この小さな心で抱きしめよう。 (義藤菊輝@惰眠を貪るの回?)
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木偶の坊 ~入学前~
第一話 もう一人の緑谷出久


 Dear俺 速ヒカ碁書けや。From俺。


 僕が三つの時だ。とある男が、ヒーローとしてデビューした動画を見たとき、僕は彼のようになりたいと思った。

 

 僕が四つの時だ。病院で個性があるかないかを調べたとき、古い形をしている君には個性が発現しないと言われた。

 個性が無いことを受け入れることが出来ず、父のように火を噴く様子を真似たことがある。母のようにいろんなものを引き寄せようとしたことがある。

 

 だけれども、僕は気づいてしまった。齢四つにして、この世は不公平の塊だと。社会の現実を見てしまった。

 

 今まで兄貴分だった兄には殴られ、夢を応援してくれていた周囲の大人は嘲笑し、母には、謝られてしまった。

 

 だからこそ気づいてしまった。その日、その時に、僕にはもう一人の僕がいると。容姿もなにも変わらないもう一人の『緑谷出久』がいることに。

 

『辛いなら、現実から目を背ければ良い。苦しいなら、心が安らぐ場所で過ごせば良い。今は折れろ、今は砕けろ、今は壊れろ、今は崩れろ。何をしたって良い。だが最後には全てを構築し直して、笑って立っちまえ』

 

 ーー世の中笑ってるやつが一番強いからな。

 

『それまでは安心して眠っとけ。俺はお前でお前は俺。記憶も、()()()、何もかもが一心同体だ』

 

 安心できる声だ。心が暖かくなってぽかぽかしてくる。なぜだろう、なんだか眠くなってきた。

 

『最後に、俺はお前と同じ緑谷出久だが、名前がある』

 

 名前?

 

『俺の名前は転和(まろわ)だ。よろしく』

 

 よろしく。転和君。

 

 そして、個性が発現した。病院に行った次の日に、緑谷出久は手に持ったコップの装飾を豪華にすると言う形で、自身の個性を親に見せつけた。

 それを見た母親は、自分の引き寄せる個性でも、旦那の火を噴く個性でも無い個性に疑問を持ったが気にしない。何より、自分の息子が憧れ、強くいてくれる理由を持ったと喜んだ。

 

「出久君の個性は、【ものを組み立てる】や、【構築する】というものでしょう。個性届けには、【構築する個性】と届けておきますがよろしいですか?」

 

「うん!」

 

「はい。お願いします」

 

 昨日、自分のことを無個性だと断言した男が、頭を下げて説明をする。旧型での個性発現は、それほどまでに珍しいのだろう。

 

「個性が発現してからの数日というものはとても不安定です。個性も身体機能の一つ。出久君が自分の個性に慣れるまでの間は、できる限りそばにいてあげて下さい」

 

「分かりました。出久? 個性を使って良いのは、私かお父さんの前じゃないと駄目だからね」

 

「はーい」

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 学校の帰り道、俺は、燃えてしまったヒーロー研究ノートをパラパラめくる。

 

 幼馴染みである爆豪勝己。短気で暴力的。天才気質で頭は良いが思考が単純。学校の校則として、【校内において無断での個性使用は禁止し、厳重な処分を下す】という内容があるから、三年間()()()()()()()()()()()()()個性を使っていなかった。

 それを何でか、俺のことを無個性だと断言し、同じ高校に通うことを拒んだ。

 

「俺はあいつの所有物でもなんでもねぇぞ……」

 

 そんな小言が出ても仕方ない。

 

 学校では、先生の目の届かないところで個性の特訓をしていた。例えば授業中。座っている状態で、体の一部の筋肉を構築し、その構築箇所を何度も何度も変えるようなことをしたり、わざと潰したペンを再び直したり。

 余り練習する必要は無いのだが、個性は身体機能の一つ。使い続けることで壊れ超回復を果たす筋肉と同じように、使い続けなければならない。

 おかげで、眼球周辺の筋繊維等を構築することで、体育をしている女子生徒のブラチラを拝めました。ピンクって良いね。

 

「まあいいや、どんだけけなされようが、イズの方が辛かったんだ。俺が受け止めなきゃ。それに、ムカつかれようが何されようが、笑ってりゃ負けないしな」

 

「Mサイズの、隠れミノ……」

 

 ちょうど暗い高架下を通り抜けようとしたとき、ネットリと耳に触る声が、後ろから聞こえてきた。

 

「えっ?」

 

 振り返ると同時に、緑と茶色を混ぜ合わせた気味の悪い色の液体が、俺の体を包み込む。臭さから考えて、ヘドロと言ったところ。

 

「安心しろ。大丈夫、体を乗っ取るだけさ。苦しいのは約45秒、すぐに楽になるさ」

 

「あ?」

 

 俺の個性【構築】は、体及び触れている物(壊れているいないに関係なく)に違う物を掛け合わせることができる。また、掛け合わせることができる物は、その物体について科学的な知識を持っている物に限る。

 だからできる。先ずは利き腕である右腕だ。筋繊維に筋繊維を構築し、筋力を二倍に上げる。

 

「ヘドロの(ヴィラン)さん。お前は笑えるか?」

 

「何を?」

 

 筋繊維を構築することで体の形が変わるのは、皮膚の内側にある筋繊維の数が、大体2.25倍ほどになってから。

 口元が押さえられて息ができなくなる。そんな中で、俺は笑った。皮膚が押さえつけられる筋繊維の数の限界を超え、右腕が肥大化する一歩手前で個性を止めて。

 

 先ずは様子見だ。そう言わんばかりに地面を殴りつける。衝撃波は余り起きないが、それでも拳速の速さによって風が起きる。

 

「おまえ、なかなか良い個性だなぁ……。お前なら、あいつにも勝てる」

 

「あいつが誰かは知らねぇが、そいつのためにも、お前を無力化してやる」

 

 そう言いつつも、正直なところ俺に戦う気はない。個性の使用がバレれば犯罪だ。イズのためにも、俺はヒーローにならなければならない。

 

 情報収集は大事だ。故に、聴力を上げて周囲の音を聞く。

 

 ーーコッコッコッコッ。

 

 足音と思わしき音が誰から聞こえてきているのかは分からない。だが、音の発生源はマンホールの内側から。その正体は、恐らくヒーロー。

 

「後ろ、気をつけろよ」

 

「あぁ? はったりだな。そんな」

 

「はったりなんかじゃ無いよ。なぜなら」

 

 ーー私が来た。

 

 マンホールを鉄拳でぶち壊し、一人の男が飛び出してくる。そしてそのまま握りこぶしをヘドロの(ヴィラン)にぶち当てる。もちろん(ヴィラン)の体は流動体。糠に釘刺し。ダメージなんて物は入らない。だが、先ほど俺がやったことと同じ。

 拳を打つ速さによって生じた衝撃波、そして風圧で流動体の体を吹き飛ばす。

 

「同じことやって結果が違い過ぎんだろ。オールマイトェ……」

 

 短く揃えられた金髪に、触角のように伸びた前髪の二つの束。筋肉は隆々で、がたいがとても良い。身長は二メートルと少しだったはず。イズが憧れてたヒーローだから少しは知っている。

 

 せっせと空いているペットボトルにヘドロを詰めている様は見ていてとても間抜けだが。

 

「少年。君はさっきの(ヴィラン)と交戦したのかい?」

 

「い、いや。いくら何でもそんな馬鹿みたいなことはしませんよ。ここに守らないといけない人がいた場合は戦ってると思いますけど」

 

 俺とイズの心は二人で一つだ。たとえイズが表に出ていなくても深層心理に浮かぶ思いを無視することは出来ない。自己犠牲。時々イズが出てくる行動の一つだろう。思わず体が動いてしまうから。

 

「まあ、俺一人だったんで、にこやかに笑い続けてやってましたよ。世の中、笑ってる奴が一番強い。それが俺の信条なんで」

 

 そう言って、両手の人差し指を頬に突き刺し、全力の笑顔を見せる。

 ハハハッとアメリカンな大きい笑いをしたオールマイトはそうだそうだと頷くと、俺の頭に、そのゴツゴツしながらもとても優しい手を乗せ、ポンポンと叩いてくれた。

 

「世の中、笑ってる奴が一番強い。か、とても良い言葉だな、少年。私もそう思うよ。君とはまだもっと話してみたいのだが、生憎プロヒーローは時間との勝負なんだよ。私はこの(ヴィラン)を警察に届けなければならないのでな。また今度会えたとき。その時に話そうでは無いか」

 

「ま、まって! オールマイト、まだ聞きたいことが()には……」

 

「それじゃあ今後とも、応援ヨロシクねーって!!」

 

 気がつけば()は、オールマイトの足にしがみついて居た。空中を飛ぶオールマイトの足に。

 

 マロじゃない。僕が聞くんだ。個性が無くても、貴方みたいな、どんなときでも笑って人を助けるヒーローになれるかどうか。



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第二話 始まりの言葉

 やたらと伸ばしてる気がする。うん。頑張ろ。

 評価くれると嬉しいです。コメントくれるのも嬉しいです。ただ、中身のない誹謗中傷はお許しを……。
 どうか、お願いします。


 個性がなくても、ヒーローは出来ますか?

 

「個性が無い人間でも、あなたみたいになれますか?」

 

「確かに私は、少年の言った、世の中で笑っている奴が一番強いと言う言葉に同意をする。人々を笑顔で救い出す『平和の象徴』は、決して悪に屈してはいけないんだ」

 

 私が笑うのは、ヒーローの重圧。そして、内から湧く恐怖から己を欺くためさ。

 

「プロはいつだって命懸けだよ。個性がなくとも成り立つ。とは、とてもじゃないがぁ……口に出来ないね」

 

 自分が憧れた、僕が憧れた、最高で、最強なヒーローから言われた、最悪な言葉。現実を見なくちゃな。と、そう言われてしまった。

 

「マロ。僕は一体……」

 

『どうすりゃいいんだって? それを、俺に聞いてどうにかなるって言うのか?』

 

「それは……」

 

『イズはイズだろ。お前が憧れたヒーローに何言われようが、それは変わんねぇだろ? お前は、大勢の奴に言われただけで、自分の夢を諦められるのか?』

 

「それは……」

 

『心の奥で寝ていろって言っても、ちょくちょくお前は表に出てくる。それについて俺は全く文句はねぇ。そもそも俺は、お前の体を借りてる身だしな。でも、言ったはずたろ?』

 

 だが最後には全てを構築し直して、笑って立っちまえってよ。

 

「まだ立てねぇんだろ? まだ、緑谷出久を作り直してる最中だろ? イズ」

 

『僕は、マロに……』

 

「甘えろ甘えろ。俺はお前でお前は俺だ。俺も僕もおなじなんだよ。とりあえず、引子の母さんに心配かけねぇように帰るぞ」

 

『う、うん』

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 イズにとってはとても辛い物だってことは分かってる。イズとは、経験も記憶も共有してる。イズの願いで始めたヒーロー研究ノートは、イズがヒーローを知るためにやっていること。

 

 その中でも一際目立つナンバーワンの存在。プロの中のプロ。トップ・オブ・ザ・ヒーローから突きつけられた現実。

 

 見ないように、見せないように続けてきたこと。転和(まろわ)にはあって、出久には無い現実。

 

(なんで俺は、こんな喧騒の中に……)

 

 帰り道の途中にあるアーケードも無いような、小さな商店街。普段見慣れないほどの大勢の人が、真ん中に居る存在を見つめてる。

 

(なぜだ? さっきヒーローが……。オールマイトが)

 

『ごめんマロ。僕がオールマイトに……』

 

 抱きついて暴れたとき。ポケットに入れたペットボトルがおちていたのか。

 

 物見遊山の野次馬どもは、先ほど俺を捕まえに来たヘドロヴィランを見続けて楽観視を決め込んでいる。

 だが、オールマイトは、イズと話し込んでいた加減で個性使用の制限時間を迎えている。それに、奴の体は流動体。体をつかめない以上、有利な個性をヒーローが来るまで、待ってるしか無い。

 

(たすけてぇが、俺は何も出来ねぇ。頑張れ、直ぐに、ヒーローがやって……)

 

「ごめん。マロ!」

 

『あれれぇ? おかしぃぞぉ~??』

 

 突如、太ももと脹ら脛が膨らんだ。感覚的に分かる。本来の筋繊維に高反発なバネを構築することによって三倍ほどに膨らんでいることに。もちろん、許容限界を超えて、足が異形と化している。そして、

 

 パンっ!!

 

 毎秒340メートルを超える速さで飛び出す。

 

 普段俺に見せるような、ギラギラした厳つい顔では無い。苛立つように細めた顔なんかでは無く、眉は八の形を取り、目は怯え、助けて欲しそうな、今にも泣き出しそうな、弱さを見せた顔をした、幼馴染みがいたから。

 

 警官も、プロヒーローも反応できない。野次馬を止めるので精一杯だから。でも、一丁前に止まれだなんて叫びやがる。

 

「あのガキっ!」

 

(デクっ!?)

 

『おいイズ!』

 

「何で出た。何してんだ。何で!? ごめんね。マロ……。体が勝手に動いて……」

 

『まあいい、お前はそういう奴だよ』

 

「爆死だ」

 

 かっちゃんを飲み込むヘドロヴィランが、僕のことを攻撃しようと動き出す。

 

「マロ! 僕は」

 

『ヒーローノートの25ページ! シンリンカムイの先制必縛ウルシ鎖牢!』

 

 その技は、新進気鋭の若手ヒーロー。シンリンカムイの必殺技。ちょうど今朝見かけた技だ。内容は、相手の面前に素早く樹木の枝を張り巡らす。怯まして、束縛。つまり、二手目を打つための時間稼ぎ。

 

「しぇい」

 

 バサバサと開いたチャックから飛び出した荷物が、ヴィランの視界を遮ってくれる。だから、近づいて、手を握るんだ。

 

「何でテメェが!!」

 

「何でって……」

 

 ーー君が、助けを求める顔をしていた!!

 

「無駄死にする気か! 自殺志願者かよ!」

 

 他のヒーローなんて関係ない。どんな奴でも、どんな敵でも、何も動かず見守るだなんて、ヒーローなんて呼んじゃいけない。

 ヒーローは何時だって命がけなんだろ? なら僕は、命を大事にして、助けられる幼馴染みを助けないことなんて、絶対にしたくない。

 

「後もうちょっとなんだ! 邪魔するなぁ!!」

 

 ヴィランの声も野次馬の喧騒も、プロヒーローの制止も、今の僕には必要ない。

 

『やれよ。イズ』

 

(うん。マロ)

 

 構築。 腕の筋繊維を4倍に。かっちゃんをヘドロから引き抜いて助けるための力を!! いまはただ、それだけの力で十分だ。

 

『個性の使い方が雑なんだよ。イズは……』

 

 前に出した右脚が膨らんだ。きっと、マロが助けてくれているんだ。踏ん張れと、そう言ってくれてる。

 

「いくよ! かっちゃん!!」

 

 ズボッ!!

 

 粘着質の液体から少年の全身が現れた。一人の少年に腕を掴まれ、そのまま空中に投げ出されるように。

 

「無事でよかった! かっちゃん!!」

 

「うっせぇんだよ! このクソナードぉ!」

 

 足の反動で体が飛んでいく。

 

「君を諭しておいて、己が実践しないなんて……。良くやったな、少年! プロはいつだって命懸け!!!!」

 

 ーーDETROIT SMASH!!!!

 

 僕の腕を掴んだオールマイトが、口から血を吐き出しながら、その拳をヘドロヴィランに向かって振り抜いた。

 拳圧はヘドロヴィランを吹き飛ばし、拳速は風を生み出し、そして、その風が上昇気流を生み出した。

 

「右手一本で天気が変わっちまった!! すげえ、これがオールマイト」

 

 楽天家の観客が騒ぎ立てる中、僕は、全身を駆け巡る痛みに顔をゆがめた。

 

『全く、あきれた奴だよ。痛ぇんだろ? 無理するなよ』

 

「うん。ごめんねマロ。また少し、寝ているよ」

 

 意識が裏側から表側へと切り替わる。ズキズキとした痛みは、両足と右腕。耐えられないほどの痛みでは無いが、イズはこの痛みを止める方法も知らないだろう。

 

「ほんっと、お前って奴は……」

 

 ははは、と、思わず口角が上がっている。そんな中、ズタボロに切れた筋繊維を新しい細胞を作り出し、一つ一つ構築していく。バネへと変わった両足もしかり、全てが全て、何事も無かったように。

 

「また、体の構築が速くなったな」

 

 やっぱり俺は、笑っている方がいいや。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「何を考えているんだ! 君が危険を冒す必要は全くなかったんだぞ!」

 

 現場に居た数多のヒーローが、オールマイトの拳によって飛散したヘドロを捕まえていく中、俺は、少数のヒーローによるありがたくも無い説教を喰らっていた。

 

 内容は全て一つ。ヒーローがいるのだから、君が動く意味など無かった。

 

 だから、腹が立った。

 

「言わせて貰いますけど、あんたらは、かっちゃんを救うために動いたって言うのかよ? 誰一人として、ヘドロに立ち向かいに行かなかったじゃねぇかよ」

 

 そう、おあつらえ向きの言葉を並べ続けるコイツ等は、野次馬に被害が出ないようにバリケードをしていただけ。

 体の大きさの調節が出来ないから諦めたMt.レディ。爆破が弱点属性だからと諦めたシンリンカムイ。流動体と人質を言い訳にしたデステゴロ。

 かっちゃんの爆破によって起きた火事を消火していたヒーローも、実際の所水圧を上げて、水が当たる部分を面になるよう工夫すれば、ヘドロの体を飛ばすことも出来たはずだ。

 

「創意工夫を凝らさずに、ただただ(ヴィラン)との相性が良い人材が来るまで時間稼ぎ。そんなこと、度胸があれば誰だってできんだろが!」

 

 そんなことで、憧れに近づけるか。そんなことで、ナンバーワンになれるか。無理に決まってる。

 

「どんなことが起きても笑って、どんな存在であれ救い出す! そんなことを成し遂げんのがヒーローってもんだろ! 目の前で手を伸ばす幼馴染みも助けられねぇ。そんな存在には、俺は、死んでもならねぇぞ!!」

 

 だって、()は、ヒーローになりたいんだから。

 

 十人十色の正義がある。十人十色の理屈がある。そんなことは分かっていても、『ヒーロー』と言う存在が作り出す、他力本願と楽観視は大きな問題だ。

 

「目の前にいる奴を真っ先に救おうとしてから、俺に文句を言えよ」

 

 俺は、そう言い切り、呆然とするヒーローの間を何事も無かったように進んだ。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 気がつけばもう夕暮れ。辺り一帯が赤に染まっていて、何やら妖しげな雰囲気を醸し出すころ。別に夏でも無いのに、夕暮れは風情だなぁ。だなんて考えつつ、テクテクと住宅街を歩いて行く。

 

「デクッ!」

 

「かっちゃん……」

 

「テンメェ、俺に無個性だって騙してたのかよ。さぞいい気分だったろ? 俺を助けて、自分の方が優秀だとでも言いてぇのかクソナードぉ!」

 

 制服を着崩し、両手をポケットに入れる姿と口調から、相変わらず輩みてぇ。だ何て思っていたが、そろそろ堪忍袋の緒が切れそうだ。

 

「ただの木偶の坊が調子にーー

 

「てめぇいい加減にしろよ」

 

「ア゙ア゙ァ゙!!??」

 

「俺は俺だ! 緑谷出久だろ! てめぇなんかの付属品でも、所有物でもねぇんだよ。俺が無個性だぁ? 誰がそんなことを言った! 学校では、個性の使用は禁止だって校則にある。許可も無く個性を使えば、法律で罰せられ、ヒーローになることは出来ない。それを守ってるだけだろうが!」

 

 虐めに暴行、自殺教唆。個性の無断使用。それに……、他は特にないが、目の前に居る存在がこれまでやってきていることは、ヒーローになるための道から外れている。俺が一般市民なら、正直こんな奴に守られたくない。

 

「雄英高校の体育祭で、俺がお前をぶっ潰してやるよ。再構築できねぇ位にボロボロになぁ。それまで冷めかけのハンバーガーを爆破で温め続けとけよ。ちょっとは個性の特訓になるかもよ?」

 

「あ? 巫山戯てんのはてめぇの方だろうがデクぅ! ぶち殺してやんよ。完膚なきまで」

 

 助けられても喧嘩を売ってくるようなタフネスなかっちゃんは、それだけ言うとぎゅるん! と、勢いよくターンをかまして消えていく。

 

「ははっ! あ~スッキリだな」

 

「HAHAHA!! その通り、私もスッキリさせて貰ったよ。少年」

 

 ゑ゙? オールマイト? 何でここに?

 

「さっきまで、取材陣に囲まれてただろあんた……」

 

「あれぐらい抜けることなんてワケないさ。なぜなら私はオールマゲボォっ!!」

 

 さっきまで筋肉ダルマになってたクセに、即行ガリガリになって吐血している。俺の中で確定した。オールマイトは阿呆の子だ。うん。きっとそう。

 

「馬鹿にされている気もするがまあ良い。少年!!」

 

 礼と訂正。そして、提案をさせてくれ。そうオールマイトはガリガリの中で輝く目を此方に向けて、そう言った。

 

「悪いとは思ったが、君と、先ほどの少年。かっちゃんだったか? との話を聞かせて貰った」

 

「盗み聞きなんて、趣味が悪いですよ? ナンバーワンヒーローのくせに……」

 

(ヴィラン)との戦いで、君の両足と右腕が肥大化したのを見ている。そして、先ほどの話でも、君は個性があるはずだ。なのに、あの屋上で私と話したときに、少年。君は、自分のことを無個性だとそう言ったね」

 

 それは大いなる矛盾になっている。

 

 オールマイトの言葉はごもっともだ。緑谷出久に発現している【構築する個性】と言う物は、緑谷出久に芽生えた、第二人格の持つ個性であって、緑谷出久自身の個性ではない。

 主人格と第二人格が、互いに存在を認め合い、記憶も経験も何もかもを共有しているからこそ、表に出ているのがイズでも俺でも使えるのだ。

 

「そこで私は考えた。少年。君は、私の持つ個性に似たものを持っているのではないかな?」

 

「それは? どういう意味ですか? オールマイトの個性は増強型。ブーストなのか何なのかは分からないが、そこは恐らく合ってるはずだ」

 

「半分正解で、半分が不正解と言った所だろう」

 

 私の個性は、聖火の如く引き継がれてきたもの。そしてその引き継がれてきた物こそが、

 

「歴代ワン・フォー・オール保持者の思いと、力。私の個性は、人に譲渡する個性。先ほども言ったが、冠されたその名前は、【ワン・フォー・オール】。私と話していたときと口調が違うのも、理由があるのだろう?」

 

 全部お見通しじゃないか。この野郎。

 

「便宜上俺少年と僕少年で分けさせて貰うが、あの時のとっさの行動を起こしたのは、僕少年ではないのかな? 私に向かって、無個性でも、ヒーローが出来るかと聞いてきた、あの少年ではないのかな?」

 

「ああ、その通り、心が弱い。意気地なしの個性無しの木偶の坊。それがイズ、俺の唯一無二の相棒だ。でも、気がついたらあいつは、俺を裏に押し込めて、個性の制御なんてめちゃくちゃで駆け出しやがった」

 

 なあ、イズ。居る人は居るんだよ。お前のことを見てくれてる人が。弱っちいお前を見てくれてる奴が。

 

「だからこそ。僕少年に私は言いたい。君は……」

 

 ーーヒーローになれる。




 マロワは、若干性質がステインに似ている設定なのです。それは後々触れていきます。


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第三話 始まる特訓

 短い。ごめんなさい。


 だからこそ。僕少年に私は言いたい。君は、ヒーローになれる。

 

 ーーヒーローになれる。

 

 よかったな。イズ。誰にだって馬鹿にされた夢を、誰でも無い、憧れのヒーロー(ひと)に言ってもらえて。

 

 出久に合わせた。学校での口調も、行動も、性質も。個性は、バレないよう細心の注意を払いながらでしか使わなかった。だからこそ、緑谷出久という少年は、蔑まれてきた。

 

 教師には現実を見ろとそう言われ、クラスメイトには夢を馬鹿にされ、兄貴分には馬鹿にされる。何より、母親には、何度も何度も心配をかけた。

 

『ヒーローなんかじゃ無くても、人は助けられるわ。私は、出久が怪我するのなんて見たくないの』

 

 そう言って、何度も何度も俺のことを気遣ってくれた。【構築】と言う名前だけで、戦闘が出来るような個性には思えなかったのだろう。それに、家で個性を使うときは、決まって何かを直すときしか使ってこなかった。

 

 これ以上の衝撃は、これ以上の言葉は、緑谷出久にとって他にない。たとえ聞いているのが俺であろうとも、その思いは変わらない。

 

「僕少年。正しくは出久は、いま、あんたの言葉を聞いて泣いてるよ。どうしてだろな、自分のことじゃねぇのに嬉しいよ」

 

「いいや、君もだよ俺少年。君は、あの時、動き出した出久少年を止めるのでは無く、無闇矢鱈に個性を使った出久少年を手助けした。ヒーローの本質はお節介。私は、そういう持論なのでね」

 

 だからこその提案だ。少年達()()に、私の個性を受け継ぐつもりは無いかな? と、痩せぼそったオールマイトがそう聞いた。

 口から血反吐を吐きながら、苦しいはずの体に鞭を打って、私の【力】を、君が受け取ってはくれないか。とただの一般人である俺たちに。

 

「なんでイズなんですか? それこそ雄英とか、士傑とか傑物とか。俺たちよりも良い人材はいるでしょう」

 

「ああ、二重人格の少年じゃ無くても、この個性は使えるだろう。そもそも私は、前より後継を探していた。だがな少年。そんなこと、どうでも良いと思えるほど、君という存在が衝撃的だったんだ」

 

 無個性な只のヒーローオタクが、なりふり構わず、自分のことを嫌っている人物に対してまで手を差し伸べた。

 

「多くの者が、君の勇気を蛮勇だと嘲笑おうが、私が知っている。そしてなにより君は、二心同体。協力も、制止も、私たちには無いかけ算の力を持っている。だからこそ、()()()()という少年に、私は可能性を見た」

 

「良いよな、イズ……」

 

『ごめんね、マロに全部任しちゃって』

 

「気にすんな」

 

 ーーその話、引き受けさせてください。

 

 ここまで、表で無く裏に隠れるイズを見て、イズの中身を見てくれて、自分の秘密も弱点も曝け出して、そんな人からの頼みなんて、イズじゃ無くても断れない。

 

「即答。そう来てくれると思ったぜ」

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 個性の引き継ぎは、数日を経て行われた。それもそのはず、オールマイトの忙しさも、強さに比例してナンバーワンだから。

 

 だが、個性の引き継ぎに関しては直ぐに行うことが出来た。俺は毎日ランニングや腹筋背筋、握力など、成長速度に合わせたギリギリの所に合わせて鍛えていたから。体力だって、見た目のオタク感からは想像できないほどにある。

 

 だからこそ……、

 

「食え」

 

 プチッと、自慢のブロンドヘアーから一本だけ、髪の毛を引き抜いたオールマイトにそう言われたとき、思わず個性のフル使用の上でぶん殴ってやろうかと思ってしまった。

 

「まあ、別にDNAが取り込めればなんでも良いんだ。とりあえず、ほら、一思いにゴクッと……」

 

「どこの飲み会のコールだ! 馬鹿じゃねぇの!」

 

「馬鹿とはなんだ馬鹿とは! 私もこうしてきたんだよ。マロワ少年、ほら! ほら!」

 

 半ば強制的に口に突っ込まれ、無理矢理水とともに飲み込まされた。

 

「なんか酸っぱいんだけど……」

 

「HAHAHA!! まあ味なんてものは、別に気にすることじゃない。2~3時間もあれば、胃腸が髪の毛を消化してくれる。その間に、私はイズク少年に伝えないと行けないことがある。因みに今は?」

 

「ここ最近じゃ珍しく、ガッツリ眠ってますよ」

 

 最近暴れまくってたくせに。だなんて、苦笑いをしながら頬を指で掻いていると、それならばと、オールマイトに言伝を貰う。

 

「君たちが二心同体であり、お互い、どちらが表の人格で出ていても個性を使えることは知っている。だがマロワ少年。出来ることなら、ワン・フォー・オールを表だって使うのは、イズク少年だけに限定できないだろうか?」

 

「それはどういう?」

 

「ある程度を過ぎれば良いと思っているのだが、イズク少年はこれまで無個性だったわけだ。つまり、個性を扱うという面に関しては4歳児以下だ。だからーー」

 

「イズが扱いきれるまで。ということか」

 

 そういうことだ。と、オールマイトがうんうんと頷く。だが、こちらとしても聞いておきたいことがある。

 

「実は、裏にいる方が、強制的に個性を発動させることが出来る。現に、この前のヘドロのあの時で実証済みだから。だから、もしイズから個性を使わせてきた場合は、許して欲しい」

 

「それはもちろんだ。それに、さすがに私も、毎日のようにイズク少年の指導を出来るわけじゃ無い。だから、基本的な指示は出すが、君が監督として補佐するように、色々と教えてあげてはくれないか?」

 

 ただし、表だって使うのはと言う条件であって、ワン・フォー・オールの練習をしては行けないというわけでは無いとのこと。そういった諸注意を受けた俺は、とりあえずと言うことで、オールマイトが考案したトレーニングプランの資料を手渡される。

 曰く、イズク少年のポテンシャルがどういった物か分からないから、状況に応じて変更してくれとのこと。身体面の特訓はオールマイトが見てくれるらしい。

 

「私がオフの日にはしっかりと見てあげよう。それまでの間、しっかりと頑張ってくれ」

 

 ガリガリのトゥルーフォームから突然のニセ筋状態に変わったオールマイトは、夕日に向かって帰って行った。

 

「やっぱり……馬鹿だな。あいつ」

 

 生憎、イズほどアンタに憧れてはねぇんだよな。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 そこからという物、イズが目指すヒーロー科。つまり、雄英高校に行くための特訓が始まった。もちろん最初は体の使い方。

 素人から抜け出せないひよっこのイズのために、オールマイトがトゥルーフォーム状態で組み手をしたりとか色々なことを。

 

 そして、その合間合間に行うのが、個性について。

 

『イズ、取りあえず今日から、個性の制御についての特訓を始める。最初に言ったように、個性に関しては俺が見てやるから、安心しろ』

 

「うん。マロに見てもらえるんだったら百人力だよ」

 

 そんなことを口にして、ギュッと拳を握りしめるイズに、俺はやれやれといったような表情を浮かべてしまう。

 

『オールマイトも言ってたけど、イズは今まで無個性だったわけだ。それはつまり、個性の制御に関しては、4歳児にも劣ってるって訳だ』

 

「うぐ!!」

 

『だから、問題だ』

 

 ーー4歳児がやってきて、イズにないものは?

 

『入試まで、死ぬ気で頑張れよ?』



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第四話 鬼教官の実力

 すみません。趣味をただただ入れたかっただけなので、フロレスが好きな方は後半までお読みください。正直、あんまり必要ないです。前半だけで十分です。


 特訓1週目。身体面。

 

 オールマイトに呼び出しを貰ったイズは、ゴミが溜まりに溜まって地面が見えない、海浜公園へとやってきた。

 ゴミの量に辟易としているイズにオールマイトが言うには、『この区画一帯の水平線を甦らせる』ことが目標ならしい。

 曰く、体の基礎があったとしても、その鍛え方をしたのはマロワ少年であり、マロワ少年の動きに合うように調整されているとのこと。だから、その自分用じゃない体をしっかりと使い、あらゆる動きが出来るようにする。そう説明を受けた。

 

 特訓1週目。個性面。

 

 何度も繰り返して鬱陶しく感じているかもしれないが、何度でも言う。イズは、個性の使用に関して、発現したばかりの個性に戸惑う、四歳児にも劣っている現状だ。

 だからこそ、四歳児が最初にしてしまうようなことをしてもらった。もちろん、全開による『ワン・フォー・オール』の使用だ。

 何より限界を知らないことには始まらない。なんせ、何も出来ないのだから。

 もちろん、ぶっ壊れた全身は、俺が個性を使って無理矢理構築し治しました。あ、そう言えば、個性使えばアルトバイエルンより大きくなるんじゃね?

 

 特訓3週間目。身体面。

 

 オールマイトから、身体面の特訓中のところどころで、構築を使って超回復をするように言われた。どうやら、オールマイトは、イズと俺の体をムキムキのマッチョにしたいのだろう。

 イズが、あまりにも重そう冷蔵庫を引っぱっていた。その上には、トゥルーフォームのオールマイト。確かオールマイトって270キロとかあるんじゃ無かったっけ……。

「いーや、痩せちゃって今は255キロ」

 どこにそんな質量があるんだよ、オールマイトェ。

 

 特訓1ヶ月目。個性面。

 

 かなり長い間使ってしまったが、最悪これすら出来ないもと不安になっていたので助かった。この1ヶ月の間、俺はイズに、力の流れかたというものを教えていた。

 なぜ、こんなものが必要になるのか。それはただただ単純なもので、力はそもそも、水道のように流れ続けているものであることを教えてあげるため。人は皆、気づかないうちに蛇口を閉め、また、力を使うときは、無意識のうちに(水道管)に害がないよう、ちょろちょろとごく少量を使っている。

 だから、体全体で、ワン・フォー・オールという水を溜めたダムをイメージして、頭の先から足の爪まで、全身に個性が行き届くようにしてもらった。

 

 特訓2ヶ月目。身体面。

 

 ゴミ拾いの想定区画の中で、全体の5分の1が片付いた。なので、空いたスペースも含めて、ゴミ山と砂浜と海の波際をグルグルするような、サーキットトレーニングが始まった。

 もちろん個性は使えないが、上半身を中心にやってきた小物類が片付いたのもあるので、今度は足とのこと。休憩時間に泳いだりもしている。なんだかんだ言って、イズも根性があるなと思った。

 

 特訓2ヶ月目。個性面。

 

 100%の出力を体に流し続けてもらったことで、ある程度、限界の力、上限の力が分かったと思う。時たま動いて体を壊していたし。オールマイトにも、ちょっかいをかけてもらえるよう頼んでいた。ついでに構築による強制的超回復をはかどらすために。

 なので、出力を100%から、だんだんと下げていき、体を動かせるようになるギリギリの所と、余裕の所を見極めてもらうことにした。

 見極めるよりも前にイズが倒れてしまったので、結果分からずじまいだったが。

 

 特訓4ヶ月目。身体面。及び、個性面。

 

 海浜公園のゴミが、5分の2まで片付いた。オールマイト曰く、予想外の速さらしく、行けるなら、行けるところまで行かないか? と提案されてしまった。

 と言うわけで、個性面は個性面で、2%までなら全身でまとえるようになったイズに、個性を使用してのゴミ拾いの許可を出した。ただし、ものを壊すことによっての清掃はなしということにしておいた。

 運ばなきゃ意味がないし。実質早く終わらせて戦闘訓練とかさせたいし。

 

 特訓5ヶ月目。身体面。及び、個性面。

 

 予定区画の清掃が終わった。どうやらイズは予定されていない区画も片付けしようとしているらしい。初日、オールマイトから言われた、『ヒーローってのは、本来奉仕活動』と言う言葉を本気でしようとしている。

 さらに、個性も体になじみ始めたのか、出力上限が引き伸び、気がつけば5%なら安定し、7%でも安定はしないが纏っても怪我をしなくなってきた。10%に届く日はもうすぐかもしれない。

 なんせ、イズの脳ミソがスポンジ状態だから。いくらでも吸収してくれる。

 

 特訓6ヶ月目。身体面。

 

 イズの野郎がやりやがった。特訓を初めて8ヶ月でこの海浜公園を更地にすると考えていた。たしかに個性の使用は許可を出したが、6ヶ月でとは予想していなかった。だから、オールマイトから、対人戦を練習してみないか? と、そう聞かれた。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「マロワ少年の戦闘能力というものは、一体どれほどのものなんだい? と言うより、そもそも戦えるかい?」

 

「ああ、多分大丈夫ですよ。1000のジャベを持つイタリアの伊達男『AT』と、イギリスの若き匠『ZSJ』を師匠に持ち、崇高なる大泥棒『YTR』と新日本プロレスの黒船『AJ』に憧れたサブミッションマスター(関節技使い)なんで」

 

金的攻撃(ローブロー)何てしないだろうね? マロワ少年」

 

 すまない……。そういう意味を込めて、俺はオールマイトから視線をそらしてしまう。トゥルーフォームでも目が怖いんだよ……。

 

「俺は、プロレスラーへの憧れは捨てられないんだっ!!」

 

「それは返答になってないぞマロワ少年っ!!」

 

『それは答えじゃないよマロッ!』

 

 数秒の沈黙が痛い。どうすれば良いどうすればいいんですか我らが敏腕プロデューサー!! 取りあえず、霧吹きでもすれば良いですか?

 

「取りあえず今の、トゥルーフォーム状態のタッパなら腕も回りますし、サブミッションは行けますよ? ただ、俺のスタイルがイズに合うとは思わないですよ?」

 

 そこは、イズに戦闘を見せるという理由なので関係ないとのこと。どうやら、ビデオカメラを持ってきていたらしい。用意周到だな。

 

「取りあえず簡単にいこうか。マロワ少年。私はこのトゥルーフォーム状態の上に個性を使わない。君も同様に個性の使用を禁ずる」

 

 良いね? という言葉にしっかりと頷く。

 

『相手はナンバーワンヒーローのオールマイト。怪我しないようにがんばってね』

 

「特訓中はイズが表だったから、思ってるように動けるか不安だけど、やるか」

 

 俺は、オールマイトの目を見つめ、腰を落とし、アマチュアレスリングでもプロレスリングでも同じ形の、基本姿勢をとる。さて、どんな技で戦おうか……。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 一歩、踏み出すと同時に、牽制のためか伸ばされた右腕を左手で掴み、体を下に入れることによって肩で担ぎ上げる。俗に言うファイアーマンズキャリーと言う奴だ。消防士がする担ぎ方。

 

 さて、最初に決める関節技によって選択肢が変わる。頭、顎、肩に技を決めるなら頭から落とす技。ランドスライドや牛殺し。膝や腰に狙いをつけるなら、ダークネスフォールやマイアミシャインだったり。

 

(足に決める。先ずは単純に足4の字固め!)

 

 マイアミシャインは、相手の足の方から自分の体ごと回転させることで相手の体を叩きつける。ただ、オールマイトに対しての足技につなげれない。だって、マイアミシャインは、相手の腹の上に体が乗る。足を取るにはタイムラグがある。

 

 先ずは、足を持っている右手をしっかりと股の間に固定し、左手を上へと押し上げる形でオールマイトの体を立たせると、自分の足を開き、その間に相手の背面を叩きつける。

 

「ほとんどノーモーションでやってんのに、受け身取るとか化けモンだろ」

 

「がっ!!」

 

 そのままの勢いで、オールマイトの股間に左脚が入るよう三角座りをして、左の山の隙間に、右脚をねじ込む。

 

「まさか!」

 

「そのまさかだよ!」

 

 けど、ただの4の字じゃない。左脚の下を通したオールマイトの右脚は伸びきった左脚の上に乗っている。そして、三角に立てていた俺の左脚は、脛を地面につけ、オールマイトの右脚を、右脚の膝で締め上げる。

 

「監獄固めッ!!」

 

「だけじゃねぇよ!」

 

 顔に一発殴り、オールマイトの上半身から若干力が抜けたのを確認すると、俺はそのまま両腕を上げさせ、上から上半身を絞めていく。

 

「これ、フルネルソン監獄固めしてますけど……。どうなったら終わりですか?」

 

「正直体中が痛くて、抵抗する気も起きないから、私の負けで良いよ、マロワ少年」

 

 こうして、世界一誰が見ても何の得もしない戦闘訓練が終わったのであった。




 ATさんはあんまり知りません。ただ、葉隠に首輪つけて透明犬のネタをしたいだけです。ZSJは正直なところ好きじゃないです。凄いとは思いますけど。
 YTRとAJは神だと思ってます。両方やばい。気になる方は、新日本プロレスで調べてください。


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第五話 始まる入試

 六千字も書けたのね……。私、笑。

 遅くなってすみませんでした。

 追記、9月4日一時三〇分、次話の展開に合わせ文章を追記しました。
 追記、8月4日二十二時五十一分、原作の展開により話の内容を一部変えました。


 一筋の光にしがみついた。何が何でも離すまいと精一杯の力で手繰り寄せるため。でもそれは、お釈迦様が蓮池の縁から落とした一本の蜘蛛の糸のように細く、何時でも切れてしまいそうな具合。

 

『テンっ! 早く来い』

 

 ここを出れば、誰よりも優しく、誰よりも強く、誰よりもカッコイイひーろーたちが俺たちのことを助けてくれる。こぼれる光に一縷の希望を託した俺は、足掻き藻掻く。

 自分の後ろでも、小さな音ではあるが音が聞こえる。きっとテンだ。俺の唯一の家族の双子の弟。皆が出来損ないと言う、欠陥品と言う、可愛い弟。

 

 どこからか、声が聞こえたような気がする。横からのような、後ろからのような。どこからか聞こえてくる。でも、俺は、俺たちには止まっている時間なんて無い。

 トトから早く逃げなければ、この檻から抜け出さなければ、もう俺たちはどこにもいることなんてできない。

 

 だが、気がつけば俺は、独りぼっちだった。

 

『おい? おい! テンっ! どこにいんだよ!』

 

 

   お前が僕を一人にした。

 

『何言ってんだよテンっ!』

 

 聞こえてくるのは、弱っちくて、直ぐに転んで泣きじゃくる弟の、恨みや嫉妬が籠もった負の感情が溢れかえるような声。

 

   兄さんは、マロは僕のことを見てくれなかった。

 

『何言ってんだよ! 俺は、こんな場所からお前を逃がそうと』

 

   何が悪いだなんてどうでも良いよ。

 

『何を……』

 

 大事そうに抱える左手。それはもうボロボロな見た目であり、淡い青の髪の隙間からは、両腕で大事そうに抱えるその手を見て優しく慈しんでる目が見えた。

 ずっと怖がって、おどおどして、怯えていた赤色の瞳が、僕を見据えて、怒ってる。

 

『ねえ兄さん。痒いんだ』

 

     伸ばされたその右手は……。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「ねぇ、これってホントに大丈夫なの?」

 

『何を心配してんだよイズは……。大丈夫なモンは大丈夫に決まってるだろ?』

 

 でも……。そう言って言葉に詰まるそんな朝。イズが不安がるのも仕方ない。だって、10ヶ月間の特訓地獄という山を越えた今日は、国立雄英高校のヒーロー科の入学試験。その実技試験の日だから。

 

「けど僕、結局オールマイトみたいには使いこなせてないし、まだ、戦うのも、駄目なところばっかなのに……」

 

『何言ってんだよ。イズはイズだしマイトはマイトだろ? ついでにいうなら俺は俺だ。たまたま個性が同じなだけで、本質は違う。お前は、胸張って立っときゃ良いんだよ』

 

「で、でも……」

 

『マイトにもいわれただろうが……。泣き虫なところはナンセンスだぞ』

 

 イズとしては、言われたことをやり続けていただけ。その程度の感覚だろう。それもまた仕方が無い。現に、イズの成長を促すためのトレーニングは、俺とマイトの二人で考え、その日その日に突然提示していたから。気づいたら略すくらいに仲良くもなったし。

 

『比較対象が俺とマイトしかいないのは辛いが、イズ、お前は、確実に成果を上げている。安心しろ。だから--

 

「どけデクっ!!」

 

『わ、わぁ!!』

 

「そうやって、勝己に怯えて、すぐに隠れるくせもナンセンスだよ。イズ……」

 

『ご、ごめんってば……』

 

 勝手に内側に籠もっておきながら、平謝りを繰り返すイズに苦言を申すと、俺は、構ってチャンを無視し、そのまま踵を返して試験内容を説明する教室へと向かっていく。

 

「おいこらっ!! 何無視してくれてんだぁ? クソナードがぁ」

 

「おいおい、これからヒーローになるための試験を受けるって言うのに、いくら英語と言えどもスラングを発するのはどうなの?」

 

「あ゙あ゙?? ンだとこら!」

 

「確かに俺はヒーローに関して色々調べてるから知識はあるさ。オタクって言っても良いくらいに。それに内向的だし? 人と話すのは得意じゃ無いよ? だって、身近に居る人が一番危険なんだよ? キレ症だし……。そりゃあ、コミュ障にもなりえるよ」

 

『ま、マロぉ~煽りすぎだよぉ。かっちゃんの顔が、もう……』

 

 イズの言うとおり、勝己の顔はもう真っ赤であり、今すぐにでも人を殺しそうな目で、俺のことを睨んでくる。

 

「あっ! 自分が爆弾だからそんな個性なのーーっと!!」

 

 ブリッヂの体勢で体を倒すと、その上を、右腕が通過していく。プロレス技で対応したときに先生に見られてたら怖いから、取りあえずは口先だけで煽る。

 

「やっぱり爆弾だね。早く会場行って、そのご自慢の個性でもひけらかしたら?」

 

 クソガッ! と、近くにゴミ箱でもあれば蹴り倒してそうな勢いで、ガツガツと肩を怒らして歩いて行く。

 

「さ、災難だったねぇ。お友達なん? あの人……」

 

「まあ一応。幼馴染み?」

 

 明るい茶色のボブカット。困ったような顔をしているものの、それでも可愛さがにじみ出ている。

 

「これも縁だと思うし、合格したらよろしくね。たとえ違うクラスでも」

 

「うん。お互いに受かってると良いね」

 

 そう言って後ろ姿を見せる彼女を見て、これが男というものだよ。とイズに言うと、違うと思うとツッコミが入った。解せん。俺がオタクではあれどもナードでは無い理由はそこの筈なんだが……。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 簡潔に言うなら、1ポイントから3ポイントまでの成績に入る仮想の(ヴィラン)を10分間倒し続ける。また、倒さなくて良いお邪魔虫がいる同校生達は別々の会場に移されるそうなので、協力は出来ない旨を言外に発表された。

 まあ、そもそも、今回の試験で前に出るつもりなど毛頭無い自分には関係ない話。裏側にいたら外に居る人には聞こえないからと、説明役のプレゼントマイクのコール&レスポンスに全力に答えるくらいで、話は斜めに聞いている。

 

「マロは何でどや顔してるの」

 

『はは、羨ましいかと思ってな』

 

「確かに羨ましいけど……」

 

『とりあえず、会場にも移動してんだから、始まるまでの時間、作戦会議でもしないとどうする?』

 

「あ、えっと……。えっとぉ……ぶん殴る!」

 

『お前まで脳筋になってどうすんだよっ!!』

 

   ハイ、スタートー。

 

 上方から聞こえてきた気の抜けた声。眼前に立ち尽くす街のような巨大なビル群。何より、声を聞いて賽は投げられてるという言葉に反応して飛び出した多くの受験生達。

 

『あちゃー。出遅れたな。ははは』

 

「わ、笑ってる場合じゃ無いよっ!」

 

 急いで駆け出す僕は、心の中を落ち着かせようと必死になってイズは自己暗示をかける。落ち着けと。大丈夫だと。

 

憧れのヒーロー(オールマイト)に教えて貰ったんだ! 唯一無二の親友(マロワ)に鍛えて貰ったんだ!」

 

   体も個性も、僕にはあるんだっ!

 

『個性使うときは?』

 

 マロの質問も何度も答えてきた。何度も何度も使って、感覚を確かめてきた。

 

「グッとケツの穴引き締めて心の中でこう叫べ!!」

 

 スマッシュとそう口にしようとした瞬間、目の前のビルが崩れ落ち、中から機械が姿を見せる。

 

『考えろ! 動け! 思考は止めるな!』

 

 何度も、何度もマロに言われ続けてきた。常に最善の一手を考えるんじゃ無い。そんなこと人には出来ないと。だから、最後の切り札に向けて、初手でも二手目でも無く、三手目に最善手を打てるように繋げて行けと。

 

「1ポイント仮想(ヴィラン)! 両腕と頭はでかい。でも足は一輪車!」

 

『どうすりゃ勝てんだ?』

 

「体が大きいのに地面と接しているのが一点のみなら、平衡感覚を保つ能力は悪いはず! 右腕か左腕に狙いをつけて……」

 

 正解だと、自分の思考が答えを導き出した。マロも、自分の中で頷いてくれてる。

 

「なんでっ!? なんで……」

 

 足が震えだした。腰が浮いている。膝が笑っている。腕は重くて持ち上がらないし、手は握ることも出来ない。

 

『ビビっちゃうの、コレもう癖だ……』

 

「馬鹿野郎がっ、お前の受難だろ! テメェが掴み取ったその個性()で超えやがれ! すぐに逃げるのは癖じゃねぇ、罪だ! こンのクソ木偶(デク)っ!」

 

 右脚の筋繊維にバネを掛け合わせることで高反発な筋肉を構築。そのまま足に力を入れることでバネを短く力を加え、そのまま太股、脹ら脛、アキレス腱、そして足先へと順々に力が移動していく。

 

   飛びつき式腕ひしぎ十字固め!

 

 向かってくる仮想(ヴィラン)の右腕を取ると、そのまま敵の背後から足を絡ませ転倒させる。腕の筋繊維を倍増させると共に引きちぎると、一発メインカメラっぽい所をぶん殴る。

 

 たかが、メインカメラがやられただけだ。なんてそういうオチな訳がないので、あっけなく1ポイント敵は地に伏せる。周りに敵がいないのを確認した俺は、直ぐさま内側に戻り、

 

『これはテメェのための試験だろうが! 何のために何ヶ月も使って練習してきたんだ。何もせずに逃げるくらいなら、ヒーローなんて夢のまた夢なんだよ。助けて欲しい奴が目の前にいるのに、手を伸ばしてる人たちがいるのに、足が竦んで動けませんでした。じゃ、洒落にならねぇんだよっ!』

 

 奮い立たせようと精一杯の怒号を浴びせる。

 

「でっ、でもっ!」

 

 こんなタイミングの悪いときに限って、心を焦らすアナウンスが入る。

 

「あと6分……。マズい、マズいよっ!!!」

 

『焦っても、できることなんて変わらねぇよ。お前には何が出来る? 木偶の坊に出来ることは、何だ?』

 

 俺は知ってる。コイツが持つヒーローとしてのポテンシャルを。潜在能力を。

 自分のことを虐めていた勝己をヘドロ(ヴィラン)から助け、心意気を憧れに認めて貰い、使えない個性を、動かない体をいじめ抜いて使えるようなった。

 

『その手で敵を殴れないって言うんなら、お前に何が出来るんだよ! 緑谷出久っ!』

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 走る。走って走って、走りまくる。

 

 僕に出来ること。ビビっちゃって敵を殴ることができない僕にも出来ること。

 

「右側から1ポイント敵が三体来てるよ! っと、危ない!」

 

 僕は手を伸ばし、背後の敵に気づかないブロンドヘアーの男の子を自分の方へ引き寄せる。

 

「メルスい! 助かったよ☆」

 

 他の人にポイントを取られないようにね。とだけ伝えると、次の場所に向かって全力で走る。

 僕が導き出した答えは、「救援」を続けること。敵の総数がどれほどか分からない以上、敵を倒し続けることによるポイント稼ぎには限度がある。だとすれば、判断基準はそこだけじゃ無いはず。

 マロの性格から出る言葉なのかも知れないが、ヒーローは守ることで評価を得られる。敵を倒すのは敵でもできるのだから。

 

『この学校が、本気でヒーローを育てたいって考えているなら、イズが導き出した方法は正解だろう。どういうポイントの割り振りになっているかは分からないけど、コレで落とすような学校なら、士傑とか、傑物に行くべきだ』

 

 この答えが正解であるか何て保証は無くても、オールマイト自身が言ったんだヒーローの本質は人助けだと。なら。

 

「紫の髪の人! 左から3ボイントの敵が一体来てるよ!」

 

「俺の個性は戦闘向けじゃっ  

 

  危ないっ!」

 

 飛びつくように紫髪の受験生を押し倒すと、装甲車のような3ポイント敵の銃弾からその男の子を守る。

 

「守るためなら……。撃てる!」

 

 握りしめた右手に力が漲って行く。電流が走るように、力が。

 

『しっかり狙えよ? 外したんじゃ何にもなんねぇからな』

 

 心の中で笑うマロ。本当に心配性だ。お母さんよりもお母さんかも知れない。でも、やるよ。

 

「いっけぇ!!」

 

 ボコッと3ポイント敵の体に拳が突き刺さる。

 

『たった5パーセントのスマッシュでも、守れるものはある』

 

「大丈夫?」

 

「あ、ありがとう。助かった」

 

 手を貸して紫の髪の男の子を立ち上がらせた僕は、キョロキョロと周りを見る。今すぐに助けないと駄目そうな子を探すために。

 

「ったく、全員の個性が戦いに向いたものじゃ無いことぐらい分かれよな……」

 

「まあまあ、そんなかっかしなくても……。と、取りあえず、周りには気をつけてね。それじゃあ……」

 

『チッ』

 

 思わず舌打ちしてしまった。だが、これは仕方ない。

 

 轟音をそこら中にまき散らしながら現れる巨大なシルエット。

 一歩踏み出す毎に、その体の近くにあるビルがなぎ倒され、煙やらなんやらが視界を遮ってしまう。

 

「どっ、どうしよう」

 

「お、俺は逃げるぜ? あんなの、絶対倒せないからなぁ」

 

 ととととっ、なんて小気味の良い音かそこら中で鳴り始めると、倒さなくて良い0ポイント敵に恐れをなした受験生達は一目散に逃げ始める。

 

『仮にもヒーローになりたいって言う人たちが、こんなんで良いのかねぇ?』

 

「まあまあ、実際じゃ無くて試験だし、大目に見てあ、げ……て」

 

『どうしたんだイズ?』

 

「大丈夫。僕ならできる」

 

 普段はしていない視界の共有を行い、イズと同じ方向を見る。

 

『朝の女の子か……? あれは』

 

 崩れたビルの瓦礫の隙間。そこにすっぽり入っている茶色い毛玉。恐らく髪の毛。

 

「いったぁ……」

 

『イズ!』

 

「もちろん」

 

   助けるっ!

 

『事後処理は全部やってやる。何も気にせず、あの女の子を助けろっ!』

 

 圧倒的な強さを誇る存在。恐怖を周囲に撒き散らし、絶望を感染させる状況下。最も各個人の本質や本性が現れやすい条件を作り出し、その行動を見極める。

 この試験を作った人物の頭は相当ひねくれてると思うが、何て言うか、同類だな。何て考えてしまう自分がいる。

 

「笑っていてください!」

 

「はっ、えっ?」

 

「瓦礫にはさまれて痛いでしょうけど、世の中、笑ってる奴が一番強いんです。だから、オールマイトも僕も笑う!」

 

『ちょっと? 出久さん? それ俺の言葉なんだけど……』

 

「だから笑って待ってて下さい。直ぐに助けに行きますから」

 

 馬鹿野郎と叫びたい衝動を抑え、イズがすることを見守る。五感も、からだも、何一つとして共有化していないからこその静観。

 足に力が入っているのが見える。バチバチと、雷が纏われているかのような音が、俺の耳に入ってくる。

 

『メリットなんて無いぞ?』

 

   関係ない。倒れている女の子がいる。

 

『デメリットの方が断然多いぞ?』

 

   自己犠牲なんて上等だよ。だってそれが……。

 

 ケツの穴グッと引き締めて、心の中でこう叫べ!

 

『「 SMASH!! 」』

 

   ヒーローとしての大前提だから。

 

 空を飛ぶと同時の出来事、右腕に纏ったワン・フォー・オールの力をぶっ放ち、見事0点敵に穴を開ける。

 

「マロッ! お願い」

 

 そう言ったイズの顔は、とても晴れやかな笑顔だ。

 

「任されたぜ、イズっ!」

 

 ここからは俺のターンだ。

 そう自分に言い聞かせ、先ずはイズの無茶な制御のために砕けた両足と右腕の骨を再構築し、落下中にも、自身の感覚が正常なのか、手を握ったり開いたりして確かめる。

 

 異常が無いことを確認した俺は、次にイメージする。

 大の字に倒れていく0点敵は、このままで行くと、その両手で近くのビルをいくつか壊すことになるだろう。

 だからこそ、まずは敵が倒れ込んだ周囲に震動が伝わらないようクッションを引く。アスファルトをスポンジに。爆破で部品が飛び散らないよう、スポンジのアスファルトを囲むようなドーム型の箱を作る。

 

 取りあえず、落下の衝撃を弱めるための受け身と体を頑丈にする作業。皮膚や骨、内臓などあらゆる器官に金属では万能的に硬度の高いタングステンを織り交ぜて構築。受け身は……。五点着地が成功しないとヤバいな……。

 

「ははっ」

 

『笑ってる場合じゃ無いよ! 死んじゃうよ!』

 

 それが死なないのが主人公補正である。しっかりと受け身を取った俺は、女の子の表情を見る。笑顔であれば、まだ大丈夫。苦悶の表情であれば、早急に救助が必要。だが、あの子はまだ笑っている。

 

「あともうすこしだからなっ!」

 

 両の手を合わせ柏手を一つ。まあ、ルーティンというか、儀式のようなものだが、これをしないとなんとも締まらない気がするのでし続けている。だが、し続けているだけあって、その姿には、覇気も美しさも備えている。金髪の赤いマントの右腕機械と比べても遜色ないレベルで。

 そして手を開き、そのまま地面に付ける。個性の発動条件が完了し、目の前の景色が一斉に変わる。

 

 ドカーンッと、アメリカンな爆破の音を後ろに聞きつつ、茶髪の女の子の元へ、瓦礫のかみ合い方をしっかりと見極め、一つずつ丁寧にずらして隙間を作る。

 

「遅くなってごめんね? 助けに来たよ」

 

「ウチのためにありがとう。助かったぁ~」

 

『終~了~!!』

 

 そして、緑谷出久の実技試験は、茶髪の女の子の手を引いて立ち上がらせたところで終了した。だが、ポツリと溢した「4ポイントじゃ不合格だな」と言う声を聞いた彼女は、その顔に影を落としていた。



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第六話 ここがスタートライン

「実技総合成績でました。まさか……、まさか一位と二位で成績の内容が真逆とは……」

 

「一位の緑谷出久。彼は、合格ラインに到達している受験生達のなかで、獲得した(ヴィラン)ポイントは最少得点数である4点。それに対して救助(レスキュー)ポイントは最高の74点」

 

()()と戦った子は今までも居たけど、まさか倒しちゃうなんて……。あんなの久しく見てないね」

 

「試験の内容に気づいていたのか、敵には集中しつつも、優先したのは受験生のフォロー」

 

「敵を倒したあとの被害を出さない立ち回り。思わずYEAH! って言っちゃったからな  

 

「対照的に二位の爆豪勝己は救出ポイントが0。1、2点の敵を倒し続け、敵の数が少なくなっていく終盤でも、派手な個性で敵を寄せ続けた。スタミナというかタフネスというか」

 

「一つ派手なことは無い。でも、同じことを続けると言うことはそれはそれで難しいこと。二人とも素晴らしいヒーローの素質を持っている」

 

「取りあえず、今年度の入試一位はこの緑谷出久くんさ。この子達の未来は僕たちが握っている。みんな、この子達が未来に輝くヒーローになれるようしっかりと持てるもの全てを教えていこう」

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 夜、夕食前に普段からしている日課のランニングを終わったと同時に、家に帰ると、母親である引子さんに抱きつかれてしまった。

 

 因みに引子さんは、特にストレスも無く健康的に食事を取り、週に二回俺と共にジョギングをするという健康そのものな生活をしているために、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。

 たまに出てくる母性とかもう……。

 

「犯罪者になっても守るよ」

 

『犯罪は駄目だからね!?』

 

「あ、ありがとう……。でも犯罪を犯したらヴィランと一緒だからね? せっかくヒーローになれる場所に通うんだから」

 

 親子で同じことを言っている。ほんと、良い関係だよね。そうしみじみ思う。

 

「ちょっと待って?」

 

『いまお母さん……』

 

「雄英から手紙来てたよ? どうする? 見る」

 

「みっ、見るよ!」

 

 最近入れ替わる加減が増えて視点がグルグルすることに不満を抱きつつも、俺自身も入試の結果は気になる。まあ、十中八九合格だろうけど。

 

 映し出されたオールマイト。なぜ!? と二人して頭にクエスチョンマークをいくつか浮かべていると、次年度から教師になるという。この際余り気にしちゃ駄目だという結論を二人で出し、始まった成績についての話になる。

 まず始めに筆記試験の結果について問題なく合格ラインを越えていると伝える。そして、問題の実技試験の結果内容。

 

【時間もあまりあるようでは無いらしいのでな。緑谷少年にはサラッと説明していこう。実技試験だが……。4ポイント、当然不合格だ】

 

『ちっ、最高のヒーロー育成が聞いて呆れる。イズ、傑物の期間は過ぎてるが、士傑の入試は間に    

 

    待ってよマロ」

 

()()()()ならね!】

 

「ちゃんと……。ちゃんと最後まで聞こうよ」

 

 円盤ディスプレイに映るオールマイトが、映したVTRには、入試で助けた女の子と試験官を務めたプレゼントマイクがみえる。試験後の直談判と言う説明をつけられて。

 

「確かに言ってたんです! 4ポイントじゃ不合格だなって! だから、私のポイントで埋め合わせできませんか?」

 

【多くの者が、君の勇気を蛮勇だと嘲笑おうが、私が知っている。君は、常に正しい力を持って正しいことを成し、君の行動は人を動かした】

 

「あの人、助けてくれたんです!」

 

「安心してくれよ女子リスナー。あのリスナーはしっかりと俺たちにヒーローとしての本質を叩きつけた。そんな回答(ファンレター)を無碍にするやつなんて、この学校にゃ居ねえぜ」

 

【きれい事? 良いよ来いよ、上等さ! ヒーローなんてものは命を賭してきれい事を実践するお仕事だ!】

 

 雄英高校が見ていたものは情報力、機動力、判断力そして戦闘力。ただ、それだけでヒーローは務まらない。隠された基礎能力。教師陣が審査制で査定する救助活動(レスキュー)ポイント。

 

【行動の早さ。気配り目配り思いやり。そして、被害を最小に抑える処理能力。まるで、()()()()()()()居るように見えたよ、少年。ぶっちぎりの一位だ】

 

 緑谷出久74点。合計78点で入試一位。満場一致の合格判定。

 

【我々は、少年達に門を開く。来いよ、雄英(ここ)が君のヒーローアカデミアだ!】

 

「やった、やったよマロ!」

 

『こう言う演出は嫌いだな。答え先に提示してくれよ』

 

「マロらしいね」

 

『でも、嬉しくはある。そこはお前と同じだよ』

 

 イズはこのあと、部屋の前でオロオロとなんだかんだで心配してくれていた引子さんに受かったことを改めて報告すると、夢の新学期に向けて希望を胸に抱きながらも、大人しく寝ることにした。

 

『俺も大人しく寝るよ。お休み、イズ』

 

「うん。お休み、マロ」

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 雄英高校登校初日までのことを、俺目線ではあるが話していこう。

 

 合格通知を開封した翌日の夜、緑谷出久は海浜公園でオールマイトと落ち合い、合格祝いの言葉を貰った。もちろん、温かい言葉で「合格おめでとう」と。

 ただ、咄嗟の個性の制御が甘く、一度拳を当てただけで、踏ん張っただけで体が壊れたことにナイーブになる出久。

 いくら個性が使えるようになったと言えども平常時に、緊張が無いタイミングの話。実戦とは違うからと、次に生かせとそういわれていた。

 

 また中学では、まさか雄英進学者が二人も出たことでフィーバー状態。また、表だって個性を使っていなかった僕に注目の目が行き、爆豪からのヘイトは溜まるばかり。

 終いには、校舎裏で胸ぐらを掴まれ、どんな汚い手を使えば没個性が受かるんだよと罵られた。どうやら、史上初で唯一の雄英進学者という将来設計を壊されたことに苛立っているらしい。相変わらず、脳内も爆破状態になっていることに夜しか眠れない。

 だが、イズも成長していた。いつも通り俺と入れ替わるのかと思いきや、遂に爆豪に対して啖呵を切った。

 いろんな人に馬鹿にされたと。笑われて、蔑まれたと。でも違うと。いろんな人に支えて貰って力をつけたんだ。君はヒーローになれるって背中を押して貰ったんだ。勝ち取ったんだ。そう高らかに宣言していた。

 

 そんな、ドキドキハラハラなら日々が過ぎ、春。高校生活が始まったとしても俺とイズは二心同体。クラスになった1年A組の教室に迷うイズに指示を出して行く。

 

「入試の注意してきた人とか、かっちゃんとか……。怖い人たちとはクラス違うとありがたい……」

 

 扉を開けた先。机に脚をかけるかっちゃんに律儀に注意をする眼鏡をかけた入試の人。

 

『2トップ……。秒速フラグ回収お疲れ様』

 

「ウグッ」

 

 そこに現れる俺たちのために直談判をしてくれた茶髪の女の子。地味めの!! と呼ばれてしまってるのは僕のせいじゃ無い。ぜったいに。うん。

 

「プレゼントマイクの言うとおりだったんだ! そりゃそうだ! パンチ一撃で粉砕粉砕!」

 

「いや、あのっ! 本っ当あなたのおかげで、直談判でゴニョゴニョ……」

 

 イズ、出久さん? 女の子とはなすの慣れてなさ過ぎて顔が真っ赤ですよ? ちゃんと話せてないし、大丈夫?

 

「式とか、ガイダンスとかってどんな感じなのかな? 先生とかってどんな人だろうね、緊張するよね」

 

 いやいや、あって2回目の人に対してそこまでグイグイ話しかけることができる人が、緊張してるようには見えません。ホントに。

 

「おい、お友達ごっこしたいなら余所へ行け。ここは……、ヒーロー科だぞ」

 

 いや、蓑虫に言われても、何も感じられんわ。取りあえず、寝袋から出ろ。

 

 それが、このクラスの担任になる相澤消太と言う男にたいしての第一印象だった。



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最初の受難 ~USJ編~
第七話 コペルニクス的転回


 頑張ってイズ目線にしました。でも、中途半端かも。

 僕が知ってるときはランキング三六位でしたけど、さっきみたら七位でした。怖い。けど、ありがとう。


 雄英が校訓として生徒達に提示しているものは、受難を乗り越え、先へと到達するための力を手に入れるもの。それが、更に向こうーーPlus Ultraーーというもの。

 だが、売りにしているのは『自由』と言う校風で有り、その影響により、授業カリキュラムを教師が好き勝手に変更することもある。

 

 それが現在の状況。担任の相澤の考えというのは、ヒーローになるための時間を割く時間がもったいないと言うこと。

 

「個性禁止の体力テスト。数多くある種目の中で、ソフトボール投げ、立ち幅跳び、50メートル走、持久走、握力、反復横跳び、上体起こし、長座体前屈の八種目をしてもらう」

 

 入試一位。そう言われて相澤先生の目線が僕に向かう。それに伴い、19の対をした目が僕に。ここからは予測できる。自分に演習をさせるんだ。

 

「とりあえず、円から出なけりゃ何しても良いから、個性使ってやってみろ」

 

「はいっ!」

 

 円の中から、手に持ったボールを投げ飛ばす。やることは単純だ。様子見もある。先ずは体全体に1パーセントのワン・フォー・オールを纏って、肩から順番に力を流れさせて……。

 

「スマァーシュ!!」

 

 最後の最後でボールから指を離す。ボールは放物線だなんてものは一切描かず、一直線に進んでいく。

 

「まず自分の限界、『最大限』を知ることが、ヒーローとしての基礎を作る。緑谷出久、532.8メートル」

 

『球飛ばすなら一直線じゃダメだろう。次、手本見せてあげるよ』

 

「駄目だよ。僕の個性を測るテストだからね? マロは待ってて」

 

『ケチだなぁ、ソフトボール投げだけ! そこをなんとか』

 

「それくらいなら……。いいけど」

 

『ありがとう。それより、相澤の話を聞かなくても良いのか? どうやら何か言うみたいだぞ?』

 

「これから3年間、雄英は全力で君達に受難を与え続ける。先ずは最初だ。八種目の総合成績の最下位は見込み無しと判断して、除籍処分としよう」

 

『言ったのはお前だ。行けるよな? イズ』

 

「もちろん!」

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 第一種目。50メートル走。エンジンの個性による飯田君のターボ。お腹からのレーザーによる跳躍をした青山君などなど、各個人が個性を使いこなしていく。

 

「次、17と18番! 爆豪と緑谷。はよ」

 

『どうする気だ?』

 

「取りあえず、5パーセントを纏うことにしようか」

 

 バリバリと体に力が溢れ始める。僕の体を器にして、注ぐ水を満タンにするわけにはいかない。ワン・フォー・オールは泉のようなもの。力が湧き続けるのだ。

 

「泉全体に水を広げる。でも、しっかりとバルブを閉めるんだ!」

 

【位置について】

 

 三脚のような計測器の声に反応したかっちゃんが、両手をクロスさせ、爆速と一言。恐らく、小刻みに爆破を繰り返し、勢いをつけるのだろう。

 スタートと同時に足を踏み込み駆け抜ける。

 

【緑谷出久:2秒42】

【爆豪勝己:4秒13】

 

「クソがっ!」

 

 次の握力は730キロ。因みに元は40キロ。次点は障子君の540キロ。反復横跳びだけは制御の仕様が分からず個性を使わず、長座体前屈と上体起こしは素の身体能力を測ってみた。

 慣れていない散々な記録をマロに笑われ続ける。持続力が無いなとか、個性の使用のオンオフの切り替えが出来ていないな。とか。茶化しながらも、僕に足りてないことを正確に教えてくれる。

 

『また今度、特訓だな』

 

 地獄のような宣告を一つ受けた僕はハハハと頬を掻く。

 

「緑谷! 時間が経ったが二投目だ」

 

『んじゃあ、任せるよ? マロ』

 

「見本を見せてやるよ。イズ」

 

 表に出て行く人格が僕からマロへと変わる。僕は沼に沈むように体の感覚が抜けていき、マロのことを見守る。

 マロはピョンピョンと1、2度跳びはね体の力を抜いていく。ブラブラと腕を振り筋肉をほぐし、筋肉を伸ばしてコンディションを整える。

 

「さて、初めてのOFAを使ってみるか」

 

『ワン・フォー・オール? 大丈夫なの?』

 

「まあ、オールマイトには見られてるけど、一回くらいなら大丈夫でしょ。俺のことを心配するなら、早くこの個性を使いこなしてくれたまへ」

 

『う、分かったよ』

 

「緑谷、()()を出せ」

 

「マジかよ」

 

 黒い長髪が掻き上げられ、その充血した目が向けられる。そして、指を指されて注意を受ける。確か、爆豪の成績は705メートルくらいだったはず……。

 

 白線で書かれた円の中に入ると、個性を使い始める。

 

「見た目が悪いけど、気にしないでね」

 

 あくまでもみんなには優しく、グロテスクな見た目になるかもと先に説明すると、マロは個性を発動した。

 マロは個性を扱うのがとても上手だ。それも、オールマイトの御墨付き。だが、構築の個性には上限があるし、自分の体の中で構築する分には如実に表れていく。

 肉体の形状が変異していくのは、元ある筋繊維量の約3倍。2.25倍からは上がっているが、見た目を気にしない上限としては5倍ほど。それは、どの部分でも変わらない。

 マロは左脚の脹ら脛と太股。続いて右肩、肩甲骨に繋がる広背筋や腕の上腕三頭筋などなど、球を投げるという行為に必要であろう筋力を増やしていく。そしてそこに、ワン・フォー・オールを発動させる。

 

『やっぱり、敵わないな……。マロには』

 

 マロが発動させたのは、約20パーセントのワン・フォー・オール。それを、体中に纏う。そして、投げる。

 

 マロが最初に話したとおり、ボールは僕のように一直線では無く、とても緩やかな放物線を描いて遠くへと飛んで行く。

 かっちゃんのように死ねだとか、僕のようにスマッシュのような声は無い。ただ、投げるときに聞こえたのは、ボールから指を離したと同時に聞こえた、空気を裂くようなパンッという破裂音。

 

 ボールの初速が、音速になった証拠だった。

 

「ゑ゙??」

 

 そして、地面に着くと、抉れるように土が剥がれ、埋まるように止まった。記録は、

 

「3255.7メートル」

 

   いやいや、バケモンだろ。これ。

 

 初めて、クラスの意見が一つにまとまった瞬間だった。

 

「えっ、ちょっ……えっ?」

 

「何で投げた本人が驚いてんだよ……」

 

「だって……。3キロだよ? オールマイトじゃん」

 

 そして、マロの言葉で全員が頷く。白い毛と赤い毛が混じった男の子と、かっちゃんはその目に苛立ちや闘志を映していた。そして、やっぱり短気だ

 

「クソがっ! どーいうことだデク! てめぇの個性は没個性だろーが!」

 

「あはっ? 助けられておいて現実が見えてないのかな? 僕の個性は、かっちゃんより凄ぇんだよ?」

 

『ちょっと、マロッ! 何度も言ってるけど、かっちゃんを煽らないでよ』

 

「テメェなんか、道ばたの石っコロだったろーが!」

 

 暴れようとするかっちゃんを、首に巻いていたマフラーで拘束した相澤先生が、アングラ系の抹消ヒーローである『イレイザーヘッド』であることが分かった。

 捕縛が得意なヒーロー。目の前でその技が見れたのはとても幸運だ。

 

「僕は前にも言った! かっちゃん。僕は僕の個性を駆使して入試を突破して、この学校の籍を勝ち取ったんだ。かっちゃんが、どう言おうと、現実は変わらないんだよ」

 

「そう言うこった。爆豪、お前が何にたいしてそんな怒りの感情を持っているのかは知らないが、暴力沙汰は謹慎から除籍まで色々と処分がある。これは警告だ」

 

 だが、と相澤先生が話を転換させると同時に、体の主導権がマロから僕に戻る。

 

「そして、今回のテストの結果だが……」

 

 ブォンッと音を鳴らし、クラスの生徒数である20名全員の名前が載ったホロウウィンドが映し出される。一番上にあるのは僕。続いて八百万百さん。そりゃ、持久走でバイクとか、ソフトボール投げで大砲は反則ギリギリだと思う。順当な結果だ。

 かっちゃんは推薦である八百万さんと、轟君に続いて4番目の成績だった。そして問題の最下位は、頭が特徴的な峰田君。このままじゃ除籍だと顔を青くしている。

 

「因みに、除籍はウソな」

 

 君らの最大限を引き出す『 合理的虚偽 』。

 

「……え?」

 

「これって、おいら、まだ女子高生の生足見れるってこと?」

 

「おい峰田。おまえやっぱり除籍にしてやろうか」

 

「何でも無いです」

 

 みんながほっとして喜び、先生が教室にあるプリントに目を通しておくよう話だけして帰って行く。

 

「よかった……」

 

 個性の調整とか、学校のシステムとか、除籍とか。もうコミコミで、良かった。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 帰り道。特に用事も無く、プリントの整理や忘れ物の確認をした僕は、入試で僕のことを注意した、エンジンの個性を持つ飯田君と校門を抜けたところまで来ていた。

 

 話すことと言えば、相澤先生の言っていた、合理的虚偽による最大限の引き出しについて。必死になって口元に手を当てて考えを提示していく飯田君に、僕は怖い人から真面目な人という評価をつけていた。

 

「おーい、お二人さーん! 駅まで? 待ってー」

 

 入試で助けた女の子。確か麗日さんが、ツッテケテーと足取り軽くやってきた。

 

『可愛いな』

 

「可愛いね」

 

「何のこと?」

 

 あれ? 声に出てたっ!? と慌て始めた僕にマロがニヤリと意地悪をしていたことに気づく。その隣で飯田君が発した、(むげん)女子という言葉には触れない方向で進もう。

 

「麗日お茶子です! えっと、飯田天哉くんに、緑谷……デクくん! だよね?」

 

「デク!?」

 

 かっちゃんめ、テストの時に大きな声でデクって呼ぶから、蔑称なのに勘違いされたじゃ無いか。

 ただ、しっかりと説明すると、ちゃんと謝ってくれたので嬉しい。何というか、しっかりした友達みたいで。

 

「でも『デク』って、頑張れ!!って感じで、なんか好きだ私!」

 

「 デクです!! 」

 

 緑谷くんっ! と蔑称を認めてしまう僕に飯田君が考え直せと言ってくれるがもう無理だ。

 

「コペルニクス的転回……」

 

「コペ?」

 

 何でも良い。緑谷でも、イズでも、出久でもデクでも。今からオールマイトのためにもマロのためにも頑張らないと行けないことがたくさんある。

 でもちょっとくらいは、新学期に出来た新しい友達と、の新しい出会いに、喜んでも良いですよね?

 

『頑張れよ。イズ』

 

   もちろんだよ。マロ。




 もし面白ければ、高評価やお気に入り登録。コメント……して欲しいなぁ。


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第八話 いっちまうぞバカヤローっ!

 頑張ろう。うん。頑張ろう。
 長くないですが、区切りが良いので一旦止めます。次話をお楽しみに。


「わーたーしーがーっ」

 

 普通にドアから来た!!

 

 遂に今日から始まるヒーロー基礎学。数多くのプロヒーローが入れ替わり立ち替わり、僕たちに自分たちが培ってきたヒーローとしての基礎を教えてくれる授業。

 なんと言っても、第1回目の今日の担当教員は我らがナンバーワンヒーローであるオールマイトだ。

 

「ホントに教師になってたんだっ!」

 

「画風が違い過ぎて鳥肌が……」

 

 マッスルフォームで登場したオールマイトに対し、コスチュームがどうだとか、そういった内容ではしゃぎまくっている。

 もちろん、オールマイトに憧れている生徒筆頭であるイズも興奮しているのだが。正直、いくらナンバーワンの登場でもこのざわつき方は、ヒーローになりたいのであれば駄目なのでは? と思ってしまう。

 

「我々ヒーローが受け持つこのヒーロー基礎学では、ヒーローとしての土台を作るため、様々な訓練を行う。今日は早速……」

 

 バンッと、紋所を見せつけるかのように何かを前に突き出したオールマイト。彼の手には『BATTLE』、つまりは戦闘訓練の文字。

 

 「それに伴い、学校側に提出して貰った書類からスポンサー企業の協力の下、君達の戦闘服(コスチューム)を作って貰った」

 

 おおおっ!! とクラスのみんなの声が上がるが、それを遮るように、集合場所であるグラウンド・βへの行き方を説明される。

 

「格好から入ることも、気持ちの面でも大切なことだぞ、少年少女!! 自覚しろ、今日から自分は、ヒーローなんだと!!」

 

   はいッ!!

 

 18という番号が記された鞄を大事そうに抱えたイズは、みんなと一緒に、更衣室へとかけだした。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 コスチュームに関して言えば、性能やデザインなどなど、俺とイズは決して少なくない時間を使って議論した。

 なんせ、役所に登録されている個性は、俺が持つ『構築』の個性なのだ。ワン・フォー・オールとして登録されていない以上バリバリの増強系としての性能を詰め込むのも憚られる。

 

 そこで、構築によって起きること。ワン・フォー・オールによって起きること。そこの観点から、こうなって欲しくないからこう言う性能が欲しいと言うものをピックアップしていった。

 

 構築によって筋肉が増加すると、腕や足などなど体のラインが変わっていく。だから、どんな体型になっても服としての機能を保てるように伸縮性の高い素材を使って貰う。

 また、入試の0ポイントヴィランを倒すときにワン・フォー・オールを使用した際、ジャージの袖や裾がビリビリに破けたので、破れにくい素材にもして貰う。

 

 あとは、防刃や防弾。防火に防水に防塵。速乾性だったりなんだりと、結構無茶ぶりをさせて貰う。

 

 そして問題はデザイン面。わりかし性能面で思うことは同じだったために気にはならなかったが、動きやすいようにぴっちりと肌に吸い付くようなボディースーツが良い俺に対して、イズは母親である引子さんが作った、ジャンプスーツを使いたいらしい。

 

 ただ、性能面にこだわるのなら、しっかりとした企業の力を借りるべきだという意見には異が無いようで、結果、引子さんにしっかりと説明と謝罪を行い、デザインを使わせて貰うことにした。ちなみに、ジャンプスーツ自体は予備として使わせて貰う。引子さんの思いが詰まった大切なものには変わりない。

 ちなみに、黒色のボディースーツに緑のラインになる。黒は俺の趣味だ。

 グローブは緑色、スパイクは赤色に。ボディースーツに妥協して貰った代わり、頭のウサギのような部分には何も言わなかった。

 そんなわけで、俺たちは、俺たちだけのコスチュームを身に纏った。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「始めようか、有精卵共! 戦闘訓練のお時間だ!」

 

『イヤイヤ、お昼寝とかじゃ無いんだからその言い方……』

 

 気にしちゃ駄目だよ。と、そう言うイズにヘイヘイと軽く返事すると、先にグラウンドに着いていた他の子達のコスチュームを見てみる。

 半分氷風だったり、露出度が高かったり、外套を纏っていたりと、なかなか個性的だ。

 

「あれ? デク君!? なんか凄くカッコいいね」

 

「パツパツだけどね。麗日さ……」

 

「気にせんで良いんじゃない? 私、要望ちゃんと書かんかったから、パツパツスーツだし」

 

 案外見回してみれば体のラインが出るスーツを着ている生徒も多い。葉隠さんに関して言えば、ブーツと手袋という、女の子にはあるまじき格好をしている。

 

「それじゃあ早速だが、屋内での()()()()()()を始めよう。頭の良いヴィランというものは、人目に付くのを避ける。つまり、凶悪なヴィランの出現率が高い室内に合わせて、基礎を知るための訓練を始めようではないか」

 

 別れるのは、「ヴィラン組」と「ヒーロー組」として2対2。コンビと対戦相手はくじで決めるものとする。そして、問題のシチュエーションだが……。

 

「ヴィランがアジトに核兵器を所持している。ヒーローはそれの処理を任務としている。勝利条件は、ヒーロー側:敵捕縛。または、核兵器回収。ヴィラン側:核兵器守護。または、ヒーロー捕縛とする。制限時間は15分だが、時に私が強制終了させる。状況を見て私が判断しよう」

 

 くじの結果はAチームに、パートナーは麗日さん。

 

「凄いね、縁があるね!」

 

『その通りだと思います。はい』

 

 遊び始める俺に対して注意が行かないほど、イズが戸惑い始めた。これはこれで面白いからそのままで行こう。

 問題は、次の対戦相手。オールマイトの左手。ヒーロー側のチームは、俺たちAチーム。対する右手、ヴィラン側のチームは、爆豪と飯田のDチーム。

 

『イズ。戦闘訓練が始まったら、左手の主導権を時々もらえないか?』

 

「それは?」

 

『爆豪は訓練でも、私怨ダダ漏れで攻撃してくる。確定だ。だから……。ヒーローとしてのフォローだよ』

 

「じゃあ、戦ってるときは合わせてね」

 

『了解。任せろ』

 

 そうして、イズの持っていたはずの左手が俺の意志で自由に動くようになる。試しに爪を伸ばしてみたが、全く問題はなさそうだ。腫れないうちに治しておこう。

 

【屋内対人戦闘訓練。開始!】

 

「さっ、頑張ろう」

 

「うんっ!」

 

『イヤァオ!!』

 

 相変わらず、一人だけずれているのは気にしないスタイルで行こう。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「簡単な作戦だけど麗日さん」

 

「何々?」

 

「ビルの二階の壁から入る。僕の個性は構築。元あるものに、新しくものを掛け合わせることで、性質が掛け合わされていたり、全く違う物質に変えたりする個性なんだ」

 

「窓だと音があるからってこと?」

 

「そういうこと。入ったらしばらくは行動を一緒にして欲しいんだ」

 

 かっちゃんは、ずっと僕を標的にする。目の敵は徹底的に潰しにかかるのがかっちゃんの性格だから。かっちゃんの視線が僕だけになったら、

 

「一気に最上階へ」

 

『飯田のことだ。恐らく最上階に置いてあるものは撤去済みだろう』

 

「そうだね。気を抜かないでね。真面目な飯田君のことだから、対策もしてるはずだよ」

 

「了か  

 

「危ないっ!!」

 

 視界に黒点が映ったと同時に、イズは麗日さんを抱え離れさせる。そして、通路の合流地点。イズがいた辺りの壁は、真っ黒に焼け焦げている。犯人は一人。

 

「予想通りの出方だよ、かっちゃん!」

 

「ハッ、ぶっ飛ばしてやるよ! 俺の個性でなぁ!」

 

『イズ? ノートは見通していたよな?』

 

「もちろん。最初は  

 

   右の大振り!

 

 水平に動きイズの体をなぎ払おうとする爆豪の右手を掴むと、そのままイズが右手を入れ、爆豪の右肘を内回転に捻る。

 ドラゴンこと藤波やムタ。それに、太陽のエースが愛用する技。イズには、これでもかと言うほどプロレス技を仕込み、最適解を出させてきた。その答えが、このドラゴンスクリュー。それも、腕に対して。

 

 爆豪の体が一回転し、背中が床にぶつかるとイズは麗日さんに早く行けと指示を出す。

 

「かっちゃんは右の大振りからって言う癖がある。幼馴染みだぞ? ずっとかっちゃんにやられてきたんだぞ? 君が爆破したノートに綴ってる」

 

   一番身近なヒーローのことは。全部ッ!

 

 イズにとって、爆豪勝己は兄貴分。何でも出来て格好いい憧れの存在。だからこそ、凄いと思った。イズから見てじゃなく、俺から見て、自尊心の高さ。それを裏付ける努力の量。認めていたからこそ、俺は気づいたことを何ページにも跨いで書き綴った。

 

『経験は活きる。努力は報われる。暴れてやろうぜ?』

 

「うん」

 

 デクはもう、ただの蔑称じゃない。出会って数日の女の子に、意味を貰ったんだ。お前だけが持てる意味を。

 

「いつまでも、〝雑魚で出来損ないのデク〟じゃないぞ……。かっちゃん、僕は……」

 

   〝「頑張れ!!」って感じのデク〟だ!!

 

『答えはこうだっ!!』

 

「いっちまうぞバカヤローっ!!!」



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第九話 二心同体。一蓮托生。

 読みづらかったら教えてください。
 できる限りは頑張ります。

 9月7日13:16。文章追加。最後です。分けるべきではないと判断したので。


「なぁオールマイト、さっきの緑谷の動き、ありゃ何だ?」

 

「ん? それは腕を回転させた動きと言うことで良いのかい? 切島少年」

 

「そうです」

 

 緑谷&麗日のAチームと、爆豪&飯田のDチームが戦うビルの地下。モニタールームとなっている場所には、4人を除いた16人の生徒と、教員であるオールマイトがいた。

 

「緑谷君のバックボーンにはプロレスがあるんだ。それも、嫌らしい技がたんまりと」

 

(現にあの十ヶ月でマロワ少年には何本もタップ負けを食らっているぐらいだ。簡単な技は10個単位で引き出しにしまわれてるだろう)

 

 暗闇の中映し出されるモニターには、4人の生徒を各個追いかける設定になっている小型カメラで映し出されているが、他のカメラも、採点のために緑谷と爆豪を映し始める。

 

「彼は熱烈なファンでね。ヒーローになる前に一度会ったことがあって、その時に教えて貰ったよ」

 

「プロレスかぁ、っー! 男らしいぜ!」

 

 また緑谷が右手の攻撃を避ける。反応が良い。マロワと話していれば反応できないことを考えると、予めの対策を、きっちりと頭にたたき込んでいる証拠だ。

 

「凄ぇな緑谷の奴。あんなとんでもパワーの個性があるのに、技術だけで戦ってる」

 

「入試一位は伊達じゃ無いな。でも、なんかバクゴーの奴すっげーイラついてる。怖っ」

 

(一応マロワ少年には爆豪少年のことを予め聞いておいたが、かなり自尊心がある。ただ、それが良くない方向に向かっているのがナンセンスだ)

 

「Dチームの2人は、爆破とエンジンで戦闘力が高いはず。詰まるところ、Aチームに対して、2人がかりの正面戦闘をすればそれだけで勝てるはずですわ。なのに、そうしないというのは、愚かとしか言い様がありませんわ」

 

【個性使ってこいや! ねじ伏せてやるよ。俺の方が上だからよぉ】

 

 定点カメラに拾われた音は、不安や焦りを、モニタールームへとまき散らしていた。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

『イズ、これはどうするんだ?』

 

「単純に考えて、かっちゃんよりも機動力のある飯田君が出ていないことから見て、かっちゃんの暴走。僕が今すぐ麗日さんのところに行ったとしても、挟み撃ちにされちゃどうしようも無い」

 

《デクくんデクくん!! ごめん。飯田くんに見つかっちゃった……》

 

「場所は?」

 

《五階の真ん中のフロアだよ》

 

 このビルの構造は単純。縦に繋がる階段は、床か散らばること無くまっすぐ上まで続いている。部屋の配置も換わらず、同じ形が5階分。

 

「僕はほぼ真下。二階にいる。ある程度の時間稼ぎをお願い。対策を考えてみる」

 

「何ベラベラ喋ってんだよ。なぁ、デェクゥ……」

 

「かっちゃん!?」

 

 顔に影が差していて、余り表情は見て取れない。でも、顔に付いた汗は見て取れる。そりゃそうだ。今まで眼中に無かったモブが、気づいたら壁になっている。

 負けたことが無い男にとってのその壁は、鬱陶しさやらなんやらを、心の中に生み出していく。

 

「何で使わねぇ。舐めてんのか?」

 

「僕には僕なりの作戦がある。それに従ってるだけだ。もう君を、怖がったりだなんてしない」

 

「テメェなら、あのクソみてぇなノートに書いてんだろ? 俺の爆破は、手のひらの汗腺から出るニトロ成分の汗が原料だ。つまり、溜めれば溜めるだけ、威力は上がる」

 

 爆豪の利き手である右手。そこに装着された籠手から伸びた部分を引っぱると、手榴弾のピンのように引き抜くための部品が出てきた。

 俺も、イズも、直感で分かった。理解した。

 

【爆豪少年、ストップだ。殺す気かっ!】

 

「当たんなきゃ死なねぇよ!」

 

『イズッ! 代われっ!』

 

「左手頼むよ。ワン・フォー・オール。全身2パーセントっ!!!」

 

『壁直せってかこの頑固者! なら、左手を壁に当てろ同時処理は厳しいぞっ!』

 

「マロならできるでしょ?」

 

 イズの体が淡い緑色に包まれ、紫の電流のようなものが駆け抜ける。左手は壁に。体勢は低く。まるで、プロレスの手を取り合うような体勢で、イズはその瞬間を待つ。

 

 ピンッ! と、留め具が抜ける音が鳴った瞬間。イズの姿は消えた。そして入れ替わりに聞こえる、轟音。

 

「舐めてるのは……かっちゃんの方だろっ!!」

 

 声が聞こえたのは、爆豪の後方。首筋には、這いずるような二つの手。

 

 いくら遠くに飛ばす爆発といえども、爆破が飛び出る口の部分の大きさは小さい。それは、科学的にも、小さい口から出る圧力の方が、威力が高いとされているから。

 空気砲や水鉄砲など、形のないものであればの話だが、爆破もそれと同じ。つまり、

 

「爆破の出だしの太さは、銃口の口径と同じ。長方形の廊下だと、ギリギリ隙間が出来る」

 

   それに、建物は壊させないよ?

 

 恐らく今頃、モニタールームでは騒然としていることだろう。なぜなら、あれほどの大爆発を受けたこのビルに、傷が一つとして付いていないのだから。

 

「んがっ! 痛!!」

 

 両手を首に首に回し、両膝を爆豪の背中の中心である脊椎辺りに当てる。

 地面に足は無い。重力に従い二人の体は後ろに倒れ、イズの膝が爆豪の背中と腰に突き刺さる。もちろんプロレス技であり、バック・クラッカーという名前が付いている。

 

「このままテープでっ!」

 

「させっかよ!」

 

 振り絞るように両手がイズの顔に向く。そして、爆破。

 爆風によって投げ出されたイズは、後ろの壁に激突してしまった。

 

「顔が……焼けた」

 

【爆豪少年、次にその爆破を使えば、無条件で負けとし、終了させる。いいね?】

 

「ああーっ! んじゃもう……殴り合いしかねぇだろ!」

 

『意識がこっちに向いて無くて助かったな。麗日さんへの任務(オーダー)が通った』

 

 眼前での爆破で火傷した顔の皮膚を、左で触ることで再構築し治療。だが、次の瞬間。迫った爆豪の爆破に、イズはカウンターを狙うも、目くらまし一閃。軌道の変更と一撃。

 

「ガハッ! っ  

 

『目を瞑るな!』

 

「右腕貰うぞっ!」

 

 脳内に、ゴキッと言う音が鳴り響き、右腕の感覚がなくなった。たしかに、左右の爆破の調整、直感のセンス。考える暇を与えない瞬間適応能力がズバ抜けている。でも……。

 

「舐めやがって、餓鬼の頃からそうやって、個性をずっと使わずに、ヘラヘラヘラヘラと……。俺を舐めてたんかテメェはぁ!!!!」

 

「違うよ。君が凄い人だから、勝ちたいんじゃないか!! 僕の力で!!」

 

   でも、僕だけじゃ勝てない。だからこそ。

 

「お願い。 転和ーマロワー!!」

 

『二心同体。一蓮托生。俺はお前で、お前は俺だ』

 

 おまえが越えるべき最初の壁が、これほど美しいもので良かったな。

 

「お前の全力を、叩き潰すっ!!」

 

『筋繊維に原子記号W:タングステンを構成し再構築。硬度上昇。また、肘の内側と外側の靭帯にラテックスを掛け合わせることで、ゴム質のものへと再構築』

 

「全身1パーセント上昇。3パーセントのっ!!」

 

   剛腕ラリアット!!

 

 イズの右腕が、爆豪の左肩から首元に。爆豪の右腕は、俺が脇で抱えて、ダメージを与えさせない。いくら再構築による回復が可能といえども、ダメージを消すわけじゃ無くて、体の状態を元に戻すだけだから。それに、

 

『後ろの残骸戻さないといけないし』

 

 爆豪の体に当たった右腕を支点に、爆豪は一回転する。そのまま、カウント……。じゃなくて、捕縛テープを巻き付け、体の損傷が無いかだけ確認する。

 

「勝った……。怪我も無い」

 

《デクくん! こっちはもうヤバいよ》

 

「了解。かっちゃんは、捕らえたから、直ぐそっちに行くね」

 

『イズ、7パーセントで最上階まで。でもその前に……』

 

 イズは両手の主導権を俺に預けると、しゃがみ込み、両手を地面につける。この学校にある施設のほとんどが、セメントスというヒーローの個性で作られている。つまり、セメントを構成しているものさえ分かれば、修復なりなんなりを再構築という形で行える。

 そして、一般的なセメントであるポルトランドセメントを構成する主な物質は、ケイ酸三カルシウム、ケイ酸二カルシウム、カルシウムアルミネート、カルシウムアルミノフェライト、硫酸カルシウムの五つ。

 

『俺の仕事はこれで終わりな? イズ』

 

 五つの物質を、崩壊したビルの残っている部分に再構築。そして、そのまま瓦礫を飲み込ませ、元ある形へと戻していく。

 先ほどの籠手爆弾による被害を0にしたのも、同じ作業。ただ、範囲が広いほど疲れてしまうことはネックだ。

 

『完了。んじゃ、あとは頑張れ』

 

「麗日さん。今からそっち行くから、注意を向けさせといて!」

 

《頑張るよ!》

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「さあ、ヒーロー側であるAチームが勝ったわけだが、講評の時間だ……。今回のベストは  

 

「間違いなく緑谷さんですわ」

 

 それはなぜ? と質問を与えるオールマイトに、答えていくのは八割痴女服の八百万。

 曰く、作戦立案における有効性と、ヴィランの行動に対する予測。そして、戦力として高かった爆豪をほぼ被害無く抑えたことが第一だとか。

 

 爆豪の行動は私怨を振りまく独断専行。相手が構築の個性だったからこそ被害は無いが、籠手による爆破や、ラリアットを受けたときの爆破は核がある以上愚策中の愚策。

 飯田は(ヴィラン)としての役を演じきり、しっかりと、ヒーローに対する対処を施していた。だが、二対一になった状況で飯田の足を使って核ごと逃げ回れば、チャンスがあった可能性がある。

 麗日に関しては不可は無く。油断せずにしっかりと対処していたことから。もしこの四人でランキングをつけるなら緑谷の次になるのは麗日だろうという。

 

 その分析にオールマイトは手を叩き、模範解答だと八百万のことを褒める。

 

 イズが爆豪のことを捕縛テープで捕らえてから俺が建物を使い再構築した。そしてそのあと、イズが7パーセントの力で最上階へ。その時点で残りは約5分。

 そこからは、ワン・フォー・オールの脚力強化を知らない飯田に不意打ちで急接近し、ベリー・トゥー・ベリーで投げ飛ばしたところを麗日さんにテープを巻いて貰い、核を回収した。

 

「緑谷少年の個性が秘めた可能性を考えることができれば、もう少し変わった展開になっていただろうが。初めてにしてはできすぎだ。それじゃあ気を取り直して次に行こう」

 

 次は  。そう言いオールマイトが授業を進めていく。その中で、俺の視界に入ったのは、どこまでも底の無い筒抜けの沼の中に足を踏み入れたかのような、幼馴染みの顔だった。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「お前すっげえアツかったぜ。緑谷っ!」

 

 とは、髪の毛を上げた茶髪の男の子。

 

「凄いよ! 良く避けたよー」

 

 とは、角の生えたピンクの肌の女の子。

 

「1戦目であんなのされちまったら、俺らも力入れるしか無かったぜぇ」

 

 とは、大柄でたらこ唇の男の子。

 

 今日の授業はヒーロー基礎学で終わり。なので、コスチュームから制服に着替えたイズたちは、最後のホームルームを終え、放課後へと突入していた。

 故に、屋内対人戦闘訓練で活躍した、イズへの突撃。

 

「俺ぁ切島鋭児朗。これからみんなで反省会しねぇか?」

 

「私、芦戸三奈! さっきの良く避けたよー!」

 

「蛙吹梅雨よ。梅雨ちゃんと呼んで」

 

「俺! 砂藤。俺もプロレス好きなんだよ。特攻野郎とか、ザ・レスラーとか!」

 

「わ、わぁ……。切島くんに、芦戸さんに、砂藤くんだね。あの二人は格好いいよね。まさに男って感じ! 避けれたのは幼馴染みだし、いつも食らってたからね。目が慣れてたって感じだよ芦戸さん」

 

 そうなんだーとか、なるほどーとか。みんな好きかって訓練で気になったことを、気になった人に聞いていく。もちろんイズも気になることが多いようで、次の組だった尾白に体の使い方を聞いてみたいようだ。

 だが、この空気が気に入らない、合わない人も居るわけで、次の組でヒーロー側になっていた轟は直ぐさま教室を出て行っていた。

 

「クソがッ……」

 

 もちろん我らが幼馴染みも同じようで、鞄を肩にかけ、テクテクと教室から出ようとする。

 

「おいバクゴー」

 

「何帰ろうとしてんだよ爆豪。お前も交ざれよ」

 

 上鳴くんと切島くんが止めようとするが、何も言わずに歩みを止めない。

 

「かっちゃん……。僕は、かっちゃんのことを舐めたことなんて一度も無い。だって、憧れの対象だったから……」

 

 訓練中、声が聞こえるのはチーム間の小型無線機。そして、定点カメラで拾えるほど大きな声。だから、この中で話を知っているのは、麗日さんだけ。

 別にそのことが悪いとは思わないし、無闇矢鱈に話すことでも無い。でも、言わなければならないこともある。

 

「何も失敗したことが無いから。出来ない奴の気持ちが分からないから。自分は特別なんだと『勘違い』をする」

 

 僕にとって、かっちゃんは壁だと。何時でも、僕の前に立ちはだかってくれる。だからこそ、そんな大切な存在を騙すこと何てしない。しっかりとそう言い放った。

 

「僕の個性はあまりにも危ない。これは、個性の制御方法を教えてくれてる先生がいっつも言ってくれる。だから、人には向けたくない。学校でも使わなかった」

 

 勘違いして、舐めてるのは、かっちゃんだ。訓練の時でもそう言った。個性を使える人が四六時中個性を使うのか。答えは否。

 誰だって個性のオンオフがあるからだ。

 

「やたらめったら個性を使って、暴力を振るってたかっちゃんにだから言う。かっちゃんは、負けたんだ。誰でも無い。道ばたの石コロだった僕に」

 

「おいおい、緑谷待てって」

 

「人は、笑ってる方が強いんだよ。()の持論だけどな」

 

「何が言いてぇんだよクソナード」

 

「てめぇは、ここからだろ?」

 

「そうだよ! 俺は今日お前に負けた。氷の奴を見て、勝てねーかもとか、ポニーテールの意見に納得もした。ふざけんな。笑えだと? 笑ってやるよ。テメェら全員ぶっ飛ばして、俺が一番だって証明して、見下して笑ってやるよ」

 

 お前が俺に勝つなんて二度とねぇからな。

 

『どうしようもねぇな。爆豪の奴』

 

 扉が壊れるような勢いで戸を閉めた爆豪の背中を見ながら、俺はイズの中に戻り、思案にふける。

 爆豪はここで宣言をした。他の生徒がいる手前で、自分が弱いことを認めた。イズが越える爆豪という壁は、回を増すごとに高くなるだろう。次にあるとすれば雄英体育祭。

 

「ごめんね? 重い空気にしちゃって……。取りあえずさ、反省会始めちゃおうよ」

 

「なぁなぁ、ドラゴンスクリュー? ってどうやるんだ」

「あの、ビルを復元させたのは一体どうやったのでしょうか……」

「僕のきらめきが止まらないっ!」

 

『約一名がアホだな』

 

「あははは……」




 裏話。
 マロワは、足に使うドラゴンスクリューを拳主体のオールマイトに使ったことはありません。イズの独断で放ちました。
 また、バック・クラッカーは普通に痛いです。もし誰かにする場合は本気でぶん殴られることを覚悟していて下さい。
 そして、ドラゴンスクリューは素人が素人に打つと、膝の靭帯が切れる可能性があります。プロレスラーだから出来る技です。真似しないように。笑


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第十話 お腹壊しちゃうのはヨクナイね!

 遂にUSJ編突入!!


「さて、昨日のマスコミの加減で校内トラブルがあった。まあ落ち着いたこともあるし、その加減で飯田が委員長にもなったわけだが……」

 

 時刻は、12時50分。これから二度目のヒーロー基礎学が始まる。それに伴い、担任の相澤が教壇に立っているのだが、問題は、

 

「俺とオールマイト。そして現地にいるもう一人の三人で見ることになった。内容は、災害水難何でもござれの人命救助(レスキュー)訓練だ」

 

 もう二回目のヒーロー基礎学の時間になったと言うこと。

 早くもヒーロー活動の花形である救助訓練に興奮する切島や、個性面から水難に対する自信を見せる蛙吹さん達に、相澤が言葉一つで注意し静まる光景に苦笑いを浮かべてしまう。

 ただ、諸注意はほとんどなく、コスチュームの着用は自由であったり、目的地までバスで行くこと以外は何も説明はなし。

 

 早速()もコスチュームに着替え、敷地内に止まっていたバスの中に入っていく。スムーズにするためと早速委員長になった飯田が番号順に並べるが、外見から見ても、夜行バスのような列タイプじゃないと思う。

 

「こういうタイプだったくそう!!」

 

 案の定。委員長飯田の作戦は意味を成さず、膝に手をつき落ち込んでいる。

 

『ねぇ、ホントに今日はマロがメインでするの?』

 

 そう。今、緑谷出久を動かしているのは俺であり、二度目の授業と言うことで頼み俺が表に出てきている。別に、二重人格がバレるような危なっかしい授業はしないだろうと、このまま俺はメインでいるのだが……。

 

「私、思ったことを何でも言っちゃうの緑谷ちゃん」

 

「ん? それがどうしたの蛙吹さん」

 

 どうやら蛙吹さんは、梅雨ちゃんと呼んで欲しいらしいが、一度それを余所へと追いやり、俺の方を見つめて投げかけた質問を渡される。

 

「あなたの〝個性〟は、本当に〝構築〟なのかしら?」

 

「それはどういう意味? 個性届けも役所に出してるけど、僕の個性は〝構築〟だよ? 戦闘訓練でもビルを再構築してるの見てなかった?」

 

「いいえ見ていたわ」

 

 それならなぜ、ここまで疑問に思うのだろうか。

 

「アレじゃね? 叫んでたろ……。【剛腕ラリアット】だっけか。威力半端なかったからな。あの爆豪が一回転するくらいだし」

 

「成る程。轟くんの氷と炎みたく、僕も、構築と増強の二つ持ちって考えたのか……」

 

「そういう事よ。緑谷ちゃん」

 

 そう言えば、音声はそもそも聞こえていないわけだし、あの時内側にいた俺の声はイズにしか聞けない。

 

「改めて説明しようか。僕の個性は〝構築〟で、元ある物質に新たに一つ以上の物質を掛け合わせて、二つの性質だったり、全く違うものだったりを構築することが出来る個性なんだ。だから、あの時は筋繊維に非常に固い金属であるタングステンを掛け合わせて威力を。腕のしなりと肘の怪我が怖いから、靭帯にゴムの性質を持たせてたんだ」

 

「んじゃ、簡易的に俺の〝硬化〟とにたことをしていたって分けか」

 

「そういう事だよ切島くん。それに、筋肉量も増やしてたから、素のパワー自体も上がっていたしね。理解できた?」

 

 八百万さんと同等のチート性能を誇る〝構築〟だが。八百万さんのように、無から〝想像〟することが出来ない以上、作り()()()ことしかできないのがネックだけど。

 

「それでも十分凄ぇよなぁ。プロレス技使えりゃ接近戦は問題ねぇしな。今度色々と教えてくれよ。ドラゴンスクリューとか!」

 

「緑谷、俺も多少は知ってるから手伝えるぜ! 因みに好きなプロレスラーはザ・レスラーだ! 男らしい熱い戦いをするから、切島も気に入ると思うぜ」

 

 隣にいた巨漢。砂藤も手伝うと言うことで、尾白や上鳴と、接近戦に不安がある生徒が手を挙げる。

 

「けど、僕のネビルレーザーは派手さも強さもプロ並み」

 

「確かにプロは、人気商売みたいなところあるしな」

 

「でも、お腹壊しちゃうのはヨクナイね!」

 

 芦戸さん止めてあげて! 青山のライフはもうゼロよ。だって顔が暗いもの!

 

「でも、僕はヒーローの評価って正当じゃないと思うんだ。人気商売人って所も」

 

「デクくん? それはどういうことなの?」

 

「例えば、雪山で十人の遭難者が出たとして、そこに八百万さんが行くとする。そして、見事十人全員をヘリに乗せて救助完了。もちろんこれは凄いことだから評価されるよね」

 

「え、えぇ」

 

 どうやら、ほとんど全員の意識が俺に向かっている。これはラッキーだな。

 

「あくまでもこれは、僕が思っていることの内の一つだよ。そこは分かっていて欲しいんだけど。この行動はメディアに取り上げられるわけだ。だってそれは勇敢な行動であり、普通では出来ないことだから。けど、それは救助者と非救助者の関係ではない第三者が感じた意見だよね?」

 

 詰まるところ、人助けをすることは評価されるべき。だが、その評価を与えることが出来るのは、ヒーローによって救助されたその十人だけなんじゃないかってこと。

 

「賛否両論あるとは思うけど、目の前にある存在を助けるのがヒーローであって、富や名声を求めるヒーローのことが悪いとは思わなくても、ヒーローとして優先するものは、売名よりも人命じゃないかって話」

 

 評価はあとから付随されるものなんじゃないかなぁ。

 

「山岳地帯のヒーローだったり、水難専門の人が居たり。得意分野等を関係なしに見るのも、そういった意味では公平ではないと言いたいのですか? 緑谷さんは」

 

「そういうこと。人助けをする人がヒーローなら、二の次三の次に持って行くものをしっかりと認識するべきだと思うんだ」

 

「まあ、緑谷も言っていたが、そういう意見もあるって訳だ。俺もメディア露出を避けている。もちろんヴィランに顔が割れないようにするためもあるが、そういった評価を受けたくない人も居るわけだ。頭に入れておくと良い」

 

『僕も、マロの言いたいことが分かるよ。と言うより、マロは元々そういう考えだもんね』

 

 そういうこった。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 すっげーー!! USJかよ!?

 

 クラス一同がそう思った。もちろん俺も。

 

「水難事故。土砂災害。火事などなど。あらゆる事故や災害を想定して僕が作った演習場です。その名も……」

 

 嘘の災害や事故ルーム!!

 

   USJだった!!

 

 足首が以上に細い宇宙服を着た災害救助のスペシャリスト。スペースヒーロー「13号」。どうやら、オールマイトがここに居ないことに関して相澤と三人で話しているんだろう。

 

「それでは、始める前にお小言を一つ二つ……三つ……」

 

   増えた。

 

「四つ……」

 

   また増えた!?

 

 13号の個性。それは〝ブラックホール〟と言う名前で有り、どんなものでも吸い込み塵にしてしまうり多くの災害で人を助けてきたといえども、人を殺すことも容易な個性だ。

 その言葉を聞いてみんなの顔が引き締まる。それはもちろん、俺たちの中にもそういった人が居るからだ。例えば、上鳴の電気は無差別攻撃だ。轟の氷も場合によっちゃ壊死させる。もちろん、ワン・フォー・オールに関してもそうだ。

 

「相澤さんの体力テストで、皆さんは秘められた可能性を知りました。オールマイトの対人戦闘で、それを人に向ける危うさを知りました。今から僕の授業で、君達の個性が、傷つけるものではなく守るものであることを学んで貰います」

 

  ッ!!」

 

 13号が頭を下げた途端、悪寒が僕を襲った。ネットリと品定めするような。なんとも言えない不気味な空気。

 

 始まりは突然。

 

 広場の真ん中。黒い円形の靄から、人の手が見えた。

 

 明確に放たれた殺気と共に、見えた水色の髪の毛と顔につけた左手。

 

「一塊になって動くな!!」

 

「え?」

 

「13号!! 生徒を守れ」

 

 脳が飛び出した大男。黒い靄。そして、手を顔につけた男。大勢の有象無象。

 

「なんだアリャ、もう始まって  

 

「お前ら動くなよ!! アレは、(ヴィラン)だ!!!」

 

「オールマイトの姿が見えませんね。カリキュラムにあったはずなのですが……」

 

「まぁいい……。子供を殺せば来るのかな?」

 

 ゴーグルをかけた相澤なんて関係ない。俺は叫んでいた。

 

「 転孤ォ!! 」

 

 何でお前が、そこに居るんだよっ!!

 

 俺は迷わず、広場へと飛び出した。



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第十一話 問題は次。どう動くか

 日にちが開いてしまいました。すみません。
 更新頻度が恐らく落ちていきます。ちょっと訳ありで。なので、気長に待っていただけると幸いです。


「転孤ォ!!」

 

『ちょっと、どうしたんだよマロ!』

 

 厳しくも楽しいはずであった人命救助の訓練は、敵の襲撃によって一変。一人飛び出した状況に生徒たちは反応できず、動けたのはただ一人。

 

「おい! 待て緑谷! 13号、避難開始だ。上鳴と一緒に学校に通話を試せ」

 

「相澤さんは!」

 

「あの馬鹿野郎を連れ戻す」

 

 先に飛び込んだ俺に数秒おくれて、相澤が広場へとやってくる。

 

「射撃隊! 行くぞぉ!」

 

 飛んで火に入る夏の虫。何十人と待ち構える遠距離攻撃を持つヴィラン達。どうやら、この場所の見取り図も手に入れているのか、高低差があることをしっかりと理解している。

 

『どうしちゃったのさ! 早く戻ってよ』

 

 イズの制止なんて耳に入らない。いや、聞こえてもいるし、理解もしているが、イズの声が俺の抑止力にはなり得ない。だって、掴み損ねた手が目の前にいるのだから。

 

 もちろん空中で動くことは出来ない。とんでくる射撃に対しては、体中の物質に、炭素とニッケル。そしてクロムを混ぜ合わせ、鉄鋼として構築する。

 

 数秒後、相澤の個性である、個性を消す個性で、敵の射撃が止んだのを確認すると、体に張り巡らせていた構築を解除。

 

 捕縛布をつかって襲いかかる敵をあしらっていく相澤に対し、俺は壁を構築し、敵を三つに分断。そこから、隙の少ない『DDT』の各種などプロレス技を連発し、一気に片をつけていく。

 

俺の名前……。黒霧」

 

「どうかしましたか? 死柄木弔」

 

 敵の主力であると考えられる左手マスクと黒い靄の視線の先。そこには相澤ではなく、飛び出したおれのすがたがとらえられている。

 

「でもやっぱり予想通りだな……」

 

 何十人と連れてきたごろつきは、瞬く間にその数を減らしていく。多対一に特化したイレイザーヘッド。そして、一人に技をかけると同時に、他に布石を打っていく一人の生徒。

 

「プロヒーロー。それに、ヒーローの卵。有象無象じゃ歯が立たない。黒霧! 一匹も逃がすな。目の前のあいつもな」

 

「ええ。逃がしません」

 

 我々は(ヴィラン)連合。僭越ながら、平和の象徴オールマイトには、息絶えていただきたいと思ってのことでして……。

 

『目の前にいた筈なのに……』

 

 さっきまで感覚視野で捉えていたヴィランの一人が、いつの間にか入り口で動けずいたみんなの所に向かっている。

 

「散らして」

 

 黒霧と呼ばれた靄の目の前、飛び出していた爆豪と切島が包まれ、

 

「嬲り」

 

 13号の背後から逃げようとした八百万や上鳴。蛙吹峰田たちが両翼の靄に吸い込まれ。

 

「殺す」

 

 最後に、広場にいた俺の背後に突如として現れ、俺を飲み込んだ。

 

『何で後ろにっ!?』

 

「くそっ! ワープかなんかかっ!!」

 

 そして俺たちは、黒いトンネルを潜ることになる。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「はぁ!? 水難!?」

 

 怒濤の展開。(ヴィラン)の作ったそれほど長くないトンネルを抜けると、そこは辺り一面雪兎の毛が敷き詰められたかのような雪国などではなく、何の変哲もない水難ゾーンだった。

 

 靄を抜けて目を開けば、目の前に迫った水の壁。盛大に音をならして水中に入ってしまう。周りには、水中特化のヴィラン達。

 

『ど、どうするの!? マロっ!!』

 

 どうもこうも……。息を吸う暇もなく水面に叩きつけられたんだ。息が保ちそうにない。

 

「緑谷ちゃん!!」

 

 襲いかかってきたヴィランの横顔に蹴りを入れた蛙吹が、伸びる舌で俺の体を固定し、そのまま水面へと連れて行く。

 

『そう言えば、水難ゾーンなら敵無しって言ってたよね!』

 

 なら、相手は個性を知らない? 確か蛙吹の個性は〝蛙〟だったはず。つまり、水中に関係する動物の個性である以上、敵としては蛙吹を火災ゾーンに飛ばしたかったはずなのでは?

 

 蛙吹はそのまま俺と峰田を捕まえると、船の上にへと投げ入れる。

 

「ありがとう蛙吹さん……」

 

「独断先行は爆豪ちゃんと変わらないわよ緑谷ちゃん。それと、梅雨ちゃんと呼んで」

 

 状況から察するに、前日に起きたマスコミ騒動とこのUSJ襲撃は繋がってると考えて妥当。そう轟が言ってたということを蛙吹から聞いた俺は、確かにと頷く。

 

『たしかに、用意周到としか言い様がない』

 

「オールマイトを殺すことなんてできねぇよ。あんな奴ら」

 

「峰田ちゃん。殺せる算段が整っていないのに襲撃してくるなんて考えられないわ。それに、私たちを嬲り殺すってことは、オールマイトが来るまで持ちこたえられるかも怪しいってことよ」

 

 俺の足を引っぱってなんだよアイツと蛙吹に指を指す峰田だが、蛙のくせになかなかおっぱいがある奴じゃないのか? さっき自分で言っていたろ。

 

「それじゃあよぉ蛙吹、オールマイトも殺せるって言う奴らと、どうすりゃいいんだよぉ」

 

「そうね。ここで待っていてもこの船は1~2分で沈んでしまうわ。浸水してるもの……。けど、何でヒーローになるための学校に来たのかしら」

 

「それに、何でオールマイトを殺そうとするんだよぉ」

 

   理由なんてどうでも良いよ。

 

 峰田と蛙吹の議論を俺はぶち切った。

 

「おい? どうした?」

 

「緑谷ちゃん?」

 

 自分たちが乗っている船は、あともうすぐで沈む。その周りには水中での動きに特化した()()(ヴィラン)達。

 水難ゾーンだけじゃない。倒壊ゾーン。山岳ゾーン。その他諸々セントラル広場まで、敵が散らばり生徒の命を狙ってる。

 

「やることは一つだろ」

 

「何を……」

 

「相手の企みを阻止する。みんなの力でね」

 

『今すべきこと。出来ることを  

 

 俺たち全生徒は、これから、

 

  戦って阻止する(勝つ)んだ!!」

 

『きっとみんなもそのつもりだよね』

 

 そこで、二人の個性を改めて確認するために、二人に詳細を教えて貰う。もちろん自分もバスの中でして入るが、念のためにもう一度。

 

「私の個性は蛙よ。跳躍。それに、壁に引っ付いたり、舌を最長で二十メートル伸ばせるわ」

 

 蛙らしく、胃袋を吐き出して洗ったりすることもできるようで、さらには、多少ピリッとする程度ではあれど、毒性の粘液を分泌することが出来るよう。

 

「分泌……」

 

「分泌は18禁ワードじゃないよ。目を覚ませ峰田」

 

「はっ!? おいらは何を!?」

 

 話を戻すために、峰田の頭に生えている球について聞いてみると、ぶよぶよと反発するだけの球だと思っていたのが、意外と強個性で、

 

超くっつく

 

 不覚にも、名言だと思ってしまった。

 

 どうやら、体調に影響されるが、自分以外には貼り付き、自分には跳ねるという性質の球だったらしい。

 

「モギりすぎると血が出るけどな」

 

 峰田の説明を聞くために注目していた俺と蛙吹が、視線をずらして目を合わせ、再び無言のまま峰田のことを見つめる。震えながら泣くなよ。お前の個性は強い。

 

『口に出していいなよ。マロ……』

 

 だが断るっ!!

 

「相手が勝利を確信したとき。それが一番の隙になる。まあ、後ろに注意(シックス・チェック)って訳だ。やけにならなくても良いよ。峰田くん」

 

 水中に特化した奴らが集まっていると言うことは、この館内のことを把握していると言うこと。なのに、相手は船の上に上がってこない。

 

「恐らく、あの(ヴィラン)たちは、僕たちの個性のことを知らないんだと思う」

 

「ケロ。私も水に特化しているのに、ここにいるから。と言うことで良いのかしら?」

 

「そういうこと。相手が知っている個性は、13号とイレイサーヘッド二名のみ。生徒(ぼくら)の〝個性〟が相手にとって未知なのは、大きなアドバンテージになる」

 

 理詰めだけしていても意味はない。行動を起こしながら最善手を編み込んで布石にするのが俺のやり方なのに、後手に回った途端反応できてない。非合理の極みだ。

 

「峰田くん。僕があいつらへのおとりになって水面を叩く。そうしたら直ぐに、そのモギモギを水面に投げまくって欲しい」

 

「その後私が回収するのね?」

 

「そんなんでどうにかなる訳ないだろ!?」

 

「なるならないじゃないんだ。峰田くん。僕たちはこれから()()んだよ」

 

 大きな両目から涙を大量の流す峰田。怖くて仕方がないのも分かる。ついこの前までただの中学生で、入学して直ぐに殺されそうになるなんて誰も思わないだろう。

 

「泣きたいときは存分に泣いたら良いんだよ。怖かったら、怖いってハッキリ言ったら良い。口に出した方がスッキリもする。それに、心の憑き物が取れたら」

 

   笑えるだろ?

 

「言ったことなかったっけ? ()の持論は、笑ってる奴が一番強いんだ。いくよ」

 

 あくまでも挑発的に。全てを馬鹿にしたように。

 

「おい! 魚から人間になれなかった雑魚モブ共」

 

「あぁ!? 俺たちは人だぁ! これは個性だっつうの!! 〝魚〟って言うな」

 

「俺の言葉に煽られてむざむざ自分の個性を晒すだなんて……。没個性のモブが」

 

『すごい……。かっちゃんの丸写しだ……』

 

「死ねよゴミ共がぁ!!」

 

 作戦に変更点は一つもない。俺は腕の筋力を上げるよう個性を使い、原型をとどめなくなった右腕で、水面をぶっ叩く。

 

「うああああ!! お前ばっかりに良いところを取らすかよぉ!」

 

 俺が殴った衝撃で水面がえぐられ、そこにモギモギが入ってくる。

 

「水の性質として、衝撃は同心円状に広がって、同じように中心に向けて収束していく。さすがよ。緑谷ちゃん」

 

「頭が痛ぇよ」

 

「一網打尽だな。ありがとうね峰田くん。蛙すっ……梅雨、ちゃんも」

 

 こうして、俺たちは水難ゾーンでの戦闘を終了。モギモギの性能でヴィラン達は一塊になって浮いている。もう攻撃されることはないはず。

 

「問題は次。どう動くか」

 

 まあ少しの間、この場所で待機になるだろう。その間に色々と情報収集もしないと。



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第十二話 Tranquilo! あっせんなよ

 お待たせしました。最新話です。4484の動向が気になる今日この頃……。


 一言で言うなら、絶望的状況というより無いだろう。

 

 生徒二十名は数名ずつでバラバラに分断され、プロヒーローである二人の教師の内、戦闘に向かないスペースヒーローの13号が、自分の個性で作り出したブラックホールを転移され背中を損傷。

 

 多対一に強い相澤ことイレイザーヘッドも、チンピラ相手には後れを取らずとも、個性なしでも強い謎の黒い巨漢に圧倒されている。

 

 圧倒的不利な状況。オールマイトによって課せられた訓練でのヒーローの状況よりも何倍にも酷い状況の中、俺たちは水難ゾーンの端。セントラル広場が見える位置で密かに息を潜めて隠れながら状況を整理していた。

 

「飛び出すに飛び出せない……」

 

「飯田ちゃんが見えないわ。外に出たのかしら……」

 

「ならおいらたちはここで待とう。その方が安全だよな? な?」

 

 三者三様。戦闘へ発展させることを考える俺。冷静に周りを観察する蛙吹。ただただ恐れ怯える峰田。14~5の年齢としては、峰田のアクションが最も適しているのが辛いところだが、易々とこの現状に置いて行かれることの方が危ない。

 

「イレイザーヘッド、押されてるな」

 

「そうには見えないわ。今は黒い巨漢じゃなくて青髪の手を顔につけてる男と戦っているけど、情報を集められてる。個性把握テストでも言ってたでしょう?」

 

 視線を向ければ発動・変形系の個性を無力化させるという個性を持っている相澤であれども、『ドライアイ』という弱点を持ち、目薬を手離せないほどの人物であることは、それほど時間を共にしていない生徒でも知っている事実。

 

「イレイザーヘッドは、動きに合わせた上で目元を隠し瞬きをしている。でも、人間はずっと目を開けたままなんてことはできない以上……」

 

 ぱんっ! とイレイザーヘッドの肘うちを青髪が受け止めた。手のひらと肘が当たる音。その後聞こえてきたのは、パラパラと崩れる音。それは、崩壊したイレイザーヘッドの右肘から皮膚やら肉やらが、ボロボロと、パラパラと崩れ壊れ、崩壊することで発生する音。

 

「手のひらで触ったものを崩壊させる個性。なのか?」

 

「まるで緑谷ちゃんと真逆ね……」

 

 脳ミソ剥き出しの黒い男がイレイザーヘッドの体を押さえつけると、俺たちのことを各ゾーンに飛ばした黒霧とかいう靄が、死柄木弔の元へと現れた。

 

「13号は行動不能にしましたが、生徒の一人を取り逃がしました」

 

「聞こえたかよ蛙吹、緑谷! やっぱり、飯田が救援呼んでんだよ」

 

「はぁ? おい黒霧……。お前がワープホールじゃなかったら、粉々にしてたぞ。あーもうゲームオーバーだ。今回はな……」

 

 今回は?

 

 それほど大きくもない声での呟きでも、俺の耳は確かにその声を捕らえた。

 

「帰ろっか」

 

「おいおい……。いまカエルっつったのか?」

 

「そう聞こえたわ」

 

 喜びに紛れて蛙吹の胸に手を伸ばした峰田が、見事なまでに水の中に沈められているのを尻目に、思う。もし、アイツがあの人と同じであれば。あの存在の思考と同じであれば……。

 

「平和の象徴としての矜恃を少しでも」

 

やっぱり……

 

へし折って帰ろう!

 

来たっ!

 

 伸ばされた崩壊の手は、隣にいた蛙吹の顔に触れる。が、壊れることはない。偏にそれは、ボロボロになりながらも生徒を守る教師(ヒーロー)の意地。

 

「よお、死柄木君。ぶっ飛べや」

 

 全身全力。100パーセントのワン・フォー・オール。

 

「こちとら、伸ばされた手を握れないなんてこと……。二度とごめんなんだわ」

 

「脳無」

 

 右手が筋肉にめり込んだ。固いゴム質の板に手形をつけるような。食い込むような嫌な感覚。筋肉の構築も、何もかも全てが上手くいった。

 

「怖い怖い。けど、どれだけパワーがあってもこの脳無には効かないよ」

 

 ワン・フォー・オールの暴発はない。かといって、威力が0に等しかったわけでも無い。単純に、この脳無という黒いデカ物の物理耐性が高かった。体の拘束のために俺の右手が掴まれる。

 

「ところでお前は……。なんで  

 

   俺の本名を知っている。

 

『どういうこと? ねぇ、マロ?』

 

「それは、今必要なことなのか……。死柄木弔」

 

「ああ……。お前が俺の()()に関係するなら、内容次第で殺さないといけないからなぁ」

 

 ハッ。言ってろ。普段の演技なら、緑谷出久であれば絶対に言わないような暴言。嘲笑。そして傲り。自分に仮面を被せなければ、進めない。拳を握れない。そう思ってしまった。

 和をもって道を広げ、全てを好機に転がしていく。

 

「何にも代え難い和を導き、世界を(まわ)す存在……」

 

 その時、USJの入り口がぶち壊された。それを出来るのは、一人しかいない。この世界で最も強いヒーロー。

 

私が来たッ!!

 

 ここに居る生徒達。そして教師陣。何より、殺してしまおうと行動を起こした(ヴィラン)にとって待ち望んでいた、オールマイトの登壇。

 

「待ったよヒーロー。社会のゴミ……」

 

「はは、ヒーローとその卵を舐めんなよ? ヴィラン連合さんよ……っと!」

 

 この脳無は、相澤を素の力でボコボコにしている。なら、どうするべきか。離れる? 攻める? 導き出した結論は至極単純。剛には柔。パワーで勝る相手には、技術で攪乱し、そして絞め落とす。

 オールマイトが動き出したと同時。片手が塞がったままネックスプリングを決め、反動で伸ばした足を脳無の両肩に乗せて頭を思いっきり挟み、前と後ろが逆の肩車の体勢になる。

 体を脳無の体の右横側に入れて巻き込む形でねじることで、遠心力を使って掴まれた手を振り解く。

 

『ヘットシザーズホイップ!?』

 

「メキシコだと、コルバタとかティヘラとか言うけどな……。けどおかげで手が外れた」

 

 イズの言葉に相づちを挟みつつ、俺はそのまま蛙吹と峰田を両肩で担いで走り出す。

 

「ナイス判断だ! 緑谷少年。そのまま入り口へ」

 

 いつの間にか相澤を担いでいたオールマイトが、ヴィラン達に一発ずつ拳を入れてやってきた。やはり、速さは異常であることに変わりはない。

 そんな、強いオールマイトであっても、俺にとっては話は別だ。

 

「知り合いを助けないで何がヒーローですか。俺はやる。あんたに指示されようとな」

 

 ポキポキと腕を鳴らし、パワーが効かないことだけを伝える。

 

「二人で来る気か? 黒霧……。脳無と一緒にオールマイトだ。俺はあの緑のガキをやる」

 

「分かりました。死柄木弔」

 

 オールマイトから離れるように距離を取ると、死柄木が飛び出してくるが、オールマイトが守ろうとすると黒霧と脳無がオールマイトの道を塞ぐ。

 

「っち!! CAROLINA SMASH(カロライナ スマッシュ)!!」

 

 腕を交差させたバツ印の打撃を放つが、脳無にダメージはない。続いて拳を振り抜き腹にぶち込んでも全くダメージが無い。

 

「無駄だよ……。脳無には〝ショック吸収〟の個性がある。ダメージを入れたいなら、絞めたりえぐったり……」

 

 わざわざネタバレをしても勝てる自信があるのだろうか、俺の目の前に居る男は視線を外し、オールマイトに話しかけている。

 

「舐めてくれる……」

 

『そう、だね……』

 

 脳無の動きと個性に対処をするために、オールマイトはしっかりと背後を取ると、そのまま体をクラッチ。つなぎ止めた手がほどけないように持ち上げ、オーソドックスで有りながら常にその姿を見る基本の技。

 

「へそで投げてしっかりとブリッヂをしてる。綺麗なジャーマンスープレックスだ」

 

 スリーカウントを取るための赤い靴の審判になりきりたいところだが、そんな気持ちをしっかりと抑え込み、死柄木に攻撃を入れるために近づく。

 

「おいおい……。お前の相手は俺で本当に良いのか?」

 

 しっかり状況も見ていた死柄木は、指をオールマイトの方向に向けていた。

 

「コンクリに埋めようとしたところで、黒霧のワープを使えばお前を押さえ込める……。ヒーローの卵さんよぉ……。人が助けて欲しそうにしているよ」

 

 ニヤニヤと嘲笑う死柄木を一度無視し、背中側の存在の動向に注意を保ちつつ走り出す。

 

どきやがれッ!! デク!!

 

 爆破が、目の前に現れた黒霧の体に刺さる。

 

 その瞬間理解した。ここはチャンスだと。

 

 首を()るならここしかない

 

「かっちゃん! 動きを止めさせて!」

 

「うっせぇ!! 俺に指図してんじゃねぇ」

 

『こんな状態でもいつも通りなんだ……』

 

 爆豪の言動に若干退いているイズのことなど気にせず、俺はプロレス技を繰り出す。

 

 爆豪の位置から見て右側に体が抜けるよう助走を付けて黒霧に飛び込む。何か危険を感じたのだろうか、爆豪が黒霧の体を離し飛び退いたことにクエスチョンマークが頭に浮かんだ。

 

「やり切れ! 緑谷」

 

 轟の声がセントラル広場に響くと同時に黒霧の体の首を残して全身が凍り付いた。これ幸いにと俺は飛び越えるように足を踏みきり、靄で隠れていた頭部を両手でしっかりキャッチした。

 

「なんか緑谷すげぇ!!」

 

「アレもプロレス技かよ!?」

 

 勢いもそのままに前方回転しながら体を立たせて片膝で立てるように体勢を取る。本来であれば背中からマット。つまりは床に着地しその勢いで後方へ倒れ込み相手の後頭部をマットに叩きつける。と言うような技だが、俺のはひと味違う。

 掴んでいた頭を左肩に密着させ、膝立ちになる衝撃を肩を通して黒霧の首に叩きつける。

 

 あだ名にもなっている4484の代名詞。

 

「ちぎれろ……。ヘッドハンター!!

 

 掛け声としてはヒーローとして失格だが、今回ばかりは大丈夫だろう。許してくれるはず。

 両肩を抑えつけてスリーカウントを取りに行きたいのをただひたすらに我慢し、黒霧を見る。

 

 無理矢理黒霧の体を動かしたことで轟の氷が四散している中、隙を与えず切島が硬化で固めた四肢を使い黒霧の体をしっかりと押さえている。

 

「オールマイトだけじゃねぇ。5対3だ」

 

「動こうとするなよ! 怪しい動きしたらぶん殴るからな」

 

『切島くんがかっちゃんみたいになってる……』

 

「くそっ……。ここまで来たんだ、クリアして帰るぞ」

 

「させないよっ!」

 

 コンクリートに両手をつけ、一気に壁を作り上げ道を狭める。あえて言うなら、構築による形の改修。もちろん動かす能力はないので圧迫による封殺はできない。

 

「やれ、脳無」

 

 一辺倒な死柄木の命令。それで、それだけのことで、俺が作り上げた壁はいとも簡単に壊れた。ただの拳で。

 

「チートだろ。笑えるかな……」

 

『それでもマロは笑うんでしょう? 全部任せたよっ!!』

 

 取りあえず今は……、Tranquilo(トランキーロ)。あっせんなよ。




 前話の補足。
『DDT』は相手の顔が下向きになるようにして頭を脇に挟み、自分から倒れ込む等の動きによって、脳天をマットに突き刺す技です。
 垂直落下式や、相手が天井を仰ぐようにするブラディーサンデーなんて技もあります

 今回のプロレス技
『ジャーマンスープレックス』原作では峰田がバックドロップと言っていましたが、名前が好きじゃないのでジャーマンで。
 基本的な技ですが、仰け反るときに相手の頭より先に自分の頭をマットに当ててしまうと、衝撃が自分に来ます。反り方が不十分だと、相手の頭が鼻に当たることも……。

『ヘッドハンター』某混沌的ヒール軍団のメンバーである4484さんの得意技。個人的に気に入っています。内容は文中にあるとおりなので割愛。


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第十三話 ただの垂直落下式牛殺しだ

 今週二回目。予定が絡みまくってるので、今週中の更新はないと思われる。


 さてさてさぁーて。

 

 あっせんなよとは言ったものの、実質状況は芳しくない。個性が不明瞭な死柄木弔。ワープの個性を持つ黒霧。そして、ショック吸収というやっかい極まりない個性を持つ上に、素の身体能力がオールマイトと変わらない脳無。

 

「デク。テメェの技に絞め技はあんのか」

 

「ないこともないけど、あの体を絞れるほど体が大きくないから……。正直なところやってみないとわからないよ」

 

「技を繰り出すための隙がいるな」

 

「ハッキリしろよ。男らしくねぇ」

 

 上から順に、オールマイトが相手したときに教えてくれた情報から次に繋げようとする爆豪。やり方次第で出来ると伝える俺。ならばと絞め技に繋げるための方法を考える轟。最後に、正直何が言いたいのか分からない切島。

 

「じわじわ攻めるなら、体を凍らすか」

 

「どちらにしろ動けねぇようにしねーと駄目に決まってんだろうがクソ」

 

「待ちたまえ少年たち。君達は逃げるんだ」

 

「吐血してやられそうだった人が何を言ってるんですか!!」

 

 轟の右半身から氷が生成され、そのまま床を這うように伸びていき、脳無の半身をがっちりと固める。室内訓練での制圧。それを人に向けて打ったのだ。

 

『良く人に打てるね。ヴィランでも……こわいよ』

 

 爆豪にラリアットした人間がと内心笑うが、顔は驚愕に染まる。それはその場にいた3人もだ。

 体が凍結した脳無が、裂傷を気にせずに動き出し、砕けた腕が、まるでイモリの尻尾のように再生していくのだ。

 

「個性が1つじゃない!?」

 

「その通りさ。言うなら〝超再生〟さ。オールマイト、お前の100パーセントの力に耐え抜き、体を再生させて戦う。対平和の象徴の改人『脳無』」

 

「体の良い囮。サンドバッグってか」

 

『面倒だね……』

 

「まさにその通りだなっと!! っぶないなぁ……。大丈夫? 切島くん」

 

 突如巨漢が迫り、黒霧を取り押さえていた切島に拳を振るったのだ。

 

  っ痛!! ぁあ、助かったぜ、サンキューな緑谷。……それにしても速すぎだろ」

 

『見えた?』

 

 一本の黒い線が見えただけだった。イズも視界にとらえきれていないだろう。

 何とか壁を構築して切島の前に二枚も置いたが、障子のようにいとも簡単に穴を開けられる。

 クッションの役割をしてくれたので威力は減衰していても、〝硬化〟が個性である切島の体にダメージを与えた上に、その位置を壁ギリギリまで押しやったのだ。

 

「スマンみんな、靄やろうを離しちまった」

 

「アレじゃあ仕方がない」

 

「子供である少年たちの命まで狙うとは、加減を知らんのか……」

 

 俺の隣の有無の真正面に対峙するオールマイトの言葉に、死柄木は突如狂ったように笑い出した。嘲い、オールマイトのことを見ながら、俺の顔に向けて指を指す。

 

「人に指さすとかマナー悪いな……」

 

『今はそんなこと言ってる場合じゃないよ、マロ……』

 

「仲間を助けるための暴力は仕方ないんじゃないのか? さっきも……、そこの緑髪の地味な奴が俺に思いっきり殴りかかろうとしたぜ?」

 

 不法侵入に殺人未遂。暴行。私刑も法に触れる行為だ。それを抑圧するための行動は、ヴィランの言動とは一致しない。それが国の、世界の、ヒーローにとっての正義。

 

「俺は怒ってるんだよ。何が平和の象徴だ。殴る行為は意味さえ違えどやってることは同じだ。なのにテメェ(ヒーロー)らと(ヴィラン)らとでカテゴライズされ優劣も、良し悪しが決めつけられる」

 

「暴力は暴力しか生み出さない。お前を殺して世に知らしめるよ……」

 

「めちゃくちゃな思想ではあるが、そういった奴の目というのは静かに燃ゆるものだ。自分が楽しみたいだけの享楽的な奴に殺されたくはないぞ。嘘つきめ」

 

「バレてんじゃん」

 

『バレたね』

 

「アハッ、バレるの早」

 

 歪んだ思想。歪んだ思考。歪んだ瞳。もう、俺の知ってる存在じゃなくなった。

 

「私を怒らせた罰だ。平和の象徴の本気を見せてやろう」

 

 そう言うと、そのままオールマイトは〝ショック吸収〟の個性を持っている脳無の拳に対して迷わず拳を重ねた。

 瞬間瞬間の痛み。ダメージを吸収するというのに意味のない行動。

 

「ただ、吸収する限界値を超えれば良い。真正面の撃ち合いでも、私対策の作戦もさらに上からねじ伏せてみせよう!」

 

『なんであんな……。活動限界も近いって言うのに……』

 

 一撃一撃が全て100パーセント以上の力。体が壊れていくのに抗い、ヒーローとしての力を絞り出す。めったやたらの乱打。

 

ヒーローとは、常にピンチをぶち壊して行くもの!!

 

 乱打を一度止め、オールマイトは体を縮ませて力を溜める。狙うは、がら空きになった脳無の腹。

 

(ヴィラン)よ、こんな言葉を知っているか?

 

   Plus Ultra(更に 向こうへ)!!

 

 アッパー気味に入った最後の一撃が、脳無の体を吹き飛ばし、USJのドーム型天上の1カ所に穴を空けさせた。もう脳無の影も形もない。

 

「まるで漫画(コミック)じゃねぇか……」

 

「吸収と再生が追いつかないほどのパワーと連打って、超脳筋戦法だな」

 

 だが、それを実現させて実行する強さと経験。プロの実力とナンバーワンという巨大な存在を見せつけられた。

 

「オールマイト! 怪我の部分を再構築するから!」

 

「まだだ緑谷少年! まだ、戦闘が終わったわけじゃない」

 

 脳無がぶっ飛ばされて緩み始めた空気が、ナンバーワンの言葉で引き締まる。それもそうだ。まだ今は、三分の一を対処しただけ。

 

「どうした? クリアがどうとか言っていたが……、出来るものならしてみろよ!!」

 

『もうオールマイトは制限時間が来てる。変身したときの煙も出てる』

 

「先生達が来るまでの時間稼ぎをしないと……」

 

「おい緑谷! 後はオールマイトに任せて俺たちは他の奴助けに行くぞ!」

 

「みんなで行っといて! 靄のワープホールが出ると対処が途端に厳しくなる。なら、何をするべきだ?

 

『もう一回首に攻撃すれば?』

 

駄目だ。死柄木の手が途中で俺に当たれば俺の体が崩壊する……。一歩も動けないであろうオールマイトの目の前でそれは……いや、崩壊しても構築し直せば良い。何より、俺にはものを作り直すことしか出来ないから

 

「緑谷! 何ブツブツ言ってんだよ」

 

「おいデクッ!」

 

俺の個性は構築。この個性は人の笑顔を作るための個性だ。()()()()と約束した。そのためにも今俺はこうしてる。ばあちゃんも言ってたってあのクソが言ってた……

 

『マロ。ヴィランが動き出したよ』

 

うん、イズ……。ありがとう」

 

 最高の笑顔を浮かべた俺は個性を発動させる。

 

 筋繊維を4倍に。それをバネに再構築。ワン・フォー・オールを足に100パーセントで。

 

「ヒーローもヴィランも元は人。人を助けるのが俺の役目」

 

「脳無の仇だ」

 

「させないっ! オールマイトから離れろっ!」

 

 口調は固く。強く、しっかりと頭に入るように。でも、顔は笑顔のままで。

 

「二度も同じ技は食らいませんよっ!」

 

「そもそも、同じ技を何度も繰り返すのは嫌なんだよ」

 

 黒霧が広げた靄。それは明らかに俺の技を危険に感じている証拠。

 

「気づいてるぞ、転孤。お前がこんな嫌らしい手を使ってくるなんて……」

 

 黒霧の靄の中から、ズポッと右腕が伸びてくる。黒霧が靄を広げたのと同時の出来事は、予め予測が付いていた。

 

「握手だな。正しくは、悪手だか」

 

 伸ばされた右手を俺も右手で取り、からだを引きつけて背中に乗せる。もちろん右手は崩壊していくし、左手で触られた脇腹や太股、顔もボロボロと崩れていく。

 

「安心しろよ……。ただの垂直落下式牛殺しだ」

 

『全然安心できないよ!!』

 

「普通に危険な技だよ!?」

 

 わぁお!! 師弟で言ってることが被ったねぇ……。スマン。

 

 右手を握っていた手を離し、暴れる死柄木のことを気にせずに首に手を回す。そのまま持ち上げて死柄木のズボンを握り、腰と首をがっちりとホールド。

 手だらけマンのトーテムポールを作り出したが瞬間、左手を離して死柄木を落とし首を立ち膝にしていた右脚にクリーンヒットさせる。

 正調式のように腰を丸めさせることはなく、ピンと伸びきった体の首だけを曲げさせて落とした。

 

「何で笑顔で居れんだよ! 俺にも暴力をしといてよぉ!!」

 

どんだけ恐くても、自分は大丈夫だっつって笑うんだ。世の中笑ってるやつが一番強いからな。単純なことだろ?」

 

「笑ってるからって何をしても良いのかよ、お前らは許されるって言うのかよ!」

 

 首を押さえながらよろよろと立ち上がる死柄木。力はもう出ないだろう。なんせ病院送りを起こしたプロレス技の1つを垂直落下で首に入れた。今頃頭がグラングラン揺れている。

 

「力には責任が、恐怖がまとわりつく。それを振り払い安心させるのが笑顔であって、お前の嗤い顔とは違う。力の持つ意味を知ってる」

 

 ナイフを持つその本当の意味が、あなたにもし……もし伝わるのなら凄く嬉しいよ。そうすればどういう立ち位置であれ、お互いに救われる。

 

「表裏一体ってのは、辛いもんだな」

 

 死柄木と黒霧の体に弾丸が突き刺さる。

 

「来たか!!」

 

「やっと体を再構築できる……。ナイスタイミングだぜ飯田」

 

「直ぐ動けるものをかき集めて来た。1ーA組クラス委員長飯田天哉!!」

 

 ただいま戻りましたっ!!

 

 B組の担任であるブラドキングや英語担当のプレゼントマイク。3年のスナイプやほかのミッドナイトなどなど。あらゆる先生を連れてきたと見える。

 

「くそっ……。あんだけ来たらもう無理だ。首も痛ぇしな。ゲームオーバだ、黒霧、帰るぞ」

 

「簡単に帰れると思うなよ。この距離でも捕獲可能な奴がいるんだ」

 

「僕だよ!」

 

 スナイプが放つ弾丸によって、二人の体に穴が空いていく。そして、それを牽制に、黒霧にやられた13号が、ブラックホールで吸い込む。

 

「今回は失敗だ……。でも、次は殺すぞ、平和の象徴。オールマイト……」

 

 無理に個性を使ってしまった。正直、両足がじんじんと痛む。

 

『マロ?』

 

「くそっ、捕らえたかったぁ……」

 

「いや、十分だったよマロワ少年。あの牛殺しがなかったら私もやられていた。また、助けられてしまったよ」

 

「師匠が無事で良かった。イズのためにも、生きてて貰わないといけないんだから」

 

 プロが活躍するヒーローの世界。俺たちが経験したのは、軽犯罪の現場ではなく、命のやりとりを行う深い部分。

 何も出来なかったと悔やむ中、その経験は役に立つ。未来の礎になることを期待した。

 

「ホントYeao(イヤァオ)! ったわぁ。まじでYeao(イヤァオ)!」

 

Yeao(イヤァオ)! って便利だね。意味のない言葉だし……』

 

「もうPlus Ultra(更に 向こうへ)じゃなくて、Yeao(イヤァオ)! で良いんじゃない?」

 

 いやいや駄目だよ。と、また師弟で考えていることが被ったとか……。被らなかったとか。

 

 せーのっ! Yeao(イヤァオ)!! うん。デ! ハ! ポンっ!! より良いと思うけどな。




 イヤァオなネタが二回目の登場。ホントごめんなさい。WWEでも頑張って。一番応援してるのはAJなスタイルさんだけど。

 今回のプロレス技

『牛殺し』変形のネックブリーカーで、基本的には首を狙って落とす技。元々形として存在していて、AでJな人や、混沌になりきれていない苦労に……、荒武者がよく使う技。
 肩に相手を担いで、脊椎を膝に当てるように片膝ついて落とす。言うと簡単ですが、やるとなると難しいです。良く背中に当ててしまって、手痛く反撃されます……。
 猛牛さんも長期欠場した技なので、絶対に友達等に仕掛けないでください。

 PS、相手を素直に落とすのではなく、自分の首に沿うように回転させながら落とすと、凄く怖いです。怖いです。痛さより怖さが勝ちます(体験談)


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第十四話 志村転和(マロワ)

 水曜日の予定が金曜になった……。ホントにごめんなさい。

 プロレスネタはないですが、ヒロアカじゃないネタが入ってます。かなりいじってるから分かるかな? 知ってるかな?


『結構無茶しちゃったね。マロ』

 

「笑うなよイズ、こっちもギリギリなんだ……」

 

 飛び出した時、自分の限界ギリギリの力を出し尽くしたことで、筋肉がブチブチとちぎれている。牛殺しをしたときはアドレナリンがドバドバ出てるから痛みも和らぐが、今は座ってるだけでも辛い。

 

「切島くん! こっちは問題ないよ。直ぐに立てるようになるから、安否確認の指示に従って!」

 

「おお! それもそうだな。問題ねぇなら先行くぞ」

 

 咄嗟に飛び出した俺のことにまで気にかける。とてもとても嬉しいことだが今は問題でしかない。

 煙のおかげで姿がバレていないが、オールマイトはもうトゥルーフォーム。ガリガリの骸骨になってしまっている。

 

 切島が離れて行くのを見たセメントスが個性を使って壁を作り出すと、動けない俺の体をひょいっと抱え上げ、オールマイトの目の前に座らせてくれた。

 

「あなたの個性は知っていますよ。オールマイトの秘密を知ってることも。早くオールマイトを治してあげて、クラスに戻ってあげなさい。みんなも心配していますよ」

 

「あ、ありがとうございます。セメントス先生」

 

 座ってだがしっかりと頭を下げると、自分の足が治ったと同時にオールマイトのボロボロの体に触れる。

 

「体の状態はこのままで良い。取りあえずは、脳無にやられた左脇腹だな」

 

「そうですね。まあ、刺し傷ですね。右側は余り酷くはないですけど……」

 

 穴の開いた内蔵の壁の再構築。また、突き刺されて裂けた部分を埋めるように一つ一つ細胞を構築。元ある細胞と喧嘩を起こさないよう、俺の中に流れるオールマイトの毛から作り出したタンパク質で埋めていく。

 

「医学書読んでなかったら死んでましたよ? オールマイト」

 

『毛と体の細胞は違うから、変換作業も必要だもんね』

 

「それほどなのか……」

 

「細胞って言うのは、自分たちと違う細胞を見つけると敵として認識する。かなんかだったと思いますよ? 記憶が正しければ。なので、俺の中にあるワン・フォー・オール継承時に貰ったDNAからタンパク質を作り出す」

 

 細かいことはすっ飛ばして、とにかく埋めることを続けていく。見た目は触れているだけでも、実際のところこの個性はいくつもの作業をまとめて行ってるだけ。

 

「良くも悪くも使用者次第の個性って訳ですよ。この個性は。はい、もう動いて良いですよ。んじゃ、俺はみんなの所に行きますよ?」

 

「そうしてくれ。だが、念のためにリカバリーガールのところに後で行くんだぞ。私も行くから」

 

 それもそうだな。と、俺はしっかりと腰を曲げて礼をする。

 

「マロワ少年。君と少年の因縁に関して私は深く関わらない。恐らく知り合いなのだろう?」

 

「そう……ですね。ハイ」

 

「少年は、身内には優しい子だと私は考えている。だが、そんな少年があの死柄木相手に拳をとった。その重みを私が知ることは出来ないが、大きな決断だったろう」

 

「それほどでも。俺は、俺が個性を持つ意味を教えてくれた人の言い伝えを守っただけです。俺の名前に込められた願いを体現しようとしただけです」

 

「少年がどう言おうと変わらないよ。イズク少年は爆豪勝己という壁を。マロワ少年は、あの死柄木弔という壁を乗り越えた。二人とも、最初の壁を乗り越えたんだ。誇って良いことだぞ」

 

 ポンッと、頭に大きな手が乗せられる。

 

「教師が身を挺し、生徒達も、己に出来ることを最大限にこなした。こんなにも早く実戦に触れ、大人の世界を知った。この経験は後に何より繋がる。少年達のノートのように」

 

 このクラスは強いヒーローになるぞ!! 俺の頭をぐしゃぐしゃにやたらめったら撫でたオールマイトは、とても和やかな笑顔でそう言ってくれた。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 (ヴィラン)達が雄英に襲撃してきた翌日。つまりは今日。臨時休業と言うことで、のんびりと自宅待機を楽しんでいた。

 

 基本的に、マロがイズの質問攻めに遭うという形で。

 

 どうやら、なぜこんな質問攻めにあったのかという理由は、USJでオールマイトを助ける直前に俺が「かあさん」と言ったことらしい。

 

「マロには、両親がいるの?」

 

 なので、ド頭の初っ端から、こんな質問が飛んできたのだ。思わず、緑谷出久の中にいたのにも関わらず、イズごと吹いてしまった。

 

『そりゃあ、俺も元は人だ。我は汝、汝は我。我は影、真なる影。それは全体の一部。俺は俺の目的があって、理由があってお前の中にいる』

 

「それじゃあ、僕のもう一人だけど、緑谷出久ではないってことだよね……」

 

『だから初めての時にも言っただろ? 俺の名前はマロワだって。それは俺が両親から貰った名前だよ。だから、もう一人の出久とは言わなかった』

 

「十年間も体を渡してたのは僕だけど、僕は何もマロのことを知らないんだなって」

 

 

 部屋の椅子から立ち上がり、ベッドにぽすっと座りこむ。表情が暗いのは、イズが真面目で心配性だからだろう。

 

『まあ、十年間も知識は流れて入ってきても、実質寝てたんだったら関わりなんてほとんどないのと一緒だからな。色んな意味で、俺たちはこれからだろ?』

 

「そうだね。うん。んじゃあ、まだまだ聞きたいこと聞いてもいい?」

 

『仲良くなるためにな。どんとこい』

 

   マロの本名は?

 

 A、志村転和。

 

   年齢と性別は?

 

 A、確かイズより少し上。もちろん男。

 

   好きな食べ物と教科は?

 

 A、親子丼と国語。とくに古典が好き。

 

   好きなヒーローは? その理由も。

 

 A、断トツMs.ジョーク。誰であれ人を笑わせるってのは何にも代え難い力だと思うぞ。少なくとも俺はそう思う。

 

   容姿ってどんな感じだったの?

 

 A、割かし死柄木と似たような感じだぞ? 死柄木の髪の毛よりもちょっと青色が濃かったな。それと、もう少し髪質はストレートだった。

 

   特技というか、趣味は?

 

 A、ホントのホントにちっちゃい頃に、ちょろっとピアノ弾いてたなぁ。また弾きたい。趣味とかじゃないけど。

 

   好きな言葉は? あの言葉以外で。

 

 A、勇気も狂気も誰もが持っている。だからこそ、恐怖を力に。

 

   その理由は?

 

 A、どんな状況にしろ、絶対的な力や必要悪は存在するけど、その存在理由を履き違えるのも、正しく踏み出すのも、自分たちの心次第ってこと。全部自分のものだからな。

 

   この先、志村転和はどうしたい?

 

 A、掴めなかった手をもう一度掴む。やっぱり、恐れられてるとか色々あるし、自分にとってもトラウマだからな。でも、やりたいならやり切るしかないだろ。

 

   これから先も僕と一緒に居る?

 

 A、……。

 

   どうしたの? マロ?

 

「いずくー。お買い物一緒に行きたいから、早くご飯食べなさい。お昼出来たわよー?」

 

「あ、今行くよ。待ってて」

 

 伝えるべきか、伝えないべきか。俺は大いに悩む。だって俺がこのイズの中にいる理由と、その経緯を示す質問だから。

 いつか終わりが来る。口で言うには簡単だが、その勇気が足りない。昔から俺は、臆病だから。

 

『実は  

 

  また後で聞くよ。その方が、しっかり聞けるしね」

 

 少しだけ和やかに笑ったイズは、ゆっくりと立ち上がり自室の扉を閉める。まるで、俺の存在を部屋の中に置いていくように。

 それでも良い。淡泊に接している方が別れが楽だから。何も思わなくなるから。でも……。

 

『少し寂しいな、かあさん。もう、タイムリミットが近いって言うのに』

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 かあさんはいつも優しかった。とても良い笑顔で、昔話をよく話してくれる。そんな素敵な人だった。

 とうさんのこと、自分のこと、そして、まだ見ぬとうさんのかあさんのこと。そして1つ、かあさんは自分の秘密を教えてくれた。

 

「転和? 私はね。秘密の個性を持ってるのよ」

 

   教えてあげよっか。

 

 まるで、悪戯が成功したときの子供のような無邪気な笑顔を、かあさんは俺に向けたのだ。とうさんに散々無個性だと蔑まれ、周囲の人間にも侮辱されてたかあさんが、誰でもない俺に。

 思わず頷いていた。好奇心が殆どの感情に従って、俺は首を縦に振っていた。

 

「私の個性はね。人の()()()()になれる個性よ」

 

 もう覚束ない記憶の上澄みに残った、忘れられないかあさんの言葉だ。

 もうこの頃のかあさんも、今のかあさんもいない。でも、かあさんの面影は、俺の中にある。




 さあて、次は次週だ。


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俺たちの存在を ~体育祭編~
第十五話 時空旅行者(タイムスプリッター)浮遊板固め(ホバーボードロック)


 題名からプロレスネタをぶっ込む男。それが俺!
 そう言えば、アイシテイマス! の外国人ってどこに行った?

 アニメ版のオープニングにある、サビの所。make my story~♪のところのトゥワイスとトガちゃん弔の2~3コマの映像マジで好き。トガちゃんの後ろ姿まじ最高。


 USJ(ヴィラン)襲撃事件から2日後。臨時休業と言うことで、俺たち生徒たちは自宅待機からの解放を受けて学校へと登校してきていた。

 1年A組の生徒達は、確かな不安といっしょに。

 

「おはよー」

 

「おはよう緑谷くん」

 

「デクくんおはよー」

 

 一番窓側にある自分の席に鞄を置いたイズは、挨拶してくれた人と談笑をしたりして、朝のホームルームの時間を待つ。

 昨日はイズと話をした。ほとんど質問だったが……。また、そのことで母のことをほんの少し思い出した。話せない秘密も、胸の中にしまいこんだ。

 

「お早う」

 

『わお!! ミイラマン!!』

 

「マロ?」

 

『ウィッス。スンマ村』

 

「ふざけない」

 

『ごめんなさい』

 

 扉をガラガラと音を立ててきたのにも関わらず、音もなくスッと静かに入って来た担任。ミイラのように全身包帯で巻かれた相澤がやって来た。

 おかげで、教室内がざわめくが、鋭い眼光1つで生徒を黙らせる。

 

「1つ。先日の件だが……、良く乗り越えた。だが、まだ戦いは続いてる」

 

 まさかまた敵が!? 後ろの峰田と共に、心の中で少し焦ったところにかけられた言葉は、

 

雄英体育祭が迫ってる!!

 

   クソ学校っぽいの来たッ!!

 

 相も変わらず、どうでも良いところで思っていることがシンクロするクラスメイトに、俺は苦笑いを浮かべつつも、何か茶化すこともなく、静かに相澤の話を聞き届ける。

 

「個性の使用禁止のオリンピックに変わり、この日本を代表するスポーツの祭典になった。これはお前らに与えられた受難でもあり、チャンスでもある」

 

 学校行事である以上、俺たちが経験できるのは年に一度の三年間でたったの三回だけ。ここで名を広めることが出来れば、有名な大手のヒーロー事務所からのスカウトも見込める。

 

「ヒーロー科としては外せない行事ってことね」

 

「当然そのとおりですわね。全国のトップヒーローが観ますわ。つまり……」

 

   たった三回だけの巨大なチャンス!!

 

『暴れる他ないな、俺たちが持っている選択肢は。そうだろ? イズ』

 

「そうだねマロ。僕たちの大舞台だ」

 

「いいかお前達。雄英体育祭は今日から数えて2週間後の日曜だ。それまで、通常授業やヒーロー基礎訓練などの実技もある」

 

 体力の減り具合や精神の摩耗。色々な加減でコンディションが悪くなる。

 

「自主的な特訓なども学校側は認めている。だが、そのせいで本番、100パーセントの力が出ませんでしたじゃ話にならん」

 

   心してかかれ。

 

 たったひとつ。心構えのことばだけで、クラスの空気が瞬時に変わる。和やかな雰囲気から、それでいて、熱と闘志を帯びた空気に。

 

「マロ。頼めるかな……特訓」

 

『任された。学校でするって引子さんに伝えろよ』

 

「もちろん」

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

『さて、今からイズの特訓を始める予定なのだが……』

 

 何で、麗日・飯田・蛙吹・葉隠・切島(おまえら)がいる!!

 

 まぁまぁ落ち着いてよマロ。ドウドウと両手を立てて落ち着けとなだめるイズに免じて、蒸気機関のような鼻息を納めず、怒り肩だけ納刀する。

 

「何でみんながいるの? 一人だけのつもりだったんだけど……」

 

「俺は! クラスで一番であろう実力を持つ君が、一体どんな特訓をするのか気になった。勝手に来たのは謝る。すまない緑谷くん」

 

「私も、勝手に来てごめんね。あの、デクくんって分析が得意だから、出来れば練習に付き合って貰ったりして欲しいなって思って。もちろん! お手伝いもするから、貰うだけはアカンもん!!」

 

「私も、飯田ちゃんと似たような魂胆かしら。それに、USJで助けられたときも、行動が迅速で対処も良かった。だから、緑谷ちゃんがすることに興味を持ったわ」

 

「何て言うか、楽しそうだったから!!」

 

「勝手にこそこそするのは男らしくねぇ。悪かった。この通りだ。だが、俺の個性に出せる幅があるなら、個性の違いはあれど、色んな目的に合わせて使う緑谷に色んな話を聞くのが良いと思った」

 

   それに、プロレス技を教えて欲しい。

 

「俺の取り柄は速さ。それに合わせた蹴り技を鍛えてきたが、安直すぎる答えは相手にも読まれやすい。一捻り加えたものを学びたい」

 

「私も。目的のための道を進むには、そのことだけじゃ駄目なんだと思ったから。それに、近接苦手だし」

 

「お茶子ちゃんと同じだわ。自分で言うのもなんだけど、私は、可も無く不可も無い平凡。舌だけの攻撃は単調だわ」

 

「私も私もー! 相手に見えない状態でプロレス技使えば、多分私最強だよ!?」

 

「ただ攻撃を受けきるだけじゃ駄目なんだ。男なら、拳で、体で話さないといけねぇこともある。だから、あの爆豪にやった背中の奴とか教えてくれ。頼む」

 

 約一名以外は本当に真剣さ感じる答え。そして葉隠ェ……。

 

『お前の服脱がして犬のリードつけて透明犬にしてやろうかっ!!』

 

 倫理的に駄目だからね! っという出久先生のありがたいツッコミを受けた俺は、もうなるようになれと静観モードに入る。

 

「別に、教える分には至らないところがあっても良いなら良いし、手伝ってくれるなら心強いけど……。いいの?」

 

 返ってくるのは、もちろんという五人とも同じことば。

 

「緑谷は今日、何する予定だったんだ?」

 

「予定って言っても、そんな凄いことじゃないよ? ただ、自分に足りないことを埋める作業と、出来ることを伸ばす作業をするつもりだったんだ」

 

「できないことって……。緑谷ちゃんにできないことがあるだなんて想像できないわ」

 

「ウチもそう思う」

 

「僕は完璧人間じゃないよ」

 

 イズの短所。それは単純に個性〝ワン・フォー・オール〟のオンオフと部分的な使用。長所はもちろん観察眼。思考速度も速いから同時処理だなんてこともできるようにしたい。

 ついでに言うなら、この特訓には、俺のことも入っている。俺の場合、戦闘時の中距離以上の距離感での戦闘方法の模索ぐらいだが。

 

「みんなは何か考えてたの?」

 

「俺は見学させて貰うつもりだった」

 

「私は、戦い方を作れればなぁって」

 

「私も見学したいと思っていたわ」

 

「はいはーい! 私も見学ー!」

 

「俺は……。俺は緑谷と()って見てぇ」

 

『え? ()ってみてぇ?』

 

「戦ってみたいってことだよね? 切島くん」

 

 俺のホモネタは全く拾われることなく、エプロンサイド(話の場)から落ちてったようだ。114514的な感じで、4484的な感じで遊びたかっただけなのに。

 きっとイズは、花道でこけて頭でもリングの角に打っとけとか思ってるんだろう。

 

「俺は真剣だ。爆豪や轟みてぇな奴もいる。けど、お前は打撃とか肉弾戦がメインだろ? 俺の個性は固くなるんだから、固い状態でどれぐらい攻撃を受けれるとか調べたいこともあるから」

 

「それなら……。10分一本勝負でも良い? 僕も、課題が見つかると思うから」

 

「10分でも1時間でも。俺はやるぜ!」

 

 イズか飯田に審判を頼むと、そのまま体育館の真ん中へと行く。

 

『構築の使用は無し。ワン・フォー・オールの使用だけで勝つこと。また、常時発動と、全身に対する使用を禁止とする』

 

「うん」

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 

 

 今回の勝負。イズに対して全く助言はしなかったが、それでもしっかりとイズは戦っていた。

 

 一本勝負。ルールはギブアップとレフリーストップ(飯田の判断)のみ。そんな単純なルールで、打撃に耐性のある切島に真っ向からむかっていったのは良いことだろう。

 課題のオンオフをハッキリとさせるため。常時の発動を禁止させたことで、どういうタイミングでの発動が苦手なのか。どこに発動するのが苦手なのかが分かった。

 

「10分って、思ったより長いんだな。驚きだ」

 

「切島ちゃんか防戦一方になるかもと思ったけど、攻守が目まぐるしく変化したのには素直に驚いたわ」

 

 そう。俺もイズも驚いたのが、切島のカウンター攻撃。

 常時発動が出来ないことも有り、連続攻撃が仕掛けられなかったイズの隙をしっかりと殴っていた。防御するタイミングには、まだラグはあれどもしっかりと個性を使い硬化のガードをする切島に、口笛まで吹いてしまった。

 

「けど、絞め技って凄いんだね!」

 

「切島くん、バタバタって足しか動いてなかったもんね! 緑谷くんスゴイ!」

 

 イズが選択した技はホバーボードロックと言う絞め技。

 殴りかかろうとした切島の右ストレートを左の甲ではじき、両手を首に回す。跳び膝蹴りの要領で右膝を切島の顎に添えると、背中から地面に落ちることで、顎から顔にかけて衝撃を与えた。

 カウンターにはカウンター。ノーモーションで始まるこういったカウンター技があると実演もかねたのだろう。イズはY2Jの代名詞でもあるフェイスバスターのコードブレイカーを繋ぎ技にした。

 

「コードブレイカーなんて使う気も無かったけど、どうにかして寝転ばさないと行けなかったからね」

 

 その後は絞め技。うつ伏せに寝転んだ切島の左手首を右手で持つ。肩口から背中。そして自分の手首をトンネル状になった切島の腕の中で通し入れて掴む。

 

「アレ痛すぎんだろ。飯田が止めてなかったら腕折れてたと思うぜ? 個性まで使ってんのに」

 

 あとは、掴んだ切島の手を背中側に回すだけ。なかなかに抵抗したが、最後の最後は、ワン・フォー・オールを両腕に使い技を決めた。

 

 時間旅行者の必殺技でも有り、本来は立った状態からかける技。体格差も何も関係なく、最後の背中に回すことさえ出来れば、誰にでも出来る技。

 

「訓練でかっちゃんにやったバッククラッカーは背中に回らないと使えないけど、さっきやったコードブレイカーは完全なカウンター技だから。切島くんの目的にもぴったりだよ」

 

 2つとも簡単だし覚えやすい。俺がイズに教えた技の中でも最初期に、咄嗟の判断で使いやすい技として教えていた。

 

「ホバーボードロックは難しいけどね」

 

「いや、肘鉄とか、逆水平とかも痛かったし、ずっと硬化し続けることはヤッパリ無理だな。ただ、爆豪とかに出来たらいいかも知れねぇ」

 

「爆豪くんの手でドカーンってならない?」

 

「そこだよ! 俺の個性は、個性そのものがタフネスだ。ダメージも、物理的なものは差はあれど軽減できる」

 

「個性の使用限界時間を延ばすことが出来れば、相手の個性に関係ないんじゃないか!? 二人ともっ!!」

 

 俺とイズ。そして飯田を除いた4人は同時には同じことばを口にした。

 

 「それだッ!!」

 

 こうして、俺たちの、たった2週間の特訓が始まった。




 今回のプロレス技

『コードブレイカー』
Y2Jでアルファ(最高)の存在が使うノーモーション(無行動)フェイスバスター(顔面壊し)。カウンターとしてもフィニッシュホールドとしても使える技。
 不意打ちには持って来いの瞬間的に使える技なので、ストーカーとかに使えるかも? ただ、バッククラッカー同様地味に痛いです。気をつけて。

『ホバーボードロック』
某未来へ戻る? 物語に出てきた2015年の世界での浮いたスケートボードの名前から。くるくる回って気づいたら決まる。そんな技ですが、決まれば一瞬。あの技が嫌いな人がいるほど。
 フィギュアで技を表しているサイトのURLを下に貼ります。動画調べると驚くかも。
 絞め技は、冗談でもしないでね。

ホバーボードロック
http://pro-wrestling-waza.doorblog.jp/archives/13536199.html
リンク飛べないかも。飛べなかったらごめんなさい。


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第十六話 3つ! 言わせて下さい。

 雑になっちゃったかな?
 ホントは障害物終わるまで書きたかったけど、そこまで行かなかった……。


 雄英体育祭の前に出来た2週間の空白。その毎日を体育館で過ごし、特訓と称して色々なことを試していた。

 

 個性の限界を探り、またその限界をカバーすることを考え、実践。組手に二対三の模擬戦。そこで見えた長所や短所。良かったこと悪かったこと。俺の考えをイズに伝え、そこから飯田・麗日・蛙吹・葉隠・切島の5人に伝えていた。

 飯田と切島は長所を伸ばす。麗日と葉隠は短所を埋める。蛙吹は、1つの大きいものを作る。無理でも、その原案をと言う方針。たまにオールマイトが来ていたのもプラスになっていたようだ。

 

『さてさて、暴れるとしようか』

 

 ぐぅ~ッと背を伸ばし、イズはふっと息を吐く。

 

「僕たちに出来ることを全力で!」

 

 実際の所、形あるものを作れたのは切島だけ。それも個性面じゃなくて、近接戦闘の形。

 

『みんなには悪いな。あんまり役に立てなかった』

 

「気にしなくて良いよ。最後の日、みんなにありがとうって言われたし。十分でしょう?」

 

 そして今日は雄英体育祭の本番当日。既に控え室の外ではかなりの喧騒が広がっていた。

 

 この体育祭の開催自体多少の物議を醸したが、それでも暗い雰囲気を吹き飛ばす話題にするためと決行。また、例年に比べて5倍の警備体制。

 メインとなるのはもちろん最終学年である三年生だが、(ヴィラン)襲撃を乗り切った1年。つまりは俺たち目当ての人たちも多い。

 

「なぁ、緑谷……」

 

「どうしたの? 轟くん」

 

「このクラスのナンバーワン。それは恐らくお前だろう。爆豪も俺も、総合的に見ればお前に負けてる。それが俺の考えだ」

 

「買いかぶりすぎじゃないかな? 僕は出来損ないの木偶の坊だよ?」

 

「俺の意見ってだけだ。だが、それがオールマイトに目ぇかけられてるからって言うなら、俺はお前に勝つぞ……」

 

 突然の宣戦布告。クラスの上位を序列つけるなら、イズの次は恐らく轟。そして爆豪。プロヒーローの息子である以上、2番手が嫌なのか。それとも別の理由があるのか。

 

「轟くんが一体どういう理由で僕にそう言ったかは理解できないし、理解する気もないよ」

 

 おいおいどうしたと怖い空気にならないようバランスを取ろうとしてくれた切島を手で静止させる。

 

「入学から凄く濃い時間を過ごしてきた。それはヒーロー科だけじゃなくて、他の科もそう。そんな中『みんながトップを』って手を伸ばすところでのんびりする気なんか全くないよ」

 

『イズ。思ってることは全部言った方が良いぞ?』

 

 ニヤニヤしながら言われても、全く説得力が無いよ。だなんて言われても気にしない。声に出さないと伝わらないことがあるから。

 

「僕は、僕たちが培ってきたもの全部を出して突っ走るよ。それに……」

 

「それに?」

 

『後は任せた。マロ』

 

 何でそこで俺!? と驚きの顔を表に出さないよう意識を浮上させる。

 

『マロの言葉も僕のことばだから。二人で緑谷出久。なんだっけ……。我は汝、汝は我。でしょ?』

 

「それに、一度掴んだチャンピオンベルトは離さない主義なんだ。だから、1年での1位って言うのは入試だけじゃなく、実際でもそうだと証明してみせる」

 

 この試合で勝つのは俺たちだ。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 携帯の着信音に反応して、イズが画面を開いた。

 

「メール? 母さんとオーr、八木さんから」

 

『何て?』

 

「母さんはいつも通りだよ。怪我しないでね。とか、頑張って。とか」

 

『なら、心配させるような無様な格好は見せれないな』

 

「八木さんは……。件名がオーダーってかいてる」

 

『指令ってことだろ?』

 

「君が来たって言うところを知らしめろ。だって」

 

『ワン・フォー・オールの継承者としての実力をとかどうとか。まあ、こんなの気にしなくてもいい。始めから俺たちの目的はトップだからな』

 

「けど、口にするのとしないのじゃ変わるよ?」

 

 携帯をポッケにしまったイズは、入場の号令を待つクラスメイトの隣へと近づく。

 

「ねぇねぇ緑谷くん! 私頑張っちゃうから!」

 

「俺もだ。男らしく正々堂々な」

 

「緑谷ちゃんに教えて貰ったこと、活かしてみせるわ」

 

「緑谷くん。あの2週間俺を鍛えてくれたこと感謝している」

 

「デクくん。私頑張る!!」

 

 約一名、顔がうららかじゃない。けど、力が入るのは当然だ。

 暗い通路の中を進むほど通り過ぎていくクラスメイト。その一人一人が思うことを呟き、静かに闘志を燃やす。

 

 光が見えた。

 

 まるであの日にすがった時のような景色。でも、この闇は重苦しくも優しい。あの光は逃げる場所じゃない。思いをぶつけるための手段。

 

『お前がどんなお前でも助ける。例えどんなことがあっても、お前は唯一なんだから』

 

「了解。オールマイト」

 

 そして、それぞれのことばを残して、光の中へと消えていった。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

『雄英体育祭!! ヒーローの卵どもが、我こそはとシノギを削る年に一度のビッグイベント!! どーせ観客のリスナーはこいつら目的だろ?』

 

 沸き上がる歓声が会場の中を埋め尽くしていく。少ない人数じゃない。物議を醸す=関心が持たれる。その構図から、今日は今までに無いほどの数が入っている。

 

(ヴィラン)襲来に遭いつつも、鋼の精神で乗り越えた雄英期待の超新星! 1年ヒーロー科。A組だろ!!

 

 一番前を進むのは他の誰でもないイズ。

 

『弱さを、怯えを見せるなよ。一つ一つの行動が、箔に繋がる。堂々と真ん中を進むなら、前を見据えた顔をしろ。もし、顔に何かだすのなら』

 

「笑顔だけ」

 

「どうしたの? デクくん?」

 

「何でも無いよ麗日さん。ただの独り言」

 

 A組の次に続くのは同じヒーロー科であるB組。普通科のC・D・E組。サポート科のF・G・H組。数は少ないものの、試合に出てくる経営科などの生徒もちらほら。

 

「さあ、これから始めるわよ?」

 

 毎年学年毎の主審が変わるのだが、今年の担当である18禁ヒーローのミッドナイトが、パシンッ! と音を立てて鞭を振るった。

 

「選手宣誓! 1年A組緑谷出久!」

 

「頑張れデクくん」

 

「しっかりしたのを頼むぞ!」

 

 応援してくれる麗日と飯田の隣を過ぎ、何でお前何だよとぼやく爆豪の隣を通り、普通科から聞こえてくる、ヒーロー科一位と言う意味深なことばを聞き流す。

 鉄製の階段をトントンと軽い音を立てながら上り、先生を始める。

 

「選手宣誓!

 

 我々、雄英高校生徒一同は、これまでに学んだことを正々堂々と出し切り、自らの成長した姿を見せ、新しく見えた課題を越えるための礎を見つけることを誓います」

 

 なんだ。普通だ。そう普通科からこぼれたことばが緑谷出久の耳に入ったと同時に、イズが口元を三日月状に歪める。

 あ、代わるな。これそう思った途端、表と裏がヤッパリ代わる。

 

『選手交代だよ?』

 

「そしてその他に、3つ! 言わせて下さい」

 

 おお? と不思議に思った観客達の声。生徒達の声。それを聞いた俺が、手をバタバタと仰ぎ声を大きくさせる。

 何事もエンターテイメント。スカウトが目的でも、強さの証明が目的でも、何が目的でも観客がいる以上変わらない。

 

「1つ! ここにいる多くの生徒は、これまでに夢を抱き、それを応援してくれた存在がいる。例えばヒーロー。オールマイトやらなんやら。そして両親に兄妹たち家族。その感謝を誇りに」

 

 パチパチとばらつきのある拍手。

 

「2つ! 中には、没個性だの(ヴィラン)向きの個性だと蔑まれ、嘲笑われてきた生徒もこの中にいる。僕自身もそうだ。個性だけじゃない部分でも、優劣をつけられた人も居る。でも、僕もみんなもここにいる。ここにいる力を信じてください」

 

 2回目の拍手は大きなまとまった拍手。

 

「そして3つ!」

 

 ついには、数字の後ろにも

 

「特にありません」

 

   ねぇのかよ!!

 

 学科と組。そして名前を言い終えた緑谷出久に待っていたのは、盛大な笑いと拍手の渦。少なくとも、この場に居る人の気持ちが一緒になった瞬間だと思う。

 

「盛大にやったね」

 

「うん。堂々としているためもあるけど、普通じゃ面白くないしね。客も味方って言うでしょ? 頑張ったよ。緊張したぁ」

 

「注目させることも必要。そういうことか。さすがだ緑谷くん!」

 

 ガヤガヤとざわめきが広がる生徒たちの気を引き締めるかのように、再び鞭を鳴らした。

 

「さてそれじゃあ早速、予選とも言える第1種目を始めるわ。先ずは障害物競走よ!!」

 

 バンッ! と謎の決めポーズと共に映し出された掲示板にも、同じく障害物競走の文字。

 

「ルールは、この特設会場の周り4キロの障害物が配置された道を進むことのみ。コースを外さなければ何をしても自由よ」

 

 甘く見ては駄目。本戦に出たいのであれば、何事も本気でやること。

 

「こんなところで涙を飲む(ティアドリンク)なんてこと、したくないでしょう?」

 

 何でもありな競走。この学校の校風と同じく、自由に妨害でも何でもすれば良いと来た。最後に一位であれば問題ない。

 目指すは……。

 

「全種目1位を取る!」




 3つ! 言わせて下さい。

 1つ! プロレスネタはあれど、技。入れて無くてすみません。

 2つ! 投稿する時間帯がバラバラ過ぎてごめんなさい。書き上がったら投稿してます。

 3つ! 特にありません。


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第十七話 WOOP!(ホォーッ) WOOP!(ホォーッ)

 題名ふざけました。

 今回は第1種目!! すみません。三話目投稿できないかも……。期待薄で待ってて。


 会場に突如現れたゲート。その門に向かって位置に着く。計11になるクラスでの総当たりレース。

 

 物事が始まるその直前。空気が重く張り付く緊張感。肌に張り付く関心を孕ませた視線が、生徒一人一人に繋がっていく。

 

【スタート!!】

 

 ランプの点灯に合わせてのアナウンス。そして一斉に走り出す数多くの生徒。

 最初から分かっていた。ゲートが狭いのは、もたつく生徒と飛び出す生徒を分けるふるいの1つだと言うこと。ゲートの狭さに怒る生徒を尻目に、イズは足に個性を発動させる。

 

『オンオフ切り替えとパーセンテージの調整。それに、部分的使用。粗いけど大分形にはなった。』

 

「戦える!!」

 

 イズが使えるパーセンテージの限界値。それはもう既に10パーセントに到達し、安定するようになっていた。

 オールマイトに比べてみたらとても弱い力。十分の一しか戦えないと言うこと。だが、これは競走。直接的な殴り合いでもない上に、『緑谷出久』より格上な生徒はいない。

 

 タンッ! と軽い音がしたのは、体を小さく屈めたイズが踏み切り飛び出した音。狙うはゲートのランプがある上の所。

 

 下では轟による無差別凍結により地面がCHAOS(ケイオス)な感じになっているが、空中では関係ない。

 

『爆豪がいる。巻き込まれんなよ?』

 

「大丈夫!!」

 

 ガシッとランプのバーに手をついたイズは腕を引き、足を体とバーの隙間に入れ、パルクールの要領で地面へと降りる。

 もちろん着地も手をつき、首、背中へと力を逃がすように前に転がりながら、それでいて勢いを殺さないやり方で。

 

『いつの間にパルクールなんて覚えたんだよ』

 

「ちらっと動画で見て、簡単なやつしか出来ないけど、それでも早く進めるようにはなった!」

 

 凍った地面をスライディングして滑りながら進んだ先。先に轟や爆豪が入ったことから実況が入ったが、一般入試のお邪魔ギミックとなっていた0ポイント仮想(ヴィラン)の巣窟こと『ロボ・インフェルノ』へと突入する。

 

「あの時は怖かった。拳なんて握れなかったし、今よりも弱かった。なにより、心が」

 

『今は違うもんな?』

 

「うん。動けない木偶の坊じゃない!」

 

 巨大な体の機械屑なんて、もう怖くない。どうする? そんな疑問なんてイズにの選択肢にはもうないだろう。

 

 轟の個性で凍り付いた2、3体のヴィランが崩れ落ち、会場も生徒も驚きの声が広がる。攻略と妨害を共にこなし進む背中を振るわれた機械の右手に飛び乗り、そのまま駆け抜ける。

 爆破により発生した風を利用して壁を越えた爆豪に、肘から伸ばせるテープを使って飛び越える瀬呂。

 

【A組の生徒が続々と抜けていく! 今抜けたのもA組の緑谷だな!!】

 

【個性の温存か、アイツの個性なら動けない状態にも持って行けるが、それをしないで先に進んでいる】

 

【ついでに、ロボの装甲板を一枚剥がしたが、何に使うんだぁ!? 気になるが、次の所の実況もしていくぜぇ?】

 

「早く次へ行こう。手間取ってはないけど、先頭からは遅れてる」

 

 先頭は開幕と同時に妨害行為に成功した轟。続いては、直ぐにロボに反応して、空中という最適解を見出した爆豪。地で足が速い飯田もそれに続いている。

 

「やっぱりA組の皆は速いね」

 

『この前のタイミングで、オールマイトって言うプロと、(ヴィラン)連合っていうマジな奴を見たからな』

 

 たった1時間ほどの短い中で、A組の二十人+Aは、糧となる経験を積むことが出来た。

 他の科の生徒たちも最善を尽くしていることだろう。だが、あの経験がA組にもたらしたもの。自分たちの上の世界。悪がばらまく無差別の恐怖。目の前の状況に対する分析力。そして何よりの自信。

 

『止まって考える時間が少ない。それは偏に、自分の力に対する自信と、目の前にある迷いの打ち消し方を知っているから』

 

 二つ目の関門。それは巨大な石柱群。そして、各石柱を繋ぐ様々な長さのロープ。つまるところの綱渡り。その名も『ザ・フォール』。

 

『落ちたらどうなるんだろうな』

 

「考えさせないでっと!」

 

 足に個性を発動させたイズが、まるでウサギのようにピョンピョンと跳ねるように石柱を飛んで渡っていく。

 石柱間は目算で約十メートルから十五メートルと言うことを考えると、馬力の低い状態ですら、常人の何十倍もあるようだ。

 

『ほんっと、ワン・フォー・オールは不思議な個性だな』

 

「けど、最高の個性だ!」

 

 サポート科の女の子がワイヤーフックを使って移動しているのも気にせず、飛び越えていく。

 

「あ、ちょっと!! 私の注目を取らないでください!!」

 

「えっ!? あ、ご、ごめんなさい」

 

『言いながらも進むんだな。お前……』

 

「待ちなさーい!!」

 

『待てと言われて待つ奴はこの状況下にいないだろ……』

 

 一気に差を詰め、絶妙にダサい渡り方でロープの上を進んでいた飯田の後ろに着く。だいたい四、五番目と言ったところ。

 先頭である轟爆豪とは少し離された第2集団。

 

【トップの轟が第二関門を突破したぁ!! 続いて爆豪、そして飯田と緑谷だぁ!!】

 

【あの装甲板はいつ使うんだ。重いものを持ち続けるなど不合理の極みだ】

 

【さあイレイザーの愚痴は気にせず行こうぜぇ!!】

 

 鉄柵で覆われた少し開けた場所。突き立てられた立て板には『DANGER』という、見るからに危険な区域。

 

『何の躊躇もなく飛び込んだな』

 

 あの二人はホントにすごいよ。そう言いながら装甲板を使い地面をガリガリと掘り起こすイズ。第1種目も大詰めに入ったこのタイミングに来て、やっと出番が出てきた装備に俺は苦笑いをしてしまう。

 

『飛ぶのか?』

 

「大爆発で混沌(ケイオス)が生まれる。そんな中、僕は空を舞う暗殺者(エアリアル・アサシン)として先へ行く」

 

 第三関門であり最終関門。視認できるギリギリの深さで埋まった、威力小音量大の嫌がらせ地雷が大量に埋まった一面の地雷原。その名も『怒りのアフガン』。プレゼントマイクによると、失禁必至。

 

『男がしたらブーイングだな』

 

「遊んでる場合じゃないよ! 出来た!!」

 

 入り口は生徒達が最も気をつけるポイント。それはつまり、地雷が処理され(踏まれ)ず最も埋まってる場所。

 視認できると言うことを考慮して深さの推測は約15センチ。

 

 ヒーロー科のB組てある塩崎さんが怪訝な顔をしてイズのことを気にしているが、そんな視線を一蹴し集めた十数個の地雷。

 

『合言葉は?』

 

WOOP!(ホォーッ) WOOP!(ホォーッ)

 

『それは鳥だけど、イギリスの悪鳥だから!!』

 

 イズの選択自体が混沌(ケイオス)状態の中、乱雑に積み立てた地雷の上に板を挟んで飛び乗る。

 

【おおーっとぉ!? 後続で大爆発が起きたぞぉ!?】

 

【緑谷が最初にとっておいた装甲板がここに来て役目を果たしたな。猛追だ】

 

【っーか! 現在1位争いをしていた轟と爆豪を  

 

「越えたっ!!」

 

  追い抜いたあーっ!! 喜べマスメディア!! お前らの大好きな最高の熱い戦いだぜぇ!!】

 

 爆速ターボによって空中を飛ぶ爆豪が爆破のスピードを一段階上げ、追い抜いたイズを追いかける。足場を安定させるため轟が足から氷の一面を作り出す。

 

『失速するぞ!! どうする気だ!!』

 

「着地のロスなんか作ってられない。ここっ!!」

 

 空力に則った一回転。左手は板に繋がったコードを握っている。右手はフリー。そして体勢は、二人に向かい合った逆さ向き。

 

   SMASH(スマッシュ)!!

 

『ぶっ飛べ』

 

「クソがぁッ!!」

 

「ッチ!!」

 

 デコピンによる牽制射撃。ワン・フォー・オールによる増強は、空気を叩き衝撃波を一直線に打ち込んだ。

 

「クソナード!! そんなもん避けれんだよ」

 

「トップは俺だ」

 

「最高の三手のための布石を!!」

 

 一手目は大爆速ターボ。二手目はデコピンスマッシュ。そして最高の三手目。妨害と進行への同時両立を成す最高の選択肢。

 

「このベルト()は渡さないよっ!」

 

 圧力を感知したカチカチッという音。イズの板が再び地面を捉え、誰にも踏まれない地雷を処理(利用)する。

 

【再びの大爆発が発生したぁーーっ!! 緑谷出久、地雷原を即クリア!! おいイレイザー、A組はどうなってんだ!?】

 

【試合前に轟が宣戦布告したらしい。だからトップ三人がそれぞれを意識して暴れてるんだろ? 勝手に火ィつけてんだ。俺が知るか】

 

 後は会場内へと進むだけ。着地も受け身を完璧に決めてロスもない。後続のことを考える余裕もないイズは体を倒し全力で腕を振る。

 それでいい。愚直な奴があがく姿を応援しない奴は居ないから。

 

【誰がコイツが来ることを予想した!! 有名な存在で視界を埋め尽くすと思わぬ存在が牙を剥く。入試1位の実力は確かに本物。ベルト防衛を成功したV1男】

 

   緑谷出久の存在を!!

 

「ルゥエヴェルが違ぇんだよコノヤロー!!」

 

 イズの叫び声は会場内を響き渡り、そして多くの者の心に刻まれる。予告通りの1位(ベルト防衛)。そのインパクトは、とても大きいものになる。

 両手を広げ天を仰ぐ()()()()に、賞賛を表す拍手の雨が降り注いだ。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「つ、疲れたーぁ」

 

『これだけ格好良く派手にゴールしたんだ。直ぐに息整えて余裕な表情をしとくんだ。勝手に相手が勘違いするから。疲れてねぇぞって、強ぇって』

 

「わかったよ」

 

 スゥーっと深く息を吸い込み、流れ続ける疲れを息として入れ替え、頭を透き通らせ落ち着きを取り戻す。

 

【続いて轟が二番! 爆豪が三番手だぁ!! ハイお疲れ様ぁ、順位等は後で集計するぞ。第1種目の通過の最後も後で教えるから、諦めずに走りまくれよ?】

 

『大分落ち着いてきたな。ほら、爆豪の睨み具合を見てみろよ』

 

「ひっ!?」

 

 相も変わらず弱きなイズだが、それも仕方ない。両目かっぴらいて瞳孔を開き、血走った目で此方を見ている。

 正直俺でも少し怖い。あの顔でヒーロー志望とか、助けられる方が怖がらないか心配になる。エンデヴァーとレベルが変わらない。

 

「凄いねデクくん! アナウンス聞こえてたよ。私もうフラフラで悔しーよ」

 

「この個性で遅れた。まだまだだな僕……俺は……」

 

「まあね、装甲板が使えなかったら問題だったけどね。最後で出番があって良かったよ」

 

 予選が終わり、42番目に入場してきた青山のところで、第2戦目へと進出できる制限を迎えた。

 ミッドナイトの指示によって42名の名簿が電光掲示板に映る。もちろん一番上にある名前はイズの名前。

 

「轟くんにかっちゃん……」

 

『B組の塩崎に骨抜。他にも鉄哲徹鐵(てつてつてつてつ)もか。けっこう来たな』

 

 11クラスの生徒達が一斉に戦い始めた中で、残ったのは約二クラス分の人数だけ。43番目以降はレクリエーションとして出番が用意されているため、そそくさと自分のクラスの場所へと戻っていく。

 

【それじゃあ2番目の種目に行くわよ。本戦とも言えなければ予選とも言えないこの第2回戦。その種目は、騎馬戦よ!!】

 

 ルールは二人以上四人以下でグループを作り、鉢巻きを争い合う。

 

【42位から5ポイントずつ与えるわよ? 41位は10ポイント。40位は15ポイントっていう風に】

 

「と言うことは、1位の僕たちは210ポイントか……」

 

【そして1位は、1000万ポイントよ!!】

 

 緑谷出久の内外で同じ言葉を使ってしまったのは悪くない。同じタイミングで叫んだことも悪くない。

 ミッドナイトの言葉に反応して、フィールドでも会場でもモニターでも、俺たちに視線が集まってしまう。

 

『「はあ!?」』

 

 雄英は俺たちにまだ受難を与えるらしい。

 

『ホントに混沌(ケイオス)だわ』

 

「う、うん」




 技が出てきていないので、今話のプロレス()()

『CHAOS』
読みはケイオス。混沌という言葉の新日ヒールユニット。最近あんまりヒール活動していない。創設者は『崇高なる敏腕プロデューサー』ことYTR様。

『パルクール』
フリーランニングと何が違うか分からない障害物競走にうってつけのネタ。ユニット『CHAOS』に所属する『ザ・エアリアルアサシン』のバックボーン。

空を舞う暗殺者(ザ・エアリアルアサシン)
CHAOSの顔でもある某オカダの弟分であるジュニア選手。イギリスビックスリーの一人でも有り、空中をポンポン飛んで戦う。派手だから見てて面白いけど、人間じゃ無いと思う。

WOOP!(ホォーッ) WOOP!(ホォーッ)
イギリスビックスリーの一人で、外人が集まるヒールユニット『BARRETT CLUB(バレットクラブ)』に所属するジュニア選手権の鳴き声。見た目が鳥なので鳴き声。小ずるい戦い方します。上手いなぁって感じ。

『ルゥエヴェルが違ぇんだよコノヤロー』
CHAOSの名参謀。某オカダのマネージャーとして六年半? ずっと一緒に居たけど、この前の裏切った。ちょっと悲しく思われてる人。戦い自体はやっぱり上手い。
某オカダの強さを象徴する言葉として、『レベル』という単語が混沌とするぐらいの巻き舌を放つ。


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第十八話 ()()()()()んじゃないよ。()()()()()んだ

 今回短めです。あの人の口調が迷子だ……。助けて。


 かあさんが教えてくれた、あのクソに隠す唯一の秘密。それが、〝憑依人格〟という個性の話。

 

 取り憑いた物の望む姿として、本来の体を消し第二人格として生きることが出来る個性。その禁忌でもある個性を、かあさんは昔貰ったらしい。

 

『この個性を発動させてから10年が終わった日。第一人格の体を乗っ取ってしまうのよ』

 

 試したことは無い。舌を出しながらお茶目にそう教えてくれた。

 

『時間が無いんだ』

 

 緑谷出久の誕生日は7月の15。そして今は……。

 

 俺が呟いたその言葉は、会場を埋め尽くすざわめきによってかき消される。もちろん、イズの耳にも届かない。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 提示されたように、緑谷出久が所有する点数は、他の追随を許さない八桁のポイント。

 5ポイントから始まり、10、15、20、50、100、200と順序よく42位から2位まで上がってきた中での異常な数字である1000万ポイント。

 

『これをケイオスと言わずして何という』

 

「はわわ……どうしよ……」

 

【ルールは簡単よ! 先ずは時間を設けるから、2人から4人で1つの騎馬を作りなさい。そして、その騎馬に参加している人の持ち点。その点数全て足し算したポイントを書いた鉢巻きを配るわ】

 

 一人一人から取るわけではなく、あくまでも一チームから取るという構図。ただ、違う部分ももちろん存在する。

 

【騎馬が崩れても立て直して良いわ。ただし、騎手が地面に体をつけてしまう。や、場外に出てしまうとその時点で失格。ポイントは0になる。いいわね?】

 

 ルール説明はこれで終わり。さて、オロオロとしているイズは、先ほどまでのかっこよさがなくなり、離れていく人たちに対してワタワタと不安な心を駆り立てられている。

 

『そりゃ、八桁なんざ他の奴からしたら厄ネタも良いところだろ』

 

「話する以前に、皆目も合わせてくれないよ……」

 

『まぁな。爆豪なり轟なり。確実に強い奴らに狙われるのは必至だからな』

 

「作戦とか……。というか、タッチ(選手交代)したいんだけど」

 

 さて、どうしたものか。まあ、A組の奴と組むにしろ、B組の奴と組むにしろ結果も変わらない気がするが。

 

『まあ、二人くらい気になる子が居なくも無いが』

 

「誰? A組?」

 

『いや、B組だ。あそこに居る二人』

 

 俺の視界の先。まっすぐに見据えるのは、結われた髪が緑の色をし、所々で棘を持つ『塩崎 茨(しおざき いばら)』。

 そしてもう一人、クラスメイトである切島と個性が似ている、全身を鋼鉄に出来る個性を持つ『鉄哲 徹鐵(てつてつ てつてつ)』。

 

「でも、B組は僕たちA組を敵視してるから、チームを組むのは難しいんじゃ……」

 

『そこは交渉次第だろ? ヒントはやった。早く行かねぇとチーム作られるぞ』

 

 意を決したのか、それでも一抹の不安を抱えたイズは、テクテクとB組が固まっている辺りへとむかう。もちろん他クラス。それに、(ヴィラン)による襲撃事件などから、敵視等を持っている彼らの中を進むと、チラチラと痛い視線が刺さる。

 

「あれれ~? 君は1位で、A組で、入試も1位だった緑谷くんだよねぇ? なんでB組に来てるのかなぁ。あ、独りぼっちで味方がいないからかな?」

 

「あ、いや、そういうわけじゃないけども……」

 

「ぼっちはここで退場したらどうなンガッ!!」

 

「物間! 試合前にちょっかいかけられるなんて偉い余裕ね。ごめんね緑谷くん。こいつ、物間って言うんだけど、何て言うか……アレなんだ」

 

「う、うん。なんとなく分かったよ……」

 

「私は拳藤。決勝でねー」

 

 伸された物間を大きくした腕で掴み、ズルズルと引っぱっていく拳藤。

 

「つ、強い……」

 

『早くしねぇと時間ねぇぞ?』

 

「あ、あ! うん。鉄哲くん! 塩崎さん!」

 

「んぁ? A組が俺たちに何のようだ」

 

「野蛮に言葉ですが、鉄哲の言うとおり」

 

 まあ、こうなるよね。と、ポリポリと頬を掻くイズは、単刀直入にチームになって欲しいと頭を下げる。

 

「ははー! 何でA組の君と僕たちB組がチームにならないといけナアッ!!」

 

「物間ッ! あんたはこっちでしょうがッ!!」

 

 ズルズルと引っぱられていく物間。こりねぇな。なんて思った俺は悪くないはず。

 

「傲慢。それは七つの大罪に通ずる深い罪……」

 

「なんか、物間が悪ぃな。んでも、悪ぃ奴じゃねえんだ!!」

 

「うん。大丈夫だよ。あれだけ周りにフォローされるって、あんな性格でもしっかりと周りのことを見て信頼や人望があるってことだから。あ、それで本題なんだけど……」

 

 鉄哲と塩崎の近くには他のB組の生徒かチラホラ居るが、気にしない。

 

「僕は1000万ポイントなって物を持ってるから想像に易いけど色んな人に狙われる。特に2位だった轟くんに3位のかっちゃん。爆豪くんとかね」

 

「おう。そりゃあ分かるが、だからなんっってんだよ」

 

「かっちゃんは爆破。これにはタフさがある人が必要。そして、轟くんは全体に広がる氷結。これを防げる物が必要なんだ鉄哲くんも塩崎さんも、さっきの障害物競走で個性をちょっと見られたしね」

 

 A組に勝ちたいなら、A組に対応できる個性及び頭脳がいる。もちろん逆もしかり、B組に勝ちたいなら、B組に対応できる個性及び頭脳がいる。

 A組には二人の個性で対応できる。B組にはワン・フォー・オールと想像を駆使できればほぼほぼ問題ないだろう。それに……。

 

「おーい! デクくん!! B組の人たちと組むの? 私も入れて貰って良いかな?」

 

 麗日のゼロ・グラビティ(無重力)が有れば移動に関しても問題が無くなる。

 

「僕と組む以上防衛戦になるのは確実なんだ。だから、僕たちのポイントを守り切れるメンバーの選出。そして、ラストスパートのかかる最後の1分か2分で攻めに転じるための能力を持っている人が良いんだ」

 

「つまり、逃げ続ける戦いをするんだな?」

 

()()()()()んじゃないよ。()()()()()んだ」

 

「おお、なんかスゴイ」

 

 鉄哲の言葉の訂正。そして、誠心誠意のお願い。飯田ほどではないが、きっちりと腰を曲げて態度で示す。

 

「僕の構築は地面ないし何かしらに触れないと行けない。だから騎手は出来ない。同じく、麗日さんは五指で触れた物に個性を発動させる。だから、騎手に塩崎さん。前に鉄鉄くん。そして、右に麗日さんで左に僕」

 

 個性の弱点までも交換条件として出す。どれだけ本気なのか。冗談では無いことを伝えるため。

 

「どうか僕と騎馬を組んでください。お願いします」

 

「わ、私からも、お願いします!!」

 

 なぜか麗日まで頭を下げたことには驚いたが、それでも、勢いでも何でも理由はともかく二人は首を縦に振ってくれた。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

【さてさてー? 騎馬を組むための交渉。そして、作戦立案の時間が終わったなぁ】

 

【この競技で上位に食い込みそうなのは、やはり第1種目のトップスリーだな】

 

【緑谷、轟、爆豪のことだな。まあ、他にも生きの良い奴らがたくさんだ。B組からも目が離せねぇ】

 

 さて、始まりだ。

 

 轟焦凍、飯田天哉、上鳴電気、八百万百。

 爆豪勝己、切島鋭児郎、瀬呂範太、芦戸三奈。

 心操人使、尾白猿夫、青山優雅、発目明。

 峰田実、障子目藏、常闇踏陰、蛙吹梅雨。

 拳藤一佳、柳レイ子、取蔭切奈、小森希乃子。

 鱗飛竜、宍田獣郎太、骨抜柔造、泡瀬洋雪。

 物間寧人、円場硬成、回原旋、黒色支配。

 葉隠透、耳郎響香、砂藤力道、口田甲司。

 角取ポニー、鎌切尖、庄田二連撃。

 小大唯、凡戸固次郎、吹出漫我。

 

 そして、俺たち。

 

 塩崎茨、鉄哲徹鐵、緑谷出久、麗日お茶子。

 

 全員で42名。本戦へと出られるのは四チーム分16名。足りない場合は5位から選出。

 

「僕たちは僕たちが出来ることをやろう」

 

「うん! 頑張るもん!」

 

「やってやろうじゃねぇか」

 

「罪なる悪意からの防衛戦……」

 

【さあ、騎馬戦のスタートだぁ!!】




 茨ちゃんをうまく書く方法を教えて………。


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第十九話 今、Ocupado(オクパード)だからさぁ

 ギリギリ。許して。


 思い出そう。『緑谷出久』と言う存在に嵌められた枷の内容を。

 

 一つ、イズクとマロワの両方が、《同時》に表に出ることはできない。

 

 一つ、それぞれが個性を持っているが、もう一人の個性を使おうとすると精度や性能が落ちる。

 

 ただし、互いが裏側から『緑谷出久』に対して個性を使うことは可能である。

 

「改めて全員の役割だけど……。僕の個性上地面ないし物体に手が触れていないと個性が発動しないんだ。だからこんな感じでっ!」

 

 主審からの宣言で始まったポイント争奪形式の騎馬戦。

 

「鉄哲や塩崎がいるが、手加減はなしだ」

 

 開幕と同時。予想通りの反応が周りで起き、まず最初に目を引いたのはB組の推薦入試合格者、骨抜柔造による床を軟化させた罠。

 

【始まったと同時にB組の骨抜が急襲ーっ! だが、第一種目一位の緑谷、ついに個性を発動した!!】

 

 塩崎の左足を乗せた左手は鉄哲と手を組み支えたまま右手を地面につけて、軟化する自分たちの周りの床を囲うように壁を構築。

 

【あいつの個性は手が触れてなきゃ発動しない。故に騎馬の後ろを担当したんだろうな】

 

【相当個性使い慣れてるぜぇ!? しっかりと自分たちの状況をわかってやがる】

 

『不味いな。状態から考えると、材質そのまま柔らかくする。固まったセメントをもとに戻す程度ならどうにかなるが、特徴無視の無条件なら、構築のしようがない』

 

「麗日さん、僕たちを飛ばして」

 

「もちろん!」

 

 素早くみんなの体に触れた麗日の個性で飛び上がり、そのまま壁を越えて開けたところへ移動の算段。でも、一筋縄に行かないのは織り込み済み。

 

「鉄哲くん、塩崎さん! かっちゃんが、爆豪が来るよ」

 

「上等だぁ!!」

 

「うっせぇ、テメェら全員ぶっ飛ばすんだよぉ!!」

 

「荒ぶる者に粛清の枷を」

 

『全国放送でも暴言とか……、逆にすげぇ……』

 

 塩崎が伸ばしたツルは直線で飛び、爆豪の進路を妨害。回避で体勢が傾いたところを、きっちりと鉄哲がヘッドバットで墜落させる。

 もちろん、スチールの個性による石頭ならぬ鉄頭で。

 

 言わなくてもわかってくれてる。イズとしてはやすいだろう。

 作戦立案と全体補助を担当するイズ。敵に対する防御と妨害の鉄哲と塩崎。移動補助と周囲警戒の麗日。

 

「爆豪! 先走んなよ、回収する身にもなってくれ」

 

 A組内、存在忘れ去られる確率第三位、『ザ・しょうゆ顔』瀬呂範太が肘のテープを伸ばして騎馬へと戻す。

 

 会場内が、反則じゃね? という雰囲気になるなか、主審のミッドナイトが「地面についていない」という理由で許可を与える。

 

「麗日さんの空中戦っていう利が消えた……」

 

「あの作戦いいわね。使いましょうか……。峰田ちゃん、常闇ちゃん」

 

「撒かれる戦乱の種」

 

「おっしゃー! 峰田様のお時間だぜ!」

 

「着地タイミング注意だよ!」

 

【さあさあさあ!! 息もつかせぬ怒涛の展開だぁーっ!!】

 

【今度はA組峰田の粘着性ボールだな。しっかりと動き辛いように設置されてる】

 

【それに、同じ騎馬の常闇と蛙吹が、爆豪たちのように飛んで戻ってだな】

 

 防戦一方。様々な妨害工作の中での行動に、頭をひねるイズ。ブツブツと口にしているのはナンセンスだが、それでも瞬時に幾重にも広がる樹形状の細かい違いのある作戦が考えられているだろう。

 

「A組の中で気をつけないといけないのは飯田くん!」

 

「B組でしたら、複雑な仮面をつけるあの者でしょうか……」

 

「物間の事だな!」

 

 轟チーム。そして物間チーム。ほかは絡めて奪っていく。

 

「全力はぶつけないといけない。それは確かだ。守り続ける防衛戦でも、城を落とす攻め手側でも関係ない」

 

 でも、単純にブッパするだけが戦いじゃないんだよ。

 

『お前が考えてることぐらいわかるさ。あのときと同じだろ?』

 

 うん。お願い。一緒に戦おう。何度も言うけど、イズとマロで緑谷出久だから。

 

「また飛ぶよ! 指示だしたら全員でジャンプ!」

 

   応!!

 

『防衛戦だとかなんだとか言ってた割に、結構暴れるんだな。まあ、俺としては楽しめる』

 

 俺は鉄哲の肩に乗せていた自由な右手を外し、地面につける。

 

「出血大サービスだ。ターンと食らいなっ」

 

 イズが作った壁。あんなもの必要ない。床全体に力を発動させ、構築する。床という存在を、

 

【なんだこれはぁ!! 一瞬でフィールドが……】

 

 迷路状のステージに。

 

「今だ! 近場から一気に奪う」

 

 迷路の形は自分で作った以上完璧な地図が頭の中に入っている。その中で、先程話した轟と物間の場所は孤立させている。

 

 まずは葉隠チーム。続いて峰田チーム。

 迷路のスタート地点に降り立った俺達は突然開けた場所が狭い通路へと変わり、状況転換についていけないところを通り抜けると同時に飛び越えて鉢巻を取る。

 

「ゴール地点に轟くんがいる! だから、僕たちはゴールまでの道中にあった敵と戦うよ」

 

「これが、運命というもの……」

 

「すごいよデクくん!」

 

「おっしゃー! このまま突っ切るぜ!」

 

【緑谷の指示が常に正確だな。十字路や丁字路。ともにツルで行かない道を塞いで進ませている】

 

【あれか、鉢合わせの回数を減らすってことか】

 

【元来、1000万を超えてる緑谷のチームに戦う必要はない。だからこそ、このさして広くもない場所を迷宮に変え、最小限の交戦で済むようにした】

 

【だが、そんなもの関係のないやつが一人ぃ!!】

 

「壁とか地面とか、関係ぇ無ぇんだよ、クソナード!」

 

「かっちゃん……。そんなんじゃ駄目だよ。芸がない。こういう時なんて言うんだっけ……」

 

 飛び出た爆豪の後ろでは、芦戸が酸を使って穴を開けてる。他のところからも、壁を壊すような音も聞こえる。

 

「俺達はお前の相手をしてるほど暇じゃねえ、忙しいんだ!!」

 

「そうそれ! 今、Ocupado(オクパード)だからさぁ」

 

 オクッ? ん? ってなっているのが鉄哲。

 うんうん。と、意味を知らず頷くのが麗日。

 なぜスペイン語……。そう言葉を漏らすのが塩崎。

 

「意味分からねぇ言葉使ってんじゃねぇよ!」

 

「荒ぶる悪意から身を潜める慈悲の盾を」

 

 首から上でなければ鉢巻をつけられないという制約。つまりそれは、ネックレス状に首にかければ問題ないということ。

 塩崎の個性上頭のツルを伸ばす上で、無防備な状態になることから首にぶら下げているが、繭状態にすれば取られないという勝ちを得るということ。

 

()()()

 

 そして、繭型のドームが形成される途中の、小さな隙間。そこに、イズの目と指と爆豪が結ばれた。

 

「スマッシュ!!」

 

 パンッ! と破裂音のとともに、デコピンによって叩かれた空気が弾け、飛び、衝撃波となって爆豪の体を薙ぎ払う。

 

【踏ん張りの利かねぇ爆豪が吹っ飛んだーっ!!】

 

【B組の物間チームから、一度取られた自分の鉢巻き含め、全部をとった勢いで敢行したんだろうが、呆気なく飛ばされたな】

 

【さあさあさあ!! 残り時間は半分もねぇぞ!! そろそろ最終って感じか?】

 

「複数の騎馬を同時に対処はし辛い。だから、もし取られてもポイントを溜め込んでる轟くんの騎馬だけと戦う」

 

「異議はねぇ! ここまで来たんだ。触れられもせずにな? やるしかないだろ」

 

 右、左、左、右、右と、どんどんと終点へと続く道を教える。

 

「前方、荒ぶる光源を確認しました……」

 

「上鳴くんかなぁ」

 

「可能性は十二分ある」

 

 ばっと飛び出した最終地点。そこに見えたのは、壁を壊して入ってきたであろう葉隠チーム。B組の角取、拳藤。そして空中に止まったままの物間を含め4チームが氷漬けにされてる光景。

 

「やっと来たな。緑谷」

 

「まあ、ここが一番安全だと思ってるからね。だって作るよね? 氷の壁。君のことだから、他のやつには邪魔されたくないんでしょう?」

 

 関係ない。守り抜く。

 

「僕は、俺の言うことを信じてるから、勝てることを疑わない。僕たちの勝利条件は、残り時間をすべて使ってこの鉢巻を守ることただ一つ」

 

 八百万の創造にはある程度対処ができる。体の強い鉄哲でぶつかっても問題ない。

 

「上鳴くんが、アホになってない。でもそれはギリギリってことだよね? もう一発は打てないはずだ。無差別放電」

 

「冷静に分析されてますわ。どうするんですの?」

 

「愚問だな。取りに行くしかないだろう」

 

【さあ、両者が睨み合って睨み合ってぇ!?】

 

【真面目にやれ山田】

 

【ちょいちょい、それ本名だから!!】

 

 騎馬自体の重心を左右にずらし騎手の姿勢そのままで轟の攻撃を避ける。

 右手が伸びるのを避け、左手が伸びるのを避ける。

 

「しつこいー」

 

「男はアタックしねぇと女の子との関係は何も始まらねーよ。麗日」

 

「そうなのか! A組のやつ!!」

 

『気にしたら負けだな……』

 

【轟たちのしつこい攻撃をしっかりと躱す緑谷チームぅ!! あれよあれよとしっかりしてるぞぉ!?】

 

【割とすぐ奪われるのかと考えていたが、思った以上の成果を上げている。防御をメインにしたのも頷けるな】

 

【最初から戦う相手を決めてやがった、その相手以外のことは考えてない行動!!】

 

「さあ! 最後の終焉まで刻んでくれる鐘が少ないです」

 

「そろそろ仕掛けられる。全員厳戒態勢!! 前騎馬の飯田くんが……」

 

   はっ!?

 

【おおっとぉ!! 気がついたら轟たちの騎馬が緑谷チームの鉢巻きを、1000万ポイントと、葉隠峰田分を奪ってるぅ!?】

 

【飯田が隠し球を放ってきたな】

 

「なぜ僕が君のチームに参加させていただかなかったのか。理由は単純だ。君を倒したかったから。だからこそのレシプロバーストだ」

 

「秘匿の鍵を開いてしまいました」

 

『大丈夫』

 

「一度下がって他の奴から取るべきじゃねぇか!?」

 

『大丈夫』

 

「けど、進むしかないよ!!」

 

『大丈夫』

 

「僕たちは勝てる」

 

『大丈夫』

 

「いつも、おんぶに抱っこだ……」

 

『気にするな』

 

 ついに、その時が来た。それだけだ。

 

『解除』

 

 そして、構築。

 

 水色の髪を緑色に構築し直し、顔の形や身長。筋肉量も、何もかもを同じに構築する。志村転和と言う存在が居ないように。

 

「で、デクくんがもう一人!?」

 

「今はそんなことどうでも良い。麗日……じゃ被るな。お茶子、個性かけてくれ」

 

【おおっとぉ!? 気づけば緑谷が二人にぃ!? 一体なにがどうなってんだ!!】

 

「緑谷くんまで、奥の手……」

 

「もしかしてマロ!?」

 

「イェス! イグザクとうふ」

 

「遊んでる場合じゃねぇよ!!」

 

 お茶子の個性が俺に付与される。つまり、無重力状態と言うこと。

 

「徹鐵!! 足場にするぞ」

 

「良くわかんねぇが了解!!」

 

 鋼鉄の体になった徹鐵の体を足場に蹴り、轟の方向へ一直線で向かう。

 

「愚策中の愚策ですわ!!」

 

【間髪入れずもう一人の緑谷に八百万が壁をぶつけっ、緑谷が壁を触った途端に崩れたー!? ホントもうどうなってんだよ!?】

 

「コンクリートは、セメントを水や溶液などで混ぜ、乾燥させてその形を作る。でも、その液を塩化水素に変換し構築すれば?」

 

「酸化することによって崩れる……」

 

「上鳴」

 

「これ以上はアホになるって!!」

 

「八百万」

 

「なりふり構って居られませんわ! 上鳴さん」

 

「あーもう、しゃーねぇな。もう一丁やってやるよっ!!」

 

【間髪入れずに上鳴が放電!! だが……】

 

【緑谷の奴、体中の皮膚をゴムにしたな。ピンピンしてやがる。構築の切り替えが異常に速い】

 

「あんだけのスピードを出した天哉はダウン。創造するよりも先に俺の方が行動できるから百は度外視。アホは論外ッと!!」

 

 鉢巻きを奪われないようにと顔の前に持ってきた轟の左手が、パチパチと音を鳴らしオレンジの色が視界に映った。

 

「火か……。そりゃ怖いなっと!! 盗った」

 

【緑谷ー!! たった1分で1000万ポイントを取り返したー!】

 

 足もとにいた天哉を蹴り飛ばし、その反動でイズの方向へと戻る。

 

「逃がす訳ねーだろー!!」

 

 眼前に広がる氷の壁。

 

「迎えに来たよ!! マロ!!」

 

「ああ、やっぱり最高だぜ、相棒!」

 

 キャパシティを無視した能力の行使で口元が膨らんでいるお茶子が、皆を浮かせてくれていた。壁の向こうから顔を出した塩崎の首に鉢巻きを掛けると、もう一度個性を発動させる。

 

「取りあえず戻る」

 

「うん!!」

 

 タッチ(選手交代)をした俺は、イズに出来た心の中に戻る。四歳の頃に開いてしまった心の隙間に。いや……。

 

『劣等感……』

 

 新たに生まれたイズの闇に。

 

【さて、もう一人の緑谷が1000万ポイントを取り返したところで残り十秒のカウントダウンだ。エヴィバディセイヘイ!!】

 

10、9、8  

 

 氷の壁を飛び越えた爆豪に続いて、芦戸の溶解液で氷が溶かされる。

 

7、6、5  

 

 塩崎と轟のどっちが1000万ポイントを持ってるか判断する爆豪。

 

  

 

 再びツルを伸ばして防御するための繭を作ろうとする塩崎。

 

  

 

 アホになってお荷物状態になっても引き擦られる上鳴。

 

  

 

 1000万ポイントを再び取ろうとして、八百万に武器を頼む轟。

 

  

 

 そして、武器を渡した八百万と、繭を完成させた塩崎。

 

TIME UP(タイム アップ)!!】

 

 地面に顔面から着地した爆豪。

 

【もちろん1位は、1000万ポイントを取り返した、塩崎、鉄哲、緑谷、麗日チィームッ!!】

 

 イズの両目が、噴水に変わったその瞬間だった。




 今回のプロレスネタ

『単純にブッパするだけが戦いじゃない』

元は、『頭から落とすだけがプロレスじゃなぇんだよ』。髪の毛まで骨が通ってるでお馴染みのコールドスカルか放った名言。危険技ばっかりじゃなく、絡め手、絞め技もしっかりと試合を作る技だと主張したかったんだと思う。

『今、Ocupado(オクパード)だからさぁ』

元は、『俺、今Ocupado(オクパード)なんだよ』。某ゴキブリになりきれなかった制御不能の台詞の一つ。正直、『運命』、『焦んなよ』が強すぎで半分忘れ去られてる。


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第二十話 しれーっと心操がポイントを取っていた

 今日もギリギリ。ホントすみません。

 プロレスネタはありません。ホントごめんなさい。楽しみにしてたごく一部の方……。
 いや、入れようとしたんだよ? ホントだよ?

 原作通りの計算で行くと話が進みません。以下、障害物競走の順位、

 1位→42位。

 緑谷出久、轟焦凍、爆豪勝己、塩崎茨、鎌切尖、尾白猿夫、飯田天哉、常闇踏陰、瀬呂範太、切島鋭児朗、鉄哲徹鐵、泡瀬洋雪、蛙吹梅雨、障子目蔵、砂藤力道、麗日お茶子、芦戸三奈、八百万百、峰田実、口田甲司、心操人使、回原旋、骨抜柔造、耳郎響香、上鳴電気、角取ポニー、凡人固次郎、柳レイ子、青山優雅、葉隠透、物間寧人、拳藤一佳、黒色支配、小大唯、円谷硬成、鱗飛竜、小森希乃子、取蔭切奈、吹出漫画、宍田獣、発目明。

 この順番で行くと、話的にもポイントの計算が合います。


 1位 塩崎茨、鉄哲徹鐵、緑谷出久、麗日お茶子。

 保有ポイント 10000490ポイント。

 内訳 緑谷チーム。

 2位 轟焦凍、飯田天哉、上鳴電気、八百万百。

 保有ポイント 1515ポイント。

 内訳 轟チーム(510)峰田チーム(590)葉隠チーム(415)

 3位 爆豪勝己、切島鋭児朗、瀬呂範太、芦戸三奈。

 保有ポイント 890ポイント。

 内訳 爆豪チーム(665)物間チーム(225)

 4位 心操人使、青山優雅、尾白猿夫、発目明。

 保有ポイント 820ポイント。

 内訳 心操チーム(510)角取チーム(310)

 

【さあーてっ! 決勝に進出する四チームのメンバーが決まったぁ!!】

 

 5位 峰田実、障子目蔵、常闇踏陰、蛙吹梅雨。

 保有ポイント 435ポイント。

 内訳 鱗チーム(295)小大チーム(135)

 6位 拳藤一佳、柳レイ子、取蔭切奈、小森希乃子。

 保有ポイント 175ポイント。

 内訳 拳藤チーム。

 

 以下7位 葉隠チーム。鱗チーム。物間チーム。小大チーム。角取チーム。

 保有ポイント 0ポイント。

 

【こんな感じで順位が決まった訳だが、正直、色んな疑問点があるよなイレイザー】

 

【まあな。ド派手だった上位陣に気を取られすぎたのもあるが、心操がどうやって点を取ったのか。決勝に出ることが叶わなかったチームがどういう立ち回りをしたのか】

 

【と言うわけで、昼食時間に入りはするが、俺とイレイザーでさっきの騎馬戦のダイジェストをお届けするぜぇ?】

 

【俺は寝たいんだが……】

 

【まあつれねぇこと言うなよなイレイザー。んじゃ早速始めてくぜぇ!!】

 

【人の話を聞けよ】

 

 相変わらずの振り回されように、A組の雰囲気が途端に和らいだ。

 A組の全員が騎馬戦へと出場したことも有り、各々が感じたことを、お茶子が天哉にたいして問い詰めたように話が広がっていく。

 

 電光掲示板に映るのは、この競技での順位と、開始時からのダイジェスト。

 

 試合の開始での行動は、どうやら二つのパターンに別れていた。

 一つは、攻撃なり回避なり、何かしらの選択を取ったチーム。もちろん、緑谷や麗日たちのチームがこれに当てはまる。

 そしてもう一つ。

 

【心操のチーム。そして、物間や拳藤。その他B組の多くは周りを窺っている】

 

 あ、何だかんだ言ってやるんだ。と、体育祭に来ている人は同時に考えていただろう。ついでに言うのなら、プレゼント・マイクしっかりとツッコミを入れていた。

 

【展開は予想通りって奴だな。1000万ポイントを狙うチーム。そうでなくても、近くのチームから行くのがセオリーだ】

 

 だからこその妨害が入る。B組の推薦入学者である骨抜による妨害。その後の峰田のモギモギ。

 

【常闇だけ、障子の騎馬として屋根が作れるという利点を殺して、その上にいるな】

 

【重量的に障子一人だとオーバーしているように思うんだが?】

 

 ガーンッ! と、大きな音が会場に響く。ちょうど、鉄哲が爆豪を撃墜したときのヘッドバットの音らしい。

 

【この瀬呂のテープはかなり役に立ったな】

 

 シュルシュルと騎馬に戻された爆豪。なぜカメラは、当の爆豪でなく鞭を打って音を鳴らしたミッドナイトのUPなんだろうか。

 

【さて、本題はここからだぜ?】

 

 画面内のフィールドに突如生まれたフィールドを埋め尽くす巨大な迷路。

 

【これのせいで緑谷たちから目が離せなくなったんだよなぁ……】

 

【場の変化に対し、一番に対処を行ったのは三組だな。轟、爆豪、そして物間の騎馬。他の騎馬のほとんどは、立ち止まってる】

 

 葉隠と峰田から取ったポイントを塩崎が首にかけると、そのまま先へと進んでいったが、ここから峰田の騎馬が頑張った。

 

【ここからはずっと緑谷と轟の実況ばっかりしてたからな。ポイントが0になってから5位まで頑張って戻ってきた峰田チームや、その下の拳藤チームをメーンに見ていくぜ?】

 

【B組は元々、障害物競走の順位として低めの位置を狙ってきた。現に、B組の推薦である骨抜ですら、半分より下。緑谷と組んでいる塩崎や角取チームの鎌切などを除いて、42位までの半分から下がB組だ】

 

 ポイントを失った峰田チームは、まず常闇が飛び上がり、黒影(ダークシャドウ)と二対の目でポイントを持つ存在を探す。

 

【因みに拳藤はこの頃、手を大きくしたことで目眩ましとポイント奪取。細かく使えている、しっかり特訓している証拠だな】

 

「峰田、蛙吹、障子。九時の方向に二組戦ってる。漁夫の利が狙える」

 

「ポイントはどうだ?」

 

「かなり少なめだな。ただ、自前のポイントよりは高い。二つ分だからな?」

 

「ルートは分かるかしら常闇ちゃん」

 

「問題ない」

 

【この峰田のチームの騎手はあくまでも峰田。つまり、常闇は地面に足がついていても良いが……】

 

「障子常闇高速移動モード!」

 

【なんだぁ!? あの変な騎馬の組み方は!!】

 

 障子の広げた腕の真ん中には蛙吹。そして、障子の伸ばされた複製腕を掴む常闇。黒影(ダークシャドウ)は常闇の背中から出現し、峰田自身は、常闇におんぶして貰っている。

 

【重量的にはやはりキツかったんだろうな。ただ、チームメンバーの戦い方から見て固定砲台を決め込んでいたか】

 

【現にこのタイミングまで移動らしい移動をしてねぇもんな!】

 

「右に二回、左、右、左に二回曲がれば、少し広めの場所に出れる」

 

「急ぎましょう皆。逃げられたら面倒だわ」

 

「おっしゃー! ポイントは全部いただくぜぇ!!」

 

【移動速度が結構速いな。向かってる先にいるのは鱗飛竜のチームと小大唯のチーム。このタイミング両チームは同じ組であれど戦ってるようだ】

 

「これで結構上に来た! 上位の所に行けば付け狙ってる子も居る」

 

「うん! 轟くんのところで良いんだよね、一佳ちゃん」

 

「うん!」

 

【B組の殆どが轟の場所に向かって壁を壊すぅ! アレだな、コレが体育祭じゃなかったら、器物破損で即逮捕だな】

 

【誰もそんなこと聞いていない。ちゃんとやれ】

 

【ソーリー! リスナーの諸君。残り時間が少なくなっているところで、拳藤一佳、物間寧人、角取ポニー。そして、葉隠のチームが轟の居る広場へと出てきた】

 

 そして、電光掲示板に映る一つのテロップ。

 

『フラッシュの点滅が激しいため、画像に処理を施しています』

 

 轟の後ろにいるはずの男子生徒が、だいたい6キロくらいある電気ネズミに張り替えられた映像が流れてる。何というか、ちょうど、赤い電気袋辺りから発電してるように見えるのはなぜだろう……。

 

【すまない。映像の処理するところを【熱盛!!】失礼いたしました。熱盛と出てきてしまいました。重ねてお詫び申し上げます】

 

 映像が一度止められ、ちゃんとフラッシュに対する処理が施された映像が流れた。

 

【さて、誰かがふざけてくれている間に、ピカ……、上鳴の無差別放電で3チームがダウン】

 

 骨抜の大規模な地盤の軟化で足が取られる峰田チームは、当の騎手である峰田が、モギモギをしっかりと投げ飛ばすことで応戦。

 

「動きを止められるのは骨抜だけでも、ましてやお前だけでもない!!」

 

【B組の凡人が出すボンド状の液体が障子の足へと飛んでいくー!!】

 

「障子! もう一度防御モードだ!! 常闇、頼めるか?」

 

「愚問だな……。黒影(ダークシャドウ)!!」

 

「回収は私に任せて。常闇ちゃん」

 

 任せたと短い一言で飛び出した常闇が、黒影(ダークシャドウ)を先行させる形で飛んでいく。

 

()()()()()()()てな感じで吹っ飛べ!!」

 

「言語の具現化……。言霊……」

 

   やべぇ、あの駄カラスの奴、目ぇ輝かせてんぞ。

 

 会場の空気が所々で一つになっている気がする。何だろう、仲が良いのだろうか……。

 

 具現化され飛び出してきたオノマトペをしっかり黒影(ダークシャドウ)が防ぐ。

 ボンドを出そうとした凡人の顔に向かって、見事なほど綺麗にモギモギが二つ命中する。

 

 グッとサムズアップする峰田。それに反応し返す常闇。先ずは小大がもつ全てのポイントを奪う。

 

「出来た!」

 

【おおっと!! 鱗チームは、鱗が作り出す鱗と泡瀬の個性を使って棍を作り出したぁ!! コレで迎撃するつもりなのかぁ!?】

 

「宍田! 詰めろ」

 

「ビースト!!」

 

 個性による体の変化。無理矢理のパワーでモギモギを引き千切り、常闇の場所へ一気に距離を詰めた宍田。

 

「敵は、常闇ちゃんだけじゃないわ。油断大敵よ」

 

 鱗の額につけられた鉢巻きが、長い舌によって奪われる。

 

【残り十秒手前というタイミングで、この二つのチームから鉢巻きを奪い、4位の……】

 

 モニターの奥。B組の中でも上の方の順位で競走を終わらしていた角取の鉢巻きが、しれーっと心操によって取られる。と言うより、渡される。

 

【しれーっと心操がポイントを取っていたな。5位のポイントを獲得ぅ!! コイツはシヴィー!!】

 

 

「俺様たちの時代だー!! ありがとう常闇ー、お前のおかげだぜぇー!」

 

【危険地域に行かなかった峰田が、堅実にポイントを取ったな】

 

「10、9、8、7、  

 

 大音量で流れてくる二度目のカウントダウンは、拳藤チームの行く末を決める。

 

【さて、残り五秒というところで、拳藤は、放電で硬直した轟の騎馬から、元持っていた自分たちのポイントを緑谷に続いて奪取!」

 

【動けない状態の隙を突く。合理的だな。コレで6位】

 

 見事なほどに鮮やかな手腕が、派手さに隠れた中で確かにあった。決勝には届かなかったその小さな悔しさに、VTRが終わるや否や惜しみない拍手が送られた。

 

『中々に、面白いことになってたんだな』

 

「ほんとに、皆は凄いや」

 

「1位を獲った奴が何言ってやがる……」

 

『ははは……。辛辣だなぁ焦凍』

 

「それで? 僕に話って言うのは?」

 

 暗くなった会場内の通路。壁により掛かる轟焦凍に、()()()()が問いかけた。



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第二十一話 犯人はお前だったのか……。グッジョブ!!

 相も変わらずギリギリ。すまぬ。


「単刀直入に一つ聞きたい。緑谷出久、お前は何者だ?」

 

『わぉ! ド直球』

 

 単純かつ、核心を突くことが出来る良い質問。恐らく、聞きたいことは山ほどあるだろう。その中でも、この問いかけ方が、一番多くの情報を抜き取れる。そういう考え。

 

「俺は、こと戦闘において……左の(親父)の力は使わねぇ。そう決めてんだ」

 

 お前のせいで使いかけたけどな。そう自嘲してはいるが、焦凍の目は悔やんだりとかそういった感情を映していない。

 

「お前はよくオールマイトの話をするし、目をかけられてるように見えんだよ。隠し子。とか、師弟とか。人に隠してる繋がりがある。俺はそう踏んだんだ」

 

「それで、僕の正体が気になるの? でも、僕にそんなことを聞いてどうなるのさ。オールマイトは生徒一人一人を見てくれてるよ? 僕一人だけじゃないはずだよね」

 

「俺の親父は、万年二番手のエンデヴァーだ。そして俺は、1位に、ナンバーワンになるためにいる。だからこそ、俺は勝たなきゃならねぇ」

 

 大分ひねくれた概念というか……。狂ったというか。先ほどの自嘲に見えたのはただ一つ。()()という感情。

 

「親父は若い頃から頭角を現したが、何時しか一位と二位の越えられない壁を見た。自分じゃ越えられない壁」

 

「それで半冷半燃。個性婚」

 

『エンデヴァーのヘルフレイム。母親が凍結の個性を持っている。そしてその子供で有り、唯一の存在で目をかけられた』

 

 事実、俺の考えは寸分の違いなく合っていた。その事実を轟の口から説明された。父親の欲望を満たすための道具になっていると。そんなのは嫌だと。

 

「俺は俺だ。このやけどは、母が俺を憎んだ結果だ。左側を嫌った結果だ。いつも泣いてる母は、俺に煮え湯を浴びせた」

 

 母の力だけで一番になる。

 

 単純明快の心情。だけど、どうやらイズはそれが気にくわないらしい。ポコポコと、怒りの感情が湧いているのが伝わってくる。

 

「だからもう一度聞く。お前は一体何者だ?」

 

 どうするの? と、イズが俺に問いかけてくる。そりゃそうだ。()()()()は二重人格。イズの母親である引子さんにもこのことは伝えていない。

 この秘密を知っているのは、オールマイトただ一人。

 

『人に言いたくないことを教えてくれたんだ。交換条件じゃないけど、教えなきゃいけないこともある気がする』

 

「なら、()()には教えないとな。()のことを」

 

()? それに()()? 何を……」

 

「ちょっとマロ!! 何で表に」

 

「俺が出た方が話が捗んだろうがよイズ」

 

 突然のことに呆然としている轟を気にせず目の前で起きる一人芝居を進めていく。

 

「ふぅ、一旦収まった。すまないな焦凍」

 

「いや、良い。それが答えか?」

 

 正しくは、その内の一つ。これだけで『緑谷出久』と言う存在を語るには物足りない。だから、俺のことを話そう。

 

「俺は、『緑谷出久』を形成する第二人格。転じて和となると書いて転和(マロワ)だ。イズとの区別のために下の名前で呼ぶぞ」

 

「ああ、問題ねぇ。詰まるところ、緑谷出久は二重人格者ってことか」

 

「まあ、とても簡単に言うならそういうことだ」

 

 ただ、緑谷出久の心が生み出したもう一人の人格というわけでは無く、全く違う存在だと言うことは言わない。そこは関係ない。

 USJのあとにイズと話したが、俺の存在がイズから生まれた存在ではないことは伝えられている。でも、勘違いは必要だ。

 

「俺はイズが望んだ姿だ。()()()()()()()()自分という姿を」

 

 だからこそ、俺の個性とイズの個性は違う。そう捉えてくれれば良い。

 

「こんな俺でも、いや、俺たちのことを支えてくれてる人がいる」

 

「そう。マロが言うとおり、僕はマロに助けてもらって、母さんに支えて貰って、オールマイトに憧れて、クラスメイトに笑わせて貰って」

 

 目指す先は全員違う。俺とイズだって目標は違う。でも、最後は同じ。

 

(たす)けられて生きてる僕たちは、ヒーローを目指してる。笑って救えるヒーローに」

 

「誰もが笑える世界を作る」

 

 笑顔は力だ。どんな心の持ち主だって、心が躍れば顔が綻ぶ。心が綻べば、視界が変わる。

 

「僕が何者だって? 答えは一つ。誰にも劣る弱さしかない木偶の坊だよ」

 

「俺が何者だって? 答えは一つ。誰をも導き和を(まわ)す笑顔の使徒だよ」

 

 ただ焦凍の、轟焦凍の質問は、『緑谷出久』に当てられた質問。だからこそ、こんな応えは答えじゃない。

 

   いつか助けた人に、愛していますと呼ばれたい。

 

「そんなちっぽけな夢を持ってるただの人だよ」

 

 だからそのためにも、勝つ。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 昼食休憩も終わり、予選敗退者も含め全員が会場内へと入ってきた。A組の女子生徒である六人だけが、チアガールの衣装を着て。

 

『良いもん見れたわぁ。そうだよな? イズ』

 

「の、ノーコメントで」

 

 実況と解説の二人。いや、はしゃぐことが大好きな奴と、自らの担任にツッコミが入ったところで、ミッドナイトが壇上に立つ。

 

「さて、昼食も終わったことだし、決勝の説明をするわ」

 

 例年通りのトーナメント戦。肝心の内容はというと……。

 

1対1(さし)で行う個性バリバリのガチンコバトルをして貰うわ!!」

 

 くじ引きで対戦相手を決める。ミッドナイトがそう言った途端、後ろにいた尾白がスッと静かに手を挙げた。辞退するという大きな声と共に。理由は、自らの力でこの場所に立てていないからだという。

 

「騎馬戦の終わる直前まで、俺には一切の記憶が無いんだ。」

 

「そんなことで!? せっかくプロに見てもらえるチャンスなのに……」

 

「僕は……、やるからね?」

 

「わ、私も出ます! どんなことであれ決勝に出ます!!」

 

 尾白の肩を叩いた青山。そして、自分の意志を口にする発目。

 

「二人は関係ないよ。俺が俺を許せないから辞退を希望してるだけだ。ただのプライドだよ」

 

「そう言う青臭いのは好み! 辞退を認めるわ」

 

 もう一度鞭を打ったミッドナイトに、皆思った。

 

   好みで決めるなよ!!

 

「それじゃあ次点の5位である峰田チームだけど……」

 

「再び俺様の時だ  

 

「それなら、常闇ちゃんね」

 

「え? 俺が出  

 

「うむ。常闇しかいないな」

 

「良いのか? 俺で」

 

「俺のことは? ねぇねぇ、俺は?」

 

「考えてみて峰田ちゃん。最後のポイントに繋がる索敵、そして案内、鉢巻きの脱出。出来た要因は誰かしら?」

 

 そう言われると弱いらしく、このエロブドウは渋々折れた。と言うより、梅雨ちゃんの後ろにいた五人のチアガールの視線にビビっていた。

 犯人はお前だったのか……。グッジョブ!!

 

 やっと決まった16人が順にくじを引き、くじ引きで決まったわね。そう主審であるミッドナイトが声に反応して、十六人のトーナメント表が映し出された。

 

 第一試合 緑谷出久 対 心操人使

 第二試合 青山優雅 対 八百万百

 第三試合 轟焦凍  対 瀬呂範太

 第四試合 塩崎茨  対 上鳴電気

 第五試合 飯田天哉 対 発目明

 第六試合 常闇踏陰 対 芦戸三奈

 第七試合 鉄哲徹鐵 対 切島鋭児朗

 第八試合 爆豪勝己 対 麗日お茶子

 

 イズが引いたくじに記されていたのは、紛れもなく一番という文字。そしてそれは第一試合の左側……。

 

『轟とは準決勝か……。それよりも、あの山の』

 

「心操くんって……」

 

「アンタだな? 緑谷出久ってのは……」

 

 脇を通る紫の髪の毛が、俺の記憶をくすぐる。

 

  モッ

 

「緑谷……。奴に答えるな」

 

「いや? 問題ないよ。だって入試で助けたことあるしね」

 

 口元にあてられた、フワフワ肌触りの良い尾白の尻尾を離す。

 

「はは、覚えてたか。よろしく」

 

『あ、あの時に助けた紫の人! 初めて拳を握ったとき。いきなりマロが出てくるから驚いたよ……』

 

 出された手を握り返した俺は、それだけをすると、尾白と共に控え室へと移動する。

 

【さーてぇ! 組み合わせもしっかりと決まった。んじゃあレクリエーションを挟んで、本戦に進むぜぇ!?】

 

 それぞれがそれぞれで戦う相手を確認していく。

 

【それじゃあ全員参加のレクリエーションだ!! 本戦出場者の皆だけは自由だそれじゃあ楽しく遊ぶぞぉ!!】

 

『尾白の尻尾メチャクチャ気持ちいい。ヤベェ』

 

「マジで!?」

 

「えっ!? なに? いきなり何緑谷……」

 

「あ、ごめん。なんでもないよ」



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第二十二話 何っっっっっっだ!! これっ!!!!

 木曜、気づいたら金曜でした。これが寝落ち……。


 時間の流れというものは、とてもとても不思議なものに感じれてしまう。

 精神的な障害は、長く時間を取れば解決してくれるこことが多い。また、身体的な障害は、短い時間でないと対処できない。

 

 遂にやってきた大きなチャンスに、各々が与えられた準備の時間は等しく。そして短い。

 1人静かに精神を集中させるもの。己の緊張を解そうとするもの。そして、

 

「ありがとう尾白くん。大分、心操くんへの考察も対策も整って来たよ」

 

「俺の分も頑張ってきてくれ。緑谷」

 

 ドンッと、胸に当てられた拳。そこから広がる暖かい衝撃が、スッと体に入ってきてくれる。

 

 時間の過ごし方は自由だ。もちろん、仲間と共に対策を考えることもルールの内に入る。

 

『まさか、洗脳系の個性とはな……』

 

「話さなければ大丈夫っていう考察しか出来ないね」

 

「情報が少ないからな。恐らくは、会話がトリガーだと思う。騎馬を組むときに呼びかけられた後から記憶が無いからな」

 

『それさえ分かれば十二分勝機がある』

 

「うん。衝撃で解除が見込めても、1対1じゃね」

 

 尾白が集めてくれた情報を元に作戦を作り、俺たちは会場へ繋がる通路へと向かう。と言っても、出来た作戦は言葉を交わさないと言う一点だけなのだが。

 

『不安か? ここから先が』

 

「まあね。そりゃあ怖いし不安だよ。障害物競走も、騎馬戦も1位を獲ることが出来たけど。それは運もあるし、騎馬も人に恵まれた。僕は小さな縁しか持ててないんだよ」

 

 個性の扱いが出来ないから。そう自虐するイズは、そういう弱気な発言をすることでその気持ちを保つように仕向けているのだろう。

 

『まるで  

 

「まるでナンセンスプリンスだな、イズク少年。そんなんじゃいつまで経ってもマロワ少年に笑われるぞ?」

 

 肩をそれなりの力でバスバスと叩くオールマイトに、俺は内心あきれた笑いを浮かべてしまう。

 

「まあ、遅くなって申し訳ないね2人とも。障害物競走に騎馬戦。見事な試合運びだったよ。私が出したオーダーをしっかりこなしてくれているようだ」

 

 突然だったのは申し訳ない。という言葉を添えたオールマイトは、パチパチと小さな拍手を送ってくれる。

 

「けど僕は、まだこの個性も使い切れていない。それに、マロやあなたと出会わなければ今の僕はいない。皆と一緒じゃ無いとこの場に立ってない」

 

『運も実力の内だろ』

 

「私から言えることは一つだけだよ。イズク少年」

 

 両肩が掴まれ、対面していた状態からクルッと体の向きが180度入れ替えられた。薄暗い通路とオールマイトの二つが見えていた視界が、突然光がこぼれる入場ゲートに切り替わった。

 

「君がどんな感情を持とうが、それがプラスに、良い方向に働くと言うのであれば矯正はしない。君は君の意見や思考を持つべきだ。だが、それを外に見せるな」

 

 選手宣誓や障害物競走が終わった後が良い見本だとオールマイトは言う。余裕を外に見せつけ、不安は中に潜める。俺が体育祭の入場中、そして第1種目後に言った言葉と同じ。

 

「笑えば、良いんですよね……」

 

「そうだ。虚勢でも言い。胸を張って笑顔を作りゃあ怖じ気づく」

 

 私が見込んだ君の選択だ。後は全て任せるよ。

 

 ポンッと押してくれた背中。尾白が叩いてくれた胸の優しい痛みと、オールマイトが押してくれた力強い温かさ。

 

「行こう。マロ」

 

『おーよ』

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 歓声に埋め尽くされたコロシアムのど真ん中。セメントスが作ってくれた特設フィールドの中に立った2人が、堂々と向かい合う。

 

【第一回戦 第一試合!! 早速始めていくぜぇ? アーユーレディ!?】

 

   YEAH!!!!

 

【選手宣誓の発言通りに障害物競走、騎馬戦でその1位を守り続けてきたV2男!! このままその力を見せつけちまえ!!】

 

   ヒーロー科 緑谷出久!!

 

【目立ったところがなさ過ぎて特に言えない! 実力未知数の不思議なボーイ! 案外めちゃくちゃ強いかも!!】

 

   普通科 心操人使!!

 

 もう一度、個性有りの1対1で有り、場外と行動不能。そして、負けを認める宣言のみが勝敗を決めることが伝えられ、更に、命に関わるような攻防は禁止だと言われる。まあ、そりゃそうだろう。ヒーローの拳は、誰かを守るものであって命を奪うものじゃ無い。

 

【もちろん、ゴングが鳴る前の個性使用も禁止だ】

 

「なあ、緑谷出久……。コレは1対1。心の持ちようで勝敗が決まる」

 

【負けた奴はそこで終了だ。だからせいぜいあがけよテメェら!!】

 

()()()は『プライド』がどーのこーの言ってたが、ハッキリした将来(ビジョン)かあるなら、俺たちはなりふり構っちゃいられねぇ」

 

【それじゃあ早速始めようか!!】

 

「考えて見ろよ。ここで結果残さなきゃ、三回しか無いチャンスを一つ失うんだぜ?」

 

【レディイイイイ!!!!】

 

「チャンスをドブに捨てるだなんで、馬鹿だと思わないか?」

 

START(スタート)ッ!!

 

「ふざけるな! なんてk  

 

 俺とイズの耳から入った「俺の勝ちだ」という言葉が、脳内を駆け巡った。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

『あーあ。やっちまったな』

 

『あ、あぁ……。ごめんマロ……』

 

『俺に謝っても何も起きねぇぞ? 自分の失敗は自分の責任だろ?』

 

 頭の中だけ、俺とイズの2人だけに許された、ちっぽけな精神世界の中だけが、ハッキリと感覚を持って時間を与えてくれた。

 場外に聞こえる観客の疑問に思ったような声が、遙か遠くで聞こえるようだ。もちろん、実況を務めてくれているプレゼントマイクの声も同様に。

 

『せっかく忠告したのにって、猿夫も思ってんだろうな。まあ、なっちまったもんはどうしようも無いな。そうだろ?』

 

「おまえは、本当に恵まれてるよ。緑谷出久……」

 

『どうしてんだよ。そんなところでうずくまって』

 

『で、でも……』

 

 俺に背を向けるようにうずくまったイズは、フルフルと小刻みに震えながら頭を抱えている。

 

 本当にどうしようも無い奴だ。後悔先に立たずだというのに。

 

『体の主導権を握ってるのはお前だぞ? 動かせるのはお前しかないんだ』

 

『でも、でも!! 頭の中に靄がかかってるみたいで、体が言うことを聞かないんだ』

 

 体は、心操が指示を出したように場外に向かって歩いて行く。ちょうど、イズが入場してきた通路。オールマイトが、トゥルーフォームの姿をして不安そうな目で俺たちのことを見ていた。

 

『ちくしょう!! 止まれ、止まれッてんだ!! 折角尾白くんが忠告してくれたのに……』

 

 折角、皆が託してくれたのにッ!!

 

   諦めるのか?

 

『えっ? 声!?』

 

『どうしたんだイズ……』

 

   苦しいんだろ? 見ていりゃ分かるさ。

 

『女の人の声……。何で?』

 

『おいおい、どうしたって言うんだよ。女の声? んなもん聞こえねぇぞ?』

 

   そういうときはなぁ  

 

 俺には聞こえない声。それが一体何なのかは分からないが、イズの反応から察するに、幾度か断続的に聞こえているのだろう。そして、今聞こえた声に反応したのか、イズが俺の顔を見つめてきた。

 

『なんで、その言葉が……』

 

 意味が分からない。何が何だか、理解が追いつかない。でも一つ分かることは……、

 

『なに、あの人影……。眼が、8対も……』

 

 イズが何かの声を聞き、そして、何かの姿を見ていると言うこと。

 

何っっっっっっだ!! これっ!!!!

 

 鋭く睨むような眼光。優しく包み込むような眼光。冷たく呆れてるような眼光。寂しく見捨てるような眼光。何より、体の芯まで届いてくるような、激しく怒り狂う眼光。

 

「分からないだろうけど、こんな個性でも、〝夢〟。見ちまうんだよ  

 

 指先がピクリと動いたのが分かる。そして、個性が、『ワン・フォー・オール』の力が、集まってくるのが分かる。

 

  さあ、負けてくれ」

 

   バキッ!!!!

 

 指が……、折れた!?

 

「はぁ、はぁ……っあ!!」

 

 体中にかけられていた枷が外れるような。眼前に立ちこめていた濃霧が綺麗さっぱり晴れるような。正にそんな感覚。

 個性の暴発によって左手の人差し指と中指が壊れた。その途端、水中から水面で引き上げられるみたいに周囲の音が元に戻る。

 

「体の自由はきかないハズだぞ!? おまえ、何を……」

 

「この指も、体も、全部僕のだ……。でも、動かせたのは僕じゃない、あの人たちのおかげ。誰だ? あの8人は、知らない人だ。でも、一瞬頭が晴れた」

 

 イズから伝わる思考は、戸惑いの色合いが強い。驚愕や安堵と言った感情も見える。

 

「何とか言えよ!! っ  指を動かすだけでそんな威力、羨ましいよ!! 入試の時もそうだったよなぁ!? お前は俺の目の前であのロボをぶっ飛ばしたんだからよぉ!!」

 

「心操くんのその洗脳も……。こんな僕からしたら羨ましいよ。誰も傷つけること無く人を助けられる」

 

「おまっ!! けど、コレでまた洗脳され  

 

「てねぇんだよなぁ!! これが!!」

 

 この時点で、心操が使う洗脳の秘密は簡単に分かった。

 

 一つ、洗脳のトリガーは心操自身の言葉に対象者が応答すること。

 一つ、感情の振れ幅で、個性発動までタイムラグが生じる。

 一つ、精神が違う存在に入れ替わったとき、洗脳は強制的に解除される。

 

 今必要なのはこの三つ目。

 

「こんな個性のせいで、会う奴会う奴自分の保身ばっかのご機嫌取りだ。分かるか? 生まれながら貼られるレッテルは、(ヴィラン)の個性なんだよっ!!

 

 また洗脳がかかる。でも問題ない。今度表に出てくるのは、洗脳が溶けたイズ。

 

「僕だって憧れたさ! オールマイトに、エンデヴァーに父さんに、母さんに最高に格好いい幼馴染みにだって憧れた!! どんな個性だって格好よくて、凄く見えたんだ。だって僕は、どこまで行っても()()()だから。二人目の人格を望んで何が悪い!! 相棒の個性を使って何が悪い!! 恵まれてんのはそっちだろ!!」

 

「何訳分かんねぇこと言ってんだよ!! お誂え向きの個性を持ってて、てめぇは望む場所へ行けんだよ!! 恵まれてる奴には分からねぇよ!!」

 

「ああ分からないね。だってそうさ、緑谷出久は恵まれたんだ。憧れて、絶望して、挫折して、捻くれるところまで捻くれて、でも、たった一人の存在に認めてもらえた」

 

  ッ!!」

 

「親にも言ってない秘密だが、ここまで来たら気づいてんだろ? 心操人使、それに、クラスの皆も、オーディエンスも」

 

 大声量の言い合いにボルテージが上がっていた観客の声が、途端に静まりかえる。実況も解説も、心配するような口調で何かを話しているが、耳の中には入ってこない。

 

()は騎馬戦で二人になったが、アレは構築だけじゃ説明が着かない現象だろ? 単純だ。二つある()()のもう一つに体を構築した」

 

 洗脳が効いても関係ない。やることも変わらない。

 

()がイズ。ただの無個性の木偶の坊」

 

()がマロ。出来損ないに生まれた第二人格」

 

 姿は見せない。でも、主導権だけを入れ替える。

 

「僕は、()()()()は個性に恵まれてなんかいない。人に恵まれた。マロにも、母さんにも、そして、僕を認めてくれた人にも助けてきてもらった」

 

 今度は()()()()が返していくんだ。これまでに貰った大きな力を。

 だからこそここで、だからこそこんなところで、負けるわけにはいかない。

 

 ジリジリと心操の体を押し続け、そのまま場外へと向かっていく。

 

『どうすれば勝てる?』

 

 答えは一つ、体格差を使う。あの時、勝己に向かってしたアームドラゴンスクリュー(回転腕投げ)のように、腕を巻き込んで場外へと。

 

『ならどう持って行く?』

 

 殴られても、躱されても、イズはその手をしっかりと心操の襟元へ伸ばし掴む。そして、そろそろ鬱陶しくなったのか、心操がイズの手を取った。

 

【心操が腕を取ったように見えたがぁ!?】

 

【きっちりと腕をクラッチりそのままに……】

 

 動かなくなっている心操の腕は右腕。それをイズは左腕で固めている。そして、空いている右手を肩関節から巻き込むようにしたから入れ、心操から見て内側へと体を入れる。

 

【ドラゴンスクリューを腕に放ったぁー!!】

 

【下手すりゃ肩が抜ける。後でリカバリーガールのところへ行かせねぇと……】

 

 投げられた勢いそのままに、心操はコロコロと場外へと投げ出されていった。

 

「心操くん場外!! 緑谷くん、二回戦進出!!」

 

 どっと湧き上がる歓声。その声に応えるように、プレゼントマイクが盛大に湧かせる。

 

【二重人格だなんてとんでもな発言をぶち込んでくれたが、それでも二回戦進出だ!! 後でクラスメイトから質問攻めだろうが頑張れよ!!】

 

 パチパチと手が叩かれ拍手が送られる両者。実況解説の一言コメントも終わり、寝転んだ心操の体を起こす。

 

「ありがと」

 

「どうも。んじゃあな、今度は同じクラスだといいな」

 

「まあな。こんな個性でも、憧れちまったし……。出来ることはやるさ」

 

 後ろを向いて歩き出す背中。表情には出してなかったが、それでも悔しさがにじみ出ている。

 

「持って生まれた男の子」

 

『どうした?』

 

「どんな個性でも、やっぱり自分の個性があるって言うのは羨ましいよ。でも」

 

 パチパチと両足に稲妻が走る。ワン・フォー・オールの発動。そして、視界がぶれたと思うと同時に、A組が座ってる座席へと飛んでいた。

 

「皆ただいま」

 

「お疲れデクくん!!」

 

「お疲れ様だ緑谷くん!!」

 

 あのタイミングで個性を使ったのは単純なこと。オールマイトから授かったこのワン・フォー・オールが何よりも一番な個性だと思っているから。

 

「質問なら受け付けるぜ? 改めて、俺の名前はマロワだ。以後ヨロシク」

 

『ちょ、ちょっとマロ! 出て来ないでよぉ……』

 

 A組は、わちゃわちゃと楽しい空気と、気を遣うような静かな空気が混じる。でも、関係ない。三秒後には明るくなる。

 

「さて、優雅と百の試合を見ながらでも、お話しようか」




 更新遅くなります。


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第二十三話 ヒーローになるためには

 約20日ぶり。皆様お元気ですか?

 課題の発表も終わり。リア充として紅葉狩りをし、そしてデート中に風邪を引きました。月曜に投稿するつもりだったんですけどね……。
 まだ手からエスタックを離せません。

 気温の変化が激しいですので、好きな作品を待ち侘びて全裸待機なんてしないように。鍋でも突いて待っていて下さい。

 追伸。闇鍋でチョコは駄目ですが、カカオを入れたら駄目だなんて言われたことない。( ̄ー ̄)ニヤリ


「さて、何か聞きたいことはある?」

 

 天哉とお茶子が空けていてくれた座席にドシッと座る。直後、転校生が来た小学校のクラスのような雰囲気を作り出したのは、何を隠そう不可視の少女。葉隠透。

 

「ねぇねぇ、ちゃんと自己紹介してよ、マロワくん!!」

 

 顔が見えないのにもかかわらず、にぱぁ、と言うような効果音が聞こえてくるのは気のせいだろうか。うん、きっと気のせいだ。

 

「まあ、さっきも言ったが、俺の名前はマロワ。漢字で書くと回転の転に和食の和。好きな教科は古典、苦手な教科は英語。好きな食べ物は親子丼で、嫌いな食べ物は納豆だな。そして、好きなことはギャンブル。個性はご存じの通り『構築』だ。それで、他に質問は?」

 

 試合を見ながらの質問返し。故に、そんなしっかり答えれるか分からないが。

 

「さっき心操との試合で叫んでたけど、アレって本当のことなのか?」

 

「俺って言う存在の成り立ちについては、だいたいそれで有っている。俺は副人格。第二人格。言い方は色々あるがな」

 

「それじゃあ、あなたの構築と、緑谷ちゃんの構築の違いはあるのかしら?」

 

「簡単。俺が10の構築が出来るとすれば、イズが出来るのはたったの3。その3って言うのが、筋肉や骨。つまりは身体に関係することだけな」

 

 周りの皆が納得をしたタイミングでちょうど試合が始まる。プレゼントマイク曰く、【最下位だからこそ輝くキラメキ】こと青山優雅VS【身体と知識が超豊富の天然お嬢様】こと八百万百。

 解説の相澤先生曰く、この試合の鍵は青山のベルトをどの時点で壊せるか。

 

「聞きたいことが無いなら試合見るけどどうする?」

 

「ここから先の試合の勝敗予想はどうなんだ?」

 

「それ俺も気になる。なあなあ、どうなんだよ」

 

 俺の予想で良いなら。そう前置きをつけると、だーっと一気に勝者だと予想する方の名前を言う。この試合の場合は百。

 

「百、焦凍、茨、天哉、踏陰、鋭児朗、勝己てなもんだろうな。ただ、あくまでも一回戦の勝者を予想してるだけで確定じゃ無いが」

 

 お茶子や三奈は自分が入っていないと言って怒っているが、これまでの授業を受けてきて思うことがこれだという事。超必があれば話は変わる。

 

 会場の中では、とにかく腰のベルトを壊されたくない優雅が、キラメキと共に必死な表情で走り回り、何が何でも早く試合を終わらせたい百が、あの手この手で場外とベルト破壊を企む。

 

「この試合、どうやったらヤオモモが勝つんだ?」

 

「方法ならいくらでもあるさ。まきびし、設置型爆弾。後は手榴弾にフラッシュも。まあ、優雅の動きを止めることが出来れば100パーセント勝ち。実でも勝てる」

 

 逆に優雅の個性上かなり始めから不利になる。一秒以上レーザーを打ってると腹を下す弱点まで付随している。

 

「百の攻め手全部を撃墜してちゃ身体が持たねえんだよな。優雅の奴」

 

「それじゃあどうすれば良いんですか? マロワさん」

 

「さんだなんて付けなくて良いんだよ天哉。イズと話すぐらい気楽にしてくれ。俺もアイツだ」

 

 蛙吹の話し方でも思ったが、特に天哉のよそよそしさにタメ語で良いと、気楽に行こうと緊張を解すように頼んでみる。

 

「自滅する覚悟があるならって言う話だけど、四隅のどこか角に立って、百の方向にレーザーを打つ。ただし、横薙ぎに」

 

 横薙ぎにすれば、百が取れる方法は回避か防御の二つしか無い。あのレーザー自体にどれほどの威力や貫通力があるかは分からないが、どれほどのパワーを秘めているのか分からない以上、百の思考には、回避という選択肢しか浮かばないはずだ。

 良くも悪くも器用貧乏。俺が見る八百万百は、そういった生徒だ。

 

 モモだけに、実った果実はまだ青い。

 

『もっと個性を使えるってこと?』

 

「百の個性は、知能や知識。と言うより、記憶力が要だ。だって、創造するものの分子構造まで理解しとかないと使えない」

 

 畳みかければ良い。後手に回ることしか出来ない相手を追い詰めて、外に出すことなんて容易だ。最後の詰めさえ失敗しなければ。

 

『端からレーザーで近づけないように一文字になるよう発射。繰り返すパターンを変えながら詰め寄り、自分の背後に来れないように一秒以内の発射を続ける』

 

 言うと簡単だ。身体の回転で横薙ぎも出来る。ただ、一秒以内という制約が大きい。

 

「――っ!!」

 

【おおっとぉ!? 逃げていた青山がぶっ飛んだ!?】

 

「簡単なことでしたわ!! 逃げ続けるというのでしたら、逃げる道自体で攻撃すれば良いのです」

 

 謎のドヤ顔を見せる百の先ほどの策を相澤がSーマインだと分析している。

 黒焦げで地面に寝転がっている青山を場外へ押し遣ったことで勝者となった百が、プレゼントマイクのコールと共に腰に手を当て、自分が勝ったことを主張する。

 

『次はマロが行く?』

 

 もちろん。それ以外の選択肢などない。

 コロシアムの真ん中から俺のことにらみつけるポニーテールの少女は確実に自分のことを意識している。それが、似通った個性だからと言うことも理解している。

 

【一回戦の二戦目が終わったぜぇ? これで二回戦、緑谷出久と八百万百の試合が決まったぁ!! ドンドン次に進めていくぞ? 良いな?】

 

 次の試合は焦凍と範太。その次は茨と電気。ただ、この二つは話すことも無いだろう。両方瞬殺だ。焦凍は、開幕と同時に氷結をぶっ放し行動不能へ追いやった。電気は、相手が女性だと油断した結果、茨のツルで縛り上げられていた。

 

 前半戦が終わり残るはあと四試合。

 

 第五試合 飯田天哉 対 発目明

 第六試合 常闇踏陰 対 芦戸三奈

 第七試合 鉄哲徹鐵 対 切島鋭児朗

 第八試合 爆豪勝己 対 麗日お茶子

 

 と言う組み合わせ。

 

「緑谷さんとマロワさん。どちらの方が強いのですか?」

 

「それはどういう意味だ? 百……」

 

 試合が終わり、クールダウンもしてきたのだろう。少しだけ汗が出ている百が、座席に戻ってくるなりそう言い放った。

 

「私は強くなければ行けません。轟さんも言っていましたが、遊びじゃあ有りません。戦いです。なら、似た個性を持つものとして全力をぶつけたい」

 

「そもそも前提がズレてるぞ百。お前の前に居るのは誰だ?」

 

「マロワさんですわ。緑谷さんとは口調も違いますし分かりますわ」

 

『そういうことか。代われる?』

 

 ――もちろん。

 

「違うよ八百万さん。マロが言いたいことはもっと単純だよ?」

 

「それは……」

 

「僕たちは二人で一つなんだ。僕だから何か、マロだから何かじゃ無いんだ。八百万さんの目の前に居るのは()()()()っていう存在なんだ」

 

 二重人格の心理なんて、二重人格じゃなければ分からないものだし、それでもパターンは多種多様だ。分類でも細部が違う。

 

「勘違いして欲しくないから言うけど、本当に全力で戦いたいって言うなら、僕たち()()()戦いたいって言わなきゃ」

 

 みるみる覇気が無くなっていく百に少し同情するが、ここは引けないところだ。

 

「まあ、言いたいことはイズが言ってくれた。俺が百に言えることは単純」

 

 ――軽く揉んでやるよ。

 

 取り敢えずボコボコにしてやろう。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 天哉と明が鬼ごっこをしたり、ダークシャドウが思ったより凶暴だったり、個性も戦い方も被っていたり。面白い展開や驚く展開の目白押しだったのも終わり、勝者は俺の予想通りになっていた。

 

 残るはあと一試合。

 

「さて、どうするか見物だな……」

 

「マロワくんはなぜ楽しそうにしているんだ? 俺はこの試合、正直に言って怖い」

 

「私もよマロワちゃん。あの爆豪ちゃんが手加減するかしら」

 

「勝己が手加減何てするわけ無いよ。アイツはただただ前しか見てない。自分が求める先に続いてる道しか進んでないから、そこを遠回りや避けたりはしない」

 

 この試合は、爆豪勝己にとって自分に課せられた、真正面から潰す課題でしか無い。

 

「力の差は歴然だと思うよ? お茶子の力じゃ勝己には届かない。イズが作戦を授けようとしてたけど、自分の試合だって受け取らなかったし」

 

 この中で一番の恐怖を抱えてるのはお茶子だ。疑いようも無く。

 

【中学からちょっとした有名人。堅気の顔じゃねぇぞ!! ヒーロー科爆豪勝己!!】

 

【俺こっち応援したい!! ヒーロー科麗日お茶子!!】

 

 この決勝戦において最も不穏な一戦。ただそれと同時に、個人的に最も糧になる試合。

 

 弱者が何処まで争えるか。どう争うか。

 強者が何処まで潰せるか。どう潰すか。

 

 気持ちの保ち方。モチベーション。油断。緊張。奇襲。策略。思い。目的。しっかりと見れば、二人の思惑も何もかもが見て取れる。ヒーローになるためには、力を持つためには、絶体に知っておかなければならないことだ。

 

「イズ」

 

『なに?』

 

「しっかり見とけよ。これは、代えがたい宝になる」

 

『……分かったよ』

 

 これは……。鈴木の実レベルの試合になるな。




 今回のプロレスネタ。

 鈴木の実

『世界一性格の悪い男』から『王様』に進化した海賊王。特に言うことは無いけど、ラフファイトが得意。
 個人的には、鈴木の実軍団でオリジナルギャングスタをぼこぼこにしてくれないかな。似たようなユニットは二つも要らないって言うのが自分の持ってる論。


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第二十四話 V2重人格男

 遅くなり申し訳ない。

 プロレスネタは無いです。


 一方的な試合は見ていて気が重くなる。

 

 反応速度の良さから、後手に回ることになったとしても、瞬間瞬間の撃退で対処が出来る勝己。

 どんな戦い方だとしても触れることが出来なければ、話にもならないお茶子。

 

 前提条件から不利に進むお茶子は、襲いかかっては潰される。その繰り返しという戦闘スタイルとは裏腹にいたってクールな思考をしていた。

 

 デクくんとマロワ君が考えてくれた作戦は放棄した。今の自分がクラス内の最強クラスに何処まで通用するのか知りたかったから。そう思い、力量差なんて承知の上でこの試合に挑んでいる。

 

 理由はただ一つ。

 

 ――何より、逃げたくなかったから。

 

「はぁあ!!!! ――っ!!」

 

 ジャケットを使った陽動は意味を成さなかった。自分に格闘の能力は殆ど無い。それでも、デクくんとあの二週間で作った小さな土台がある。

 

 対したものじゃない。デクくんみたく色んな技が使えるわけでも無いし、応用も利かない。

 

「負けないっ!!」

 

 後ろを取るための動きを教えて貰った。意識を分散させるためのフェイントを教えて貰った。ペース配分も、何より、気持ちの保ち方を教えて貰った。

 

 観客のブーイングがとてもとても五月蠅い。

 まだだ!

 集中できていない証拠だ。本当に意識が一つに向けば、ガヤの音なんて、関係の無い音なんて耳に入らない。

 

 土煙か風で動く音。呼吸音。衣擦れ。滴る汗のにおい。焦げたような爆豪くんの手のひらのにおい。私の目を見つめる怖い瞳。

 

「勝つんだ!」

 

 自分の身体に肉球を当て、自分にかかる重力を軽くする。使用制限(キャパシティ)なんて関係ない。とにかく、速く。

 

 下から見上げる弱者と、上から睨みつける強者。

 絶対に消えない傲りと、それに付随する警戒心。そして、どんな状況でも見せない油断。

 

 それだけが、お茶子が見つけた勝つための鍵だった。

 

「ありがとう。油断せんといてくれて」

 

 オーディエンスには届かないその声を聞いたのは、同じフィールドに立つ強者(爆豪勝己)ただ一人。

 

 思わず俺は口笛を吹いた。イズも、心の中で歓声を上げている。

 観客席に居ながら盤面が見えていない奴らは何を見ているんだろうか。それが、お茶子の作戦であれ駄目だろう。

 

 先手必勝。煙幕の中でジャケットを囮にした第一手。

 速攻追撃。低い姿勢で視線を固定させていた第二手。

 超必殺技。爆破で割れた舞台の破片と言う第三手。

 

「これでっ――」

 

 ――勝つッ!!

 

 手のひらにある肉球をピッタリと合わせ個性を解除する。

 遙か上空まで舞い上がっていた破片は、無重力の状態では無くなり、地球に引っぱられ地面へむかう雨になる。

 

 自滅覚悟の捨て身の攻撃。流石の爆豪でもこれには勝てない。観客も、教師も、俺達も思った。

 

 スッと右腕が空へと向く。左手が手首を掴み、右腕が動かないように固定した。そして、降り注ぐ礫に向かって一撃。たった一撃を全力でぶっ放した。

 

 常軌を逸した爆音に一番飲まれたのは、きっとお茶子だろう。

 

 積み重ねてきた牙は、強者によって振り払われた。何でもない正面からの力で。弱者の目からしてみれば、それは虫を素っ気なく払うかのような姿に見えてしまう。

 

 震えた。そして恐れた。それでも立ち向かわなければ。

 

 気合いを入れた声が会場に響き渡ると同時に、お茶子の膝が地面に突く。足に力が入らない。身体が地面に伏す。

 

「麗日お茶子、行動不能! 勝者、爆豪勝己」

 

 目に見えて落ち込んだ実況をするプレゼントマイクを無視し、引き分け判定になった徹鐵と鋭児朗の試合を簡単に行い二回戦に入るとアナウンスが入った。

 

『控え室に向かう途中でかっちゃんと会ったりしないよね?』

 

「なんで?」

 

『多分今、凄くイライラしてるだろうから……』

 

 じゃあね。だなんてクラスメイトに伝え、俺は控え室に向かって歩き出す。その時はその時だ。誰と会おうと、誰と話そうと、関係ない。

 

「さて、傍若無人じゃ無かった強者は褒めてあげないとね」

 

『嫌な予感しかしない……』

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「オイ! デクてめぇ……」

 

『ヒイッ! やっぱりイライラしてるよぉ』

 

 相も変わらず勝己にだけへっぴり腰になるイズに内心ため息着くと、俺は無視をして控え室に向かおうと歩みだす。

 

「何してんだこっちの話聞けやボケ」

 

「何? 控え室に行くのに忙しいんだけど」

 

 勝己も勝己で変わらぬ反応。しまいには、控え室まで遠くないだろがクソっ! と罵られた。

 

「丸顔の捨て身の策……。あれ、テメェが考えた奴か? どうせテメェの入れ知恵だろ?」

 

「いや、俺達は何もしていないぞ? アレは全部、お茶子がおまえを倒すために考えたんだ。もしそれでおまえが何かしら思ったんだったら……」

 

『麗日さんがかっちゃんを翻弄した……』

 

 あえて最後の言葉は言わなかった。それが正しいかは分からないが、彼の持つ強者(オールマイト)の像に何かしらの影響を与えたのかも知れない。

 

「まあ、周りからは睨まれる戦いだろうが、さっきの戦い方は良かったと思うよ。お茶子が諦めなかった時点で、お前はとにかく潰すことしか出来なかったんだから」

 

 それだけ伝えると、俺はテクテクと歩きだす。今度は何を言われても止まらない。何を言われても振り向かない。

 

 もあう俺の思考には、対八百万百との作戦しかない。邪魔な者は全て捨ててく。そうしないと、面倒だから。

 

『麗日さんのところに行きたいよ』

 

「……そうだな」

 

 戦わないイズはそうでも無いらしい。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

   負けてしまった。

 

 手を後頭部にやり頬にガーゼを貼っていた少女は、恥ずかしそうな顔をして苦笑いを浮かべながらそう言っていた。

 

「これ以上無い程に負けたな」

 

「う、うん」

 

『ちょっとマロ!』

 

 かける言葉が分からず、どストレートに言ってしまう俺。それに、あははと笑っているお茶子。そして、気を遣わない俺を止めようとするイズ。

 

「いやぁーやっぱ爆豪くんは強いね。完膚無かったよ」

 

『あ、あぁ……』

 

 戸惑うイズを余所に、俺は部屋から出ようとする。ちょうど、腕相撲で一回戦が終わったから。

 

「さて、ちょっくら勝ってくるよ。話はまた後で」

 

「うん……。うん! 頑張ってね!」

 

 無理に元気づけることが心をえぐることにもなる。なら、何にも触れることなく、自分の力で乗り越えた方が次に繋がる。彼女の笑顔が、作り笑いなことなど、心の底からのものでは無いことなど分かる。

 

 ガチャンと扉を閉め、俺は会場へと続く通路を、少しばかり駆け足で通り抜けた。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

【構築対創造! かなり似通っている個性が故に、互いのことを意識し合ってるであろうこの戦い!! 激化することは避けられない!!】

 

【さっきの爆豪対麗日のときみたくハッキリした実力差があるとは言い難いし、鉄哲対切島みたく拮抗してるとも言い難い。どうなるか、本当に見物だ】

 

 通路から飛び出した俺は、直ぐさま両手を広げる。それも、予選の障害物競走のゴールシーンのように。それに呼応して観客も歓声を上げる。

 

【現時点最強! 相性度外視の構築は、この試合で本領を発揮することになるのかぁ!?ロケット並みのV2(ブイツー)重人格男!!】

 

   ヒーロー科 緑谷出久!

 

 舞台へと続く階段を上りど真ん中に立つ。次にやってくる対戦者をしっかりと見据える。

 

『勝とうね』

 

「ああ」

 

 そして見えてくる。ポニーテールの高身長ボイン。ジャージの前を開けているのは、恐らく個性の加減で必要になるから。

 

【臨機応変とは正にこのこと、逃げ道自体を罠にするという機転を利かして堂々と一回戦突破!】

 

   ヒーロー科 八百万百!

 

 今回は俺から手を差し出し、握手をさせ、堂々と戦うアピールをする。

 

「さっ、暴れよう」

 

 ジャージの上を脱ぎ、袖を腰の位置でギュッと締める。戦闘着じゃないが、ぴっちりとしてない限り、袖があると邪魔だと感じるから。

 

【レディーっ!!】

 

 お互いが腰を落とし、戦闘態勢に入る。俺は、両の手を地面の近くまで下げるという形で。百は、確りとしたボクシングの構えで。

 

START(スタート)ッ!!

 

 一発目から、俺は暴れることにした。



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第二十五話 アナコンダ……アナコンダ……

 アナコンダ……アナコンダ……。

 やっぱり…、アナコンダ……。


 戦うということに関して、俺はことさらコンセプトと言うものが重要だと思う。

 それがどういう意味かというと、至極簡単なことだ。

 

 人間が、文字通り臨機応変に対応をこなすこと何て不可能だからだ。

 

 言い方を変えてもう一度言おう。

 人間が処理できるレベルの物事は、数が多くなれば成る程その難易度を上げていく。と言うことだ。

 

 人類が、〝個性〟という超常的能力を身につけても、根津校長のような代物では無い限りその部分は変わらない。

 万能は万能という括りからは抜けることが出来ず、想定しうる全ての選択肢を対処できない。

 

「俺とお前の個性はとても似通っている。0から1を作り出す。1を2に変える。その行程の差は大きい」

 

「何が言いたいのですか、マロワさん……」

 

「お前は何処まで行っても、秀才止まりだってことだよ」

 

 俺が考えた方法は、百に考える隙を可能な限り与えず後手に回し続けること。その結果、散漫になる意識を刈り取るという方法。

 

 本心なのか挑発なのか、自分ですら分からない言葉がなぜか紡がれていた。それでも、試合が始まった以上、一発目から暴れて、客の目を引きつけることを決めた今気にしていられない。

 

 まずは柏手。両の手のひらを身体の前に合わせ、そして勢いよく地面に。

 

 パンッ! ダンッ!

 

 澄み渡った軽い音に続くのは、地面を叩いた音。個性上物質に触れていないと何も出来ない俺は、この行動を一回挟む必要がある。

 

「させませんわ!!」

 

 直ぐさまフラッシュグレネードを作り出し、俺の攻撃を防ごうと動く百だが関係ない。

 

 手を地面についたのは騎馬戦の時と同じく壁を作り出す行動。これで壁にフラッシュグレネードがあたり、向こう側で閃光が弾ける。自分に来る被害はゼロ。

 そのままセメントで出来た壁をボロボロに崩し飛び出す。お得意の、筋繊維構築だ。

 

 猫のように丸々と膨らんだ大腿筋の筋肉を解放し、猫のように跳躍。

 

「特攻も予想済みですわ!」

 

 次に百が出したのは盾。それも、身の丈が隠れるほどの大きな盾。流石にこれじゃあ攻撃が届かない。何てことは無い。

 猫のような体勢で飛び出したことも有り、両手を地面につきぴょんと前転してジャンプ。空中で体の向きを整えた俺は、右手を強く握る。

 

 右肘靭帯をゴムに。骨、筋繊維、皮膚を体心立方格子構造という正直自分でも良く理解していない構造を持つチタン合金の(ベータ)型合金を掛け合わせて構築する。

 軍用戦闘機にまで使われる程の固さを誇る金属。ここまで行くと鉄哲との違いが分からなくなるが、知識として蓄えている以上使わない手は無い。

 

 ガツン! と腹の底に響き渡る鈍い音が鳴り響く。

 

 右のストレート。プロレス風に言うのであればジャンプしていることもあるので、フライング・ナックル・パート。

 その衝撃はすさまじく、盾の裏側。手に持つ百がとても驚いた顔をしている。それもそのはずだろう……。

 

【緑谷の右手で、八百万が出した盾に拳の跡ができてるぞ!? なんだあの破壊力!!】

 

【まるで破城槌だな、あと1、2発叩き込んだら盾が割れるんじゃ無いのか?】

 

 実況も解説も観客たちも流石に驚いている。ただ、目的は殴ることだけじゃ無い。鉄は炭素を多く含めば含むほど不純物が増えるという形で脆くなる。

 拳が触れるということは、個性が発動する条件が整う。

 

  ッシ!!」

 

 もう一発。

 

  ッシ!!」

 

 更に更にもう一発と、殴り続ける。

 

 プロレスであれば、ルール上拳を握ることは禁止されているが、この場所ではそんなルールは無い。

 まるで百八回鐘を打つ橦木(しゅもく)のように何度も何度も殴り続け、盾を構えて威力を受けることしかできない百をジリジリと端に寄せる。

 

「こ、このままじゃ……」

 

「ここままじゃっ  とぉ!」

 

 ガンッ! と重い一撃が盾に入ると、遂にはピシピシと音が鳴り、罅が入る。

 

「なんだって?」

 

【おおっと!! 遂に八百万の盾が壊れたぁ!!】

 

 盾を割り突き出していた右手を再び地面に付け、百の背中側に当たる場所に、場外にならぬよう軽い壁を作る。

 

「っく! ならこれで……」

 

 後ろの壁に気がついていない百は、直ぐさま薙刀を作り出し、追撃を防ぐための構えを取る。

 

 なぜ後ろに壁を作ったか。それは、彼女を場外に出さないようにするためじゃない。俺が、壁を使って背後に回るため。

 

 ゴムが基本となっているこの運動靴。それはこの学校の生徒全員が同じだが、構築の強みはここから。

 先ほどまでの使い方は、元あるものに違うものを組み合わせることで(マイナス)に働く構築の仕方。でも、今からするのは、(プラス)に働く。

 

 今度は筋繊維構築など使わず素の速さで近づき、足を腕を鉄にしたように硬くする。迎撃のために振り下ろしてきた薙刀を蹴り技で受け止めると、地に着けていた左脚で飛ぶ。

 

「見え見えですわ!」

 

 相手に足を取らせた上で逆足による延髄蹴り。薙刀を振り下ろしているためにガラ空きになっていた壱百の右側頭部入るはずの蹴りが空を切る。

 

「あなたのバックボーンがプロレスと聞いて見聞しましたわ! その中に、この技がありましたので」

 

 身体を屈めたことによって回避する百。ただ、それじゃあ甘い。甘すぎる。

 

 薙刀の向きを変え、下から切り上げようとする百の()()()()に蹴りが入った。

 

【な、何が起きたぁ!? 体勢を崩してたはずの緑谷が、八百万の頭を蹴り抜いた!!】

 

「っし! かなり無理矢理だけど入った!」

 

【まずは薙刀と右脚で威力が相殺。そして緑谷が右脚を支点にして左足でガードのない八百万の右側頭部を狙った】

 

【きっちりかわしたところまでは良かったんだけどなぁ!! その後の緑谷がシビィ!】

 

【左脚を振り抜いたことで自分の身体が下向きになるような形で緑谷の足が地面に着いた。ただ、この時も右脚は上げたまま。そのまま再び右脚を支点にして、今度は巻き戻すように左脚を戻した】

 

 流れるような蹴り技に観客たちも呆然とする中、フラフラと蹌踉けて膝を突いた八百万を見下す。

 

「どうせプロレスの試合を見たって二、三選手がやっとだろ? 俺が知ってる数の技を対処できるようにするのなんて、決勝で誰と戦うか分からない以上時間も割けないしな」

 

 残念ながら、プロレスの技は数多く知っている。星屑の天才の延髄蹴りを知っていようが、そのチームの一人、フライング武士道のムーブも見てないようじゃ話にならない。

 

「プロレスっていうのは、九の要素に真っ正面からぶつかった上で、たった一の要素の裏を掻いて決めるんだよ」

 

 銃撃で言うなら後方注意(シックス・チェック)。それをただプロレスに準えて行っただけ。

 

「負けてられませんわ。私は……」

 

「なに?」

 

「こんなところで立ち止まっているようじゃ、私がヒーローになることなんて夢物語にしかならない。一矢報いることもできないようじゃ  

 

  なら戦い方を見つめ直せよ!!

 

 空気が張り裂けるような怒号。百も、イズも、皆が目を丸くする。何故? そう考えてしまっても仕方ないだろう。

 

 八百万百の戦い方は、自身にある豊富な知識量による後出しじゃんけん。言い方を変えれば、差し馬だ。

 対する俺の戦い方。それは、百と同じで多くの知識を使い、相手の対策を度外視して優劣を決める。逃げ馬が馬鹿馬鹿しくなるほどの反則技。コース上に地雷を埋めてるようなものだ。

 

「何で全てに対応しようとする! 俺の個性みたく、後から後から選択肢を繋げられるならまだしも、お前の個性は0から1の(作り出す)個性だろ!」

 

 笑顔を創造する(作り出す)ことができる個性は、俺から見ればとても羨ましい個性だ。俺の個性は要因(素材)がなきゃ笑顔になんて構築する(作り替える)ことなど出来ない。

 

「1から2に変えることしか出来ない俺の前で、そんなみっともねぇ試合すんな! もっと動けよ、もっと考えろよ……」

 

 似た個性として尊敬している相手が、やってて虚しくなるような試合に発展させるなよ。

 

『ま、マロ?』

 

「カマーン。出来損ないの強さを見せてやるよ」

 

 劣等感なんて誰にでもある。イズにも、もちろん俺にも。

 

「舐めないで下さい。あなたにそう言われてへこたれるほど、心が弱いわけでは有りませんわ。よろしくて? マロワさんの言葉を借りるのであれば、私は、ここにいることに誇りを持ち、この場に立たせてくれている多くの方々に感謝し、そして、抱いた憧れに追いつき追い抜けるように努力していますわ」

 

 そして、ポコポコと生み出していくのは、ロシアの名産品であるマトリョーシカ。

 

「先に言っておきますわ。お気を付け下さい……。特性の爆弾ですので」

 

 マトリョーシカの数は、目算でざっと100といったところ。

 

「ここからは私のターンです!」

 

 まず投げ飛ばしたのは四個。

 着地(感圧)によって爆発する手榴弾となっているのか、はたまた、何かに貼り付いて起爆する粘着爆弾か。フラッシュバンという可能性もある。

 なんにしろ、触れた時点でダメージが来ることは必至。

 

 百の動きに合わせて距離を取っていたため、俺達の間は大体5~6メートルほど。グレネードを警戒し距離を更に作り出し、フラッシュを警戒し手、腕で目元を覆う。

 

 綺麗な放物線を描いていたマトリョーシカは、そのままの勢いで地面へカチャッと音を立てて衝突する。

 

 直ぐに衝撃が来ないことから、粘着爆弾である選択肢を除外する。

 来るっ! グレネード特有の数秒のタイムラグに備えて、身体を強張らせる。

 

 コロコロと球体が転がる音の次に聞こえたのはカカカッと駆け抜けるような素早い靴音。

 

「マトリョーシカが爆弾になるわけがありませんわ!」

 

 いつの間にかアメフトのプロテクターのような装備を纏った百が、姿勢を低くし飛び込んでくる。

 

「ッぐぁ!!」

 

 両腕が顔の近くにあったがためにフリーになっていた鳩尾。百は、その肩で的確に俺の腹を突き刺した。

 

「どんなギミックでもある以上は使う! プロレスラーはそういう方々ですから、あなたも何も言いませんわよね?」

 

 ハッとして、後ろを振り向くと、先ほど構築したものの全く役に立っていなかった壁。このままじゃ衝突する。

 高身長を上手く使っているが故押し切られている今の体勢でこのまま壁にぶつかればダメージはとても大きくなる。

 

『どうするの!』

 

   後出しじゃんけんで負けるほど弱くないよ。イズ。

 

 入試の時にした様に、背中側に手を回し、壁に先に触れ、壁の材質をセメントからスポンジへと変換する。そして、クニュンと身体が壁にめり込むが、背中側のダメージはほぼ皆無に等しくなった。

 以前、ショルダータックル。プロレス風に言うならスピアーを食らったせいで、腹はとても痛いが……。

 

「さて、良いスピアーだったわけだが、喰らうだけで終わる訳ないだろ? なあ」

 

 俺の腹を掴んでいた百の手を掴み、そのまま背中へと回す。自分の手は、百の背中と腕の間。脇に引っかける形で。

 なにも殺すつもりなど毛ほども考えていない。確りしないと『91』になる以上、ここでミスをしてはいけない。だからこそ。

 

【おおっとお!? 緑谷が八百万の身体を持ち上げて!?】

 

 プルプルと震えそうになる身体。正直に言って、正調式ですら危険すぎる技だから。百自身も食らうと不味いと分かっているのか、頭が下を向いた時点で首を振り、からだを揺らして逃げようとする。

 

【少しばかり上に上げたと思ったらぁ!? 手を腹側に回して、地面に叩きつけたぁ!!!!】

 

【タイガードライバーだと!? あいつ何を考えてっ!!】

 

 プロレスにおいて、鮮やかな技というのは7割方危険な技に当たるが、この技は特別鮮やかで、特別危険。

 

「プロレスならここでフォール取るんだがっ  

 

『眩しっ!? フラッシュバン!?』

 

 所々から聞こえるぎゃーっと叫ぶ声も、大きな音で耳がやられたため聞こえてこない。

 急いで虹彩、瞳孔、網膜を含めた目と、三つからなる耳小骨と内耳の蝸牛を再構築する。

 

『多分受け身は取れてないと思うけど、プロテクターを着てたからそれで威力が弱まったんだと思うよ……』

 

 成る程ねと苦みをかみつぶした思いで、回復した目を開けると、胸の前、僅か2~3センチという場所に百の右脚。

 

『ぴ、PK!?』

 

 男を示す魔界四号の必殺技で有り、断じてパンツが食い込むわけではない。相手をサッカーボールに見立てたペナルティーキック。

 

 ガツンと身体に入る衝撃。一瞬のことで床に対してどうこうするタイミングも無いので、オーソドックスな両手で床を叩く受け身を取る。

 受ける暇も無く身体を引く余裕も無い俺は、素直に攻撃を受けたことで仰向けに倒れた。

 

「このまま終わりですわ!」

 

 剣を作り出し喉元に当てようとする百を睨む。

 

 身体を転がしてたつことも出来る。腕を出せば三角締め。腕ひしぎにも入れる。手が床にあるから床に細工することも剣に何かすることも出来る。

 

 剣に触れて、剣を構成する元素を水銀に変えれば、常温で唯一液体となる以上、攻撃にならない。そのまま振り下ろされた手を取れれば。

 

『マロならできるよ!!』

 

   もちろん。

 

【八百万が振り下ろした剣を緑谷が見事に白羽取り!! アイツ手ぇ大丈夫か!?】

 

 ポタポタと腕を伝う血など気にせず、そのまま個性を発動。イメージ通り水銀と化した西洋剣は形が無くなり、百の身体が重心に逆らうこと無く前へと倒れ込む。

 

「お疲れ。格好よかったよ」

 

「やっぱり……敵いませんね」

 

 百の右腕を右手で掴み、そのまま彼女のうなじ側へと回す。持ち上げた彼女の右腕の後ろから左手を通し、自分の右手の手首を掴む。

 後は単純作業。足払いで彼女の体勢を崩し俺自身は座り込むようにその場に腰を下ろす。最後に身体を後ろ側に、百の足がある方に倒して体重をかける。

 

【これは、これは!? アナコンダ……アナコンダ……えっと、マックスで良いか】

 

【脇を極めた上での袈裟固め。これはアナコンダバイスだ。だか、関節技と絞め技を複合させている以上逃げられない】

 

 5秒、10秒、20秒になるかどうかと言うところで百がフリーになっている左腕で俺の背中をパンパンと叩いてくる。

 

「八百万百の降参により、緑谷出久の勝利!!」

 

 主審であるミッドナイトの判定を聞いてから俺は直ぐに手を離す。もちろん。離す前に痛めつけていた肘肩の再構築による治療も忘れずに。

 

「やっぱり、あなたは強いですわ」

 

「あと一回仕掛けてくるかなと思ってたけど」

 

 痛みでそれどころじゃありませんでしたもの。そうふて腐れたように頬を膨らます百の頭をポンポンと叩く。

 

「似た個性のものとして、お前のことはライバルと思ってる。それ以上に八百万百のことは級友だと思ってるしリスペクトもしている。途中グダグダ試合に関係ないこと言ってごめんな」

 

「いえ、問題ありません。皆さんが知らないマロワさんを先に知れたんですから、少しばかりの役得ということで手を打ちましょう」

 

 それはありがたい。純粋にそう思った俺は手を差し出し、百もその手を取ってくれた。

 

「今度私に、戦い方の指南をしていただけますか?」

 

「喜んで」




 今話のプロレスネタ(多いよ笑)

『延髄蹴り』
 元々は、新日の創始者が、蝶のように舞い蜂のように刺しもアリと戦うために開発した必殺技。今では試合の所々で見られる技になっているが、正直結構痛い。俺で無きゃ見逃していたな。なことが本当に起きるのが延髄。人にはやっちゃ駄目。

『星屑の天才』『フライング武士道』
 二度目の登場。とあるプロレスラーのあだ名であり、少し前に出てきた。題名にもした。二人とも延髄蹴りをしていたはず。
 片脇に抱えられた足と反対で蹴るのが星屑の天才。それを避けられた上で、戻ってくるように蹴るのがフライング武士道。合ってるよね?(不安)

『スピアー』
 所謂ショルダータックル。ラグビー出身の選手とか、身体の大きい外国人レスラーがすると見栄えが良い。試合の流れを引き寄せるにはとても言い技です。

『タイガードライバー』
 某3沢さんがマスクを被っていた頃に開発した技で、四代目が使うと、一瞬の溜めが格好よく見える。
 ただ、プロレスラー同士がやり、やられるからこそ成立する技です。背中が床に当たれば良いですけど、首か当たると最悪死にます。

『PK』
 泥臭くて男らしい試合を展開する魔界四号の中身の必殺技。この技の前にスリーパーをかけて頸動脈と首を絞めるんですけど、そこからの流れを全部含めてこの一つの技になります。
 一連の流れが出来ているので、彼が試合の終盤、スリーパーに入ると、客全員がまだかまだかと身構える程。

『アナコンダバイス』
 怒れる猛牛かなぜか蛇と万力になっちゃう関節技と絞め技を複合させたもの。本来は、寝転んでいる相手にします。立ってはしない。
 文中にもありますが、脇を極めた袈裟固め。いつも思うけど、袈裟←の読み方って何? もの自体は知ってるけど読み方分からん笑
 アナコンダには、バイスとマックス(俺が知っているのは)があって、どっちがどっちか見分けついたらしい一人前ならしい。左手がフリーなので、タップするときわかりやすくて好きです。


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第二十六話 滾り始める

「相変わらず開幕ぶっぱか」

 

「まあ轟くんからすれば、それが一番安全だし、早いよね」

 

「ああ、轟くんは戦闘において火を使わないと騎馬戦の時に話していた。火は使わないと予想していたが、こうなるとは……」

 

『予想を余裕で超えてきたな』

 

 始めから勝ち目はなかった。そんなことを言うのは余り良くないことだが、それでも、あのツルで焦凍を倒すビジョンが見えなかった。

 

 ツタを伸ばしたときの貫通力や身体に巻き付け殴ったときの破壊力。耐久性も自分の個性でない以上よく分からないが、それでも、じり貧になる。最終的には、ツルと相性の悪い火があるから。

 

【開幕と同時にツルで繭を作った塩崎ごと、轟が氷で封印!! これじゃあ塩崎は動くに動けねぇ!!】

 

【ここからの打開策を塩崎が持ってるとは思えないんだが……】

 

 俺とイズ。鋭児朗も天哉も意見は変わらなかった。

 伸縮自ざ(バンジーガ)……。ゲフン! ツルがどれほど自由に動かせるといえどもあそこまで行っちゃあどうしようもないだろう。

 

「私の負けです」

 

 ツルの繭を解除した塩崎が、片手を胸に当てながら負けを認める。

 これでB組の生徒は全員が脱落となってしまった。鉄哲も鋭児朗に負けている。なのでここからは、A組の中でどれが一番強いのかを決める戦いとも言えるようになる。

 

「次は飯田くんと常闇くんだね」

 

「ああ、行ってくる!」

 

「良い試合をしよう」

 

 そう言って席を離れた二人は階段を降り、控え室へと進んでいく。

 

 個性の関係上アシスト的になってしまう天哉のエンジンと、とある奇妙な冒険に出てきそうな相棒使い。

 近接特化対中遠距離のオールラウンダーの試合となるここでは、個性の使い方がとっても大きなポイントになる。どれだけ距離を開けないか。どれだけ近距離に対応するか。

 

「飯田くんと常闇くんの試合の次は」

 

「俺と爆豪だな。っくー!! 相手にしちゃあ不足はねぇが、正直何処まで通用するか……」

 

 近くにいた鋭児朗がイズの言葉の続きを繋げるが、その後ろから電気がポンポンと肩を叩く。その表情からは、「お疲れ」と読み取れるのだが、それは気のせいだろうか。

 

「ですが今から始まるこの試合は、個性の扱いに長けたお二人の試合。なにかヒントになることもあるかもしれませんわ」

 

「おう!! その通りだぜヤオモモ」

 

「そうそう! 気楽にさ、楽しく見ようよ!」

 

「折角の試合なんだから、意見交換も大事だわ」

 

 百や透、それに梅雨ちゃんの意見が飛び交い、皆がステージに目を向ける。

 ギリギリまで席について試合を見ていたため、少しばかり試合の準備が整っていないが、それもそれで雄英の体育祭らしさだ。相棒(サイドキック)選びのためにやってきたプロヒーローが近くの同業者と意見交換をしている。

 

【さぁてリスナー諸君!! これから戦う二人の準備が整ったので早速入場だっ!! まずはこの男!!】

 

 前回の対戦ではサポート科の発目明の作戦に嵌まってしまい、彼女が作ったガチガチのフル装備で鬼ごっこをする羽目になった天哉が、暗闇の通路からその姿を見せる。

 

【一家でヒーローのエリート! A組の委員長は今度こそ自慢のスピードを見せつけることが出来るのか! 眼鏡がチャームポイントのヒーロー科! 飯田天哉!!】

 

【対するは、内なる存在は思っているよりも強暴か!? 抜け目のない個性のオールラウンダー。中二病はキャラなのか? キャラなのかい!? ヒーロー科! 常闇踏陰!!】

 

 そして反対側からステージに上がる踏陰。

 

「やっぱり飯田くんに勝って欲しいなぁ……。友達だし」

 

「それは僕も一緒だよ麗日さん。どちらにしろ騎馬戦で見せたあのレシプロバーストが決まれば試合は早めに終わると思うけど……」

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

【おおっと!? 遂に近づけないでいた飯田が、常闇に一撃を入れたぁ!! これはシヴィ!!】

 

【常に走り回ることでスタミナは減っていくが、それでもギアは入りやすくなる。騎馬戦の超加速ほどでは無いが、ギアを上げたんだろうな】

 

【流石の常闇も近寄られないと考えていたのかもろに入ったぞ!?】

 

 ステージ上では天哉が試合を決めると蹴り技によるラッシュが繰り広げられ、踏陰が一気に押され始めた。個性に頼る戦い方をしてきたためなのか、とても打たれ弱そうだ。

 

「行くぞ常闇くんっ!」

 

 一拍を置いてから、天哉が放った上段回し蹴りは、脹ら脛のエンジンを吹かし勢いを増している。だが、

 

「シッ! 甘いぞ飯田」

 

 一拍を置いたことにより動きが単調化したのか、踏陰が頭を下げて避ける。それも、百がやったのと同じように頭の上を通過させるように。

 

「残念だったな!! そんなことは想定済みだ常闇くんっ!!」

 

【おおっと!! 緑谷とは違って、後ろ回し蹴りで飯田が追撃ぃ!!】

 

【軸足がぶれていない上に個性による加速。緑谷の蹴りが変則的というならば、こちらは型に則った正調式。これはこれで良い蹴りだ】

 

 ガンッと鈍い音と共に、天哉の踵が踏陰のくちばしのような顎に見事にめり込む。

 

 フラフラと蹌踉けた常闇はそのまま地面に突っ伏す。

 

「常闇くんのダウンにより10(テン)カウント開始、1、2、3、4  

 

 マイクを通したミッドナイトの声でノックアウト判定までの数字が数えられる。そしてそれは伝播し、会場の全体が声を出す。

 

   5、6、!!

 

「飯田くん、アレやるんじゃない?」

 

「うん。アレすっごいもんね!!」

 

 お茶子と透の嬉々とした声に、周囲にいたあの特訓を知らない生徒が興味を持った。

 

「破壊力抜群の必殺技。プロレス風に言うならフィニッシャーだよ。まあ、飯田くんの個性上元より酷いことになったけど」

 

 ぴょんぴょんと身体を解すように跳びはねた天哉は、身体の重心を低くし、両手を震わせて滾り始める。求めることはただ一つ。早く立てと言うことのみ。

 

   7! 8!

 

 そして、カウントが9になった瞬間、よろよろと千鳥足を踏んだ様に踏陰が立ち上がった時に、天哉が文字通り消えた。

 二人の間にあった距離は大体8メートルと少し。その距離が一瞬で0へと変わったのだ。

 

「ボマイェッ!!!!」

 

 レシプロバーストの加速力が膝蹴りの威力を驚異的に上げ、そのまま踏陰の顎にもう一度入る。

 

「おいちょっ!!」

 

「ヤベェだろアレ!!」

 

 電気と力道の言葉はごもっとも。そもそも膝蹴りを顎に入れること自体が危険なこと。それをスピードをつけて行うのだ。顎が割れることもあるだろう。

 それでも、会場の雰囲気は上がり続ける。

 

 今度は始めから観客が叫ぶ。主審であるミッドナイトのカウントに合わせて。プレゼントマイクの煽りに答えて。

 

 そして、見事に10カウントが入った。

 

「常闇踏陰の行動により、勝者! 飯田天哉!!」

 

 勝者の宣言が高らかになされる。そしていつも通り天哉は級友の心配をし、自ら肩を貸して踏陰をリカバリーガールの元へと連れて行った。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「それじゃあ僕は控え室で試合を見るよ」

 

「うん! それじゃあまた後でね」

 

「試合まだだけど頑張ってねー」

 

 切島対爆豪の試合が始まる直前、私は、麗日さんと一緒に緑谷くんを見送った。いいや、私の目的は緑谷くんじゃない。正しくはマロワくん。

 

「うーん。正直、切島くん達の試合とかどうでも良いんだよねぇ……

 

「どうかしたの? 葉隠ちゃん」

 

「ん? 何も無ーいよ。そんなことよりもさ梅雨ちゃん!! 後で屋台もう一回行かない?」

 

 あの二面性。元々緑谷くんには興味があったけど、今はそれ以上に……。まあ、仕事もあるし、ほどほどに見ないと。

 

「食べ切れてないのもあるんだー」

 

 人には見えない私の顔でも、雰囲気というのは重要だ。だからこそ、どんなタイミングでも笑顔を崩さない。

 

「もちろん良いわよ葉隠ちゃん」

 

 ほら、また一人、引っかかった。




 今回のプロレスネタ

『ボマイェ』
アメリカに渡っちゃったクネクネ大好きのKoSSさん。通称タナのライバルの必殺技。
技名の由来はアリボンバイエからの猪木ボンバイエからのボマイェ。言葉自体に意味が無いらしい。
やってることは助走しての膝蹴りだけど威力は抜群。下手したら顎が割れる威力。本人はボマイェのやり過ぎで右膝の皿を割ったんだったかな? 確かそのはず。


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第二十七話 ふっほふぇ(ぶっ飛べ)

 いやいや、1年とは速いもので、27話目で年が終わる。今年はお世話になりました。年を越えてもよろしゅう頼みます!!


「やっぱり、かっちゃんはすごいや」

 

『あの鋭児朗をぶっ飛ばせるとは……ヤバいな』

 

 余り会いたくない人物に会ってしまった俺達は、会場へ続く廊下を歩く。正直、この場所でのイベントが多すぎて辟易としてしまうのは秘密にしよう。

 

 硬化という個性のおかげで、単純に耐久力が高い鋭児朗は、あの時の特訓の通り個性の使用時間を延ばす訓練をしていた。

 

「次は……僕たちだね」

 

『そうだな』

 

 個性の使用可能時間を引き延ばすため、イズもやっているような、限定的な個性のオンとオフ。その切り替えの速さと、単純に、硬化の耐久度を上げるため殴り続けていた。

 そんな鋭児朗は、カウンターの技を何個か持ち、ホバーボードロックまで用いて勝己に食ってかかったが、個性は身体能力の延長線上にある力。もちろん限界が来る。

 

「僕たちが勝てば、あのかっちゃんを倒すことになるのか……」

 

『まあ、先を見ることも大事だが、今は足もと見ねぇとな。それに、勝己もあと一回戦わなきゃ決勝じゃない。勝己と戦いたいなら、まずは』

 

【レディースアンド、ジェントルメェーンッ!! ってかリスナー達よ!!】

 

【耳元で叫ぶな山田】

 

 スマンスマン。コントのようにそう言った実況のプレゼントマイクが、マイクを握りなおして再び叫び出す。

 

【遂にやってきた準決勝、決勝に進めるのはいったい誰なのか、注目の一戦目!! 一年生のビッグスリーそう言っても過言ではない実力を持ち、何よりもその力を示す能力がある!! 今大会一番の注目株、ヒーロー科! 緑谷出久!!】

 

『さあ、勝とうか』

 

「うん。目の前の試合だね」

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「ねえ轟くん?」

 

「何だ」

 

「轟くんが勝つ目的っていうのかな、理由っていうか、そういうのってある?」

 

 何を言ってるんだ。そんな風な内心の言葉が見て取れるくらい、轟くんの瞳には僕が映っていなかった。

 

「僕はね、恩返しがしたいんだ。皆に」

 

 僕がここに居るのは、母さんと、父さんと、それにオールマイトとマロのおかげ。その皆に貰ったものを少しずつ返していきたい。勝つのも戦うのも、僕が頑張ってるところを、貰って培ってきたものを見せるためだ。

 

「一番になること以外に、勝つ目的なんてあるわけ無いだろ。前にも言ったが、俺は、母親()の力だけで一番になる。そして親父を越える」

 

「ここに来る前、君のお父さんに、エンデヴァーに会ったよ」

 

「あ゙あ゙? 何が言いてぇ」

 

 彼の父親の名前を出した途端、語気が荒く、強くなる。それでも、僕はかっちゃんの時のようにへっぴり腰にならないように轟くんの目を見つめる。

 

「僕の個性を、オールマイトのようだって、多分騎馬戦のデコピンを見ていったんだろうね。かっちゃんを弾き飛ばしたあれで、僕のパワーとオールマイトを重ねた」

 

「何が言いたい」

 

 別に轟くんをおちょくっているわけじゃない。リングインする前に本当にあったことを話している。

 

『そもそも、試合前にこんな話をしてる時点でおかしいけどな』

 

「あえて言うよ轟くん。これは、エンデヴァーにも言ったことだし」

 

「お話中悪いわね。これから試合を始めるわ準備は良いかしら?」

 

「俺は何時でもいける。早くしろ」

 

「僕はオールマイトじゃない。君も、エンデヴァーじゃないんだ」

 

   始めッ!!

 

 むしゃくしゃしてるだろう。試合は、ゴングが打たれる前から始まってる。どうやったら自分の思い通りに試合を運べるか。対処しやすい行動を取らせるか。場の空気を引き寄せられるか。

 

「やっぱりっ!!」

 

 これまでとは変わらず試合が始まると同時に作り出した氷の巨壁。そして、それを僕は予想していた上で、()()()()()()()()の指ぶっ放。

 

「治さねぇのか、その指」

 

「いまの轟くんなら、治さなくても勝てるからね」

 

「強がりか? その戦い方じゃあお粗末な耐久戦になるだけだ。直ぐに終わらしてやる」

 

 なぜ上限を気にせずに攻撃するのか。それは偏にどの程度の攻撃が分からないから。想定できないならその上を超えれば良い。

 ただそれは、轟くんがする()()()()()だけ。

 

 この数日で成長したのは何も飯田くんや麗日さんだけじゃない。僕ももちろん、力を身につけた。

 

『焦凍の能力は謎が多い』

 

 わかってる。轟くんの戦闘は一瞬が多すぎて情報が少ない。だからこそ隙を作らせる。そして、情報を盗む。それが僕の答え。

 

「現に、轟くんが背中に作った壁は、僕の攻撃で飛ばされないようにするため。でもそれは」

 

『それだけこの衝撃波を警戒している証拠』

 

 なにをすれば良い? どうすれば、繋げられる!?

 

 100パーセントの力。個性を制御できていない僕の力だと、ドンドンと指が死んでいく。痛みで顔が歪みそうになる。辛さで諦めたくなる。

 

   僕が、救うんだ。

 

 僕は僕だ。イズはイズであり、マロはマロ。緑谷出久が緑谷出久であるように、轟焦凍が轟焦凍なんだ。各個人、他の人にはなれないオリジナルで、何処まで似せても何も変わらない。

 紛い物は、何処まで行っても紛い物なんだ。

 

【緑谷!! 轟の攻撃に防戦一方か? なんか指が紫になってんだけどぉおお!?】

 

【いま、緑谷は無理しているってことだろうな。あの氷を壊すために、自信の限界を超えた個性の使い方をしている】

 

 近づけさせないように衝撃波打ってても、数が足りない……。もう、

 

  クソッ!!」

 

 もう右手が全滅した。あと四回……。

 

【轟が接近戦へと踏み込んでいくぞぉ!! あの緑谷に勝算があるのか!?】

 

「っぶなっ!!」

 

 氷を纏った拳が僕の居た場所を襲う。急いで飛び出し回避すれば、追撃が来る。

 

「くそっ!!」

 

 今度は、先ほどまでとは違って、腕までワン・フォー・オールを発動して無理矢理追撃を防御する。

 

【個性の扱いには慣れてるはずの緑谷が、こうも防戦一方だと何か策を感じるな。何がしたいのか。一つ言えるのは、あれほどの近接格闘がある上で、近づかせないぞっていう立ち回りをしてることだな】

 

「言うだけ言って守ってるだけ。近づきたくないって言うならこのまま終わ  

 

  ヘルフレイムは、体温が上昇していく過程で限界がやってくる」

 

 何でだろう。そう考え続けた結果は、足りない部分を補完すること。

 

「個性は身体能力の延長線上にある。だからこそ限界がある。体内に熱がこもれば、人としての限界が来る。だからこそ、その体温を下げるための氷。氷結」

 

「何が言いてぇ」

 

震えているよ。轟くん

 

 僕は、固まっていた筋肉をほぐすように、痛む四肢を無視してくるくると回し、いかにも何事もなかったように、ウォーミングアップをしていますというような動きを始める。

 

「君は今なにを見てるの? 君は今までの試合で何を見てたの?」

 

 それぞれの個性を見せつけた試合。似た個性で命を削った試合。工夫でもって壁を越えようと試合。一つ一つに、目の前で生きるエンターテイメントが見えた。

 

「皆……。皆が本気でやってる。勝って先に進むため、目標に近づくため、一番になるために!!」

 

 きみは、たった()()の力で勝つ? 馬鹿馬鹿しい。現に、君は、

 

「君はまだ、僕に傷一つつけれていないぞ!!」

 

   ()()()かかってこい!!

 

 僕の言葉イラついたのか表情が曇った。チャンスだ。いまの轟くんなら、近距離で大きいのを入れて早く試合を終わらそうとするだろう。

 

「ワン・フォー・オール ()()()()()() シュートスタイル!!

 

 マロが描くような完全体じゃない。自分が使える許容パーセンテージ内の出力を、腰から下に発動しているだけ。それでも、オールマイトの十分の一。

 

『本当は、全身発動の上で、足回りの出力だけを上げさせたいんだけどな……』

 

 マロにとっては不十分。ただ、火力は十分。問題なんて何一つ無い。

 

 一、踏み込み。

 二、軸足回転。

 三、抜刀。

 

 食らわすは己の膝。

 

 轟くんの踏み込んだ左脚、持ち上がった右脚を見て踏み込む。単なる助走じゃ無い。ワン・フォー・オールを纏った踏み込みは、常軌を逸する速さになる。

 

「がっ!!」

 

 気がついたときには、もう攻撃を受けている。そう認識するかの如く轟くんが宙を舞う。

 

【気づいたらえ? ええ!?】

 

【今のはキッチンシンクか? 少なくとも膝蹴りだが……】

 

 相澤先生の言うとおり、僕がやったのはキッチンシンク。言うなら膝蹴りなんだが、フラフラとよろめいた轟くんは、腹を押さえて睨み上げてくる。

 

「使い続ければ弱まるのは当然だよ。試合が始まったときにくらべれば氷の勢いも身体の動きも鈍ってる」

 

 痛い。指というか、手がずっとビリビリしてるような感覚。手も握れない……。でも、負けたくない!!

 

【手がボロボロでも関係ねぇとばかりに  

 

 もう一度と近づいて氷結攻撃を入れようとする轟くんに、握る代わりに右手を口に突っ込む。

 

ふっとふぇ(ぶっ飛べ)っ!!」

 

  轟をぶっ飛ばす!!】

 

 頬を使って指を弾くことで親指を使い轟くんを迎撃。何が何でも。そう言った僕の行動に、轟くんは何でなんだと声を漏らす。

 

「何でそこまで自分を傷つける……」

 

『何で? 単純だろ?』

 

 そうだよ。僕の動機なんて単純だ。僕は、憧れた人のようになりたい。彼のように、僕みたいな奴でも立ち上がれると、僕が導きたい。

 

「期待に応えたい。笑って応えられるようなカッコいい人に……()()()()()()!!」

 

 だから皆全力で戦ってる。どんな相手にも、A組も、B組も、普通科も!!

 

「君のこと何て知るか!! 境遇も、覚悟も、決心も、僕は何一つ知らないけど、全力で戦わず一番になって、完全否定なんてふざけんな!!」

 

 僕は、僕の力で君を超える。

 

「俺は  

 

   君の力じゃないか!!

 

「お前の力で戦えよ!! 轟焦凍っ!!」

 

「ふざけんじゃねぇよ!! テメェは全力なのかよ、緑谷出久」

 

『決まってる。100パーセントだよ。緑谷出久は』

 

 傷がドンドンと修復していく。もちろん、構築は何も修復なんて出来ない。人間の基本構造を利用した強引な治療。

 骨は折れている。それは骨を再構築し筋肉を固めて固定。血管は穴が開いてる部分を塞ぐように構築。皮膚は、壊れた下に新しい皮膚を構築して古い部分を捨てていく。

 

「ここからだ。そうでしょう?」

 

 表と裏が力を合わせる。轟くんと同じ、半分の力じゃなくなる。

 

「敵に塩を送るなんて……ふざけてんのはどっちだよっ!! 緑谷!!」

 

 その瞬間、轟くんの左側からパチパチと火が。いや、炎が吹き出す。

 

「俺だって……ヒーローに」

 

 僕は、マロは、緑谷出久は……。彼を救えた。




 今話のプロレスネタ

「キッチンシンク」

 キチンシンクとも呼ばれるこの技は、基本的には膝蹴りの括りです。ですが、相手をロープに振り、戻ってきたところに膝を突き刺します。
 技名の由来は、食らったときの姿がキッチンのシンクに身体を押しつけて奥の所にあるものを取ろうとするように見えるから。
 試合終わり、自宅のキッチンのシンクに嘔吐物を吐いてしまうから。
 キッチンのシンクのなかにたまった洗い物のように、胃の中をぐちゃぐちゃとする。
 などなど、怖い言葉がチラホラと。

 まあ何が言いたいかというと、意外と痛い!!

 んじゃ良いお年を!!


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第二十八話 「動けねぇよ」「だろうね」

 約20日ぶり。皆様いかがお過ごしでしょうか。
 気分転換に違う話を何個か書いた上で没にしまくっていた私、義藤菊輝はですね、なんとこさ1話ですわ。いやはや恥ずかしい……。

 今回の話、後半中の日と繋がりがあります。予め言っておきますね(汗)

 あと、雄英体育祭編が終わればリクエストの閑話を書いてみたいなーと夢を見ていますので、よろしければコメントに適当にテーマでも落としていただければ……。


 鬱血し、紫色になってしまった()()()手を、僕は力一杯握りしめた。

 

「何笑ってやがる……」

 

「ん? 純粋に嬉しいし、楽しいんだよ」

 

「イカレてる。その怪我で、その身体で。その手から想像するに、表面上は回復してもダメージ自体は残ってんだろ? どうなっても知らないぞ」

 

 握り続け力を込め続けていた右手を、僕は開いた。

 轟くんの言うとおりだ。見た目だけの回復。掌は、先ほどからピクピクと震えていることがそれを如実に表している。

 

「行ける」

 

「何がだ」

 

 心の中、僕を見て笑ってるマロを見て、そう確信した。マロの笑顔には力がある。きっとMissジョークだって驚くほどの力が。

 

「だから僕は、戦える」

 

『行ってこい』

 

「何をブツクサっ  

 

「焦凍ォオオオ!! そうだ、それで良い! お前はこれから始まる。俺の血を持って俺を超え、そして()()野望を」

 

「黙れ」

 

 右半身を氷に包み、そして左半身に炎を灯す。「轟焦凍」という存在にとって妬み恨み呪った個性を、「半冷半燃」を解き放ったとき、観客席にいた父親(エンデヴァー)に向かってそう声に出した。

 ただ、そんな一言でも会場を、エンデヴァーを静止させるには十分の威力だった。

 

「俺は、俺だ。このフィールドの主役は  

 

  俺だ」

 

『おやまあ、焦凍ちゃんったら、反抗期なのね……』

 

「それはずっとだと思うよ、マロ」

 

『それもそうか』

 

 問題はここからだ。次が最後。体力的にも次を見据えるのであればこれ以上長引かせることはできない。

 

『焦凍には遠距離があるからな』

 

 轟くんが一撃放つよりも早く。もしくは、打たれて直ぐの威力がMAXになる前に、轟くん本体をぶっ叩きに行かないと勝てない。

 

「全身15パーセントの力」

 

『じゃじゃ馬だぞ?』

 

「一撃で終わらせれば問題ないよ。一点狙い(オールイン)しかないんだ。僕の中では」

 

 焦凍の個性が勢いを増す瞬間と、イズが制御しきれないほどの力に手を伸ばしたのは同じタイミングだった。

 パチパチとスパークを起こすような電気信号が身体の限界を引き上げ、体全体に広がっていく。

 

「ワン・フォー・オール 全身15パーセント」

 

 身体が震える。これは、怖さだ。自分には扱いきれない大きな力を使う怖さ。

 

「緑谷……」

 

「なに?」

 

 最後の言葉は、氷と炎が迫り来る音で掻き消えた。でも僕には分かる。彼は、轟焦凍は、感謝の言葉を言ったんだと思う。

 だからこそ、全力で応えよう。

 

 踏み出した一歩はとても小さいが、何度も何度も積み重ね、そして飛び出し、セメントス先生が作り出した威力を弱めるための壁を越える。

 地べたが無理なら頭上から。こんな場所だから出来る回避の方法。まあおかげで、足を痛めた。

 

 でも立ち位置は轟くんの背後。今から使う技では、最高のポジション。

 

【気づいたら緑谷が轟の後ろに!? アイツの速さ飯田並みじゃねぇか!!】

 

 氷も炎も避けた。一瞬で極寒まで冷やされた空気が炎で爆発。水蒸気が、僕の体を掴んだ。

 

「なっ!?」

 

 背後から手を回し、左手で轟くんの右手の腕を力強く握る。背中を押して無理矢理前に動かし、繋がった右手を引くことで、自分の力が全て叩き込めるよう己が有利な間合いに変える。

 

【水蒸気が、晴れた】

 

 心地が良い空気だと、思わず笑顔になってしまった。

 

 水蒸気でベタベタとした空気は晴れることで爽やかな風になり、ゆっくりと僕の頬を撫でてくれる。緊張感も恐怖も、気づけばどこかに消え去っていて、頭に浮かぶのは単純に「楽しい」という感情。

 

 伸びた左腕を引っぱり、轟くんの身体を強制的に近づける。そして一撃。右腕を振り抜く。

 

 わざと筋繊維の構築はしていない。靭帯も骨にも皮膚にも構築は施さなかった。託された想いを自分の力に変えた強さを感じたから。そしてそれを教えたかったから。

 

「ぐっ」

 

 右腕は轟くんの胸元に入り、そのまま慣性に従って一回転。轟くんは背中から地面へと倒れる。

 

【ここで起き上がれば胸熱だが?】

 

「轟くんのダウンにより10カウント開始、1、2、3、4」

 

 飯田ー常闇戦とは違い、ボマイェを打つつもりなんてさらさらない。純粋に、これで終わりだ。V2なんて目じゃない程に金の雨を降らせた男の必殺技。

 

【レインメーカーっ!!!!】

 

 晴れて直ぐのインパクトは凄かったらしく、観客は沸き立ち、前と同じように叫び始める。それは、前よりも大きく、波となり轟くんを襲う。

 

 大きな声は倒れていても耳には届き、その大きな声で脳を揺らす。立ち上がろうとしても立ち上がれないだろう。身体が一回転をして視界が変わり、空を見上げている。

 胸と背中に衝撃がある。キッチンシンクも決めてるから、胸と腹がぐちゃぐちゃになってるだろう。

 

「8! 9!」

 

【10!!】

 

「轟10カウントにより、勝者、緑谷出久!! 決勝進出!!」

 

【相も変わらずこの強さ!! 轟の必殺を超絶回避し、そこから決定だ!! お前がもう最強じゃね!?】

 

【A組の中でも、個性の扱いに長けた四人が残っていたが、その中でも緑谷は一つ飛び抜けてるな。次の試合は、飯田対爆豪。速さとパワーのぶつかり合いだな】

 

【それじゃあ試合開始までもう少し待っていてくれよリスナー諸君!!】

 

「動けねぇよ」

 

「だろうね」

 

 プレゼントマイクによるアナウンスが終わり、まだ空を見ていた轟くんに、僕は手を伸ばした。その時彼は、少しだけ口角が上がっているような気がした。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「楽しんでいたね。先ほどの試合」

 

「はは、は……。はい。ほんと、ごめんなさい。戦ってるのに楽しむなんて」

 

 飯田くんや麗日さん達がリカバリーガールによって強制退室を食らった後、たった三人だけの部屋の中で、僕はオールマイトにそう言った。

 

「別に笑うことは悪くないさ。戦うと言う行為には興奮がつきものだからね。けどね、それ以上にだイズク少年。君の笑顔が、とても素晴らしかったんだよ」

 

「え?」

 

「このバカが言いたいことは簡単さね。アンタの笑顔で、相手も笑顔になった」

 

 確かに最後は、ちょっとだけ笑ってるように見えた。僕自身は清清した試合だったし、強い相手と、()()個性で戦い合えた。

 

「で、でも……、僕は轟くんのことなんて何も知らないのに、ぐちゃぐちゃと土足で踏み込んだみたいに……」

 

『それで良いじゃん。笑顔になれば』

 

「何を言ってるんだいイズク少年」

 

 そんな僕の吐露に、相棒と師匠は真逆のことで言い返す。

 

『ヒーローってのは、困ってる奴を笑顔に出来りゃあ勝ちなんだよ。俺的にはな? 焦凍は困ってた。悩んでた。母親のこと、父親のこと、そして個性のことで。それで、最後は?』

 

 笑っていた。あれは確かに笑顔だと思う。

 

「恐らくマロワ少年も何かしら話してくれているとは思うが、私は確かに言ったはずだ。ヒーローの本質が何かと言うことを」

 

「お節介……」

 

「そう。そのお節介のおかげで、マロワ少年の言い方を借りれば、彼は笑顔になった。少なくとも、次に進むための大きな一歩になったことは確かだと私は思うぞ」

 

 リカバリーガールに治癒して貰った右手と足はもう変色していない。身体は疲れているが、それでも、痛みは感じない。

 この痛みのない気持ちが、轟くんと同じなら。

 

「君に出したオーダー。その目的は殆ど達成されたようなものだ。緑谷出久という存在は、会場に居る人はもちろん、テレビを通して多くの人が認知した」

 

 君に、イズク少年に個性を託して、私は良かったと思っているよ。

 

「それじゃあこんな破滅的な個性の使い方をしないようにしな。あんた一人じゃ治せないんだろ? なら、自分一人で自傷することなく戦えるようになりな」

 

「はいっ!!」

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 飯田対爆豪の試合は、緑谷対轟とは違う意味で盛り上がった。

 お互いに持ち味を存分に生かした戦い方。一撃離脱の速さでペースを握ろうとする飯田と、反射神経のみでそれを迎撃する爆豪。

 

「っへ! 中々骨があるじゃねぇかお坊ちゃま」

 

「んなっ!? ぼ、俺はお坊ちゃまというような年ではないぞ!?」

 

 かかった。爆豪はひたすらに機会を窺っていた。

 爆豪はかなりの尻上がり。言い換えればエンジンのギアが最高になるまでが遅い。汗腺が広がれば広がるほど威力を発揮する個性だからこそのデメリットだが、逆説的に、相手は速攻をかまさなければならない。

 

【ここで飯田の必殺技ァ!! レシプロバーストだぁああ!!】

 

【ギアを上げてきたが、どうなる】

 

 爆豪の算段では、ある程度すれば焦り始め、スピードを速め場外へと投げだそうとすると予想していた。だからこそ、その作戦を叩き潰す。

 

「舐めんな、三下ァ」

 

 ビリッと、空気が変わるのを飯田は感じた。なんとも形容しがたい恐怖が来る。

 理性ではそうわかっていても、身体は流れのままに、爆豪の後頭部。延髄へと蹴りが入る。

 

「このままっ!」

 

 蹴った直後、飯田は爆豪の襟を掴み、そのまま全速力で場外へと向かう。作戦は変わらない。あの感覚は杞憂だった。そう自分に言い聞かせようとしたとき。

 

「あはっ、ゥルアッ!!!!」

 

 手首が爆破された。爆豪を手から離してしまう。

 

「まだまだぁっ!!」

 

 浮いた身体のまま、次は掌底によって飯田の身体が吹き飛ばされる。直ぐさま展開し続けていたレシプロバーストを使い、体をリングの中へと向ける。

 

「俺を止められる奴なんざ、この世の何処にも存在しねぇ!!」

 

 戻ってきた所に、今度は両手を合わせ二つの掌をちょうど鳩尾に当てる。

 

「しまっ!!」

 

 BOMB!!

 

 無防備な体勢に掌底という、内臓にダメージが発生する組み合わせ。その上、

 

「くれてやるよ」

 

 遠慮無しの全力の爆破。見事と言って良いのかは分からないが、飯田の身体は一直線に飛んでいく。プスプスと音を立ててエンストまで起きて。

 

「飯田くん場外! 勝者爆豪勝己! 決勝進出!」

 

【これで決勝のカードが決まったぜ!! 一人はヒーロー科の緑谷出久。そしてもう一人は同じくヒーロー科爆豪勝己!!】

 

【また室内戦闘訓練みたいにならなきゃ良いんだが……】

 

【え? 何々!? 俺知らねぇんだけ  

 

  仕事をしろ山田】

 

 相変わらずのコントと共に、今度は会場のスクリーンにこれまでのトーナメント表が映し出された。どうやらこれからダイジェスト版を流すらしい。まるで特番のCMのようだが誰も文句は言わない。

 

 第一回戦

第一試合 緑谷出久 対 心操人使

判定 心操人使の場外により勝者緑谷出久

第二試合 青山優雅 対 八百万百

判定 青山優雅の場外により勝者八百万百

第三試合 轟焦凍  対 瀬呂範太

判定 瀬呂範太の降参により勝者轟焦凍

第四試合 塩崎茨  対 上鳴電気

判定 上鳴電気の行動不能により勝者塩崎茨

第五試合 飯田天哉 対 発目明

判定 発目明の場外により勝者飯田天哉

第六試合 常闇踏陰 対 芦戸三奈

判定 芦戸三奈の場外により勝者常闇踏陰

第七試合 鉄哲徹鐵 対 切島鋭児朗

判定 延長戦の結果勝者切島鋭児朗

第八試合 爆豪勝己 対 麗日お茶子

判定 麗日お茶子の行動不能により勝者爆豪勝己

 

 第二回戦

第一試合 緑谷出久 対 八百万百

判定 八百万百の降参により勝者緑谷出久

第二試合 轟焦凍 対 塩崎茨

判定 塩崎茨の降参により勝者轟焦凍

第三試合 飯田天哉 対 常闇踏陰

判定 常闇踏陰の行動不能により勝者飯田天哉

第四試合 切島鋭児朗 対 爆豪勝己

判定 切島鋭児朗の行動不能により勝者爆豪勝己

 

 第三回戦及び準決勝

第一試合 緑谷出久 対 轟焦凍

判定 轟焦凍の行動不能により勝者緑谷出久

第二試合 飯田天哉 対 爆豪勝己

判定 飯田天哉の場外により勝者爆豪勝己

 

 決勝カード決定

 緑谷出久(1位→1位)対爆豪勝己(3位→3位)

 

【振り返ってみてどうだった? イレイザー】

 

【そうだな。順当と言えばそうだが、緑谷の強さが際立ったな。あの強さに勝るとも劣らなかったのは、飯田のボマイェの衝撃。そして、爆豪の裏付けされた信念】

 

【ありゃ凄かったぜ。思わずビビっちまった。個人的には麗日に勝って欲しかったけど】

 

【私情を挟むな山田】

 

【コイツはシヴィー!!】

 

【うるさいぞ】

 

 ダイジェスト映像は繰り返し放送されるらしく、観客達は、各々気に入ったシーンが来る度に歓声を上げている。

 

『ちょっと恥ずかしいな……』

 

「ま、待って……。マロが僕と同じ心境?」

 

『おま、俺をなんだと思ってんだよ……』




 今回のプロレスネタ

「このフィールドの主役は、俺だ」
某プロレスのプロフェッショナルさんが、メキシコに逃げる前に言い放ち、見事にフラグを回収した発言。元々は「リング」。Gで1なクライマックス27で二度目の同じ発言をして、旋風を巻き起こしたのは記憶に新しい。

「レインメーカー」
十二回の最多防衛記録と共に、新人レスラーに二桁近く連敗している男の必殺技。純粋に凄いんだけどなぁ……。なんで負け続きなんだろ……。


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第二十九話 君に負けを認めさせるよ

 遅なりました。ごめんなさい。


 歓声も、拍手も、実況も。この世界から爪弾かれたかのように消えてなくなった。

 

 今あるのは、バクバクと鳴り止むことを知らない怖がりな心臓の音。胸の中に膨らんだ不安と、そこら中に蔓延している期待を入れ替える呼吸の音。

 

 そして、

 

【やーっと待たせたな!! これから決勝の始まりだぜぃ!! まずは、第一種目から圧倒的な個性運用でリードをとり続ける男。ヒーロー科1年四天王が一人。ここで勝ってレヴェルの違うところを見せつけろ!! ヒーロー科 緑谷出久ゥ!!】

 

【続いて登場する奴はぁ!!】

 

 今から戦う相手の、足音のみ。

 

【絶対的な完膚なき1位を心情にする爆殺卿!! その掌に壊せないものはないとばかりに、傍若無人に暴れまくる! ヒーロー科1年四天王が一人。ヒーロー科 爆豪勝己ィ!!】

 

「よぉクソナード……」

 

「だからなんだっていうんだ、かっちゃん」

 

「テメェら、二人で一つなんだってなぁ、なら、勿論二人がかりで来るよなぁ」

 

「君が望むならね。ただ、少なくとも()()()()は全力で戦うよ。そして、君のプライドをへし折る」

 

「あ!? いいぜ……。やれるもんならやってみろ。せいぜい足掻けよ木偶の坊」

 

【この二人はなんと幼馴染み!! 昔から知っている個性や戦い方、手の内はすでにバレてる状態だぁ!!】

 

【どれだけ新しい引き出しを開けることができるか。開幕からトップギアで突っ走るか、それとも尻上がりで仕留めるか】

 

『そう簡単にベルトは取らせねぇし、このベルトは簡単じゃねぇよ』

 

 うん。1位の重圧は、そんな軽いものじゃない。ここで勝った方が、雄英一年生の頂点。

 

『雄英一年の顔になる』

 

 握った拳が震える。それを隣から叩かれる。

 

『自分を信じろよ。それに俺も』

 

「うん」

 

【それじゃあ頼むぜミッドナイト!! 試合の幕開けを!!】

 

「オーケーマイク!! それでは両者中央へ」

 

 指示に従い距離を詰める。

 

「それでは決勝戦、緑谷出久 対 爆豪勝己」

 

 互いに構えを取る。

 

「始めッ!!」

 

 リング上には、開始のゴングが鳴り響いた。

 

「ウルァッ!!!!」

 

【おおっと!? 爆豪のやつ開幕ぶっ放かよ!!】

 

【それを軽々しく避ける緑谷も緑谷だが……】

 

「チッ! っざけんなゴラッ!!」

 

 軽やかに体全体を使い、僕はかっちゃんの爆破を避けていく。

 

『当たれば終わりの爆破個性。まるでゲンス』

 

「それ以上は言っちゃ駄目!!」

 

『うぃっす』

 

 あの個性は全然一握りじゃないが、適当に火薬をばらまかれても予想は出来る。いつも通りだ。焦ったときの。

 

「右の大振り」

『右の大振り』

 

 あの時とは、室内戦闘訓練の時とは違う。あの技は前の試合で出してるし、本人に直接やっている。だから違う技を。

 

 油断させるためと言うのもあわせ、僕はかっちゃんの右腕を受け止めそのまま左脇に抱える。勿論それは、前の試合にも使った技と同型の入り方。それに警戒してかっちゃんが次にするのは、

 

「爆破による回避」

『爆破による回避』

 

 何が何でも離さない。その信念が僕には有った。プロレスに離れるという選択肢はない。確実に技を決めるため、あらゆる技における絶対的な射程距離を把握し、その間合いの中で戦い続けるから。

 だからこそかっちゃんの攻撃、腕を取ったままの爆破は脇の後ろを虚しく爆破し、その勢いで後ろへと引っぱられるかっちゃんの伸びきった右肩に下から右脚で蹴り上げる。

 

「っかは!!」

 

 声にならない悲鳴を上げたあと、直ぐさま歯を食いしばったかっちゃんに思わず感動する。

 嫌な音がした。嫌な感触があった。

 かっちゃんの右腕は恐らく脱臼している。このままじゃ爆破の衝撃に耐えられないはず。

 

『やれっ!!』

 

 僕は言った。かっちゃんのプライドをへし折ると。

 

 持ったままの脱臼した右腕の下を潜るように後ろへと回る。外れたままの肩関節は悲鳴を上げているだろうが、かっちゃんは声一つあげない。

 

『腕殺しバッククラッカー』

 

 後ろに回したかっちゃんの右腕を両膝で押さえつけ、開いている僕の右腕は、かっちゃんの首に巻き付ける。

 

「舐めんな、くそがっ」

 

 さあこれから地面に倒れ込むと言うところでそんな声が聞こえた。

 

「死ねぇ!!」

 

『イズッ!?』

 

【おおっと!! 爆豪、カウンターの一撃が緑谷を襲うっ!!】

 

【あの至近距離でかなりの威力だぞ、大丈夫か?】

 

 骨身にしみる爆破だ。いつもながらかっちゃんの爆破は凶悪。でも、

 

「そんな程度?」

 

 耐えられないほどではない。

 

 僕は、そのまま行ったバッククラッカーの痛みで腕を押さえるかっちゃんに向かって、今できる最大の煽りを与える。

 

「ダメージは微々たるもの。それに引き換えてかっちゃんのダメージの方が多い。あ、マロは何もしてないよ。構築で皮膚を硬くしたとか、骨の強度を上げたとかそんなことはしていない」

 

 やっぱり、その程度なんだ。

 

『ひゃっほう!! 最高の煽り文句だぜ!!』

 

 マロ?

 

『うぃっす』

 

【な、なんと!! 爆豪の爆破の威力に比べて、緑谷のダメージはそれほど多くないぞ!? どーなってんだ!?】

 

「ふざけてんじゃねぇぞ没個性!!」

 

「その没個性に負けるんだよお前は!!」

 

 脱臼したためにブラブラと揺れる右腕。その右腕を左手で掴み、僕の方へと向けた。

 

「テメェとおんなじだ、どーせ治るもんなぁよ!!」

 

 いつもの爆発。中距離から飛ばせるはずが無いと理性が伝える。だって、かっちゃんの爆破は掌の汗腺を使うから。でも、本能が危険だと告げる。

 離れろと。身体を守れと。

 

 右手の真ん中。そこにオレンジ色の玉を見る。

 綺麗な色。吸い込まれそうなほど強い意志を持った橙の玉。それをかっちゃんが左手で包み、銃口のように向ける。

 

「やばっ!?」

 

 急いで両手を合わせ、地面へと叩きつける。毎度お馴染みの壁を構築し、その厚さをこれまで以上に設定する。

 

「時間稼ぎかぁ!? うらっ!!」

 

 バザンッ。と、爆発というよりも貫通するレーザーのような音が会場を支配し、僕が急遽作り出した壁を貫いた。

 

「お前なら下がってるよなぁ! 予想通りだ。臆病で弱虫で泣き虫な木偶の坊は、逃げることしか頭にねぇ

 

 爆速ターボを使うことによって、自ら作った穴を通り、かっちゃんが僕に肉薄する。

 

「さっさと負けろよ!」

 

 勢いをそのままに、かっちゃんは個性を使って回転し始め、爆風を起こして、人間ミサイルのようにやってくる。

 

 榴弾砲・着弾(ハウザー・インパクト)

 

【このままじゃ緑谷が場外だぞ!? どーすんだよこれっ!!】

 

 マロ、腰から下を地面と一体化させることって出来る? 例えば、鉄とかで。

 

『できるが骨は強化が限界。皮膚とズボンと靴下と靴と床で一纏めッてんなら余裕』

 

 十二分だよ。

 

 僕はマロに指示を出すと同時にしゃがみ込み、力を蓄える。足はもう動かない。地面と一体と化し、何にも動じない。

 

『初心忘れるべからず。ってか』

 

「うん」

 

   ケツの穴グッと引き締めて、心の中でこう叫べ!

 

TEXAS SMASH(テキサススマッシュ)!!」

 

 拳圧と爆風は拮抗し、その勢いは共にかき消される。

 

「捉えた、クソナード」

 

 煙が晴れたとき、ガシッと捕まえられた僕は、かっちゃんの爆破によって顔に攻撃を食らう。足を動かないようにしたために今はただのサンドバック状態になってしまう。

 

 そこから始まったのは連打連撃。顔に、腹に、肩に、腕にと。殴れるところにひたすら攻撃を食らう。

 

「オラオラオラッ!! どーしたよクソナードォ!!」

 

 攻撃は最大の防御とでも言うように、かっちゃんが僕を殴り続ける。だからこそ、

 

「今だな」

 

 爆破の音に隠れて、聞こえるはずのない三人目の声が聞こえた。

 

【最後の一撃が強烈だぁ!! えげつねぇなおい!】

 

【ぬかったな。爆豪】

 

【おいおい、どういう意味だよイレイザーって!? おいおいおい!!】

 

「っん!!」

 

 スリーパーが決まる。勝己の背中側から腕を回して。

 特大威力の爆煙とともに第二人格を解除し、そのままバックを取る。右腕を首の下に入れ、自分の左の二の腕を掴む。左腕は勝己の首の裏を掴むことで、頸動脈と気道を締め上げる。

 勿論、イズの足回りは解除済みだ。

 

【またまた発動したぞ緑谷の二人戦法!】

 

【見事なスリーパーだな。まさしく魔性、このままだと落ちるぞ】

 

 バタバタと暴れ、指を入れて気道を確保しようとする勝己を、左右に揺さぶることで無理矢理締め上げる。

 

「10年。かっちゃんにこの数字の意味が分かる?」

 

「ハア、あ、ぁは……」

 

「僕が、かっちゃんに爆破され続けた年月だよ」

 

 会場中が息をのんだ。この言葉の意味は、十年間もの間、虐められ続けていたことを表すから。まあ、その殆どは俺が受けていたが。

 

「五歳。かっちゃんに初めて爆破を貰って、そこからずっとずっと君の個性を受け続けてきた。わかるかい? 君から貰うダメージは痛みじゃない」

 

 そこに俺が与えるのは逆落とし。

 スリーパーを掛ける身体を捻り、勝己に背を向けるように体勢を取る。そして腰を中心に、勝己の体がうつ伏せになるように投げ地面へ叩きつける。

 

「だから僕は、君に負けを認めさせるよ。かっちゃん」

 

 僕は決め顔でそう言った。




 今回のプロレスネタ。及び、他作品ネタ

『まるでゲンス』
 一体〇〇〇ルーなのか気になってしまう小さな火薬的なリトルフラワー的なあれ。絶体爆豪って、堀越先生があやつから取ってると思う。うん。性格もゴミ同士だし。

『腕殺しバッククラッカー』
 脱臼した腕を背中側まで回し、右腕の上から両足の膝で押さえつける。背中から倒れ込むことで、衝撃を与えるのは正調式と同じだが、身体の一部にめがけて前衝撃が来る。誰かが使ってるところを見てはいないので、私以外が使えば掟破りになる。

『魔性のスリーパー』
 引退記念に登場。某怨念坊主の必殺技的存在でありながら、等々力渓谷の祠に善人だった過去を捨ててきたために殆ど使わなくなった技。ただのスリーパーだけどただじゃ済まない。そんなスリーパーです。

『逆落とし』
 爆豪の性格が、吊りイベントになると可愛いキャラで売り出す王様っぽいので度々登場。
 スリーパーかは身体を捻り、相手の背を腰で担ぎ、そこを支点に相手の体がうつ伏せになるよう投げ地面へ叩きつける技。どちらかというと試合の中盤で使うような小技の延長線上にあるイメージだけど、王様のは綺麗さが違う。


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第三十話 閃光魔術は終わらない。

 今の状況を説明しよう。

 

 雄英高校の体育祭。一年生の部において頂点を決める決勝戦。その真っ最中。

 舞台の上にいるのは三人。爆豪勝己と緑谷出久。そして、緑谷出久として構築された志村転和(マロワ)

 逆落としでグラウンドに移された勝己を、マロワがジャスト・フェイスロックで締め上げ、二人の視界の先に、緑谷出久が立っているという状況。

 

「だから僕は、君に負けを認めさせるよ。かっちゃん」

 

「ッチ」

 

「えらく冷たく言ったな……」

 

 首から顔へと攻撃箇所を変えられ、体を反らされ続けている勝己。俺は締め上げてはいるものの、ギブアップを狙うほど本気では締めていない。ほんの少しの余裕を勝己に持たせている。

 

「誰が誰に勝つッてんだぁ? クソナードォ。この程度の絞め技、直ぐに抜けられんだよカスが」

 

「ほぉ……。それはそれは良いことを聞いた。なら、これだと?」

 

 勝己の鼻辺りを押さえていた両手を、無理矢理下へと下げていくことで、絞めていく場所をドンドンと変えていく。

 鼻から口。頬骨。そして顎。終いには、

 

  ッ!!」

 

【おおっと!! もう一人の緑谷が、爆豪の首を絞め始めてるぞ!! ヤベェだろうオイ!】

 

【体を反らすためだけに自ら仰向けになる。体重も乗ってる以上これは返しにくいぞ爆豪。利き手の右は脱きゅうしたままだろ……どうする気だ】

 

 勝己の体の反り具合に、観客の多くは悲鳴を上げ、口元を塞ぎ、目をそらす。だが、()()()()()()()()()ことを忘れてはいけない。

 必死に抜けようと、もがき、右手を俺の頬の辺りに押しつける。

 

「あ、ちょっとヤバいかも」

 

 手の甲で頭を押しのけていた勝己の手が返され、掌が俺の方に向く。

 

【立ってる緑谷が、爆豪に向かって走り始めたぞ!? これは……、対八百万戦で食らった助走キックか!?】

 

「っざけんなクソボケがァア!!」

 

 爆破何てさせるかと更に力を込めて反り返したが、勝己は止まらずに、今度は左手が持ち上げられ、イズクの方へと向いてしまう。

 俺の頬に触れている手に汗を感じた。

 

「飛べや」

 

 ニヤリという音が聞こえるぐらいに口角が上がった。

 勝己の掌は火を噴きだし、右手で俺を、左手でイズクを吹き飛ばす。同時に、異音がした気がした。だがそれも、直後に続いた声で掻き消える。

 

「誰がッ! 誰にッ! 勝つッてぇえんだゴラ!? ああ゙!?」

 

【二対一、絶対的不利な状況でもこの機転とこのパワー!! やっぱりコイツ侮れねぇっ!!】

 

【どんな状況でも自分が起こせる最善手を。単純だが一番だろうな。カウンターや反撃のことを考えるなら】

 

 俺もイズクも蹈鞴を踏んでしまう。イズに関して言えば少し距離があったが俺に関してはゼロ距離での爆破だ。視界も聴覚も分断され、クラッチを解いてしまう。

 

「ハッ! これでもうフリーだ。ボコボコにしてやるよ」

 

 ボンボンと軽快に両手を爆発させる勝己。勢いそのままに、右ストレートが俺の顎に入る。

 

「マロッ!!」

 

「ハッ、痛かねぇな爆発さん太郎。そんな腰の入ってねぇナックルパートは初めてだ」

 

 心配からか近づいてくるイズを左手を出すことでやめさせて、今度は勝己に挑発。

 

「ナックルパートはよぉ……。こうするんだよ!」

 

 まるで野球の投球フォームのように体の前で拳を握り、右脚を軸に左脚をあげる。一瞬のためと共に体重移動をはじめ、左脚を地面と一体化させることで下半身に力が残った。

 振りかぶってぶん殴る。ただそれだけのことを大げさに個性を使って行う。引かれた弓のような体。体よりも後ろにある拳が、矢のようにまっすぐ進み、勝己の顎に入る。

 

 野球の動きを取り入れたその拳の名前は、【マサヒロ・タナカ】という特殊な名前を持っている。

 

「これで勝ったら批判もの?」

 

「プロレスじゃないから大丈夫だよ。それよりマロ。あとは一人で行けるよ」

 

 背中から綺麗にパタンと倒れた勝己。その姿を見たイズクから、もう大丈夫だとそう告げられた。

 ここまでこれば大丈夫だ。そう確信した自分を信じ、俺はイズの中へと戻る。

 

【さてさてさてぇえ!! 緑谷が一人になったところで試合はそろそろ終盤と言ったところ!!】

 

【緑谷のダメージ量と爆豪のダメージ量じゃ、かなり差がある。平気そうな顔をしている緑谷を見るに、もう一人の緑谷が食らったパンチのダメージは、フィードバックされていないようだしな】

 

【んなもん無限サンドバックじゃねえ~かよ!!】

 

【ここからどうするか。既にミッドナイトがカウントを始めてる。立ち上がったところを飯田みたく、とどめを刺すのかどうか】

 

『勝己の目……』

 

「うん。開いてる」

 

 ここで終わる相手じゃ無い。それは分かっている。矛盾するようだが、それでもイズクは負けることなどないと確信してる。

 

「ぁア……。くそっ、たれ」

 

 カウントが6まで進んだ時、やっと勝己が動き出す。体を無理矢理起こし、片膝立ちで此方を睨んだのは、ちょうどミッドナイトが大きな声で9! と叫んだ瞬間。

 主審的には継続可能だと判断され、試合が続けられてはいるが、さっきのパンチが完璧に入ったせいで戦えるほどには回復していない。

 

【さあさあ! 決勝戦に相応しい激しい戦い! 観覧中のリスナーたちは、自分たちが応援したい方にエールを頼むぜぃ!?】

 

【変則的な戦い方で、技巧派でもありながら、個性運用能力の高さからどんな戦い方にも合わせられる緑谷。愚直なまでの全身で、自らの力を誇示するかのように戦い続ける天才肌の爆豪。勝つのがどちらか。二人の担任ではあるが、全く予想が付かないな】

 

 ばーくごっ! ばーくごっ! と叫ぶ少しばかり野太い声。

 力を前面に押し出すスタイルは、闘争心をかき立て、本能的に戦いを求める男の心を揺さぶる。

 

 みーどりやっ! みーどりやっ! と叫ぶ少しばかり黄色い声。

 技術を前面に押し出すスタイルは、動きの滑らかさが洗練され、美しさを求める女の心を震わす。

 

 片膝立ちの体勢から抜けられ無い状態でありながらも、まだまだ眼に生気がある。巫山戯るなと、勝つのは俺だとそう訴えてくる。

 

「負けるわけがねぇ……。おれは、テメェなんざ雑魚よりも優れてんだよ!!」

 

「いいや、かっちゃんはまた、挫折を味わうんだ!! 誰よりも馬鹿にしてきた僕によって!!」

 

 ワン・フォー・オール! 出力10パーセント!!

 

【なんだなんだぁ!? 緑谷から、これまでとは違う光が見えるぞ!! 目映いばかりの光が! 緑谷から!!】

 

【次の技で決めるつもりか? あいつの強みは、〝構築〟という個性の応用力。筋力の増強による何か……】

 

「行くよかっちゃん!」

 

「良いぜ来いよ! その上で潰してやる」

 

『ぶちかましてやれ、イズ』

 

「うん!」

 

 緑色の目映い光が、一本の線となって視界を通る。

 まさしく閃光。緑のそれは、まるで魔法のような、魔術のような妖しい美しさを秘めていた。

 

 片膝立ちのかっちゃんに打つ技。それは、ひざ蹴り。

 

 立てられた右脚。そこに手を突いて立ち上がろうと力を振り絞った瞬間。その足の上には、僕の左脚が乗っていた。

 

「速っ」

 

「速すぎる!!」

 

 そんな幻聴が聞こえる。けど、ステージを駆け抜けた僕はもう止まらない。

 

【爆豪に乗った緑谷が、右膝で蹴り抜いたーっ!!】

 

【シャイニング・ウィザードだ!!】

 

 相手の膝を台に、蹴り足の内側を使って顔面を蹴る必殺技。偶然の産物を代名詞にまで持ち上げた男の、誇り高き一撃が、かっちゃんの口元に綺麗に入る。

 

「決まった!!」

 

「はっ! なんも決まってねぇーよッ!!」

 

【おおっと!! なんで爆豪が立ち上がってんだ!?】

 

 ざわざわとする会場。それは、爆豪勝己という男が未だ立ち続けているということに対する驚愕ではなく、その立ち方。

 

「テメェはそのまま倒れ込んだからみえてなかったかも知れねーが、俺はこうしてここに立ってる。もう一人が押さえておけば変わったかもな!!」

 

 どちらにしろ関係ねぇが。そう言い捨て、攻勢に出られる。

 顎、右肩、鳩尾と3連発の拳に加え、一度溜めてからの右の大振り。流石の速さに着いていけず、思いっきりダメージを受ける。

 

「まだまだまだぁ!!」

 

 今度は地面スレスレかと思うほどの低さから突き上げられる掌底。かっちゃんの目線は顎に向いている。狙っているのだろう。

 

『イズ!!』

 

   大丈夫だよ。マロ。

 

【緑谷が、爆豪の爆破を間一髪で避けたぁ!!】

 

【左手の爆破を半身になって避けたが、次がある。爆破で速度を上げた、裏拳】

 

「右は……外れてっ」

 

「亜脱臼なんざ治ってんだよ!!」

 

 得意の大振り。その数倍にもなる速さで、右手の甲が迫ってくる。瞬きもするまもなく、手は眼前。僕との隙間は、30センチも無いだろう。

 

 間に合えと口にすることも出来ず、ただただ体を屈める。当たればひとたまりも無い。下手をすれば、意識が刈り取られる。

 

【緑谷が避けた!!】

 

「んなもん予想通りなんだよ!! お前は言うだろ!! 最善の三手目だ!!」

 

「ここまでできてた? 予想」

 

 右手が回ると共に、右脚も動いており、地面から離れていた。それを僕は確かに見ていた。結果、紙一重で避けることとなった裏拳を避けるためにしゃがんだときに。

 

 跳び後ろ回し蹴り。反射神経に優れた爆豪勝己という少年にとっては、空中で姿勢を維持し、軸もぶれることなく軌道をズラす事など、無意識の範疇だろう。

 

   僕は負けない。

 

「信じてた。かっちゃんを」

 

 後ろ回しで飛んできたかっちゃんの右脚を、僕は右脇で抱える。磁力によって磁石へと導かれる鉄のように。予めそうであるように、滑らかに、美しく。そしてそのまま、体を回す。僕から見て左。かっちゃんから見て右側に倒れ込むように。

 

 人間の構造上、関節というのは曲がる・曲げる動作をする器官だ。そして、その中でも、曲げられる動作というのはたった一つの原因によって成り立たない。

 それは、外側から内側に向かって力が加えられると言うこと。

 ダンスなどで回転するとき、軸足となる膝に向かって内側に回るときは大して力を必要としない。だが、外側に向かって回るときは、蹴り足や腰の回転など、何かしらの力を加えることでスムーズに事が回る。

 

『そりゃ禁じ手だぜ!!』

 

「勝つんだ!! 緑谷出久が!!」

 

   誰よりも強いことを、証明する!!

 

 立った状態で、膝が曲がらない向きに力を加えられる。体が回転せず、与えられた力を分散させることが出来ないというのは、その部分を壊すには大きすぎる要因になる。

 

「あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!」

 

 逆回転のドラゴンスクリュー。腕へではなく、正しい場所に違う使い方で行った技は、言葉にならない痛みを与えるのに苦労は無い。

 右膝を押さえて膝を突く爆豪は、左膝を立てて痛みを堪えていた。

 

「閃光魔術は終わらない!!」

 

 ステージのど真ん中。二人の間もそれほど離れていない。あって5メートル。でも、それで十分。

 

 痛みを鎮めようと膝を押さえるかっちゃんは、僕の方を見ていなかった。それでも、やらないと行けない。

 勝つためには。完膚なきまでの1位を取るためには。

 

 左脚で地面を蹴る。ワン・フォー・オールの力が制御できず地面が割れ、靴の跡が、蹴り出した爪先の跡が作られる。

 右脚、左脚の順で助走をつける。先ほどよりも速いスピードで景色が流れ、多くの色彩が、視界の中で線に変わる。

 右脚がかっちゃんの膝に乗る。もう止まらない。このまま2度目の膝を、叩き込む。

 

【シャイニング・ウィザード2連発ゥう!!】

 

「今度こそ、終わらす!」

 

 慣性の法則に則って流れる体。10パーセントのつもりが感情の爆発のせいで制御できず、少しばかり痛めた左脚でブレーキをかけ、体勢を立て直すと、両手でかっちゃんの襟を掴む。

 飯田君は片手で行ったから、直ぐに離してしまった。なら、両手で行けば良い。

 

「クソッ! クソッ! クソッ!クソッ! クソがぁあ!!」

 

 ジタバタと体を動かして暴れるかっちゃんは、僕の手を掴んで爆破するが、そのたびに襟を掴む力を強める。

 

「終わりだ! ()()!」

 

【走り出した緑谷が、そのまま爆豪を場外へと投げ飛ばした!!】

 

 地面に転がり、ステージに立つ僕を見つめるかっちゃん。

 

「おれが……、またっ……」

 

 そんな声は、ミッドナイトによる勝者の宣告によって消えてしまう。

 

「爆豪勝己の場外により、勝者! 緑谷出久!!」

 

【ついに、ついに一年生最強が決まったぁ!! 勝ったのは、障害物競走から1位を突っ走り、全てを撥ね除け、その技術を元に力を証明した! その名も、緑谷出久!!】

 

 歓声は、壁を隔てた向こう側からするように、どこか遠くからの物に聞こえていた。




 今回のプロレスネタ

『シャイニング・ウィザード』
 別名閃光魔術とも。つまり、今話は題名で技の名前が分かってしまう状態でした。
 元々は、中々立ち上がってくれない敵に対して打ち始めたのが技の始まりで、技名の由来は確か、ニックネームのクロス・ウィザードかなんかと、募集した名前で多かったシャイニング・ニーを合わせたかなんかだったはず。


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第三十一話 皆さんご唱和ください!!

 結構速く投稿できたよ……。良かった。

 やっと雄英体育祭が終わった。轟戦終わってモチベ切れたけど頑張って良かったー。

 PS、プロレスネタは無いよ?


【これから表彰式と閉会式を始める。3位以上の4名は説明もあるから十分後に控え室1に来い。残りの生徒は十五分後にグラウンド集合だ】

 

【全員参加だからな? サボんなよリスナー!!】

 

 雄英高校体育祭がついに終わった。これからメダルの授与があるが、僕、かっちゃんに轟くん、飯田君は3位以上の成績を修めることが出来た。

 やけに冷たい雰囲気を出していた相澤先生の指示に従い十分後に丁度着くよう簡単な計画を立てる。

 

「デクくんはもう少しで行かんとダメだね」

 

「疲れすぎて動きたくないけどねー」

 

「ねぇねぇ緑谷くん!! 膝枕してあげようか!!」

 

 えっ!? と声を上げると同時に、どこかしら後ろの方で狂気を感じた。ブツブツと呪詛が耳に入ってくるが気にしないように頑張ろう。

 というより、女の子と話せない僕になんていう仕打ちですか葉隠さん……。

 

「な、なんで!?」

 

「何でって言われても……格好よかったから?」

 

 自分でも疑問系なんかい!! 恐らく周りの皆も、そんな心情だと思う。

 

「まあ、マロワくんと話せるならーっていう条件付きだよ? だってもっと知りたいし!!」

 

 葉隠さん特有の明るい調子で振り回された僕は、背もたれに体を預け、所々雲が浮かぶ空を見上げる。クソナードで遊ばないで……。マジで。

 

「疲れた……」

 

「み、緑谷、お前ってヤツは……。敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵  

 

  うるさいわよ峰田ちゃん」

 

 血走った目をして暴走していた峰田君を見事に蛙吹さんが処理をしたあと、僕は既にもじゃもじゃな頭を掻いてから立ち上がる。

 

「すまない緑谷くん!!」

 

「どうしたの? 飯田君。いきなり」

 

「いや、その、君に新しいプロレス技を教わったのに試合に活かせなかったり、君を超えたいと言いながら決勝に上がれなかったこと……。自分の未熟な部分にも色々と言いたいことがあるが……。その」

 

   兄が(ヴィラン)に襲われた。

 

 その瞬間、その場にいた生徒全員が驚く。

 飯田君の兄はインゲニウム。かなりメジャーなヒーローであり、実績も能力も十分にある。そのことを皆は知っている。

 

「先ほどミッドナイト先生を通じて母から話を聞いて。取り敢えず兄の容態を見るために病院に行く。僕は、表彰式と閉会式に出れないから先に。優勝おめでとう。それでは」

 

 足早に要件だけを伝えた飯田君は直ぐに踵を返すと、出口に向かう左側の通路へと入っていった。

 

「だ、大丈夫かな……」

 

『俺達が気にしたところでなにも出来ねぇよ。それよりも早く控え室に行こう。説明もあるんだろ?』

 

 そうだそうだ!! と相澤先生の話を思い出した僕は、麗日さんや葉隠さんに行ってくるねとだけ伝えてこの場をあとにした。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「それでは、表彰式及び閉会式を始めるわ!!」

 

 一年生の部で主審を務めていたミッドナイトがそのまま司会をする形で式が始まる。

 

『どんだけ盛り上げたいんだよ……。花火とか……』

 

 確かに凄いね。だなんてことを思いながらも、僕は、チラリと隣を見る。

 自分が立つところより少し下。二つ下には、俯いていて表情を見せない轟くんがいて、それより少しだけ近い人物は……。拘束されている。

 

『ダッサ……』

 

 口枷に手錠。胴を鎖で喰いに縛られ手もなお、動き暴れ、位置としても価値としても上に居る僕へと向かって睨み、言葉にならない声を上げている。

 

『ないわー。マジでこれはないわー』

 

 心なしか、学生も教師も観衆も引いているような気がする。それもそのはず。かっちゃんのこれは、ただの駄々だからだ。

 口枷を外した途端の言葉は恐らく、俺はお前に負けてなんかいねぇ!! だと思う。かっちゃんの心情から言えば、負け犬の遠吠えに意味は無いはずだが。

 

「さっ! 何も気にせず始めましょうか☆」

 

   サラッと流した!?

 

「もう一人の3位である飯田君は、家庭の事情で欠席よ? 許してあげてね♡」

 

『あざとい感じ……。これがメディアに対してのミッドナイト……』

 

 感心してる場合じゃないよ。とそうマロに注意をし、僕は、これから現れる人に思いを馳せる。

 

「今年のメダルを渡すのはこの人!!」

 

【私が  

 

「我らがヒーロー! オールマイト!!」

 

「メダルを持って来た!!」

 

   盛大に被った!?

 

『ちゃんと打合せしとけよ運営……』

 

 スマンスマンと手を合わせて謝るミッドナイトと、登場後振り向きミッドナイトに対して震えるオールマイトの図。シュールだ。うん。

 

「早速だが、3位おめでとう轟少年」

 

「ありがとうございます」

 

「準決勝では炎を出したね。個性のことは知っているし、君の父とも親しいつもりだ。授業で使わなかったのは意味があったのだろう?」

 

「緑谷と戦って、自分で全力を出して。吹っ切れたのは吹っ切れたけど、それだけじゃああなたみたいなヒーローにはなれないと思った」

 

 だから明日と明後日で精算します。

 

「顔つきが変わったね。いい顔をしているよ、轟少年」

 

 ガシッとオールマイトが轟くんを抱きしめ、そのまま背中を優しく叩いた。小さく何かを話したようだが、僕にはなにも聞こえない。

 

「さて、続いて2位の爆豪少年だが、取り敢えず口枷をを外そうか」

 

「巫山戯んな!! 俺はお前に負けてなんかいねぇ!! こんなのに負ける俺じゃねぇ! 世間が俺のことを2位だと言おうが、俺が認めねぇんだよ!!」

 

「爆豪少年。事実は事実だ。君と緑谷少年に因縁があることも知っている。今まで下に見ていた存在に抜かれたときの痛みも知っている。絶対不変の自己価値を持つことは悪くないが、この傷を恥にするかバネにするかは少年次第だ」

 

 まあこのメダルは受け取っていなさい。そう言われて首にかけようとしてくれるオールマイトに、かっちゃんは無理にでも抵抗し、首にかけさせまいとする。終いには、2位じゃ意味も無く、価値もないと宣う。

 しかし抵抗虚しく、首でもなく開かれた口に上手いこと引っかけられたかっちゃんは、目つきも悪いまま暴れるのをやめた。

 

「さあ、優勝おめでとう緑谷少年。イズク少年にマロワ少年。君達一年生のトップ。宣言通りベルトを防衛できたね」

 

「僕だけでこの結果はなかったです。体育祭の前の少しの時間で一緒に努力したメンバー。ずっと後ろから支えてくれたマロ。教師の皆がアドバイスをくれました」

 

 僕だけなら、轟くんと戦った時点で敗退してた。素直にそう思っている。

 

「僕が僕である証明。強さの証明。存在の証明。僕が来たっていうのを、最高の形で見せることができて良かったです」

 

「君の努力が今を形作っている。だが、君がヒーローになる道はここで終わりじゃない。勝って兜の緒を締めろ。歩みは止めないように」

 

 金色のメダルを首にかけて貰うと、そのままの流れでギュッと抱きしめてくれたオールマイトに、小声でよくやったと言ってくれた。師匠にそう言って貰えたのが何より嬉しく、好敵手(とも)からの賛辞に優る幸福感が体を包む。ポンポンと背中を叩いて貰ってから彼は離れた。

 

『ここで終わりじゃない。その通りだな』

 

「うん」

 

「さあ皆さん!! 今回この大会で結果を残したのは彼らでした。ですが、誰もが()()()に立っている可能性があった。見ていただいたとおり、競い、高め合い、更に先へと進んで行く! 時代のヒーローは確実にその目を伸ばしている!!」

 

 と、参加生徒全員を褒め称え、次へと続居ていくことを教えてくれる。全てが敵であり、味方であることを教えてくれる。

 皆はどうだろうか。どう感じただろうか……。

 

「皆さんご唱和ください!! せーの

 

プル  

  

プルス  

プルスウ  

プルス  

 

  お疲れ様でしたっ!!」

 

「そこはプルスウルトラしかないでしょ……。オールマイト」

 

「いや、皆疲れたかなと思って……」

 

 こうして、初めての雄英体育祭が終わった。



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第三十二話 雄英に潜む巨悪

 この話で体育再編はホントのホントに終了!
 次は職業体験か……。イズの指名数エグそう。


「ただ  

 

  お帰り、お疲れ様」

 

 家に帰ると同時に、僕はお母さんに抱きしめられた。開けっぱなしの玄関。心地良い風が僕と母さんを包み、無邪気な子供のように通り過ぎる。

 ズズッと、鼻をすする音がした。

 

「お母さん?」

 

「ごめんね。ごめんなさいね。出久。気づけなくて。分からなくて。理解できなくて本当にごめんなさい」

 

「どうしたのお母さん!」

 

 母、引子の肩を掴みバッと勢いよく僕の体から話す。腕は伸びきり、母の涙の跡が残った顔を見る。

 胸の前で握られていた手は少しだけ震えている。そして気づく。自分たちが目の前の人に何をしていたのかを。

 

『やっちゃったな。俺達』

 

 うん。お母さんに悪いことしちゃったね。本当に。

 

「体育祭見て驚いたわ。最近は個性使うところ殆ど見たことなかったし、怪我しない程度にそこそこの結果かな? って思っていたし。そしたら二人になるし、二重人格って言うし、ほんともう……」

 

 わたわたと慌てふためくお母さんは、身振り手振りで、僕のことを見ていた話をしてくれる。

 

「今更になるけど、出久は二人居るんだよね?」

 

「うん。正しくは  

  出久の心に住み着いた別人です。引子さん」

 

 丸かった目は少し細くなり、雰囲気も少し落ち着いた、大人びた雰囲気を醸し出す。

 

「そう。あなたがもう一人の……」

 

 恐る恐るといった感じに両の手を出した引子さんは、俺の顔を包み、優しく微笑みかけてくれる。

 

「私の名前は緑谷引子。知っての通り、出久の母親よ? って言っても、あなたの存在に気づけなかったんだけどね」

 

 こんなにも顔が違うのにね。だなんて引子さんは、自嘲するような薄笑いを浮かべている。

 

「し、志村……転和、です。はい」

 

「お疲れ様。もう一人の息子の志村転和君」

 

「いや俺は、あなたの子ど  

 

  関係ないわ。あなたが緑谷出久の中に居るのであれば、共に成長してきたのであれば、それは私たちの子ども。立派な子どもよ」

 

「引子さん……」

 

「ちょっと前から可笑しいと思っていたのよ。私ね、ずっとあなたから〝お母さん〟って言って貰えてなかった。10年くらいね。それがここ最近変わったわ」

 

 もう一度〝お母さん〟と呼んでくれた。それが本当に寂しかった。普通じゃない気がして。

 少し悲しそうな顔で、俺に、僕に、そう言った。

 

「私、何も気づかなかった。気づけなかった。知らなかった。分からなかった。母親っていう立場で考えたら自責の念はいっぱいあるけど、それよりもしなきゃいけない、したいことがあるの」

 

 すると、引子さんは俺の背中側へと来ると、開けっぱなしにしていた扉を閉め、背中を押してリビングへと強引に運ぶ。

 

「出久のこと。転和のこと。私いっぱい知りたいの。これまで何をしてたのか。二人がどんな経験をして、関係を気づいたか。体育祭の事とかも教えて欲しい。なんたって優勝したんだもの。晩ご飯食べながらお話しましょう」

 

 これはどうにもならないな。俺はそう思い諦めた。イズも強引なところがある。それは母親である引子からの遺伝だったようだ。

 イズに間借りしてる家賃と思えば良いか。何て思いながら、俺達はカツ丼やらなんやら豪華な食卓へと向かった。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「引子さん……凄ぇ」

 

『ははは。ホントにね。お母さんがあんなに強引になるの初めて見たよ』

 

 文字通りお腹が膨らむほどの量用意されていた夕食を綺麗に食べきった俺達は、今日の疲れを癒やすために湯船に浸かり先ほどまでのことを思い出していた。

 

 ご飯と共に話したこと。

 まずはイズの元に俺が現れたときから。イズが病院で〝無個性〟だと宣告されたとき。  イズの弱った心に〝第二人格〟で憑依したことまでは伝えていないが  イズと入れ替わる形で表に立つようになったこと。

 二重人格であることがバレぬよう個性を見られることを極力避け、爆豪から虐められても笑い続けて耐えていたこと。

 ヘドロ事件でかっちゃんを助けてから、師匠とも呼べる人と共に、ヒーローになるために海岸の掃除を訓練の一環として、身体や個性を鍛えていたこと。

 そして、入試という場所に置いては全員が敵であるはずだが、周囲に気を配り声をかけ、さらには女の子を助けたこと。その女の子がクラスメートであるとことも伝えた。

 体力テストを個性を使って行い、応用力を試した。対人で戦闘訓練をしたことで人に向ける危うさを認識したこと。

 USJで(ヴィラン)と戦い、今後関わり合いを持つであろう悪と、間近で接触したこと。

 そして、体育祭。

 

「そんな日は経ってないけど、結構なことが続いたな」

 

『そうだね。目白押しって感じだったよ。入学してから落ち着いて休めてない気がする。けど、プロになったら、こんなこと日常茶飯なんだろうな』

 

「ああ。連続で来る緊張感。他の奴らからは一歩出た経験だろうし。これに慣れていた方が良い」

 

 この先。何があるか分からない。それはヒーローだろうとヴィランだろうと一般人だろうと関係ない。最悪は、誰にでも訪れる。

 

「俺には俺の目的がある。まあ最初は、イズが戻ってくるとは思ってなかったけどな」

 

『だってオールマイトだよ!? 皆が憧れるオールマイトが目の前に居たんだよ!? そりゃ……応援して欲しいじゃんか

 

 俺がイズの第二人格になって10年。イズの、緑谷出久の行動や思考に引かれることは多々あれど、明確に意識を覚醒させ、主人格として現れたことは一度も無かった。

 ナンバーワンが現れなければ、俺はもうすぐ来る誕生日で、緑谷出久という存在を奪い取るところだった。

 

(罪悪感を感じてる? 俺が? テンを救うためなら何でもするって決めた俺が!?)

 

 思い出すのは、伸ばされたテンの右手。あいつに個性が表れてから虐めるようになった父親。崩壊を恐れ、俺には優しく、テンには無関心になった母親。

 そして、崩れ落ちた家族の体。

 

「嗤っちまうな……」

 

『どうしたの?』

 

「何でも無いよ。取り敢えずこのままマッサージをして、風呂上がりに柔軟。復習は任せた」

 

『えっ! あ……。うん。最近勉強任せっきりだなぁ……

 

「なんか言ったか?」

 

 何でも無い! そう元気良い返事が風呂場には響かず心の中で反響する。苦笑いを浮かべたイズが目に浮かぶ。あんにゃろーめ。だなんて呟きながら、俺は脹ら脛を揉みほぐし始めた。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 ガチャリとドアノブが回り、軋んだ音を立てながら扉が開くのを、カウンターの内側にいた黒霧は見ていた。

 

「ゼロか」

 

 閉められたドアの前に姿はない。足音も、呼吸音も。おおよそ物体や人物を認識するうえで必要となる要素が何一つとして存在していない。

 存在しているという事実がなくなる個性を持つ存在。それ故にコードネームは〝ゼロ〟である。

 だからこそ、当てはまる人物が一人しか該当しないこともあり、死柄木は、背を向けたまま名前を告げた。

 

 死柄木弔の先生と手を組んでいたことから(ヴィラン)連合に加わり、先日のカリキュラム強奪の実行犯にもなっている。雄英に潜む巨悪。裏切り者だ。

 

「弔君。ステインを味方につけようとしたみたいだね」

 

「ああ。だが失敗だ。残念なことにな」

 

 よく見れば、死柄木には傷を手当てした痕跡があった。どうやら勧誘は失敗。確か武器は刀だったはずだから、斬られたか刺されたか。

 まあ、それだけで終わらないのが死柄木弔という男なのだが。

 

「正しくは、利害の一致による共闘。と言ったところでしょうか」

 

 やっぱりそうだ。大方、現状をぶち壊すだのなんだの言ったんだろう。ステインのヒーロー殺しに関しては、信念染みた物を感じる。

 

「そんなことより、緑の奴は何か分かったか?」

 

「うん。言うと思って調査して  

 

  久しぶりだね。ゼロ君】

 

 扉から反対側。上座とでも言おうか。小さな棚の上に置かれていたディスプレイから、突如声が流れてきた。(ヴィラン)連合のボス、死柄木弔の師匠である巨悪の根源の声だ。

 

【おや? これは話の途中だったようだね……。悪かった。そのまま続けて貰えるかな?】

 

「ふふっ。そうだね。話を続けよう」

 

 ペラッと取りだした二枚の小さな写真。それは、雄英高校に通う緑谷出久という少年の写真。一枚は制服。一枚はコスチューム。

 

「体育祭で彼自身が言っていたことだから殆ど確定みたいな物だけど、二重人格だよ。制服のまん丸お目々がイズク。少し細くなった目の方がマロワらしい」

 

【ほう。〝マロワ〟か】

 

「知ってるのか? 先生」

 

 差し出された調査報告書に目を落としてた死柄木は、どことなく嬉しそうな反応をした先生に尋ねる。

 

【いやぁ、僕も彼を探していたんだ。弔の良い駒になってくれると思ってね。是非仲間にすると良い。手助けは惜しまないよ】

 

「ああ。ありがとう先生」

 

 さーて、この後どうしよっかなー。だなんて脳天気なことをゼロは考えていた。その思考にはもう〝(ヴィラン)連合〟の存在は無かった。




 珍しく真面目回(笑)


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次のステップは ~職業体験編~
第三十三話 僕のヒーロー名は……


 今回はジャブ的な? 導入的な?


「あ、あの!! 緑谷さん」

 

 体育祭で1位を勝ち取ったこともあってか、常日頃から目立つ僕が着る雄英の制服を見た一般人にもみくちゃにされた。

 普段は遠巻きに、「雄英生だよ」とか「チッ」と舌打ちされたりと。羨望なり嫉妬なりの感情を一歩引かれた状態で受け続けるのだが、今日は違った。

 

「な、何かな、八百万さん」

 

「いや、その……大丈夫ですか?」

 

 朝の通勤及び通学ラッシュ。そもそも人が溢れてギュウギュウ詰めにされる満員電車。その中で腕を伸ばしてつり革を握り、他の人の迷惑にならないよう出入り口の近くの場所を確保もしつつ。そんな時言われた。

 

 体育祭で優勝した子じゃん!!

 

 そうなれば、周りは騒ぎだし、あの体育祭での感想を色々と言われる。勿論一方的に。マロは奥に入って耳を塞いで笑っていた。

 

 八百万さんに心配されるのも仕方が無い。念のためにと早くに家を出たおかげでいつもと変わらない時間に席に着けたが、周りを囲まれてぺちゃくちゃ言われれば疲れる物だ。

 結果僕は、来て早々机に伏せてしまった。

 

「体育祭の知名度……凄いね」

 

「緑谷とかは凄かったろーな。俺なんかいきなり小学生にドンマイって言われたぜ?」

 

 瀬呂君の言葉にドンマイと呟く蛙吹さん。一日で知名度が変わることに驚いていた切島くんは、やっぱり雄英凄ぇと言っていた。

 

「それで、どうかしたのかな? 八百万さん」

 

「そ、そうでした。緑谷さん? トーナメントの時に戦いの指南をしていただきたいと言ったのを覚えておりますか?」

 

「マロと約束した奴だよね。僕は全然良いよ」

 

「えっ? なになにー。ヤオモモも緑谷君に特訓見て貰うのー?」

 

「私〝も〟? 誰か受けていたのですか?」

 

 体育祭前の2週間の特訓のことを葉隠さんが言い出した。僕が先生役というかアドバイス役で、麗日さん、飯田君、切島君、蛙吹さん、そして葉隠さん。その六人で色々と頑張っていた。

 

「私たちに良いところはなかったけどね。葉隠ちゃん」

 

「ほんとねー。もう悔しー! って感じだよ!!」

 

 握った両の拳をぶんぶんと振りながら、遺憾のい! 不満のふ! と叫んでいる葉隠さん。もう苦笑いするしかない。

 六人中四人がトーナメントに進出しているのだ。しかも二人は表彰台。一人はベスト8。

 

「ヤオモモも混ざろーよ!! 良いよね! 良いよね!」

 

「デクくん、また開催できる? 週2回くらい」

 

「麗日さん! それだと緑谷くんの負担になりすぎるのではないか? せめて週に一回くらいが」

 

 わちゃわちゃと僕のあずかり知らぬところで話が膨らんでいく。当のマロはと言うと、プロレスの同士が増える!! となぜか喜んでいる。

 そんな騒がしい教室。ジメジメとした雨を全く感じさせない環境が広がっていた。

 

「そう言えば飯田君。お兄さんは……」

 

「ああ。心配ご無用だ。要らない心労をかけた。すまない」

 

 少し声のボリュームを下げ秘密の話のように話すと、返ってきた言葉は心配するな。飯田君の声に少しだけ悔しそうな声が滲んでいたのは、まだ浅い付き合いだが気づく。

 

「何かあったら言ってね。友達なんだから」

 

「ありがとう緑谷くん」

 

 その時、ガラガラと扉が開き、担任である相澤先生が教室に入る。すると、先ほどまで動物園のように賑やかだった教室が一気に静まり返る。

 

『調教されてる……』

 

 マロ、それは禁句だよ。

 

 婆さんは大袈裟だなんて言いながら包帯が取れたことを話していた我らが担任は、そんなことよりと前振りをする。

 

「今日のヒーロー情報学はちょっと特別だ」

 

 特別だ。だなんて聞かされて思い浮かぶのは抜き打ちテスト。ヒーロー情報学は法律にも関係することなので覚えることがとてもある。斯く言う僕も、テストは受けたくない。いくら勉強してても前もって準備したい派だから。

 

「〝コードネーム〟ヒーロー名の考案だ

 

  胸膨らむヤツ来たぁああ!!

 

 騒いだ瞬間、髪の毛を逆立てた相澤先生の血走った目を見て、直ぐさま大人しくなる教室。

 

『調教済みやでこれ……』

 

 マロ、それは言わないお約束だよ……。

 

 そこで説明されるのは雄英体育祭から続く職業体験について。体育祭のリザルトが後々の影響を与えると相澤先生が体育祭前に言っていたが、それがこの行事である。

 

「例年はもっとばらけるが、今年は偏った」

 

 黒板に貼られた指名数のランキング。そこには、体育祭の結果に準えて、決勝トーナメントに出ていた人物の名前が殆どだった。

 

「今年は緑谷、轟、飯田、爆豪の四人に偏ってる。緑谷が少し飛び出ているが。これは、この四人がプロに近い証拠とほぼ同義。他の奴らはケツに火ィ付けろよ」

 

 指名数が多いと言うことは、プロが自分の相棒(サイドキック)候補として見てくれていると言うこと。モチロンここで指名が来ているとは言ってもこのままプロとして所属することは出来ない。先方の都合でここでは指名したが、最終的には取らないこと何てザラだという。

 

「指名が来てるヤツは自分で選べ。指名がなかったヤツは、学校側が交渉して受け入れをして貰える40の事務所からだ」

 

 提出期限は今週末。あと2日しかない。だからそのためのヒーロー名。

 

「まぁ仮ではあるが適当なもんは  

 

  付けたら地獄を見ちゃうよ!!」

 

 極薄タイツで身を包み、おっぱいを揺らしながらカツカツとヒールを鳴らしてやってきたミッドナイトが大きな声で相澤先生の言葉を遮る。

 

「この仮が世間に認知される。そのままヒーロー名になってる人は多いわ。イレイザーはこういうセンス無いし、私が査定する。良いわね?」

 

 できたら発表という形式を伝えられると、一人一枚フリップと油性ペンを渡される。

 

『イズ、俺のことは気にしなくて良いから、自分の付けたい名前付けなよ?』

 

 え? それで良いの? マロも出久なのに?

 

『俺は二の次で良いんだ。元々お前に負ぶって貰ってる。前も言っただろ? 俺は志村転和。俺には俺の目的があってイズの中にいる。その目的が達成できれば後はなんでも良いんだよ。100やりたい奴と1だけで良い奴。緑谷出久というヒーローを表してる割合はどっちの方が多い?』

 

 僕はマロの話を聞いて口を噤む。前にも聞いた。ずっと一緒にいてくれるのか。あの時マロは沈黙という答えを取った。

 沈黙は肯定。何て言葉もある。多分マロは僕の隣からいなくなる。そんなこと想像もしたくないが、きっとマロは僕にまだ言っていない秘密がある。

 

「そう言えば、あの時なんて言おうとしたんだろう……」

 

『どうした?』

 

 何でも無い。そうマロに伝え、あの時の会話を思い出す。あの日、お母さんに晩ご飯が出来たと呼ばれたときにマロは何かを言おうとしていた。それを僕が遮ったはずだ。

 

「緑谷ァ。なんか決めたか?」

 

「まだだよ峰田君。峰田君は?」

 

 後ろから背中を突かれ、僕は振り返る。峰田君が親指を立てている。詰まるところ、ヒーロー名は決まっているのだろう……。どうしよう。

 

 いくらオールマイトの個性を継承したとしても、彼の名前を受け継ぐ勇気は無い。自分との違いを見せつけられ、恐れ多い。

 ふっと教室の一番端、後ろのドアに一番近い席に座る彼女の横顔を見る。おっとりと、ぽわぽわとした優しい雰囲気を持っていながら、しっかりとした芯があり強い麗かな彼女の横顔を。

 

『へぇ~』

 

 僕の視線に気がついたのか、彼女  麗日お茶子  は僕の方を見て笑顔になる。さらには手まで振ってくれる。

 

 やっぱり、これしかないよな。

 

 意味を変えて貰った。ただの蔑称でしかなかった言葉が、一歩踏み出す勇気をくれる言葉に。僕だけに当てはまる言葉に変えて貰った。

 不器用でも凄くなくても良い。一番下の存在でも良い。だって失う物は何一つ無い。上だけ見てれば良いんだ。強くなれる伸びしろが誰よりもある証拠だから。変わろうとする思いをくれる。変わろうとする覚悟定めてくれる。〝頑張れ〟って支えて貰えるから。

 

 僕の名前は緑谷出久。兄弟のような二重人格を持つ木偶の坊。けど、僕のヒーロー名は〝頑張れ〟って感じの【デク】だ。良いよね?

 

『異論があると思うか? 最っ高にクールで、最っ高に笑顔になる言葉だろ? 完璧じゃねぇか』

 

「さあ! 15分くらい経ったし、出来た人から前に出なさいな!」

 

 ミッドナイトが時間を告げ、始まりに青山君が立ち上がる。どこかキラキラとした印象の青山君は、行くよ。と一言告げると、フリップを頭上に掲げる。

 

「輝きヒーロー〝I can not stop twinkling.(キラメキが止められないよ☆)〟」

 

   短文じゃねぇか!?

 

 この名前に対してミッドナイトは真面目に〝I〟を取るだとか、短縮形にした方が呼びやすいとかアドバイスする。

 

「はいはーい! 次私! リドリーヒーロー〝エイリアンクイーン〟」

 

   2の!? 血が強酸性!?

 

『なるほど、大喜利を始めるのが〝一歩踏み出す勇気〟と言うことか……』

 

 違うから! 違うからっ!!

 

 青山、芦戸と二人続いてネタ的なのが続き、教室の空気が大喜利に寄ってしまっている。ヤバい! とクラスの殆どに間違った緊張感が走って行く。

 

「昔から考えていたの。梅雨入りヒーロー〝フロッピー〟」

 

『ヤベェ、大喜利なのに真面目な回答……』

 

 元々真面目な時間だよ!!

 

 ふざけた空気が、梅雨のように洗い流され、ちゃんとした授業だと再認識させられる。そんな状況に、皆がフロッピー! と連呼していた。

 

「さあどんどんと行きましょうか。次は誰かしら?」

 

 どんどんと進められていく授業で、切島君が憧れのヒーローの名前を  一方的にではあるが  受け継いだり、八百万さんが個性に合わせた名前を考えたり、自分の特徴をそのまま名前にした尾白君。名前のままにした轟君。爆殺王という確実にヒーローとして相応しくない名前を発表したかっちゃん。

 

 

「爆豪君は再考よ」

 

「なんでだめなんだよ!!」

 

『あの名前でトップヒーロー目指すとか笑えるな。ヴィランだろ』

 

 多分かっちゃんは、「殺」とか「死」とかがカッコいいと思ってるんだよ。そんな年齢なんだよ。だってかっちゃん、「〇〇殺して~」っていう言葉しか知らないから。

 

『勝己は頭が良いくせにボキャブラリーが無いのは否定しないが、イズもディスってるじゃねぇか』

 

「実はずっと前から考えてました。〝ウラビティ〟」

 

 シャレてる!! 可愛い名前!! と、特に女性陣が麗日さんの名前を気に入り、皆でわいわいとした雰囲気がまた教室に広がる。

 

「残っているのは、再考の爆豪君と、飯田君と緑谷君ね。どう?」

 

 そこで出てきた飯田君は、色々と悩んで悩んで悩みまくっているような暗い顔をしていた。そして出したフリップはテンヤ。

 

 インゲニウムは継がないんだね。飯田君。

 

『継がないんじゃなくて、継げないんじゃないか?』

 

 イズがオールマイトの名前を継げないと感じたのと同じで、天哉にとって〝インゲニウム〟という名前は重すぎる物なんじゃないのか。

 

「あなたも名前なのね。あなたが良いなら良いのだけれど……」

 

 飯田君が席に着く。後残っているのは僕とかっちゃん。考え直しを食らったかっちゃんを置いて僕は黒板の前に立つ。

 

『堂々としとけよ?』

 

 うん。これが、この名前こそが、僕の一歩踏み出す勇気。

 

「おいおい緑谷!! その名前で良いのかよ」

 

「蔑称だろ!?」

 

「良いんだ。マロとも話した。ちゃんとした理由もある。だから、だからこそ……。僕のヒーロー名は、〝デク〟です」

 

 見せつけるように出したフリップにクラスの皆は釘付けになっている。かっちゃんも、フリップに書くのをやめ、僕の方を睨んでいる。麗日さんも、嬉しそうな顔をして僕を見てくれた。

 

「僕自身あんまりこの名前は好きじゃなかった。けど、ある人にこの言葉の意味を変えて貰えて、それが僕の中ですっごく衝撃的で」

 

 思い出すのはかっちゃんから言われ続けた「出来損ないの木偶の坊」という言葉。なにをしても無駄だと、マロワの裏でずっとずっと感じていた。

 

「出来損ないの木偶の坊なんかかじゃないって、一番下に見られるなら、そこから踏み出せば良い。木偶だから止まるんじゃなくて、〝頑張れって感じのデク〟なら、一歩踏み出す勇気が湧いてくる」

 

 けど、今あるのは登校初日の帰り道。飯田君と麗日さん。三人で帰ったときに言ってくれた言葉が輝いてくれてる。

 

 何だかんだで拍手を貰い、恥ずかしさのあまりかとても顔が赤く、また熱くなってしまった。

 席に着くと同時にフリップを団扇代わりに使って、顔やらなんやらを冷まそうと努力する。

 

 そして、前の席のかっちゃんが立ち上がり、教壇にガンッとフリップを叩きつける。

 

「爆殺卿」

 

 違う! そうじゃない!!

 

 僕たちは全力で突っ込んだ。




 実はあった今回のプロレスネタ

『一歩踏み出す勇気』
 好き嫌いがはっきり分かれるが良いことだけは言う。でお馴染みのナイトサーンの名台詞。熊本の地震があった2年後、熊本の地で話してくれました。
 〝変わろうとする思い〟〝変わろうとする覚悟〝一歩踏み出す勇気〟
 お茶子の言葉はデクにとって一歩踏み出す勇気になったと思います。


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第三十四話 誰だ君はっ!!

 モチベが無い……。対心操戦、対轟戦で燃え尽きた……。
 やべぇよ……。頑張ろ。更新遅いけど。


『今回の職業体験。出来ればワン・フォー・オールの許容量アップに繋げたいな』

 

 緑谷出久に来た職業体験のオファー。その数は全部で5000と少し。この数は、クラスで一番の指名数である。

 2番手の轟くんが5000まであと少し。かっちゃんが4500で、飯田君が4200くらいになっている。

 

『確か今行けるのが15だったか?』

 

 体育祭の対轟戦で使ったのは、全身15パーセントのワン・フォー・オール。でもそれは、〝出来る〟だけで、〝使いこなせる〟訳じゃない。本当に使いこなせるのは、10パーセントの出力。

 

「細かく言うなら13とかじゃないかな。多分だけど」

 

「デクくんはどこ行くか決めたん? あ! ごめん。マロワ君と話してたんか」

 

「ん? 気にしないで良いよ麗日さん。それと、僕はまだだよ……。なんせ多いし」

 

 ポンポンと束になっている資料を軽く叩いて、量が凄いことをどことなーくアピールすると、私は決めたよ! と麗日さんは拳を握って前に突き出す。

 

「〝バトルヒーロー〟ガンヘッドの所!!」

 

「え? ガンヘッドって……G・M・A(ガンヘッド・マーシャル・アーツ)の? ごりっごりの武闘派ヒーローじゃないか。てっきり、ワイルド・ワイルド・プッシー・キャットとかの救助系の事務所に行くと思ってたよ」

 

 確か、麗日さんが憧れているヒーローは13号先生で、最終的には、13号先生のような救助系のヒーローになりたかったはずだ。

 

「ワイプシからの指名もあったし、そっちにしようかとも悩んだけどね……爆豪くんと戦って思ったんだ!」

 

 理想を追いかけるだけじゃ理想には慣れない。回り道をして、色んな経験をして、色んな方向に対する『強さ』を手に入れる。

 

「やりたい方だけ向いてても見聞狭まる! デクくんは候補も無い感じ?」

 

 エンデヴァーヒーロー事務所やらなんやら、有名な名前をチラホラと見つける中で、一つ、見知った名前のヒーロー事務所を見つけた。

 

「ナイトアイ事務所……」

 

「どうしたんデクくん」

 

「いや、5~6年前までオールマイトの相棒をしてた所から指名が来てて……」

 

 どれどれ? と僕が見ている資料に顔を近づけ、麗日さんが覗き込んだ。

 

『近いな……』

 

「意識させないでよマロ!!」

 

『口に出てるぞ』

 

「あっ」

 

 マロにそう教えられて慌てた僕は、急いで口元を両手を使い抑える。のだが、ギギギとブリキのように首から上を動かして隣を見ると、急な大声で驚いていたのか、目をぱちくりとさせて麗日さんが固まっていた。

 

「あはは……ごめん近かったか」

 

「い、いや気にしないで、マロに弄られただけだし、女の子には慣れてないけど大丈夫……だし……」

 

『なにこれ甘酸っぺぇ!! アオハルじゃねぇか!!』

 

「うっさいマロ!!」

 

「あははは……」

 

 手を後頭部に添えてさすりながら照れている麗日さんはたしかに麗らかで可愛いが、そんな話じゃ無い。

 

「そんなことよりもマロ!! 職業体験はど  

 

  わわ私が! 独特な姿勢で来た! 緑谷少年。少し話良いかな」

 

『こういうことをするから焦凍に睨まれるんだよ……』

 

 後継者なんだから気にしないで行こう?

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「話ってなんですか? オールマイト」

 

「簡単なことなんだ。君に指名が来ている!」

 

「は、はい。ざっと5000件くらい。それより汗かいてますけど大丈夫ですか?」

 

「あ、汗については……も、問題ない」

 

 絶対問題あるだろ!! だなんてツッコミをいれたかったが、そんな空気でもなく、オールマイトはドンドンと教室を離れながら言葉を続ける。

 

「遅れて1件指名が入ったんだ。〝グラントリノ〟と言うお方で、かつて雄英で一年間。私の担任をしていたお方だ」

 

 オールマイトの先代。つまりは僕から見て二代前のワン・フォー・オールの継承者の盟友であり、既に隠居をしていたために、オールマイトの頭からは除外されていたらしい。

 

「私の指導不足を見かねての指名なのだろうか……。かつての名を使ってきたというのは、怖い、怖ぇよ」

 

『ガチ震いしてるオールマイトって、シュールだな。そいつが(ヴィラン)だったら勝てねぇんじゃね?』

 

「とにかく……君を育てるのは私の責務なんだが……折角のご指名……存分にしごかれてくるくく……るといィいィィ」

 

 どんだけ恐ろしい人なんだ  !? オールマイトと震え方が生まれたての子鹿みたいになってるぞ。

 

「あ、そうだオールマイト! 今回の指名の中に、〝ナイトアイ事務所〟の名前が。たしか、サイドキックだった方ですよね。5~6年前までは」

 

「あ、あぁ、彼の事務所か……。君がグラントリノの事務所にするか他のにするかは任せよう。どちらにしろ経験だ」

 

「分かりました」

 

『なんか声色悪かったな……。オールマイト』

 

 うん。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

『さて、新幹線で45分。目的の甲府に来たわけだけども……』

 

「今回の目的は職業体験。それと平行して、個性の許容量の増加。大体15パーセントから20パーセント。だよね」

 

 これまでの〝使いこなせる〟10パーセントを通過点に。〝使えるだけ〟だった15パーセントを自分の中に飲み込んで、〝一発撃てる〟パーセンテージを増やす。

 

『ついでに、個性の使い方も変えてくか』

 

「使い方?」

 

『ヒントは既にやってる。考えてみな?』

 

 ネットやらなんやらを調べ上げ、今回面倒を見て貰うグラントリノの情報を手に入れようとしたが、事前情報は一切無し。オールマイトから預かった住所に向かって、マロがくれているというヒントを考える。

 

 今までやってきたのはオンとオフの切り替え。特にその速さとスムーズさ。言うなれば、どれだけ綺麗に、そして速くクラッチを繋げるかという事をしてきた。

 

『悩め悩め。って言いたいところだが、どうやらここじゃ無いか?』

 

「え゙!?」

 

 何これ……。と僕は思わず声を溢してしまった。それもそのはず、誰もがこれを見ればそう言いたくなるはずだ。

 WELCOMEと掲げられた看板は片方が落ちその文字を斜めにしている。入り口の周りには工事用のフェンスも立てられており、外装はボロボロ。積まれたレンガが8割ほど剥がれ落ち、壁には亀裂が入っている。

 一言で言おう。

 

「言っちゃあ悪いけど、ボロクソだね」

『ああ。見事なまでに、ボロクソだな』

 

 本当にこんな所に、オールマイトの師匠とも呼べる人がいるのか? そんな不安感と共に扉を開けて見る。

 

「雄英高校から職業体験で来ました。緑谷出久です。よろしくお願いしま  

 

 1、少しばかり暗い部屋の中。

 2、床に広がる大量の赤色のナニカ。

 3、黄色のシンプルなヒーロースーツを着た翁。

 4、3が2の上で伏せている。

 

 導き出される結論は……。

 

「死んでるぅうううう!!!!」

「生きとるッ!!!!」

『紛らわしいわッ!!!!』

 

 ガバッと首から上をこちらに向けた翁は、イズの言葉に咄嗟に反応してそう返すが、この状況は心臓に悪い。

 

「切ってないソーセージにケチャップかけた奴運んでたらこけたぁ~。んで? 君は誰だ」

「雄英高校から来た緑谷出久です」

「なんて?」

「緑谷出久です」

「誰だ君は!!」

 

 や、やべぇ所に来てしまった。と驚いているイズを余所にグラントリノはケチャップが付いた床にペタリと腰を落とし、飯が食いたいと宣う。

 

「俊典!!」

 

『それは、オールマイト……』

 

 あまりにもボケている状態にイズが危機感を持ち、電話をオールマイトにかけようと携帯電話を取り出す。背中を見せ一歩踏み出そうとしたとき。

 

「撃ってきなさいよ。ワン・フォー・オール!!」

 

 どのくらい扱えるのか知っておきたい。そう言ったグラントリノには先ほどまでの頭がヤバい翁ではなく、一人の指導者の顔を見せる。

 が、それも直ぐに発症したループする名前確認に頭を抱える。

 

「僕は……。僕は早くこの力を使いこなさないと行けないんです。オールマイトには、時間が無いから……」

 

 こんなボケている状態の年寄りに構ってる暇は無い。そう思っているイズは頭を下げて事務所から出ようとする。

 

 どうしたのマロ? 何も言わないけど。

 

『見た目に惑わされすぎだぜ? イズ』

 

「えっ?」

 

 パン! パン! バンッ!! と、空気が破裂する音のような。ナニカにぶつかった衝撃音のような。とにかく大きな音が三回続いて聞こえる。そしてその音は、僕の頭上で止まった。

 

「なら、尚更撃ってきんしゃいよ! 有精卵小僧!!」

 

 扉と天井の隙間。小さな壁に両足を付けた歴戦のヒーロー。黄色と白のヒーロースーツ。そして、目元を隠す黒色のマスク。

 

『はっ! 面白ぇな』

 

 その口元は三日月のように鋭く、目は、獲物を見つけたかのようにギラついていた。



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第三十五話 凝り固まった憧憬

 今回短いです……。すみません。


 壁や床。さらには天井にまでを使う立体軌道。

 数多とできる黄色い線が、視界を埋め尽くすように見えてしまうことで檻の中にいるように感じてしまう。

 

 僕のことを〝受精卵小僧〟だと、オールマイトと同じような言い回しをしていた。そして、この状況下で見える実力は想像以上。見た目や年齢と能力は比例していない。

 

 促されるままにコスチュームに着替え、グローブを手に付けると共に、ギュッとその拳を握った。

 

 右、上、後ろ。本人の姿は見えず、直線的な動きをされているにもかかわらず、その姿を捉えることは出来ない。

 

 だんだんだん!! と部屋の中に響く音に合わせて、右手にワン・フォー・オールを発動する。まずは、動きを止めるために。

 

「いつまでちんたら突っ立っとるんじゃ。そんなんじゃあオールマイトを抜くどころか、直ぐ死ぬぞ。こんな風にな」

 

「グフッ!!」

 

 後ろから来る衝撃はもう3度目。たしかにグラントリノの言うとおりこれが(ヴィラン)相手の事であれば、刃の着いた得物なり体術なりで切り刻まれるかボコボコにされてるだろう。

 

「どうすればいい……。取り敢えずっ  

 

   うしろっ!!

 

「背中をとられることを警戒する。そんなもん見え見えじゃ」

 

 スーパーマンのように後ろにあったはずの足が、僕の数センチ前で現れた。急に体勢を変えたはずなのにグラントリノの体は一切ぶれることなく空中でピタッと止まったように見える。

 ボンッ! と空気が抜ける音でグラントリノは僕から離れて再び壁に着地する。

 

「今から攻撃するって言うのに視界塞いでどうする。全く……。オールマイトの奴ァ目が腐ったか? 次代がこんなんじゃあ……」

 

 やれやれと首をすくめるという見え見えの挑発。それに反応する余裕もなく、もう一度拳を握る。イメージは勿論、玉子が割れないイメージで。

 

 ビュンビュンと飛び回るグラントリノの残像を追いかける。目で見ても分からないなら、タイミングを感じれば良い。

 

「ここっ!!」

 

「分析と予測か」

 

 カクンと体を倒して下から行う迎撃のための準備を整える。後はこの拳を撃つだけ。

 

「だが、固い」

 

 伸ばした腕は肘から先をがっちりロックされ、行き場を失った拳はその威力だけを天井に吐き出す。

 

「捕まえたと思ったのに……」

 

「扱い方もなってねぇ。思ってることとやってることがチグハグだ。頭で考えてること。こうして捕まえようああして攻撃しようってのが、潜在意識の凝り固まった憧憬が邪魔してる」

 

『オールマイトという足枷』

 

 マロの一言で、意味が繋がる。

 オールマイトへの憧れは確かにある。それはとても大きな大きな物だ。愚直に戦う彼に憧れたから、僕もまっすぐ前を見て愚直に戦う。天候さえ変える拳を振るう彼に憧れたから、僕はこの手を握る。

 

「お前さん二重人格なんだろ? もう一人と話してみな?」

 

『だってさ。まあ手伝ってやるよ』

 

 飯買ってくるから掃除頼む。何てことを言われた僕は、取り敢えず部屋の中から掃除道具を手に取り、壊れた電子レンジの破片から片づけ始める。

 

「意識を変える? ってことだよね」

 

『ああ。ただ問題が一つある』

 

「問題?」

 

『俺や勝己。焦凍みたいな先天性個性保有者と、イズやオールマイトみたいな後天性個性保有者の決定的違い。そこに気づくこと。後は体育祭に向けて調整した事で見えてくる』

 

「先天性と後天性の違い」

 

 この二つはもちろん産まれながらにして個性を持っているか持っていないかの違い。

 

「力はそもそも、水道のように流れ続けているものである。人は皆、気づかないうちに蛇口を閉め、力を使うときは、無意識のうちに水道管()に害がないよう、ちょろちょろとごく少量を使っている」

 

『よく覚えてたな。入試前のことぞ?』

 

「でも、答えはこれだよね。もっと柔らかく柔軟に。僕自身が轟くんに言ったんだ」

 

 個性は身体能力の延長線上にある。詰まるところ、体の一部だと言うこと。

 

「体全体にワン・フォー・オールを展開する。血管でもなんでといいからそこに流れてる物だと考えて、体全体に使う。そうすれば()()()()使()()のではなく、()()()()使()()()()()状態になる」

 

 そもそも。あの十ヶ月の中でやったことだ。体全体でワン・フォー・オールを使い、徐々にパーセンテージを下げていくことでその時の使用限界を確かめた。

 それを戦闘やら救助やらで使うと言うこと。

 

「オンとオフの切り替えを特訓していたのはもっと別の場所に目的があるはず。スタミナ温存? 無意識下で使えないと行けないのに、使うまでも時間短縮?」

 

『おいおい、論点がズレてるぞ?』

 

「そうだそうだ。まずは改めて許容量の確認と、全身の個性展開を慣れること。余裕があれば、新しい戦い方を身につける。当面の目標はこんな感じ?」

 

『許容量の確認は要らないんじゃないか?』

 

「僕のヒーローノートには僕の欄もある。できる限り多くのことを残しときたいんだ」

 

『わかった。なら、俺はサポートに回るとするか』

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「さて、こうして久しぶりに出てきたわけだが……」

 

 キョロキョロと部屋の中に突っ立っている俺ことマロと向かい合わせに立つイズに視線を行ったり来たりさせているグラントリノ。

 

「こりゃ凄ぇ……。まるで分身だな」

 

「そうまじまじ見られると気持ち悪い……」

 

 まあ、イズの姿と殆ど同じように顔や体格を再構築しているため、俺の姿は瓜二つ。強いて言うなら、目つきの悪さくらいだろうか……。

 

「それでグラントリノ。なんで僕とマロを?」

 

「分身出来るなら組手(くみて)が出来るだろ? さっき何か掴んでただろ。練習する相手が固定されると変なクセが着いちまうしな」

 

 杖を片手にそう説明したグラントリノは、個性有りのガチンコバトルをしてみろ。とそう続けて条件を追加する。

 

「でも、マロと戦ったらここがボロボロに」

 

「何言ってんだ! 元々ボロボロだろ!!」

 

 いや、分かってるなら修理しろよ。だなんて俺には言えなかったが、イズはグラントリノにキツい拳骨を貰っていた。

 

「わからんのか! ったく……。これはもうひとりの……えっと……。誰だ君はっ!!」

 

「マロワだよ!!」

 

 おもわず喰い気味で突っ込んでしまったのは悪くない。うん。悪くないはず。

 

「俺の実力を見るのも入ってんだよイズ。考えるのが得意のクセに気づかないのはナンセンスだ」

 

「まあそう言うこった。いいな。遠慮しちゃあワシがぶっ飛ばしてゲロ吐かせるからな」

 

 俊典さん……。よくこんな人の指導を受けられましたね……。

 

 だが、そんな悠長なことも行ってられないのは事実。

 屈伸やらなんやらで体の筋を伸ばし軽く2回だけ跳ねる。

 

「やろうぜ? イズ」

 

 俺は個性のこともあって両腕をダランと降ろす独特な構えをとる。すると、やっと決心が付いたのか、イズもイズで拳を握る。

 

「どうなっても知らないよ? マロ!!」

 

 大方、自分は挑戦者だとかなんだとか考えているんだろう。恐らく10パーセントほどのワン・フォー・オールを体に纏う。

 

「それじゃあやりあえ」

 

 グラントリノの合図と同時に、俺達は地面を蹴った。




 長いことプロレスネタかいてない……ヤバい……なこれは……。(フラグ完了)


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第三十六話 もっと、もっともっともっと、もっとぉ!!

 投稿した日だけど題名変えました。

 プロレスネタ、説明一個忘れてました。すみません。


 イズのスピードは、ある程度個性の制御が出来るようになってから格段に上がっていた。軽く想像していたよりも少しだけ上回るレベルで。

 

「うぉっと!!」

 

 ブォン!! とバットが空を切るような音と共に繰りだされた右手を、俺は間一髪で避けた。

 

「ワン・フォー・オール……反則じゃね?」

 

 直ぐさま個性を発動し、筋肉を構築する。身体の変化が起きない許容限界ギリギリの2.25倍なんかじゃ無い。

 

「ガードぎりぎり過ぎんだろっ……と!!」

 

 左手一本だけでイズの右フックを防ぐ。

 

「鉄を叩いた感触は無いのに、ダメージが通らない?」

 

 個性のレベルが上がってるのはなにもイズだけじゃない。もちろん俺の〝構築〟もその力を上げている。努力と知識によって。

 皮膚に近いところから弾力性の強い素材に構築していき、骨に近くなればなるほど固い物質に変える。今回の場合、皮下脂肪を低弾性ゴムへ。表層筋を鉄。そして深層筋にはタングステン。

 

「なあイズ、赤筋と白筋ってのは知ってるか?」

 

 通称赤筋と白筋。細かく言うのであれば、遅筋繊維と速筋繊維。持久性に優れた筋肉と瞬発生に優れた筋肉と言うこと。

 

「シッ!!」

 

 軽い気合いと共に蹴り出した右脚は、瞬発性の高い白筋の割合が大きくなるように構築済み。さらに、その量は通常の4倍。

 

 ガラ空き状態になっていたイズの左横腹にもろに入る。殴るのではなく蹴ることにしたのも、足の方が筋力があるから。

 

「な、なんでこんなパワーが……。見た目は変わってないのに」

 

 もう一度言おう。イズがワン・フォー・オールを扱えてきているように、俺も俺で〝構築〟の力を上げている。

 地道な反復練習は、身体的変化を起こしていた筋繊維の増加。その限界量の上昇に成功した。

 

「なんで教えないといけない?」

 

「くっそ!!」

 

 ヤケクソ気味に撃とうとしているワン・ツーパンチを、間を詰めることで撃ちにくくさせる。

 

 この組手は難しい。何も相手がイズだからと言うわけではなく、イズの拳一辺倒ゴリ押し思考の自己犠牲を軽減することが目的だ。

 オールマイトへの憧れをそのままにしているような戦い方。それが悪いこととは言わない。ただ、超パワーとも言える個性において引き出しがないのは難しい。

 

 インファイトに慣れていないのか、拳1個分ほどしかない俺達の間では、イズの拳が一気に数を減らす。

 

「はっ、殴ってこねぇのか?」

 

 そう嘲笑ってみては、イズが拳を振ろうとする前にひざ蹴りを叩き込み、くの字に変えてみせる。

 

「なんで……。ワン・フォー・オールを体全部で使ってるのに……」

 

「攻撃が入らないってか? 簡単なことさ」

 

 腹を押さえて前屈みになっているイズのズボンを掴み、反転。背中を俺の方に向かせ、ソファーに向かって押す。

 

「う、うわぁ!! ったあ!!」

 

 腰掛け部分に足が引っかかり、その勢いのまま背もたれに顔から突っ込む。そして、ソファーごとひっくり返ったタイミングで、俺は人差し指を頭に当てる。

 

「ここが違ぇんだよここが!」

 

 トントンとこめかみを叩くことで少しだけ挑発。こんな初歩的な罠に引っかかってるようじゃ先が思いやられる。

 

 床に両手をつけ、イズがいる場所一帯をソファーごと気にせずモルタル状に変える。足が取られ、コスチュームもドロドロ。搦め手だが、機動力は削れている。

 

「こんなのっ!」

 

 体の前側が灰色で染まってしまったイズは、ソファーを踏み台にして飛び上がり、グラントリノの三次元的動きを真似するかのように、天井へ足を付ける。

 

 逆さになったイズの両腕が俺の首を捕まえた。

 

「痺れろ!!」

 

 首から上が固定され、イズの落下スピードに合わせて体が持って行かれる。目の前にあるのは床。ヤバいとそう思ったときには技を喰らっていた。

 

 全身を駆け巡る電気のような痺れる痛み。機関銃という名を持つ猛る男の必殺技。

 

  っぐぁ!!」

 

 その名もガンスタン。本来であればジャンプをし飛びつくことでその高さを利用し、相手の首や顔をマットへと叩きつける技。

 それを垂直に落下するスピードとワン・フォー・オールの破壊力が加わる。

 

 ドゴンッ!! と床が割れ、破片が宙を舞う。

 

「負けてられないんだ。僕は、九代目ワン・フォー・オール継承者だから!! オールマイトに認めて貰ったから」

 

 バチバチと音が鳴り響き、視界の端がチラチラと緑に輝く。恐らくここで一発強いのを撃ってくる。それは分かっている。だが、ガンスタンのせいで体に力が入らない。

 スピードが速すぎて、床に細工をする以前の問題だった。鼻血も出るわ鼻骨も折れるわ良いことがない。

 

「ワン・フォー・オール〝フルカウル〟全身15パーセント!!」

 

「ほお? 全身に個性を張り巡らすことか……」

 

 フルカウル。意味は確かバイクのエンジンやらを包み込む防御力も上げる空力的な外装のこと。イズの感覚的には、ワン・フォー・オールという外装を身に纏ったと言うこと。

 

「起きないの? 立たないの?」

 

「ははっ……。誰がお手上げ侍だってぇ? このあまあまちゃんちゃん子め」

 

 顔に手を触れ、個性を発動。何時の日か似たようなことをした記憶もあるが、まあ良い。今は過去の記憶を追うことよりも、目の前の奴と戦うことがモスト。

 

「全然痛くも痒くもねぇな。こんなガンスタン」

 

「構築で治しただけだよね? 強がりも行きすぎるとただの虚勢だよ?」

 

「事実しか言わねぇよ。俺は」

 

 白筋の割合を多くした筋繊維を構築する。今度は体のことも気にせずに許容量を超えて、だいたい7.25倍ほどだろうか。見た目はもう筋肉ダルマでしかない。

 

「血狂いのマスキュラーじゃないか。(ヴィラン)にでもなるの?」

 

「そんなもんに興味はねぇが、取り敢えずここで立ちはだかるのが俺の仕事だよ」

 

 俺がここに立っているのは母親のおかげ。母親が預けてくれた〝憑依〟という個性を解除しているから。

 乗り移ることで第二人格となる個性。デメリットは、乗り移った日から数えて丸々10年。3650日を過ぎた日に主人格を乗っ取り、その人の持つもの全てを物にしてしまう。

 

 目的が終わればどうなるのかは分からない。だからこそ、目的のために進むしかない。そしてそれには、緑谷出久という存在が、イズという存在がキーになる。

 

 乗り移る相手に負の感情がなければ、〝憑依〟は発動しない。体育祭の時、俺に対してある劣等感はイズの中にくすぶっている。

 病院に行って個性を診断されたあの日から、高校に入る手前までの緑谷出久は俺が操っていた。元々個性を持っている転和。ワン・フォー・オールも自分よりも扱える。

 自分よりもオールマイトの後継者として適してるのではないか? そんか心の声が聞こえてくる。

 

「お前の一撃をくれよ。逆水平でも、ラリアットでも良いからよ」

 

 真正面からぶち壊す。概念を。思いを。正しき道へ。そして、酷く歪んだままで。

 

「良いんだね? マロ」

 

「何度も言わせんな」

 

 一層唸りを上げるワン・フォー・オール。響く音はけたたましく、光は目を焼くが如く目映い。

 

   TEXAS SMASH!!

 

 気合いのこもった声と共に右腕が迫り、左頬に突き刺さる。だが、

 

「まだできんだろ!!」

 

  ッツ!!」

 

 もちろん素の身体能力で受ければ怪我どころですまないの故に、体の中には構築で色々なことを仕込んでいくが、唯一構築しないところを作った。

 

「あっ、あぁああ!!」

 

 次は左のストレートが右頬に。

 足は既に床と一体化させ、腰から下には、固い金属でもお馴染みの、世界で一番重い物質ことタングステンを使って体の芯がぶれないようにする。

 

「もっと!!」

 

「はっ!」

 

「もっと!!」

 

「やっ!」

 

「もっと、もっと、もっとぉ!!!!」

 

 右、左、右、左と、左右交互にパンチを食らい、胸から上がぐわんぐわんとぶれる中、一発を貰うごとに声を出していく。

 次第にイズの速さは増していき、USJでオールマイトが見せたラッシュのように、腕が何本もあるように錯覚してしまう。

 

「SMASHッ!!!!」

 

 ガツンと腹の底に響くような、城門を突き破る破城槌のような重く鋭い一撃が鳩尾に入る。

 ハァハァと息を切らしたイズの右手は、紫色に鬱血し見るからに重傷だと分かるなりをしていた。

 

「そのパンチが入らない相手がいることを、知っておくんだな」

 

 一体化させていた足を解き、ゆっくりイズの体を捕まえる。

 右脇でイズの頭を抱えて天井へと向け、背中まで確りと支える。そのまま捻りを加えることで勢いを付け、イズの顔を床にたたきつけた。

 

「お前の憧憬は、切り裂けたか?」

 

 イズその後、立ち上がらなかった。




 久しぶりのプロレスネタ

「ここが違ぇんだよここが!」
 金夜叉次代のパートナーとまたコンビを組んだ大泥棒が試合中によく言う台詞。この後にY・T・Rと会場の皆と合唱浸ます。あー会場行きてぇ笑。

「ガンスタン」
 新日本外人タッグと言えばのザ・マシンガン。今は良いのか悪いのか分からないトンガ王国のタマちゃんに受け継がれてます。
 カウンター式や顔から、首からとパターンも多いので見ててあきません。

「もっと、もっと、もっともっともっとぉ!!!!」
 この前謎にラインスタンプを作っちゃった時限爆弾さんの欲求不満アピール。狂気的な言葉ですが、変態的な存在の彼にはぴったりなのかも知れません。
 あと、猫の(ぬいぐるみである)ダリルが何より可愛いです。

「最後の最後でマロが使った技」
 正式名称をブレードランナー。恐らく今、新日のリングで一番嫌われてるであろう男の必殺技。声優と結婚した男の技をあの手この手でひっくり返してこの技をしてきます。
 見た目的に派手さはないけど、やられてみるとスピードあって怖い。勝手なイメージだけど、この技は返されなさすぎて面白くないです。


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