世界一のガンマン (つまようじさんだー)
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序章
1話


ここまでページを開いてくださりありがとうございます。
正直小説を書くのは初めてです、という予防線を張っておこうと思います。
導入は二つに分けて投稿する予定で、どこまで続くかもわかりませんし、親の顔よりも見た王道展開です。
誤字や○○のパクリ等々あると思いますので、その都度ご指摘いただけると幸いです。


偉大なる航路-とある島-

 

 偉大なる航路、それは世界を分断する赤い土の大地と垂直に位置する凪の帯に挟まれた航路。

 海賊王ゴールドロジャーが死に際に放った一言により世界中の海賊がロマンを求め、自由を求め目指す航路。

 その序盤に位置するこの島は度々海賊の襲撃を受けることもあったが、本日はとても平和だ。

雲一つ見えない快晴で、太陽はまぶしいぐらいに町の石畳を照り付けている。

今日の昼食は何にしようか、もうひと段落ついてからにしようかと町の住民たちの喧騒が心地よく広がっている。

 

「いらっしゃいませー!今日のランチはいつものセットにオマケのデザートがついてるよー!」

 

 そんな喧騒の中、一際目立つ声の出どころは町の入り口あたりに位置する食堂だ。

この町では人気の店で、店内は広くカウンター、テーブル、外にはテラス席までついている。

そんな広い店を親子三人で切り盛りしており、特にランチ時は一番混雑しているが、注文から届くまでが早く、しかも味も最高とくるから驚きだ。

 

「おっ、ナギちゃん今日も威勢がいいねぇ。いつもので頼むよ」

 

「いらっしゃいませ!はーい、いつもありがとうございまーす!仕事の調子はどうですか?」

 

「絶好調さ、昨日は雨が降って作業があんまり進まなかったからね、いつもこのぐらい晴れてくればいいんだが」

 

「仕方ないですよ、ここは偉大なる航路なんですから!でも楽しみだなー!早く完成させてくださいね!」

 

「任しときな。もうそろそろ仕上げに入る、お披露目まで楽しみにしときな」

 

「本当!?楽し「カランコロン」いらっしゃいませー!それじゃ楽しみに待ってますね!今日はいつものセットにデザート付きですよー!」

 

「騒がしい子だなぁ、ナギっていう名前が似合わない子だよまったく」

 

 

 慌ただしく他の客へと移っていくナギ。両親は女の子らしく、おしとやかに育ってほしいとのことから"ナギ"と名付けたそうだが、正反対の性格へと育ってしまった。

この店の看板娘として一役買ってくれているとはいえ、もう少し大人しくなってほしいとは両親の心だ。

 当の本人であるナギはこの町の中心に建設中の時計塔の完成を今か今かと心待ちにしている。特に代わり映えのしないこの町がナギは大好きだった。そんな町にシンボルともいえる大きな時計塔を建てようと住民たちがお金を出し合って計画したのだ。それはもう大喜びで暇さえあれば建設予定の広場へと行き、布で囲われた塔を見ているのだ。

 

「いらっしゃいませー!おじさん、この町の人じゃないね?どっから来たの?そうそう、今日はこのランチにデザートがつくんだよ!お母さんのつくるケーキは絶品なんだよ!」

 

 と、初めて見る客に興味津々なナギはメニューを見せながら矢継ぎ早に喋りたてる。カウンターに座る男はウエスタンブーツにジーンズ、少し汚れたシャツの上からベストを羽織っている。頭にはカウボーイハットを深めにかぶっており長い髪の毛が垂れ下がっている。その中でも一際目立つのは腰のホルスターについた拳銃だ。並の拳銃よりも一回りも二回りも大きい。ナギでは持つだけで腕がしびれそうだ。そんな無精ひげが少し残っている男は落ち着いた声で答える。

 

「お嬢ちゃん、そんなにまくしたてられても質問には一つづつしか答えられないよ」

 

「ごめんなさい!じゃあおじさんはどっから来たの?あ、そうそうその帽子かっこいいね、あと注文は何にする?」

 

「お嬢ちゃん、話聞いてたかい?」

 

「お嬢ちゃんじゃない!私の名前はナギだよ!」

 

 男は少し諦めたようにして質問に答えだす。

 

「じゃあ、ナギちゃん。船でなんとなく旅してたら島を見つけてね、腹ごしらえしようと思って上陸したんだよ。注文はこのランチセットでお願いするよ」

 

「じゃあおじさん旅人なんだね!あっ!お父さんいつものセット追加でもう一つね!おじさん旅の話聞かせてよ!「おーいナギちゃん!注文いいかい!」はーい今行きまーす!お昼時が過ぎたら少し暇になるから話聞かせてね!」

 

 男はようやく静かになったと懐から煙草を取り出す。先ほどナギが注文通していた父親であろう人物に煙草を見せ確認すると頷きが返ってきたため、火をつける。

煙草をふかして少ししていると、女の子が料理を持ってやってくる。

 

「お待たせしました!お父さんとお母さんの料理はすっごくおいしいんだよ!おじさんタバコ吸うんだね、ちょっと待ってね灰皿持ってくるから!」

 

 料理を持ってきたと思ったらこちらの返答も聞かずに灰皿を取りに行ってしまう。自前の携帯式の灰皿を持っているのだが、持ってきてくれる手前それを出すのは意地が悪いと思い、持ってきてもらうのを待った。

 言動とは裏腹に仕事はできるようだ。他の客の注文を取りながらも灰が落ちる前に灰皿を持ってきた。少し混んできたようで、今度は喋り倒されることはなかったことに少しほっとした。

 早速、火をもみ消すと料理へと視線を移し、食べ始めた。

 

 

 料理を食べ終わった男は一本だけふかすと満足したのか、お代を置いて店を出ようとする。

 

「おじさん!もうちょっとしたらまた来てよ!旅の話絶対聞かせてもらうからね!」

 

 男は気づかれたか、とおじさんおじさんと少々失礼なナギへ特に何も言わず、手をヒラヒラとさせると店を出ていった。

 

 

 店を出て歩きながらなんとなく町を見渡す。偉大なる航路の島にしては特に代わり映えのしない町だ。偉大なる航路はその特異な気候によって島々の文化の共有というものが乏しい。そのため、その島々で独自の文明というものを築き上げている。例えば一年中冬の島や、その反対の砂漠だらけの島、珍しいところでは恐竜がいまだに生きている島がある。だが、この島はあまりにも何もなかった。外の海との違いと言えば海賊対策が多少施されていることと、雨が多いということぐらいである。

 道なりに少し歩くと開けた広場に出る。そこには布で覆われた巨大な塔のようなものがあった。男はここが町の中心であることを()()すると宿をとろうとまた少し歩み始める。

 宿を見つけると中に入りとりあえず一泊だけすることを伝え部屋の鍵をもらい、自分に当てられた部屋へと入る。机に椅子、そしてベッドと中々立派な部屋だった。窓際の椅子へ腰かけ煙草を取り出す。だが、そこで煙草禁止の文字を見つけしぶしぶ煙草を机の上に置き、ベッドへ寝転がる。しばらく微睡んでいたが、ナギとの約束を思い出し外で時間をつぶそうと宿屋から出た。

 とはいえ、ここは初めて来る町。友人がいるわけでもないので、結局先ほどの広場へと戻ってきてしまった。わきにあるベンチへと腰掛けると煙草を取り出そうとするが、宿屋に置いてきたことを思い出す。男は仕方ないがそろそろ席も空き始めるだろうと店へ戻ろう、とベンチから立とうとしナギが後ろから忍び寄っていることに気が付く。

 

「お嬢ちゃん、店の手伝いはもういいのかい?」

 

「だから、お嬢ちゃんじゃなくてナギだよ!もーせっかく驚かせようとしたのに!」

 

 一体何がせっかくなのだろうか。だが、せっかくナギの方からやってきたのだ、ベンチの空いている半分を勧めるとナギも男の横に座る。

 

「今日はお客さんがいつもより少なかったからおじさんが来る前にここに来ようと思って、そしたらおじさんがいたから驚かせようとしたんだけど…」

 

「だけど?」

 

「おじさんが先に気づいちゃうんだもん!ねぇねぇどうやって気づいたの?」

 

「んー、小さな嵐が近づいたら気が付くのは旅人として当り前さ。僕の船はぼろっちいからね」

 

「もー!おじさんもお父さんみたいに私のこと小さな嵐っていうの!女の子に失礼だよ!」

 

 そうとしか言いようがないからね、とからかうと更にむくれる。面白い子だとは思うが、どうやら本気で怒っているようなので謝罪する。それでもまだ怒っているようなので約束通り旅の話をすることにする。

 すると、先ほどまでの機嫌はどこへ行ったのか少し話すたびに質問攻めにあった。おかげで旅の詳細まで話させることとなってしまった。

 しばらく話すとナギは思い出したかのようにそういえば、と声を上げる。

 

「さっきね!お店におじさんみたいな恰好したお客さんが来てね!名前を聞いてびっくり!あのビリー・ザ・キッドだって!」

 

 男は少し驚いたような顔をしたが、目の前の布で囲われた塔についての話題へとそらそうとする。

 

「へぇ、あのビリー・ザ・キッドね…。それはそうとナギちゃん目の前の布で囲われた塔は何なんだい?」

 

 男は白々しく目の前の建設中の時計塔について尋ねる。

 

「えーあのビリー・ザ・キッドだよ?おじさんも似たような服着てるのに気にならないの?」

 

 ナギは男の質問などお構いなしに話を続ける。

 

「会話しようよナギちゃん…。まぁあまり深く聞きたくないというか、その名前も好きじゃないんだ…。」

 

 息を重そうに吐き出しながらハットを深く被り直し、バツが悪そうな顔で答える。懐をまさぐるが煙草は忘れてきたことを再び思い出す。癖で取り出してしまったライターを手の中で弄ぶ。どうにかして話題をそらそうとし、一つ思いつく

 

「これ以上は勘弁してくれよ()()()()()。」

 

「だ~か~ら~お嬢ちゃんじゃなくてナギだよおじさん!あっ!おじさんの名前はなんていうの?」

 

 ようやく話題がそれたとほっとすると同時にそういえば名乗るのを忘れていたか、と自己紹介をする。

 

「クリス。どこにでもいる旅人で賞金稼ぎのクリスさ」

 



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2話

感想をくれた方、お気に入りしてくれた方ありがとうございます。
読み返して思ったのですが、冒頭の主人公とナギの会話は前回の最後に入れた方がキリが良いので気が向いたときに修正します。
良く言ってテンポがいい。端的に言えば薄い小説ですが読んでいただければ嬉しいです。
誤字や分かりづらい箇所は随時編集しますので報告いただけると幸いです。
それではよろしくお願いします。


 "ビリー・ザ・キッド"

 嘘か本当か実在したとされている伝説のガンマン。数々の逸話が現代まで残っているが中での有名なのが"早撃ち"であろう。

曰く、誰もビリーがホルスターから拳銃を抜く瞬間を見切ることはできなかったという。見物客に言わせると気が付いたら音だけが聞こえ、目の前の相手には穴が開いていたらしい。

 そんな途方もない伝説ばかりが残っている大昔の人物であるが、ここ十年の間に現代のビリー・ザ・キッドと称される人物が現れた。

本名も出身地も謎に包まれており、カウボーイハットに常人には撃つことすらできない程の拳銃を肌身離さず持った賞金稼ぎ。それだけが世間で言われている現代のビリー・ザ・キッドの特徴である。昔から似たような恰好をしている者も多くいる。むしろ、そんな拳銃を持っていることを声を上げて笑うだろう。

 だが、もし噂の銃を持つ人物が目の前に現れたら賞金首は尻尾を巻いて逃げるべきだろう。

 もっとも、その時には手遅れだろうが。

 

 

 

 

 自己紹介も済ませたところで会話を続ける。というよりもナギが続けている。食堂で他の客とは普通に会話していたように見えたのに、何故自分が相手だとこんなにもキャッチボールが上手く成立しないのだろうか。気づけば食堂の隣の家の家庭内事情に詳しくなり始めたあたりでこちらに近づいてくる人影があることに気づく。

 そのクリスと似た格好をした人影は更に近づいてくると声をかけてくる。

 

「アンタが俺とそっくりな奴か?」

 

 男はクリスの全身を満遍なく見渡し、ホルスターで目線を止める。数秒見つめた後少しにやけた顔で続ける。

 

「そんなごつい銃を持ってるが、ひょっとして噂のビリー・ザ・キッドの真似事かい?止めときな。あれはただの噂。本物の正義の賞金稼ぎ、ビリー・ザ・キッドとは俺のことさ!」

 

 訊ねてもいないのに勝手に名乗ってきた。クリスがナギに確認するとどうやら食堂に来たビリー・ザ・キッドらしい。クリスの恰好を見ても何も反応しなかったのに急にビリー・ザ・キッドが来たといい始めたのは本人が名乗っていたようだ。

 

「そいつはどうも。生憎、昔っからこの服と銃を使っているもんでね。」

 

「なら、止めておいた方がいい。最近は勝手に勘違いして襲ってくる輩が多いからな。ビリー・ザ・キッドはそれだけ有名というわけだ。そんな生半可な気持ちでは命を落とすことになる。」

 

 ビリー名乗る男からは悪意は感じられない。クリスを貶める訳でなく単純に心配しているのかもしれない。

だがクリスはため息をつきながらぽつりと独り言のように呟く。

 

「そんな重たいもんじゃないと思うけどねぇ、その名前…」

 

 それを聞いたビリーは声を張り上げる。驚いたナギはクリスの袖をつまむ。

 

「なんだと!あ、いやすまない。大きな声を出して。だがその言葉は聞き捨てならない、俺にとってビリー・ザ・キッドは憧れのヒーローだ!俺の生き様だ!それをそんな風に言うのは許せないぞ。」

 

 すぐに冷静になるビリーだったがどうやら彼はビリー・ザ・キッドに並々ならぬ思いがあるようだ。その一端を聞かされ更にうんざりするクリスだが、顔には出さずハットを取り謝罪する。

 

「それはすまなかった。そんな思いがあったとは思わなかったんだ。だが大きな声出さないでくれ、この子が怯えている。」

 

「こちらこそすまない、謝罪させてくれ。ともかく覚悟無しにそんな格好していると厄介なことに巻き込まれるということを伝えたかっただけだ。」

 

 クリスは今まさに巻き込まれているといいたかったが、頭の中にしまっておく。

 そして、ビリーがそれを言い残し去ろうとした時だった。

 

「海賊がきたぞーーー!!!」

 

 

 

 

 

 子供の頃から腕っぷしはそこまで強いわけじゃなかった。努力はしたつもりだ。武器もいろいろ試したがどれも自分には合っていないと感じた。それでも人並には使えるようになった。けどそこが限界だった。

 ビリー・ザ・キッドの伝説に出会ったのはそんな時だった。銃はその特性上ある程度訓練さえすれば一定の強さは保証されている。構えて、狙って、撃つ。それだけだ。だからこそ、一般市民や海軍の新兵が持つものとして普及している。だからこそ、一定以上の強者は銃を保険として一応持っている事が多い。銃では本当の強者には勝てないのだ。

 ビリー・ザ・キッドは違った。本当にあったことなのか眉唾物な話は多い。だが、俺にはそれが希望だった。今まで銃の訓練という訓練はしてこなかった以上時間は掛かった。それでも他の武器よりは自分に合っている気がした。そうして訓練を重ねる内に認識を改めた。銃は強い。世界を見渡せば銃を使う強者だってそう数はいないもののいるにはいる。そう、銃は強いのだ。

 それを確信した俺は少しでもビリー・ザ・キッドに近づき、自分を追い込むためにもハットをかぶって今日も戦う。

 "弱きを助け強きをくじく"そんな正義の賞金稼ぎビリー・ザ・キッドを名乗るようになったのだ。

 

 

 

「町の入り口方の港に海賊たちが来たんだ!もう武器を抜いて町を襲う気だ!皆早く奥に逃げるんだ!」

 

 海賊の襲撃を知らせに来た男はひどく慌てた様子でそう叫ぶ。すると住民はアリの巣をつついたかのように家から飛び出し我先にと町の奥へと逃げようとする。ここは偉大なる航路。海賊の襲撃など何度も乗り越えてきたがすぐそこまで海賊が来ているのなら話は別。自衛手段を持たない住民は逃げ出し、少しでも押しとどめようとする男たちは武器を持ちだす。

 

「皆さん落ち着いてください!俺は正義の賞金稼ぎビリー・ザ・キッド!皆さんの安全は俺が守る!落ち着いて逃げるんだ!」

 

 流石は正義の賞金稼ぎは伊達ではない。落ち着いた大声で人々の動揺を収め、対処している。それを聞いた住民もビリー・ザ・キッドの名が効いたのか落ち着きを取り戻し多少もたつきはするが町の奥へと移動しようとする。

 そんな中ナギが疑問を口にする。

 

「おじさん、この町の人じゃないよね?」

 

 住民たちは足を止める。確かによくよく顔を見てみれば海賊の襲来を知らせに来た男はこの町では見たことがない。人々の足に迷いが生じる。そこへ追い打ちをかけるようにクリスが続ける。

 

「ナギちゃんの言う通りだね。あんた町の入り口の()()()()の港の海賊船から降りてきただろ?しかもあんたが誘導した方向には武装した海賊たちが待ってるね」

 

 住民たちに動揺が走る中クリスは続ける。

 

「町の皆さんも逃げるのなら家の中だ、このビリー・ザ・キッドくんに任せて戸締りをするんだ。」

 

 住民は突然のことで固まっているが男がにやけた声を出したことで疑問は確信へと変わる。ナギは相変わらずクリスの袖を握りっぱなしだったが両親を見つけると走っていく。一瞬だけクリスの方を振り返り目を見るが、いつも通り何かを諦めたような目をしていた。

 

「よくわかったじゃねぇかおっさん、お頭!誘導は失敗しやした!出てきてくだせぇ!」

 

 すると町の奥の方からぞろぞろと男の中まであろう一味がやってくる。先頭を立つ船長であろう人物が笑う。

 

「クシャシャシャシャ!住民を誘導させて楽~に町にあるもん根こそぎ奪ってやろうと思ってたが、なかなかやるじゃねぇかおっさん!」

 

 特徴的な笑い声が目立つその男は蛇のような目つき、そして腰の右側の留め具には鞭が留めてある。

それを見たビリーが驚きの声を上げる。

 

「お前は懸賞金8000万ベリーの"千蛇のドーガー"!何故こんな序盤の海に!」

 

 "千蛇のドーガー"

 偉大なる航路でも有名な海賊で、蛇のように町を丸ごと奪っていくことから残虐な海賊として賞金がかけられている海賊だ。悪魔の実の能力者という噂があるが、本人が使うところを誰も見たことがないという。

 

「俺の武器はこの鞭だ。」

 

 ドーガーは鞭を留め具から外すと、鞭を振りかぶりと音を鳴らし始めた。その爆音によって空気が震え、住民たちの恐怖を煽る。

 

「俺はこいつ一つでこの海を成り上がってきた!この鞭よりの速さには自信があってな。」

 

 鞭の音が止む。するとドーガーの手にはビリーのハットがあった。そこでビリーは自分のハットがないことに気づく。その様子を確認すると上機嫌そうにビリーの足元にそのハットを投げる。

 

「クシャシャシャシャ!この通り!誰も反応なんてできやしねぇ!」

 

 ビリーは悔しそうに足元のハットを被り直し睨みつけるが、ドーガーは続ける。

 

「だが最近妙な噂を聞いてな…。なんでもあの伝説のビリー・ザ・キッドの再来だってな!そこで俺の鞭とそいつの早撃ち、どっちの方が早いか試したくなってな!俺は卑怯な手も使うが男として勝負してみたくなったんだが…、その様子じゃあの噂は嘘みてぇだったな!」

 

 更に機嫌がよくなったのかクシャシャシャシャとそれに続き後ろの船員の嘲るような笑い声が町に木霊する。船員のの一人が銃を抜きながらビリーに野次を飛ばす。

 

「お前程度があのビリー・ザ・キッドだって?なら俺も今日からビリー・ザ・キ「ドンッ!!」っどぉぉ…」

 

 脳天に穴が開き、事切れた海賊は最後まで続けることができず音を立てて崩れ落ちる。船員たちは静まり、ドーガーは感嘆の息を漏らす。

 

「確かにお前の鞭は見えなかった。だからって俺の早撃ちを舐めてもらっちゃ困るぜ」

 

 抜いた銃口から硝煙を立ち昇らせるビリーは不敵に余裕を見せる。こんな大物と殺り合うのは初めてだが、ビリー・ザ・キッドを目指している以上いつかは、いや、すぐにでも倒さなければいけない敵だ。何よりも自分の銃の腕前を舐められたまま返すわけにはいかない。そう自分を奮い立たせ、策を考える。幸い相手は鞭でこちらは銃。鞭の届かない安全な位置から撃てばいい。俺はまだこんな所で躓いている場合じゃない。安全に勝つ。()()に。そこまで考えたところでドーガーの声がそんな思考の邪魔をする

 

「ほう、予想以上じゃねぇか。お前を見くびっていたようだ。案外噂は本当だったのかもな?」

 

 落ち着け。これは挑発だ。と自分に言い聞かせるが次の言葉は聞き捨てならなかった。

 

「お互い手の内を見せあったところで勝負しねぇか?お互いの射程距離内で決闘だ。まさか逃げねぇよな?ビリー・ザ・キッドちゃん?」

 

 ビリー・ザ・キッドの名に懸けて。

 

 

 

 

 

 

 

 ビリーとドーガーが挑発を繰り返す中、クリスは住民を家の中に避難させていた。ナギは両親の元に帰っていったのにも関わらず両親と共に広場に残っていた。一瞬ナギが振り返り目が合ったが何だったのだろうか。期待するような目をしていたが…。ナギの親子以外にも数人がクリスの後方へと集まり,似たような目線をクリスへと送っていた。何故こんなにも注目されているのだろうか、目の前では命の殺り取りが行われようとしているのに。後方の男がクリスに近づき声をかける。

 

「この決闘、どっちが勝つんだ?」

 

 まるでクリスが結果を知っているかのように尋ねる。

 

「純粋な実力は互角なんだけどねぇ。何度かお互いに撃ち合った後、十中八九ビリーが()()る。」

 

 確信をもって勝敗の結果をクリスが宣言した直後、決闘が始まる。銃声と鞭の音がほぼ同時に鳴り、鞭と銃の音が交互に響き渡り始める。しかし、時折銃声のみが止み、鞭の音だけが聞こえる。

 

「銃ってのはリロードを挟まないといけない。ビリーが持ってるのはフリントロック式リボルバー。一般的な銃よりも連射はきくが撃ち尽くしてしまえば長いリロードが必要になる。だからそのためにも」

 

 ドーガーが笑い、勝利を確信したところで銃声が鳴る。ドーガーは持っている鞭を弾き飛ばされ右手を抑える。

 

「二丁目を用意している。だがそれは」

 

 今まで銃を持っていた右手ではなく、左手で撃ったビリーはしてやったりと口角を上げる。恨みがましく右手を抑え膝をつくドーガー。勝機は逆転した、と銃を右手に持ち替え脳天へと標準を合わせる。言い残すことはあるか?とはビリーの言葉。返すドーガーは二丁目には気をつけなと呟く。首を傾げるビリーだがその意味を身をもって知ることとなる。

 

「相手も同じだ。そして相手は海賊。となれば次の行動は」

 

 ドーガーのコートの内側から硝煙が立ち、ビリーの右肩からは血が噴き出す。更に後ろの部下たちも銃を手に持ちビリーを狙う。先ほどの決闘の時の何倍もの銃声が鳴り響くが、それをかわし続けるビリー。しかし、既にドーガーの手には弾き飛ばされた鞭がある。さすがに部下たちの一斉射撃を受けながらドーガーの鞭は躱せない。地を蹴り体を捩じるが脇腹へと一撃もらい、()()取られる。

 

「決闘なんて捨てる。まぁ実力では勝ってたよビリーは。ただ、相手が悪かった。」

 

 深いため息をつき、予想を的中させたクリスはそのままビリーの元へと歩き始める。

 

 

 

 

「クシャシャシャシャ!危なかったぜキッドちゃんよぉ。拳銃使いが二丁目を隠し持っているなんて当然だからなぁ、鞭を弾き飛ばさせたのはワザとさ。」

 

 ビリーは卑怯だと声を出そうとするが、口がうまく動かず呂律が回らない。それどころか体がマヒしてしまっている。そして何故か脇腹はまるで噛み切られたかのようにえぐられている。

 

「結局決闘なんてのは海賊相手じゃ成立しねぇのさ!だが、お前はよくやったぜ?キッドちゃん?」

 

 嗚呼、ここで死ぬのか。体が動かない分、思考がぐるぐると回る。命のやり取りをしていた以上、死ぬことへの覚悟はできていた。だが、騙し討ちで死ぬなんて。俺も秘蔵の二丁目を使ったしお互い様か、そういえば伝説の最後も騙し討ちだったな。俺みたいな偽物が同じ死に方なんて贅沢かもしれないな。最後に少しでもビリー・ザ・キッドに近づるなんて…、いい人生だったな…。

 

「その通り、よくやったねビリー君」

 

 クリスがビリーのそばへとしゃがみ込み声をかける。ドーガーとは違い敗者を称える言い方だ。ビリーは思う。もし、この人が、噂通りの恰好をしたこの人が本物だったら、看取られるのも悪くないな。そこで意識は途切れる。それを見届けたクリスは立ち上がりドーガーへ交渉を仕掛ける。

 

「さてとドーガー君、君はビリー・ザ・キッドと勝負がしてみたいんだったね?」

 

「クシャシャシャシャ!まぁそうは言ったが今ちょうど決着がついたとこだぜ?決闘、のなぁ?」

 

 ドーガーは更に下品に笑い声を響かせる。そこへクリスは続ける。

 

「違う違う。噂の、つまりは本物のビリー・ザ・キッドと勝負してみたいんだろう?」

 

 海賊たちの笑い声が止みクリスの話を聞く体制となる。

 

「僕は本物のビリー・ザ・キッドの居場所を知っている。それもこの島にいる。それで取引だ。俺は本物の居場所を教える。君はその鞭の秘密を教える。どうだい?」

 

 クリスは相手に口を挟ませないように次々に交渉内容を話す。

 

「ハッタリだろう?俺に話をさせてその間にそこの小僧の治療をしようって魂胆だ。それに俺にメリットがねぇ」

 

「メリットならあるさ。君はビリー・ザ・キッドの噂を聞いて偉大なる航路を下ってくるような海賊だ。手は卑怯だが噂を聞いて戦いたいってのは本心なんだろう?」

 

 事実ドーガーは自分の腕前を試してみたいという気持ちはあった。だからこそこの取引に乗った。

 

「いいだろう。その交渉、乗ってやる。ハッタリだったら…、わかってんだろうな?」

 

 クリスは頷くとドーガーは鞭の絡繰りを話し始める。

 

「手配書には俺が能力者だがその能力を使用したところは見たとこねぇって書かれてる。それは()()()だ。能力者なのはこの鞭さ」

 

 すると、ひとりでに動き始め、変形する。

 

「この鞭はヘビヘビの実モデル"ブラック・マンバ"人間の限界を超えた速度で走る鞭の先端に触れたが最後、こいつの牙でガブッって寸法さ」

 

 海賊団員たちがドーガーをわざとらしく驚き、笑う。気分を良くしたドーガーが笑う。だが、それを聞いてなお表情一つ動かさないクリスを見、顔をしかめさせる。当のクリスは良かったと呟きこう続ける。

 

「ブラック・マンバの血清ならちょうど持ってる。本物が君を倒した後でも十分間に合うね」

 

 それを聞いていて一層顔を歪ませるドーガーは今にも鞭を振り出しそうな勢いで叫ぶ。

 

「くそったれが!どんな偶然だよまったくよぉ!さぁ俺は教えたぞ!本物の居場所を教えな!目の前の俺さ、なんていった日にゃお前をこの鞭で丸のみにしてやるぞ!」

 

「まさか?僕の交渉は時間稼ぎ、本物は君たちの()()にいるよ」

 

 嵌められた、とドーガー達は急いで振り返るが誰もいない。町の通路があるだけで家の中にも屋根の上にも誰もいない。ハッタリじゃねぇかと激昂したドーガーはクリスを鞭で滅多打ちにしてやろうとするが

 

「嘘はついてないさ。ほら、君たちが振り向いたせいで僕が後ろになったろう?」

 

 "ドゴァーーン!!"

その言葉と同時に、およそ拳銃が出すであろう銃声を遥かに超えた爆音が鳴り響く。

 

 懸賞金8000万ベリー"千蛇のドーガー"悪逆非道な行為を繰り返した海賊はそこで絶命した。

 

 

 

 

 




最後のくだりはfgoのビリー・ザ・キッドの絆礼装が元となっています。
あれにも元ネタがあるのかもしれませんが僕はそれしか知らないです。
主人公の銃の元ネタはコブラのパイソン77です。
主人公の見た目の元ネタは次回の後書きにて書かせていただこうと思います
次回エピローグを挟んでから少し原作に絡んでいきたいと思います。


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3話 エピローグ

感想をくれた方、お気に入りしてくれた方、評価をつけてくれた方ありがとうございます。
今回時間の描写に自信がなく、非常にわかりづらくなっているかもしれませんがよろしくお願いします。


 目を覚ますとそこは部屋の中だった。窓に目を向けると外は日が落ちており、町の住民たちの騒ぐ声が聞こえる。隣にある机の上の水差し、清潔感のある白いシーツに包まれたベッド、手当された自分の体を見るとどうやら病室のようだった。ビリーは部屋の真ん中から釣り下がる電球を見つめながらドーガーとの戦いを思い出す。決闘とはよく言ったものの、体のいいハンディマッチだった。銃の特性を活かし、相手の攻撃の届かない距離を保ちながら打ち続けばよかったのだ。相手は海賊。もとより最後まで決闘が成立するとは考えていなかった。だが乗っかったのは自分だ。幼いころから心の指針であったビリー・ザ・キッドの名を出されては挑むしかなかった。ビリーの名に懸けて、というやつだ。初手の早撃ちが勝負所、一発で奴の脳天に風穴を空けてやればことは済んだ。だが、鞭に阻まれ何合か撃ち合う羽目になった。そうなるともう懐の秘密道具の一発。これにかけるしかない。案の定大振りになったところで鞭を弾き飛ばし勝負はついた筈だったんだが…。結局のところ奴の方が一枚上手だったそれだけだ。それだけ。それだけなのに…。それからの事は余り思い出せなかった。嘲笑う奴の声、動かなくなっていく体、そして、すぐ傍で大砲でも撃ったかのような爆音。

 コンコンコン、とリズム良くノックする音が聞こえ、意識が切り替わる。ドアを開けて入ってきたのは少し白髪の混ざった頭の白衣を着た男。

 

「もう目覚めたのか!さすがは鍛えているだけあって回復が早い。」

 

 男はこの町で医者をやっている男だった。俺はあれからドーガーがどうなったのかを尋ねるが、水でも飲んだらどうかと勧められ、水差しを手に取る。コップに水を注ぎ、一気に飲み干して一息つくと医者の男は話し始めた。どうやら医者の男は広場に残っていたらしく、俺が負けてからの事を詳細に聞かせてくれた。なんでも噂のビリー・ザ・キッドがあの男だったらしくドーガーを正々堂々と背後から討ち取ったという。それから部下の海賊たちはあっさりと引き下がり、町に平和が戻ったらしい。

 

「そうそう、君宛に手紙を預かっているよ」

 

 手紙を受け取る。内容は短かった。『正義のビリー・ザ・キッドへ 蛇に警戒しなよ 噂のビリー・ザ・キッドより』

 それを読み終えた瞬間、ベットから跳ね起き、部屋から出る。傷はまだふさがっていないようで大分痛むが我慢できない程ではない。医者の男の静止の声も聞かずに廊下を走る。今更探したところで会えるとは思えないし、会ってどうしたいのかも分からない。ただ会わないといけないと思ったのだ。入り口のドアを開け放ち外へと飛び出す。

 すると、もう傷は大丈夫なのかい?と病院の前で煙草を咥えながら右手を挙げるクリスを見つけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドーガーを撃ち抜いた直後、辺りは静寂に包まれた。住民たちは馬鹿でかい銃声に驚き、海賊たちはそれ以上に船長の胸に空いた大きな穴に驚いていた。だが、次第に船長をやられたことの怒りと騙し討ちされたことへの怒りが爆発しそうになる。そこでクリスが大きく息を吐きながら落ち着いた声で言った。

 

「まだ、やるかい?」

 

 すると、怒りの形相を浮かべていた海賊団だったが、副船長だろうか?渋々と船のある町の反対側へと去っていった。船に戻っていくのを確認したクリスは、懐に手を入れようとし煙草は宿屋にあることを三度思い出したようだった。先ほどとは違い、大きく息を吸い込みため息をつくと一言。

 

「フーッ。煙草が吸いたい。」

 

 この言葉をきっかけに喜びの歓声で溢れた。

 

 

 一旦煙草を取りに宿屋に戻った後、一枚の紙を持ったクリスはビリーが目覚めたら渡してくれと医者に手紙を託し、港の方へと足を向ける。それを見たナギはクリスの元へと走り、袖をつかむ。

 

「おじさん!どこに行くの?」

 

「だから、クリスだって…」

 

「クリスおじさん!」

 

 どうあってもおじさんは変わらないのか。おじさんなのは自覚しているクリスだが、どことなく残念そうな顔をしていた。

 

「僕は目立つのが好きじゃなくてね。もうこの島から出ようと思ってね。」

 

 その言葉に住民たちは再びクリスに注目し、居心地の悪そうなクリス。礼をさせてくれ!いくらでも泊まっていってくれ!と住民たちは口々にクリスを引き留めるが、「礼はいい」と一言だけ告げると歩みを進めようとする。そこでナギが大声で言う。

 

「まだ旅の話してもらってない!」

 

 その言葉にクリスは立ち止まる。

 

「色々お話はしたけどおじさんの旅の話は聞いてないよ!約束したもん!絶対に聞かせてもらうって!」

 

 立ち止まったクリスへ住民たちも続けてお礼を渡そうとする。そして、クリスはハットを深く被り直し、上を向き、両手を挙げる。

 

「分かった、降参だ。礼は受け取ろう。旅の話もしよう。」

 

 海賊を追い払った時よりも大きな歓声が町全体に響き渡る。やれやれとため息をつくクリス。その目はやはり諦めたような目をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタ…。でも良かった。出航前にもう一度会いたかったんだ。」

 

 手紙を読んでもう出航したものだと思っていたビリーは笑みを浮かべながら口にする。当の本人はバツが悪そうにしている。その様子からやはり手紙だけ渡してさっさと出ていくつもりだったようだ。

 

「まだ傷は痛むみたいだけど、血清が効いたみたいだね。たまたま持っててよかったよ。」

 

 そんな偶然があるのだろうか。だが、理由はなんであれクリスに助けられたビリーは礼を言う。クリスは気にするな、と煙を吐き出す。

 

「ここは騒がしい、ちょっと海岸まであるかないか?」

 

 ビリーが誘うと二人は並んで歩き始めた。

 

 無言の二人が町を抜け、外れのちょっとした森を抜けると港へでる。港と言ってもいくつかの桟橋と小さな舟がいくつか止められただけの簡素なものだ。いつもは気まぐれな偉大なる航路の海だが、今日はゆったりとした波を立て舟を揺らしていた。

 

「本物…だったんだな…」

 

 ビリーは海を眺めながら絞り出すように呟く。自分こそが本物だと周りに豪語していたビリーだが、それも今日まで。話を聞いたところドーガーを倒したのも騙し討ちだし、この男の実力はまったく分からない。それでも何となく確信があったのだ。

 クリスは何も答えない。

 

「思えば初めて見た時から気づくべきだったんだ。今までアンタと同じ格好で、似たような銃を持つ連中は何人か見たことがある。」

 

 その連中も自分こそが本物だと宣伝していたが、その実態は実力の伴わないものだった。そもそもの話、噂通りの馬鹿でかい銃なんて早撃ちには全く向いていないのだから。

 

「そういう連中は俺が初めてアンタに会った時みたいに忠告してやると怒り出す。お前こそ偽物だろう、ってな。それで決闘騒ぎまで発展するんだが、結局まともに銃を抜けなかったり懐から別の銃を出したりで、それはもうお粗末なもんだったよ。」

「けど、アンタは違った。怒る訳でもなく、俺を貶める訳でもない。ただ、ビリー・ザ・キッドの名は重くないと言っただけだ。」

 

 そこまで言うとビリーはクリスの方へ振り向き続ける。

 

「クリスさん。ならなんでアンタは自らビリー・ザ・キッドを名乗らないんだ?」

 

 "ビリー・ザ・キッド"

その名を軽いという者はいないだろう。世界各地におとぎ話や伝説というものは残っている。世界的に有名なものやその地域固有のものもある。ビリー・ザ・キッドの伝説はその前者に当たるものだ。その名を名乗るのだ。それ相応の覚悟は必要となってくる。

 それを重くないと言うのだ。クリスはその伝説を歯牙にもかけない強さを持っているという自負があるのか。そんなビリーの思考を読んだかのようにクリスは答える。

 

「ただ、いい歳したおじさんが"子ども(キッド)"を名乗るのは恥ずかしいじゃないか。それに、確かに重くないとは言ったけども…」

 

 そんなしょうもない理由を語るクリスだが、途中で言いづらそうに止める。意を決したのか煙を吐き出し、その勢いに任せるように続ける。

 

「それでも僕には()()()()。」

 

 クリスからすれば他人が自分をどう呼ぼうが一々訂正するようなことではない。(流石に一度名乗ったのに妙な呼ばれ方するのは気にするようだが)

 だが、自分の意志で名乗るとなると話は別。目立つのが好きではないクリスからすればわざわざ注目を浴びるような真似はしたくない。何より他人の伝説なんぞ背負うような覚悟は持ち合わせていないのだ。

 

「ならなんでそのハット被ってんだよ!」

 

 ビリーからすればそんな覚悟もないような者が勘違いされそうな恰好をしているのは自分を馬鹿にされているように感じたのだ。これには答える気がないのか、クリスは首を横に振る。

 それを見たビリーはコインを取り出すと、クリスへと突きつける。

 

「……。決闘だ…!。オーソドックスに落ちた瞬間、勝負を始める。俺はアンタを殺す気で行くぞ!」

 

 一方的に決闘を持ちかけるとクリスの返答も待たずに距離を取り、向かい合わせになる。クリスはビリーの目を見るが本気のようだ。ドーガーと決闘していた時のような、死ぬ覚悟を終えた者の目。

 

「一応、理由を聞いてもいいかい?」

 

「ビリーの…。ビリー・ザ・キッドの名を賭けるってやつだ。」

 

 それを聞いてようやくクリスも勝負する気になったようで咥えていた煙草を地面に吐き出すと靴で揉み消し、足を少し広げスタンスをとる。ビリーも同じように銃を撃つための体勢をとると考える。

 ドーガーの時とは違う。おそらく一発で勝負が決まる。こちらが狙うは頭ではなく胴体の心臓付近。少しでも打つスピードを上げるためにできるだけ下を狙う。今自分が出せる最高速度をもって銃弾を叩き込む。もしクリスが負けるようなことがあれば噂なんてそんなだ。その時はこれからも自分がビリー・ザ・キッドを名乗り続ける。

 雲が月明かりを遮り辺りが暗くなる。再び月が二人を照らし出すとビリーがコインを指に乗せ腕を突き出す。

 

「行くぞ」

 

 甲高い音をたててコインが弾かれ放物線を描く。そして地面へと落ちた瞬間、

 

"ドゴァーーン!"

 

 鳴った銃声は一発のみ。ビリーの耳に聞き覚えのある爆音が鳴り響く。ビリーの右手には何もなく、ただ人差し指が空を切る。

 対してクリスの手には銃が握られており、銃口からは硝煙が立ち上っている。懐から出した新しい煙草をくわえると同時に、ビリーの後方からホルスターごと吹っ飛ばされた銃の落ちる音がする。

 

「やっぱりクリスさん。アンタが本物のビリー・ザ・キッドだよ。」

 

 ハットを手に取り胸の前へ持ってくる敗者は勝者を称える。

 

「アンタに俺の夢、託させてくれないか?」

 

 煙草に火をつけ煙を吐き出す。そして、ハットの上から頭を掻き、深く被りなおす。今日も煙草が旨い。だが、いつもより重たい味がした。

 

 

 

--数年後--

 

 あれから数年経った。クリスはあの後、銃声を聞きつけた町の住民たちに見送られこの島を去った。たった一日にも満たない出来事だったが、確かにこの町の歴史の刻まれた出来事。

 町の中心の時計塔はちょうど12時を知らせる鐘を鳴らす。すっかりと習慣へと馴染んだ音を聞くと、昼食をとろうかと住人たちの喧騒が心地よく広がり始める。今日も雲一つない快晴だ。

 

「いらっしゃいませー!今日はいつものセットにオマケのデザートにスープもついてきますよー!」

 

 そんな喧騒の中、一際目立っているのは町の入り口の食堂だ。少し大人びたナギの声が店の外まで響き渡っている。相も変わらず大盛況だ。そこへ赤ん坊の泣き声が聞こえる。

 

「お母さーん!()()()が泣いてるよー!」

 

 一つ変わったのはナギに家族が一人増えたことだ。まだまだ赤ん坊だが弟ができたことでナギも多少はお姉さんらしく落ち着き、両親は喜んでいる。名前はもちろんビリー・ザ・キッドのビリーからきている。だが皆考える事は一緒でこの町に新しく生まれた赤ん坊の内、4人がビリーと名付けられている。

 

「いらっしゃいませー!あっ!()()()さん!今日はデザートとスープがつきますよ!」

 

 ナギが数年前のあの時までビリーを名乗っていた男に声をかける。

 

「そりゃいいね。じゃ、いつもので頼むよ。」

 

 元気よくかしこまりましたと注文を通すナギ。クリスが去った後もジョンはこの町に残り続け、時々来る海賊たちを狩る用心棒をしていた。おかげでこの島は今まで以上に平和だった。

 

「あれから丁度五年か…。」

 

 ジョンは一人、思い出しながらつぶやく。自分がビリー・ザ・キッドの名を捨てた日だ。あれからクリスとは会っていないが、時々噂は流れてくる。今やビリー・ザ・キッドと言えばクリスということが広まり、昔のような偽物は見かけなくなったらしい。ジョンがあの日のことを懐かしんでいると時計塔から警報が鳴り響く。すると店の客は一斉にジョンへと視線を送る。

 

「まったく昼時だってのに…。一応非難の準備はしておいてくれよ。」

 

 時計塔の警報は海賊の襲来の合図である。久々の仕事だ。さっさと終わらせてランチにしよう、と銃の中の玉を確認しながら店を出る。

 

 

「久しぶりだな、キッド君よ!船長の恨み、晴らさせてもらうぜ!」

 

 その海賊とは五年前にクリスが追い払った千蛇海賊団だった。船長のドーガーは死んだがまだ解散せずに保っていたようだ。それを聞いたジョンは余裕の笑みを浮かべながらも少し顔を顰め返答する。

 

「俺はもうその名前は捨てたんだよ。それにしても遅かったじゃないか、クリスさんの警告があったからいつかは来ると思ってたが。」

 

「クリス…。忌々しい名前だぜ!あの時から有名になったもんだ。今や世界一のガンマンの名声を手にしたんだからな!だが、奴はこの島にはいない!この五年間、俺たちは強くなった!あの時船長の亡骸から回収した鞭も今や自由自在だ!この島でお前を倒し、新・千蛇海賊団の誕生の日にするのさ!」

 

 あの時の副船長らしい男が効かれてもいない事をペラペラと喋る。どうやらこの日を狙って襲いに来たようだ。それを聞いてなお余裕の表情を崩そうとしないジョンに苛立ったのか、鞭を持った男は声を張り上げる。

 

「再戦だ!あの時と同じようにお互いの攻撃の届く範囲で決闘をするんだ!もちろん構わないよな?」

 

 ある事に気づき驚きの表情を浮かべるジョンだったが、すぐにその顔に笑みを戻す。あの時の再現がしたいのならこちらも同じ手で行こう、自分は気絶していたから言伝に聞いただけだが大丈夫だろう。

 

「その前にアンタの言葉に一つ訂正があるぜ。本物のビリー・ザ・キッドはこの島にいる!」

 

「おいおい、それにはまだ早いしお前のセリフでもないだろうが!」

 

 気にせずジョンは続ける。

 

「アンタが勝手に喋ってくれるから時間稼ぎをするまでもない。ほら、本物はアンタたちの後ろさ!」

 

 千蛇海賊団は誰も振り向こうとしなかった。五年前と同じ手口だ。誰も騙されはしない。激昂する千蛇海賊団。だが、ジョンは銃を手に取ろうともせずに続ける。

 

「俺は嘘はついてないさ。ほら、アンタたちが()()()()()()()()せいで後ろは後ろのまんまだろ?」

 

 "ドゴァーーン!!"

 その言葉と同時に、五年前と同じく銃声とは思えないほどの爆音が鳴り響き、鞭を持った男の胸に大きな風穴を空ける。

 ナギの嬉しそうに名前を呼ぶ声を皮切りに、町の住民から歓声が上がる。

 

「やれやれ、ちょっと寄るだけのつもりだったんだけどね。」

 

 ウエスタンブーツに色あせたジーンズ、少し汚れたシャツの上からベストを羽織りカウボーイハットを被る男は今日も煙草を咥え、銃を撃つ。

 

 

 これは、"ビリー・ザ・キッド"と称された世界一のガンマンの話である。

 




主人公の見た目についてなんですがアイシールド21のキッドみたいな感じをイメージしております。煙草の描写に関しましてはジョジョ第三部のホルホースのイメージです。
とりあえず、原作前はこれで終わりで次回かその次の回辺りで麦わらの一味と遭遇したいと思います。
おそらく時間が空きますがよろしくお願いします。


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