」

この状況に救われたと感じたのは、他の誰でもなく弘自身だった。

「リョウマ.....何でお前.....」

「お前涙もろ過ぎんだろ....何でこんなんで泣いてんだ、気持ち悪りぃよ」

「うるせぇ!!そう言うのは黙ってるもんだろ!」

二人のやり取りがいつも通りだった。スワンはよかった、と胸を撫で下ろしウェルスに礼を言おうと振り向いた。しかし彼の姿は忽然と消えていた。コンソールには一通のメッセージが。

"これで依頼は果たされた。お前のような人がいるおかげで、アイツも道を踏み外さずに済んだのかも知れない。逆に俺が感謝しなければいけない事だ。今回は俺のお人好しと言うことで請求は無しにする。仲間を大事にな"

スワンは改めて個人的に、ウェルス達の店に立ち寄る事にした。F91-Mが着地し、ビルドレイザーのそばまで歩いた。

「成程な.....これは俺達への警告と見たほうがいい」

リョウマはパラサイトスパイダーが消失した跡をじっと見つめ、唸った。黒く焼け焦げになった場所をズームアップし、呼び出したキーボードを叩き始めた。モニターの表示が一気に変わり、ミニウィンドウを除けばほぼ真っ暗な画面に、緑の文字が羅列された。システム領域内に進入するとこうなるようだ。勿論これは開発者だからこそ出来る方法なのだが。

「常岡....バトルエリアを離れたら全ての状況を覚えてるだけでいい、どんなものだったか話してくれ。スワンもだ」

「あの黒い煙みてぇの....やっぱり何かあんだな」

弘もパラサイトスパイダーの、あの変わり様には違和感があった。スワンも同様に、思い返してみると戦っている間、肌を伝う痛みにも近いプレッシャーを感じていた。リョウマはアクセスを終了すると、交流広場へ転移しようとした。その矢先、スワンがいきなり声を上げて天を指差した。3機のレーダーが同時に反応を示し、リョウマと弘も慌てて空を見上げた。

「おい....クラックゾーンじゃねぇか!?」

「何で目の前にいきなり出来る....何てこった....いや、待てよ....嘘だろ....」

クラックゾーンから伸びる腕は、青と黒に彩られ、かつ細身だった。前腕裏のスラスターカバーが目に留まり、リョウマはますます開いた口が塞がらなくなった。何とあろう事か、AGE-1ナイトシーカーがクラックゾーンから出て来たのだ。3人とも呆気にとられ、ナイトシーカーが降り立つのをじっと見ていた。

「....申し訳ありませんでした。力を貸すことも出来なければ、その後の処理も出来ず....不覚にもあの中に閉じ込められていました」

舞夜はトーンこそは詫びを入れていると伝わるが、あいも変わらず表情がなく無機質なままだった。流石のリョウマも責める気は無かったが、この事実をどう受け止めるのか考え倦ねていた。

「い、いや.....無事ならいい。だけどどうなっている?クラックゾーンから出て来たという事は、入って来なきゃいけないはずだ。何故無事で済んだ?」

「それは私にも見当が付きません。ですが、クラックゾーンの中には、未知の空間に繋がっている可能性がある....その発見にはなったかと」

話を聞いている内に、スワンの中にまた沸々と疑念が増していく。本当に比良坂 舞夜は、何者なのか。この一点に尽きてしまうが、その大きさは加速度的に増えていく一方だった。

 

交流広場第1区画。ようやくリョウマ達が戻って来たので、エリィはうんざりしたような顔で椅子から立ち上がった。

「一体どんだけ待たせれば気が済むのよ!あぁもう寝ちゃったから話す順番忘れたでしょ!?」

「そんなに怒る事....だよなぁ....それは悪かった。にしてもよく切り抜けられたよな、そっちにあんな才能があってなんてさ」

「あぁ......うん、まぁね....」

リョウマとエリィは、水崎夫妻の研究にまつわる事実をやり取りする際に何者かの銃撃を受け、身の危険を感じて逃走していた。その時逆に犯人を特定して対面したのだが、エリィはある事を告げた。そのまま犯人は逃走、自由の身になったリョウマは弘を迎えに行ったのである。

「とにかく、皆座って。今のうちに伝えられる事は全部伝えときたいから。まず私は、当時の開発者の一人に会ってきた。水崎さんは覚えてないでしょうけど、豊島 遙さんから聞いたの」

やはりリョウマは覚えていないと言うより、知らなさそうな反応をした。

「豊島 遙....いや、分からない」

「ええ、分かってたよ。そんで、結論から言わせてもらうと水崎さんのご両親は、ハザードシステムを開発していた。その結果、水崎さんの妹さんが亡くなった」

あまりに突然過ぎる話に全員が愕然とした。無理もない話である。ただのゲームを作っているのに、人が死ぬなど過労死か病死以外では想像がつかない。況してや更に無関係であるはずの、水崎 諒馬の妹が死去するなど、もはや訳が分からないではないか。

「ハザードシステムって何だよ....?リョウマの妹だぁ....?」

と弘。

「水崎さんの妹さんが.....??」

スワンは恐る恐るリョウマに視線を向ける。しかし当のリョウマは、釈然としない顔をしていた。

「俺に妹なんて居ない.....結構前に戸籍確認したけど、俺は一人っ子だった....妹なんて、どういう冗談だよ」

エリィは頷き、話を続ける。

「その通りで、水崎さんには本当に妹さんはいなかった。だけどその子は別の人の妹さんだった。顔も似ていない中学生そこらの女の子を、勝手にこの人の妹にでっち上げて実験に使ったって訳。しかも自分の子供がいる、夫婦がねぇ...」

「何だよそれ.....お前の両親って、相当やべぇ....て言うかどうかしてるってレベルじゃねぇぞ」

弘の言う事は尤もだった。リョウマも「ああ」と呟き、足を組み直した。

「昔から変な何かを信仰してたからな。新興宗教にのめり込んで....プログラマーって言う論理を扱う仕事をしていながら、そんな事の繰り返しだった。両親揃って精神不安定も良いところだ....正直意味が分からねぇんだよ。結局俺の為に貯めてくれてたはずの預金にまで、手を付けて百崎家の何かに投資しやがったしな。だから大学の学費は、ギリギリになって自分で奨学金とバイト代をぶち込んで、何とか確保した位だ。何の心配もしなくていいと言われた後にこれだぞ。んで、そんな親がどこにいるんだよ....と思ったら俺のだったなんて、笑い話になりやしない。挙句人様の娘を殺したってさ.....もうこうなったら笑うしかないってのか....!」

過去については大学卒業までは覚えていた。次第に語気が強まり、顔にも怒りと憎しみが見え隠れした。だが人の娘を殺した事実は、諒馬自身にもある。そこだけは本当に笑えなかった。この親にしてこの子ありとでも言いたいのか、と吐き捨てたくもなるような話だ。舞夜はエリィの話に間違いがないのを確かめるように、視線だけで頷いた。

(間違いない....水崎夫妻はハザードシステムの開発の為に、外部から人間を引き込んでいた。諒馬に妹がいないにも関わらず、親自身がそう偽って名乗らせた....ここまでする理由は簡単だ。百崎家への忠誠を形として残す為に他ならない。問題は、なぜ水崎夫妻がああまでして先代の社長と、最後の代となった百崎 翼に信奉したのか....)

しばしの沈黙の後、エリィは再び口を開いた。

「死因は脳のダメージ。人間には処理しきれない量の情報がフィードバックされて、文字通りパンクした....脳細胞の死滅量がとんでもなく跳ね上がって....のがメカニズムかも知れないわね。医学は専門外だからそこまでにして、それでハザードシステムが何なのかというと、一言で言えば"人間を超える為に人間をやめさせる"物。別にプレイヤーの為になるとか、そんなんじゃなくて百崎と水崎夫妻の単なる技術への追求によって、形になろうとしていた。でも当時の百崎 翼によって凍結された....理由は"人に危害を加えるのみならず、死に至らしめる物は容認してはならない"。そこだけは聞こえはいいんだけどね。ZeuS事件では結局使われなかったみたい」

「そこだけまともな判断してたんですね....わっ...エリィさん?」

隣で話を聞いていたスワンは、エリィに抱き寄せられ何故か撫でられていた。美少女好きのエリィにとって、スワンは本当に愛くるしくて堪らない。しかも無意識に実行しているのだから恐ろしい。だがスワンを除く者達は、エリィの話を真顔で聞いている。否、弘はうつらうつらと眠気を必死に耐えていた。

「今考えたけど、百崎 翼が自分の計画で使おうとした"条件を満たす人間"を先に潰されないように、ハザードシステムを封印した....だとしたら辻褄は合うよな」

「私もそれは考えたのよ。でも豊島さんの手帳には違うことが書かれていたの。"ハザードシステムはそれを受け入れられる器としての機体が無ければ、本来の機能を使えないまま人格までも蝕まれる。これを自在に操るのは私一人でなければならない"って言う元側近の証言があってさ.....」

「常岡達の戦いを観察していて、今の話を受けて思ったのは.......ハザードシステムがナイトロに近い物なのかも知れないって事だ....強制的に人間を辞めさせる。だから百崎 翼はデルタカイに拘っていたのか....いや、飽くまでも推測だし決め手が無いから、自信はない....まぁ辻褄なら合わなくもなさそうだってくらいだな」

リョウマは以前に聞いた情報から、翼の使う機体がデルタカイそのものや、その中のパーツを含んでいる事が共通項として挙がったのに気づいた。恐らく翼はナイトロに耐えうるデルタカイを利用して、更にハザードシステムにも適応する"究極の機体"を完成させて、計画を完全な物にするつもりだったのではないか。しかし肝心の計画の目的と言うのは、門松にもハッキリしなかったので、諒馬も知る所ではなかったが。

 

ここは何処なのだろうか。真っ青な電子空間の中な気がする。なぜ氷が溶けてしまったのだろう。なぜ、自分は身動きがとれないのか。青い髪の女は視線を下げて全てを察した。心臓に向かって繋がった鎖。やはりまだ私はあの男に縛られている。女は目を伏せ唇をきゅっと結んだ。

「よぉ、お目覚めかい。氷のお姫様」

声のする方へ顔を向けると、グロックが立っていた。特に嘲る様子もなく、ただ親戚や友人の子供に会うような調子だ。

「お前に逃げられそうになったんで、大慌てで拘束し直した。前の"檻"よりは暇しなくて済みそうだろ?まさか比良坂 舞夜と心理的接触するなんて、俺の想像を遥かに超えてくれるな?んん?」

グロックは愉快そうに笑いながら、女の頬をそっと撫でた。女は憎しみ一杯に睨みつけるので精一杯だった。心臓と繋がっている鎖の力なのか、全身がまともに動かない。逃げ出す為に身じろぎをするなど不可能である。

「飽くまでも喋らないつもり、か....ま、んな事俺はこれっぽっちも興味がないんでね。まだ恨んでんのか?俺がブルームーンを淘汰させたこと」

「ふざけるな.....ッ!!アレはお前がやった事だ.....ブルームーンを無理矢理解体させる様に仕向けた奴が何を!!」

「途端に口を開くようになったじゃないの、レイ・ブルームーン、だっけか....しおらしく黙ってりゃ、思い出すことも無かったろうにな....ハハッ」

「何がおかしい!?」

「時代の変化に追いつけない組織なんて、残しても仕方ねぇだろ。それに、ミナ・ツバクラメに並ぶかも知れない、"化け物"になる可能性がある奴が引っ張ってるなんて、皆怖がるに決まってんだから....尚更だな。"Evolve.ν-Type"さんよ」

「化け物.....!?何の話をしている!」

胸の内では分かっていた。いくらか制御が効くようになったとしても、自分の中に秘めた力は"異常"なのだと。それを狙ってグロックはブルームーンを潰して、レイを拘束している。利用されるという事も、当然予想していた。現に目の前の青い鎖は、レイの力を侵食し続けやがて精神さえも心の奥底へ引きずり込もうとしているのだ。この男から逃れる術など、もはやどこにも無いのかも知れない。

 

(創造戦士ガンプラダイバーズSide:Genius 1stSeason My Progres"S" 終了。2ndSeason Build "NEXT"へ続く。)




[次 回 予 告]

ファースト・シーズンが終了しました。セカンド・シーズン第一話(File.19)の公開日は近日中にお知らせします。お楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Season2-Build to "NEXT"-
File.19 再構築へのCOUNTDOWN


-これまでの創造戦士ガンプラダイバーズSide:Genius-
天才エンジニアでありガンプラダイバーのリョウマ・アルキメデスこと水崎 諒馬は、ZeuSの監査法人からの依頼により過去に起きた事件の、調査に乗りだした。とんでもない脳筋大学生の常岡 弘と、小さくてもパワフルな女の子の白鳥 奏、俺を知る謎めいた美女 比良坂 舞夜の4人で時に笑い、時に涙ありの....とは行かず、それぞれに迫る事実と向き合い続け、戦いから逃れることはできないまま時間が過ぎて行く。アーネストの勢力が更に禁断の技術に手を出しているはずだ。この先俺達はどう戦いダイバーズを取り戻すのか。2ndSeasonで全てが明らかになる!それではどうぞ!


アーネストホールディングス。日本における仮想世界技術の最先端を行く企業5社で構成される、"企業連合"の内の一角であり、現在はその主宰として君臨している。本来アーネストは、仮想世界におけるCGのリアリティと高度な物理演算を活かした都市開発シュミレーターを強みとしており、その業績で拡大し企業連合入りを果たしていた。ZeuSが存在していた頃は、そういった分野で技術提供を行い、No2と囁かれて来た。しかしZeuSの完全な消滅をきっかけに急速に開発力を上げ、今や企業連合のトップに立っているのである。無論連合内でも競争が無いわけではない。しかし、独禁法の存在する理由が競争を停滞させていた。そう、仮想世界技術と言うのは極度の寡占市場なのだ。当時の5社の影響があまりにも強く、新興企業は軒並み淘汰されるか、傘下に収められてしまうのが関の山だった。しかも政府が積極的に競争を促すために、手を加えているにも関わらずこのような状況が動くことの無いまま、ZeuSが消えた。消えても同じ様にアーネストが座に付き、依然として4社で体制を維持し続けた。とある記者が言う。「もはや企業連合は文字通りの存在になってしまった。あそこへメスを入れても、刃をそのまま飲み込むほどの力を持ってしまった」のだと。当然これを、外部の人間は良しとしない。アメリカの調査会社の報告によると、内部腐敗が恐ろしく進んでおり、この状況はどの国を見てもここまで酷いものはない。と酷評する程だった。外資の力さえ通さぬ日本の仮想世界企業連合は、最早1つの聖域と化していた。業界再編すら起きることも無く今に至るのが、動かぬ証拠である。

「はぁ〜......何でこんなデカ過ぎる企業を敵に回す事になるのか....人生何が起きるか分からんもんだね」

東京、青山にある出版社"Romanesque"。編集室の一角でわざとらしく気怠げな声を上げる、女記者が一人。神宮寺 英梨である。"リゾートから国際情勢まで押さえる女"と業界内ではそれなりに名が通っている。しかし本人にとってはどうでもいい事だった。今彼女が担当している案件が、謂わば"運命そのもの"であるからだ。

「ねぇ高岩。ちょっと手、貸してくれないかなぁ?お願〜い!」

向かい側に座っている、体躯の良い男に声を掛ける。英梨とコンビを組むカメラマンの高岩である。頭にバンダナのように巻いているタオルがトレードマークである。

「そりゃ神宮寺さんの頼みなら喜んでやりたいですけど、編集長が絶対に駄目だって言うんですよ....本当、すいません」

「まぁ、そうなるのも当たり前だよね〜....高岩には家族がいるんだし、余計な心配かけさせたくないもんね.....しののん君は韓国に取材だし....参ったなぁ」

英梨はカレンダーを横目で見ながら、上唇と鼻の間にペンを挟み背もたれに身を預けた。英梨の机にはモニター3台と接続されたデスクトップマシン、ノートマシンとタブレットが1台ずつ、手帳が2冊置かれていた。ネットの情報やこれまでの現地取材の結果をまとめて作った資料から、記事を組み立てていくわけだが遅々として進まなかった。それも当然である。この事件はどこまでも闇が深く、底がない。英梨が踏み込んで行くほど、新たな事実が現れる。それならまだしも、表現に困ってしまう物にぶつかると地獄行きへと話が変わる。英梨もこの仕事を始めて10年目になる。しかしここまで複雑怪奇な事件は、生まれて初めてだろう。むしろ他のベテラン記者でも、経験したという人間はそう多くはいない。単なる大量殺人なら、そこまで難しいという事はない。犯人が分かればやることが決まるからだ。だがZeuSの一件は、それらとは一線を画するものだった。確かに死亡者は出ていたが、身元となる親類たちまで殺されている。唯一生き残った人間もZeuSと何らかの関わりを持ち続けていた。そして、運良く生きていた当事者達は人格か記憶を"奪われていた"。挙句事件の規模は世界中に及ぶ勢いだったのに対して、被害や物事の動きが余りに閉鎖的だったのだ。これがZeuS事件の真相究明を余計に困難にさせる要素であった。豊島 遙への取材に成功したのは、明らかに幸運と呼べる話である。勿論関わりのあった人物達との接触もあったが、彼らは皆いちプレイヤーでしかない。ZeuSの凶行に巻き込まれただけの、単なる一般人だ。中にはかなり前からZeuSにより身体に手を加えられた人間もいたらしいが、誰一人としてはっきりと口にはしなかった。PTSDを患った者もいたはずであろう。英梨は無理に話を聞き出すことは考えず、飽くまでも彼らから口を開くまで待つ事にしていた。ただの雑誌記者と言う認識であれば、何も困ることはなかったが一人の人間としての繋がりができてしまった。英梨はただ自分の性格を呪うしかない。

(門松教授.....私は今とんでもない場所にいるのかも知れません。きっとあと一歩踏み出せば、二度と引き返せなくなるくらいの、そんなギリギリに立っていてもおかしくない。これが私の運命なんですか?.....私自身には全く解りません。10年近くもこの事件を追い続けることが、私の人生になってしまうなんて....)

鏡に映る彼女の顔は、どこか暗い影を落としていた。以前のような肌の艶はくすんでしまった。目の下にも薄っすらと隈が浮き上がっていて、不摂生が表に出ている。誰かの力を借りようにも、ZeuS事件に深く関心を持つ人がどれほど居ようか。他社の知り合い記者を頼っても、きっと事件に手を出そうと考える人はいない。最早腫れ物に触る勢いであるのは明白だった。この事件を現実から切り込めるのは、もう英梨しかいなくなっていた。

 

都内某所にあるアーネストホールディングス本社。その最上階にある部屋に、グロック・ルーツこと結城 秀晃が訪れた。と言うのは、ある人物からの呼び出しを受けて馳せ参じた訳である。

「よっ....大将。いきなり呼び付けて何だい」

「ふふ....君はいつも僕に対して対等であろうとするよね。その態度は気に入らないが、腕は確かだから文句はつけられないよ。結城 秀晃」

椅子を回して向き直る、白緑色の髪と紫を帯びた瞳を持つ青年。中性的かつ、何処の国の人間かすらも見当がつかない見た目をしていた。徹・アルマーニュ。ZeuSの倒産と同時期に、このアーネストのCEOに就任した男である。経営の界隈では彼は"彗星の如く現れた若き雄"と称されているそうだが、徹本人は興味が無いようだった。

「僕の予想より早く事が進んだみたいでね。各国の首脳陣も、計画にサインを入れようとしている」

「水面下だってのに、よく派手に動いたもんだな。凄過ぎて仕事になりやしない」

秀晃が徹の机から林檎を取り上げ、角に腰掛けながら一口齧った。徹は別段咎める気もなく、普段の事の様に笑いデスクトップマシンのモニターを彼に向けた。

「80カ国の賛同も得られれば、最早世界の総意と見ても間違いない。先進国とその衛星国家が進むのを見れば、自ずと他の国達も動き出すさ.....これで僕の計画は勝手に完成へと走り出す事になりそうだね」

「ハハハハ!少しいない間にここまでやったのか!やっぱ大将は違うなぁ....。閉塞した世界を再び動かす為に、わざと戦争を引き起こそうたぁ、俺みたいな普通の人間じゃあ考えないね」

秀晃はサングラスをジャケットの胸ポケットに差し、再び林檎を口にした。徹もモニターを自身に向け直すと、席を立ち窓から街を見下ろした。

「本物の戦争なんて起こす気は無いよ。ダイバーズと言う、無限に広がる戦場を使うのさ。人間の進歩は技術と共にあった。これは恐らく人類が存続する限り、絶対の条件だ....そしてもうひとつの絶対条件がある。それは、戦争だ」

「まぁ確かに?今の俺達の生活を支える技術の大半は、元は戦争の道具になったり、そのはずだった物。その流用とか応用だしな?」

「百崎 翼と僕は同じ物を見ていたはずだけど....彼は自分の為に計画を作ってしまった。その結果は惨憺たる物だったのは、君も知っているだろう?だけど僕は違う....僕はただ、世界再構築のきっかけを与える為に.....仮想世界戦争という概念を持ち込むのさ」

「その下準備で、俺達を動かしたんだろ?しっかし、翼の配下にいた奴はどうする?いつ処理しちまう?」

「君の好きなタイミングで、好きなやり方で構わないよ。いずれにせよ、実働部隊が必要になるのもあと少しなんだ....あのような人柱を使わなきゃならないのは、水崎 諒馬と神宮寺 英梨を消す時までだからね」

徹は席に座り直し、モニターを不敵な笑みを浮かべながら眺めた。どこかで盗撮したであろう、諒馬と英梨の写真が映っていた。

「ブルームーンを消しちまったんだ、後は楽に進むかも知れないぜ?じゃあな、大将。いい報告待ってな?Ciao!」

秀晃が手品を使って、食べかけの林檎をミニバブルタワーにすり替えて机の上に置いた。そのまま彼が部屋を去るのを見送ると、徹は内線のコールに応答した。

「僕だ。アメリカは余程威厳を保ちたいと見える....分かったよ、ビデオ会談の機会を設けるように頼んでくれ。後は僕が引き受けよう」

部下の連絡を受けた後の彼は、何処か楽しげであった。

 

-創造戦士ガンプラダイバーズ Side:Genius 2ndSeason Build to "NEXT"-

 

諒馬は弘に連れられ、望の眠っている病室にやって来た。棚に置かれた花瓶の水を入れ替え、近くの椅子に腰掛けた。

「なるほど....心電図とか見ても"ダイバーズ病"だって分かる。典型的な例だ」

「ダイバーズ病?何だそれ?」

「先週くらいからいきなりテレビでそう呼ばれ始めたんだよ。ダイバーズで意識とか人格を失っちまったままの奴を、そう呼び始めた。正直誰が何の為に、そんな馬鹿な呼び名を考えたんだか....」

弘の再合流から1ヶ月が経つ。諒馬達は普段通り、クラックゾーンの修復や翼の信奉者を謳う連中を摘発したりと、少しずつではあるが状況の改善に努めていた。諒馬個人はそれと並行して、過去のZeuSにまつわる情報を集めたり、解体されたと言う"ブルームーン"のメンバーとの接触を図ったりと、休む暇もなく動き続けていた。望は未だに目を瞑ったまま、深い呼吸を続けている。いくら触れたとしても目を覚ます事はない。

「これで信じる気になっただろ、望の話は嘘じゃねぇ。あの変な機体に乗ってんのだって....!」

「確かにお前の親友の事は事実だと分かった。けどそれとこれは話が別だ。あの機体がアーネストの手の者だとしたら、必ず倒さなきゃなんない。例え乗っている奴が彼だとしてもな。お前の超感覚についても色々と調査の余地はある」

「助けねぇって言いたいのか」

「助けるのはあくまでもお前の仕事だ。俺や舞夜が倒し切らないうちに、コクピットブロックを引きずり出しておけば、被害は少なくて済む」

諒馬の淡々とした返しに、弘は怒りと焦りを感じパイプ椅子の端を殴った。

「ふざけんなよ!もし間に合わなかったら望はこのままだってのか....!そんな事絶対にさせねぇ......!」

弘に睨まれるが、諒馬は顔色一つ変えず席を立ち病室を後にしようとした。

「俺だって....これ以上、余計な犠牲を出したくないから....そうならない為に戦ってんだぞ....!」

噛み殺すように呟き、ドアを閉めて歩き出した。しかしここで予想外の人物と鉢合わせしてしまう。眼鏡をかけたスーツ姿の男だ。鋭い目付きと表情に乏しい顔は、見紛うはずもない。東郷 純一だった。諒馬は彼を見るや否や、踵を返し別方向へ行こうとした。しかし純一は見逃すはずも無く、諒馬を呼び止めた。

「まさかここでも会うことになるなんてな。水崎」

「何でここで鉢合わせすんだよ.....ストーカーのつもりか?」

「昔を懐かしむ権利すら私には無いというのか.....相変わらず、冷たい奴だ」

両者の間に緊張が走る。互いの表情などもはや仮面に過ぎず、本心の読み合いに近いやり取りをしている。

「東郷さん....あなたは既に百崎 翼から離れない道を選んでいる。その時点で過去から前に進めてない....違うか?」

「それはお前とて同じ事だ、水崎。何故ZeuSである事に拘る?ビルドシステムを完成させたいなら、アーネストに来てからでも遅くはない....何故だ?」

「ほぅ?....俺を消そうとした奴が言う台詞とは思えないな....悪いが、あなたに構っている暇はない」

諒馬が去ろうとする際、純一は舌打ちして彼の肩を掴み引き寄せた。

「何故分からない?時代はもうアーネストの物だ。新たな体制で新しい時代を創る事の何が不満なんだ....!?」

「言ったはずだ.....ZeuSがしてきた事の傷跡は、簡単に悪用できる。お前達はあれをどうするつもりなんだ、残したままにしてどうしようってんだ?封鎖したとしてもクラックゾーンは....全部見つかっていないだけで、新しいのがどんどん出てくる。悪用でもされてみろ、何が起こるか分かったもんじゃない!同じ歴史の繰り返しになるかも知れないんだぞ....!」

「だがお前一人で全てを修復なんてできるものか」

睨み合う両者。やはり彼らの考えは交わることは無かった。否、初めからそうするつもりがなかった。

「.......その為のビルドシステムだ」

諒馬は純一の手を払い除け、階段を降りた。過去に縛られているのはどちらも同じだが、どう終わらせるかで進む未来が変わってしまう。諒馬は二度と同じ過ちを繰り返さぬよう、例え風化する原因となろうとも傷跡をすべて消して新しい時代を迎えたかった。きっと記憶を消される前の自分が最後に遺したビルドシステムは、その為にあるのだと信じていた。本当はそうでなくとも、今の自分の手で作り変える。決意は揺るがなかった。

 

ガンプラダイバーズ 交流広場第5区画。中世ヨーロッパ風の町並みが広がるこの地を、舞夜は駆け抜けていた。家屋の陰に隠れ、息を整え再び走り出した。まるで何かから逃れるように。

(アーネストは一体何を考えている....!?ダイバーにクラックゾーンを作らせるなどと....!)

舞夜が左手に持っているのは、紫翠色の歪な形をしたナイフだった。これはコピー品で何の効果もないが、舞夜はこれの本物が起こした現象を目の当たりにしていた。黒いフードを被った集団がこのナイフを使い、交流広場にクラックゾーンを作ったのだ。舞夜は咄嗟に運営に匿名で連絡を入れ、対処を任せ例のナイフのコピーを作り逃走しているのである。恐らく黒フードの連中は、一つだけではない。遠くから舞夜の動向を見ている可能性は十分にあり得る。クラックゾーンに関する技術を持っているのはアーネスト以外に無い。個人レベルで技術を会得しているならば、尚更恐ろしい話でもあるが。

「おい、こっちだ!」

左側から呼ぶ声が聞こえ、舞夜はぎょっとして足を止めてしまった。路地から出てきた青年に腕を掴まれ、そのまま走り続けた。どうやら彼は先程の黒フードの集団とは無関係らしく、時折舞夜と後の様子を気にしていた。角を2つ曲がった頃には追跡の様子もなく、振り切れたのが分かった。

「ありがとうございました。あなたは?」

青年はサングラスをかけたまま舞夜を安全な場所まで連れ出した。

「名乗る程じゃない。安心しろ、お前らとも深く関わる気はない........水崎さんによろしく言っといてくれ」

「水崎さん....?諒馬.....何故.....!?」

青年の姿が見えなくなり、舞夜は呆然と立ち尽くした。ウィンドウから呼び出したベージュのコートを羽織り、内ポケットに例のナイフのコピーを仕舞い大通りへ出る。舞夜は肌で感じとっていた。事態はもう誰にも止められぬ勢いで、最悪の方向へ進み続けているのだと。




-次回予告-
ウェルスの経営するカフェにやって来た客人。その正体を知るウェルスは、彼から託されたある品物に衝撃を受ける。そして怜の父親である門松教授が帰国した。彼は英梨と諒馬に何を伝えるのか。全てが動き出そうとしていた。

次回、創造戦士ガンプラダイバーズSide:Genius
File.20 PHILOSOPHIAE DOCTORの帰還


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.20 PHILOSOPHIAE DOCTORの帰還

「いらっしゃいま...せ......!?」

WE's Coffeeは普段通り穏やかな時間が流れていた。一人店番をしていたウェルスは、意外な来客に目を丸くした。"ブルームーン"の元メンバーで、JOKER事件を共に終息へと導いた人物の一人。グラハムがこの店を訪れたのだ。やはり外見は"ガンダム00"のグラハム・エーカーその物である。

「ほう....あの時の少年か!だとしたら間違いないようだな」

グラハムはカウンターの席に腰掛けると、メニューウィンドウを開いた。

「どうしてここが....?」

「風の噂で聞いたものでな、気になったのだよ。おすすめを一つ頼もうか」

ウェルスはこの唐突過ぎる来客に、思考が上手く働かなくなった。こんな形で再会を果たすのなら、探偵を始めた本当の理由が無くなってしまう。無論それでも問題は無いはずだった。"彼女"の所在が分かっているのならば。

「日替わりブレンド....只今用意します....」

どうしても彼に聞きたかった。"彼女"は無事なのかと。しかしどうしても悪い予感だけが先行してしまい、無意識に口を噤ませる。期待出来る話はこれまでも耳にしなかった。マシンから抽出し終えるまでの時間は、この日に限って長く感じられた。

「緊張する必要もあるまい。普段通りの客として扱ってくれ、マスター」

グラハムは気遣ってそう言ってくれたが、ウェルスの耳に入らなかった。コーヒーを淹れ終え、彼の前に差し出した。

「ミルクやシュガーはどうします?」

「いや結構だ、ありがとう。ところで聞いたのだが、君は"彼女"を追っているそうだな」

やはりグラハムは知っていた。ウェルスはキッチンの奥から椅子を持ち出し、コンロの前に置いて腰掛けた。

「やはり知っていたのですか....誰から聞いたのか、教えて頂いても?」

「リリ嬢からだよ。引退する際に私に寄越してきたので調べたら、確かに事実だった....探偵までしながらと言うのは驚きだったがね。まさか"彼女"を探すためにだとは」

「当然です。二人共深く接して来ている分、余計に....もう誰かが誰かを失うのは御免ですから....」

「ふむ.....であれば、君にこれを託せるようだ」

グラハムはジャケットの内ポケットから、一枚のスカーフを出しウェルスに握らせた。光沢のかかった青味の強い紫の生地に、満月と星を象った金の刺繍。ウェルスは大きく目を見開いた。スカーフの隅には"Rei-BlueMoon"と、銀刺繍で名前が刻まれている。

「これ.....エルがアイツにプレゼントした......何で、ここにあるんだ.....!?」

「最近私の隊のメンバーがそれを見つけてくれた.....私の事をよく知る人物だからすぐに渡してもらえたが、やはり君らとレイの絆の品だったようだな」

コーヒーを啜るグラハムも、表情はいくらか暗くなっていた。その一方で安心もしていた。レイとウェルス達を繋ぎ止める物が残っているのだから、微かにでも希望を持てる。ウェルスはただ、そのスカーフを握り締めた。

(この氷は......まだお前が生きているって事なのか.....教えてくれ、お前は今どこにいる.....!)

スカーフの一部に氷が張り付いていた。まだ冷たいが、溶ける様子もなく昇華さえしない。この氷こそが、レイの生命がまだ消えていない事を示すためのサインだった。

 

羽田空港国際線ターミナル。旅客機が滑走路に着陸し、搭乗口に向けて緩やかに減速しながら接近した。

「久々の日本か....本来なら楽しいはずなのによ」

ややくたびれた感じの男は、タブレットから目を離し窓から見える空港の景色を眺め、憂鬱気な顔をした。

「しかし堂大遠いなぁ〜.....何駅乗り継げってんだ?」

旅客機から降り、ロビーを抜けて地下鉄の改札を通過した。路線図を見ても、日本の地下鉄は目眩がするほど複雑だと思えた。狭い国土を利用するには地下という手段は分からなくもないが、これはやりすぎではと笑いたくもなる。しかし細かく張り巡らされた路線のお陰で、今の日本の社会がスムーズに動いているのだから、馬鹿にはできなかった。

「もしもし。黒浦君久しぶり、カレッジ以来か?そうそう、門松。お前運が良かったなぁ、お前のいる研究室、俺が受け持つ事になってんだよ。その悲鳴が聞きたかったぜ、ははは.....また来週から頼むよ、そんじゃ」

この男の名は"門松 利樹"。先週までGDカレッジとコペンハーゲン大学の講師を務めていた。しかしGDカレッジの閉鎖と、年齢の問題から過ごしやすい日本への帰郷を兼ねて帰国したのだ。無論まだ仕事は出来るので、娘や教え子達に"嫌がらせ"をする為に堂夢大学へ赴任した。今日はその準備の為に、帰国したばかりの足で向かっていた。

「あいつも元気で良かったよ....てっきり口も効いてくれないのかと思ったわ....もう一本連絡寄越しとくかぁ.....忘れちゃいけねぇや」

門松は携帯電話の連絡先を開き、何度かスライドして目的の名前を探した。190件も登録していれば、探すのも一苦労だ。老眼気味の目には堪える。やがて指が止まり、画面の一番上に来た名前をタップした。

「今時間は大丈夫かい?その様子だと俺が連絡寄越すの、分かってたみたいだな」

電話を掛けた相手は英梨だった。

「教授.....!もう日本に戻られてたんですね」

「おうよ。お前に色々任せちまったから言えるんだが、悪い噂を聞いてしまってな....怜、病院にいるんだってな?」

「え.....そうですけど、誰から聞いたんですか?」

ある事が原因で、意識が戻らなくなったレイ・ブルームーンこと久遠 怜は、英梨が知り合いの病院に入院させていた。以前にも別の人間が同じ様な状態になっていたが、その時も英梨が入院させて生命維持に努めていた。しかし怜の事は誰にも話していないはずだった。ある人物を除いては。

「聞いたんだよ、葛城から電話があった。「久遠 怜が閉じ込められた」とさ....JOKERはもう存在しないはずだ、こんな事になる方がおかしい....だからすぐに会わせて欲しい」

「そうでしたか、絢斗が言ったのなら......分かりました。渋谷駅についたらご一報いただけますか」

「了解。助かるよ」

電話を切った。それと同時に電車が到着し門松は時計をチラリと見て乗車する。堂夢大学へ向かう予定は変わり、娘の様子を見てからという事にした。社内を流れる明るい調子の広告音声。本来ならそれを含めて懐かしむ事もできたが、今はそうする気にもなれなかった。

(ZeuS亡き今、ダイバーズは今までに無いほど不安定な状況にある....やっている事は人道に反するとは言え、運営の手腕は確かだったのは事実。アーネストにそれを上回る能力があるとは思えんな......一体何故今、あの会社がトップに躍り出たのか.....恐らく怜が閉じ込められたのも....まさかな.....)

考えを巡らせるが、次から次へと湧き出てくる疑念は尽きることも無く、門松の思考を閉塞させる。突然携帯電話に着信が入り、ヴァイブレータが振動を始めた。電話の主は諒馬だ。門松はすぐにスリープを解除し、応答した。

「水崎か?」

「門松教授.....ハザードシステムについて、何か知っている事はありますか?あれば教えて欲しいんですが」

ハザードシステム。よもや諒馬の口からそんな言葉を聞くことになろうとは。門松は暫く言葉に詰まり、半ば驚いた顔で足元を見つめた。

「神宮寺さんと俺で突き止めるにしても限界はある。俺の事件に関する記憶だって、教授から教えてもらって、情報として保持しています。でもこの先は、そうは行かなくなる可能性があります」

「水崎、堂夢大に来い。手続きはしておく。18時に正門前で、いいな」

やはり事態は悠長に待ってはくれなかった。門松もこの展開は早過ぎると思えた。ハザードシステムに関わる話を諒馬にすべきなのか悩んでいた。舞夜の死を引き起こしたのは諒馬だが、その真実の全てを伝えれば彼はおそらく絶望してしまうからだ。諒馬の類稀なる才能があのような形で、殺人の道具に使われた。そして百崎 翼が仮想世界と現実世界を反転させる、その思考に辿り着いた原点にもなっている。狂気の中に僅かに保持していた"正気の目"で、門松が見た地獄。これを伝えねばならなくなったと言う事は、賭けに出るような物だった。門松の乗った電車は渋谷駅に到着した。門松は英梨に連絡しながら構内を出、待ち合わせ場所となる場所へ歩いた。既に1台の自動車が停まっている。

「教授!こちらです」

英梨が車の中から呼びかけた。急いで助手席に乗り込むと、シートベルトを装着した。

「悪いな.....だけど出来れば経緯を君から聞きたかった」

「私も同じように考えていた所です。でもこんなに早く時が来るなんて....」

彼女の声音からして、言うか否かを今まで迷っていたのを窺い知ることができた。無理もあるまい。門松が怜を保護する為に用意した"ターミナル"が、完成するよりも前に本人が意識をダイバーズの中で拘束されてしまった。そして英梨がこの事を知ったのもごく最近であった。気づけなかった己を呪っていたのだろう。

「黙っていたのは感心出来ない。だが今はそんな事を言っているわけにも行かないんでね....しかも怜の事だ....きっと誰にも悟られないように一人で戦い続ける道を選んだのかも知れない。尤も、本人に聞かなきゃ分からないが...」

「ブルームーン弾圧運動をご存知ですか?」

「聞いたことあるな。何の理由があってか知らんが、何故いきなりブルームーンを.....と多分君は思っているはずだ」

交差点をいくつか曲がり、目的の病院に到着した。車から降りると英梨が受付を済ませ、二人で2階へと上がった。少し古い病院らしく、エレベーターも今のに比べるといくらか前世代的であった。チン、と音がしドアが開く。

「怜ちゃん....最後の最後まで誰にも教えてくれなかったんです。苦しかったって....助けてって....」

"久遠 怜"と書かれたネームプレート。ここが怜の眠る病室だ。スライド式のドアをゆっくりと開き、中へ入ると心電図のパッドと点滴のチューブで"拘束"されたような姿で眠る、怜の姿があった。人工呼吸器はまだ外されていないし、心電図も正常なグラフを映している。何も知らない人間が見れば、一目で植物人間だと思うだろう。

「神宮寺君。ブルームーン弾圧運動について、どれほど調べた?」

「運動の規模がほぼ全てのプレイヤーレベル....しかし騒動を知らない人も多くいて、しかも騒動に発展した理由すら不明。旗艦ブルームーンは墜落、殆どのメンバーが離散してそのまま組織は消滅....唯一残った怜ちゃんは行方不明。後は何も....不確定な情報ばかりで」

「そうだろう。きっとこの事件を調べている人は、どんなに調べてもそこまでが限界だ。だが俺は....この事件もアーネストが関わっているんじゃないかと考えているんだよ」

門松は目を覚まさぬ娘の頬を指で撫で、窓に目をやった。英梨が聞き返すと、タブレットを起動して彼女に手渡した。

「これって....こんな情報、どこで!?」

「君はこのネタを元に記事を書いてくれ。アーネストの中にも、多少はまともな奴がいるという事さ。普通に考えりゃ、強引にも程があるとは思わねぇか?」

門松は過去にアーネストを退職した人物と接触していた。彼自身もまた、ZeuS消滅直後からの自社の動きがおかしくなったのを感じていたらしい。日本にいる限り狙われ続けるとさえ言っていた。ブルームーン弾圧運動の発端はJOKER事件終息後の、百崎 翼と徹・アルマーニュの最後の会合での決定にあったと言う。Evolve.ν-Typeであるレイを利用して、彼らの計画の"保険"とする為にブルームーンを解体に追い込もうと画策していた。しかし翼側はそうするだけの理由が無くなり、単純に壊滅させるつもりで方針を変更した。レイを利用する理由が消えたのは徹側も同じだった。だが何の意味があってか、ブルームーンの有りもしない噂を流しプレイヤー内での嫌悪感情を高めていった。暴動へと発展させた理由を、徹はこう語っていたと言う。「アレらは結局、僕の計画に邪魔だったからね。それに、仮想世界大戦を引き起こす為には、予め火種になるような物を試す必要がある。今回のは小さ過ぎた....でも手応えやデモンストレーションには、十分な成果だよ」と。英梨は目眩がし、思わず椅子に座り込んだ。

「仮想世界大戦.....ですって....!?」

「翼より小規模に聞こえるが、結局は人が死なない程度に愚かな歴史を繰り返させる。何のつもりか知らねぇけどな....。だからレイみたいな奴が邪魔だったんだろうよ....そんで、Evolveは研究が進んだお陰で分かっちまった....アレは、純粋種のイノベイター....その仮想世界版だ」

「怜ちゃんが、イノベイター.....!?」

「どうやらアイツは能力に蝕まれる事なく、また本当に進化したんだな......そりゃ奴らも目をつけて消そうとする.....だがなぜ奴らはレイの能力を知ってたのか....それだけが分からない」

Evolve.ν-Typeの固有特徴として、相手の精神共感能力が存在する。対象の感情に作用するが一度機能すると、相互に働き始める為結果として"解り合う"のだ。更に相手が"能力"を攻撃的に使おうとするなら、そこに対しても抑制する力も備えている。つまり、レイは"戦いそのものを止める"力を持つ唯一の存在へと、昇華していたのだ。絶望を希望に変えた彼女が到達した境地、と言えば分かりやすいだろう。

「だから神宮寺君には、その事実を使って欲しい。君でなければ、世の中を動かす力とはならない、だからこそそれを君に任せたい。その代わりだ....怜や水崎の事は俺がどうにかする。本来俺や水崎が何とかしなきゃ行けなかったんだ....済まなかったと思ってる」

門松の口調が変わった。この時の彼は誰にも止められぬ位の本気なのだと、英梨は学生時代から知っていた。

「お願いします、教授!でも私だってただの記者仕事で終わるつもりはありませんから....!」

英梨が病室を飛び出していき、門松は安堵したようにメガネをかけ直した。

「強くなったなぁ....神宮寺君は。葛城よ、お前の救った女の子が、また誰かを救うんだ....お前の願った通りになっちまったな」

怜に向き直り、髪を撫でながら額に口づけした。もう成人していても、どんなに会えなかった期間があっても、愛しい娘であることに変わりはなかった。

「怜。俺達がお前を必ず助け出すからな....戻って来れたら、また「お父さん」って呼んでくれるか?」

 

堂夢大学正門前。諒馬は門松の言う通り、18時にここへやって来た。しかし門松の姿はどこにも無かった。

「何してんだ教授は....」

呆れ半分に溜息をつき、頭を掻いた。時間が刻々と迫りつつある。ここで足止めを食っていては負けも同然である。

「悪い、水崎。飯食ってた」

ようやく門松が姿を見せた。

「一体何だって言うんですか、いきなり日本に来るなんて.....まさか?」

「お前に話さにゃならんことと、頼みがある....まぁ来いよ。寒いだろ」

諒馬は門松に連れられ、とある研究室に立ち入った。かなりの数のコンピュータと、ガンプラが所狭しと並んだ空間が広がっている。

「仮想世界工学研究室.....最新の学問だ。まさかこういう時代が来るなんて、誰も思いもしなかったよな」

「こ、これだけの設備があれば.....ビルドシステムの調整もスムーズに行く.....ただの大学だと思ったのにやるじゃねぇか!」

やはり本職の事となると、諒馬のテンションも興味もそこへ一直線に集中する。ZeuS在籍時はこの風変わりな振る舞いのせいで、仲間に恵まれなかった。無論諒馬はそんな事など知らないのだが。

「おい水崎....水崎!!戻って来い!パソコンなら後で買い取ってお前にやるから!お前は、もっとやるべきことがあるだろ!?」

門松に叱られるとようやく諒馬は我に返った。「しまった.....すいませんでした.....」

「お前のそういう所は相変わらずだなオイ.....まぁいいや、そこ座れよ」

門松は諒馬を椅子に座らせると、部屋の奥からバッグを持ち出した。中にはノートマシンが入っていた。

「これは?」

「お前が知りたがってたハザードシステム.....その情報の一部がここに入っている。その前に、お前と比良坂君の間に起きた、悲劇を全部教えとかなきゃいけない....全部絡んでるんだ、聞く覚悟はあるか?」

「神宮寺からも似たような事を聞きました。俺の両親が最低の人間だったと言う事なら....」

「そこに拍車を掛ける話だ。ZeuS....いや、お前の家系と百崎の家系も関わってくる」

一体何の話か分からず、諒馬は目を丸くした。どうして自分の水崎という家系が百崎と関係があるのか。門松がこれから何を諒馬に語ろうとするのかも、見当がつかなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.21 命蝕むBLOODYSTONE

グロックは上機嫌だった。鼻歌交じりに地下通路を歩き、実験用格納庫に入る。今日でウヴァルスタークの"アップデート"を完了させられる。そう考えると心が躍るようだ。

「うーん、数値としちゃあ上等じゃないの?やっぱり取引して正解だったぜ。別世界のガンダムフレーム....やっぱり他とは違う!どうよリゲル君、乗り心地はどうだい?」

ウヴァルスタークのコクピットハッチを開くと、リゲルが呻きながら這い出てきた。瞳がやや赤い光を帯び始めたが、顔色はかなり悪い。四つん這いのまま機体から離れると、余程身体と脳に堪えたようで、ゲェゲェと言いながら嘔吐した。グロックはコクピットの汚れを心配してハッチの中を覗いた。

「うへぇ......お前この中でも吐いちまってんのか?最悪だな」

「あ、あんな物......なぜ僕にやらせるんだ.... !!人間に使える代物じゃない.....!ううっ....!」

吐きながらも、ウヴァルスタークの異常性を訴えるリゲル。グロックは「あぁそう」とだけ返しコントロール・パネルを操作した。ウヴァルスタークが電子のゆらめきの中に消え、入れ替わりで現れたのはガンダムフレーム素体だった。リゲルは吐き気を抑えようと口を手で覆いながら、そのガンダムフレームを見上げた。

「何が違うって言うんだよ.....うぅっ...!!」

「構成材料がそもそも違う。コイツを形作ってんのはガンダニュウム合金とVPS回路だ。要するにウイングゼロの部材に、ストライクフリーダムのフレームと同じ機能を持たせた代物だ。普通なら出来やしないものだが、俺はある筋からこれを手に入れて来られた....こいつならハザードなんてものは余裕で耐えられる。おまけに装甲もかなり変えてある」

高硬度レアアロイを芯材に、軽量かつ途轍もない剛性を持つガンダニュウム合金で外周を覆い、更にはVPS装甲を展開可能にする回路を鋳込んだ、まさに究極の堅牢さを誇るガンダムフレームとなっていた。エイハブリアクターにより半永久的に電力は供給されるため、実質的に核エネルギーで動くストライクフリーダムなどと同条件で、稼働させることができる。ハザードから生み出される圧倒的な機動にさえ応えられる、唯一のフレームでもある。そして外部装甲にも手が加えられていた。グロックがコントロールパネルに再度触れ、装甲を出現させた。リゲルには、見た目は何一つ変化していないように見えた。何とこの装甲にはナノラミネートアーマーではなく、ナノスキンが塗布されているのだ。∀ガンダム等、正暦の超高性能機に使われているというそれは、簡易的な自己修復能力を備えている。接近戦を得意とするウヴァルスタークにとっては、守備力を飛躍的に向上させるナノスキンは有用だった。

「ナノスキンを使っちまったんだよ!ま、尤も使える奴じゃなきゃ話になんないがな?ハハッ....安心しろ、お前にゃ使えないし使わせない」

「じゃあなぜ僕に実験をさせた!?」

「お前の動きが不穏すぎるんで、少しでも浄化してやろうと思ってんだよ」

グロックは横目でリゲルを見、「Ciao!」とだけ言い残して去った。しかしリゲルから見た彼の目は、殺しをする人間の眼差しその物だった。

 

堂夢大学仮想世界工学研究室。門松はここで諒馬にハザードシステムの真実を伝える為、ある物品も持ち込んでいた。それは諒馬がかつて関与した実験の資料だった。

「ここらに関する事を教える前に、お前の家系と百崎の家系の関係を知らなきゃならん」

「俺の家と.............百崎の、関係......!?」

全く予想もしなかった話に、諒馬はたじろぎながらも門松をじっと見た。

「どういう意味なんです、それって....?」

「ちと役所の方に知り合いがいて、調べてもらったんだ。どうも水崎家は、百崎家の分家に当たる関係があるってんだ。要するに枝分かれして出来た家系って事だから、お前からすりゃ百崎 翼はアホみたいに遠い親戚って事になるな」

「な........!?どうなってんだ.....?て事は俺の両親が百崎の事業に関与しようとしたって言う話は....既に出来上がった話って事に....!?」

幼少期から両親が何かに対し奉るような行動をしていたのは、そうした血の繋がりがあっての事だった。その対象が百崎の一家だ。つまり水崎家は初めから百崎家に手を貸していた事になる。諒馬もその流れに結果として与したとしても、不思議では無い。

「一体いつからそうなったんだろうな。多分翼の親父....いや下手したらそれよりもずっと前の代から何かあってもおかしくない。まぁ結局、翼の代で起きたことを除いても、仕組まれた事だってのに変わりはないんだけどな」

「じゃあ.......俺が舞夜を手にかけたのも.....俺が百崎の為にやったってのか.......!?」

以前舞夜の実家の前で英梨と鉢合わせした時、彼女は「比良坂 舞夜さんが命を落としたのは、向こうの連中によって仕組まれた事....だとしたら?」と言っていた。単なる仮定だと思っていたが、門松の話と繋げるとそれがただの説ではなく、事実へと変貌した。諒馬は既に百崎の指示で実験を行い、結果として舞夜の命を奪ってしまったのだ。

「当時のお前は、仮想世界に人間の意識を安全にダイブさせる為の、新理論を実証できると喜んでた。そして今のお前に伝えたのも、そこまでだったな。そんじゃ今からなぜお前がそれをしなけりゃならなくなったのか、それを教える.....結局はあれは百崎にとっちゃ捨て実験だった。基礎理論の方は既に確立されていて、その為の機械も開発済み。お前を危険視して捨て実験をさせたと見ている、俺はね」

「捨て実験だと.....!?」

「聞いてみりゃ、奴らの立場からすれば無理もないって分かる。比良坂君は百崎から酷く疎まれていたらしい。無知であるが故に歯向かったか何かだろうが....しかも行動的と来たから邪魔でしょうが無かった。そんで彼女と仲が良かったお前に、排除させようと考えた訳だ。心から信じているお前を使えば、疑われることも無く手を汚さずに始末できるからな。だからその為にお前がかつて提唱していた理論を使うと、嘘の実験を持ちかけた」

「それで俺は、その実験話を引き受けた....って訳ですか」

「お前の両親と練っていた計画が水泡に帰す前に、邪魔になりそうなやつを消すんだからな。若干のコントロールの中にあったお前は、迷う事なく従っちまったんだ。両親に負けたくないって言う想いを利用された。そして実験が始まった。お前は比良坂君をテスト対象に選定して、彼女も快諾した。その時アイツ、俺にこんなメールを送ってたんだよ」

門松はノートマシンのメールソフトを開き、唯一別フォルダに移したメールをダブルクリックした。

 

"このメールをご覧になっていると言うことは、きっと私は諒馬さんの実験で帰らぬ人になっているのかも知れません。先週先生にお話した通り、私は社長と諒馬さんのご両親が計画していた事を聞いてしまい、それをきっかけに悪い予感ばかりがするようになりましたし、的中もしました。もう私は恐らく百崎社長によって消されてしまうでしょう。だから今頃になって、諒馬さんの実験が始まったのだと思います。そしてやはり、私が対象に選ばれました。でも彼を止めないで欲しいんです。彼はきっと、この狂気のせいで論理の外にある、正しい物が分からなくなっているだけでしょう。だから私、この実験を引き受けようと考えてます。実験台になって、真実を伝えようと思います。死んでしまったとしても、彼ならきっとその意味を理解してくれるのだと信じているから。私は、結ばれたいと思うほど諒馬さんの事を愛しています。だからこそ、彼の優しくて純粋な心を守ってあげられるように、出来る事をしたいんです。

追伸:もし彼が本当の自分自身を取り戻せたらその時は、先生にお渡ししたUSBメモリを差し上げてください。"

 

メールを読み終えた諒馬は、体の震えが止まらなくなり言葉を発するのさえ忘れてしまった。

「悪いと思いながら、日本に帰る数日前にそのUSBが入ったポーチの中身を見させてもらった。後で全部渡すが、先にこれだけは見ていてほしい」

門松が差し出した2枚の写真。諒馬は恐る恐る、その写真を手に取る。1枚目は諒馬の両親が、見知らぬ少女を社屋へ連れ込む瞬間が写っていた。これが恐らく英梨の言っていた、「諒馬の妹とでっち上げられた女の子」だ。絶句する諒馬に、門松はこう告げた。

「その子は、俺よりも早くZeuSの異常性に気づいていた奴の娘さんだった.....その子には姉がいたそうだが離別していたようで、別の家に引き取られていたらしい。その子の親は、早々にZeuSによって....後は分かるな。まさに死体蹴りと言わんばかりのやり方だ」

唇を震わせながら、諒馬はポツリと呟いた。まさかこの写真をきっかけに、記憶を取り戻す"パーツ"を拾う事になろうとは思いもしなかった。

「この子は.....俺の妹だと向こうは認識していた.....でも本当は俺の親がでっち上げて、そう言う話にして、ハザードの実験に使ったんだ.....」

「待て、それは今から俺が話そうとした事だ!どこで知った?」

「神宮寺さんが取材した人がそう言ってたとか.....」

「随分と調べが進んでいたのか......だとしたら奴等はもっと早く手を打ってくる.....タイミングが悪過ぎたか」

門松がノートマシンを操作するのを横目に、もう1枚の写真に持ち替える。諒馬はこの写真を見た瞬間、手が激しく震えた。クリスマスの日に撮った写真で、舞夜と諒馬が写っていた。今の諒馬が知る彼女とは違い、マフラーで半分埋もれているもののはち切れんばかりの笑顔で、ピースサインまでしていた。思い出として残したであろう、一種の自撮り写真だった。一方の自分はと言うと、不機嫌そうにカメラを見ていただけである。

「俺は.......この公園を知っている.....」

「だろうな、お前の反応を見る限り確実だ。酷な現実をまた突きつけるが、彼女を殺したのはお前だ。本当はお前は利用されていたとは言え人の命を奪った。それはどうあったって許される罪じゃあない。だがなぜお前はこうして戦えると思う?それが彼女の願いだからだ!お前にダイバーズを守ってもらいたいから命を張ったんだ!それが今のお前の使命だよ....だから絶対にビルドシステムを完成させろ!俺も出来る限りのことはする。だからお前が!お前の手で全てを救ってやれ!お前じゃなきゃできない事だ!」

門松は諒馬に改めて伝える。彼の為すべきことを、そして全てのプレイヤーの願いを。何より、舞夜の想いを。諒馬の視線は写真に釘付けになり、いよいよ震えも止まらなくなった。手の甲に落ちる滴。諒馬が今まで流し方を全く知らなかった物。喜びと怒り以外の感情が、薄れきった彼に再び戻って来たのだ。

「最悪だ.......こんな所で思い出しちまうなんて.......舞夜......舞夜ッ.....!!」

写真を見つめたまま涙を零す諒馬を、門松は何も言わず見守った。思えば彼もまた、諒馬を息子のように見ていた節があったのかも知れない。単なる教え子にしては、放って置けなさを感じていたからなのだろうか。本人にもよく分からないが、娘である怜との最後の会話での一言がそれを実感させてくれた。

『私、英梨さんの事、自分のお姉ちゃんの様に見る時があるんだよね。本当は史佳の、なのにね....でもそれ位、近くに来てくれたんだなって』

あぁ、お前の言いたかった事が今分かったよ。俺も今、コイツの事を息子みたく思ってるんだ。門松は胸の内で答えを出した。立場は英梨に近いのだが、同じようなものである。

 

諒馬はようやく落ち着きを取り戻し、何とか平静を保てるようになった所で研究室に戻ってきた。

「すいません教授.....情けない所をお見せしました」

「そうか?俺は嬉しかったんだがね....お前昔から人間味無かったからなぁ....論理と科学だけを信じてたのに、今はちゃんと感情思い出せたじゃねぇか」

「そう言ってくれるんですね」

「唯一残った俺の部下だ....互いに正気に戻れたんだし、これくらいは当然だろ?さて、マジな話にしとかねーと時間が勿体ないんで、ハザードの話をする」

門松は資料を諒馬の前に置き、ノートマシンを何度か触った。

「ハザードシステムってのは言ってしまえば、"無理にでも人間を辞めさせる"システムだ。多分そこまでは知ってるよな?で、何でそんなもんが必要だったのかも、見解は一致してるはず。じゃあなんで人間を辞めちまえるのか、そこが気になるはずだな?」

「それは気になる所でした....現実世界にナイトロを持ち込んだ様なアレは...」

「言い得て妙だな。そもそもハザードシステムの着想を得たのはお前の両親でも、百崎でも無い。篠原博士だ」

「篠原博士?」

聞いたことのない名前に、諒馬は思わず聞き返した。

「ZeuS事件最大の鍵と見られる篠原 雫....の父親だ....仮想世界にダイブした人間の脳波からある特殊な傾向を見出した人でな。その分野じゃ俺はその人から影響を受けた。ν-Typeの研究が進んだのもそのお陰だが....まぁそんな事はいい。その人は胎児にある特殊な鉱石を埋め込む実験をしてた。俺もこの石を使って実験をした事がある....思わぬ形で成果を得てしまったが....最悪の結果を招いた。その石がこれだ」

門松がポケットから出した、翡翠色の宝石。中にはヒビのような黄色い筋が走っている。

「エスメラルダ鉱石だ。組成物が全く分からないし、地球にあるのかすらも分からない石。だがコイツにはある特徴があった。人間の脳波を拡張させる作用がある」

「待ってください、ν-Typeって何ですか!そんなの今まで聞いたことが....」

「そうか、知るわけ無いよな。ただ記憶を無くす前のお前は完全に否定してたんだよ、ν-Typeの存在を。まぁ無理もない話だ。たかだかゲームで、人間が進化するなんて話は普通信じる気にはならない」

諒馬はただ目の前の石を凝視して、要領を得ないと言う顔をした。門松は更に説明を続ける。

「だが篠原博士はそれを逆に利用しようとした。石を直接埋め込むやり方は危険だが、ならば別の方法で脳細胞に伝達させればいいんだとね。エスメラルダ鉱石を素子として組み込んだ、回路を使う方法だった.....人間の脳波を増幅させて、"意識を拡張させる"作用があると言ったな?」

「有り得ない.....鉱石にそんな作用があるなんて.....確かに鉱物の中には人間に薬理的作用がある物だって存在します。だけど脳波に影響して、しかも......こんな所まで来てそんなファンタジーが.....馬鹿らしいですよ.....!」

「そうだな、当時のお前も全く同じ事を言ってたよ。だがそれは現実になった。ハザードギアなんてものが作られて、その基盤に使われた。そんで被験者がダイバーズへ飛び込み、仮想世界にも反映させたハザードギアを起動するだけで機能しちまうもんだから、実験は至極簡単に進められた......だがお前の知るとおり、被験者の女の子は死んだ。自分の脳波を何百倍にもして跳ね返してきて、現実の脳に直接情報を逆流させてしまったんだ。普通なら失敗もいいところだよ」

英梨から聞いた話と全く同じ展開だった。ここまで辻褄が合えば諒馬言えど信じるしかなくなる。だが彼の中ではどこかで信じたくないと思う自分もいた。そんなのは科学ではない。ファンタジーだ、と。しかしくどいようだが、これは間違いなく現実なのだ。

「それで、普通なら失敗だった実験はどうなったんです?」

「後は簡単だ。そのデータを集積した物を、百崎に送って当の本人は姿を消した。凍結させたなんて話があるが、冗談じゃない。裏できちんと開発が進んでたんだよ....それ以上の事は知らんが、このままだったら完成していてもおかしくはないよな」

諒馬の脳裏に、パラサイトスパイダーが残した黒い灼けた跡が過ぎった。もしあれがハザードによるものなのだとしたら、既に完成しているのではないか。悪い予感が頭の中を駆け巡った。

「ならハザードシステムは、人間を強制的にν-Typeと言うものにする.....その為の道具だった....!?」

「今の俺にもそこまでしか分からねぇな。資料は皆廃棄されちまったという話だしよ....神宮寺君が一部持ってたが、あれは最終版で証拠としての価値は低い。とは言っても世間に訴えかける分には強すぎるのは確か。さて次はビルドシステムの凍結か....あれは本当に最後の抑止力になるはずだった」

次から次へと門松からもたらされる、真実。諒馬の頭は辛うじて思考を止めるには至らなかったが、受け入れられるのかどうかは別問題である。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.22 歪みを生んだFIRESTARTER

諒馬が研究室を後にしてから、1時間が経った。帰国するまでに調べた事は全て伝えたつもりだったが、門松自身はこれで良かったのだろうかと持ち帰った資料を広げていた。

(篠原博士があの後、ハザードの基礎理論の原本を持ってZeuSから姿を消した.....だが完成形は会社が持っていて、それを使って実験をした...それなら7次もあった開発報告書は何だったんだ.....?)

当時の記憶を辿っても、やはり歳のせいか朧気であった。ZeuSの"情報処置"が完全になされなかったのは幸運とも言えるが、こればかりは避けられぬ物。ノートマシンを開き、当時の事を記録したファイルをダブルクリックした。正気を半ば取り戻しかけた頃から、ZeuSでの会話は全て録音していた。後に証拠として使えそうな物もいくつか画像やPDFとして残しているのだが、これもZeuS事件の規模に比べればほんの氷山の一角に過ぎないのだろう。

「割りかし近い所にいたもんだと思ったけど....本当にそうじゃなかったとしてもおかしくは....ないよな....全くどうなってんだ俺の古巣は....」

この時間に液晶画面と向き合い続けるのは、年齢的にも辛いものがあった。眉間を指で抑えつつ席を立つが、今度は腰に痛みが走る。

「はぁ〜......歳は取りたくねぇなぁ.....しっかし、どこまで俺の推理が通るのかねぇ......」

ふと窓の外に目をやると、夜空に満月が浮かんでいた。教え子の一人からこんな事を言われた。"あの娘は、月が似合う女の子ですね。三日月じゃなくて、満月が良く似合う気がする"と。娘の事を言ったのだとは知っているが、それを初めて実感したような気がした。

 

ガンプラダイバーズ交流広場第5区画。リョウマは舞夜に呼ばれ、教会らしき建物を訪れた。入口で彼女が待っていた。

「どうしたんだよ、いきなり呼び出すなんて」

「事態が悪くなりました。最早一刻の猶予すらも無いでしょう」

舞夜は相変わらず生気を感じさせぬ顔だが、口調だけは感情がこもっていた。

「何だ?何があった?」

「これを」

リョウマが聞き返すと、舞夜はコートの中から歪な形をした紫に輝くナイフを出した。リョウマはぎょっとして刃先を眺め、目を瞬いた。

「......ナイフ?気持ち悪い形してんだな...」

「これはただのコピーですが、どうやらオリジナルは自在にクラックゾーンを生成出来るようです。これを持った集団を目撃しました」

「クラックゾーン.....!?分かるように説明しろ!どうなんだよそれ!?」

「申し訳ありません....私も一瞬しか見ていなかったので、詳細までは。コピーを作るので精一杯でした」

「コピーを作れるならしっかり見てたんじゃないのか.....」

「少しでも視認できればその位は可能です」

リョウマは目眩を起こしそうになった。クラックゾーンを生み出せると言うナイフの存在。考える余地もなく、アーネストの誰かがそれを作ったに違いない。リョウマ達の行動など最早彼らの眼中にはなく、想像など遥かに超越して動きを起こしているのだ。もうリョウマ達だけではどうにもならない所まで、後一歩に迫って来ていた。兎にも角にも、舞夜がこの事態を見つけてくれなければ、対策を考えるきっかけすらなかった。それだけが唯一の救いに思えた。

「まぁ、分かっただけでもありがたい。助かった。後はそのオリジナルを押さえなきゃなんないって話か....」

リョウマが思考を巡らせる。舞夜はそんな彼を見て、先に助けてくれた男の事を思い出した。

「諒馬。少しよろしいでしょうか」

「どうしたよ」

「あなたの事を知る人と会ったのですが、ご存知ですか?「深く関わるつもりはない。水崎さんによろしく言っておいてくれ」と言付かりました」

「いいや、知らないな.....取り敢えず、ナイフの手掛かりを探さないと話にならない。どうにかして見つけ出さないとな....」

それだけの話で分かるはずがない。舞夜は質問を間違えたと内省した。リョウマに付き従い交流広場内を歩く。

「なぁ、俺もお前に聞きたいことがある」

リョウマが突然立ち止まり、舞夜に向き直った。

「お前.....俺の事を全部知ってるんじゃないのか?」

「なぜそのような事を?記憶はほとんど保持していないと申し上げたはずですが」

しかし舞夜はいつか聞かれるのではと危惧していた。記憶が上塗りであっても、勘の鋭さはそのままなのだから。だがここで話してしまう訳には行かなかった。話せばきっとリョウマは戦えなくなってしまう。きっとどこかで自分の最期を知ったから、そのような事を聞くのだろう。しかし舞夜も死んだとは言え人間だった。本当の心のまま諒馬と話がしたかった。でもそれは叶わぬ事。今の自分はただリョウマの力となり、ダイバーズの平穏を取り戻す。その為だけの存在でしかない。

「そうやって黙っていたいんだな......もういい、どの道俺の事は重要じゃねぇ。済まなかった」

「....行きましょう。現場は恐らく残っているはずですから」

リョウマが動揺を隠そうとしている。舞夜にはそれがすぐに分かった。いつ何かがトリガーになって完全な記憶を取り戻してもおかしくはないだろう。かく言う舞夜も機微を読み取られぬよう唇をきゅっと結んで、目撃したポイントへとリョウマと共に転移した。舞夜の言う通り、微小ではあるがクラックゾーンが開いていた。バリケードが周囲に設置されており、一先ずの隔離がなされた状態である。

「これか.....やばいな。にしても運営も手が早かったんだな、一応の隔離はしてある」

リョウマはクラックゾーンを睨むように見つめ、再び黙考した。舞夜が見せたナイフのオリジナルは、確かに悍ましい効果を持っているのは事実だ。となると問題は、それが流布していないかどうかと言う話になってくる。集団で使っていたのを考慮すると、何も知らない人間の手に渡り、取り返しの付かないことになるのはもう、時間の問題だ。

「アーネストの連中に問い質すのが早い....が、口を割るとも思えないな.......?」

ふと視線を向けた先に、異様な気配を感じた。真紫の影が一瞬だけだが見え、リョウマは目を細めた。

「諒馬?」

「どうやらもうダメらしいな、俺達のことも目をつけられてるんだろうぜ」

リョウマは紫の影を追って走り出した。舞夜も慌てて屋根へ飛び移り、上空から追跡を始める。舞夜の右目の光彩が赤い光を灯した。

(アレか.....承知!)

視線の遙か先に人影を見つけ、ズームを最大にした。間違いない、ナイフを持っていた連中と全く同じ姿だ。舞夜はすぐさま最短距離を計算し、更に勢いをつけて跳躍、ターゲットとの距離を詰めた。

「諒馬、私ならすぐに追いつけます!身柄を押さえ次第連絡します」

リョウマに音声通信を送り、走行速度を一気に上げた。もはや人間の走りではない速さでビルの上を飛び、あっという間にターゲットとの距離は目と鼻の先へと詰め寄った。コートの中からワイヤーガンを引き抜き、ターゲットの足元目掛け射出した。

「もう逃げられません。観念していただきます」

舞夜は一気に跳躍して降り立ち、ターゲットの身柄を拘束しようとした。その刹那、ターゲットはぐるりと身を翻し舞夜の首元にナイフを向ける。それは舞夜がコピーしたものと同じ、紫色に輝く歪な形をしたナイフだった。やはりこのターゲットもまた、交流広場にクラックゾーンを作ろうとする集団の一人であった。

「離せ!でなければこれで首を落とす!」

「女.....?なぜそのナイフがあるのに、私に恐怖するのですか。いや、そのナイフを恐れているのはあなた自身....間違いありませんね?」

明らかに若い女性の声。そしてナイフを持つ手が震えている。これでは押し当てるまでが限界だろう。しかし舞夜の推察を振り払うかのように、少女はナイフを突き出し刺し殺そうとした。だが舞夜は素早く彼女の手首を掴んでナイフを落とさせ、そのまま地面に組み伏せた。リョウマも間もなく合流するが、舞夜が押さえたターゲットの正体に困惑した。

「スワンと歳が近い人まで関わってんだ.....これが、あのオリジナルって奴か。成程」

リョウマは足元に落ちていたナイフを拾い、刀身を眺めた。グネグネと歪んだ刃だが、アメシストを削って作ったような美しさも兼ね備えた何とも不思議な得物だ。

「さて、君から話を聞かせてもらえるかな。何で君がこんなものを持っているのか。これで何をしようとしているのかを、ね」

リョウマ達は人気の無いショッピングセンターの様な場所を訪れた。舞夜にはターゲットの拘束をしてもらいながら、落ち着いて話のできる場所を探していく。休憩スペースと思しき場所を見つけ、そこで話を聞くことにした。妙な事にターゲットは無抵抗のまま、椅子に座った。

「ここまで来たら誰もやって来ない。さぁ話してもらおうか、このナイフで何をしようとしていた?」

リョウマが問いかけるが、やはりターゲットの少女は黙秘して答えない。角度のせいかフードで顔の半分が隠れ、表情も分からない。今度は舞夜が質問をする。

「このナイフは、クラックゾーンと呼ばれるセキュリティホールを生み出す機能があります。内部からダイバーズを壊すだけの力があるのはご存知ですね?」

しばらく間をおいて、その少女は舞夜をちらりと見てまた手元に視線を戻した。

「知らなかったら、そのナイフの事なんて知る由もないですよね。何でそんなことを聞くんですか...」

「いえ。認知せずとも手に入れられる可能性はあります。集団で利用するだけの数があれば、どこかで流通してもおかしくはありません」

「それこそ私が知るはずの無いことです.....いい加減離してください!でなければ運営に報告しますよ!?」

少女はおもむろに立ち上がり、舞夜に詰め寄った。しかし彼女はただ少女を見つめて首を横に振るだけ。

「別に言っても構わない。既に狙われている身なんでね。だけどそれ以上に問題を起こしているのは君自身なんだ。このナイフがある事で....」

「うるさいッ!!」

リョウマの話を遮り、少女は声を荒らげた。リョウマを見る彼女の目は鋭く、殺意が見え隠れするほどだ。

「あなたは何か大事な物を失くしたことがあるの!?何も知らないくせに!何も分からないくせにッ!!あなた、ZeuSの人なんでしょ!?だったら返してよ!返してよッ!!私の大切な人を返してッ!!」

「ああ、何も知らないな。本当なら知ったこっちゃない。だけど被害者がいるってんなら...放ってはおけない」

リョウマは静かに返し、舞夜が彼女を座らせた。だが少女は舞夜にも詰め寄る。

「あなたなら分かってくれるはず....そうでしょ?大切な物を失くした時の辛さが、悲しさが....!」

「.....元より私は、何も失くしてなどいません」

舞夜は本心のまま話したが、少女はそれでも食い下がった。

「嘘よ!あなたの目を見たら分かるもの!何もかもを失くしてるって!」

「失った物はないと申し上げました。この事については、それ以上はお話する事はございません。諒馬」

「悪い、舞夜。俺はZeuSの人間だったが、今は凡そ正反対の立場にいる。ZeuSが起こした惨劇....その傷跡を修復するために行動しているんだ。もちろん関わってしまった人を守る為にもね。だから教えて欲しい。このナイフは一体何なのかと」

リョウマの眼差しは真剣そのものだった。しかし少女は素直に信じる気にはなれない。ZeuSによって大切な物を奪われ、ガンプラダイバーズと言う楽園を地獄へと塗り替えたのだから。今更何を言われても受け入れられるはずが無かった。無論、そのつもりもない。

 

Romanesque。英梨は帰社してすぐに記事の続きを書き始めていたのだが、その折に知り合いの報道記者から一本の電話が入った。疲労も溜まりつつあった頃にいきなり連絡とは、と英梨は溜息をつきそうになりながらも受話器を取った。

「はい、Romanesqueの神宮寺です。何かありました?」

「TVTの増田です。たった今百崎 翼の保釈が確定しました!警察の会見もすぐに始まります」

馬鹿な。英梨はそれしか言えなかった。翼の実刑判決と執行開始は来週のはずである。それがどういう訳か識らぬが、突然今日になって保釈されるのか。英梨は平静を保ち、その話の続きを聞く。

「何かしら前触れのようなものは?何も無かったんですか?」

「同僚が取材に行った時には、既に確定していたと言ってました。僕らも神宮寺さんの記事に突き動かされて取材を再開したけど、まさかこんな事になるなんて....」

「一体何だって言うの、こんなタイミングで保釈って.....すいません、すぐに向かいます!」

英梨は受話器を置くと、ジャケットと帽子、仕事道具を詰めたバッグを持ってオフィスを出ようとした。その矢先編集長と出くわした。

「あらぁ英梨ちゃん?精が出るのねぇ」

編集長は誰がどう見ても"体格のいいおっさん"なのだが、オカマ口調と言う変わった人だった。しかもこれで平常運転である。

「百崎 翼が保釈されたとタレコミがあったので、現場に急行しようかと」

「その話なんだけど、ウチはこれ以上乗らないことにしたわ」

意外過ぎる決断だった。社内で英梨の事を誰よりも理解する編集長が、まさかZeuS事件の記事から手を引く判断をしようとは。背中を押してくれるものだと思った英梨は、ただ目を丸くして言葉を詰まらせた。

「ど、どうしてですか!?」

「これは私のカンだけど....英梨ちゃん、本当に殺されるわよ、ZeuSに」

「それは覚悟の上です!だけど見過ごす事だって出来ないじゃないですか!」

「気持ちは分かるけど....こないだ英梨ちゃんが出した記事の事で、脅迫メールとか電話が来るようになってねぇ....」

「え......」

寝耳に水だった。確かに先日週刊ROMANESQUEのネット版記事には、門松からもたらされた情報を基にした内容を盛り込んでいた。恐らく多方面から反応が来る事は予知していたが、有ろうことか会社が脅迫されるとは考えてもみなかった。ZeuSは既に消滅した法人格だ。翼自身の信奉者も社会の中に埋もれ、発言力はとっくに失っているはずだった。更に編集長は続ける。

「英梨ちゃんが知らないって事は、きっとそう言うはっきりした意思表示のように見えるの。あなたを殺そうって言うね。だから私決めたのよ。英梨ちゃんも会社の皆も守るために、このヤマからは手を引くって。だから英梨ちゃんにも納得して欲しい」

編集長が英梨の肩に手を乗せ、諭した。しかし英梨はもう一歩も引く気はなかった。この事件に関わってきた以上、その全てを明らかにして世間に公開し風化に歯止めをかけると言う責任を感じていた。これは最早、英梨の義務なのである。

「でしたら私は今の取材を最後に、Romanesqueを去ります。その方がきっと被害は少なくて済むはずです」

「ちょっと、英梨ちゃん!?何を言っちゃってるのよ....!?」

「後任とかあるでしょうけど、彼なら私のスピリットをきっちり受け継いでいますから大丈夫です。私はそう信じてますから。高岩だっているんだし、不安要素はないでしょ!」

英梨はニッコリと笑って見せ、廊下を急いで通り抜けた。

「"親不孝"な"娘"を許してください、"お父さん"......!」

編集長には色んな所で世話をかけてもらった。その恩返しはきっと自分が彼の後任になる事だと分かっていた。しかしそれでは英梨自身の義務から、何より運命から逃げているのと同じようにも思えた。きっと自分はどこまでも現場の人間なのだと苦笑しながら、車に乗り込んだ。現実世界でも、既に一刻の猶予もなくなった。もうここから先はスタートを切ると絶対に後には引けない戦いが始まるが、英梨は初めから覚悟の上だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.23 LIBERATEされた百の翼

「翼が保釈された......!?」

今日も怜の眠る病室を訪れた門松だったが、突然英梨から掛かってきた電話に耳を疑った。可能性は0ではないと思っていたが、まさかこのタイミングで保釈されるとは門松も予想外だった。

「神宮寺君、こうなっては何が起こるか分からん。出来るだけ慎重に取材を進めろ。無理なら手を引く判断もしろ、いいな?」

「何を言ってるんですか、こんなチャンス滅多にないんですから出来る限りのことはします。もう私には後ろ盾がないから、何だってできます」

「どういう意味だ?」

「私、この事件を最後にRomanesqueを辞めることにしました。結局私も過去に縛られたままだったって事です。あ、大丈夫ですよ死ぬ気はありませんから!それでは!」

電話がぷつりと切れ、門松は呆然と怜を見つめたまま立ち尽くした。

「このタイミングで保釈だと.....!?」

急いでテレビの電源を入れると、ちょうどZeuS事件に関する報道が流れた。翼が拘置所から護送されて行く様子も映されている。門松でさえ、この先に翼が何をしようとするのか皆目見当がつかなかった。ZeuSは法人格としては消滅し、"連合"に属している企業は全てアーネストに追従する流れだ。翼に残された手段は皆無と言っていいだろう。だが門松には、もう一つ当てがある人物に思い当たった。

「徹・アルマーニュ.....奴なら翼を欲しがる....その為の保釈を手引した.....それしかあり得ない!」

至極単純な予想だが、門松は彼らが昔から親しい間柄だと言うのを知っていた。そもそも翼が発動させようとした"計画"も、徹との間で骨子となる物は用意していたという。その為のJOKERの開発再開や、ハザードシステムの凍結解除が行われているなら、全てが繋がる。彼らの理想郷を完成させる為に、その地に相応しい人間をハザードシステムで選び、漏れた者をJOKERの圧倒的な力を以て葬り去る。自己中心的な選民思想の具現化に等しい計画だった。だがその計画は途中で歪められる。翼が自身の為に計画その物を私物化して進めた。徹はこれを面白く思わないはずだ。しかし翼の陣営が蓄積した技術や人脈は無視できるものでもない。尤も、その殆どは門松が押さえており封印しているから、上手く行く可能性は低くなっている。翼自身がどれだけ保持しているのかは分からないが、期待値は低いだろう。そんな彼を徹が必要とするならば、答えは一つしかない。実験台、つまりはモルモットだ。

「なんてこったい!人が人を食い物にするなんて.....どこまで腐ってんだこの事件は!」

 

アーネスト・ホールディングス本社社屋、地下駐車場。一台の黒いリムジンが進入し、入口付近に停車した。

「ここがアーネストか.....ZeuSの栄光無き今だからこそここまで成長できた.....しかし当時の我々と同じ立場。舞台としては申し分なかろう」

運転手がドアを開け、車から降りたのは百崎 翼だ。助手席から結利香、後部座席の反対側からは純一も降車する。

「社長がお待ちかねです。すぐに参りましょう」

「ああ、行こうか」

純一が先導し、徹が待つ社長室へ向かう。社屋を貫くエレベータからは、オフィス街を一望できる。しかし翼は景色など目もくれず、ただじっと最上階へ到着するのを待っていた。

「私の命が終わると分かれば、ユピテル財団も黙っていまい。だがこうもすんなり行けてしまうと、却って奴らから怪しまれそうで怖いが」

そう言うが、翼は涼しい顔をしていた。

「どちら道あなたの力になりたいと思う者は、既に早い段階から手を回してくれました。人望がそうさせているのです、百崎社長」

「ここでそう呼ぶな。君と私では対等でありたいのだよ。何かと見えぬところで働いてくれたのだからね....こういった所で助けになってくれるのなら頭が上がらんよ」

純一と翼のやり取りを横目で見ながら、結利香は苦虫を噛み潰したような顔をした。ユピテル財団からの指示で監視に出向いているのに、いきなりそれを反故にされたのだ。そしてあの記者から受けた一言が、まだ胸の中をグルグルと回っていた。もう過去を捨てて、自分の信念の為だけに生きていくつもりが再び揺らごうとする。何が正しくて間違っているのか、彼女には見えなくなりつつあった。最上階に到達し、結利香が開ボタンを押した。翼は彼女に一言礼を言うと、そのまま真っすぐに社長室へ歩き始めた。ドアの目の前に来ると純一がセキュリティ装置にカードキーをスキャンし、虹彩認証を行った。すると内部に通信が繋がった。

「東郷です。百崎 翼氏をお連れしました」

ドアは自動でゆっくりと開き、徹自ら出迎えた。

「やぁ。しばらく振りじゃないかな、百崎 翼君。会いたかったよ」

「私も君と再び歩き出せるのを心待ちにしていた」

徹は翼を部屋に招き入れ、純一達を戻らせた。この部屋は間もなく密室となり、徹と翼二人だけの空間へと変化した。

「獄中生活はどうだったかな?見た所そう変わってないようだけど」

応接用のテーブルにつき、徹が冷蔵庫からよく冷えた緑茶をグラスに注いで翼に差し出した。

「根掘り葉掘り聞いても構わないが、それだけで一冊の本になってしまうだろうな」

「それは困るね。犯罪者が増えてしまう....さて、君の保釈には僕も僅かながら支援したんだ。上手く行ってよかったよ。しかしどうするつもりなんだい?ZeuSは消えてしまったよ」

「アーネストを第二のZeuSへと昇華させる」

「そう言うと思ったよ。君があの結果を見てさぞ悔いたんじゃないかと見てたが....それで、僕ともう一度手を結ぶ気になってくれた、と?」

「そうで無ければ私は世間に戻ってくるまい。今一度、また力を合わせられればと思うが」

二人の間に特に殺伐とした雰囲気はなく、むしろ古い友人同士の寛やかな空気が流れた。しかし互いの胸の内では、場の空気とは正反対に読み合いに近い心境だった。互いが互いを利用せんがための、静かな掌握権の奪い合いが始まろうとしていた。徹は思い出した様に、執務用の机からガラス製のケースを運び、テーブルの上に置いた。

「保釈祝いにでもこれはどうかなと思って用意したんだ。気に入ってくれると嬉しいよ」

徹がスイッチを押した。すると5方向を囲むガラスから色が抜け、無色透明へと変化し中の物が見えるようになった。翼はその中身を見るや愕然とした。なんとその箱には翼自身の力の証明となった、ガンプラが入っていたのだ。

「フリューゲル.....!?馬鹿な、なぜここに...!?」

「ただのフリューゲルガンダムとは思わない事だ。よく見たまえ」

よく見てみると、似通っているのはシルエットだけで躯体その物は全くの別物であった。その姿に翼はある物を連想する。

「JOKER.....とでも言うのか.....」

「君の有していたフリューゲル、そして僕がもたらしたバルトアンデルス....双方の力をJOKERと言う器に集束させたんだ。その名もフリューゲルガンダムΩ....この力さえあれば君は再び、頂点に立てる。そして全てが思いのまま」

徹は翼に耳打ちし、窓の方へと歩く。これで翼がどう答えるかは一つに絞られる。しかし相手はその百崎 翼なのだ、油断だけはできない。

 

翼の保釈から僅かに遡り、ガンプラダイバーズ交流広場第5区画にて。リョウマと舞夜による、ナイフの持ち主への尋問が続いていた。

「君がはっきり答えてくれなければ、またこのナイフを持った奴が更に誰かを奪っていく事になる。君はこのナイフをどこで手に入れたんだ?何に使うつもりだったんだ?俺達が知りたいのはその2つだけだ、答えてくれ」

ナイフの持ち主たる紫のフードの少女は依然押し黙ったまま、リョウマの質問にも舞夜のにも答えなかった。脅されて言えないのなら、一瞬でも動揺が見え隠れするものだが彼女の場合は、自らの意思で黙秘を貫いているように感じられた。そこが一番の謎でもあった。リョウマとしては、一番恐れている動機は"復讐"だ。このナイフには途轍もない力が秘められている。これでガンプラダイバーに対し、直に刺突した場合どうなるのか全く想像がつかない。恐らく生成したクラックゾーンの中にダイバーが飲み込まれ、そのまま消滅する可能性がある。もしその通りであれば、間違いなくテロ行為そのものでしかない。舞夜の目撃証言でこのナイフを有するのは、目の前にいる彼女だけでないのは事実だ。仮想世界に向けられたいちプレイヤー達によるテロなど、前代未聞である。

「恐らくあなたはダイバーズが憎くて仕方が無いのでしょう。ですが同じだけダイバーズを愛している人もいます。地獄に作り変える事なんて簡単にできる。もしそうなれば、必ず苦しむ人は少なからず出てくるでしょう。あなたはその人達に対して責任を負えるのですか」

舞夜の一言に、少女はリョウマを睨み声を震わせた。

「あなた達に言われたくない....!ハジメ君も、お兄さんも.....誰も何もかも消えたのに何もしてくれなかった!詫びることもしないまま逃げていった貴様達に、何も言う資格なんてない!!」

リョウマは返す言葉が見つからず、ただ黙って彼女の目を見る事しかできなかった。彼女が言う事は道理だった。ダイバーズを地獄に作り変えた大規模過ぎる実験。そのせいで失った物は計り知れない。そして現に大切な人をZeuSによって奪われた被害者は目の前にいる。リョウマは自分の記憶が上塗りであることが、ここまでもどかしく感じられたことが無かった。膝の上で握っていた拳が震える。本当に自分は、どこまでこの事件を理解できているのだろうか。知識や情報などではない、被害を受けた人間の感情や願いを今のリョウマが受け止められるのか。2度と同じ過ちを繰り返さない為に、事件の傷跡を消し完成させたビルドシステムで、ダイバーズを在るべき姿に戻す。その答えに帰結するとしても、決定的な何かがリョウマには欠けていた。

「....!?やめなさい!!」

突然少女が机を蹴り付け、ナイフの落ちた勢いで拘束ワイヤーを切断した。舞夜は急ぎナイフを回収しようとするが、それよりも早く少女が手にして最寄りの壁に突き立てた。

「クラックゾーンは.....こう使う物....!」

「止せッ!!何考えてんだ!?」

リョウマが少女を抱き寄せて止めようとしたが、腰に回し蹴りを受けて反撃を喰らい失敗に終わった。少女はクラックゾーンの中に飛び込み、姿を消してしまった。

「諒馬、マーカーはつけています。第2区画からバトルエリアに進みました」

「あの一瞬でか!?どうなってんだクラックゾーンってのは.....行くぞ!!」

リョウマと舞夜は交流広場第2区画へ転移し、そのままバトルエリアへと進んだ。

 

(何だ、この戦場を取り巻くオーラは.....プレッシャーとでも言うつもりか....?)

ナイトシーカーの舞夜は、バトルエリア全体を包み込むような殺気に、顔をしかめた。人の憎しみと言うのは、こうも簡単に広がり離れた人間にも伝わってしまうものなのか。生前の自分の体質がそうさせているのか。さっぱり分からなかったが深くは考えない事にした。ビルドレイザーの姿を認めると、機体を追従させた。

「レーダーの範囲最大、いやそれでも見つからないのか.....ウェポンビルドアップ」

リョウマはレーダーのモニターに反応が映らぬと気づくと、即座に拡張レーダーユニットをビルドした。これを展開することでレーダーの有効範囲を拡大させられる。ビルドレイザーの手元から離れたレーダーユニットは、分散する様に飛び立ち遠くへと向かった。ナイトシーカーも対象に含まれているようで、舞夜もレーダー有効範囲の変化に気がついた。しかしそれでも敵影の姿は見当たらず。

「時間帯でしょうか」

「かもな。見つかるとしたらさっきの娘くらいのはずだ....いや、ビンゴだ。さっきのマシンが壊されてんな....奴だろ!」

ビルドレイザーのモニターに被弾通知が現れ、リョウマはフットペダルを強めに踏み込んだ。ビルドレイザーのバックパックにジェミナス用のバックスラスターをビルドし、加速しながらスペースコロニーの中へと飛び込んだ。

「これは.....インダストリアル7か!?」

バトルエリアは何と、"ガンダムUC"に登場したアナハイム・エレクトロニクス所有の工業コロニー、インダストリアル7であった。

「諒馬、来ます!」

「ファンネルか!」

突如上空や足元からビームが飛来し、ビルドレイザーとナイトシーカーは巧みなスラスターさばきで回避、敵の位置の把握を急いだ。しかしファンネルの攻撃はどれも正確で、舞夜でさえ集中を切らせてはならないと思わせた。

「奴はファンネルに慣れている......これだけのコントロールは並の者には出来無い」

ナイトシーカーは素早く着地すると、壁キックやジャンプを駆使して上下左右にジグザグ運動しながら、索敵を急いだ。人間並みの運動性を有しているナイトシーカーだからこそ可能な芸当だ。一方のビルドレイザーは、ダミーバルーンを大量にビルドし、ファンネルの攻撃を逸しながら都市上空を航行していた。右手にはビルドライフルでは無く、ビームスマートガンを装備している。

「舞夜が先か俺が先かだな.....何!?コロニーの外だと!?」

レーダーに反応が映り、リョウマは見上げたが敵の姿が見当たらなかった。だが"運河"と呼ばれる事もある採光用の窓からは、薄っすらと緑色の影が見え、機体を急上昇させた。

「成程、あれが正体ならファンネルにも納得が行く!舞夜、奴はコロニーの外に.....また別の反応!?今度は何だ.....!?」

コロニーのエアロックへ向かう道中、また別の熱源反応がレーダーに感知された。リョウマはぎょっとしてその方向に目をやる。真っ黒なガンダムフレームがこちらを眺めているのが視認できた。

「グロック・ルーツ......!?またお前の差し金か!?」

「Bravo!ご名答だよ水崎君!しかし真っ先に疑われるのは何か悲しいなぁ」

リョウマはウヴァルスタークを睨みながらナイトシーカーにメッセージを送り、ファンネルの主へ向かわせた。今ここでグロックに邪魔される訳には行かない。ビルドレイザーはビームスマートガンでビルを撃ち抜き、ウヴァルスタークを浮き上がらせた。

「おいおいいきなりかよ!侘び寂びも何もあったもんじゃねぇな!?」

「何の話をしてんだ!お前に邪魔される訳には行かないんだよッ!!」

ウヴァルスタークがライフルを連射する。それをビルドレイザーは掻い潜りながら接近し、バックパックからビームサーベルを抜き放ち、袈裟斬りを仕掛けた。だがウヴァルスタークは左肩のシールドで防ぐと、ビルドレイザーの胴体めがけアッパーをぶつけた。すかさずビルドレイザーも反応して拳を受け止め背負い投げの要領で地面に叩きつけ、右腕にドリルクラッシャーを形成した。

「ウェポンビルドアップ!!」

ウヴァルスタークの顔面目がけてドリルクラッシャーを叩き込むが、それよりも速く振り上げられた蹴りを頭に喰らい、大きくよろめいてしまった。

「そんなもんじゃ勝てないなぁ....そんじゃ、ちと遊んでやるか」

ウヴァルスタークはライフルを放棄すると、リアアーマーから巨大なチェーンソーを装備した。ギュインギュインとけたたましい駆動音を鳴らしながら歩み寄り、一気に振り上げた。超振動分子カッターと同じ素材で作られた刃、そして10000rpm相当の回転数が加わり一振りだけで凄まじいダメージを与えてしまう、まさに殺意の塊のような武器である。ビルドレイザーはシールドの形成を間に合わせられずまともに受け、胸部装甲に裂傷を負いビルに倒れ込んだ。

「チェーンソーがあんな力を持つのかよ....最悪じゃねーか...!」

「ん?もう終わりか?常岡の方が骨があるんだな、こりゃ期待はずれだ」

ウヴァルスタークは一度地面にチェーンソーを当て、じりじりとビルドレイザーに向けて動かし始めた。グロックとしては敢えて猶予を与えるつもりだった。力の差をハッキリさせるにはまだ早過ぎる。そう考えての選択である。

「終わったと思うなよ.....ユニットビルドアップ!」

ビルドレイザーのバックパックに、円形のヴォワチュール・リュミエール発生装置が形成された。その直後に右腕に再度ドリルクラッシャーもビルドし、ヴォワチュール・リュミエールの圧倒的な加速力を持って強引に前進。ウヴァルスタークのコクピットめがけドリルクラッシャーをねじ込み、衝撃と掘削を加えて撥ね飛ばした。これにはグロックも舌を巻き、作戦を切り替えようと頷いた。ウヴァルスタークは空中で受け身を取り、シールドに内蔵されたビームキャノンを斉射した。ビルドレイザーは即座にバックパックを別のものにビルドする。同じヴォワチュール・リュミエール発生装置でも、今度はより戦闘向きのデスティニーガンダムと同型である。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.24 心貫きしTRUTH

舞夜のAGE-1ナイトシーカーはファンネルの嵐の中を突っ切り、コロニーの外に出て敵の正体と対面した。純白の装甲を身に纏った、"顔の無い"クシャトリヤ。モニターには"クシャトリヤ・コープスブライド"と表示された。直訳すれば死人の花嫁。何とも恐ろしい名前である。

「E-002.....それがあなたの名前ですか」

舞夜は静かに問うた。

「残念です......あなたとなら分かり合えると思っていました。でもそれがどうしても無理と言うなら.....」

クシャトリヤ・コープスブライドが後ろへステップし、4方のバインダーからファンネルを射出した。全方位からの攻撃をナイトシーカーはすり抜けながら外壁に降り、蹴り付けて跳躍。腰から鉈型の実体剣"シグルスラッシャー"を引き抜き、くの字を描きながら近づきつつ居合斬りを見舞った。しかしクシャトリヤ・コープスブライドの反応も速かった。即座に手首からビームサーベルを発し、シグルスラッシャーと斬り結んで素早く後退した。左手のビームガンを執拗に撃ち込みながらファンネルで袋叩きにしようとするが、ナイトシーカーには全く通用しなかった。飽和攻撃の類をすり抜けるのは舞夜の得意技なのである。ナイトシーカーがスパローベースなのは、そう言った理由があったのだ。ナイトシーカーは両足にマウントしたスパロクナイを回転し、蹴りと同時に斬撃を加えた。クシャトリヤ・コープスブライドがバインダーにビームシールドを展開し、攻撃を一旦受け止めカウンターとしてもう片方のバインダーから隠し腕を伸ばして、ビームサーベルで斬りつけた。舞夜はとっさの判断で、ナイトシーカーにコープスブライドのバインダーを踏み台にさせて体勢を立て直し、再び接近を試みた。右腕のシグルスレイヤーの一撃をサーベルで防ぎ鍔迫り合いに持ち込むと、少女は引きつったような笑みを浮かべた。

「あなたもあの男と同じ.....そうであろうとするなら斃してやる!」

「私は何も失っていないと言っている!はじめから自分に見えている物だけで考えるからそうなる!もっと周りを見なさい!!」

「うるさい!!あなたはどうせ分かっているんでしょ....私の気持ちが!!なのに知らないふりして.......許せないッ!!」

少女の怒りに呼応するかの如く、コープスブライドのフロントアーマーが可動、ビームサーベルを発振させた隠し腕がナイトシーカーに襲いかかる。

「駄目か....彼女はもう、憎しみに囚われて自我をコントロール出来なくなっている....!」

舞夜はコープスブライドから感じ取る殺気に気圧されるが、それでも冷静さだけは失わず操縦に徹した。隠し腕の一撃を躱し、真横へ回り込んでシグルスレイヤーでバインダーを支えるアームを切断しようと踏み込んだ。だがそこへファンネルが現れ阻まれる。だが舞夜はそのまま機体を前進させた。

「シグルハリケーンを使うッ!!」

左腰にマウントした巨大な手裏剣型ブーメラン"シグルハリケーン"を装備、斜め右前に向かって投擲した。シグルハリケーンはナイトシーカーの周辺を囲うように飛び回り、ファンネルを次々と斬り落とした。少女は舌打ちをし、ウェポンセレクタから拡散メガ粒子砲を選択して追い返そうとする。コープスブライドが拡散メガ粒子砲を放ち、ナイトシーカーは踏みとどまるがすぐに隙間を見つけては飛び込み、あっという間に懐へ突入した。

「そうですね....でしたら私も一つ認めるとしたら....失ったのは自分の感情。しかしそれは私の意思で捨てた物。やはりあなたは私を勘違いしているようですね。私とあなたは違う」

シグルスラッシャーを再び手に持ち、コープスブライドの左前バインダーを斬り落とした。しかし少女は果敢にも全ての隠し腕を使ってナイトシーカーを拘束する。

「自分で感情を捨てる.....?そんなやれもしないことを!!」

「出来たから今の私が在る。もし私に完全な感情があれば、あなたに同調して目的を見失っているはず。でもこうして戦っている。あなたの様な心に苦しみを抱える人を増やさない為に」

矛盾しているのは本人も承知の上だった。苦しむ人を救うには、等しく感情を理解できる人間で無ければ意味がない。だが今の彼女を相手にするなら話が違う。あの子はあのマシンに憎しみを乗せて戦っている。それを許容してしまえば彼女は2度と後戻りできなくなり、後悔すらできぬまま自分自身さえ殺してしまう。舞夜にはその方が耐え難かった。感情を捨てていても、救いたい気持ちだけは心に持っているのだ。

「だからこんな馬鹿な真似はやめなさい!あなたはそんな事を望んで生きてきた訳じゃない!憎しみだけで人が変われるなら、善意で変わる事もできる!!それを信じて生きてさえすれば答えは見えるから.....!」

「この人.....何なの.....!?」

少女は困惑した。感情を捨てたと言っていながら、あの女は訴えかけてきた。何がどうなっているのか理解が追いつかず、ただナイトシーカーを凝視した。

「こんな気持ちの悪い感覚......嫌いだ.....!消えてしまえッ!!」

コープスブライドはナイトシーカーを放り投げ、ファンネルと拡散メガ粒子砲を一斉に放ち葬り去らんとした。

「何故だ.....何故私は.....!?」

舞夜は今しがたの発言を自分で疑ってしまった。感情はとうの昔に捨てきっていたはずで、自覚もしていた。なのに今の自分は何かが蘇ったような感覚があった。当惑しながらナイトシーカーを降下させ、次の一手を出せないままコープスブライドを逃してしまった。

「涙.......!?私はまた......人に戻るのか.....!?」

舞夜は手元を見て目を疑った。機械の体では流せるはずの無い涙。あの異空間でレイ・ブルームーンと出会った時と同じ、弱い温もりのある涙だった。

 

ビルドレイザーとウヴァルスタークの戦いは、後者のペースのまま進んでいた。それもそのはず、リョウマ自身の腕は並のダイバーと変わらない。頭脳戦を得意としていても、結局はそれ以外の力が物をいう世界だ。ウヴァルスタークがチェーンソーで落下の勢いを利用して斬りかかる。ビルドレイザーはムラマサブラスターをビルドして斬撃で弾き返し、左腕にピーコックスマッシャーを形成、ランダムシュートで着地の隙を狙う。

「何故ビルドシステムが通用しない....!!」

「そりゃ簡単だ。お前さんは確かに天才だが戦いに向いていない。体よりも頭の方が先に行き過ぎてんだよ」

ウヴァルスタークは着地をギリギリで止めて浮上、投げ捨てていたライフルを拾い上げてピーコックスマッシャーを撃ち抜いた。ビルドレイザーは爆発する前に放棄し、続けてパイルバンカー機構と巨大なビルドナックル角を組み合わせた"インパクトナックル"を形成、ホバー移動で急接近して強烈なパンチを叩き込んだ。単に質量攻撃としても強力だが、そこにパイルバンカー機構が生み出す衝撃が上乗せされ、撃墜レベルの威力を発生させる。

「舐めんじゃねぇ!!」

「何だ!?」

ウヴァルスタークはシールドを構え受け止めたが、グロックは見立てが悪かったと舌打ちした。左肩のシールドが凹んだだけでなく、その衝撃が伝わって肩のフレームそのものも機能不全を起こした。当然シールドは弾けとび、ウヴァルスタークは吹き飛ばされた。

「お前の目的を話してもらうぞ、グロック・ルーツ!!」

「そう簡単に話しちゃ面白くねぇだろ?ま、ちとその一端くらいならお見せしてもいいが?......"ハザード"」

「何ッ!?」

グロックはニヤリと唇を歪ませ、コンソールを操作した。コクピットが赤い光に包まれ、ウヴァルスタークも全身の赤いパーツから眩い光を放った。リョウマは"ハザード"という単語に耳を疑い、驚愕した。門松の予測通り、アーネストはハザードシステムを完成させていたのだ。しかしデータの殆どは消滅しているはずだった。

「ハザードシステム.....完成していたのか....」

「骨が折れちまったがな。これを完成させる為に水崎 順子.....お前さんのお袋に会って来なきゃなんなかったしよ....いやぁ、アレは面倒だったなぁ」

グロックが苦労をしみじみと振り返り、笑みを浮かべた。一方リョウマは愕然としていた。死んだはずの母親が生きていただけでなく、グロックのハザードシステム開発に手を貸していたとは。ウヴァルスタークから黒い霧が噴き出し、機体全体を覆う。各部の赤く発光したパーツと、顔の十字型センサーアイ以外が見えなくなった。

「さて試すかねぇ.....ハザードシステム、その実力って奴を」

ライフルを数発放ち、黒い風となって瞬時に背後を取って背中にも接射した。前後からほぼ同時に被弾し、ビルドレイザーは為す術もなく地に伏した。そのままウヴァルスタークはビルドレイザーからムラマサブラスターを奪い取り、昇竜斬りを見舞って無理やり打ち上げ、更にライフルで蜂の巣にした。この間、僅か2秒。リョウマは全身を打ち付け、意識が一瞬消えかかった。

「うぁああああッ!?ぐぅ......何なんだこのスピードは.....!!」

「まだまだこんなもんじゃあないぜ?」

起き上がったビルドレイザーの顔面を左手で掴み、ビルに叩きつけながら駆け抜けムラマサブラスターで両腕を斬り飛ばした。その後巨大ビルにビルドレイザーをめり込ませ、顔面に銃口を向けた。リョウマは全く対応できなかった上に、ウヴァルスタークから強い恐怖心を植え付けられてしまい唇を震わせ視界が揺らいだ。

「これでハッキリしただろう.....お前じゃあ何も変えられない、何も救えないって事が。冥土の土産に教えてやるよ。お前のお袋さん、水崎 順子はまだ生きている。まぁ頭をやられちまってるからお前さんの事も、事件の事も忘れてるがな?だから簡単にデータを引き渡してもらえた。だからハザードがここにある」

「は.......何だ.....と!?」

「比良坂 舞夜が何でお前に殺されたのかも教えてやるよ」

リョウマはもう何も聞きたくないと言わんばかりに耳を塞ぎ、「やめろ、やめろ.....やめろ....!!」と頻りに呟いた。しかしグロックは何かを感じ取ったのか、お構いなしに続けた。

「お前の両親が全部仕組んだことなんだよ。比良坂 舞夜はハザードの事を察知していた。それをお前に伝えて止めてもらおうとした。でもそんな事が読めない親じゃない事は、お前もよ〜く知ってるはずだ。だからお前に殺させたんだよ。邪魔で目障りだから、当然だろ?だが何の因果かダイバーズの中で生き長らえていた...しかも史上初のクラックゾーンを抱えてなぁ」

真実に触れるのを拒むかのように頭を抱える。そんなリョウマを見て、グロックは見限ったと言わんばかりに溜息をつき、続けた。

「全くお前も運が悪いよなぁ?ダイバーズを救う為に、愛してくれた女を2度も殺さにゃならんとは」

「舞夜が.....!?ふざけるな....ふざけるなよ.....!!」

しかしこの瞬間、リョウマの目にあるビジョンが浮かび、思考が完全な破綻へと向かい始めた。生前の舞夜の笑顔。頬に感じた唇の柔らかさ。そして何より、一度だけハッキリと「好き」と伝えられた時の瞬間が強くフラッシュバックする。

「やめろ、やめてくれ!!やめてくれぇ.....ああぁ....あぁ.....あぁあ....!!う、うわぁあああああああああああああッ!!?!?!?」

リョウマは絶叫し、それを合図にグロックが引き金を引いた。ウヴァルスタークのライフルが火を噴き、ビルドレイザーの顔面に風穴を空けた。モニターは激しいノイズが走った後に真っ暗になり、コクピットも暗闇に包まれた。リョウマは震える自分を抱き込むように蹲り、嗚咽した。終いには吐瀉までしてしまい、再起不能な精神状態に陥ってしまう。

それから2時間が過ぎた。そこへ偶然通りかかったブレイヴ指揮官用試験機が降り立ち、ビルドレイザーにマニュピレーターを接触させた。

「おいどうした!?応答しろ!こちらソルブレイヴス隊のグラハム・エーカーだ!ガンダムのダイバーは至急応答せよ!」

何とブレイヴのダイバーはグラハムだった。単に隊員同士での戦闘訓練でここを訪れていたのだが、このエリアを取り巻く不気味な感覚が気になり独自に捜査していた。そしてこのインダストリアル7に行き着いたのである。

「ハワード、レーガン!すぐに合流してくれ!要救助者を発見した!....しかし何だこの被害は.....まるで嵐が通り過ぎたかのようだな....」

グラハムはインダストリアル7の惨状にも驚きを隠せず、眉を顰めた。一体どんなモビルスーツがこんな力を持っていたのか。グラハムには到底予想がつかなかった。まさかサイコガンダムクラスの巨大な機体がいたとでも言うのだろうか。間もなくして、2機のブレイヴ一般用試験機が到着した。

「隊長!....これは一体.....!?」

ハワードがグラハムに回線を開いたが、彼もまたこの惨状を目の当たりにして言葉を失った。

「おいおいこれは酷いぜ....何ていうか、ハリケーンでも来たのかよ」

レーガンもビルドレイザーとインダストリアル7の状況に閉口した。グラハム機の前に着陸すると、3機でビルドレイザーに布を巻き付け、同時に巡航形態に変形して上昇。担架の要領でコロニーからビルドレイザーを運び出し、4機でバトルエリアから離脱して交流広場へ転移した。

 

ソルブレイヴス隊の拠点は第3区画にあった。軍事基地めいた場所に位置し、まさしく"ガンダム00"のユニオン領の様相である。ここにも巡航形態で待機しているブレイヴがあるが、これらはただのディスプレイで実際に動かせないらしい。司令室の一角でソルブレイヴス隊の面々がリョウマに毛布をかけてやったり、温かいココアを勧めたりしていた。しかしリョウマは一切見向きもせず、ただ震えているだけだった。

「少佐。データがヒットしました。彼のダイバーネームはリョウマ・アルキメデス。所属はないようですが一部の開発者権限を持っています」

唯一の女性メンバー、カリーナがグラハムにウィンドウを見せた。

「開発者権限だと?つまり彼はガンプラダイバーズの運営側という事か.....何という....」

「どうします?開発者であれば迂闊な扱いは出来ませんが」

「どちら道彼から聞かねばならん事はある。すぐに解放なんて出来ないが.....我々の味方についてもらう必要もあるだろう」

ハワードがリョウマの前に座り、タブレットを起動させた。

「他の皆は持ち場に戻ってくれ!もう仕事にならん!いきなりで悪いが君と話がしたい」

リョウマは虚ろな瞳でハワードをちらりと見たが、何も言わないまま毛布に顔を埋めた。ハワードも急かす気はなかったので、暫く様子を見ることにしてグラハムのもとへ向かった。

「あの怯え様、本物です。無理に口を開かせるのは危険かも知れません」

「心理学の心得もある君が言うならそうだろう。そこは異論できまい」

「しかし開発者なんですよ、彼。そんな人がここまで怯えるって....相手は一体何者なんです?」

カリーナはリョウマの様子に若干戸惑いつつも、彼を脅かした存在が何なのか気になった。

「その辺も踏まえて捜査の必要はあるでしょうね。隊長、出撃許可を」

ハワードとカリーナの視線を感じずとも、グラハムもそのつもりでいた。

「カリーナは引き続きリョウマ・アルキメデスの調査を。ハワードはダリルとマックスと共に捜査に出てくれ。私も後に合流する」

「了解!」

3人は敬礼を交わし、いよいよリョウマに深手を負わせた存在を探す事となった。しかし彼らがその存在が厄災そのものであると知るのは、まだ先の話であった。

 

舞夜は一人、別の区画で路地裏から夕焼け空を眺めていた。何かが見えるからと言うわけではないが、止めどなく流れる涙を物理的に押さえ込みたかった。しかしそんな努力も虚しく涙は零れる。感情は捨てた。そのはずだった。それを崩したのはレイ・ブルームーンだが、恨む事も出来なかった。何故なら舞夜自身がどこかで安心していたからだ。全く理由の分からない安心感。否、理由を考えたくないのかも知れない。しかし大人になって間もないうちに夭折してしまった彼女は、まだ強く割り切って考えられるほど成熟なんて出来ていない。それは誰しも有り得る当然の事だ。一人で泣く事くらいしても大丈夫なのかと自問する。彼女ならどうしただろうか。自分は使命を果たすだけの機械ではない、ただ一人の人間なのだと言ってくれたのはレイだ。誰かに請うわけでもなく、"ごめんなさい"と呟きその場に蹲る。

「私がありのままだったら、ありのままで諒馬と話せたらこうならなかったのかな.....ごめんね諒馬.....ごめんね.....」

自分の事をすべて話せば、きっと諒馬は大事にしてくれる。だがそれでは自分だけが報われる。そんな話があっていいはずがなかった。諒馬の戦いはダイバーズの為にある。彼自身の事より、全ての為に戦う道を選んだ。そんな彼の為になりたくて、捨て去ったはずの物が返ってくる。大人になったばかりだった舞夜は、それをどうすればいいのか分からなかった。ただ受け入れることも、封じてしまう事も考えが及ばないのだ。ただ、今の自分がわがままを言っているのではと不安がるしかなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.25 不運なSENSE

百崎 翼の保釈から丸一日が経過した。奏もそのニュースを見ていたようで、仕事をしている間ずっと気になっており上手く手につかなくなっていた。

「白鳥さん危ない!」

「え.....わぁっ!?」

店内広告用のパネルが落ちそうになり、奏は何とかギリギリのところで押さえた。先輩店員に呼ばれなければ客の頭上に落ちていたかも知れない。助かったとは思うが気分はそこから離れたまま戻って来なかった。

「大丈夫?何か気分悪そうだけど」

奏の顔色が優れないのに気づき、先輩店員が声をかけた。奏は大丈夫です、と力無く笑い脚立を畳んで従業員用のドアのそばに置いた。

「せっかく希望通りにプラモ売り場を担当できたんだから、体調は万全にしとかないと仕事になんないよ?本当に大丈夫?無理だけは止めてよ、カバーできる保証無いわけだし」

「すいません.....今日は早めに上がって大丈夫ですか?」

「分かったよ、僕が後で言っとくから。お疲れ様」

比較的仲のいい先輩と同じ売り場に来れたのは幸運だった。奏は更衣室で制服を脱ぎ私服に着替え始めた。携帯電話には着信が来ていてもおかしくなかったが、特に何も表示されなかった。百崎 翼の保釈と言う大ニュースを諒馬や聡達が見逃すはずはなかった。既に諒馬の方は行動に移ってるのかと思う事にして、店を後にした。一度家に帰りガンプラを用意してから、諒馬のラボへ向かうつもりだった。しかし道中で思わぬ人物に出くわした。その人物とは門松だった。

「久し振り、奏ちゃんで合ってるよな?」

「お久し振りです.....怜のお父様ですよね?あれ、もう日本に戻られてたんですね!?」

「ちと訳ありでな。まぁ歳のせいで海外暮らしも大変になってきたんで、最期くらいは日本で生きていこうと思ったんだ。奏ちゃんあの店で働いてたのかぁ....」

門松は家電量販店の看板を見上げて目を細めた。

「あ、アルバイトですけどね.....しかも私だけって言う....あはは....」

「でも色んな国の人が来る訳だし英語が話せるならちょうどいい感じなんだろうな。これから帰りかい?俺もちと買い物済ませたから帰るところなんだ」

「どちら方面にお帰りですか?また怜の写真とかお渡しできると思いますけど」

斯くして奏と門松は同じ列車に乗って一緒に帰ることとなった。怜の話を聞くたび門松も父親の顔をして愉快そうに笑い、奏もまた彼女の写真を見せるなどして穏やかな時間が流れた。奏の家までの最寄り駅まであと二駅に迫る所で、門松は話を切り出した。

「ここから後5駅先だったか.....怜が入院している病院がある」

「に、入院......!?」

「どうするかは君次第だ。一目見て行くか、このまま会えるようになるまで待つか」

途端に門松の表情に陰りが見え、奏もこれは嘘ではないのだと察した。だが奏はこうなるのでは無いかと、どこかで予感していた。ダイバーズでの交流を絶たれた時から感じていた、漠然とした不安。その正体を確かめないことには、自分のやるべき事がハッキリしなくなる。

「分かりました。私も連れて行って頂けないでしょうか、怜のいる病院に」

「君のいいところは覚悟の決める速さだ。しかしそれは弱みでもある.....本当にいいんだな?」

「もう私は一歩も引かないつもりですから」

明らかに他の乗客らとは浮いた雰囲気だが、奏は一切気にしなかった。怜が生きているのかどうか、それを知る事こそが最優先なのだ。門松は多少驚きながらも、奏の「一歩も引かない」と言う発言の意味を測りかねた。

「奏ちゃん。一歩も引かないってどう言う意味だ?」

奏は膝に乗せた手を眺め、躊躇を振り払うようにゆっくりと首を横に振り、門松に向き直る。

「私....今は水崎さんと一緒に、アーネストと戦っています。怜を助けるなら、それが一番の近道だと」

「君が、か....!?水崎って....もしや水崎 諒馬では....!?」

「はい、水崎 諒馬さんです」

門松にとってこの事実は寝耳に水もいいところだった。まさかJOKER事件に関わっているとは言え、一般人でしかも被害者を協力者に取り付けたとはどういう事なのか。この直前にも、同じような話を弘からも聞いていた。利害関係の一致なのはすぐに判明したので、特に気にしなかったが奏の場合は話が違う。

(あの筋肉バカ何で教えてくれなかった....!)

既に最悪の状況と言うべきか、諒馬の手を選ばぬやり方は何一つ変わっていなかった。これでは小を切り捨て大を取るやり方。いずれ破綻してしまうのは目に見えるではないか。

「奏ちゃん、君はもう水崎達に関わらなくていい。酷かもしれないが、怜が帰ってくるのを待つのだって1つの戦いなんだ....」

「いえ。私は水崎さん達と一緒に戦うって、ずっと前から決めてました。今更それを捨てるなんて、私にはできません。仲間を放っておいて一人でただ祈るだけでは、何もしていないのと同じ....私、怜にきちんと見てもらいたいんです。私の覚悟を」

奏は強い眼差しで門松を見つめた。ここまで強い娘だったのか、と門松は戸惑いながらも言いようの無い悲しさを感じる。

「その決意は、真に強い心が無いと出来ないものだ........あの戦いを乗り越えたから、そう思うようになった、とかなんだろう」

「本当は今も怖いんです。何が起きるのかも分からない、何が本当の敵なのかハッキリしない。怜の事は全く分からない。私も本当は臆病だから、それを隠したくて見栄を張って....強がっていただけかもしれない。でも、最近気づいたんです。そうじゃない私が居るんだってことに」

かつての仲間と再会し、彼らは今をどう生きているのか。それをこの目で見た奏は、自分が本当に何をすべきで、何を守るのかを見つける。そう自分に課したのである。怜を救う事は第一に考えたいが、心の何処かではそれすらも超越した理想を求めるようになっていた。きっとそこに自分の目指すべき何かがある。ならばそれが見えるようになるまで、心でも何でも強くなりたかったのだ。

門松と奏は、怜の病室にやって来た。一足先に弘が来ており、暗い面持ちで眠る怜を眺めている。ところが門松が到着したのに気付くと、普段通りの顔に戻って椅子から立ち上がった。

「うっす、先生....あ....奏ちゃん??」

「常岡さん、こんにちは」

奏は門松が持ち出したパイプ椅子に座り、眠っている怜をじっと見つめた。心電図は正常で寝息は深く、何も知らなければただ寝ているだけにしか見えない。しかし触れても何の反応もしないという事は、やはり彼女の意識はダイバーズの中に閉じ込められているのだと、つくづく思い知らされる。

「怜......」

「この人も、望と同じでダイバーズに閉じ込められてんだってな......奏ちゃんも同じ思いしながら戦っててよ....言い方分かんねぇからそのまま言うけどよ、安心した....俺だけじゃねぇんだって」

弘も怜に視線を移し、彼なりに言葉を選んで見たが結局そのまま口にした。しかし奏も彼の意図は汲み取っており、「はい、一人じゃありません」と微笑んだ。

「奏ちゃん、常岡。多分二人と同じ思いしてる奴は、きっとごまんといるんだろう。ZeuSのやって来た事は、ハッキリ言ってテロそのものだ。血を流さぬが尊厳を見事に奪うテロだ。水崎と比良坂君や俺が全てを終わらせるために動くのは、義務だから当然だ。けど水崎と比良坂君だけでは間違いなく、奴らを止められない。人としての純粋な力が無いとな....だから改めて俺から君達にお願いしたい」

そう言うと門松は立ち上がり、二人に向かって頭を下げた。

「アイツに....水崎に力を貸してやってくれ...頼む....!現実での事は俺や神宮寺君で引き受ける!」

奏も弘も鳩が豆鉄砲を食ったような顔で門松を凝視した。だが二人とも顔を見合わせて笑うと、門松を呼んだ。

「そんなの分かってるっすよ!諒馬の奴、俺らがいねぇと勝手に思いつめて自滅しそうだしよ!なぁ奏ちゃん!」

「はい。皆、想いは同じです。今度こそ、皆でダイバーズを取り戻しましょう!」

「.....そうか、そうか.......やべ、歳かよ涙腺が....」

門松は不思議と泣いているのに気づき、笑って誤魔化しながら悟られぬように拭った。そうか、怜と諒馬には見ない内に本当に心強い味方ができたのだなと、胸の内から有難がった。

 

「奏ちゃんの友達すっげぇ美人だなぁ....あれで同い年ってマジかよ?なぁ今度紹介してくれよ!」

ラボへの道中、弘は怜の顔を不意に思い出し奏に紹介してもらおうとするが奏は力無く笑い、それを断った。

「怜にはもう相手の人がいるんですよ?今は海外にいるみたいだけど、近いうちに戻って来て一緒に暮らすって言ってました」

「何だぁ、そうだったのか....」

「その勢いで私に言っても無駄ですよ?」

「酷えな.....」

そしてラボの地下室のドアを開いた。諒馬は先にダイバーズに向かったらしく、二人の来訪にも気がついていない。奏も弘も手早く準備を済ませ、ダイバーズへと飛び込んだ。

 

交流広場第2区画。中心部から離れた所にある石畳の公園で、例のナイフを持った少女が一人寂しく座り込んで水面に映る、自分の顔を眺めていた。眼鏡をかけてこそいるが、酷く窶れた顔をしている。紫のフードは頭の所だけ下ろし、やや乱れた黒い髪を日の下に晒した。少女の目線はやがてナイフの刃先に向けられ、唇をきゅっと結んでそれを見つめた。

(こんな時、ハジメ君ならどうしてたのかな......あんなに側で見てきたのに、今じゃ全然分からない.....)

自分の名前を封じて、ある集団の中で生きてきたが結局満たされる事なく失意の底に落ち、そしてあの憎きZeuSの人間と出会ってしまった。復讐を果たす絶好の機会だと言うのに、あの場にいた男と女は、自分だけでなくダイバーズの全てを救うと語り、惑わせてきた。何が傷の修復か。何が関わってしまった人を救う、だ。そんなのは今更やっても、後の祭りにしか過ぎないではないか。もう彼女には、在りし日の想い人しか信じられるものが無い。だがあの女に、機械のような女に訴えられた一言で全てがまた崩れようとした。思い出す度、少女は奥歯を噛み締めた。

「何が....."善意で変わる事もできる"だ.....!世界はそんな綺麗事じゃ、何も変わらないって言うのに........!」

「そう、そんなんじゃ世界は変われない」

突然背後から声がし、少女はビクリと身を震わせて振り向いた。白緑色の髪をした、中性的な風貌の男が立っていた。少女は彼を認めると、慌てて立ち上がりペコリと頭を下げた。

「と、徹さん.....すいません、情けのない所を....!」

慌てて謝辞するが、徹は柔和な笑みを浮かべて彼女の髪を撫でた。

「気にすることは無い。あれは必要な接触で、僕が仕組んだことだったのさ。君をあの場に向かわせて、わざわざ見つけさせたのだからね。しかしこれでハッキリしたはずだ。君が倒さねばならぬ敵と言うのが」

「はい.....!必ずや、討ち取って見せます....!ダイバーズの新たな時代を開くのは、私達です」

「その心意気、僕は気に入ったよ。そうだ、そんな君にこれをプレゼントしなくてはね」

徹はポケットからシリンダー型のデバイスと専用のソケットを手渡した。シリンダーの中には黒い霧のようなものが入っており、その奥からは赤い光が鈍く点滅している。

「ハザードシステム。君になら使いこなせる。僕の期待に答えてくれるかな、エミ・アルファインス」

徹から期待の眼差しを向けられ、エミは力のこもった返事をした。そうだ、この力さえあれば、ZeuSの亡霊共を一掃できる。ハザードのシリンダーから伝わる"何か"を感じ取って、エミの感情は高まり始めた。

 

ダイバーズに来てからすぐ、弘は何かを感じ取り足を止めた。ここ最近の彼は、ダイバーズにいる間頻りに何かが頭の中に流れ込んでくる感覚に襲われ、常に気持ちの悪さを抑え込みながら戦っていた。

(こないだもそうだ....俺どうなっちまったんだよ?何でこんなに気持ち悪りいんだ...)

弘の様子が気になり、スワンが顔を覗き込んできた。

「大丈夫ですか?具合悪そうですけど....?」

「な、何でもねぇよ。俺はこの通りピンピンしてらぁ.......」

しかし、この感覚は全く気の所為とは言えなかった。何かが"視える"。背筋が凍るような悪意が弘の目に映る。これが諒馬の言っていた超感覚なのか。そう考える間もなく弘の手は無意識にウィンドウに触れていた。

「行くしかねぇ....!」

「え?何処へですか....常岡さん?」

スワンが何事かと聞くが、弘は答えることなく何処かへと転移してしまった。すぐさまログインステータスを確認してみると、どうやらバトルエリアに移動しているらしい。スワンは戸惑いを感じながらも、彼の後を追ってバトルエリアへ向かう事にした。

「まさか.....あの人も.....ウェルスさん達と同じ...!?」

 

弘はドラグハートを出撃させ、先程から感じる悪意の正体を探り始めた。微弱な頭痛も起こしていたが、目の前の事に集中していれば特に気にならない。

「な、何だこれ.......」

鉱石の採掘場跡のようだが、そこかしこに転がるMSの亡骸を目に弘は戦慄した。ただのオブジェクトなどではない、つい先程まで動いていたであろうMS達である。その証拠に数秒後には電子の波の中に消えて無くなった。ドラグハートを降り立たせ、そのまま歩き出した。何かが助けを呼んでいる。何となくだが、やるべき事は見えていた。鉱山の中へと足を踏み入れ、ドラグハートは自動でデュアルアイを点灯させる。光と揺れに驚いた蝙蝠共が蜘蛛の子を散らす勢いで飛び去った。やはりこの鉱山の中でも、MSの亡骸が転がっている。

「何で俺、迷わねぇで歩けるんだよ.....奴の居場所まで何となく行けるって思っちまうし....おい!?」

弘は吹き飛ばされるMSを目撃し、ドラグハートを急行させた。壁に激突してそのまま地に伏そうとするそれを受け止め、安全な場所へ運んだ。

「お前大丈夫かよ!?何があった....!?」

"Gレコ"にてマスクの最終搭乗機として、ジット団よりもたらされたMS―カバカーリーだが、全身に溶断の跡が見られ、特徴的な肩のバインダーは損失しており、挙句膝の追加装甲に至っては関節ごと消えていた。弘は目の前の機体がどういう物かは知らないが、悪意の正体が如何程の力を持っているのかは粗方予想がついた。

「に、逃げろ.....奴に、殺されるぞ....!」

「そう言われても引けるかよ。誰かが傷ついてんの見て放っとくなんてな、俺にはできねぇ」

弘はカバカーリーのダイバーに交流広場に逃げるよう促し、ドラグハートを立ち上がらせた。その瞬間何かを破壊しながら移動する音が聞こえ、思わず身構えた。鉱脈への入口を封鎖する鋼鉄製の扉が膨張するかのように歪み、そのままけたたましい音を立てながら砕け散った。土煙が坑道の中を覆い尽くし、その影を見て弘は「お出ましかよ」と悪意の正体を悟る。黒い霧を纏った白の巨躯が煙の中から現れ、赤く灯るモノアイがドラグハートを睨んだ。敵を目視すると腕のビームガンを向け容赦なく頭目掛け狙撃してきた。ドラグハートは両腕からプラフスキーフィールドを展開、ビームを防ぎながら吶喊する。

「テメェがこんな事をやった奴かッ!!」

ドラグハートが右腕に炎を纏わせ、渾身のストレートを放つ。しかし黒い霧を纏う巨躯は予備動作もせず、ドラグハートの拳を避けて背後に回り込み、両肩のバインダーとフロントアーマーからビームサーベルを発振させた隠し腕を伸ばし、羽交い締めにした。弘は予想外の速度に面食らい、反応が遅れた。

「あ、あんなデカい癖に.....!!うわぁっ!?」

ドラグハートが振り払おうと藻掻くがそれを意に介さず、巨躯は壁に向かって直進、ドラグハートを盾に突き破った後に蹴り飛ばして地面に叩きつけた。ドラグハートは地面を数メートル滑った所で、目の前の岩を掴んで制動をかけて起き上がり体勢を立て直す。しかし左右を陣取ったミサイルが直撃し再び転倒させられた。

「何だよ一体!!どこから攻撃してやがんだアイツ!!」

黒い霧が僅かに薄まり、巨躯の姿が一瞬だけだが弘の目に映った。丁度最近、奏から教わった機体と見た目が瓜二つである。

(あれって.....クシャトリヤって言う奴だよな!?けど何か見た目が色々違うじゃねぇか....?)

ドラグハートのモニターには、"クシャトリヤ コープスブライド"と表記されている。そう、舞夜が取り逃がしたクシャトリヤだったのだ。そして、その担い手はE-002。元の名はエミ・アルファインス。赤い光に包まれたコクピットに鎮座するエミは、昏い瞳のままモニターを見つめ機械的に操縦している。しかし窶れた顔は更に酷い有様になっており、もはや死人も同然の肌の色であった。もうそこには、普通の少女など存在しない。ドラグハートは壁を駆け上がりながら真横へ飛び出し、もう一度拳を叩きつけんと接近する。しかしコープスブライドは膝からも隠し腕を伸ばし、先端部からハイパービームジャベリンと同形状のビーム刃を振り上げて拳と打ち合い、バインダーに再度ビームサーベルを形成、真上から串刺しにせんと振り下ろした。ところがドラグハートはそれを見切ったのか真横に飛び退いて躱し、回り込んで蹴りを見舞った。コープスブライドも素早く反応し、空いた隠し腕でドラグハートの足を掴みぐるぐるとスイング、遠く離れた壁に向けて放り投げた。壁に僅かにめり込み、落下を余儀なくされるが運良く膝をついて着地は出来た。しかしこれで大きく距離を取られてしまい、この戦場はコープスブライドの独壇場となった。

「畜生ッ......どうなってやがんだよ!全然攻撃出来ねぇッ.....!!うぉわっ!?」

音も無く頭上に取り付いたファンネル達が、一斉に火を噴いた。ドラグハートは咄嗟に前転して回避するが、それよりも速くコープスブライドがビームガンを放ち、逃げ場を封じ込まれた。左へロールして何とか被弾だけは避けられたが、己の身体以外の武器を持たぬドラグハートにとって、最大の不利である事は変わらない。ストームブレードを使おうにも、精々格闘の間合いからほんの少しリーチが伸びるだけで、コープスブライドの様な遠距離攻撃を強みとする機体に対して、牽制にもならない無用の長物となる。やはり近づかなければ効果は有っても無いようなものである。ならば近づく為の方法を考えるしか道は残されていない。ファンネルの嵐を掻い潜りながら、弘は必死に考えを巡らせる。頭を使うのが苦手だが、今はそうも言ってはいられなかった。

「このウザってぇのどうにかしねぇと!近づけねぇ!!」

不思議な事に、弘から焦りが消えていた。ファンネルの軌道を読みながら的確に拳をぶつけ叩き落とし、見事にコープスブライドへ接近する為の条件を満たしつつあった。天井へ向かって飛び上がり、残ったファンネルを引き寄せると壁を蹴りつけて急角度で曲がり着地した。ファンネル達は急制動をかける前に天井を砕いてしまい、再追跡までに若干のタイムロスが生まれた。ドラグハートは即座にダッシュし、火炎を纏った右足で蹴りを放ち、コープスブライドを撥ね飛ばした。がしかし、コープスブライドもバインダーにビームシールドを発生させており、またしても決定打とはならなかった。そして恐るべき事が起きてしまう。コープスブライドが胸部のメガ粒子砲を解き放ち、エネルギーの渦を放出した。瞬く間にメガ粒子の奔流はドラグハートを呑み込み、壁諸共鉱山を貫く。万事休す、そう思われた。

「俺はまだ、終わってねぇぞッ!!」

何とドラグハートはメガ粒子砲の中を突き抜け、炎の嵐を纏ったストームブレードでコープスブライドのバインダーの一つを斬り落としたのだ。実は直撃の瞬間、ドラグハートの機能が新たに解放されていた。それは、プラフスキーフィールドの全身同時展開である。今までドラグハートは、片腕のみや片足のみと言った場所を限定してのフィールド展開しか出来なかった。しかし、諒馬が弘の成長性を見込んでドラグハートを設計している。つまり、弘自身が更に機体のポテンシャルを引き出せるようになって、ドラグハートもまた機能を一つ彼に使わせるのを認めたと言う事になる。コープスブライドが反撃に出るべく、ビームサーベルで応戦するがドラグハートの攻撃を見切れず、顔面に回し蹴りを差し込まれ、更には青い炎を纏う掌で胸ぐらを突き破られてしまった。

「へぇ〜.....ドラゴニックフィンガーってんだなこの技ぁ!!!」

ドラグハートのドラゴニックフィンガーでコープスブライドは、黒い霧を噴出し切って四散した。ところが、勝利した弘は妙な後味の悪さを感じて素直に喜べなくなっていた。

「一瞬何か聞こえた.......コイツ、心の奥底で、泣いてたってのかよ.........自分の機体を怖がってんだな...畜生!何で俺に分かっちまうんだよ!!どうなってんだよ俺はぁ!!」

四散したコープスブライドの亡骸が消えゆくのを見ながら、弘は奥歯を噛み締めた。自分に起きている変化への戸惑い、そして相手の感情が流れ込んでくる事への恐怖。これが諒馬の言っていた超感覚の正体ならば、不運にも程があろう。弘はその場に座り込み、頭を抱えた。

 

アーネスト、高層階のある部屋に結利香は招かれた。ここは徹の計らいによって、翼の使用が許されており、既に重役の部屋を思わせるような内装を施していた。これが拘置所の中にいた人間にできることなのか、結利香は理解できなかった。

「私に何か御用があるのでしたら....」

来てから数分程、言葉も交わさぬまま沈黙だけが流れた。異様な雰囲気を持つ男とは、あまり長く居たくないが立場では彼の方が上だ。勝手に切り上げて帰ることは出来ない。翼も彼女の今の一言で思い出したかのように、窓の向こうの景色から目を離した。

「あぁ、済まなかった。君を呼んだのは、君に1つ頼まれてほしいことがあるからだ。どこか好きな所に座りたまえ」

「頼み、ですか....」

結利香は翼に促されるまま、少し離れた所のテーブルについた。相変わらず、この男は癪に障る人間だと思いながらではあるが。翼は机に肘を付き、指を組んで彼女に視線を向けた。

「私はこうして社会に舞い戻る事が出来た訳だが、財団は恐らく私の存在を抹消しようと画策するだろう。風の噂ではダイバーズその物に傷を付ける輩が出てきたそうだが....私が思うに財団が仕向けた連中であろう。そこで、だ....財団から来ている君なら、奴らを阻止出来ると見ている。君の持つ能力次第では、難しい話ではないと思うが....どうかな」

結利香は翼の話を聞きながら、どうにか顔には出さず辞退できまいか考える。ユピテル財団から派遣されて翼とその配下にいる人間達の監視をしている、その事まで彼は知っていたと言うのだろうか。財団も結利香も、それを匂わせる行動は取っておらず、何が原因か推し量れない。むしろ翼にはそれを見抜くだけの洞察力があると見る方が、余程自然に思えてくる。

「何故私が財団の人間だとお思いになったのですか?ただの女でしかないのに、そう言うふうに見えます?」

「ただの女であるなら、こんな物を用意するとは思えないが」

翼が壁にかけられたスクリーンを指差した。純一の姿が映り、結利香は怪訝そうにじっとスクリーンを見る。

「城島 結利香。これは私の車から見つかった盗聴器と、GPSだ。そして、これが我々で使っているオフィスのコンピュータに仕掛けられた、ウイルスのファイル。単なるスパイウェアだったので発見も対処も簡単だった....まさか君が、我々に背く真似をするとは」

純一がカメラを下に向け、机の上に置いた品物をアップで映した。自家用車用の芳香剤に偽装された盗聴器、そしてシガーソケットチャージャーに扮したGPS発信機。更にはモニターのど真ん中に"Venetiss_Startup.exe"と言うフォルダが置かれていた。

(なるほど、カマをかけていた訳じゃないのね)

結利香はこう言う時こそ冷静に捉える。確かに純一が見つけて来たのは、結利香が仕掛けた物に相違ない。しかしどれも彼女自身の仕事には余り寄与しない形で、仕掛けていたのだ。つまり本命となる物は、もっと別にあると言うことだ。

「随分と目ざといのですね?でもそれで私を糾弾したとして、あなた方は財団にも牙を剥く事になるのだと、理解していまして?」

「この場になって開き直る気か」

「残念ですが、財団はすでこの件から手を引いているのでしょう。まだ動いていれば....まだ有効に機能していれば、百崎さん。あなたの保釈は夢のまた夢になっていたのですから」

眉を顰める純一をよそに結利香は席を立ち、翼に向き直った。"核"となる物は既にこの手の中にある。そして、自分の中にある正義に従って生きていられるなら、どんな物を失おうが構わない。だが翼は表情一つ変えないどころか、口許に笑みを浮かべていた。

「しかし君は、一つ大きなミスを犯している。何か分かるかい?」

ゆっくりと歩み寄り、結利香の耳元で囁く。それも女の心を溶かす、甘く優しげな声で。それとは裏腹に、結利香は背筋が凍る感覚に襲われた。しばしの間を置き―。

「君が神宮寺 英梨とコネクションを持とうとした事だ。実は初めから私は分かっていたのだよ、君がユピテル財団から遣わされた事をね。しばらく泳がせていて正解だった。しかし哀しいかな....こうまで分かりやすくしたと言うのに、気付かんとは.....」

翼は言い切る直前にわざとゆっくり続け、結利香を押し退けた。硬直する結利香を横目で見、銀のボールペンをノックした。次の瞬間、結利香は心臓がバクンと強く拍動するのを感じるのと同時、意識を失ってその場に倒れた。本人は知覚したか否かは定かでないが、背中にも何かが刺さっている。翼は伏した彼女に歩み寄り、背中に刺さったものを引き抜いた。カプセル剤サイズの容器の先端から、針が伸びている。麻酔弾である。

「やはり2段構えでなければ確実な安心にはならんようだな.....しかしこれで、背信する者は居なくなったのだ。よくやってくれた....」

翼の視線の先には、半端に開いたままのドアがあった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.26 非業のAVENGER

「そうだったんですか.....」

交流広場でスワンは、弘から話を聞き唇を噛んだ。どうやらスワンもあの採掘施設に来ていたそうなのだが、運の悪い事に入れ替わる形で弘が交流広場に戻っていた。二人は公園をやや重い足取りで歩きながら、黒い霧を発する機体がどういう物なのか考え倦ねていた。どう考えても不吉な物だが、何故同じ機能を持つモビルスーツが2機も居るのか不思議でならない。

「しかも俺までおかしくなっちまってよ.....何て言やぁいいんだ?相手が何をするのか読めたりとか、中にいる奴が考えてる事が少しだけ分かったりしてんだ....何だか、気持ち悪りぃし...」

「それって、本当にニュータイプみたいですよね。ガンダムの世界にも、そういう人達がいるんですよ」

そう言いつつも、弘の能力の正体についてスワンには見当がついていた。彼はν-Typeとしての力を開花させつつあったのだ。ウェルスやエルニアと同じ存在へと近づくのも、本人次第だが時間の問題になるだろう。しかし彼らの辿ってきた時間を知るスワンは、あまり喜べなかった。何しろウェルス達は、力を自覚してからも決して幸せとは言えない道を歩んでいたからだ。事件が解決したとは言え、残した傷は一生付いて回る。彼らが絶望することなく平穏を掴んだのは、ある意味奇跡の様に思える。しかし、そうではない者達も少なからず居るのも事実。どうして世界はここまで無情なのだろうかと、嘆きたくもなる。

「そう言えばずっと水崎さん見ませんね....ダイバーズには居るみたいですけど、場所が分からなくなってます」

「あんだけ俺には勝手に動くなってブチキレてたのに、自分はそれかっての.....一番何とかしないと行けないのはアイツかも知んねぇな」

「きっと水崎さんなりに考えがあるんですよ。.....それに、比良坂さんは....比良坂さん.....あれ!?」

スワンはフレンドの欄から舞夜の名前が消えているのに気付き、目を疑った。弘も後ろから覗くが、本当に舞夜の名前が無くなっていた。

「どうなってんだ?お前ら喧嘩でもしたのか?」

「喧嘩なんてそんな!どう言う事でしょう、これは.....!?」

正直な所、スワンは舞夜を信用するのは避けていた。それを察したから黙って消したのだろうか。ならば弘のも確認しなければ気が済まなくなった。だが聞くよりも早く、弘も自分のフレンドリストを確認していた。

「俺のからも消えてる.....」

何と弘の方でも消滅していた。そうなると、スワンの想像は更に最悪な方へと舵を切らざるを得ない。彼女の身に何かが起きているかもしれない、と。その時だった。スワンのもとに一通の音声通話申請が届いた。

「グ、グラハムさん....!?どうしていきなり.....!?」

かつての仲間の一人、グラハムからの連絡だった。スワンは慌てて申請を受諾し、応答する。

「お久しぶりです、グラハムさん。どうかしたのですか....?」

「済まんが挨拶は後にしてもらおう。直ちに指定のポイント....いや、こちらから向かった方が早いか。とにかくそこに居てくれ!我々が迎えに行く!では!」

「えっ!?えぇっ!?....切れちゃった....じゃなくて、何で何も説明しないんですかもう!」

全く要領を得ない連絡に憤慨するスワン。弘はただ黙って見ているしかなかったが、こちらへ向かって走って来る連中を目の当たりにし、スワンを振り向かせた。

「おい。アレなんじゃないのか」

「あ......!?」

スワンの視線の先には、ユニオンの空軍制服を着た集団の姿があった。その中央にいる金髪で確信した。グラハムだ。

「こちらです!」

「よくぞ待っていてくれた!しかしこうも見つからんとは、やはりこの世界も広いようだな」

結構な時間探し回っていたようだが、4人ともそれほど息が上がっておらず、本物の軍人たる所以を見せた。ただ何も知らぬ弘だけは、ポカンと見ていたのだが。

「ここに居るとは分かっていても、大まかな範囲しか分からぬのも考え物だ....さて、君達には我々の拠点に来てもらいたいが、都合の程は如何かな」

「都合って....少しは説明してください!グラハムさんいつもそうやって、何も説明しないんですから!」

「そうだったか?失礼。ならば概要程度に言わせてもらおう。リョウマ・アルキメデスとは知り合いらしいな?実は彼の身柄を、我々が先日保護したのでね。調べてみた所君等の名前が出てきた」

弘が「リョウマ・アルキメデス?」と首を傾げた。スワンも一瞬誰の事かと考えそうになり、その直前に思い出した。

「水崎さんだ.....!私達、その人の事本名で呼んでたから....!」

「あ、そっか!」

「それなら分からなくもなるな....いや今は関係ない。すぐに同行願いたい、問題は無いな?」

スワンも弘も頷き、一行はソルブレイヴスの拠点へと移った。

 

「只今帰還した。カリーナ、彼の容態はどうだ?」

「依然として変化がありません。後、少佐からお受けした調査ですが、ビンゴでした。彼、単独の立場でZeuS事件の後始末をしているようです」

司令室に入ると、カリーナが出迎えてグラハムにタブレットを手渡した。リョウマもとい水崎 諒馬に関する記録が表示されているが、その中にある「ビルドシステム」なる文言が気になった。

「ビルドシステム?これは何だ?」

「ガンプラダイバーズの基幹システムの一つだそうです。元々ダイバーズはオープンワールドになる予定だったと言う噂がありましたが、それは本当のようです.....それで少佐、この二人は?」

カリーナは報告しながら、グラハムの後にいる二人の男女に目が留まり、小首を傾げた。

「リョウマ・アルキメデスと関係のある者達だ。身柄を引き渡す相手がいなかったら処遇にも困ってただろうが....運良く見つかった、という感じだ」

グラハム達の会話をよそに、弘はソファの上でもぞもぞと動く毛布の塊に目が行った。

「何だあれ?.....ん、待てよ?」

毛布とは明らかに違う、ベージュの布が隙間から顔を覗かせた。そして更に端の方ではスニーカーの白い靴底が見え隠れしている。弘は訝しむ様な目でそれを暫く眺め、近寄って毛布を引き剥がした。カリーナはそれを見るや「待って!彼はまだ.....!」と声を上げて制したが既に遅かった。そして弘も、変わり果てたリョウマの様子を見て絶句し、毛布を床に落として呆然とした顔で立ち尽くした。スワンもその様子を目にし、息を呑んだ。

「これが.......水崎、さん.....なの....?」

弘を怯えた目で見つめながら、ブルブルと震えて蹲る男。確かに特徴からしてリョウマ本人なのだが、あの常に余裕のあるような笑みは消え失せ、目の下にくっきりと浮かぶ隈と土気色の肌、青紫色っぽくなり震える唇と言う顔は、スワン達の知る彼とはかなりかけ離れて見えた。弘は認めまいと首を横に振り、リョウマの肩を掴んで起こした。

「お前.....どうしちまったんだよ!何でそんな顔してんだよ?怒られると思ってビビってんのか?」

敢えて挑発するように問いかけてみるが、リョウマは何も言わずただ怯えた目で、見つめ返すだけだった。

「何だよそれ.....何なんだよそれ!!何とか言えよッ!!テメェ今までどこで何を....!!」

「うわ.....うわぁああああああああ!!!!!ぁあああああああ!!!!!」

弘が両肩を掴んだ刹那、リョウマは戦慄した顔をして震えながら悲鳴を上げた。弘を突き飛ばして毛布を分捕ると再びその中に包まりながらも、震え続けたまま悲鳴を漏らす。これがあの天才と豪語していた男なのか。スワンはこの事態をどう受け止めたら良いのか、全く持って明確な解答を持たなかった。

 

同じ頃、舞夜は何故かナイトシーカーのコクピットに乗っていた。状況を確認しようと周囲を見渡すが、その光景に唖然とした。青い光が下の水面から漏れ出し、打ちっぱなしのコンクリートの壁と鉄骨が照らされている。舞夜はこの場所をよく知っていた。自分を長い事閉じ込めた空間なのだから。

「またここに戻って来た.....なるほど、もう私は長くはないという事か.....」

「そうだなぁ.....しかし悲しいよなぁ、結局お前まで信じて貰えず終いなんてよ。奴さんきっと思い出しちまったんだろうぜ。だから全てのクラックゾーンを消す為に、お前さんを2度殺すなだって躊躇わねぇはずだ。何しろあの水崎諒馬だからな」

そんな舞夜の独白に答えるかのように、グロックが姿を見せた。

「まぁでも安心しろ。お前にも生きる権利は無いわけじゃあない。それにお前さんも奴の役に立って死にてぇんだろ?俺がその舞台を作ってやろうじゃないの」

グロックはさも愉快そうに腕を広げ、ナイトシーカーを見上げた。それとは対照して、舞夜の目は怒りに溢れ唇を歪ませた。

「何を戯言を...!私が死ぬのは諒馬にとって最高の結果を得られると分かった時だ!それまでは私は、死ねない!」

怒りを込めて言い放つ。するとグロックは納得する様に頷き、リフトに乗ってナイトシーカーのコクピットハッチを開けた。

「でもお前はもう人間ですらない。スワン・マスターピースからずっとどう思われてるか、とっくに気づいてるんじゃないのか?お前さん、とんでもないエンパスだからな、そんくらいは気づいてて当たり前だろ?一度死んだお前を生き返らせたのは、俺だ。何で蘇らせたか、本当の理由はお前に教えたな?折角だからもう一度話してやるか」

グロックの手が舞夜の顎の先へと伸び、くいと上に向けた。グロックは舞夜の瞳を見据え、口元に笑みを浮かべる。

「お前を生き返らせるために使ったクラックゾーンはなぁ....内部にとんでもない物を内包してんだ。だけとそいつぁ、何の因果かお前の人格と結びついた。だから奴にお前を殺させて、必要なものに作り変える。元からお前にゃ何の価値もねぇ....だけど奴と一つ殺し合いでもしてくれりゃ、もっと粋なもてなしを大将にできるだろうし?そう言う意味じゃあ、すぐに死なれても困るけどな....ハハッ」

「貴様はどこまでも人を踏み躙る.....それでも同じ血が通う人間なのか!?」

「そもそもお前は人間じゃねぇだろ?クラックゾーンが何故かお前の人格を抱えて、可哀想に思った俺が器を用意してやったから、お前は今こうしていられんだぜ?何故か機械に生まれ変わったのにはびっくりしたけどよ。ま、クラックゾーンなんかに人権は、ない」

忽ちナイトシーカーのコクピットを赤い光が照らし始めた。舞夜は何が起きているのか分からず、モニターやコンソールを凝視する。そして。

「ハザードシステム......!?」

「お前さんなら簡単に順応するが、手札として使えるようになるまでは、大人しくしてろ。それじゃ、Ciao!」

グロックがコクピットから飛び降り、ハッチを閉じて外からロックをかけた。舞夜は膨大な量の情報が流れ込むのを避けるべく、シャットアウトを始めたがCPU回路の切替えが出来なくなっていた。

「うぁあああああ......!!!やめろ.....私をコントロールするまで....続ける気かッ.....!!かはッ...!はぅぐ....ぁあああああッあああ...!!」

舞夜の視界に浮かぶ"CAUTION:容量を超えるデータの受信"の信号。しかしもう、彼女自身で止められる限界を超越していた。視界にノイズが走る。口元の動きさえも機械的な物に戻りつつあり、指に至っては動く気配さえ見せない。やはり自分は機械でしかないのだと、無残に突きつけると共に、ほんの僅かでも人間らしく在れるかも知れないと期待したのを後悔した。だが皮肉な事に、舞夜が心の奥底で助けを求めた相手が諒馬だった。少しでも彼と"本来の自分"で話がしたかった。この後悔の念こそ、人間だけが持ち得る感情なのだから。

(諒君....私、やっぱりあなたと話したかったよ.....ちょっとでも手を繋ぎたかった......ごめんね....何の力にもなれなくて....)

両目のレンズシャッターがとうとう開いたままになり、視界もブラウン管テレビが消えるような瞬きで真っ暗になった。

 

スワンはグラハム達ソルブレイヴスの面々に、これまでの経緯を話した。リョウマはガンプラダイバーズが平穏な時代を取り戻せるように、そしてその時代が永久に続くようにする為に戦っているのだと。スワンと弘が、それぞれダイバーズに囚われている友人を救う為に協力している事も、付け加える。グラハムは話を聞きながら、間違いなく大規模な戦いになると踏んだ。

「そういう事だったとは.....しかし肝心の彼があの様子ではどうすることも出来んな」

「それは.....そうですが」

「レイだけで無かった事もまた大きい。彼も探し回っているそうだが...」

「え?」

グラハムの言う"彼"がリョウマの事ではないと分かり、スワンは聞き返した。するとグラハムは躊躇いがちに口を開いた。

「私は先日、ある友人と出会ったのでね.....様々な立場に挟まれながらも、一人で探していたとその時に知った。リリ嬢から聞いた話は本当だったという訳だ」

遠くから話を聞いていたハワードの面持ちが少し暗くなる。あの青紫のスカーフを拾ったのはハワードだった。グラハムの頼みでブルームーンに在籍していた時期があり、レイの事も僅かながら知っていた。スカーフに刺繍された名前を見て彼女のだと知り、グラハムへ渡りウェルスのもとへと戻ったのである。スワンは不意に、ウェルスが言っていた言葉を思い出していた。

『俺の落ち着きの無さだな、探偵を始めたのはそんな理由だ』

今思い返すと、かなり無理のある理由だった。スワンの知るウェルスは落ち着きのない性格ではなく、むしろ正反対に冷静沈着である。熱くなり、それが態度に出る方が珍しい。そんな彼が自分で落ち着かないと言う事はあるのだろうか。特にエルニアに何かが迫っているなどと言う話も無い。そう考えると、浮かんで来る答えは一つしかない。彼はたった一人でレイを探し続けているのではないか。グラハムが"様々な立場に挟まれながらも"と言っており、ますますウェルスである条件が揃ってしまった。

「もしかして、ウェルスさん.....レイを探す為に、一人で探偵を始めたんじゃ.....」

「もう見抜かれたか。くれぐれも本人には言わないでもらいたい。そう言う話をしてしまったのでな.....しかしこの事態だ。リョウマ・アルキメデスの危機は即ちダイバーズの危機その物である、と考えた方が良いだろう」

グラハムはリョウマを暫し眺め、今度は部下達に目を向けた。グラハムの意思を汲み取った隊員達は、各々頷いた。「有り難い」とグラハムは呟きスワンに向き直る。

「我々ソルブレイヴスも、ダイバーズの安寧の為に戦うと言う誓いを立てている。たった今我々も君達に力を貸すと決めた!」

「はい!?」

これにはスワンも弘も驚いた。信用に置けない立場であるはずのリョウマに協力しようというのだ。スワンもリョウマが敵とならない事は伝えたつもりだが、まさか仲間と認識されるに至るとは予想外であった。ソルブレイヴスの実力の高さはよく知っており、もしこのまま連携出来れば今までよりも盤石な体制で戦えるようになる。受け入れない手はない。

「皆さんの力があれば、きっと今までより出来る事は増えます!でも、水崎さんが決めない事には....」

「そうも言ってらんねぇだろ。俺達じゃ限界がある....あんなバカ見てぇな連中相手にたった4人じゃどうにもなんねぇ」

弘の言う事は尤もだった。むしろ4人でよく全滅せず戦えたものである。スワンは心の中でリョウマに謝り、グラハムの申入れを受ける事にした。

「グラハムさん...ソルブレイヴスの皆さん。ご協力感謝します!共に頑張りましょう。ダイバーズの明日の為に! 」

「分かってくれると思っていたぞスワン。敢えて言おう、我々はダイバーズの十字軍であると!」

その時だった。弘の脳に再び何かが瞬いた。

「これって.....奴かよ.......いや、違う......畜生ッ!!」

弘がいきなり司令室を走り去り、スワンは慌てて後を追った。

「常岡さん!?どこへ行くんですか!」

「待ってろ....俺が蹴りをつけなきゃ行けねぇ奴だ.....!」

「だったら私も...!」

「俺話し合いとか頭使うの苦手なんだよ、だからお前が向こうの人達とこれからの事決めてくれ!な?」

弘は笑ってみせ、スワンを残し別の交流広場へと転移した。

 

交流広場第6区画。弘は自分の感覚を頼りに歩みを進めやって来たのは、ダムだった。外壁の近くに進むと、頭に届いた"何か"の正体と対面した。しかしその正体を目にした弘は、愕然として足を止めた。そう、彼の目の前にいるのは天然パーマ気味の黒い髪と眼鏡をかけた青年―リゲルだった。初めて直接顔を見た弘は、彼の本当の名前を無意識に口にした。

「望.....!?お前、望か.....!?」

「久し振りだね、弘。相変わらず元気そうでなによりだよ」

リゲルはやや辛そうな面持ちで弘を見、視線を左に向けた。山と山の間から街を一望でき、青空も相まってより美しい景色となっている。

「まさかお前がダイバーズをやってるなんて知らなかったよ....でもおかげで、お前の実力が分かった」

「はぁ....?何の話だよ?それよりお前今までどうしてたんだよ、そっからだろ!?」

弘が肩を掴みリゲルを向き直らせる。しかしリゲルは特に驚く様子もなく、ただ真っ直ぐ弘を見つめた。

「もうそろそろ、お前も気づいてたんじゃないかと思う。パラサイトスパイダーを使っているのは僕だ」

「な.....あの蜘蛛野郎が、お前.....!?嘘だろ....はぁ?そんな事....あってたまるかよ....!!」

「お前と僕は、ほぼ同時に力に目覚めているんだ。ν-Typeと言う力を、僕らは手にしたんだ。あの戦いの後、僕は君があのバーニングを使っているんだと分かったんだ。あの感覚は間違いない」

「何言ってんだよお前.....?」

そう返しつつも、弘もどこか腑に落ちたのを感じた。コープスブライドとの一戦から、ダイバーがどういう感情を持っているのか分かってしまったからだ。そして遡り、パラサイトスパイダーと対峙した時から、望に近づいていると感じる様になっていた。つまり弘も望も、超感覚を持つ存在―ν-Typeへと変革しつつあったのだ。望はいち早くそれを理解して、意識的に能力を使い弘を呼び寄せていた。

「僕のそばにいたあのウヴァル.....奴こそ僕らが復讐しなければならない相手だよ。グロック・ルーツ....本名は、結城 秀晃」

「じゃあ何でお前は奴の隣にいたんだよ!?」

「僕が復讐する為に、奴の持っている力が必要だと思ったからだ....けどお前がここにいるって知らなかった!だから急がなきゃいけなかったんだ....それでお前を呼んだ。僕に協力するか、大人しくダイバーズから身を引くか....それを教えてもらう為に!」

弘は今まで見たことの無い望の表情に絶句した。怒りと憎悪に塗れているなど陳腐でしかない。皆目言葉にすらならない気がした。

「僕は必ず奴を....この世界からも、現実からも消してやる.....いや、消さなきゃいけない!奴のせいで大事なものを失った人は沢山いる!....これ以上そんな人を増やさない為には、法じゃ駄目なんだ.....奴を直接消さないと.....!!」

「待てよ.....!そんな事しちまったら、お前だって奴と同罪なんだぞ!?奴と同じになりてぇのかよ!?」

「これ以上奴の犠牲になる人間が出て来なければそれでいい!弘....お前だって家族を皆殺しにされたんだ、奴に!!何でそんな事が言えるんだ.....忘れたのか、あの時感じた物を?」

「忘れる訳ねぇだろ.....けどよ、その前に俺は決めてんだよ。親父とお袋に、ちゃんと生きているって胸張って言うって......ここでアイツを倒すのは別に構わねぇし、俺も奴をぶっ潰すつもりだ....けど本当に殺しちまえば皆同じになっちまう!そんなんじゃ、それこそ奴の思う壺じゃねぇか.....!」

「お前は怖いんだよ.....前に進むのが」

弘は初めて望の瞳に恐怖した。憎しみに駆られた者の目というのは、こんなにも心に深く突き刺さるような眼光を放つ物なのか。昔に話していた事を、彼は本気で実行するつもりなのだ。結城 秀晃と言う人間を、この世から消し去るのに全くの迷いも躊躇いもない。その事だけを考える望を、弘は信じたくなかった。しかしこう考える自分もいた。もしこの場でグロックを倒しさえすれば、望を正気に戻すチャンスが訪れるのではないか、と。

「............俺も一緒にやりゃあ、いいんだよな」

「やっと分かってくれたか.....ありがとう、弘」

ありがとう、と伝える声は間違いなく弘の記憶の中にある、望と同じだった。彼と共に最後の青春を駆け抜ける日がもうすぐそこまで来ようとしている。弘は自分に言い聞かせてバトルエリアへと転移する。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.27 その力、HAZARD!

ドラグハートが降り立ったのは、何と建物の中だった。MSサイズの建造物なのか、はたまたドラグハートが人間サイズまで縮まったのか。何とも奇妙な光景に、弘は軽い目眩を感じた。

「何だこれ、気持ち悪いな......」

ドラグハートの隣に着地した異形。パラサイトスパイダーである。弘はその姿を認めるとやりきれない気持ちを押さえながら、意識を戦いへ集中させた。

「なぁるほど.....俺に模擬戦を手伝えと言ったのはそういう事だったのか」

背後から足音が聞こえ、パラサイトスパイダーとドラグハートは急いで振り返った。左右対称のガンダムウヴァル―ウヴァルスタークだ。

「しっかし、随分と剛毅なもんだ。水崎君の子分まで引き連れて復讐しようたぁ、本気度は評価出来る」

「子分だぁ?俺はそんなんじゃねぇ!」

「あぁそうかい。まぁ、水崎 諒馬はもう使い物にならねぇけどな。今のうちは、ね」

「テメェ.....やっぱりテメェだったのか!諒馬に何しやがったッ!?」

ドラグハートは助走をつけて飛び上がり、勢いをつけながら拳を突き出した。しかしウヴァルスタークはドラグハートの腕を軽く掴み、そのまま受け流して蹴り飛ばした。

「それはアイツの口から聞いてもらおうかな」

ウヴァルスタークが右のシールドにマグネット接続したライフルを装備し、ドラグハートに向けて発砲した。その隙を狙って、パラサイトスパイダーはヲルタースパイダーを分離、ウヴァルスタークに組み付かせる。だがウヴァルスタークの反応は素早く、ヲルタースパイダーの中央にシールドバッシュを叩き込み、左手の爪で貫き内部のジェネレーターをもぎ取った。

「"ハザード"!!」

その直後、パラサイトスパイダーはハザードシステムを起動させた。全身から黒い霧を発し、知覚できぬ速度でウヴァルスタークに近づき、足先から伸ばしたビームサーベルで斬りかかる。それをウヴァルスタークはいとも簡単に見切り、シールドで蹴りを受け止めるとライフルを腹部に接射した。

「何故....だ!?ハザードを起動しているのに....!?」

「経験と勘だよ、そんなのは。まぁそもそもの話、お前さんの機体じゃハザードを使えても数分も持たねえだろ」

ウヴァルスタークはライフルを右肩シールドにマウントし、今度は左肩の方から無骨な形のロングソードを装備した。その刃渡りは自身の全長にも匹敵する長さだ。悠然と歩み寄り、目にも留まらぬ速度で振り上げ、一撃でパラサイトスパイダーを打ち上げて庭を跨いで離れた所の柱に激突させた。ドラグハートが真後ろからウヴァルスタークを掴み、引き寄せて壁に叩きつけた。

「今度は俺だ!!」

「やってみろよ」

「るっせぇ!!言われなくてもやるに決まってんだろ!!」

ウヴァルスタークの顔面にストレートパンチをぶつけ、そのまま左右に殴り抜いた。何故かウヴァルスタークは無抵抗だが、そんな事はお構いなしに拳の乱打を浴びせていく。

「望!!今だ!!」

ドラグハートがウヴァルスタークの背中を庭の方へと向け、パラサイトスパイダーがビームライフルで狙撃した。しかし。

「リゲル君よぉ.....忘れたのか?俺のウヴァルスタークは、そんなもんじゃ倒せないって事を」

「何抜かしてんだよ!うぉおおおりゃああ!!」

ドラグハートが炎を纏った拳でシールドを突き破ろうとした。その刹那、ウヴァルスタークから黒い霧が噴き出し、ドラグハートが弾き飛ばされてしまった。ただの霧とは違うようで、他の機体が触れればダメージになる。弘はこの事態が掴めず、黒い霧に包まれるウヴァルスタークを凝視した。

「どうなってんだよ....」

「"ハザード".....ハザードシステムを持つ者同士、ここでタイマン張るってのはどうだ」

ウヴァルスタークは庭へと歩き出し、指をクイと動かしてパラサイトスパイダーを挑発した。リゲルはハザードシステムに呑まれるのを耐えるので必死になり、冷静ではいられなくなっていた。当然、これはグロックの読みどおりでもある。パラサイトスパイダーは両手にビームサーベルを持ち、黒い風となってウヴァルスタークに激突、最上段から振り下ろしたがその場には敵の姿はない。

「そこかぁ!!」

リゲルは素早く反応し、左へ斬撃を繰り出した。だがまたしても敵の姿を見失い、ますます焦りが募る。そんな彼を嘲笑うかの様に、ウヴァルスタークは近寄ってはライフルを接射し続けた。ドラグハートが乱入するがグロックは余裕を崩さない。

「おっと、ボクシングは1対1だろ?それは無えだろ」

「うるせぇ!!テメェをやるときゃ別なんだよッ!!」

ドラグハートが右足に炎を纏わせ、飛び上がりながら回し蹴りを放った。ウヴァルスタークのシールドに命中し、一瞬だけだが動きを止めた。そこから一気に畳み掛けるように拳のラッシュを叩き込んだ。ウヴァルスタークは数発を受けながらもすぐに体勢を立て直し、ライフルの連射でドラグハートのラッシュを相殺した。

「このままならやれるはずだ!!」

パラサイトスパイダーは既にヲルタースパイダーを呼び寄せており、クロー形態を取らせて背後から引き裂かんとウヴァルスタークに迫った。しかしグロックはそれも看破しており、レバーを細やかに動かした。振り下ろされるクローの中へとドラグハートを引き寄せると、自らはその場を一瞬だけ離れた。その結果、ヲルタースパイダーの爪がドラグハートに裂傷を加えてしまい、同士討ちと言う形となった。

「あららぁ....仲間割れかい!」

僅かに生まれた停止時間に2体の間に滑り込み、左手を大きく開きドラグハート目掛けて振り上げた。何者も引き裂く爪がドラグハートの装甲をえぐり、両目も劈かれ宙を舞い地面に衝突した。弘の両目にも激痛が走り、苦しみ悶えながら機体を立ち上がらせようとする。しかしそこへウヴァルスタークが近づき、ロングソードでドラグハートの右膝を貫き爆破させた。バランスを失ったドラグハートは力なく倒れ、再起不能に陥ってしまった。

「うぐ......クソ、何て力だ....まるで手が出ねぇ....!!」

「本当に手が出なかったよなぁ」

グロックは涼し気な顔で返し、パラサイトスパイダーに目を向けた。パラサイトスパイダーがコントロールを保とうと藻掻き苦しんでいる。ハザードシステムの暴走である。

「なぁんだ、結局そうなんのね....ま、そんなもんだろうさ。お前程度じゃあ、ハザードシステムを使いこなすなんて、夢のまた夢だ」

ウヴァルスタークはロングソードをくるくると回し、ナイフも同然の扱いで投擲した。風を切りつつ突き進むロングソードは、正確にパラサイトスパイダーの右腕を切り裂きながら貫き、遠くの壁に突き刺さった。パラサイトスパイダーは爆発の衝撃を利用して左側へ回り込み、ビームサーベルを横薙ぎに振るった。ウヴァルスタークも左手を振り上げて切り結び、ライフルを放って追い返す。しかしパラサイトスパイダーは様々な方向に関節を動かしてやり過ごし、再びウヴァルスタークに肉薄した。

「暴走しちまうとハザードシステムが勝手に機体をコントロールする!いやぁ恐ろしい方向に関節動かしちゃう訳だ!」

グロックは歓喜しながらパラサイトスパイダーを観察した。関節の可動範囲をフルに駆使して、もはや人体ならば骨折しているであろう身のこなしで、ウヴァルスタークの攻撃を躱している。パラサイトスパイダーにハザードシステムを乗せて暴走させると、そう言った挙動を見せるようだ。

 

リョウマはグラハムの判断により療養として、個室を割り当てられそこに運ばれていた。まともな意思疎通が可能になるまでは、スワンが世話するとハワードに頼み込み、こうして彼の側にいるのである。

「水崎さん、私ならそばにいますから安心してくださいね?」

声を掛けてみても、やはり返答はなかった。震えや怯えは一切変わらないが、ヒステリーを起こす事はなくなっており、再起までは着実に進んでると思う事にした。ところが、スワンが隣に座ろうとした時にある事が起きた。

「.....もう、放っておいてくれ....」

注意してなければ聞こえぬ程のか細い声で、確かにリョウマはそう言った。スワンはぎょっとしてゆっくりと視線を向け、リョウマの顔を覗き込んだ。相変わらず死人のような顔だが、瞳だけはきっちりとスワンを見ていた。

「そういう訳には行きません。水崎さんが元気にならないと、ダイバーズを救える人がいなくなります。私達じゃできないことが出来るのは、水崎さんだけですから。少しでも早く立ち直れるよう、私も頑張りますから何かあったら何でも.....水崎さん!?ちょっ.....何を....きゃあっ!?」

突然リョウマはスワンの手首を掴み、そのまま押し倒した。全く予想もしない出来事に、スワンは何も抵抗出来ず、ただリョウマを凝視するしかない。そのまま静寂が訪れてから数分が経ち―。

「もう、俺についていかないでくれ....皆には俺が裏切ったと言ってくれていい....誰も巻き込むべきじゃなかったんだ........」

スワンの頬に落ちる雫。それが何なのかスワンが知るのに、時間を要しなかった。リョウマがコートのポケットから出したのは、赤い光を鈍く発するガラス製のシリンダーと、専用のソケットを備えたガジェットだった。

「奴が俺に送りつけた物だ。俺はコイツを.....ハザードを使って、奴らからダイバーズを取り戻す」

リョウマがベッドから降り、メニューウィンドウを呼び出した。スワンは本能的に危険を悟り、ベッドから落ちながらもリョウマに縋り付いた。

「やめてください!!一人でなんて無茶です!それに、その道具は...!!」

「俺はもう、元々人間なんかじゃないのかもな。科学と自惚れに取り憑かれて自分の彼女を殺した。その彼女ってのは舞夜だ.....でも目の前にいたアイツは、人間じゃなくてクラックゾーンだ。いずれ俺が閉ざささなくちゃならない。なら俺にはもう、失う物は何も無い」

リョウマの告げる真実に、スワンは言葉を失った。生気の消えた瞳。それだけで真実だと伝えるには充分だった。

「犠牲になるのは....俺一人で十分だ」

リョウマがバトルエリアへ転移した瞬間、スワンはその場に崩れるようにして座り込んだ。

「こんな事って.......こんな事って......」

ただ呆然と呟き、誰も居なくなった部屋で一人佇む。舞夜の事実を知ろうとした時、もう二度と協力を受け付けないと諒馬から警告されていた。もう、彼はこれから先スワン達の前に現れる事はなくなるのだろう。

 

「おっ....来たか」

グロックはレーダーに新たな反応が来たのを認めると、ウヴァルスタークを起こした。建物の奥から現れたのは、リョウマのビルドレイザーガンダムだった。辛うじて意識だけは保っていた弘は、ビルドレイザーを見て唖然とした。

「お前....!もう動けん.....のか.....?」

「常岡。お前は今すぐここから離れろ」

リョウマは静かに告げるとウヴァルスタークを睨んだ。

「何で俺にハザードシステムを寄越した?」

「お前なら使いこなせると思ったからだよ。他の奴らは使うだけで頭がパーになっちまって面白くない。けどお前さんなら、と思ってな」

ああそうか。とリョウマは呟きハザードギアにシリンダーを装填、コンソール直下にあるスロットに接続した。コンソールの画面上に"HAZARD-SYSTEM ACTIVATED"と表示され、モニター全体に赤い光が走った。そしてコクピットが赤く照らされ、全ての準備が整ったのを示した。リョウマはコンソールに右手を翳し、ハザードシステムのセーフティを解除する。そして―。

「ハザードビルドアップ」

ビルドレイザーの周囲に真っ白なファクトリーが現れるが、次第に黒く染まり紅い稲妻を上げながら稼働、黒い霧を噴射して砕け散った。ビルドレイザーは黒い霧に包まれ、赤と青の眼光を放ちながら歩き出す。弘はその姿を見るや、望のパラサイトスパイダーや、コープスブライドが脳裏を過ぎり、思わず声を荒らげた。

「やめろッ!!諒馬、そいつはマジでヤバい!!使えば暴走してどうなんのか分かんねぇんだぞ!」

「暴走する前に奴を倒す!」

ビルドレイザーは右手にGNソードⅢをビルドし、一気にバーニアを全開にした。ウヴァルスタークは地面に突き刺したロングソードを引き抜き、待ち構える。

「さてどんなもんか。ビルドレイザーとハザードシステムの相性の程は」

ビルドレイザーがGNソードⅢを低く構え、ウヴァルスタークの眼前に到達するやグルリと身を翻し、真後ろへ回り込みながら斬りつける。そしてライフルモードに切り替えると、3つの銃口からビームを集束させて放った。ウヴァルスタークは一度目の攻撃は避けきれず、よろけるが照射されたビームは完璧に躱し、ライフルを撃ち返した。しかしビルドレイザーは真上にバーニアを噴射して真っ直ぐ着地、すぐさまシャイニングエッジ・ビームブーメランをビルドして投擲した。弧を描いて迫るシャイニングエッジを、ウヴァルスタークはシールドで跳ね返し再びライフルを放つ。

「やはりそこそこ扱えるんだな?こりゃ楽しみだよ成長が!」

「舐めるなよ.....ウェポンビルドアップ!」

今度はバルバトスルプスのソードメイスに、ソードストライクのシュベルトゲベールの要素を組み合わせ、ビルドした。ソードメイスの刃に沿う形でレーザー刃を発しており、これを活かした溶断と質量による破断を可能にした代物だ。ビルドレイザーは特殊ソードメイスを居合に構えながら突進する。ウヴァルスタークがロングソードを振り下ろすが、ビルドレイザーが特殊ソードメイスで真っ二つにし、更に手元に戻ったシャイニングエッジを再び投げつけた。シャイニングエッジは緩やかに軌道を変えつつ、ウヴァルスタークの左肩シールドをジョイントから切断して飛び去り、そのままビルドレイザーのもとへと帰還する。

「コイツ!?こりゃあすげぇな....!」

ロングソードにはかなりの強度を持たせていたらしいが、特殊ソードメイスにあっという間に両断されグロックは舌を巻いた。挙句シールドも片方を失っている。流石は天才だと思うが、グロックの目は既に相手の限界を見抜きつつあった。

「しかし残念だ、時間切れ。そんじゃ、Ciao!」

ビルドレイザーの特殊ソードメイスをやり過ごしつつ、ウヴァルスタークはライフルを胸元に接射。怯ませたところでパラサイトスパイダーの接近に気づき、手をひらひらと振って退散した。

「逃げる気か........何だ、これは.....」

リョウマはグロックの撤退を許すまいとしたが、モニター全体を赤い光が流れていく光景に思考を止められた。やがてリョウマの瞳が緑の光を帯び始め、意識が加速度的に遠のいていく。急いでハザードを解除しようとしたが、手が既に動かなくなっていた。間もなくビルドレイザーはだらんと力なく立ち尽くし、その後デュアルアイと各部センサーを強く発光させた。

「諒馬....!?おい、諒馬!?」

ビルドレイザーから発せられた黒い霧が更に濃くなり、弘は絶望した。ハザードシステムが、暴走したのだ。コンソールの光以外見えぬ、暗闇の中でリョウマは昏い眼差しのまま、瞳だけが光を灯していた。パラサイトスパイダーが猛烈な勢いで突進して来たがビルドレイザーは、特殊ソードメイスを放り投げ、一瞥することも無くブランド・マーカーをビルドし、真横に拳を突き出して弾き返した。そのまま向き直り、ゆっくりと歩きながらブランド・マーカーを消失させ、代わりに先端部をマガノシラホコに変えた射出装置を形成、真っ直ぐパラサイトスパイダーのコクピットに打ち込もうと腕を向けた。

「やめろぉおおぉおお!!!」

弘は死に体の肉体に鞭打ち、叫びを上げながらドラグハートを突進させる。果たして彼は、ハザードに侵される二人を止められるのだろうか―。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.28 FATALな結末

ドラグハートが残るバーニアを噴き、姿勢を保たせると全速力でビルドレイザーとパラサイトスパイダーの間へ突入した。乱入に気づいたビルドレイザーは、右腕の射出装置を放棄し新たな武器を形成する。何とAGE-1ナイトシーカーの主力武器である、シグルスレイヤーだった。ぐるりと向き直りシグルスレイヤーで突きを放ち、ドラグハートを弾き飛ばすと再びパラサイトスパイダーに向かって歩き出す。パラサイトスパイダーもビームサーベルの出力を上げ、コクピット目掛け突き出した。しかしビルドレイザーは上体を左にずらしてこれを回避、左手にバズーカをビルドして即座に発射した。弾頭が真っ直ぐパラサイトスパイダーの顔面に直進し爆発。したのだが、パラサイトスパイダーは衝撃を受けて倒れた身体を、まるで映像の逆再生のような形で起こした。しかしパラサイトスパイダーは限界を迎えつつあった。グロックの言う通り、この機体ではハザードシステムに順応しきれずフレームから崩壊しかねない。普段のリョウマならここで戦いをやめると弘は思っていた。だが現実はそれとは大きく逸脱する運命を見せる。

「お、おい.....何やってんだよ!?」

ビルドレイザーがシグルスレイヤーを構え、パラサイトスパイダーのコクピットを貫かんと迫ったのだ。ドラグハートは撃墜の危険を冒してでもパラサイトスパイダーを逃がすべく、ビルドレイザーにしがみつき押し出そうとする。だがこの推力差は何なのだろうか。いくらドラグハートがバーニアを最大に噴かせようとも、ビルドレイザーを1mmたりとも押せなかった。それどころか逆にこちらが押されそうになる。ダメージも蓄積され続け、ドラグハートはもう持たなくなった。

「やめろッ!!やめろよ諒馬!!望だぞ!?いい加減止まれよッ!!おい!!」

ビルドレイザーはドラグハートを見下ろす事なく左手に巨大マニュピレーターアームを形成、むんずと掴んで壁に叩きつけた。コクピットを激震が走り、弘はモニターに頭をぶつけてとうとう意識を失ってしまった。

「望......逃げろ......!!」

最後の瞬間に懸命に手を伸ばすが、ドラグハートがトレースするよりも早くバトルエリアから退場させられた。だがビルドレイザーとパラサイトスパイダーにも電子のゆらぎが襲い始める。ハザードシステムの暴走による弊害で、強制的に自壊してしまう。その現れとも言うべきか双方共に被撃墜扱いとなり、対戦そのものは決着がつかぬまま終結した。

 

弘は現実世界に戻り、蹌踉めきながらソファーに座り込んだ。奏は先に戻ってきていたようで、斜向いの椅子で震える手を抑えながらココアを飲んでいる。

「戻って来てたんだな。てか、どうした」

弘に声をかけられ、奏はビクリと身体を震わせた。

「水崎さんが、もうこれ以上ついて行くなって言って.....」

「どういう事だよ、それ.....気がついてまず言う事じゃねぇだろ....」

ココアを眺めながら俯く奏。弘も畳み掛けるように迫りくる現実を受け止めきれず、ただ苦しみ藻掻くしかないのかと悩んだ。間もなく諒馬もダイバーズから帰還するが、二人のもとへ歩きドラグハートとF91-Mをテーブルの上に置いた。驚きと戸惑いに満ちた顔で見上げる二人を前に諒馬は冷たく宣告した。

「もうお前達は俺に構わず生きていてくれ。この体制は今日で終わりだ。常岡、ドラグハートはお前にやる。だからこれで綺麗サッパリ、これまでの事は忘れてお前の目的を果たせ」

「何言ってんだよ!?お前それ本気で言ってんのか!?冗談じゃねえ!!」

弘の襟を掴まれても、諒馬はただ冷静に彼を見つめ静かに手を下ろさせた。

「これから先は、お前たちの力を借りても犠牲になるだけだ。そんなのは耐えられないし、目的の達成にもならない。....犠牲になるのは、俺一人で十分なんだ」

スワンも椅子から立ち上がる。しかし今の諒馬の目は、これまで見てきたような彼とは全く違っていた。輝きという物が消え失せた、黒い瞳だ。

「"犠牲になるのは俺一人で十分"って.....そんな事言わないでください!力が及ばないのは分かっています.....だけど!」

「何を根拠に言ってるんだか....どうせ時間のかかる方法しか出て来ない。フィーリングでしか物を考えない人は、効率なんて全く見向きもしない。もうこれ以上つきまとわれると、邪魔にしかならない。ハッキリ言って足手まといだ。早く帰ってくれ。環境を作り直せなくなる」

諒馬はそう断じてラボを後にした。

 

(俺がグロックに倒されてから.....記憶が蘇った......タイミングが良すぎるけど、誰も巻き込まなくて済むなら....)

諒馬は病院の屋上から景色を眺めていた。ある人物を待つ為だ。

「あ....いた。水崎さん?」

呼び出した相手とは、英梨だった。

「一体どうしたんですか、急に呼び出すだなんて。しかもこの病院、知ってたんですか」

「門松教授から聞きました。この病院にレイ・ブルームーン....いや、久遠 怜がいる、と。そんな事よりあなたに頼みたい事があります」

「あなた.....まるで別人みたいね.....」

英梨は諒馬の様子が明らかに違い、ある予感が脳裏を過ぎった。まさか記憶を取り戻したのではあるまいか、と。

「俺の事はこの際関係ありません。あなたはもう、この事件に関わってはいけない」

ある意味英梨の予想通りだった。しかしもう一歩も引かないと決めた彼女の覚悟は堅い。

「そう言う訳にも行かないわよ。私だってこの事件に関わってるんだから、それなりの責任はあるもの。絶対に手を引いたりなんかしないわ」

「なぜそうしてまでやる必要があるんですか....自ら死ににいくような真似までして」

「その言葉をそっくりそのまま、君に返すよ。よくある記憶喪失の話に、失っている間の事も覚えているってあるじゃない。これをそのまま当てはめると、君の方が死にに行く感じにしか見えないけど」

諒馬はますます嫌な女だと眉を顰めた。多分彼女が記者だからそれを言うのではなく、苦しんでると思った人間を放っておけないのだろう。しかし諒馬にとっては、厄介も甚だしい。本来なら自分は、罪を裁かれるべき存在だった。問われていないのなら、自ら全てを清算して―。

「俺は仕事だからやるまでです。これ以上被害者を出す訳には行かない.....もう、手を引いてください。あなたに出来る事には限界がある」

諒馬が言い残して立ち去ろうとする。英梨はそれを横目でちらりと見て、ビルの景色に視線を戻した。

「でもね、私だって引けないだけの理由があるの。ZeuSのしてきた事で苦しんだ人を沢山見てきたから、その人たちの為に私にしか出来ない事をしたい。確かに限界はあった。でもそんなのは、もう無くなる。それにね、あなただって被害者なのよ。ますますこっちが手を引く理由、ないんじゃないかしら」

「俺が被害者?はっ.....冗談じゃない。俺は科学と自惚れのために悪魔になったような男だ。本当の被害者からしたら、俺だって元凶に変わりはない」

諒馬は英梨を一瞬だけ睨み、屋上の階段を駆け下りた。

「俺が被害者だと....?ふざけるな....!」

車に乗り込んでエンジン始動スイッチを押し込む。ルームミラーに映る彼の目は冷たく、在りし日の面影は殆どない。交差点で信号に引っかかり、停車すると電話がかかってきた。スリープを解除した途端、電話の主に諒馬は驚愕した。

「百崎.....翼.....!?どう言うことだ!?」

恐る恐る応答する。

「はい」

「やはり君でよかったようだ。水崎 諒馬」

声は間違いなく翼本人の物だった。諒馬は狼狽しつつもアクセルを踏み、車を発進させる。

「拘置所から電話を掛けるとはどう言う風の吹き回しだ?」

「君は知らなかったのか。私はもう、自由の身だよ」

「な......!?一体何をした!?」

「私の持つ力は、君もよく知っているだろう。ところで、君と話をする場を設けたいが構わないだろうか?」

「何を今更話そうってんだ?俺はお前とは違う道を行くと決めたんだ、何も話す事なんて.....なぁ!?」

突然隣を走っている車が急激な幅寄せを始め、あからさまにぶつけようとしていた。諒馬はどうにか最寄りの曲がり角で車線から外れようとするが、隣の車も同じ速度で並走する。そのまま角を通り過ぎたところで衝突し、諒馬の車はガードレールを捻じ曲げながら数メートル進み標識のポールにぶつかり停止した。諒馬はエアバッグにより一命は取り留めたが、それでもかなりの衝撃が加わったせいで意識を失っていた。

「水崎 諒馬を確認。これより移送します。後処理の方はTSに」

真っ黒なセダンからスーツ姿の男達が続々と降り、諒馬の車に近づくと運転席に装置を近づけ解錠してから引きずり出した。彼の腕に注射器を刺す者も居り、諒馬が抵抗出来ない状態を作り出して移送する準備を始めた。黒いセダンに乗ったまま、中から様子を見ているのは純一だった。

「水崎を確保しました」

インカムで報告を上げる。その通信の相手はやはり翼であった。

「よくやってくれた。早急に運び込んでくれよ、彼は我々にとって最大の戦力になる」

「承知しております。それでは」

意識のない諒馬が後部座席に押し込まれ、間を挟む形でSPの男が座りドアを閉める。セダンは間もなくアーネスト本社に向かって走り始めた。純一は横目で諒馬を眺め、眼鏡をかけ直した。こうまでしなければ理解する場を作れない事に、内心複雑であったが自陣営に引き込めるまたとないチャンスに可能性を見出していた。10分程で社屋の地下駐車場に到着し、通用口から出て来た社員達によって諒馬は運び出された。その折、純一は見覚えのない少女に目が留まった。黒く長い髪に、眼鏡をしているので真面目そうな印象を持ったが、前髪の奥に隠れた目が露わになった時に純一は驚きを隠せず口が開いた。

(何だ.....彼女は......子供がこんな顔をするのか....!?)

そのくすんだ瞳は、普通に生きて来た人間には見られるはずがない。憎悪に塗れているとでも言うのだろうか。

「君はどこから来た」

「死んだ人間にそれを聞くんですか」

「質問に答えてもらおうか。君はどこから来た」

無表情で淡々と返す彼女に、純一は異常さを感じずにはいられなかった。

(精神病質のつもりか、この女は)

暫しの静寂の後、少女は

「私はあの人の為にここにいる。それが私に残った存在意義」

と残してエレベーターに乗り上階へと消えた。純一は彼女を訝しみ、誰も居なくなった通用口を睨む。社員でもない彼女がここに自由に出入りする権利がある。とすれば予想がついてしまう。

(徹・アルマーニュが.....結城を伝に配下にした女という事か。あんな子供まで利用するとは)

そう考えると疑問はひとまず晴れたので、エレベーターを呼び出して目的のフロアへと向かった。純一がアーネストに移ってから、研究室として利用している部屋があるが、今頃は諒馬がそこへ運び入れられているはずだった。そして、翼も立ち会いの為に訪れていよう。純一は歯をギリ、と噛み操作盤の液晶パネルを睨んだ。

「水崎。お前の目を覚まさせてやる.....俺達は間違ってないんだ....!」

 

堂夢大学、仮想世界工学研究室。この時間はまだ学生や准教授らが研究や実験をしている為、本来なら部外者は立ち入る事はできない。しかし今日だけは、門松の計らいにより午後からは全てのコマをキャンセルして閉鎖していた。そのお陰か、奏や弘、英梨を招き入れる事が出来たのである。

「悪いな、手続きにえらく手間取ってた。ったく、日本の悪い所ってこう言う所だよな....何もかもが官僚主義で融通が利かない」

門松個人で使っている一室があり、奏達はそこに集まっていた。門松は皆に適当な場所に座るよう促し、それぞれにコーヒーを淹れたカップを配った。

「それで、皆水崎から"ついてくるな"と最後通告された、と」

門松が確認するように問いかけると、奏は俯き弘は膝に肘を突き顎を乗せた。英梨もゆっくりと頷き唇をへの字に曲げる。

「水崎さん、どうしたのでしょうか.....あんな顔してるの、初めて見ました.....何というか、怖かった....」

奏は震えを抑えながら呟いた。門松はそれを聞き頭を掻きながら椅子に座り、足を組んだ。

「まぁ元々アイツは、顔立ちの割に人相が無茶苦茶悪かったしな。生まれ持った人間不信みたいなもんで、科学と論理的に裏付け出来る事実しか認めようとしない節がある.....考えてみりゃ、比良坂君はよく付き合おうと思ったな....当時は誰もが驚いてたよ」

舞夜の名前が出て来、英梨は首を傾げる。

「あの人は存命していないんですよね、でもダイバーズにいるなんて....奏ちゃんからもさっき話は聞きましたけど、それって本当にあり得る事なんですか?」

「奇跡の一つとして捉えたくもなるが、そんな事は絶対にあり得ない。だがダイバーズはもう理論では証明できない世界になりつつある。悔しいがそれがあっても不思議じゃない。俺も調べてみたんだよ、てか本人と話をしてきた」

門松の告白に3人揃って目を丸くした。真っ先に続きを聞きたがったのは奏だ。

「何を言ってたんですか....?」

「記憶は完璧にある。俺の事も覚えてたし、水崎の事も相変わらず好きなんだと。けどアイツはもうガンプラダイバーじゃなく、ただのもの言うオブジェクトになっていた」

話の要領を得なかった弘は、聞きながら戸惑う。だがこれは誰が聞いても同じ反応になるのだから、仕方のない事である。

「どういう事っすか?ガンプラダイバーじゃねぇって」

「あの娘は本当に天才だった。自分の人格と記憶をAIとしてバックアップを取って、機械の身体に移植したんだ。そうすりゃ仮に運営からアバターを消されても行動は出来る。しかしアバターとアカウントは紐付けされてる。消されてしまえばそこで終わりなんだよ。でも人格と記憶をもった"端末"として残していりゃ、壊されない限り動き続けられる。常岡君に分かりやすく言えば.....嫌な表現だが緑のキノコを自分で育てて、それを食って残機を1増やしたって所だな」

この話を理解出来たのはやはり、英梨だけだった。他の二人は必死に理解しようとしたが、時間がかかりそうだ。

「確か、比良坂さんって水崎さんの指導を受けてから頭角を現して、同じ開発室のトップ候補にもなったって話....聞いたことがあります。流石と言うか、ある意味恐ろしい人ですね」

「俺は直接言わなかったけど、アイツも相当な異常者だったんだよ。人格のほうじゃなくて体質っつーか何だろうな。お前らエンパスって知ってるか?」

「エンピツ?」

案の定と言うべきなのか、弘が聞き違えを起こして問うた。門松は呆れ半分に溜息をつき、コーヒーを一口飲んだ。

「常岡君は空気を読め。エンパスだよ、エンパス。サイコパスなら聞いたことがあるだろ?」

「あの、漫画の?」

「まぁあれは拡大解釈だと思ってるけどな。それはさておき、サイコパスってのは人の感情を全く理解出来ない人間のことを指す。他人がどう思うかなんて想像が及ばないし、そもそもそんな事をする意味がないって思ってるんだな。エンパスはその逆で、人の感情に鋭敏で共感しやすい人だ。人の気持ちが分かるってのは、優しさに捉えられがちだが本人によっちゃ....かなり苦しいと思うらしいな」

英梨が説明を引き継ぐように口を開いた。

「要するにだけど、サイコパスとエンパスは正反対の関係ね。相手の気持ちに対して極端に違う感じ方をする.....私もエンパスなんじゃないかと言われたことあるけど、私はただのお節介だったなぁ。あ、どっちも人の個性でもあるから、それで価値を決めるような事をしちゃ駄目よ?」

「神宮寺君、要約ありがとう。そんで比良坂君は極度のエンパス体質だった訳だ。神宮寺君の取材では、幼い頃から他人の感情を感じて来たせいで、その苦しみに耐え続ける日々を送ってたらしい。生前のアイツはとにかく明るい奴だったが、多分その裏返しなんだろうな。逆に水崎は...まぁいい、互いに相反する二人は何があったのか惹かれ合ってたんだろうよ」

しかし奏は腑に落ちなかった。記憶が無いときの彼は、人を褒める事もあれば弘を叱る場面もあった。感情を理解出来ないのがサイコパスなのだとしたら、それは違うのではないかと感じていた。

「だけど水崎さん....私とか常岡さんの為に必死になってた事だってありましたよ!本当のあの人は、きっと私達が知っている水崎さんのはずです....!」

「言いたい事は分かるがね....俺が色々教えてやったからああなったんだ。人として何が大事なのか、出来る限り身に染み込ませたつもりだったけど記憶を戻した途端にこれだからな.....結局それも上塗りか」

コンコン、ドアを叩く音がし門松は何事かとドアを僅かに開けた。扉を叩いた人物に門松はただ驚き息を呑んだ。

「き、君は.....天原君....黒浦まで....!?」

天原、黒浦と聞き、英梨と奏は思わず席を立った。まさかこのタイミングで彼らがやって来るとは、誰も想像していなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.29 希望奪還のALLIANCE

先程まで晴れていたはずの空が曇り、やがて雨が降り出した。ザァザァと激しい音を立てており、運悪く帰りそびれた学生達は喚き散らして走って大学の敷地を飛び出していく。この仮想世界工学研究室も、門松の教授室以外は明かりがついておらず薄暗くなっていた。門松と奏、英梨は唐突な来訪者に呆然として、その人物を見つめる。

「君らは......どうしてここにいる....?」

門松が静かに問うと、聡は隣りにいる少女の前に踏み出し一呼吸して口を開いた。

「ニュースで見たんです、ダイバーズ病の話。教授なら何か動き出してると思って、ここに来ました」

英梨は聡の表情が病んでいる様に見え、「聡君...」と漏らした。聡の隣りにいる少女に至っては、彼よりも弱っているのではと感じた。だが彼女もまた、自分の意思でここに来たのだろう。逃げ出したり泣きだすというよりは、何かを乗り越えようとしている。英梨にはそう映った。ZeuS事件における最大の被害者にして、終息に導いた英雄。彼ら二人が今のダイバーズを取り巻く現状に黙っていられないのは、無理もない話だ。しかし門松は。

「天原君、少しこっちで奏ちゃん達と話でもしててくれないか。神宮寺君もいるし、少しは気が楽になるかもしれない。黒浦はこっちについて来い.....!」

天原 奈都は心配げな顔で聡を見つめるが、了承して教授室に入った。それを認めると門松は聡を連れて別のフロアへと向かう。ドアを開き電気を点けると、そこは講義室だった。聡は何を言われるのか分かっており、苦しげな面持ちだ。

「お前一体どう言うつもりだ!!お前達はZeuSに何をされたのか忘れたのか!?」

机をバンと叩く門松。その横顔は悲痛さの中に怒りを混じらせている。それもそうである。聡はこれまで何度も門松にかけ合い、自らも完全な終息に乗り出そうとしていた。愚行である事は聡自身もよく知っていた。だがここで引いてはならないのも分かっていた。

「だからこそ、ですよ.....これ以上俺達のような人を出さない為に動くのは、間違っていないはすです」

「それは俺達でやることだ、君らがやればまた同じ目に遭わないとも限らない!」

「愚かだと言われるかも知れない....でも俺は覚悟の上でここに来た。怜さんの事だって....!」

「気持ちだけにしてもらおうか。どちら道力を貸してもらったとしても、君等を確実に、安全に仮想世界から引きずり出す保証が出来ん」

「じゃあ何故神宮寺さん達は戦えるんです!?」

「俺が察知した頃には動き出してたからだ。本来なら現実で神宮寺君には動いてもらうつもりだった.....が、あの二人はそんな事を知るはずもなく、ある奴に協力してしまった。事件の後始末を任された、俺の元部下にね」

雨に打たれる木々を見つめる門松の顔は、悔しさでくすんでいた。聡も彼の背中から何となく察し、何も言い出せなくなった。

(結局俺は、自分の娘さえ満足に救えないのを嫌がって、無関係なはずの彼らを巻き込んでしまった....巻き込まざるを得なくなってしまった....挙句可愛い教え子とかまで使えって言われて、はいそうですかと言える訳ねぇだろ....!!)

門松は震える手でパスケースをポケットから出し、中に入れていた怜の写真を眺める。成人式の前後と思われるが、振袖姿で恥ずかしげに笑う娘の写真。思えば父親らしい事ができたのは、これが最初で最後だった。こんな不甲斐ない親が他にいるのだろうか。久々に一時帰国した日の夜、『お父さんまた遅くまで起きて仕事なの?夜食作ったから、ここに置いとくよ』と困ったように笑う怜の姿が蘇り、思わずパスケースをしまって窓に視線を戻した。

「お前は本当に、色んな人に育てられて来たんだな.......」

聞こえぬように呟いたつもりだが、聡も耳にしていた。しかし何かを言うつもりはなく、ただ目を伏せて拳を握りしめ、講義室を飛び出した。

(こうなったら、俺達でやるしかない....!)

 

一方教授室は、沈黙だけが支配する空間と化していた。と言うのは、奈都が英梨に自分を取材する様に頼んだからであった。"自分も元凶の一つ。きっと彼に救われなかったら、知ってる人だけじゃない。もっと沢山の人を傷つけていたかも知れない。それより酷い事をしていたかも知れない。今の私が生きていられるのは、償いの義務を全うする為の時間を、皆が与えてくれたからだと思う"と堰を切ったように英梨に伝えた。しかし英梨には、奈都が責任感から無理をしているようにしか見えず、すぐに受け入れる事は出来なかった。確かに彼女から得られる事実は、ZeuS事件の構造を解明するのに大いに役立つ。だがそうさせるという事は、奈都に全てを思い出させる必要がある。最悪の場合、PTSD程度では済まなくなる可能性も否定できないのだ。奈都の想いは間違いなく本物だと分かるが、それだけに苦しさを感じてしまう。

「まさか、あんたも望や奏ちゃんの友達みたいに、ダイバーズの事で苦しんでたなんてな....本当、どうなってんだよ....あのゲーム....」

弘が重い声音で漏らす。誰もが同じ気持ちであった。

「聞かれたら聡君に怒られるかもしれないけど、全部私のせいなんです....すれ違いも何もかも怖くなって、自分の中にあった子供の部分が....全部思い通りにならないなら壊せばいいって、その気になりさえしなかったら....側にいる人の事もちゃんと考えられたら....!」

「なっちゃん....もういいんだよ....なっちゃんだけが悪い訳じゃない。悪いのは人の純粋な気持ちを利用した、ZeuSの人間なんだから....。だから、私達に任せて。ちゃんと全ての事に、蹴りをつけるから。約束させて、なっちゃん...」

英梨は堪らず奈都を抱き締めた。これまでの取材と、聡から聞いた話で既に知っていた。奈都はただ利用されただけの被害者だという事を。奈都が責任感の強い性格故に、罪の意識を感じるのは至極当たり前だ。それを和らげるのは彼女に関われる人々の役割である。

 

聡は傘を一度取りに戻ろうと、研究室の外へ出た。その時。

「聡。やはりここにいたんだな」

「ユ....ユウ!?」

聡の前に現れたのは、ガンプラダイバー"ウェルス"ことユウだった。聡は突然の事態に目を瞬かせるが、ユウはそんな事はお構いなしに彼の手首を掴んで歩き出した。

「ちょっ.....どこ行くんだよ!?」

「教授に気づかれたいのか」

ユウに連れて来られた先は、ガンプラダイバーズ用のサークル"ウェイブダイバーズ"が使用している部屋だった。そこには既に何人か集まっており、"エルニア"こと奏花 紗綾を始めとした見知った顔が同時に聡に振り向いた。

「ようやく来ましたわね。主役とはこうして遅れてやって来るものなのかしら?」

一番中央に立つ少女に聡は目を丸くした。

「え....リリさん!?」

「その驚きようは失礼ですわね。私を惚れさせておいて、少し酷いのではありません?」

何とブルームーンのセカンドチームに所属していた、リタ・リーゼリットも来日していたのだ。

「葛城さんじゃなくて、俺ぇ....!?おい....ユウ、どういう事なんだ?」

「ブルームーンの解散をやはり認めきれなかったようだ....それに、何だかんだでリリ嬢はお前と怜の事が好きらしいしな?罪作りな所は相変わらずだ」

ユウがわざとらしく溜息をつき、肩をすくめて紗綾の隣りに座った。この場にはブルームーンの面々が何人か居る。

(グラハムさんに天田さんにハッパ....じゃないや葉山さんに.....凄いことになってるな....)

聡も急いでユウの隣の椅子に腰掛ける。リタはメンバーが出揃ったのを確認すると、プロジェクターの電源を入れた。

「さて.....これから私達は再びブルームーンを興しますわ。理由は唯一つ。私達の良き友人であってくれた、レイ・ブルームーンを救い出し、ダイバーズに再び安息の時をもたらす為、我々はもう一度手を取り合わなければなりません。そして....ダイバーズはまた同じ歴史を繰り返そうとしています。いちユーザーでしかない私達にできる事は限られていますわ。そんな事は百も承知しております。ですがそれを黙って見ていられる私達ではない事も、分かっています...だからこそ、動き出さねばならない。ブルームーンが存在する理由をもう一度思い出してください。そこに私達の使命がありましてよ」

聡にとっては思わぬ僥倖であった。奈都と共に動けるだけでも御の字なのに、これ程までに頼もしい戦力が集まっていたとは。失われた青い月がまさに、ここで蘇ろうとしていた。

 

「何だ....ここは.....」

意識が少しずつ明瞭になり、瞼を開こうとした。しかしいきなり眩しい光が虹彩を刺激し、薄ら目で慣らしつつ周囲を見渡した。真っ白な壁とガラスで囲われた部屋。自分だけが照らされておりよく見えないが、コンピュータの類がそこかしこに置かれており、モニターもかなりの数が稼働している。諒馬は全身に締め付けられるような痛みを感じ、恐る恐る視線を落とした。全身を何箇所もベルトで固定されており、歯科医院でよく見るような椅子に縛り付けられていた。

「気がついたようだな」

暗がりの中から純一が姿を現した。諒馬は彼の姿を見て、およその事情を察する。

「成程。俺を殺しかけてここに連れてきたのは、俺にもう一度ZeuSに忠誠を誓わせる為か....馬鹿馬鹿しいですね、東郷さん」

「お前が記憶を取り戻したのではないかと、こちらは睨んでいた。だからもう一度居場所を用意しようとしたまでの事。しかしその面構え....何が不満なんだ」

「見れば分かるだろ....こんなテロリストみたいな真似までして、今度は人体実験と来た。こんな馬鹿な話誰だって呆れる」

諒馬と純一は睨み合い、暫しの静寂が訪れる。遠くからコツコツと足音が聞こえ、純一はドアを開き招き入れた。

「こちらです」

部屋に入ってきた人物に諒馬は目を疑った。刑務所に収監されていたはずの、百崎 翼がここにいる。翼は懐かしむような顔で諒馬に歩み寄る。

「久し振り。まさかこうしてまた会えるとは思っても見なかったよ」

「検察でも買収したのか....でなきゃ説明が付かなさそうだな...」

「私には頼りになる仲間がいる。それだけだよ。君もその一人になってはくれまいか....我々と共に、新たな時代を再び作り上げようではないか」

翼は諒馬に顔を近づけ、柔和な笑みを浮かべつつ瞳を見つめた。息がかかる程の距離。諒馬は奥歯を噛み必死に恐怖を拒む。

「俺はもう、ZeuSを信じる気にはなれない。お前らと同じ道を歩む気は無い」

「そうか.....では」

翼が一歩離れ、手を挙げて合図を送った。その直後、諒馬の意識が途切れ、唇を歪ませながら頭を垂れた。

「ダイバーズ.......そうか、強制ダイブなんてやれたんだっけか.....」

ビルドレイザーのコクピット。リョウマは軽い目眩を感じながらも、レバーに手をかけた。バトルエリアとして選ばれたのは、如何にもSF映画に出てきそうな巨大な建造物だった。眼下には地球が見える。MSでさえ人間サイズだと見紛うほど広い廊下を歩いた先には、かなりの広さのコロシアムが。液晶画面の様なタイルが敷き詰められた床に、天井はモスクを内部から見たように、ドーム型を成していた。

「最悪だ......見世物かよ」

コロシアムに足を踏み入れた時、リョウマは周囲の様子に圧倒された。壁一面に貼られた画面には、観衆の様子が映し出されている。レーダーにはたった1つだけの、熱源反応マーカーが現れた。相手は言うまでもなく翼なのだが―。

「JOKER......」

空より見下ろす白い騎士。リョウマはその機体の姿を、自らの記憶と照らし合わせた。ダイバーズの秩序を乱す物を破壊する断罪者―JOKERと瓜二つであった。これは翼自身がダイバーズの秩序となるのを意味していると考えるしかなく、リョウマは歯軋りをした。一方の翼―メビウスは、眼下に立つビルドレイザーを品定めするような目で眺める。

「私のオメガフリューゲルガンダムの力を試すには丁度良いと見える.....しかし運が無かったな、水崎諒馬。君が素直に私の力になってくれれば、こうして修正されずに済んだのだがね...」

「ふざけた事を....どうあったって、結局こうするつもりだったんだろ?白々しい」

ビルドレイザーは右手にビームバズーカを、左手にはメガビームシールド、バックパックにはザンユニットをビルドした。睨み合う両者。束の間の静寂を突き破ったのは、ビルドレイザーだった。手始めにビームバズーカを放ち、様子を見る。だがオメガフリューゲルは手を翳すだけでビームを消し去り、背中の翼を大きく広げた。パーツが展開され、その間には歪んだ景色が顔を覗かせる。メビウスは瞳の動きだけで照準を固定した。

「ならば.....」

翼の隙間から鏃のついた鎖が飛び出した。ビルドレイザーは素早くステップし、メガビームシールドからバリアビットを射出、大型の光の盾を形成しながらビームバズーカで狙撃する。しかしオメガフリューゲルは避ける素振りすら見せず、空を漂っていた。リョウマが訝しむがその瞬間に、オメガフリューゲルが背後に現れた。

「瞬間移動!?」

「認識だけは早いようだが、考えている余裕はないだろう」

ビルドレイザーがメガビームシールドからV字型のビームを放つ。ところがオメガフリューゲルはこの場から一瞬で消え、今度は真正面に現れた。

「君では私を捉えきれんよ」

「そうでなきゃ面白くないけどな....ビルドアップ!」

今度はビームバズーカからミサイルランチャーに変わり、至近距離で撃ち込んだ。かなりの衝撃と爆風でコロシアム全体が揺れる。それでもオメガフリューゲルに傷一つつけられない。オメガフリューゲルは自分の腕や掌を眺めながら歩み寄り、翼の隙間よりある武器を呼び出し引き抜いた。

「あの騎士団にいた女....ラプラス・ライブラは、この武器を愛用していたそうだが.....どれ、私も一つ試してみよう」

「ベル、ゼルガ...!?」

「何故、か.....それは決まっているだろう?私だからこそ、出来るのだ」

青く輝く大鎌"ベルゼルガ"。元より斬り裂けぬ物が存在しないと言われている武器だが、それは現在のダイバーズでもその地位は揺るがない。オメガフリューゲルはベルゼルガを鎌から斧へ変形させると、軽々と振り上げてビルドレイザーを吹き飛ばし壁に激突させた。リョウマは背中と胸を打ち付け、悲鳴と呻きの中間のような声を上げる。

「な、何故奴が武器をビルド出来る......!?ビルドシステムは搭載されていないはずなのに.....!」

「嗚呼、確かに搭載していないとも。しかしビルドシステムなどと言う物は、元から不要だった。オメガフリューゲルは、その場で武器を作らずに持ち出せる。ビルドシステムとは大きく違うのだよ」

「持ち出せる.....だと!?」

オメガフリューゲルはゆっくりと歩み寄りつつ、もう一振りのベルゼルガを呼び出してそちらも斧の形を成した。かなりの重さがあるベルゼルガを、片手で悠々と扱えるなど最早フレームそのものも、常軌を逸した強度を誇っているとしか思えなくなる。リョウマは奥歯を噛み締め、ハザードギアをコンソール下部のコネクタに挿し込んだ。

「やるしか....ねぇか....!ハザードビルドアップ」

オメガフリューゲルが後一歩で間合いに入る刹那、ビルドレイザーから黒い霧が放たれる。装甲表面が黒い霧に接触した途端、電気の弾ける音がメビウスの耳に入った。

「ハザードシステム.....成程、あの男が寄越したのだな....何とも悪趣味な」

メビウスはハザードシステムを起動したビルドレイザーを面白そうに観察する。自らが遺した遺産と直接対面するという、奇妙な感動も覚えながら。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.30 JUSTICEが見えなくなるまで

「――ハザードビルドアップ」

ビルドレイザーを忽ち黒い霧が覆い尽くす。今の我々に視認できるのは、赤と青に輝く双眸と胸部のセンサーの発光のみである。ビルドレイザーは壁から勢い良く飛び出し、右腕にドリルクラッシャーを形成して正拳突きを叩き込んだ。オメガフリューゲルは敢えて避けず受け止め、そのまま流したがビルドレイザーはその場でぐるりと振り向き、左手にGNガンブレイドを即時形成して連射した。オメガフリューゲルが上体を僅かに傾け避けると、機動ウイングの間隙から鏃の鎖を飛ばしてビルドレイザーを捕らえんとする。しかしビルドレイザーは素早くGNソードVをビルドし、目にも留まらぬ速さで振り払い接近した。真横に一閃するのを躱し、空中へ退避しつつベルゼルガを薙刀へと変形させて急降下する。

「さぁ、我が道の轍となるがいい!」

ベルゼルガとGNソードVが衝突する。だが翡翠の刃は容易く砕かれてしまう。そして立て続けにオメガフリューゲルがベルゼルガを振り上げるが、ビルドレイザーはファンネルミサイルをビルド、柄に追突させて粉々にした。これにはメビウスも感心する。

「的確な判断だな....しかし君ももう持つまい」

「何の話だ.....さっぱりだ....!」

リョウマは強引に不敵な笑みを繕った。しかしハザードシステムがどんどん彼の身を蝕みつつあった。両目に赤い光が灯り始め、心臓の拍動が強くなっていく。ビルドレイザーのドリルクラッシャーと、オメガフリューゲルのベルゼルガが激しく打ち合う。互いの腕の動きは、既に常人は愚か達人の域を遥かに超えていた。これを捉えきれる人間は、ニュータイプ或いは強化人間位のものだろう。ビルドレイザーが足先にチェーンソーを形成、勢い良く振り上げ"斬り"蹴った。オメガフリューゲルは反応が間に合わずまともに受けたが、僅かによろけただけで無傷で済んだ。オメガフリューゲルがお返しにとマニピュレータを指鉄砲の形に曲げる。

「さぁ、イリュージョンの時間だ....楽しみたまえ」

指先から眩いばかりの閃光が迸り、突然ビルドレイザーのドリルクラッシャーが爆発した。ビルドレイザーが動きを停止した一瞬の隙を突き、オメガフリューゲルがベルゼルガを横薙ぎに振るい、ビルドレイザーを地面に叩きつけた。

「うがっ.......ぁあっ.....!!」

「まだショーは始まったばかりだ.....ゲストが簡単に果ててしまっては、成立などせんだろう?」

オメガフリューゲルのツインアイが煌めく。今度はビルドレイザーを謎の光が"掴み"、空中まで持ち上げたところで地面や壁など、あらゆる方向に何度も叩きつけ、最後に天高く放り投げた。そして背部ウイングの間隙から、夥しい数のレギルスビットを展開、一気にビルドレイザー目掛け放出した。ビルドレイザーは間一髪、メガビームシールドを再形成して凌ぐが、ハザードの暴走まで指折り数える位にしか、時間に余裕がなくなっていた。リョウマは急いで解除しようとするが、レギルスビットの群れから脱出する方を優先せねばならない。メビウスはそんな様子を見て嘲笑する。

「しかし君は、自惚れが過ぎるようだな....世の中と言うのは絶えず、絶対的な壁という物が出来上がるものだよ.....だが私が思うに君に屈辱は似合わん。このまま引導を渡してやろう」

メビウスはモニターに掲げた左手を固く握り込んだ。ビルドレイザーの周囲に剣型のエフェクトが現れ、瞬く間に貫きMSを剣山へと変貌させた。

「何だ.....コイツは......あぁッ.....!!」

ビルドレイザーは辛うじて動かせる右腕を伸ばし、せめてもの反撃にビルドライフルをビルドしたものの、機体が限界を迎え火柱に呑み込まれた。メビウスは巻き上がる煙を眺め、多少残念そうに笑んだ。

「ここまでしなければ、君は私の力を理解してくれんとは見損なったよ。しかし、もうその心配はいらないだろう。いくら反抗しようが、届かぬ力もあるのを思い知らされたのだからね」

 

結利香がコンクリートの床でのたうち回る。吐き気と目眩だけではない、頭がロクに働こうとしなくなっていた。そして胸を押し潰した罪悪感で彼女の目には、何も映らなくなる。視力の問題では無い。彼女自身が信じてきた、正義がもはやどこにも無いと言うことである。髪が酷く乱れ、整っていたスーツも皺や埃で変色しつつあった。

「お父さん.......お父さん.....!」

譫言のように父を呼ぶ。早くからZeuSの異常性に気づいていた唯一の人間だった。だが彼の訴えは誰の耳にも届く事なく、百崎一族の手により粛清されこの世を去っている。結利香が父の死を知ったのが高校に入学する直前、そしてZeuSによって始末された事実に触れたのが社会に出てすぐだった。それまで勤めていた広告代理店を辞め、ユピテル財団に就いたのも父の死の真相を知った事が何よりのきっかけである。ユピテル財団の頭取は百崎家の起こした一連の不祥事から、制裁という事で資産の一部を凍結する決議を出していた。故に結利香は期待していたのだ。百崎が起こした事件の闇をすべて暴き、これまでに築き上げた地位も何もかも奪い取れるのだと。それが彼女の、百崎に対する復讐であった。だがそれは純一と翼に看破され、全てが崩れ去る。挙句の果てにはユピテル財団は、翼の保釈以降手を出さないという方針を示したらしく、結利香の身柄保護をする気配すら見せぬまま放り出されている。気がつけば、あの雑誌記者の女に救いを求めようとする自分がいる。根も葉もないゴシップを書き連ねるだけの、嘘つき仕事をする人間など信用に値しないはず。しかし密かに彼女を求めたのは、手を差し伸べてくれるのかも知れないという、淡い願いがあったからだ。水崎 諒馬の名がふと脳裏を過ぎる。ベッドにのそりと乗り上げ、だらんと仰向けになり天井を眺める。水面に反射された光が壁を照らす。この殺風景な部屋に一つだけ、ポツリと水槽が置かれていた。2匹の熱帯魚がのびのびと泳いでいる。しかしこれは、結利香にとっては自分の置かれている状況を見せつけているとしか思えず、屈辱に感じられた。虚ろ気な目で横たわっていると、突然ドアが開いた。入って来たのは純一だったが、従えたSP達が後から現れ、見知らぬ人間をこの部屋に放り込んだ。SPが消えると純一は眼鏡をかけ直して、結利香ともう一人を表情のない目で眺めた。

「何とも酷い格好になったものだな、城島。水崎。これは相応の罰だ。社長の考えを理解せず、ただお前達は状況を掻き乱した....実に愚かだよ。だが安心しろ、社長は貴様らも力の一つとして、新生ZeuSに加えると仰るのだからな。忠誠を誓うなら早めにしておく事だ」

ドアが重い音を立てて閉まる。結利香はゆっくりと、視線を下げ放り込まれた男をじっと観察した。

「まさか.....本人だと言うの.....」

外傷は見受けられないが、昏睡状態にあるようで結利香の存在には当然気付かなかった。結利香は力の入らぬ身体を無理やり起こし、諒馬の元へと転がり込むように近寄った。間違いない、ダイバーズで見たときの姿そのままだ。肌の様子から、恐らく彼もまた、自分と同じ様に薬剤を投与されたに違いない。

「あなたなら........私の見失った正義を、取り戻してくれるのですか.....」

何を言っているのか、自分でもよく覚えられなかった。ただ失ったのが怖くて仕方がないから、彼に逃げようとしているのか、それすらも釈然としない。否、そんな自分を直視できないだけなのかも知れなかった。

「壊れた心じゃ.....自分を止めることもできないのね.......」

無意識だった。自らにある"女"の部分が理性をすり抜けて表へ出ていこうとする。しかしそれを止める事すら考えず、彼の頬に触れ接吻した。

 

先程の研究室で純一は、ハザードシステムの解析を行っていた。諒馬が自分の知らぬ内に、ハザードを使ったのが、不思議でならなかったのである。グロックと彼の配下以外で所持する者がいるとは聞いたことがなかった。

「奴め......何故水崎にハザードを.....」

「知りたいか?」

いきなりの本人登場に純一は思わず顔を上げた。そこには壁に寄りかかって笑みを浮かべる、秀晃の姿が。

「結城、秀晃.....なぜここに...」

「そりゃこの建物もそこそこ探検してたからなぁ....百崎 翼が娑婆に戻ってきてから、体制も変わるって分かってたもんで?」

「そんな事より、何故ハザードシステムが奴の手に渡っている?何故奴に与えた!?」

「別にいいだろ?ワンサイドゲームじゃ面白くない。そんだけの話だ」

「そんな事の為だけに、敵に塩を送るとは....」

「別に俺は奴さんをどうとか思ってねぇよ。利用はできるが、な」

そう言うと秀晃はポケットから一本のUSBメモリを出し、純一に投げ渡した。

「ま、割と旦那には世話になってるもんだから、くれてやるよ。でも使えるかどうかは、お前次第だけどな。Ciao!」

秀晃が部屋を後にし、純一はUSBメモリをデスクトップマシンに差し込む。セキュリティソフトが起動し、ウイルスの有無を検査すると無反応であった。

「奴にしては素直に渡して来た.....電話か.....」

携帯電話から着信音が流れ、純一は急いで部屋を出た。向かった先は翼の部屋であった。

「お呼びでしょうか」

「仕事中の所済まないね。時間は取れるかな?」

「問題はありませんが」

そこに座り給え、と翼に促され応接用のソファに腰掛けた。翼もワインセラーから一本のボトルを持ち出し、純一の前に座る。

「これは....」

純一がちらりとボトルの銘柄を見、グレードの高い物だと気づくと翼に視線を戻した。

「君のおかげで私は再び力を使う事ができるようになった訳だ。そこで君にほんの礼として、このワインを楽しまないかと、呼んだのだよ」

「失礼ですが、私はまだ社長の機体の調整が終わっていません。水崎や城島の"再調整"も...」

「急ぐことでは無いだろう。それに彼らを使うのだ.....言葉を交わす必要も、心を通わせる必要もない。使えぬのであれば始末するだけの事だ、違うか?」

「城島はともかく、水崎を始末すれば我々が不利になるのは明白。必ずあなたの存在の大きさを"再認識"させます」

純一の言葉を聞きつつ、翼はワイングラスに美酒を注ぐ。葡萄の芳醇な香りが辺りを包み、夜景も相まって翼の気品が際立った。

「しかし哀しいかな。あの顔はもう、私の事など見えていないのだろう.....阿頼耶識Type-Eの様に、脳だけを取り出して使うなど、現実には出来はしない」

「はっ......?」

困惑気味な面持ちの純一に、ワイングラスを差し出した。

「であれば彼の利用価値と言うのは、ビルドシステム以外に無い.....という話になる。いずれにせよ彼は私の敵になるつもりなのだろうからな」

「奴の持つ技術力は当てになります」

「それは、君でも十分に事足りるのではないかな。重ねて言うようだが、分かり合う必要などどこにも有りはしないのだ。ハザードを使える手駒が増える、後は我々の手でビルドシステムを兵器化させてしまえば済む話ではないか」

翼は諭すように語りかけるが、その眼差しは鋭く純一に突き刺さる。目元だけでは絶対に真意を推し量れないのが翼であった。純一は目を伏せ、膝においた拳を固く握り込んだ。

「仰る通りですが.....しかし....」

「私が思うに.....彼は理想主義者だ。自分の追い求める理想が解だと考えているのだろう.....だがZeuSが生み出したこのガンプラダイバーズで、彼自身の求めた理想が形になる事はあるまい。我々が作り上げた世界は、我々でなければ変えられない。となれば....奴は不本意でも我々に手を貸さざるを得なくなる。天才であるが故に、自ずと選択肢を狭める....何とも皮肉な話と思わんかね」

 

 

奏と奈都は、帰る方向が同じだったので二人で大学の敷地を出た。雨は止んでいるものの、夜になったせいで雨雲すらよく見えなかった。恐らくまた降り出すだろう。その後ファミレスで食事をして、再び帰途に就こうとしていた。

「ごちそうさまでした、奏ちゃん」

「そんな、気にしなくていいですよ?美味しい物を食べたら、少しは元気になるかなって思っただけですから」

「一度しか会ったことが無い私にそこまでしてくれるなんて、やっぱり奏ちゃんは優しいよ。ありがとう」

二人の身長差は頭一つ程違い、奏の方が小さい。だが経験で言えばその差は無関係になる。

「黒浦さんとは、上手く行ってるんですか?」

奏が不意に訊いた質問に、奈都はドキリとして明後日の方向に目を逸らした。

「う、うん.......まぁそこそこって所かな.....いつの間にか料理がもっと上手くなってて、私が世話焼かせちゃってるなぁって思うけど」

「少し前に怜から聞きました。黒浦さん、少しでも奈都さんにいい所見せたいからって、料理を教えてもらってたみたいですね?」

「それで時々怜ちゃんが家に遊びに来てたんだね....何か変に疑いそうになっちゃった....」

「お二人とも結婚したらいい夫婦になれそうですよね!」

奏に期待の視線を向けられ、奈都は赤面しながら俯いた。面と向かってそのような事を言われると、却って意識してしまうものである。

「奏ちゃんそう言う娘だったの.....!?」

「殆ど怜と、美彩って言うもう一人の友達のせいですよ.....特に怜なんか..............あれ、電話.....ごめんなさい、出ますね」

奏の携帯電話から音楽が流れる。画面を見ると英梨からの電話だった。

「はい、白鳥です.....どうかされました?」

「ごめ〜ん、奏ちゃん。なっちゃんとデートの所申し訳ないけど、今いいかな?」

「デートって、ただご飯食べただけですよ?えぇと、それで何の御用でしょう?」

「あのね.....さっき私の所に手紙が来てね。驚くかもしれないけど、その手紙の差出人が斐賀 那由多って人....調べてみたら百崎 翼の双子の妹なのよ。それで、斐賀さんが事件に関わった人に会いたいって仰ってて.....一応紗綾ちゃんには声かけといたんだけど、奏ちゃんもどうかなって電話してみた」

「え........私も、ですか.......」

「紗綾ちゃんを呼んだのは他の人達だと話が成立しそうにないし、聡君とかなっちゃんだとかなりマズいからって理由なんだけど、奏ちゃんは現在進行形で動いてるでしょ?」

「それは、そうですけど......でも今の私がお邪魔する事で、どうなるとか分からないですよね....もう、水崎さんとは一緒になれないんですから....」

「そんなの分かんないでしょ?私は諦めたくないから好き勝手にやってる。真実に辿り着かない限り、彼の事だって苦しみから助けてやるなんてできないと思うけど?怜ちゃんを救うのにだって、水崎さんがいなきゃどうにもなれない部分があるんだから」

英梨の言う事は尤もだった。怜を救うには、ダイバーズを完全に平和な状態に近づける必要がある。それを達成させるには、やはり奏にもやらなければならない事があったのだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.31 願い紡ぐCONCERT

翌日。紗綾は少し早起きしてメイクをしていた。とは言え少し肌を明るくする程度のナチュラルメイクである。ユウも起きて来たが、徹夜明けなのか酷く顔色が悪かった。

「おはよう....珍しく早いな」

「うん、ちょっと憧れの人に会えるから楽しみでね!ユウはちゃんと朝ごはん食べてよね?用意してるから!」

「いつも悪い....」

「もう完全に通い妻だよ?私はそれでもいいけど、ユウだってちょっとアレでしょ?」

ユウが気まずそうに頭を掻きながらカーテンを開ける。紗綾は勝手に設置していたケースから、シュシュを取り出しては眺めた。

「ねぇユウ?どっちがいいかな?」

「俺に聞くな....そう言うのは専門外だ」

「少し位生の感想寄越してよー....あぁちょっと

、また寝るの!?朝に弱すぎなんだから、もう!」

むくれる紗綾を他所に、ユウはドアを閉めて椅子に腰掛けた。机の上にはアストレイノワールDがあるが、探偵用にこしらえた武装を外しており、隣の机では組み立て途中の新型武器が置かれている。ユウが徹夜をしていた理由が、その武器の製作にあった。武器のシルエットはユウらしく大剣だが、やはり彼なので多数のギミックを仕込んでいそうな分割がなされていた。

(.....まだ、何かできるはずだ)

モニターの電源を入れると、3DCGで描画した設計図が表示された。ユウは趣味でCGモデルを使ったガンプラ設計をしているため、この様な作業は得意である。しかしかなりの数の可動部位を作ったせいで、徹夜明けの目には堪えた。いくら若いからとは言え、コンディションが悪いとまともに動けないものだ。だが聡も同じ様に新型を用意しているはず。そう考えると悠長な事はしていられない。怜の救出もかかっている。絶対に下手な物を用意する訳にも行かず、その懸念が自然と作業の手を進ませた。

「奏ちゃん、駅で待ち合わせしよう?私も今出るから。うん、うん.....そっかぁ....じゃあ私が先に行っちゃうね?」

紗綾は奏に電話しながら家を出た。朝の澄み渡った空気は、眠気を完全に吹き飛ばしてくれる。久し振りにヒールを履いたが、特に歩きにくさを感じることも無かった。

「本当の用件は違うけど、楽しみだなぁ....斐賀 那由多さん」

昨日、英梨から接触を持ちかけられた斐賀 那由多なる人物は、紗綾が本格的に演奏者としての道を志すきっかけとなっていた。自分とあまり歳の変わらない女の子が、小学生でありながらプロのピアニストとして活躍していると言う話を聞き、当時の紗綾は素直に尊敬してフルートの勉強を始めた。実は一度会った事があるのだが、その時に言われたのはフルートではなくバイオリンで才能を発揮出来る、という事だった。試しに弾いてみたところ、予想以上に演奏できた為驚かされたのだ。3駅程電車に乗り、辿り着いた先はやや小ぢんまりとしたホールだった。

「こ、ここかぁ.......緊張してきた.....」

紗綾は恐る恐るドアに手をかけ、開いた。足を踏み入れた瞬間からピアノの繊細な音色が聞こえ、紗綾の緊張は高まる。

(これ......"ふたりのまほう"だ......ガンダム、知ってるんだ.....?)

2秒もしないうちに紗綾は、流れているこの曲がどういう物か察知し、遠目にステージを眺めた。紫の美しいドレスを纏った女性が、ピアノを弾く姿は紗綾の記憶とぴったり合致する。間違いなく、斐賀 那由多その人である。演奏が終了すると、遠くから小さな拍手が聞こえ那由多はそこへ目を向け、椅子から立ち上がり深々と礼をした。

「奏花....紗綾さんですね?お待ちしておりました。斐賀 那由多と申します」

紗綾はドキッとしながらもステージの前まで歩き、那由多の姿にも見入った。とてもほぼ同世代とは思えぬ程の美貌に、清楚さと妖艶さが見事に調和の取れたドレス姿は、誰が見ても憧れるであろう。ダークブラウンの髪を束ねて、肩に乗せていると言うこともあってか、ますます歳上に見えてしまう。

「斐賀さん.....やっぱり凄いです。とても歳が近いなんて思えません」

「奏花さんも、あの時から如何ですか?バイオリンを触ってみたと言うのは、お聞きしておりますが」

那由多の丁寧な物腰にますます紗綾は魅了され、すぐに言葉が浮かんでこなかった。頭をフル回転させて捻り出した答えも、かなり辿々しくなってしまう。

「えと......はい!思ったよりも上手く行ったので......今はバイオリンも練習してます....!」

「それは良かったですね。奏花さんは、きっとバイオリンも似合うと思ってましたから....それでは、1つご一緒していただけますか?」

「は、はい....!?私なんかで、いいんですか....?」

「むしろ奏花さんだからこそ、ご一緒に演奏したいと思っておりましたから」

と、那由多は微笑んでバイオリンと楽譜を紗綾に手渡した。バイオリンも手入れが行き届いており、美しい木目と弦に紗綾は吸い寄せられそうになる。

「これ。ヴェルディの、"木星".....ですよね?」

紗綾が楽譜に目を通しながら、那由多に振り向いた。那由多は柔らかな笑みで頷き椅子に腰掛け、ピアノを軽く弾いた。

「私、"木星"が好きなんです。雄大でありながら、優しさもある....そんな所に惹かれて、自分でも楽譜を作る位に、気に入りました。その楽譜も、ピアノ版に合わせてご用意しました」

「そうなんですね.....でも、那由多さんピアニストなのに、バイオリンも出来るんですね....!」

「それが、一度も弾いたことがないのです」

クスリと笑う那由多に、紗綾は驚愕した。一度も弾いたことが無いと言うのに、目の前にある楽譜は読みやすく、今の紗綾でも十分に演奏できると思わせる出来であったのだ。

「ど、どうして......!?こんないい楽譜.....今まで見たことないですよ....!?」

「大体の楽器って、同じ曲を同じ様に捉える事ができるんです。それに演奏したいと言う心があれば.....自然とできてしまいます。他の方は絶対に無理だって仰りますけど、私は出来ると思っています。さぁ、そろそろお話しましょう。奏者には奏者にしか出来ないやり方で」

「はい!頑張ります.....!」

紗綾と那由多の心が音符に乗せられ、空間を満たしながら交わる。自然と調律が重なり、"木星"の雄大な音色が響き渡った。二人とも喜びと安らぎに満ちた表情で、音を奏でていく。これが演奏者にのみ許された、心の交わりである。紗綾は生まれて初めてその感覚を味わい、胸が幸福で満たされた。遅れてやって来た英梨と奏も、入口のドアを静かに閉めて聞き入る。

「やっぱり呼んどいて正解だった」

英梨が奏を挟む形で席の背もたれに手をつき、ステージの上で演奏する二人を眺める。何の前触れもなく抱きしめられる奏は、戸惑いがちに顔を赤くした。そして曲が終演すると拍手を贈りながらステージまで歩いた。紗綾は目を丸くして二人を見ながら、バイオリンを那由多に返す。

「いやぁ〜素晴らしい演奏じゃない!流石紗綾ちゃん、やるぅ!」

英梨がウィンクしながらサムズアップしてみせた。奏も可愛らしく拍手して、紗綾の手を握る。

「紗綾ちゃんって....バイオリンも得意だったんですね....!」

「出来ちゃったね.....この方のお陰でそっちに転向しようかなって決めたし...」

那由多が3人のもとに来、英梨と奏に深々と礼をして自己紹介した。二人もそれぞれ挨拶し、ステージの奥にある控室に向かった。

「白鳥さん....強い意志をお持ちなのですね。小さくて可愛らしいのに、その目は他の人よりも強さがあるなんて....羨ましい」

いきなり那由多に見つめられ、奏は力なく笑う。背の低さはどこに行っても必ず言われるが、強い意志がある等とは全く評された事がなくどういう顔をすればよいのか、悩んでしまう。

「根は臆病ですから....せめて少しは強く在りたいって....ごめんなさい、上手く言葉が出て来ません....!」

「いいんですよ。まだ若いのですから、そんなに気にしなくて....白鳥さんは中学生なのでしょう?」

那由多の一言に、その場の空気が凍りついた。もっとも、奏はやはりかと内心悲しくなり肩を落とした。

「ごめんなさい、斐賀さん.....私21なんです。成人しています.....」

「え!?そうだったのね.....!?失礼致しました...」

「まぁ〜奏ちゃんいいじゃない?若く見られるってそのうちいい事だって気づくし?」

英梨はにこやかに言うが、奏にはその笑顔が恐ろしく見えた。控室に入ると、男が現れてお茶を淹れてテーブルに並べていた。那由多が「夫です」と紹介すると、男は3人に向き直って軽くお辞儀をした。

「夫の隆行です。今日は妻の為にお越しいただきありがとうございます」

「神宮寺 英梨と申します。今回は取材にご協力頂きありがとうございます....あのこれ、よろしければ」

英梨と隆行が名刺交換をしている間、紗綾達は那由多に促されソファに座った。

「素敵な夫さんですね!凄く優しそう....!」

紗綾が余りに素直に評するので、那由多は思わず照れ笑いをしてしまう。奏も微笑みながら紗綾をちらりと見た。隆行にも聞こえていたらしく、夫婦揃って嬉しいやら恥ずかしいやらの笑みを浮かべた。

「私には勿体ない位の、素敵な方です。隆行さんのお陰で私は....こうして自由に生きられるようになったものなので、感謝してもしきれないです」

「私と少し似ていますよねぇ.....勝手に親近感湧いちゃってますけど」

英梨は笑いながら紗綾と奏の間に座り、タブレットを起動する。そろそろ取材の時間が来ようとしていた。

「それでは早速、取材に移らせていただきますね。今朝頂いたメールだと那由多さんは、百崎家の長女.....実際には双子の妹だと仰ってましたが、彼の過去はどこまでご存知ですか?」

「中学を卒業するまでの事は....それ以降の事はさっぱり。元々私は女という訳で跡継ぎからも外されてました」

「成程.....中学卒業からは、どうされたのですか?」

「叔父夫婦に引き取られる形で、本家からは離れたはずでした....翼がどうしてるとかも、一切聞かされないまま。でも19になった頃、いきなり呼び出されて。隠居していた父が私に見合いを勧めたのです....結局、夫と駆け落ちする形で離反しましたが...」

「み、見合いって.....この時代に?」

紗綾はこっそりと奏に耳打ちする。奏も少し思い当たる節があるようで、苦笑しながら打ち明けた。

「私も祖父から勧められてます....とは言え私の家系は古風なものでしたから....でも言われたときは本当に困りました...」

一方の英梨は那由多の話と、事前に調べた情報を照らし合わせ合致するのを確認した後、次の質問に移った。

「縁談の話以外で、何か言葉を交わした事はあったりします?」

那由多は思い出そうとしながら、苦しげな面持ちで隆行と視線を交わして口を開いた。

「百崎の悲願がようやく達成される。翼が人類を新たなステージに導いてくれる、と.....私にはその意味が分からなかったのですが.....ネットで調べて理解してしまいました。翼は、人を飼い慣らそうとしている.....と....!」

「人を飼い慣らすって.....でもZeuS事件はどちらかと言うと、仮想と現実の融合を目的としていたはず.....飼い慣らすとは意味が違います。もしかしたら、そこに真意が....!?」

英梨のタッチペンを持つ指が震えた。紗綾と奏も那由多の表情から、その恐怖が伝わり言葉を失う。那由多は英梨の言葉にゆっくり頷き、話を続けた。

「私は機械には物凄く疎いので、細かい事は全く分かりません....ですがアレは.....彼のやろうとした事は、人が人にしていい事じゃない!一人の女の子を道具にして、更に不幸な人を増やすだけなのに.....何故彼は平気で生きて行けるのでしょう.......法で裁かれたと聞いた時は安心したのに、何事も無かったかのように判決を覆して.....あの後、翼はどうなったんですか?」

那由多の絶望を漂わせる声音に英梨は言葉を詰まらせつつも、ハッキリと真実を伝える。記者である以上、情報に対する責任は常に伴う。だからこそ、言わねばならないと英梨に決心させた。

「落ち着いて聞いてください。百崎 翼は....社会復帰しました。それどころか、ZeuSの後継の座に就いた、アーネスト・ホールディングスのトップ.....徹・アルマーニュと提携しようとしています。まだ彼は諦めていないと見るべきでしょう。2年前の悲劇を、また繰り返すのは私達にはすぐに分かりました」

那由多も覚悟はしていたが、やはり驚きを隠せなかった。唇を震わせながら俯き、「そんな、そんな...」と涙を流した。隆行もそんな彼女の肩にそっと手を乗せ、優しく声をかける。英梨には彼の存在があるおかげで、那由多が未来を捨てずに生きていけたのだと改めて実感させられた。それだけに許せなくもなっていた。翼と徹が起こそうとしている、仮想世界大戦を。何より、過去を反省しなかった社会を。仮想世界にまつわる新法成立の話は、時の流れと共に消え去って久しい。結局社会は、ZeuSが行った愚行を断罪するのを避け、現実とは違う世界の出来事として葬り去るつもりなのだろう。そんな馬鹿馬鹿しい話があっていいはずがない。英梨の怒りは、腫れ物に触れるような現実にも向けられつつあった。暫く時間が経ち、落ち着きを取り戻した那由多は顔を上げ、ソファから立ち上がったかと思うと床に膝をついたではないか。奏は彼女が何をしようとするのか分かり、慌てて止めさせた。

「そ、そんな事はしないでください!那由多さんが謝る必要なんて....!」

「だけど.....だけど.....!」

那由多の悲痛な表情に、奏は己の無力さを感じた。那由多をソファに座らせながら、隆行は英梨に向き直り、躊躇いがちに口を開く。

「事件の事を、調べる中で分かったのですが.....神宮寺さんも、白鳥さんも、奏花さんも.....大事な方を奪われたり、大きな傷を背負っていらっしゃるのではないかと....それから妻はずっと、被害を受けた皆様に謝りたい....と私に言い続けまして....どうか、気持ちだけでも」

英梨は隆行が言い終わらない内に返した。

「那由多さんも隆行さんも、全く関わりがなかったんです。謝罪する義務なんて、どこにもありません....!」

紗綾は那由多に歩み寄り、ハンカチを差し出した。那由多が申し訳無さそうに、涙を拭う。

「奏花さん.....」

「私はずっと、那由多さんの素敵なピアノ演奏を聞いてたいです。那由多さんの本に書いてありました。"音楽は世界中の人々に色んな想いを届ける力がある。私は、聞いてくれる人達に希望と幸せを届けられる、そんなピアニストで在りたい"って....私、その言葉が大好きなんです!上手く言えないですけど.....その想いが那由多さんを作ってると思います。だから、那由多さんには笑顔でピアノを弾いていて欲しいんです」

紗綾の屈託のない笑顔に、傷心が癒えていくのを感じ那由多は彼女を抱き締めた。紗綾も多少驚きはしたものの、奏と一緒に腕を回し想いを一つにする。

「紗綾ちゃんも、しっかり大人になっちゃって.....隆行さん。これから先の事は、私達に全部任せてください」

英梨の強い眼差しで隆行も安心したのか、那由多を眺めて何かを決めたように頷いた。

「僕らも、僕らにしか出来ないやり方で....あなた達の戦いに協力します。那由多の想いを一人でも多くの人達に届けたい.....こうしちゃいられない、すいません。僕はここで失礼します!」

隆行が控室を飛び出していき、英梨は胸の内で感謝し空いたドアの先へ深く礼をした。

「斐賀さんの悲しみは、私達が受け止めました。後は私達に任せてください!同じ過ちが繰り返されないように、百崎 翼を止めてみせます!だから信じて待っていてくださいね....那由多さんっ」

奏も那由多の気持ちをしっかり受け止め、戦いへの意志を新たに持ち直した。今は諒馬から遠ざけられようとも、自分なりに進み続ければ必ず再び会えるはず。今度は自分の意志で、怜だけでなくダイバーズを愛する、全ての人達を救う為の戦いに挑むのだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.32 忌まわしき記憶のGENE

ガンプラダイバーズには、交流広場とバトルエリアの他にもう一つの世界が広がっている。開発者しか踏み込む事ができない、謂わば聖域である。その名はSECTOR。交流広場は全てで8区画存在するが、SECTORもまた同じだけの数が用意されていた。実際には新発売されたガンプラの動作確認や、新機能の実装に向けての調整テストを行うための場所として作られた物だ。しかしかつて、このSECTORを舞台として繰り広げられた悲劇があった。

「葛城 絢斗......君は後々僕らにとって大きな障害となる。その前にダイバーズから遠ざけられて良かったよ。お陰でJOKERを取り出す事ができた」

徹・アルマーニュはSECTORのとある場所で、光る柱に触れていた。JOKERとは、ガンプラダイバーズにおける規約違反プレイヤーを"駆逐"するシステムであった。しかしある時、単なるダイバーでしかなかった青年が、無理矢理JOKER権限を植え付けられ、本能の赴くがままに特定のプレイヤーを"狩る"と言う、本来の存在とは真逆の行いをしていた。その特定のプレイヤーとは、ウェルスを始めとした"ν-Type"能力を持つ者達である。これもまた徹と翼によって、引き起こされた惨劇だったのだ。

「しかし、僕も記憶が長持ちし過ぎるものだね....二人分の記憶を保持しなければならないのは、頭がおかしくなりそうだよ....僕の計画と、百崎翼。君に対する制裁....どちらも満たさけばならないのだから」

徹の目の前には、胸を鎖で貫かれた青い髪の少女の姿が。

「それにしても君も随分と往生際が悪いね。進化し過ぎた力は利用される運命だと言うのに.....まぁいいさ。どの道君は、自我を失うのだからね」

背後から革靴の音が聞こえた。

「よぉ、大将。おぉ.....これが終末時計って奴か?いやはやこりゃ凄えな.....!」

グロックもこのSECTORを訪れていたが、徹の背後に立つ巨大な時計を目にし歓喜の声を上げた。歯車が噛み合いゆっくりと回転する仕掛けは、如何にもノスタルジックな構造だが、この動力源は光の柱の中に埋め込まれた少女にある。

「コイツがラグナロクまでの時間を、カウントしてくれんのか?」

「ラグナロクとは失礼だね。僕が作るのは創世紀だよ。その為の、終末時計さ.....人類はやはり闘争を忘れられないから、敢えて加速させるしかない。人類はやがて、万物の支配者になれる、それだけの力を手に出来るのはやはり....戦争しかないのでね。各国首脳も、仮想世界の持つ可能性を評価している。後は....真実の姫――レイ・ブルームーンを目覚めさせるだけだ」

「真実の姫、ねぇ.......俺にはよく分からんが?この閉塞した時代を変えられるなら、やる価値は大アリだな....ハハッ....!さて大将。アレらはいつ起動させるね?」

グロックがウィンドウを呼び出し、徹に向けた。SECTORのどこかと思われるが、そこにはサイコガンダムやデストロイガンダムが並んでいる。それも1つや2つではなく、かなりの数が用意されていた。量産モビルスーツのような扱いにしているのだろうが、これ程のマシンを抱えるなど、戦力としての常識の範疇を遥かに逸脱するのは明白だ。これも徹が導こうとする、仮想世界大戦のトリガーなのだろうか。

「その前に彼を始末しなくてはならないね。百崎 翼を解放させたのは、そう言う意味がある」

「それまでに水崎 諒馬を強くしろってんだろ?かなり回りくどいやり方だねぇ....」

「僕は指導者であって、復讐者ではないんだ。それに、君はその道のプロなのだろう?ならば任せるのが筋というものだと思うよ」

「言ってくれるなぁ.....そんじゃ、お望み通りの展開に持って行ってやるよ。Ciao!」

グロックはそのまま交流広場第5区画へ転移した。珍しく雨が降っている。手元に傘を呼び出し、鼻唄をしながらぶらぶらと歩き始める。ちょうどその時。

「お?確か、エミちゃんってか?随分と精が出るねぇ」

対戦から帰還したと思われる、エミに遠くから声をかけた。エミは嫌悪感を隠すことなく、冷めた眼差しで睨んだ。

「私に何の用ですか」

「おいおい、そんな口の利き方はないだろう?お前の使命を果たす為に、大将に売り込んでやったのは俺なんだぜ?」

グロックが笑いながら肩に手を乗せてきたが、エミは指でせき止めてスタスタと歩き出した。そこでグロックは、勿体振るような顔で呼び止める。

「君に2つのニュースがある。一つはメチャクチャ悪い話。もう一つは君にとって最大のチャンスになる話。どっちも聞いとかないとやばいと思うんだがなぁ.....」

ピタリとエミの足が止まる。しめた、とグロックは口角を僅かに上げた。

「一体何ですか、話って」

「じゃあ悪い方から話しとくか。お前が憎いと言っていた、あのAGE-1の女.....俺のデータベースからハザードを盗んで行きやがった。ステルス性能が高すぎるもんで、俺にも探すのは簡単じゃなくなった。恐らく、被害は尋常じゃなくなるだろうな?」

「あの気持ちの悪い女が......!」

AGE-1の女と聞き、エミは歯軋りをした。自分の心の中を覗き込まれるような感覚が蘇り、今にも吐き出しそうな顔になる。

「それで、私に探して潰してこい、と.....」

「Bravo!段々分かってきてんじゃないの?そういう事だ。お前が、比良坂舞夜を斃せ。短期間でハザードに順応したお前なら、簡単にできるはずだ。もし出来たなら、大将の計画の根幹に関わらせてやるよ。それじゃ、Ciao!」

グロックは愉快そうに笑い、手を振って姿を消した。今のエミの顔は、憎しみに塗れ二度と後戻り出来ぬ道を選ぼうとするのを、物語っていた。このダイバーズを壊し、二度と同じ過ちが繰り返されぬ世界に作り直す。徹と初めて出会った時に告げられた言葉。これを成し遂げる事こそが、残った自分自身の使命なのだとエミは胸に刻んでいた。舞夜を消しさえすれば、より目的に近づける。

「そうね.....ハジメ君......私は、間違ってなんか無いんだよね.....」

そう呟く彼女の肩は、小刻みに震えていた。

 

現実世界。英梨は那由多や、彼女の夫隆行から得た情報と、それと並行して取材したものを纏めていた。有給を一気に消化してしまう形になるが、直にRomanesqueを去る覚悟はしていたので気にすることは無い。ただ、最後に見た編集長の心底驚いた顔が、時折脳裏に蘇り手が止まってしまう事に頭を悩ませた。感謝してもしきれない恩を、仇で返すにも等しい事は百も承知のはずである。

「何考えてんの私......!今は目の前の事に集中すべきでしょ.....!あれ、メール?」

頬を叩き雑念を振り払った矢先、一件のメールが届き通知が表示された。英梨はカーソルを迷わず"開封"のボタンに進ませる。

(やっぱり......私の動きは掴まれていたのね)

メールの送り主は何と、百崎翼からだった。英梨のこれまでの取材を、全て把握していると言う旨だがこれは間違いなく、最終警告と受け取れる物だった。那由多と話をした事までは恐らく知らないであろうが、いずれにせよすぐに割れてしまう。英梨は険しい顔でメールを読み上げ、返信すべきか一瞬考えるが突然携帯電話が着信音を鳴らした。見覚えのない番号だが、このタイミングで電話を寄越してくる相手は、一人しか考えられない。英梨はすぐさま応答した。

「はい、神宮寺ですけど」

「番号が合っていたようですね。もう私が誰なのか、お分かりでしょうから....敢えて名乗りませんが、構いませんね」

「ええ、結構です。名刺もお渡ししてないのに、一体いつ私の番号を特定したのです?これ、犯罪ですよ」

「今の私には、そんな言葉は通用しない....明日にでもまた直接お会いしたい....どうかな」

「悪いけど、ナンパはお断りなの。どの道、あなたは私を消そうとしているのよね。門松教授の息がかかった人間は、あなたからすれば物凄く邪魔なのは知ってるわ。だったら、私は全力であなたの邪魔をさせてもらう。それでは」

そう言い残して電話を切り、荷物を片付け始めた。作業に集中できるよう、ネットカフェに泊まるつもりだったがそれは断念し、急いで店を飛び出し車を走らせた。眠気は今の電話で十分に覚めている。

「まだ夜中って....!教授と打ち合わせようにも、出来ないじゃない!」

時計は午前3時を示していた。それでも東京の街は眠る事なく、常に何かしらの建物が道を照らす。今のうちに中心街を離れねば、恐らく翼は人間を寄越して英梨を連行するに違いない。そうなってしまえば、ただ死を待つのと同じである。英梨は何としても、ZeuS事件の真実を全て明らかにしたかった。事件で犠牲になった人々への手向けとする為に、生きている自分に出来る、唯一の方法なのだから諦める訳には行かないのだ。車を走らせること2時間。既に東京を脱して、横浜の街をぐるぐると駆け巡っていた。夜も白み始め、鳥の鳴く声も疎らだが聞こえ出す。

「ここまで来れば、少しは撒けるはず.....にしてもあの百崎翼が、私に直接脅迫だなんてね......もう越えてはならない一線を越えた感じ、かしら」

車を停め、運転席を倒して横になる。運転の疲れがようやく睡魔を呼び起こし、英梨は仮眠のつもりで目を瞑った。しかしやはり疲労が著しく溜まっていたようで、日差しが瞼越しに目を刺激して目を覚ました。英梨はガバっと起き上がり腕時計を見ると、時刻が12時半を過ぎていた。

「ヤバ、寝過ぎた!?最っ悪じゃないもう.....!取材の時間まで、30分もない......嘘ぉ.....」

がっくりと肩を落とし、カバンからカロリーメイトを出して頬張りつつ、車を再始動させる。寝癖直しやメイク、着替えはどうにかなるが取材時間への遅刻は許されない。英梨は起き抜けの頭をフル回転させて、最短ルートをシュミレーションするが上手く固められず、泣く泣くカーナビの電源を入れた。

その頃堂夢大学では。

「まさかボクまで仲間に入れてくれるなんてね〜....ごめんね、無理言っちゃって」

緑のミリタリーコートが似合う、ぱっつん前髪の少女が力無く笑いながら、聡が持ってきたオレンジジュースを飲んでいた。奏と怜の親友である、成田 美彩だ。聡とは同じ研究室で趣味の合う友人同士である。

「いいんだ。怜さんを助けたいって人が増えるのはいい事だから。それに、美彩ちゃんみたいなムードメーカーがいてくれた方が、皆の為になる」

聡はそう言うと、美彩の星型ヘアピンに目が留まり何かを思い出そうとじっと眺めた。美彩もそれに気づいたのか、外して彼に差し出した。

「これ?高校に上がった時に買ってね、怜とお揃いにしたんだぁ。奏にも史佳にもプレゼントしたけど、史佳は嫌がって付けてくれなかった」

「いいなぁ、そう言うのって.....女の子ならではだもんな。怜さんって、本当に愛されてると思うし......」

史佳、と聞いて聡が思い浮かべるのは、白き死神の怨念。しかし後日に怜―レイ・ブルームーンから、いくらか彼女にまつわる話を聞いた事もあり、何とも言えぬ気分になる。愛が暴走すると、対象さえ傷つけてしまうがそれすらも目に入らず、ただ盲信的に愛情をぶつけ続ける。やはり思い出すと自然と身震いしてしまう。

「黒さん?」

美彩がヘアピンをつけ直しながら呼びかけ、聡はすぐに我に返った。

「あ......どうした?」

「どうしたじゃなくて、いつから動き出すの?新生ブルームーン」

「明後日からになると思う。リタさんが戦艦を用意するから、それまで身動き取れないらしい。でもユウ.....まぁウェルスとか、グラハムさんは今頃捜索しているんだと思う.....俺も行きたいけど、アテもないから、さ」

パタパタと足音が聞こえる。聡と美彩が音のする方へ目を向けると、奈都が階段を駆け上がる姿が見えた。

「奈都?」

聡は上から呼びかけた。すると奈都は手を振りながら、段をひとつ跨いで駆け上って来た。

「はぁ.....はぁ.....聡君......、私も行く事になったから....!」

奈都が聡の両手を握りじっと目を見つめた。聡は目を丸くして見つめ返す。

「奈都.....本当に、大丈夫なのか?」

「うん.....きっと。でも、私も未来の為に出来る事をしたくて、リタさんにお願いしたの」

「そうだったのか......けど奈都のガンプラは、もう.....」

奈都がかつて使用していた機体、ビルドストライクガンダムギャラクシーは、ZeuS事件の中で聡の手で、彼の剣とすべくエールストライクガンダムへと組み込まれた。既に機体そのものは消えていたのだが――。

「大丈夫.....!この為に作ったんだから....見せようと思って探したのにどこにもいないし....!あ、みーちゃん!」

奈都も美彩の存在に気づき、手を振りながら歩み寄った。美彩はいきなり奈都に抱きつき、項に鼻を近づけクンクンと匂いを吸った。

「なっちゃん相変わらずいい匂いする....」

「うっ...そんなにいいの?聡君はどう?」

「俺に聞くなぁ!?ど、どうなんだろうなぁ〜.....」

聡がしどろもどろになりながらやり過ごそうとする。それを咎めるかの如く、美彩が不満そうな顔をした。

「一度はなっちゃんを食べたんだろ!言えー!!」

"食べた"と言う表現の意味は、奈都にも分かる。故か奈都は顔を真っ赤にして聡に目配せして、対処を求める。これには聡とて、どうにか回避しなければと考えざるを得ず。

「うん、それより時と場合を考えよう、な?そうだ、奈都。新しい機体って何だ?」

「今から見せるね.....みーちゃん、ちょっと退いて?」

奈都がカバンからプラスチックケースを取り出し、蓋を開いた。黒いスポンジが詰められており、その中心に埋め込まれる形で奈都の新型機が収められていた。美彩はガンプラを一目見ると、目をキラキラと輝かせて手をぱちんと叩いた。

「これ、もしかしてウィンダム?」

「....に、ビルドストライクとDX、ヴィクトリーの要素を私なりに織り込んだんだよ!その名もトライアンフガンダム。こっちにあるのはヴィータストライカー」

奈都は丁寧にガンプラを取り出し、机の上に立たせた。やはり美彩の観察力はかなりのもので、聡は間近で見てやっとウィンダムがベースなのだと理解した。そして奈都が作ったと言うだけあって、作り込みもアレンジの具合も、相当な気合の入れようを感じさせる仕上がりである。だが聡は、この機体の顔に何か仕掛けがあると思いずっと観察していた。バイザーの奥にはツインアイがあり、マスク部分にも小さな隙間が見られる。奈都は得意げな顔でトライアンフガンダムの頭を外し、額パーツを入れ替え本体に取り付け直した。何とトライアンフガンダムのガンダムたる由縁は、きっちり用意されているではないか。ツインアイと、マスクに彫り込まれた2本のへの字スリット。ガンダムタイプ最大の特徴がこの機体にも、勿論存在しているのである。

「そうか!バイザーとマスクが割れて収納されて、ガンダム顔が出てくるんだ!そうだろ!?」

こういう時の聡は、想像力が見事に働く。奈都は「よくできました!」と聡を撫でてピースサインした。

「流石に聡君のお友達みたいな事は出来ないけど、何だかんだ、私もそういうの好きみたい。結局差し替えになったけど、ダイバーズなら問題ないでしょ!」

顔面以外では、両肩はガンダムDXのパーツを青に塗装しており、可動センサーは形状を変えνガンダムHWSの肩部ミサイルランチャーを小型化した、マルチプルランチャーを装備。両腕は前腕がヴィクトリーガンダムになっているが、独特の形状をした関節を撤廃し、新規キットの共通規格品に差し替えられていた。そして腕自体も機体に合うよう、少し伸長している。サイドアーマーはビルドストライクの物を使用。ツインビームサーベルも健在で、左側には追加で太刀用の鞘を懸架する。両足はビルドストライクとガンダムDXからそれぞれ受け継いだ形とし、これは両腕も同様だが脹脛には追加スラスターとして機能する、ラジエーターユニットが。これだけでもかなり豪華な仕様に見えるが、奈都はこれで終わらなかった。トライアンフの背中に専用バックパック"ヴィータストライカー"を装着した。ビルドブースターを基部に、航空翼をDXのリフレクターに換装し、本体にもマイクロウエーブ受信器と思しきパーツが取り付けられている。本来下部に備え付けのビームキャノンは取り外され、代わりにダハックのアームドアームを左右にそれぞれ搭載する、近接向けの仕様に改められていた。これを装着したトライアンフは、"トライアンフガンダムヴィータ"と呼ぶようだ。奈都はトライアンフの右腰に下げられた鞘を指さした。

「この刀にも秘密はあるんだけど、これは実戦で見せたほうがいいかなぁ....とにかくこれで、私も皆の力になれる!」

「いいねぇ!なっちゃんがいたら百人力だよ〜!!」

またもや美彩は奈都に抱きつき、香りを嗅ぎ始めた。その様子に聡は若干引きつつも、トライアンフヴィータを眺める。ここまでするなら、奈都は本気だ。しかし聡にとっては、どこか心が痛んでしまうのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.33 満たされぬ龍のSOUL

頭がガンガンと揺れる感覚に襲われ、諒馬は目を覚ました。と言うより、意識を取り戻した。水面に反射された光が天井を照らす、牢獄の中に放り込まれてから数時間。百崎翼との対戦からの記憶が全く無いが、なぜ自分がここにいるのかは理解するのに時間はかからなかった。問題は、自分の上にのしかかって眠る女の存在だ。諒馬はふと陰部が濡れているような感覚に不気味さを感じ、女を押し退けようとした。だが女はすぐにそれを察し、諒馬の肩を押さえて身を起こした。諒馬はその女の顔を見て、驚愕する。

「お前は........ジプシー・ノアール......!?」

「ようやく目を覚ましたようですね......水崎諒馬、さん.......んぁ.....はぁ....」

この牢獄には、諒馬よりも先に投獄された人間がいた。それがこの女、城島結利香である。ガンプラダイバー、ジプシー・ノアールとして何度か諒馬達と衝突した、スパイ紛いの女。言ってしまえば諒馬からすると敵でしかない存在だ。結利香は諒馬の身体から離れ、隣に倒れ込んだ。天井から反射された光に照らされた肌は白く、汗のような滴りが滑り落ちていた。諒馬は彼女を震えた目で見つつ、急いでジーンズを履き直した。

「なぁ.....?一体俺に何をした.....!?」

諒馬の絶望を滲ませた声音に、結利香は乾いた笑いを上げ、顔を向けた。

「私、壊されてしまったんです......望む物も、女としての私自身も......陵辱の果てに壊され、何もなくなってしまった.....もう、何も躊躇えなかったのです....この痛みへの慰めが......欲しかった....」

輝きを失い濁りきった瞳で見つめられ、諒馬は座った状態で後退りし部屋の隅へと逃れる。

「だからってこんな事するのかッ!......こんな事してどうなるってんだ.....!?」

恐怖に震える諒馬。今の彼は、後一歩踏み込めばヒステリーに陥らんとする状態にある。結利香は振り向く事なく、その姿勢のままで口を開いた。

「何も得る物はないし、失う物もない.....そこに答えなんて求めても何も出てこない......私の望んだ正義も、貴方が求めていた救済も、全部絵空事にしかならないのだから......」

「ふざけるな!!ふざけるな.......!ふざけるなよ.........!ふ、ざ.....けるな........!!」

だがその先に言葉を紡ぎ出せなかった。彼は悔し紛れに唸るように呟くしかなく、頭を垂れ蹲った。突然ドアが重たい音を立てて開き、純一が姿を見せる。服を脱ぎ散らかし、裸体で倒れる結利香に眉を顰めながら、縮こまる諒馬を見ると、失望したと言わんばかりの口調で「哀れだな」と言い放った。

「お前の覚悟というのはそんなもんなのか」

そう訊いたのと同時、別の足音が聞こえ純一は振り向いた。秀晃である。彼は純一に掌を向け質問を制した後、壁の角に寄りかかり諒馬を見下ろし開口一番。

「こんなはずじゃなかった。って思ってんだろ?考えが甘いんだよ。そんなこっちゃ、何も変えられない。ハザードを与えた意味を良く考えてみろ。じゃあな、Ciao!」

秀晃はそう告げると手を振りながら廊下の奥へと消える。純一も「ハザードを与えた意味」が引っかかり、ドアを閉じて後を追った。再び静寂が訪れる。諒馬はブツブツと何かを言いながら思考を巡らせ始めた。だが思うような結論に至らないばかりか、全く頭が働かず苛立ちばかりが募る。

純一が秀晃を追いかけ辿り着いた先は、屋上のヘリポートだった。手摺りに掴まって外を眺めていた秀晃は、純一を一瞥すると視線を景色に戻しニヤリ、と口を歪めた。

「どうせ気になるだろうと思ってたさ。東郷の旦那なら、きっとハザードを欲しがるだろうってな」

「何故奴にハザードを与えたのですか。その真意を教えてもらいましょうか」

純一から殺気立つオーラを感じたのか、秀晃は肩を竦め向き直る。

「俺は....と言うより、大将の狙いなんだがな。奴を強くしなきゃいけないんだよ。ハザードに順応するだけの力をつけさせ、俺達が差し向けた奴らを倒させる。そうする事で、仲間をやられた人たちの恨みを買うわけだ。戦争が始まるきっかけは政治だが?政治的思惑が作用しないダイバーズで戦争を起こすなら、どうするね?」

まさか、と純一が悪い予感を抱く、秀晃はそれを見抜き手をパチンと叩いた。

「そういう事だよ。物事は常にシンプルな原因の積み重ねで起きる。大きな流れが生まれてしまえば、人は簡単にその流れに乗ってしまう。群集心理と言うのかねぇ.....ま、人間ほど扱いやすい存在は無いってことさ。恨みを積もらせるためのトリガーとして、水崎諒馬を使う。その為にハザードを与えた。それが答えだ」

「水崎を殺させた上で、戦争にまで持っていくと言うのか....!」

「百崎家もアルマーニュ家も元々、宗教的教義に基づいて遥か大昔から研究を続けていた。でも何ら他者を犠牲にせず進化する方法なんて存在しなかった。人間ってのは己よりも周りを塗り替えて自己の存在を強めたがる生き物だ。つまり進化としては一つの終焉を迎えている。でもそれでは人間なんて生き物は、すぐに絶滅してしまうかもしれない。ならばこそ、命を根絶やしにしない仮想世界にあえて舞台を移すことで、全く違う方向へのアプローチをかけていこうじゃないか....それが、この先の歴史を観測するシュミレータとしてのダイバーズって訳だ」

「トライ・アンド・エラーによる、結末の取捨選択と言う事ですか」

「それだけ分かりゃあ、後は何をすべきか分かるだろ?」

秀晃は軽く純一の肩を叩き屋上を後にした。

(その為に、仮想世界大戦を起こす.....たかだかゲームでそんな事が分かるものか....!)

ビジネス街を睨み、純一は歯軋りした。

 

旧ZeuS敷地内にある、ラボと呼ばれる部屋。弘と奏がいつもの様に訪れるが、彼の姿はどこにも無く困惑した。部屋の様子も最後に諒馬を見た時と何一つ変わっていないまま、残っていた。

「アイツ、電話にも出ねぇと思ったら....ここにも居ねぇのかよ」

呆然と呟く弘。奏は憂鬱な顔でハンガーにコートを掛け、自分に割り当てられていたデスクについた。

「水崎さん.....どこにいるのでしょうか.....」

何の気なしに、いつもの流れでコンピュータの電源を入れた。デスクトップ画面が表示されるの同時に何かを受信しているらしく、ミニウィンドウが現れる。暫く待っていると"ダウンロード完了"と表示が切り替わり、自動でウィンドウが閉じられた。そして奏はデスクトップのド真ん中に見慣れぬフォルダを見つけた。

「"EXTEND_ARMS".....?何でしょう、これ」

恐る恐るカーソルを重ね、ダブルクリックした。中にはかなりの枚数の設計図ファイルが収められており、奏は息を呑んだ。

「弘さん!これ....!」

ある設計図を開いた瞬間、奏は思わず弘を呼びつけた。何事かと弘もそこへやって来るが、モニターに表示された機体に、目を大きく見開いた。

「何だよこれ......ドラグハートの、新装備じゃねぇか......!?」

「知ってるんですか?」

「知ってるも何も.....これのプロトタイプとか言うの....使った事あんだよ。諒馬に頼まれてな」

弘はかつて、この武装を諒馬と共に実験した事があった。その当時はまだ未完成という事もあり、フル出力で使用した直後に消滅させている。モニターに映る設計図は、弘の知るそれとは大きく形が異なる。だが彼がこの設計図の正体を掴むのに全く時間を要さなかった。

「ドラグハートガンダム、チャージド.....!」

奏は聞き返しながら、別のファイルを開いた。今度は何やら刀らしき武器の設計図だ。全体のリーチからして、平均的なMS向きとは違う大きさで、奏はじっと観察しながらこれはどういう物か推し量る。

「これ、ただの刀では無い気がする......何だろう.....?」

「ああだこうだ考えるより作っちまった方が早そうじゃねぇか?」

「へ?あぁ.....それはそうですけど、弘さんガンプラ作ったことない....です、よね......」

弘が無言で頷き、奏はため息を付き机の引き出しからカッターボートを取り出し、適当な場所に敷いた時だった。小さな駆動音が聞こえ、二人はきょろきょろと周囲を見渡した。

「あ......こっちから聞こえますね....!」

諒馬の机の奥、電灯に照らされた装置を見つけ奏は近くまで寄り、じっと観察する。3本ものアームが忙しなく動いている。極細の先端部から光を発しながら、中央にあるプラスチックの塊を掘削していた。彫刻の様子を早送りで見ているような気分である。弘もすぐに気づき、奏の後ろから様子を眺めた。装置の中では塊から削り出されたパーツが組み合わさり、いよいよガンプラの一部らしきものへと変化した。

「さっきの新装備じゃないですか?」

「ああ、間違いねえ.....諒馬の奴、こんな便利なもん隠し持ってやがったのか....汚えぞ!」

よく見ると削り出す為のプラスチック塊は、一つではなくいくつかの色が用意されており、完成したパーツもキチンと色分けがなされていた。これには奏も感心を通り越して恐怖すら感じる。

「こんなのがあったら、工場いらないですよ....!?」

チン、と小気味よい音を鳴らした後にドアが自動で開いた。組み立てもほとんど済んだ状態で排出されたパーツを、弘は早速ドラグハートに取付てみる事にした。カラーリングは青を基礎として、縁を銀に染め何かしらの噴出口パーツは金色である。勿論青地の方にも、金と銀の引っ掻き模様めいたアクセントもあった。可動範囲の妨げにならないどころか、新造されたバックパックから伸びた、細い可動アームで肩アーマーと繋いでいるおかげで、実機も肩が抜け落ちる心配がなくなっていた。今まさに、弘の目の前でドラグハートが進化したのである。

「これが、完成したドラグハートチャージド....超ヤベェだろ!!もうこれ最強なんじゃねぇか!?なぁ!?」

弘が興奮気味に奏の肩を揺する。確かにパーツの精度は商品レベルに高く、実戦においても絶大な効果を発揮するのは、奏の目にも明らかであった。しかし、それだけで戦い抜けないのがガンプラダイバーズだ。性能ばかり追い求めても、肝心の使い手が未熟であれば振り回されるだけになり、意味がなくなってしまう。人が機械に使われると言うのは、あまりいい話でもない。だがそれは致し方ないことでもあった。

「これまで以上に戦えるとは思いますよ。でも、使い慣れてないと上手く行く物も、上手く行かなくなる。とりあえずは使いこなせる様にならないと」

「まぁ.....そりゃそうだな。奏ちゃん、練習に付き合ってくれねぇか?」

「はい。私も元々その気でしたからっ」

そして奏もこっそりと、先に見た刀を出力させていた。しかし装置から出された刀を見た奏は、驚く余り目を丸くした。刃が青く半透明だったのだ。

 

奏―スワンと弘は、ダイバーズに飛び込んですぐにバトルエリアへ転移した。F91-Mは先の刀を、ドラグハートは新装備を取り付けていたが、何故か未装着状態のまま。これには二人して首をひねる。

「どうなってんだよ?出て来ねえじゃねぇか!」

「私に言わないでください!?....多分、条件があるんじゃないかと思うんですけど....?」

「そんなのあったか?.....まぁいいや、もうやっちまおうぜ!」

ヘリオポリスの地に降り立ち、ドラグハートはファイティングポーズを取り、F91-Mは刀を中段に構えた。僅かな静寂の後、先に踏み出したのはドラグハート。助走をつけて幅跳びをし、素早く接近してジャブをする。F91-Mがそれを避け、最上段から縦に一閃。弘の反応速度を超える紫電が襲い掛かり、ドラグハートはプラフスキーフィールドで跳ね返すのがやっとであった。しかしF91-Mは攻撃の手を緩めず、更に逆袈裟、突き、昇竜斬りを次々と繰り出しドラグハートを追い詰める。

「この刀......!」

スワンは異様な程に手に馴染む感覚に圧倒される。ジェットペネトレイターやビームサーベルとは、まるで比べ物にならない扱いやすさ。それは最早、スワンとF91-Mの為だけにあるような武器であった。

「スワンちゃんマジかよ....刀持たせたら化けやがった.....だったらこっちだって!やってやらぁ!!」

弘も多少の不利を感じたが、それに反して闘志が燃え滾る。ドラグハートをダッシュさせ、ワン・ツーをぶつけF91-Mに避けさせると、ぐるりと身を翻し炎を纏わせた回し蹴りを叩き込んだ。F91-Mは素早く反応しビームシールドて受け止めたが、途轍もない威力で発生器が割れ、機体も地をわずかに滑った。すかさずドラグハートが天空から拳を振り下ろすが、F91-Mは後退しつつ、リアアーマーから装備したビームサブマシンガンを足元に放ち、煙幕と拘束を同時に行った後、刀を居合に構えミノフスキーブースターを噴射した。

「どうか、ご覚悟を!!」

亜光速レベルのトップスピードまで加速し、更に限界稼働まで発動させ一気に機体の性能を引き上げる。そのまま煙の中へ飛び込み、閃光の如き太刀筋で斬り抜ける。だが、しかし。

「へっ.....防いでやったぞ!!」

何と、ドラグハートが両腕からプラフスキーフィールドを発生しており、F91-Mの居合斬りを防ぎきったのだ。

「うぉりゃッ!!だぁあああああ!!!」

プラフスキーフィールドの出力を上げ、無理矢理刀を押し退けると、地面を力いっぱいに殴りつけた。拳が触れた場所からF91-Mの足元目掛け一直線に火柱が立ち上り、緊急回避を強要させた。

「ならば!!」

スワンは迷わずウェポンセレクタを操作、F91-Mのミノフスキーブースターのカバーが最大まで開き、蒼に輝く光の翼を解き放った。上空へ飛び上がり、そこから一気に滑空しながら降下、刀を低く構え懐に飛び込む。

「どんなド派手なのが来ようが、俺にゃ関係ねぇ!!」

ドラグハートも右手に青い輝きと蒼炎を纏い、相手の顔面へストレートを突き出した。だが、その拳は光の翼によって弾かれてしまい、ドラグハートは大きくバランスを崩された。その隙を突く形でF91-Mが居合斬りで斬り抜け、背後に回るや否や回転を加えた袈裟斬りを仕掛ける。しかしドラグハートも直ぐに体勢を立て直し、リアアーマーから太刀を引き抜いて斬撃を弾き返した。

「刀対決ってか....!」

「はあぁあああああ!!」

「速過ぎんだろッ!?」

F91-Mが予備動作もせずに、刀を横薙ぎに振るって来たので弘は慌てて太刀で跳ね返し、最上段から斬り下ろした。F91-Mも即座に刀身を横に構け受け止めると、推力を落として鍔迫り合いに持ち込んだ。しかしスワンの狙いは、そのまま押し切る事には無かった。

「こう言うやり方がある!」

一瞬だけ刃を離し、その状態から勢い良くドラグハートの太刀の鍔に振り下ろして叩き落としたのだ。

「だったらこれならどうだ!!」

ドラグハートは後ろへ飛び退き、右手にストームブレードを形成、刀身基部のレバーを数回倒し竜巻を発生させる。そのまま一気に叩き斬ろうとしたが、有ろう事かF91-Mがこちらへ向かって突撃してくるではないか。弘は一瞬戸惑うが、ストームブレードを振りかぶり叩きつけた。しかしその刹那、嵐を纏った刃がガキンと音を立てて弾け飛び、宙を舞い地面に突き刺さった。弘が気づくよりも早くF91-Mはドラグハートを蹴り飛ばし、刀からX字の斬撃を放ち追撃をかける。

「やはり刀の扱い、練習が必要みたいですね!」

F91-Mが止めと言わんばかりに、天空からカワセミの如く飛び込み、刀の切っ先でドラグハートを貫かんと迫った。ドラグハートは刃を掴んで止めようと手を伸ばすが、反応が間に合わず胸部左ダクトを貫かれてしまう。

「ぐがああああっ!!........畜生ッ!何で使えねぇんだよ、チャージドってのは!?」

だがそんな弘の意思を反映するかのように、ドラグハートは刀を掴み凄まじい力で押し返しながら、胸部から引き抜いたかと思うとF91-Mの腹に正拳突きを見舞い弾き飛ばした。その途端、ドラグハートのコクピットにウィンドウが表示される。

「さぁ、行くぜッ!」

"DRAGHEART CHARGED"。弘はようやく来たかと、舌打ちをしウィンドウを殴った。ドラグハートの様子がおかしいと感じたのか、スワンは困惑気味にじっと眺めた。それから幾ばくかの時間が経ち――。突然、ドラグハートが全身から赤と青の炎を噴き上げた。その直後、両肩と両腕、腰、両足に光の鎧が近づき、ぶつかる様にして装着させた。光の鎧はドラグハートに装着され、忽ちはっきりとした姿を現し始める。青、金、銀に彩られた追加装甲。この姿こそ、ドラグハートの進化したカタチなのだ。ドラグハートガンダムチャージド。エネルギーが全体に行き渡ると、激しいスプラッシュを発してツインアイを黄色から蒼に、輝かせた。

「す、凄い......!」

スワンはようやく使えるようになったのだと思い、拍手までして喜んだがそれも束の間。異変に気づいたのはまさに今である。弘の悲鳴がコクピットに反響し、スワンはF91-Mを急行させた。

「弘さん!?どうしたんですか!?返事してください!弘さんっ!!」

接触回線伝いに問いかけるも、絶叫に掻き消され意味を成さなかった。そして、あってはならない事が起きてしまう。

「うぁあああああああああッ!!!でぇえッ!!」

叫びがピタリと止んだと思った矢先、徐ろにF91-Mを殴り飛ばしたのだ。スワンは機体が転倒する前にバーニアで踏ん張り、一旦距離を取るがドラグハートチャージドは右腕から高圧水流を放出。F91-Mを撃ち落とすとダッシュで接近して腹部にアッパーを突き刺した。

「きゃあああっ!!ど、どうしたんですか!?私です!!スワン!スワン・マスターピースです!!弘さん....目を覚ましてください!!」

悲痛な声で訴えかけるスワン。だがドラグハートチャージドは容赦などしなかった。

「俺はぁッ!!こんなもんじゃねぇッ!!こんなもんじゃ足んねぇんだよ!!誰が俺を満たしてくれんだぁああああッ!!」

フックでよろけさせた所へワン・ツーを浴びせ、止めに大きく開いた右手に龍を象ったオーラを纏わせ、跳躍と同時にF91-Mの胸部を掴み――。

「え......?止まっ....た.........?」

持ち上げられ、スワンは万事休すかと目を瞑っていた。しかし、そこから一切何も起こらず静寂だけが広がるようになり、恐る恐る目を開いた。ドラグハートチャージドが機能停止していた。と言うのは、カメラアイにもセンサーにも発光が見られず、間もなく駆動部にかかっている力も消え、F91-Mを落下させたからである。それとほぼ同時、弘も我に返りこの現状に絶句した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.34 託されたMESSAGE

「弘さん!!目を覚ましてくださいッ....!!」

自我を奪われ、仲間に手をかけようとする弘に、スワンは必死に呼びかけた。その結果が奏功し、ドラグハートチャージドの停止と弘を我に返らせる事ができた。弘もこの状況に全く理解が追いつかず、F91-Mから慌てて機体を離し何をしていたのか、思い出そうと頭を回転させるが一切意味がなかった。

「済まねえ!俺、頭おかしくなってたんだろ.....!?怪我無いか!?」

スワンは弘がきっちり我に返ったとし、首を横に振って微笑みかける。

「結構びっくりしましたが....私は大丈夫です。弘さんこそ、頭が痛かったりしてません?」

「滅茶苦茶痛いけど.....どうせ放っときゃすぐ治んだろ!ありがとな」

唐突にドラグハートチャージドから光が流れ出し、液体が蒸発するエフェクトを発しつつ増加ユニットが消滅した。弘もスワンも今の出来事を呆然と見ていたが、二人が疑問を持つのを見計らったかのようなタイミングで、両機のモニターにミニウィンドウが表示された。そこに映っていた人物に、二人はまたしても驚かされる。

「り、諒馬ァ!?今までどこ行ってやがった!?」

弘が怒り心頭にモニターに殴りかかろうとした。しかし、スワンに「待って!」と言われ踏みとどまる。撮影日時を見ると諒馬が消えた日の2週間前であった。

 

画面に諒馬が現れ、そのまま椅子に腰掛けた。

「さて。この動画をお前達が見ているという事は、アーネストとの戦いが本格化したか、或いは俺が死んだかのどちらかだ。本来なら俺が直接お前達に渡してやりたかったが、恐らくそんな状況になることは無いだろう.....飽くまでも虎の子として考えていた代物だからな」

そう言うと、机の上にモニターを置きカメラに向けた。映し出された物は、弘とスワンが見つけ出した設計図である。諒馬が最初に指差したのは、F91-Mが使っていた蒼く透き通る刃を持つ刀だ。

「これはスワン向けに開発する予定の武器.....グラビティエッジだ。最大出力の状態にすると、刀身を中心として重力が発生する。この技術はミノフスキークラフトを応用した、疑似重力兵器。ハイインパクトガンを刀に変えたと考えていい。しかし問題は、ミノフスキードライブ搭載機でなければ満足な性能にならない事だ」

諒馬の説明にスワンは驚きを隠せず、急いでグラビティエッジの詳細を確認した。確かに疑似重力兵器と言う趣の、他に類を見ないタイプの武器であるようだ。ハイインパクトガンと言うのは、アナハイム・エレクトロニクス社が海軍戦略研究所、通称サナリィのF90とのコンペにて対抗馬として建造したMS、"MSA-0120"に搭載された武装だ。ビデオで説明の通り、これはミノフスキークラフトを応用して、疑似重力を発生させる武器でF91-Mが携行しているグラビティエッジにも、それが応用されていると言う話である。

「....コイツは、強力すぎません.....!?」

斬りつける瞬間には対象を重力で引き寄せ、強引に刃を通らせ最後には倍以上に跳ね上げた反斥力を以て、力をかけずとも容易く斬り裂ける。斬れないものが無いと謳う武器は数あれど、これは間違いなく物理的でありながら驚異的な力を持っていた。ビデオでは諒馬が別の武装の説明に移る。

「これがドラグハートの強化形態。ドラグハートガンダムチャージド。プラフスキー粒子のプール量を増やす為のコンデンサを内蔵した、このチャージアーマーユニットを四肢に装着する事で、ドラグハートの機能を開放する.....恐らく今のダイバーズの環境だと、ぶっちぎりの壊れ性能になりかねない位の力を手に入れる....がしかし、だ」

指示棒で示されたのは、恐らくプラフスキー粒子循環回路を模したであろう、機体の図式。

「プールしたプラフスキー粒子を定期的に排出しないと自爆する危険性がある。常岡が更に実力を上げて、ドラグハートの機能開放をしてくれれば何れこの問題は解決する。それまでの間に気をつけなければならない事が一つ。これはまだシミュレーションでしか判明してないが、バーニングガンダム由来の機体故の危険性がある。それは.....アシムレイト現象による精神変質だ」

諒馬の説明を聞いても、専門用語ばかりの内容のせいで弘の頭にはあまり入ってこない。首を捻りながら聞こうとしても、やはり釈然としない。スワンが小声で一つ一つ説明してみるが、彼は所謂筋肉バカである為か、時間だけがかかる有様である。それでもビデオはそのまま話を進めていた。

「原因としては恐らくだが.....チャージアーマーユニットにエンボディシステムを組み込んだせいだ。常岡の超感覚と組み合わせることで、理論上では何のデメリットもなく、未来予知が実現可能になる。しかし超感覚は相手の感情すらも読み取る可能性がある......俺は認めたくないが、そう言う人間がダイバーズにはいるらしいからな。結果的にエンボディシステムと、アシムレイト現象の影響で好戦的な性格が強まり、本人が意識的にコントロールしない限り暴走する....だから使う時はスワンか舞夜がいる時にしてくれ。一人で扱えるようになるまでは、止めてくれる奴が居ないとただ危険なだけだ」

「要するにあれか、俺が狂っちまったのは....俺がまだ未熟だったからって事なのか....」

弘には朧気ながら暴走時の記憶は残っており、諒馬の解説を自分なりの感覚に結びつけて、何とか一つの結論を出した。それを聞いていたスワンも、グラビティエッジを託された理由の一つを理解し、ドラグハートをじっと見つめる。

「つまり、俺がコイツを使いこなせるようになりゃ、ハザードにだって勝てるかも知れねぇ....」

弘の独白。スワンは心臓が強く拍動するのに気づき、恐る恐るモニター越しに映る弘を凝視した。覚悟を決めた彼の顔は、どこか悲しげにも見える。弘は既に4人ものハザードシステム使用者と戦った事がある。故に彼は望の救出などとっくに超越して、一つの使命を感じ始めていた。それは偶然にも、「ダイバーズを取り戻したい」と言う、諒馬の願いと重なるものであった。

 

現実世界。取材を終えた英梨は、車の中でこれまでに得た情報を一つずつ整理していた。取材用の為だけに1台タブレットを用意していたが、思いがけぬタイミングで有用な使い所があったのだと、無駄にはならなかったのを内心安堵する。しかし今日は、またもう一つの取材先が残っているのだった。英梨はタブレットをスリープ状態にし、アクセルペダルをゆっくり踏み込んだ。

「まさか事件の被害者が、加害者になるなんてね......怜ちゃんとひぃ君が聞いたら絶望する....だからその前に何とか止めてやらなきゃいけない......!」

先の取材で知ったのは、ZeuS事件の被害者の一人が数ヶ月以上も前から、行方を眩ませているとの事だった。何でもその人物は、怜と彼女のパートナーあった男性と僅かながらの関係があるらしく、英梨は強く懸念していた。怜が目を覚ます前に、何としてもその人物を救い出さねばならない。その意識が英梨を突き動かしていた。車はやがて神奈川から東京に戻り、23区から離れた某所へ辿り着いた。やや栄えた地方都市の様な趣を持つこの街に、英梨の2件目の取材先がある。

「ここね。ユピテル財団の本部ってのは....」

守衛にアポイントの確認を取ると、大理石で形作られた道のある前庭へと歩みを進めた。黒一色で、外観も1個の巨大な大理石から削り出したかの様な建物は、周囲の景色から明らかに浮いていた。旧ZeuSと百崎家からするとかなり重要な施設であるにも関わらず、隠す気配すら感じ取れない。余程余裕だったのかと英梨は嘆息しながら、正面玄関のドアの前に立った。

「どこの博物館よ....こんな所にあるのが不思議じゃない.....」

正面玄関のドアは英梨の身長の、5倍はあろうかという高さがあり、その造りも厳かな印象を際立たせていた。やがてドアがゆっくりと開き、広報担当と思われる職員が現れた。

「お待ちしておりました、神宮寺 英梨様。私ユピテル財団の広報をしております、益田 雪菜と申します。本日はお越し頂きありがとうございます」

明らかに英梨よりも遥かに若い、主観的な見立てでは20代前半の女性だった。英梨は少し面食らいながらも、彼女に従い階段を上った。

「ここって普通に就職できる場所だったのですね....大変驚きました」

「所定の資格さえあれば、経験を問わずに採用されますね.....あれ、今日はお越しでした?」

廊下の角を曲がるところで、雪菜は向かい側から歩いてくる男に挨拶した。英梨もそれにならって会釈すると、男は陽気な調子で手を振り返した。

「よっ。お姉さん何処かで見たことあるなぁ.....?」

その男とは、秀晃だった。彼は暫し英梨を品定めするように眺め、態とらしく手を叩き思い出した様な素振りで声を上げる。

「神宮寺英梨だ!そうだろ?先々月まで連載してた猫特集、あれどうしちゃったのよ〜...俺、ファンだったんだよあの記事の!」

「え、ええと.....諸事情でフリーに転向しまして、それに伴って連載は止めてるんです。またいつか機会がありましたら、再開するつもりですから、それまで....!」

英梨は引いていたが、悟られぬよう笑顔を繕っておいた。すると秀晃は雪菜に案内するからと退かせ、英梨を連れて別の部屋へと歩き出した。

「ちょっと?私ここの頭取の方に取材に来ているんですけど....?」

「それがなぁ.....」

秀晃に連れられた先にはドアがあるが、他の物とはかなり異なる雰囲気を持っていた。と言うのも、漆を塗った様な艶がありここが重要人物のいる部屋だと、否応なしに認めさせる存在感があるからだ。秀晃はノックもせずにいきなりドアを開け、英梨を中へ招いた。そして彼女は真っ先に視界に飛び込んできた物に、腰を抜かしその場で尻餅をついてしまう。

「な、何これ.....し、死んで.....る......!?」

何とあろう事か、ユピテル財団の頭取と思しき人物が首を吊ってぶら下がっているではないか。英梨は目を逸らすような余裕すら失い、ただ身を震わせながら凝視するしかなかった。やがてバタンとドアが締まり、秀晃が本性を露わにするかのようにソファーに座った。

「この人なんだろ?お前さんが取材したいって言ってた頭取ってのは....でも残念だったなぁ....この通り、亡くなっちまったよ」

「あなたがやったんでしょう!?何でそう白々しくしていられるのよ!?」

「おいおいそんなにキレるなよ....折角の美人が台無しだ。それに、城島を遣わせるのに賛成したのはコイツだけなんだってよ?他の奴らは別に、百崎が何をしようがお構いなし。むしろ行き場を失った資産が再び動き出すってんだから、歓迎してんだよ。これは、このユピテル財団にいる人間の総意が生み出した結果に過ぎない。俺個人がなんて、出きっこないんだ」

秀晃が部屋の奥のキッチンでコーヒーを淹れ、さも当たり前のように宣いながら口に含んだ。英梨は無理矢理立ち上がり、ドアを開けて脱出しようとした。しかしドアは一向に開く気配を見せず、ノブすらもガッチリと固定されているせいで、非力な英梨ではどうする事もできない。正に八方塞がりだ。秀晃は不思議そうにその様子を眺めながら、また一口コーヒーを口にする。

「どうしたよ?ドアってそんなに重かったか?」

「ノブごと固定する鍵なんて.....くぅ.....!」

「そりゃあ、頭取の部屋のセキュリティは頑丈にするだろうよ?あ、そうそう.....俺仕事頼まれてたんだよ.....どんな仕事か教えてやってもいいが、どうするね?」

突然奇妙な質問を切り出され、英梨は彼の正気を疑った。全て秀晃が仕組んだことは明白。今すぐ脱出せずとも通報なら可能である。何故そこまで余裕なのか、追い詰められた彼女には答えに思い当たるものが無く、焦りばかりが伸し掛かった。

「そんなの興味なんて.......」

ジャケットのポケットの中に手を入れたが、本来ならあるべきの物が無い。思わず息を呑むが、秀晃もそれに目ざとく反応する。

「もしかして、これかい?」

秀晃が指で摘んで持ち上げた、1台のスマートフォン。ローズゴールドの背面に、バンパーの角から垂れ下がる満月と太陽を象った2つのキーホルダー。英梨はそれを見て愕然とした。いつの間にか自分の携帯電話が、彼の手元にある。つまりスリの手口で奪われていたのである。ノートマシンにバックアップはあるとは言え、ZeuS事件に係る取材先のアドレスを全て収めてある。これを奪われることは即ち、英梨のライフワークを断ち切られるのと同義なのだ。今までの努力も、託されて来た祈りも消えてしまう。それだけは何としても避けたかったが―。

「何もかもお見通しってわけね.....!」

「何の話だ?俺はふたりきりで話をするのに邪魔を入れられたくないだけだよ。さて、じゃあ解答と行こうか?俺の仕事ってのは....」

バンッ!と乾いた破裂音と、ガラスの砕け散る音が部屋中に響き渡った。しかし、その音を聞いた者は当事者しかいない。頭取の執務室の構造により、それを他の誰かに悟られることもない。これからも、この先も。英梨は血みどろの中に倒れ込み、恨めしげに秀晃を睨みつけた。

「たった一人を殺すためだけに.....こんな.....!」

「そうでもしなきゃ、死ななさそうだしな。ま、冥土の土産に一つくらい教えといてやるかぁ.....お前が今追いかけてんのは、塩原枝実だろ?奴さんは今、俺達と共にある」

 

ガンプラダイバーズ。仮想世界の"地下"とも呼べる空間、SECTORの某所にて。トオルは終末時計の運行を鑑賞しながら、秀晃からの連絡を受けていた。

「一先ずの牽制はかけといたぜ、大将。目ぼしいアドレスも後で送っとく」

「流石だね、結城秀晃.....君の腕を信用していて良かったよ。これでまた一つ、計画が進む。僕の予言通り、エス・ブラックベイ達も動き出すようだしね 」

トオルは横目でもう一つのウィンドウを眺める。2機のMSが飛行する様子が映されており、それを見る彼の面持ちは監視するようであった。

(アポロンなどと言う子供風情の集まりを利用して、ユピテル財団から百崎家の資産を手にした....その上で彼のお父上からの遺言を提示した事で僕が名実ともに、百崎を後継する事になった.....自分で培って来たものと組み合わせれば、世界を変えるのは実に簡単だね)

肩を震わせて笑い、終末時計の動力源となっている光の柱に手を触れた。

「後は、君を処理するだけだよ....百崎翼君。勿論、君が利用しようとした人物に任せるがね」

 

黒浦聡――エス・ブラックベイは慣熟飛行も兼ねて、ガンダムを駆り空を航行していた。カミカゼストライクガンダムJOKER。ストライクガンダムグリッターをベースに作られた機体だが、かつてエスと敵対しやがて共闘した事のある人物から譲られた代物であった。両肩にはビームサーベルを内蔵した、"アルミューレ・リュミエールビット"を搭載し、軽装でありながら必要な武装を揃えた仕様となっている。そしてそれを更に助長させる為に、エス自身の手によって造られたストライカーを装着していた。

「うおっとっとっ....!?」

しかしこのストライクJOKERは、ベース機に見合わずかなりピーキーな機動性を有しており、エスはこれを手懐けるのに一苦労であった。天原奈都―ミナ・ツバクラメのトライアンフに追突しそうになり、エスは慌ててストライクJOKERの脚部バーニアを噴かせ、バク宙の挙動で大惨事は回避した。

「ちょっとエス!危ないでしょ!?」

「ご、ごめん....まだ慣れてないんだよ....!こいつ、ピーキー過ぎて....!」

足を何度も着水させながら浮き上がり、また宙返りしてどこかへ激突しそうになり、を繰り返す。

「一体何だってんですの?エス・ブラックベイは何をしているのですか?」

ピースミリオンを小型化した様な戦艦から、リタ・リーゼリットが双眼鏡を使いストライクJOKERの挙動に、首を傾げた。彼女の隣にはエルニアも居り、「あちゃ~」と肩を落とした。

「確かJOKER....前に怜から聞いた話だと葛城さんって人。あの人から譲ってもらったみたいね」

「ストライクと言うマシンは、とてもマイルドな機体では無くて?」

ガンダムゲームの例に漏れず、エールストライクは比較的扱いやすい初心者向けの調整がなされているが、このストライクJOKERは先述の通り、その流れに逆行している。実際に触れなければこの機体の恐ろしさは分かるまい。

「一度触った事があるが.....あの機体は正直言って、誰が扱えるのか分からん」

パトロールを終えたウェルスがブリッジに現れた。エルニアは振り向きながら手すりに腰掛けて、窓に背中を預けた。

「そんなにヤバイんだ、あれ」

「ストライカー抜きでもエール並みの機動力を持ち、原理不明の次世代動力バッテリーを搭載....むしろストライカーが重荷になる位だ....それが冗談じゃないからタチが悪い」

「JOKER様の機体を、エス・ブラックベイが使う.....来ましたわ、この時が!!」

リタが突然ウェルスの肩を掴み、興奮気味に激しく揺すった。ウェルスは悲鳴を上げながら手を払い除け、軽い目眩に襲われ壁によりかかり、リタの正気を疑うのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.35 ESCAPEの果てに

泥人形も同然の有様で、鉛色の床に臥する諒馬。突然彼の携帯電話が着信音を上げ、消えかかっていた意識が一瞬で明瞭さを取り戻した。しかし今の彼にとって、これほどダメージの大きい瞬間はないだろう。このまま意識を失えば、きっと楽になれたはずだ。それを許さぬのが現実と言うなら、いっその事捨ててしまえばよかったと悔やむ。だがそれは無責任な行いでしかない。記憶を取り戻したと言うが、百崎の呪いも解けている。使命に変化はなく、水崎 諒馬と言う人間の命は、その為に使うべくして残されているようなものだった。

「今更、俺に用がある奴なんて......」

携帯電話が受信したのは、"GE"、"DC"の開放を通知する旨のメッセージであった。諒馬はしばし思い出そうと記憶を辿り、5分程で照合が完了した。当時の自分が、ハザードの脅威に対して有利を取れる方法を模索していた時に生まれた、2つの新兵器。グラビティエッジと、チャージアーマー。まさかと諒馬は画面を再び点灯させた。

(て事は、奴らはまだあのラボに来てるってのか.....何で、何でなんだ......?)

記憶を取り戻したのだから、これ以上二人を巻き込む理由も無くなったと突き放したはず。何故彼らはそれでも、あのラボを訪れたのだろうか。もう二度と、彼らと言葉をかわすことも無いと思っていたはずが、再び交わろうとする運命が現れた。諒馬は力なく仰向けに横たわりながら、乾いた笑いを上げる。

「最っ悪だ......諦めることも出来やしないじゃねぇか......」

結利香が身動ぎし、ベッドに寄りかかりながら彼を見つめた。

「ここから逃げ出す気.....?」

そう問い掛けた矢先、牢獄のドアが突然開かれる。背広の男達がぞろぞろと諒馬達を取り囲み、連行しようと手錠をちらつかせた。諒馬はそれを目にすると、徐ろに立ち上がりSPの股間を思い切り蹴り上げた。

「き、貴様ァ.....!?」

「悪いが俺は、容赦なんて出来ねぇからな....!」

同性の人間であれば、この攻撃が禁じ手であるのは暗黙の了解のはずであった。だがその当然の理解すら裏切って襲う激痛に、SPは蹌踉めいて膝をつきそうになる。そこへ諒馬は彼の左手に持った手錠を奪い取り、メリケンサックの様に握り込みもう一人のSPの眉間を殴りつけると、彼らからジャケットとスラックスを剥ぎ取り、結利香に無理矢理着せてそのまま牢獄を脱出したのだ。

「このフロア....まるで一本道だな。単純過ぎる」

諒馬は経路を覚えていないが、迷う事なくずんずんと前に進んだ。結利香も彼に手を引かれており、必死についていきながら出口を目指した。時折捜索に出る社員達の足音も聞こえるが、諒馬は一切意に介する事なく廊下を走り15分。ようやくアーネストと言う地獄から脱することができた。投与された薬物の離脱症状もあり、諒馬も危うく気を失いかけるが、深呼吸する事で何とか意識をキープした。

「嗅ぎつけられる前にこの敷地から出なきゃな......」

「どうして、私まで助けたのです.....!?私は....あなたの敵だった.....!」

「話は後だ」

とうとう結利香は、溜まっていた疑問をぶつける。諒馬は一先ず何も答えぬまま、彼女を連れて敷地から離れ近場のゲストハウスへ急行した。

ゲストハウスに身を隠してから、3時間が過ぎた。互いに身を清潔にし、食事も程々に思考がようやく落ち着きを取り戻しつつあった。結利香の服も、諒馬が付近の専門店で買った物に着替えられていた。奇妙な話で、彼のセンスは思うほど悪くないようで、結利香のミステリアスさを蘇らせるコーディネートとなっていた。

「ありがとうございました.....これで一応、問題なく外出できます」

「ああ.....もうアンタはすぐに寝ててくれ。心底疲れてるだろうからな」

「あの、一つお聞きしたい事が。何故私まで脱出させようと思ったのですか?私はあなたからすればただの敵....そうでしょう?」

結利香は改めて、諒馬の真意を問うた。デスクトップマシンで情報収集する諒馬は、その手をピタリと止め数分もの間沈黙する。静寂が結利香を緊張させ、一体どんな考えなのか脳内で推し量り始めた。そして諒馬は口を開き―。

「いや、俺にも良くわからない。だが命は命だ。見捨てていいはずがない......多分記憶を失くした俺が、そういう考えを持ってたんだろう」

あまりにも辿々しく紡ぎ出される言葉。結利香は拍子抜けした顔で答えを聞き、力が抜けるようにベッドに座り込んだ。

「それじゃますます分からないわね......極限状態とは言え、あなたを傷つけた女を、助けようとは普通思えないでしょう?」

膝を抱え、脛の肌を指で沿り独りごちる。しかり諒馬は何も返さず、ひたすら作業に缶詰であった。結利香はちらりと彼の背中を見ては、足元に戻すのを繰り返し横に倒れ込む。

「でもそんなあなたの心に、興味が出てきたわ.....手に入れたくなるくらいに.....」

 

諒馬は結利香が完全に熟睡したタイミングを見計らい、ダイバーズへと飛び込んでいた。交流広場第1区画はいつも通り、多くの人でごった返しており、ダイバーズの人気を象徴するエリアを担っているように見える。だがその集まりは、平和な光景とは程遠くにも映っていた。

「何が始まるんだ....」

諒馬―リョウマ・アルキメデスも人集りの隅に立ち、空中に浮かぶ巨大ウィンドウを見上げる。間もなくして、ウィンドウに映像が映し出されどよめきが周囲の空気を包んだ。そしてウィンドウに現れた人物にリョウマは、思わず目を疑った。白いスーツに身を包んだ、気品あふれる男。リョウマが彼の名を知らぬ訳もなく、歯ぎしりした。

「百崎 翼.........!!」

そう、百崎翼―ヴェイン・メビウスが全プレイヤーに向けて演説をしようというのだ。画面の向こうでメビウスが登壇し、恐らく現場にいるであろう者たちの拍手を制して口を開いた。

「あの忌むべき惨劇から2年が過ぎた。我々から君たちへ送り出したガンプラダイバーズは、今や悠久の安寧のもとにある。それは我々も望んでいたことだが、発展なき、閉塞した世界では満たされない。君達から寄せられた忌憚なき意見には毎度の如く感嘆させられる。そこで我々アーネストは、新たなる時代を迎える為の区切りを用意しなければならないが.....どうやらその新時代を望まぬ輩もいるようだ。その急先鋒たるブルームーンは、諸君らの中にいた同志たちのお陰で早々に鎮圧できた。だがそれで終わりではなかったのだ!かなり最近になり、未知のシステムを悪用した者が現れた....特定には成功している。これを見よ」

メビウスがミニウィンドウを表示させ、各プレイヤーの手元に転送した。無論、それはリョウマの手にもやって来る。リョウマの顔写真と、ビルドレイザーの写真。いつ撮ったのかと驚きたくもなるほど、詳細が分かる写真であった。

(最悪だ.....ここまで大々的にやるつもりなのか....)

暫しの間を置き、メビウスは再び声を投げかける。

「奴の手により、ダイバーズは再び混乱に陥れられようとしている。しかし我々単独では追うのにも限界はある。だからこそ、君たちガンプラダイバーの力が必要なのだ!どうか!どうか我々に力を貸して頂きたい!もし頭を押さえる事ができれば、新たなる時代での権利や地位は思うがままだ.....約束しよう」

静寂が広がる。リョウマは皆がウィンドウに目が釘付けになっている合間に、こっそり抜け出して第1区画から転移する。その直後、観衆の中にいた一人が

「こ、コイツさえ倒せば.....俺はあいつを見返せる!やってやる....やってやるぞ!」

と意気込んだ途端に他のガンプラダイバー達もその気になってしまい、第1区画全体が熱気に包まれた。

「奴を倒して俺が頂点に立つ!」

「いいや私がトップよ!」

「バラ色の人生を送れるチャンスだ!逃せるかい!」

各々の欲望が熱気と共に渦巻いていく。その様子を眺めているメビウスは、「俗人共が」とせせら笑い球体型のソファーに腰掛けた。彼の斜め後ろにいたトオルは力なく笑いながら、メビウスの前に歩いた。

「酷い物言いだね。僕たちの大事なお客様、じゃないか....尤もこんな有様を見せられたら、そう言いたくもなるのは、分かるけどね」

「しかしこれでは私は道化だな.....」

「人を惹きつけるカリスマはいつの時代にも必要なのさ。それに、彼女を差し向ける準備も出来ている」

「それで結構。では」

メビウスは椅子から立ち上がり、部屋を後にした。トオルはにこやかにそれを見送ると、椅子を眺め鼻で笑う素振りを見せた。

「しかし彼も余裕がなくなったと見える。僕が何をしようというのか、読めて来たからだろうけどね....もう遅いと言うものさ」

 

全区画に向けて送られたメッセージ映像は、スワンと弘のもとにも届けられていた。特にスワンは、リョウマの生存と困窮した状況に己の無力さを悔いるしかなく、拳を震わせた。

「こんなの.....あんまりです....!何も知らない人達を巻き込んでまで.....!」

リョウマを探しに行こうとするスワンの肩に、弘の手が乗せられた。

「探すだけなら俺が行くほうがいい....人探しにだって使える力なんだ.....うぉわっ!?」

「え.......えぇっ!?」

二人の頭上をぬっと大きな影が覆う。三角形型の真っ白な物体。呆然と見上げる二人に向けてリフトが降り、自動でハッチを開いた。

「こ、これは......?」

困惑するスワンに、覚えのある声が降ってきた。

「何を戸惑ってらして?まさか私の声が分からないなんて.....言わせませんわ!」

「もしかして......リタさん!?リタ・リーゼリット!」

口調から絶対に忘れないであろう、彼女の声だった。スワンは驚きと疑問で複雑な心境だったが、取り敢えず信用は出来ると見て弘を連れリフトに乗り込み、白い艦へと浮上した。

「何だこれ......凄え!!何もかもがでけぇなぁ!?」

戦艦の類を見たことの無い弘は、語彙力の無い感想を連発しながら興奮していた。MSドックの中へ入ると、これまた見覚えのある人物が目の前に現れる。

「リリ嬢が何か言ってると思ったら君の事だったのか!かなり久々だな!」

やや大きな丸眼鏡が特徴的な、メカニックの男に呼びかけられスワンは思わずペコリとお辞儀をした。

「葉山さん、あの時からご健在だったんですね....!」

「普通に呼んでくれるやつも、とうとう貴様だけになってしまったか....ブルームーンは一昨日位から再編成されて、ようやく動き出した所だ....その後ろにいるやつはもしかして?」

葉山が顎で指したのは、弘だった。弘はキョトンとした顔で葉山を見ているが、スワンは意味を理解すると首をブンブンと横に振った。

「そう言うのじゃありませんよ....!?それはそうと、メンバーの皆は当時のままなんでしょうか?」

「いいや、大半は離別して組織が大きく様変わりしちまってるな。一応グラハムがソルブレイヴスのメンバーを連れてきてくれたから、戦力は何とかなったが.....整備からCICまでは常に人手不足だ。リリ嬢がこの艦。クレッセントブルームーンを用意したはいいが、如何せんこれまでに無い規模だったもんで......余計に仕事が増えちまったよ」

愚痴をこぼす葉山だが、やはりその面持ちは嬉しそうに見えスワンもニコリと笑った。

「そう仰っしゃられる割には、嬉しそうですね」

「悔しいけど俺はエンジニアなんだよな。根本的にそう言うのが好きなんだろうさ」

談笑する二人を遠目に眺めている弘。不意に声をかけられ、振り向くと黒浦聡――エス・ブラックベイがこちらへ駆け寄ってきた。

「君は確か......教授の部屋に居た....」

「覚えてんだな。このでけぇのは、アンタのものなのか?」

「いや、そうじゃないよ。知り合いの艦を借りてるだけなんだ。ブルームーンって....知ら、ないよな....」

「知らねぇよ」

予想通りの回答にエスは乾いた笑いを上げ、弘を連れてブリッジへ向かう。そこかしこをNPCやドローンが周回しており、人員の少なさをカバーしているのが見て取れる。ブルームーンは弾圧事件の影響を受け、レイ・ブルームーンの失踪を機に完全解体された。それから数ヶ月もの時を経て、青い月は再び天に昇ったのである。ブルームーン弾圧事件は、弘も最近知った言葉だが、その概要すらも知らない。尤も、望や諒馬を救う為には必要な情報でも無いと思うのは、ごく当然の話である。しかし、今のダイバーズの現状を見るに、ブルームーンの存在はいつにも増して必要になりつつあるのは、知っておくべき事。エスはそれを彼に伝えた。

「正直、君は自分の友達を救う為に戦ってるんだからブルームーンの事とかは、そんなに関係ないかも知れない。でも知っておいて損はないはずなんだ」

「どういう事だよ」

「ZeuSの人間と関わりを持ち始めたから、ただのガンプラダイバーじゃ終われなくなってるんだよ。それに、もう君は引き返せない所まで来てしまってる気がした」

エスの推察に弘は驚愕した。まさか薄々感じ始めていた事に気づいていようとは。歳の変わらぬ人間とはとても思えぬ観察眼であった。

「もう気づいてたってのか.....何なんだ、お前....?」

「多分、君も俺と同じ存在なんだと思う。だから俺にも分かった。君の覚悟ってものが」

「だったら話が早い.....俺は何としてもこの状況を作りやがった連中をぶちのめしてぇ.....!望を復讐に走らせた奴も!諒馬を殺そうとしている奴もな.....!!」

怒りに突き動かされるがまま、弘はエスの襟首を掴んだ。が、程なくして我に返り手を離した。エスも然程驚いていないようで、再びブリッジに向かって歩き出した。

「そこまで本気なら、俺達と一緒に来てくれ。俺も....水崎諒馬と言う人に会わなければ行けない気がするんだ」

ブリッジでは、リタが二人のオペレーターに指示を送りながら、かつてブルームーンと繋がりのあったチームとの連絡をしていた。しかしどの連中も、自己保身に走ろうという動きがあり取り付く島もない有り様であった。思わず眉間を押さえ溜息が出る。

「既に誰も彼もが、ヴェイン・メビウスなる人物に絆されているようですわね.....眉唾ものでしかないのを、何故信用するのか....」

「しょうがありませんよ、カリスマの言う事は大抵の人なら信じますからねぇ.....そいつらの目を覚まさせる意味でも、奴らを叩くしかないでしょ」

ウォレスが横目でリタを見ながら、各方面からの情報収集に当たる。無論、彼の言う事はリタにはとうに分かっていたので、言い返さずに天井を見上げた。ブルームーンを再結成してからと言うもの、リタは殆ど眠れぬ毎日を送っていた。殊に狙われやすい組織と言うだけあって、一瞬の油断が命取りになる。そしてかつてないほどの人手不足に悩まされるのも手伝って、リタ自身も積極的に働いていた。故に、彼女の表情には疲れがハッキリと浮き彫りになっているのだ。今の自分はパイロットではない、彼らよりも比較的楽な立場にいるのだからと己を律するが、それにも限界はある。

「リーゼリットさん、もう休むです!」

アヤカが心配げに声をかけるが、リタは手を上げて制し力なく笑って見せた。

「御心配無用ですわ....こんな事で果てるようでは、彼女に....あの冷血女に笑われましてよ。この程度は、向こうは平気だったのなら私にだってできます」

気圧式ドアが開き、エスと弘がブリッジに立ち入った。リタはそれを認めると、軽く咳払いをしてシートから立ち上がる。

「スワンは後から来るのですね?....見るからに暑苦しい御仁が居ますわね....」

明らかに弘の事であった。弘はリタの口調が気に食わなかったのか否か、不服そうに眉を顰め、

「何だアンタは....今時そんな口調のやつがいんのかよ、痛えな」

と吐き捨てた。エスはまずいと息を呑み、二人を交互に見る。

「弘...だっけ、流石に初対面の相手にそれは!」

「構いませんわ。スワンが信用した人間なら、少しは不安要素が失せるというもの....しかしあなた、自分の為だけに戦うおつもりならここに来たのは間違いなのは、分かっていますわよね?」

「んなもん、もう覚悟決まってんだよ。俺はこんな状況を作りだしたやつを、一人残らずぶっ潰す....そんだけだ」

弘の瞳には一片の迷いも曇りもない。リタにはそれだけで十分だった。むしろただの一般人がここまで覚悟を決められるのは、最早彼が何かしらの変革を見せている証左だったからだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.36 無情極まるRUNAWAY!

交流広場第5区画。中世欧州風の街並みの中をリョウマは一人走っていた―と言うより、逃げ惑っていた。というのも、この土地に踏み入った途端誰かに呼び止められ、そのまま追いかけられたからである。追手の数も徐々に増え始め、概算しただけでも30人はゆうに超えていた。

「何なんだよこれは....!知れ渡るの早すぎんだろ...!」

路地裏に隠れ、木箱の陰にしゃがんで息を整えるが、そうしている間に目の前の壁から火花が散りリョウマは慌てて飛び上がり、再び全速力で路地を駆けた。

「見つけたぞぉ!!」

「大人しく捕まれぇ!!」

この逃走劇は最早常識が通用しないものとなっていた。何しろ追手のガンプラダイバー達は、皆銃や網を片手に追い回しているのだ。ここまで馬鹿にならない展開は初めてで、リョウマでさえ対処を考えあぐねる程だった。

「交流広場でビルドシステム使うのはご法度だが.....その前に何で舞夜が出て来ないんだ!?うわっ!?」

道の脇に置かれたドラム缶が突然爆発し、リョウマは咄嗟に運河の中へ飛び込む。運河を往く船も当然、リョウマを狙う者が居座っている。

「こうなれば袋の鼠だ!撃てぇ.....あれっ!?」

船長が号令を発する刹那、腰に鎖が巻き付き川の中へと引きずり込まれた。

「できれば俺はお前らの敵になりたくないけど、邪魔をするなら覚悟はしてるんだよな!ビルドアップ!」

リョウマは壁にリールマシンをビルドし、鎖を引き込ませ船長を拘束するとマリンバイクを即座に形成、跨って船を追い抜いた。更に右手に無反動バズーカをビルド、水面に向けて放ち水柱で船を転覆させてマリンバイクを加速させる。

「くっ....貴様ぁ!!」

船長が入水するのには見向きせず、リョウマはスロットルを捻り運河を駆け抜けた。両岸には恐らく、メビウスの演説を見たであろう者達が集まり、リョウマへ罵声を浴びせかける。中には投石をする者まで居り、リョウマはいよいよ危機感を覚えた。複雑な水路を縫いつつ海へ飛び出し、手早くウィンドウを開いて別の区画へと転移した。交流広場第3区画。江戸時代の城下町をイメージした作りに変わっており、彼を酷く困惑させる。まだアーネストが手を付けていないはずだったが、この短期間で大きく様変わりさせるとは、誤算であった。

「御用だァ!!」

「ここは映画村かよ!?最っ悪じゃねぇか....!」

腰に刀を差した和装の男とすれ違うが、すぐに気づかれてしまい、リョウマは間もなく侍に追いかけられる。男が柄に手をかけ、抜刀しようとする瞬間にリョウマは台車を無理やりひっくり返し、載っていた米俵をぶつけて時間稼ぎをする。だが男も中々の身のこなしをしており、米俵をひょいと飛び越え、あっという間に目と鼻の先まで詰め寄った。

「斬り捨て御免!」

追いつくやいなや、腰に差した刀を抜き放ち横一文字に一閃した。リョウマはその場でしゃがみ前転をし、刀の錆になるのは回避したが先程まで背後にあった、木製の看板が真っ二つにされるのを見て肝を冷やした。

「ほ、本物かよ.....どうなってんだ、こんなゲームじゃなかっただろ!」

「何を申すか!貴様はこのダイバーズを乱す物の怪であろうに!」

男が再び刀を構え一歩踏み出した刹那、真横から何者かの蹴りが突き刺さり横飛しつつ昏倒させられた。新手ではないのかとリョウマは目を大きく見開き、小屋の陰に視線を向けると、恐怖と驚愕で息を呑んだ。

「き......君は......まさか」

サングラスをかけた青年は暫しリョウマを眺めると、彼の手首を掴んで立ち上がらせそのまま走り出した。

「探してましたよ――リョウマ・アルキメデス」

「あの組織はもうなくなったんじゃなかったのか?それとも君個人で動いてるのか?」

「詳しい話は後でします。俺はまだ、あなたに借りを返していない」

甘味処へ男二人が立ち入るのは何とも奇妙な光景だが、身を隠せるのなら躊躇いはしなかった。NPCの店員に適当に注文し、二人は席につく。

「兎にも角にも、まだ生きていたのは有り難い限り.....これだけの規模で事件が起きれば、今度こそ誰にも止められなかった....」

青年はサングラスを外し、ジャケットの胸ポケットに差した。リョウマも彼の顔を見て本物だと知ると、尚更困惑した。

「何故君が俺を探そうとするんだ?君にとって俺は悪魔以外の何物でもないはずだ――カイ」

ガンプラダイバー、"カイ"。"アント"と呼ばれる組織の中心人物の一人で、ZeuS事件にも少なからず関与していた男である。無論、どちらかと言えば被害者に親しい存在だが、過去にリョウマとは繋がりがあった。何しろリョウマも、アントに技術提供を行っていたのだから。"アント"と言うのは、"Anti.ν-Type Alliance"と呼ばれる、ν-Type排斥運動を行ったとされる組織であり、かのエス・ブラックベイも標的にされていた。現在は解散されており、カイを含む全てのメンバーは、個々で一般プレイヤーとして生きている。だがカイだけはどうやら異なる事情があるようだ。店員が二人の席にみたらし団子の皿を運び、それぞれの目の前に並べて立ち去った。カイは団子を一口食べ、甘すぎたのかやや後悔したような顔をして、リョウマに向き直る。

「うっ.....いや、俺があなたを探していたのは、さっき言ったように借りを返す為です。俺の為に、わざわざP-DRIVEの開発に力を貸して頂いたこと、何より俺達の活動がより良いものになるように、協力し続けて頂いたこと。恐らくあなたと直接返礼出来るのは、俺しかいない。だからこの場を借りて」

「そんな必要はない」

カイの話を遮り、リョウマは口を挟みつつ水を飲んだ。"P-DRIVE"なる単語の意味を知るのは、この二人だけである。

「下手をすれば君を破壊装置にしかねなかった物だ、あれは。それに俺が君達に協力した理由は、ν-Typeの存在を否定し得る証拠が欲しかったのもあるが、単に俺自身の技術力を誇示したかっただけだ。俺のエゴの為にやった事に感謝なんて、するもんじゃあない」

「だが俺はそこに恩義を感じている。リョウマさん、アンタじゃなけりゃ....俺はこうして生きていられなかった。実力だけじゃどうにもならない。腐りきった根性を叩き直すきっかけを作ったのは、間違いなくアンタだ」

不意に昔の口調が混じり始めるが、カイは気にせず続けた。

「俺がアンタを勝たせる。ダイバーズが本当の平和を手にすれば、それで借りは完璧に返せる」

「貸しにしたつもりはない。俺に関われば、誰も彼もが苦痛を背負う.....俺があの一連の悲劇を生み出したんだ。被害者が加害者に与するなんて、馬鹿な話があっちゃならない。君はもう自由なんだ、それを捨てに行く真似なんてするな」

「アンタ相変わらずだな.....だが俺はそんな事で諦めるタマじゃねぇのも知ってるだろ。恩義があるなら返すのが筋だ。それだけは通させてもらう」

そう言うとカイは、ポケットから黒鉄色の懐中時計の様な物を取り出し、リョウマの手に置いた。

「何だこれ....?時計か?」

「それとは別だが、最近....俺達が使っていた拠点を引き払う時に見つけたやつだ。しかしそいつは、およそ俺の想像に及ばない何かがある気がしてな。アンタなら解析でもするんじゃないかと」

リョウマは渡されたそれを色んな角度から眺め、うんうん唸りながらコートにしまった。

「......まぁ、何かあればいいよな。とにかく、もう俺に関わるのはやめてくれ。お前まで狙われたんじゃ、また被害が増える一方だからな....」

半ば無理矢理に支払いを済ませ、リョウマはいそいそと甘味処を後にした。その折だった。手元に号外速報と称された通知アイコンが現れ、リョウマは何事かと展開した。

「"白いクシャトリヤ、無差別破壊を繰り返し述べ30人ものダイバーに被害が 細心の注意を払うを払うよう、運営より通達".....白い、クシャトリヤ......彼女か!!」

白いクシャトリヤとは言われれば、リョウマの脳内に浮かぶ答えは唯一つ。居ても立っても居られなくなり、取り急ぎ適当なダイバーに対戦乱入する形で、バトルエリアへと転移した。

 

ビルドレイザーのコクピット内、リョウマはすぐに出撃しようとレバーに手をかけた。その直後だった。どこからやって来たのか、ミサイルがカタパルトデッキの中へ侵入してきたのだ。

「なっ.....!?こんな所まで狙える奴が!?」

足下のレールが砕かれ、ビルドレイザーはすぐさまメガ粒子砲内蔵式シールドをビルド。ミサイルの爆風を防ぎながらビームを撃ち返し、カタパルトデッキを突き破って機体を空中へと落下させた。

「一体全体、どうなってんだ.....?」

疎らに襲いかかるミサイルを掻い潜りつつ、リョウマは敵の正体を把握することに努めた。だがそうする間もなく、彼の予感が的中する事になる。バーニアの残光が通り抜けた後で火球が発生した。間違いない、彼女だ。リョウマはそう見るや「ユニットビルドアップ!」と宣言、ビルドレイザーのバックパックを、G-セルフの大気圏用パックに換装して追跡を始めた。

「止めるか倒すしかないのか....くっ!邪魔をするなッ!!」

ビルドレイザーのすぐ後にぴったりとくっつこうとするSガンダム。ビームスマートガンの砲撃をバレルロールで避け、くるりと宙返りしながら右手にツインバスターライフルをビルド、最大出力で放ちSガンダムを撃墜した。だがそこへ、何かが近づきつつあった。

「自分のから来るのか....!」

接近してくる白い影を見、リョウマは歯軋りした。やはり、無差別破壊のMSとはクシャトリヤコープスブライドの事だった。クシャトリヤコープスブライドは両腕の先端を、ハイパービームジャベリンに換装しているらしく、大きく振りかぶり一気に叩きつけてきた。ビルドレイザーは先程のSガンダムの前に飛び出すと、前腕にIフィールドユニットを形成し、即座にIフィールドを発してハイパービームジャベリンの一撃を跳ね返した。エミも早々に相手の正体に気づき、唇を歪める。

「貴様は....あの時のッ!!」

コープスブライドがハイパービームジャベリンを勢い良く振り上げ、ビルドレイザーを打ち上げようとするが大振りな獲物故に、簡単に避けられた。ビルドレイザーは逆にサマーソルトキックを相手の顔面に浴びせ、怯ませたところで両肩を掴み接触を試みる。

「お前をこの先へ行かせない!これ以上被害を出させてたまるか!」

「これも何もかも、貴様らが引き起こした事だ!今更善人面するなぁ!!」

コープスブライドの膝から隠し腕を伸ばし、真下から斬り上げた。ビルドレイザーは既の所で躱し、相手の胸部に肘打ちを食らわせ、その勢いでビームサーベルを抜き放ち斬り返した。

「善人だとか、そんなのは初めから考えてない!これは俺の義務だ!」

リョウマの声が聞こえる度、エミは胸の内に憎しみの炎を滾らせていく。全てが遅すぎるのだ。そして、全てが嘘で塗り固められたものにしか映らなかった。彼女の目にはもう、人の心という物は見えないのかも知れない。と言うのは、他者はともかく彼女自身が己の変化を恐れなさすぎた故の、結果であった。

「はははは......ははははっははっははっはっはっ....!ハザードォオオオオオオーーーーーッ!!!」

エミは突然狂ったような笑いを上げ、コンソールを殴った。白い巨躯の各部から黒い霧が噴き出し、ビルドレイザーを吹き飛ばした。リョウマは巧みなレバー操作で機体の姿勢を制御するが、コープスブライドから発せられる凄まじい殺気を感じ、冷たい汗が全身を伝った。

「ハザード、だって.....!?」

ビルドレイザーは素早くビルドライフルを形成し、連射しながら距離を取るがコープスブライドは被弾さえ厭わず、全速力で追いかける。バインダーからファンネルをばら撒き、ビルドレイザーの退路を的確に塞ぐと、ハイパービームジャベリンの出力を最大にし槍の穂先を素早く突き出した。ビルドレイザーも身を翻し攻撃を躱したが、そのタイミングに合わせてコープスブライドがハイパービームジャベリンを薙ぎ払い、直撃を受けてあわや海面へと叩きつけられてしまう。ビルドレイザーは水中への対策は一切なされていなかった。宇宙と水中では、同じ気密性では意味が無いのだ。

「うっ.....まずいぞ.....!水が、入ってくる!?」

ビルドレイザーがますます海中に沈み、コクピットハッチの隙間から水が流入し始める。リョウマはレバーとペダルを最大まで押し込み、機体を無理矢理海上へと浮き上がらせようとした。しかしコープスブライドが空中から光の雨を降らせてくる。下手に海中から顔を出そうものなら、一撃で蜂の巣にされてしまうだろう。

「天才だったんじゃなかったの?笑わせないでよ、お勉強が出来るだけならそんな肩書、捨ててしまえッ!」

エミは頭をゆらゆらと動かしながら、レバーを前に倒した。コープスブライドがビルドレイザーのいるであろう水面目掛け、ハイパービームジャベリンを突き入れた。ドォオオオン!!と水が瞬時に蒸発する音が虚空へ吸い込まれ、とてつもない高さの水柱が天へと伸びたかと思うと、細やかな雨を降らせた。しかしエミは斃したと言う確信を持てず、すぐさま右に振り向いた、その時である。

「ビルドアップ!!」

ビルドレイザーが水飛沫で視界が悪くなる瞬間を狙って水中から飛び上がり、両手をダハックのマニピュレータに換装。ハイパービームジャベリンのエネルギーを、瞬く間に吸収しながら発振器を引っ掴むと、次はデスティニーの物へ形を変えてパルマフィオキーナで爆砕した。目まぐるしく攻撃パターンを組み立てていくのは、正しくリョウマが天才たる所以を示す。エミはビルドレイザーを睨みつけ、声を荒らげた。

「イリュージョンとでもッ.....!!」

ファンネルミサイルをリアアーマーから放ち、ビルドレイザーを吹き飛ばそうとするが、その目論見は簡単に崩される。ビルドレイザーが両手に持ったサーベルでファンネルミサイルの、弾頭のみを切り落として全て無効化したのだ。エミは迷わずコープスブライドを急上昇させ、一時離脱を目指す。しかしハザードを起動させた以上、戦闘の長期継続は避けねばならない。大型化した両腕の装甲を排し、通常型に戻すと前腕内部からビームサーベルを装備して旋回しつつビルドレイザーへ接近をかけた。

「この手で葬らなきゃ、気が済まないってのか....だったら!」

リョウマの指がコンソールの"HAZARD"に触れようとしていた。一瞬躊躇いを感じたが、コープスブライドの移動速度が予想を遥かに超えているのを察し、覚悟を決めウェポンセレクタをタップする。

「ハザードビルドアップ!」

ビルドレイザーの全身を黒霧が覆い尽くし、赤と青の双眸を煌々と輝かせた。右手にドリルクラッシャーをビルドすると、コープスブライドが至近距離へ到達するのに合わせ正拳突きを放つ。しかしコープスブライドはビームサーベルを振り下ろすと見せかけ、胸部の拡散メガ粒子砲を斉射した。放射されるビームの渦にビルドレイザーは巻き込まれたものの、ハザードの霧によりほぼ無効化される。勿論これはエミにも分かっていたことで、ドリルクラッシャーに対応する方法を考える為に、時間稼ぎをしたに過ぎなかった。

「たかがドリルに使うのは癪だけど、どちら道同じこと!」

バインダーの左右からビームシールド発生器を迫り出させ、光の盾を発してドリルクラッシャーを弾き返し、バインダー先端からも隠し腕を伸ばして斬りかかる。ビルドレイザーがビームサーベルで素早く斬り結び、高度を取ったがエミはそれを見るや勝ち誇った様に、口許を歪めた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.37 ONESTEPが遠くならぬ内に

「ハザードビルドアップ!」

リョウマの宣言と同時、ビルドレイザーの全身を黒霧が覆い尽くし、赤と青の双眸から鋭い眼光を放った。右手にドリルクラッシャーをビルド、ギリギリまでコープスブライドを引き寄せてから正拳突きを見舞う。しかしコープスブライドはビームサーベルで攻撃すると見せかけ、拡散メガ粒子砲を放射しビルドレイザーを追い返し、バインダーから展開したビームシールドでドリルクラッシャーを弾いた。そのまま間髪入れずバインダーの先端からも、隠し腕を開放しビームサーベルを発振させ八つ裂きにせんと斬りかかる。だがビルドレイザーは素早く反応し、バックパックからビームサーベルを抜き放ち斬り結び、相手の頭上を取ったのだが当のエミは一切の動揺を見せないどころか、かかったとばかりに勝ち誇った顔をした。

(かかった....!天才なんてものは、ただの眉唾だと証明してやる!)

一方リョウマはハザード状態の機体から来る、情報のフィードバックにより、苦痛で顔を歪めた。しかしコープスブライドの挙動が想定とは違うと見、頭をフルに回転させた。だが状況は彼の予想だにしない方向から崩れて行くのだった。唐突に熱源反応が現れ、リョウマはぎょっとしてその方向へ目を向けた。鉛色に鈍く光る"何か"―。リョウマがその正体を察するのに、何ら時間もかからなかった。

「ダートビットか.....!と言う事は、相手は彼女ではなく、奴か!!」

ビルドレイザーは頭部バルカン砲でダートビットを撃ち落とし、緩やかに高度を上げながら左手にビルドしたザンバスターを連射した。放たれた光の矢は何かに弾かれ霧散する。消えた先で黒い影がぐんぐんとこちらへ向かい、加速していく姿が見えた。

「そうだ、私だ」

一つ眼の鬼神、イフリートコラプスがヒートサーベルを交差させ突進する。ビルドレイザーもザンバスターからバスターガンを外し、ビームザンバーへとシフトして迎え撃つ。赤熱化した鋼鉄と光の刃がぶつかり合い、稲妻の如き閃光を迸らせた。

「東郷さん、あなたが彼女を利用しているのかっ!?ハザードを使わせてまで戦わせるなんて、何考えてんだ!?」

「いいや、奴は私や百崎社長とは無関係だ。しかし目的が一致するのなら、こういう事にもなるだろう、水崎!」

イフリートコラプスの左腕、ビームバルカンが火を噴いた。ビルドレイザーはすぐさまGNシールドビットを形成し、ビームバルカンを防ぎつつコープスブライドにも目を向けた。するとコープスブライドの拡散メガ粒子砲が再び襲いかかり、リョウマは半ば強引に機体を向き直らせ光の合間を縫いつつ、ビルドライフルでの狙撃を試みた。だがコープスブライドは華麗にバレルロールを描いてこれを避け、ファンネルミサイルとビームガンを斉射し、ビルドレイザーを天高く打ち上げた。そこへ急接近をかけ、バインダーの隠し腕で四肢を掴み、胸部の拡散メガ粒子砲にエネルギーの充填を始める。

「これじゃあ逃げられないだろッ!!死ねッ.....死ねぇええええッ!!」

コープスブライドのコクピットの中は、すでに暗闇に包まれていた。エミの瞳も赤い光を灯し、口角もピクピクと震わせながら吊り上がらせている。彼女を知る者が今の顔を見たらどう思うだろうか。きっと同じ人物とは思ってくれないだろう。しかし今のエミにはそのような事はどうでもよく、憎きZeuSの人間を一人残らずこの手で葬ればそれで良いのだ。魂も誇りもかつての想いさえも全て捧げ、アーネストの軍門に下った。何の後悔もない。失うものも得るものもない。だがそれで十分だった。メガ粒子の渦がビルドレイザーを呑み込み、爆発の衝撃が空気を揺らした。

「この程度で終わるとは思えんが....」

シューインは今の状況を静観しながらも、油断だけは怠らないでいた。一方のエミはと言うと、勝利を確信したのかハザードを解除し青空を虚ろ気な目で見上げ、安堵したように笑う。しかしその声は乾いていた。

「あはは.......やったよ.....私、やったよ.....ハジメ、君......あれ....おかしいな........何で私、泣いてるの......?」

瞳から零れ落ちる滴が手の甲に当たり、弾ける。復讐を果たせるのなら、素直に笑えたはず。しかしとめどなく溢れ出てくる涙は、エミの心のどこかに蘇った感情によるものだ。無論、エミ自身がそれを自覚する事はない。本当の自分と向き合わない限りは――。

「ぐっ......がっ.......や、やめ、ろ......!ハザードを、止めないと......!」

着弾の直前、リョウマは身体のコントロールが効かなくなったのを感じ、危険を悟った。ハザードが暴走を始めようとしている。金縛りにかかったように動けなくなった腕を、強引に伸ばして強制解除しようとするが、その時点で彼の意識はぷっつりと切れてしまった。そしてコープスブライドの拡散メガ粒子砲が着弾してから、数分後。恐れていた事が遂に現実のものとなってしまう。煙を突き破り、黒い風がコープスブライドのそばを通り抜けた。その瞬間、左側にあったバインダーが、フレームごと斬り落とされ海面から水しぶきが上がる。エミもシューインもこの事態に何が起こったのか、一瞬測りかねた。

「なっ......!?」

コープスブライドが振り向きざまにビームガンを撃とうとした矢先、黒い霧に包まれた手に顔面を捕まれ視界が塞がれた。両手で引き剥がそうにもびくともせず、エミは歯をガチガチと震わせた。この時にして初めて理解した――これがハザードなのだ、と。

「いかん....このままでは!」

シューインは迷わずイフリートコラプスを加速させ、2機の間に割って入りビルドレイザーの顔面に、右腕から発振させたビームニードルで殴りつけた。しかしビルドレイザーは左手でいとも簡単に受け止め、ゆっくりとイフリートコラプスに目を向ける。

「貴様は何をしようとしているのか分かっているのか!お前が救いたいという奴を、お前自身が殺すというのか!?」

だがそんなシューインの挑発にも応えず、ビルドレイザーは全身を光らせ2つの残像体を形成してそれぞれにぶつけた。忽ち機体の制御が不能になり、モニターに激しいノイズが走るようになる。それだけではない、機体各部が痙攣を起こし自壊も免れぬ有様となった。

「機体の、コントロールが!?」

エミが必死にレバーやペダルを動かしても、コープスブライドは一切制御を受け付けず、空中でもがき続ける。だが彼女に情けなどかけずビルドレイザーは、ゆっくりと"歩み"を進めた。

「はっ.....!?嫌......嫌だ......やめて......来ないで.....来ないでッ.....きゃああああああッッ!!!!?」

エミの叫びは虚空の彼方へ吸い込まれ、消えてしまう。一切の慈悲もなくビルドレイザーのビームサーベルがコクピットを貫いた。その直後イフリートコラプスの機能不全が回復。バーニアを最大にして二振りのヒートサーベルで交差斬りを仕掛ける。しかしビルドレイザーは予備動作もせずに、上体を反らし斬撃を躱して胸部装甲にストレートを叩き込んだ。そして右足の先端にチェーンソーをビルドすると、目にも留まらぬ速さで斬り蹴り、イフリートコラプスの顔面に深い裂傷を負わせた。

「これが、ハザードの力....!制御出来なければ、ああなると言うのか.....えぇい...!」

シューインは近くの島に機体を着陸させ、ホバー移動で後退しつつ、両腕からビームバルカンを斉射して森林の中へと潜ませた。ビルドレイザーは左手からIフィールドを発してビームバルカンを無力化すると、ふわりと砂浜に降り立ち目の前にメガ・バズーカ・ランチャーを生成し間髪入れずトリガーを引き、圧倒的な火力を以て森林を焼き払ってしまった。情けも容赦もなく、慈悲すら感じさせぬビルドレイザー。シューインは無意識下で恐怖する。

『ハザードが暴走しちまえば、ほぼ確実に何の制御も受け付けなくなる。物言わぬ破壊装置に成り下がる訳だ』

脳裏でグロックの言葉が過ぎった。彼の言っていたことは、全くの真実で冗談などではないのだ。

「こんな悍ましい物を作るのに、俺は加担したというのか.....」

戦慄。最早それ以外の言葉が出てこない程に、シューインは思考を支配されていた。アラートが鳴り、急いで意識を戦いに向け、レバーを前に倒した。大木の陰から飛び出し、ビルドレイザーの居る砂浜へ直行する。

「だが、貴様に出来て私に出来ないということはない!ハザード!!」

シューインの宣言に呼応し、コクピット全体が赤い光に染まった。イフリートコラプスは全身から黒煙を発し、モノアイの眼光を瞬かせ風となり白砂の大地を駆け抜けた。ビルドレイザーもすぐに気づき、メイスをビルドして真っ向から突撃する。イフリートコラプスが最上段から振り下ろすヒートサーベルを、ビルドレイザーがメイスで叩き折り反動を利用して、胴を横薙ぎに殴り抜けた。コクピットを凄まじい衝撃が襲い、シューインは危うくメガネを落としそうになるが、それでもモニターに映るビルドレイザーだけは目で捉えていた。

「これ程のフィードバックがあるとは.....しかし!」

地を滑走し、両腕からビームニードルを発振させフックを狙う。だがビルドレイザーは僅かにタイミングをずらして身を屈めると、背部に新たなバックパックを生成した。その姿形を見たシューインは驚愕する――それは余りにも、殺意に満ちた物であった。エールストライカーの様に見えたそれは、翼に夥しいの刃を抱えており、絶えず高速回転し続けている。航空翼がチェーンソーとしても機能するようになっていたのだ。勢いを殺す間もなく、ビルドレイザーがイフリートコラプスの直ぐ側を通り抜けてしまう。その頃には既に、イフリートコラプスは胴体を真っ二つにされており、上半身が波打ち際に転がった。

「ぐっ......ぬぅっ......!な....まだ終わらないだと....!?」

イフリートコラプスのハザードが機能停止を起こしたが、ビルドレイザーはそれには一切意に介さず、むんずと頭部ブレードアンテナを掴んで持ち上げる。双眸の紅蒼の煌めきと黒霧をより一層強め、冥府へと叩き落とす死神もかくやの様相を呈した。

 

新生ブルームーン旗艦、クレッセントブルームーンにて。

「こ、これがグラハムさんの....新鋭機....!?」

MSデッキの中へ搬入される、1機のモビルスーツ。形状からするにブレイヴ指揮官用試験機なのだが、擬似太陽炉を懸架するバインダーや装甲の細部に変更が加えられていた。エスはセットアップ中の現場に遭遇し、その状況に息を呑んだ。映像作品でしか見ることの無かった、大規模な整備の様子である。興奮しない方が難しいだろう。殊にエスの様な人間にとっては。

「どうだい、我らがソルブレイヴスが誇る、グラハム隊長の新鋭機は」

近くをダリルが通りかかり、作業風景に見入るエスに声をかけた。

「凄いってもんじゃないですよこれ.....」

「300ものカスタム用MODを実装する予定らしい。そんでこのブレイヴは"ブレイヴ・サンダーバード"になるんだと」

「サンダーバード?あの人形劇ですか?」

日本人であるエスには、サンダーバードと聞いて思い浮かぶのはそれしか無かった。ダリルもその辺りは分かっており、苦笑しながら首を横に振る。

「分からなくもないな、誰だってそう思うけど違う。サンダーバードってのは、アメリカに古来から伝わる伝説上の生き物だ。その名を通り雷を起こす存在として信じられてきたのさ」

「雷を呼ぶ鳥ってことです?」

「だからリギルド・センチュリーの技術とか、GN粒子変容技術を最大限に応用して再現する仕組みが必要で、それはガンプラじゃどうにもならんから、MODで擬似的に実装するしかない。まぁ隊長は我慢弱い訳だから、いつでも動けるように、普通のブレイヴまで持ってきてんだがな?」

「あの人らしいですよ」とエスは笑い、リフトで作業現場の近くまで降りた。やはり慌ただしく稼働しており、邪魔にならぬよう立ち回りながら観察する。だがそうするのも束の間、葉山に捕まってしまった。

「エス、暇なら手伝え!人手が全く足りないんだよ!貴様もここで作業するには十分な技術、持ってんだろ?ならやる事は決まってんだから!」

作業用ビークルに乗せられ、ブレイヴ・サンダーバードの懸架されたドックへ向かう。確かにエスもとい聡は、仮想世界工学研究室に所属している為、プログラミング回りについても多少の心得があった。しかしそれを何故葉山が知っているのか、不思議でならない。

「ハッパさん、どうしてそれを知ってるんですか?」

「緑のコート着た娘が言ってたんだよ。お前が技術者にも向いているってな」

「緑のコート......あぁ!?」

犯人を一瞬にして特定出来、エスは思わず声を上げた。ミサがにやにやと笑みを浮かべながら手を振るのが見え、最早確信犯であるのは言うまでもない。ミサの隣にはミナも居り、一緒に手を振っていた。

「エッちゃん早く手伝ってよ!」

「誰がエッちゃんだ!変な呼び方するんじゃ.....何だ?」

エスがいたずら代わりに、足元に落ちていた工具を投げ渡そうとした矢先。どこからかガシンガシンとMSの歩く音が聞こえた。ブレイヴ一般用試験機が慌てて押し留めようとしているように見え、エスはますます不思議がった。

「ハッパさん。あっちの方に行ってもらえますか?」

「ちょうど俺も気になってた所だ。何だってんだ、こんな忙しい時に!」

やはり葉山も今の出来事が気になるようで、ビークルのハンドルを切ってブレイヴ・サンダーバードから離れ始めた。

「だから、やめなさいと言ってるでしょう!まだ整備も調整もロクに出来てないのよ?何があったか分からないけど、いきなり出てって、もしやられて戻って来たら、どれだけの迷惑がかかるか....!」

ブレイヴ一般用試験機のコクピットでは、カリーナが必死に止めようと説得していた。彼女が止めようとしている相手は、ドラグハート――弘だった。

「んなこと構ってられるかよ!アイツがやばいってのに!アイツが戻らなくなったら、ダイバーズが奴らの好き勝手にされるかもしれねぇんだ!!」

「アイツって.....リョウマ・アルキメデス?あっ.....あらぁっ!?お、落ちっ....駄目ぇええっ!!」

戦艦の中だと、満足に推進力を使えないのをいい事にドラグハートがずんずんとブレイヴを押し出していく。とうとう踵が空中にはみ出てしまい、落下寸前の所でカリーナはやむなくペダルを踏み込んだ。

「そこの二人!何やってんです、こんなところで!」

エスが叫び、注意をひく事で2機の動きを止めた。

「ちょうど良かった.....エス君だったわよね、この人を止めるの手伝って貰えないかしら?」

「どういう事なんです?」

「さっきからアイツがどうのこうのって、ずっと言って聞かないのよ...」

カリーナの話を聞きながら、エスはある直感を得た。弘と直接話をしなければならないと、思いに駆られドラグハートのコクピットハッチ目掛けワイヤーガンを撃ち、機体に取り付いた。

「弘、開けてくれ!」

「飛んだぁ!?」

突然すぎる動きに弘は度肝を抜かれつつも、ハッチを開けて顔を覗かせた。エスはコクピットの中へ滑り込み、問うた。

「何か感じたって事?言葉では言いづらい何かが、君の中にあった....そうじゃないか?」

「な、何で分かんだよ......アンタ、ずっと思ってたけど何もんだ?」

「俺の感覚に間違いがなければ、君はν-Typeかも知れない。仮想世界に適応した人間って意味....多分、君はその一人になったんだろう」

ν-Type。聞いたことの無い言葉に弘は即座に否定しようとするが、心の何処かでは引っかかりが取れるような感覚があった。ν-Typeと言うのは、エスの言うように仮想世界に適応した人間を指す名称である。語源は"ニュータイプ"であり、これもまた宇宙の環境に適応した新人類を意味していた。理論上では存在し得ないものだが、現にエスもミナもそのν-Typeと呼ばれる人間達の一人である。そして弘もまた、その戸口へ立とうとしていた。リョウマの言う"超感覚"の正体は、恐らくそこにあるであろう。そう考えると弘は自然と納得できた。

「ずっと変だった....俺がコイツを使いこなせるようになってから、ずっと。戦ってる相手がどんな気持ちだったとか、動きとかもチラホラ....わかると言うか、見えるようになっちまっまったっつーか....気がつきゃ今はアイツがヤバイってことまで分かるしな.....俺はそのν-Typeってんのか」

「やっぱり......そういう事なんだよ。その感覚に間違いはない、信じられる。カリーナさん。これは俺に任せてもらえますか!」

唐突な提案にカリーナは少し戸惑うが、どうなるか分からない弘を一人にするよりは、多少は安心できるので呑むことにした。

「いいけど、危なくなったら何が何でも撤退させなさい?これは艦長からの命令でもあるから」

エスはサムズアップで応え、ハッチを閉じた。

「行こう。君の仲間が危ないなら、悠長にしてられない!」

「おう......恩に着るぜ!」

彼の言葉に後押しされ、弘はドラグハートをクレッセントブルームーンから飛翔させる。リョウマを連れ戻せるチャンスは、恐らく今しかないのだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.38 OVERFLOWする鬼才

クレッセントブルームーンから飛び立ったドラグハートは、弘の得た感覚に従い絶海の孤島へと航行を続けていた。運良く同じバトルエリア内に来たお陰と言うのもあるが、彼自身の持つ鋭敏なセンスが、戦場も交流広場も関係なく、発揮されるようになった。その事実の方が大きいだろう。側で見ているエスは、複雑な心境だった。ν-Typeに目覚めた者達は、あまねくして悲惨な運命を辿っているからだ。エスもそうだが、ミナやウェルス、そしてエルニアやレイも、見るに堪えない惨劇を味わって来た。異能を手にした人間には、幸せな未来など訪れはしないと言うのだろうか。彼が仮想世界工学研究室の門を叩いたのも、それが理由だった。技術や理論も然ることながら、仮想世界と言うフロンティアで新たな境地に立った人間は―。そう考えている内に、弘が「ここに居た.....!」とドラグハートを加速させた。MFタイプのコクピットルームは、捕まる場所が殆どなく思考に耽るエスは踏ん張る事も敵わず、モニターに背中をぶつけた。

「うげっ.....!?え、もう見つかったのか.....」

「この気配、ヤバイなんてもんじゃねぇ......まさかアイツ、ハザードを使って....!?」

弘の懸念は間もなく現実となる。黒い霧に包まれたビルドレイザーがイフリートコラプスの、頭を掴んで持ち上げる瞬間を目の当たりにした。弘は反射的にウィンドウを開き、チャージアーマーを起動させドラグハートを突進させた。

「行くぜ....チャージアップ!」

全身からスプラッシュの如く光粒子を放ち、ドラグハートチャージドへと変身すると、龍をかたどったオーラを纏い、ビルドレイザーとイフリートコラプスの中へと飛び込む。そして至近距離まで迫ると両腕に水球と火球を発し、強烈な波と炎の渦を吐きながら、双方に拳を浴びせ吹き飛ばしてしまった。その折、弘は遥か遠方の水面に浮かぶ、白い何かを目の当たりにした。彼はすぐに全てを悟り、奥歯を噛み締めビルドレイザーを睨んだ。

「やり過ぎだろ.....!」

エスは後頭部をぶつけながらも、ドラグハートチャージドの持つ魔法じみた攻撃に呆けた。イフリートコラプスのシューインは、突如乱入して来たガンダムを凝視し言葉を失う。と言うより、口にする余裕が失せていた。

(何だ今の攻撃は.....これでは普通とは言えん.....しかし、奴の姿は見た事がある.....そうか、やはり奴なのか....!)

大岩の裏に投げ出されたのを好機と見るや、乱入者の正体を記憶に留めバトルエリアから姿を消した。この場に残ったのは、ドラグハートチャージドとハザードに侵されたビルドレイザーのみ。

「リョウマ.....テメェ今までどこで何やってたんだッ!?人の気も知らねぇでよ!!」

ドラグハートチャージドが地を蹴り、相手の顔面めがけストレートを放つ。だがビルドレイザーは頭を右に倒して回避、ドラグハートチャージドの腕を掴んで拘束するやいなや頭部バルカン砲を撃ち込み、目を潰そうとしてきた。ドラグハートチャージドもほぼ同じタイミングで、左アッパーを決めて致命傷を免れ、胴に膝蹴りを喰らわせ互いによろける形で距離を作った。だが弘はすかさずドラグハートチャージドを走らせ、ビルドレイザーの襟首型のパーツを掴み引き寄せた。

「今のお前を見たら、スワンとか舞夜とかが何て思うか分かるか!何が"俺に構わず生きろ"、だ!何が“犠牲になるのは俺一人で十分“だ....!テメェの独りよがりで何とかなるもんなのかよ!!答えて見ろよッ!!!」

しかしビルドレイザーには声は届かなかった。ドラグハートチャージドの腹部を蹴りつけ、強引に押し退けると即座にビームマグナムをビルドし、至近距離で発砲した。バキュウン!!と轟音が空氣を揺らし、放たれた赤い光弾がドラグハートチャージドに喰らいつく。被弾も免れぬ距離にいるが、それでも弘には防げるという確信があった。輝彩の凶弾がドラグハートチャージドに接触する刹那、青い輝きが瞬く間にエネルギーを押し出し始め、エネルギーの勢いを相殺すると忽ち霧散させたではないか。

「あ、Iフィールド....いや、ビルドバーニングならプラフスキーフィールド.....!?」

見ていたエスには、最早万事休すかと思われたがドラグハートチャージドの展開したバリアを見、驚愕した。

「あ?なんか言ったか?」

「いや.....君の機体、とんでもなく凄いんだな....見ているだけでもはっきり分かる」

「アイツが俺の為だけに用意してくれたからな....当たり前だろ!」

「来るぞ!」

エスが咄嗟に叫び、弘はドラグハートチャージドを浮揚させた。足のすぐ下を黒い風が通り抜け、肝を冷やすが反撃の糸口は見つかる予感があった。

「コイツでお前の目を覚まさせてやるッ!」

ストームブレードを右手に呼び出し、鍔から伸びるグリップを素早く3度倒す。すると刀身を中心として嵐が巻き起こり、ビルドレイザーめがけ勢い良く叩きつけた。刃となった旋風が砂浜を抉り取り、吹き飛ばされた砂粒でさえ弾丸となり襲いかかる。そして事前にシールドを携えていたビルドレイザーを、海上まで弾き出す事に成功した。

「うぉおおらぁあッ!!!」

ドラグハートチャージドはすかさずビルドレイザーの眼前まで接近、止めと言わんばかりに水と龍のオーラを込めた拳で顔面を突き破り、浅瀬に叩きつけた。首を失ったビルドレイザーからやがてハザードの瘴気が抜けて行き、黒色化した装甲もトリコロールの色彩を取り戻す。

「やった、のか.....?」

「分からねぇ.....けどこのまま残ってんなら....」

何も起こらず、深い静寂が広がる。彼らの耳に聞こえるのは、波のさざめきと風の音。この沈黙が二人を不安に駆り立てる。固唾を呑みビルドレイザーを見つめる事、数分。

「..........うっ......!」

呻き声が聞こえ、弘はドラグハートチャージドを近くまで歩かせた。

「どうして、俺は倒れてるんだ........何が起きている......」

全身の痛みに気を失いそうになりながらも、リョウマは身を起こしモニターを眺める。ノイズが嵐のように走り、視認度が著しく低下していた。しかし、目の前に立つガンダムはノイズ下にあってもすぐに正体を察せられた。青、金、銀の激流の鎧。見間違うはずもない、これを作ったのは自分なのだ。

「チャージ、アーマー....??どうして、お前が.....」

リョウマの問いへの答えはすぐに返ってきた。

「お前を助けるために決まってんだろ...んな事も分かんねぇで、よく天才だとか言えんな!」

ドラグハートが手を差し出し、ビルドレイザーを引き寄せ立ち上がらせた。

「....俺に関わるなと言ったはずだ....何故....」

「しょうがねぇだろ?望の目を覚まさせるだけじゃ何の解決にもなりやしない、根本的な何かを叩かなきゃ気が済まねえ。......お、迎えが来たぞ!」

迎え?とリョウマは聞き返しつつ空を見上げた。半月型の巨大戦艦がこちらへ向かって進んでいるのが見え、その大きさに開いた口が塞がらなくなる。

「ぴ、ピースミリオン......なのか?」

「アレが俺達新生ブルームーンの旗頭....クレッセントブルームーン」

エスがやや自慢気に返した。

「もう一人乗ってた!?MFタイプのコクピットで二人乗りやるなんて、馬鹿なことするもんじゃないよ....!」

今の今まで弘だけが乗ってるのだと思っていたリョウマは、エスの存在に困惑し何とも言えぬ気分だった。しかし、ブルームーンが再興されたと言うのなら、またとないチャンスのようにも思えた。

 

クレッセントブルームーンのブリッジへと連れて来られたが、リョウマは周囲からの鋭い視線を感じていた。ソルブレイヴスやウェルスは事情を知っており、邪険に扱う事は無かったがその他の面々はリョウマがZeuSの人間と知ると、険しい顔をした。無理もない話である。あの凄惨な事件を引き起こした、ZeuSにいたと言うなら何らかの形で関わったのではないかと疑うのは自然である。無論、リョウマは関わっていないとも言えず辛く当たられても受け入れるしか無かった。

「あの事件を起こしさえしなければ、レイさんがいなくなる事なんてなかったです!!レイさんを返してください!」

殊アヤカはレイの失踪をZeuSによるものだと認識していたようで、リョウマに激しい剣幕で詰め寄った。グラハムに窘められるが、それでもアヤカは一歩も引かず問い質し続ける。リョウマもレイの失踪と、ZeuS事件が無関係であるのは既に分かっていた。が、その事実を伝えれば彼女の精神を更に荒ませてしまうと思い、口を噤んだ。

「何とか返事してください!この....人殺し!!」

無情にも突き付けられる、人殺しのレッテル。リョウマの脳裏に浮かんだのは舞夜が最期に見せた笑顔。自然と拳に力が入り、唇がますます固く閉ざされる。

(ここに神宮寺さんがいれば、少しは状況が変わったかも知れんが.......)

近くで様子を見ていたウェルスは、エスを連れてブリッジを後にした。

「どうしたんだよ、急に」

眺望の良いラウンジルームを訪れ、エスはウェルスに何事かと訊いた。暫しの間を置き、ウェルスは重い口を開く。

「俺は奴がZeuS事件の根幹に関わったとはとても思えない」

スワンから聞かされた話や、自身でも探偵業の傍らで手に入れた情報等から総括し、やはりリョウマはZeuS事件とは殆ど無関係なのではと結論づけていた。エスはウェルスの言葉に面食らい、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で見つめる。

「どうして、そう思う....?」

「簡単な話だ。奴は今に至るまで、ダイバーズの開発に携わっていたが、ZeuS事件の全てに関わっていなかった。それだけの事だ」

「関わってなかったって......」

「ソースについては秘匿させてもらう。守秘義務がある」

「どうしてだよ、そんな大事な話なら隠す意味無くないか?」

「とにかく、今のままだと奴は信用されないままだ。恐らく事実を知ったところでますます荒れるだろうからな.....殊あの子の怨恨は根深い。余計な騒ぎを産みたくなければ、黙って呑んでくれ。これはレイを救う為でもあるんだ....!」

ウェルスに突然肩を掴まれ、エスはぎょっとした。しかし彼の真剣な眼差しを見て、これは全くの冗談ではないと感じた。

「大反対ですッ!!」

エスがブリッジに戻って来た矢先、アヤカの叫ぶ声が聞こえ心臓が止まりそうになる。こっそりと物陰から様子を見ると、新生ブルームーンの中心メンバーの面々で、リョウマに対する処遇を協議しているようだ。

「だからって、他にしようがないだろう....!あの時はJOKERも、メイポールの皆も居たから何とかなった。だけどこれは、その時とは訳が違う、違い過ぎる」

シローが説得しようとするが、アヤカは一切聞く耳を持たずリタに訴えるばかり。話がろくに進まず、グラハムも珍しく足を組み替える。

「この状況下で個人の感情など、重要視すべきでは無い。確かに我々は彼女を救出せねばならんが、それ以前にブルームーンが使命としていることを疎かにする事があってはならない。そうじゃないか?」

「だったらエーカーさんは、ZeuSを許すつもりですか!?」

更に詰め寄ろうとするアヤカを、リタが制した。

「彼の言うように、皆が意を一つにしない限り、何も動けないままですわ。正直私も、リョウマ・アルキメデスを信用しろと言われると気が引けましょう。ですが、それではグラハムの懸念通り、ブルームーンとしての使命を果たせません.....彼女は何より、自分の為だけに動かれるのを嫌う人間だった。それならば尚更、より建設的な方向へ舵を切る必要があるのではなくて?」

裏で聞いていたエスは、そう語るリタの姿にある種の力強さを感じた。ただの高飛車お嬢様では無かったのだ。

「リョウマ・アルキメデスは本日付で、ブルームーンに編入致します。いずれにせよ、ZeuS同士で潰し合いになるなら、利用しない手はないですわ。内通している可能性もないとは言えませんし、監視を付ける必要はありそうですわね.....」

リタはアヤカを黙らせるかの如く決裁を下し、グラハムをちらりと見た。彼も彼でその判断が出ると予見していたらしく、小さく頷いた。

「本来なら撤退させるつもりだった人物がいたが、彼女に任せると言うなら断る理由もあるまいよ。当然、本人も吝かでないはずだ。打診して来よう」

そう言うと席を立ちブリッジを出て行った。アヤカは彼の背中を見送りつつ、膝の上に乗せた拳を震わせる。

 

身柄を拘置すると言う名目で、空きの個室を割り当てられたリョウマは死んだように眠っていた。直ぐ側に置かれた椅子にスワンが腰掛けていたが、本を片手にベッドに突っ伏してうたた寝している。リョウマの右手に自分の手を重ねたままで。気圧式のドアが静寂を破り、スワンはビクリと肩を震わせて目を覚ました。

「えっ.......!?私...いつの間にか眠ってしまったのでしょうか......あれ...?」

ドアの方へと振り返ると、グラハムが立っていた。寝ている所を起こしたかと、やや気まずそうな顔だ。

「失礼、叩き起こしたようだ....」

「いえ、大丈夫ですよ。どうかしたのですか、グラハムさん」

「実はリョウマ・アルキメデスをブルームーンに編成する運びとなったのだが、彼の立場上監視役をつける必要性が出てきた。そこで君にその役を担ってもらおうと、相談に伺ったのだよ」

すると、スワンはぱっと表情を明るくしリョウマに振り向いた。もう、彼を孤独にさせずに済む。それが何よりスワンにとっては、嬉しい事だった。

「やっと.....一人にさせなくて済むんですね....よかった....!」

「ZeuS相手だと、同じZeuSをぶつけるという考えだ。彼の持つ、あのガンダムの力でなら奴らに対抗できるだろうよ」

「え.....それってどういう意味ですか....」

「君の思う事と、現実は違う。少々言い方が悪くなるが、彼を盾にして我々は戦って行かねばならん。今までより常識が通用しない次元での戦いになるなら、それに追い付ける人材をあてがうのが道理だろう」

「どうしてそんな考えになるんですか....!リョウマさんは、私達の敵になるような人ではありません!」

「気持ちは分かるがね....これは感情論でどうにかなる話じゃあない。組織として考えた結果だ」

「そんなの、あんまりです...!リョウマさんはダイバーズの為に、ずっと戦ってきた人なのに.....そばにいた私達がいるのに、信じられないと言うのですか?」

悔しさを滲ませるスワンを見、グラハムも何かを感じない訳ではなかった。しかし、ここで対応を変えるということまでは考えない。リョウマも目を覚まし、横目で周囲の様子を眺め何が起こっているのか何となく察した。

「別に俺はお前たちに協力してもらおうとは考えてない....ブルームーンと接触しなければならない、理由がなくなったからな....」

起き上がろうとするのを、スワンが慌てて止めるが逆に押し返された。グラハムは目を細め、その真意を訊いた。

「その心は?」

「.....レイ・ブルームーンからJOKERにまつわる情報と――彼女の機体データを手に入れる為だ。それ以外に接触する理由は無い。ここに本人がいないなら、用件なしだ」

これにはスワンも驚きを隠せず、狼狽した。グラハムはと言うと、眉を顰め一瞬考えた後唇を曲げた。

「君は彼女を利用するつもりだったのか。それではスワンから聞いた話とはアベコベではないか....!」

「どう取ってもらっても構わない。何れにせよ、常識を外れた連中と戦うには、同じだけ外れた力が必要だ。ν-Typeなんてものが、本当にあるなんて信じたくなかったが....あるのなら使うまでの事」

奇しくもグラハムやリタと似通った考えだった。しかしリョウマの思考は彼らとは些か趣が異なる。ビルドシステムの完成と、ハザードシステムの完全な制御法の確立。これが出来なければこの先の戦いでは、優位に立てない。ビルドシステムに関しては、残り数機分のデータさえ採れれば、後は調整次第で完成に漕ぎ着ける。リョウマはレイの機体にそれだけの価値があると踏んでいたのだ。

「それ、冗談、ですよね......?」

声を震わせ問いかけるスワン。だがリョウマは何も返さずベッドから降り、ハンガーにかかっていたトレンチコートを羽織ると、足早に部屋を出てしまった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.39 彷徨えるSHADOWGHOST

濃紺のジャケットを着た青年、ガンプラダイバー“カイ“――本名を土村海知と言うが、彼はとある古いマンションを訪れていた。海知の隣には、ベージュの背広を召した金髪翠眼の男もいる。髪もかなり短く切り揃えており、あと一歩踏み込めば坊主ヘアになるように見えた。それはさておき、二人は非常階段付近の扉を前に、何かを懐かしむような顔で南京錠を解錠した。照明をつけると、そこかしこにコンピュータやその他の機材が置かれた景色が姿を見せる。埃まみれのようだが、電気や通信回線は生きているらしく、通電ランプの青い光が灯されていた。

「僕は一度しか来たことないけど、君は何度かここに来てたんだろう?」

「まぁ....大抵は俺の機体の調整を手伝ってもらってたがな。あの人のおかげで俺やお前、いや....."A.ν-T"がスムーズに動けていた。お前だってそれは理解してんだろ、ポール・マートン」

「常識を超えられるまではね....おっと、掃除でもするのかい?」

「ここの設備は今でも一線級だ。この現状、水崎さんが狙われてると考えるのが必然....俺だって今の状況がまともとは思えん。それなら俺達でできるところまで手伝ってやる。ちとしょぼくても、借りを返せるならそれでいい」

手伝えと言わんばかりに海知からスティッククリーナーを投げ渡され、ポールは危うく頭をぶつけそうになった。

「危ないなぁ....!まぁでも、拠点が増えるならミスター・リョウマも嬉しいんじゃないか?組織も今じゃ単なるネットワークになったのは、残念がりそうだけど」

「仕方ない。これも時代の流れって奴さ....俺も否応なしにν-Typeと言う人間を、信じさせられた訳だしな」

海知はジャケットを適当な椅子の背もたれに掛けると、エアダスターと乾いた布巾を両手に掃除を始めた。

 

ガンプラダイバーズ、クレッセントブルームーンにて。

「緊急出動要請です!バトルエリアP-2X66Gにて無差別攻撃が発生中です!常岡さんとアマダさんが先行しているです、直ちに救援を!」

艦内放送でアヤカの声が戦艦全体に響き渡る。

「また彼女か.....!」

恐らくクシャトリヤ・コープスブライドだろうとリョウマは見立て、ビルドレイザーのコクピットハッチを開けた。しかしそこへエルニアが現れる。

「あれ?スワンが監視についてるはずなのに、何でここにいる訳?それはそうと、出撃はさせるなって言われてるから止めさせてもらうね!」

徐ろにスイッチを押し、ハッチを閉めてしまった。だがリョウマはエルニアの手を押し退け、再び開けてコクピットへ飛び乗った。

「そんな事言ってる場合か!アイツらでどうにかなる相手じゃない。俺がやる」

「うわっ!?ちょ、ちょっと!きゃああっ!!」

ビルドレイザーの胸部ダクトから排気し、エルニアを転ばせ無理矢理逃すと、機体にかかっているロックを強制解除させてクレッセントブルームーンから飛び出した。

「権限がまだ生きているなら....行けるはずだ。ビルドアップ!」

ビルドレイザーの背面にダブルオークアンタのGNシールドを2つビルドし、すぐさまトランザムを起動。紅の輝きを纏うと次に翡翠の光へと色を変えた。

「クアンタム.....行くぞ!」

ツインドライブから放たれる粒子量が倍加する。やがて機体全体にも影響を与え始め、粒子に包まれたかと思うと、忽然と姿を消してしまった。この様子はブリッジでも観測されていたようで、アヤカが呆然とした顔でモニターを凝視し、ゆっくりとウォレスに目を向けた。ウォレスも突然過ぎる現象に言葉を失い、くちをあんぐりと開けたままである。

「な、何でもありです.......!?」

「チートもいいところだよ、どうなってんの!?」

口々に感想を漏らす二人。一方のリタは、依然険しい面持ちのままだった。先程まで軽装状態だったはずのビルドレイザーに、いつの間にかGNシールドが装着されている。更にトランザムまで起動した挙句、量子テレポートさえやってのけた。常識が通用しないのは覚悟の上だったが、これは明らかにリタの想像を遥かに凌駕する物だった。

(やはり彼は.....これまでのどんなダイバーとも違う....ZeuSの社員とは別の、何かを持っている。そうとしか考えられない...水崎諒馬、その正体を見定めさせてもらいますわ)

そう考えるとリタの行動は早かった。すぐさまウェルスに回線をつなぎ、アヤカ達に聞かれない程度の声で指示を送る。

「急で申し訳ございません。リョウマ・アルキメデスの追跡、頼めます?」

すると、予想よりも呆気なくウェルスから承諾を受け取り、リタは目を丸くする。

「個人的にも気にしているフシはあったからな....乗りかかった船だ。引き受けてやる」

アストレイノワールDのコクピットの中、ウェルスはリタからの通信にそう返し、機体にとある武器のデバイスドライバをインストールしていた。だがその直後、アヤカの驚愕する声がコクピットに反響したせいで思わず頭を上げてしまい、首の付け根辺りからグキッ!と嫌な音がした。

「うっ....!?一体どうした?」

「状況が変わりましたわ。彼の機体は量子テレポートが使えるようです」

「何だって?リリ嬢、ヤツの機体はツインドライブ搭載機じゃなかったんじゃ.....!?取り敢えず出撃する!」

アストレイノワールDがリニアカタパルトに立つと、すぐ後ろのドックアームが可動してバックパックに武装を取り付けた。青い翼のようにも見える大剣。ウェルスはちらりと横目で実物を見、何かを呟いてレバーを一気に倒した。

 

「ここか.....あのクシャトリヤは....あっちか!」

ビルドレイザーが到着した場所。そこは何とも不思議な世界だった。ロシアのサンクトペテルブルクにある、冬宮のようだがそれにしては異様だ。機体のサイズに比してかなり大きく作られているのだ。つまり、モビルスーツサイズの都市とも言うべきステージだろう。しかし現実とは何もかもが違い過ぎる為か、リョウマ言えど気分を悪くしかねなかった。探し回ろうとした矢先、熱源反応が現れ身構えるがどこか様子がおかしかった。何かから死に物狂いで逃げるリーオーの姿を目にしたのだ。

「く、来るなぁ.....来るなぁあああ!!」

ヒステリックな叫びでただ事でないのは容易に察せられた。リョウマはビルドレイザーを走らせ、転倒しそうになるリーオーを受け止め建物の陰に隠し、事情を問う事にした。

「一体何があった?何に追われてるんだ?」

リョウマが問いかけた刹那、リーオーにいきなり突き飛ばされ目を丸くした。一方のリーオーは、ビームサーベルを構え、ビルドレイザーの眉間めがけ突き出して来るではないか。ビルドレイザーはリーオーの腕を掴んで押し返すと、サーベルの柄を叩き落とした。その時リーオーのダイバーが放つ一言で、リョウマは状況のさらなる悪化を感じ取る事となる。

「何で攻撃する!?」

「お前がダイバーズを戦争に導くんだろ!?お前さえいなければ、こ、こんな事にならなかったんだ!責任くらい、とってくれよ!!」

「待て!俺は戦争を起こそうなんて考えちゃあいない!起こそうとしてんのは、百崎翼の方だ!俺は敵じゃない!」

「けどお前を倒せば、俺は弱虫扱いされなくて済むんだよ!だから俺のためにやられてくれ、頼む!」

大義名分の裏に、あまりに自己中心的な動機が巣食っていた。リョウマは口を噤み傷ましい顔をしながらも、リーオーを対処する手段を講ずる。頭部バルカン砲でリーオーのバイザーを粉砕、その後Zガンダムのシールドをビルドして顔面を思い切り殴り昏倒させた。

「......どうやらお出ましのようだな...!」

レーダーに映る熱源反応がこちらへ近づきつつある。リョウマはそれを認めるとレバーを握り直し、ビルドライフルを呼び出して機体に装備させた。刻一刻と敵が迫る緊張感。唾をゴクリと飲み込む。ところがその時、レーダーの反応が増えた事に気が付きリョウマはとっさにビルドレイザーを急行させた。

 

時は僅かに遡り、弘のドラグハートとシローの青いEz-8、"ガンダムBm-8"が現場に到着する頃。長距離飛行に向かないドラグハートは、Bm-8の専用フライトユニット"ファトゥム08"の下部にある、グリップを掴んでぶら下がる事となる。だが後のリョウマと同じく、現場の異様な地形に困惑するのだった。

「何だ、これは......こんなにデカイ建物ばかりだったのか?」

「俺達の機体が縮んじまったんじゃねぇの?にしても気持ち悪くなるぜ....何だってんだ...?」

「とにかく、敵がこの近くにいるはずだ。俺達二人しかいないから、無茶はできない。いいな?」

「分かってる」とドラグハートはファトゥム08から落ちて着地した。Bm-8もファトゥム08を分離させながらバックパックとドッキングさせ、すぐさま家屋の陰に見を潜ませた。

「来るぞ!」

シローが警告すると、弘は右の拳を左手に打ち付け身構える。だがその瞬間、黒い風がドラグハートを突き抜け弾き飛ばしてしまった。弘が何事かと周知を見回している内に、Bm-8が2連装ビームライフルを黒い霧に向けて連射、しかしその行為も虚しく靄は地面に集まり形を成した。見る見るうちに人型になったかと思うと、直線的なフォルムを作り上げ、ようやく視認した弘はその正体をすぐに察したが、信じきれずにいた。まだ黒い霧が濃く漂わせているからよく見えない。そう言い聞かせドラグハートをダッシュさせた。右手にプラフスキー粒子を収束させ、炎と共に拳を放つ。およそ彼の攻撃の中では最大の速度を誇る一撃、のはずだった。黒い霧のMSは突然実体を崩し、再び気体状に変化してドラグハートの足元をすり抜け背後に現れたのだ。これには経験豊富なシローでさえも息を呑んだ。

「量子化に似ているが....くっ!」

Bm-8はサイドアーマーのミサイルランチャーで砲撃し、黒い霧MSの注意を惹きながら後退する。挟み撃ちにすれば、相手に対し有利を取りやすいと見た為である。だが放たれたミサイルは音も立てずに真っ二つにされ、その場でボトボトと地面に落ちた。そしてシローが知覚できぬ速度で黒い霧のMSは、Bm-8の後ろへ回り込む。弘が反射的にシローに呼びかける。

「おい、シローのおっさん!!」

彼の叫びに弾かれるかのように振り向くシロー。しかしその時には黒い霧のMSは、蒼い刃の太刀を素早く振り抜き首を落とさんとする。

「後ろだと!?どうなっている!?」

強引にレバーを後ろに倒し、Bm-8の脚部バーニアを逆噴射させ背中から体当りして辛うじてダメージは免れた。とは言えこれで状況が傾くとは思えない。ドラグハートがBm-8の頭上を飛び越え、黒い霧のMSに蹴りを浴びせ距離を作る。

「妙に知ってる気がする......けどハザードとかいう奴ならやりようはある!」

全身のクリアパーツからまばゆいばかりの輝きを放ちながら跳躍、プラフスキーフィールドを展開した状態で勢いよく拳の乱打を叩き込む。黒い霧のMSは事も無げに拳を避け続け、僅かな隙を突いてスライディングし、ドラグハートの右足を蹴りつけて転ばせる。そして素早く引き返し太刀を袈裟懸けに振り下ろした。まさに神速の如き斬撃がドラグハートに襲いかかる。

「させるか!!」

1機の航空機―否、SFS"ファトゥム08"が機種先端部からビームソードを発振させ飛び出した。黒い霧のMSが気づく寸前に攻撃を命中させ、ドラグハートを窮地から救う。

「うぉ、助かったぁ....!!サンキューな!」

「何、仲間を助けるのは当然だろ?....しかし奴は何者なんだ.....!姿がほとんど見えやしない....!」

シローの感想は尤もである。しかし弘には何となく予感していた――あのMSの正体を。

(今のリョウマに会わせる訳には行かねぇ....アイツの事だ、どうせ止められても出てくる。ならその前に俺が解決させるしかねぇだろ!!)

弘の意志に呼応し、ドラグハートの周囲にチャージアーマーが現れる。順次装着が完了しドラグハートチャージドへと変身した直後に先行し、黒い霧のMSの頭めがけ回し蹴りを仕掛けた。しかしこれも受け止められてしまい、逆に投げ飛ばされ壁にめり込まされた。

「ぐはぁっ!?.....ち、畜生....なんてパワーだよ.....やべぇ、シロー...逃げろッ!!」

黒い霧のMSがBm-8へ向かおうとする。弘は本能的に危険を感じ取り叫ぶが、聞こえるはずもなかった。しかし、シローも長年戦ってきたベテランである事を忘れてはならない。

「来い!俺が相手になってやる!」

Bm-8が徐ろに走り出し、2連装ビームライフルを撃ちながら黒い霧のMSの注意を引き寄せる。何とシローの狙い通りか否か、黒い霧のMSが完全にBm-8にターゲットを変えて追いかけ始めたではないか。

「す、凄え.....とんでもねぇぞ...」

弘は唖然として語彙力の無い感想を漏らした。だが長く注意を引けるとは限らない。すぐに機体を起き上がらせ、Bm-8との合流を目指すべくバーニアを最大にする。チャージアーマーのおかげで推力が格段に向上しており、長距離飛行さえも実現させている。故に然程時間をかけずに合流する事ができた。

「っしゃ!追いついたぜぇ!!」

右腕に龍のオーラを形作り、ビームを切り払いながら突き進む黒い霧のMSの足元めがけ解き放つ。青く輝く龍は壁を突き破りながら石畳の通路を穿ち、火柱となって黒い霧のMSを吹き飛ばした。しかし黒い霧のMSが取った身のこなしで、弘の予感は否応なしに事実と認識させられる事となる。完全に地面に接触する寸前にハンドスプリングを行い、華麗な跳躍と着地を挟みドラグハートチャージドへと飛び込んだ。再び神速の如き太刀筋が食らい付くが、何とか弘の反応が間に合い左手で強引に刃を引っ掴み、相手の身動きを封じた。

「アンタ、舞夜だろ!?何でお前がそんなもんに手ェ出してんだよ!!うわっ!?」

霧が僅かに薄くなった時点で、いよいよ否定を許さぬ現実となった。黒い霧のMSの正体は比良坂 舞夜のガンダム、"ガンダムAGE-1 ナイトシーカー"である。ナイトシーカーは右手を太刀から僅かに離し、腕部のスラスターを噴射し勢いを上乗せした拳を見舞いドラグハートチャージドを突き飛ばした。10メートル近く転がりようやく止まったところで、弘は覚悟を決める。ビルドレイザーのハザードを止められたのなら、彼女だって目を覚まさせられるかもしれない。チャージアーマーにはそのような効果がある事は、リョウマからも聞いていた。ならば尚更この事態を打開出来るのは、自分しかいないのだ。

「やるしかないだろッ!今のアンタをリョウマに会わせる訳にゃ行かねぇんだよ! 」

チャージアーマーからスプラッシュめいた光を迸らせ、ナイトシーカーの懐へ飛び込みストレートを決める。ナイトシーカーは瞬時にドラグハートチャージドの腕を掴み、先程と同じように投げ飛ばそうとするが弘はこれを狙っていた。

「どぉおりゃ!!お次はコイツだぁ!!」

浮かされる既のところで頭突きを喰らわせ、自由の身になると赤と青の火炎を纏った回し蹴りを繰り出して、ナイトシーカーを家屋の中へと突っ込ませた。

 

「おぉ〜....やってるやってる。あらぁ....俺達以外にも観客が増えたか?」

戦場と化した冬宮広場の外れで、高みの見物をしていたMSが2機。ウヴァルスタークとクシャトリヤ・コープスブライドだ。グロックはレーダに新たに現れた反応を目にし、愉快そうに笑った。一方のエミは、無表情でナイトシーカーの戦いを眺めている。コープスブライドも今回はハイパービームジャベリンとは打って代わり、右腕が一挺のスナイパーライフルとなっていた。これにはグロックのある思惑が絡んでいるようだが、エミはリョウマと舞夜を始末出来るならそれで良いらしく、考えを巡らせることはしなかった。そしてグロックの言う「観客」が、離れたビルの上に降り立つ。

「よっ。アンタも物好きだねぇ?こんな血腥い物を見に来るなんてよ」

その"観客"とは、百崎 翼―ガンプラダイバー"ヴェイン・メビウス"であった。機体こそガンダム・バエルであるが、その気配は知っている者であれば簡単に見抜ける。無論、ヴェイン自身もグロック相手には隠す必要もないのだが。

「ハザードと呼ばれるものが流布されていると聞いたものでな....しかしこの広まりようは、まるで薬物の様でもある....斯程までの力を欲しがるのは、俗人としては当たり前の事なのだろうが」

「俗人、ねぇ.....世の中には、アンタみたいな気高い奴なんてそうそう居ないもんだ。皆何か、他人には見せられない何かを抱えているものさ」

そう言いつつ、グロックは内心唾棄した。どこまで彼は自分に酔いしれているのだろうか。既に徹が用意した舞台で踊らされている。これに気づかず尊大に振る舞わんとするのは、グロックにとっては些か笑える話であった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.40 激情と愛情のDEADLINE

ここはどこだろう。見覚えがある様で、無いがやはり何か懐かしさを感じる景色が広がっていた。英梨は不思議な感覚に戸惑いながらこの町を歩いていた。何の変哲もない閑静な住宅街と思いきや、偶然見かけた町内会掲示板の張り紙の日付に思わず目を疑う。

「これ、2年も前じゃない....どういう事よ?」

2年という言葉に英梨はハッとした。2年前と言えば、レイ・ブルームーンこと、久遠 怜が大学へ進学した年。英梨は軽い頭痛に襲われるが、何かに突き動かされるかのように走り出した。どこを見ても記憶の中にある堂夢大学で、奇妙な安心感さえ感じる。

「怜ぃ!早く早くぅ!」

覚えのある声が聞こえ、英梨はとっさに校門の裏に身を潜めた。緑のミリタリーコートを着た、短めのツインテールの少女が門を駆け抜け、手を振っている。記憶通りの美彩の姿に驚きつつも、少しだけ柱から顔を覗かせて見てみると、そこにいた人物達に言葉を失った。

「え......嘘.....」

俄に信じられず、再び隠れるがやはりどうしても気になりもう一度彼女達を見てみる。当時の怜はスーツ姿だった。しかしその隣にいるのは着物姿の奏で、怜を挟んで左側には何と他界したはずの英梨の妹がいたのだ。"JOKER事件"で狂気じみた愛情を怜に向け、幾多もの犠牲を生み出した果てに因果的に現実で命を落とした少女。"桜庭 史佳"、またの名を"ラプラス・ライブラ"。あろう事か彼女がここにいるのは、どういう事なのか英梨には当然推し量れるはずもなく、ただ戸惑うしか無かった。声を掛けたい衝動が心の壁を突き破ろうとする。だが干渉するのが憚られた。否、怖かったのだ。最後の最後になるまで、史佳から逃げていたのは他でもない英梨だ。実際はそうとも言えぬが、英梨は内心で自責の念を懐き続けていた。故にZeuS事件とJOKER事件の真相を暴こうと、時に命をも厭わぬ活動に身を投じる生き方を選んだ。しかし史佳が英梨に対して、本当はどう思っていたのかは分からないまま年月が過ぎていく。それを実感する度に胸が締め付けられる思いを味わい、結局気にしないように動き続けるしか無かった。史佳が怜達と楽しそうに話す姿を目にして、ますます懺悔の感情が強くなっていく。

「史、佳......怜ちゃん.....ごめん......なさい....」

膝から崩れ落ち、震える唇から弱々しい声が溢れる。気丈に振る舞う強さとは、簡単に崩れ去る程の弱さと表裏一体。英梨の心は本当は強くなどなかった。それは誰でもない、英梨自身が一番良く分かっている。だからこそ乗り越えるべく生きてきたのではないか。ふと思う。史佳の死を知った日から、自分だけの時間が止まったままなのだ、と――。

 

「........ごめん、なさい........」

とある病院。門松はポツリと呟く声を耳にし、ドキリとして目を見開いた。ベッドの上で眠る英梨をじっと見つめ、時折自身の手元へ視線を落とした。

「目を覚ませそうだな、このまま行くと.....」

英梨が病院へ運ばれたのはつい昨日の事だった。ユピテル財団の職員から通報を受け、警察と救急が出動して頭取の執務室に突入したそうだが、その時に彼らが見たものは話を聞くだけでも想像を絶するものだった。窓ガラスが全て砕け散り、血の海の中に倒れる意識不明の重体となった女性だけが、その場に残っていたらしい。警察によれば射殺に用いたとされる弾丸は、どうも現代で使われている物でないとの事だが、それよりも英梨の容態が問題であった。後数分遅れで輸血が間に合わなければ、完全に失血死を迎えてしまうところだったのだ。奇しくも怜が眠る病院へと搬送され、急ピッチで行われた集中治療にて、意識を取り戻すチャンスは得たものの未だ予断を許さない状況である。門松は起床後すぐに報せを受け、講義を全てキャンセルしてここへ飛んできた。それから3時間が過ぎ、今に至る。

「神宮寺君。君が鍵なんだ。怜や史佳ちゃんだけじゃない、この事件に関わった全ての人達の希望になれるのは、君だけだ」

祈る様に呟き、唇を硬く結んだ。諒馬とは既に何日も前から連絡がつかず、現状で行動が掴めるのは英梨だけとなった。そう考えるのも仕方の無い事であろう。ノックの音がし、門松は弾かれたように顔を上げて「どうぞ」と返した。

「失礼する。容態の方は如何だろうか」

長い金髪に灰色の瞳をした白衣の男が立ち入り、心電図と英梨を交互に見る。実はこの男、JOKER事件にも関わりがあった存在なのだ。当時存在した、大規模プレイヤーチーム"ヴォルクール騎士団"の中枢が一人、"デューク"こと"デューク・エリクソン"。それが彼の名だ。現実での彼は外科の開業医だが、手術の手腕は"ゴッドハンド"と謳われる程の物で、英梨の生死をかけたオペの執刀医として、指導に当たっていた研修会を中断してまで駆けつけたという。

「後数分遅れていれば確実に救えなかったが、間に合って良かった。恐らく最悪でも明日には目を覚ましているだろう」

門松はゆっくりと立ち上がり、自らデュークと硬く握手した。

「本当に、ありがとうございます....エリクソン先生がいなければ、今度こそ誰も救われる事のないまま....!」

「気持ちは痛いほど分かる。あなたも教授という立場でありながら、よくここまで戦って来た....素直に尊敬するよ。私がダイバーズから完全に離れた途端に、この始末だ.....もし私が同じ立場であれば、どうなっていたか」

JOKER事件後、騎士団もデュークを筆頭としたメンバーによる大規模な改革が行われていた。しかし事件を起こしたと言う事実は、残酷にも変革の道を行こうとする、彼らの前途を閉ざしたのである。ブルームーン弾圧運動においても、レイ・ブルームーンを隠匿すべく協力を申し出ようとした。事もあろうに、その矢先に暴徒化したプレイヤー達により組織は壊滅。挙句の果てには自己保身に走った運営の手で、騎士団に対し各ガンプラダイバーのアカウント抹消と言う、悪辣極まるタイミングでの制裁が行われたのだ。結果としてデュークはガンプラダイバーズから、完全に身を退くのを余儀なくされる。他にも何らかの手段で行動する者達は居るようだが、噂程度に聞いただけでデューク自身から連絡を取れる元メンバーは、最早どこにもいないようだった。デュークの面持ちは、レイやブルームーンを庇護出来なかった事と、運営への悔恨で次第に影を落とした。

「ニュースで時折耳にするが、そんなのは可愛く感じられような....医学でどうにか出来るという話ではないのは、百も承知。しかし.....」

「あのゲームに、そして事件に触れた人は誰しも先生と同じ気持ちです。今はただ望みある命が帰ってくるのを、待っていてもらえませんか」

少しでも元気づけようとする門松だが、デュークからすれば彼の方がかなり、弱り果てているように感じられてならない。年齢という事もあるだろうが、開発者としての心労が門松の姿を余計に痛ましく見せていた。剰え、愛娘さえもダイバーズで起ころうとする、新たな悲劇に利用されようとしている。最早デュークにも、かけてやる言葉が見つからなかった。ふと門松がベッドに目を向けると、英梨がこちらを見ているのに気づき、脱兎の如く隣の椅子に座った。

「神宮寺君!?気がついたのか!? 」

「き、教....授........私......あぁ......」

瞳から滴る涙が頬を駆け下り、枕に小さな染みを作る。

「私が見たかった景色、見てしまったんです.......怜ちゃんと史佳と、皆が一緒に入学式に行くのを.....」

か細く震える声で夢で見たものを語る。門松はそれを聞くと一瞬だけ安心した顔をし、また暗くなった。

「それは、君の純粋な願いなんだろう......とにかく、生きて帰って来てくれた。今はそれでいい.....ありがとう」

そう返しつつ、もうこれ以上英梨を巻き込めないのを内心で悟った。気がつけば無意識に、彼女の髪を撫でている。英梨の事もまた娘のように見ていた証左なのだろう。普段の感覚なら歳のせいだろうと笑い飛ばしたくもなろう。だが今の門松ならどう感じているか、言うまでもない。

「もう、これ以上は君を動かす事は出来ない。奴らは仮想世界でも、現実でも全面戦争に出ようとしているらしい。君を撃つような奴まで抱え始めたのだから、噂なんて生易しいものじゃないが....こっちが守ってやるにゃ、今の状態は厳し過ぎる。葛城との約束もあるしな.....だから言わせてもらうよ。君はもう、戦わなくていい。」

投げかけられた言葉に英梨はそんな、と返し天井を呆然と眺めた。

「そんな事、受け入れられる訳....ないじゃありませんか.....確かにあの時撃たれた....それは本当に怖かった。今も怖くないなんて言ったら嘘になるけど、そこで立ち止まる訳にも行かないでしょ....."妹"が苦しんでるのに、"姉"の私が何もしてやれないなんて.....!」

「それは、そうだが......けどよ、それじゃ君が、まるで死にに行くようにしか見えないんだよ....」

やり取りを見ていたデュークは、病室をこっそり後にしようとした。その矢先、看護師がやって来てタブレットを提出してきた。英梨のカルテが表示されており、デュークはそれを読むや否や目を疑い狼狽する。だが悩む理由もなく病室に引き返した。

「失礼。たった今、別の診察結果が返ってきたのでここで伝えさせて頂こう。神宮寺 英梨さん。貴女のお腹の中に、赤ちゃんがいるようだ。今はまだ外見では分からんが、いずれ直ぐに大きくなるだろう」

「え.......それ、本当なんですか.....!?」

案の定英梨は、驚く余り人工呼吸器を外しそうになった。本来なら喜ぶべき、新たな命の芽吹き。だが悲運にも今の状況がそれを許さない。布団のシーツを握り込む拳を見つめる英梨の目は、ただ忙しなく虹彩を動かしていた。

 

ドラグハートチャージドとBm-8、そしてハザードによって暴走状態にあると見られる、ナイトシーカーの戦いは未だに決着せぬまま、1時間が経とうとしていた。

「ぐあぁああああっ!!畜生ッ!なんて強さだ.....手も足も出ねぇ....!」

ナイトシーカーのシグルスレイヤーにチャージアーマー右肩部を貫かれ、ドラグハートチャージドは爆風を受け軽く吹き飛ばされた。弘も先程から全身を打ち付けており、顔だけでも青痣を沢山作っていた。それどころではない。切り傷も所々つけられており限界寸前であるのは、火を見るよりも明らかである。逆にナイトシーカーは一切の無傷だ。しかし弘はここで引き下がる気は全く無かった。何としてもリョウマが異変に気づいて、ここにやって来る前に舞夜の正気を取り戻さなければならない。持ち前の人一倍強い意志、それが弘を前に進ませるが同時に、彼の退路を塞いでしまうのもまた事実だった。

「シローのおっさん!もう下がってろ....コイツぁ俺がやる!」

ウィンドウには、案の定正気を疑うシローの顔が。

「君....本気で言っているのか!?流石の俺でもそれはさせられない、急いで皆を呼んで体勢を立て直すしか...!」

Bm-8の被害は尋常でなく、右腕を砕かれ左脚は半分に割られ顔面のマスクは消えていた。おまけに左目のガラスが割れており、内部のカメラセンサーが弱々しい光を灯すのみだ。撃墜されたも同然の有様だった。だが弘はシローの提案を「うるせぇ!」の一言で跳ね返し、ドラグハートチャージドを起き上がらせた。

「やらなきゃ駄目なんだ....!俺がッ!!奴の目を覚まさせなきゃなんねぇんだよッ!!」

激情に叫ぶ弘の瞳に、炎の如く赤い輝きが宿る。ドラグハートチャージドの全身からスプラッシュが迸り、飛び出した粒子が欠損したチャージアーマーを再形成した。だが――。

「常岡....!?そいつが例のターゲットか....!ビルドアップ!!」

普段ならば頼りになる声。しかし今は違った。弘は背筋が凍る感覚に襲われ、思わず振り向いた。

「リョウマ.....!?やめろ....やめろぉおお!!」

ニュー・ハイパー・バズーカを構え今にも引き金を引かんとするビルドレイザー。ドラグハートチャージドは咄嗟に砲身を殴り捨て、ビルドレイザーの両肩を掴んだ。

「お前今何をしようとしてんのか分かってんのかッ!!」

「それはこっちの台詞だ。奴がハザードを使って無差別攻撃をしているのなら、やるしかないだろ!」

「ふざけんなよ!お前はここで黙って見てろ!奴は俺が....!」

言い合いをしているが、その間にもナイトシーカーが歩みを進めやがて駆け出した。シグルスレイヤーの蒼く輝く刃を振りかざし、すれ違いざまにビルドレイザーとドラグハートチャージドを斬りつけ、それぞれにスパロクナイを投擲。爆裂を以てダウンさせた。

「お前に邪魔されてこの始末かよ.....最悪だ.....」

リョウマは頭痛に眉を顰めるが、無理矢理戦いに意識を戻しコンソールの[HAZARD]をタップした。

「ハザードビルドアップ!」

忽ちコクピットを赤い光が照らし、次の瞬間には暗転した。機体も全身を黒い霧で覆わせると、双眸の輝きを強め右腕に形成したドリルクラッシャーを構え、ナイトシーカーに突進した。高速回転するドリル型の刃を躱し、ナイトシーカーがシグルスレイヤーを振り下ろすが、ビルドレイザーは素早く反応しドリルクラッシャーをアッパーの如く突上げ、弾き返した。そのまま左手にビルドライフルをビルド、至近距離で連射してダメージを加える。だがナイトシーカーも同じだけの正確な攻撃で、ビルドレイザーに肉薄した。シグルスレイヤーが携行式でなく装着式である利点は、機体に負荷をかけずにスナップを効かせやすい点にある。重量もある程度は制御出来るから、質量攻撃さえ可能にするのだ。

「うっ....!なんて隙の無い動きだ....コイツはハザードだけじゃないのか....!」

いつしか防戦一方となり、リョウマは歯軋りする。ハザード同士の戦いと言えど、彼はまだ上手くコントロールが出来ていない。暴走のリスクは未だ回避する方法を持たぬままでいる。まるで無人機のように攻撃を繰り出すナイトシーカーとは、条件が明らかに違っていた。だがこの状況に乗じて、またもう一つの悪意がリョウマを襲う。空中から飛来する黒い影がビルドレイザーの背中を裂き、凄まじい力で突き飛ばしてしまった。

「ぐがっ......うわぁああああッ!!」

数10mも地面を引き摺り、ビルドレイザーは冬宮の中へと放り出される。頭を何度もぶつけリョウマは意識が遠のきそうになるが、新手の正体を見るや否応なしに顔が青ざめた。

「グロック.....ルーツ......!?」

十字に光る"眼"を持つ、漆黒の悪魔。ガンダム・ウヴァルスターク。ビルドレイザーのコクピットに反響する声は、どこか軽い調子だ。

「よぉ水崎君。ハザードの調子はどうだい?っても今の見てたが、とんでもなく使いこなせてねぇって感じだな?」

「またお前がハザードをばら撒いたのか.....どうしてそんな事をしたッ!!」

「そりゃだって、誰しも強い存在になりたいんだものな。俺はその手伝いをしてやったに過ぎない」

一切悪びれずに、さも当然のごとく返すグロックにリョウマは怒りで震えた。だがその震えは、恐怖までも内包する物であった。最後に彼に倒されたビジョンが何度も蘇る。鉛色にテカテカと光る銃口から放たれる凶弾が、ビルドレイザーの顔面を貫く瞬間。そして、生前の舞夜が振りまいていた笑顔も。グロックとの再会をトリガーに、リョウマの精神は再び安定を失っていくのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3rd season 英雄讃歌
File.41 崩壊するSPECTRUM


ウヴァルスタークの突然過ぎる襲来に当惑していたのは、リョウマだけではない。弘とてその一人だった。

「あの野郎.....望の次はリョウマかよ.....!っざけんじゃねぇぞ!!」

ドラグハートチャージドも冬宮へと飛び込み、ウヴァルスタークの首根を引っ掴んで投げ飛ばそうとした。しかしウヴァルスタークは左足を後ろに振り上げ、逆に足払いをかけて背中を踏んづけた。

「まぁたお前か。結局肉弾戦意外に芸がないのは飽き飽きだよ。進歩がない」

「んだと.....上等だ!テメェをぶっ飛ばしてやる!」

勢いよく地面を叩き、反作用を利用して飛び上がるとすかさず後ろ回し蹴りを放つ。ウヴァルスタークが左肘で受け止めるが、即座にドラグハートチャージドの右ストレートが飛び出し、顔面を殴りつけられ蹌踉めいた。

「へぇ、思ったより痛えんだなこれ.....ははっ!いいじゃない。もっと来いよ?」

然程驚く様子もなく、むしろ愉快そうに笑うグロックに弘は不気味さを感じ舌打ちをした。

「気持ち悪りぃのは相変わらずかよ.....だったら望み通りぶっ潰してやるよ!!」

ドラグハートチャージドが地を蹴り、脳天から拳を振り下ろす。ウヴァルスタークは右肩のシールドを向けて跳ね返すと、左手の爪をグワッと広げ素早く振り上げた。だがそれを弘は見逃さず、腕を強引に掴んで力いっぱいに投げ飛ばしてしまった。流石のグロックも予想外だったのか、眉を少し上げる。

「やはり俺の見込みは間違いじゃあなかったか。お前のその爆発的な成長性は、ドラグハートとの相性によって引き出されたもんだからな。こんな形で見せつけられるとは思わなんだが」

「はぁ?何でお前がそんな事知ってんだよ?」

「そりゃあ俺も人間観察は得意な方なんでね?お前さんみたいな単純な奴は、簡単に読み解けんのさ。まぁいいや、じゃあ俺のターンって事でいいよな?」

それから数秒の間を置き、グロックは宣言した。

「ハザード」

黒煙が冬宮のロビーを埋め尽くし、どこからかやって来る風圧により掻き消され、ウヴァルスタークは黒い輝きを放ちながら姿を再び現した。全身の赤いラインが発光し、十字の眼も同様に鋭くドラグハートチャージドを睨む。

「ハザードだろうがなんだろうが.....俺が勝つ!」

ドラグハートチャージドは助走をつけて渾身のストレートを放つ。だがそれはいとも簡単に止められてしまい、あっと言う間に腹を蹴り飛ばされ大理石の床に叩きつけられた。

「うがぁあっ.......!!こ、これは.....他の奴の比じゃ.....ねぇ....!」

「当たり前だろ。俺のウヴァルスタークは、ハザードに対して最適化されてんだ。暴走のリスクだって完全に抑え込んでいる。どっかの自称天才とは違ってな?」

ウヴァルスタークはちらりとビルドレイザーを見、ゆっくりとドラグハートチャージドへ近づいた。リアアーマーからチェーンソーを引き抜き、夥しい数の刃を高速回転させながら振りかぶり凄まじい勢いで唐竹割りを見舞う。

「常岡ッ......!?...弘ッ!!!」

万事休すか。ギュイイイイ!!と無惨にも切り裂く音が響き渡り、リョウマの悲鳴は簡単に掻き消されてしまう。だが彼の怒りが恐怖を超越しつつあった。そしてビルドレイザーがゆっくりと起き上がり、猛烈な勢いでウヴァルスタークに飛び蹴りを浴びせ冬宮から叩き出した。

「まさか自分で暴走させちまうなんてなぁ」

グロックの推察通り、ビルドレイザーのコクピットにいるリョウマ見る見るうちに表情を失い、目に赤い光が灯り始めていた。ウヴァルスタークがチェーンソーで斬りつけるのを、的確に避けながらドリルクラッシャーを突き放ち、立て続けにビームバズーカを2挺もビルド、間髪入れずに砲撃する。ウヴァルスタークもチェーンソーの斬撃でビームバズーカを斬り裂き、放棄した後シールドの裏からライフルを装備して撃ち返した。ビルドレイザーは素早くビームサーベルを抜き放ち、ライフルの弾丸を斬り落とすとバーニアを全開にしてウヴァルスタークに接近。途轍もない速度で袈裟斬りを放った。これにはグロックも反応しきれず、チェーンソーを身代わりにせざるを得なくなる。

「なんて突進速度だ....これじゃ本人なんかいらねぇんじゃないか?....おっと、代わりにやってくれんのかい」

後方から音速で接近する機影を見つけ、グロックはニヤリと唇を歪めた。ビームサーベルで執拗に斬りつけるビルドレイザーを往なし、冬宮前広場の真ん中まで蹴り飛ばした。そのまま宮殿の中へ戻ろうとするのと同時、青い火焔の拳がウヴァルスタークの眼前に飛び込んだ。ウヴァルスタークは難なく左手で受け止めるが、微妙な変化にグロックは驚かされる。

「何.....?フレームが動作不良だと?おいおい何てこったぁ、コイツぁ化け物か?」

拳を強引に押し退け、ドラグハートチャージドを睨む。無傷という訳ではないが、戦闘続行には何ら支障がなさそうであった。

「誰がバケモンだ!テメェのせいで、どんだけの人が苦しんでると思ってんだッ!?」

弘の激昂を表すかの如く、ドラグハートチャージドが右ストレートを叩き込む。だがウヴァルスタークは首を反らして避け、仕返しとばかりにチェーンソーで昇竜斬りを浴びせ、仰け反らせると腹部めがけ刺突した。金属を引き裂く甲高い音がコクピット内を反響し、弘は両耳を塞ぎ絶叫する。

「ぎゃあああああああああッ!!!ああぁあああああああああッ!!ぐっ.....テメェ.....それでも人間かよッ!?」

「だから、何だってんだ?俺にとっちゃあ、依頼者から頼まれた以上は仕事としてやっている。それがプロってもんだしな。正しいか間違ってるかなんて、どうだっていいんだよ」

ありったけの力を込めた蹴りを顔面に突き刺し、完全にノックアウトさせた。

「まぁどちら道、お前らは滅ぼし合う運命だ。同じ方向を見ているようにみえて、実際は違う物を見ていた。それが今のお前らだ。よ〜く覚えとくんだな?Ciao!」

ドラグハートチャージドに振り返ることも無く、ウヴァルスタークはバトルエリアから離脱した。残骸と化したドラグハートチャージドは、絢爛華麗な宮殿の中で横たわる。弘にはもう、気力も体力も残されていなかった。

 

ハザードを暴走させたビルドレイザーと、ナイトシーカーの戦いは一切互角のまま続けられていた。状況に合わせ、最適な武装を選択してビルドしながら戦う前者と、最小限の武器で多彩な技を繰り出し、有利な状況を生み出す後者。皮肉にも当人らにとって最善の立ち回りが、このハザードによって暴走した状態で再現されていた。この戦いに介入できる者はいるのだろうか。ドリルクラッシャーとシグルスレイヤーが激しく打ち合い、紫電の軌道が衝突を繰り返してスパークを瞬かせる。終わりの無い剣戟の応酬。ハザードに"侵された"者達に思考などありはしない。そこにあるのはただコンピュータが導き出した、"解"とそこへ行き着く為の"計算"のみ。感情も奇策も戦いには無用だと、見た者の心に強く刻まれてしまうだろう。空へ大地へ、交互に舞台を変え互いの剣が交わる。リタからの命を受け、リョウマを追跡していたウェルスでさえこの圧倒的な光景に、無意識に恐怖する。

「何だこれは......あれが、人間同時の戦いだと.....?馬鹿な......」

アストレイノワールDを着陸させ、2つの黒い影を見上げた。見ているだけで戦意を削がれかけるなど、ウェルスには殆ど経験のない事だった。だが同時に、悲しさも感じるようになる。

「力のみが成立する舞台.....言い得て妙だな」

「貴様.......何者だ.....?」

突然気配を感じ、ウェルスは機体を振り向かせた。いつの間にか、アストレイノワールDの背後にガンダム・バエルが立っていた。

「君達にとっては、切っても切れぬ因縁の相手、だと思っていたがそうでも無かったのかな?」

「冗談が通じないらしいな。ヴェイン・ツクモ....いや、今はヴェイン・メビウスか」

アストレイノワールDが、背中の大剣に手をかけた刹那。バエルの黄金の剣がコクピットを貫いていた。ν-Typeであるウェルスですら、知覚するのに数ミリ秒の差が生まれており、気がついた頃には既に遅かった。

「この俺が、反応出来なかった...........!?」

「私としていつまでも同じとは行かないのでね......特に君たちのような存在は危険だ。早々に排除するのが自然と思わないか?」

膝を突き項垂れるアストレイノワールDを、ヴェインは怜悧な眼差しで見下した。やがて機体が消失するのを見届け、自身もまたバトルエリアから転移するのだった。

全身に走る痛みでウェルスは目を覚ます。周囲の様子を見る限り、医務室のようである。

「ウェルス.....!?ウェルス.....!!」

ウェルスが意識を取り戻したのに気づいたのか、エルニアは半泣きになりながら抱き締めた。ウェルスも戸惑いがちに彼女を抱き寄せるが、それよりもリョウマやシロー達の様子が気になって仕方がなかった。

「アイツらは.....無事なのか」

「シローと常岡は無事だ。お前より先に目を覚まして、会議に参加してる」

突然現れた聞き慣れた声に、ウェルスもエルニアもぎょっとした。開けっ放しのドアから姿を見せたのは、白衣を着たやや草臥れた風体の男だった。

「セルケト・ニヒト......いや、門松教授....なぜここに....?」

ウェルスは動揺を隠せぬまま、問いかける。門松は眼鏡を拭き、再び掛け直した。

「なぜって、それが分かんないか?お前らのことだから何かしでかすんじゃないかと思ってたんだよ.....それがこの始末って事だ」

そう言うとタブレットを起動させ、二人の目の前に置いた。エルニアは画面に表示された内容を読みながら、唇を震わせる。

「ブルームーンの再結成......アーネスト・ホールディングスが治安維持規約を策定し、全プレイヤーに適用か.......どういうことですか、これ!?」

「とうとう本当に戦争になってしまったのさ。今度は徹底してブルームーンを潰す気でいる....ここまで大々的にやり始めたってことは、奴らは何の躊躇いもなく殺戮に踏み切るんだろうぜ......」

苦虫を噛み潰したような顔で呟く門松。

「ブルームーンがいつの間にか世界中の敵になっちまってる。もうここまで来ると、ここにいる奴らの安全なんて物は、もう無いようなもんだ」

と続け、ウェルスを睨んだ。彼も返す言葉が無く、押し黙ってシーツを握る手を眺めるしかなかった。

 

ダイバーズから帰還した諒馬だが、思うように体が動かせずにいた。疲れが祟っているのだろうが、よもやここまで身体の活動に影響を与える程とは。未だ30代とは言え、若い方である。そんな彼でさえ何かしらの変調を感じない訳ではなかった。ただそれが幾らか早くやってきた、それだけである。

「城島は.......そうか、帰ってくれたか.....」

諒馬は鈍い頭痛に目眩を感じたが、強引に立ち上がりソファに倒れ込むように座った。いずれこのゲストハウスも、アーネストによって突き止められるだろう。いや、もう既に見つかっているのかも知れない。泳がされているだけだと考えるのが自然であろう。ふと携帯電話の電源を入れた。ニュースアプリの画面が真っ先に開かれたのだが、「号外」と銘打たれたミニウィンドウが表示された。その内容に諒馬は愕然とさせられる。アーネスト・ホールディングスCEO 徹=アルマーニュによる、新たな規約の発布と施行。これは諒馬だけでなく、事件に立ち向かって行く者達にとって、最悪の展開そのものであった。

「ブルームーンを本気で消す気だ.......戦争が、始まってしまうのか.....最悪だ.....!」

視界が揺らぎ、全身が震えだした。戦争になる前に止めるはずだったのが、何ら達成出来ぬまま最悪の結果を迎えてしまった。残された手はない訳ではない。しかしそれを実現する為には、ハザードを完璧に制御すると言う前提条件が必要だった。今の諒馬には、まだ届かぬ話だ。

「何のために俺は........苦しみながら戦って来たんだ......!全部俺のせいにしなきゃ、何も進まないってのに.......どうしてこんなに苦しいんだよ......!」

脳裏で過る怨嗟の声が浮かんでくる度、目を固く閉ざし耳を塞いだ。「ごめんなさい、ごめんなさい」と頻りに呟き、床に伏しながら蹲る。天才であるはずの自分がこれ程までに無力だとは、想像が及ばなかった。常に何らかの形で成果を挙げられるように、あらゆる物を作り上げてきた。だが徹達がやろうとしているのは、もはや人間の所業とは呼べぬ物である。そこに打ち勝とうとするならば、諒馬もまた人を超えねばならなかったのだ。

 

ガンプラダイバーズの地下と形容される、SECTOR。その一角にて、悍ましい程の力が胎動しようとしていた。巨大MS、MAが次々と起動する。その様子をグロックは愉快そうに眺め、高笑いした。

「ハハハ.....!まさに戦争の始まりって感じだなぁ!大将がおっ立てた規約が適用された途端、誰も彼もが己が為に殺し合う!こりゃ本当に世界が変わっちまうんじゃないか?」

隣で見ていたエミはと言うと、この圧倒的な光景に足の震えが止まらなかった。これ程の戦力をどこに隠し持っていたのかすら知らされないまま、彼らに従い復讐を果たすべく戦ってきた。だがこの景色を見てしまえば、自分が何のために力を求めていたのか、否応なしに疑問を見出してしまう。無理もない話である。

「こんなの.......ダイバーズじゃない.......」

「悪いけど、それが現実なんだ。いいじゃないか。お前さんが手を汚すことなく、復讐が達成させられんだからよ」

さも当然の如く返し、グロックは暗闇の中へと消えた。エミは力なくその場に座り込み、慟哭を上げる。もう自分には何も残されていないのだ。否定することの許されぬ現実に対し、一人の少女は無力だった。思考すらまともに機能しない、否、させぬまま生きて行くのが楽なのではとさえ思えてくる。

一方の徹は、"終末時計"の中にいるレイ・ブルームーンを別の場所に移していた。既に彼女は意識を失っており、昏い目を青く光らせる以外に何ら反応を示さなくなった。極大化したEvolve.ν-Typeの力により、人格を蝕まれ尽くした証左である。彼女を座らせたのは、黄金の装飾を施したクリスタルの椅子。装飾の形は大聖堂や寺院にありそうな神々しさを秘めており、徹がレイをどういう存在にしようとしているのか、真意をありありと見せつける。

「さぁ、変革の扉を開けてくれよ。"真実の姫"」

終末時計の針がまた一つ時を刻んだ。クリスタルの十字架の輝きが一層強まり、従えている巨神達を照らして姿をはっきりとさせた。遠くからグロックも終末時計を眺め、これから起こりうる出来事に期待を抱く。

「変革の刻は近い!ってか。治安維持規約によって全人類の敵意をブルームーンに向ける。それによって人々の意思が統一され、人類はやがて新たなステップを踏む事になる....戦争は、そのための舞台でしかない」

横目でちらりと後ろを見、気配の正体に気づくと手をひらひらと振った。

「よぉ、シューインの旦那。この終末時計に圧倒されてるみたいだな?」

「これは....!?SECTOR-ZEROにはこんな物は無かったはず.....何故これが、ここに....!?」

シューインは終末時計に言いようの無い恐怖を感じ、一歩後退りした。グロックの行動から読み取った、「戦争」が本当に現実のものになる瞬間が、すくそこに差し迫っている。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.42 三つ巴のSCRAMBLEへ

「こんな物が、SECTOR-ZEROにあったなんて....百崎社長でさえ、知らなかった事だ.....なぜ勝手に作った!?なぜだ!?」

シューインは終末時計の存在を知らされなかったばかりか、ヴェインにすら説明しなかった事に怒りを覚えグロックの胸ぐらを掴んだ。当のグロックは、何一つ動揺することなくシューインを見つめる。

「まぁそんなに怒んなよ、シューインの旦那。どの道こうなるのは避けられねぇんだから。冥土の土産に出血大サービスだ」

グロックは徐に拳を振り上げ、シューインの鳩尾を殴りつけた。体を突き抜ける衝撃にシューインは、その場で倒れ恨めしげにグロックを睨んだ。

「ぐぅ......ど、どういう意味だ.....貴様.....!」

「百崎翼はもう、大将の傀儡なんだよ。保釈をさせた理由は、それ以外に無いのさ。計画を私物化した人間を罰する為に、大将がわざと百崎翼を引き入れ、祭り上げた。だが奴さんは相当な勘違いをしたまま、俺達に協力し続けた.....ま、水崎諒馬を今よりもっと強力な存在にしてやる為には?まだまだ使うつもりなんだがな。そんで旦那、アンタもその一人ってわけだ」

むずとシューインの首根を掴み、喉元に注射器を突き刺した。鋭くも重い痛みが喉仏から伝わり、シューインは血を吐き出し掠れた悲鳴を上げる。彼の意識が消えたところでグロックは、シューインをSECTOR-ZEROから運び出した。これもグロックの仕組んだ運命その物であった。意識を奪った男を抱えた足で向かう先は、そこかしこに死体が転がる、四方をコンクリートで囲われた部屋。グロックは辺りに漂う死臭に顔を顰めながらも、淡々と慣れた手つきでシューインの背中に手術用のドリルを用いて穿孔する。キリキリ、と金属音が聞こえるが次第に肉を抉る音に変化した。

「俺はこんなの、やりたか無いんだがね。担わせてた娘が、あんなじゃ使い物にならないんだ。全く、人間ってのは本当に面倒な生き物だなぁ」

赤い雫が床にポタポタと滴り落ちる。ドリルが肉体から引き抜かれると、刃に釣られる形で血液や臓物が顕になった。そうするとグロックはそれらを無造作に放り捨て、シューインの脊椎に天井から伸びたシリンダーを差し込み、皮膚を縫合した。手捌きが外科医さながらであり、無駄のないオペで"人体改造"の下ごしらえを終えると、今度は部屋の奥から透明の液体で満たされた、巨大な水槽を持ち出した。クレーンアームを使ってシューインを水槽へと沈ませ、ハッチを閉ざした。一連の作業を終えたグロックの表情は、清々しさに溢れていた。

「これでいいんじゃないの?ダイバー体に直接ハザードを流し込む。こいつ自身の脳で機体を遠隔コントロールすれば、ハザードによる機体の自壊のリスクはゼロになる。ハハッ....傑作だなぁこれは....!」

徹とは単なるクライアントに過ぎない。しかしビジネスである以上、取引を阻害する要素は極力排除する物である。グロックにとってはこの悍ましい"調理"もまた、仕事の一つでしかない。故に彼には何ら後ろめたさはない。あるのはたった一つ、次のステージへ駒を進めた。その小さな達成感のみだ。

 

現実世界では、日が完全に沈み街の空に夜の帳が下りた。照明をつけるのも忘れ、諒馬はまるで死人のような顔で床に倒れていた。テレビラックの上に置かれた、振り子が小刻みに揺れカチ、カチと小さな音を立てる。ニュートンのゆりかごと呼ばれており、物体にかかったエネルギーが他の物体を伝い、そのまま動かす物理現象を再現する物だ。諒馬の目はニュートンのゆりかごをじっと見ていた。昔から彼は、そう言った物理学的なインテリアを好んでいた。殊にニュートンのゆりかごは、見ているだけで気が楽になる程に気に入っている。しかし今の状況では、単に現実逃避しているだけでしかない。

「舞、夜.......、.......!うわぁああああああああああッ!!!!」

彼女の名をつぶやいた瞬間。脳裏に再び笑顔を見せる舞夜のビジョンが浮かび上がり、諒馬は絶叫した。床に伏せながら拳を叩きつけ、嗚咽を漏らす。どんな運命でも受け入れるつもりで、この戦いに臨んだはずだった。しかしその覚悟が弱いまま進んでしまい、挙げ句最悪の結果を迎えようとしている。何をどこから間違えたのか。今の彼では到底考えられるはずもなく、流されてしまうだろう。そして。

「何で俺は.......こんな酷い事になってんのに.......何もできないんだよぉ.....!!何で苦しくても戦わなくちゃなんないんだよ.......!俺が今までやって来たことは.....一体何だったってんだよ......ッ!俺は一体どうすりゃよかったんだ........どうすれば、良かったんだ............」

 

正午、堂夢大学仮想世界工学研究室。教授室の奥から怒鳴り声が響いていた。

「そんな事にウチの大事な教え子達を使わせるか!それにな、水崎とはもう何日も連絡をしてねぇんだ!アイツがどうしてるとか分かるか!」

門松が激しい剣幕で追い出そうとするのは、A.ν-tの土村 海知であった。海知がここを訪れたのは、聡らν-Typeと呼ばれる人間を諒馬に引き合わせ、アーネスト勢力に対するカウンターとなる理論、或いは技術を構築する事にあった。しかし門松も、海知が所属するというA.ν-tがどういう組織だったのか知っており、当時の諒馬との軋轢もあって条件を飲めなかった。

「人類の新たなステージになるかも知れん子達だぞ、彼奴等は!それをみすみす潰されに行かせるものかよ.....!」

「しかしそうも言ってられんでしょう。事態は貴方もご存知の通り、個人や小規模な集団程度でどうにかなるもんじゃあない。だからもっと大きな枠組みを作らなければならない.....違いますか」

感情的になる門松とは打って変わり、海知は冷静そのものであった。

「今では組織としてより、個人間のネットワーク程度になった。がしかし、ブルームーンとかを中心とした連中よりは.....早く勢力拡大できる。水崎さんが無事だと分かれば、俺と俺の仲間達がすぐに組織の、再編成に向かう....ならば答えは一つしかないはずです。門松教授」

「是が非でも引き合わせるってのか......!」

門松が椅子に座ろうとする拍子に、ドアをノックする音が聞こえた。開けようとする海知を制し、門松自らがドアノブを回す。だがその来訪者に絶句させられる事となった。長いサイドテールの髪は、彼女のチャームポイントだ。

「奏ちゃん.......!?な、何故.....?」

ゆっくりとドアの隙間から外へ出、奏の手を引いて適当な会議室へ入った。突然の出来事に目を白黒させる奏。だが門松の困窮した面持ちから、現実でも不穏な何かが起ころうとしているのは、感じ取れた。

「教授、一体....どうしたのですか?」

「そういえば君を呼んでいたんだったな.....すっかり忘れてたよ。....が、その前にだ。一つでかい問題が起きてしまった....どっか適当に座っててくれ」

門松に促され、奏は目の前にある椅子に腰掛ける。門松も向かいに座り、単刀直入に切り出した。

「実は"反ν-Type"を標榜する連中の一人がここに来た....と言うより、現にここに来ている」

反ν-Type。聞いたことも無い単語を奏は、反芻するように聞き返した。門松は小さく頷き、自身の携帯電話を起動させて画面を示した。

「かつて存在した、ν-Typeの存在を否定するべく発生した運動の中心となった組織....Anti.ν-Type、通称"A.ν-T"。ZeuS事件以降は活動もほぼ停止した状態で、もう組織も解散してるもんだと思ってた....だがどうやらメンバー同士は、組織よりも緩い枠組みの、ネットワークとして今も活動していたんだよ」

「ν-Typeって......なっちゃんとか、黒浦さんとかの.....でしょうか....?」

「勿論。そして、怜もその一人になる。常岡もその可能性があるし、もっと言えば....」

門松が続けようとした矢先、会議室のドアがいきなり音を立てて開いた。奏は肩をビクリと震わせ、恐る恐る振り向くとやはり、海知がそこにいた。

 

「誰も、居ねえ..........」

本来ならいつも多くのダイバーで賑わっているはずの、交流広場。しかしこの日は全く静かだった。人の気配がしないどころか、この地全体を覆い尽くさんとする殺気が、弘を震え上がらせる。隣にいたミナも唇をきゅっと結び、周囲を注意深く見渡していた。エスとてこの異様さに似たような覚えがあり、一人苦痛を滲ませる。

「状況は逆でも、全く同じものを感じる.....何でこうなるまで分からなかったんだ....!」

「エス.........」

ミナの胸が締め付けられる。だがそうも言っていられない。既にこの状況は始まっているのだ。本当の敵が見えている分、迷いはいくらか取り除けている。しかし問題は、何の関係もないはずの人間たちさえ、状況の一部となっている事だった。

「自分を責めても仕方ねぇだろ。こうなっちまったもんはしょうがない。俺達でこの戦いを最速で終わらせりゃいいんだしよ」

彼らの間で起きた事など知らないが、そんな弘だからこそ言えるのだろう。エスは僅かながらも気が軽くなったような感じがして、「そうだな」と息を吐いた。

「今はとりあえず悪足掻きでも何でもやるしかない。果てしないディフェンスでも乗り越えていきゃあ、いいんだものな」

「そうだね.....私も、前に進まなきゃ....」

ミナも自分に言い聞かせるように呟き、バトルエリアへの転移を始めようとした。その時である。彼女の頭上、1cmも無い所から甲高い金属音が響き、ミナはぎょっとして真上を向いた。

「えっ......!?何!?」

屋根の上を走り去る人影。エスも弘も当然それを見ており、ミナを連れて一目散にこの場を離れた。戦争は既に、バトルエリアだけの物ではなくなっていたのだろう。

「お前ら、ブルームーンを知ってるか!」

角を曲がった矢先に声をかけられ、エスは思わず立ち止まった。別のルートを探そうと引き返そうとしたが、弘が突然走り出し声をかけてきたダイバーを殴り飛ばしてしまった。それを合図に壁の裏や柱の陰から、銃火器を持った人間達が続々と現れて銃口を突きつけてきた。

「何やってんだよ......!?死ぬ気か!?」

エスが強引に連れ戻そうとするが、弘はその手を振り払う。

「いいから逃げろ。コイツらは俺がまとめてぶっ飛ばしてやる」

そう告げる彼の手には、青い光を内包したメカニカルな小瓶が。エスはそれを見るや困惑した顔で弘を凝視した。

「そんなもので何をする気なんだ」

「連中をまとめてバトルエリアに突っ込ませるらしい。諒馬が置いてったんだよ。つまりはそういう事だろ!」

弘は野球のピッチャーのような動きでボトルを地面に投げつけた。カッ!と眩い光が放たれた後、その場にいた武装集団と弘が交流広場から姿を消してしまった。

「こうしちゃいられない、ミナ.....!」

「分かってる....行こう、エス」

エスとミナは視線を交わし、迷わずバトルエリアへの転移を選んだ。

 

戦いの舞台たるは、見渡す限りの赤い空と大地の広がる、荒野だ。ドラグハートが岩山の上に降り立つ刹那、ガンダムアスタロトがデモリッションナイフを袈裟懸けに振り下ろしてきた。

「お前をここで叩く!」

「っざけんなよ!誰がテメェにやられるか!」

ドラグハートは両腕をクロスさせ、プラフスキーフィールドを展開。デモリッションナイフの斬撃を受け止めると、意趣返しにハイキックを食らわせストームブレードで顔面を貫いた。それでも肉薄しようとアスタロトが迫る。しかし岩山の不安定な足場に気を取られ、まともに反撃する機会さえ見いだせぬまま、渓谷の底へと真っ逆さまに落ちていった。

「まだ来るのか....あんだけの数だから当たり前かよ!」

ドダイ改に乗ったジャハナムが、ビームマシンガンを連射してドラグハートを岩山から追い出そうとしている。弘は後ろをちらりと見てドラグハートを飛び上がらせ、自由落下しながら近づいて手甲から発振したビームサーベルで、相手の武器を破壊。そのまま蹴り落としてドダイ改を奪取すると、レーダーに映る反応を頼りに移動を始めた。あらゆる方向から死線が飛び交う様子はまさに戦場であり、この一帯を覆い尽くす殺意は、弘を震え上がらせるには充分すぎる。否、今のガンプラダイバーズが、ゲームとしての体裁を保てなくなりつつある方が、正解と言えよう。

「クソ.....何なんだよ......こんなのゲームでも何でもねぇ......ガンプラダイバーズって、何なんだよ....!?」

砲弾の直撃を受けて四散するザクⅡ改。ビームサーベルで刺し違えるアデルとジ・O。可変機構を抉られ、凄惨な姿で墜落するデルタプラス。G-セルフの首をもぎ取り、それでノーベルガンダムの顔面を殴りつけるフリーダムガンダム。そこにはもう、モビルスーツへの憧れを胸に日夜戦う戦士たちの姿はない。ただ己の闘争本能にしたがい、欲望を叶える為だけに凌ぎを削り合う。この世界を諒馬が見たら、間違いなく絶望して自ら命を絶ちかねないだろう。欲望の渦と化した戦場をただ呆然と眺める弘の頭上、大きな影がぬっと通り過ぎていく。

「何だ!?デケェ......!?」

空を泳ぐマンタのような巨躯が通り抜けたかと思うと、突然姿かたちを変えてドラグハートの目の前に着地したではないか。紫の装甲に赤いラインが走った、擬似太陽炉搭載型のモビルアーマー"レグナント"。本来ガンダムフェイスを偽装した頭部だが、このレグナントはアルケーガンダムによく似たものを取り付けていた。

「うわっ!?やっぱりこっち来んのかよ!」

レグナントが両腕からGNファングを飛ばし、ドラグハートめがけ突進させた。ドラグハートも全身からプラフスキーフィールドを発し、サマーソルトキックの要領でドダイ改を蹴り飛ばした。レグナントはそれをクローアームの一突きで破壊し、投げ捨てながら大型ビーム砲にエネルギーを集束、薙ぎ払い撃ちでドラグハートを葬り去ろうとした。当然これもプラフスキーフィールドで受けようとするが、桁違いの出力がぶつかり防ぎきれるとは思えず、弘はやむを得ずチャージアーマーを呼び出す。

「しょうがねぇ......だったらコイツで!」

ドラグハートの周囲にチャージアーマーが出現、順次装着されていきドラグハートチャージドへと変身させた。チャージアーマー内部にプールされた、プラフスキー粒子を放出してフィールドの出力を一気に引き上げた。レグナントがビーム砲を止めた瞬間を見逃さず、素早くダッシュして懐へ飛び込む。しかし相手も即座にGNフィールドを形成し、ドラグハートチャージドの拳を弾き返すとクローアームを勢いよく振り下ろした。ドラグハートチャージドは裏拳でクローアームを跳ね返し、再度接近を試みる。だが強固に作られたGNフィールドの前に、拳が届くはずもなくまたしてもレグナントの反撃に遭ってしまう。

「硬えなんてもんじゃねぇぞ......!どうすりゃいい....!?」

レグナントに殴り飛ばされ、相手から大きく離されてしまった。攻撃も防御も余す所なく作り込まれた機体を相手に、弘の神経が少しずつ擦り減らされていく。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.43 ELEGYに抗いし者達

「常岡君と合流しなきゃいけないのに.....これじゃ間に合わない!」

ミナのトライアンフガンダムがツインビームサーベルを駆使しながら、すれ違いざまに敵MSを斬りつける。ヴィータストライカーのおかげで航行距離はあまり気にしなくてもよくなったが、敵のしつこさにミナは辟易していた。

「うぉおおおお!!」

「邪魔をしないで!」

グシオンリベイクフルシティのシザーシールドが食らいつく。だがトライアンフガンダムはバレルロールで真下へ潜り込み、相手のがら空きになった胴を蹴りつけ、ビームサーベルで腰フレームを溶断した。

「エス、そっちはどう?こっちはまだ遠いみたいだけど....」

「俺はそれどころじゃなくてな....!」

「どうしたの?」

「サイコガンダムに追われてんだよ.....!!」

「はぁ!?」とミナはストライクJOKERが居るであろう方角に、ズームアップした。確かにやけに大きな影が動いているように見え、エスの言っているのは何の例えでもなく、事実なのだと理解した。

「待ってて、今行く!」

トライアンフを旋回させ、東に向かって移動し始めた。だが運悪く、遥か遠くからの流れ弾が進行方向へ飛んできた。無理矢理脚部バーニアで急制動をかけつつ、バレルロールを挟んで速やかに軌道修正をする。これだけではなかった。トライアンフから半径10km、あらゆる方向からMSと思われる熱源反応が現れたのだ。肌を突き刺すような殺気を感じ取り、ミナは周囲を何度も見ながらエスのもとへと急ぐ。

「うっ......それでも来るの!?」

眼前にメッサーが現れ、ミナはすぐさまレバーを引いた。メッサーのビームライフルを躱し、仕返しにとビームサーベルで袈裟斬りを仕掛ける。だがメッサーも中々の手練のようで、トライアンフの動きを先読みしてシールドを向け、サーベルを跳ね返してバックパックのミサイルコンテナを展開、大量のマイクロミサイルをばら撒いた。これにはミナも突破法を思いつけず、頭部バルカン砲で撃ち落としながらの着地を余儀なくされる。だがその瞬間を狙ってか、ハイパーメガランチャーを構えたZガンダムが飛び出してきた。

「マズい.....!やらせるもんですか!」

地面に足が当たる寸前にバーニアを噴射、緩やかに上昇しつつZガンダムの目の前へ飛ぶ。Zガンダムも同じく距離を保ちながら、ハイパーメガランチャーの照準を合わせる。だがその間もなくトライアンフの踵が顔面に突き刺さり、ハイパーメガランチャーの光弾は、虚空へと打ち上げられたまま消えてしまった。

「ごふぁっ!?あっ.....ぎゃあああああ!!!」

Zガンダムのダイバーは、トライアンフに蹴られてからの流れを識る事もなく、ビームライフルに射抜かれ消滅した。トライアンフがZガンダムを踏み台にし方向転換した結果、メッサーの狙撃を食らってしまった格好である。

「ごめん....今はこうするしか!」

ちらりと火の中に消えるZガンダムを見、再び前に向き直る。メッサーがビームサーベルで接近戦に踏み込んでくるのに、トライアンフも同様にツインビームサーベルで迎え撃たんとした。バチィッ!!と激しい音と閃光が散り、そこから立て続けに2、3度打ち合う。

「本当に腕がある.....!下手にやり合ってるとこっちが消耗する....!」

「何をごちゃごちゃと!」

メッサーがツインビームサーベルを押し返すと、スパイクシールドを前面に向けてタックルをぶつけ、間髪入れず裏に仕込んだグレネードを放った。トライアンフは素早く反応し、肘からビームシールドを発してこれを防ぎ切るが、ミナは最悪の状況を悟った。機体の頭上と、背後に別の新たな反応が現れる。目の前にはメッサー、真上にはバイアランカスタム。そして後ろにはウーシァが。四面楚歌とはこの事だろう。

「3方向からの攻撃!?どちらかを片付けても、残る2つからの攻撃を受ければ......落とされる......!?」

そんなミナの絶望にはお構いなしに、バイアランカスタムが上空から雨あられの如く、ビームキャノンを撃ち込んできた。トライアンフは地面に背を向けぬように姿勢を制御し、ビームシールドで射撃を防ぎながら、斬りかかってくるウーシァに振り向く。だがそうすると当然、メッサーに背を向ける事になる。そして案の定、メッサーのダイバーはそれを見逃さなかった。

「敵に背を向けるとはな!」

「こうなったら.....しょうが、無いよね!」

ミナは若干の悔しさを感じつつも、状況の打破を優先させコンソールにある"サテライトリフレクター"を選択した。メッサーが放った光の矢がトライアンフの背中に着弾する刹那、バックパックの航空翼がガバッと開き眩いばかりの光を放出した。メッサーのダイバーはこの光によって目を潰されたらしく、両手で顔を覆いながら悲鳴を上げた。

「目が.....目がぁああッ!!?こんなやり方....!!」

バイアランカスタムもウーシァも光を直視しすぎたせいか、何とも不自然な挙動で一目散にトライアンフから逃げ出した。窮地は脱せた事でミナは深呼吸するが、彼らから感じていた殺気で心が痛んだ。しかしそう考える時間もないのだと振り切り、再びエスとの合流を目指した。

 

堂夢大学仮想世界工学研究室。数ある会議室の内の一つが異様な雰囲気を放っていた。門松と奏と、A.ν-Tのメンバーを騙る男海知がここにいるのだが、互いに沈黙したまま。もう一時間も過ぎようとしている。奏はどちらかと言えば巻き込まれたようなもので、気不味そうに門松と海知を交互に目配せした。が、門松も諒馬の居場所知らない上に、仮に当てがあったとしても海知に教えるわけには行かず、沈黙を貫くのを余儀なくされる。海知はと言うと、じっと何かを待っているようだった。

(ポール・マートン......早くしてくれよ。俺がこうしてんだからな....)

突然小さな振動音が室内にこだました。海知が徐にポケットから携帯電話を取り出し、一言断り応答する。

「土村だ......そうか、了解した」

短く済ませて電話を切ると、軽く息をついて口を開いた。

「しかし門松教授。あなたともあろう人が、簡単にかかってくれるとは思わなかった。水崎さんの居場所はずっと前から探してたんだ。俺個人の目的は果たせずじまいだが、それでもいいか。そして、たった今身柄を押さえた所......それじゃ後は俺達に任せてもらおうか」

チョキの形にした指をクイと曲げ、海知が部屋から出ようとした矢先。怒りを堪える門松をよそに、奏が素早く席を立ち海知を呼び止めた。

「あの!私も連れて行ってもらえないでしょうか.....水崎さんの所へ....!」

「奏ちゃん、正気か!?」

狼狽する門松とは対照して、海知は特に慌てるようでもなかったが、見ず知らずの人間に言い寄られ、やや怪訝そうな顔をした。

「お前、何者だ?」

海知の人相の悪さは自身も認める所だが、奏は臆することなく彼の目を真っ直ぐ見据える。

「白鳥 奏です。ガンプラダイバー、スワン・マスターピース。私は水崎さんの仲間として、ともに戦っていました....いや、これからも一緒に戦わなければいけません。だから...!」

「こんなガキまで巻き込むとは.....」

背の低さと顔立ちから、海知は奏がまだ子供なのではないかと疑う。だがその眼差しは、もはや子供のそれとは遥かに違うようにも見えた。――自分は同じ目をした人間を知っていた。海知は一瞬だけ視線を変え、戻した後に彼女に告げた。

「言っておくが、俺達は仲良しごっこで動いている組織じゃあない。お前の期待しているようなモンじゃねえのは、覚悟してもらうぞ」

「冗談じゃない!奏ちゃん、少しは考えるんだ....もう子供じゃないんだ!」

奏は門松に向き直ると、少しの間を置いて気持ちをありのままに返した。

「私、水崎さんの力になれるならどこまでだって行きます。私が救うべきなのは、怜だけじゃない。ごめんなさい、門松教授...!」

そう言うと奏と海知が会議室を後にし、門松一人が取り残された。

「今君に抜けられたら、誰が怜を迎え入れると言うんだ.....!一人が欠けてもいけねぇってのに....!」

机に拳を叩きつけ、開きっぱなしになったドアを睨む。何も奏のことを責めているのではない。いつの間にか海知らの掌で踊らされている感覚が、どこまでも許せなかったのだ。

 

ほぼ同じ頃。結利香は道中で買ったサンドイッチが入った箱を片手に、諒馬の潜伏先になっているであろうゲストハウスへ向かっていた。相変わらず黒が中心だが、肩を出していたりと華美さに重きを置いた服を召している。目の前の角を曲がろうとした矢先、妙な気配を感じて恐る恐る隠れながら覗いた。私服姿の青年二人組が階段を上っていく。それだけならまだしも、彼らが立ち止まった部屋に結利香は目を疑った。何と、諒馬が宿泊している部屋だったのだ。

(あの人達....どういう手合いなのかしら....)

「そこのお姉さん!そんな所で何してんの?」

自転車で巡回中の警官に声をかけられ、結利香は思わず声を上げた。しかしこれは、ある意味チャンスでもあった。

「あ、あら....ごめんなさい。私ちょっと知り合いの家に遊びに行こうとしてたんですけど.....怪しい人達が集まってるんです。ほら、あそこ...」

彼女が指差す先を警官も目を細め眺める。

「あの家にいるんですか?ああ、確かに誰かいるなぁ.....ちょっと一緒に様子見てみましょうか?」

ええ、お願いします。と結利香は辞儀をし警官と二人でゲストハウスの近くまで向かう。丁度追い出される形で出ていくところに出くわした。

「君達、あの部屋にいる人の知り合い?」

警官に問いかけられると、短い金髪の方、ポール・マートンが頷き困ったように笑った。

「ええ、そうなんですよ。ですけど彼女が来るからって、予定を埋められてしまいましてね....」

「もしかして、このお姉さんがそうだったりするかい?」

予定通り。結利香は狼狽えるふりをする。青年二人はちらりと彼女を見ては納得したように頷き、「聞いていた通りだ、ちょっとミステリアスなお姉さんだってさ!」

と、ポールが結利香の手を引いて再びゲストハウスへ向かおうとした。目で助けを訴える演技をしたが、やはり警官はそんなことには気づかないで、自転車のサドルに跨がる。

「仲良くやるんだぞーっと....!」

警官の姿が遠のくのを認めると、結利香はするりとポールの手から腕を引き抜き、彼らを交互に見つめ問うた。

「あなた達は何故ここにいるのかしら?そこにあなた達が用のある人はいないわよ」

「それがそうでもないのさ」

ドレッドヘアーの黒人青年、アントニオが肩を竦めて見せ、結利香に1枚の写真を示した。ベージュのトレンチコートを着た男は、一目で諒馬だと分かる。がしかし、その隣りにいる青年は日本人だろうが、彼とともに何かを開発している様子が収められていた。諒馬を挟んで隣には、アントニオも居る。つまり諒馬とは、本当に何らかの関係があったと見て間違いない。

「俺達とプロフェッサー・リョウマは長い付き合いだったんだな、これが。しかしある時からパッタリと連絡が途絶えちまった。気がつけばガンプラダイバーズで戦争が起きてると言うじゃないか。この状況を平定するにゃ、彼の力が再び必要不可欠になったんだよ。しかしアンタが来てくれたことで、より強い交渉材料が手に入ったんだ。これで確実だ」

結利香が「それは、どういう意味かしら」と問いかけるとポールが引き継ぐ形で答える。

「貴女とミスター水崎は僕らよりも近い関係にある。だから貴方の説得があれば、彼はきっと僕らの真意に気づいてくれる。そう思うんだ」

「悪いけど、私と彼はそんな単純なもんじゃないわよ?そこに首を突っ込もうとするのは、男としては物凄く無粋な事ではなくて?」

「ほぅ.....要は一方的な関係だったってんだろ?」

アントニオの鋭い発言に結利香は愕然とした。雰囲気からすると、ポールよりも疎いように思えたがそれは誤算だった。アントニオは結利香の肩に手を乗せ、続ける。

「俺は自分で言っちゃあ何だが、そこそこのプレイボーイなもんでね。男も女も関係なく、似たような機微ってのがある。お前さんはミステリアスだが、一歩踏み込まれると簡単に崩れ去る。痩せがまんにかなり近いよな。心を掴めてないのが、恐いと思ってんだ」

彼の口振りからするに、出任せではないようだ。これ以上は抵抗しても状況が動かないと悟り、ポール達の後に続いてゲストハウスの一室へ向かった。

(今度はお前さんがインターホンを押すんだ)

そう言いたげにアントニオが結利香に目線を送る。結利香は妙な屈辱を感じながら、恐る恐るインターホンを押した。カンコン、と小気味よい鐘の音が鳴る。それから数秒。ドアがガチャリと開き諒馬が隙間から顔を覗かせた。変わり果てた風貌に結利香は拍子抜けし、思わずサンドイッチの箱を落としてしまう。痩せこけて土気色になった肌に、雰囲気さえも今に死にそうな程だ。目の輝きはとうに消えており、天才を名乗っていた彼の面影はどこへ行ったのか。諒馬は結利香が来た事に多少は驚くが、両隣にいる男二人を見て意味を理解した。

「彼女を使うのか.....そうまでして俺に固執するのは何だ?」

話しかけようとする結利香を遮り、アントニオがドアを開け放つと、何かの拍子に足元に転がってきたドアストッパーを蹴って固定した。

「そうは行かないな?プロフェッサー・リョウマ。お前さんは自分の立場が分かってないのか?俺達はアンタを必要としている。何故断るんだよ?訳の分からん集団と手を組むより、基盤がある、こっちと組む方が明らかに有用だろうに」

「そういう問題じゃない。これは俺自身の問題だ.....もう帰ってくれ。A.ν-Tでやって来た事は、誰の為にもならない事だ.....目が覚めた頃には何もかもが遅過ぎた.....もう、俺は誰かの為に技術を使ったりはしない....したく、ないんだ.....!」

「でも、それは過去の話だ。僕らはこれからを生きる為に、あのアーネストを叩くと言ってるんです。貴方とはきっちり目的と合致するはず。何が不満なんです?」

ポールは不思議そうに訊きながら、ポケットから携帯電話を取り出した。

「居場所の確認は取れたので、彼に通達しました。もう逃げ場はない......どちらにせよ、僕らと提携しない限り、あなたの前途が閉ざされてしまう。僕もアントニオも、海知もそれは望んでいませんからね。恐らく貴女も狙われているでしょうし」

ポールの視線が結利香に注がれる。諒馬の潜伏先を探し当てるほどの情報力を持つ彼らの事だ。今更驚くこともない。

「やはり、そういう事までお見通しだったのね」

「何せA-ν.Tは国際的なネットワークだ。この世の裏と表、それぞれに精通した人間がいる。ブルームーンがどうとかは知らんが、裏でダイバーズの治安を支えてきたのは」

途中でポールが制し、軽く嗜めると諒馬に視線を戻した。

「確かにそれは人と人のコネクションではありますが....あなたの作り出した専用サーバと、数々の解析ソフト故です。あなたは間違いなく天才だ。僕らがこうしてあなたを解放することが出来たのも、単なる偶然だとしてもあなたの力によるものだ。そう思いませんか?」

ポールの真っ直ぐな眼差しが諒馬には酷く恐ろしく見えた。自分はただ技術協力をしたに過ぎないはずだった。しかしそれを遥かに超えて、彼らに影響を与えていた事実は驚く外なく、当惑せざるを得ない。

「.....最悪だ。ドン底に叩き込まれても、まだ戦えってのか....」

諒馬が弱音を吐くのを咎めるかの如く、聞き覚えのある声が飛び込む。

「まだ、終わってなんかありません!諦めるにはまだ早すぎます!」

その場にいる一同が面食らい、声のする方へ振り向いた。海知と、もう一人。サイドテールの黒く長い髪の少女、白鳥 奏である。結利香は彼女を一目見て、初めて奏がF91-Mのダイバーだと解り二重に衝撃を受けた。逆に奏は、結利香がジプシー・ノアールだとは気づいていないようで、諒馬のみをじっと見ているのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.44 REBOOTする雷光

予想だにしなかった、奏との再会。見た目に合わぬと言うのはもう、諒馬の中にはなかったが、やはり正気を疑わざるを得ない。

「どうして君がここに。言ったはずだ、もう俺とは関わるなと」

声を低くして問い掛ける。しかし奏は今までの様に当惑する事なく、一歩前に出て彼の手を握った。

「決めました。怜とダイバーズだけじゃなく、諒馬さんの事も救いたいんです!」

その場にいる一同が目を丸くした。特に諒馬は奏が狂ってしまったのでないか、と半ば嘆きながら眉間を押さえる。

「なぁ海知!お前こんな子供まで連れてくるなんて聞いてねぇぞ?」

関係性を知らぬアントニオは、単に海知に幼女趣味があるのかと勘違いをした。

「どうもコイツ、水崎さんとはそれなりの付き合いがあるらしいんでな....これ以上ない交渉材料だろう?」

海知は指を鉄砲の形に曲げ、諒馬に向けた。

「いくら迷っても前には進めない。こっちにはあなたに全面的に協力する用意がある」

「借りを返したいと言っておきながら、俺の選択肢を奪うのがお前たちのやり方か!その二人は関係がない、今すぐ解放しろ!」

掠れがかかっているが、無理やり声を荒げ奏と結利香の解放を求める。だがその彼女らも引き下がる気がないようで、完全に諒馬が取れる選択肢は消えてしまった。束の間の静寂の後、ポールが手をぱちんと叩く。

「民主主義の原則、多数決を以って水崎 諒馬さん。あなたを我々A.ν-Tへ再編成します。まぁこの後でお連れする場所に来れば、辛いことも少しは和らぐでしょう。それから考えてみてはどうです?」

もはや逃げ場はどこにも無い。諒馬は苦虫を噛み潰したような顔で足元を睨むしかなかった。

 

ガンプラダイバーズ。

「畜生ッ!なんて動きのサイコガンダムだ、コイツは!!」

ストライクJOKERのコクピットの中、エスは歯軋りをした。額だけでなく全身から冷たい汗が噴き出、ノーマルスーツの中がぐっしょりと濡れていた。相対するはサイコガンダムだが、巨体に比して異常な程の運動性で、ストライクJOKERを追い詰めてくる。胴部の拡散メガ粒子砲や変形機構はオミットされている、とエスは読めたが、それより先は全くの未知であった。

「また反応かよ!?ミナ、急いでくれよ....!!」

左から直進するビームライフル。ストライクJOKERは素早く後退し、砲撃のあった方向に目を向けた。赤紫に輝く光の翼が揺らめいて見え、エスが僅かに持っていた期待を裏切る。

「あんな速度で突っ込んで来るってのか!」

ストライクJOKERはリアアーマーから可変型ビームライフル"ブレイヴエッジⅡ"を引き抜き、こちらへ近づきつつある光めがけトリガーを引いた。勿論サイコガンダムの攻撃の回避も忘れてはいない。スライディングキックを決めようとする巨人から離れ、新たな機影を追い返す。

「あの人に言われた通りにやれば.....俺だって当てられるんだ!」

脳裏でひたすら何かを繰り返しながら、ブレイヴエッジⅡを連射する。サイコガンダムが両手の指先にエネルギーを収束、一気に放射した。ストライクJOKERの足元にまで降りかかる光の嵐。エスは強引にレバーを引き戻し、ストライクJOKERを急上昇させると、サイコガンダムを睨みつけコンソールをタッチした。

「だったらお前を先に倒すしか....!」

両肩に搭載されたマルチユニットが分離、両腕にドッキングすると翡翠色の光槍が生まれる。ストライクJOKERはバーニアを全開にし、サイコガンダムへ突進する。黒き巨人はストライクJOKERを握りつぶさんと、掌をぐわっと開き腕を伸ばした。だがエスはストライクJOKERをひたすら前進させる。彼の瞳が次第に緑の光を帯び始め――。

「う、ぉおおおおおおおおッ!!!」

サイコガンダムに掴まれる寸前。ストライクJOKERが忽然と姿を消し、指が空を切った。サイコガンダムが掌を見て何もないことに戸惑うが、その時点で運命が決まった。消えたはずのストライクJOKERがサイコガンダムの、後頭部付近に現れたのだ。そして一度引っ込めた拳を加速の勢いに上乗せして、刺突する。

「アルミューレ・リュミエールランサーには.....こう言う使い方もある!」

マルチユニットにはアルミューレ・リュミエール発生器が仕込まれており、シールド用のマウンターと組み合わせることで、肉弾戦用の刺突兵器となるのだ。アルミューレ・リュミエールランサーを、ブランド・マーカーの要領で使うための機能と言える。サイコガンダムの頭は障子紙の如く突き破られ、火柱の中に消えた。

「凄い......私も負けてられない、な!」

ミナはストライクJOKERを使いこなすエスに驚嘆する一方で、負けじとトライアンフを加速させる。どうやら漁夫の利を狙う気か、別の機影がほぼ同じルートで戦場へ向かうのが見えた。ミナは手早くレバーを左へ倒し、頭部バルカン砲で相手の注意を引く。狙い通り相手がこちらへ振り向こうとした隙を突き、顔面をツインビームサーベルで斬りつけ蹴落とした。

「デスティニーインパルス、かぁ.....あ!エス!」

「ミナか....!?よく無事で....!」

ストライクJOKERの肩にマニュピレーターを乗せ、軽くアンテナを小突いた。

「私を誰だと思ってるの?....なんてね!て言うか本当にサイコガンダムだったんだ....」

目の前に横たわるサイコガンダムの残骸に、ミナは苦笑する。

「どちら道、戦争になってしまった以上、こんなのばっかりになるんだろうな。とにかく今は常岡と合流するぞ!」

「うん!」

ストライクJOKERとトライアンフは、弘のドラグハートチャージドがいるであろう方向へ、飛翔した。

 

「こんの野郎ッ!ぐわぁあああ!!?」

ドラグハートチャージドとレグナントの戦いは、ほぼ後者のペースで進んでいた。質量と出力を上乗せして振るわれる、鉄の大爪によってドラグハートチャージドが撃墜寸前まで追い込まれていた。

「どうすりゃいいんだよ......!」

真正面から突き出される爪をプラフスキーフィールドで受け止め、蹴り上げて仰け反らせ、素早く懐へ飛び込みアッパーを突き刺そうとした。だが逆にレグナントに抱き込まれてしまい、その衝撃が弘にフィードバックさせられる。抜け出そうにも、強烈な圧力によって機体が押しつぶされる方が早いだろう。残り耐久値もレッドゾーンを僅かに残すところまで来た。万事休す。そう思われた時、最悪の事態がドラグハートチャージドに起きた。タイミングも悪く、ストライクJOKERとトライアンフが到着した頃だ。

「こんなトコで....死ねっかよ!!」

ドラグハートチャージドからスプラッシュめいた波動が放たれ、レグナントの両腕を弾き飛ばした。そのまま空中に留まったかと思うと、顔面に回し蹴りを突刺し、激流を纏う拳で脳天から貫き内部から突破し瞬く間に撃破してしまった。これで一安心かとエスは息を吐くが、事態は予想外の方向へと動き出した。ドラグハートチャージドが突然何処かへ走り去ったのだ。

「どこへ行く気なんだ!?待て!!」

ストライクJOKERが最大出力でバーニアを噴かせ、ドラグハートチャージドに追いすがった時だった。撤退を始めたモビルスーツに、ドラグハートチャージドが殴りかかり、拳の一撃で完全に葬り去ってしまった。これにはエスは度肝を抜かれ、心配してついてきたトライアンフに「退け!」と叫んだ。

(どういう事なんだ、まさか暴走してるってのか.....!?)

そう見立てをつけたエスの行動は早い。

「だったら余計な犠牲を作る前に!」

腰のホルダーから伸びる柄に左手を乗せつつ、ブレイヴエッジⅡを放ちドラグハートチャージドの進路を塞ぐ。だがドラグハートチャージドは適宜プラフスキーフィールドを展開し、射撃を跳ね除けながら進撃を続ける。

「全部俺が.......ぶっ飛ばしてやるッ!!全部俺が終わらせてやるんだッ!!」

マグアナックのシールドを蹴り飛ばした刹那、ストライクJOKERが間に割り込み、両者を突き飛ばした。

「逃げるんだ、早く!!」

エスはマグアナックが撤退するのを見届け、今度はドラグハートチャージドを真っ直ぐ見つめる。チャージアーマーにプールされたプラフスキー粒子が臨界しているのか、青い光が漏れ出していた。

「自分達から攻撃してどうする!?そんなんじゃますます俺たちが敵扱いになるんだぞ!」

「だからってこのまま黙って見てられっかよ!俺がこのふざけた戦争を終わらせるってんだ!!邪魔するんじゃねぇ!!」

しかしその声はどこか意味が違って聞こえ、これが彼の本心だとは思いたくなかった。エスは歯ぎしりをし、躊躇っていた指をコンソールに当てる。

「やるしかない....のか!」

ドラグハートチャージドの拳打を躱し、ストライクJOKERがサイドアーマーから抜き放つは、身の丈を超える長さの大太刀"エレクトロスラッシュ"。純白の刀身のエッジに沿うように青い輝きと、バチバチと音を立てる電気が走る得物を両手に構え、ダッシュし袈裟斬りを見舞った。しかしドラグハートチャージドは斬撃が来る前に飛び退き、殴りかかる。間一髪でストライクJOKERはエレクトロスラッシュの腹で受け止めたが、ドラグハートチャージドの狙いは一撃目ではなく、その次の一発にあった。ワン・ツーを決められたエレクトロスラッシュは、中央にヒビを入れられ、もはや使い物にならなくなってしまった。

「しまった.....!?はっ.....!?」

「エス!別の反応が来てる!!」

ミナの警告にしたがい、エスはドラグハートチャージドを道連れに機体をロールさせた。土煙が立ち上り、黒い影が真っ直ぐこちらを見下ろす。時折赤い眼光が鋭く瞬き、エスの背筋が凍りつく。

「この殺気.....普通じゃないな!」

煙が晴れ正体をはっきり視た二人は、更に悍ましいものを感じ取り、額を冷たい汗が伝った。銀を基調とし、所々を黒や赤で彩った金色の翅。庇の奥まった目は、ガンダムタイプ同様にツインアイのようだがギョロギョロと動いている。

「これ、シドじゃない....?」

ミナは彼の機体を一目見て、骨子となる物が漠然としていたが判った。ヴェイガンギア・シド。"EXA-DB"と呼ばれる伝説の秘宝を守護する、無人マシン"シド"をヴェイガン系MSの始祖たる"ヴェイガンギア"と融合させた機体である。しかし今彼らが見ているのは、それとは甚だしく違う印象を与える姿を持っていた。

「シドだって?....あ、おい!?」

エスが訝しげに敵を観察するのと同時に、ドラグハートチャージドが突然走り出し、ストライクJOKERとトライアンフが慌てて追跡する。だが銀色の怪異は翅の付け根に備えるビーム砲で薙ぎ払い、エス達の接近を拒んだ。

「テメェもやろうってのか....上等じゃねぇか!!」

弘は抑えの効かない闘争本能に身を任せ、ドラグハートチャージドを飛翔させた。右手に火焔を滾らせ、アッパーカットを放つがしかし、銀色の怪異はひらりと避けて見せ、鈎爪の生えた腕を素早く伸ばしてドラグハートチャージドを捕縛すると、急浮上からの急降下の位置エネルギーと共に地面に叩きつけた。あわや撃墜か、とエス達が息を呑む。だがドラグハートチャージドが背面にプラフスキーフィールドを展開しており、難を逃れていた。ドラグハートチャージドは銀色の怪異の腕を引っ掴み、投げ飛ばして自由の身になった瞬間に反撃に出た。ストームブレードをビルドし、グリップハンドルを数回倒しながら地を蹴って飛び上がる。刀身を包む旋風に次第に焔と水流が交わり始め、やがて3つの力を融合させた竜巻へと変化した。ドラグハートチャージドはありったけの力を込め、銀色の怪異の脳天めがけ叩きつけた。だが銀色の怪異は双眸を瞬かせ、竜巻を一瞬の内に消し去り一羽撃きで逆にドラグハートチャージドを叩き落とし、音速で接近して再び掴みかからんとした。そこへストライクJOKERが現れ、エレクトロスラッシュで爪を弾き返した。その隙にトライアンフがドラグハートチャージドを抱え、空中へと退避した。

「邪魔しないでもらえるかな......!」

怒りで震える声。だがエスは一歩も下がる気はなく、もう片方のエレクトロスラッシュにも手をかけた。

「そういう訳には行かない....お前を放っておけばどうなるのか分からないからな!」

ストライクJOKERが天高く飛翔、二振りのエレクトロスラッシュに電圧をかけ素早く斬りつけた。銀色の怪異が回避しようとするが、それに先行する形で回り込み、すれ違いざまに何度も斬撃を加えた。銀色の怪異の担い手は業を煮やし、コンソールのある項目を叩く様に選択する。

「僕の思い通りにならないような奴は、嫌いなんだよ....!!」

忽ち銀色の怪異から力場が発生し、ストライクJOKERは避けきれずに接触してしまう。直後に機体に起きた異変に、エスは目を疑った。

「完全放電!?ストライクJOKERのコアでも駄目だってのか.....!?」

しかし動揺している時間など、一瞬たりとも無かった。エスが殺気に気づき顔を上げた瞬間、銀色の怪異の爪に掴まれ――。

「うわぁああああああああッ!!!」

 

海知らに連れられ、諒馬は古びたマンションの前にやって来た。やはりはっきりとした記憶があるのか、苦々しげである。

「まだ残ってたのか....」

「ここに何があるのかしらね」

結利香にチラリと見られ、アントニオは溜息をついた。

「たった一瞬で嫌われて、立場まで逆転なんて今まで無かったぜ.....このマンションの地下に、プロフェッサーが使っていた.....何だ、秘密基地みたいなもんがある」

そこに海知が付け加える。

「俺達A.ν-Tに向けて開発されていた技術は、その殆どがここから生み出されてた。恐らくだが水崎さんの技術の粋が、ここに詰まっていると言っても過言じゃあない」

如何にも重そうな鉄の扉を前にし、海知は鍵を解錠しポールと共に力いっぱいに引いて開いた。

「凄い.......ここだけまるで時代が違う感じがします....!」

所狭しと並んだコンピュータや機材、そして透明な電子ホワイトボード。ありとあらゆる物が、現代より一歩先に進んだ設計で作られていた。諒馬の天才たる所以が、ここでも遺憾なく発揮されていたのである。

「それで?ここで俺にまた戦え、と?」

「協力組織が変わったと言うだけで、条件は何一つ変わらない。ダイバーズはすでに、新たな戦争の火種を手にしてしまった。一刻の猶予もないのは承知しているだろう?」

「だが俺にはもう、機体がない。ビルドレイザーも、ノアールロータスも奴らの手に落ちただろうからな....あそこまで作り上げたビルドシステムも奪われていてもおかしくはない.....簡単に戦力を再構築出来るとは....」

諒馬の口からノアールロータスの名が飛び出し、側で聞いていた結利香と何故か奏が目を丸くした。すると海知は指をパチンと鳴らした。アントニオが外から台車で何かを運んできたが、そこにはガンプラの箱がうず高く積まれており、諒馬は思わず「準備良過ぎだろ」と漏らした。

 

結利香は早めに必要なキットを補給物資の中から見繕い、帰宅してしまった。どうやら彼女の戦闘スタイルを実現する仕組みは、味方にも知られる訳には行かないようで、諒馬も渋々了承して作業に移る。ポールとアントニオも、それぞれのルートを使ってメンバーの募集を図ると言い、間もなくしてこの場を去った。残るは諒馬と奏と海知だけとなる。

「諒馬さんは、いつからあの武器を設計していたのですか?」

奏がランナーからパーツを切りながら問うた。諒馬はそれを取り付けしばらくの沈黙の後、

「アポロンとか言う連中とやり合った時、いやその前からか。凄く戦いづらそうにしていた気がした。君は無理して自分の戦い方を曲げようとして、結局中途半端になった。F91-Mの加速なら、むしろ高速戦闘に特化した武器が必要になる。刀を使うスタイルが君の主軸なら、今度は命中率を上げる形にすれば問題なく戦える、そう考えたのさ」

と返した。まだ本調子でないとはいえ、メカニック絡みの話をする彼の姿は、奏にはどことなく楽しそうに見えた。

「それでハイインパクトガンの機能を応用した、あの刀が生まれたんですね.....やっぱり諒馬さんは凄いです。私じゃきっと思いつけなかったと思います」

「重力変容技術は、俺にとってもかなりいい経験になった。ビルドシステムで武器を構築するのにも、かなり使ってたからな。サンドロックの箱を持ってきてくれ」

はい!と奏は溌剌と返事して台車からHGAC ガンダムサンドロック改の箱を持ち出した。その折、ソファでプリンを食べていた海知がこんな質問をしてきた。

「アンタ、本当はいくつなんだ?中学か高校くらいか?」

またしてもその質問か、と奏は内心悲しくなりながらも表には出さぬよう努めて笑顔は保った。

「21です。よく聞かれるんですよね、こういう見た目してるせいで...あはは」

事実が彼の予想の斜め上を行っていたらしく、海知は言葉を失い左手に持っていたプリンカップを、危うく落としそうになった。

(人は見た目に依らずってか.....!?)

奏はそそくさと諒馬の隣に戻り、箱を開封してはまたランナーからパチ、パチとパーツを切り取り始めた。

「今回はサンドロックベースで行くんですね?」

「いや....ビルドレイザーがベースだ。ビルドレイザーは元々ジェミナスから作ってたけど、古いキットを無理やり今のスタイルに合わせて、何とか戦えるようにしただけだからな。ビルドシステムを詰める余裕を作るので精一杯なもんで.....だから今回は似たようなパーツを作りやすい、こいつでアップデートするんだよ」

「なるほど......そうするとどうなるんですか?」

「反応速度と可用性が向上して、今までより格段に柔軟な戦術が取れるようになる。それに、サンドロック改にはゼロシステムが積まれている.....ダイバーズ側からこの機体にはゼロシステムを適用させず、代わりにビルドシステムを載せる。ま、今すぐやれる事はそんくらいだ」

途中から奏さえも訳が分からなくなり、サンドロック改のボックスアートと、諒馬の手の動きを交互に見るしかなくなった。それから数時間後。ミキシングビルドで作り上げた雛形を基にデータを作成し、それをラボにもあった成形装置"スクラッチビルダー"に送り込む。形成作業にも相応の時間がかかり、大まかな形になる頃には夜が明けていた。烏の鳴く声が空にこだまするのと同時、チーン!!とけたたましい音が部屋中に響き、うつらうつらとしていた奏と海知は何事かと飛び起きた。

「何だ!?」

海知が仮眠室から飛び出すと、諒馬がスクラッチビルダーの前で髪をかき乱していた。嬉々とした表情でハッチを開け、完成したガンプラを食い入る様に眺めた後、高々と天に掲げる。新規キットの組み合わせで、可能な限りビルドレイザーに近づけつつも、細かなポイントでは構造上の弱点を克服して堅牢さをより強めた姿である。

「遂に完成した.....強化されたビルドガンダム.....その名もビルドスパークルガンダム!凄いでしょ!最っ高でしょ!天っっ才でしょ!!」

一人ポカンとする海知とは裏腹に、奏は嬉しそうに拍手していた。この言動こそが、彼女の知る水崎 諒馬なのだから、自然と喜びたくもなる。

「良かったですね、完成できて!じゃあ後はビルドシステムを.....どうやって載せるのでしょう....?」

その質問を待っていたと言わんばかりに、諒馬は左手をフレミングの法則の形にしてクイと振った。

「これだ。ゲイジングチップを基に、1工程だけでビルドシステムを移植可能にしたP-BOX!これも並行して作っていたのさ」

諒馬が手のひらに乗せて二人に見せたのは、ガンプラの頭ほどの大きさの黒い箱。ゲイジングチップとは、ゲイジングビルダーと呼ばれるゲームに使用するフィギュアやキットに内蔵する、ウェア認識用チップの事である。ガンプラダイバーズのスキャナーにも、関連技術がスピンオフして使われているため、その応用例として諒馬が新たに開発したのだ。

「やはり水崎さん、アンタは本当に現代人とは思えんな.....こんな物の中に、ビルドシステムとやらを詰め込んだのか」

「まぁ俺は天っ才なもんで!.....後はハザードを制御出来るようにすれば....奴らに対抗するだけの力になる.....!」

突然トーンを落とされ、海知は再び当惑させられる。A.ν-Tの組織としての活動では一度として、この様な言動を見たことが無いが故なのかもしれない。実際の所、諒馬に依頼した物は大抵目の前で作られることはあれど、海知自身は開発が佳境に差し掛かる場面には遭遇したことが無かったのだ。行き詰まってるだろうと見に行くと、必ず既に出来上がっていた訳である。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.45 曇りなきWISHと共に...

アーネストホールディングス、本社社屋の最上層の一室にて。

「僕を呼び出していたそうだね?遅れて申し訳ないね」

徹=アルマーニュはやや困ったように笑いながら、部屋へ足を踏み入れる。百崎 翼はそれを横目で見、窓に視線を移した。

「まさか君が、あの様な強硬策に出るとは考えても見なかったよ。私に演説させなくてもよかったのではないか?」

「いいや、それは必要だったよ。現にアーネストはダイバーズの正義と秩序を担う存在として、確立している。戦争になってしまったのは....残念だとは思うけどね」

態とらしく残念がり、椅子に腰掛ける。

「しかしこの状況だ。一気に駒を進めるいい機会になると思わんかね?」

「どうする気だい?」

「私には都合の良い触媒がある.....エス・ブラックベイ――黒浦 聡だ。彼は私に対し並々ならぬ因縁がある。無論、私にもだ。それを利用して、彼を消し去れば障害となりうるものは消えよう」

だが徹にとってしてみれば、翼がただ個人的な怨念を晴らしたいだけにしか取れず、一笑に付す程度な物と胸の内で切り捨てる。

(前田兄弟の事といい、まだあの時間を引きずっているのか。これでは彼を傀儡にするのも愚策でしかないようじゃないか)

徹は苦笑しながらポケットから携帯電話を取り出した。

「まぁ君がそうしたいと言うなら、そうするといい。あくまでも対等である以上、邪魔は出来ないからね。フリューゲルオメガを使う機会ができて良かったじゃないか....それでは僕はこれで失礼するよ」

彼がそう残して部屋を後にする。翼は机の上に立つフリューゲルオメガを眺め、唇をへの字に歪めた。

「私をいつまでも踊らせられるとは思うなよ....この計画を土台に俺が目指した世界を作れるかも知れんのだ.....!」

 

「ここ......あの時の.....」

エスが目を覚ましたのは、かつてもここで治療を受けた事がある場所だった。鼻をつくような薬品の匂いで、時が巻き戻ったような感覚に陥り目眩を起こしかける。だがそこへミナが現れた事で、何とか意識を引き戻せた。

「ミナ.....いや、奈都.....俺、どうなってここに....?」

「さっきの怪物みたいなのにやられたんだよ。色々とみーちゃんと一緒に調べてみたんだけど、マガイクノタチでエネルギーを奪われたのが、原因だったみたい」

ミナは静かに椅子に座り、起き上がろうとするエスを寝かせた。

「常岡君は先に回復して、今はトレーニングしてる.......暴走したのが悔しかったんだね。「暴走したのは俺が弱いからだ。奴に負けたんじゃなくて、自分に負けちまったのが許せねぇ」って」

「そりゃあ、そうだろう......あの機体、ドラグハートってのは.....俺達じゃ分からない何かがある気がするんだ」

「何か?って、何?」

分からないって言ったろ、とエスは返し自分の左手を睨んだ。弘がν-Typeなのは確定した事実として、その能力によって暴走したのならと考えてしまう。似たような経験をした彼だからこそ、何か方法があると思いたいのだ。あの機体に同乗した時も、不思議な感覚を得ており常にエスの頭の片隅で靄のように残っていた。ミナにも伝えたかったが、上手く言葉にも出来ず余計にもどかしさを感じる。

ブリッジでは、リタとアヤカが束の間の休息を取っていた。

「マスターピースさんとウェルスさんまでもいなくなるなんて、ピンチピンチの大ピンチです....」

ウェルスは数日前から、スワンは更に前から姿を見せておらず、アヤカはやや寂しげにしていた。リタも心情は理解しており、敢えて何も言わずただ頷いて紅茶を口に含んだ。

「それよりウォレス少尉、援軍と言うより....合流可能なメンバーはどれほどになりましたの?」

だがウォレスの回答は案の定と言うべきか、リタの淡い期待通りとは行かなかった。

「それが全く集まらんですよ。一度解散してるから完全に諦めてる流れなんじゃないかと」

「左様なら、もう集まるのは絶望的ですわね。ウォレス少尉、ありがとう」

「やっぱり人集めには難儀しているのか。この状況じゃ、かつてのメンバーでも行きたくなくなるな」

ブリッジに入ってくるなり、シローがウィンドウをリタに向けて飛ばした。その内容もやはりリタの頭痛の種になり得るものであった。

「プレイヤーの世論も、ブルームーンの存在を否定する方向に傾いたまま戻らない.....分かっていましたが、こうハッキリと形にされると悲しくなりますわ......」

「だけど今無理に表舞台に戻るよりは、水面下で少しでも争いを止めるしか、なさそうだな」

そう言うシローも、やはり悔しいのだろう。やりきれぬ顔をしてシートに腰掛けた。

「レイさんがせっかくここまで組織の立場を作ってきたのに、運営は恩知らずです」

アヤカの言う事も間違いではないが、実際はそうとも言い切れぬ部分がある。ウォレスは足下に落ちていた紙を拾い上げ、クシャクシャに丸めてゴミ箱に投げた。

「正直運営からすりゃ、治安を守るべき役目を勝手に奪われてるようなもんだからなぁ...けどこうなるまで支持を受けていたから、運営の影響力が薄まってんだろうし、焦って潰しにかかるのも....な?」

「もしかして、それが弾圧運動の正体....!?」

シローが身を乗り出して問うが、ウォレスは小難しそうに首をひねる。

「むしろ弾圧運動自体が、牽制のような役割を果たしているのかも知れないですわね......」

リタは紅茶に鏡写しになった自分を睨んだ。今のままでは無力なのは明白だが、動き出せば仲間をみすみす危機に放り出す事になる。彼女なら、そしてそのさらに先代はどう判断しただろうか。

「レイ.....あなたならどうしていましたか.....?」

気づかぬ間に漏らしていた自分にやや驚き、周囲に目配せするがどうやら誰にも聞かれていないらしく、一人ため息をついた。

トレーニングルームで一人サンドバッグに拳を撃ち込んでいた弘だが、こちらへ近づく足音が聞こえ手を止めた。タオルで汗を拭い遠くを眺めていると、エスとミナの姿が見え弘は口を閉ざした。エスは部屋に入るなり開口一番、

「こんな部屋があるなんてな。よく見つけたもんだよ」

と言い出し弘は一瞬驚いたが平静を取り繕った。

「ま、まぁ.....ここがありゃあ、俺はとにかく暇しなくて済むしよ.....」

言い終えようとしたが、もう一度呼吸を整えて二人に頭を下げた。

「悪かった.....俺がもっとドラグハートを.....いや、何より俺自身をコントロールできてりゃ....!」

唐突な出来事に、きょとんとした顔で見つめ合うエスとミナ。それからやがてエスが弘の肩を掴み、顔をあげさせた。

「謝るなよ。確かにあの時はびっくりしたけど、お前の本心じゃあないのは分かって安心した。また暴走する事があれば、俺達がなんとかする」

「エス?言い切っちゃっていいの?」

ミナが意地悪そうに笑い、エスはしまったと口を閉ざすが決心した事に変わりはなく、再び力強い眼差しを弘に送った。弘とエスの拳が打ち合う。

「そん時は頼む。俺も出来るだけ早くコントロールできるようにすっからよ」

「ああ、その意気だ。これからも頼むよ、弘。皆でダイバーズを取り戻そう」

 

堂夢大学仮想世界工学研究室。エルニアこと、奏花 紗綾は切迫した表情で廊下を駆け抜けていた。他の職員や学生達が何事かと振り向くが、そんな事はお構いなしに先を急いだ。彼女が辿り着いた先は、実験室の一つ。ノックをすると、白衣を着た女子学生が応対すべく出てきた。

「あれ?紗綾じゃん、どうしたの?」

「詩織....!突然で悪いけど、門松教授はいらっしゃってる?」

紗綾の様子がいつもと違うのか、詩織と言う女子学生は戸惑いながらも内線電話で門松を呼び出した。

「教授は後5分で降りてくるって。それよりどうしたん?なんかめっちゃ焦ってるみたいやけど」

そう訊きながら受話器を下ろす。紗綾も一呼吸置くタイミングが出来たので、ようやく平静を取り戻した。

「まぁ、ちょっといろいろ....ね」

「ふーん。そう言や黒浦君と成田さんどうしてるか知っとぉ?ウチから連絡しても全然出てくれんとよ....二人が来んもんやけん、ずっと忙しかぁ...」

どうやら新生ブルームーンの結成から、彼ら二人の姿を見なくなったと言う話は、研究室内でも噂になっていたようだ。紗綾は当事者なので事情を知っているが、どう言うべきか考え倦ねた。丁度良く門松がやって来たので、事無きを得るのだが。

「君が来るとは珍しい......青雉君、ちと後を任せるぞ」

有無を言わさずに門松は紗綾を伴って研究室を出てしまい、残された詩織は崩れ落ちるように椅子に座った。

「はぁ〜〜!?」

研究棟から一棟ほど離れた場所に、学生や教職員が食事に利用するカフェテリアがある。その隅の席で門松と紗綾が向かい合って話をしていた。

「しかし君がトラウマの種の俺にわざわざ会いに来るって事は、何かやばい事が起きてるってことだろう?」

門松はカフェテリアへの道すがら買ってきた、紙パック入りカフェオレを紗綾に差し出しながら、鞄からノートマシンを机の上に置いた。

「ユウ、突然何も言わなくなったんです。話しかけても、反応してくれないし.....ご飯もろくに食べてないみたいで」

「何かやるべき事があったんじゃないか?そうじゃねえとしたら......まぁ、こっちからもお前達に言わにゃならんことがあるし、そっちから片付けとくか」

自然と紗綾が肩を強張らせるので、門松は首を横に振り落ち着けと言って、ノートマシンの画面を彼女に見せた。

「いくつものチームが勢力争いを始めてしまった。どうやらその中にはわざわざこの、仮想世界大戦の為だけに設立した、各国の部隊まで入っているらしい.....どうも徹・アルマーニュの奴、とうとう本物の戦争を作り上げちまったぞ」

「どうして、こんな......」

「政治的な思惑が絡んでるのは間違いねえな。しかも第二次大戦とは違って、大きな枠組みで結束してなんてことは無いと来た。それぞれの国が己が為に、戦ってんだ。既に情報戦が展開されていて、ウィキリークスとか色んな所に戦争に関する機密文書が流れ込む事態だ.....俺達の知らない内に、裏でこんな事になっていたとはな....」

日本の一企業を発端として、世界各国の首脳陣が仮想世界の新たな有用性に着目した結果、仮想世界大戦が実現してしまった。ここに至るまでのすべての出来事は、どれをとっても徹・アルマーニュのシナリオ通りだとすれば、ただひたすら恐ろしいの一言である。ZeuS事件などとうに霞みきってしまう規模の戦い。もはや諒馬やブルームーン程度では、本当にどうする事もできないところまで来てしまったのだ。そして門松は肝要となる話を切り出した。

「そこで、だが.....俺もひたすら悩んだがこれしか方法が無かった。ブルームーンとA.ν-Tで有志連合を結成する。そうすりゃ、そこそこの規模に戦力を広げられてアーネストに確実に対抗できると見たんだが....どう思う」

何故そんな重大な話を、と言いたくもなるが紗綾も自分が既に状況の一部になっているのは、自覚していた。更に門松が告げる事実に紗綾は驚愕する。

「実は水崎の身柄はA.ν-Tの連中が押さえちまってるらしい。しかも奏ちゃんが自分からあっちと合流したんでな.....」

「どういうことなんですか!?奏が......どうして!?」

A.ν-Tに関しては、表面的な話しか覚えていなかったが紗綾からしてみれば、天敵になりうる組織であるのは間違いない。そして奏は自分達にとても近い所にいるはずの人間だった。志を共にしてきたはずが、どうして突然反故にするような真似をしたのか。そう思わざるを得なかった。

「あの娘は多分、怜やダイバーズの事だけじゃあなくて、水崎の事も救いたいんだろう。その為には立場なんてものは超越する覚悟があった.....あくまでも俺の推測に過ぎないが」

「せめて、私達に一言相談してくれたら....」

「そりゃあ無理だろう。今、ブルームーンの中心に立ってんのはあのお嬢様だろ?ちょい前に君達から聴いた話からすれば、アヤカちゃん程じゃないが水崎を信用していない....それが奏ちゃんからしたら、辛かったんだろうな。彼女や常岡は殆ど裏表がねぇから信じやすいが、水崎の場合は言ってしまえば変人だ.....しかも俺の息がかかった人間だと知れば、ますます敵のような目で見られてもしょうがない」

何かを返そうとしても、それが喉から出かかって引っ込んだ。今の門松が敵ではなく、頼るべき大人の一人なのは紗綾とて認める所だった。一度だけだが怜と楽しそうに親子の会話をしているのも、見た事がある。悪意の思惑の上で転がされていなければ、単なる善良で優秀な科学者なのだ。だが過去の出来事は簡単に拭えるものでもなく、それが紗綾の後ろ髪を引いているのである。考える度、ユウが認識を改められる程の柔軟さを思い知らされ、自分が未だに子供なのかと情けなさも感じた。ふと思考の中で何かが引っかかり、紗綾は弾かれたように席を立って走り出した。置いてけぼりを食った門松だが、次第に笑みを浮かべてノートマシンのキーボードを叩いた。

「彼女も変わろうとしてんだな.....にしてもお前もお前でよくやるよ。ユウ」

画面には、新たなガンプラの設計図と思われるウィンドウが表示されており、その上部には"BLADET-the NextPhase"と銘打たれていた。

 

(私は私の力で、時計の針を進めねばならん....その時機が来たようだ)

百崎翼――ヴェイン・メビウスは閉ざしていた目を開く。フリューゲルガンダムオメガも今までとは姿を変えていた。素体はそのままに、武装の類を入れ替え前回の戦闘より、遥かにシンプルなスタイルへと変化した。兵装ウィングはそのままに、二振りの剣と同数の砲門を装備している。よほどの自信の表れなのだろう。そして、メビウスにはある確信があった。それは自身が表舞台に姿を見せれば、必ずリョウマ・アルキメデスかその周辺の人間がやってくる。今の私には力に加えてオメガフリューゲルがある。彼らを一掃し、ゆくゆくは徹を討てば世界は再び私の手の中に戻る。やはり彼もまだ諦めるつもりはなかった。ZeuSが作り出した世界で、現実を塗り替える。その実現も直ぐ側まで来ているとメビウスは感じ取っていた。

「さぁ......駆けるぞ、オメガフリューゲル」

オメガフリューゲルがSECTORから転移し、消失するのをグロックはしかとこの目で見ていた。だが阻止する動きには出ず、別の目的にすぐ意識を切り替えた。彼の前に跪くスーツ姿の眼鏡の男。肩が時折震えているのは、笑いを浮かべているからだろうか。シューインであるが、人体改造を施した当人たるグロックですら、余りの変貌ぶりに辟易する。

「負の側面を一気に表面化させるまではしたが、ここまでとはなぁ......どんだけ溜め込んでたんだよ」

「クックックッ.......ハハハハ......!私は生まれ変わったのだ.......百崎社長の理想へ至る、その剣へとッ.....!!全ては、ZeuSの為に....ZeuSの為にィイイッ!!ヒャッハハハハハハハ!!!」

ハザードをガンプラダイバーに直接施すのは、実践例があまり無くグロック自身も成功に関しては半身半疑であった。しかし、今のシューインの瞳が赤く発光したまま戻らない様子を見る限り、間違いなく手術は成功している。

「比良坂 舞夜はプログラムに従って、各地への侵攻を進めている.....お前にもその任を持たせてやるよ。どう転んでも水崎 諒馬は必ず来る。お前か比良坂で殺ってしまうのもアリだ。戦争状態の維持が今後の仕事になる訳だよ」

グロックはコーヒーの香りを楽しみつつ、シューインに指示を送った。普段のシューインならば、すぐには従わない話だろう。しかし今の彼はグロックの手駒である。眼鏡をかけ直しながら不気味な笑みを浮かべ、どこかへと転移した。

「これが最後の闘争だ.....どちらにしても、この始末だから取り返しなんてもう付かないけどな?水崎 諒馬、君.......」

諒馬を鼻で笑い、コーヒーを口に含んだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.46 目覚めるSPARKLE!

「さて、実験を始めようか」

顔を洗い終えた諒馬は、ビルドスパークルをスキャナに置きガンプラダイバーズへと、意識を飛び込ませる。奏も後を追ってログインした。とは言え現在の戦争状態では、何一つ満足なテストができる保障はない。恐らくかなりの確率で実戦の中で実証する以外ない、その様な事態になる可能性が高い。ガンプラダイバーズ交流広場第3区画に到着した二人は、狙われぬよう身を隠しつつ安全にバトルエリアへ移動できる場所を探し始めた。

「あれ?いつの間にか服変わった?」

リョウマはふとスワンの姿が、普段の赤いレザージャケットではなく、桜色の和装に変わっているのに気づいた。

「あれ、もう気づきました?やっぱり私らしく在ろうとしたら、この姿に行き着きました」

スワンも若干照れ臭そうにはにかむ。なるほどな、とリョウマは返し人気の無い通路を探しては奥へと歩く。普段ならば何気なくどこでも歩けたはずの交流広場。それが今ではいつ命を狙われるか分からず、表立って動く事すら危険を伴う世界と化した。リョウマもスワンもこの異常極まりない状況に、胸が痛む。

(急速にチームが増えたり、チーム同士で連合を組み始めたりしたんだろうな......しかも世界中の国からも.....)

リョウマは手元にウィンドウを呼び出し、開発者コマンドを入力して権限を適用した。チームや、連合と呼ばれる大規模勢力が急速増え始めており、やはり戦争の様相を呈しつつあるのは間違いないが、リョウマが驚いたのは、世界各国の部隊の名を騙る組織の存在だ。ガンプラダイバーズでは規約上、実在する軍事組織の名称は使用禁止となっていた。しかしあろう事か現在は、それすらも許されるようになったようである。これもブルームーンを潰すためだけに用意した、治安維持規約によるものなのか。定かではないにしろ、リョウマにはそうとしか思えぬ話だ。

「世界中がダイバーズで戦争しようとしている......最悪なんてもんじゃねぇ。何でこうなるまで誰もおかしいなんて思わなかったんだ....!」

悔しさから無意識に拳を打ち付ける。だが突然スワンに手を引かれ、リョウマは思わず転びそうになった。このタイミングのわずか後、リョウマの遥か後ろで爆発が起きた。

「爆弾をここで使うなんて.....!隠れてください、リョウマさん!」

スワンはリョウマを急いで隠れさせる。襲撃者の殺意の度合いが、常軌を逸する物だと許せなくなった。ガンプラダイバーズで殺し合いをするなんて、絶対にあってはならない事。怒りが込み上げてきた所で、今度はリョウマがスワンの手を引いてこの場からの離脱を試みた。

「許せない気持ちは分かるが、俺達から攻撃する訳には行かない!俺達はダイバーズを守るために戦ってるんだ、今自分からやりに行けば意味が違ってしまう!倒すべきはアーネスト....それだけでいい!」

「でも、あれを見過ごしては....!」

「どの道俺達で徹=アルマーニュと百崎翼を告発できれば、後は法が奴らを裁く!マスコミが好きそうなネタになるだろうな、全ての真実が明るみに出ればこの馬鹿げた戦争も終わりを迎えるはずだ」

しかしリョウマ達の行く手を阻む存在が姿を現した。紫のフードを被った集団が前後に飛び出し、銃やナイフの切っ先を向けて来たのだ。しかもそのナイフと言うのは、クラックゾーンを生成する機能を持った、例の得物である。

「やっと会えたなぁ....水崎ィ......!」

集団の中から出てきた男に、リョウマは違和感を覚える。

「シューインだと?......いや...何かが違う!?」

「いいや、俺は俺だよ.....クククッ.....!今一度.....俺とお前でダイバーズを再生しようじゃないか!!ハハハハハッ!!」

シューインがけたたましい笑い声を上げながら呼びかける様は、正しく異常の一言である。だがリョウマは屈することなく、彼を拒む。

「戦争を起こして強引に技術革新を起こそうとする....だがそれは人類の発展に貢献する技術ではない。俺は、あなたとは違う」

「笑わせるなァ!!お前が素直に協力していれば、こんな戦争にはならなかったんだよ!結局どいつもこいつもこの戦争を望んでたのさ!」

「......悪い、とも思わないがあなたと言葉を交わすのは難しいようだ」

リョウマは迷いなくウィンドウからその場にいる人間を対象に選び、バトルエリアへ強制転移させた。

 

戦いの舞台はなんと、またしてもMSサイズに巨大化した都市であった。この景色はリョウマもスワンもよく見覚えのあるものだった。

「ここ.....ZeuSの敷地内ですよ!」

「だろうな。ランダムとは言え悪趣味過ぎる」

ビルドスパークルとF91-Mは、旧ZeuS社屋の目の前に降り立ちビームサーベルで自動ドアを溶断、内部へと進んだ。しかしそのタイミングを狙ってか、同時に同時に多数の反応がレーダーに現れる。

「スワン、避けろ!」

上階の廊下にズラリと並ぶ、狙撃手達。リョウマは咄嗟にF91-Mを押しのけさせ、死線を掻い潜り右手にビルドライフルを形成し廊下を破壊して、連中を引きずり出した。モニターには"トゥルーパー"と表示されている。改めて敵の姿を見たリョウマは、言いようの無い苦しさを感じずにはいられなかった。顔面を覆い尽くす白銀のバイザー、必要最低限程度の銀装甲、物量に物を言わせた闘いに特化した仕様は、ガンプラダイバーズを楽しむための機体とは甚だしく乖離した存在であった。精々作品として評価するとすれば、正暦のモビルスーツを彷彿とさせるデザインであることくらいか。

「やるしかない。スワン!」

「はい!推して参ります!」

ビルドスパークルはビームサーベルを再びアクティブに、F91-Vはグラビティエッジに手をかけ、それぞれ敵陣の中へ突入する。

「貴様らがブルームーンの差し金か!何故俺たちの邪魔をする!?」

トゥルーパーの1機が、中折式のビームライフルから光の刀身を生成し、斬りかかる。それをビルドスパークルは同じくビームサーベルで弾き返し、ビルドライフルを数発放った。

「俺はそんなつもりはない!いい加減目を覚ませ!こんな戦いに、なんの意味があるってんだ!?」

「誰も死なないが戦争ができる!人は闘争本能の中で生きるのが自然だ!」

他のトゥルーパーがビームランスを片手に近づいた。ビルドスパークルはすかさず左手にスクリュー・ウェッブをビルド、勢いよく左右に薙ぎ払い接近を拒否した。

「だがそれは、他人を傷つけるのを許しているのと同じって、気づけ!」

F91-Vは鮮やかな太刀さばきで、トゥルーパー達を薙ぎ倒していた。狙撃が来ようものなら斬撃の一つで相殺し、近付きつつある物は居合で一閃して両断する。おまけに小型MSの利点を最大に活かし、攻撃の回避と反撃をほぼ同時に遂行できており、スワンは今一度自分には刀の方が扱いやすいのだと認められた。だがそれは頭の片隅での話であり、やはり無為な争いを求める彼らを止めるのに、どこまで戦えばいいのか苦心していた。

「あなた達は直線的過ぎます!血を流さなければ、戦争をしていいなんて!」

逆袈裟から突きに繋げ、近場にいるトゥルーパーを全て撃破した直後、真上から強烈な殺意が襲いかかる。スワンでさえも感じるこの意思。スワンは弾かれるようにレバーを引きF91-Mを後退させる。しかし殺意の塊は着地するやいなや、F91-Mの眼前にまで迫り赤熱化した刃を振り下ろしてきた。素早くグラビティエッジで受け止め、鍔迫り合いに持ち込むが推力で負けているのか少しずつ押され始める。

「なっ.....!?」

「だが貴様は戦っているぞ?」

黒い霧に包まれたMSから聞こえるのは、やはりシューインの声だ。神経を逆撫でするトーンにスワンは歯軋りするも、リョウマの言葉を胸中で反芻し冷静さを維持する。

「そんなあなたがいるからでしょう!!罪を認めるべきです、あなた達は!」

「何が罪だ.....百崎社長は、人類の行く末に革命を起こされる人だ!その為にダイバーズがあると言うのに、貴様らの様な俗人風情が単なる娯楽とすげ替えた!」

「人の未来は!誰かが勝手に決めていいものではありません!」

スワンの意思に呼応し、F91-Mのミノフスキーブースターが開放、光の翼を発するのと同時に全身を金色の光が帯び始めフェイスカバーが左右に開かれた。グラビティエッジから青い輝きが放たれ、ヒートサーベルの刀身を圧壊させてしまう。シューインは驚愕しグラビティエッジを凝視した。

「何ィ?」

「これで決めます!どうかご覚悟をッ!」

振り下ろしたグラビティエッジは、接触する装甲を潰しながら引き裂いた。重力変容技術によって、刀身を軸とした小規模なブラックホールを生成して対象物を破壊するのだ。黒い霧のMSがよろけたところで間髪入れず、光の翼をはためかせ瞬間的に亜光速まで加速、居合斬りで撃破した。これにはリョウマも唖然とし、トゥルーパーを往なしながら「マジか」とこぼす程だ。だが現実は生易しいものではない。

「私がこれでやられると思ったのか!勘違いも甚だしいッ!.....ハザードォオオオ!!」

周囲に散った黒い霧が掃除機に吸い込まれるかの如く集まり、歯車型のエフェクトを高速回転させ、何かを形成し始めた。ビルドスパークルとF91-Mはそれぞれの火器を撃ち込むが、尽くかき消されてしまう。やがて霧と歯車が弾け飛び敵の本性が顕となった。胴体そのものはイフリートコラプスそのものだが、"眼"を目の当たりにしたスワンは、身の毛がよだつ感覚に襲われた。

「これが、モビルスーツ.....?」

本来ドムと似通ったモノアイが瞼のようなパーツで埋められており、その中からぬるりとはみ出す形で"眼"が露出したのだ。ぎょろりと動き出したそれは、ビルドスパークルを凝視する。

「エヴィルイフリート......私はお前よりも先にッ!ハザードを物にしたのだッ!」

エヴィルイフリートは駆け出し、ヒートサーベルを再形成して横薙ぎに振るう。ビルドスパークルがスクリュー・ウェッブで武器を拘束するも、エヴィルイフリートがサイドアーマーから射出したダートビットによって、引き裂かれた。そこから腕部ビームバルカンを掃射してビルドスパークルの行動を制限させ、凄まじい速度で背後に回り込みX字の斬撃を浴びせる。だがビルドスパークルも素早く反応し、踵にホイールをビルドして攻撃を既の所で避けきり、後ろ回し蹴りで差し返した。夥しい数の刃を生やしたホイールが衝突し、装甲を抉り取るがシューインは別段驚きもせず、狂ったような笑い声を上げる。

「無駄だよ....!お前では俺に勝てないッ!!」

「クソッ!ここでやられてたまるか!ビルドアップ!」

最上段から兜割りを仕掛けられるが、間一髪で腕で受け止める。ビルドスパークルへのアップデートに伴い、ビルドシステムも形成可能な物質の種類が増えており、場所は限定されるがVPS装甲や、対ビームコーティング、ナノスキン装甲などの、特殊装甲材までビルド出来るようになっていた。

「ハザードに、脳まで冒されたようだな!?やはりグロックか.....!」

だがリョウマの思考を奪うかのごとく、また新手が戦場に降り立つ。黒い稲妻が上階の窓を突き破り、音を立てることなく着地した。

「最悪だ....!まさかハザード二人分を相手にしなきゃなんないなんてな....!」

「私が足止めします!リョウマさんは目の前に集中して!」

「.....頼んだ!」

F91-Mが先行し、黒い霧を発するMSへ接近した。まだ限界稼働状態にあり、多少は太刀打ち出来るとスワンは見た。

「はぁっ!!」

軽く浮き上がり、頭上から袈裟懸けに斬りつけた。だが黒い霧のMSは身を反らすだけで避け、腕に備え付けの刃を回転させ、逆に切り返した。F91-Mは残像を利用して躱すと、リアアーマーから再びビーム・マシンガンを引き抜き、注意を引き付けるべく放ちながら小さく距離を作る。

「えっ.....!?ふ、増えた!?」

僅かに動きが途絶え、スワンが戸惑う。しかしそんなことも束の間、黒い霧のMSはアクロバットなジャンプをしながら、同じ姿の機体を生み出した。分身なのかとスワンが考える間もなく、黒い霧MS達は左右と上空からF91-Mを取り囲む。青く輝く凶刃がスワンを睨んだ。

「囲まれたってぇ!」

F91-Mは力強く光の翼を羽撃かせ、自ら敵の懐へ飛び込む。質量を持った残像をフルに活かし、相手を撹乱させた後左下にいる方目掛けメガマシンキャノンを斉射した。その狙いは見事に的中し、分身体となった2機が消失して本体の身動きを封じることに成功したのだ。F91-Mが猛烈な速度で斬り上げるのを、黒い霧のMSが弾き返し剣戟の応酬が幕を開ける。

「この動き、達人の域に来てる.....!」

一切の無駄がなく、的確にF91-Mの攻撃を受け流した上で着実に反撃の布石を置いていく。これがハザードの持つ力なのかとスワンは、焦りを募らせた。一方、ビルドスパークルのリョウマはエヴィルイフリートの、執拗なまでの攻撃に未だ反攻の緒が掴めずにいた。

「こうなったら......使うしか無い、のか....!」

ヒートサーベルを蹴り飛ばし、少しの余裕を作ってリョウマはコンソールの"HAZARD"に、指を重ねようとした。しかし脳裏に蘇る光景が、彼を思い止めてしまう。そこへ情け容赦なく振り下ろされる鉄拳を受け、数メートルも打上げられ地面に叩きつけられた。

「俺とは違うと言ってたなァ.....まさかそんな意味だったとは、期待はずれもいい所だ」

エヴィルイフリートがビルドスパークルの、頭部アンテナを掴んで持ち上げる。シューインの嘲る笑い声と共に、光の棘をまとった拳を打ち込まれコクピットハッチが凹んだ。後一撃食らえば、撃墜される――。リョウマは首を左右に振り、意を決しハザードを起動させた。

「こんな状況で仲間一人残す訳には行くか!ハザードビルドアップ!」

ビルドスパークルの装甲の隙間から黒霧が噴出し、エヴィルイフリートを弾き飛ばした。赤と青のオッドアイの輝きが強まり、ビルドスパークルにハザードシステムの力が宿る。ビルドレイザーに比べ機体構造の信頼性が向上した事も手伝い、リョウマ自身にかかる負荷も幾ばくか抑えられていた。

「行くぞッ!」

「ヒャハッ....ハハハハハッ!」

ビルドスパークルはビルドライフルを放ち先手を打ちながら上階へと飛び上がった。エヴィルイフリートも素早く追従し、両腕からビームバルカンをばら撒き行動範囲を狭めんとする。しかしビルドスパークルは小器用に弾幕をすり抜け、左手のビームサーベルで突きを放った。エヴィルイフリートも反応してヒートサーベルで斬り結び、サマーソルトキックで切り返す。それをビルドスパークルは受け止め、背負投の要領で地面めがけスイングした。

「まだそんなもんだろう!ハザードの力の真髄を使いこなせていないようだなァ!」

「何っ!?ぐわぁあっ!?」

投げられる直前に、エヴィルイフリートが全身のバーニアを噴射、姿勢を強引に保ちビルドスパークルを逆に天井に叩きつけた。間髪入れずエヴィルイフリートはヒートサーベルを交差させ、猛烈な勢いでビルドスパークルへ突進する。ビルドスパークルが頭部バルカン砲で勢いを削りながら、コピペシールドをビルドし辛うじて直撃だけは免れた。しかし推力と衝撃を完全には相殺しきれず、天井を突き破り更に上のフロアへと投げ出される事となる。エヴィルイフリートに再び接近をかけられる前に、ビルドスパークルはビルドライフルを連射し牽制した。当然エヴィルイフリートはヒートサーベルで光弾を斬り捨てつつ、ジグザク軌道を描きながらビルドスパークルの眼前に到達、左右の剣を挟み込むように斬りかかる。

「やらせるかよ!」

ビルドスパークルがコピペシールドで阻み、機体の表面から全方位レーザーを放射。エヴィルイフリートを跳ね飛ばし難を逃れた。

「うっ.....!?マズい、暴走だけは.....けど、ビルドシステムの汎用性がここまでの物になるなんてな。流石天才ってところだぜ.....」

リョウマの意識が弱くなったのを合図に自らハザードシステムを解除する。これ以上の戦闘継続も恐らく自身を不利にしかねないと考えるが、相手はそのような事は意に介さず攻めてくる。エヴィルイフリートが再び起き上がり、ビームバルカンを撃とうとする瞬間を狙い、ビルドライフルで顔面を貫いた。まるで西部劇のガンマンの様であるが、リョウマにはそれを感じる余裕もなく、相手の目を閉ざせただけでも儲け物だった。ビルドスパークルはビームサーベルを床に突き立て、穴を開けて下階へと帰還した。何としてもスワンと合流して撤退の機会を作るしかない。リョウマはビルドスパークルを急がせる。

「あまり長く戦う方が危険だ!一旦退くぞ!」

リョウマの指示を耳にし、スワンも意識を素早く切り替えた。しかし黒霧のMSとの格闘戦が伯仲しており、上手く切り抜けられるタイミングが見つからない。

「でも、この機体をどうにかしないと!」

「俺に任せりゃいい!ビルドアップ!」

ビルドスパークルの右腕が緑の光に包まれる。そして黒霧のMSの側頭部に拳を叩き込み、対角線上の壁に激突させた。F91-Mも限界稼働をオーバーロード寸前まで酷使したせいか、出力が低下しミノフスキーブースターが自動停止した。

「ありがとう、ございます...........リョウマさん?」

礼を述べるが、リョウマの反応がなくスワンはもう一度呼びかける。だが返答があったのは数分も経ってからだった。彼の声がかすかに震えており、スワンはますます不安を感じる。

「一体どうしました?リョウマさん!」

再び間を置いて、リョウマはようやくスワンに見た物をありのままに伝えた。その声は酷く震え、当惑と後悔が深く入り混じっており、スワンにも衝撃を与えるものだった。

「あの機体.......前にも戦った事があると思ったが......まさか......」

ビルドスパークルの視線の先、壁に半ば埋もれた青いMS。霧が完全に消えた事でようやく正体が白日の下に晒された訳だが、それが彼に残酷な事実を突きつけた。青と黒に彩られた忍者、ガンダムAGE-1ナイトシーカー。比良坂 舞夜の愛機である。リョウマは以前にも似たような状況に遭遇したが、当時弘に足止めをされていた。その意味がこの真実にあるのだとすれば、取り返しのつかないミスをした事を自覚せざるを得ない。ビルドスパークルのバーニアを全開にし、ナイトシーカーの元へと駆けつける。高トルクモードによって頭に凹みを作られていて、他にも創傷や裂傷が刻まれているのを見るに戦いの激しさを、ありありと示しているかのようである。

「舞夜.....舞夜ッ!!」

ビルドスパークルのマニピュレータを、ナイトシーカーのコクピットハッチに触れさせ、必死に呼びかける。だが返事がないどころか、駆動音の一つもしない。リョウマの唇がわなわなと震え、瞳が忙しなく揺れる。まさか、グロックの言うように運命が進んで行くのだろうか。大切な人を2度もこの手で失わせるのは、最早水崎 諒馬のカルマと言うべきものとなっていた。だがそれを認める事はリョウマには出来なかった。必ず救う方法はある。でなければ天才を名乗る意味がないではないか。彼女とは1つだけ約束をしていた――天才の名に恥じぬよう、生きていく事を。上階の天井が崩れ、エヴィルイフリートが舞い戻ってきた。動けなくなったナイトシーカー諸共ビルドスパークルを蜂の巣にする算段か、両腕からビームバルカンを掃射する。

「いけない!離脱します、比良坂さんをしっかり繋いでください!」

F91-Mが両腕のビームシールドを展開し、防ぎながら交流広場へと全員を離脱させた。一人残ったシューインは興醒めしたかのようにハザードを解き、自身もまたバトルエリアから転移するのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.47 REVIVE&CONTINUEを導け

ピースミリオン級仮想世界航行艦、クレッセント・ブルームーン。弘は己を鍛えるべくシローの監督の下、トレーニングに明け暮れていた。得意のボクシングだけでは、多様化したモビルスーツ戦に追従し切れない。彼も少しずつではあるがそう実感していたようで、ブルームーンの中でもコミュニケーションの取りやすいシローに、監督を頼んでいた。クレッセント・ブルームーンの外周通路マラソンが終わり、弘はその場に座り込んだ。

「ゲームだってぇのに、現実よりきっちぃ〜!!」

「ほらほら、そこでヘバッてると強くはなれないわよ?」

ソルブレイヴスの紅一点、カリーナが遠くから声をかけた。どうもソルブレイヴスの面々も、このタイミングとばかりに、弘のトレーニングに便乗しているようだ。

「カリーナさんの言うとおりだな、弘!」

シローがニッと笑う。弘は飛び起きて彼からタオルを受け取り通路脇に引っ込んだ。

「うるせえよ......てかこんなに人が集まるなんて聞いてねぇし!」

「俺だってびっくりしてるさ。けど一人でやるよりは、張り合いあるだろ?」

「そりゃそうだけどさ......あの人らマジの軍人なんだろ?俺みたいなのが追いつける訳ねぇだろ....」

「追いつくのは最終目標だな。今君がしなくちゃいけないのは、メンタリティーとバイタリティーの両方だ。瞬発力だけでは太刀打ちできる相手も、限られてしまうからなぁ.....さぁ、すぐに戻れよ!まだ42.195キロには到達してないんだから!」

シローに文字通り尻を叩かれ、弘は再び外周通路を走り始めた。ちょうどその時、グラハムが彼の隣に差し掛かる。

「やぁ、精が出るようで感心するよ」

「アンタもこんなトレーニング、やんだな」

「私とて一軍人だ。体は資本だから維持や向上には怠れんよ。君もアスリートなのだろう?この位は平気だと思っていたが」

グラハムにも言われ、弘は不機嫌を隠さずに声を上げた。

「アンタらと比べんなっての!そりゃあ俺だって追いつけりゃいいけどよ」

「ふむ......ならばトレーニングのプランに問題があるかも知れんな。アマダ少尉に提案しよう」

「.....よく考えたら、俺まだワガママなんて言える立場じゃないんだよな.....頼んます」

「我々ソルブレイヴスも、君やスワンと同じように水崎 諒馬を警戒対象とは考えていない。リリ嬢やアヤカ・ルービィが急先鋒に立っているのは、事情を考えれば理解できなくもないがね」

ここで弘は、以前から気になっていた事をグラハムに訊いてみる。

「なぁ。アイツらも諒馬も言ってた、レイ・ブルームーンっての?ソイツは何もんなんだ?」

グラハムは少し驚いた顔をしたが、すぐに平静を取り戻し、暫しの間を置いて懐述した。

「ごく普通の少女だよ。君らと何ら変わらん、どこにでもいる女の子だ。だが彼女は我々の誇りなのだよ」

「あ?ただの女だってのに、何で誇れんだよ」

「君も恐らく聞いているだろうが、レイはこのブルームーンの4代目キャプテンにあたる。何故我々が彼女の下で指名を全うできたのか、答えは簡単だ。彼女がどこまでも嘘偽りなく、真っ直ぐ生きてるからに他ならん。過去に深い傷を負っているにも関わらず、毅然とした姿勢でこのブルームーンを導いてきた。彼女以上にキャプテンとしての器を持つ人間は、他にいないだろうよ」

レイ・ブルームーン。彼女がこれ程までの頼れる仲間を得られたのは、何事に対しても真正面から乗り越えようとする、強い姿勢を見せていたからであった。その姿に感化された者は少なくなく、グラハムのような大人でさえレイ・ブルームーンに勝てない部分があると、感じてしまう程なのだ。強く凛と導き、時には弱き者を庇護する。ガンプラダイバーズらしからぬ表現をすれば、慈愛の守り手なる存在となっていた。だからこそ彼女を封じ込め亡き者にしようとする、アーネストを打倒せんと立ち上がったのである。

「リリ嬢とアヤカ・ルービィは、レイからの影響を間近で受け続けていた.....故に人を道具にしようとした、人間や組織を敵視するようになったのだろう。悪いことではないが、それが暴走するようになれば真実さえも捻じ曲げかねん」

「だから諒馬にあんな言い方してたのか....」

「アヤカ・ルービィの方は、明らかに別の感情が絡んでいような.....さて、お喋りはここまでだ。一足先に行かせてもらおう」

そう言うとグラハムは走るペースを上げた。と言うより、本来のペースに戻したのだ。あっという間に距離をつけられてしまい、弘も焦ってペースを上げそうになる。

「あ、おい!?畜生、ずっと合わせてただけだってのか!何て体力だ.....」

そうげんなりした矢先、弘の脳に何かが入り込む感覚が襲った。

「何だ、今の......また舞夜と諒馬がぶつかるってんじゃ......!」

危惧すると弘はすぐにトレーニングを抜け、MSデッキへと向かった。しかし彼の予想とは些か違う出来事が待ち受けていた。何とF91-Mが、クレッセント・ブルームーンに帰還するではないか。その後にはビルドレイザーと思しきガンダムと、力なく運ばれるナイトシーカーまでもがいる。全くもって要領を得なかった弘は、急いで現場へ駆けつけ、F91-Mから降りてきたスワンのもとへ走った。

「スワン、お前......無事だったのか!」

「無事って....私は別に何かにやられたとかじゃありませんよ?」

「え?マジかよ.....まぁ戻って来てくれたんだ、それでいいよな!てか、その服着物?超可愛いじゃねえか、マジ半端ねえくらい可愛いな!?」

弘にも衣服の変化を驚かれ、スワンは着替えてよかったと内心安堵した。そしてビルドスパークルからリョウマが降りたのを発端に、静寂が訪れる。

「諒馬.....お前今までどうしてたんだよ。ずっと誰にも連絡よこさねえで居なくなりやがって.....!少しはこっちの事も気にかけられねぇのか....?」

弘がリョウマの襟首を掴み、声を低くして問うた。スワンが仲裁しようとするが、リョウマが逆にそれを制した。

「悪かった。言い訳はしない。だが俺はブルームーンとの提携を、今日を持って解消するつもりだ」

寝耳に水も甚だしい宣告に、弘は当惑しリョウマの正気を疑った。

「は.....?な、何言ってんだよ......?ここまで来たのは全部お前が決めたことだろ?何で今更全部捨てようとしてんだよ?ブルームーンと組まなきゃ、奴らに勝てないんじゃなかったのかよ......?全部嘘だってのか?」

「治安維持規約の狙いが何なのかハッキリした。それは俺とブルームーンを抹殺する為だ。だが奴らは間違いなく、俺を優先的に消そうとするだろう。余計な犠牲を産まないためには、そうする以外の道が無い」

これにはスワンも疑問を抱かずにはいられず、突き動かされるように真意を訊く。

「ちょっと待って下さい!それじゃあ、どうしてA.ν-Tの方達と組む事を受け入れたのですか!?」

「.....それは、これからブリッジで話そうと思う」

 

1時間後。ブリッジに殆どのクルーが呼び集められた。メインモニターの前にリョウマが立つと、最初にリタが口を開いた。

「まさかとは思っておりましたが、ブルームーンを腰掛け程度とみなされていたのは....非常に遺憾ですわ。私達はこの組織にどこよりも強い誇りを持っている。それを侮辱するのだと何故気づかないのですか?」

既に二人の間では険悪な雰囲気が漂っている。だがリョウマは気にせず、メインモニターの電源を入れた。

「俺がブルームーンと接触しようとした本来の目的は、JOKER事件に関する情報収集とレイ・ブルームーンの機体のデータ回収。その2つのみだ。今回は片方はどうにかなりそうだが、残った機体のデータは、諦めざるを得なくなった。よってブルームーンに身を寄せる必要性が、消えた事になる」

モニターにはレイ・ブルームーンの乗機とおもわれる、G-アルケインのカスタムタイプが映し出された。アヤカがあっと声を上げるが、話はそのまま進められる。

「それに君達ブルームーンが、ガンプラダイバーズの安寧のために存在するものなら、早々に俺とは手を切ったほうが好都合だろう」

モニターの電源を切り、リョウマは再び聴衆に向き直った。

「俺は近いうちにでも、A.ν-Tへの合流に移る。リスク分散すべきなのはお前たちも同じように考えているだろうしな」

リョウマがそう告げブリッジを出ていこうとする折に、居ても立ってもいられなくなってエスが呼び止めた。

「待てよ。何でA.ν-Tがここで出てきたんだ」

「あの組織はまだ残っていた。単なるネットワークとしてだが、彼らが持っている資産の方が使える。そう判断したまでのことだ...そして俺と関わりのある連中なんだ、彼らは」

「まさか、俺達にまで狙いをつける気で....!?」

暫しの静寂の後、リョウマは何も言わず立ち去った。エスは逃すまいとブリッジを飛び出したのだが――。

「お前らは最後まで首を突っ込むつもりでいるんだろう。そんなの耐えられるか....!」

聞き取れるか否かのか細い声。エスは思わず立ち止まり、彼の背中を見つめる。その姿は不思議と、よく知る人物と重なって見えた。

「何だって.....」

「この全ての出来事は、俺を中心として起きた事だ。ならば.....出来ることなら俺だけが犠牲にならなければならない。俺の命で、ガンプラダイバーズで散らされる最後の命にする....!」

そう語る彼の目は、己の命を諦観するのを感じさせる程にくすみきっていた。エスには見えることは無かったが、ウェルスから託された真実を仲間に伝えねばと決意させた。

 

日が沈みかけ、夕焼けの光がデッキに射し込んだ。リョウマは葉山らメカニック陣から工具とコンピュータを借り受け、ナイトシーカーのコクピットハッチの前で作業をしていた。コクピットハッチが全く開かなくなっていたようで、外部からロックを解除して舞夜を救出出来ないかと、試行しようというのだ。

「かなり強固なプロテクトがかかってんな.....」

ブルームーンのメカニック陣の一人、ローランがグラインダーを片手に首を捻った。

「物理的な強制解除は可能なんです?」

「いや、やめておいた方がいい。その機体のコクピット構造が分からないんだ。下手にこじ開けて、大惨事になられても困る」

キーボードを叩く指のテンポが桁違いに早くなる。もうここまで集中しているなら、とローランは何も返さず静かに離れた。そんな様子を遥か遠くから、スワンが眺めていた。彼の真意を案じる眼差しは、純粋な想いから来るもの。不意に胸の前で手を硬く握る。偶々通りかかった葉山が気にかけ、隣まで歩み寄った。

「こんな所で何してんだ?」

「リョウマさん......やっぱりどうしても一人になろうとするのかなって.....心から信じられるのは比良坂さんだけなら、私はそこへ入って行けない気がして」

男と女の話には疎い葉山は、やや気まずそうに頬を掻きながら視線をナイトシーカーに向けた。

「俺は生粋のメカニックだから、その手の話は分からん。けど彼の本質が何なのかは、ある程度掴めるのさ。メカに対しての触れ方、考え方。同業者だからこそ分かる事だ」

「どう言う、ことなのでしょう?」

「自分が作ったもので、誰かが悲しむのが一番嫌なんだよ。絶対に喜んでもらいたいから、やりすぎな程に心血を注ぐ。大人だってのに、子供みたいに純粋な心で物を作っている。こう言うのは経験を重ねると、そこまで考える事はしなくなるもんだ。作った後は使う人間任せ、それ以上は考えたって仕方なくなっちまうからな」

懐かしむように葉山は語る。昔の自分もそうだったのだと、今の己を多少恥じ入るが後悔までは考えていない。ただ、少しはリョウマのような人間がいる方が面白いと感じていた。葉山の話を聞いたスワンは、思い立ったかの様にリョウマの元へと向かった。足下に転がる機材を上手く避けながらナイトシーカーの前に辿り着き、恐る恐る声をかける。

「私にも、何かお手伝い出来る事はありますか?」

ピタ、とリョウマの指が止まる。

「特にない....が、君に伝えなければならないことがある」

きょとんとするスワンに、一台のタブレットを差し出した。

「土村の奴、本気で俺に資産だけを譲るつもりでいたらしい。俺の狙いは既にバレていた事になる。これで完璧に条件が整う....」

突然別の足音が聞こえ、二人はふと音のする方へ目を向けた。弘であった。

「よ、よぅ......ミナの奴から持っていってやれって言われてさ....ここ置いとくぜ」

そう言いながらカレーライスとサラダ、アイスコーヒーが乗せられたプレートをツールボックスの上に置こうとした。しかし場所がコンピュータの排気口近くだったので、リョウマは慌てて阻止しワゴンの上に置かせた。

「バカ野郎、おまっ.....!こんな所に置くんじゃないよ!壊れたらどうすんのさ」

「うるせぇな、人がせっかく親切で持ってきてやってんのによ」

そんな二人のやり取りを見たスワンは、不意に笑みがこぼれた。

「やっぱり、私達はこうじゃないとって思いますね!」

彼女の屈託のない笑顔に、リョウマも弘も悪い気がせず釣られて笑みを浮かべる。

「そりゃそうだろーな.....ここまで来たのは俺達だからなんだしよ」

だが、コンピュータのモニターに視線を戻したリョウマは、やや複雑な面持ちをした。こんな彼らだからこそ、失いたくないのだ。

(だからお前たちを遠ざけなきゃなんないんだ.....この馬鹿げた戦争から....俺が......!)

 

気持ちの整理がついて、エスはもう一度ブリッジへと足を踏み込んだ。リタにアヤカ、ウォレスがいるいつもどおりの景色である。

「リタさん。少し話が....出来れば二人で」

しかしエスの言葉選びが、何故か思わせ振りであった。リタはまじまじとエスを見つめ、頬を赤らめる。

「え、えぇ.....よろしくてよ?し、しかし二人きりでとは大胆な事ですわね....!」

アヤカとウォレスが何事かと横目で見ているが、リタは気にする余裕もなくエスを伴ってブリッジを出た。この状況下でもリタは乙女なのである。艦長室の鍵をかけ、エスとリタはソファに向かい合わせに座った。リタの心臓がバクバクと拍動する。彼にはいつもミナが隣にいたが、あれはパートナーなどではなかったのだと淡い期待をしているが、そんな事はつゆ知らず。エスは真面目に話を切り出した。

「リョウマ・アルキメデスについて、話さなければならない事があります」

「え......私との交際の話ではない、のですか.....!?」

「は.......えっ.....?」

互いの意図が見事にずれていた。エスもリタも鳩が豆鉄砲を食ったような顔で硬直する。エスは小さくため息をつき、頭を垂れた。

「俺にはミナがいるんだから、そんなこと言えるはずないじゃないか......しかもさっきまでの流れでどうしてそう思うんだか....」

「やはり二人はそういうことだったのですか!?私という存在がありながら....!」

「すいません、もう話が拗れると俺も忘れてしまいそうだから、続けますよ?」

エスは無理にでも話を引き戻した。思えばリタがなぜここまで想いを寄せてきたのか、かなり不思議であった。気になりもするが、大局を知らぬ男でもなく敢えて触れない事にしていた。

「リョウマ・アルキメデスは、確かにZeuSの社員......ガンプラダイバーズの開発者ですが.....あの人は事件とは全くの無関係なんです」

「まさか......どうしてそんな事が言えますの?私も他の人から聞いていますのよ、開発者までもが加担していた、と」

リタの口振りから、凡そ英梨の取材から得た情報なのだろう、とエスは判断した。彼にも覚えが無いわけでもなく、脳裏に簡単に蘇らせられた。やけに調子のおかしな英語を織り交ぜる声に、内心辟易してしまうが。

「それはごく一部だった。リョウマ・アルキメデスは....百崎 翼がZeuSを牛耳る前には日本を去っていたそうです。いわゆる左遷.....だからあの人は事件に関わることすらないままだと言えます」

「それ......本当だとしたら、ソースはどこからなのです?精査する必要はありましょう」

「俺の親友で、一番信頼できる探偵です。後は....英梨さんもきっと、今はそこまで調べがついていますよ」

探偵、と聞きリタは少し考えるように顎に指を当てた。

「もしそれが本当なのだとすれば....私は器の小さなことをしたのですね......エス・ブラックベイ。感謝いたしますわ」

「アヤカちゃんにも、リタさんから説明をお願いします。俺じゃきっと、冷静に聞いてくれない.....だけどあの人以上に、力になってくれる存在は無いのかもしれない....そう思うんです」

「ええ、引き受けますわよ。彼を引き止められるよう、協議の必要はありそうですわね」

リタの思考はエスのイメージよりも柔軟だった。自然とエスは、彼女に任せてよかったのだと思えた。

 

深夜に差し掛かったものの、ナイトシーカーのセキュリティ解除作業は、未だ続いていた。弘は機械など分かるはずもなく早々に、夢の世界へと沈んでしまう。一方スワンは、リョウマからの指示を何とか理解して回路の接続や、機材の調達に励んでいた。桜色の和服が機械油やホコリまみれになるが、ダイブし直せば綺麗に元通りになるからと気にせずに働いている。リョウマは葉山と共に中心となって、検証やテストを重ねる。

「かなり複雑なプロテクトをかけているとは言え、それを何個もつけて相補的に機能させているなんて.....しかも齟齬や障害を起こしにくい信頼性のある構造を作っていると来た.....まさに理想的なセキュアとも言えますよね、これ。これ程までのシステムは自分は見た事がありません」

解析の結果組み立てられたソースコードと、システム設計図を見て葉山は嘆息した。流石のリョウマも認めるところで、コーヒーを飲みながら電子ホワイトボードを眺め、コートを椅子の背もたれに掛けた。

「舞夜は学生時代、セキュリティの分野では大学の首席を取れる程の実力があったらしい。ZeuSに入ってきた時の彼女を見たときは、そうには見えなかったのが不思議だよ。でも彼女は、俺に迫る何かを持っているのは感じていたんだがな」

「天才の素質って奴です?それは分かる気がしますよ。あなただって、あれだけの解析プログラムを数時間で組み上げてしまったんですから.....自分からしたらどっちも化け物ですよ」

葉山も背筋を伸ばしながら、ノートマシンとにらめっこする。彼もブルームーンでは特に信頼されるメカニックではあるが、リョウマのような常識外れの才能の持ち主には敵わぬ部分があるようだ。

「やっはろ〜!ハッパさん、手伝いに来たよ!」

緑のミリタリーコートを着た少女、ミサがハシゴを登ってやって来た。

「誰がハッパだ!葉、山、さ、ん、だろ!ったく最近の若いのは....!」

リョウマにも注意させようとしたが、ここで予想外の追撃を受ける。

「見た目が似てんだから、そう言われるのは必然でしょうが。俺だってずっと言おうとしてたんだから」

ねー!とミサが笑うので葉山は折れるしかなく頭を抱えた。

「寄ってたかってこれかよ.....もういいや、貴様はこれを使ってシグナルの計測するんだ!」

「はいはーい!後でなっちゃんも来るから!」

ミサは葉山からノートマシンを受け取ると、ナイトシーカーの頭の後ろに上ってメンテナンス用のハッチを開いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.48 封じてきた愛とEMOTION

今日もまた、門松は怜と英梨の見舞いの為病院を訪れていた。だが今回は一人だけではなく、ユウも伴っての面会だ。いつもは服装には無頓着な彼も、やはり人目と場所を気にしてかいくらかパリッとした装いだ。

「何故俺だけなんです....紗綾にも聡にも会わせてやればよかったんじゃ」

「もしそれが原因であいつらを早まらせたらどうすんだ?連中じゃ凡そまともに受け止められるお前以外、任せられないんだわ」

エレベーターの階層ボタンを押す門松の顔は、どこか苦しげであった。英梨の命を賭けてまでの行動を、棒に振りたくなかったのだ。その意図を汲み取って動き出せるのは、ユウしかいない。門松はそう期待して彼を同行させたのである。目的の階へ到着すると、そのまま真っ直ぐ英梨の居る病室へ向かう。足取りが軽い訳ではないが、ある種の使命感が足を踏み出させていた。壁にかかったプレートには、"神宮寺 英梨 様"と書かれており、ここなのだと簡単に分かった。軽くノックをし、スライド式の扉を開いた。すると英梨がぱっと顔を上げて会釈した。

「教授....!いいんですか、講義があったんじゃないんですか?」

「今日は予定がなかったもんでね。神宮寺君、身体の調子はどうだ?お腹の中の子も」

「まぁ、順調に快復している....と思いますよ?赤ちゃんはまだ形にもなってないし、傷が治ったらまた考えないと」

そう言う英梨はどこか覚悟を決めたように見える。門松は言葉を探したが早々に諦め、ユウを病室の中へと招き入れた。

「お久し振りです、神宮寺さん」

意外な来客に英梨は目を丸くし、なるほどねえと漏らしながら力なく笑った。

「久し振り、ユウ君。紗綾ちゃんとはまだ熱々って感じ?」

英梨から紗綾の話題を切り出されると、ユウはなんと答えてよいのか分からず、ただしどろもどろに反応してしまう。英梨も彼の性格はよく知る所で、「冗談よ」と笑って目の前の椅子に座るのを促す。

「でもそう言う、ちゃんとした服も着れるんだ?ユウ君って言えば"これぞゲーマー!"みたいなイメージだったし、これはこれで新鮮だしいいと思うなぁ」

「こ、こう言う場ですから。弁えない訳には」

ユウのぎこちない対応は門松には少しおかしく見えたようで、笑いを堪えつつ病室をこっそりと抜け出した。後は彼に任せても問題ないだろう、と期待しての事である。

「聞いたよ教授から。探偵もしてるんだってね?何か私みたいなことしてるけど、やっぱり気になることがあった?」

英梨に微笑みを向けられ、ユウは不覚にもドキリとした。だがすぐに調子を取り戻し、経緯を辿る。

「怜を取り戻すためには、しなければならない事が沢山あった。弾圧運動から今に至るまで、彼女の身に何が起きていたのかを知らない事には、何をすれば良いのかすらも見当がつかない.....探偵として動き出したのは、そこからです。けど、事態は俺の想像を遥かに超えていた......そして俺は、ある依頼者から水崎 諒馬の名前を聞き調査に乗り出しました.....思えばあなたと同じ事を考えていたのかも知れません」

「うん....だろうと思った。あの人じゃなきゃ、きっとダイバーズを綺麗サッパリ、取り戻せない気がするもの。いくら悪魔の科学者だと思わせてても、あの人の本質は他人の為に力になりたいって所だと思うから」

だからブルームーンやダイバーズと言う社会における、彼の誤解を解かねばならなかった。ユウは何とはなしに、使命めいた物を感じた。エスはちゃんとリタに事実を伝えてくれたのだろう。ならば、やらねばならぬ事はもう決まったも同然である。英梨はユウのそんな感情を察して、おもむろに抱き寄せて撫でた。

「お願いね、ユウ君.....私が復帰できるようになるまでは、君に全部任せる」

恥ずかしさなどは不思議と感じなかった。むしろ力を与えてくれる、そんな優しさに触れている気分だ。

「やり遂げて見せます。あの戦争を終わらせるのは、俺達でなければならないのですから。神宮寺さんも、元気なお子さんを産んでください」

別れ際、ユウが捻り出した言葉に英梨は面食らい、吹き出した。

「だーかーら、それはまだずっと先だっての!まぁでも、ありがとうね。この子が多分、私に勇気をくれるからまた戦えそうな気がするし....お互い頑張りましょ!」

 

一方、ガンプラダイバーズ、ブルームーンではナイトシーカーのハッチ解除作業が大詰めを迎えていた。リョウマ達の努力が実る瞬間である。ミサがタブレットに"シグナル受信完了"と表示が出たのを知らせる。それを皮切りにナイトシーカーが再起動し胸部ダクトの奥から、ウァンウァンと駆動音が聞こえ始めた。そしてとうとう、ナイトシーカーのコクピットの隙間から空気が噴き出しハッチがゆっくりと開き、その場に会した一同が喜びのオーラに包まれた。しかし、その空気もまた一瞬で吹き飛んでしまう事となるのだった。何しろナイトシーカーのコクピットは、他とあまりにも違いすぎたからだ。

「ひっ......!?」

覗き込んだスワンは、悲鳴を上げ後退りした。確かに舞夜はそこにいる。しかし彼女は上半身以外の全てを、コクピット内のインテリアとドッキングしていたのだ。そして舞夜は何度呼びかけても答えぬ、人形のような状態で項垂れている。

「これ、どうなってるんです?シートがなくて、肉体をそのままって....まるで阿頼耶識かリユース・サイコ・デバイスじゃないですか」

葉山が食い入るように観察し、接続部にライトを当てて細部をスクリーンショットに収める。

「そうだ.....彼女は機械だ。機械の体を持っているんだ」

すると周囲の視線が一斉にリョウマに集まった。

「待ってくれ、機械ってどう言う事だ!単にアバターのモチーフがそうだって事なんだよな....!?」

と、シロー。リョウマはゆっくり首を左右に振り、苦しげな面持ちで否定した。

「いいや、本当に機械そのものだ。舞夜は既に死んだ人間.....そんな彼女が用意した身体が、これなんだろう」

皆が当惑する中、スワンだけはあの時の感覚が間違ってなかった事を実感する。比良坂 舞夜は人間ではなかった。だがまた別の感情も胸の内で沸き起こる。なぜ彼女は、死して尚諒馬を守る為に戦っていたのか。ただ、答えは見えているようにも思えた。

(あの人が、本当に諒馬さんを愛しているから....あそこまで身を擲ってるんだ.....)

そう考えると、彼女に対して抱いていた疑念や、妬ましさを恥じ入らずにはいられなくなった。自分はまだ、大人になりきれないままの子供なのだと、己の至らなさを痛感させられる。

「一先ず皆は戻ってくれ。後は俺にしかできない仕事だ.....」

「待ってよ。何で勝手に前に進めてるの?この人が死んでいたって、どういうことなの」

堪らずミナがリョウマの前に出てきた。

「あり得ないよ.....死んでしまった人を使ってまでって......と言うか、何で死んだってことを知ってるんですか....!?」

それを聞いた弘は慌ててミナを止めようとしたが、人だかりの外にいた為に叶わなかった。

「ミナちゃん....!」

スワンが制するがミナは依然としてリョウマを、強い視線で問いただす。そしてリョウマは、硬く閉ざした口を開くのだった。

「俺が.....彼女の命を奪ったんだ。俺の実験のせいで」

その刹那、ミナの両手がリョウマを突き飛ばし、壁に背中を打ちつけた。リョウマは彼女の怒りと憎しみに塗り潰された瞳を見て、すべてを察し説明する事を躊躇ってしまう。

「結局関係ないなんて、なかったんじゃない!ZeuSは結局ZeuSだったんだ!人の命を弄んで恥ずかしくないの!?」

ミナらしからぬ勢いでまくし立て、徐に自分の着ていた服のボタンを引きちぎるように外した。周囲が彼女を止めようとするが、異様な程の強いオーラに足が竦み、何もできずにいた。そしてリョウマは、彼女の胸に埋め込まれた物を見て絶句する。翡翠の輝きを秘めた鉱石。それは人間の体に埋め込めるはずの無いものであった。

「エス....メラルダ.....鉱石.....!?」

「そう!自分の父親に埋め込まれた物だよ!お陰で私は、人としてじゃなく、作品として生きる事を強いられたの!天原 奈都と言う人間の一生を、踏みにじってね!!同じZeuSの人だったなら、何で止めてくれなかったの!?」

「天....原........奈都.....まさか、君だったのか......!?」

ミナ――天原 奈都は母親の胎内、つまりは生まれる前に生体工学の権威である父親の手により、エスメラルダ鉱石をまだ胎児でしか無かった、娘の身体に埋め込む手術をしていたのだ。しかしそれは諒馬がZeuSに入社する前の話である。故に彼は、本当に実態を知らなかったのだ。

「おい!何やってんだお前らっ!?」

門松とエスが丁度現場に現れ、二人がかりでミナをリョウマから引き剥がした。

「ミナ....!一体どうしたんだ?」

エスがブラケットを拾って埃を払い、ミナの肩に被せて極力肌を晒さぬように隠した。ミナもブラケットの端をぎゅっと握り、エスに訴えるような眼差しで告げる。

「この人も.....いや、この人の方が許せない.....人の命を奪ったって....!」

その言葉にエスも門松も硬直する。だがそこへ弘が来、リョウマを起こして立たせてやると深呼吸の後に声を大にした。

「リョウマが舞夜を殺しちまったのは、事実かも知んねえ.....けど、俺は全く信じられねぇんだよ。だってコイツは、誰かの為に、見ず知らずの誰かの為に命を擲つくらいの奴なんだぜ?上手く言えねえけど.....俺は思うんだよ!アイツを殺ったのは、リョウマじゃねえ!ZeuSなんだ!そんで水崎諒馬はな.....世界の敵なんかじゃない。悪魔なんかでもねぇ!俺達のヒーローなんだ!」

呆気にとられる一同。だが弘は一切動揺することなく、むしろリョウマに不敵な笑みを浮かべてサムズアップして見せた。

「お前自分が何言ってるのか分かってるのか.....俺を肯定するということは、ZeuSを肯定するのと同じなんだぞ!」

案の定、叱られるがそれでも弘は自分の姿勢を崩さなかった。

「んなもん知るか。俺はお前という人間を信じてんだよ。正直俺はメカとか事件の話とか、そんなの全然分かんねぇ。けどお前に何かしてやりたくてよ.....へへっ。ここでようやくって感じだぜ」

「馬鹿もここまで行くと清々しい....ったく...」

リョウマはふと目頭が熱くなり、泣きそうになるのを堪えるべく、デッキのハッチから見える青空を眺める。

「あそこまでいい仲間が出来てるんだ....奈都も信じられるようになる日は来る」

エスはミナを落ち着かせつつ、門松に一言告げこの場を後にした。他の面々も、弘の"馬鹿正直"さを悪くは言えず、次第にリョウマを受け入れようという声まで上がった。

 

「ご苦労なこった.....しかし、こうも短期間で彼女の復旧が出来そうだなんて....」

門松もリョウマを手伝い、舞夜の意識データのサルベージを行っていた。流石リョウマの師だった人物だけあり、その作業速度も効率もかなりのものだ。

「戦争になる前に止めるはずが....もう取り返しの付かないことになってしまった....だけどまだやれる事はいくらでもある。あの馬鹿が俺に見せてしまったからなんでしょうけど」

遠い目でナイトシーカーの顔を見上げるリョウマ。門松はコーヒーを一口飲んでメガネの曇を拭う。

「まだ奴らは決定的な問題を抱えていて、そこを突けるかどうかがカギ.....そこまで読めたが?」

「俺まだ何も話してないですよ」

「こっちだって何もしてない訳じゃねぇーよ....けど、百崎の奴がどういう人間か分かってりゃ、自ずと先は見えて来るもんだ」

「どういう事です?」

「2日くらい前からか、ストライクかジェミナスをベースにしたガンプラが、襲われかかるって話が出てる。エスとお前を狙ってるのは間違いない」

そう言うと門松は、ニュースページを切り取り、そのウインドウをリョウマに向けた。"連続通り魔か 白いガンダムの目撃相次ぐ"と見出しされており、リョウマは眉をひそめた。

「随分ざっくばらんですね、これ」

「だが大方誰がやったのかは想像つくだろ?因みにウチの愛すべき大バカ野郎は、すぐに目星つけてんだとよ」

現実世界で聡が風呂に入りながら、突然大きなくしゃみをしたが、誰も知る由もない。

「俺も何となくは分かるんですが.....便乗した愉快犯だとしたらどんなにいいことか」

「どっちもタチ悪いじゃないか。ま、お前の最悪の予想が当たっちまうと思うよ。徹=アルマーニュとアイツぁ、似ているようで明らかに違う。いずれ亀裂が起こる事は間違い無かったんだ」

カタカタとキーボードを叩く音が虚空へとひたすらに吸い込まれる。突然門松が思い出したかのように、リョウマに声をかける。

「言い忘れてたが、無事で何よりだよ。A.ν-Tにまだ戻る気はあるのか?」

「土村が俺の資産をすべてこっちに回した時点で、戻らせる気もなかったみたいですよ。いや、多分、俺には弘とスワン....そして舞夜が必要なんだって思ったから....じゃないかと」

「あんな拉致る真似しといて、やる事がそれかい!ったぁくお前の連絡先伏せた努力は無駄かぁ!」

門松が態とらしく声を上げた刹那、ナイトシーカーのコクピットからフォオン、と何かが起動する音がした。インテリアが続々と点灯し――。

「自我境界プロトコル、定義完了。ニューロン回路端子、全て正常配置。コルチゾール蛋白壁、損傷無し。視神経回路オールグリーン。積層CPUユニット、全パス正常に機能。15秒後に再起動開始――」

機械的に読み上げられる声は、正しく舞夜の物だ。そして瞼がゆっくりと開き、顔を同じだけの速さで前に向けた。リョウマと門松の驚く顔が目に止まり、舞夜は小さく首を傾げた。

「何を驚かれているのですか。それより、私はなぜまた....あなた達を見ることが出来たのですか....」

するとリョウマが彼女の頬に手を触れ、瞳をじっと見つめた。

「お前を守るためだ。お帰り、舞夜」

「諒、馬....」

気がつくと門松の姿は消えていた。恐らく男と女の水入らずを邪魔しないための計らいであろう。

「とりあえず、連れ戻せて何よりだ.....お前が奴らにまた捕まったのを知らなかったせいで、こんな目に遭わせてしまった。済まなかった」

リョウマが頭を下げようとしたが、舞夜は少し驚かそうと声の調子を"戻した"。

「本当ですね。でも助けに来てくれたのだから、これでチャラにします」

「えっ........お前、感情が.....戻ったのか!?」

リョウマの反応が予想通り過ぎ、再び舞夜はいつも通りの調子に変えてしまう。とは言え、他にどんな反応するのかも想像できず、ある意味安心していたが。

「感情は意識的に封じていました....ですが捨て置いたはずの心がまだ手の中にあった.....お陰で生きているときのままです」

「そ、そうだったのか......お前のことだから俺を傷つけないために、そんな無茶をしてた....いや、させてたんだな....」

「謝る必要はありません。私は諒馬を愛している。だから望んでここまでした。それだけの話です」

やはり無機質なトーンに戻されたままでは、リョウマも人間である。寂しさを感じないでは無かった。

「なぁ、舞夜。頼みがある。今この時間だけ、元の君と話がしたい」

舞夜は驚きを隠せず、しばらく黙り込んだが意を決し、リョウマの頬に口づけをした。

「そっか.....じゃあ、ちょっとだけ戻りますね。りょう君」

活発さを思わせる、明るい声。これが本当の比良坂 舞夜の声なのだ。

「やっぱりこの声だな.....あの時はうざったく聞こえたのに、今じゃこんなに安心する.....俺がいつの間にか人間臭くなってしまったのか....」

「んん.....きっとりょう君は本当は今みたいな感じが、本当のりょう君だと思いますよ。全然上手く言えなかったですね、あはは....!」

本当の自分。リョウマは心の中で反芻させながら、舞夜の髪を撫でた。いくら機械の体だからとはいえ、髪に対する拘りは生前と変わらないように思える。舞夜もそんなリョウマを見て、屈託のない笑顔を向ける。

「ダイバーズを救う。それまでは俺の力になって欲しい。頼まれてくれるか?」

「勿論です。また感情を止めることになりますけど、りょう君の目的の為に精一杯お手伝いしますから。大好きです、りょう君」

一体どれほどの月日を経て、二人は笑い合う時間を手に入れられたのだろうか。これが一瞬の出来事でしかないとはいえ、二人の間には永遠に残り続ける記憶となるのだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.49 NEXUSを刻む序曲 Ⅰ

朝日が昇る。聡は瞼越しに光の刺激を受け、薄っすらと開いた。

「朝、か......頭....痛えな....」

ズキズキと痛む頭を押さえ、ため息を吐きながらベッドから降りる。髪がいつも以上にボサボサになっており、まるで実験に失敗した化学者のようである。ふとベッドに目を移すと、至るところにパンツやシャツが散乱していた。女物のキャミソールを拾い、聡はどうしたものかと洗濯機の中へ放り込んだ。

「奈都は.....やっぱり俺が引き止めておくべきだったんだ....参加させなきゃ、傷をえぐることもなかったろうな...」

脱衣所から再びベッドを眺めると、掛け布団がもぞもぞと動くのが見えた。たった一晩で部屋が荒れてしまうのも考えものだが、それが今の彼女の心を表しているならば、これ以上ない悲鳴のように取れた。鏡に映る自分も今までにないほどげっそりして見えた。何度か顔を洗い、タオルで拭きながら台所へ向かおうとした矢先、奈都も目を覚まし起き上がった。

「おはよう、奈都。今日は寝てなよ、色々調子戻るのに時間かかりそうだろ?」

聡が気遣って声をかけるが、奈都は笑って首を左右に振りシャツのボタンをかけ直した。聡も同様にズボンを拾って履き、グレーのジャケットを羽織る。

「私は大丈夫.....だけど、聡の方が辛そう」

「俺はいつもこんなだから。先生に何か言われたら適当にごまかしとくから、今日はゆっくり休んでてくれ、な?」

聡も平気を取り繕い、奈都の頬を撫でてやり軽くキスを交わし家を出た。買ったばかりの自転車に跨ると、そのまま力いっぱいにペダルを踏み込んで始動させる。普段なら軽い力でスイスイ進む感覚があるが、今日だけはかなり重たい気がした。踏切を通り過ぎた辺りで、目の前にいきなり車が割り入れる形で停まり、聡はギョッとしてブレーキをかけた。間一髪で衝突は免れたが、文句を言おうとした矢先に車から降りた人物に、聡は絶句する。

「お前は........!?」

白いコートに身を包んだ、気品の漂う男。聡は彼をよく知っていた。目標であった者。そして、全ての事件の黒幕となった者――百崎翼である。

「久方ぶりだ.....その眼差し、やはりあの時と変わらぬ様だ」

「犯罪者が朝っぱらから車乗り回して散歩かよ.....どんな神経してるんだ....?」

一般社会に戻ったとは言うが、未だ保釈中の身。判決を先延ばしにしているだけで、犯罪者であることに何ら変わりがない。翼は涼し気な顔で聡の横を歩き、鋭い眼差しで凝視した。

「確かに君にはそうにも見えような。そんな事は今はどうでもいい。私が君を殺す....その意味は分かるな?」

この殺気だけは、聡は未だに慣れない。だが睨み返すだけの度胸は、既に出来上がっている。

「お前.....まだ懲りてないってのか....!どんだけ人の命をおもちゃにしたら気が済むんだ....ムショの中で命の大切さとか学ばなかったのかよ!」

「それは私にとっては、ただの言葉に過ぎんよ。あれこそが俺の求めていた世界だ。貴様如きに邪魔をさせん」

車が走り去るのを見届ける聡の目は、同じ人物とは思えぬほど怒りと憎しみに満ちていた。尊敬できる人物も、分かり合えたかもしれない"友"も力を貸してくれた仲間も皆、翼が作り上げた仕組みによって、失わされて来た。聡の拳が硬く握られる。今一度、奴に勝たなきゃいけない。今度こそ歴史の表舞台から引きずり出してやる。聡は再び決心し、自転車を走らせる。

 

堂夢大学の学内の一室のドアを聡は開けた。この部屋はガンプラダイバーズサークル、"ウェイブダイバーズ"の拠点として使われていた。

「な――」

一足先に誰かが来ていた。聡は一度も会った事が無かったはずの男が、一体誰なのかすぐに判った。

「リョウマ・アルキメデス......?」

「こうして会うのは初めてだったな....俺は水崎 諒馬。元ZeuSの、ガンプラダイバーズ開発者だった奴さ」

何と、諒馬が堂夢大学の、しかもウェイブダイバーズのサークルルームに居るのだ。これは一体どういう事なのか、聡には見当も付かずただ呆然と立ち尽くした。諒馬はもちろんそんな彼を意に介さず、携帯電話の画面を見せる。

「5時頃にメッセージが届いてたんだ。俺とお前を同時に仕留めるとか何とか.....教授も言ってたが奴はかなり焦っている。君ならどうせ行くだろうと思ってたから言わせてもらうが....」

彼の言葉を遮り、聡はリュックサックをいつも使っている席に置いた。

「だったら俺が奴を叩きます」

すると、諒馬は止めるわけでもなく聡の目の前に、プラスチック製の小さな箱を置いた。聡が恐る恐る箱を開けると、中から出て来たのは、シュベルトゲベールにも似た2振りの対艦刀だ。その割には少々小ぶりで、かつ銃火器めいたパーツが盛り込まれている。聡は目を白黒させて諒馬を、見つめた。

「これって.....まさか、俺に?」

「ああ。お前の過去の戦いを色々と見させてもらったよ。爆発力任せに色々場を引っ掻き回す戦いが得意だが、それ以外の時....要は耐えなければならない時間で出来ることが圧倒的に少なかった。その武器なら多少はマシになるはずだ」

箱からひらりと一枚の紙が落ち、拾って読むと"ネクサスウォード"と書かれていた。絆を断つのではなく、それによって紡がれた未来を切り拓く。聡にはそう思え、昨日の弘が正しかったのだと感じた。

「ありがとうございます。必ず勝ってみせます....んで、わざわざこれを渡す為に来たんです?」

「んな訳ないでしょうが。徹が何か罠を仕掛けていないでもない....俺とお前を同時に仕留められるチャンスだからな。漁夫の利を得られる前に、俺が奴らを押さえる」

「一人でですか!?」

「奏ちゃん達も後で来る....が、それを期待していてはお前に邪魔が行くだろう。何、こっちに有利な状況を作るってだけさ。行くぞ」

諒馬が近くにあったデスクトップマシンに電源を入れ、アタッシュケースから取り出したビルドスパークルをスキャナに乗せる。そして二人は同時に仮想世界へと飛び込んだ。

 

交流広場第7区画。街路樹の木陰から出て来ようとしたエスだが、直ぐにリョウマに引き止められた。

「まずいぞ。これだけの人数を集めてるなんて想定外だ....」

確かに結構な人数が広場めいたエリアに集まっており、さながら催し物でも開かれているような景色を見せる。だがこれが穏やかなものでない事は、エスにもすぐ分かった。

「ブルームーンを墜せ....だって....!?」

旗を掲げているグループもあり、そこにデカデカと書かれている文言には、誰しも顰蹙を買いかねない。だが現在のダイバーズを見るに、咎める者は誰一人としていないだろう。何しろブルームーンは今や、仮想社会に対する"敵"なのだから。

「ブルームーンを許すな!」

「紛い物の支配階級は潰えて然るべきだ!」

「奴らがガンプラダイバーズを歪めた!」

口々に叫ぶ群衆。エスは思わず「違う!」と声を上げそうになるが、リョウマがそれを制した。

「今ここで下手に騒ぎを起こせば、ますます奴らの思う壺だぞ....!群集心理を巧みに利用するのが奴らのやり方だ.....乗せられてんじゃねぇ...!」

どこかへ一度退避し、機会を狙って突入するとリョウマはプランを立て、ここを離れようとした時。空から複数のドローンが飛来し、二人の行く手を遮った。その様子は広場中央の大型モニターに映し出され、観衆が一斉に二人が居る方を向き始めた。モニターの前のステージで、綺羅びやかなアイドル衣装の少女が、尋常ではない距離をジャンプ、マイクを片手に二人の前に降り立ったではないか。

「さてさてぇ!ガンプラダイバーズの敵となってしまったブルームーンのメンバー!のお二人さん!今のご心境をお願いしまぁす!」

呆然とする青年二人。だがエスは、アイドル衣装の少女に妙な見覚えがあり、次第に目を疑った。

「この娘......確か、アイツの......!?何で君がこんなことをしてるんだよ!?何の冗談で....!」

エスが思わず彼女の肩を掴み、必死に問いかけた。だが少女は態とらしく悲鳴を上げ、自分の身を抱くようにして離れると、観衆に向けてSOSサインを出したのだ。

「きゃーっ!!この人、見ず知らずの私に出を出してきました!やっぱりブルームーンって、そういう人達の集まりなんでしょうか!!」

気がつけば何百人ものダイバーが一斉に走り出した。リョウマはエスの頭を引っ叩くと、腕を掴んで路地の中へと飛び込んだ。

「大バカ野郎!何をいきなりしでかしてんだよ!?」

「あの人、俺は知ってるんですよ!アイツの....ハジメと一緒にいた娘なんだ!間違いない!」

「どういう事だよ、分かるように説明しろ!」

二人が真っ先に突っ込んだのは喫茶店のような建物の中。息絶え絶えの男二人を見たウェイトレスは、若干引き気味ながらも遠巻きに心配そうに見つめる。

「あのー、大丈夫ですか?」

声をかけられ、エスはぱっと立ち上がってみたが、部屋の内装を見て口をぽかんと開ける。

「ここってウェルスとエルニアの....店、だよな....」

リョウマも軽く見渡し、思い出したように頷きながら立ち上がった。

「俺も来たことがあるぞ、ここ。済まない、すぐに出る。迷惑かけちゃまずいのでね」

二人がいそいそと出ようとするのを、ウェイトレスは慌てて引き止めた。

「危ないですよ!何か、オーナーが「エスや仲間が来たら、可能な限り匿ってやってくれ」って言ってましたから、ここにいてもらっても....!」

オーナーとは即ちウェルスだ。リョウマとエスは互いの顔を見、安心したようにため息をついた。ウェイトレスも店の扉にかけてある看板を、"OPEN"から"CLOSED"にひっくり返して鍵をかけた。

「あの、私....メルセデスと言います。メルセデス・ローツェ。お二人はエス・ブラックベイさん、と.....」

紫がかった青い髪と黄色の瞳をしたウェイトレス、メルセデスがメモ用のウインドウを開き、エスの名前を復唱して確認しようとしたが、当時リョウマの事はウェルスも知らなかった。その為かメルセデスはリョウマを見ながら、言いづらそうにしていた。

「リョウマ・アルキメデスだ。まぁ、知らなくて当たり前だと思うから気にすんな」

「リョウマ・アルキメデスさん.....っと。あなたもオーナーの知り合い....の方ですか?」

「そうなるな....ってもそんなに話しした事ねえけど」

確認が済めばメルセデスはすぐにカウンターに引っ込んでしまった。接客をしているにも関わらず、ここまで内気だと凡そ無関係な二人も心配になる。

「まさかここまで人を集めてたなんて.....今度は見世物にする気だったのか....」

エスが苦虫を噛み潰したような顔で、窓枠を見つめた。リョウマも予想を大きく外れた状況に、思わず頭を抱える。

「奴がパフォーマンスに注力しかねない程、何かが崩れている証拠と考えるべきか.....それはそうと、さっきお前が言ってた....ハジメってのは」

案の定、質問されないはずはなかった。エスはやや躊躇いがちに俯くが、いずれ話すべき事だったので顔を上げた。

「ガンプラダイバー、ハジメ・アルファインス.....アイツも俺と同じ、ν-Typeでした。でも俺やウェルスとは、反対の立場....A.ν-Tにいた人間なんです。俺とハジメは、一人の女の子を巡って不思議な運命を辿ってきた.....多くの人を巻き込みながら、俺達の戦いがZeuSの仕組んだ運命の結果と知るまでは....結局分かり合えたかどうかも分からない....そんな状態でハジメは...」

「その女の子は、サツキ・フュンフ......か?」

唐突にリョウマが言い当てた名前に、エスは一瞬戸惑うがZeuS事件を調べていたと言うなら、何ら不思議ではなかった。

「しかし不思議だな....この区画にある墓標のデータは全て、集約したはずなのに....ハジメ・アルファインスって名前は聞いたことがない。彼は本当にダイバーズで命を落としたのか?」

「死んでいるかどうかまでは.....でも"自分を失った"のだから、ハジメ・アルファインスとしてのアイツはもういない....」

「自我データの破壊による消滅、か。確かにあの時期のダイバーズでなら、起きて当然と考えるしかなさそうだ。で、さっきの彼女はそのハジメって奴と関係があるんだったな...そこらはお前じゃなくても、弘か舞夜に聞けば大方見当は付きそうだな。済まないな、辛い事をわざわざ思い出させた」

「いや....この状況をどうにかしたいのは俺も同じです。出来る事なら全部やっておいて損はしないはずですから」

そうか、とリョウマは呟きドアの方へ目をやった。だがその瞬間である。交流広場で、あるまじき行為がこの喫茶店を襲ったのは。

「何だ!?」

ドォン!と腹を突き上げるような低い音が、部屋全体を揺らした。メルセデスが悲鳴を上げて、キッチンの直ぐ側で座り込む。そして数分して、また同じ音が襲う。

「やばいな.....奴らここを嗅ぎ付けてきやがったのか....!」

部屋の隅で、窓からも見えにくいと判断した席にいたはず。それがどうして居場所が発覚したのか。リョウマはウィンドウを開き、手元に電波探知機をビルドして部屋を遍くスキャンした。その結果、どこかに外部と通信する端末の存在が判明したのだ。

「この部屋に盗聴器が仕掛けてある!?」

リョウマの発言をエスはにわかに信じられず、間違いでは無いのかと聞き返すが、彼が徐にメルセデスのスカートをめくり上げ、大腿に巻きつけられたベルトを引きちぎった。かなり強引かつセクハラなやり方であるが、それを以て余りある真実を前に、エスも否応なしに認めざるを得なかった。

「こんな物を用意していたとはな.....最悪だ。オーナーである彼の意志を踏みにじる気か!」

リョウマに詰め寄られると、メルセデスは本性を見せた。ヒールの踵で彼の腹を蹴りつけ、バク転で体勢を立て直すとポケットからバタフライナイフを引き抜き、身を屈め躍り出た。

「クソっ.....やはりスパイだったのか!ビルドアップ!」

リョウマはすかさず右手に拳銃らしきものをビルドした。それを見たエスは、まさか殺めるのではないかと危惧する。だがリョウマは天才であった。決して命を奪わず、かつ痛みを極限まで押さえた方法がある。

「リョウマさん、それは!?」

「いいから何も言うな!」

ビリリ!と電気的な音がしたかと思うと、次の瞬間にはメルセデスが床に倒れていた。血はどこにも散っておらず、耳を塞いでいたエスはきょとんとした顔で立ち尽くした。リョウマがビルドしたのは、拳銃型で、かつ有効射程距離を延長したスタンガンだったのだ。リョウマは彼女の持っていたバタフライナイフを蹴り飛ばし、エスと共に喫茶店の裏から脱出した。それから程なくして、表のドアが吹き飛ばされ武装したダイバー達が続々と突入する。しかし肝心のリョウマ達はいない上に、潜ませていたはずのメルセデスは気絶していた。彼らは何が起きたのか要領を得ないまま、何もせずにメルセデスだけを運び出しこの場を立ち去るのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.50 NEXUSを刻む序曲 Ⅱ

リョウマとエスは何区画にも渡り駆け抜けた。どこへ行こうにも常に誰かに見つかり、更に多くの人間を巻き込みながら、徒党を成して追いかけて来るのだ。二人の体力が一気に失われるが、どこにも安息の地がない以上、一瞬たりとも足を止めてはならない。

「どこに行ってもバレるって....もはや世界中を敵に回してるみたいじゃないか!」

「経験がある癖にさも初めてみたいにいいやがって!」

「こんなレベルじゃなかったんだ!」

そのような言い合いでもしなければ、まともに思考が働きそうもなかった。他のブルームーンのメンバーや、弘達が動き出さなかったのが不幸中の幸いであろう。彼らが出て来てしまえば、この騒ぎはますます悪化するに相違ない。しかし、突然追跡の足音や怒号がピタリと止みリョウマもエスも、何事かと周囲を見渡した。彼らを中心として、半径数メートルの円周を描くかの様に取り囲まれていた。銃を持つ者もいれば、刺股や刀を手に構えるのまでいる。

「何だ......ってんだ」

エスの疑問に答えるかの如く、目の前の人だかりが割れこちらへ向かって歩く男が一人。もはや誰であるのかは二人の想像通り。ヴェイン・メビウスである。

「随分と手を焼かせてくれる....お陰でガンプラダイバーの意思はこうも早く結束出来てしまったがね。君をすぐに退場させてやらねば、統一もままならん.....」

尊大さを見せつけるヴェインに対し、エスは内心でどこか悲しさを感じてもいた。かつての強敵だった彼は、これ程までに虚勢を張るような男だったのだろうか。今すぐにでも葬らんとする意思はそのままに、焦りすらも見え隠れしている。エスのν-Typeとしての勘を誤魔化せない。

「言いたいことはそれだけか」

そう言おうとした矢先、リョウマが周囲に向き直り彼らの真意を問うた。

「お前達は、本当にブルームーンが自分たちの敵だって思ってるのか!何でお前達は自分で何も考えずに、物事を勝手に決められるんだ!?運営の一部が言い出したことが、本当に正しいのか考えたことはあるのか!?周りに流されるだけ流された結果がこれなんだ.....人が人を傷つけ合うのが、当たり前になったんだぞ!」

そして深呼吸をし、更に続ける。

「俺はガンプラダイバーズの元開発者だ。この現状を誰よりも許せない人間だ....俺はこんな世界にする為に、このゲームを作ったんじゃない!喜びと希望を胸に生きていける世界.....それがダイバーズの在るべき姿なんだ.....そんな願いを壊しているのは、むしろ....!」

リョウマがヴェインを睨んだ事で、周囲の中でどよめきが起きた。喜びと希望を胸に生きていける世界。その言葉が持つ力は、人々の意識を何らかの変革をもたらす、きっかけとしては十分過ぎるほどだった。

「リョウマ、さん.....あなたは....」

エスが驚いた様子でリョウマを見つめる。一方のリョウマは得意げに強い眼差しで、エスにヴェイン討伐を託した。

「能力者には能力者、だ。他の連中は俺が何とかする。奴はお前に任せるぞ」

「....少なくとも弘よりは当てにならない気はする。けど、任せろ....俺は負けない!」

 

バトルエリア、そしてストライクJOKERのコクピットの中。エスは、新たに装備したネクサスウォードのデバイスドライバを、機体へインストールしていた。それと同時に、フリューゲルを失った後のヴェインが使う機体が何なのか、全く想像もつかずプランニングに悩んだ。とは言え、エスの場合頑張ってプランニングしても自ら壊してしまいかねなかったが。ストライクJOKERの背中には、リジェネストライカーとは異なる、ストライカーパックが搭載される。エールストライカーにも似た、航空翼を備えた赤と黒のバックパック。翼の裏から伸びた翡翠色の刃や、下部の可動式バーニアが大きな特徴である。

「クロノスストライカーVer.2.....こうなる事が分かっていたような気がしてたのは.......俺が奴とまた戦うのを知っていたのか.....」

上手く言葉にならなかったが、エスには分かっていたのだろう。いずれまたヴェインと戦わなければならなくなる。レバーを握り直し、一気に前へ押し倒した。

「エス・ブラックベイ!ストライクJOKER-ex、行きます!」

脚部、そしてクロノスストライカーのバーニアが同時に展開され、圧倒的な加速力を以てストライクJOKERを空中へと飛翔させた。機体のピーキーさは、クロノスストライカーを装着した時点ではかなり抑えられているようで、使用しているエス自身も、ここに来て漸くストライクJOKERと己が一つになった感覚を得た。しかし、バトルエリアの景色を見てそんな思考も一瞬で吹き飛ばされてしまう。

「ここってまさか......」

見渡す限りの青い空と海。ぽつぽつと、疎らに浮かぶ緑の小島。エスは愕然とした。迷わず近くの島へ機体を着陸させ、周囲の索敵へ移る。モビルスーツの着地で木々が揺れ、鮮やかな羽根を持った鳥や、小動物達が一目散に逃げ去った。

「来た.....!!」

エスが気配を感じ取り、一秒後にアラートが鳴る。ストライクJOKERは脚部バーニアとクロノスストライカーのブースターを噴射、大地を蹴って天空へと飛び上がった。そしてエスは敵の姿を捉え、ウェポンセレクタで素早く武器を切り替える。ストライクJOKERの両手に装備された新兵器"ネクサスウォード"の駆動部が淡い光を発し、グリップのジョイントが回転して剣そのものをビームライフルへと変形させた。だが。

「追いつけまい!」

凄まじい速度でジグザグに軌道を描きながら迫る、白い影。ストライクJOKERの牽制射撃を物ともせず、MS2機分の距離まで近づきグルリとバレルロールへとマニューバを変え、真下から素早く斬り上げた。ストライクJOKERも既の所で後ろへステップするが、エスが敵を目視した瞬間に手が止まりかけた。

「白い.....JOKER.....!?」

全てを断罪する裁定者、JOKER。エスが見た事のあるそれは、ある機体を彷彿とさせる黒と赤の装甲を身に纏っていた。しかし今目の前に現れたのは、それとは正反対に純白に染められており、実体剣としての機能を兼ねた、背部の空力制御ウイングバインダー"デュランダルジョーカー"も、青い輝きを湛えている。

「ほう。君も知っているようだな.....しかし!」

白き裁定者―フリューゲルオメガがデュランダルジョーカーを突き出し、ストライクJOKERを撥ね飛ばすと、片翼を大きく開き間隙から無数の光弾を放ち、一斉に突撃させた。ストライクJOKERは雨あられの如く降りつける光を掻い潜り、ネクサスウォードを数発撃つ。エスは射撃の不得手さを自認しており、単なる牽制で充分のつもりだった。しかし弾道は彼の思惑を超え、白き裁定者の頭のすれすれを通り抜けた。

「このライフル......これなら俺でも行ける!」

「どうやらいくらか成長しているようだ.....私を楽しませてくれよ」

ネクサスウォードには"銃口補正"と呼ばれる機能があるようで、これによってエスでも十全な命中精度を手に入れられるのだ。それをヴェインは知らぬが、どちらでも関係のない話である。

「私の作る世界の、糧となれ!」

デュランダルジョーカーをバックパックに再装着、展開と同時に先と同じ光弾を全方位に向けて射出。比較的距離の近い方から順次ストライクJOKERめがけ飛ばし、自身も3次元的な機動で接近をかけた。ストライクJOKERは飛来する光弾を斬り潰し、頭部バルカン砲でフリューゲルオメガを追い返す。だがフリューゲルオメガは被弾さえ意に介さず、リアアーマーからビームサーベルを抜き放ち薙ぎ払った。ストライクJOKERが素早く反応して切り結ぶが、それを超える速さで2の太刀が迫る。何とか反応が間に合い、左手に持ったネクサスウォードで受け止めたものの、高度を取られており圧力が更に加わって状況が悪化した。だがそれでもエスはストライクJOKERと、自分自身を信じフットペダルを踏み込んだ。

「う.....おぉおおおおおお!!」

ストライクJOKERの両肩から、鳥型のデバイスが射出された。そして砲門からマシンガンの如くビームを乱射し、フリューゲルオメガを引き剥がし主の下へと帰還する。

「ビットが使えるようになっていたとは....ククッ....ハハハハハハッ!!」

ヴェインは一瞬驚くが、何故か狂喜した。単純にガンプラダイバーとしての性がそうさせたのか、エスには測りかねた。だが考える余裕はどこにもない。フリューゲルオメガが天に掲げた右手を振り下ろした刹那、ストライクJOKERが金縛りにあったかの様に動けなくなり、そのまま猛スピードで岩盤に叩きつけられた。

「ぐあ......!?がはっ......!」

背中と鳩尾を強打し、エスは悲鳴と呻きの中間のような声を漏らした。だがエスが体勢を立て直すのを許さず、再び機体を拘束され地面を数キロも引きずり回され、空中へと高く放り投げられてしまう。そこへフリューゲルオメガが鬼神の如きの殺意を向け、左右に連結させたデュランダルジョーカーで串刺しにせんと迫る。

「その程度で果ててくれるなよ....面白みがない!」

「だったらお望み通り!!」

グルリとストライクJOKERは振り向き、ネクサスウォードを素早く放ちながら高度を下げ、デュランダルジョーカーを回避、2つほど離れた島へ向かってバーニアを噴かせた。

「どこへ逃げようと、その命は消える運命にある....」

ヴェインもストライクJOKERが飛び去った方角へ、フリューゲルオメガを移動させる。背中にマウントしたデュランダルジョーカーを開き、再び無数の光弾を生成して一斉に地を焼き払った。

「クソっ.....!なんて無茶苦茶な!」

天から降り注ぐ死線の雨。エスは度肝を抜かれる思いをしながら、ストライクJOKERをなるべく敵の視界に晒さぬように進ませる。そして辿り着いた先は、大瀑布を抱える大きな島。エスは迷わずストライクJOKERを洞窟の中へ滑り込ませ、作戦を考えるだけの時間稼ぎを始める。その後を追う形で、フリューゲルオメガも洞窟へと進路を取った。

「君がいくら強大な力で私を封じようが、世界は何ら変わることがないどころか、全ての者達に畏怖を与えるだろう。今ここで私を再び討てば、更に歴史は繰り返されるのだよ」

ν-Typeの存在。常人には決して辿り着くことのない境地。その力は即ち異能である。持つ者と持たざる者の間に生まれる溝は、決して埋まることはない。人が人として生き続ける限り、突きつけられる現実なのだ。エスも凄惨な経験をして理解しているが、ヴェインの言葉が諦める理由になり得ないのは、誰よりも理解していた。

「どう転んだって人間は人間だ。ν-Typeだ何だって、結局は仮想世界で生きてく術を身に着けただけの、ただの人間だ!確かに俺やお前はとんでもない力を手に入れている......けど、力やそれを再現する道具は、使う人間次第じゃないか!」

フリューゲルオメガがデュランダルジョーカーに手をかける刹那、ストライクJOKERが鍾乳石の柱の陰から飛び出し、ネクサスウォードを勢いよく振り上げた。フリューゲルオメガは素早くビームシールドを展開してこれを防ぐが、ストライクJOKERはがら空きになった胴めがけ、回し蹴りを放つ。だがフリューゲルオメガの装甲に接触することが叶わず、逆にデュランダルジョーカーで胸部を斬りつけられてしまった。なぜならば、フリューゲルオメガの祖となった機体が持つ権能により、如何なる攻撃も通用しなくなっていたからだ。

「見た目通りってか.....」

「どんな手を使おうとも、この私には届かんよ」

悠然と歩み寄るフリューゲルオメガに、エスは奥歯を噛む。

 

エスがバトルエリアへ転移してから程なくした頃。リョウマは再び群衆から追いかけられており、逃走を余儀なくされていた。やがて立体駐車場めいた場所に辿り着き、人の気配が少なくなったのを感じてリョウマは、鉄柱の裏に隠れた。

「結局誰も分かっちゃくれないのか.....!」

すぐ呼び出せそうな仲間に連絡しようとした矢先、下から足音が聞こえ反射的にウィンドウを閉じた。足音は確実に近づきつつあり、リョウマはゴクリと唾を飲み込んでゆっくりと立ち上がる。十中八九自分を追ってきた人間であろう。

「今しかない.....!」

だが足音は上からもやって来る。リョウマの足が止まる。そして次の瞬間、足元の僅か先から火花が散った。何かが転がる音も聞こえ、リョウマは恐る恐る視線をそこへ向ける。既に遠くへ行っておりよく見えないが、光沢らしきものですぐに理解できた。銃弾だ。それから間もなくして、バタバタと駆ける足音が上からも下からも近づき――。

「.........最悪だ」

武装した紫フードの連中に取り囲まれ、銃口を突きつけられた。

「逃げるのもそこまでにしてもらおうか、水崎....!」

集団が左右に割れ、リョウマの前に現れたのはシューインだった。薄笑いを浮かべており、リョウマからしても底しれぬ恐怖を感じさせる。

「正気を失ってるのに、まだ俺に固執するのか....!」

リョウマの問にさえも、何も答えず笑うだけのシューインには、もはや言葉は通用しない。この場にいる武装集団が同時にウィンドウを開いたことで、リョウマもその意味を察した。戦うしかない。そう決めたリョウマはゆっくりと立ち上がり、指先にウィンドウを表示させるのだった。

 

ストライクJOKERとフリューゲルオメガの戦いは、後者のペースのまま進み続けていた。

「ぐぁああっ......!?」

ストライクJOKERは鍾乳洞から叩き落され、ポッカリと空いた地底空間に放り出される。後頭部を打ち付けたエスは、目眩を感じながらも怯まぬようにその身に鞭打ち、ストライクJOKERを起き上がらせた。

「地底湖......なのか?」

ドーム型になった空間の中心には、青い光を淡く灯した水溜りがあり、様子を見る限り地底湖の類だとエスは考える。しかし悠長に観察をしている余裕は無かった。背後から光の槍が迫り、エスは弾かれるようにストライクJOKERを後退させ、すかさずネクサスウォードを撃ち返した。煙の中へ吸い込まれるが、火花を散らして消えた事から、ここまで追いかけられたのを想像するのは容易だ。

「この地を私が選んだ意味を、君が解せぬとは思わんが....」

「ただのセンチメンタルだろ、そんなの。どんだけ俺を付け狙う気でいるんだか」

「1つ勘違いしているようだが、私にとっては別に君でなくても良かったのだよ」

次の瞬間、フリューゲルオメガの足裏が眼前にまで迫り、エスは反射的にレバーを引いた。交差させたネクサスウォードで跳ね除け、カウンター気味に振り上げたが既に遅く、フリューゲルオメガに斬り抜けられ、その場に転倒してしまう。すぐに起き上がろうとするが、フリューゲルオメガのデュランダルジョーカーによる一撃を受け、壁に衝突した。

「ぐっ......がっ.....」

エスは顔面をコンソールに打ち付け、半ば意識を失いかけるが自身に突きつけられた凶刃を前に、何とか己を保たせた。一方のヴェインは冷ややかな眼差しでストライクJOKERを見下ろした。

「だがお前を討たねばならない。私の.....俺の邪魔をし続ける者は、一人残らず葬ってやろう....!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.51 NEXUSを刻む序曲 Ⅲ

フリューゲルオメガがバックパックからデュランダルジョーカーを分離させ、左右で結合して大剣を成し大きく踏み込んだ。

「俺の邪魔をする者は、何人であろうと葬ってやろう!」

切っ先を向けダッシュした瞬間に、ストライクJOKERもビームシールドを発生させる。だが想像を遥かに凌駕する速さで懐へ飛び込まれ、左肩を貫かれてしまった。それだけではない。辛うじて繋がったままだった、フレームのせいで引きずり込まれ、岩壁に叩きつけられた挙げ句、地上へと放り出される。

「なぁああああああっ!?」

全身のバーニアを噴射し、強引に姿勢を保つがその頃にはもう、フリューゲルオメガの踵が脳天めがけ振り下ろされようとしていた。ストライクJOKERが再びビームシールドで跳ね除け、頭部バルカン砲で追い返すが、フリューゲルオメガはくるくると旋回して、真下から掬い上げる様に斬り上げた。

「どうした、エス・ブラックベイ......かつて相対した時と同じ人間とは思えん」

ヴェインの瞳が青く発光する。フリューゲルオメガの周囲に光の渦が形作られたかと思うと、凄まじい数の光弾を嵐のごとく、ストライクJOKERめがけ吹き付けた。エスも何とか己を保ち、絶え間ない弾幕を擦り抜けながら反撃の機会を伺う。だが肝心の武器を一つ失っている。これでは自衛だけで精一杯になるだろう。しかしエスはまだ、チャンスがあるのだと確信を持ち続けていた。

「流れをこっちに引き寄せるんだ、ストライクJOKER!」

弾幕の行く先で爆発音と火炎が立ち上る。ストライクJOKERが墜ちたのだろうか。ヴェインはつまらなさげに息を吐くが、気を緩めることはなくむしろ更に警戒を強めてさえいた。

「完全に息の根を止めるまでは....手を緩める訳には行かん。奴は唯ではやられるはずがあるまい.....本当にやられたとしても、確実に斃さねば意味がないのだ」

フリューゲルオメガのバーニアを全開にし、爆心地へと急いだ。ストライクJOKERが煙の中から墜落していくのが見え、鷹のごとく突き進みデュランダルジョーカーを二振りに分け、X字に交差しながら追いかける。エスも当然それは認識しており、横目で相手との距離を測りつつ反撃の瞬間を虎視眈々と狙っていた。

(この距離ではダメだ.....もっとだ、もっと来い....!)

やがてストライクJOKERとフリューゲルオメガの距離が、格闘戦の間合いより踏み込んだ瞬間。エスの瞳が翡翠色に瞬いた。

「やれる.....!」

突然フリューゲルオメガの真横に巨大な鉄の拳が飛び出し、ヴェインの反応さえ潰し大地に叩きのめした。

「何が起こっている.....!?」

流石のヴェインでさえ予測できなかった一撃。だがエスだからこそ出来た一手でもある。エスのみに与えられた力―"空間跳躍"。本来ならば自分自身を目的の場所へと、瞬時にワープさせる力なのだがそれのみならず、エス本人の機転によって応用が効くようだ。

「リタには迷惑をかけたけど.....無理を通さなかったらここまで行けなかった...!」

空間跳躍で呼び出していたのは何と、サイコガンダムの腕であった。

「やはり君は面白い男だよ.....」

上空にいるストライクJOKERを睨むヴェイン。フリューゲルオメガがぐっと身を屈め跳躍、ジグザク軌道を描きつつ近づき、すれ違いざまにデュランダルジョーカーで斬りつける。だがストライクJOKERもネクサスウォードで切り結び、わざと拘引された。

(いつからなんだ.....何で突然、奴からプレッシャーを感じなくなった....!?)

相対する時は常に感じていた、皮膚を突き刺すような殺気。しかしエスは、今の彼からは同じ物を全く感じなかった。まるでヴェイン自身の力を支えている物が、丸々抜け落ちたかのような。そう感じ取れてならない。

「殺気を消して戦うなんて、人に出来る事じゃない!」

ストライクJOKERの蹴りが腹部に命中し、フリューゲルオメガは一気に体勢を崩してしまった。

「ぐっ.....何だ、何故奴の動きが読めん!?」

いよいよヴェインも自身に起こる変化に気づき、モニターを凝視する。

「もう剣を引け!お前の負けだ!」

フリューゲルオメガが剣を振り下ろすがそこには敵の姿はなく、背後から蹴りを加えられ地面に叩きつけられた。そして振り向く頃には、ストライクJOKERのネクサスウォードの切っ先が眉間を捉えていた。

「あれだけ盛大に喧嘩売っといて.....!」

エスの口調には、どこか悲しさが滲んでいた。過去に縋り付くためだけに、虚勢を張り続けていた、彼の浅はかさに。エスが知っているヴェインは、もう死んでいたのだ。

「だが私は負けてなどは....うっ.....!?」

ヴェインが言い返そうとした矢先。突然全身を寒気が走った。腹から何かが口へと戻ろうとしているような気分の悪さに、思わず口を覆う。モニターにミニウィンドウが表示された。

「やあ。随分と気分が悪そうじゃないか」

通信の主は、徹だった。ヴェインは一つの策を思いつき、彼に協力を仰ごうとする。

「ここへ来たのなら丁度いい....!私は奴を討たねばならん.....手を貸せ....!」

数秒の間を置き、徹の出した答えはNOであった。

「それは相手をしてくれた、彼に対して失礼ではないかな?それに、君はこの戦いでは、誰にも手出しをさせないと僕に言ったじゃないか」

「奴は後々、いや今でさえ我々の脅威なのだ.....!」

「確かに、その意味は分からなくもないけどね。そうだ、一つ教えておかないと行けなかったね。君はどうやら僕を半分利用しつつ、自分の計画を推し進めているつもりだろうけど」

「何が言いたい.....まさか.....貴様.....!?」

ヴェインが全てを察したと言う顔をした。徹はそれを見るや口許に笑みを浮かべた。

「そう。初めから君は、自分のでは無く、僕の計画を遂行していたんだよ」

「貴様......!俺のZeuSと、ダイバーズなければ計画の土台すらなかったというのを、忘れたのか.....!?」

「そういう物言いだから、器量が小さいのさ」

そう言うと徹は指鳴らして通信を切断した。全く身動きをしなくなったフリューゲルオメガに、エスは怪訝な顔をして様子を窺う。だが突然アラートが鳴り響き、何事かとコンソールをタッチした。

「何だ.....!?自爆だって!?」

弾かれるようにレバーを引き、ストライクJOKERを退避させる。やがてフリューゲルオメガの全身に紅い稲妻めいた光が走った。そして目を潰さんとする程の閃光が辺り一帯を包み込む。エスは思わず目を瞑ったが、爆発の音もせず状況が飲み込めなくなった。しかし。

「こんな.......何だよ、これ.....何だってんだ.....こんな死に方を、人がするのかよ......!?」

フリューゲルオメガのコクピットを内部から突き破ったような生え方をする、無数の刃にエスは戦慄を禁じ得なかった。

 

一方リョウマのビルドスパークルは、徒党を組んで襲いかかるモビルスーツを相手に、苦戦しつつあった。

「コイツら.....他のとは全然違う!手練ばかりを寄越してきたってのか!」

右腕にドリルクラッシャーをビルドし、襲いかかる敵を次々と払い除けて上空へと飛翔する。だが真上からも粒子の激流が迫る。ビルドスパークルは素早く右へ飛び退き、ビルドライフルを連射しながら相手の注意を引いた。

「逃がさんよ!」

ガデッサはGNメガランチャーの射角を僅かにずらし、砲撃を開始した。紫のスパークを散らせるビームを放出し、ビルドスパークルの行く手を阻む。

「逆に嵌められる!?」

リョウマはすぐさまレバーを倒し、ビルドスパークルを急旋回させる。だがそこへエヴィルイフリートが飛び込み、ヒートサーベルの一太刀を浴びせられてしまう。

「うわぁあああっ!?や、野郎っ....!?」

「ハッハッハッハッ......!どうした水崎ィ.....押されているぞ?」

シューインは嘲る様に笑いながら、エヴィルイフリートの歩みを進ませる。そのままヒートサーベルの切っ先を向けて振り下ろしたが、ビルドスパークルは即座にビームシールドをビルドしてこれを防ぎ、頭部バルカン砲の掃射を以て追い返した。とは言えその場しのぎをしたに過ぎず、エヴィルイフリートが再び追撃を加えて来るのは免れない。

「どうしたァ.....何故ハザードを使わないぃいい!!」

「お前の狙い通りになんてさせるか!」

ビルドスパークルの右手のドリルクラッシャーを消し、ムラマサブラスターを形成した。ヒートサーベルの連撃を素早く往なしつつ、相手の胴に後ろ回し蹴りを叩き込み、ムラマサブラスターで斬り上げた。

「とりあえず、ここにいる人達の目を覚まさせなければ.....また何が来るのか!?」

レーダーからアラートが鳴り、リョウマは唇を歪ませる。これ以上戦力を増やされては、溜まったものではない。だが、むしろこれはリョウマにとってチャンスであった。

「プロフェッサー・リョウマ!待たせたな!」

聞き覚えのある声にリョウマは、思わず見上げた。巨大な三角のグライダーが頭上を通過したかと思うと、大量のミサイルを投下してアーネスト勢力の連中を尽く吹き飛ばしてしまった。

「何で......何でここに来たんだ!」

「何でってなぁ。忘れちまったのか?俺達はプロフェッサーを助けてやるってのさ!」

グライダーをパージして飛び降りる鋼鉄の巨兵。十字に開口したモノアイレールと、紫を基調とした装甲はその出自を容易に想像させる。

「ドラグニルでこの場を制圧してやる!」

アントニオは意気揚々と叫び、ドラグニルを走らせた。正面から迫りくるトライバーニングの腹めがけ、右腕を突き刺し、備え付けられた爪を展開。そのままコアを握りつぶして更に向こう側にいる、Gポータントへハンマーの如く殴りつけ圧壊させた。

「だからって.....お前がいるって事はつまり....」

「そういう事ですよ、ミスター・リョウマ!」

ビルドスパークルを真後ろから叩こうとするサザビーの頭が、突然爆ぜる。リョウマが再び振り向くとそこには、ケルディムサーガが次々と敵の頭を撃ち抜いていく姿があった。

「ポール・マートン!?」

となれば、間違いなく後一人は合流してくるだろう。リョウマは内心呆れつつも、援軍を無駄にせぬよう戦いに努める。

「はぁあああああっ.....!だぁあッ!!」

ドラグニルともつれ合うエヴィルイフリートの真ん中に割入り、後者を蹴り飛ばしてムラマサブラスターで袈裟斬り、横薙ぎへと繋ぎダウンさせた。シューインは尚も薄笑いを浮かべ、コンソールを殴りつけるかのようにタップした。

「ヒャハハハハハッ!!ハザードォオオオオッ!!」

「ハザードビルドアップ!」

エヴィルイフリート、ビルドスパークル双方から黒霧が噴き出す。そして両機共に黒い風となりぶつかり合った。ヒートサーベルとムラマサブラスターの剣戟が繰り広げられ、それと同時に妄信と信念が交差していく。

「いつまでこんな事を繰り返すつもりなんです!?ただの殺し合いを世界中でやらせるのに、何の意味があるっていうんだよ!」

「意味?クカカカ.....!そんな物は決まっているッ!!新しい世界を、創造するためだァァァッ!!」

「自分達にとって都合のいい世界を作る為だけに、無関係な人達の命を奪っていいと思っているのか?」

「甘いな水崎ィ....!」

エヴィルイフリートのサイドアーマーからダートビットが飛び出し、突撃と同じくして左腕に発振させた、ビームニードルを叩き込む。既のところでビルドスパークルも、ムラマサブラスターを振り払って弾き返し、反作用を利用して互いに距離を取った。

「閉塞した世界への革新を......邪魔する者は即ち世界にとって不要な存在だァ....ヒャハハハハハ!!だから消して何が悪い!?それになァ....もう既に、無関係な人間なんてのは居ないんだよォ!!」

「独裁者気取りかよ....!」

再びビルドスパークルが駆け出そうとした瞬間、二人の間を閃光が走り足止めを食らった。新手かとリョウマはそちらに目をやるが――。

「ビルド....レイザー...!?」

ビルの上から見下ろす影。その正体をリョウマが知らないはずがなかった。むしろ予感が的中したと言うべきか。

「どうだ水崎.....自分の機体を他人に使われる気分は!」

シューインがリョウマの神経を逆撫でするようなトーンで煽る。リョウマはエヴィルイフリートを横目でちらりとだけ見、すぐに真上に視線を戻した。

「やはり利用されていたか.....!ビルドアップ!」

ビルドスパークルがビームガトリングをビルドするのと同じくして、ビルドレイザーも同型兵装を手にした。互いの光弾がぶつかり合うが、相手の出力が勝ってしまい、ビルドスパークルが一歩下った。その隙を突く形でビルドレイザーがビルから飛び降り、バックパックからビームソードを抜き放ち袈裟懸けに斬りつけた。

「その程度か.....旧型に負ける位なんて、ふざけているんじゃないか?」

「そ、その声.....まさか!?」

ビルドレイザーから聞こえる声は、リョウマを震え上がらせるのに十分過ぎた。あのビルドレイザーに乗っているのは何と、エミだった。

「だからどうした!」

ビルドレイザーは左腕に巨大クローアームを形成、ビルドスパークルを引っ掴み勢い良く放り投げた。ビルドスパークルが咄嗟に受け身を取って、反撃に出ようとするがダートビットの刺突を浴び真っ逆さまに墜落した。

「これ以上戦えば暴走しちまう.....どうにかして彼女だけでも戦場から引きずり出さねえと....!」

リョウマはハザードを解除し、ビルドスパークルの右手にビームマグナムをビルドさせる。何としてでもエミを、この狂った戦場から連れ出さなければならない。

「一撃で墜とせば....!」

ビルドレイザーに狙いを定め、銃爪を引いた。重たい銃撃音と共に赤紫の光弾が、風を切り対象めがけ突き進む。だがそれほど甘い話でもない。エヴィルイフリートがヒートサーベルでビームマグナム光弾を斬り裂き、隙を狙ってビルドレイザーがビルドスパークルの腹に蹴りを突き刺した。ビルドスパークルも強引に受け止め、押し返した後にビームマグナムで追撃を加える。だがビルドレイザーはムーンサルトの如く、しなやかな身のこなしで躱して見せると、仕返しにビルドライフルを放った。

「ぐっ.....!他にもビルドシステムを理解できる奴がいたなんて....!」

ビルドスパークルがビームシールドを展開する瞬間、ビルドレイザーが眼前に飛び込み、左手に形成したGNソードを最上段から振り下ろした。リョウマの反応が間に合わず、銃撃は防げたもののあと数寸部遅れれば、GNソードの直撃は免れぬほどぎりぎりの所で、シールドの縁に押し当てて堰き止めた。しかしこの状況も長くは持つまい。GNソードの剣圧が余りにも強過ぎるのだ。

「どんな気分だ?自分にしか使えないと思ってたのを、他人に使いこなされる気分ってのは!」

こんな口調で話す彼女でない事は、リョウマも理解していた。況してや先の様な、アイドルめいた語り口すら持たぬ人物だと言うことも、想像に難くない。やはり何かが彼女をここまで豹変させたのだろう。そしてその黒幕足らしめている物は――。

「グロック・ルーツに......洗脳されたんだな....君は!」

ビルドスパークルはバックパックに、リゼルのディフェンサーaユニットをビルド。ミサイルポッドを一斉に砲火してビルドレイザーを吹き飛ばした。

「洗脳?何を言ってんだ....私は私の意思で、お前を斃しに来たのさッ!!」

エミの激昂に反応して、ビルドレイザーから黒霧が噴き出す。迫りくるミサイルの群れをバルカン砲で一掃すると、霧から飛び出してビルドスパークルの顔面に、ハイパービームジャベリンを叩きつけた。凄まじい力と衝撃を受け、ビルドスパークルはよろめきながら建物に突っ込んでしまう。かつての自分を遥かに凌駕して、ビルドシステムを手足のように使うエミに、リョウマは焦りを感じる以外なかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.52 取り戻すべきIDENTITY

ビルドレイザーのエミは、倒壊寸前の建物にもたれかかるビルドスパークルをせせら笑う。

「あははははっ.....!何が天才なんだ、何が開発者だ?何も大したことないじゃないか!」

ハイパービームジャベリンにエネルギーを回し、より一層光の刃が輝きを増す。だがここで振りかぶらず、エミは背後に現れた気配にゆっくりと目を向けた。青い大太刀。間違いない、エミが忌み嫌う"奴"だ。

「お前はあの時の、気持ちの悪い女....!」

そう、蒼衣を纏いし忍者のガンダムAGE-1"ナイトシーカー"が、この戦場に馳せ参じていたのだ。舞夜はじっとビルドレイザーを見つめ、状況を理解すると、即座に太刀を滑らせた。

「私の事はどう捉えようと構いません。しかし――」

突然の出来事にエミは目を見開いた。何とたった今の瞬間で、ハイパービームジャベリンを斬り落とされ、更にナイトシーカーに割り込まれ切っ先を突きつけられているではないか。

「彼の想いを踏みにじる事だけは、断じて許さない」

「な、何だ今のは.....瞬間、移動とでも言いたいのか!?」

たじろぐエミを意に介さず、ナイトシーカーは突きを放つ。ビルドレイザーは何とか躱したものの、ナイトシーカーが同じタイミングで太刀を薙ぎ払い、アンテナを切り飛ばした。ビルドレイザーは両手にクレイバズーカを装備、拡散砲弾を連射して逃走するだけの時間稼ぎに出る。だがそれはナイトシーカーには意味を成さないものだった。

「人間でない私に、そのような手は通用しない」

ナイトシーカーは拡散弾が命中する瞬間に、ホログラムと化して消失。直後にビルドレイザーの眼前に現れ、スパロクナイを投げつけてクレイバズーカを爆砕させた。

「うっ.....!?この女はいつもいつも、私の邪魔ばかりしてッ!嫌いなんだよお前はッ!!」

エミはとうとう激昂し、ハザードのリミッターを自ら外してしまった。ビルドレイザーは忽ち紫の雷光を放ちながら、激しく噴煙する。完全なる暴走を、自らの手で起こしたのだ。リョウマは本能的に危険を察して、舞夜に退避するように促したが、彼女は一歩も引く様子を見せずむしろ、相手のハザードを解除させようとまでしていた。

「舞夜、下がれ!相手をするだけ危険だ!」

「ですが、私と彼女は同じ方法でハザードを身に宿している。それなら」

「君と同じ!?一体何だって言うんだ!?」

舞夜はチラリとビルドスパークルを見、小さく頷いた。

(今どうしても、あなたをやらせる訳には行かない.....少しでも何かに結び付けられれば)

ビルドレイザーが猛ダッシュして、ビームソードで斬りかかる。するとナイトシーカーは地面をスライディングし、斬撃軌道の真下を潜り抜けて太刀で袈裟斬りを仕掛けた。しかしビルドレイザーも反射してビームソードでこれを受け止めると、相手の腹を蹴って飛び上がりキマリスヴィダールのシールドをビルド。特殊弾頭"ダインスレイヴ"を何度も撃ち込む。ナイトシーカーはアクロバティックな挙動で回避し続け、ビルの屋根から跳躍。両腕のシグルスレイヤーをアクティブにし、相手の胴を斬り開いた。しかし、ビルドレイザーは接触する寸前に右手で刃を纏めて掴んでおり、そのせいでナイトシーカーは両腕を拘束されていた。そしてビルドレイザーがシールドの先端を、ナイトシーカーの眉間に向けた。ダインスレイヴが鈍い光沢を放つ。そこから間髪入れず接射した。

「く......うぅっ.....!!」

舞夜の反射が僅かに速かった。ナイトシーカーは被弾する前に顔を逸して、メインカメラを完全に破壊されるのを防いだのだ。しかし、顔を半分も吹き飛ばされており、依然不利なのは否めない。だが両目を失って戦えなくなるよりは、遥かに良いだろう。

「エミ・アルファインス....あなたをこの手で断罪します」

ナイトシーカーの右目が煌々と輝く。

 

「居た.....!リョウマッ!!」

瓦礫の山から、ドラグハートチャージドが駆け下りた。それもF91-Mと、漆黒のガンダムヴィダールも伴って。

「避けろ弘!!」

リョウマの叫びに弾かれる形で、弘は頭上を見上げる。赤熱化した刃が脳天から迫りくるではないか。

「邪魔をしに来たつもりかァ!!いいだろう、この私が相手になってやる!」

プラフスキーフィールドを瞬時に展開し、斬撃を撥ね退け逆に殴り返して、地面に叩き落とした。

「上等だ!」

だが唐突に黒い風がドラクハートチャージドを突き飛ばし、出鼻を挫かれる。弘はすぐさま機体を飛び起こして、闇討ちをして来た敵を探ろうとしたが、そうする間もなく相手から正体を露わにした。

「よう、お前の相手は俺がしてやろう」

十字に刻まれた眼を持つMS――ガンダムウヴァルスタークが大型チェーンソーを地面に突き立て、指先で弘を挑発した。

「テメェまでここに来るなんてな....まとめて相手してやるよ!」

ドラクハートチャージドは僅かに身をかがめてから跳躍、手甲からビームサーベルを発しながら拳を振り下ろす。しかしウヴァルスタークはひょいと躱すと、カウンター気味に左手の爪を振り上げて相手の顔面を劈かんとした。だがドラクハートチャージドの反応が先行し、蹴りで受け流してもう一段回し蹴りを刺し込み、ウヴァルスタークをよろけさせた。

「む.....?全くお前は、少しずつ俺を驚かせてくれるねぇ」

飄々とするグロックに、弘は舌打ちをする。いつまでもこの男は、余裕を崩さないのが気に食わなかった。

「全然平気そうにしてやがる.....!今度ばかりはそうは行かせねえ!!」

ドラクハートチャージドとウヴァルスタークの戦いを横目に、シューインはエヴィルイフリートをビルドスパークルへと進ませていく。だがその足元から火薬の爆ぜる音が聞こえ、ピタリと歩みを止めた。漆黒のガンダムヴィダールが、ハンドガンの銃口を向けている。硝煙が吐き出されているということは、今の銃撃は彼によるものだと見て取れる。

「ビルドが2体もいるなんて訳が分からねーが、今はそんな事はどうでもいい。お前は俺がぶっ倒す」

カイが静かに、かつ怒りを込めて告げる。ガンプラダイバーズを、血で血を洗う争いの世界へと変えた、その張本人を許せなかった。何より、それを喜々として利用する人間など生かしておけないと考えるのが、彼なのだ。

「ふざけるなァ!!お前が私に敵うと思っているなら勘違いも甚だしい!」

シューインの感情の昂りがそうさせるのか、エヴィルイフリートから噴出される黒霧がますます強まっている。

(挑発にあっさり乗りやがったな。が、相手はハザード.....いきなり使わされるのは癪だな)

しかし、カイの指は躊躇ってなどいなかった。

「だったらこっちの.....ヴィダールフェンサーオリジンにもお誂え向きの"隠し玉"がある――Psycho-Drive、PHASE2」

ヴィダールフェンサーオリジンの装甲に紫の光線が走る。アンテナも赤い炎が揺らめくかのように輝き、双眸が強く発光した。次の瞬間――一瞬の刹那すらも近くできぬ合間に、赤い斬撃がシューインの目の前を通り抜けた。そして知覚した頃には、ヒートサーベルの刃が宙を舞い地面に突き刺さっていた。

「こんなの.....有り触れた手でしかない....!そんな物で私をやろうとは」

「悪いな」

ヴィダールフェンサーオリジンが相手の目に、ハンドガンを突きつけた。

「それだけじゃ、ないのさ」

バァン!とけたたましく乾いた音がこだまする。銃口から放たれた弾丸がエヴィルイフリートのモノアイに着弾する刹那、赤い雷光が迸った。真横で見ていたリョウマは思わず瞼を閉ざしそうになるが、目の前で起きる異常現象を前に視線が釘付けになる。雷光を放ち続ける弾丸は、エヴィルイフリートの頭を一瞬で粉々にしてしまった。しかし、それだけに留まらないのをシューインは思い知らされる事となる。

「生意気なァ....ビルドシステムで再生させれ.....ば.....何っ!?どうなっている!?」

エヴィルイフリートの首から、頭部が再形成されようとする。だがそれは途中で何かに押し戻されるかの様な形で、阻害され再生その物が不可能となった。

「ブラッディ・バレット....そんな物まで持ち出していたとは....」

驚くリョウマ。ヴィダールフェンサーオリジンは、クルクルとハンドガンを回しフロントアーマーに装着して、ビルドスパークルに手を差し伸べる。

「前に比べると状況が遥かに悪かったんだ。持ち出しとかねえとろくな事になりそうも無かったんでね」

「他のダイバーには使うなよ。俺はすぐに舞夜と合流する。お前は他の奴らと一緒に――」

「言われなくても分かってんだよ。狩りの始まりと行こうじゃないか」

ビルドスパークルとヴィダールフェンサーオリジンは背中合わせに立ち、ほぼ同時にバーニアを全開にした。

「ビルドアップ!」

ビルドレイザーとナイトシーカーがもつれ合う中へ突入、形成したGNシザービットを放ち、前者を弾き飛ばした。

「諒馬!」

「情けない所を見せちまったな」

ビルドスパークルとナイトシーカーが左右に分かれ、ビルドレイザーを挟み撃ちにする形で回り込む。ビルドレイザーも両手にツインバスターライフルをビルドし、即座に照射しながら薙ぎ払わんとした。だがビルドスパークルもナイトシーカーも、縄跳びの要領でツインバスターライフルの火線を飛び越え、砲身を蹴り落とした。

「二人がかりでやろうってのかい!」

「文句があっても聞いてはやらないけどな!」

ビルドスパークルの右腕に緑の輝きを纏わせ、相手の胴にアッパーを刺した。ビルドレイザーは素早く反応して、同じく高トルクモードをビルドして防ぎ切るが、背後からナイトシーカーにバックパックを斬り裂かれ、ハザードを強制解除させられた。

「ここまでやられてもまだ戦う気ですか。あなたがこの状況を認識しない限り、救済できません。それでも良いのですか?」

ナイトシーカーが太刀の切っ先をビルドレイザーの眉間に向け、宣告する。

「あの時に何もしないで、今更救済だと!?お前たちに何が救える!?何を守れる!?貴様達が能天気なせいで、何も戻らなくなった!救うなら今すぐハジメ君を、皆を返せッ!!」

再びハザードを起動させ、ビルドレイザーはナイトシーカーに襲いかかった。ナイトシーカーは咄嗟に太刀を真横に構え、攻撃を押し返しシグルスレイヤーを突き出してビルドレイザーを弾き返す。このままではまた押されるのは時間の問題と見たリョウマは、覚悟を決める。彼女を止める為ならば、悪魔にでも何にでもなるしか無い。

「やるしかないか.....ハザードビルドアップ!」

 

交流広場第1区画。ヴェインとの戦いを終えたエスが戻って来たが、先程とは180度違い人の気配すらもなく、静まり返っていた。

「リョウマさんはまだ戻った来てないみたいだな......すぐに合流しないと....!」

手元にミニウィンドウを表示させ、リョウマがいるであろうバトルエリアを検索しようとしたが、その手が止まり別の交流広場へと向かおうとした。何かが彼を突き動かしている。そんな気がしたのだ。

同じ頃、交流広場第5区画。建物同士の合間にある路地裏を、ヴェインが蹌踉めきながら歩いていた。全身が斬りつけられたかのような傷にまみれており、意識すらも薄れかかっていた。最早死に体も同然だ。

「俺の望む世界を....奴らに閉ざされてたまるものか......!」

執念で命を繋ぎ止めているのだろうか。彼の足取りは少しずつ重くなり、とうとう力が抜けその場に倒れ込んだ。その折、こちらへ足音が近づいてきた。誰が来たにせよ、この有様を見せる訳には行くまい。世界の導き手に立つべき者としての自覚が、ヴェインを立ち上がらせる。しかし、そんな淡い願望すらも簡単に打ち砕かれるのだった。

「お前、は――」

ヴェインが大きく目を見開く。彼の前に立つは、徹=アルマーニュだった。そして、徹の後ろからリゲルも現れヴェインはもう、どこにも逃げ場がなくなったも同然の状況だと、認めざるを得なくなった。

「いやはや、残念だったよ。君ならば計画を無事に遂行できたはずなのにね」

「白々しい事を.....貴様さえいなければ、私は今頃――!」

ヴェインに睨まれるが、徹は一笑に付した。

「君はあの時からちっとも変わっていないね。安心したよ、と言うべきかな。でもそれが命取りだったのは、自覚すべき事のように思えるが....違うかい?」

ゆっくりとヴェインの隣を歩きながら、続ける。

「君の力は、確かに君自身のカリスマ性に由縁するものがある....そしてν-Typeとしての力も絶大だった。しかしそれは同時に、君そのものの価値に直結していた。それが全て失われた時、即ち君の価値が消滅した時から、焦りに突き動かされたのかあらぬ方向へと、走ってしまった。やれやれ、君の能力は既になくなっているのにね」

「何が言いたい....!」

「忘れたかな?君は君自身の計画ではなく、この僕の計画を勧めていた、という事実を。フリューゲルオメガとレイ・ブルームーンの力。これを揃えるために、君をわざわざ解放したんだよ。そしてもう、君は用済みとなったのさ」

徹がリゲルに合図を送ると、静かにこの場から立ち去る。そしてリゲルはヴェインの眉間めがけ、銃爪を引いた。完全なる死を仮想世界では迎える事はない。しかし、ヴェイン――百崎 翼の意識自体が持たなくなっていれば、その限りではない。そう、現実の彼は二度と目を覚ますことがなくなったのだ。ヴェインは額を抑えながらのたうち回り、うめき声を上げる。頭から止めどなくながれる、紅い雫はやがて彼の周囲に小さな水溜りを作った。薄れゆく意識の中、呪詛を吐く。怒りと動揺と絶望が、彼の胸中を渦巻いていた。しかしそれも長くは持たない。

「私がいなければ、貴様は何も為せなかった......!私を、利用しただと.......?が.....ッ!ふざけた事を抜かす.......な.....!殺、し、て.....や、る........殺、し、て、や、る........!私が望む世界に......辿、り、着、く........為に......」

太陽に向かって手を伸ばし続けるが、間もなくして体が光に包まれた。そして彼の意識が完全に消えるのと同時に、ダイバー体もまた消滅する。ヴェイン・メビウス――百崎 翼と言う男は、この世から消え去ったのだ。

「遅かった.....!?」

何かに導かれるように、エスが現場に到着した。だが既に彼の姿はどこにもなく、エスは全てを悟り天を見上げる。

「こんなの、有りだなんて......信じられるか......!」

これが人の死なのか。何でこんなにも早く、本物の死を実感しなければならないのか。エスには分かるはずもない。しかし、この感触に嘘は全く無かった。憎き相手だとは言え、胸が締め付けられる。これが更に多く繰り返される事になれば、現実も仮想世界も全く違いがなくなってしまう。それでも戦争が続くのは、彼らがその実態を知らないからであろう。世界はもう、エス達だけではどうにもならない所まで来てしまったのだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.53 復讐のBEYOND

「成長し続けるとは言うが、ハザードにはまだ追いつかんか」

ウヴァルスタークが大型チェーンソーを振り抜き、ドラグハートチャージドを弾き飛ばす。すぐに反撃に出られようとも、軽く往なしては斬りつけをくりかえしながら、以前優位を保っていた。

「うるせぇッ!!」

振り上げられたチェーンソーを殴り飛ばし、ドラグハートチャージドは素早く蹴りつけ、顔面に拳を叩き込んだ。しかしながらウヴァルスタークは未だに平然としており、シールドバッシュを決めた後にライフルを放ちドラグハートチャージドをダウンさせた。

「しかし惜しかったよなぁ.....?」

グロックがしみじみと言うのが気に食わず、弘が噛み付く。

「あ?何がだよ!?」

「お前の親友はもう、その手を血で染めてるかも知んないってな?」

「んだと.....?テメェ望に何させやがった!?」

ドラグハートチャージドが全速力でタックルをぶつけ、ストームブレードを振り下ろした。すかさずウヴァルスタークもチェーンソーで受け止め、押し返して弾いた。

「俺は何もさせちゃあいない。奴が、それを選んだんだよ」

「そんな嘘が通じると思ってんのか....!」

「嘘だと思うならそれでもいいんだけどよ。そんなのより、自分の心配をした方がいいんじゃないのか?」

ウヴァルスタークがチェーンソーを振り上げ、ドラクハードチャージドの脳天を斬り裂さんとした。万事休すか。ドラグハートチャージドがミノフスキーフィールドを展開しようとした、その時。

「はぁあああああーーーッ!!」

ガキン、と金属が切断される音が響いたかと思うとチェーンソーの先端が虚しく宙を舞い、地面にぐさりと突き刺さった。何が起きたのか把握したグロックは、ニヤリと唇を歪める。

「なるほど、ね.....むしろ駆けつけない方がおかしいんだがな」

振り抜いたグラビディエッジを構え直すF91-M。スワンは強くウヴァルスタークを見据え、感覚を研ぎ澄ました。そして。

「――全力を以ってお相手します!」

F91-Mはミノフスキーブースターを展開し、勢いをつけて袈裟懸けに斬りかかる。ウヴァルスタークはそれをひょいと躱したものの、グロックは違和感を覚えた。

「完全に避けたはずなのに、ダメージが.....ちと動きが浅かったか」

今度はウヴァルスタークがライフルを連射し、F91-Mを牽制しつつリアアーマーからロングソードを引き抜いた。F91-Mは一太刀で銃弾を斬り落とし、刀身を低く構え懐へ飛び込む。

「やぁあああッ!!」

斬撃を潰さんと、ウヴァルスタークがロングソードで斬り結ぼうとした。しかし何が起こったのか、自分がF91-Mの刀身の方へ引き寄せられてしまい、見事に一閃されてダウンさせられた。

「何だ、これは.....えぇい、全く厄介なもんを使って来やがる...!」

一方のスワンは、呼吸を乱さずただ真っ直ぐに相手を見ている。

(あの二人もこの世界を守る為に戦っている....私もその力になれるなら....!)

F91-Mは空中へと飛翔し、カワセミの如く急降下した。グラビティエッジにエネルギーを集中させ、唐竹割りを見舞う。

「どうせ間に合いやしないか」

ウヴァルスタークは左肩のシールドをパージ、弾け飛ぶ勢いを利用して身代わりにし、爆発させた。

「くっ......はっ....!?」

爆破の直後にスワンはF91-Mを後退させたが、煙の中から飛び出してきたMSに一瞬気を取られた。ウヴァルスタークではなく、バンデット。F91-Mは速やかにリアアーマーからビームサブマシンガンを装備して、相手の顔面を砕いて索敵を急ぐ。ところが。

「そこだッ!!」

突然ドラグハートチャージドが背後の空間に蹴りを放った。否、彼は確かに敵の居場所を掴んでいた。黒い影が背後に来るのを見抜いていたかの様な動き。グロックは眉をピクリと動かし、ドラクハートチャージドを凝視した。

「おいおい。一体どうなってんだ、こりゃ。しかも俺が何をしようとしてんのか、一手先まで読んでるってのか.....?お前、もしかして...なるほどなぁ」

「テメェが何をしてこようが真正面から叩っ壊す!」

蹴りの勢いをそのままに、腰をひねりストレートを叩き込んだ。そこから間髪入れず、猛烈なまでの拳打のラッシュまで浴びせていく。ウヴァルスタークはただ腕を交差させて防ぐしかなく、初めて防戦一方に持ち込まれていた。

「コイツぁ、並の奴にはならないとは思ってたがここまでだったとはな....ぬぉっ?!」

ウヴァルスタークはドラクハートチャージドの右手を掴み、握りつぶそうとする。だがそうするよりも速く、ドラクハートチャージドがミドルキックを差し込み、これを未然に防いだ。これだけの動きをしているならば、暴走しているのではと疑わざるを得ないが、弘は己の意思を完全に保っていた。必ず、どんな事があってもグロックを――結城 秀晃を倒す。リゲルが、望が手を血に染めるよりも早く、この復讐に蹴りをつけるんだ。そしてリョウマ達と共にガンプラダイバーズの平和を取り戻す。弘の中に揺らめく意志が激しく燃え滾っていた。

「もうテメェに好き勝手やらせねぇ....!」

「面白い事言ってくれるな?」

ウヴァルスタークの十字の眼が瞬く。すると、建物の陰や上空から続々とMSが集まり始めた。言うまでまもなく、全て彼の手先だ。しかし弘は狼狽えもせず、ただ真っ直ぐと連中を見据える。そしてドラクハートチャージドを天高く跳躍させた。チャージアーマーから粒子のスプラッシュを迸らせ、両腕にエネルギーを集中させていく。ビームマシンガンを連射しつつ突撃するガーベラ・テトラを一瞥すると、素早く後退し即座に臨界寸前に達した、エネルギーを放出した。

「こ、これは......うわああああ!?」

もはや天災と表現せざるを得ない、怒涛の火炎と激流がガーベラ・テトラを飲み込み、その勢いを殺さぬまま巨大な龍の形を成して、大地を駆け巡る。スワンは迷わずF91-Mを飛び退かせるが、この荒々しい景色を呆然と眺めるしかなくなった。

「これが、ドラグハートの....いや、弘さんの力だって言うの....?」

 

一方、カイのヴィダールフェンサーオリジンは、執拗に付け狙ってくるエヴィルイフリートを相手にしながら、残る戦力を削り続けていた。

「野郎、目が見えてないのにこっちの動きを"視"てやがる...!」

相手の頭部は、しばらく復元出来ない様に破壊したはず。しかしエヴィルイフリートの太刀筋にさしたる変化は見られず、カイは不気味さを感じていた。

「あれだけの攻撃を受けてもやるんだ....とんでもない執念...いや、狂信がそうさせるのか」

互いの剣がぶつかり合い、再び離しては斬り結ぶ。実力は伯仲していると言う事だが、カイとしてはシューインがハザードに頼り切っている結果だと、内心唾棄した。自身の心と命を犠牲にして、本能が理性を都合よく利用して戦う。ハザードと言うのは、人間の尊厳を蹂躙して傀儡へと作り変える物に相違ない。カイはそう断じる。

「人が物に使われるなんて、とんだ笑い話だな。いいや、本当ならちっとも笑えないが、な.....」

ヴィダールフェンサーオリジンがサイドアーマーから、杭を放ち間合いを取る。射出された杭はエヴィルイフリートに次々と突き刺さり、直後に爆破した。炸裂する刀身を射撃兵器へと転身させた、バーストフェンサーと呼ばれるそれは食らうだけで、致命傷を与えられる代物である。しかし、カイは一切落とせたと言う確信を持てず、硬い表情のままモニターを睨んだ。

(アレでもまだ動こうってのか.....化け物かよ)

アントニオのドラグニルが戦場へ滑り込み、4連装ミサイルランチャーを順次発射する。

「おい、カイ!何をぼさっとしてんだ!」

「うるせえ。奴を抑えられる所まで抑えるぞ。コイツを当てられるだけの隙を作れ!」

ヴィダールフェンサーオリジンがフロントアーマーから、ハンドガン"マスタング"を引き抜く。それを見たアントニオは、やや呆れたふうに笑い、ドラグニルを前進させた。

「そういう事かよ!」

メガヒートアックスを構え、目一杯に力を込めて薙ぎ払う。エヴィルイフリートは自らの左腕を犠牲に、メガヒートアックスの斬撃を防ぐと機体の内部から眩いばかりの光を放った。

「野郎ッ!?済まねえ、カイ!」

たった一瞬の出来事。エヴィルイフリートがドラグニルを拘束したまま爆発四散し、瓦礫にまみれた戦場を更地にしてしまう。辛くもビルにめり込んだお陰で、何とか強制退出させられずに済んだカイだが、余りに雑なやり口に呆れざるを得なかった。

「死ぬことがねえから、自爆まで視野に入るんだろうが....クソ...!」

 

ハザードを起動させたビルドスパークルが駆け出し、フロントアーマーに形成したシザーアンカーを射出、巻取りの勢いを利用してビルドレイザーとの距離を一気に縮め、飛び蹴りを浴びせる。ビルドレイザーも空中で受け身を取り、意趣返しの如くレンチメイスを振り下ろした。ビルドスパークルは即座に避け、ガンダムハンマーを振り回し相手を叩き落とすのだった。

「舞夜、一度離脱しろ。戦力を安定させる」

リョウマの指示に舞夜は頷き、ナイトシーカーをバトルエリアから転移させた。エミはナイトシーカーが消えるのを目の当たりにし、口許をニヤリと歪ませる。

「カッコつけてるつもりか?這いつくばってるしか能がないのにさぁ.....!」

だがリョウマは何一つ返す事なく、静かに相手を睨む。

(ハザードを解除するタイミングに合わせて、後退すれば奴に対して不利を背負うことはない....)

ビルドスパークルがビームソードを低く構え、走り出した。

「痛めつけられに来ようってのかい!」

ビルドレイザーの姿が次第に揺らぐ。それでもリョウマはレバーを前に倒したまま、ビルドスパークルをダッシュさせた。完全に姿を消したビルドレイザーは素早く相手の背後へ回り込み、ハイパービームジャベリンを振り上げる。完全に相手の背中はがら空き。向こうは何を考えているのかは知らないが、これで手っ取り早く決定打を与えられるなら、それに越したものはない。

「無様な最期を迎えるんだなッ!リョウマ・アルキメデス!」

しかし。エミはこの時全く予想もしていなかった。ビルドスパークルだけを見ている彼女には、到底気づくこともあるまい。リョウマはただ一言、「どうかな」と呟くのだった。ハイパービームジャベリンがまさに振り下ろされようとした、その瞬間。

「モニターが......死ぬ!?何だ、一体!?」

突如ビルドレイザーのモニターがブラックアウトした。エミが咄嗟に操縦の手を止めた、その隙を突く形でビルドスパークルが反撃に転じた。

「熟、俺は天才だよ....!」

バックパックにミノフスキードライブをビルドするや否や、光の翼を勢いよく放射してビルドレイザーを遥か後方へ弾き飛ばす。リョウマはすぐさまハザードを解除し、急ぎ追撃へと向かった。

「ビルドアップ!これで退いてくれ!」

ビルドスパークルの右腕に2連装のガトリングガンをビルド、雨あられの如く弾頭を撒き散らし相手に復帰の余裕を与えず、蜂の巣にした。自分の作った機体を撃ち抜くのは心が傷まないわけでもない。しかし、そんな事以上に何としても彼女を呪縛から解き放たなくては、と言う使命感めいた思いが勝っていた。

 

「皆、無事か!?」

ビルドスパークルが先程の地に現れると、弘達やA.ν-Tの面々が一斉に集まって来た。とは言え皆揃ってボロボロである。

「さっきのビルドもどきはどうなった?」

カイに問われ、リョウマは対処した方法をそのまま伝えた。その上で。

「言うまでもなく、彼女は奴らに扱われている状態だ。ハザードだけじゃあない、ビルドシステムまでも使いこなしていたんだ....あのまま放っておくと、恐らく更に状況が悪くなる。その前に何としても、彼女の機体を本人ごと鹵獲するしかない」

撃破ではないのだと、スワンは小さく安堵の息をつく。その矢先、クレッセント・ブルームーンからの通信が入ってきた。

「はい。こちらF91-M、スワンです......え!?」

唐突に声を上げるので、視線が一気にスワンに集中した。彼女は彼女で、少し気まずそうに頭を下げて通信を続ける。やがて話が終わると、スワンはやや低めのトーンでリョウマに告げた。

「ヴェイン・メビウスが、死んだそうです....!」

「何だと......!?こうしちゃいられない、ブルームーンに戻るぞ!」

これは完全にリョウマの想定外であった。徹という人物故に、利用し続けると見ていたがまさか事もあろうに、殺害に及ぶとは。エスが殺したのでは、等と憶測が頭を過るがリョウマは首を振って、交流広場へと転移するのだった。

 

クレッセント・ブルームーンにて。リョウマ達が帰還したと言う報せを受けて、エスはゆっくりとシートを立った。だがその折、リョウマがブリッジに入ってきてしまい、エスは思わず黙り込んだ。

「ちょうど良かった、百崎が殺されたってのはどういう事なんだ?」

開口一番に聞かれる。やはりと言うべきか、余りに想定外の事が起こればリョウマとて、事情を知りたがるものだろう。

「ケリがつく前に自爆して、嫌な予感がしてたから探して見れば....殺されてた」

やり切れぬ面持ちのエスに、リョウマはこれ以上何も言わず空いたシートに腰掛けた。

「とにかく、お前が無事に帰ってきた事が一番の救いだ。目標だって達成してるんだから、気に病む必要は無い。ただ、奴が殺されたとなれば状況は変わる」

リタが向き直り紅茶を一口飲んで、リョウマに今後の方針を問うた。

「状況が変わるとはどういう話ですの?少なくとも大きな敵の一つは、削れたのでしょう?」

「問題は彼らにとって、百崎がどれ程の価値があったか、だ。もし道化程度でしかなかったら....エスを動かす為の手段に過ぎないとしたら?」

リョウマの推察にその場にいる一同が言葉を失う。ブリッジを静寂が包むが、突然雰囲気を突き破る存在が姿を現した。

「おいリョウマ!やべー事になってんぞ!」

「はぁ....何だ急に?騒々しいんだよ」

リョウマに冷ややかな視線を向けられるが、弘は全く意に介さず、彼の腕を掴んでブリッジから連れ出した。しかしリョウマは全く要領を得ず、強引に腕を引き剥がす。

「ったくお前っていつも強引過ぎなんだっつーの!んで、結局何があったってんだ?説明ぐらいしろよ」

「じゃあ何でアイツらお前の事で喧嘩してんだよ。スワンちゃんとか舞夜だけじゃあねえ、ジプシーの奴だって何故かここにいるしよ。どうなってるのか聞きてえのはこっちだ!」

弘に胸ぐらを掴まれるが、彼の目は今にも泣きそうだった。これは怒りと言うより羨望じみた物だろう。リョウマはわざと大きく溜息をつき、弘の手を押し退けてドックへ急いだ。

 

ドックはいつもに比べ、少しざわついていた。何しろ見覚えのないモビルスーツが、ここに着艦していたのだ。漆黒の鎧に、爪のような返しが付いた翼を持つガンダムタイプ。ブリッツガンダムにマガノイクタチストライカーの組み合わせと見え、ネブラブリッツガンダムの特徴そのものである。

「どうしてあなたがここに居るんですか!あなたはアーネストの人ではなかったですか!?」

ここまで敵意を剥き出しにして問い詰めるスワンの姿は、誰として見たことがない。故に他のメカニック達は呆然と眺めるしかなく、止める者は誰一人としていなかった。ネブラブリッツらしき機体の主、と見られる女はゴーグル型のデバイスを額に上げ、涼し気な顔でスワンを見下ろしている。ウェーブのかかった黒いセミロングの髪と、首から下をピッチリとしたパイロットスーツの出で立ち。ジプシー・ノアールその人である。

「そうは言うけど、私は自分の信じる正義の為に戦っているの。だから決まった勢力に居続けることは、基本的に無いわよ」

「そんな屁理屈....!あなたはコウモリですか!裏切るのに何の抵抗もないなんて!」

「あら?でも丁度いいチャンスと思わない?少しでも戦力が欲しい頃だったんじゃなくて?」

痛い所を突かれたスワン、何も言い返せず口を閉ざした。しかし受け入れがたいのに変わりはない。そこへリョウマが現れ、ようやく加勢が来たと思った――のだが。

「何事だ?さっきから言い合いばっかで....!」

「リョウマさん!あの人をとても信じられません!また裏切るかも知れない....!」

スワンの視線をたどり、ジプシーに目が向く。リョウマは眉間を押さえ「最悪だ」と漏らして手すりに背を預けた。

「アンタも入って来るタイミング考えろよな。こうなる事は分かってたろうに」

ジプシーはバツが悪そうに目を逸らしたが、リョウマに「狙ってたのか」と言い当てられ苦笑する。

「すみません。先行偵察の交代が今しがた行われたもので」

この二人の会話には何処にも殺伐とした雰囲気がない。それがスワンを一気に混乱へと突き落とした。

「え、え.....ぇええええええ!?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.54 OUTBREAK、仮想世界大戦

諒馬は仮想世界からダイブアウトした後、聡と軽く打ち合わせの話をつけて、門松のもとを訪れた。

「お呼びですか、教授」

諒馬の来訪に気づき、門松は席を立って目の前の応接間に招いた。

「散々引っ掻き回されて頭が痛いな....お前の記憶までしれっと戻ってたって言うし、ここらでもう一度整理し直すしかねぇかなって」

「それは、まぁ.....分かってましたけど」

門松に促され、差し出されたコーヒーカップに口をつける。ふとテーブルに目を落とすと、やけに大きなファイルが乗っていた。

「これは、ダイバーズのログファイルですか?いつのなんだ...」

「ここ5年分のログから、今回のに使えそうな物を寄せ集めてきた。少なくともお前は、アイツらの力を理解しなければいけなくなる」

「まさかν-Typeを認めろと言うんですか」

ν-Typeの存在を認めるか否か、これについては諒馬は否定的な立場を取っていた。人が新たな環境に適応したのであって、進化している訳ではない。しかも適応した人間が超能力めいた物を手にしたとなれば、かつてのZeuSとは関係無しに弾圧運動が出来上がる可能性がある。それはA.ν-Tと言う形で現れてしまった。今の彼にとっては、どちらの存在も憂慮すべき物なのだ。

「――いや、ν-Typeって言う概念そのものがおかしいんだ」

彼が漏らした言葉を、門松は聞き逃さなかった。

「今、お前何て.....?」

「今の俺には、ν-Typeなんて枠組みとか必要なのかが疑問に思えるって事です」

「つまりお前は、ν-Typeの人達だってそこらの人達と変わらないって言うのか?」

「区別する事が差別意識を産む。俺の中にもそれはあったのかも知れない。だけど今は、そうではない自分がいる。ただ早く適応した、それだけなんだろう」

第三の選択にも思える諒馬の言葉を受け、門松は「そうか」と頭の中で咀嚼する。

「お前もいつの間にか、かなり変わっちまったな。恩師としては嬉しい限りだよ」

「自分で恩師って言うんですか。このログを用意した意味、無かったですね」

そうして諒馬が研究棟を後にすると、今度は門で自分を待っているかのような人影が。帽子の形を見て、諒馬は違う出口が無いか探そうとした。しかしそれは未然に防がれてしまう。

「やっ。水崎さん!元気そうじゃん!」

強気な笑みを浮かべて英梨が目の前に立ちはだかった。

「もう俺に関わるなと言ったはずだけど」

「まぁまぁ、ここまで来ちゃったら戦友みたいなもんでしょ?」

「何勝手な事言ってんだよ、数回しか会わなかったのに適当な事言うんじゃないよ」

諒馬に軽くあしらわれるが、英梨も引き下がらない。

「適当とか、そんなんじゃないよ。ここらでそろそろ虎の子を、って感じでしょ?」

「何が言いたいんだ?分かるように説明しなさいよ」

怪訝な顔をする諒馬とは対照して、英梨の面持ちは幾らか自信が見え隠れする。

「いやぁ〜....苦節十年、とまでは行かないかぁ。今、ありとあらゆる国が仮想世界専用に、部隊を編成しているのは知ってるわよね?」

「ああ、もちろん」

「どうもウチの国、政府が関知していなかったもんだから、アーネストもそう長くは持たないかもね」

「徹・アルマーニュだぞ?そんなミスをするのか、奴が?」

「この一連の事件は、会社ぐるみでは無かったってことね。ま、そんな事はあなたにも分かってたと思うけど。仮想世界条約第9条にも十分違反している状況だし、間違いなく政府は黙ってないわよ。そして組織と言う後ろ盾を失った連中は」

「予定を繰り上げて次の手を打って来る....!戦争状態を激化させるなら、このタイミングしかないという事か....!」

仮想世界条約。仮想世界そのものが国際的なインフラとして定着した事を背景に、国連加盟国で締結した条約である。中でも第9条は、「仮想世界を国際紛争の場として利用してはならない」と明文化されており、批准する全ての国家がこれを遵守している。故に現在のガンプラダイバーズの状況は即ち、条約違反が行われる無法地帯も同然なのだ。挙げ句自国政府を蔑ろにして進めたアーネストは、謂わばテロリストであろう。つまり、諒馬達にとってもこれは逃してはならない、千載一遇の機会とも言える。国を味方にさえできれば、様々な角度から追い詰められるのだ。いそいそと車に乗り込む諒馬を見送りながら、英梨は胸の内で祈る。

 

リョウマはクレッセント・ブルームーンに転移するとすぐに、自室に赴きモニターを起動させた。ハザードを初めて使用してから、以降の戦闘リプレイを順番に再生し何かを頻りに呟きながら、ホワイトボードに書き込んだ。

(ハザードを使ったウヴァルスタークと戦いながら、何かが引っかかってた.....俺や弘の機体が余りに早く削られてたのには理由がある......だとしたら、ハザードその物を深く掘り下げたら、何か分かるはずだ....!)

「そうだ、それだ.....!!....あ」

思わず声を上げたと同時、ドアが開き互いに硬直した。しかもリョウマにとっては、余り当てにしたくない人間がここに来ていた。黒いウェーブのかかったセミロングヘアに、同系色のブラウスを着た女。ジプシー・ノアールその人である。

「あぁ、すみません。誰かが入っていくのが見えたものですから」

「よりによってお前に聞かれるなんてな.....丁度良かった、一度付き合ってくれ」

リョウマの右手が肩に乗せられ、ジプシーはドキリとした。付き合ってくれとはどういう事なのだろうか。真意を想像しそうになったが、その結果はある意味予想通りであった。

「え.....それってどう言う.....?あなたには、その....」

「ハザードについて、もっと詳しいデータが必要なんだ。実験を手伝って欲しい」

ジプシーは一瞬きょとんとした顔をするが、悟られぬように直ぐに気を取り直す。

「あ、ああ.....そうですね。すぐにでも準備しますよ?」

部屋を後にしたジプシーの肩は、無意識に落とされていた。

 

エスとミナもクレッセント・ブルームーンにやって来、ブリッジに足を踏み入れた。ちょうど時を同じくして、メインモニターにニュース映像が流されており、他の面々と一緒に画面を見上げる。総理大臣が会見を開いているようだ。

「今日の仮想世界に於けます、現状は極めて異常な状況にあると言えます。国際条約である、仮想世界状況に反しているだけでなく、国際法にも抵触する物であると認識しております。そしてこの状況の中心に立つのが、我が国の誇る大企業の一つであった事は、誠に遺憾であります。仮想世界の軍事利用は、国も個人も関係なく、禁じられています。にも関わらず、戦争状態へと発展させたのは、国家転覆を図る狙いと見なす事ができます。日本国政府は、各所と連携し、総力を結集して捜査並びに――」

この場にいる一同は互いの顔を見、再びモニターに視線を移す。国が動き出そうとしている。この事件の裏で起きていることなど分からぬ彼らは、ただ呆然と会見を見ているしかなかった。

「国が、動くってもう.....そんな所まで来てたなんて....」

「このまま行けば、ダイバーズ自体封鎖されかねないですわね....」

最早一歩も引き下がれぬ状況。予てから覚悟はしていたが、いざ直面してみると平静を保てるものでもない。突如ブリッジをアラートが駆け巡る。すぐさまウォレスが応答し、レシーバーを耳に当てた。

「こちらクレッセント....なぁにぃ!?光学迷彩は完璧なはずだぞ!?分かった、すぐに出撃させる!」

彼の様子から察するに、全く穏やかな話ではない。それは他の面々も同様で、一斉にそれぞれの持ち場へと駆け出した。

「一先ず、用件は何だったのか教えて下さる?」

「こっちの位置が特定されてるんですよ!ステルスも光学迷彩もかけてたってのに....!」

「どうやら、誰も彼もが互いを潰し合う事態になったのですね....」

ふとした瞬間に、脳裏でレイに助けを求めようとする自分に気づき、リタは首を左右に振りシートから立ち上がった。

「全部隊に通達!クレッセント・ブルームーンはこれより、現空域を離脱します!いいこと?激戦区域への進入開始後直ちに、アーネスト勢力を全て排除しなさい!」

彼女の命令を聞きながらエスは、人の変化を感じ俄に驚いた。

「あの人も変わるもんなんだなぁ.....弘とスワンは早くに出ているのか?ならこっちがやる事はそう多くは無さそうだ....な!ストライクJOKER、出ます!」

クロノスストライカーVer.2をドッキングした、ストライクJOKERが飛び立つ。それから間もなくして、ミナのトライアンフヴィータも出撃した。眼下の景色を見る限り、美しい海岸線が目を引く、南国の島のようだ。しかし、そこかしこに立ち上る煙や、飛び交う光にミナは胸が苦しくなる。

「これがいつもの景色に見えない....」

「腕を競ってるのとは違うんだ.....惨たらしい.....来るぞ!」

眼前からガルバルディβが迫る。ストライクJOKERは素早く真横へ回り込み、側宙しながらバズーカを放ち撃墜した。だが。

「ッ.....!?どこから!?」

真後ろからビームの残光が通り過ぎ、エスは思わず振り返る。しかしそこには何も無く、青空のみが広がっていた。ところが、今度はまた背後から熱源反応が現れ、エスは咄嗟にレバーを倒す。

「こ、こいつ.....いつの間に!?」

全身から刃を生やした、まさしくハリネズミのようなモビルスーツ――アストレイブルーフレームDと対峙する。ブルーフレームDが両腕のブレイドラグーンを振り上げ、脳天から一撃を見舞わんと薙ぎ払った。それをストライクJOKERはビームシールドで受け止め、頭部バルカン砲を掃射する。ブルーフレームDはすかさず距離を取り、何かを空中へと解き放つ。エスには何が起こっているのか分からず、ビームピストルを連射しつつ相手の動きを封じる事にした。だがそれが思わぬ方向へと繋がってしまう。ブルーフレームDが直後に展開した、ビームキャノンドラグーンの砲撃だが、ストライクJOKERの進行方向とは大きく外れた方角に向けられていた。エスは何事かと訝しむが、時既に遅し。

「ビームが....曲がった!?」

光の軌道が突然直角に曲がり、ストライクJOKERを避けて先に進むではないか。そしてエスが振り向いた先には、トライアンフヴィータが。しかもこちらには背を向けている。

「ミナッ!?」

しかし彼の危惧は、呆気なく杞憂となった。背を向けたまま、トライアンフの肘からビームシールドが展開され、見事に奇襲を防ぎきった。

「私を誰だと思ってるの!」

「それもそうだな.....それじゃあ行くか!」

エスは一気にレバーを倒し、ストライクJOKERを突き進ませる。ブルーフレームDのガンブレイドの連射をすり抜け、急角度で旋回して逸れつつ相手の左側へ回り込んだ。ブルーフレームDが即座にブレイドラグーンを抜き放つが、それをエスは狙っていた。

「悪いが、押し通させてもらう!」

眼前へ迫りくるブレイドラグーン。ストライクJOKERは何と、剣の腹に手を置き飛び越え、勢い良く相手の後頭部に蹴りを見舞ったのだ。そのままバランスを崩して落ちていくブルーフレームDを振り返ることなく、エスは次の戦場へと馳せる。一方ミナは、次々と敵を薙ぎ倒しながらスワンとの合流を目指す。

「グフ・フライト程度なら....これで!ドッキングアウト!」

背後からくる殺気に構っている余裕はない。ミナはちらりとだけ見、コンソールをタップした。トライアンフからヴィータストライカーがパージされ、分離飛行に移行した。ヴィータストライカーの下部、アームドアームからビームサーベルが発振する。そして素早く相手の背後を取り、串刺しにして見事に両断してみせた。その間にトライアンフは、ザメルとガンダムマックスターを奇襲する。

「余所見なんて随分余裕なもんだね!」

手首からビームサーベルを射出、素早く着地すると手首を高速回転させながら2機の間へ滑り込む。そして文字通り相手の命を刈り取った。ヴィータストライカーも直後に帰還し、再びドッキングする。だがミナは、目の当たりにした光景に戦慄する事となる。遥か遠く、巨人の影が1つ、2つ――否、10にも20にも数を増やしながら、歩いていくのが見えた。

「何、あれ――」

モニターの解像度を最大にすると、更に信じがたい物を目にした。あの影は蜃気楼などではない。本物のMS、MAだったのだ。サイコガンダム、クィン・マンサ、デストロイガンダム、シャンブロ――枚挙に暇がない。あれ程の物を、どこから引き出してきたと言うのだろうか。挙げ句空を見てみれば、TR-5[ファイバー]の編隊までもが闊歩している。この光景はまさに、この世の地獄である。

「これじゃ、皆が危ない......いや、それどころじゃない....!」

ミナの手は無意識に前へと動く。今度ばかりは自分の力だけではどうにもならない。しかしそうも言っていられなかった。

 

「始まるよ。戦いが――人類の未来を選ぶ、最後の戦いが」

月の軌道上で、リボーンズガンダムに乗って徹は地球で起こっている惨状を監視していた。世界各国の部隊が送り込まれ、その上プレイヤー達までがこの戦争に乗り込んだ。全ては己が理想とする、"優良種による社会の管理運営"の為。自ら起こした仮想世界大戦でさえ、その優良種たる人間を選別する、作業の一つに過ぎない。

 

「あ〜あ〜あ〜あぁ。何てこった.....こりゃ本当に地獄だな」

グロックは戦場を眺め、呆れたように笑う。エミとリゲルに殲滅に向かわせ、グロック本人は暇を持て余していた。無論、こちらへ向かってくる敵は容赦なく、かつ手間を掛けずに屠殺しているのだが。アラートが鳴り響き、グロックは「ようやくか」と右に目を向けた。赤と白の旋風が直ぐそばまで来ている。

「あのカワイコちゃんか。いいだろう、暇潰しには丁度いい」

対するF91-Mのスワンは、ウヴァルスタークを目前にしてペダルを強く踏み込んだ。リアアーマーから装備したビームサブマシンガンを放ち、足止めを試みる。案の定ウヴァルスタークは肩のシールドで受け止め、F91-Mはミノフスキーブースターを展開、更に加速をかけた。

「はぁあああああああッ!!」

ビームサブマシンガンを放り投げ、居合に構えたグラビティエッジを振り抜く。シールドと激突し、ガキィン!と甲高い音が乾いた空に吸い込まれた。

「やれやれ。お前さんも真正面から来るしか能がないのかねぇ」

「私はいつだって、正面からぶつかって乗り越えてきました!あなたの様な人とは違います!」

F91-Mの頭部バルカン砲とメガマシンキャノンが火を噴く。ウヴァルスタークは相手の腹を蹴りつけ、強引に反撃を止めるとリアアーマーからチェーンソーを手にする。

「だったらこの俺も乗り越えて見ろ!」

チェーンソーを構えながら駆け出し、真横に一閃した。それをF91-Mは、グラビティエッジで受け切り押し返して、懐へ滑り込むと逆に居合で斬りつけた。だがウヴァルスタークも既の所で刀身を掴んでおり、両者ともに先手を打てずに終わる。

「前より随分動きが良くなったが.....まだまだだなぁ...?」

「こんな時にあなたは、何のつもりですか!」

「おいおい....素直に評価してやってんのに、それは無いんじゃないのか?」

F91-Mの腹に膝蹴りを刺し込み、左手のアイアンネイルでアッパー気味に劈く。

「ぐっ....!まだまだぁあ!!」

スワンの目には未だ闘志の炎が揺らめいていた。ミノフスキーブースターの出力を一気に引き上げ、光の翼を羽ばたかせ飛翔する。戦争を終わらせる為に、何より大切な者達を守り通す為に。この刀は、彼女自身の心を表していた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.55 PROMISEと黒い猫

ガンプラダイバーズは、未だ嘗て無い惨状に見舞われていた。バトルエリアでは原作世界以上に混沌とした戦火が、そして交流広場ではプレイヤー同士の闘争が繰り広げられている。誰も彼もが己が為に、血を血で洗う争いに乗り込んでいた。仮想世界でなら、本当に人が死ぬ事はない。その事実が、人の理性という箍を外してしまうのだろう。もはやガンプラダイバーズは、ゲームと呼ぶには余りに定義から逸脱した存在となっていた。この現状を終息させようと動く者は、ブルームーンとA.ν-Tを除いて他に居ない。

 

「まだ....まだまだぁああああッ!!」

光の翼を羽ばたかせ、F91-Mは天を駆ける。グラビティエッジにエネルギーが集束し、刃に青い輝きが灯る。急降下しては斬撃を加え、ウヴァルスタークとの戦いを優位に進めようと仕掛ける。だが当のグロックは焦り一つ見せず、未だに余裕を崩していなかった。

「一撃一撃が重いのは気のせいじゃなさそうだな?その剣に秘密があるってんだろ?」

一太刀を全てチェーンソーで弾き返し、上空へと飛び上がる。そこへF91-Mが突撃、袈裟斬りを見舞った。しかし。

「自分の腕を....?まさか!?」

スワンは弾かれるようにレバーを引き、グラビティエッジを止めた。グロックはその瞬間を見逃さなかった。

「お前の太刀の性質、良ぉく分かったよ。その刃には、重力を制御する機能があるんだろう?」

グロックの洞察に戦慄を禁じえない。しかしスワンはそれを表に出すまいと、呼吸を整える。今ここで何もかも看破されてしまっては、やられに行っていたも同然だ。

「黙っちまったって事は図星か。ま、どの道これで攻略法が出来そうだから、別に構わねぇんだけどよ」

ウヴァルスタークのチェーンソーが唸りを上げる。30000rpmを超える回転数によって発せられる、衝撃波は地面を削り取るには充分すぎた。

「ハザード」

グロックの宣言と同時にウヴァルスタークの全身を、黒い瘴気が包み込んだ。ゆらりとした動作から一変、電光石火の如く猛スピードで接近しチェーンソーを突き出した。F91-Mは咄嗟に、両腕のビームシールドを重ねがけして受け止めるが、チェーンソーの回転速度と剣圧に次第に押され始めた。

「ぐ.....うぅ.....!だけど、まだ、戦える....戦わな、きゃ.....!」

ミノフスキーブースターを最大点火、光の翼の出力を限界まで跳ね上げる。ズォアアアア!!とミノフスキー粒子の翼が、寧ろ嵐と言うべきだろうか。凄まじい勢いで噴出しF91-Mの背中を押してゆく。そして。

「視えた――」

スワンの脳裏に一滴の雫が落ちるビジョンが映り、彼女の感覚は鋭敏に研ぎ澄まされていく。不思議と今までの恐怖や焦りは、あっという間に晴れ渡っていた。これを形にすれば、きっと目指すべき高みへと到れるのではないか――そう確信するには、時間は必要なかった。

「全力を以て――貴方を討ちます!どうかご覚悟をッ!」

グラビティエッジを包む青い輝きが、より一層激しさを増した。やがてビームシールドもその形を変え、光の翼と同質の性質を手に入れウヴァルスタークのチェーンソーを、瞬時に粉砕してしまった。

「これは.....!全く予想外な進化だが、これだから面白い....人間ってのは!ハハハハハッ!!」

これ程の現象を目の当たりにしてもなお、グロックは微塵も不利を悟らなかった。F91-Mの光の翼が薙ぎ払われ、ウヴァルスタークは吹き飛ばれるもののライフルを撃ち返しながら、空中で受け身を取って着地する。だがF91-Mはすでにウヴァルスタークの背後へ回り込んでおり、グラビティエッジで突きを放った。ウヴァルスタークがシールドを向けて弾こうとするが、光の翼に阻まれ、逆にジョイントごと切り飛ばされてしまう。挙げ句、右肩のナノラミネートアーマーも焼け爛れており、その出力の異常なまでの強さをありありと示す結果となった。

「あんなもんがあったら攻略法どころじゃねぇな、こりゃ」

「せいやぁああああああ!!!」

だがグロックはこの時初めて、心底驚かされる瞬間に出くわす事となる。F91-Mから突きの一撃を受け止めたと思いきや、二の太刀、三の太刀が同時に襲いかかりウヴァルスタークをダウンさせたのだ。ビットの類を飛ばしているようには見えなかった。何故この俺が今の攻撃を見抜けられなかったのか。僅かながらであるが、スワン・マスターピースを警戒せねばと思わせるに至った。

「この女.....ただの可愛子ちゃんじゃ済まねえ、腹ん中に獅子でも飼ってるな、アレは」

グラビティエッジの追撃を受ける前に起き上がり、ライフルを放ちよろけさせると、左手のアイアンネイルを素早く振り下ろし斬撃を加えた。そこから立て続けにライフルを接射、後ろ回し蹴りを叩きつける。だがライフルが腹部に押し当てられる刹那、F91-Mは既に上空へと移っており、脳天から一閃。雷光をまとった袈裟斬りを見舞った。強力無比な一撃は、流石のウヴァルスターク言えど完全には耐えきれなかったようで、顔面に深々と亀裂を刻み付けられていた。

「うぐっ.....!?こ、この俺が....!?」

「今の私には視える.....!どうすれば勝てるか、その"道"がッ!」

スワンの両目に紅い光が灯る。どこに刃を通らせれば確実に仕留められるか、線となって相手の機体に浮かび上がって見える。絶剣とは是則、明鏡止水の境地に至る道程に他ならぬ。想う者達の為に。そして顔も分からぬ全ての命の為にこの剣が振るわれるのなら、その心は人を超えた領域へと踏み出すのだ。

「秘剣――"桜嵐次元斬"」

グラビティエッジを居合に構え、スワンの瞳に映る"線"を的確に捉えられる、"間"を見計らい一閃。光と稲妻、そして桜の嵐を纏った紫電は空間諸共、ウヴァルスタークを断ち切った。やがて空間は元通りに戻るが、ウヴァルスターク自体はハザードによる強化を超越した、途方も無い力の衝撃を受けて、装甲を吹き飛ばされながら海面に叩きつけられた。ミナも合流しようとするが、空間ごと斬られる瞬間を目の当たりにし呆然として虚空を見上げる。

「え......今の、何だったの....?ファイバーまでやられてるし....!?」

 

スワンは海に横たわるウヴァルスタークが、いつか起き上がるのではと観察する。装甲がほぼ消えたとは言え、フレームは深い亀裂が入っただけで五体満足である。あれだけの攻撃を受けていながら、完全な撃破に持ち込めないとは、ウヴァルスタークのタフネスさは計り知れない。様子を窺うこと数秒、ウヴァルスタークがムクリと起き上がった。

「今回ばかりは俺の負けだ、お嬢ちゃん。ここまでとは全く予想外だよ。それはそうと、急がなくていいのか?」

「どういう事なのですか」

スワンが静かに問うと、グロックは再び不敵な笑みを浮かべる。

「そりゃあ、シューインが真っ直ぐにお前らの艦に向かってんだぜ?お前がまだやりたんねぇってんなら、引き受けてもいいが他の奴が近づいてるから分が悪い。それじゃ、俺はここらで引かせてもらうぜ.....Ciao」

ウヴァルスタークが瘴気に包まれ、やがて消失した。それとほぼ同時、クレッセント・ブルームーンからの通信が入って来た。

「誰か近くに居る奴は合流してくれ!リョウマとA.ν-Tの連中で抑えてるが、まだ手が足りない!至急援護に回ってくれ!」

ウォレスの切迫する声に、スワンは本能的に危機を察知した。

「こちら、F91-Mのスワン・マスターピースです!直ちに向かいます、それまではどうか持ちこたえて....!」

F91-Mは既に限界状態だった。しかしここでダイブアウトして再合流するなど、悠長な事はしていられない。スワンは疲労で震える己の身体と機体に鞭打ち、救援へと急ぐのだった。

 

1時間ほど前。ガンプラダイバーズの地下――8つ程あるSECTORの内の一つ、SECTOR2。ジプシーはこの地に一人で潜入していた。パスの権限はまだ生きているらしく、何ら警備装置が起動すること無くトントン拍子に、奥へと進めていた。裏切り者の自分のパスを残したままにするなど、セキュリティがおざなり過ぎるのではと考えたくもなる。

「ここからだったのね....いつも入り口が変わるのは考え物、かしら」

真っ白なハッチの隣りにある、リーダーにカードを通し解錠した。真っ暗な通路を通り抜けた後、突然倍以上の道幅の"橋"に出た。景色はまるで、SF映画に出るような地下都市のそれである。ただ、人気は完全に消えておりここを通るのは巡回中のドローンと、自分だけ。20分も歩き、ようやく対岸に到達した。ハッチを開き、SECTOR-ZEROへと足を踏み入れる。

「ここがSECTOR-ZERO.....」

しかし彼女の侵入にいち早く気づいた者がいた。

「ジプシー・ノアール。お前がここに来るのは分かっていたぞ....クククッ」

薄笑いを浮かべながら、こちらに銃口を向けてるのはシューインだった。ジプシーはゆっくり両手を挙げ、さも平静を装い交渉を始める。

「少し前まで協力関係にあったと言うのに、これは手酷い歓迎じゃありません?」

「裏切り者の分際で何を言っている?本来ならばお前はあの場で殺されていたんだ。分かっているのか?」

「私は初めから、裏切ってなんていません。それに、一応契約はまだ残っているようですし。一定の誠意....と言う形でこれを受け取って頂けませんか?」

そう言うとジプシーは、スーツの胸ポケットから一本のUSBメモリを取り出した。それをシューインは試すような顔で手にし、彼女を強引に連れてコンピュータの前へと向かう。USBメモリのデータを読み込むと、見覚えのない設計図がモニタに表示された。

「こ〜れはぁ?」

「ビルドスパークルガンダムの、新装備のデータよ。向こうは私が戻ることも考えず、これのテスト要員に選んだものだから、これを渡されたの」

「ほ〜ぅ?高速戦闘に特化したウェアタイプ装備とは.....実に水崎らしい....ハハッ!ヒャハハハハハハハッ!!」

設計図を端から端まで舐めるように読み、シューインは発狂したように笑う。彼はいつからここまで狂気に染まっていたのか、ジプシーは知る由もないが元からそれに近い人間だったな、と自分を納得させた。

「ご満足頂けました?その装備は完成している様ですが、今回が初の実戦投入になるとの事ですが」

すると、シューインは獰猛な笑みを向け何も言わずに立ち去ってしまった。ジプシーはそんな彼の背中を見送り、眉間を押さえる。

「本当に何もかも、トントン拍子ね」

 

「くっ、何て数だ....!援護が増えないと対応しきれねぇぞ!」

リョウマもビルドスパークルでクレッセント・ブルームーンの護衛に出たが、途方も無い数の軍勢を相手取る事になってしまい、困惑した。カイ達の加勢により少し持ち直すが、所詮は多勢に無勢である。また状況が悪化するのは目に見えていた。

「ったく....!お前の協力者と言う奴らはどうしたんだ!」

カイはヴィダールフェンサーオリジンを駆り、向かい来る敵共に対し、無双じみた戦いを繰り広げる。

「弘もスワンも先行して道を開いてもらってるし、舞夜は手が足りてない所に向かってんだ!ジプシー・ノアールはどこに行ったか知んないけど!」

ビルドスパークルは右肩にハイメガカノンをビルド、すぐさま最大出力で薙ぎ払った。

「おい、危ねえだろプロフェッサー・リョウマ!ちったぁこっちにも気をつけろ!」

アントニオからの怒号が飛ぶが、リョウマは小さく「悪い」とだけ返して更に敵陣の奥へと進撃する。

「ビルドアップ!」

ビルドスパークルの右手、バクゥヘッドを形成し両側面からビームサーベルを発した。そして手首をグルグルと高速回転させると、自らもムーンサルトの如く飛び上がり、軌道内にいる敵を一層した。

「どいつもこいつも、深く考えずに戦いやがって....!」

「どっち見てんだコラァ!!」

どこからか声が聞こえ、リョウマはぎょっとして振り返った。

「何だ!?」

何と背後から真っ赤なデスティニーガンダムが襲いかかってきた。ビルドスパークルは左へロールしてアロンダイトを避け、フロントアーマーにビルドしたシザーアンカーを放ち拘束する。

「お前らはこの戦いで、本当に願いが叶うと思ってるのか!?こんな状況が正常じゃないって、何で分からないんだ!」

「ぁあ!?そんなの知った事か!全員ぶっ殺して、生き残りゃあいいって運営が言ってんだ!そんでテメェらを殺っちまえば、更にボーナスが作ってんだからよぉ!!」

「善悪の区別もつかないのか、お前は!」

「だからぁああああ、知らねぇつってんだろ!」

業を煮やしたデスティニーが、左手をグワッと広げ掴みかかってきた。掌底から光が漏れ出ている。リョウマはすぐに危機を察してビルドスパークルをステップさせて回避した。そして空振りした左腕を掴み、圧し折る。

「これ以上やられたくないなら、ここから立ち去るんだな」

ビルドスパークルの双眸がギラリと輝く。デスティニーのダイバーは硬直し、わなわなとビルドスパークルを凝視した。戦意を奪えたのならそれだけで充分である。ビルドスパークルはデスティニーを転ばせると直ちに行動を再開した。だが、その足を止めてしまう出来事に遭遇する。

「ネオ・ジオング....!?ノイエ・ジールにシャンブロまで....奴ら、何をする気なんだ....!?」

巨影がぬっとビルドスパークルの目の前を通り過ぎる。しかし、シャンブロがぐるりと向きを変えビルドスパークルを視界に捉えた。

「く、来る.....のか!」

ビルドスパークルは早急に、ビームマグナムとコピペシールドをビルドし、戦闘に備える。だがそうする間もなくシャンブロがリフレクタービットを展開、本体と共に全速前進した。両肩のメガ粒子砲を薙ぎ払うように放ち、時折リフレクタービットによる反射を利用して、空中にいるビルドスパークルを叩き落さんと迫る。ビルドスパークルはその軽快な機動性をフルに活かし、四方八方から襲い来るビームを掻い潜り、ビームマグナムの照準を合わせた。

「弾は5発....一撃で仕留めねえと泥沼だぞ...!」

リョウマの視線が狙撃用スクリーンに集中する。ところが、発射直前になって素早くレバーを引いたのだ。シャンブロの背部から夥しい数のミサイルが解き放たれ、ビルドスパークル目掛け突進していくではないか。ビルドスパークルは急速後退しながらビームマグナムと、バックパックにビルドしたジャイアントガトリングガンを駆使し、ミサイルの暴風雨を防ぎきった。

「ビームマグナムを見てりゃ、そうするよな....!ビルドアップ....!」

シャンブロの前面を覆い尽くす程の、サイコフィールドが生成される。リョウマはそれを見るや舌打ちし、ビルドスパークルのバックパックを換装した。白いフレキシブルバインダーを広げ、圧倒的な加速力を以てシャンブロの上空を飛び回る。両足にも追加でシナンジュ・スタインのスラスターユニットを形成し、機動力を更に底上げして撹乱に徹した。

「念には念を入れてやる!」

更にはミラージュコロイドまで起動させた。この行動は功を奏したようで、シャンブロが目茶苦茶な方向にミサイルやメガ粒子砲を吹き付け、容易く背後を取る事ができた。だがある重大なミステイクも犯していた。シャンブロが戦場の中心を迂回しようとする、クレッセント・ブルームーンを目撃したのだ。するとビルドスパークルには目もくれず、踵を返して艦を追いかけ始めた。

「なっ.....!?最悪じゃねえか....!」

リョウマは唇を噛み、即座に機体を飛翔させる。と同時、シルエットフライヤーとパーフェクトパックを合体させた物を造り上げ、直ちにクレッセント・ブルームーンへと急行させた。ビルドスパークルはビームマグナムから連結状態のツインバスターライフルに持ち替え、シャンブロの進行方向の僅か先に向け、最大出力で大地を穿った。ホバリングによる移動に依存する機体であれば、それが大型であれば有るほど非整地の移動が行えなくなる。シャンブロのように地面スレスレを浮いて移動する機体ならば、尚更だ。案の定、シャンブロは足を止めたが、充分に艦を落とせるだけの間合いに入ってしまった。首を大きく振り上げ、吻を獲物に食らいつく鰐の如くガバッと広げ――。

「間に合ってくれ.....間に合えッ!!」

望みをシルエットフライヤーに託し、リョウマは天を仰いだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.56 罪と十字架を背負うHERO

クレッセント・ブルームーンでも、シャンブロの接近に対応を強要されていた。

「何て物を持ち出していますの....!?このままでは撃墜は免れないですわ!Iフィールドとミノフスキー・クラフト最大出力、よろし?」

リタの指揮にウォレスは正気を疑った。そんな事をしてしまおうものなら、艦で一度に供給しうるエネルギーを使い果たしてしまい、ますます他方からの被弾が免れない。

「そんな無茶出来ませんよ!ただでさえエネルギーを食ってしまう物を、2つも同時にやろうって!」

「ここで全員やられる訳には行きません....!少しでも生き延びていれば、援護に回ってもらえます!」

「了解....!今はそっちに賭けるしかない!左舷、超大型Iフィールドバリア、起動準備!機関室は同時にクラフト作動だ!」

シャンブロの喉奥から、殺意の光が迸る。やがてそれは、真っ直ぐに三日月の方舟目掛け突き進んだ。弾速が通常のメガ粒子砲のそれとは遥かに異なり、とてつもない速度でクレッセント・ブルームーンへ迫る。Iフィールド展開まで残り10秒。この瞬間にも直撃する可能性は、ほぼ確定と言っても差し支えない。しかしそこへ、飛来する物体があった。

「あれは.....?」

リタはこちらへ飛んでくる物の正体に目を丸くした。G-セルフのパーフェクトパックを無理矢理移植したような、シルエットフライヤー。航空機はやがて、メガ粒子の塊とクレッセント・ブルームーンの間へ滑り込みパーフェクトパックを起動させる。バインダーが左右に開き、ホログラム状のリフレクターフィールドを発生。Iフィールド展開の4秒前と言う見事なタイミングで、メガ粒子砲を受け止め素早くエネルギーへと変換していく。

「あの天才って奴が寄越してくれたのか!へへっ。これなら楽勝だな!」

ウォレスはクルーからの準備完了の合図を受け、クレッセント・ブルームーンのIフィールドを起動する。こぼれ弾を跳ね返すだけで済んだお陰か、ミノフスキー・クラフトまでは使用する必要がなくなった。これならば航路次第ではシャンブロの間合いを離れられる。

「流石、天才の名は伊達ではないですわね」

リタはリョウマの判断に感嘆し、安堵の息をついた。シャンブロの砲撃をほぼ全て吸収したシルエットフライヤーは、そのまま相手の頭上へと向かい、今度はパーフェクトパックのバインダーを前面に展開した。砲身にエネルギーが充填されていくに従い、バックパックとシルエットフライヤー自体も赤く染まる。リョウマはタイミングを見計らい、ビルドスパークルを上昇させて距離を取った。

「さて、さっきハラハラさせられた分、盛大に仕返しさせてもらう!」

シャンブロが首を引っ込める刹那。シルエットフライヤーから発せられた光が降り注ぎ、邪龍の首を付け根から寸断した。炎に飲み込まれゆくシャンブロ。リョウマは一瞬だけ安堵して再び表情を険しくした。あれ程のMAを引き出してまで、仮想世界で勝ち取りたい物とは、一体何なのだろうか。明らかな条約違反行為を是とする、この風潮は全くもって許せなかった。

「あのシャンブロを、ああやって仕留めるとは....流石だ。水崎」

「これも全部お前の差し金か?」

背後から突き刺さる気配。もはや振り向くまでもなく、シューインなのだと察した。エヴィルイフリートがゆったりとした足取りで、ビルドスパークルの前に来、眼球状のモノアイをぼうっと光らせる。

「全てはプレイヤー達の望みのままさ。我々は単に、起爆剤を用意したに過ぎない」

「常人なら仮想世界で戦争しようだなんて考えたりはしない。競技と殺し合いは全く違う」

「何だって構わない。仮想世界が人類進化の新たなステージとなる、それでいいじゃないか!」

エヴィルイフリートがバックパックからヒートサーベルを抜き放ち、斬りかかってきた。ビルドスパークルはコピペシールドで跳ね除け、押し返した後にビームマグナムを放った。エヴィルイフリートも素早く左へ飛び退き、両腕からビームバルカンをばら撒きながら、ジグザグ軌道を描きつつ再突進する。ビルドスパークル、軽く後ろへステップするとコピペシールドの裏側に、ビームキャノンとミサイルをビルド。高誘導弾とビームによる弾幕でエヴィルイフリートの足を止める。だがエヴィルイフリートが高く飛び上がり、その身に黒い瘴気を宿し始めた。

「ハザードォオオオオッ!!!」

「何でこうも容赦なく扱えんだよ....!」

ビルドスパークルが真横へ退避した直後、エヴィルイフリートの放つ斬撃が地面に突き刺さり、爆音と共に砂煙を巻き上げた。エヴィルイフリートが煙を突き破り、目にも留まらぬ速さでビルドスパークルに迫る。ヒートサーベルで斬り裂かんと、両腕を振り上げた。ビルドスパークルも咄嗟にビームサーベルで弾き返そうとするが、これでは間に合わないと判断し、ビームマグナムのEパックを投げつけた。ヒートサーベルとかち合う瞬間、鼓膜を突き破りそうな程の爆発と衝撃が広がり、両者諸共吹き飛ばしてしまった。ハザードを起動していたエヴィルイフリートは無事だったものの、ビルドスパークルは右腕と右脚を失ったまま、リゾートホテルらしき土地に転がった。

「ビルドアップ.....!はぁ....はぁ.....やっぱ俺には賭けは向かないようだ....」

腕と脚の残存するフレームをパージし、新たなパーツをビルドすると、そのまま合体させて起き上がる。だがその頃には、エヴィルイフリートがすぐそばまで接近していた。

「賭けに出たようだが、お前は尽く運が悪いよなぁ....ヒャハァッ!!」

エヴィルイフリートはビルドスパークルの顔面めがけ、ヒートサーベルの切っ先を振り下ろす。それよりも早くビルドスパークルは反応して、相手の胴体を蹴りつけよろめかせる。そして右腕にビルドした、ドリルクラッシャーで正拳突きを見舞った。

「それがどうした!今度こそお前をここで、倒して見せる!それだけだ!」

「出来るものならやって見るんだな!ハザードを使えば不可能ではなくなるぞ?」

ドリルクラッシャーとヒートサーベルが打ち合い、火花と閃光が散らされる。だが、生身の反応速度だけで戦うビルドスパークルの方が、防戦一方となってゆく。リョウマはハザードを使うタイミングを虎視眈々と狙っていた。それまでは秘しておかねば、"ある作戦"を実行する前に瀕死になっていてもおかしくない。

「ハザードを使わずとも....!」

ビルドスパークルの右腕の武器が、ドリルクラッシャーからGNソードⅢへと換装される。3つの銃口から粒子を集束させ、極太のビームを薙ぎ払い立て続けに、両サイドアーマーにビルドしておいた、クスィフィアス3を発射。2度に渡ってヒートサーベルの再生を阻害した。しかし。

「たかがそれだけの事で、この私を止められると思うなよッ!!」

エヴィルイフリートは有ろう事か、機体構造を無視する角度に仰け反りながら弾丸を避け、そのままシームレスに体勢を整えつつ、こちらへ接近するではないか。リョウマは舌打ちし、素早くコンソールを叩く。

「何て奴だ....だったらこれで!」

突然カッとビルドスパークルが輝きだし、シューインは何事かと眉をひそめた。エヴィルイフリートがビームニードルを叩きつけようとする間に、ビルドスパークルから力場が発生しコントロールを奪った。

「うぐっ.....?そんな小賢しい真似ッ!!」

「お前が相手なら、どんな手を使ってでも!」

ビルドスパークルは勢いよく跳躍し、GNソードⅢで斬り抜けて身を翻すと、背中から一突きして地面に叩きつけた。とは言えこれだけの攻撃を加えても、相手はハザードによって圧倒的な防御力を手にしている。決定打とはならなかったが、リョウマもそれは承知の上だった。地に伏していたエヴィルイフリートは、やはり何事もなかったかのように起き上がり、ヒートサーベルを再生させながら斬り掛かってくる。ビルドスパークルも即座にビームサーベルを抜き放ち、最上段から食らいつく刃を弾き返した。しかし向こうも間髪入れず、あらゆる方向から斬撃を加え始め、こちらもまたそれに対し応じざるを得なくなる。

「お前もいい加減に認めたらどうだ?」

「何を!」

「とぼけるなァ!この戦争を引き起こした、原因の一つだとな!それに、百崎社長に拾われて生きてきた命だろう!忠誠を誓う気はないのかァ!!」

「ふざけるな!俺はこんなふざけた戦争を終わらせる為に戦ってんだ!戦争を手段にしてるのはお前達アーネストだろう!!ガンプラダイバーズを作ったのだって、こんな事の為なんかじゃない!」

剣戟は激しさを増し、やがて鍔迫り合いへと持ち込まれる。

「そう言いながら貴様は戦っているんだぞ?何者をも超える力を振りかざしてな....?」

「お前がいるからだろ!科学を殺し合いの道具にしか扱えない、お前たちが....!」

「だが君もこうなる事は予見していた」

「何だと!?」

エヴィルイフリートがビームサーベルを叩き落とし、素早く斬り払いダウンを奪った。

「仮想世界であれば、人の命は失われない。しかもガンダムという作品を題材として使えば、何が起こるか予想はつくはずだ!その結果がこの始末さ!だが君はその事実に気づいていながら、己の力の誇示したさに開発を進めた!」

「だとしても....!俺はこんな事の為だけに、力を尽くしてきたんじゃない!」

 

MAの撃退を完了したドラグハートチャージド以下、3機が現場に到着する。リゾートホテルを模した景色だが、辺り一面を瓦礫が散乱しており見る影もない。

「何だよこれ.....てかリョウマはどこに居んだ....?」

「あっ....!?あそこに!」

ミナのトライアンフヴィータの指差す先、ビルドスパークルらしき影が見えた。しかしそのすぐ近くには、禍々しい瘴気を放つMSも居た。弘とスワンはその姿を認めるや、機体に急加速をかけた。リョウマが危ない。そう直感していたのだ。

 

エヴィルイフリートはむんずとビルドスパークルのアンテナを掴み、強引に持ち上げる。

「だが現実は非情だ....いくらお前がそう宣った所で、この世界のどこにお前を称賛する人間がいる?誰がお前を助けてくれる?結局、お前は何も報われぬまま終わるしかないんだよ!ヒーロー気取りも甚だしい!」

「それでも俺は....!ヒーローを張り続ける....!称賛なんて要らない、ただ俺は....仮想世界を、希望と歓びを胸に歩いて行ける世界にする!その為にこの力を使って来た!それが独善だろうが偽善だろうが、関係無い!」

ビルドスパークルの右手が、エヴィルイフリートの腕を引き剥がした。そして勢い良く蹴り上げ、昏倒させるとリョウマは意を決する。

「俺はこの世界の未来を創る為なら、どんな力だって乗り越えてみせる!ハザードビルドアップ!」

ビルドスパークルの全身を黒い霧が覆い尽くし、各所のセンサーを激しく輝かせた。これにはシューインは鼻で嗤い、エヴィルイフリートを立ち上がらせる。

「そうやってお前は、尚も破滅の力に頼ろうとするのか?」

だがリョウマは一切動じず操縦桿を引き抜くと、ポケットから取り出したグリップ型のデバイスを差し込んだ。そして、警告表示とリミッター解除用の最終セーフティスイッチが、グリップに現れた。

「ハザードビルドアップ―― オーバーフローッ!!」

ビルドスパークルが纏っていた、瘴気が更に濃くなり電気まで帯び始める。 後少しで合流しようかと言う所で、これを目の当たりにした弘達は絶句した。

「アイツ.....何やってんだ....!?」

特にスワンは、リョウマを案ずるあまり衝動に駆られ叫びを上げてしまう。

「そんなっ.......駄目ぇええええっ!!!」

そんな彼女の叫びはリョウマにも聞こえていたが、この戦いを終わらせる方が先決だと振り切って、目の前の事に集中する。

「スマッシュブラスター!!」

ビルドスパークルが天に向け、高々と掌を掲げた。するとどこからとも無くパーツが集まり始め、続々と結合しながら剣の形を成していく。更には、ハザードによって発せられる瘴気すらも吸い上げ、手元でビルドされてゆくそれは強い色彩を放ち始めた。そして完成したのは、バスターソードとビームバズーカを組み合わせたような、大型携行兵器であった。それだけではない。ビルドスパークルの周囲に真紅の鉄塊が現れ、スマッシュブラスターからエネルギー供給を受けると、それぞれが手脚を模した形状へと変形した。そして、ビルドスパークル本体も両手脚を排して新たな装甲を身に纏う。スマッシュブラスターを手に取り、最後にドッキングした背中の一対のマント型の翼をはためかせ、紅き戦士へと変身を遂げたのだ。アンテナの青く表示された箇所も、等しく赤へと塗り替わった。ビルドスパークルガンダム[ラピッドスマッシャー]。これがこの姿の名である。

「その程度の変化で私を止めようなどと!」

エヴィルイフリートがビームバルカンを掃射しながら、バーニアを全開にし突撃する。ヒートサーベルによる袈裟斬りが命中したかと思いきや、ビルドスパークルは一瞬で相手の真横を取り、逆にスマッシュブラスターで昇竜斬りを喰らわせた。

「は、速い.....!?」

しかしシューインの反応が更に追いつかなくなる。気がついた頃にはビルドスパークルの打拳を受け、ホテルに深くめり込まされた。たったの一撃で耐久値を大幅に減らされ、シューインは初めて、リョウマに対して動揺させられる。

(この威力....暴走時のシミュレーション値と全く同じ.....それでも奴は理性を保っていられるというのか!?)

ビルドスパークルのリョウマは、Gコンタイプのデバイス"ハザードエクステンダ"を握り直し、実戦投入の手応えを感じつつあった。

(ろくな実験もせずに使ってみたが、同じハザード相手なら有利は取れる.....後は"作戦次第"だけどな)

ビルドスパークルが大きく踏み込み、脱兎の如く跳躍すると最上段に構えたスマッシュブラスターを叩きつけた。またしてもエヴィルイフリートは防御が間に合わず、まともに喰らい胸部から左大腿にかけて深々と裂傷を負わされる。

「えぇい....!貴様ァ!!」

「うっ....!?」

エヴィルイフリートが意趣返しと言わんばかりに、右腕に発振させたビームニードルを叩き込もうとするが、ビルドスパークルは既の所で上体を反らしてこれを回避、カウンターキックで差し返した。そこから更に、スマッシュブラスターで袈裟斬り、横薙ぎそして軽くジャンプしての縦回転斬りを浴びせる。ここまでの猛攻なら、勝機は見えて来たのではあるまいか。この戦いを見守る者達はそう期待していた。ところが、再び状況が転じる。それは、ビルドスパークルが急速接近から突きを繰り出そうとした時だった。

「フハハッ.....フーーーーハハハハハハハハハッ!!残念だったな、水崎 諒馬ァ!!」

いきなりエヴィルイフリートが身を縮め込めたかと思うと、大きく全身を広げレーザーを放射した。これにはリョウマは目を丸くし、咄嗟にレバーを引くものの完全な回避とはならず、ビルドスパークルがその場に転倒する。

「奴め、もう対策を構築したのか....!」

「お前の新型兵器のことは、全て織り込み済みなのさ.....恨むなら、己の人望の無さを恨むんだな!」

エヴィルイフリートは両手のヒートサーベルに、ありったけの力を込めてスマッシュブラスターごと叩き斬らんとした。ビルドスパークルも素早く、スマッシュブラスターとビームシールドの2段構えで受けるが、相手の剣圧と怨念の凄まじさに押されつつあった。

二人の戦いを固唾を呑んで見守るスワンだが、とうとう我慢の限界を迎え、F91-Mを飛び立たせようとする。だがそこへ、ブリッツガンダムらしきMSが虚空から姿を現した。

「な....あなたは一体....!向こうの新手ならば...!」

F91-Mがグラビティエッジに手をかけようとした矢先、聞き覚えのある声がコクピットに木霊する。

「今ここであなたが行っても、みすみす落とされに行くようなものよ。分かっていて?」

「じ、ジプシー・ノアール!一体今までどこに....!」

「アーネストに呼び出されたのよ。契約はまだ残っているから、最後の作業を手伝って来たわ。それに、ジプシー・ノアールは向こうでの通名だから、これからはシャノアール・エスプリーク、と呼んでもらえると嬉しいわね」

ジプシー改めシャノアールの発言を、弘も聞き落とさなかった。

「やっぱりアンタ、裏切ったんだな.....!?何でリョウマについてくような真似したんだよ!?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.57 破滅の力、EXTENDのその先へ

弘とスワンから追及の目を向けられるが、尚もシャノアールの視線はビルドスパークルの戦いに注がれている。

(後少し、後少しなのよ.....それまで耐えて....!)

モノクル型のデバイス越しに映る情報を見つつ、彼の戦いの行く末を祈った。

 

時は遡ること3時間前。ハザードに関する一つの結論を導き出した、リョウマと鉢合わせした時である。彼に頼まれる形で半ば強引に、ブルームーンから離れ別のバトルエリアにやって来た。

「やっと新型機をお披露目できると言うのに、まさか実験台代わりにされるなんて」

ゴールドフレーム天のマガノイクタチを、ストライカーパック化させた"マガノイクタチストライカー"を装備した、ブリッツガンダムが着地する。"SEED"のバリエーション機で言えばネブラブリッツなのだが、シャノアールの搭乗するそれはトリケロスを持たず、その代わりにノアールロータス時代から愛用する、黒い刀身の長剣と左腕にはビームキャノン兼ビームサーベルが、そして腰からは長い尾が伸びていた。ブリッツガンダムシャノアール。それがこの機体の名前である。

「まぁそう言うなよ。舞夜にやらせるよりはリスクが少ないんだ」

ビルドスパークルもほぼ同時のタイミングで降り立つ。リョウマの言う事が分からないでもなく、シャノアールは軽く嘆息した。

「成り行きとはいえ、分かっていましたがそこまで信じて頂けないのですね」

「今の所は、な。今の状況じゃ呑気に歓迎なんて出来る感じじゃねぇから、まぁ.....さて、実験を始めようか」

リョウマは早速、コンソールパネルを操作した。指は迷わずハザード起動のアイコンをタップする。ビルドスパークルから黒霧が吹き出すのを見たシャノアールは、何をこれから始めようというのか見当もつかず、身構えた。

「まさか....!?」

「違うって....!俺がハザードを使ってて気づいた事があったから、確かめようってんでしょうが。よし、少し近づいてみてくれないか」

ビルドスパークルが手招きする。シャノアールは恐る恐るレバーを前に倒し、ブリッツシャノアールを前進させた。一歩、二歩。そしてビルドスパークルの目の前に立った瞬間。

「うっ.....!?これは?」

バチッと弾かれる衝撃にシャノアールはビクリとした。ビルドスパークルは一歩下がり、ハザードを解除した。

「ダメージが入っているな?」

「え、ええ.....極微量ですけど」

「これで確定した。ハザードの霧は余剰エネルギーの塊だ」

リョウマの話を解せず、シャノアールは思わず聞き返す。

「どういう事なんですか?」

「ハザードを使った奴との戦いを始めてから、奇妙な違和感を感じてた。ハザードによる強化以上のダメージを受けてたもんで、気になってリプレイ見返してみりゃドンピシャだったんだよ」

「それをわざわざ確かめる為に、私を呼んだのですか?」

内心酷い男だと思いながら問うた。するとリョウマは「それじゃ本題に入ろう」と指を鳴らすのだった。

「リプレイの中にある、ウヴァルスタークとの戦いを全部見たんだ....そん中に、触れていないのにダメージを与えている場面があった。そんで、ハザードの特性について調べて見りゃ分かったのさ。あの霧は、ハザードによって生まれた余剰エネルギーだとね」

サンクトペテルブルクでの戦いが、全ての決定打となっていた。ハザード起動後のウヴァルスタークに対し、ドラグハートチャージドが殴りかかったものの霧に触れた瞬間に、弾き飛ばされていた。やはり霧による物で、リョウマはそこからハザードそのものを更に解析した。その結果、ハザードによって生み出されたエネルギーが噴出した物であると分かったのだ。ハザードを搭載する機体には、スペックに余裕を持たせなければならない。暴走に関する、本当の理由が余剰エネルギーにあるとしたら。ならば霧となって放出されるエネルギーを利用できれば、暴走の危険性を減らせるだけでなく機体その物の強化にも使えるのではないか。そして彼が導き出した結論が、今ここに現れる。

「さぁ、天っっ才の研究成果をここで披露するから、刮目してくれよ?ハザードビルドアップ!」

再びビルドスパークルから黒霧が噴き出される。更にリョウマはハザードの出力を最大まで押し上げた。

「オーバーフロー!」

「え.....自分から暴走させて.....?」

霧がさらに強くなり、ピリピリとした感覚がシャノアールの肌に刺さる。一体これから何が始まろうというのか。リョウマはと言うと、コートの中に潜ませていた操縦桿型のデバイスを取り出し、右手側のレバーと差し替えた。

「行くぞ.....!スマッシュブラスター!!」

ビルドスパークルが天に手を向ける。やがてどこからかパーツが集まりだし、掌の上で合体していくではないか。それだけではない。ビルドスパークルの四肢が粒子状に霧散し、それに代わる形で新たな鎧が現れる。それらはビルドスパークルとドッキングすると、ハザードの魔の霧を見る見るうちに吸い上げてしまい、装甲が真紅の光を帯びた。背面にもマントを模したウイングバインダがビルドされ、手元で作り上げられた物体も剣の形を成した。最後にビルドスパークルの頭部アンテナとツインアイが、赤一色に染まり"変身"が完了した。ビルドスパークルのあまりの変わりように、シャノアールは息を呑む。

「ハザードを、こんな形でモノにするなんて.....天才って話は嘘じゃなかったのね....!?」

「嘘とか失礼すぎるでしょ....ったく。ハザードのエネルギーは機体で抑えられなかったら、ダイバーにだって作用するみたいだからな。だったら強化パーツに全て回してしまえば、フルにその力を発揮出ると睨んだんだよ。....さて、唐突だが君に頼みがある」

「何でしょう?まさかこのまま模擬戦をやれとか言うんじゃ....」

「そんな危険な事は出来ねぇよ。奴らの所にこれの情報を流しといてくれないか」

「は.....?ちょっと待って下さい?今、何と....?」

リョウマの提案にシャノアールは耳を疑う。しかし彼の口振りからするに、全くの冗談ではなかったようだ。

「みすみす自分を不利にして、どうするつもりですか?」

「いや、これは俺達が更に優位に立つために必要な事だ。"片方"の情報を向こうにやれば、そっちの対策に集中する。その後で俺が"もう片方"を使えば確実に有利を取れる。ただ、俺がやるのは単に時間稼ぎにしかならねぇけど」

「時間稼ぎ?何かあるのかしら」

「アーネストに拉致されたままのガンプラダイバーがいる。しかも自我データ改竄までされていると来た。それだけじゃあない、俺と同じダイバーズの元開発者もSECTOR-ZEROに閉じ込められてるって話だ。一度舞夜が調べていて、いつか実行に移そうとは思ってたんでね」

 

話は現在に戻り、SECTOR-ZEROにて。舞夜は開けたままになっていたハッチから内部に侵入、左手首に埋め込まれたデバイスを使い、ミラージュコロイドを起動した。そして壁に沿う形で走り生命反応のある場所を目指す。

(あれが....アーネストの切り札なのか....?時計のようにしか見えない....)

ついでに左目のカメラモードを作動させ、終末時計を映像として記録した。やがてようやく生命反応が近くに現れ、舞夜は素早くそこへ滑り込んだ。しかし潜入した部屋は、彼女の想像を遥かに超えて凄惨な風景を見せた。廃病院の手術室を思わせる内装。それに加えそこら中に血痕やガラス片、刃物が散乱していた。

(こんな所に、人がいるのか.....信じられない....)

左目の機能を、カメラから照明へと切替え奥へと進む。しかし舞夜はある物を目にし、思わず立ち止まった。

「これは.....人.....!?」

ベッドの上で力なく座っている人影に目を疑うが、生命反応がここから発せられている以上、死人とは考え難い。更に近づいてみると、舞夜は大きく目を見開いた。

「直接、体と接続している....!?ここに置かれた鋸は.....彼女の腕と足を切り落とす為の道具...のようだ.....まさか.....この娘が....!」

頚椎から腰にかけてコネクタらしきものが取り付けられており、天井から伸びる管と接続されるのだと容易に想像がつく。しかも足下に転がっていた鋸で、この先で何をしようとしているのか否応無しに突きつけてくる。舞夜は目の前の少女が何者かをサーバーに照会したが、一秒とかからずに返答された。エミ・アルファインスその人である、と――。

 

ビルドスパークルとエヴィルイフリートの戦闘は未だ続いたままだった。相手に事前にデータを横流しした事もあって、最悪の状況だが上手く耐え忍んで持久戦に持ち込んでいる。

「対策さえ出来てしまえばこちらの物だ....結構持ったんじゃあないか?お前にしては!」

ビルドスパークルの飛び蹴りを往なし、ヒートサーベル2連撃を浴びせて一方的に攻撃を加えていく。リョウマはこれ以上防戦一方のままだと持ち堪えられる自信がなかった。エヴィルイフリートがズカズカと歩み寄って相手の顔面を踏みつけ、襟首を掴んで持ち上げると、ビームニードルを何度も叩きつけた。機動性と運動性に特化した形態故に、純粋な防御力に難がある。シューインにとって、カウンター戦法は苦手では無いからか、勝利を確信する。

「だがそれもここまでだ。やはりお前には世界を救えないか....クハハハハ!」

エヴィルイフリートがゆっくりとヒートサーベルの切っ先を、ビルドスパークルのコクピットに向けた。リョウマは刃先を睨みつつも、形勢逆転のチャンスをひたすら伺っていた。

(早く、早くしてくれよ....これ以上は、やりきれる自信がねぇぞ....!)

 

リョウマの危機に居ても立っても居られず、弘がドラグハートチャージドを向かわせようとする。

「このままじゃヤベえぞ....テメェ後で覚えとくんだな!」

しかしブリッツシャノアールにまたしても止められ、今回は足払いもされてその場で転倒させられた。弘が抗議してもシャノアールは一切耳を貸さず、舞夜からの連絡を待つ。そして、遂にその時が訪れた。

「シャノアール・エスプリーク。比良坂です。対象の保護が完了、これより帰投します」

舞夜の任務完了の連絡を耳にすると、弾かれるようにビルドスパークルに回線を繋ぐ。

「リョウマ、今よ!保護対象の回収が終わったわ!」

 

リョウマもその報せを受け、安堵の息を漏らした。

「ようやくか....長かった....なッ!!」

ビルドスパークルが突然エヴィルイフリートの腹部を蹴り飛ばし、スマッシュブラスターで斬りつけた。突然の挙動変化にシューインは苛立ちを募らせる。

「何を考えている....!お前の負けは確実なんだぞ?」

「それはどうかな?」

リョウマはハザードエクステンダのモードを切り替え、再度スイッチを押し込んだ。するとビルドスパークルの背後からファクトリー型の、巨大な装置が現れ内部より、やや大型のビットが飛び出してきた。それらは主を守るが如く一斉に砲撃を始め、エヴィルイフリートをダウンさせる。

「さて、これがもう一つの力だ。本邦初公開だから、大盤振る舞いしてやる!」

ビルドスパークルが纏っていた真紅の鎧が弾け飛ぶ。すると周囲に漂っていたビットがバラバラに分解を始め、ビルドスパークルの四肢フレームと合体した。真っ赤な外見から一変して、紺碧の外骨格を身に纏うその姿は、まるで重MSのようだ。スピード特化の紅が"ラピッドスマッシャー"ならば、出力特化の碧は"タフネスブラスター"であろう。

 

「アイツ、また姿変わったぞ....!?」

目まぐるしく姿を変えるビルドスパークルに、弘は目を白黒させた。スワンはリョウマが何かを待っていたのではないか、と思うようになりちらりとブリッツシャノアールを見た。一方のシャノアールも彼女の視線に気づき、ネタばらしを始める。

「ビルドスパークルガンダム"タフネスブラスター"。攻撃力と防御力に特化した、ハザードの派生形態、らしいわよ。向こうに流したのはもう片方の情報だけなの」

「え.....」

「彼に頼まれたのよ。ラピッドスマッシャーの方のデータを向こうに流せ....ってね。比良坂さんからの、SECTOR-ZEROで拘束されてる人がいるって情報があったから、それを助け出させる為に時間稼ぎが必要だった。だから私がアーネストにデータを寄越して、長期戦に持ち込めるよう仕組んできたって訳。いくら信用に乏しくても、助けてもらった恩を忘れる女じゃなくてよ」

「じゃあこれ、全部リョウマさん達のシナリオ通りって事ですか....!?」

「ええ、勿論。私も元々、彼らのやり方が気に食わなかったし....だからちょっとした仕返しが出来て良かったわ」

その言葉通りに上手く行ったので、シャノアールはエヴィルイフリートに冷たい笑みを送った。

 

「その程度の変化で勝てると思うなよ!何度同じ事を言わせる気だ!」

エヴィルイフリートが素早くヒートサーベルを振り下ろしたものの、ビルドスパークルは微動だにせず全く攻撃が通じていなかった。

「何ィ....?」

今度はビームニードルを集束させ、拳を叩き込むが結果は同じ。ビルドスパークルには傷一つ入らない。

「効かないのは当たり前だ。ハザードを暴走させてるんだからな!」

ビルドスパークルがヒートサーベルを叩き壊し、両肩に装備するキャノンを至近距離で放ちエヴィルイフリートを吹き飛ばしてしまった。これには勝ち誇っていたシューインはとうとう業を煮やし、自らもハザードを暴走させる。ビームバルカンを掃射しながら飛び上がり、ダートビットを交えた弾幕でビルドスパークルを封殺しようとする。しかしリョウマにはその手が読めており、一切の動揺を見せなかった。ビルドスパークルの両ふくらはぎから、履帯が展開。そのまま大地を駆け、空から降り注ぐ殺意の雨を掻い潜りスマッシュブラスターと両肩のキャノンを撃ち返した。ヒートサーベルで砲弾を斬り潰そうとするエヴィルイフリートだが、余りの威力に刀身が耐えられなくなり、逆に撃ち落とされてしまった。

「貴様ァ.....!!」

落とされても尚向かい来るエヴィルイフリート。ヒートサーベルの一太刀をビルドスパークルは受け流し、即座にラピッドスマッシャーへ変身。素早く背後に回り込みスマッシュブラスターで打ち上げ、再びタフネスブラスターに。そしてスマッシュブラスターと両肩のキャノンにエネルギーを集束させる。追加で両足とリアアーマーにもミサイルポッドをビルドして、一斉に解き放った。

「オーバーフロー・シュート!!」

極限まで高められたエネルギーと、無数の砲弾がエヴィルイフリートに襲いかかる。シューインはこれを全て弾き返そうとするが、予想を遥かに超える弾幕量に加え、その弾の速さに反応しきれず機体をスクラップにされてしまう。

「こ、こんな物が.....ジプシー・ノアールからのデータには無かった....!ぐ.....あの女狐め....!」

シューインはシャノアールに憎悪のこもった視線を向け、歯軋りした。しかも奥歯にひびが入る程の力で、だ。

「お前はまんまと俺達にはめられた訳だ。もう諦めるんだな....あ、おいっ....!?」

リョウマがとどめを刺そうとする寸前に、エヴィルイフリートがバトルエリアから姿を消していた。仕方なくハザードエクステンダを取り外し、元のグリップと差し替えてハザードを解除する。戦いが一段落した事もあり、自分が汗まみれになっているのにようやく気がついた。体も力を使い果たしたからか、ほとんど動けない。

「ハザードを完全制御するったって、まったく調整してなけりゃこうなるよなぁ....」

ドラグハートチャージドとF91-Mがこちらへやって来るのが見え、リョウマは安心するのと同時に気を失った。ビルドスパークルが一切動かなくなり、弘が何度も呼びかけるが応答が無い。

「おい、おい.....!どうしちまったんだよ!また暴走するってんじゃねぇだろうな....」

しかしF91-Mがビルドスパークルに触れ、彼の状態が分かるとスワンは安堵して胸を撫で下ろした。

「気を失って、寝ているみたいですね。良かった....!」

「あ?マジか?んだよ脅かしやがって〜....っしゃ!そろそろ戻ろうぜ、もう皆も居んだろ」

「はい!....あと、シャノアールさんには後で謝っておきましょう....」

「いや、謝るのはあっちだろ.....何にも知らねぇ俺たちを騙してよ...あぁもうどう考えりゃいいのか分かんねぇぞ」

 

遠くからビルドスパークルを眺めているミナは、無意識に「ヒーロー....」と呟いていた。どうして彼は、元凶の一部だと糾弾されても尚戦い続けられるのだろうか。世界中が敵に回っているこのダイバーズで、まだ何かを信じていられるのか。今の自分には、友人達の力になりたいと言う思いだけしかない。だが彼は、リョウマ・アルキメデスはそれを遥かに超越して、世界を信じて戦っている。何が彼を前に進める力になっているのだろう。ただ一つ、ミナにも分かる事はリョウマ・アルキメデスが、ガンプラダイバーズと言う"もう一つの現実"を救うヒーローになる、その未来だ。

「あなたも同じ事を考えてるようね」

ブリッツシャノアールがトライアンフヴィータの真横を歩き、この場から去った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.58 明日を分かつEVE

弘達がクレッセント・ブルームーンに帰還するが、艦内は何故か人気を感じない程の静けさに包まれていた。

「誰も居ねぇのか?滅茶苦茶静かだぞ....」

「却って不気味ですね....取り敢えずブリッジに行きましょう」

スワンも各員のMSが着艦しているのを確認しながら、ブリッジへと歩く。人の往来が常に行われている印象があるだけに、不気味である。リフトで上りブリッジへの通路に出ると、グラハムが居た。彼もスワン達の到着に気づき、顔を上げる。

「君達で最後という訳だな」

「他の奴は皆居るんすか」

弘の質問に答える形で、グラハムは右の部屋を指差した。

「あの部屋に集まっているが、余り騒がないようにな」

「グラハムさんは行かないっすか?」

「結論を聞いたのでね。今はそれで充分だろう」

一足先にスワンが扉を開けた。大凡ブルームーンの面々の大半がそこに集まっており、物々しい雰囲気が立ち込めていた。一先ずすぐ近くにいたミサに声をかける。

「これ....どうしたの?」

「何でも黒さんの知り合いかも知れないんだってさ....んで、あっちにいる....教授の隣の人が、昔ZeuSに居た人だとか〜....」

 

「よしっ....これで浄化は完了っと....!後は丸一日安静にしてたら大丈夫!」

門松と同じく白衣を着た女が、エミの全身に取り付けていた電極を外した。

「しっかし、比良坂が救助したのが彼女だけじゃなくて、お前もだったとはなぁ〜...永峰ぇ...」

門松がエスに解析結果を記録したファイルを渡しながら、呆れ半分に溜息をつく。永峰、と呼ばれた女も頭を抱えながら椅子に座った。

「そう言わないでくださいよ〜....てか舞夜ちゃんが生きてるなんて、あたし聞いてないし....諒馬が何かやってるってことも!」

二人のやり取りを呆然と聞いているエスだったが、いつまでも要領を得ないままではいられず、口を開く。

「あの....さっきから気になってたんですけど、あなたは一体?」

永峰がキョトンとした顔で自らを指差すので、エスはぎこちなく頷いた。

「あーそっか、自己紹介まだだったよねぇ....私は永峰 亜樹子。今はアーネストの技術顧問....要はダイバーズの管理運営をしています!」

思いがけない肩書の人物だった事に、ブルームーンの面々は驚きを隠せなかった。リタは表情をますます険しくし、門松に目を向けた。

「でしたら、どういう経緯でこの方がここにいらっしゃるのか。説明して頂けますか?」

「それは、俺も今から話しておこうと思ってたところだ。永峰はかつての俺や水崎の同僚だ。奴さんほど気狂いじみた才能はなかったが、それなりに出来る技術者なのは違いねえ。恐らくそれを買われてアーネストにヘッドハンティングされてんだろう。そんで、技術部のてっぺんまで担ぎ上げられた挙げ句、徹=アルマーニュの手駒になっちまったって訳さ。どうも奴等が抱えている"最終兵器"っての?アレの調整までやらされたんだと」

「アレ?アレ、とは何ですの?」

リタの問に答えるかの如く、舞夜がミニウィンドウを送った。SECTOR-ZEROを貫く光の柱の中、幾重ものホログラム表示が映された巨大クリスタルである。その物体の中心に、これまた大掛かりな歯車と時計が埋め込まれていた。これは言うまでもなく、終末時計その物だ。

「門松教授」

と舞夜が確認するように問うと、門松も静かに頷いた。

「ああ、よく綺麗に撮ってきてくれたな。そいつが、奴等にとって必要不可欠な道具....奴らは終末時計って呼んでたな。2つ文字盤があるっつぅ事は、どっちかが残り日数だろうよ。こいつが全部ゼロになっちまえば、この仮想世界は一瞬にしてパァ、だ....恐らくな?」

側で聞いていたエスの脳裏に、何かが閃いた。気がつく頃には頭痛が襲いかかり、あわや転倒しそうになった。

(何だ、今のは.....けどこの感覚は....どこかで....いや、俺はこの感覚を知っている...!)

エスは居ても立っても居られず、素早くこの場から抜け出してドックへ駆け出した。途中でグラハムと弘に呼び止められるが、それすらも振り切り階段を駆け下りる。

「君だろ....君なんだろっ.....!?俺を呼んでいるのは....!どこに居るんだ、教えてくれ.....!」

朧げながら聞こえる声が、次第にハッキリしていく。頭が張り裂けそうだ。しかし、懸命に繋ぎ止めようという感情が、流れ込んで来るとその苦痛も平気のように思えてくる。

「レイ......そうだ、俺達が助けるから....それまで生きててくれ.....いや、絶対に生きるんだ....あの人の分まで生きるって決めたんだから....!」

エスはドックのハッチを僅かに開け、吹き込む風に目を細めながらクリスタルの大樹を見つめた。そう。彼女と共に戦い抜いた時の、たった一つの希望の象徴だ。

 

リョウマの意識が少しずつ鮮明になってゆく。体を起こそうにも、頭痛がして否応無しに諦めてしまう。

「今の.....何だったんだ....俺の身に何が起こってる....?」

彼もまた、エスと同じく何かを感じ取っていたようだった。しかしリョウマはν-Typeではない。とは言え今しがた脳裏に浮かんだ、青い光のビジョンは間違いなく記憶に残っている。それに誘発される形で目を覚ましたのだから、嘘偽りなくリョウマもあの感覚を味わったと言える。

「やる事がたんまり残ってんだ.....いつまでも病人やってる訳には行かねぇな」

ズキズキと痛む頭を押さえつつ、強引にベッドから立ち上がりウィンドウから呼び出した、水と鎮痛剤を服用する。頭痛が治まったところで部屋を出、ブリッジに向かおうとした矢先。エスとばったりぶつかった。

「もう大丈夫なんですね、良かった....!」

安堵するエスだが、リョウマからすると彼の方が具合が悪そうである。

「そう言うお前は吐きそうになってんぞ....何があったんだよ」

「この話を信じるかどうかはお任せします.....」

エスは一呼吸置き、起こった事をありのまま伝えた。

「俺は、彼女の――レイ・ブルームーンの声を聞きました」

しかしリョウマの反応は、エスが思っていたのとは趣が違うものだった。

「確かに俺も、何かが聞こえて目が覚めてんだよ。『私はここにいる』とか....アレは気のせいじゃなかったのか....!皆を集めてくれ。これは大きな前進になるぞ!」

リョウマはエスの肩を軽く叩き、ブリッジへと向かうのだった。

 

SECTOR-ZERO。徹は既に侵入者の事は気づいていたが、敢えて泳がせる為に手を下さず、最深部にある一室を訪れていた。透き通った木の根らしきものが幾重にも折り重なり、繭のような形を成している。内部にはモビルスーツが1機、鎮座しており根から何かを吸収しながら胎動の時を待っているかのようであった。

「ようやく、この時が訪れたようだよ。停滞するだけの世界を破壊し、新たなる世界を創り上げる.....そう、僕を創世神たらしめる神の器――ロストフリーダムガンダムMk-X」

脈動するが如く、装甲の表面を光が走る。徹の両眼もそれに呼応してぼうっと、翡翠の光を灯した。少し離れた所にグロックが立っており、ロストフリーダムMk-Xを横目で見つつ、これから更に激化するであろう戦争をどう動かすかを考えていた。

「大将のそいつが早目に目を覚ましゃあ、あとは勝手にゴロゴロと転がっていくんだがねぇ....まだかかるもんなのか?」

「全智全能の力を手にする為には、これではまだ足りない方さ。しかし彼女もしぶとい物だね...主人格を失っても尚抗うとは」

徹の表情が険しさを帯びる。

 

ブルームーンのブリッジに戦闘員の面々が集ったところで、リョウマは全員の到着を待ってからモニターの電源を入れた。最初に画面に映った景色に、ミサとアヤカがあっと息を呑んだ。

「これ、第4の....クリスタルの樹!?」

「そう。JOKER事件の記念碑的な物になってる、クリスタルの大樹だ。この真下は、SECTORに繋がる入り口になっている」

「それは、そうです!けどそれがどうかしたです?」

次にリョウマが画像を切り替えると、全員が目を丸くした。クリスタルの大樹の主根がいくつもの保護層を貫いて、SECTOR-ZEROと繋がっていたのだ。

「だがあそこへは我々は踏み込めない....どうするつもりだ?」

リョウマと門松だけが、権限を持っていると知っていたグラハムが問いかける。すると亜樹子が「はいはい!」と手を挙げた。

「それは、これからこの艦にインストールする、バッチで解決します!ほんの小一時間で用意ができるから、それまで待ってて!」

そう言うとポケットの中からUSBメモリ型の端末を取り出し、ウォレスの席――操舵席のモニタ下にあるスロットに差し込んだ。

「そいつでどうなるのか位説明しろよ」

「そうだった.....!」

リョウマに溜息をつかれ、亜樹子は慌てて皆に振り返る。

「えーっと、このバッチがあればブルームーン全体が開発者権限を持てるようになります。あの先へ入れるのは、開発者の中でもかなり限られた人のみなんですけど、これがあったらセキュリティも簡単に突破できます!」

それを聞いた弘は、何やら妙に明るい顔でリョウマに指差した。

「ま、マジか....よく分かんねぇけど、リョウマより凄えんじゃねぇか?」

「俺だってこの位やれる。けど俺はアーネストの技術者じゃないし、外野が勝手にやるのは犯罪行為だ。てか人を指差すんじゃないよ」

リョウマは弘の手を下ろさせ、作戦の説明に戻る。

「バッチのインストール完了次第、作戦を展開する。戦力を3段構えに配置し連中に対して、不利を背負わない形であの樹を制圧。後はSECTORで奴らを叩けば、大局を制する事ができるはずだ」

「ねぇ、ちょっと待って」

ミナが手を挙げ、席を立った。

「あの下にSECTORと言うのがあるとして、アーネストを倒せたとしても、レイさんとか常岡君の友達がそこに居るかどうか分からないんですよね。その言い方だと、そっちには目が行ってないように思えるんですけど」

リョウマは一呼吸置き、「舞夜」と説明を頼もうとするがミナに遮られてしまう。

「あなたの言葉で、説明してください....!」

エスに座らせられそうになるが、ミナの意思は固くリョウマも答えるしかなかった。

「弘の友達については、奴らの手に落ちたと言う事実から考えれば、SECTORに居るのは確かだろう。そしてレイ・ブルームーンについては....俺の幻聴でなければ彼女の"声"を聞いた。嘘だと思うならエスに聞いてみてくれ、そいつも同じ物を体験してんだ」

「"声".....」

ミナがちらりとエスを見ると彼は振り向きこそしなかったが、頷いた。

「間違いなく、あの人の声だった。彼女は今でもあそこで生きている」

静寂が広がったのを感じ取り、リョウマは咳払いして話を続ける。

「ただ、一度のアタックで成功するとは考えていない。少なくとも3回位トライしないと、突破すら危うい....つまりアーネストを殲滅する勢いでやるって事だ」

リョウマが珍しく"殲滅"と表現した事で、一同がゴクリと唾を飲み込んだ。全てが決まる戦いがこれから始めようというのを、肌で感じ取っていた。

 

会合が終わって、スワンは一人ビルドスパークルを眺めていた。眼下では、リョウマ達エンジニア陣が何やら慌ただしく動いているが、スワンが滑り込む隙は無いようだ。

「スワン。ここに居たのですね」

突然呼ばれ、振り返ると舞夜が歩み寄って来た。彼女から話しかけられる事が無く、スワンは妙な緊張を感じた。

「私から話しかけたのはほぼ初めてですから、無理もないですが身構える必要はありません。私からあなたに託しておきたい事があります」

「え....?何でしょう?」

舞夜は一度ビルドスパークルを見上げ、視線をスワンに戻した。

「あなたに、彼の事を頼みたいのです」

「彼って....リョウマさんですか?」

「はい。彼がいつまでも生き霊に拘っていてはいけない。今の彼は、私が存在する事で何とか立っていられるようなものです。しかし私の活動可能時間は残り僅か。滅多な事では彼は戦う意志を捨てたりはしないでしょうが.....支えが無くなってしまう。あなたには、諒馬の支えになって欲しい」

下で作業するリョウマを眺める、舞夜の目は心做しか不安が見え隠れしていた。だがスワンには、彼を迷わぬよう導けるのか自信が全く無かった。リョウマの背負っている物が、自分の想像が付かないくらいに大きいのだ。

「私で務まるのでしょうか......今は「はい」とも言えない自分が悔しいです...」

「そんな事はない。あなたは十分、強くなっている。何も代わりをしてくれという話ではなく、あなたがあなたのまま、彼を支えてあげればいいのだから....」

気がつくと、舞夜の手がスワンの髪を撫でていた。機械的な面持ちがこの一瞬だけ、優しさを持ったのを目の当たりにしたスワンは、むしろリョウマの隣に相応しいのは自分では無いのだと、自覚した。だがそれを口にしてしまえば、きっと舞夜を苦しめるだろう。何より、自らのリョウマへの想いをハッキリさせる為にも、この願いを聞く決心をした。

「承知しました。精一杯、その命を果たして参ります!」

突然、艦内を門松の声が駆け巡った。

「えー、突然で悪いが壮行会的なのをやる事になった。今からメッセージ流しとくから、各自読んでから返答する様に宜しく頼むぜ〜....そんじゃ」

プツリ、と音声が切れた。

「相変わらずですね、門松教授は。ZeuS時代から変わらずああ言う感じな所....懐かしい」

「前に研究棟にお邪魔した時も、こんな感じで学生さんを呼んでました...ふふっ」

この瞬間にして、二人の距離は大きく縮まったのである。

 

そして日が沈み切った頃、堂夢大学仮想世界工学研究棟の屋上にて。

「うわっ.....全員参加かよ」

諒馬がドアを開けると、既に宴は始まっていた。弘がスペアリブに齧りつきながら、大振りに手招きする。

「遅えぞ!早くしねえと肉なくなっちまうぜ?」

程なくして奏と聡も気づき手を振ってくれた。諒馬は照れ隠し気味に笑って、紙コップに緑茶を注ぎ入れた。

「主役は遅れてくるもんだろ?....ったく、こんな大事な時にパーティーやろうだなんて、無神経だな」

「いいじゃねぇか!パァーッてやって一致団結!だろ!?」

弘は笑いながら諒馬の肩を掴んで、ジョッキのビールを口にする。「何だよそれ」と諒馬は返しながら、網の上に肉を乗せた。炭火で炙られた肉からは、香ばしい匂いが。

「よぉ水崎。まさかお前まで来るとはなぁ」

諒馬が肉を取ろうとした瞬間、門松の箸が素早く標的を捉え敢え無く奪取された。

「あ.....!?今のは無しでしょ!?」

「何言ってんだよ。こう言うのは弱肉強食だろ?それはそうと、お前気になる事を言ってたよな。レイの声がどうとかって....黒浦の奴からも聞いてたが、まさかお前もとは....」

「そうやって区切ろうとするのは、あまり褒められた事じゃないですよ。ただ俺は、ありのまま起きた事を話した。それだけです」

「けどそいつは、今の人類には早過ぎる。だから区別するしかない。お前もν-Typeになった。その事実は変わらんだろうさ」

「だったら今の常識を塗り替える。俺がやらなければいけない事は、多分それでしょう」

諒馬と門松が話している所へ、聡もやって来た。

「けどきっとなれるだろうって思ってた。あの世界で人が変われるってのは、証明出来たんじゃないですか」

「....あそこは、仮想世界は人類が進むべき新しい道になる。今の人間には早すぎた代物かと思ったけど、そうじゃないのかもな」

ここに居るのは、殆どがν-Typeと呼ばれる存在だ。しかしそうであっても彼らはこうして、ごく普通の人間として生きている。それが当たり前なのだ。そんな当たり前を守る事が、今最も必要なのだろう。ν-Typeと言う言葉が必要無くなる世界を目指す。この戦いの後にすべき事を見いだせそうになった時である。

「諒馬ぁ!これ、食ってみろよ!超美味えぞ、マジパねぇ!」

いつの間にか離れたと思っていた弘が、桁外れのハイテンションでこちらまで来、諒馬の口元に串に刺さった、肉巻きおにぎりを押し当てて来たのだ。

「うぉお熱っ!?さてはお前酔ってんな....あ、美味い」

「だろぉ!?あの娘が作ってたんだ。よし、また貰いに行こうぜ!すぐ無くなっちまうかも知らねぇしよ!」

諒馬達を遠巻きに眺めながら、奏は美彩お手製の肉巻きおにぎりを口にした。これまでの彼なら、きっとこのような場には来なかっただろう。

「奏ちゃん、隣...いいかな?」

声をかけられ振り向くと、奈都がいた。やはり彼女の手にも所謂"肉巻きおにぎり串"が握られている。予想以上に好評だったようだ。奏がコクリと頷くと、奈都は隣に腰掛けた。

「紗綾ちゃん、もうすぐ合流するみたいだよ。あっちではウェルス....って言うんだっけ。あの人はまだ分からないみたいだけど、作戦が本格化する頃にはなんだって」

「そうなのですか?しばらく見なかったから心配してましたけど、また会えるなら何よりですね....!」

どうやら少し前に聡から聞いていたらしいが、言い出すタイミングが見つからず、已む無く奏に教えた次第だそうである。奏にとっても心強い仲間である二人の帰還は、願ってもない好機であった。しかし最後の戦いが近づくという事は、諒馬との別れも同様に訪れつつあるのを意味する。叶わぬと知っても、決着させたい想いがあった。

「あの、奈都さんは黒浦さんにどうやって想いを伝えたのか、教えて頂けませんか!?」

奏から飛び出してきた、唐突過ぎる質問に奈都は目を白黒させる。だが簡単に答えられるような話でもなかった。確かに二人は交際しているが、そこに行き着くための道程が普通とは違う。しかしはぐらかそうにも、奏の真剣そのものの表情を前にしては、奈都も折れるしかなかった。

「えー.....そんな事聞くかな....?でも私達なんて参考にはならないと思うよ。それに、言ったのは聡君の方だしね....困ったなぁ...」

「そ、そうだったのですか.....ごめんなさい、そうとは知らず失礼をしました」

「まぁでも、逆の立場でも変わらない気はする。あれこれ回り道をするより、素直に伝えた方が、たとえ駄目でも後腐れなくなるんじゃないかな」

「素直に、ですか.....私に出来るのでしょうか...怖いです」

俯く奏の頬を指で押し、奈都は笑いかける。

「大丈夫だって!一度振り切ってみたらなるようになるから!まぁ、私もあの人に酷い事言ったりしたし、一先ず謝らなきゃだけど。」

聡に呼ばれ奈都がベンチを立つ。奏はそれを横目に見送りながら、再び諒馬を見つめた。

「ここは、女の力.....って事ですよね....!」

 

宴も終わりを迎え、片付けが始まった。主役として扱われてしまった諒馬は何も手伝わせてもらえず、ただ遠くから缶ビールを飲みつつ作業風景を眺めるしかなくなった。しかしこうしてこれまでを振り返りながら、決意を固める時間は必要なようにも思える。バーベキューコンロを片付け終えた弘が、カクテルの入った瓶を片手にやって来た。

「何しみじみしてんだよ。これからだってのに」

「これから、だからだろ。こんな景色が俺にも見られるんだって思うと、何か悪い気がしなくてな」

「何だよそれ?はぁーあ.....これでこの馬鹿げた戦いも終わりになるんだな。望を助けられりゃ終わりだと思ったのに、色んな事が重なっちまって、気が付きゃ世界を救う!だなんてさ。人生何が起こるか分かんねぇもんだな」

ビール缶とカクテルの瓶を軽く打ち合い、遅すぎる乾杯をする。

「本当、よくこんな所までついて来ようと思ったもんだ。ありがとう」

「き、急にそんな事言うなよ....気持ち悪りぃ....まぁでも、お前と出会わなかったら俺もただ暴れ回ってただけかも知んねぇしな....こっちこそありがとうな」

弘がふと諒馬の方を見ると、街の夜景を楽しもうと振り向いていた。だがどうして弘には、彼が涙を堪えているように見えてならない。

「何だよ?もしかして泣いてんのか?」

「うるさいよ、泣いてる訳無いでしょうが。これで覚悟は決まったんだよ。俺は何としても、徹=アルマーニュを倒して戦争を終わらせる。俺の手でダイバーズを取り戻してみせる」

「まぁーたお前一人っぽくいいやがって、そうじゃねぇんだよ」

弘は向き直ると、右手を諒馬の顔の前まで上げた。

「"皆で"、だろ?」

「ああ.....お前の言う通りだよ.....ったくお前に言われるなんてな、どうしたもんだか」

二人の勇士の握手が再び固く交わされる。これから臨む最後の戦いに向け、それぞれの意思を一つに束ねる時が近づきつつあった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.59 希望を描くPIONEER

研究棟裏の倉庫で、木炭と着火剤を仕舞い込んでいた聡と奈都。二人の話題は諒馬についての事だった。

「聡君は、どうしてあの人を信じようって思った?」

奈都の質問に目をパチクリさせながらも、聡は脚立を設置して木炭を上の棚へと押しやる。

「理由なんて無いよ。ただそうしたいと思った....いつも通り直感な訳だけど。でも後から分かって来たんだ。水崎さんは、本当にダイバーズを救うヒーローになれるかもしれないってさ」

「ヒーロー.....やっぱり....そう思うんだ?」

奈都もダイバーズのニュースを通じて、世界が敵に回っても何かを信じて戦い続ける、諒馬の姿を知る事があった。ZeuSの技術者と言う出自は、社会全体からバッシングを受けたとしてもおかしくは無い。しかしそれでも彼は、最後までヒーローを張り続け、ダイバーズの全てを守るべく奔走したのだ。そしてビルドスパークルが進化したあの戦いで、奈都は決定的に理解した。彼こそが、ガンプラダイバーズと言う"もう一つの世界"を救う、最後のヒーローなのだと。

「ありがとう、聡君。迷い...晴れたよ」

奈都は聡ににこりと微笑むと、倉庫から駆け出して行った。無言で見送る聡だったが、その面持ちに安堵が表れていた。

 

諒馬が研究棟を去ろうとした時、奈都に呼び止められた。

「あのっ.....水崎さん!」

罵声を浴びせてきた相手でも、諒馬は一切態度を変えず「どうした?」と返す。その表情で、奈都の躊躇いが消えていった。

「こないだは、酷い事言ってごめんなさい。あなたが本当は、事件に関係がないんだって分かっていたはずなのに....ZeuSの人だったってだけで私、何も考えないで...」

「そんな事か....。謝る必要はない。俺の出自を知れば誰だって、ああは言いたくもなる」

諒馬も言われるだけの理由は分かっていた。

「関係なかったからと言って、そこで全てを止めてしまうつもりはねぇ。ZeuSで始めちまった事は、同じZeuSの人間がケリをつけるのが筋ってもんだ。ダイバーズをこれ以上、戦争の舞台にさせねぇためにもな」

また明日だ、と続けようとした矢先。奈都が駆け寄って手を差し出してきた。

「私、あなたを信じます。ガンプラダイバーズの、救世主になるあなたを」

しかし諒馬は、驚いたように奈都をしばし見つめるとそのまま連れ出してしまった。何事かと目を瞬かせる奈都。手を引かれるがままやって来たのは、諒馬のA.ν-T時代から使っていたラボであった。

「えっと......ここは....?」

「俺が昔使ってた拠点だ。最近また使い始めたんだけどな。上がってくれ」

諒馬に促され、奈都もラボへと足を踏み入れた。

「何だか、凄いですね....SF映画みたい」

時代を2つほど飛ばしたような機材がそこかしこに並んだこの景色に、やはり彼女もそんな感想を漏らした。

「最後の戦いが近いから、新しい機体を用意しようって思ってるんじゃないかと見たけど、合ってるか?」

頭の片隅で考えていた物を、読み取ったかのように問いかける諒馬に、奈都はドキリとした。

「どうして、それを...?」

「奏から聞いた。と言うより、そうなるのも自然な流れな気もしてる」

最後の戦いに向けて、奈都はトライアンフではなく新たなビルドストライクに着手しようとしていた。トライアンフでは、奈都の肌に馴染まなかったようで思うような活躍が出来ていなかった。諒馬は3Dプリンターらしき装置から、3mm径のハードポイントだらけのプラモを取り出し、奈都の前に置いた。

「新しい武装ユニットの試験用に用意していた、言うなればエグザミネイションタイプって奴だ。そいつに取り付けているのが、今回試してもらいたい物だ」

奈都はじっと目の前のプラモを眺める。確かに全身には青いクリアパーツを散りばめた、増加装甲と思しきものが装着されている。見ようによっては、拘束具のようでもある。一体これは何だと目で問いかけると、諒馬は電子ホワイトボードの電源を入れた。

「プラフスキー・エンハンシブ・デバイス、略してPED....内部に限界まで圧縮したプラフスキー粒子を閉じ込め、一気に解放することで機体性能を、理論値では10倍近くまで跳ね上げる代物さ」

「じ、10倍.....!?」

「ダイバーズではRGシステムを使っても、限界までやったところで5倍が限界だ。君だって酷い時はエス以上に無茶苦茶やるそうだな....少なくともこのPEDなら、そういった要求にも応えられる。さて、物は試しだ。専用のフィールドを用意してるから、テストを兼ねた操作説明をしよう」

「は、はい....!」

 

天原 奈都――ミナ・ツバクラメが目を覚ましたのは、よく知っているようで懐かしさもある空間だった。

「ビルドストライクのコクピット.....」

テスト用に素組のビルドストライクを用意されており、真新しいコクピットの空気を吸い込んだ。どこまでも広がる、方眼とブロックだけの空間にビルドスパークルも現れる。

「さぁ、実験を始めようか。今回は条件を緩和して、無制限にPEDを使えるようにしている....音声認識で起動するから、やってみるんだ」

ミナは多少の緊張を感じるが、物ともせず声を張る。

「RGシステム・インヴォーク!PEDオーバーライド!」

コクピットがモノクロへと変色した後、ターゲットのみが赤く表示された。そして肝心の機体はと言うと、青い光が全身を包み込み、プラフスキー粒子の衣を纏っているかのようである。右手にしたビームライフルも、バレルが伸長しており長身の銃となった。

「真っ暗に、なっちゃって.....」

呆気にとられミナに、リョウマはオーダーをする。

「次は圧倒的な性能を体感してもらいたいから....出てくる的を撃ち抜いてみてくれ」

ビルドスパークルが指を鳴らすと、至る所に円形の的が出現した。ミナは唇を舐め、レバーを前に倒す。ビームライフルから放たれる青い光弾は、凄まじい初速で風を裂きながら的を貫いた。更には、バースト射撃並みの連射性能まで有しており、ミナのベストだと思う時間で全てのターゲットの破壊に成功した。

「100個もあったのに、たった30秒で....」

ミナが驚いたのはビームライフルだけではない。PEDを解放したビルドストライクの挙動が、何から何まで自分の肌感覚その物に追従していたのだ。暗転した様なモニターだが、極限まで拡張されたミナの意識の前には、無用であった。

「暴走したハザードより出力が上げてたけど、まさかこんなに化けるとは」

製作者であるリョウマでさえ、PEDの性能に驚きを隠せない。何よりハザードより強化していると言うのだ。機体性能のインフレーションが更に加速しているようなものである。

「格闘戦にも、対応してるんですか?」

「丁度試そうと思ってた所だ。俺自身も少しは腕を上げる機会も欲しかったしな」

ビルドスパークルからハザードの魔霧が吹き出し、スマッシュブラスターとラピッドアーマーを装備。ラピッドスマッシャーへと変身した。これにはミナもワクワクしてしたらしく、より一層眼光を鋭くする。

「それなら、後悔はしないでね!」

ビルドストライクが跳躍し、ラピッドスマッシャーの眼の前に降り立つのと同時、ビームサーベルを突き出した。ラピッドスマッシャーも瞬時に斬撃軌道を抜け出し、スマッシュブラスターを薙ぎ払いビルドストライクを弾き飛ばす。だが同じタイミングでビルドストライクが膝で受け止め、再度ビームサーベルを振るった。ラピッドスマッシャーはスマッシュブラスターを滑らせ、ビームサーベルを押し留め腹を蹴りつけた。だがビルドストライクには一切通じていないようで、後ずさる事もなくそのまま押し出して突き飛ばしたのだ。

「うっ.....流石俺の発明品....パワーも桁違いだな....!」

「私にビルドストライクを寄越せば、大体こうなるの、知らない人が多いよ....ね!」

ビルドストライクがバーニアを全開にし、両手に構えたサーベルを振り下ろす。ラピッドスマッシャーは素早く反応してこれを避け、ドリルクラッシャーをビルド。二刀流でX字に斬りつけ、至近距離でスマッシュブラスターのビームバズーカを放った。流石のビルドストライクも無事ですまないかと思われたが、軽く吹き飛んだだけで倒れてすらなかった。

「マジか.....差し詰めノーリスク過ぎるハザードってとこだな」

しかしミナは、ビルドストライク内のアラートに目をパチクリさせた。

「何.....これ.....あっ.....!?」

ビルドストライクを包んでいた光の膜が、突然消え失せた。これにはリョウマも首を傾げる。

「おかしいな.....制限はかけてないはずだ。考えられるとすれば.....まぁそれは後で分かりゃいい事か。一先ず、どうだった?PEDは」

「こ、これだけの性能が出せたんだから....使いこなせるようになれば、どんな相手も目じゃない気はしますけど。でも、どうしてこんな凄い物を私に?」

「それは、これからの作戦で君とエスが要になるからだ。彼女を救い出すためのね。常識が通用しない連中を相手取るには、同じく常識破りで対抗するしかないって言うだろ?さて、誰かにバレる前に戻ろう」

こうして予期せぬ出来事で実験を終了したが、性能の実証は出来た。リョウマはそう判断してダイバーズから離脱する。

 

翌日。ガンプラダイバーズ、クレッセント・ブルームーンにて。医務室の椅子に腰掛け、何時間もの間舞夜はエミの目覚めを待っていた。朝日が昇り始める頃、舞夜は積層CPUのスリープを解いた。

「....脳波、正常値まで回復.....そろそろか...」

しばらくすると、布団が小刻みに揺れる。舞夜はまだ何もせず、遠くから様子を見ていた。そして。

「ここ.....は.......?」

エミは目を覚まして早々、見覚えのない景色に口をぽかんと開けて呆けていた。そこへ舞夜がやって来、ベッドの前の椅子に腰掛ける。

「クレッセント・ブルームーンの医務室です。あなたの身体は酷く衰弱しています。くれぐれもドクターの許可なく動かない様に」

無表情のまま、淡々と告げる舞夜にエミは要領を得ない顔で、ただ頷いた。しかしエミの脳裏である声が過り、再び舞夜を見つめる。彼女がまるで人間でないように感じられたが、それでも言いたい事を伝えねばと口を開く。

「私の思い違いじゃないとしたら.....あなたは、もしかして.....」

だが舞夜は、無言で首を横に振り席を立った。

「あなたがこうして、あなたとしてここにいる。それが全てです。今はそれでいい」

とは言えエミにはもう分かっていた。

「......ありがとう、ございます」

突然ドアが開いたかと思うと、亜樹子と門松にリョウマ、弘が続々と部屋に入って来た。

「あ、この娘もう気づいてます!よかった〜!」

亜樹子がエミの覚醒に気づき、その場にへたりと座り込みベッドにもたれかかった。「言われなくても見りゃ分かる」と門松が鼻で笑うも、彼も満更でもないないらしく、その面持ちはどこか安堵していた。

「無事に助かってくれたみたいで、何よりだ」

ベッドの反対側にリョウマが立ち、脳波測定機の波形を見て呟く。この声もエミにははっきりと覚えがあった。

「あなたは......!」

「あんな状況でも、きっちり記憶があるなんてな....」

「記憶だけは、消えてなかったみたいです.....」

何かを言い出そうとするが、エミは言葉が支えて口を噤んでしまった。リョウマはその理由を察して小さく頷き、何も言わず窓に目を向ける。

「助かっただけでも御の字だ。教授、すみませんが彼女を見ててください。舞夜と永峰はついて来てくれ」

そう一言断ると、二人を連れて部屋を出た。

「何か手伝い事?」

亜樹子が小首を傾げながら、白衣のポケットに手を突っ込んだ。リョウマはすぐに答えずドックの隅の、パーテーションで区切られた簡易的なラボへ二人を招いた。

「これは.........ジーニアス、システム....?」

舞夜は目の前のモニタに書かれた文言を読んだ。

「ハザードの上を行く、新たな力を生み出す為のシステムだ。とは言っても作り始めたばかりだから、まだ詳しい事は言えねえけど」

ハザード、と聞いた亜樹子はリョウマを凝視しあ。

「え、ハザードって、あのハザード!?何でリョウマがそれ知ってんの!?」

「今更言うなよ。もう使いこなしたから平気だ.....それより二人に頼みがある。これからガンプラダイバーズの中枢にアクセスして、サービス開始時点から登録された、全てのガンプラのデータをサルベージして欲しい。頼めるか?」

要件を聞いた亜樹子と舞夜は暫し互いを見、ゆっくりとリョウマに向き直った。

「いやいやいやいや!!無茶言わないでよ、そんな事出来っこないし!」

亜樹子が全力で抗議する。流石の舞夜も、彼女には顔を見られぬよう、モニターを眺めながら悩んでいた。しかしリョウマも、これが無理難題なのは理解していた。だからこそ、二人にこれを頼んだのである。

「ジーニアスシステムに一番必要な要素は、ガンプラダイバーズで遊んだ、全ての人達の記録だ。そして永峰は、全ての始まりから今に至るまでをその目で見てきたんだろ?お前が一番の適任者なんだよ」

亜樹子はここまで信頼されていたのかと、半ば勝手に感じて涙する。

「うん....分かった!あたしやってみる!」

「舞夜はしばらく、永峰を手伝ってやってくれ」

「了解しました」

この場を二人に任せ、リョウマはいそいそと別のドックへ走る。葉山を始めとしたメカニック陣が、弘の体にマーカーを貼り付けていた。

「おい、リョウマ....何だよこれ」

弘がジロジロとマーカーを見ながら、戸惑う。

「モビルトレースシステムの精度をより上げられるよう、予めお前の動きをトレースしたデータを入れようってのさ。要は、お前の動きを機体に学ばせて、更に戦いやすくするって事」

ふとドラグハートを見上げた。かなり長い間弘と共に戦場を駆け抜けた、相棒とも呼べる存在。リョウマとしては、代替機扱いにしてお下がりよろしく貸したつもりであったが、今やここまで戦い続けたのは非常に感慨深い。それだけドラグハートが、弘にしっかり追従出来ている証拠でもある。しかし今後の戦いにおいては、その限りでなくなる。ドラグハートに仕掛けていた"鍵"は、既に外されていた。ならば、すべき事は一つだ。

「ドラグハートの限界を、お前が超えちまったんだ。今後更にどうなるかは、天才の俺でも分かんねぇ。けど出来る事はやって行くつもりさ」

「俺いつの間にそんな所まで来てた?」

「今更何言ってんだよ。純粋な力ならとっくに俺を超えちまってる。ま、ここだけはどうにもなんねぇけどな」

リョウマが自らの頭を指差しながら、現場を離れようとするが弘に肩を掴まれる。

「お前はいつも一言余計なんだよ」

「そんな事気にしてどうすんだ、もうテスト始まっちまうぞっと」

 

リョウマから開発の引き継ぎを受けた亜樹子達。しかしかつてと同じ空気感とは行かず、亜樹子本人は妙なやり辛さを感じていた。その原因は、舞夜のガラリと変わった雰囲気にある。

「ねえ舞夜ちゃん、あれからずっと連絡取ってなかったけど、どうしてた?」

思い切って話しかけてみるが、舞夜からの反応は無い。ZeuS時代でも何かしらの諍いがあった訳ではなく、仲そのものは良好だった。一体この数年の間に何が起こったというのだろうか。しかしこれ以上聞くのは、亜樹子には憚られた。と言うより、怖かったのだ。数分の間を置いて、ようやく舞夜が口を開いた。

「ガンプラダイバーズを彷徨っていました」

「え?彷徨ってた?どゆこと?」

だが今度は舞夜の方が話すのを躊躇ってしまう。自分が実験台にされ、命を落とした事も。そして、リョウマの為に戦い続けるだけの存在となる道を選んだ事も。差し障りのない答えが見つからず、結局黙り込むしか無かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.60 最高のPARTNER

現実時間で昼を過ぎる頃には、全てのメンバーが出揃っていた。そのタイミングに端を発して、作業も急ピッチで進み始める。無論リョウマも、葉山と共に総指揮を執る形で進行管理に当たっていた。

「これどうしますか?予備パーツなんてこんな所に置いたら.....!」

エスが作業車両で運んでいたのは、何やらMSの前腕と脚部らしき物体。彼の問を聞くやいなや葉山がメガホンを手に、

「それは予備パーツじゃない!つべこべ言わずさっさと運びなさいよ!」

と怒号を上げた。作業音が至るところから響く為か、声を張り上げるしかない。

「うわっ怖っ」

隣に立っていたリョウマも、思わず耳を塞ぐ。だがそうしている間もなく、ある物を目にした。

「なぁハッパさん。あんなのいつからあった?」

リョウマが指差す先を葉山は目で追った。ビルドスパークルから1つ開けて奥のドックに、青いグレイズらしきMSが収まっていた。

「コクピットの形式がグレイズ・アインっぽいなと思ってたら、あのAGE-1は偽装だったんですよ。視覚調整をして、自分達にはAGE-1に見えるようにした、と」

「あいつがダイバーズに干渉できるようになってから、凄まじいことしてんな.....」

着々と整備が進められ、いよいよ決戦へ向けての雰囲気が濃くなり始める。

 

一方、シャノアールはミサ、ミナと共にビルドスパークルの調整を手伝っていた。勿論作業を主導するのは、門松である。

「きちんと調整しておけよ、少しでも駆動係数が狂えば全部がた崩れになっちまうからなぁ。ったく水崎の奴、総指揮なんか引き受けやがって」

遥か上を見上げ、リョウマを発見するなり溜息をつく。その頃ミナは、ビルドスパークルのオプションとのリンクの確認を行っていた。ハザードエクステンダを、ノートマシンに外付けされたスロットに装填、そのまま内部にアクセスする。

「何だろ、これ.....アースリィ、ガンダム....?マーズフォー.....ヴィートルー....?ジュピター....ヴ?」

聞いたことがあるような、そうでないような名を口にしながら首を傾げるミナ。程なくしてミサがビルドスパークルの右肩から飛び降り、ずいっとノートマシンの画面を覗く。

「ねぇ、みぃちゃん。これ分かる?何だか知ってる気がするけど上手く思い出せなくて」

ミナの質問を、彼女の匂いを吸いながらミサはしばし考える。そして数秒後、パチンと手を叩いた。

「Re:RISEだよ!ビルドダイバーズの!まさかガンプラダイバーズに実装されようとは〜!?」

アースリィガンダムとは、"GBD-R"の主役機の一つで状況に併せて全身の装甲を換装させる、プラネッツシステムが特徴のガンプラである。しかしガンプラダイバーズでは、この機体を含め"GBD Re:RISE"のガンプラは未実装だった。ではこのビルドスパークルにオプションとして設定されている、パーツとはどこから来ていると言うのだろうか。二人のやり取りを見ていたシャノアールと門松も、気になったのか遠巻きに画面を覗いた。

「なぁ君。運営がそちらに回ってから、この作品の機体は実装してたのか?」

「いえ.....私も以前は開発チームと交流がありましたが、そんな話は聞いたことがありません。未実装のガンプラは動かせなかったはず....そうでしたよね?」

シャノアールは門松とビルドスパークルを交互に見、最後にちらりとだけリョウマを眺めた。

「でも彼の事ですし、もしかしたらテスト運用も兼ねて使っているかもしれませんね。だとすると.....え....!?」

シャノアールの中で行き着いた予想に、自分で驚いてしまい思わず声を上げた。やがて二人の存在に気づいたミナ達が、何事かと振り向く。門松もシャノアールの言わんとしていることを察したらしく、半ば呆れたように頭を掻いた。

「そもそもの話、ハザードエクステンダによって呼び出されたあのパーツ.....アレぁMODなのかも知んねぇな。しかも奴さんお手製の、な。恐らくこの戦いで得たデータさえも、アーネストの技術者連中に提供する気なんだろうさ」

「えぇと、アーネストって言ってしまえば敵ですよね.....どうして塩を送るような真似を....?」

話が掴めないミナは、思わぬ勘違いをして門松を唖然とさせた。

「いや、そうじゃないんだよ天原君......アーネストが敵だと言っても、俺達が倒さなきゃなんないのは徹=アルマーニュだけだ。会社で働いてる他の人らは、何の罪もない」

「それは、そうでしたね....」

「水崎が考えてるのは連中の討伐だけじゃなく、その遥か先もって事だろうさ。よし、作業に戻り給えよー」

門松が手をひらひらと振りながら、階段を降りていった。

 

首相官邸を後にした英梨は、素早く車に乗り込んだ。運転席にはユウが座っており、彼女がシートベルトを着けたのを認めると、アクセルを緩やかに踏み出した。

「どうでしたか、記者会見は」

「政府だけじゃなく、警視庁も公安も動き出して一斉捜査にって流れになってるね。珍しく記者クラブの制限が無かったのは、世界中に知らしめる意思の現れだと思う」

ユウに所見を伝えながら、ノートマシンに会見のレポートを打ち込んでゆく。あっと言う間に数ページを作らんとする勢いで、情報をまとめ上げていく様子は、流石記者だ。

「今はあなたの後輩になってる奴も、多方面からリークされた情報を探しています。流れは確実に変わって来ている」

黒いガムを口に投げ入れ、信号の前で停車させる。ユウも少しずつ世界が一つになりつつあるのを、実感しているようだった。しかしそれは、徹達が想像しているのとは遥かに違う方向でだが。

「付き合わせてる身で言うのも何だけど、紗綾ちゃんには何も言わなくてよかったの?あれから一度会ったきりでしょ?」

英梨はそう言いながら、ルージュを塗り直した。

「それで結局一人でブルームーンに戻らせちゃったし、あの娘私達が何をしようとしているのか分からずじまいなんじゃない?」

「話せば止められますからね。....いや、彼女なら察しているはずです。でなければ、すんなり戻る事を了承などしない」

信号が変わり、ユウは再びアクセルを踏む。

「気に入らないなぁ。若いのにさ」

英梨がくすりと笑う。ユウがわざと気にしないふりをし、車を右折させた。

「何だって言うんです、それが」

「二人ともその歳で熟年夫婦みたいな事出来てるの?そんな事ってある?」

「今はそれを気にしている余裕はありませんよ、神宮寺さん」

「何よ、しばらく話すようになってから。口が悪いぞ〜?」

ユウ達の車が向かった先は、何とアーネストホールディングスの地下駐車場だった。そこには男性社員が立っており、車を分かりにくい場所まで誘導してくれた。

「神宮寺 英梨様ですね?お待ちしておりました」

男性社員がドアを開け、ユウと英梨は社屋の中へと進む。どうやらアーネストホールディングス内部でも亀裂が顕在化しているらしく、経営陣と従業員達の間に深い溝が生まれているとの事だった。ストライキの決行も危ぶまれたが、徹の凶行をどこかで知った者達は、ガンプラダイバーの有志たちを支援すべく、運営を維持し続けていた。彼らはやがて地下へと潜り、サーバルームに足を踏み入れる。

「恐らくこのどれかに、アルマーニュCEOの機密文書がある可能性があります」

社員が照明をつけると、ガラスのパーテーションで区切られた部屋がいくつも姿を見せた。ざっと200台を超えるであろう、サーバの数に二人して唖然とした。社員に作業スペースを用意してもらうと、早速サーバへのアクセスに取り掛かる。

「それじゃ、エンジニアの人達が来るまでサーバーの調査よろしくぅ!」

英梨がウィンクしながらサムズアップした。ユウは彼程までのサーバ群を前に、脱力しかける。

「いや......どうやったって何日かかるか分からないだろうに.....!」

 

突然ブルームーンに、警報が鳴り響く。

「ポイントM7053で、アーネスト勢力の出撃を確認!数250!各チームから支援要請が入ってるです!」

アヤカの慌て調子の言葉に、緊迫感が生まれる。リョウマはすぐさまワイヤーガンを撃ち、ビルドスパークルの前に飛び移った。

「あ、危ないじゃないですか!いきなり飛んでくるなんて!」

そんなシャノアールの抗議を他所に、ビルドスパークルのコクピットに滑り込んだ。

「んな事言ってる場合じゃない。すぐに出るぞ」

「あなたって人は本当に.....!もう!」

いつも大人びた感じの彼女でも、不意に年相応の動きをするものなのかと関心を寄せつつも、ハッチを閉じてビルドスパークルを歩行させた。

「調整だってまだ終わってねぇってのにこれだもんなぁ....」

ビルドスパークルがカタパルトデッキに乗り、クレッセントブルームーンから勢いよく飛び立った。続いて、ストライクJOKER、Bm-8、ブレイヴ・サンダーバード、ブレイヴ一般用試験機と出撃する。

「交戦区域はこのすぐ近くだ!」

リョウマはレーダに映る、無数の熱源反応を見つけ機体を降下させる。背面にはエールストライカーをビルドし、機動戦を意識しての立ち回りで戦う事とした。

「リョウマさん、この数....何なんだ、一体!?」

激戦地と化した状況を前に、エスは歯を食いしばる。一目見ただけでも、アヤカの言う250機どころではなく、下手をせずともその2倍近くのMSが交戦していた。リョウマもこの様子に目を細めながらも、動揺せずにビルドスパークルを先行させる。

「そうは言ってもやるしかねぇんだ、行くぞ!」

ビルドスパークルが着地、スマッシュブラスターを放ちながらアーネスト勢力の機体を撃ち落とす。だが妙な違和感から、落下した残骸を足で押しやるとコクピットが存在しなかった。

「コクピットがねえってことは....モビルドールなのかよ....これじゃ泥沼になるの確定じゃねえか!」

やけにビルゴやトーラス、リーオーNPDやガードフレームばかりで構成されているようだが、リョウマからしてみれば、無尽蔵に生み出せる戦力だ。これではいくら撃墜させた所で、それを超える数のモビルドールが出てくるのは、火を見るより明らか。

「仕方ない、やるしかねぇ。ビルドアップ!」

ファンネル・ミサイルとΞガンダム専用の大型ミサイルポッドをビルド。一気に大量のミサイルをばら撒きながら進撃する。ストライクJOKERも現場に降り立ち、二振りのネクサスォードで敵陣に斬り込む。グラハム率いるブルームーン本隊も、空中からエリアの制圧に取り掛かった。

「たぁああああ!!」

エスの雄叫びと共にストライクJOKERがビルゴを貫き、左から来るトーラスを撃ち抜く。この状況での戦いは、無双系アクションゲームのようだと言えば聞こえが良いが、実際はそれ程心地の良い物でもなく、むしろ人を集合体恐怖症にさせてしまうような、そんな様相を呈していた。

「全く、キリがない!何でこんな事になるんだよ!」

次々と敵をなぎ倒していくが、無尽蔵に湧き出てくるモビルドールを前に、どこまで自分が保てるのか分からなくなっていた。戦い始めてまだ間もないが、いきなり地獄を見せつけられたような気分だ。

「仕方ないだろ!奴らにはまともな戦力がない!だから金に物を言わせて、物量で潰すって考えたんだろうぜ」

ビルドスパークルも手を変え品を変え、モビルドールを叩きのめしていくが、やはり手応えの無さからか動きに困惑の色が見え隠れする。

「前線を押し上げたい!エス、お前の力で何とかできるか!?」

「無茶言わないでくださいよ!あのサイコガンダムの腕だって、使い物にならなくなって捨ててるんですから!それこそビルドシステムで....!」

「あ、そうだ....こいつを使えば!」

リョウマが何かを思い立ったのか、ビルドスパークルを上空へ飛び上がらせた。すると背面にGNドライヴを、そして手元には12基ものGNホルスタービット、更にGNライフルビットⅡまで形成し陣形を作り上げた。コンソールにはマルチロックオン画面が立ち上がり、このエリアの6割に当たる範囲を同時に捕捉する。

「ああ、やってやるさ.....乱れ撃つぜぇえええッ!!!」

トランザムが起動、装甲を赤い輝きが包んだ。ビルドしたビット達が一斉に火線を放出。辺り一帯を火球が埋め尽くし、たった一瞬でエリアの半分まで前線を広げることに成功した。それだけに留まらず、ホルスタービットを菱形に配置、それ3列作り上げ極太のビームを放ちライザーソードの如く薙ぎ払い、更に制圧範囲を広げた。

「凄い......何だよそれ....」

空間跳躍を駆使しながら、最前線に到達するエスだが今の一瞬の出来事に、一切の現実味を感じられず首を傾げた。それでも歴戦のガンプラダイバーである。すぐに気を取り直し、更に奥深くへと突撃していく。

「第二波、到着しました!」

「待たせちまったな、リョウマ!」

赤いV2アサルトと、ドラグハートチャージドが駆けつける。

「お前ら....!ナイスタイミングだ....んで、そのV2は?」

ビルドスパークルがV2を指差すと、ミニウィンドウ越しにスワンが頬を膨らませた。

「人を指ささないでください。V2ガンダムセリシールトゥールビヨン。私の新しい刀....と言ったところでしょうか」

「F91と来て、次はV2か....まぁいい、前線は俺が一気に引き上げた、そのまま押し切るぞ」

「はい!」

「おう、任せとけ!」

ビルドスパークル、V2セリシール、ドラグハートチャージドの3機は一斉にバーニアを噴かせ、モビルドールの殲滅に再突入した。

「例えどんな数で来ようと!」

V2セリシールのバックパックから、刃状のデバイスが分離。素早く敵の喉元を貫きながら、進路を確保していく。そして二振りの長めの刃を手に持ち、桜の嵐に舞うかの如く斬撃の旋風を巻き起こし、モビルドールを次々と天に打ち上げた。ドラグハートチャージドは百烈の拳や蹴りで薙ぎ倒しつつ、敵の大将を探す。先程から知った気配を感じ取っており、それを目指して突き進む。そして。

「........おい、マジかよ.....」

指揮官機と思われるモビルスーツを見つけた弘。しかし、その姿を目にした瞬間戦いの手を止めてしまう。相手が四脚だからではない。相対する存在から放たれるプレッシャーに、弘が戦慄したのだ。更に止めと言わんばかりに、敵の言葉が胸に突き刺さった。

「久しぶりだね。弘。あれから変わってしまったのはお互い様か」

「望......お前なのか.......何で....何でこんなのに乗ってんだよ....!?」

四脚と魔獣の様な豪腕という異形にも関わらず、その装甲は石膏像のように白く美しい。ドラグハートチャージドのモニターには、"エンペラーブルート"と表記されていた。上半身は一見ギャン系の様にも映るが、それは顔面には縦に刻まれたスリットが一本のみで、胴体そのものはヴェイガン系MSの特徴を持っていた。その担い手たるガンプラダイバーは、弘の親友"藤堂 望"であった。

「何でって.....これが俺の望んだ力の形だからだ。俺達の敵を討つ為のなぁ!けど弘。お前まで邪魔をするんだ.....ならもう分かってるだろ」

「畜生....!望!お前は奴らに利用されてんだよ!こんなの絶ってぇ間違ってる!お前はそれでいいのかよ!そんなんで、親父さんにもお袋さんにも顔向けできる生き方が出来んのか!?」

確かに弘と望、それぞれの両親は秀晃の手により命を絶たれた。しかしながら弘は、長い月日を経て復讐心に負けることなく乗り越え、天国にいる親を悲しませぬよう今を生きている。それとは逆に望はトラウマに縛られ続け、復讐心を内面に滾らせ続けた。法で裁くのではなく、手ずから血に染まる道を選ぶしかなかったのだ。

「黙れよ.....そんなヒーロー気取りみたいな心の持ちよう、昔から大っっ嫌いだったんだッ!お前の唯一許せない所さ!何であんな事があったのに、平気な顔してられるッ?お前は何も感じなかったのか!あの日の出来事から、何も!?俺達は奴をこの手で殺さなくちゃいけない。そうじゃなきゃ、父さんも母さんも浮かばれない!」

エンペラーブルートが両手首の付け根から、雨あられの如く銃弾を放った。

「邪魔をするなら、お前から消えてもらうぞ!たとえ親友であってもッ!!」

ドラグハートチャージドは側転とロールで弾幕を避け、手甲からビームソードを発振させて懐へ潜り込む。しかしエンペラーブルートは素早く飛び退き、銃弾を執拗に撃ち込みながら左右に滑り、股間部に配されたメガ粒子砲を放出しようとした。

「弘ッ!」

メガ粒子砲が放たれる既の所で、ビルドスパークルのスマッシュブラスターが直撃。望は忌々しげに空を睨んだ。

「お前は.....お前が弘の目的を歪めさせたのか!」

エンペラーブルートが全速力で突っ込み、槍のようになった脚を突き刺した。ビルドスパークルは即座にスマッシュブラスターを薙ぎ払い弾き返すと、左手にビルドした高トルクモードを起動させて殴り返した。

「リョウマ.....!」

「コイツが敵将らしいな。あんなゲテモノ、一人でやろうたって危険過ぎるぞ....!」

だが弘は、リョウマの申し出を断る。

「――いや、俺にやらせてくれ。奴は、望なんだ」

「何だと?だったら尚更......」

しかしリョウマも彼が言わんとする事を察し、ビルドスパークルを後退りさせた。

「そうか、そこまで言うのなら任せる。けど、これだけは言っとく。やばくなったら遠慮なく呼べ、いいな」

「へっ....ようやく相棒っぽくなってきたじゃねぇか。もし本当にやばくなったら呼ぶからよ」

ビルドスパークルとドラグハートチャージドの腕が打ち合い、それを合図に二人はそれぞれの戦へと駆け出した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.61 AVENGERの慟哭

「強がって一人でやろうと言うのか」

エンペラーブルートのリゲルは口角を釣り上げた。その顔にはヒビが走っており、翡翠の光が時折漏れている。グロックが彼に何をしたのかは容易に想像できてしまうが、弘には知る由もない。ただ、これまでに無いほど強力なプレッシャーを放ち続けるリゲルに、どう打ち勝つのかを考えるので精一杯だ。

「お前と俺の事なら、俺達で蹴りをつける!」

ドラグハートチャージドがダッシュ、弾幕をプラフスキーフィールドで弾きながら、跳躍するとストレートを放った。しかしエンペラーブルートはゆらりとした挙動で避け、再び手首から鉄の礫を吹き付ける。間一髪で反応が間に合い、プラフスキーフィールドで防ぐが次の行動に繋ぐ前に叩き落されてしまった。

「クッソ.....!あの腕伸びんのか....!」

エンペラーブルートの両腕はただでさえMSにしては大きいのだが、関節を伸長させることでリーチまで広げられるのだ。その上指先には、希少金属で錬成された爪を備えている。

「相変わらずだ、お前は何も知らなさ過ぎる。なのによくここまで生きてこれたもんだよ。運だけは誰よりも良かったからか?じゃあ、今度は行かせてもらう」

エンペラーブルートがバーニアを全開、背面から巨大な槍を手に取り運動エネルギーを上乗せに、ドラグハートチャージドを貫いた。

「うがぁああああッ!?」

モビルトレースシステムを使っている関係上、弘の腹部に鋭く、かつ重い激痛が襲い掛かり絶叫する。その勢いを殺さぬままエンペラーブルートは、空中へ飛び上がり山なりの軌道を描きながら急降下。地面に叩きつけた挙げ句に引きずり回し、目の前のビルに放り投げた。幸いにもチャージアーマーにプールしていた、プラフスキー粒子によって機体は修復されたが、弘自身のダメージは更に重なり虫の息となる。

「やはりその程度の力で、俺の邪魔をしようとしたのか。ガッカリだよ」

エンペラーブルートがゆっくりとした足取りでドラグハートチャージドに歩み寄り、手首のマシンガンを突きつけた。

「だから言ったじゃないか。君は俺がいなければ何も出来ない!君はどこまでも愚かだからね!親が殺された事まで、頭の中から捨て去ってしまったんじゃないかな?しかし不思議だよなぁ....?子供の頃から俺たちは比べられてきた。親たちは何も比べなかったけど、他の皆は君を選んでいた.....強いだの面白いだの何だのッ!!けど俺は悔しくても、親友が楽しく過ごしているなら何でも良かった!なのにお前は!!やりたいようにやって好きなように生きて!!俺の事なんてちっとも見向きもしなかった!!何が助けるんだ?復讐するなって?お前にあの時諭されてようやく気づいたよ.....お前の方が救いようが無いってさ!!」

リゲルの増幅された殺意が、銃弾に乗せられる。豪雨のような鉄塊がひたすらドラグハートチャージドを撃ち抜いていく。もう弘の意識は限界を迎えつつあった。それでもなお、リゲルの殺意はとどまる事を知らず、銃撃を一切やめない。やがて弾切れになったのに気づくと、リロード時間までの暇つぶしのつもりなのか、ドラグハートチャージドの頭を掴んで持ち上げ、鳩尾めがけ執拗に殴りつけ始めた。

(そんなに.....お前に恨まれてたのか.......なんで気づかなかったんだ、俺は..........)

弘は生気が消えかかった瞳で、エンペラーブルートを見つめる。これが望が長きに渡って懐き続けてきた感情だったとは。弘にとっての望は、真にかけがえのない親友だった。互いに助け合って、辛い時を乗り越えながら楽しく生きてきた。そう感じていたのは、弘だけなのか。諦観の念が弘の心を支配する。しかし、僅かに何かが輝き始めていた。

(俺とお前は.....誓ったんじゃねえか......。そうだよな......俺、今更思い出しちまった.....苦しんで来た分、それ以上に最高の人生を作ろう.....ってよ......!)

それは、弘と望が高校卒業の日に誓った言葉。苦しみや悲しみ、悔いは最後まで消えなかったとしても、それをぶっちぎりで超えてしまうくらい、満足出来る最高の人生を作り上げよう。この言葉が彼に再び火を点ける。

エンペラーブルートの拳が迫るその時。

「今.....?へぇ、まだ動けるのか」

リゲルは面白くなさそうに舌打ちした。エンペラーブルートが振るった拳を、ドラグハートチャージドが掌で受け止めていた。サイズと出力差は歴然だが、何故かびくともしない。

「まだ......終わっちゃいねえよ。やっぱりテメェをここで止めなきゃ.....例え奴のでも命を奪えば、二度と引き返せなくなる.....!お前にそんな事、させたくねぇんだよッ!!」

チャージアーマーからスプラッシュが迸る。粒子が瞬く間に傷口を塞ぎ、ツインアイの輝きも取り戻されてゆく。そして何より、弘の身体全体を黄金の輝きが包み始めていた。

「復元した.....!?どうなってる!?」

「今は、テメェに負けられねぇええええッ!!」

ドラグハートチャージドがエンペラーブルートの拳を蹴り上げ、掴んでいた指を振りほどいて胸倉に一撃を叩き込んだ。凄まじい衝撃がコクピットを揺らし、リゲルは血反吐を吐いた。

「馬鹿な.......」

エンペラーブルートは即座に体勢を立て直し、ランスを振り下ろした。だがドラグハートチャージドは小器用に、腕の装甲を穂先の上に滑らせて受け流し、顔面に流星蹴りをお見舞いした。

「乾坤一擲のつもりだか何だか知らないが、長くは持つまい!」

蹌踉めきながらもマシンガンをばら撒き、距離を作る。しかしドラグハートチャージドの加速力の前には意味を為さず、股間部のメガ粒子砲を殴り抜けられてしまう。

「乾坤一擲?さぁ.....?何の話してんだ?」

ドラグハートチャージドがふわりと浮き上がり、エンペラーブルートを見下ろす。ここでリゲルが我を取り戻すとは思えなかったが、きっかけを得るチャンスは与えるつもりでいた。二人の間に余計な言葉は不要。ただ、拳に思いを乗せてぶつかり合う。それだけで十分だった。子供の頃から続けてきた格闘技を通して、二人はそう考えるようになった。それは今も昔も変わらない。一方のリゲルは肌が剥がれ落ちるのを見向きもせず、ただ表情を憎悪で染め上げドラグハートチャージドを睨んでいた。

「お前はいつもそうだ......俺の前を歩きながら、何も考えず接してくる.....!この復讐は間違っちゃいないはずなのに.....また俺を否定しようというのか、お前はッ!!」

マシンガンを掃射する。ドラグハートチャージドはプラフスキーフィールドを即座に開き、ジグザグ軌道で一気に距離を詰める。そのタイミングに合わせ、エンペラーブルートが掌をぐわっと広げ掴みかかった。弘はこのまま握りつぶす気なのかと思ったが、掌に配された砲口を目にし奥歯を噛む。

「こんなもん、仕込んでやがったのか....!?」

「ハハハハハ!!所詮格闘機だ!単なる一芸特化で、俺に勝てると思うなッ!!」

掌の砲口にスパークが走ったかと思うと、間髪入れず粒子の激流を放った。リゲルはとうとう感情のコントールが外れてしまい、狂ったような笑い声を上げコンソールを何度も殴りつける。

「よく分からない奇跡に頼ったからこうなる!!ヒャッハハハハハ!アッハハハハハハ!!さようならぁあああああッ!!」

メガ粒子の渦が通り過ぎた跡は、文字通り荒野そのもの。煙が少しずつ消え、晴れてゆくがそれに比例してリゲルの顔も歪む。

「.......!?」

気がつくとエンペラーブルートの顔面に何かがぶつかり、数メートル近く撥ね飛ばされた。飛んできたものの正体を目の当たりにしたリゲル。瞼と歯を震わせ、この時初めて恐怖した。炎をまとった拳を突き出す、ドラグハートチャージド。まさか事もあろうに、至近距離で最大出力のハイメガキャノンを浴びせたはずが、またしても無傷のまま終わってしまうとは。

「おい.....まだ終わってねぇつってんだろ」

「こんな事が....こんな事があるなんて......お前は一体どこまで....俺を惨めにさせる気だぁあああ!!」

エンペラーブルートはランスを拾い上げ、再び馬上槍の要領で刺突を加える。だがドラグハートチャージドは、ひょいと身体を逸して躱すと右手から発せられた灼熱の剣で、事も無げに槍の穂先を斬り飛ばしてしまった。エンペラーブルートが反撃にとマシンガンを撃ちながら、殴りつけようとする。しかしそれをドラグハートチャージドは、蹴りの一撃で弾き返し逆に斬り落とした槍を投げつけ、リゲルを震え上がらせた。エンペラーブルートの背中が小刻みに揺れる。装甲の表面が脈動し、何かが蠢いているかのようである。バックパックにも亀裂が走る。

「DG細胞が活性化する......こうなってしまっては誰にも止めさせはしないさ......はぁああああッ!!」

バックパックが弾け飛び、血しぶきを彷彿とさせるような赤黒い液体を撒き散らした。やがてその体内から、肉塊を固めたような物体が露出し、グネグネと形を変えながらある物を作り上げる。そして生まれたのは、もう一対の凶爪を持つゼルトザームアルムだった。二組の豪腕を手に入れたエンペラーブルートは、何の躊躇いもなく前進。これまでの2倍ほどもあろうかという弾幕を広げながら、ドラグハートチャージドを追い立て始める。ドラグハートチャージドは炎の嵐を纏い、空中へ高く飛び上がると拳型のエネルギー弾を素早く撃ち込み、弾幕を相殺した。だが弘の拳打スピードに依存する仕組みに影響され、あっと言う間に押し返され始める。

「クッソ、こうなったら!!」

ドラグハートチャージドの前面にプラフスキーフィールドを発生すると、両手を腰に低く構えた。掌には炎と水の力が集い始め、眩いばかりの輝きを放った。弘の第六感で全てのエネルギーが集束されたと識る瞬間、両手を突き出し一斉に解き放った。

「デュアルインパクト・ブレイクッ!!」

獄炎と瀑布の龍が混ざり合い、黄金の龍神となって全ての弾幕を打ち消し、エンペラーブルートをも焼き払う。プラフスキーフィールドとの併用が災いして、ドラグハートチャージドの出力が一気に低下。チャージアーマーも消失してしまうがこれ程の一撃を浴びせられれば、あのエンペラーブルート言えどもただでは済まないだろう。弘もそのように感じていた。しかし現実は、そんな彼の淡い願望を容易く砕いてしまう。上半身を消し飛ばされたはずのエンペラーブルート。ところが四脚の付け根から何本かの肉柱が生え、それぞれが絡み合う形で胴体を錬成。辺りに飛び散った破片もそれに呼応されるかのように集い、まるで逆再生された映像よろしく再生してしまったのだ。デスビーストを利用している以上、DG細胞の圧倒的な恩恵を享受できる。つまりこの2機のガンプラは、姿形や原理は違えど同じ性質を持ち合わせている。そう言っても過言では無い。

 

「アイツ.....そんな技まで編み出しやがって」

ドラグハートチャージドが見せた奥義を目にし、リョウマは一人頼もしさ半分、呆れ半分に眺めていた。とは言うものの、エンペラーブルートとの決着が未だについていない現状がある。モビルドールの生産ラインとなっている、拠点を何個か制圧した事もあり、弘の援護へ向かう余裕が生まれていた。リョウマは迷わずビルドスパークルを、弘のもとへと急がせる。しかしそれを阻む者は、当然現れる。

「何ッ!?」

目の前を横切る、赤い斬撃軌道。ビルドスパークルは即座にスマッシュブラスターを振り上げ、斬り結ぶ。辻斬りを仕掛けてきたのは、やはりと言うべきかエヴィルイフリートだった。

「邪魔はさせんぞ、水崎ィ......!」

「あんだけやられたってのに、懲りねぇ奴だ!」

ビルドスパークルが一歩踏み出した瞬間、別方向からも銃撃が襲いかかる。これもスマッシュブラスターを薙ぎ払い、弾き返すが想定を超える相手の出現にリョウマは「最悪だ」と吐き捨てる。何故なら、その相手とはウヴァルスタークだったのだから。

「よぉ、水崎 諒馬君。こうしてまともにやり合うのは、随分久しぶりだっけなぁ?どうだい、スリル満点のハザードライフは。十分に楽しめてるかい?」

「ふざけるなよ.....こっちは遊びでやってる訳じゃ....!」

「まぁいいじゃないの。見てたぜ?お前のハザードの乗りこなし方って奴。ここでもう一度見せてくれよな」

ウヴァルスタークは、右腕に装備した邪悪な顎(あぎと)をカチカチと慣らし、掴みかかった。ビルドスパークルが受け流そうとしたが、ここでリョウマの想像は裏切られる。顎の天面から砲身が迫り出し、赤黒い粒子の奔流を吐き出したのだ。ビルドスパークルは咄嗟にビームシールドを形成、これを何とか防ぎ切るものの今度は真横から来る、エヴィルイフリートの兜割りを浴びせられ昏倒させられる。

「バーサークアームズは割と初見殺しがしやすくてねぇ...しかし天才でも引っ掛けられちまうとは」

だがここでリョウマも反撃に出る。ビルドスパークルに高トルクモードを起動させ、バーサークアームズを殴り飛ばしながら起き上がり、その勢いのままエヴィルイフリートのヒートサーベルを殴り砕いた。

「無駄な足掻きを!」

エヴィルイフリートがすぐにヒートサーベルを再生させると、直後に袈裟懸けに振り下ろした。だがリョウマはそれを見抜いており、レバーを僅か後ろに倒した。

「ビルドアップ!」

ビルドスパークルの背後からトラフィックフィンが飛び出し、エヴィルイフリートの頭上を陣取り青黒いビームを放った。たちまちエヴィルイフリートは身動きが取れなくなり、鎖にでも縛られたかのようにその場に佇む。そこへすかさずビルドスパークルが、高トルクパンチを叩きつけ首尾よくダウンを奪った。だが呼吸を整える余裕など無い。鋼鉄の顎がすぐ目の前まで迫ってきたのだ。

「やらせるかよ!」

GNソードビットを形成。バーサークアームズを押し出し、ウヴァルスタークにも突撃させた。

「洒落臭えな」

ウヴァルスタークは左手の爪を振るい、GNソードビットを叩き落としながら急接近。ビルドスパークルの右肩を蹴りつけ、バーサークアームズのメガ粒子砲を薙ぎ払う。それでもリョウマはまだ"本当の焦り"を感じておらず、至って冷静であった。

「その武器が厄介なのは十分理解した....ならやる事は1つ!」

ビルドスパークルのバックパックが、パーフェクトパックに換装される。そのままフォトントルピードを放出し、防ぐ術を持たぬウヴァルスタークは、敢え無くバーサークアームズを無力化させられた。

「おいおい、お前ってどこまで情緒って物が欠落してんだ?メタばかりかますなんてよ」

「もう分かってるはずだ。俺はお前達を倒す為なら容赦なんてしないと」

しかしこの場でもグロックは、飄々とした姿勢を崩さない。これも彼の読みの範疇だったのだろう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.62 覚醒、O-FLAME

フォトントルピードによって、主武装を失ったがグロックはまだ余裕を残していた。

「いいのかよ、俺だけが相手じゃないんだぞ?」

「あ.....!?」

リョウマが振り向いた時には既に遅く、エヴィルイフリートがハザードを解放し、トラフィックフィンを吹き飛ばしてこちらへ迫って来た。ビルドスパークルはすかさず、鞭のようにスマッシュブラスターを放つもエヴィルイフリートはそれを、飛び上がって避けつつ唐竹割りを仕掛ける。

「どうした水崎ィ.....!とっておきのアレは使わないのかァ!!」

ビルドスパークルの回避が全く間に合わず、斬り伏せられてしまう。そのままエヴィルイフリートが相手の腹に足を乗せ、グリグリと穿った。

「うっ.....くっ.....!!」

ビルドスパークルがエヴィルイフリートの脚を押し返し、胸部にビルドしたメガマシンキャノンを掃射。エヴィルイフリートを仰け反らせると顔面にハイキックをぶつけ、ビームサーベルで逆袈裟斬りを浴びせた。だがやはり相手はハザードを起動させている。この程度ではかすり傷にもならない。

「とっておき?そりゃ何だ?」

横で見ていたグロックが、面白がって問いかけた。

「生憎、お前には言えるもんじゃないんだよ!」

ビルドスパークルは振り向きざまにスマッシュブラスターを一閃。グロックの反応が勝り、シールドで受け止めた。だが、彼の予測せぬ方向から思わぬ一手が。突然ウヴァルスタークのバックパックが、切断され地面に落下していた。

「何だ....俺とした事がこんなのも予測できねぇたぁ、とんだ笑いもんだな」

グロックは気配を見つけると横目で、その姿を捉える。その目は普段と違い、眉がぴくりと上がりかけていた。辻斬りを仕掛けたのは、紅のV2ガンダム――V2ガンダム セリシールトゥールビヨン。つまり、スワンが加勢に入ったのだ。

「あなたをここで討ち取ります....!今日、ここでぇッ!!」

サイドアーマーから抜き放つは、深蒼の輝きを纏う大太刀。機体の全高の約2倍程はあろうかと言う、途轍もない代物である。その名もグラビティエッジⅡ。F91-M時代にリョウマから齎されたグラビティエッジを、スワン自身の手により更に己の感覚に馴染むよう、刷新させた武装だ。

「予定変更だ、疑似タイマンと行こうぜ」

ウヴァルスタークがV2セリシールに向き直る。すると消滅せずに残っていた、バーサークアームズの亡骸から、一対の双剣が飛び立ちウヴァルスタークの手に収まった。この形態は言うなれば、"バーサークブレイド"であろうか。

「こいつにはちょっとした仕掛けがあってだな....壊れても原型さえ残ってりゃ、別の武器としても使えるのさ」

ウヴァルスタークは左右にステップしながらフェイントをかけ、バーサークブレイドを薙ぎ払った。スワンは素早く反応し、グラビティエッジⅡで受け止め、軽く浮かせると視認速度をゆうに超える速さで斬り上げた。

「遅いッ!!」

ウヴァルスタークを高く打ち上げると、V2セリシールは高度を取り、また凄まじい剣速で袈裟斬りを放った。今度はウヴァルスタークの反応が間に合い、交差したバーサークブレイドで威力を潰したが、この時点で背後を取ったV2セリシールに斬りつけられてしまう。

「このアマァ.....調子に乗りやがって!」

グロックはこの時になって初めて、相手への怒りを感じた。落下の時間を狙いバーサークブレイドの柄底からワイヤーを伸ばして、猛烈な力で振り払った。目にも留まらぬ速さで刃が風を切り、同時にV2セリシールを先に地面に叩き落とす事に成功する。

「い、今のは.....!?」

胸部装甲右側に、やや大きめの裂傷が刻まれている。スワンの予想さえ、すぐに裏切る事ができるグロックの機転の良さが活きた証左である。ウヴァルスタークは宙返りで着地すると、バーサークブレイドに紅い稲妻を纏わせ、わざと速度を緩めて近寄り始めた。

「ったく、こんな時に俺を嵌め倒そうとしたんだ。それだけは褒めてやるよ。しかし、タイミングが悪かったよな?」

バーサークブレイドを右肩に担ぎ、V2セリシールを、そしてエヴィルイフリートと交戦するビルドスパークルを睨み一言。

「今日がお前達の命日だ」

唇をニヤリと歪め、そう言い放つ。バーサークブレイドを天に掲げるや否や、虚空から無数の紅の雷光が迸り大地を穿った。敵も味方も関せず、全てを巻き込む殺意の光。スワンの反応が間に合うはずもなく、V2セリシールは何発かの直撃を受けダウンさせられる。

「何て威力なの....!」

ふとビルドスパークルの方へ目を遣ると、やはり回避が間に合わなかったらしく倒れているようだが、エヴィルイフリートに何度も踏みつけられていた。助けに行かねばと手を伸ばすが、それを遮るようにウヴァルスタークが目の前に立った。

「おいおい、相手は俺のはずだろう?」

 

先程の雷撃で吹き飛ばされるビルドスパークルだったが、エヴィルイフリートからの追撃も浴びせられ身動きが取れなくなってしまう。エヴィルイフリートが執拗に、ビルドスパークルの鳩尾を踏みつけ蹂躙していく。

「この戦いは誰のせいで起こったと思っているッ!!水崎ィ....お前がアーネストに忠誠を誓わなかったばっかりにィ!このザマなんだよッ!!いつかお前は....ヒーローだとか抜かしてたなァ.....やってる事はその逆なんだよ違うかッ!?所詮お前とてアーネストの前には無力!何も出来ないくせによくそんな事を宣えたなァ、ェエ!?」

狂った笑いを上げながら、罵倒するシューイン。ハザードをその身に宿したせいなのか、彼は言うなれば強化人間そのものである。リョウマはそんな彼を見て、とても救える気がしないと悲観した。強化を解く方法はすでに見つかっている。何らかのタイミングがあれば、シューインを狂気から解放してやることができたかも知れない。だが事態はそんな思惑などとっくに超越していたのだ。

「もうその手には乗らねぇ....原因が俺にあるのは分かってるからな....だからってここで立ち止まる訳には、行かないんだよ!」

ビルドスパークルがバルカン砲を放ち、エヴィルイフリートをよろけさせた。その隙を狙い飛び起きると、スマッシュブラスターで逆袈裟斬りから袈裟斬りに、そして居合斬りを決めエヴィルイフリートを見事にダウンさせることが出来た。

「ここまで来たからには、お前をここで倒すしかない!ハザードビルドアップ・オーバーフロー!」

ビルドスパークルから黒霧が噴出。やがてそれはスマッシュブラスターと、周囲に現れたアーマーに吸い込まれ赤い輝きを発する。アーマーが次々とビルドスパークルとドッキングし、ラピッドスマッシャーへと変身させた。

「おぉおおおおおッーー!!」

スマッシュブラスターを低く構え、緩やかに回り込み一気に薙ぎ払う。タイミングよく起き上がったエヴィルイフリートだが、剣で防ぐ間もなく斬りつけられ、膝をついた。

「き、貴様ァ.......!」

エヴィルイフリートがヒートサーベルを横薙ぎに振るって、ラピッドスマッシャーを転ばせようとする。しかしラピッドスマッシャーは天高く飛び上がり、スマッシュブラスターを最上段に構え、急降下の勢いを加えて叩きつけた。更に相手の顔面を蹴りつけ、ブラスターモードにしたスマッシュブラスターを放つ。

「スワン!待ってろ....!」

リョウマはすぐさまスワンの様子を確認して、彼女のもとへ急ごうとするがエヴィルイフリートに絡みつかれ、それは叶わなかった。

「お前を逃がすとでも思うたか....ハッハッハッハッハァアーーーッ!!」

エヴィルイフリートは顔面のモノアイにヒビを入れられているが、全く動きに変化がない。ラピッドスマッシャーを強引に向き直らせると、左手首にビームニードルを発振させ、ありったけの力を込めて意趣返しにとばかりに、顔を殴りつけた。

「ぐっ.....!舐めるな!!」

ラピッドスマッシャーも右腕に高トルクモードを宿らせ、殴り返す。エヴィルイフリートの2回目の殴打が同時に飛び出し、双方共に撥ね飛ばされた。

「ハァアアアアアッ...........!お前をここでぇえ......叩きのめしてやるゥウウッ!!」

エヴィルイフリートがヒートサーベルを構え、音速にも迫る勢いで近づき、袈裟斬りを見舞う。ラピッドスマッシャーは左にロールして回避、ブラスターモードのスマッシュブラスターを撃ち込み片脚を破壊した。

「お前だけに構ってられるか!」

バーニアを全開にし、ウヴァルスタークのシールドをスマッシュブラスターで斬り捨てた。

「この俺が.....知覚できなかった.....!?」

ラピッドスマッシャーに関するデータを持ち得なかったグロックは、たった一瞬で距離を詰めてきた事実に目を疑う。

「お前が俺にハザードを寄越したが、このパターンは誤算だったようだな」

「お前さんと言うやつは....コイツぁ面白え。二人まとめてかかって来い」

ウヴァルスタークが一歩下がり、手をクイクイと動かして挑発した。

「リョウマさん....!」

ミニウィンドウ越しにスワンが頷く。リョウマもそれを認め、レバーを深く握り込んだ。

「ああ、やってやろうぜ.....ここで俺達が折れる訳には行かねえ」

ラピッドスマッシャーとV2セリシールが駆け出す。ウヴァルスタークは悠然と立つがそこから一変、2機の合間に滑りバーサークブレイドで斬り開いた。しかし両機共に斬撃を防ぎ、睨み合いが始まる。

「これから面白くなりそうだなぁ.....だが俺のフラストレーションを晴らさねぇ事には、純粋に楽しめそうも無いか」

ウヴァルスタークがラピッドスマッシャーに目を向けるが同時、リョウマの指がコンソールを叩く。

「ビルドアップ!」

ラピッドスマッシャーの左手にγ-ナノラミネートソードをビルド、素早く昇竜斬りでバーサークブレイドを弾き返した。ウヴァルスタークがもう片方の剣を突き出すが、ラピッドスマッシャーはすぐに反応して躱し、γナノラミネートソードを振り下ろし左手ごと切断してしまった。P.D.機体で唯一の、ナノラミネートアーマーに対抗できる武器。リョウマは思いつくのが遅過ぎたと悔いるが、このタイミングだからこそグロックの反応を遅らせたのだと思うことにした。

「ようやく理解したってのか....遅過ぎるんだよ!」

ウヴァルスタークがスマッシュブラスターを蹴り飛ばし、バーサークブレイドで創傷を刻んだ。ラピッドスマッシャーはダメージを受けるのと同時に、スマッシュブラスターを手放した事でハザードを強制解除させられ、ビルドスパークルに戻される。

「何だと........!?」

それらしき状況を見せていないはずだ、とリョウマは狼狽する。グロックはスマッシュブラスターを眺め、納得してビルドスパークルに視線を戻した。

「何となく分かってたよ。その武器がキーになってるって事くらいはなぁ....」

背後からの斬撃を事も無げに躱してみせ、後ろ回し蹴りを刺し返す。

「見切った!」

V2セリシールは蹴りの軌道をギリギリで避け、回り込みを織り交ぜ居合斬りを仕掛けた。グラビティエッジⅡから生み出される、超重力が働きウヴァルスタークのフレームを拉げさせながら、重い一撃を加える。

「えぇい.....奴とは相性が悪いか....それはよ〜く頭に刻んでやるよ....Ciao」

ウヴァルスタークがバトルエリアから離れてしまい、決着せずじまいとなった。

「自分から挑発して、離脱するなんて...!」

グロックの行為を許せず、スワンはウヴァルスタークが消えた虚空を睨む。彼のやり方はどこか、ブルームーンへの対処だけは片手間にやるだけ。その様に感じられてならないのだ。

 

ドラクハートチャージドの猛攻はとどまる事を知らず。エンペラーブルートの攻撃を瞬間瞬間で見切り、的確に拳打と蹴りを当て続ける。

「お前が乗ってるそれ.....普通じゃねぇ!呑み込まれちまう!早く手を止めろ!」

しかしリゲルはその手を緩めようとしないどころか、ますます弘への殺意を高めた。

「構うものか!俺は、あの男を殺す!その為なら魂を売るのだって安いものだ!お前とは違う!」

「テメェのやってる事は、奴らの得にしかならねぇ!」

振り下ろされる爪を蹴り飛ばし、ドラクハートチャージドはエンペラーブルートの両肩を掴んだ。

「殺してやりてぇのは分かるけどよ!けどよ....!そうしちまったら、その先はどうするつもりなんだよ!?お前だけが人殺しになって、ムショに入れられる!でもやられたアイツは、何もされねぇで終わんだよ!!テメェは自分の未来をここで捨てちまう気か!?」

「ハハハ.....俺が殺人罪に問われるなんて、初めから覚悟のうちさ!奴らの思い通り?そんなのどうだっていい.....あの男を殺りさえすればそれで!両親に死に損だけはさせられないからね.....!これ以上の親孝行なんて、無いじゃないか....ハハハハハハッ!!」

「テメェ.....!!」

エンペラーブルートがハンマーナックルを振り下ろす。ドラクハートチャージドは素早く飛び退き、拳に轟炎を纏わせ再突撃する。

「もういい加減落ちてくれよ.....いい加減しつこいんだよ....!」

エンペラーブルートとドラクハートチャージドの拳が激突。互いの力が拮抗し、拳の"鍔迫り合い"が起きていた。デュアルインパクト・ブレイクを受けた直後、DG細胞の力で復活したが同様にドラクハートチャージドの性能が、飛躍的に上昇していた。エネルギー切れを起こしているに関わらず、以前にも増して勢いが強まるドラクハートチャージドに、リゲルは言いようの無い不気味さを感じた。間違いなくDG細胞の再生能力でこちらのパワーも上がっているはず。だがドラクハートチャージドまで追従しようというのだ。

「お前はいつまでも.....いつまでも俺を惨めにさせるのか....!もうここで、お前を消してやる!」

エンペラーブルートの背中が蠢動する。ビクリ、ビクリと身体を震わせ背面にコブのようなものが浮き上がった。やがてそれは背部装甲を突き破り、新たなバックパックのような佇まいを成した。それでも変化は止まらない。バックパックの両側から本体と同じ腕を生やし、間髪入れずハイメガキャノンを生成すると、放射した。

「あ........!?」

3条ものメガ粒子の塊が目の前に迫り、弘は思考を止められた。ドォオオオオン!!空気を揺らさんばかりの轟音が虚空に吸い込まれる。ウヴァルスターク達の戦場からは遠く離れた場所にいるならば、助けに来る連中もそう早くは辿り着かない。爆破の衝撃でドラクハートチャージドからチャージアーマーが剥がれ落ち、更に地面を転がりながら腕やら足やらを捻じ曲げられ、スクラップその物の有様となった。

「もうここまでだ。やっぱりお前は、あの時から何一つ変わらなかった。現実が見えてないのは、お前の方だよ......弘ッ!!」

ドラグハートの頭を掴み上げ、ボロ雑巾のようになった躯体にリゲルが嗤う。しかし。

「.....いい加減.......目ェ覚ましやがれッ!!」

ドラグハートの残骸から太陽と見紛うほどの光と炎が放たれ、強固な球体を形作る。エンペラーブルートが左手の爪で劈こうとするが、火球から生じるプレッシャーに阻まれ、その手を止めてしまう。リゲルが慄く間に、ドラグハートを包む火球が爆ぜた。灼熱の光が大地を焼き尽くし、地中に眠る溶岩までもが呼び起こされ噴火した。炎や溶岩がドラグハートを包み込み、瞬時に硬化すると赤い鎧へと形を変えた。

「俺の炎が全てを叩き潰す!この極限の熱さは、誰にも止められねぇ!もう誰にもッ.....負ける気がしねぇええッ!!」

火炎が弾け飛び、進化を果たしたドラグハートが地に降り立つ。姿形こそはドラクハートチャージドより、原型機の一つであるビルドバーニングに近く、シンプルになったが全身から溢れ出る業火によって、その出で立ちはまさしく不動明王のようである。背面に現れるリングは太陽を象徴し、さながら皆既日食を思わせる。ドラグハートガンダムオーフレイム、爆誕の瞬間である。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.63 かけがえのないANSWER

ドラグハートオーフレイムに進化した。その事実がリゲルの破綻寸前の精神を掻き乱す。

「それが何だって言うんだ......ハッ....!?」

リゲルが知覚する頃には、エンペラーブルートが遥か遠くへ撥ね飛ばされ、湖面へと突っ込んでいた。何が起こったのか釈然とせず、ひたすらに周囲を見渡すが他に変わった物は何もない。あるのは、たった1機のガンダム。日輪と業火を身に纏いし、紅蓮の闘士が上空に現れ巨大な灼熱の拳を水面に叩きつける。ドシュウウウ!!と水が瞬時に蒸発したかと思うと、地面が大きく抉り取られ、湖そのものの形までも変えてしまった。勿論エンペラーブルートも無事では済ます、前脚と左半身を灼き尽くされ水面に沈んだ。

「一体.....どうなってるんだ.....!?俺の機体がここまでやられるなんて.....!」

DG細胞により、躯体を修復するが常軌を逸する力を見せるドラグハートオーフレイムに、恐怖させられ更に動揺した。

「決まってんだろ.....覚悟が違うんだよッ!!」

「有り得ない.....!お前にそんなレベルのマシンを作れるはずは....!」

エンペラーブルートが起き上がる刹那、再びドラグハートオーフレイムの拳が顔面に突き刺さり、またしても沈められる。ドラグハートオーフレイムはエンペラーブルートに馬乗りになり、襟首の装甲を引っ掴んだ。

「力とかどうとか関係ねえ!俺はただ....お前を.....助けたいだけなんだ!ずっと戻って来ねえから、俺はここに来てからお前を探してた!なのに何なんだよこれは!どうしてこうなんなきゃ行けねぇんだ!?会えたと思えばお前は復讐する事しか考えなくなっちまってよ....!お前がどんだけ馬鹿な真似をしようとしてんのか、分かれよッ!!」

「それが何だ!俺達にはこの手段しか残っていない!グロック・ルーツを、結城 秀晃をこの手で斃す!それ以外に、親の無念を晴らす道なんてないんだ!何でお前はそれが分からない!同じ目に遭わせなきゃ、この苦しみを思い知らせる事なんて、できないじゃないか!」

「短絡的過ぎるって言ってんだろうが!どんなに憎かろうが、人を殺しちまったらそれで全部失っちまうんだぞ!?どんな理由があってもな、お前だけが悪人だって決めつけられんだよ!!そんなんじゃ、誰の為にもなりゃしねえよ!!」

弘の瞳から涙が零れ落ちる。自身もグロックが、結城 秀晃が憎くて仕方が無い。だが殺してしまえばいいと言う話は、どこか違うように思えてならなかった。理由は簡単である。社会的制裁などは関係がない。天国から見守ってくれる両親を悲しませる。遺された人間が1番やってはいけない事だと言うのを、弘は心で理解していた。本当に望が秀晃を殺害すると、本人は復讐から解放されるだろう。しかし本当にそれだけなのだろうか。殺しをしたとなれば、話はどこへでも伝わる。大学入学まで支えてくれた、叔父夫妻はどう思うか。決して喜んではくれないはずだ。誰も幸せにならない道を選ぶのが、望の本心であるはずがない。今の彼は、"自分を失っている"と言っても過言ではない。

「誰の為....?愚問だな.....両親の為に決まってるじゃないか。俺がどうなろうとこの際気にしない!奴さえ死ねば全てが終わる、それだけの事だ!結局お前は怖いんだよ....手を血で染めるのが怖くて逃げてるだけだ!そんな奴に、俺の道を捻じ曲げられてたまるか!」

エンペラーブルートがドラグハートオーフレイムを殴りつけて引き剥がし、両掌のハイメガキャノンを発射した。巨大な爆発が発生し、煙の柱が空へ立ち上る。しかしリゲルは気配を感じ取り、視線を上げた。すると煙の中からドラグハートオーフレイムが飛び出し、両手に握られた火炎の太刀を振り下ろした。その刃によってエンペラーブルートの左上の腕がスパンと斬り落とされ、更には傷口に延焼までさせて再生を阻害したのだ。

「ぐっ......ぅうぁあああああああッ!!」

エンペラーブルートが右2列の爪を突き入れ反撃に出るがしかし、ドラグハートオーフレイムは軽やかに機体を飛び越え、右手から火炎を放ち右上の腕を焼失させた。

「人を殺すのが怖いだって?当たり前だろうが!!それが人として、当然の感覚じゃねぇのか!」

振り抜いた焔の刀が見る見るうちに形を変え、やがて自身を超える長さに。エンペラーブルートが起き上がろうとする所に、ドラグハートオーフレイムの火焔太刀が振り下ろされる。辛くもエンペラーブルートは、右手から発したIフィールドで受け止める事に成功する。しかしバックパックを燃やしていた炎が、本体にまで延焼し始め瞬く間にエンペラーブルートが火達磨になってしまった。コクピットを反響する無数のアラートに、リゲルは狂乱した。

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアッ!!うわぁあああああああああッ!!も、燃える.....エンペラー.....ブルートが.........お前.....お前、お前ェエエッ!!!」

エンペラーブルートの腰がぐるりと回り、振り向きざまにスレッジハンマーを叩き込んだ。

「もうお前には俺を倒せねぇの....分かれよ!」

しかしドラグハートオーフレイムは回し蹴りで軽く往なし、逆に右腕を掴んでジャイアントスイングの如く振り回した。相手が動かなくなった瞬間を見計らい上空へ連れ去ると、素早く相手の襟首を掴みグルグルと宙返りをする。回転速度が急激に上昇。地面に接触する僅かな隙にドラグハートオーフレイムが足を離し、流れるような動きで背負い投げを見舞った。その衝撃は核爆弾並とも言え、大地が半球状に凹まされ更には溶岩まで噴出する始末。遥か高空まで立ち昇るキノコ雲は、その場にいない者たちでさえ威力の強さを想起させるに充分過ぎるものだった。現に救援に向かおうとしたリョウマ達ですら、思わず機体の足を止め慄いたのだから。

 

「こんな......こんな......こんな事が、あり得るのか......魂を売っても、この身を捨ててでも.....なぜお前に勝てない.......」

剣山上に乱立する岩の柱の間隙に、エンペラーブルートが挟まれ身動きを封じられる。まだ溶岩が冷却しきれていないのか、ジリジリと装甲の表面が溶かされている。リゲルは画面の端の、ドラグハートオーフレイムの姿を恨めしく睨むしかできなかった。親友である弘に対して感じてきた、複雑な感情を言葉に出来ないのが、ここまで歯痒いものだと考えた事もなかった。親の仇を討つ為に迷いを捨てたいと考えた彼は、いずれ弘と袂を分かつ覚悟までしていたはずだった。だが再会した瞬間に、そんな覚悟さえ揺らぎ弘に力を貸してもらおうとさえ考えるようになる。しかし弘は殺人をしてまで仇討ちをすると言う、リゲルの決心を理解しなかった。否。されなくて当たり前だったものを、リゲルが拒絶と受け取った、それだけで深い溝を作ってしまったのだ。彼の心の片隅では、きっとこう言いたかったのだろう。『魂まで売って復讐鬼になった俺を、止めてくれ』と――。それをハザードの力が忘れさせた。人として生きていくこと。自分だけでない世界の美しさを。何より、友が差し伸べてくれた救いの手を。

「そうか――お前はもう、俺が一生手に入れられない物を持っていたんだな......」

リゲルの言葉を、弘は目を瞑り無言で聞いていた。俺にもっと、話せるだけの心と理性があれば。結局戦いという手段でしか、リゲルを解放できなかったのは悔やまれる。しかし今はそれで良かったのだ。弘は瞼を静かに開けた。

「一生じゃねえよ。お前だって必ず出会える。まぁその前に、俺もいるけどな!」

涙を拭い、努めて笑みを浮かべる。

「まだ俺がやらなきゃいけない事は、終わってない。戦いが終わったらその時は、お前のリハビリ手伝わせろよ」

エンペラーブルートがわずかに身動ぎし、ドラグハートオーフレイムを"凝視"する。

「お前......こんな俺でも.......」

「当たり前だろ?俺とお前だぜ、こんな事で親友やめられっかよ!」

弘が笑う。リゲルの面持ちも憑き物が取れたかのようだ。

「お前は本当に.........強い漢って奴だよ......ありがとう、また会おう....」

岩石が爆ぜ、火柱がエンペラーブルートを灼き尽くしてゆく。それはまるで、リゲルに宿っていた憎悪を清めているようにも見えた。ドラグハートオーフレイムは振り向きもせず、仲間たちの元へと直走る。まだ戦いは終わってなどいない。今度はリョウマに恩返しをする番なのだから。

 

先程の爆発を受けて現場に向かう二人だったが、またしても無人機の群れが現れ対処を余儀なくされる。

「クソッ.....!何でまた出てくるんだ!」

タフネスブラスターに変身したビルドスパークルは、踵に展開させた履帯を小器用に扱い、次々と敵を撃墜する。バックパックのキャノンも、スマッシュブラスターも総動員して何とか押し止められているが、そう長くは持たない。いくら継戦能力に秀でているとは言え、防御向きのこの形態では戦況そのものを動かす程の力はないのだ。そもそもビルドスパークル自体、対敵エース機に向け調整しているから当然である。

「皆さんが来るまでは、耐えるしかないですね....!」

V2セリシールもミノフスキー・ドライブを展開、光の翼を羽撃かせながら敵陣に切り込む。居合道と抜刀術が織りなす、スワン独自の剣術が光る。自身を超える長さの太刀を軽々と薙ぎ払い、敵の頭を一瞬で奪った。

「レーダーに反応.....これって!」

スワンがリョウマに知らせる。リョウマもこれは見ており、ようやく戦い余裕が生まれると期待する。

「ああ、やっと来てくれたようだな。それならずっとやりやすくなる!」

虚空から降り注ぐ翡翠の刃。それらは無人モビルスーツ達を次々と八つ裂きにし、リョウマ達の前線を確固たる物にした。そして地に降り立つは蒼衣を纏いし影と、黒き怪盗。

「ただいま到着しました。これより、援護に移ります」

「本来これは私達の得意分野ではありませんが....こう言うのも嫌いではないですし、お手伝いします」

舞夜のグレイズ・ナイトシーカー、そしてシャノアールのブリッツガンダムシャノアール。それぞれが反対方向へ飛び出し、刃を抜き放った。

「舞夜、お前が試したいって言ってた奴。今ならやれるぞ。ビルドアップ!」

「了解。シグルマギアブレイド、展開」

タフネスブラスターの両手から小型端末が飛び出し、グレイズナイトシーカーの両肩とドッキングした。するとユニットからヘクス型の力場が発生し、先程と同じ短剣"シグルマギアブレイド"を生成したのだ。舞夜の宣言がなされると、シグルマギアブレイドが一斉に射出。まるでビット兵器のように突撃を始める。

「す、凄い.....まるでクアンタみたい....」

敵を斬り伏せながら、スワンはグレイズナイトシーカーの新武装に驚愕する。

「あれが彼女の隠し玉、だそうよ」

ブリッツシャノアールがアクロバティックな挙動で、相手の頭上を飛び越え両手のビームライフルショーティーで素早く撃ち抜いた。すかさず蛇腹剣"シャ・ド・パラス"に持ち替え、勢いよく打ち付け血路を開いた。

「だとしたら、クアンタと言うよりAGE-FXですか.....あ、ご助力感謝します!」

V2セリシールがブリッツシャノアールを飛び越え、空からグラビティエッジⅡで空間ごと居合斬りを見舞う。目の前で世界が斬られていく様子を見たシャノアールは、開いた口が塞がらなかった。

「え.....?今の、何だと言うの......!?」

「私と.....リョウマさんの技術の結晶、ですっ」

スワンが優越感を漂わせるのを、シャノアールは見逃さなかった。

「そ、それは無いんじゃない?全く、困った娘だわ....!」

 

「全部倒したと思ったのに、これじゃ全然きりが無い!」

再び数を増やし始めたモビルドール。エスの気力と体力もいよいよ消耗しつつあった。後から駆けつけてきたミナの方は先に撤退させ、新たな機体の調整に専念させたはいいものの、100体近くのモビルドールを相手にする事になり、無駄に強がったかと後悔する。

「でも言い出したことなんだ、やるっきゃない!」

ストライクJOKERはバーニアを噴き、ネクサスォードにエネルギーを充填した。敵の攻撃を擦り抜けつつ両断、ストライカーパックを使わぬ利点を最大限に活かし、目の前のモビルドールを破壊する。しかしこれ以上戦闘を続けていては、いずれ袋叩きに遭い再出撃を強制されてしまう。それだけではない。相手は完全なる機械。相手の思考をわずかでも掴めば成立する、ν-Typeとしての戦い方は完全に封じられていた。ν-extを使えばその点は問題なくなるが、今度はエス自身が更に疲弊する。他のメンバー達はあちこちを転戦している事もあって、迅速な救援は望めない。普通の考えならば、このまま戦おうとすれば自殺行為である。しかしこの男は違った。

「圧倒的不利.....へへっ.....こんなに燃える状況、他にないなぁッ!!」

ヴァイエイトの懐に飛び込み、腹を軽く斬りつける。そして相手の群れの方に蹴り飛ばし、ドミノ倒しにするとヴァイエイトをネクサスォードで射撃。纏めて20機を誘爆させる。

「そっちからも来るって言うなら...!」

Gビットがビームソードを片手に吶喊するのを認め、コクピットブロックへの背面突きでこれを阻止。左手のネクサスォードを薙ぎ払い撃ち、挟撃を仕掛ける連中を退ける。そしてストライクJOKERは姿を消した。モビルドール達が索敵に移行する刹那、突如として出現したストライクJOKERに薙ぎ倒され爆散した。

「こ、この距離ならまだ.....動けなくならずに済みそうだ.....!」

一度はZeuSを倒した人間である。ここで折れるわけには行かない、と己を奮い立たせた。だが連戦に次ぐ連戦で、既に体力が摩耗しきっていた。精神力やら根性などではどうにも出来ない所まで来ていた。

「何だ......!?身体が、重い......こんな所で終わりだってのか.......!?」

デスビーストがぬっと目の前に飛び出し、棍棒型ビームライフルを脳天めがけ振り下ろしてきた。エスはあわや撃墜かとその行く末に思考が止まる。しかし。

「.......動きが、止まった.....?」

デスビーストの動きがピタリと停止する。そう思ったが内部から光を発して爆裂した。爆風によりストライクJOKERはその場に転倒する。だがそのお陰で、この事態を引き起こした者の正体を知る事ができた。

「真っ白な.....フリーダム.....」

ストライクJOKERの視線の先、天空に1機のMSが。紫のラインが走った純白の装甲を身に纏い、ハイヒールブーツと鎧を組み合わせたような脚部を持つ躯体。そして背中には羽根型の空力制御バインダーではなく、エールストライカーやジェットストライカーの類らしき、航空機の主翼めいた物が取り付けられていた。携える火器も、フリーダムのとは異なる2つの銃口を備えたライフルであった。カラーリングと素体の特徴も相まって、エスにはどこか天使を彷彿とさせる佇まいをしている。その純白のフリーダムは、ビームライフルの下銃口にエネルギーを収束させ放出。照射されたビームの威力は凄まじく、大地を抉り取りながらモビルドールの群れを呆気なく葬り去ってしまった。そして航空翼に備え付けられたデバイスを解き放ち、更に奥に待ち構える敵に向かって突撃させる。何本ものホーミングレーザーが、次々とモビルドールを射抜くのも束の間、純白のフリーダムがサイドアーマーからビームサーベルを抜き放った。もう片方のサイドアーマーからも柄を射出し、空中でドッキングさせアンビデクストラスハルバードとし、敵陣へ突入する。着地するや否や、素早く左右に切り払い前線を作り出した。更に頭部のレーザーバルカンを掃射、敵の視界をすべて潰していきながらビームサーベル二刀流で、無駄なく且つしなやかな身のこなしで斬り伏せた。呆然と見つめるエスは、その戦い様からある人物を連想させる。

「あの動き......女の人なのか......?まるで....」

彼の独り言が聞こえたのか、純白のフリーダムがこちらにも一瞬だけ振り向いた。

「一体誰と勘違いしているんだか。て言うかよくそんなボロボロになるまで戦えるわね」

「な......何だって......!?」

一瞬でも知己の者が助けに来たのだと期待したが、物の見事に裏切られエスは唖然とした。挙げ句初対面にも関わらず、この言い様である。流石のエスでも、戸惑うしかない。

「ほら、ボサッとしてる時間は無いんじゃない!大体、こんな時に真っ当な判断が出来ないなんて、どうかしているわ。アンタは一人で戦ってるんじゃないんでしょ?」

「どうしてそれを.....!?」

小さく舌打ちが聞こえ、エスは軽く身震いした。彼女が何に苛立っているのかまでは分からないが。

「いちいちアンタに答える義理は無いっての!これだからオタクは嫌なのよね....ほらさっさと帰れ!」

純白のフリーダムが徐にストライクJOKERを立ち上がらせ、戦場から離れるのを促すかのように突き飛ばした。

「嘘だろ.....こんな経緯で撤退するのか!?あぁもうそうするしかないのは分かってんだけどさ!」

とうとうエスは髪を掻きむしり、已む無くストライクJOKERを戦場から離脱させるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.64 2つのUNDERCOVER ACTION

「抵抗軍が形成され始めたようだが、今ではもう遅いよ」

社長室で徹は仮想世界大戦を"観戦"していた。15ものモニターは、各バトルエリアでの様子が数分おきに切り替わりながら、戦闘の状況を伝える。終わりの見えない闘争の時代を迎えたダイバーズを、最早誰もがこれを当たり前なのだと受け入れてしまうだろう。部屋の前では、血溜まりが出来上がっていた。その周辺に死体が転がっている。

「おたくらも運が無い事で。事を荒立てるのが嫌な官僚組織の膿だな」

秀晃は独りごちると、サブマシンガンのマガジンを装填し直し、アタッシュケースの中に収めた。珍しくスーツ姿だが、返り血は全くついておらず新品同様のままだ。

「あの女、まだ死んじゃいなかったんだっけか。ま、それでまた殺し合いが広がる種火を用意できたと思えば楽なんだがな...ハハッ」

秀晃が見ている端末の画面には、政府の記者会見に参加したジャーナリスト達の名簿が表示されている。本来これは一般の目に触れる事自体がありえない物なのだが、やはり政府の中にもアーネスト寄りの考えを持った人物がおり、こちらへ極秘裏に横流ししていたのである。名簿の中には当然、英梨の名前もある。彼女を殺さなかった事を勿体無いと感じていた秀晃だが、今のガンプラダイバーズの環境に劇薬を投入すると言う意味では、まだ有用に扱えると踏んだ。秀晃にとってガンプラバトルとは、単なる手段に過ぎない。目的は唯一つ、依頼主の要求どおりに"仕事"を完遂すること、それのみである。

「入るぜぇ、大将」

秀晃の入室を認め、徹は一瞥するとシャンパンを口にした。

「突然の仕事、引き受けてくれてありがとう。このタイミングで警察が来るとは、想定外だったものでね」

「その割には随分平気そうだな?」

「そう見えるかな?確かに僕にとっては瑣末事のようなものだから、そう感じられたかも知れない。Anonymousが動き出したらしい....これで更に戦争が激化するだろうね。義憤に駆られるのは結構な事だが、その先を考えてないならやるべきでは無い。そう思わないか?」

「Anonymous......ああ、あのハッカー集団の?こんなザマになってりゃ、奴らも動くしかないだろうさ。けどこれは些細な問題なんだろ?大将にとっちゃあな?」

「勿論だとも。彼らの行動も僕のシナリオ通りのタイミングで発生した....それだけの事さ」

徹はこの時点で勝利を確信していた。最後の条件さえ満たしさえすれば、世界の変革は時を待たずして始まりを見る。果たして世界の命運は、彼の手に握られるのだろうか。

 

モビルドール軍団との戦いは泥沼の様相を呈していた。リョウマ達の消耗が激しく、全くの不利である。特にリョウマは体力に乏しい事もあり、視界が霞み始めていた。

「倒しても倒してもキリが....!引き下がりゃ他にまで影響しちまうなんて、タチ悪過ぎじゃねーか....!」

当然ハザードを使えるだけの力は無く、ビルドスパークル形態でエンドレスに戦い続けるしかなかった。ペースを崩さずに戦えるのは舞夜だけ。このままでは総崩れになるのも已む無しの状況だ。

「リョウマ、ここは撤退してください」

舞夜から一時撤退を促されるが、リョウマはそれを拒んだ。

「出来るわけ無いだろ。皆出払ってんのに、俺だけ戻るなんて!」

「あなたが倒れてしまっては、全てが台無しになります。エスも補給の為に帰還しています。あなたに求められているのは、冷静さです」

舞夜に諭され、リョウマは一言謝りビルドスパークルを飛翔させた。ブルームーンに着艦するとすぐにメカニック達に修繕を指示、リョウマはすぐさま開発スペースに飛び込み、デスクトップマシンの前に座った。

「リョウマ君、全機体分のデータは取り込んであるから!ビルドシステムとのリンクもそこそこに進めてるけど、後は何すればいい?」

亜樹子がリョウマの到着に気づき、報告と指示の要求をする。

「IPを後で渡す。それを使って俺のマシンに繋いだらビルドシステムのデータを全部、ビルドスパークルにインストールしててくれ」

「えぇえ!?そんな事したら、ビルドスパークルがパンクしちゃうよ!?」

「パンクなんかするかよ!皆で作ったビルドだぞ!そう簡単に壊れる様なもんじゃない、信じろ!」

技術面で言うと、ビルドスパークルのOSについてはハザードを使う都合上、かなりシンプルな構成にしていた。システム的ベイロードとも形容できる空間を確保していたのだ。しかしハザードをノーリスクで使用する為に開発した、ハザードエクステンダに全データを移行した事で、さらなる拡張性を手に入れている。故に、ジーニアスシステムを導入するだけの余裕はあるという事だ。

エルニアはと言うと、戻って来たエスに加えリタも交えて打ち合わせを行っていた。

「さっきまで俺がいたポイントにミナが向かってくれた。だから君は、リョウマさんが戦っていたポイントに出撃してくれ」

タブレット画面を操作しながら、エスは到着までの経路を示した。エルニアも画面をじっと見ながら、ルートを頭に叩き込む。

「ですが敵の頭数が、他の地点と比べ遥かに多いそうです。弘さんには先に指示をしていますわ。途中で合流次第、モビルドールの拠点と見られる製造プラントの破壊を。よろしくて?」

「はい!私だってブルームーンの一員なんだから、やって見せます」

そう意気込むと、エルニアは愛機フルーティストC"コネクター"に飛び乗り出撃準備に取り掛かる。GNアーチャーとダブルオークアンタを祖とする機体だが、過剰積載気味に装備されたビットの数々により、その姿は大きく変貌している。エルニアがもとよりビット兵器の扱いに長けていることに起因していると言う。

「貴様の機体だって折り紙つきの性能なんだ、やってやれない事はない!」

スピーカーからウォレスの激励が聞こえる。エルニアも「はい、もちろん!」と応えレバーを握る。

「エルニア、フルーティストC!行きます!」

フルーティストCから莫大な量のGN粒子が噴出、圧力に押し出される形でカタパルトから飛び立った。フルーティストCのレーダー性能は一級品で、出撃直後からでもスワン達が戦うフィールドの端が分かるほどだ。

「あそこね....!」

ペダルを強めに踏み、フルーティストCを更に加速させる。大小GNフィンファングも同時に飛ばし、制圧に取り掛かった。小型フィンファングがガードフレームの胸元を刳り、葬り去るとフルーティストCの着地位置を確保すべく、大型フィンファングを照射しながら敵の数を減らした。

「エルニアさん!?」

スワンの驚く声にエルニアは得意げに笑む。

「お待たせ.....!にしても凄い数だね...よくやるよ」

「これでもかなり減らした方ですけど....」

「キャプテンが言うには、この先にモビルドールの生産プラントがあるんだって。こいつらは私で押さえるから、座標まで急げる?」

「承知しました、ではご武運を!」

エルニアから送られた座標データを頼りに、V2セリシールが先行する。エルニアはそれを見送ると、敵の群れに向き直った。

「ここは女の力でぇええ!」

左手の複合兵"Fアームズ"から三日月状のビームを発射、腰のコンテナからもファンネルミサイルを解き放ち飽和攻撃を始めた。フィンファングも織り交ぜる事により、光の網となった弾幕を前にモビルドールは尽く消滅する。自身も大型の槍"GNスタッフ"を振るい、撃ち漏らした敵を仕留めていく。今まで殆ど戦えなかったのが嘘のように、縦横無尽に暴れまわる。これがエルニアなのかと問われれば、誰も信じ難いだろう。

(今はウェルスがいないんだから....!支えているだけの女でもいられない!)

その想いに突き動かされ、エルニアは操縦の手を速めた。無数のファンネルを操りながらも、格闘戦に対応する。こんな芸当が出来るのは彼女くらいの物であろう。

 

スワン、シャノアール、舞夜は敵の攻撃を受け流しながら生産プラントを目指していた。別方向からも味方機の反応が近づいている。

「ビルドストライクカミカゼ....P.E.D.?」

シャノアールがモニターの端に表示された名を呟くように読み上げる。途端にスワンがあっと声を上げたので、不意にシャノアールも驚いてしまう。

「どうしたのよ?いきなり声上げるなんて...!」

「あのストライク、ミナさんのですよ!でもいつの間に....」

生産プラントの上空に差し掛かる。海上の人工島に、工場施設がひしめき合う景色は、まさに名は体を表すと言ったところか。

「ミナ・ツバクラメからの通信です。西側へ迂回し突入を開始するとの事です」

舞夜が淡々と伝える。スワンもシャノアールも無言で頷き、機体を人工島の西側に迂回させて着陸した。

「その機体、ミナさんですよね?」

着地するとV2セリシールが、ビルドストライクカミカゼの右腕に触れる。ミナは暫し気を休めていたのか、突然の合流に面食らった。

「スワンちゃんかぁ.....びっくりしたよ。そんなに早く合流するなんて思わなかったし....」

「エスさんとバトンタッチしているんでしたよね.....お一人だからかなり危ないかと思ってたら....無傷って...」

スワンが見るに、ビルドストライクカミカゼは傷一つなく本当に戦いを切り抜けて来たのか、疑わしくもなる程だ。機体の特徴に触れると、ビルドストライクの本来赤い装甲をライトブルーに切り替え、各部に増加装甲と見られるリアクティブアーマーを取り付けていた。関節の周辺も干渉が起こりにくいよう、徹底してクリアランスが取られており運動性に注力した、カスタマイズを施している。刀身の無い、鍔のみの刀も目につく。頭もアンテナを新造しており、兜の鍬形に近づけられた意匠がとられていた。

「あー....あの場にいたの、実は私だけじゃなくて。エスも会ったって言ってたけど、真っ白なフリーダムが思いっ切り暴れ回ってさ....」

フリーダムは白いのに、とシャノアールが突っ込みを入れるがミナは「そう言う事じゃ....ないですけど!」と押し通した。舞夜は彼女らを気に留めず、モビルドールの出処を目視で探し始めた。一般的な工場施設では、モビルスーツを格納できる場所を確保できないのではと考えていたが、視界の奥でぼんやりと光る何かを見つけ、見立てを改める。

「クラックゾーンなのか....?他とはあまりに性質が違う.....何故.....?」

グレイズナイトシーカーが鉄塔から離れていくのをシャノアールは見、我に返る。

「二人とも行くわよ.....ここ、敵陣なんだから」

そう諌めた矢先である。

「シャノアール。一人だけここに残して撤退してください」

舞夜の唐突な指示にシャノアールは要領を得ない。

「どういう事です?それって」

「生産プラントではなく、クラックゾーンが置かれているだけの可能性があります。私なら間違いなく処理は行えますが、身動きが出来なくなるでしょう。その間の護衛があれば問題ない、という事です」

「それなら私が同行します。ここから退く時に、いずれにしても隠密行動が必要そうですし」

斯くしてグレイズナイトシーカーとブリッツシャノアールが生産プラントの破壊を、V2セリシールとビルドストライクカミカゼはエルニアの支援に向かう形で、作戦を変更した。

「しかし、生産プラントと言うだけあって監視の目がありますね」

門の隙間から覗き込み、内部の様子を見てシャノアールは目を細める。

「出払っていたはずのモビルドールも、侵入者を察知すればすぐに戻ってくるでしょう。異変を感知されぬようなるべく戦闘は避け、かつ速やかに最深部への到達が最優先目標です。よろしいですね」

グレイズナイトシーカーがちらりとこちらを見たので、シャノアールは頷き返し彼女の後に続いた。ティルトローターパックで飛行するNPDリーオーに目をつけた舞夜は、ウェポンセレクタを操作する。グレイズナイトシーカーの左肩にマウントした、チャクラム型のブーメランを手に取り、NPDリーオーが降下する瞬間を狙って投擲した。ブーメランがNPDリーオーの腰を斬り抜け、ほぼ同時にグレイズナイトシーカーが下半身を海に蹴り捨てた。そのまま立て続けに青く透き通る刀身のダガーで相手の首を奪い、今度はこれまた胴体も海面に放り捨ててティルトローターパックの奪取に成功。一足先に生産プラント内部への侵入を果たした。

「置いてかれた.....!?」

シャノアールがそう思った矢先、運良く別のモビルドールが頭上を通過した。ブリッツシャノアールは右手の長剣"シャ・ド・パラス"の電磁拘束を解き、鞭よろしく振り下ろす。勢いよく伸びる切っ先がモンテーロを背中から貫き、SFS"ダベー"から引きずり降ろした。その後アンカー的な要領でダベーに取り付き、見事に移動手段を手に入れる。

(警戒の薄いポイントを狙うのがベストそうだけど.....)

だが上空から見ても、警戒の目は密になっておりストレートに突入出来そうなエリアは見受けられない。このまま観測していても、いずれ見つかってしまうのが関の山だろう。シャノアールはミラージュコロイドを起動させ、賭けじみた行動に出る。ダベーの下部に備え付けられた、ミサイルを撃ち込んでガスタンクを破裂させた。大爆発が生じモビルドール達が一斉に現場に急行する。集まってきたのを頃合いにブリッツシャノアールがダベーを蹴り出し、群れの中へ飛び込ませ自分はマガノイクタチを広げ、滑空しながらガラ空きになった場所に着地した。

「これでばっちり、潜入成功....比良坂さんは先に着いたのかしら」

ミラージュコロイドは解かず、プラント敷地の奥へと歩みを進める。一方舞夜のグレイズナイトシーカーは、クラックゾーンのあるエリアの一歩手前まで到達していた。しかしそこへ、巨影が迫りつつあった。

「....レーダーに反応....どこかで割れたか....」

アラートマーカーの表示された方向へ振り向き、舞夜は言葉を失う。真っ白な装甲に身を包んだグレイズ、それに違いはないが機体サイズそのものが常軌を逸して巨大だった。全方位に伸びた装甲はさながら怪異そのもの。頭部の高精度センサーは初めから剥き出しにされており、眼球の如くこちらを睨む。

「機体名、グレイズフレズヴェルグ.....ガンプラダイバーに、DUMMY表記がされている.....これは一体....」

舞夜はモニターに表示されたガンプラダイバーの名が、"DUMMY DIVER"となっている事に要領を得ず、僅かながらに困惑する。グレイズフレズヴェルグがぐるりとこちらに向き直り、舞夜は身構えた。するとグレイズフレズヴェルグの両肩、計6門の砲門から一斉に砲弾が放たれる。ズドドドド!!とけたたましい音が空気を揺らす。グレイズナイトシーカーは側宙しながら背面より、ヘヴィグラビティエッジを手に取り弾幕をすり抜け敵の懐へ飛び込んだ。だが。

「ダインスレイヴ....!?」

グレイズフレズヴェルグの腕部側面に取り付けられた、装甲にカモフラージュした部位から突然鉄杭が飛び出して来た。舞夜の反応が間に合うか否か。辛うじて回避には成功したものの、左足を掠め体勢を崩し着地を強要された。

「障害は排除する!」

集中砲火を難なくくぐり抜け、ヘヴィグラビティエッジを逆袈裟に振り抜き相手の片足に創傷を刻む。グレイズフレズヴェルグは軽快なホバリングで素早く距離を取り、左右に動きながら砲弾を浴びせ続けた。グレイズナイトシーカーはヘヴィグラビティで弾を斬り落とし、壁を蹴って飛び上がると相手の顔面に取り付き、切っ先を振り下ろした。ところが既のところで叩き落され、また振り出しに戻されてしまう。

「あのタンクとパイプを爆発させてしまえば......チャンスはあるか....」

グレイズフレズヴェルグの頭上の直ぐ側に、ガスタンクと思しき物体とそこに繋がるパイプが見えた。舞夜はそれに狙いをつけるが、実現させるにはシャノアールが気づく必要がある。レーダーの反応では、ブリッツシャノアールはこの付近に来ている。だが彼女がグレイズフレズヴェルグを目撃しない限りは、この方法を試すことは叶わない。しかしやらねば、事態の打開には繋がる契機を掴めないままやられるだけ。

「やる価値ならある.....今の私は、一人ではないのだから」

ヘヴィグラビティエッジから刃をパージ、基部とプロトグラビティエッジに分離する。さらに基部のコネクターが反転し、グリップが露出。やがて中折すると内部からマズルが展開され、一挺のサブマシンガンと成った。舞夜の瞳がカシャカシャと動き、自らを精密射撃に最適化させる。この一撃に勝負を賭ける。彼女らしからぬ手に出るのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.65 再誕のCRIMSON KNIGHT

グレイズナイトシーカーを高く飛び上がらせ、鉄塔から鉄塔へと移動する。グレイズフレズヴェルグが素早く回頭し、対空砲火を始めるがグレイズナイトシーカーを足止めするには至らない。グレイズナイトシーカーのサブマシンガンが火を噴き、グレイズフレズヴェルグの砲門を半数程無力化させた。だがそれがグレイズフレズヴェルグの逆鱗に触れたのか、両脚のハッチを開きホーミングミサイルを放出した。

「その程度.....!」

ミサイル同士がぶつかる軌道を即座に計算し、弾き出したルート通りにグレイズナイトシーカーが鉄塔から飛び降りる。絶え間ない弾幕など舞夜からして見れば、無意味な攻撃そのもの。舞夜の目は、グレイズフレズヴェルグの右腕一点のみに注がれる。グレイズフレズヴェルグが再びダインスレイヴを構える素振りを見せ、舞夜は好機だと言わんばかりに機体のバーニアを全開にした。プロトグラビティエッジに青い光が灯る。そして次の瞬間。グレイズフレズヴェルグの右腕が宙を舞い、地面に力なく落下した。間髪入れずグレイズナイトシーカーが近づき、切り口めがけサブマシンガンを撃ち込んだ。思いの外ダメージが大きかったらしく、グレイズフレズヴェルグは素早く飛び退き、左腕からもダインスレイヴを撃とうとした。しかしその時点ではグレイズナイトシーカーの姿が消えていた。否、既に相手の左腕も奪い去っていたのだ。まるで忍者の如き早業。だがグレイズフレズヴェルグもここまでされて、黙ってはいない。両肩の中央に位置する砲門にエネルギーを収束させ、一気に放射した。拡散メガ粒子砲である。グレイズナイトシーカーは次々と建物を飛び移りながら、攻撃をやり過ごした。このまま全てを破壊されてしまえば、決定打を与えられなくなる。舞夜は意を決し、グレイズナイトシーカーを急降下させ狙いをガスタンクに固定した。

「シャノアール、直ちに合流してください!」

ブリッツシャノアールに通信を送り、反応を待たずしてトリガーを引いた。サブマシンガンの銃弾がガスタンクを蜂の巣にし、大爆発させた。やがて炎がパイプに伝わり、グレイズフレズヴェルグの頭上で燃え盛りやがて破裂。爆破の衝撃でグレイズフレズヴェルグが蹌踉めいた刹那、突如現れた黒い影にその首を刎ねられ、敢え無く沈黙させられた。

「まさかあなたの所でも、こんな事になっていたとは.....」

「感謝します、シャノアール」

グレイズナイトシーカーが止めに相手に乗り上げ、首の切り口にサブマシンガンを接射。最後にプロトグラビティエッジを突刺し息の根を止めた。

「すぐに合流出来なくてすみません。今のと同じ物を相手にしていまして」

「他にもいたのですか。しかしあなたが無事なのは何故....?」

どうやらシャノアールも別のグレイズフレズヴェルグと会敵していたらしく、今まで合流出来なかったようだ。しかしながらブリッツシャノアールがほぼ無傷で生還しているのが、舞夜にとっては不思議でならない。

「あぁ、あのグレイズ。電気系統へのダメージに極端に弱いみたいでした。このブリッツシャノアールが特効ユニットのようになっていたのでしょうね」

ブリッツシャノアールはネブラブリッツの仕様変更機で、武装もほぼそのまま用いられている。マガノイクタチを始めとした出力回路に直接作用する武器は、グレイズフレズヴェルグにかなりの効果をもたらしていたのだろう。

「成程.....さて、あのクラックゾーンを閉じます。シャノアール、護衛を頼めますか」

舞夜はクラックゾーンの手前までグレイズナイトシーカーを歩ませ、修復作業を開始した。だがこのクラックゾーンは、舞夜の想像を超えて恐るべき特徴を見せるのだった。

(SECTOR-ZEROに繋がっている....!?単なるクラックゾーンではなく、ポータルだと言うのか.....?)

通常の処理ではどうにも出来ないと判断すると、手早くやり方を変えた。どちらにしてもSECTORへの"門"が開かれたままでは、今後に影響しかねない。

「な......!?空が割れた.....っ!?」

唐突にシャノアールが声を上げ、舞夜は弾かれるように目を遣った。突如として空中に大きなヒビが走ったかと思うと、ガラス窓が砕けるかの如く割れ落ちてゆくではないか。

「クラックゾーン.....また数を増やそうと言うのか....」

空が割れる現象は全ての区画で同時に発生した。無論、大地にもその牙を剥き襲いかかる。数多のガンプラダイバー達が突然の出来事に混乱し、生き残る為に生身での闘争すら始まってしまう。

その報せは当然リョウマのもとにも入って来た。

「あんなデカいクラックゾーン、どうやったって簡単には修復出来ねえぞ.....奴め、とうとう本気で世界を壊そうとしてんのか、最っ悪だ....!」

椅子から立ち上がり、コートを羽織ると仮設ブースを飛び出した。

「永峰!作業は中断だ!すぐにビルドスパークルを出す!」

去り際に亜樹子に手短に指示をして、ビルドスパークルのコクピットまで走る。ほぼ同じタイミングでスワンのV2セリシールと、ミナのビルドストライクカミカゼが着艦した。恐らく簡易的な補給と休憩を兼ねているのだろう。

「エスもミサも、作業はそこまでだ!そこの二人はエルニアはどうした!」

ちょうどよくミナがコクピットハッチを開け、リョウマの問が聞こえたので返す。

「それが、どこに行ったのか分からなくて!やられてなければいいけど.....!」

風が強すぎるせいで精一杯叫ばねば聞こえなかった。

「不吉な事は考えるもんじゃねえ!弘の奴だって戻って来てないしな....探しながら戦うしかない!」

リョウマはコクピットに座り、コンソールとモニターを起動させた。ロボットアームに固定され、下面のハッチに移送され出撃準備が完了する。カタパルトが全て埋まらないようにする為の配慮である。

「すぐに投下してくれ!」

ハッチが開き、ビルドスパークルが空中にダイブした。ある程度の高度で姿勢を保つと即座にアサルトパックをビルドし、推力を最大にして前線へと突き進む。超巨大クラックゾーンを前に、リョウマは戦慄した。かの紫フードの集団の比ではない、大規模な破壊の跡だ。このような物を容易く生み出せてしまう、アーネスト勢力の技術は人ならざる者が生み出しているのではないかと疑いたくもなる。

「やるしかねぇ....!」

こちらに気づかぬまま巡回するレグナントに照準を固定、ビームキャノンで撃ち落とした。エスのストライクJOKERが追いついたらしく、アサルトパックのビームキャノンに手を触れる。

「一体これ.....どうなってんです....!?世界が壊れるってこう言う事を言うんですか....?」

「たった今の事なんだよ、分かるわけ無いだろ!来るぞ!」

上から下からと、グレイズフレズヴェルグが襲いかかる。ビルドスパークルとストライクJOKERは互いに離れ、攻撃をやり過ごすが見慣れぬ相手を前に足止めを食ってしまう。

「ここにあるのはモビルドールだけじゃないのか....」

だがエスは。

「いや、違う!人が乗っているんだ....!」

「有人機か....こんな状況になっても奴に与する人間がいるって事かよ」

グレイズフレズヴェルグが赤熱化した斧を担ぎ、ビルドスパークル目掛け突進して来た。リョウマは已む無くビルドスパークルからアサルトパックを分離させ、囮にした後次の武器をビルドさせる。

「ナノラミネートアーマーなんざ、こいつで貫いてやる!」

ドリルクラッシャーを右手に形成し、グレイズフレズヴェルグの懐に潜り込みアッパーを突き刺した。ギュイイイイ!と金属を掘削する摩擦音がコクピットを包むが、リョウマはこらえレバーをひたすら前に倒し続ける。やがてドリルクラッシャーが相手の右肩関節を貫き、片腕を損失させた。その頃ストライクJOKERも空間跳躍を利用してグレイズフレズヴェルグの背後に回り込み、サイドアーマーから引き抜いた大剣"エレクトロスラッシュ"を最上段から唐竹割りを見舞った。警戒していたのとは裏腹に、電撃を付与した攻撃が特効薬のような力をもたらしていた。

「これが効くのか.....!リョウマさん!!」

「今見ちまったよ!けどもう遅いな、倒してしまった」

ビルドスパークルの足下にドダイ改をビルド、弘達の捜索に戻る。

 

上空を行くカイト型の巨大な輸送船。紅いマントを羽織った青年が、内部に格納されたMSに乗り込む。一斉にコンソールとモニターが起動し、生体認証を通して彼を主と認めた。

「ウェルス君、ここで大丈夫?」

ミニウィンドウにはエリィの姿が映し出され、ウェルスは静かに頷いた。

「欲を言えばもう少し先でも構わないが.....エリィさんの時間を奪い続ける訳には行きません。....ここまでしてくださった事に感謝します」

「私は別にいいんだけどなぁ〜....そんじゃ、もうすぐ指定座標だから!頑張ってウェルス君!」

通信が切れると同時、眼下のハッチが重い音を立てて開いた。

「ウェルス、BLADET-L!出る!」

各部のロックが外れ、中空に落下する。愛する者の居場所はすぐにでも感じ取れ、一切の迷いがなくなった。かつての愛機の正統後継機にして、彼の持てる技術を全てつぎ込んだ、史上最強のBLADET。BLADET-Lの初陣だ。

フルーティストCは続々と群がるグレイズフレズヴェルグに押され気味であった。

「相手が相手だから....離脱もさせてくれないなんて!」

格闘戦以外全く攻撃が通らず、完全に不利を背負ったまま。エルニアも格闘戦の心得があるとは言えど、完全に物にしている訳ではなかった。相手の砲撃をビットで潰すのが精一杯と言ったところ。その最中で、エルニアは天空から落ちてくる光を見た。

「え......まさか.....」

敵か味方か。考える間もなく彼女はそれを理解する。だがそこで足を止めている場合ではなかった。グレイズフレズヴェルグがダインスレイヴを集中砲火し、フルーティストCを追い立てる。土煙が吹き上がり、エルニアの視界があっという間に奪われた。

「こ、これじゃ......!?やられっ.....!?」

煙を突き破ってグレイズフレズヴェルグの斧が、フルーティストCの脳天めがけ振り下ろされんとしたその時。ガキン!と甲高い音と何かを砕く衝撃がして、グレイズフレズヴェルグがその動きをピタリと止めた。一瞬の静けさにエルニアが恐る恐る目を開け、そして確信した。

「ウェルス.....!」

グレイズフレズヴェルグを貫く紅刃。身動きを取れなくなったところで持ち上げられ、遠くへと投げ捨てられる。エルニアを救ったのは、やはり紅蓮と漆黒の騎士。

「待たせて済まなかった....エル」

ウェルスがぎこち無く声をかける。エルニアは思わず涙がこぼれ、指で拭った。

「もう!ウェルスはいっつも遅過ぎなんだから!」

「だがもうお前は一人じゃない」

そしてウェルスは敵の群れを睨み、宣告した。

「お前の相手は、この俺だ!」

真なる敵はグレイズフレズヴェルグの群れの奥、四脚のモビルアーマー。BLADET-Lは一度のジャンプで数キロを飛び、肩に担いだ象徴たる大剣"BアームズⅢ"を振り回して、敵の群れを一気に薙ぎ払う。ダインスレイヴやら銃弾が飛んでこようがお構いなしに、荒々しくも美しさを感じさせる乱舞で敵をなぎ倒し続けた。

「コイツらは人間なのか....気配はあっても生気がない....」

両肩の刃を前に向け、粒子を収束させ狙撃する。するとモビルアーマーを守護するようにグレイズフレズヴェルグの1機が立ち塞がり、無力化させた。だがそこから一呼吸も置かずにBアームズⅢに斬り捨てられ、情けなく宙を舞うのだった。

「強襲する!」

アーチを描きながらジャンプ、モビルアーマーからの砲撃を避けながら着地を挟み、僅かに右へステップするとくの字を描きつつ急接近する。そして素早くBアームズⅢの切っ先を突き出し、相手の片足を押し退けた。そのままBアームズⅢで回転斬りを仕掛け足払いをするが、モビルアーマーがふわりと浮き上がり、地面に向けて大量の爆弾を投下した。

「舐めるな!」

BLADET-Lが側宙しながらGNフィールドを展開、その後背面と肩のバインダーを移動させる。前世代機BLADETから引き継がれた、形態変化である。格闘戦に秀でたブレイダーモードから、射撃戦に重きを置くシューターモードに換装したのだ。再び側宙して弾幕を掻い潜りながら、サイドアーマーから2挺のビームライフル"アイファ・ライフル"を引き抜き、すかさず連射した。ウェルスの目にはあのモビルアーマーの動きを止められる、"弱点"が見えていた。モビルアーマーの下側に、着陸用のセンサーらしきものが光っていた。これを撃てば相手はしばらく着地はできないと踏んだウェルスは、即座に実行に移したのである。そしてこの狙いは見事に的中する。センサーを破壊されたモビルアーマーが、空中でバランスを崩しながらその場に停滞したのだ。

「今なら....!」

BLADET-Lの左腕から、綱状のビームを放ちセンサー跡に固着させ、振り子の要領で相手の眼前まで飛び上がる。即座に左腕のユニットをパージすると、再度ブレイダーモードへと変身した。ほぼ同時、モビルアーマーのドーム状のパーツが爆ぜ、蛇型のアームが勢いよく飛び出してきた。これもウェルスには見えていたらしく、素早くGNフィールドを起動させ蛇の毒牙を弾き返した。

「やはりな....!そう来るのは分かっていた!」

レバーを一気に前に倒し、バーニアを全開にする。迎撃のレーザー砲をすり抜け、相手の顔面に取り付き左手のアイファ・ライフルを変形し、ビームソードを発振した。

「これで終わらせる!」

顔面にビームソードを突き刺し、蹴りつけて飛び退きもう片方のアイファ・ライフルで狙撃してモビルアーマーを爆散させた。エルニア捜索にこの地にたどり着いたエスも、この爆発を見て大急ぎで駆けつけるが――。

「BLADET.......!?」

紅と黒の騎士を前にエスは、見知った機体を想起する。ある意味間違っては居ないのだが。

「惜しい。BLADET-Lだ」

ミニウィンドウに映る顔にエスはぎょっとした。

「ウェルス.....ウェルスなのか!?」

「見ての通りだ。現実"そと"からも様子を観察していたが....ここまで酷くなるとは思わなかった。だから予定も一週間繰り上げてここに戻ってきた」

「そうだったのか....そう言やあっちで何をしてたんだ?」

「それは後で追って話す」

BLADET-LがチラリとフルーティストCにチラリと目を向けたように見え、エスはストライクJOKERを浮き上がらせた。

「だったら先に戻ってるよ」

飛び立つストライクJOKERに目を瞬かせるウェルスだったが、エスの意図が読め呆気にとられる。

「アイツ.....そんな事をやれる奴だったのか....?」

気を取り直し、フルーティストCのいる場所まで歩く。どうやら彼女もストライクJOKERを見つけたようで、機体に手を振らせていた。

「さっきのMAを片付けた瞬間、奴らは一斉に停止したようだな」

「そう....みたいだね。アイツらを相手してる時、本当に生きた心地しなかったもの」

「相手はナノラミネートアーマー持ちだからな....ビーム主体の機体では太刀打ちしづらい。にしてはよく持ったな」

「葉山さんに頼み込んで、ファンネルミサイルを増し増しに積ませてもらった.....それより、私に何か言うこと、 な〜い?」

突然メインモニターが切り替わったかと思うと、エルニアがずいっと顔を近づけてきた。流石のウェルスも驚きを隠せず、背もたれにびっちりと背中をくっつける。

「し、心配させて悪かった....!これからはそばにいるから、許してくれ....! 」

いくらウェルス言えども、エルニアの無言の圧力には勝てなかった。

「ま、しょうがないなぁ〜....ちゃんと帰って来てくれたし、良しとしますか!」

と言うと徐ろにフルーティストCが、BLADET-Lに歩み寄り、首元に腕を回した。エルニアが「ん!ん!」と何かを催促する。しかしウェルスには何が何だか分からなず、ただ困惑気味にフルーティストCを見つめるしかない。とは言えここで答えを聞けば、エルニアの機嫌を損ねるのは目に見えていたので、彼なりにトライする。恥を押して、である。

「こ、こうか.....?」

BLADET-Lが何とかフルーティストCを抱き上げる。所謂お姫様抱っこと言う物だが、どうやらそれが正解だったらしくエルニアが嬉しそうに笑っていた。

「これでブルームーンに行け、と....!?」

「当たり前でしょ〜?疲れ果てて操縦したくなーい!」

ここぞとばかりにウェルスに甘えるエルニア。日頃から何かと世話を焼いてもらっている手前、ウェルスも下手に断れず従うしかなかった。

「仕方ない....!このまま帰投する....!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.66 反撃の狼煙を上げるNEW ORDER

アメリカ、ホワイトハウスにて。大統領セオドア・ラグネシアンのもとに、一通の報せが飛んできた。

「大統領。これをご覧ください」

秘書が一枚の紙を差し出した。形式を見るに、日本国政府からの信書のようだが、セオドアにある胸騒ぎを呼び起こした。

「これは.....!我々....いや、世界はあの男の口車に乗せられていたと言うのか....!?」

その内容とは、仮想世界大戦を引き起こしたアーネストホールディングスCEO、徹=アルマーニュの真の目的についてのものだった。彼はこの戦争を通じて技術発展の加速を狙うだけでなく、疲弊した世界を導き徹自身の手によって管理社会を作り出すという狙いで、これまでの様な"死者なき戦争"に各国を引き込んでいたと言うのだ。

「日本政府からも、全世界に向けて公式見解を発表するそうです....大統領」

「分かっている!あの男め、これが事実なら...!」

そして時間が来たので、秘書がテレビの電源を入れた。日本政府の記者会見場が映し出され、会見の始まりを今か今かと待つ、そんな空気が画面からも感じられる。

 

アメリカへの信書が作られる、半日程前。首相官邸の前に一台のリムジンが停車した。SPと秘書官が降りた後に、ドアを開けられて降車したのは何と、英梨だった。普段は私服など比較的ラフな格好で動くことが多いが、TPOの関係もあってスーツ姿である。首相官邸の近くに来る事は仕事柄よくあるのだが、中にまで踏み込む機会は一度もなく最大の緊張感に、顔が強張りそうだ。ロビーに足を踏み入れると、何と首相自ら出迎えてくれたではないか。会見でしか会うことのない総理大臣と、非公式に面会する事になるとは、一体誰が予想したのだろうか。

「ようこそいらっしゃいました。神宮寺 英梨さん」

「お忙しい中時間を取って頂きありがとうございます、姫野首相」

会議室に招かれ、首相の姫野と秘書官そして英梨のみとなった。無論外にはSPが待機している。

「神宮寺さんから頂いた情報により、警視庁の捜査が一気に進展しました。本当にありがとうございます。それで、また新たな情報が出たと仰っていましたが...?」

「はい....最初にこちらをご覧ください。実は仮想世界大戦と並行して、現実でも紛争が発生してたんです。元々情勢が不安定な国まで、この仮想世界大戦に参加していました。それが刺激となって国家間の緊張を高め、実際に戦闘が行われ死者も出ているそうです」

英梨がROMANESQUE在籍時代に作り上げた、コネクションを駆使して世界中から、リアルタイムで情報を手に入れていた。その中に、仮想世界大戦から実際の戦争に繋がってしまった国の存在を、初めて知ったのである。国家間対立のみならず政府へのクーデターも、アフリカや中東諸国を中心として起きていた。仮想世界が、"もう一つの現実"である意味を如実に示す好例である。

「現にSNSでもこの惨状を世間に訴える人が沢山います。これは仮初めなんかではありません。本物の戦争になってしまった...私にはそう見えてなりません」

映像を見ながら姫野は平静を崩すまいとしたが、やはり悲痛さが滲み出ていた。

「これは仮想世界条約だけでなく、あらゆる世界の法を踏みにじる行為だ.....一刻も早く手を打たねば、最悪の場合第三次世界大戦になってしまう....」

「いえ。第三次世界大戦はもう起きてしまっています。舞台が仮想世界に変わったと言うだけで、本質は全く同じ。だけど今なら、今この瞬間なら引き返すチャンスがあります....!」

「.....では、今から動き出しましょう。アメリカに信書を送り次第、政府の公式見解を世界に向けて発信します。実はアメリカは、他の国に先駆けて仮想世界大戦その物から離脱しようとしているのです。上手く同調してもらえば、世界への訴求効果はより高くなるでしょう。後は、神宮寺さんの方から何か提案がございますか?」

「仮想世界からの避難勧告をお願いします....これから起こる戦いは、これまで以上に大きな被害が出るかもしれません。私の仲間達が、仮想世界の平和を取り戻す為に戦っています。彼らの力を最大限使えるよう、取り計らって頂けませんか...!」

英梨は初めて、外部の人間にブルームーンの存在を示唆した。望みを託せるのは彼らしかいない。ならば、彼らが何の心配もせずに徹=アルマーニュを討ち果たし、レイを救えるようにするのが一番の手助けではないか。英梨はそう考えたのだ。姫野もその意思を汲み取り、秘書官に指示した。

「その件も含め、全世界へ発信します。この戦いが終息しましたら、その"仲間達"の皆さんとお話させてはいただけますか」

この混迷極まる世界で希望となるべく戦う者たち。姫野とて興味が無いわけではない。

そして、会見当日。姫野が登壇し、マスコミに軽く挨拶をして本題に移る。

「国民のみならず、世界中の人々を恐怖に陥れた仮想世界大戦によって、本当に戦争行為が行われた国が出て参りました。これはもはや、仮想世界だけではなく、現実も含めた世界全体の危機と言わざるを得ません。国家としても緊急事態宣言を発令し、国民の皆様には仮想世界への立ち入りの一切を制限させていただきます。今後同盟国に対しても、同様の要請を行い、この仮想世界大戦の終息に向け連携していく所存であります」

記者の一人が手を挙げる。

「しかしゲームの中での事件であるなら、運営会社を直接捜査するだけで完結しそうですが?」

「先程も申し上げました通り、これを発端として戦争行為に発展した国や地域があります。幸いにも我が国では、暴動等は起きていませんが、他国で起きてしまった事を見過ごせるか。私はそれは出来ないと考えます。アーネストホールディングスへの強制捜査も行いました。その結果、社員の8割は無関係であると断定できる有力な情報も得られています」

またある記者は。

「仮想世界関連の仕事をしている人達からすると、かなりの死活問題のように取れますがどうお考えでしょうか」

「我が国や世界の未来を担う、仮想世界事業に従事される方々に対しては、避難期間分の生活を送れるよう補填を行います。閣議でも国会でも決定しております」

最も、補填予算に関してはこの会見の2日前に官房長官からも国民に知らせている事だった。英梨は会見を裏から見ながら、他社記者の質問に失望を覚える。

(話を聞いてないのかしら....そんな風に聞こえる質問ばっかり....プロのやる仕事じゃないでしょ....?)

 

勿論首相官邸での記者会見の様子は徹も見ていたが、まさか仮想世界へ一切の入場を制限する運びとなったのは予想外だった。

「これは......あの女のシナリオか....随分と味な真似をしてくれるじゃないか」

そんな彼を秀晃は遠巻きに眺めながら、コーヒーを一口。

「いよいよ大詰めって感じだなぁ、大将?ま、あんたが世界を手にする瞬間を見せつける事は叶わなくなったが、戦力は依然として有利。さて、俺も最後の一仕事やって来ますかねぇ」

カップを机に置くと、徹のみが知る地下への直通エレベータに乗った。

「もう会うことは無くなっちまうだろうが、元気でな大将」

「ここまで君がいなければ、成し得なかったことだ。感謝するよ、結城 秀晃」

ドアが閉ざされるのを認めると、徹自ら仮想世界へと赴いた。あの世界にブルームーン以外何も無いのならば、思う存分力を振るえる。そう考える、否そう考えるしかなくなったのだ。

 

リョウマは弘を見つけられず、ブルームーンに帰投したがいつの間にやら、彼が一足先に戻っていたようだった。

「よう、リョウマ!カレー食うか?」

「よう....じゃねぇし!お前いつの間に戻ってきたんだよ?」

「ついさっき、エスに拾ってもらった」

「エルニアを探しに行ったのにお前を拾ってくんのかよ....まぁいい、お前が無事なら」

その後、フルーティストCをお姫様抱っこで抱えたBLADET-Lが着艦した。珍妙な光景にその場にいた全員が唖然する。

「凄い事するんだなぁ....あの二人....」

エスとミナも呆然と見上げるが、

「いいなぁ....」

とミナが言い出し更にエスを困惑させる。"Gガンダム"で見た光景その物だが、自分でそれを再現する勇気はなかなか出てこない。斯くして主力メンバーの面々がブリッジに呼び出され、集結する。皆の前にリタと門松が立ち、状況の説明に移った。

「政府の発表で、緊急事態宣言がなされましたわ。つまりこの仮想世界大戦は、国家レベルの災害と言う認定をされたようなもの。この場合は人災と言うべきですわね。その上、仮想世界への一切の出入りを制限する政策も打ち出しています。私達は運良くその例外にあるそうですが....幸いにも罪のない人達を巻き込まずに、最後の戦いに臨めますわ」

そして門松が続ける。

「まぁアレだ。俺達にとっちゃ、本当に最後のチャンスって訳だ。ここにレイがいたらびっくりするくらいの、過去最強の面子が揃っている。奴らも馬鹿にならん位の戦力を投下してくるだろうが、所詮は数だ。一騎当千の強者がゴロゴロいる俺らなら、そいつ等を蹴散らすなんて訳無い。しっかし、ネットの力ってのも恐ろしいもんだなぁ....水崎。お前今や日本だけじゃなく、世界中からも期待されてっぞ。ヒーローとか何とかってな」

唐突に伝えられる話にリョウマは「はぁ!?」と目を丸くした。

「き、教授....!?それ何の冗談ですか?」

「でも、リョウマさんは世界を救うヒーローですよ!これだけは絶対です!」

スワンがリョウマの前に出、強気な笑みを向ける。リョウマはどうした物かと助けを求めるが、皆も同じ気持ちらしくスワンの言葉に頷いていた。

「お前ら....!あぁ分かったよ。だったら俺は世界を救って、正真正銘のヒーローにやってやろうじゃねえか!」

歓声が湧き起こる中、リタが手をぱちんと叩き我に返した。

「さて、ここからはいよいよ絶対に負けられない戦いですわ。いいこと?総力を以って、仮想世界に平和と安寧を取り戻しなさい!」

全員がリタに敬礼し、素早くブリッジを飛び出した。門松は堪えていたあくびが出てしまい、気不味そうにメインモニターに向き直る。

「失礼....ここまで来りゃ後少しだ。この後も大変だろうが、今はやれる事を全部やって行くだけだな」

「仰る通りですわ。ですが教授は暫く寝ていないのではなくて?艦長室開けていますから、そこで仮眠さなってくださいませ」

「そう言う訳にも行くかよ」

門松は不敵に微笑むとブリッジを後にした。酷く草臥れた背中だが、不思議と力強さが感じられる。本当に不思議な男だとリタは苦笑した。

 

リョウマはビルドスパークルに向かう道すがら、見たことの無い機体に目が釘付けになった。

「これ....もしかして、ドラグハートか?」

「みてぇだな。気がついたらこんな感じになっちまった。元に戻らねぇって教授が言ってたけどよ、俺は不便してないからいいだろ」

「確かにお前に合わせて進化するようにドラグハートを作ったけど、外観まで変わるなんて想定外だよ.....だからか!ジーニアスシステムにドラグハートのデータを突っ込めなかったのは」

「何だ、それ?」

「ジーニアスシステムはまぁ....お前に分かるように言えば超スゲェし超パねえ、ビルドスパークルの切り札だ」

弘の普段の言葉遣いと思考から、リョウマが説明を組み立てたが当の本人には通用せず。

「は.....あ?いや、分かるように説明しろ!」

「普段のお前に合わせて話してんだよ、理解しなさいよ」

「んだよそれ、無茶言うな!」

「つまるところ。お前とお前の機体は、常識や理論なんかじゃ説明が出来ない、そのくらいの存在になっちまったって事だよ。どんな不条理をぶっ込んだらこんなのが生まれるんだか」

「おい....それ褒めてんのか!?」

「褒めてるに決まってんでしょうが。元々俺とお前は対極に強くなっていくタイプ。俺は技術で強くなって、お前はセンスで強くなる。それぞれが行く所まで行ったら、今のビルドスパークルとドラグハートになるんだよ。そんでジーニアスシステムは、俺の集大成。ガンプラダイバーズに蓄積されたデータが、新たな力を創るのさ」

そうしてビルドスパークルのコクピット前に差し掛かった時、リョウマとシャノアールの目が合う。

「調整ならお手伝いしましょうか?」

「今更調整するものなんて無い。どうだ、お前の正義はちゃんと見つけられたのか」

シャノアールが手を貸す本当の理由。それはシャノアールの中にあるはずの、彼女なりの"正義"の在り方を見出すことにあった。

「お陰様で。あなたと、あの人の生き様で取り戻せた気がします」

「.....舞夜か?」

「はい。誰かの為に動き、そして救っていく。私の中の正義が一つ形を変えて、強くなっていく。そんな気がしました」

「お前の言ってる事はいまいちよく分かんないけど、目的が果たせたのならそれでよかった」

リョウマからの接し方が、シャノアールからすると多少ドライな物に感じられ、やや不服であったのでここでぶつけてみる事にした。

「あの。私にだけドライじゃありません?他の人とは楽しそうに話してるというのに、私だけなのはちょっと....」

「錯乱状態だったとは言え、アンタが俺にやった事を考えたら理由は分かる。安心しろ、信用はしている」

アーネストの地下牢獄での出来事が思い出される。確かにあの日、精神が破綻しかかったシャノアール――結利香が諒馬を襲った。当然誰しも傷つきもするし、して来た相手とはなるべく接したくない物だ。それでもリョウマは仲間として、ブルームーンの一員に迎えてくれた。それだけでも充分過ぎる。

「出過ぎた事を言いました....今のは忘れてください。....後、これだけは伝えておきたいんです」

リョウマがきょとんとする。だがシャノアールはそれに構わず、想いを告げた。

「私の気持ちはあの時とは違います。あなたを愛せたら、どれだけ幸せなのだろう....そう思えるようになったんです。ですから....」

だが答えは、予想通り。

「悪いがそれは、この先出逢うであろう人の為に取っとけ。俺には後にも先にも舞夜だけだ....悪く思うなよ。そもそもこの場で言う事じゃないでしょうが....変に空気読めない所あるよな、お前さんは」

リョウマが力無く笑いながらコクピットに滑り込む。シャノアールもどこか吹っ切れたのか、悲しい顔ではなくどこか清々しい。

「そうですね。そこは反省すべき所でしょうね。それでは、この戦いが終わるまで」

シャノアールが去っていくのを、スワンが物陰から見ていた。リョウマと交際を始めてしまう危惧はなくなったかのように思えたが、シャノアールの表情のせいで上手く読み取れず。

「でも、今言うのは....せめてこれをお渡しするだけでも!」

だがそんな儚い思いさえ、現実が吹き消してしまう。艦内をアラートが駆け巡り、デッキが慌ただしくなり始めたからだ。

「あ.....もう急がないと!」

最大のチャンスを逃した事を後悔している場合ではない。スワンは大急ぎでV2セリシールのもとに駆けつけ、コクピットに飛び乗った。

「スワン!ちゃんとキャプテンの事も宜しくね!」

ケイトがメットとお守り代わりなのか、V2ガンダムのメガビームシールドを模した、チャーム付きのブレスレットを投げ渡される。

「はい....!必ず!」

メットを被ると、衣装が切り替わりノーマルスーツとなった。第一波として、シローとソルブレイヴス隊、スワンとエルニアが出る事となる。

「久々の組み合わせだけど、覚えているか?」

ふとシローに聞かれ、スワンは暫しの間を置いて視線を戻した。

「大丈夫です!」

「それなら安心だな!シロー・アマダ、Bm-8出るぞ!」

カタパルトから飛び出すとバックパックを分離させ、リフターとなりBm-8を乗せて飛翔した。ブレイヴとグラハムのブレイヴ・サンダーバードが順次出撃し、これまた空中でフォーメーションを組んで戦場へ。

「ではお先に、エルニアさん」

「どうぞ!スワンの背中は任せて!」

ありがとう、と告げてスワンはペダルを強く踏み込んだ。

「スワン・マスターピース、V2ガンダム セリシール・トゥールビヨン、参ります!」

 

SECTOR-ZEROに降り立った徹は、終末時計の異変に目を疑った。

「針が.....凍っているだと....!?蘇ったとでも言うのか.....!」

衝撃に顔を歪めながら終末時計の内部へと向かい、中で拘束しているレイの様子を見に行く。そこで徹は、またしても予想外の出来事に出くわした。レイの胸を貫いていたはずの鎖が砕かれ、彼女の周辺には氷の分厚い壁が出来上がっていた。

「これは一体.....この女にはそんな力など残されていないはず....!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.67 因縁にPERIODを

突然姿を見せた氷の壁に、徹は顔を歪めた。意識を失わぬ程度に力を吸い上げていたのが、そもそもの失策なのか。徹はそれを振り払うかのように、踵を返して地下の奥深くへ歩いた。クリスタルの大樹の根本、瘤のように膨らむ樹洞の中に眠る、黒き創世神。こちらにはそれ程影響していないが徹の手が力場に触れられた。MSを繋いでいた管が次々と外れていき、地面にバタバタと落ちた。そして何かを感じ取ったのか、徹の表情が先程とは対照して高揚したものになる。

「これは運命だ.....これで僕は、世界を統べる救世主に....!」

「やけに嬉しそうじゃあないか、大将」

頭上から声がし、振り向くと上の通路から見下ろすグロックの姿が。

「完成したんだよ....僕を指導者、そして救世主たらしめる力さ」

「ほぉ〜....?にしちゃあ、結構小ざっぱりしたなりなもんで?」

グロックの言う通りで、この黒いモビルスーツは単純にカラーリングを変えたストライクフリーダムその物の外観をしている。しかし徹はそれは誤った物の見方だと笑った。

「この機体はレイ・ブルームーンの力....そしてガンプラダイバーズと繋がっている。即ちこの機体こそ、ガンプラダイバーズその物と言っても過言では無いんだ」

 

 

クラックゾーンから無数に湧き出るモビルドール。その様はまるで蝗害が起きた日の空であろうか。Bm-8のシローはひたすら高機動戦を維持しつつ、第二波出撃の為に前線を保つべく弾幕を張り続ける。撃ち落とすにしても、何百機ものモビルドールが雪崩のように押し寄せてくる。どう足掻いたとて潰されるのは明白だが、彼も仮想世界の明日の為に戦う身である。

「グラハム達はとにかく先行してくれ!クリスタルの樹の位置を探ってもらう方が先だ!」

シローの要請に従い、ソルブレイヴス隊が敵の網の目を潜り抜け先行した。

「了解した!アマダ中尉は前線の維持を任せます!少佐、経路の予測データ、ブルームーンから受信しました!」

ソルブレイヴスの紅一点、カリーナが素早くグラハムに報せる。グラハムも座標データを見ており、より眼光を鋭くした。

「こちらでも確認している!ソルブレイヴス隊各機、フォーメーションイーグルで敵前線を突破する!トランザム!」

グラハムの号令がかかると同時、隊列を組むブレイヴの装甲を赤い輝きが包み込む。そして急加速を始めドレイクハウリングとGNミサイルを放射しながら、モビルドールの群れを強行突破した。

「まるでELSを相手にしているようではないか....!」

無数に生み出される、意思を持たぬモビルドール。グラハムにとっては、"劇場版00"で観たELSを相手に戦うのとほぼ等しく思えた。

 

「そこを通させていただきます!秘剣・雷光一閃ッ!! 」

V2セリシールが構えるグラビティエッジⅡに電撃を纏わせ、光の如き速さで空を一閃した。空間を切り裂く斬撃がBm-8の頭上を駆け抜け、何百体ものモビルドールを一掃する。切断された空間が時間の巻き戻しよろしく、元に戻りシローを驚愕させた。

「何だ.....!?今の、スワンがやったのか!?」

「前線を押し広げる位はしないと、また押されます!エルニアさんがずっと押さえ込めるわけじゃないんですから!」

V2セリシールが最前線に躍り出、圧倒的なスピードで敵を次々と斬り伏せてゆく。

「せいッ!!やぁああああ!!」

ビルゴⅡの胴を居合斬りで奪うと、Gビットとトーラス諸共脳天から袈裟斬りを浴びせた。

「皆そろそろ出てくる頃か....!」

シローの目がレーダーの反応を捉え、自らの立ち回りを切り替える。V2セリシールの位置から僅かに下がり、ロケットランチャーを2連射した。頭を破壊されたNPDリーオーが墜落、真下を飛ぶベースガンダムの真上にぶつかる。そこへもう一発の砲弾が命中して火達磨になりながら、地面へと落ちていった。

「真後ろから....熱源!?何だって言うんだ?」

クレッセント・ブルームーンの方角から突然大きすぎる反応がやって来る。その正体を目にしたシローが反射的にレバーを引き倒した。

「熱っ!?どうなってる.....!?」

業火を纏った影がBm-8の目の前を駆け抜け、炎の龍となって敵を一網打尽にしながら、最前線に突入する。

「シローさん!艦を頼んだぞ!」

弘からのメッセージを受け取り、シローはBm-8をクレッセント・ブルームーンの近くまで寄せ、艦の防衛に回った。

「一騎当千の連中が出るんだからな....!帰る場所くらいは守ってみせるさ!」

弘は横目でBm-8を見届けると、再び前に視線を戻し拳を手のひらに叩きつけた。

「全員まとめてぶっ飛ばしてやるッ!」

右手に火炎、左手に水球を作り上げそれらを合体、巨大な2頭の龍を生み出し一気に解き放った。

「どぉおおおおりゃあああああ!!」

集団で防衛陣形を組むモビルドール達を呆気なく吹き飛ばしてしまい、そのまま何キロも先の標的を粉砕した。空中での格闘戦もお手の物で、軽やかな挙動から繰り出される強烈な一打は、メリクリウスのプラティネイト・ディフェンサーでさえ、簡単に打ち破れてしまえる。そのままV2セリシールと共に、敵の群れに突入。一瞬にして空を覆い尽くす鉄の"虫"を駆逐した。

「エルニア!こっちだ!」

多数のビットで光の網を織りなし、艦の守護に徹していたエルニアのもとに、ウェルスからの通信が入る。BLADET-Lがプルーマを串刺しにし、地面に投げ捨てフルーティストCの背後についた。

「ウェルス?い、今は手が離せないの!」

「ミサも他の人達も出ている!この数だ、お前一人では危険過ぎる」

「じゃあどうしろって!?」

「こっちに移れ!」

ウェルスの一言にエルニアは耳を疑い、BLADET-Lを凝視した。コンソールにもあちらへの転移コマンドが表示され、疑いの余地は消え去った。

「移るって....分かった!やって見る」

フルーティストCからエルニアが消え、数秒足らずでBLADET-Lの後部シートに転移した。何を隠そうBLADET-Lは、ウェルスとエルニアが乗ってこそ真の力を発揮する。その為に複座式にしていたのだ。

「お前にはビットとナビゲートを任せる」

「OK!やり遂げちゃる!」

BLADET-Lが高空に飛び上がり、フルーティストCからジャックしたビットを一斉に射出した。タクトポインターこそ持たぬが、BLADET-Lの通信性能の高さから問題にはならない。

「グラハム達が見つけたのか....!ならば!」

シューターモードで全方位に弾幕を張りながら前進、更に加速をかけクリスタルの大樹がより見える位置を目指す。エルニアが背後からの襲撃を伝えると、ウェルスが即座に対応。BLADET-Lは振り向きざまにアイファライフルを放ち、ガガキャノンを撃墜した。しかしエルニアは、また別の機影を見つけ再びウェルスに告げる。

「Gビット!?何でこのタイミングで...!」

「無人機だから当然だ!サテライトキャノンを撃たれる前に仕留めてみせる!」

二人の手元、コンソールに新たな表示が現れた。これは一体何を意味するのか、深く考えずともエルニアには理解できた。二人の能力を共振させる事で、より大きな力を発揮させる。ウェルスが自分をBLADET-Lに乗せたのは、そういう意味があったと思うからだ。

「準備はいいか、エル!」

「分かってる!いつでも....!」

二人の手が同時にコンソールに触れた。

「「LINKAGE-BURST!」」

BLADET-Lがブレイダーモードに切り替わり、顔を覆うバイザーが左右に展開しツインアイを露わにした。全身から鮮やかな赤のオーラが発され、BLADET-Lの推力を2乗化させる。サテライトキャノンを構えるGビットの1機の顔面を、真紅の大剣が貫いた。迎撃に向かう2機もまとめて斬り捨て、遠くにいる同型はビットであっと言う間に葬り去った。

「もう少しでリョウマ・アルキメデス達が出る....!僅かでも血路を開く!」

目にも留まらぬ速さで敵陣を崩していくBLADET-L。弘もその様子に呆然としていたが、突然頭に飛び込んできた気配に、素早く反応する。

「あの野郎.....今度こそ!」

ドラグハートオーフレイムが戦線から外れ、ある目標めがけ全速力で突進した。その相手とは――。

「早速感づかれたか....そうで無けりゃ、面白くねぇけどな」

グロックのウヴァルスタークがバーサークキャノンを構え、放った。赤黒い死線をドラグハートオーフレイムは躱し、炎の太刀を右手に作り上げ唐竹割りを見舞う。ウヴァルスタークはひょいと軽い身のこなしで避け、浮揚しながら逆立ち掬い上げるようにバーサークキャノンを薙ぎ払った。

「やらせるかよ!」

ドラグハートオーフレイムもプラフスキーフィールドを展開、バーサークキャノンの砲撃を無効化させながら裏拳をぶつけ、火炎太刀で滅多切りを浴びせる。それをウヴァルスタークは左手で受け止めて見せ、相手の腹を蹴りつけるとサイドアーマーから、反しのついた禍々しい得物を引き抜いた。

「お前相手にこれを使うことになるとは....人生どうなるか、分かったもんじゃないよな」

ウヴァルスタークが大剣"ライオグレイド"を肩に担ぎ、瞬時に相手の背後を取り斬りつけた。その反しに接触した瞬間、ドラグハートオーフレイムを電撃が駆け巡り、押しのける事すら出来ぬまま攻撃を受けてしまった。

「ぐあぁあああああ!!?......ど、どうなってやがんだ!?撥ね退けられねぇ....!」

「そんな事考えてる余裕があるのかよ、えぇ?」

ウヴァルスタークがドラグハートオーフレイムの胸ぐらを掴んで立たせ、ライオグレイドで胴を横薙ぎにした。内部にはチェーンソーも仕込まれており、ドラグハートオーフレイムの装甲に激しい損傷を与え、深々と創傷を刻みつけた。

「ふざけやがって.....!こんな所で立ち止まってたまるかぁあああッ!!」

袈裟斬りを喰らう前にサマーソルトキックをぶつけ、ドラグハートオーフレイムが再起。火炎の太刀を更に燃やし、勢いよく薙ぎ払った。ウヴァルスタークがライオグレイドで防ぎ切るも、ドラグハートオーフレイムの太刀が間髪入れず振り下ろされ、桁違いの剣圧により押し込まれる。

「感情によって力が増幅する....確かお前の機体はそう言うのだったか....」

グロックは「ハザード」と宣言し、ウヴァルスタークのハザードシステムを起動させる。そして高く飛び上がり運動エネルギーを上乗せする形で、ライオグレイドを相手の脳天めがけ振り下ろした。ドラグハートオーフレイムが素早く左ステップしてこれを避け、ストレートを決めるがしかし。ウヴァルスタークが上体を反らしてこれを回避すると、ライオグレイドの反しで相手を引っ掛けハンマーの如く振り回し、思い切り地面に叩きつけた。振り回されている間、エネルギーが吸収されており、ドラグハートオーフレイムの出力が急激に低下する。

「ごはっ......!?うぐぅうう!!」

強引に押し退けようとするが、触れていればそれだけでパワーを吸い取られる。このライオグレイドは、ゴールドフレーム天のマガノイクタチを携行兵器化した武装故である。この武器が破壊でもされない限り、常に不利が付いてしまうのだ。

「復讐するなと言った本人が、俺に殺意向けて殴りかかってくるとはね」

「望も世界も殺そうとしたテメェが言えることか!」

「俺は頼まれた仕事をしているだけだ....お前と奴の両親を始末するのだって、その一つだよ」

誰の命だろうと、グロックからすれば依頼者より引き受けた所謂"標的"に過ぎない。それがきっかけで恨みを買う事はあれど、グロック自身は大して気にかけない。気にする必要もないのである。弘と望、2つの家庭を支える親達を殺しているが、それもやはり仕事だからやった事。彼らの気持ちなど興味も沸かない。

「ふざけんなよ.....それでもテメェは、人間かよ.....!?」

「その質問も聞き飽きたなぁ....人間かどうかだって?見ての通りだろう?お前と同じ人間なのさ。残念だったな、俺が宇宙人とかだったら納得出来たかも知れないけどな」

「そんな人間が居てたまるか.....!見てくれは人間でも、やってる事は人間じゃねぇ!」

ドラグハートオーフレイムが左手を地面にかざした。その直後、ウヴァルスタークの足元から突如として噴火が始まり、相手を下がらせるのに成功した。やがて噴出する溶岩の一部がドラグハートオーフレイムに吸い寄せられ、豪々と燃え盛る火炎の鎧へと変化した。両手甲からビームセイバー"フレイムソード"を発振、一飛びでウヴァルスタークの眼前に迫り、火炎の刃を振り下ろした。グロックはその出力を一目で察し、ウヴァルスタークの左肩からバーサークキャノンをパージする。

「チィ....!奴ぁ、本物のバケモンか....!」

フレイムソードが伸長してバーサークキャノンは愚か、ハザード状態のウヴァルスタークにさえもダメージを与えた。突然リーチを伸ばせるほどの考えも出来るのかと、グロックは舌を巻いた。

「もう逃がしゃしねえ....!今度こそッ!テメェをこの手でブチのめしてやるッ!」

弘の意思に呼応し、ドラグハートオーフレイムの背面にある円環が煌めく。すると円環から6枚もの炎の翼が生み出され、ドラグハートオーフレイムの機動力を爆発的に上昇させた。瞬間移動と見紛う速度で相手の懐へ飛び込み、アッパーを叩き込む。ウヴァルスタークが左手で受け止めたが、ほぼ同時に発振したフレイムソードに貫かれてしまった。あらゆる攻撃に対し、かなりの堅牢性を見せた高硬度レアアロイでさえ、事も無げに破壊する。ドラグハートオーフレイムは最早、戦略兵器レベルのマシンパワーを有したと言っても過言ではない。衝撃に耐えきれず仰け反るウヴァルスタークに、すかさずボディーブローを決め更にフレイムソードと拳を交えた、"乱刺打"を見舞い高空へ打ち上げ自身も跳躍した。

「この俺が......コイツに負けるだと....!?」

ウヴァルスタークが受け身を取りながら、リアアーマーからバーサークブレイドを抜き放ち、迎え討たんとする。だがグロックの知覚できる限界を超えた速さで、ドラグハートオーフレイムの蹴りがウヴァルスタークの顔面に突き刺さった。この時、ウヴァルスタークの十字の眼がパキパキと音を立てながら割れ、本来の素顔を晒してしまう。

「フェイスガードを破られただとぉッ!?テメェ.....調子に乗るなぁあああ!!」

遂にグロックが激昂する。紅い四眼を鋭く光らせ、ドラグハートオーフレイムの顔面めがけ拳を叩き込む。だが弘はボクサーであった。肉弾戦に持ち込めばほぼこちらの独壇場、プロ選手が相手でもない限り攻撃を見切るのは簡単なこと。ウヴァルスタークの拳を見切り躱して見せると、カウンターにとばかりに掌から灼熱の炎を放ったのだ。しかもその衝撃は並のビーム射撃をゆうに超え、戦艦の主砲レベルである。ウヴァルスタークが空中を舞いながら地面へ一直線に落ちてゆく。顔面が焼けただれせいか、モニターも全く機能しなくなった。弘もグロックがもう反撃に出ないとは思ったが、これまでの戦いを忘れたわけではない。やられる素振りを見せては突然姿を消すのが、彼のやり方ならば今度こそは本当に止めを刺さなければなるまい。

「逃がすかッ!!」

再度ドラグハートオーフレイムを加速させ、落ち行くウヴァルスタークめがけ追いかける。そして右手に紅焔を滾らせ一直線。

「ドラゴニック・フィニッシュ!!」

空を揺らしかねない爆音が響き渡る。ドラグハートオーフレイムの拳が、ウヴァルスタークの胴を貫いた。そして遅れて生じた衝撃波がフレームと装甲諸共、粉々にしてしまい見事に弘は本当の意味での勝利を果たしたのだ。地面をスライディングして制動をかけたドラグハートオーフレイムの視線の先に、ウヴァルスタークのコクピットブロックが転がる。

「まさかお前がハザードは愚か.....この俺までも超えてしまうとは......!最後の仕事だってのに、気分が悪い話だぜ.....!」

「テメェが最後の最後まで、俺を甘く見てるからだろ....んなの自業自得だろうが!人の命まで奪っといて、何が仕事だよッ!!」

「ハハハ......ハッハハハハハハハハッ!!」

敗北したと言うのに、笑い出すグロック。弘が正気を疑い奥歯を噛む。

「何だよテメェ.....!何がおかしいんだよ!?」

「お前はやっぱりバカだよ.....何でお前の両親が殺されたのか、考えた事も無かったのか?何が原因で、誰が引き金になったのか知ろうともしなかったのか?」

唖然とする弘。グロックは更に続けた。

「借金だよ。全部、借金がトリガーなんだよ。確かお前の親父は、社長をしてたよな?小さいながらもそれなりに上手くいってたが?会社を大きくしたいってだけで、色んな所から借金を拵えてきた。だがその借入先の一つが俺と繋がっていたのさ....しかも余りに多くの所から借りてきたせいか忘れちまったようだ。けど貸した側は覚えてる、当然の話だよな?全く返済しなくなったもんだから、俺に直接依頼してきた....."常岡 幸一を始末しろ"ってなぁ。しかしまぁ、名前も知らなけりゃ顔も分からねぇ。だからそいつの家を教えてもらって....後は分かるな?金って怖いよなぁ....人を生かすも殺すも思いのままだからよ。んで、リゲルの両親も殺したのはその様子を見られたからってだけだ」

「な、何だよそれ.......嘘だろ.....有り得ねぇ、俺の親父が原因な訳.....!」

弘の父親がヤミ金に手を染めていたとは全く聞かされておらず、まさに寝耳に水だった。全ての発端は父親の借金にある。その事実が弘を混乱させた。では今まで誓ってきた事は何だったのか?望に復讐させまいと奮闘してきた、これまでの戦いは何だったというのか?何より、両親の敵を討つ為にグロックと戦い勝利したが無意味だったのか?弘の頭の中をそんな疑問がぐるぐると渦巻き始めた。だがこの戦いの意味を見出すのは、思うより簡単なことだった。

「そうだろうと関係ねえ。お前が殺した事実に変わりはねぇし、何よりテメェらが戦争を起こした事だって何一つ変わりゃしないんだよ!俺はこの戦争を最速で終わらせる為に....戦ってきたんだ!」

「事実を聞かせてやってんのに、考えを改めねぇたぁ馬の耳に念仏ってか?まぁいいさ、今度はお前を殺る事にするよ。Ciao」

グロックの呆れたような笑い声と共に、ウヴァルスタークの残骸が消失する。

 

クレッセント・ブルームーンでは、第二波出撃の準備が整いつつあった。ソルブレイヴス隊がクリスタルの大樹の座標を送ってくれたお陰で、リョウマも進行ルートの計算がスムーズに進んだ。

「俺とミナで露払いをします。...これが最後の戦いです、絶対に勝って世界を取り戻して見せましょう、リョウマさん!」

ストライクJOKERのエスから通信が入る。リョウマもそうだなと返して、レバーを握り込んだ。

「やれることは全てして来たんだ。世界をちゃちゃっと救って、皆のもとに返してやらなきゃな」

エスとミナ、舞夜にシャノアールが頷く。アヤカからのアナウンスを合図に、それぞれのモビルスーツが発進した。

「エス・ブラックベイ!ストライクJOKER、行きます!」

「ミナ・ツバクラメ、カミカゼストライク発進します!」

「シャノアール・エスプリーク。ブリッツガンダムシャノアール、出ます」

「比良坂 舞夜....グレイズナイトシーカー、出撃する!」

「リョウマ・アルキメデス!ビルドスパークルガンダム、ミッションスタート!」

人類史に名を残すかも知れない、最後の一戦の火蓋が切って落とされた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.68 LOVERSは夜明けの夢を見るか?

「エス達が出たか...!」

BLADET-Lのウェルスは、ストライクJOKER達が出撃するのを認めペダルを踏み込んだ。

「この位置からなら、クリスタルの大樹ははっきり見えるよ、ウェルス!」

エルニアのナビゲート通りの位置にBLADET-Lを向かわせ、両肩に刃を前に向ける形で展開した。

「了解した。本丸を狙い撃つ!」

刃先に粒子が収束し、臨界に達した瞬間に放出した。ライザーソードに程近い原理で放たれるビームは、モビルドールの行進を貫きクリスタルの大樹目掛け突き進んだ。狙いは彼女程とは行かないが、ウェルスとて心得がある。やがて粒子の剣がクリスタルの大樹を覆う、ヘクス状のバリアを突き破り風穴を空けた。

「このまま連中を分断する!はああぁああああああッ!!」

光の大剣を振り回し、モビルドールの濁流を堰き止め強引に消し去った。そしてシューターモードに切り替え、素早く戦線に戻る。

「リョウマさん達が到達する前にもっと数を減らさないと....!」

エルニアの思惟に従い、GNソードビットと大型GNファングが敵陣に切り込む。V2セリシールが合流した事で、前線維持はより強固な物となった。

「スワン、来てくれたんだ!?」

「第二波がそろそろ到達します!ソルブレイヴス隊の方達と入れ替わりになるので、その前に!」

「分かっている!」

V2セリシールに前を任せる形でBLADET-Lはやや後退し、アイファライフルと両肩のGNパーティクルカノンを駆使して援護に回った。再びLINKAGE-BURSTを使うには、もう少し時間がかかりそうだ。

「真上から来る.....エル!」

頭上にヴァイエイトが現れ、ビームキャノンの銃口を向けられウェルスはエルニアに警告した。

「分かってるけど....!ビットも減ってるから....これって....!?」

突然ヴァイエイトが動きを止め、エルニアは目を見開く。すると光の膜が解け黒いガンダムが姿を表した。ブリッツガンダムシャノアールが真っ先に、救援に駆けつけたのだ。マガノイクタチで相手を捕縛すると、鮮緑色の剣"クー・ド・シャ"でコクピットを穿ち、斬り抜けた。

「お待たせしてすみません。私でも少しは戦力になるはずですから、頼ってくださいね」

シャノアールからの通信に、エルニアは内心ホッとした。頼れる大人がいれば、この様な状況でも支えになる。

「ありがとう、シャノアールさん!」

「奇襲を頼んだ、シャノアール・エスプリーク!」

「ええ....もちろん....!」

シャノアールは機体にミラージュコロイドを定着させ、BLADET-Lに取り付こうとする敵を次々と落としてゆく。そしてようやく、大本命達がこの戦線を駆け抜けた。

「露払いも何も、この人達がこんなに倒してる....!けど、まだダメ押しが出来てないって事?」

カミカゼストライクのミナが唇をぺろりと舐め、獰猛な笑みを浮かべる。各部に取り付けられたP.E.Dが起動、青い輝きを発しながらカミカゼストライクを更に加速させた。両手に携えた、"ビームソードライフル"を連射して瞬く間に敵機を蜂の巣にする。ハイパーモードの出力は凄まじく、どれほど強固な陣形を組まれようとも瞬時にして突き崩せる程、強力なものだった。残像すら発しながら戦場を駆けるその様は、まさに神風そのもの。

「今まで動けなかった分....大暴れさせてもらうよッ!」

次々と標的を見つけては斬り、更に狙い撃ちにする。平時の性格とは全く真逆に、理性など感じさせない戦い方。これこそがミナの真骨頂とも言えよう。しかしそれでもミナは思考が止まっていないのだから、恐ろしいのだ。V2セリシールのスワンに、エスとの合流を指示してその場を引き継いだ。その間にも戦いの手は一切止めないどころか、ますます激しくなる。ハイパーモードが持続する間、出来る限りの数を削ろうと言うミナの意思がそうさせるのか。長い付き合いになるエスですら、よく分かっていない。

「やっぱり、ああなった時のミナは怖いや.....!スワン、こっちだ!」

ストライクJOKERとV2セリシールが合流し、戦線を迂回しながらクリスタルの大樹へと急ぐ。

「レイはあそこに.....いるんですね....!」

「ああ....感じるんだ。間違いない、レイはそこにいる!俺達で助け出すんだ!」

同じ頃。氷の壁の奥でレイが目を覚ました。その瞳は霞んでこそいるが、弱々しくも光を灯し始める。胸を貫く鎖はすでに消えた。もう残り僅かの力を使い、友に呼びかける。"私はここにいる"と――。エスはすぐに彼女の"声"を聞き、V2セリシールのスワンにある提案をした。

「俺の力で"跳んで"、バリアが塞がる前にレイをあそこから引きずり出す!」

「"跳んで"....!?どういう事ですか!?」

限られたν-Typeにしか与えられない力。無論スワンがその意味を知る由もないが、今は一刻を争う。エスは説明せずにストライクJOKERとV2セリシールの手を繋がせた。

「やるしかないんだ.....!跳べぇえええええ!!!」

エスの瞳が翡翠色に輝く。忽ちストライクJOKERとV2セリシールが姿を消し、数秒とかからずにクリスタルの大樹のすぐ目の前に到着した。スワンが刹那もしないうちの出来事に愕然とするのを他所に、エスはエストックをライフルモードに切り替え、壁を砕き内部へ侵入する。

「ここならブルームーンと同じなのか.....スワンはすぐに降りて!」

エスがストライクJOKERから飛び降り、樹洞の中へ踏み込む。氷で出来たような景色に息を呑むが、目の前の壁が溶けていくのを目の当たりにし我に返った。そして。

「レイ......レイ!?」

鎖に四肢を繋がれた青い髪の少女。レイ・ブルームーンその人を見た瞬間エスは、弾かれるように彼女の頬に触れ呼吸があるのか確かめた。スワンも後からやって来、急いで駆け寄る。

「レイ....!私だよ、スワン・マスターピース!ちゃんと生きてるなら、返事をして....!お願いだから....!」

スワンがレイを抱きしめる。耳元で声が聞こえ、思わず顔を離すとレイがじっとこちらを見つめていた。

「奏.....どうして.....」

「どうしてって.....親友だからでしょ....!私とミサと、レイがいなきゃ....誰かが欠けてもいけないんだから!」

エスに鎖を外してもらいながら、レイも弱々しくもスワンを抱きしめ返した。

「私.......そっか......自分で二人を遠ざけてたんだっけ......なのに、助けに来てくれるの....?」

「当たり前です!レイはいつもそうだよ.....素直に助けてが言えないんだから....!皆、レイの事を大切に思っているから....ブルームーンの皆でここまで来たんだよ....!」

スワンの一言でレイは初めて救われたと感じたのか、瞳から涙が零れ落ちた。エスも二人の様子に安堵しながらも、外の状況を鑑みて現実に引き戻させる。

「もう時間がない。スワンはレイを連れて先に帰還してくれ。俺はすぐにミナ達と合流しなくちゃいけない。スワンも落ち着いたら、クレッセントを守ってもらいたいんだ.....いいかな」

スワンはレイの肩を担ぎながらエスに振り向き一言、

「はい!お任せ下さい!」

と強気な笑みを見せてV2セリシールに乗り込み、光の翼を広げクレッセント・ブルームーンへの帰路につく。エスもコクピットに飛び乗り、ストライクJOKERを飛翔させ戦場に再び舞い戻った。

 

「クソッ.....邪魔するな!」

クリスタルの大樹の根本からもモビルドールが湧き出てくる。リョウマはラピッドスマッシャーに変身させ、敵を往なしながらSECTOR-ZEROを目指すが、吐気を催す程の密度ではそれも叶わぬ事だった。

「リョウマ、ビルドリンクを。アレなら突破出来ます」

グレイズナイトシーカーが敵を斬り伏せながら、ラピッドスマッシャーの前に流れる。リョウマは舞夜の提案通り、ビルドシステムを起動させた。するとグレイズナイトシーカーの両肩に円盤型のマウンターが現れ、そこから翡翠色の刃が解き放たれた。グレイズナイトシーカーとビルドスパークルには新たに、ビルドリンクなる機能が用意されていた。これはビルドシステムの一部を共有する事で、リョウマと舞夜の戦術バリエーションを更に充実させるものだ。

「一気に殲滅する!」

グレイズナイトシーカーの周囲を漂う"シグルマギアブレイド"を飛び込ませ、敵の頭を的確に落とし攻め込む隙を作り上げる。ラピッドスマッシャーもスマッシュブラスターでモビルドールを薙ぎ倒し、更に奥へと駒を進めた。

「これだけの数、相手にするのか....まるで、キリがねぇ...な!」

スマッシュブラスターとフラガラッハ3ビームブレイドの二刀流で、ビルゴを両断するがSECTORへの入り口に近づくに従って、ますます数を増やすモビルドール。リョウマは辟易していた。

「弘達とは違い、私達には殲滅力がありません。こうなるのは、ある意味妥当ですが」

グレイズナイトシーカーはアクロバティックな挙動で、メリクリウスを拘束しシグルマギアブレイドで八つ裂きにした。そのまま流れるような動きでプロトグラビティエッジを振るい、ラピッドスマッシャーを背後から襲おうとする、トーラスを斬り捨てた。

「何だ!?」

SECTOR-ZEROへ到達した矢先。どこからか光弾が撃たれ、モビルドールを尽く一掃してしまった。否、モビルドール諸共ラピッドスマッシャーを撃ち抜こうとしたのだろう。リョウマの目には、最後の関門とも呼べる存在が映っていたのだから。

「シューイン.....いや、東郷 純一....!」

エヴィルイフリートがゆっくりとした足取りで近づきながら、ヒートサーベルを抜き放つ。

「クックククク.....!ようやく、お前を葬りされるぞ....水崎ィイイイ!!」

グッと身をかがめ、全身のバーニアをフル稼働させラピッドスマッシャーに迫る。ラピッドスマッシャーは赤熱化した刃を、スマッシュブラスターで破壊するがエヴィルイフリートが続けざまに斬りつけてくる事もあり、距離を取るしか無くなった。二振りのヒートサーベルを破壊して、真後ろにロールしながら距離を作る。そしてスマッシャーモードに切り替え、エヴィルイフリートに撃ち込んで格闘戦を拒否した。そこへグレイズナイトシーカーが飛び込み、エヴィルイフリートの右肩を横薙ぎに斬りつける。

「死人がノコノコ出てくるかぁ!!」

エヴィルイフリートが左腕にビームニードルを発し、カウンターをぶつけた。だがグレイズナイトシーカーは、ヘヴィグラビティエッジで受け止め怯ませると、飛び上がって脳天から兜割りを見舞いカウンターをし返した。

「私が肉体的に死んでいるならば、あなたは人として死んでいる....初めから分かっていた事!」

「私が死人だと.....?ふざけた口を叩くなァ!」

エヴィルイフリートの周囲に黒い霧が噴出。黒い風となりグレイズナイトシーカーの背後に立つと、再形成したヒートサーベルを振り下ろした。しかし舞夜の反応が先んじた。ヘヴィグラビティエッジを開き、プロトグラビティエッジを抜き放ち斬撃を打ち消す。リョウマも舞夜の援護をすべくビルドスパークルを変身させた。

「タフネスブラスター.....コイツで!」

ラピッドスマッシャーの赤いアーマーが弾け飛び、入れ替わる形で青い鎧を身に纏う。そしてスマッシュブラスターで砲撃、グレイズナイトシーカーの攻撃の隙間を埋めた。

「戦況を優位に立たせるには、これが最優の手段!」

スマッシュブラスターが直撃してよろけたエヴィルイフリート。そこにグレイズナイトシーカーの蹴りが刺さり、更にシグルマギアブレイドがありとあらゆる方向から、エヴィルイフリートに斬撃を浴びせた。

「私の装備を真似するとは、貴様も落ちたものだなぁ!!」

エヴィルイフリートが空中で受け身を取り、サイドアーマーからダートビットを射出。シグルマギアブレイドと衝突させて無力化させると、猛烈なスピードでタフネスブラスターに迫り、交差したヒートサーベルを押し付けた。だがリョウマはそれを先読みしており、タフネスブラスターの目の前にバリアビットをビルドさせる。そしてスマッシュブラスターで斬り上げ、更に袈裟斬りを見舞い地面に叩き落とした。またグレイズナイトシーカーも落下位置に先回りすると、シグルマギアブレイドを再度展開し相手の再起を狙う布陣を作り上げる。

「ハザードに細胞レベルで順応した私が、何故こうもッ!!」

激昂するシューイン。対照的にリョウマは平静そのものであった。

「お前には守りたいものがないからだろ...!俺達はこの世界を守る為に、どんな力も乗りこなして来た!破壊するだけしか出来ない力でも、使い方次第で人を救える!そこが俺とお前の違いだ!」

スマッシュブラスターの砲口にスパークが迸る。それはやがて本体全てを走る様になり、限界までエネルギーを集束させ、放出した。メガバズーカランチャーに匹敵する粒子の圧力が、地面ごとエヴィルイフリートを灼く。

「反応が消失した.....?」

舞夜は妙な違和感に思考を巡らせた。完全に撃墜されたのであれば、その通知が来るはずである。しかしながら現状、エヴィルイフリートとの交戦状態は維持されたまま。何かが起こっていると考えるのは自然なことだった。そして、舞夜の"悪い予感"が形になろうとした。タフネスブラスターの背後に黒い霧が漂い始め、やがて一箇所に向かって集まりだしたではないか。霧は人の形を作り、血眼の鬼神へと姿を変え凶刃を振り下ろす。リョウマが背後から殺気を感じ取るが既に遅く、完全な回避はほぼ不可能。

「何だってんだ!?量子化まですんのかよ.....!?ぐあああああっ!!」

タフネスブラスターの躯体から激しく火花が散る。挙げ句スマッシュブラスターを手放してしまい、ハザードまで解除されてしまった。

「無様だなァ!!何が世界を守るだぁ?乗りこなせたとか何とか言ってたな水崎ィ......だが肝心のお前がこれじゃ話にならないッ!!」

エヴィルイフリートがビルドスパークルを何度も踏みつけ、グリグリと踵で押し潰す。だがそこへグレイズナイトシーカーが割り込み、サブマシンガンにより右肩を吹き飛ばされた。

「ぐっ.....貴様はまだ水崎に執心してるつもりか.....!これではただの犬畜生じゃないか!!」

嘲笑しながらエヴィルイフリートはビームバルカンを掃射する。ところがグレイズナイトシーカーが光弾を全て斬り潰し、意味を成さなくなった。

「貴方はその程度の認識しか出来ないのであれば、知性のかけらも無い動物と変わらない」

ヒートサーベルの太刀筋を全て見切り、サブマシンガンで刀身を砕いた。そこからシグルマギアブレイドを放ち、飽和攻撃を仕掛けながらリョウマの再起するための時間稼ぎに出る。リョウマも程なくしてビルドスパークルを起き上がらせ、新たな一手を形成した。

「再使用まで残り3分....持たせるしかない!」

ドリルクラッシャーとビルドブースターを装備し、真横からエヴィルイフリートを殴りつけた。10000rpmもの回転数から生み出される衝撃は、当て方によってはハザード相手にも十分に効果がある。エヴィルイフリートを突き飛ばしわざと注意を惹き付けた。対ハザードとしては、自殺行為でしかない手だがリョウマは、シューイン相手にはかなり使えるやり方を考えていた。

「ハザードも無いのに....クククッ.....いいだろう、嬲り殺しにしてやろう!」

「試してみるか?お前の弱点を作ってやる」

エヴィルイフリートが右手にビームニードルを発振させ、ストレートの要領で殴りかかる。しかしビルドスパークルはそこから一歩も動かず、じっとエヴィルイフリートの様子を見ていた。

「ビルドアップ!」

ビルドスパークルのアンテナが形を変え、テスタメントガンダムの物となる。その直後、エヴィルイフリートが突然ピタリと手を止め、弾かれるように飛び退くと頭を抱えるような動きでよろけ、藻掻き苦しみ始めた。

「な、何をした水崎ィイイイ!!ハザードも、私も蝕まれッ.....グアアアアア!!」

「当たり前だ!今俺が作ったのは、ハザードを抑制する為のプログラム――要するにお前にデバフをかける為の、ウイルスって事だ!」

ビルドスパークルとグレイズナイトシーカーが同時に駆け出し、それぞれの剣でエヴィルイフリートに斬撃を浴びせ、更に追い打ちをかける。シグルマギアブレイドに視界を奪われたかと思うと、スマッシュブラスターの光弾が飛来し起き上がる余裕すら奪われた。

「貴様ァァァアアア!!」

エヴィルイフリートは真横にロールして強引に再起し、これまた無理矢理ハザードを再起動させた。機体へのダメージが深刻化するが、シューインにはそれが見えていなかったのだろう。リョウマを味方に引き入れるはずが、彼を殺す為だけの修羅と成り果てるとは、本人でさえも予想出来なかったであろう。無論、それを考えるだけの知性さえも奪われてしまっていては、当然意味もない話なのだが。ヒートサーベルを放棄すると、自身の背丈を超えんばかりの長さの実体剣を形成。刀身を赤熱化させながら素早く間合いを詰め、猛烈な勢いで薙ぎ払った。ビルドスパークルの迎撃も虚しく、ことごとく無力化され両機共々跳ね飛ばされ、壁に激突した。

「なんてパワーだ....こっちの射撃を突き抜けやがって...」

「ヒャハハハハハハ!!どうだ水崎!!私の力は当にッ!お前の想像を遥かに凌駕しているッ!!お前と私の違いはまさにここにあるッ!ヒーローごっこもここまでだなァ!!」

エヴィルイフリートが切っ先を引きずりながら、不敵な足取りでビルドスパークルに迫る。グレイズナイトシーカーの舞夜は、リョウマを何としてもSECTOR-ZEROの最深部に到達させねばならないと、ある決意をする。

「いけない.....!彼を、先へ行かせなければ...!」

ハザード起動。グレイズナイトシーカーが鬼神眼前に躍り出、プロトグラビティエッジで斬り上げんと振るう。だが彼女の予想に反して、プロトグラビティエッジごと機体を断ち切られてしまった。大質量を伴ったヒートソードの一撃はあまりにも重すぎたのである。右肩のフレームが見事に断ち切られ、コクピットブロックにまで刃が到達した。

「何だァ....?半狂乱になって死ににでも来たのかァ!?」

狂喜するシューイン。一方の舞夜はヒートソードに接触した右腕が溶断されただけでなく、表皮が次第に焼け爛れ始めた。骨格フレームや人工筋肉が露わになり、視界にも緊急事態を示すアラートのウィンドウが次々と表示される。だがそれでも彼女は、恐怖などしなかった。たった一つの、叶えたかった願いをようやく果たせる時が来たのだ。愛する彼の命を守る為なら、自分の存在を失うなど大したリスクでもない。舞夜は今、自分の役割を果たすだけなのだとエヴィルイフリートを真っ直ぐ見据えた。

「あなたをここで討つ.....!私の存在と共に、消えてなくなれッ!!」

「自爆する気かァ?貴様とてただでは済まないのを分かっているのかァ!!」

エヴィルイフリートが更に力を加えようとした。その刹那。グレイズナイトシーカーは一歩踏み出し、左手に握ったシグルマギアブレイドでエヴィルイフリートのコクピットを貫いた。ほぼ同時にヒートソードもグレイズナイトシーカーを両断し、互いを刺し違える形で滅んでしまった。爆風に巻き込まれ、リョウマは目を細める。しかしその瞳は悲嘆の色に染まっていた。

「舞、夜........そんな......そんなの、許せるわけ無いだ、ろ......?」

脳が拒否する。舞夜が消えたなどと考えたくなかった。無理に笑顔を取り繕うとするが、もはやそれすらも満足に出来ず、酷く歪んだ表情になってしまう。モニターに生命反応が映し出され、リョウマは弾かれるようにコクピットから滑り降り、グレイズナイトシーカーのもとへと走る。

「舞夜ッ!まだこの位なら修理が出来る....!少し待ってろ、俺がすぐに....!」

グレイズナイトシーカーのコクピットから、半ばスクラップ化した状態の舞夜を運び出し、床に寝かせた。損傷が激しく、人としての原型を一応留めている位に酷かったが、リョウマにとっては修復可能な範囲である。しかし舞夜は、彼の手に触れて首を横に振った。

「リョウマ.....もう、必要ありません.....私は私の為すべき役割を、全うした....それだけですから...」

「何言ってんだよ....!?」

リョウマの瞳から零れ落ちる、一滴の雫。彼の想いは正しく本物であった。愛する人を2度も殺してしまう。それは誰にとっても堪え難い悲しみを背負わざるを得ないものである。舞夜にもその事は理解していた。しかし、一度死んでしまった人間が現世に留まり続ける事のほうが、残された者を更に苦しめてしまうのもまた事実。舞夜にはこの時が訪れる事が分かっていた。

「.....死人が生者に干渉しては、未来へ進めなくなってしまう。あなたには、私の屍を踏み超えて.....未来を作って欲しい....誰もが夢と希望を胸に生きて行ける世界.....それがあなたの願いなら....」

「もう何も言うな!....生きてようが死んでようが関係ない!失いたくないんだよ.......!俺は君を失いたくない!!」

慟哭を上げ、リョウマは舞夜を抱きしめる。しかし舞夜は、敢えて叱咤した。

「行きなさい!この世界はあなたにしか救えない....あなたの力でなければ、ダイバーズは新しい時代を迎えられない!あなたが未来に向き合わなくて、誰がすると言うのですか!その手で明日を切り拓きなさい....水崎 諒馬!」

「.....舞、夜......!?」

呆然とした面持ちで見つめるリョウマ。そんな彼の涙を手で拭い、舞夜は生前のような笑みを向けた。

「寂しがる事はないよ。りょう君には沢山の仲間がいる。だから、りょう君は一人じゃない.....大丈夫。いつもはああなのに、寂しがり屋なんだから....」

舞夜の瞳の奥の発光が弱まる。口の動きも次第に機械的な挙動に変わり、最期の時を迎えんとしていた。リョウマは無言で舞夜と唇を重ね、グレイズナイトシーカーのそばに安置し、決意を固めた面持ちでビルドスパークルに乗り込んだ。

(行ってくる。舞夜.....今までありがとう....愛してる。一生だ)

そしてレバーを握り込み一言、

「さて、天才が真のヒーローになる時が来たんだ。行くぞッ!」

ラピッドスマッシャーに変身したビルドスパークルが、SECTOR-ZEROの最深部を目指して飛翔する。その姿を舞夜は見送りながら、安堵するように瞼を閉ざした。

「愛してます....りょう君....」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

File.69 最後のSAVIOR

スワンのV2セリシールがクレッセントブルームーンに着艦したのを皮切りに、デッキはより一層慌ただしくなった。ケイトが大急ぎでV2セリシールのハッチを開けさせ、スワンと共にレイをコクピットから運び出し簡易ベッドに寝かせた。医療班もすぐさま駆けつけ、彼女を医務室へと輸送する。

「何とか助けられたね....!ありがとう、スワン」

「いえ、そんな....!皆さんがここまで支えてくださらなかったら、助ける事もできなかったでしょうし。皆さんのおかげです」

そう言うとスワンはV2セリシールに飛び乗り、再出撃の準備を始める。ケージが開かれカタパルトに進み修復を終えた武装が次々と取り付けられた。

「葉山さん、バズーカを頂けますか?撃ち漏らしたのがいるといけないので!」

スワンの要望通り、V2セリシールの左手元にバズーカが降りて来た。それを装備させると速やかに出撃した。

「もう一度参ります!」

クレッセントブルームーンから飛び立ち、光の翼を雄々しく羽ばたかせながら高空へと舞い上がる。エスからは本艦の周囲を守ってくれと言われていたが、彼の思っている以上に護衛は手厚いようだった。ミサのゼータプラスが艦体に設置したメガ・バズーカ・ランチャーを使い、他のMSと連携して敵陣を瞬く間に葬っていく。ソルブレイヴス隊のブレイヴも、半数がここに来ておりモビルドール共を駆逐していた。

「やはり、私は前に行かないと!」

スワンはこのエリアで出来る事がないと判断し、素早くV2セリシールの航路を変更した。バズーカをリアアーマーにマウント、次にグラビティエッジⅡを抜き放ち更に加速する。ブリッツシャノアールが押されていると見るや、雷光一閃を放って彼女を窮地から救い出した。

「助かったわ、ありがとう」

シャノアールの安堵する声に、スワンも頷く。

「この戦場と相性が悪いと大変ですよね...」

「一応、あの二人の護衛をしていたけれど、置いてかれてしまったのよ」

「お二人の機体について行けるMSなんて、そうそう無さそうですね。シャノアールさん、最前線に出るまでサポートお願いできますか?」

「ええ、もちろん。正義を追い求める者同士、考える事は同じようね」

互いの死角から来るモビルドールに対応しながら、桜吹雪の剣士と幻影の黒猫は真っ直ぐに敵陣を突き抜けその先へと進んでゆく。遠い距離感の二人がここまで噛み合うものなのかと、双方して驚くがそれ以上は気にしなかった。強襲機と闇討特化型。難度が高い組み合わせだが、相性は良いのだ。

「空間ごと斬るアレ、使えないの?」

「雷光一閃は後30分しないと....!」

「困ったわね。敵の数がさっきの倍以上に増えて来てる...」

その傍ら、シャノアールはレーダーに目が止まった。自分の位置からはるか後方より、途方も無い数の熱源反応が現れたではないか。まさか挟み撃ちになってしまったのかと焦りを隠せずにいたが、リタから通信が入ってきた。

「世界中のトップランカーと、A.ν-Tの有志連合が救援に駆け付けてくださいましたわ!私達の戦いの意味を、世界が認めましてよ!」

「370機も....!?避難命令が出ていたのに、入って来れるなんて....」

「だけど今は、人々の力無くしては切り抜けられません!この戦いは間違いなく、人類の歴史に残る....だから!」

二振りの長剣"デュアルグラビティエッジ"を手に、V2セリシールが先行する。

「ブラッサムライト、使います!」

機体各部の増加装甲のハッチがスライド、内側から光の炎を噴出した。"クロスボーンガンダムゴースト"に登場する、ファントムの特殊兵装"ファントムライト"を再現した機能である。これに光の翼による推進力を上乗せする事で、既存のMSを遥かに凌駕する強襲力を手に入れられるのだ。現にモビルドールが放つ弾幕すらも物ともせずに突破し、デュアルグラビティエッジで八つ裂きにしてしまった。V2セリシールは光の炎により身を守られ、如何なる射撃を無力化できる鎧を持ったことになる。

「スワンが凄いことになってるんだけど...!」

BLADET-Lのエルニアは、炎に包まれながら空を駆けるV2セリシールを見、目を丸くした。

「さしづめファントムライトの亜種か....彼女が出ているうちに、次のバーストまで時間を稼ぐ!」

アイファ・ライフルでガンマンよろしく早撃ちを決めながら、自衛に徹する。ブレイダーモードを維持したまま前線に出るのも考えたが、数を増やし続けるモビルドールを相手に、どれだけ耐え抜けるのか計算できず、LINKAGE-BURSTに賭ける選択肢しかなかったからである。突然上空からバズーカの砲身が落ちて来、ウェルスは咄嗟に掴ませた。

「ここは守りに徹する!」

バズーカを構えるや否や、真横にスピンしながら一発目を撃ち、更に右へ側宙しながら二発目、そして上昇しながら三発目と連射した。相手の周りを不規則に動きながら、バズーカを撃ち込んだのだ。これにはモビルドールと言えど計算に遅れが生じ、次々とバズーカの餌食となった。エルニアも素早くGNソードビットを呼び戻し、BLADET-Lの前に展開させる。ビット同士の合間にGNフィールドを発生、敵の狙撃を打ち消しながらバズーカで狙えるだけの時間を作った。

「巻き込まれたくなけりゃ退けぇええ!!」

唐突に弘の叫び声が聞こえ、ウェルスはBLADET-Lを下がらせる。すると金色に輝く龍が目の前を駆け抜け、モビルドールの群れを尽く壊滅させた。そして龍の中から飛び出したのは、やはりドラグハートオーフレイムであった。

「ようやくか」

ウェルスが半ば呆れ気味に呟く。

「待たせて悪かったな!これでお前も暴れられんだろ!」

ドラグハートオーフレイムが怒涛の乱撃でビルゴ20機を破壊し、肉弾戦主体の機体とは思えぬ程の殲滅力を発揮。これにはウェルスもエルニアも舌を巻いた。しかしそうしてもいられなかった。

「エル....チャージが完了した。準備はいいな」

「言われなくても!」

BLADET-Lがブレイダーモードに切り替わると同時、LINKAGE-BURSTを起動させた。背面のBアームズⅢを引き抜くが、大剣を構成する刃が2つに分かれ、自身の周囲に停滞した。BアームズⅢ自体、かつての愛機の1つで使用していた兵装をブラッシュアップしたもので、謂わば"Mk-2"に相当する。そして背面のマントのように伸びる刃も分離し、エルニアの意思を受けて真下から迫るハイモックを串刺しにした。そしてBアームズⅢの中核となる細身の長剣"ミネル"は、紅い刀身をしていながらも白い冷気を発していた。

「彼女のようには行かないが....!」

ミネルを低く構え、超音速で空を駆ける。斬りかかってくるメルクリウスの胸にミネルを突き立てた。すると不思議な事にメルクリウスが凍りつき始め、完全に動作を停止する。その隙にBLADET-Lが突き通して斬り抜けた。止めにビット化した刀身が八方位から貫徹し、火炎の華を咲かせる。

「今の、まさか....!」

「参考にはしたからな」

敵を凍らせる能力には、エルニアにも思い当たるものがあった。レイ・ブルームーンの持つ力と同じだったのだ。ウェルスにその様な能力があったとは聞いておらず、どうしてこれが出来たのか甚だ不思議である。

「レイみたいな事やっちゃうなんてさ、妬けてくるんですけどっ!」

「何を言っている?今は戦いに集中しろ!」

何故エルニアにそう受け止められたのか、ウェルスには上手く解せなかったようだ。

 

SECTOR-ZERO、最深部。ここに来るまでの間にも、モビルドールやMAを相手取りながら戦い続けておりリョウマの体力も、かなり消耗していた。

「やっとここまで来た.....Gビットやらパトゥーリアばっかり差し向けて来やがって...冗談じゃねえ....」

少しだけ呼吸を整えて、先へ進もうとした矢先。粒子の奔流が目の前から襲いかかってきた。リョウマは反射的にラピッドスマッシャーを飛び降りさせ、難を逃れる。だが今の砲撃の正体を目の当たりにし、リョウマの背筋が凍った。

「やはりここに居たのか....徹=アルマーニュ!」

「感謝して欲しいな....君がその力を手に入れられたのは、僕のおかげなんだよ?リョウマ・アルキメデス――いや、水崎 諒馬」

黄金に彩られた終末時計の中から姿を現したのは、リボーンズキャノンめいたMS。4門ものフィン型のビームキャノンが目を引くが、似ているのはそこだけで他の部分は全くの別物。振り向くかのような動きで腰と腕が180度回転、そしてガンダムフェイスもくるりと前に向いた。躯体を黒と赤に染め上げ、禍々しさを漂わせる威圧感をこれでもかと放つ"死神"。その出で立ちは、リョウマの記憶とすぐに一致した。

「ロスト....フリーダム.....!」

「そうとも....これが僕を救世主にする力。ロストフリーダムガンダムMk-X[SiN]だ」

Mk-Xが右手の長銃身のライフル、ロストバスターライフルを放った。ラピッドスマッシャーはすぐに回避行動を取り直撃は免れたものの、SECTOR-ZEROの床を深々と抉るほどの出力の高さに戦慄した。

「余所見をしている場合かね?」

「何ッ!?」

突然真横にMk-Xが現れたかと思うと、かなりの力で蹴り飛ばされ床に投げ出された。しかしラピッドスマッシャーもすぐに立ち上がり、スマッシュブラスターで差し返す。だがMk-Xは左腕に備えた、クローアームを伸ばしてスマッシュブラスターを押さえ込んだ。

「所詮ただの人間程度では、僕の足元にも及ばない。分かっていただろうにね」

「ふざけるな!お前だって同じ事だろうが!」

「それは違うな。僕は君ら人間とは違う、優良種さ。つまり僕とてν-Typeさ!」

ロストバスターライフルを接射するが、ラピッドスマッシャーは素早く状態を逸して避け、相手の腹を蹴りつけ仕切り直そうとした。しかしMk-Xは再びラピッドスマッシャーの背後に転移し、バックパックから抜き放ったビームソードを振り降ろし斬りつけた。リョウマは反応すら出来ぬまま機体にダメージを受け、愕然とする。

「お前のようなν-Typeがいてたまるか!戦争を起こした張本人が救世主になるなんて、何を考えてんだ!」

「君に話す事は無いよ。下等な人類には分かることではないからね」

ラピッドスマッシャーが天高く飛び上がり、スマッシュブラスターを最大出力で発射しようと構えた。だがその時点でMk-Xがラピッドスマッシャーの眼前にワープし、クローアームで相手の首を掴み締め上げた。

「ビ......ビルドアップ!」

ラピッドスマッシャーの背面にタクティカルアームズⅡLを形成、即座にマガノイクタチを起動してMk-Xの動きを止めた。クローアームを振り解きソードフォーム化したタクティカルアームズⅡLと、スマッシュブラスターの二刀流で交差斬りを見舞う。マガノイクタチによって強制放電されたMk-Xだったが、徹は一切動揺せずむしろ余裕さえ見せていた。

「その程度で僕を止められると思わない事だ」

Mk-Xが再びその場から転移し、ラピッドスマッシャーの背中を踏みつけて飛び越えると、バックパックから翼を解き放つ。

「楽しんでいくといい」

大小合わせて6つの突撃砲がラピッドスマッシャーに取り付き、一斉に投射した。

「このままやられるかよ!」

リョウマの判断力が光る。ラピッドスマッシャーの左手の武器を切り替え、今度はリアアーマーにトールギスⅢのスーパーバーニアをビルド。圧倒的な加速力をもって弾幕を振り切り、無事に着地した。

「まだ来るのか....!」

先端部にクローを備えたビットも迫りくる。どうにかスマッシュブラスターで追い返すも、嫌らしい位置取りで逐一詰めてくる、フィンドラグーンにも辟易させられる。ラピッドスマッシャーのスピードを持ってしても、丁寧に詰められてしまうと一方的な戦いに持ち込まれやすい。

「僕が君たちの戦いを見ていないと思ったのかい?舐められたものだよ」

Mk-Xがジグザクに軌道を描きつつ急降下、格闘戦の間合いに踏み込みビームソードを一閃した。ラピッドスマッシャーがシールドビットを形成したが間に合わず、まともに受けて昏倒させられた。

「こっちの弱点まで予習済みってか...!」

「僕の性格を知っている君だからこそ、僕だって恐れるのさ。しかし天才と言えど、神には勝てないものだけどね」

「神.....だと!?」

ラピッドスマッシャーが起き上がろうとする瞬間を狙い、Mk-Xのロストバスターライフルが放たれる。当然防ぐ余裕すらなく、またしてもラピッドスマッシャーが吹き飛ばされた。スマッシュブラスターも半壊してしまい、ラピッドスマッシャーが解除される。

「何なんだ.....この強さは.....!」

「折角恋人を失ったと言うのに、この有様だ....まさに後追い自殺に等しいよ。しかし君が彼女の死を気に病む必要なんて、端から無かったんじゃないか?」

「人を騙して、殺した奴の言う事かッ....!」

「僕は何もしていない。彼女自身から生命を絶った、それだけの話さ。止められる道筋は何個でもあったはずなのにね。見る人によっては、美談のようにも取れるだろうけど。まぁその事はどうでもいいんだ.....僕が新たな世界を作り上げる、そのためのプロセスに過ぎないのだから」

徹が呆れた様に語る。リョウマにとっては命を賭して戦い続けた舞夜を、侮辱しているようにしか思えず怒りを募らせた。挙げ句世界その物が自分の作品であるかのように宣う、彼の思想に目眩がしそうだ。しかし、世界の終末がこの瞬間に訪れようとしていた。終末時計の分針が12の位置に触れたのだ。厳かなる鐘の音が仮想世界中に響き渡る。

「時は満ちた。終焉と黎明の刻だ!全ては僕の手で新たなる世界に生まれ変わる.....ハハハッ....ハハハハハハハハハハッ!!」

徹が終末時計を眺め歓喜する。Mk-Xがふわりと浮き上がり、終末時計と共にSECTOR-ZEROを突き破って地上へと飛翔した。クリスタルの大樹を粉々に砕きながら天に到達すると、終末時計から発せられたオーラが仮想世界を侵食し始めた。空も大地もガラスの様にヒビが走り、損壊が進行する。ブルームーンも有志連合も、この有様に言葉を失った。

 

「せ、世界が滅んじゃうですっ!!」

「何だよ一体.....これが人に出来る事なのかよ....!?」

ブリッジで動揺する2人。そしてリタも例外ではなく、壊れゆく世界を前に己の無力さを突きつけられ、思考が止まる。

「私達の、敗北だと言うのですか.....こうなってしまっては、もう.....!」

その時だった。懐かしい声がリタを正気に戻したのは。

「諦めるな!」

その声のする方向へリタが恐る恐る振り向くとそこには、補助器具を使いながらも歩み寄るレイ・ブルームーンの姿が。

「.....!?」

目を丸くするリタに、レイは再び発破をかける。

「まだ諦めるには早すぎる....まだ、終わってなんかない!私達には、大きな可能性が残されている....リョウマ・アルキメデス....最後の天才が消えない限りは!」

「なぜ、彼を.....?」

「私の声に気づいたのはエスだけじゃなかった.....だから何となく分かったの。彼が本当の救世主になる、世界のヒーローだと」

レイには分かっていた。リョウマと言う存在がある限り、世界は完全に滅んだりはしないと言う事を。後は彼がそれを証明できるよう、ブルームーンとしてやれる最大限の戦いをしていかねばならない。

「私が信じた人は、こんな事で諦めるような人だっけ....?」

僅かながらもレイからの視線を感じ、リタは触発される。

「言ってくれますわね....!えぇ、その通りでしてよ!ブルームーンと有志連合各員に通達!まだ決着はしていませんわ!最後の最後まで、全力で戦い抜きなさい!そして....皆で無事に帰りましょう。誰一人欠けてはなりません!よろしくて?」

リタの最後の命令が全てのガンプラダイバーに伝わる。

「ったく!既に何人か堕ちちまってるってのによく言うぜ!」

と、ドラグニルのアントニオが漏らす。しかし彼も悪い気がしておらず、更に戦意を高揚させた。

「でもそれくらい言えないと、こっちだってやる気を出しづらくなるってもんですよ!」

ジム・スナイパーⅡのポールも、若干困ったように笑いながらも、ドラグニルとヴィダールフェンサーオリジンの援護に徹する。

「お前ら......グダグダ喋ってないで敵を落せ!さっさと連中をぶっ潰すんだろうが!」

そう言うカイも、瞳をギラリと輝かせレバーを前に倒した。フットブレードでGビットの顔を劈き、フロントアーマーからマスタングを引き抜く。そしてハシュマルがこちらに向くのに合わせ銃爪を引いた。紅い稲妻を纏う弾丸がハシュマルのコアユニットを貫き、瞬く間に爆散させた。

「うわああぁああああ!!」

クロノスがビルゴⅡの群れに絡まれ、ダイバーが悲鳴を上げる。そこへV2セリシールが現れ、瞬時に敵を斬り捨ててクロノスを救出した。

「す、済まない.....!」

「困った時はお互い様ですから!すぐに下がって補給を受けてください!」

スワンはクロノスのダイバーに帰還指示を出し、後退するのを認めると追撃に出た。ビルゴⅡがビームキャノンを斉射するが、その中を鮮やかに潜りぬけ居合斬り一閃。放たれる斬撃が更に背後にいる連中を両断し、道を切り拓いた。

 

そして弘は、強行突破をし続けた事もあってMk-Xの居る空域に到達した。

「テメェか!世界をぶっ壊そうって奴はッ!!」

「邪魔をしないでもらおうか」

ドラグハートオーフレイムがフレイムソードを発し、横薙ぎに振るった。だがMk-Xは手をかざすだけでその動きを止め、上空へと突き飛ばした。

「畜生ッ!!どうなってやがる!だったらこれでぇえええッ!!」

激流と業火の龍を螺旋上に纏わせ、爆発的な加速力と運動エネルギーを乗じて放つ一撃"ドラゴニックフィニッシュ"での突破に出た。ところがこれ程の大技を前にしても、徹は一笑に付すのみ。

「弱い、弱いよ.....!」

Mk-Xが再び発した力場と衝突する。加速度的に増大するエネルギーが力場に食い込むが、完全に突き破るには至らない。

「ドラグハートに、限界は.....無ぇええええッ!!」

「無駄だ!」

Mk-Xが手を振り抜いた。すると虹色の光が龍の化身を霧散させ、ドラグハートオーフレイム諸共撥ね飛ばしてしまったではないか。

「何なんだよ、コイツ.....何でもありじゃねぇか....!」

何とか空中で受け身を取らせるが、今まで戦ってきた敵との次元の違いを肌で感じたのか、弘は恐怖した。そんな中、1機のMSがMk-X目がけ突き進むのが見えた。エスのストライクJOKERである。

「お前が全ての元凶か!!レイもガンプラダイバーズも....お前が全部!!」

エレクトロストライカーの推力を最大にし、ライフルモードにしたエストックを連射しながら突っ込んだ。しかしMk-Xはバリアフィールドでそれを霧散させながら、フィンドラグーンを射出した。ストライクJOKERの進行方向を予測、そこへ射線を形成したがしかし、エスの能力がそれを無為にした。

「させるかぁああああああッ!!!」

射線に飛び込んだと思われたストライクJOKERが、突然姿を消した。そして殺気のする方向へ目を向けた途端、凶刃が脳天目がけ振り下ろされようとしていた。ところが。

「空間跳躍.....君だけのものとは思わないで欲しいな」

次の瞬間、エスは絶句した。直撃する刹那、Mk-XがストライクJOKERの背後を取り、右肩をビームソードで斬り捨ててしまった。

「あっ.....うわぁああああああ!?」

「さぁ恐れたまえ、逃げたまえ。その自由は君たちの物だ」

ストライクJOKERの後頭部を突き刺し、遠くへ放り捨てると接続時間が終了したのか、Mk-Xと終末時計が完全にリンクした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Q.E.D. GENIUSが創る未来

「さぁ恐れたまえ逃げたまえ!その自由は君たちの物だ」

ロストフリーダムMk-Xと終末時計のリンクが完了する。Mk-Xのバックパックからフィンドラグーンが分離し、やがてパック本体が内側から突き破られる形で吹き飛ばされた。がら空きになった背中からは、虹色の輝きが漏れ出している。これが何を意味するのか、その答えを知るのに時間は必要なかった。Mk-Xが終末時計から得たエネルギーを一度に解き放った瞬間、背中から視界に入り切らんばかりの翅を伸ばし、羽化したての蝶のようにひと羽撃きさせた。しかしその翅は触れるものすべてを瞬く間に消し去り、クラックゾーンを急速に拡大させていく、絶望の光であった。やがて翅からも光の渦が生じブルームーン、そして有志連合のMSに襲いかかる。

「月光蝶......」

クレッセントブルームーンからその様子を目にしたレイは、Mk-Xの持つ権能に唖然とした。徹=アルマーニュは是が非でも世界を終わらせようとしている。己の手で導く為の新たな世界を作り上げるために。創造は破壊から生れ出づる物。彼はそれをそのまま実行しているのだろう。しかし他者からすればそれは、単なる破壊行為にしか映るまい。光の翅から枝分かれするように、蔦が全てのMSに絡みつこうと飛び出した。

「ここに居たらヤバいよシロー隊長!」

ゼータプラスの真横でシルバースモーが光に飲まれ消失し、それを目にしたミサは本能的な恐怖に襲われる。シローもその光景を見ていたが、たじろぎこそすれペースを乱す事なく艦の護衛に専念した。

「怖いのは分かる!だが飲まれるなよ、もしそうなれば俺たちは一瞬で終わってしまう!レイを折角助けたのに共倒れなんて嫌だろ!」

Bm-8がワイヤーアンカーを伸ばして、蔦に絡まれそうになるマン・ロディを引き寄せ、脱出させた。

「うん....そりゃ、そうだよね....レイを助けたからには最後まで、やりとぉーーす!」

ミサは意を決し、ゼータプラスをメガバズーカランチャーから離脱させ、WR形態でマン・ロディを前線まで送り届ける。

「た、助かった.....!」

「皆で生き残るって決めたんだもんね!やらなきゃキャプテン代行に怒られるし!」

そしてクレッセントブルームーンからは、新たな戦力が飛び立った。

「行け、ファンネルミサイル!」

楔形の砲弾がBm-8の前に飛び出しては、モビルスーツを次々と爆撃した。シローが何事かと振り向くとそこには、辛うじて姿形を保っているクシャトリヤらしきMSが。

「君はもしかして....!」

「はい....エミ・アルファインスです!私にもお手伝させてください、シロー中尉!」

何と治療中であったはずのエミが、この戦いに馳せ参じたではないか。身体の至る所を包帯などで固定しているが、痛みは未だに治まらない。しかし彼女にはある思いがあった。

「あの人にもらった命だから.....ちゃんと使いたい....皆とこの世界を守る為に!」

機体の修復さえ万全ではない。しかしそれでも彼女は前に進むことを選んだのだ。

 

崩壊する世界。その様を目にしてエスは絶望する。自分と同じ"異能"を持ちつつも、それを遥かに凌駕する力を振るう存在。今までも恐ろしい力を持つ相手と渡り合った事があるが、やはり次元が違い過ぎると感じ始めていた。ストライクJOKERの隣にドラグハートオーフレイムが降り立ち、掌からプラフスキー粒子を発して損傷箇所を修復した。

「弘....?」

「一つだけ頼まれてくんねぇか。俺がリョウマを見つけるまで、奴と....!」

弘からの頼みだったが、エスには到底請け負えそうにもない話である。勝てる筋と言う物が見えていない状況で、立ち向かおうとするのは潰されに行くようなものだ。

「冗談じゃない......あんな奴に、どうやって太刀打ちすりゃいいんだ....!」

「他に道が無ぇんだよ!」

ドラグハートオーフレイムに肩を掴まれる。ここが"あの場所"で無い限り、敗北で自我を殺される事は無いにしても、エスの胸中は生存本能から来る恐怖心で埋め尽くされていた。しかし状況は更に彼らを窮地に追いやるのだった。クラックゾーンがとうとう、地面を本格的に侵食し始めていくではないか。Mk-Xの徹は世界の終焉を愉快そうに眺め、指を組んだ。

「ガンプラダイバーズのコアサーバーへのアクセス権は、もう僕一人の手に集約された。もうじき他の仮想世界にも影響が出始める頃だろう.....これで世界は僕の物になる」

徹の言う通り、現実にも破壊の影響が出ていた。社会インフラの基盤を仮想世界から制御するようになったこの時代である。ガンプラダイバーズ一つをとっても、ネットワークの許容量を超える負荷がかけられば当然、他方の仮想世界にも少なからず影響が及ぶ。それぞれが相補性の原理によって成り立つ故に、仮想世界は"もう一つの現実"と呼ばれるのだ。混沌とした価値観が渦巻く世界をリセットし、統一した上で導こうとする徹には正にうってつけのやり方だ。

「リョウマさえ戻ってくればどうにかなる....!それまでだ!」

弘に強く要望され、エスは恐怖心を強引に押し殺しながら受諾した。

「やってみる....!」

ドラグハートオーフレイムはビルドスパークルを探すべくSECTOR-ZEROへ。ストライクJOKERは彼の合流の時間を確保する為に、再びMk-Xのもとへ向かう。

「エス!これ使って!」

光の隙間から、僅かにミナのビルドストライクカミカゼの姿が見えた。何を託されるのかと思えば、機体から分離したP.E.Dが真っ直ぐストライクJOKERに取り付き、自動でドッキングした。

「....!けどミナが....!」

「この程度の連中なら大丈夫!あなたが無事に帰ってこれるように、お守り代わりだと思って!」

ビルドストライクカミカゼが戦いに戻るのを認め、エスはレバーを握り直しMk-Xに視線を戻した。

「ハイパーモード、起動!」

メインモニタが一瞬暗転し、モノクロームの景色を映し出した。ストライクJOKERに取り付けられたP.E.Dも内部から、青い輝きを放ち装甲そのものも忽ち光に包んだ。エスは己の心にむち打ち、ストライクJOKERを飛翔させる。

「チャンスは....必ず俺が作ってみせる!」

ストライクJOKERがこちらに向かってくるのを徹は、僅かながらに不愉快に思った。

「勝てぬと分かっていながら、また僕に歯向かうのか」

「さっきはそうだった!けど、まだ勝てないと決まった訳じゃない!」

不思議だった。エスの恐怖心がいつの間にか消え失せていた。ミナがこの力を与えてくれたのか、はっきりとした答えは無かったがそれでも充分だった。ただ、見えない力が背中を押してくれているのだと、感じるのみで良かった。ストライクJOKERはエレクトロストライカーから、エレクトロスラッシュを抜き放ち昇竜斬りを仕掛ける。Mk-Xが展開するバリアフィールドに阻まれるが、エレクトロスラッシュの電光のせいで視界を奪われた。

「その程度、何のジャミングにもなるまい!」

「そうかよ!!」

エレクトロスラッシュからの手応えが僅かに変わったのを感じ取り、エスは素早くレバーを倒した。雷撃を発する刃がバリアフィールドを突き破り、両断する。しかしこれは、出力が勝っからではないとエスも察していた。

「舐めてくれるな....そういう事なんだろ」

「察しが良くて助かるよ。君相手にこのロストフリーダムMk-Xの権能を、使ってやるまでもないのさ」

Mk-Xは月光蝶を緩やかに収束させ、瞬時に再生したバックパックからビームソードを引き抜き、ストライクJOKERに迫った。バチィイイ!と互いの刃が交錯し閃光が散る。傍から見れば互角のようにも見えよう。しかしエスからして相手の動きは、"自分の刃が届くまでに一瞬の間が生まれるポイント"を的確に突く、かなり嫌らしい攻め方であった。大物を振り回して居ては防ぐ事もできないと、エスは即座にエレクトロスラッシュを放棄させ、ネクサスォードに切り替える。

「こっちならどうだ!」

リーチは短くなるが、手数は単純に増え反応速度も同様に向上した。この手に出たエスに徹は期待外れと言わんばかりに、目を閉ざす。

「ν-Typeであっても、所詮人間程度の感性しか持たないのかい、エス・ブラックベイ」

Mk-Xが突然グルリとビームソードを薙ぎ払い、ネクサスォードの斬撃を纏めて打ち消した。

「まるでお前は違うみたいな言い方だな....!」

「当然だとも。僕は世界を導く者、その意味が分からないではなかろう!」

「分かってたまるか!」

Mk-Xのロストバスターライフル、メガフィンドラグーンによる集中砲火がストライクJOKERを呑み込む刹那、エスは再び己の力を開放した。死の光が通り過ぎた跡にはストライクJOKERの姿はなく、徹はエスの考えを察知する。

「分かっているさ....君がその手を使おうとする事くらいは」

Mk-Xの背後に光が集い、ストライクJOKERが姿を現しネクサスォードを袈裟懸けに振り下ろした。ところが。

「何っ.....!?見た目通りって訳か!!」

いきなりMk-Xの両腕が反転したかと思うと、ビームソードを振り上げてネクサスォードを弾き返してしまった。

「このMk-Xに死角などない!」

 

SECTOR-ZEROの入口付近にドラグハートオーフレイムが着地した。だが少し踏み込んで弘は、地獄のような光景を見てしまう。コクピットブロックのみ残して、原型を留めぬ状態で横たわるグレイズナイトシーカー。そして、焼けただれた状態で壁にめり込むエヴィルイフリートの姿である。

「アイツ......」

弘でもこの戦いの悲惨さを容易に想像でき、唇をかみしめて先に進もうとするが、その矢先エヴィルイフリートがドラグハートオーフレイムに手を伸ばそうとした。弘は咄嗟に臨戦態勢に移るが、彼の予想とは凡そ正反対の事が起こった。

「お前は.....確か、水崎の仲間だったか.....」

「だったら何だよ?」

「教えてくれ......私は何故ここに居るのか.....」

唐突過ぎる質問に、弘は不気味さを感じずにはいられなかった。

「お前が自分でやった事だろ。とぼけてどうすんだよ」

「私がやった事なのか.....どう言う、事だ....」

「お前マジで覚えてねぇのかよ....!?あんだけ散々俺達の邪魔しやがって!周りの人間まで道具にしやがって!都合のいい事ばっか言ってんじゃねぇぞ!」

ドラグハートオーフレイムがエヴィルイフリートの胸ぐらを掴み、引き寄せた。だが当のシューインは、目を大きく見開き瞳を揺らした。

「ハザードを身体に取り込まれてから、何が起こったのか、記憶が無いんだ....!それに俺は....仮想世界の崩壊と言う結末は望んではいない....!」

「ンだよそれ....ふざけんのも大概にしろ!」

「これがふざけているように見えるか....?俺は奴の力さえ借りられればそれでよかった....!それが出来さえすればガンプラダイバーズは生まれ変われる....そう信じてやって来た!だが結果は徹=アルマーニュの、独善行為を結実させてしまった!」

「そんな事を言う奴が、リョウマを殺そうとすんのかよ!?」

だが弘は一切抵抗の姿勢を見せないエヴィルイフリートを見て、言葉を詰まらせた。確かに許されるやり方ではないにしろ、シューインもまたガンプラダイバーズの救済を望んでいた。負の遺産を残そうとしたのも、彼なりの罪滅ぼしなのかも知れない。それが理解されるものなのかはどうであれ。

「頼む....奴に、水崎に力を貸してやってくれ.....もう水崎にしか、徹=アルマーニュを止められない。俺達が作り上げたガンプラダイバーズを....救ってくれ....」

「.....言われなくてもやるに決まってんだろ。もうお前も辛いだろ....」

ドラグハートオーフレイムがフレイムソードでエヴィルイフリートのコクピットブロックを貫き、介錯とした。

 

「リョウマッ!!」

最深部に踏み込むとすぐにビルドスパークルを見つけ、駆け寄った。何か途轍もない力によって弾き飛ばされたのか、ビルドスパークルの躯体のあちこちがズタズタに傷を刻まれていた。

「リョウマ!しっかりしろ....おい!死んでるなんて言うんじゃねぇぞ!早く目を覚ませよ!!」

弘は衝動のままにビルドスパークルを揺さぶり、リョウマの返事を引き出そうとする。一方リョウマ本人はと言うと、突然襲いかかった衝撃で頭をぶつけ我に返った。

「痛てててて.....気を失ってただけか....にしても何だよ一体!?」

メインモニタが再点灯した瞬間、リョウマはビクリと身体を震わせた。ドラグハートオーフレイムの顔面が画面いっぱいに表示されれば、誰しも同じような反応をするだろう。

「お前何やってんだよ!気持ち悪りいんだよ!」

ビルドスパークルが咄嗟にドラグハートオーフレイムを押しのけ、立ち上がった。

「お前が倒れたまんま何も言わねぇから死んだかと思ったじゃねーか!ったく心配して損した!!」

「あ....まぁ、死んでなかったのは奇跡だと思う」

リョウマはそう返しながら、SECTOR-ZEROの天井を穿った穴から空を見上げた。終末時計の前で、Mk-Xが何かと戦っている。

「一体誰が戦ってんだ?」

「エスだ....お前を見つけるまでの時間稼ぎをしてもらってんだよ」

なるほど、リョウマは呟きレバーを握り込んだ。

「だったらこれ以上にないチャンスだな。奴の弱点を見出す隙が出来る」

「そんな悠長な事してられんのかよ」

すると、ビルドスパークルが向き直りドラグハートオーフレイムの肩を叩いた。

「Mk-X攻略の鍵はお前だ。言ったと思うが、お前の強さは技術や理論では証明できない。奴を叩くには、お前だけしか持てない強みが必要だ....とは言えこれ以上の犠牲は払えない」

「だから....どうするって?」

「いや、これだけ言ってたら分かるでしょうが!ドラグハートのデータを採るんだって!」

これまでのデータ採取の方法を知っていた弘は思わず身構えるが、リョウマは首を横に振った。実を言えば機体データを直接取得するには、その対象に触れるだけで十分だったのだ。

「これでジーニアスシステムを満足に扱えるように仕上がった。後は俺達の出番という訳だ」

「何か変だよな。さっきまでアイツとやり合うのが怖くて仕方なかったのに、今じゃ負ける気がしねぇってさ」

「そんだけ俺達がベストマッチだったって事だろ?さぁ、ちゃちゃっと世界を救おうぜ!」

ビルドスパークルの手元にスマッシュブラスターをビルド。ハザードを経てラピッドスマッシャーに変身した。そしてドラグハートオーフレイムは全身から火焔を噴き出し、轟々と輝きを放つ。

「行くぞッ!!」

「応ッ!!」

相反する2つの究極を持つ者達が、天空へと再び舞い上がる。独善の支配者を討つ為に。何より、全ての人々が夢と希望を胸に生きていける世界を取り戻す為に。世界の命運を賭けた、最後の戦いが本当に始まろうとしていた。

 

ブルームーンを始めとした有志連合、そしてリョウマ・アルキメデスの戦いは全世界に向けて中継されていた。首相官邸でも、英梨と姫野が固唾を呑んでこの戦いを見守っていた。

「神様.....!」

英梨が瞼を閉じ祈る。

「神宮寺さん。この戦いは、神ではなく我々人の力で乗り越えねばならない。そんな気がします。彼らになら必ず成し遂げられる。私達が信じなくて、誰が信じるのでしょう?」

「首相.....そうですね。あの子達なら、絶対に勝てる...信じるのは他でもない、私達なんだから....!」

 

Mk-Xと死闘を繰り広げるエスだったが、終始押され続けた挙げ句に体力も限界を迎えていた。しかし希望の火は消される事は無かった。

「エス!よくやってくれた!後は俺達に任せろ!」

2機の合間にラピッドスマッシャーが滑り込み、Mk-Xを蹴り飛ばしてストライクJOKERを救った。

「リョウマさん....!弘.....!」

「随分無茶させちまったみたいだな。そこは謝る。お前はすぐに戻って、大事な人を守ってやれ!いいな!」

リョウマの言葉から不思議な力を感じ、エスは力強く「はい!」と返してストライクJOKERを仲間達のもとへ急がせた。

「いくら誰に入れ替わろうと同じ事!」

ドラグハートオーフレイムの攻撃を往なしながら、Mk-Xはメガフィンドラグーンをロストバスターライフルの銃口に取り付かせ、極太のビームを放出した。

「それはテメエが決める事じゃねぇ!!」

ドラグハートオーフレイムが即座にプラフスキーフィールドを展開、ロストバスターライフルの射線を強引に突っ切り、メガフィンドラグーンの2基を掴み握り潰した。

「ドラグーンを....味な真似をしてくれるじゃあないか」

Mk-Xがクローアームを伸ばそうとした瞬間、ラピッドスマッシャーが割り込み基部を飛び蹴りで破壊した。

「ぐっ....!?この僕が、知覚できなかった!?そんな馬鹿な....!」

「今度はさっきの様に行かせるか!」

ビームソードとスマッシュブラスターが激しく打ち合い、凄まじい輝度の火花が散らされる。

「どこ見てんだよオラァ!!」

ドラグハートオーフレイムが真横からフレイムソードを突き入れる。Mk-Xは素早く反応してビームソードで押し返し、再び終末時計とリンクした。

「僕は面倒事が嫌いでね」

ビームソードに月光蝶の光が宿る。そしてドラグハートオーフレイムの胸部を斬りつけ、更に真上へ打ち上げた。

「あ....ぐぁああああああッ!?何だ、今の....!?」

プラフスキーフィールドを展開していたにも関わらず、いとも容易く斬り裂かれてしまった。月光蝶の力は文明を滅ぼすと言っても過言ではなく、粒子変容技術程度は事も無げに滅せるのだ。Mk-Xがその場からドラグハートオーフレイムの頭上に転移し、とどめを刺すべくロストバスターライフルを突きつける。

「させるか!お前の相手は俺じゃないのか!」

超スピードでラピッドスマッシャーが介入。ロストバスターライフルをスマッシュブラスターで叩き落とし、顔面を蹴りつけながらスマッシャーモードに切り替え、追撃をかける。

「ならば君から始末させてもらうよ。メインディッシュを今平らげてしまうのは、些か勿体のない事だと思うけどね」

Mk-Xが月光蝶を広げ、フィンドラグーンで相手の逃げ場を奪いながら追い込む。だがラピッドスマッシャーも距離を取らず、むしろ詰める勢いで突進した。

「ビルドアップ!」

ラピッドスマッシャーの装甲表面から全方位レーザーが放射され、Mk-Xの武器を全て奪うと続けてフォトントルピードを放った。Mk-Xが月光蝶を真正面に向けてこれを防いだ、かのように思えた。フォトントルピードはあらゆる物を対消滅させる効果を持ち、それは月光蝶のナノマシンに対しても有効であった。フォトントルピードが一瞬だが月光蝶を押し留めたのだ。そしてリョウマの計算がここで全て噛み合った。突如として空間を斬り裂く程の斬撃が徹の目に飛び飛んできた。それはやがてMk-Xの頭上を飛び越え進んだ先は――。

「な―――!?今のは一体......ハッ.....!?」

徹が弾かれるように振り向くが、時既に遅し。終末時計の文字盤に深々と刻まれた一文字。時針も分針も根本から折れ、大地へ真っ逆さまに落ちてゆく。そして空間が元通りになるのと同時に終末時計が崩壊し、クラックゾーンの侵食もそこで停止した。

「やれやれ、気絶していたフリをしてて正解だったな。スワンがあの剣を使うタイミングに合わせて再合流したのさ。あの時計を一発で破壊させるためにな!」

「この....人間風情がッ!!」

スマッシュブラスターとビームソードが再びぶつかり合う。互いに一歩も引かず、鍔迫り合いに移った。

「世界をたった一人の人間が導くなんて、時代逆行もいいところだ!一人に権力が集中すれば、それはただの独裁以外の何物でもない!何でそれが分からねぇんだ!」

「その気高き思想のもとに民主主義は生まれた!しかしそれぞれが利権を追い求めるから、やがて民主主義は腐敗する!ならば僕の手で世界のシステムをリセットし、新たなる時代の指導者にならねばならぬのだよ!救世主なんだよ、僕は!」

Mk-Xがラピッドスマッシャーを蹴り飛ばし、右手にロストバスターライフルを再生させ最大出力で照射した。

「世界を汚さぬよう人間たちは管理されなければならない!人類よりも優れた種によって!」

この一言に徹の思想のすべてが詰めこまれている。そう感じたリョウマは一切の躊躇いを捨て去るのだった。フィン・ファンネルをビルドし、正五面体の力場を形成。ロストバスターライフルを見事に防ぎ切ると、リョウマの指がコンソールをなぞりある項目をタップした。

「その為だけにわざと世界を破壊して、お前の手で人を救い救世主になる.....その筋書きはここで終わらせる!」

ラピッドスマッシャーが解け、ビルドスパークルに戻る。そして高空へ上昇。背後に巨大なファクトリーが作り出され、光り輝く純白の鎧をビルドしてゆく。周囲からレーザーが照射され更に細かくディテールを刻み、鎧がビルドスパークルを取り囲む形で配された。

「ジーニアス・ビルドアップ!!」

リョウマの宣言と同時にアーマーが、虹色の輝きを放ちながらビルドスパークルとドッキング、新たなる姿へと進化させた。背中にはクリスタルの翼が作り上げられ、スマッシュブラスターを吸収して姿をはっきりとさせる。四肢はラピッドスマッシャーやタフネスブラスターに似るが、所々でクリアパーツに。更に両脹脛はフォトンバッテリーを備えたものに改められていた。そうでありながらも、赤と青の非対称パターンのカラーリングは残されており、正にビルドスパークルの正当進化系であると印象づける。その名もビルドガンダムジーニアス。空を覆い尽くす黒い雲も晴れ、太陽が顔を覗かせた。

「凄え.....!」

ビルドジーニアスへの進化を目の当たりにした弘は、この光景をうまく言い表せず単調な言葉を漏らす事しかできない。

「夢と希望を胸に生きていける世界を作る!それが俺の戦うたった1つの理由だ!」

ビルドジーニアスのバックパックにある、クリスタルの翼が回転する。そして左右に広がる形で展開、リアアーマーのクリスタルもそれに従う形で後方に起立した。

「お前が何度世界を破壊しようとも、俺がこの手でビルドする!!」

ビルドジーニアスを中心として青白い光が広がった。その光はクラックゾーンを押し留めただだけでなく、修復しながら完全に消し去り文字通り破壊された世界を、リョウマの手でビルドするのだ。

 

「この光は....!?さっきとは違う....むしろ恐怖すら感じない....どうして....?」

虹と共に駆け巡る光。シャノアールは何事かと周囲を見渡した。しかし隣りにいたスワンは、この光の正体を確信し、胸の前で手を握り合わせる。

「リョウマさんが最後まで作りたかった物。それが"希望の光".....そうですよね....!」

BLADET-Lの二人も、ビルドジーニアスの光に触れた事で、機体が突然万全の状態に再生したと言う状況に目を丸くした。

「この光.....あの人が....!」

「リョウマ・アルキメデス....あなたこそ世界の救世主....いや、世界を救うヒーローだ....!」

モビルドールとの連戦に次ぐ連戦で消耗したミナとビルドストライクカミカゼ。エスのストライクJOKERも合流して対処するが、やはり怒涛の物量を前に簡単には切り抜けられなかった。しかしかの光によってモビルドールが尽く消し去られ、窮地から一転して平穏が訪れる。

「エス....あれ見て!リョウマさんが、世界をビルドしてる.....!」

ミナの声に従い、エスも空を見上げる。ビルドジーニアスがその力で世界を修復していく様子が見え、思わず涙がこぼれそうになった。

「ようやく.....俺達の願いが叶う時が来たんだな.....!」

更にクレッセントブルームーンのブリッジでも。

「どういう事ですの....世界が元通りになっていきますわ....!」

戸惑うリタとは対照して、レイは強い眼差しで遙か先に居るビルドジーニアスを見据えた。

(シオン....あなたが来ると言ってた真の救世主。その予言は当たったみたいね)

 

「今更何をしようと無駄だ!Mk-Xはすでにガンプラダイバーズのコアサーバーとリンクしている!再び破壊し尽くすのは造作もない!」

Mk-Xが天高く飛び上がり、月光蝶を発しながらビルドジーニアスに斬りかかる。しかしその刃はビルドジーニアスに届くことが無く、空しく風を斬っただけ。だが目の前にはビルドジーニアスが居る。徹は予想外の状況に愕然とした。

「攻撃がすり抜ける.....どういう事だ!?」

月光蝶を振りかざしても一切ビルドジーニアスを消失させきれず、徹の思考が一気に乱れる。僅かな間を置き、ビルドジーニアスの方から反撃が始まった。バックパックからビームサーベルを抜き放ち、ロストバスターライフルを貫通して斬り捨てた。さらに相手のアンテナを掴んで終末時計の残骸に飛び込み、ありったけの力を込めて叩きつけた。

「ぐがっ.....がふっ......!!認めるものか....この僕を....Mk-Xを超える者が現れるなどと!」

Mk-Xが起き上がろうとする刹那、ビルドジーニアスが目の前に降り立ちビームサーベルを向ける。事実上のチェックメイトだ。

「お前の攻撃が通用しないのは当たり前だ。ビルドジーニアスは兵器じゃない。世界中の人々が持つ、願いの象徴だ!お前と一緒にするな!」

「願いの象徴.....?そんなまやかし、何の意味がある!」

月光蝶でビームサーベルを掻き消し、立ち上がりながらビームソードで切り返した。それをビルドジーニアスは微動だにせず受け流して、逆に相手の顔面に火炎を纏わせた、鉄拳を叩き込んだ。

「お前が野望を捨てない限り、俺に攻撃が届く事はない!」

次に右手に、エスとミナの愛機"ストライクガンダムNX-Ⅲ"の主武装である、空のように青い刃を備える大太刀"F2ライキリ"をビルド。袈裟斬りを放ち立て続けに、ハジメ・アルファインスの愛機"ユニコーンガンダム零号機キマイラ"の刃型のビット兵器"アームドアーマーPF"を射出、敵を背面から斬りつけ身動きを取れなくした。月光蝶の力でアームドアーマーPFを消滅できず、徹が対応できぬままMk-Xはひたすらに攻撃を喰らい続ける。

「そうまでして僕を愚弄するか....下等な人類の分際でッ!」

Mk-Xが空間跳躍を使って攻撃の手から逃れたものの、リョウマには読めた事だった。

「そのやり方は見飽きたぜ、徹=アルマーニュ!」

Mk-Xのビームソードよりも速く、F2ライキリが命中し敢えなく反撃に失敗した。

「僕はこの世界を導き.....神に等しい...いや、神そのものとして君臨しなければならない....!こんな所で終わる訳には....!」

「逃げられると思っているのか。お前のその機体は、終末時計の力を使う為の端末に過ぎないはずだ。本体を壊された今、お前が満足に扱えなくなってんだよ!」

今度は左腕に巨大な鉄腕、ツグト・ルートの愛機"ガンダムAGE-1ギガイタス"の"ディストラクトナックル"を作り上げ、アッパーカットの要領で思い切り上空に突き飛ばした。そして弓型のビームバズーカ、レイ・ブルームーンの愛機"ガンダムG-アルケイン ルミナクェーサーⅡ"の"ホークカスケード"をビルド。銃口を天に掲げ引き金を引いた。ズドォオオ!!大気を凍らせる程の絶対零度の光弾がMk-Xに襲いかかる。

「僕に歯向かうこの業の深さ、なぜ分からない....!!君とて世界を歪めた物の一部だと言うのに....!」

機体が一瞬にして氷漬けにされ、最早一刻の猶予も残されなくなった。最も、徹が自分の勝利する未来しか予見しなかった、その傲慢さが招いた結果だ。そしてリョウマが稀代の天才科学者であった事を軽んじた事も、世界を自分の物にできると見下した事も全て、彼自身に跳ね返ってきたと言えよう。ビルドジーニアスはビームサーベルを発振させ、落ち行くMk-Xへと跳躍する。

「これでッ.....!最後だぁああああああ!!!」

袈裟に振り下ろされるビームサーベルが、氷諸共Mk-Xの装甲を灼き溶断する。コクピットに到達するのに時間はさほど掛からない。そして救世主を標榜するロストフリーダムを両断。徹の世界への執着さえも断ち切って、ビルドジーニアスは再び大地に立った。

「この罪は....いつか君に跳ね返るのだぞ....」

徹のこの言葉を最期に、ロストフリーダムガンダムMk-Xは爆発四散した。

「咎は受けるさ....全てが終わった後でな!」

突然ビルドジーニアスが解けるが、リョウマは気にも留めずにビルドスパークルをSECTOR-ZEROの最深部へ、再び歩かせる。まだ彼にはやるべき事が残っていた。

SECTOR-ZEROの中枢には、ガンプラダイバーズ全般を統括する"コアサーバー"と接続する為の、仮想インタフェースなる物が存在する。SECTOR-ZERO内部での戦闘行為が終わった事を受け、そのインタフェースとなるケージが壁面から迫り出してセッティングされた。そもそもこのフロア全体が未来的でありながら、古代の神話世界に類する装飾が施され、奇妙な程神々しい景色を生み出しているのは、当時のZeuS開発首脳陣が"神話として語り継がれる仮想世界にしよう"との思いで、この様にしているのだという。ビルドスパークルがコアサーバーへの、仮想インタフェースに近づくと周囲を走査線が巡り、ケージが重々しい音を立てながら開かれた。

「まさか俺が、ここに触れる事になるなんてな。世界を救う最後の一仕事だ....!ジーニアス・ビルドアップ!」

ビルドスパークルが背を向けてケージに収まると後ろから、バックパックのコネクタとインタフェースが結合した。そしてビルドスパークルは虹霓の輝きを放ちながらジーニアスへと進化、仮想世界規模のビルドを始める。ジーニアス・ビルドアップの真の使い道は、世界の修復にある。更にはコアサーバーとジーニアスシステムを連携させる事で、仮想世界が限りなく進化できるようにする意図も含まれている。リョウマがガンプラダイバーズと言う世界を、如何に愛していたかが分かるだろう。SECTOR-ZEROから発された光が、全ての区画に向かって広がってゆく。人々はこの光を見て涙し、或いは喜びを分かち合い、各々が祝福し合った。仮想世界と現実世界を巻き込んだ"戦争"が、今まさに終結したのである。

 

ジーニアスシステムとの連携が済めば、リョウマは機体から降りても問題はないはずだった。だが、コクピットハッチを解錠しようにもこちらからの操作を受け付けず、脱出は叶わぬものとなる。とは言えリョウマはこの事態を受け入れるつもりでいた。ガンプラダイバーズを救ったが、それ以前に同じ物で人々を苦しめて来た元凶でもある彼は、この戦いが終わる時自分もまた消え去らねばならないと、強迫観念のように心に刻んでいた。新しい時代を迎えるダイバーズに、自分が居てはならないのだ。

「これが俺に課せられた罰なら....安いもんだ....舞夜、お前の所に行けそうだ」

リョウマは静かに目を閉ざし、安らかに眠りについた。その拍子に、違和感を得て目を覚ました。するとそこは、見渡す限りの青空と草原が広がる、どこなのかも分からない場所だった。諒馬は飛び起きて周囲をきょろきょろと観察する。

「成程。ここは天国と地獄の境目ということか....俺は本当に死んじまったらしい」

天と地、それぞれに向かって伸びてゆく階段。彼の言う様に、天国と地獄の狭間と言うにはお誂え向きの景色である。

「となると....俺が行くべきは....」

諒馬が地獄へ足を進めようとした時。

「りょう君!?どうしてここに来たの!?」

聞き覚えのある声がして、諒馬は咄嗟に振り向いた。

「舞夜.....!と言う事はやっぱりここはあの世なのか....!」

異界に来たにもかかわらず、いつもの調子な諒馬に舞夜は呆れ半分に溜息をつく。

「それを気にしてる場合?それに、りょう君は仮想世界にいるんだし、この場合臨死じゃないかな...ってか、そうじゃなくって!何でりょう君がここに来てるのって聞いてたんだけど!」

「そりゃあ、ジーニアスシステムとコアサーバーを連携させたからだ。俺は機体から脱出出来なくなったと思いきや、ここに居る....なんでか知んねえけど」

「そ、そうなんだ.....でも、りょう君が行こうとしてたの...」

「ああ....俺が犯した罪を清算するためだ。どちら道、俺は死ななくてはいけない人間だからな。直接関わらなかったなんて、言い訳にもならないだろ」

諒馬がさも自然な事のように言い残し地獄への道を進もうとする。だが舞夜は納得出来ず、諒馬を無理やり引き戻した。

「そんなの過去の話だよ!私が実験で死んだのだって、あなたのせいじゃないのに、全部自分のせいだって言い切るつもりなの?....そんなの絶対に駄目!りょう君には、りょう君の未来を歩む権利があるんだよ。だから、ここに来るのはもっと先....!分かった?」

舞夜は諒馬には今を生きていて欲しかった。過去との決別が仮想世界大戦で果たされたならば、諒馬が目指すべきは自分にしか作れない未来なのだ。その為にはかけがえのない"今"を捨てる道を選ばせたくない。それが彼女の想いであった。

「俺が....」

「それにね、りょう君が帰って来なくちゃいけない理由がもう一つあるよ」

舞夜が空に手をかざすと、弘達の姿が映し出された。どうやら交流広場に皆が集まっているようだが、何かを待っているかのようにも見えた。諒馬の瞳がグラグラと揺れる。

「まさか、俺を.....何で.....」

「皆はもう、りょう君を仲間だと思ってるんだよ?だから、居なくなるのを信じたくなくて当たり前。皆りょう君の帰りを信じて待ってる」

舞夜がふと振り向くと、諒馬が明後日の方向に顔を背け俯いていた。これまでその様に思われたことが無かった彼にとって、この瞬間こそが全ての報いのように思えたのだろう。諒馬は袖で涙を拭い、晴れやかな顔で空を見上げた。

「最っ悪だ.....まだ生きていたいって思っちまったじゃねぇか.....でも、そう言うのも悪くないかも知れないな」

「うんうん。それでこそ私の愛した人だよ。またしばらくお別れだけど、今度本当にここに来た時は思い出話沢山聞かせて?」

「お前がうざったく思うまで話してやるよ....ありがとうな、舞夜」

二人は口づけを交わし、また長きにわたる別れをする事になる。しかし諒馬も舞夜も、かつての様な悲痛さはなくむしろ穏やかな顔をしていた。

「りょう君、頑張ってね。私はここでずっと見守ってるから!」

舞夜から声援を受けながら、諒馬は空に浮かぶ光の渦へ歩いた。まだ自分には生きたいと思うだけの理由がある。それだけでも幸せなのだと実感していた。

 

仮想世界交流広場第1区画。普段は多くの人々でごった返す場所だが、今は緊急避難命令が下されブルームーンと、有志連合の面々しかこの場には居ない。

「リョウマさん、大丈夫なんだろうか.....」

エスが忙しなく爪で机を突く。

「やめなよ、皆余計に不安しちゃうでしょ」

とミナが窘めるが、彼女もまた胸中を不安が渦巻いていた。しかし最も心配しているのは、最初から共に戦ってきた弘とスワンだ。

「リョウマさん......帰って来てください....!」

胸の前で手を握り、祈るように呟くスワン。そのまま沈黙が続く事数分。真っ先に静寂を破ったのは弘の驚く声だった。

「あっ.....おいっ!?」

弘が指差す先。奇跡だろうか、天から光が集い人の形を作ってゆくではないか。皆が固唾を呑んで見守る中、光から出て来たのは世界を絶望の淵から救った英雄――リョウマ・アルキメデス。一斉にどっと歓声が上がり、辺りが拍手喝采に包まれた。

「何か、凄いことになってんな....ちょっ!?お前ら何なんだよっ.....!?」

リョウマが一歩踏み出すのと同時、スワンと弘が飛び付いてきた。危うく倒れそうになるが、何とか押し留めて難を逃れる。しかし二人の感激っぷりを止めることも出来ず、抱き止めた。

「お前ぇ....!!どんだけ心配したと思ってんだ馬鹿野郎!けどよ.....良かったぁあああ!!無事でよぉ!!」

「リョウマさん....リョウマさん....!無事で何よりです....!消えたらと思ったら私、私....!」

泣きじゃくる二人を宥めながら、リョウマは帰ってきた事が間違いで無かったと安堵した。そして、この二人が仲間になってくれた事に感謝するのだった。

「そんなに俺を.....。お前たちが仲間で良かった。礼を言うよ、ありがとう」

だがそれをトリガーとして、弘とスワンがますます泣き出して止まらなくなった。

「言うのが遅すぎんだよ!」

「本当ですよ!私だって感謝してもしきれないんですから!」

程なくして、リョウマは皆のもとに。リタに支えられながらレイも彼の前に立ち、手を差し出した。

「あなたのお陰で、ガンプラダイバーズが救われた....ありがとう。リョウマ・アルキメデス」

「君がレイ・ブルームーンか.....!教授の娘さんだって聞いてたけど、全然似てねぇな....?」

握手しながら、突然不躾な発言をした。とは言うものの、レイもそれは自覚しているらしく軽く笑って流す。

「まぁ、それはよく言われる。て言うかお父さん、泣き過ぎ....」

二人から少し離れたところで、泣き顔を見せぬように座る門松だが、余りに盛大だったので意味が無かった。

「教授泣きすぎですって!歳で涙腺が弱くなりすぎたんじゃないですか!?」

「るっせぇ!いいじゃねえかたまには!娘の無事とダイバーズの救済が果たされたんだ!教え子まで戻って来たしこれが泣かずにいられるかってんだよぉ!!」

亜樹子が隣で宥めているので、それ程問題は無いだろう。

「ごめん。教授、私の事になるとああだから」

「あんな一面があったとは思わなかったけど....まぁいいんじゃねぇか。人情家だったってことで」

そしてウェルスとエルニア、ミナもやって来それぞれ礼を述べる。

「リョウマ・アルキメデス。あなたは、俺の見込んだ通りの英雄だった....この後の世界は、俺達に任せてくれ」

「もうウェルスったらよく分かんない事言っちゃってさ。兎にも角にも、私達が大好きだったダイバーズを救ってくれて、ありがとう!今度暇な時はウチのコーヒーでも飲みに来てねっ!」

「あの、色々文句を言ったりして...こんなんで言える立場なのかって思うかも知れないけど....!世界を救ってくれて、ありがとうございました....!やっぱりあなたは、本物のヒーローです!」

一気に来たのでリョウマも上手く対応できずに居たが、それでも"戦って来て良かった"と胸を晴れる気分であるのは変わらない。そしてエスとも言葉を交わす。

「ミナの言う通りですよ。リョウマさんは本物のヒーローだ.....俺の目指したい目標がまた一つ増えた気がするなぁ...」

「ま、俺は始めからヒーローを張ってるんでね。出来なきゃ大法螺吹だ。てか、俺を目指してどうしようってんだ?」

「俺が将来やりたい事が固まって来たんです。リョウマさんみたく天才にはなれずとも、仮想世界技術を支える科学者になるんだって」

「そう言えばお前ってアレか....仮想世界工学研究室に入ってるんだったな....それなら一つアドバイスがある」

エスの目指す道が決まったと見ると、リョウマは仮想世界工学を究める者の先輩として、ある事を伝える。それを聞いたエスは少し震えるが、俄然やる気が出てきたのか更に目を輝かせた。

「分かりました....この世界に踏み込んだら、一日でも早くあなたに追いついて、超えてみせます!それまで待っていて貰いますから、リョウマさん!」

「楽しみにしてるよ、エス。その時が来るのをな」

いきなり遠くから門松が大声でこんな事を口にした。

「世界も救ったし娘も救われた!堂夢大出身の連中に告ぐ!明日は打ち上げだぁああ!」

娘の帰還が嬉しすぎる余り、そして寝不足が手伝って普段の門松とは違うテンションだ。エスと弘はここぞとばかりに食いつく。

「ゴチになります、教授!!」

「あぁ!?しょうがねぇな、今回は特別だ!」

学生二人に持ち上げられる門松を遠目に眺め、リョウマは「何だよそれ」と苦笑した。彼の隣にスワンが歩み寄り一言、

「どうですか?本当にヒーローになったお気持ちは!」

するとリョウマは満面の笑みを浮かべ、フレミングの法則に形作った左手を、クイッと振った。

「最っっ高だな!」

 

この日、6年近くにも及ぶZeuSそして徹=アルマーニュとの戦いは幕を下ろした。ガンプラダイバーズに安寧の時が訪れることだろう。それを脅かす者が現れようと、彼らの様な心を持つ勇士達が居れば、再び混迷の世に陥る事はないと、そう信じたい。

 

 

 

-5日後-

アーネストホールディングス、本社社屋前。この日は朝から報道陣で埋め尽くされ、異様な雰囲気を放っていた。しかし当の取材対象はこの地には居らず、既に警視庁に身柄を移されていた。警官に連れられながら庁舎を出る徹。そこへ一人の女が現れた。

「これであなたの負けね、徹=アルマーニュ。どんな手を使っても、死刑は免れないわ。あなたがやって来たことに比べれば、これでもまだ足りないくらいだってこと....忘れないで」

「神宮寺 英梨.....これはすべて君のシナリオ通りと言う訳か」

徹が恨めしげに英梨を睨む。しかし英梨はそこに関しては見に覚えがなく、腕を組んだ。

「そんな事はしてない。ただ、水崎 諒馬と彼を始めとした人達があなたの計画を真正面から潰した....それだけよ」

徹を乗せた護送車が最高裁判所方面に向けて走り出した。英梨は深く息を吐き、ハンチングキャップを被り直す。

「同じ人であるにも関わらず、優劣種の概念を使い人を差別しようとした....やった事を調べていく度に時代錯誤甚だしいって感じ。そりゃ会社全体が付き従う訳もない、か」

間もなくして英梨の前に1台の車が停まった。窓がすっと開き、諒馬が顔を覗かせる。

「タクシー扱いにするなって言ってるでしょうが...何度電話するんだよ」

「ごっめ〜ん....!会社辞めちゃってるからお金厳しくってさ!」

「その後で首相官邸って、何なんだ」

英梨が助手席に乗るのを認めると、諒馬はアクセルペダルを踏み込んだ。

「あれ?聞いてなかった?今度の戦いであなた達に褒章を授与するんじゃない。忘れちゃった?」

「そういう事なら辞退させて頂きますって伝えといてくれ」

諒馬の一言に英梨が僅かに驚くが、すぐに理解した。

「あなたならそう言うと思ってた。そういう物に全く興味がないくせに、大きな事を成し遂げてく人、それが水崎 諒馬....でしょ?」

「もういいだろ。それはそうと、議事堂前で降ろすけど」

英梨の了解を取り付け、国会議事堂前に停車した。彼女が敷地の中へ行くのを見送ると次は、図らずもきっかけとなった監査法人に出向いた。

「お久し振りです、水崎さん。全ての報告は受けております」

下田が開口一番にそう告げるので、諒馬がキョトンとした顔で目の前に置かれたアタッシュケースを見つめる。

「え....誰がそんな事を?」

「報告。と言うより私を含めた従業員全体が、あの戦いを見ておりました。前金と報酬の合計3000万円ですが、それに危険業務手当諸々を上乗せして、6700万円をお支払いします」

「明細があるなら安心ですけど....こんなに出してしまって大丈夫ですか」

「問題はございません。正当報酬なので、気になさらずお受取りください」

とは言えかなりの大金だったので、預金するのにも一苦労だったのは言うまでもない。銀行の窓口で人の視線を集めるのは、強盗ぐらいだと思っていただけに居心地が悪く、咄嗟に逃げ出したくなった。

「今月きりだけど、確定申告面倒そうだ...最悪だ」

 

そして翌日。西へ車を走らせること1時間。舞夜の元の実家が引っ越したのを機に、諒馬が密かに用意した土地に墓を移していた。菜の花畑を挟んで向こう側には、海が広がる美しい場所に舞夜の眠る墓を置けたのはある意味幸運に思える。諒馬が花束を手にこの地に足を踏み入れると、先客がいた。やや低い背丈に、サイドテールの黒い髪。諒馬の記憶と合致していれば、白鳥 奏であろうか。

「あ....諒馬さん。お久し振りですね」

歳の割に幼げな顔つきはやはり、奏だった。

「しばらく。どこでこの場所を?」

諒馬は挨拶も程々に、墓前に花束を添え合掌し静かに目を閉じる。奏はしばらくして、諒馬が立ち上がろうとする頃合いに、答えを返した。

「神宮寺さんからお聞きしたんです。この場所に移されると....だから、一度来ておきたくって」

「あんだけ不信感募らせまくってたのに、今じゃ墓参りするまでになるとはな」

「実はあの戦いの少し前には、舞夜さんとは距離が縮まったんですよ?主に諒馬さんについての話で、ですけど」

「俺の話か....聞きたくねぇなそれ」

それから奏が舞夜から聞いたという逸話に、諒馬が一喜一憂しながら他愛もない話で時間を過ごした。そして、とうとう奏にとって運命の刻が訪れる。諒馬に送ってもらう事になり、東京に戻ってから駐車場を後にする時、奏は意を決して諒馬を呼び止めた。

「あのっ.....諒馬さん。少しお時間よろしいですか....?」

普段とは少し違う奏の雰囲気に、諒馬はある予感が過ぎった。春の風が二人の間を通り抜ける。奏は深呼吸して、

「私....!諒馬さんの事が好きです!お付き合い、していただけないでしょうか.....!」

束の間の静寂の後。諒馬はゆっくりと肩を押して、奏の顔を上げさせた。

「悪いが、それは出来ない。俺には今、やらなきゃいけない事があるんでね....言わせた後で言うのもアレだけど、そいつはこの先、出逢って好きになった人の為に残しとけ。それじゃ俺は行く。もう会うことは無いだろうけど、互いに頑張って行こうぜ」

諒馬が珍しくスーツを着こなしていた理由が、歩きながら引いているキャリーケースを見て、奏は察した。彼はもう、次のステップに進む為に生きているのだ。その先にはきっと自分はいないとも思えた。ただ、彼の言葉にはいつも不思議な力があり、奏は背中を押される感覚のおかげか涙を流さなかった。

「そうですね....お互い、良い人生になれるように頑張りましょう....!」

 

「おいおい、それで奏ちゃんを振ったのか?あんなにいい奥さんになれそうな娘、そうそう居ないってのに勿体無ねぇ事しやがって」

成田空港の展望室で門松は電話越しに、諒馬から事の顛末を聞き出して項垂れた。

「結局俺はどっちにしても、舞夜しか愛せそうもないですよ。彼女以外の女性には、中々興味を持ちづらいもので」

「そうかい、だったらしゃあねえな。んじゃ、フランスでの生活。エンジョイして来いよ」

門松のあいも変わらず軽い調子の会話に、諒馬は呆れ半分に笑う。

「まぁ...そのつもりでいれば少しは楽になるか。日本の天才が世界にどこまで通用するか....見物ですよ」

機内アナウンスが流れ、諒馬は携帯電話の電源を切り、窓の外に目を向けた。そして門松もまた展望室から、空に向けて飛び立つ旅客機を見送った。

「見せつけてやれよ。稀代の天才科学者、水崎 諒馬。お前が世界を変える瞬間を見届けさせてくれ」




皆様「創造戦士ガンプラダイバーズ Side:Genius」が今ここに完結しましたが、如何だったでしょうか。

かなり長きに渡り連載をして来たのですが、割と内部で色々あってここまで時間がかかってしまいました。その影響もあってか、中々満足の行く状態で制作することも叶わぬまま....何とかここまで進められたのは奇跡のように思えてなりません。これは偏に、Geniusを読んでくださった皆様の存在があってこそだと思います。

この場を借りて御礼申し上げます。

現時点では、連載中であります次回作をハーメルン版としてこちらに投稿する計画が進行中です。

Geniusに関しても、何かしらの企画が立っておりますので皆様に何らかの形でお伝え出来れば....と思います。

重ね重ねになりますが、創造戦士ガンプラダイバーズSide:Genius。これにて完結となります!ありがとうございました!!


自宅で激辛カレーに悶絶しながら
JNEXEL Neuro


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。