ヒッパーに赤いマフラーをプレゼントしたい (なし)
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ヒッパー、来日
うそ、全然終わらなかった。
はっきり言って、僕は歪んでいる。
僕はある司令部で指揮官をしている。
戦力となるのは艦船少女、つまり年頃の女の子。健常な日本男児なら羨むような立場だ。でも僕は違った。
あまり僕は好意を向けられたくないのだ、面倒臭いから。そう言うわけにして、この仕事はあまり自分には向いていないと常日頃からいっていた。
指揮官と艦船少女は恋愛関係になることも多いと聞く。僕が考えたその理由は、吊り橋効果というやつだ。
艦船少女は死の危険がつきまとう。だからこそ好意をあまり持たない相手だろうと、命を預ける相手に依存してしまう。
それは違うんじゃないか、僕はそう思っていた。でもそう思うのは僕だけなのだろう。
ケッコン指輪という装備の需要から見てもわかる。その装備が発明されるやいなや、瞬く間に売れる売れる。各地司令部にある明石商店の売り上げを総合した時、ケッコン指輪が他を突き放して圧倒的一位だったらしい。
ここの司令部の艦船少女もそうだった。
信頼する目で見て欲しくない、僕はそれほど優れた人物ではない。
失敗して怒られないのを驚かないでほしい、それを命じたのは僕なのだから。
予想外のことを褒められて驚かないでほしい、それに値するだけの働きをしたのだから。
まったくままならない、僕は当然のことをしているだけなのだから。褒められる要素などない、誰かがやらないといけないことだから。代われるものなら代わってほしい、やれる人がいないのなら、僕が指揮官になるしかない。
そんな僕にとって、彼女は異質で全く新鮮なものだった。
ある春の一日、執務室では細々とした着任式がおこなわれようとしていた。通常なら適当に流していいかと思うものの、今回は事情が違う。
よその司令部から一人派遣されてくる、そういうわけだった。
仮に雑な対応をして戻っていった時に、あの司令部は酷いとか言われようものなら面倒だった。
少なくともそう言うところは、僕はちゃんとしていた。
「それにしてもこの基地に派遣されてくるだにゃんて……」
そう着任式の準備をしながら、明石はポツリと呟いた。
僕に対して、好感度が高すぎる子ばっかりの司令部の中で、ビジネスライクな関係を保ってくれる明石の存在はありがたいものだった。
「戦力が足りないともいったつもりはないんだけどね……」
「たぶん問題児の厄介払いにゃ」
「問題児ねぇ……」
問題児と問題児を掛け合わせると、優等生になるとでも思っているのだろうか、呆れてため息をつく。
「ま、問題児ならこっちも楽に対応できるでしょ」
こっちに好意を向けてくれなければ、だが。
「そう言うところ指揮官はちょっとずれてると思うにゃ……」
「なにが?」
「なんでもにゃいにゃ」
「ふーん……」
明石の手伝いのおかげで着任式の準備も終わり、あとは来るのを待つだけだった。
「いつ来るんだっけ?その問題児とやらは」
「ヒトマルマルマルにこちらに到着予定、だからそろそろだと思うにゃ」
「ふーん……」
窓から外を眺めると、丁度黒塗りの車が司令部のゲートの前に止まるのが見えた、おそらくあれがそうだろう。車を降りた彼女の綺麗な金髪が煌めいて見えた。
「はぁ?あんたが指揮官?こんなどこの馬の骨ともわからないやつにまで指揮官をやらせるなんて、戦況はもうそんなに切迫しているわけ!?」
執務室の扉がいきなりバン!と、強く開けられての開口一番がそれだった。
明石が驚愕の表情を浮かべる中、僕は笑いを抑えるのに必死だった。僕の求める理想的な部下の姿がそこにあった。
「し、指揮官になんて口だにゃ……」
「いや、いい。ようこそ舞鶴基地へヒッパー殿」
「……ふん!」
明石はもう泡を吹いて気絶しかけていた。いや別にこの程度で、僕が酷い対応をするわけがないとわかってるだろうに。
「着任式はもう十分だろう、明石!この基地と学園を案内してあげてくれ」
「わ、わかったにゃ、良かったな新入り、あの指揮官は優しい人にゃ」
「なによ、あんな馬のh」
慌てて明石がヒッパーの口を塞ぎ、外へ連行していった。
あぁ、初対面であんな口をきかれたのはどれだけ久しぶりのことか。
未だに笑いを堪えるのに必死だった、抑える必要なんてないのに。
あの金髪が綺麗な彼女のことを思う、赤いマフラーが似合うだろうな。そう思いながら。
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≠ハムマンがおでん芸を習得するということ
夏は鍋よりおでん
執務室には、彼女と僕がいた。
春に派遣されてきた彼女、ヒッパーは肌にじっとりと汗をにじませていた。
汗でべったりと張り付いた服と肌を伝う汗は、僕にはとても艶めかしく見えた。
いつも活発に動いてるアホ毛は、元気なく垂れ下がり、僕に涙目で懇願する。
「もう許して……」
「いやだめだ」
即答、彼女を逃すわけにはいかなかった。荒い息を吐きながら次の目標を狙う。むわっとした海産物の特有の匂いが鼻をつく、なんで僕がこんなことをしなきゃいけないんだ。
「……口を開けろ」
「(ふるふる)」
首を振り明確に拒否をしめす。口を開いたら、僕が掴んでいるそれを突っ込まれるとわかったのだろう。そりゃそうだ、こんな熱くて太いものを突っ込まれたくはないだろう。下手したら火傷しそうだ。
「はぁ……」
ため息をつく、なんでこんなことになったのか。夏は僕らを狂わせる季節らしい、そう僕に思わせるぐらい淫靡な場面だった。
両者の間に、煮えたぎったおでんがなければだが。
●
ヒッパーが派遣されてきて数ヶ月経った、夏のある日のこと。
夏の真っ盛りながら、執務室にはエアコンがなかった。正確に言えばエアコンはあった。修理予定、という紙が貼られたものだったが。
僕が知らないうちに、明石がエアコンを魔改造しようとして失敗したらしい。さらに酷いことに元に戻すこともできないという。
「ごめんなさいにゃ……」
僕の目の前で、涙目になりながら土下座をする明石を責める気にはならなかった。まあ、僕のためを思ってやったことだし。適当に流して今に至る。
それが昨日のこと、今日になっても未だ修理担当がやってくることはなかった。明石さんよ、もしかして依頼するの忘れてないか。そう尋ねようにも何故か明石の姿が見えなかった。まあ、商店でなんか問題があったのだろう。
冷房器具がない執務室での仕事はあまり捗るものではなかった。食堂で仕事をすることも考えたが、流石に周りの目線がきになる。結局、僕はいつもの執務室に戻ることになった。
●
暑い暑いといいながら執務をこなす。こんな暑い部屋には、誰も寄りたくはないのだろう。いつもはよく現れる明石ですらいなかった。
まあ静かなのはいいことだ、僕はそう思った。片手で団扇を仰ぎながら、淡々と溜まった資料を処理する。水着装備による作業効率の上昇なんてくだらないものもあった。
チラッと目を通す。水着には能力を直接的にあげる効果はないが、精神面にいい影響を与えるらしい。装備を試しているのはハムマンだったか。確かに最近の委託任務でも、大成功続きだったはずだ、オカルトじみたものな気がするが、試すの価値があるかもしれない。そう思いながらハンコを押す。
暑さでの効率ダウンと、一人で黙々と作業を進めたことによる効率アップはプラマイゼロだった。
目を通していた資料から顔を上げる。誰かがこちらに慌ただしく近づいて来るらしい。扉の向こうから、ドタドタという足音が次第に大きく聞こえて来る。
「指揮官助けてくれにゃ!!」
誰が来るんだと身構えていたら、今日一日姿を見せなかった明石が突然執務室に飛び込んできた。
「……なんだよ」
「間違って商店に海鮮出汁香る熱々おでんを50食分入荷しちゃったにゃ!!」
「それで?」
「指揮官にも消費するのを手伝って欲しいにゃ!」
思わず天を仰ぐ、これは怒ってもいいんではないだろうか。
「この猛暑でサウナとかした執務室で」
「にゃ」
「熱々おでんを食べろと?」
「そうにゃ」
あまりの怒りに、思考が一周回る。
そうだ、素晴らしいアイデアを思いついた。
「そうだ、ヒッパーとおでんを食べよう」
「……正気かにゃ?」
正気じゃないとしたら、君のせいだろうに。
そんな言葉は飲み込み、漏らさない。
確か、ヒッパーは今日は寮舎で休日を満喫してるはずだ、明石におでんの準備とヒッパーの回収を命じ、執務室の外へ放り出す。
夏の暑さは、確かに僕の頭を蝕んでるらしかった。
●
そして冒頭に戻る。
明石はおでんの準備をし終えるなりそそくさと逃げ、僕とヒッパーだけでおでんが煮込まれた鍋を囲むことになった。
ちくわぶの押し付け合いは結局僕が折れ、涙目になりながら少しずつかじっているとヒッパーが口を開いた。
「で、なんで私がこんな暑い日に、マヌケとおでんを仲良くつつかなきゃいけないのよ」
「僕の道連れが欲しくてね」
「このカス……そんなことだと思ったわ」
春に来てから数ヶ月たっても、僕に対するキツイあたりは変わらなかった。
だからなのだろうか。
「うん……本題に入ろう」
「なに?」
「ほかの仲間に馴染めていないと聞いたが、大丈夫か?」
「……」
多分他の仲間に対しても、僕と同じような口を聞いているのだろう。それは反感を買うのは当然だ、僕のようなものは少数派なのだから。
「明石から色々聞いた、駆逐艦の子を怖がらせているとかね」
「あんたになにがわかるのよ!」
「うん、なんにもわからない」
「ッだったら!!」
「だから謝る、すまなかった」
「……は?」
素直に頭を下げる、これは全面的に僕に非がある。そう思っていた。
「僕がもっと早く把握するべきだった、間に入るべきだった」
「あんたは関係ないでしょう、それは私が!」
「いや、違わないね。僕の怠慢だ」
言葉を遮り、言葉を紡ぐ。
「司令官はそういうものなんだよ。部下の個性を把握し、適切な仕事を割り振っていく。僕にはそれができていなかった」
彼女は押し黙っていた。納得してくれただろうか?
「君は僕のことを嫌いだろう?」
「……は?」
「いや、言わなくてもわかってる。僕以外に内心を打ち明けられる人を見つけるんだ。例えば明石とか、あいつはいろいろ迷惑ごとを引き起こすが」
エアコンとか、このおでんとかね。そう言って苦笑いをする。
「あれでいて、良いところもたくさんある。僕が司令官を続けられているのは彼女のおかげだよ。拠り所が1つあるだけで人は強くなれる、そういうもんだよ」
らしくもないことを語った、ちゃんと伝わっただろうか。でも、まあこれで後で明石に仲介しとけばなんとかなるだろう。
そう思い、対面の彼女を眺める。いつもぴょこぴょこ動くアホ毛は完全に静止し、ヒッパーの顔から感情を読み取ることはできなかった。
●
気まずい空気が続く中、突然扉が開いた。
「にゃ!?」
「おい指揮官、任務完了のお知らせだ。感謝するんだぞ」
沈黙を破ったのは扉が開いて転がり込んで来た明石と、水着姿のハムマンだった。
とりあえず地面に転がったまんまの明石に声をかける。
「遅かったな明石、なにやってんだ」
「な、なんでもないにゃ」
「指揮官、明石は扉の前で聞き耳を立ててたぞ」
「嘘だにゃ!!」
「本当のことじゃない!!」
フーッと猫のように毛を立て、明石とハムマンは威嚇し合っている。そこまで喧嘩をすることじゃないだろうに。
「とりあえず明石、おでんを食うぞ」
「よ、用事を思い出したにゃ!」
「ハムマン、確保」
逃げ出そうとした明石はあっさりとハムマンに捕まった、駆逐艦に速度で勝てるはずがないのだ。
「ハムマンも隣座れ、一緒に食べるぞ」
まさか自分にまで矛先が向くと思わず、そのまま帰ろうとしていたハムマン。
ギギギと壊れたおもちゃのようにハムマンは振り向いた。
「し、指揮官?ハムマンは水着姿なのだけど?」
「……ヒッパーと俺はハムマンと一緒におでん食べたいと思ってたんだけどな」
「しょうがないわね!感謝しなさいクソ指揮官!」
即座に隣に座るハムマンは、やっぱり友達思いのいいやつだな、そう思った。
ヒッパーもハムマンも遠慮なく僕のことを罵倒してくる貴重な相手だし、仲良くなれそうだなという浅い計算をしてたのは、いうまでもないことだ。
「それじゃあハムマン、ヒッパー、明石。僕は少し外の空気を吸ってくるから」
「「「は?」」」
このあとめちゃくちゃ縛り上げられて、おでんを口に流し込まれた。
ハムマンが熱々おでんを食べる世界線はどこ
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シムスのヒッパー観察とその他雑記
シムスのヒッヒッヒッとか変わった口調、書き言葉だと出せないの悲しいね
◯月◯日
指揮官からヒッパーを気にかけるようお願いされた。今日から観察日誌をつけることにする。
ヒッパー、他所から派遣されて来た重巡型。
初対面で指揮官に罵声を浴びせたことから、あまり評判はよろしくない。
あれでいて指揮官は人望がある、本人が知ってるかは知らないが。
私から見ても指揮官は自分を卑下しすぎだ、何か理由があるのだろうか。
話を戻そう。
指揮官に罵声を浴びせただけなら、ここまで反発が長く続くこともなかっただろう。
指揮官もそう思ってたはずだ。
予想外だったのは、心を誰にも開かなかったことだ。
何を考えているかわからない相手は怖い。
派遣されてくるのは問題児だという悪い印象もあり、誰も近づこうとしなかった。
私からしてみれば妹のハムマンと似たようなものだと思うのだが、鉄血には余りいい印象がない。
あの指揮官に演習の度に色目を使ってくる他所の銀髪泣きぼくそ巨乳重巡が大体悪い。
会う度にウィンクをするな、指揮官に。
まああの指揮官はそんなものに流されるような人ではないのはわかってるが。
まあ明日からはお願いもあるし、ハムマンと一緒に絡みに行こう。
◯月×日
ヒッパーがいつも発してる近寄るな的な雰囲気が薄れている。
おかげで絡みやすくなったのはありがたかったが、予想外だったのはハムマンが彼女と仲が良さげだったことだ。
後で話を聞いてみると、昨日指揮官に熱々のおでんを食べさせることで意気投合したらしい。
今は夏だぞ指揮官、私のイタズラでもそれは流石にためらうレベルだ。
やはり似た者だからウマが合うのか、今度から委託は二人を合わせることを上申しよう。
◯月△日
ひどい目にあった。
上申したら、私だけあのポートランド、インディのシスコンサンドにジャベリンの代わりに組み込まれることになった。
なるほど私たち姉妹と組ませることより、ジャベリンと仲良くさせて人間関係を広げさせようと言うことなのだろう。
確かに理にかなっている。
私が酷い目に合うことを除けばだが。
あの二人が重巡型の硬さを生かして突っ込むのに私まで巻き込まれるのだ。孤立すると良い的だ、正直私はジャベリンほど回避に自信があるわけではないので常にヒヤヒヤしている。
出来れば速さを生かした戦闘をしたいのだが、あの二人が遅すぎる。
あぁ、我が妹の煙幕が恋しい。敵の砲撃が至近距離を音を立てながら通り過ぎる度、戦艦の砲撃が巻き上げる水を体に浴びる度そう思った。
帰ってくるとハムマンとヒッパー、ジャベリンで仲良くカレーを食べていた。ジャベリンとヒッパーが話してるのを重桜の駆逐級達が珍しそうに眺めていた。
指揮官と話す時よりいたって普通、むしろ優しげな雰囲気から話しかけたそうだった。
あの子達は臆病だが好奇心が旺盛だ、すぐに話しかけるだろう。
私は疲れているからそれ取り持つ気はなかった。
疲れた、もう寝る。
明日からはあのシスコンコンビから組み合わせを変えるように頼もう。
◯月×日
今度はヒッパーがあのシスコンコンビに組み込まれた。
まあ私より酷い目には合わないだろう、重巡3人コンビだし。一日しか空いてないとはいえハムマンが懐かしく思えた。
というか、ハムマンの水着自慢が鬱陶しいのを完全に忘れていた。指揮官から水着をもらったのはハムマン一人だけで、それを大変誇りに思ってるらしい。確かに指揮官がプレゼントというのは非常に珍しいが。
今度、私も指揮官に水着を強請ろう。
ハムマンをくすぐり倒しながらそう思った。
任務が終わり司令部に帰ってくると、すでにシスコンコンビは帰港していた。
話を聞くとヒッパーに運悪く魚雷が直撃したらしい、特に異常はなかったが大事をとって帰ってきたとのこと。
まあ、3人とも鈍足だしそんな日もあるだろう。
執務室へ任務の報告にいくとヒッパーが部屋から飛び出してきた。
指揮官の頰が腫れていた、多分ヒッパーにビンタされたのだろう。ハムマンが憤慨していたがとりあえず宥める、指揮官が何も言わないということは
晩御飯の食堂にヒッパーの姿は見えなかった、明日フォローするとしよう。
貸し1つだぞ、指揮官
◯月◻︎日
話しかけたそうにしてたのに、昨日の食事の時ヒッパーがいなくて戸惑っていた如月。その他重桜駆逐、睦月、卯月、水無月。それと私とヒッパーで委託任務に出た。
やはりというべきか、指揮官という共通の話題をぶら下げると、駆逐級の子達はすぐにヒッパーに食いついた。
多分彼女に対する性格に対する誤解も解けただろう。
指揮官の話になると延々と話し続けるヒッパーを見て、駆逐級の子達は
(あぁ、この人こういうタイプのアレか)
みたいな顔をしていたが、ヒッパーが気づいた様子はなかった、バレバレである。
委託任務中、暇なので今日のこの日誌を書いているが、ヒッパーがたまにこっちをじっと見ていることに気づく。何だろうか?まさか書いているものに気づいたのだろうか。
気をつけよう。
◯月●日
ヒッパーはこの一週間で大分ここに慣れてきたようだ、たびたび話しかけられているのを見る。いい流れだ。
そのようなことを報告をしようと執務室に行くと、そこは地獄だった。
なぜか真っ赤に染まったおでん、多分臭いからして激辛のものなのだろう。その鍋を明石と二人っきりで囲んでいた。
見なかったふりをして私は帰った。
ヒッパーと通り過ぎたが、声を掛けそびれた。
後ろからヒッパーの悲鳴が聞こえてきた気がするが、多分気のせいだろう。
◯月◼︎日
明石商店が休業していた、多分昨日のおでんのせいだろう。冥福を祈る。
執務室に訪れると指揮官もダウンしていた。今日のところは帰ろうと思ったが、ヒッパーの話だと聞くと無理にでも聞こうとしていた。
かなり心配してるらしい。そんなに気にかけているのかと思い、ヒッパーのこの一週間についての報告をすると安心した顔をしていた。
報告がおわり、執務室をでるとヒッパーがいた。
話を聞かれていただろうか?まあ、聞かれていても大丈夫だろう。
◯月▲日
まずい。
休日で惰眠を貪っていると、扉をガンガン叩く音で目を覚ました。
叩いているのはヒッパーらしい、私が書いているものを知っているとそう言っている。
慌ててこの日誌を隠そうにも、時間と場所がない。
無の境地に至り、ここまで書いている。
今扉をぶち破る音が聞こえた、もうだ
ここで手記は途絶えている。
ハムマンにしれっと煙幕習得させるな
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おでん、明石とポートランド
ハムマンもそう思うよな?
短編日刊ランキングに載ってることに今更気づきました、ありがとうございます
ヒッパー要素が薄すぎる気がしてならない
3話で終わらせる←むりでした
「さて、組み合わせをどうするか……ね」
おでんを流し込まれたのも、もう数日前のこと。
ようやく修理が終わったエアコンを最大限稼働させながら、一人呟く。
今日も明石と仲良くおでんの消費をする、昼下がりのことだった。
「ヒッパーのことかにゃ?」
「そうだよ、餅巾着はいらん。明石にあげる」
ひょいひょいっと鍋から餅巾着だけを明石の取り皿に輸送する、それを見て明石は激した。
「やめるにゃ!明石は猫舌なのにゃ!!」
その言葉にとりあえず僕は箸を置いた。
「でも明石が原因だよな?本来なら僕がおでんの消費を付き合う必要はないはずなんだけど」
「う、うぐ……」
わざとらしくため息をつきながら、餅巾着を1つだけこちらに回収する、ため息をつくのがミソだ。
「はぁ……取り敢えず一個は食べるから、後の三個は食べるんだぞ」
「……わかったにゃ」
やったね、譲歩完了。
もとより餅巾着を全て押し付けられるとは思ってなかったので、これで成功と言えるだろう。
「なんの話してたっけにゃ?」
こてんと首をかしげる明石、なんだったか。
「おでんの嫌いな具材の話じゃなかったっけ?」
「餅巾着一択……もっと大事なことあったはずにゃ」
餅巾着は猫舌にとって、とても辛いものであった。餅がなかなか冷えない上に、嚼むと熱い出汁が飛び出しかねないという二重の罠。
明石は巾着を2つに割って冷ましていた。
多分これが一番賢いと僕も思った。
明石はふうふうと餅巾着を冷まして食べてるのを見て、ふと明石焼きが食べたいなぁと思う。
あれは熱々の玉を程よい温さの出汁につけて、適温にして食べるのが美味しい。
たこ焼きパーティーの代わりに明石焼きパーティーでもやりたいなと思う、おでんの消費が終わったらだが。
未だに大量にあるおでんの在庫を思いだし頭が痛くなる。消費期限がすぐに迫っているなら、罪悪感なく食堂でみんなで消費するという手を取るのだが、無駄に賞味期限がながい食材ばかりだった。練り物でさえ何故か賞味期限が長かった、生物じゃないのか。
一応軍なので野菜とかでなければ、消費期限が短いものを選ぶ理由がないのだろう。
無駄に賞味期限の長いこんにゃくをつつきながら、そう考える。
「あぁ、ヒッパーの組み合わせの話にゃ。なにかあったにゃ?」
「うん、ハムマンと仲いいらしいが、そろそろもっと輪を広げるべきかなと思ってね」
「にゃ、明日はどうするにゃ?」
「……予定ではポートランドとインディに、シムスと入れ替えるはずなんだが」
「ちょっと待つにゃ」
その言葉に違和感を覚えたのか、明石の箸が止まった。
「なんだ?」
「今日のヒッパーの組み合わせは?」
「ジャベリン、ヒッパー、ハムマン」
「……シムスはどこにいったにゃ?」
「ジャベリンの代わりにポートランド姉妹と一緒に」
明石は大袈裟に天を仰いだ。
「あの
「……まぁ、少し可哀想だとは思ったが。あの二人についていける駆逐級もかなり少ないからな」
一応シムス、ハムマンの2人はこの司令部では、最古参の部類であった。だからこそ信頼している姉妹でもある。
「たしかに……必要な犠牲となったのにゃ」
「まだ死んでないだろ」
びしっと明石のおでこにデコピンをする。
少し涙目でおでこをさすりながら、明石は口を開いた。
「それはともかくシスコンコンビに入れることはいいと思うけど、少し足の遅さが不安にゃ……」
「それはそうだな。一応明日はバルジを持たせるよ」
「それがいいと思うにゃ」
それきり会話が途絶え、執務室に黙々とおでんを消費する音だけが響いた。
あぁ、僕は何をやっているのだろうか。
●
ポートランドは妹が大好きである、それはもう目に入れても痛くないほどにだ。
と言うわけで大体いつも同じ編成にしてくれる指揮官には割と感謝している。
「指揮官ー、今日のインディちゃんも可愛くないですかー?」
「そうだな」
何やら眺めてる資料から目を逸らさず、適当に返事をする指揮官。まあいつも通りのことだった。
「ちゃんと見なきゃダメですよ、指揮官!ほら私の妹!」
そう言って、私の背中に隠れようとするインディちゃんを前にずいずいっと突き出す。
「お姉ちゃん恥ずかしいから……」
「大丈夫だって、ね!指揮官!」
ようやく資料から顔を上げ、インディちゃんをじっくりと見つめる指揮官。
「可愛いでしょー?」
「……あぁ、今日も可愛いと思う」
その言葉を聞いた瞬間、インディちゃんは拘束から抜け出して、脱兎のごとく逃げ出した。
呆然と立ち尽くす私と指揮官、やっぱりまだだめかなーそう内心で呟く。
ため息をつきながら指揮官は言った。
「インディも僕から褒められても嬉しくないだろうし、やめたらどうだ?」
「そうかなー?」
「だから逃げ出したんだろ?」
私は気づいていた、気づきにくいがインディちゃんの顔が赤く染まったいたことに。
褒められて照れたから逃げ出したんだろう。
そう思ったが特にそれを指揮官に伝えることはない、なんか悔しい気がした。
インディちゃんが指揮官に取られると思ったからだろうか?いや、私は指揮官ならインディちゃんをもらっていってもいいと思ってた筈だ。
ならばインディちゃんに対する嫉妬だろうか?
「女の子は褒められて嫌なことないよ、インディちゃんもそう」
「そうかな」
「そうそう、だからインディちゃんをうーんと褒めて上げてね!」
ばちーんとウィンクを飛ばす。
私はそれでいい筈だ、インディちゃんを支えてあげる影法師。
「インディは僕が褒めなくても、いつも可愛いってポートランドもわかってるだろ?」
「お、いうねー!わかってきたじゃん指揮官ー、私よりずっと可愛い妹、姉より優れた妹は存在したのです!」
「いや、ポートランドもインディと同じぐらい可愛いと僕は思うぞ」
数秒遅れてその言葉を飲み込んだ。
突然の誉め殺し、こういうところがあるからこの指揮官は。
「ッ〜!!」
「ちょ、痛い!痛いって!」
照れ隠しから思わず、指揮官の背中をバシバシと叩いてしまう。
いけないいけない、冷静にならなければ。
一回深呼吸する。
よし、これでいつも通りだ。
「やっぱり指揮官はそう軽々しく褒めないほうがいいです、禁止です」
「どっちなんだよ……」
「指揮官がいうと本気にする子が後をたたなさそうなんで」
僕に褒められても嬉しくないだろうに、そう呟きながら頭をがりがりと搔く指揮官。
この指揮官はいつになったら自分に自信を持つのだろうか、そうため息をつく。
「まぁいい、本題だ」
「あーそういえば任務の話だったね、なになに?」
インディちゃん云々でうやむやになっていたが、元は今日のお仕事の話だった筈だ。何だろうか。
「今日の任務はヒッパー、インディ、ポートランドで当たってくれ。」
指揮官は真面目な顔をして、そう言った。
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アーンってやってもらうと割と恥ずかしいby明石
ハムマンはウィンナーコーヒーに詳しいとか、そんな設定はないと思うよ。
日刊総合ランキングに入ってました、ありがとうございます。
相変わらずヒッパー出番なし、9割おでん。
今日も今日とておでんを消化する日々、ふと1つ思いついた。
「……ハムマンってやっぱりウィンナーのこと嫌いなのだろうか?」
「唐突過ぎるにゃ……」
呆れた顔をしながら明石は鍋から大根をとった、そろそろ練り物も飽き始める頃だろう。
ウィンナーをまた一口かじる。
「ハムマンがおでんを食べなかった理由を考えててさ、やっぱり気に入らないのはこのウィンナーな気がして来たんだが」
「それもしかしてハムに掛けてるにゃ?」
「もちろん」
「……つまらないにゃ」
少しだけ、ほんの少しだけ僕は傷ついた。
上の蛍光灯を見上げる。
多分目にゴミが入ったのだろう、ジワリと視界が滲んだ。
「泣くんじゃないにゃ」
「……泣いてないよ」
そう言いながら、視線を戻す。
とりあえずこの
取り皿に入った餅巾着を掴む。
餅巾着?
餅巾着がたしかに4つ、取り皿の中に入っていた。
やあ、僕はお●んくん、よろしくね。
そんな幻聴が聞こえた。
「なあ、明石」
「なんだにゃ?」
「だれがこの餅巾着を僕の所にいれた?」
次の瞬間、明石は逃げ出した。
あいつあの一瞬でやりやがった!
慌てて僕は扉から逃走を図る明石を追う。
おそらく僕がおでんから視線を逸らした、その一瞬の隙だろう。あの瞬間までは餅巾着の動向に僕は気を使っていた。
昨日の話で僕と明石の一番嫌いなものが、餅巾着と被っていることはわかっていた。
ならば、警戒するべきは餅巾着の押し付け合いだ。明石がおれて、自身からそれをとることは考えられない。絶対に最後まで残るか、どちらかに押し付けるかしか決着はない。
しかし、あの一瞬。
ほんの数秒の間に音もさせず、此方に押し付けるとは。
なるほど、あいつもおでんによって成長しているのだな。
僕は明石に追いつくことを諦めながら、そう思った。
既に明石は扉の直前にたどり着いていた、後はもう扉を開けるだけでおでんからの逃亡は完了する。
明石も逃げ切ることに成功した、そう思ったはずだ。
「指揮官、ただいまー」
次の瞬間、勢いよく開かれた扉に弾き飛ばされるまでは。
「ぐぇ」
年頃の女の子が出すとは思えないような声を出して、明石はノックダウンされた。これがおでんから逃げた罰なのだろう。
いまだに自分が何をしでかしたのか、何もわかっていないポートランドにいう。
「……執務室はノックしてから入りなさい」
任務からの帰還にしてはあまりにも早いな、そう思いながら。
●
とりあえず明石を逃げないように縛り上げ、ポートランドの報告を聞いていると不穏な言葉が聞こえた。
「魚雷が直撃した?」
「そう、たまたま流れ弾がね。ついてなかったねーあれは」
ヒッパーに直撃、それがなにか引っかかる気がした。
なにか重大な見落としがあるんじゃないか?しかし報告の途中なので、それについて深く考えることをしなかった。
「それで大事を取って帰還したと」
「うん、ヒッパーちゃんムキになりそうだったし」
戦場において冷静さを失ったものからやられていく。
それをポートランドはちゃんと理解していた。
インディが物事に絡んでくる時、彼女の判断と思考は恐ろしく冴え渡るものがあった。
もう少しインディインディ言ってないで、自分に自信を持てばいいものを。
ポートランドも指揮官に対して同じことを考えていることなどまさか思いもよらなかった。
「……確かにな、たいした怪我にはならなそうなんだな?」
「それはもう全然大丈夫!バルジ待たせといたんでしょ?」
「一応な、僕だけの考えじゃないさ。明石の提案もあったし」
そういいながらはんぺんを明石に押し付ける。
「感謝してるならはんぺんを押し付けるのやめてほしいにゃ」
「それはそれ、これはこれ」
「私の目の前でイチャイチャを見せつけないでほしいんだけどー」
ポートランドが不満げな声を上げる。
これがいちゃついているように見えるのだろうか。
おでんで育まれる愛などあるのだろうか、いや無い。
「まあ、今日はゆっくり休んでていいぞ。」
「あつい、あついにゃ!餅巾着はしっかり冷ますにゃ!」
本当に注文が多い、そう思いながら餅巾着をフーフーと冷ます。
「はい、アーン」
「……」
「おい、どうした明石」
餅巾着を口に入れたまま明石の反応がない、なにかあったのだろうか。
「指揮官、そっとしてあげて」
「なんで?」
「いまさらアーンの恥ずかしさに気づいたのよ」
「なんでだよ……」
僕に食べさせてもらうぐらい今まで何度でもあったろうに、主なシャケの皮とかスルメとか。
「ポートランドもおでん食べてくか?餅巾着しかもうないけど」
「え」
「やっぱりいやか。明石、あと2個だ気をしっかりもて」
「やめるにゃ、もう限界にゃ……」
「私食べます!食べます!」
そう言ってポートランドは、明石が縛られてる隣に座り込んだ。まさかこんなに時期におでんを食べたがる酔狂な奴がいるとは思えなかった。
インディを信仰してるとそういう効果があるのだろうか?
「……?」
「……食べないのか?」
何かを待つようにこちらを見たまま、動きを止めたポートランド。おでんを食べるんじゃなかったのだろうか。
「アーンしてくれないんですか?」
「いや、とくに縛られてもないから自分で食べれるんじゃないか?」
「指揮官、ポートランドはアーンしてもらいたいんだにゃ」
「違います、箸が!そう私の箸がないんですよ!!」
あぁ、確かに。
明石の箸は扉に吹き飛ばされた時に、どこかに飛んでいっていた。これはアーンするしかないか。
「しょうがないな……はい、アーン」
「(箸を渡すという考えはないのかにゃ)……指揮官、冷まさないと熱いと思うにゃ」
「おい明石、餅巾着あと2つ行くか」
「お口チャックするにゃ」
あーんと餅巾着をポートランドの口の前にぶら下げると、餅巾着が一瞬で消えた。
「……は?」
「おいしい〜♪」
どうやら餅巾着はしっかりポートランドがとったらしい。
モギュモギュと餅巾着を噛みしめるポートランドをみて、僕は恐怖に震えていた。
これは明らかにおかしい、ポートランドが餅巾着を掻っ攫う姿が一瞬も見えなかった。
「も、もう一個食べるか?」
「うん!」
もう一度餅巾着をぶら下げる、今度は瞬きを絶対にしない。
次の瞬間餅巾着はどころか、箸まで消えた。
「な、なあ明石。今の見えたか?」
「み、見えなかったにゃ。箸は、箸はどこにゃ」
満面の笑みを浮かべるポートランドとは裏腹に、こんな真夏なのに僕たちは恐怖から震えが止まらなかった。
「間接キスかぁ……えへへ」
だからだろう、ポートランドのその声を聞くものは誰もいなかった。
餅巾着餅巾着って、そろそろおで●くんに謝るべき
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脇が無防備すぎる、指揮官はそういった
そしてこの話におでんはでていない←うそ
17時ぐらいに大幅に加筆しました、許して
おでんも食べ終わり、明石とポートランドは各々の場所に帰っていき1人執務に戻る。
エアコンから何か異音がしている気がするが多分大丈夫だろう、そう根拠のない見立てをつける。
さっさっさっと溜まった書類を片付けていく、やるべきことはいくらでもある。今は時間が惜しい。
ふと書類から顔を上げると、資料の山から1つの封筒が飛び出ていることに気づいた。
なぜかその封筒が気になり、山を崩さないようにそっと抜き出す。
誰かからの投書だろうか、きちんと蝋で封をしてある。
珍しいもんだなと思い、中身を確認する。
一目見て眉をひそめる。
読みづらい、それでいて異様に達筆だ。
それだけならまだしも、言葉遣いがなんだか仰々しいものがある。
まあ開けちゃったものを無視するのもなんだし、解読しよう、そうしよう。
そう思い、僕は仕事をよそに解読を始めた。
解読した仰々しい文を簡潔に述べると、執務室からおでんの匂いが漂ってくるのが、ものすごく気になるというものだった。そんなにおでんが食べたいか、そうかそうか。ならば一緒におでんを食べようではないか。
そんなことは一言も書いてないが、僕は道連れを見つけたことで少し冷静さを欠いていた。一人気持ち悪い笑みを浮かべそうになるのを必死に咬み殺す。
まだだ、まだ笑うんじゃない。その勇者の名前を見ようと、最後に書いてある名前を確認する。
グラーフという文字まで確認して僕は考えるのをやめ、適当に投書を投げ捨てた。
●
黙々と一人執務すすめる。
チラッと時計を確認すると、もう任務を終えみんなが帰投する時間だった。
仕事をしていると時間が過ぎるのが早い、おでんを食べてる時の方がよほど長く感じる。
首を回してうーんと伸びをする。
さてラストスパートだ、今日も晩御飯はおでんだろう。一人憂鬱を加速させながら書類に向かおうとすると、執務室の扉をノックする音が聞こえた。
誰だろうか?適当に入室を促す。
「入るわよ」
「あぁ、ヒッパーか。ちょっと待ってろ、一旦これを終わらせる」
パパッと最後の資料を確認し、適当に印を押す。
ヒッパーは黙ってじーっとそれを見ていた。
なにか僕に用があるのだろうか?
ヒッパーが何も言わないのでこちらから口を開く。
「怪我は大丈夫か?」
「お陰様で、あの増加装甲のおかげで無傷よ」
「それなら良かった。ポートランドにも伝えた通り、今日はもう休んでていいぞ」
その言葉を聞いても、彼女は机の前から去らなかった。窓から差し込む光が届かない影に佇むヒッパーは何か言いたそうで、なにかをまっているように見えた。
でも僕には何が言いたいのか、何を待ってるのか分からなかった。
察しが悪い僕は、尋ねることしかできない。
「ん、何か僕に用があるのか?」
「……アンタ、私に言いたいことあるんじゃないの?」
「言いたいこと?」
「そうよ」
僕が彼女にいうべきこと、なんだろうか?
少し考えるも特に何も思いつかなかった。
「あぁ、そうだな……」
ゆっくり考える。
僕が彼女に聞きたいことはなんだろうか?
いつの間にか言いたいことが、聞きたいことにすり替わっていることには全く気づかなかった。
1つだけ思いついた。
常日頃から気になってることが1つだけあった。
でも、今までそれを口にすることは憚れた。
今ならそれを聞ける気がする。
「脇が無防備すぎるけど、それって趣味?」
一瞬の沈黙の後、ヒッパーの顔が真っ赤に染まった。
これは不正解だったか。
ぷるぷるとふるえながら彼女は声を絞り出した。
「ま、まさかこの格好が私の趣味だと……?」
「わからないから僕は聞いてるんだ、世の中そういう趣味の人がいるのは理解している。」
沈黙、それを破ったのはヒッパーだった。
俯いていた顔を上げ、彼女は叫んだ。
「ッ死ね!死んじゃえ!キールの海に沈んじゃえ!!」
何か、やばい気がする。一瞬の判断、頭の警鐘に従って頭を下げる。
ヒュッと頭を屈めた上を実体化した艦装の杖が、風を切って通りすぎていった。
こいつ、手加減無しの本気じゃないか。
モーションが見えなかった、それだけの速さで振り回したということだろう。恐らく頭に直撃したらただでは済まなかった。
一瞬ざくろのように割ける頭を幻視し、身震いをする。
もう一回杖を振りかざしてるヒッパーを見て、慌てて椅子から飛び退く。
大上段からの振り下ろし一閃、間一髪回避は間に合ったが、お気に入りの椅子が犠牲になった。
あの椅子、日頃から節制して明石から特注したのに。
涙をこらえる、今はそんな感傷に浸っている暇はない。
「ちょっと待って、落ち着け!」
「私だってね、こんな服着たくないのよ!!あの開発局のヘンタイどものせいで!!」
ああ、地雷だったのか。
後悔するも手遅れだ。既にヒッパーの攻撃から避けるだけで精一杯になりつつある。
当たればタダですまない一撃をかわしつつ、必死に逃走経路を探す。
大振りの杖に遮られてなかなか見つからない、これはまずい。
「謝るから!本当に死ぬ!!」
「だから死ねって言ってるのよ!このヘンタイ!」
感情的に攻めていると思えたが、逃走経路はしっかりと塞がれていた。
じわりじわりと追い詰められ、背中がとんと壁に着く。
もう逃げ場はない、部屋の隅に追いやられたのだ。
息を荒げながらヒッパーが迫る。
「ちょろまかとッこれで終わりよ!!」
お気に入りの椅子を破壊した杖が、あの大上段からの一閃が再び僕に迫っていた。
僕にとって幸運だったのは、其の一撃が既に見たものであるということだった。
「なッ…!?」
真剣白刃どりとまではいかない。そんな芸当ができるほど生半可な一撃ではないし、そんなに強くもない。
頭上に迫る杖の身を手のひらで強く横に押し出し、速やかに逆方向に踏み込む。
それだけで杖は空を切り、地面をしたたかに打ち付けた。
一度その一撃を見ていたからこそできた芸当だった。もう一度同じことをやれと言われても、同じことをできる気がしない。
すぐさま逃げ出そうとして、まさか避けられるとは思っていなかったヒッパーの体が泳いでることに気づく。
後ろから追いかけるリスクと、ここで無力化するメリットを瞬時に判断し即座に決断する。
ここで決めるべきだ、後ろから杖を投げられでもしたらまずい。
まさか渾身の一撃を、見事に避けられるとは思ってなかったヒッパーはあっさりと組み伏せられた。
●
「命が何個あっても足りない……」
右手を決め、ヒッパーに体重をかけながら呟く。
とりあえず紐が欲しかった、ベルトでもいいだろうか。
左手でカチャカチャとベルトを外そうとするも、効き手じゃないからか、なかなかうまくいかない。
「ちょっと!ベルト外して何しようとしてんのよ!」
「勘違いしないでくれ、縛るようだよ」
「あぅ……」
やっとの事でベルトを外してヒッパーの両腕をしばる。
これで多分安心だろうと立ち上がる、あとは明石でも呼ぶべきだろうか。
「なんでそんなに強いのよ……」
「指揮官に護身術は必須だからな、じゃあ他の誰か呼んでくるからそこで待ってろ」
指揮官が狙われるかもしれないということで、強制的に一週間護身術講習を受けさせられたことを思い出した。あの頃は狙われたら諦めるしかないんじゃないか、そう思っていた。
まさか護身術が本当に役に立つときがくるとは。
執務室から去ろうとする途中、疑問が1つ浮かんだ。
「そういえば、何を言われると思ったんだ?」
後ろを振り返り問いかける。
脇のことではなかった、ならば何だったのか。
「……なんで、任務に失敗したのに怒らないのかわからなかったのよ」
「……?」
僕にはそれがどういう意味なのかわからなかった。
任務が失敗したのは、僕のせいだろう。
ヒッパーが悪いと思う必要がないじゃないか。
少し考えて、手を叩く。
「なるほど、君は叱られたかったわけだな?」
「……は?」
彼女は呆れた声をあげた。
こっちの更新少し開くかもしれません、許して
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断章 煮込んでいる、全てを
ヒッパーが縛られた後の話はもう少し続くけど、こちらを先に。
おでんはでていない
あと日刊の方に長くのってました、ありがとうございます
ボルシチについて後書きに
もう既にすっかり日は落ちていた。
コツコツと足音を廊下に響かせながら執務室へと向かう。
晩御飯もおでん、明石が用意してくれる手筈だ。
何故私室か食堂で食べないのかといわれると、多分気分の問題なのだろう。
私室はおでんの匂いという問題もある。
だれだっておでんの匂いが染み込んだ部屋で生活するのは嫌だろう、そういうことだ。
食堂で熱々のおでんを食べているところを見せつけて、あらぬ趣味を持たせられるのも嫌だった。
最近はおでんを食べてばかりでジャベリンも弁当を持ってきていなかったが、僕の好物がおでんと見れば弁当だろうとおでんを詰め込んでくるのは目に見えていた。
だれがなんと言おうとおでんは好物じゃない。
ほかのデメリットをなんだかんだ言ったところで、結論を言うならば、要するに執務室のあの空気感が好きなのだろう。
整然とした執務室の雰囲気が好きというわけではなく、それが色々なドタバタでガラガラと崩される様が少し痛快だった。
殺伐としたこの世界の、ほんの少しの清涼感。
おでんの苦痛も少し、和らげられる気がした。
あの空気感を執務室が崩される為に作ってるのか、よく訪れてくれている明石や、その他少女たちが作ってくれているのかわからない。それについても深く考える気は無かったが。
そんなことをゆるゆると考えていると、執務室の扉の前にたどり着いた。
扉に手をかけたところで、何かやばいと直感が囁く。いつものおでんとは違う、何かスパイシーな香り。今すぐ逃げるべきだと本能が告げている。
だがしかし、扉の向こうでは明石が待ってくれているはずだった。僕が行かなければ彼女は待ちぼうけだろう。
ならば行くしかない、行かなければならないだろう。
数秒の逡巡を経て、本能を無視し意を決し扉を開ける。
扉の向こうにはグラーフ・ツェッペリンがいた。
鍋にはおでんなどではなく、茶色い何かが煮込まれていた。一人じっくり何かよくわからない鍋をかき混ぜてる横で、何故か明石が口をガムテープで塞がれ、縛り転がされていた。
状況が飲み込めず、思考が停止する。
ようやくグラーフは静止しているこちらに気づき、口を開いた。
「……煮込んでいる、全てを」
「すいません、部屋を間違いました」
すぐさま部屋を出て、扉の上にある札を確認する。
何度見返しても執務室と書いてある。
ため息をつき、呟く。
「よし、帰ろう」
そこから一歩と歩く前に、開かれた扉から出てきた腕に部屋へと引きずりこまれた。
●
グラーフが口を開く。
「日頃頑張っている卿のために、ボルシチを作ったのだ」
「カレーだよね、これ」
どう見ても匂い、色とともにカレーに見えた。
おでんじゃ無かったことに安堵しつつ、明石が作ったおでんはどこへ言ったのかと思う。
とりあえず明石の拘束を解いたものの、明石は目を覚まさなかった。多分呼吸はしてるから大丈夫だろう、そう思いそのまま横に転がしておく。
「ボルシチだ」
「カレ」
「だれがなんと言おうと、これはボルシチだ」
「……」
口を閉ざす。冷静に考えればボルシチがどういうものかわからなかった。
多分ボルシチだと言えば、これはカレーではなくボルシチなのだろう。そう思うことにした。
とりあえず卓袱台につき、グラーフから茶色いボルシチを受け取る。
「お代わりもあるからいっぱい食べて欲しい」
「わかったよ、頂きます」
一口食べる、やはりカレーの味だった。
しかし何故かその中に最近よく食べている物の味がした。
なんだろう、思い出せない。
「美味いか?」
「うん、美味しいよ」
もう一口食べようとスプーンですくうと、何か大きな具材が引っかかった。
「それは当たりだ」
「……は?」
カレーでテラリと艶めいていたが、その黄金色を僕が見間違うはずがなかった。
冷静に皿を見れば、ちくわが皿から飛び出ていることに気づいたはずだ。理解することを脳が拒否していたのだろうか。
それでも否応無く現実が叩きつけられた。
カレーのルーの中に餅巾着が入っていた。
「……なんでカレーにおでんの具材が入っている?」
グラーフは心底嬉しそうに笑いながら
「何故って常識は壊すものだと、卿が教えてくれたのではないか」
そう言った。
●
涙目になりながら、カレーを食べる。
おでんの具材がカレーに混入してることに気づいてからは、ほとんどおでん味な気がしてきた。
それでも食べ続けることができたのは、多分カレーのおかげだろう。
明石が倒されていたのは、多分カレーにおでんを入れようとしたのを拒否したからだろう。
おでんそのまま食べるのと、カレーおでんを食べるのどっちがいいかと言われると微妙なところだが。
カレーを食べるところを満足げに見ていたグラーフは言った。
「今日の本題だが、卿に頼みがある」
「なんだ?」
「アドミラル・ヒッパーのことだ」
スプーンを置く、真面目に話を聞くべきだろう。
「……あいつは口下手だ」
「君ほどじゃないだろう」
少し彼女の顔が赤くなった気がするが、多分気のせいか。
「私のことはいい、あいつの話だ。口下手な分手が出やすいのだ、椅子と平手打ちもそのせいだろう」
そう言って椅子と僕の顔を見やる。
もうグラーフまで話は広まっていたのか。
でもなんでそれをしたのか、ヒッパーは言ってないのはわかる。椅子を破壊した理由が僕に非があると伝わってないからそう判断した。
椅子は発言の代償として仕方ないと思っているが、他人から見てどんな理由があろうと、上官に平手打ちなんて言語道断なのだろう。グラーフが頭を下げるのを僕は黙って見ていた。
「……どうか彼女を許してやって欲しい」
「顔を上げろ、グラーフ」
「卿が許してくれるまで動かんぞ」
「しのごの言わず顔を上げろ、処分するならとっくにしてる」
少なくとも僕に非があると認めた上で相手を処分するほど、落ちぶれているつもりはなかった。グラーフもわかってそうだが。
彼女はゆっくりと顔を上げた。
「そうか……」
「それで話は終わりか?」
「正直、卿がヒッパーを処分するとは思ってなかった。彼女に非が有ろうと無かろうと」
少し面白いなと思った、僕はそう思われているのか。確かにヒッパーに非があっても、彼女をどうにかしようと考えないのかも知れない。
「僕を聖人君子だと思ってないか?」
「私はそう思ってる」
「いいや、僕は俗人だよ。じゃあなんでここに来た?」
「……一緒に手料理を食べたかったのだ」
そう言って、目深く帽子をかぶり込んだ。
特にいうこともなく、僕は少し冷めたカレーおでんを掻き込んだ。
なるほどと思った。手料理を振る舞おうにしても、明石が既におでんを作っていたのだろう。
それを捨てろというほど彼女は優しくないわけではない、だから折衷案としてカレーとおでんを混ぜ込んだ。そういうことだろう。
もうちょっと食べる側の気持ちを考えて欲しいが。
完食し、手を合わせる。
「ボルシチ美味しかったよ、ご馳走様」
「あぁ、いい食べっぷりだった」
グラーフの方がいい食べっぷりだった気がするが、そこに突っ込むほど自分は野暮ではなかった。
「次は明石のおでんを混ぜたやつじゃないやつにしてくれ」
「次?」
そう言って彼女は動きを止めた。
「次はないのか?まあおでんを食べきった後の話で、今度は本場のボルシチをお願いしたいんだが」
「……次、次か。あぁわかった覚えておこう」
それっきり会話はなく黙々と片付けをする。
明石をどうするかと考えていたら、グラーフが明石を持ち上げた。
彼女に任せれば大丈夫だろう。
そのままグラーフは執務室から出ようとしたところで、こちらを振り向いて言った。
「卿はずるいな」
「……何がずるいのか全くわからないが」
返事を返すことなく、そのままグラーフは去っていった。
鉄血の領域がわからない
今まで鉄血の領域はヨーロッパ一部を除いてほぼ全域かと思っていたのですが、今のイベントでなんかよくわからない国が出てきてしまった。
そうなると本場のボルシチではなくなってしまうのでは?と思った。
多分ポーランドの海軍はでないと思うので杞憂に過ぎないと祈っている。(フラグ)
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最悪な日にアイスと少しの幸福を。
おでんなし、日常回
他なんか食べてるキャラいたっけ?思い出せない。
ビンタされるまでが未だにブラックボックス
きっと多分明日も投稿する無理でした
ヒッパーをサンディエゴの舞台に乗せると踊らないし、胸を隠すし、泣くし、可愛い。
僕はあまり占いを信じていない、なのに大体毎日自分の順位を確認している。
それを言うとなんで見るのかと尋ねられる、見る必要がないじゃないかと。
それでも見る意味はあると答える、占いと現実の差を見るのが楽しいのだ。占いで最下位を引いた時に見つける少しの幸運は、幾分か大きく見えるものだ。
そう言うわけで今日もいつものように、食パンをかじりながら朝のニュースを眺めていた。さて僕の獅子座は何位だろうか。
ひつじ座、ふたご座、さそり座、やぎ座……。
目覚まし時計の形をしたマスコットが大きな声で結果を喚く。11位から順番に発表されていくも、なかなか獅子座は発表されなかった。
結局1位と12位の二択になる、こう言う時に1位になるのを期待していると決まって最下位になる。
溜めに溜めてめざ◯しくんが1位を読み上げようとした時、電話が鳴った。
「はい、もしもし」
丁度いいところで、そう思いながらテレビを消して受話器を取る。こんな朝方に僕に電話を掛ける人は思い浮かばない、誰だろうか。
『…………』
「もしもし?」
無言なのを疑問に思い問い掛けるも、帰って来たのはブツッという音とプーと言う電話が切れたことを伝える音だった。
いたずら電話か、そう思い番号を確認するも非通知。この電話機の番号を知っている人はかなり限られていたはずだが。
深く考えるのをやめ、テレビを再度付ける。
無性に腹立つ顔でボロクソに獅子座が言われてたので、再度テレビを消した。
まあそういう日もある、気を取り直して頑張ろう。食パンを手早く食べ終え私室から出る。
扉を開けると誰かがバタバタと逃げる音が聞こえた。誰だろうか?音がする方を見ると、曲がり角に吸い込まれる金髪がチラリと見えた。
●
昨日が運勢のどん底だろう、というかおでんが来てから毎回最悪な気がするが。
そのような事を考えてながら執務をする、そうそう悪い事が起きるはずないじゃないか。まあおでんがスタンバイしているわけだが。
それよりなんか冷房の効きが悪くないか?異音がしているとはいえ治したばかりだぞ。
ピッピッピッとリモコンを操作し、設定温度をさらに下げる。
特に変わった様子はない、寧ろ更にぬるい空気がました気がする。
除湿ではなく冷房になってるのを再度確認。
一旦切って、もう一回起動しよう。
運転ボタンを再度押した瞬間、
突然ボンッという音がしてエアコンが止まった。
「は?」
己の一連の行動を振り返る。設定温度を下げる、運転を切る、入れる、なんの問題もないはずだ。
運転ボタンを連打する、まだ希望はある。
送風口がゆっくりと開いた。
やはり祈りは通じる、そう思った。
送風口からクワガタのオスがぼとりと落ちてきて、すごい勢いで水が滴り始めるまでは。
一人ため息をつき、運転を停止させた。
●
明石商店に向かって、一人赴く。
扇風機程度ならあそこにも置いてあった気がする、エアコンの修理の要請を頼むのと一緒に買おう。
商店は執務室がある建物の離れた向こう、艦船少女達が住んでいる寮のさらに奥にある。
外を歩かなくても寮舎を通れば多少は涼しい道だが、今は何となく外を歩いてみようと思った。結果から言えばそれは失敗だったが。
時刻はまだ11時にならない程度。されど既に日差しを遮る雲はなく、ぐんぐんと気温は上昇していた。直ぐに汗が噴き出してくる。白い軍帽を団扇がわりにパタパタと仰ぐ。
熱せられたアスファルトから、ユラリユラリと陽炎が立ち昇っているのが見えた。
少しでもましになるかと街路樹の木陰を歩いていても、湿気を伴った熱が迫る。
街路樹からは蝉時雨が降り注ぐ。ふとその中に自分を呼ぶ声が気がした。
「……しきかーんさーん」
回りを見渡すとマッコールが、寮舎から呼んでいるのが見えた。彼女に向かって手を振りそのまま行こうとするも、ちょいちょいっと手招きをしているのに気づく。まあ少しぐらいはいいだろう、そう思いながら一階の窓に寄る。いつものようにマッコールはアイスを咥えていた。
「やあ、クレイヴンは?」
「姉ちゃんはまだ寝てる、休みの前に重桜のちびっこ達と遊んで疲れちゃって。起こした方がいい?」
いや二人も十分ちびっこだろ、そういう無粋なツッコミをするほど馬鹿ではなかった。
「いやいい、なんか用があったか?」
「何もないけどこんな熱いのにどこに行くのかと思って」
「冷房が壊れたんだ、それで商店に扇風機かなんか置いてないか見に行こうと」
「それは御愁傷様だね……ちょっと待ってて」
言うなり食い差しのアイスキャンディーをぱくぱくっと一気に食べて、部屋内に戻っていった。
待つ事数分、二本のアイスキャンディーを持って来た。
「はい、当たらないアイス」
「どうも」
当たらないアイス、敵の弾に当たらないと言う験を担いでいるらしい。こんな名前だが一応あたりはあるらしい、自分は一度も当たったことがなかったが敵に当たると言うことでそっちでも験を担げるとの噂だ。
「さっきのは当たった?」
「いや、当たらなければどうと言うことはないってさ」
無駄に豊富な外れの種類が人気らしかった。
「昨日は大変だったね指揮官さん」
「ああ、ハムマンにビンタされてな」
「ヒッパーの方だよ、わかってるでしょ?」
「……まあね」
バレバレじゃないか、心の中でため息をつく。
「指揮官はぬるいよね、本当に」
そのぬるさに救われてる人も多いけど。
どうだか、そう思った。僕じゃなければもっと上手くやれるんじゃないかという思いはいつでもあった。それが偽善だというヒッパーからの言葉もあった。
「それが偽善だとしても?」
「だとしても、そのお陰で私達姉妹は重桜の子達と仲良くなったんだから」
何と無く気恥ずかしくて、アイスを咥えたまま黙りこくっていた。なんでこうも僕への評価が高いのか。
「ヒッパーのことだって避けては通れない道だと思ってるんでしょ?」
「彼女のことを放置するとは思わないのか?」
「指揮官は放り出さないよ、それが変わらない指揮官の美徳だもの」
「ヒッパーには他人から嫌われたくないだけの偽善と言われたんだけどな」
「偽善だというけどそれが善ではないという事はないよ、そうだと思ってても他人から見ればそれは善だよ指揮官」
一息に長台詞を喋って、慌てて垂れそうなアイスを舐めた。彼女と比べて僕の方がアイスを食べ進めるスピードは早かった。
「そうか」
話すこともなく、二人黙々とアイスを食べる。
「こういう風に二人でアイスを舐めながらぼーっとする日が続けばいいのにね」
「……そうだな」
おでんを食べ続ける日常に比べれば、それはずっとマシに思えた。
●
アイスを食べ終え、棒を確認する。
当たり、シンプルにそう書いてあった。
「……当たりだ」
「……へぇ、本当にあるんだ、当たり初めて見た」
あんまり感情が表に出ないマッコールでさえ少し驚きの感情が見て取れた。いつもアイスを食べてる彼女でさえ、当たりを見たことないってどんな確率だよ。彼女は当たりの棒を物欲しげに見ていた。
「当たりだともう一本貰えるの?」
「うん、それに加えて金の当たれ棒が貰えるって」
当たり棒じゃなくて当たれ棒なのか、何と無くアタレという小銃の願掛けを思い出した。
「成る程、じゃあ僕の代わりに受け取っといてくれ」
袋にしまって当たりの棒を返す、僕には必要ないものだなと思った。
「……いいの?金の棒もらえるよ?」
「元々もらったものだし、当たれ棒は僕には必要なさそうだからね」
そろそろ商店にまた向かうべきだろう、少しだけ前よりは楽な気持ちになった。
「アイスありがと、それじゃまた」
「また悩み事あったら相談に乗るから、クレイヴンも応援してくれるよ」
「応援はいらないかな……」
後ろから来る、またねという声に手を振り返しながら、僕はまたゆるゆると商店に向かって歩き始めた。
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ブリ大根を夏に食べる自由もあると思う。
おでん禁断症状が出てしまう!
汎ブリの活用法が見つかってない世界線、あると思います
ヒッパー行方不明、次には出るはずたぶんきっと
句読点がすごいことになってたので修正
明石商店は何処にでもあるコンビニに適当に猫耳をつけて改装してみました、そういった外見だった。
店に入ると冷風が吹きつけてきて、汗ばんだシャツが急速に冷やされる。
少しエアコンが効き過ぎているように思えた。でもまあようやく一息つける、そう思いながら1つくしゃみをした。
とりあえず明石を探す、レジには明石の姿が見えなかった。
いつもならばそこで船を漕いでいるのが習慣だったが、何処に行ったのだろうか。
そんなことを考えていると入り口からは見えない店の奥から、彼女の声が聞こえてきた。
「……それじゃないにゃ、そっちはハロゲンヒーターにゃ」
「同じプリン、何が違うプリン?」
「考えなくていいからこっちをもってくにゃ」
不満げな声とともにダンボールを乗せた台車が、一人でゆっくりとこっちにやってきた。
多分ブリが台車を押しているのだろう。
ダンボールより背が小さいせいで、その姿は見えなかったから予想はできた。
多分あの癖はまだ治ってないだろう、そう思い此方から挨拶をする。
「ブリ、久し振り」
台車の動きが止まる、数秒間の沈黙。
やっぱりダメだったか。恐る恐るダンボールの横からブリが、こちらを覗こうとするのが見える。
それを眺めていた僕とブリの目があうのは必然だった。
そして彼女の動きは完全に静止した。
どうしようもないな、これは。
そう思いながら目の前でおーいと手を振る。
「プリーン!!」
ハッと我に帰ったブリはそう叫ぶなり、バックヤードへと駆け込んで行った。
「あ、指揮官じゃないかにゃ。何か用かにゃ」
何事かと明石が顔を出したのは、一人ため息をついているすぐ後のことだった。
●
とりあえずと出された椅子に座りながら話す。
「いつになったらブリと仲良くなるんだにゃ」
「僕に聞かれてもなぁ……」
ブリ、正体不明の艦船少女。
気づいたらこの母港にいた。
その言葉に偽りなく、本当に突然現れたのだ。
彼女が言うには金色の姉がいるらしいのだが、いまだ確認されたことはなく。
とりあえずブリという名前を与えられて明石商店の手伝いをして今に至る。
一度だけもしかしたらブリはものすごく強いのでは無いかという勘違いと何時もの大口から、ジャベリンと模擬戦闘を組まされたことがある。
結果から言えば戦闘力は皆無だとわかったのだが、あのジャベリンから判定勝ちをもぎ取った。
そういう訳の分からないものなんだと、僕はその一件から深く考えるのをやめた。
多分その後からだろう。
模擬戦闘を組ませてから、こちらの姿を見るたびビクビクと怯えた様子を見せるようになった。
まああの戦闘狂とやらせたのは僕が悪いとわかっていたが。
「まあそれはいいにゃ、要件を聞くにゃ」
「扇風機かなんかないか?また冷房が壊れたんだが」
「直したばっかじゃなかったかにゃ?」
「クワガタが中から出てきたよ」
「何がどうしてそうなるんだにゃ、前壊れた時に扇風機持ってけばよかったにゃ……」
「うん、そこまで頭が回らなかった」
全く扇風機、扇風機と明石はまたバックヤードに引き返して行く。開いた扉の向こうから、ブリがこちらを覗いているのが見えた。
応じてくれるか分からないが手招きをする。来なかったら来なかったでまた今度にしよう、そんな軽い気持ちで。
そんな心配をよそにととと、とブリが駆け寄って来た。僕の目の前に立ち止まり、恐る恐る口を開く。
「……何か用プリン?」
そんな怯えなくても良いのに、とって食いやしないのだからと思う。まあ日頃の行いが悪いのだろう、苦笑しながら言う。
「いやなにもないけどね、最近話をしてなかったからさ」
「そう言えば、だいぶ久し振りっぽい?」
「うん、だから何かこうしたい、こうして欲しいってのが無いかと思ってね」
「……じゃあ前みたいに頭撫でて欲しいの!」
腹に衝撃が走る、呻き声を上げそうになるのを必死に抑えこむ。
少し考え込んだと思ったら、勢いよく膝の上に飛び乗って来たのだ。それを予想していなかった無防備な腹筋に、彼女の膝が突き刺さった。
胸に押し付けられた頭をゆっくりと撫でる。白い髪はとても撫で心地がよく、ワシャワシャと掻き回したい欲に駆られたが必死に堪える。
「プリン〜……」
「何やってるんだにゃ……」
くぐもった声で喜びの声を上げる一方で、じとっとした目で見られてることに今更気づいた。
「いや、撫でて欲しいって言われたから撫でてただけなんだが」
「ふーん、仲良くなれて結構なことだにゃ」
その割には不機嫌そうな声だった。
「それよりそれが扇風機か?」
扇風機と言うにはあまりにそれは異形だった。
一言で言うならば、箱だった。
大きくて白いサイコロ状の何か。
「違うにゃ!これは指揮官のエアコン改造してる時に閃いた温度調節装置にゃ!」
「そうか、欠点を聞こう」
嫌な予感がした、あまりに漠然とした何か。
それが今まで売れ残ってるのも何となくおかしい気がした。
「なんでにゃ!!スイッチオン!!」
白い箱の上部がパカっと開き、冷気が放出され始めた。エアコンが効いた店内がさらに冷え込み始める。未だに膝に乗っていたブリが寒さからプルプルと震え始めていた。
「おい、設定温度が低すぎないか?ブリが震えてる」
「無理にゃ」
「は?」
「これは設定温度が15度で固定されてるにゃ」
「そうか、帰れ」
●
泣く泣く明石が
「とりあえず冷房の修理は頼んどくにゃ、なんなら自分がやるにゃ」
「今の醜態を見せられて、任せられると思うと?」
耳が元気なく垂れ下がる、辛い言葉だと思うがそれが現実だった。
「そう言えば指揮官、ここでも女の子用のプレゼント、嗜好品を取り扱い始めたにゃ」
「そうか、それで?」
こう言う商売のセンスはあるのだが、いかんせん腕が変な方向に行っていると言うか、おっちょこちょいなのだ。補佐する誰ががいた方がいいと思うのだが、皆目検討はつかなかった。
「そしてここにマタタビがあるにゃ、さらにマタタビを買うと明石が嬉しいにゃ」
「……買おう」
「やっぱりダメ……え?」
「買うといったんだが」
まさか許可されると思ってなかった彼女は、喜びを爆発させて跳ね回っていた。ブリがドン引きする目にも気づく様子はない。
「やったにゃ!嬉しいにゃ!包装はしていくかにゃ?」
「ハムマンにプレゼント用にだから頼む」
「……そう言うことだと思ったにゃ」
一人いじけて、床を工具で引っ掻き始めた。
少しタチの悪い冗談だったかと反省する。
「冗談だよ」
「やっぱり指揮官は最高だにゃ!!」
すっと突き出された握手を求める手に応じて、こちらも手を出す。
明石の袖に僕の手が吸い込まれていき
激痛が走り、慌てて手を引いた。
「明石ぃ……工具はちゃんとしまっただろうなぁ……?」
「はっ!?指揮官大丈夫かにゃ!ブリ手当てするにゃ!」
ブリの手当てする手つきは拙く、利き手がドラ◯もんになったがまあそれでもいいだろう。
ブリの満足げな顔を見てそう思った。
●
商店を後に執務室に戻る、エアコンがついてない部屋は窓を開けてもまだ蒸し暑かった。
再び吹き出す汗を拭いながら、ブリに運んでもらったダンボールを不器用な左手で開く。
「これハロゲンヒーターじゃねえか!!」
一人執務室で叫ぶ。
最悪の日はまだまだ続くようだった。
ハロゲンヒーター、気づいたら消えちゃったね
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金魚の夢
お待たせしました
臨死体験ではありません
あと10話ぐらいで終わるかな?
多分これは前後編
目の前にコタツがある、それを頭が理解するのに数秒の時間を要した。
どこからどう見てもただの炬燵であった。まだ何も置かれていない、梅の小花模様の炬燵。
どこかで見覚えがある気がしたが、まだはっきりと思い出せなかった。まあ大した問題ではないのだろう。
それはともかく多分これは夢なのだろう、僕はそう思った。たしか僕は冷房器具が壊れた執務室で作業をしていたが、どうやら寝落ちしてしまったらしい。
周りをぐるりと見渡しても炬燵以外は何もない白い空間。
要するにこの炬燵に入れということなのだろう。
これがスイッチであり起点なのは、それ以外の物がないことから容易に想像できた。
だがしかし、僕は素直にそれに入る気はなかった。
天邪鬼な自分は決められたレールに乗せられるのが嫌だった。
夢でぐらい自由にさせてほしいのだ、まあ時間が来れば夢はおのずと覚めるだろう。
そう思いながら適当に時間を潰す方法を考える。はっきりとした感覚から明晰夢だと思ったのだが、それとはまた違うらしい。
もしそうならば思ったものをポンと出せるのだが、そうは問屋がおろさなかった。
布団、扇風機、トランプ…etc
色々考えて見るも何も出てくることはない。
まあそう上手くいかないか。そう思いつつも一つ悪戯を思いつき、すぐさまそれを想像する。
どうせ失敗するだろうと思いながらも必死に念を送る。
来い……来い……来いっ!
まあ成功しなくても良いだろうという僕の考えという裏腹に、ぼわわぁ〜んと目の前に煙が立ち上る。
まさか本当に成功したのか?
その疑問はすぐに解消された。
煙がふっと搔き消え、目の前におでんが現れた
「……はぁ」
1人ため息をつく、こんなところで運を使ってどうするのだろうと。
おでんが入った鍋を炬燵の上に起き、ごろりと寝転がる。
見上げた空の色は、自分がいる床と同じく穢れもなく真っ白く、どこまで続いているのかさっぱり見当もつかなかった。
●
いつまで経っても夢から覚める気配はなかった。
横になっても夢の中で眠れるはずもなく、ただ無駄に長い時間を過ごしただけだった。
仕方なく上半身を持ち上げる、体をあげた目の前に炬燵があった。
気のせいだろうか、横になる前より近づいている気がした。
さあ、入れ。今すぐ入れ。無言で炬燵がそう言っている気がした。
しょうがない、そう思いながらどっこいっしょっと立ち上がる。
うーんと横になっていて強張った身体を伸ばし、ちらっとそれを見やる。その上にはあいも変わらずおでんが入った鍋が置かれていた。
よし決めた、決意を固め一回深呼吸。
くるりと振り返り、炬燵とは正反対の方向へと一歩、大きく踏み込んで歩き出した。
なんでぇという声が後ろから聞こえた気がするが、振り返ることはない。多分幻聴だろう。
炬燵が近づいていたことから、それに座る気がさらに失せたことは言うまでもないことだった。
スタスタと白い空間の果てに向かってひたすら歩く。
そう歩いているうちに、一つ気づいたことがある。
自分が着ている服のことだ。
寝る前は軍服だった、起きた直後もそうだった筈だ。
それが知らないうちに士官学校時代の制服になっていた。
懐かしくも、あまり覚えてはいないあの時の記憶。
元々指揮官に適性のある人物は本当に少なく、僕の世代が2人で大当たりの年だと言われていたぐらいだった。
適性があっても謎の死を遂げるものも、行方不明になるものも多かった。行方不明になった者はセイレーンに降ったとも噂されていた。
そのせいでいつでも指揮官は不足していた、適性があっても拒否をする者もいた。
そういう流れの中での2人だった。資質も抜群に優れ、今や同期のあいつは『英雄』とすら言われるようになっていた。
もう一つの『脳筋ゴリラ』と言う通り名で呼ばれるとブチ切れる、その彼女のことを思い出す。
女性につける通り名ではないのはわかるが、それを付けられることに相応しいエピソードは確かにあった。
確かに護身術の訓練だったか、彼女は某戦艦級の艦船少女をハンデなしの生身で叩きのめしたのだ。
その話に尾鰭が付いて、セイレーンを生身で仕留めた、駆逐級三人ぐらいを纏めて締めた、投石で空母級から発進した戦闘機を撃ち落としたとか噂されるようになったのだ。
それをプリプリと怒りながら僕に愚痴るのだが、できるのは苦笑することだけだった。
艦船少女に陸上とはいえ、戦艦級を生身で制圧できるのは脳筋ゴリラの呼び名にふさわしいと僕も思っていたが、それを言うことはなかった。己の身の安全が第一である。
僕がヒッパーを抑えたのは冷静さを欠いていたから、それとはまた違う問題だろう。
そう言えばヒッパーはその彼女が指揮する基地から来たんだったか。
そんなことを考えていると、白い空間の中にポツンと黒い点が見えた。
どうやら何かあるらしい、それに向かって歩くスピードを上げる。
炬燵とおでん鍋だった
僕は黙って通り過ぎた。
●
イカめしが目の前に落ちていた。
ツンツンとそれをつつくと、それに合わせてプルプルと振動する。どこからどう見ても、縁日で屋台に置かれているようなイカめしだった。
二個目の炬燵から通り過ぎてから、体感時間で10分ぐらいのことだった。何の脈絡もなく空からぺちゃっとイカめしが落ちて来たのだ。
空を見上げても雲ひとつなく、イカめしを落とすようなものもなかった。
まあイカめしが降る天気もあるのだろう。そう結論付け、それを放置しまた歩き始める。
さらに歩くこと5分ほど。
はるか遠くに、また黒い点が現れていた。どうせ炬燵だろうと思いつつ歩き続ける。
ただ通り過ぎればいいだけのこと、そう思いながら。
予想外だったのは、夢の中に僕以外の誰かが現れることだった。夢なのだから何でも起こり得るべきだと想定するべきだった。
目の前でイカめしをはぐはぐと下手くそに食べてる彼女をちらりと見やる。
彼女は確か、あの英雄どのの初めに絆を結んで一緒に横須賀基地に入った筈だったが。
夢の中ではその縛りにとらわれないらしい。
黙って横を通り過ぎようとすると、声をかけられた。静かでいて、どすの利いた声。
「どこへ行こうとするの……?」
「……おでんがないところを探しに」
彼女の方を見ることは出来なかった、少し恨みを感じる声だったからか。
「そんなところないわよ、早く座りなさい」
「僕の夢なんだから、僕が決めていいだろう?」
次の瞬間、彼女が座っている方から何かが砕けるような音がした。
恐る恐る振り返ると、炬燵に拳が突き刺さっていた。
ヒッと声を上げるのを必死に堪える。
「最終通告よ、座りなさい」
「でも」
「炬燵の中でずっとスタンバイしてた私の気持ちがわからないの……?」
此方からは彼女の背中しか見えなかったが、少しその背中が煤けて見えた。
少し哀れに思いながらも、大人しく対面に回り込み炬燵に入る。
特に何の変哲も無いただの炬燵だった。
「……これでいいのかい、特に何も変わった様子はないけど?」
「すぐにわかるわよ」
その言葉の通り、次の瞬間白い世界がぐるりと一変した。
旧デザイカめしpowすき
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ハッピーエンドまで何マイル
もし色々別れたらポーランド統合してボルシチを本場と言い張るにくすべはどうすればいいんですか?
このままではソーセージとジャーマンポテトを出すしかない、そうなるとソーセージに口うるさいハムマンとか誰も得しないキャラが出てきてしまう。
●
重桜のちびっ子達と委託任務を終え、帰港する。二日連続での早上がりだった。時刻はまだ12時をちょっと過ぎたぐらい、仕事上がりにしては珍しく、今からでも食堂で昼ご飯を食べれるぐらいの時間だった。
重桜の子達が我先にと食堂へ向かって走って行く、ふと思い出したかの様に振り向いて声を上げた。
「鉄血のお姉ちゃんまたねー!」
「ヒッパーって呼びなさいってえの!」
そう凄んで見せるも、きゃっきゃっと笑うばかりで反省する様子はなかった。全くこれだから子供というものは。
はあと私がため息をつくのと対照的に、シムスはひっひっひっと笑いながら背中をバシバシと叩いてきた。
「まあ仲良くなれてよかったじゃないか、あの子達と。クレイヴン姉妹より、彼女達と仲良くなるのはずっと早かったよ」
「どうだか、舐められてるだけなきがするけど」
それを聞いて更に笑い声を大きくする、私からすれば何が面白いのかさっぱりわからないし、出来ることは眉間のシワを更に深くすることだけだった。
笑い過ぎて出てきた涙を拭って、彼女は言った。
「まあ、そうとも言えるねえ」
「どういう意味よ、後その変な笑い方やめなさいよ」
「天然は好かれやすいってことさ、後この笑い方は治せないさね」
天然だろうか、私が?
自分ではその様にはさっぱり思わなかった。
考え込んでる間にもシムスは食堂に行こうとする素振りを見せていた。
任務の途中、重桜の子に食事に誘われてたから、今から追いかけるのだろう。私も誘われていたが断っていた。
「ヒッパーも来なくていいのかい?」
「ええ、私は少し用事があるから。さっきも言ったでしょ?」
「確かに聞いたけど、指揮官に謝りに行くんだろう?」
「ナンデソウオモウノカシラ?」
図星だった。それを見てシムスはまた爆笑しそうになるも、ヒッパーが杖を構えるのを見て、必死に笑いを噛み潰しながら言う。
「さあ何ででしょうか?まああいつは多分もう許してると思うけどね!」
言うだけ言って、私の返事も聞かずにシムスは走っていった。
●
廊下を一人歩く。
任務中か、それとも食堂に行ったのか、ひと気はさっぱりなかった。
なんて言えばいいのかまだ纏まっては居なかったが、取り敢えず行かなければいけないと思った。
電話で謝ろうとしても、思わず声を聞いただけで切ってしまった。
ならばと直接謝ろうとしても、姿を見ただけで思わず身を隠してしまった。
私の気持ちなのによくわからなかった。
むしろシムスの方がわかっているのかもしれない、もしくは私の妹か。
なるべくゆっくり歩いたつもりなのに、とうとう執務室までもう少しの所へ辿り着いてしまった。
既に歩みは止まっていた。
後もう少しなのに、はるか遠くに感じる。
まるで目の前に見えない透明な壁があるかの様だった。
「……今日はやめとこう」
一人言い訳をする、まだ謝る機会はいつでもある。逃げだと自分でわかっていても、それが一番な選択肢に思えた。
前に進むのにはあんなに苦労したのに、後に引き返すのは大変楽だった。
「急ぐにゃー!!」
後ろでズバァーン!と扉をぶち開ける音と同時に、明石の声が聞こえてくるまでは。
思わず振り返る。自分いる向きとは逆方向に向かって、明石を先導に黄色い鳥達が凄い勢いで何かを運んでいるのが見えた。
鳥達が持っているものにどこか見覚えがある気がした。
白い、何か。あれは確か指揮官の軍服ではないだろうか。
既に明石と鳥の群れは見えず、ただ一人立ち尽くすだけだった。
確かあっちの方向には、指揮官の部屋があった。
今日朝行ったから間違ってないはずだ。
何があったのか確かめてみよう、そう思いあとを追う。
先ほど立ち止まり進めなかったところは、あっさりと通り過ぎることができた。
●
曲がり角から指揮官の部屋の前を伺う。
部屋の前には黄色い鳥達が守りを固めていた。
何かあそこで起きてるのには間違いないだろう、明石が部屋の前にいないことから中にいることも予想できる。
黄色い鳥達をなぎ倒して部屋に入り込むことも考えたが、あの外見から予想できないほど鳥が強く、手加減が難しいことから却下した。
それより出てきた明石を確保して、やさしく話を聞く方が楽だろう。ゆっくり頃合いを待つ。
曲がり角で待機して5分ほどたった頃だろうか、ようやく扉が開くのが見えた。
出てきたのは明石だった。覗くのをやめ、曲がり角に潜む。
「鳥さん達ありがとにゃ、いつもの仕事に戻っていいにゃ」
その声が聞こえて暫くして、曲がり角を鳥がゾロゾロと通り過ぎて行く。隠れている私を怪訝な目で見ながらも、黙ってゆっくりゆっくりと。
そしてようやく明石がやってきた。
「今日は一人でおでん、寂しいにゃ……」
俯いていたせいで、曲がり角で立ちふさがる私に気付かず危ういところで立ち止まる。
「なにしてるにゃ、危ない……にゃ」
そこまで言ったところで、ようやく私の存在に気づいた様だった。
私が言うことはただひとつだけだった。
「指揮官になにがあったのか、すぐに教えなさい」
●
目の前で正座している明石のいった言葉を復唱する。
「ただ寝てるだけ?」
「そうにゃ、ただ長い時間ねるだけな症状にゃ」
「なら起こせばいいじゃない」
単純な問題ではないか、まだ日も高いし起こすべきだろうと思った。しかし、その言葉に明石は首を振った。
「無理にゃ、今まで色々試したことあるけど起きたことはなかったにゃ」
「今までも同じことがあったって言うの?」
「にゃ、知ってる者は少ないけど何度か」
なんでそれが秘密になっているのだろうか、不思議に思った。特に隠すことではない気がした、何か怪しい。
「明石、なにか隠してない?」
「……(ふるふる)」
黙って首を振る、露骨に目をそらす様になった。
確定だ何かを隠している、ただ力押しでは口を開かないか。
ため息をつく。これは切り札を切るしかないだろう。
「……正直にいったらマタタビあげるわよ」
「いいます!いいますにゃ!」
余りの変わり様に秘書官をやるのにふさわしいものかと思うも、その私の目線をスルーし、話を始めた。
「一つはその夢が悪夢だって言うことにゃ」
冷めない悪夢、確かに酷いものだと思うが隠すほどだろうか。ただひとつめってことは二つめ以降に続くものがあるのだろう。
「ふーん、ひとつめってことはふたつめがあるのね」
しかし明石はちらちらとこちらの顔を伺うだけで、その先を言おうとしなかった。
「なによ私の顔になんかついてるの」
「ついてないにゃ……これはもしかしたらそうかもしれないという予想の話だがにゃ」
そう前置き、ようやく口を開いた。
「指揮官にとって悲しいこと、ストレスが溜まることが起きた時に起きる……」
そこから先の言葉はよく聞き取れなかった。
サブタイトルが思いつかない病
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長い夢を見てました。
コンビニおでんが始まって、店員の悲しい顔を再度見ることになったので投稿です。
水平線まで何マイルって作品のことを初めて知りました。
視点がぐるりと変わった先は、一時期を過ごした士官学校の一室だった。
炬燵に見覚えがあったのは当然だろう、自分の持ち物だったのだから。
そんなことを考えていると、突然隣でパンパンパンと破裂音が連続した。
「第一回闇鍋大会ー!!」
クラッカーを撃ち鳴らしながら、そのようなことをのたまうのはあいつしかいなかった。
「なあ、これ本当にやる必要あるのか?」
夢の中、それも過去の記憶の再現だからか、自然と口は動いていた。何処か他人事のように思いながら周りを見やる。
「当然!こんな騒げるのももう無いからな!」
「PoWの目が死んでるんだが……おいお前の指揮官だろう、なんとかしてくれ」
「……私は指揮官の命令に従うのみ」
世界が変わる前から齧っていたイカから口を離して、心底嫌そうにそういった。
そう喋っている途中に僕の身体は動いていた、一瞬の隙のうちにPoWのイカを奪い取る。
「あっ、返して返してよ」
「ダメだ、これを理由に闇鍋食べない気だろ」
思惑はお見通しだった、イカを取り返そうとする手をかわしながら炬燵の右側に座る奴にそのイカをパスする。
隣の奴?
今さらながら同期のあいつ、PoW、自分以外にもう一人居たことに気付く。
黒い、そう黒く潰された何か。まるで墨で塗りつぶされたような。そうとしか形容できないものがそこに居た。
こんなものは自分は見た記憶がなかった。
されど周りは平然とそれを受け止めているのが、何より怖かった。いやいかれてるのは僕なのだろう。
その闇が、放ったイカをキャッチして口を開いた。
「────、──────」
「おい、お前の番だぞ」
「……え?」
「闇鍋だよ!食べたくないからってそうはいかないぞ!」
同期のあいつがそうがなり立てる、どうやら少しぼーっとしていたらしい。
さっきまでは勝手に体が動いていたのに、その便利なオートモードは止まったようだった。
今尚ぼーっとしてる自分を英雄どのは胡乱な目で見ていた。
「おい、本当に大丈夫か?」
「闇鍋を食べることを除けばね」
その言葉に爆笑する。
一先ず状況の整理をしよう。
こたつに座っているのは僕、あいつにPOW。
「闇鍋、誰からスタートだったけ?」
「おいおい、そんなことも忘れたのかよ。POWだよPOW、自分で入れた生きたイカを引き当てて爆死してただろ?」
そう言ってPOWを見やる、POWは首に『私は闇鍋のルールも守れなかった負け犬です』という看板を吊り下げていた。
自分の目線に気づいたのか、睨み返しながら言った。
「なによ、何か文句でも?」
「滅相もございません」
ぶんぶんと首を振る、引いたものを食べきれなかったからあの罰ゲームなのだろう。イカを入れるのはPOWぐらいしか予想出来なかった、まあ自業自得だ。
生のイカを入れると言う異常性には見て見ぬ振りをした。
そうすると僕と英雄どのが入れたものだけがわからないということになる。
闇鍋の記憶はすっかり薄れ、自分が入れたものも覚えてなかったが、そう過激なものを入れなかったはずだ。
「一人何品まで入れることができるルールだった?」
「二品だよ、最大二品まで。お前本当に大丈夫か?闇鍋の臭気に当てられてないか?」
「そうだといったらにげれるのか?」
「絶対逃がさん」
まあそうだろうな、意を決して箸を鍋に突っ込む。
選択肢は六品、一品はイカだった。
残りの最大五品の内、自分の二品を引けばいいのだ。そう低くない可能性のはず。
濁った汁の中、えいやと掴んだものを引き上げる。
白くコーディングされた棒が顔を覗かせ、すぐに沈下させる。
「おい、ちゃんと引きあげろ!お前が食べなかったらこっちに回るだろうが!」
「食べられる物かよ、これが!」
「知るか!!」
渋々引き上げる。下の方を見るとなんてこともなく、ただのCucumberだった。
「いやおかしいだろ!この白いのなんなんだよ!」
「マヨネーズよ」
今まで沈黙していたPOWがようやっと口を開いた。
「新鮮なキュウリほどマヨネーズに合うものはない、知ってる?」
「「だし汁のことを考えろ!!」」
珍しくあいつと声があう。
キュウリは普通に美味しかった。
●
順番は回る。
英雄どのはマヨネーズがくっついたハムを引き(多分自分が入れたものだ)、POWがニシンの燻製を引き、イヤイヤ言っているところに口に押し込まれ再び撃沈し、また自分の番がやってきた。
残り一品、英雄どのがニシンの燻製しか入れてないとゲロったため、わかってないのは自分が入れた一品だけ。
POWがイカ、キュウリ。あいつがニシンの燻製。自分がハムとなにか。
地雷は全部外したはずだ。
意気揚々と箸を鍋に突っ込む、あとは夢が覚めるのを待つだけだ。
「はやくしろよなー」
「まあ待てって」
キュウリほどの手応えはなかった、時間稼ぎをしながらゆっくりと引き上げる。
それはこの数日間飽きるほどみてきたものだった。
しかして、それを自分が入れることは絶対にあらず。
「それ、私が入れた」
右側からPOWでもあいつでもない、誰かの声が聞こえた気がした。
闇鍋に餅巾着が入っていた。
●
意識が次第にはっきりとしていく。
いつも見上げる天井、どうやら僕は自室に運ばれていたようだった。
多分明石のおかげだろう、あの時間執務室に近づくのは明石ぐらいしか思い浮かばない。後で感謝しよう、そう思った。
体をゆっくりと起こす、汗ばんだシャツを冷房の風が冷やして行く。
何か悪夢でも見たのだろう、しかしそれをはっきりとは思い出せなかった。
まあ覚えてなかったのなら思い出す必要もない夢なのだろう、そう結論づける。
それにしても薄暗かった。部屋はすでに暗く、窓から見る外には、夜の帳がすっかり降りていた。
昼飯をすっぽかして晩飯までも飛ばすとは。まあおでんキャンセルが出来たから、御の字だろう。
そんなことを考えていると、思い出したかのように腹がぐーっとなった。久しぶりに食堂でも行くか。そう思いベットから立とうとして、腕が重いことに気づく。
「なんでここで寝てるんだ……」
そう小声で漏らす。僕の左手をギュッと握り、スースーと安らかな寝息を立てているヒッパーがそこに居た。
なぜここで寝ている?なぜ僕の手を掴んでいる?明石は何をしていた?
色々疑問は浮かんだが、それをはっきりさせる気は無かった。
なんとなくヒッパーの前髪をいじる、寝ている素顔はいつもの険が取れ安らかな顔だった。
「……しかめ面よりはずっと似合う」
そう独り言を漏らす、まあしかめ面させてるのは自分が悪いのかもしれないが。
その言葉にぴくっとヒッパーが反応するも、起きる様子はなかった。
ここでヒッパーをずっと眺めてもいいが、起きた時何を言われるか分からないし、何よりも何か食べたかった。
名残惜しく思いながら、ヒッパーの手をそっと外す。
「いい夢を」
その言葉に返事はなかった。
第1部完!
ここで折り返し
ウマ娘のほう書いてて遅くなった、許してね
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閑話 不幸を告げる猫
いつものように執務に取り組んでる時のことだった。
ハムマンが季節外れの水着を着ながら、秘書艦の仕事に勤めていることを除けば、いたって平穏な日なはずだった。
秘書艦、前までは明石が商店と掛け持ちするはずだったが、それをやってみたいという声が艦船少女達から出ていた。
何も面白いことはないだろうに。そう思いながらも志願者を募り、そこから抽選でその1週間の秘書艦を選ぶことにした。
志願者は殺到した。僕から見て意味がわからないほど殺到した。
もしかしたら秘書艦の仕事が、常日頃の任務より楽だと思われてるのかもしれない。そう思って諭すも特に変わりはなかった。
この基地に属する艦船少女ほぼ全てが志願したのだ、唯一マッコールが希望しなかったぐらいだった。
「秘書艦希望しない代わりにアイスが欲しいなーって」
らしいな、と僕は思った。
本当に平穏な日だ。外に散歩に出て、木陰で読書でもしたいぐらい、いい天気でもあった。
そこまで考えて眉をひそめる。これは嫌な流れなのではないか?
こう言う日に限って何かが起こる、今日は特に何もないなと考えたりしたのならば。
もしかしたら何か炭鉱に連れられたカナリアの様に、僕も何か危険を察知できる様になったのかもしれない。
全くありがたみのない特技だ、何事もないに越したことはない。
そう考えを巡らせていると、ハムマンが言った。
「手が止まってるけど、どうしたの?」
「いや、なにもないんだ。なにもないから裏があるんじゃないかって、こう言う時に限って明石が飛び込んで来る気がしてね」
ふーんと納得したのか、ハムマンは頷いた。
「それより私の水着に対してツッコミは?」
「ちょっと待て、なんか音が聞こえる」
なにやらハムマンが言ってるのを遮り、耳を立てる。
初めは気のせいかと思ったが、段々と遠くからこの執務室に向かって、走ってくる音が近づいてくる。
もうすでに頭が鈍く痛み始めていた。
やっぱりか、嫌な予感ばかりよく当たる。
「ビッグニュースだにゃ!」
ズバーンと執務室の扉を開け放つ明石の姿は、まさに予想通りで、僕は盛大にため息をついた。
「どうせろくなニュースじゃないんだろ」
「そんなことないにゃ!今回は違うにゃ!」
どうだかとひとりごちる。朗報と称しておでんの味変グッズを持ってきたときは、まさに地獄だった。
エアコンの改造計画もそうだったし、期待してろくなことはない。
「まあいい、今回はなんだ?」
「ちょっとついてきて欲しいんだにゃ!」
そして首を傾げて明石は言った。
「それでハムマンはなんで水着姿なんだにゃ?」
●
一気に機嫌が悪くなり、無口になったハムマンを連れて明石の案内について行った先は、艦船少女達が使う浴場だった。
「おでんの消費量がこの舞鶴基地がずば抜けてるにゃ」
「それ、大量の誤発注の所為だよな……?」
下手な口笛を吹きながら明石は目をそらした。
「……でも指揮官も嫌々いいながら食べてたにゃ」
「僕はそんなにおでん好きじゃないけどな」
「……は?」
「……なんだよ」
にゃという口癖も忘れて明石とハムマンがこちらを見つめていた。まるで残念なものを見るかの様に。
「あれだけおでんを食べて好きにならないのかにゃ?」
「洗脳じゃないか、それ」
おでんの話をしていたからか、おでんの香りまでしてくる気がする。できれば今すぐここから出たかったが、踏みとどまる。
「こんなにおでん好きそうな顔してるのに、変な人だにゃ」
「どんな顔だよ」
「そらこんな顔だにゃ」
そう言って明石はある風呂に近づいて、おもむろに腕を突っ込んだ。どこか見覚えのある風呂釜を見ながら明石の続く言葉をまつ。
それは変わった釜だった、銀の枠で小さく八等分された釜、その半分を木の蓋が覆う。銀の枠は鉄だろう、中のお湯は茶色ながらも透き通って見えた。
「これだにゃ」
ようやっと引き上げた手には、大物が捕まっていた。
三角で、黄金色。上は干瓢で縛られたそれは。
「餅巾着じゃないか!!」
「違うにゃ!おで●くんだにゃ!」
「いやお●んくんに似てる指揮官ってなんだよ!!」
全く意味がわからなかった。
●
とりあえず明石に一発ゲンコツを落とし、説明を聞く。
「おでんの大量消費の感謝を込めて、本部からおでん風呂の贈呈ね……」
「これはすごい代物だにゃ!」
「いや、僕はこの浴場を使えないんだが」
問題点はそこだった。この浴場は大体誰かが使っている、まさか混浴なんてするわけもあるまいし、故に殆どここに近づくことはなかった。そんなにでかい風呂ではなく、私室にある小さなもので十分だったから特にいうこともない。
まあ私室にあっても、このおでん出汁香る風呂を使う気持ちになるとは思えなかったが、みんなにはいいリラクゼーションになるのかもしれない。
「ハムマン、湯加減はどうだ」
「ちょうどいい感じよ」
「そ、そうかそれはよかったにゃ……フフッ」
先ほどの不機嫌さは少し和らいでいた。ちょうど水着を着ていたから試しに入れて見たが、いい考えだったかもしれない。
ウインナーと木札をつけた枠の中で、ハムマンは無邪気に喜んでいた。キャラ性大丈夫なのかとか、そこにいれた僕からは言えなかった。
「ねえ、この蒟蒻たべれるの?」
「さあ?やけにリアルだし、たべれるんじゃないか?」
なにやらハムマンが入ってる風呂の水を採取してる明石を見やる。大方なにするかなのかは予想がついたが、止める気はなかった。多分どっかの
「明石、そこんとこどうなんだ?」
「何?今忙しいにゃ」
「隣に入ってる具材の話だよ、蒟蒻たべれるかっていう話だ」
「口に入れても安心な素材でできてるにゃ」
「だそうだ、かじってみろ」
「いや食べれるって一言も言ってないじゃない!」
鋭いツッコミだなと思った、ただそっくりな物を置いて誤食するのを考えないことはないだろう。
「モノは試しだよウィンナー、もう齧る機会はないかもしれないしな」
「ハムマンよ!名前を間違えるな!……しょうがないわね」
そう言ってハムっと小さく一口、蒟蒻に噛り付いた。
「ん、味は普通のこんにゃくと変わらない、歯ごたえがないけど……?」
「口から泡が出てるけど大丈夫か?」
コポコポとハムマンの口から泡が漏れ始めていた。
「そりゃ石鹸だからにゃ、たべても口から泡が出るだけで問題はないにゃ」
「あーすまないハムマン、問題はあったようだ」
「そういうことだと思ったわよ!!」
ビンタの一発程度甘んじて受け入れようと思ったら、ボコボコに殴られた。
地に伏せる僕に明石は言った。
「災難だったにゃ」
「元はと言えばお前のせいだがな……」
ゆっくりと立ち上がる。
ハムマンはもう立ち去ってしまった、たぶん執務室に帰ったのだろう。僕も帰るか。
最後にそのおでん風呂を見る。
蒟蒻、ウィンナー、何もなし、二つの目玉。
茶色い水の底に浮かんだ二つの眼が、こちらを見ていた。
一気に鼓動が早くなる、なんだこれは。
落ち着け、幽霊なんているはずがないだろう。
深呼吸深呼吸、落ち着いて冷静になってもう一度見る。
茶色が保護色になってるだけのu81だった、なんてことはない。幽霊なんているはずがないだろう、馬鹿馬鹿しい。
そういえば来た時に半分蓋が開いていたのは、こいつが入っていたからか。
ずっと蓋を閉じて目線を切る、服を着てなかったのも非難する目つきで見られていたのも、たぶん気のせいだろう。
「u81の部隊ってもう帰還してたのか」
「あ」
「は?」
何やら致命的な失敗をしたみたいな顔、エアコンの改造に失敗した時もこんな顔をしていた。
「おでん風呂が届いたと執務室に伝える前にu81の部隊が帰港したのを見て、先にその朗報を伝えていたにゃ」
言葉を言い切るより先に、僕はそこから逃走していた。
u81の部隊は『鉄血』組だ、ということは
あいつもいつここに来るかわからない。
間に合ってくれと伸ばした扉は、僕が手をかける前に勝手に開いた。
「あ」
「は?」
扉に手をかけた裸のヒッパーがいた。動きは驚きで固まっていたが、すぐに顔がリンゴのように真っ赤っかになり、わなわなと震えだす。
あぁ、ここで僕は死ぬ。そう思った。あらあら大胆な指揮官様ね、そう言ってる声が聞こえた気がした。
「何か言い残すことは……?」
上手い言い訳は思いつかなかった。
「あー……すまない」
「誰がまな板だってえの!!」
いやそれは早とちりすぎだろうと思ったが、あまりに鋭い右フックに意識が刈り取られて、その思いすら掻き消えた。
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