ユウキに転生したオリ主がSAOのベータテスターになったら (SeA)
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本編
ユウキとキリト


キリトとユウキ(転生者)がおしゃべりするだけ。
ただ、それだけのお話。


「―――なんだかんだ長い付き合いになったね。ボクは正直途中で切れるかもって思ってたから、ちょっと意外だな」

 

「……そうだな。俺もすぐに接点がなくなるって最初に思ったよ」

 

「えー、ひっどいなキリトは。そんなにボクの事気に食わなかったの?」

 

「いや、そうじゃなくて。辛くなって途中で諦めるんじゃないかって思ってたんだ。なんたって見た目はすごい病弱そうに見えたからな。ユウキは」

 

 そう。最初にSAOの第1層で彼女を初めて見たときに思ったんだ。

 背も低く。

 腕も細くて。

 顔も少し痩せていて。

 こんな最前線にいるようなゲーマーっぽさもなくて。

 むしろ真逆な、病院の一室で眠っているような、そんな脆さを感じたんだ。

 だから、攻略組からはすぐリタイアすると思ったんだ。

 

「―――まあ、すぐにその印象も吹き飛んだけどな」

 

「なにさその言い方は? ボクそんな変な事なんかしたっけ?」

 

「……キバオウが『ベータテスター出てこい!』って言ったら、満面の笑顔で挙手してたろうが」

 

「あーあーあー。そうだそうだそんな事あったね。いやー、あれは本当に面白かったね。ボク的にあれはSAOで楽しかった出来事トップ5に入る出来事だったね」

 

「キバオウも思うところあってあんな事言ったんだろうけど、まさか出て来るなんて思ってなかったろうし。なにより出てきたのがよりにもよってあんな病弱そうな女の子で、言いたい事あるけど言えない、みたいな感じの表情してたぞ……」

 

 その直前までは俺自身がベータテスターって事でちょっとキバオウに思うところもあったけど。

 あの何とも言えない顔見て、少し同情したぞ。

 

「いやー。前々からあの場面で名乗り出たらどうなるのかなって思ってたから、実際に当事者として参加してみて結構ドキドキしてたんだよね。ほんとに面白かったよ、あのキバオウさんの表情。…………ふふっ、ダメだ、思い出したら笑えて来た」

 

 いや、ほんと。あの場面で楽しそうにしてたのお前だけだったからな。

 足元おぼつかない感じで歩いて、VR空間なのに咳しまくって

 これでもかってくらいに病弱アピールしてる癖に顔だけは思いっきり笑顔で。

 多分あの場にいた全員が思ったぞ。

 『なんだコイツ』って。

 っていうか、いい加減笑うのやめてやれ。

 

「あー、ごめんごめん。面白くってつい」

 

「まったく。本当に変わらないな」

 

「えー、全然前と違うじゃんか特に見た目。前は超絶プリティーって感じだったのが、今は超絶ラブリープリティーエンジェルって感じになったでしょ」

 

「そりゃSAOのデータ使ってないんだろうから見た目は違うだろうさ。一応今からでも運営に連絡すれば前の姿に戻れるはずだぞ。っていうかなんだよ、ラブリーでエンジェルって」

 

「無茶苦茶可愛いってこと。でも、前のデータねぇ……。それもいいっちゃいいけど、いいんだ。ボクのSAOはもう終わったし、なによりこっちの方がボクの好みだしね!」

 

「……そっか」

 

「うん。そうなんだ」

 

 やっぱり変わってないじゃないか。

 見た目は変わっても中身は同じだ。

 いつも明るくて。

 ムードメーカーで。

 気配りで。

 楽しい事が大好きで。

 そして、見た目に反して無茶苦茶強くて。

 みんな、頼りにしていた。

 

「いやー、それにしてもほんと楽しかったねSAO。いっぱい忘れられない思い出があるよ」

 

「―――そうだな。嫌な事も辛い事もたくさんあった」

 

 時には共に戦った相手と仲良くなって、その人が死んで。

 時には殺されそうになって、自分が生きる為に殺して。

 

「でも、楽しい事も嬉しい事もそれ以上にたくさんあった世界だった」

 

 頑張ってって応援してくれる人がいた。

 任せたって言ってくれる仲間ができた。

 帰ろうって言ってくれる友達ができた。

 ―――同じ未来を歩みたいって、そう思う事が出来る人ができた。

 

「あの世界は多くの人にとって忘れたい出来事かもしれないけど、俺は一生忘れない。忘れたくない。とても大切な、大事な思い出の世界なんだ」

 

 忘れたいって思ったことは確かにあった。

 自分が犯した罪を無かったことにしたいって。

 だけど、もうそんなことは考えない。

 あの世界のおかげで今の俺がある。

 あの世界のおかげで今の皆がいる。

 だから、忘れたいなんて思うことはもう二度と無いんだ。

 

「……忘れたくない、か」

 

「ああ」

 

「そうだね。ボクも忘れないよ。ずっと」

 

「…………」

 

「―――ボクとヒースが付き合ってるんじゃないかってキリトが勘違いしたことも、ずっと」

 

「うわぁーーーーーー!!!」

 

 うわぁーーーーーーーーー!!!!!!

 

「あれはっ! お互いに忘れるって話になった筈だろ!?」

 

「え~、だって~、キリトが~、忘れたくないって~、言うから~」

 

 体をくねらせながら言うな!

 

「いやー、まさかただ一緒にご飯食べてるとこを何回か見られただけで、そういう発想になるとは思わなかったよ。ほんと予想外だったねアレは」

 

「マジで勘弁してください」

 

 しょうがないだろ。行く先々でなぜか二人一緒にいて、楽しそうに会話してるとこ何度も見たらそう思っても不思議じゃないだろ。

 いや、変か……。

 ただ友達と一緒にいただけだしな。

 俺もアスナとまだ付き合ってない頃に一緒に行動した事何度かあったしな。

 本当になんで俺はあんな早合点してしまったのか…………。

 

「あの時はほんとに笑ったね。もう大爆笑。珍しくヒースも顔崩して笑ってたし」

 

「―――ヒース、も?」

 

 ちょっと待て。

 

「あ」

 

「内緒にするって言ったよな! レアアイテムあげるから黙っててくれって頼んだよな俺!」

 

 わかったって腹抱えながら言ったじゃないか!

 

「いやー、ごめんごめん。ついうっかり」

 

「頼むぜほんとに……。他には漏らしてないよな?」

 

「大丈夫大丈夫。ボクを信じなさいって」

 

 どの口で言うんだコイツは。

 

「それにその話したのもSAOの最後の時だったし。あの時は二人っきりで他に人はいなかったから、安心していいよ」

 

「…………そうか」

 

 最後、か。

 

「なあ、聞いてもいいか?」

 

「んー?」

 

「二刀流、ほんとは俺じゃなくてユウキの物になるはずだったんじゃないのか?」

 

「……どうして?」

 

「あいつは、茅場は言ってた。二刀流は全プレイヤー中最大の反応速度を持つヤツの所にいくって。なら、俺が二刀流を持っていたのはおかしいだろ」

 

「なんで? キリト凄いじゃん。銃弾バァーって切ったりとかさ」

 

「ああ、出来るよ。今ならな」

 

 そう。今なら出来るさ。

 あの2年があったから、その積み重ねがあったから。

 飛んでくる銃弾でも切れるような反応速度を手に入れたんだ。

 でも、それは今の話だ。

 

「ユウキは俺よりも速かった。そしてそれを完全に自分のモノにしてた。なら二刀流が俺のところに来たのは不自然だろ」

 

「んー、そっかそっか。……まいったな。今日は楽しくおしゃべりするだけのつもりだったんだけど」

 

「…………」

 

「そんなに知りたい……?」

 

「―――ああ」 

 

 あの世界の事はちゃんと知っておきたいんだ。

 きっと、とても大事な事だと思うから。

 

「……はぁ、しょうがないか。んじゃまあ突拍子も無い話するけどちゃんと聞いてね」

 

「……わかった」

 

「二刀流は確かにボクのとこに来たよ。でもアレはボクじゃ駄目だから文句言いに行ったんだ。『返品させろー』って」

 

「駄目? っていうか文句? どこに?」

 

「ヒースに」

 

「は……?」

 

 な、それは、つまり。

 

「ちょ、ちょっと待った。ユウキが早い段階で気付いてたのは知ってたけど、そんな早い時期に気付いてたのか? ヒースクリフが茅場晶彦だってことに」

 

「知ってたよ。最初っからね」

 

 最初からって、それは

 

「……どこからが最初なんだ?」

 

「んー。ナーヴギアが出た頃?」

 

「……は、はぁ? ナーヴギアが出た頃ってまだSAOが発表された頃だろ?」

 

「そ。だからその時に気付いたんだ。ボクがユウキだって。まったく我ながら鈍いよねボク、そりゃ自分の名前に変な既視感があるわけだよ」

 

「ユウキ……?お前何言って」

 

「んで、気付いたんだけどSAOは別に関係無いって思ってたら姉ちゃんが懸賞でナーヴギア当てちゃってさ。そしてSAOのベータテスターの抽選まで当てて、姉ちゃんすっごい喜んでるのにボク一人で冷や汗かいてたよ」

 

「……ユウキ」

 

「まあ、問題があるのは製品版でベータ版は問題ないからいいかなって、それで姉ちゃんと一緒にかわりばんこでプレイしてる間に家族が製品版予約してるし。姉ちゃんに危ない事させたくなかったからボクが無理矢理順番替わってもらって、そしてSAOに、あの世界に行ったんだ」  

 

「……なら、帰ってきたらお姉さん、泣いてたんじゃないか?」

 

「お、よくわかったね。もう大号泣。ずっと『ごめんねごめんね』ってそればっか。慰めるの大変だったんだよ。泣いてほしかったわけじゃないんだけどね……」

 

「そうだな……。でも嬉しかっただろ? 泣いてくれる家族がいるって」

 

 母さんが、父さんが、スグが泣いて迎えてくれて、申し訳なく思ったけど、俺はそれ以上に嬉しかったからな。

 

「そうだね。嬉しかったよ。本当に。ギリギリ間に合ったんだから」

 

「間に合った? 何にだ?」

 

「―――姉ちゃんとのお別れ、かな」

 

 ―――それは、

 

「パパとママには間に合わなくてね。ほんと悪い事しちゃったな……。ボク、ユウキの家族はマザーズロザリオの1年前って間違った覚え方してたからさ。ほんと親不孝者だよねボク」

 

「……そう、か」

 

「ちょっとー、ここは肩を抱きしめて慰めるとこだよ。……まったく、そんなんじゃアスナにそのうち捨てられちゃうぞ」

 

「それはない」

 

「うわぁ、真顔で断言したよ、この元自称コミュ障」

 

 アスナが俺を手放すことも、俺がアスナを手放すこともないから大丈夫だ。問題ない。

 

「って、話いつの間にか脱線しちゃったね。どこまで喋ったっけ?」

 

「ヒースクリフに文句言いにいったとこ」

 

「そうそう、それそれ。んで、言ってやったんだよ。『多分大丈夫だと思うけど、ボクいつリアルの事情でリタイアすることになるかわからないから、コレいらない。だから違うのちょーだい』って」

 

「ちょっと待て、もしかしてユウキが持ってたあのユニークスキルって……?」

 

「この時にもらいましたー。きゃはっ」

 

 コイツは、本当に……。

 

「まだ40層越えたばっかでバラされたくないだろっておど、お願いしたらくれたんだよ」

 

「今、脅したって」

 

「そんでね」

 

 聞けよ。

 

「まあ、そのあと色々あって仲良くなって、ごはん食べに行ったりとか、レベリング一緒にしたりしてたんだ。楽しかったよ、SAOの製作裏話とか聞けて」

 

「なあ、なんでバラさなかったんだ?」

 

「ん?」

 

「その時にヒースクリフの正体が露見してたんなら、もっと早く帰って来れたかもしれないだろ?」

 

 俺が75層でやったような方法で、なんとかできたかも知れない。

 今思えばあの時対峙したヒースクリフはちゃんとプレイヤーだった。

 ボスエネミーじゃなく、プレイヤーだったんだ。

 プレイヤーの何倍もあるHPがあったわけでもなく。

 ものすごく高いステータスだったわけでもなく。

 ただ、神聖剣ってスキルがあっただけのプレイヤーだった。

 なら、その時点でデュエルに持ち込めればユウキの両親の最期にも間に合ったかもしれない。

 

「あれはね、キリトだからヒースも乗ったんだよ。魔王を倒すのは勇者って決まってるじゃない? だから、ボクじゃ駄目だったんだよ」

 

「……俺に勇者が務まるなら、ユウキでもいい気がするけどな」

 

「残念。ボクヒーローじゃなくて攻略される系ヒロインだから出来ないんだな」

 

「よく言うぜ。……それで、ちなみに誰に攻略されるんだ?」

 

 仲良かったヒースクリフか?

 それとも、まさか、俺、とか?

 

「んー、アスナだね」

 

「アスナ!? なんで!?」

 

 まさかの女同士!?

 禁断の友情ってやつか!?

 いや、なんだかんだ仲良かったけど!?

 

「あはは、ボクもなんでって思った。まさかの主人公交代かよって」

 

「なんの主人公だよ……」

 

「まあ、そんな感じでずっと黙ってたんだ。ごめんね」

 

「……その、なんだ。辛くなかったのか? 知ってるってのは」

 

「うーん。ちょっとだけね。最初はあまりそういうの感じなかったんだけど、30層過ぎたぐらいからもっと何かした方がいいんじゃないかって思うようにはなったけどね」

 

「あー、あのなんか妙に張り切ってた時か」

 

 これでもかってくらい突撃しまくって、すぐボロボロになって後ろに引っ込むってのを繰り返してたあの頃か。

 周りから『ヘイト管理大変になるから止めろ』って怒られて、すぐ終わったけど。

 

 

「いやー、その節はご迷惑お掛けしました」

 

「どうも、迷惑掛けられました」

 

「ひっどいなー。人が珍しくちゃんと謝ってるのに」

 

「いつもはもっと有耶無耶にするもんな」

 

「もー」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……いいの?」

 

「なにが……?」

 

「聞きたいこと、もっとあるでしょ? 結局なんで知ってたのかとか、ボクこのままはぐらかしちゃうよ? いいの?」

 

 ―――そうだな。

 気になってるし、知りたいと思ってる。

 でも、

 

「―――いいさ。言わなくても」

 

「……どうして?」

 

「友達だろ。俺達」

 

「―――っ」

 

「なら、言いたくないなら言わなくていいさ」

 

「…………そっか」

 

「ああ、そうだ」

 

 そうさ。

 友達だったら、そいつが言いたくない事まで聞きたいなんて思わないさ。

 友達ってそういうものだろ、きっと。

 

「…………ふふ」

 

「どうした……?」

 

「いや、これがリアルハーレム野郎の実力かって思っただけ」

 

「ハーレム野郎!?」

 

「残念だったね。ボクルートのフラグ立つまであとちょっとだったのに。これはアスナに報告案件だね。間違いないボクは詳しいんだ」

 

「今のどこにそんな要素があったんだよ!?」

 

 ただ普通に喋ってただけだろ!? 

 あと、それはそれとしてアスナに言うのはやめて下さい。

 

「いやー、やっぱ久しぶりにキリトからかうのは楽しいね。アスナとくっついてからはちょっと自重してたからさ」

 

「……自重って言葉の意味を調べなおした方がいいぞ」

 

 俺は忘れてないからな。

 面白そうだからってSAO内で俺とアスナのキス画像ばら撒きまくった事。

 おかげで本当にアスナのファンに殺されるかと思ったんだからな。

 絶対に忘れないからな。俺は。

 

 ―――そう。絶対に忘れない。

 

「…………」

 

「いやー、やっぱいいね。反応が面白いよキリトは」

 

「…………なあ」

 

「なにー?」

 

「…………なんで俺なんだ?」

 

「なにが?」

 

「……………最後に、会うのが」

 

 

 

 

 

 

 

 SAOが終わった後、ユウキとはしばらく連絡が取れなかった。

 アスナに、エギルやクライン、リズベットにシリカといった面々は総務省の役人に確認を取ったら連絡先を教えてくれたんだが、ユウキに関しては先に本人から『誰にも自分の事を教えるな』と一足先に起きて言われたらしく、俺たちがユウキと再会することはできなかった。

 

 ユウキと再会したのはALOのゴタゴタを片付けて、GGOでの殺人事件を解決した後。

 SAOがクリアされてから実に1年以上経過した頃。

 ALOで俺が一人でアスナ達を待っていた時の話だ。

 

『あのー、キリトさん、ですか?』

 

『え、あ、はい。そうですけど……』

 

『良かった。本人だった。あの、お願いがあるんですけど、今お時間大丈夫ですか?』

 

『え、ええ。今はフレを待ってるだけなんで、それまでなら大丈夫ですけど』

 

『よかった。あの、ワタシとデュエルしていただけませんか?』

 

『デュ、デュエル? 俺が、あなたと?』

 

『はい! ワタシ、友達と一緒にこのゲーム始めたばかりなんですけど弱くって、すっごく強くなったとこ見せてビックリさせたいなって。それで強い人とPVPしたら強くなれるかなーって考えまして。他のプレイヤーさんに聞いたらキリトさんがALOで一番強いって聞いたので』

 

『あー、えっと、一番強いかはわからないですけど、そういう事なら相手するよ。初心者からの折角の頼みだしな』

 

『本当ですか! ありがとうございます!』

 

『それじゃあ、ルールはありあり、えっと、魔法とアイテム自由のほうがいいかな。勿論俺は剣だけでいくし』

 

『本当ですか!? はい! 全然オッケーです! じゃあ申請しますね』

 

『……名前はユウキ、さんか』

 

『はい。そうです。名前がどうかしましたか?』

 

『いや、友達と同じ名前だなって思っただけ。それじゃあ始めようか。スタートのタイミングはそっちの好きな時でいいよ』

 

『本当ですか!? それじゃあ―――――行きますね』

 

『えっ―――――ちょ、速』

 

 そして、俺は負けた。

 

 圧倒的なスピード。

 卓越した技量。

 剣に身を晒す度胸。

 巧妙なフェイント。

 どれもが初心者とは思えない熟練の剣士のものだった。

 ―――というか、とてもよく知ってる剣だった。

 姿かたちは違っても、その剣筋は同じだった。

 なんたって、2年も一緒に肩を並べて戦ってきた剣なんだ。間違いようがなかった。

 

『な、あ、え』

 

『イッエーイ! ユウキさん大勝利ー!! いやっほー!』

 

『お、おま』

 

『「スタートのタイミングはそっちの好きな時でいいよ」っかー、かっこいいなー。負けたけど。これでもかってくらい負けたけど。いやー、さすがだなー。かっこいいなー。「勿論俺は剣だけでいくし」って、いやー、キリトさんパネっすわー』

 

『おま、おまえ』

 

『はーい。超絶プリティーガールのユウキちゃんですよー』

 

『ユ、ユ、ユウキーー!!!』

 

『ふふん。久しぶり、元気にしてた? キリト』

 

 そんな、とてもユウキらしい再会だった。

 その後、合流した他のみんなに対してもアバターが違うことを活かしたドッキリを仕掛けて、おもいっきり怒られてた。

 なぜか俺も黙ってたからと、ユウキの隣で一緒に怒られた。

 アスナがとても怖かったです。

 

 

 それが2025年の12月末。

 

 

 そこからは怒涛の日々だった。

 ユウキはこれでもかってくらいにALOを楽しんでいた。

 西へ東へ、浮遊城へ地下世界へ。

 俺達皆を連れまわした。

 

 ギルドメンバーも紹介された。

 SAOが終わった後に他のゲームで出会った友達らしい。

 俺と同じでずっとソロだったユウキがギルドに入って、しかもリーダーまでやってるって言うんだから驚きだ。しかもそこそこリーダーシップを発揮してたことにさらに驚いた。

 その能力は是非SAOでも発揮して欲しかったな。

 

 さらにユウキはギルメンだけでボス討伐したいとか言い出して、俺達にギルドの仲間に対して『ボスの攻略方法を叩き込んでくれ』なんてお願いをされた。

 もちろん全力で協力した。

 クラインが仮想敵として戦って、エギルがアイテムを仕入れてくれて、リーファが上手な飛び方を伝授して、リズベットが武器を作って、シリカがダンジョンの注意事項を教えて、アスナが後衛職の立ち回りを伝え、俺が「好き勝手に動くユウキの背中の預かり方」なんてのをわざわざ文書データにして配ったりした。

 ユウキには『なに小っ恥ずかしいモノ作ってんだー』って怒られたけど、たまには普段の仕返ししないとな。やられっぱなしは性に合わない。

 

 剣士の碑で見せた笑顔は今までの付き合いの中で見たもので一番きれいなものだった。

 あの時のことはとてもハッキリと覚えてる。

 あんなに嬉しそうに――――泣いてる顔を初めて見たからだろう。

 

 仲間が死んでも、人を殺すことになっても、暗い顔を見せたことはあったが、泣いたところを見たことは一度も無かった。

 いつも笑顔で楽しそうに明日を語るユウキは、皆にとっての心の支えの一つでもあったんだ。

 

 そんなユウキが泣いていた。

 嬉しそうに楽しそうに、時間が過ぎていくのが勿体ないというように。

 その日はずっと、打ち上げの間も笑いながら泣いていた。

 ずっと。

 ずっと。

 

 再会してからずっと違和感を覚えていた。

 それは俺だけじゃなく、アスナ達も、攻略組として付き合いが長かったメンツは特にそう感じていたみたいだ。

 明るくて、元気なユウキ。

 でもどこか、それが空元気に見える時がある、と。

 

 当然ユウキに聞いてみた。

 ただ何度聞いても『もうちょっとしたら教えてあげる』と誤魔化すだけ。

 ユウキのギルド―――スリーピングナイツに聞いても、答えは返ってこなかった。

 ただ彼らはその理由を知っていたみたいだった。

 どれだけ問いただしても彼らの口から真実を聞くことは出来なかった。

 結局そのままずるずるとただ時間が過ぎていった。

 みんなで集まって走って、飛んで、戦って。

 そんな日々を漫然と過ごしていった。 

 

 ある日俺は我慢できなくなって、ユウキに強く問いただした。

 

『なにがあったんだ?』

『なにか困ってることがあるなら手伝う』

『俺だけじゃ無理かもしれないけど、話してくれれば皆手を貸してくれる』

『俺達はそんなに頼りないか?』 

 

 観念したようにユウキは言った。

 

『もうすぐ死ぬんだ。ボク』

 

 ユウキは―――ただ笑ってそう言った。

 

 

 それが2026年の3月末。

 今から1週間前の話だ。

 

 

 

 

 

 

 

「…………なんで俺なんだ?」

 

「なにが?」

 

「……………最後に、会うのが」

 

「あはは。なにキリト、そんなこと気にしてたの?」

 

「…………」

 

 1週間前のあの日、ユウキは詳しい説明をしてくれなかった。

 ただ病院の名前と、「紺野木綿季」という名前を告げてログアウトしていった。

 

 俺は病院に走った。

 ただ行かなくちゃいけないとだけ思って走った。

 あんなに慌てたのはアスナを探してたころ以来だった。

 

 病院では倉橋という医師が待っていた。

 ユウキとは長い付き合いだという。

 先生は教えてくれた。

 ユウキの身体のこと。

 病気のこと。

 ご家族のこと。

 残りの―――時間のこと。

 

「くっらいなー。いつもそんなまっくろくろすけみたいな服ばっか来てるから暗くなるんだよ」

 

「……ユウキもいつも暗い装備ばっかだろ」

 

「ボクのは紫色だからいいんですー。アクセントに赤とか入ってるから問題ないの」

 

「……そうかよ」

 

 俺は当然アスナ達にもこの話をした。

 ユウキも『キリトだけに教えるのは不公平だから皆にも言っていいよ』と言っていた。

 皆、戸惑って、絶望して、怒っていた。

 当たり前だ。

 なんで話してくれなかったんだ。

 もっと早く言ってくれれば、たくさん色んなことができた。

 なのに、なんで今さら。

 

「もー、ほんと暗いなー。今日で最後なんだから笑って送ってやるって気持ちはないもんかね」

 

「こんな時に、どう笑えってんだよ」

 

「そんなのいつもみたいに、だよ。ボクがからかってキリトが怒る。んで、たまに仕返しされる。ボク達はそうだったでしょ?」

 

 今日ユウキからメールが届いた。

 件名は「最後にお別れの挨拶がしたいです」

 中身はただ「待ってる」とだけ。

 

 ふざけるな。

 なにが、最後だ。

 なにが、お別れだ。

 本当にいつもいつも自分勝手にもほどがある。

 

 俺はそう言いに来たんだ。

 ―――そのはず、だったのに。

 

「…………」

 

 ―――言葉が出てこない。

 

「―――前はね、友達もいなくてひとりぼっちだったんだ」

 

「……ユウキ?」

 

「病室で一人でずーっと過ごしてた。大部屋ではあったんだけど、なかなか他人と溶け込めなくてね。いっつも本の世界に逃げ込んでた」

 

 あのユウキが?

 初めて会った相手ともすぐ仲良くなって、そのまま一緒に冒険に行くようなユウキが?

 いや、それより『一人で過ごしてた』?

 先生が言うにはいつもお姉さんと一緒だったって話なのに?

 

「家族はいたんだけど、あまり会いに来てはくれなくてね。疎まれてたんだよ。早く死ねばいいのにって直接言われたこともあったけどね」

 

 いや、違う。この話は。

 この話は『ユウキ』の事じゃなくて

 

「ほんとどうかと思うよね。今ならともかく、当時のボクはそれはまあショックを受けてさらに読書に励んだってわけ。まあ、ただの現実逃避だよ。我ながらかっこわるいね」

 

「……別にかっこわるいなんて事はないだろ。辛い事を言われて何かに逃げるのは普通の事だ。なにもおかしくなんてないさ」

 

「そう? でもそっか。そう言ってくれるなら嬉しいよ。まあ、そんなこんなで一人寂しく過ごしていって、そのまんま一人寂しく終わりを迎えたのさ。ただそれだけの話。あっ、SAOはそこらへんで知ったんだ」

 

「…………」

 

「だから、ボク頑張ったんだ。『ユウキ』は友達いっぱい作って、寂しいなんて思わないようにしようって。そんな風に過ごしてたらナーヴギアがドーンって感じで家に来ちゃって。そのあとは、さっき話したね」

 

「…………そうか」

 

「うん。そうなんだ」

 

「…………」

 

「ねえ、キリト。一つ聞いていい?」

 

「…………なんだ?」

 

「キリトから見てボクは、寂しそうだった?」

 

「―――いや、ユウキはいつも笑って、明るくて、そのまま周りも明るくするようなやつで。寂しさなんて感じたことないんじゃないかって思うくらい皆の中心にずっといたさ」

 

 ずっと、その笑顔が絶える事はないって皆信じてたんだ。

 

「……そっかそっか。なら、よかった」

 

 だから、

 

「―――なんかしたいことあるか?」

 

「え、どうしたのいきなり?」

 

「もう、最後なんだろ? ならなんかやり残したこととかないのか? 今ならなんでも聞くぜ」

 

「なんでも?」

 

「おう、なんでも」

 

「そっか、そっか。ふふっ、あははっ、ははははは」

 

「……なんでそこで笑うんだよ」

 

「もう、なんていうか、キリトだなって思ってつい笑っちゃった」

 

「いや、だからなんでそこで笑うんだよ」

 

 キリトだなって思ったら笑うって、俺普段どんなイメージなんだよ。

 

「それにしてもしたいことか、いっぱいあるなー」

 

「例えば?」 

 

「海外行きたい」

 

「えっ」

 

「エアーズロックとかピラミッドとか、凱旋門とかなんかそういうの見てみたい」

 

「いや、そういうお金かかるのはちょっと」

 

 見るだけならなんとかなるか?

 学校で作った視聴覚双方向プローブを使えば、でも、結局誰かは現地に行かないといけないし。

 みんなでカンパすればなんとか? いや、でも海外なら結構かかるよな。

 

「あとは友達の家でお泊り会とか、遊園地で遊ぶとか」

 

「それくらいなら、なんとか」

 

 それこそ、プローブを使えばなんとかなるはずだ。

 まず、病院に話を通して、専用の仮想空間を用意してそれから―――

 

「生身でって言ったらどうする?」

 

「―――それ、は」

 

 無理だ。

 現状のユウキの体で外に出るのは無理だ。

 それはただの自殺行為に他ならない。

 ただでさえ短い時間を削るだけだ。

 

「ふふ、ごめんごめん。いじわるだったね。あとはそうだね、うーん。あっ、結婚式とか。アスナの結婚式行きたい」

 

「なら、呼ぶよ。ちゃんと席も用意する。披露宴で友人代表としてスピーチだって頼むさ」

 

「え、ボクは別にキリトの結婚式には興味ないけど?」

 

「……? アスナの結婚式だろ?」

 

「あ、うん。ふざけたつもりだったんだけど、まさか本気でそう言い返してくるとは」

 

 アスナは俺以外と結婚しないから、アスナの結婚式はつまり俺の結婚式だぞ。

 

「でも、いいねスピーチ。いいなあ、やりたかったな」

 

「―――やれるさ。やろうと思えばいくらでも」

 

 だから、そんな顔で言うなよ。

 

「――――うん。そうだね。じゃあやろうか、今から!」

 

「えっ、今から?」

 

「そう。今から。キリト、映像記録用のアイテム持ってたよね。それ起動して」

 

 確かに持ってるけど、ちょっと待て。

 そんな今撮ってどうするんだよ。

 

「じゃあ、いくよ。ほら、はやくはやく」

 

「あ、ああ。わかった」

 

「すぅーはぁー、よし――――和人君、明日奈さん。ご結婚おめでとうございます。私は二人の出会いから結ばれるまでを隣で生暖かく見守ってきました。二人がぶつかり合い喧嘩をした時には油を注いで炎上させ、仲良く食事に出かけたところを見れば冷やかし、二人が結ばれたと知るや、すぐさま新聞に載るように情報をリークしました」

 

 あの号外はお前の仕業か!

 

「私のサポートのおかげで二人は恋の障害を粉砕していき、今では切っても切れない縁で結ばれ、たとえ死んだとしても切る事ができない存在となりました。私ほんと恋のキューピッド、さすがだね。サポート成功率100%は伊達じゃないね。えっ? クラインのサポート? あれは最初から脈無しだったからノーカンで」

 

 あの時やる気なかったのはそれが理由か。

 普段は人の色恋沙汰に首突っ込むくせに、妙に騒がないと思ったら。

 まあ、俺もアレは無理だと思ったけど。

 

「まあつまり何が言いたいかと言うとですね。二人が結ばれたのは私のおかげなので、二人は私に感謝しなくちゃいけません。これでもかってくらい感謝しないといけないのです。なので二人は私の言うことを聞かなくちゃいけません。絶対厳守だね」

 

 なんかすごい恩の押し売りが始まったんだが。

 基本ユウキのせいでアスナに怒られたり、ファンに追っかけまわされたり、クラインに妬まれたりした記憶しかないんだけど。

 

「私は友達が大好きです。友達が泣いてたら泣かせた相手をぶん殴ってやると決めてます。そして二人は私の大事な大事な友達です。だから」

 

 

 

「―――だから、二人は幸せにならないといけません」

 

 

 

「ボクは友達思いなので友達を殴りたくありません。なので二人はお互いを一生泣かせてはいけません。ボクの為にね。キリトもアスナもお互い愛が重いからなんか今は上手くいってるけど、それに胡坐をかいて相手の事を疎かにというか、縛り付け過ぎちゃだめだからね。あ、ちなみに子供産む時とかそういう感極まった時は泣いてもいいからね。嬉し泣きはオッケー。悲し泣きはNGだからね。そこは勘違いしないでよ」

 

「ユウキ……」

 

「さて、あとなに喋った方がいいかな? なんか結構今のでボクはスッキリしたけど、多分これだけじゃあ短いよね。きっと二人のエピソードとかがいいよね。二人のとなるとそうだなぁ、キリトが爆笑ギャグとか言ってやった激寒ギャグ5連発の話とかしようか?」

 

「ユウキ……」

 

「あれは確か、SAOの66、7層くらいだったかな。ボスのLA取った人は攻略組の皆の前でギャグをするっていうのが丁度流行ってた時期があってね。キリトがいつものようにLA掻っ攫っていって『考えて来るから時間をくれ』って言い出して、そしたら―――――ってキリトどうしたの? 大丈夫?」

 

「なにがだよ……」

 

「なにがって、泣いてるよキリト。おなか痛い? このすごい微妙なバフかかるグミ食べる? 10秒間与ダメージプラス5とかいう使いどころがよくわからないやつだけど、さらにラーメン味とか言ってすごいまずいけど。というか今ボク友達泣いたら殴るって言ったばかりなんだけど、こういう時は誰殴ればいいの? キリト?」

 

 ああ、泣いてるのか俺。

 道理で景色が霞んでるわけだ。

 

「なんで俺が殴られるんだよ。俺を泣かしたのはユウキだ。こういう時はどうすんだ?」

 

「えっ、ボクぅ? じゃあ、仕方ないからこの微妙なグミはボクが食べよう。これで殴られたのと同等ということにしよう。そうしよう」

 

 本当にコイツは、相変わらずだな。

 

「っていうかキリトそれまだ撮影中でしょ。どうするのさこのグダグダな感じ。ボク撮り直しって嫌いなんだけど」

 

「本当におまえは―――ならこのまま流すさ。それでいいだろ」

 

「マジ!? イエーイ! キリト、アスナみってるー? リズ、シリカ、リーファ良い男見つかったかーい。ユイちゃんボクみたいないい女になるんだよ。エギル奥さん美人ってほんと? 一度くらい写真見せてくれてもいいじゃんかー! クラインは、えー、相変わらず一人でかわいそうですね同情します頑張ってください応援してます5分くらい」

 

「―――じゃあ、そろそろ切るぞ」

 

「ちょ、あとちょっとだけ! えっと、ボク幸せだったよ! 辛くて苦しかったけど、もっとたくさん楽しかったよ! みんないたからボクほんとに楽しかったよ! だから、えっと、つまり、みんなボクの友達なんだから幸せになるんだよ! もし誰かに泣かされたらボクに言うんだよ! 絶対に相手ぶん殴りに行ってあげるから! だから、みんな元気でね。ボクとの約束だからね! 絶対だからね!!」

 

「守ってないやつがいたら俺が守らせるよ。約束だ」

 

「お、言ったなキリト。ボクとの約束は破れないんだからね―――ではでは改めまして、桐ケ谷和人君、結城明日奈さんの友人代表、紺野木綿季でした。二人の道に幸福が訪れることを願っています。約束破ったら末代まで祟っちゃうからね」

 

「―――切ったぞ」

 

「うん……。ありがとう」

 

 それだけ言ってユウキは崩れ落ちた。

 もう限界だったんだろう。

 撮影中も足元がふらついていた。

 途中からずっと壁にもたれかかりながら話していた。

 撮り直しなんてできる体力はもうどこにもないんだろう。

 

「おい! 大丈夫か!?」

 

「あー、もうギリギリだったね。キリトがあそこで切ってくれなかったら倒れるとこまで入っちゃうとこだったよ。やっぱり相手を見極めるのはキリトに敵わないね」

 

「そんなことはどうでもいいっ! 早くログアウトしろっ!」

 

「そんなこととはなにさ、そんなことって。人が一生懸命頑張ったことをそんなこと扱いって、さすがにユウキちゃんどうかと思うよ?」

 

「何言ってるんだよ! このままじゃ本当に」

 

「―――倉橋先生にお別れはもう言ってあるんだ。多分、今日だと思ったから」

 

「―――――ぁ」

 

「虫の知らせってやつ? スリーピングナイツのみんなにはキリトが来る前にメール送っておいたんだ。ボクがみんなと過ごしたのはたった1年だったけど、それでも、みんなとても良くしてくれた。さすが姉ちゃんが集めた仲間だよね。これが俗に言うさすおねってやつだね」

 

 

「アスナ達にはキリトに伝言頼もうかと思ったんだけど、今撮ったから大丈夫だね。ちなみに今のは披露宴以外で再生することは禁止だからね。つまり、みんなにボクがなに言ったのかを伝えたかったら、さっさとアスナと結婚しないといけないって事だからね。ふふん、キリト君は一体いつご両親に挨拶しに行くのかなあ?」

 

 

「ふっふっふ、まあボクの最後のキューピッドとしてのお仕事だね。アスナ、この前いつになったら家に来てくれるんだろうって愚痴ってたよ。ま、友達思いのキリト君ならこうやって発破かければすぐ行くでしょ。もうこのボクの天才的発想にはホレボレしちゃうね」

 

 

「あとは、いっぱいあるけど、言いたいことは言ったからいいかな。キリトはなにかある?」

 

「―――俺は、」

 

 

「俺は、アスナを幸せにする。アスナだけじゃない、皆もだ。10年経っても20年経っても、皆で集まってバカやって、いっぱい笑って、そんな風に過ごせるようにする。絶対に。ユウキが殴りに来る要素なんてないように、誰かが泣いてる余裕なんて作らせてやらない。そうやって過ごしていって、人生を走り終わったら、そしたら」

 

 

「また、皆で一緒にゲームをしよう」

 

 

「だから、それまでおとなしく待ってろ。俺達放って勝手にどっかに行くんじゃないぞ。ユウキとの約束は、絶対なんだろ?」

 

「あはは、ははははは」

 

「……なんだよ」

 

「いいや、やっぱりキリトはキリトだねって。いいよ、約束ね」

 

「ああ、約束だ。絶対行くから待ってろ」

 

「うん、待ってる。お土産期待してるからね」

 

「はいはい。余裕があったら持ってってやるよ」

 

「うわ、冷たいなー」

 

「うっせ」

 

「…………」

 

「…………」

 

「ボクが最後にキリトを選んだ理由はね」

 

「…………ああ」

 

「好きだったから、じゃないよ――――親友だと勝手に思ってたからだよ。だから最後はキリトが良かった。一度も言わなかったけどね」

 

「俺も、親友だと思ってたさ。俺は男で、ユウキは女だったけど。ずっと一緒にバカやれる友達だって思ってた」

 

「ほんと? それは、うれしいなぁ。これが相思相愛ってやつ?」

 

「友愛、だけどな」

 

「そりゃそうだ。じゃないとアスナに刺されちゃう」

 

「ぞっとしないこと言うなよ。たまにユウキとのことで疑われてたんだから」

 

「あはは、ははははは」

 

「本当にお前ってヤツは…………」

 

「…………キリト」

 

「なんだ?」

 

「約束、守ってね」

 

「ああ、絶対守る。だから安心しろ」

 

「よかったぁ。じゃあ大丈夫だ」

 

「ああ、お姉さんによろしくな」

 

「ふふふ、あることないこと吹きこんでおくね」

 

「あることだけにしてくれ」

 

「キリトは我がままだなー」

 

「おまえがいうな」

 

「あはは」

 

「…………」

 

「……約束だよ」

 

「……約束だ」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………また、みんなであそぶの、たのしみだなぁ」 

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………さようなら、ユウキ」

 

 また、会おうな。

 

 

 

 2026年4月。

 俺の大事な友達が、この世を去った。

 

 

 

「…………アスナの家に挨拶行かないとな」

 

 いい加減覚悟決めないとな。あんなこと言われたし。

 お母さんにはあまりいい印象持たれてないから、なんとかしないとな。

 

「っよし! 頑張るかー!」

 

 とりあえずは、あいつが羨ましくなるようなゲームを作ることを目指すとするかな。

 

 

 




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ユウキとみんな

ユウキ(転生者)と、色んな友達のお話。



【ユウキとシリカ】

 

 

「剣爛祭、ですか………?」

 

「ああ、攻略組で主催する祭りなんだ。一応2週間後の予定なんだけど」

 

「はぁ、お祭り…………なんか、ちょっと意外です。攻略組の人達ってもっとこう、戦うことにしか興味ないんじゃないかって思ってましたから」

 

「え、そうか? じゃあシリカも俺の事そういう風に見てたってこと?」

 

「ち、違います! あたしはキリトさんの事はそんな風に思ってないです!」

 

「ははっ、わかってるって、冗談だよ」

 

「もー、キリトさんったら」

 

 もー、意地悪なんだからキリトさん。

 久しぶりに会えたのにそういうこと言うんだもん。

 ……………ちょっと、親しくなれたみたいで嬉しいけど。

 

「ごめんごめん。で、その剣爛祭の事を周りに広めてほしいんだ」

 

「…………それは別にいいですけど。キリトさんがそんな事しなくても攻略組が企画するなら皆行くと思いますよ?」

 

 多分新聞とかにも載ると思うから、大丈夫だと思うけど。

 

「ああ、いや、ノルマっていうか『フレンドには手当たり次第に声かけろー』ってアイツが言い出して皆それに乗っちゃったから、俺もやらないといけなくてさ」

 

「アイツ? ですか?」

 

「えっと、絶剣って呼ばれてるヤツなんだけど、聞いたことないか?」

 

「あ、それなら聞いたことあります。攻略組の最強アタッカーって」

 

 攻略組の2強って呼ばれてる人の一人だよね。

 守りの神聖剣。

 攻めの絶剣って言われてる。

 

「そうそう。そもそもソイツがお祭りやりたいって言い始めて、それを主力ギルドがオッケー出したのが始まりなんだよ…………まさかヒースクリフが乗り気になるなんて誰が予想できたんだよ」

 

「………? キリトさん、なにか言いましたか?」

 

「―――いや、なんでもないよ。とにかくそういうわけだから、よかったら来てくれ。俺もなんかやらされるらしくて、ちょっと心配だけど………」

 

「ふふっ、はい! 楽しみにしてますね!」

 

 キリトさん。なにやるんだろ?

 屋台の店員さんとかやるのかな?

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ、すごい規模。さすが攻略組」

 

 剣爛祭の開催場所は、ここ、第60層の主街区シュテイン。

 つい10日前に解放されたばかりの街だ。

 この前に来たときは人も少なかったのに、今はどこ向いても人だらけだ。

 というか、2週間前にお祭りは決まってたのに、どこでやるかは決まってなかったのかな?

 

 それにしても、本当にすごい人の数。

 でも、見知った顔も多いし、やっぱり中層から遊びに来た人が多いのかな。

 

「ピナ? はぐれたら危ないから今日は飛んじゃ駄目だよ。いい?」

 

「きゅるー」

 

 本当にわかったのかな?

 あっちこっちに首動かして、あたしの方全然向いてくれないけど。

 

「キリトさんは確か中央広場の北側にいるって言ってたっけ? じゃああっち、だよね」

 

 結局キリトさん何やるか教えてくれなかったから楽しみだな。

 先週に会った時も教えてくれなかったんだよね。

 なんかユウキ?が企画担当だからどうたらこうたらとか言ってたけど、どういう意味だろう?

 

「キリトさん何やるのか楽しみだね、ピナ……………………ピナ?」

 

 頭の上、いない。

 肩の上、いない。

 背中に張り付いて、ない。

 ポケットの中に隠れて、ない。

 スカートの中に潜り込んで、ない。

 

「……………」

 

 どっか飛んで行ったあああああ!!!

 

 どどど、どうしよう。

 こういう時はどうしたらいいんだっけ!

 迷子センターに連絡すればいいんだっけ!?

 っていうかゲームの中に迷子センターあるのかな!?

 

「おーい、そこのかわいこちゃーん」

 

 そ、そうだ!

 キリトさんだ! キリトさんに連絡しよう!

 

「もしもーし。そこの栗毛の子、聞こえてる?」

 

 キリトさんなら、助けてくれるはず!

 前もピナのこと助けてくれたし!

 ……………いや、さすがに無理かな? ただ迷子になっただけだし。

 そんな何度も面倒かけるわけにもいかないし。

 なんとかあたしだけでピナを探し出して―――

 

「ヤッホーーー!!!!」

 

「きゃあああああああ!!!!!!」

 

 ぎゃあああああああ!!!

 なに!? なに!?

 新手のイベント!? モンスターの襲撃!?

 

「お、気付いた」

 

「や、あ、え………?」

 

「かわいこちゃんが、この子の飼い主さんで合ってる?」

 

 あ、ピナッ!

 よかったぁ。

 って、なに知らない人の髪齧ってるの!?

 

「ご、ごめんなさい! あたしがその子の親です! ほらピナ、早く離して!」

 

「いやいや、いいよ全然。動物とのふれあいなんて久々で楽しかったしね」

 

 その人は、楽しそうに笑ってそう言った。

 

 見たことのない人だった。

 自分では中層で顔が広い方だと思ってたけど、全く見覚えのない顔だった。

 背は低く。

 体も細くて。

 顔も少し痩せぎみ。

 あたしより、ちょっと年上ぐらいかな?

 一度見たら忘れられない容姿をしている人だった。

 

 普段はあたしがいる層より、もっと下にいる人なのかな? 

 

「その、本当にすいませんでした」

 

「だから全然いいって。ビーストテイマーに会うのなんて初めてで、むしろラッキーって感じ。逆にありがとうって言いたい気分だよボクは」

 

 すごい、良い人みたい。

 

「でも、本当にありがとうございました。あたし、すごくテンパっちゃってて…………なにかお礼させてくれませんか? 髪も噛んじゃったみたいですし」

 

「んー? 別にいいんだけどね、本当に………でも、お礼っていうならそうだな………うん、よし。ならちょっとボクを手伝ってくれない?」

  

「へ?」

 

 

 

 

 

 あたしに手伝いを頼んだ彼女は、ユウキさんという名前らしい。

 なんでも、この剣爛祭のスタッフの一員らしく、その仕事を一部手伝ってほしいとの事。

 ということ、らしいんだけど……

 

「あの、あたしは結局なにをすればいいんですか? 内容をまだ教わってないんですけど………」

 

「大丈夫大丈夫。ボクが呼んだらステージに出てきてくれるだけでいいから」

 

「ステージ!? あの、あたし本当になにさせられ………行っちゃった」

 

 結構強引に連れて来られたけど。

 ユウキさん。実はあんまりいい人じゃないのかな? 

 ちょっと心配になってきた。

 

『あーあー、マイクテス、マイクテス。……………おっけー?よし、じゃあいくよ?』

 

 あれ? この声。

 

『レディースアーンジェントルメーン! 本日は皆様、攻略組主催の第1回剣爛祭にようこそおいで下さいました。ボク達一同心より感謝いたします』

 

 ユウキさんだ。

 すごい。司会なんてやるんだ。

 

『砂漠に咲く一輪の花。皆の心の太陽こと、このボク、ユウキちゃんがオープニングステージの司会を担当させていただきます。よろしくー!!』

 

「「「イエーイッ!!」」」

 

 す、すごい歓声。

 ユウキさん、結構有名なのかな?

 今さらだけど、このお祭りのスタッフの一人だって言ってたし、攻略組の人なんだよね。きっと。

 でも、戦えるようには見えなかったし、鍛冶や裁縫とか、そういうサポート系の人なのかな?

 

『では、まず最初にこの剣爛祭の主催を代表して、ギルド血盟騎士団の団長。ヒースクリフの挨拶から行こうか!』 

 

「「「Yeahー!!」」」

 

 なんか、会場よりもステージ裏からの声の方がすごく強いんだけど。

 なんなんだろう、このノリ。

 攻略組って、思ってたよりも愉快な人が多いのかな?

 

 

 そんなこんなで、挨拶とか、スポンサーの紹介とかをした10分後。

 ようやくあたしの出番が来たらしい。

 来なくてもよかったのに………

 

『―――はい、というわけで、クッキングナイツのみなさんでした。みんな、あとで食べに行ってね―――――さあ、待たせたねみんな、こっからが本番だ!』

 

「シリカさん。スタンバイお願いします」

 

「はっ、はい」

 

 うぅ、結局なにさせられるんだろうあたし。

 周りのスタッフさんも内容は知らないって言ってるし。

 ちょっと怖いんだけど。

 

『ボクたち攻略組は、いつも戦っている。現実に帰りたいから、戦うのが好きだから。そんな様々な理由で日夜戦っているのがボクたち攻略組。男も女も関係なく戦いに命を捧げた存在』

 

 戦いに命を捧げる、か。

 あたしがいる場所とは、違う場所。

 いつ死んでしまうかわからない、死線の先。

 それが、キリトさんが普段いる場所。

 あたしが――――いけない場所。

 

『男も女も関係ないとは言ったけども、他人がそんな中イチャイチャしてたら腹が立つ。でもだからって手を出したりはしない、そうでしょ? 下層や中層でそれを見たとしても、ボクたちはそれを捨てて戦うことを選んだんだから』

 

 う、うん?

 ま、まあ、攻略組の人達も普通の人だし、そういう事は思うよね。うん。

 

『だからこそ! 攻略組の中でイチャイチャしてるやつがいたら、ムカつくよね!』

 

「「「ムカつくーーーッ!!!」」」

 

『腹立つよね!』

 

「「「イラつくーーーッ!!!」」」

 

『そして、そんな中この剣爛祭であの! あのッ!! ボクらのアイドルこと閃光のアスナとデートしようとしてる不逞の輩がいるらしいんだよね!』

 

「「「な、なんだってー!!??」」」

 

『というわけで、本日のメインイベント一発目はコレ!「真っ黒野郎ぶったおせゲーム」!!』

 

「「「うおおおおおおおおお!!!!」」」

 

『ルールは簡単。不逞の輩こと真っ黒野郎のキリトを取っ捕まえたら勝ち、出来なかったら負け。つまりは鬼ごっこだね。場所はこの主街区シュテインのみ、外のフィールドエリアは含まれません。ここちゃんと覚えておいてね。制限時間は1時間。それまでにキリトを捕まえて、ここ中央広場に来てね。あっ、キリトも逃げきれたらここに戻ってくるようにね』

 

 ちょっ、え、キリトさん!?

 キリトさんがデート!?

 あ、いや、でも相手はあのアスナさんか………。

 いつだったか写真見たけど、あのすごいキレイな人だよね?

 あたしみたいにちっちゃくなくて、大人っぽい感じの人。

 ……………わかってたけど、ちょっとショックだな。

 

 あ、ユウキさんが手招きしてる。

 あたしの出番ここなの? このタイミングなの?

 なにするんだろ?

 

『そんでもって、賞品のお話ね。見事黒いあんちくしょうを捕まえる事が出来た人にはなんと、キリトの代わりにアスナとのデート権が与えられまーす。やったね』

 

「「「いよっしゃああああああああ!!!!」」」

 

「ちょっ、ユウキ、私それ聞いてない!」

 

『さらにさらに、勝利した人にはデート権にプラスしてさっきボクが捕まえてきた、この中層区のアイドル、ビーストテイマーのシリカちゃんからほっぺにキッスまでして貰えちゃうぜ! ―――――皆ボクに感謝しなよ』

 

「「「――――――――――ッ!!!!!」」」

 

「な、な、ななな」

 

 なにそれーーーっ!!!

 無理無理無理無理ッ!絶対無理ッ!!

 そんな知らない人のほっぺにキ、キスとか、本当に無理です!!

 

「ユウキさん! あたしそんなのできないですよっ」

 

「大丈夫大丈夫、ボクに任せなさいって。あとでボクに感謝する事になるから」

 

「感謝って………」

 

 この状況でそんな事思うわけないじゃないですか!

 

『ってなわけで、準備はいいねみんな? ―――――んじゃまあ、よーいスタート!! 張り切って行ってこーい』

 

「あとで覚えてろよユウキーーーッ!」

 

「「「待ちやがれキリトーーーーーーー!!!!」」」

 

 あ、キリトさんいた。

 もう見えなくなったけど。

 いやいや、今はそれどころじゃなくて

 

「あのっ、ユウキさんあたし」

 

「勝者にはデートにキス。ボクはそう言ったね」

 

「は、はい。だからあの、あたしっ」

 

「捕まえたら勝ち、捕まえられなかったら負けとも言ったね」

 

「―――っ! あたしやっぱり無理で―――」

 

「じゃあ、キリトが逃げきったら誰の勝ち?」

 

「―――す…………えっ?」

 

 キリトさんが、逃げきれたら………?

 

「誰の勝ちになると思う?」

 

「………それは、つまり捕まえられなかったって事ですから、えっと、キリトさん、ですか?」

 

「じゃあ、勝者が貰える賞品は誰が受け取ることになると思う?」

 

 勝った人にはアスナさんのデートとあたしのキス。

 捕まえたら勝ちで、出来なかったら負け。

 キリトさんが逃げきったらキリトさんの勝ち。

 そうなったら、キリトさんがアスナさんとデートして、あたしのキスは―――

 

「はわわ、はわわわわわ」

 

「ふふっ、はははは。面白いねシリカは。もう顔真っ赤じゃん」

 

「だっ、だってあたし、キリトさんにキ、キ、キシュすることに」

 

「噛んでる噛んでる。いやー、予想以上の反応するねシリカ。ボク的に100点上げよう。まあ、そんなわけだからシリカが知らない人にキスする事にはならないから、安心していいよ」

 

「でもですねっ、もしキリトさんが捕まったらどうするんですかっ?」

 

 そう、そうだよ。

 キリトさんが逃げきれるかなんてわからないし。

 さっき追いかけてたのだって、すごい高レベルの人も多そうだったし。

 

「大丈夫だよ。キリトが勝つから」

 

「………なんで、そう言い切れるんですか?」

 

「友達だからね!」

 

「………友達だから、ですか」

 

「そ。キリトは友達の期待を裏切ることはしないからね。だから大丈夫だよ」

 

 根拠なんて無くて、信じられる要素はどこにもなかったけど

 つい、この言葉をあたしは信じてしまったのだ。

 

「まあ、もし仮にキリトが捕まったとしてもボクが有耶無耶にしてみせるから安心していいよ。ボク、そういうの得意なんだから」

 

「………わかりました。ユウキさんを信じます」

 

「よしよし。じゃあ1時間ここで突っ立ってるのもなんだから、周りの出店でも回ろうか。折角だからアスナも呼んで3人で。アスナもきっと喜ぶよ、数少ない女の子のプレイヤーだしね」

 

 楽しいよ、きっと。

 そんな風に言いながら、ユウキさんは歩いていく。

 そしてあたしもその後を続いて歩いていくのだった。

 

 

 

 こうして、あたしの剣爛祭は幕を上げた。

 結果を言うと、キリトさんは見事逃げきった。

 アスナさんとのデート権を勝ち取り、あたしのキスも受け取ったのだ。

 攻略組の人達は文字通り泣いて悔しがっていて、ちょっと怖かったけど。

 

 ちなみに、剣爛祭2日目でキリトさんがしたユウキさんへの仕返しにも、あたしは巻き込まれてしまったんだけど………

 

 それはまた、別のお話。

 

 

 

 

【ユウキとクライン】

 

 

 見覚えのない景色、どこからか漂う緊張感。

 戦場独特の空気。 

 

 ついに辿り着いた。

 アインクラッド第32層。現在の最前線。

 あいつが――――――――キリトがいる場所に!

 

「くぅー! 気合入ってきたぜ!!」

 

「おい、リーダー、いいからはやく行こうぜ」

 

「そうそう。まず会議やるっていう町まで行かねえと話にならねえ」

 

「お、おう、わかってるよ。顔見せだろ? ちゃんと覚えてるっての」

 

 まったく、人がやる気出してるってのに水差しやがって。

 まあいいさ。とにかく追いついたんだ。

 いきなりボス攻略に参加できるなんて思ってねえが、まずは最前線の雰囲気を知らないとな。

 出しゃばった結果、揉め事になるなんてのはごめんだ。

 どこのギルドの影響が強いとかは情報屋に聞いたが、直で確かめないといけないからな。

 

「よし、じゃあ出発するか!」

 

 まず目指すのは迷宮区に一番近い町。

 そこで攻略組と接触だな。

 

 待ってろよキリト! 今行くぜ!

  

 

 

 

 

「………で? どうすんだよリーダー?」

 

「いやー、その、なんだ? ちょっと先走ったというか、気合が入り過ぎたっていうか………」

 

「それで道間違えてたら意味ねえだろ。なんのために事前にマップ買っといたんだよ」

 

「いやー、ははは………………すまん」

 

「ま、いいさ。逸る気持ちはわからなくもないしな。ただ次はやめてくれ」

 

「わるいな………………ありがとよ」

 

 マジすまん。

 まだ上に登ってきただけだってのに、さすがに調子乗り過ぎたな。

 こんな調子で進んで、仲間死なせたらどうすんだって話だよな。

 マジで気持ち入れ替えてかないとな。

 じゃないとギルマス失格だぜ。

 

「町までは結構かかりそうな感じか?」

 

「今の進行スピードだと、だいたい2時間くらいじゃないか?」

 

「となると到着は夜中だな。ほんとわりぃな、今日は全員分の飯おごるぜ」

 

「やったな。じゃあうんと高いのにしねえとな」

 

「だな。久々の贅沢だぜ」

 

「………ちょっとは抑えてくれよ」

 

 確かに俺が悪いけどよ、あんま高すぎるのは勘弁だぜ。

 

「――――ん? リーダー、索敵範囲内にプレイヤー反応だ」

 

「………PKか?」

 

「そこまではわからねえが、数は2。こんな最前線のフィールドで二人ってのは不自然な気がする。どうする?」

 

「ちょっと待て。今考える」

 

 PKとした場合ならその二人はまず囮だろう。数が少なすぎる。周りに仲間が潜んでるはずだ。

 だが、ここは32層だぞ?

 現状での最上到達エリア。

 この層にいるのはほとんど攻略組だ。そいつら相手にPKを狙う?

 狩れればうまいだろうが、失敗する確率の方が高いはずだ。

 

 ………いや、そもそもの話、ここは町からだいぶ離れた場所だ。

 町から迷宮区までの道で待ち伏せるするならわかるが、こんな場所で狙う意味はなんだ?

 まず獲物がかかるかどうかもわからねえだろ。

 そう考えるならPKの可能性は低いか?

 

 いや、だけど、そうでないとは断言しづらい。

 

「…………このまま町に向かう。近づいてきたら戦闘準備、その後の対応によっては迎撃する」

 

「了解」

 

 対応は間違ってないはず。

 PKの可能性は低いんだ。ただのプレイヤーかもしれねえ。

 それか俺達みたいに登ってきたばっかで道に迷った可能性もある。

 問題はないはずだ。

 

「――――反応、道の先で止まった。このまま進めば当たるぞ」

 

「―――戦闘準備………行こう。多分問題ねえはずだ」

 

 大丈夫、大丈夫だ。

 もしPKだったとしても、俺達なら大丈夫なはずだ。

 対人戦はデュエルでしかしたことないが、攻略組を目指してレベルは十分上げてきた。

 卑怯なPK野郎なんかに殺されるわけねえ。

 

「なんだ………明かり……?」

 

 道の先で明かりが灯っている。そこに相手がいるんだろう。

 幸いまだ俺達は人を斬ったことはねえが、最悪の時は俺が仲間の代わりに斬って―――

 

「―――――――――え?」

 

「―――――――――ふぇ?」

 

 そこには見知った顔と知らない顔がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にしても、びっくりしたぜ。索敵スキルですぐ傍にいるのは気付いてたけど、まさか柄に手伸ばしながら近づいてくるとは思わなかったぜ」

 

「あー、なんかすまんな。二人しか反応なかったからPKの可能性考えてたんだよ」

 

「なるほど、そういうことか。確かにこんな場所で二人ってのは変だもんな」

 

「そう言ってもらえると助かるぜ………」

 

 いたのは男と女の子の二人組。

 

 男の方は知ってるやつだ。

 元ベータテスターで、VRゲームに慣れてて、女みたいな顔をしてる。

 このゲームで初めての俺のフレンド。

 キャラネームはキリト。

 あの悪夢の日からずっと、最前線で戦い続けてるみたいだ。

 

 女の子の方はまったくわからん。

 だが、こんな場所にはそぐわない容姿をしている。

 背も低くて、体も細い。

 まあ、ある意味ゲーマーっぽいかもしれないが、剣を振り回す姿が似合うとは言えねえ。

 キリトと一緒にいたってことはパーティを組んでるんだろうが………

 なぜか今はちょっと離れたとこから俺を見て、首を傾げている。 

 

「………で、キリト。あの子はなんだ? まさか彼女とか言わねえよな」

 

 もし、そうだったなら俺は縁を切る事も辞さないぞ。

 

「彼女………? いや、ないない。ただの友達だっての」

 

「友達ねえ? こんなとこで二人っきりでいてかぁ?」

 

「本当だって、ユウキとは同じ攻略組の仲間だよ。結構強いんだぜ」

 

「攻略組の? マジか………人は見かけによらないとはこのことだな」

 

 VRだし見た目と能力が乖離するのはわかってるけども、似合わねえな。

 あんな病人みたいな見た目で攻略組とは。

 

「わかるわかる。俺も初めて会った時は驚いたさ――――ユウキ、なんでそんなとこで黙ってるんだ? コイツのこと紹介するよ」

 

「うん? もういいの……? なんか久しぶりに会った感じだったし、話す事いっぱいあるのかなって思ってたんだけど」

 

「これからも会うことになるから、その時でいいさ――――紹介する、こっちが俺のフレンドの」

 

「クラインってもんだ。ギルド風林火山のギルマスもやってる。よろしくな」

 

「クライン………? クライン!? あーあーあー、なるほどなるほど。キリトのフレンドで後発攻略組………へー、そういうことか。納得」

 

 なにに納得したんだこのお嬢ちゃんは?

 

「じゃあ自己紹介させてもらうね。ボクはユウキ、キリトと同じで普段はソロでやってるよ。ボス攻略の時とかの集団戦闘じゃ主にダメージディーラー担当。ってことでこれからよろしくね、クラインさん」

 

「お、おう。こっちこそよろしく頼むぜ、ユウキさん」

 

「む。さん付けはしなくていいよ。ボクあまりその呼ばれ方好きじゃないし」

 

「なら、こっちもクラインでいいぜ。俺達の方が攻略組としてはユウキの後輩になるしな」

 

「うん、オッケー。わかったよクライン」

 

 結構明るい感じの子なんだな。

 姫プレイヤーみたいな明るさじゃなくて、ムードメーカーみたいな感じの。

 

 …………実はキリトが貢がされてる、なんてのは無さそうだな。

 

「それでキリト、なんでこんなとこにいたんだお前ら? 迷宮区からは遠いだろここ」

 

「それはこっちのセリフでもあるけどな――――理由としてはボスの弱体イベントの帰りだ」

 

「弱体イベ………? ここのボスそんなのがあるのか?」

 

「ああ、二つ下の階もあったみたいなんだけど、その時はごり押しできたんだが……」

 

「もー、ひっどいんだよここのボス。全っ然攻撃通んないの。ゲージ一本も削れないんだよ? 『絶対おかしいコレ』ってなってみんなで情報収集したらそれっぽい情報が手に入ってね。それでボクとキリトが行ってきたってわけ。迷宮区と真逆の場所だったんだよ? ひどいと思わない?」

 

「はー、なるほどな………なんでお前ら二人になったんだ?」

 

「調べた限りだと難易度が低そうだったのと、俺もユウキもソロだったから、だな。自分の準備が終わればすぐ出発できるし、軽剣士だから移動も速いしな」

 

「さらに言えば、ボク達が強いからだね!」

 

「それ、普通自分で言うか?」

 

「なにさ、キリトは自分が弱いって思ってるの?」

 

「………いや、思ってないけど」

 

「じゃあいいじゃん。自分の思いを周りに伝える事は罪じゃないんだからね!」

 

「物は言いようだな………」

 

 なんというか、こいつら

 

「仲、いいんだな」

 

「―――うん! ボク達友達だからねっ!」

 

「ちょっ、いきなり肩組もうとするなっていつも言ってるだろ!」

 

「いいじゃんか、たまにはー」

 

「女子の気軽な接触は健全な青少年にはダメなんだっての」

 

 なんかちょっと安心したぜ。

 最初に会ったときはあんまり人付き合いが得意には見えなかったからな。

 ちゃんと友達作れてんだな。

 

「大丈夫大丈夫。ボク、自分より弱い人は異性として見てないから。だから安心していいよ、2連敗中のキリトくん」

 

「おまえ………その前までは俺に負けまくりだったじゃねえか!」

 

「かっちーん。アレはキリトがずるいんじゃんか! 初心者に対して卑怯だよ!」

 

「誰が初心者だ! 元ベータテスターだろうが!」

 

「対人戦は正式版が初だったんですぅー。ベータはモンスターとしか戦ってなかったんですぅー」

 

「こいつ………ベータじゃ攻略組にもなれなかったくせに」

 

「頑張り始めたのが正式版になってからだったんだっての」

 

「………………」

 

「………………」

 

「やるかユウキーッ!」

 

「上等だキリトーッ!」

 

 仲、いいん、だよな………?

 というかお前ら

 

「喧嘩するなら町についてからにしろ! ここまだ道端だっての!」 

 

「だってキリトが!」

 

「だってユウキが!」

 

 攻略組になってからの日々は、なんだか騒がしくなりそうだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ユウキとリズベット】

 

 

「リズー、いるー?」

 

「―――店開いてるんだから、いるに決まってるでしょうが。なに? どうしたの?」

 

「剣、研いでほしいなって」

 

「………あんた、三日前にも同じこと言ってなかったっけ?」

 

「………えへへ」

 

 相も変わらずこいつは………

 

 このバカみたいな笑いで誤魔化そうとしているのはユウキ。攻略組の一員だ。

 その中でもトップ中のトップに位置する実力を持ったプレイヤーでもある。

 見た目だけならその辺の雑魚にもやられそうな感じだってのに。

 もはや、一種の詐欺としか思えない。

 

「はぁ、まあいいけど………にしてもあんた最近頻度高過ぎない?」

 

 少し前までなら、早くてもせいぜい1週間に一度くらいだったのに。

 最近は少しダンジョンに籠り気味じゃないかしら?

 

「いやー、ほら残りはあと30層でしょ? そろそろ本腰入れないとダメかなーって」

 

「なに言ってんのよあんたは………それで自分が潰れたりしたらどうすんのよ」

 

「お、なになに? リズ、ボクのこと心配してくれてるのー?」

 

「茶化さないの。あんたはただでさえそんな見た目なんだから、あんま無理するんじゃないわよ。あと普段からもっとご飯食べなさいっての」

 

 そんなガリガリの体で戦ってる姿見ると不安になるっての。

 そのくせ強いから困るのよね。

 

「ふふふ、リズは優しいなー。ボクにそんなに優しくしたら惚れられちゃうぞー?」

 

「生憎あたしは女の子に興味はありません」

 

「それもそうだね。リズが興味あるのはまっくろくろすけだもんね」

 

「………………アスナに聞いたの?」

 

「いーや。知ってただけだよ」

 

「ふーん。そう………」

 

 ………本当になんでコイツは他人のそういうことにすぐ気付くんだか。

 

「いやいや、ほんとにキリトはすごいね。知ってはいたけどあんなにモテモテだとは。知ってる? この前の結婚式に来てたシリカちゃんってビーストテイマーの娘もキリトのこと好きなんだよ? びっくりだよね」

 

「………一応聞くけど、そういうこと周りに言いふらしたりしてないでしょうね?」

 

「してないしてない。これでも攻略組のキューピッドとしての守秘義務は守ってるんだよボクは。これまで14組のカップルを成功させたボクだけど、誰が誰を好きだとかそういうことは周りには絶対喋って無いんだからね。そういうことされたら傷つくでしょ?」

 

 攻略組のキューピッド、ねぇ?

 なんか恋愛事に首を突っ込んで回ってるってのは噂で聞いてたけど、そんなことをしてたのね。

 下手に手出したら拗れそうなもんだけど、よくそんな事やるわね。あたしには無理。

 

「そんなことしてるんなら、クラインの事も手伝ってあげればいいじゃない。いつも『彼女欲しい』って騒いでるじゃない」

 

「あー、クラインはちょっと、アレでさ………なんていうか、ボクは可能性が1%でもあればそれを100%に出来るように手助けするけど、元が0%じゃ手助けするにも手の出しようがないんだよね………」

 

「………それ、本人に伝えてないわよね?」

 

 さすがにそれは、ちょっと不憫すぎる。

 

「ボクだってそれぐらいの分別はあるよ。かわいそうだし一回だけ協力したけどね」

 

「へー………で、フラれたわけ?」

 

「フラれたというか、当て馬になったというか………」

 

 当て馬?

 

「………気になるっていう女の子が丁度その時のボクの依頼人でね。相談受けてたんだよ」

 

「あー、それは」

 

 なんといえばいいのやら。

 

「さすがに不憫でね。キリトに相談して一緒にそれとなく諦めさせるようにしてたんだけど効果なくて、それでまあ色々と紆余曲折ありまして」

 

「当て馬になって結果的に相手のサポートをしたって?」

 

「そーいうこと。さすがにボクでもあれはからかえなかったよ。言葉も出ないってのは正にあのことだね」

 

「ふーん」

 

 なんていうか、この娘の周りはいつも愉快な事になってるわよね。

 こういったくだらない雑談をするといつも思うけど。

 

 でも、よく考えたらいつも周りの話ばっかりでユウキ自身の話は聞かない気がする。

 

「………それで? そういうあんたは?」

 

「ん? ボクがなに?」

 

「あんたの恋バナ、あたし聞いたことないんだけど」

 

「ボクぅ? 期待してるとこ悪いけど、誰かを好きになったことも好きになられたこともないよ」  

 

「へー、ほー、ふーん」

 

「え、なにその反応?」

 

 好きになったことがない、ねぇ。

 

「キリトはどうなのよ?」

 

「………はい?」

 

「だからキリトはどうなのよって話よ。いいわよ、今さら隠さなくても」

 

 何を今さら。

 ユウキのキリトに対する反応は他の人にするものと全然違うのはバレバレだっての。

 いつも話題に必ず一度はキリトが出て来るし、普段からよく一緒にいようとしてるし。

 というか最近ダンジョンに籠ってる本当の理由はそれでしょ?

 キリトとアスナが結婚したから、そのショックを誤魔化す為でしょうに。

 

「………………それ流行ってるの?」

 

「は?」

 

「それ、この前アスナにも言われたんだよね………ボクそんなにキリトの事好きに見えるの?」

 

「は、いや、っていうかアスナにも言われた? いつの話よ!?」

 

「アスナがキリトにプロポーズされた日の夜に、アスナの家で」

 

「は、はぁ!?」

 

 なにそれ!? どういう状況よ!?

 

「キリトのこと励ましてたらその最中にアスナから『話がしたい』ってメッセージ届いてさ、結構遅い時間だったんだけどアスナの家行ったんだよ。そしたら」

 

「待った」

 

「えっ、な、なに?」

 

「キリトを励ましてたってなに?」

 

「ああ、それ? 『プロポーズしたけど時間をちょうだいって言われた』って落ち込んでてね。ボクの見立てだとすぐオッケーくれると思ってたから予想外だったんだけど、アスナも嬉しくてちょっと混乱してただけだよってキリトを励ましてたんだよ」

 

 いや、待った。つまりなに?

 あの男はプロポーズしたあとにそれを真っ先に別の女に報告しに行ったってこと?

 さらに励まされてたって?

 ………ちょっと今度会ったら殴っとこ。

 

「えっと、それでアスナの家行ったらさっきリズが言ったみたいにボクがキリトのこと好きなんじゃないかって言われて。違うってことを朝になるまで説明してわかってもらったんだ。アスナなかなか納得してくれなくてね……」

 

 え、じゃあなに?

 ユウキは本当に好きじゃないの?

 あんなに一緒にいて?

 しょっちゅう二人で遊びに行ったりして?

 

「…………………キリトのことどう思ってるわけ?」

 

「ボク的には、すごく気の合う仲のいい友達、なんだけど……わかってもらえた?」

 

 そんなの

 

「な」

 

「な?」

 

「納得できるかぁー! あんなに仲睦まじくしといてそれが通るなんて思うんじゃないわよ!! あたしは騙されないからね!!!」

 

 ふざけんじゃないわよ!

 今さら言い逃れしようなんてそうはいかないんだからっ! 

 

「今日はもう店仕舞いよ店仕舞い! ユウキッ! 今日は家に泊まりなさい! 一晩かけてじっくり聞き出してやるわ!!」

 

「ああ、うん、おっけー…………アスナもこんな感じだったなぁ」

 

 絶対に本音を聞き出してやるわ!

 覚悟しなさい!!

 

 

 

 

 本当に好きじゃないと説得されるまで6時間かかりました。

 

 

 

 

 

【ユウキとエギル】

 

 

「――――で、いつまでいるつもりだユウキ?」

 

「……決まるまで。あとちょっと待って」

 

「待てとはいうが………ユウキ、お前さん、ここがどこかわかってるのか?」 

 

「……どこって、エギルのお店」

 

「そう、俺の店だ。つまりな――――」

 

 このアインクラッド第50層主街区アルゲードに開いた雑貨屋。

 それが俺のやってる店だ。

 モットーは、安く仕入れて安く提供すること。

 その性質上この店には役に立ちそうな物から立たなさそうな物まで揃ってる。

 だがな―――

 

「――――ウチの店で結婚祝いになりそうなモンなんてあるわけないだろ!」

 

「ぶー。そうは言ってもボクの行きつけのアイテム屋なんてここぐらいだし………あとよく行くのはご飯屋さんばっかりなんだから仕方ないじゃん」 

 

「……別に行きつけの店である必要はないだろ。ユウキが渡すプレゼントなら、キリトもアスナも喜んでくれるだろうが」

 

 服とかアクセサリーとか、皿なんてのでいいだろうに。

 ウチにあるのは基本的に素材アイテムばっかりだぞ。

 

「喜んでくれるからちゃんと選びたいんでしょ? 二人に心から喜んでくれるもの渡したいんだもん………………」

 

「まったく、いつもは大胆に切り込んで行くくせに、こういう時は慎重なんだな」

 

 絶剣のスキルの仕様上仕方ないんだろうが、あんな普段見てて心配になるような戦い方してるくせにな。

 こういう時もその豪胆さを活かせばいいものを。

 

「…………だって、ボクこういうの初めてで、どうしたらいいかわからないし」

 

 本当に今日はらしくないな。

 いつもは何もなくても笑ってるってのに。

 

「ハァ、しかたねえ………………今日は早めに店閉めてやるから、そのあと一緒に買い物に付き合ってやる。それでどうだ?」

 

「―――――うん。うん! わかった! ありがとう、エギル!」

 

「はいはい、どういたしまして」

 

 嬉しいのはわかったから、ぴょんぴょん飛び跳ねるのはやめろ。

 システム的に大丈夫だろうが、ケガしそうで見てて怖い。

 

「つっても、さすがに今から店閉めるってわけにはいかねえから、せめてあと1時間ぐらいは待てよ」

 

「わかった! じゃあ待ってるね」

 

 さっきと打って変わってニコニコと楽しそうにしやがって。

 これを狙ってやってるなら将来は立派な悪女になれるな。

 

「……ねえねえ、エギル」

 

「なんだ?」

 

「結婚式ってお金持ってくんだよね? えっと、お香典、だっけ?」

 

「………香典は葬式だ。結婚祝いに渡すのはご祝儀な」

 

「そう! そのご祝儀っていくらあればいいのかな? 千Kくらいで足りる? 少ないかな?」

 

「………………それで足りないって言ってくるやつとは縁を切ることを俺は勧めるがな」

 

「……? ちょうどいいってこと?」

 

「多すぎるってことだ」

 

 なんというか変なところでズレてるな。

 まあ見た目からして、おそらく中学生前後。

 多少物事を知らなくても不思議ってわけじゃないがそれにしても普段から―――

 

 ―――いや、リアルの詮索はマナー違反だな。 

 やめよう。そこまで踏み込んでいいものじゃない。

 

「――――今のうちにどんな物にするかぐらいは考えておけよ? せめて種類を決めてくれなきゃ店を回りようが無いからな」

 

「はーい。ふふーん、なににしよっかなー」

 

「やれやれ………」

 

 テンションの切り替えが速すぎてついてけないっての。

 

「あ、そうだ。ねえねえ、エギル。一個聞いていい?」

 

「今度はなんだ?」

 

「エギルは結婚した時はどうだったの?」

 

「………………」

 

 俺が既婚者だって事を知ってる?

 前に話したか?

 いや、ユウキにそんな話をした覚えはない。

 それ以前に俺はこのSAOの中で、現実では結婚してるなんて話は一切してない………はず。

 ………いや、どうだろう。

 男連中と飲んだ時に、酔った勢いで喋っちまった可能性は否定できねえ。

 

「エギル? ねえねえ、どうだったのさー」

 

「―――はぁ、誰から聞いたんだ?」

 

「お、ってことは認めるんだね」

 

「はぁ………?」

 

「誰にも聞いてないよ。ボクが知ってただけ」

 

「なんだそりゃ………それを言うなら、気付いたの間違いだろ」

 

「えー、そうかなぁ。合ってると思うんだけど」

 

 まさかカマをかけられたとは。

 初めて会った頃は商人プレイヤーによくぼったくられてたユウキがこう育つなんてな。

 見た目は変わらねえがちゃんと成長してるってことなのかね。

 

「それで、エギルは結婚した時に友達になにもらったの?」

  

「別に大したものは貰ってないさ、ちょっとしたインテリアとかだな。店に置けるような」

 

「ほー。なるほど、インテリア………うー、選択肢が増えた」

 

「そんなに難しく考えなくていいと思うんだがなぁ」

 

「考えるよ! これはお返しなんだから!」

 

 お返し?

 

「なんだ、お返しって? あの二人になんか貰ってたのか」

 

「そんなの決まってるじゃん! 幸せだよ。それ以外ないでしょ?」

 

「幸せ………?」

 

「うん。幸せ」

 

「………………なんでだ?」

 

「なんでって、二人が結婚したからだよ?」

 

 ………………頭が痛くなってきた。

 

「すまん、わからん。なんであの二人が結婚したらユウキが幸せなんだ?」

 

「ボクの友達が好きな人と一緒になるんだよ? しかもその相手もボクの友達。これが幸せじゃなかったらなにが幸せなんだーって感じだよ。ほんと嬉しいよね」

 

「………確かにお前さんが妙にあの二人を囃し立ててたのは知ってるが、そんなに思うほどか?」

 

 ついこの間も、自費で号外作ってばら撒いてたしな。

 よくそんなことをやるもんだとは思ったが。

 

「そりゃそうだよ! だってエギル今の到達階層がどこかわかってる!?」

 

「どこって、そりゃ69層だろ?」

 

 フロアボスのLA取ったのユウキで、散々周りに自慢してたじゃねえか。

 LA取った回数でキリトが張り合ってたのは、まだ記憶に新しいぞ。 

 

「そう、69層! まだ69層なのにあの二人はもう結婚するんだよ! これがどういうことかわかる!? つまりボクのおかげってことなんだよっ!?」

 

「すまん、全然わからん」

 

 もう結婚するってなんだ。

 まだしちゃダメだって言いたいのか?

 確かにあの二人が結婚したのはユウキの尽力があったからなのはわかるが。

 あれだけさんざんキリトの事煽ってたしな。

 俺もやっと告ったかとキリトの報告聞いた時は安堵した覚えはあるが………

 

 でもやっぱり意味が分からん。

 

「もー、つまりはあの二人が一緒になってくれてボクはすごい嬉しいってこと。実に恋のキューピッドらしいねボクってやつは。さすがは数多のカップルを成功させた女だよね」

 

「キューピッドねぇ…………そういえばなんでそんなのやり始めたんだ?」

 

「なんでって?」

 

「いや、だからよ。確かに他人の色恋沙汰を聞くのは楽しいが、普通はそこまで手出したりしないだろ? もしそれが原因で別れたりなんかしたら大変だしな」

 

「そんなの決まってるよ。いいエギル? ボクはこれまで数多くの恋愛小説と少女漫画を読破してきたんだよ。そんなボクが叶えられない恋なんてあるわけないじゃないか。そしてボクはみんなのハッピーエンドを見てみたい。ならやることは決まってるでしょ」

 

 つまり、小説やら漫画みたいな恋を見てみたかったからってことか?

 本気で言ってるんじゃないだろうなコイツは………

 

 いや、ユウキのことだ。どうせ本気で言ってるんだろう。

 

「それに、好きな人と一緒に居られるのって幸せな事なんでしょ? だからボクも、それを見て幸せになれるんだよ」

 

「ふーむ。なるほどな」

 

 誰かが好きな相手と一緒にいるところを見て、自分もそうであるかのように感じてると。

 自己投影してるってことになるのか。

 ん? ということはユウキは―――

 

「――なんだ、つまりユウキは寂しがり屋ってことか」

 

「―――えっ?」

 

「要は誰かと一緒にいたいけど、それが無理だと思い込んでる。だから相手に自分を重ねてるってことだろ」

 

「――――う」

 

「ユウキにも見た目相応のとこはあったんだな。少し意外だったが」

 

「―――――がう」

 

「まあ、心配すんな。確かに俺達は特別な関係とかじゃないが、皆お前の仲」

 

「――――ちがうっ!」

 

「―――間………ユウキ?」

 

「ちがうちがうちがうちがうちがう!」

 

「お、おい、どうした?」

 

 なんだ、いきなりどうした。

 

「ちがうっ! ボクは寂しくなんてない! ボクは一人じゃない! ボクはここにいる! ここにいるんだよっ!」

 

「ユッ、ユウキ?」

 

「ボクはいらなくなんてない、邪魔なんかじゃない! パパもママも愛してるって言ってくれた! 姉ちゃんも大好きだって言ったんだ! キリトもアスナもこんなボクを友達だって言ってくれたんだ! だからちがう寂しくなんかないっ!!」

 

「おいっ! ユウキ落ち着け!」

 

「もうボクは僕じゃない、ボクになったんだ! ユウキになったんだよ! 変われたんだ! いやだいやだいやだ戻りたくない、もうあそこにいたくない! もういやなんだ! もう一人はいやなんだよっ!!」

 

「――――ユウキッ!!!」

 

「―――――――っ」

 

「落ち着け、俺が悪かった。全部俺が悪かったんだ。だから、落ち着け、な?」

 

「あっ、やっ、ちが、ちがう、ちがうんだよ………寂しくなんてない、ほんとだよ………………エギル、ボクちがうんだよ、うそじゃないんだ」

 

「ああ、そうだ、そうだな。違うんだな。大丈夫、わかってるさ」

 

「ほんとうだよ、さびしくない、一人でもだいじょうぶなんだよ」

 

「ああ、わかってる。わかってるさ、安心しろ」

 

 ああ、ちくしょう。

 こんな地雷があるなんて少しは予想できたはずじゃないのかよ、俺。

 ユウキの見た目で多少は察せたはずだろうが。

 普通の子供がこんな体で生活してるわけないなんて、最初に思ったはずだろうが。

 言動と比べて幼い見た目、明らかに平均以下の体重であろう細い体。

 仮に引きこもりの子供だとしても、もっと筋肉はついてるはずだ。

 

 リアルの詮索はマナー違反?

 そうだとしても大人は子供に対して気を配ってやらなきゃいけないってのによ。

 ああ、ちくしょう。

 こんな失敗いつ以来だよ。

 

「………………買い物、今日はやめておくか?」

 

「………………………………行く」

 

「そうか、わかった。今店閉めてくるからちょっとだけ待ってろ」

 

「………………………………うん」

 

 …………詫びはちゃんとしないとな。

 今日は好きなだけ言うことを聞いてやって、落ち着かせてやらねえと。

 なんなら嫁の話をしてやってもいい。

 とにかく、周りから見て変に思われないレベルには戻してやらないといけない。

 また誰かが地雷を踏みでもしたら、その時傷つくのはユウキだ。

 

 ―――本当なら、カウンセラーとかに診てやってほしいところだが

 

「―――――恨むぜ。茅場晶彦」

 

 こんな閉じ込められた世界に子供まで巻き込んでるんじゃねえよ。

 大人としての自覚もないのかよ、天才ってのは。

 

 もし会えたなら、そん時は一発ぶん殴ってやらねえとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ユウキとユイ】

 

 

「ほれーここか? ここがええんか?」

 

「ちょっ、もう、くすぐったいですよっ」

 

「ほれー、ほれほれー」

 

「もー、ユウキさんやめっ、もう、パパー」

 

「はいはい。ほらユウキおさわりタイム終了だ。今日はもう諦めろ」

 

「ああ、ボクの癒しがぁ………キリトずるい! その年でこんなかわいい娘いるなんて反則だ! チートだチート、チーターや!」

 

「なんだよその変な似非関西弁。ってかそれどんなチートだよ、逆に気になるっての」

 

「むっ、あの迷言を変なモノ呼ばわりとは。さすがキリト格が違うね」

 

「はいはい。俺とユウキじゃ格が違うんだよ。ということでユイに触るの禁止な」

 

「あー! キリトずるっ! ………………ボクより弱いくせに」

 

 あ、パパの動きが止まった。

 

「ほ、ほー。誰が弱いって?」

 

「さぁ誰だったかなー。この前5分持たなかったのはどこの黒づくめだったかなー?」

 

「………はは、その黒づくめにこの前負け越したのは誰だっけなー?」

 

「…………あは、あはははははは」

 

「ははは、はははははは」

 

「………………」

 

「………………」

 

「表出ろキリトーッ!」

 

「上等だユウキーッ!」

 

 ………行っちゃった。

 本当にパパはユウキさんといると子供っぽくなりますね。

 ママがたまに羨ましそうにする理由がちょっとわかる気がします。

 

 剣戟の音が遠く、地面を踏みしめる音が聞こえないので今日は空戦みたいですね。

 この前ママに庭で戦ってたらうるさいって怒られたのを二人とも覚えてたんでしょうか。

 宿題やってる最中にあれは騒がしかったですから、私もしょうがないと思いますけど。

 

 

 

 ユウキさんがパパたちの前に姿を現したのは今から3週間前のこと。

 それから毎日パパたちは一緒に遊んでいます。

 そんな二人を見てママやクラインさんたちはSAOに戻ったみたいと言っていました。

 二人ともSAOの頃とはアバターが異なっているはずなのに、なぜかそう見えるそうです。

 

 私がユウキさんに会ったのも3週間前が初めてです。

 そもそも、パパたちはユウキさんとこの1年間連絡を取れなかったそうです。

 なんでも、現実での連絡先をユウキさんが教えてくれなかったらしくて。

 ユウキさん曰く、「ネットで会うのはともかく、リアルはちょっと恥ずかしいじゃん」との事。

 結局、今もメールアドレスしか教えてくれてないみたいです。

 電話もダメっていうのはなぜなんでしょうか?

 もしかしたら声とかにコンプレックスがあるのかもしれません。

 それか俗に言う、恥ずかしがり屋さん、という人なんですかね?

 ちょっと不思議な人です。

 

「―――でも、悪い人ではないですよね」

 

 パパやママの事が大好きーって気持ちはすごく伝わってきますから。

 いつもみなさんにニコニコ笑って突撃して行ってますし。

 ………私を撫でまわすのはちょっと遠慮してほしいですけど。

 

 まあ、そこはパパの頑張り次第ですかね。

 なんでも戦って勝った方が命令できる、なんてルールが最近の二人の間にはあるみたいですし。

 昨日はパパが負けて一日語尾に「ごわす」を付けるなんて命令されてましたけど。

 多分、一昨日にユウキさんが「ござる」って語尾に付けさせられた仕返しでしょうけど………

 本当に二人とも仲いいですよね。

 

 ちょっと気になるのは、パパがたまにユウキさんを見て不思議そうな顔をすること。

 なにか違和感がある気がするそうです。

 それがなにかはまだわかってないそうですけど、ちょっと気になりますよね。

 

 

「ユイちゃーん。出かけるよー。これから地下で邪神狩り競争やることになったんだー」

 

 って、わ、

 

「お、なにやってるの? 日記?」

 

「中身は見ちゃダメですよっ。パパにつけてみたらどうだって言われたんです」

 

 成長の記録がどうとかってパパは言ってましたけど。

 

「へー、キリトが。確かに意外と書いてみたら楽しいしね日記って」

 

「はい。毎日なに書こうか迷っちゃいます」

 

「ふーん。いいねそういうの。ねね、今度見せてよユイちゃんの日記」

 

「ダメですよっ。恥ずかしいから禁止ですっ」

 

「えー、お願いっ、この通り。一回でいいからさ。ねーねーいいでしょー?」

 

 そんな目をウルウルさせながら言わないでください。 

 

「むー、じゃあ一回だけですよ」

 

「ほんとっ!? やったね」

 

「でも、今はまだダメですよ。まだ書き始めたばっかりなのでもっと中身が増えたら見せてあげます。ユウキさんだけの特別ですよ?」

 

「オッケーオッケー。じゃあ今度読ませてね」

 

「はい。楽しみにしててください」

 

 仕方ないですから見せてあげることにします。

 でもそれはもう少したって、ユウキさんの恥ずかしい記録を書いた後にしましょう。

 パパが言ってました。ユウキさんはそういった攻撃に弱いって。

 普段のパパがからかわれてる仕返しです。

 決して最近パパが取られてるからじゃありません。

 

「おーい。ユウキ、ユイまだかー?」

 

「はいはーい。今行くよ――――いこっか、ユイちゃん」

 

「はい!」

 

 その日が来るのが、楽しみですね。

 

 

 

 

 

 

【ユウキとヒースクリフ】

 

 

 第55層主街区グランザム、そこにある一つの塔のような建物。

 そこに、ここギルド血盟騎士団の本拠地がある。

 

 そしてその一室に、私は彼女と二人でいた。

 

「ぶぇー、ぜんぜん終わんなーい。ヒース、へるぷみー………」

 

「………企画部長をやると立候補したのは君自身だったと記憶しているが?」

 

「だって、こんなに大変だなんて思わなかったんだもん。もっとこう、パパーッと案出したら終わりだって思ったのに……………こんなにやる事多いなんて聞いてないもん」

 

「やれやれ、一社会人として忠告するが、そのままでは今後の人生苦労すると思うがね」

 

「むぅ。ぶーぶー」

 

「………なにか?」

 

「豚の真似」

 

「……………せめてもう少し肉付きを良くしないと、あまり伝わらないと思うがね」

 

「つっこむのそこ? というかなんで皆ボクにもっと食えって言うのさ」

 

「君の体に聞いてみたらいいのではないかね?」

 

「好きでこんな体になったんじゃないっての。もう、仮想空間なんだから意味ないって言ってるのに……………」

 

「ふむ……………まあ、気持ちは理解できるがね」

 

「なにさそれー」

 

 彼女はユウキ。

 俗に言う攻略組に分類される、この世界でもトップの能力を持ったプレイヤーの一人だ。

 普段はソロで活動していて、所持しているユニークスキルの名前から「絶剣」などと呼ばれることもあるそうだ。

 現在は「剣爛祭企画部長」の肩書を持っている。

 

 そして私の名前はヒースクリフ。

 同じく攻略組で、その中でも主力ギルドと呼ばれる「血盟騎士団」のギルドマスターでもある。

 「神聖剣」というユニークスキルを持ち、全プレイヤーでもっとも堅い男とも言われているらしい。私にとってはどうでもいいことではあるが。

 現在は「剣爛祭実行委員長」の肩書を持っている。

 

 我々は今、第一回となる剣爛祭の開催に向けて、資料を作成中だ。

 もっとも、彼女の方はリタイア寸前であるが。

 

「もうやだー、つかれたー。ねえレベリング行こうよレベリングー」

 

「明日の会議資料を作成しなくていいのなら、それも構わないが。ちなみにその場合祭りは中止になる可能性が高いがね」

 

「うぅぅぅぅ」

 

「唸ってもどうしようもないと思うが?」

 

「……………十分休憩! それくらいいいでしょ!?」

 

「ふむ………では、そうしようか」

 

「いえーい! おやつおやっつー、アスナのクッキー」

 

 そう言って無邪気にはしゃぐ彼女。

 以前、私の前にたった一人で向かい合ったようには見えないな。

 

「……………ふむ。ユウキ君、一つ聞いてもいいかな?」

 

「んー? なーに?」

 

「なぜ君は、私を排斥しようとしないのかね?」

 

「…………………なに、ボクに茅場の話をしろって言ってるの?」

 

「少し興味が湧いたのでね」

 

「あっそ……………で、なんで追い出さないかって?」

 

「ああ。別に君なら可能だろう?」

 

「よく言うよ。血盟騎士団の団長を、ただのソロの小娘が『あいつは実は茅場晶彦なんだ』なんて言って誰が信じるってのさ。考えるまでもないでしょ」

 

「そうかな? 普段のユウキ君の慕われた姿を見るに可能性はそう低くないと思うがね。それに約一名は確実に私と君なら無条件で君の事を信じると思うが?」

 

「……………で? 仮にそれで追い出せたとしてどうするのさ。もしそうなったとしたらデメリットが多すぎて、本末転倒だよ」

 

「ほう――――では、君の言うデメリットとは?」

 

「わかってるくせによく言うよ……………言っておくけど、ボクは神聖剣無しに75層を突破出来るなんて欠片も思ってないからね!」

 

「なるほど。だが、それだけではないだろう?」

 

「神聖剣の裏切りによる士気の低下に、攻略組内でのトップ争いの激化による仲間割れ。それに伴う攻略スピードそのものの遅れ! 中層以下のプレイヤーからの攻略組そのものへの不信感の増加!! これで満足!?」

 

 なるほど。

 普段の姿を見る限りではあったが、あまり考えを回すのは得意ではないと見ていたのだが。

 出来ないわけではないと。

 

「ふむ、あの時点でそこまで考えが回っていたのか………ならばなぜ二刀流を手放したのかね? あれは君の言うところの勇者の力のはずだが?」

 

「あー、もうっ! ボク、茅場大っ嫌いだからそんな奴と会話するの嫌なんだけどっ!」

 

「私はユウキ君との会話は好きだがね」

 

 私には無い思考や発想を聞くというのは、存外おもしろいものだ。

 

「あっそ! ……………このゲームを終わらせるのはキリトで、ボクはイレギュラー。それなのに、ボクがアレを持ってたらこの世界が無事に終わるかどうかも分からない……………これでいい?」

 

「未来を知っているからこその判断というわけか」

 

「……………ボクはこの世界の終わりを知ってるし。なんで茅場晶彦がこの世界を作ったのかも知ってる。だからお前が嫌いなんだ」

 

「………君を巻き込んだからかね?」

 

「違う! みんなに死を押し付けたからだ!」

 

 死を、押し付けた。

 変わった表現だな。興味深い。

 

「この世界は痛みが遠くて、悪意が近い。システム的にそういう風にできてる。だから痛くなるのは心だけ……………現実だったら逃げられる、連絡手段を全部捨ててどこか遠いところに逃げれば、一時でも心を休ませられる―――でも、この世界に確実な逃げ場なんて一つしかない」

 

「それが死だと?」

 

「そう。こんな限られた鉄の城で、確実に離れられるのは死だけだ……………そしてなにより、プレイヤーは本当に死ぬのかどうかを確かめる手段がない。だからみんな一握の救いを求めて飛んでいくんだ」

 

「だから、私を許せないと」

 

「許すとか許さないじゃなく、嫌いなの! ふん、どうせ言ったって伝わらないだろうけど、教えてあげる……………死ぬのは、ほんとに怖いんだよ……………」

 

 死は恐ろしい、か。

 確かに、それは私には理解できないものだな。

 死が不可逆なものという考えはあるが、恐ろしいものであるという考えは私には無い。 

 

「……………まだなんかあるの?」

 

「いや、聞きたい事は聞けたが。あえて聞くなら、なぜヒースクリフとは交友を深めたのかね?」

 

「別に、ヒースクリフは好きだからだよ。ちょっと不愛想で話しかけづらい印象あるけど普通に会話してくれるし、普段はリアクション薄いけどたまに想定外の事あったりした時の顔はおもしろいし……………微妙なNPC料理店に連れて行った時は特にそうだよね」

 

「……………だから君は妙に私を食事に誘うのか」

 

「あとたまーにバグ見つけて、それ教えたらその場で修正してるの見るの、結構おもしろいしね。滅多に見れないちょっとイラッときてるヒースの顔見れるから」

 

「……なるほど」

 

 楽しげな顔をしながら報告してくる理由はそれかね。

 

「―――だが、それは茅場晶彦とヒースクリフを別の存在と見る理由にはならない気がするが?」

 

「なるよ」

 

「なぜかね?」

 

「―――だって、皆はボクのこと『ユウキ』として扱ってくれてるでしょ? だからボクも茅場とヒースは別物だって思って接してるだけだよ」

 

 彼女を『ユウキ』として扱う、か。

 

「そんじゃま、休憩おーわり。仕事しよっか。ヒース」

 

「―――ああ、そうしよう」 

 

 彼女とのこれまでの会話で分かっていること。

 彼女は未来を知っていると言うが、正確にはこのSAOの未来を知っているということ。

 あるいは、プレイヤーの誰かの未来を知っていると称するのが正しいということ。

 会話から読み取れる断片的な情報から、そう読み取る事ができる。

 

 そして、彼女自身の未来について彼女が知っていることは少ない。

 だが、キリト君やアスナ君。そして私についての未来は自身のことよりは得ている情報が多い。

 そしてその未来もこのSAOを中心とした4、5年といったところ。

 

 そしてなにより、彼女は、彼女自身の死がいつ訪れるのかを知っている。

 

 この世界において、死を誰よりも恐れる少女が、死への覚悟を誰よりも早く決めているとは。

 いやはや、難儀な話だな。

 

「で、仕事の話に戻るんだけどさ、今お祭り会場39層の予定でしょ? ただ、あそこそんなにキャパないから違う場所の方がいいんじゃないかって意見上がってるんだよね。どうしたらいいと思う?」

 

「はじまりの街ではダメなのかね? あそこの中央広場なら十分な広さだと記憶しているが?」

 

「あー、1層はほら、なんていうか、その、休んでる人が多いでしょ? だから候補からは除外した方がいいかなって」

 

 休んでいる人、この世界を受け入れられずに部屋に閉じこもり、自分以外の力による脱出を願い続けている受動的なプレイヤーのことか。

 

「そういうことならば現在解放されている層で適任な場所は無いな。主街区に拘らなければいくつか候補は出せるが」

 

「転移門ないからパス。中層以下の人達にモンスター倒して辿り着けって言うわけにはいかないでしょ」

 

「そう言うとは思ったがね。ならばあとは、シュテインだな」

 

「シュテイン? ………え、どこ? そんな名前の場所あったっけ?」

 

「60層の主街区だよ。そこそこ大きな街で中心にはステージが併設された広場もある」

 

「おお、いいね、そこ! よし、そのシュテインって街に決めた!」

 

「現在の最前線は58層で、明日には剣爛祭企画会議もあるが?」

 

「明日の会議はとりあえず39層ってことで仮決定して、60層が解放されたら条件的にこっちのほうがいいからって変更かける!」

 

 以前の私なら、その時点のプレイヤーが知るはずもない情報を教える、なんてことはしなかっただろうが。

 

「やれやれ、広報の仕事が増えるな」

 

「よーし、そうと決まればちゃちゃっと資料作って、攻略に行こう! なんだったらキリトとかアスナも誘ってさ。うんうん。いいねぇ、ユニークスキル3人衆勢ぞろいといこうか」

 

「彼はまだ外部に公表していないようだがね」

 

 まあ、彼女風に言うのならば。

 ――――そっちの方が楽しそうだから、構わないがね。

 

 

 

 

 

【ユウキとリーファ】 

 

 

「ただいまーって、まだ誰も帰ってないか………」 

 

 そりゃそうだよね。まだお昼だもん。

 今日は学校が半日しかなかったから早く帰ってこれただけだしね。

 お母さんは昨日から会社に泊まり込んでるし、お兄ちゃんはまだ学校だもんね。

 

「………たまに早く帰れても、そんなにやることないんだよなぁ」

 

 お昼は今途中で食べてきたから別に作らなくていいし、どうしよ。

 勉強か、剣道か、ゲームかの3択くらいしか思いつかないや。

 うーん………いいやゲームにしよ。

 平日のこの時間帯にインすることなんて滅多にないし、もしかしたら誰かいるかもしれないし。

 でも、誰もいなかったらどうするかな。

 

「いいや、その時考えよ――――――リンク・スタート」 

 

 

 

 まあ、そんなわけでALOにログインしたはいいものの。

 

「まあ、いないよね」

 

 あたしのフレンドって大体いつものメンツだし、この時間は学校と仕事だもんね。

 当然ながらフレンドリストは真っ黒だらけ。

 当たり前だけどいるわけな――――――――あれ?

 

「―――ユウキさん、こんな時間にもうインしてるんだ」

 

 ユウキさんはいつもインしたら既にいるけど、普段からこの時間にはいるのかな?

 いや、さすがにそれはないか。

 お兄ちゃんが言うには年齢は多分あたしと同じか、もしかしたら下かもって言ってたし。

 リアルは誰も知らないっていうけど、実はあたしと同じ学校とか言わないよね?

 ………それはないか。SAO帰還者は皆同じ学校に入ってるって話だもんね。

 でも、同じ学校にはいないみたいだってお兄ちゃん言ってたけど、ならどこに通ってるんだろ?

 

「ま、いっか。暇だし会いにいこ。場所は………お兄ちゃんの家?」 

 

 フレンドには鍵渡してるって言ってたけど、ユウキさんにも渡してたんだ。

 別におかしくはないか、すごい仲いいみたいで最近はいっつも一緒に遊んでるし。

 喧嘩してることも多いけど………

 まあ、なんていうか仲良く喧嘩してるって感じだから問題ないんだろうけど。

 ああいうの見てアスナさん嫉妬とかしないんだろうか?

 なんかパーソナルスペースが近いというか、常に傍にいるというか。距離が近いというか。

 実は特別な関係なんじゃないかってあたしは邪推してるんだけど………

 奥さんの余裕ってやつなのかな? 

 

 そんなことを考えてるうちに到着。

 やっぱりいいなこのお家。なんか落ち着く。

 

「………? 明かり付けてないんだ。ユウキさん」

 

 どうしたんだろう? 寝てたりするのかな?

 ………ふむ。

 よし、せっかくだからこの前の心霊ドッキリのお返ししてあげよう。

 お兄ちゃんもよくやり返してるし、いいよね。

 決してみんなの前で叫ばされた事を根に持ってるわけじゃない。

 ほんとだよ?

 

 というわけで、そろ~りそろ~り。

 

「………………おじゃましま――――――――ぁ」  

 

 その時、あたしは初めて妖精を見た。

 

 乳白色の肌。

 艶やかな美しい黒髪。

 愁いを帯びた表情。

 何処か遠いところを見つめる瞳。

 そして――――流れる涙。

 

 その零れ落ちる思いを彼女は拭うこともせずに、ただじっと窓の外を見つめていた。

 

「―――――――」

 

 彼女は何も発さず、あたしの存在にも気付いていないようだった。

 初めての経験だった。誰かに見惚れるなんてことは。

 

 まるで絵画の世界に迷い込んでしまったようで。

 そんな風に錯覚してしまうような。

 少しでも触れてしまえば壊れてしまうような空気がそこにはあって。

 儚くも、美しい光景だった。

 

「………………ん? リーファ? あれ、まだお昼なのにどうしたの?」

 

「えっ、あ、いや、その、そ、そう! 今日は学校早く終わったので、あはは、はは」

 

「……なんでそんなに慌ててるの?」

 

「いやいや全然慌ててないですほんと。というかその…………なんかお邪魔しちゃったみたいで、ごめんなさい」 

 

「お邪魔? …………ああ、またボク泣いてたんだ。気付かなかったよ。なんかごめんね、変なとこ見せちゃって」

 

「いやいや、変とかそんなことは全然思ってないですからっ。ほんとに」

 

 顔に触れて、初めて自身が涙を流していたことに気付いたらしい。

 自身の状態に気が付かないほど、何を思っていたんだろうか?

 

「………その、なにかあったんですか?」 

 

「うんにゃ、なにも。気にしなくても大丈夫だよ。よくある事だから」

 

「よくある事、ですか………」

 

 あんな風に泣いてたのが、よくある事?

 

「そ。ほら仮想空間って感情表現がリアルに比べてちょっとオーバーでしょ? ちょっとイラッっとしただけですごい怖い顔になるし、ちょっと悲しむだけで泣いちゃうし。つまり、さっきのはそういうことだよ」

 

「………それなら何か悲しい事があったってことじゃないんですか?」

 

「うーんとね、ボク結構感激屋でね。もともと感情表現が他の人と比べてオーバーぎみなんだ。だからすぐ笑うし、すぐ泣いちゃうの。そんなだから仮想空間だったらさらにひどくてね。さっきは窓の外見てたらなんか感動しちゃって、つい泣いちゃったみたい。ほら、ちょっと前の打ち上げもずっと泣いてたでしょ。あれと一緒」

 

「そう、ですか………大丈夫ならいいんですけど………」

 

 感動してた?

 そんな風には見えなかった。

 あたしには、まるでなにかを探しているような。

 ガラスケースの向こう側に手を伸ばしている、そんな風に見えたけど………

 気のせい、だったのかな。

 

「あ、そうだ。今泣いてたこと皆には内緒にしてね。キリトの耳に入ったらボクがひどい目にあっちゃうから」

 

「内緒にするのはいいですけど、ひどい目………?」

 

 お兄ちゃんに聞かれたら、ユウキさんがひどい目にあうって、なに?

 

「ボクがからかってキリトが仕返しするのがボク達の基本なんだ。だけどたまにキリトからからかってくる時があってね。さっきみたいになんでもない時に泣いてたのを知られたら、これでもかってくらいにからかってくるんだよ」

 

「あははは………仲、いいんですね」

 

「まあ友達だからね――――そんなわけで、キリトだけじゃなくて皆にも絶対に言わないでほしいんだ。お願い! この通り!」

 

「いやいや、頭下げないでくださいっ!………大丈夫です。誰にも言いません。安心してください」

 

 あたしだって、泣いてたのを誰かに言いふらされたりするのは嫌だし。

 理由はどうあれ、女の子が泣いてるのをからかうのはどうかと思うしね。

 

「ほんと!? ありがとう、リーファだいすきっ!」

 

「ちょっ! いきなり抱き着かないでくださいよっ」

 

 ちょっと、どこ触ってるんですか!?

 

「あー、おっぱいやわらかくて気持ちいいー」

 

「もー、顔押し付けないでください。セクハラですよ?」

 

「女の子同士だからおっけー」

 

「………はぁ、女の子同士でもハラスメント報告できるんですけどね」

 

 なんか掴めないというか、行動が読めない人だな。ユウキさんって。

 いきなり突拍子も無いこと言ったりするけど、空気が読めてないわけじゃないみたいだし。

 基本皆で楽しめる事優先して行動してる感じが多いから、なんか嫌いになれないんだよな。

 昔のお兄ちゃんだったら苦手そうなタイプなのに、よく友達になったなって思うよ。

 

「………そういえば、気になってたんですけど」

 

「んー?」

 

「ユウキさんもSAOでは攻略組で、お兄ちゃん達と一緒に戦ってたんですよね?」

 

「うん。これでもボク結構強かったんだよ? 攻略組の3剣士って言われるくらいには」

 

「3剣士………? 他にも二人いたんですか?」

 

「あれ、キリトに聞いてないの?」

 

「聞いてない、と思います。お兄ちゃんあまりSAOの話はしないですから。アスナさんとか皆との思い出とかはたまに話してくれますけど………」

 

 それでも、そんなに詳しく教えてくれてるわけじゃないから。

 あたしが忘れてるってことじゃないなら、聞いたことないはず。

 

「ふーん。恥ずかしかったのかな? まあ、いいや、教えてあげる」

 

 まあ、いいやで無視されるお兄ちゃんの羞恥心。

 

「別に難しい話じゃなくて、ただ攻略組にいた3人のユニークスキル持ちを、纏めてそう呼んでたってだけなんだけどね」

 

「あ、じゃあ残りの二人って」

 

「うん。二刀流のキリトと神聖剣のヒースクリフ。で、ボクの絶剣。3人揃って3剣士」

 

 『黒の剣士』に『英雄』。さらには『3剣士』か。

 なるほど。

 お兄ちゃん、この前ネットで自分の事調べてなんか悶えてたし。

 恥ずかしかったからあたしに教えてくれなかったわけだ。

 

「そもそも3人とも強くてね、さらにユニークスキルまで持ってたから他のプレイヤーには『チートやチート。チーターや!』って言われそうなくらいには強かったんだよ」

 

「へー、なるほど………………ん? 言われそう? 言われてはなかったんですか?」

 

「言って欲しかったんだけど、キバオウさん結局言ってくれなかったんだよねー。ちょっと残念。なぜかビーター云々は発生すらしなかったし………生で聞きたかったんだけどな。やっぱディアベルさん助けたからかな? でもあそこで助けないのはアレだしなあ」

 

「へ、へー。よくわからないですけど、残念でしたね………」

 

 なにが残念なのか本当によくわからないけど。

 

「えっと、ちなみにその3剣士の中では誰が一番強かったんですか?」

 

 あたしの中で一番強い剣士といったら、やっぱりお兄ちゃんだけど。

 実際にはどうだったんだろう? 

 

「強さランキング? それはやっぱり一番はヒースだね。ボクもキリトも勝率は2割ってとこだったし。もうひどいんだよアレ、硬くて全然攻撃通んないし、そのくせ火力もそこそこあるしで初撃決着だと全然勝てなかったんだよね。半減決着ならまだ勝率上がるんだけどさ」

 

 へー。

 お兄ちゃんでもダメだったんだ。

 あれ、でも確か

 

「なるほど………でも、そういえばヒースクリフさんって」

 

「中身は茅場晶彦だね。ド畜生の」

 

「あ、えっと………」

 

 そっか、そうだよね。

 SAOに巻き込まれた人からしたら、そういう感想になるのが普通だよね。

 お兄ちゃんが普通に話してくれてたから忘れてた。

 

「で、次がボクだね。対ヒース戦の勝率は同じくらいだったけど、ボク対キリトなら6割ボクが勝ってたからね。つまりキリトは3剣士最弱の男だったのだよ、はっはっは」

 

「お兄ちゃんが最弱………」

 

 なんか、信じられないかも。

 あたしの思う最強の剣士っていったらやっぱりお兄ちゃんで。

 同じ剣士相手に一対一で負けてる姿なんて想像もつかない。

 なんかちょっとショックかも。

 

「――――まあ、今はボクのほうが弱いんだけどね」

 

「………そう、なんですか?」

 

「うん。この2か月で負け越しちゃってさ。スランプなのか、さらに今は21連敗中。ちょっと自信なくしちゃいそうだよ………………1年も違うゲームを渡り歩いてた弊害だね」

 

「そう、なんですね」

 

 ユウキさんには悪いけど、ちょっと嬉しいかも。

 やっぱり憧れの人は強いままでいてほしいからね。

 

「その、ユウキさん…………」

 

「ん? なーに?」

 

「他にもSAOの事とか、お兄ちゃんのこと聞いても大丈夫ですか?」

 

「ふふっ、いいよいいよ全然、どんどん聞いて、話してあげる………………そうだなぁ、じゃあキリトが絶対に自分からは言ってないであろう恥ずかしい話をしてあげよう」

 

「えっ、お兄ちゃんなにしたんですか?」

 

「ふふーん。それはね―――――」

 

 この日、あたしは前よりもユウキさんを知る事が出来た。

 その日はどこか特別な日ではなく、よくあるいつもの日常で。

 たまには早くログインしてみるものだな、なんて思った。そんな一日。

 

 

 

 

 それがお兄ちゃんがユウキさんの真実を知り、あたしたちに教えてくれる1週間前。

 

 

 ユウキさんが亡くなる2週間前の日の事だった。

 

 

 

 




現状の予定では、結婚披露宴はアスナ視点で書くつもりです。

感想、評価お待ちしてます。




7月14日、3話と統合。


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ユウキとアスナ

アスナとユウキ(転生者)の話。
ただ、それだけのお話。


「汝和人は、この女明日奈を妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」

 

「はい、誓います」

 

「汝明日奈は、この男和人を夫とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」

 

 今日、わたしは

 

「――はい、誓います」

 

 最愛の人と、結婚します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 SAO―――ソードアート・オンライン。

 ゲームが遊びでなくなった世界。

 一人の天才が作り出した、もう一つの現実。仮想世界。

 1万人が囚われ、約4千人が亡くなったデスゲーム。

 

 そこにユウキ、という一人のプレイヤーがいた。

 明るく、元気で、強くて、いつも笑顔な女の子。

 天真爛漫という言葉がそのまま当てはまるような存在。

 わたし―――アスナにとって、とても大切な友達。

 

 もう会うことのできない―――友達だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえねえ、君たちのとこまだ枠空いてる? 他のパーティーもう空いてないって言うんだよね」

 

「…………………」

 

「えっと、君もアブレたのか?」

 

「うん。みんな、ちゃちゃっと組んじゃって空きないんだって」

 

「あーっと、俺は大丈夫だけど………君は、どうだ?」

 

「……………別に、なんでもいいわ」

 

 この人、さっき名乗り出てたベータテスター。

 このゲームの経験者っていうのなら本来なら引く手数多なんだろうけど。

 目の敵にしている人がすぐそばにいる状態で一緒に戦おうとする人は、いないわよね。 

 

 わたしにはどうでもいいことだけど。

 

「ほんとっ? ありがとう、嬉しいよ! じゃあまず自己紹介だね。さっきも聞いてたかもしれないけど、元ベータテスターのユウキだよ。ベータじゃエンジョイ勢? っていうのだったよ。ケーキの美味しいお店とか、キレイな景色とかならいっぱい知ってるから、知りたくなったら聞いてね」

 

 なんなの、この娘? ふざけてるの?

 ハッキリとそう言ってあげようかしら。あまりこういう娘は得意じゃないし。

 ―――いや、いいわ。どうせ今回だけなんだから。少しの間我慢すればいいだけね。

 

「じゃあ次は俺だな。俺はキリト、片手剣士だ。MMOの経験はそこそこあるから、なんかあったら言ってくれ。多分教えられると思う」 

 

「キリト…………? キリトッ!? そっかそっか、そうだよね、1層の攻略会議だもんね。なるほどなるほど。なんだかんだボクって運いいよねやっぱり―――ってそうじゃなくて、これからよろしくね。キリトさん!」

 

「あ、ああ。よろしく、ユウキさん……えっと、俺にさん付けは別にしなくていいぞ」

 

「ほんと!? じゃあボクもいいよ付けなくて―――それで、そっちのフードさんのお名前は?」

 

「…………………」

 

「ねーねー、どうしたの? 名前はー? おなか痛い?」

 

「…………………」

 

 うるさい。

 放っておいてほしいのがわからないのかしら。

 

「あー、そのうち判るだろうから教えるけど、パーティー組んだから視界の左端に名前が表示されてるはずだぞ」

 

「左端、端っこ………?」

 

「…………………あ」

 

 これだ。KiritoにYuuki、確かに自分のゲージの下に表示されてる。

 

「おー、あるある。Asunaって書いてるね。つまりあなたの名前はアスナさんだね? ………ん? あすな? アスナ!? おお、アスナ! アスナだ! うわぁ、ボク、何気に今すごい場面に立ち会ってる気がする」 

 

「…………………人の名前を無駄に連呼するの、止めてもらえるかしら」

 

「あ、そっか、そうだね、マナー違反だよね。失礼しました、ごめんなさい…………………では改めて、ボクはユウキ! よろしくねっ、アスナさん!」

 

「…………………ええ」

 

 

 

 不愛想で仏頂面だったわたしと、常に明るく笑顔だったユウキ。

 その時限りの、ボス戦のみだと、そう思って出来た即席のパーティー。

 ボス戦が終わればすぐに離れていくと思ったのに、最後まで共に戦った友達との出会い。

 

 なぜユウキが最初から、無口で冷たくて不愛想なわたしに好意的な態度だったのか。

 それは結局、今でもわからないままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー、本日はお忙しい中、私たちのためにお越しいただきまして、まことにありがとうございます。先ほどチャペルで―――――」

 

 なんだか今日は、時間が経つのがすごく速く感じてしまう。

 今までの人生で一番嬉しい日だからかな?

 さっきまで教会で結婚式してたと思ったら、もう披露宴が始まってるんだもの。驚きよね。

 なんだか体がふわふわしてる気がする。

 こんなに動きづらくて重いドレスを着てるはずなのに。なんだか不思議。

 

 きっとわたしは今日という日を忘れる事はないだろう。

 お母さんもお父さんも、お兄ちゃんも祝ってくれて。

 リズやシリカちゃんに、他にもたくさんの友達や知り合いがお祝いに来てくれた。

 でも、そこには―――

 

 ――――そこには、わたしが一番来てほしかった友達はいない。

 

 誰よりも元気で、明るくて、賑やかだったあの娘は、この世界にはもういない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、今日はわたしをどこに連れていくつもりなの?」

 

「ふっふーん。もうちょっと行ったとこだよ」

 

「まったく……これからご飯のつもりだったのに……」

 

「ほっほーう? そんなこと言っていいのかな? きっとアスナはボクに感謝することになるよー?」

 

「感謝ねえ……」

 

 絶品だからと連れてかれたカレー屋。

 おいしいからと連れてかれた虫料理店。 

 キレイだからと連れてかれた湖。

 びっくりするからと連れてかれた幽霊屋敷。

 

 ユウキに連れられて素直に感謝できる確率は今のところ半々なんだけど、今回はどうなのやら。

 

「じゃっじゃーん! ここでーす!」

 

「ここって……」 

 

 主街区のど真ん中にあった、ちっちゃいお城みたいな石造りの建物。

 ここが目的地……?

 というか、こんな建物前来た時にあったっけ?

 主街区だから確実に一度は来たはずなのに、全然見覚えがないんだけど。

 

「……今日は何屋さんなの?」

 

「アスナが大喜びすること間違いなしのお店だよ」

 

「…………武器屋さん?」

 

「ふっふっふ。なんとここはお風呂屋さんでーす!」

 

「詳しく聞かせなさい」

 

「わお、反応はやい。ま、教えるより入った方が早いよ。入ろ」

 

「ちょっ、ユウキッ! 待ちなさいって!」

 

 なんでもこの店は、ここ第53層主街区の街で受けられるクエストの報酬なんだそうだ。

 正確には報酬ではなく、クエストの結果NPCが運営するお店が出来た、が正解らしいが。

 まあ、過程は正直どうでもいい。

 大事なのは大きいお風呂に入れるということ。

 この仮想空間では水の表現はあまり上手く再現されていないが、それでも大きいお風呂というのはそれだけで心が弾むものだ。

 

「―――で、そこからは各地の村対主街区って形になっちゃったらしく、プレイヤーがNPC達の間を取り持っていくと、実は全てを操っていた黒幕が存在してたことがわかってね。それで」

 

「はいはい。つまりは色々あってこの銭湯が出来たってことでしょ」

 

「ぶぅー。ここからが面白いのに……」

 

「だって別に、ユウキが参加してたわけじゃないんでしょ? いつも迷宮で会ってたわけだし。というか、よくそんなに詳細を知ってるわね?」

 

「内容はアルゴに教えてもらったんだよ。面白くって色々聞いちゃった」

 

「アルゴってことはお金かかったんじゃないの?」

 

「だって、ここからってとこで追加料金取るんだもん。おかげでお財布が軽くなっちゃった」

 

「……最近よく迷宮で見かけると思ったら」

 

「………えへへ」

 

「まったく……」

 

 ユウキはソロだから、どのくらいの頻度で迷宮に籠るのかは自由だけど、あんまり無茶すると死んでしまうということは十分にあり得る。

 ソロは危険だからと、ギルドに誘っても断るし。

 団長もユウキなら構わないって折角言ってくれてるのに。

 

 わたしも、友達と一緒にいられるのは安心できるから、ちょっと期待してたのに……

 

「あはは……まあボクのことはいいんだよ―――――それで? アスナはなにか進展あったの?」

 

「な、なんのことかしら……?」

 

「またまたぁー、黒いアイツのことだよ。カサカサ動いてこっちの攻撃躱してバッて突撃してくるアレのこ・と」

 

「…………はぁ。わたし、そんなにわかりやすかった?」

 

 わたしが自覚したの、結構最近なんだけど。

 

「んー、ボクが知ってるってのもあるけど、前と目つきが違うのは見てわかったよ」

 

「そっか……」

 

 目つきが違う、か。

 

「その、キリト君にも実はバレてたりとか、してたりする?」

 

「いやそれは無いね。うん、絶対無い」

 

「……そ、そう。それはそれでちょっと残念かも……」

 

 ホッとするような、悔しいような……

 なんとも言えない気分ね。

 

「まあ、そこはボクが手伝うから安心して任せなよアスナ。攻略組のキューピッドの名に恥じない働きをしてあげるから、期待してなよ」

 

 多分、このゲームの中で最もキリト君と一緒にいる時間が長いであろうユウキに手伝って貰えるなら、確かに心強い、けど……  

 

「そう、ね……ユウキに手伝って貰おうかしら……」

 

 いいんだろうか?

 わたしがキリト君と付き合えたなら、ユウキはキリト君とは―――  

 

「大船に乗ったつもりでいいよ。ということで、まずは今度のお祭りでデートと行こう!」

 

「いっ、いきなりデート!?」

 

 いや、今は考えないでおこう。

 わたしはユウキの友達で、ユウキはわたしの友達だ。

 話す機会はいくらでもあるんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっ、ちゃんと楽しんでる? アスナ」

 

「あ、リズ―――それはもちろん。さっきの余興も笑い過ぎておなか痛くなっちゃったわよ」

 

「ならよかったわ。わざわざシノンのこと引き込んだかいがあったわね」

 

「っていうかなんなの、あのユニット名。『MORE DEBAN』って、いったいなんの出番を求めてるのよ」

 

「さあ? あたしも詳しくは知らないわ」

 

「リズが考えたんじゃないの?」

 

 ということはシリカちゃん? それとも他の二人が?

 

「あれを最初に言いだしたのはユウキよ。あたしとシリカ見ていきなりそう言ってきたの。失礼しちゃうわよね、ほんと」

 

「あはは、ユウキなら仕方ないのかな。いつもよくわからないこと言ってたし」

 

 よくなにか叫んでたりしたけど、一番多かったのは『原作がー!』だったかしら。

 

「ま、そうかもね」

 

「ふふっ、でも、おもしろかったよ。4人のショートコント劇場」

 

「ま、練習はずっとしてたからね――――で、どうしたの?」

 

「えっと……どうしたって、なにが……?」

 

「そんなの決まってるでしょ。なんでちょっと寂しそうな顔してたのかって話よ。こんなおめでたい日にどうしたのよ」

 

 わたしが、寂しそう……?

 

「……わたし、そんな顔してた?」

 

「してたわよ。アスナ、さっきからたまにどっか遠く見てるんだもん」

 

「そう……だったんだ……」

 

 気づかなかった。もう振り切れたと思ってたのに。

 ユウキの事で引きずるのはやめたはずだったのに……

 

「で、どうしたの?」

 

「ううん……ただ、ユウキにも来て欲しかったなって、思ってただけ」

 

「……そうね。あいつがいたらもっと賑やかで、騒がしくなってたでしょうしね。どうせ自分の知ってるキリトとアスナの話をひたすら周りに話し続けるに決まってるわ」

 

 わたしがキリト君と付き合ってから、なぜかユウキがわたしとキリト君の惚気話を周りに話して、それを聞いた攻略組のみんながキリト君を追いかけまわしてた。 

 それを見てユウキは笑って、わたしも、心配しながらちょっと笑ってた。

 そんな、いつかの日常を思い出す。

 

「ふふっ、ユウキならやりそうね」

 

「そんで最後にはあんた達二人に向かって、ニコニコ笑いながら『おめでとう!』ってうるさいぐらいに大声で言うに決まってるんだから。SAOでもそうだったでしょ?」

 

「ふふっ、そうね。ユウキはそんな娘だった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ユウキ」

 

「なーにー?」

 

「……ありがとう」

 

「へ? なにが?」

 

「昨日のボス戦あなたが庇ってくれなかったら、わたしは死んでたかもしれなかった…………だから、ちゃんとありがとうって伝えたかったの」

 

 慢心。その言葉が一番相応しいだろう。

 攻略は順調に進んでいて、最近は死者も出していない。

 自分は強くなったという驕り。

 ユウキが咄嗟に動いてくれなかったら、きっとわたしは死んでいた。

 

 本当に自分が情けない。

 

「もう、そんなの全然いいのに。友達助けるのなんて当たり前でしょ?」

 

 きっとユウキは本気でそう言っているのだろう。

 過去に何度も死が迫ったプレイヤーを救ってきた事を考えれば、本心だとわかる。

 助けるのは当たり前。

 失敗すれば自身も死んでしまうかもしれない状況で、果たしてそれを為すことができる人は、一体どれだけいるのだろうか?

 ユウキの友人であるわたしは、それができるのだろうか。

 

「……いいえ、ユウキがそう思ってたとしても言わせて――――本当にありがとう」

 

「そっか……ま、アスナがそこまで言うなら、お礼にごはんご馳走になってあげてもいいけど? けどけど?」

 

「もう……わかったわよ。ごはん作ってあげる。なに食べたいの?」

 

「ほんとっ!? じゃあボク、カレー食べたい! 甘口でっ!」

 

「はいはい。じゃあこの後買い出し付き合ってよね」

 

「うん! アスナ大好きっ!」

 

「きゃっ! もうっ、いきなり抱き着かないでって、いつも言ってるでしょ」

 

「えへへ、ごめんなさーい」

 

 誰もが躊躇うことを平然とできるユウキに、わたしは憧れていたんだ。

 彼女のようになりたいと、心の底で思っていた。

 いつか彼女が辛い時に手を差し伸べられるような存在になりたいと、思っていたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、やっぱり似合うなそのドレス。俺の目に狂いはなかった」

 

「はいはい。そのセンスを普段から活かしてよね。ほっとくといつも真っ黒なんだから」

 

「それはゲームの中の話だろ。現実でも外出する時は頑張ってるだろ……」

 

「ふふっ、そうね。頑張ってるものねキリト君も」

 

 衣装替え。着替えたのはキリト君が選んだ真っ白なドレス。

 他にも似たものは多かったけど、どうしてもこれがいいと力説されたもの。

 このドレスの何が琴線に触れたのやら。

 

「―――ちょっとは落ち着いたか?」

 

「……うん。リズのおかげでだいぶ」

 

「そっか。なら良かった」

 

 キリト君も気付いてたんだ。わたしのこと。

 まあ当然か、ずっと一緒にいたんだもの。

 

「キリト君がすぐ教えてくれればよかったと思うんだけど?」

 

「あはは、ごめんごめん。なるべく、次からはそうするよ」

 

「もう……わざわざリズに頼んだりして」

 

 ちょうどキリト君が席を外しているタイミングで都合よく来るなんて、おかしいもの。

 

「……俺だとちょっと気まずいかなって思ったからさ」

 

「……ユウキの事考えてるって、わかったんだ」

 

「……ああ。というか多分、みんなわかってたと思うぜ」

 

「え?」

 

「無意識だろうけど、ソレ、ずっと触ってたからな」

 

「あっ……」

 

 首にかけられた小さな十字架。

 紫色のロザリオ。

 わたしの物になったその日から、いつもわたしはこのロザリオをかけている。

 なぜならこれは―――

  

 ―――ユウキがくれた唯一の贈り物なのだから。

 

 

 これが贈られたのは、ユウキが亡くなって一週間は過ぎた後。

 わたしが初めてユウキとリアルで出会った日。

 いつもの笑顔のまま、棺の中で眠っているユウキ―――紺野木綿季と初めて会ったときのこと。

 

 

 SAOから脱出し、ALOから解放されて、わたしの戦いは終わり、ようやく現実への帰還を果たすことができた。

 そしてそこにはキリト君がいて、リズやシリカちゃんがいて、生き残った人達も皆いた。

 だけど――――ユウキだけは、どこにもいなかった。

 一緒に笑いあった友達として。

 肩を並べて戦った仲間として。

 さよならも言わずに別れた彼女に会いたかった。

 もう一度、彼女と話がしたかった。 

 

 再会は唐突だった。

 気が付いたら隣にはユウキがいた。以前とは違う顔のくせに、まるで同じように笑いながら。

 SAOから帰ってきてからは違うゲームで遊んでいて、気が合った人たちとギルドまで作ったと言っていた。

 わたしがどれだけ誘ってもギルドには入らなかったくせに……

 再会してからの3か月はとても充実していた。

 以前のように、命を懸けた戦いの合間の気分転換なんかとは違う、ただ楽しむための時間。

 前みたいにキリト君とよく遊んで、喧嘩して、また遊んでいた。

 ユウキがキリト君の事を好きじゃないのは知っていたけど、なんとも言えない気分になったのはしょうがないと思う。

 そうして一緒に笑って、一緒に飛んで、一緒に戦った3か月。

 

 ―――ユウキと一緒に過ごした、最後の3か月だった。

 

 あっという間だった。

 彼女の身体のことを聞いてから、彼女が永遠の眠りに就くまでは。

 

 わけがわからなかった。

 嘘だと思った。

 覚悟なんて出来てなかった。

 心が理解を拒んでいた。

 なにも―――聞きたくなんてなかった。

 

 告別式には行きたくなかった。

 行ってしまえば、ユウキが死んだことを認めてしまったようで嫌だったから。

 だから、キリト君が家に来てわたしを引っぱっていかなければ、わたしはユウキ―――紺野木綿季と会うことはなかっただろう。

 連れていかれたそこは、大勢の人がいた。

 ALOで知り合った人が大半だったが、その他にも多かった。

 ―――SAOでの攻略組のメンバーだ。

 SAO帰還者が集められた学校にも攻略組に参加していた人はいたが、ごく少数。

 攻略組のほとんどは社会人で、現実に帰ってから再会した人はほとんどいなかった。

 だから驚いた。そこには攻略組として最前線で戦っていた人たちがほぼ全員いたのだから。

 俯いている人がいた。

 空を仰いでる人がいた。

 泣いてる人がいた。

 久しぶりの再会に喜び合うでもなく、ただみんな―――悲しんでいた。

 

 棺の中でユウキは眠っていた。

 痩せ細った体で、頬を緩めたまま静かに眠っていた。

 ただ幸せそうに、今にも起きてきて声を掛けてきそうな顔で。

 

 わたしが未だ現実を認められないでいると、倉橋というユウキの主治医であった人に会った。

 彼は小さな箱をわたしに渡してきた。

 

『生前に、結城明日奈さんに渡してほしいと頼まれていたものです』

 

『感謝の気持ちを贈りたいと、彼女はそう言っていました』

 

 中にはネックレスが入っていた。

 小さな十字架の、紫色のロザリオが。

 

 おはようと言って欲しかった。

 名前を呼んで欲しかった。

 手を握りたかった。

 抱きしめたかった。

 いつかのように一緒に笑い合いたかった。

 いつものように一緒に遊びたかった。

 でも―――もうそんなことは出来ないと、理解してしまった。 

 

 もう、駄目だった。

 抑えることはできなかった。

 ユウキが死んだと聞いてから一度も流れなかった涙があふれてきた。

 自分が自分でないように、体が言うことを聞いてくれなかった。

 わたしはひたすら、キリト君の胸で泣き叫ぶことしかできなかった。

 

 その日、わたしは大切な友達を失った。

 

 

「もう、振り切れたと思ってたんだけどね……」

 

 あれからもう数年経った。

 心の傷も癒えたと思っていたのに。

 

「……別に無理にそうする必要はないだろ。アスナの中ではそれだけ大きいヤツだったって事なんだから」

 

「ふふっ、その言い方だと『まるで太ってるみたいに言うな!』ってユウキに怒られるよ?」

 

「俺の場合はいいんだよ。普段からユウキにはアレコレ言われまくってるんだから、たまには言い返してやっても」

 

「そうだね。キリト君たちはそうだったもんね」

 

 ユウキは、自分の最後の時間をキリト君と過ごしたらしい。

 キリト君とユウキは特別だった。

 仲良く喧嘩するという言葉が最も似合う相手。

 なにも言葉を発さなくても、相手がどうしたいのかを理解している。

 二人はよく一緒で、どれだけ仲が良くても恋なんて余計なものはそこに無く。

 あったのはどこまでも深い友情だけだった。

 

 わたしがユウキの死を受け入れて、落ち着いてからその話を聞いて感じたのは、ちょっとした嫉妬。それもキリト君に対して。 

 気づいた時には自分でも驚いた。まさかキリト君にそんな事を感じるなんて思ってもいなかったから。

 

 わたしがユウキの死を最初に受け入れられなかったのは、彼女に何も返してなかったからだ。

 元気を、楽しさを、未来を思う気持ちを。

 命を救ってくれた恩を。

 たくさんのものをユウキはくれたけど、わたしはなにも返せなかった。

 せめて、彼女の苦しい時に大丈夫だと、そう声を掛けてあげたかったんだ。

 せめて、彼女の言葉を聞きたかった。別れをちゃんとしたかったんだ。

 

 だから彼女の最期に立ち会えたキリト君にちょっとした嫉妬心が芽生えてしまったのだろう。

 おそらく、そのどちらも成したキリト君に。

 

「―――なんて、思っちゃってたの。ここまでは確か前にもちょっと話したよね………でも、それは以前までの話。今はもうそんな風には考えてないよ…………ただ、ちょっと残念なだけ。やっぱり最後になにかわたしに伝えてほしかっただけ。伝言くらいキリト君に残してくれればよかったのに、そうしたらわたしも、もう少し素直にユウキのこと受け入れられたかもしれないのにって。ユウキってひどいわよね―――――――って、キリト君?」

 

「やばいまずいやばいまずいどうしよう」

 

「ちょっ、ちょっと! キリト君!?」

 

 なに!? どうしたの!?

 わたしそんなに震えるほど怖かった!? 

 そんなに羨ましそうにしてたっ!?

 

「ちくしょう。なんで俺はあのタイミングで録画を切ったんだ。おかげで再生の条件の話が俺との会話になっちまったから、なんで黙ってたんだって言われた場合『口約束でそうなりました』って言うことしかできない。証拠も無しに説得するしか方法がない。なにか方法は………………無理だ。終わった、諦めよう」

 

「えっと、キリト君?」

 

 大丈夫?

 

「いや、うん……なんでもないんだ、大丈夫。気にしないでくれ……」

 

 本当に大丈夫? さっき小さい声でなにかぶつぶつ言ってたけど。 

 なんかすごい憔悴した顔つきだけど。

 

「大丈夫ならいいけど……無理しないでね?」

 

「ああ、うん……」

 

 本当に大丈夫なのかな? 披露宴まだ続くんだけど。

 

『では続いては、友人代表の方にスピーチをお願いしたいと思います』

 

「あっ、ほらキリト君、しっかりしてよ。次クラインさんだよ?」

 

「……ごめん、アスナ」

 

「キリト君……?」

 

 なんで唐突に謝るの?

 

「友人代表をクラインに頼んだって言ったけど、あれ嘘なんだ」

 

「…………嘘?」

 

 クラインさんにスピーチを頼んだっていうのが、嘘?

 

「ああ。本当は違うやつに頼んだんだけど、秘密にしといた方がいいかなって思って」

 

「なら、一体誰に頼んだの?」

 

「それは……見たらわかるよ。準備が出来たみたいだ」

  

 いつの間にか映像用のスクリーンが降りている。

 今のタイミングでなにかの動画を再生するなんて予定はなかったはずなのに。

 さっき言ってたスピーチをお願いした人が関係してるの?

 

「キリト君、これは――――」

 

『すぅーはぁー、よし』

 

「―――――えっ」

 

 この、声は―― 

 

『―――和人君、明日奈さん。ご結婚おめでとうございます』 

 

 嘘……なんで……

 

『私は二人の出会いから結ばれるまで―――』

 

「キリト君っ!」

 

 なんで、なんでユウキが

 

「……まあ、そうなるよな」

 

「なんで、だって、こんな……」

 

「最後の言葉」

 

「え……?」

 

「さっき言ったろ? なにか言ってほしかったって。俺がユウキから渡された皆へのメッセージなんだ―――だから、今は聞いてあげてくれ」

 

 ユウキからの、最後のメッセージ。

 

『―――つまり何が言いたいかと言うとですね。二人が結ばれたのは私のおかげなので、二人は私に感謝しなくちゃいけません。これでもかってくらい感謝しないといけないのです』

 

 感謝なんて、ずっとしてたよ。

 応援してくれて、一緒に考えてくれて、祝ってくれて。

 本当に嬉しくて、何度ありがとうって言っても言い足りなくて。

 

『なので二人は私の言うことを聞かなくちゃいけません。絶対厳守だね』

 

 わたしは攻略組のアイドルなんて周りからチヤホヤされていたけれど、ただそれだけ。

 輝いて見えるなんて言う人もいたけど、それは違う。

 もしそう見えたならわたしを輝かせていたのはユウキだ。

 攻略組で常に周りを希望という光で照らし続けていたのは、ユウキなんだ。

 未来が見えなくなって諦めてしまった人に、明日の幸せを語って立ち直らせたのは彼女で。

 仲間が死んで前を向いていられない人の背を優しく押してあげたのも彼女だ。

 だから皆はあの日、あの場所に、お別れを告げに集まったんだよ。

 

『私は友達が大好きです。友達が泣いてたら泣かせた相手をぶん殴ってやると決めてます。そして二人は私の大事な大事な友達です』

 

 憧れたんだ。

 みんなに好かれ、どこまでも自由に生きていたユウキに。

 あの世界で絶望せず、諦めず、常に明日を追い求めてたユウキを。

 明日が楽しみだと、笑顔で語るユウキに憧れていたんだ。

 

『―――だから』

 

 頼ってほしかった。

 願ってほしかった。

 大丈夫だよって、あなたが言ってくれたように。

 わたしもあなたにそう言いたかった。

 怖いって言ってほしかった。

 あなたの不安を、恐怖を、一緒に抱えたかった。

 あなたの味方になりたかった。

 あなたの友達として、力になりたかった。

 でも、それはもう叶わなくて、どうしようもなくて。

 

『―――だから、二人は幸せにならないといけません』

 

 なのに、今さら、こんな

 

『ボクは友達思いなので友達を殴りたくありません。なので二人はお互いを一生泣かせてはいけません。ボクの為にね』

 

 ずるい。

 こんなのずるいよ。

 

『キリトもアスナもお互い愛が重いからなんか今は上手くいってるけど、それに胡坐をかいて相手の事を疎かにというか、縛り付け過ぎちゃだめだからね。あ、ちなみに子供産む時とかそういう感極まった時は泣いてもいいからね。嬉し泣きはオッケー。悲し泣きはNGだからね。そこは勘違いしないでよ』

 

 いつも、元気づけられて、味方でいてくれたから、その恩を返したかった。

 でも、あなたは何も言わずに別れてしまって、会うことも出来なくて。

 やっと再会できたと思ったら、どこかおかしくて。

 力になりたくても、何も言ってはくれなくて。

 そして……

 そして、キリト君から真実を教えてもらって。

 あなたはそのすぐ後に、手の届かない場所へ行ってしまった。

   

『さて、あとなに喋った方がいいかな? なんか結構今のでボクはスッキリしたけど、多分これだけじゃあ短いよね。きっと二人のエピソードとかがいいよね。二人のとなるとそうだなぁ、キリトが爆笑ギャグとか言ってやった激寒ギャグ5連発の話とかしようか?』

 

 恩を返したかった。

 感謝を伝えたかった。

 もっとたくさんのありがとうを届けたかった。

 わたしはユウキの友達になれて良かったって言いたかった。

 

『あれは確か、SAOの66、7層くらいだったかな。ボスのLA取った人は攻略組の皆の前でギャグをするっていうのが丁度流行ってた時期があってね。キリトがいつものようにLA掻っ攫っていって「考えて来るから時間をくれ」って言い出して、そしたら―――――ってキリトどうしたの? 大丈夫?』

 

『なにがだよ……』

 

『なにがって、泣いてるよキリト。おなか痛い? このすごい微妙なバフかかるグミ食べる? 10秒間与ダメージプラス5とかいう使いどころがよくわからないやつだけど、さらにラーメン味とか言ってすごいまずいけど。というか今ボク友達泣いたら殴るって言ったばかりなんだけど、こういう時は誰殴ればいいの? キリト?』

 

 キリト君とユウキがあーだこーだ言い合って、わたしがいい加減にしなさいって怒って、みんなが周りで笑って、そんないつもの光景がとても楽しくて。

 そんな日がずっと続くと思っていて。

 

『なんで俺が殴られるんだよ。俺を泣かしたのはユウキだ。こういう時はどうすんだ?』

 

『えっ、ボクぅ? じゃあ、仕方ないからこの微妙なグミはボクが食べよう。これで殴られたのと同等ということにしよう。そうしよう』

 

「相変わらず、自由で、自分勝手で……楽しそうで……」

 

 いつもの、楽しそうな、安心できる笑顔で。

 

『っていうかキリトそれまだ撮影中でしょ。どうするのさこのグダグダな感じ。ボク撮り直しって嫌いなんだけど』

 

『本当におまえは―――なら、このまま流すさ。それでいいだろ』

 

『マジ!? イエーイ! キリト、アスナみってるー? リズ、シリカ、リーファ良い男見つかったかーい。ユイちゃんボクみたいな良い女になるんだよ。エギル奥さん美人ってほんと? 一度くらい写真見せてくれてもいいじゃんかー! クラインは、えー、相変わらず一人でかわいそうですね同情します頑張ってください応援してます5分くらい』

 

 見てる。見てるよ。ちゃんと見てるよ。

 みんなここで、あなたを見てるよ。 

 

『―――じゃあ、そろそろ切るぞ』

 

『ちょ、あとちょっとだけ! えっと、ボク幸せだったよ! 辛くて苦しかったけど、もっとたくさん楽しかったよ! みんないたからボクほんとに楽しかったよ! だから、えっと、つまり、みんなボクの友達なんだから幸せになるんだよ! もし誰かに泣かされたらボクに言うんだよ! 絶対に相手ぶん殴りに行ってあげるから! だから、みんな元気でね。ボクとの約束だからね! 絶対だからね!!』

 

 わたしも幸せだったよ。ユウキといられて楽しかったよ。

 ユウキがいたから、今のわたし達がここにいるんだよ。

 ユウキがいたから、今わたしの隣には、大好きな人がいてくれてるんだよ。

 

『守ってないやつがいたら俺が守らせるよ。約束だ』

 

『お、言ったなキリト。ボクとの約束は破れないんだからね』

 

 破らないよ、絶対に。

   

『―――ではでは改めまして、桐ケ谷和人君、結城明日奈さんの友人代表、紺野木綿季でした。二人の道に幸福が訪れることを願っています。約束破ったら末代まで祟っちゃうからね』

 

 

 

 

 

「――――――ばか」

 

「あはははは、あー、ごめん……」

 

「……なんで見せてくれなかったの?」

 

「遺言だったんだ。これ撮り終わった後に披露宴以外での再生禁止って言いやがってさ。ユウキとの約束は破れないから見せれなかったんだ」

 

「……なら、教えてくれるだけでも良かったんじゃないの?」

 

 ユウキがなにかを伝えようとしたことだけでも教えてくれれば良かったのに…… 

 

「アスナはそれまで我慢できそうか? 俺なら多分こっそり見ようとするけど」

 

「…………ぶぅー」

 

「……それ、何の真似?」 

 

「ユウキの真似」

 

「ぷっ、そうだな、よくやってた」

 

 笑い事じゃないわよ。本当に。

 

「……ユウキ、目線が安定してなかったね」

 

「……ああ」

 

「……後半はずっと、立ってるのも辛そうだった」

 

「力が自分の意志に反して勝手に抜けていってるように見えたよ。それでも、なんとか気合で最後まで立ってたみたいだけどな」

 

「…………ずっと、楽しそうに、しゃべっ……てた……」

 

「……ああ、ユウキはアスナの結婚式に行きたいって、スピーチやりたいって言ってたからな。見てるみんなの反応考えて楽しかったんだろうな、本当に」

 

「……今、披露宴中なのに、メイク落ちちゃうじゃない…………」

 

「……嬉し泣きはオッケーらしいぜ」

 

「ばかぁ…………」

 

 本当に、二人揃うとバカになるんだから。 

  

 

 

 

 

 

 

 その後の披露宴はそれはもうひどかった。

 主にSAO組が。

 リズもシリカちゃんもずっと泣いてるし、エギルさんは嬉しそうに泣きながらお酒飲みまくるし、クラインさんは声上げて泣き出すし。わたしもずっとワンワン泣いてるし。感受性強い人達も釣られて泣くものだから、本当にもうひどい状態で。

 結婚披露宴で親への感謝の手紙とかでなく、友人のスピーチで一番泣いたのはわたし達くらいでしょうね。きっと。

 

 

 

 

 

 

「ばーか……キリト君のばーか、ユウキのばーか……」

 

「あはは、ごめんって」

 

「もう……こんな披露宴初めてだってスタッフの人言ってたよ」

 

「あー、記憶に残るものになったもんな」

 

「恥ずかしいって意味でね」

 

 ああもう、あんなに人前で泣いたのなんて、それこそユウキの告別式以来じゃないかしら。 

 

「―――実はもう一個あるんだ」

 

「もう一個……?今度はなに?」

 

「ユウキと約束したんだ」

 

「約束……?」

 

「ああ、あの映像を披露宴で流すのとは別に、もう一つ」

 

「どんな約束したの?」

 

「―――また皆で遊ぼうぜって」

 

「――それ、は」

 

「だから、おとなしく待ってろって言ったんだ。お土産も頼まれたしな」

 

「……なら、たくさんいろんなもの持って行ってあげないとね」

 

「だな。じゃないとどんな文句付けられるかわかったもんじゃない」

 

「そうねっ……本当に、楽しみ、ね……」

 

「…………嬉し泣きは、オッケーらしいぜ」

 

「……っ…………ばか……」

 

「……俺は君を、アスナを幸せにする。世界で一番の幸せ者にしてみせる。だから、アスナは俺を幸せにしてくれ。どっかのバカが殴りに来ないように、祟られないようにしてくれ」

 

「……っもう、ばかぁ……」

 

「えー、そうか? 結構いい事言った気がしたんだけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから―――いつか一緒に、ユウキに会いに行こう」

 

「うん……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拝啓、紺野木綿季様。

 

 わたしは今日、大好きな人と結婚しました。

 これからわたしは幸せになります。

 あなたが言った約束を守れるように、元気に、楽しく生きていきます。

 辛いこともあると思います。

 苦しい時もあると思います。

 でも、最後には幸せだったと言えるように生きていきます。

 あなたがそうしたように、わたしもそうして生きていきます。

 

 そして、いつかわたし達がそっちに行ったときは、また一緒に遊びましょう。

 約束だよ。

 

 結城明日奈より。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これでユウキ(転生者)の話は終わりとなります。
これまでたくさんの感想、評価、誤字報告など、ありがとうございました。
ここまで読んで下さり、本当に感謝しています。

本当にありがとうございました。
 


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いーえっくす

別名、ノリと勢いの蛇足編。


 太陽が輝き、青空が広がっている。

 風が吹き、鳥が鳴いている。

 眼下に見える街が、とても小さく見える。

 この展望台から見える景色はいつも変わらない。

 ここに変化はない。

 ここに進化はない。

 なのにボクはまだ、ここで街を眺めている。

 

「ボクはなんで、まだここにいるんだろう?」 

 

 日が昇り、展望台に行き、街を眺めて、日が沈む頃に帰る。

 日が昇り、展望台に行き、街を眺めて、日が沈む頃に帰る。

 日が昇り、展望台に行き、街を眺めて、日が沈む頃に帰る。

 何度も何度も、同じことを繰り返す。

 なぜボクは、こんなことをしているんだろう? 

 なぜボクは、未だこの街にいるんだろう?

 

「……ボクは一体、なにがしたかったんだろうね」

 

 日が昇り、展望台に行き、街を眺めて、日が沈む頃に帰る。

 日が昇り、展望台に行き、街を眺めて、日が沈む頃に帰る。

 日が昇り、展望台に行き、街を眺めて、日が沈む頃に帰る。

 いつもと一緒。

 目的もわからないのに、ひたすら同じことを繰り返す。

 

「……ボクも『次』に行こうかな」

 

 思っても無いことを口にしてみる。こういうのは口に出してみたら、本当にそういう気持ちが湧いてくるらしいと、なんかの本で読んだ気がする。

 多分。

 もう、あんまり『前』のことは覚えていない。

 なのに、ボクはまだこの街にいる。

 

「ボクも姉ちゃんについていけばよかったのに……」

 

 なんで、一緒に行かなかったんだっけ?

 もう、その理由も朧気だ。

 

 そうしてまた、一日が終わる。

 

 日が昇り、展望台に行き、街を眺めて、日が沈む頃に帰る。

 日が昇り、展望台に行き、街を眺めて、日が沈む頃に帰る。

 日が昇り、展望台に行き、街を眺めて、日が沈む頃に帰る。

 いつもと一緒。

 同じことの繰り返―――

 

「――こんにちは、お嬢さん」

 

「――――え?」

 

「ここで、なにをしていらっしゃるんですか?」

 

 今日は、いつもとは違うらしい。

 

 後ろを振り向く。

 そこには一人のお爺さんがいた。

 白い髪と白い髭の生えた元気そうなお爺さん。

 すぐに『次』に行きそうな感じの、あまり、この街には似合わない人だ。

 

「ここで、お嬢さんはなにをしていらっしゃるんですか?」

 

 さっきと、同じことを尋ねられた。

 

「……別に、ただ街を眺めてただけだよ」

 

「ほう。街を」

 

「そ。それだけ」

 

「楽しいのですか?」

 

「まさか。ボク同じところでずっと同じ景色見るの嫌いだもん」  

 

 ずっとベッドの上で窓の外を見るのは嫌いだった。だから本に逃げたんだ。

 文字の中なら、ボクはどこにだって行けたから。

 

「ふむ……では、なぜ街を眺めていたのですか?」

 

「さあ? なんでだろうね」

 

「自分でも理由がわからないのですか?」

 

「うん。それはもう置いていっちゃったみたい」

 

「……置いていった。何をですか?」

 

 不思議な事を聞くお爺さんだな。そんなこと、この街にいたら皆知ってるのに。

 

「―――思いを、だよ」

 

 この街は『次』に行く前の休憩所だ。

 『前』が終わった人がこの街にやってくる。

 この街には全部がある。

 望んだことを全て叶えることができる街。それがここ。

 金が欲しいと思えば手に入る。

 ただ暴力を振るって回りたいと願えばそれが叶う。

 女が欲しいと言えば目の前にいる。

 ここはなんでも叶う場所。

 全てがある街。

 そうして『前』の思いを置いていって『次』に行く。それが決まり。

 

 まあ、正確には別に置いてかなくてもいいらしいけど。

 どっちにしても『次』に行く時に全部なくなるらしいし。

 

「―――思い残しって言うでしょ? この街はそういうのを残さずに置いてく為にあるんだよ」

 

「なるほど……」

 

「お爺さんも好きな事したら? ここならなんでもできるよ。若返って酒池肉林ってのも出来るらしいし」

 

「……ならば、『次』に行かない人もいるんじゃないですか? この街には全てがあるというのなら」

 

「……ほんとにお爺さんはなんも知らないんだね。この街に来た時に全員言われてるはずなんだけど」

 

「あー、ちょっと気になることがあって、聞き流しまして」

 

 変わったお爺さんだな。

 なぜかちょっと懐かしい気がする。

 

「まあ、いいけど―――で、『次』に行かない人がいるんじゃないかって? いないよそんな人は」

 

「なぜですか?」

 

「思いを置いていくってのはね、自分の意思でやることじゃないんだよ。勝手に置いていっちゃうんだよ。この街にいる限り、勝手に思いが自分から離れて行くようになってるんだ」

 

 そう。ここは思いを置いていく街。

 速やかに『次』へと進む為の休憩所。

 『前』から進む為の場所。

 なにかをしたいという思いも。

 もっと欲しいという思いも。

 もっともっとと、さらに求めてるその思いも、そのうち置いていかれる。

 この街にいる理由が無くなっていく。

 無くなっていく。『前』のことは全て、ここで失っていくんだ。

 

「―――だから皆、この街からいなくなる」

 

「『前』を全て失う、ですか……」

 

「うん。だから全部置いて行っちゃう前に『次』に行く人もいるんだよ。忘れないまま『次』に行こうってね」

 

「思いを持ったまま『次』に行けるんですか?」

 

「まさか、最初に言ったでしょ。『次』に行った時に全部消えるんだよ。自分も思いも、全部ね。だからそれを選ぶ人はどんどん『前』が無くなっていくのが恐ろしいと感じる人。『前』の思いを持ったまま消えたい人。どっちにしても結果は変わらないんだけど、結構多いんだよ」

 

 ここに『前』の思いを全部置いていって『次』で消えるか。

 『前』の思いを持ったまま、『次』で全部消えるか。 

 この街にはその二択しかないんだ。

 

「では、あなたはどちらなんですか?」

 

「え……?」

 

「生憎ですが私には、あなたがそのどちらにも見えません。この街には全てがあるのに、あなたはそれを求めているようには見えない。そのくせ『次』に行こうとしているわけでもない――――――あなたはなぜこの街にいるのですか?」

 

「ボクが、ここにいるのは……」 

 

 ボクがここにいる理由、それは、なんだったっけ?

 わからない。

 わからない。

 わからない。

 それはボクがもう置いていってしまったもの。

 ボクが手放してしまったもの。

 無くしたはず、それなのに未だボクがここにいる理由。

 それは、なんだったんだろう?

 

「ボクの……理由は……」 

 

 でも、いつか誰かがそれを教えてくれたはずだ。

 ボクが忘れたその理由を教えてくれたんだ。

 アレは、確か―――――そうだ。姉ちゃんだ。

 ボクの姉ちゃんが教えてくれたんだ。

 

『私、「次」に行こうと思うの』

 

『え、姉ちゃん……?』

 

『ごめんね。いきなり勝手な事言って。でも、決めたんだ』

 

『え、いや、なんで』

 

『……この街で色んな事したね。パパとママと私達姉妹の家族4人で遊園地に行って、水族館に行って、プールに行って。「前」できなかったことを、家族でたくさんやったね』

 

『うん……楽しかったよ……』

 

『でも、この楽しかったって思いもそのうち置いていかれる。だからその前に、私は「次」に行こうって思ったの』

 

『……そっか』

 

『うん、そうなんだ……ごめんね』

 

『なんで姉ちゃんが謝るのさ! ボクが変なだけなんだよ!? なにも無いのにここに残りたいって思ってるボクが変なだけなんだよ!?』

 

『ううん、変じゃないよ。それはきっと正しい事なんだから』

 

『姉ちゃん……』

 

『あなたが置いていっても忘れていないその理由、それはとてもキレイなものなんだから』

 

『キレイな、もの……?』

 

『そう。あなたがここにいる理由、それはね』

 

『それは……?』

 

『――――――』

 

 そうだ。ボクがここにいる理由。

 それは―――

 

「―――約束だから」

 

「約束……?」

 

「そう、約束。待ってるって約束したんだボクは」

 

「待ってる、ですか」

 

「そう……ただ、なにを待ってるのか憶えてないから、困っちゃうよね」

 

「それでも、待つのですか?」

 

「うん。待つよ」

 

「なにを待っているのかも、わからないのに?」

 

「うん。待つって約束したから」

 

「なるほど」

 

 お爺さんに背を向けて、街を見渡す。

 そうだ。ボクはここで待ってたんだ。

 街を一望できるこの場所で、いずれ来る『なにか』をすぐに見つけられるように。

 毎日毎日、日が昇って沈むまで、ここで探していたんだ。

 ボクは憶えていなかったけど、ボクの心は憶えてた。

 無意識だったけど、約束を守ろうとしていたんだ。

 

 やっと、思い出せた。

 ボクがここにいる理由。

 

「では、お嬢さんはその『なにか』が来るまで暇ということですか?」

 

「暇って……いや、間違ってないけどさ。まあ、確かに『なにか』が来るまで待ちぼうけなわけだから暇だとは思うけど、それがどうかした?」

 

 というか、地味にそのお嬢さん呼びされると、背筋がぞわってするから止めてほしいんだけど。

 

「なるほどなるほど、暇ですか。それは良かった。それなら―――」

 

 人が暇で良かったって言い方、ボクどうかと思うけ―― 

 

 

 

 

「―――なら、一緒にゲームしようぜ」

 

 

 

 

「――――――」

 

 なぜか、言葉が出てこなかった。

 

「暇なんだろ? 一緒にゲームでもしようぜ」

 

 ゆっくりと後ろを振り向く。

 そこにいたのはさっきまでの白いお爺さんじゃなくて、もっと若い、十代後半くらいの男の子が立っていた。

 

「これでも、俺『前』は色んなゲームに関わっててさ。おもしろいゲームいっぱい知ってるんだ」

 

 ボクよりも、多分少し年上で、線が細くて、ちょっと女の子っぽくも見える。

 

「口出しさせてもらったゲームも多くてさ。結構世間の評価も良かったんだ」

 

 でも目は力強くて、自分の意思を強く伝えていて。

 そんな男の子が、そこにいた。

 

「俺以外にも何人かいてさ、まだ全員はいないけど、きっと楽しいさ」

 

 憶えてない。

 わからない。

 見覚えなんてないはずなのに、それなのに。

 胸が張り裂けてしまいそうなほどの嬉しさが、どんどん心の奥から溢れてくる。

 

 ああ、不思議だ。

 不思議で不思議でたまらない。

 なんでボクは今、こんなにも泣いているんだろう。

 

「――また、みんなでゲームをしよう。どうだ?」

 

「――――いいよ。でもボク、ゲームの天才だから対戦ゲームにしたら君きっと泣きべそかいちゃうと思うけど、大丈夫?」

 

「へ、へー。まあいいさ。女の子には優しくしてあげないといけないからな。最初は花を持たせてやるさ」

 

 かっちーん、ときた。

 この野郎言わせておけば。

 

「ふーん、なに? 今から負けた時の言い訳? 大変だね男の子ってやつは」

 

「いやいや、思いっきり実力差を示して泣かせたら大変だろ? 女の子はさ」

 

「あはは、あははははは」

 

「はは、ははははははは」

 

「……………」

 

「……………」

 

「やるかこのヤローッ!」

 

「上等だオラーッ!」

 

 ボッコボコにしてやるぜー! 覚悟しろ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ……」

 

「なんだ?」

 

「……会いに来てくれて、ありがとう」

 

「そりゃ来るさ。なんたって、約束破ったら殴られそうだからな」

 

「なにさそれ…………バカキリトのくせに」

 

「バカって言う方がバカなんだぞ。バカユウキ」

 

  




ただ二人を喋らせたかっただけ。
ただそれだけのための蛇足編。

これで本当におしまいです。
約2週間お付き合い下さり、本当にありがとうございました。


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番外編
IF


突発的年末企画。ご都合主義満載の番外もしもシリーズその1/3。

桐ヶ谷和人が色々と考えるお話。


「あと1時間か……」

 

 日曜日の午後一時。

 親は仕事に、妹は部活に行って家には俺達一人きり。

 開始時刻まで、まだ時間はある。

 今さら特別やれることも特にはない。ないけども、落ち着かない心のままに自室で現状でわかっている数少ない情報を纏める。

 

――――――まだ時間あるんだし、もっとのんびりしたら? せっかくだしこの前のシューティングやろうよ。アレ楽しかったし。

 

「あるって言ってもあと1時間だけだろ。遊んでる最中に時間過ぎたら俺泣くぞ」

 

 俺が今日をどれだけ楽しみにしてたのか、それを一番知ってるだろうに。

 

――――――ぶぅー。

 

「拗ねるなって。もうちょっとなんだからいいだろオレ(・・)?」

 

――――――……もう、しょうがないから我慢してあげるよ。ボクに感謝してよね()

 

「へいへい。ありがとーございまーす」

 

――――――誠意を感じないぞー! 

 

 それじゃあ改めて、これから始まるSAOのベータテスト(・・・・・・・・・・)の情報の整理するかな。

  

 

 

 

  

 

『転生したら主人格が既にあった件』

 

 

 

 

 

 そいつとは気づいた時には既に一緒だった。

 多分、生まれた時から一緒だったんだと思う。少なくとも俺が憶えてる範囲では常に一緒だった。

 はっきりと憶えている中で一番古い記憶は、デパートでゲーム売り場に行きたかった俺と、アイスを食べたがっていたオレ(・・)とでエレベーターの前で喧嘩をしている記憶だ。

 今にして思えば、独り言を言いながらなぜか怒っている子供だったから周りから見れば相当不気味だったと思う。まあ、今でも気を抜くとついやってしまうが……。

 

 ともかく、そいつはずっと俺の中にいて、声も俺にしか聞こえなかった。

 小さい頃はそれがおかしいということに気付いてはいなかった。自分にいるんだから皆にも同じようなのがいると思っていた。

 だが周りの人に聞いてみても誰もが首を傾げるだけで理解はされず。

 そんな中で成長していくと少しずつコレが異常であるということを知った。

 

 そんなおかしな自分のことを怖くなったこともあり、親に相談したこともある。

 病院にも連れて行ってくれ、検査もして。一時期は通ってもいた。

 だがそれは、いつまでもいなくなることは無かった。

 

 幻聴?

 妄想?

 イマジナリーフレンド?

 

 表す言葉はたくさんあったが、どれもしっくりとはこない。

 他の誰にも聞こえず俺にしか聞こえない声ではある。

 俺が考えないような突拍子のない事を言うこともある。

 確かに病状に当てはまる部分は多々あったが、疑問も出てきた。

 

 そういった存在は普通謝るものなのだろうか?

 

――――――ボクのせいでキミを普通でいられなくして、ごめんなさい。

 

 確かに、自分が周りの人と違うことに恐怖は感じていた。

 はやく消えて欲しいとも思った。

 実の親だと思っていた人達が本当の親ではないと知って、これ以上余計な迷惑を掛けたくないとも思っていた。  

 

 だけど、別に謝ってほしいとは思っていなかった。

 

 最終的に、俺はオレ(・・)を認めた。

 そうしてからは周りの人に『もう何も聞こえてない。問題は解決した』と、そう言い張った。

 まあ、それでも両親にはバレてるみたいだったが。

 親は子供をよく見てるってことなのかもな?  

 

 それからは二つの意識で一つの体という、奇妙な共同生活の始まりだ。

 俺がゲームで遊びたい時に、外で遊びたいと言い。

 剣道を辞めると言えば、絶対に続けろと一昼夜言い続け。

 泳げないから怖いと叫ぶ声を無視して、俺は水の中に飛び込み。

 お化け屋敷にお互いにビビりながら入り。

 一緒にあーだこーだ言いながら夏休みの自由研究に勤しんだ。

 

 どこにもいない。だけど、ここにいる。

 いつしか、俺にとってオレ(・・)は他の誰よりも近しい存在となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

――――――ねー、ずっと画面見てて飽きないの? ボクはもう見飽きたんだけどー。

 

「もしかしたら直前に更新されるかもしれないだろ」

 

――――――いや、無いでしょ。だってあと10分だよ。こんな変なタイミングでHPの更新は無いって。 

 

「……もしかしたらあるかもしれ」

 

――――――無いって。 

 

「…………無いか」

 

――――――ないない。っていうか少しは落ち着きなよ。昨日も全然眠れてなかったしさ。そんなに楽しみ?

 

「当たり前だろ。世界初のVRMMOのベータテストだぞ。ゲーマーなら普通滾るだろ」

 

 待望のVRでのMMORPG。

 しかもたった千人しか参加できないベータテスト。これに興奮しないゲーマーがいるはずがない。間違いなく。絶対に。

 

 これまでに発売されたナーヴギア対応のVRゲームはどれもオフライン限定のもの。

 全世界のゲーマー達がどれだけこの時を待っていたことか。

 

――――――いや、ボクは別にゲーマーじゃないし。

 

「よく言うよ。そうは言ってもゲーム好きだろ?」

 

 対戦ゲーだったら、だいたい勝つまでやるくせに。

 

――――――いや、確かに好きだけどさ。でも、ボクそっちより体動かすほうが好きだし。だからまたマラソン大会出ようよ。この前のも楽しかったでしょ?

 

「しばらくはマラソンはもういい………あれは楽しいよりも疲れたイメージしか残ってないって」

 

 いや、本当に。

 ゴールに辿り着いた時はぶっ倒れるかと思ったし。

 すぐにドリンク持ってきてくれたスグが天使に見えたくらいだぞ。

 なので、しばらくは勘弁。

 

――――――えー、楽しそうだったのに。ゴールした直後にスグちゃんのこと抱きしめるくらいにテンション上がってたじゃんかー。

 

「それは言わない約束だろうがっ!」

 

――――――なにさ、まだ恥ずかしいの()? いいじゃん別に。かわいい妹抱きしめただけでしょ。恥ずかしいことなんてなにもないじゃん。 

 

「恥ずかしいに決まってるだろ! あんな大勢の前で、しかもなぜかクラスの皆もいたし……」

 

――――――あ、それはボクが前日にメールで連絡してたからだね。

 

「おまっ!? 何してんだよ勝手に!?」

 

――――――寝てる間なら体軽く動かしてもいいって言ったの()じゃん。

 

「軽くって言っておいただろうが!」

 

――――――軽くですー。右腕一本しか動かしてないですー。

 

「……頼むから、次からはやめてくれよ」

 

――――――おっけー。

 

 あー言えばこう言いやがって。

 なぜ俺はこうもオレ(・・)に口で勝てないんだろうか。

 学力は絶対に俺の方が上のはずなのに。一体なぜだ。

 

――――――ねえ。ところで()

 

「今度はなんだよ……? マラソンも自転車レースも水泳大会もしばらくは出場する気はないぞ」

 

 これからの1カ月は早朝ランニングと、週2の剣道の稽古で勘弁してくれ。

 ゲームに集中したいんだよ。

 

――――――時間いいの?

 

「時間……? ちょっ!? 今何時だ!?」

 

 まずい! 

 ベータテスト開始時刻は午後2時からだ!

 そろそろナーヴギア被って待機しないと丁度に間に合わない! スタートに乗り遅れる!

 今何時だよ!? 

 

 慌てて壁掛けの時計を見る。時計の針は長針がほぼ真上で、短針が2の位置に

 

――――――3、2、1、ポーン。ボクが午後2時をお知らせいたします。

 

「ちょっ!?」

 

 嘘だろお前っ!?

 

――――――さあ、さっさとナーヴギア被ってベッドに横になろうか。

 

「言われなくても!」

 

 そうするっての!

 急いで、ギアを掴み、被って、寝転がる。 

 

「行くぞ」

 

――――――いつでもどーぞ。

 

「――――――リンク・スタート!」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――いやあ、キャラメイクは強敵だったね。

 

「まさか、ベータからあんなに細かく設定できるとは思わなかったな」

 

 おかげで無茶苦茶時間かかったからな。

 俺とオレ(・・)の好みが微妙に違くていつも時間かかるから、今回は事前に相談しておいたってのに。

 たった千人しかプレイヤーいないのに、あそこまでやるのか普通?

 

――――――それこそ、カヤバーンのこだわりってやつじゃないの?

 

「……確かに記事とか読む限りだと色々こだわる方っぽいから、そうだったとしても不思議じゃないけどよ」

 

 でも、さすがに茅場晶彦ではないと思うけどな。

 今までの発言を確認する限りだと世界観の方を重視してるんじゃないかって予想してるんだが。

 

「それにしても……すっげえ、面白かったな」

 

――――――うん。楽しかった。ソードスキルも思った以上に簡単だったしね。

 

「もうちょっと難易度高いかと思ったんだけど、すぐ出来るようになったもんな………でも、オレ(・・)が一発で成功したのは納得いかないけど」

 

――――――ふっふっふ。センスというものがあるのだよ、少年。

 

「俺が成功した感触を真似たからだろ、それ」

 

 こういう時ずるいよな、一緒の体使ってるってのは。

 成功した時の感触も丸々伝わるから、それを真似したらいいだけだし。

 

「明日はどうする? 今日はほとんど俺が動かしたけど、明日はオレ(・・)メインでやるか?」

 

――――――うーん……いや、いいよ。明日も()がメインで。

 

「いいのか?」

 

――――――うん。あれだけ楽しみにしてたの知ってるし、1カ月しかないからね。あっ、でもたまには貸してくれると嬉しいな。戦闘以外もやってみたいし。

 

「おう、了解。なんか悪いな」

 

――――――なに言ってるのさ。ボクと()の仲でしょ?

 

「はいはい。そうだな、俺とオレ(・・)の仲だもんな」

 

 でも、普段の悪戯はあんまり許さないからな。

 特に羞恥系は。

 本当に。

 

――――――さてさて、今日のごっはんはなんだろな~。

 

「匂いからしてカレーじゃないか。きっと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、時間はあっという間に過ぎていった。

 

 

 ある時は、

 

「うぉおおおおおお!! 絶対生き残ってやるからなっ!」

 

――――――叫んでないでさっさと回避! 右奥からさらに3体接近中!

 

「ちくしょう! 普通あんな弱点みたいに実がなってたら攻撃するだろうが!」

 

――――――バーカバーカ! ()のバーカ! アホ! スカポンタン!

 

オレ(・・)だってきっと弱点だって言ってたくせに!」

 

――――――実行したのはそっちでしょ! ギャー! 後ろから足音ッ! 多分2体!

 

「ちっくしょうっ! 花つきさっさと出てこいよぉおおおおお!」

 

 

 

 ある時は、

 

――――――甘くておいしい~。ゲームでもこんなケーキが食べれるとは、SAO恐るべし。

 

「うまかったな。サイズもショートケーキなのにすごくでかくて喰い応えあったし」

 

――――――このお店はチェックだね。ボク的SAOランキング上位に躍り出たよ。

 

「まさか、こんなに食い物系が充実してるとは思わなかったな」

 

――――――デザート系は結構食べたから次はお肉だね。ドラゴンステーキとか。

 

「まだ2層なのに、そんなの出す店があるとは思えないけどな」

 

――――――願うだけなら自由だからね!

 

 

 

 ある時は、

 

――――――ふぁいと~。

 

「…………ぐっ…………あと、ちょっと……」

 

――――――右手をもうちょい上。あーそっちじゃなくて、ちょい左の出っ張りの方。

 

「こっち、だな……」

 

――――――そーそー、そっちそっち。いやー、にしても頑張れば登れるもんなんだね。多分今のとこプレイヤーの中でも最高記録なんじゃない?

 

「聞く限り……だと、そうっぽい、な……」

 

――――――まさかこんな崖まで登れるように出来てるとはSAOってすごいね。あっ、そこ左ね。

 

「ちょっ、言うの遅―――あ」

 

――――――あ

 

「落ちるぅうううううう!?」

 

――――――ギャアアアアアア! 怖い怖い! 早く目つぶってよぉおおおお!!

 

 

 

 そんなこんなで、1カ月。

 

「今日が最終日、か……」

 

 長かったような、短かったような。楽しい1カ月だったな。

 だいたい騒いでばっかだった気がするけど。

 

――――――……そうだね。これで、ベータテストも終わり、だね……

 

「お、なんだよ、オレ(・・)も残念なのか? もっと遊びたかったって?」

 

――――――まあ、ね。結構楽しかったし。

 

「安心しろって、ベータテスターには製品版の優先権貰えるらしいから発売したら思う存分遊べるって。それまで楽しみにしてようぜ」

 

――――――…………製品版、か。

 

「ああ、戦闘も探索も充実してたし、生産系は今回は手出さなかったけど面白そうだったし。今度はそっちをやってみるのも楽しそうだな」

 

 せっかくだから、製品版の方ではオレ(・・)用のキャラデータを別に作ってみるか。

 2キャラ目からは課金しないと作れないみたいだけど、それぐらいの金はあるしな。

 ただそうなると、俺のプレイ時間が減ることになるから攻略組は難しいかもしれないけど。

 まあ、たまにはいいだろさ。そういうのも。

 

――――――…………うん。

 

「なんだよ、大丈夫か? 元気ないぞ?」

 

――――――ねえ、()? 一つ質問してもいい?

 

「……? なんだよ急に。別にいいけどさ」

 

 珍しいなオレ(・・)がこんなに沈んでるのは。 

 前にこんなに元気なくなった時はUFOキャッチャーで財布の中身が尽きた時以来か?

 基本的にいつも楽しそうに過ごしてるのに。

 

――――――……もし、もしもゲームの中で死んだら本当に死んでしまう。そんなゲームがあるとしたら、()は……………いや、桐ヶ谷和人はそのゲームをやる?

 

「はぁ?」

 

 なんだその質問?

 

「そんなゲームやらないに決まってるだろ。だって死んだら死ぬんだろ? それなら誰だってやらないだろ普通」

 

 いや、現実に嫌気が差してとか、生粋のゲーマーだったらもしかしたらやるのかもしれないけどよ。

 少なくても俺はプレイしないな。そんな危ないゲーム。

 家族の命がかかってる、とかなら俺もやるかもしれないけどさ。

 

――――――…………ただし、

 

「ただし?」

 

――――――ただし、やらないと1万人が死ぬとしたら?

 

「え、はぁ……? なんだよその設定。無茶苦茶にも程があるだろ」

 

――――――お願い、答えて。

 

 答えろって言ってもよ。

 

「えーと、なんだ? そのゲームを俺がやれば1万人は助かるのか?」

 

――――――ううん。多分最低でも千人は死ぬ。

 

「千人も死ぬのかよ」

 

――――――……うん。最低、というか確定で、かな。多分もっと増えるはずだけど。

 

 やらなかったら1万人死ぬ。

 やっても千人死ぬ。しかも最低で。

 しかも途中で死んだら俺も死ぬ。なんだよそのハードモード。

 ただの男子中学生が背負う問題じゃないだろ。漫画かアニメの主人公かよ。

 

 ……いや、二重人格モドキという漫画かアニメみたいな設定はあるけども。

 

「……その1万人にスグは入ってるのか?」

 

――――――いないよ。

 

「父さんと母さんは?」

 

――――――家族は誰も含まれてないよ。

 

「クラスのみんなは?」

 

――――――それは…………わからない。もしかしたらいるかもしれないとしか。

 

「……俺が知ってる範囲で含まれてるのは他にいるのか?」

 

――――――……多分、いないと思うけど……今のぼ、和人には友達いっぱいいるから、わからない。

 

 なんだよ今の(・・)って? 意味わからねえよ。

 ってかなんで今さら名前で呼ぶんだよ。

 お前も桐ヶ谷和人だろうが。

 まるで他人みたいに言うなよ。俺達は一緒じゃないのかよ。

 

「……オレ(・・)はどうしてほしいんだよ?」

 

――――――……わかんない。

 

「1万人見殺しにしてほしいのか? それとも最高で9千人助けられるかもしれないけど、俺が死ぬかもしれないゲームをプレイしてほしいのかよ」

 

――――――わかんないよ! 全然わかんないっ! ボクもどうしたらいいかわかんないんだよっ! だからこうして聞いてるんだろ!?

 

「こっちだって意味わからねえよ! いきなり1万人死ぬだの、千人以上死ぬだの言われて簡単に答えれるわけないだろっ! ちゃんと説明しろよ!?」

 

――――――説明なんてできるわけないでしょ! 詳しく話したら、()、和人は絶対に気にするに決まってるんだから、そんなの言えるわけないじゃんっ!

 

「なんでだよっ!? わからねえよっ!」

 

――――――なんでもだよっ! わかってよ!!

 

 お互いに声を張り上げ、怒鳴り合う。

 久しぶりだ、こんな風に喧嘩したのは。

 喧嘩して機嫌が悪くなろうが結局同じ体だから、どうしても意識してしまう。だからいつの間にかお互いに喧嘩にならないように気遣って生活してきたのに。

 

「ハァ……ハァ……」

 

――――――はぁ……はぁ……

 

「……なあ」

 

――――――……なに?

 

「とりあえず、名前で呼ぶの止めろよ」

 

――――――なっ、なにさ突然。

 

「突然なのはそっちだろ。慣れないからいつも通りに()って呼べよ。落ち着かないからさ」

 

――――――それは……そう、だね。ごめん…… 

 

「別に謝らなくていいって」

 

 ただ、今さら他人扱いされるのが嫌なだけだからな。

 

「……なあ、オレ(・・)?」

 

――――――なに、()

 

「……その死ぬゲームってのが、SAOなのか?」

 

――――――うん……製品版のSAOの初回販売数は1万。それを買って参加するプレイヤーはみんな、デスゲームに囚われる事になるんだ。 

 

「デスゲーム……」

 

 世界初、待望のVRMMOがデスゲームになる。そんなこと到底信じられる事ではない。 

 だけど、俺はオレ(・・)が嘘を吐いているとは思えない。

 確かにオレ(・・)は嘘を吐くし、冗談も言う。

 だけど決して悪質な嘘を言わないのを、俺は知っている。

 

「……未来予知ができるなんて知らなかったぞ俺は」

 

――――――極々限定的な事しかわからないからね。しかも本当にそうなるかわからないし。

 

「確信があるわけじゃないのか……?」

 

――――――色々言っておいてなんだけど、確信は無いんだ。ボクが知ってるのはデスゲーム開始以降の事ばっかりだから。

 

「なるほど……だから、どうしていいかわからないってことか」

 

 本当かどうかは起こってみないとわからない、ね。

 

「……犯人は?」

 

――――――茅場晶彦。

 

「動機は?」

 

――――――夢の世界の創造、だったはず。

 

「それがなんでデスゲームになるんだ?」

 

――――――リアリティの追求、だったかな? ごめん。結構うろ覚えだから違うかもしれない。

 

「なんとも迷惑な話だな」

 

――――――ほんとにね。

 

 一人で勝手にやってろとしか言えねえな。

 そんなことに1万人も巻き込むなっての。

 

「それで、俺はどういう役割なんだ?」

 

――――――英雄。

 

「は……? 英雄?」

 

 誰が? 俺が? マジで?

 

――――――うん、英雄。あるいは勇者。ビーター、二刀流、黒の剣士。あとはブラッキーだったかな?

 

 英雄に勇者。残りのはよく分からないけど、全くもって似合わない。

 俺はただの中学生だぞ。大役に過ぎる。

 

「俺が、1万人救うのか?」

 

――――――ボクが知ってる最終的な数は6千だか7千だかだった気がするけどね。

 

 大して変わらないっての、そんなの。

 重すぎて吐きそうだ。

 

「……俺がやらないとダメなのか?」

 

――――――……わかんない。キリトだったからってのは確かにあると思うけど、もしかしたらアスナとかが代わりになるのかもしれない。でも、そうなる確証はなにも無いから、なんとも。

 

「そのアスナ? ってのは、えっと、なんだ、勇者パーティの一員的な人か?」

 

――――――えっ、いや、まあ、そうっちゃそうかな、うん……

 

 なぜ言い淀む。

 

「警察とかは……無理だよな」

 

――――――証拠とかはなにもないからね。悪戯扱いされて終わりじゃない?

 

「だよな」

 

――――――だね。

 

 どん詰まり。

 結局のところ、俺が行くか、行かないかしかないって事か。

 ひどい話だな。

 

――――――確証はないから、実際にはなにも起こらないかもしれないよ。一応。

 

「本当にそう思ってるのか? オレ(・・)は」

 

――――――…………思ってない。桐ヶ谷和人の実親は亡くなってしまったし、義理の妹の名前は直葉だったし、剣道についておじいちゃんは厳しかったし。

 

「よく分からないけど、知っている状況と合致してる事が少なからずあって俺に質問してきたんだろ、オレ(・・)は」

 

――――――……うん。

 

「そして、行った方がいいとも思ったんだろ?」

 

――――――な、なんで

 

「死にたくないとか、俺を死なせたくないとかだけ思ってたら絶対にオレ(・・)は行かせようとしないだろ。そうせず、『わからない』『どうする』って言うことは、行った方がいい、行きたいって少なからず思ったってことだ」

 

 そもそも、他人の生き死に関して人一倍うるさいのがオレ(・・)だ。

 おそらくだが、今と同じような状況で自分だけの体があり、自身の意志でどうするか決められる状態なら迷うことはあっても、なんだかんだ行くだろうしな。

 大切な誰かの代わりにとかだったら迷いもせずに突っ込むだろうし。

 

 まあ、とにかく決まりだ。

 

「じゃあやるか」

 

――――――えっ、な、なんで!?

 

「それしかないだろ、実際。じゃないと大量虐殺が起こるらしいし」

 

――――――でも、死んじゃうかもしれないんだよっ!?

 

「かもな。だけど、オレ(・・)の知ってる桐ヶ谷和人は生き残ったんだろ?」

 

 ハッキリと断言はしてなかったが、多分そうだろう。

 なら大丈夫だ。

 

――――――それは! そう、だけど……ボクがいることでもう世界は既に変化してるんだよ! 死なない保証なんてどこにも

 

オレ(・・)がいるから死ぬかもしれない? ないよ、そんなことは」

 

――――――なんで言い切れるのさ!?

 

 なんでもなにも、そんなの決まってるだろ。

 

「ただの桐ヶ谷和人より、俺達二人の桐ヶ谷和人の方が強いからに決まってるだろ」

 

――――――な、

 

「だから大丈夫だ、心配するなって。なんとかなるさ、きっと」

 

 一人より二人の方が強い。当たり前の話だろ。

 だからなにも問題なんてないっての。

 

「だから助けようぜ、1万人。俺とオレ(・・)の二人で」

 

 一人の俺が、英雄で勇者なら。

 二人の俺達は、大英雄で超勇者で。

 1万人だって軽く救ってみせる。そのぐらいできる。

 そうだろ?

 

――――――………………なんていうかさ。

 

「おう」

 

――――――()ってバカだよね。

 

オレ(・・)にだけは言われたくないっての」

 

 

 

――――――じゃあ、やろうか()

 

「おう。やってやろうぜオレ(・・)

 

 これが始まり。

 二人で一人な俺達で1万人を救うなんて馬鹿げた事を成そうとした瞬間。

 

 そうして、俺達の無謀な戦いの幕は切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、そうは言ったがどうするよ? ベータ終わったけど」

 

――――――……製品版が出るまで剣道頑張る、とか?

 

 

 切って落とされたのだった。多分。

 

 




作者「二人の勇気が人々を救うと信じて!」

キリト「救えるのか、この俺?」

作者「一応君よりリア充スペックは高いんだぞ。友達たくさんいるし」

キリト「お、俺だって友達くらいいたし……」





今回は、頭にはチラッと浮かんだけど本編には書かなかったシリーズになります。
冒頭にも記載しましたが、本編を越えるレベルでのご都合主義満載の話ばかりですので、どうかご注意下さい。

あと今さらにはなりますが。
この話を投稿後の集計でランキングからは消えますが、短編ランキングの日刊、週間、月間、四半期、年間、累計とそれぞれ日は違いますが1位になっていた事があったり。
SAOカテゴリ短編の総合評価順検索で1番目だったり。
SAOカテゴリの総合評価順検索で4番目だったりと。
読んでくれた皆様の感想、評価、お気に入り、誤字報告のおかげです。ありがとうございました。
この感謝の気持ちをお伝えするのも大変遅くなってしまいましたが、本当に嬉しかったです。ありがとうございました。



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イフ

突発的年末企画。ご都合主義満載の番外もしもシリーズその2/3。

キリトが頑張るお話。


『……約束だよ』

 

『……約束だ』

  

 

 

「…………もうすぐ1ヵ月、か」 

 

 時間は過ぎる。

 戻ることも止まることもなく、ただ進んでいく。

 どれだけ辛く悲しい出来事があったとしても、変わらずに時は進んでいってしまう。

 隣にいた存在が、次の瞬間にはいなくなる。

 辛いが、その気持ちを俺達はあの世界で何度も味わった。

 でも慣れたとは言いたくない。

 この感覚は慣れるべきものではないのだから。

 辛くて苦しいけど。それよりも大きなものを託されたのだから。

 

「まだ6時か。早く起きすぎたな。たまにはスグと朝の稽古でもするかな」

 

 あいつとした約束を、俺は守らなくちゃいけないのだから。

 無理のない程度に頑張らないとな。

 

 

 

 

『0と1と0.5』

 

  

 

 

 テーブルの上を少女たちの指が縦横無尽に動き続ける。

 なにも知らない人が見たら怪しいどころじゃないな。いっそ不気味だ。

 

「いやったぁ、クリアです!」

 

「やったねシリカちゃん。ナイスアシスト、リズ」

 

「これで100ポイントゲットですよ」

 

「あ、ケーキ無料サービスだって、ラッキー」

 

 楽しそうでいいけどさ。

 

「君たち、ちょっとゲームしすぎじゃないか?」

 

「キ、キリトさんにそんなこと言われるなんて……」

 

 そんなことって……。

 いや、まあ俺も自分で言っておいて説得力はないと思ったけどさ。 

 

「いいじゃない、色んな店でポイント貰えるんだから。やらなきゃ損でしょ?」

 

「本当はキリト君も一緒にやりたかったんじゃないの?」

 

「なに、そうなの?」

 

「違うっての」

 

 よくもこんなにやってて飽きないなって見てる最中に思ったりしただけだ。

 あと、あまりコレが好きじゃないだけ。 

 

「なんであんたはそんなにコレのこと毛嫌いしてるのよ」

 

 そう言いながら、頭に付けた小さなヘッドホンのようなものを指すリズ。

 

「オーグマー、か……」

 

「便利じゃないコレ。どこでもテレビ見れるし、スマホみたいに手塞がないし。なんつっても、こうして現実でユイちゃんとも喋れるし」

 

「はい! 私も皆さんとおしゃべりできて嬉しいです!」

 

「よねー」

 

 次世代ウェアラブル・マルチデバイス、オーグマー。

 アミュスフィアのように仮想の現実(VR)を作り出すのではなく、現実を拡張する(AR)機能を持った新しい形の情報端末。そのコンパクト性から携行にも適すとされ世間では評判になっている。

 VRと違い、ARは実際の肉体を動かすからフィットネスにも向いてるんだと。

 

 そしてなにより、このオーグマーを用いたとあるゲームが大流行している。

 

「ってかキリト、あんた今ランキング何位なのよ?」

 

「なんのランキングだ?」 

 

「なにって、オーディナル・スケールに決まってるでしょ」

 

「あれか。さあ、何位だったかな……」

 

 付ければ表示されるけど、今カバンに放り込んだままだしな。

 あまりプレイしてないから下の方だとは思うが。

 

 オーディナル・スケール。

 オーグマーを利用してプレイするARMMO。

 拡張された現実に現れるモンスターと自らの肉体で戦う次世代ゲーム、とでも言おうか。

 VRの様に作られたアバターではなく自分自身の体で戦うことになるので、トップを目指す場合は自然と体が鍛えられるらしい。

 特徴はなによりもランキングシステム。

 プレイする全てのプレイヤーは順位を与えられ、プレイするごとにランクは上昇していくという単純なシステム。

 さらにランキング上位になればなるほど協賛企業からの特典を多く獲得できるらしい。

 牛丼大盛り無料は確かにいいなと俺も思う。

 

「本当に興味ないんですね、キリトさん……」

 

「せっかく帰還者学校の生徒全員に無料配布されたんだから、もっと使えばいいのに」

 

「まあまあ、二人とも……」

 

 そうは言ってもなぁ。

 

「面白いガジェットだとは思うけど、俺はフルダイブの方がいいかな」

 

「ふーん、そんなもんなのねぇ」

 

 2年間も別の世界にどっぷり浸かってたんだ。

 そうなっても不思議じゃないと俺は思うんだけどな。

 

「あっ、そういえば皆さんは例の噂のこと知ってます?」

 

「噂? なんのことシリカちゃん?」

 

「あー、アレのこと? オーディナル・スケールに旧SAOのボスモンスターが出るってやつ」

 

「SAOのボス?」

 

「なにかのプロモーションとかなの?」

 

「さぁ? それはわかんないけど、出現する直前にしかアナウンスが無いから足がないと気軽に行けないのよね」

 

「しかも夜にしか出ないらしいんですよ」

 

「へー」

 

 旧SAOのボスモンスターか。

 ALOのアインクラッドではボスは全て一新されているから、ALOとのコラボとかではないだろうし。

 一体なんなんだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

『たっだいまー』

 

『おや、おかえり。随分満足げな表情だね』

 

『もー、満足満足。すごかったんだよ。全国各地の有名ラーメン店とコラボしたゲームがあってね、期間限定でVR内で再現された各店舗の味が楽しめるんだよ』

 

『ほう。興味深いな』

 

『今月いっぱいまでやってるらしいけど、今度一緒に行く?』

 

『誘ってもらえるならば、是非ご同伴願いたいな』

 

『おっけー。じゃあ今度行こうね!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 すごいな。さっき告知されたばかりなのに人が結構いるな。

 それだけこのゲームのプレイ人口が多いってことなんだろうけど。 

 

「おっせーぞ、キリの字! お、アスナも一緒か」

 

「はい。キリト君が乗り気じゃないので無理矢理引っ張ってきました」

 

 そうですね。無理矢理引っ張られてきましたよ。

 

 それにしても、クラインだけじゃなく風林火山のメンバー全員やってるのか。

 ハマり過ぎて怪我とかしなきゃいいけど。

 

「キリト君、そろそろ時間だよ」

 

「あ、うん」

 

 久しぶりだな。このオーグマーを貰ったとき以来じゃないか?

 

「オーディナル・スケール、起動」

 

 キーワードを唱える。それだけで景色は一変する。

 自身の服装。武器。地形。

 視界に映るほぼ全ての物が変化する。

 ただのビル街が、今では西洋の城塞みたいだ。

 

 そして視界の先で魔法陣が展開され、中心には大きな人影が確認できる。

 

「本当に出てきた」

 

「10層ボス、カガチ・ザ・サムライロードか」

 

 旧アインクラッドのボスモンスター。まさか本当に出て来るなんてな。

 当時のボス戦参加者しか知らない存在を出す理由はなんだ?

 確かに、あのSAOのボスともなれば話題性は抜群だろうけど、世間に広がれば悪評にもなりかねないぞ。

 

 ん? なんだ?

 AR通信用のドローンから光のエフェクトが発生してる。

 人影? 誰か降りて来るな。

 

「おお!? マジかよぉ!?」

 

「ユ、ユナちゃんだ」

 

「生で見たの初めてだ………」

 

 白く長い髪に赤い瞳の少女。結構かわいい。

 ユナって言ったか? 確か、最近話題のARアイドルだよな。シリカとスグがファンって言ってたっけ。

 オーディナル・スケールのイメージキャラクターだって聞いたけど、こういったイベントにも出て来るのか。

 

『みんな準備はいい? さあ、戦闘開始だよ。ミュージックスタート!』

 

 ユナが指を鳴らすと同時にどこからともなく音楽が流れ始め、それに合わせ彼女も歌いだす。

 

「これは……? いや、イベント戦限定のバフか」

 

 よくある特殊演出ってやつだろう。

 ステータスを見ると結構強力なバフ効果が付与されている。

 

「よっしゃあ! いくぜおまえら! ユナちゃんにいいとこ見せるぞぉ!」

 

「「「「「おおー!」」」」」

 

 元気だなクライン達は。

 周りのプレイヤーと比べて連携も巧みだし、攻撃もまともに喰らったりしてないし。

 

 にしても戦闘中に歌か。懐かしいな。

 いつだったかどっかのボス戦であいつが大声で歌いながら戦ってた時があったな。

 うるせえって、皆に笑いながら怒られてたけど。

 

 見る限り敵の攻撃はSAOの頃のままみたいだ。10層攻略時はクライン達のギルドはまだ攻略組じゃなかったから攻撃パターンは知らないだろうけど、SAOの人型モンスターの挙動は知り尽くしてるからな。初見の敵でも対応は容易いか。  

 

「キリト君はどうする? 見てるだけ?」

 

「これから活躍するとこだよっ!」 

 

 剣を握り、走り出す。

 動きが遅い。足が重い。ラグが大きすぎる。

 皆はよくこんな状況でまともに戦えるな。

 

「やりづらいな………………あ」

 

 足が絡まる。走った勢いのままに地面に転がる。痛い。

 ちくしょう。これだからARは。VRならこんなミスしないってのに。

 

 なんだ? 頭上に影?

 

「あぶなっ!」

 

 いつの間にか近づいていた敵が、さっきまで俺が倒れていた場所に刀を振り下ろす。

 別にそこまで必死にプレイしてないけど、だからってやられたくはない。なによりアスナの前だ。格好悪い姿はなるべく見せたくない。もう遅い気もするが。

 

「もー。しっかりしてよねキリト君」

 

「……面目ない」

 

「ちゃんとこれからはリアルの体も鍛えた方がいいよ」

 

 ああ。これからは気を付けるよ。

 

「さて、わたしも行こうかな」

 

「ああ。気をつけて」

 

 転ばないようにな。

 

 軽やかに駆け出すアスナ。

 すごいな。VRでのアスナと遜色ないんじゃないか?

 閃光のアスナは現実世界でもその実力を発揮できるのか。

 

「はぁ。本気で体鍛えた方がいいのかもなぁ」

 

 自分の彼女より弱いってのは、男としてどうかと思うし。

 くだらない男のプライドではあるけど、俺的には大事にしたいものでもある。

 

「お、倒した。さすが閃光」

 

  

 

 

 

 

 

 

『ははは、ははっはははは』

 

『……なにか面白いことでもあったのかね?』

 

『あったあったよ。もう大爆笑! あそこで転ぶかな普通! あー、もーダメ、おなか痛い』

 

『見に行ってたのか。会ったのかね?』

 

『まっさか。ボクはもう終わった存在。どっかの誰かさんのせいで今はこんな状態だけど、その事実は変わらないよ。………見るだけってのはちょっと寂しいけどね』

 

『……なるほど、君は今後そういうスタンスなのか』

 

『そーゆーこと。ま、たまにならバレないように手助けしてあげてもいいけどね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 オーグマーを取り出し、起動。瞬時に視界に現在時刻。アプリ。カレンダーが表示される。

 そして妖精が小さな欠伸と共に現れる。

 

「おはようございます、パパ」

 

「おはよう、ユイ」

 

「ここは?」

 

「ああ、アスナが昨日例のイベントをした場所だよ」

 

 一昨日、俺も参加したSAOボスモンスターとのイベント戦。

 昨日もこの公園で行われ、家が近かったアスナはこれに参加したらしい。

 

「ママは頑張ってるんですね」

 

「おかげで俺とのランク差は広がるばかりだよ」

 

 原因は主に俺があまりやらないからなんだけどな。

 

「ふーん…………あれ、パパ? このマークはなんですか?」

 

 カレンダーの印が付けられているとある日付を指すユイ。

 

「うん。その日はアスナと山に流星群を見に行く約束をしてるんだ」 

 

「流星群! 素敵ですね、私も見たいです!」

 

「もちろん。ユイも一緒に行こう」

 

 SAOにいた頃にアスナとした約束。 

 現実で星空を見たことがないというアスナと、一緒に流星を見に行こうという約束。

 そして、こちら(現実)でも指輪をプレゼントするという約束。

 

 プレゼントは用意したし、キャンプ道具も準備した。

 そして、アスナの父である彰三氏を通してアスナのお母さんに挨拶する約束も取り付けた。アスナには内緒で。

 今からすっごい緊張してる。当日は大丈夫だろうか、俺。

 

「そうだパパ! 今のうちにオーディナル・スケールの練習をしましょう!」

 

「えぇ……」

 

 今? いや、別に必要ないんじゃないか?

 一昨日転んだのはたまたまだって。多分。きっと。

 

「ママはパパの運動不足を心配してましたよ」

 

「いやいや、このあとアスナとデートだから動いて汗臭くなったらあれだろ?」

 

「カッコ悪いとこばっかり見せちゃうと夫婦の危機だってユウキさんも言ってましたよ」

 

「あいつは人の娘になにを吹き込んでるんだ……」

 

 そうじゃなくて、とにかく今はいいんだってば。

 ユイを振り切るように後ろを振り向く。

 そうして振り返ると目と鼻の先に白い人影が。 

 

「えっ、うわっ!」

 

 びっくりしたぁ。気配もなく背後に忍び込まれてたとは。

 なんて冗談はともかく。

 

「あっ、ごめんな。いきなり叫んでしまって」

 

 俺の声に驚いたのか、座り込んでしまった白いフードの子を立ち上がらせようと手を伸ばすが。

 

「あっ…………?」 

 

 手がすり抜けた?

 距離感を見誤った? 違う。確かに今俺はこの子の手に当たった。でも、触れることはなかった。

 

「――――――」

 

「なにを言って………?」

 

 消えた。

 まるで最初からいなかったかのように。

 起動していたオーグマーを外す。周りに人の姿は見えない。

 NPCのタグはなかった。だけど。

 

「プレイヤーでもないようでした」

 

「だとすると……ARの幽霊?」

 

 科学的なのか非科学的なのか怪しいところだな。

 

「『探して』と唇は動いていたみたいですが」

 

「探して? 一体何を……?」

 

 何だったんだ今のは?

 フードから微かに見えた顔は女の子のもので、見覚えがあった気もするけど。

 …………わからん。思い出せない。

 

 とにかく。何か分からないけど記憶の片隅に置いておくべきだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

『いやー、いい世の中になったねー』

 

『と言うと?』

 

『ARが流行ったおかげで今街に通信用のドローンがいっぱい飛んでるから、それ用のアバターを用意すればボクもリアルの街を歩けるんだよ』

 

『ふむ。ちなみにどんな姿で?』

 

『恰好? 大きいフードを被って顔隠してフラフラしてるよ?』

 

『……ちなみにこんな噂があるのは知っているかね?』

 

『噂……?』

 

『AR起動中にしか見えないフードの少女の幽霊が出るという噂だよ』

 

『…………ま、そういうこともあるよね!』

 

『やれやれ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 アスナとした約束の日まであと少し。いつもの仲間にも内緒の二人だけの約束。

 きっと楽しい思い出になるだろう特別な一日。

 その日まであと少し。

 なのに、なのに。

 

「なにも思い出せないの……」

 

 それなのに、こんなことがあるのか?

 

「キリト君との出来事が、アインクラッドでの記憶がなにも思い出せないの」

 

 初めて出会った日の事も?

 二人で初めて歩いたあの道も?

 一緒に暮らしたあの森も?

 

「時間が経つにつれてSAOでの事がどんどん薄れていって……今はもう、なにも………」

 

 笑い、遊び、戦い、悲しみ、それでも生きたあの日々を?

 

「わたしはキリト君の恋人で、皆と友達……だったのよね……?」 

 

 俺達のかけがいのない友人との思い出も、わからないのか。

 

 医師によると、限定的な記憶スキャンを行われた痕跡があるようだ。

 SAOの頃の記憶のみを読み取ったのだろうと。

 都内ではこれまでにも何件か同様の症状が確認されていて、共通点は全員オーディナル・スケールのイベント戦に参加した後だったということ。

 アスナは昨日、リズとシリカと共にユイが推測したイベント発生地点に赴き、これに参加した。

 1日ごとに1層ずつ上がっていったボス戦で、なぜか出現した91層のボス。

 SAOに参加した誰もが知らないモンスター。シリカを執拗に狙ったソレからアスナは自身を盾にしてHPを散らされた。

 医師はオーディナル・スケール、ひいてはオーグマーが原因かどうかは断言できないと告げたが、そう言った本人も信じてはいないみたいだった。

 

「…………キリト君、わたしをアインクラッドに連れて行って」

 

「……ああ、わかった。一緒に行こう」

 

 アスナとユイの3人でかつて過ごした鋼鉄の城を巡る。

 はじめて出会った場所を、デートしたカフェを、喧嘩した広場を、暮らした家を。

 ―――でも、効果はなにもなかった。

 

「ごめんね、二人とも………やっぱりなにも思い出せない」

 

「ママ……」

 

「ALOでの時間は鮮明に憶えているのに、SAOのことはなにも……ごめんね……」

 

「ママはなにも悪くなんてありません」

 

「ユイの言う通りだよ。アスナが謝る事じゃないさ」

 

 そうだ。アスナのせいじゃない。なにも悪い事なんてしてないんだから。

 だから、そんな、

 

「うん………ごめんね……」

 

 そんな顔をしないでくれ。

 

「お茶空っぽになっちゃったね。わたし淹れてくるね」

 

「あ、俺が」

 

「いいの。やらせて」

 

「……うん。じゃあ頼むよ」

 

 にこりと笑ってカップを手にキッチンへ行くアスナ。

 あんな表情をさせたくはなかったのに、俺はなにをやってるんだ。

 テラスから空を眺める。いつもなら美しいと感じる夕焼けも、今は何も感じない。 

 

 ガチャン、という陶器の割れる音が家の中から聞こえてくる。

 すぐに扉に近づき、音を立てないように中を伺う。

 

 しゃがみ込んだアスナが見える。

 

「マッ…………パパ?」

 

「今は、ダメだ……」

 

 飛び出そうとするユイを抑える。

 アスナの感じる痛みも、苦しみも、俺達には理解出来ない。だからダメだ。

 今の俺達はアスナに喪失感しか与えられない。

 

 視界の先で背中が震えている。守ると誓ったのに。

 横顔が悲しみに歪んでいる。そんな顔をさせたくなかったのに。

 雫がいくつも流れ落ちる。何度も何度も。

 それだけは、それだけは流させてはいけなかったのに。

 絶対に守ると、俺はあいつと約束したのに。

 

 俺は一体、何をしていたんだ。

 ちくしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

『………………』

 

『……どうかしたのかね?』

 

『…………泣いてた』

 

『ふむ?』

 

『……ずっと、泣いてたんだ』

 

『……ああ、なるほど。彼女のことか』

 

『なんで、いったいなにが』

 

『……違ったのか。君が関わらないのは関わるべきではないと判断したからだと思っていたが』

 

『…………なんの話?』

 

『単純に、今回の出来事を君が知らないだけだったわけか』

 

『……詳しい話を聞かせてよ』

 

『もちろん。構わないとも』

 

 

 

 

 

 

 

 

 AIを構築しているのだと、目の前の少女は言う。

 計画者は重村徹大。オーグマーの開発者。

 ここに集められたSAO帰還者(サバイバー)からSAOの頃の記憶を収集し結合する事で、かつてSAOで命を落とした少女、重村悠那をAIとして再現しようとしているのだと。

 

「このままだと高出力スキャンが行われて会場内にいる人は皆死んでしまうのっ!」

 

 そう白いフードの少女、ユウナは叫ぶ。

 自身の存在が、大勢の人を死に追いやることになると。

 

 ここ新国立競技場で開催されたARアイドルであるユナのライブ。

 無料招待された帰還者学校の生徒、チケットを購入して来た一般の参加者。合わせて3万人。

 そして今、その全ての人間がライブ中の会場に現れた大量のボスモンスターに襲われている。

 戦い、敗北し、HPがゼロになった人数が一定数を越えると会場全体にスキャンが発生し、オーグマーを装着している人の脳は大きなダメージを受ける、と。

 

「俺はどうしたらいい!?」

 

「旧アインクラッド100層でボスモンスターを倒して、黒の剣士!」

 

 100、層?

 

「そうすればきっと……今オーグマーのフルダイブ機能を解除するから椅子に座って!」

 

 オーグマーにフルダイブ機能が搭載されている?

 いや、今はそんなことはどうでもいい。 

 VRなら俺も全力を発揮できる。やってやる。 

 

「……わかった。こっちは任せろ」

 

 旧アインクラッドのボスモンスター。それがどれだけの脅威なのかはよく知っている。

 たとえ俺一人でも、やるしかない。

 絶望的な戦いになるだろう。でも―――

 

「―――元攻略組がここにいるが、必要ないか?」

 

「エギル………」

 

「あたし、SAOのボス戦はじめてなのよね」

 

「あたしもですよ。ただの中層プレイヤーでしたし」

 

「遠距離支援は必要でしょ?」

 

 リズにシリカ、それにシノンまで。

 

「ああ。皆、頼む」

 

 必ず全員で勝って帰ろう。

 

「キリト君………」

 

「大丈夫。すぐに帰ってくる。ここにいる皆を助けてみせる。信じて待っててくれ、アスナ」

 

 必ず戻るから。

 これを持って待ってて。

 

「………指輪」

 

「帰ったら約束の続きをしよう」

 

 たとえ今の君が憶えていなくても、俺は憶えているから。

 二人で星を観に行こう。

 だから、少しだけ待っていてくれ。

 

「―――行くぞ」

 

「「「「「リンク・スタート!」」」」」

 

 

 巨大、そう表現するのが相応しいだろう。

 デスゲームとしてではなく。本来の、死の危険なんて無いSAOのラスボス。

 この鋼鉄の城の頂上で、挑戦者を待つ者。

 こいつが当時のSAOの仕様のままだというならフルレイド(48人)で挑むのが前提の強さだろう。

 だが、この場にいるのは5人ぽっち。当時の攻略組は俺とエギルの二人だけ。

 普通に考えれば不可能だ。

 それでも、絶対に勝たないといけない。

 会場にいる多くのSAO帰還者(サバイバー)、SAOとは所縁もないライブに来た観客。

 そしてなにより、アスナがいる。

 

 アスナと約束したんだ。流星群を見に行こうって。

 ユウキと約束したんだ。アスナを幸せにするって。

 

 だから絶対に、こんなところで

  

「諦めて、たまるかぁあああああああああ!!」

 

 何度目かの全力での斬り掛かり。

 その斬撃はこれまでと同様に不可視の壁に防がれる。スイッチを多用し幾度とない連続攻撃を繰り返すことでようやく破壊でき、そうすることで本体にもダメージが通るようになる。だが。

 

「回復モーションに入られる! シノン!」

 

 声に応えるように何度も銃声が響き渡るが、その動きは止まらない。

 ボスの背後に巨木が生え、瑞々しい葉からボスに雫が滴り落ちる。

 複数あるゲージの一つが、また全快された。

 くそっ! 時間が無いってのに!

 焦りが徐々に全身を覆ってくる。

 こんな状況だからこそ冷静に戦わなければいけないのは分かっているが、抑えられない。

 

 ボスの放ったレーザーが空気を切り裂く。悲鳴が聞こえた気がした。

 他の皆も同様なのか、少しずつ動きが鈍ってきている。

 ここら辺でなにか対策をしないと本当に間に合わなくなってしまう。

 

 そんな考えの中、一瞬立ち止まってしまった隙をつくように巨大な手が眼前に迫る。

 

「しまっ!」

 

 まるでおもちゃのように掴まれ、その巨大な顔の前に持ち上げられる。

 ボスの目が赤く光る。

 攻撃前のモーションだろう。まだこのボスの攻撃パターンは把握出来ていないが、こんなに分かりやすいモーションもないだろう。

 皆が叫ぶが、助けは恐らく間に合わない。

 助けようと駆け出したエギルとリズは木に巻き付けられ、シリカは瓦礫に押しつぶされている。シノンは先ほど潜伏場所にレーザーを撃ち込まれてから反応がない。

 

 これで終わりなのか?

 いや、そんなことあってたまるか。終わらせてなんてやるものか。

 最期の一瞬まで足掻き続けてやる。

 また皆で笑い合うために。

 またアスナと一緒に星を見に行くために。

 大事な親友がどれほど望んでも手に入れられなかった、明日を守るために!

 

 赤い光が視界を埋め尽くす。これで終わりだと言うように。 

 閃光が迫る。

 体に力を入れるが、抜け出せない。

 閃光が迫る。

 それでも足掻く。まだ戦いは終わってない。

 閃光が迫る。

 もう間に合わない。あと一瞬で俺は死ぬ。だが諦めない。

 閃光が、迫る。

 そして

 

 ――――小さな拳(・・・・)が、俺の顔に突き刺さりその場から吹き飛ばされる。

 

 光が急速に遠ざかる。

 ボスがまるで困惑しているかのような挙動をしている。

 だけど、そんなことはまるで目に入ってこない。

 

「―――別にさ、ボクはいいんだよ」

 

 ありえない。

 

「忘れたいって思われてたんなら、別にそれは構わないさ。ただ胸の奥がきゅうってするだけで」

 

 ありえない。

 

「だから、それが幸せだって言うのなら忘れられても別にいいよ」

 

 ありえない!

 

「……でも、でもさっ!」

 

 だけど目の前に、ここにいる。

 

「痛そうに、辛そうに、苦しそうに」

 

 黒い髪を靡かせて。

 

「泣いてたんだ。悲しそうに泣いてたんだ!」

 

 優しい瞳で未来を見据えて。

 

「それはダメだよ。ぜんっぜんダメ。許せるわけがない」

 

 その言葉で周りの皆を明るくして。

 

「みんなに約束したんだ。親友と約束したんだ。なら、ボクが黙ってられるわけないでしょ!」

 

 天真爛漫で自由奔放で、そして誰よりも友達思いで。

 

「―――このボクがっ! ボクの友達を泣かしたやつを、許すわけないだろっ!!」

 

 そこには、もう会えない筈の俺の親友が立っていた。

 

 

 

「なにぼさっとしてるのさ。はやく立ちなよ」

 

 当たり前のように俺に声を掛けて来る。

 幻覚じゃ、ないんだよな? ここ仮想空間だし。

 

「あ、ああ……」

 

「もー、ボクが間に合わなかったらどうする気だったのさ。死んじゃうとこだったよ」

 

「悪い、助かった……」

 

「しっかりしてよね、ほんとに」

 

 混乱の極みにいて全然頭が働いてる気がしない。

 この緊迫した場面でこれはまずいんだけど、誰だってこうなるよな?

 俺だけじゃないよな? 

 

「まったく。そんなんだがら約束守れないんだよ」

 

 約束。

 アスナを幸せにして、泣かせないこと。

 たった1ヵ月前にした約束なのに、それを俺は守れなかった。

 

「それは、悪い……」

 

「ほんとはもっと殴りたいけど、さっき思いっきり殴ったからその1発で許してあげる」

 

「……友達は殴りたくないんじゃなかったのか?」

 

「友達と親友はべつなんですー。残念でしたー」

 

 こいつは本当に。

 

「あ、そうだ。はいこれ」

 

「え、おう」

 

 剣? それも片手用直剣。

 今俺が握っているものと同じやつ。

 

「『俺が二本目の剣を抜けば、立っていられる奴はいない』だっけ? ぷふっ」

 

 このやろう。

 

「とりあえず、色々聞きたい事とかあると思うけどさ」

 

「ああ」

 

「ボクの友達泣かしたアレぶっ飛ばしたいから、手伝ってよ親友」

 

 なにが手伝って、だ。

 違うだろ、そうじゃない。

 

「逆だ、バカ」

 

「むっ。誰がバカだって?」

 

「俺の嫁を泣かしたアレぶっ飛ばすから、手を貸してくれ親友」

 

「……どうせ、まだ挨拶に行ってないくせに」

 

「今度行く約束取り付けましたー。知らないくせに口出ししないでくださいー」

 

「…………」

 

「…………」

 

 静かになった瞬間を狙ったかのように、木の触手による攻撃が迫る。

 俺の知る誰よりも速い反応速度で剣が宙を舞い、攻撃をいなす。

 

「アレぶっ飛ばした後で同じこと言えるか試してあげるよ、キリト!」

 

 だが斬撃を放った後の彼女の無防備な背中を狙うように、さらに第二波が来る。

 こいつ、気付いてるのに動こうとしない。相変わらずだな。

 

「言ってろ! そっちこそその減らず口を叩けるか試してやるよ、ユウキ!」

 

 わかってるくせに躱そうともしないバカを守るように、俺も剣を奔らせる。 

 そうして互いにいつものように軽口を叩きながら、敵に向け剣を掲げる。

 

「「だからっ!」」

 

 隣り合い、いつかの戦いのように目標に向かって共に走り出す。

 

「「とっととぶった斬るっ!!」」

 

 二人揃った俺達が、アスナの為の戦いで勝てないわけないだろ!

 

 




アスナ「あの、この後のわたしの出番は…………?」

作者「まあ、うん。出てもいいんじゃない? 二人ともテンション上がって強くなるよ、きっと」

アスナ「わたしの見せ場が……」

作者「…………なんか、すいません」




活動報告に番外編のあとがきっぽい変なのがあるので、よろしければどうぞ。



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いふ?

突発的年末企画。ご都合主義満載の番外もしもシリーズその3/3。

アスナのいつかの日常のお話。


「いっつ、バッレンタイーン!」

 

 紫がかった黒髪、綺麗な赤い瞳を持った少女が突然声を上げる。

 

 要は、いつも通りの事。

 わたしとキリト君の家でユウキが変な事を言いだした。それだけ。

 まあ慣れたもので、わたしも含めてこの場にいる皆も素知らぬ顔だが。

 

「なっ、なに? いきなりなんなの?」

 

 訂正します。

 慣れてないシノのんは動揺した様子でした。

 

「あーあ。聞き返しちゃったわね。あれに」

 

「ご愁傷様です、シノンさん」

 

「えっと、ご愁傷様です?」

 

「きゅるー」

 

「えっ、なんなのその反応」

 

 リズもシリカちゃんもユイちゃんもそう言ってあげないの。

 まだシノのんはユウキに慣れてないんだからしょうがないでしょ。

 

「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれたよシノン!」

 

 聞いたんじゃなくて、驚いただけだと思うけどね。

 まあ、今さら訂正してもストップしないだろうけど。ユウキの事だし。

 

「どうしてもと言うならばお答えしましょう。さてシノン! 来月は何月ですか!?」

 

「先々週に新年迎えたばっかりなんだから、聞かなくてもわかるでしょ」

 

「リズ、この状態のユウキにそんな事言っても聞いてくれるわけないじゃない」

 

「さすがアスナさん、慣れてますね」

 

 ユウキとの付き合いはこれでも長いからね。

 

「この状態でスルーなの!? 待った、なんでいきなり抱き着いてっ!?ちょっ、あなたどこ触ってるのよっ!?」

 

「よいではないかーよいではないかー」

 

 洗礼みたいなものだから、一人で頑張って。

 さすがに限界がきてハラスメント通報しそうになったら皆で助けるから。

 

 それから3分くらいシノのんの奮闘を鑑賞し、ユウキが満足したところで質問。

 

「それで、来月のバレンタインになにがしたいの?」

 

「さっすがアスナ、よくわかってるね!」 

 

 冒頭のセリフで大抵の人は察すると思うけどね。

 

「題して!」

 

「題して?」

 

「『ドッキドキ! バレンタイン武闘会! ~キミのハートを奪っちゃう~』を開催します!」

 

「へー」

 

 うん。わたし知ってる。これはまずい流れだ。

 

「あたし宿題やらないといけないんだったー」

 

「わーもうご飯の時間なんで落ちますねー」

 

 システムメニューを開こうとする二人の左手を掴む。

 ここで逃がしてなるものか。なにがあっても絶対に巻き込んでみせる。

 

「もう、何言ってるのよリズ。宿題ならこの前わたしが手伝って終わらせたばかりでしょ」

 

「なに言ってるのアスナ、そんなのはきっと気のせいに決まってるじゃない」

 

 ―――逃がして。

 

 ―――逃がさない。

 

 この大切な親友と目と目で会話出来た気がした。きっと今までの時間で育まれてきた友情のおかげに違いない。わたしはいい友人を持った。

 

「もうダメですよリズさん嘘吐いたら。ということであたしはご飯なので手を放して下さいアスナさん」

 

「さっきインしてきた時にお腹いっぱいって言ってたでしょシリカちゃん」

 

「うっ。き、気のせいですよ、きっと」

 

 ―――逃がして下さい。

 

 ―――逃がしません。

 

 この小さな友人と目と目で会話出来た気がした。きっと今までの時間で育まれてきた友情のおかげに違いない。わたしはいい友人を持った。

 

 冗談はともかく、被害にあう人間は多い方がいい。それだけ負担が分散するのだから。

 とりあえずキリト君を呼ぶべきだろう。

 今までの経験上キリト君がいれば被害の大半はそっちに向かうはずだ。

 うん、そうしよう。

 今すぐ呼び出そう。

 

「3人ともそろそろいいかーい?」

 

「…………いいわよ」

 

「…………はい。諦めました」

 

「……キリト君を呼べばシノのん含めて5人。半分はキリト君に行くだろうからわたしの負担は」

 

「あ、キリトは今回ダメだよ」

 

「えっ」

 

 えっ?

 被害担当の呼び出し禁止?

 

「……ハッ。はいはい!」

 

「はいシリカ」

 

「クラインさんを呼びましょう!」

 

「いいわね、あたしも賛成!」

 

 なるほど。キリト君が駄目ならクラインさん。

 確かにそれならまだ大丈夫なはず。

 

「ん? クラインも男の人だからダメだよ」

 

 被害担当その2も禁止、と。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 バレンタイン、男の人禁止、武闘会、ハート………。

 

「なんであの3人はあんなに沈みこんでるのよ? 一体なにが始まるわけ?」

 

「なんでもユウキさんは破天荒さんらしく、色々大変だと前にパパが言ってました」

 

 復活したシノのんとユイちゃんが呑気に会話をしている。

 知らないっていうのは幸せな事なのね。

 

「……アスナ。ユイちゃんも巻き込みましょう」

 

「……リーファちゃんも入れれば6人です。きっとなんとかなります」

 

「……スリーピングナイツの女性陣も呼ぼうかしら」

 

 サクヤさんとアリシャさんの領主コンビも巻き込めれば、もっと楽になるはず!

 

「今回はそんな大変じゃないから大丈夫だよ」

 

「嘘おっしゃい」

 

 友達の言葉はなるべく信じるけど、ユウキのその言葉はもう信じない事にすると前回わたしは誓ったの。

 

「な、ひどいよアスナ。ボクのことを信じてくれないの?」

 

 そんな風に瞳をウルウルさせてもダメです。

 

「前回の第1回攻略組大運動会を思い出してから言って頂戴」

 

「あと、チキンレース大会もね」

 

「ファッションショーを忘れて貰っちゃ困りますよっ!」

 

「もー、みんなひどいなー」

 

 デート……時間……お化け……巨大魚……丸呑みキリト君……。

 やめましょう。もう思い出す必要はないんだから。

 

「今回はほんとにだいじょーぶだって、すごく簡単にする予定だし」

 

「……とりあえず、聞くだけ聞くわ」

 

「おっけー。ではではボクが企画する内容とは―――」

 

 そして企画の説明、質疑応答などを挟んだ結果、ユウキが今回やろうとしている事は確かにとても簡単な内容だった。

 

 ユウキの話を一言で纏めると、バトルトーナメントをやりたいらしい。

 勝った時の賞品をチョコにして。

 

「チョコによる救済を!」

 

「へー」

 

 開催理由は『チョコを求める人にチョコの救済を!』とかなんとか。

 まあ、十中八九嘘だと思うけど。

 

「それで? わたし達はなにすればいいの?」

 

「とりあえずシリカは景品でしょ?」

 

「うえっ!? 嫌です! もうほっぺにキスとかやらないですからね!」

 

「えー、ダメ?」

 

「だーめーでーす!」

 

「すっごくウケるのに……」

 

 確かに。

 シリカちゃん可愛いからすごい盛り上がりになるのよね。

 そして大体キリト君が勝つから嫉妬されて大変な目に遭うまでがお約束だけど。

 

「はいはい、シリカちゃんの出演交渉はとりあえず後にしてちょうだい」

 

「はーい」

 

「アスナさん!?」

 

 驚きの表情をしたシリカちゃんを尻目にユウキに再度問う。

 

「それで、わたし達はこれからどういう風にこき使われるの?」

 

「チョコ作ってもらうよ」

 

 えっへん、と腰に手を当てて言うユウキ。ちょっと可愛い。

 

「…………え、それだけ?」

 

「あとはそうだね、たまに周りに宣伝するくらいでいいよ」

 

「……本当にそれしかしなくていいの?」

 

 なにもさせられなくて逆にちょっと怖いんだけど。

 いつものキリト君とかみたいに、当日いきなり雑な扱いされるとかありそうで。 

 

「大丈夫だよ。というか実はもうある程度準備始めてるしね」

 

「そうなの?」

 

「うん。各領主の人達にお願いして宣伝と運営の手伝いは頼んであるからね。さっすがボク、段取りいいよね」

 

「はいはい。さすがね」

 

「ぶぅー。リズぅ、アスナがつめたーい」

 

「あぁ、もうっ、だからってこっちに抱き着いて来るんじゃないっての! シリカの所に行ってなさいって」

 

「はーい」

 

「リズさんひどい!」

 

 わーきゃー騒ぐ皆を見てると、シノのんが静かにこっちに近づいて来てるのに気付く。

 

「あの子って、いつもあんな感じなの?」

 

「戦闘中はもっとキリっとしてるけど、ユウキは普段だいたいあんな感じよ」 

 

「そう……」

 

「苦手なタイプ?」

 

「ちょっとだけね。強引な感じはあんまり」

 

 やっぱりそう思うよね。

 昔のリズも同じこと言ってた覚えがあるし、わたしも一番最初に出会った頃は鬱陶しく思ってたもの。

 だけど。 

 

「シノのんにはもう迫ってきたりはしないだろうから大丈夫だよ」

 

「そうなの?」

 

「ユウキは人の表情よく見てるから。最初のアレは適切な距離感探ってただけのはずだし」

 

「アレで距離感を測るのは間違ってる気がするけど……」

 

「大丈夫。皆ずっとそう思ってるから」

 

「いや、なら止めなさいよ」

 

 ユウキの洗礼だから、一回は受けて貰わないと。

 

 あ、遠くでひっそり騒ぎを眺めてたユイちゃんがユウキに捕まった。

 がんばれユイちゃん。自力で対処できるようにならないとこれから大変だから、早めに慣れた方がいいよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんだかんだで1ヵ月経ち、今日は2月13日。

 バレンタインの前日。

 

「それで明日は闘技場集合でいいの?」

 

「うん、それでおっけーだよ。大会の運営と誘導とかはみんながやってくれるって言ってたし、だいじょーぶだよ」

 

「みんな、ねぇ……」

 

「うん、みんな」

 

 ユウキの言う『みんな』とはこのALOでの9種族の領主全員のこと。

 つまり今回のイベントは、全種族の領主が率先して協力する非公式イベントということになる。

 ……一体いつの間にそんな人脈を広げていたのやら。

 

「用意するチョコは前に言ってた数でいいの?」

 

「うーん、ちょっと予想より大規模になってきたからもうちょっと増やしたいとこだけど、もう時間無いしね。そのままでいいよ」

 

「頑張ればもう何個かは明日に間に合うと思うわよ? 味を度外視すればになるけど」

 

 わたし以外のチョコ製作班の料理スキルのレベルが足りてないから、ちょっとあれだけど。

 あまり美味しくなくていいのなら、それくらい作れるはず。

 

「いや、いいよ。今回みんなに料理スキルわざわざ取ってもらっちゃったし、これ以上は無理させられないよ」

 

「そう?」

 

「うん」

 

「なら、いいけど……」

 

「だいじょーぶ。ボクがなんとかしてみせるから」

 

 ユウキがそう言うなら、いいんだけど。

 

「じゃ、ボク他の人のとこ回ってくるね。残りのチョコよっろしくー」

 

「ええ、任せて。いってらっしゃいユウキ」

 

「うん! いってくるね!」

 

 文字通り飛び出して行っちゃった。

 途中で誰かにぶつからないといいけど。

 

「さて、じゃあ残りもちゃちゃっと作っちゃいましょうか」

 

 ノルマまであとちょっと。みんなで頑張っていこう。

 

「うへー、まだやるわけ?」

 

「もう、リズさん頑張って下さい。いつも武器作るみたいに気合入れましょうよ」

 

「……鍛冶スキル使えるってならもうちょっとやる気出すわよ」

 

「もー」

 

「リアルだったらもう少し上手くできるのに。こういう時仮想空間って不便よね。スキル使わなきゃ作れないんだもの」

 

「え、リズさんリアルでチョコ作れるんですか?」

 

「ちょっとシリカ? それどういう意味?」

 

 リズの気持ちも分かる。仮想空間内での料理って独特だし。

 そもそも、なぜチョコ作りでわたし達に頼むのだろうか?

 食べ物なんだから料理系ギルドに頼むとか、発注すればいいのに。

 

「あのアスナさん? 質問なんですけど、この大量のチョコってあたし達以外の人も作ってるんですよね?」

 

「ユウキが言うにはそうらしいけどね。そうでしょリーファちゃん?」

 

 わたし達が声を掛けられた日にはいなかったけど、結局巻き込まれたリーファちゃんに確認する。

 

「みたいですよ。シルフ領でサクヤさんが作る人集めてました」

 

「なら、なおさらあたし達が作る意味がわからないんだけど」

 

「あ、でも屋台用って言ってたような?」

 

「屋台? なにそれ?」

 

「ごめんなさい、そこまでは」

 

 屋台用? ユウキはわたし達が作ってるチョコは選手用としか言ってなかった気がしたけど。屋台ってなんだろうか?

 

「作るチョコって3種類でいいんですよね? 簡単なのたくさんと、ちょっと手が込んでるの1個と豪華な1個で」

 

「ええ、その通りよ。『トーナメント参加者用に』ってユウキは言ってたわね」

 

 サクヤさん達が用意してるのと、わたし達のチョコは別物?

 

「料理スキルが低いプレイヤーのチョコを入賞用って、どうなの?」

 

「女の子が作ったっていうのが大事なんじゃない?」

 

「そうは言ってもゲーム内のアイテムでしかないのに?」

 

「多分……?」

 

 ユウキの考えることだからよく分からないのよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして次の日。

 バレンタインデー当日。

 各種族、各領地、一般のプレイヤーによるネット上での告知、宣伝等々。プレイヤー主催でのイベントの規模としては過去に例を見ないものとなり、トーナメントも当初の予定を変更し予選を挟んでからの本選となった。

 一体どれだけの数が参加したのかは詳しく聞いてないけど、皆そんなにチョコが欲しいのだろうか?

 

『――――とまあ、そんな感じで告知してたルールとは若干変更されたけど、みんな理解できたかな? …………うん。大丈夫みたいだね。ではでは改めて、ここにバレンタイン武闘会の開催を宣言します!』

 

 ドーン! と上空に色とりどりの花火と共に、ユウキの声が会場に響き渡る。

 今回は一応関係者ではあるけど詳しいタイムスケジュールとか貰ってないから、これからユウキがなにをするのか分からなくて若干の不安とちょっとの期待で胸がドキドキしてる。

 

『それじゃあまず賞品の説明するね。会場の皆さーん。上空に浮いてるモニターをご覧下さーい』

 

「あいつ、あれどっから持ってきたのよ?」

 

「さあ、さっぱり……」

 

 リズが疑問に思うのも無理はない。

 上空に浮遊している大型モニター。公式イベントでしか見たことがないんだけど、ただのプレイヤーがどうやって調達したんだろうか? まさか運営に借りた?

 いやいや、さすがにそれはない、よね? でもユウキだからなぁ。なんとかしそうでもある。

 画面は真っ暗なままで、未だなにも映ってないけど……。

 あ、映った。

 見た事あるような無いような可愛い女の子達が画面に表示されてる。

 

「あの人達どこかで見たような?」

 

「シリカも? あたしもなんか見覚えあるのよね」

 

 皆も見覚えあるんだ。

 あっ、画面にわたし達が映った。

 

『はい、出たね。今画面に順番に表示されていってるのが今回の賞品であるチョコを作ってくれた女の子達だよ。選考基準はケットシー領であったミスコン上位者とか、レプラコーンの音楽祭で優勝したガールズバンドの人達とか。そういった人にお願いさせてもらったよ。みんなチョコありがとね』

 

 そういう選考基準だったわけね。

 なら、わたし達はなんで? 別になにかで表彰とかされた覚えはないけど?

  

『それだけじゃなく、ボクがこの人のチョコ欲しいなーって個人的に思った人にもお願いしたりしたけどね。…………なにさ、ずるいって? 主催者特権だからずるくないよ。合法だよ』

 

 確かに違法ではないかもしれないけど、ずるいとは思うわよ。

 

『ちなみに予選参加者と観客席にいる人に配られたチョコクッキーもこの娘達に作ってもらいました。普段料理関係のクエストとかと関わらない人達にわざわざ料理スキル取って貰って作ってもらったんだから、「これ味微妙」とかそういう文句言ったりしたらボクが怒っちゃうからね』

 

 皆にはスキルレベル0から頑張って上げて貰ったけど、さすがにひと月じゃ限度があったからね。そこは大目に見てほしいな。

 

『というか視点を変えよう。普段は料理しない女の子がバレンタインだからと自分のために頑張って手作りチョコを作ってくれた。そう考えるとむしろあまり美味しくない方がそれっぽくて良くない?』

 

 そういうものなの?

 あ、でもキリト君が普段苦手な事をわたしのために頑張ってやってくれたと思えば、その気持ちも分かる気がするわね。多分実際にされたらキュンとくる。

 

『そして本選出場者にはちょっと手が込んだチョコ1個が絶対に貰えます。手渡しでね。何回戦の第何試合で負けたらこの人のチョコ。そんな感じで既にルーレットで決めてあるから、好きな子のチョコが欲しかったら何回勝ってどこで負ければいいのかをこの後画面に出るトーナメント表で確認しておいてね』

 

 わたし達が事前にやったルーレットの番号はそういうことなんだ。

 というか、せめてわたし達には事前に説明しておいてほしいんだけど。なんのためのルーレットなんだろうって思いながら回してたんだから。

 

『そしてさらーに、優勝したらすっごく豪華なチョコを女の子全員から貰えます。全員だよ? 男の子の夢だよね。バレンタインで大勢の可愛い女の子からチョコ貰うの。この提案をしたボクに感謝してもいいんだぜ』

 

「あの1個だけ豪華なの用意しろってそういう……」

 

「普通あたし達には説明しておかない?」

 

「そこはほら、ユウキだから………」

 

 わたしはもう半ば諦めてるわ。

 

『という訳で、予選開始していくよ! みんな優勝目指して頑張っていこー!』

 

 それにしてもユウキは本当に楽しそうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして時は流れて決勝戦。

 ここに至るまで幾つものドラマが繰り広げられた。カップルができたりできなかったり、まさかのユージーン将軍の参戦だったり、クラインさんが泣き崩れたり。

 色々あったりしたけど、兎にも角にも決勝戦だ。

 

『では遂にこの決勝戦まで勝ち上がった選手の紹介をしていくよ。―――まずはこの人! 予選のバトロワから危うげなく勝ち進め、本選もなんなく快勝。そしてさっきの準決勝で友人のクライン選手を容赦なく切り伏せてここまですんなり駆け上がって来た男、キリトー!』

 

 紹介と同時にキリト君の後ろで色とりどりな爆発が発生する。派手だなぁ。

 すぐそばでスタッフが杖構えてるし、人力なんだろうな。スタッフさんお疲れ様です。

 

 この戦いが終わればこのイベントも終了。

 そうしたら後は用事済ませて、キリト君とゆっくり二人で過ごそうとか考えてたけど。

 

『いやー、さすがだね。美少女の彼女がいるのにそれだけじゃ飽き足らず、他の女の子からもチョコを貰おうとするとは。果たして今回は一体どれだけの女の子をその毒牙にかけるつもりなのか。その動向にも注目だね』

 

 いつものことだけど、きっと、すんなり終わらないんだろうな。

 

『え、なにキリト? 紹介に悪意を感じる? 気のせい気のせい』

 

 ユウキのキリト君に対する態度は、小学生の男の子が好きな女の子にするイタズラみたいなものだと思うから悪意はないわよ。きっと。

 恋愛感情は無いらしいから、厳密にはちょっと違うだろうけども。

 

『そしてそれに対するはこの人!』

 

「……ねえアスナ?」

 

「……なにシノのん?」

 

『美麗にして可憐、砂漠のオアシス、荒野に咲く一輪の華』

 

「あの子って主催だったはずよね?」

 

「ええ、その通りよ」

 

 配られてたパンフレットの総責任者のところに、ちゃんとユウキの名前が書いてるわよ。

 

『天使のように清らかで、悪魔のように妖艶』

 

「なら、なんであそこにいるの?」

 

「さあ」

 

 わたしにもわからないわ。

 

『そう! ボク参戦!!』

 

 ドーン! と叫ぶユウキの後ろで色とりどりの爆発が起こる。

 あの演出、気に入ったんだろうか?

 

『ハーハッハッハ! 大会主催者が参加しちゃいけないなんてルールは作ってないからねっ! なにも問題はないのだよ! ……あ、爆発ありがとう。もう戻っていいよ』

 

 問題だらけだと思うけど。

 

『え、今度はなにキリト? 紹介盛り過ぎ? キリトのも盛ったんだからボクのも盛らないと釣り合い取れないじゃん。なに変な事言ってるのさ』

 

 変な事言ってるのはユウキの方だと思うよ。

 

『いやー、大変だったね。色んなとこにイベントのプレゼンした時からこうする予定だったけど、実際にやると思ったより仕事多くて参ったよ。実況が長引いて予選の時間に間に合わなくなるかと思って焦ったもん』

 

 わたし達も焦ったわよ。予選にすごく見知った子がいたから。

 一人だけ女の子だからものすごく目立ってたし。

 

『本選もビックリだったよ。確かにスタッフのみんなにトーナメント表いじったりしないでねって言っておいたけど、あそこまで当たる人みんな強いのは予想外。準決勝でユージーン将軍だったの知った時は諦めかけたからね。……一応聞くけど、ほんとにあれランダムで決まったんだよね? わざとじゃないよね?』

 

 ユウキが対人戦で苦戦しているのをキリト君以外で見たのは団長以来だった気がするから、新鮮だったわね。

 でも、こんな場面で見る事になるとは思わなかったけど。

 

『ま、そんな終わった事はもうどうでもいいのさ。大事なのはボクとキリト、どっちが勝って大量のチョコを手に入れられるかなんだからね。そしてなにより―――』

 

「そういえば、ママの入賞チョコは準優勝用でしたっけ?」

 

「そう。だから勝った方にすごく豪華なの渡して、負けた方にちょっと手が込んでるの渡すことになるのよね……」

 

「……あの二人にどっちも渡るんですから、ママの引きもすごいですよね」

 

 どっちも知ってる人だもんね。

 ただ、二人とも普段からわたしの料理食べてるから特別感はないかもだけど。

 

『―――アスナの本命チョコはボクが貰うよっ!』

 

 …………ん? 本命?

 

『ちゃんと主催者特権で下調べは終わってるからね。アスナの優勝チョコはおっきなチョコケーキだってのは知ってるんだよボクは』

 

「本命なの?」

 

「いや、別にそういった意図はないけど……ただキリト君も出るからキリト君に渡せたらいいなって思いながら作りはしたけど……」

 

 本命チョコとかそういうつもりは無かったんだけどな。

 というか、それ以前にユウキは貰う方じゃなくて、本来は渡す方じゃないの? 貰って嬉しいの?

 まず、そこから間違ってる気がする。

 

『ふっ、急に目の色が変わったねキリト。自分の恋人のチョコは絶対に渡さないって顔してるよ。そうこなくちゃ倒し甲斐がないよ!』

 

 うん。目に見えて顔つき変わったねキリト君。

 その独占欲は正直すごく嬉しいけど、今それをされてもあまり嬉しくないというか……。

 

『それじゃあ決勝戦を始めるよ! いくよっ、キリト!』 

 

 ……まあ、いいか。なんか楽しそうだし。

 がんばれ、二人とも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 打ち上げ会場、結構広いな。

 なにより人が多い。100人とか普通にいそうね。

 それだけ今回のイベントに関わった人が多いって事だけど、改めて考えるとすごい規模ね。

 

 さて、そんな中いったいどこにいるのやら。

 

「あれ? アスナ一人でどうしたのよ?」 

 

「リズ」

 

「旦那と一緒じゃなかったの?」

 

「さっきクラインさんに絡まれて、どっか連れてかれちゃった」

 

「あー、なるほど」

 

 残念会だ、とかなんとか。

 キリト君惜しかったからね。制限時間があとちょっとあれば勝てたかもしれなかったし。

 

「ならアスナ一緒に来る? あっちに女性陣で集まってるけど」

 

「んー、折角だけど遠慮しておくね」

 

「そ。なら別にいいけど」

 

 ごめんね。ちょっと今は用事があるから。

 

「あ、そうだリズ、ユウキ見かけてない? 探してるんだけど見当たらなくて」

 

「ユウキ? さっき飲み物持ってあっちに歩いてったのは見たわよ」

 

「ほんと? ありがとう」

 

「いいわよ別に。じゃ、またあとでね」

 

 背を向けるリズに手を小さく振る。またあとでね。

 

「あっちはなにがあったっけ?」

 

 別にダンジョンというわけでもないのだし、行けばわかるか。

 

 歩きながら今回のイベントを振り返る。

 ユウキのやることにしては珍しくわたしが大変な目に遭わなかったわね。そういえばユウキ相手にだったけど、シリカちゃん結局ほっぺにキスしてたのは交渉の結果だったのかしら?

 

 そんなことを考えながらユウキの向かったと思われる方向に進むと、綺麗な花で囲まれた中庭に辿り着く。

 外に出て少し歩くと、見知った背中が見えてきた。静かに遠くの空に浮かぶ鋼鉄の城を眺めているらしい。柄にもなく黄昏ているのだろうか?

 そっと隣に立ち、声を掛ける。

 

「なに考えてるの?」

 

「…………どーでもいいこと。世界一下らないお願いを神様にしてただけ」

 

 神様にお願い?

 願いは掴み取るもの、なんて言うユウキが? 

 珍しいわね。

 

「どんなお願い?」

 

「べっつにー。ただ、――――明日が来ませんようにって、それだけ」

 

「……珍しいわね。ユウキがそんなこと言うの」

 

 というより、初めてな気がする。

 明日の話をすれば笑うのがいつものユウキなのに。

 ちょっと驚いた。

 

「そうかもね。ま、それだけボクにとって今日が楽しかったってことだよ」

 

「そうなの?」

 

「もちろん。みんなが協力してくれて、友達からチョコたくさん貰って幸せいっぱいだし」

 

「キリト君にも勝てたし?」

 

「うんうん。いやー、よかったよ決勝まで行けて。キリト対策が無駄になるとこだったからね」

 

「対策って、あの最後に使ったOSSのこと?」

 

 決勝戦でユウキが使ったオリジナルソードスキル。

 キリト君は全ての攻撃こそ受けなかったけど、躱しきれず大ダメージを負ってしまいその状態でタイムアップ。残りHPの差で敗北してしまった。

 キリト君とユウキのPVPなんて周りからして見慣れたと呼べるほど頻繁に行われている。

 周りがそう称するほどだから、本人たちも相手の手の内を知り尽くしていると言っていいほど戦っている。

 だから対策として初見の攻撃を用意するのはとても理に適っているけど。

 

「そ。すごかったでしょ」

 

「度肝を抜かれたわよ。なによあの11連撃。一体いつの間に用意したのよ?」

 

 OSSを登録するのはすごく大変で、連撃となるとそれだけで難易度あがるのに。

 よくもまあ、あんな必殺技編み出せたわね。

 

「大変だったんだよアレ。ボクは刺突より斬撃の方が多いスタイルだから作るの手間取ってね。やっと出来たの2週間前だもん。その後秘密特訓もしたりして毎日くたくただったよ」

 

 2週間前?

 丁度イベントの開催に向けてゴタゴタしてた時期でしょうに。

 

「スタイルに合わないなら斬撃主体にすればよかったじゃない」

 

「まー、うん、そうなんだけどさー」

 

「?」

 

 ユウキにしては珍しく言い淀むわね。

 

「やっぱ、さ。一応ボクってユウキなわけだし、アレは作っておかなきゃダメかなって」

 

「……ごめんなさい、言ってる意味がよくわからないんだけど」

 

 一応ってなに? ユウキはユウキでしょ。

 ちょっとよくわからない。

 

「いいよ、気にしなくて。ボクが変な事口走っただけだから」

 

「あー、なるほどね」

 

 納得。すごい説得力ね。

 

「……それで納得しちゃうの?」

 

「ユウキの今までの言動を省みれば、自然とそうなるわよ」

 

 付き合いが長い他の人も同じ反応してくれるわよ。きっと。

 

「アスナひっどーい」

 

「いつも巻き込まれてるお返しよ」

 

 互いに笑い合いながら言葉を交わす。

 2年前まであったはずの、いつかの光景。

 あの世界が終わってから無くなってしまった、いつもの日常。

 それをまた死の危険なんてないこの世界で再現できることが、とても嬉しい。

 もう会えないんじゃないかと一時期思っていたからなおの事。

 

 だからこれは、またあなたと出会えたことへの感謝の気持ち。

 

「―――ユウキ」

 

「なーに?」

 

「はい、これ」

 

 言葉と共に、小さなプレゼント箱をユウキへ渡す。

 

「えっ、うん。ありがとう……?」

 

 疑問を浮かべながらも感謝を述べるユウキ。

 いつも周りを困らせてばかりなユウキの戸惑ってる姿はレアだな、なんて思いつつネタ晴らし。

 

「バレンタインチョコよ」

 

「えっ? でも、ボク優勝してアスナからも貰ったよ……?」

 

「それは優勝賞品としてのでしょ。こっちはユウキ用に用意したやつよ」

 

「ボクのために……?」

 

「そうよ。なのに大会に出るんだもの。コレどうしようかと思ったわよ」

 

 もうチョコあげちゃったわけだし、別の物にしようかとも思ったけど。そのチョコに込めたわたしの思いを考えたら渡したくなっちゃって。

 でも、さすがに1日に2回も渡すの変かしら?

 

「やっぱりいらない?」

 

「いるいる、いるよっ! 絶対いる! もうこれボクのだからね! 返してって言われても返さないよ!」

 

「そんなに喜んでくれるのに、返せなんて言わないわよ」

 

 ちょっと予想外の表現をされたけど、喜んでくれたみたいでよかった。

 

「でも、なんでボクに?」

 

「伝えたかったから」

 

「なにを?」

 

「ありがとうって」

 

「え……」

 

「また会えて、一緒に遊べて嬉しいって気持ちを込めて作ったのよ」

 

 本当は現実で渡したかったけど、ユウキはそれを望んでないみたいだから。

 ちょっとだけ寂しいけど、ここで渡せてよかった。

 

「アスナは、ボクに会えて嬉しいって思ってくれたの?」

 

「そうよ、当たり前でしょ。友達なんだから」

 

「そっか。そうなんだ…………ありがとう。今日あった出来事で一番嬉しいよ。ありがとうアスナ」

 

「喜んでくれたなら良かったわ。頑張って作った甲斐があるもの」

 

「そうなの? でも確かに。すごく美味しそうな雰囲気漂ってるもんね、これ」

 

「時間とお金をかけたからね。……これは内緒だけど、キリト君のより手が込んでるんだからね」 

 

 キリト君には絶対に言えないけどね。

 地味にキリト君、わたしがユウキにかまってあげると嫉妬してくれたりするし。

 嬉しいからたまにわざとやるけど。

 

「ほんとに!? これはもう嬉しさ倍増だね!」

 

「なら良かった。じゃあ来月はわたしは期待して待ってるわね」

 

「……………らいげつ?」

 

「ホワイトデーのお返しよ。3倍なんて言わないけど、とびっきりなの期待してるから」

 

 正確には期待半分不安半分だけどね。サプライズ自体は楽しみにしてるから。

 

「楽しみねお返し。先に言っておくけど今回みたいにバトル要素はいらないからね」

 

 わたしを巻き込まないなら多少はいいけど。

 ちょっとは自重してもらわないと身が持たないもの。

 

「だから次回は――――ユウキ?」

 

 どうしたの?

 さっきまで楽しそうに笑ってたのに、なんでそんな苦しそうな顔を

 

「―――アスナ」

 

「な、なにユウキ?」

 

「アスナはさ、キリトが好きだよね」

 

 突然なにを?

 その質問の答えは決まっているけど……。

 なぜ?

 

「え、ええ。もちろん大好きよ」

 

「だよね。ならキリトと一緒にいられたら幸せ?」

 

「幸せよ、とっても」

 

「ユイちゃんにリズやシリカ、リーファにシノン、クラインとエギルと他にも大勢の友達。そんなみんなと一緒にいられたらアスナは幸せ? 笑っていられる?」

 

 キリト君がいて、ユイちゃんがいて、皆もいて。

 そして、ユウキがいるのなら。

 

「ええ。みんながいるなら、わたしはいつだって笑顔でいられるわ」

 

「そっか…………そうだよね」

 

「ユウキ……?」

 

「ごめんね! いきなり変な質問しちゃって。ボクっぽくなかったよね、ごめんごめん」

 

「いえ、それはいいけど……大丈夫?」

 

「大丈夫だいじょーぶ。ちょっと急にセンチメンタルな気分になっただけだよ」

 

「そうなの……?」

 

 でも、さっきの表情はそんな感じには見えなかったけど……。

 

「そーそー。いやー、アスナついてるよ。滅多に見れないセンチユウキちゃんを生で見れたんだから。みんなに自慢したっていいんだよ」

 

「……自慢したところで誰も羨ましがってくれないわよ」

 

 気のせい? 

 ユウキの演技?

 …………わからない。でも今のは。

 

「えーそうかなあ? 超絶レアだよ? キリトあたりなら羨ましく思うんじゃない?」

 

 少なくとも、今のユウキはいつものユウキだ。

 なにも変なところはない。

 

「人の恋人をなんだと思ってるのよ」

 

「うーん……いじり甲斐のあるおもちゃ?」

 

「……ユウキ?」

 

「ごめんなさーい」

 

 気にするべき、だろう。

 さっきのは明らかに普段のユウキではなかった。

 あれはいつかの、剣士の碑に名前を刻んで泣き続けていた時の雰囲気に似ていた気がする。

 あとでキリト君に相談してみるべきだろう。 

 

「アスナ」

 

「なに?」

 

 ユウキがなにかに悩んでいるなら、わたしはその手助けをしたい。

 いつかの貴女が、わたしにそうしてくれたように。

 

「来月、楽しみにしててね」

 

「ええ、来月もその先も。すっごく楽しみにしてるわ。だから―――」

 

 1年後も、10年後も、またこうして2人で笑い合っていられるように。

 だから、

 

「―――これからもよろしくね、ユウキ」

 

「うん。これからもよろしく、アスナ」

 

 わたしは必ず、ユウキの助けに応えるから。

 

 

 

 

『時計の針は止まらない』

 

 

 

 

 

 

 

 




ユウキ「これ、どの辺がもしもなの?」

作者「本編にシの字もないシノンが出てる」

ユウキ「うん。…………え、それだけ?」

作者「それだけ」

ユウキ「えー………」


それでは皆様、よいお年を。


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もーしも

突発的年末(年始)企画。ご都合主義満載の番外もしもシリーズその4/3。

いつかどこかの未来のお話。


 子供が一人真っ白な部屋のベッドに横になっている。

 部屋のドアの傍らには女性が一人立っている。

 女が口を開き、いつもの台詞を子供に言う。

 

「はやく死になさい」

 

 子供は反応を返さない。

 いつものように目を瞑って寝たふりを続けている。

 その方法が最も自分が傷付かないで済む手段だと今までの経験で理解しているからだ。

 女は一度舌打ちをして部屋を出る。これもいつもと一緒。

 一人になった部屋で顔を隠すように毛布を被り、思考する。

 

 ―――ボクに生きる価値なんて、あるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………あ、夢か」

 

 机に突っ伏してた体を起こす。変な体勢で寝てたからか関節が少し固まっていて、ちょっと痛い。

 一体いつの間に寝てしまったんだろうか?

 開きっぱなしのままの、ぐっにゃぐにゃな字? 線? が書かれたノートを閉じながら記憶を掘り起こす。

 意識に残ってる最後の記憶は、あーだのうーだの口にしながらノートに文字を書いたり消したりしてた記憶だ。なにを書こうとしてたのかは忘れたけど。半分寝てたし。

 その時に見た時計の短針は2を指していたような気もしなくもない。

 ようは、ただの寝落ちだ。

 それにしても、昨日は確かに少しイライラしてたけど。

 

「だからって、あんな夢見る?」

 

 ほんと最近よく見るなぁ、あの夢。なんでだろ?

 しかも本来の内容とちょっと違うのが腹立つ。

 なんで個室なのさ。大部屋だったじゃん。喧しい人とか、静かな子とか色々一緒だっただろうに。

 

「あと寝たふりはいつもバレて叩かれたはずなんだけどなぁ」

 

 そんなどうでもいい改変をするくらいなら、大好きな友達と一緒に遊んでる夢を見たかった。

 絶対そっちの方が精神衛生上好ましいと思うし。

 

「……そもそも、夢に文句言ってどうするって話か」

 

 まあいいや、忘れよ。

 今のボクには関係ないし。

 そんなことより、今日の朝食の方が100倍大事だ。

 現在時刻は朝の7時15分。普段よりちょっとだけ遅い。

 あと変な体勢で寝たから寝癖もひどい。早く整えよう。

 

「ごっはん、ごっはーん」

 

 扉を開き部屋を出る。

 小さい頃はそれだけで感動してた時期があったのを覚えている。

 自分で扉を開け外に向かう、という行為に無自覚ながら憧れがあったのだろう。楽しそうに部屋を出入りする幼い頃の自分を、両親も姉も不思議そうに見ていたっけ。

 

 階段を降りるとコーヒーの香りが漂ってくる。いつもの朝の匂いだ。

 そのままリビングへの扉を開くとテーブルの近くに複数の人影が見えた。

 新聞を読む男性。

 テレビの天気予報を確認する女性。

 そしてその二人に話しかけている女の子。

 

 そんな三人向かって声をかける。

 

「おっはよー」

 

「……ああ、おはよう」

 

「おはよう。朝食もう出来てるから速く顔洗ってきなさい」

 

「おはよう。寝癖ひどいわよ?」

 

「知ってるぅー」

 

 そんな言葉を返しながら、ボクよりちょっと背の高い彼女に抱き付く。

 これがボク達の、いつもの朝のやりとり。

 

「もう……ほら、お母さんが今にも怒りそうな顔してるからはやくしなさい、木綿季」

 

「はーい。了解であります、姉ちゃん」

 

 いつの日か、もう見ることはないのだろうと諦めたはずの―――日常だ。

 

 

 

 

『君が描いた未来の世界は』

 

 

 

 

 ソードアート・オンラインというライトノベルがある。

 簡単に説明すると、VRゲームという仮想空間に囚われた主人公の男の子が色々頑張って現実に帰還する物語だ。

 ……端折り過ぎかな?

 まあいいか、そんなのがあるっていうのが大事なだけだし。

 その物語にユウキというキャラクターがいる。

 明るく快活な女の子だ。

 だが病気に罹っていて登場した時には家族は既に亡くなっており、本人も最後には死んでしまう。そういうキャラクターだ。

 以前ボクが読んだ時は思わず泣いてしまった。

 彼女が死んでしまったのが悲しかったからか。

 それとも、悲しむ大勢の友人がいて羨ましかったからなのかは、もう覚えていないけど。

 

「忘れ物はない?」

 

「多分ない!」

 

「じゃあここにあるお弁当は?」

 

「ありゃ……?」

 

 どういった理屈かは知らないが、死んだボクはそのユウキになった。

 そのことに気付いたのは、生まれてから結構経った頃だった。

 自分のことながらすごく鈍いと思う。

 

「やれやれ、木綿季はおっちょこちょいだな」

 

「もー。たまにはお父さんも木綿季に注意してくださいな」

 

「子供らしくて可愛いと俺は思うけどなあ」

 

「もー」

 

 気付いた時に感じたのは絶望だ。

 最後にソードアート・オンラインを読んだのはボクの主観で10年以上前。その知識はうろ覚えではあったけど、それでもユウキの結末は覚えていた。

 だから、本当に怖かったんだ。

 優しい母を、暖かい父を、大好きな姉を失ってしまうのが。

 こんなにも愛した人達が、こんなにも愛してくれた人達が死んでしまう。

 自分が死ぬのが怖くなかったわけではない。

 ただそれ以上に、喪うのが恐ろしかった。

 

「もう忘れ物はない?」

 

「多分ない! ……気がする」

 

「ほんとにもう…………私の妹の頭の中は一体どうなってるのかしら?」

 

「姉ちゃんだいすきー、あ・い・し・て・る! フゥー!」

 

「……たまに双子であるのが恥ずかしくなってくるわね」

 

 恐怖があって、絶望があって。でも、ボクにはなにも出来なかった。

 ただの小娘でしかないボクには、家族を救う力なんてなかった。

 だから神に祈った。

 こんなにも優しい家族をボクに与えてくれた神に。

 生きる価値なんてないボクに、愛してくれる家族を与えてくれた神に。

 

 ―――どうか家族を助けて下さい。そうしてくれたならボクは地獄にだって喜んで行きます。ボクはどうなってもかまいません。だから、せめてこの優しい人たちを救って下さい。

 

「姉妹仲良くじゃれあってないで早く行きなさい。遅刻するわよ」

 

「はーい」

 

「はい、お母さん」

 

 もちろんそんな願いに意味なんてなく。当然のように家族全員発病した。

 未来は変わらないのだと、ハッキリとボクに突きつけられた。

 ならせめて、前みたいな終わりにはしたくなかった。

 一人寂しく、惨めな最期は嫌だった。

 いつか読んだユウキのように、笑って逝きたかった。

 いつか読んだユウキのように、悲しんでくれる友が欲しかった。

 ボクは紺野木綿季として生まれた。だからきっとユウキになれると思った。

 

 姉を庇ってあの作られた世界に行ったとき、見知った姿と名前を持つ彼らに近づいたのは打算だった。

 うろ覚えではあったけど、キャラクターの性格はある程度覚えていたから。

 親しい友人になれば、きっと別れる時に悲しんでくれる。泣いてくれる。そう思ったから。

 

「それじゃあ、いってきます」

 

「いってきまーす」

 

「気を付けて行くんだぞ」

 

「いってらっしゃい。藍子、木綿季」

 

 打算だったんだ。騙していたんだ。

 ボクは自分の事しか考えていなかった。

 明るくて快活。常に笑顔な女の子。そういう風に自分を偽った。

 全部嘘だ。ユウキという存在は虚構でしかなかった。

 

 心のどこかで思っていた。上手くいくわけないと。

 生きることに懸命な人達の中で、死ぬ時の為に頑張るボクに居場所なんてあるわけないと。

 どうせすぐにバレて糾弾される。昨日まで笑いあっていた人達に軽蔑の眼差しを向けられることになる。

 そう考えながらも、ただただ笑う日々。

 

 でもみんな、思った以上にバカなんだ。

 ボクなんかの嘘に気付きもしない。

 陰口に気付いてないふりをして、バカみたいに笑って過ごした。そうしていたら一緒に笑ってくれる友達ができた。

 突拍子のないことをして周りを巻き込んでみた。呆れつつも付き合ってくれる仲間ができた。

 絶望し崩れ落ちてる人がいた。声をかけ、慰め、明日を語り、前を見た。共に戦う戦友ができた。

 

 誰も嘘に気付かなかった。

 誰も疑問に思わなかった。

 誰もが、ボクを信じてくれた。

 誰もが、ボクの嘘で笑ってくれた。

 

「じゃ、私はこっちだから」

 

「うん。またね、姉ちゃん」

 

「遅刻しないで行くのよ」

 

「姉ちゃん、ボクのことなんだと思ってるのさ」

 

 ある日のこと、攻略層から戻って宿の一室でふと鏡を見た。

 鏡の中で少女が泣いていた。

 ボロボロと涙を流し、声にならない声を出しながら泣き叫んでいた。

 まるで赤ん坊みたいだと笑おうとしたけど、喉から出て来るのは嗚咽ばかり。

 泣いて鳴いて哭いて、そして泣き疲れて眠ってしまった。

 起きた時に思ったことを、ボクは今でも鮮明に覚えている。

 

 ――――友達になりたい。

 

 みんなと、ちゃんと友達になりたいと思った。

 彼とバカなことを一緒にしてずっと笑い合っていたかった。

 彼女ともっと色んな所に遊びに行きたかった。

 みんなと一緒にいたかった。

 嘘の友達は、嫌だった。

 

「……目を離すと飛んでいく風船?」

 

「風船よりはドローンとかの方がいいな。自由に動けるし」

 

「そういうとこよ」

 

「へ?」

 

 あの世界から解放される時、またねとは言わなかった。

 嘘から始めたボクに誰かと一緒にいてもらう資格はないと思ったから。

 一人は寒くて寂しいけど、あったかい思い出があれば耐えられると思った。

 でもやっぱり最後にせめて『さよなら』は伝えようとも考えたけど間に合わず、気付いた時には天才大バカ野郎と二人きり。思い付く限りの罵詈雑言とSAOの思い出話と別れを告げ、そして気付けば病室のベッドの上。

 少し自分に呆れつつ。残り少ない家族との時間を満喫しようなんて考えて、言うこと聞かない体をどうにかこうにか動かしてナースコールを押そうとしたら。

 

 ―――元気そうに自身の足で立つ姉(・・・・・・・・・・・・・)が現れた。

 

 唖然とした。顎が外れたかと思った。

 更に次の瞬間。

 

 ―――花瓶を持った元気そうな父と母(・・・・・・・・)も現れた。

 

 変な声が出そうになった。喉が張り付いて出なかったけど。

 ちなみに部屋に入ってきた三人は変な声を出してた。

 

 

 結論から言うと、神様にボクの願いが届いたらしい。

 

 ボクが仮想世界に囚われてすぐに病気の特効薬が出来たそうだ。副作用ほぼゼロで即効性のある特効薬が。

 なんだそりゃ。

 ボクの絶望はなんだったんだって話だ。

 いや、良かったんだけどさ。これ以上ないくらい良かったんだけどさ。

 ただ素直に納得いかないだけで。

 

 ともかく。

 そんなご都合主義とも言える薬のおかげで家族は快復。ボクも元気もりもり。

 まあ、しばらくは満足に歩けもしないから入院してたけど。

 

 ボクはライトノベルしか知らなかったけどアニメとか漫画ではユウキに関する展開が違ったのかな? はたまた映画? あっ、ゲームも出てたんだっけ?

 ま、今となってはなんでもいいんだけどね。

 

「ま、いいや。いってらっしゃい。車には気をつけなさいよ」

 

「うん、そっちもね。いってらっしゃい姉ちゃん」

 

 未来は変わった。ボクにとって最高な形で。

 ママがいて。

 パパがいて。

 姉ちゃんがいる。

 話を聞いた後でボクは泣いた。大いに泣いた。一生分泣いたんじゃないかってくらい泣いた。

 釣られたのか家族もみんな泣いてた。

 そのあと、みんなで笑った。

 

 つまり、ボクは生きていてもいいってことらしい。

 

 

 

 

 

 

 キーンコーンカーンコーン。

 学校中にチャイムの音が鳴り響く。

 もうボクのおなかはペコペコ。早くご飯にしよう。

 

「紺野さん、あたし達と一緒にお昼しない?」

 

「あーっと、ごめん。今日は先約あるんだ。明日じゃダメ?」

 

「そっか、いいよ全然。明日待ってるわね」

 

「ごめんね、ありがとう」

 

 断っちゃったけど、誘ってくれたのはほんとに嬉しかったからね。ありがと。

 

 お弁当を持って教室を出る。ちょっとだけ早歩き。

 今日は雲一つ無い晴天。きっと外は気持ちいいだろう。

 靴を履き替えて中庭に行くと既に彼女はベンチに座って待っていた。

 結構ボクも急いだつもりだったんだけどな。

 彼女の視界に入らないようにしつつ、音を立てず後ろに回り込む。

 抜き足差し足忍び足ってね。

 

「―――おっまたせっ!」

 

「きゃっ!?」

 

 真後ろで声を出すのと同時にベンチ越しに抱き着く。柔らかくていい匂いがする。

 VRだとこの感触は再現しきれないから、ちょっぴり新鮮な感じ。

 こういうのを感じると、現実で会えてよかったなってよく思う。

 

「……いや、あの……なにも言わずに嗅ぐのやめてもらえる?」

 

「だめ……?」

 

「だーめ。それよりもお昼にしましょう、ユウキ」

 

「はーい。わかったよ、アスナ」

 

 残念。

 もうちょっとくっついていたかったのに。

 

「そういえば他の人は? あとから来るの?」

 

 まだアスナしかいないけど?

 みんな授業が長引いたりしてるんだろうか? 

 

「あれ、わたし伝えてなかったっけ?」

 

「なにを?」

 

 はて? 

 昨日の夜届いたメッセージには『明日一緒にお昼食べない?』くらいしか書いてなかった気がしたけど。

 違ったかな?

 

「……あー、ごめんユウキ。今見たらわたし誘っただけで他になにも書いてないわね」

 

「いいよ全然。アスナの誘いだったらボク無条件に受けるし」

 

 昨夜のトーク履歴をわざわざ確認してくれたけど、ボクもなにも聞かずにすぐ承諾したしね。そこでこの話題は終わっちゃったはずだし。 

 

「そう言ってくれると助かるわ。ありがとう」

 

「ううん。気にしなくていいよ……それで、みんなは来ないの?」

 

「来ないというか。今日はユウキしか誘ってないから」

 

「……ボクだけ?」

 

「そう。ユウキだけ」

 

 なぜボクだけなんだろう?

 ボクにしか言えない話? またはなにかの用事? まさか今さら恋愛相談はないと思うんだけど……。

 実はキリトと喧嘩していて仲裁の頼みをしたい、とか?

 二人が喧嘩してるのは嫌だな。いつまでも二人には仲良くイチャイチャしててほしい。

 

「……それで、ボクになにか用事があるってこと?」

 

 もし予想通りだったら嫌だけど、まだ内容は聞いてないわけだし。

 聞いた後で改めて考えよう。そうしよう。

 

「用事というか、なんというか……」

 

「うん」

 

「ただユウキと一緒にごはんを食べたかっただけよ」

 

「……え、それだけ?」

 

「うん。それだけ」

 

 ホッ、っと胸に広がる安堵と歓喜。

 無駄に深読みして無駄に安心してるよボク。なにしてんだか。

 

 ちょっとだけ赤面してるだろう顔を誤魔化すように両手を広げ、アスナに少し芝居がけてこう言う。

 

「ああアスナ。そんなにもボクのことを想ってくれてたんだね。ボクは嬉しいよ」

 

「あーもう、わかったから。嬉しいのはわかったから抱き着いて来ないの。お弁当落とすわよ」

 

「それはダメだね。やめまーす」

 

 ママが愛情込めて作ってくれた大切なお弁当だからね。

 落とすなんてことは絶対にあったらいけないこと。

 気を付けなければ。

 

「……ん? どうかしたアスナ?」

 

「なにが?」

 

「いや、なんかこっち見てニコニコしてるから」

 

 ボクのこと見ながら笑ってるから。なんかお母さんみたいとでも言うべきだろうか? そんな感じの表情を浮かべて。

 今ボクなにか笑われるような変な事してたかな?   

 

「いいなぁ、って思って」

 

「いいな?」

 

「そう。現実でもこうやってユウキといれて。楽しそうなユウキを見れて良かったなぁ、って」

 

「ふ、ふーん。そうなんだ……」

 

 まるで何も感じてないかのように返事をしながら膝の上に置いたお弁当に視線を向ける。

 やばい。すごくやばい。無茶苦茶嬉しい。

 今ボク絶対にダメな顔してる。全然顔のにやけが収まらない。頬が自然と上がっていく。

 下向いてるけど耳も真っ赤になってる気がするから意味なさそう。

 顔全体が熱くてたまらない。

 

 くそぅ。こういうことを唐突に口にするのはボクのキャラだったはずなのに。 

 ちくしょう。この場にキリトがいれば、この表情を誤魔化す為に盛大にいじり倒すのに。

 なんでこういう時に限っていないんだよ。

 キリトのバーカ。アホ。おたんこなす。今度黒歴史スグちゃんにバラしてやる。

 

「その、まあ、うん、あれだね。えっと……そう、ごはん! ごはんを食べよう!」

 

「ふふっ、そうね。いただきましょうか」

 

 いただこう。今すぐいただこう。

 その、しょうがないなぁみたいな顔するのほんとは禁止だからねっ。

 あーもう恥ずかしい。

 

「いっただきまーす」

 

「いただきます」

 

 よし。食べて少し落ち着こう。

 大丈夫。冷静になればなにも問題はない。

 ここは別にテンパる場面でもなんでもない。いつものボクを思い出せばいいだけだ。

 そう、いつものボクだ。

 思い出せ、キリトをからかってるボクを。

 思い出せ、キリトをおちょくってるボクを。

 思い出せ、アスナが作ってくれたごはんを一緒に食べたボクを。

 ……あのカレー美味しかったなぁ。また食べたい。

 

「そうだユウキ、週末ってなにか用事ある?」

 

「週末? 特になにもなかったような?」

 

 言いながらスケジュールを確認するが、記憶通り特になにもなし。

 あえて言うなら、いつも通りちょっと遠くまで散歩して帰って、その後ゲームするくらいだけど。

 

「週末なにかあるの?」

 

 ALOでイベントとかあったかな? 告知とか見た覚えはないけど……。

 それとも人手がいるタイプのクエストとか?

 

「わたしの家でお泊り会やろうって話になったからユウキもどうかなって」

 

「……おとまりかい」

 

「そ。お泊り会」

 

「………………お泊り会!?」

 

「え、ええ。わたしの家でどうかなって話なんだけど……いや、だったりする?」

 

「しないしない! 行く! 絶対に行くっ!!」

 

 お泊り会ってあれだよね! みんなでワイワイしながら同じ部屋で寝て、恋バナとかを夜通しでするあれでしょ!?

 やる! 行く! 押しかける!! 

 

「いついつ!? 週末ってことは土曜から日曜? もしかして金曜日の学校終わったあとからとか!?」

 

「えっと、一応土曜日の予定だけど……」

 

「土曜日だね! わかった! いっぱい準備していくねっ!」 

 

 お菓子とかいっぱい用意していった方がいいよね。

 あ、それとアスナの家族にもなにか持っていくべきだよね。お世話になるわけだし。

 すごく楽しみ。心が躍るよ。

 今日は早く帰って準備しないと。

 あと……あ、そうだ。これも聞かないと。

 

「話になったって言ってたし他にも人いるよね。リズとか?」

 

 あとはシリカとかもかな?

 

「リズとシリカちゃんにリーファちゃん、それとシノのん。それにユウキを合わせて5人ね」

 

「おおー、美少女勢揃いだね。これは楽しみが増してくるよ」

 

 お泊り会って友達と一緒にお風呂入ってもいいんでしょ?

 楽しみだ。

 

 ん? どうしたのアスナ寒そうに体を竦めて。 

 

「なんでかしら、急に寒気が……」

 

「風邪? 寒いなら校舎に入ろうか?」

 

 病気は怖いからね。気を付けないと。

 

 

 

 

 

 

 

 その後、なんでもないと言い張るアスナを念のため保健室に押し込んだりしたけど、先生は大丈夫だって言ってた。なにもなくて良かったよ。

 これで、お泊り会も問題なく出来そうだね。よかったよかった。 

 

 放課後。今日の授業も全て終わった。

 本日の放課後予定は特に無し。あとは帰るだけ。

 帰ったらママと姉ちゃんに相談しないといけないな。

 ボク、友達の家にお泊りとか初めてだし。失敗しないようにしないと。

 厳しいと噂のアスナのお母さんに嫌われたりしたら大変だし。

 

 色々考えながら下駄箱に向かうと、そこにはよく知った顔。

 珍しく一人だね。

 小走りで近寄って背中を叩く。一応力は抑えめにしてだけど。

 

「―――とりゃっ」

 

「いてっ、いきなりなん…………なんだユウキか」

 

「なんだとはなにさ、ちょっと失礼じゃないキリト?」

 

 女の子には優しくって言葉を知らないのかねキミィ。

 

「あのな……いきなり叩いてくる方が失礼だと俺は思うけどな」

 

「ボクに免じて許してくれる?」

 

 必殺! 斜め下から瞳ウルウル攻撃!!

 ポイントは胸の前で小さく両手を握ること。

 ボクのあまりのかわいさに喰らった相手は残らず倒れる必殺技だ! 

 

「ユウキのやったことをなんでユウキに免じるんだよ」

 

「ぶぅー」

 

「はいはい、ぶーぶー」

 

 そうやって人の鼻押すなよー。ボタンじゃないんだぞ。

 もー。ボクじゃなかったら普通の女の子は怒るよ、きっと。

 

「アスナはどしたのさ? 一緒じゃないの?」

 

 周りには影も形もないね。いつも放課後デートしてるんじゃないの?

 

「今日は別々で帰るんだよ。さすがに毎日一緒じゃないって」

 

「ふーん。お昼も別々だったのに悲しいねー」

 

「今日はユウキと一緒だったからだろ、それは」

 

「……なんだ、知ってたんだ」

 

「あの中庭のベンチ、テラスから丸見えだぞ」

 

「えっ、そうなの?」

 

 マジか。全然知らなかった。

 じゃあアスナを驚かしてたのも見られてたんだ。

 なら次からはそれも考慮しないといけなくなるな。ちゃんと覚えとこ。

 

「……なあ」

 

「なーに?」

 

「この後もし暇なら一緒にどっか行くか?」

 

「なにそれ、デートのお誘い?」

 

「たまにはリアルで遊ばないかってお誘い。どうだ?」

 

 よく言うよ。

 ボクの返事なんてわかりきってるくせに。

 

「どうしてもって言うなら、付き合ってあげるけど?」

 

「どうしてもどうしても。これでいいか?」

 

「もー。女の子にそんな誘い方したら嫌われるよ」

 

 まったく。そのうちアスナに愛想尽かされちゃうよ。

 

「ユウキぐらいにしかしないから、多分大丈夫じゃないか」

 

「そっか。ならばよし!」

 

 アスナにしないならいっか。

 

「どこ行くの?」

 

「駅前あたりをぶらつこうかと思ってたけど、ユウキはどこか行きたいとこあるか?」

 

「んー、ない! けどアイス食べたい! たい焼きでも可!」

 

 クレープとかでもいいよ!

 

「甘いものくらいしか共通点無さそうだな。ま、それなら駅前でいいな」

 

「よーし、そうと決まればレッツゴー!」

 

 

 

 

 

 

 

「あーおいひぃ」

 

「相変わらずユウキは美味しそうに食べるよな」

 

「美味しそうじゃなくて美味しいの! その言い方は作ってくれた人に失礼だよ」

 

「悪い悪い。じゃあ詫びに俺のも喰うか?」

 

「いいの!? やったね。ではでは、あーん」

 

「ほらよ」

 

 そう言って突き出されたアイスにパクリ、と大きく一口。

 口の中に広がる甘さと冷たさ。美味しい。こっちの味の方が好みかも。

 

「どうだ?」

 

「おいひぃ。アイスはやっぱりいいよね」

 

 SAOでも色々食べたけど、やっぱり現実と仮想現実じゃ結構違うもんだね。

 この一気に冷たいもの食べた時のキーンって感じは現実じゃないと味わえないもんね。

 

「もう一口ちょーだい」

 

「はいはい。ほれ」

 

 あーん。

 おいひぃ。食べ物がおいしいってそれだけで幸せだよね。やっぱり。

 

 あれ? どしたのキリト? いきなり顔をしかめて。

 

「どしたのさ急に? 頭痛くなった? アイスの残り全部ボクが食べようか?」

 

「……いや、改めて今の状況を客観的に見たらさ」

 

「? ……うん、見たら?」

 

「これ、アスナにすごく問い詰められるタイプのヤツじゃないか?」

 

「………ハッ!」

 

 脳内に稲妻が走る。

 確かに! 今までの経験則からして、これはバレたら全く痛くもない腹を探られるいつものパターンな気がする!

 

「……まあ、内緒にしてたらバレないよ、きっと」

 

「……アスナに真っ直ぐ目を見られながら聞かれてもか?」

 

「…………無理、かな」

 

「……だよな」

 

 なんでアスナもリズもシリカも、毎回違うって説明してるのに信じてくれないんだろう。そんなにボク信用ないのかな?

 それかキリト相手なら女の子はみんなそうなる、なんて考えてるのかも?

 自分達がそうだったからってボクも一緒にしないでほしいね、まったく。

 

「……大丈夫だよ、キリト」

 

「どう大丈夫なんだよ」

 

「アスナは誠心誠意話せば必ず分かってくれるから、大丈夫だよ。アスナの彼氏なんだから自信持ちなよ」

 

「……そうか、そうだな! 俺が自信持って言えばアスナなら信じてくれるよな!」

 

 そうそう。

 キリトとアスナの絆は絶対なんだから、問題ないって。

 まあ、それはそれとして。

 

「ボクはキリトに無理矢理されたって言うけど」

 

「おいこらちょっと待て」

 

「ボクは嫌だって言ったのに、キリトが無理矢理押し込んできて……ボクはもうアスナに見せる顔ないよ」

 

「言い方っ!」

 

 よよよ、と泣き崩れる演技。

 完璧だね。アスナに聞かれたらこうしよう。そうしよう。

 

「ったく。………なんでそういうとこはいつも通りなんだよ」

 

「そういうとこはってなにさ。それ以外もいつもと一緒だよボク」

 

「……」

 

「えっ、なにその呆れ顔」

 

 おかしいな。いつも通りのはずだけど……。

 なんかキャラぶれてたりした?

 

「ボクのどこが変だって言うのさ」

 

「……特に多いのはリアルでだけど」

 

「うん」

 

「不安そうにしてる」

 

「……えっ?」

 

「不安そうだって言ったんだ。迷子みたいにどこ行ったらいいのかわかんなそうな感じ」

 

「…………それ、ほんと?」

 

 冗談とかじゃなく?

 

「マジな話だ。だから今日二人きりでご飯したかったんだと」

 

「……アスナも、そう感じてたってこと?」

 

 それで直接会って話したかった。つまりはそういうことだよね。

 

「アスナだけじゃなくてリズにシリカ、クラインとかもだ。付き合い長い連中は軒並み気付いてたよ」

 

 マジか。

 だとしたら相当わかりやすく変だったんだ。ボク。

 でも、さ。

 

「ぜんっぜん、ボクはその自覚ないんだけど」

 

「自覚なさそうだから俺達も対応に困ってたんだよ。そのくせいつも通りな部分もあるしな」

 

「あーっと、なんか心配かけたみたいでごめんね」

 

「いいって別に。それで? 原因に心当たりはあるのか?」

 

 原因ねえ?

 最近のボクがおかしくなった理由。最近のボクに起きてるなにか。

 だとしたら最近ちょっとイラッとした時に見る夢のこと、かな?

 ………いや、多分違うな。 

 

「……これかなってのは一応思い付くけど……」

 

 夢じゃない。そっちじゃなくて、なぜまたあの夢を見る事になったのかだ。

 いつからまたあの夢を見るようになった? いつからボクは違和感を発するようになった?

 決まってる。あれ以来だ。

 

「……聞かない方がいいやつか?」

 

「うーん。そうだなぁ……いや、せっかくだし聞いてくれる? それで解決するかもだし」

 

「分かった。聞くよ」

 

 ちょっとだけ深呼吸。落ち着いて息を整える。 

 大丈夫。なんでもない。

 ただ今思った自分の考えを言えばいいだけ。それだけ。大した事じゃない。

 

「ボクってさ、病気だったって言ったでしょ」

 

「ああ。聞いて、そして怒ったよ。知ってたら戦わせなかったのにって」

 

「いつ死ぬか分からない人が、いつ死ぬか分からない戦場に行くだけなのに?」

 

「それとこれとは別物だろ。それに俺達だけじゃなくて他の攻略組のメンバーもそのこと知ったら絶対にユウキのこと怒るからな」

 

「もーごめんって。―――で、本来なら治らないはずだったわけじゃんボクって。家族含めてさ」

 

 あんな夢みたいな薬が出来てくれなければ。

 

「それはっ! ……そうかもしれない、けど」

 

「うん。で、多分今ごろにはボクはもうこの世界にはいなかったわけだ」

 

「…………」

 

「でも生きてる。治ったから」

 

「病気だったって聞いて怒ったけど、治ったって聞いて嬉しかったんだぜ俺達全員」

 

「うん。ボクもそう言ってくれてすごく嬉しかったよ。……でもさ、SAOに行ったばかりのボクは薬が出来るなんて知らなかったわけで、クリアしてもすぐ死ぬことになるってずっと思ってたんだ」

 

 だから、嘘を吐いた。

 だから、誤魔化した。

 怖くて恐ろしくて、ずっと泣き出したい気持ちを隠す為に。

 

「しょうがないだろ。未来の事なんて誰にもわからないんだから」

 

「……ふふっ、ふふふ。そうだね。そりゃそうだよね。はははっ」

 

「今なんか変なこと言ったか?」

 

「ううん、ごめん。なんでもない。―――未来の事は分からない。こんな当たり前のことをボクは忘れてたんだね」 

 

 未来を知っている。なんてこと自体がおかしいのは当たり前のことなのにね。

 ボクが紺野木綿季として生まれて、ユウキであると自覚したからこそ忘れてしまっていた。

 ほんとボクってバカだよなぁ。

 

「だからあの頃のボクは一応覚悟して生きてたんだよ」

 

「覚悟?」

 

「そう。いつ死んでもいいっていう覚悟」

 

「……」

 

「愛してくれる家族がいた。一緒に遊んでくれる友達がいた。共に戦う仲間がいた。ボクは最高に幸せだったって最後に言う覚悟」

 

「…………ユウキ」

 

「でも生き残った。生き続けられた。生きていいって言われた。その時のボクの気持ちを想像できる?」

 

 なんて言うけど、ボクも今話しててやっとわかったんだけどね。

 どこかモヤっとしたままで今の今まで言語化できなかったボクの感情。ボクの悪夢の理由。

 普通ならすぐわかるんだろうな。

 

「……嬉しかったんじゃないのか。ずっと死ぬって思ってたんだろ」

 

「うん。嬉しかったんだ。いっぱい泣いていっぱい笑って。―――で、落ち着いた後に思った。『怖い』って」

 

「怖い? 病気は治ったのに何が怖かったんだ?」

 

「んー、カッコつけて言えば先の見えない未来、になるのかな」

 

 死ねと言われ続け、一人寂しく死んだ以前のボク。

 家族を愛し愛される平穏の中で、生きる幸せを知った幼少期。

 突如として思い出すことになった『ユウキ』の死の未来。

 まるで、世界がボクに死ねと言っているのかと思ったあの日。

 

 一人が寂しくて、愛してくれる家族がいて、未来を思い出し未来を諦め、最期を覚悟した。

 でも、世界は今度は「生きていいよ」と告げてきた。

 

 ボクの心はごちゃごちゃだ。

 存在を否定されて死んで。生まれてきて喜ばれ。未来がない事を知って絶望して。そして今度はなにもしてないのに求めてた未来を渡された。 

 

「絶望したら希望が来て、その希望が絶望に変わって、また希望が戻ってきた。―――なら今の希望もまた消えてしまうんじゃないかって、そうは思わない?」

 

「……それは」

 

「巡り合わせが悪かっただけって? ボクもそう思うよ。ただの考え過ぎだって」

 

「ならっ」

 

「でも未来は分からない。だから、怖いんだ」

 

 だから夢を見るのだろう。

 ボクが一番辛かった頃の夢を。

 ボクの存在を否定されていた頃の夢を。

 また、絶望が訪れた時に「やっぱりね」ってすぐに諦められるように。最近妙に見る頻度が高いとは思ってたけど。多分こういうことだよね。

 バカみたいな自己防衛だ。我ながら意味があるとは到底思えない。

 

「気にしなくていいよキリト。結局のところ、こんなのはただの被害妄想に過ぎないんだから」

 

 そう。ただ無駄にボクが物事を否定的に捉えてるだけ。

 もしかしたら交通事故に遭って死ぬんじゃないか、とか。

 突然通り魔に襲われるんじゃないか、とか。

 はたまた隕石が落ちてきてみんな潰れちゃうんじゃないか、とか。

 そんな話でしかない。別に深い意味なんてないんだよ。 

 

「だいじょーぶ。そのうち時間が解決してくれるよきっと。今の状況にも慣れるさ」

 

「……よくないだろ、全然」

 

「ううん。いいんだよこれで」

 

「いいわけないだろ。友達が苦しんでるのに放っておいていいわけあるかよっ!」

 

「……ならキリトは友達だったら誰でも助けてあげるの?」

 

「そんなの決まって」

 

「―――誰も望んでないのに?」

 

「なっ」

 

「キリトはさ、確かに英雄だよ。誰にも出来ないことをしてみんなを助けた」

 

 SAOの途中クリア。

 キリト以外では出来なかったであろう偉業。それは確かだ。

 

「でもだからって、友達だからなんて理由で心に踏み込んでいいわけじゃない」

 

「そうかもしれない。でもっ」

 

「俺なら救えるって? それはさすがに傲慢だと思うよ」

 

 キリトは特別で、主人公だ。

 でも、ただの男の子でしかないのも事実だ。

 ただの友達の問題にそこまで踏み込んでいい理由にはならない。

  

「……確かに俺はユウキにとってはただの友達なのかもしれない。でも、俺はユウキを……」

 

「ボクを? ボクがなんだってのさ?」

 

「―――ユウキのことを、親友だと勝手に思ってる」

 

 親、友?

 ボクが、キリトにとって?

 

「そうだ。俺がユウキを助けたいって思うのはそれが理由だ。ただの友達なんかじゃない。今まで生きてきた中で一番大切な友達だから、助けたいんだ」

 

「…………それが、キリトがボクを助けたい理由?」

 

「……ああ」

 

 なんていうか。

 もー、ほんとにキリトはこれだから。

 

「……ふふっ、ふふふ。あははは」

 

「ユ、ユウキ……?」

 

「ごめんごめん。キリトだなって思ってつい笑っちゃった」

 

「……どんな理由だよそれ」

 

 言葉通り、そのまんまの理由だよ。

 

「―――うん、そうだね。ボクは女の子でキリトは男の子だけど、一緒にバカなことできる親友だもんね」

 

「ああ、そうだったろ。俺達は」

 

「うん」

 

 もーほんとにさー。おかげで心臓バクハツしそうだよ。

 今日はキリトといいアスナといい、ボクをどうしたいんだろうね、ほんと!

 

「……だから、なんだ。頼りないかもしれないけど、ユウキが困ってるならいくらでも手を貸すから。助けてって迷わず言ってくれ。すぐに助けに行くから」

 

「うん。わかったよ。でも今はほんとに落ち着く時間さえあればだいじょーぶだから。また今度、泣きそうになったらその時はすぐにキリトを呼ぶよ」

 

 なにが頼りないだよ。キリトほど頼りがいがある人なんてボク知らないっての。

 

「おう」

 

「うん」

 

「……その、なんだ。そろそろいい時間だし、帰るか」

 

「そだね。帰ろっか」

 

 二人隣り合って歩き出す。

 お互いに顔をちょっと背けながら。恥ずかしい事言いやがって、もー。

 でも、嬉しかったよ。ボクのことを親友って言ってくれて。

 

「ねえ、キリト」

 

「なんだ?」

 

 だから、これは普段は言わない心からのボクのキリトへの気持ち。

 

 

「―――大好きだよ」

 

 

 分かるかな。ちゃんと伝わるかな。ボクのこの思い。

 

 

「―――俺も、ユウキのこと好きだぞ」

 

 

 ああ、よかった。伝わった。

 なら、続きの言葉も分かるよね。

 

 

「「親友として」」

 

 

 ふふっ、ふふふ。

 あーもーっ! 今すぐ体を思いっきり動かしたくてたまらないなっ!

 剣をこれでもかってくらい振り回したくてしょうがないよ、もーっ!

 

「……顔真っ赤だよキリト」

 

「うっせ、そっちこそ首まで赤いぞ」

 

「ちょっとどこ見てるのさ。そーゆーのセクハラって言うんだよキリト」

 

「大丈夫ですー。俺はユウキのことをそういう目で見てないので問題ありませんー」

 

「なにさそれ!」

 

「なんだよ!」

 

 キリト誤魔化し方へたくそ過ぎ!

 そんなんじゃボクの方まで恥ずかしくなってくるじゃんか!

 ボクの親友なんだからもっと上手くやってよね!

 

「あ、そうだ。今いいこと思いついたんだけどさ」

 

「……一応聞くけど本当にいいことなのかそれ?」

 

「ボクはキリトの親友。さらにアスナの友達なわけでしょ」

 

「まあ、そうだな……」

 

「じゃあさじゃあさ。二人の結婚式の時に友人代表としてボクがスピーチするってどう!?」

 

 ヤバい。名案すぎる。

 ボクって天才じゃないだろうか。

 

「…………やだ」

 

「なんでっ!? 絶対盛り上がるって!」

 

「どうせユウキの事だから無い事ばっかり話すんだろ、どうせ」

 

「しないよそんなこと!」

 

「本当かよ……?」

 

 なんだよその怪訝そうな顔は。

 失礼なやつだな。

 

「ある事無い事をこれでもかって盛り付けて、原形をわからなくするくらいだよ」

 

「やっぱりじゃねえか!」

 

「なにさ、どこが不満だってのさ」

 

「全部だよ全部! ……決めた。絶対にユウキには頼まない。むしろ招待しない」

 

「なっ、ひっどーい! それは横暴だよキリト!」

 

 いくらなんでもひどすぎる! ボクだってアスナの晴れ姿見たいのに!

 

「うるせえ! そうでもしなきゃ絶対にユウキは無茶苦茶にするだろ!」

 

 キリトめ。黙って言わせておいたらいい気になっちゃって。許さん。

 

「かっちーん。頭にきた。今謝るなら許してあげるよ、キリト」

 

「そっちこそ。今ごめんなさいって頭下げるなら許してやるぞ、ユウキ」

 

「……………」

 

「……………」

 

「やるかこのヤローッ!」

 

「上等だオラーッ!」

 

 もう許してあげないからな!

 

「18時! ユグドラシルシティ中央広場!」

 

「魔法無し! 飛行無し! 消費アイテム無し! 初撃決着!」

 

「辞世の句を用意して待ってな、キリト!」

 

「そっちこそ首洗って待ってろ、ユウキ!」

 

 宣戦布告するなり家に向かって走り出す。背後から聞こえる足音から向こうも走ってるみたい。

 さて、どうしてくれようか。

 この前のPVPは勝ったけど、また同じ手は効かないだろうし、なにか違う手でいかないといけないな。やっぱり最近作ったOSSで攻めるべきだろうか? でもあれはとっておきにしたいんだよな。どうしよ。

 

 あーでもないこーでもないと考えながら帰路を走る。そして気付く。

 

 ―――今、ボク笑ってる。

 

 別になにも解決してはいない。

 未来への希望も、絶望も。これからボクがどうするべきなのかも定まっていない。不安な気持ちも減っていない。

 今朝、あの夢を見て起きたときから状況はなにも変わっていない。

 もうボクに未来は分からない。ボクの持っている知識とは明確にズレてしまった。明日死ぬかもしれない。明後日死ぬのかもしれない。なにも分からないままだ。

 だけど、一つだけ分かっていることがある。

 

 

 もう、ボクがあの夢を見る事はないってこと。

 

「キリトのバーカ!」

 

 ありがとう。ボクの大好きな親友。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日行われたアスナの家でのお泊り会は、急遽放課後デート査問会に変更された。

 解せぬ。

 

 




ユウキ「あの、みんなどうしたの? なんでボクは真ん中に座らされたの?」

リズ「被告人は先日駅前のアイス店でアーンしあってたという目撃証言があります」

ユウキ「ちょっ、リズ!?」

シリカ「あたしのクラスメイトが見たと証言してました」

ユウキ「シリカ!? 間違ってるよ! その証言には誤りがあるよっ!」

リーファ「アーンしあって無かったと?」

ユウキ「しあってなんか無いよ! ボクはそんな事してない!」

シノン「……してはもらったと?」

ユウキ「そうそう。してもらっただ………ボクは何も言ってないよ」

アスナ「判決を言い渡します」

ユウキ「アスナ! アスナはボクを信じてく」

アスナ「有罪。全員でくすぐり5分の刑に処します」

ユウキ「アスナぁ!? 待って、みんなストッ! ちょ、やめっ」



あけましておめでとうございます。今年も皆様にとってよいお年でありますように。
ちなみに今回で番外編最後です。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。


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