魔法科高校の魔宝使い ~the kaleidoscope~ (無淵玄白)
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超外伝シリーズ「そこまで責任もてねえよ!」未来編
未来福音(夢)


必殺! 手の平返し!!!(爆)

まぁそんなわけで、何かあれば更新したい章段ぐらいに考えておいてください。


 唐突ではあるが、私の性格は―――まぁ最悪な方だろう。

 

 幼なじみからは、『二代目あかいあくま』などと呼ばれることもある私である。写真でしかお見受けしたことが無い『お婆様』を含めれば三代目だろうが……この世界ではあまり関係ない話である。

 

 今日もお父様からの言いつけを守り、マンドラゴラの生育状況を見つつ、今日こそは―――鳩の首を捌いて見せると意気込むのだが―――うん。無理だった。

 

 

「鶏の首を落とせるのに、どうしてなのだわ?」

 

 

 情が移っちゃっている。そうとしか言えない。結局、今日も己の血と鳩の羽を利用しての術式構築をすることに―――。

 

 お父様は怒ることはないものの、『リン(・・)にはまだ早いんだよな。やめてもいいんだよ?』そう頭を撫でながら言われる度に『フォーマルクラフトはお金がかかりすぎます! お父様の宝石はお父様だけの至宝なのですから、私が譲り受けるわけにはいきません』

 

 などとムキになって反論するも、笑みを零すばかり。そうしてお母様を見ては『そこまでイコジじゃなかったでしょ!?』と言われる顛末。

 どうやらこういった所(ガンコ)はお母様に似てしまったようだ。うん、なんかいやだ。

 

 そんな風に『ガーデン』で話し込んでいた所に不意の闖入者が現れる。

 

「お父様ー、電話が来たのだわ。達也おじ様からです」

 

「個人端末に回せばいいのに……」

 

「お父様の機械オンチっぷりを熟知しているのです。リンナ(・・・)は、いつも通りダメなわけ?」

 

リリン(・・・)だっていつも通りじゃない。今日も巻き藁十本の切り刻みの後の修復が出来ていないわよ」

 

「………」

 

 睨みあう『似たような顔』―――違う点で言えば、リンナが漆黒の髪に対してリリンは見事なまでの金髪である。

 そして髪型は、完全に同じようなツインテールである。つまりは……『双子』なのである。

 

 

「ほら、もう睨みあわないの。二人とも今年中学生になるだけの『半人前』なんだから、どっちもどっちよ」

 

「「むーーー! お母様のイジワル―――!!! お母様の半人前の料理よりも、お父様の料理の方が美味しいのも世界の真理―――!!!」」

 

「コラー!! リリン、リンナ待ちなさーい!!!!」

 

 2100年代―――多くの事が起こりながらも、世界はそれなりに平穏を保ち、文明を発展させた時代……。

 

 古めかしい洋館。

 東京都内の一等地であり霊場に構えたその家の名前は、現代に生きる異能の人間……『魔法師』にとって様々な意味を持つ……。

 

 あるものは救世主、あるものは悪魔、あるものは変革者、あるものは破壊者……忌み名とも言い切れぬその家に生まれた双子。

 

 世界漂流で流れ着き、『人理』と『神理』を合一させた家系……その名は『遠坂』。

 当主『遠坂刹那』とその妻『遠坂リーナ』との間に生まれた後継者――――。名は――――。

 

 姉『遠坂 凛那(りんな)

 妹『遠坂 璃凛(りりん)

 

 

 異世界の神秘の担い手として育てられながらも、実に神秘性とはかけ離れた騒がしい双子であった。(幼なじみズ談)

 

 洋館を走り回りながらも結局、母であるリーナに掴まったことで料理の支度を手伝わされることになったが、そういうのが悪くないと思える二人であった。

 

 

 そんな2人にとって今日は門出の日である。とはいえ……地元の中学に進学するだけなので、そこまで大騒ぎもしていない。

 

 何より東京都内が如何に人口密集地とはいえ、大幅な人口減少が起こってしまった世界なのだ。が―――最近の論調では、出生率などはゆるやかに回復しており、世界規模で言えば凡そ20年もすれば、21世紀前半の人口規模を取り戻せるだろうと目されている。

 

 とはいえ、今を生きる凛那と璃凛にとっては小学校から付属の『中学校』に上がる程度なのだ。正門の位置が若干替わり、制服が支給されて合わせただけなのだ。

 

 

 そんな訳でいつも通りの食事(父自作の燻製ジャムを乗せたトーストなど)を食べた後には、出る準備となる。

 

 

「忘れ物は無い? タイはちゃんと締めている?」

 

『大丈夫です。可憐に優雅に中学デビューを決めてみせます(るのだわ)』

 

 エスカレーター方式の学校でそいつは無理なんじゃなかろうかと両親そろって思うのだが、ともあれ双子はいつも通りに家を出ていく。

 

 

「「行ってきまーす☆」」

「「気を付けて行ってらっしゃい」」

 

 そうして、洋館の門前に止まっているコミューターに入るのを、玄関から出て見届けると一安心をする。

 

「あの二人が中学生か……速いもんだ」

「それ、この間、タツヤ、レオ、ミキヒコと飲んでいた時にも言っていたわよ?」

「俺も立派なオジサンになっちゃったからな。いい感じに皆して歳食ってしまったわけだしね」

 

『勘弁してくれ』とぼやくように隣の妻に言っておく。月日が流れるのは速いものだ。

 凛那と璃凛を後継者に据えたのは刹那なりの判断であったが、今はこれで良かったと思える。

 

 一人の人間に全てを負わせる魔術師の本道からすれば、間違ってはいるが、この世界で『アカシャ』を目指す意味は若干薄くなったのだ。

 

「俺の刻印は分割していくよ。遠坂家に課された宿題は俺の代で完結している……この世界で新たな『トーサカ』を作っていくのが、あいつらの使命さ」

「ふーん……だったら、もう一人ぐらい作ったりしない? そろそろあの子たちにも弟か妹がいてもいいと思うのよねー♪」

「ちょっとリーナ。俺も仕事があるんだけど? ウェイバー魔術大学の学長がいないとか、あれすぎるんだが」

「先程のタツヤからの電話―――、遅れて出ても構わないって連絡だったのはミユキ経由で知っているわよ。さぁてと最近、二人にセツナが独占されっぱなしだったから、久々だわー♪」

 

 しなだれかかってくるリーナの攻撃に少し慌てつつも、ブラウス越しの肌の感触が、どうしても刹那を惑わす。昔は双子の如くしていた髪型は、ストレートを基調とするようになって母であることを強調していたのに、こういう時に限って『妻』であることを主張してくる。

 

「いけないリーナちゃんすぎて、どうしようもないな」

「時にセツナには、こういう風にしなきゃならないのよね。リンナとリリンにも、『好きな男の子』にはこうしなさいって伝えているもの」

「絶対一度は連れてきた男に『娘はやらん』とか言いたい」

「もう! そんなイジワルしないの。それ2人に教えたらば、『グランパ嫌い』とか言われてショック受けてたんだからね」

 

 それは、君のせいじゃないかな? そう思いながらも、結局のところ―――耐え切れずに―――妻の身体に寄り掛るのだった。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

「なんてことになっているのよね。家族が増えるのはいいことだわ」

 

「カツヤお兄様みたいな家は憧れよね。真由美さんとリズ小母様の争いには介入したくないけど」

 

 コミューターの中で、『未来視の魔眼』を発動させた璃凛の言葉に、凛那は若干ウキウキしてしまう。

 出来ることならば、弟がいいなと思いながらも、そこまでは『見えない』妹の言葉に、『確定していない未来』を楽しみにする……そんな気分でいたのだが、楽しさを遮るようにコミューターが最寄りのターミナルに止まったことで、降りる準備をする。

 

 学校指定の鞄ではないが、魔法師ではなく『魔術師遠坂』としての物品が収められたものを手に、二人は正門まで歩いていく。

 

 歩いていると前に見知った顔が一人。無論、顔は見えないのだが、制服でも分かってしまう真っ赤な髪が、相手の素性を理解させた。

 

 

「エリオー! おっはよー!」

 

「おう! お前らも来たか、おはようだぜ。リンナ、リリン」

 

 後ろから声を掛けると振り向く、結構なイケメン顔だが、残念ながら昔から見慣れてしまって恋とか愛とかからほど遠い男の顔があった。

 

 

「今日から中学生。私もリンナも制服女子なわけだわ。感想は? 萌える? ちょー萌える? 思わず道場で襲い掛かりたくなっちゃう?」

 

「最後の状況に関しては制服関係ないだろ。というか『萌え』とかいつの時代の単語だよ」

 

「「レトロフューチャーというヤツだ」」

 

「完全にバックトゥザフューチャーだよ。まぁ俺もお前らも先月まではランドセル―――はないが、私服で学校に通っていたからなぁ。新鮮だよ」

 

「エリオも似合っているわよ。やっぱり背丈高いと学ランタイプの制服は似合うわね」

 

 桜並木を並走しながら歩く『西城エリオ』―――付属時代から色々と目立つタイプだった、竹刀袋を持ちながらの登校をする男の周りに黒と金の美少女が纏わりつくのは、今に始まった話では無かった……。

 

 が―――しかし、何というか妬みの視線は感じるわけで、エリオとしても、頭を掻いてそれらを分散させるしかなかったのだったが――――。

 

 そんな時に救世主が現れる。

 

「ユキナリ!!」

 

「よう。朝っぱらからハーレム展開で何ともうらやましい限りだな」

 

「ゴッドモーニング! 雪也(・・)!!! 今日も相変わらずスカしたような面構えだけど全然似合ってないわよ」

 

「お前もゴッドモーニングって何だよ? リンナ。半分アメリカ人みたいなもんだろうに、変な英語を使うな……まぁ昔の親父みたくクールなボーイになりたいというのに……こいつらは……」

 

 赤い悪魔の犠牲者2号がやってきたことで、喜んだエリオの意気を挫くように、凛那の言葉に若干落ち込むスマートな黒髪男子―――彼も先月までは私服だったが、こうして制服だと新鮮味がある。

 

「親父もお前の父さんには手を焼かされたとか言っていたが、こんな感じだったのかなぁ」

「基本的に熱血漢だろう達也おじさんの本質を理解していたのよ。父さんは―――だから、そういうことでしょ。

 立ち止まっている人間には手を貸したいのよ。本質的に教えたがりだから、父さん」

 

 そんなものか。と嘆息する見た目だけはクール系の男をからかうようにいっておく。

 

 そうして四人が揃ったところで、後ろにもう一人の姿を見る。

 

 カラスの濡れ羽色とも言われる黒髪と、品行はよろしい限りの清楚系。ついでに言えば育ちすぎなトランジスターグラマーで、凛那のコンプレックスを刺激すること間違いなしな女である。

 

 吉田水無月―――四人の幼馴染みである。

 

 

「みんなー! おっはよー!!!」

 

言いながら駆けてくる女の胸は、先月まで小学生だったとは思えないふくらみを揺らしてやってくるのだった。

 

「ミナおはよう。相変わらず今日も胸が揺れてるね」

「所詮は贅肉でしかないわ。東京砂漠のフタコブラクダめ」

「二人でセクハラ禁止! けどしょうがないわよ。今日から私たちも中学生ーーーこの制服に身を通した瞬間から胸がときめいていたのよ」

 

 それで胸が揺れるとか、恐ろしい限りである。(男子は喜び)ただ一つだけ疑問も残る。

 

「ミナは、神道系の中学行かなくて良かったの? そういう薦めもあったと聞いているけど」

 

「確かにおじいちゃんや、おじさんなんかは、それもいいんじゃないかって言っていたけど、お父さんとお母さんが「好きにしなさい」って言ってくれたから―――それに最高の教師は、ご近所に一杯いるもの」

 

 『下手くそ』に預けて変なクセが着いてもダメと言えばダメか。

 

 巷では「ご近所さんで世界最強トーナメント開けそうな界隈」などと言われているのだ。

 

 同時に最高位の魔術師、魔法師、魔召師が集中しているということでもある。

 

 そんな連中が時にBBQなんぞやっている光景は色々とあれなのだろう。

 

 

「確かにな。越えなきゃなんない壁どころか山が多すぎる。身近にそれがいるってのは、嬉しいことだ」

 

「同感だな。打倒すべきは親父とお袋―――なんだが、お袋は怖い―――」

 

「……ウチもだよ」

 

 男子二人が身震いするほどには、母は畏怖すべき対象のようである。

 

 氷雪と剣舞の限りは、恐ろしすぎる―――と女子が実感できないのは、二人していい母親にしか見えないからだ。

 

 そんなこんなしているとーーー更に幼馴染みであり、凛那にとっては弟弟子に当たる少年……本人は認めないだろうが―――。が校門前に陣取っていた……。

 

「相も変わらず、朝からピーチクパーチクうるさい奴等だ。マイスターマスターたる遠坂先生の娘とは思えんな」

 

「朝一番に登校とは折り目正しい生活送っているわね。ミカ」

 

「うざいぐらいに」

 

「俺の名前は三日月! ミカとか呼ぶな!! まぁいい。遂に中学生となったお前たちと勝負する時が来るとはなーーー嬉しい限り、遠坂先生の弟子は俺一人で十分―――さぁ決着の時だ!!!」

 

 こういったやり取りは、何度かやってきた。何を血迷ったのか、いやそもそも、魔召師として姉に劣っていると思った三日月が行ったのが、父への弟子入りだった。

 

 それゆえか姉弟子である凛那、璃凛にたいして対抗心を燃やすこと燃やすこと―――。

 

 だが、それも今日で終わりである。そう、なぜならば―――。

 

「言うは易く行うは難し。それは無理ね。諦めなさい三日月」

 

「ほう……逃げるんですか?」

 

「そりゃまぁね―――だって私たち、中学生よ。分別つけなきゃ」

 

「つまり?」

 

 分かっていてやっているのか、それとも天然なのか判断はつかないが、ミカはこう言うときの反応が遅い。

 

 天然であれば、恐ろしい限り……まぁつまりは―――。

 

 

「だって―――あんた「私服登校」じゃない」

「―――え?」

 

 吉田三日月11歳―――まだまだランドセル背負って登校を果たして、カプサバゲットだぜ! とかやっている少年である。(予想)

 

「なんじゃとて―――!!!」

「今さら気づくとか、ミナ。アンタの弟だいじょうぶ?」

「ちょっとダメかもしれない―――頭が」

「ねえちゃーーーん!?」

 

 辛辣な一言にショックを受ける黒髪の少年小学生。

 せいぜい妖怪スマホでも操りながら、少年探偵団でも結成しているがいい。

 

 そんな感じでいると、ユキナリとエリオの妹―――これまた三日月と同じ11歳の女の子たちが、三日月にくっつく。

 

 子供の名前は暁で決定であるなどと思えるぐらいには、こやつもハーレム野郎なのだった。

 

「にいちゃん! 何かあったら私にも一言! というか混ぜてよね」

 

「お兄様。中学生になったからと雪穂をおいてけぼりにしないでくださいね」

 

 杏寿(アンジュ)と雪穂の言葉に兄貴たちは苦笑いをする。どっちもお袋似で何となく小言を言われている気分なのかもしれない。

 

 

「というわけで、しばらくはランドセル背負う小学生でいるのがいいのだわ。父さんが言っていたのだけど、三日月はあまり他人を意識せずに己を伸ばしていけば、もっと上に行けると語っていたのだから」

 

「璃凛姉弟子がそういうならば……」

 

 あれ? なんだか凛那(わたし)と対応と態度が違いすぎないかしら?

 別に三日月なんてどうでもいいのだけど、ちょっと複雑よ。

 

 

「そりゃ凛那ちゃんは、あくまっこだもの。ミカも若干、苦手に思うわよ」

 

「「今さら気づいたのか?」」

 

「男子二人と巨乳がアタシをいじめる!? おのれ、この巨乳好きのエロ学派め!! アンタたちの性癖―――学校中に言いふらして―――」

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「といった風な、かなりカオスな夢をみたんだが、どう思うよ? 達也」

 

「会長選挙前のレリックが起こした惨劇に、お前とリーナが出てこなかったことは話したし、お前たちも夢見になんの影響もなかったが、ここに来てそんなことになるとはな……」

 

 屋上にて、昨夜から今日の朝にかけて、リーナ共々見てきた夢に対する顛末に対して、そんなことを言われてしまう。

 

 確かにあの時、達也と関わりが深いにも関わらず、自分とリーナは達也命名の聖遺物「ドリーム・キャスター」が演じる『ドリーム・ゲーム』に出なかった。

 

 代わりに出てきたのが、先程の夢のなかでの主役とも言えるお袋似の双子(幼年期)であった。

 

 

『『達也おじさまを倒すのだわ―――!!!』』などと結構カオスなことをやらかしていたそうな。いや、見ていないからどんなものなのかは分からないのだが―――何にせよ。

 

 そんな風な未来が確定しているわけではあるまい。そもそも全員が、近所にいることもあり得ない。

 

 現在ですら八王子に集合することで、なんとか会えているのだ。会いに行こうと思えば会えないわけではないが………。

 

「まぁ普通に考えれば、お前と深雪は、代替わりすれば長野の方に引っ越すんだろうしな」

 

「その可能性が一番高いからな…ただ―――」

 

「ただ?」

 

 珍しく口に笑みを浮かべて空をあおぐ達也―――。どこまでも広がる青空と白雲をつられて刹那もみて―――口が開かれた。

 

 

「そういった―――「未来」は、楽しそうだ。何かと退屈しなくて済みそうだしな」

 

「……それに関しては同感だな」

 

 しかし、ここで少しの疑問も発生する。

 如何に深雪の倫理観が危ういものだとして、兄妹で子供を作るだろうか……魔術師的な考えでも、危険すぎる等親での近親婚ぐらいは認識されている。

 

 もしも夢見が見せた未来が、真実―――、一種の未来視ならば、それは―――、少しだけ大変な結果をもたらすのではないかと思うのだった。

 

 

(まぁ―――どうでもいいことではあるか、光井はがん泣きの上での滑り台行きになっても、俺にはどうしようもないことだ)

 

「お前、すごく悪いこと考えていただろ?」

 

「いいや、まったく―――忙しい時期に変な話をして悪かった。

 論文コンペ期待しているぞ。俺は護衛だから裏方でみさせてもらうさ」

 

 

 月日は既に10月下旬にいたろうとしていたころの、とんだエイプリルフールパニックであった……。

 

 



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夢十夜――壱『夢の始まり』(原典:DVD特典『ドリームゲーム』より)

というわけで書きあがってしまった外伝。ぶっちゃけ特典小説知っているヒトならば、かなり端折っていることがわかり、更に言えば改変も多いだろうことが分かるものです。

それでもいいというのならば、どうぞ。



 この世は全て胡蝶の夢なのかもしれない―――。

 

 夢か現か判別できないことの例えとして知られている。中国の古い思想家が唱えた言葉である。

 

 こういっては何だが、有史以来、あの大陸において戦が無かった時代など殆ど無かった。時の王朝の不安定さはいつも通りで、そこかしこで起きている戦は民草に困苦を押し付ける。

 

 つまり……何が言いたいかといえば、かの国においては、とてつもない悲惨な状況の全ては、実は同じ人間がやっていることではなくて、胡蝶のごとき小さな存在の見ている夢なのではないかと……。

 

 そう考えなければ明日を生き抜くことも出来ない。厭世論、悲観論、こういうのがある種の終末信仰の発端となるのだから、まずまず困った話である。

 

 

 ――――閑話休題。

 

 

 さて、話を戻せば、そんなことを考えるぐらいには達也は困っていた。様々な状況への推理及び推測の類を重ねるに重ねて、ここがいわゆるVRゲーム。

 

 SA〇という、達也たちからすれば半世紀は前に流行った、仮想現実に入り込めることを主題とした『SFファンタジー小説』という、矛盾した表現しか出来ないものに良く似ていた。

 

 意識だけが、どこかの仮想現実に入り込む。実を言うと既に、『現実の歴史』はSA〇を実現していた。

 

 RPVG―――ロール・プレイング・ビデオ・ゲーム。そう称されるべきものは、魔法師の開発以前から人々の想像力を養っていた。

 

 ゆえに、それを発展させていけば、自ずと仮想現実の世界で『ロール・プレイング』をしたいと思うのは必然であり、ロールプレイング・ヴァーチャルリアリティ・ゲーム。

 

 略称『RPVRG』が、当たり前の如く存在していた。達也自身は興味ないものの、級友や中学時代にもそういった風なものを好む者はいた。

 

 

 ああ、だからこそ、この世界はあまりにも異質すぎた。肉体の感覚はあるくせに、ヒドイ浮遊感で地に足をつけていないようでいて、確実に大地を踏みしめている。

 

 そして何より、そのゲームをやるには、当たり前の如く仮想型の端末を使う必要があるのだ。

 

 すなわち達也が好まない類の端末なのだから、これは自分の意図した状況ではない―――ゆえに―――。目の前の現実はちょっとした悪夢だった。

 

 

「ガンド乱れ打ち!! か――ら――の!!! 奥義『極死無双』!!!」

 

「ソードバレットフルオープン!! シュート&ブレイク!!!」

 

 きゅどどどどどどど!!!! ずどどどどどどど!!!! 

 

 往年のスレイヤーズで多用された戦闘効果……擬音表現でしか表せない惨状が、ありったけ目の前に広がっていた。

 

 本来ならば、恐らく達也辺りに襲い掛かっていただろう巨大狼や巨大猪が、涙目になりながら逃げ回っている。

 雨霰と降り注ぐ呪弾と剣弾の全てが、大地を抉りに抉って土煙をあげさせていた……。

 

 恐らくこの世界における敵なのだろう……有体に言えば『魔物』が、もはや狩人に追い回されている犬と豚にしか見えなかったのだ。

 

 

「恭順をしめしなさーい!! 具体的には、背中を大地に寝かせた状態で「ちん〇ん」するぐらいの恭順をして私の乗り物になれ――!!!」

 

「恭順をしめすのだわ―!! 具体的には、背中を掻っ捌いてロースとヒレが同時に楽しめる部位を差し出して、『僕の肉を食べなよ』と言うがいいわ!!」

 

 豚肉でTボーンステーキって出来たかな? そんな疑問はさておき、先程までいた森を抜けて平原に出た達也を見た両モンスター(?)は、助けてほしそうにこちらを見ていた。

 

 同時にこれは仲間にするイベントでもあるのかな? いやないな。

 そして何より、そんな二頭を追い回す金と黒のツインテール娘。まだ小学生かな? と言える存在が怖すぎた。

 

 顔立ちは―――見覚えがあるようでいて、無いような―――誰かに似ていると言われれば、『二人』しか思いつかない。技能もそれに違わないものだ。

 

 だから―――まずは猪の方を締め上げて、窒息死させる。どうやら金ツインテは腹が減っているようなので、そうするのが手っ取り早かろう。

 

 結構な速度で半ば突進するようにやってきた猪を落とすと同時に、狼の方はどうしたものかと思っていると―――。

 

 

「死なせてしまってもいいわよ。乗り物にするならば、ウールヴヘジンにするだけだもの」

 

「先程はティミング(飼い馴らし)するみたいなことを言っていたが?」

 

「反抗的すぎるもの。『魔女』は使い魔にする存在に情を寄せすぎてはいけないのよ」

 

 そういうどっかで聞いた理屈を披露する黒ツインテの言葉で、同じく骨を締め上げるサブミッションで絶息させたのだった。

 

 

「お見事」

 

「褒められる技じゃないよ。で―――君たちは……」

 

 

 誰なんだ? そういう問いかけが野暮に思えるぐらいには、その言葉を発する前に、ツインテたちは行動を開始していた。

 

 猪の肉を目にもとまらぬスピードで解体をしていく。

 猪の獣脂ですぐに切れ味が悪くなるところを、次から次へと真新しいナイフを出してきて、10分もしない内に巨大猪は、肉塊、骨、皮―――頭に分類されていた。

 

 野性児的な面は見えないが、手慣れた作業風景である。

 

 肉塊は、すぐさま食べられるところはすぐに焼いていく。森を抜けた先は草原であり、火種は一杯あったので、適当な火の魔法―――『魔術刻印』を発動させたそれで、火元を作り上げて即席のBBQを行っていく。

 

「手際いいな」

 

「けれど鳩は殺せない。ユウウツだわ」

 

「イッツアメランコリー」

 

 良く見れば、金は、髪からはっきりと分かるのだが、黒も外国人―――アングロサクソンの特徴がある。顔立ちと眼の色彩に、だ。

 

 つまり、この二人は―――、『双子』ということである。

 

 

「ハイ! おじ様どうぞ!! とりあえず悪くなりそうな部分は錬金術で腐敗を抑えつつ、悪くなっていれば、同じく錬金術で食べられるようにするのだから、今は食べるのだわ」

 

 と言って―――恐らくシシカバブ。串に刺された豚肉を渡してくる金髪の女の子のご相伴に預かり、食べる。

 塩をいい『塩梅』で振ったらしく、そのシシカバブは美味しかった。串自体は森の枝からだったらしく、喰い終わればその辺に捨てられるのは、中世世界ならではの簡便さである。

 

(おじ様ねぇ……まぁこのぐらいの子には、俺がそう見えるのかな?)

 

 決して老成しているとか、16歳に見えないような容姿だとか、そういうことではないのだと信じたい―――。切実である。

 九亜や四亜には、ちゃんと「お兄さん」と呼ばれていただけに、ちょっと考えてしまうのであった。

 

 そんな風に双子の黒と金が草原に座りながら、シシカバブを食い終わるまで問いかけを発さなかった達也の後ろで―――再生された『狼』が、乗り物となっているのだった。

 

「ボーンサーヴァントの術式。成功だわ! これで人家があるところまで楽ちん!! 

 名前は、ヴォルケンリッターの一員『ザフィーラ』とでも呼んであげるわ!! 光栄に思いなさい!」

 

『kugugug……』

 

 再生された骨格だけの狼は、どこから声を出しているのか、妙に色っぽい声で項垂れるのだった。ずびしっ! と人差し指でザフィーラと命名した女の子は早速再生された狼、一応ライオンほどの大きさはあるものに跨った。

 

 続いて金の方も、食肉や骨(猪)を括りつけていざ出立と言わんばかりに跨る―――。ちなみに言えば、達也が跨るスペースは無かったりする。別にいいけど。

 

 

「じゃーねー、どこかで見たような気がするおじ様」

 

「またどこかであうのだわー」

 

 そんな言葉で狼を用いて走り去る双子。砂埃をあげるほどの疾走をする……その後を追う気はないのだが、何なんだろうか……どうにも既視感ある双子であった。

 

 やれやれ。と思いながら双子と同じ方向に歩を進めていくと―――馬車がやってきた。古めかしい四頭立ての御者が操るもの。

 

 少し形態を変えれば『戦車』(チャリオット)にもなる豪壮なもの―――それにある『箱』。幌ともいえるものから出てきたのは――――。

 

 

「お兄様!! ああ!! ようやく戻って来てくれたのですね!! お兄様!! そのように異界の装束に身を纏ってまでも、この国に帰って来てくれたなんて感無量です!!」

 

 

 とりあえず最愛の妹(ドレス姿)であった。妹は、どうやら自分とは違ってこの世界のNPCとでも言えばいいものを『ロール』している様子。

 

 それによると―――。

 

 ・深雪はこの『国』の姫君らしい。そして達也は、追放刑を受けた際に忘却の呪いを掛けられた。

 ・この『世界』では、深雪と達也は兄妹ではなく、兄妹のように育った『幼なじみ』ということ。

 ・達也はこの『国』に仕える将軍の遺児らしく、父親である将軍は、蛮族との戦いで命を落とすほどに勇敢な戦士だった。

 

 三つ目を聞いた瞬間、達也の中ではあの龍郎がそんな立派な人間だとは到底思えず、『もぞっ』とした気持ちになるのだった。

 

 

「蛮族が雇い入れた邪悪なる魔物『ゲーティア』の放った『ローエングリン砲』から軍団を守るために、愛用の盾を翳して―――」

 

『へへっ、やっぱ俺って不可能を可能に……』などと末期の言葉が、そんなので跡形もなく消え去ったとのこと。

 

 続編とかで『実は生きていた』とか言われなければいいなぁ。と達也は切実に想いながら、母親『アオコ・ラミアス』もまた、渾身の一撃でゲーティアを吹き飛ばすものを放って死んだとのこと。

 

 全てが他人事すぎて、実に想像しにくいのだが、この世界における地位や階級と言うのは、やはりセオリー通り『世襲制』であって、将軍の遺児たる達也は、その地位を受け継ぐはずだったのだが……。

 

 

「右大臣め……よくも私のお兄様に嫌疑などかけてぇ。もしもこれでアレが黒幕だったならば、市中引きずり回しの上で首だけを地表に出した上で、ニワトリに眼玉を突かせてやる!!」

 

「中々にハードな拷問死罪だな……」

 

 だが、時代設定的にはなくはないだろうと思えた。

 ともあれ、深雪の話を要約すると、ある時、近衛隊長の地位にあった達也が祭壇警護の任に就いていながら、『古代の英知たる魔法』の秘蹟を用いたらしき攻撃が、国境の砦に放たれた。

 

 この世界の魔法は本当に選ばれた人間にしか伝えられない『秘術』らしく、要するに王族の特権とも言える。『ギフト』であり、簡単にその辺の庶民などが修得できるものではない。

 必然的に、誰かが口伝や知識を横流ししたのではないかという疑惑が持ち上がり、その中でも王族が秘蹟を与えることが出来る人間―――王に選抜された存在が疑われた。

 

「それが俺か」

 

「はい。お兄様は魔法の秘蹟を知る選ばれた存在です。それゆえに最初こそ馬鹿馬鹿しい推測でしたが、その内に―――」

 

「いいんだ深雪。そんな中でもお前だけは信じてくれたんだろう。魔法を知り、平和条約を結んでいる八大国家を疑って、いたずらに戦火を広げようとしなかった判断を責めてはならないよ」

 

「お兄様……その言葉だけで、深雪がどれほど救われるか……」

 

 

 馬車の中でラブい空気を作り出しながら、最終的には国境警護隊の失態を隠す虚偽報告であったらしく、声高に、これ幸いとでも言わんばかりに、達也の追放を主張した右大臣が何となく怪しかった。

 

 そもそも、これが一連の共謀でないことなど、まだ確定していない。よって―――何かあるんだろうな。と思えた。

 そして現在は、全ては虚偽であり謝罪の意味も込めて、達也に復職及び将軍職への就任を願い出ているらしい。

 

 それだけ国防が不味い状況になったのか、深雪の権力発揮なのか―――不明ながらも、現在は城へ向かっている最中―――。

 

 道中『ホーン・ベア』なる如何にもな魔物が襲撃してきたのを受けて、護衛隊の奮戦に混じる。その辺に落ちていた棍棒を得物に、『角熊』と呼ぶにふさわしい魔物を撃退。

 

「さすがです! お兄様!! やはり忘却の呪法を以てしても、その身に叩き込まれた技は衰えておりません!!」

 

「大したものではないよ」

 

「いえいえ、ムーンウォーカーと呼ばれるホーン・ベアを倒す手際は、やはり戦の申し子ですから!! さぁ皆さん!! お兄様を讃え―――」

 

「すまないが戻らせてもらうよ。後は頼みます」

 

「ハッ! お任せを!!」

 

 

 馬車の護衛隊に言ってから、一高にいるときのごとくハッスルしそうな深雪を車台に無理やり連れ込んで、先を急がせる。

 

 やれやれと思いながら、ダメだぞ。と言い含めると、膨れ面をする深雪に困りつつも、城までの道のりは割と平穏に進んだ。

 

 城砦都市―――ルクセンブルクやデュッセルドルフなどに見られる様相から察するに、本当に蛮族が襲ってくる世界なのだと気付く。

 

 

 城内に入ると、『現実』において既知であった人間、レオとエリカが近衛騎士隊の同僚だったらしく、隊長であり同僚として比較的フランクに接してくれた。

 

 そんな訳で早速情報収集をすることにした。とりあえず最初に聞くべきは――――あの双子の行方だった。

 

「レオ、ここ数時間程度だが、金髪と黒髪の少女二人とか見なかったか?」

 

「? いや特に―――ああ、待てよ。確か右大臣が、一週間前に―――」

 

 

 思い当たる節があったらしく、額を押さえながら苦しげに語るレオを遮るように、謁見の間にて達也の知り合いにはいないビジュアルの人間が出てきた。

 

 白い長衣を着た初老の男。着ているものがもう少し豪勢な飾りでもあれば、本当に奸賊・奸臣の類だと思えたかもしれない。

 

 だが、その男こそがこの世界での達也を追放処分にした元凶―――右大臣であった。

 

 右大臣と深雪の口論イベントがスタート……正直言わせてもらえば、右大臣の方が、公平に見れば正しいことを言っている。

 

 しかしブラコンが過ぎていると周りから評されている深雪の言は、公平ではない。

 私心に狂った王女ではあるが、ともあれ、一応はカリスマ溢れる深雪の言動は多くの矛盾や理にそぐわないものがあったとしても、多くの人間を『扇動』した。

 

 

「呆れた王女だ!!! 生かしておけぬ!! 者ども出会え―――!! 出会え―――!!!」

 

 どちらかといえばヨーロッパ圏の文化をモチーフにしていたというのに、この段になって、何だか江戸時代劇の悪代官のような物言いをする右大臣の号令で、多くの兵士たちが謁見の間を制圧する。

 

 どうやらかなり多くの兵士達を抱きこんでいたようだ。そしてそれ以上に、この国の王族たちの評価が心配になるのだった……。

 

「我々は、もはやあなた方、古代人たちの末裔の奴隷では無い!! 城内の心ある者達と手を取り合い、我々は皆で政治を行っていくのだ!!」

 

 この国の行く末はどうなるかは分からないが、文明的レベルから察するに、どうせまた似たような支配者が出るだろうことが予測された。

 

 ヒトは、どれだけ『民主的共和制』を謳っていても、21世紀を越えようとする時代でも『貴種』の血というものに弱い。

 

 看板―――民族の歴史を一度でも『体現』してきたという人間の血には、やはり弱いのだ。よって深雪も達也と同じく簡単に殺されはしないだろうが……。

 

 しかし……。

 

 

「どっひゃあああ!! 深雪! あんたどんだけ悪政を行っていたのよ!? 兵士達の殺気が恐ろし過ぎるわよ!!」

 

「お前だって近衛騎士以前に国民だろうが! ああ、けれどやっぱり達也に軍の年度予算の八割を注ぎこむのは、反感が出るよなぁ……俺も芋ぐらいしか食えなくなっちまったし」

 

 滅んでしまえ。この国。というか埋めてしまえ。

 理性的な感覚ではそう達也が想っていても、深雪の悲しみを晴らすためにも、必死になる兵士たちをメイスや手刀で気絶させていく。

 

「悪いな。今度からは、もう少し皆の事を考えるように進言しておこう」

 

 そう言って、義勇を持つ兵士達を全員昏倒させると―――右大臣の姿はもはやなかった。それどころか、右大臣であったものが変化を果たしていく。

 

 獣性魔術ではなく変化魔術―――パレードとかとも違う。人間の体構造から表面積にいたるまで、細胞数が膨張していく様子が見えた。

 

 

「一軍の将たる者が直接戦う―――などというのは下策中の下策だが、そうも言っていられんか。出番だクロ、キン」

 

「アイアイサー!」「お給料分は働くわ!」

 

 という声が大臣だったもの(巨大白鬼)の後ろから響き、ボス戦に随行する中ボス的な立ち位置で自分達を迎え撃つ双子。

 

「アレだぜ達也隊長! あの『クドバーバラ』の姉妹こそが、右大臣の恐るべき私兵だ!!」

 

「とにかく右大臣を集中攻撃するわよ!! とはいえ……本当に、見覚えがあるような無いような―――変な双子ねぇ」

 

 四人が感じる、見覚えはないのに見覚えはあるという矛盾した表現しか出来ない双子の登場に、全員が緊張する。

 

 

「イクゾォオオオオ!!!!」

 

 右大臣白鬼から響く怒号で戦闘が開始―――。結果から言えば、右大臣白鬼は、あっさり倒された。

 

 いや、あっさりという表現は適当ではない。死にそうになるたびに、左右にいる双子が回復術を放って、切り裂かれた身体を再生させ、霜焼けどころか凍てつく冷気を吹き飛ばし、防御術を重ね掛けしてくるのだ。

 

 はっきり言おう。ボスよりも、こいつら(金黒の双子)の方が強敵であり難敵であった。

 

 

「右大臣復活ッッ! 右大臣復活ッッ! 右大臣復活ッッ! 右大臣復活ッッ!」

 

 などと手拍子に合わせて、死に体の右大臣にバケツ一杯の果汁水(ポーション)をがぶがぶ飲ませて蘇らせて――――。

 

「も―――1回!! も―――1回!! 右大臣君のちょっといいトコ見てみたい―――♪」

 

 などと手拍子をしながら、蘇生術に似たものを掛け続けて、何度も右大臣をよみがえらせる手際―――はっきり言おう……。

 

 

『『『『鬼かっ!!!!!』』』』

 

 

 四人全員の一致した意見であった。しかし、それに対して双子は―――。

 

 

「オニはこっちでしょー? 熊っぽいけど概ねオニってか、なんとなーくオニっぽいからオニよー」

 

「大体、アタシたちは雇われているんだもの―――依頼主を守っておぜぜを貰わないと――」

 

 

 両側から指さされたその依頼主が「いい加減。倒してください」とでも言わんばかりの泣き顔を見せて、こちらを見てくる辺り―――この『あかいあくま』は……。

 

 呆れつつも、達也は容赦なく『バリオン・スピア』を展開。

 それを見た双子がオーバーアクションで反応する。

 

「ワオ! 達也おじ様の秘奥の一つよ。避けるか防御よ『■リン』!」

 

「わかったのだわ! 『■ンナ』」

 

 良くは聞き取れない単語……名前であったが、目を見開いて驚くというよりも、『宝物』を見つけたように眼を輝かす双子は―――。

 

 

 達也のスピアの撃ち出しに先んじて―――。

 

 

『『I am the bone of my sword.――――熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!!』』

 

 

 最大硬度の『花弁の盾』が七枚展開されて、手を重ね合わせて魔術を発動させた双子だけが、撃ち出された弾丸の威力を食らわずに無事に済んだ。

 

 もはや謁見の間はごちゃごちゃどころか、嵐に晒されたかのようにボロボロであった……豪奢な絨毯は紙切れのようにあちこちに散らばり、延焼の元にもなっている。

 

 更に言えば、天井は吹き抜けとなり、玉座は粉微塵に砕けていた……。

 

 右大臣であったものを倒したのに、割に合わない結果に思える(つわもの)どもが夢の跡……。

 

 

 

「戦いの後は、全てが虚しい……」

 

「「「「ならばやるなぁあああ――――!!!!」」」」

 

 寂寥感を滲ませた視線を青空にやる双子。歳に合わない仕草をする2人に対して怒涛のツッコミが入ったが……ともあれ一件落着? 

 

 双子たちはどうしたものかと思っていると―――。

 

 

「依頼者が死んじゃったならば、どうしようもないわね」

 

「そういうことで、依頼はキャンセルされたのだわ」

 

 

 そんな気楽な双子の様子の後に、次なるイベントが始まる。どうやらこれにてこの『ゲーム』は大団円を迎えたらしく、姫である深雪が、達也の胸の中に飛び込んできて―――。

 

 何故かその深雪の唇に吸い寄せられていく自分を達也は認識しつつも―――そんな周りで、ごそごそ動く双子が気になる。

 

 全ての兵士達が祝福の喝采を二人に浴びせる。そんな中、あちこちの部屋に入って何かを持ちだしていく双子の姿が……あからさまに不審だったのだ。

 

「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」「おめっとさん」「めでたいなあ」「くっくぐえええ! (ペンギン)」「おめでとう(親父と見知らぬ女性)」などと言われている中……。

 

 最終的には我慢が利かず、深雪の唇から強引に離れることで、叫びを挙げることが出来た。

 

「って―――何をやっているんだ―――!?」

 

「し、しまった!? 火事場泥棒しているのが、見つかっちゃったわ!」

 

「右大臣が溜め込んでいた、賄賂から何から懐に収めちゃったから余計にだわ!! しかも深雪おばさまの『ロマンスの神様』をロマンキャンセルしちゃったから、そちらからも怒りのオーラが!!」

 

 

 見るとザフィーラ(蒼狼)の背中に『ごまん』と金銀財宝の袋を乗せている姿が見えた。

 

 完全な泥棒であったので、この対応は間違っていなくて、しかし深雪の不満をどうしたものかと思いつつも――――。

 

「王国左将軍として第一の命令を出す!! あの双子の賊をひっ捕らえて国の財を取り戻すのだ!! あの金銀財宝は、これからの王国に必要なものだ!!」

 

「その通りです!! 私とお兄様との甘やかな新婚生活の資金を、あのなんか見覚えある双子から奪い返すのです!!」

 

 そうして、草原の王国をひた走る双子を追いかける国民たちという画で、EDを迎えていく様子を感じる。

 もしもこれがゲームであるならば、今頃フィールドを走り回る様子の横に、黒画面でスタッフロールが流れている頃だろう。

 

 ああ、よかった。本気でそう思えるぐらいには、深雪とのキスが不可避だと思えていた達也の想いが―――、ガラスを割り砕く音が響き、眼を覚ます。

 

 

 ―――朝の目覚めは最悪ではないが……。普段の達也ならばあり得ない乱れた寝姿。布団も放り出された様子―――しかし、夢の内容は鮮明に覚えているはずなのに……重要人物であるはずの双子の輪郭だけがぼやけるのは、これ如何に。

 

 だが……登校したらば、刹那とリーナに「ありがとう」と言いたい。そんな朝の気分―――。

 

 しかし、あまりにも真に迫った夢見だけに、事態は何か魔的なものが関わっているのではないかと思うのだった……。

 

 

 




ちなみに言えば原典であるドリームゲーム1において、ラストで達也は深雪と絶対不可避のマジでキスする5秒前の状況に至り―――。


(ふ・ざ・け・る・なぁ!!)
唇同士が触れ合わんとしたまさにその時。達也は全精神力を動員して叫んだ。

……などと心の中でとは言え、感情の限りで回避を図ろうとするところがあったのですが、今作では双子のよくないハッスルでロマンキャンセルされた次第です。(え)


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夢十夜――弐『スレイヤーズ01(偽)』(原典:DVD特典『ドリームゲーム』より)

はい。というわけで久々の外伝更新。どどんと横浜編に行きたい所だが小休止。

待っていた方々に対しては申しわけないです。原典から大幅に改編した上に、とんでもないパロディ満載。(爆)

本来であれば最初の敵はミノタウロスの所を『アームドゴルゴーン』に跨るステンノと言う風にしたかったが、繋がり薄いんでこっちにした次第。

久々に路地裏さつきを見ると、『あー…この感じなついわー』などと和んでいながらも、書き上げたキャラ崩壊満載の外伝第参話どうぞ。


「ふむ。それは極めて興味深い話だね。しかし、夢も見そうにない君が、そんなことになるとはね」

 

「自分とて夢は見ますよ。まさか寝ながら眼でも開けてるわけじゃないんですから」

 

「ごもっともだ。しかし、夢というのは時に、一番身近な魔法なのかもしれないな」

 

「と、言いますと?」

 

 

 朝の日課。九重寺での修練を終えて、いつも通りの四方山話を師匠としていると、不意に師は面白い事を言い出した。

 

 夢―――。かつては、多くの人間にとっては意味不明なものであり、一種の性格指針などにも用いられ、オカルト的な面では予知夢などもあったのだが。

 

 実を言うと既に人類は夢のプロセスを理解している。人間の脳をコンピュータに見立てた場合、睡眠中の人間の脳は休みながらもすさまじい『計算』を行っている。

 即ち『断片情報の整理・統合』。人間が日常で拾った断片情報……ひとつひとつは意味のないものが、睡眠中の記憶整理の過程で『隠された意味』を導き出すのだ。

 

 

「俗に予知夢と呼ばれているものだね。まぁ君のそれは『明晰夢』に近い気がするが……」

「けれど不可解なんですよ。あんな双子に見覚えありませんし、『七草の双子』や『お袋と叔母』とも違うでしょうし」

 

 前者に関しては見たことは無いのだが―――何故か絶対に違うと思えた。そして後者に関してはあり得ない。見間違える可能性すらあり得ない。

 

 

「まぁ今は様子見としておいた方がいいんじゃないかな? 君に対して掛けられた、精神干渉魔法ということもあり得るのだしね」

「随分とユニークな夢すぎやしませんかね」

 

 そんなやり取りで終わったのだが、その日の夜に見た夢は夢で中々にカオスだった。

 

 ファンタジックな中世世界で、当初こそ例の『双子』は、出てこなかったが……何故か会頭が『国王』で、服部副会長が騎士隊長で―――入学時のプレイバックのように馬上槍試合をやるはめに……。

 うん。馬上槍試合だったはずなのだが……。

 

「カーラ(?)が育ててくれたこのサイコ・ザク号に掛けて、お前を倒す!! シバ・タツヤ(イオ・フレミング)!!」

「とどめだ!! ダリル・ローレンツ!! このアトラスガンダム号(?)のお裁きを受けろ!!」

 

 

 最後の方には、何故か宇宙空間で、機動兵器(?)を駆って戦う感じになっていたのである。

 とはいえ、平手を服部に見舞う形で戦いは終了。呆気ない戦いの幕切れであった

 

 そして最後には前回と同じく妹とのキスシーン――――頼む双子の魔法使いたちよ。この空間を壊してくれ!!! 

 

 という願いは、かなえられず「こんなシナリオは没だ!! 佐島先生―――(?)!!」という感情の限りでの声で窮地を脱したのである。

 

「解せぬ」

 

 寝覚めの悪さゆえに、今日の刹那とリーナには何故か文句を言いたい気分で登校―――若干、双子と会うことを楽しみに想う達也でありながらも、三日目の夜の夢は―――遂にがっつり出てきたのである。

 

 

 † † †

 

 夢のスタート地点はいつでも唐突だが、ここまで物語が進んだ『途中のセーブデータ』開始するとなると、一日目、二日目とは少し状況が違いすぎた。

 

 そして何より立ち位置も、いつもと違っていた。

 

 一日目は、将軍の遺児にして一度は放逐された身ながらも、王国のピンチに救国を強いられた貴種流離譚的な主人公。

 二日目は、地方領主の後継者だったのだが、何やかんやあって三千人もの兵を指揮して魔王を討伐する任務を受けた王国一の将軍。

 

 一日目がアルス○ーン戦記ならば、二日目は魔弾の○と戦姫(ヴァ○ディース)といったところだろうか……。

 

 そんな感想を述べながらも、今回の立ち位置は―――どちらかといえば、ダークヒーローとでも言えばいいのか、勇者パーティーの中での『暗殺者』という立ち位置だった。

 

 

「アサシン・タツヤ」そういうデフォルトネームであり、魔大陸(?)で待ってくれているだろうかと思う程に、少し主人公役である『深雪』からは冷遇されていた。

 

 そんな妹に対して、沖縄以前の頃を想いだしつつも、それが『四葉』の後継としては当たり前の態度だな。とも思えていた……少しだけ悲しいが、そういうものだ。

 

 外にて野営をしている面子。どうやら現在時間の警備担当は男三人であり、女三人は設営したテントで休んでいるようだ。

 焚火を絶やさないように注意しながらも……達也の意識は先鋭化を果たす。

 

 

「レオ、敵襲だ。幹比古、女性陣を起こしてやってくれ」

「おうっ!」

「分かったよタツヤ」

 

 いつものタツヤならば、恐らく敵の出鼻を挫くために単独行動を取っていただろうが、迫ってくる相手は尋常ではない。

 分かったからこそ全員での迎撃を選択したのだが……何故か幹比古はつんのめって、女性陣のテントに突撃をかますのだった。

 

「ぎょわー! どこ触ってるのよミキ!!」

 

「エリカ、そういうこと言っている場合じゃ! ―――はっ!! シスター・ミヅキ! こ、これは誤解なんだ!」

 

「やっぱり幼なじみどうしでひ、惹かれあうんでしょうか。ミナヅキ(?)、ミカヅキ(?)ダメな母を許して!!」

 

「な、何の話だか知らないけど、それは本当に誤解だからな―――!! 2人とも―――!!」

 

 誰に言い訳しているんだか分からぬ幹比古の言葉……つんのめった原因は、あのロードス島でいえば『スレイン』のような裾が長いローブを着ていたからだ。

 せめてクラスチェンジできれば、『キャスターリンボ・ミキヒコ』になることで、あの衣装をチェンジ出来るのだが―――ともあれ、起き上がった女性陣―――。

 

『セイバールーラー・ミユキマルタ』

『人斬りセイバー・エリカ』

『マーチャントシスター・ミヅキ』

 

 以上の三人が起き上がって男性陣に合流したことで、戦力の拡充は済んだ。

 

 

「またもや魔王の手先だっての!? アタシらみたいな小兵に対して神経質な対応ね!!」

 

「同時に魔王の城も近いってことだな! 俺のナックルが唸りを上げるぜ!!」

 

 切り込み隊長たる二人の威勢に応えるように―――『魔王の手先』が空から降り立つかのように、自分達が見える場所で止まる。

 

 

「よくぞここまでやってきたものね。六人のクリプター。けれど残念ね。あなた達の冒険は、此処で終わるわ」

 

「誰だ。お前は?」

 

 言葉でしゃらんしゃらん。という軽快な金属音が聞こえ―――同時に夜闇を切り裂くように、一人の美女が『黄金』の輝きを伴いながら、達也たちの目の前に出てきた。

 

「私の名前は、魔王の『祖母』にして魔宝四天王の一人、『宝石弓のイシュタリン』! かわいい孫娘二人の為にも、あなた達の冒険を終わらせてやるのだわ!!」

 

「遂に来ましたか、『ブルーアイズ』(蒼眼の魔王)配下の一人! 魔石王イシュタリン!」

 

 イシュタリン……という若干、露出が激しい衣装をまとった女。

 その衣装の系統はどちらかといえば、エジプトやインドなどの熱帯圏とも言える地方の『女神』を思わせるものだった。

 金の細工などが随所に施されているところから推測。黄金の冠を被っているところからも、それを推測しつつ、どういった系統のボスモンスターなのかを類推するが……。

 

「さぁ跳ぶわよ! マアンナ!!! 優雅に華麗に大胆に! セイバークラスばかりのパーティ構成であることを恨め!! ついでに言えば作者の所有している数少ない☆5アーチャーの実力を思い知れ!!」

 

 メタなことを言いながらも巨大な弓であり船……どっかで見たようなことがあるものを出してきたイシュタリンは、それに乗りながら戦闘をする様子――――。

 

「来るぞ!!!」

 

 黄金のサイオンであり『魔力』が、夜闇の中にあって昼間を作りだした瞬間―――戦闘は行われるのだった……。

 

 

 

 二時間後……。

 

 

「ウボァー! エクスクラメーションマークがあるのはちょっと失敗だと思うけど、そのぐらい痛いわ―!!! 

 なにこの子ら!? ランサークラスに該当するメンバーがいないのに、神性及びアーチャークラスと言う私を倒すその実力!! どういうことなのよ!?」

 

 倒す。うん、確かに倒せたは倒せたのだが、実質負けみたいなものである。

 全員、今にも倒れそうなぐらい足がぷるぷる震えているのだ。吹っ飛ばされたはずのイシュタリンは、未だに元気があるように思える。マアンナも健在だ。

 

 とはいえ、RPG的にはこれにて勝利のようである。

 

「全く以て紙一重の勝利だぜ……」

 

「そうね。タツヤ様の『なげる』アビリティで使った『ゲイボルク・オルタナティブ』が無ければ、死んでいたかも」

 

「何ということ、作者の数少ない☆5ランサーの槍を持っていただなんて―――不覚! あら、いけない! 豆腐が出来上がる頃だわ。

 待ってなさい! 御祖母ちゃんが、いつも美味しい麻婆豆腐を作ってあげるから―――♪」

 

 きっと、どこかのニシンのパイを嫌う孫とは違って『ガツガツ』食べるんだろうな。そんな感じがするイシュタリンの孫2人の様子を幻視しながらも、イシュタリンの逃走を阻むことは出来なかった。

 こちらはボロボロで、余裕がありすぎる敵が残り三人もいるという現状は、軽い危機感を覚える。

 

 RPG的思考でいえば、完全にレベル上げが足りていない。

 

 いざ魔王戦になったとしても「魔王はわらっている」とか言う文字が出てきそうだ。第二段階(?)辺りで死ぬビジョンしかない

 

「もはや、これ以上は不味い―――ミユキ卿! このまま魔王城に突入しては全滅だ……」

「そうは言いますがタツヤ殿……カツト王から貰った限度額無限のゴールデンブラックカードも、使えない地域に至ってしまいましたし」

 

 最遊○か!? 世知辛い都会っ子の現状に達也は少し頭を痛めつつも、何でそう言う所だけは現実準拠なのだろうと思ってしまう。

 

 そして何より言いたいのが……。リーダー役の勇者であるミユキ卿に対してであった。

 

「深雪、その手に持っている武器はなんだ?」

 

「マルタです」

 

 字面だけを聞けば、吸血鬼が蔓延する世界でのメインウェポンに思えるのだが……。

 

 悲しいことに現実世界では妹、こちらではパーティーのリーダーたる勇者ミユキが持つ主武装は――――。

 

『石像』だった。もうものの見事に石像……十字架状の杖を手に持ちながら佇む(ドヤ顔)の女性の石像を、剣のように装備しているのだった。

 

 

「聖人マルタ―――ある土地にて、荒ぶる大海と大地の間に生まれし竜を鎮めた(沈めた)聖なる乙女をデザインした、霊験あらたかな石像。

 それに何か問題でもあるのですか? タツヤ殿?」

 

「問題ありすぎるわ―!! その霊験あらたかな石像をぶん回しながら攻撃するバチアタリがどこにいるんだー!!」

 

「ああっ!! なんかこうどっかの誰かとの『感情あるやり取り』を思わせるタツヤ殿のJUST WILD BEAT COMMUNICATION!! 

 黄金の矢に撃たれながらも、色褪せない想いを抱いていた甲斐がありました―――♪♪」

 

「いや、あのタツヤ? 今さらな話だよね? これかなり前からミユキ殿は装備していたよ」

 

 マジか。驚きの貌を張り付けているだろう自分に、『エンシェントキャスター・ミキヒコ』は、説明するように語る。

 

 何でもこの『マルタの石像』は、『剣』扱いの武器であったらしく、装備できるのはエリカでは無理でミユキだけという、完全に勇者武装であったらしい。

 

 しかしながら、このマルタの石像。武器としても優秀なだけでなく道具としても使えるらしく、戦闘時に道具として使えば「タラスク」という流星雨の魔法が使える。

 

 平時、フィールド移動中には回復アイテムとしても使える薬草いらず、回復呪文いらずの十徳アイテムだったのだが……。

 

 

「けれどな。そのマルタの石像は……何て言えばいいのか、装備したが最後、それ以外の武器が装備できなくなっちまう呪いのアイテムだったんだよ」

 

「おかげで、最強の武器『メルトリリス』は宝の持ち腐れ。いずれタツヤ殿が撃ち出す機会を今か今かと待つばかり」

 

 レオとエリカの少しだけ嘆くような言葉でパーティーの現状を再認識する。

 

 道理で強力な武器ばかり投げられると思ったらば、そんなオチか。リセットしてやり直した方がいいのではないかと思うセーブデータであった。

 魔大陸で永久離脱したシャドウの為にやり直した猛者を見習ってほしいものである。(実話)

 

「このマルタの石像を持っているだけで私、シャドーボクシングで古木を五本ぐらい叩き折る筋力を手に入れたのです。

『汝、崇高なる使命を持ちし乙女よ―――なんかムカついたから私の代わりに『ステゴロ』やっといて』などありがたい言葉ばかり頭に入って来るのです」

 

「完全に呪いのアイテムだな。とはいえ、おまぬけアイテムではないから、いいとして―――『特訓・修行・レベルアップ・クラスチェンジ』は必須だ」

 

「そうだよね。このまま行けば僕たち全滅で、ミユキ卿とタツヤ殿に棺桶を引っ張られるオチしか見えないよ」

 

 何故に俺は生きているのか、定番では、勇者であるミユキだけだろうに―――。ともあれ、皆の心は一致するのだった。倒すべし魔王ブルーアイズ。

 

 そんなブルーアイズはどんな魔王なのだろうと、タツヤが疑問に思うと、パーティーの金勘定担当である『トル○コ』と『ク○フト』を足したような職業のミヅキが答えてくれる。

 

 

「なんでも双子の可愛らしい女の子らしいですよ。先代魔王と魔皇后との間に生まれながらも、亡くなられた二人に代わり、立派に魔術の都『ウェイバー・ベルベット市』を切り盛りしているとか」

 

 何でそんな子達をとっちめに行かなければならないのか。寧ろ、好きにさせとけばいいのに、と思うも―――カツト国王も苦渋の決断だったらしい……。

 

 色々と思う所はあれども……。

 

『アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリーヴェデルチ! (さよならだ)』

 

 などと言って、この辺に迷い込んできたミノタウロスを『素手』で倒したミユキ。

 

 そのナックルを何故先程使わなかったとか思うぐらい、ツッコミどころ満載の『ドリームゲーム』はもう少し続くのだった……。

 

 

 † † † †

 

 

「イシュタリンがやられたようだわ」

 

「フフフ……ミス・トオサカは四天王の中でも最弱……」

 

「まぁ姉さんは変な所で甘いですからね。刹那君の同級生に本気がだせなかったんですよ」

 

 

 上から、エレシュキガリン、アストラヴィア、サクラカーマという、ベルベット市の四強であり、世間一般では魔王の配下と言われている、一人除きの四天王が話し込んでいたのだが……。

 

 

『はーい。出来たわよ二人とも。さぁ食べましょう♪』

 

『『わーい♪ おばあちゃんの麻婆豆腐だー! いただきまーす』』

 

 

 などとアットホームな様子で真っ赤っかな麻婆豆腐を『平気な顔』で嚥下する三人のツインテールに、何とも言えぬ気分。

 

 誰もが『ほっこり』してしまう様子だが、まぁ色々な気持ちが湧きあがるのだった……。

 

 

『みんなも食べよう―――、今日も一日ご苦労様』

 

『ご飯は大勢で食べたいのだわ―――♪』

 

 

 まだまだ幼い双子の様子に一度だけ苦笑してから、四天王たちは、ご相伴に預かるのだった……。

 

 預かったことで舌を色々と酷使してしまうオチを着けてしまったことも忘れてはならない。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 ……とぅびーこんてぃにゅーど……次話に続く。



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夢十夜――参『スレイヤーズ02(偽)』(原典:DVD特典『ドリームゲーム』より)

というわけで久々の外伝更新。

かなり短いですが、まぁ読んでいただければ幸いということでアップします。




その日、ベルベット市に衝撃が走った。

 

魔導の都として知られており、数多もの結界を用いることで外敵の脅威に負けることが無かった。

 

そんな都に、凡そ300年ぶりに『外敵』が現れたのだ。ただの盗人程度ならば簡単に撃退出来るが、その外敵は格が違っていた。

 

迫りくる魔獣の群れを退けて、召喚したゴーレム百体を退けて、ついでに言えばゲイザー系統の敵を各所に配置した上で罠も設置していたというのに……。

 

「前・陛下が設置されたこれだけの魔術防御を突破するとは、並の敵ではない!!」

 

「ではやはり敵は――――」

 

「ああ、四将姫様たちをお呼びするのだ!!!」

 

城壁の上に立ちながら門兵たちは、土煙の向こうに見える姿を遠見の眼鏡で確認する。

 

城壁の外にはゴーレムの遺骸に魔獣の死体―――それらを全て退けた、死屍累々の戦場を作り上げた存在を直に確認する。

 

煙に映る六つの影が明確な輪郭を作り上げる。

 

土煙の向こうに見えた六つの影。

性別もバラバラ、格好もバラバラ。されど、その六人に『共通するもの』が門兵たち全員を緊張させる。

 

 

「ま、間違いない! あれが、近頃この辺りを荒らし回っている冒険者パーティー。

数多もの有力者達を倒して、その力を奪ってきた恐るべき英雄殺しのアベンジャーズ!!

付いたアダ名は――――――」

 

アサシン・タツヤ、マーチャントシスター・ミヅキに至るまで、この日のために己を高めてきたのだった……。

 

六人は構える。己の『最強武器』を。

イクイップメント(装備)画面に映る最強武器―――その名は……。

 

タツヤ

E:マルタの石像

 

レオ

E:マルタの石像

 

ミキヒコ

E:マルタの石像

 

ミユキ

E:マルタの石像

 

エリカ

E:マルタの石像

 

ミヅキ

E:マルタの石像

 

 

「付いたアダ名はステゴロマルタの石像パーティー!!

聖人マルタの石像を振り回して、血まみれの惨状(石像も血まみれ)を作り出す鈍器ー魂具(ドンキーコング)ズだ!!」

 

「「「「「なんでだぁああああ!!!???」」」」」

 

「皆お揃いで、私嬉しいですよ。特にお兄様のマルタの石像とは、血まみれ具合が似ていて余計に嬉しいです」

 

外そうとしても外れない最強装備を前に達也は思い出す。

 

こんなことになった原因を……。魔石王イシュタリンとの戦いから自分たちがやってきたことを―――ダイジェストで思い出す。

 

ホワンホワンホワンシバシバ〜〜〜

 

 

『直流こそが至上の電気なり!!』

 

『いいや交流だ!! このガチガチ石頭男が!! そのライオンみたいな頭に我が天雷を受けよ!!』

 

『貴様こそ大統王エジソンの鉄槌を受けるがいい!! ニコラ・テスラ!!!』

 

シティー・オブ・ステイツという場所にて、市中を二分して行われる2人の市長の仲違いを仲裁すれば、レオの最強武器『ジークフリート』が手に入る―――はずだった。

 

選択肢を間違えたのだろうか。

 

ホワイトライオンのような市長と紳士風の偉丈夫市長(なんかいっちゃってる)の仲違いを終わらせたのだが……。

 

『ううむ。すまないな。ミスターレオンハルト、実はキミが欲しているジークフリートという武器は、ある御方が欲しているので、渡してしまったのだよ。

いや、すまない。なんせこの辺りでは有名な、私など遠く及ばない名士でな』

 

『夫婦水入らずの旅行をすると言われては断れんな―――しかも……宇宙旅行と来ては……』

 

誰だよ。そいつらは……そうしてレオに良く声が似ていたホワイトライオンから渡されたのが―――。

 

『代わりと言ってはなんだが、この―――マルタの石像(ルーラーVer)を差し上げよう。きっと拳の威力が倍増するぞう! がんばれ!! ウルトラマンタイガ!!』

 

デロデロデロデロデレレン!!

 

恐ろしい音と同時に渡された石像によってレオは呪われるのだった。

 

次いでマーチャントシスターたるミヅキの最強武器。魔石のランプを取りに行こうと『シバの女王』……名前に少しだけ親近感が湧くお方に会いに行ったのだが……。

 

『ごめんなさーい。あなた達の求めるランプは確かにあったのだけど、宇宙船マアンナ号のパーツとして求められて既に売っちゃったのよ』

 

色々と張り詰めた『媚態』が眩しいケモミミ女王様から言われて、何とも間が悪かった。

 

もしかしたらば、ある程度イベントを進めると、手に入れられなくなるものだったのかもしれない。

 

落胆していたところに―――。

 

『代わりと言ってはなんだけど、この霊験あらたかなマルタの石像をあげるわ♪

キャスタークラスしか今の所適正が無い私にとって、この石像って見ているだけで怖いんですよね―』

 

再びの呪いのモチーフのBGMが流れる。あっけなく渡される形でミヅキも呪われるのだった。

 

もはや強制イベントとしか思えない。

 

こうなれば地道なレベル上げで装備の差など無くしてしまえばいいということで、それなりレベルのモンスター狩りを行っていたのだが……。

 

『フハハハ―――!! 貴様のジェット三段突きなど我が三段撃ちで撃ち落としてくれるわ―!! うてーい!!! 鳴かぬならば殺してしまえホトトギス―――!!』

 

『おのれノッブ!! 最近キング○ドラとコラボした、私の宇宙熱線三段撃ちで対抗する愚を教えてくれる!!』

 

いくつもの火縄銃をドローンのような遠隔兵器として操る女に対して、背中のジェットから熱線を打ち出すストラップビキニ姿のビキニサムライとが戦っている風景に出くわしてしまう。

 

何を言っているんだか分からないだろうが、まぁそうした連中と戦った後には―――。

 

『ギョワー!! この尾張のNo.1ポップスターを倒すとは、お主らタダモノではないな!!』

『ここまでの打ち手は幕末京都にもいなかった!! 我が弱小人斬りサークル!! トバ・フシミ・ホンノウジにて散る!!』

 

色んなものが混ざりすぎている2人のモンスターを倒す(死んではいない)と……悪い予感がしたのでリザルト画面をスキップしたい所だが―――。

 

聖女マルタの石像を手に入れた。

聖女マルタの石像を手に入れた。

 

同時にアイテムの保有数に余裕があったメンバー。奇しくもスロットが一つずつ余っていたエリカとミキヒコに渡るのだった。

 

『『なんか()達だけ雑!!』』

 

そしてなぜか自動的に装備される始末。せめて達也だけは装備しないぞう。と気合を入れていたのだが―――。

 

『ハメシュ・アヴァニム―――!!!』

 

『ミユキッ!!』

 

森の中から投げ込まれた『何か』、石のようなものが光り輝きながらミユキに向かってきた。

 

とっさの判断で、それを『分解』することも出来ずに手で受け止めたタツヤだが……。

 

デロデロデロデロデレレン!

 

アサシン・タツヤはのろわれた。

 

瞬間、一斉に吹き出すパーティーメンバーたち。

 

その手に受け止めたものはマルタの石像であった……。

 

『どういうことだ!!!!????』

 

『その武器こそがキミの未来を照らすだろう。僕が誰なのか今はまだ言えないが、いずれまた会おう! さらばだ!!』

 

『DAVID』と英語で横に書かれた戦車(チャリオット)に乗り込んだ緑髪の青年が、森の中から出てきて、戦車を牽いている『十匹もの羊』を手綱で叩くとーーーー。

 

『駆けろ!! ゴーイングメリー号!!』

 

その言葉で虚空に消え去る緑髪の青年……。

 

何となく正体は『バレバレ』な気がするが、それでも『詳しくない』達也たちでは明確には言えず、その疾走を妨げることは出来ないのだった。

 

 

「とまぁそんな経緯で、俺たち全員が呪いのマルタの石像を装備してしまったんだったな……」

 

「ご丁寧にも、ミユキ専用装備ではないマルタの石像という変更が為されている装備だもんねぇ……」

 

全員が涙を流す程度には、とんでもない話であった。

 

マルタの石像を振るって敵を打ち倒す自分たちは、もはや勇者パーティーとは言えないものだった。

 

「ううっ……私、こんなキャラじゃないはずなのに、最近じゃ街に入る度に『おっぱいお化けが石像で殺しにきた』とか言われている始末で―――」

 

一部は割と「事実」を突いている気がするが、まぁ今のミヅキには、何の慰めにもならないことは確かだろう。

 

泣いているミヅキと同じく、自分たちも悪評が立ってしまっている。

 

他の攻撃手段を用いてもいいのだが、MPが切れてしまえば、通常攻撃をせざるをえなく……そういうことである。

 

「けれど、こんなにまでもマルタの石像があるとか、どんだけ呪いのアイテムが蔓延しているのよ。この世界」

 

「まぁ最近判明したことですが、『外の世界』では、脳みそクラゲの主武器であるブラストソードは、かなり大量に存在しているらしいですからね」

 

何で、そこに関してはスレイヤーズ基準なんだ。現実の世界では実妹たる『せっかち勇者様』に無言でツッコミつつも―――。

 

「とにかくウェイバー・ベルベット市の『蒼眼の魔王』を倒せばいいんだ。やるぞ―――ッ!!!」

 

そんなタツヤの気合を挫くように―――色彩豊かなレーザーの雨が、パーティーが陣取っていた『丘』に降り注ぐ。

 

まだ市の壁からは4kmは離れている―――もちろんその間はおおよそ平地ではあるのだが、それにしても正確無比過ぎる攻撃が……丘陵地帯を完全に崩した。

 

「この距離から撃ってきた!! 間違いない!! 魔宝四天王だ!!」

 

盛大なまでの爆撃の正体は、城壁の上に立つ四人の美女だとミキヒコは気付いた。

 

宝石弓携える魔石王イシュタリン。

 

巨炎呪槍の冥府王エレシュキガリン。

 

正義と天秤を司る審判者アストラヴィア。

 

愛欲と耽溺を旨とする女神サクラカーマ。

 

ベルベット市が誇る四強の存在を前にして―――。

 

全員が気合を入れ直すのであった……。

マルタの石像(血まみれ)を握り直しながら――――。

 

 



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宝石と星の出会い~~prologue~~
プロローグ0『美少女魔法戦士プラズマリーナとの出会い』


というわけで第一話は、劇場版特典のあれです!


あそこからオリ主の物語があると思ってください。ではどうぞ。


 

 

少年は倦んでいた。正しい選択など何処にもなく、見つけ出すべきものもなく―――身に着けた『術』は、多くの人間が求めてやまぬ『神秘』だった。

 

 

 育ての親は死に、彼女の稼業を受け継ぐぐらいには―――、義理もあったが、そも彼女とて乗り気でなかったものだ。

 

 

 何よりその稼業に自分を就けることを嫌がっていた人間である。

 

 だから―――。

 

 

『どこでもいいや。とりあえずどこかへいこう』

 

 そんな人によっては軽い考えで―――世界を『跳ぶ』秘術が行われ―――途中で『大師父』に会い―――。

 

『いつか気がつく。お主の人生は、ただ『笑う』だけで全てが変わるのだと』

 

 笑みを浮かべない人間ではない。魔法使いに意味の無い虚勢を張ってから――――遠くを目指すことにした。

 

 世界の最果てを目指すが如く……。少年は生まれ落ちた世界から『消失』するのだった。

 

 

 

 † † † †

 

 

 

 覚醒を果たす。己の眼を見開く。全ては―――望むがままに行われた―――しかし……。

 

 

『第二魔法の乱用はどうかと思うね。だが貴重な経験おめでとう。若干縮んでいるかな? キミの年齢は、あの世界では18歳だったはずだ』

 

「マジか。まさか幼稚園児ほどに―――なわけないか」

 

 

 羽根が着いた黒色の装飾品に見えて、その正体は『魔法の杖』という恐るべき礼装は、自分のちょっとしたパートナーである。

 

 

 そんなパートナーの言と共に、先祖代々の『魔鏡』で己の姿を確認―――。

 

 

『ロウティーン、もしくはそれに至る前といったところかな? なかなかにボーイッシュだね。あの頃(?)のキミを思い出すよ』

 

 なんでこんなことになったのやら。第二魔法の影響だとしても、その原因を解決したい。

 

『恐らくだが、やはり件の翁と違ってキミは、まだまだ『至っていない』。世界の法則―――すなわち『抑止力』『世界の修正』を受けた形だろう。この『世界』にて、年齢が変化をしたのは―――キミが『落ち着ける』だろう年齢にしたといったところか』

 

「成程、流石はカレイドスタッフの中でも『万能』を有する存在だ」

 

『厳密には『万能の推測』―――『全知全能』の力とはまた違うさ……』

 

 どこか寂しさを含んだ『カレイドオニキス』の言葉。そこをあえて聞かずに現状を把握。

 

 恐らく跳んだのは『平行世界』であると同時に完全に異なった歴史を辿った異世界。

 

 果たしてここは何処なのか―――。

 

「マナスポットではないな。何となく……マナが薄いような気がする。というか、この『土地』が、そういった霊的なものを排している」

 

『鋭いね。今どうにかこうにか検索を始めているが―――建物の様式、張られているポスターの言語、星の位置―――全てを計算してみると……』

 

 周りはどこかの雑居の合間。言うなればスラムの入り口といったところ。見上げるとそこには黒く塗りつぶされた空―――それでも見える『金月』。

 

 星々の位置を読み解くとそこは――――。

 

合衆国(ステイツ)か」

 

『クリストファー・コロンブスが『見つけた』という大陸に興った新興国。一先ず、どの年代なのかを知りたいね』

 

 少年の慧眼と今までの知識が動員された結果、それを知ると―――身に纏っていたコートを、引き締めて年齢に相応しいサイズにしておく。

 

 同時に、『魔鏡』を通して姿の確認。己の髪を見ると―――あいも変わらぬ『黒髪』。誰かさんに言われた『強い意志を秘めた眼』は、変わらぬものだ。

 

 

『ナンパの準備かい?』

「茶化すなオニキス、不審者だと思われたら不味いだろうが」

 

 例え世の中に『ボディスーツ』や『学生服』…はたまた『水着』の礼装で、西部開拓の荒野を歩くもの、冥界の深淵に赴くものがいて人類史に刻まれる英雄・神霊たちに何とも思われないとしても、自分は節度を守って生きていく。

 

 それだけである。いや、本当である!

 

「出るぞ―――」

『アイアイサー♪』

 

 アンタの方が司令っぽいが、などとオニキスに想いながら、スラムを出るとそこは―――正しく一面の光の波であった。

 

 文明の光で夜闇を掻き消すそれらを見ながらも―――自分が奇異に思われているわけではないことを認識。場合によっては何かしら認識阻害の術式を行使することも考えていた。

 

『おおっ! こりゃまた『未来的』な世界だね。着ている衣服は、そこまで想像していた未来世界ではないが、うんうん! 正しく人類は発展しているよ』

 

「それが正しいかどうかなんて分からないだろう」

 

 皮肉気に言いながら―――レンガ造りの様相が多い所から『東海岸』を想像。標識の中に『ボストン』らしきものを見たことで確信。

 

 そうして推測を終えてから何気なくストリートの脇にあるショーウインドウを見る。そうしながらも観察すると―――。

 

 

『西暦―――』「2090年……」

 

 

 ざっと70-80年は、未来の『平行世界』―――、その世界にて―――。

 

 

 

「止まりなさい!!」

 

 

 一瞬、自分のことかと耳を疑ったが声の方向―――綺麗で透き通るような声を張り上げたらしき少女がいて―――スケートボードで『よろしくないこと』をしてきただろう相手の前に躍り出た。

 

 同時にその眼前に、障壁を張った―――ひどく『見えにくい』が、そういったものが見えて、そんなもの張られたならば止まれないだろうが―――。という想い。

 

『拳銃』で武装した『一般人』は、それにぶつかり―――コメディ映画のように吹き飛んでどこかのダストボックスに入り込んだ。

 

 察するに、料理屋の前だから生ごみまみれだろうなぁ。と思いつつ、未来世界の割には―――その手のクリーンシステムは無いのか、市の意向なのか―――どちらにせよ。

 騒動は拡大の一途を辿っていた。少女の姿は―――有体に言えば奇異でありながらも少女の髪型に合わせてポップな雰囲気を出していた。

 

 更に言えば、少女は、その顔を仮面―――ベネチアンマスクという『仮面舞踏会』でゲストたちが被るもので隠していたが、あんまり意味が無かった。

 

 少女も拳銃持ちを無傷で取り押さえる予定だったのだろうが、それではダメで、耳元のインカムで誰かに通信をしているが―――。

 

 名乗りを上げた少女の声を聞いてから、少年は殺意を鋭敏に感じた。ダストボックスにいる男の回収だろうか、『仲間』がワゴン車を横付けしていた。

 

 そこから―――。

 

 ちょうど、少女を狙い撃とうとしたのか、それとも『異質な能力者』だと認識したのか、『機関銃』を出してきやがった。

 

「ふざけやがって!」「いかれた小娘が!!」

 

 罵声と同時に二挺の機関銃を持ち、照準を合わせる。群衆たちすらも巻き込むこと容易いそれを前にして―――少女が起こそうとしている『奇蹟』を推測して―――。

 

(それじゃ間に合わない!)

 

 世界に声を震わせる。大丈夫だ。『基盤』は存在している。己のチャージ分もある。こんなところでヘマしてたまるか。

 

『見えぬようにやるんだ。今は正体を隠すぐらいがちょうどいい』

 

 刹那。オニキスの声が聞こえつつも作業を終えて―――。少女の『奇蹟』の制御を手助けする。

 

(だれ!?)

 

 誰でもいいだろう。思念の声に返してから―――少女が構成している『雷霆』に触れて、それの制御を万全にする。

 

 

『Anderunge―――』

 

 こちらの言葉と同時に彼女が放った雷霆は―――真っ直ぐに飛んでいく。先行放電が空間を焼き尽くし、同時に機関銃の発射機構を焼き切り、いくつものパーツに分解されて地面に重々しく金属音を響かせ―――。

 

 

『―――Werwolf』

 

 男達の背後に集まる電気の塊。疑似球『電』とでも呼ぶべきものが―――。狼の姿となりて男達を襲い―――。

 

 電気に身を晒したあとには、ワゴン車に『磔』にされて動けなくなる。めり込むかのように『引き寄せられた』ことで男達は気絶。それなりの痛痒はあるが―――致命傷ではない。

 

 少女の『情報』に触れたことで男二人がひったくり犯であると理解した結果である。殺人犯なり凶悪殺人―――ひったくりであっても、人を傷つければもう少し痛めつけたが―――。

 

 

「す、すごい! 魔法戦士リーナは、電気の使い手!! 本当にすごい魔法使いだ!!」

 

「『雷速』の異名を持ち重力を自在に操る高貴なる美少女戦士!」

 

「つまり―――美少女魔法戦士プラズマリーナ!!!」

 

「プラズマリーナ!」「プラズマリーナ!!」「プラズマリーナ!!!!」

 

 

 何かに火が付いたのかヒートアップするオーディエンスを尻目に少年は移動を開始した。気付かれることはないだろうが、とにかく移動することにした。

 

 

「しかし……美少女魔法戦士プラズマリーナねぇ……」

 

 

 後ろにヒートアップするオーディエンスを気にしながらも、呟く。

 

 持ち上げられて何かの信仰物かのように奉られる少女をもう一度見ておく――――。

 

 

「なんとも陳腐な名前だよ」

 

 

『笑み』を浮かべる少年。

 

 

 ざっと70-80年は、未来の『平行世界』―――、その世界にて―――。

 

 

 

 ――――少年は『運命』と邂逅するのだった――――。

 



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プロローグ1『互いに想うこと』

今さらながら色々と調べると―――『うわっ…私の型月知識、低すぎ…?』


FGOの裏側で様々行われていたことを再確認すると、とんでもないことが分かってしまう。

様々なユーザー知識を何とか吸収したい。つーか永人があんな感じだったとは、ハサン作家であるタスクオーナ先生GJである。(今さら)


追記
2018年7月20日 指摘から若干の修正





 

 騒がしかった街から外れて適当な『場所』に簡易の工房を設置――――街並みを見た限りでは、もはや魔術は時代遅れの、科学技術に後れをとっている印象があるぐらいに、科学技術万能な世界であった。

 

 全てを知るには何もかもの情報が不足しているが、オニキスが拾った『電波』を用いての情報システムへの接続によれば―――『魔法』という技術が確立された世界だとのこと。

 

『魔法といっても、どちらかといえば超能力の類に属するものだろうかね。神秘の堆積を用いた『現実』への干渉というよりも己の脳髄を使っての、『現象』操作』

 

「確かにそいつは超能力の類だな―――。しかし、あのプラズマリーナなる子の術式は……」

 

『法則があるそうだ。超能力といっても君の想像しているものとは少し違う』

 

 そうしてオニキスの説明するところを埃まみれ、雑菌まみれ、もしかしたらネズミもいるかもしれない部屋にトパーズの術式で『洗浄』を掛けてから置いてあった椅子に腰かけて聞くことに―――。

 

 黒いカレイドスタッフの説明するところは―――。

 

 二つの『力』。惑星状に存在するある『非物質粒子』を利用しての行使であり、越えられない法則もまたある。

 

『オドとマナの違いなど―――君には今更過ぎる。がそれともまた違うが、この世界に存在する『霊子』(プシオン)『想子』(サイオン)の違いだが、この場合、後者が我々のオドとマナの関係を説明するに足るよ』

 

「前者は?」

 

『後に説明しよう。まずは―――サイオンに関してだ』

 

 回答を急かす生徒を宥める教師のようにオニキスは口(?)を開いて説明してくる。

 

 サイオンは、掻い摘んで言えば『魔力』なのだ。この世界の解明したところ、どんな人間でも、このサイオンは持っているらしく絶えず微量ながらも放出されているものでもあるらしく……らしくが続くのは仕方ない。

 

 実在の―――その『魔法師』なる存在をあのプラズマリーナ以外に見ていないのだ。見ていない限りはどうしようもない。

 

「サイオンは、どんな人間でもあるもの、か。これを利用しての『術式起動』―――」

 

『ただこのサイオン―――取り扱い次第では魔術回路よりも深刻な『ダメージ』を負いかねない。特に多量消費、小刻みな消費などによって『枯渇』という現象に至れば、たちまち『死』もしくは魔法能力の『喪失』という事態にもなる』

 

 魔術回路とて『暴走・制御不能』になれば、たちまち荒れ狂う魔力が全身を痛めつけて、自傷となり―――最悪の場合は、『先生』の『恩師』のような事態にもなる。

 

 だが、それは自己の制御下での話ではなく外的な要因が殆どだ。そして何より『枯渇』ということになる前に、幾ばくかの『補給手段』もある。

 

 体外に『貯蔵』していた『魔力』を補充することも可能。魔術師の肉体とは『魔術回路』を扱うための制御部品だから、エラーが発生すれば即時の停止で緊急のシャットダウンも可能だ。

 

「魔術回路が無いのかな?」

 

『その可能性は高いね。素の身体で魔力を取り込み、それをある種の『道具』―――これがおそらく役目としては魔術回路と術式の安定になるといったところだ』

 

 その言葉で思い出すのはプラズマリーナの武装だが、彼女はそうした道具を持っていなかったように見える。

 

 熟達次第ということなのだろうか……。

 

 同時に『魔力量』という意味では、現在の評価基準にはなっていないとされている――――プラズマリーナの量はかなりだったが、それ以上に『三種』の『能力値』が、問題視されているとのこと。

 

『そして君が疑問に想っているプシオンだが―――残念ながら詳細は不明だ』

「……どういうこと?」

 

 夜の明かりよりも輝く魔術師の眼がカレイドスタッフを見据える。その眼を見たカレイドスタッフは嘆息するように肩を竦めるように羽を動かして『落胆』を演じた。

 

『茶化しているわけじゃない。この世界の魔法師たちにも『あることはわかっても』『原理が分からない』―――そういう物質らしい』

 

 思考や感情の昂ぶりで活性化するとも言われているが―――。その現象の実像はいまだに不明。

 

 ただ『感情や思考』そのものであるという説もあるぐらいには、幾らかは分かっていたとしても、それが何をもたらすかは分からないそうだ。

 

「……真エーテルという可能性は?」

 

『ありえないね。その可能性を考えるほどキミは『蒙昧』になったのかい?―――まぁあらゆる可能性を考えるくらいには、頭が回って来たかな』

 

 呆れるように言われてから―――『洗浄』が終わった部屋のベッドの感触を確かめる。

 

 打ち捨てられた廃墟。しかし、棄民や物取りによって取られることなかったのは僥倖なのか、それとも自分のような存在がいたのか―――理由は分からないが、煤も埃もダニも無くなったベッドに横になる。

 

 一瞬早く―――『先生』からの『警告』に気付かなければ自分はホルマリン漬けだったのが数時間前だとは思えない位にリラックスした魔術師―――俗に『魔宝使い』と言われる少年を見てオニキスは、最後に通告することにした。

 

 

『最後にもう一つ。この世界の神秘の法則『イデア』と『エイドス』―――これに関して調べたところ、君はあの美少女魔法戦士プラズマリーナに対して―――』

 

 言葉は途中から聞こえなくなった。こと此処に至って少年は疲れたのだ。

 

 永遠に生きるほどの願いも無く、信じるべきものは折れてしまい、さりとて―――目的意識もなく『長じれた』自分にとって、無意味な生であった。

 

 けれど死にたいと思えるほど絶望してもいないし、黙って死ぬほど馬鹿ではなかった。

 

 自分は呪われている。魔術師としては堕落した『逃げの人生』―――、だから……故郷の『日本』で流行りつつあった『異世界転生』の如く、どこか違う世界に流れつきたくてこうして流れ着いた。

 

 静かな生が欲しいのだ。もう―――失うことで得られる人生などまっぴらだ。

 

 煩悶は苦悶となりて、少年を苛む。この少年を救う――――何かはきっとあるはずなのに、それが見つからない。その苦悩をカレイドオニキスは分かっていた……。

 

『けれど見つかる――――でなければ、君に託したものたち全てが報われないんだよ■■。君の生には、きっと意味がある―――』

 

 夢見心地に至ろうとしている狭間に、カレイドオニキスの言葉が聞こえたような気がした。もはや眠りに落ちている自分に聞こえるなど、何故だろう。

 

 そんなオニキスの言葉を聞きながらも思い出していたのは―――深い『情報の海』とでも言うべき場所であのプラズマリーナなる女の子に接触した時で―――。

 

 ほんの少しだけ■■の母親に似ている気がして―――手助けしてしまったのを思い出すのだった……。

 

 

 † † † †

 

 

 翌日、USNA所管の研究所の一つ。ボストンのウエストエンド地区にあるショーマット魔法研究所の一室。

 

 食堂もあるにはあるが、そこは研究員たちのリラックスペースとでも言うべき場所にて三人の女が朝食を摂っていた。

 

 

 女―――とはいうものの年齢にはバラつきがある。

 

 一人は二十代前半。

 

 カレッジに通う女子大生と言っても通じる年齢だが、感じる印象としては、スポーツ選手の特待生といったところである。

 

 しかし彼女はまごうこと無き合衆国の軍人であり事務方と現場の半々―――将校であるが、兵卒の感じも受ける。一般市民が想像する女性軍人というのがいるならば、彼女―――アンジェラ・ミザール少尉を一番に思い浮かべるだろう。

 

 もう一人は、ハイティーン。16-17歳のまごうこと無きここの研究員であった。

 

 先述の女性と同じく、2090年代の職業観に照らし合わせて合衆国に限らず、似つかわしくない年齢での職業人であった。

 

 シャツとパンツと白衣―――ステレオタイプなヤンキーの科学者『らしい』ラフな格好の上に白衣を着た女性は、本当にステレオなアメリカの研究者であった。

 

 

 そして最後の三人目は――――。

 

 

「――――はふぅ………」

 

 

 完全に紅潮しきった顔で弛んでいた。だが彼女の年齢では本来、そういうのもあり得る話であった。

 

 彼女―――少女は先述の二人から更に下がって年齢は12歳―――来年でようやくローティーンになるのだ。何かしらに―――まぁ憧れたりする年頃だ。

 

 しかし、彼女の公的な地位と持つべき称号は、年齢にはあり得ない。

 

 軍人―――しかも将校の準備段階の『准尉』である。更に有りえないことに彼女はUSNAでも選抜された一級の魔法師部隊の候補生(candidate)

 

『スターズ』という部隊の隊員候補で構成された『スターライト』の一員である。

 

 軍人としては叱りつけるべきだろう当面の上官筋である『アンジェラ・ミザール』であるが、研究員『アビゲイル・ステューアット』博士に、まぁ待てよと止められる問答が少し続いていた。

 

(彼女がこうなったのは君にも問題があるよアンジ-、あんなフリフリのロリポップな服を着せておまけに聴衆からアイドル扱い―――12歳の少女には中々に夢見がいい体験だったんだからさ)

 

(だ、だけど―――これはれっきとした任務なのよ。特に一等星級であるリーナは、これからが期待されているんだから)

 

 

 そう小声で喧々囂々の言い争いを続ける二人だが、二人の目の前の少女―――豪奢な金髪を巻いている少女の様子は、それだけなのだろうかと疑問符を持つ。

 

 昨晩多くの人間から名付けられた『美少女魔法戦士プラズマリーナ』の正体は―――先程から遠くを見ては、夢見心地だ。

 

 というよりもアイドル扱いを嫌ってリーナは、その場から『跳び』去って、その後を継いだアンジェラ―――アンジ-が、ひったくり犯及び―――今回の騒動で動き出した『鼠』の候補者をあぶり出そうとした。

 

 後処理は普通に終わったが―――、てっきり意気揚々か、意気消沈―――半々かと思っていたのに昨夜からこれである。

 

 そんな『アンジェリーナ・クドウ・シールズ』の様子―――そして、恐らく……。

 

(リーナのエイドスに干渉を果たして、あの『魔法』を変化させた存在がいる……)

 

 恐らく思念を放ちリーナと会話もしたのだろう―――。ドローンが撮影した昨夜の一件の周囲の映像。『赤いコートを着込む東洋人の少年』―――サーモグラフィーの解析からしても、この少年。

 

 現在、各方面の情報機関なりを総動員して身元の確認を行っている最中……。

 

 アンジ-とアビゲイルことアビーの二人だけが見ているこの少年に―――リーナは憧れ―――ようは『恋』をしてしまっているのだ……。

 

((どこのロミオとジュリエットなんだか……))

 

 ウイリアム・シェイクスピアの歌劇の如き一瞬で燃え上がり―――現実的に考えれば、後に鎮火して冷める間柄になるだろうと、『フィクション』を軽視している実践派たちは考えていたのだが……。

 

 この時のことを―――後のリーナの姉貴分となるシルヴィア・マーキュリー・ファーストと話すことがあり―――。

 

 

『まぁ仕方ない話ですね。リーナも女の子ですから―――』

 

 

 などと一致した見解を見せた時には、心底の『祝福の苦笑』を浮かべるしかなかったのだった……。

 

 そして―――アンジェリーナ・クドウ・シールズは……。

 

 また『彼』と会える。と確信して―――表情を引き締めた。いつまでも緩んだままではいられない。

 

 対面に座るアンジ-とアビー(写真持ち)よりも早く、彼―――あの時に自分の魔法の制御を手助けして『共同作業』してくれた日本人だろう少年を見つける。

 

 もしも、彼が件の『新ソ連』の鼠だとするならば―――、その時は……。

 

(私がどうにかしなくちゃ)

 

 言葉は、どことなく軽いが、決意そのものは軽くは無い。軍人という修羅巷の道を選んだリーナの決意は硬く結ばれるのだった……。

 

 

 



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プロローグ2『アンジェリーナ・クドウ・シールズ』

型月もそうだが、魔法科の方も結構抜け落ちているなぁ。

原作を再読中。tamago先生には悪いが、原作を読まねば―――。


 

 

 夢を見ていた。あの日に見た影に、届かない叫びが―――届く訳もなく。

 

 欲しかったのはただ一つ。けれど何も手にできない。全てはこぼれ落ちる欠片……。

 

 大層なものを欲しがったわけではない。だが、自分が手にしようとすれば、失われるものばかり。

 

 二つを手にすれば一つがこぼれ落ち、三つをかき抱けば、また一つこぼれ落ちる。

 

 英雄になりたいわけでもなく、堕落した世界を救いたいわけでもない。全てをやり直したいほどにはまだ―――希望は持っていた。

 

 

 だが―――こぼれ落ちたものを拾い上げようとしても、それはもはや落ちた時点で『壊れていた』のだ。

 

 

 

 ――――どうしようもないならば、何故歩みを止めない――――。

 

 

 絶望していないからだ。

 

 

 

 ――――立ち上がることは、再びの喪失を招く――――。

 

 

 けれど、自分は生きてしまった。生きてしまったからには最後までやり遂げなければならない。

 

 

 

 ――――見つかると思うか?――――。

 

 

 わからない。けれど―――見つけたいんだ。

 

 

 もう失わなくてもいいものを、自分だけが持てる『こころのかけら』を――――。

 

 

『失いたくないから』―――進むんだ。

 

 

 

 † † † †

 

 

 

 いつもの『誰か』との問答を夢の中で終えた少年はすぐさま行動を開始した。

 

 

 聞こえてくる足音。三つ。強化した聴覚が更に弾きだしたのは全員が武装していること―――。拳銃程度の火器。

 

 どうやらここは彼らの『集会所』だったようだ。そこに侵入者がいて、誰かは知らぬが―――口封じということか。

 

 聞こえてきた言葉。ダー、だのヤーという言葉から『東欧』、更に言えば、訛りからロシア語圏の人間であることを確認。

 

 この世界の魔術師―――魔法師であることすら埒外か―――。

 

 階下から上がってくる様子。最後の砦たる『扉』。木造の古めかしいものだろうそれに手を当てて扉に『魔法陣』を描いていく。

 無論、■■が直接書いているわけではない。起動させた魔術刻印が扉を起点にして、壁面全部を魔法陣で埋め尽くしていくのだ。

 

『殺すのかい?』

 

 足が付く。第一、敵が何の目的かが分からない。よって――――。

 彼ら三人の内の一人が扉のノブに手を伸ばした瞬間に―――。全ては決した。

 

 

 ――――それから一時間後、近隣住民からの通報で警官に扮した軍隊は先んじて『光』が見えた部屋とやらに、飛び込んだ。

 

 

 強烈な閃光。それによって気絶した三人の『イワン』どもを「被害者」として、『病院』に連れ込むことにしたが―――警官に扮したチームのリーダー、アンジェラ・ミザールは、間違いなくここに件の少年がいたと確信。

 

 

「なんですか? この首筋の穴は?」

 

 穴とは言ったが、殆ど『蚊に刺されたような跡』その程度だが、イワン三人に共通しているのは電撃で麻痺していることと、これぐらいだ。

 

 分析官に問うが――――不明だとされた。しかし、引っ掛かる。引っ掛かりは―――恐らく―――。

 

(少年が新ソ連の間者でないことは分かった。だとしたらば……)

 

 

 どこの勢力なのか―――真面目に考えるアンジ-であるが、『ただのはぐれもの』などという考えには行きつかず、『上』に不測の事態があるかもしれないと、報告を挙げてしまい―――とんだ大騒動を巻き起こすのであった……。

 

 

 

 † † † †

 

 

 

 落ち着く暇が無い―――。当然であるが、それでも落ち着きたいと思ってやってきたのは―――海辺であった。

 

 ボストンの海とは様々な入植者たちが渡ってきた海である。少し離れたところ―――プリマスに清教徒たちが降り立ち。そこからこの街をつくるのに尽力したものもいたはず。

 

 多くの人種・国家・宗教―――様々な相違を持ちながらも、新天地を目指してこの大陸にやってきた。ネイティブアメリカンを殺してまで土地を奪ったことは正当化されないものだが、それでも行き着くべき場所が欲しかった気持ちも分かる。

 

 自分も同じだからだ。そして整備された海浜公園から海を眺める。オニキスは、何やら調べ物があるからと飛び立っていった。

 

 何かあったとしても魔術回路を持たないものには反応を示さないものだし、いざとなれば自分で逃げられるだけの自立行動も可能だ。

 

 

 そんなことを考えてから、水平線―――『新都』にいった時には飽きるぐらいに見ていたものを今は新鮮な気持ちで見れた。

 

 この海の向こうに―――故郷がある。行きたいんだろうか、自問の言葉に形見を首から取り出した……その時―――。

 

 

「捨てるんですか? そのアクセサリー」

 

 

 後ろから声を掛けられた。振り向くと―――そこには金色の少女がいた。

 見覚えはあった。いや、それは彼女の擬態でしかないのだが、あんなマスクでは何一つ彼女の美貌は隠れない。隠れないからこそ分かってしまった。

 

 

「いや、お袋の形見だから捨てられない。―――何で捨てると思ったの?」

「すごく深刻そうな顔をしていたから、投げ捨てるんじゃないかなって思ったんですケド」

 

 憶測でモノを語られたものだ。と思うも、先程まで考えていた通りならば、そのぐらいはしたかもしれない。

 

 やらないという結論に達するのは間違いないのだが―――。

 

 赤石のペンダントを隠しながら、厄介ごとの固まりと塊が再会していいことがない。というわけで―――。

 

 

「それじゃ―――」

 

「―――え゛」

 

 気軽に手を上げて少女の前から去る。スピードワゴン(仮名)はクールに去るぜ。などとしていたのだが。

 

 

「いやいや待ちなさいよ! 何だって去ろうとするのよ!! ヒドくない!!」

 

「全然、だって初対面の子に話しかけられた以上、場所代でもせびられるんじゃないかと考えるし、何よりこんな真昼間にスクールに通ってもいない不良娘に話しかけられるなんて―――アメリカは怖いところだぁ」

 

「そんなマフィアみたいなことしないわよ!! 学校に通ってもいないってのならば、あなただって同じじゃない!!」

 

 

 言われてみればそうだった。今の自分の身体年齢は12歳程度―――。まぁ冒険心旺盛かつもしかしたら単身赴任の親に会いに来たという設定で通そうかと思った。

 

 しかし、それならばテレビ局の取材と『パパ、いつもお仕事ご苦労様』的な何かを持っていなければならない。

 

 だからこそ後ろにいる少女に解決策を言い放つ。

 

 

「学校へ行こう! そして屋上で思いの丈を叫ぶんだ!!」

「なんて世代を限定するネタ(?)、それよりも止まりなさいよぉっ!!」

 

 こちらを何とか引き留めようとコートの裾を引っ張る少女の姿は昨夜と同じく丈の短いチェックスカートに、上質なブラウスを着こんでいて―――『髪型』は昨夜と殆ど変らない。

 

 流石はアメリカンコミックの本場、露骨に目立つ立場ながらもヒーローが登場する時には、都合よく消えていたり自室で寝ていたりしましたとか言いながら、何で誰も正体を疑わないと思う人が一人はいるのだ。

 

 何処かで誰かが光る剣を持って、何処かの誰かの笑顔の為に戦う以上無粋なのだろう。

 

 

「―――オーケー、分かった。止まる……っと、悪い」

 

 

 しかし、こちらは『早駆けのルーン』を発動させていたというのに、この少女もかなりの力だ。

 

 急に立ち止まってすこし『つんのめった』『たたらを踏んだ』とでも言うべき少女を受け止めると―――。

 

「あうっ……」

「あの、離れてくんない?」

 

 

 受け止めたのが胸元だっただけに、色々あるのかもしれない。まぁ同年代の異性(実年齢は違うが)に抱きしめられて、少し緊張したのだろう。

 

 少女が落ち着くと同時に、自然と離れる二人。第三者が見れば、どこの映画のワンシーンだと見るかもしれない。

 

「で、結局何の用なんだ……えーと……」

 

 そういや名前を聞いていなかった。プラズマリーナがまさか本名ではあるまい。

 そうして金髪をロールにしている様子が、この上なく似合っている少女はその口を開いた。

 

「アンジェリーナ・クドウ・シールズ―――気軽にア、『リーナ』って呼んで」

「アンジ-じゃなくていいのか?」

 

『時計塔』にもそういった名前の子はいて、ニックネームも教えられていたが、アンジェリーナは、『リーナ』でいいと言う。

 

 本人がそう言うからには、それでいいのだろう。

 

「ワタシの用事は祖父の国のことを少し知りたくて…ぎゃ、逆ナンをしたのよ! それで――――アナタの名前は(your name)?」

 

「……」

 

 前半のどう考えても焦ったような声とは違い、どこか緊張感を持った言葉に居を正される。

 

 別に隠すほどのことでもない。この世界で『実家』があるかどうかすら分からないのだ。

 名前を知られたぐらいで、呪われるようなヘマはしない。

 

 だが、リーナに名前を教えるということは――――何かが『決定』づけられるような気がして、ちょっと躊躇した。

 

 しかし、誠意と自信を持って己の名前を告げるリーナに魔術師云々以前に、人間として―――男として、ちょっと負けた気分であった。だから―――。

 

 

 自分の名前を告げることにした。

 

 

「―――遠坂『刹那』―――、それがオレの名前だ。リーナ」

 

「セツナ……―――日本語で確か、『凄く短い瞬間』の意味で合ってるかな?」

 

「大まかにはな。本来の意味は、仏教―――ブッディズムの時間の概念。一瞬であっても変化を示す世界の有り様を説いた言葉だよ」

 

 何よりその『一瞬』、『瞬間』を大事に、大切にしなさい。という教えでもある。大層な名前ではあるが名付け親となったのは、『実家』の隣に住んでいたヤクザの組長。

 

 その組長は遠方の方の付き合いある組の『子供=後継者』から考えたと言っているが……。

 

 恐らく『父』や『祖父』のどことなく自己を顧みないで、場合によっては全てを擲ちかねない所作を危ういと思い、自分だけはそうはなってほしくないという想いで着けたのだろう。

 

 結局、その思いを無下にしてしまったわけだが……。

 

「セツナ―――いい名前ね……あなたに名前を付けた人の気持ちが分かる気がするわ」

 

 眼を閉じて胸に手を当てているリーナ。

 何かを考えているのだろう彼女に対して―――自分もリーナの名前に関して考える。

 

 クドウというミドルネームから察するに、日本人の血が入っているのだろう。本人にはそういった形質は見えない。

 

 もっとも『母』とて、『クォーター』の血筋ながらも表面的にそういった所は見えなかった。

 

 

「それでセツナは、何でボストンにいるの? いっちゃなんだけどN.YやD.Cに行かないの?」

 

「そういう所には興味ないかな。家からの命題で―――、ここに用事があったんだ。正確にはプリマスに―――だけど」

 

「……救世主(メシア)の像―――セツナはカトリックなの?」

 

 

 その言葉は、リーナに自分の持つ『魔鏡』を見せてからのものであった。潜伏キリシタンを纏める刹那の実家は、『魔術師』でありながらも、教会ともつながりがある家だった。

 

 それはともかくとして潜伏キリシタン達が、信仰を途絶えないようにと、当代の技術で作り上げたのが、この二重構造で出来ている『魔鏡』であった。

 

 

「まぁな。詳しい話は省くけど、祖国が、教義を弾圧していた時代にまとめ役をやっていたそうだ。今さらになって同じく弾圧を受けて新天地を目指した教義の派閥のことが知りたくて―――」

 

「ずいぶんとアクティブなのね。嫌いじゃないけど」

 

「それであれこれ理由着けて学校は休んできた。家族旅行の体だけどね―――リーナは?」

 

 

 詐欺の論理として、完全なウソというわけではないが、真実を混ぜることで本当っぽく聞こえる。

 刹那が18年間生きてきて覚えたくなかった『魔法』である。

 

 

 そんな刹那の言葉にリーナは、『当てが外れた』という顔をしつつ、こちらの正体を少しずらしている印象。

 

 

(悪いな)

 

 

 内心での謝罪と共に、リーナはあれこれ自分がどうだのと言ってくる。

 

 要約すれば彼女は、ボストンの研究施設の―――、一種の外部協力者であり、たまにもらった休日で出かけていたということ……。

 

 しかし言葉の端々に軍がどうの、という言葉を耳にして、自分の部屋を襲ってきた。この世界で言う所の『新ソ連』という国家の間諜から『ハッキング』で抜き取った情報を総合するに―――。

 

 このボストンにてロクでもない工作活動をしていた彼らを取っつかまえに来たこの国、USNA―――北アメリカ大陸合衆国。

 

 刹那が驚いたことに、この時代―――どんな変遷があったのかは分からないが、アメリカという大国は、カナダ及び反米感情著しい南米の一部『メキシコ』や『パナマ』までも取り込んでの連邦制度を維持しているらしい。

 

 そんな国の秘密作戦としてリーナがあんな美少女魔法戦士として投入されていた。多分、彼女は『囮』なのだろう。世を忍ばない魔法少女が現れてどっきりびっくりして巣穴から出てきた鼠をひっ捕らえる。

 

 そういった塩梅なのだろう。もっとも憶測と類推程度でしかないのだが――――。

 

 

 早めにここを出た方がいいかな。そう考えてどうやって日本まで飛ぼうかと思っていたのに―――。

 

 

「セツナ、また会える?」

「――――なんで?」

 

 こちらの疑問に対して、少し自慢げな顔をするリーナ。

 

「セツナは、このUSNAを堪能しきっていないわ。清教徒たちがメイフラワー号でやってきたことだけで、この国を知ったつもりになってもらいたくない。もっと知ってもらいたいわ―――ワタシの事も」

 

 最後に付け加えられた言葉。紅潮した顔で言われて、まずったな。と思いつつも断る理由として滞在日数を挙げようかと思ったが―――。

 

 

「分かった。昨日、ボストン市中を騒がせた美少女魔法戦士プラズマリーナをもう少し見ておきたいからな。本場のアメコミヒーローじみた魔法師というのも興味深い」

 

 ―――考えを変えた。どう考えても、この少女とは『関わらざる』をえないのだと―――魔術師としての直感でそう言い放つとリーナは表情を驚きに変えて聞いてきた。

 

 

「エッエエエエエ――――ッ!!! ソ、ソンナに見たいの!?」

 

「まぁね、すごい可愛いじゃないか彼女。故郷に帰ったらば自慢出来そうだ。直に―――魔法少女と会えたとか、実家が呉服屋の教師にも自慢出来そう」

 

 

 その言葉で、ボンッ!! という音をさせてから、真っ赤な顔をするリーナ。こういう風に正体を分かっていながら、すっとぼけて言うのは……何か良くないことをしている気がする。

 

「リーナには逆ナンされちゃったし、とりあえず申請している期間の間は、いようかとは思うよ」

「そ、そういうことならば!! 任せて!! 『今日も』頑張ってみせるから!!!」

 

 そう言って張り切った様子で去っていくリーナ。

 

 正体がバレバレすぎると思って、連絡手段はどうするんだろうと思い立ってから、刹那も少し腹を括ったものがある。

 

 ここまで科学文明が進みながらも神秘というよりも『超常能力』が、『日常』として認識されている以上、『協力者』もなしに、隠匿して行動しようなどはっきり言って無理だ。

 

 リーナの『上』。即ちUSNAの軍部の上層に、こちらを売り込むことを決めていた。

 

 アメリカという大国の力を魔術師は『神秘』の面から軽視するが、そんなことは言っていられない位に『国』という単位では貪欲なヒュドラなのだ。

 

 この国の本質は、そこなのだから――――、自分がどう扱われるかは分からなくもない。だが決めたのだから―――せいぜい高値で売りつける。

 

 その上で―――この世界での『安定』を望んでいいはずだ。そう決めてから出歯亀をしていただろうオニキスを、上空から呼び寄せて動き出すことにしたのだ……。

 

 

 



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プロローグ3『星が瞬くこんな夜に-Ⅰ』

プラズマリーナの後ではあるが、リーナ役の日笠さん。そんな日笠さんが演じるシンフォギアのマリアはアプリ内の特殊ギアではあるが『怪盗』をやったのであった。

演技の幅が広いと色んなキャラでこういった風なシンクロが起きてしまう。

蛇足である。

では新話どうぞ。

追記

2018年7月20日 指摘を受けて修正。

2018年7月25日 指摘を受けて修正。


 

 

 最初は気乗りしない任務であった。如何にスターズへの正式入隊へのテストだとしても、その任務内容は明らかにコミカルすぎるものだったからだ。

 

 いや、そういった一種の穴倉決め込む『アライグマ』を誘い出す『コヨーテ』の真似は軍でもよくつかわれる手法ではあったが―――。

 

 それでもまさか、前時代的な――――リーナの血に混じる祖国『日本』でも20世紀後半から21世紀初頭に流行った『魔法少女』な姿で敵を誘い出せなど、あまりにあまりだった。

 

 

 最初の任務。ひったくりを捕えるという体で魔法少女として推参しろと言われて『やらかしそう』になった時、リーナを手助けしてくれた存在がいた。

 

 軍人としては『失格』かもしれないが、あの時の自分は本当に羞恥心満載な上に動転していたので、本当に助かった。

 

 

 でなければ―――最悪の結果をもたらすことになったかもしれない。もしかしたら、試験の内容とはこういった如何なる状況においても、冷静さを発揮出来るかどうかだったのかもしれない。

 

 

 だが、そうであったとしてもあの『プラズマリーナ』な衣装に対して羞恥心は薄れなかったはず―――。

 

 

「セツナ――――」

 

 

 あの中でも確信していた少年、自分を少しだけ後押ししてくれて、その後も何かと自分と会ってくれている少年。リーナの中に混じる日本人の少年。

 

 

 彼が『可愛い』と言ってくれたからこそ、今の自分はある。そしてプラズマリーナと『双極』を成す『魔法怪盗』の正体も―――。

 

 

 全てを自分に打ち明けてくれないセツナへの寂しさ。無論、自分も隠している以上しょうがないかもしれないが――――それでも、もう『追いかけっこ』は終わらせなければいけない。

 

 

 数日中にアビーの研究は完成へと向かう。リーナも協力していたそれが終われば任務と言うよりも『重し』の一つは終わる。

 

 

 それならば軽い気持ちで―――今度こそ『魔法怪盗』と決着が着けられる―――。

 

 もしも仮面の下の素顔が違っていれば、その時は神妙にお縄に着いてもらいたい。だが―――あの少年だったならば……。

 

 

 リーナはその想像に『何故か』顔を赤くした。そうしてから私室における自主学習(ハイスクール相当)を放り出してしまった。

 

 

「ど、どうすればいいんだろ―――そう言えば、博士から借りた電子書籍があったわ。一番、あのコスプレ姿『プラズマリーナ』の『名称』に近い作品。確か―――ナオコ・タケウチ作 美少女戦士――――」

 

 

 そんな風な乙女の行動はある意味では致命的に、何かを狂わせるのであった……。

 

 

 † † †

 

 

 ここ数日のアンジェリーナ・クドウ・シールズは、正直言えば―――絶好調としかいえなかった。

 

 

 アビゲイル・ステューアットが考案した新魔法の実験の調子も、俄然あがっている。この調子でいけば予定よりも早く戦略級魔法『メタル・バースト』の実用にもこぎつけられる。

 

 

 即ち、リーナが戦略級魔法師の列席に位置づけられる日は近いだろう。

 

 

 アビーとしては上々過ぎてホクホクではあるが、件のテスト―――即ち、リーナが『スターズ』に入隊出来るかどうかの適性試験―――これは少し芳しくなかった。

 

 いや、『マインドセット』という点では寧ろ上々過ぎるほどな結果ではあるが……まさかあんな存在が、二人も出るとは思わなかった。しかし『二人』だからこそリーナは『安定』していたとも言える。

 

 そんな少し悩むアンジ-は、最近のボストンのニュースペーパーから、全国紙とでも言うべきものにまで、眼を通してため息を突いた。

 

 

「東海岸を騒がせる現代の『二大』怪人―――」

 

「『彼ら』の正体は果たして、ミュータントか、はたまた『クラーク・ケント』か―――」

 

「現代の合衆国に現れし、魔法『超人』―――美少女魔法戦士プラズマリーナ、『魔法怪盗プリズマキッド』―――彼らの関係は現代の『ウサギ』と『マモル』か……この記事を書いたヤツは重度のOTAKUだね。いい見出しだ」

 

 

 笑いこけながらそれをアンジ-に渡すアビー。受け取ったアンジ-としては、全然面白くない。

 

 

「しかし、ここまで騒ぎになっているというのに合衆国の上も動かないね」

 

「情報が情報だから、とはいえそろそろスターズも本気になってきているわ」

 

「へぇ……それで、件の『少年』の身元は割れたんだろ?」

 

「名前はセツナ・トオサカ―――偽名ということもありえるぐらいに恐ろしく『雑な情報改竄』だったわ」

 

 

 実際、連邦データベースの一つである出入国記録などは、分かりやすすぎるぐらいなクラッキング、ハッキングであった。

 

 まるで『見つけてください』と言わんばかりに稚拙な手際であり、それが彼の真実でないことぐらい、分かり切っていた。

 

 

「ふむぅ。身元不詳のいきなり現れた魔法師―――しかし、彼は『魔法師』といえるのかな?」

 

「SB魔法師というあなたの見立ては?」

 

Spiritual Being(スピリチュアル・ビーイング)魔法―――心霊的存在を利用した魔法技術。分類としては彼の母国と見られている日本での『古式魔法師』に該当するかという、アビゲイルの見立てを、アンジ-は問い質す。

 

 

「外れではないが―――どうにも致命的なものを『外されている』といえばいいのか、そんな印象だ……適当な理由を付けてふんじばってしまえないのかな?」

 

 

 それをしようにも、彼は存外『隠れ身』が早い。実際、リーナと会っている時など、監視している『こちら』を分かっている印象だ。

 

 監視の目を誤魔化す手段にも長けた彼。追跡も簡単に巻かれる―――セツナ・トオサカ―――彼の正体を知りたいとして、アンジ-の『上』が動き出したのだ。

 

 

「魔法少女を助ける謎の存在―――、定番としては力を授けた側の上位にいる人間―――」

 

「どういう意味?」

 

「まぁつまり―――有体な言い方をすれば『異世界人』とか『異次元人』、その『王子』ということもありえるんじゃないかと、まぁそんなのはフィクションの世界だけだね」

 

「リーナの魔法少女は『月にいた黒猫』や『ケロちゃん』によって与えられた力じゃないわよ」

 

 

 ごもっとも、という意味で肩を竦めると――――、アビーは研究を再開した。

 

 

 そんなアビーとは逆に、アンジ-は、否定しながらもその可能性を考えていた。ここまで卓越している魔法師―――しかも日本大使館の反応からも、少し違和感がある。

 

 件の人間が恐らくプリズマキッドだとして……そうでなかったとしても東洋人的な人間が、あそこまでの力を持っていれば日本政府は本腰を入れているはず。

 

 

 時間は少ない。このボストンの街が学術都市からスパイの『ラスベガス』になる前に―――プリズマ仮面及びセツナ・トオサカの身柄を抑えて新ソ連の間者を根こそぎひっ捕らえる。

 

 

 そのアンジ-……アンジェラ・ミザールの意気込みは数日以内に遂に現実のものとなった―――。

 

 

 

 † † † †

 

 

「――――ではさらばだ! 美少女魔法戦士プラズマリーナ!! キミの星はきっと輝く―――」

 

「待ってプリズマキッド!! いいえ! 今度こそ―――アナタを捕えて見せるんだから!! 待たなくたって追いついて見せる!!」

 

 

 違法魔法師の一人。遂にド本命とも言える新ソ連の間者を昏倒させたボストンの『二大怪人』は、『いつもの如く』ボストンの夜空を舞うチェイスを開始した。

 

 銀色の―――無機質な仮面とシルクハットで顔を隠した怪人。正体を完全に隠したそれとは逆に派手というか人目を惹きつける白のタキシードを着込み、赤色のマントを羽織った紳士は―――。

 

 

 今日はずいぶんとしつこいな。と思いながら、どうにかこうにか撒けないかと考える。

 

 

『ふむ。カレイドライナーとしての『飛行魔術』を使っているというのに、彼女追ってきているぞ』

 

「マジか―――正直、今日は気合いが違うな……」

 

 

あれから調べたことであるが、この世界の魔法では『飛行』というのは結構、難儀な技術障壁があるらしい。

 

 

無論、刹那とてカレイドステッキの手助けなければ少し難儀することもある。しかし、やはり二人の『魔女』に育てられただけあって―――、その手の『夢見心地』なものは刷り込まれている。

 

そんな刹那の考えを読んだのかオニキスは、とんでもないことを口走る。

 

 

『それもあるが、ははぁ―――さては刹那、キミ『あの日』だなっ!!』

 

「んなわけあるか―――!! いや確かに、男の魔術師にもバイオリズムみたいなのはあるけれども! 関係ないだろ!!」

 

『『魔女』に育てられた男子が『男魔女』(ウォーロック)となることで一種の生理周期も移される説もあるぐらいだ。キミがそうでない可能性は否定できないよ』

 

 

 あの世界で18年間生きてきて、知らなかった事実。それをまるっと信じるならば有りえないことではないと言えたが―――。

 

 

「リーナの足……あれはもしかして―――」

 

『成程、全身に走る電気信号を用いての『電磁弾体化』――――それで小規模な加速を用いているんだ』

 

 

 時々、リーナの足を奔る電気に気付く。時に着地した建物を足場に加速。そういった原理かと思いつつ、身体にかかる負担はどうなんだろうと思える。

 

 

 その瞬間、刹那の眼に構成が走る。やるつもりか―――。刹那に戦慄が走る。

 

 プラズマリーナとプリズマキッドが争う時に放たれる魔法の一つ。

 

 

 人々は、その争いに対して題を付けた。雷火の争いと――――。

 

 

「食らいなさい!! ムスペルスヘイム!!」

 

 

 瞬間、広範囲に渡って雷光が夜空に煌めく灼火の世界が展開される。気体分子をプラズマに分解して恐ろしいまでのエネルギーが電磁場を作り出していく。

 

 

 その世界に捕らわれれば―――まず自分の肉体は一瞬にして無くなるだろう。強制沸騰されたタンパク質が、どうなるかなど容易に想像が着く。

 

 

 だが、それを退けるのもまた―――超常の理、神秘の世界の理である。それらがプリズマ仮面―――遠坂刹那の周囲を覆う。

 

 

「―――― Achilles Schild,Nein」

 

 

 マントを翻して、身を包むようにすると―――幾重もの魔法陣が展開されて、それらは―――円形の盾となりて、積層化して刹那を防御する。

 

 

 プラズマによる浸食が神秘の世界を脅かす。数十秒の攻防―――。雷火の浸食が火花と灼火の大輪を咲かせながらも、それを『アキレスの盾』と名付けられた魔術は防ぐ。

 

 あと一分はもつかと刹那が思うと同時に―――リーナは術式―――『起動式』の展開を止めた。

 

 

 正面からの打ち合いでは分が悪いと思ったのか体力の限界なのか分からないが、防御術を展開させながら降り立った場所はリーナと初めて会った場所であり―――何度も待ち合わせて、出会った場所だった。

 

 

 人は誰もいない。あらかじめシャットアウトされていたかのように岸壁に寄せては返す波の音しか聞こえない。

 

 いや―――それ以外は、彼女の声だ。それが刹那の耳朶を打つ。

 

 

「ここは、ワタシのことをいつまでも見たいと言ってくれた男の子との出会いの場所――――本当に思い出詰まった場所……」

 

「………」

 

「プラズマリーナが現れた場所に、彼はいてくれた。同時に―――その場所に、アナタも現れた……。だから余計に分からなくなった……」

 

「なにがだ?」

 

 

 卑怯だな。俺は―――。内心での自嘲が顔を曇らせる。今にも泣きそうなリーナに対して……最低な人間だと感じる。

 

 

「あの日―――ワタシがプラズマリーナとして初めてボストンの街に来た時、あやうく『ガトリングガン』なんて出してきたひったくり―――それを過剰殺傷しそうになったワタシを救ってくれたのは……ここで出会っていた男の子。セツナ・トオサカ―――」

 

「――――」

 

「だけど、彼は―――何もそんな素振りを見せないで、私に接してきた―――ただの女の子として扱ってくれることが嬉しくて―――けれど、『こちら側』に触れないのが、『突き放されてる』ようで悲しかった」

 

 

 独白は続く。同時にリーナは小振りのナイフを取り出してきた。ダガーサイズのそれが、何らかの『力』を帯びるのが見えた。

 

 少女の手の中では、その刃物のサイズは不釣り合いながらも、不思議と衣装もあいまっておかしさが出てくる。

 

 若干、ヘンな刃傷沙汰を起こしている気分になってきた刹那は―――それでもそれに抗する為に、アゾット剣を抜き放つ。

 

 

「だから―――今日こそアナタの仮面を砕く!!! そして真実を晒す!!」

 

 

 矮躯を活かしての攻め手。リーナの反応と動きは鍛えられた軍人のものだ。

 

 

 身長差を考慮しての下方向から突き上げるようなナイフの動きは、『執行者』として、『封印指定執行者に鍛えられてきた』刹那であっても中々に苦慮するものだ。

 

 

 人間以上の『モノ』との戦いを繰り返してきた刹那とは違い、リーナの動きは徹底的に『殺人』へと向けられるもの。

 

 

 何より向けられる刃の正体も看破出来た。どうやらこれは一種の疑似的な『ダマスカス鋼』。

 

 技術によって失われた古の宝剣を再現したものであると言える。

 

 

 正式名称『分子ディバイダー』。本来的な得物に、薄板状の仮想領域を上乗せする形である種の『分子結合』を『切断』する能力を持たせた魔法に見えた刹那。

 

 正確には物理の法則がもう少し関わることであるが、そうやって『強化』された得物を受け止めるアゾット剣だが、数合も受けると拙い切れ味になってきた。

 

 

 見ると幾重にも刻まれた刃毀れが、その威力を物語る。しかし―――その様子を遠くから見ていた『存在』は、二人の様子が―――まるで円舞でも刻んでいるように見えていた。

 

 

 リーナも下からだけでなく上から体重ごと叩き付ける一撃も加えたりして『プリズマ仮面』を追い詰めようとしていた。

 

 

 攻防の一瞬、横薙ぎの一撃。飛び退くプリズマ仮面。その時――――リーナの持つナイフから刀身が消え失せていた。

 

 

 刀身は飛び退いたプリズマ仮面を追って飛んでいる。柄だけを持ったリーナの会心の奇襲。

 

 

 バリスティック・ナイフ―――射出式の刃が、撃ちだされたのは―――。狙いが『外れていた』

 

 

(まずい―――なんで―――)

 

 

 リーナの狙いでは、脇腹を狙ったはずの刀身は、真っ直ぐにプリズマ仮面の眉間に向かっていった。

 

 

 脇腹を狙えば、後は治癒魔法でどうとでも出来る。そういう狙いだったというのに―――。

 

 

 無意識の意識。リーナの身体が覚えていた一種の本能がそれを撃ちだして、仮面に刃が突き刺さる。

 

 

「――――セツナァ!!」

 

 

 本能が呼んでいた名前が、口を衝いて出た。それが真実であるかどうかなど分からないというのに―――それでも涙目で呼んだ声に従うかのように―――。

 

 

「―――問題ないよリーナ。この仮面はとてつもなくおっかない『大蜘蛛』の『脱皮殻』を使ったものでな」

 

「え」

 

 

 瞬間、仮面に突き刺さった『刃』が『水晶』となって、砕けて風に浚われる。まるで何かの『魔法』かのように神秘的な光景が見えたが、リーナの興味はそこではなかった。

 

 

「と、まぁこんな塩梅だ」

 

 

 その説明よりもその声に、リーナは驚愕していた。求めていた結末ではあった。疑っていた正体ではある。

 

 

 しかし、いざその段取りとなると、混乱だけが頭を占めて、胸を締め付ける―――小さな穴を穿った無機質な銀色の仮面を外すプリズマ仮面の素顔は、この公園で見ていたもの。アンジェリーナ・クドウ・シールズの心に入り込んだ少年のものだった。

 

 

「セツナなの……?」

 

「うん。まぁそうだね」

 

 

 再度の確認。その顔は、どこか『参ったな。やられた』という一種のしてやられて痛快といった顔。

 

 場外ホームランを打たれて『やられた! すごいもん見てしまった!!』なメジャーリーグのピッチャーにも見える。

 

 

「な、なんで―――アナタの姿は! ワタシがこうしてプラズマリーナとして動いていた時に―――」

 

「それ以上は、まぁ―――他の人達を招いて説明した方がいいかな」

 

「え」

 

 

 再度の驚愕。刹那の言葉が『召喚の呪文』だったかのように―――続々と現れる『完全武装』の『魔法師』たち―――その姿の何人かはリーナにも見覚えがあった。

 

 

 USNAでも選抜された最高位魔法師の軍隊スターズの面々が揃っていた。

 

 

 その中でも―――今回の任務にリーナを就かせたベンジャミン・カノープス少佐がいたのが、リーナの神経を尖らせる。

 

 

「―――ご用件は?」

 

「准尉やミザール少尉が手間取るほどの―――君の力を拝見したい」

 

 

 まるで古式ゆかしいサムライか何かのように『鎧』―――スラスト・スーツに身を包んだ偉丈夫が、笑みを浮かべながら『軍刀』を見せつける様子。

 

 それに対して同じく、刹那も着ていた服を脱ぎ捨てるかのように、『完全な戦闘態勢』。

 

 

 マントを外しての変装の如く、一瞬にして着替えた姿は、タキシードを着た怪盗ではなく、朱いコートを羽織り、その下には『スーツ』を着込んでいた。

 

 非常に不可思議というか、完全武装したカノープス少佐との対比でひどくアンバランスだ。

 

 

 だが、それでもリーナには分かる。この姿こそが刹那にとっての戦闘服なのだと。

 

 手袋―――丈夫な黒革製のものを手にしっかりと装着する刹那は、それで準備完了となったのか、口を開いた。

 

 

「さてと―――それでは、その『神秘』―――『封印』させてもらう」

 

 

 

 刹那のその言葉を合図に―――スターズにとって『一度目』の完璧なまでの『敗北』が刻まれることとなるのだった……。

 



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プロローグ4『星が瞬くこんな夜に-Ⅱ』

というわけでたっつん無双ならぬせっちゃん無双。

「俺が、メイガスマーダーだ」語呂悪っ。


 

 

 戦いは一方的なものへと移っていく。

 

 

 単純な戦力差―――1対50。集まったスターズ隊員……といっても、その中でも星座級までの隊員は10名ほどでしかない。

 

 

 主だった戦力の殆どは衛星級の隊員たちだ。

 

 このボストンでの作戦の指揮官であったアンジェラ・ミザールことアンジーは、現在確認されている『該船』へと突入作戦を開始していた。

 

 

 せめて恒星級があと二人は欲しかったな……スターズ総隊長代理であるベンジャミン・カノープスが、そう感じるほどに戦いのペースを握ったのは件の少年『セツナ・トオサカ』であった。

 

 

 今も、グローブ―――何かの文字が輝くものでブローパンチを食らった隊員がスラストスーツごと吹っ飛び気絶させられた。

 

 どごっ!!! 音にすればそんな風なものでたちまち鍛え上げられた米軍の最エリート。魔法能力だけではなく身体も鍛え上げられ者たちが落とされていく。

 

 

 流星となる―――。

 

 

 これを繰り返し―――。同士討ちを嫌う隊員の隙間を縫って拳を振るう。

 

 ワンパンチでノックアウト。悪い冗談だ。機能停止に陥ったスラスト・スーツと言う強化外骨格と共に隊員たちも気絶する。

 

 SB魔法の使い手―――そう判断した自分達のミスだ。

 

 

「距離をとってライフル型CADで牽制しろ!! 撃つことで近寄らせるな!!」

 

 

 そんなありきたりな指示しか出せないほどに混乱極まる戦場だ。混乱どころか混沌―――。

 

 

「くそっ!! なんてガキだよ!! あんなの反則だろうが!!」

 

 

 そう言いたくなる気持ちも分かるが、だからといって50人で囲うようにしてきた自分達が責める筋合いではないだろう―――と思えるのはベンにとってライフルからの音速弾をものともせずに一人一人潰していく少年が、自分の娘と変わらぬ年齢だからか―――。

 

 だが、もはやそんな甘さを捨てる。この世界において年齢など何の意味も無い。自分より強い『ガキ』がいても、それは当然のことだ。

 

 

 流星となり果てる隊員たちの為にも―――ここで決める。

 

 

「ラルフ、ハーディ―――行くぞ」

 

「へっ、ようやく出番とは―――」

 

「いささか待ちくたびれましたな」

 

 

 赤毛のイタリア系―――剽悍かつ狂相を見せる男と、肉厚な黒人系の大男がカノープスの隣に進み出る。

 

 

 もはや見る影もないほどに戦場跡も同然となった海浜公園にて戦いは第二ラウンドへと移行しつつあった。

 

 

 そんな折を見て―――一人の女性が指示通りに動き、少女を保護した。

 

 少年から注意が向けられたが、特に何もしないようだ。

 

 

 しかし保護された少女はいいのかと思う。その眼を理解したのか女性が、「妹がいれば、こんな感じかな。」と思いつつ、話しかける。

 

 

「失礼しました准尉、自分はシルヴィア・ファースト。内定はまだですがプラネット級の魔法師として列される予定です。階級は少尉、あなたが正式入隊すれば補佐役を任ぜられる予定です」

 

「こ、こちらこそ失礼しました少尉。あの―――セツナは―――」

 

 

 やっぱりそれか。と思いつつ、短髪の女は『心配ありません』とだけ言っておく。

 

 

「手荒すぎるようにはしませんが――――まぁ、彼のスキルや魔法能力は参謀本部のバランス大佐も興味を持っております。出来うることならば―――これで終わってほしい気もしますが」

 

 

 無理だな。セツナ・トオサカの能力はこちらの予想以上だ。これだったら魔法師以外を含めて一個師団でも持って来れば良かったかもしれない。

 

 

 第一、シルヴィアや敏いものたちには分かっていた。刹那は、背後にいたリーナを気遣って接近戦を演じていたのだと。

 

 

 シルヴィアがリーナを抱きかかえるように離れた時点で、四人の男達は激突を開始した。

 

 

 † † †

 

 

 ―――行ったか。相手が不作法もので、考えなしでなくて良かった。そう考えて相対する相手に刹那は注意を向ける。

 

 

『手練れだね。どうする?『アレ』を使うかい?』

 

「お前の話通りならば、この世界では『魔力』を使っての物質の『生成』は到達しえていない『奇跡』なんだろ? ならば見せるのは、得策じゃない」

 

 

 何よりこの程度の窮地で、『アレ』を使うなど惰弱。というよりも―――自分の戦いの『師匠』はルーンの大家にして、現代に生き残っていた『赤枝の騎士』。

 

 

 その思い出は―――血臭漂う戦場でしか思い出せないものだ。

 

 

 だから―――。

 

 

『セングレンの四肢、マグニの身体―――硬化(Z)強化(T)加速(R)相乗(ings)―――』

 

 

 魔術回路を励起させての『暗示』。

 

 

 全身に走るルーン文字の循環。ちょうどこの世界での魔法師が術式を発動させた時のように、円環する呪帯のごとくなる。

 

 

 それを見た瞬間、ラルフは確信する。こいつは極上の獲物だと―――。

 

 

「少佐ァ、まずは自分が『先手』となりましょう―――」

 

「いいだろう。やってみろ」

 

 

 獲物を前に舌なめずり。三流だな。と相手に、部下に思うと同時に―――加速して接近しようとするラルフ。

 

 加速術式がラルフ・アルゴルの身体を高速の世界に飛ばす。

 

 

「ヒャッハハハ―――!!!」

 

「――――!!!」

 

 

 無言でのラッシュ。加速して予想外の方向に行こうとする人間を刹那の眼は追い続けて、拳によるラッシュを叩きつける。

 

 手応えはない。病葉のように砕け散る物理障壁の数々を前に―――刹那は無為を悟る。

 

 

「―――考えたな」

 

「テメーの拳はとんでもないスーパーヘビー級ボクサー以上の威力だからな。障壁展開は―――すこし離れてだ!!!」

 

 

 おまけに複数を展開させて、こちらの勢いを止めたところで―――。

 

 

「ヒャ―――!!」

 

 

 煌めく分子ディバイダーの輝き。リーナとは違い、体躯を活かして押し付けるように威圧するようにナイフを刻んでくるラルフ・アルゴル。

 

 

 だが、その動きは刹那からすれば、実に緩慢だ。別に『飛ぶ』拳が放てないわけではない。スタイルを変えてナイフを刻むラルフ・アルゴルに対して相対する。

 

 拳を『飛ばす』。拳を『飛ばす』。真正面から蛇のごとき拳が飛んでくる。その動きに幻惑されて乱打が決まる。

 

 障壁を壊してそのままに飛んでくる衝撃。スラストスーツを揺らす打撃の数々にラルフの動きが止まる。

 

 

「ッ!!」

 

「―――」

 

 

 反応はいいが、硬化のルーンで強化された拳が、胴体から頭を狙い、ヘルメットのジョー()を砕いた。

 

 

 ヘルメットはエネルギーの循環が止まったのか光が無くなった。

 

 どうやら刹那の『フリッカージャブ』は、スーツの機能を漸減させたようだ。

 

 

「テメェ……」

 

「スラムの言葉で威圧する連邦軍人―――白頭鷲を穢す正しく『ハゲトンビ』だな」

 

 

 機能停止したヘルメットを脱ぎ捨てて、地面に叩きつける赤毛の姿を見てから―――仕込みは上々だなと内心で笑みを零す。

 

 障壁展開による打撃の勢いが止められないのならば、もはや赤毛―――ラルフ・アルゴルの選択肢は一つだ。

 

 言葉による挑発も利いている。

 

 

「よせラルフ―――」

 

「止めんじゃねぇぜハーディ!! 頭来たぜ―――超加速でいつ死んだか分からねぇぐらいに果てちまいなァアア!!!」

 

 

 鎧―――スラストスーツに込められていた術式が展開。先程の比ではない位に円環するものを見て刹那は構えを取る。

 

 

 その『超加速』に対応するための構え―――10mも無い距離での超加速。こちらも肢を組み替えながら―――打を放つ。

 

 

「馬鹿が―――!!」

 

 

 消え去ったラルフ・アルゴルの姿が、刹那の背後に現れた時に―――。襟首を掴んでの切り裂きを行おうと思うも―――首も何もなく、身を屈ませていた少年を下に見た。

 

 

「そっちがな」

 

 

 狙いすましたかのように『脚打』が―――真っすぐ突き上げられた『後ろ踵蹴り』が顎を直撃。

 

 

 パンチングだと思っていたラルフの失態である。

 

 

「ぶごぉっ!!!」

 

 

 完全に決まったカウンター。意識を飛ばし宙を浮くラルフに対して容赦なく―――身体を回転させる様子。

 

 威力は察する。もはや―――とどめだ。

 

 

「歯を―――食い縛れ!!」

 

 

 意識を飛ばした相手に意味あるのだろうか、誰もが思うも、少年は言いながら『輝く肢』で、荒れ狂う風の如く後ろ回し蹴りを放つ。

 

 少年の体躯とはいえ、その一撃には重さと速さが込められており、側頭部を直撃しながら明後日の方向へと飛ばした。

 

 

 20mは飛んだところで停止。その間―――残り8m時点で顔面を地面にこすり付けていて『南無』と思う。

 

 

 誰もが驚愕するほどのグラップリングに、本当に『何者』なんだ?と思う。

 

 

 そんな少年の被害者であるラルフの歯が何本か欠けて地面に転がり―――その一本を手に取り。何かを呟く少年。

 

 黒々としたものが纏わりついたのを見て――単純に『呪い』でも掛けたのかとカノープスは思う。

 

 

 そんなこちらに対して、世間話でもするかのように『流暢なキングズ・イングリッシュ』で話す少年。

 

 

「殺人狂みたいなのもいるもんだな。世間様に公表している『職能』ならば、もう少し『立派』になるべきじゃないかな?」

 

 

「部下の人間性に関しては、まぁ思わん所が無いわけではない―――が、ラルフ・アルゴルは、我がスターズの隊員。仇は取らせてもらう」

 

 

「生きていますよ?」

 

 

面子(プライド)というやつだ。舐められっぱなしでは終われん―――」

 

 

 ベンジャミン・カノープスにとって、この少年は悪夢でありながらも、どこかで何かの救い主かのようにも思える。

 

 

(息子がいれば、こんな感じなのか―――)

 

 

 別に娘に不満があるわけではないが、どこかで休日に男の語らいが出来る相手が欲しかったのも事実ある。

 

 だが会話を終わらせなければいけない。

 

 刀型のCADを向けるカノープスとハーディ―――そんな魔法の器物を見て、刹那は流石にあれを『ルーングラブ』で受け止めるのもどうかと思えた。

 

 

『長物には長物。しかし見せたくないんだろ?』

 

「黒鍵を使ってもいいんだけど―――『インクルード』だ。オニキス―――ランサーセット!!」

 

『了解―――何が出るかはお楽しみだねー。まるで『石』や『符』を使っての召喚をする心地だよ』

 

 

 首の横に滞空している黒いカレイドステッキ(頭のみ)に『ランサー』のクラスカードを当てる。

 

 この人工精霊は時々、わけのわからんことを言う。

 

 

『星の数』が愛情の差ではない云々―――ともあれ、ステッキを介して召喚された英霊の力の一部が刹那の『両手』に圧し掛かる。

 

 

「転送の魔法―――」

 

『先程からセツナ・トオサカのエイドスの数値は、とんでもないことになっています。少佐、お気をつけて』

 

 

 まだ生き残っている後方要員。シルヴィアからの連絡と与えられた情報から―――この少年は本当に予想外だと思う。

 

 

「赤い槍、黄色い槍……我々に対しての戦術か?」

 

 

 だが残っているスターズ隊員の中でも直接戦闘に長けた二人。だからこそ分かる。

 

 

 槍に『重み』『速さ』を備えるには、『両手』で持たなければいけないのだと―――だというのに赤い長槍、黄色い短槍。

 

 それを『双槍流』(にとうりゅう)で持つ以上、それは付け焼刃にしかなりえない。

 

 

 奇態な構え。だが、その予測は再び裏切られる。左右から分子ディバイダーの輝きで全てを切り裂くように動いていく―――。

 

 カマイタチのごとく乱刃が飛び交う中に、刹那の双槍が煌めく。赤と打ち鳴らせば起動式が霧散。黄と打ち鳴らせば―――重いが、何とかなる。

 

 

(赤い長槍の方が厄介だな。あれには『術式解体』のような作用が含まれている……)

 

 

 無論、黄色い短槍も相当な業物だが、ベンジャミンは赤い方が本命の槍だと気付く。

 

 

 上下左右。ハーディとの連携で刹那を追い詰める。それに対応する槍の動き、ときに「しなり」を活かしたカウンターまで放つ。

 

 超常の戦いが公園のコンクリートを病葉と化して宙に舞う。

 

 

(ここだ―――!!)

 

 

 滑るように、まるで潜り込むかのように身を低くしたベンジャミンの動きに刹那は惑った。

 

 

 まだ12歳程度の己を相手に体格で圧する戦いだけであると思っていたのだろう。しかし技巧を加えたベンジャミンの乾坤一擲の前に―――セツナは飛び退きながら黄色い短槍を前に突きだした。

 

 

「甘いっ!!」

 

「ッ!!」

 

 

 穂先が何かの術式を生み出すならば『石突』に刃を合わせることで、武器を無効化する。

 

 腕を痺れさせたことでかち上げられた少年の短槍。先程のラルフへの後ろ踵蹴りに対するベンジャミンなりの意趣返しである。

 

 

 瞬間。赤い槍を両手持ち。

 

 

「技巧―――再現」

 

 

 呟かれた言葉で、少年が加速する。赤い槍が空間に朱色の軌跡を生み出していく。そんな中をベンジャミンは―――。

 

 スラストスーツに込められた術式が消えていき、パワーアシストの器具すらも切り裂かれながら―――。進み行こうとした時に―――。

 

 

「おおおおおおおおっ!! 我らスターズの誇り!! 舐めるなぁ!!」

 

 

 ハーディが、身体ごと叩き付けるように突きを放つ。超加速でコンクリートの粉塵を出しながらのそれに対して、少年は対応。

 

 

「せやっ!!!」

 

 

 ベンジャミンとの斬り合いを終わらせるような薙ぎ払い。体躯にそぐわないパワーでスラストスーツを着たベンジャミンが、半ば吹き飛ばされ、その勢いを借りてハーディの突きに対して上から叩き付ける『打』。

 

 槍のしなりを活かしてのそれに対して、剣ごと地面に伸されるハーディ。超加速ゆえに己の勢いもありて地面にて昏倒。

 

 

 だが、それゆえに隙も出来ていた。突き刺さる赤槍。最大の対魔装備が無くなったことで勝機を確信。

 

 ベンジャミンは再加速。肩掛けにした刀。勢いのままに振り抜く。その意志であったが――――――。

 

 

 ベンジャミンが打ち上げた黄色い槍が空中での回転を終えて少年の手元に―――。構える少年―――『遠坂刹那』の眼は―――勝利を確信していた。

 

 

「チェストォオオオオオオオオ!!!!」

 

「刺し穿て! 必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)!!!」

 

 

 気合い裂帛の声。黄色い槍が輝きを増してベンジャミンを迎え撃つ。甲高い金属音。同時に、何かが切り裂かれる音。

 

 その音の後には―――地面に突き刺さる刀型CAD、脇腹を抑えて出血を抑えようとするベンジャミン・カノープスの姿と―――

 

 

 ―――血に濡れた黄色い槍を手に―――『宝石』のような眼を夜闇に輝かす『魔法使いの姿』だけであった―――。

 

 

 ここに輝ける恒星の『シリウス』が欠けた状態ながらも合衆国最精鋭部隊の完全敗北が決まったのだった……。

 

 

 



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プロローグ5『星が瞬くこんな夜に-Ⅲ』

プロローグが長い。

そして長い間のルーキーランキング入りありがとうございます。


ちょっとだけ仕事で失敗してしまって落ち込みながらも、何とか小説のモチベーションを上げることで、実生活も充実させたい。


そんなこんなで新話、お届けします。


 

 

「では間違いないのだな?」

 

『ヤー、件の魔法師とヤンキー(米国人)の魔法師部隊―――USNA軍『スターズ』は戦闘を行い、現在その戦闘の為に疲弊しているものと思われます』

 

 

 疲弊。馬鹿馬鹿しい言葉だ。あの封印指定にして『封印指定執行者』にとって、そのようなことはあり得ないだろう。

 

 数多の怪異、外法師――――そして『死徒』を屠ってきた相手が、神秘の薄いあのような国で敗れ去る訳がないのだ。

 

 

 隣でそれらの通信内容を聞いていた『女』は、薄く笑みを浮かべて予定通りだと気付く。

 

 

「今はまだ、ね―――けれど今に分かるわ」

 

「本艦は、これより『ヴィマーナ・システム』を起動させる―――よろしいですかな?」

 

「構いませんわ。閣下―――術式が完了次第、ワタクシは下船させてもらいますが、よろしくて?」

 

「海の男に二言はありません」

 

 

 本音としては何が何でも自分をモスクワまで連れて行きたいだろうに、しかし自分の『魔法』能力の程は、街一つを『死都』にしたことで知られている。

 

 いざとなれば自分達がグールの類となることも分かっているのだろう。

 

 

 そうして女は―――長い黒髪を棚引かせながら船の『基幹』を動かすべく魔力を励起させた。証拠隠滅の手筈は整っている。

 

 恐らく、彼からすれば『変な船』が現れたぐらいで通るはず。乗船員たちの記憶も消去される。

 

 

 何も残らず―――そしてまた女は隠れられる。

 

 

(『運命』が―――あなたを私の前に引きずり出す。その時までに、変革しておくことね)

 

 

 

 浮かび上がる『巨艦』―――海水の雨足を残しながら、新ソ連開発の『航空戦艦』は―――アメリカはボストンの沖合へと急行。

 

 その力の元となったのは―――『異世界の力』。刹那にとって逃げ出した一つの運命が追ってきた瞬間であった……。

 

 

 

 

 † † † †

 

 

 勝負は着いた。まだ倒れていない隊員もいるが、未だに手傷一つ負っていない少年と流れ出る血を止めんと蹲る総隊長代理とでは―――もはや動こうとする者はいない。

 

 

 あれだけの立ち合いを見せつけられては―――。

 

 

「まったくもって理不尽な世界だな……」

 

「心中はお察ししますよ。ただ―――これが自分の力の総量でないことも確かです」

 

「まったくもって容赦ない少年だな……」

 

 

 振り返り、ベンジャミン・カノープスという男に、声を掛けながら―――クラスカードの展開を終える。

 

 魔法少女が持つような杖―――黒いものが宙に現れると同時にベンジャミンに治癒術がかかる。

 

 

「これは―――」

 

「武器が無くなれば、消え去る『呪い』。そう捉えていただければ結構です」

 

『ケルト神話における悲劇の英雄『輝く貌のディルムッド』が手にしたマナナーンの神器の一つ『必滅の黄薔薇』(ゲイ・ボウ)の呪いは武器の破却、もしくは使用者の死によってディスペルされるもの、『私のスキル』の一つなのさ』

 

 

 自慢げに『fake』を入れてくるオニキスにナイス、と思いつつ親指を見えぬように立てる。

 

 それに対してオニキスもまた羽を使って器用に返してきた。

 

 

「予想外にして規格外だな―――それで君は何を望む? 准尉の身柄であれば、ちゃんと家の方に挨拶してから『もらっていくべき』だと思うが―――娘を持つ身としては一度ぐらい婿の顔を見たいものだ」

 

「んなっ!!!」

 

 

 父親ってのも色々いるもんだな。と感じる。娘を持つ父親の何気ない願望を聞きながらも、どうしたものかと思っているとオニキスが通信を『受けた』。

 

 

『グッドイブニング。と言いつつ初めましてだね。『セツナ』くん―――、私はアビゲイル・スチューアット。そこの美少女魔法戦士プラズマリーナを『改造』した悪の科学者だ。彼女は24時間以内には君にあっておかないと死ぬように設定してある。よって今すぐ指定の場所まで連れてこなければ、彼女の身体はミートソースも同然になってしまう―――――――』

 

 

 オニキスが受信した通信内容。それを聞いた瞬間―――全員に一陣の寒い風が吹き抜けた。

 

 あらゆる意味で寒すぎたのであった……。

 

『……あ、あれー? おかしいなー。オニキスちゃん曰く、こう言っておけばセツナは、ノリノリでやってくれるとか言っていたんだけどなー……』

 

「おまえが元凶かい!?」

 

『なんというか同じ『解説役』どうし『馬』が合ってしまってね。言うなれば私とアビゲイルは、クサントスとバリオスの間柄、言うなれば竹馬の友というヤツだね』

 

 

 ギリシア神話の安売りも同然のオニキスのウマ娘(?)な称し方に頭を痛めつつも、話は真面目な方へと向かう。

 

 

『アビゲイル、キミの考案した実験を正直に話すべきだね。そこの少佐殿(Major)も、耳に入っているとの前提だがね』

 

『そうだね。やはり研究者には一定の『社交性』も必要かな―――円滑な研究には円滑な出資者が必要だ』

 

 

 若干、同意できる理屈ではある。探求の徒である魔術師にとって『財貨』はあって困るものではない。

 

 現世に生きる彼らとて『霞』を食える術を開発するよりは、普通に『俗世の食欲』で腹を満たした方が安上がりなのも事実。

 

 

 そんな風に少しだけアビゲイルという研究者に同意していた刹那だが、腹部の傷を癒したベンジャミンが立ち上がって、応える。

 

 

「ミザールから聞いてはいる。しかし―――准尉が戦略級魔法……本当に可能なのか?」

 

『少なくとも、『リヴァイアサン』よりは、スマートな結果になるかと思いますよ。あれはひどく大雑把ですからね。だから先の『大戦』では、使用されなかった』

 

「あの戦いは、覚えている……しかし、それはつまり准尉が―――『使徒』の一人となり……」

 

『起こりえる結果。受け入れるべき『称号』、そしてその『裏側』もお察ししますが―――、出来るべきことをやらないでおくのも禍根を残します』

 

 

『門外漢』には分からない会話。

 

 何となくの会話の推測で、脳内イメージを構築。

 

 プラズマリーナが今後『シン・ゴジラ』みたいな存在となって『あんぎゃー』とか叫びながら、東京を火の海と化して、冷却されるわけか。南無。

 

 

「―――シン・リナラか」

 

「何よそれ。というか何を想像しているのよ?」

 

「君が口から熱放射線を吐き出しながら日本の『首席宰相』(Prime minister)などを総辞職させる様子」

 

「どんな怪獣よ!?」

 

 

 というか、この子は普通に自分の側に寄ってきているし、ミリタリーコートを羽織っているが、下はあの魔法少女ルックなのだろう。

 

 ぷんすか怒るリーナ。側にはシルヴィアとかいう少尉さんが少し戸惑った様子。申し訳なさを感じながらも―――リーナがベンジャミン・カノープスに『私がやります』と言ってのけた。

 

 

「―――……この場に、私がいなくてバランス大佐だけの判断だけならば、知らないフリも出来たが―――」

 

「ですが! 私がこれを運用できれば―――、USNAが世界をリードできるはずです!!」

 

「准尉……私が、君をこの任務に就かせた本当の理由を知れば、そのようなことは言えなくなる。寧ろ、君は大人を軽蔑するだろう……。私もその一人に含まれる……だから、その際の咎を受けるべき『煉獄』の術ぐらいは完成を見届けるべきだろうかな?」

 

 

 何故に俺を見るのだろう。だが理由は分かるのだ。このベンジャミンという軍人は、自分と同じかそれ以上の血臭をさせている刹那を同類と見ている。

 

 

 その一方で、自分達のような『子供』に対する『情愛』も持ち合わせている。軍人としての矜持よりも人としての倫理性を重んじる人なのだろう。

 

 

 ため息一つ。話が長くなりすぎているだろうかと思いながらも準備はしておく。女にも準備が必要ならば男にも準備は必要だ。

 

 頭を掻きながら、困った風(実際困っている)でベンジャミンという軍人に話しかけた。

 

 

「部外者の俺が口出すことでないのは重々承知ですが―――一先ずリーナが出来るその戦略級魔法とやらをやらせてから考えてもいいのでは? 逃避行に準じろというのならば、別に迷いませんし―――『可能性』は色々でしょ」

 

「せ、セツナ―――そ、そういう無責任なこと言わないで!」

 

 

 照れ隠し(?)で、ぽかぽかと人の胸板を叩くリーナ。マグニのルーン強化は続いていたというのに少しだけ痛みも感じるのはなぜか。

 

 ともあれ若人二人の決意に腕組みしての黙考10秒といった所で―――アビゲイルに場所を問うベンジャミン。

 

 

『とりあえずウインスロップまで来てくれ。そこで装備を渡す。セツナくん―――君が、彼女を連れて来てくれるかい?』

 

「……分かりました。オニキス。正確な位置情報を頼む」

 

 

 四の五の言うことでもないので、特に抵抗なく指示に従う。その前に後始末を着けるべく『宝石』を取り出す。

 

 どれにどの術式が装填されているのかは、分かりきっている。遠坂にとって宝石はシンボルなのだから。

 

 

Zurück an den Ort soll es alles sein,(杯に満たされ)Weiß verlassen das Phänomen(全ての道に世界を繋ぐ)

 

 

 戦場跡も同然となっていた公園に五つの宝石が投げ込まれ、地に融け混ざるかのように蟠る『液体』が消え去ると、意思を持つかのように砕かれたコンクリートやその下の地肌や木々などに至るまでが、本来ならばあるべき場所から『逆回し』、レコーダーの早戻しかのようになっていく。

 

 

「!? セツナ君、これは!?」

 

「ああ、そう言えばこれも『無理』だったんだな。簡単に言えば、『物体の修復』と『世界の反発力』を利用した……ざっくり言えば『万物を回復させる術』です」

 

 

 シルヴィアという……なんか雰囲気が少しだけ『師匠』に似ている女性に言いながら途中でめんどくさくて、そう言う風な説明で通すことにした。

 

 

「―――気絶していた隊員が呻きだしている……」

 

 

 ようやく『効いてきたな』と思うぐらいには、人体に対する『復調』も十分に使える。広範囲すぎて術式の複雑さも少し難儀ではあったが―――五分もすれば、全員動けるようになるだろう。

 

 

「それじゃ行くか―――」

 

「うん、けれど私は『飛べないわよ』。というかセツナは飛行魔法の術式をどうやって編み出しているのよ?」

 

「それに関してはのちのち、今は、『ハリー、ハリー』(急げ急げ)だ」

 

 

 そうして疑問符を浮かべっ放しのリーナを抱きあげてから、鮮明なるイメージを起動。

 

 刹那にとっての飛行魔術というのは、あのミス・オレンジと似て非なるものでありカレイドライナーとしての技術も解析した上でのものだ。

 

 

「え? え? えええええ―――!!!!」

 

「舌噛むことはないが、口はあんまり開けるなよ―――」

 

 

 俗な言葉でお姫様抱っこというものをされて驚くリーナに警告してから術式が起動。

 

 宙に浮く己の身体。そこから一気に『飛翔』――――眼下ではざわつく声がドップラー効果で聞こえながらも、適正な高さまで上昇した所で加速する。

 

 

「す、すごい! 飛んでるわ!!」

 

「どうだい気分は?」

 

「凄いわ。まるで前に見た『ミヤザキアニメ』みたい――――」

 

 

 ボストンの街並みを下に収めながら、BGMは―――お互いに適切にかかっている。

 

 晴れやかな笑顔を見せている少女と共に星夜の空を翔るは、宝石の魔法使いであった。

 

 

『いやぁ、リーナが羨ましいね。素敵な男の子と一緒に夜空を飛行とは―――『ルージュの伝言』はバスルームに残してきたかい?』

 

「私、口紅とかの化粧品持ってません」

 

 

 そんな浮ついた女の子じゃありません。という言外の意図を見出した刹那であったが、同じく見出したアビゲイルはここぞとばかりに口撃を開始した。

 

 

『だよねぇ。持っているのは色つきのリップクリームだけだもんね。しかもセツナくんと会う時には『あれがいいかな? もしくはこれかしら?』とか小一時間は悩んでいる様子だ』

 

「ちょっ! 私の私室は監視されていたんですか!?」

 

『いやただのカマ掛け。まぁ私達の前で、食堂のラックにあったファッション雑誌を熱心に見ていればね』

 

 

 分かっていたことだが、リーナはどうにも腹芸が得意なタイプではない。諜報員に向かないし、軍人としてもどうなんだろうという場面もあるが、ただ―――それでも『力だけはそれに似合わず持っている』。

 

 少し違うが『エスカルドス先輩』と同じタイプなのだろう。本人の性向に似合わないスペックを持ち合わせたがゆえの悲哀とでも言えばいいのか。

 

 

 真っ赤になった顔を手で覆っているリーナ。そんな彼女のインナーイヤー型の通信機からの「あくま」な笑い声に思わず同情してしまう。

 

 この手のタイプは刹那の周りにもいたので、本当に同情してしまう。

 

 そんな同情と勝手な値踏みをしていると違う『あくま』が笑い掛ける。

 

 

『いやいや、アビゲイル。ウチの刹那とて相当なもんだよ。いきなり『金塊』『イリジウム』『プラチナ』などを換金して最初に買ったのがこの時代のファッション雑誌及び男子御用達のアクセサリー紹介誌だったからね。私としては電子書籍だけになっていないのは少しだけ意外だった』

 

 

「紛れ込むには不自然さを消さなきゃならないだろ。……確かに心の贅肉だったよ。だが必要なことだろう」

 

 

 リーナよりは自然に取り繕った声で言えた。実際、その通りなのだから弁解も何も無い。ただ―――少しだけのカッコよさも求めたのは事実だ。

 

 流石にコート姿だけでいることが不自然さを持たすのは当たり前だから―――。何より……女の子と会うのにカッコつけないのも相手に悪いと思えたからだ。

 

 

『そうかい? まぁ何にせよ―――髑髏のパンツはどうかと思うよ? それで何が死ぬんというんだい? ジョリーロジャーのパンツでドレイクでも呼ぼうという試みかな?』

 

「おっまっえ―――!!! 俺の最大限の秘密を暴露するんじゃないよ!!」

 

 

 オニキスのとんでもない『フライデー』に対して、頭を痛めていると、いつの間にか手を退けて、こちらの下半身に視線を集中させている『星の姫』の姿が―――。

 

 

「ドクロのパンツ……」

 

「リーナ、男子にも羞恥心というのはあるので、下半身を見ないでくれ。つーかエチケットォオオ!!!」

 

 

 なんだか『くろいあくま』同志が結託して、こちらを弄ってきているのはどうかと思えたが―――ともあれ、指定された場所まで到着。

 

 話し込んでいたのは三分もないか―――。緩やかな落着を行うと同時に再度の確認。そこは海上のクルーザーであった。

 

 

 アンカーは打ちこまれているとはいえ、波で揺れるそのクルーザーは無人であり用意されていたのはアサルトカービン型のCAD。

 

 

 甲板にあったそれを見つけたリーナは、即座に確認をする。弾倉を引きずり出すように―――それに込められている術式を確認して―――。

 

 

「やっぱり重い……」

 

 

 銃自体の重みではないだろう。さらっと刹那が確認した限りでも、それは『複雑かつ巨大な術式であった』。

 

 無論、魔術で同等か―――それ以上の威力を発動させることは可能だろうが、これだけの術式を一人で発動させるとは―――。

 

 しかし、『儀仗』たるべき『銃』がどうにも不安だ。

 

 

 手出しするべきかどうか、悩みつつも―――リーナの視線に気付く。

 

 

「どうした?」

 

「―――何か複雑よ……何で今まで私に、魔法師であることを黙っていたの?―――」

 

「色々と事情がある。アビゲイル博士はもはや既知そうだが……」

 

 

 寂しげな視線でこちらを見てくるリーナに対して全てをまだ明かしきれないのは、USNAが自分をどう扱うか分からないからだ。

 

 

 しかし、逆に情報を抜き取られていたことよりも、そちらを気にするとは……。この子は本質的には自分が『他を圧するモンスター』であることを恐れているのかもしれない。

 そういった一般社会との折り合いというのは、神秘が技術と化したこの世界においてそこまで深刻でないと思っていた刹那は、少し印象を変える。

 

 

『女泣かせがすぎるね刹那。ともあれアビゲイル―――その破壊予定の該船というのは―――』

 

『もう五分もすればやってくるよ。スターズの突入部隊は優秀だ。新ソ連の連中や協力者たちは一網打尽になっている』

 

『ふむ……』

 

 

 何か怪訝なものがあるのかオニキスは釈然としないようだ。確かに刹那も変な予感が過ぎてどうにも『落ち着かない』。

 

 ともあれ、そのリーナだけが出力できると言う戦略級魔法で破壊される該船が、刹那の眼にも入った。

 

 

 いわゆるボストンサウスチャンネルの海域。漁師の船一隻見当たらない海域に沈められる―――。沈められると言ってもそれは『形』の上でリーナの出力する魔法は全てを破壊しつくすだろう。

 

 

「セツナ、下がっていて」

 

「ああ」

 

 

 彼女の集中の邪魔はしたくない。照準装置なども形の上だけかもしれないが、型というのも重要なんだろう。

 ミラーシェード型のゴーグルを掛けたリーナは立射の体勢で照準を向けていた。

 

 

 該船はちょっとした小型客船ほどの大きさであり、あれを魔術で破壊することを考えていると―――

 

 

「へヴィ・メタル・バースト、起動式を開始します」

 

 

 巨大な術式が、刹那の眼に入ってきて、少しだけ『無駄があるな』という感想が出たが、それがこの『儀仗』ゆえなのも分かっていた。

 

 それらの術式がリーナの身体に吸い込まれ、彼女の『領域』で適切な形で呑み込まれる様子。

 

 

 敵該船との距離約2キロ―――通常のカービン銃で届く距離ではない。銃弾が通常でなければ―――当然だが―――。

 

 

『へヴィ・メタル・バースト、発動』

 

「へヴィ・メタル・バースト、発動します」

 

 

 アビゲイルの指示とリーナの言葉はほぼ同時。撃ちこまれる『式』―――波高をもろともせずに飛んだ『魔弾』の結果を見るべく、眼を『強化』。

 

 

 小型客船の機関部に撃ちこまれた式は、その役目を果たすべく即時展開。

 

 

 

 海上に雷竜、暴れ竜が荒れ狂う様―――『ゼウスの雷霆』が海を打擲する様子にも見えた。

 

 船が爆発音を上げる前に荒れ狂う稲光が、それらを圧し包み、激しく火花を散らす光の雲が広がる。

 

 

 思わず刹那ですら呆気に取られるほどの威力。しかし、その結果をみながらも―――それ以上の『脅威』を上空に見ていた。

 

 

「―――Schild des Achilles,―――― Achilles Schild,Nein」

 

 

 リーナのへヴィ・メタル・バーストによって発生したプラズマ雲。まさしく全ての生命が焼かれ死ぬだろうそれから守るべく術式を展開。

 

 

「あ、ありがとう……ベルト忘れてきちゃったから―――」

 

「その前にだ。リーナ。この世界では飛行魔法が完成していないんだったな。更に言えば『艦船』も通常は海を行くモノだけか?」

 

「へっ? ええと、うん。多分、『空飛ぶ船』なんてのは無いわよ。各国の兵器技術の大半は、21世紀前半から細々とした『進化』しかしていないから魔法師の方が―――」

 

 

 軍事に詳しくないからこその説明と勘違いしたリーナと『この世界』の常識を再確認した刹那。致命的な擦れ違いであったが余計な混乱を招かないためには、その方が良かったかもしれない。

 

 

 なんせ―――その直径2キロの破壊規模ゆえのプラズマの雲。フレア放射後の太陽周辺の様子のような惨状よりも―――理解を超えたものが『上空』に存在していた。

 

 

 鉄の船。一般的な『戦艦』のカテゴリーに代表されるものが、その船体の至る所に『文字』を輝かせて、『翼』のように展開していたからだ。

 

 

 ごうん、ごうんという重々しい音が響く中、その照準が―――こちらに向こうとしていた。

 

 

 上空400メートル程度で浮遊している鉄の船が、現代戦にあるまじき『大砲』をぶっ放してきたことでリーナと刹那の足場たるクルーザーは、爆散したのだった―――。

 

 

 



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プロローグ6『Seconds――(fake)』


お気に入り100人突破ありがとうございました。


そして、投稿した日は逆光の発売日―――フライングでゲットした人達―――実に羨ましいぞ(泣)





 

 

 回復と戦跡後の修復が終わると同時に、動き出したスターズの隊員たち。あるものは用意されていた車で、あるものは徒歩などを使って―――現場へと急行した。

 

 

 ウインスロップ―――ディア島。様々な曰くつきの場所の近く―――近くには『魔女裁判』で有名な『セイレム』まであるこの近くにてヘヴィ・メタル・バーストという戦略級魔法が使われたことは間違いなかった。

 

 

 しかし、荒れ狂う雷雲の限りを見て、少しの観念を覚えた者達。歓喜を覚えた者達、慚愧に覚える者――――。全てが、次の瞬間には違った意味で震えた。

 

 突如の砲撃。艦砲の音を聞いたものたちは何故に―――。と思う。

 

 21世紀、否、20世紀末期の頃には既に時代遅れの『廃物』として軍人達には認識されたそれが、火を噴くなど22世紀を迎えようとしている自分達に、『先祖返り』を強要するようなもの。

 

 

 空中に浮遊している鉄の船は何の冗談だと思う。それよりもアビゲイルからの連絡で砲撃されたのがリーナと刹那が乗っていたクルーザーであることが全員を戦慄させた。

 

 

「そんな……シールズ准尉!! アンジェリーナ!!!」

 

 

 出会って日が浅いとはいえ、少しだけ情を寄せられる存在に思えた少女を呼びかけるシルヴィア。だがセツナ・トオサカの手際を知っているだけに―――ベンジャミンは何も心配せず。

 

 

 ぶおん! そんな風の音で気付くと目を向けたそこにはリーナを抱きあげているセツナの姿が――――。

 

 

「リーナ!!」

 

「大丈夫です。けどセツナ今のは―――」

 

「簡単に言えば『転移』。やり方は秘密だ」

 

 

 言いながら港の岸壁から見上げる鉄の船は――――実に圧巻であったが、趣味の悪い代物だと刹那は思う。

 

 空は死後の魂を運ぶものたちの領域―――鳥たちの生きる『大地』である。そんな所を我がもので制するなど神々の神器や神獣であれば、いざ知らず―――。

 

 そんな風に考えているとオニキスが、疑問を投げかけていた。

 

 

『さてと……次弾を撃ってこないね――――ミスター、連中の狙いは分かるかな?』

 

「恐らくだが当初は、セツナ君を狙って動いていたはずだ。魔法怪盗プリズマ『キッド』は、彼らにとっても知りたい存在だろうからな」

 

『そこにリーナ嬢の戦略級魔法が放たれて、少し戸惑いつつも更に言えば『消耗』していたはずのキミたちが全快で港に押しかけてきて、さてどうしたものか―――というところかな?』

 

 

 カノープス少佐の推論に対して補足すると納得できる理屈であった―――しかし、突入作戦は無理だろう。

 

 

 張られている障壁の数は対『軍』クラスの城壁―――どれだけの『魔法師』で運用しているのやら―――。

 

 

「『ブルー』辺りだったら魔弾をぶっ放して、落ちろやオラ-、とか言ってきそうだけど……」

 

『人間戦艦だからね彼女。人体に無害なローエングリンです。とか言いそうだ……さて、それで刹那。君ならば同じ『魔法使い』としてどうする?』

 

 

 嫌味な質問である。オニキスは――――ここで脅しをかける為にもリーナ以上の『魔法』を見せろと言っている。

 

 しかし―――、それをすれば……。

 

 

(乗船員は皆殺しだろうな……それだけはしたくない)

 

 

 何より、今日は彼女の『デビューライブ』も同然。血霧雨(ブラッドドレイン)のカーテンコールなど悪趣味も極まる。

 

 

 姫だきをしていたリーナを地面に下してから、嘆息一つ。あちらの決意が定まる前に―――こちらから引導を渡してやる。

 

 

 ただ……何というか―――。

 

 

「もうちょっと武器っぽい外見にならないかなぁ……」

 

『およそ万能な私であっても創造主たる偉大なる『魔法使い』の基礎設計には逆らえないのさ。さぁ―――今こそ合体の時だ刹那。君の『バグった』性能を如何なく発揮したまえ。気分はバグルオー♪』

 

 

 嘆きながら―――余人には、何かの棍棒。有体に言えば巨大な宝石で出来た外連味たっぷりの『剣』を懐より取り出して起動させる。

 

 光り輝く剣と共鳴するカレイドステッキ。

 

 

 そして一瞬の強烈な閃光の後に―――スターズ隊員の眼に入ったのは、弓?大砲?鳥?―――何とも言えない『黒い』武器―――装飾たっぷりな得物を握りしめた刹那の姿であり。

 

 

 きっと分からないことではある。しかしながら分かるものには分かる。全ての力を超えた『奇跡』―――

 

 

 ―――ラストファンタズム(最強の幻想)にも届く『魔法』の輝きが、この場、この『世界』に現れた瞬間だった―――。

 

 

『コンパクトフルオープン、鏡界回廊最大展開―――オールライト! いけるぞ!!!』

 

「出来れば使いたくなかった―――カレイドアロー、魔力最大装填!!」

 

 

 言いながら左右に張り出した翼の翼端から張り出している弓弦を引っ張る刹那。ベンジャミンが、全員に即時の退避を命じる。そのぐらい強烈なサイオンとプシオンが刹那の周囲で荒れ狂う。

 

 その嵐の中にただ一人佇む―――刹那は何者なのか―――しかし、とんでもないことが起こるだろう高揚感と期待感が疼く。

 

 

「セツナ―――」

 

「リーナ、今は離れるんですよ!!」

 

 

 あれだけの強烈な力の発露。浮遊する新ソ連の戦艦にも見えたはずだ。であれば次なる行動は―――『脅威の排除』だ。

 

 

 明確なまでの敵意と殺意―――上空500mでも感じるそれを前にしての魔力の嵐―――だ。砲撃が火を噴く。

 

 古めかしい『舷側』からの一斉射撃―――。40発を超える砲弾の全てが――――。煌めく『星』によって掻き消えた。

 

 

 驚く新ソ連海軍の面子。『星』が何であるかは分からぬが、何かの『魔法』かのように光が迎撃して―――着弾はおろか爆発も無く―――。

 

 

 嵐の中から光が輝くのを見た。嵐の向こう側にいると叫ぶかのように―――絶望の畔に立とうと、その眼が撃ち抜くは―――。

 

 

『確実な照準だ。うちたまえ!!』

 

「全力射撃、まとめて吹きとべぇ!!!!」

 

 

 ―――選べなかった『未来』だとしても受け入れて『進んでいく』。その眼が、撃ち抜くは―――『定まった未来』。

 

 

 弓弦を刹那が離した瞬間―――『弓の大砲』としかいえない『砲口』から極大の光が放たれ、上空に照準を向けていた刹那の眼の先にあった浮遊戦艦を射抜いた。

 

 光に包まれて溶融を容赦なく強要される戦艦。障壁など紙も同然に引き裂かれ―――。

 

 

 圧縮された魔力弾と魔力光線の束ねが上空の戦艦を吹き飛ばして、成層圏を抜けていかんとするまで―――光の大柱が三十秒間はたっぷり作られた。

 

 

 魔女裁判で有名なセイレム周辺に現れたその光の柱は―――、住民たちを驚かせて―――世界の全てを振るわせて、合衆国から遥か『極東』のものたちにまで不意の『励起』を強要した。

 

 

 

『わたしはここにいる』

 

 

 

 そう叫ぶかのようなまさしく―――悲しき咆哮があったのだから―――。

 

 

 射撃のフォームを終えて一息つく刹那。港の殆どの路面がめくり上がるほどの威力と復旧作業に時間が掛かりそうな破壊の惨状。

 

 

 光で消え去った浮遊戦艦。その消滅の瞬間を見ていた全員が、戦略級魔法の威力を見る。

 

 あれは恐らく上空に居たからこその『収束』であり、かつ障壁があったからこその『集束』。

 

 

 もしも海上にいる艦隊に使用するならば―――それは――――破滅的な結果をもたらす。

 

 

 何人かが、純粋な『魔力』のみで、ここまでの『破壊力』を発揮できることに―――恐怖して、同時に現代における『魔法力』というものの国際規格(global standard)の全てを覆しかねないその『新たな道』に歓喜する。

 

 

 そんな中――――。

 

 

「セツナ!!!」

 

 

 沈黙を破り、『境界』を超えるかのように、向こう側へと走る。

 

 

 眩し過ぎるほどの力であり嵐の向こう側へと向かう。恐怖を振り切るかのように、その叫びに答えるかのように―――。

 

 

 遠雷のように答えたリーナの声が、刹那を気付かせて―――胸に飛び込んできたリーナを受け止めた。

 

 

「―――せっかくの「パンプス」が台無しだぞ。こんな悪路を歩くなよ」

 

「こんな『ぬかるんだ道』にしたあなたのせい―――だから、お互い『泥だらけ』になるのは仕方ないわ」

 

 

 今さらながら、あの魔法少女だか美少女魔法戦士の衣装のままで、あの魔法を放ったのだったと気付きながら―――。

 

 

 その顔を見る。何故かその顔を見つめることを()められない。

 

 その顔に見る。何故かその顔に見つめられるのを()められない。

 

 

 ここまでがんばってきた彼女にとって手に入れたもの―――『至上の宝』であるかのように見つめられて、何故そのような顔をするのだろうと思いながら、自分もそのような顔をしているのだとリーナの瞳に映る自分の姿を見て気付いた。

 

 まだ出会って一か月も経っていないというのに―――。

 

 その金色の髪、ブルーアイズの輝きの中で整えられた少女に―――。ここまで『心』を動かされるのか――――。

 

 

 などと考えていたところ、両者の肩が掴まれて―――シルヴィア少尉がリーナを、カノープス少佐が刹那をといった塩梅。

 

 キャピレット家とモンタギュー家の引き裂きのように―――離れ離れとなってしまった。

 

 

「准尉のプライベートにあれこれ言いたいわけではないが―――まぁ少し待ってくれ」

 

「は、はい」

 

 

 リーナの恐縮しまくった返事。まぁTPOを弁えないものであったのは確かだ。カノープス少佐の次は―――。

 

 

「セツナくんも、あんまり女の子に気軽に触れない! セクハラですよ!!」

 

「申し訳ない限り―――」

 

 

 なんだかフェミニズム溢れるとまではいかないが、少しだけ怒っている風のシルヴィア少尉に刹那も縮こまるのみだ。

 

 

 そうしているとカノープス少佐が口を開く。どこか緊張した面持ちを感じる。

 

 

「――――我々の上官が君に会いたいそうだ。ご同行願えるかな?」

 

「それに関しては願ったり叶ったりですが―――その前に『要救助者』を助けましょう」

 

 

 カノープス少佐―――後にベンジャミン・ロウズという名前が判明する軍人に言われて、言い返すと呆然とした様子。

 

 どうやらあの魔法の効果が伝わっていないようだ。誰かしらサーチでもしていると思っていたのだが―――。

 

 

『簡単に言えばカレイドアローの魔力は、『無機物』のみを破壊するものであって、高度3000フィートから投げ出されたとしても『生物』であるなら、どうあっても死なないんだなぁこれが―――まぁ余波で気絶ぐらいはしているし、装備次第では『沈む可能性』もあるが、とりあえず助け出せるのは助けようか。性根の正しさに期待するよ』

 

 

 オニキスの端的な―――かつ『非常識』な説明を受けた後、スターズの面々は探索系の『魔法』で海上にいる新ソ連の軍人達がぷかぷか浮かんでいることを知る。

 

 更に言えば魔力障壁で魚一匹、クラゲ一匹すら近寄れない状態。

 

 カレイドの魔力は、彼らにあらかじめ『浮き輪』を与えていたようだ。全員、気絶しながらもとりあえず生体反応があることを知り、地元警察などにあれこれ探られる前に彼らの身柄全てを取り押さえることとなった。

 

 

 今宵、USNAの精鋭魔法師部隊スターズの活動は『人命救助』ということで幕を引き―――そして物語は新たなる局面へと移るのだった……。

 

 

 それはUSNAにとって未知との遭遇というSFのごとく。異世界の魔法使いとのファーストコンタクトといえるものであった―――。

 

 

 そしてまた極東においても―――『魔法使い』の叫びを聞いたものたちが、何事かと動き始めるのであった……。

 

 

 






これにてプロローグは終り、二話程度のUSNA編を経てようやく第一巻の内容へと進むかと思われます。

展開遅くて申し訳ありませんでした。


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USNA滞在編~~イ・プルーリバス・ウナム~~
第1話『魔法使いの昔話』


後半が長くなりそう、完全に説明回になりそうなので、分割して投稿。

まぁ一万字も詰め込むのはよくないなと思いつつ、新話どうぞ。


逆光―――歌詞を見ながら聞くと、本当に色々と感極まる歌だ。真綾さん最高!


 

「と、まぁ―――そんな感じで偽装していたわけだ。君達風に言えばBS魔法だかSB魔法だかに属するのかな?」

 

「むぅ。そんな手で偽装していたなんてズルいわ。本当にあなたがプリズマ『キッド』じゃないとか、考えていたんだから……」

 

 

 部屋の中にいる少年と少女。少年の方は少女に問われた―――いわゆる二大怪人の激突の野次馬の中に何故少年がいることが出来たのかを答えた。

 

 

「遠坂家のシンボルは宝石。その中でもいわゆる『幻像』を込めることができる相似石を用いた魔術『対影』で、君とUSNA軍の眼を誤魔化したわけだよ」

 

 

 元々、その魔術はフィンランドの宝石の名家―――エーデルフェルトの『双子』たちが用いたものであり、本来の目的は双子の『感応』を用いた術式制御の連携の為のものであった。

 

 

 爆発的な『魔力』と、偏執的なまでの『構築力』で大術式を完璧に行うためのものだったのだが……その当の天秤の一族はあることが原因で『仲たがい』をして、この魔術は失われた……。

 

 はずだったが―――何の気紛れか、そのエーデルフェルトの家の後継者とウチの母親、その妹―――『叔母』も交えてこれらを再現。

 

 

 更に言えば、『単体』でも運用可能なように術式をあれこれ改良。研磨していけば、『三つ子レベル』の『掛け算』術式も可能なのだ。

 

 かの湖の死徒、ノルウェイを拠点としていた蒐集鬼ルヴァレに『届く』ほどのものが出来る。

 

 

(ルヴァレの三つ子―――それと同じく『三人』にはエーデルフェルトの血が入っていたんだろうな……)

 

 はっきりとしたことは分からないが、恐らく母の祖母こそが正しく原因だ。転じて叔母にも才覚があった―――。

 

 

(ただなぁ……まぁいいや)

 

 

 なんかそこから更に『仲たがい』の原因になりつつあった『父』のことを考えると―――『泥沼』であった。

 

 

「? どうかしたの?」

 

「いや、何でもない。まぁともあれ―――そういった魔術で虚像の幻像で誤魔化していたわけだよ」

 

 

 自分を下から見上げてくるリーナの姿は、そんな『母』と『母の親友』を思い出させて、危ういところが『叔母』を感じさせる少女だった。

 

 というかこの子は意識的なのか無意識なのか妙に男心をくすぐるようなことをしてくる。

 

 

 勘弁してほしい思いもある。

 

 

「けれど魔術(ウィッチクラフト)だなんて珍しい呼称するのね―――古式魔法ってそういうものなの?」

 

「さぁね。ただそう言う風に教えられてきただけだよ……俺としてはリーナみたいなまだ小学生程度の子が軍隊に入ってることの方が驚きだよ」

 

「やっぱり……そう思う?……」

 

「表向きは人道と人権を重んじる『合衆国』の国是からすれば、少し的外れじゃないかな?」

 

 

 とはいえである……。未成年者が戦場に出るにあたって山ほどあるだろう倫理規定をするっと無視できるのもまた民主主義における個人の意思決定の範疇だからだ。

 

 強制的に徴兵されたならばともかく、自発的に入った人間を止めるのは筋違い。もっとも色々とやかましい人権団体などはあれこれ言ってこようが……。

 

 

 それでも他者が下した判断を尊重するというのは、結局の所リベラリズムの発露であって、それ以上は無いのである。

 

 

「そうよね……けどこのUSNAにおいて『魔法技能士』だけはちょっと違うのよ―――他の国、特に日本ではもう少し『リベラル』な態度らしいんだけどね」

 

 

 掻い摘んで聞く限りでは、このUSNAにおける魔法師の扱いは確かに―――『悪くは無い』。異能力者たちを一堂に集めて、軍人として教育する。

 

 特にリーナなどのように幼いころから、『センス』を見込まれた人間にはスカウトが強まる。無論、入隊するか否か最終的には家族や自分の意思次第ではあるが―――。

 

 

「私の場合、祖父が強力な魔法師の弟で、まだ今よりも小さい頃からそういった事を学んできたの、パレードっていう『身体変成』の魔法も学んだわ」

 

 

 ベッドを備えた場所。その側面―――壁に寄り掛る刹那に倣うようにして同じくしてくる体育座りと俗に言われるが、それよりも楽な姿勢でいるリーナは、懺悔をする罪人のようだ。

 

 

「祖父の兄もまた軍人だったわ。私も軍人になりたいと思えるぐらいには、憧れもあった。魔法師が一番に活躍できるのも軍隊だから―――だから、この道は私が決めた事なのよ。それにあなたの国と違ってアメリカは『兵隊』に尊敬がある国だもの」

 

 

「分からなくもない理屈だ。ダグラス・マッカーサー、ドワイト・D・アイゼンハワー、ジョージ・パットン―――確かに軍人のエリート家族というのは珍しくないな」

 

 

 だが―――本当に彼女に『出来るのか』?

 

 自分とて『バゼット』と共に様々な災禍の地に降り立ち、多くの死を見て、多くの死を与えてきた。

 

 

 陰惨、酸鼻極まるその状況に―――何度か『胃のものを吐き出した』。魔術師としては堕落である。魔術師とは既に己が死を纏った存在であることを自覚すべき存在だ。

 

 

 例え、己が手を下さずともその生涯は血に塗れている。そういった人生である。

 

 

「それならば、今回の事で君はどう位置づけられるんだろうな。私見だけど事務方にでも回った方がいいと思うよ」

 

「失礼な! ちゃんと軍人としての評価は上がったわよ!! 実戦部隊に配されるわ」

 

 

 それに対してあれこれ言えることはある。厳しい現実を突きつけることも出来る。だが、それは少しばかり『大人げない行為』に思えた。

 

 地獄を知っているから行くのをやめておけというのは老婆心であり最終的な警告だ。

 

 

 だが先に思った通り。最終的な『決断』は―――リーナ自身に委ねられているのだ。

 

 

(ならば、その『手助け』ぐらいはオレにも出来るか―――)

 

 

「セツナ?」

 

 

 こちらを見つめ返すリーナ。無論、刹那が見ているからこそだろうが、その青い瞳―――星の輝き。スターベリルにも似たそれを濁らせたくない。

 

 

「――――ん」

 

 

 自然とその頬に触れていた。触れられたことで小さく声を上げたが、触れている手に自分の手を重ねてくるリーナ。

 

 

 この頬に血濡れの跡などを誰が見たいものか―――。そう感じるほどにこの数週間の思い出が刹那の頭の中に再生されていた。

 

 

 そんな風に少しだけ穏やかな時間が流れようとした時に―――。

 

 

「失礼、上司の用意が整ったので呼びに来たのだが―――出直した方がいいかな?」

 

「捕虜に対する格別のもてなしに、これ以上は罰が当たりそうだ。構いませんよ―――」

 

 

 ベンジャミン少佐が扉を開けて入ってきた。この一応の士官室にて待つよう言われた刹那としては、牢屋に入れられないだけいい対応だと思えていた。

 

 リーナからぱっ、と身体を離してベッドから立ち上がる。対するにリーナは少し膨れた面だが、流石に上官にブー垂れるわけにはいかないのだろう。

 

 同じく立ち上がる。

 

 

 そんな二人を見て、少佐は少しだけ苦笑をする。

 

 

「訂正させてもらうならば君は捕虜ではない。我々にとって『ゲスト』だ。無体には出来ん」

 

「持ち上げても何も出ませんよ。どうせ監視と盗聴はされていたでしょうからね」

 

 

 当たり前の如く、反応を窺うと再びの苦笑。まぁそんな所である。別に知られても問題は無い。

 

 問題は―――。果たしてあちらがこちらの言い値で買うかどうかだ。

 

 

 それでダメならば――――。

 

 

『やめときなよー。いくら何でも現地協力者も無しに何でも好き勝手やろうだなんて、それどんなケンカ犬だよって話』

 

「……やんないよ。多分」

 

 思念で語り掛けてきたオニキスに、同じく思念で返しておく。事前交渉をやっていたオニキスが、どれだけのことが出来たかにもよるのだが―――。それはともかくとして。

 

 

 流石にボストンから移動して現在地アリゾナ州フェニックス――――実に北米大陸を横断したも同然の距離である。

 

 

 正しく『イ・プルーリバス・ウナム』だ。

 

 ここまであれこれ慎重をようしてやって来た人々の苦労を考えると少しだけ躊躇う気持ちもある。

 

 

 最初はニューメキシコ州のロズウェルに行く予定だったのだが、何があったのか、ここリーナなどスターライトと言うスターズの候補生たちを擁するスクールに来ることになった。

 

 

 かつかつという靴音だけが響く廊下を歩いていく。無機質な感じを受ける―――まるでSF作品に出てくる戦艦の通路を思わせる場所を歩きながら、一つの扉の前でベンジャミンが立ち止った。

 

 

「―――ここは……!?」

 

「そう。セツナ君―――口頭での理解は達者だが、この部屋の名前は分かるかな?」

 

 

 リーナの驚いた声に従い、少佐に言われる前から扉の上にあるプレートを読んでいた。

 

 

「査問委員会と書いていますね―――魔女裁判に掛けられるわけか……」

 

「『いいや、中にいるのが『魔女』だ。慎重に進みたまえ』」

 

 

 奇しくも、少佐とオニキスの声がリンクした。それだけで事態を読み解く。

 

 

「失礼致します。お客人を連れてきましたバランス大佐」

 

「通してください。些か疲れていますが―――粘り強いネゴシエーターでした」

 

 

 オニキスはどれだけ話したのやら―――扉越しとはいえ、バランス大佐の疲れた声は真実であった。

 

 

 その言葉の後にベンジャミン少佐の先導によって―――入り込むと、そこには見知った顔もいれば見知らぬ顔もいる。

 

 

 リーナの表情の変遷から察するに、これがUSNAの最精鋭魔法師部隊の全戦力―――オールキャストということだろう。

 

 正面のロッキングチェアに座り込みながらも姿勢を崩さずに見てくる美麗の女性。

 

 佇まいはどことなく冷静に見えるが、それは上辺だけかもしれない。年齢は30代かもしれないが40代にも見えるかもしれない。

 

 

 化粧で誤魔化しているのはデスクワークが長いからだろうか―――ともあれ、そこにいたのは―――確かに魔女であった。

 

 

「初めまして、異世界の魔法使いさん。長い肩書を省略させてもらうが、私がスターズの事務方のトップ『ヴァージニア・バランス』だ。以後お見知りおきを―――早速だが掛けてもらって構わないよ」

 

 

 見るとバランスの対面には同じようなチェアがあった―――4mほど離れてそこにあるものに刹那は近づく。

 

 そして―――。

 

 

「―――」

 

 

 無言で虚空に『ハガル』のルーンを描くと、ばきゃっ!という音でチェアが崩れた。そして―――。

 

 

「―――」

 

 

『蘇生のルーン』の変形を描くことで、椅子を直してから『余計』なものを外す。

 

 

「お返ししますよ。同時にこれが真摯な交渉になることを願います」

 

「やはりこういった搦め手は利きませんね。またもや疲れそうですが―――。まぁいいでしょう。掛けてください」

 

 

 程度の低い毒針―――肘掛に触れると同時に出てくる類を、薄く笑みを浮かべるバランスの足元に投げ放った。

 

 

 こんなことしても、「これぐらいで済む」―――もしも時計塔の『女王』。『ザ・クイーン』なんぞにやろうものならば―――。

 

 

『不敬というのは罪。それを知らぬは更なる罪―――愚行を悔い改める暇も与えず疾く去になさい』

 

 

 などとあの乗馬鞭で打擲されて死ぬだろう。つまりは―――あの女のような上役よりは全然怖くない(泣)という何の慰めなのかすら分からぬものを肝に命じながら刹那は戦いに挑むべくチェアに堂々と腰掛けるのだった。

 

 



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第2話『魔法使いの交渉』

 
二話では終わらんなー。三話、いや四話ぐらいかかってようやく本編かも


 目の前にいるバランスに己がどういった存在であるかを事細かに教えた。それはオニキスからも聞いていたことと照らし合わせての意味だったと刹那は理解していたので、とりあえず誤魔化さずに話すことにしたのだった。

 

 

「成程、根源の渦―――アカシックレコードへと至ることを希求する探究の徒。それが君の世界の魔術師(メイガス)―――そして……この黒くて金星を真ん中に備えてある羽根つきのものは、至ることが出来た魔法使いが制作した杖と―――齟齬は確かにない」

 

「ええ、彼の話すことに何か一つでも瑕疵があれば、すぐにボロを出しますからね」

 

 

 やれやれと思う。隣にいる副官らしき人物と話し合うバランスに対して、そうしながらも―――どうにも即物的な話が無い。

 

 思うにこれはジャブなのだろう。未だに交渉の段にはいたらない。そういうことである。

 

 

「我々の見立てのSB魔法師―――スピリチュアル・ビーイング魔法の使い手というのも間違いでは無かったかな?」

 

「宝石には、それに応じた『精霊』が存在しています。それらを利用してということであれば、まず間違いではないでしょう。プリズマキッドの場面では宝石を、あなた方のスニーキングに対してはルーンを、といった感じですが」

 

「―――実にチートだ。正直、やられた気分だよ。私は『ハリー・ポッター』なんて軍用銃で熨せると思っていた口だからね」

 

 

 この世界の魔法師は神秘の実践者というよりも神秘を科学的に解明して、それだけで―――世界の全てを解き明かした気分になっていたのだろう。

 

 だが、決して法則云々では『完全に見えない』ものもある。それが、彼らにとっては陥穽となっただけだ。

 

 

 しかし、こういった『現代魔法』から離れた人間というのはとにかく、侮られがちだとのこと―――故国の日本風に言えば『古式魔法師』というのが自分の立場だろうが、現代魔法との間に出来た差ゆえに極まった人間でなければ、対抗できないということらしい。

 

 

「現代における魔法の利点とは、起動の速さにある。准尉の『ムスペルスヘイム』は、どんなに熟達した人間であっても30秒はかかるものの、准尉であれば10秒での起動だからな」

 

 

 SB魔法―――和名『古式魔法』の大半というのは大術式を行う際に様々な制約がかかる。これは現代魔法であってもそうなのだが、そこを何とかしているのが『CAD』とのことだ。

 

 

「簡略化した術式を機械端末に『保存』しておくことでの逐一の術式解放か―――」

 

「厳密にはCADが絶対に必要ではないんだけど、起動式を保存しておけば、発動する際に必要な魔法式の構築が面倒じゃないから」

 

 

 お手軽だなぁ。とも感じる。しかし、『脳』だか『精神』にある演算領域にての『解凍』である以上、全く以て対価を払っていないわけではない。

 

 保存されたプログラムを解凍するのが魔法師の肉体。しかし、その解凍も様々な『暗号化』されていて、容易ではないとのこと。

 

 しかし優れた魔法師は、それを難なくやってのける―――そういう『高低』。

 

 解凍ソフトを多く持ちハードディスク(容量)ではなくメモリ(起動量)に余裕がある人間こそが、優れているという見方らしい。

 

 

「ということは、リーナはすごい魔法師なのかな? あれだけの物理的な干渉力を10秒で発動できるなんて」

 

「それほどでも―――って、セツナは簡単に防いでいたじゃない」

 

「生身で喰らえば『痛い』じゃすまないからな」

 

「そういう意味じゃないわよ!」

 

 

 一瞬、褒められて照れた顔をするも、はっとした時には、それが無駄に終わった時のことを思い出すリーナ。

 

 顔の変化が出やすい可愛い子と思いながらも、バランスは矢を放ってきた。

 

 

「資料では読んでいましたが―――攻性能力と防御能力とで開きがありますか、その辺りをレクチャーできますか?」

 

 

 それはつまり『魔術』が、『魔法』に対してどれだけの『優位性』を持っているのかという疑問であった。

 

 教えれば―――こちらの『アドバンテージ』が『一つ』消え去るだろうが―――こういった場合も刹那は想定していた。

 

 

「それじゃ分かりやすいもので示して見せましょうか」

 

『おい刹那。それは流石に見せすぎだよ。神秘は秘匿、秘されてこそのものだろう?』

 

「俺が言えた義理じゃないが―――『先生』ならば『構わん。秘密の一つや二つくれてやれ』とか言うさ」

 

 

 つまりは信用を得たければ、ある程度のことは必要だろう―――ということをオニキスと話し合って、こうして『一芝居』うった。

 

 オニキスもこれは承知のこと―――あからさまなため息的なジェスチャーを入れるオニキスに内心で『計画通り』と笑っておく。

 

 

 もう絵面的には悪すぎるだろうが、一先ず置いて提案をする。

 

 

「何か無くなっても困らない紙とかその他の雑物はありませんかね?」

 

「それならばこれを―――」

 

「ありがとうございます」

 

 

 少佐から受け取った紙―――『パパ、はやく帰って来てね』などと打たれている手書きの紙を見ていいんだろうかと思うが―――。

 

 苦渋の想いで何度も見たのかしわくちゃになっていた。いや、本当にこれを使ってもいいんだろうか。

 

 

 査問室―――結構な広さがあるオフィスの会議室―――もしくは重役会議の場にも似たところ、その中央に丁重に紙を置く。

 

 

「今から俺が、その紙を『無くす』ために術を掛けます。ルーン文字なので、あからさまに見えるはず。それを何としても食い止めてください」

 

「防御―――強化など使っても構わないのかな?」

 

「どうぞ」

 

 

 カノープス少佐ではなくハーディというゲイ・ジャルグで倒した男が前に出る。CADが発光して何かのリングを形成。

 

 紙の『密度』が上がって、更に言えば防御の障壁が完成した。ただの紙に仰々しいな―――そう嘲笑う者もいる中、刹那は『ソウェル』のルーンを虚空に刻み。

 

 紙に転写、同じ文字が発光しながら刻まれて――――結果として紙は燃え上がった。

 

 

「なっ―――」

 

「―――」

 

 

 誰もが呆然としてしまう結果。紙という対象がなくなったことでハーディ少尉の術式も消え去る。

 

 

 続けて同じく『焼失』させる術式だと警告した上で、カノープス少佐より再び『パパなんて嫌い!!』などと書かれた紙(しわくちゃ)を受け取り、同じ場所へと―――。

 

 

「次は私がやります!!」

 

 

 やる気を見せるリーナ。ハーディよりも強力な術式、更に言えば冷却系統の耐熱障壁まで形成。

 

 これならば―――誰もがそう思うも刹那の書いたルーン文字は障壁を超えて転写。

 

 再び同じ結果となった。

 

 

「今の見えた方いますか?」

 

 

 くるりと全体を見回すようにすると全員が呆気に取られていた。そんななか少佐だけが見識を述べる。

 

 

「さっぱり分からないな―――とはいえ察するに魔法で強化されたはずの『紙』の『情報』を消し去ったのか?」

 

「大まかに言えば」

 

 

 イデアとエイドス。この世界でいう―――『魂魄』的な意味合いの『側面』『概念世界』の側―――これこそが魔術が魔法に持っているアドバンテージと言える。

 

 

「この場合、俺が描いたルーン文字は『紙』に対して『燃える』『焼失する』という『干渉』を果たした。『物質的な現象』が起こる前に紙自体に『転写』された文字がその結果を『強要』することで、二次的な効果として『炎が上がる』『そして紙は消え去る』という結果が残るということです」

 

「しかし、その前にあった障壁を超えた理屈が分からんぞ―――この世界の魔法とて相手の干渉に対してそれよりも強い干渉だけで乗り切れるわけではない」

 

「これは確認してはいないことですが、恐らくエイドスに記載されている情報にルーンが無いから『防げない』。わけのわからないものに対しては『明確に対処』出来ないということなんでしょうね」

 

 

 これは即ち神秘の『密度』の問題。仮に紙の前に展開していた障壁で防ぎたくば、この世界のルールでは『描かれたルーン魔術』がどういった結果を齎すのかを正確に知らなければいけない。

 

 そうしてこそ障壁魔法は、転写されるはずのルーン文字に対して初めて干渉力を持つことが出来る。そういったルールなのだろう…言っていて自信ないけど。

 

 

「ただ、あなたはこれを使ってスターズ隊員のスラストスーツを無力化しなかった。なぜですか?」

 

「前提条件としてルーン文字の『転写』というのは、『直接的な魔力』を張り付けたものに対しては然程の意味を持たない。寧ろ、効果を発揮しないこともざらです」

 

 

 戦闘状態に入った魔法師というのは全身から『サイオン』を噴かせる。何かのオーラのように一種の防御ともなりえる。

 

 無意識で発するサイオンが『氷結』『延焼』『発雷』などに転ずる可能性があるならば、更にルーン魔術の効果は薄くなる。

 

 

「俺が戦闘にルーンを用いるのは、戦い方を教えてくれた人間からの癖です。直接的な魔力を張り付けた相手に対してルーンの転写はほぼ意味為さないならば、ルーンを用いた強化した肉体で直接殴る―――そういう人でしたから」

 

「セツナの表情で、なんとなくだけど―――結構『ダメな人』?」

 

「なんで分かるの?」

 

「私の失敗談とか聞いてるときの表情に似ていた」

 

 

 リーナの言葉にそうだね。と腕組みしながら『しみじみ』としたいのだが腕を組めない状態なので、まぁとりあえずそうしておく。

 

 

「ルーン魔術に宝石魔術……なるほど他にも色々小技があるようだな。その辺はミス・オニキスから聞き及んでいる」

 

「まぁ他には薬草学なども―――」

 

 

 と言い掛けた刹那の言葉にオニキスが言葉を重ねてきたことで議論が止まる。

 

 

『刹那の作るサルビアやマンドレイクを使った美容液はお肌の若返り効果10歳以上と有名なんだ。一度お試しあれ♪』

 

「お前どこに隠し―――」

 

 

 持っていたんだ。という言葉の前にリーナを除き女性隊員全員に雷が走ったかのように、オニキスが羽に持っている化粧水の瓶に眼が釘付けとなる。

 

 いつの時代も女性は綺麗になる為に、苦心するものである。

 

 だが兵隊がこんな調子でいいんだろうかとも思う。いや、本当に―――。

 

 

「前線部隊の大事な兵士たちにこんな怪しいものを試用させるわけにはいかない。まずはこの中では年配かつ事務方の私が試そう」

 

 

 後方勤務。事務方とは思えない身のこなしでオニキスの前にいちはやく立ったバランスが化粧水の瓶を受け取り女性隊員全員が『クソが!!!』などと言わんばかりの怨嗟の声を無言で上げるように睨みつける。

 

 さっそくも手に取り何度か手の平を湿らせてからその肌に塗りつけるバランス。その前に化粧を落とさなくてよかったんだろうか―――と思う。しょせんそこまで女性の化粧に懸ける情熱は分からないのだから言わんことにしといた。

 

 

(よっぽど見せたくないすっぴんなんだろうか―――)

 

 

 無責任にそんなことを想いながら効果のほどを見る。するとサルビアの花蜜とマンドレイクの精油とが反応をして、少しの若返り効果を生む。

 

 つーかぶっちゃけ30代ほどだろうバランスの肌がみるみる艶を取り戻していく。どうやらいい感じのようだ。

 

 

「―――これは―――」

 

『二十代の肌を取り戻した気分はどうだい『ミス・ヴァージニア』?』

 

「ええ、感無量ですね。こんな秘術があるだなんて、シールズ准尉の家系にある仮装行列(パレード)を欲した以上に今は満ち足りています」

 

「私の入隊スカウトにそんな理由が!?」

 

 

 嘘か真か―――リーナの秘術を欲していたというスターズの上層部、もしくはこの女(うっとりしている)の私的な欲望は―――どうやら現時点で解消されたようだ。

 

 しかし、それで終わらないのが女性というものだ。

 

 美しさに対する希求は楊貴妃やクレオパトラなどのような絶世の美女と呼ばれたものたちも喉から手を伸ばさんばかりだからだ。

 

 

「セツナくん! それはどうやったらば精製出来るんですか!?」

 

「これだけでも彼に何かしらの便宜を図る余地はありますよ!!」

 

 

 女性隊員たちの声が響く中、一人の男性隊員。先程―――防御術式を使ったラルフ・ハーディ・ミルファクが手を挙げた。

 

 

「セツナ君、君の魔術というのは―――その、人格すらも変質させられるのかな?」

 

「どういう意味で―――なんてはいいませんが、そろそろ『自己紹介』してもいいんじゃないですか?」

 

 

 そうだね。という言葉で前に出てきたのは赤毛の―――スターズにおいては通称『狂犬』と呼ばれている男、回し蹴りで叩きのめした男。

 

 少しだけ声の質も変わっている人は、改めて自己紹介をしてきた。

 

 

「皆さん初めまして。僕は『アルフ』―――あなた方が良く知っている『ラルフ・アルゴル』の中にいた『同居人』です」

 

「――――どういう意味だラルフ?」

 

「二重人格―――ジキル博士とハイド博士は『同一人物』だったということですよ」

 

 

 その通りと言わんばかりに笑みを浮かべる『アルフ』

 

 

「詳しくはバランス大佐ならば分かっているはずですよ」

 

 

 それは皮肉のようだが――――この場においてはあまり意味が無い話だ。として20代の肌を手に入れたバランスは斬り捨てた。

 

 察するに何かしらの『人体実験』が行われて、このラルフ・アルゴルの中にもう一つの人格が誕生したのだろう。

 

 独自に調べたり、オニキスが閲覧した限りでは能力開発の為に、かなり非人道的なことも行われていた。

 

 

 その一端が、あの凶暴そうな顔から一転して穏やかな顔をしているラルフならぬアルフだろう―――。

 

 

(バランスはリーナにこれらの事を話したくなかった。聞かれたくなかったということか)

 

 

 それなりの人間性はある。いい人なんだな。と思って―――悪印象を少し無くす。

 

 自分が歯を媒介にして『同居人』を表に出したとは伝えて―――。

 

 

狂犬(マッドドッグ)な方がいいですか?」

 

『『『いいや全く』』』

 

 

 スターズ隊員全員一致の結論に『アルフ』は苦笑い。なんやかんやと『同居人』にも愛着はあったのだろうか。

 

 そうして、大体の事情を聞き終えたのかバランスは話の締めに持っていこうとしていた。

 

 

「―――成程、大体の所は理解しました。まだ『隠しているもの』はあるでしょうが―――とりあえずそこは詮索しないでおきましょう」

 

「ありがとうございます」

 

 

 素直に感謝を述べられるとは思っていなかったのか、面食らったような顔をするバランス。

 

 

「……では、最後になるのだが―――なぜあのような怪人風の格好をして世間を騒がせた? 君はこの国でローンレンジャーか、快傑ゾロにでもなりたかったのか?」

 

「せめて『まじっく快斗(KAITO)』『21世紀末に現れたアルセーヌ・ルパン』とでも称してもらいたかったですが、何と言えばいいのか、とりあえず『こやつ』の精神安定の為にああしたわけですよ」

 

「なんでよ。何か手のかかる子供みたいに扱われて不愉快よ―――プラズマリーナの格好だって任務だと分かっていれば割り切れたわ」

 

 

 ウソつけ。と現地スタッフであるアンジェラ・ミザールと、不意の闖入者である刹那が思ったが、まぁ言わないでおこうと思った。

 

 とはいえ先程から刹那の『拘束具』として腕に体を巻きつかせているリーナは、更に力を強めた。

 

 

「仲がよろしいなシールズ准尉。ですが男性を拘束し過ぎれば、束縛を嫌って飛び立つものです。女は時に男に寛容さを見せておかなければならんよ」

 

 

 軍人として―――というよりも完全にレディ(淑女)としての心構えを説くバランスの言葉。なんかしみじみと言う姿に―――男性陣一同は―――。

 

 

『そういった『経験』がおありで?』

 

「ハラスメントで訴えられたくなければ黙っていろ」

 

『申し訳ありません。マム』

 

 男性陣全員を睨みつけるバランスの顔は色々あれであった。

 

 まぁ色々あったのだろう。色々あり過ぎて未だに『ミス・バランス』なのだから―――。

 

 敬礼で返した男性隊員一同を見ながら、刹那が思う所、この人の―――十代の頃―――はっきりいって異次元めいた事実に思えた。

 

 

「君もだ。民事で納得するまでやり合うぞ」

 

「流石は訴訟大国、おっかねぇ―――まぁそれはともかくとしてボストンでの顛末は様々な情報で分かっていたので、『何処』に拾われるかを競わせていたわけです」

 

「傲慢だな。だが完全な異世界、いや『平行世界』。おまけに2020年に差し掛かろうという時代に生きていた人間では仕方ないかもしれないか、そこまで無頼漢でもないんだろうな君は」

 

「察していただき感謝です。つまりはアメリカの美女に釣られるか、ロシアの美女、『アナスタシア』のようなのに釣られるか―――いたいいたい、ちょっ、リーナ痛いんだけど!?」

 

 

 完全に男を束縛しにかかっているリーナの姿に誰もが唖然とするが、今のは完全に刹那が悪いというジャッジが下された。

 

 しかしながら、もしも新ソ連が強硬的でなく幾らかの被害はあれども相手の素性を『知ろう』とすれば、『やんわりとした交渉』を持っていれば、そうなったかもしれない。

 

 

 そう考えればリーナは結果的に『大金星』を上げていた。偶然とはいえ、刹那と関わりを持ち最終的にはボストン港で何度も密会デートを重ねていたのだから。

 

 刹那の本心がどっちなのかは分からないが―――それでも戦果であろう。

 

 

 そんな二人の『星』を見合わせていたオニキスは『もしや……』と思うぐらいには『何か』を見出していた。

 

 明確ではないが、それでも可能性はあるかと思って今まで殆ど無言でいたのだ。つまりは刹那とリーナの相性を―――比べていたのだ。

 

 

「成程な。では―――我々と契約してもらえるかな?」

 

「こちらが出せる範疇を認めて、こちらが望む『報酬』を与えてくれるならば―――」

 

「……シールズ准尉だけではダメか?」

 

大佐(colonel)!!」

 

 

 叱責の声を飛ばしたのはシルヴィア少尉。上官に対する態度ではないが、一番目に言うべきはずのリーナが、顔を真っ赤にした以上は―――彼女が口を開くことに―――。

 

 

 兵士の身柄や人権をなんだと思っているのだ。という叱責ではある。それにはスターライトの教官も務めているユーマ・ポラリスも同意である。

 

 そんな風な反応を見たバランスは気鬱な顔をしてから嘆息をして―――口を開いた。

 

 

「半分冗談だ。まぁいい。正式な辞令はいずれだろうが、この場で発表しておこう。アンジェリーナ・クドウ・シールズ准尉―――貴官には―――」

 

 

 その言葉が少女の運命を決定づけた―――。同時にそれこそが少年の運命も決定した。

 

 

 気鬱な顔をしたバランスの意図は……刹那とオニキスにとって何となく察するものがあったのだから――――。

 

 

 



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第3話『魔法使いの決断』

ああー、フェス超行きたかった-。

これを書き始めてから、余計に熱が、愛が上がってきている。

そしてジョージさん! 違うんだ。僕らはジョージさんの演じる型月キャラ全て(ネコ・カオス含み)を愛しているんだ!! 


これからも僕らのミスタータイプムーンでいてくださぁあああいい!!(必死)

というわけでイルステリアス天動説などの余韻(?)を残しつつ7月最後の更新どうぞ読んでください。



 リーナ以下、ほぼ全員―――具体的に言えば恒星級の隊員という人間以外は去ってしまった査問室に刹那はまだいた。

 

 

 リーナは驚きの辞令が降ったことで動転していたが、様々な手続きがあるとしてシルヴィア・マーキュリー・ファースト少尉など多くの隊員たちにかつがれる形で部屋から出て行った。

 

 

「先程は挨拶できなくて申し訳なかったな。ここ(スターズ養成所)の指導教官役も請け負っているユーマ・ポラリスだ。君が叩きのめしたラルフ、ハーディ、カノープス少佐と同じ恒星級の魔法師だ」

 

「同じくアンジェラ・ミザールよ。ボストンでは色々引っ掻き回してくれたけど最終的にリーナの味方をしてくれてありがとうね」

 

 

 男女二人から挨拶をされて同じく手を握り合ったことで、少しだけ感じる。

 

 

 ポラリス、ミザール―――カノープス、アルゴル、ミルファク……『シリウス』。天文科(アニムスフィア)ほど詳しいわけではないが、それで察する。

 

 

「皆さんは、スターズの中でも選抜された存在―――恒星。己で輝ける綺羅星の軍人ということですか?」

 

「察しが良いな。だが最近、異世界の魔法使いの手で『流星』にされたようなものだがね」

 

「本気で殺しにかかっていれば、まだ違った気もしますが」

 

 

 こちらの明晰さにカノープス少佐が、皮肉交じりに言ってきたが、そう言って対抗しておく。容易に乗せられないことが何故か少佐にとっては面白いことのようだ……。

 

 不愉快さはないのが幸いであるが―――。

 

 

「さてと、では准尉―――いや少尉には話せない裏事情を話そう―――、君も聞きたかったのではないかな?」

 

「そりゃまぁあなたが、苦渋の顔をしていなければ何も思いませんでしたよ………」

 

『刹那はその辺り鋭いからね。あまりカンが良すぎるというのも考え物だよ』

 

 

 オニキスから言われながらも、表情は変えられない。戦略級魔法師とやらの価値とイコールで縛り付けられる総隊長のシリウスという地位。

 

 その裏側に隠されたものを―――。

 

 

 カノープス及びバランスの話を聞く度に―――何か言いようのないものが広がる。

 

 掻い摘んで言えば―――今回のボストンでの新ソ連関連の捕り物の本当の目的は、リーナに脱走魔法師を『処刑』するだけのことが出来るかの『適正テスト』であったのだ。

 

 ボストンにいる間者をそういった脱走した魔法師―――時に『軍人』に見立ててのハンティングテスト。

 

 そういったことが行われた理由というのは単純な話。『魔法師』を相手取るときに一番に『カウンターテロ』をする人材と言うのは同じ『魔法師』なのである。

 

 そしてまたそれを行うのは、この国においては『恒星級の魔法師』の役目であり―――更に言えば、シリウスという総隊長の役目は重い。

 

 

「あんな女の子に『人殺し』をさせるのはどうかと思いましたが、まぁなくは無い話でしょう……」

 

「君はあまり忌避感のようなものはないんだな」

 

「そりゃ、俺はこの世界では外様ですから―――ただ独自に調べたところによれば、『魔法師』というのは随分と互助意識というか同胞意識が強いみたいで……」

 

 

 こういった所は『魔術師』とは違う。

 

 基本的に魔術師とは『独立独歩』。己一人で『道』を歩いていかなければいけない存在だ。

 

 それは根源の渦へと至る為、というのもあるが、それ以上に魔術師の大半がろくでもない存在ばかりだからだ。無論、肉親や家族への情というのが無い存在ばかりではないが、師である両親、後継者の座を賭けて争う兄弟、姉妹などざらな話。

 

 一定の年齢まではいいかもしれないが……様々な時期にそうしたことが有りえるのが魔術師の世界。

 同時に神秘の漏洩ということをあからさまにやったものを処断することもある。

 

 

「世間様に知られている『異能力』だからこそ、そうなんでしょうけどね―――」

 

「君の世界には無かったのかい? そういった『魔術師』どうしの組織と言うのは」

 

「ありましたが、それは『必要』に迫られた結果であって、詳しい話を省けば我々には『敵』が多すぎたのですよ」

 

「―――敵、ですか?」

 

 

 アンジェラ・ミザールの疑問に首肯でのみ答えて―――オニキスに任せる。

 

 

『魔術師たちの互助組織であり学術機関たる『魔術協会』。いくつかの『分派』や『分校』などが存在しているこの組織には、明確な敵と潜在的な敵とが存在していた。

 一つには、奇蹟とは『主』(しゅ)と『主の御子(みこ)』の『御業』(みわざ)として、『魔術』を『異端』と認定して魔術師を狩り出すローマ・ヴァチカンに存在する『聖堂教会』

 彼らとの間には一定の協定が存在して時に魔術師以上の『異端』を狩り出すために協力したりすることもあったが―――本質的には、教会は全ての魔術師を狩り出すことを是としている』

 

 二つの『キョウカイ』に存在している協定は既に『破棄』されているも同然だが、ある『村』でのことがあって、現在は『痛み分け』となってしまった。

 

 どちらも『やり損ねた』形である。だが、皆の興味はそこではなかった。

 

 

「魔術師以上の異端?……」

 

 

『それこそが『潜在的な敵』―――俗に『吸血鬼』と呼ばれる存在、我々の世界では『死徒』という言葉で表現される『永遠を生きるものたち』。

 彼らの中には、それこそ西暦以前から存在して『不老不死』の存在となり二千年以上も生きながらえているのもいる。

 詳しい説明は省くが『星の精霊』の従者が転じてそういう存在となって、彼らの『超抜能力』『神代の魔術』……何より一度に何百人単位のグールを生み出す能力は『一つの都市、10万人単位での犠牲者を『一夜』にして生み出すこともある。

 分かりやすく言えば、一匹の吸血鬼が街に混じるだけで一夜にしてバイオハザードが発生するのさ。街は―――生ける屍が闊歩するだけとなりえる』

 

 

 恐らくバランスやカノープスたちには想像出来ないだろうが、本当に災厄なのだ。奴ら死徒の起こす惨劇というのは――――。

 

 目立たずにやるような狡猾なヤツがいる一方で、アホみたいに血を吸いまくって目立たせるようなのもいる。

 

 どちらにせよ―――。そういった存在を狩り出してきたのも自分なのだ。

 

 

「ともあれ、そういった微妙な『三すくみ』が出来上がっていたわけですよ。『魔術師』は、教会の『代行者』に勝るが、『死徒』には勝てない。逆に『神意』を語る『代行者』は『死徒』には勝る―――まぁ大まかな考えでしかないんですけどね」

 

 

 だが、それこそがある意味では『平穏』(バランス)を保つ原因となっていた。然るにこの世界において魔法師を止められる側に立つものも『魔法師』であるということが、状況を複雑化させている。

 

 そして国家間の対立。民族・宗教などを除いたとしても……根本において魔法師の味方は魔法師という原理があるからこそ状況が複雑化する。

 

 更に言えば―――。それに関してはオニキスが言ってきた。

 

 

『私としては2090年代に至ったことで『ゼロサムゲーム』の『冷戦構造』が出来上がっていることが、ある意味では悲しいね。賤しくも言わせてもらうが、君達、魔法師が人類の発展、『人理の柱』になれていたならば、こんなことにはなっていない。

 幼子に遺伝子改良を行い、脳髄を弄り、果てはそうして強化された子供達を大人達の『愚劇』に投じさせる。

 確かに彼らに最初から汚いものを見せることで『現実』を教えるのは教育論かもしれないがね。

 だが―――それでも、けれどせめて、子供達にやがて来る世界が、少しでも美しいものであれ、と。そう努力すべきだった。でなければ誰が『未来』に祝福の『福音』を告げられるんだ』

 

 

 オニキスの人工精霊の元となったパーソナルスクリプトは、『万能の天才』と言われた人物である。この人物は―――本当に『人間』を愛していた。

 

 真実から眼を逸らすことを許さず、されどそこに一握りの未来に繋がる何かを欲していた。そしてまたオニキスが言う『愚劇』に一人の少女が投じられようとしていた。

 

 

 オニキスの言葉はこの場に居るスターズ全員を沈黙させていた。部外者の勝手な意見ではあるが、それでも―――何かしら思う所が無かったわけではない。

 

 

 だからこそ―――刹那も覚悟を決める。所詮ははぐれもの。無頼漢を気取れるほど強くは無いが―――。

 

 

 あの金色の少女に苦悩させ精神をすり減らすような真似はさせたくないのだ。

 

 

「組織には身綺麗なのが一人はいなきゃ後で絶対にツケを支払うハメになります。ウェットワークス(汚れ仕事)が組織のトップ、総隊長の『責務』というのは間尺が合わないでしょう」

 

「―――セツナ君、まさか……」

 

「あそこまで話しておいて、まさかも何も無いでしょ。俺だったらば存分に使い潰して構いませんよ。貰うもの貰えれば、内勤の『ヒットマン』ぐらいやってやれないこともない。『頭』が示すべきもの、誇示すべきものは『ちから』じゃない。『理想』だと思いますよ。そうでなくとも―――『意思』は曲げない。そのぐらいがちょうどいいんだ」

 

 

 何でもかんでも一人で出来るわけではない。魔術師が独立独歩とはいえ―――本当にダメな時には諦めるより先に協力する。互いに無いものを補い合う。

 

 

 あの傲慢なバルトメロイ・ローレライですら、『楽隊』を指揮しての戦いも演じていたのだ。

 

 院長補佐であるあの人からすれば―――『エミヤの人間は私を軽く見るのか?』などと言ってくるだろうか、あの人のスカウトを断り―――今、自分はアンジ-・『シリウス』の旗下に収まろうとしているのだから。

 

 内心でのみ、そんなことを考えて―――バランス大佐を見る。黙考する美麗の女性の心中はどうなのだろうかと考える。

 

 

 そうして十秒ほどの沈黙を切り裂いて口を開く。

 

 

「過去、シリウス―――恒星の中でも一際輝くこの星を冠するに値する魔法師は、そうそう現れなかった。カノープスこと『ベンジャミン・ロウズ』とて、シリウスに格上げすることは却下された……本当ならばもう少し選定に時間を掛けた上で、彼女のコードを決めたかったのだが……」

 

「新ソ連の浮遊戦艦を落としたのは俺です。それすらも表沙汰に出来ないならば―――『半分』は、俺が担うべきでしょう?」

 

 

 ここまで性急にリーナの昇進が決まったのは刹那がやりすぎたのも一因だ。如何に彼女が戦略級魔法を行使できたとしても、軍人の官階というのは簡単に与えられるものではない。

 

 

「……分かった。ただし君は正規の軍人ではない。外部協力員、嘱託職員という形でスターズの『魔法師』という立場に就いてもらう。昔風に言えば『傭兵』ということだ」

 

「はい」

 

「等級としては『スター・ファースト』に相当する実力なのだが、恒星級ではなく『サテライト級』の魔法師として登録させてもらう」

 

「称号なんて今の俺には意味がありませんよ」

 

「だが、組織の決まりだ。従ってもらいたい―――せめてどの『衛星』の名を貰うかぐらいは、決めさせようか」

 

 

 別にどれでもいいと思えたが―――ただそれでも『選ぶチャンス』が貰えたのならば、それを活用しないことはない。

 

 カノープスやアルゴル、そしてシリウス―――マーキュリーなどもいたことを考えれば―――衛星の中でも自分にとって意味のあるものは―――。

 

 決めた後には、早かった。

 

 

「―――何か思い入れがあるのか?」

 

 

 告げたコードネーム。頂いた『衛星』に関して、聞いてきたバランスに対して―――それは秘密だと言ったことで全ては決まった。

 

 条件交渉は後々、されどスターズ及びUSNA軍が求める依頼内容をファイルにして渡されたことで、その日はお開きとなった。

 

 

「案内は―――『扉の外にいる娘』に教えてもらいたまえ―――」

 

 

 自分の仮宿に関しては、どうやら案内役がいるようであり預けていた。もとい様々に調べられただろう私物を返却してもらいながら、扉を開けて出る。

 

 

「それでは失礼させてもらいます」

 

「ああ、ゆっくり休みなさい」

 

 

 時間はもはや深夜になっていた。どこか年上の優しい姉貴分な言葉で、今度はこっちが面食らうも、顔に出す前に退室した。

 

 外には軍事基地の壁に寄り掛る少女。この度、輝けるシリウスのコードを頂き、数か月の研修を経て、同時に『隊』を組織した上での就任となるだろう女の子だった。

 

 

「総隊長になろうって人が、そんな顔でいいのかね?」

 

「そんな顔ってどんな顔よ?」

 

「なんだか雨ざらしの中にいる捨て犬みたいな顔」

 

「……それは仕方ないわよ―――」

 

 

 降って湧いたチャンスというわけではないが、目指していたものへの道が開かれて、更に言えばその頂点に至るなど―――シンデレラ・ストーリーとしては出来過ぎだろう。

 

 だが、表情はどこか浮かないものだ。渡されたパスコードの部屋の番号まで歩きながら話す。

 

 

「元々、『ここ』は人材不足らしいな。軍隊における将官・佐官教育と違って魔法師の場合、能力の上下のみが判断基準らしいから狭き門であるとも言われたよ」

 

「うん。私自身、ボストンでの一件がスターズ正隊員へのテストであることは分かっていたし、『北極海戦争』でのこともあったから、『もしかしたら』っていう期待はあったわ」

 

 

 この世界で言うところの米ソの『局地的大戦争』、矛盾した表現ではあるが、それによってこの国の魔法師戦力は、ある意味では壊滅した。

 

 即時の補充をしようにも、魔法師の数が少ないうえにその上、軍隊…兵士としての適性もある人間となるとさらに少ない上に、そこからさらに『優秀な魔法師』ということまで必要になる。

 

 

 この世界の科学技術レベルから察するに、誰でもいいから『魔法師に頼らず『サイボーグ神父』を作りましょう!』などと語る人間がいなかったか甚だ疑問である。

 

 オーフ〇ン・フィンランディよりも〇09か0〇3を―――うん、泥沼である。

 

 フラット先輩が出会ったと言う聖堂教会の『サイボーグ代行者』を想像するに、そんなことも考える。

 

 

「ともあれ、辞令が降った以上は、それに従うのが民主政体の軍人の義務だろ。がんばってくれ小さな兵隊さん(スモール・ソルジャー)♪」

 

「嫌味ね。ったく―――あなたはどうするの?」

 

 

 嘆息するも、それが聞きたい事項かと気付き苦笑する。別段口止めされた事項でなければ話しても構うまい。

 

 不安げな顔をしているリーナの心配を取り除くことも必要だろう。

 

 

「バランス大佐はオレをスターズに『所属』させたいらしい。無論、兵卒としての教育なんてしていないから外部協力員的な立場に収めるらしいが」

 

「プライベート・ミリタリーってこと?」

 

「そうだな。ある意味ではワンマンアーミー。たった一人の軍隊なわけだ」

 

 

 元々、正規軍で無い兵士を雇い入れて戦わせるという『傭兵』は有史以来存在してきた。

 

 征服王イスカンダルの最大の宿敵『ペルシア帝国』においても傭兵は存在していた。中には、国王ともどもエジプトやインドにまで傭兵として出稼ぎしていた国まであったという。

 

 古代ギリシャを除けば、一番有名なのはやはり『戦国最強の弱兵』と呼ばれた織田信長の軍もその大半は食い詰めた浪人など『銭』で雇われた兵士である。

 

 

 国家に帰属しない傭兵は、確かにあまり信用出来る存在ではあるまい。しかしながら、それこそが有史以来あらゆる『戦い』における重要な『ファクター』となりえたのかもしれない。

 

 

 人類史における『人理』にも通じるものかもしれない―――。勝つ側(討幕)にせよ。負ける側(佐幕)にせよ。そういうことだ。

 

 

「一人じゃないわ……絶対に私の下でこきつかってやるんだから、あなたは私の部下よ♪(予定)」

 

「―――そいつはやる気が出る言葉だ」

 

 

 人差し指で下から見上げるようにしながらの突きつけ。ガンドでも受けたかのように少し見惚れた。

 

 ああだこうだと鬱になっておきながら最後には挑戦的な笑みを浮かべるリーナの二面性は、アンバランスな天才すぎて放っておけない。

 

 

 そうこうしていると――――ようやく窓がある廊下になった。襲撃を受けても大丈夫な防弾ガラスだろう。

 

 そんな防弾ガラス越しのそこに―――輝く『衛星』の姿。

 

 

 その『姿』にムカつき、ケンカを売った『魔法使い』もいれば、その『姿』に恋い焦がれ輪廻の輪に入り込んだもの、その『姿』が見たくて迷宮に閉じこもった神論者――――。

 

 

「わぁ……『フルムーン』だわ」

 

「ああ―――」

 

 

 リーナと共に見上げた月。夜空に瞬く満点の『星々』の中でも輝く―――『星』。その美しさと壮麗さに誰もが目を奪われる。

 

 

 その姿を誰もが忘れてしまいそうになりながらも―――。

 

 

 見てしまえば―――。言うしかなくなる。

 

 

 それは―――どこまでも『死』を見続けてきた男も言っていた言葉など知る由もなく刹那の口を衝いた。

 

 

 

 

 ―――ああ、気がつかなかった。こんやはこんなにも つきが、きれい――――――だ――――――。

 

 

 

 

 

 † † † †

 

 

「コードネームに『月』を選ぶか――――、己が太陽なくば、輝けぬものだということか?」

 

「そんな深い意図があるようには見えませんでしたね―――」

 

 

 達筆に万年筆で書かれた遠坂刹那のスターズにおけるコードネームは―――。

 

 心中でのみ読み上げるベンジャミン。

 

 

『セイエイ・タイプ・ムーン』

 

 

 その意味を問うことが出来なかったベンジャミンは少し後悔した。

 

 セイエイ=『聖永』という造語であり意味合いとしては、『長く続く永遠』。少しだけ日本文化に素養があるベンジャミンならば、刹那の意味は分かったが、そちらには思いつかず。

 

 

 少しだけ誤解をする。『精鋭』の方であると――――。

 

 

 刹那の意図。それは即ち―――『永遠』など求めず、ただその長い時間の中での『一瞬』『瞬間』を精一杯生きたいという意味であった。

 

 

 月は―――刹那にとって『永遠』の象徴であったから―――そういった『皮肉』でしかなかったのだ。

 

 

 後にこのコードネームが数多の脱走魔法師及び外法の徒を震え上がらせ―――『逃げ出してきた運命』を打ち砕くことなど―――誰も知る由も無かったのだ……。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 

「ってなんでお前と同室!? つーか同居人とかいなかったのかよ!?」

 

「あきらめるのね。私はアナタの監視兼護衛役。言うなれば『カイル・リース』よ!」

 

「俺が『サラ・コナー』とか、とんだ矛盾。つーか男女逆。―――んじゃリーナと俺の子供は、未来の人類軍のリーダーか」

 

「え?」「あっ」

 

 

 ……などと猛々しくなる前の現在の彼にとっての『敵』とは、真っ赤になる同居人との生活をどうしたものかと頭を悩ませるのみであった。

 

 



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第4話『魔法使いの事情』

少しばかりUSNA編が長くなりそうな雰囲気。

そして何より充電完了。待たせて申し訳ありませんでした。

新話どうぞ




「なるほどこいつは素晴らしい!! 流石は魔法使いの杖!! そこにシビれる!あこがれるゥ!」

 

『アビゲイル、君の理論も大したものだ!! これこそ人類の夜明けだよ!! 人間賛歌は勇気の賛歌!!』

 

 

 呼ばれた部屋にやってきた刹那とリーナの目の前には、刹那の眼からすれば随分と発達したパソコンを操って何かの調整を行っている科学者と空飛ぶ杖の先。

 

 

 科学者が昂揚するごとに火花があちこちで散る。何かの溶接作業かよ。と思いながら眺めていたが……。

 

 

 おかしな話ではあるが、目の前の作業風景を見ていると、大河おばちゃん(ヤング)と『見知らぬロリっ子』が、親父の両腕をガトリングガンに改造しているものを『思い出す』。

 

 

 まずは脳改造からすべきである。

 

 虎ッカー(?)最大の敗因は最強の敵を自らの手で作り出したことにあり―――などなど考えつつ、刹那の両腕もまた『ガトリングガン』から『ショットガン』までなんでもござれであったりする。

 

 

 そんなわけで丸い輪っかに星の顔(?)腕部分に相当する羽を使って、色々やっているオニキスと赤毛の科学者の少女を見ていた刹那。

 

母親ほどではないが、それでも機械に明るくない刹那には分からぬが、まぁともかく―――この状況は一言で言えば―――。

 

 

「なんでさ」

 

 

 日本語だったからか、リーナは不思議そうな顔をしていた。一応片言ながらも、日本語も使えるそうだが、彼女の耳には『NANDESA』とか、何かの機関の名前のように聞こえたとかなんとか―――。

 

 ともあれ、刹那はこうなった原因、顛末を思い出す。それは―――。ヴァージニア・バランス大佐との交渉から三日経った現在日時の昼間辺りのことだった。

 

 

 † † † †

 

 

 

 今日も今日とてリーナ先生の教導の元、この世界の歴史から一般教養。ついでに言えば、この世界の魔法理論を叩き込まれつつも、時折基地内に併設されたPX(Post Exchange)―――スーパーマーケットで必要な材料を買ってきて、スイーツを作ることで機嫌をとっていたのだが……。

 

 

「「博士(オニキス)の様子を見てこい?」」

 

「ええ、まぁ最初は私が行こうと思っていたのですが―――」

 

 

 そういって小さい端末。恐らく音声を記録するタイプのものだろうを前に出してきたシルヴィア少尉は、それを再生して事態を説明してきた。

 

 

『我がUSNAの科学力は世界一ィイイイイイイイ!!!』

 

『生きているならば―――水晶大蜘蛛だって殺して見せる!!』

 

 

 その二言が永遠にリピートされていた。とりあえずオニキスのは無理だ。アレは『死の概念』ないから。

 

 だが、もしかして―――件の言葉だけではあるが、会話をした博士の開発品とやらならば―――。まぁとりあえず、困惑しきってこめかみを抑えているシルヴィア少尉の心労ぐらいは取り払わなければいけないだろう。

 

 

「そう言えば、大佐との会合以来見ていなかったな―――そのアビゲイル・ステューアットなる科学者先生の所に行っているのは間違いないでしょうが」

 

「ええ、本来ならばこのフェニックス基地ではなく、ロズウェルの『本部』で開発したかったのですが、どうにもここを気に入ってしまって……」

 

「ご迷惑お掛けします」

 

 

 天才二人が組み合わさると、こんなことになるのかい。もはや天災であろうと思える。ともあれ、リーナ専用の『礼装』(CAD)『プリオネイク』とやらを開発している部屋へと赴くことにする。

 

 

「ワタシも行くわよ。流石に実物がどんなものになるのかぐらいは知りたいもの」

 

「それではお願いしますか」

 

 

 シルヴィアの先導を受けて部屋の外に出る。軍隊候補生の寮というのは21世紀に生きていた時代とあまり変わらないかと思っていたが、魔法師が特殊なのかそれともアメリカ全体がそうなのか―――ともあれ、四人以上の共同部屋生活などといったことは、とりあえず無い。

 

 リーナの部屋に居候させてもらいつつも、他の所を見るとそんな感じであった。

 

 

 無論、王国制や貴族制の国家と違って民主政体の兵士たちというのは、それ自体が『選挙権と被選挙権』を持った『有権者』なのだから、これを無下に扱うことが、いずれは兵士の遺族会や退役軍人たちを激怒させて更に言えば人権団体がくっつけば面倒である。

 

 

 だからこそでもあるが、同時に言い知れぬ『何か』を感じる。それは―――時計塔の『ノーリッジ』(現代魔術論)に主に籍を置いた自分だからこそ感じることだろうか。

 

 

(ここは―――『檻』なのか)

 

 

 疑問に対して端的にそんな感想と結論が出ながらも、このスターズ候補生の基地における研究棟はすぐに分かった。

 

 

 なんせ人だかりが出来ていた。その人だかりの中心から――――。

 

 

『WRYYYYYYYYY!!!』

 

 

 などとどこの吸血鬼がいるのやらな声が響いていたのだから……。

 

 

「あー……事態の解決に来ました。セツナ・トオサカです。とりあえず退いてくれると嬉しいです」

 

「同じくアンジェリーナ・シールズです。すみませんが、そこを通してください」

 

 

 そう言われて研究者らしき人々が道を開けてくれた。その際に―――。

 

「あれが異世界の魔法使い……」

「どんな相手も拳一発でノックダウンのワンパ〇マン!」

「新ソ連の浮遊戦艦すらも消滅させた宇宙戦艦ヤマ〇!」

「人類を革新へと導くイノベイター!!」

 

 

 もはや途中から評価が人間の枠外になってきたものだ。別に波動エンジンは積んでいない。似たようなものは用意できるかもしれないが。

 

 ク〇ンタムバーストじみたことならば出来るかもしれないが―――まぁやる必要はない。

 

 などと歩みを進めていくと見知った顔。栗毛のアジア人系の女性が緊張した表情をしていた。

 

 

「こ、こちらです! しょ少尉! 特務大尉ぃ!!」

 

「ど、どうもです。ミス・ホンゴウ……」

 

 

 なんか苦手だなぁと思えるぐらいに恐縮しまくっている研究員である。この数日だけでも関わったことがあるミカエラ・ホンゴウという日系何世かは分からぬ人から少しの案内をされる。

 

 

「ロックはされていないのか……」

 

「それじゃ入るわよ。こういうの日本では、『(オーガ)が出るか(スネーク)が出るか』っていうんだっけ?」

 

 喜色満面でお化け屋敷にでも楽しげに入る気分だろうリーナ。

 

 あんまりいい意味合いじゃないよ。と言いつつ、電子ロックなどされていない部屋の中に入ると同時に見えてきた光景が冒頭のことであった。

 

 

 そして現在……。

 

 

「むむっ! どうやら当事者たちが来てくれたようだ。こうして会うのは初めましてだね。セツナ君。私がアビゲイル・ステューアットだ。よろしく」

 

 

 改造人間(?)の処理を終えたのか、ようやく気付いたのか振り向いた高校生ぐらいの少女が向かってきた。

 

その姿は赤毛のショートヘアーとラフなシャツとパンツの上に羽織白衣―――如何にもヤンキーの科学者にありがちな格好に思えた。

 

 だが格式を重視しない「天才」というのは、こういうのを言うのかもしれない。

 

 シェイクハンズをしてから、リーナと共に、虎ッカー最高傑作(?)の前へと誘導される。

 

 

「ところでセツナくん。ブリオネイクという器物が『神話』においてどういうものなのか分かるかな?」

 

「ブリオネイクという言語の『綴り』から察するに、魔神の一族の長『フォモール』の孫にして、魔神族に対抗したダーナ神族の光神ルーの持つ神器『ブリューナク』(轟く五星)からですか」

 

「PERFECTS! すばらしい!!」

 

 

 アメリカ人らしい大仰な仕草と言葉で感激を示してくるアビゲイル博士に若干、気圧されつつも、未だに微調整を行っているオニキスの近くまで行く。

 

 

「リーナ専用のCAD―――君達風に言えば礼装、コードキャストとも言える『ブリオネイク』の開発と局地戦でも『ヘヴィ・メタル・バースト』を使えるようにという軍の要求はかなり酷だったよ。鬼か!? デスマーチ指揮者め!!などと呪詛を吐いていたが、あんがい早く済むものだ」

 

『私が持つ『未来の魔術理論』とアビーの実験力、その二つが合わさった時に、ブレーザーカノン並のパワーが生まれる』

 

「ああ、私が大地のエネルギーを担当して、オニキスが宇宙のミラクルパワーを集めるんだね―――」

 

 

 ウチのオニキス強すぎね。つーか、どこのバイクロッサーだよ!? 内心でのみツッコんでから手術室の台にも似た場所へと赴くとそこには……。

 

 およそこの世界での礼装―――CADというには、あまりにも実用的でないものが、そこにあった。

 

 

「え……これがブリオネイク……ヘヴィ・メタル・バーストを使うためのCADですか―――え…ええええっ……」

 

「なんでこんな風にしちゃうかなぁ。つーかこの『宝石』、オニキスお前これ……!」

 

『なんといってもリーナ嬢は『シリウス』だからね。キミだって天体科(アニムスフィア)の講義は聞いたことあるだろう? おおいぬ座、中国では『天狼』とも称されるこの綺羅星に相当するいい『石』を使わせてもらった』

 

 

 リーナのブリオネイク―――本来ならばカービン銃のような小銃とでも言えばいいものだったろうものは、原型はどこにいったのかと思うほどに、それは―――『星』であった。

 

 

「稀代の天才『レオナルド・ダ・ヴィンチ』が考案せし星型八面体―――通称『ダ・ヴィンチの星』、この星はあらゆる意味で不可解な意味合いを持つことで知られている数学的にも稀な図形だ」

 

『キミのヘヴィ・メタル・バースト、単純な威力だけならば無限にも広がりえる力だ。しかしながらこいつを限定地域に押しとどめた威力にするとなると術者にかなりの負担がかかる』

 

 

 確かにあれは、物凄い威力だった。単純に着弾地点にある『金属』がとんでもないものであればあるほど威力を増す。

 

 重金属にある電子だか陽子だか―――一種の大容量エネルギー、極大プラズマを解き放つ術式。

 

 

 基本的に刹那の魔術特性は『流動』と『固着』にあって、爆心地点にある金属のプラズマを『うんぬん』しつつ威力をとどめて一気に解放。

 

 出来なくもないが『めんどくさいな』。と思うのである。

 

 

 それだったら単純に―――『破壊』の為の魔力に切り替えて、『寝た子』を起こした方がいいだけだ。

 

『ブルー』ほど上手くはいかないだろうが、刹那とて『魔弾』の術ぐらいは持っているのだ……。

 

 

 などなど無駄なことを考えつつも、その星を頭に象嵌されたステッキは―――まさしく魔法の杖であり―――リーナが手に持った瞬間。思った通りの形になった。

 

 その場合、ダ・ヴィンチの星―――こと刹那にとっても『とっておき』だった『星』晶石が、『意匠』として様々なところに現れる。

 

 

 アサルトカービンであれば、その色は無機質な鋼色ではなく、煌びやかな虹色にも似たものを銃口から銃把に至るまでをカラーリングする。

 

 

「形状変化に物質変換―――様々あるが、これだけでスペックオーバーじゃないか?」

 

『私なりにリーナ嬢の『魔術特性』を調べさせてもらったが、『変化』と『放出』―――彼女にとって己を変化させる以上に、物質を変化させることも不可能な領域ではないんだろうね』

 

 

 パレードという一種の『変装』『変身』の術を見させてもらったが、なるほどと思えるものだった。

 

 人間の能力としては中々に極まったものである。世の中には―――まぁ色々と己を変えられる人間もいる。有名どころは―――。

 

 

『まぁ安珍・清姫伝説のように―――彼女が『大蛇』に『変化』して追ってこないように気を付けるんだね』

 

「俺がそこまで執着されるような色男になれる自信は無いな」

 

 

 安珍和尚は本当に色男だった。そうでなければ、当時の世俗的な恋愛観であるが、色恋も分からぬ姫君が夢中になるわけがない。

 

 

 時代は少し進ませたとしても、織田家嫡子『織田信忠』と武田家六女『松姫』のようにもう少し穏やかな恋愛をしてもらいたい。

 

 

『いや文通で愛を育むのが穏やかな恋愛って、どんだけ純なんだよ……しかも結局一度も会えてないじゃないか』

 

「的確なツッコミどうも、ついでに言えばなんで星晶石を使ったんだよ?」

 

『使わずにいるのはもったいないね。仮に―――『遠坂家』にとって『意味』がある『宝石』だとしても、だ』

 

 

 頭が痛い。貴重な宝石以上に―――それは色んな意味がある『宝石』だからだ。

 

 五属性混合の『混沌』に至る前の『虹』を込めた石は……。

 

 

(これを刹那が刹那自身のために使うならば、ただの強力な『宝石』、けれどこれをもしも他の誰か―――そうね。例えば大好きな女の子に送る時は良く考えなさい。あんたのお祖父ちゃんもお祖母ちゃんに――――)

 

 

 母の言いつけを思い出す。思い出してから―――嘆息一つ。

 

 そうすると悪い事をしたと思っているのかリーナが不安な顔をしていた。

 

 

「セツナ―――この綺麗な宝石は使っちゃダメだったのかな……?」

 

「―――いや、オニキスが勝手に使ったのはどうかと思うが、まぁ俺も―――この場にいれば、これが有用だと思っていただろうからな。気にするな。ちょっとだけお袋の『言いつけ』を杓子定規に守り過ぎていた俺が悪いんだ」

 

「お母さんの?」

 

「死んでしまったからね。大事にしておくことで『本質』を見誤っていたかもな」

 

 

 刹那としては、確かに宝石魔術は得意である。流石に200年の歴史で培ったものは、刹那に付属した刻印からも当然の事象である。

 

 だが……その一方で、少しだけ好きになれない所もあるのだ。

 

 こんな事を言えば大師父からは大笑いされるか、大笑いされるか―――ああ、やっぱり笑われるしかないかなぁなどもある。

 

 

「宝石は本来ならば装飾品なんだよな。誰かを飾ったり、何かの美しさを引き立てたり、そのままでいられたならば美しさが、輝き後世にも残っているはず―――そのはずなんだが……こうして魔術という『呪い』を掛けられた石にはいずれ砕け散るという道しかない」

 

 

 そんな風に感じるのは、自分にとって失うだけの人生しか送れてこなかったからだろうか。だから何時ごろからか―――宝石に関しては出来るだけ『長持ち』するようにしてきた。

 

 防御の為の護符や結界などに使うのは、割りと燃費はいいのだが―――。

 

 

「セツナって時々、詩人よね―――私を口説いてるの?」

 

「いや違うけど―――いたいっ! 何で蹴るのさ!?」

 

 

 魔術師が語る時、そこには何かしかの神秘性やら物事への解釈のあれこれを付け足す時がある。基本的に魔術師は知りたがりの語りたがりが多かったりする。

 

 実際、自分の師は概ねそういうタイプだった。刹那が師よりもものを知らないというのもあるだろうが、まぁそういうことである。

 

 咳払いをしてから、リーナに説明をすることにした。

 

 

「と、とにかく―――誰かの役に立つならば、そいつは呪いじゃないな。だから気兼ねしなくていいよ。俺のお袋も誰かのためにこれを使ってあげなさい。って言っていたしな。リーナの役に立つならば、それは遺言違いじゃないからな」

 

「――――うん。ありがとう。あなたのお母さんにもそう伝えたい」

 

 

 リーナの頭を撫でながら、そう言うと赤い顔しながら、頬に両手を添えながら恥ずかしそうに言ってくれたことで少しだけ撫でている『左腕』が震えたようにも感じた。

 

 

(いい子を見つけたわね。一生大切にしなさいよ)

 

 

 幻聴でしかないはずなのに、そんな風に言われた気がした。本当に、幻聴なのに母の声が聞こえた気がしたのだ……。

 

 だというのに―――。

 

 

「やれやれ局所的な温暖化がこの部屋にやって来ているようだ。実にアツい!!」

 

『全くその通りだね。熱源はドコダ―?』

 

 

 ワザとらしくキンキンに冷えたドリンクを飲みながらアビゲイルとオニキスが言ってくる。おまけにビーチチェアをどっからか出してそこに寝そべりながらである。

 

 

『クソが!』などと冷やかしの茶化しに返したいところではあるが、そんな中―――一応、刹那とリーナが入った時点でロックを掛けた研究室のドアが開けられる。

 

 

 後ろにいまだに研究員の人々――リーナと先日まで同じだったスターズ候補生もちらほら見受けられるのからベンジャミン・カノープス少佐がやってきた。

 

 

「色々と楽しい所、申し訳ないな。こういうことばかりやっていると娘が友達を連れて来たり―――ステディを連れてきた時に空気が読めない父親になってしまいそうで嫌だな……」

 

『『『『心中お察しいたします』』』』

 

 

 娘を持つ父親の悲哀というか悲しい背中に全員が色々と思ってから、何用かと尋ねる。すると神妙な面持ちで告げるカノープス少佐。

 

 

「USNA参謀本部よりの司令だが―――セツナ・トオサカ特務大尉に、『命令』だ。頼めるかな?」

 

「いい加減、居候の身分が心苦しかったので―――そろそろ『お仕事』貰えて感謝しますよ」

 

 

 命令なのに、頼めるか。と聞くものはいないだろう。ただ選択の余地はあった。その事に関しては十分に感謝しておく。

 

 すると不安と少しの期待の眼をしてくるリーナを見て少しだけ宥める必要があった。

 

 

「―――セツナ……」

 

「君は待機。いくら『いずれは』―――とはいえ、今はまだ研修中の身分だろ?」

 

 

 撫でていた左手をそのままに頭を何度か叩いて心配いらないとしておく。それに対して―――。

 

「ラ、ラブ臭! いやこれはラブプシオン!!」

「PSYCHEON-TRANS-AM! 通称プランザム!!」

「プシオンのツインドライブを用いてのプランザムバースト!!」

 

 

 などなど頭が痛くなるようなことを言ってくる周囲の面子に青筋立てながらも、とりあえずカノープス少佐に着いていくことは規定事項だ。

 

 これ以上やっていると離れられそうになる予感を感じてリーナから手を放して踵を返す。

 

 

 そんな自分の背中に声を掛けてくるリーナ。その声音が本当に心配なものに聞こえて少しだけダメなことをしている気分になる。

 

 

「セツナ!! ちゃんと無事に帰って来てね!!」

 

「―――ああ、あんまり心配しなくていいからちゃんと寝てろよ」

 

 

 そうして、異世界における本格的な『封印執行』というものに挑むことになる刹那。

 

 リーナにはああ言ったが、実際、この世界の魔法師の津々浦々を全て知っているわけではないだけに、驚くべき使い手がいて窮地に立つぐらいはあるのかな。とも感じる。

 

 如何に本格的な戦闘を行ったスターズが優秀な魔法師とはいえ―――イレギュラーな『一芸特化』『異能持ち』などが、そういったアベレージ以上のモノを突き崩す『ジョーカー』になりえるのだから……。

 

 

 



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第5話『魔法使いの深淵』

ランキングを見ると、スカディ様を手に入れた人々がいい小説書いている。ちくせう……オラっちも欲しいぜよ。(泣)

特にエリウルさんの作品が、ハマってしまった。かわいいよ。所長かわいいよ。(いまさら)


 

「―――名前は『劉 呑軍』、もちろんこれは本名であって政府には違う名前で登録されている『合衆国人』だ」

 

 

 大型トラック。乗合馬車よろしく荷台に詰められた自分の前に完全武装のカノープス少佐は、写真付きのプロファイリング資料を渡してくれた。

 

 英語で書かれたものは、刹那にとって読みなれたものだが―――この男の経歴と、この世界の『歴史』から察するに変な人間に思えた。

 

 この合衆国にいるには……。

 

 

「この男、何故いままで放置していたので?」

 

「と、言うと?」

 

「リーナから聞かされましたが、現在の中国大陸と称される辺りには、極めて『覇権的な国家』が成立しており、USNAとの関係は随分と悪いそうですが」

 

「その通り。だが、あの国も一時期は『こちら側』(西側)にいなかったわけではない。大漢の頃の亡命者とでも言えばいいだろうかな」

 

 

 その言葉で納得する。現在の中国大陸に興っている大亜細亜連合なる国家は一度、分裂をした。

 

 というよりも本来の中華連合というのから分離独立が図られ、一つの国が成立した。それこそが大漢(ダーハン)と呼ばれる国家だ。

 

 漢という名前から漢民族主体の国家かとも感じるが、大陸の南半分をという所から察してもちょっと違うかとも思えた。

 

 

「既に大漢が無くなってしまい、彼の『政治的亡命』も意味を為さなくなったとはいえ―――市民権を獲得して合衆国の国籍を得た以上。無下に扱うことも出来なくなった」

 

 

 ナチス・ドイツに追い出されたフランス軍と政治家たちを拾ったのがドーバーを超えた大英帝国ならば、南米にて反政府革命者として左派政権に狙われた人物を匿うのも合衆国の役目。

 

 敵の敵は味方。そういう理屈。しかしながら、ならばいっそのことこの男を利用して行くことも出来たはずだが……。

 

 

「この男、元々は『崑崙方院』と呼ばれる魔法研究の学徒だったのだが……最近、殊更に『要求』されていたんだ……」

 

 

 そういって、カノープス少佐が二つ目の資料を渡してくれた。それによると、その大漢が『消滅した経緯』と『原因』が事細かに書かれており―――。

 

 刹那は、『首謀者』たちを完全に『外れている』と感じた。そのことに内心の『嬉しさ』が隠せない。こんな奴らがいるのならば、まだまだ『油断』は出来ない。

 

 

「こいつの首を『塩漬け』にして、『日本』の『クローバー』に届けろとでも言われているんでしょうか?」

 

「マフィアの流儀だよ。それは―――だが、身柄を引き渡せという『要求』が、そういう風な要求に『軟化』した……」

 

 

 少しだけ笑みを浮かべながらの言葉にカノープス少佐は苦笑交じり。とはいえ、どういう心変わりなのやら。そうぼやくように言う少佐に同意だ。

 

『こいつら』のことだ。己の手で首を斬りおとすなり、『もはや楽には殺さぬ。肺と心臓だけを治癒で再生してやりながら、爪先からじっくり切り刻んでやる』とか考えそうだ。

 

 

「何よりこの『劉 呑軍』は、裏ではろくでもないことをやっている。もしかしたらば既に心変わりをして大亜連合に鞍替えをしている可能性もある」

 

「政府にとっても目障りになってきたということですか―――いいでしょう。初仕事が『幽幻道士』の封印とは、中々に心躍る。僵尸の群れの出迎えを期待しましょう」

 

 

 その言葉を皮切りにしたわけではないが、悪路を奔っていた軍用トラックが、停車を果たした。どうやら目的地の近くに辿り着いたようだ。

 

 即座に軍人らしい立ち上がりで外に出る少佐に刹那も続く。

 

 

「―――状況は?」

 

「サー、対象は屋敷から出てはいないようです。地下からの逃亡も現在は確認出来ておりませぬ」

 

 

 着いたのは都市の郊外。鬱蒼とした森の中に出来た盆地―――ともいえる場所にぽつんと古めかしい屋敷が一軒存在している。

 

 電子ロックなどのセキュリティも皆無な―――一昔前のアメリカの小説家などが静かに創作したい。そう言って暮らしていてもおかしくない場所と屋敷であった。

 

 周りにある頑丈な木々とそれに絡まる蔦とが、自分達を隠している。

 

 

 つまりは刹那たちは、その屋敷を『見下ろせる場所』に陣取っている。盆地だからあそこで毒ガスなんぞぶちまけたらば、まず屋敷の人間は全滅だろうに―――。

 

 そういう手を使わない。というよりも何かしらの防御策があるのだろう。魔法でも、ガスマスクでも―――。

 

 

 降り立って土地のマナを『吸い込む』―――その中に『瘴気』を感じた。澱んだ魔力。指向性がない怨念。

 

 間違いなく死霊術師(ネクロマンサー)の領域である……。

 

 

 少佐達はそれらを察知出来ていない辺り、敵の手段が見えていないのかもしれない―――だが―――。

 

 

 刹那は眼を細めて『魔術師』の『工房』を外側から精査する。相当な手が加えられているが、決して敗れぬものではない。

 

 

「有効な手段は思いついたかな? マジック・キッド?」

 

「まぁ幾らかはね。フォーマルハウト『少尉』―――」

 

 

 調査の精査をしていた刹那に、からかうように言ってきたまだ二十代前半だろう軍人に答えながら、自分の血を一滴垂らして、『領域化』をしておく。

 

 それだけで準備は整った。一歩を踏み出してから『魔法の杖』を手に持ち指示を出す。

 

 

「オニキス、足場頼んだよ」

 

『了解。あまりスマートな結果にはなりそうにないねぇ。まぁ君らしいといえば『らしい』か―――』

 

 

 どういう意味での『らしい』なのか問い詰めたくなる。

 

 

「行くんですか?」

 

「ええ、まぁとりあえず監視の目は緩めないでください。俺もこの世界の魔法の全てを知っているわけではありませんから」

 

 

 サポーターとして来ただろうシルヴィア少尉に言ってから、もはや『見慣れてしまっただろう』飛翔で空に飛びあがる。

 

 

 優美なもの。重力の軛から逃れたムーンウォーカーが、屋敷の上空にいたるまで10秒――――そこからは―――殲滅作戦の開始であった。

 

 

 † † † †

 

 

 冗談ではない。冗談ではない!! その思いだけで資料を纏めて貴重な魔導器などをかき集めて、なんとかの仕度を整えようとする40代ほどの男。

 

『劉 呑軍』は、自分の『師父』から告げられた言葉で即座にここを出ることに決めたのだ。

 

 

『あの連中』の刎頸を逃れて、なんとかこの国まで辿り着いた自分の首を―――しつこく取ろうとしていたことは理解していた。

 

 だが流石に自分達の領域ではなく、ましてや『同盟国』の内庭で、そこまで強烈なことは出来ない。

 

 何より他国の主権の範疇を脅かすこと多い美国人どもだが、それでも自国の主権を脅かすことを許さない。

 

 そういったバランスが今まで自分を活かしていた。

 

 

 だというのに――――。

 

 

「おのれ! おのれおのれおのれ!!!!」

 

 

 もはや自分を擁護するものなどなくなり遂に身の安全を脅かされるという生物的な恐怖を覚えて――――周囲に対する警戒が疎かになっていた。

 

 

 その時点で―――死神が近づいていたのだ。

 

 

「――――ッ!!!」

 

 

 天井を振り仰ぐ『劉』。古めかしい屋敷の屋上には何かのシミが幾重にもあり清潔さとは無縁。

 

 だが違う。膨大なまでのサイオンの猛りが、劉に恐怖を覚えさせて―――次の瞬間、仰いでいた天井が一気に崩れ落ちて、瓦礫が劉を圧し潰す前に―――。

 

 

 光弾が、光線が、光波が―――劉の身体をしこたま殴りつけて、光で押しつぶされて磔刑されるかのようになり―――、そこに地面から噴きあがる光柱が、再び劉を痛めつける。

 

 光の圧でシェイクされた劉は、自分が、上か下か―――どこにいるかも分からずに―――全身の臓と筋から出る鮮血を浴び続けるのだった。

 

 

 † † † †

 

 

『こいつはちょっとした『隕石落下』(メテオスォーム)も同然だね。まだ撃ちつづけるのかい?』

 

「当然だ」

 

 

 言いながら、両腕の魔術刻印を輝かせて、刹那の周りを浮遊しながら回転している『魔法陣』(サークル)に腕を突っ込む。

 

 

「Foyer: ―――Gewehr Angriff」

 

 

 最初は左腕の刻印。回転する魔術回路を増幅して破壊の魔力へと変換。五指を広げた掌が砲口の役目。腕が砲身。

 

 幾重にも展開した魔法陣は―――それを延伸するための器具。言葉に従い圧倒的なまでの魔力の『砲弾』が光の軌跡を虚空に刻みながら眼下にある魔法師の工房を叩きのめす。

 

 

「Foyer: ―――Gewehr Abfeuern」

 

 

 続く右腕の刻印。歴史は『浅い』が、それでも魔力を『放出』するという点においてはある種、左よりも優れている。

 

 同じく魔法陣に突っ込むと―――赤と黄の光弾が放たれる。

 

 左が青、緑、紫ならば、右は赤、黄、橙になる。色鮮やかな『スターマイン』(速射連発花火)にも似た破壊の魔力を放つ刹那。

 

 

 その様子を見ていたスターズの面子は―――。

 

 

『スモウレスラーが連発張り手をしている様子に見えた』と述べることになる。

 

 

 言い得て妙。というか様子としては確かにあながち間違っていないのが刹那としては悔しくなる。

 

 鉄砲柱に撃ち付けるかのように、確かに五指を五十は下らない魔法陣にぶつけていた。

 

 

 だがその成果は、確実に出ており―――工房は完全に崩れて窪地を更に沈めるクレーターが出来上がっていた。

 

 

 周辺が気付くことはないように『結界』は張っておいたが、それでもどうなるか……。

 

 

 ひとしきり打ち終わると、もうもうとした土煙と火煙を上げる盆地の中心に赴くように落着。

 

 静かに―――刹那の足音だけが響く。乾いた土を擦りながらの歩行。油断はしていない。残骸すらも燃え果てる中心。

 

 家屋の瓦礫、建材の潰れた様を見ながら鼻を鳴らして挑発。

 

 封印指定や外法に落ちた魔術師の大半というのは、確かにカリオンの放つ執行者を恐れることもあるが、中には実戦部隊など捻り潰せるという自尊と自信で向かってくる手合いもいる。

 

 

「出てこい。息を潜めても死体弄りの腐臭だけは隠せない。貴様の吐く息でこちとら鼻が曲がりそうだ」

 

 

 そういった手合いは、こうして塒を抵抗する暇もなく、潰されて怒り心頭。巣を突かれた蜂の如く激昂しているのだ。更なる挑発をすれば―――。

 

 

 鳴動。地面が揺れている。その様子から―――、何か巨大なものを認識。

 

 

Anfang(セット)―――」

 

 

 魔術回路の回転が全身を痛めつけながらも、攻撃に備える。同時にルーン強化。スターズ隊員たちを熨した『神身強化』(ゴッズエンチャント)を施して、待ち構える。

 

 

 火山や間欠泉の噴火噴水のごとく建材を病葉として出てきたのは――――。

 

 

「巨人か、これは?」

 

「貴様、どこの手の者だ!! 『ヨツバ』かぁ!!」

 

 

 口角に泡を飛ばさんばかりに、巨大な『キョンシー』を出してきた幽幻道士に、はぁと息を突く。

 

 

「ただのフリーランスだ。お前さんを殺せば多額の『おぜぜ』が、入るんでね。まぁ―――運が悪かったな」

 

「依頼主は誰だ!?」

 

「それは秘密」

 

「―――貴様、何者だ!?」

 

「通りすがりの魔法使い『セイエイ・T・ムーン』だ!! 冥府に行くまでに覚えておけ!」

 

 

 小気味いい会話の後に、死体を繋ぎ合わせて作り上げた巨大僵尸が動き出す。こちらの言葉に触発された劉。

 

 どうやらこちらを本格的に脅威と見たようで、嬉しく思う。

 

 

「さてと―――どれだけの秘奥が有効か確かめさせてくれよ―――! Der Himmel beschütze uns!!」

 

 

 その詠唱で―――刹那の背後で起き上がろうとしていたトラップの僵尸の群れが土塊に還る。

 

 放ったのは『洗礼詠唱』の一つ。大地に刻印された『印』が屍人を全てあるべき場所に『還す』。

 

 

「やはり教会の基盤は生きているか、流石に『遺伝子操作』などの倫理を逸脱しても、『神の領域』を全て冒すことは出来ないんだろうな」

 

「貴様……何をした!?」

 

「これから死ぬるお前が知るべきは獄卒に対して言う死因となった人間の名前だけだな」

 

 

 背後にて大地に刻印された『シンボル』が、『劉 呑軍』の術を無効化していく。一人愚痴た刹那に吼えるも、笑みを浮かべた返答は冷たく、既に勝敗は決まった瞬間だった。

 

 

 五指を向けて、劉を睨み―――。刹那の腕の中で圧縮された魔弾が()ぶ―――。

 

 

 † † † †

 

 

 圧倒的な戦いである。人にとって完全な『死角』といってもいい上空からの攻撃で敵の巣穴を発破。

 

 

 同時に地上に降り立っては『陣地』を制圧。今は―――『実験中』といったところか。巨大なゴーレムとも言えるもので応戦する劉だが、呪符も気功も効かないでいる様子が少しだけ気の毒だ。

 

 そんな劉に対してワンサイドゲームをしながら、様々な『技』と『術』を試している刹那がカノープスには分かっていた。

 

 

「やれやれとんだクレイジーボーイだぜ。なんでアイツをサテライト級にしたんですか少佐?」

 

「バランス大佐のお考えだ。それと―――彼自身、あまり厚待遇はいらないとのこと」

 

「組織の中での『自由人』の立場に落ち着こうってのか!」

 

 

 嬉しそうなアルフレッド・フォーマルハウト。通称フレディの言葉に、そういう意図と同時に『処刑役』(エクスキューショナー)としての面も持たせていることを言わないでおく。

 

 もしもスターズ隊員の誰かが反逆及び扇動などの部隊叛乱を起こした場合のカウンターとしてセツナは存在している。

 

 

 それも自分達のような恒星級の隊員も処刑できるだけの―――。

 

 

(軍隊の生臭さだな。以前ならば、それも自浄機能だと言えたが―――今はそうも言えん)

 

 

『守るもの』を持ったからこその『弱さ』だとカノープスが思うと同時に巨大キョンシーが吐き出した『怨霊』の光線を吹き飛ばして、拳の一撃がキョンシーを砕いた。

 

 

 鎧袖一触とはこのことか。幾多もの臓腑と骨肉が降り注ぐブラッドレインの中を歩く刹那の姿は、死神だった。

 

 

 四肢にレイピアらしきものを刺されて地面に縫い付けられた劉にゆっくりと近づく刹那。

 

 

 五指を広げていた掌を人差し指と親指を立てて銃に見立てて向けている。

 

 

 至近距離。もはや何も抵抗する気が無いのか―――、命乞いの言葉を英語、日本語、北京語―――もしくは広東語でなりふり構わず叫ぶ劉だが、構わず刹那は―――。

 

 

『―――その言葉はお前が『腹を引き裂いた女』に言うべきだったな』

 

 

 シルヴィアが読唇術と空気の震えで読み取った刹那の言葉をカノープスは聞いて、眼を瞑りたくなった。

 

 言葉の後には、人差し指から心臓に向けて黒い光が飛び、全身を痙攣させた後に吐血して眼を飛びださんばかりにして死相を浮かべた『劉 呑軍』の首を胴から切り離した。

 

 

 ここに―――『セイエイ・T・ムーン』の初仕事は終わり―――同時に彼の魔法使いの経歴は、底知れぬ闇の彼方を歩いてきたのだと気付かされた。

 

 

 心あるものならば誰もが思う。この少年は―――あちらの世界で18になるまで、『こんなこと』をやってきた。

 

 

 その悲しさに気付き―――その虚ろさを無くしてあげたいのだと―――。

 

 

 その役目はきっと………。想いながらも、スターズの処理部隊は刹那の後を引き継ぎ証拠隠滅と『首の塩漬け』を本当に持っていくことになるのだった。

 

 

 こんな役目を誰がやりたがろうか―――そう思いながらも、そこは『大人の仕事』として奮起しなければならなくなる。

 

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 

 フェニックス基地に着くと同時に車の運転手だったシルヴィア少尉から休むように言われる。シャワーに風呂に―――リーナに感づかせないための施設を全て使って『処理』をした後、部屋に戻った時には日付を変えて午前四時―――。

 

 折り目正しく、規律に厳しい軍隊であれば起床の合図が鳴っている所だが、ここにはそういうのはないらしい。

 

 

 そのことが今は喜ばしく思えた。リーナを起こさずに済む。

 

 

 電子ロックを解除して入った部屋は静謐だった。そのことが更に嬉しい―――。

 

 

「ただいま」

 

 

 言いながらも就寝しているリーナ。二段ベッドの下が自分の寝台である。極力音を立てずに入り込む。身体を横にして一息突くと―――。

 

 

「おかえり」

 

 

「――――」

 

 

 絶句してしまい驚愕した刹那を面白く見ているリーナの表情。穏やかな笑みを浮かべていた。

 

 髪を下したリーナの姿は、何度か見ていたが、こんなに近くで見ると少しだけ印象を変えられる。

 

 

「起きていたのかよ」

 

「いいえ、何となくセツナが帰って来たんじゃないかって思って―――『知覚系統』は得意じゃないはずなんだけどね」

 

 

 それは一時でも、リーナの『エイドス』に干渉してしまったからだ。

 

 魔術回路の接続で疑似的にリーナに繋がったことで、彼女との間に『パス』(経路)を造ってしまった。

 

 本来的に、他者の魔術回路に接続した場合、主導権は『接続された側』にあるのだが、本来的な意味合いとは違い魔術師としての位階が高かったことで、刹那はリーナという『魔法師』に心臓を焼き切られることも無く無事でいた。

 

 とはいえ、一時的にでも繋がったことで―――あのボストンでも『連絡手段』を持たずとも何度も会えた。そういうことを思い出した。

 

 

 思い出してから―――リーナが自分を掻き抱こうとするのを、刹那は察知した。それに少しだけ抵抗する。

 

 

「任務内容は、「いま」は聞かないでおくわ……ただ、休んで。おねがい……」

 

「―――」

 

 

 察しているんじゃないかと思うぐらいに、少しだけ悲しい顔をしたリーナ。その優しさに素直に甘えることが出来ず、ただ…逡巡しているだけになる刹那。

 

 そんな刹那を強引に引っ張るリーナ。そうしたことでもはや何も出来なかった。刹那も予想外に疲れていたのだろう……。

 

 

「おやすみリーナ」「おやすみセツナ。二度寝なんて久しぶりだわ」

 

 

 そうして、『こうしたこと』はロズウェルのスターズ本部基地に就いてからも続くだろうと『察知』した刹那は、転属すると同時に一人暮らしをすることになり―――、時は二人が14歳の時にまで進む……。

 

 

 宝石と星が極東の地に足を踏み入れるまで―――時間はもう少しかかるが……送られてきた『塩漬けの首』を踏みつぶした『魔女』は『魔宝使い』に更なる興味を覚えるのだった……。

 

 



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幕間『2年の出来事―――魔法使いの課外活動』

とりあえず現在2018年 8月9日時点での日間ランキング17位到達記念ということで皆さんへの感謝をこめて新話を投稿します。


短いですが、読んでいただければ幸いです。

ちなみに作業用BGMにNNG氏の封印指定mad『不協の音色 不実の永遠』をヘビリピで掛けてました。

今回、戦闘シーンなんて皆無なんですが、まぁ昔のクセですね。ではどうぞ。




『それじゃな遠坂。世話になったよ』

 

『――――ええ、本当に……行くのね?』

 

 

 こんなやり取りを何度も繰り返した。そのやり取りの中での心変わりを願った。

 

 いつか違う結論が出るんじゃないかと、蒸し返すたびに、何も変わらぬものが出るだけ。

 

 

 結局の所、早朝、母に乱暴に叩き起こされたことで、来るべき日が来たのだと分かった刹那は、母と同じく悲しい顔が出来ていただろうか―――。

 

 母と会話していた父が、こちらに気付き―――屈んでこちらに視線を合わせてきた。

 

 

『刹那。お前だけは母さんから離れるなよ。父さんは―――少し『遠い所』に行ってくる。長い仕事になりそうなんだ』

 

『はい――――』

 

『父親らしいことなんて、本当―――俺に出来ていたか、分からないんだ。ゴメンな……』

 

 

 謝るべきはそこじゃないはずだ。けれど―――父が悲しい顔をしているのを見て、そんなことはない。と言えない自分がいた。

 

 

『だから―――『刻印、移乗』(トレース・オン)……これが、父さんからお前へのプレゼントだ。もしかしたらば、これがお前を不幸にするかもしれない。けれど、きっとこれはお前を『幸せ』にする力だ。刹那の運命にもきっと逃れらぬものが来る』

 

 

 魔性の運命。魔術師はそこから逃れられない。父と母が本格的に知り合った『戦争』のことを考えて、そんな運命がやって来るなど……とうの昔に分かっていたことだ。

 

 

 左腕ではなく右腕に『輝く』もの……これが、まだ『小さい内』は父は存命だ。そう。魔術師の卵は分かっていた。

 

 

『根源の渦を目指すも、違う道に進むもお前の意思一つだ。だから―――生きていてくれよ』

 

 

 自分の後追いなどするな。そう言えなかった父の苦悩を分かってしまった。させないと断言した母に対して刹那は、何も言えなかった。

 

 

『それでは、行ってくるよ』

 

『はい―――父さん。気を付けて―――』

 

 

 立ち上がり、自分の視界からいなくなったことで初めて目がぼやけた。ああ、分かった。

 

 

 自分は泣いていたのだ。手を振り視界からいなくなるまで父を見ようとしてその姿がぼやけて眼を拭った時には父の姿は無かった。

 

 見えなくなった時に母は崩れた。

 

 

『ごめん―――私じゃアイツは止められなかった……アンタになることを止めたかった。その為に―――『鎹』まで作った……愛していくことが出来たはずなのに―――』

 

 

 顔を手で覆った母は独白する。

 

 どこかの誰か。親しい―――『昔の男』に言うかのような母は嗚咽を止められていなかった。

 

 

『母さん―――』

 

『……刹那、アンタだけはアイツみたいにならないで……、大切なものの為に『戦える』―――『人間』でいて、お願いだから―――』

 

 

 目的の為に何かを捨てるような人間にはならないでほしい。そう泣きながら自分を頭ごと抱きしめる母の抱擁。

 

 慣れていなかったのだろう。すごく痛くて、それでも母の愛情を感じることが出来た。

 

 

 

 だから――――。

 

 

 自分の人生が『喪失』することにあるのだと気付き、どこまでも悲しかった。この人と父を結びつける鎹では無かったことが、とても悲しくてお互いに泣いてしまった。

 

 

 

 それは―――遠坂刹那にとって古い、旧い、遠く、永い(とおい)記憶で――――現実ではないと認識して覚醒を果たす。

 

 

 † † † †

 

 

 眼を覚ますと同時に、見慣れた天井が視界に入ってきた。

 

 

 いつも通りのアパートメントの天井。何の染みかも分からぬぐらいに汚れている箇所もあるが、それでもどこか―――ロンドンに居た頃の家を思い出して、地脈と『職場』の関係で、ここに決めた。

 

 

 魔術師の工房としては、質素で開放的に過ぎるが―――本格的な『工房』は、『2年』ほど前に殺した初仕事の相手の土地をスターズに借金する形で借り受けた。

 

 

 怨念の浄化に一週間、地脈の安定に一週間。その後、建築業者を呼んでの工事で三か月。

 

 概ね―――満足いくものが出来上がっており、そこには各種の『魔女術』の素材が成長している。

 

 再確認したことで気付いた。気付いたからには、行かなければなるまい。

 

 

「そういや、ホワイトセージの収穫期か」

 

『そうだね。まさか『薬草園』(ガーデン)を作り上げるとは思っていなかったから、今となっては君の先見には驚かされる』

 

「女性隊員には随分と好評だろう? フォーマルクラフトは、確かに『相性』はいいんだが……金がかかる」

 

『世知辛いかぎりだね―――製作者が製作者だけに一言申したいが、まぁいい。もうこの世界に来て二年か―――君も14歳の身体になってきて、何か変化は起こったかな?』

 

 

 そういうオニキス。魔法の杖の言葉で、拳を握りしめながら体の不調をチェックしてから―――この二年間に起きたことを何気なく思い出す。

 

 

 リーナの御両親に挨拶に行く。

 

 何故か父親の方からは、『娘はやらん!』とか言われた。いらないんですけどと言うと『酷いわ! アンジ-をキズモノにして責任を取らないだなんて!!』などと母親からは責められる。

 

 自分の事をなんて説明したんだとリーナを問い詰めると明後日の方向を見ながら口笛を吹く様子。とりあえず今度の御馳走が『遠坂家秘伝の麻婆豆腐』に決まった瞬間だった。

 

 

 リーナの母方の遠い親戚。日本の『十師族』と呼ばれる時計塔で言えば君主(ロード)の一角を担う『九島』の関係者に会う。

 

 リーナの『はとこ』という少年に出会い―――その病状の回復を手助け。見立ては単純に言えば『殺人貴』と同じようなもの。

 

 魔術的には『イスタリ家の呪い』と同じであった。

 

『死』に近すぎる人間がそうなるのか、それとも『死』を纏うからこそそうなるのか―――。

 

 一生、ついて回る『貧血』と同じだと告げるも、人並みに動き回り、魔法行使も出来るぐらいにはなれたことを喜んでいたのに対して―――同行者たる『姉』の視線が鋭くこちらを『刺していたこと』を察知して見せすぎたかと思う。

 

 

 日本の地に降り立つ。

 

 休暇を利用しての『冬木』や『アオザキ』の霊脈などが無いかの確認程度だったのだが、何故かリーナも付いてきて婚前旅行だのなんだの後で部隊内から冷やかされた。

 

 実際、入ってきた温泉と料理の味は格別だったので、まぁ良しとする。

 

 霊脈に関しては、『手つかずの鉱脈』も同然だったので、こっそり及び『ごっそり』確保しておくことで後で利用することに決定。

 

 ちなみに冬木市やそれに類する新都―――『故郷』の形は影一つも見えなかったことに少しの寂しさを覚えた……。

 

 

 飛行魔法の開発を依頼される。

 

 正直、これが難儀した。いまだに形になっているとは言い難いが、一種のプシオン―――感情や気持ちの高ぶり。要は精神的なものを利用する形になると思われる。

 

 完成形としては―――『黄金色の天使の羽』にも似たものが展開すると思われる。

 

 仮称『ヴィーナス・フェザー』『ガーディアン・エンジェル Twenty』―――そんな風な開発コードで現在、マクシミリアンと共同で研究中。

 

 現在も続行中である。

 

 

 

全てを思い出して刹那は嘆息する。この中に含まれていない想い出は―――更なる嘆息となりえた。

 

 

「その他は切った張ったが多すぎる。ここまで血腥かったかね? 俺の人生は―――」

 

『それこそ君の片方の親の影響だね。諦めることだ』

 

 

 ひどい結論だった。コーヒーメーカーを起動。流石にこの手の機械に関しては、生活に直結するだけに必死で使い方を覚えた。

 

 それも二年間での成果である。

 

 流石に母ほどではない―――と自負している刹那であるが、やはり機械に弱いという性質はトオサカゆえの悪癖か。

 

 

 優雅さも正直、自分の代で廃れただろう。余裕を持って優雅たれ―――だが、バゼットと共に戦場に赴いた刹那としては、それで死んでしまっては元も子もない。

 

『刹那』の一瞬で何かが決まるのならば、多少の行き当たりばったりさが必要だろう。そういう遠坂刹那の人生哲学であった。

 

 

「二年間か―――馴染んだのかね。俺は―――」

 

『受け入れてくれる人が多く、そしてまた君も受け入れてくれることを望んだ……しかし、君の能力の『異常さ』は多くの人間の『関心』を引きすぎる』

 

 

 オニキスの言葉か、それとも飲んだコーヒーゆえなのか苦い顔をしてしまった刹那。

 

 

 リーナの大叔父とも言える人物との邂逅、日本におけるロードの一人との戦い。……『極東の魔王』にして『魔女』との『一瞬の邂逅』。

 

 

 全てが、『勘付かれた』とも言い切れないが、まぁ―――何かと興味を惹くのだろう。バランス大佐だけに全てを圧しつけるには酷だった。

 

 

 嘆息して――――俺なんかに構わず生臭い権力闘争をやっていてくれ。と思う。

 

 具体的には時計塔の『ノーリッジ』以外の連中みたいに――――こういう時に『だけ』は、法政科みたいな『重し』が欲しくなる。

 

 

「魔法師というのはある意味では―――法の『束縛』を受けない存在だからな……」

 

『万人の万人による闘争――――、人間をただありのままに放置すれば、『地獄』が生まれる―――、ある意味では、魔法師が『世俗的』なのは、『人類』にとって僥倖だよ。彼らが『人肉』を食らう『異種族』であったならば、どうなるか』

 

 

 恐ろしい話だ。同時に――――そんな異種族であることが、普通の人間には恐ろしく思えるのもまた理解出来る話だ。

 

 

『「―――『両方の抑止はない』―――」』

 

 

 オニキスと同時に言葉を吐き出して―――ニヒリスティックな空気を霧散させた。同時に――――『結界』を超えられる『合鍵持ち』が、やってきたようだ。

 

 こういう時に、彼女の明るさが嬉しいのだ。

 

 

『セツナ―――! 基地に行くわよ―――!! ハリーハリー!!』

 

 

 もう。そんな時間か。学校に行く体で呼ばれたが、ともあれ―――出かける準備をする。

 

 

「それじゃ―――行くとするか」

 

『ふふふ! 今日こそはロズウェルにて発見された『グレイ』を解剖する時だ!! 宇宙人はいることを証明してやる!! 具体的には『ウサギの耳』をしていたはず!!』

 

 

 意気揚々に家を出る魔法使いと魔法の杖。

 

 

 世界は、もう少し『眠り』の中にあって魔法使いもまた今は―――『眠りながら』動いていくのであった……。

 

 たとえ、互いに出した『終着の結論』(エスカトロジー)がいずれ『否定』されるとしても……。

 



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第6話『NAKED STAR-Ⅰ』

水着ジャンヌ――――!! マジで欲しいわ―――!!!

そんなこんなで仕事も盆休みに入ったので、色々とやりたかったことをやるぞ――!! 

具体的にはコミケに行けない分の同人誌をゲット―――ひろやま先生の同人誌はとりあえず買わねば(苦笑)


 

 

 

 壁際に押し付けられた刹那は、背丈の都合で見上げられる形になっている―――少女の凛とした視線を外すことは出来ない。

 

 壁際に押し付けた際に手から出た感情の高まりゆえの雷が刹那の背中を焼いた。それは受け入れるべきものだ。

 

 

「――――これはどういうことよ!?」

 

「見ての通りだ」

 

「何も誤魔化さないのね。冗談や誤報、偽報の類だとも言ってくれない……!」

 

 

 床一面に散らばる紙の資料。電子技術万能の世の中にあっても一番に諜報を免れやすい資料というのは、こういった物的なものだろう。

 

 セキュリティの問題が起こりえる電子の情報では―――この問題は、あまりにもデリケートだった。

 

 

「……何で言ってくれなかったの?」

 

「君に言えば、君は君自身を責める。そして『それ』を知らせなかった大人達に激昂する。だが―――俺自身は、こんなことを総隊長がやるべきじゃないと思っていた。だから引き受けたんだ」

 

「責められるべきは、セツナ―――あなただけにしたかったっていうの?」

 

「そうだよ。だから―――俺が君の『鉄の闘争代行人』(エクスキューター)なんだ」

 

 

 その瞬間、頬に平手を見舞われた。力が入っていないものだったが刹那にとっては、本当に痛く感じられた。

 

 

 涙を浮かべながら振るわれたアンジェリーナ・クドウ・シールズの顔の前では―――本当の痛み。

 

 

 走り去っていくリーナ。それを追うべきなのに追えず―――振るわれた手の平の痕を撫でることで、今はどうにかするしかなかった。

 

 

 ……――――そんな風な場面を見ていた。そしてその『顛末』を知っていた女は、一枚の資料であり大統領府からの『指令』を見て、策はこれしかないのだと思った。

 

 彼らの『過去』を回想する。

 

 ホワンホワンホワンバランス~……『年を考えてください』などというツッコミを入れられないことが少しさみしくもあったバランスではあるが、ともあれ過去の回想が始まった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 

「まさか卑怯とは言うまいな?」

 

「いや卑怯だろ。恒星級の魔法師二人がかりで俺を倒そうだなんて」

 

「ヒャッハ―!! 遂にUSNAが数多の失敗を繰り返して誕生した『超兵士』たるこの俺が――――セツナ君を倒すために全力を尽くすよ」

 

 

 最初がフレディ『中尉』の言葉。逆立てた金髪は炎を想起させるものであり、彼のコードに相応しい。

 

 フォーマルハウトとは『フォーリナー』(異界神話)において、『炎の支配者クトゥグア』の『座』を意味する言葉だからだ。

 

 

 逆にアルフレッド・フォーマルハウトよりも『炎』や『火』を連想させるのは、二重の人格。それらによる演算領域を備えた赤毛の男。

 

 どこか不健康そうな面ながらも、それはこの男の『技量』に端を発する。

 

 加速術式からのリッパ-サイクロン(切り裂き戦術)を主に行うこの男にとっては、体格の頑健さよりも細く尖らせて、尚且つ『キレる』肉体が必要とのこと。

 

 要は必要以上の筋肉で動きを阻害されないために、若干―――不健康そうな感じがするとのことだ。

 

 減量で無理やり階級を落としたボクサーの如き男。『ラルフ・アルゴル』を見た。

 

 

 二重の人格が思考と反射の融合で襲いかかる術を得た男はあの時よりも強い。

 

 

「スターズの中で最強を決めるのだとすれば、まずは君が挙げられるよ。どんな『隠し手』を持っていたとしても変じゃないからな」

 

「そういうことだ! 悪いが今日の俺は元気モリモリの調子が上向き!! これを機に一度は勝ちたいんだよ!!」

 

 

 モリモリって何だよ? と思いつつも、こういった『演習』は頻繁に繰り返してきた。

 

 魔術師も魔法師もこういった所は変わらない。如何に秘匿が主とはいえ自分がいた頃の時計塔においても積極的に魔術師どうしによる『戦闘』『修練』の類は奨励されていた。

 

 他人の術を見て『盗む』なり『発展』に寄与せよ―――ということだが、刹那の見立てでは単純に学者肌の人間では『代行者』なんぞに殺される可能性もある。

 

 そういった神秘を学ぶものを『少なくさせない』ということもあったのだろう。ロードたちの血腥いかつ生臭い思惑が透けて見えると同時に一流どころであれば、『戦闘』に特化していなくても、魔術による『殺戮』ぐらいは容易いものもいる。

 

 

 閑話休題。それはともかくとしてこの世界の魔法師は全員が全員、育ての親たるバゼットやレスリングと宝石魔術を使う『あの人』やら『母親』みたいなのばかりだ。

 

 

 ゆえに―――『不覚は取れない』。

 

 

「では15分間の一本勝負。ジャッジ次第では途中で止める。ちなみにセツナ君の方は『総隊長』の『ブリオネイク』による多段レーザーだ。死なないように」

 

 

 死ぬ可能性があるかもしれないレフェリーストップって何だよ。と思うも、カノープス少佐としても止めきれない可能性があるということだ。

 

 ただ―――もう狙いを着けているとか、『変形』済みの砲身束ねのレーザー銃とか用意しているんじゃないと嘆きたくなる。

 

 笑いながら―――『使わせること無いわよね?』との無言での圧力を感じた。

 

 

(最近、なんだか不機嫌だよな)

 

 

 原因は分かっている。しかし―――明かすわけにはいかない。

 

 

 今度こそ蛇足を終えて―――向き直る。どちらにせよ目の前の二人は強敵だ。気を引き締めながらも魔術回路の回転と解放は忘れずに―――。

 

 

 自然発火(パイロキネシス)で、燃えそうになった髪を鎮火。火種がちりっ、と出るぐらいの『進歩』を見たのか、間髪入れずにフレディは火球を放つ。

 

 

 対象に対する『外的』干渉。こちら側で言えば、本来的な術式ではない。

 

 エイドス―――対象に存在している情報体への干渉を持って『変化』を『強要』する現代魔法においては、一般的ではない方法だ。

 

 放たれた火球は、真っ直ぐに飛んでくる。棒立ちでは流石に喰らう。しかしそこに――――。

 

 

『マナナーン』のルーンを虚空に描き盛大な水を放出させる。足元から上がった波濤が、フレディの火球を消し去る。

 

 

 そして―――背後に迫っていたアルゴルに回し蹴り。

 

 

「なかなかのコンビネーションだったが『キレ』がイマイチだよ!」

 

「くそっ!! だから髪をチリチリのアフロにしろっていったんだ!!」

 

 

 何の話やら、加速術式で己を速めたアルゴルにルーングラップリングを叩き込む。

 

 ナイフによる格闘を許さぬ拳による牽制。小刻みなパンチが接近を拒み、更なる超加速で縦横無尽に動こうとした隙を―――刹那は『神速』のルーンでステップ。

 

 

 アルゴルからすれば瞬間移動したも同然の接近だったろうが、ツルギは拳を固めている。狙うべきは―――ボディ。

 

 ナイフを振るう腕を上にかち上げた上での至近距離での『打』。しかし―――。空を切る拳。

 

 

「ボディブローとは、驚くね」

 

「超加速でのバックステップか、同居人は怒っているんじゃないかな?」

 

「もっとも―――だ」

 

 

 言葉が途切れたのは、波濤の壁を超えて炎のチャージを掛けてきたフレディの姿ゆえ―――。

 

 

 慌てずに躱して『魔弾』を装填。予想通りアルゴルと合流したフレディの頭は……チリチリのアフロ。

 

 思わず笑ってしまいそうになる。集中を途切れそうになるほどに見事なアフロだった。

 

 それが狙いかと察した―――。

 

 

「クソッ!! ラルフの言う通りアフロにしておけば良かった!!」

 

「笑いを堪えているね―――だから言っただろうがぁ!!」

 

 

 二重人格のウザさが見えつつあるラルフ、アルフに対して『魔弾:拡散』を放つ。それはフレディをも巻き込む術式。

 

 

 五指から放たれる土砂降りの雨も同然の魔力レーザーの圧に、二人もどよめく――――。

 

 

 戦いは―――結局それから8分間続き、刹那の勝利で終わった。というよりも―――フレディが用意しておいた『戦術級魔法スピキュール』―――。

 

 

 天空に炎のドームを作り上げてそれを拳に纏ってのダイブ―――熔岩の火口も同然となってしまう演習場。

 

 その威力を受けて、一番に倒れるはラルフ・アルゴルだった。

 

 

 刹那は耐火の魔術を発動させて耐え抜いた。そして―――冷えて固まった熔岩土も同然の所に佇むアルフレッド・フォーマルハウトは――――。

 

「あっちぃぜ……」

 

 と一言だけで倒れた。何かのコメディかのように自滅したスターズ隊員。

 

 

 熱が籠り過ぎたのだろう。髪のせいで――――。最後までアフロにこだわる男が倒れた瞬間だった。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

「棚ボタの勝ちで喜べるほど、ガキじゃないんだがな」

 

「の割には―――嬉しそうな顔もしていたけど?」

 

「フォーマルハウト中尉のスピキュールは中々にいい魔法だよ。風はノーブル、火はノーマル。その中でも最大の火術といっても差し支えないね」

 

 

 演習場の『修復』をしてからロズウェルの本部基地の廊下を歩く刹那とリーナが言い合う。

 

 いつぞや―――初めて、自分の素性を明かして更に言えばスターズという星の軍隊に入った時も、こんな感じだったなと思う。

 

 

 だが、いまリーナから漂うものは緊張の一言。安堵させたいと思っても無理だろうと思えた。

 

 

 理由は分かっていたからだ――――。最初に切り出したのはリーナから。

 

 

「セツナ、何か……隠していない? 私にすごく重大なことを」

 

「そりゃ色々あるよ。君がオレのアパートに来るたびに、どこかにポルノ雑誌や電子書籍のデータやら無いかと探してるのを黙って見ていて、その度に短いスカートからチラチラ除くパンツを黙って見ていたり」

 

「スケベ!!」

 

「痛い、痛い。総隊長からの懲罰なんて勘弁願う」

 

 

 刹那の口撃に対してバシバシと持っていたファイルケースで叩いてくるリーナ。こうして、おどけられる内はまだいいだろう。

 

 

 問題はここからだ。金髪があでやかに輝き、その魂の色も相応に輝いていたリーナが少しだけ澱んでいる。

 

 そうしなかった。だが、同じ組織に所属していて、しかも総隊長という地位にいる以上、そうした『噂』がリーナの耳に入るのは当然だった。

 

 

『すまんな』

 

 

 そのことをバランス大佐から聞いた後に、謝罪されたが―――箝口令を敷くわけにはいかず、結局……いつかは漏れ出る話だった。

 

 

そうしてから―――リーナは居佇まいを正して刹那に向き直りながら口を開く。

 

 

「……疑念は、セツナがここ(スターズ)に着いた頃からあった……。実戦部隊として様々な任務をこなしていく以上に、セツナの出動回数が多すぎたことが、あれは薬草園に行っていただけじゃないんでしょ?」

 

「―――そうだ」

 

 

 もはや観念をして、それでも理解してほしい思いで肯定をした刹那に対して、リーナは少しだけ驚いた顔をしている。

 

 

「!……そうよね。カンの鈍いアンジェリーナ。どこまでも誰かの気持ちを察することも出来ない愚かなシリウス。

 あなたの変装を見抜くのにも時間がかかって、それで余計な手間を掛けた。セツナが―――いつか私に全てを教えてくれるんじゃないかと思って、甘い理想に浸って―――その結果として! 私はセツナに取り返しのつかないことを押しつけていた!!」

 

「待てリーナ。それは違う―――俺もベンも! 君にそんなことを―――――」

 

 

 その時には、リーナは、ファイルを証文でも投げつけるようにして中の何枚もの紙資料を散らしてきた。

 

 内容は分かり切っていたが、それでも足元に散らばった資料を見て―――本当に観念する。そこまで知られた以上、『今後』ありえるかもしれないことを想定してしまったリーナは怒っている。

 

 

『逃げ出したいのに、逃げられない』それでも『逃げ出さないよう』にリーナは刹那を壁際に追い詰めた。

 

 本当に今にも泣きそうなリーナを抱き締めて慰めて理解してほしい思いがあるのに、それを出来ないのは―――刹那にとっても、こんな自分の姿は知ってほしくなかった思いがあったからだろう。

 

 

 そして……冒頭に至るわけであった……。

 

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 

 一息着く。一服など―――流石にあり得ないので好みのアロマスティックで口寂しさを紛らわす。

 

 いつもならば、こんなところには来ない。喫煙所(スモーキングエリア)。故郷の呉服屋の跡取りであれば『横綱の取組か!?』などと言いかねない場所で、セツナは頭を悩ませていた。

 

 

「浮かない顔をしているな」

 

「ああ、すみません。先に一服させてもらってました」

 

 

 自動式ながらも電子ロックがかかる喫煙所のドアを開けて入ってきたのは、ベンジャミン・カノープス少佐だった。

 

 火かな。と思って指先に着けたが、手で制されて―――カノープス少佐が出したのもアロマスティックであった。

 

 

「昔は吸い過ぎるぐらい吸っていた……身体を壊すんじゃないかと同僚からも言われていたんだがな……」

 

「そこまで自分を『罰』しなくてもいいでしょうに―――」

 

 

「ごもっとも。だが禁煙の切欠になったのは娘が嫌がるんじゃないかと思ってな……」

 

 

 少佐には娘がいる。刹那も会ったことがあるが、すごく可愛い子でティーンエイジャーになる前から、学校では人気だろうなと思う子だった。

 

 そんな子が自分のようなあからさまにアジア人な人間に眼を輝かせていたのを見たリーナが不機嫌になったのを思い出す……そんな風な想い出もあるぐらいに、本当に離れられない女の子だった。

 

 

「シリウス少佐とケンカして、もう十日間か―――随分と長いな……」

 

「なんて言えばいいのか分からないんですよ……君じゃ無理だった。とか言っても聴かないだろうことは分かる―――かといって、今後、彼女に任せるなんてのも論外だ……」

 

「魔法師としての才能と殺人者としての才能はイコールじゃないからな」

 

 

 その事は誰もが懸念していた。やはり殺人に対する忌避感というのは誰もが持っているものだ。そして、現在14歳の年齢で、それを行わせることは無理だった。

 

 しかし彼女の魔法師としての才能を惜しんだ。更に言えば『エリオット・ミラー』、『ローラン・バルト』に次ぐ戦略級魔法師『十三使徒』の一人である。

 

 軍の上層部の意向と、『政府』側の意向とのせめぎ合いで―――そうなったのだ。年齢に似合わぬ『最強の魔法師』の称号を彼女に与えることに……。

 

 

「代わりに君が―――総隊長が持つべき『粛正権限』を代行することでバランスを取った……だが、あの娘にはそれが、どうしても許せなかったんだろうな」

 

「……」

 

「セツナ君は、あの娘の心を想って行動した。傷つけたくなかった。同時に、シリウス―――リーナ嬢も、これ以上セツナ君に血に塗れてほしくなかった。どちらもが相手を想うからこそ整合が取れない。すれ違う―――こんなにもお互いのことを想っているのに、『何で分かってくれないんだ?』とね」

 

「―――……」

 

 

 少佐の言葉に刹那も俯くしかない。外部からの意見で分かることもあった。だが、そんなことはお互いに分かり切っていた。

 

 

「私も……時々、考えるよ。娘に自分の仕事を上手く伝えられるんだろうか、とね……未だにステイツの軍人さん(アンクル・サム)で通していけるのかどうか―――もしも、娘が……自分を軽蔑したりしたらと思うとね」

 

「無いでしょ。少佐は軍人であっても人間として最低じゃない。とはいえ―――娘さんが理解を示すかは分かりません」

 

「言ってくれるね」

 

「俺も―――死んだ親父が、今の自分の姿を見てどう思うか分かりませんし、そして死んだ親父がやって来たことを本当の意味で『理解』出来ている自信がありませんから……ただあなたみたいに家族を大事にする親父は欲しかった」

 

 

 その時、右腕が疼いたような気がした。本当に一瞬ではあったが、そんな風な感覚を覚えた。

 

『親父』が俺を殴ったのかな? そんな風に考えるぐらいには、少しだけ心の余裕が出来ていた。どうにかこうにか捕まえて話を聞いてもらうしかない。

 

 結果として関係が崩れるならば―――まぁそれはそういう星のめぐりだったのだろう。

 

 

「そう言えば今日は、リーナの姿見ていませんね。副官である少佐は何か聞いているので?」

 

「いや、ここ十日間は私もシリウス総隊長から外されていてね。代わりにスケジュールや任務のミーティングの際にはシルヴィアが就いていたからな」

 

 

 恐らく、こうして私的な話もするだろう刹那とカノープスを避けてのことだろうか。徹底してやがる。絶対捕まえてやる。

 

 苦笑いをしている少佐も同じ結論だったのだろう―――そんな風に歳の離れた兄弟か、親子のように会話をしていた時だった。

 

 

 事態の急変が伝わる―――喫煙所をどうにかこうにか見つけたらしき汗をかいて、息を切らしたシルヴィア・マーキュリー・ファーストの姿が見えた。

 

 只事ではない。そう感じた後には端末に緊急案件が入る。コールされた案件を一読して全身の血液が逆流した想いだ。

 

 

「セツナ君、大変です!! リーナが、『違法魔法師』(アウトサイダー)の案件に手を出してスターダストのバックアップやサポートメンバーも着けずに―――」

 

 

 ドアを開けたシルヴィアの言葉を途中に置き去りにしながら、飛び出る。職員数名が驚くほどのスピードで走り抜けながら、外に出れる位置を見つける。

 

 大窓を開け放ち、眼を鋭くする。過去・現在・未来―――様々な『時』を見通す千里眼とは違う意味で眼を鋭くして全てを見通す気分だ。

 

 

『見えたな!? ならば行くぞ!!』

 

「転身―――プリズマキッド!!」

 

 

 事態の緊急を同じく知ったのか、入り浸っていただろうアビーの部屋からやってきた魔法の杖を掴んで、『魔法の衣』を纏う。

 

 己の力が充足するのを感じながら、鋭く行先を睨みつけてから大窓の枠に足を掛けてブースターとなる準備。準備が整った。

 

 

「セツナ!! この中ではお前が最速だ!! 我が隊のアイドル プラズマリーナを頼むぞ!!」

 

 

 スターライトの指導教官としても見ていただろうユーマ・ポラリスが廊下の角から奔りながらやってきて頼み込んできた。

 

 言われるまでも無く承知済みであるとして親指を立ててから飛び出した。勢いで壁がぶっ壊れたかもしれないが構わず最速で蒼穹を飛び立ち、目的地へと向かう。

 

 

 ……そんな風な様子を見ていたバランスは、崩れた壁の大穴を見ながら、呟く。

 

 

「まったく―――ここまで必死になるぐらいに守りたいならば、離さなければ良かっただろうに」

 

 

 男女の仲の複雑さを既知であるだけに、それはズルい考えであることは理解していても、どうしても呟かずにはいられないのは、彼の少年少女がこのともすれば殺伐とした軍隊の癒しにもなっていたからだ。

 

 子供を大人達の愚劇に投入している。その無慈悲さは理解している。だが、それでも―――その非人間性を理解していても、それを行う子達に対する慈愛の心があれば、人は幸せになれるはずなのだ。

 

 

 矛盾と非難するものはいるだろう。だが、それでもそれに対して『不感』となることは許されない。

 

 

「あの子たちの帰る家をちゃんと、暖かいものにしておく。それが私の役目なんだろうな」

 

 

 不意にそれでも自分を罰する為に身体に悪いと分かっている煙草を吸いたい気分になったバランスは、それでもあれこれの処理のために奔走する。

 

 大穴の横に――――。

 

 

『嵐の如き愛の疾走の始まり―――』

 

 

 などと『芸術作品』のように、題材を掲げていたが―――後に―――。

 

『こどものおもちゃ』

『半人前の愛』

『神風怪盗キッド・愛慕戦乱編』

 

 

 などなど、様々なテーマが候補に上がりながらも、帰ってきた刹那によって簡単に修復されてしまうのだった……。解せぬ。

 

 

 



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第7話『NAKED STAR-Ⅱ』

作業用BGMにレアルタヌア(vita版)の『ARCADIA』『HORIZON』を掛けて終盤の展開を何とか書き切りました。

『Another Heaven』は―――うん、またの機会に(爆)


2018年8月13日 指摘を受けて修正・加筆。



 リーナにとって、そんな仕事は容易かったはずだ。スターズ総隊長という『最強』を名乗るだけの実力はあった。

 

 魔法力において追随を許さない彼女の実力を参謀本部も認めてくれた。そうして幾らかの研修を経て―――自分は『シリウス』のコードに相応しい軍人になれたはずだった。

 

 

 そう……だった。はずなのに―――、知ってしまった組織の暗部。そして合衆国においてすら、魔法師どうしによる殺し合いが頻発していることが……。リーナの耳には入ってこなかった。

 

 

 現在のところ、総隊長が拝命すべき内部粛正の任務は無い。脱走兵―――というものが合衆国においてあるとすれば、それは魔法師によって『精神を操作』された存在が主だろう。

 

 それとて拘束をして、メンタルケアをしていけば外れるもののはずだが……。それでもシリウスにその権限があったということは―――……合衆国は強力な魔法師が団結して『反乱』を起こした場合の『カウンター』として、シリウス…最強の魔法師にそれをやらせていたのだ。

 

 

『これはどういうことですかシルヴィ!? 私はこんな任務があるなんて知りませんでした!! これが―――総隊長が負う任務ならば……誰が代行しているんですか!?』

 

 

 癇癪じみた言葉に聞こえたかもしれないが、聞こえてきて閲覧したデータを参照するに、血液が逆流する想いであった。

 

 必死の想いと形相。悲しんでいるリーナを見たシルヴィアが、苦渋の顔をしながら口を開く。

 

 

『……全ての恒星級の魔法師が、その『任』を任されている訳ではありません。リーナもご存じの通り、スターズの任務には警察の手に負えない魔法師犯罪に対処することも含まれています。同時に―――新ソ連、大亜連など『敵対国』の間者となっているものを『処罰』する権限もあるのです』

 

『それだけではないのでしょう?』

 

『ええ、場合によってはシリウスは『反乱分子』に対する最後の砦となりましょう―――、ですが……この任を代行すると言ってきた人間がいます。もう察しは着いていましょう?』

 

 

 プリントアウトされた紙をくしゃくしゃに握りしめながらリーナは俯く。自分とて何も『健全な組織』というものが完全に存在しているなどとは思っていない。

 

 想像力逞しい人間ならば、治安維持機構の中でも『特殊なセクション』が、そういった『後ろ暗いこと』に従事しているなど考える。

 

 そしてそれが事実だった場合―――それを知らされていなかった内部の人間は、忸怩たる思いを抱く。

 

 

『セツナなんですね……誰も止めなかったんですか?』

 

『―――何人かは止めたいとは思っていましたよ……ただそれ以上にセツナ・トオサカは上手く『やりすぎました』。だからこそ、誰もがそのままにしていました……。実際、初任務の後の帰還の車を運転していた私は、セツナ君が同じ人間には思えませんでした……』

 

『だとしたらば私も『人間』じゃないはずです!! 戦略級魔法で10万人都市すらも滅ぼせる私とセツナとの間に違いはないじゃないですか!?』

 

『リーナ……』

 

 

 同じ年頃で同じく修羅場を歩く決意をしたのならば、自分とて『人間』ではないはずだ。そんなリーナの言葉には幾ばくかの恋慕ゆえの私情も入っていたが、それを糾弾出来ないシルヴィア。

 

 リーナは同じ『存在』がいることで安堵をして、精神的安定を保っていた。

 

 そんな事は分かっていた。だからこそ、シルヴィアだけでなくスターズの誰もが『リーナには知らせないでください』という刹那の言葉を遵守してきたのだ。

 

 

『―――違法魔法師、外法を使いすぎて裁判で立証すら難しい犯罪魔法師―――アウトサイダーを『処罰』する任務、今度は私がやります』

 

『……セツナくんの想いを踏み躙るんですか? 分かってるはずですよリーナ。あなたに血濡れの惨状を見せたくないからこそ、彼は影の始末屋という任務に従事してきたんですから!!』

 

 

 待遇。特に金銭なども多く融通してもらっている―――などと言えばシルヴィアとてリーナに吹っ飛ばされていたかもしれない。

 

 

 そんな風に怒りでサイオンが―――自然と『発雷』としてリーナの全身を輝かせていた。

 

 

 刹那命名の『キーニング』の前兆だなと緊張しながら思ったが、落ち着きを取り戻したらしく光が無くなって、逆立つように浮遊していた金髪のロールがニュートンの法則に従っていく。

 

 

『……すみません感情的になりすぎていました……』

 

『いいえ、お構いなく―――あなたのフォローも私の仕事ですから』

 

 

 仕事とプライベート。刹那が絡む事案にリーナが関わると二つが、まぜこぜになって、どちらかといえば彼氏の愚痴を言う妹の相手をしている気分になる。

 

 そう硬い口調で言っておかなければ、なんかちょっと女として負けた気分になるのだ。

 

 

 シルヴィア・マーキュリー・ファースト 22歳 現在恋人募集中の出来る女である。

 

 

『……一度、セツナと話そうと思います。それで―――『変化』があれば、いいですけど―――なければ、バランス大佐に言って私が拝命します』

 

『それがいいですよリーナ。ただし、話すタイミングと場所は考えてくださいね?』

 

『はい。大丈夫です』

 

 

 何が大丈夫なのだろうか。と思わなくもないが、リーナも考え有るだろうと思って深くはツッコまずにおいた。

 

 その表情が緊張しているのは丸わかりであっても―――。

 

 

 そんなこんなありながら、あの顛末に至ったのであった……、もっと上手く言えていればなぁと思わなくもないぐらいにはリーナも反省していた。

 

 優しく言うことで、こんなことを自分ひとりで抱え込まないでほしいと言えていれば良かったのに―――。

 

 

 

 

『我らが神よ!! 星辰の彼方より降り来る支配者よ!!! あなたが愛すべきか弱き一匹の羊が、あなたの憑代となりましょう!!! 我が身に最大の祝福をををを!!!!』

 

 

 はっきり言えば街中は混乱の一言であった。

 

 

 現在時刻は標準時にして午後1時。24時間表記で言えば13時。

 

 しかも休日であったことが災いして穴倉から出てきたアライグマならぬ熊の如き魔法師は―――街中を闊歩する『化け物』をどこからか呼び出して人々を襲おうとしていた。

 

 

 どこで手順を間違えたのか分からないほどに、状況が上手くいかなかった。

 

 

 最初にリーナがやったのは件のアウトサイダー……ウィルバーの家を探ることからだった。ウィルバーはこの街―――ロズウェル基地があるニューメキシコから近場と言ってもいい場所の中核都市に居を置いていた。

 

 本来の出身はマサチューセッツ州は、ダンウイッチという『街』らしいが、それでもここに移り住んだウィルバーは、何かのカルトの宗教にでもはまったかのように仕事もせずに、儀式めいたことを行っているという情報だった。

 

 

 最初は、迷惑行為の通報として州警察や保安官が対処していたらしいが、ウィルバーに『注意勧告』をした者達が全員、怪死したことを切欠に魔法犯罪だと気付いた時には、もはや犠牲者は30人を超えていた。

 

 そして故郷のダンウィッチを捜索したところ、有り得ぬ死体の山や人間の『臓腑』を使ったらしき『装飾具』が出てきたことで、ウィルバーを処断する命令が出たのだ。

 

 

 お鉢がスターズに回ってきた時、リーナがこうして動いた時、もしかしたらば魔法力が高い人間がやってきたことが切欠かと思うぐらいにリーナがパレード(仮装行列)で近づいた時には、一般的なアメリカの家屋。

 

 いわゆる20世紀後半のホームコメディドラマ……『フルハウス』にでも出てくるような家屋を吹き飛ばして―――巨大な怪物が出てきたのだ。

 

 

 そして―――現在に至る。バックアップ要員も何も連れてこないでやって来たのが、今は悔やまれる。スラストスーツも着込んでこなかったことが、仇となった。

 

 

 CAD―――ブリオネイクは持ってきている。戦略級魔法の為の『弾頭』は持って来ていないが戦術級魔法を発動することも可能だ。

 

 

 やるしかない。だが、今の自分の格好では―――『不味い』。

 

 

 別にスターズには、知られた者は親兄弟といえども殺さねばならぬ、などという『ニンジャ・ムービー』めいた掟があるわけではない。

 

 

 内乱で多くの人死にを出さないために一族を弟一人残して皆殺しにする覚悟を持つような『シノビ組織』でもない。

 

 

 とはいえである。隠密で軍人がここまでやってきて魔法を使うというのはどうしても州法や連邦法に抵触するものだ。

 

 魔法師の魔法の使用はどの国でも厳密に法律で細かな規定があるのだから―――。

 

 

 ならば―――どうすれば―――。そう考えている内にも中心街にまで至ろうとしている怪物―――Devil fish(タコ)にも似た生物の快進撃は止まらない。

 

 ここに来るまで人知れず魔法などで怪物の触手―――人間を食らおうとしているだろうものを焼き切りながら、本格的な対処を警察などに任せていたが―――。

 

 

(これ以上は無理だわ)

 

 

 覚悟を決めて、仮装行列の術式を変えて―――絶対に二度と着ないと思っていた格好に変えた。これならば正体不明の魔法師として隠せる。

 

 サイオンの光がリーナの姿を変えて、そこにいたのは―――、とりあえずはあの頃よりは幾分かはティーンが着ていても問題ないかもしれない服装。

 

 

 刹那が命名するならば『美少女魔法戦士プラズマリーナ・ツヴァイ』という英語とドイツ語混合の変なネーミングをしてくるかもしれない。

 

 蛇足を終えて目元だけを隠すマスクを着けて、怪物とウィルバーを見下ろせる位置から名乗りを上げた。

 

 

「そこまでよ!! モンスター使いの悪の魔法師!!!」

 

 

 音声を張り上げての言葉に血走った眼を向けて狂気に陥っていると思えるウィルバーと怪物の視線が向けられた。

 

 

『なにもの―――だ』

 

 

 リーナの名乗りに反応したウィルバーのたどたどしい言葉を聞きながらも、リーナは声を張り上げる。

 

 

「USNAの平穏を乱すものは、どんな理由があろうと許さない! 愛と正義と自由を司る星の下に生まれし 美少女魔法戦士プラズマリーナ!!!」

 

 

 そんな名乗りに警官隊や逃げようと走っていた人々が一瞬だけ立ち止まりリーナに視線を向ける。

 

 恥ずかしさもなんのそので口上を名乗り上げる。

 

 今まで『月』がやってきたことを自分がやる時だ。

 

 

 その間、どっかで見たようなポーズを短いスカートやヘソだしの服もなんのそので、おこなうのも忘れずに―――リーナは最後の口上を言い切る。

 

 

「―――『月』にかわって―――おしおきよ!!!」

 

 

 奇しくもそのセリフは、22世紀を迎えつつある世界においても愛される魔法少女のものであった。

 

 

『……せいえい、たいぷ―――むーんではないのか? ならば―――死ね!!!』

 

 

 その瞬間、ウィルバーの眼に理性が戻ったように見えたリーナであったが、襲いかかる触手にぶれずに術式を放つ。

 

 ムスペルスヘイム―――領域魔法として限定範囲の全てを焼き尽くす魔法。

 

 

 熱力学の第二法則を捻じ曲げて放たれたものは、巨大なタコごとウィルバーを包み込む。

 

 焼灼の空間に閉じ込められたタコの絶叫でも聞こえれば良かったのだが、何も聞こえないことがリーナに冷静な判断をさせる。

 

 

(あれだけの巨体を焼き尽くすには、もう少しかかるか―――拘束系の魔法も使わないとならない)

 

 

 触手で崩れた建物の屋上から飛びながら警官隊の中に降り立つ。ざわめきもなんのそので判断を下す。

 

 

「君は東海岸、ボストンに現れた魔法師の」

 

「詳しい説明は省きますが、政府密命のエージェントとして今は動いていますので、住民の避難を優先してそれと州軍にも出動要請をお願いします」

 

 

 ショットガンを持っていた警官の一人。リーダー格であろう人間の言葉を遮って説明しながらも魔法の制御を緩めない。

 

 

 しかし―――『ハスタァ』という言葉が聞こえた気がした後には、リーナの魔法が弾かれた。完全に起動式全てを砕かれたのだ。

 

 

(セツナのことを知っていた。それだけならばいいけれど『ならば 死ね』? つまり目的は―――)

 

 

 刹那の身柄。もしくは秘術なり何かということか―――余計に相手を取り逃がすこと出来なくなった瞬間だった。

 

 魔法の解除もなんのそので次手を撃ちだすことに考えを持っていく。

 

 

 同時にタコの肉に埋まることで被害を免れたらしきウィルバーの姿を確認。焼けた皮膚を脱皮するかのように脱ぎ捨てながらタコは進軍する。

 

 

「急いで!!!」

 

「……すまないプラズマリーナ!!……」

 

 

 モンスターパニックムービーの様になりつつある街中、一人立ち向かうリーナ。

 

『スパーク』の術式を強大化―――刹那との協力で出来た魔法『ミョルニル』で地面から雷網を発生させる。

 

 壁になればいいけど。いいながら、あのウィルバーを『殺せば』、巨大タコは消え去るのではないかと考えるが―――。

 

 

(―――出来るの?) 

 

 

 誰とも知れない人間の声がリーナを押しとどめる。しかしやらなければ誰かが死ぬ。既に家屋や商店に被害が出ている。

 

 共産国家ならばともかく、土地も家も個人の財産である。それが一切合財失われるということは恐ろしいことだ。

 

 

(やらなきゃいけない!!)

 

 

 覚悟と決意と共にブリオネイクを変化。『星』晶石というとてつもない鉱石を用いたCADはリーナの意思を汲んで様々な形になってくれる。

 

 もっとも、流石に剣や槍にしたからと言ってヘビメタが出来るわけではないが、そうしてリーナは、二つの槍と化したブリオネイクを手にタコに乗っているウィルバーを狙う。

 

 襲いかかる触手もなんのそので、タコというちょっとした山を登っていき、汚い青色の血かタコ墨から身体を保護しながら、2つの槍を振りかざしながら、向かう。

 

 

「ウィルバー・ドミトリィ!! 覚悟!!」

 

「アトラクゥ・ナクァ――――」

 

 

 手傷を加えればいいだけ。相手は正式な魔法師ではない。重傷でない程度に傷を与えればいいだけだ。

 

 出来たとしても現代魔法に『速度』で劣る古式魔法の類だろうと思っていただけに―――言葉で、リーナの動きが拘束された時には驚いた。

 

 

「な、なに!?」

 

「黄金色の蜘蛛―――その身から出る糸は、全てを捕える」

 

 

 リーナの眼にも見えた。自分を拘束する黄金の糸が―――まるで蜘蛛の巣のようなものが確かにリーナの動きを捕えていた。

 

 踏みしめたタコの身の感触が、この上なくおぞましく感じながらも、次に聞こえてきた言葉で総身が凍りつく思いとなる。

 

 

『―――我が神に汝が身を贄として捧げるとしよう』

 

 

 その言葉の意味は、タコの身から湧き上がる数えるのも馬鹿らしくなる触手の数で知れる。

 

 軍人とか魔法師であるとか―――そんなことに何の意味も無くなるぐらいに―――女として、人間として、生物としての本能的な恐怖が喚起される光景とリーナの身体を遠慮も無く撫でまわそうとする蠢きを前に―――。

 

「いやぁ……」

 

 上下の下着の間に入り込もうとする触手を前に最大級の嫌悪感が、身を貫く。

 

 そしてリーナは叫んだ。眼を瞑って大粒の涙がこぼれ落ちるほどに叫んだ言葉は―――。

 

 

「助けてよぉ!!! セツナァアアアア!!!!」

 

 

 言葉は叫び。言葉は想い。言葉は呪文であったかのように―――――。『魔宝使い』は秘奥を解き放った。

 

 

『投影、重()―――全投影連弾創射(ソードバレルマキシストライク)―――!!』

 

 

 天空より降り注ぐ光。光。光。数多の光弾、流星にも似たものが来たりて、猛烈な勢いで『大海魔』の肉体を貫いていく。

 

 まるで空軍部隊の一つ爆撃機(ボマー)の対地攻撃。戦略爆撃の如く大海魔を討ち抜いていく様子。

 

 肉塊が一回ごとに40キログラム単位で次々と抉られていき、その数は100は超えていた。

 

 

 それでも大海魔は生き残っていた。

 

 

 しかし、その勢いを借りて、光弾に紛れて一人の男がリーナの身を己の右(かいな)に収めた。その姿はプラズマリーナのライバルだか運命の相手だかと世間ではあれこれ言われていた魔法の怪盗。

 

 

 現代のアルセーヌ・ルパン、怪盗キッド――――総称して『魔法怪盗プリズマキッド』がプラズマリーナを助けたのだ。

 

 

「―――大丈夫か?」

 

 

 その言葉にリーナは、泣きだしたいぐらい嬉しくて、見えた顔の心配そうな表情に、10日前のケンカなど忘れてしまって抱きつきたくなる。

 

 

 けれど出来なかった。ここまで刹那に心配させていたのは、自分なのだ。予定外が無ければロズウェルの本部基地にいたはずの刹那がここまで飛んできてくれたその労力を考えれば、そんな軽率なこと出来なくて。

ただただ、抱きつくことでしか表現できなかった。

 

「ごめん。もう少し早く着くべきだった……怖かったろ?」

 

「なん、で……そんなに、わ、たしが、かってに……やっただけなのに」

 

 

 嗚咽を堪えたくて言葉が途切れ途切れになる。支離滅裂な言葉を吐きながら、刹那の服に必死で掴みながらこらえようとしても無理だった。

 

 嬉しさと悲しさとの間で涙が止まらない……。

 

 

「それならば気にするなよ。俺も勝手にやっただけだよ。総隊長殿を助けたい。『リーナを守りたい』そういう気持ちで動いたって構わないだろ? 軍人だからといって『心』がないわけじゃないんだ」

 

「――――うん。うぁっ……」

 

「だから、ここから先は俺が請け負う……とカッコよく言いたい所だが……」

 

「うん。うえっ―――えっ?」

 

 

 瞬間、リーナの眼にもはっきり分かるぐらいに刹那の魔力の回転が無くなった。驚きと共にどういうことだろうと思っていたが―――説明はオニキスがしてくれた。

 

 涙を拭った後に見た刹那はどこか失敗したような顔をしていたりした。

 

 

『連続空間転移にも似た『飛行飛翔』で、ユタ州までやってきたもんだから如何に平行世界の魔力を引っ張って来たとしても、今の刹那は―――完全にエンプティ(ガス欠)なのさ』

 

「つまり?」

 

「先程の『魔術』は最後の残りっ屁だったんだよ。というわけで暫くはお前の『魔力』を使わせてもらうよリーナ」

 

「ただの魔力タンク扱い!? その為に私を助けたの!?」

 

 

 気楽な様子で借金を願い出るような刹那。それに対して先程までの泣き顔など何処に行ったのか、崩れた顔をするリーナ。

 

 もう何か先程までのロマンティックあげるよ。と言わんばかりの瞬間など吹き飛んだ。

 

 

「ザッツライト!って! 痛い痛い!! 胸を叩くな!!」

 

「うるさい! 私のロマンティック返せ!! セツナの2枚目半!!」

 

『ラブラブでひなひなってるところ悪いが、海魔も動きつつある。三分もあれば私の機能も回復する!! さぁ愛の逃避行(エスケープ)の始まりだ!! 行きたまえ!!』

 

 

 まるで人類最後の希望を『潜水可能戦車』で送り出すかのようなオニキスの言葉に従い刹那はリーナを離さずに、強化した身体で動き出す。

 

 もう離さないと言わんばかりの抱擁できつく抱きしめる刹那。

 

 リーナもまたそんな密着状態の刹那に強く抱きしめ返すと共に、魔力を送ることで、二人は海魔の触手から逃れた。

 

 

 その動きは緩慢―――そしてその海魔の身体には魔を絶殺するが使命と言わんばかりに多くの『宝剣、宝槍、宝刀』が突き刺さっており、その貴い輝きが、二人を逃したも同然だった。

 

 

 その際に―――遠巻きに安全圏でその様子を見ていた群衆の一人は、『白髪に色黒の筋肉質の男』が、二人と海魔を分けるように立ちはだかる風に見えたと語る。

 

 

 事実、何かに恐怖したのかその一撃の後に海魔は、己の身体の再生に尽力して宝剣を抜くことに終始して、その時間が二人に反撃を許すだけにあまるものであることなど知らず……決着の時は近づいていた。

 

 

 




なんだか終盤の展開がミスト2世さんの復讐の劣等生の最新話に似てしまったが―――あそこまで徹底したピカレスクロマンあふれる達也とは違い、ウチのオリ主では最後はあんな感じに―――まぁ今作ではこのぐらいがいいんですよ。

島本先生の魂が私をこんな風にした。反省はしない。(え)


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第8話『NAKED STAR-Ⅲ』

そろそろアメリカ編の終わりも近づきつつある。

第一高校編ももうすぐですかね。

そして水着ジャンヌ―――ダメだ。全然でない……今月二回目の万札ガチャをすべきなのか……!?(必死)



 見れば見るほどに醜悪なタコである。というより見ているだけで『引っ張られそうな』異界の邪神である。

 

 

(ルルイエ異本―――その写本でもあったのかね。正直、この世界には『似つかわしくない』存在だ)

 

 

 情報操作では、どこかの化学工場からの工業廃水や漏れ出た薬品で出来たモンスターとかで落ち着かせるのが妥当だろう。

 まさか異界の邪神を召喚した魔法師がいますなど言えるわけがない。

 

 

「にしても、あれって何なのかしら? セツナは分かる?」

 

「異界の邪神。ラヴクラフトが見た宇宙の脅威だ」

 

「前に言っていたクトゥルー神話なの?」

 

 

 首肯してから、姫抱きしているリーナと共に触手の脅威から逃れる。そうしているとユタ州の軍隊―――州軍が出動してきたらしく、ハイパワーライフルや手持ち式のミサイルランチャーで海魔を抉っていく。

 

 

『OPEN FIRE!!!』

 

 

 言葉で整列した陸軍の銃器が中心街に入り込もうとしている海魔に火力のシャワーを浴びせていく。

 

 確かに効いていないわけではないが、流石に海魔の巨大さの前では水滴で石を穿つようなもの。

 

 

 しかし、その気持ちに答えないわけにはいかない。水滴で石を穿とうという意思と勇気で怪物に立ち向かう人々の心を無下には出来ない。

 

 

「オニキス、まだか?」

 

『――――よし、コンパクトフルオープン!! 鏡界回廊最大展開!! オールライト!!!』

 

 

 瞬間、魔法の杖が『平行世界』から引っ張ってきた魔力が刹那の身体を充足させる。

 

 

 適当な建物でリーナを下してから、海魔を見下ろす。まさしくダゴン神の堕ちた姿。人の想像力が豊穣の神をあのような姿にしたのだ。

 

 

「セツナ―――」

 

「……サポートが必要だ」

 

「え?」

 

「俺一人じゃ、あのモンスターを倒しきれない。ウェイトリーが身を捧げたあのモンスターは真正の魔。滅ぼしきるには、力が足りない」

 

 

 正直、この言葉を言うのは幾らかの勇気がいる。けれども言わなければ―――どうしようもない……。

 

 

「俺を助けてくれ」

 

「―――何を当たり前のこと言ってるのよ。私はあなたの『上官』よ。隊員のミッションの後事をするのは、当然なんだから!!」

 

 

 先程まではどこか不安げな何をしていいのか分からない顔をしていたというのに、今は晴れ晴れとした顔をしているリーナ。

 

 要は方向性さえ定まっていれば、どこまでも突っ走れる人間なんだよな。と思いながら指示を伝える。

 

 聞いた後には、少しだけ顔を赤くしたリーナの姿。

 

 

「まったく、『女の命』を使おうだなんて―――いいわよ。私の命をセツナにあげるわ」

 

「頼んだ」

 

 

 短い言葉で応じながら、海魔へと飛んでいく。リーナの話によれば、ウィルバーはこちらを知っていた。

 

 イブン・ガズイの霊薬を嫌がらせのように撒く装置を置いていったのを勘付いていたからか、それとも―――『それ以前』から知っていたか。

 

 どちらかは分からないが、それでもやるべきことをやる。

 

 

投影、現創(トレース・オン)―――全投影幻創待機(マキシマム・リロード)

 

 

 魔術回路の奔りが、幻想の武器を作り出す。この世界に来て『あまりにも異質すぎるレアスキル』だろうと分かった瞬間から、隠すことにしていたものを―――『こっそり』使っていたりした。

 

 その為のスタンドプレーでもあった。だが―――ここに来て秘奥を晒す。もはや出し惜しみをして勝てる相手ではない。

 

 

 剣の丘―――少しの『変化』を見せた心象風景の中から、海魔に効くに足りうる武器を想像していく。

 

 

 こちらを明確な脅威と見たタコが、触手を槍のように虚空に突きだしていく。ファランクスのように隙間ない槍衾に対して―――。

 

 

 雷閃が迸り、根元から焼き切った。リーナの得意の雷霆魔法である。そうして槍衾の中に安全圏を作り降り立つ。

 

 

 同時に―――。

 

投影・現像(トレース・オフ)

 

 

 言葉で『作り上げていた』幻創の武器が、現実を侵食して出現。更に刹那の周囲を円状に包んで切先を外側に向けていた。

 

 

 その数100では足らぬほどの武器の数々。近場で見る者はいなかったが見ていれば、その武器の持つ膨大なサイオンの量とエイドスの密度に『悲鳴』を上げていただろう。

 

 

穿ち撃て(シュート)!!!」

 

 

 命令に従い武器は海魔の身体を穿っていく。

 

 炎の剣が焼灼をしながら、海魔の肉体を血液諸共に蒸発させれば―――。

 

 氷雪を生み出す剣が、海魔の肉体を氷結させながら砕き―――。

 

 雷の神器が、天上より降す『裁き』として海魔の肉を貫通。身の奥深くで爆発する。

 

 

 世に言われる英雄・女神・闘神・戦神などが振るいし幾多もの武器やそれに相当する器物。

 

 総称して―――『貴き幻想』(ノーブルファンタズム)

 

 

 人々が忘れし神代・古代・中世・近代―――時代の区別を超えて人々が幻想の逸話として覚えていたものが、『現代』―――人理の行き詰まりもなく22世紀を迎えようとしている世界に再現された。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 

 その光景を見ていたリーナは、思わず赤くなるのを止められずにいた。

 

 それぐらい幻想的な景色が広がっていた。

 

 

(ダンシング・ブレイズで操っている風ではないわ……それにセツナはスターズの必須スキルの一つを『大道芸』なんて言っていたし)

 

 

 確かに、あれ程の魔力の器物を難なく縦横無尽に操って、海魔に絶叫をあげさせている以上は仕方ない。

 

 

 だが、それ以上にリーナの眼を惹きつけたのは、その浮遊して時に海魔の身を穿つ武器を手に取り、振るう刹那の姿である。

 

 スターズの中でも『剣術』の腕で刹那は『悪くない』程度、時にカノープス少佐に稽古を『つけてもらっている』のだが……。

 

 

 今の刹那の剣腕は、それを上回る。

 

 

 あたかも太陽や大地の神。先住民たちが信仰していたものたちへの『祈祷』のように『舞』を続ける。

 

 

 海魔の触腕も身も、数多の剣を持った瞬間に流麗な刃の軌跡を見せる。水飛沫にも似た輝線の後にはざんばらになる海魔の身体。

 

 

 刹那が舞を捧げる度に、堕ちた神は鎮まっていくかのようだ。

 

 

「綺麗……っと、それだけに眼を向けているわけにはいかないわ……」

 

 

 いつまでも見ながらサポートしていたかったが、リーナにはやることがある。リボンを解いてロールをストレートに戻す。

 

 

「まったく、女の命をなんだと思ってるんだか……けれど―――」

 

 

 意味はあるんでしょ?

 

 

 無言で面白い思いで問い(クエスチョン)を放ったリーナは、腰に帯びていた標準装備であるダガーを手に持ち、自身の金髪に添えて―――刹那に言われた通りの量と長さを取った。

 

 目分量であるが、標的との距離を測るよりは楽な作業である。熟練した兵士は、火薬の量を秤も見ずに弾丸の中に入れることができる。

 

 クセであり慣れ。習熟すれば自ずと技術は図られる。

 

 

 そうしてリーナは髪を一房刈り取った。同時にそれを渡されていた『リボン』に包み込み―――タイミングを待つ。

 

 海魔が放つ『霧』がとんでもない濃度で周囲を覆いながらも、その中で合図を待つ。

 

 

 † † † †

 

 

 宝具を『幻想崩壊』させて内部で痛痒を与えていき、既に体積を六割は吹き飛ばしたのだが、やはり倒しきれない。同時に再生するのも押しとどめなければいけない。

 

 

 恐らく、『神造兵装』による『総体消滅』ならば、その限りではないだろうが、こんな街中に現れてはそんなことは出来ない。

 

 

『刹那!!』

 

「ハスタァ!!」

 

 

 オニキスの警告の次に来た。風の弾丸を避けてぬらめく体表の大地を滑るようにする。

 

 

「こもりっきりでいてくれると思っていたのだがな」

 

「きさまがあらわれたことで、わがかみはおいかりだ。ゆえになだめてさしあげねばならぬ……きさまの身をもって!!」

 

 

 熊のような体格ながらも毛むくじゃらの不潔感ばかり先立つ男が言いながら、風の弾丸、切り裂きが刹那を襲う。

 

 

「お前の事情なんぞ知るか、だがリーナを泣かせたことは怒っているんだ……! お前の身勝手なカルト信仰を『封印』させてもらう!!」

 

「我が神への門―――あけさせてもらうためにも……!」

 

 

 俺を使えば『外なる神々』が来るって言うのもおかしな話だ。しかし、その『可能性』が無いわけではなく、それに気付ける者は……。

 

 

(少なからず『あちら』の『俺』を知っているということだ)

 

 

 誰なのか。誰何するのは後だ。その前に――――。

 

 

 合図を撃ちだす。既に準備は整っている。こいつが根こそぎ持っていた『土地』の魔力も奪取済み。

 

 

 小さな―――それでもリーナならば見逃さない閃光を上空に解き放ち―――破裂。一瞬の光でも気付き、その手に持っていたリボンごと髪を上空に投げた。

 

 

 来た――――確信を持って遠坂刹那は秘術を解放する。

 

 

幻想進化、(じかんをとめ) 幻創強化、(じかんにとどまり) 過去再現、(せかいをだまし)過去再生(せかいをかえし)未来逆光(すすめ)未来逆行(すすめ)―――創世、創生、(顕現の時は) 創製、創成(来たれり)―――」

 

 

 リボンの髪に術をかける。呪文はこの上なく世界を改変し、刹那の身体すらも変革せんとするものが現れた。

 

 魔術師の身体の延長線上にあるもの。特に髪などは一線級の触媒。更に言えば女性の魔術師であれば、その髪は年月を経るごとに神秘を増す。

 

 リーナに渡したリボンは母の遺髪を元に『なめして』作り上げたもの。

 

 

 それに現在時制で生きているリーナの髪を咥えさせることで、『最高位の炉』を作り上げて既に火が灯された状態になっていた。

 

 

「な、んだあれは―――」

 

 

 ウィルバーに答えずに上空に出来上がった魔法陣に浮かぶ炉に―――『双剣』をくべた。

 

 

『セツナ!?』

 

 

 驚きの声がリーナからやってきたが構わずに、刹那は、双剣をくべた炉に己の身を投げ入れた。

 

 

 双剣―――父も愛用していた干将・莫耶。その『可能性』を最大限に引き出せないかと考えたのが始まりであった……。

 

 

 ―――干将・莫耶。二刀一対の双剣のこの伝承は有名すぎる。

 

 

 時代や訳者によって解釈が違えども、共通するものがある。それは人の身体、それも鍛つ鍛冶師の大事な人間を犠牲にして鍛えられしもの。

 

 時に鍛冶師の妻、時に妹、はたまた夫婦ともども……。

 

 

 干将・莫耶は鍛えしものが持つ『大切なもの』を犠牲にすることで、その真価を発揮する『退魔礼装』なのだと気付いた。

 

『喪失』を起源に持つ刹那は、これを徹底的に解明することに成功。

 

 その結果、分かったこと。そして実践するに辺り必要な術式を整備。刻印に刻み付けることで成功を果たす。

 

 

 しかし、分かった結果と実践するかどうかは別問題。特にそういったよろしくない起源をもつ刹那だけに、使用は躊躇われた。

 

 限りなく犠牲を抑えるためには―――そしてそんな『化け物』―――それこそ『人類悪』=『ケモノ』に使うかもしれないとなれば、実践は不可欠だった。

 

 

 結果として―――、犠牲を抑えるためには、それしかなかった。己自身も『犠牲』にしての『神器鍛造』。

 

 火にくべられながらも、刹那は躊躇わず一つごとに没頭。手に確かな感触を覚える。重みが乗る。神秘の『重層』が、眼に走り―――。

 

 炉から出た。

 

 

 目の前の空間を切り裂くと同時に眼下にいる大海魔を見据える。その手にあるのは、銀色と金色にどこまでも輝く陰陽を抱く双剣……その枠に収まらない巨剣であった。

 

 

「ば、か、なぁあああああ!!! ぎゃあああああ!!!」

 

 

 本能的な恐怖からウィルバーをなけなしの『養分』と化した大海魔を見ながらもやるべきことは定まっている。

 

 

「ひとーーーつ!!!」

 

 

 金色に輝く陽剣を無造作に一閃。いつにない手応えで、海魔の身体を四割切り裂き、大地にも深々とした裂傷を加えてしまった。

 

 

「ふたーーーつ!!!」

 

 

 もはや何の容赦もなく触手で抵抗を試みる海魔の身体を踏みしめながら再びの一閃。横薙ぎの一撃が再び四割を灰燼に返し、遠くの岩山を切り裂いた。

 

 何かしらの被害が出ていないかと少しだけ不安になるが、銀閃で既に殆どの身体を失った海魔にとどめを刺すべく―――。

 

 

「みぃいいいっつつつ!!!」

 

 

 銀と金の光剣を重ねて、一刀一閃。

 

 

 両手で持った二刀の重ねが海魔の身体を真っ向一刀両断。存在の核は―――イカタコと同じく眼球の間だったらしく、確かにそれを砕き裂いた感触があり、この世界との(よすが)を失った海魔は、存在を維持できずにその身を霊子に変えて消え去っていった。

 

 

 足場を失い地面に着地。警察や州軍もここまでの刹那の光景を見守ってくれていたが、この後はどうなるか――――。

 

 

(派手にやりすぎたな)

 

 

 戸惑いを隠しきれていない彼らの前から姿を消す。それが次善の策だろう。

 

 

 そんな刹那の前にリーナがやって来た。飛行ではなく一種のブーストによる加速滑空。

 

 殆どロケットのような勢いで地上に来たリーナ。その眼は本当に心配なものとなっていて、すまない。と一言だけ言ってから再び抱きしめる。

 

 従容として、その抱きしめに従って腕を首に回すリーナ。体勢は整った。

 

 

「もう……」

 

 

 観念したリーナを見てから、名乗りと言うか口上を告げる。

 

 

「さらばだ! ゴッサムシティの人々!! プリズマキッドはいつでも魔性の脅威あるところに存在し、神秘の秘宝を盗みつづけていく!!」

 

「ま、待ってくれ!! キッド!! プラズマリーナ 君達は一体―――」

 

 

 警官隊のリーダーの一人が、言い募るのを耳にしながらも、最後の名乗りは忘れない。

 

 

「通りすがりの剣と宝石の魔法使いだ。覚えておいてくれ!!」

 

「と、通りすがりの美少女魔法戦士です!! とりあえず今日のことは忘れてください!!」

 

 

 その言葉を最後に飛行魔術を展開して飛び立つ。眼下にいる人々が、『ありがとう!!』だの『アタシのキッド様が!!』『プラズマリーナ萌え~』などと言っているのを聞きながらも飛んでいく。

 

 

 ……後に、この時の事件を間近で見ていたあるクリエイターが、全世界上映のとんでもない映画を公開することになりそれはPart3まで続くことになり―――、極東におけるある兄妹の眼にも止まり、デートの口実になるなど知らぬことであった。

 

 

「同時上映は……そうだな。アレだ!! 未来からきた奇怪な化けネコが、グータラな少年を助けるためにやってくる……その化けネコは未来のとんでもない武器、『黒い銃』だったり『大陸を切り刻む剣』だのを一杯持ってきて、そこかしこに混乱を招く―――題して」

 

 

 などとpart3における同時上映作品の制作を任されていたある映画監督は―――ある時、どこから出てきたとんでもないアイデアを実現しようとしていた。

 

 

「そう―――題してNECOARK――、日本語で表記するならば『ネコアルク』―――ネコアルク-THE MOVIE- これでアカデミー賞はいただきだぁあああ!!!」

 

 

 狂気の作品制作は止まらず……運命との邂逅の時は近づいていく……。

 

 

 

 



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第9話『Believe,―――それはまるで魔法のようで』

ちなみに今回の話はタイトルで気付く人もいるかもしれませんが『まほよ』EDのsupercellさんの「星が瞬くこんな夜に」を掛けながら書いたりしていたので、聞きながら読んでくれると少しだけ嬉しいですね。

星が瞬くこんな夜に一人ぼっちがふたり。この辺りがいいかと―――まぁ時間的にはまだ昼間なんですけどね(笑)



 落ち着けるだけの場所――――ユタ州の名物とも言える連奇の岩山。いわゆるモニュメントバレーの山頂部の一つにて一息突く。

 

 飛行魔術の連続で、いい加減疲れてしまった。ここでSOSを出して後は、スターズのヘリで帰ればいいだけだろう。

 

 リーナを地面に下して何気なく石砂利が少ないところを見つけてそこに腰を下ろす。久々の地面を感じていると―――何か行動を逡巡しているリーナの姿を見て声を掛ける。

 

 

「座んないの?」

 

「座るわよ―――隣行ってもいい?」

 

「問題ないよ」

 

 

 探るかのようなリーナの言葉。そもそもあんな風に登場してあれこれやっていたとはいえ、未だにケンカしていたのだと気付いたのだろう。

 

 

「………」

 

「………」

 

 

 それに気付いて刹那もまた沈黙。

 

 太陽が燦々と照りつける大地。時代が変わって、小氷期とも言える時代を超えたこの世界においても―――西部開拓の大地の跡は色褪せない。

 

 アレクサンダー・アークトゥルス大尉も、元々の血筋としてはここの管理者のような先住民族(インディアン)出身であり、アレクサンダーというのは『合衆国』式の名前であり、『本来の名前』、部族のメディスンマンより賜りし『真名』があるなどとも言われた。

 

 

『お前たちのようなヒヨコどころかタマゴを戦場に出してのうのうとしていては、戦死した場合に先祖の(スピリット)に合わせる顔が無いのだよ』などと言っては、スターズ行きつけの店で旨くも無い鍋を食う男の言葉を思い出す。

 

 

 自分を罰しているつもりか。などと思いながらも、その男の顔を思い出して―――少しだけ嘆息。

 

 

「―――『余計な見栄を張って失敗するのは若者のうちだけで十分だ』―――」

 

「え?」

 

「そんな風に言う人の言葉を本当の意味で実感したのは、あちらの世界で初任務を請けた時だった。結局、実力の高低だけじゃどうにもならないものを感じたよ。今回のリーナみたいにね」

 

「セツナにも、そんな時が」

 

「最初から10の事柄全てを十全に出来る奴なんざいないよ。失敗して、それで挫折したままじゃ駄目なんだよな。どうにかこうにか立ち上がって積み上げていくしかない」

 

 

 経験を、実践を、自分に足りないものは何なのか? どうしたらば埋められるか。そもそも埋めるべきものなのか。

 

 様々な試行錯誤(トライアンドエラー)の結果。どうにかこうにか『一人前』になるしかない。

 

 

「俺はシリウスの任務はあまりにも極端だと思っている。そもそも基本的に志願制の合衆国軍においては退役までの年月はあれども脱走兵なんていないと思っているんだが、そういったことがある以上、これはどうかと思っていた」

 

 

 無論、それでも任務の過酷さからそういったことを考えるものもいるかもしれないが、そういうのはいち早く上官が気付くものだ。そうでなくても、後方に回すように手配したり、一種の除隊処分を課したり色々あるものだ。

 

 スターダストの人間達が望んでか望まないでか『強化措置』を受けた連中であることも知っているが……それでも兵士を無駄死にさせるなど、20世紀21世紀初頭の合衆国の姿から正直考えられないほどの変節である。

 

 

 魔法師という存在が、ネックなのだろう。人種の坩堝であり、更に言えば様々な人権・民族団体なども存在している国の抱いてしまった闇。

 ともあれ、そういったことは積極的にしたくなかった。

 

 

「だから、私の代わりにそういった任務を?」

 

「捕縛できる魔法師で、裁判の証拠も多く立証できるならば生かすさ。そも犯罪者だから裁判なしで殺してもいい。なんて理屈は独善に従った殺人だ……それでもそれは『尋常の世』の理屈だからな。社会が誰かの殺人を望んだ時に、最終的に避けようのない凶事もあるさ」

 

 

 だからこそ刹那は、そういった存在を殺してきた。一人目の『劉 呑軍』から始まり、この2年間で凡そ40人以上もの外法魔法師(アウトサイダー)を葬り去ってきた。

 

 世界が変わろうと異能を持った者が、ロクでもないことをするのは世の常なのだろうか。

 中には新ソ連や大亜連―――珍しい所ではインド・ペルシア連邦の間者も葬った。

 

 

「……けれど、私は―――あなたにもうそんなことしてほしくない……だってセツナはこの世界に已むを已まれぬ事情があって来たのに、そこでも人殺し稼業をさせるなんて間違ってるわ―――」

 

「日系人たちが、かつてWW2において旧日本軍を相手に戦い、アメリカ人たちに同胞だと―――自分達も合衆国人だと認めさせるために鉄血を用いたんだ……伝統に則っているだけだよ」

 

「それでも―――イヤよ……」

 

 

 パレードを解いて普通の服装になって、それでも存在していたスカートの裾を握りしめて俯くリーナ。

 

 

「リーナ……」

 

「そんな優しい声音使っても懐柔されない、諭されない!! だから―――私も『ワガママ』を通させてもらうんだから!!」

 

 

 大粒の涙をぼろぼろ零しながら顔を上げてこちらを見てきたリーナ。その顔に息がつまり―――どうしようもなく今更になって悪いことをしている気分になった。

 

 

「君のワガママ?」

 

「そうよ! これからあなたの任務の同伴として『絶対』に私を伴わせる。それが条件の一つ―――それと、もう一つ出来るだけ隠し事はしないで……辛いなら―――私によりかかってよ……いつもよりかかっているのが私だけなんて不公平だわ……今日、セツナに頼ってもらえて本当に嬉しかったんだから……」

 

「―――………」

 

 

 その考えは甘えなのかもしれない。だが、心のどこかで自分のパートナーを欲していた。けれども本当に大事にしたくて、そういった荒事に関わらせたくなかった。リーナは本当に好きになってしまった女の子だからだ。

 

 能力の有無ではなく、心から大事にしたかった―――それでも、それは相手を対等にしていなかったのではないかと―――。

 

 

『相手に対する優しさも、場合に『よりけり』だよ。魔術師も魔法師も―――全知全能を気取る。そんなことはないと口先では言うが、本質的にそう思う。なぜならば現実をどうにでも出来る手段を持つからだ―――けれどもね。そんなことは無理なんだよ』

 

「オニキス……」

 

『私を作った魔法使いとて、多角的に『世界』を見れたとしても、世界の滅亡を、人理の行き詰りを見ては絶望していた時もあった―――超越者だからと何も感じずにいることなど無理なんだよ……いや、むしろ超越しているからこそ『普通の人間』になってみたい―――同じ世界で同じ視点で『色彩』を見たいと願う『人間』もいたか……』

 

「私は―――セツナをきっと自分と同じ視点でいる人間だと思っていました……それは間違いなの?」

 

『いいや、間違いじゃないさ―――どこまでいっても刹那は、父親を失い、母親を失い、育ての親を失って……『ひとりで泣いている』。孤児の魔術師(オーフェン)さ。ひとりで生きていくことで、自分が正しいと思いたかった。それだけなんだ……けれどリーナも刹那も、それは違うって分かっているだろ?』

 

 

 お互いに救われた。お互いが救った。

 

 

 だけれど―――相手を想うからこそ明かせない秘密を持ってしまうことが相手との距離を勝手に作る。

 

 

 分かってはいた。けれど―――刹那の運命にリーナを巻き込むことを本当に躊躇していた……。そしてその躊躇を無くす為に再び刹那を捕えるリーナがいた。

 

 

「巻き込みなさいよ!! もう―――アナタとワタシは、運命共同体なのよ。『あの時』から……本当は分かっていたのかもしれないわ。『劉 呑軍』を始末した時のアナタはとても憔悴しきっていたから」

 

「リーナ……」

 

「もう、離れないんだから―――絶対に離さないでよね……愛してるわセツナ。あなたの人生に……私を入れて……」

 

 

 抱きついてきたリーナを拒めないのは、やはり最終的には―――そうだったからだ。関わらずに済んだのかもしれないのに関わってしまったからこそ、運命の皮肉もあるというものだ。

 

 

「―――離さない。リーナが好きだから、愛してしまったから、だから離れないよ」

 

「―――うん……すごく嬉しくて嬉しくて―――ああ、ダメ。本当ににやけてどうしようもなくなる……ミノルやキョウコに言われて、あれだけ色々と外堀を埋めて来たのに……こんな簡単に一緒になれるなんて―――」

 

 

 深く深く抱擁をする二人の少年少女。その幼い愛は―――決して破綻することはない。

 

 

 何故ならば―――二人の前途に困難はあれども、祈りは『未来への福音』で満ちている。

 

 

 無いはずの『眼』で、もしかしたらばあるパーソナリティでは『全てを殺す眼』かもしれないが、カレイドオニキスの『眼』には、それが見えていた。

 

 

(私の役目の『終わり』も近いかもしれない―――そうなれば―――)

 

 

 それは刹那の起源による最後の『喪失』(つぐない)となるはずだ。もはや意思を持たない礼装となりえるはず。

 

 魔女の魔力が喪失した時に、本当の意味で独り立ち出来るはず。

 

 

 そうすれば―――。

 

 

(君のところに行くことになるだろうかね。『エメロード』……)

 

 

 遠くはない未来に対して述懐しながら、オニキスは重なり合う二人を見る。

 

 いつもの抱擁とは違い互いの気持ちを打ち明けて、いやーよかったよかっためでたしめでたし。

 

 

 勝ったッ! 第2部 完!

 

 

 おや……様子がおかしい? ああっ!! こ、これは伝説の『えへへ。キス、しちゃった』の前振りとも取れるシーンだ!

 

 

 安心しろ刹那。君の母も若かりし頃の『平行世界』でこんなことはあった。だから遠慮なくこの動画撮影機能に収められるがいいっ!!

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

『……などなど、そんな風なシリアス一辺倒の後のラブシーンだったというのに、この直後に間が悪くハーディ・ミルファク少尉の操るヘリコプター(CAPC〇N製)が、やってきてシーンは破壊されてしまったわけだよ』

 

「しまったなぁ。もう少し遅く着けば良かったよ。とはいえ皆して『急げ急げ』(HURRY UP)だったからな」

 

「しかし―――なんとも初々しく不器用な二人だ……見ていてヤキモキするぞ」

 

 

 ハーディがおどけて言った後に、バランスが言うことで『上映会』に来ていた面子全員が、肯く始末。

 

 そのぐらい、つい二か月前までの二人は『違った意味』で見ていられなかった。今は『別の意味』で見ていられない面子も多い。独り身には辛い光景だろう。

 

 そんな中、既婚者が泣いているのを見てしまう。

 

 

「で、何で少佐は泣いているんスか?」

 

「いつか私の娘にも、こんな場面が来ると思うと少しばかり涙腺が緩むんだよアルゴル」

 

「そっスか……」

 

 

 既婚の家庭持ちゆえの悩みとは無縁ながらも、いつかはそういう時が来るのだろうかとアルゴルは想いながら、何となく空気が乾いているのを感じた。

 

 ―――待て? 確かこの上映会は二人には内緒で行われていたはず。気付くわけがない―――。

 

 

 なのに―――最後尾の壁に寄り掛る黒髪と金髪のスターズ『最強タッグ』―――誰が呼んだか『グレート・クドウ』と『ダイナマイト・セツナ』のコンビ。

 

 

 通称『ザ・マシンガンズ』が怒りの形相で自分達を見ていた。

 

 

 今にも未知のスタンドを出しそうな『ゴゴゴゴゴゴ』とか言う音は二人のサイオンが、この部屋を揺らしている音だろう。

 

 

 アルゴルが最初に気付き遅れて全員が、後ろを向くと同時に固まる。固まらざるを得ないほどに今の二人には何も言えない。

 

 

「最後に―――」

 

「言い残すことはあるか?」

 

 

 もう手遅れだな。とりあえず動画データだけは二人の結婚式の際に流す為にも死守せねば、シシュ-ッ!!(ビッグ・ジ〇ン風)

 

 だからこそ宥めるための言葉を二人と関わりが多いシルヴィアが口を開いた。二人にとっての姉貴分であれば、きっとこの『怪獣』を『懐柔』できるはず!!

 

 アルゴルだけでなく誰もが、一縷の望みをシルヴィアに託したのだが……。

 

 

「とりあえずリーナ、『避妊』だけはちゃんとするんですよ。特に男であるセツナ君がこういうことは気遣うように、分かりましたね?」

 

 

 そりゃ激発を促す言葉だろうが―――。そうして全員、大した手傷も無く失神させられるだけの『魔法』が放たれて―――動画データは、アビゲイル・ステューアット所有のバックアップデータが使われることとなる。

 

 

 

 † † † †

 

 

 そんな風に騒がしくも暖かく、何より賑やかで誰もが悲壮感一つ持たずに戦うことが出来た日々であった。

 

 

 懐かしく思い出すバランス―――集合写真を一度見て、椅子に深く腰掛けながら、眼を閉じる。

 

 

 シールズがシリウスとなり、セツナがムーンとなっての三年ないし四年間に大きな戦いも経験したのだ。

 

『セカンド・アークティック・ヒドゥン・ウォー』

 

『エンジェルガード・オペレーション』

 

 

『ニューヨーク大決戦―――雷帝殺し(ギガントバスター)

 

 

 思い出すたびに嫌な戦い……とも言い切れないのは何故か? 余裕があったからではない。

 

 『勝利の確信』があったわけではない。

 

 

 ただ……スターズ全体が信頼して戦っていた。魔法師とか魔法師ではない。合衆国人であるか否かでもない……ただそこにはお互いの背中を預けて戦いあえた友人がいたからだろう。

 

 

 戦友となりえたのはきっと……一人の少年のおかげだろう。少年が心から愛した少女もまた戦ったからこそ―――全部隊員たちは『生還』できたのだ。

 

 

 だから―――それだけに頼っていてはいけないのだろう。かつて意思持つ魔法の杖の『意識』が封じられてただの魔法の杖になったように……。

 

 

(ここを『卒業』する時が来たんだよ。セツナ)

 

 

 魔神の一族に対抗していたダーナ神族が魔神に勝利したがゆえに、人の世のために妖精の種族として世界に溶け込んだように―――。旅立つ時が来ただけだ。

 

 

『失礼します。セイエイ・ムーンですが』

 

「ああ、今、ロックを外す。はいりたまえ」

 

 

 そうして電子ロックされていた部屋の中に入ってきた―――もはやあどけない少年の頃の眼差しとは違い青年に近づきつつある男子の顔を見て少しだけバランスは綻ぶも、喜んではいられない。

 

 

「単刀直入に言わせてもらうが、セツナ・トオサカ特務大尉―――貴官との契約を一部変更して新たなる任務に従事してもらう」

 

「―――内容を聞かせてもらっても?」

 

「更に単刀直入に言えば―――君には日本の魔法科高校。あちらの魔法師養成のための高等学校に通ってもらい、そこにて日本が公表していない『戦略級魔法師』を探り当てたうえで、同盟国である日本において我々との『信頼関係回復』をお願いしたい」

 

 

 複雑な任務内容だろう。しかし、これは一種の『人道的措置』であり『高度な政治的判断』を必要とする任務内容だ。

 

 ヒューミント、コミントに優れた人材が必要とされる。何より―――『クローバー』の眼を欺きつつ、『クローバー』の興味を惹く。難しいはずだが……。

 

 

 その上で考えたとしても刹那は最適な人材だろう。ただ問題は――――。

 

 

「了解しました。諸々の事はカノープス少佐ですかね?」

 

「ああ、色々と君にも準備がいるだろうからな。彼に聞きたまえ」

 

「では失礼します……」

 

 

 言いよどむ気配。分かっていた。『何を』言おうとしているのか、『何かを』聞きたがっていたのかを。

 

 

 察していても『言えば』―――甘えになってしまうのだから。

 

 

 そうしてバランスは、新たなる任務を『トオサカ・セツナ』に与えて、極東の地に旅立たせる……。

 

 

 人生とは出会いと別れの連続である……。だから―――違う人間に出会わせなければいけないのだ。

 

 




というわけで、今話でアメリカ編は終り、次話から今作において影も形も出てなかった原作主人公がようやく顔を出してくるかと思います。


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第一高校入学編~~First order‐Fate~~
第10話『知ることで引かれあう異端』


少し長くなりそうですので、分割することにしました。

メンテナンス明け一発目……うん、お察しの通りである。

何だか私のアカウントは微妙にフランス系の英霊に縁が無いんですよねぇ。


 与えられた資料。想定される事態―――何より転居先の選定などなど多くの事は、既に終わっていた。

 

 

 かなり前から計画されていたんだろうな。と思えたが―――工房はどうしたものかと思う。九段下付近にでも住めれば、霊場としては最適だが……。

 

 

(まぁ後で考えておこう。いざとなれば地脈を『引っ張る』ことも出来るからな)

 

 

 適当にコミューターが使えたり、駅に近い所がいいだろうと思い、用意された住居の一つに丸を付けて事務方への提出書類とする。

 

 

「極東の一大経済圏にして、様々な分野で『世界』の一角を担ってきた国家。そしてこの22世紀を迎えようとしている時代で『魔法技術』においても世界をリードしている」

 

「我が故郷ながらまずまず何とも言えぬ強大っぷり……にしても何で公表されていない戦略級魔法師がいるなんて察することが出来たんだか?」

 

「三年前の沖縄海戦における異常なエネルギーの検出。それが参謀本部の耳目を引いたんだ」

 

 

 この時代、沖縄における『在日米軍』というものは完全に無くなっていた。とはいえ、日米には安全保障条約があるし、体制及び共通の『敵国』を持つということで同盟関係はなっていた。

 

 ある時には中華の冊封に組み込まれ、ある時には薩摩隼人によって服属させられ、合衆国の占領下に置かれる。

 

 結果としてではあるが、彼の国であり大地は一大経済圏でもある日本に取り込まれる形となった。

 

 

「参謀本部の分析官たちはセイレムにおける『ヘヴィ・メタル・バースト』、『星砕き』(シューティングスター)とを冷静に分析した結果、それと似て非なるエネルギーを検出したことで発見したようだ」

 

 

 一度に、二つもの『似て非なる』戦力級魔法のサンプルデータを得たことで、実像あやふやな戦闘の一端が発覚した。

 

 特に沖縄海戦のエネルギー総量は前者に酷似していたと言う。

 

 

「その上で当時、沖縄本島を訪れていた人間達のリスト―――つまり航空会社の乗客名簿から『容疑者』をリストアップしたようだな」

 

「……かつてのNSAなんてのは、足を使っての『探偵』じみたことをしなかったのになぁ。こんな風なジェームズ・ボンドもびっくりなことをするなんて」

 

「シギント―――即ち通信暗号などの解析だけでは、『実像』には迫れないことを分かったのさ」

 

 

 笑みをこぼしてばかりのカノープス少佐との話で、理解したが―――海戦が始まる一週間前後のもので手に入れた飛行機の乗客名簿、その中でもリストアップされた人員の中に、『容疑者』を見出した。

 

 

「―――『黒羽』(くろば)『司波』(しば)ねぇ……どうにも不穏な名字だ」

 

「……少し見方を変えれば、『日本語』に通じていれば『かもしれない』というのにも確かに行き着く……『分家』か『隠し名』か―――まぁ『魔王』じたいは本名を名乗っているがね」

 

 

 かつて故郷にあった『間桐』(まとう)という家。蟲使いとしての大家であったこの家が、その実、ロシア方面の魔術師であるなど分からぬぐらいにいつくこととなった。

 

 

 正式名称『マキリ』―――それを思い出していた。魔術世界において『名前』というのは重要なファクターとなりえる。時に『起源』にそった名前を与えることで、その力を強めると言う考えもあるが、そちらに『引っ張られる可能性』があるとして、禁忌となりえる。

 

 退魔の四家―――自分の名のアイデアとなった人間の家、『両儀』においても雄性雌性、両面で通じる名前を与えられたものは、当主の資格ありとなる。

 

 

 逆に、先に語ったマキリ=『間桐』のように『苗字』『姓』もまた重要な意味を持つ。

 

 魔術世界においてはあまり一般的ではないが『魔術名』(マジカルモットー)にも繋がる話だろう。

 

 つまるところ―――「己が何者」であるか、即ち概念としての成立に姓というのは意味を持つ。かつて日本の武士たちが成人すると同時に幼名から、正式な名前をいただくのと同じく、姓と名前は意味を持つ。

 

『力』となり。『概念』となる。信仰心を抱く。

 

 だからこそ天下一の成り上がりものといえる『秀吉公』は最終的に『豊臣』の姓をいただき、そのライバルであった家康に至っては『松平』の姓を変えて『徳川』。『元康』の名を変えて『家康』―――。

 

 その名前は『力』と『概念』となり、『神君』となりて江戸300年の歴史を『信仰』と共に刻んだのだ。

 

 

「ともあれ、怪しいだけなのに、随分と積極的な接触を持てと言うもんだ―――特に『司波』の方に」

 

 

 何かの確証があるのだろうか。と感じてその両名を見る―――詳細な情報……なのかどうかは分からないが、とりあえずびっしり挙げられたプロフィールを見る内に……。

 

 なんだこいつは?―――そんな内心の驚きが出てしまう。

 

 思わず苦い顔をした刹那をカノープス少佐は怪訝に見ていた。それにも関わらず刹那は、挙げられていた人間の異常性を『見抜いた』。

 

 

司波達也(しばたつや)……。ふん、どうにもキナ臭いヤツだ」

 

「セツナ君が鼻を鳴らすとは―――、アウトサイダーの可能性かい?」

 

 

 カノープスはこの四年、三年間程度の間に刹那が相手に対する『危険性』を示す時のサインを見抜いていた。それゆえの反応で返したが、刹那は苦い顔のままだ。

 

 

「ええ、この男は『異常』(イレギュラー)ですよ。挙げられた経歴―――特に、『魔法関連』と『一般教養』の乖離がありすぎる。魔法協会に登録されている情報からも確かに魔法師の位階としては低級なんでしょうが、それはこいつの『本質』とは違う」

 

「つまり?」

 

「この男―――いや少年は、全てにおいて一位を獲ろうと思えば獲れるだけの実力を持ちながら、周囲に埋没しようとしている。実際、初等教育と中等教育とで乖離がありすぎる」

 

 

 電子ペーパーの資料を苛立たしげに手の甲で叩く刹那に言われてカノープスも見る。

 

 確かに、初等教育においてはトップクラスの成績ばかりを叩きだしている。しかし中学になった瞬間から違いが出てくる。

 

 教育レベルが上がったが故の、少しの落ちぶれ―――とは思えなかった。意図的に『目立たない』ようにしている。

 

 

 更に言えば、それは極端な乱高下だ。10位以内から落ちたかと思えば2位3位―――1位を取ることもある。まるで沸騰したり冷却したりの安定の無い株式のようだ。

 

 ある種のインサイダー取引の如く思える。

 

 

「恐らく司波達也は『何者』かに言われて、そうしている。この男は『自己顕示欲』が強い一方で、犬のような『忠誠心』で『克己』している―――実に両極端な人間だ。異常者ですよ」

 

 

『呪い』でも掛けられてるのか? そう思わせる人間だ。FBIのプロファイリングなどを用いれば、恐らくこの男の実像が分かるだろう。

 

 カノープスも見ると、確かに少しの異常さを感じる。これらは一種の異常犯罪者に見られる特徴。

 

 

 『高い知能と能力を隠す』(ブラインドアビリティ)

 

 

 そうすることで、社会に溶け込み捜査線上に出てこないようにするのだろう。

 

 

「まぁどちらにせよ……接触すれば分かりましょう。基本的に自己顕示欲が強い魔法師。そんな連中ばかりの学校に来れば、その力を見せなければいけない事態になるでしょうし」

 

 

 事前情報によれば、時計塔における12の学科の争い―――特に『貴族主義派』(ノーブルブラッド)『民主主義派』(トランベリオ)の根深い対立の如く行われているようだ。

 

 

 どちらかと言えば、キシュア(鉱石)の学科に学びながらも、『ノーリッジ』―――現代魔術論に籍を置いていた刹那だから、『二科』に入りたいぐらいの心はある。

 

 

 

「その場合、心配なのはセツナと……のほうだな。荒事になった時に、その力を発揮しなくてもいいようになるか心配だ」

 

10の秘指(ソロモン)でなんとかしますよ。『魔弾』も『魔剣』も晒すこと無いでしょうし」

 

 

 何かを言い掛けたらしきカノープスであるが話は続いていた。

 

 言い掛けたことに疑問を覚えながらも、とりあえず置いてから、風体の方は大丈夫だろうと刹那は思った。

 

 巷に出回っているCADというものすら使わずに己独自の礼装を使うことも何かしらの疑念が出ないかとカノープスは感じるが、『完全な古式魔法』ということであれば、致し方ないという理屈に収まるかもしれない。

 

 

 だが―――遠坂刹那の行くところ『騒動』あり。魔性の運命と自嘲していたが、事実―――何かに刺激されたのか、多くの外法師たちは触発されて出てくる。

 

 

 結局のところ―――いい意味でのトラブルメーカーなのだろう。膿を出していくということでは―――。

 

 

「……ところでなんか最近、リーナに会えてないんですけど―――そんな長期任務でしたっけ?」

 

 

「……その、だな。まぁ総隊長にも色々あるんだろう。あまり気にするな。三日後の送別会を楽しみにしておけ明けて二日後には旅立つんだからな」

 

 

 実際、正規受験で入学する以上、あまり時間を掛けられない面もある。そういった意味では参謀本部の仕事の速さは素晴らしかった。

 

 目立つボンクラがいる一方で、合衆国のトップエリートというのは本当に勤勉で仕事が早い。働き者ばかりだ。

 

 しかし、どこか焦った様子で歯切れの悪いカノープス少佐に怪訝な想いがある。

 

 

「うーーん、せめて別れる前に会いたい。そりゃ仕事だから不意の単身赴任は仕方ないとはいえ―――」

 

「まぁ私の娘と他のスターズ女性隊員だけで勘弁してくれ。チェンジは無しだ」

 

「なんか前にすごい愚痴を聞かされたような気がしますよ」

 

 

 カノープス少佐の娘もジュニア・ハイスクールに入ったことで、少し艶めいてきた。

 

 だからこそ昔のお兄ちゃんみたいな感じであまりスキンシップをしてもらうとドギマギすること請け合い。

 

 

「ああ、もうパパとお風呂に入らないと言われた時にはすごくショックだった……」

 

「それは、父親として()めておいた方がいいことですね」

 

「セツナ君と一緒にお風呂に入りたいと言われた時には怒りがこみ上げた……」

 

「それは、父親として()めておいた方がいいことですね」

 

 

 なんだこの頓智みたいな会話。などなど思いながら本部デスク―――総隊長の席が空であることが少し寂しかった。

 

 

 その様子を見ていたアークトゥルス大尉は重傷だな。と感じた。ただ―――心配なのだろう。その事は分かっていたのでメディスンマンより賜りし戦士として、盛大に祝ってやろうと思った。

 

 

 ダークマター鍋は、己の自慢料理なのだから―――しかし皆には不評。解せぬ。

 

 そんなこんな多くの人達の見送りがありながらも―――旅立ちの日は近づいていた。

 

 

 

 † † † †

 

 

「USNAからの―――新入生ですか?」

 

『ああ、前々から掴んでいた情報なんだが……受験勉強の真っただ中のお前に伝えるべきなのかどうか迷ってな』

 

「留学ではなく、こちらで正式な学位を取得したい―――なんとも不可解な話ですね」

 

『全くだが、学びにやってくる人間を無下にも出来ん。今ごろ外務省はてんやわんやだろう』

 

「それで任務でしょうか?」

 

『いいや、とりあえず今は何も無い。一人は『クドウ』の関係者だ。そしてもう一人はそのクドウが抱き込んでいる……とも言い切れんらしい…』

 

 

 藤林響子が、『どちら』の立場で動いているか分からない以上、その言葉にも確信が持てないでいる風間少佐の心中も察することが出来る。

 

 十師族絡みのことで、あれこれと嫌悪を示す少佐なのだ。画面越しの顔に苦渋が滲む。

 

 

『とりあえずこちらでまとめたプロフィールを送る。恐らく入学試験会場にも来るはずだから、今はそれとなく見てくれれば幸いだ』

 

「了解です」

 

『すまんな達也。人生で重大な時に、こちらの都合の些事や懸念で煩わせて』

 

「お構いなく。実技はどうか分かりませんがペーパーは完璧ですから」

 

 

 実際、本当に今のところは妹の『家庭教師』までやっているようなぐらいだ。反面、実技―――予想されるテストは、芳しくないだろうと思えた。

 

 そんなことをおくびにも出さずに大隊の責任者。達也にとって、『オヤジ』と呼べる人間の願いぐらいは聞く余裕はあるだろう。

 

 

『ではお前と妹君に『サクラサク』春が来ることを大隊一同願っているよ』

 

「ありがとうございます」

 

 

 少しだけおどけた風間少佐の敬礼と一緒の言葉に礼を言うと家に備え付けの巨大モニターから消え去る。

 

 同時に達也の手持ちの端末に情報が送られてきた。

 

 解凍をするとそこには二人の男女のプロフィール―――写真つきで存在していた。

 

 

 ソファーに座り込みながらとりあえず今は軽く読んでおく。

 

 

 女子の方は、とりあえず写真で見る限りでは『美少女』。贔屓目無しで自分の妹―――『司波深雪』と『双璧』を為すぐらいはある。

 

 

 もう一人。男子の方をさっ、と目を通すぐらいで終えておこうとした『司波達也』だが―――そちらを見た瞬間に息が詰まるのを感じた。

 

 

 一目見ただけで分かった。こいつは『異常』(イレギュラー)だ。

 

 

 理論派で、どちらかと言えば訳のわからないものに対して、完全な理屈を求める達也にしては、『直感』などという曖昧なものを、信じてしまうぐらいに危険な存在に思えた。

 

 

 『遠坂刹那』(とおさかせつな)―――。年齢は自分と同じなのは当然として、修めている魔法は『魔女術』。古式魔法の一種としては、あまり聞いたことが無く異質だが無くは無いだろう。

 

 

 合衆国国籍だが、完全な日本人だ。もしも十坂という意味ならば、分からなくもないが―――、こいつは、『何か』が違う。

 

 

「……お前は、何者だ?」

 

 

 自然と口を衝いて出た言葉。だが、答えるものなどいるわけがない。遠坂刹那について考えれば考えるほどに、正体が分からなくなる。

 

 風間少佐の依頼は―――少しばかりハードに思えた。接触を持つのは入学してからでも構うまい―――。

 

 

 などなど考えていたが、実の兄が電子スクリーンに男の姿を投影させて熱心に見ていたのを目撃して―――。

 

 

『お、お兄様が同年代の男子を見て深刻そうになっている…!! もしや、そういう―――いいえ、ありえないわ!!! け、けれどそうだとしたら、ああ!! どうしたらば―――』

 

 

 などと、リビングに入る戸の横で、一人暴走しがちになっていた妹のフォローに向かわなければいけなくなった。

 

 何故わかったかと言えば気配云々以前にリビングが凍りつきそうになっていたからだ。

 

 



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第11話『宝星運命開幕』

日間ランキング、とりあえず私が確認した限りでは六位に上がっていたのを見ました。

多くの評価投票とお気に入り登録をしてくれた方。ランキングに上がったことで興味を持ってくれた新規の方。本当にありがとうございました。

今話で、とりあえず盆休みの書き溜めは尽きましたのでペースは落ちると思いますが、これからも読んでくれれば幸いです。

最後に重ねてありがとうございました。





 てっきりスターズ専用のSTOVL機辺りで、横須賀基地にまで行くかと思っていたのに、アルバカーキ国際空港から、国際線の便に乗り込んでのものだとは思わなかった。

 

 流石にそんな風な出入国は認められまい。第一、体裁としては極秘任務でもあるのだ。

 

 

 なのに――――。

 

 

「見送り多すぎないですか!?」

 

「何っ!? ジャパンでは『上京』する人間が故郷を離れる際には、こうして大勢で見送るのが定番じゃないのかっ!?」

 

 

 自分の時代ですらもはや行われなくなったことを、盛大に行う基地内の連中。横断幕まで持っている辺り、少し気恥ずかしい。というかかなり前の上映会の時のように待機していなくていいのかと感じる。

 

 一番に驚くバランス大佐に何を言っても暖簾に腕押しだろうと思いながらも、ここまでの見送りが嬉しくないわけではない。

 

 ただ……その中に―――いなかった。寂寥感を表に出さずに、一人ずつ全員に挨拶しながら本当に繋がりが出来ていたのだと気付く。

 

 

「ううっ……セツナお兄さん―――あっちに行っても私のこと忘れないでくださいね…」

 

もちろんだよ。(of course)あんまりお父さんを困らせないようにねレディ、それだけ護れれば君は誇り高いロウズの女傑だよ」

 

 

 関係性としては違うし、その間に流れる空気も違うが少佐の娘と自分は、師匠である『エルメロイⅡ世』とその妹である『レディ・ライネス』と同じようなものに思えた。

 

 少しだけ涙ぐんだレディ・ロウズに言ってから頬にキスされたと同時に、出港が迫っているのが分かる。

 

 

 アナウンスが響いたのだ―――。

 

 

「それでは行ってきます」

「ああ―――達者でな」

 

 

 バランス大佐が、いや全員が少し涙ぐんでいたが、それだけが少しの罪悪感になりながらも―――手荷物を手に―――搭乗ゲートに向かう。

 

 手荷物とは言ったが魔術師にとっての『カバン』というのは、それだけでちょっとした『大荷物』なのだが、表面的には分かるまい。

 

 赤いコートを羽織った『魔宝使い』が、手を振りながらこちらを何度も見ながら日本行きの便に乗り込む。

 

 

 その姿を見送ると、ハヤオ・ミヤザキの作品において箒に乗って飛び立った魔女を見送った気分だった。

 

 

「あの快活な『月』の声もしばらくは聞けないんですね……」

 

 

 シルヴィアが、しみじみと言うが―――アルゴルは鼻を鳴らして、そんなことあるかと思う。

 

 

「いずれは会うだろうさ。アイツの行くところ騒動ばかりだ。今度は『横浜』辺りに出向くことになるだろうさ」

 

「横須賀基地に偶然居合わせた我々が、セツナ君に助力すると?」

 

「さぁな。詳細は分からないが―――そのぐらいはありえるさ。アイツの戦場にオレのような切れ者が必要だと言うことを今度こそ教えてやる!!」

 

 

 切れ者の意味を完全に取り違えているリッパ-のラルフ・アルゴルに誰もが呆れながらも、何となくの予感を感じられる言葉であったが……不安など誰も持たない。

 

 

 その戦場には、数多もの星が瞬くのだから……。

 

 

「しっかし―――『彼女』のこととなると、本当途端にポンコツになるな。あいつは」

 

「愛は全てを美しくもさせるが盲目の元でもある。我が部族に限らず多くの人類の不変の考えだ」

 

 好漢な印象を崩さず相応しいUSNAのフライトジャケットを着ていたユーマは、少しだけ笑いながら言う。対してアレクサンダーが、仏頂面のままに言うが少しだけ面白そうな声音で本心はバレバレだった。

 

 

 今ごろ――――『二人』は……。

 

 

 

 † † † †

 

 

 エグゼクティブクラスのシートの乗り心地は最高ではあったが、その一方で何かの寂寥感を感じる。

 

 それは、このクラスの席を使う人間が殆どいないからだ。すし詰めのようなノーマルシートならば、何となくこう…ワクワクもするのだが―――。

 

 

 マフィア・テロリストが用意した乗客の中にいる『要人殺し』のための仕掛けとして殺人蛇や死徒蜂が仕掛けられていたり……物騒なことでも考えなければ、寂寥感は拭えなかった。

 

 

「……端末の連絡にも出ないなんて、どんな任務だよ」

 

 

 むすっとした感情が刹那を覆う。何となくこのまま―――二人分ものスペースを持ったワイドシートで寝っころがろうかとも思うぐらいには、苛立ちが募りながら、ドリンクでも―――という想いでキャビンアテンダントを呼ぼうとした時に―――。

 

 

「ハロハロ~。なんだかずいぶんと不機嫌ねぇ。まぁ理由は分かるけど、隣に座らせてもらうわよ。ここはワタシのシートでもあるんだから♪」

 

「―――え」

 

 

 脇の広めに取られている通路からやってきたのは私服姿の少女。何度も見た麗しき星の乙女。その姿以外―――服の有無や髪型の変化も見たことがある。

 

 どんなに姿が変わっても見間違えることなどない。

 

 声を出して名前を呼ぼうとする前に悪戯っぽい表情で人差し指を使って口を封じてきたリーナ。

 

 

 アンジェリーナ・クドウ・シールズが自分と密着するかのように、エグゼクティブのシートに座る。気楽に伸びをしてこちらと触れ合う彼女に色々言いたい事があるが一先ずは確認事項をとることに

 

 

「―――なんでここに?」

 

「バランス大佐やシルヴィには頼んでいたんだけど―――私も、日本に行くことになったから、というか選んでいた家が『一人』で暮らすには広すぎるとか考えなかったの?」

 

 

 ……言われてみれば、確かにそんな風に感じなくも無かった。

 

 そもそも確かに軍人として更に言えば魔術師的な感覚でも工房ないしセーフハウスの機能は広く浅く持っていなければならないはずなのだ。

 

 しかし、それにしたって一言あっても良かろうに、一言すらないことが推測できる事実。

 

 

「あの任務説明の時から担がれていたってわけか……」

 

「そういうこと♪ まぁ送別会に参加できなかったのは残念だけど―――色々あったから……」

 

「シアトルにいる親父さん関連か?」

 

「―――うん。セツナが来れば、それはそれでややこしくなったから、今回は私一人で、ね……許可を取って来たのよ。セツナと日本で『同棲』する許可を」

 

 

 きっとリーナの親父さんは卒倒したに違いない。南無。

 

 しかし最終的に親父さんも妻の意見に押されて認めた。そんな過去の予想図を言うとウインク一つにBANG!とでも擬音が着きそうな様子のリーナのジェスチャー。

 

 色々とやることがサマになる女の子だ。魔法師としての才能が無ければレッドカーペットでも歩いていたんじゃないかと思う。

 

 

「それでセツナに手紙。パパとママからの連名だけどね」

 

「今時、紙のメッセージとはね」

 

 

 しかも毛筆を使ってのメッセージとなると、何が書かれてやるやら、肩に頭を乗せて体重を預けてくるリーナの柔らかさを感じながら開くとそこには―――。

 

 

『娘を頼む。君だけが頼りなのが如何ともしがたいが』

『はやく孫の顔が見たいものです。アンジ-をよろしくお願いしますね』

 

 

 てっきり『セツナ殴っ血KILL』とか書かれているのかと思っていたのだが、シールズ夫妻の配慮に感謝である。

 

 しかし、確かに自分のアパートに来ること多くなり……若さに任せて色々してしまった刹那であるが、後者の要望に関しては、もうちょっと待ってほしい思いだ。

 

 

「これからはずっと一緒だから、お互いに協力しながら―――『任務』を完遂しなきゃね?」

 

「そうだな。けれどせめて一人暮らしで―――ダメか?」

 

「ダメよ♪ 知らない女を連れ込まれたり、知らない女に連れ込まれたり―――そういう浮気とか不倫、私許さないから」

 

 

 しないよ。と言いたいが、笑顔が怖いリーナに対してイエッサーと震えながら答えて、そんな風に嫉妬というか『ありえない想像』でも自分を想ってくれていることが嬉しくて―――。

 

 

「んっ……どうしたの?」

 

「いや、二週間ぶりぐらいのリーナだから抱きしめて感触を確かめたかった」

 

 

 今のリーナの服装は、あちらの気候に合わせて少し暖衣を感じさせるものだ。黒のベレー帽に赤い大きなリボンで止められたブラウンコート。下は白のオーバーニーソックスで、コートで殆ど隠れている黒のミニスカート近くまで伸びていた。

 

 

 はっきり言えば、『なんだ このかわいい いきもの』という気持である。

 

 

「シルヴィやバランス大佐、それにアビー博士やアンジェラに言われたんだけど―――ベタベタしすぎているよりも、会えない時間が愛を育むと」

 

「俺はリーナがNTRされてるんじゃないかと不安でしょうがなかった……」

 

「そんなふしだらな女じゃありません!! だから私に誰か、不埒なものがロクでもないことをしたらば、『陰茎』を焼き切る呪いを掛けるように言ったじゃない!」

 

「この年齢で、そこまでお前の気持ちや人生を縛れない」

 

「……捨てる気だぁ」

 

「違うってば!」

 

 

 最後の方には不満げな声とジト目で言うリーナをきつく抱きしめながら否定する。

 

 

「本当、心配したんだ……」

 

 

 本心からの言葉を吐くと、少しだけリーナの不安が広がるのを感じた。不義を犯したと感じさせたのかもしれない。

 

 

「ごめん。けれどパパとママに理解してもらうのは、私一人でやらなきゃって思えたの」

 

 

 それは、今回の任務がどんな『事』になるか分からないからこその説明だったのかもしれない。もしかしたらば、第三国に『亡命』するようなことになったとしても、大丈夫なように……そういうことかもしれない。

 

 挑むは日本の暗部―――もしかしたらばクローバーに通じる可能性だ……。

 

 

「君を『ナディア・エレーナ・コマネチ』にはさせない。家族の元に無事に帰す―――USNAに厄介になってる身としては、不義理だが『そちら』が危なくなればご両親ごと君を守る」

 

 

「うん。けれどあなた一人で解決しようとしないでねセツナ。あなたの隣に私がいるんだから……――――」

 

 

 抱きしめていた形を変えて、お互いに愛しい顔を見つめ合う。

 

 刹那の朱が差した頬に両手を添えて顔を近づけてくるリーナ。

 

 その顔と顔―――あの頃、まだ幼いティーンにもなっていない頃とは違い、グロスを着けて艶を出してきたやわらな唇が、刹那の唇に触れ合う。

 

 その官能に酔いしれながらも―――十秒ほどがあってから、どちらからともなく顔を離す。

 

 

「――――えへへ。キス、しちゃった。……二週間ぶりの私の唇はどう?」

 

「言葉が無いよ。お前反則すぎ(I LOVE YOU)―――」

 

 

 悪戯っぽく舌を出して満面の笑みをしたリーナに対して際限ない愛しさが込みあげて、刹那が耳たぶにお返しをすると、飛行機が間もなく離陸するというアナウンスが入り、姿勢を正すことに―――。

 

 この辺りは時代を経ても変わらぬルールなのだなと思いながら隣に座るリーナと手を繋ぎながらシートベルトを締める。

 

 

 遂に北米太陸を離れる時が来た。短期での旅行程度ならばあったが、長期での旅立ちとなると少しだけ感慨深いものがある。

 

 

 最終的なセーフティとしてシートを覆う安全シールド。その内側に投影された光景は、渇いた大地だ。

 

 

 どこまでも荒野ばかりが広がるニューメキシコの大地、そこで照りつける日差しに焼かれながら、濃すぎる日々を生きてきたのだ。

 

 

「また来る時まで―――」「忘れないわ―――」

 

 

 その光景を目に焼き付けておく。そこにて戦い続けてきた星々の輝きこそが、戦士の証なのだから。

 

 

 そうして飛行機はアルバカーキの滑走路を上がっていくのだが―――先程までこんな公共の場でいちゃこらしていたリーナと刹那を見ていたキャビン・アテンダント達(未婚)が、夜叉の顔をして睨んでいることに二人は気付くことなく、ちょっとした眠りに就くのだった……。

 

 

 極東の地までは少し長い道のりだから……今は揺籃の時なのだ……。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 

 サクラサク、サクラサク、桜サク、サクラ咲く―――桜咲く。舞い散る花弁の数々は、親類の一人を自然と思わせるものだ。

 

 

 それ以上にその光景―――ただ眺めているだけでも心湧きたつものだ。

 

 

 枝垂れ桜に江戸桜、定番の陽光(ようこう)も咲き誇り、春もうららな光が差し込む中に、一組の男女が歩く。

 

 

 その男女が着る衣服―――制服は、都内にいるものたちならば、誰もが知っているといっても過言ではないもの。

 

 

 一見すれば制服というよりも、軍隊にいる特殊部隊の制服・官服―――具体的には、火星に現れたゴキブリを殲滅しつくす連中の服装にも見える。

 

 

 将来的にはそうなってもおかしくないという意味では間違いではない。しかし、未だに未成年の彼らが着るには、少しばかり大人びたものだ。

 

 

 そんな外連味溢れる格好を颯爽と着こなす姿は、堂の入った役者・芸人にも繋がる洒脱さを見せている男女がいた。

 

 

 八枚花弁――トロイア戦争の大英雄『大アイアス』の盾よりも一枚多いのが気に入らないと愚痴る整った顔立ちの日本人ばなれした男。

 

 それに並走しながらも、桜並木に心が浮いているのか、スキップするように喜んでいるナチュラルブロンドヘアにブルーアイズの美少女。

 

 

 この二人は、その中でも実に目立っていた―――。

 

 

「すごいわねーニホンのサクラって! 一度でいいからこうして桜並木を歩いてみたかったのよー♪」

 

「ワシントンにもあるじゃん」

 

「あれとはナニカが違うのよ。こう……『Feel it』よ! あなたのステディの感情を察してセツナ!!」

 

 

 まぁ分からなくもない感覚だ。手を一杯に広げて桜の重なりを見上げながら、くるくる回るリーナはちょっとした妖精だ。

 

 そして、桜並木を歩いていると、同じ制服の人間達を続々見掛ける。

 

 

 そろそろ止めにした方がいいと思ったのかリーナは、妖精の踊りをやめてこちらの隣に寄りつく。

 

 

「いよいよ来たのね」

 

「ああ、間違いなくな」

 

 

 一度来たからどうと言うことでもないはずだが、何となく感慨深いものがある。刹那にとって学校は二つある。いわゆる俗世の『普通学校』に通えたのは二年程度。それ以外は殆ど時計塔ばかり―――。

 

 そういう意味では不思議な学校だ。

 

 

 高等学校の履修課程もこなしながら魔道の教練も行う。

 

 

 刹那にとっては『どちらか』にしか偏らない学校しか知らなかった。だからだろうか、『ここ』での生活に少しだけ期待している。

 

 

 ―――国立魔法大学付属第一高校―――。通称『一高』。

 

 

 そこの一科生として遠坂刹那とアンジェリーナ・クドウ・シールズは、合格・入学。

 

 

 出会ってしまった宝石と星―――『運命』を与えられた二人の男女が魔法科高校に入学した時から、波乱の日々の幕が開いた―――。

 

 

 




そんな風に個人的にめでたい中、聞こえてきた訃報に驚きました。

名優 石塚運昇さんが亡くなられたそうです。本当に不意の話で驚き、ウソだろと思いましたが、事実は変わらず、勝手ではありますが、ここに、ご冥福をお祈りします。

長い間―――お疲れ様でした。いまはゆっくり休んでください。


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第12話『入学式―――前哨』

展開が微妙に遅いかなぁ。そしてまゆみん暴走。微妙にtamago先生のよんこまな感じになっちゃいましたよ。


そして再びのランキング入り―――展開が遅いのに申し訳ない限りです。


 

「納得出来ません。何故お兄様が補欠なのですか!? 入試の成績はトップだったじゃありませんか!!」

 

 

 それが考慮される学校ではなかった。そういうことを何度も繰り返してきた。

 

 

 いつか妹が納得してくれるんじゃないかと、蒸し返される度に何も変わらぬ結論なだけ―――。

 

 

 だから自分達の後ろで――――……

 

 

『魔術王に!!! おれはなる!!!』

 

『魔道女帝に!!! わたしはなる!!!』

 

 

 などと高らかに宣言して帆を張り上げるかのように腕を上げる二人の男女と共に目立っていた。どちらも美男美女―――自分はどうだか分からないが、とにかく目立たず騒がず学校生活を過ごしたいという自分の願いは既に砕けていた。

 

 

 前髪をかき上げるかのように痛む頭を抑えて、とりあえず目の前の問題。言い募る妹につらつらと理論立てて答える。

 

 

 新雪が降り積もるかのような肌をした妹が真っ赤になりながらも、ようやく納得してくれた時には、二人の男女はどこそこに、これこれ。様々な案内板を見たりしながら話しこんでいた。

 

 話し込みながら、こちらに聞き耳を立てている可能性もあった。

 

 

『――――勉学も体術もお兄様に勝てる者などいないというのに! 魔法だって本当なら』

 

 

 思わず妹―――司波深雪を叱責した、兄―――司波達也であったが、マズったかなと思う。特に聞かれてはいけなかった部分だった。

 

 

 ともあれ、興奮しきりであった妹を総代としての答辞のリハーサルに送り出すと―――。

 

 

 もう一方の男女にも、遣いがやって来た。学内関係者だろう成人した女性が、少し焦った様子でやってきた。

 

 

「シールズさん。少しあちら(USNA)での学位関連で相談があるからいいかしら?」

 

「この場ではダメなお話なのでしょうか? ワタシ日本に慣れていないので、あまりセツナから離れたくないのですけど……」

 

「すぐに済むわ。あなたの『お爺様』にも関わる話だから―――お願いできない?」

 

 

 指導教員か、学内カウンセラーか分からないが、スーツに身を包んだ女性が口先を変えたのは、『保護者』である男子だった。

 

 

「……行って来い。爺さんは何もお前に意地悪したいわけじゃないんだからさ、何かあればすぐに『連絡』寄越せ」

 

 

 一度嘆息する様子からそう言い、『小指』を立てた男子に対して『分かった。』と少し不承不承な様子で同じく『小指』を立てる女子。

 

 ただし顔を赤くしている所から察するに何かの『符丁』かと思わなくもない。

 

 

 ともあれ深雪の後を追うかのように女子―――純粋な金髪の留学生―――アンジェリーナ・クドウ・シールズが案内されながら学校に入っていく。

 

 

 その後ろ姿を手を振りながら見送る―――男子。遠坂刹那を司波達也は見る。

 

 

 普通の男だ。外国人の血でも入っているのか、少しだけ顔立ちに日本人ではないものが見えるが、そも魔法師というのは多かれ少なかれ、遺伝子操作の一端を受けて誕生したものだ。

 

 血統交配の人道の善悪はともかく、そうして生まれてきた魔法師と言うのは多くは整った顔立ちをしている。

 

 

 要は美形が多いのだ。当然、先に語ったことを翻すわけではないが、とりあえず達也も世間一般から平均値の上ぐらいに見られているだろうか。

 

 

 なんてことはない『魔法師』だ。こうして見れば、あの時に写真で見た異常性というのは何だったのかと思う。

 

 入学試験会場でも目立っていた方だが、それ以上に目立っていたのはシールズの方だ。

 

 

 聞こえてきた言葉や態度―――名前の呼び方が違えば外国の令嬢とその少年執事にも思えただろう……「あの頃」の達也と深雪のように―――。

 

 

 そんな遠坂が―――振り返る。その所作一つだけで何かしらの訓練を受けた人間だと確信させられる。

 

 

 その時―――達也の眼に入ったのは―――。

 

 

(ペンダント?―――いや『宝石』―――なんだあれは?)

 

 

 達也の『眼』が捉えたのは、遠坂の首に下げられていたアクセサリーだった。そこにあったサイオンの量とプシオンの活性量。

 

 ……何より、それが『解析』出来ないことにあった。

 

 

「―――」

 

「―――」

 

 

 お互いに無言。しかし苦笑しながら手を挙げて『騒がせてすまない』と言うかのような遠坂に『お互い様だ』とでも言うかのように同じく手を返しておく。

 

 

 お互いに――――入学式が始まるまでの二時間をどう過ごすか、悩み、途方に暮れるのは達也の方だけであり、何か目的意識を持って大学キャンパスにも劣らぬ規模の一高を歩いていく遠坂。

 

 少しだけ羨ましい思いをしつつ、とりあえず歩き出すことにするのだった。

 

 

 

 † † † †

 

 

「あれが司波達也くんに、遠坂刹那くんか―――イケメン2人の無言での『会話』なんてそそるものがあるわねー」

 

「お前な。こんな時に何をしているんだ。みんな入学式準備でてんやわんやなんだぞ」

 

「もう殆ど私のやることはないわ。後は式の後のことばかりよ」

 

 

 言いながらも『監視』というか『透視』をやめないでいるゆるふわなパーマを掛けた女―――一高の生徒会長に、傍らにいた同じく女―――さっぱりとした髪型のほうは嘆息する。

 

 

「今日に至る前にも何度か見たり話したりしていたが、本当に謎な連中だな……」

 

「一括りには出来ないわよ。司波さんは司波達也くんと、シールズさんは遠坂刹那くんと―――そういうグループよ」

 

 

『監視』を止めて、生徒会長室にある大型の情報端末を操作して四人の情報を四つのウインドウで展開。

 

 

 そこから見えてくるものとは、『優秀さ』と『異常さ』の両端であった。

 

 

「私は司波深雪さんとアンジェリーナさんは、一際優秀と思っているわ。魔法師として『ノーマル』に優秀なのよ。この二人は」

 

「片方は『クドウ』の家だからな。出身がUSNAというのは、少し気がかりだが」

 

 

 そなえつけのサーバーから飲み物を渡してくれたさっぱりとした髪型の女、『渡辺摩利』に礼を言ってから、一高の生徒会長『七草真由美』は説明を続行する。

 

 

「逆に司波達也くんは、とてつもない『学科成績』。『テキスト』の解読をさせたらば、とんでもないと思うわ」

 

「ペーパーテストで『トップ』を取れても実技がギリギリじゃ、二科も仕方ないか……極端な男だ」

 

「そしてそれと相対するかのように、遠坂君は――――」

 

「全てを『アベレージ』(平均値)で出しているか、こいつ意図的に試験で本気を出さなかったな……」

 

「でしょうね。つまり狙って、平均値(アベレージ)を『割り出した』。その場にいる新入生全員で合格値になるだろうものを察してね」

 

 

 魔法科高校の入試は国際魔法協会の規格に合わせて測定されている。

 

 

 魔法式―――展開される術の構築速度。その魔法式の規模の大きさ=キャパシティ。その魔法の干渉力―――物理的な面積における領域の深長。

 

 

 それらを合わせて現代における『魔法力』としている。かつてはサイオン……魔力の保有量が重要視された時代もあったが、術式補助としてCADという高性能な『呪具』が開発されると、それは一気に陳腐化した。

 

 

 その上で、遠坂刹那は―――ふざけたことに、そんな風にしていたのだ。まるで何かに対する『挑戦』かのように。

 

 

「そして―――どうせお前の事だ。司波も普通じゃないと思っているんだろ?」

 

「まぁね。個人的にサイオンの量を測ってみたんだけど―――『規格外』よ」

 

「遠坂の方は?」

 

「多いんだけど……なんていうか上手く言えないんだけど……『違ったわ』。私達とは―――『収めているもの』が違うからなのかしら?」

 

 

 遠坂のプロフィールに書かれている専攻魔法は『イギリス・アイルランド系の魔女術・黒魔術』―――現代魔法というものが隆盛を誇っている時代に―――『魔女術』『黒魔術』(ウィッチ・クラフト)である。

 

 考えれば考えるほどに分からない人間である。こんな人間が何故に今になって、この日本にやってきたのか……。

 

 

「お前の『実家』なんかは、どう考えて―――お、おい真由美?」

 

「分からないならば、分かるように動くしかないわ。即ち―――物理的接触よ!!」

 

 

 人差し指をバーーン!だかドーーン!!とでも言うかのように立ち上がった喪黒……ではなく七草真由美は、扉の向こう側に人差し指を向けていた。

 

 このくそ忙しい時に、新入生の男子二人に会いに行くべく、出て行こうということを察した生徒会メンバー。その中でも二年の書記 中条あずさは悲鳴をあげそうになっていたが―――。

 

 

「会長。申し訳ありませんが緊急の案件の書類がありますのでご一読を」

 

「リンちゃん。空気読んでよ~」

 

 

 会計である三年生 市原鈴音があずさの苦境を察して仕事を押し付けたことで、場は停滞する。

 

 とはいえ観念したのか、書類仕事に取り掛かる真由美を見て安心する。

 

 

(市原先輩!! ありがとうございます!!)

 

 

 ほろりと涙をこぼしそうになるあずさに対して見えぬ位置で親指を立てる鈴音。

 

 そんな風にフォローしあう生徒会を見ながら、一人だけある意味では外様な風紀委員長という立場の渡辺摩利は、遠坂刹那の持つ魔女術というものに対して……。

 

 

(魔女術……古典的なのでは『魅了』とか『恋の魔法』とか―――いやいや! そんなものに頼らずとも私とシュウは相思相愛だ! その愛と絆は登山ロープより硬くて、日本海溝よりも深いものなんだ!!)

 

 

 なけなしの想像力で出てきた魔法の種類と妄想に顔を赤くしたあとに、ぶんぶんと顔を振る様子に、真由美は嗜虐心というかイタズラ心を刺激されてしまうのであった。

 

 

 そうして七草家の長女が二人のイレギュラーと出会うのは入学式の30分前となるのだった……。

 

 

 † † † †

 

 

 散策がてらの一種の土地の検分。入学式の時にもやったことを再度行ったが―――成程、確かに『魔法』の学校であった。

 

 地脈は当然ながら通らず、一定程度のマナは集められるが……そういった『土地』の霊力など何も考えていない学校である。

 

 

(まぁ仕方ないか、彼らにとって神秘に対する実践は、科学で応用してしまっているんだもんな)

 

 

 それを考えて―――改めて、この世界における『魔法』のことを思い出し直す。

 

 

 魔法―――『マギクラフト』、刹那なりの造語であるが、それの発端は、来る21世紀を前にした1999年『世界の終末』を叫ぶ終末信仰の狂信者たちの核兵器テロを『特殊能力』を持った警察官が阻止したことである。

 

 

 警察官が発揮した異能を『超能力』と規定して、デタント(東西融和)がなっていたとはいえ、未だに冷戦構造濃すぎた『東西』の有力国家は、この超能力の研究を進めて、軍事利用の道へと進めていく。

 

 

 その内に、これらの異能を持っていたものたち……隠れ潜んでいた隠者のような連中が表に出てきて『体系化』『汎技術化』の道が一気に開けてきた。

 

 

 とはいえ、これらの中でも一際強力な―――先の警察官。世の人々は『はじまりの魔法使い』と呼んでいる人間のように核すらもねじ伏せる人間を作り上げるべく人倫を踏みにじる。

 

 この辺りの理屈は、どうやら魔術師も魔法師も変わらない。

 

 

 求めるものが尋常の世の理屈を超えるならば、それらの道徳や倫理観を破ってしまえばいい―――。

 

 

 国家は核すらもねじ伏せるモンスターの製造に躍起になって、それらが人間の中で増殖することなど考えていなかった。

 

 

(そして魔法師を若年から鍛え上げてモンスターにすることを考え始める。その一つが、第一高校のような魔法教育の機関ということか)

 

 

 しかし、先に語った通り、モンスターを作るには、素体の優秀さが問題となる。つまりは『才能』(ジーニアス)。それらの有無が徹底した能力主義となりて、一科二科の違いとなる。

 

 一科二科の違いは、教育機会均等法というものを踏みつぶしている。まぁ、実際の学校教育などでも、『教師の質の良し悪し』が、最終的に生徒の習熟に繋がることもある。

 

 偏執的かつ独善的な教師や、教育という盾を使っての人格蹂躙……そういった教師もいるのだから、『ギャンブル』である。

 

 

 そしてこの学校において『ギャンブル』たるものは、『一科か二科』の差である。

 

 

(一科であれば『優秀』な実践魔法の『講師』が付いてくれる……しかし二科は―――)

 

 

 講師が着かず、オンラインの授業や資料閲覧は出来ても―――あとは『自分で伸ばせ』ということだ……。

 

 

(まぁ『九州出身』としては、こういう『下』から西郷や大久保みたいな傑物が現れると知っているわけだが……)

 

 

 歳が近く、同じような身分どうし、更に言えばその中でも『年長』なり『優秀』なのと一緒に『武士の教師』などがいなくとも、勉強しあうことで――維新三傑の内の二人は出来たのだ。

 

 

 あの坂本竜馬ですら、下級藩士の身分(脱藩済み)ながらも薩摩の家老『小松帯刀』なども動かしてきた。まこと、人間の資質というのは与えられた環境だけで計り知れるものではない。

 

 まぁ―――エリート教育を受ければ、それなりの人材には育つだろうが、こと軍事分野や治安関係に直結することは、そういったことだけでは優秀にはなりえない。

 

 

 思想や思考が固まった人間に変革は出来ないのだ。

 

 

 それを考えれば、徹底した才能主義―――おおいに結構だが―――踏みつぶした草の下で、何が蠢いているのか分かるまい。

 

 

 ドルイドの呪いは―――草木の王。森の主の呪いなのだから―――。

 

 

「愚考が過ぎたな――――」

 

「何を考えていたんだ?」

 

 

 声がした。振り向くとそこにはヤツがいた。

 

 司波達也。ターゲットと思しき人間の一人の登場に、心臓を掴まれた気分だ。なぜここに―――と思いながらも、とりあえず会話を続ける。

 

 

「―――西郷、大久保のことを少しな」

 

「維新三傑か―――あいにくながらこの学校にいるのは三巨頭とかいう人間だがな」

 

「聞いたことがあるよ。とんでもなく「優秀な魔法師」なんだって?」

 

「ああ、うち二人は『ナンバーズ』だ。……で―――その『結論』は何だ?」

 

 

 西郷、大久保から何を見出したのか、問題の本質を掴んできた司波に対して驚く。

 

 別にはぐらかしてもいいが、何だかそれはそれでどうかと思えたので、手を振りながら何の気も無いというジェスチャー付きで正直に答える。

 

 

「本当の『英傑』というのは世間様の『評価』とは別種の所にいる人間。すなわち二科の連中が羨ましいってことさ」

 

「……変なヤツだな。さっきまでベンチで書籍を読んでいたが、一科の在校生に『二科』―――ウィードだと馬鹿にされたよ」

 

「全然、『こたえてない』って顔だ。―――他人の評価なんてどうでもいいって感じだが?」

 

「まぁな。お前もそうだろ。遠坂刹那?」

 

 

 名乗っていないのに名前を知っていたことに疑問は抱かない。ただ疑惑の灰色が『真っ黒』になるぐらいには思う。

 

 

「……名乗ったか?」

 

「いいや、有名人であることは自覚しておけ。ミスター・『アベレージ・ワン』―――」

 

 

 その意味は、恐らく一科(ONE)に入れる『平均値』で、入れたことに対する皮肉交じりの―――やっぱり皮肉でしかなかったが、実に刹那の『本質』を掴んだ言葉でもある。

 

 

「そういう君も理論のペーパーテストではトップだったそうだな」

 

「……深雪の価値観は『世間様』から乖離していてな。まぁそれでだ……魔法理論・工学だけは完璧な司波達也だ。無論、二科生だが、覚えておいてくれ」

 

「改めて名乗るが、全てを平均値で合格した遠坂刹那だ。俺の専攻は古式の『呪い』関連だ。誰かを呪殺したければ一報入れてくれ、三割引きで請け負うよ♪」

 

 

 冗談だろ? と言いながら達也は右手を出し、冗談だよ。と言いながら刹那も手を差し出す。

 

 差し出された手を握り合う。その手を握った瞬間の硬さにお互いが―――『戦士の類』だと気付く。

 

 シンパシーを覚えると同時に、お互いに危険性を覚える。そのぐらいには、分かるものだった。

 

 

「で―――司波、なんでここに? ウチの師匠みたいに理論派なお前の事だ。没入していたんじゃないのか?」

 

「確かに最初は二時間の半分以上をそれに費やそうとしたんだが―――途中で飽きて、目立つ新入生に声を掛けた。それと達也でいい」

 

「そんな友達百人出来るかな。みたいなことをハイスクールでするとは―――印象変わるぞ……俺も刹那でいい」

 

 

 などと言いつつ、本当のところは何なのやら―――草っぱらにケツを落ち着けつつ刹那は探るも、達也としては危険性以上に―――『興味』があった。

 

 一般的に古式魔法は現代魔法に比べて劣っている。発動速度や諸々―――いわゆる『儀式魔法』という体であり正面からの打ち合いでは、確実に負けるものだ。

 

 

 無論、それだけが魔法師としての価値ではないが、荒事よりは隠密・間諜向けのスキルに分類されてしまう。

 

 特に風間から送られてきた『魔女術』というのに興味があった―――のだが―――そんな風な達也の好奇心からの話は中断されてしまった……。

 

 他ならぬ―――違う意味での魔女によって―――。

 

 

「すみません新入生ですか? 男子二人の気安いお話を邪魔したくはないですが、そろそろ入学式ですので講堂に向かった方がいいかと」

 

「そうですか、わざわざすみません」

 

「んじゃ行くか、どうもです先輩」

 

 

 ―――殆ど下半身の力を使わずに上半身の腹筋運動だけで立ち上がった二人は、言ってきた女性の左右の脇を通って―――すたすたと歩いていたが―――。

 

 

『『!?』』

 

 

 お互いに『見えたもの』を前に、一歩後退。思わず魔術刻印を発動させかけた刹那と膨大なサイオンで弾丸を撃とうとした達也。

 

 

 目の前には、高さ3m、幅5mはあろうかという氷壁が出来上がっていた―――。誰がやったかなど考えるまでも無い。振り返ると笑顔の『こあくま』がいた……。

 

 

「せめて自己紹介ぐらいはしてほしかったですね。減点1です。リテイク♪」

 

 

 などと笑顔のままに威圧するも―――。

 

 

「―――すまない達也。愛しい恋人が講堂付近で待っているだろうから先に行く」

 

「―――いや待て刹那。俺だって妹の晴れ姿が待っているんだ。俺が先に行く」

 

 

 端末のコールで事情説明をする刹那。妹と一緒の待ち受け画面を見せる達也。

 

 どちらも人身御供の考えなど微塵も無い『お前の屍を超えて俺は行く』な二人の間に『こあくま』―――七草真由美は入れずにいた。

 

 

 本来ならば、司波達也に対しては入試の成績を褒めて、自分及び生徒会に興味を持ってもらい、遠坂刹那には少しの苦言と共に真面目にやるように言って生徒会に入れるか風紀委員で性根を鍛え直すかを考えていたのだが……。

 

 

 睨みあう男子二人。その狭間でおろおろするとしか言えない様子の真由美。少しだけ怖い先輩として印象付けるために魔法も使ったと言うのに―――意に介していない二人の男子なのだ。

 

 

 やはり見立て通りにして『見えたままの姿ではない』のだと、真由美が確信すると―――。

 

 

「ならば行くか」

 

「そうだな」

 

 真由美に生じた心の隙を察したのか了解しあう。

 

 脱兎のごとく今度は氷壁を左右に避けて走り出す二人の男子。その速度は―――とんでもなかった。

 

 

(速い―――CADの起動すらなかった!? ど、どういうこと!?)

 

 

 更に言えば真由美は完全に無視されたことに怒ってしまい、途中まで加速術式を使うことを失念して、全力疾走で二人を追うことになってしまった……。

 

 

 真由美が見た限りでは。達也の方は何もなかったが、刹那の方は何か靴を履き直すような動作。

 

 

 

 そんな刹那の動作の意味を達也の眼が捕えた。

 

 

「それが噂の魔女術か?」

 

「いや、これはアイルランドに伝わる『原初のルーン』の一つ。早駆けのルーンだ」

 

 

 ルーン『魔法』……学校指定のブーツに輝く文字の意味を達也は分からないが、『つっかけ』を直す程度の動作で発動するとは、前から刻んでいたのだろう。

 

 

「そういう達也こそ、何だよその体術―――古武術の類か?」

 

「よく分かったな。縁あって通っている寺の生臭坊主から教えてもらった『忍術』だ」

 

 

 事前のレクチャーで、現在の『神秘体系』や『武術関連』は網羅してきたつもりだが、まさかそんなものが表に出てこようとは―――。

 

 しかし、達也の動き。今は走りだけだが、どこかで見たことある『動き』であった……。

 

 

 ともあれ、全員の衆目を集めかねない驚異的な速度で講堂前までようやく戻ってきた男子二人。

 

 

 それを見た金と黒の女神たちが話を切り上げて、こちらを見てきた。

 

 

「お兄様!」

 

「セツナ!」

 

 

 どちらかと言えば呼びかけるよりも、驚きの類だがともあれこちらにやってきた二人に対応する。

 

 

「悪い。少し散策しすぎた」

 

「まったくよ。ミユキと一緒だったからいいけど今にもナンパされそうだった」

 

「手が早いな。ここの人達も」

 

 

 手の甲でノックでもするかのように刹那の胸を叩くアンジェリーナを見た達也は、男女の仲でも深いほうなんだろうなと感じる。

 

 

「お兄様、送り出したからといって私が、完全にリハーサル側だけにいるとは限らないんですよ」

 

「だからといって、まさか『ここ』(講堂前)で油売っていろというのは俺に無体すぎないか?」

 

 

 やれと言われれば『やる』が、そういうのを深雪は嫌うことを理解していた。意地が悪い言い方だったなと気付き頭を撫でてすまない。と一言。

 

 そのやり取りと感情数値オーバー300を計測しかねない『兄妹愛』に、刹那とリーナは、『本当に兄妹か?』と少し疑問に思う。

 

 

「お兄様、こちらの方は」

 

「アンジェリーナ・クドウ・シールズよ。よろしくねタツヤ」

 

「深雪の次に『僅差』で次席だったシールズさんか、よろしく―――そして深雪、こっちは」

 

「遠坂刹那です。リーナから聞いているとは思うが、まぁよろしく司波さん」

 

「こちらこそ。『アベレージ』で『一科』に入った傑物として、噂になっている遠坂さんと知り合えて光栄ですね」

 

 

 主席のお前が言うか? と深雪以外の三人が思うが、その言葉の裏に隠れたものを察して少しだけ怖くなる。

 

 

『私の前であなたの『TRICK』は通用しません』

 

 

 どこの獣神官だと言わんばかりの言葉の裏側に、刹那は嘆息。

 

 

 大石内蔵助気取っているわけではないが、まぁ昼行灯が過ぎたかとも思う。

 

 

 だが目立つのは嫌いだ。とはいえ、手抜きをしたことで逆に目立つこともあるか……。

 

 

「ギリギリ合格ラインに届いたってだけだと思うよ」

 

「深雪、あまり勘繰るなよ」

 

 

 刹那の次に口を開いた達也の言葉で収まる司波深雪。しかし『疑われている』のは分かる顛末。そんな中に変化が訪れる。

 

 

「―――それで、セツナ。後ろにいる―――膝を押さえて息を吐いている先輩は誰なの?」

 

 

 リーナの言葉で振り向くと、『自己加速術式』でも使ったはずなのに、全力疾走したかのように肩で息を吐いている女性……。

 

 ゆるふわな髪を前に下げてホラー映画によくいる女の怨霊のような―――女性は―――。

 

 

『『誰だっけ?』』

 

 

 達也と一度だけ眼を合わせてから、疑問符を呈すると―――。一度だけきっ、とこちらを見上げてから―――。

 

 

「第一高校生徒会長!! 七草(さえぐさ)真由美だぁああ!!! 覚えておきなさーーーい!!!! 特にそこの男子二人ぃいい!!! あなた達を絶対に私の「おもちゃ」にしてやるんだからぁああ!!!」

 

 両こぶしを握り締めて、背筋を伸ばして涙目で叫ぶは完全にキャラ崩壊している七草会長。

 

 もうtamago先生(?)版になりつつある……重傷である。

 

 そんな七草会長は、それを捨て台詞としたのか、全力で『青い空なんて大っ嫌いだぁああ!!』と言わんばかりの走りで講堂に入る。

 

 

 だが、それで良かったのかもしれない……。

 

 

 なんせ七草会長の台詞を聞いた深雪とリーナが、氷結と発雷を自然と発生させて、静かに怒っているのを見た。

 

 周囲の在校、新入生問わず悲鳴をあげそうな表情で二人を避けていく様子が気の毒に思える。

 

 

「……愛されてるな」

 

「お互い様」

 

 

 そんな言葉で片付けるんじゃねぇと言わんばかりの周囲の視線を浴びながらも2095年4月 第一高校の入学式は間近に迫るのだった……。

 



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第13話『入学式―――終演』

一万字近く書いているが、なかなかに進まないなぁ。まぁあまりギチギチでもよくないが、何とかしたいと思いながら、入学式編は終わり―――劣等生サイドでも優等生サイドでも書かれていない他クラスの始業一日目を描くことに少し不安を感じる。

まぁエイミィと十三束を中心にして描けばいいだけなのだが…。


 

「郷に入っては郷に従えというのは日本の慣わしとはいえ……納得できるものでもないわね」

 

「そこは抑えてくれ。俺だってむかっ腹立っているんだ……」

 

 

 この『一科生』専用と『定義づけ』された席の一番後ろで、呟きながら後ろを振り向くと、そういった事を教えてくれた男子が、更に後方の席でオレンジ色の髪と黒髪の眼鏡をかけた女の子二人に話しかけられていた。

 

 眼鏡―――2090年というこの時代において、一番に発展したのは『機械工学』ではなく『生体工学』であった。

 

 

 即ち先天的かつ後天的なものであろうと、『眼科』治療においては抜本的な治療が取られて、弱視や乱視・近眼などは完全に過去のものとなっていた。

 

 

 かつては、それらで生じる不都合を無くす視力・視覚矯正の為にあった『眼鏡』というものは不要となり、現在のところ、眼鏡を必要とするものは何かしらの先天的な『魔眼』の持ち主ばかりである。

 

 

 刹那も『魔眼持ち』であるが、達也の隣にいる子のように『魔眼殺しモドキ』が必要なわけではない。自分で『開閉』は可能なもので、融通は利く。

 

 

(そういえば達也も七草会長の『術』が見えたんだよな……)

 

 

 刹那のルーンを見た時の眼筋の色彩から『妖精眼』の亜種に近いのかもしれない。何となく程度に考えてから再び前を向く。

 

 前を向いたら向いたでリーナに秋波……とまでは言わないが、そういった色目を向けてくる一科の前の方に座る「意識高い系」な連中。

 

 

 貴族主義派……ほど極端ではないのは、更に上位に『十師族』に『師補十八家』、『百家』という正真正銘の『貴族』がいるからだろう。

 

 

(まぁそれでも、ここの『前の席』に座れた時点でエリート意識が出来ちゃってんだろうな)

 

 

 辟易する態度を「まぁまぁ」とでも言うかのように嗜めるリーナ。まるで若夫婦。とでも見えたと誰もが言うものを見せていた。

 

 そんなリーナと刹那たちの隣。未だに中段にも余りがあるなか、仲良しグループなり同じ中学どうしでわいわい話している様子もある中に……リーナではなく刹那に怪訝な視線を向ける者が一人いるのを感じつつ―――。

 

 

「ごめん! 隣いいかな!?」

 

 

 などと横合いから話しかけてきたのに対応が遅れた。活発な様子の目も覚めるような赤毛の少女―――そしてすごく特徴的な『眉毛』をしていたのが言う。

 

 

「俺は構わんが―――前じゃなくていいのか?」

 

「いやー前はさ、なんか気後れするんだよねー…もう少し時間を掛ければ仲良しになれそうだけどさ」

 

 

 それは分かる理屈である。同時に、これだけのルビーヘアとなると目立って仕方ないだろう。可愛さという意味ではリーナと勝負できるが、美貌という点では33-4でリーナの勝利だろう。

 

 そんな刹那の勝手な値踏みなどお構いなしに、赤の少女は快活な笑み―――どこか猫を思わせるものを見せながら語る。

 

 

「自己紹介させてもらうけど、私は明智英美―――長ったらしい本名もあるけど、気軽に『エイミィ』って呼んでね。遠坂君、ミス・シールズ」

 

「何で、今日会うヤツ全員―――オレみたいなアベレージ・ワンの名前を憶えているんだか…」

 

「そうよね。ミユキも知っていたのはただ単にUSNA出身ってだけじゃなさそうだし、あっエイミィ。私の事はリーナでいいですよ」

 

 

 刹那の隣に座りながら手を軽く振りながら自己紹介したエイミィに疑問符を投げる刹那とは対照的にリーナは女子特有のシンパシーで仲良くなろうとする。

 

 もしくは刹那の隣に座ったことで警戒心を持っているかのどっちかである。

 

 

「まぁラッキースターだの、ヴィーナスガードだのあれこれ言われているけど、やっぱり魔法科高校に入学する『魔法師』の卵って何かしら尖がっているのよ」

 

「尖る―――まぁ意味合いは分かる……しかし、それならば、俺は『魔女術』を専攻しているんだがな」

 

 

 ノーリッジにおけるエルメロイ教室の精鋭たち―――歴代異能ゆえの『霊体喰い』(ゴーストイーター)のグレイ、魔術師の異端にして『トリックスター』フラット・エスカルドス、ストーカーオブストー……いや失礼、『狼王』の異名を持つ日も近いスヴィン・グラシュエート。

 

 

 ……などなど考えれば確かに『平均的』な魔術師などいなかった。それはつまり魔道に限らずどんなことでも同じである。

 

 似たようなものを学んだところで、トップには立てないのだから、己だけの『牙』を磨く―――そういうことだ。

 

 

「リーナは、今回の総代の次席―――『系統魔法』は万遍なく得意でしょ?」

 

「まぁ一通りは、知覚系統はあまり得意ではないですが」

 

「あれは系統外じゃないか、まぁエイミィが言った通り、確かにリーナはノーマルに優秀だ。で、逆に俺が『見えない』から皆して不審がっている、と」

 

 

 慧眼だねワトソン。と言わんばかりに指を鳴らすエイミィ。その様子はサマになる探偵らしいものだった。バリツは使えるだろうか、と思いながらもエイミィは話を続ける。

 

 

「ザッツライト! そういうわけで―――私としては刹那君の秘密を暴きたいわ! バッチャンの名にかけて!!」

 

 

 言っている事は探偵として正しいが、『明智』の姓を持った人間が言うべきセリフではない。それならば俺とて『ジッチャン(暗殺探偵)の名にかけて!!』とか言いたいわ。

 

 バゼットから聞くところによれば、その『狩り』の仕方は凡そ魔術師としては異端だったそうであるのだから―――。

 

 

 などと言わなければ―――。目の前の現実を直視しなければならないのだから……。

 

 

 

「エイミィ―――あなたとはお友達になれると思っていたのに残念だわ」

 

「――――!? え、ええと! そう! 異性としての刹那君には興味ないわ!! 本当よ!! 信じてリーナ!!」

 

 

 貫禄がついたことをスターズの一員として喜ぶべきか、それとも今にもエイミィに精神干渉しそうなことを咎めるべきか―――悩みながらも、とりあえずリーナを抑え込む。

 

 嫉妬されるのを嬉しいと思いつつも対人関係はちゃんとさせたい。

 

 

「ストップだ。とりあえず、エイミィ。好奇心猫をも殺すという言葉もあるぐらいだ。自重してくれ」

 

「う、うん……ごめん」

 

「それとリーナも、それぐらいで怒るな。確かに俺は、田舎から出てきた世間知らずさ。どれだけ見識が広まっても、『まだまだ』なんだよ。誰かに探られても仕方ない―――痛くなるような腹はないけどな」

 

「……私こそごめんエイミィ。そしてセツナもごめんなさい―――そうよね。あなたのことは、私だけが知っていればいいものね……」

 

 

 刹那の言葉で顔を赤くして胸に手を当てるリーナを見てエイミィは想う。

 

 愛が深すぎる。―――大恋愛の末に結ばれたと、『のろける』エイミィの両親に似た雰囲気を感じて砂吐きそうになった所に―――何人かがエイミィの隣にやってくる。

 

 どうやらそろそろ入学式が本格的に始まるようだ。そしてエイミィは―――まだ諦めていない。

 

 

 この二人から漂う秘密―――特に刹那の方は、実家の『完全なる秘宝』に繋がるものを感じたのだから―――。

 

『魔弾』につながる糸を手放すわけにはいかないのだ……。

 

 

 そうエイミィが考えている内に、講堂の中央にライトが当たり―――式の始まりが近いのを感じた。

 

 

『静粛に、ただ今より国立魔法大学付属第一高校 入学式を始めます!』

 

 

 教員か生徒か、どっちかは分からないが広すぎる一種の議事堂にも似た講堂の一番前―――登壇の場。

 

 日の丸の国旗の下に八枚花弁の紋章の校旗が掲げられた所に、多くの人間達が上っていき―――様々な言葉を紡ぐ。

 

 

 その言葉で『使命感』を燃やすものもいれば、『退屈感』を患うものもいるだろう。

 

 そういった塩梅で刹那とリーナは、言葉だけは立派だけど。などと、ニヒリスティックに考えながら、とりあえず知り合いの答辞ぐらいは真面目に聞かなければいけないなと思って、その答辞は真面目に聞くことにしたのであった……。

 

 

 † † † †

 

 

 式は滞りなく終わった。終わると同時に昔風に言えば生徒証であるIDカードの交付を受けるべく、まとまったり散り散りになりながら、窓口に赴く。

 

 

 その様子は―――まぁ民族大移動とまでは言えないが、それなりに盛大なものだ。話し声がちょっとしたオーケストラとしてBGMとして鳴り響きながら、歩いていく。

 

 

 一科二科合わせて200人近くが移動するのだから、その声も騒然としたものだ。―――中でも、登壇して新入生代表として答辞を述べていた人間は早速も大女優扱いであった。

 

 人という人が、深雪の周りに集まっていた。まさしく時代と学校を代表するスターである。

 

 

「オードリー・ヘップバーンかよ」

 

「あるいは、キング牧師か」

 

 

 達也は冷や冷やものだったろうなぁ。と『察しが良すぎる兄貴』としての苦労を偲んでおく。

 

 この学校における『差別撤廃』の『核心』というのは―――そこではない。生徒一人一人の意識改革がなったとしても、それは『逆差別』という事象もありえるのだから。

 

 

 リーナと感想を言いながら、窓口でカードの交付を受けた。書かれたカードには自分が何組かを示すものが出ていた。

 

 

「ワタシはB組だけど、セツナは?」

 

同じくだ(same as)。良かったよ。まぁ学校側も気を遣ってくれたと思うべきかな」

 

「えっ!? ワタシとの恋仲が教員の先生方にも筒抜けとか、それはプライバシーの侵害じゃないかしら?」

 

 

 多分違う。そしてそういうことを大声で言うな。少しして嫉妬の視線が刹那を貫く。

 

 自分抱きをして恥ずかしがっている様子のリーナに、若干の頭痛を感じながらも、違うことを説明する。

 

 

「確かにリーナの日本語は口頭でも問題ないが、やはり日本語の微妙なニュアンスが分からない可能性もある。その為にも、俺と一緒にさせたんだろう」

 

 

 もしもリーナが『正式な任務』での『留学生』だったならば、更に言えば来訪するのが落ち着いた時期であれば―――『総代』であり、成績優秀な『深雪』と同じくなっていた可能性もある。

 

 

「実際、入学試験の後に俺だけ日本語の習熟度を試験させられたからな」

 

 

 一応、アメリカ国籍を取得していただけに、それを危ぶんでいたのだろう。よってこうなったということは……リーナのチューターを自分がやるのだろう。

 

 

「同時に、俺としても願ったり叶ったりだ。リーナと一緒にいられて―――心配しなくてすむよ」

 

「えっ―――」

 

 

 とくん。と高鳴る胸を感じて胸を押さえて頬を赤くするリーナ。来日する前の飛行機でのことを思い出して、更に高鳴る胸。

 

 

 何人かが、『スナハキソウダワー』などと言いそうな場面に対して―――。

 

 

「リーナがいてくれないと授業履修とか出来ないからな。ほら端末の操作でも複雑なのは俺が触ると爆発するじゃないか、本当に不安で不安で仕方なかったんだ」

 

「そっちかいいいいい!!!!」

 

 

 スパン!と小気味いい音をさせてハリセンで笑顔で安堵していた刹那の頭を叩くリーナ。

 

 それに対して『ズコー』と120年前のリアクションを取る魔法科高校の生徒達。

 

 なんだこの夫婦。などと思いながら何とか復活を果たすもの達―――これに三年間付き合わされるのかと誰もが苦笑してしまう。

 

 

 IDカードを受け取った後の、何とも言えぬ弛緩した空気の中に切り込むのは、一人のイレギュラーである。長身の男の登場に二人は視線をそちらに向けた。

 

 

「お前ら、いつもこんなことしているのか?」

 

「いや、状況が状況だったからな。式の前には『探偵』に絡まれたし」

 

「それは気の毒だったな」

 

「妹の答辞で、一瞬でも焦っただろう達也よりはマシかな?」

 

 

 皮肉で返すと苦笑、しかしやり返したいぐらいの気持ちはあるのだろうが―――それよりも先に、紹介される。

 

 

「刹那、リーナ。紹介するが―――」

 

「千葉エリカよ。はじめましてアンジェリーナさん。遠坂君」

 

「柴田美月です。よろしくお願いします」

 

 

 紹介されたのは達也が式の前にイチャこらしていて深雪にも答辞する前に遠くから睨まれることとなった原因の美少女二人であった。

 

 

「どうも。エリカにミヅキね。アンジェリーナ・クドウ・シールズ。リーナでいいわ」

 

「初めまして、遠坂刹那です。呼び方は―――まぁ適当にどうぞ」

 

 

 改めてみると両極端な二人である。エリカの動きの所作は武道に通じるものだ。対する美月は『魔眼』持ち―――。

 

 

 そんな二人は、どうやら達也と同じクラスらしく、これから教室に行くかどうかを迷っているとのことだった。

 

 ただ達也は予定が決まっている風だった。2090年代というのは魔法科高校だけでなく多くの教育機関で変革が行われており、いわゆる式の後にクラスメイト全員でホームルームなどという制度は無い。

 

 今や高等学校の生徒は、大学生と同じく履修科目を己で選んで単位を取るという制度に完全にシフトしてしまっていたのだ。

 

 

 よってこの後は、帰りたければ帰ってもいいということでもある。ただホームルーム自体が無いわけではなく、端末も開放されている。

 

 クラスの同輩と打ち解けたければ、集まってもいい。違いは担任がいないということだ。

 

 一応、バランス大佐に対するオンラインかつ秘匿の回線を使っての報告もあったので、今日は適当に帰るかぐらいのことをリーナと話していた刹那だったが―――。

 

 

「達也はどうするんだ? 深雪はあんな感じだが?」

 

「一応、一緒に帰る約束をしていたんだが、まぁあれではな……」

 

「えっ!? 司波くんの妹って総代のあの子なの?―――早生まれと遅生まれ?」

 

 

 正解と一言返す達也。その対応から察するに、こんな質問は日常茶飯事なんだろう。

 

 

「リーナは驚かないんだな?」

 

「まぁ聞かされていたからね。そう言う事情ならば成程と思うわよ」

 

 

 達也の質問に講堂前で聞いていたことだと返すリーナ。短い間といえ随分と親しくなっていたもんだと思う。

 

 やはり自分の次席は気になるのだろうか――――。

 

 

「タツヤとの関係を聞いた代わりにセツナとの関係を聞かれたけどね」

 

「ちなみに予想なんて誰もがしているけど、ふたりはどういう関係?」

 

 

イタズラ猫のような表情と言葉で聞いてくるエリカ―――、別に隠すことではなく宣言する。

 

 

『『夫婦(予定)』』

 

「恋人とかカレカノこえてるし!」

 

「分かりやすかったけどな」

 

 

 刹那とリーナの答えに、エリカと達也は、そんな反応。そして美月は―――刹那の眼を見ていた。

 

 

(気付かれたか?)

 

 

 魔眼持ちは、魔眼持ちを引き寄せる。異端は異端だからこそ『孤立』し結び合う。だからこそ警告を発する。

 

 

「あまり気にしない方がいいよ柴田さん。俺の眼は、あまり『見たくない』ものを『見ないよう』にしているんだ」

 

「えっ、ああ―――すみません。刹那君の眼が、すごく綺麗なオーラに見えたので、つい……司波さんも達也さんも同じく綺麗なオーラの表情に見えたので、不愉快でしたかね?」

 

 

 重傷だな。俯いて謝る柴田美月の眼は、もはや眼鏡では『殺しきれない』ものばかり見えている。

 

 まさかあの『殺人貴』の如く魔眼殺しでも殺しきれなくなるものではないだろうが、あまり見られることで、こちらの『眼』が自動発動するのは嫌だ。

 

 そして、達也の方に話を向けた途端に―――達也が明確な『殺気』を放った。柴田美月にだ。

 

 

(こいつ―――)

 

 

 緊張をさせられるだけのものを感じて、それとなくリーナも美月の側に一足で近寄れる立ち位置に移動。刹那も牽制―――として『意』を放つ。

 

 

「えっ!? 遠坂君!?」

 

「―――」

 

 

 武術の技を知っているだけに、エリカが『意』を敏感に感じて動揺していた。向けられた達也は、観念したように嘆息する。

 

 

「冗談だよ。お前たちも『敏感』だな?」

 

「お前なぁ……」

 

 

 理知的な人間が『理性的』とは限らない。ハンニバル・レクターはどこにでもいるのだから―――。

 

 などと肩をすくめて、おどける達也に冷や汗を流してから、やはりこいつは―――イレギュラーだと再認識。同時に達也も『二人』に対する脅威度を上げる。

 

 

 そんな風なやり取りをしている間に深雪が人垣を抜けて、息を切ってやってきた。どうやら無理やりの脱出だったらしい。

 

 

 そしてその後ろには―――怖い笑顔を向けてくる七草真由美―――。

 

 うん。激おこですね。今にも異界の邪神でも召喚しかねない七草会長のプレッシャーは、達也と刹那を貫く。

 

 

「……深雪、生徒会の方々とのご用があるんじゃ? まだだったら時間を潰しているぞ」

 

 

 リーナがいたことが原因なのかどうかは分からないが、エリカ、美月とも早速打ち解ける深雪。

 

 美少女四人が『きゃっきゃ』している様子は中々に眼が楽しいものではあるが、こちらとしてはそうも言ってられない。

 

 

 達也の言葉で、深雪の後ろに続く『金魚のフン』をなんとかしたかったが――――。

 

 

「大丈夫ですよ。遠坂クン、司波クン―――今日はご挨拶させていただいただけですから、ええ、本当に―――また日を改めます」

 

 

 言葉だけは丁寧で、こちらに遠慮したように聞こえるも、『首を洗って待っていろ』と言う風に聞こえるのは俺だけなのか。

 

 しかも用事というのは恐らく『生徒会関連』で、そこに関わりなく特にグループの主導に関係ない刹那にまで声を掛けたあたりに……七草会長の思惑を見抜く。

 

 

「それでは、またいずれゆっくりと、もちろん……あなた達二人とシールズさんも加えてね……ええ本当に…」

 

「か、会長!?」

 

 

 不穏な空気を感じたのか二年の先輩。

 見様によっては、さっぱりした美形だろうが、どこか神経質な様子も受ける男が狼狽するほどにサイオンとプシオンが異様なオーラとなりて場を脅かす。

 

 

「最高級のお茶を用意して待っていますので、絶対に来てくださいねぇ……」

 

 

((((遠慮したいぐらいです))))

 

 

 四人の心が一致してコンバインオッケーとか出来そうなぐらいだった。もしくは念仏唱えて動かすロボとか―――。

 

 

 毒でも盛ってきそうな様子の会長が踵を返して学舎に戻ると、それに続く金魚のフンたち。その中でも筆頭だろう神経質男―――が、『きっ』、と睨んできたことを皮切りに全員が睨んできやがった。

 

 ともあれ―――それが見えなくなると同時に文句を言う。特に激しかったのはリーナである。

 

 

「何よアレ? 感じ悪いとかそういう問題じゃないわ! 中指立ててやりたかったわよ!!」

 

「やめろよ。アメリカもそうだが冗談じゃすまないからな」

 

「けれど、あれがスクールカーストの上位にいる連中の態度なの!? 己の行いが独善的なものだと分からない連中の典型よ!」

 

「……まぁ分かる理屈だ。上位にいるからこそ求められるのは下に対する思いやりだよ。だからこそ、日本には傑物が生まれてきたんだけどな」

 

 

 下位にいる連中を見下して搾取するだけならば、それは悪徳を行う領主でしかない。無論、支配者だから何でも思うままにしていいなどという理屈を持つ人間―――『独占』しようとするものは、絶対に歴史に悪影響を残す。

 

 『世界の可能性』(人理)を狭めるものは、そういう所から発生しやすい。

 

 

「そもそも―――『花』の有無で人間の価値を見るような人間は、独善の極みだ。反吐が出る。人間の可能性はかように無限だと言うのを知らない無知の極みだ」

 

「……やっぱり変だな。お前―――この魔法師社会で、才能の有無は絶対だというのに、そこまで言えるなんて……」

 

「そりゃそうだろ。いちど関ヶ原で敗れたが260年かけて徳川を潰した薩摩と長州。小国の出でありながら『最果ての海』が見たいなどと言って、ユーラシアを制覇した大王。狩猟民族ながらも様々な知識を以て大帝国をなした蒼き狼―――なべて、人類の可能性というのは無限大だよ」

 

 

 神話の時代を超えて、人間が英知を以て作り上げた世界。

 

 その中で魔法師というのが、果たして―――人類の可能性を広げるものとなるのか、どの『カッティング』でも見えぬことだ。と内心で自嘲しながら―――。

 

 最後に分かりやすいフォローを入れる。

 

 

「まぁ、難しく考えなくても、今の能力の高低が将来どうなるかなんて分からんわな。それを補欠だのスペアだの言うなんてアホらしい限りだ」

 

「へぇ。やっぱり変わってるわね……やっぱり古式の魔法師ってそういうもんなのかしら?」

 

「知り合いに同類いたりする?」

 

「まぁ一応」

 

 

 エリカの言葉で、旧い馴染みといったところを予想しておく。予想してからリーナへのフォローを入れる。

 

 

「そういうわけだリーナ。あまり怒るな。この国の魔法師も一筋縄じゃないだけだ。俺も少しだけ想うところある―――『本当』にダメならば、協力してくれるか?」

 

「もちろん。何でも言いなさいよ。前にリクエストされていたバニーガール衣装でお世話もしてあげちゃう♪」

 

 

 その言葉で達也を除いて全員が赤くなる。達也の心は、『本当にダメな時』に刹那が何をするのかということである。

 

 この国にはこの国なりの理屈がある。だが、変革を望むものがいないわけではない。

 

 そして魔法科高校が魔法師社会の縮図であっても、それが『正しい』などという話は無い。

 

 

 一科生でありながら魔女術という異端中の異端を持ちこんだ新入生。更に言えば出身はUSNA、語る言葉は歴史の真髄を知るかのようで―――知れば知るほどに色々と見えなくなる同輩の存在が、脅威でありながらも達也にとっては興味深く思える。

 

 

 そうして嫌な空気や堅苦しい空気を霧散させるかのように提案されたエリカが前々から探し当てていたという茶店に赴いたのだが……。

 

 

「やめよう。エリカ―――この店だけは危険だ。何が危険かは具体的に言えないし表現できないが、とにかくダメだ」

 

 

 案内された喫茶店の名前を見た瞬間。ネコアルク ザ・ムービーの狂言回し『ネコ・カオス』のポップが並ぶ陽気ながらも年季のはいった店。

 

 雰囲気はかなりいいはずなのに―――刹那は、リーナの視線も構わずエリカの肩を掴んで必死の説得をする。

 

 

 喫茶店の名前は、アルファベットで『Ahnenerbe』―――しかし英語読みではなく『ドイツ語』で読んで日本語的に発音すると―――。

 

 

『アーネンエルベ』―――遺産を意味する言葉だった……奥から出てきた店長―――ジョージという人に掴まり、結局入ったわけだが……。

 

 

 刹那の懸念とは何だったのかと言わんばかりの、美味しい料理とコーヒーに舌鼓を打つことになる。

 

 ただ……達也的には店員だという『緑髪』と『オレンジ髪』の少女がどことなく気になった。これが原因かな?と思いながら刹那を見ると―――。

 

 

『やれやれだぜ』

 

 

 などと諦めたかのように、トムヤムクンに舌鼓を打っていた。しかも幸せそうにである……。

 

 

「中華でなくていいのセツナ?」

 

「たまには、タイ料理もいいもんさ。お口の中が即チェンマイ♪」

 

 

 そんな会話を聞きながら、達也だけでなく魔法科高校の生徒全員にとって入学式という一大イベントは、自分達だけは、このように穏やかな時の中でエピローグとなるのであった……。

 

 

 



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第14話『1と2の間にいる魔法使い』

禁断の課金ガチャにて、水着ジャンヌをゲット―――かかった枚数、諭吉一枚。

手に入れた水着ジャンヌ―――プライスレス―――ということで最新話どうぞ。


 日本の魔法師社会は、ある意味で血統主義が蔓延るふるめかしい貴族のような家系ばかりが連なる。

 

 

 これは、自分が生まれる前に行われていた日本政府の魔法師研究―――『十』の研究所の実験体達が、それぞれに『家』を作り、それらの血統が、様々な紆余曲折を経て造り出した制度の一つである。

 

 

 十の師族―――『氏族』という名称を付けなかったのは己が魔法界のマスターであるという自負か、それとも本当の血統の人達に遠慮したのか……真相は分からないが……まぁ十の師族家を選出して、日本の魔法師界の健全なる発展に寄与する組織である。

 

 一種の互助組織であるこれは、その血や思想を硬直化させたりさせないよう、行動に一定の『変数』を着けるために『師補十八家』と呼ばれる十師族に選出されなかった『数字付きの家』に支えられ、その下に『百家』がいるという構造である。

 

 

『ピラミッド型組織』でありながらも、その権威や力は絶対ではない……と『建前』では語る組織。

 

 

 外の人間には見えない構造の下、魑魅魍魎が蠢く伏魔殿。同じ十師族といえども力は均衡していない。同時に相性の良し悪しもある……。

 

 

 そんな風な組織。幼いころからそれなりにそこの暗部を知って、自分も魔法師の中の最優の一人(エリート)であろうと努力する十三束家に生まれた男子『十三束 鋼』は、少しだけ頭を悩ませていた。

 

 

「で、こうしてこう―――キーボードを叩くときは、こうだから、ね。簡単でしょ?」

 

「脳波誘導も、視線アシストも何でか俺の場合はダメだからなぁ……」

 

「セツナの場合、脳髄も眼も『色々』だからね。それと、『オニキス』に任せていたツケよ。自戒して精進しなきゃ」

 

「……『帰ってきた時』に、『おおっ! なんたるハルマゲドン!! 人理は崩壊した!!』とか言いかねない」

 

 

『分かっている』2人の会話。それを誰もが側耳を立てながら聞いている。誰かと話をしながらも、二人の会話を逃さないようにしている。

 

 そう―――窓際に寄り掛りながら聞いている鋼は、二人を観察していた。

 

 

 この第一高校の新入生の中で、有名人なのは、『三人』ほどいる。

 

 一人は総代の司波深雪。

 

 彼女は一躍学校だけでなく、時代のスターになれるだけの美貌と魔法技能を有していた。

 

 誰もが彼女をアイドルとして崇めている。そんな彼女は隣のクラスのA組である。

 

 

 残念な思い一つしながらも入試の時に目立っていたのは彼女ばかりではない。次席を取った生徒―――彼女も、アイドルになれる『力』を持っていた。

 

 アンジェリーナ・クドウ・シールズ。

 

 出身がUSNA―――そのクォーターとは思えぬ見事なブロンドヘアとブルーアイズ。特徴的な髪型。ロールのツインテールと言えばいいものをした娘は、既に司波深雪と『双璧』の『女王』として皆から認識されていた。

 

 俗な言葉で言えば、スクールカーストにおける『クイーン・ビー』というヤツだろうか。

 

 

 そんなクイーンの一人は、既に誰かの手に落ちていた。チャンスは無いのか、もうダメなのか。

 

 そう考えて多くの男子が睨むのは、もう一人の有名人であった。

 

 

 遠坂刹那。

 

 

 一般的に見れば、面構えは美形だろう。まだ15歳にしては180cmはあるのではないかという身長に、服越しにも『見える』筋肉質な肉体。

 

 マーシャル・マジックアーツという『荒事』の技術を収めている十三束だからこそ分かる。こいつは―――『隠している』。と

 

 多くの人間は、アンジェリーナに気に入られている『側仕え』が『ラッキー』なテスト結果で『一科入学』(ワン)出来た程度に考えているだろうが、違う。

 

 

(単純に、クドウの家系のボディガードと考えられれば良かったんだけどね)

 

 目端の利くものたちは、何とか正体を掴もうとするも―――擬態なのか―――いや擬態ではなく本物のバカップルとして殆ど多くの人間を寄せ付けない二人を前にしては、どうしようもなかった。

 

 

 そしてバカップルの発する空気が甘ったるく、自然と顔を赤くさせてしまう。悪気はないのだろうが、少しは自重してほしい―――が、『一例』を知っている十三束は言えなく、他に頼むしかなかった。

 

 

「はー……終わったぁ。同時に『爆発』しなくて良かったぁ……」

 

「お疲れさま。しかし、何とか進歩したじゃない。感心よ。いつかはワタシの手もいらなくなるかもね」

 

 

 どういう意味だよ!? こちとらお前たちの発する甘い空気で色々爆発しそうだったってのに、という皆の内心の文句もなんのその。

 

 端末の画面を閉じて机に突っ伏す遠坂刹那に笑い掛けるアンジェリーナの会話で何も察せられない。

 

 そんな風にしていたところに――――。

 

 

「第一高校の探偵兼ブロンダー(金雌)が、この1年B組に新しい風を巻き起こす!! 具体的には朝からイチャこらしているカップルに一喝入れる!」

 

「むっ、すまないな。何というか機械端末は苦手で、どうしてもリーナの手助けが欲しかったんだ」

 

 

 豊かな赤毛を持ち、特徴的な眉毛をした子。何だか小動物のリスみたいに忙しない印象を受ける明智英美が、二人に吶喊していった。

 

 それに対して、刹那はB組一堂を視界に収めてから周りに手を立てての謝罪、何だか仏僧みたいなポーズだと思う。

 

 

「へぇ、珍しいね」

 

「田舎暮らしでね。まぁUSNAに来てからも、都会に振り回されっぱなしだったよ」

 

「セツナは、それに加えて魔法も『古臭かった』からね。本当に初めて見るものばかりだった」

 

「うるせ」

 

「まぁそういう『神秘的』なものが、ワタシは嫌いじゃなかったけどね♪」

 

 

 不貞腐れるような刹那に対してフォローとも言えるのかを満面の笑みで言うアンジェリーナ。本当に仲がいいんだな。と大半の男子ががっくり肩を落とした。

 

 ハートブレイクした音が現実に聞こえてきそうだった。

 

 

「うわぁ。ヘビー級の恋が見事に角砂糖と一緒に砕けたわ…」

 

「「???」」

 

 

 二人に疑問符を三つは出している明智英美の言葉だが、実らない恋―――横恋慕などあまりいいものではないだろう。

 

 そして勇気を出して、十三束も歩き出した。

 

 

「君の彼女は、学内注目の的なんだよ。おまけに十師の一つ『九島』の系譜だから―――まぁ離さずに、変な虫がつかないようにしとくことだね」

 

「―――君は?」

 

「ごめん。自己紹介がまだだった。十三束 鋼―――よろしく遠坂君、シールズさん」

 

 

 闖入者と見られたのか、問われて答える鋼。特に何も無くお互いに自己紹介。

 

 

 色々聞くも、何というか―――見えてこない。見えてくるのは―――この二人の絆レベル(?)のみ。

 

 

「それじゃ二人とも、いずれは帰化するかもしれないから、こちらで学位を?」

 

「そういうことだ。A級ライセンスを取ったり顔を売ったりするには、こっちの方がいいだろうって、流石にそろそろ故郷に根を張って生きようと思ってな」

 

 

 将来設計がしっかりしているという感想を持つ一方で、どことなく嘘くさい感じもする。いや、本心が含まれていないわけではないだろうが。

 

 なんだろうか、この違和感は―――。

 

 

「リーナもそうなの?」

 

「魔法師の国際結婚があれこれ言われるのは分かるけど、それでもセツナと一緒にいたいって願ったから―――シアトルのパパとママには、『とりあえず三年間日本で生活しろ』って言われて」

 

「なんだか我が身に対しては恥ずかしい話だなぁ……私の両親もそんな風に『愛の赴くままに』国際結婚したからね」

 

「エイミィの両親だって好きあったから一緒になったんだろ―――いいじゃないか、夫婦として健全だよ」

 

 

 少しだけ羨望らしきものを感じる刹那の言葉―――それを受けたエイミィは問い返す。

 

 

「そうかな?」

 

「そうだよ」

 

 

 刹那の短い言葉。その奥に少しの寂しさとでも言えばいいものを感じる。それは、両親を持つものだからこそ感じられる違和感だった。

 

 十三束は、遠坂刹那の過去を少しだけ推測して、そこには踏み込まず―――察して刹那の両手を掴んで慰めようとしたリーナだったが、その前に指導教官がやってきて教壇に立つ。

 

 席に忙しなく戻って、オリエンテーリングが行われる。

 

 

((知りたいな。色々なことを……))

 

 

 明智英美と十三束 鋼―――共に何故か遠坂刹那の眼差しが気になる……それが純粋な友情だけでないことに自己嫌悪をしながらであったが―――。

 

 

 

 † † † †

 

 

 オリエンテーリングの結果、周った様々な魔法の実践授業の数々―――それを見て……何だかアレであった。

 

 

「やれやれ、あの「森嶋」とか言うのうざかったな……」

 

「まさかA組とバッティング(鉢合わせ)するなんてね。けれどあれじゃミユキが可哀想じゃないかしら?」

 

「気持ちは俺と同じだろうな」

 

 

 気が無いように手を振る。何かを投げる仕草をする刹那は、お手上げか―――事態がこちらに食い込むまでは放置する態度だ。

 

 

 それを知っているリーナと隣り合って歩く。向かっているのは大食堂。本当ならば弁当でも作るべきだったんだが、時間が無かった。

 

 

「さてさて、あいつらも食堂に来るよな。どうしたものか?」

 

「ミユキは、タツヤと食べたい。けれどタツヤは、クラスメイト―――多分、昨日の二人は一緒よね?」

 

 

 両手に華で羨ましい限り―――だが、恐らく男でも興味を持つだろうと思えた。誰かしら男友達が出来ているはず、そのぐらい達也は、刹那と同じイレギュラーだ。

 

 そんなことを考えると、深雪の側にいた―――小柄で少し眠たそうな眼をした少女が、刹那を見ていたことを思い出す。

 

 その子は、入学式の時にも前の方の席から刹那を時々見ていた子だった。何か恨みを買っただろうかと思う。

 

 嘆息。思索を終えて食堂へと向かう途中で端末にコールが入った。

 

 

「想定するに、事態は好ましくない方に移るだろうな。と―――噂をすればだな。達也からだ」

 

「なんだって?」

 

「席は取っているそうだ。お誘いだね―――」

 

「それじゃ―――そこに来るよねぇ……イッツアヘイトだわ。セツナ……今だけはそのイケてる面構えでミユキを連れ出すことを許可するわよ――あんまりやってほしくないけど」

 

 

 がっくし項垂れるリーナ。その言葉に―――否定をする。先程、その森崎一味(命名:刹那)をあしらうために『Sorry,先約があるから、またね』などといった事を後悔しているようだ。

 

 その後で先約の『理由』が深雪を連れ出すのは間が悪いだろう。

 

 だからこそ―――セツナは別の案でいくことにした。

 

 

 

「俺たちは何も『間違っちゃいない』んだ。堂々としていよう。達也ならば無用なトラブルを避けるために…忍従を強いるかもしれないが、俺はやんない」

 

「――――」

 

「行こうぜ。やって来るならば返り討ちにするだけだ」

 

「……恨みを買うわよ? いいのー?」

 

「心の贅肉だが、別に友人一人の苦境を見て見ぬ振りも出来んわな」

 

 

 絶句してからの面白そうな笑みを浮かべるリーナ。どうやら自分のやることを察してくれたマイハニーに少しだけやる気を出す。

 

 第一、『森沢』の取り巻きの一人。『五十嵐』とかいうのが、リーナに色目を使っていたことが少し腹立たしかった。

 

 

 貴族主義と優性主義を取り違えた愚か者を論破するぐらいは、容易い話だ。ガキを叱りつけるには頬桁殴り飛ばすなんてことをしなくてもいい。

 

 

 どうせ。そういうことなのだから―――。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

「はー、西城は殴り合いに適した魔法を持っているのか、結構興味あるね」

 

「レオでいいぜ刹那。しかし意外だな。お前は純粋な遠距離型かと思ったんだが」

 

「まぁ人を呪ったり呪ったり―――陰湿な『魔術』を専攻しているが、荒事となれば育ての親の技術が生きるからな」

 

 

 育ての親という単語に興味を惹かれたのか、エリカが野次馬根性で聞いてくる。それは―――少しの優しさもあった。

 

 

「育ての親ってどんな人?」

 

「一言で言えないかな……国籍人種なんかはアイルランド系、出身もアイルランド。親父やお袋の友人?みたいなものだったらしくてお袋の葬儀の後に後見人になってくれたんだ。不器用な人で、家事・料理全てにおいてダメな人だった」

 

 

 世話させるために引き取ったんじゃない。と涙目で言うも、いや無理がある。だから大人しく『ルーン』でも刻んでいろと言った記憶を思い出す。

 

 本当に戦うこととか以外はダメな人だった……。

 

 

「―――両親は、もういないのか?」

 

「まぁね。ただ……受け継いだものぐらいはあるかな」

 

 

 言葉で察した達也。なるたけ深刻にならないように気を付けて返すも難しい話だ。

 

 

「ふぅん。随分と苛烈な人生送ってるのね……少し親近感は湧いたかも」

 

 

 どうやらエリカには、一科の変なヤツ程度に思われていたようだ。別にいいけど。マーボー丼を掻きこみながらとりとめのない話。

 

 リーナの系統魔法の程度や、レオにはルーンのあれこれを聞かれて、教えられることを教えていく。原初のルーンはまだ『無理』だ。

 

 そんなこんなで騒がしくも賑やかな食事―――育ち盛りなのか、二杯目の肉うどんを取ってきたレオがやってきた所で一悶着が起こる。

 

 

「ミユキ! こっちよ!!」

 

「リーナ……申しわけありません。私はお兄様たちと食事を取りますので、ここで失礼させていただき『おい君達、この席を譲ってくれないか』―――」

 

 

 出てきた森沢の一団の中に深雪の姿を見つけたリーナが呼びかける。それで何とか抜けるチャンスを得たと思って言うが、出しゃばりクソ野郎の森川くんが、口を開く。

 

 その言い方の割には全く以て何も申しわけなさを感じない言い方に―――全員が苛立つ。あの美月ですら、そんな風で他の所にいた……『誰か』。名前は知らないが髪を撫でつけた―――何か神職らしき髪型の少年からも険しさを感じる。

 

 

「何の権限があってそんなこと言うんだ。この席に先に座っていたのは、達也たちであり、後から来たお前たちは他の席に座るのが、常識じゃないか?」

 

「遠坂、アメリカにいたお前には分からないかもしれないが、この学校―――魔法科高校において、一科二科の差は絶対的。二科はただの『補欠』。授業でも食堂でも一科生が使いたいと言えば、譲るのが筋なんだよ」

 

「生徒校則にはそんなの無いけど、どうしてそんな事言えるのかしら? 『スジ』って明文化されていないルールのことだけど、それはあくまで両者が納得した上での話でしょ? 居丈高に誰かのものを奪うならばそれは『強盗』(バンディッツ)と同じよ。最低ねアンタ」

 

 

 電子端末を開いて眼を薄く開きながら気が無いように言うリーナ。絶世のブロンド美少女が不機嫌な様子で言うのが、森川をたじろがせる。

 

 というか全員―――深雪除いてそうなった。

 

 

「……だけどね。シールズさん。俺たちは司波さんと親交を深めたいんだよ。その為に、席とテーブルを―――」

 

「だから、それを了承するかどうかは深雪の意思次第だろうが、それとそうだとしても他の席に行くのが『スジ』だろうが、ただ単に達也と会食したい深雪の意思を曲げるために、そういうことを言っている風にしか聞こえねぇ。小物の中の小物(ミニマム・オブ・ミニマム)だな。お前」

 

「―――」

 

 

 言葉の最後で素早く『レンゲ』を短刀のように喉元に突きだした刹那の行動に森川は完全な後退り。

 

 とりあえず総合三位らしき森川の面相の変化は、本当に多彩だ。こんなんで大丈夫かね? と思う。

 

 論では旗色悪し。というか当然なのだが……。まさかマーボー丼のレンゲで圧されると思わなかったのか、全員が森川と刹那を交互に見やっている。

 

 

「くっ……何なんだよお前らは! 一科だってのに、二科の肩を持つってのかよ!!」

 

 

 もはや感情論でも何でもないただ屁理屈を持ちだした森川に、刹那とリーナは畳みかける。

 

 

「当たり前田のクラッカー。そもそもお前の言葉に何の根拠も無ければ、心ある人間ならば、どちらに理があるかなんて、一目瞭然だ。どんな服を着て、どんな歌を聴いて、どんなものを食べて、誰と友情を育むか―――誰を愛するかを、誰かに強要される筋合いなんてない」

 

「民主主義国家の代表として言わせてもらうならば、アンタの言葉は人間性への冒涜と人権の蹂躙であって、少なくともこの国はひと昔前どころかふた昔前のエド・ショーグネイト時代の横柄な武士が戻ったように感じるわ」

 

 

 最後の方で、リーナを見て渡り台詞よろしくとなる形。その息と『意』の掛けあわせに、森川はもはや何も言えなくなる。

 

 

 そして結審であり決心の時となる。

 

 

「だが……ここまで言っといてなんだが、最後に決めるのは深雪」

 

「アナタだけよ。アナタの本心を聞かせて―――」

 

「刹那君、リーナ………」

 

 

 こちらに言ってから、達也を見る。達也のランチセットがまだ残されているのを見て―――深雪は本心を吐き出す。それで全ては決した。

 

 これ以上、食堂に居たくないと思ったのか何なのか、まぁとりあえず去っていく森川達一団。

 

 

 その中の女子二人―――、一人は達也に少し心ある視線を向けていたが、もう一人は―――やっぱり何だか無表情ながらもこちらを睨んでいるように見えた。

 

 誰だか知らないが、随分と憎まれたものである。仕方ないけど。

 

 

「ありがとう」

 

「礼を言われるとは思わなかった。そして本当ならばお前の役目だと思うんだがな」

 

 

 余計なお世話だろうが―――何だか達也は、理知的な行動が多い。確かに控えるべき所は控えるべきかもしれないが、譲れぬ所は譲ってはいけないはずだ―――。

 

 

(ここで一悶着起こして深雪に悪印象を持たれても『マズイ』と考えたのか?)

 

 そうとしか思えなかった。美月、リーナと会話をして綻ぶ深雪を見て笑顔を向ける達也を見て、そう考える。

 

 

「いやいや、ありがとうどころか愉快にして痛快だったぜ二人とも、粋だな! イカスぜ!!」

 

「全くね! しかし、あそこまで森川が後退りするなんて、刹那君、剣術もやっているの?」

 

 

 レオとエリカの言葉。本当はこいつら仲いいんだろうか?と思うも、正直エリカの針の振れ方が、悪女のようにも思える。昨日の達也への視線を考えるに―――。

 

 

「多少はな。正当なものじゃない―――と、レオ? 肉うどん冷めてないか?」

 

「まぁそれぐらいは仕方ないって、いいもの見たことでチャラに―――」

 

 

 そういう訳にもいかず。少しの秘密の暴露といく。手を一振りしてどこからともなくハンカチ一枚を取り出す。

 

 奇術師の技のような手並みに誰もが目を奪われるも、それに魔力を通してテーブルに敷く。

 

 

「いいの?」

 

「流石に肉うどんを冷めたままで食わせる訳にはいかない」

 

 

 冷えた蝋のような脂が出ていないとはいえ、腹を下す可能性もある。リーナの言葉に返しながら、レオに丼を置くように言う。

 

 

「すぐ熱くなるよ」

 

「―――って、本当に熱い!? どういうトリックだ?」

 

「それもルーン魔術か刹那?」

 

 

 達也の言葉に、その通りとしておく。ハンカチの中央にはソウェルのルーンが刻まれており、それが一種のホットプレートの如くしていた。

 

 そんないきなり出てきたおもちゃを前に誰もが、温めを行う。達也は興味深そうにあれこれ聞きながら、『ケルトの戦士の皿』と言う言葉で更に興味を持つ。

 

 

 

 そうして楽しい昼食を終えて午後の授業と言うか再度のオリエンテーリング―――。

 

 

 今度のは一科二科関係ないとはいえ、先に到着していた二科を相手に再びの森川のあれこれ―――ケンカ犬か、こいつは……。内心で頭を悩ませながらも、結局―――。『射撃場』における観客席で達也たちは席を移動せず、森川及び有象無象の一科生の凝視を受ける。

 

 どうでもいいと思えないのか、と思いつつ今度はフォロー出来ないが、開き直った四人の様子に人の悪い笑みを浮かべると森川の睨みつけ。

 

 だがセツナには何の意味も無い。

 

 むしろ―――視線を合わせたことで、刹那に存在する『魔眼』の深淵を見たのかすぐに、向き直り頭痛をこらえるような仕草。

 

 

(ほぅ……『頭痛』で終わるとはな。嘔吐するぐらいは予想していたんだが……)

 

 

 言葉は横柄だが決して無能で無い辺り―――面倒な男だなと感じつつ、遠隔魔法の射撃訓練場の『女王』―――七草会長が、達也と刹那を交互に見ながら黒いオーラ……は出していない。

 

 

『では一年生の皆さん!! 誰か私と競ってみませんか!?』

 

 

 大声で拡声器みたいなことが出来る魔法で階下から呼びかけてくる七草会長。昨日の邪神フォームはどこに!? ドロップキックしなくていいんだろうか―――。

 

 などと考えていると、午前の授業の座学でよろしくなかった森川が、手を挙げた。

 

 

 十三束―――トミィ(命名エイミィ)曰く、森沢は『クイックドロウ』とかいう魔法発動が早い―――読んで字の如く、『抜き撃ち』が出来る手合いだと……呆れるように言っていた。

 

 どうやら、トミィの眼から見ても、『殺しの技にもなれない大道芸』という評価らしい。

 

 

 とはいえ、射撃場ではそれなりに出来ると思っているのか、銃型のCADを持ち七草会長の隣に赴く。

 

 

 緊張しているようだが、『コンセントレーション』は出来ている。出てくるターゲットの数は100、そして出てくるタイミングと『強度』はランダム。

 

 

 腕輪型のCADを着けている七草会長とでどっちが上か――――60秒間の死闘が幕を開けて―――あっけなくダブルスコアとなった。

 

 無論、森沢の負けであった。森沢の呆気なさに『フラストレーション』を溜め込む様子の七草会長。

 

 

 柔道の乱取のように次ィ! とでも言わんばかりに観客席を睨みつける七草会長に―――。

 

 

「ハイハーイ! ワタシがやりたいデース♪」

 

 

 何でエセ外国人風の語尾? そんな疑問を持ちながらも即座に了承した七草会長。どうやら『戦う相手』を見定めたようである。

 

 

「セツナ、『礼装』プリーズ」

 

「はいはい。がんばってこいよ」

 

「―――もちろんよ♪」

 

 

 二挺拳銃―――森沢と同じく特化型である銃型だが、リーナの印象とは違い若干大型のそれは、この場に中条あずさがいれば、犬のように興奮していただろう代物。

 

 

(マクシミリアンの新型CAD『カンショウ・バクヤ』。あんなものを出してくるとは―――)

 

 

『本業』の『ライバル』として知っていた達也がリーナの持つ黒赤、黒白のごつい銃に驚愕する。

 

 本来の『カン・バク』にあるはずのバレルウェイトの下端に装備される刃は無いが―――、それでもとてつもない武器を出してきたものだ。

 

 と―――達也は驚愕していたが、周囲は受け取る際に首筋か耳たぶかにキスをしていたリーナに驚愕して、次いでの口笛による冷やかしとなる。

 

 

「ふふふ見せつけてくれるわねシールズさん―――けれど、勝負に手心は加えないわよ」

 

「もちろん。それを望んでいますから」

 

 

 火花を散らす美少女二人。時々、リーナはウォーモンガーになると、刹那から聞いていた達也だけに、この勝負の行方は分からなくなる。

 

 

 そしてリーナの射撃フォームは、堂の入ったものだ。恐らく銃社会アメリカ―――その中でも軍隊の射撃訓練をしていたものだと気付く。

 

 

 五指を向けて大砲の筒先か銃口も同然にしている七草真由美はそれに比べれば、何とも原始的だが、その勝負は、『一進一退』の白熱したものとなり一科の引率であった百舌谷教官ですら、時間を忘れてしまっていた。

 

 

 現れるターゲットを前にお互いのサイオン弾や遠距離魔法がヒットしていく。時にはゴノレゴ13のように相手の『射撃』を邪魔する始末。

 

 光が飛び、空気が切り裂かれ、雹弾が、電気弾が、現れるターゲットを砕いていく。

 

 

「―――やるわね」

 

「そっちこそ―――」

 

 

 挑戦的な笑みをお互いに向けての挑発。現れるターゲットの数と速度がレベルアップする前に―――。

 

 

「セツナ、パーーース!! ちゃんと受け取って!!」

 

 

 上着を脱ぎ、動きやすい恰好。ノースリーブの露出多い下の衣装に男子がどよめき、女子が白眼視。投げ渡された制服の上着を受け取った刹那は手早く畳んだ。

 

 その手際は、家事がほとんど自動化された現代においてついぞ見ない堂としたものだった。

 

 

「刹那君、パーーース!! 私の匂いを嗅いでもいいわよ♪」

 

「達也、パーーース!! 七草会長の匂い付きだ。深雪にばれない様に嗅いでおけ!!」

 

 

 いたずらっ子な七草会長のからかいに対して冷静な『スルーパス』。というよりも、受け取る前に―――何かの『術』を使ったのか、重量ある衣装が風に流れるように達也の膝へと、ほぼ流体力学を無視した動きでやってきた。

 

 

 その事実に目敏い人間達は気付き、何をしたのかと、鋭い疑問を持つ。

 

 

(やばっ、やりすぎたか?)

 

 

 孫太郎(?)の如く―――刹那からすれば簡単な気流操作と重量操作で行ったのだが、どうやら全員の注目を浴びたことに気付く。

 

 しかし、それが功を奏したのか、目敏い人間の一人だった七草会長の動きに乱れが生じて―――最後のターゲットを撃ち終えた時には、リーナの勝ちが決まった。

 

 

「スタミナとサイオンを消費していたとはいえ、ワタシの勝ちですよ。サエグサ先輩」

 

「そうね。妖精姫とか言われていい気になっていたかしら……―――ちなみに勝因は何なのか分かる?」

 

 

 くるくると銃把を西部のガンマンのように回すリーナに、自嘲するかのような会長。

 

 自分が負けた理由など分かっていた。しかし、少しだけ意地悪したくて言ったのだが―――。

 

 

「愛の力です!! 重ねた愛の年月は、どんな神秘よりも貴い、『至高の幻想』(クラウン・ファンタズム)ですから―――」

 

 

 くわっ!! とでも言わんばかりの顔のアップを見せるリーナ。

 

 予想外の答え。ダメだこいつら……はやくなんとかしないと……と思いつつも、達也も刹那もやはり『何か』があるもので―――その動向を面白く見ながら、どうにかして『おもちゃ』にせんと画策するのだった。

 

 

 真由美にとって、その機会は予想外に早く訪れて―――その底知れなさ―――『幻想』『神秘』の一端を知り、少しだけ驚くのだった……。

 

 

 

「教えてやるよ『魔法師』(マギクス)―――これが、お前らと(メイガス)の格の違いだ!!」

 

 

 そうして悲鳴すら上げられず締め上げるままに『森崎駿』を、巨木の中に埋める―――世界と時を超えて現れた魔術師(メイガス)『遠坂刹那』の真の姿を目撃することになるのだった……。

 

 

 



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第15話『魔法使いの誓いと狂気』

はい。というわけで、前話の最後の方にあったことの顛末。


正直、ここまでやると森崎くんも可哀想かなーと思うも、序盤の彼は本当にアレすぎて、ここで人間的成長が無ければ取り戻せるチャンスなくね?

 ぶっちゃけウェイバーみたいにイスカンダルな大物に触れていれば―――とも思うが、あり得ない仮定なので、まぁそんな感じ。


原作主人公サイドに対してではありませんが、アンチ・ヘイトのタグを付けるかどうか、検討中です。


 

 

初登校一日目。それが終わると思うと少しの感慨もある。

 何というか普通の学校である。授業のカリキュラムは確かに高等学校に無いものだが――――。

 ユミナの食人植物(アインナッシュ系)が暴れて対応に出動したり、呪術の授業でガンドの打ち合いを始めて講堂が全壊したり、動物科から逃げ出したコカトリスを相手に視線を合わせないように処理したり……。

 

「平和だぁ……」

 泣きそうになるぐらい平和である。

 そんな時計塔の日常に兄弟子二人と姉弟子二人があれこれやって破壊の規模が大きくなるなどもないのだ。

 

 ああ、穂群原で黒豹が教師をやっていた時よりも平和である。

 

 ちなみに母は黒豹が教師をやっていることに―――。『世も末ね……』と涙を流して日本の教育行政の先行きを危ぶんでいた。

 そんな風にしていた所に、一人の闖入者が現れる。トミィよりも何だか委員長らしい存在。このB組における『お嬢』である存在が刹那に声を掛けてきた。

 

「変なヤツね。始業初日からそんな風に感慨深くなるなんて」

「桜小路、お前は自立で歩く人間大の植物と戦った事あるか? つぶらな瞳でみつめておきながら大口開けてこちらを丸呑みしようとする犬の擬態をした獣と戦ったことがあるか? そういうことだ」

「いや、わけわかんないわよ」

 

 桜と紅葉という落ちていく定めの女には分からぬ生と死の狭間にあるもの―――ぶっちゃけ宇宙。まぁそんな所で何用か尋ねる。

 

「あ―――何から言えばいいのかしらね……とりあえず遠坂、アンタからいちゃつきを止めようという考えはないの?」

 びしっ! とでも擬音が付きそうな勢いで人差し指を突きつける桜小路紅葉(あかは)

 

 高校生にもなって―――と偏見かもしれないがゴシックロリータで使うようなデカいリボンで髪を纏めてショートにしている女が言ってくる。

 身長は短躯と言ってもいい。椅子に掛けている刹那と殆ど変らないかもしれない。内側に跳ねた髪を揺らしながら言う桜小路に返す。

 

「とりあえず俺とて四六時中。そうしたいわけではない―――が、恋人からの求めに応えないなど出来ない。リーナとて、常識は弁えているさ」

「何でその常識があんたと一緒の時だけ適用されないのかしら?」

「……俺があまりにも『弱いからだな』。情けない男で申し訳ない限りだ」

「のろけてるようにしか聞こえないわよ……まぁ、あんまりこれ以上あれこれ言えないんだけどね」

 

 明後日の方向に呆れるように嘆息する桜小路。何故そうなのか聞くと―――リーナと刹那が食堂であれこれやっていた時に二年生の先輩二人がB組にやってきたそうである。

 

『ここにバカップルがいると聞いて参上したぁ!!』

『ちょっと『カノン』、一年生の皆が怖がっているからもう少し穏便に、ごめんね。B組のみんな』

 

 小豆色の髪をした女が開口一番にドスを効かせて言うが、それを宥める黒髪の―――中性的な男。

 聞く限りではそいつらは、『我らこそが一高ナンバーワンのカップル!! 貴様ら新参者などに、この学校のタイトルを渡してなるものか!!』(主に女生徒だけが発言)

 九つの魔法科高校の一つ一つにベストなカップルやら呆れるような仲良しカップルがいるわけでもないのに、何故かそいつらは、リーナと自分にケンカを売って来たそうだ。

 ともあれいないと分かった途端に去っていったそうだが、迷惑な限りであるが、そういった愛が濃すぎるカップルは珍しくないということが分かった瞬間だった。

 

「あーあ…、アタシもあんな風な『中性的な女の子』と付き合いたいわ……どこかにいないかしら―――」

「お前が『五十里』先輩に対して出した感想を聞かせてあげたい…」

 

 遠くを見つめる桜小路を、半眼で見ながら言う刹那。

 トミィ曰く五十里啓なる男子の先輩は、その中性的な容姿の末に男友達が少ない事を悩んでいるそうだから―――まぁ人は望んだとおりに生まれてこれるわけではない。

 ――――もしも、自分に『魔術』の才能が無ければ……。

 そんな風なif(もしも)を考えては、一人悩むのである。それをリーナは見抜いているのだろう。

 

「まぁ首筋にキスマーク付けながらの下校とかスリリングでしょうが、やってきなさい」

「うるせ」

 

 言いながら、体育もあることを考えれば『そういうこと』も気をつけなければいけないことに桜小路の言葉で気付かされる。

 リーナの場合、『仮装行列』で隠せるかもしれないが、こちらは―――ドッキリテクスチャーなど持っていないのだ。

 

「セツナ―、そろそろ帰ろー」

 

 所用をすませて戻ってきたリーナが、教室のドアを開けて言ってきた。

 手荷物など無い登校と下校風景。

 自分がいた時代でも『予想されていた』。電子機器による万能の学校教育を受けながらも―――一昔前の建築学生が持つ製図用の図面ケースにも似た『円筒』を担いで出る準備が整う。

 

「んじゃな」

「ええ、気を着けてね。リーナも」

「アカハ、See you tomorrow.です♪」

 

 気楽な様子で挨拶をして下校となる。色々な人やモノ―――それと出会い、どうにかこうにかの始業式を終えたのだが……下校途中に知り合い―――B組の『後藤 (ロウ)』―――皆には通称・後藤君として親しまれている人間に挨拶してから再びの桜並木を歩いていたのだが……。

 

「スライム並みのエンカウント率……」

「あるいは封印の洞窟におけるレッドとブルーの『捕食者』……」

 

 うざいわぁ。とリーナの気持ちとシンクロする。

 まぁた会ったよ。A組の『森友駿』―――もはや、前前前世からの因縁ではないかと達也たちを不憫に思う。

 校門前で迷惑な問答を続けるグループ二つ。ガンドでもぶち込んだろか。と思いながら、事態の推移を見守るだけにはいかなくなる。

 

 後に深雪に聞いたところ―――『北山』なるダウナー系少女が、こっちに気付いた。

 

「………」

 居心地悪い視線だ。沈黙しながらこっちを見てきて、なんでさ。とか叫びだしたい気分だよ。

 

「大丈夫よセツナ。私の方がスタイル勝っているから!! 今までのあなたの感じてきたことを思い出して!!」

「思い出したら不味くないかな!?」

 

 リーナも北山の視線に対して気付き、少し勘違いをする。しかしながら、そのやり取りが原因でA組中心の連中が、こちらに気付く。

 その中で珍しいC組出身の五十嵐 鷹輔が、こちらに気付き顔を赤くする。

 

「ア、アンジェリーナさん……」

「死ね。むしろ五十嵐(いがらし)というより木枯し(こがらし)(ひぐらし)になれ」

「なんでだよ遠坂!? ひどすぎないか!! い、いくらお前がアンジェリーナさんの彼氏だからって―――!! ヒトの恋路を何だと思っているんだよ!?」

「コンクリートで埋め立てるべきじゃないかしら? 気分はタカマツキャッスル、後はヒデヨシ・オーバー・リターン♪」

「もしくは聖帝十字陵でせきとめるべきだな。最後にはターバンの少年にアッー!される運命。これぞ人類選択のデスティニープラン」

 

 五十嵐 鷹輔―――完全沈黙(リタイア)。容赦ない二人の口撃に、五十嵐のガラスの少年時代は砕けてしまったようだ。

 

 煤けた木枯しのような姿になった五十嵐は―――。蜩のよう(?)に叫びながら走り出した。

 

「こんなに苦しいのなら悲しいのなら……愛などいらぬぅううう!!」

「お、おいひぐらし……じゃない五十嵐―――ィ!?」

 

 使った状況は違うというのに、逃げ出すように校外に飛びだす五十嵐を止めようとする森友だが、止まらずに出て行った。

 

 呆気に取られる一同を前に自分達も、こそっと出て行こうとしたが―――。

 

「遠坂ァ! お前 よくも木枯し―――五十嵐を!!」

「森友、お前失礼だよな。友人の名前間違えるなんて」

「お前の方が失礼だ! 僕は森崎駿! 覚えておけ!!」

 

 すぐに忘れるからいいです。とは言えず―――とりあえず達也サイドに今度は何だ?と聞くことに―――。

 

 聞くと、食堂でのことと同じく。何というかため息、嘆息。

 

「一科、二科関係なくさ。他人の意思を尊重できないってのは人間としてどうなんだ? 太宰先生に恥の多い生涯を送ってる野郎だと笑われるぞ」

「さっきひぐらs―――五十嵐の恋路をバキバキに砕いた人の言葉とは思えない。別に森本の味方するわけじゃないけど」

「リーナは譲れないからな。あれは人間としてというよりも男としての沽券の問題だ」

 

 きゃっ、などと頬に手を当て、赤く染めたままに向こうを見るリーナ。言ってきた北山は変わらずの無表情。

 ホント、何なのこの子……。げんなりしつつも、そちら側の議論にもげんなりする。

 ともあれ議論は平行線。そして再び深雪の心は無視される。いっそお前が何か領域魔法でも放った方がいいんじゃなかろうかと思うも―――。

 

「いい加減にしてください! 深雪さんはお兄さんと帰るって言ってるんです!! 他人が口を挟むことじゃないでしょ!!」

 

 美月の堪忍袋の緒が切れたかのような発言。どうやら一番にキレていたのは彼女のようだ。

 

 そして次々飛び出す『問題発言』に今度は、深雪が頬を染めて慌てている様子。

 

「私は司波さんと相談したいことがあるのよ! ただ単に話したいだけなのに!!」

「そういうのは自活(自治活動)中にやれよ! ちゃんと時間は取ってあったろうが!」

 

 北山の近くにいた……たしか『光井』とかいうのの言葉とレオの言葉が重なる。

 それに続く形でエリカも挑発する。

 正直、正義と審判の女神―――天秤を司りし『テミス』『ユースティティア』が見ていれば、どちらに論拠があるかなど明白。

 

 大岡越前でも、これに対しては本人の意思を尊重するだろう。ただ……深雪は引っ張り続ける方に対しても遠慮と言うか仲を悪くしたくない想いがある。

 

「どうする?」

「―――俺が出る幕じゃないだろ」

 正直、森本はそろそろ自重した方がいい。と思っていたら―――。

 

「うるさい! 他のクラス、ましてやウィードごときが僕たちブルームに口出しするな!!」

 その言葉。誰もが『森崎』の暴言に対して、色々な表情を浮かべている中―――刹那だけは、その言葉を放った際に『当てこする』様にやった森崎の『行動』に、五指を握りしめて―――足でタップをした。

 

「―――」「?」

 気付いたリーナと、こちらから視線を外していなかった北山とが、表情を変える。刹那の『変化』に気付いたようだ。

「あーもう……いいわ。アナタの好きなようにやりなさい」

「コテンパンにして構わない?」

「もちろん。ションベンちびらせて、二度と立ち直れないぐらいでも構わないわ」

 

 思念での通話。小指に巻いたお互いの髪を用いての意思疎通で呆れつつも同じくムカついていた『総隊長』から許可をもらった刹那。

 行動を開始した―――。

 そして遂に特化型のCADを用いての魔法戦になろうとした際に声を掛けながら―――『殺意』を放ち、森崎にターゲッティング変更を強制させる。

 

「―――ッ!?」

 

「遂に馬脚を現したな。この差別意識だけのノータリンのクソガキが、そいつをお前が日ごろからバカにしている二科に向けて発砲した時点でテメーはクソ以下のゲロ吐き以下の弱虫野郎ってことになる。魔法力の差だの才能の差だの何だのと言いながら結局持ち出すのが武器(エモノ)だっつーんなら、お前は21世紀前どころか原始時代の野蛮人と同等だな。文明人たる俺やリーナと同じ空気を吸わないでくれ。虫唾が走る」

 

「なっなっな―――お、、おお前ぇ!! 遠坂ァ!! 僕をバカにするのか!?」

 

 早口でスラングの限り(三級程度)を言われたことと殺意に敏感に感じたことで、森崎は頭に血が上る。

 

それ(銃型CAD)をお前がウィードだの劣等生だのと馬鹿にしている二科に向けた時点で弱虫以下のチキン野郎なんだよ」

 

 カツンッ! と再びの足によるタップ。渇いた金属音を響かせながら魔法科高校に存在する路面のタイルが鳴り響く。

 挑発―――と受け取った森崎の眼が、こちらを射抜く。

 

「いいさ……正直お前が一番ムカついていたんだ。魔女術だかなんだか知らないが……一科で然程の成績でもないくせに、平均点で一科入り(アベレージ・ワン)のくせに……口先だけ達者で―――この学年総合三位の僕を見下しやがってぇええええええ!!!」

 

「そりゃそうさ。俺はお前たちと違って『口先』を使う『魔術師』なんだからな」

「この口先だけ野郎がァアアア!!!」

 

 向けられる銃口。激昂と共に放たれる起動式。構築された魔法式―――。だが、そんなものが―――どうだというのだ。そんな目をする刹那を達也は見た。

 

「―――Anfang (セット)

 

『呪文』―――という『今の時代』にあるまじきものが聞こえて、その後に左手が閃き―――その手にあるエイドスがあまりにも膨大過ぎて、見えなかった達也が驚愕する。同時に森崎の式は―――『捻じ曲げられて』、ただの魔力塊として刹那の左手に収まっていた。

 

「なっ! え―――え……ど、どういう―――」

 

「お前さん方、魔法師(マギクス)が金科玉条の如く信奉しているCAD(高速演算機)すら持たない。俺に対してこのザマとは……」

 魔法が不発に終わったことで動揺する森崎。当然だ。撃ち抜かれたわけでもなく防がれたわけでもなく―――、『持っていかれた』のだから……。

 

 そんな森崎に対して憐憫。本当に小さなものを見るかのように、『巨人』が哀れんでくる。

 

「俺だったら、もう一度試すね―――俺が動こうとする前にだ……」

 どう考えても忠告でしかなく明確な『反撃宣言』を聞いた森崎が、冷めかけていた体温を逆流。頭に血を昇らせながら魔法を構築しようとする。

「馬鹿にし―――」

 

咲き誇れ。(blÜhen)―――妖花(ガルゲンメンライン)

 森崎から奪った魔力を―――地面に落とす刹那。

 

 その言葉を最後に森崎の眼前を覆うようにタイルを押し退けて大量の土砂と共に何かが飛び出してきた。

 

 何かとしか言いようがない位に急激な変化を前にして森崎は恐慌する。

『GUAAAAAAAAAAA!!!!』

「ひ、ひぃいいいいい!!!」

 何かは、明確な叫びを上げていた。森崎の周囲にいた連中は悲鳴を上げて、退避すると同時に、同じものが森崎を中心に覆うように四つ出る。

 

『何か』の正体は―――『花』の化け物としか言えないものだった。

 

 巨大な樹木の如き蔓を纏め上げた茎を身体にして、先端部分―――恐らく『顔』のつもりか、『八枚花弁』(ブルーム)の青い花を咲かせていた。

『GUAAAAAA!!!』『GUAAAAAA!!!』『GUAAAAAA!!!』『GUAAAAAA!!!』

 

「ひっひっ! く、来るな来るなああああっああああ!!!」

 

 叫び声を上げながらその身にある蔓を森崎に纏わりつかせようと、逃がさないように包囲するように放出してくる。

 蔓は足元にも放たれ、さながら蛇が蠢くような様の前に路上で千鳥足を演じる酔っ払いの如く滑稽なダンスを演じる。

 

 誰もが、達也ですら唖然として、呆然としている中、リーナだけは『失敗したわねアンタ』と言わんばかりの半眼で森崎を見ていた。

「あっ―――ひぃっうぐっ!!」

 

「教えてやるよ『魔法師』(マギクス)―――これが、お前らと(メイガス)の格の違いだ!!」

 魔法を使うことすら忘れていたゆえか、遂に身体を掴まれそのまま喉を締め付けられるままに一体の―――『ガルゲンメンライン』に捕らわれた森崎、全身を拘束されて身じろぎひとつすら出来ない様子に―――『魔術師 遠坂刹那』は、冷たく見ていた。

「刹那。お前―――」

 

「ガルゲンメンライン―――Galgenmännlein。魔術世界における薬草の一つ。マンドレイク、マンドラゴラの『魔術体』―――俗な言葉で言えば『使い魔』だな」

 呼び掛けた達也というよりも、全員に聞かせるかのように、刹那は呟く。その神秘然とした姿は―――『魔法使い』ということをことさら意識させる。

「森崎、お前があーだこーだと下らんことを言っている間に、俺は地中深くに存在する『妖花』の種子に呼びかけて、足で叩き起こしていたわけだ……その間に俺の手札を推測出来ていればよかったが、まぁお前の小さな脳みそでは気付かんわな」

 

「ぐおぅ―――お、お前は、な、なんで『そんな所』まで『干渉』出来るのに―――なぜ、アベレージワンなんだおおおお!!」

『絞首刑』を課すべき罪人の如く締め付ける蔓、いや幹から逃れようともがく森崎の叫びが響く。

 

 もはや四体のガルゲンメンラインは、融合して巨大な木になっていた。頭に咲き誇る八枚花弁の青い花(ブルーム)―――を殊更意識して一科の連中が、まさかこの為かと戦慄する。

 

 皮肉と揶揄のために、このような化け物を使役する『メイガス』に誰もが、差を理解する。

「さぁな。まぁあんまり本気でやるのは嫌いなんだ。第一、CADも市販の何の調整品でもないもの使っていたしな。どうせならば『素手』でやらせてほしかった」

 それは、何でもないことのように言う刹那の姿は、本当に―――「こんなもの別に力じゃない」と言わんばかりだ。

「お前さんが日ごろから自分達はブルームだ。貴い、ジーニアスだと自負しているんだ。『葬花』は、その八枚花弁の青い花をプレゼントしてやるよ。遠慮をするな。マンドレイクの花は―――お前にはぴったりだよ」

 

『GUOOOAAAAA!!!!』

 

「――――」

 妖花の叫びか、刹那の冷静さか、に絶句して歯をがちがち鳴らして小便を漏らし、涙を流し、鼻水を垂らす森崎―――だがすぐさま、それを水分として吸収したのか渇き果てて―――巨大となる木。

 

 現実をことごとく無視したものに誰もが唖然としていた時間が動き出す。

「―――や、やめろよ! 遠坂!! いや止めてくれ!! お願いだ!! 頼むよ!! あいつの短慮さは今に始まった話じゃなくて、どうしようもないバカで、俺じゃ止められなくて……けれど、そこまで罪深いなんて言わないでくれよぉ!!!」

「友情に篤いねぇ田丸。―――だがダメだ。口は災いの元という言葉の体現とは、こいつのことだ。そして止められなかったお前たちも同罪だ。断罪の刃を翳す

スペクター(死神)なんて、どこにでもいるんだよ。たまたまそれが俺だっただけだ」

 

 土が巻き上がったタイルに膝を突き、土下座して告白する一科生の一人に対して冷たい目。その眼は―――虹色に輝く。

 

「な、なんでだよぉ!? そこまで、こいつは罪深いのかよ!? お前に悪口を言ったとしても、それだけで―――」

「ああ、こいつには『恨み』があるからな」

「う、恨み―――な、まだお前とこいつは知り合って一日も経っていないはずなのに!!」

 

 田丸のあまりにも焦りきった表情。

 手で仮面を作るかのようにして、指で覆ってから、眼だけを晒して下から森崎をねめつける刹那の酷薄さ。達也は思う。この意図的な二重人格―――自分とは正反対だ。と。

 

 そして断罪の理由が告げられる。

「ブルームだ。ウィードだ。アホみたいに九官鳥かオウムみたいに叫ぶならば、まだ見逃してやったが、こいつはそれに応じて『やってはならんこと』をやった」

 

 何だ。森崎の行動―――ここに刹那達が来てからのモノを思い出す達也。その中に―――一つの推理が導き出される。

 

 ―――うるさい! 他のクラス、ましてやウィードごときが僕たちブルームに口出しするな!!―――

 

 そういった後に森崎は地面にある『雑草』を蹴りあげて、踏みつけていた。その『当て擦り』―――。

 

「路面から生える草木に対する扱い!? それか!」

 

「正解だよ司波達也。そして終わりの時だ。――――俺の育ての親。最後のアルスターの戦士、現代の赤枝の騎士『バゼット・フラガ・マクレミッツ』との誓いでね―――オレの前で、『人間』と同時に『草木』を粗雑に扱ったものにはドルイドの呪いで例外なくぶち殺すことを決めている」

 

 ぞわっ、というしかない殺気。そしてその育ての親の教育は―――確かに『間違い』ではないだろう。自然に存在しているものを粗末に扱うことは生命への冒涜。

 

 同時に、人間に対する尊厳も確かに教育されている。

 だが……その二つが重なり、こんな不幸な結果になるなど―――誰が想像出来ようか。

 

 そして誰も『魔法を発動できない空間』に――――。

 

「待ってくれ! 遠坂君! 君の作り上げたその妖花では何も―――」

「そうですよ! 強がりは止して下さい! もういいんです。 その妖花は人食いの―――」

「ミ、ミキ!? それに美月も何を言って―――」

 

 不意の闖入者。自分達のクラスで履修登録を終えた後に出て行った男だと気付いた達也。その後に続いた美月の言葉で――――。

 まさかと気付き眼を輝かせた達也だったが―――遠方から、魔弾が飛ぶ。

 

 校舎方向から来たサイオンの弾丸を―――『強化』して―――狙い通りに『ガルゲンメンライン』に当たった。

 

(こいつ……)

 

 その結果に―――他ならぬ魔弾の射手が驚いた。しかしながら、やるべきことは変わらぬ。

 砕け散るガルゲンメンライン。解放される森崎―――。首を締め上げられていた跡に手をやり―――大量の汗をかく。

 見上げるとそこには眼を―――『虹色』に輝かせる『魔法使い』の姿。

 

「―――」

 

 その面相が恐怖で歪む。自分が生きているのは、全てはこの男の気紛れなのだと気付き――――どうしようもない『差』を知る。

 自分など尋常の世で生きる『唯人』であって―――このような『魔人ども』に関わるべきでないと―――この時が初めて思い知った瞬間であった……。

 ようやくおっとり刀でやってきた生徒会長と―――。

 

「風紀委員長の渡辺摩利だ……が、何から言えばいいか分からんが、とりあえずお前ら全員正座だ!! そこに直れ―――ッ!!」

「あっ、その前に、ここ『直していいですか』?」

「何だ元凶スリー!? お前が工事業者でも呼ぶのか!?」

 

「いいえ―――Anfang―――」

 

 渡辺委員長の激昂の言葉を前にしても構わず再びの呪文。何かを投げた刹那。宝石―――それが地面に落ちると―――何かの逆回し―――映像機器による『早戻し』のごとく先程の『現実』を『無』にするかのように、元通りになっていく。

 誰もが唖然とする。土埃と石まみれだったタイルは元の位置へと戻り元通りの校門前へとなる。自分達の制服の汚れも無くなっている。

 

 悉く『魔法理論』を無視した遠坂刹那の手並みの鮮やかさに達也は頭を痛めつつも……どうしようもなく『渇望』するものを刹那は持っているように感じるのだ。

「では正座させてもらいます。流石に俺のせいでみんなの制服を土まみれにするのは忍びなかったからな」

「いつみても壮観ねセツナ。流石は稀代の魔術師。『全てを壊し』『全てを癒す』―――正しく破壊と創造の魔人よ」

 

 先程までのことなど忘れたように、見事な『正座』をする二人。外国人であるリーナが、それをやっているのを見て、続々と正座をする。

 何か色々と忘れちゃならんことが多すぎるが、一先ず―――この流れに乗らざるを得ない。先程までの『争い』などどこにいったのか、一科二科が気持ちを合わせるのだった。

 

「途中参加なのに、なんで僕まで……」

 そんな風に愚痴るE組男子生徒の嘆きも余所に―――釈明の時が始まるのだった。

 

 



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第16話『変化への序章』

うーーーむ。本当に賛否両論になってしまったが、とりあえず改訂は保留ということにしておきます。

しかし、型月の『ノーマル』な『魔術師』というのが、『異能が認知された』世界でそこまで隠し通せるかと言えば無理なような気がしながらも新話をお届けします。


 

 

「成程。確かに事前情報の通りだ。だが、な。いくら何でも、あんな巨大な使い魔を使役するなんてやりすぎだ……」

 

「小さな使い魔だと大量の『蜂』か『蛇』になりましたが―――」

 

「すまん。そのガルゲンメンラインとやらで構わん―――未登録のSB魔法とも言えるしBS魔法とも言える……お前の手札が見えなさ過ぎる」

 

 

 見せたがるヤツもいないと思います。と内心で渡辺風紀委員長に返してから思うに、魔女術の全容が知れていないというのが、一番の脅威なのだろう。

 

 

「刹那君。あなたは私が『見ていたこと』に気付いていたわよね? 達也君も多分そうじゃない?」

 

「ええ、だから油断していました。刹那が、森崎の『魔弾』を摘まんで、ここまで強硬かつとんでもない手段に出るならば、そうなったとしても七草会長ならば止められるのではないかと」

 

「そうね……けど『何も出来なかった』。森崎くん…だったかしら? あなたが二科生を侮り、その上で己の実力に自負を持つのは構わないけれど―――ケンカを売る相手は考えた方が良かったわね。少なくとも『クドウ』の関係者である刹那君が、百家支流のあなたに劣る存在だと思えた根拠が知りたいわ?」

 

 

 正座をしていた森崎が呼びかけられてびくっ! となる。俯いたままで何も言葉を発さない彼は―――完全に絶望している。

 

 

「だ、だって―――トオサカなんて家名は、知らない上に……あ、あんなこと―――魔法で出来るなんて……」

 

「浅慮ね。家名なんてただの役に立たない物差しよ。かの『はじまりの魔法使い』とて、その辺にいるお巡りさんだったのだから……」

 

 

 日本のマスターマギクスの家の人間がそれを言うかという呆れがそこそこに出ながらも、 冷たい目をして森崎を見てから、その後で、刹那を見てくる七草会長。何か思う所はあるようだ。いやな予感がひしひしとする。

 

 

「ともあれ、刹那君は、今後あのような術式を使うの禁止。出来うることならば、親御さんの遺言もあまり真に受けないでほしいのだけど」

 

「森崎みたいなのが現れて、今後俺の前で『それ』が無い限りはしませんよ。ただ……一科が持つ差別意識が無くならない以上……どこかでドルイドの呪いが発揮しないなどとは確約できません」

 

「確約して―――でないとあなたを守りきれない」

 

ローンレンジャー(森の大戦士)になることは誰にも止められないんですよ」

 

 

 正義を気取るつもりはないが、それでも、あのような発言をよくも出来るものだ。自分の気に入らないことならば、何が何でも自分の思うままにしたいなど、反吐が出る。

 

 

 実に『魔術師』らしい思考だ。まぁ森崎を脅しつけた自分も同類と言えるか、バカを殴る為にバカになってしまったのは、完全なミスである。

 

 

 だからこそ、少しだけ寂しい思いを抱きながらも、『落としどころ』を提案する。

 

 

「もういいでしょう。俺は退学、森崎は二週間程度の停学―――あとの連中は、無罪放免で、勘弁してやった方が落としどころじゃないですか?」

 

「いいえ、そんなつもりはありません。私が望む学内改革に―――『遠坂刹那』、あなたは必要です。あなたのその『はじまりの魔法使い』にも似た力は、この世界に変革を齎します。そう私は確信しています」

 

 

 その言葉に周囲のギャラリーにもどよめきが走る。リーナが七草会長を睨み、何を知っているのかと言わんばかりの視線を向ける。

 

 

「それは本当に、アナタの意思なんですか『マユミ』? 『家』から何か言われているわけでは―――」

 

「私を見縊るなんて、実に『鍛えがい』がある後輩―――摩利。もういいんじゃないかしら? 私達の浅慮と知識の無さが遠坂君に強烈なことをさせた。森崎君の差別意識は全てこの学校の人間が負うべき罪科。澱であり膿。起こるべくして起こった事よ」

 

 

 前半で、リーナに冷たく返してから風紀委員長の渡辺摩利に話しかけた。結論としては、『どうであれ先に手を出したお前が悪い』という事で収まる。

 

 刹那のスラングも『挑発されてそれに乗った時点でお前の負け』―――とことん森崎に軍配悪しの『喧嘩両成敗』ということで落ち着けてしまった。

 

 

(法政科の連中よりも甘い処分だ)

 

 

 奴らならば、両者を根こそぎ叩き潰す。風紀委員というのは、そういうもの(法政科)だと聞かされていたが、どうにも手間が違いすぎる。

 

 

「ところで司波―――お前はどうして遠坂が森崎の魔弾を摘まんでいるなんて表現出来たんだ? 他の連中は、森崎の魔法を『無効化』したと言っていたが……」

 

「ただ単に『眼』がいいだけです。分析する上で眼の良さは必須ですから」

 

「……成程な。二人して『只者』ではないということか―――いいだろう。今回は無罪放免だ。ただし森崎。お前は『立場上』。始末書と反省文の提出をあとで命じる。花の化け物(ブルーム)に食い殺されるよりは、マシだな?」

 

「は、はい――――寛大な処置ありがとうございます!!!」

 

 

 達也と刹那に得心した後で、森崎に言う。意味ありげな言葉だが、本当のところは分からない。どうでもいいとも言える。

 

 

「以後、気を付けるように―――」

 

 

 踵を返して校舎に戻る渡辺委員長と七草会長に一礼(正座をしたまま)―――見えなくなるまで見送ってから立ち上がる。

 

 誰もが言葉を発さない。負けたもの。勝ったもの。その区別に関して言えば―――何だか混沌としたものだ。

 

 

「何も言わなくて良かったのに」

 

「借りを返しただけだ。食堂でのことのな」

 

「あれは七草会長の匂いつきの服でチャラだと思っていたよ」

 

 

 その事を思い出したのか深雪がおっかない顔をして、こちらを睨んできた。余程自分の兄に他の女の匂いを着けたく無いようだ。

 

 そんな中、一人の男子が立ち上がってこちらに宣言をする。

 

 

「―――っ、お前ら、これで何かが変わったと思うなよ!! 一科と二科には厳然たる差があるんだ!! 司波さんは僕らといるべきなんだよ!!」

 

 

 捨て台詞のつもりか、何人かのA組の連中を後ろにして宣言する森崎の姿。やれやれだ。

 

 

「そして遠坂! お前が、どれだけの秘術を隠し持っていたとしても―――俺はお前を超えてやる!! 爪隠す能ある鷹よりも、ちゃんと群れを守れる獣の方がいいに決まっている!! 小便ちびって鼻水流していて、情けなかろうが何だろうが、守る人間が必要なんだよ」

 

 

 言葉の意味合いは分かる。恐らくこの男は誰かを守るということに従事している。そして従事する家系なのだろう。

 

 本質的にはガキ大将タイプではないが……生憎、『生業』からそういったことをせざるを得なくなった……。

 

 

 校内から完全に出ていく森崎一味を見送る。

 

 

 俺がもしもトップを取っていれば遜っただろうか。とも考えるが、そもそも刹那とてリーダーみたいな気質ではない……。

 

 自分のお役ではない。と思いつつ、何か切欠さえあれば『化ける』かな? と値踏みをするのであった。

 

 

(―――と、セツナは考えているだろうけど、スターズにおいて私が『アイドルリーダー』であれたのは、本当の意味での指揮者はセツナだったからよね)

 

 

 兄貴分に世話をされてきた。だから下に就いていたい。と語る自分の恋人の本質を掴んでいたリーナは、ここでもそうであれば良かったのに。と感じつつも―――。

 

 

 結局、成るようにしかならない。そんなこんなしてきた時に、行くぞ。と思念で通話してきた刹那。

 

 光井ほのかと北山雫が達也に自己紹介している時に―――。

 

 

 こそっ、と出ていく。そういう算段だろうと感じて隠れ身のルーン。セツナ曰く『マナナンのルーン』を発動させて抜き足差し足忍び足で出て行こうとする。

 

 出て行こうとしたのだが……。

 

 

「あー……言おうかどうか、少し戸惑うけど…司波くん、遠坂君とシールズさんが姿消し(迷彩化)をして、出て行こうとしているよ」

 

「ええ。何だか逢引きするから……出て行こうとしているように見えます……吉田君も見えるんですね」

 

 

 ゲェー!! などとキン肉マンのように叫びたい心地で振り返ると二人の男女の眼はこちらから離れていない。

 

 不味いと思った時には―――。

 

 

「そうは問屋が―――」「―――卸さないって言葉知っている? リーナ」

 

「とりあえず神妙にお縄について」「駅前までの白州裁きを受けるべきだぜ刹那」

 

 

 リーナは、左右の肩をエリカと深雪に、刹那も同じく達也とレオに掴まれることで、追求から逃げられなくなってしまった。

 

 

「くぅ……男二人が女一人を左右から捕まえる。これが『嬲る』の文字の起源なのねセツナ……」

 

「誰が男だ!?」「失礼ですよ!」

 

 

 エリカと深雪の怒りの言葉。当然ながらも何だか納得いかない。こんな罪人のような扱い―――いや確かに悪いことしたのは事実なのだが……。

 

 

「やれやれ、いいよ。『何でも』とまでは言わんが駅前までに聞きたいことは大体答えるさ。だからリーナを解放よろ」

 

「いいのか?」

 

「神秘は確かに秘匿すべきものという大原則はあれども、概念としての信仰心を『確立』するためにもある程度の『漏れ』が必要なのも事実だしな」

 

 

 現代における神秘の濃度というのは、『概念』の『安定性』も重要視される。そして殆ど神秘が駆逐されたように思えたこの現代においても、完全に『信仰』の全てを捨てきれていないのだから―――。

 

 そんな風な言葉を『漏らした』のだが、やはり達也たちにはあまりピンと来ないようだ。

 

 

 † † † †

 

 

 魔術とは世界の『基盤』に訴えて、オドとマナを用いて、それらを原動力として世界で『あり得る限り』の『事象』を起こす秘儀。

 

 

 この辺りは、魔法師の使う『魔法』と少し似ている。問題はその『性質』である。

 

 

 事象を『改変』する魔法。

 

 事象を『歪曲』する魔術。

 

 

 その二つは似ているようで、似ていない。

 

 

 事象を改変する魔法のエネルギー総量はともすればとてつもないものだ。

 

 戦略級魔法に代表されるものの多くは、大都市の大半を機能不全にするだけの―――つまり『裾野の広がり』があるもの。

 

 高山があったとして、その天辺を目指すのではなく、山頂部から勢いよく駆け下りる。活火山で言えば、裾野を駆けていくマグマや土石流のようなものだ。

 

 

 逆に魔術は、エネルギー総量ではあまりにも及ばない時もある。まぁ種類にもよるが、事象に歪曲を齎すだけに、大都市の人間を一瞬で消滅させられるようなことはそうそう出来ない。

 

 大都市の人間全てを消滅させたいならば、消滅させられるだけのエネルギーを自分で用立てなければならない。

 

 高山があったとして、その天辺を目指してひたすら歩き、その上に見える『星界』や『天球』からさらにエネルギーを貰う。活火山で言えば、吹き出した時にそこにあるエネルギーを己のものとするようなもの。

 

 

「魔法で言えば複雑な起動式や魔法式で物体や領域の『情報』に対して『運動干渉』を仕掛けるが、魔術は、ある程度のルールはあれども全て『世界』そのものに対して『干渉』をすることで現実を『すり替えている』んだよ」

 

「似ているようで違うんだな……」

 

「そうだな。それゆえ『世界』は『本来あるべきもの』を改変された反動を術者や施術者に負わせる。まぁ本当に不味いものでは宇宙の寿命が100年縮んだんじゃないかというものもある」

 

 

 やばいだろうが、と誰もが思う。しかし、そこまでの規模の大魔術を使うには大霊地とでも言うべき土地の魔力も使わなければいけない。

 

 もはや『魔法』の域であるが、その辺りは話さないでおく。

 

 

「それじゃ森崎の前に出したあの花の化け物も、そうなの?」

 

「普通に考えれば植物があんな風な進化は遂げんわな。だが、そういった『種類の花』を知っていれば、その原理を知っていれば、歪曲させ進化を強要させることが出来る」

 

 

 そもそもあの時点で妖花の種子を刹那は地中深くに送り込んでいた。その上で魔力による干渉と地中深くならばある『土地の霊力』を融合させて、あとは開花させるだけだった。

 

 

「達也。俺は昨日の入学式にもお前に早駆けのルーンを見せたな? あの後、見てどうした?」

 

「鋭いな。実を言うと、見たのを再現して魔力を通そうとしたんだが……」

 

「お兄様?」

 

 

 どちらかと言えば何事にでも明朗かつ明晰なことを言う兄の歯切れの悪い返答を怪訝に想う深雪。

 

 苦笑してから―――達也は現代の魔術師に真相を告げることにした。

 

 

「何度やっても発動しなかった。俺の眼は起動式や魔法式を見ることに特化しているが、刹那、お前のルーンは確かに魔力を伴っているのに、同じものを書いて魔力を通そうとしても―――結果が伴わなかった。結構悔しかったぞ。お前に担がれていたんじゃないかとな」

 

「まぁある意味では、担いだわけだが」

 

「お兄様を騙したんですか?」

 

 

 人聞きが悪い。だが、あの早く走っている中でも、それを覚えて再現しようとするということは、本当にこいつは『魔術師』向きである。

 

 先生のようなタイプだろうかと思う。

 

 確かに文字としてのルーンを知っていたとしても、それが効力を発揮する『書き方』『書き順』『意味』『その成り立ち』を知らなければ、それはただの『文字』でしかない。

 

 

「その書き方、書き順なんかを正確に知っており、独占しちゃってるのが刹那君ということか、なんかズルくない?」

 

「魔術は秘されてこそ意味がある。つまりは原理さえ知られなければ、そのまま『神秘』として認識される。その上で大勢の人間にルーンという『神秘』が知られていれば、『信仰心』と同じものである『魔術基盤』は強化される」

 

「お前の田舎じゃ、そういうものだったのか……古式魔法といえども侮れんな―――そしてお前はまだまだ『手札』を持っていそうだ。お前にとって、今まで俺たちに見せたものは見せても『構わない』ものだからだな」

 

正解(エサクタ)

 

 

 何故にスペイン語?と思うも、達也に対して指さしながらの言葉はどこか重いものがあった。

 

 

「ちなみに言えば、校門前を元に戻したのは一種の『時間制御』。魔術のもう一つの特性―――『逆行』だが、今はこれぐらいでいいか?」

 

「ああ、まだまだ知りたいことも多いが、これ以上リーナとお前の時間を奪うのも悪いし、もう一人……二人の質問者を放置するのも不味いからな」

 

「成程、吉田―――何か聞きたい事があるのか?」

 

 

 あの時、美月と同様にガルゲンメンラインの『真実』を見通して制止をした人間の一人。E組の人間でかいつまんで言えば、少し前に聞いたエリカの馴染みらしい。

 

 スマートな美形と呼んでも過言ではない人間は何か決意を秘めているようだ。

 

 

「幹比古でいいよ。遠坂君―――僕にさっきから言っていた魔術を教えてほしいんだ!」

 

「断る。そして俺も刹那でいい」

 

 

 前半で突き放しておいて、後半でフレンドリーさを要求。どういう神経だ。と馴染みのエリカが怒ろうとする前に―――。

 

 

「一先ず落ち着こう。アーネンエルベに寄ってからでも問題は無いだろう。チカたちが手を振っているしな。それと―――私見ではあるが、『何か』に引っ張られている以上は、魔術をどうこうしても意味は無いな」

 

「引っ張られている?」

 

 

 疑問を持ちながらも何か『覚え』があるのか、考え込む様子の幹比古。どうやらアタリのようである。

 

 

「幹比古の症例はとり憑かれているだけ。『よりまし』『憑代』になっているだけだと思う」

 

「同感だな。とりあえず腰を落ち着けよう―――」

 

 

 色々と規格外な分析官二人の言葉に誰もが頷く。魔法科高校に入学して二日目にして、何たる変化の連続。

 

 そんな中……何故か北山は俺を睨んでくる。本当に俺は何をしたんだろうか……。

 

 

 ともあれチカとビッキーに呼ばれている以上、行かないわけにはいかなくなる。

 

 

(魔法使いの箱―――大師父も面倒なものを作ってくれたもんだよ)

 

 

 つまりは―――レオ、幹比古、光井、北山も何かしらの『特異点』となりえる可能性があるということだ。

 

 余計なものを引っ張り何かしらの事象編纂に関わらせる……。そういう手並みなのだろう。

 

 

 まずは幹比古の症例、降霊科ほどの手並みではないが、そういった高次の情報体が乗っかっているのを『調律』することぐらいは出来る。

 

 別にやれることをやらないほど意地腐れではないのだ。

 

 

 魔術師としては本当に『正しくない』ことばかり、自分の代で遠坂の家門は落ちぶれたと言っても過言ではないだろう。

 

 

 だけれど、結局、何もしないでいたらば、後悔してばかりになりそうだ。

 

 何でも『出来てしまえば』、また失ってしまうかもしれないから―――。怖くて踏み出すことも出来ないでいたのだ。

 

 

「ほらセツナ、ミキヒコの症例はジェロニモ大尉とおんなじなんでしょ。だったら直してあげなくちゃ♪」

 

「―――そうだな。なにもしたくなければ引きこもっていりゃ良かったんだ」

 

 

 外に出たのならば、変化が訪れる。ならば、その中で自分の出来ることをやらなければならない。

 

 関わったものに最後まで関わり続ける。どんな問題児、成績不良者だろうと放り出さないで面倒を見ていった師匠の姿―――ロード・エルメロイⅡ世という『お役』を演じ続けた人の姿が残っているから―――。

 

 

 刹那は、魔術師としては『正しくなくて』構わないのだ。そうして隣で微笑む『スイートスター』の髪を撫でながら、ありがとうと無言で伝える。

 

 

「にしてもミキ、よくあのガルゲンメンラインとか言う使い魔が『殺傷』的な能力が出来ないって分かったわね?」

 

「エリカ、僕の事をミキと呼ばないでくれよ……真面目な話をすれば、あの使い魔の声が聞こえていたから『あーめんどくせー。こんなエサにもなんねーもの縛っていたくない』って」

 

「……マジで?」

 

 

 刹那とは無関係な所で話し合う幼なじみズ。その会話で自分のハッタリが完全にバレる。別にいいけど―――。

 

 光井と北山も―――本当か? と真偽を問いただすようにこちらを見てきた。

 

 

「魔術的なことは分からないが、あの植物には、いわゆる『捕食器官』が無かったからな。森崎のしょ―――体液を吸収したのは、樹木の幹に見立てた維管束。発声器官は……お前の仕込みだな?」

 

「仰々しいトリックだったかね? まぁ本来ならば捕獲した段で原始的な武器なりで貫くためのもの、ドルイドは、古木に捧げる贄をああして捕えてから持っていくのさ」

 

 

 名探偵シバのNGワードギリギリ回避の推理によって、あの場における顛末が知らされる。ガルゲンメンラインの真正の姿は、『アルラウネ』―――。

 

 巻き上げた土塊も身体とした樹精人形(トレントロイド)。ずんぐりむっくりの『無農薬戦士』(命名ハリエット・フリーゼ)が出来上がって『直接攻撃』するはずだったのだ。

 

 

「趣味が悪いわね」

 

「だが『落としどころ』だよ。あの会長だけでなく、多くの連中の『監視の目』が光っていたからな……まぁエリカの出そうとしていた警棒型のCADでぶっ叩かれるのを見ていても良かったけどな」

 

 

 確かにバゼットとの誓いはあった。が、それでも本気で殺害しようとまでは思わなかった。そうすればバゼットは悲しむはずだから……。

 

 とはいえ、会長たちの思惑を崩す為でもあった。

 

 何かのボロを出すのではないかと、要するに森崎を『当て馬』として、『彼ら』は、あそこまで争いを看過していたのだ。

 

 第一、食堂での一件がどこからか漏れていたはずなのに、風紀委員が駆けつけなかった時点でおかしかった。

 

 

「趣味が悪いのは七草会長及び多くの連中だな。……お前があそこまでの激発をしたのが一番の予想外か」

 

「若気の至りであった。だが反省はしない。大義は我にあり」

 

 

 その結論もどうなのだろうと全員が思いながら、アーネンエルベの中に入る。

 

 

 中に入ると同時に、ここまであまり口を開かなかったレオを怪訝に思ったのかエリカが問うてきた。

 

 

「さっきから口を開いていないけど何を思い悩んでるのよ?」

 

「いや、なんか刹那の育ての親って人の名前を聞いてから、なんか引っ掛かるものがあるんだよなぁ……聞き覚えはないはずなのに『知っている』とか言えばいいのか―――」

 

「名前からしてドイツ圏の血のあるアンタだから、アイルランド人の名前を知っていても変って事も無いんじゃない?」

 

「安易な結論だが、まぁそんぐらい気楽な方がいいのかもな……」

 

 

 腕組みしての思考から頭を掻いているレオの疑問を解決するほどの知識は残念ながら、その時の刹那には無かった。

 

 ただ知っていたとしても変わらなかっただろうと思いながら……ジョージ店長渾身のカレーパスタをごちそうになるのだった。

 

 

「やっぱパスタばっか食ってるヤツはダメだな! とか言いながら、五皿も食べていった人もいるわよ。それじゃこれ伝票だから」

 

 

 チカの何気ない話と気安い対応が少しだけ嬉しい。何せさっきから北山は、刹那を見てくるだけ―――その視線の意味は何なのやら測りかねながら親睦会は滞りなく終わるのだった。

 

 

「シズクは何が不満なのかな?」

 

「さぁな。ただ連絡先交換する以上は、まだ会話する気はあるみたいだ」

 

 

 キャビネットに乗りながらの帰路の中でのリーナとの会話。その中で考えるに、最後の方に光井が言った言葉が気になる。

 

 

『何でもできるのに、トップに立たないのは無責任って―――遠坂君のことを言っていたよ。森崎ほどじゃないけど、もう少し一科の男子勢で達也さんみたいになってもいいんじゃないかな?』

 

 

 意味合いは分かる言葉だが、何故―――北山がそこまで俺を評価するのか―――見抜かれたとしてもおかしくない変な入試成績だったが…それだけか―――。

 

 そんな風に思案に耽っていると、「あんまり他の女考えるな」と、無理やり視線を固定された。

 

 

「悪い」

 

「悪いと思っているならば、私を見ていなさい」

 

 

 こういう時だけは、共用電車のプライベートスペース化が嬉しい。周りに同じ学生やらの視線とか、企業戦士のお父さん方の視線を気にしなくていいのだから……。

 

 見つめるブルーアイズの深淵と金色の髪のコントラストの前には、宝石は逆らえないのだから―――その姿が重なるのは必然だった。

 

 

 

 † † † †

 

 

 

「というわけでお昼休みに生徒会室に来るように♪」

 

「―――どういったご用件で? 昨日の事ならば手打ちに終わって序でに言えばさっきから、武勇伝聞かせろと言わんばかりにクラスメイトが押しかけてるんですけど」

 

「それは、まぁ有名税ということで、とにかくこの事は、一年生総代の深雪さんにも伝わっている事なので、シールズさんと一緒に来訪するように―――いいですね?」

 

 

 拒否は出来ないということか。諦めて了解の意を取るとリーナもまた頷く。何となく予想はしているのだが、生徒会に入るだけならば深雪一人で十分だろうに……。

 

 そうして教室から出ていく七草会長。自分の周りに集まっていた有象無象が再度終結。

 

 

「厄介なことになりそうだ……」

 

『ご愁傷様です♪』

 

 

 言葉の割には楽しそうだなオイ。と言ってやりたいが、言わんでおく。面倒だから―――。

 

 頬杖突きながら考えることとしては―――この学園に存在する一科二科の壁と言うのは厚いものだということだ。

 

 

 その格差を何とかするためにも自分はそうしなければならない。

 

 

『―――日本の魔法教育における分断状況の打破。即ち彼ら、日本の魔法師たちが『分裂』することは避けてもらいたいんだ』

 

 

 ロズウェルにいるバランス大佐からの依頼。恐らく現状において『才無し』と呼ばれているのが『連中』の改造を受けて魔法師社会に敵対する事だけは避けたいのだろう。

 

 

 裏の思惑など透けて見える中で、七草会長の思惑―――=日本の『マイスター』、『十師族』の意向とも言い切れないのが、状況を理解させないでいた。

 

 

(ジジイの奴は俺を取り込んで、その力で魔法師社会を安定させたい。寧ろ―――『発展』させたい)

 

 

 末は国の治安維持の部門だけでなく行政――国政分野にも本格的な魔法師の影響を出したい。その思惑の為にドギツイことをやっていることも知っている。

 

 だが、こちらがコントロール出来ない存在であることなど今さらだ。

 

 

「混沌だな……」

 

 

 あらゆるものが渦巻き、そして黒々としたものが蜷局を巻いてこちらを睨みつけるイメージ。

 

 見えぬものが―――こちらを狙い撃とうとしている中、B組の指導教員である『栗井』先生がやってきたことで、全員が席に戻った。

 

 

「全員、準備は出来たかな?―――ならば、始めるよ」

 

 

 第一高校に入学してからの二日目が始まる――――。波乱の日々は続くのだ……。

 



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第17話『昼食――そして誘い、激突の予感』

そろそろ通算UA数10万届くかなぁとか思いながら新話お届けしつつ、次話ぐらいでようやくバトルにこぎつけそうです。

ハンゾー先輩の活躍はカットの方向で(笑)


 待ちに待たない。絶対になってほしくなかった昼休みへと遂に至ってしまった。

 

 

 魔法『青』。詳細こそそこまで知られていないものの、以前逢った時に、『ああ、そういうことか。』と気付けた。

 

 魔法の一端でしかなくて、魔法の全てが分かったわけではない。とはいえ、『結果を先送り』に出来るあれは、確かに……地球(ほし)の延命には、向かない。

 

 宇宙の破滅と同時に地球の破滅―――そういうことだ。

 

 そして自分もこの結果を『先送り』にしたいのだ。

 

 

 閑話休題。

 

 

 それはともかくとして来てしまった昼休み。桜小路、十三束、エイミィ―――そして後藤までも『討ち入りでござるか!?』など言いながら見てくる。

 

 赤穂浪士でもあるまいし、生徒会に討ち入りするほどの仇があるわけでもない。

 

 

「んじゃ行くか」

 

「イヤそうねー。まぁ、ワタシもあまり気乗りしないけど」

 

 

 リーナと目を合わせてからの口頭での応答しあい、三段ほどの重箱を持っての教室からの脱出。昼休みとなったことで一科の教室棟。その廊下に人がそれなりに溢れる。

 

 

「おや? 二人だけのランチタイムかな?」

 

「いいえ、生徒会室への出頭要請。そして、これは山吹色のお菓子です」

 

 

 重箱を上げつつ返すと苦笑しながらの一言。

 

 

「七草は悪代官じゃないんだからさ、まぁがんばって来たまえ」

 

 

 指導教官の一人、我がB組の担任である栗井教官―――人によってはマロン先生―――また人によっては『ドクターロマン』と呼ばれている人間に返しておく。

 

 どう見ても欧米系の顔に豊かな茶髪。もっさりしているといってもいい、第一高校のカラーに合わせてかエメラルドのスーツ一式で揃えている中々に奇特な人間がいた。

 

 教官の前から辞して生徒会室へと歩いていく。昨日の『大立ち回り』を見ていた、聞いていた連中からの様々な視線やひそひそ話じみたのを受け流しつつ、四階まで上がる途中で達也たちと合流。

 

 事情を交換し合う。

 

 

「なんだそっちにも話が行っていたか」

 

「朝っぱら校門で待ち伏せされてな。お前たちも来るって言われたよ」

 

 

 用意周到な。と思いつつ、四階の廊下―――その突き当りにあるは『生徒会室』と木彫りのプレートが埋め込まれていた部屋だった。

 

 

「さて(デーモン)が出るか(ナーガ)が出るか―――」

 

「いや、あれは鬼でもあるし蛇でもあると思うぞ」

 

「同感だ。正直苦手だよ……あの手の人は」

 

 

 セレブが庶民ぶっているのは、正直言って何かしらの『意図』がある。そう邪推するだけに足るものがある。

 

 海千山千の狐狸の類だろう。恐らく『父親』からしてそうなのではないかとさらに邪推。女子の性格形成に父親というのは結構なファクターらしい。

 

 言うなれば基本的に、好悪、どっちであれども父親を意識するのが娘でもある。

 

 

「お兄様も刹那君も容赦ないですね。まぁ擬態であるとは私も思いますが」

 

「似たような人がいた?」

 

「いますね。まぁ無下にも出来ない『身内』なので、どうにもこうにも」

 

 

 歯切れの悪い深雪の脳裏と苦悩する達也の心中には誰がいるのやら、興味を持ちつつもインターホンにも似たもので内部の人間に来たことを伝える。

 

 

 すぐさま応答があり、入ることを了承される。電子式の戸が開かれてそこには―――。

 

 

「―――ようこそ……我がベルベットルームへ……」

 

「いや、そういうのいいですから、別にペルソナ能力とか求めていません」

 

「えー、乗ってくれると思ったのにぃ。ノリ悪いわーこの四人」

 

 

 手組して長机に腕を乗っけていた七草会長がぶー垂れる様子に栗色の髪の、小動物じみた……多分二年生だろう小柄な女子が苦笑い。

 

 次いで嘆息一つの渡辺風紀委員長。そして無表情で変わらぬ様子の少し色黒のクールなイメージを受ける三年生かなと思える女子が一人。

 

 

 覚えている限りでは他の二人も入学式初日に紹介された『生徒会役員共』だと思いだし、もう一人……あの神経質そうなモブ崎ver2。モブ崎がコクッパならば、あれはクッパ大魔王な人間は何処やらと思う。

 

 

「一応紹介し直すけど、こっちのクール系美人さんが会計の市原鈴音、私と同じ三年生―――愛嬌を込めてリンちゃんと呼んであげて」

 

「結構です。そしてそんな風に私を呼ぶのは会長だけですから」

 

 

 同級生と言う割には、随分と上下関係を弁えている人だと思う。長く伸びた青い髪といい、背が高い印象がモデルかキャリアウーマンといったものを想起させる。

 

 そして名前に関しては鈴音先輩かスズ先輩と言うことに決まった瞬間だった。

 自分の内心に気付いたのか隣のリーナは、少し苦笑い。別にいいけど。

 

 

「そして摩利の右隣に座るちびっ子が書記の中条あずさ、二年生。―――親愛を込めてあーちゃん先輩と呼んであげて」

 

「市原先輩と同じこと返すようでなんですが、私をそう呼ぶのは会長だけです。そしてちびっ子とか後輩の前で言わないでください」

 

 

 少しぷりぷり怒る印象の中条先輩は確かに小柄だ。正直―――ギリで中学生か小学生かのラインに思える。

 

 まぁ本人もこういったことで多分、あれこれ悩んでいるだろうから言わないでおく。

 

 

「そしてもう一人二年生の副会長はんぞーくんを加えてが、生徒会メンバー。通称『生徒会役員共』、もしくは『極上生徒会』でもいいわよ」

 

「むぅ…生徒会役員共には惹かれます―――なんでかしら?」

 

「魂が震えるものがあるんだろうよ」

 

 

 リーナの質問はメタすぎるが、とりあえず掛けるように言われて座る。恐らく一番用事があるのが『深雪』、次いで『リーナ』。そして男二人は余分だが、関係性で言えば達也は深雪の隣なので、リーナよりも上座に座るように言う。

 

 一番の下座に陣取った刹那は、矢面に立たずに済んだことを少し喜ぶ。これぞ矢避けの加護のスキル発現である。

 

 

「おや、遠坂。その重箱は何だ?」

 

「大判小判ざっくざくのお代官様の好物―――なわけもなく、昨日あれこれあったし、正直学食の味に満足出来なかったので自炊してきたわけです」

 

 

 今どき珍しい木製の長机の上に置いた重箱三段。それから漂う匂いは食欲を誘う。

 

 

「私達も食事にしましょうか、少し長い話になりそうだしね」

 

 

 というよりも事前に準備していたのかダイニングサーバー、この時代、驚いたことに簡易的な自動配膳機とでも言うべき『調理装置』が存在していた。

 

 無論、どんな家庭でも、どんな学校でもというわけでもない。魔法科高校だからこそあるとんでもないものだ。

 

 

(HARにも驚いたが、ここまで人類が台所から遠ざかるなんてなぁ……)

 

 

 きっとお袋が存命だったら―――『わぁ―――!! なによこれ!? 勝手に料理が出て来たわよ!! ぎゃー!! 今度は洗濯と掃除まで勝手にやってる!! べ、便利だけど……私が触っても爆発しないわよね? 刹那? リーナさん?』

 

 姑との同居生活は、きっと色々と大変だろうなぁ……そう思うと、ある意味、この時代に来たのが自分だけで良かったかもしれない。

 

 

「どうしたの?」

 

「いや君という女性と一緒になった時のあれこれを想像していた」

 

 

 お袋が息災であったならば、という仮定だが……と付け加えると―――。

 

 

「けれどワタシは会いたかったわよ。セツナのお母さん。どんな関係になったのかなー?って考えちゃう」

 

「うーーん。多分、絶対に生活リズムが合わない可能性があるから嫁姑関係はまずまず変な感じかも」

 

 

 機械オンチすぎてセツナ以上にめんどくさいお袋をどう思うか……そこが焦点か。意味の無い想像ではあるが。

 

 そんなこんなしている内に刹那とリーナ除きの食事が出来上がったことで、全員が食事となる。

 

 

 なるのだが……。

 

「「「「「「………」」」」」」

 

 

 香辛料効かせすぎたのか、六つの視線がリーナと刹那の弁当に注がれる。確かに旨そうな匂いだろうし、用意された割り箸を用いての食事をするリーナの満面の笑みは、興味をそそるか……。

 

 

「―――食べます?」

 

「「「「「「いただきます」」」」」」

 

 

 その言葉を皮切りに回される重箱三つ。中身はとりあえず中華系統―――黒い『酢豚』に、カニ卵焼売、エビチリ(有頭)、そしてメインは中華おこわと、乾物を戻した海鮮ミニ饅頭。デザートに三不粘―――。

 

 母から教えられた腕は、鈍っておらず―――そして全女子を絶望させた。

 

 

「こ、これ遠坂君が作ったんですか? シールズさんじゃなくて!?」

 

「ええ、そうですよ中条先輩。あっ、その不格好な焼売はリーナが包んだものです」

 

「教えないでよ。というかいっちゃん最初に食べるとか、本当―――気遣いが嬉しいわ」

 

 

 中条先輩の言葉に答えつつ、受け取った重箱。遠慮したのかプライドが邪魔したのか然程減っていない。

 

 

「くっ、すまないシュウ……私の女子力が足りないばかりに!!!」

 

「女子力って何年前の単語よ摩利……けれど複雑になるわよね。これを男子が作ったなんて―――」

 

 

 誰に謝っているのやらな渡辺先輩に、七草会長が、呆れるようにツッコんでから黒酢と竹炭の酢豚を食べて、『美味しいのに絶望する料理…』などと言い残して顔を覆う。

 

 

「――――人生は分からないものです。まさかここで幻の『サンプーチャン』を食べられるなんて、幻のままでよかったのに」

 

「鈴音先輩、遠慮しなくていいのに」

 

「これから私の事はリンちゃんと呼ぶように」

 

「どういう理屈!? 白状しますが、鬼籍に入った俺の母親も『リン』なんで、勘弁してください!」

 

 

 最後の深雪はと言えば――――。

 

 

「私の淹れるコーヒー以外はこれといって好物としないお兄様まで、貪るように刹那君を食べている……これが逆境というものなんですね……!!」

 

「うん、何からツッコめばいいか分かんないけど、とりあえず第三者が聞いて誤解を招くような単語の抜けを止めなさい。私のステディを穢さないで」

 

 

 深雪に対するツッコミは少し怒っているリーナが担当してくれた。しかし、言わんとしていた達也は、海鮮饅頭が気に入っているようだ。

 

 メインだけにそれなりに数を作ってきた海鮮饅頭が次々と達也の胃袋に収まる。

 

 

「いや、何というかこれが旨いんだよ。それと心が落ち着くというか―――ただナマコやフカヒレの戻しが入っているだけなのになぁ。煮汁も旨いけど」

 

「笑顔で手放しの賛辞!! 深雪はもはやお兄様の妹である自信がなくなりました!!」

 

「なんでさ」

 

 

 2090年代の『妹』というのは色々あるのだなぁと思ってしまいながらも分からぬ理屈に、父から移った口癖が呟かれる。

 

 とはいえ……あまり見ない少し緩んだ表情の達也は初めて見るものだ。

 いわゆる『鎮魂饅頭』。即ち『心安らげる作用』を練り込んだ饅頭を好むとは―――この男、日常生活でよほどのストレスか何かしらの『緊張状態』があるのかと思う。

 

 

 それが色々と倫理観あやしい妹が貞操を狙ってくるとかでなければ、なんなのやらと思う。

 

 

 とはいえ、達也が食っているエビ饅頭を同じく食いながら少しだけ予想外の結果を知り、まぁまずまず昼食は終わりつつあるのだった。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 食後の緑茶を飲み一服。色々と女性陣をはっちゃけさせた昼食であるが、見事に重箱は空になってくれた。

 

 大判小判の山吹色のお菓子よりもよかったようで何より―――いや、本当に何かしら宝石のアミュレットを袖の下にしようかと思っていた。

 

 

「さて、刹那君主催の女のプライド砕きの宴も終わった所で―――本題に入りましょう。いやーお腹いっぱいで、正直話さないでもいいかと思っちゃうぐらい至福の時間だったわ」

 

「褒められてるんだか、貶されてるんだかわからない言い方ですね」

 

「やぁね。褒めてるに決まってるわよ。ではでは本題に入りましょうか―――」

 

 

 緩んだ表情と相好を立て直して七草会長が、机に直ったことで後輩である自分達も少し身を乗り出す。

 

 話してきた内容は概ね予想通りであった。刹那は知らないが、普通学校―――特に中等・高等学校ともなると成績優秀者で素行不良も特に見当たらない生徒というのは、学内自治の部門『生徒会』に誘われる。

 

 それは、生徒自治の色が薄い学校でもそれとなく『教職員』が薦めてくるらしい。

 

 

 よって選ばれたのは主席にして今年度の総代である司波深雪ということだ。

 

 

「これは毎年の恒例なのですが、新入生総代を務めた一年生は、生徒会役員になってもらい―――次代。つまり深雪さんたち今年度の新入生が進級する度に、変わる生徒会で一通りの仕事が分かっている人間を置いていく。つまりは後継者育成です」

 

 

 仕事の引き継ぎと同じく、そういう風なのはよくあることだ。ということは―――。

 

 

「中条先輩も、そうなんですか?」

 

「ええ、別にトップを目指したわけではないんですが……まぁ結果的に新入生総代になりました。先日の司波さんほど立派な答辞じゃなくて先輩として自信を失いかけましたよ」

 

「あーちゃん。がんばって! 私の跡を継ぐのはあなたなんだから」

 

「服部君じゃないんですか!?」

 

 

 告げられる衝撃的な事実(?)。どうやら前々から言われていたことではないようだ。頭を悩ませる中条先輩に申し訳ない想いをしながら、達也が『手本通り』の世辞を七草会長に言い、七草会長も『手本通り』の照れを見せて―――。

 

 

「お話は分かりましたが、リーナはなぜここに呼ばれたのでしょうか? 主席として次席のことを少し気に掛けたいのですが」

 

「シールズさんにも実は生徒会役員になってほしいのよ―――リンちゃん」

 

「はい―――こちらを」

 

 

 立ち上がっていた鈴音先輩から書類を受け取るリーナ。そこにあったのは英語の書類。それも公的文章のようだ―――。

 

 それを見せてから七草会長は神妙に切り出す。

 

 

「昨今の魔法師の現状は、知っての通りです。国の垣根を超えて反魔法師のネットワークは形成されて我々を人類社会から隔離しようとするイデオロギー的啓蒙活動は止まることはありません」

 

「………」

 

「魔法師は国外への渡航すら厳密に制限されている中、『アンジェリーナ・クドウ・シールズ』『遠坂刹那』というUSNAからの留学生を得られた好機を利用しないわけにはいきません。あなた達には、国と国―――その中にいる魔法師との橋渡しをしてほしいのです」

 

 

 意味は分かる。そしてこの英語の書類。ざっ、と見た限りではそこそこに専門的なものが書かれており、翻訳機に掛けても要領を得ない変換がされるだろう。

 

 だが、『言葉の裏』で知れることもある―――つまり七草会長は、自分達が『USNA』の政府上位からの命令を受けたスパイなのではないかと疑っている。その上位―――十師族の可能性もあるが。

 

 

 まぁまごうことなくスパイであるのだが―――どちらかと言えば『和合工作活動』……変な言い方だが、それがリーナと刹那が受けた任務でもあるから、問題ないことであるが―――針は入れておく。

 

 

「そいつはいいんですが、こういった活動が下火になっていた理由ぐらいは知っていますよね? いいんですか? USNAとてそこまで信じられる国家ではない可能性もあるんですよ」

 

「というと――――」

 

「少年少女魔法師交流会の惨劇―――大漢崩壊(ダーハンクライシス)

 

 

 ざわっ、と―――そうとしか表現出来ない声無き悲鳴が聞こえるかのようだ。それは触れてはいけないことだ。しかし―――自分の探り針に一番反応したのは……。

 

 

(―――確定ではないが、『関係』はあるといったところか?)

 

 

 勝手な値踏みと踏み込み過ぎたかと少し内省しながら、次の反応の為に空気を霧散させる。

 

 

「まぁ、そんな事を民主主義国家の典型たる我が国がやれば、大亜と『同じ穴のムジナ』になりますからね。あり得ない想像でした」

 

「全く―――とんでもないものを引き込もうとしている気分ね。けれど鋭い指摘だったわ」

 

 

 笑う七草会長だが、どことなく硬いものがある。それほどまでに自分の放った言葉は七草会長をも硬くさせたのだ。

 

 

「それじゃリーナ、何か日本語翻訳で疑問が有ればメールで―――」

 

「待て、まだ話は終わっていない。そして……まさかお前たち『男二人』、このまま何も無しでいられると思うなよ?」

 

『『―――二人?』』

 

 

 妹と彼女―――とりあえず立身出世を祝って万々歳とはいかない達也と刹那がお互いを指さす。

 

 どういうことだ? と目を見合わせてから渡辺委員長に話を聞くと―――。

 

 

 現在、風紀委員の枠が余っており―――そこに、達也と刹那を入れたいとのことであった。

 

 

「あれ? 確か森崎は教職員枠とやらで風紀委員内定とか『えばって』ましたよ」

 

 

 昨夜、あの校門正座の際の渡辺摩利と森崎駿との会話とその日の森崎の言動(聞きたくも無かった)から、一年生からの枠は一席ぐらいは埋まっているはずという事実を類推したのだが……。

 

 

「その森崎の能力に不信感を覚えた連中が多くてね。委員の中にはクイック・ドロウなんて小手先かよ。などと言うのもいたぐらいだ」

 

「俺のは異端の術ですよ?」

 

「そうだな。だが想定外の場面で、千鳥足を演じるようでは―――な。何かしらの反撃を期待したかった」

 

 

 嘆息しての腕組みする風紀委員長。とことん厳しいジャッジである。だが、地力を出せないような状況では無かった。マナも独占していなかったし。

 

 まぁ干渉力で上回っていたのは確かかもしれないが……。

 

 

「―――で、刹那の事情は分かりましたが、何で俺まで? 委員長もご存知かもしれませんが俺は実技が不得意だから二科なんですが?」

 

「確かにな。入試結果を見れば、デスクワークでならば司波やシールズよりも使えそうだが―――、それでも生徒会規約がある。ならばこんな『優秀な人材』はウチで引き取りたいということだ」

 

 

 生徒会規約。淡々と読むスズ先輩の言葉で、一科二科の壁を知る。何だかまだアメリカが南北戦争―――、もしくは『第二次世界大戦中』のような『人種差別』からの『職業規定』にも似た行為だ。

 

 生徒の同意や賛意ゆえのポピュリズムに至っていないが、これはこれで『独裁』『独占』と言ってもいいだろう。

 

 

「外側からの勝手な意見ですが、あまり好きになれそうにないですね」

 

「そうね。私も好きじゃないわ……こんな規定があるから、人は人を差別するのよね……」

 

 

 三年生にも当然の如く一科二科の区別はある。別に七草会長とて二科に友人や友人になりたかった人間がいないわけではないだろう。

 

 昨日の深雪の如く―――だが、最後に彼女が選んだのは『こっち』にいることだった。リーナの言葉に乾いた笑みを見せる。

 

 

(問題の根っこはそこじゃないと思うんだよなぁ……)

 

 

 刹那の勝手な推測を余所に達也と渡辺委員長の言葉は熱を帯びる。

 

 

「司波、お前は言ったな。眼には自信があると―――ならば、それは校内での規定違反の魔法使用が『起きる前』の『カウンター』として使える技能だ」

 

「……風紀委員の仕事の詳細は、まぁ勝手な想像ですが、刹那の立ち回りと先の言葉から何となく分かります」

 

「洞察力もある」

 

 

 面白そうな笑みで褒める委員長に苦い顔のまま話し出す達也。

 

 

「……けれど俺には刹那のように、それを『無効化』する『技能』が無いんです。敵性攻性魔法が放たれたとして、それを防御する手段が無い。それでは犯罪抑止につながりません」

 

 

 ええー?ほんとにござるかぁ? と思うのは、俺だけではない。

 

 何となくではあるが、達也とて『隠し手』ぐらいは持っていそうだと思う。なんせさっきからそんな『兄貴』の生命の危機にも直結することだというのに、深雪はニコニコ笑顔。

 

 

『お兄様ならばきっと勤めを全うできます!』

 

 

 そういう無言でのメッセージを誰もが受信する。―――まぁ気持ちは分かる。入学式前のあの深雪の態度ならば、これは予想できた話だ。

 

 ともあれ、深雪、リーナは生徒会での仕事を了承。

 

 

 結局、達也は放課後、もう一度ここに来いと言われる。腕試しをするということになった。同時に刹那も―――腕試しに巻き込まれる。

 

 

『使い魔以外のお前の『白兵戦能力』が知りたい―――それ次第だな』

 

 

 この人(渡辺摩利)、ただ単に戦いたいだけではなかろうか?―――そう思いながらも、どうするか検討する。

 

 

 その思案が分かったのかリーナは少し不安な顔をして上目遣いの問いかけ。

 

 

「出来うるならば、学校活動でも、そばにいられるような立場でいたい。ダメかな?」

 

「―――分かった。んじゃ風紀委員。やってみますか」

 

 

 ミスリルのガントレットに乗馬鞭に聖銀のコートで『去れ、人蛭』『時計塔の法の下に貴様らを処断する』―――そういったことぐらいは『見てきた』から、まぁ出来なくもないか。

 

 不安がるリーナの頭を叩くと身体を預けてくる。その柔らかさと重さを感じながら廊下を歩くと―――。

 

 

『ぜ、全身が砂糖製造器に!!』

 

『五十里と千代田の後にはこいつらかよ!?』

 

「「「リア充爆発しろ!!」」」

 

「「「リア充爆発の魔法を開発したい!!」」」

 

 

 ……とりあえず一年棟に戻るときには離れ――――られないぐらいに腕を取って来たのでB組に入ると――――。

 

 

「だから自重しろぉおおお!!!」

 

「紅葉の言葉は無視して二人とも! むしろイチャコラしちゃっていいわよ!! B組のクラステーマはあらゆる『愛』なのだから!」

 

「勝手に決めるな。シャーロキアン!」

 

 

 むしろ明智という苗字から、乱歩ファンの方がいいのではないかと思う。桜小路の絶叫交じりの注意を受け流しながら、午後授業の準備をする。

 

 

「で、今日は例の二年生来た?」

 

「五十里先輩だけなんだけど『ちょっと話聞きたかったんだけど残念だなぁ。またの機会を待つよ』とか言っていたよ」

 

 

 準備をしながらトミィに聞くと、何か思うところあったのか五十里先輩だけが教室に来たとのこと。

 

 何用かな? と思いながらも放課後にも予定が入っていて、会えないことが少しだけ申し訳なくなるのだった……。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 そして放課後、再び何かの因果か途中で深雪、達也と合流しての生徒会室へと向かうと、そこには昼食時にはいなかった面子が加えられた形で生徒会役員共が存在していた。

 

 

 服部なんちゃらハンゾー。という……面倒なので服部副会長がいて、そのとりあえず甘そうなマスクで深雪に話しかけて、達也を無視。

 

 なんて分かりやすい男……器ちっちゃっ。という感想が出るのは仕方ない。一番怒っているのは深雪なので何も言わないでおくが。

 

 

「五十里と千代田が色々と迷惑掛けているようだが、まぁいずれ会ってくれよ。遠坂君、シールズさん」

 

『『前向きに検討させていただきます』』

 

 

 なんて官僚的答弁。それを分かった苦笑いの七草会長にも関わらず、服部副会長はその言葉を額面通りに受け取ったようだ。

 

 そんなこんなで、風紀委員会本部へ移動。自分と達也を伴って『真下』の部屋へと案内すると言う渡辺摩利に待ったを掛けたものがいる。副会長である。

 

 

 発現の趣旨としては『一年の二科生――ウィードを風紀委員に入れるわけにはいかない』そういうことである。

 

 それに対して一年四人を無視してヒートアップする上級生達。恐らく達也としては、入りたくないが、それでも深雪のことを考えて―――。

 

 そう。刹那がリーナの心を考えて、風紀委員入りを決意したように、達也にとっても越えてはいけない『ボーダーライン』があった。

 

 

 身贔屓、兄の真の実力―――断片的な会話。その中で誰の心が痛んだかを、虎の尾を踏んだことを服部副会長は認識していなかった。

 

 深雪の心が―――悲鳴を上げたところで、身を挺するように達也は二人の間に入りこんだ。

 

 

「服部副会長、俺と模擬戦をしませんか?」

 

 

 言葉だけは丁寧なのだが―――どちらかと言えば、『ワシのスケに生言ってんじゃねぇぞ。そこまでツラ貸せや』(1980年代風)―――ようはメンチを切っているようにしか聞こえない。

 

 そんな言葉の裏を読んだ勘のいい人間達は―――。

 

 

((((今期の新入生、ちょっとキレすぎじゃない!?))))

 

 

 刹那に比べれば導火線が長いように見えた達也もそうであったことに七草会長含めて上級生女子四人の感想が一致した瞬間だった。

 

 それでも無軌道な若者で無い事を喜ぶべきかどうか悩みつつも――――。

 

 

「面白くなってきたわねセツナ!? これがニッポンのバキ道というヤツなのね!」

 

「ああ、その通りだリーナ。男と生まれたからには、誰でも一生の内一度は夢見る『地上最強の男』……」

 

「グラップラーとは、「地上最強の男」を目指す格闘士のことである! 燃えるわ! ファイティンマイセルフ!!」

 

 

 どちらかと言えば深雪の為に戦う達也にそれは違うんじゃないかと思うも、潤んだ眼で達也を見て、睨みあう達也と服部の前では無意味だったが―――。

 

(ようやく見れるな―――)

 

(戦略級魔法師容疑者1号 『タツヤ・シバ』の実力を―――)

 

 

 そんな賑やかさの裏でUSNAスターズの間者である二人の冷静な思考が、達也を射抜きながらも舞台は燃え上がる戦場に移るのだった……。

 

 



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第18話『魔演の決闘』

はい。というわけで久々の戦闘回。ハンゾー先輩は即退場。


無情非情の情け容赦ないファイトが始まります(え


 勝負は一瞬でついた。如何に発動速度で上回ろうと『心』の速度で上回っていた『断』の方が上であり、慮外の速度で動いて至近距離まで近づかれた時に、全ては決していた。

 

 

 魔法の模擬戦を行う闘技場における戦いは、大方(一年組)の予想通り達也の勝利で終わった。その感嘆たる中に深雪は、刹那の呟きを聞き入れる。

 

 

 その単語は聞いたことが無いものであったが、少しだけ疑問を持つかのような呟きは―――。

 

 

「あの動き―――『ナナヤ』か……まぁ……が、違えど『似たもの』は伝わるか……」

 

 

 ナナヤ―――どんな字を書くのか分からないが、兄の運動能力を見た刹那は、途切れ途切れの言葉の後に、予定調和のように倒れ伏した服部副会長に近づき、何かの『呪文』を呟く。

 

 音声認識のCADを使っているようには見えないので、古式なのだろうが、それにしても歌うような調子の呪文で―――深い眠りに就かせたようだ。

 

 

「子守り歌か?」

 

「そんな所だ。ここから先は―――あんまり見せたいものでもないだろう? 副会長に自信を失わせたくない」

 

「まぁな。運動不足解消に付き合ってくれてありがとう。―――深雪」

 

 

 一連の流れ、服部副会長を壁際に退けてから、再び対戦場の中央に陣取る男二人。全員がポカンとしてしまうほどに呆気ない勝利の後に連戦をしようとする達也に更に呆然。

 

 

 リーナは面白がるように壁に寄り掛りながら見ている。そして深雪も何となく分かっていたので呼び掛けられる前から兄の愛用のCADケースを持っていた。

 

 対する刹那は、ポケットから手袋―――この時期にしては珍しい。というか殆ど見ない黒いものを取り出して左右の手に嵌めていた。

 

 古めかしい殺し屋を連想させる姿だ。そしてタップを踏むように、踵を二度ほど叩く様子。

 

 

 対する達也も二丁の拳銃型CADを持ち内部の術式を変えるべく、弾倉を交換するようにストレージを変えていた。

 

 

「ビリー・ザ・キッドかよ」

 

「生憎、パット・ギャレットほど正々堂々で戦えないんだ」

 

「お互いアウトロー。正々堂々なんて縁遠いわな」

 

 

 言いながら、お互いの戦闘準備が整い――――、されど号令は掛けられなかった。

 

 

「ちょ、ちょっと待て! 色々聞きたい事があるが、その前に―――何でお前たち二人が戦うことになっているんだ!?」

 

「先程、服部副会長を瞬殺した達也はもう風紀委員としての資格ありでしょ? ならば、その『風紀委員』に俺が、風紀委員としてやっていけるかどうかテストしてもらうということです」

 

 

 何たる屁理屈。しかし、摩利としても願ってもいない機会だ。服部が予想外に持ってくれなかったせいで、ただ『一発の魔法』で終わっていた。

 

 そして、この結果に不満を覚える七草真由美も、毒と毒。『おもちゃとおもちゃ』で競い合わせることに異論はない。

 

 

 どうやらお互いが刃を向け合うことをなにも驚かず受け入れる辺り、この機会を狙っていたな。と思う。

 

 

「い、いいんですか会長? 司波くんが持つCADはシルバー・ホーンですよ!」

 

「あーちゃんのCAD好きはとりあえず置いておくとしても、こんな私闘じみた行為は本来認められません―――ですが、私としても本年度の新入生の中で『異端』二人の激突は、いずれにせよ早めに見ておきたいものです」

 

 

 生徒会長。全ての生徒達の規範となるべき人間としては不適すぎる発言に二人の男は苦笑いしてから相対する。

 

 

「摩利。お願い」

 

「……分かった。では先と同じルールでの一本勝負。時間は20分間、魔法使用は『無制限』―――では始め!!」

 

 

 その少しだけ苦さを残した言葉を皮切りに―――異端者どうしの戦いが始まったのだった……。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 この戦いを願っていたか、否か―――その観点で言えば当然だ。達也にとって古臭い言い方で言えば『主家』に当たる家の当主からの情報で、二人がUSNAの間者であることなど明白であった。

 

 風間少佐からの報告でも同様であり、その目的が何であるかは分からないが、達也と深雪の生活に食い込んで浸食するようならば、殺す想いだった。

 

 

 だが、予想外に尻尾を掴ませない二人。更に言えば人目も憚らぬバカップルであることで警戒を緩めていた。否、緩めていたわけではないが、少し弛んでいた。

 

 だからこそ、その真意を戦いの中で見出したかった。こんな思考。平素の達也ならば『あり得ない』。

 

 

 何かの『狂い』が生じているのかもしれない―――バイアス調整のためにも、ぶつかり合いたかった。

 

 

 一丁を腰のホルスターに仕舞いながら、先の服部副会長のように動く。銃の『威力』が問題なのではない、銃弾を当てられる『技術』が必要なのだ。

 

 

 刹那の背後を取らんと動くが、ボクシングスタイルのままに達也から視線を外さない刹那に容易に動けない。

 

 

 それだけで『戦闘者』として違うと思える。ネタは割れているだろうが―――サイオン波の合成を正面から刹那に食らわせる。

 

 

 向けた銃口。放たれる魔法式。三つの異なる魔力の波の合成点に入る刹那。

 

 対して――――それ(合成波)を砕くように『回転』した刹那の『サイオン』が波を打ち消した。

 

 消滅する波動。瞠目する暇もあらばこそ、次は刹那が接近してこようとする。

 

 

 サイオン弾で牽制。顔を覆うように防御する。もちろん狙っていたが、その行動を『奇異』に思った矢先には―――、達也の動きが固まる。

 

 

(何―――?)

 

 

 見えぬ鎖のようなものが全身を縛る感覚。だが、心臓は動く。呼吸は少し息苦しいが、眼は―――開かれている。

 

 達也の眼が、魔術師のトリックの正体を見抜いた。

 

 

(刹那の眼―――左目にサイオンの異常集中。視線による『意識制圧』(マインドジャック)か!?)

 

 

 これが本格的なものであれば達也は中身(ないぞう)の動きすらも止められていただろうが、見開かれた刹那の左目―――『赤色』になっているものは、完全に達也を縫い付けていた。

 

 赤色の小剣―――数十本を『塀』のように達也に巻きつけていた。

 

 そういうイメージは正しく、それに対してのレジストの為に―――『莫大なまでのサイオン』を撒き散らす。

 

 

 放たれる己のサイオンの前に拘束が緩み、近づいていた刹那の拳を間一髪躱す。

 未だに達也を拘束していた小剣は、刹那の視線が外れると急激にイメージをあやふやにさせる。

 

 

 だが、そんなことは隙でしかなく、一発の拳の不発を契機に連射が始まる。絶え間ないラッシュ。ショットガンかと思うような拳の連打は、達也にとって予想外だ。

 

 対応するために格闘戦を演じるが、防戦一方。瞬間―――槍のような蹴りを胴に叩き込もうとしたが、狙いは同一。タイミングを合わせたかのように、靴底が重なり合い弾かれる。

 

 

 部屋の端から端まで―――お互いの距離が開いたことで振出。その際に、刹那は手の甲―――グローブの上、グローブ越しに二本指で擦る動作。

 

 淡く光り輝く拳。CAD越しの照準器で見えたのは、そこにルーンの輝きが存在している事。

 

 

(あのラッシュは、ルーンで強化されたものではなかったのか……)

 

 

 しかし、あの赤い眼―――あれは恐ろしい。如何にCADを持たない古式魔法師に速さで勝れたとしても、『視た』だけで発動する魔法の前では、CADを触る動作すら制限されてしまう。

 

 

 ベラルーシが開発した光波振動系魔法『邪眼』ならば、達也に効かない。それ以外の理屈があの『眼』にある。

 

 

 事前情報として知っていたとしても、『対応』は難しいだろう。魔法師と言えど、視界にいる敵を認識出来なければ、魔法は効果を発揮しない。

 

 

 

 ――――そして、そんな風な達也の値踏みと同じく刹那も、まさか自分の『魅了の魔眼』()が、破られるとは思わなかった。

 

 最速の一工程(シングルアクション)、視線による術式投射。

 眼球と言う『受容』だけを『機能』とするはずの身体器官から放たれる神秘を力づくで打ち破るとは。

 

 

(まぁ本来ならば縛ったままに視線を外さずに『魔術』で滅多撃ちにするものだからな)

 

 

 ガンドを撃ってしまえば終わるものだったろうか、とも思う。『呪い』というものに、斯様に弱すぎる『魔法師』相手にはオーバーキルすぎるので封印しているものだったが……。

 あらゆる運動を止めてしまう『停滞の魔眼』()でも良かったが、そっちでもオーバーになりすぎるか―――嘆息交じりの思考を終えて、『身』を強化する。

 

 

『セングレンの四肢、マグニの身体―――硬化(Z)強化(T)加速(R)相乗(ings)―――』

 

 

 『神身強化』(ゴッズエンチャント)が刹那の身体を変革。それを見た達也の緊張が伝わる。

 

 

 彼我の距離30mといったところか―――それを瞬発で終わらせる。放たれる豪拳。恐ろしいまでの風音に、至近距離で躱した達也の緊張が伝わる。

 

 

 だが攻撃は続く。至近距離で放たれるサイオン弾。連射、マシンガンも同然の量を拳で『肩』で弾きながら接近。ラッシュ―――空を切る拳の連打。大気が撹拌されて、達也の姿は――――。

 

 

「上っ!!」

 

「っ!!」

 

 

 声での威嚇と同時に、着地点を狙っての回し蹴り―――まともに受けるわけにもいかないのか、左手で防御。

 

 叩き込まれた回し蹴りの勢いを殺せず吹き飛ぶ達也。しかし即座に回転しながら着地してバランスを取る。四肢をネコのように闘技場の床に着けながらのそれ―――。

 

 

(既に『回復』している―――打たれると同時に、回復術でも発動させたのか?)

 

 

 左腕を砕く勢いのそれでも達也は構わずに着地した。痛みで汗を流すぐらいの可愛げがあっても良さそうだが……。

 

 

 しかし驚異的な体術だ。やはり―――自分の知識が正しければ、あれは、あの動きは―――。

 

 

 値踏みをやめて達也の反撃に構える。如何に慮外の動き、そしてその『四次元性』『蜘蛛』の如きものを見せたとしても、そう弁えた上で間合いを見測ればいい。

 

 全身を鋭い刃にして、どこに当たろうと『貫く』構え―――。魔眼に火を灯し『橙』に変更。照準を司波達也だけに向ける。

 

 

 封印指定執行者にして封印指定の魔術師は、あちらの動きに合わせず、こちらから状況を変えることにするのだった。

 

 

 

 ―――颶風を巻いて迫る魔術師。その眼が再び色を変えていた。

 その眼に囚われることは何かがあると戦訓を得ていた達也は、視界に収められないように動き、正面に陣取らないように半身になりながらサイオン弾を放つ。

 

 ともあれ、何かを漸減させなければ、いずれは超速で動く刹那に捉えられる。この広々として何一つ遮蔽物がない空間では―――ステージが悪すぎる。

 

 

 術式解体(グラム・デモリッション)―――正面に出るのは不味いが―――それでもルーンで倍加された刹那を砕かなければならない。

 

 

『精霊の眼』が捉えた刹那の身体を倍加しているルーンは『四つ』。入学式以来、にわか仕込みの知識で『一通り』を頭に入れていた達也。

 

 ネットブラウジングで調べた限りでは……どれがどういう機能を持っているのか―――正直『類推』することは出来なかった。

 

 とはいえ分かりやすいのは、アルファベットで言えば『R』に当たるルーン文字。

 騎乗や馬―――『RIDE』を意味するだろうそれが行動の加速化を担っているはず。しかし、それ以外の『Z』『T』に当たるものも統括する『ダイヤモンド』のような文字が気になる。

 

 

 これを砕けば連鎖的にルーンが消え去るのではないだろうか、そんな甘い誘惑に駆られる。

 

 

 思考の間にも刹那は動き距離を詰めてこちらにとっての死角に入り込もうとする。即断。持っていたCADを投擲。中条あずさの悲鳴が聞こえながらも二丁目の銃を抜き出す。

 

 

 起動式を展開。予想通りこちらのCADを拳で弾き飛ばした刹那の――――ルーンの一つ。それが持つ情報量に眼を細めながら、『サイオン粒子の塊』を叩きつける。

 

 一瞬の拮抗。どんなマギ・グラムすらも弾き飛ばすそれが、拮抗する現実に底の深さを見たが、砕け散る『ルーン』。

 

 

 だが、魔術の颶風は―――豪風程度に弱まったままに、達也に迫る。

 

 

イングズ(相乗)のルーンを砕くとはな! 恐れ入る!! しかもグラム・デモリッションか!」

 

「楽しそうに言うんじゃない―――!!」

 

 

 言いながら弾くのではなく掴み取っていたシルバー・ホーンを返礼のように返す刹那。それを受け取れば、ラッシュ(連打)だろうが―――。

 

 

 受けて立つ。自分とて九重流の忍術で培っていた体術がある。強化された身体はスーパーヘビー級ボクサーから『ミドル級ボクサー』に落ちているだろうか、それをいなすことぐらい容易い。

 

 愛銃を己の手に戻して、それを殴打武器とすることにする。再びの中条先輩の悲鳴を聞きながらも、銃身を持ち銃床部で叩く動き。

 

 低く達也の懐に入り込もうとする刹那の頭を狙うも腕―――というか拳で止められる。

 

 およそグローブがあるとはいえ無傷ではすむまいという予想は外れた。響く音ではない金属音が響いたことで、グローブの強化の程を知る。

 

 

(硬化魔法―――いや、こんな薄い手袋にここまでの硬さと重さを備えられるなど)

 

 

 もはや秘中の秘たる分解魔法(ディスインテグレート)で刹那を行動不能にしようとするも、『刹那』の構造情報が複雑すぎて、達也の眼で捉えきれない。更に言えばその上に被膜のようなルーン強化があり、これを突破しなければ刹那の構造体に直接干渉できない。

 

 こいつは術式云々の前に『人間』ではないのではないかと疑う。疑いながらもその相手のルーンに対してグラムデモリッションよりも重い『分解』を仕掛ける。

 

 同時に魔力の回転。炉心のように絶え間なく動く魔力が、ルーンを最大強化。達也の『分解』が弾かれる。

 

 常識外。その結論に思わず『笑み』を浮かべる達也の姿と、こちらがやったことに気付いた刹那が笑みを浮かべる。

 

 

 そして一髪千鈞を引く至近距離のぶつかり合いが始まるのだった――――。

 

 

 † † † †

 

 

「やれやれ、手合せ程度で済ます予定(プラン)だったのに、戦うとなると燃えあがっちゃうのよね」

 

 

 面倒な性分。倒すべき敵相手に対する態度とメチャクチャ嫌な奴相手に対する態度は大概、同じだが―――。

 

 自然と燃え上がるライバルや『強敵』相手に対しては―――こうなってしまう。

 

 

「リーナは知っていたの? 刹那君がここまでの魔法師だって」

 

もちろん(Of Course)。セツナの力の『限界』も知っているわ。ルーン魔術は、モリサキを拘束した際に出てきた育ての親から習ったものだって言っていたわ」

 

「予想外にも程があるぞ……入学前に提出した書類は、確かに参考程度のものだが……あまりにも偽装がすぎんじゃないか?」

 

 

 深雪の質問に答えた後に、嘆くような渡辺摩利の言葉に、リーナとしても肩を竦めるしかない。

 

 

「魔女術というのにも種類があります。薬草学、呪殺、使い魔使役、占星術―――『宝石術』―――セツナの家、遠坂家は、それらを取り扱う家だっただけです。家業だからこその『得意手』。もちろん、『荒事』に使うものは、いつでも二番手なんですよ」

 

 

 サギではないかと思う。確かにアンケートには、『得意な魔法。家が専攻している魔法は何ですか?』と書いてあった……大半は無回答だったり百家支流や得意手を持っているのは自信があるのか、そういう荒事専門のものを堂々と書いていた。

 

 聞き方が悪かった。そう言えば―――そうとしか言えない。のだが……。

 

 そしてリーナもあえて伏せたが、宝石『魔術』は、その荒事にも転用できるだけのものがある……あるのだが、本人いわく『札束で相手をぶん殴るような性分じゃない』と言っては、渋る。

 

 本当に窮地ならば『七色光輝の魔弾』(カッティングセブン)が容赦なく相手を叩きのめす……。

 

 

 そして、最大級の―――『一個都市』が壊滅しかねない時には最後の切り札が切られる。セツナの秘密を自分だけが知っていると言う優越感が少しだけある。

 

 しかし、深雪としては面白くない思いだ。

 

 

 兄が容赦なく、本当に真正の敵として戦うならば、もっと上の『分解魔法』が刹那に突き刺さる。

 

 手加減できるだけの武器でもなくあまり見せるわけにはいかない禁じ手だけに、今は術式解体と低ランクの『分解』(ディスインテグレート)だけなのが悔しい。

 

 

「ふぅん。タツヤの『魔法(魔術)特性』は分解と『再生』ってところかしら? 『こわすもの』で『つくるもの』、か―――なかなかレアね」

 

「ええ、そうよ。お兄様の魔工技師としての腕は、正しく神業―――私のCADもお兄様の特注、『古いもの』の構造を疑い『破壊』することで『新しい何か』(ニューエイジ)というのは出来るのだから」

 

 

 深雪の肯定と同時の感情的な反論。わざわざ『古いもの』と強調した辺りに、少しだけ『カチン』と来たリーナは、反論する。

 

 

「ミユキ、あなた日本人なのに『温故知新』って言葉知らないの? 古いものだからって『廃れたもの』だとは限らないの、大衆が『簡易大量生産』(マスプロダクツ)されたものに飛びつき、旧いものの『先進性』に気付かない時もあるのよ? ダ・ヴィンチにゴッホやケンジ・ミヤザワを知りなさいよ」

 

「なかなかに難しい言葉を知ってるわねリーナ。別にお兄様とて古いものを蔑にしていないわよ。そこから見えるものこそが新しきものへとつなげる先進性・創造性こそが、世界を変革するのよ。織田信長、アレキサンダー大王、チンギス・ハン―――お兄様もその中に加わる日は近いわ」

 

 

 刹那から聞いたところ、アレキサンダー大王は最果ての海(オケアノス)を見たかっただけだ。などと反論するのも大人げないし、何より―――お互いに言いたい事は言い尽くして――――。

 

 

 あとは睨みあうだけであった。

 

 

「ふふふふふ―――」「フフフフフ―――」

 

 

 声だけは笑っているが目が笑っていないことに気付いた七草真由美が、戦慄を覚える。

 

 

「た、大変よ摩利!? 『私の後輩たちがこんなに怖いわけがない。』とか言うレベルじゃないぐらいふたりが怖いわよ! なんで彼氏自慢と兄貴自慢で、この二人こんなになれるのよ―――」

 

「二人とも! 私の恋人、『千葉修次(なおつぐ)』だって千葉家の麒麟児、いずれは『剣聖』と呼ばれる凄い剣士なんだ!! お前たちの彼氏と兄貴に負けていない!!」

 

「あっ、ダメだ! こっちも少しばかり男の事になるとポンコツになるんだった!!」

 

 

 気付いた時には真由美は、三人のとんでもないオーラを発する『魔性菩薩』の中で孤立無援となってしまっていた。

 

 

 荒れ狂うサイオンの波の中で、泣きそうになりながらも目線だけは向こうに向ける。決められた『演舞』でも踊るかのように攻撃を繰り出している二人の後輩に向けた瞬間。

 

 

「―――決まるわ」

 

 

 短い言葉で、三人の注意が向いたと同時に、セツナのアッパーが達也を吹き飛ばした。否、クリーンヒットにならないようにクロスガードした腕が、顎を守った。

 

 同時、その勢いを借りて第三演習室の天井に飛んでいく達也。

 

 

 決まったとは思えないが、それでも次手に詰まった形の刹那―――と達也は見て、天井に『逆さ』に足を張り付けた。

 

 姿勢の天地を逆転させて、爪先で天井を踏んだ達也は、渾身の一撃―――。

 

 

 殺傷性Aランクに属する『雲散霧消』の起動式を展開。銃口から魔術師に向けられる『殺人への意志力』。唯一見えた構造情報―――肩口に対して狙いを着ける。

 

 

 達也のコンマ一秒にも満たない『刹那』の動きに対して―――『刹那』もまたその時には標的に対して、アッパーをした『左手』。五指を開いて掌として向けていた。

 

 

 左手にある刻印が急速接続(セットアップ)。術者の意思と『先祖の遺志』とが混ざり合い膨大な魔力を溜め込む。その腕が砲身となり砲口となり―――咆哮を上げる。

 

 

 お互いの『魔弾』が唸りを上げて、相手に着弾。虚空を飛ぼうとした瞬間に。――――。タイムアップの音が鳴り響き、お互いに『式』を消去した。

 

 

 数秒ほど姿勢を逆さまにしていた達也だったが、しょせん人に蝙蝠のような真似は出来ず、ニュートンの法則に従い大地に降りる。

 

 様々な魔法がぶつかっても大丈夫な『緩衝材』でもしかれているのか、特に衝撃は無かったが―――存在の重みを感じる。

 

 

「やれやれ―――クリーンヒットも無しで終わりとはな。負けたかな?」

 

「何を言っているんだお前は、このボロボロのルーングラブにイングズを砕かれた俺の姿―――負けなんて決まりだろ?」

 

 

 一日千本以上も素振りしてきたようなバッティンググローブを見せるような刹那に、達也も返す。

 

 

「俺も制服がボロボロなんだが。ついでに言えば回復したとはいえ、『痛み』を感じないわけじゃない。リバーに五発だぞ。ついでにボディに三発!」

 

「百発以上も打ったんだ。そんぐらいは食らっておけ。蝶のように舞っても、ノーダメージで勝てないんだよ」

 

 

 指を五本立ててから、そこから減らして三本指を立てる達也。何だか―――『違う人間』と会話している気分だ。

 

 面白がっているようで、怒っているようで―――感情が出ているような『達也』だ。

 

 

「お兄様……」

 

 

 その『変化』を一番に感じたのは深雪であり、少しショックを受けてる風にも見える。その表情に苦笑しながら、近づき頭を撫でる。

 

 様子を見ていると、自分の近くにもリーナがやってきた。

 

 

「全く、随分とやったものね」

 

「あんな使い魔だけで、実力を測られるのも心外だったからな―――それと久々にリーナにカッコいいオレを見せたかった」

 

「そんなの今更過ぎるわよ。そして昔から知っていること……大好き。愛してる」

 

 

 呆れるように言った後には、刹那の背中に額を当てて男を甘やかすリーナの姿に誰もが苦笑い。彼氏がいないものたちの精一杯の抵抗であった。

 

 そして中条あずさはシルバーホーンをここぞとばかりに触って頬ずりして―――舐めようとしたところで達也に取り上げられる。

 

 色気より『食い気』―――ちょっと違うが、そうとしか言えないあずさを見てから摩利は咳払いをして問うてくる。

 

 

「ところでだ。遠坂、お前のあの『眼』は何だ?」

 

「達也のCADや体術に関しては、よろしいので?」

 

「司波から聞いた。サイオン波の合成。三重の変数設定による意図的な『船酔い現象』―――その後の『グラム・デモリッション』に関しても真由美から聞いたよ。ついでに言えば忍術使いらしいな」

 

 

 深雪によるアニキ自慢の成果が披露された。ふんぞり返る深雪の様子に、額を少し小突く達也。お前ら『インセストタブー』って言葉知っているか?と言いたい気分。

 

 とはいえリーナ以外の『彼氏持ち』の言葉から、わけワカメな現象は刹那だけに限られていたようだ。その言葉で―――若干のウソをつきつつ刹那は説明をする。

 

 

「イビルアイではないの?」

 

「ベラルーシの『催眠術』なんかと一緒にされるとは心外ですね、七草会長―――この眼は俗に『魔術世界』において『魔眼』と称されるものです」

 

 

 嘆息してから言葉の途中で左眼に掌を当ててから外すとそこにはルビーのように赤い眼。禍々しさと美しさの両立。正しく『宝石』の如き眼である。

 

 思わず見惚れてしまうような輝きの前に真由美は眼を外せなくなってしまう。それが呪いの類だと分かっていても―――。

 

 

「視界に収めたものの肉体を否応なく『支配下』に置く『魔術』。本来ならば受容器官としての機能だけの眼球から放たれるものですよ」

 

「うっ……少し体がだるいわ……見えない鎖か剣が刺されている気分……」

 

「すみません。なるだけ『抑えて』いたんですが―――今の魔眼は『魅了の視線』であり『束縛』の魔眼の一種です。対象の外的な行動を全て阻害する類のもの―――同意なしの『ギアス』ですね」

 

 

 再び言葉の途中で左目に掌を当てる刹那。今度は普通の眼球に変化しており、七草会長も変調を無くした。

 

 そこから刹那の説明は―――『専門的すぎるからまた今度にしましょう』と言われて、誰もが(リーナ除き)不満を漏らしたが……。

 

 

「視ただけで発動する『魔法』、今はそう思っておけばいいでしょう―――それでいいか?」

 

 

 マインドジャックされた達也としては、『精神干渉系魔法』ではないかと疑うも、よくよく考えれば、思考は正常で、動きを束縛されただけ。

 

 系統魔法、系統外魔法の『どっちともいえる』なんとも判断が着かないものだ。『不正解』に誘導されているな。と感じる。

 

 

「ああ、構わんよ。ついでに言えばこういったものは『神話』の時代からある。手始めに『ゴルゴーン』のメデューサでもネットで調べてみるといい、もしくは『バロール』でもな」

 

 

 そんな達也に対して刹那は思う。ルーンの時と同じく、その脅威を知っただけに調べるのは速かろうという思いで、ヒントを出しておく。

 

 こうしてヒントを『小出し』にすることで術中に嵌っていく。ピントをずらした結論に至らせる―――そう分かっていても達也には、そうすることでしか刹那に近づけないのだ。

 

 

「しかし『束縛』か……案外、お前は風紀委員向きだったんだな」

 

「ただの監視目的で側に置くつもりだったんですか?」

 

「それもある。古式魔法師が『速度』でも勝る現実は、結構衝撃的だったからな」

 

 

 校門前での森崎との一件は存外、多くの人々をあれこれ動かしていたようである。

 

 面倒なことだ。と思いつつも、結局―――達也と刹那の風紀委員入りが決定した。後日あれこれ呼び出しがあると言われて、今日は帰るように言われる。

 

 

「悪だくみですか?」

 

「本来ならば、委員会室の『掃除』でも―――と思ったが、まぁ今は帰っていいぞ。ここも閉めるしな。気を付けて帰れよ」

 

 

 そう言われて全員が出ていく。非公開の演武だったとはいえ、何かしら『記録装置』ぐらいはあったのかもしれない。

 

 それを持って学校の『上位』―――様々な人間達と話し合いがあるのだろう……。

 

 

 そうして、謀略渦巻く校舎から一年組と上級生組が分かれて――――校門前にていつものメンバーと合流した時点。その時点で、刹那はようやく気付いた。

 

 

「あっ、服部副会長の『眠り』を解くの忘れた」

 

「「「あっ!」」」

 

 

 演習室にいた四人が気付いてしまうとんでもない現実。

 

 しかし時間はギリギリということで、その事情を無視して十分後―――術が自然と解けたことで起き上がった服部刑部は―――。

 

 

「そんなに俺は存在感が薄いのか……」

 

 

 電気が消えてロックが掛けられた演習室。体育座りで30分ほど壁に向かって思い悩んだ後に、生徒会室に戻り―――再び誰もいないので、人の厳しさに泣くことになるのであった……。

 

 そんな風に落ち込んでいた所に現れるは、同級生の一人。剣術部の雄であり、一時のライバルでもあった。

 

「何やってるんだ服部? こんな所で?」

 

「心の友よー!! あの日の戦いからマイフレンド!! 俺はまだまだ戦える!!」

 

「……意味は少しわからないが、俺も『先輩と同級生』のことで色々なんだよ……ラーメンでも食いに行くか?」

 

 

 服部刑部少丞範蔵―――二年生の四月 若干16歳―――まだまだおセンチになってしまう年頃。

 

 剣術部のエースと食べたラーメンはちょっとばかり『しょっぱい』味がするのであった……。

 

 

 



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第19話『それぞれの過去―――その想い』

 

 とおいむかし―――とてもむかしのきおく。

 

 

 降りしきる雨。その中に聖句が呟かれる。誰もが彼女の死を悼んでいた。手には彼女から渡された『刻印』。

 

 

 故郷である冬木に埋葬されることを願ったはずだが、そのような伝手はなく、この遠いロンドンの地に―――母は埋葬された。

 

 

 急なことだったが、予想はしていたことだ。それが外れるのを願うことの無意味さを―――。

 

 

「セツナ……」

 

 

 呼び掛けられて気付き頭を下げる。その人こそが母にとってのライバルであった。日本の葬儀で言えば友人代表の挨拶も行ってくれた人だ。

 

 

「―――本日は母の葬儀に参列していただきありがとうございました。ミス・エーデルフェルト―――」

 

「いえ……ミス・トオサカ・リンは、ワタクシにとっても『親友』でしたから……ごあいさつするのは当然です。全く早すぎますわよ―――アナタとの恋の勝負にも速攻で負けて、研究で負けたくないのに……ワタクシよりも早く『母親』になって―――」

 

 

 言葉の合間合間に、嗚咽と共に涙を零すルヴィアゼリッタの姿……昔は、顔を合わせればケンカの毎日だったらしいが、最近は共同研究もしていたぐらいだ。

 

 それはもしかしたらば……母なりの遺言だったのかもしれない。けれど―――それを受け取ってしまえば……。

 

 

「リンは後事をワタクシに託していました……セツナ君、アナタのことも……こんな時に何ですが、アナタはワタクシの家に養子として入るべきです。遠縁のエーデルフェルトとして以前に、親友の、そして想い人だった人の子を放ってはおけません」

 

「正直ですね。父のことを隠していたら―――少し怒っていたかも」

 

「眼が良すぎますわ。けれど本心ですから……、ダメでしょうか?」

 

 

 それを受け取ってしまえば―――、それはまたもやの『喪失』を招く。だから―――その悲しい微笑を浮かべる親戚の申し出を断った。

 

 

「ミスバゼットと共に―――カリオンに!?」

 

「……無論、学籍は残しておきます。けれど、状況は悪くなるかもしれませんから」

 

 

 何故、そのような過酷な道を選ぶ? 喪服の令嬢にして婦人の眼が不安で揺れる。

 

 再び友人を失うような真似はしたくない―――なのに―――。

 

 

「……親戚にご迷惑をお掛けするわけにはいきません」

 

「そんなもの…!! いくらでも掛けなさい!! あなたはまだ子供なんですよ!―――それなのに―――一人で生きて行こうとするなんて……悲しいこと言わないで、シェロみたいな人生をあなたまで……」

 

 

 怒りで、『人間』として正しい怒りを持つ金色の魔術師の言葉に頭を下げるしかなくなる。だから抱きしめられた時に、ダメだ。と思えた。

 

 

「いざとなればワタクシがアナタを守ります……! もう、ワタクシの大切なお友達を逝かせたくないのですから……!!」

 

「――――ありがとう。ルヴィア義姉さん―――」

 

 

 その泣きながらの言葉を最後にエーデルフェルト家からの申し出は無くなった。しかし、過酷な少年時代の中で―――自分ひとりで生きてきたことなど無い。

 

 誰もが時計塔の権力に歯向かい、時に干戈を交えることも厭わず、自分と言う若造を守ってくれたからこそ―――最後にここに来れたのだ……。

 

 

 † † †

 

 

 眼を覚ます。悲しい夢だった。とても悲しくて何も『お返し』出来なかったことがとても―――心残りだった。

 

 だから、目の前にあった寝顔。腕枕していた金色の顔に、親戚を思い出してしまった。

 

 

 ロールを解いた姿は、あどけなさを残しつつも女性としての色香を残す寝息を立てていた。

 

 

「………」

 

 

 何となくイタズラしたい気分だったが―――やめといた。何か今日も変なことが起きそうなので、リーナを起こさないように腕を抜いてベッドから出る。

 

 一階のキッチンの冷蔵庫まで歩いていき、牛乳をコップに注ぎ―――イッキ。最初は母の真似をしていただけなのだが、自分の本格的な覚醒にもこれが必要だった。

 

 飲み干すと同時に、機械端末―――その中でもクオリティペーパーのJP版を表示するように告げる。

 

 そしてスクロールする中で興味を惹いたものをピックアップ。

 

 

(首都圏一帯を中心に動物の怪死……変な事件だな)

 

 

 だが、その詳細を知ると更に興味を惹く。それが病死や未知のヒトゲノム以外にある遺伝子性、ウイルス性の病気ならば―――、と思うも手口が完全に刹那の興味を惹いた。

 

 

(鋭利な刃物による一斉惨殺か、それ以上の『肉食獣』によって付けられたと思しき傷ねぇ……)

 

 

 虎、獅子、ワニすらも殺されている状況でそれ以上の『肉食獣』とは―――現場担当の刑事の一人『千葉寿和』なる男のコメントによると―――。

 

 

(斬撃系、振動系の術式を持つ魔法師による一斉攻撃か、まぁ当たり前だよな。それが一番、『現世』の人が『納得』のいく説明だ)

 

 

 だが、この事件―――何か『裏』がある。セツナのカンが呟くのだ。『ろくでもない奴ら』がこれをやったのだと……。

 

 

「食いかけか……」

 

 

 と呟くと階段を下りてきているヒトの声が遠くから響くように聞こえる。

 

 

『セツナー……おめざのちゅーしなくていいのー?……』

 

「いや、毎日やんなくてもよくない? というか今日の俺は風紀委員初日なのに」

 

「風紀委員が一番風紀と綱紀をみだしている……矛盾だぁ」

 

 

 寝ぼけながらもにやけるような声。二階から降りてきた眼を擦っているリーナに同じく牛乳一杯を差し出す。こうしてから二人の一日は始まる。

 

 

 物騒なニュースが世間を騒がせながらも、2人にとっては、これといって関係の無いことだった……。

 

 

 モーニングキスはミルクの味―――などと三流なポエムを考えながらではあるが。

 

 

 † † †

 

 

 本日は風紀委員の初仕事―――その内容は、いわば新入生の部活勧誘期間での抑止力。その際の熱狂とCADの使用解禁によるトラブルの防止。

 

 自己顕示欲が強い魔法師たち。ただでさえ新入生200人という枠しかない中でのパイの奪い合いは、時にとんでもないことを招く。

 

 よってその抑止力として、風紀委員は動くということだ。

 

 

「1-A 森崎駿です! よろしくお願いします!!」

 

「1-B 遠坂刹那です」

 

「1-E 司波達也です」

 

 

 初っ端に自己紹介をした体育会系らしき森崎の言葉に対して二人の自己紹介は、どこか落ち着いた雰囲気で気負いを見せないものだ。

 

 どちらがいいかは分からないし、どちらに好意的かは分からないが、とりあえず反応はそれぞれだ。

 

 

 そうして風紀委員会のローテーションやら規則などのあれこれを先輩方は先んじて知っていただけに、渡辺委員長の号令で一年三人よりも早くに動き出した。

 

 

「君たちが噂の新入生か、服部を倒した後に、連戦をするとはね……。まぁよろしく!」

 

 

 沢木碧―――一文字違えば、昔の女優兼歌手―――『女性タレント』と同じ名前の人、もちろん『男』に達也と同じく肩を叩かれて一礼すると出ていく様子。

 

 

「期待している。特に司波にはな―――。ったく、『道』なんていくらでもあるだろうに……なんでだよ……」

 

 

 少しだけ嘆くような様子を後半で見せながらも、達也に声を掛けた辰巳鋼太郎も出ていく。二人とも当然の如く先輩であり、そうしてから摩利からの説明。

 

 機械端末のレコーダー。難儀するほどではないが、達也が居てくれてよかったぁと思いつつ、何とかあれこれを終えると―――CADなり『礼装』を使っての犯罪防止をどうするかということになる。

 

 

「不正使用―――もちろん、風紀委員とはいえ全てにおいて何もかもを許されているわけではない。過剰殺傷を行えばもちろん、退学もあり得る。己が持つものの重みを再認識して使えよ―――さて、遠坂は……聞くだけ無駄な気もするが、何か『低級術』の魔道具はあるのか?」

 

「いざとなれば『眼』で止めればいいでしょうが……、まぁ―――これを」

 

「何だそれは!? シールズとの『婚約指輪』か!?」

 

「違いますよ。つーか婚約指輪が『指五本』にあるとかありえないでしょ」

 

「マクシミリアンの『10の秘指』(ソロモン)か―――」

 

 

『転送』で出したものを如何にも手品で出したように、見せるとそれぞれの反応。達也のビブリオマニアならぬキャスティアマニア(魔術礼装狂)っぷりに、半ば呆れながら―――搭載されている『術式』を簡易的に紙で見せる。

 

 

「ふむ……『黒翼』と『多種植物』ぐらいかな。それで対応できるか?」

 

「十分です。許可をいただけたこと感謝です―――で達也は?」

 

 

 昨日のシルバー・ホーンなどの『シルバーシリーズ』でも使うのかと思いきや、今日のお掃除で出た『CAD』を使うと言ってきた。

 

 死んだお袋の私室のようにモノが散乱した部屋を片付けたところで出てきたあれは―――結構なエキスパート品であった。

 

 

「これを『二つ』使う―――刹那、お前にはそれの処理をしてもらいたい」

 

「―――まぁ『酔っ払い』の介抱もおまわりの仕事か」

 

「……知っていたのか?」

 

「CADにある『感応石』―――、『鉱石』『宝石』を扱う俺の家門なりに調べてみただけだ」

 

 

 この世界に来て様々なことを調べている内に、一番に取りかかったのはやはり魔術師の礼装たるCADの基礎機能に関してだった。

 

 調べてみて、本当に調べたところ―――魔術刻印を持ち、『外界』に接続する『魔術師』にとって、それは余計な長さの『音声ケーブル』も同然であり、神秘の質が劣化すること間違いないものであった。

 

 

 だが、そこにある機能の中で面白いものがあったので、それは何となく『知らせない』方がいいだろうと思って、『秘匿』しておいた。

 

 

「ほぅ……ならば、2人には組んで事に当たってもらうかな。場合によっては単独でもいいが……しばらくは『タツとセツナ』でやってもらうか」

 

 

 どこの『あぶない刑事(デカ)』だよ。と思いつつも拘束手段や鎮圧の許可を得たことで安堵する。

 

 

「では行け―――」

 

 

 渡辺委員長の言葉で、風紀委員の部屋から出た『三人の一年生』。水と油の関係―――俺が『石鹸水』となることで二つを結びつけるには、油に偏り過ぎていた。

 

 

「はったりが得意なようだな。複数のCADを同時に使うなんてお前のような二科生に出来るわけがない」

 

「そういうのは『出来ないことが分かって』から言え―――。お前は本当に……」

 

 

 正直、内心どころか心底呆れる。教科書通りの実に『生兵法』もの―――こういう奴は真っ先に首を切るべきだ。

 

 こういうのが『街亭の戦い』における『馬謖(ばしょく)』になるのだ。誰も泣かないけど。

 

 

「お前もだ遠坂、一科のくせに、二科に擦り寄って、何がいいんだよ」

 

「ご高説結構。だが聞く耳持たんのでな。馬の耳に念仏だと思って自由にやってくれや『馬謖』くん」

 

「………ふん」

 

 

 刹那の言うところの『意味合い』を理解した辺り、頭の血の巡りが良くないわけではないようだ。

 

 これで出来なければ達也が『馬謖』になるだけだが―――。踵を返してこちらと離れて校舎外への道を辿る森崎を見てから達也に話しかける。

 

 

「んじゃ適当にぶらついて注意していくか?」

 

「そうするか。お前と一緒だとあちらからトラブルがやってきそうだしな」

 

 

 トラブルなんて無い方がいいのだが、どうしてもなるだろうと思えた。何故ならば―――そういうものだからだ。

 

 

「―――今日のニュース見たか?」

 

「視たよ。随分と物騒な事件だな。斬り捨て御免に猛獣を狙うとは」

 

 

 どんな剣豪だよ。と思うも、達也は硬い表情のままだ。

 

 

「現場の刑事、インタビューに答えていたのは、エリカの兄貴らしいが、それによると検視の結果は、同じ体格以上の猛獣の仕業らしい」

 

「……まず第一に言いたいが、刑事が私的に捜査状況を教えていいのかね? 情報漏えいが過ぎないか?」

 

「蛇の道は蛇というヤツなのだろう。まぁそれによると……力づくで捕えて、そのまま捕食だったという結果だ」

 

「監視カメラとかに映っていなかったのか?」

 

「ああ、全ての電子機器を『物理的』に壊してから丁々発止―――園内の動物たちを片っ端からだ」

 

 

 考えるに、何だかオカルト臭いものを感じる。

 

 第一、如何に魔法師が超常の力を使って『生命体』として一段階上の存在であっても獣の俊敏性には難儀するはず。

 

 特にゴリラなどの類人猿のパワーは素で人間を超えているのだ……。

 

 

「刹那はどう思う?」

 

「さぁな? 見えてくるものが無さすぎる。ただ古来より英雄や梟雄が『力』を得るために、神秘の獣類、魚類を食らうという話は多いよな」

 

 

 有名どころではケルト神話の栄光と挫折を経験せし英雄 フィン・マックールの知恵の鮭。

 

 ドルイド僧フィネガスの下で修業をしていた時に偶然―――否、必然から『全知と全治の力』を、世界の原初より生きてきた鮭を食すことで得たフィンはその力を用いて栄光へと突き進むのであった。

 

 その後の挫折と衰退も織り込まれるような形で―――。

 

 

「ともあれ―――今は、あれを何とかした方がよくないか?」

 

「……だな」

 

 

 校舎外を適当に歩いていると新入生をスカウトするべく動きが見える。壮大で盛大で―――本人の意思も無視してのことが横行する。

 

 その中に知り合い二人の姿を見る。

 

 

 達也と応答しあって、それを何とかするべく動く。

 

 

「ほのか!」「北山!」

 

 

 呼び掛けると同時に群衆にもみくちゃにされている二人を見る。一科生だと分かってか、魔法使用でやる部活が大挙している。

 

 

「達也さん!!」

 

「……むぅ」

 

 

 喜色満面になる光井とは反対に北山はものすごくむくれている。いったい俺が何をしたというのだろう。

 

 

「もうお前が呼びかければいいや。ハーレムを満喫しろ達也」

 

「刹那! 風紀委員です! 無理な勧誘及び相手の同意なしの説明は許可されていません!!」

 

「ついでに言えば自分達の部の魅力を教えたければ、口頭で説明しつつ魔法を使え!! ヨーゼフ・ゲッベルスを見習わんか!! でなければチンピラと同じだ!!」

 

 

 達也の型通りの警告の後に、刹那のかなり暴論的だが『的を射た』結論に何人かがたじろぐ。

 

 

「ぐぬぬ! 確かに我ら軽体操部とチアリーディング部は、その色香を利用したものでしか新入部員を勧誘できない!!」

 

「だからこそ、ゲスな男どもに見られていやだってのに!! つーかアンタの彼女が私達の部は一番欲しいんだ!!」

 

「あいにくながら本人は生徒会に注力していますんで―――というわけで、達也!!」

 

「ああ」

 

 

 こちらを指さしていたチアリーダーと体操選手に返してから、隙を『見計らっていた連中』を取り押さえる。

 

 間隙を縫う形で、後ろから二人を捕えるものが現れた。

 

 

「この二人は我がSSボード・バイアスロン部が、もらったああああああ!!」

 

「ははは!! まだまだ修行が足りないわね諸君!!」

 

 

 短髪の女性、ウエーブした髪を伸ばしている女性―――どちらもジャージ姿にボードに乗っているのが北山と光井を脇に抱えて走り出そうとしていた。

 

 トップスピードに乗られる前に、阿吽の呼吸で取り押さえる。

 

 

「ったく、止まれ!!」

 

「無謀な―――我ら一高OGの前に出てくるとは、どこの馬の骨だろうと―――」

 

「いや待って颯季(さつき)! その一年男子は―――」

 

 

 会話の内容に不穏なものを感じながらも準備。北山の不安そうな顔。光井の慌てた顔。

 

 

 両者を目に入れながらも―――。

 

 

「二人とも眼を閉じて俯いていろ!!」

 

「―――わかった。ほのか! 刹那の言う通りにして」

 

「えっ! う、うん!!」

 

 

 思いのほか素直にこちらの言う通りにした北山に驚きつつも、こちらも眼を一回閉じて―――、変化させた。

 

 

『魅了の視線』が、ジャージ姿のOG『萬谷(よろずや)颯季』『風祭涼歌(すずか)』を貫く。

 

 魔眼が二人を射抜き、外的行動を阻害した。同時に―――達也の奥の手が発動して、動いていたボードが止まる。

 

 

 しかし慣性力―――いちど勢いのついたものは運動エネルギーを消費するべく動くのが常だが……。

 

 

Umkehren(反転)―――Umgeben(消去)

 

 

 黒い指輪から―――羽根が二枚飛び、虚空で止まり―――『酔い』を消去して、運動エネルギーを消し去る。

 

 消し去ったエネルギーで羽根の一枚が消え去る。

 

 

 そして倒れ込もうとした二人を支えて、何とかする。万が一に備えて、桜の花弁のシートを用意させたが達也とお互いに四人の無事を確認した。

 

 

「ぐぬぬ。何が何だか分からないが、完全に止められた形! だがこんなイケメンに抱きとめられるならば―――我が生涯に一片の悔いなし!!」

 

「達也さん、私も抱き留めて! 一生涯の願い!!」

 

 

 やっすい生涯だなー。などと思いながらも光井を拘束した短髪の女を確保した達也は、光井を立たせてから無事を確認する。

 

 

「で、あんたも大丈夫なのか?」

 

「ええ、問題ないわ。それにしても……私ってば同性にしか興味持てないはずだったのに、妙に惹かれるわ遠坂くんには」

 

「女ったらし」

 

 

 絶対違う。と北山に反論する前にとりあえず二人を立たせると、向こうからボードに乗ってやってくる渡辺委員長と短髪の女子、恐らくこの人がバイアスロン部の責任者なのだろう。

 

 

「わっ! 遠坂君と司波君だ!! そして報告通りの萬谷先輩と風祭先輩……どう言う状況なんですか摩利さん?」

 

「私にも分からんが、とりあえずお手柄だ。そして部外者が一高に入って来るな!!」

 

 

 かくして一高OGという二人の女子はしょっ引かれることになる。泣きっ面に蜂とはこのことだろうか。と思っていると、バイアスロン部の部長が迷惑掛けたことを謝罪しつつ自己紹介をしていく。

 

 

「どうもはじめまして、五十嵐亜美(つぐみ)です。現在、SSボード・バイアスロン部の部長を務めさせていただいてます。先輩たちが迷惑かけてごめんね」 

 

 

 五十嵐―――という苗字でもう関係者である自分はどこかに行きたかったが、とりあえずあれこれの調書やら何やらのためで、この場に残ることに―――同時に、五十嵐部長からSSボード・バイアスロンの説明を聞くことになる。

 

 感心しきりの北山。それに対して、少し怪訝な顔をする光井。何がなんやら―――と思っていると説明をしてくれる。

 

 

「さっきの風祭っていう先輩は私と同じ『エレメンツ』の家系でね。何というかあの人の『風』ならば、この部活は合うだろうけど、私の光じゃ…少しね」

 

 

 エレメンツというのは、2010年から2020年代にかけて作られた魔法師の一種であり、いわゆるファンタジーないし、アルケーの四大、錬金術の四大元素、東洋にある五行思想。

 

 それらを細分化して、「地」「水」「火」「風」「光」「雷」―――この六種に関わる『魔法』を作り出していこうとしていたものである。

 

 現在の『四系統』『八種』の区分けが成立するまでは、この『元素属性』『自然属性』に関わるものが主流だったらしい。

 

 ちなみに、この頃の魔法師にはある種の『服従遺伝子』が組み込まれているらしく―――光井の好意が達也に向けられているのも、あの時ガルゲンメンラインから身を挺して庇ったからかもしれない。

 

 

「ふむ。だが北山は興味持っているぞ。このままだとお前も入る流れだな」

 

「と、止めてくれないの!?」

 

 

 止める義理はないだろうが、冷たいと思われていてもいいが、それが本人の意思ならば―――しょうがない。

 

 そして意外と五十嵐の姉は話し上手のようだ。弟の方はあんななのに―――。

 

 

「好きな女の子の前では萎縮するタイプなんだろうな。影からみつめる日陰の女ならぬ日陰の男」

 

「それは、ストーカーじゃないか?」

 

「……まぁ、お前ががっちり、リーナを抱き締めているならば、ただの横恋慕だな」

 

 

 達也もまたにべもない結論だった。だが、姉の方は弟の恋に関してはノータッチらしく手を振って『遠慮せずやってしまえ!』と言わんばかりの顔だった。

 

 新入生をゲットすることに執心の五十嵐部長を後にして―――そろそろ行こうかと思っていた矢先。

 

 

「それじゃ―――魔法怪盗プリズマキッドみたいなことも出来るんですね?」

 

 

 北山から出たその言葉に戦慄する。何せ五十嵐部長の説明を聞きながら―――こちらに視線をやっているのだから……。

 

 

「えっ!? 北山さんは、キッドを見たことがあるの!?」

 

「あります。あれは一、二年前のことです……」

 

 

 そうして北山雫が語るところ、その頃に父親の仕事の関係で出張兼家族旅行を満喫していた時、反魔法主義団体―――USNAにある一つの団体が北山の親父さんや社員さんたちもろともに、自分達も拘束したとのこと。

 

 無論、北山も北山の母親も魔法師―――小銃向けて脅しつけているような輩、例えCADを取り上げられていたとしても、だが……敵方が『セファールの石』…俗に『アンティナイト』を用いたキャストジャミングを仕掛けてきたことで魔法師は無力化され……。

 

 

「もうダメだと思って……お父さんが『魔法師に協力する背約者』と糾弾されて……代表として殺されそうになった時に……『彼』が現れたんです」

 

 

 うん、だからオレを見るな北山。ようやく思い出してきたところだが、あの時あの中にいたようだ。そしてその助けた代表。日本でもメジャーな財閥の主『北山潮』氏が父親だと知れる。

 

 人質救出作戦。しかも囚われたのが、そういったVIPであり、並大抵の連中では突破できぬ対抗魔術陣を前にして、刹那とリーナが救出部隊に選ばれた。

 

 

 位置情報を割り出し、最初にやったのは―――水銀の使い魔による人質安堵であった。

 

 

 高層ビルまるごとを占拠出来ていたわけではないので、あるところから水銀の使い魔を流し込み建物の外から遠隔で操作。

 

 人質を円状にまとめた上で付かず離れずの距離を銃で脅しつけている。基本通りすぎたことで―――階下から伸びてきた水銀のヴェール。

 

 

 床を切り裂いた鈍色のそれ()が、人質と反魔法テロリストたちを分けた。

 

 

「その後に水銀でお父さんや私達を防御した上で、鎧袖一触と言わんばかりに手から魔弾を放ちまくって、火、氷、雷、風らしきものでテロリストを黙らせていったんです。峰撃ちなのに次から次へとボード以上のスピードで動き回って、そのせいでテロリスト以上にフロアをボロボロにしていたけど」

 

「あれはプラズマリーナ(相棒)が、ムスペルスヘイムなんて使うからだ! 水銀防御が間に合わなかったらマジで危なかったんだ……」

 

「……詳しいね刹那?」

 

「――――ネットで見たからな。知っているだろ。あの事件の顛末が流れたのは」

 

 

 思わず『弁明』してしまったが、あちらもどっからか『屋内機動甲装』―――つまりロボット兵器を二十体も出してきたのだ。

 

 正直、リーナの判断は間違いなかったが、水銀圧に魔力をこめなきゃ危なかった。あの時のことを思い出して、髪を掻く。

 

 

「ともあれ、『ここでの一件は内密に! 君達はUSNA軍に助けられたということで通してくれ!!』『我ら魔法の『必殺仕事人』! お地蔵さんの前に置く依頼料の代わりに、この石だけで十分なので!!』―――と言ってアンティナイトをガメてから出て行ったよ。『飛行魔法』で」

 

「へぇー、すごいなぁ。それじゃプリズマキッドに近づくためにも―――」

 

「はい。とりあえず見学させてください」

 

 

 五十嵐先輩の誘導的な勧誘に対して結果は分かりきっている。光井もそれに付き合うことになりそうだ。

 

 しかし光井の関心事はそこではなかったようだ。

 

 

「それにしても四つ以上のエレメントを操るなんて、やっぱりキッドってエレメンツの末裔なのかなぁ……?」

 

「分からない。けれど―――ものすごくカッコいいことだけは間違いないよ。そしてプラズマリーナとは……ラヴラヴ?」

 

「なんで俺に聞くんだよ? 達也、行こう」

 

 

 あの頃の自分を掘り下げてくる北山に正直、辟易して、それを突き放すことしか出来ない。

 

 自分の秘密を知られたからではない。つまりは―――プリズマキッドは……もう『なれない』のだから、『悲しみ』が生まれるのだ。

 

 

「ああ。それじゃ渡辺委員長お願いします」

 

 

 こうして駄弁っている内に、勧誘は静かなものになっている。チアリーダーたちも普通に勧誘している。チアダンやってこその部活勧誘なのだ。

 

 ここでの自分達の役目は終わっている。少しだけ光井と北山の非難がましい視線を浴びながらも……。

 

 

「お前たちは第二小体育館に回ってくれ。剣術部と剣道部の演習とで何か起こりそうだ」

 

 

 つまりはトラブルの匂いがするということだ。ならば、時間をずらすなり間に違う部活動を挟めばいいのに。

 

 端末に表示されたプログラムの順番からそれを推測する。

 

 

 走り抜けながら、達也と会話する。

 

 

「よくないぞ。さっきのは」

 

「柴田に視られるのを嫌がったお前に言われるとは思わなかった」

 

「それを出されるとな。けれど、プリズマキッドもプラズマリーナも―――、『特に関係ないんだろ』?」

 

 

 こんな風にばれてしまうんだから、本当に嫌な話だった。しかし。確証はないだろう。なんせネットで出回っている画像はめちゃくちゃ手を施したものだ。

 

 如何に達也が技術者として優秀だとしても『霊子ハック』で完全に隠蔽をほどこしたものを元の形には戻せない。

 

 

「ああ、見たことはあるし、ファンみたいなものだが、本質的にはただの愉快犯だよ」

 

「そうか―――現代に出たアルセーヌ・ルパン。国際魔法犯罪者番号1412の殴り書きから読まれた名前―――本人も名乗っているしな」

 

 

 迷惑な話だ。バランス大佐にはああ言ったが、マジで広まるとは思っていなかった。

 

 それだけに……『セファールの石』集めの過程で戦いまくった結果が名を広める。同時に財閥のお嬢にも知られた。

 

 

 いま、考えるべきことでないと分かっていても……。何だか―――悲しさもあるのだ。

 

 

『心配するな! しばしの別れだ!! いずれキミ達の元に私は戻って来るよ!! それまで―――待っているんだよ。マイマスター・セツナ』

 

 

 この世界に来たことで失ってしまったものを考えてしまうのだから……仕方ない。物言わぬ『魔術礼装』。ただの便利な『魔法の杖』になったものは、今も持ち歩いている。

 

 

 いずれ―――『再会』の時が来る時まで――――…プリズマキッドは封印されたのだ。

 

 



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第20話『異変の前兆』

 第二小体育館。渡辺摩利に促されて赴いた場所では、胴着と防具を着けた剣士たちが威勢のいい掛け声と共に、打ち合いを行っていた。

 

 いい気迫。そしていい心構え―――何となく『実家』を思い出す。

 

 

 藤村おばちゃん―――とでも呼ばなきゃ怒る人と、その息子、刹那にとって『兄貴』とでも言うべき人間を思い出す。

 

 

(日本にいれば違ったのかな……)

 

 

 自分が母から離れて冬木に居を戻して一人、自主独立で動き―――『衛宮』として生きていれば、『遠坂刹那』としての運命は無かったのではないか。

 

 たら・ればを考える。それこそが遠坂の『命題』ではあるが、どうしても、もう少し無かったのかと思う。

 

 

「随分と寂しげに見るんだな」

 

「まぁ色々と思う所はあるんでな。つーか男の横顔なんてマジマジと見るな。あっちを見ておけ」

 

 

 観戦エリアの縁に手を乗せて見ていた刹那。身を乗り出さんばかりに試合を見ているエリカ。対称的な様子だったか。

 

 そう思いつつ、剣道場がある実家のことを思い出していたことは悟られたくない。手を振って気にするなとしたが、達也は構わず話しかけてくる。

 

 

「色々な講釈が終わったからな。お前はどう思う?」

 

「何が?」

 

「剣術と剣道の違いだ」

 

「どこぞの人斬り抜刀斎とおんなじだろ。ただ一点―――違う点があるとすれば、『心構え』かな」

 

 

 刹那の言葉にエリカが反応して耳を大きくしたが、その前に階下で騒ぎが起こる。

 

 剣道部―――すなわち剣の道を説く部を押し退けるように剣による制圧術を教える部がケンカを吹っ掛けてきた。

 

 こういった対立は時計塔でもあり得た話だ。その都度、お互いに魔術戦争を行うこともあり得る。自分も『第一原則執行局』の査問を何度も受けることあった。

 

 

「どうする?」

 

「まだ部活間の対立だ。介入するほどでもないだろう」

 

 

 にべもない結論だが、その『在り方』が違うというならば恐らく対立は免れない。

 

 ここから聞いている限りではどう考えても剣術部の方が悪いが、この対立を前にして『両部長』が出てきていないのが気にかかる。

 

 

(……あの人か?)

 

 

 胴着を着ているが防具を着けていない眼鏡を掛けている男子生徒。その争いを横から見ているだけなのが気になる。

 

 

「剣術部の部長ってのはいないのか?」

 

「この場にはいないんだろうな。あの桐原とかいう二年生が責任者だろう」

 

「確か部長は『杉田』って人だったと思うわ。剣道でもトップランクだから確かどこかに海外遠征中だって話だと思うけど」

 

 

 海外遠征。それはつまり国の代表にもなれる類の人間ということらしい。剣道の国際大会は2090年代でも廃れていない。

 

 同時に、警察機構においても剣道は対人制圧の為に学んでおくことに越したことはないものらしい。

 

 

「ウチの兄貴が、杉田さんには早く『大学』を卒業してもらいたいとか言っていたわ」

 

「キャリア組かよ……別にいいけど」

 

 

 エリカの言葉に感想を述べて、とにもかくにも三年生の『杉田』部長がいない以上、如何に二科生主体とは言え剣道部の責任者たるあのメガネ部長がなんとかせにゃならんと思うのだが……。

 

 

「出番は近い。準備しておけ」

 

「ああ」

 

 

 予感・予言―――どちらでもいいが、ことの顛末を見るべく観戦する。見て、どちらに過失が働くかである。

 

 

 剣術部の二年生。桐原と言い争っていた『壬生紗耶香』という女生徒が最終的に桐原に戦いを申し込む。

 

 門下生をバカにされてこそ起こる剣士としての誇りなのかもしれない……そして、ポニーテールは振り向かずに竹刀を構える。

 

 そして桐原という二年生も構える。しかし―――何というかポニーテールの方が気にかかる。

 

 

(……あの魔力、なんだ? 澱んでいるが『正しく』動いている)

 

 

 桐原の方も『それ』を見たのか、苦衷の表情をしていた。視た刹那は即座に『霊視』を発揮してみておく。

 

 

「―――霊体『五』、瘴気が『三』に……得物が『二』か」

 

「刹那?」

 

「お前も『眼』を持っているならば壬生先輩の方を注視しておいた方がいい」

 

 

 こちらの呟きに反応した達也に言ってから、激突が始まる―――その攻撃はどちらも苛烈なものだ。

 

 足さばき一つとっても俊敏で、受けての防御が攻撃に代わり、剣の軌道を封じたいなしが攻撃に代わり、攻撃もまたそのまま相手のカウンターを防御に回す軌道に変わる。

 

 水飛沫のような輝線が走る度に、刃がぶつかり合う音が響く。

 

 

「へぇ……なんていうか意外だわ」

 

「なんで?」

 

「あの壬生紗耶香っていう人は女子の全国二位の実力者だったんだけど、何ていうかこんな『荒々しい剣』じゃなかったのよね。もっと相手の陥穽を突くような。はっ、とするような静やかな―――喉元に突きつけるような剣だったのよね」

 

 

「戦国剣聖『塚原卜伝』から暗殺剣豪『岡田以蔵』にクラスチェンジってところかな?」

 

 

「上手い表現よ刹那君。確かにあの人の剣は『一之太刀』(ひとつのたち)にも似たものだったんだけどね……なんか印象が変わるわ」

 

 

 エリカの言葉通り、誰もが息を呑むほどに苛烈な剣だ。それを見て―――笑みを浮かべる眼鏡部長。学内ネットで調べてみた(検索者:達也)が、司 甲(つかさ きのえ)という人らしい。

 

 古式の陰陽師らしき名前だ。司という姓も本来は『鷹司』(たかつかさ)から来ているのかもしれない……。

 

 

「―――決まる」

 

 

 エリカの言葉で再度注意を向けると、終始面打ちを嫌っていた桐原先輩に突きが決まる。同時に伸びきっているがゆえにか、壬生先輩に対する小手は浅くなる。

 

 

「すげぇな……けれど、お前―――これが……だったらば壬生! 今度は魔法有りだ!! 俺の土俵に上がる気はあるか!?」

 

 

 嘆きと悲しみのような言葉の後に再びの挑発……支離滅裂に見えて、望むことが何となく分かった。

 

 一瞬、こちらを見た『桐原武明』の眼―――なぜだか知らないが、こちらを見ていた。

 

 

「なんだろうな? お前はどう見た?」

 

「―――『あとは頼む』って顔かな?」

 

「同感だ」

 

「???」

 

 

 男二人の分かってる会話にエリカはついていけない。しかし、今度は魔法―――桐原の使った魔法が高周波を周りに撒き散らして―――。

 

 

「―――Die Glocken läuten(音響鐘楼)

 

 

 周りの人間に変調をさせないように魔法式から放たれる高周波を打ち消した。もっとも相対する壬生先輩あたりには、ガラスを引っ掻くような音が響いているかもしれない。

 

 

「あ、あれ? 耳鳴りが無い?」

 

「やれやれ……お前は―――あれは殺傷性ランクが高い魔法だ。あんなものを使って壬生先輩は―――」

 

 

 呆れるような達也の言葉の後に繋がる言葉は、『勝てるかもしれない』。そんな予感がするほどに壬生先輩の剣腕は凄すぎる。

 

 

(憑依剣術か?)

 

 

「ほぅ。なかなかに気が利く輩がいるようだな。けれど壬生―――お前は、この魔法剣の威力を察しているだろう?」

 

「ええ、高周波ブレード。振動系・近接戦闘用魔法―――さっきから耳鳴りがして耳が酷いわ。あなたの挑発の言葉と同様にね」

 

「……ああ、本当にな―――だが!! お前も使わなければ終わるだけだ!! 出せ!! お前の剣を!! 俺を打ち崩せよ!!」

 

 

 その言葉で注視すべきは、壬生先輩の視線―――見たのは桐原ではなく、司部長。色のある視線ではないが……。何かの許可が下りないかというものだ。

 

 

「悪いけどね。CADを持たないのが剣道部の矜持なのよ!!」

 

「……そうかよぉ!!!」

 

 

 泣きそうな顔をしながらも、剣を翳す桐原武明―――その前に二つの影が飛んだ。桐原の間に割り込んだ方は、腕を交差させてCADを発動。放たれる揺れ―――消え去る高周波ブレードの術式。

 

 あのバイアスロン部の連中を止めたのと同じく、揺れる世界。そして術式をキャンセルされた桐原先輩が―――『こりゃ服部も負けるわ』と諦観の想いで言葉と同時に眼を閉じていたのを見て聞いた。

 

 

「とりあえず―――今やったことは撮影済み。ついでに言えば、得物は取り上げさせてもらいます」

 

「わ、私もなの!? というかいつの間に―――風紀委員? しかも二科生なのに」

 

 

 刹那によって取り上げられていた得物二つ。達也の方に驚く壬生先輩に対して取り押さえられることもなく床に正座をして―――まるで切腹をするかのような姿勢となる桐原先輩。

 

 

「風紀委員会にでも部活連にでも連れて行け。俺は逃げも隠れもせん」

 

「潔いですが、ならばなぜこんな真似を?」

 

「……俺の汚さは壬生の汚さとして見せたかった。それだけだ……」

 

 

 その言葉に壬生先輩は、胴着を握りしめる。何か思う所はあるようだが、なんであるかは分からない。

 

 

「別に俺たちは警察官ではないですが、事情ぐらいは聞かせてもらいたいですね。吐き出したい事があるならばどうぞ」

 

 

 意外にも温情を見せる達也。あぶないデカから『はぐれ刑事純情派』に変わっている。シバさん……!!

 

 

「……部外者の意見だが、最近の剣道部が『変』なんだよ。だから、俺の醜い姿で、本来の『剣の道』を思い出してほしかったんだ……」

 

「変とは?」

 

「それは―――」

 

「ふざけるなぁ!! ウィードが風紀委員!? しかも桐原だけを捕まえるだと!?」

 

 

 重大な事件の証言を遮るかのように猛る『剣術部』の連中。タイミングが良すぎる。

 

 

「早く連絡しろ司波、遠坂」

 

「こちら、第二小体育館。逮捕者一名。意識ははっきりしていますが、『肩』を負傷しているようなので念のため担架を」

 

 

 急かされるまでもなく、部活連本部に連絡した達也。だが、収まらないのが剣術部の連中。刹那は視線で制しながら、『扇動者』(ゲッベルス)を探す。

 

 

「おい! どういうことだ!?」

 

「逮捕理由は魔法の不適正使用。同時に、本人が罪状を認めているので、これ以上は部活連に預ける事案です」

 

「……だとしても、何で桐原だけだ!? 挑発したのは両者同じだろうが……」

 

 

 これが達也ならばさらに反感を買っただろうが、校門前での一件を知り、自分が一科生であることで少しばかり対応が強気でいられない剣術部の言葉。

 

 

「ごもっともですが、まぁ最後まで魔法を使わず剣の勝負に徹した壬生先輩の勝ちということで収められないんですか? 剣士というのはそういうものだと思いますよ? 最後まで己を曲げない方に義道は正される。天意は示される」

 

 

 こういうのは、最初に主義主張を曲げた方に、黒星がつく。『目的』があったとはいえ悔しいのか苦笑をする桐原先輩。

 

 だが最後には刹那の言葉でも収まらない剣術部。主張は過激さを増していく。

 

 

「ふざけるな! 桐原を熨した程度でいい気になるなよ!! これは俺たち剣術部の矜持の問題だ!! 何が天意だ!! そんなもの俺たちの手で崩してくれる!!」

 

「お前らっ!! 俺の気持ちを無視して、何してくれてんだっ! 俺は負けたんだよ!! 黙ってやがれ!!」

 

「お前こそ黙れ!! 剣術部の恥さらしの面汚しがっ! 剣道部に擦り寄って何が剣の道だ!? 敵を容赦なく倒す『実践剣術』こそが俺たちの進むべき道なんだよ!!」

 

「あ、朝倉……テメェ、そこまで!? 杉田先輩の『抑え』が無ければ、お前たちは……!?」

 

 

 激しい言葉の応酬。そして『剣術部』という括りだけでも色々いるのだなぁと思い、朝倉と呼ばれた目つきの悪い男を『ゲッベルス』の一号としておく。

 

 嘆くような桐原先輩は遂に立ち上がり―――、竹刀を取ろうとしたが―――。

 

 

「ッ!!」

 

「やめといた方がいい。肩痛いでしょ?」

 

「ああ……骨に響く『最上の一撃』であり、『最高の一撃』だった……」

 

「あの時の突きで!? 何で……?」

 

 

 力なく竹刀を落とす桐原武明。だが構わず向かってこようとする剣術部。どうやら、ここでの失態を隠すために―――暴行しての口封じを敢行するつもりのようだ。

 

 無論、桐原先輩も、壬生先輩も同様に―――。

 

 

(なんて短慮だよ)

 

 

 全員が同調しているわけではないが、五人ほど―――体格からして二年生だろう人が、首謀者だと気付く。

 

 

「刹那、やりすぎるなよ」

 

「お互い様だね」

 

 

 動き出した全員で包囲していくつもりか、剣術部の連中はまずは―――体で挑もうとする。丸腰の相手に竹刀を使うのは気が引けたか、それとも使えば負けだと思ったか―――。

 

 どちらかは分からないが、体格で圧そうとするのを―――。『視線』で射抜く。

 

 

「ごっ……い、な―――」

 

「頭が割れ、いたいた!―――」

 

「ああっ! み、みえる!! 偉大なる慈悲深き外なる――」

 

 

 言葉の程で相手の『抗魔力』が分かる。胸を掻きむしり、頭を抑える人間三人。……若干、変なものに『接続』した人間もいるようだが。

 

 ともあれ刹那の魔眼に囚われた六人に対して、最後に眼を『緑』から『真紅』へと変化させることで意識を刈り取る。

 

 

 視線一つだけで崩れ落ちる六人を前にして、一人―――朝倉とかいうのが叫ぶ。

 

 

「―――馬鹿な!? CADも無しに!! 何をした!?」

 

「タネを教える奴はいません。俺の持つ『魔法』なんで、それで皆さんはどんな『まほー』を見せてくれるんですか?」

 

 

 言い方で完全に挑発されたことで、全員がCADを構えて起動式を発動させるが、その機会を待っていた達也が、再びの『CAD』交差の術―――。

 

 一斉に砕ける起動式が病葉の如くであり、放たれる波動で全員が立ちくらみを覚えているその現実を前にして、遂に竹刀を持とうとしたが―――そこで今まで黙っていた人が動いた。

 

 

「そこまでにしとけ」

 

「つ、司先輩―――!?」

 

 

 いつの間に、一瞬分からない超速で動いたと思しき速度で朝倉なる男の首元に『杖』を突きつける司甲の姿。

 

 完全に眼を離していたが速度を上回ったものがある。何だこいつは―――?。何か変な感覚を覚えるも、司甲は口を開き続ける。

 

 

「これ以上、恥の上塗りをしては、実践剣術の名が廃るのではないかな朝倉、海外遠征中の杉田に知れたら君はどうなるか?」

 

「………」

 

「お前たち剣術部は『剣道部』に負けたのではなく、二科と一科の一年生に負けたんだ。今は現実を受け入れておけ。あとは―――『こっちの人』に弁明しろ」

 

 

 そう言って司甲が示した先、体育館の入り口には―――『人のような巌』(アイアンゴーレム)―――いや逆だ。『巌のような人』(ブロンズタロス)がいた。

 

 

「「「じゅ、十文字会頭!?」」」

 

「海外遠征中で杉田が不在だから心配だったと言っていたが……的中だったな。全員、このまま部活連に連行する。沢木、辰巳頼む」

 

 

 デカい。容赦なくデカい人の重い言葉が、広い体育館全体に響くように伝わる。そして剣術部どころかこの場にいる全員に動揺が走った。

 

 同時に、風紀委員のチームが、剣道部を拘束する。どうやら拘束術式を使う辺り、事態は深刻さを持っていたようだ。

 

 

「……お前もだ。『芝居』が過ぎたな。司、世話をかけた」

 

「なんの。剣術部も同じ剣を目指し、志すもの。温情ある処置を頼むよ」

 

 

 桐原先輩に声を掛けたあとに同級生に掛けた十文字会頭。

 

 それに対して笑顔で答える司主将は嘘くさい言葉だ。しかし、決して本心が含まれていないわけではないだろう。

 

 

 そんな風に桐原先輩を保健室に連れて行くことにした十文字会頭の視線が、達也と刹那を貫く。

 

 怒っている風でもなく、微笑んでる風でもない。荒野の風雪に刻まれた巌に宿った精霊が見ている。そんなイメージ、カチーナの一柱を思い浮かべつつ頭を下げておく。

 

 

「……壬生、司主将! あんたたちのやっていることは、本当に『意味』のあることなのかよ!?……。俺は、そんなことは止めてほしい……」

 

「行くぞ」

 

 

 脇に捕まえられながらも、叫んだ桐原を黙らせるかのように、足早に去っていく十文字会頭。色々とあれこれあったが、結局―――剣術部の全員がしょっ引かれたことで何となく場の空気が停滞。

 

 

「―――さっ! 剣術部には悪いが、彼らの時間もいただいて、俺たちの勧誘を続けよう!!!」

 

 

 空気を撹拌するように手を叩いて、部員たちに気を付けさせる司主将―――、その言葉に誰もが眼を輝かせる。

 

 先程まで桐原先輩を気遣っていた壬生先輩もだ。誰もが唱和して同意をする様子。

 

 

 そうしてから、こちらにも声を掛けてくるのが司甲という男だ。

 

 

「司波くんに、遠坂くんだったか。すまないな。色々と迷惑かけて、ご覧の通り情けない男でね。剣の腕では壬生はおろか桐原には遠く及ばなくて怖くて仕方が無かったんだよ」

 

「そのわりには、随分と出るタイミングが、最高だった気がしますが」

 

「十文字が来てくれたからね。まぁ後ろ盾があれば、おもいきったことが出来る……それだけだ」

 

 

 髪を掻いて苦笑いする情けない男。という感想を額面どおりに出せば、この男の思うつぼだろうが―――。

 

 

「自分達はまだ職務中ですので、これで失礼させていただきます。いくぞ刹那」

 

「了解。では失礼します」

 

 

 話を強引に打ち切った達也。何かまだあったかもしれないが、深く頭を下げられてはどうしようもなくなる司甲を置き去りに第二小体育館を出ることにする。

 

 

 それに付いてくるエリカを後ろに見て、合流するその前に確認しあう。

 

 

「―――『色』は?」

 

「限りなく『黒』に近い『灰色』だな。俺の勝手な印象だが」

 

 

 達也の出した結論に全くの同意を示しておきながら、また面倒なことになりそうだと思うぐらいにあの『杖』はとんでもない器物だったからだ。

 

 

(ほとんど『宝具』の域だよな)

 

 

 なんでそんなものを彼のような人間が持っているのか少しだけ疑問を持ちながらも、体育館の外で起こりつつある乱痴気騒ぎを止めるべく動き出すのだった。

 

 

 

 † † † † †

 

 

「というわけで、現在は確証があるとは言いきれません」

 

『ふむ。『四葉』の関係者であるという確証は得ているが、それ以上は無理か』

 

「ええ、件の戦略級魔法師かどうかまでは、正直―――」

 

 

 リーナと一緒にモニター前に立ちながら報告を挙げる。画面の向こうのバランス大佐は考え込むも、どうにも歯切れが悪い。

 

 

『まぁそっちはついでだからな。問題は―――』

 

「親米的な魔法師勢力の構築ですね?」

 

『ああ、シリウス少佐のアイドル性ならば、簡単に作れると思い、セイエイ大尉の甘いマスクで女生徒を絆せると思ったんだがなぁ…』

 

 

 リーナの言葉に再び歯切れの悪い言葉。そんなすぐさま出来るわけがない上に、リーナと同等以上のアイドル性を持っている人間がいたのだから仕方ない。

 

 ただ深雪は深雪で兄貴以外の男に見向きもしないので、場合によってはその地位から降りてしまうのかもしれない。

 

 

「けれど、そんな『偶像崇拝』で出来た信頼なんてすぐ崩れますよ? 2010年代のベネズエラのチャビスモ(チャベス主義)が、後のベネズエラ―――否、南米全体にどれだけのダメージを及ぼしたと思っているんですか」

 

『全く以てその通りだ……まぁぶつかり合うことで深く結びつく友情もあるか……。うん、そこはもはや心配しないことにした。どうせお前たちは最上以上の結果を齎す―――それ(奇跡)を私は見てきたからな』

 

 

 こっ恥ずかしいやら何やらな表情で色々と思い出すは、『色々なこと』であった。それを赤い顔をしているリーナと共に忘却しながらも咳払いして『本題』を急かす。

 

 

「それで緊急の通信だなんてどうしたんですか?」

 

『本題が遅くなって申し訳ないな。実を言うと、最近―――東京近郊がキナ臭い』

 

 

 そういってバランスが言ってきた内容は今朝に見たニュースの内容とも合致する。

 

 だが、何故に反魔法師団体が、そこを使うのか。それが分からない。

 

 

『毒を以て毒を制す。そういうことなのだろうな……ともあれ、アウトサイダーの一件になりかねない。そして雷帝の時と同じく、だ』

 

 

 USNA―――スターズにしか通じない『符丁』を用いての言葉に緊張を隠せない。

 

 敵が『獣』である可能性もあるのだ。

 

 

「連中は上手く隠れますからね」

 

「同感よ。あの時は『シスター』(修道女)に成りすましていたわ……」

 

『ああ、だからこそ……今は動かずに『待て』。奴ら相手に能動的に動けば簡単に懐に入り込まれる。動くとき、引き金を引くときは己の『眼』で見極めろ―――シリウス、ムーン』

 

 

 その言葉に敬礼。軍人さんとしてはまだまだだろうが、それなりに板に付いてきたかな。と思いつつ、長距離通信が終わりモニターを消してリビングで一息突く。

 

 

「しかし、タツヤには驚いたわね。セツナと同じ結論を見つけていたのだから、技師としてもうやっていけるんじゃないかしら?」

 

「というより、もう技師としてやっているのかもな。それとなく聞いたが、あいつの親父さんってFLTの社員らしいからな」

 

 

 それは達也なりの偽装工作。完全なウソではないが、真実を一片混ざらせておくことで、自分の正体を隠しておく。

 

 シルバー・ホーンの出元が『オヤジのコネで手に入れた』などと言えば、大体の人間は、それで納得する。しかし刹那はそうは見ない。

 

 

 確かに、父親が魔法師御用達の超有名企業の社員であれば―――それを納得するが、ならばそれだけの『技術力』をどこで養ったか。

 

 豆腐屋の息子だからと何の訓練も無しに豆腐作りが出来るわけではない。

 

 歌舞伎の家に生まれたからと、最初から芸人としてやっていけるわけではない。

 

 

「つまりタツヤが、トーラス・シルバーだと見ているの?」

 

「それどころか大佐には言わなかったが、あいつが件の戦略級魔法師だと俺は見ているよ。君のヘビ・メタの開発状況を考えてみろよ?」

 

 

 稀代の天才アビゲイル・スチューアットによって開発された「戦術級魔法 メタル・バースト」、それがアンジェリーナ・クドウ・シールズという術者を得たことで飛躍的に、威力と『上限』を伸ばし、汎用性を高めた。

 

 

「確かに達也の魔法能力は、どちらかと言えば『一点突破』型なんだろうが……魔力量を考えれば、そんなことは些事だ」

 

「というと?」

 

「君と俺の『眼』で見た限りでは奴の魔術特性はやはり『分解』と『再生』―――。起動式の読み取りとあいつが『こそこそ』サイオン弾に紛れて放っていたルーンを突破できない分解魔法でそれは分かった」

 

 

 最後には『元素レベルの分子』に分解する魔法を肩口に向けていたことで、『スターマイン』を放ちそうになった。本当に、命の危険を感じるほどだったのだが―――、聖骸布のコートを巻けば対処可能だろう。

 

 物質世界(マテリアル)から遮断された『世界側』に、この世界の『一般的な魔法』は作用できない。そういう法則であり『解答』を刹那は得ていた。

 

 

「奴の『分解魔法』と『再生魔法』を究極的に想像出来る限り伸ばしていけば自ずと分かるものがある。そして『再生』させるものが違えば―――」

 

「分解した『物質』を全て『エネルギー』に『最成』していく……!!」

 

 

 リーナが気付いた事実にピンポーンという意味で指で銃を作って撃ちだすジェスチャー。

 

 

「恐ろしい限りだ。10しかない物質量から千でも万でも、億にも匹敵するエネルギーを精製できる―――等価交換の原則を軽くぶっちぎっているぞ」

 

 

 もっとも刹那とてこの推測は少し外れており、流石に分解する質量が大きければその分のエネルギー精製も出来る。

 

 流石に10の物質量からでは、千単位が限界であると言うのが現実である……敵を大きく見過ぎているというのも一つの難点だった。

 

 

「沖縄海戦で何を使って発動させたかは分からないが、高速巡洋艦2隻、駆逐艦4隻の艦隊を跡形もなく消し去ったんだ。その威力は恐ろしいね」

 

「ワタシのヘヴィ・メタル・バーストとどっちが上かしら?」

 

「難しいな。ただ『剣』を使えばリーナの方が上じゃないかな。あとは―――あんまり見たくないね。達也がそんな呆気なく人命を奪う所は……」

 

「……ワタシと同じくらい?」

 

「ああ、甘っちょろいとは思うよ……」

 

 

 変な話だが―――達也のあのどこか『機械』じみた所は、刹那の父親に似ていた。

 

 父は祖父からの『呪い』で、そう生きてきたが……アイツは、『誰か』の『呪い』でも掛けられているようで、正直見ていられない。

 

 

「他人事というには深く関わりすぎてしまったな……だから、俺は俺のやりたいようにやるよ」

 

「―――迷惑だなんて思わないから、私も遠慮なく巻き込みなさいよ」

 

 

 決意を秘めて言うとソファーを揺らしながら、こちらに更に接近してきたリーナ。

 

 刹那の『両手』を握りしめて、見つめるブルーアイズ、その唇が紡ぐ言葉はいつも自分に重大な決心をさせてきた。

 

 

「あなたの『お父さん』『お母さん』に、いい嫁だって思ってもらうためにも、あなたの人生に巻き込んで」

 

「リーナ……ありがとう」

 

どういたしまして(Not at all)♪ それじゃ―――何だかイヤな空気がしているから備えて礼装の調整しましょ?」

 

 

 そういって急かすリーナ。確かに機械技術が苦手ではあったがアビーとオニキスの指導の元、流石にリーナのCADぐらいは調整できねばという中、特訓をしてようやくなんとかかんとか出来た。

 

 それはこういった場合に備えてのことだったのかもしれないが、用意が良すぎた―――もしかしたら結構前から、この日本に行かせる予定だったのかもしれない……。

 

 

 そしてリーナは……。

 

 

「まて、なんだって肌着一枚になる!? 下着ぐらい着けろ!」

 

「ミユキがCADの調整する時にタツヤの『精密』なる『眼』の阻害をしたくないから下着だけになるって聞いたから真似したんだけど」

 

「安心しろ。そもそも『俺の眼』ならば、服や下着程度の『エイドス』に惑わされない。それは言っていたはずだよリーナ?」

 

「だって……なんか私のカレシ馬鹿にされた気分なんだもの、兄妹なのに、兄妹なのに! あの兄バカシスターが!!」

 

 

 ああ、それで納得。確かに本格的なCAD調整において、あまり他の情報体を入れないためにも、出来る限り薄着の方がいいのも事実。

 

 しかし、刹那の眼は色々と特殊なので、そこまでの『薄着』でなくてもいいということだ。

 

 

 言うなれば、達也が患者に全身麻酔を施してから手術を行うタイプの外科医であるならば、刹那は部分麻酔で大丈夫な人間ということだ。

 

 

 もっともこれとて語弊があり、尚且つ麻酔自体の有用性・有毒性もあるのだから表現としてはあまり良くは無い。

 

 

 ただ、外科医として一回の手術で手早く全ての『悪性』を取り除く達也と、数回の手術で患者の体力を鑑みながら『変化』を計測する刹那とでは手口が違う。

 

 その程度だ。結果としては、どちらも申し分ないものが出来上がる。

 

 

 要は性格とか画風・作風の違い―――ゴッホとゴーギャンの違いとでも言えばいいだろうか。その程度だ。

 

 

「それと―――今日は風紀委員として疲れたセツナの眼の癒しに……」

 

「リーナは、どんな姿であっても俺の癒しだよ。そこまでセクシャルになられても、ちょっと……困る」

 

困らせてあげ(ドキドキさせ)たい♪」

 

 

 手を合わせながらも指の間から出す。なんというか色々と媚びた仕草に小首を傾げるようなものを加えてのリーナ。

 

 思わず苦笑、そして微笑―――地下室に降りて調整をした後は―――寝室に直行。なんかもう、色々と人間として『ダメ』になっているんじゃないかと思うも―――。

 

 

「その時はワタシもダメ人間だから、気にする必要ないわ♪」

 

 

 腕枕をして顔を寄せ合いながら言われて納得。そうして『宝石と星の夜』は更けていくのだった……。

 

 



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第21話『蠢動するものたち』

剣ディル実装―――おおっ! 遂にディルさんが輝ける日が―――けれど欲しいのは征服王閣下だったりする。


「ぐぎゃあああ!!」

 

「はいはい。公務執行妨害まで付け加えられたくなければ逃げるべきじゃなかったな。つーか魅了程度でこれかよ」

 

 

 嘆いてから手早く『赤布』を取り出し、芋虫のように拘束すると引きずるようにして連れて行く。一種の見せしめでもある。

 

 

「ぐぉおお! お、お前、遠坂!! このような扱いしていいと思ってぐぎゅぎゅ!」

 

「安心してくださいよ坂田センパイ♪ その布は優しい、やさしい、ちょー優しい『聖女』が男性を包んだものでしてね。窒息することはないんで、女に抱かれていると思って大人しくしているんですね」

 

 

 口元すらも覆い隠した『マグダレーナ』の布に懇切丁寧な説明をすると、流石に大人しくなる坂田という二年生。同時に、それを見た富竹という二年生も押し黙る。

 

 

「お前も容赦ないな」

 

「サイオン弾とエアブリットの打ち合いしといて逃げ出そうとした方が悪いんだ。こっちの富竹とかいうのはお前が引きずれ」

 

 

 クラブ活動勧誘期間二日目。前日の剣術部の騒ぎが響いたのか、どうやら嫌がらせのようなものを達也は食らう感じだった。

 

 本人は気にしないとか言ったが、こういうのは増長するとロクなことにならない。力を誇ることは愚かしいが、群れの序列を知らぬものは徹底的に叩くのみ。

 

 二度と反抗する気など起きないように―――母から教えられた鉄則だ。

 

 坂田と富竹を逃がすのを、ほう助した二年の一科生―――こちらに対して苦々しい顔をしているのに。

 

 

『次は貴様らの番だ。……黒鴉は『呪殺の象徴』、魔女の呪い……』

 

 

 スターズ隊員 シルヴィア・マーキュリー・ファーストから教えられた風―――空気の振動を利用した特定の相手にメッセージを届ける方法で伝えると。

 

 耳を抑えて、あちこちに視線を向ける。向けた後。ようやくこちらに気付いた所で―――。

 

 

『KAAAA!!!』『KAAAA!!!』『KAAAAKAAAA!!!』

 

 

「ひっ……!!!」「う、うわああ!!!」

 

 

 狙いすましたかのように近くの木からレイヴンの群れ―――10羽以上が飛んできて二人の頭上を周回する。

 

 どうやったのかなど分かるまい。サイオンの迸りすらないのだ。

 

 CADすらない―――疑問に答える者はいない。偶然かもしれない。よって……訳の分からぬ術で、自分達に敵意を向ける相手に―――最大の恐怖を覚えた。

 

 嘶きを頭上で上げる鴉はどこまで行こうと、着いていく。逃げるように去っていく二人の二年生を鴉は追っていくのだ。

 

 

(しばらくしたら戻っていいよ。エサはいつもの場所)

 

 

『使い魔』に思念で呼びかけておく。この学校に入ってから『近隣』にいる低級の動物を使役するべく、色々とやっていたが、鼠一匹いない。

 

 ネコぐらいだったらば校外から侵入するだろうが……、まぁ無難に『カラス』を使い魔とした。

 

 それがこうして役に立っただけだ。

 

 

 その後―――富竹、坂田を部活連に引き渡すと―――志道、速水という逃亡幇助を行った人間も疲れたような顔で出頭してきて、一連の『狂言犯罪』を認めた。

 

 

「分かった。司波、遠坂―――お前たちは出ていいぞ。すこし……俺も仏の顔がすぎたな」

 

 

 それらの報告を腕組みの瞑想で聞いていた十文字会頭のオーラは全員を慄かせる。

 

 めっちゃ怒ってる。サイオンの迸りが普通ではない十文字会頭。気をつけしていた四人が正座する様子が、この男の力を知らせる。

 

 もう森崎君のようにおしっこちびってもおかしくないね。

 

 

 興味本位で聞き耳立てたかったが達也に連れられて、即時に部屋を出て廊下を歩いていると―――。

 

 

『一年になめられないために、こんなことをやって貴様ら二年の沽券が本当に守れると思っているのか!!!!! その時点で貴様らの沽券なんぞ微塵の価値もありはせんわ!!!』

 

 

 怒号。本当の意味での怒号で怒っている十文字会頭。部活連の部屋から響く音で廊下がビリビリ揺れているように感じるほどだ。

 

 流石に卑怯・卑劣が過ぎることは、今後の十師族の顔を務めるだろう巌にとって看過出来なかったのだろう―――。

 

 そんな人間性を垣間見てから二日後……。

 

 

 流石に一昨日のようなことは起きていない。寧ろ、静寂なものだった。十文字克人というオヤジの喝! があまりにも効きすぎたのか、それともあらかたの勧誘活動及び新入生のクラブ活動は決まったのか……。

 

 ともあれ騒動の規模は収まって来たので、巡回もソロで回ることに――――。

 

 

 そうしていたらば、達也に襲撃を仕掛けてきたのがいたらしい。幸いケガは無かったが―――。下手人は取り逃がした。

 

 

 そんな顛末を聞いた感想は一つだった……。

 

 

 † † † †

 

 

「少し安心するよ。深雪から『神と悪魔のハーフ』かのように言われる達也も人の子だったんだなぁって」

 

「不手際なんて誰にだってあるさ。そもそも、お前は俺を何だと思っていたんだ?」

 

 

『神と悪魔のハーフ』が、こちらの言葉に苦虫を浮かべて焼うどんを食っている様子に苦笑しつつ―――。

 

 他の所に配膳をする用意をする。

 

 

「セツナ! おかわり!! 」

 

「はいはい。恒河砂麺でいいんだな?」

 

「あら? 虹色麺じゃなかったかしら?」

 

「名前がころころ変わるのもセツナの料理の特徴よ♪」

 

 

 それはどうなんだろう。という生徒会メンバー全員が思う。それにしても男女比において少し変わったものである。

 

 特にレオ達と待ち合わせをしていた訳ではないが、少しすっぽかしたことを不憫に思う。

 

 

「今日は焼き麺系―――和・洋・中の三国セット……ダメ。私のライフ(女子力)はもうゼロよ!!」

 

「とっくにそんなものは無かったと思っていたが、まぁ最近努力してきているみたいで弘一殿もさぞや安堵しているだろう」

 

「達也君、十文字君のセクシャルハラスメントに対して私は訴えを起こします!!」

 

「訴えを却下します。男女間の縺れは裁判所に―――」

 

 

 刹那の弁当を食べているのは何も、女子だけではなく十文字会頭と服部副会長も同席して相伴に預かっている。

 

 多めに作っておいて良かった。と思いながら、これがただの会食ではないことなど明白であった。

 

 

「それで―――何か、話したいことがあるのでは?」

 

「深刻な話をするには食後の方がいいんでしょうけど、とりあえずはこれを―――」

 

 

 自分が作ってきたお弁当を食べて闘志を燃やす七草会長が手渡したのは、動画データが表示されたタブレット端末だった。

 

 

 一年四人に渡す辺り、他の人間は既に拝見しているのだろう。それは、達也が神と悪魔のハーフから転落した瞬間だった。

 

 

「恥ずかしいな。自分の醜態を皆に見られ見るというのは……」

 

「カメラアングルは、襲撃者を撮っているが―――『こんなん』だったのか?」

 

「ああ、全然『見えなかった』」

 

 

 達也の証言で、これが『映像機器』の不備でないことは証明された。黒々とした何か霧のようなものに包まれた襲撃者。

 

 電子機器すらも騙すほどの幻覚魔法。それだけでも魔力リソースが全て取られていてもおかしくないのだが、その上でこの人物は達也に襲撃を掛けて、その後、脱兎の如く駆けだしたらしい。

 

 焦点のずれた映写のように、映像だと言うのに詳細が分からなくなる。そもそも『人間』であるかも分からない。

 

 

「これを撮ったのは?」

 

「匿名での投稿だったのだけど、一応発信源を探知させてもらったわ。深雪さんのクラスメイトの光井って子よ」

 

「ほのかが……」

 

 

 驚く深雪だが、十文字会頭が喝を入れた日。その際の達也に対する狂言犯罪が多すぎたことを目撃していた光井から刹那は『願い』を受けていたのだ。

 

 しかし、その後、とんと止めになった。結局、光井の願いは不発に終わり巡回も一人で回ろうとしていたところを狙われた。

 

 

「また二年生ですかね?」

 

「だとしたらば、もう一度、気合いを入れる必要がありそうだ……」

 

 

 だが、十文字会頭の喝以来―――特に達也の実力が蛇のように俊敏で、刹那の眼が鷹のように鋭いことから二年生は大人しくしていた。

 

 

 最強の二科生と異能の一科生などと言われては恐れられている。―――せめてセクシータツ、ダンディセツナ辺りで浸透していれば良かったのに……。

 

 

 そして三年は、もはや卒業後を意識しているのか、それとも十文字会頭の『思想』が浸透しているのか、特に関せず。むしろ二年を締め付けていたほどだ。

 

 

「まぁ何にせよ。今日でデバイスの携帯制限も出来るんだ。こういうのも『止み』だろ」

 

「そう願いたいな」

 

 

 CADの携帯制限が復活する以上、これ以上は校外でしか襲えなくなる。そうなれば官憲の出番となる。日本の司法機関とてバカではない。

 

 如何にお互いが魔法師とはいえ、傷害事件を放置していては、治安機構の威信に関わる。

 

 

 そんな訳で、こちらとしても聞きたい事があった……。

 

 

「先輩方に聞きたい事があるんですけど、剣道部の主将の司先輩ってどんな人ですか?」

 

「キノくん? そうね。二科生なんだけど魔法理論や普通科目ではトップの成績よ。それとご実家が陰陽師の家系だとかなんとか聞いたわ」

 

「司波にも似ているかな……ただアイツの場合、『弟』なのだが……」

 

 

 愛称を『勝手に付ける』ぐらいには、七草先輩も知らない人間ではないようだ。そして十文字会頭は少しだけ歯切れが悪い印象。

 

 

「私達の世代は、この『二人』―――知っての通り『十師族』の子女、子息が目立って、本当に『一科』と『二科』の溝が深まった世代なんだ」

 

「摩利」

 

「事実だろ。私も先祖は『渡辺綱』ってだけで、ようやくこの時代に魔法能力で百家末流に上がっただけだからな」

 

 

 指で差した二人。指された方の一人が咎めるように言うもそこは容赦しなかった。そんな摩利先輩の衝撃の過去に対して、リーナは、はっ!として耳打ちするように刹那に聞いてくる。

 

 

(セツナ―――ワタナベノツナって、もしかして!?)

 

(ああ、前に言っていた『英霊』の一人、『マグロ投げ』(ツナ・トス)の英雄―――渡辺綱(わたなべのつな)だ!)

 

「おい、そこのアメリカ人ども。勝手に私の先祖を変なものに祭り上げるな」

 

 

 スキル:地獄耳C を使ったのか怒っている渡辺綱の子孫に謝罪してから、話の続きを聞く。

 

 

「つまり、今の三年生は『生え抜きの人材』と『良家の子息、子女』が、目立っていて更に言えば関係も近しいから、一科二科は特に対立も深刻―――」

 

「そんなんで会長。良く学内改革なんて進めようとしましたね?」

 

「ひどいっ! 一年生男子二人が私をいぢめる!! ……けれど、だからといって『傲慢』に振る舞うなんて余計に出来ないわよ……魔法師は団結してその上で、人類社会の一員になっていかなければならないのだから」

 

 

 改革の意思は強いようで何よりだが、こういうのは難しい。本当にだ。

 

 ロード・エルメロイⅡ世の名で以てニューエイジの魔術師たちを育ててきた先生とて最終的には貴族主義派の派閥にいたのだ。

 

 本人にその意志があったか、なかったか―――贖罪の人生だ。などと自嘲する彼の内心は最後まで刹那にとって謎だった。

 

 

「二年生はそう言う意味では、まだマシだったんだがな。せいぜい百家本流、支流程度……桐原はある意味、生え抜きの中の生え抜き―――壬生だってそこまで差は無い。二年の一科二科の差なんてほんの少しなんだけどな……」

 

「けれど『上』がこうだから、ああなったと?」

 

「本人達を前にしてなんだがそういうことだ……ついでに言えば桐原がお前と司波のことを知っていたのは俺が教えたからだ」

 

 

 上の意識、能力差が下に伝播して選民意識を生む。その悪循環こそが、結局―――人間をありのままに見れなくする。

 

 服部副会長の言葉。若干怒っている風なのはなぜか―――。

 

 

「あの日食べたラーメンの味を僕達は忘れない……」

 

 

 通称『あのひら』なことを思い出している服部副会長。その答えは、手持ちのホワイトボードを見せてきたあーちゃん先輩の文字で知れる。

 

 青春ですね。と思いつつ、『あの日受けた右ストレート(達也の魔法)の痛みを僕はまだ知らない。』―――『あの右』が原因とのこと。

 

 

 なんでそんなにあずさ先輩知っているんですか? と聞くと服部を頭撫でて慰めたからだと書いてきた。

 

 流石にシルバーホーンに夢中になって同級生たる自分も忘れていたことに罪悪感があったようだが―――。

 

 それに対して一年四人の同調した答えが同じくホワイトボードに書いて出される。

 

 

『『『『(LOVE)ですか?』』』』

 

 

「違いますよっ! そういう風な邪推やめてくださいよ!! そもそも服部君どうみても真由美さん意識しているんだから!! つーかなんだそのシンクロしまくった解答は! ループキャストか!?」

 

「な、中条!? いきなり何を言っているんだ!?」

 

 

 桐原先輩と来々軒で食べたラーメンなどを思い出し、眼を閉じて浸っていた服部先輩には分からないやり取り。

 

 赤くなって大声でいうあずさ先輩と驚く服部先輩に対して、すぐさまホワイトボードを隠した一年。真相は闇の中に葬られた……。

 

 

 この一連のやり取りに、三年生は全員笑いを隠しきれていない。やった自分達もここまで上手くいくとは思っていなかった。

 

 とはいえ、話を戻す。

 

 

「まぁ甲も色々だ……正直、あいつは魔法を嫌っている印象だったからな……今の親父さんの連れ子、義理の兄貴に言われて一高に入ったそうだが……」

 

「ふぅん」

 

「深い事情を聞くか?」

 

「大まかには察しがつきます。魔法と言う異能を持ったが故に実の父親に嫌悪されて、それゆえ今の家族との仲を崩したくない。そんなところでしょ?」

 

 

 重々しくうなずく十文字先輩。魔法師であるがゆえに魔法を嫌悪する輩というのもいる。そういう『感情』は、刹那にとって分からなくもないものだ。

 

 

「……だから、旧帝大卒の兄貴と同じく一般大学を受けるとも言っていた。まぁ東大狙いだろうな。―――だからこそ最近の動きが気掛かりなんだ」

 

「そんな未来を見据えている人が、『変な活動家くずれ』に通じていることが、ですか?」

 

 

 その言葉にリーナと刹那以外の全員が、耳朶を振るわせて眉根を寄せた。ここで手札を晒したのは前から予定にあったことだ。

 

 リーナも了承済みの事で、本人はオレンジジュースを飲んでいる。

 

 

「一応、俺たちも在日アメリカ人という立場の『魔法師』だからな。USNA本国、経由して大使館から色々な情報が届いているんだ。まぁいわゆる渡航注意喚起やテロ活動云々みたいなことだよ」

 

「成程、USNAもこちらの動きに眼を向けていたか……」

 

 

 達也のどこか冷たい言葉が響く。それに対してリーナも少し硬い調子で答える。

 

 

「そういうことよ。流石に同盟国―――4年前に当時の主流派が見捨てたことが感情的なしこりになっているのは分かるわ。けれど私達も後悔して憂慮しているのよ」

 

 

 沖縄海戦。佐渡侵攻―――社会主義国家の扇動に対して意図的なサボタージュをしていた連中がいたことも知っている。

 

 魔法技術のシェア争いで競合関係にあるのも分かる。だが第二次大戦後のGHQ及びトルーマン・ドクトリンによってこの列島が、防共のラインとなったように……。

 

 ここを見捨てたくないものも多い。特にアメリカは移民国家であり、今でも魔法師関係なく元は日本人にルーツを持つ議員も多い。

 

 彼らの心情と日系人の『票田』を見捨てるというのもあまりいいことではない。如何に生粋のアメリカ人とはいえリーナのように、日本に憧れを持ち、祖国の地に愛を持つものもいるのだから。

 

 

「……行動を起こされても面倒ですし、一度何かしてみませんか?」

 

「そうはいうけど深雪さん。まだ彼らは何もしていない―――いえ、もしも達也君を襲ったのが司くんの手の者、もしくは本人だとしても、証拠がない以上は……」

 

 

 深雪としては兄貴に不逞のことを行った時点でリミットが外れているが、そこは生徒会長として容認しきれるものではない。

 

 証拠も無く、変な輩と通じているから『お前が犯人だ!』などと吊し上げをするにはまだ弱すぎる。この国には思想信条信教の自由、政党結社の自由もある―――。

 

 彼らに介入するには、それが法治国家として『容認』できないラインになってからだ。それこそが自由の代償であるのだが……。

 

 

「俺も―――長い事、ダメだったのかもな。本当に見なければならないものを見ずにいたのかもしれない」

 

 

 俯いて考え込む男。これだけの偉丈夫が、落ち込むなどそうそうないことではないかと思う。

 

 

「十文字君?」

 

「遠坂、放課後に時間を貰えるか?」

 

 

 呼び掛けた七草会長ではなく刹那に眼を向けて、了解を取ろうとする十文字会頭に何用かを聞くことなど出来ずに頷く。しかし察しは着いた。

 

 

「―――討ち入りですか?」

 

「ああ……ある意味な―――『ついて来れるか?』―――」

 

 

 一瞬、ほんの一瞬ではあるが、会頭の言葉と声に―――『親父』を感じた。おかしな話だ。刹那の親父はもう少し高い声質なのに―――。

 

 緊張したのを悟られただろうが、構わず声を張り上げる。

 

 

「鉄砲玉にしようってんだ。アンタの方が『ついて来てください』よ」

 

 

 そのやり取り。察しが付いたのがいる中で誰もが呆然とする。なんせ完全にヤクザの出入りも同然のやり取りだからだ。

 

 

「会頭! 俺も―――」

 

「いや、服部。お前が行けば反感を買う。一科二科という括りではない。この学校に一年もいた人間だからこその『感覚』がある人間ではかならず何かの『色眼鏡』が入る―――遠坂。お前が感じたままに言ってくれ」

 

 

 勢い込む服部副会長を手だけで制する会頭に、なんやかんやいってもこの人が顔役なのだろうな。と思う。

 

 この男こそが日本の魔法師。いやもしかしたらば、世界の魔法師の規範となるのかもしれない。

 

 

 誇り高く、自制し、頑健であり、強力、明快、そして正統でもある。あの剣術部の連中すらも否応なく従うのは、そういうところがあるからだ。

 

 

「放課後はワタシは生徒会で帰りは待ち合わせなんだから、どこに行くか、何をするかぐらい言っておいて」

 

「ああ、三年生の二科教室棟―――司甲先輩と『お話』してくるよ」

 

 

 何の確証もない。何か証拠があるわけではない。しかし致命的なまでに『遅れた結果』ばかりがあっても、無くさなくてもいいものばかり無くしていく『未来』(あした)などまっぴらだからだ。

 

 

「刹那。まだ『彼ら』は何もしていない。なのに―――やるのか?」

 

「今回の事、剣術部と剣道部のあれこれ、そしてお前に対する嫌がらせ行為―――全ての『根っこ』に対して一度話をつけてくるだけだよ。何もドンパチやるわけじゃない」

 

 

 だが、それはもう『避けられないのかもしれない』。

 

 壬生紗耶香、司甲、そして剣道部の殆どに『施術』されていたものが、恐らく『破局』(さいご)を齎す。

 

 見たくもないものを見てしまったが故に、見えてしまう未来(けつまつ)が―――、どうしても憎くなるのが刹那であった。

 

 

 

 † † †

 

 

 廃工場。そう呼ぶべき場所にて、『食事』が行われていた。その光景を目にしていた男は、震えながらも―――これが、『力』かと歓喜する。

 

 

『ハジメくん。あなたの弟は不手際やっているわけじゃないんだけど、少し手間がかかり過ぎるわ。こうなればこちらから『強引』な招待をしてあげたらいいのかしら?』

 

 

 稚気を多分に含んだ少女の言葉は不機嫌さを隠せていない。あるならば、ネイルにマニキュアでも塗っていそうな様子で気の無い様子を見せている。

 

 

「いえお待ちくださいミス―――甲も色々考えているのです。それに第一高校の魔法師全てを『生贄』にしなければ、あなたの目的は果たせないのでは?」

 

 

『専門的なこと』は、言った司(はじめ)も分かっているわけではないが、彼女がやってきた時に、言われたことを思い出して反論する。

 

 確かに彼女は強力な『魔法師』だが、その力が強大すぎる。もはやこのブランシュ日本支部における支配者は自分ではない。

 

 スポンサーからすれば何をしていると言われかねないほどで、実際スポンサーが使い込みをしていると思って刺客を送り込めば―――。

 

 五人いれば三人を『操作』してこちらに送金をいつも通りさせて、二人を手駒―――否、支配下に置き『変化』させた。

 

 

 今でもこのブランシュ日本支部は、変わらず潤沢な資金と、豊富な資材を手にして潤い続けている。だからこそ待つように言う。例え数瞬後に殺されたとしても構わない。

 

 それは一が、どこまでも望んだ『超越者としての攻撃』なのだ。どんなものも好き勝手に蹂躙して、支配できるまさしく『独占』の真髄。

 

 

『ふぅん。まぁいいわ―――けれど、モノには限度と言うのもある。その時は、派手にやらせてもらうわ』

 

「もちろんです。その時には、私の身体にも『順応』しているはずですから―――あなたの尖兵として、働いて見せましょう」

 

 

 恋でもなく愛でもない。崇拝、信奉。それを捧げられるものがいた。熾天使の刻印を『胸』に刻んだ少女の姿をした超越者。

 

 それが奏でるものになりたいと願うのだから……。

 

 



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第22話『魔法使いの眼』

というわけで新話どうぞ―――剣ディルどころか征服王閣下、爆死!(涙)

課金ガチャに至ってない分、まだマシですが失った石が少し痛い。






 二科生の教室棟に入ったのは別に初めてではない。達也やレオを呼びに行くために、向かった事はある。

 

 その度に―――どこか、敵意じみたものを向けられる。

 

 

 お前のような人間に自分達の『聖域』を犯す権利があるのか? 無言で叩きつけられる敵意。

 

 

 閉鎖的な村社会の縮図。特進コースにいる人間やスポーツ特待の人間が、『普通コース』の領域に土足で踏み込むようなもの。

 

 それを不愉快と感じるものは多い。持つものは持たざるものの土地に入るのを是とするのか……。

 

 

(平河には、『死ねやおら―!!』などといきなりケンカを売られたが、なんだったんだろアレは?)

 

 

 達也のいるE組ではなくG組にいたちびっ子からの攻撃を適当にあしらっていたが、あれも二科ゆえの敵愾心なのだろうか。

 

 ともあれ、一年ならばそこまでではないが、二年の教室棟になると、十文字会頭の姿を見て萎縮しながらも、敵意はそこそこ。三年になると―――。

 

 

(完全にアウェーだと思っていたけど、そうでもないんだな)

 

 

 前衛アートの如き荒れ果てた教室の様子を想像していたが、そこにあったのは……諦観。敵意とかそういうのを通り越して、どうでもいいという雰囲気だった。

 

 ただ睨まれないように生きて行こうとする印象を受ける。

 

 搾取されることを当然として受け入れてしまった人々の姿であった。横暴な領主の絶対的な力を前にして抵抗する気力など無くしてしまった姿だ。

 

 

(で、俺は横暴な領主の領地巡回に従う鬼税吏といったところか、今期の年貢を収められないならば若い娘を十文字領主に収めよ!! ……馬鹿らしいな!!)

 

 

 内心でのみエキサイトしていた刹那であったが、それは間違いではない表現だと思えていた。この退廃具合は、伝え聞くところ、かつての時計塔の姿だったのかもしれない。

 

 セカンドエルメロイ教室が出来上がるまで、あの魑魅魍魎の巣窟の講義が、青田刈りの場でしかなかったのだから。

 

 

「……『先生』が見たらばどう思うんだろうな……」

 

「?」

 

「ああ、すんません。独り言です―――で、司先輩は?」

 

「ああ、そろそろだ。―――すまんが、十文字だ。帰り支度中に悪いが、甲はいるか?」

 

 

 F組のドアを開けて呼びかけると、誰もが十文字会頭の姿を見て、萎縮しながら『ここにはいません』―――。

 

 完全に同級生に対する言い方と態度じゃなかった。その一言だけで、三年のカーストがクソみたいにダメだと知れた瞬間だった。

 

 無論、会頭の威圧感ないし高校生とは思えないオヤジ顔に対してかもしれないが……。

 

 ―――気配。察知―――振り向くと、そこには眼鏡を掛けた短髪の男がいた。

 

 

「俺だったらこっちだよ。ようこそ魔法科高校の『アパルトヘイト』に、遠坂くん、十文字」

 

「司……」

 

「ちょっとした冗談だよ。まぁ君がその手に持つ『ホウキ』を走らせれば俺など、簡単にミンチだろうからな。『一応』の同級生のジョークとして受け流してくれ」

 

 

 手を上げて、廊下の窓際に寄り掛る司先輩。正直、この状況で何かすれば、こちらが悪者だろう。実に小狡い手法だ。

 

 

「……少し話をしたい。いいか?」

 

「ああ、そろそろ来る頃だと思っていたよ」

 

 

 会頭が親指で示したのは、二科の棟にあるダイニングサーバー近く。昔風に言えば水飲み場の辺りまで来いという仕草だった。

 

 緊張しているのは、どちらかといえば十文字先輩だろうか―――。ダイニングサーバーにて飲み物を三人が取ると、最初に口火を切ったのは司先輩からだった。

 

 

「それで話というのは? まぁ分かっている―――俺が『反魔法師団体』に所属していることと、それに対して勧誘活動しているということだな」

 

「機先を制したつもりか。俺はあの頃の恨みを忘れてはいないぞ……お前の一言で俺の高校生活は決まったのだからな」

 

 

 何だか一年を置き去りにして白熱する二人。剽げて受け流す司先輩に対して、強力な十文字先輩―――恐らく二人が一年の頃の話なのだろう。

 

 

「恨み?」

 

 一応、後輩の務めとして疑問を呈すると、重々しく頷く十文字会頭は話す。

 

 

「こいつはひどい奴だ。まだピカピカの新入生だった俺に対して、出会っていきなり『仁王様が歩いている!?』などと言ったのだぞ。それ以来、俺は誰からも年下と扱われず当時の三年生からも敬礼されるなどという……勝手に総番などという立場に祭り上げられたのだからな」

 

「ちなみに会頭の一年時の写真は?」

 

「これだよ。まぁ、僕が見たのは、この『目』で見たオーラが、仁王に見えたからなんだけどな」

 

 

 端末に表示された姿と現在の会頭の姿、見比べてみるに―――うん。こいつは仕方ないな。望むと望まずとに限らず人は自分の思い通りの姿や能力で生れ出るわけではないのだから。

 

 

「納得です。今の会頭は何に見えます?」

 

「そうだね。不動明王に見えるよ……魔法師社会を背負って立ち、後進に見せるにはいい姿だ。惚れ惚れする」

 

 

 刹那と司甲の言葉に苦虫を噛潰した顔をしている会頭だが、それでも口は開かれた。

 

 

「……ならば仁王で不動明王たる俺が、いまでも司甲の『友人』と信じてお前に言うが、『もう止めろ。』これ以上は学内だけの問題で済ませられない」

 

 

 それは心からの懇願。このままいけば司先輩が破滅すると分かっていての忠告。詳しい区分は分からないが、ナンバーズの中でも十文字家は警察関係者に顔が利く家であり、今回の一件を水際で止めているのも十文字家であった。

 

 

「―――言われて止めると思うか?」

 

「何故なんだ……お前が魔法師であることを望まなかったこと、今の家族を大事にしたい思いがあるのも理解している。ならば、危ない火遊びはやめさせるべきだ」

 

「これは立場の違いだよ。君が魔法師社会を代表して言うように、俺にも言い分はある。この三年の二科の様子―――君はどう感じた? 遠坂くん」

 

 

 話を振られて、緊迫した空気の数分の一が流れてきたが、それでも問われたならば、答えるのが筋だろう。

 

 

「無気力な領民、搾取されることを是として、日々を生きているだけの人々。百年戦争の英雄ジル元帥が『青髭』などという『悪魔』になるまで涜神をしつづけた領地ですね」

 

「君は、本当に古風な言い回しをするな……。そう。一科と言う『ブルー・ビアド』によって、反抗する気力を失われた所」

 

ゲヘナ(煉獄)も同然ですね」

 

 

 魔法師としての未来を完全に断たれたわけではないが、それでも望んだ進路を取れず、魔法師としての単位認定すら危うい彼らは、とにかくそれだけに苦心して魔法師としての『楽しさ』すら失われている。

 

 術式を極めることも、生来の素質にあったものを学ぶことも出来ず―――、ただひたすら明日の金銭求めてならぬ課題をこなすことだけに執心する日々。

 

 

 技師としての道を究めるものもいるかもしれないが、それでも専門的にやるには、その技師の講師がいなかった。

 

 

「だが、それも致し方ない。なんせ俺などの二科生は『才能』が無いからな。才能が無いからこうなる。魔法師としての適性が高くないから、こうである……それを当然の『道理』として叩き込まれればな」

 

「俺はお前に一度はなんて酷いヤツだと思っても、それでも友人になれると思っていた。誰もが―――同級生の一部ですら俺に萎縮する中、お前だけは、こんな調子だからな」

 

「けれど、俺じゃ十文字の友人には『なれない』。魔法能力も然したるものではなく、何か特殊な血筋でもない俺では―――他の人間から白眼視される。今年の新入生総代『司波深雪』のごとく」

 

 

 沈黙。本当ならば、それが『普通』の感覚なのだ。金持ちの友達は全員金持ちないし何かしらのセレブどうしでつるむ。己との共通項が無い限りはどこかで疎遠になるのも一つの友情なのだろう。

 

 能力が高いものは高いもの同士で話し合い、門外漢を追い払う。どこでも同じ―――魔法師も然り……。

 

 

「もういいだろう。しょっ引く理由は適当につけて逮捕するもいいし、校外で秘密裏に処理してもいい―――不動明王の炎で焼かれるならば、それも本望だよ」

 

「………」

 

 

 話は終わりだとした司先輩。『弱い』からこそ決めた覚悟、その捨て身の行いは眼光鋭く十文字先輩を睨むことで分かった。黙る十文字先輩。

 

 

「ブランシュ下部組織『エガリテ』は、止まらない―――何故ならば、魔法師の能力の高低と同時に生まれる『差別』もまた組織の憎むものだからな」

 

 

 罪状の自白―――とまではいかずとも魔法師に敵対する組織に属していることを自供した司先輩の胸中はなんだろうか? 

 

 

「お前が魔法師社会を大事にして、それを破壊しようとする人間を断罪するように、俺にも大事なものがある。俺の事を化け物と呼んだ父親から庇ってくれたお袋。そんなお袋と一緒になってくれた今の義父さんと義兄さん……それだけだ。それだけを守りたいんだ」

 

 

 更に沈黙。もはや十文字会頭も、どういうことなのかは既知だ。

 

 司先輩の兄貴が、自白したブランシュの日本支部リーダーであり、反魔法活動を推進していることなど、あれこれ分かっている。

 

 そして、その下で動くこと止めないと宣言した司先輩に―――掛ける言葉は出なかった。

 

 

「負けましたね」

 

 

 刹那と十文字の傍から離れていく司先輩―――その背中を見ながら呟く。

 

 

「ああ、完敗だ。情を盾にされたならば何も言えない……だが、甲の下に就いている壬生やその他の二科生などの訴えたい事は、そこじゃないと思う。彼らの不満と甲は分けておけ」

 

「けれど根本的には魔法技能の高低なんですよね」

 

 

 彼らの想いは何となく分かる。何も教えてくれないのに、ただ『結果』だけは出せ。こちらは一切関与しない。そんな所にいては鬱屈した思いもあるだろう。

 

 ……けれど、本当に『才能が無い』のか?

 

 

 魔法にせよ魔術にせよ。『覚醒した』(めざめた)からには、それは一つの『才能』だ。そこから先は確かに『持つものだけの才能』(ギフト)の有無なのかもしれないが……。

 

 

(旗が無い。羅針盤も持たずに荒野に放り出されて何を目指せばいいのかすら教えられない……)

 

 

 エルメロイ教室は、そういった連中ばかりのところだった。

 

 多くの学部から『教えられない』『面倒見てらんない』……そういった『落第生』ばかりの場所。

 

 

 けれど―――彼らに指針を指してきたのはあの不機嫌な教師。いつでも仏頂面でいながらも、好んでいる葉巻を―――どこかの方向に向けて『行って来い。ダメだったらもう一度戻ってこい』。

 

 そういう人だった。その人のことを覚えている。

 

 

「―――」

 

 

 問題の『根っこ』なんて分かり切っていた。ならば―――。

 

 

『行動しろ。考えて『見えた』のならば実践しろ。魔術師ならず、どんな人間でも、それだけだ―――』

 

 

 先生の言葉を再度聞いた後に、左手の刻印が疼く。右手の刻印が囁く。

 

 心の贅肉だと分かっていても、禁忌を犯そうとする息子に対して母が笑顔でいながらも叱り―――『なんでも半端はダメよ。最後までやってみなさい』と言う。

 

 父は『無謀だとしても向かうべきだ。意思は、あの日抱いた『想い』だけは―――』

 

 

 ―――忘れてはならない―――。

 

 

「そうだよな。あんた達もそうだったんだ」

 

「遠坂?」

 

「十文字先輩。決めましたよ。俺も―――『革命』を起こすことにしましたよ。その結果、俺は―――まぁあんたら十師族に睨まれるかもしれない。一高教師も睨むかも、今まで『当たり前』にあったものを全て変えていくかもしれない」

 

「!! 穏やかじゃないな……何をする気だ?」

 

 

『従者』からの反乱。しかし、どこか十文字克人は『面白がっている』ように見える。今までの司先輩との会話。二科生の現実。そこから導き出された結論だと分かっていてだ。

 

 もしくは、公然と叩き潰す機会を得たことを嬉しく思っているか、だ。

 

 そんな先輩に拳を顔面で握りしめながら、告げる。

 

 

「『ここ』に、『グレートビッグベン☆ロンドンスター』がいないと言うのならば――――俺が、『グレートビッグベン☆ロンドンスター』になるしかないんだ」

 

 

 その決意は後に『第一高校の恒久革命』『古くも新しき時代を告げる鐘の音』(ニューエイジ・ビッグ『バン』)と称されていくことになるなど知らぬ少年は―――。

 

 

(きっと先生は大激怒だろうなー……)

 

 

 などと帰ることなど無い『世界』にいる教師からの打擲を心の底から恐れるのだった……。

 

 

 † † † †

 

 

 栓も無い話―――という訳ではないが、それでも一応の『美少女』との会話を終えて、図書館にやってきていた達也は、先程の会話を思い出しながら、ため息を突く。

 

 

 確かに―――全てにおいて『興味ない』という言葉一つで片付けられなかった。しかし、そんなことをして何になる。

 

 魔法の才能が絶対のここ(魔法科高校)で、それ以外の評価など得て何の意味がある。確かにあのような騒ぎがあるならば、非魔法系部活の連帯も分からなくもない。

 

 だが、それが新たな差別を生み出すことなど容易に想像出来る。だからこそ――――。

 

 

「タツヤ―――!!! いるか―――!!!」

 

 

 などと一応、この2090年代においても静謐を主とする図書館において大声を上げる馬鹿相手に頭を抑えてしまう。

 

 こういう思慮に欠けた行為をしない奴だと思っていたのだが、見込み違いか、それともまだまだそいつを知らないだけか……とにもかくにも人差し指を立てて口の前に―――なるたけ厳めしい顔をした自分を見つけた友人だろう相手を睨む。

 

 

「悪い悪い。少し興奮しすぎていた……」

 

「会頭と二科の司先輩への同行は終わったのか?」

 

「ああ、終わった。んでもって決めた。全てはそこだったんだよな。うん、最初っから『そこに眼を逸らさないで見つめなきゃいけなかったんだ』―――」

 

 

 なんだか一人で得心した様子の刹那。興奮しているのは、どうしてなのか……本当に知りたいのだが構わず刹那は、話を進める。

 

 

「E.F.G―――一年の二科クラスの魔法実習の日取りはいつか決まっているのか? それが聞きたい」

 

「特に合同と言うことは無いが、とりあえず二日後といったところかな? 何でだ?」

 

「いやいや別に、そうか二日後か―――まずは『それから』だな」

 

「??? わけわからないぞ。お前、何を考えている?」

 

 

 嫌な予感が達也の脳裏に過る。もうすっごく『イイ笑顔』を見せてくる刹那に思わず普段の達也ならば見せぬ動揺が顔に走る。

 

 

「うん? すっごく『イイこと』。こういう時に俺は遠坂家の人間―――遠坂凛の息子なんだなと実感できる」

 

 

 どこからか出したのか、古い中国演義―――三国志演義にて軍師・宰相として有名な諸葛孔明が持っていそうな羽扇を持つ刹那。

 

 以前の赤布といい、こいつは、以前、横浜の映画館の第三作目の『プリズマキッド』の同時上映で見た『ネコアルク』の『七次元ポケット』でも持っているのかと思ってしまう。

 

 

「結果によってはお前には司『馬』タツヤとして、死せる孔明ならぬ生ける諸葛セツナのために走り回ってもらうことになるかもしれんな」

 

「……どういうことだ?」

 

「詳しくは後々、まずは二日後だ。それを楽しみにしておいてくれ。空手形に終わった時は遠慮なく俺をぶっ飛ばしていいぞ」

 

 

 一人納得してなぜか羽扇を達也の側において、去っていく刹那。

 

 その背中に―――『赤いマント』―――本当に大男が羽織る様なもの。十文字会頭が羽織るようなサイズのものを見て、眼を擦る。

 

 無論、そんなものは無い。

 

 

 だが、達也の眼には一瞬、そんなものが見えた。疲れているのかもしれない。そして羽扇は後で返そうと思うも……中々にいいものかと思って手放せなくなってしまった。

 

 それを見た深雪が何故かそれを使って、達也に風を当てたりするのだが、多分そういう使い方ではないのだろう。それだけは分かってしまうのだった。

 

 

 † † † 

 

 

 昨日の会談は上手くいった。長距離通信で話した元・将軍閣下とて魔法科高校の現状を知らないわけではなかった。

 

 それこそが魔法師の一種の分断につながるとも危惧していたのだから……。

 

 

 こちらが提案したこと、そして起こりえるだろう影響と妨害。文科省と現在の一高教員からの反発。などなど起こりえるマイナス要素を消していき―――。

 

 

『これが成功すれば、魔法師社会も少しは健全化するだろう。まずは二日後の結果を楽しみに待っていよう』

 

 

 提案したことに食いついた時点で、ジジイの思惑など簡単に透けて見える。だが、別に魔法師の健全化などどうでもいいのだ。

 

 如何にもなお題目で食いつかせて、その上でそれが有用であることを証明して見せただけ。

 

 

「あとは明日に、俺の『仮説』が実証されるかどうかの問題だな」

 

「うん。けど上手くいくわよ。そもそもこの論を『発見』したのはセツナじゃない」

 

「元々、俺の世界では『一般的』なものだったんだ。アマリアちゃん―――ベンジャミン少佐の娘に請われて教えたのが最初だったな」

 

 

 喜色を浮かべて彼氏の栄達を確信するリーナに苦笑する。

 

 思い出すに、それが切欠だったか。そう思いながら、久々の和食メニューを外で食べる二人。

 

 うららかな陽気と風に舞う桜の花弁とがちょっとした花見気分にさせてくれる。

 

 

「美味しいわね。この鰻巻卵なんて最高だわ」

 

「和食は少し苦手と言うか勉強不足なんだけど、好評でなにより」

 

「だったら、今度一緒に色々作ってみよ。生まれてくる子供には、母の味は『チクゼンニ』とインプットさせたいから」

 

 

 遠大すぎる計画。そして筑前煮とはお前、渋いところを―――基本的にはめでたい日などにしか作らないものなのだが。

 

 まぁ失敗しないためにもそういう時に作るべきか。などなど思っていたら―――春も漫ろになるような人が爽やかな空気と共に歩いてきた。

 

 自分達の前まで来ると止まる人の名前を知っていた。

 

 

「こんにちは。そして初めましてかな?」

 

「ああ、どうも。何度か来られていたのに会う機会を作れず申し訳ないでした」

 

 

 花見用シートから立ち上がり、正面にいる―――すごく中性的な…女子と見間違えそうな男子の先輩に挨拶をする。

 

 

「遠坂刹那です。五十里啓先輩ですよね?」

 

「うん。はじめまして。遠坂くん。僕が二年の五十里です。シールズさんもよろしく」

 

「はい―――よろしくお願いします。と、ステディ、フィアンセの方は―――?」

 

 

 きょろきょろあっちこっちに眼をやるリーナ。確かに聞く限りでは、一番うるさそうなのがいないことが少し不思議である。

 

 それに対して五十里先輩の顔を見ると―――。少しだけ困った様子であった時に頭上から声がした。

 

 

『ふはははは―――!! 私はここだ!! ちょああああ!!!』

 

 

 ……木の上にいた小豆色の髪の女。馬鹿か?などと思っていると飛び降りる。勢いよく降りてきているようで、その実―――運動制御で軟着陸。

 

 草一つ、地面にあるシートを揺らさずに着地すると―――。こちらに向き直り言葉を吐く。

 

 

「ふっ、ついにようやくあなた達と決着をつける時が来て何よりよ。どちらが一高で一番のナイスカップルであるかを決める戦い!! 始めるわよ!!」

 

 

 やってきた片割れ―――千代田花音の自己紹介すら省略した挑戦の叩き付けに、少し動揺しつつも聞き返す。

 

 

「はぁ。なにで戦うので? 魔法勝負は無理じゃないですか?」

 

「遠坂君、アナタが随分と甲斐甲斐しくこのヤンキー娘に、餌付けをしているのは調査済み。ならば戦う術は一つ!! それは料理に込められた愛のみ!!!」

 

 

 ヤンキー娘って。まぁ間違いではない表現だが、ムッとしたリーナに関せずもう一方のカップルが、重箱を出す。

 

 既に用意済みだったようである。お互いの愛(?)が詰まった料理を食べ比べすることで……。

 

 

 本質的には五十里先輩もバカップルらしく重箱を左右から持ちながら二人でハートでも作るかのようにしている。

 

 これか、これが皆にとって『砂糖吐きそうな瞬間』なのだなと気付く。けど自重しない。帝王(?)は退かぬ!媚びぬ!省みぬ!! 

 

 

「くっ! これがバカップルだけが持つ『愛王色の覇気』―――けど私達だって持っているわよ! まだ半覚醒状態なだけよねセツナ!?」

 

「今の状態で半覚醒だとしたらば、これ以上の状態になったらどうなるんだよ?―――とはいえ、実食しますか」

 

「そうだね。花音と久々に腕を振るったから、味がどうだか」

 

「すみません……負けました。今日の料理はセツナだけに任せたものでしたので―――」

 

 

 食う前から白旗を上げたリーナは涙を流す。しかし、今日ばかりは仕方ない。自分もあまり自信があると豪語できない和食だったのだ。

 

 千代田先輩はてっきり傲岸不遜なまでの高笑いでも決めているかと思いきや、まぁ一応リーナを慰めているようだ。

 

 

「壬生さんと桐原の仲裁をしたんだって?」

 

「俺はむしろサポートで同じ一年の司波達也ってのがメインですけどね。それが何か?」

 

「まぁ僕たち二年も色々だからね……解決出来ない問題に立ち向かうことも必要だったんだけど」

 

 

 五十里に千代田。日本の魔法師の家系にそこまで明るくない自分でもいわゆる師族関連の人間だと思えた。

 

 それだけで、心痛があるのだろうと思えた。遠くを見つめながらおにぎりを食べる五十里先輩の顔。言葉が紡がれる。

 

 

「どうにか出来るかい?」

 

「もはややるしかないんですよね。これ以上は―――先延ばししていても無理な問題だ」

 

 

 そもそもいくら魔法師が国家の戦力として重用されるとしても、その『適性』はそれぞれなのだ。

 

 

 ミスティール、ソロネア、ユリフィス、キシュア、キメラ、ブリシサン、ユミナ、アニムスフィア、バリュエ、ジグマリエ、アステア……ノーリッジ。

 

 

 頭の中で思い浮かべた時計塔の学部を諳んじてみるに、やはり必要なのだろう。革命が―――。そうしてから『裏向きの用事』を切りだす。

 

 

「俺は、二十八家や百家を騒がす問題児ですかね?」

 

「まぁ……九島老師から全ての家の家長に一斉に『言』が届いた後に、大騒ぎだったからね」 

 

 

 この人もそれに巻き込まれたクチか。申し訳ない思いでいながらも、空手形に終わるかもしれないことなのだ。と含めておく。

 

 

「ウソはよくないね。遠坂君。君はもう―――『確信』を得ている。そして魔法師たちの『核心』に入り込もうとしている」

 

「五十里先輩の男らしい言動だけど男らしくない顔を見れて、俺としては嬉しい限りですよ」

 

 

 やっぱり男らしくないかぁ……などと嘆く五十里先輩だが、さっきの言葉も本気で怒っているわけではないだろう。

 

 もしくは怒り方が分からないか。どこに怒りをぶつければいいか分からない。そんな所か……。

 

 

「さて、どうなるかは明日次第です。その後は『ぶつかり合い』といったところでしょう」

 

 

 しょせんそのぶつかり合いとて、おためごかしで終わるはず。―――だから、面倒ながらも動かにゃならん。

 

 

「リーナと俺が愛し合っていく『世界』だもんな。もう少しまっとうになってほしいんですよ」

 

「やだわ♪ ワタシの恋人は、ワタシのために世界を変革するイノベイター♪ 嬉しすぎて恥ずかしすぎて困っちゃうわよ♪」

 

 

 空を見上げて放った言葉が金髪の少女に自分抱きをさせて恥ずかしがらせている様子に全員が砂を吐く。

 

 そんな中―――。

 

 

「くっ! この愛王色の覇気!! だが砂糖を吐くわけにはいかないわ! 啓!! 一高最高のバカップルの名に懸けて!!」

 

「そうだね花音。例え今この瞬間だけでも負けたくないね。彼らが地上最弱のカップル(?)ならば、僕たちは世界で二番目に弱いカップルでもいいぐらいだ!!」

 

 

 そんな二組の男女の様子―――眼に見えぬラブオーラのぶつかり合いを傍から見ていた人物。五十里啓と同じく中性的な容姿の女生徒『里美スバル』は―――。

 

 

(……この人たちは何と戦っているんだろう?)

 

 

 などと本気で悩んでしまうのであった……。変革の時は近い。そして、導火線が切れる瞬間、撃発の瞬間は近づくのだった。

 

 






北海道が大変な状況になっているらしいので、東日本の被災者としては、色々と思ってしまう。

一先ず『水』と『プロパンガス』さえあれば、土鍋でも、ご飯を炊けることを教えたい。

例え水道水でなくてもどっかの湧水―――も危ういのかなぁと思いつつ、あの頃の少しの幸運を思い出す。いや、電気は止まってもご近所の皆さんの水だけ出たのは、幸運であった。我が家は電気式のくみ上げ地下水だったので、困った困った。

こういう時こそ助け合いの精神が必要である。


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第23話『エルメロイレッスン(前)』

今回、かなり独自の理論で突っ走ってます。


ツッコミどころ満載かな?と思いつつも、まぁ劣等生はどちらかといえば「SF」であるなど今さらですしね。

そんなこんなの最新話どうぞ。そして、征服王閣下の代わりにバサスロの二枚目……泣けるぜ。


 恐ろしいことが起きていた。

 

 

 ようやく二科でも行われることになった魔法実技の時間。

 

 一科よりも遅れて行われたそれの結果は見るも無残。実に無情―――そう言う風に才能の有無を認識しつつテスト結果を何とかしようとする時間のはずだったのだが……。

 

 

「やっぱり司波君もそうなるんだね。いや、本当に機械の故障とか、『何か』されたわけではないはずなのにね……」

 

「ああ、本当に―――どういう『魔法』だよ……で、そんな俺たち二科生に『魔法』を掛けた魔法使いは、どこに?」

 

 

 同級生の一人。E組の人間に聞くと指さし―――そして見ると―――。

 

 

「おのれ! 遠坂刹那!! それだけの『技術』『実証論』を何故今まで発表してこなかったのよ―――!!!」

 

「はっはっは! 平河は小さくて本当に攻撃を避けやすいなー。しかもデコが広いと来たから余計にな」

 

「ムカつくわ―――!!!」

 

 

 ぐるんぐるん腕を振り回して、刹那に攻撃を当てようとしている合同授業の相手であるG組の平河千秋。前髪を割ったデコを指一本で押さえつけている刹那の姿があった。

 

 周りの人間たちは動揺しながらも、殆どは平河と同様の意見であり、どういうことなのかを聞きたがっている。

 

 

「おっ。達也も記録更新か?」

 

 

 平河をいなしながらも、こちらに視線と言葉をくれた刹那の顔が喜色に満ちていた。これが計画なのだろうか。しかし、それだけで一科二科の対立が止むわけではない。

 

 だが、そんなことは分かっているのか――――。

 

 

「くっくっく―――計画通り!」

 

「そのセリフは黙考でしかも人に見えぬところでゲスく言え」

 

 

 ジャプニカ暗殺帳とかいう表題が書かれた紙のノートを持ちながら言う刹那にツッコんでから、こうなった原因―――そして刹那とリーナ、深雪までもここにいる理由も含めて(本人達談)回想することにする。

 

 

 ホワンホワンホワンシバシバ~~……最近、変な電波を拾いすぎている達也であったが、とりあえず回想は始まる……。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 一科の実践授業。いわゆる魔法の行使において、その男がここまで積極的になるのは、初めてだった。

 

 いつでも気だるげに受けながら最低限の平均点で、全てをこなす男。付いたあだ名は『昼行灯』。

 

 その一方で真偽不確かながらも『赤眼』で魔法なども使わずに相手を無力化することから『ルビーアイ』などとも呼ばれている男。

 

 

 両極端なあだ名を付けられていることを意に介さず我が道を行く男が、廿楽先生の授業で率先して―――しかも挑戦的なことに、『最高得点』を取ったらば、今日の単位認定してくださいなどといったことで、一科の殆どから反発が起きる。

 

 誰か―――森崎がいきりたち声を上げようとしたところで、廿楽先生は手で制して遠坂刹那に言う。

 

 

「君の事情は知っている。しかし、授業を片手間で終わらせるというのもなかなかに腹立たしい―――だが、君のやろうとしていることは『嬉しい』ことだ。かさねて言うが『組織』で()を通したければ、それ相応の結果だ。やれるのだね?」

 

「はい―――。そのつもりでいましたから」

 

「分かった。ならば、最近の最高得点は、この数値だよ。確か七草君と十文字君だったかな? この数値以上を出してみたまえ。0.1でも下であれば大人しくしていることだ」

 

 

 決意を秘めた刹那の眼に対しても厳しいままの廿楽先生に対して、当然の如く機器に向かう刹那。

 

 

「まっ、そんぐらいはやらないといけませんよね。Anfang(セット)―――」

 

 

 今回の授業において行われることは、五個の球体―――それを操り、所定の位置に収める。その精緻さと緻密さ―――大胆さも要求されるタイムアタック。

 

 多くの障害物を除いたり、組み替えたり―――迷路のようになっているところを一切触れずに、様々な術式を組んでいく。

 

 魔法力―――という観点で言えば、多くのことが要求される実践授業。

 

 無論、球体もまた砕けることある。幾らかの情報強化も必要なそれを前に――――多くの魔法陣(マジックサークル)が、刹那の周りを飛び交う。

 

 

「ほぅ!!」

 

 

 刻印と接続したことで、遠坂家が記してきた家伝にして家門を模した魔法陣の数々。それらが―――。廿楽先生の眼を楽しませる。

 

 同時にこれだけの『魔法』を『同時に行える』―――古式だとしても有り得ぬ『理屈』に一部の生徒を除いて驚きだけが心を占める。しかし、そも魔法師というのは誤解があるのだ。

 

 本来神秘の根源たるものは、『あり得ぬもの』を使うことに執心するのだから―――。

 

 

「では、いいですね?」

 

「いつでもどうぞ」

 

 

 全員に見える形でタイマーが押されてスタートのファンファーレ音―――同時に刹那が干渉を果たした『魔球』が超速で、定められたミッションをこなしながら進んでいく。

 

 

 今となってはあり得ぬ『呪文の詠唱』、朗々と響くそれは聖歌(チャント)の如く演習場に響き、その度に魔球の前に立ちふさがる障害。

 

 落ちてくる瓦礫や岩土などの山が『停滞』させられた隙に出て行き、崩れたミニチュアなどが吹き飛び、バックドラフトで飛んでくる瓦礫のごときものが消し飛びながらも進んでいき、迷路のようでありながらも完全に完成していないルートを『最速のルート』に変形させて進んでいく。

 

 

 まさしく遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)。五つの魔球が『赤』『青』『黄』『緑』『黒』に輝いているのを見た北山雫は、やっぱり「そうなのだ」と気付く。

 

 

 「AAAALaLaLaLaLaLie!!」(アアアアラララララライッ)

 

 

 それすらも『呪文』であるかのように叫ぶ刹那。まるでその五つの魔球が全て―――何かの『英雄の進撃』のように思える。

 

 意味を知らぬものは、それが『軍神アルスの加護を!』という叫びであるなど知らない。知らなくても、「そのようなもの」だと思えるぐらいに、凄烈な『意味の無い叫び』だが―――。

 

 

 最後に出た廿楽先生のハプニングイベント(いたずら)として出た『巨大な甲羅を背負った魔物』が『口から火』を吐きながら、『スタンプ』で振動を起こして遅滞を起こそうとするも―――奇怪に回転を果たして光を持っていく魔球。

 

 五つの珠で『円』を作り上げたそれは、巨大な干渉力で『星』となりて、魔物を正面から打ち倒して―――所定の位置。宝箱の中に納まり―――ロックされたことで、記録が刻まれる。

 

 

「う、ウソだろ!? 七草先輩や十文字先輩のタイムを10秒も縮めている!!!」

 

「あ、あいつ……マジでここに主君の仇撃ちでもしに来たのかよ……!? それ以前に……実技で実力を隠すなんて―――」

 

「ど、どこまで俺たちを舐めてたんだよ……?……泣けるぜ……」

 

「ふっ―――正しく『快刀乱麻』の綽名に相応しい所業。お見事で候。遠坂殿」

 

 

 最後の後藤の台詞でざわつきが落ち着く。つーか後藤、また変なドラマ見たのかよ? とB組一同が思う。この前は『小和村 真紀』主演のサスペンスミステリーに影響されてエイミィと張り合っていたし。

 

 などなど思いつつも、今まで隠していた爪の一つを晒した『猛禽類』が『星の恋人』と親指立てあっていたことで、五十嵐は木枯しになるのだった。

 

 

「10秒ではなく20秒にしておきましょう。最後の大カメの魔物(クッパ大魔王)は十文字君たちの時には出さないギミックでしたから、あれさえなければそのぐらいのタイムボーナスは当然です」

 

「いいですよ。公式記録は、そのまんまで―――んじゃお先に失礼します。それと―――別に廿楽先生の授業は嫌いじゃないですよ。魔法陣は結構興味深いですし」

 

「小生としては君の、『未知の魔法陣』の方に興味を持つよ。様々な干渉を果たす数多もの魔法陣……まぁ今は行きたまえ」

 

 

 そういって実習室から出て行った遠坂刹那。傲岸不遜―――あけすけで敵味方に頓着が無く、手前勝手に動きそれを通す『能力』がある。

 

 

 しかし、ある意味では、それこそが『魔法師』の実態だな。と廿楽は考えておいて―――。

 

 

「ワタシもセツナのやることに興味があるので、同じ条件でお願いしますツヅラティーチャー!!」

 

「総代として、彼の勝手な行動は看過できません。同じくお願いします!!」

 

 

 そうして数十秒もしない内に、再び二人の挑戦者―――にして逃亡者が生まれたことを、ちょっとだけ悲しく思い、『ドクターロマン』の『予言』を楽しく思うのだった。

 

 

 変革を行う異世界の『グランドキャスター』の存在を……楽しみに思うのだった。

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「それで、どういうことなのか教えてくれますよね? 刹那君」

 

「怖いなー。まぁ確かに勝手すぎる行動ではあったか……とはいえ、少しばかり試したいことがある。深雪、お前は達也に入れ込んでいる。そんな達也―――他友人たちの『立身出世』ためだと言えば許すか?」

 

「内容によります」

 

「一科と二科の『境界』を消す。否、『殺す』のさ」

 

 

 物騒な言葉。しかし、まだ内容によることだ。一科二科の差―――即ち自分と兄の差。それを消すなどあまりにも『傲岸』すぎる。

 

 確かに深雪は、兄の真の実力を知っている。しかし、それが魔法師社会全般の『価値観』と合致するものではないことなど分かっている。

 

 

 如何に、兄の能力が一点突破型であり全般優秀型の深雪との差で、社会の中で優劣がつく以上、これを覆すなど―――。

 

 

(今日に至る魔法師達の価値観を、遠坂刹那は『転換』(CHANGE)させようというの?)

 

 

 そうだとしても、今の魔法師達にとって『魔力量』の多寡が廃れた『優劣』となったように……何かあるのだ。

 

 未だにどこも授業中の廊下をこそこそ歩きながら向かうは二科生の実習教室。そこには確かに兄がいる。他にも友人たちエリカや美月もいる。

 

 

 その場所に向かいロックを外す。無論、同じ生徒同士なので特に拒否もされずに電子の開錠はなされ開いた後に最初に見た顔は――――。

 

 

「うわっ。遠坂刹那!―――アンタ何しに来たのよ?」

 

「なんだ平河か。つまらん顔だ」

 

 

 顔だけ入れて人を探すようなことをした時に横にあったベンチに座っていた平河千秋の顔に文句を付ける刹那。

 

 いきなりケンカ腰な態度に当然、平河は怒りだす。

 

 

 しかし騒がず慌てずに矮躯を逆さに取り、手だけで平河の突進を止める。進撃の小人を片手で止めた刹那に対して更に言い募る平河。

 

 

「だいたい一科もまだ授業中のはずでしょ? アタシたちと違って、講師付の実践授業からあんたら何こっちに来てるのよ?」

 

「君を笑いに来た…そう言えば、君の気が済むのだろう?」

 

 

 赤くて三倍ながらも、俗人になろうと努力した人の言葉を引用したのだが……。

 

 

「更にムカつかせてどうするのよっ!! ええとチアキ、実を言うとね、この私にとって宇宙一愛すべき赤いバカが、二科の皆に試したいことがあるのよ」

 

 

 久々のハリセンによるツッコミでダウンする刹那は起き上がり、頭を抑えながら言う。

 

 

「その通り。まぁ、皆して実技が不得手らしいから、それを何とかする方策を伝授したいと思ってな」

 

「……まさか私達を植物と合成して、最終的にはG細胞も取り込ませて芦ノ湖付近で大暴れさせる気か!?」

 

「お前どっちかつったら、そういうの『倒す側』じゃないか」

 

 

 ロボ研に入部した平河の今後―――とりあえず、土下座せざるを得ないサイオン弾を放つヒュドラ(多頭竜)だか、ラードン(百頭竜)じみたものを何故かミアさんと作らないか本気で心配する。

 

 なんだか、そんな風な未来が見える。そこにアビーまで入り込んでとんでもない兵器を作る未来が―――。

 

 

「とりあえず久々にミアさんに連絡するかな……」

 

「浮気の第一歩は旧知の女性に対する連絡! セツナの浮気者!!」

 

「違うんだけど!?」

 

 

 それならばシルヴィア及びアンジェラに対する秘匿通信も咎められるべき事態のはず。と刹那は考えてから、ともあれ、今は待機中G組の面子を相手に少しのレクチャーをすることに。

 

 見ると、どうやら実習台の方にはE組の面子が見えている。クラス単位での実習交代制といったところか……。そう考えてからの話である。

 

 

「何はともあれ、平河。まずはお前からだな。お前に今までの実習での記録を更新させてやるよ」

 

「……何すんの?」

 

「簡単に言えば『イメージトレーニング』。これを試させてくれ。何も効果が無かったらおもいっきりぶん殴っていいぞ」

 

 

 先刻の夫婦漫才とかで不信感マックスの平河であるが、実習のあまりにもの成果の無さ、記録の更新のむずかしさに悶々としていたのは間違いない。

 

 こちらの言葉に、少しだけ安堵したのかそれともぶん殴れる機会が来たのを喜んだのか、了承の意を受けて―――平河の『領域』に接続―――。その上で彼女の『属性』を鑑定した。

 

 

「―――なに、これ―――」

 

「気を落ち着けろ。『乱れる』とお前が『視なければいけないもの』が『視えない』――――視えたな?」

 

 

 差し出された手を握り、少し茫とした平河の様子に何人かが気色ばむも―――、特に害意が無いことに気付き―――、終わりの言葉の後に……サイオンの波長がいつになく『いいもの』に変化していた。

 

 

「これは―――何なの?」

 

「今の感覚、それを忘れぬ内に、今できる実習で感覚を掴んでおくんだ。幹比古、すまないが、こっちの平河に一度台を譲ってくれないか?」

 

「せ、刹那!? いつの間に来ていたんだ!?」

 

「五分ぐらい前には来ていたわよミキ。少し観察させてもらっていたけど、『面白い事』やってるじゃん。もちろん―――」

 

「ああ、エリカにも試させてもらうよ。とはいえ、一人覚えれば、その後は『ネズミ算』なはずだけどね」

 

 

 エリカと二人一組で実習を行っていた幹比古の驚きの顔。『当然』の如く『合格点』を叩きだしていた幹比古を狙ったのだが、実習のパートナーが、こんな調子でいいのかよ。

 

 ネコのような表情で聞いてくるエリカに、降参してから―――台が空き、平河のペアパートナー。女子生徒が駆けつけて―――。

 

 

「んじゃ始めるよ。ひよ」

 

「おっけー」

 

 

 コンパイル時間の短縮練習。二人一組で行う実習で1000msを超えないようにする―――ようするに一秒未満で『魔法』を如何に発動させるかの演習。

 

 魔法とはいえ、無論、この場における実習で行われる魔法とは単純な『照明』のもの。魔法陣を光らせるだけなのだが―――それがとにかく遅いらしいのが二科。

 

 

 この練習は刹那もやったが……要は、『魔力』の本質を知っていれば簡単なものだ。面倒だから『高速思考』『分割思考』……アトラス院ほどのものがなくてもある程度の魔術師ならば持っている『脳髄の高速化』で対応していたのだが……。

 

 

 そうして平河が初期型の―――大型のCADに手を着けて発動した魔法。表示された速度であり時間は――――。

 

 

『370ms!!!!????』

 

 

 思わずE,G組全員の言葉がシンクロした。先程の一科にて、刹那がやったように動揺が走るのである。

 

 やった人間―――平河千秋は、感覚を忘れ得ぬように―――深く没入して何度も発動をする。流石に誤差は出るが400を下回ることはない数値に誰もがチートの類ではないことを確信する。

 

 ざわめきが際限なく広がる。

 

 

「凄い!!……ミキの魔力が残っていたとかじゃないわよね?」

 

「あり得ないよ。もしかして刹那がやったことって前に僕にアドバイスしたことかな?」

 

 

 エリカの感嘆の言葉に対して幹比古が察しよくなる。二科の中の名花などと揶揄されつつある幹比古なだけにその辺はしっかり否定したいのだ。

 

 

「そんなところだ。それならば幹比古、俺がやったことに応用が効くはずだろ? 助手よろしく♪ リーナにやらせてもいいが、ゲスな思考をした男子に列を作られるのは嫌なのでね」

 

『『『『と、遠坂ぁああああ!!!!』』』』

 

 

 血の涙を流さんばかりのE,G組の男どもの言葉に女子は白け顔。それどころか軽蔑しているものもいるほど。

 

 

 やむを得ず女子はリーナに頼むことで落ち着ける。流石にリーナ一人では疲れるだろうから、レクチャーを受けて要点を理解した深雪も眼を何度も見開き、『そんな盲点が!?』などと呉学人の如く思い知らされるのだった。

 

 

 長蛇の列とまではいかずとも大体60人規模の二科生たちなのだ。列は作られるも、四人のマジカルドクターからドーピングならぬ『診察結果』を受け取るE.Gの面子。

 

 そうしていると、列のどちらかといえば最後尾にいた達也の順番となり、私的な会話も交えられる。

 

 

「これがお前の方策か……無論、事情や理屈は説明してもらえるんだよな?」

 

「あんまり怖い顔すんなよー。とりあえず今はDr.セツナにきいてみて! な気分でいろよ。ちなみに俺の母親はリンなんで」

 

 

 おどけて笑って誤魔化す。もちろん教えるつもりだが―――達也は、意外なことにこちらの顔に『笑み』で応えた。

 

 あら意外。などと思いつつも、改めて達也の『鑑定』をする。本当にこいつは複雑な人間だ。あんまり『視ちゃいけない』ものが見えつつも視えたものをそのままに達也に見せる。

 

 

「視えてるな?」

 

「ああ、これが―――『魔力の本質』、俺の魔力の『資質』か……」

 

「そうだ。お前を見縊っていない。このまま『特性』も教えていいが……今はこの感覚を忘れないようにしておけ」

 

 

 そうして「行って良し!」などと指2本で機器へと向かうことを推奨される。

 

 レオが幹比古に鑑定されて、『すごい! レオも『二重属性』だなんて!!』などと叫んでいるのを見つつも、次から次へと記録更新をしていく二科生の様子に、誰もが興味を覚える。

 

 

 そうして話は冒頭に戻るのであった……。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「で―――回想シーンは終わったか?」

 

 

 人の悪い笑みを浮かべた刹那。達也としては、色々とやられっぱなしで何だか悔しいが、とりあえず答える。

 

 

「ああ、色々と衝撃的な事実とか思い出していたがな……それでドクターセツナの説明はあるんだよな?」

 

「もちろん。まずはホワイトボードを使って説明させてもらう。古典的で悪いがな」

 

 

 構わない。むしろ、今回やったことが『古典』の類であることなど何人かにとって明白だったからだ。

 

 

 アシスタントよろしくリーナがホワイトボードを持ってきて、準備を整えるようにポインターとサインペン―――更に―――。

 

 

((((なぜメガネ……?))))

 

 

 伊達ではあろうが、メガネを掛けた刹那の姿。しかし、それがどうしようもなく似合っているのだから、疑問はすぐさまなくなるのだった。

 

 

「では授業を開始させてもらう―――」

 

 

 ポインターを伸ばして、まるで戦に向かうかのように言う刹那は、実に分かりやすく授業を行うのだった。

 

 

 ―――世界は幾つかの『要素』で構成されている。単純明快なものである―――。

 

 

 そう唱えたものたちは多く、古くは古代ギリシャの頃の哲学者プラトン、アリストテレスなどに代表されるものたちが、有名だろう。

 

 彼らは、その知性で以て世界を解き明かした。この理論は多くの影響を生み出し、中世時代の魔術。更に言えば錬金術にも応用された考えである。

 

 

 間違いではないが、決して正解とも言えぬ、この理論を人々及び著者たちは、こう評した。

 

 

 『元素論』(エレメントセオリー)と……。世界を構成するものを簡潔に示したものに、誰もが研究をした。

 

 

「多くの人間達が想像出来るものとしては『四元素』―――『火』『水』『風』『地』……魔法や魔術に関わらずとも、何となく程度に多くの人間も想像出来るものだ」

 

 

 その言葉に二科の人間、特に男子の多くが首肯する。彼らの連想したものは、『属性相関』というものが影響する『娯楽物』(ゲーム)に関してだろうが。とりあえず理解は及んでいる。

 

 

「魔術。魔法的なもので言えば『五大元素』―――『火』―――『水』―――『風』―――『地』―――『空』で示されるものが更に一般的だと思う」

 

 

 説明の合間に、ポインターの先に火を灯し、それを水で打ち消して、溜まった水を風が蒸発させて、風は地を巻き上げて先に止まったところで、地にある土を分解して『空』―――サイオン、もしくは『エーテル』へと変化させる刹那の手並みの素早さに誰もが眼を奪われる。

 

 

「日本でかつて研究されていたエレメンツの研究では更に分割して、六大属性にしていたようだが、いまは置いておく。

そしてこの理論の魔法的に重要な所は―――世界を構成する要素が元素であるというのならば、世界の『構成』に含まれている『人間』―――『霊長』にも適したものがあるのではないかという帰結さ」

 

 

「つまり、古代の哲学者……魔法使いたちが、世界に関して推察していて、その理論の終点として『人間』にもその『論』が通用すると思ったのか?」

 

 

「そうだ。そもそも一般社会でも未だに黄道十二宮での『星座占い』や『干支12支』なんかから自分の『属性』(カラー)を示したりするだろう? 古いものでは『金星』だの『火星』だの、『血液型』なんて眉唾な『属性』もあったがな」

 

 

 そう言われて、そういやそうだ。と誰もが思う。しかしエレメンツの研究が終息し、魔法研究が、物理的作用だけに執心してここまで『違う観点』を失うものなのだろうか。

 

 それだけ―――現代魔法が魅力的に映ったのだろう。即ち―――『神秘的』な『力』から科学的なアプローチに、少し違うがそんなところだろう。

 

 

「俺の『田舎』の古臭い論に従えば、少なくとも魔力―――エーテル、サイオンを扱うものは総じて何かしらの『属性特化』があるものだ」

 

 

「そしてお前がやったことは、その『五大元素』や『四大元素』に通じる『魔力』を全員に『意識』させたのか……」

 

 

「エクセレント その通りだよ達也。俺がやったのは本来ならばCADの魔法式で『色づけ』されるはずの『魔力』。それが本来持つ『色彩』を取り戻させただけさ。後は本人の持つイメージとCAD―――『ホウキ』との連携さ。魔力のコントロールとはイメージのコントロールなんだからな」

 

 

 言いながら刹那は、再びそのポインターの先にある魔力。恐らくただのサイオン―――件のエーテルとやらに赤、青、黄、緑……虹色に色彩を変化させた上で鳥にしたり、剣にしたり―――はたまた『ハンマー持ったデフォルメきのこ』にしたりしていた。

 

 こんなのは刹那にとって片手間なんだな。と思うぐらい『魔力』の『本質』に迫った男。魔女の後継者というのは伊達ではないということか。

 

 

「はーーい。 せんせぇ質問でーす」

 

「はい。エリカさん」

 

 

 小学生向けの義務教育補助の動画にでも出てきそうな『小学生』のノリで手を上げたエリカに対して、刹那も、まるでその動画に出てきそうな『教師』のノリでポインターを指して答える。

 

 

「私達がサイオンに色付けしていなかったのは分かったけど、それって一科の人々にとっても意識しているものなの? だとしたらば少しズルい気がするわ。こんな単純なことで変わるなんて、それを教えていないなんて」

 

「ふむ。鋭い質問だな。しかし、これは俺なりの仮説だが、恐らく一科二科の違いとは『空』属性すなわち『エーテル』『サイオン』の『素のまま』に使えるかどうかの違いなだけだと思う」

 

「つまり、一科の人間達は、全員が『空』属性、エーテル、サイオンをまるっと扱える。だからこそ『起動式』の取り込みも『魔法式』の構築も早いということか……」

 

「言っといてなんだが、仮説にすぎない上での単純な結論だがな。しかし光井みたいなエレメンツの末裔もいる以上、そうとも言えない……だがやはり見立てとしては――――」

 

 

 そういって刹那は、遂にペンを取り出してホワイトボードに書き込んでいく。最初は円―――芸術家の証明であるかのように正確な円の後には、五芒星をその中に描く。

 

 その線は一つ一つがはっきりとしたものだ。幼い頃から書かされていたんだろうな。写経をする坊さんの如く―――そう思える筆さばきだ。

 

 

「身を乗り出して聞くなんて、よっぽど聞き入っているんだな達也」

 

「――――今さら気付いたよ。全く以てアイツには驚かされる……」

 

 

 面白がるように隣のレオに言われて今さら、本当に今さら気付かされる。髪を掻き恥ずかしさを消して思い返す。

 

 自分の属性『火』と『地』を意識して魔力を供給した所、『再成』だけに演算領域が働き―――終ぞ無き……高揚感があった。

 

 

 達也にとって『魔法』と言うのは呪われた力だ。家から忌み子として扱われていた時から―――。だからあえて高めようとも思わないし、それ以外ではまずまず求められている『力』があればいいだけ。

 

 現代社会の価値観における『魔法能力の上達』なんてのは、正直意味が無いものだったのだが……。

 

 

『楽しかったろ?』

 

 

 そう無言で言うような刹那の後ろ姿である。苦笑のため息を突いてから、授業の続きとなる。

 

 

 描かれた魔法陣は何を意味するのか、そしてこれが刹那のやる『イイこと』の終息ではあるまいと思いつつ、授業の第二部が始まる……。

 

 

 

 



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第24話『エルメロイレッスン(後)』

エリカ「こんなの和兄じゃない!! なんか別のアレよ!!」


上記のようなツッコミが入りそうな今話。しかし寿和さん……何か同じ長男どうし分かる気がするんですよね。

完全に遊び人みたいな生活をするか、真面目に根を張って地道に頑張るか……。どっちかなんですよねぇ。

まぁ本質的にはゴーゴーファイブのレッドやマジレンジャーのグリーンみたいなものなんだろうな。


 

「さて、先に語った通り。やはり空属性の魔力を操れるというのは『系統魔法の四系統八種』において実に有用な手だ。達也ならば諳んじれるだろう?」

 

「語れって言うなら語るさ。加速・加重 移動・振動 収束・発散 吸収・放出―――属性的に表すならば『加速・移動』が『風』、『加重・振動』が『土』ってところかもしれんか」

 

 

 自分の推測を語るとそれなりに満足した顔。なんだか踊らされている気分だ。

 

 

「そう。現在の物理的干渉から端を発する様々な『自然現象』―――これらによって『万能』を得ている気分なんだろうが、俺からすれば『甘い』。実に甘い結論だ」

 

「ほう。22世紀を迎えるこの時代に、あえて魔法師達にとって金科玉条の如きその『最終結論』を覆すか?」

 

「ああ、当然だ。でなければ俺は『先生』に顔向けできない。まぁそれは私事だ。気にするな。今お前たちに必要なのは自らの『魔力の属性』を掴むことと『魔術特性』を掴むことにあり」

 

 

 そういって魔法陣を見せる。いわゆる属性相関図とも言えるか、そのドイツ語で属性名を書きながらも分かりやすく、『赤』『青』『緑』『茶』『黒』などで色付けしてある。

 

 

「これは見ての通り。五大属性を相関にしたものだ。陰陽五行思想における『五行相生・五行相剋』―――まぁ生かしたり、殺したりする属性の関係図だ。まずは『生かす方』に魔力を流し込む」

 

 

 どうやらホワイトボードに書いたとはいえ魔法陣として機能するらしく、刹那がポインターで一点。五芒星の頂点の一つを突くとそこから色つきの魔力が流れて、それぞれで分かるものだ。

 

 生かすのは魔法陣の円周であり―――きれいな虹色を見せる。

 

 誰もが感嘆の吐息を吐くぐらいに見事なものだったのだから、それも仕方ない。

 

 見ると確かに『生かしあっている』。これが自然界における正しい『繁栄』の仕方なのだろうと思えるものだ。

 

 

「続いて『殺しあう』属性を見せるよ―――Rebell(反転)

 

 

 一言で、それまで流れていた魔力の流れが変わり五芒星が―――あまりいい色ではないものに変わる。流れ込む魔力がそれぞれで消しあっているのだ。

 

 

「火は水に負け、水は土に吸われ、土は風に攫われ、風は(から)によって澱み、(から)より有を生み出す火が世界を照らす―――」

 

「詩的な表現どうも、美月。もしかしてこういうの諳んじているの?」

 

「魔法幾何学は興味があるというか美術部だけに得意になって……」

 

 

 焦る様子だが、問題は無いだろう。達也も刹那も思うが、ともあれ美月の説明で全員の頭にインプットされる。

 

 

「ご覧の通り。属性にも相関図がある。同時に先に語った四種八系統の中でも苦手な分野もひとによってあろう。それらは無論、本人の資質にもよるが、本質的には己の『特性』を理解していない点にある」

 

「特性……それは、演算領域にある『特性』と同じと考えていいのか?」

 

「おおまかにはな。ただどちらかといえば、俺が示しているのは『精神』というよりも『魂魄』の側の話だよ」

 

 

 ヒトが『人』という形を得る前の『原初のカタチ』。それは例えどのような姿となってもその宿命からは逃れられないものの一つ。

 

 魔術師 遠坂刹那の語るところ、はじまりの『渦』から出てきた自分達の大本が、人間の姿を取ったとしてもそれが持っていた特性からは逃れられないという。

 

 宿命……『魂の容貌(かたち)』と言ってもいい。

 

 

「つくるもの・こわすもの さぐるもの・つかうもの―――この大別した四種の系統が、皆が持っている『魔法特性』に直結している。さっきまでのがNARUT〇のチャクラの性質変化の話ならば、これからするのはHU〇TER×HUN〇ERの念の系統みたいなもんだ」

 

 

 単純明快ながらも実生活においても『何となく』意識するものがある属性だ。現に達也はリーナと刹那によって『つくるものでこわすもの』と評された。

 

 というかさっきから刹那は、かなり昔の『漫画』を題材にして言ってくる……完全に読んだことが無い名作でないだけにツッコミを入れるのが野暮である。

 

 

「例えば、そうだな……レオの得手をばらすようで悪いが、『硬化魔法』が得意なんだろ? んで属性は―――」

 

「水と土だったね。二重属性は結構レアなんだろ刹那?」

 

「ああ、そしてレオの『起源鑑定』の結果だが、「つかうもの」だな。もうちっと詳しく見てもいいが、あんまり見過ぎると起源に囚われすぎる」

 

 

 幹比古の言葉を継いで説明するとレオの顔に真剣みが走る。自分の将来に直結することなだけに当然だ。同時に刹那も顔を引き締めた。

 

 

「水は高きから低きに流れるという特性があり、代わりに土は不動のものという概念がある。これらは一見すると相反する属性でありながらもある共通点がある」

 

 

 手を上から下に下げていく様子を見せてから五指を開き虚空で止めて何かを『とどめる』ような刹那のジェスチャーを含めての説明。

 

 魔力が集中しているのも分かるので、どこか神秘然としたものだ。

 

 

「それは――――」

 

「―――『変化』を許容するという考えにある。水はたえず流れる運動に終始し液体から気体、個体に『変化』しようとする。土は不動と言えどもなんの『変化』も受けないわけではない『風化・浸食』が主だな。それを念頭に置くと硬化魔法においては『分子運動』をつまり相対位置を『固定』することで対応しているが、その場合物質の形状を固定しているという状態にあるのだが、完全に『変化』を許容しないわけではないから、お前さんはそんな中でも楽々と動けるんじゃないか?」

 

 

「正解。得手をばらすわけではないが、その通りだよ。そうか―――言われてみれば、そういったことを『意識』しなかったわけではないか……」

 

 

 少しだけ得心するレオ。眼を瞑り魔力のコントロール。そのイメージに『形』を与えようとしているのだろう。

 

 よって少しだけアドバイス。

 

 

「山とか大樹とか……『森』(シュバルツヴァルト)なんかをイメージしているんじゃないかな無意識に」

 

「……更に正解かもな。俺の名前から分かる通りドイツの土地を思い出すんだよ……つまり刹那、俺の特性は」

 

「『変化』に属するものなんだと思うね。硬化魔法は確かにイメージとして『土』とかを思い浮かべるが、柔軟さを持った『流れるような魔力』と考えや思考が硬直していない性格に起因する『変化の特性』をイメージして意識すれば、今まで難儀していたものも難なく……とまではいかずともこなしていけると思うよ」

 

 

 あとは努力次第。と言われるも、言われて見せた顔は絶望ではない。ようやく見えた『指針』でもあるのだ。

 

 それを離すわけにはいかない。つかまなければならないものだ。しかも釈迦が地獄に垂らした蜘蛛の糸ほど細くは無いのだ……。

 

 

「最後に締めくくりというわけではないが、一科の中でも、それらの魔力コントロールとイメージに長けた人間がいる。それがマイハニー アンジェリーナ・クドウ・シールズと達也にとってのスイートシスター司波深雪だ」

 

 

 その言葉できゃっ! などと頬を赤らめて明後日の方向を向く二人の女王。少しだけ硬い空気が和らぐ。

 

 砂糖は吐かない。シュガーノーボミット……耐性が付いてきたようだ。

 

 皆、進化してる……あまり嬉しくない進化かもしれないが―――。

 

 

「この二人は、雷気と冷気―――魔力を自然と『イメージ加工』してそれらに転換している人間たちだ。まぁ時に暴走とも言えるが……みんなは、それらに繋がる端緒を得た。美月の属性。レアカラーとも言える『月』の説明は『今回』は省かせてもらったが、『今度』やらせてもらう。すまんな」

 

「柴田さんのは月以外に『水』もあったからね……まぁそっちで対応できる話もあるのかな?」

 

「ってミキ……男子から刺されても知らないよー。刹那君の男気を無下にしちゃってさ」

 

「どういう意味っ!? いやなんとなく分かるよ! 分かるけど柴田さん他数名の女子はなぜかこっちに並んだんだもの!!」

 

 

 恐らく幹比古という美少年に鑑定してもらいたかったのだろうが、きっと男子達の嫉妬の視線は幹比古をゲイ・ボウで刺し貫くがごとく鋭かっただろう。

 

 アッーー!! なことにならないように、などと考えつつ、今回の授業はここまでで『何か機会』があれば、F組の面子にも教えてやれということで終わらせようとしたのだが―――。

 

 

「まだよ! 遠坂、一番肝要なことをアンタ言っていないわ! きりきり吐いてもらいましょうか?」

 

「なんだ平河。俺みたいな美少年に手を握られたことで、秘密の一つでも知りたくなったか?」

 

「そ、そんなことあるわけないじゃない! 私をバカにするんじゃないわよ!! アンタみたいなツラだけ良くて『軽薄な』心の持ち主なんて嫌いなのよ!」

 

 

 そこまで言われるとは何と言うか嫌われたものである。まぁいいけど。いや良くないな―――なんせ後ろで魔性菩薩が誕生しているし。と刹那は思う。

 

 

「チアキ……! あんまりワタシのステディを変な風に言うようならば―――」

 

「軽薄なんだけど、せ、責任は取ってもらうわよ!! ティーチ、ユアカラー!!」

 

 

 頭悪い英語ではあるが、リーナに怯えまくった平河の言葉に、刹那も皆の秘密を見てしまったわけだからその言いたい事に準じて言うことに―――。

 

 

「俺の場合は五大属性全てに適性がある―――魔術世界ではこれを『アベレージ・ワン』と称するんだがな」

 

「……なん……だと……?……」

 

 

 ――――二科生全員が白バックの背景に若干の白目が含まれたままに驚愕を示してくる。君ら仲イイね。一科はけっこうギスギスしてんのに(談:元凶)

 

 そんな中、いち早く復活したエリカが、真実を推察する。

 

 

「冷静に考えれば刹那君、そのポインターの先に『五大属性』全てを軽々しく出したり消したりしていたもんね……あれはそういうことだったんだ」

 

「別に水属性だからと火が使えないわけではないが、水と火を合わせた『燃焼』活動ってことになりがちだが、俺のは違うよ」

 

「馬鹿な! 後罪(クライム)触媒(カタリスト)讃来歌(オラトリオ)なしで!?」

 

 

 告げられた驚愕の事実。この中では達也、美月、レオ、幹比古、エリカの五人程度が二重属性(デュアルカラー)を得ていたが、それを超えているとは恐るべしは遠坂刹那の能力値か……。

 

 というか最後のは何だよ……確かに『似ている』要素がないわけではないか……。

 

 

「まぁお袋の副産物みたいなものだよ……親父曰く『お前の『あくま』な遺伝子が俺の遺伝子を食い尽くした』とか言っていたし」

 

「どんな夫婦だよ……?」

 

「私生児だから正式な入籍はしていないはずだ。まぁ俺がいる以上、何かしらの情動があったんだろうけど」

 

 

 親父はどこかで野たれ死んだと言う刹那の眼に、一瞬、寂しさが宿ったのを何人かが視たが変わって、とりあえず秘密の暴露はいいか?と平河に問う刹那の姿。

 

 

「うん。ありがとう。そしてごめん―――無遠慮だったわ」

 

「気にしちゃいない。別に親父は魔術師としては「へっぽこ」だったからな」

 

 

 平河の謝罪に苦笑で返す刹那……しかし、達也としてはそれで収まらない。

 

 今までの刹那のプライベートな情報の散逸した情報を纏め上げるに、母親 『遠坂凛』は相当優秀な『魔法師』……『魔術師』『魔女』だったのだろう。

 

 ある種のエリート思考の人間が、情だけで子を為すものだろうか。その場合、刹那の父親はよっぽどな色男か多数の女性に好意を寄せられるタイプの人間だったはず。

 

 

 それもあり得るかもしれないが……。刹那はそれでも父親の話題を出すことは殆ど無い。それは能力が劣っていたからだろうか?

 

 

 達也と深雪も『母親』と『父親』の恋愛結婚の末に生まれたわけではないことぐらい、今となっては知っている。

 

 そして父親が、いくら『家の決まり』で別れさせられたとはいえ、元・恋人と情のある関係を続けていて、母が死ぬと同時に間を殆ど置かずに再婚したことなどは今でも心のしこりであり、再婚相手に家の敷居を跨がせたくないぐらいだ。

 

 

(だが、お袋が親父の血を求めたのは、やっぱり血統ゆえだ。なんというか……『そういったこと』(種馬扱い)では男としては少し同情は出来るか)

 

 

 しかし父親としては認められない。そんな達也のセンチメンタル(?)なものと重ねるのは、危険だがやはり刹那の父親にも『秘密』はあるのだ。

 

 

(刹那の母親 『遠坂凛』には、どうしても刹那の父親の『血』を取り込む目的があった……無論、ウチの家族と違ってもう少し情のある関係だったんだろうが)

 

 

 それこそが―――遠坂刹那というイレギュラーに近づく最大の要因―――最近、風間たちが手に入れた『セイエイ・タイプ・ムーン』という『アンジ-・シリウス』以上に謎の多い魔法師の情報にも直結するはずだ。

 

 

(無限の『魔宝』をたずさえし、聖遺物遣い(マスターレリック)……か)

 

 

 などと思いながらも、聞き耳立てていたであろう一科生―――ほのかや雫に混じって、知らない顔も多いのをドアを開けて勢いよく招待した刹那のイタズラに―――。

 

 

「やっぱり違うのか……?」

 

「「「???」」」

 

「お兄様の心が刹那君で占められている……!! この気持ち…まさしく憎悪よ!!!」

 

「あんた達兄妹はお互いの小宇宙(コスモ)を感じられるの!? アンドロメダの聖闘士!? うろたえるな小娘―――!!」

 

 

 色々とカオスになっていく場……これを狙っていたのか……と思いつつ、一度、風間なり……頼みたくないが『叔母』辺りに刹那の『出生』を洗ってもらいたくなるのだった。

 

 

 

 † † † †

 

 

 ブランシュ日本支部。その場所を密かに監視して、その動向を注視してきた一人は戻ってきたデスクにて、やる気がないのがデフォルトながらも真剣にならざるを得なくなっていた。

 

 場所は自分の妹が入学した高校から殆ど目と鼻の先だ。

 

 

 八王子の一角に居を構えた彼らの狙いなどようとして知れる。それ以外にも色々あるだろう。

 

 反魔法師活動を是とする彼ら―――本当に130年以上も前の共産赤軍活動家の如き彼らの動きは厄介なものだ。

 

 

「その活動を止められるとすれば、彼らが『暴走』した時だけか、厄介だねぇ」

 

 

 だが、それが人類社会におけるルール。けなげな努力を続けて法治国家として存続させてきた今日の社会。

 

 その社会において非合法活動を完全に暴力革命にシフトさせた時点で彼らに正しさは無くなるのだ。

 

 

「今までは武器を違法に所持しているという点でしょっ引ければ良かったんだが……狡猾すぎるな」

 

 

 部長もこの対応には焦っているのが分かる。明らかに『おかしい』というのにその一方で『正しい』限り……。

 

 今では武器弾薬などどうとでも隠せるのだろうという余裕がある。おかしい点を何とか掴みたいのに掴み切れない―――警察省の警察官『千葉寿和』にとってこれは厄介な案件となっていた。

 

 そんな風に自分と数名程度の人間しかいない課にて、来るべきものが来るのを待っていた……。

 

 

「警部! 頼まれていたもの持ってきました」

 

「ん、ご苦労様。さっそく見させてもらうよ」

 

 

 焦ってるな。部下である稲垣が入るやいなやこの態度。いつもならば、「そこに置いといて」ぐらいの気だるげな言葉が出るというのに―――年下の上司の剣客として、『兵法者』としての直感が働いた資料は―――いわゆる金の流れを示したものだった。

 

 上司のケツに火が点くぐらいには、大層な案件になりつつある……。その予感が稲垣を緊張させた。

 

 資料を一読。寿和の眼が鋭くなるのを見咎める。

 

 

「……やはりな。どう考えてもおかしい」

 

「おかしいですか? この『精肉店』からの注文書が……」

 

「古来、アレキサンダー大王以前、そして織田信長、武田信玄、豊臣秀吉しかりだが、いつでも頭を悩ませてきたものがある。それは兵糧の確保だ」

 

 

 現在の戦争においても補給の問題というのは、かなり死活問題だ。弾薬以上に燃料・食料・医薬品―――軍隊然り人間というのは一日『待機』しているだけでも多くのものを『消費』している。

 

 戦えば、それ以上の物資が減るわけだが、それでも『待陣』しているというのでも、多くの物が消費される。それが『大軍』であれば尚更だ。

 

 

「ブランシュの構成員の数など我々は分かっているが―――、それにしたってこの量はありえないな。一日ごとに『牛五頭分に豚が二十匹分』の肉だ。どんだけ『大ぐらい』がいるって話だ」

 

「しかも、この『光熱費』も……あり得ませんね。肉を焼けばその分、エネルギーが消費されるはずなのに、一般家庭と殆ど同じ分しかメーターが動いていないですよ」

 

 

 例え、何か―――自然に火でも起こして毎日BBQパーティーをやっている愉快な集団で、持っている刃物を咎めたとしても「あっ、すみません。僕ら金物マニアの定例集会なんです」なんて理由はまずありえない。

 

 まぁつまり肉のカットは精肉店の仕事。精肉屋としては大儲けでがっぽがっぽの後の税金徴収のあれこれでもちょっとした高額納税できるかもしれないが……。

 

 

「現実をいとも捻じ曲げられる『魔法師』にとって、ハウダニット(どうやってやったか)なんて問いは無意味。しかし、ホワイダニット(どうしてやったか)を問う意味はあるだろうな」

 

「……つまり『動機』があると?」

 

「もっとも簡単に解釈するならば『生肉を食わなければいけない存在』を内に擁しているということだ。如何に魔法師が人類を超越しているとはいえ、虎や獅子とそのまま取っ組み合いをして無傷で勝てるわけがないからな」

 

 

 凶暴な猛獣。もしくは何らかの『生物兵器』……噂程度であるが、新ソ連が先年のニューヨーク大決戦において遺伝子改良した生物兵器を利用したという話もある。

 

 それを想像して稲垣は唾を呑み込む。

 

 

「ペットにワニや大蛇を擁すれば……まぁびっくり兵器ぐらいにはなるかな……それ以上になれば、もう国防軍に出動要請だ。どうせ馬鹿にされるだろうが、部長に進言してくる」

 

「自分も――――」

 

「いや、上司のアホな推測に巻き込まれることはない。つーか俺の方が年下なんですから、いいんですよ『先輩』。杞憂に終わればそれで、妹にも馬鹿にされて上司に馬鹿にされて、ホント長男(管理職)なんてなるもんじゃないっすよ」

 

「前者に関しては『トシ君』にも一端の責任があると思うけどね……まぁ気持ちは分からなくもないかな?」

 

 

 制されて稲垣が門下生の頃か、彼がぺーぺー(新米警官)の頃のような口調になる『トシ』に苦笑をしてしまう。

 

 そうして今も喧々囂々の部長のデスクに向かう千葉道場の苦労人の栄達を願って、事務仕事を行っておくことにするのだった……。

 

 

 

 



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第25話『着火の前の騒動』

色々とアレな説明回を挟んで、ようやく原作の流れに復帰。


「それで、何で呼び出されたんでしょうか? 小野先生?」

 

「それはもちろん。遠坂君と話がしたくてよ。今日は色々と大活躍だったそうだしね」

 

「あの後、教員の先生方がやってきてわざわざいつも『面倒』見ていない二科生の実習を見ていたのは、実に滑稽でしたがね。いい見世物でしたよ」

 

「そんな大人をバカにするもんじゃないわよ。彼ら―――魔法科高校の教員の人達は研究者でもあるんだから、知りたかったのよ。今までの実像と違うものを見せられたからね」

 

 

 苦笑する学内カウンセラーの一人。小野遥だったが、それは刹那としては出来ない相談だ。

 

 

 そして不正やプログラムの改竄などが行われていないことを知ると更に、頭を悩ませる様子。研究者であるというのならば、目の前で起こったことを確実に直視してそれがどういう原理なのかを知るべきなんじゃなかろうかと思う。

 

 大人の立場でモノを言う小野先生に若干の反発を覚える。学問の習熟に年齢は関係ない。頭の柔軟さこそが思考力の原点なのだから。

 

 

「カウンセリングなんて受けなくても俺は十分、普通ですよ。友人もいる。可愛い彼女もいる。ついでに言えばご飯は普通にうまいし、行きつけの茶店の看板娘どもは小うるさいが、まぁ一般人と付き合える場所もある」

 

「そう言われると学生生活を満喫している。いわゆる昔に流行った『リア充』にも思えるけれど、ね。あなたのパーソナルデータを見せられてはちょっとね」

 

「変ですかね? 『両親』がいないことが」

 

 

 見抜かれている。と同時にコイツは何一つ自分に性的興奮を抱いていないことに内心怒りがこみ上げる。

 

 学生恋愛しているとはいえ、確かにアンジェリーナ・クドウ・シールズの15歳とは思えぬアメリカンなバディの前では、自分などただの年増かもしれんが……。

 

 

(おのれ響子! あんな『リーサルウェポン』が親戚にいるなら、もっと早くに言っといて!!)

 

 

 体のラインが出やすい俗に縦セーターと呼ばれるものを着て、2090年代の流行ではないミニのタイトスカート。セクシャルな装いをしたことが裏目に出た。

 

 どちらかと言えば『丸っこい』印象の遥では正直無理があるかもしれない。

 

 いつぞや知り合ってしまった小野遥にとって同年代のアイドル。自分も立ちたかった舞台にいた人を恨みに思う。そこまで誰かを恨むようなことはしたくない遥であったが、これには流石に恨むこともある。

 

 

「まぁね。生徒達には知られていないみたいだけど、シールズさんと同棲しているみたいだからね。何かあるんじゃないかと思って」

 

「九島からすれば、俺は腕のいいボディーガード代わりなんでしょうよ。その為だったはずですよ」

 

 

 そんな小野遥の認識に対して刹那も思う。表向きはそういうことだ。

 

 実際はUSNAの仕立て、一番出来るナンバー1,2を派遣したのだ。九島の本家からすれば、出来る『親戚』が更に優秀な『婿』を連れて、日本に帰化してくれるのではないかという期待もある。

 

 無論、ジジィは、こちらの思惑など何となく勘付いているだろう。別にいいけど。

 

 

「そうね。そのはずなんだけどね……。私はあなたが無理しているように見えるわ」

 

「そんなに変ですかね。『孤児の魔術師』(オーフェン)というのは」

 

「生徒の個人的事情に立ち入り過ぎるのは、どうかと思うけど―――業務だから」

 

 

 そういって電子のカルテとも言えるものを手にして顔を隠す小野先生―――どうやらカウンセリング……というよりも達也が受けたような『サンプリング』を受けることになりそうだ。

 

 

 そうして業務であるものを終えると、出て行こうとした刹那に対して唐突に声が掛けられる。小野先生は電子カルテに筆記をしながらである。

 

 

「……私はむかし、魔法科高校に入りたかった……一科でなくても二科であってもね―――BS魔法しか使えない私では入学試験はパス出来なかったけどね」

 

「……それでここに?」

 

「ええ、医科高校に入って色々あって―――まぁここに来たのよ。だからイチとニの違いなんてくだらないと思えた。選ばれた人間であるのに、どうしてそれを誇りに思って能力の差異はあれども、『団結』できないんだろうって」

 

「そりゃ簡単ですよ。人間も魔法師も『生物』としての性からは逃れられない……」

 

 

 同じならば奪い合い、違うならば攻撃しあう。『浸食』は生命体共通の使命―――命の本質である。

 

 

「外の人間からすれば、然程の違いが無い我々も大きく違う。そのことを理解してもらうための努力をしていませんからね」

 

 

 如何に人口減の社会となったことで多くの変化が起きたとしても、教育機関におけるこのようなスキャンダル。そうそう暴露出来ない。

 

 

「異能の力が社会に認知されず、誰もがその力を『俗世』に向けなければ……まだ今とは違った世の中だったのかもしれません」

 

 

『目覚めた』のならば、『悟り』。『隠れ』―――『仙人』になれば良かったのだ。

 

 超越者として修行の末に目覚めたのならば、佇んでいれば良かった……しかし、現実に魔法師は、俗世の欲に塗れ『肉食』の『酒悦』に浸ることもある。

 

 生臭坊主の極みなのかもしれない。仙人の道とは真逆の世界だ。

 

 

「モノが詰まり過ぎた我々は俗世の中で、生きて行かなければならない。ならば―――少しでも内側の対立を無くしたいんですよ」

 

 

 刹那にとってここは『異世界』だ。もしかしたらば……な繋がりがあるかもしれないが、あの時―――外にカリオンの執行者が大挙してきた時に、聞こえてきた声。

 

 その言葉と父と母の想いが未だに自分を生かす。

 

 

「鋏の託宣は下された。(えん)を気にすることはあれども、繋がることはないな」

 

「? どういう意味?」

 

「独り言です。まぁ―――あんたら『おまわり』さんの手を煩わせる事態にはしませんよ」

 

「!!!???」

 

 

 衝撃的な事実を告げて、部屋を出る。USNAの情報部から『ここはスパイ銀座』(第一高校)と呼ばれていただけに『ゾルゲ』には気を配っていたのだ。

 

 そして食いついてきたのが小野先生ということだ。そんな風に嘆息しつつ出ると―――側には愛しい人が立っていた。

 

 

「美人でオッパイがデカいカウンセラーに誘惑されているんじゃないかと心配だった」

 

「生徒会は?」

 

「今日のセツナの『第一革命』で、『てんやわんや』よ。ミユキも帰っていいって言われたわ」

 

 

 そっちにまで混乱が波及していたとは、それでいながらこちらに『出頭』を命じないとは……。

 

 

「小さいわね。今まで小兵だと思っていたのが『タネガシマ』を得て、『ドラグーン』に育ちつつあるだけなのに」

 

 

 呆れるような声と言葉で言うリーナに苦笑しながら、廊下を歩いていく。

 

 

「武力だけではダメさ。インテリジェンスもまた武器にしていかなければならない。最後に生き残るのは『文化人』みたいなのかもしれないし」

 

「イマガワ・ウジザネみたいに?」

 

 

 日本の歴史。特に戦国時代に興味を持つリーナ。前に刹那の家系が元々は武士で隠れキリシタンの家系だと言った頃からだろうか。

 

 まぁいいけれど、そう言う風な『未来』があってもいいだろう。魔法師だからと荒事に就かなくてもいいはず。

 

 今川のプリンス 今川氏真もまた戦国乱世の後の平和な時代に宮中儀礼の為に徳川家に重用されて、その血は後の明治政府―――その高官にもなるほどだった。

 

 武士の家でありながら、『文化人』として身を立てた彼の幾ばくかの幸運と乱世の早期終結が、未来を切り開いた。

 

 

「武士の家系だからといって切った張ったをしなくてもいい、同じく魔法師にも色んな道を歩ませてもいいんだよな。例えば―――広義の上での『芸人』とかいいかも」

 

「魔法師で役者(アクター)か……いいかもしれないわね。それ。―――リアルなプリズマキッドって感じ?」

 

 

 そんな何気ない言葉であったが……後に、刹那の後輩となる生意気な男子の一人(チリチリ頭)が、よもやテレビの大女優と共に舞台(イタ)を踏むことになるなどその時の刹那にとっては知る由も無いことだった……。

 

 ともあれ二人は夢想を終えて、現在の問題に取り組む。

 

 

「―――『写本』は残り200部といったところか、さてさて都合よく『激発の瞬間』までに間に合うかな」

 

「ミノルも『僕も欲しいよ。来年のために一部予約出来ないかな?』とか言っていたけど」

 

「安心しろ。一高だけじゃない。全ての魔法科高校に50部は配布出来るだけは用意する。と言った事を匂わせつつ返信よろしく」

 

 

 それを二科生に見せるかどうか、恐らく来年に入るだろうミノルのいる二高ではないが、『尚武』を掲げる三高では「普通科」なんだっけかな? そんなことを考えてから、USNAスターズとしての『任務』に戻る。

 

 

「それじゃ行きましょうか」

 

「ああ、今晩は『オムライス』だからな」

 

 

 変な符丁ではあるが、その言葉を皮切りに校外に出ると即座に行動を開始。カラスの使い魔に紛れさせていた『翡翠の文鳥』。

 

 宝石の簡易な使い魔だが、カラスの視界をジャックするよりはまだマシなものが見える。

 

 

 片方の眼で視えたものが、詳細なものを知らせる。

 

 

(やはり異界化しているな。誰だか分からないが……ここまでの工房を拵えて、何も気づかないとは―――)

 

 

 幹比古辺りならば勘付いていてもおかしくないが、それでも地脈の歪さを感じ取れないかな。

 

 ともあれ、偶然か狙ってか……ブランシュアジトに入り込んだアウトサイダーは、そこを完全に自分のものにしていた。

 

 

 寄生虫か、前時代的なコンピュータウイルスのようにそこに入り込んだアウトサイダーは、『蠱毒』の壺としていたのだ。

 

 

「早めに何とかしたいが、くそっ……何もしないからな」

 

 

 正しさを崩さない『反魔法師団体』。そして異国というアドバンテージが刹那の行動を遅らせていた。

 

 廃工場から上がる魔力―――それを崩すしかない。

 

 

「どうするセツナ?」

 

「吶喊を仕掛けて死ねやオラ-! でもいいんだけど……ん?」

 

 

 八王子の各所に仕込まれていた『式』を崩すなどという作業に飽きて、もう後先考えず工房消滅でも仕掛けてやろうかと思った矢先、ジャックした視界の中に三人一組の集団が見える。

 

 

「光井、北山、エイミィだ……」

 

「なんであの三人が?」

 

「―――稚拙な尾行だ。司甲を追っている……」

 

 

 その言葉で、向かう先が容易に知れた。市街地での魔法の使用は原則禁止だ。しかし、視えぬようにやるならば―――CADの使用がなければ分かるまい。

 

 早駆けのルーンと『隠形』のルーンを同時に発動。往来の人々の意識からも消え去るほどに鮮やかな手並みの後に星たちは動き出した。

 

 

「三人は!?」

 

「路地裏に入り込もうとしている……! あいつら、どこであの人が怪しいって思ったんだよ…… 仕方ないか、Gehen―――」

 

 

 焦るリーナの言葉に返してから脅かす程度でいいからと思念で付近にいたカラス達に命じるが―――。

 

 ぶつん! という音で、カラスとの繋がりが切れた。『断線』された。やったのは、『工房』の主だ。

 

 あちらも低級霊で対抗してきたようだ。こそこそ回るネズミのようなこちらを分かっていないとは思っていなかったが……。そんな矢先、翡翠の文鳥の方の視界に再びの関係者の姿。

 

 

「―――深雪が見えた」

 

「なんだか関係者が多すぎない!?」

 

 

 司先輩が達也に魔法での襲撃を掛けた下手人であるかどうかは分からない。実際、あれだけのステルスコート(偽装迷彩)となると、纏っているのが人間かどうかすら不明なのだ。

 

 

(後で問い質せばいいんだろうが、今は四人の安全確保が最優先か)

 

 

 リーナの驚愕の言葉に同意しながら、三人が入り込んで深雪が次いで入り込もうとした路地裏で追いつく。

 

 工房への『入口』で立ち止まった深雪は何かに『気付いている』様子だ。

 

 

「ストッッップよ!! ミユキ!!!」

 

「リーナ!? それに刹那君も!?」

 

 

 殆ど足先に火花が走るのではないかと言う勢いで急停止したリーナとこちらの姿を見て振り向いた同級生。

 

 

「北山たちは、この先だな?」

 

「え、ええ。何で―――?」

 

 

 種明かしとして翡翠の使い魔。文鳥(スパロウ)を呼び戻して、深雪の周囲に飛ばす。

 

 

「ドローン?」

 

「そんな所だが、何とも味気ない。使い魔とか言えないのかな?」

 

 

 神秘の分野から遠ざかったのが魔法師とはいえ、ロマンがない気付きである。

 

 嘆くのは一瞬。入り込もうとした路地に結界が張られているのを確認。すぐさま左手で虚空に手を当てて解除を試みる。

 

 

「イヤな空気がしたでしょ? 入るのを躊躇ったのは正解よ」

 

「ええ、リーナは分かるの?」

 

「何となくだけど、ね。不用意に入ればどうなったかは分からないわよ」

 

 

 リーナは自分との接触。『肉体的』なものも含めれば多いからなのか、『こういったこと』(神秘の分野)を感覚的に理解しつつある。

 

 後ろの会話を聞きながらも――――。術式の解除が完了する。

 

 

「外れたんですね…?」

 

「ああ―――行こうか」

 

 

 別に手を外したわけではない。虚空を掴む手はそのままだというのに、魔力も放っているというのに……。

 

 

(恐ろしいね。確かに単純な戦闘力でならば、こちらに利はあるが……)

 

 

 深雪の洞察力に恐ろしく思いながら、三人で路地裏に入り込むと、すぐさま見えるもの。

 

 

 肉体を『倍加』させた裸身の大男と大…女だろうものが、北山たちを囲んでいた。

 

 

 左右の雑居ビルの壁面に張り付いている黒い犬のようなものも含めてヤバい事態だと悟る。

 

 

「オオオオオオオ!!! アアアアア!!!!」

 

 

 もはや明確な言語ではない言葉で威嚇する連中相手に北山たちも怯えている。

 

 この中で一番速かったのは深雪だった。

 

 一高総代として主席の実力を如何なく発揮する術―――放たれる冷気は、北山たちを避けてものの見事に路面から壁面までを氷漬けにして、犬の足場を無くしたが―――。

 

 犬は、大男―――ほんとうに力士以上の肉体をしたのに覆いかぶさり、その身と同化―――そうとしか言えない現象で、身を毛むくじゃらにさせた。

 

 

 無論、冷気は大男に襲いかかるが、さほどの効果を発揮しない。少しの怪訝さを覚えてから、起動式を読み込もうとした刹那。

 

 

「肢を止めろ! Fünf!!」

 

 

 術の補助なのか、刹那が走り込んだ時に見えた―――『サファイア』、見事な宝石を見てから指示に従い足に干渉力を発揮する。

 

 刹那が足元に投げ込んだサファイアを基剤に、大男の肢が凍結した。

 

 

「ふっ!!!」

 

 肢を刈り飛ばす蹴り。一高の制服が汚れるのも構わず放たれたそれで大男は路上に重々しく崩れる。

 

 

「オオオオッ!!!アアア!!!」

 

「Drei!!」

 

 

 今度は大男の奥にいた大女相手に頭上にサファイアを投げ込む刹那。先の戦闘を覚えていたのかいないのか、頭上にあるものを見上げた一瞬。

 

 

『『It's Fiststar!!(Stern erster Größe)』』

 

 

 呪文と同時に刹那の左手とリーナの特化型CAD『カンショウ・バクヤ』から―――綺羅星の如き光が幾つも放たれて、昼の世界を輝かせながら大女の巨躯の全身に命中。

 

 

 巨躯の大半を消し飛ばすも、即座に『巨躯』を埋めるかのように肉が蠢き、再生を果たそうとした瞬間。

 

 投げ込まれていたサファイアが頭髪が殆ど無い頭に着弾。氷漬けになることで呼吸を無くし意識を飛ばされたからか、再生が止まり―――再び巨体が路上に重々しく落ちる。

 

 

「ふむ……とりあえず大丈夫か?」

 

「えっ!? う、うん大丈夫だけど―――この人たちは……?」

 

 

 一番最初に気付いた光井が代表して、答える。一応、ケガをする寸前だったというのに、見るとエイミィに抱かれている北山は、眼が腫れていた。

 

 見ると制服も汚れており、立ち向かって攻撃が掠ったようだ。

 

 

「長くは無いな。というよりも―――もう『死んでいる』んだよ」

 

「えっ……!?」

 

「それよりもエイミィ。北山貸してくれ。治療する」

 

 

 驚く光井から眼をそちらに持っていき、特に抵抗は無く、こちらに預けられる北山の目元に術式を投射。現代魔法の治療術とは違い、逆行させた北山の目元が徐々に健康体になる。

 

 

「っ……」

 

「雫! 大丈夫!?」

 

「うん、なんか痛い所が無くなった………ッ!!!」

 

 

 光井に答えた後に、抱きしめていたのが刹那だと分かった瞬間に、少し身を竦める北山。まぁ同年代の男に抱き留められていたのだから当然か。

 

 

「立てるか?」

 

「……もう少しこのまま」

 

 

 おかしい。治療術の効きが悪かったのだろうか。顔を赤くしている……それは俺に抱きしめられているからとか、そういう勘違いはしない。

 

 ただ……とりあえず、北山たちを路地裏から脱出させるしかない。あまり長居していていいものではない。としたが――――。

 

 

「セツナ、私がシズクを介抱するわ。あなたはここの処理を―――お願い」

 

「……分かった。頼む」

 

 

 足を向けようとした瞬間、リーナからの言葉で役割が交換される。まぁこういうのは俺の役目か。

 

 

「リーナ……!」

 

「……セツナにはセツナにしか出来ないこともあるわ。それだけよ。他意はないわ」

 

 

 半ば乱暴に、北山に肩を貸したリーナが睨むような北山に告げた言葉。何だかケンカしているように見える。

 

 まずったかな。と思いながら女子陣の脱出を見送ろうと思った時……深雪だけが、この場に残った。

 

 

「意外だな」

 

「そうですか? 私も当事者の一人ですし、あなたの『殺屍』の片棒を担がされたんですから、少しは事情説明が欲しいんですよ」

 

 

 確かにそうだが増援がいないとも限らない状態で長話は不味い。とはいえセツナとしても珍しい組み合わせを自覚する。

 

 こうして色々と手を出せばおっかない『ガラスのような美少女』と二人っきりというのも、凍える思いだ。

 

 

「どうしてもあなたと話す時にはリーナがセットでしたから、そうじゃないですか刹那君?」

 

 

 そして刹那にとって深雪がいる時には、達也がいた。そんな風に言ってやろうかと思ったが止めといた。面倒である。

 

 

「……まぁいいだろう。こいつらは『リビングデッド』。もしくは『ゾンビ』でも『キョンシー』でもいいが、まぁそういった『死体人形』だ」

 

「根拠は?」

 

「如何に凍結したとはいえ――――こんな傷口から出血一つ無いと言うのはあり得ない。更に言えば、こいつらの筋肉と脂肪の割合からしても『この状況』でならば、鮮血があってもいいはずなんだ」

 

 

 深雪も気付かなかったわけではないが、相撲取りの二倍近い巨躯の人間という現実にはありえなさそうなものを見て少し頭が麻痺していたようだ。

 

 皮下脂肪の多い…たとえばアザラシなどのような動物は、極寒の地域でも動くこと可能な理屈の一つである。

 

 

「更に言えば、お前の魔法が効かなかった理由はこれだ」

 

 

 どっからか取り出した小剣。それを持って大男と大女の背中を切り裂いたセツナ、一瞬眼を背けたくなってしまうが、やはり鮮血一滴飛び散らない様。

 

 切り裂いた背中を恐る恐る見ると、そこには――――。

 

 

「アンティナイト!? しかもこんな大量に!!」

 

 

 抗魔力の結晶体が、びっしりと筋肉と脂肪の間に仕込まれており、それが骨折などの手術跡でないなど明白であった。

 

 

外部(すはだ)にあるものであれば、深雪の干渉力でならば突破できるが、内部(ないぞう)に仕込まれたものは、そりゃなかなか無理筋だわな」

 

 

 同時に死体とはいえ、人間の身体にこんなことをするなど、下手人がまっとうな倫理観など持ち合わせていない証拠であった。

 

 

「理屈は分かったな。あとは女の子が見るもんじゃない。これ以上は達也にぶん殴られそうだ」

 

「お兄様はそんなことで怒りはしません」

 

「そうか? いや、怒ると思う。深雪になんてもの見せているんだ!? って言ってくる」

 

「………リーナにも見せたくない顔があるんですか刹那君にも?」

 

 

 それは当然ある。どうやっても見せてしまう場面はあったが、見せなくてもいいものは見せていない。

 

 自分の冷徹な『執行者』としての顔を―――。その苦悩を察したのか深雪もようやく聞き分けよくなる。

 

 達也と一緒の時とは違うんだな。頑固だ。少しだけ印象を変えておく。

 

 

「……分かりました。では、この方たちの『ご供養』、よろしくお願いしますね」

 

「ちなみに、知り合いに坊さんいない?」

 

「生憎いたとしても『生臭坊主』の類なので、役に立ちません」

 

 

 嘆くように言われ、誰のことやら? そう思いながら、深雪が見えなくなると同時に、聖句を唱えて霊魂と肉体と精神の安寧を祈り―――『奇蹟』が降臨。

 

 消え去る死者の肉と霊―――後に残されたのは大量の『セファールの石』。

 

 

「形見分けってほどじゃないが、お前さんたちをこんな目に遭わせた奴らのために使わせてもらうよ」

 

 

 路上に落ちた石を懐に収めてから路地裏から脱出。奥に進んで吶喊してやろうかと思うほど、状況は良くない。

 

 こっちにとって好転できる材料が欲しいのに、なかなか出てこないのがもどかしい。

 

 

 よって――――。

 

 

「「「「「いただきまーーーす!!」」」」」

 

 

 アーネンエルベにて、ミルクレープ、ホールで3セットを奢る羽目になったのは何故か? 解せぬ。

 

 つーかあんなことあったのに、タフな一高女子一年(Aqours)の精神に乾杯(ブロージット)である。それしかいえねぇ……。

 

 

「刹那、あーんして、食べさせてあげる」

 

「セツナ、こっちの方が美味しいよ? 私の愛があるから♪」

 

「私にも愛はある。リーナには負けない」

 

 

 左右を陣取ったリーナと北山……雫と呼べと言われたから、そんな風に餌付けをされそうになる始末。というか二人して俺を境に睨みあわないでほしい。

 

 そんな様子を激写するエイミィに苦虫を噛潰すも……女子会に男子一人というものが、斯様に辛いものであるかが分かった瞬間であった……。

 

 そうしながらも、聞くべきことを聞かねばならないとして、激写中のパパラッチだか探偵だかを気取るエイミィにまずは問い質す。

 

 

「で、なんで司先輩を追っていたんだよ三人して? お前たちが達也襲撃の下手人の動画撮影者なのは知っているんだぞ」

 

「おや、それ聞いちゃう? そして、バレバレかぁ こりゃ参った! まぁ『ロマン先生』が、動画に移る迷彩に『フィルター』を掛けたんだよ。そしたらば、そこにはあの人の姿がね」

 

 

 ミルクレープの『層』をめくってそこに『挟まれている果物』を確認してから食べるエイミィが、気楽な様子で、そんな風に言う。

 

 エイミィ、光井、雫の美少女探偵団(自称)にとってのエルキュール・ポアロだか、ミス・マープルも同然に解決策を見出した教師のにやけ顔を見て、あの人何者だよ。と思う。

 

 まぁ電子機器やコンピュータープログラムに詳しくない刹那ではどうしようもない話だった……そう終わらせたが、美少女探偵団(自称)以外の面子で達也とてあの映像に解析を掛けていたことを知っている深雪は、少しだけ怪訝な想いを覚えた。

 

 

 ――――そして、そんな日から休日も挟んだ上で、1週間ほど経った日……。

 

 

 件の『女子会に男一人』の写真を見て粛正に来た五十嵐 鷹輔(しっと団所属)にアイアンクローを掛けていた時だった。

 

 

『全校生徒の皆さん!! 僕たちは学内の差別撤廃を目指す有志同盟です!! 僕たちは生徒会と部活連に対し、対等な立場における交渉を要求します!!』

 

 

 五十嵐の声以上に響くスピーカーの声で、遂に来るべき時が来たのだと理解するのだった……。

 

 

 



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第26話『獣の影―――そして、迫る論争』

おおっ! 三田先生のFGOトレンドが一位入り。

おめでとうございまーす!! 俺も、俺もバサスロじゃないのが欲しいんだよぉおお!!(泣)


そろそろ久々の戦闘回に入るかと思いますが、もう少しお待ちください。


 立てこもった連中の要求を、どうしたものかと誰もが扉の前で思案する。

 

 

 強引な解決をすれば、それはそれで再びの諍いを生み出す。後顧の憂いを断つ意味でも、一度彼らの要求を呑むべきだという意見。

 

 喧々囂々の様ではないが意見の割れを見て―――。刹那は立ち上がった。

 

「みんなまどろっこしく考えすぎだ……」

 

「待て刹那」

 

 

 武力介入の意思を見せた『ガンダムエクシア』に『アトラスガンダム』が立ち塞がろうとしたが―――。

 

 それよりも早く進み出た刹那が扉の前で手から魔弾を放つ。サイオン(GN粒子)の昂ぶりを見た上での達也の警告が何一つ意味を為さなかった。

 

 

 そして魔弾も『意味』を為さなかった。魔力弾が扉に接触する前にバチバチと扉の前で稲光を上げる。同時に周囲が昼間以上の明かりに包まれた。

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

「……因果応報陣(カウンタマジック)か、面倒なものを」

 

 

 誰もが驚く中、予想していなかったわけではない刹那の呟きが雷光の音よりも響く。

 

 

「籠城なんてしてどうするのかしらね?」

 

「入れないならば強引な解決が無理。となれば、こちらは、会頭の案を選択するしかない。そういうことでしょう?」

 

 

 前半はリーナに応えて、後半は周囲に対してのもの。とりあえずとはいえ、随分と過激な手段を取る。

 

 というかCADも無しでよくやるものだ。その辺りが刹那と達也の差か。

 

 

「冗談では済まされないぞ。こんな魔法を使って! 迂闊に飛びこんだら被害が及んだんだぞ!!」

 

「あちらも本気ってことでしょ。『銃口』向けてでも変えたいものがあるならば、己の本気度を見せなければならない」

 

 

 少し焼けた左手を一振りして回復させた刹那はすぐさま、そのカウンタマジックなるものを解除しにかかる。

 

 渡辺委員長の言葉も、遠いことのようだ。

 

 

「offen―――これで問題なしです。しかし、後は物理的に破壊するか出てもらうかのどちらかです」

 

 

 指揮棒(タクト)を振る様に指を動かしていたが、最後に魔法陣を投射した刹那によって扉に手を掛けられる状態となった。

 

 だが扉は完全な電子的かつ物理的な施錠状態だ。無理やり蹴破ることも可能だろうが……。

 

 

「それで、この後はどうするんだ?」

 

 

 刹那に問いかけると意地の悪そうな顔をして『策』を授ける……無論、達也も考えてなかったわけではない。

 

 

「さぁ? ただこういう革命家崩れをどうにかするには、先ずは『呼びかける』ことじゃないか? 達也、『二・二六事件』って知ってるか?」

 

「原隊復帰を呼びかけろということか……分かった。それならば―――」

 

 

 そうして、中にいるだろう壬生紗耶香のナンバーを手に入れていた達也のコールの最中に会頭が聞いてきた。

 

 

「何故、扉の前にあんなものがあると分かっていた?」

 

「カン―――というわけではないですが、まぁ、『あちら側』が五月蠅いのでね。いい加減何かしてくると分かっていたんですよ」

 

「……ブランシュ日本支部を探った協会の魔法師数名が行方不明だ。手練れで軍事教練も受けていたんだが―――」

 

「殺されたと考えるのが自然、次善としては『改造』されて『操作』されているか、まぁどちらにせよロクなものではないでしょうね」

 

 

 会頭の言葉に遅かったか。という思いだ。ここ一週間ほどは『写本』の作成にかかりっきりで、どうにもそちらが手落ちになっていた。

 

 しかし、正しさが崩れる日は来た。ようやく奴らを血祭りに上げる日がやってきたのだ。あちらにとっての『怒りの日』(Dies irae)が迫る。

 

 

 ―――そして最初に怒ったのは、扉を開けさせた結果、自分以外を拘束したことで騙されたことを悟った壬生先輩だった。

 

 掴みかかられた達也。その手を拒もうとしたが、壬生先輩の動きは予測よりも速く容赦ないものに変わる。

 

 

((特殊拳法!?))

 

 

 達也と刹那の内心が重なる。喉元を狙った手刀を小刻みに動かし眼の側を過ぎる。通り過ぎた手刀を追って体ごと達也に仕掛ける様子。

 

 無論棒立ちではないが、廊下という狭い空間ゆえに達也も思い切った反撃が出来ない。

 

 肩口から入り込む衝撃を同じく肩で受け止めた上でそのまま回転するようにして回り込み、壬生先輩を後ろ手に拘束した。

 

 

「っ!!!」

 

「……女子に対するやり方でないことは分かりますけど、こっちも眼球を狙われたんです。これぐらいは勘弁してください」

 

 

 鋭く後ろの達也を睨みつける壬生紗耶香。流石にこの状態では手の骨を外すことでしか反撃できない。

 

 ……そこまでのことは出来ないようだ。少し安堵する。

 

 

「そして何よりそんな行動を取った壬生先輩の安全の為です」

 

「すまんな―――深雪、落ち着いてくれ」

 

 

 周囲の壁と窓に結露が出来上がる。どうやら刹那が火の術式か何かで留めてくれたようだ。

 

 

「……分かりました。次はありません」

 

 

 底冷えするような声で壬生先輩を威圧するは深雪。誰もが「こええ女」。と認識を改めた。

 

 そして十文字会頭の言葉でまぁ……体のいい言い訳が付け加えられた。別に問題はないはずという達也と違い……。

 

 

「昔のドラマにあったよなぁ……不良が放送室に立てこもった後に、要求を呑んだはずの教師側が呼んでいた警察に取っ捕まえられるってのが―――」

 

 

『金で八なドラマ』なんてレトロすぎるものを思い出していた刹那は、そうでもなかったようだ。

 

 

 そうして、結局……交渉のテーブルにに就くことを望んだ七草会長の取り成しで、この場は収まった。収まったのだが……。

 

 具体的な『条件交渉』は、翌日になりそうであり、一言だけ壬生先輩に言うことに……。

 

 

「あー壬生先輩、一ついいですか? 『これ』誰からもらったんですか?」

 

「……『知り合いの女の子』からよ。魔除けのおまじないがかかっているって言うから、放送室の扉が魔法で壊される時に弾いてくれるって」

 

 

 弾くどころか逆撃を食らわされたと言いそうになった渡辺委員長を制して……。少し陰鬱そうな壬生先輩に、もう一つ要求する。

 

 

「んじゃもらっていいですね?」

 

「ええ、どうぞ……君はこの学校をどうしたいの?」

 

「はい?」

 

 

 唐突な質問に刹那は問い返す。あまりにも突拍子も無い言い方だったことは彼女も自覚したのか言い直してくる。

 

 

「あなたの噂は私の耳にも届いている……『そんな方法』があるならば、何も一科二科なんて区別を付けなくても……」

 

 

 スペアだ。補欠だ。そんな風に言われて区別されている原因は、やはり魔法能力の伸び悩み。そこに帰結する。

 

 ならば、それがどうこう出来る方法ならば、何であろうと飛びつく。しかし、異常なまでの『強化』をすれば、『処分』もされる。

 

 そこに刹那の『手法』は画期的すぎた。画期的すぎて……これが新たな火種に繋がることは間違いなくて―――。

 

 

「『望む』ならば、二年生だろうが三年生だろうが、『二科』で伸び悩んでいる方全員にお教えしますよ」

 

 

 ぎょっ!! とするのは三巨頭と、ここにいる風紀委員……達也除きの全員が、顔を強張らせる。

 

 一年女子二人は何とも思っていない。寧ろ、喜んでいる。『あんな簡単なこと』で自身が高まると言うのならば、魔法師社会全体にプラスでしかないのだから。

 

 そう『素直』に考えられないのは、大半が『体制側』である証拠だ。

 

 

 面倒だなと刹那は考えつつも……最後に――――。

 

 

「ああ、けれど俺の時間も有限で、リーナといちゃつきたい時間もあるんで、出来るならばまとまって大勢で来てくださいよ。一人一人は面倒だし、その度に幹比古呼んでくるのもあれですし」

 

「すっかり助手扱いだな。まぁいいが」

 

 

 横から口を出した達也。不機嫌そうな顔は当然かと思い、言い訳をしながらおどけて問い返す。

 

 

「舎弟にしているわけじゃないっつーの、絡まないでくれよ。お前も噛みたいの?」

 

「ああ、幹比古に嫉妬するな。俺とレオとエリカと美月も混ぜろ」

 

 

 マジかよ。と思いつつも、達也としても色々と興味があるのだろう。CADに登録する魔法式の暗号化もあれこれ考えているのだろうか……。

 

 技術者肌の達也に、それはいい傾向だな。と思いながら――――。壬生先輩を達也と共に見返す。

 

 

「……考えておくわ。ありがとう」

 

「別に出来ることをやらないほど意地腐れじゃないんで、気にせずに」

 

 

 気の無い手振りで、壬生先輩を送り出すと全員の視線が集まり―――自然と『橙』の魔眼が発動しそうになるのを止める。

 

 

「この一週間、君は二科生の実習に度々紛れ込んで……そして、二科生たちの魔法力向上を手助けしてきた。それ自体は喜ばしいことよ。二科の皆が、伸びてきている……けれど、それがカリキュラム外の力によってというのは……」

 

「そのカリキュラムが役立たずだから毎年一学年ごとに10人ずつの退学者を出して、下手に魔法を使った連中が魔法力を失って野に降る。ちなみに言えば、これ自体は一科二科関係ない現象でしょ?」

 

 

 もっとも、一科が退学になるのはやはり『魔法能力』の喪失ゆえだ。二科はカリキュラムを上手くこなせない。つまり成績不振からの退学である。

 

 そんな風な裏事情を知っていただけに教職員たちに裏側も言うと誰もが反論出来ない事態。廿楽教官と栗井教官……ロマン先生だけは、こりゃ参った。一本取られたね。な苦笑をしていた。

 

 七草会長の言葉はまっとうな人間の意見としては正しい。正しいだけで『毒にも薬にもならない』お仕着せの理屈とくわえられるが。

 

 

「若さが求めるのは、純粋な『力』。持たざる者は持つ者を羨む。何故ならばそれが生物の本質だから、そして俺の理論は少なくとも紀元前、『魔法』を作り上げた『魔術王』にも通じるものですので……念仏以上に広まった理論ですよ」

 

「B.C.(ビフォアクライスト)? 誰の事?」

 

「すっごく偉い人。ちょー偉い人。まぁ……シャムシール・エ・ゾモロドネガル(エメラルドの剣)を携えし、偉大なりし王―――」

 

 

 という所で、どこからかやってきたのかロマン先生が、手を叩いて気付けをするようにしてきた。

 

 決して大きくないが絶妙のタイミングでの手叩きはまるで魔眼の手腕のようだ。

 

 

「はいはい。少なくとも心ある一年一人を吊し上げて、責め立てようなんて先輩の態度及び日ごろから偉ぶっている人間(一科生)たちの態度じゃないよ。特に七草。キミはひどすぎる。先程は壬生に対して、まるで御前交渉をするかのような態度でいながら、今度は人の真意を問い質すなんて、疑心持つ人間ゆえの生臭い行動だ。臓腑の生臭さがするよ」

 

「………。すみません……色々とありまして」

 

「うん。刹那のやり方は教職員でも是々非々で喧々囂々だ。そして師族の系譜だろう君の苦悩は分かる。だが今は『目の前の事』に集中したまえ。足元を掬われるのは、こういう時だ」

 

 

 ロマン先生の言葉に苦悩を滲ませる七草会長。しかし、結構言うものだと思える。ロマン先生は、魔法師としては若輩だが……中々に視点が面白い教官であり、刹那としては『似た匂い』がして少しうれしい。

 

 刹那の計画に乗ってくれるかな? ぐらいには期待したい。

 

 

「それじゃ、この場は解散。そして放送機器のチェックは僕らの仕事だ。君達は帰宅。個人的に集まりたいならば、まぁ勝手に。いいね?」

 

 

 そうして魔法科高校にしては教員らしい教員としての態度で解散を命じるロマン先生の口ぶりは有無を言わせないものだった。

 

 各々、めいめいの体で帰ろうとする面子。その流れから少し離れて帰ろうとした瞬間―――。

 

 

「刹那。その『呪いのトパーズ』。さっさと何とかしなよ。あんまり持っていてもいいものじゃないからね」

 

 

 壬生から譲られて、がめようとしたわけではないが、何となく見透かされた感がある言葉。その言葉に素直に従いつつも、やはり……試すことを考えるのだ。

 

 

 ―――とはいえ、その日は素直に帰宅。十文字会頭の報告内容から『時間』は無いということを緊急で『大統領補佐官』に伝える。バランス大佐もオンラインで同席しての報告。

 

 

『分かった。いざとなればキミの行動制限はすべて解除。同時にそちらの『協会』も押さえつけよう』

 

「出来ますか? 俺の印象ですが、こちらの魔法師達は政府上意の命令にすら『抗命権』を行使しかねませんよ」

 

『―――『獣』が暴れて、東京都(City Tokyo)が丸ごと『日本列島』から無くなるのを懸念するぐらいだったらば、どんな不利な条件も呑むさ。いざとなればベンも呼ぶ……ニューヨークでは、こちらの決断の遅さが仇となった。キミの忠告を素直に受けるべきだったよ。セツナ君』

 

 

 恐怖しているのだろう。俯くケイン・ロウズ大統領補佐官にとってニューヨークの決戦は、正しく……彼に一皮剥けさせる切欠であり、彼の原点で、政治的汚点だった。

 

 知らずに汗を掻いているロウズ補佐官の胸中を慮る。そしていざとなればのフリーハンドの手形も得た。今はそれでいいはずだ。

 

 

『すまんな。今、横須賀基地に急行させる手続きを取っている……間に合うかどうかは微妙だが、お前たちだけでも回収する』

 

「それは、あまり聞きたくない決意でしたね」

 

 

 リーナがバランスの言葉に厭な笑みを浮かべる。当然だ。『ここ』を見捨てるなどもはや出来そうにない。

 

 だから全力を尽くす。それだけだ。

 

 

『……私的なことを言うが、姪とも言えるアマリアちゃんも君達がいなくなることを願わない……生きていてくれ』

 

「ありがとうございます。ですが、負けるつもりはありませんし、死ぬつもりもありません―――勝利を祈っていてください」

 

 

 ロウズ補佐官の言葉に決意を述べて、その日は終わる。

 

 

 終わると言っても、まだ就寝出来ないのだが……。

 

 

「このまま『逃げ出せれば』いいんだけどな」

 

「……それがセツナに出来るならね。無理よ。アナタはもう、『立ち向かう』ことを決意している……」

 

 

 柔らかなソファーに身を預けながら、その柔らかさが今は泥のように心地悪く感じられる。

 

 そして隣に座ったリーナの言葉に、見透かされてしまっていることに嘆く。

 

 そう――――ここで逃げ出しても、『何も変わらない』。獣―――『ビースト』は、いずれ人類を『愛する』が故に、人類を『滅ぼそうとする』。

 

 

『人類悪』の本質は、『人類愛』……ニューヨークに現れた『ビースト』は、『人間主義者』たちの願いがゆえに出現した存在だった。

 

 彼らは魔法師たちこそが人類史を穢す存在であると信じた集団だった。その願いに呼応したがゆえに、『ビースト』はまず、自らの信奉者たちを『変成』させた。

 

 

 魔法師がいない世界を『創世』するために、魔法師になる可能性がある人類全てを『抹殺』するというその巨大な『願望』ゆえだったと今は推測。

 

 

 本来ならば『手勢』など必要としない『ビースト』がやったことでニューヨークは、再びのグラウンドゼロ……になりそうだったのだ。

 

 

「あの時は、本当に心配したわ。いくらアナタのお父さんとお母さんの『刻印』が、精一杯生かそうとしていても、死の淵を彷徨っていたんだから」

 

「ああ、本当に―――君の声がなきゃ親父とお袋に会いに行っていたかも……」

 

 

 食い止めたのは、刹那の秘奥ゆえだ。(とど)まれたのはリーナの言葉ゆえだ。そして……失われしオニキスの意識。

 

 あと、何度『失えば』、俺の人生は終わるのだ。もしも今度は―――リーナが、失われたら……。今度は俺がその『地位』を襲名するのか……。

 

 

「……今ならば逃げられる。俺ならば君を連れて『第二』で、違う世界に行ける。この世界の人理なんて知った話じゃない。俺には君さえいれば、リーナさえいればいいんだ……」

 

 

 真剣に、本当に考えた結論。何度も考えた。全能の力を持つがゆえの『逃亡』。超人として戦うか、逃げ続けるか―――。そんな事ばかり考える。

 

 考えて実行に移すかどうかを考える。考えた段で―――決断できない。リーナの顔を見て言う。不安で揺れるこちらにリーナは真剣な眼を見せる。

 

 

「嬉しいわ。セツナ―――本当に本心で言ってくれている。分かるわ。今……私ならば決断できること―――けれど無理よ。繰り返すけど、もうセツナは立ち向かうことを決めているわ。ワタシの決断云々じゃないわよ」

 

「………」

 

「ワタシがアナタだけを選ぶ可能性は九割よ。もうママとパパには悪いけれども、未来の孫の為にリーナは駆け落ちしますぐらいは言える……残りの一割は、アナタの罪を考えてしまうのよ。もう答えなんて決まってるのよセツナ」

 

 

 ああ、そうだった。そうでしかなかったのだ。ならば全力を尽くすしかない。

 

 

 あれは確かにこの世界に生まれたものかもしれないが、その発端はもしかしたらば自分の世界の『ロクデナシ』どもかもしれないのだ。

 

 ならば、そこから逃げられないし、何より『見捨てるには多すぎて、大きすぎる』ものばかりだ。

 

 

「どこまでも身軽にはなれないんだなぁ。オレは―――」

 

「なりたいわけじゃないでしょ? なったらなったでセツナは『破滅』に向かうわよ?」

 

「……そうかも、否定できないのが嫌だ」

 

 

 ごろん、とでも擬音が着きそうな勢いでこっちに体重を預けてきたリーナを受け止めて、その髪に指を這わせる。

 

 この『重さ』が自分をちゃんとさせてくれる。背負わなければ、どこまでも流れる。その果てに行くには早すぎる。

 

 

(そうだよな)

 

 

 物言わぬ魔術礼装。それが『普通』だった。しかし、言ったのだ。礼装は―――オニキスは―――。

 

 

『必ず戻ってくる』

 

 

 と、その言葉を忘れない。忘れずに止まり、目の前に見えるものから逃げないで向かっていくしかないのだ。

 

 

「うしっ! んじゃ明日から戦闘準備だな。それと七草会長に、発言の機会を貰うか」

 

「まさか……交渉の討論会で『決める』の!?」

 

「ああ、恐らくその日に奴らも動く。ならば、その日に全てを決するさ」

 

 

『そちら』と『こちら』を分けてやると思っていたリーナは、驚いて振り向き、こちらの胸板に豊かなバストを圧しつけながら聞いてきた。

 

 その感触にまずまず満足しながらも、決めたならば、最後までやって見せる。そう言う決意である。

 

 

「最初っからそうするべきだったんだよ。獣だかアウトサイダーが、二科や技量の低い魔法師達の心の隙間に入り込むならば―――」

 

 

 その目論みを全て水泡に帰すべく痛恨の一撃を与えるべきだったのだ。

 

 

「奴らを弱体化させるためには、『そこ』だったんだ。魔除けの鈴を鳴らすべきは……眼を覚まさせるためには―――」

 

 

 そこを叩く。こちらの答えに驚き、考え込み、ため息、次いで微笑。そして笑顔。

 

 

「まったく―――なんだかセツナはワタシを時々、非常識(クレイジー)だの何だのって言うけど―――アナタの方が非常識じゃないかしら?」

 

「俺のは非常識じゃない。全員が当たり前だと思っている『常識』を『未来の常識』として教えているだけだよ」

 

 

 むしろ、魔術師的な感覚では『過去の常識』かもしれないが―――まぁとにかく―――。決めたのだ。

 

 そんな風に決意していたというのに、この本質的ポンコツ娘と来たらば……。

 

 

「それって屁理屈って言うんじゃないのかしら!」

 

「ちょっ! お前どこ触ってるんだよ!? さっきまでのシリアスぶち壊しにするようなことは止めてくれない!!」

 

「万が一の時の為に『残しておかない』といけないでしょ? 大丈夫。シングルマザーでも立派に育ててみせるから♪」

 

「フキツ!!」

 

 

 決して『不潔』(フケツ)の言い間違いではないリーナの攻撃を何とか躱してから、今日は大人しく就寝することを説得する。

 

 懇々と沢庵和尚か一休宗純の如き説得交渉の結果であった。

 

 

 ともあれ翌日から行動開始―――。まずは明日の討論会にての自分の発言を取り付けることに成功。

 

 

「何をする気なの?」

 

 

 緊張した面持ちの七草真由美の顔と泰然としているようで緊張している十文字克人。そして、少し事情に疎い渡辺委員長を相手に宣言。

 

 

「問題の解決。そして抜本的治療の開始。『ジジイ』辺りから、もうそちらに通達があったんじゃないですかね?」

 

『『!!!!』』

 

 

 その場には、達也と深雪はいなかったが、いたらいたで問い詰められていたのではないかと思う。交渉と言う名の『恫喝』であった。

 

 もはや形振り構っていられなかったので、十師族にとって一番の発言権ありそうな『老師』を動かした。

 

 

 師族の息子、娘の硬直した顔を後にして、校外へと出る。

 

 

 あちらに挑むのは、最終段階。まぁ予想通りならば、虎穴に入らざるを得ない。まず間違いなく。

 

 だが、あちらがこちらに挑むと言うのならば、問題は別だ。即座に『第一高校』を『魔術師』遠坂刹那の『魔城』へと変えていく。

 

 霊脈なんてない。土地のマナなんてせいぜい植樹された木々や植物程度―――それでも―――通り道(パス)を作るべく『屋上』から『天壌』を見つめて、『小天体』(アニムスフィア)を作り上げる。

 

 

「これでいいと思いたいんだが―――」

 

「校庭にルーンでも『びっしり』書いておく?」

 

「ああ、そいつはいいな。けれど目立ち過ぎる。そして影響も残り過ぎるだろうな」

 

 

 魔術師の『助手』として動くリーナに、いい提案だが、あと一日欲しかった工程である……校庭だけに。内心でのみ寒くなりながら、眼を輝かせて『入城』をするのは明日だろうと見る。

 

 

(あちらの準備が整うと同時に、だな)

 

 

 屋上での準備を終えて出ようとした時に、入ってくる人一人……司甲であった。

 

 

「やぁ」

 

「どうも。何か御用で?」

 

「いや、礼を言いたくてね……」

 

「礼?」

 

 

 落下防止の柵。こちらの方までやってきた司先輩は言う。言うが……こちらとしては歓迎できない。

 

 雫たち三人が殺されかけたのは、ある意味、この人の所為なのだから―――。

 

 

「光井くん……だったかな? 北山と言う子も含めて―――死なせずに済んだのだからね」

 

「示し合わせたわけではない? そう言いたいんですか?」

 

「信じてはくれないだろうけどね。一年程度の魔法力ならば、俺でも何とかなると、追跡を撒けると思っていたんだが…無残なものだ」

 

 

 魔法の力量は才能の差。そのことを改めて実感しているんだろう。寂しげな瞳は、向こうの校外にある『廃工場』を見つめていた。話は未来の事に変わる。

 

 

「七草は上手くやるだろうな。上手くやって、そして誰も救われない『改革』が成るだけ、毒にも薬にもならない―――『二科の優等生』だけを入れた学内改革を『上手くやった結果』として喧伝するだろうさ」

 

「毒吐きますね」

 

「密告するかい?」

 

 

 そんな独裁政治ならば、改革にも何の意味があろうか。まぁ服部先輩ならばやりかねないかな? などと思いながら司先輩と同じく『劇薬』の投入を渋る会長の判断を非としておく。

 

 

「明日は―――オレの『卒業式』だ。一度でいいから『本気』で戦いたかった相手がいる」

 

「……俺の『計画』には、アンタも必要だった。三年の二科でも信頼されているアンタが纏めてくれるならば―――」

 

 

 もっと出来たはずなのに、結果がどうあれ『破滅』を覚悟しての言葉にもはや何も言えなくなる。

 

 

「そうだね。君の画期的な理論。又聞きだが、もっと推し進めるものもあったんだろうな。けれど……そこにオレはいない」

 

「………」

 

「礼を言いたかった。それだけなんだ。ありがとう遠坂君。本当の眼で―――『俺たち』(ウィード)を見てくれて、それでもキミの眩いばかりの『虹色の光』は、オレのような『日陰』にいるものには眩し過ぎるんだ……他の皆を頼むよ」

 

 

 途中でメガネを取り、懐に収めた司先輩……。その決意。そして本気で戦いたい相手。それが分かる。布に隠された『杖』に込められる『情』を……受け止めきれるかどうかである。

 

 

「なんでみんな俺なんかに『託す』んだろうな」

 

「託されたならば、放り出さない―――そう分かるんだよ」

 

「俺は、『託してきた人』たちを救いたかったのにな……」

 

 

 だが、男の決意に水は差せない。そして嫌でも明日は来るのだった……。闇に蠢くものたちとの、決戦の時だった……。

 

 

 



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第27話『Rising hope (前)』

 達也はその日の夜に、向かうべき場所へと向かうことにした。

 

 

 明日は、全てが変わる日だ。有志同盟……差別を撤廃しようと言う連中のことなど、もろもろを知るべく動き出す。

 

 

 誰が敵で、誰が下手人であるかなど分かっていた。だが、肝心の目的が見えなくなっていた。不自然な限りであるが、ここまで来ると、達也としても思考の限界。

 

 答えを知るものに直接問いただす。それしかなかった。

 

 

 自動二輪車……俗にバイクと呼ばれるもので、向かうは自分の体術の修行先。そして生臭坊主にしてこの界隈では一番の事情通。

 

 どこで情報を拾っているのか、正直分からぬ。大天狗である……。

 

 

 サイドカーに乗っていた深雪、最初は後部にしがみつくことを望んでいたのに対して、ノーを突きつけた結果であるが、不機嫌マックスなのは仕方ない事かと思う。

 

 寺は俗世との境界。即ち結界が張られており、特に女人は山門に至る階段を上っただけで石化するなどという験力があるなどとも言われる。

 

 

 無論、今の世にそんなものは無く、深雪もここには何度も訪れている。そして、月明かりのみが照らす山寺に入り込むと、人の気配は無かった。

 

 否、違った。坊主にして忍はそこにいた。回り込んだ場所。丸めた頭と左目に走る傷跡に眼を惹かれる男が作務衣で寺の縁側にいたのだ。

 

 

「そろそろ来る頃だと思っていたよ。達也君、深雪君も―――こんばんわ」

 

「夜分遅くに失礼します。実は早急に調べてほしいことが師匠にありまして」

 

「ああ、多分。君の疑問には殆ど応えられるはずだ。とりあえず座りたまえ」

 

 

 坊主にして忍。九重八雲の様子は普通だ。しかし今から話すことは全て、普通ではないことだ。それを予期していたようだ。

 

 

「さて、まずは何から知りたい? ブランシュ、エガリテ、司甲…司一……異なる『セカイ』となりつつある廃工場。そして―――正体不明の『古式魔法師』(メイガス)『偽っているもの』(フェイカー)……『ナナヤ』……」

 

 

 挙げられた中に当てはまるもの、聞き覚えの無い名前。そして聞いたが、分からなかった単語。全てが織り交ぜられていたが、まずは前者の方からだ。

 

 それが一番の『脅威』。そう達也は信じている。

 

 

「ブランシュ、エガリテのことなど今さらだから君達には説明しないよ。大小の差異あれども『反魔法師団体』という括りさえあれば、問題ないからね」

 

「ええ、司一というのは司先輩の……」

 

「義理の兄だ。そして彼がブランシュ日本支部のリーダー『だった』人間だ」

 

「だった?」

 

 

 過去形である。その言葉に疑問符を持つも、師である八雲は当然の如く話す。

 

 

「最近の彼らの活動が学生だけに『まかせっきり』になったのはね。あの団体にはもはや『生きている人間』はいないからだよ」

 

「……深雪が、同級生を追って路地裏に入った時、同行していた『同級生』は、死体が動いていると言っていましたが」

 

「そう。『彼』の言動は正しい。分かりやすい表現をすれば、本当にあれは死体が動いていたんだ。犠牲者は『扶桑雪雄』に『扶桑雪緒』……兄妹で反魔法師団体に所属していたんだけどね。まぁあんな様に成り果てた。他ならぬ異端の魔法師によってね」

 

 

 その言葉で、一人の人間の顔を思い浮かべるが、しかし違うと断定する。そんな狂言をする必要はない。

 

 

「いい読みをしているね達也君。けれどすぐに意味の無い考えだと気付く辺りは流石だ」

 

「師匠……」

 

「いや、ごめんごめん。ともかく『ブランシュ』の目的は未だに『変わっていない』が少し『変わっている』と思ってもいい」

 

「どっちなんですか?」

 

 

 深雪の少し不満げな言葉に、手を上げて謝罪する八雲。しかし眼は真剣なままだ。

 

 

「ブランシュは明日、魔法科高校の重要な情報……そう、魔法に関する機密をスポンサー、新ソ連や大亜の連中に渡すべく一高に『物理的な襲撃』を企てていた。しかし先に述べた通り、本来の団体の趣旨を逸脱している行動では、その目的は水泡に帰している……だが、入り込んだ異端の魔法師にとっても狙いは、『一高』だ。しかし、その狙いはそういう世俗的な価値あるものではなく……死体にするだけの『材料』が欲しいだけだ」

 

 

 その言葉で、視えぬ敵の『目的』を察する。つまり、敵の目的は生命体として『高次』にいる『魔法師』を人形とすること。

 

 そして不味いことに明日は土曜日でありながら、件の討論会のことで大勢の生徒達がやってくると予想されている。その他に部活動の生徒達も……。

 

 

「中止を進言しては―――」

 

「無理だろう。どこからの情報かも言えぬような不確定事項では、中止の理由には出来ないし、エガリテが調子づく……人命を重視すれば、そんなことはちっともマイナスではないが」

 

 

 深雪の言葉に否定をする。

 

 テロリストに譲歩したという汚点が残ることは、あまりいい歴史ではない。そして七草会長はそれを許さないだろう。

 

 頭が痛い。そのユキオ兄妹のように魔法の効かない人造成体が相手となると、とことん相性が悪い。そして条件が悪かったとはいえ深雪の魔法が『素』で効かなかったと言う時点で、敵の戦力評価が跳ね上がる。

 

 

「それだけじゃないけどね。いつぞや起きた動物園の猛獣襲撃事件。あれも実は、この異端魔法師の仕業なんだよ……敵は、大昔……今でもファンタジー・フィクションで出てくるような『キメラ』(合成獣)だと考えておくといい」

 

 

 自分達の『理外』の敵がやってくる。それだけでも脅威だというのに、それ以上にそんなことを知っている『九重八雲』に達也は、疑念を覚える。

 

 疑念の眼を理解した八雲は、降参するように肩を竦めて白状する。

 

 

「まっ、実を言うとね。知ってはいたんだ。彼―――『遠坂刹那』が、『ここ』に来ることは」

 

「知っていた?」「ここ?」

 

「そこは今は『秘密』としておこう。ただ一言警告しておくよ。彼は君達よりも洗練された存在だ。それこそ『今の時代』と比較したとしたら彼の術は『神代』の頃に届くものだよ。無論、速さや構築速度なども大きな要素だが、魔法そのものを無効化する『幻想』の前では―――、相手の身に触れること叶わぬ刃を振るっても無意味なんだ」

 

 

 事態の核心を知っていると言うのに、そこは本人に聞けと言ってくる八雲。しかし告げられた言葉は、何となく分かることだ。

 

 結局、達也得意の『分解』も『術式解体』も然程の効果が無かったのだから、クリーンヒットと言えるものがむしろ『サイオン弾』の連射というのが、底の深さを知らせる。

 

 

「最後にナナヤ―――七つの夜と書いて『七夜』だが、達也君、深雪君―――君達は妖怪、妖魔……『鬼』、『魔』というのをどう考えている?」

 

 

 そう言われても返答に困るのが司波兄妹だ。自分達にとって『魔法』というのは、法則をきっちり分かりそれに準じたものを用立てれば『実現』する『技術』だ。

 

 それと同じように……妖怪だか妖魔だか……未だ、人類が『未開』であった頃には、何人かの人間はそうした『超常能力』を『実現』していたのではないかと思う。

 

 それが現代魔法における解釈でもある。当然、これは『当時の人達』から聞いたものではなく、古式魔法でも曖昧な口伝や言い伝えを紐解いた上でのものでしかないのだが……。

 

 

「―――『魔』というものがある。自然の法則にありながら必要とされず、総じて正統な流れにあるものには邪に映るもの。自然の一部でありながらその有様を変質させるもの―――生粋の『魔』というのは鬼であって……まぁその辺りはいいか。ともかく、人の世には絶えず『魔』が存在していた。時に蛮夷、外敵の侵略を防ぐために国の権力者・呪術師すらも『魔』と通じていた時代があったんだ」

 

「つまり……そういった人外の存在がいたんですか? この地球上に?」

 

「そうだね。君達からすれば眉唾だろう。だがね達也君。如何に遺伝子を弄り、様々な試験管ベビーを作り出して『魔法師』としてきたこの世界でも未だに『類人猿』が『霊長類』になれたプロセスを『本当の意味』で誰も証明出来ていない。それを考えれば、人間だけがこの世界で『繁栄』していたと考えるのは拙速だよ」

 

「……珍しいですね。師匠がそんなことを言うなんて」

 

「そうかい? まぁ『七夜』というのは僕の『九重流』の源にもなる一族だったからね。少し口が弾んでいるのかもしれない。単純に言えば七夜は、そういった『魔』を退ける『退魔』の一族だった。それだけの話だ」

 

 

 分かるようで分からない話。もしかしたらば刹那ならばもう少し掻い摘んで説明してくれるかもしれないが、ともあれ八雲の話によれば、この日本においては、平安時代から室町幕府の頃まで魔は人々に認知されていた存在で、それを利用して戦の傭兵、人減らし、姥捨てにも利用する有様。しかし、魔は人の世に仇名すこともあるので、必然的に退魔を行う人間が出てきたと……俄かには信じがたい話だ。

 

 

「俺の忍術にも、その要素が含まれていると?」

 

「遠坂君が、君の体術を見て、そう感じたのならばそうなのだろう。僕も七夜の技を見たことは無いからね……ただ伝え聞くところによると……」

 

 

 その技―――面影糸を巣と張る蜘蛛。そう称され壁や天井すらも生身で歩行する三次元的移動と超速を可能としたもの……。

 

 今の九重流と何が違うのかは分からないが、とりあえず……刹那に聞いてみることが増え。再現できるならば、もしくは何かしらで見せてくれるならば師匠も喜ぶかもしれない。

 

 

「まぁ今は、一高を襲う連中に集中すべきだね。彼が『噂』通りならば色々と対策はとってあるだろうし」

 

 

 肩ひじ張らず『専門家』に頼れ。そういう結論で今日の会合は終わる。

 

 ただ司波兄妹としてはすっきりしない解答であった。そして事態の核心を一番、分かっている男は今日一日捕まらなかった。

 

 

 目撃情報だけならば、あちこちにリーナを連れ出して何かを一緒にやっていたようだ。その何かは……明日への準備だ。

 

 

「どうなるんでしょうね明日は?」

 

「何にせよ。敵がやってくることだけは確実だ。一般人だからと武器を持っていても自衛権が発動されないわけじゃない」

 

 

 生存は全ての生命の基本理念だ。だからこそ、そこだけは違えない。しかし八雲の話が本当ならば……もう少し武装は大目にしておくべきだろうか。

 

 流石に、長距離射程用が必要なわけではないが……まぁ『アレ』を使わなくてもいい事態であってほしい。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 そして一夜を明けて討論会の日となった。渡辺委員長及び風紀委員は既に配置に就いている。外部にいるのは主に沢木、辰巳の率いる2チーム。

 

 件の司先輩は、普通に討論会の三年生席に座っていた。メガネを無くした素顔は印象だけならば、猛禽類にも見える。

 

 壬生先輩も二年生の席……同盟側に座っていた。どうやら普通に討論する様子ではある。此度の風紀委員のシフトに刹那は入っていない。

 

 特別傍聴席とも題されるUSNA代表席とやらに、リーナと隣り合って座っていた……。

 

 

「やはりあのエレメントセオリーの原則に従った授業を教職員に提案するのか?」

 

「ですが、あれに該当しない術式も多少は見られますよ。無論、魔法力の向上だけでもお釣りが来るような気がしますが」

 

 

 そうなのだ。生徒会役員として風紀委員として立っている達也の隣に座る深雪にも分かっている。

 

 属性と特性に従った術式の延伸―――、容易いことにも思えるが、やはり四系統八種の魔法が出来上がって半世紀は経っている。

 

 それは同時にエレメント……元素属性などのようなものを利用した研究が捨てられて半世紀は経っている証明だ。

 

 

 時代の逆行を許さず未来へと向かう魔法の力を前に、過去へと向かうものが……その『理解者』が殆どいないのでは―――。

 

 その時、達也に一つの『閃き』が天啓のように降り注いだ。あの時、壬生との会話を終えてやってきた刹那は『何と』言っていた。

 

 

「まさか―――あいつのやろうとしていることとは……」

 

「お兄様?」

 

 

 そうしていると、討論会が始まる。もはや止めることなど出来ないだろう。

 

 そして刹那のやろうとしていることは『破壊』(デストラクト)だ。壊すことで、『再誕』(リバース)を願う。

 そういうことだ。止めるべきなのだろう。本当ならば、深雪の栄達を願うならば、そのようなことは……だがその結末をどうしても見たくなる。

 

 

(未来を切り拓くか、刹那―――)

 

 

 討論会のペースは終始、七草会長が握っていた。そもそも差別撤廃同盟の名目や目的……とりあえずこの『リア充ラブ空間の縮小』というのは、存外悪くない提案かもしれないが、ここは主題にならなかった。

 

 もしも、今後の『九校戦』でカップルが出来た場合、そんな藁にもすがる希望まで摘み取った上での、『未来に対する期待』(I WILL)を消し去る様な事は、同意を得られなかった……はず。分からないが―――。

 

 

 ともあれ……結局の所、具体的な提案が無いまま、同盟の崩れた姿ばかりが目立ち、最後には……二科生を生徒会に入れるという公約を発表した七草会長。

 

 この間、刹那は何も喋っていない。それどころか―――笑っていた。その笑みは……実に、いやな笑みだった。

 

 刹那を知らないでいたのかもしれない。この後の刹那の発言は―――全てをひっくり返したのだから……。恐ろしいまでの議会戦術であった。

 

 

 だから―――達也は、森崎ぶち切れ以来視ること久しかった刹那の怒りを目の当たりにした。

 

 

『では、USNAからやってきたお二人に、何か伺いましょうか? 遠坂君、いいですか?』

 

「発言の機会をいただきありがとうございます。七草会長――――」

 

『今までの討論を見てきて、あなたはどう思いました? 何か改善点や感想、気付いた点があれば、お願いします』

 

 

 もはや勝利を確信している七草会長の慢心ゆえの発言。本当ならば、もう刹那に言わせなくても良かったはずだ。あの時の約束を反故にしてでも……。

 

 例え、後に聞くことになる老師とも呼ばれる九島烈の言葉が無くても……。そして刹那は椅子から立ち上がり言い放った。

 

 

「実に最低の討論(ディスカッション)だったよ。この国の『民主主義』は今、この場で死んだぞ!!!」

 

 

 強く大きく響く言葉、それでもハウリングなど出ないのは、良かった。そして言われた言葉に誰もが沈黙。そして、唖然とした連中が話し出す前に、後にエルメロイ教室の『末弟』と知ることになる男の舌鋒が鋭くなっていくのだった。

 

 

 † † †

 

 

 聞いていてムカムカする話ばかりだった。これならばいっそ、血統主義だけを貫くバルトメロイ(貴族主義)のような態度だけならば良かったと言うのに、聞こえてくる七草会長の言葉がセツナの心を逆撫でする。

 

 

「ムカつくわね。つまりは『参政権だけやるから黙ってろ』って話じゃない。為政者の慈悲だけに頼った政治なんて民主主義の趣旨に則らない堕落よ」

 

「全くだよ。今から怒ると思う。大丈夫?」

 

 

 同じ意見だったリーナに確認を取る。ため息一つ突いてから答える。

 

 

構わないわ(ノープロブレム)。セツナの思う通りにやっていいわよ」

 

「悪い」

 

 

 立場を悪くするかもしれないリーナは、それでもいいと言ってくれた。ならば、徹底的にやってやる。

 

 故郷の寺の住職や、その住職と知り合いだった母の魂が自分を鼓動させるはずだ。そして『真理』から眼を離さなかった、魔術師としては落第だとしても『人間』として眼を背けなかったロード・エルメロイⅡ世という師の言葉が蘇る。

 

 

 そして―――『あの言葉』が出たのだった。

 

 

『七草会長。ご立派過ぎるご意見ですがね。そんなもん何の役に立ちましょうかね? そもそもの問題の根本を間違えている』

 

『間違えている……何を間違えているというのかしら遠坂君?』

 

『先ず第一に、あなたはカリキュラムが同一だと言った。進捗速度に違いはあるが……そう言ったな? ならば聞くが、結局の所『進捗』が遅れている側は、果たして期日―――『期末』までに一科の側のカリキュラム内容を全てこなせるんでしょうかね?』

 

『……無論、そのようになってはいます。テスト範囲は同一だと思っています。でなければ、テストの意味は無いはずです』

 

 

 その言葉に、刹那は舌鋒を他に向けた。

 

 

『二年、三年の……特に二科生の人達に聞きます。この中に、魔法実技において要求された『範囲以上』が出て、更に言えばそれを期日までにこなせずに『落第』してしまった人間を知っていますか?』

 

 

 向けれらた方は少しのだんまりを決めてから、誰かが声を上げた。

 

 

「いるよ……一科は確かに実技指導の教官がいるから、授業の際にあれこれアドバイス聞けるけど、俺たちはカリキュラムとオンライン講義と一定のQ&Aしか利用できないんだ……それで焦った同級生が何が原因かも分からずに無茶して―――魔法能力を喪失して!!!」

 

「アタシのお兄ちゃん……ここの生徒だったけど、結局、期日―――期末までに定められたものをこなせなくて、それで落第しちゃって…嘘だと思っていた。こんなに生徒の教導に差があるなんて、お兄ちゃんはそれを外部の誰にも分かってもらえなくて、悔しかったって泣いていた……」

 

 

 そんな言葉を皮切りに様々な声が上がる。その大半は怒りだ。確かに現実に対しての認識が甘かったと言えばそこまでだ。

 

 しかし、理解されない不満はどこにでもあった。それが表ざたになっていなかっただけだ。

 

 達也辺りならばそんなのは『魔法教育に差があるのは当然』『国策として正解で間違いだからだ』とか、非常にドライな事を言うかもしれない。

 

 現実を知っているから、情ではどうにもならないから―――それで終わらせるにはちと無理がある。『為政者』ならば『理解されないもの』に対して眼を向けるべきなのだ。

 

 

『静粛に、落ち着いてください。確かに一般科目でもテスト範囲を間違えて出題されることはあります。それと同じく、我々の方でもそのような事が無いようにしていきますから』

 

『しかし、先程仰った三年生の御堂先輩の言うように、事故で魔法能力を失う生徒は毎年一割から二割出ているそうで、これを『事故』と称して『自己管理』が出来ていないというのは、無理がありますね。まぁ普段は大学に勤めている先生方にそこまで求めるのは、酷かもしれませんが』

 

 

 ざわつきと怒りが増えていく。先程までは七草真由美支持で固まっていた連中も少し目の色を変えていく。

 

 

『けれどね。問題の根幹はそこなんですよ。一科が持っている『区別』意識―――専門的な言葉で言えば『エスノセントリズム』(自民族優越主義)とも言えるものが醸成されてきたのは、当然の話。

 何故ならば、二科の生徒達が、そのように『上からの要求』で無茶をして、もしくはCADの故障などで、そのようになるならば……ただの事故ではない。これはれっきとした学校側の不備による過失事故でしかない。

 個々人の習熟のスピードや手先の器用・不器用もまた一つの例ともなりましょうが、それでも結果が出ないことに焦り、貴重な人材が失われる。それを見た一科は『だから二科は才能が無い』と決めつける。一科はスタートラインから違うから、何もかもが上手くいく。旧一万円札の人が見たらば怒りの言葉が飛んでくるな。スタートラインを平等にもせずに努力しろなんてやり方はさ』

 

 

 天は人の上に人を作らず。人の下に人を作らず。されども人間世界を見渡すに、その有様雲と泥に似たるはなんぞや。この言葉が示す通りなのだ。まずは、カリキュラムの進捗云々ではなく、適切な『エリート教育』をしていくべき。

 

 魔法師としての才能は本当に一握りの人間にしか発現しないギフト。ならば、それを努力する、研鑽する『術』(すべ)は誰にでもあるべきなのだ。

 

 出来ない奴は出来ないままだ。とするならば、最初っから出来る奴だけを入れればいいだけなのに―――。

 

 これまた達也辺りには『それでも国策で一握りの人間にだけ』などと否定されそうだが、否定されたからと『納得』出来る理屈ではない。一成さんが見たらば『この戯けどもが!!!』などと一喝しそうだ。

 

 

『勘違いしているわ。一科生とて『退学者』はいる。それは同じく、魔法能力の向上が無いからで―――』

 

『栗井教官。『ロマン先生』に聞いたんですけど、そいつらの大半は、その極まりきった魔法能力を利用して『犯罪行為』に手を染めたり、まぁCADの不調を気付かずに、ってのもいたそうで、どうなんですかね? その辺』

 

 

 その言葉に二、三年の先輩たちを見つめる一年生。一科二科関係なくだ。その言葉に苦虫を噛潰したり、身内の恥と同意して頷くものもいる。

 

 そして七草会長は、ロマン先生を睨んでいる。とまれ、そのように狼狽した時点で、彼女の言動の信用性がマイナスに転じる。

 

 

『七草、悪いが今回ばかりは僕は刹那に味方するよ。君のやり方は、あまりにも『小狡い』。相手方が完全に知りえぬ情報ばかりを出して反論を叩き潰すなんてのはね。無論、『機密事項』であるならば、明け渡せないだろうが、有志同盟に渡した資料がお粗末だ。福沢諭吉が見たらば怒るよ?』

 

 

 今どき珍しい……とはいえ電子マネーに移行しても完全に無くなっていない『紙幣』を懐から出して、告げてくるロマン先生に少しだけ嬉しい。というかそんなことをしていたのか。酷い話である。学内ネットでも確認出来ない事項もあるんだなと感じる。

 

 

『先程の部活動云々あったけど、その『議事録』も見せてもらったよ。君が言うべきは福沢諭吉の言葉だった。それが無いから『不満』を持たれたんだ』

 

『どういうことですか?……何がダメだったんですか?』

 

『予算を云々、と言うことならば決定的に言うべきだった。部費が欲しければ『切磋琢磨せよ! 研鑽せよ!!』とね。

そして『功』あるものには、それなりの『褒賞』だよ。それが無いから、今回の彼らの決起だよ―――

確かに七草の言う通り、優秀な部には相応の予算割り当てとも言っているが剣道部は団体でも男女全国行き、対する剣術部は杉田だけが全国行きか……まぁ競技人口の違いはあるが、少なくともこの場合、全体レベルを上げた剣道部に『褒賞』を与えるべきだった。金ヶ崎の退き口を終えた剣道部という殿をこなした『木下秀吉』に黄金が入りまくった袋を』

 

 

 後で聞いた話だが、エリカ曰く壬生先輩は一昨年の中道部剣道大会全国二位。対する桐原先輩は、関東大会の剣術チャンピオン。その時点でまずまずの変化はあろう。

 

 そしてロマン先生の言葉の帰結―――即ち『成果主義』一辺倒の魔法科高校ならば、功あるものには予算の増額をすべき。功なき者には減額。そのぐらい厳しい態度で行くべきだった。

 

 というか寧ろ、部活連会頭の十文字先輩はその辺りシビアだったのだが……。

 

 

『成果主義の魔法科高校で『どっちつかず』の態度でいるからダメだった。ここはせめて企業経営者の如く切り込むべきだったんだよ。そして福沢諭吉の如く学問のすゝめの如く、明言するべきだったんだよ。切磋琢磨せよ!とね。

そのどっちつかず変にバランスを取って天秤を平等にしようと言う態度が、『人は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず。されど人間世界を見渡すに雲と泥に似たるはなんぞや』に有志同盟の皆には見えなかったんだろうな。』

 

『そんなこと言われても―――どうにか、どこかで対立を終わらせたくて―――』

 

 

 七草会長の意見も確かにありといえばありかもしれないが、それでも、そこのジャッジを己の意思で捻じ曲げてはダメだった。

 

 

『誰かが心に抱く悪平等が、むしろ心の『しこり』となる。君も『為政者』の立場を継ぐ可能性があるならば覚えておくべきだ。……人間の感情を考えない『王』では、治世が正しくても、人々と何も世界を共有できない。同じものを見ずに治世を行い感謝されても……不感のままなんだ』

 

 

 何故かその言葉がどこか、経験談にも聞こえる。どこか後悔したようなロマン先生だが気付いて苦笑。大きすぎる話をしたとして刹那に話を戻した。

 

 

『――――継がせて言わせてもらいますが、これらの問題は、ただ単に参政権を与えた程度では解決しない。エイブラハム・リンカーンが『フレデリック・ダグラス』を重用したとしても容易に解決しないこと。本当の意味で一科と二科の差を無くすしかない。強壮な『黒人部隊』を作り上げることで、くだらん差別意識を無くす(南北戦争終結)しかない』

 

『!!!! ダメよ!!! それは新たな火種になるだけよ!!! 私が何としても、この差別・被差別を無くす!! だから!!』

 

 

 刹那の言葉が佳境に入り、『恐れていたこと』を話そうとしたことで、七草会長が焦って言葉を出そうとするも、既に話の主導権は刹那にあった。

 

 

 その様子を傍から見ていた達也は、議会戦術の手法として真由美は、『情』に訴えたが―――刹那はもっと単純に『力』に訴えた。

 

 この違いが……現在の状態を示していた。もはやどちらが『奴隷解放の父』(エイブラハム)となるかなど見えていた。

 

 

『自分が、自分が、と言いますが、アナタの『後に続く人間』が先程の公約を反故にすることで、制度は逆戻りなんてことを考えた事は無いんですかね? オレはそっちの『懸念』があるんですけど』

 

 

 もはや詰みだ。そこを持ちだされたならば七草先輩も容易に反論できない。自分の卒業後に、この学校がどうなるかなど知ったことではない。と無責任に言えぬ言い方であったし、かといって後に続く人間の思想を制限するようなことも出来ない。

 

 刹那は恐ろしく『先んじている』。未来に確かな約束が無いのは無責任だ。と言いながら、その解決方法を模索することは不可能だろうと嘲る。為政者の慈悲など一時の人気取りにしか過ぎん。ポピュリズムの極致として断罪している。

 

 

「ちょっとだけ会長が可哀想になってきましたね」

 

「だが落ち着いて考えれば刹那の方がモノを見ている。論点も明確だ。そして……それに足る『実績』も一週間で出してきたんだ。これは―――刹那に軍配が上がる」

 

「勝ち負けなんですか?」

 

「変革の方向を『どっち』に向けるかなんだよ。深雪」

 

 

 人の意識に持っていくか、人の能力に持っていくか、そして魔法科高校の場合、求められる『成果』という果実の前では後者に軍配が上がるのだ。

 

 そうしたくない七草真由美も、その校是の前では沈黙せざるをえないのだ。そして何よりその立場―――魔法師ならば誰もが知っているナンバーズの、それも現在の十師族の長女なのだ。

 

 貴族の中の貴族が言う言葉よりも、時に弱い立場にいる人間の方の言葉を支持することもある。

 

 

『更に言えば、今のところ選挙制度のあれこれありましょうが、順当にいけば服部副会長の『意識』が、再び学校を塗り替えるでしょう。リーナ』

 

『ラジャー♪』

 

 

 次期生徒会長候補と現在は目されている服部のいつぞやの言葉が、リーナの手に持っていた端末で再生される。それは――――

 

 

『過去、二科生(ウィード)を風紀委員に任命した例―――一科生(ブルーム)二科生(ウィード)の間の区別は―――区別を根拠づけるだけの実力差があります――――』

 

 

 それらの言葉は様々などよめきで混乱と怒りの程を示されてくる。達也が風紀委員に任命された後にあれこれいちゃもんを付けた際の言葉であり、七草会長の護衛として側にいたことが仇となった。

 

 その言葉に立つ瀬が無くなるのは服部副会長。俯き、顔を覆う様子が少し痛ましいが―――二年生の殆どは『ただのカッコつけ』と看破していた。

 

 

 とはいえ七草陣営の『正義』は欠かれた。同時に有志同盟もここまで強烈に突っ込んでくるとは思わなかったので、呆然としている。

 

 議場の主役は……遠坂刹那に変わっていたのだから―――。

 

 

『この後、服部副会長(ダリル・ローレンツ)はなめた態度で1-Eの司波達也(イオ・フレミング)に挑み、呆気なく敗退したという経緯があったりします』

 

『と、遠坂ぁ……』

 

『副会長……そんな木村さん(?)みたいな情けない声出さないでくださいよ』

 

『可哀想なものみるように言うな!! ああ、そうだよ。結局その後、運動不足だとか何とか言って司波は遠坂とバトって演習場に置き去りにされて、中条は中条で司波のCADに夢中になって同級生の俺を置き去りにするし、その後、生徒会に行けば誰もおらず、何でか居残っていた桐原と『しょっぱい』ラーメン食いにいって……ああ、ちくしょ―――!!! 青い空とか見たくもね―――!!』

 

 

 若干、キャラが崩れている副会長ではあるが、まぁともあれことの顛末は知れた。ことの顛末が知れたことで達也に視線が集まる。

 

 壁際に寄り掛って深雪の護衛役をしている風―――実際、そうなのだが。まぁそれで以て色々な視線が届く。

 

 

 そして刹那は、肝心要なところ―――『急所』にとどめを刺してきた。ああ、本当―――『あくまな笑み』だ。所詮、大悪魔―――魔王サタンの如き男の前では、七草会長など人間になめられるポンコツ淫魔のメムメム(?)ぐらいなものだろう。

 

 

『けれど副会長、『良い事』言ってますよ。つまり―――職業差別ならぬ『役職差別』が横行する原因。それはひとえに―――『実力差』があるから、ならば『それ』を消してしまえばいい。

 神と悪魔のハーフの如き司波達也レベルの『魔法技能士』を育て上げる。要するに妖力値10万ポイント以上の『超戦士』を育て上げればいいだけ。

 その可能性があるのは、思考と思想が凝り固まった一科生ではなく、俺の手短な指導を受けて、それなりの上達を見せてくれた柔軟な二科生だと信じている』

 

 

 妖力値10万ポイント……いや、妖力値云々はともかくとして、つまり服部会長の言質を使い、二科生の『魔法力強化』の大義名分を得ようとしている。

 

 一科生及びもしかしたらば二科生も持っている意識―――それを崩すために刹那は力を使った。力を得させることで『区別』を無くそうと画策する。

 

 誰もがもはや七草会長を見ていない。まるで2010年前後に活躍し、壮大なものを作って早々とこの世を去った天才開発者―――『スティーブ・ジョブズ』のように刹那に誰もが注目している。

 

 

 そしてどこからか実に重そうな。そして今どき、すごく珍しい紙の蔵書。しかも1000ページは優にありそうな大辞典クラスの本を『三つ』取り出してきた。

 

 それは―――三冊の『虎の巻』(タイガーロール)であり、二科生に対して、『虎だ!虎だ!お前たちは虎になるのだ!!!』と叫ぶ書になっていく。

 

 

 蔵書名―――達也が遠目で見た限りでは――――『新世紀に問う魔導の道―――ロード・エルメロイⅡ世秘術大全(グリモワール)』と書かれているのであった……。

 

 

 



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第28話『Rising hope (中)』

連休を利用しているとはいえ、長々と書きすぎた。

説明やらあれこれで、少し読みづらくなっているかもしれませんが、とりあえず―――「なんかすごいことをしている」ぐらいに捕えても構いません。


次話にてようやくバトル―――移れればいいなぁと思いながら最新話どうぞ。


『とはいえ、福沢諭吉か二宮金二郎の如くテキストを読んで理論に精通したうえでも『実の無い努力』ばかりをやっていては一科には追いつけない。一科と同じことやっても真っ当な成果が出ない』

 

 

 そう。現在の価値観で優等生と呼ばれる一科と仮に同じく教員達が就いたとしても満足な結果は得られまい。

 

 福沢諭吉から、学問をせよ! 努力せよ!! と言われても『特殊な才能』(魔法)にはそれ相応の『何か』特殊な教練が必要なのだ。

 

 何よりその魔法理論すらも未開拓……古式魔法を紐解いたとしても、まだまだ分からぬことばかりなのだから……。

 

 

『ならば、『カリキュラム』『人から与えられた資質鑑定』を疑え!―――ということで、研鑽努力するための書をお前たちにお教えしよう!! 出血大サービスだ!! 受け取れぇ!!』

 

 

 などという達也の素朴な疑問は、一、二、三年生の二科生たちの机に投げつける蔵書によって、解決してしまうのだった。

 

 

「どわああ!!! 殺す気かあああ!!!!」

 

『はっはっはっ! 生きてるじゃねぇか平河。百聞は一見にしかずだ。見てみ』

 

 

 中指突きたてながら、机に脚を乗せた平河が言う。平河には姉がいるらしく三年の方で同じような髪色ながら、平河と比べて長身な方の女子が「千秋!!」と窘めている。

 

 ちなみに一科生みたいである……刹那が二科生の辺りに投げた蔵書―――平河以外の2、3年の二科生の代表……壬生、司は運動神経よく反射神経もあるからか大した被害を受けずに机にめり込んだ蔵書を手に取る。

 

 

「全く、今どき紙の本だなんてアナクロよね。本当にこんなほn………………――――」

 

 

 文句を言いながらも分厚い本を机に―――置かずにめくり始めた平河。そして二、三年生もめくり始めた時に、数ページめくった時。読んでいた代表者たちが沈黙して、その本に読み耽る。

 

 気になった2,3年の二科生たちも「ちょっと! これ見て!!」と、平河と同じような文言で他の二科生たちを周囲に集めてから、読書を再開する。

 

 何かの確信を得たのか刹那は、森崎ぶち切れの時と同じく、手で仮面を作るかのようにして、指で覆ってから、眼だけを晒して下から睨みつけるかのような表情を取る。

 

 

 服部のカッコつけと同じベクトルのはずだが、何故かこっちに関しては、女子の一部に『マ、マスケラ! ルシファー様!!』などと何かを想起しているようだ。

 

 何故か……達也としては色々となんかこう居た堪れない感覚もあるのだが……。

 

 

「しかし、なんでかサマになっているように見えるな」

 

「そりゃそうよ。そう言う風に意識してポーズを取っているんだから」

 

「リーナ!?」

 

 

 いつの間にかやってきたもう一人のUSNAからの生徒達……特例として入学が許された二人の内の一人が舞台袖、深雪と達也がいるところにやってきた。

 

 どうやら次なる準備のようだ。そう分かるのは、(ホイッスル)のようなものを持っていたからだ。そんなリーナの登場に誰も気づいていないようだが。

 

 

「セツナの修めている魔術の大半は現代の『魔法』とは違い、長大な儀式(リチュアル)や複雑な神秘象形(シンボル)を利用して放たれる『ミステール』の秘術なんだから、つまり一挙手一投足に意味合いを持たせて行動する。カブキ役者なんかと同じよ」

 

 

 第三次世界大戦を経た現在でも生き残る本物の歌舞伎役者というのは古武術の類にもつながる技で演技を行う。

 

 全ての演技に『意』を込めて行うことで、観客に全てを見せる。(うつろ)(うつつ)に変える技術だ。白拍子たちが雨乞いを行い荒ぶる崇り神の魂を収めるために『舞』を捧げていたのは、そういうことにもつながるからかもしれない。

 

 

「まぁともあれ―――少し『物』を搬入させてもらうわよ。come on!!」

 

 

 言葉。恐らく呪文なのだろうが、その後に小さく笛を吹いたが、やはり誰も注目していない。リーナに横恋慕する五十嵐ですら、ああなのだ。

 

 それほどまでに刹那は舞台を支配していたが、大講堂の扉を開けて入ってきたのは……。

 

 

『GO―――!!』

 

 などと言っているように聞こえる土と木を使って己の身体とした……森崎ションベンちびりの際のガルゲンメンラインの人型とでも言うのか小学生ぐらいの体躯の……ゴーレム『六体』が台車でこちらに何かを持ってきた。

 

 恐らく中身は――――『蔵書』だろう。結構な量を大型の台車に乗せて殆ど揺らさずに持ってきた手並みに深雪ともども驚く。

 

 

「ありがとう。オソマツ、カラマツ、チョロマツ、イチマツ、ジュウシマツ、トドマツ!」

 

『『『『『『GOOOO!!』』』』』』

 

 

 名前付きなことに驚きながらもどれがどれだか分かるのかと思ってしまうぐらい似た六つ子。無農薬戦士アルラウネの『マツノブラザーズ』と後に紹介されることになる面子である。

 

 ちなみ達也は『青い花』を顔面としているのが『カラマツ』であると確信していた。

 

 そうしてから舞台を見ると―――変化が起きつつあった。

 

 

『平河―――俺の『先生』の『魔導書』の感想は?』

 

 

 呼び掛けたのは平河千秋だけだが、2年の壬生、3年の司。どちらも『同じ感想』を出した。

 

 

『―――『古い』。確かに古いんだけど――――誰も見たことが無いまったく『新しい魔法理論』(ニューホープセオリー)!!! そればかりが書かれている!!』

 

 

 その言葉にどよめきが広がり、一科ですらも興味を持つ。否、先程までは小馬鹿にしながらも、少し興味を持っている風だったのに、今では完全に見たいけれど見れないことに焦燥感を感じている様子だ。

 

 

『どういうことなの? この『ロード・エルメロイⅡ世』って一体……? いえ、それよりも、ああ、もう!! 聞きたい事が多すぎてまとまらないわよ!!!』

 

『言いたい事は何となく分かるが、まぁとりあえずそれは俺がUSNAにいた頃からそこそこ宝石を『融かして』インクとして書いてきた『写本』だ。最初は世話になった知り合いのジュニアスクールの娘さんの為に『一部』作ったものだったんだけどな。こういう時に備えて『そこそこ』リーナといちゃつく暇を縫って書いてきたものだ』

 

『これ全部肉筆で書いたの!? アンタが!?』

 

『形はこうでも、一応『魔導書』だからな。己の手で書き上げなきゃ『力』を持たせられないんだよ』

 

 

 昭和初期の『同人誌』どころか、製本技術すらも疎かな時代の記し方で、書を作り上げたと語る刹那に誰もが驚きを禁じ得ない。

 

 

『まぁ色々と古代から伝わる『術式』があるんだよ。それで―――どうだい? 指針になりそうかな?』

 

『……この場に先生方がいながら言うのもなんだけど、アンタの書いた『エルメロイ・グリモア』の方が、すごく分かりやすいし、アタシたち……多分、二科生に合っている。『ひよ』や『きよちゃん』なんかこの『術法』が合っているように見えるし』

 

『壬生先輩は?』

 

『こんな、こんな簡単なことで……私が、鬱屈していた一年は何だったの……? 魔法がダメで剣の道に打ちこんだのに、その剣の道すらも、評価されなくて辛くて、己の価値が見えなくて悩んでいたのに―――』

 

 

 壬生先輩がどの項目を読んだかは遠目では分からないが、涙を流してその涙を受けて輝く魔導書の現象。女友達なのか誰かが壬生にハンカチを上げて涙を拭くように促す。

 

 

『司先輩は――――?』

 

『―――すばらしい。そして―――悲しく思える。何故、俺は君と同級生として残り三年間を過ごせず……十文字や七草と同学年なのか、せめて一年……遅く生まれていればと悔やんでしまう』

 

『キ、キノくん。流石にそれはすごーーーく、私悲しいわよ。私の悲しさはガン無視なの!?』

 

『十文字か服部にでも慰めてもらってくれ。ついでに言えば俺をそのようになれなれしく呼ぶな。七草』

 

『無視された上に、すっごくヒドイこと言われた!! 何なのよ!? その書が何を示しているのよ―――!!!???』

 

 

 もはやワガママを言う子供のような有様の七草会長。演技の可能性もあるが、まぁともかく混乱ばかりを招くエルメロイグリモアの説明を誰もが求める。

 

 

『まず第一に、その書は俺がその著者近影にいる男の『教室』にいた時に見せてもらったものや、男の『師匠』だった『ケイネス』という男の秘術大全などを見て、『ごったまぜ』(カオティック)で編纂したものだ。まぁ分かりやすくした方だが、それでも1000ページを超えてしまったよ』

 

『この不機嫌そうに葉巻を吸っている人が、遠坂の師匠……何か本当に不機嫌なツラねぇ』

 

 

平河の言葉に全く同意なのか苦笑する刹那の姿は懐かしさに浸っているようだ。

 

 

『本当だよ。先生の笑顔なんて俺は、アレキサンダー大王の伝記とかそういった征服王関連の書物を読んでいる時にしか見たこと無かった。

 まぁそれはともかく―――先程言ったように俺が示す改革の方向はお前たち二科生に専門の教育を施すことだ。そうすることで一科生のレベルまで引き上げる。そうすることで、この下らん選民意識を消し飛ばす』

 

 

 その言葉で一科生の大半が総毛立つ。まだ書の中身こそ見ていない。何より、そんな理論は、旧時代の遺物だと鼻で笑ってもいいが、遠坂刹那が二科生たちに手短な手ほどきをして、『迫りつつある』ことを知っていた。

 

 今までの地位など何の意味も無い。今までの自分達が糾弾されて、ギロチンに掛けられる日が来るかもしれない。刹那が首切りのサンソンにも見える連中もいるだろう。

 

 

 ……といったのは大体は一科にて森崎じみた連中であって、そう言った所は殆ど無いのんびりとした連中も多い。

 

 むしろ『自分達』にも役立つものもあるのではないかと、知りたがる。興味津々だ。

 

 

『俺が提案するのは、毎日一時間から二時間。この教書と実践訓練を用いての『ゴジュウキョウイク』だ。出来うることならば教員の先生にもアシスタントを願い出たいが、まぁ自分の研究もあるだろうから無理強いも出来んな。薩摩藩式ですまんな』

 

 

『遠坂、お前が西郷隆盛か大久保利通か……はたまた『小松帯刀』を気取るかは分からんが、そのロード・エルメロイⅡ世という御仁―――引っ張ってこれないのか?』

 

 

 十文字会頭の言葉で誰もが『確かに』と思えた。ゴジュウキョウイク……『郷中教育』。かつて鹿児島が薩摩藩と呼ばれていた頃。武士には階級が設けられていて、その中でも維新三傑の二人、西郷と大久保は本当に下の方の武士だった。

 

 武士が多すぎる藩とも言える薩摩にて、上級藩士とは比べ物にならないほど『下位』の教育……それでも、その『互いに教え合う』『そして学び合う』『何がいけなかったのか話し合う』それら―――『教えられるだけ』の詰め込みではなく必死になって思考を巡らすものが、維新三傑やそれに連なる薩摩の志士たちを育てた。

 

 

 ともあれ、それは蛇足ながらも……恐らく刹那は適切な指導を行えるだろう。それ以上に求めるのは、刹那の師匠(ロード・エルメロイⅡ世)であった。

 

 授業のコマ数は決まっており、恐らく何かしらの空き時間を使うのだろうが、それで刹那の成績が下がっては元も子もない。

 

『九校戦』も視野に入れている十文字克人の言葉。それに対して――――。

 

 

『それが出来れば、俺だってやっていますが、『もう会えない』んですよ。先生とは―――』

 

『む……すまんな。立ち入った事だった』

 

 

 苦笑しながら寂しさを滲ませた刹那の言葉。それに対して十文字の謝罪。

 しかし達也としては刹那の言い回しに奇妙な『引っ掛かり』を覚えた。

 刹那の過去はかなり謎だ。まぁ根掘り葉掘りその辺を聞くなど、下劣すぎるのだが……。

 

 異質すぎて現代魔法社会とは、ことなる術理の前では、やはりその過去が気になってしまう。

 

 子供でありながら大人……変な表現だが『チャイルドマン』とでも言うべき存在に思えるのだ。

 

 

『先生を呼べれば、俺も苦労はしないんですがね。ただエルメロイ教室の『末弟』として俺は兄弟子やその関係者などのことを全て……なんて言いきれませんが、それでも見てきた。

偉大なる先達を、違う術理を学んで飛翔してきた人々を、それを知れば、誰でも栄達出来る……なんて無責任には言えないが、それでも今、適切な指導を受けられない二科の同級生や先輩方が『才能の無駄遣い』をさせられてるようで見てられなかった。勝手な憐憫で怒る人もいるでしょうけどね』

 

 

 達也の目からも、何となくそれは分かっていた。だが、CADの改良やほどほどの手ほどきで『なんとかかんとか』の達也では『気休め』にしかなれず、あまり『本家』との関係で目立ちたくないこともあり……少しそう言った人たちを見捨てていたところもある。

 

 

(俺とは違うんだな。刹那は……)

 

 

 才能の有無を決めつけるには速すぎる。見切りを付けるな。

 それは―――もっと自分達よりも『才能が無くて苦しんでいた人』を見ていたからゆえの言葉なのかもしれない。

 

 もしかしたら……この理論などに先鞭を着けた『ロード・エルメロイⅡ世』こそが、そうなのかもしれない。(正解)

 

 達也のそんな推測(正解)を置き去りに、刹那は演説を続ける。

 

 

『俺も『田舎』から出てきて、ここまで世俗における魔力の認識や理論が、置き去りにされているとは思っていなかった。だからこそ……もう少し『混じること』にしたよ。どうせ古式どころか古っくさい術式しか知らないんだ。

 俺の知っていることで誰かがまた一人『灰色』(グレイ)から『色位』(ブランド)になれるのならば、何を出し惜しもうか』

 

『遠坂は、私達が一科をも凌ぐ魔法力を得ても構わないの?』

 

『みんな……平河も、レオも、エリカも―――やりたい事あるんだろう? だったらば、その為の指針ぐらい俺は出してやるよ。

 大きなことは言いたくないが、付いてくる気があるならば道は俺が切り開く』

 

 

 やりたい事は色々だった。無論、今抱いていた夢とは真逆の道に行くかもしれないが、それでも今抱いたもののために鬱屈するには速すぎる。

 

 二科生の誰もが、拳を握りしめていた。最初から諦めていたわけではない。けれど聞こえてくる『噂』に、『闇』に怯えていたのは事実だ。

 魔法訓練は時に生死を懸けたものとなり、未熟な自分達は何かの拍子で魔法能力を失う。

 入学時には一科、二科合わせて200人いたのが卒業時にはひどい時には100人を切ることもありえるのだ。

 

 

 だが―――それでも何も希望が見えないまま、大きな目標であれ、小さな目標であれそれの取っ掛りすら掴めず終わるのは嫌だ。

 

 終わる時が来るとしても、何かが出来ると信じて、信じられるものと共に……訓練していきたい。

 

 

『かつて、世界が丸いと知らず『最果ての海』(オケアノス)があると思って、東へ東へ進み、多くの英雄達を束ねていった男がいた。その男にあったのは……無いものをあると信じたいだけのロマンであった。

後世の人は馬鹿な事をしたと言うだろうさ。けれどそいつは満足したさ。駆け抜けた大地の全て、世界の果てを目指したその想いだけは誰にも穢せないものだ。

 誰に笑われたっていいさ、笑われても何度でもやってやる。それが出発点からでもな。

何も確かめずに、掴めるものがないまま、熱を生まずに過ぎ去る人生なんてイヤなんだよ。俺もお前たちも』

 

 

 そうだ。その通りだ。誰もが唱和する。主に二科生だが、一科生の中にも感じるもの、成し遂げたいものがいるのか熱気の如き思いが天上に上りかねない……その渦巻く思いが、七草真由美を絶望させる。

 

 そんな中、冷や水を浴びせるものが一人。珍しくもこの討論会に参加していた教員の一人。百舌谷教官……少しばかり気難し屋として知られているヒトが百舌のように『嘴』を差し出した。

 

 

『大変、結構な演説だった。不覚にも胸が熱くなるものもあった。感動もした。それは認めよう。

 だがね遠坂君、確かに君が、単位取得ではなく私的な授業をやるまではいいだろう。それが現代魔法で言う所の魔法力アップに繋がる。それもまたいいだろう……。

 だがな。今、この世界で普遍的に普及しつつある術式とて半世紀以上も懸けて、先人たちが苦心して時に生命の危険すらも懸けて確立していったものなんだ……サイオン保有量の多寡が廃れたように、今……ようやく安定してきた半世紀以上もの時代を放棄して、新たな『火薬庫』に生徒を突っ込ませるなど……私は認められない。

 保身も多分に含まれていると見てもいいさ。しかし、その為に、150人前後生まれるかもしれない練達の術者たちが50人に減るかもしれない危険な試みであるならば―――そんなことは認められないんだよ。

 そしてそれは、現代魔法の価値観を再び覆す! それがどれだけの社会的混乱になるか考えたことがないのか!?』

 

 

『老人たちはいつもそんなことを言う。若者ってのはそんな枯れた意見に飽き飽きしているんだ。夢と闘うな! なんて意見に、だったらば――――もう一人の『老人』にお話しをお聞きしましょう』

 

 

 百舌谷教官の言葉に即反論したその時、会長と会頭が苦虫を噛潰した顔をしていた。刹那の知る老人。そして十師族の長女と長男が苦くなる相手。

 

 その時、大講堂の映像機器―――大スクリーンとでも言うべきものが競り出してきた。丁度、議場から聴衆側に向けるような形……動かしていたのはこれまた意外な事に、百山校長であった。

 

 そちらも苦虫を噛潰していたが……大スクリーンが映し出してきたのは、全員がざわつく相手だった。

 

 

(……『ジェネラル』を動かしたのか、刹那は!?)

 

 

 日本の魔法師ならば、顔は知らずとも名前だけならば十師族の長を諳んじれる。しかし、中には名前だけでなく顔まで一致させられる相手もいた。

 

 色々と現代社会にて隠れ潜まなければならない立ち位置の者も多い中で、その御仁だけは別格であった。

 

 

『はじめましてのものが多いと思えるからな。初めまして第一高校の諸君。老骨に鞭打って此度の議事に介入させてもらった―――九島烈(くどうれつ)というジジイだ。実に不当で不愉快と感じるものも多いかもしれないが、私の孫婿の提案。それに対する私なりの考えを述べさせてもらいたい』

 

 

 映し出された老人。枯れ果てた―――というには炯々と瞳が輝く男の眼差しが誰もを貫いて、嘴を出した百舌谷教官ですら震えていたのだが――――。

 

 

『そして更に言えば、気軽にレツじいちゃんとでも呼んでもらいたい。最近では、すっかり物覚えも悪くなってしまっていつ何時にメシを食ったのかすら定かでなくなり、世話役に二度もメシの用意をさせてしまった……』

 

 

 おじいちゃーーーん!! と誰もが内心でのみツッコミを入れてしまうぐらいには、とりあえず色々と気安い爺さん……といった風情ではある。

 

 いや演技かもしれないが……ともあれ、大勢は決した。十師族を動かした時点で、そちらに話が行っていた時点で、答えは決まっていたのだ……。

 同時に、この様式を入れることで一科と二科の『差』は無くなるか、あるいは圧倒的な差になるか……。それを内心……本当に弾む気持ちを覚えてしまう達也は深雪のガーディアンとしては失格なのかもしれない。

 

 

「安心してください。私はお兄様にもっと『自分』を出してほしいのです―――」

 

 

 そんな深雪の声も遠く感じるぐらいには、達也もまた……刹那の変革に付き合うことを少しは楽しみにするのだった。

 



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第29話『Rising hope (後)』

 とりあえず連休最後の更新になるはずです。

次話から怒涛のバトル展開―――なんで初期からこんな敵にしちゃったんだろうなぁ。などと考えつつも書いていきたい。

ではどうぞ。


(平凡なレベルに落ち着くやつと全ての能力が綺麗なダイヤグラムを描くか……はたまた一点突破の異能型が出るか―――)

 

 

 そんな所だろうか。刹那の策の終焉としては……それは同時に……魔法師社会全体の底上げであり価値観の変遷にも繋がっていくのだろう。そんな風に感じつつ、結局、百舌谷と九島では役者が違い過ぎたことを感じる。

 

 

(親父みたいなのが出てくるということか……)

 

 

 それもまた一つ。変化の無い社会などあり得ないのだから……。

 

 

「やれやれ。とりあえず―――」

 

『『とりあえず?』』

 

「……『オヤジ』の会社に利益を発生させなきゃならないな」

 

 

『諸葛セツナ』先生の策、『司馬チュウタツヤ』にはFLT勤めの『オヤジ』がいるということを教えてしまったので、ニューエイジ専用のCAD製造に色々と便宜を図ることになりそうだ。

 

 

「リーナ。ちなみに刹那は、マクシミリアンと関係は深いのか?」

 

「まぁね。『コレ』見て察していた?」

 

「カンショウ・バクヤは本当に限定モデルだからな……」

 

 

 マクシミリアン限定のデバイス。確かに生徒会メンバーだから持っていてもおかしくないが、リーナも『この後のこと』を考えているなと感じる。

 

 そうして九島烈閣下の言説が始まり―――それに百舌谷教官も収めていく。不満はあるが、それでも師族の中でも老師と呼ばれる人間に逆らえるほどの人間ではないようだ。

 

 

『若い頃は何とか今の体制を維持せねば、でなければ魔法師はただの人間兵器として、社会の中で埋もれていく。恐れられる。その懸念こそが現在の制度の元となった…師族制度もそうだ。そうならないように苦心してきた私だが、余生と言うものを考えた時にどうしても子や孫のことが気になる。

 老人にとっては、たかが三年―――その間に私もお迎えが来るかもしれないと考えれば、後の世界のため、若人たちの熱く価値ある三年をそのように潰すのは心苦しくもなる。

 響子の時にも見ていたはずだが、それ(制度)に真っ向から否定をして、それに足るだけの力と意思持つ若人が出てきた時点で―――悟ったよ。遅きに失して、何よりその間に失ってしまった人材の事を考えれば、それすらも心苦しくなる』

 

 

『その為にあなたはあなたが築いた魔法師の社会を崩すのですか?』

 

 

『私が築いたかどうかは異論があるだろうが、あえて言わせてもらうよ百舌谷君。価値は変遷する。人もまた移る。――――時代もまた動く。時はたえず流れている。時を動かすのは、時代を作るのは我々ではない。『若者』だ。その心に宿るものが時代を動かす―――ひとつひとつは小さな鼓動かもしれないが、合わせることで時代(とき)をも動かす力となるだろう―――諸君、時代を動かせ』

 

 

 最後の言葉が誰もの心に響く。それは一科二科関係ない……今までは一科だけが、時代を動かす者であると信じて来ただろうが、二科も……またニューエイジ(新世代)の魔法師として認められたようなものだ。

 

 

『居丈高に聞こえるかもしれんが、USNA所属でありながら、純日本人という『魔術師』遠坂刹那の提案を十師族全てに提案したところ、緊急総会で決めさせてもらったよ。まずは第一高校をモデルとして授業をしてもらい、オンラインリピートの設定で全魔法科高校でこれは視聴可能。これを前提として直接指導は第一高校の二科生を主体として―――無論、一科生も見ていいのだろう?』

 

『学ぼうとする人間を俺は拒みませんよ。ただ俺の理論を早期に実現出来るのは、二科の『ブランドカラーズ』の皆であることだけはお伝えしておきます』

 

『一科にいないとも限らんだろうが、とりあえず今は二科が主体でいくか―――よかろう。そしてテキストの『金額』は?』

 

 

 流石にそこはタダとは言うまい。しかし、どれだけの値が付くか? リーナが使い魔を使っても持ってきたのはざっと1000部―――これを殆ど肉筆で書いたのだから恐ろしいほどだ。

 

 達也の眼にもそこにあるサイオンの猛りとエイドスの密度が見えてしまう。これほどのものに値段を付けるならば―――。

 

 

『一部六百万円―――そんなところでしょうよ』

 

 

 その言葉。たかだか『紙束』相手にその値段を付けた刹那に対して思った人間が声を放つ――――。

 

 

『『『安すぎない!? いや、安さが爆発しすぎている!!』』』

 

『そうか? 結構な高値だと思うが』

 

 

 一科はいまだに見せてもらっていないだけに、アレではあるが……肉筆で千部。そして分かるものには分かってしまうサイオンの猛りが、ただの『紙束』ではないことを示す。

 2倍2ヴァーイな値でもよかろうに……変な電波が、またもや達也を侵食したようだ。

 

 

『ふむ……とはいえ、平均的なCADに比べればだいぶ高いな。内訳としてはどうしたい?』

 

『他の八校には悪いんですが、とりあえず一高の二科に優先して配布したいですね……優先枠は270部ってところでお願いします』

 

 

 達也の調べてみたところ、自分達が入学する前の二科だけに限っていえば既に在校生は165人しかいない。本来ならば余程の事が無い限りは200人から数名程度がいなくなるというのが、概ねの高等学校の水準だろう。もしくは定員のまま卒業するか。

 

 つくづく魔法教育というのがギャンブルなのだな。と感じる時である。35人の退学者―――恐るべき数字だ。

 

 

『分かったが、年金暮らしの私に、それだけの『金子』を用立てられるほどの当てがある訳でも無しどうしたものやら』

 

『俺とリーナの超ハデ婚のために気前よく出してくれてもいいんですよ♪ ジイさん』

 

『なかなかに面白い事を言う。どうせ殆どはインクとして使用するため魔術的に融かした宝石の補填であろう。私にもそのぐらいは察せられるぞ』

 

 

 どうやら九島閣下は、達也たちよりは刹那の術法に関して知っているようだ。もしかしたら刹那の技を知っているのが、九島だけというのが他の師族に危機感を持たせたのかもしれない。

 

 持たせるためにあえて情報を流したということも考えられる。こちらの脅威を煽る為に……。

 

 そして件のリーナはといえば……。

 

 

「きゃー♪ お色直しする花嫁衣装は十着程度じゃ足りないわ♪ ウェディングケーキは三十段重ねでいいかしらー?」

 

 

 などと楽しい想像の世界に浸っているようである。とりあえず切り分けられたケーキを食べるだろう我々のことを考えれば、サンジ(?)とプリン(?)の結婚式なみに旨いものを馳走してもらいたい。

 

 あくまで希望ではあるが――――。などと達也が考えていたらば突如立ち上がった我らが親父―――百獣のカイドウならぬ不動明王のカツトが立ち上がっていた。

 

 

『成程、この為だったか……親父め。最初っから分かっていたな―――遠坂、閣下には悪いが、その金子―――俺から、というよりも十文字家から出させてもらう。300部―――とりあえず二科優先で届けて、余りは……別に一科で利用しても構わんだろう?』

 

『その辺は、俺の許可云々ではありませんよ……で、七草先輩はどうするんですか?』

 

 

 一高のビッグマム(?)とも言える七草真由美は完全に疲れ切った表情で、腕を机の上で立てて、額を預ける様子が少しだけ痛ましい。

 

 とはいえ、どちらがより『万人』に響くかで言えば真由美は世論を見誤っていた感は否めない。

 

 

『……意地悪いわね。とどのつまり―――最初っからあなたは『この結果』を分かっていたのね? 信じられないわ。私を道化にするだなんて……』

 

『そこは気にしなくてもいいかと、これは俺だけが手札から切れる『禁じ手』ですよ。ただ、意識改革という意味で言うならば、先輩のも悪くないんですが、それでもやっぱり論拠として『弱い』―――根底にあるものを理解してそこにツッコまないでいたのは欺瞞ですよ』

 

『………私だってそこを何とかしたかった……別に魔界統一トーナメントみたいに『殴り合い』で一番強い奴が『代表』なんて提案しても良かったもの……けれど妖力値10万ポイント以上の陣も凍矢も美しい魔闘家もいなかったもの』

 

 

 七草会長も有名マンガを読んでいるタイプだったかぁなどと印象を変えてしまう。しかし―――やはり分かっていたようだ。

 

 

『分かったわよ。七草家もお金出すわよ!! 私のは一科生主体でいいわね? とりあえず250部! 売買契約するわよ!! ったく父さんも、こんな大金を娘に渡すならば、どんな意図なのか、ちゃんと言っておいてほしいわ。てっきり達也君との未来の結婚資金だと思っていたのに……』

 

 

 勢いよく顔を上げた七草真由美が、そんなことを言ったことで『会長、会頭! 太っ腹――!!』『気前いいっすね!!』『よっ大統領!!』だのなんだの言われている。

 

 そして考えるに、そんな未来になったとしたならば達也の稼ぎは何一つ当てにされていない現実が待っているようだ。

 

 

「タツヤ、ヒモなの?」

 

「受け入れるかどうかすら、未確定のことに何を言えるんだよ? そして局所的な寒冷化をもたらす発言を控えろ」

 

 

 驚きの表情でこちらを見てくるリーナに、不用意すぎる発言をやめてもらいたい。

 

 ともあれ―――議決はなった。待遇改善はアレではあるが、その前に二科生の『実力の底上げ』『指導方法の確立』……何より今まで捨て置いたものの価値を見直す。

 

 それから、生徒会役員だの何だのの学校運営に正しく参加すればいいだけ。

 

 

「というか俺が考えるに、この学校には一般的な高等学校で言うような文化祭や体育祭は無いんだから、二科とかもしかしたらば、いずれは『違う学科』が出来たとして、そこまで意見代表者を出さなくてもいいと思うんだよな」

 

「そいつは、拙速じゃないか? 議会ってのは資本家の代理戦争なんて側面もあるんだからな」

 

「―――主役が降りてきていいのかよ?」

 

 

 舞台袖に引っ込んでエルメロイグリモアの写本を確認しにきた刹那に、達也は少し刺々しく言う。

 

 

「もう俺の舞台じゃないからな。あとは残りの450部をどのように分配するかだ」

 

「代理売買か?」

 

「ああ、魔法師社会の全体的な発展を願う九島のジイさんならば、残りの八校に50部ずつ……まぁ渡す相手……一科二科はその高校の校風にもよるからな。そこは無責任になってしまう」

 

 

 そこを気にしているらしく、頬を掻く刹那。幾ら自分達よりも出来るとしても全て請け負えるわけではないが、そこを気にするとは―――この男。本質的には『正義の味方』でも目指しているのではないかと思ってしまう。

 

 冷酷な面もあれば情に篤いところもあれば、世を斜に構えて見ている所も―――達也よりは無いが『たまに』ある―――『色々と封印』された達也に比べれば随分と忙しない男である。

 

 

 要は―――複雑な面があるのだろう。ただ首尾一貫しているところは、一つある。

 

 

 それは彼を育ててくれた人々、彼の人生で関わってきた人々……もはや失ってしまった人々を、本当の意味で『忘れたくない』からこそ、その心に寄り添って行動しているのかもしれない。

 

 忘れたくない。消してしまいたくない。『死なせたくない』。それは―――達也とは違う類の『呪い』なのかもしれない。

 

 

「どうしたんだ?」

 

「いや、何でもないな。それよりも―――有志同盟の人間は――――」

 

 

 色々と話に夢中で、すっかり意識外に退けていた連中―――全員がいなくなっていた。失態。若干『混乱』(シェイク)されていた群衆の中を見渡す。

 

 刹那もまた遠見で何とか探そうとするも―――。

 

 

「壬生先輩と司先輩がいない……!」

 

 

 二科の代表として魔導書を読ませて拘束していたというのに、話が佳境になった段でいなくなった。そう摩利から伝わり――――不意に声が…響いた。

 

 

『この私をよくも『捕えよう』としてくれたわね。流石は『魔法』に『手際よく近づいた一族』―――腐っても、『魔法使いの城』ね。危うく、『落とし穴』に落ちる所だったわよ』

 

 

 怖気がするような声が大講堂に響く。まるで―――達也と深雪にとっての叔母。四葉真夜の如き……しかし、それよりも怨嗟を誇る声音。まるで羽虫に集られたことを苛立たしげに思う支配者の如く。

 

 

「―――ようやく網にかかってくれたが、まさか蝶のフリをした『大毒蛾』とはね……お前、どうやって―――」

 

『そんなことはどうでもいいわね……ともかくキノエくんが役立たずだったから私自らの出陣となったわけよ―――』

 

 

 心底の忌々しさを感じる言葉と会話しているのは、刹那だ。

 

 その時、無人となっていたとはいえ、講堂の公聴席。ちょうど三年の二科生がいたところに巨大な魔法陣が現れた。

 

 誰かが魔法を放った気配はない。四つもの魔法陣が層を為して、光を放ち―――何かが輪郭を作る。そこにいたのは―――。

 

 

「こ、子供!?」

 

「下がって、危険だ――――」

 

 

 誰かが驚愕の声を上げて、警告を発した刹那が後ろを見もせずに制する。

 

 子供、そこにいたのは確かに子供だ。緑色のフリルがあしらわれたドレスを瀟洒に着込み、まるで西洋のビスクドールの如く白く透けた肌に『赤眼』に『長く伸びた金髪』をそのままにしている人形のように完成された人間だ。

 

 否、達也の本能ですら発する怖気。あれは―――本当に人間なのか? それぐらい見ているだけで『おぞましさ』が走るのだ。

 

 

「詳細に見ようとするな。あれは真正の魔だ。くそっ、やってくることは分かっていたが、『総大将』自らの出陣とは……」

 

 

 達也に警告する刹那にとっても、この事態は想定外らしい……しかし―――事態に対処出来るのは、刹那だけなのだと勘付く。

 

 

「……何者であるかは分からないが、当校は関係者以外の来訪にはアポイントメントなどが必要になる。一先ず」

 

「五月蠅いわ」

 

 

 渡辺委員長の言葉を一蹴するかのような言葉。羽虫を打ち払うようなその言葉と同時に莫大なサイオンと魔法式が自分達を包み込むのを感じる。

 

 

「――――!!!」

 

 

 声なき絶叫と共に刹那の左腕にサイオンの集中を感知。そしてそれらの脅威に干渉した。自分達をまとめて圧殺する。ここにいる150人規模の学生たちを纏めて殺す術式は方向を変えて放たれて、上で炸裂。

 

 大講堂が―――大音声と共に吹き抜けとなった。

 

 

「なっ!!!???」

 

「ガラスやらの破片! 頼みます!!」

 

 

 全員が驚く中に端的な指示をした後に駆けだす刹那。手にルーングラブを嵌め込んで、その身をルーンの加護に包んだまま魔術師を駆け抜けさせる。

 

 

「そんな直接的な手段で私が倒せると思えるなんて、健気なかぎりよ……『メイガスマーダー・エミヤ』―――!!」

 

 

「上級死徒―――『マナカ・サジョウ』! 貴様の『地位』を『封印』する!!」

 

 

 ―――お互いに名乗りなどいらないはずの異世界……否、少しだけ『交差した世界』にて『魔法使い』どうしの人知を超えた戦いが幕を開けた。

 

 

「あんまり強いこと言わなくていいわよ。弱く見えるから!!」

 

 

 少女が袖が広くフリルが付いたドレスごと腕を振るう。振るっただけで巨大な波濤の如き魔力波が刹那の眼前を圧する。

 

 

 「Foyer: ―――Gewehr Angriff」(Foyer: ―――Gewehr Abfeuern)

 

 

 それに対して刹那は左腕を向けて五指を開いて『艦砲射撃』を実行。

 

 襲いかかる波濤を砕くように数多もの魔法陣―――廿楽教官の時に見せたようなものを発生させて、そこから『魔弾』を放つ。

 

 

 大艦隊の砲撃の如き一斉射の前にさしもの波濤も勢いを減じる。魔力の奔流が両者の間でぶつかり合い、爆光、衝撃、大講堂が崩れるのではないかというほどに体が揺れて白くなる世界から―――。

 

 色を取り戻すと、何か巨大なものに押しつぶされたようにぐちゃぐちゃに壊された講堂の一角が見えて―――。特に外傷なく立ちはだかる刹那。目の前に―――あの少女はいない。

 

 

「刹那―――ッ!!」

 

 

 呼び掛けた達也も気付く。刹那の視線の方向、上方に向けるとそこには……。

 

 

(浮いている……いや、飛んでいるのか?)

 

 

 一見すれば幻想的な光景だろう。天使のような羽根を背中に生やして、虚空に浮かぶ少女は全能を体現しているといってもいい。

 

 だがその翼は漆黒に染め上げられており、少女の怪しさと共に、退廃的なものを感じる。

 

 

 俗な表現すれば―――『堕天使』としか称せられない存在がそこにいた。

 

 

「私の城に来なさい―――招待したいのよ」

 

「誰をだ?」

 

「色んな人をね。パーティーは大勢でやらなきゃ楽しくないもの」

 

「何のパーティーだ?」

 

「世界を変えるためのパーティー。私には準備と予感があったわ。望みが無い私にとって欲しいものなんて『どこの私』でも同じだったわ―――私だけの『王子様』――――そして彼の望みを叶えてあげるただ一人の聖女になるの。虚ろに何も無い私の望なんて『どこでも』そうだもの」

 

 

 予定調和の如く刹那の問いに答える少女。そうしながらも舞い踊るように飛ぶ少女は、現実を容易く裏切るものだ。

 

 語る言葉はどこにでもある『乙女』の言葉にも聞こえる。

 

 しかし、本能的にそれを叶えさせてあげてはいけないのだと気付く。それは破滅の願望なのだ……。

 

 

「何だか分からないが、とにかくもはや好き勝手はさせられん!!!」

 

 

 渡辺委員長の指揮の元、魔法で空中を飛ぶ少女に風紀委員の得意魔法が襲いかかろうとしたが、その構築速度、規模、干渉力全てが規格外だというのに―――。

 

 

「やれやれ、こんなもので、わたしが、止められるなんて可愛いものよね―――実に小さい」

 

 

 一言ごとに手で握り潰し、素足で踏みつぶして、障子でも引き裂くように、全ての魔法が紙切れのように砕かれたのを達也は精霊の眼で見た。

 

 

「魔力の回転―――というか『防ごう』と思えば、それで終わりだったんだけど、それだと―――こっちが『反撃』出来ないからね」

 

「ば、化け物め……魔法式を生かしたまま殺しているのか!?」

 

 

 風紀委員九人の魔法式が全て『紙くず』のように丸め込まれているのを見た。つまりまだ魔法式は『生きている』のだ。

 

 もはや異常な事態の連続に誰もが頭を抱える以前に、会長の言葉が響く。

 

 

「摩利! 魔法を解除させなさい!!」

 

「全員、展開を止めろ!!」

 

「遅いわ」

 

 

 言葉と同時に、その手に持っていた魔法式の『紙くず』が黒く穢れたことで、魔法を放っても魔法式を解除出来なかった人間が苦鳴の絶叫を上げた。

 

 

「森崎!?」

 

 

 五十嵐が心配そうな声を上げたことで、気付く。解除できなかった風紀委員の一人には一年の森崎がいたのだ。

 

 

「ぐあああああ!!! ああああ!!!!」

 

 

 全身を苛んでいるのか身の全てを掻きむしろうとする森崎の身体が黒く染め上げられていく。何であるかは分からないが、良くないことが起きているのだと気付く。

 

 

「それでは、お待ちしているわ。第一高校の皆さま。私の招待に応じていただければ嬉しい限りですわ。置き土産というわけではないけれど、魔法師憎しで力を求めたモノ達の狂気と怒りのオーケストラを存分に聞いてくださいな」

 

 

 その時、無言で魔弾を放った刹那によって淑女らしい一礼をした少女―――マナカが貫かれたが、ただのサイオン体であったのか水のように溶けて虚空に消え去る。

 

 消え去った時に――――。大音声が聞こえた。窓の外を見た人間によって火災が起こっていることが分かった。

 

 

 そして聞こえる『GUOOONNNN!!!!!!』という遠吠え。まるで外をうろつく犬が挙げる声を何倍も拡大したような声が聞こえてきた。

 

 

「来たか―――」

 

 

 次の瞬間には何かが窓から飛来する。

 

 同時に、講堂の扉―――既に蝶番すら外れて病葉も同然となっていた所から、一高生徒には見えない迷彩服の連中が、武器も持たずにやってきた。

 

 

『GURRRRRUUUUU!!!!』

 

「もはや説明なんて不要だな」

 

 

 だらだらと涎を垂らして、剥き出しの歯を見せつける狂気の様子―――全てが、尋常を超えていた。

 

 

『GUOOOONNNN!!!!』

 

 

 遠吠え二つでその身が膨張して、人間の体躯、人間としての特徴を全て失って、人間として認識できるものが殆どなくなっていき、毛むくじゃらの人狼とでも呼べばいいのか二足歩行の狼に変わる―――ブランシュメンバーを前に―――。

 

 

「バケモノ女よりも面倒じゃないんだ! おもいっきりいかせてもらう!!!」

 

 

 数多の魔法陣を左手と右手に集中装備―――。それだけで準備が完了したのか、怒涛の勢いで動き出す。

 

 

「覚悟しろ!! 俺の前にスヴィン先輩以下の魔術体で出てきたことを!!!」

 

 

 怒りの言葉で刹那の左腕から土砂降りのレーザーにも似たものが真正面から放たれて、左手の砲を撃ち終えると同時に張り手を放つように右手の砲が前に競り出して、火――否、光を噴く。

 

 やってきた一団。人狼たち六体ほどはその攻撃で肉体の一部だけを残して光の中に消え去った。猛烈なまでの光の圧は一切の抵抗をさせずに抹殺をしていた。

 

 

「………!?」

 

 

 虹色の光を放ったことで、制服の上着が破けて、刹那の左腕と右腕に―――何かの記号のようなものが輝いているのを見た。

 

 左手は複雑な紋様だが、右手は単純ながらも『剣』のようなものを感じる一本直線で構成されたものだ。

 

 

「刻印魔法!? 見たことも無い術式だ……いや、術式というよりも……」

 

「まるで生きている……いいえ、『誰か』の意思のようなものを感じます―――」

 

 

 五十里先輩と美月の言葉を受けてから、リーナは少し困ったような顔をしてから『カンがいいわね』と言ってから刹那に合流する。

 

 手には赤い布のようなものを手にしている様子。とんでもないエイドスの密度だ……。あれに魔法では干渉できまい。

 

 事態は一刻を争うのだが、決断は勝手には出来ない。

 

 

「会長、どうします?」

 

「達也君はどうしたい? それに従うわ。現状、私達は不明勢力に学校が襲撃されている状況。それに対して予想していたUSNAの魔法師。行動は迅速ね。そして手並みも尋常じゃない。そして姿を消し去った同盟員たちと壬生さん、キノくん……」

 

「敵は分かり切っています。あの『マナカ・サジョウ』というのが件のブランシュメンバー達に人体改造のような魔法を施して、この事態を引き起こした。そして―――一高の同盟員たちは見える限り少なくとも人狼よりは正気を保っていたところからも、人体改造は施されていないが何かしらの『操作』はされているものと推測。我々は奴らの破壊工作活動を止めなければいけない。それだけです」

 

 

 秘密の暴露をしてでも、今の事態を収めねばどうなるか分かったものではない。そう考えての言葉が達也の口を衝く。

 

 

「敵性の殺傷―――出来る?」

 

 

 対する七草会長の言葉は―――、窓から投げ込まれた『生首』を一瞥してからのものだった。

 

 ガス弾でも投げ込めばよかろうに、このような手の込んだことをやるからには、『彼ら』にとっては安易で着実な処刑よりも魔法師を畏怖せしめることが肝要なのだろう。

 

 

「それが生きていればいいですけどね……敵は死体人形です」

 

「……分かったわ。詳しくは聞かないでおくけれど対抗をお願い。実動部隊は少ないけど十文字君連れていって、五十里君と服部副会長には、ここの防備を、摩利もお願い。―――今は、あずさの『梓弓』(まほう)で落ち着かせているけれどパニックになったら困るからね」

 

『分かりました』

 

 

 非戦闘員というわけではないが、CADを持っていないことで戦闘力に不安がある連中も多いのだ。一科二科関わらず―――。彼らをまとめている中条先輩は緑色に輝く弓の弦を引っ張って上に向けて弾いていた。

 

 それを見てから、防衛として招集していた二年の内の二人が答えている。服部副会長は、個人戦よりもこういった集団戦の防衛戦の方が得意とのこと。

 

 

「それと森崎君たちの治療のために……」

 

「安宿君じゃこれは無理だよ。この子らはボクが見る。傷病ベッドは無いが、『仕事道具』はいつも持っているんだ」

 

 

 その言葉と共にどこからかエメラルドが象嵌された蛇の杖(アスクレピオス)を持ちだしたロマン先生がドクターロマンとして、森崎の看病をする。

 

 医療魔法のスペシャリストとも言われているこの人の手並みは鮮やかで森崎に掛けられていた『呪い』が徐々に失われていくかのようだ。

 

 

「けれど、応急処置に過ぎない。森崎たちを助けるためにも、最終的にはこの『魔術』を掛けた『術者』の殺害が肝要だ。急ぐことだよ」

 

「はい―――」

 

 

 安心したのも束の間、現実に戻す言葉。そちらは恐らく刹那の仕事だろうが、それでも死なせないためにもやらなければいけない。

 

 

「そっちの密談は終わったか?」

 

 

 気を遣っていたらしき刹那とリーナの装備は完全に『戦闘用』に変わっており、一部は違うが、それは標準的なUSNA軍の魔法師の装備であると資料から分かっていた。

 

 彼らの正体も自ずと分かりつつある……。

 

 

「大体はな。やるべきことは定まった……お前はやるんだな?」

 

「ああ、あれは始末しなきゃならん悪徳だよ。先行させてもらう―――」

 

 

 言葉と同時に赤い外套。いつぞや見た聖骸布とやらにも似たものを羽織った刹那の背中に―――ロマン先生は苦笑する。

 

 

「さぁ、行ってきなさい―――君が為すべきオーダーは、ここからだよ。ここから始めるんだ(Re Start)『カレイドスコープ』―――」

 

 

「……行ってきます。ロマン先生」

 

 

 担任と生徒の会話。というよりは、どちらかと言えば……『同郷』ゆえの分かっている会話にも聞こえるものをやってから駆けだす刹那と白銀の鎧を纏ったリーナ。

 

 講堂の外に飛び出して―――猟犬の如く獲物を狩り出していくのだろう。

 

 

「USNAの連中にばかりカッコつけさせるわけにもいかんし、状況も良くは無い―――いくぞ司波」

 

「はい」

 

 

 会頭の言葉に達也も動き出す。敵の目的が一高の生徒……優秀な魔法師であるというのならば、一番に狙われるのは―――。

 

 

「会長」

 

「あなたも行きなさい。ここは人員が足りているから」

 

「ありがとうございます―――」

 

 

 兄妹ともども頭を下げてから、刹那たちの後を追って動き出す。再度の戦闘の開始(バトルスタート)を告げるように、外に虹色の光が走って、それが校舎内に殺到しつつあった獣人たちを打ち倒したのであった。

 

 

 そうして、戦闘要員が去っていき静寂を取り戻した講堂で―――。

 

 

「あれ? 千秋はどこいったのかしら?」

 

 

 平河小春は、妹とその友達が確認出来ないことに今更ながら気付くのであった……。

 

 



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第30話『ヒトとしてのカタチ』

ニューヨークかぁ……エジソンいないし、当のギルも子ギルと術ギルしかいない! 

絶望した!! バニヤンぐらいしかいない環境に絶望した!! 

というわけで最新話どうぞ。


「随分と熱狂してますねー大講堂……」

 

「主に聞こえるのは、遠坂の声だな。あいつ実は21世紀に蘇ったナチの『総統』(フューラー)のクローンとかなんじゃねぇか」

 

「笑えない冗談です。もしくは……クドウさんとの間に『子供』が出来たので『私達結婚しまーす♪』の方が現実味ありますよ」

 

 

 辰巳と沢木の何とも言えぬ声が響く。大講堂の熱狂の他に聞こえるのは、部活動中の人間の声のみ。

 

 ここからも見えるマウンドにて野球部エース『星』の放つ140㎞後半の球に四番バッター『橘』のバットが空を切る。どうやら『外れたようだ』。

 

 

「―――マジかよ。俺ら男として後輩に負けてるのかよ?」

 

「残念ながら、『俺ら』じゃなくて辰巳先輩だけですよ」

 

「なん……だと……この一文字違えば『さつきみどり』になる男にすら俺は負けていたのか……!?」

 

 

 いつまでも渡辺委員長に横恋慕してるからじゃないかなぁと沢木は内心でのみ考える。

 

 千葉道場の麒麟児にして、一高のOBたる人は一緒の学舎にいたことはなくても、すごい良い男であったことは伝わっているのだから。

 

 そしてそんなOBと渡辺摩利は付き合っているのだから―――諦めろや。ぐらいの降伏勧告は出したい気分だ。

 同学年で舎弟にされてるからといって――――。

 

 

 などというイラッとすることを考えられてもそんな風に思っていた沢木碧であったが―――校門方面からの異変を通信で知り、身を固める。

 

 

「講堂内にいる壬生や司が出て来たら……悪いが捕縛だ」

 

「はい」

 

 

 別に犯罪を犯した証拠があるわけではない。まぁ司に関しては、司波達也襲撃事件の犯人であることは分かっているのだが……。

 

 などと示し合わせたことで、異変が起こり始めた。

 

 

『大変です! 校門を超えて武装した兵士と―――軍用猟犬が殺到。尋常じゃない様子です!!』

 

「迎撃しろ! それと――――!! こっちも始まった!!!」

 

 

 大講堂の天井が空中に病葉として跳ね上がった。どんなランクの魔法を使ったんだ。と思える威力と衝撃波に辰巳は身を竦めたが、すぐさま講堂から出てきたのが同級生である司甲であることを知り、悲しく思う。

 

 

「司!! 悪いが、止まりな!!!」

 

「辰巳と沢木か、相変わらず二人一組で仲がいいな(キモいな)。お前たちは予定通り動け―――」

 

 

 イラッとする副音声が聞こえたが、見ると司の後ろに、風紀委員たちがマークしていたエガリテメンバーがいる。壬生もいた。

 

 散開して動くことで、何かをやろうとしているが―――殿のごとく立ち塞がった司の眼が、猛禽類の如くこちらを射抜いて―――、布にくるまれていた長物が出てきた。

 

 それは、あの剣道部を捕縛した時にも見た『木杖』……樫だろうかを握りしめていた。

 

 

「武器が無いからと―――卑怯とは言うまいな?」

 

「……辰巳先輩」

 

「ああ、油断すんじゃねぇぞ」

 

 

 構え方がまず普通ではない。立ち上るサイオンが木杖の威力を悟らせる。眼は、確実にこちらを射抜こうとしている。

 

 打ち据える。それ一つだけで決まる戦いのはず――――――。先に動いた沢木。それに次いで回り込むように自己加速した辰巳。

 

 

 挟み撃ちの連携―――正面の沢木の拳が司を打ち据えようと動くも――――。

 

 

 † † † †

 

 

「杖術か、随分とけったいなものにやられたものだね」

 

「いや全くですよ……。油断はしていなかったんだけど、ありゃ少しあつつ……」

 

 

 既に大講堂は野戦病院の如くなっている。重病人、大怪我を負ったものこそいないが、それでも逃げ遅れて少し手傷を負ったものは多い。

 

 恐怖で何かしらのトラウマを抱えなければいいが……。

 

 

 栗井としては、それが心配である。魔法を使わずとも沢木などが負ったようなこの程度の傷ならばなんとかなるだろう。消毒液を使って治療を終えて少し安静にしていろと言う。

 

 

「それで司は?」

 

「……部活棟に向かいましたよ。ったく負けたからと俺をメッセンジャーボーイにするなんてひどすぎる」

 

 

 もはやエガリテどころかブランシュ自体が壊滅状態。本人も義理の兄の為ならばぐらいの覚悟はあったのだろうが、後輩たちを騙した方が心苦しかったのかもしれない。

 

 ならば、『計画の賛同者』を気取り……そんなところか。

 

 

 任せるだけ……というのは少々、気が引けるが、とにもかくにも……今は医療スタッフとしての務めをしなければならないのだ。

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 校舎の屋上に陣取った刹那は、そこから全てを打ち据えるべく魔弾を放つ。実質固定砲台のような役割。

 

 冬木大橋のアーチに陣取り無限の魔獣(?)を相手取ったという母に比べれば、随分と楽な仕事だ。まぁ夢か現かも定かではない話だと言っていたが……。

 

 

「――――Anfang(セット)

 

 

 掌をかざして、十個ほどの宝石を落とすと屋上の床に幾重にも複雑で色彩がある『大魔法陣』が刻まれて、それが1.3.5.7……最終的に13枚刻まれた段で準備は完了する。

 

 

「仕掛けの殆どを崩されたと思っていたが、どうやらあのゾンビ女。そこは手つかずだったか」

 

 

 当然だ。あいつの目的では『殺し過ぎて』はまずいのだから……。こちらに適度な防衛をさせて、擦り減らして、城で迎え撃たせる。

 

 打たないという決断は出来ない。圧しつけられた二択だが……。

 

 

「やるからには皆殺し。殲滅戦があなたの信条よね?」

 

「世の中には室内なのに戦術級魔法なんて使うヤツがいるからな。感化されただけだ」

 

「あ、あれは!! お、思い出したけど……必死だったんだもん……」

 

 

 少し困ったように俯き人差し指を突き合わせるリーナに苦笑。

 

 まぁ難しいミッションではあったな。と思い直す。雫の親父さんを助けるあの任務は最難関だった。

 

 人質救出の上に、敵勢の自暴自棄を断念せしめるというアレは―――。最難関だった。困難に対抗するには、こちらも戦力を整えられればいいのだが……。

 

 

「こっちも学校飛ばして対抗できりゃいいんだけどな」

 

「飛ぶの!?」

 

「飛ばない」

 

 

 飛ばしたい気分が無くも無いが、そういうわけにもいくまい。やることなど変わらない敵が見える所まで行き叩きのめす。それだけだ。

 

 

「セツナは地上をお願い。『空中』はワタシが掃討する」

 

「了解、気を付けて」

 

「アナタもね」

 

 

 ウインクひとつ残して『翼』を広げて虚空を飛びあがるリーナを見送ってから、こちらのサイオンの昂ぶりに反応した連中が殺到しようとするのを感じる。

 

 

「まずは――――」

 

 

 校門を超えて正面玄関に殺到しつつある連中を叩く。

 

 

「出し惜しみ無しで行く。 Eins,Drei,sieben(一番、三番、七番)―――TrinitäteVereinen(あつめ、たばね、うちすえろ)!!!」

 

 

 瞬間、校門前にいた獣人たちの頭上に熱線のシャワーが降り注ぐ。硬い路面、アスファルトとコンクリートすらも粉砕し、融かす熱量と圧力とが20体もの獣人たちを消し去る。

 

 

 刹那の魔弾に脅威を覚えた獣人たちが、散会してこちらに迫ろうとするが――――。

 

 

 賢しき行いなど許さぬとばかりに光熱波は遮蔽物として使おうとした桜や建物を意思持つかのように屈曲して、屈折したかのように動き鼻先に飛び込んだ。

 

 一撃が入れば、そこに殺到する魔弾の群れ。一切の抵抗など許さぬ超越者の打擲の前に、駒であるはずの獣人たちが恐れる。

 

 

「その似姿、スヴィン先輩の技の出来損ない…贋作以下の紛い物は―――、実に腹立たしいんだよ」

 

 

 獣人だけでなく巨大な蛇のようなリザードマンとでも言えばいいものが現れたが、刹那は即座に魔法陣そのものを切断刃のように回転させてハイロウ(天輪)として投げつける。

 

 全身筋肉の爬虫類の身体であっても打撃や熱ではなく切断には勝てなかったようだ。

 

 

 襲撃者たるブランシュ……構成員であった獣人の運動力を以てしても彼我の距離800m、高さも含めれば1キロはゆうにある距離が、遠く遠く無限の距離に感じられるのであった。

 

 再び、輝ける虹色の魔術の光が、地上に落ちる度に、どこかで改造された構成員を打ち据えるのであった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 色光(ひかり)が走る。

 

 閃光(ひかり)が走る。

 

 暗光(ひかり)が奔る。

 

 彩光(ひかり)が奔る。

 

 ――――極光(ひかり)奔る(走る)

 

 

 まるで魔力の驟雨だ。細く、されど雨滴のようにしずやかとはいかない、色とりどりの魔力が第一高校にやって来た不埒者を打ち据えるのであった。

 

 レーザーレインは絶え間なく落ちる『光星雨』(レイ)となりて、敵対者に無慈悲な恵みとなる。

 

 

「全く、見えない奴だ」

 

 

 底が、能力の限界が、技能の上限が―――。少なくとも師族級の力はあると見ていたが、これほどのものを常時展開してあちこちに当てていくとは。

 

 制御のち密さはバケモノかと思うほど。

 

 

「むぅ……これほどの大規模な魔法式を構築し続けるとはな……」

 

「控えめに言っても人間業じゃないですね。それよりもお兄様。あちらに風紀委員の方が」

 

 

 深雪の言葉で見ると、木々に寄り掛る先輩二人。沢木碧、辰巳鋼太郎の二人だ。見える限りでは重傷ではないが、動けない所から察するに痛撃は食らっているか。

 

 

「沢木! 辰巳!!」

 

「へへっ……わりぃな。やられちまった―――」

 

 

 呼び掛けて近づいた十文字会頭が、肩を貸そうとするもそれを拒否する辰巳先輩。何か話すことがあるようだ。

 

 

「治療を」

 

「いや司波さん。僕らに力を使うよりも今は温存しておくんだ。講堂はすぐそこだからね。ドクターはいるんだろう?」

 

 

 見ると胸の中心―――武道で言う所の水月(みぞおち)を中心に制服が破れていた。かなりの手練れだな。

 

 同時に斬撃ではなく拳のようなものでもなく、もっと細いもので真っ直ぐに叩かれたように見える。

 

 

「そう。剣道部の司主将だ……会頭。司さんは、部活棟に行きました―――『仁王の到着を待っている』だそうです」

 

「……そうか。とどのつまり、それしか無かったんだな」

 

「あんだけ出来るんならば、もっと強くなれるだろうに、このまま破滅にさせるのはもったいなさすぎるぜ」

 

「だが……覚悟を決めたのならば、『受けて立つ』しかあるまい」

 

 

 先輩三人の分かっている会話。沢木と辰巳―――肩を貸しあって講堂に向かおうとした際に、どこからか『マツノブラザーズ』という名前が付けられたゴーレムがやってきて怪我人を搬送する手筈。

 

 

「ぎゃーー!! なんだこの蔓は!? 痛くない、むしろ心地いいけど―――色々と絵面的にまずいだろ――!!」

 

「触手プレイとはこういうものか! なかなかにいいものだな沢木!!」

 

 

 対称的な感想を述べながら『衛生兵』として大講堂に怪我人を連れていくゴーレムたち、刹那の仕業なのだろうが、何となくアレである。

 

 それを見送ってから会頭は明後日の方を向いて背中を見せながら口を開く。

 

 

「……司波兄妹。早速で悪いが、別行動を取ることになりそうだ」

 

「いえお構いなく。司先輩のことお願いします」

 

 

 そう返すと巨漢が加速して、目的地へと向かうことになる。そうなると自分達は刹那でもカバーしきれない範囲に行くのだが……。

 

 そんなところあるのかと思ってしまう。『星を呼ぶ少年』の手並みは第一高校を完全に守護しきっている。

 ともあれ侵入者たちのメインルートである校門前に行くことにする。

 

 

「達也!! 随分とこっちは楽しそうだな!!」

 

「レオ、それとエリカまで」

 

 

 討論会に参加していたのは確認していたのだが、いままでどこにいたのやら? と思う程に今まで見なかったレオが威勢よくやってきて、後ろにエリカの姿も確認する。

 

 

「学校に預けていたCAD取って来たのよ。休日でも規則は規則だったからね」

 

 

 納得すると同時に、そこまでの道のりは大丈夫だったのかと聞く。

 

「多分、刹那の術だと思うんだが、事務室方向に殺到していた連中は、全員肉片一つ無くなって、置換されていた『魔法陣』を罠として氷漬けや火柱になっていたぜ」

「穏やかじゃないな」

 

 そんな無差別な『地雷敷設』がやられているなど、この辺は大丈夫なのかと思うも、そこに通信が入る。

 

 

『補給線の確保は戦略の第一歩。昨日の時点でそこらへんは重要にしておいたんだよ』

 

 

 次いでやってくる美月と幹比古。どうやら緊急事態に即応できるように、後方の補給基地(CAD保管場所)は確認していたようだ。

 

 そして即応できる戦力の行軍ルートを確保していた。そう説明する刹那の思念の言葉に達也は返す。

 

 

「状況は?」

 

『第一陣の連中は、殲滅完了。第二陣も見えているが、やってくるまでは五分もかからない』

 

「敵の策源地が分かっているのか?」

 

『そこに直接攻撃できればいいんだが、街中での魔法の使用は色々と制約があるだろう? 悩むね』

 

 

 若干同意できるが、日本の魔法師の立場として『止めておけ』と言っておく。自分も『モノ』が見えているならば『分解最成』で吹き飛ばしたい気分なのだから。

 

『簡単に説明しておくが敵は、己の身体を遠吠え一つで『変身』(トランスフォーム)させる術で、獣の神秘の力を『纏っている』。グリモアの567頁を参照』

 

 

 その言葉で七草会長から借りてきたと律儀に言う美月がページを開いていく。

 

 

 ―――獣性魔術。

 

 自らの内側から獣性を引き出し、魔力を纏うことによって疑似的に人狼のような能力を得る魔術。

 多くの土地において、魔術は獣の能力を取り込むことに血道を上げた。魔術以外にも中国武術では形意拳や白鶴拳など獣の動きにヒントを得たものは枚挙にいとまがなく、西洋のダンスや芸術でも白鳥や獅子のモチーフは頻繁に取り入れられる。

 はたまた世の神話にはヒトが人としての姿を捨てて獣になったというものは多い。

 

 安珍・清姫伝説における清姫の『大蛇化』、浦島太郎伝説における乙姫という神亀に対して玉手箱により月日を経て『仙鶴』へとなった太郎などなど……世界にはこのような事例が多い。

 

 人が獣と(たもと)を分かった時から、獣は神秘を見出される存在となった。世界の『裏側』へと移行したのだ。

 

 アジアの多くの地域では、犬の声は魔を祓うとされ、吼えた音圧だけで、他者の魔力を引き出し、『演算領域』で変換した魔力を、まるで『魔法』を覚えたての『幼子』のように、雲散霧消させることが出来る。 

 

 

「吼えた音圧」「雲散霧消」

 

 

 単語の抜き出しで、読んでいた全員が脅威を再認識する。

 

 

『厳密には襲撃者の使っているのは、これ(獣性魔術)じゃないんだがな。アンティナイトを大量に『中身』(ないぞう)に仕込んでいれば、吼え声一つでお前たちの魔法式が引きはがされる可能性もある』

 

「だから一撃必殺でやっていたのか」

 

『そういうことだ。深雪、お前も見たならば分かるな。敵さんは、その気になればお前たちの魔法を霧散出来る』

 

「対抗策は?」

 

『レベルを上げて物理で殴る。もっと言ってしまえば、対象に直接『仕掛ける』魔法式ではなく、『放射された魔法』ならば、ただの『物理的エネルギー』として、相手を穿てる』

 

 

 単純ながらも座標設定で『対象物』のエイドスを直接書きかえることに特化した現在の魔法師で出来るかどうか……。

 

 幹比古とレオ、そしてエリカならばそれに適している。達也もストレージを入れ替えて対応も出来るだろう。

 

 

「お兄様」

 

「俺がお前を守る。だから深雪。刹那にはないお前の魔法の輝きを見せてくれ」

 

「はい。刹那君には負けないぐらいに、この一帯を氷の彫像だらけにしてみせます!」

 

 

 そのやり取りを傍から見ていた全員が、『アンタら本当に兄妹か?』などと心底疑問に思うと同時に、遠吠え―――鬨を挙げる声が聞こえてきた。

 

 

「思うんだが正門側から律儀にやってくるってことは、こっち側に『策源地』があるってことか?」

 

『そういうことだ。行きたいのかレオ?』

 

「いいや、今はとりあえず―――」

 

 

 正門という意味では、もはや意味がないほどに崩れた門扉。そして歪んだ柵を乗り越えてやってくる獣人の数は三十は下らない。

 

 

「こいつらで新しい『術』を確かめたい」

 

 

 片腕にだけ装備したナックルガントレット……専用のCADで掌を叩いたレオが魔法を解き放ち、鬨の声を上げて襲いかかる獣人たちに挑戦的な笑みを浮かべた。

 

 

パンツァー(Panzer)!!!」

 

 

 言葉は呪文の如くなり起動式が展開して西城レオンハルトの全てを固く硬く堅くして―――敵対者に鋼となりて襲いかかる。

 

 爪で切り裂こうとした獣人の懐に素早く入り込み撓められたボディブローが正確に入り込みめり込み、骨を軋ませ奥の臓を叩き潰した時には人間の倍以上の獣人は来た道を戻り、猛烈な勢いで柵に突っ込み動かなくなった。

 

 

『『『『『………』』』』』

 

 

 誰もが唖然とするほどに、呆気ない効果―――。しかし獣人たちには脅威と映った。整列して威嚇する様を見せている。

 

 

『GUOOOONNN!!!!』

 

『音圧』

 

 

 刹那からの警告は一言。しかしその時には―――幹比古が動いていた。

 

 

「風刃」

 

 

 遠吠えに魔力阻害が乗る前に、呪符を使って言葉で放たれる風の刃が喉を切り裂いた。吹き出る血と落ちる『石』の煌めき。

 

 声帯を切り裂かれたことで、声を出せなくなった獣人たちが、次手に移る前に―――。

 

 

「赤ずきんのおおかみかってーーーの!!!」

 

「あれは腹だろ」

 

 

 エリカが手に持っていた警棒―――それから放たれる魔力が力となり『力場』となり強烈な勢いで叩きつけられる。

 

 猫のように跳ね回るエリカが獣人たちの頭を次から次へとぶっ叩いて、頭蓋をシェイクした後に―――。

 

 達也は、『分解魔法』を発動。ここまでやられては脳も心臓も『見えやすくなる』。

 

 

 相手が人間であれば、痛痒で呻く以前に即死だろうが……見えぬ魔弾が放たれて、重要器官を失わせ、何人かを絶命させるもやはり撃ち漏らしは出る。

 

 

(再生したか)

 

 

 フィクションにおけるゾンビやグールは肢や腕がなくなっても動くおぞましい怪物だ。

 

 脳や心臓だけを見えた訳ではないので、肢や腕を失わせ行動を防いだわけだが――――。

 

 

『だが、ここまでやれば―――』

 

「ああ、終わりだ」

 

 

 獣人の一団に飛び込んだのと同じ勢いで後退するエリカと達也。その時、復讐の追撃をしようとした獣人は圧倒的な冷気に慄き上空を仰いだ。

 

 そこには巨大な氷塊。逃げられる距離と高さではないが、それでも逃れようとした時に一塊の氷山の如き質量がグールの獣人を完全に圧殺して凍結。

 

 強烈な圧と冷気がこちらにも届き、正門からさほど離れていない所に季節外れの氷のオブジェが出来上がった。

 

 巨大な氷山が―――そこにあった。

 

 

『お見事』

 

「援護しなかったな」

 

『見ておきたかったから。それと少しは休ませろ』

 

 

 流石に第一陣の数を隅々まで倒すとなると、魔力の消費が凄いのだろうかと思った達也だが、それは『ハズレ』である。

 刹那の魔力量はいくらでも『供給可能』なのだ。意識こそ失い無機質な礼装となったオニキスから魔力を供給して先程の全敵必殺を行っていたのだ。

 とはいえ、それでも魔術回路と刻印の酷使があったのは事実。そんなことは知らない達也は合点して小休止しようとした時に―――。

 

 ―――、カンとしか言えないが、何かが来ることが分かって身構える。

 

 

「!! みんな気を付けて!! 新手、いやこれは―――『魔法師』!? 刹那君!」

 

「―――司波兄!! 見事な立ち回り中に悪いが壬生は!?」

 

 

 達也と同じく『視えた』らしき美月からの警告。それと同時に後ろから走り込んできた桐原武明を確認した時―――。

 

 

 深雪の氷山が―――『割れた』。鋭い『斬音』とでも言うべきものと『キンッ!』という短い音。連続して響く音の後には綺麗な断面を見せながら死体含めの氷塊が転がった。

 

 

『!!!???』

 

 

 誰もがその現象に眼を奪われた。その切り刻まれた氷山の中に眼光鋭く眼を輝かせる『剣士』が一人。誰もが見た。

 

 

『エインヘリャル引き連れた戦乙女(ワルキューレ)かよ……。気を付けろ。手練れの中の手練れだ』

 

「ああ、まさか。こんな形で出てくるとはな」

 

「……壬生……」

 

 

 桐原の呆然とした声すら遠くなるほどに、そこにいたのは剣道部のアイドルにしてここ一週間ほどは達也も関わりを持っていた少女。

 

 壬生紗耶香の姿。その剣道着なのかそれとも何かの仮装なのか分からぬほどにけったいな衣装に、血のように『赤い刀』を持つ少女。

 

 

(まるで……さっきの童女―――『マナカ』とかいうのみたいだな)

 

 

 超然として超能を誇る万能の存在が下位の存在を憐憫と共に見下ろしているような感覚。見られているだけで萎縮しそうになる。

 

 綺麗な断面を見せる氷の上に乗り口を開く壬生―――。

 

 

「……力を手に入れてみると分かることもあるのね。達也君。私はあなたほど大きな目的を持っていなかった。けれど私にも譲れないものがあるのよ。あったのよ。それを穢させない―――小さな目的で生きる人間は小者だと言わんばかりのあなたが、今はひどく哀れに思えるわ」

 

「『あの時』のことでしたら、俺は間違ってはいないと思います。そんな『外法』の力で『高み』に上るのが、あなたの望みだったんですか壬生先輩?」

 

「ええ、生まれが違えば能力も決まってしまう魔法師の社会で『正道』も『外道』もありはしないわよ」

 

 

 即答する壬生の狂相であり笑顔に、美月が怯えて、桐原が悲しそうな表情をしてしまうが構わず壬生は続けた。

 

 

「まぁいいわ。今はマナカ『様』の為にも、必要なものを手に入れなくちゃならないのよ。邪魔しないでね?」

 

 

 それを聞けるものか。壬生の終ぞ見たこと無い笑顔に、誰もが戦意を滾らせて―――『操られている壬生』と続く剣道部と『剣術部』の一部。多くの一高生徒達の剣呑な様子に覚悟を決める。

 

 一歩を踏み出して―――足を滑らせたかのようにひっくり返る様子の壬生だが―――、その動きにまどわされてその動きを見て、『奇襲』に気付くのが遅れた。

 

 

 滑るように『飛びあがった』壬生。足場たる氷山の塊は七つはあり、巨大な氷が滑るように一高の路面を滑りながらこちらにやってきた。

 

 凡そ普通乗用車が時速60㎞程度でやってくる様子を感じる。

 

 それに対して、刹那からの援護。破壊の魔力弾が滑る道中で氷山を砕き―――達也たちは間合いを詰めるべく走り、同じく奇襲の二段構えで氷山と共に接近していた一団がぶつかり合う。

 

 

 ……煌めく雪月花(ダイヤモンドダスト)が舞い散る中―――熱き思いを秘めて戦う若人たちの戦乱が、幕を開けるのだった。

 

 

 そして――――。

 

 

「待たせたか?」

 

「いいや、全然待っていない」

 

 

 男は黒い剣道着を着込んで部活連本部の近くに佇んでいた。その手には木杖。

 

 

 お互いの距離は3mもないだろうか……。

 

 

 そして室内という場の性質上―――相手の土俵に上がることになった。覚悟は決まっていた。

 

 だが相手を目にすると、どうしても気後れするのは……有り得たはずの過去を後悔するからか。

 

 

「……遠坂とお前を引き合わせたのは失敗だったのかもしれないな……」

 

「そうだな。でなければ俺は裏工作でお前の手を煩わせているだけで、十師族社会も混乱しなかった。そして七草の毒にも薬にもならない改革を誰もが美辞麗句で彩るだけだったな」

 

 

 だが世界はただ一人の決断で変わってしまった。

 魔法師社会は混乱するか、それともエレメンツ研究の時のように破棄されるか、いずれにせよ今まで国際的評価で値札を付けられていたものが、今後の魔法師の『市場』を賑わす。

 

 

「江戸元禄時代には今の世では旨いものと知られていた『マグロ』なんて下魚……食えたものではないという評価だった」

 

「変革の時が来た―――……誰かが価値を見出したならば、それはあるべきものだろう。お前も、その『旗』に集ってほしかったんだよ」

 

「無理だな。もう問答はいいだろう。『後事』は頼んだんだ。今は、ただの『キノエ』として、一高『最強の魔法師』に挑戦したいだけだ」

 

 

 沢木と辰巳を一撃必殺、鳩尾への『打』で終わらせたものを槍のようにこちらに向ける甲の姿。

 

 メガネを外した瞳が見据えるものは、『仁王』か『不動明王』か、どちらであろうと―――十文字克人が守るべきものは決まっており、構えを取る。

 

 

 激発、『壁』が迫り『武芸者』の『棍』が叩き、砕けて、それでも数多もの『壁』をぶつけて病葉も同然に砕ける障壁の乱舞の中でも必殺を待つ『仁王』。

 

 

 一つの戦いが始まり……もう一つの戦いが始まりを告げるのだった。

 

 

 



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第31話『正門前の激闘』

なげぇ……この長さがある意味、自分の悪癖である。

削除した作品も原作改変の一編の長編化が、あれやこれやの展開の悪さに繋がり―――。

とにもかくにも最新話お送りします。


 ――――状況は混沌としていた。

 

 真由美の『マルチスコープ』が捉えた限りでは戦場は三つ。

 正門前にて続々と出てくる獣人への対処。さながら土中の巣穴から出る蟻を小石で抑えるか、水で通らせないようにする策だが、蟻の中でも最強の兵士が出てきたことで、段々と押されつつある。

 

 増援として今まで他に回っていた連中が正門前に駆けつけて纏まった魔法で組織戦を挑むも入り込まれた段で獣人たちは縦横無尽に移動して襲いかかろうとする。

 

 木々に上り三次元の機動戦を挑まれてケガを負う者も出てきた。

 

 

「風紀委員を中核にして段構えで陣地を敷け! そうだ。姉川合戦の織田信長のように!! 機動力に機動力で対抗するな!! こちらも殺傷性Bランク以上の攻撃で相手を戦闘不能に出来るんだ!! 外れても次の相手に撃たせろ!!」

 

 

 全隊指揮を執っている『織田信長』もとい『渡辺摩利』の甲高いがはっきりとした声が大講堂の一角に響く。今のところ、見えているリアルタイムの映像で状況は確認している。

 

 個々の防備も執っている摩利の苦労は尋常ではあるまい。しかし、真由美も、このままの状況推移では不味いかなと思う。

 

 

 第二の戦場は甲と十文字克人の『私闘』だ。否、もしもこれが一高の精神的支柱たる彼を正門前から引きはがすというのならば、正しく上策すぎて天晴と言いたい。

 

 甲も武芸者としては然るものがある。そうそう簡単に決着は着かない。少しだけ……恨み言を零したくなる。

 

 

 第三の戦場は驚くべきことに空中戦であった。正門前の戦いに援護を割いてほしいが、恐ろしいことに今までアンジェリーナ・クドウ・シールズは、空中からやってくるはずの鳥のような獣人を相手取っていた。

 

 

(ハーピーだかハーピュレイだかだったかしら?)

 

 

 一応、座学として魔法歴史学で出てきたもの、『存在している』などとは到底信じられていない『幻創の生き物』。それが作られた背景を考察せよというものを思い出して……。

 

 生物の歴史を一新してダーウィンに文句を言いたくなるほどに、その鳥女や鳥男たちを雷霆系の魔法で迎撃して打ち落としていたのだが、手が回らなくなったのを察して―――高射砲撃として弓矢を放つ刹那。

 

 

『閃光の魔弾』が飛ぶ度に、シールズの周囲にいたハーピーが消滅する。サイオンの粒子に還ったり肉片としてなるも、大地に落ちる前に焼失する。

 

 燃えカス一つも落ちない火葬のセットで、やっていくも……。

 

 

『ゴメン、セツナ! ヘルプ!!』

 

『分かった。いま『向かう』!!――――』

 

 

 苦しかったのか、急に珠の汗を掻きだしたシールズに対して、片割れの男が地上から返事をする。

 

 大地に手を着けた刹那が何かを口にしている呪文だろうかで再びの援護射撃が再開した。どうやらあの魔法陣には自走砲かカウンターアタックが可能な術式があるようだ。

 

 そう感心したのも束の間、『黒い特徴的なCAD』。『羽根と星』をあしらったものに指を走らせてから―――『飛翔』をした。

 

 

 そんな色々と常識、非常識が混合した『混沌』の場を整理するには、やはり正門前の戦いを制さなければならない。

 

 

「摩利。ここは私に任せて正門前に合流――――……しなくていいわ。全体指揮……」

 

「何を見たんだお前は……? 頭抱えるほどのことならば向かうが―――」

 

「いえ、一科と二科の違いって何だっけか? と考え直していたのよ……」

 

「魔法力の差だろ?」

 

 

 摩利は意見を異にしがちだが、多くの人間……魔法力を純粋な戦闘力に置き換えがちの一科であるが、二科の学生三人が増援なのか何なのかしっちゃかめっちゃかな戦場乱入を果たして、いよいよ戦場は混沌としてくる。

 

 

 しかし、それは終結のシグナル―――。乱痴気騒ぎに少しの区切りが着きそうになる。

 

 

 † † † †

 

 

「ヒャッハ―!!! 死ねやぁ!! 中村ァ!!」

 

「俺は司波ですがね。朝倉先輩」

 

 

 刀型のCADに輝きをのせて振るってくる『剣術部』の朝倉に対して返しながら躱す。

 

 振り下ろしたことで隙が出来た所に体で肘を打とうとしたが、驚異的な体術で避けられた。

 

 

「くっくっく!! 司先輩の狂言に乗った甲斐があるぜぇ。ここまで自分が高まるとはな。あの幼女サマ様だぜぇ」

 

 

 いかれた言動をしている朝倉のCADに『分解』を掛ける。特化型CADとしての弱点というわけではないが、刀剣類などは、その形状から刀身を失ってしまえば、少しばかり起動式の形成に難儀をする。

 

 特に以前の桐原の使った高周波ブレードなどであれば、あの場合は汎用型から竹刀にという違いはあったが、これがナイフほどのサイズになれば、ナイフ程度のサイズにしか魔法を『纏えない』。

 

 もちろん達也の銃型CADとて照準装置の役目が損なわれれば、照星を合わせ、レティクルを『着ける』というイメージ作業が随分と面倒になる。

 

 

 結果的に刃を失い感応石まで消し飛ばしたCADでは―――。

 

 

「――――!!!」

 

「なるほど。アンタも人間を辞めてたクチか」

 

 

 遠吠えで虚空に『サイオン』の刃を掴む朝倉。それを両手持ちで、こちらに向ける様子は完全に狂っている。

 見る限りでは、どうやら術式などもないただの魔力刃。

 

 だが――――。

 

 

(見えない得物とはけったいだな)

 

 

 サイオン粒子塊射出とも違うが、あれで切られれば少し術式に不安定さを及ぼす可能性もある―――ならば―――。

 

 術式も何も無い『サイオン弾』でこちらも対抗するだけ。

 銃と剣。その狭間での戦いは完全に距離の取り合いとなっていった。

 

 

 そんな風に達也が剣術部の一人を相手取っている間にも状況は推移する。

 

 マナカ・サジョウとかいう魔法師に操られた連中は何かの強化措置でも受けたかのように、容易く倒せる相手では無くなっていた。

 

 それがどういうことなのか気付けたのは美月であった……。

 

 

「全員が、『熊』の毛皮を纏っているように見えます……」

 

「熊、もしかして『喚起魔法』かな? 神霊や精霊を乗せるのと同じく……」

 

 

 速度では現代魔法に先んじれない古式の使い手である幹比古は必然的に、同じく『索敵能力』というか分析官的な役割で眼を使っている柴田美月の側にて護衛をするような形となっていた。

 

 幹比古でも見切れないものを見ている美月の眼はかなりこの戦場では有利に働く。しかし、戦闘用魔法という意味では少し心もとなかった。

 

 

「吉田君の精霊はすごく『視やすい』んですけど、壬生さんや他のエガリテ構成員たちのは凄く視づらいというか……『生きていない』んですよ」

 

「……呪いか? ったく専門家はこんな時に通信してこないし」

 

 

 幹比古が嘆いてから戦場を見て―――。

 

 その時、エリカと剣術部『梶田』との戦いに援護を入れたタイミングで美月の頭に自然物ではない『鳥』が乗っかった。

 

 上目だけで頭の上を見る自然な女の子らしい動作に少し心動くも、幹比古は、それが誰の仕業であるかを悟った。

 

 

「刹那か?」

 

『ああ、すまん。ちょいとマイハニーの援護に手一杯でな―――』

 

 

 余裕が無かったのは同輩も同じであったことに少し安心する。そして翡翠の身体と紅玉の眼に黄金色の嘴を持った『傀儡』(くぐつ)を介して刹那は解説をし始めた。

 

 

『ふむ。『ベルセルク』だな』

 

「ベルセルクって……あのガッツな大剣持った漫画―――かっ!?」

 

 

 言葉に反応した最前線で応戦しているレオだが、ショルダータックルをかまして『佐藤』という男を倒そうとするも、あちらも然るもの受け流した上で、剣を振りかざしてくる。

 

 正門からじりじりと後退されつつあるこちらの原因である剣術・剣道部の混成部隊が非常に厄介だ。その他の部活……非魔法競技系の部活の連中も強化されているようで、しごく厄介。

 

 

『操られているとはいえ、その状態は強化されている。俗に『バーサーカー』(狂戦士)と呼ばれるものだが、美月。420頁を参照』

 

 

 何でも書いているんだな。と思わせるだけの言葉と何度も見たんだなと感じて、刹那も最初っから天才的でなかったことが少しだけ嬉しく思えた。

 

 しかし、状況は何一つ好転していない。ヒントを求めて美月はページの項目を読みあげる。

 

 

 ―――狂戦士。

 

 英語にてBerserkerと読まれる言語の元は、北欧神話にて『熊の毛皮』を纏う者という『ベルセルク』である。

 

 このベルセルクという存在は、主神オーディンの魔術にて強化された存在であり『身心狂化』を施されて、その力は正しく野獣にして鬼神のごときもの。

 

 一種の『呪術』でありルーン魔術の一つにもあるこれを解くことは容易ではない。

 

 

 特に主神オーディンなどのように位階の高い術者によって仕組まれた術は、被術者の身心を燃やし尽くすまで動かすであろう。

 

 

「じゃあ、彼らは『心』を操られただけでなく、『体』も操られているのか…!?」

 

『己にかける『身体狂化』(バーサーク)とも違い、この術式は寄生型の呪いと言ってもいい』

 

 

 美月に見えていた『熊の毛皮』は正しく呪いであったのだ。北欧神話における戦争は主神オーディンが勇者たちの魂を集めるために、人間界で戦争を起こしていたとも記述されている。

 

 勇者たちの魂を『エインヘリヤル』にするか『ベルセルク』にするか、正しく幹比古風に言うならば『左道』の極みを行っていたのだ。

 

 

「対策は!?」

 

『ぼかして、こかして、ふみつけろ。相手を気絶させろ。相手を上回れ―――以上』

 

『『結局、肉弾戦!!!』』

 

 

 それは対策ではない。ただの『いつも通り』でしかない。としてエリカとレオのシンクロツッコミが決まる。

 

 それはそれでどうかと思うが、幹比古としても、ここまで来ると『やはり肉体は鍛えないとダメかな?』ぐらいに考える。

 

 

 もう一つの対案が魔法師の中の魔法師から出てくる。

 

 

「―――『精神』を凍らせてはダメなんですか?」

 

『カッカしているから、冷やせばとも思うが、とりあえず試してみ』

 

「結果は分かっているのに教えない! もういいですよ!!」

 

『言っても聞かないだろ? 一学年主席――――っ!!!』

 

『セツナ!! カンニンブクロの『尾』が切れたわ!! もう許さない!!! アンタら全員焼き鳥(ホットバード)にしてやるわよ―――!!』

 

 

 次代の『三巨頭』とも目されている三人の会話。最後、激昂したリーナの声が傀儡から聞こえてきたあとに―――空に稲光が奔った。

 

 ……まさか、こいつらさっきから見えないと思っていたらば―――『空中戦』をやっているのか!?

 

 

 誰もが一瞬、上空を見ると黒雲が雷を放ちながら広がる様子。何と闘っているのか―――正直知りたい気分だが、知ったら知ったで頭が痛くなりそうだ。

 

 ともあれ深雪がCADから広範囲の術式を選択。

 

 

『ルナティック・サークル』

 

 

 精神攻撃魔法『ルナ・ストライク』の広範囲魔法。威力としては単体向けとは違い、少し落ちるもそもそも『精神』などという人間にとっても『あやふやなもの』に干渉しようというのだ。

 

 むしろこれぐらいがいいというか、あまり強力なものを使うと『深雪』としても『正体』に勘付かれそうになる。

 

 

 しかし、それら広がる幻影の精神攻撃が効果を発揮することは無かった。身心を強化された魔法師の自制が崩れないことを悟る。

 

 

「―――悔しいですね」

 

『今の『魔法』。少し変化させられるか? 出来るならば『――――』、にしてくれ。それならば効くはずだ』

 

 

 結局、効かなかったことに口惜しさを滲ませた深雪だったが、エルメロイ教室の末弟である男の眼。傀儡を通しても見えたものから『アドバイス』が飛ぶ。

 

 

「出来ますけど……それでいいんですか?」

 

『精神というものをどこに置くかの文言を『先生』ならば言うだろうが、今は時間が惜しい。もう少しで俺もそちらに向かえる』

 

「だが深雪が、ベルセルクの解呪に回ると今まで獣人たちの対処をしていたのが疎かになるぞ」

 

 

 達也としては深雪の安全を考えての発言。倒した朝倉など操られている連中の実力は尋常ではない。正直、このまま遅滞戦法でいいのではないかと思いたい。

 

 それもまた一つの策だが、と前置いてから『魔法使い』は言葉を放つ。

 

 

『一応、言っておくがそもそも魔力……サイオンをここまで盛大に放っていて、目の前の連中が後日、無事に済むと思うか?』

 

「後遺症が残るか?」

 

『捨てきれない可能性だ―――『トレース、オン』。決断はお前ら次第だ。その場合、達也は『解体』幹比古は『解呪』の準備―――見えたならば撃て。後は任せるよ。こっちも佳境だからな』

 

 

 曹操が、南軍攻略の際の万が一のために書き残した書物の如く言ってくる刹那、そう言ってからあちらも戦いに興じているようだ。

 

 遂に傀儡に光が無くなり、美月の手に収まった。そうして後は……こちらに全てが委ねられた。

 

 

「深雪―――怖いならば、俺がやるだけだ。『良く視れば』『視えないわけじゃない』―――」

 

 

『精霊の眼』は、確かに刹那の言う通りバーサーク、ベルセルクなどの術式を見通していた。

 

 怒りを司る精霊と信じられているフューリーが見えている訳ではない。しかし全てが見えている訳ではないので、どうしても―――不安が残る。

 相手を終わらせてしまうのではないかと……。

 

 そうしている間にもエリカとレオは苦境に至り、壬生と斬り合っていた桐原もまた吹っ飛ばされた。

 

 あの時の如く手加減しているわけではないので、正直、壬生の強化の具合は生来の『資質』もあったのだろう……。

 

 

「いいえ、私はやります。お兄様の優しさは嬉しいです。ですが、それ以上に私自身の矜持に懸けて―――一高一年主席としてお兄様の妹として恥ずかしくない自分として向かいます」

 

「深雪―――分かった。お前がそういうならば、俺には是非も無い。もう一度お前の魔法の輝きを見せてくれ」

 

 

 言葉が終わると同時に集中に入る深雪。空間に浸透する意識、余剰のサイオンの光が世界を照らす。

 

 危険性を認識したのか、獣人たちが深雪に殺到しようとする風紀委員を中核とする陣構えを死体を乗り越えてでも深雪に害を為そうとするのを見て―――。

 

 達也の意識が塗り替わり容赦ない殺傷を決意させる。相手のエイドスが視えにくというのならば、視えるまで視つづける。

 

 極限の集中力が、達也に獣人たちの心臓を詳細に見せていた。放たれる『ディスインテグレイト』。防御など不可能。躱すことなど無理な魔弾が都合二十体の獣人を消滅させたが、数はまだいる。

 最後のオーダーかと思うほどに都合100体以上が時に血塗れになりながら正門からやってくる。

 

 そこに―――。

 

 

鬼代(キヨ)、ひよ、今こそ私達が二科の歴史を変える時だ!! やってしまって!!」

 

『『りょうかーい』』

 

 

 G組の平河を筆頭に同クラスの『猫津貝鬼代』と『鳥飼雛子』とが、恐ろしいほどのサイオンのオーラを放って、横合いから突っ込んで集団を壊乱させた。

 

 

「猫又と朱雀の化生体(憑依魂魄)!? なんて力だよ!?」

 

 

 幹比古の言葉で見ると確かに恐ろしいほどの『情報』が両者に付属して、彼女たちが腕や足を振るうごとに獣人たちが吹っ飛んでいく。

 

 呂布か? 本田忠勝か? と思う程に力任せの突撃で完全に敵は混乱した。中核であった狼の獣人たちが怯んだのを見て、風紀委員たちの魔法が撃たれて――。

 即座にG組女子たちが巻き添えを食らわんように来た道を後退。

 

 

 後ろに戦力が無くなった。それを悟った連中が、眼を前に向けた時には―――。

 

 深雪の魔法が放たれて、それでもしっかりとした足取りで進もうとした時には、すっころぶ。

 

 

 落とし穴ではない。足を相手に『視えない』位置から引っ掛けたのだ。

 

 足癖悪くエリカがやった後にレオが延髄を打つ。力加減は大丈夫かと思う程に専門家である達也からすれば乱暴ではあったが意識を飛ばしたことで、『呪い』が動こうとしたが―――。

 

 

 『術式解体』(グラム・デモリッション)が放たれる。向けられた銃口の先にあった熊の『術式』はただのサイオンに変わる。

 

 

「平河達が獣人を抑えている間、深雪の魔法が効いている間に全員のめすぞ!」

 

『『『応ッ!!!』』』

 

 

 深雪は確かに先程と同じ魔法を掛けたが―――それは、どちらかと言えば、『空間』に対する魔法であった。

 

 系統としては振動系魔法に属するかもしれないが、空気中の酸素に『精神支配』を掛けて、『躍らせた』のだ。

 

 

『見えすぎる眼が、敏感すぎる肌が、知覚よりも早く反応する反射行動が―――総じて、通常の位置にいるはずの『対象の像』を結ばない。正しくクレタ島にかつて存在した半牛半人の化身『アステリオス』を封ぜし『万古不易の迷宮』(ケイオス・ラビュリントス)だな』

 

「とはいえ、身心を強化し過ぎた人にしか通じないのですから、随分と使い勝手が悪いですね」

 

 

 空間歪曲の一種かもしれないが、ただの幻影魔法である。今もあらぬ位置に突撃を仕掛けて、得物が虚空を切ることで騙されていることを悟った剣道部員が、達也の延髄打ちを受けた上で『呪い』を解呪される。

 

 

 しかし、そんな小手先では止まらぬ人間もいた。風紀委員たちの援護攻撃も刹那の魔力の驟雨すらもものともせずに動き回り段平を振りかざす美少女剣士―――。

 

 その動きが隙を見極めて、後方にいる深雪と幹比古たちを見据えた―――。殺気が貫いてくる。

 

 

「幹比古ォ!!」

 

「司波さん! 柴田さん下がって!!!」

 

 

 達也の叫びに反応して、幹比古が身を挺する形で術式を展開。その前の風紀委員などの段陣が迎撃しようとするも神速の剣士はものともせずに壁を砕いて後方に迫ろうとする。

 

 あまりに早すぎて魔法の座標設定が間に合わない。予測する形でもそれを裏切る壬生紗耶香の動きが次から次へと打ち倒していく。

 

 

「がっ!! 強いでござるな……!」

 

「後藤君!!!」

 

 

 義勇軍の体で場にいた打ち倒された後藤狼と気付いた十三束鋼の声が響く。やむなく鋼も体で挑む。自分とて百家の中でも鍛えてきた人間だ。

 

『家伝』こそ習得出来なかったが、魔法戦闘には自信がある。いや無くても挑まなければ、司波さんどころか誰もが斬られかねない。

 

 

 身を撓ませるピーカブースタイルで打点を減らしつつ接近。迎撃する光のような突きの一撃。肩で流す。浅手だが痛痒はそれなりにある。

 

 剣のサイオンは異常だが、それでももはや剣の距離ではない。決める。

 

 

「すみません! 先輩!!!」

 

 

 懐に潜り込んでのリバーブロー。剣士として鍛えているとしても、壬生紗耶香の華奢な身体が折れるだろう一撃が触れた身体ごと、叩き込まれる前に―――。

 

 虚空を切る十三束鋼の拳。理解を超えた現象に驚く間もなく「上です! 十三束君!!」。柴田美月の警告で振り仰ぐと、そこには虚空を踏んで上昇した剣士の姿。

 

 太陽を背にしたことで、眩む眼。そこから回る様にこちらに斬りかかろうとする壬生の尋常ならざる剣捌きに十三束は死を覚悟する。

 

 

 だがただでやられるものか―――。剣を急所ではない箇所に突き刺させた上で一撃を叩き込んでやる。

 

 

(それでも怖いなぁ……)

 

 

 痛いのは当たり前だが、自分も男。男 十三束、名はハガネ。窮地に陥る同輩や先達の為に命を張れずに何が『鋼』だ。

 

 気合いが満ちて、鷹のような一撃を振り下ろそうとする剣士を迎え撃とうとしたが、その鋼の前に立ちはだかる巨漢。

 

 巌のような姿が、入ってきて剣士の一撃を『棍』で受け止めた。受け止めたことで周囲に衝撃波が同周円状に広がった。ひっくり返りそうになるが、誰もが入り込んだ巨漢に対して言葉を出す。

 

 喝采であり、歓喜の声が響く。

 

 

「会頭!」「十文字先輩!!」「十文字!!!」

 

 

 その言葉に応じるわけではないが、剣士と巌は手を変え方向を変えて攻撃を繰り返す。常に制空権を得て攻撃の主導権を握る剣士に対して巌は待ち構えての攻撃。

 

 手に持つ棍と音に聞こえし『絶対防御』の名もあるファランクスで相手の攻撃を防ぎながらも、それを超えていく剣士の剣。

 

『矛盾』の故事を思い出させる構図。そこに――――。

 

 

Vom Ersten zum achten(一番から八番) Eine Folgeschaltung(超弦直列起動)――――」

 

 

 上空に現れた巨大な『黄金の魔法陣』。誰もが見たことも無いそこから『強烈すぎる魔力』が飛ぶ。

 

 威力としては流石に宝石の魔力が少し足りなくて、『抑え気味』となったがアゾット剣の向けた切先通りに閃雷を伴う魔力の砲撃が壬生紗耶香を襲う。

 

 

 誰もがやり過ぎだ。と思う―――過剰殺傷の程を想起させる。壬生を直撃して正門前が吹き飛び校舎すらも―――そう思わせるそれが―――。

 

 

「宝具解放 八種(やくさ)の鳴る雷神・妖身切り落とし(チドリツイバミ)―――」

 

 

 こえ(呪文)に従い壬生の持つ血のような刀が輝きを増して赤く朱く―――紅く染まった時に直撃しようとしていた砲撃が残光一閃。切り裂かれた。

 

 

『『『『『『―――――』』』』』』

 

 

 周囲に残った雷が帯電して地面に走って何人かが感電するも、それすらも遠い現実のように感じる目の前のことに対処しきれない。

 

 

「――――」

 

「遠坂! クドウ!!」

 

 

 今度は、剣士が振り仰ぐそしてそのことを認識した十文字が警告を同じく上空に発する。

 

 そこにいた豪奢な衣装の―――『皇帝』とでも呼ぶような衣装の刹那。朱色の両刃に銀色の剣身の『魔剣』とでも呼ぶべきもので向かってきた壬生と鍔競り合う。

 

 お互いに虚空を踏みしめての剣戟の応酬。凄絶を競うその場に―――。

 

 

「アタシもいること忘れないでよね!!」

 

 

『剛力』とでも呼ぶべきものを発して『拳』で壬生を殴り飛ばした刹那の攻撃。

 

 追撃として髪を下したアンジェリーナ・クドウ・シールズの『スパーク』の変形とでも呼ぶべき投槍(ジャベリン)二十本。

 

 雷の槍が『飛翔している』戦乙女から放たれるも、やはり―――バチッ!!という音で一閃、切り裂かれた。

 

 

「う、浮いているんじゃなく―――やっぱり飛んでいる!? いや、それよりも何よりも……」

 

(なんなんだあのエイドスの『密度』は―――)

 

 

 幹比古の焦った声よりも、精霊の眼を通して視えた刹那とリーナの『情報濃度』『情報量』……視れば見るほどに像が見えなくなる。

 

 

「すまん。遅れた」

 

 

『剣帝』とでも言えばいいかもしれない衣装の刹那が、もはや戦場跡も同然の場所に落着をしての開口一声が、それである。

 

 待ち合わせに遅れて『心底申し訳ない』とでも言うべきその言葉に―――なんだか脱力する。

 

 代表して達也が声を掛ける。なんせ他の人間もそんな『勇気』が無さそうな表情なのだから……。達也が『勇気』を振り絞って言うことに。

 

 

「刹那、その剣呑な長物はなんだとか、その豪奢な衣装とリーナも同じくけったいな衣装で何で飛べているのかとか、ついでに言えばなんていう威力の魔法を壬生先輩に使ってんだアホがとか、あとは上空で戦っていた映像は後で見せてもらいたいとか、こっちはこっちで忙しくて―――、今日のお前は色々と聞きたい事が多すぎるぞ! 阿修羅すらも凌駕し過ぎだ!!」

 

「申し訳ない」

 

『『『『『謝ってるし!!』』』』』

 

「いや、いつもクールで人情深いようでいてドライな所もある達也を、こんなキャラにしてしまったから」

 

 

 言ってから指さす刹那の指先の向こうには、驚愕しきって言葉も無い深雪の顔が、『あばばばばば』とか意味の無い奇声を吐いているし。

 

 察するに『私のお兄様が、こんなにギャグキャラなわけがない』―――『私兄』といったところだろうか。なんかの単語みたいに聞こえる刹那だったが、状況は終わっていない。

 

 

『ブラキウム・エクス・ジーガス』の膂力で吹っ飛ばした壬生紗耶香は、起き上がりこちらを見つめている。否、睨みつけている。

 

 

「やはり『憑依』されていたか……。第二小体育館の時から思っていたが……」

 

「やっぱり―――壬生は何かに取りつかれているのかっ……ッ!!」

 

 

 服部副会長に肩を貸してもらって何とか立っている桐原先輩の質問に簡潔に答える。

 

 

「簡単に言えば伝説の英雄の霊魂―――と言っても信じてもらえるかどうか分かりませんが、それに類したものを『降ろして』、その技能(タレント)伝承(ヒストリエ)武具(ウェポン)を再現している状態です。早めに落とさなければ『魂』が『あちら』(浄土)に持ってかれる」

 

「そんな……壬生っ……」

 

「対策は!? お前に出来るのかっ!? 遠坂!!」

 

 

 桐原先輩が肩を落とし、焦った様子で代弁する副会長。『無理』ではないが『無理やり』引き剥がせばどうなるか……。

 

 

「壬生先輩が―――『ああなった原因』。それが分かればいいんですけどね」

 

「……壬生ッ!! お前が、あんなに綺麗な剣筋乱してまで!! そんな凶剣を求めた理由ってなんだよ!? お前が、俺や剣術部を憎むならば―――俺の命ぐらいくれてやるっ!! だから、もうお前の剣で誰かを、一高のみんなを傷つけないでくれよっ!!」

 

 

 必死の声で訴える桐原先輩。症状から重傷だろうに、潰れそうな肺に酸素を取り込み、喉を振るわせて声を発したことで、深層にあった壬生紗耶香の意識が覚醒したのか……。

 

 人差し指を指して誰かを告げた。

 

 

 その指の先にいたのは風紀委員長―――『渡辺摩利』であった……。それを見た十文字克人だけが悔恨の念でため息を吐いて―――状況は変わっていくのだった。

 

 

 



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第32話『乱戦終結』

うふふ。連休一日目は仕事だったが、ニューヨークが至極作業ゲーム。

なかなか出ないアイテムアップ礼装の前に万札が消えそうになるが、自重せねば……。


というわけで最新話どうぞ。


 もはや決着は見えた。ここまでの数十合。練達の剣士の技を食い止めた防壁。しかし防壁とて無傷ではない。

 

 

 だが明らかに消耗していたのは―――剣士の方であり防壁は動かずに全てを受け止めて、それでも緊張を隠せないでいた。

 

 

「この一撃に懸ける―――虚仮の一念岩をも通すか、否かだ」

 

「受けて立つ。甲」

 

 

 ボロボロになった壁を消去して新たなる壁を纏う巌―――十文字克人に対して棍の『先端』を槍のように向ける剣士―――司甲。

 

 両者の間に殺気が充満し、闘気が満ちて空気が、破裂を果たした瞬間。剣士の激発。視認できるスピードではない身体ごとの打突に対して、巌もまた吠えながらの防壁による押しとどめ。

 

 次々砕かれてガラス片のようになる術式にして魔力の塊。最後の一枚が砕かれて十文字克人の胸郭を衝撃と共に貫いた時に―――剣士は敗北を悟った。

 

 

「通せなかった、か」

 

「―――いいや、重く鋭く、だがどこまでも優しい一撃だった」

 

 

 十文字克人の身体が、最後の壁となるほどのサイオンに包まれて、一撃を通さなかった。身体を張ってでも全てを守ると決意した男の最後の意地であったが、ダメージが無いわけではない。

 

 

(甲の持つ、この棍は……聖遺物か?)

 

 

 掴んだ瞬間に虚脱状態となり、へたり込む甲。支えようとしたが、それを拒否して拘束するように言われてしまう。

 

 

「……お前も見たな。あの童女は―――化け物だよ。『怪物』……とはああいった存在を言うんだ。この『眼』で見た時に、悟った」

 

「何者なんだ? あの少女は……」

 

「分からない。だがいつの間にか義兄さんが連れてきて引き合わされて、その棍……『無敗の剣客封じの杖』と言われるものを持たされて、司波くんへの襲撃の際にもこの『カード』を持たされた上で……」

 

 

 とんでもないことだ。こんな『最高位の道具』を『二つ』も持ちながら……恐らく―――。

 

 

「他の人間達も、か?」

 

「ああ……特に壬生は『才能』があるとか言われて特殊な強化を施されていた……いま考えれば……なんであんなことに手を貸していたんだ俺は―――けれど、力が欲しかったのも事実……もう病で先が長くなかった義兄さんが『超人』となることだけを希求するならば……」

 

 

 頭を抱えておぞましいことを思い出して震える司の姿に克人も考える。あの少女だけが1から10までの三味線弾いていたわけではないだろうが、それでも……。

 

 

「頼む。壬生や皆を止めてくれ……克人―――」

 

「当たり前だ。俺はお前によって心に傷を負ったばかりか物理的にも痛手を負ったんだ……。それでもお前との関わりが俺を『会頭』に『不動明王』にしたんだ。この『借り』を返すには、それをしても足りんな。これ借りていくぞ」

 

「もらっていいよ。多分……遠坂君だったら、その『棍杖』の封印を解けるはずだ。仁王にして不動明王が持つ剣となりえるはずだ…」

 

 

 もっと、こんな風な会話を繰り返すべきだった。何気なく二人して部活連の本部部屋を見る。ここにて喧々囂々の予算の奪い合いや、己の主張ばかりを通そうとする馬鹿者どもを諌めようとする中にて従容としていた男。泰然としていた男は、そんな風な後悔をする。

 

 

「十文字君」

 

「廿楽教官。甲のことお願いします」

 

 

 頭を下げて、追いついてきた教官に『友人』を『親友』を預けてから正門前へと向かう。こんな時に迎えずに―――。

 

 

(何が仁王、不動明王だよ!!)

 

 

 そして壬生が『才能』があると言われたのは『執着』の度合いだろう。分かってしまうからこそ、その道に突き進ませてはならないのだ。

 

 

 † † † †

 

 

 そんな十文字克人の予想通り、壬生が元凶としたのは渡辺であった。

 

 

「わ、私なのか!? 壬生―――もしかして……あの時の新入生勧誘の剣術部鎮圧の際の……」

 

「言うべきだったよ。渡辺。あの後……甲から言われていたんだが、壬生はお前に相手にされなかったことを気に病んでいたんだ」

 

「だって、あれは、私の腕では壬生の剣捌きには合わせきれないからって意味だったんだが……そりゃ魔法含めての『剣術』では優ってしまうのに」

 

「そう受け取っていなかったことを言うべきだった……俺のミスでもあったが」

 

 

 擦れ違い。言い間違い。勘違い。相手を気遣った発言がふとした時に相手を逆に傷つけてしまう時もある。

 

 ディスコミュニケーションの極みが壬生紗耶香という少女に、ここまでの邪剣・凶剣を身に着けさせた。

 

 その事実に、集まった一高関係者たちは恐怖する。自分達にもいつか灯るかもしれない憎悪が、あそこまでのモンスターを育て上げるというのならば、魔法師の道とは、つまるところ『修羅道』なのかと……。

 

 

「セツナ、どうするの? サヤカ先輩の意識と『サーヴァント』の意識体が合一したら手遅れなんだよ」

 

「やるしかないか―――」

 

 

 リーナのNGワード含みの言葉に構わず刹那が『皇帝剣』と呼ばれる『魔剣』に魔術を上乗せして一歩進み出る。

 

 刀身に咲き乱れる花の意匠は、不吉なことに目の前の『華』を枯らすものにも見えたことで、誰もが止めようとするも、止められない―――と思った時に、皇帝の打擲を諌めるものが一人。

 

 

「待った。刹那君―――その役目はアタシのものだよ。1年前の新入生勧誘時期ったら、渡辺『センパイ』が色々あれな時期だったもの―――」

 

「何が言いたいんだ『エリカ』?」

 

 

 顔見知りであることが伝わる会話。最後の言葉を遮るように言う渡辺摩利の言葉が、焦りを伴っていた。

 

 正直……表現として適切かどうかは分からないが、『兄嫁』をいびる『小姑』(こじゅうとめ)な印象だ。

 

 

「いやいや、結局学校の事に『ウチ』のことが関わるならば、まぁ『門下生』の不始末は『私達』が取るべき―――ということで、『和兄』、いるんでしょ!?」

 

「お前ね。お巡りさんにも色々と事情があるのよ。分かっていてもそこは流せよ」

 

 

 気配を隠しているようで隠せてなかった―――動きを阻害しない程度に警察の鎮圧などに使われる標準装備のボディアーマーを纏って『木刀』をぶら下げた人が柵に乗りかかりながら言ってくる。

 

 くたびれた印象がするも、その身から漂うものは、十分に古強者だろう。

 

 

「寿和さん!?」

 

「どうも。まぁとりあえず今は、ウチの妹のリクエストを聞く意味で、ここに入ったんだ。それじゃな―――」

 

 

 驚きの声を上げる渡辺委員長に対して気軽に挨拶した人は、エリカに何か筒状のものを渡した後に、柵の反対側に戻っていった。

 この魔法科高校は余程の事が無い限り警察権が及ばない場所だ。

 

 国防の要でもあるから当然だが……ともあれ、そんなことはともかくとして、上質な布袋の中に入っていたのは、真剣だった。真剣のように見える『武装型デバイス』。

 

 

 しかし、その剣では―――まず壬生紗耶香の心を納得させることは出来ても、寄生している魂は納得すまい。

 

 

「これで……なんとかなるかな?」

 

「なんで最後は自信無くすんだよ。まぁいい。かしてみ」

 

 

 やはり尋常の理ではない相手なだけに、最後には刹那に困った顔で確認を取るあたり、エリカの本性を見た気がする。この女はともすれば男に甘えたがる気質なのだろう。

 まぁ甘えられて悪い気がする男もそうそういないのだが……。そう嘆いてから、状況を確認。

 

 

 その間、壬生紗耶香は動いていない。力を溜め込んでいるというよりも―――『眼』を介して、『こちら』がどれだけ出来るかを測っているのだろう。

 

 ゾンビ女の『使い魔』と化した壬生先輩から『雷切』の英霊『立花道雪』の魂を打ち砕くために―――。

 

 

 大蛇丸なる『武器』に『九字』を『上乗せ』することで、武装の『深層真理』を解き放つ。

 

 

「ほら―――。んじゃ後は任せたよ」

 

「って!? エリカだけに任せていいのかよ刹那!?」

 

「やるっていった女の(いき)を邪魔立ては出来ないよ。そして最後の軍勢を解き放っている。俺たちの仕事は―――ここから先に敵を通さないことだ」

 

 

 責め立てるような声で言い募るレオに返してから猫のように跳ね回り正門前から消え去って、いつぞやの第2小体育館へと向かう壬生先輩を追うエリカを見送る。

 

 見送ってから正門前を見ると先程の『刑事』さんが乗っていた柵の向こう側にも蠢く影を見る。ずらりと整列して眼を炯々と輝かせる死せる人間『グール』の姿。

 

 

「広く散開しろ!!! 一人でも入れれば終わりだぞ!!!」

 

 

 会頭の言葉で、敵を視認した義勇軍が、持ち場を自動的に担当する。しかし多すぎる。今まで正門前への『正攻法』の突破だけだったのは、この為だったのだと気付く。

 

 

「途中から獣人の姿だけになっていたのも……この為か」

 

「野次馬に紛れれば、生者か死者かの区別が着かなくなる。ヒトか、ケモノか、の区別もな」

 

 

 とはいえ、ドンパチやっているにも関わらず柵の近くまで入り込む野次馬はどう考えても野次馬ではない。恐らく先程の刑事などは獣人化した連中を切ったりして対処してくれていたのだろうが、ことが内部に入ると途端に警察の権利縮小のあおりを受ける。

 

 

「エリカの兄貴とやらも融通が利かない」

 

「責めないでやってくれ。あの人も立場上辛いはずなんだ…妹の苦境を分かっていて何も出来ない『辛さ』を何度も味わっていた人だから」

 

 

 言葉から察するに、どうやら渡辺委員長は、千葉家……その『剣術道場』と関わりが深いと見える。

 

 家族ぐるみの付き合い……というよりは誰かと親交が深いといった印象。まぁ勝手な推測ではあるが……。

 

 

 そんな渡辺委員長から離れて平河たちを見遣る―――。

 

 

「さっそくやるとはね」

 

「きよちゃんもひよちゃんも『そういう家系』だから試させてもらっただけよ。優秀な生徒で嬉しいでしょ?」

 

 

 お前が理解して実践レベルにしただけでも十分賞賛に値する。しかし猫津貝と鳥飼……名前からしてあからさまではあるが―――。

 

(混血か)

 

 一人で結論を出して、『獣性魔術』のマイナーバージョン『獣化魔術』を展開する猫津貝―――司波深雪系統ながらも深雪よりもすっきりとした黒髪を長く伸ばした女子の纏うサイオンのオーラが子猫になったり……頭の痛い事に、ネコアルクになったりしていた。

 

 

「いやー魔力のイメージって大事だよねぇ。つなちゃんが、デフォルメされた『きのこ』みたいなの見た時から「これだ!」って思ってて」

 

「わたしも同じ。せっちゃんが、あのエーテルとかの説明の際のあれを見て、鳥を再現したかった」

 

 

 やだ。この子ら。トラの子とフェニックスのヒナが、囀る様にとんでもねーことを言ってやがる。

 

 

『やはり、天才か』そんな感想を出してから疑問を挟む。

 

 

「つなちゃん。せっちゃんって誰の事だよ?」

 

『『『ん』』』

 

 

 人差し指で呪いでも掛けるようなG組女子の行動。

 

 やだ。この子ら。おれにそんなあだ名を付けてくれちゃって。定着したらどうしてくれるの。

 

 

 などなど思っていたらば、柵に手を掛ける様子のグールが一体。鬨の声を上げるような様子。

 

 

「先制打撃は、こちらが取りましょう。『動きを縫い付けます』―――」

 

「全員、反魔法師の獣人及び屍食鬼が止まり次第魔法で攻撃。術式の重複がどんな結果になるかぐらい分かるだろうから言わないが、気を付けろよ」

 

 

 渡辺委員長の言葉が全軍に響き渡り、どんな手を使うのかは分からないが、一歩前に進み出た刹那の姿に誰もが口を閉ざす。

 

『何か』をやるということは誰もが知っている規格外の存在だ。今更過ぎて何も言うことは無い。彼が危機に陥るときあれば……そん時は人類全体の危機なのではないかと思う人間もしばしば……。

 

 

『『『『『ゴアアアアアアア!!!!!』』』』』

 

 

 彼我の距離100mといった所で一斉に乗り込んでくる敵の姿。それに対して―――刹那の眼が『緑色』に輝く。

 

 大地に降り立ち獲物に眼を向けた連中全員が、一歩前に進み出ていた刹那に視線を合わせた段で、あらゆる活動が『停止』した。

 

 肺は酸素を取り込めず、それにともない血流運動すらも止まり筋肉の動きすらも……。死者であっても『生物』である以上は、絶対の法則を崩せずに、その法則に突きこむ。

 

 

 刹那の魔眼―――『七輝の魔眼』(アウロラ・カーバンクル)は、ともすれば吸血鬼の王が持つ『虹色』にも見えるかもしれないが―――。

 

 一段下がって、『宝石』のランクの魔眼である。

 もっともそれですら普通の『魔術師』では手に入らないものなのだが……。失われた秘術の幾つかを『貯蔵』してある魔眼は……もともとのものが、変化したものだ。

 

 もともと、そうであって『進化』するようなものだったのか、それとも何かの外的要因で『変化』したのか、ともあれ『魅了の魔眼』だけであったものがいつの日か、変化していたのを感じた。

 

 

 そして『系統七種 統合二種』の魔眼の変化を人知れず鍛え上げることとなった。

 

 

(緑は『停滞の魔眼』―――お前たちを動かせない)

 

 

 王手を掛けた状態のように動けなくなっていた敵勢が、魔法で吹き飛んでいき消滅していく。

 次勢、少し血塗れの連中もいる中―――もう一度の停滞を仕掛けようとした段で―――。

 

 

『その眼は厄介ね。封じさせてもらうわ』

 

 

 言葉が現実になったかのように、魔眼の輝きが明滅して、敵勢が停止と行動を断続的に行い―――。

 

 結果として魔眼が封印されてしまった。

 

 

(最初っから七輝にしておくべきだったな)

 

 

 力の消費をケチったせいで、『神殿』にいながら、こちらに術を掛けてきた相手を忌々しく思う。

 

 

「遠坂! 眼は!?」

 

「封印されました。来ます」

 

 

 端的な回答と同時に前へ出る。時間を掛ければ眼も回復するだろうが、こればっかりは自分の失策ゆえだ。横一列に広がって迫ってくる連中。

 

 統率されているようでいて、乱雑な動きのそれに対して―――手に持つ魔剣が煌めく。剣帝と称されし男の魔剣が莫大なサイオンの軌跡を空間に残しながら斬を連続する。

 

 

「セツナだけが、『インストーラー』『インクルーダー』じゃないわよ!!」

 

 

 飛翔する星の如き少女の輝ける槍が、死者たちをあるべき場所へと還すように煌めきを発する。

 

 振るわれる『虹色の槍』から、七色の槍が整列するように顕現して―――それらが、リーナの意思に従い、追尾しながら逃げ惑う死者たちを貫く。

 

 星晶石(ダイヤモンドスター)を用いて稀代の天才アビゲイル・スチューアットと意思持つ魔術礼装カレイドオニキスの共同開発で作られた槍であり、鎧は、アンジェリーナ・クドウ・シールズの魔術特性もあり、かつての刹那の世界における錬金術の極みともいえる『月霊髄液』『生きている石』の如く際立ったものとなっている。

 

 

(成程、遠目で見ていたがリーナが持っていたあの宝石はCADの役割もあったんだな)

 

 

 もっともCADという割には、随分と変化の多様性がありすぎるのだが……それでも武装一体型の一種とも言える。

 

 サイオンの入力と起動式によって自在に『形態』を変える宝石であり鉱石であり……錬金された『結晶星』が時に鎧となり、時に剣となり槍となる。

 

 サイオンの入力と与えられた圧で様々なものに変化する攻防一体型の武装であり、その形状は創造者の意思に従うのだろう。

 

 

「九島の家の秘術は確か『仮装行列』(パレード)という一種の幻影であり夢想の姿を見せるものだが……成程、刹那はリーナの魔術特性を『変化』に向けたんだな」

 

「それだけで、ここまで違うスタイルになるなんて―――」

 

「元々、どちらかといえば『俺と同じタイプ』の魔法師だったんだろうなリーナは、そこに刹那が現れて適切な指導をしたというところかな?」

 

 

 みんながいるだけに、深雪との私的な会話にも気遣いながら、そう言っておく。確かに授業におけるリーナは、深雪と双璧の実力であるが―――、戦闘においてここまでプレデトリーに動くタイプであると思っていなかったのだろう。

 

 そんな会話をしながらも、司波兄妹もまた前線の二人に負けない戦果を挙げていた。『こいつら会話しながら、とんでもねぇ』などという視線を浴びながらも、破壊は止まないでいた。

 

 

(しかし、やはり気になるのは刹那だ……あれほどの戦闘スタイルの変化。何があればああなる……?)

 

 

 リーナの想像は洞察できないものではないが、刹那の戦闘スタイルの変化。そして持っている『魔剣』の威力。溢れ出るサイオンの量はダムの放流を思わせる勢いだ。

 

 

 魔剣フロレント―――。

 

 かつてブリテンの永遠の王として数多もの戦いを勝利に導いたのちに、湖に眠りしアーサー・ペンドラゴンの最後の『外敵』として登場するローマ皇帝ルキウス・ヒベリウスの持つ魔剣。

 

 そしてその英雄の『技能』全てをインストール(夢幻召喚)しているのが、今の遠坂刹那であった。

 

 

 かつては、『君の特性からいって、あまりにも英雄の魂に近寄り過ぎる。これは危険だ。私の指示なく無暗に使ってはダメだよ』などと口うるさく魔術礼装が言っていたことを思い出す。

 

 流石の刹那もステッキが意思を無くしたことで、『人工精霊』が持っていた機能を限定回復させて、己で制御できるようにしなければいけなかった。

 

 その過程で……オニキスの心を知り、少しだけ涙した。

 

 そして―――帰ってくることを約束してくれたのだから、精一杯……まずはやってみようと思うのだった。

 

 

「魔剣―――限定解除―――」

 

 

 言葉に従い朱雷(シュライ)を纏う魔剣を振るい襲いかかる獣の波に敢然と挑む刹那。その背中を守護するようにワルキューレ……羽翼兜(ウイングドヘルム)なのかウサギの耳にも見えるものをはやしたリーナが低空を飛翔しながら、雷を纏う槍と術を放ち刹那の背後を守る。

 

 刹那が見せてくれたルーン魔術の源流…調べて出てきた『ヴォルスンガ・サガ』の大英雄シグルド、そのシグルドに絶対の愛を誓い、シグルドによって破滅を与えられし『シグルドリーヴァ』にも見える。

 

 だが、伝説における原点など知らぬとばかりに剣士と戦乙女は、決めた演舞でも踊るように血の華を咲かせる。その様に見惚れてしまえば、敵対者は死にゆく定めなのだ。

 

 

「全員、一高のバカップルが最前線で半分以上を受け持ってくれている以上、我々に失態はゆるされんぞ!! 長丁場に備えつつも、己の魔法の輝きを見失うな!!」

 

 

 十文字会頭の少しだけおどけた指示を聞き、全員が持ち直す。士気が崩れかけていたわけではないが、少しだけ異常事態に腰を砕かれそうになっていたのだ。

 

 その五分後―――増援が切れて外の千葉寿和さんからの通信で次勢も確認出来ない事を知った。残る敵は一体。

 

 下半身が蛇のようになっているヴァースキかラミアのような獣人をレオが硬化拳(ベアナックル)の一撃で打ち倒すと、第二小体育館での戦いも終わりを告げたらしく、エリカから通信が入った。

 

 

 勝鬨を上げている連中から少し離れて、達也たちが受け取ったエリカからの通信内容。

 

 

 言葉の深刻さ。サウンドオンリーということがどうしても気になり、重傷かと思った男子四人を筆頭にして向かうのだった……それが致命的な間違いであるなど気付かずに―――。

 

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 

「せいっ!!!」

 

「――――」

 

 

 強い。強すぎる。しかし、先の戦いほどに圧倒的なものが見えなくなっていた。息を吐いて限界一杯なのだろうと思えるものがある。

 

 

(雷を斬り捨てて、『千鳥』ね……降ろされているのは、『立花道雪』ってところかな?)

 

 

 第二小体育館に幾重にも刻まれた剣筋に従いエリカの衣服も多少は露わになったものがあるが、それでもそんなことに構えるような相手ではない。

 

 超一流の剣客の技を再現できるだけの―――壬生の身体の持つポテンシャル―――実に惜し過ぎる。それを伸ばしていけば、いくらでも『自力』で『地力』を上げていけたのに。

 

 

(どっちが正しいかなんて、アタシにも分からない―――けれど、ね)

 

 

 泣いて喚いてそれを聞いてくれる相手がいるだけアナタは幸せなのよ。力なくば、お前は『認められない』―――そう言って自分を痛めつけた兄貴の言葉。

 

 今ならば分かる。生まれが卑しい私が家で認められるには、『力』を身に着けなければいけない。『力』で周囲を納得させろ。

 

 千葉エリカは、『ここにいる』と証明しろ―――と。

 

 

(柳生家か、ウチは!?)

 

 

 考えながらも、そういうことなのだろう。門下生連れて『千葉新当流』『新陰流』でも作れというのか……そう言われている気分だ。

 

 

 大蛇丸・改とでもいうべき刹那の持つ魔剣なみの刀で打ち合い、都合100は打ち合って弾けあう二人。

 

 並の剣客であれば勝敗がついている中―――、遂に壬生紗耶香の意識が出てきた。

 

 

「わたしは、あの人に認めてほしかった。わたしが無価値じゃないって証明するためにも、あの人と戦うことで自分を保ちたかった……なのに」

 

「あの人も言葉が足りなかったことは失態でしょうけど、アナタもアナタですよ。先輩―――誰かを討ち果たすことでしか保てない価値ならば、それはいずれ全てを殺しつくす修羅の剣ですよ。そんなのアタシは認められない」

 

 

 その道は自分にもあったものだが、それでも最後には……そこまで行き着かなかった。それは誰かを羨むだけの話になるから。

 

 卑しい話を断ち切る為には、誰かの手で未練を断ち切るしかないのだった。

 

 

「来なさいよ。アンタの全霊を破って、あの女の幻影を断ち切る―――上には、上がいるということの現実を教えてあげるわよ」

 

「―――」

 

 

 言葉に正眼に構える美少女剣士。その刀に魔力が―――ここぞとばかりに全霊の魔力が叩き込まれて―――。

 

 赤い刃が輝く……。

 

 

 同時にエリカも正眼に構える。正当の構えの一つ向ける刀から『臨む兵、闘う者、皆 陣列べて前を行く』という意味で九字が浮かび、大蛇丸に吸い込まれた。

 

 大太刀が白く輝く……。

 

 

 紅白の剣士。されど持つべき印象は逆。白が赤を持ち、赤が白を持つ―――『太極の構図』になる剣道場にて瞬発した両者。

 

 

 百の刃の重ね合いよりも、速く重く鋭く迫った一撃が互いを穿ち、大太刀を杖にして何とか立っているエリカの姿と赤き剣が『ぞんぶっ』と床に深々と刺さり込みながら得物を失って脇腹をぶっ叩かれた壬生が蹲る。

 

 

「どうや、ら―――ダメだったようね。確かにあなたの剣は渡辺先輩よりも上で、すごすぎたわ―――サジョウ・マナカから貰いうけた力で闘うべきだったのに……」

 

 

 だから、呼び掛けた。壬生紗耶香の意識に対して、本当の立花道雪ならば、エリカの剣で勝てる『謂われ』にはならないはずだ。

 

 気絶して剣道場に伏した壬生紗耶香を前にして、結局……勝敗などどこで決まるか分からないものだ。

 

 

(あのまま雷切の剣豪の技を使われていれば―――)

 

 

 ようやく立つことが出来たエリカの前に広がる病葉と化した分厚い扉が紙切れの如く破り裂かれているのと同じくなったはず。

 

 

「……剣だけでなく兵法家としてアタシの方が上だったということでご勘弁を」

 

 

 気絶した壬生に半分申し訳なく想いながら……壬生の身体から幻想的に浮かび上がったカード。何かが描かれているものを手に取ってから連絡。

 

 替えの服を持ってきて更に言えば男子は侵入厳禁であることを伝えて―――我が身を見直してから……構わないかなぐらいには考える。

 

 緑色のスポーツブラをしてきて良かったぁと思っていたのだが、存外エリカと仲良くなった男子四人は心配していたようで―――。

 

 

『『『エチケットを守りなさい!!』』』

 

『『『『ごめんなさい!!!』』』』

 

 

 体操服を手にやってきた美月の後に、まさかまさかの男子四人(命名ボンクラーズ)に下着姿を見られるのだった。

 

 心配されているのは理解していた。心配でやってきた四人の男子に少しだけ感謝して、嬉しさを覚えるのだった。しかし、何の興奮もしていない達也と刹那に対しては少し釈然としない想いもある。

 それでも嬉しく思うあたり、エリカは自分が存外安い女であることに苦笑してしまう。

 

 

 そうしてから気絶している先輩に声を掛けておく。

 

 

「アナタにも―――そういう人はいるわよ」

 

 

 安宿先生が傷の具合を見ている壬生紗耶香。声こそ聞こえていないだろうが、エリカは構わず呟いた。

 

 ……きっと桐原の声が、叫びが、想いが、壬生紗耶香を取り戻したのだから……。自分の声が彼女を取り戻したわけではない―――そう思っている。

 

 

 そして状況は推移する。壬生が持っていた刀と……クラスカード『アサシン』と刹那から説明を受けたものを手にして魔法使いたちは次なる戦場を見定める。

 

 

 時間は正午を過ぎて、もはや二時を回ろうとしていた。

 

 

 しかし……戦いは、まだ続き、『首謀者』(化け物)をどうにかしなければならないと誰もが理解していた……。

 

 

 



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第33話『魔法戦争――序』

タイトルがタイトルだけに違う作品を想像するかもしれないですが、違いますのでお察しを。

あーニューヨーク……トータすらたおせねぇ。せめてフレンドの師匠と俺の師匠とで悪魔合体出来れば―――


では色々とツッコみどころ満載な最新話どうぞ。


 生徒会室に招かれた刹那とリーナは、これが一種の尋問であることを分かっていたので、然程抵抗するまでも無く話すことにした。

 

 お互いの情報を擦り合わせすることで、齟齬を消していく。

 

 

「違法魔法師、外法魔法師……アウトサイダー、か」

 

「我々の言い方ではそうなっています。USNA軍の魔法師でも対処できない時に俺たちも同行していましたから」

 

 

 ウソではないが、一部に虚飾を加えて言っておく。実はUSNAスターズの一員です。『シリウスとムーン』など言えるわけがない。

 

 

「あの女、沙条(さじょう)愛『華』(まなか)は、古式でも随分と変な家の出で、俺と同じ類の黒魔術の大家として生きてきたわけです」

 

「だがあの少女は、お前が使うような『呪文』を必要としている風では無かったな……むしろ手振りや動くという動作だけで『魔法』を発動させている風だったぞ」

 

「そこなわけですよ。肝要なのは―――あの女のトータルスペックの元。アレは、『全知全能』の存在としてこの世界に生れ落ちた。言うなれば『神様』みたいなものです」

 

 

 言葉に怖気を見出した生徒会室にいる全員の表情が強張るのを見ながらも、刹那は話を続ける。

 

 全ての『もと』、河の源流を山から湧き出る水と定義するか、それとも山に降り注ぐ雨と定義するか―――違いはあるだろうが、そういった全ての『おおもと』となったものが、存在している。

 

 

「万物の根源、阿頼耶識、絶対運命、アーカーシャ、ユグドラシル、真理の扉……様々に定義されるそういった場所(世界の外側)と『繋がったまま』生きているんですよ」

 

「話が大きすぎて、正直呑み込めきれないわ……そんな、文字通り全知全能の存在が……何をしようっていうの?」

 

 

 七草会長の頭の中には、そのカミサマもどきが、なぜ自分達のような矮小な存在に構うのか……そういうことだろう。

 

 討論会でイジメすぎたかな。とも思うが、今は置いておく。

 

 

「あの女の目的は今も昔も変わらないですよ。永遠の王、聖剣の主、ブリテンの勇者―――『アーサー・ペンドラゴン』を召喚して、アーサーの為に過去世界のブリテンがそのままに栄えるようにしたい」

 

 

 更に大きすぎる話だ。アーサー王の伝説すらも定かではない彼らの頭に入って来るだろうか?と思いつつも、刹那は話を続ける。

 

 

「……何故その為に我々が必要なんだ? 彼女は全知全能なんだろう? 相対したからこそ分かる。あの子にとっては羽虫を殺すも人間を殺すも等しい価値なんだ。そしてそれが出来る……出来るからこそ、何故なんだ?」

 

「全能の存在として生を受けた存在。俺の家では、こうした人間を『根源接続者』と呼んでいるんですが、彼らは全知にして全能であるがゆえに、『生』に何も望んでいない。

言うなれば現世が苦界となっているわけでして、適度に時間が過ぎれば自殺するぐらいに―――熱量が無いんですよ。

何でもできるからこその困難、苦労もなく、出来ないからこそ抗う摩擦による『熱』がない……冷めてる……」

 

 

 渡辺委員長に返して、考えるにまさしくラプラスの悪魔にとり憑かれている存在であるからこそ、『未確定の未来』すらも『確定されているのだ』。

 

 だが確定された『未来』(けっか)を変えることは、彼女でも至難の業。それこそが今回の一高襲撃の根基にあることである。

 

 

「しかし、そんな風な『根源接続者』でも出来ないこともある……ある種の『過去改変』を行う為に、あの女は一種の化け物を生み出そうとしている。

そいつは恐らく東京を丸ごと呑み込んで生まれ出ると同時に、強大な悪意で世界を呑み込む……その化け物が望むのは、純度の高いエーテルを含んだもの。要するに魔法師の肉体を(エサ)として活動するんですよ」

 

 

 その言葉に誰もが半信半疑。しかし、既に現代に確立された魔法では不可能なことを見せられてきたのだ……。あの女もまた魔法師の常識で考えたとしてもあり得ないほどに異常な存在であったのだ。

 

 信じないことで滅亡を否定しようとする本能と、そうではない、あれが本気になれば―――『そういったこと』も可能だろうというIFとが鬩ぎあう。

 

 現実から逃避したい思いと、現実は否が応でも来るのだということに誰もが……絶望する。

 

 

「遠坂、もしも俺たちが、この場で全てを政府上位や国防軍に任せた場合、沙条という少女はどんなことをしてくると思う?」

 

「あの女の目的―――アーサーを呼び出すことに関しては俺がいれば『都合がいい』。俺を生贄の祭壇にくべれば、沙条は、王子様たるアーサーを首尾よく呼び出せるでしょう……強引な招待が待っているだけです」

 

「それじゃ遠坂君があの子の手伝いをしてやればいいじゃない。その後で東京すらも呑み込む化け物を呼び出させないようにすれば―――」

 

「千代田。そうして、どういった手段かは分からないが、キング・アーサーを呼び出したとして、その後に遠坂が無事で済むと思うか? 

そもそも前提条件として、あの少女が求めているのは生贄たる魔法師の肉体……それも数十では足らないはずだ。それは優先的な『餌』であって、その気になれば……魔法師ではない人間すらも、生贄として『招待』するのだろうよ?」

 

 

 千代田先輩のどうにも空気を読まない発言を諌める十文字会頭の声にも不機嫌が出ている。そして会頭は察しがよすぎた。その疑問に刹那が首肯で答えると腕組みしたまま核心を突いてくる。

 

 

「街一つ呑み込む。その化け物とやらは―――『ニューヨーク・クライシス』に現れたと、まことしやかに様々な界隈で囁かれている、俗称『ビースト』なのだろうな……」

 

「………察しが良すぎて、少し拍子抜けです」

 

「ニホンの諜報能力を侮っていました」

 

 

 アメリカ人 2人の言葉に、何人かがイラッとしていたが、それはともかくとして―――そこまで分かっているならば、もはや対応は一つであった。

 

 今ごろ、ロウズ大統領補佐官のネゴシエイションが様々な所を動かしたはずだ。だからこそ、ここから先は自分がやるべきことであろう。

 

 

「あの女の目論み通り『ビースト』(黙示録の獣)を呼び覚まして、ここ(TOKYO)に第2の『人類悪』を発現させるわけにはいかない。人類悪の発生は止められなくても、それを先延ばしにすることは出来る……という訳で、ちょっくら敵地に乗り込んできます。皆さんは……まぁ俺の勝利を祈っていてください」

 

「待て! まさか遠坂、お前一人でいくつもりかっ!?」

 

 

 刹那の宣言、完全に言葉の意味全てを理解していたわけではないが、今度こそ十文字会頭が狼狽をして立ち上がる。

 

 全員が眼を剥くような宣言をした遠坂刹那は、当然と言わんばかりの顔で全員を見返していた。

 

 

「一人じゃないですよ。ワタシも行きます。ニューヨークでの一大決戦ではワタシもUSNAの魔法師として、前線に赴きましたから」

 

 

 次いで放たれるアンジェリーナ・シールズの力強い言葉に全員がざわつく。確かに魔法師というのは全人類規模のクライシスに対応することが義務付けられている。

 

 今でこそ第三次世界大戦(WW3)の影響で国家間の闘争戦力及び戦争抑止の道具となってしまい、国際魔法協会の憲章など有名無実化しているなど誰もが知っていること。

 

 だというのに、こいつらは、危難に立ち向かうことを当然として受け入れている。

 

 

「―――先程、協会及び十師族……更に言えば政府上位連名での通達が来ていたわ……『一高襲撃及び様々な魔法犯罪を起こした外法魔法師、沙条愛華の不法な魔道実験の停止及び殺傷の全てを許可する。いかなる手段を以てしても、この事態を終息せしめよ。またこの事態にあたるのは、USNA魔法師協会所属『セツナ・トオサカ』、『アンジェリーナ・クドウ・シールズ』の保有する戦力による撃滅が最優先事項とする』―――要は私達、日本の魔法師じゃつっかえ棒以下だから油売ってろってことよね?」

 

「なんとも悪意的な見方。まぁ二人ほどの犠牲で全てが完遂するならば、それに優る効率はないだろうってことですよ」

 

「それを容認しろというの? アナタによって道化になったとはいえ、私は一高の生徒会長なのよ? そんな決死任務に二人だけを行かせて、この場で何もせずにいるなんて出来るわけないわ」

 

「ならば、この八王子近辺の魔法師全員に送られただろう通達を無視するんですか? そこまでの『決断』を七草真由美―――あなたが出来るとは思えない」

 

 

 侮っているとも、七草会長の責任を逃がしているとも言える刹那の言葉。どちらにせよ先程まではお互いに背中を預けて戦っていた人間から―――突き放されていい気分なわけがない。

 

 だがその一方で、それこそが正しい判断だという考えが捨てきれない。誰もが拳を握りしめて、どこにぶつければいいのか分からない想いでいた。怒りと義憤との混ぜ合わせを―――。

 

 

「待て刹那。お前一人で行くこともこの場合、どう考えても不許可だ」

 

 

 一人の男だけが遮るかのように言ってきた。本当だったらば『殴って』から言うことを聞かせたかったのか、拳を硬く堅く握りしめている様子である。

 

 

「意外だな。達也、お前もあの化け物女の実力は見たはずだ。お前に何が出来るというんだよ?」

 

「さぁな。だが、お前がこの国で好き勝手やらかすことも俺たちに見過ごせることではない。何より―――俺も借りを返さなきゃ気が済まないんだよ」

 

「借り?」

 

「深雪にほのか、雫に明智―――全員、あの時、殺されかけたんだ。ゆるせないし、何よりお前も許せない。ことが深刻になるまで手を出せなかったのは理解が及ばないわけでもないが、だがそれでも―――お前の色々な『話さないでいた』ことが、この事態を招いたんだ。お前にも俺は怒りを覚えている」

 

 

 静かな怒気。―――もはや殺気にも似た渇いた空気が生徒会室に充満する。司波達也という男の『来歴』を誰もが察する程度には、棘がある。それに対して刹那もまた殺気で返す。

 

 

「だが、彼らの活動全てを糾弾出来なかったのは、この国の魔法師も同じだ。だがそれも仕方ない。ヒトの『正常な営み』の中にあるものであるならば、『異能』の側が手出しすることはご法度なんだからな。

 いくら『魔王』に反感を持っていたとしても、叡山の坊主を何の咎も無く殺すことは『魔王』にも出来なかったんだぞ?」

 

「ああ、だがもうその『正しさ』は崩れた。俺たちは自衛自存の為にも、沙条という童女をどうにかしなければならない。俺と深雪の安寧のためにもな」

 

「………協会及び師族の要請を全て蹴っ飛ばすというのも、都合が悪すぎやしないか?」

 

 

 ―――アナタ達の『本家』のこともいいの? 

 

 深雪と達也両名に対してのみ伝わる空気振動による言葉のメッセージをリーナがフォローするように入れてくれたが、それでも達也は揺るがなかった。

 

 

「理由づけならば、もう考えている―――」

 

「どんな詭弁を弄するつもりだ司波? 現・十師族の長子として、あまり好き勝手されてもいい気分ではないんだがな」

 

「簡単ですよ十文字会頭……、書類の不備というわけではありませんが、書き方があまりにも御粗末でしたね……刹那とリーナの『中』に入ればいいだけです。このバカップルの『保有する戦力』になってしまえば万事解決です」

 

「―――そういうことか。勝手に付いていく、及び『義勇兵』として動くならばどうとでもなるということか……」

 

 

 その言葉を聞いた刹那とリーナの2人ですら、そんな『抜け道』使っていいのかよ? と思ってしまう。

 

 確かに現状、それこそが一高及び他の魔法師戦力を使う方法ではあるが――――。

 

 嘆息を一度吐いてから、全員を見回してから質問を投げかける。

 

 

「……最後に意思確認をさせてください。全員が、この事態を本当に解決したいと思っているんですか? 俺たちだけでも『何とかなるかもしれない』ことなのに?」

 

 

 その言葉に真っ先に否を唱えたのは、意外な事に五十里先輩であった。

 

 

「愚問だね。仮に君やシールズさんが死んでしまえば、僕も楽しみにしている……ようやく始まった改革が頓挫してしまう。何より森崎君だけでなく壬生さんや司先輩にも『呪い』が掛けられているんだ。栗井先生や安宿先生もかかりっきりだけど、進行を遅らせるので限界だ」

 

 

 全校生徒から可愛いとも評されるその表情が厳めしくなっているのは、少し申し訳ない思いである。この人は、そこまで怒らない人で怒れない人のはずなのだから……。

 

 

「見て見ぬ振りは、もう出来ないんだよ遠坂。桐原も重傷の身で意識不明の壬生の側にいる……お前たちが失敗したらば、死人の数が倍以上になるのは確実なんだ。ならば―――せめて少しだけでも戦力と勝率を上げておきたい」 

 

 

 服部副会長の言葉。現実と理想の狭間で揺れた言葉に、誰もが『可能性』を知ってしまった。もはや責任や出来る出来ないの話ではなく、自分達にとって差し迫った危機として再認する……。

 

 

「……セツナ―――」

 

「仕方ないさ。現れてしまったものとは、どうにかしなくちゃならない。君をもう一度心配させるのも忍びないな」

 

 

 人類悪として顕現する前に、あの女をスタッブする。それしかないのだ。リーナの不安げな顔と、それでも……何かを失う可能性を恐れていたのも事実。

 

 己の起源が再び誰かを失わせるのではないかと……不安を覚えるのだ。けれども……。

 

 

(俺一人でどうこう出来る問題じゃないよな)

 

 

 いや、技能的な何かとかそういったもので言うなれば、確かに一高だけでなくこの世界の大半の異能力者は劣る。神殺しをやるだけの『剣』が無く、それでも戦う意思を持つ者達。

 

 けれど、戦う意思一つあれば……誰もが隻眼の英雄(ホラティウス)となりて悪漢から人々を守れるのかもしれない。

 

 

(あんた達もそうして戦ったのかな?)

 

 

 左右の腕の刻印が疼く。この場で逃げるなど許さない。許されないのだと―――叫ぶようである。

 

 

「何か言うことはある?」

 

 

 七草会長の言葉に―――素直に言うことにした。

 

 

「相手は正真正銘の人類全体の『背徳者』―――戦うには、俺とリーナだけじゃ無理がありすぎる……」

 

 

 一拍置く。誰もがこの男の言葉を待つ。

 

 何もかもを自由奔放にやれるだけの魔法師であった刹那の人間臭いところを見たいのもあった。

 

 

「俺を助けてくれ」

 

 

 真剣にこちら―――魔法師たちを見つめる『魔法使い』の言葉を皮切りに、誰もが己の仕事をこなしていく。

 

 ……魔法戦争の再開であった。

 

 

 † † † †

 

 

「裏方というのも時に辛いものだね」

 

「けれど、いなきゃ何にも出来ないのが私のような剣士ですから。啓先輩みたいな人がいるからこそですよ」

 

 

 ―――30分後に反撃を開始する―――。そう宣言した刹那は、全ての準備を的確に指示していく。

 

 敵勢の戦力分析。及び予測されること全てを羅列して適材適所に動かしていく。その様子はまるで熟練の指揮者のようであった。

 

 そしてそんな中、大きな役を任されることとなった人間が一人―――。

 

 

「まさか吉田君に『大役』を任せるとはね。確かに刹那君に近いのは彼なのかもね」

 

 

 とはいえ、そんな風に任された方は緊張しっぱなしであった。それに対して……説得工作はコントのようだった。

 

 

『ミキヒコを信じている』

 

『そんな後書きにおける きのこ(?)みたいに言われても!』

 

『『『『ミキヒコを信じている』』』』

 

『増えた!? エリカもレオも達也も……もう失敗しても知らないよ!!!』

 

『――――ミヅヒコを信じている』

 

 

 結局、サポートとして『眼』の良い美月を付けることで、なんとかかんとか納得させた。

 

 とはいえ、こちらとてこのままやられっ放しは性に合わない。総力戦というものは、始めるよりも終わらせる方が難しい。

 

 何よりあちらはこちらの肉体を屠殺された家畜の肉(食肉)程度にしか思っていないのだ。許せない以前の話であり、生命としての尊厳にかかわる話だ。

 

 

 そんな風な五十里啓の心根とは別に、台に置かれていたデバイスの『調律』が完了した。

 

 

「―――オーケー、これで大丈夫のはずだよ。父さんほどじゃないけど大蛇丸の術式は僕も見てきたからね」

 

「ありがとうございます。本当にウチの人間は五十里家の方々には足を向けて寝れませんね♪」

 

「そこまで畏まらなくても、千葉家の皆さんは、僕らの技術を高めてくれる剣士だしね……ただエリカくん。本当に突入組に回るのかい?」

 

「直々の御指名ですから、それに―――、一度は高みってヤツを見ておきたい……」

 

 

 五十里啓の恋人にして将来の『伴侶』である千代田花音が、渡辺摩利に憧れて追いつこうとするように、エリカにも何かしらの目標が出来たのだろうかと思う。

 

 千葉家の『戦姫』にとって、男など次兄の『ナオツグ』ぐらいにしか懐いていなかった風なのに……。

 

 これ以上は下種の勘繰りだなと感じて問答を終えた。

 

 

「それじゃ行ってきます」

 

「ああ、絶対に帰って来るんだよ」

 

 

 勝手ながら兄貴分の心情でエリカを送り出すと、啓もそろそろ時間だと気付く。全校生徒宛てに、国防軍の介入までは二時間、もしくは米軍もまた動き出そうとしている旨が伝えられていた。

 

 家の方で避難に備えるのもいれば、危難に備えろとして残すものもいた。啓は後者として残るように言われていた方だ。

 

 

「ゴジラでも出たかのような騒ぎだね―――さて、乱痴気騒ぎに終止符を打つのは、誰になるかな?」

 

 

 状況は複雑ではないが、倒すべき敵の強大さがとことん厄介なのだ。そしてそれに相対できるのは―――。

 

 考えてから、結局なるようにしかならないのだろうとして、今は……少しだけ不安がっているだろう恋人を慰めにいくことにするのだった。

 

 

 † † †

 

 

「―――許しには報復を、信頼には裏切りを、希望には絶望を、光あるものには闇を、生あるものには暗い死を。休息は私の手に。貴方の罪に油を注ぎ印を記そう」

 

 

 一節ごとに刻まれる聖句の限りが律動をして、中心にいる魔法使いが昂揚していく。

 

 22世紀を迎えようとしているこの世界にて、主の御業をこの地に降ろしていく魔法使いは、広がりゆくホーリーシンボル……十字架を模した魔法陣を屋上にて敷きながら、対吸血鬼用の術式を完了させようとしていた。

 

 

 誰もが、その様子を固唾を飲んで見ていた。見知らぬ術式であることもその理由の一つだが、刻んでいく魔法使いの様子が何よりも神然としていて、宗教観薄い魔法師たちでも信じてしまいそうな神秘の力を感じるのだ。

 

 

「永遠の命は、死の中でこそ与えられる。――――許しはここに。受肉した私が誓う」

 

 

 終節に近づきつつある。そう感じた―――誰もが、そして遠く……目的地とされている廃工場から、ひどく暗い色のサイオンとプシオンが湧きあがる。

 

 廃工場……神殿の主が不愉快さを感じている証拠だ。そう感じた柴田美月は、それでも妨害工作を行わない理由が掴めずにいた。

 

 しかし、それでも煙で燻された蜂の巣のように何かに怒り狂っている様子は感じる。その蜂の巣に対して刹那は、最後の殺虫剤を掛けた。

 

 

「――――この魂に憐れみを(キリエ・エレイソン)

 

 

 言葉で―――八王子全体が巨大な『聖堂』(カテドラル)に覆われたように眼のいい人間達は感じた。

 

 空と大地に刻まれた魔法式はとびきりに巨大なものだ。膨大な情報量が形を成して、光を使って電飾で形成された大聖堂『ミレナリオ』を感じさせるもの。

 

 それを見た達也が、少しだけ感想を漏らす。

 

 

「儀式準備を進めていたとは聞いていたが、規模だけならば、もはや『戦略級魔法』の領域だぞ」

 

「いや、ただの対霊術式だから。USNA内での名称は『ゴーストバスターズ』。対霊魔法としては希少なものとして、度々セツナが呼び出されていたわ」

 

 

 マシュマロマンを倒したり、自由の女神像を動かしそうな名前がリーナから告げられた途端に、廃工場から吹き出る巨大なサイオンとプシオンの猛りが、こちらのバイオリズムを崩そうとしてくる。

 

 

「真っ赤になって怒り狂ってるなぁ。けれど―――こちらを舐めていた代償だ」

 

 

 確かに様子としては想像出来るものだ。吸血鬼―――として『成り上がった』彼女が弱点として持ったものとは、プロヴィデンス(神意)系統の術式。

 

 達也たちに詳しくは語らなかったが、それでも『あちらの世界』でも、教会の代行者たちは、『奇蹟』の基盤を用いて人類史を穢す影法師どもを弱体化させていた。

 

『埋葬教室』のようなキワモノの中のキワモノでない限り、彼らは多くの戦闘信徒や純粋信仰の信者たちに聖句を詠わせ続ける。そうすることで吸血鬼を弱らせる……。

 

 

「―――時間だ」

 

 

 目的地から噴き上がる『怒り』を見終えると、会頭がリミットであることを告げてくる。

 

 戦闘再開を告げるかのように、元・ブランシュ日本支部であり、現在は吸血鬼の城となっている場所から再び戦力が吐き出されてきたという通信が入る。

 

 

「ここの術式を崩す気だな」

 

「俺たちの役目は、敵の本丸を強襲することだ。今はここにいる連中に任せて―――」

 

「GO! GO! GO!」

 

 

 リーナの言葉にせっつかれる形で、突入するメンバー全員が屋上から飛び降りる。

 

 校舎の前に着けられていた大型のバンタイプの車。ロマン先生の私物らしく、屋上の柵を乗り越えて飛び降りると同時に緩衝系の魔術などで、衝撃を殺す。

 

 複合術式でバンタイプなのにオープントップも可能という趣味満載の車に軟着陸の落着で続々と乗車する面子は―――。

 

 

 助手席に七草真由美、後部座席に十文字克人、司波達也、西城レオンハルト、遠坂刹那、司波深雪、千葉エリカ、アンジェリーナ・クドウ・シールズ。

 

 ロマン先生を除けば計八人で死徒の城を攻略することになったのだ。

 

 

「―――お客さん方、目的地はどこかな?」

 

 

 この時代、自動化された交通システムが普及している中、珍しくもマニュアルタイプ、しかも己で運転する車を持つというロマン溢れる人のおどけた言葉に―――誰もが言った。

 

 

「魔女の城までひとっ走りよろしくお願いします」

 

「了解だ。君たち若人に『峠を制したもの』としての走りを見せてあげよう」

 

 

 言葉と同時に、何故か車内にかかる古めかしいユーロビートと共にけたたましくエンジンが吹かされてロマン先生の『最速理論』が、発揮されるのだった……。

 

 

 † † † †

 

 

 若干ながら封じられた超感覚ではあるが、広がる視界は迫りくる敵の姿を捕えていた。

 

 

(まさか死徒であることを利用されるとは思っていなかったわ……思い返せば、遠坂家は聖堂教会とも縁が深い家……信仰の基盤は持っていたわけね)

 

 

 万人を超越している愛華であっても、完全に読み切れないものがある。そして能力の『制限』もある。

 

 今の『サジョウ・マナカ』は、遠坂刹那のいた『世界』にて封印執行された魔術師だ。根源接続者であっても、わずかな『揺れ』次第ではどんな運命を辿るかは分からない。

 

 ある意味では第二の力の如く様々な可能性世界の自分を見た。そこで変質してしまった自分も見た。もちろんゼルレッチの如く確定した世界になるわけではないが、それでも『愛華』は見てしまった。

 

 

 冬木の聖杯戦争ではなく『東京』にて行われた聖杯戦争。枢機卿の持ち込んだという聖杯を用いて行われる魔術儀式……その中で愛華は見た。

 

 

 蒼き騎士―――違う世界のアーサー・ペンドラゴンの姿を……恋をしてしまったのだ。

 

 

(ドクター・ハートレスのように、冬木の大聖杯を利用してアーサーを呼び出そうとしても、あの世界で呼び出せる『アーサー』は『アルトリア』でしかない……)

 

 

 確定してしまった歴史の事象(人理定礎)以外を引っ張るとなると、どれだけのことをすればいいのか、万能を誇る彼女でも気の遠くなるものがあった……何としてもあの『アーサー』を自分の王子にしたい。

 

 その希求は狂気を持ったものだった。万能を誇る彼女が、熱を以て取り組む姿を誰もが喜んだ。しかし、妹だけはそれを不審に見ていた…。それがその世界の彼女の失敗だった。

 

 

(結果として魔術協会に通達が行き、私は封印執行された―――けれどね……)

 

 

 生来の能力値ゆえにか、彼女はグールとして蘇り、そして急速に死徒化を果たした。例外が無いわけではない……蛇の転生体が、そのように世界の修正を受けて蘇ったり、死徒の血を吸った樹木が死徒としての適性を持ったり……。

 

 結果として、魔術協会の保管庫より蘇った自分に二度目の追っ手。今度は聖堂教会との共同作戦。その中で一線を張っていたあの少年……『村』からバルトメロイと共に帰ってきたことで、『栄達』か『封印』かという瀬戸際にあったのと接触したことで―――。

 

 

「正しい意味での宝石を通して、この「実験場」(セカイ)を知った……この世界でならば『願ったもの』が手に入る。しかし、痛し痒しね―――世界の理から外れた後には、今度は英霊との縁が無くなるなんて」

 

 

 だからこそ愛華は待った。いずれあの少年はこの世界に逃げ込んでくる。その時にこそ願いは叶うのだと―――。準備は整えられた。もはや九割九分九厘の勝利であろう―――。

 

 しかし、何かの『修正』を受けたのか、ここに来てあの少年は、魔術師以下の神秘すらも行使できない、愛華からすれば羽虫以下の蟻どもを連れて、生意気にもこちらに歯向かおうというのだ。

 

 

「ハジメくん。そろそろやってくるわ。私は『奥間』に行くけれど――――いいえ、その前に―――」

 

「礼に則った『入城』をしようという輩ではなさそうですね。ミス・サジョウ―――」

 

 

 けたたましい音をさせて近づいてきたもの。廃工場の外観のトラップ―――などは無いが、それでも用心の為に用意させていた現代銃器による自動迎撃システム全てを砕いて―――。

 

 

『花は桜木! 男は獅子搏兎(レオンハルト)!! 推し通らせてもらうぜ!! Panzer!!!』

 

 

 言葉で、正面の門扉―――電子式ではなく魔術的に強固にしたものを砕き―――大型車が飛ぶように勢いよくやってきて、愛華を直撃しようとしてきた。

 

 けたたましいエンジン音と共に、飛んでくる車に対して虚空で留めるように手で制すると、エンジン音は五月蠅いが完全に運動を停止させられて―――、そのままに手を握りしめて、その大型車を圧潰させて鉄屑に返した。

 

 エンジンオイルが血しぶきのように床を汚しながらも、その中に肉片や血液がないことを見た愛華は―――。一瞬前に車から降りて着地したのだろうか、自分達の前に出てきた反逆者どもを睥睨する。

 

 

 人間の死骸で作り上げただろう骨が見えている玉座に、正しく王者であり超越者の如く座る沙条愛華を見た八人の魔法使いたちは戦意を露わにする。

 

 そんな王者の侍従か宰相の如く側に控えている男が、甲先輩の義兄『司一』であろうと気付いたが―――。

 

 

 その前に超越者が、正しく神の如き慈悲の眼に見えて、その実、酷薄にして残酷な心のままに死を齎すだろう視線で穿ちながら、こちらに問いを投げかける。

 

 

「一応、万が一ってこともあるわ……聞いておきましょうか、第一高校の皆様方、そして―――封印指定執行者『遠坂刹那』―――ここに何をしに来たの?」

 

 

 言葉の間。巨大なるものと小さき者との狭間。虚空を埋めるその言葉に―――。

 

 

 携帯端末型のCADを持ち。

 

 腕輪型のCADを指でなぞり。

 

 剣鍔で金打を鳴らし。

 

 ナックルグローブを構え。

 

 棍杖で大地を叩き。

 

 虹色の槍を煌めかせ。

 

 二丁の拳銃を持ち。

 

 ――――双腕の刻印を輝かせた時点で、口を開いた。

 

 

『お前をぶっ飛ばしにだ!!』

 

 

「失望したわ」

 

 

 言葉の語調といくらかの変化はそれぞれだが、全員の意気を合わせた言葉に対して、超人は憐憫の一言の後に、背後より触腕のような魔力刃を何本も―――数えるのも馬鹿らしくなるほどに出してきて、それを刹那が魔弾で穿ったのを切欠に戦いが始まるのだった……。

 

 



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第34話『魔法戦争――破』

職場の事情で平日休みが貰えた。

まぁぶっちゃけ大体の企業で言う所の棚卸しなわけですが、そんな感じで深夜のテンションで突っ走った最新話どうぞ。


「やれやれ車一台をおしゃかにした甲斐はあったな」

 

 

 まさかジャック・バウアーか、ジョン・マクレーンばりのアクションで車ごと突っ込むなど正気ではないことを提案されるとは思っていなかった。

 

 ロマンは悠々と魔女の城に入り込むことが出来た。あのビーストの成り損ない。まだゴルゴーンか茨木童子、平将門ぐらいのレベルである。

 

 

 人類悪となる為には、足りないものが多すぎる。

 

 しかし、いずれ二体目のビーストは現れるだろう……魔法師が人類史を『穢していく』限り、遠くない未来にそれは現れる。

 

 人類の儚い願いを元にして全ての『やり直し』を求めるはず……。1999年より定まってしまった『人理定礎』を破壊する為に……。

 

 

「まぁ今は余計な事だな。この姿では本当に制限されてしまうが―――、いずれ……」

 

 

 自分も本当の意味で『人間』になれるだろうか? その問いに答えてくれる稀代の天才は居らず、その意識体はまだ眠っている。

 

 まさか性転換した後は、魔法使いの杖に宿るなど……ロリータになったり、サイボーグになったりするよりはマシかもしれないが。

 

 

「……自由奔放すぎるだろ『レオナルド』?」

 

 

 心底の苦笑をしてから『指輪』を外して、空中に放り投げる。手助けはここまでだ。後は―――この世界に流れついた『はぐれもの』(オーフェン)と魔法師の中の『はぐれもの』(オーフェン)とが解決すべきことだ。

 

 そうして、栗井健一は残っていたグールを殲滅するべく廃工場の周りを飛んでいくのだった。

 

 

 † † †

 

 

「「打ち砕く雷神の指(トールハンマー)!!!」」

 

 

 刹那が解放した魔法陣―――と言うよりも何かの鍵穴のようなシンボルを何個も正面に出してリーナと共に放った『魔力砲』は、それが収束装置であり加速装置……ビームコイルであり、ちょっとした陽電子砲も同然のエネルギーとプラズマの奔流に対して―――。

 

 

「私の戦いの号砲にしては少し寂しいわね」

 

 

 気だるげな言葉で、その魔力砲を魔力で完全に抑えきった。着弾すると同時に、爆発するはずの威力も、余波すらも呑み込んだ掌に生み出した魔力の底なし沼に戦慄する間も―――。

 

 

「パンツァ―――!!!」

 

「ふっ!!」

 

 ―――間もなく隙を突いてレオとエリカが背後と側面から迫る。徹底的に考える寸暇もなく攻め続けろ。全能を誇るものに、思考の余地を与えればどのような手になるか分からない。

 

 刹那が童女に対する対策として語った言葉を思い出して玉座に迫るレオとエリカ。一太刀で玉座の背面が裂かれて、横合いからの衝撃で砕かれる肘掛ごとの椅子。

 

 

 しかし『マナカ』は、黒翼をはためかせて一瞬早く、玉座から飛び立っていた。

 

 その時には、その座標を捉えていた深雪の魔法が炸裂する。

 

 

 ニブルヘイム―――。領域干渉の系統としては高難易度魔法として知られている魔法が発動。

 

 煌めくダイヤモンドダストが『マナカ』の周囲に散っていく―――しかし―――。

 

 

「綺麗な魔法ね。お姉さん―――けれど、わたし、寒いの嫌いなのよ」

 

「!!!」

 

 

 驚愕する深雪。手振り―――ただそれだけで放ったはずの魔法式がエイドスに対する書き換えが、違うコードに書き換えられた。

 

 春風のような温風が周囲を覆った結果に、誰もが停滞して―――その様子に嗜虐を浮かべた超越者ではあるが、それを崩すべく司波達也は、廃工場から変質した『神殿の壁』を蹴って超越者の近くまでやってきていた。

 

 

「―――」

 

 

 魔法ではない純粋な体術でやってきた達也に瞠目するマナカに対して蹴りが飛ぶ。妹の魔法を穢したことに対する懲罰の如く、鋭く重い蹴りに対して踊るように舞うように躱すマナカではあるが―――。

 

 その時には、落ちていく達也が投げつけた小剣一本、相手の眼に対して投げたそれ―――投擲速度としては殺人技術として一流。しかし、魔力で対処しようとした。

 

 浅知恵だ。として『黒鍵』を消去しようとした時、堕ちいく達也を受け止めるためなのか真下にいる遠坂刹那と『眼』が合う。

 

 

(っ!!!)

 

 

 超越者に苦渋が浮かぶ。もはや『眼』を回復させて『七色』で見てくる執行者によって空中で動きを縫い付けられて『魔力』を『引き剥がそうとしてくる』。

 

 

 小賢しい。『愛華』もまた『眼』を開いて対抗する。魔眼と魔眼の撃ちあい。

 

 それゆえ―――意識から離れた黒鍵を認識しなくなる。その時には、『剣の操り手』が出てきていた。

 

 

 USNA軍の秘奥の一つ『ダンシング・ブレイズ』。ブレイズ(BLADES)だけでなく様々な質量体を操り自在に動かして相手に着弾させる術が達也の放った黒鍵を動かして、直下の急降下で刃は後頭部から脳髄を貫き眼窩に飛び出た。

 

 

「ッ!!」

 

「セツナの魔眼に気を取られ過ぎよっ!!」

 

 

 羽虫以下の毛虫が―――、怒りでマナカの身体に魔力が充足して、黒鍵が、眼球から溶けて消えた時には、五体満足のマナカの姿。

 

 はためく黒翼が、七枚に増えて強烈なサイオンが―――サイオンそのものが高密度の魔力の霧となりて攻防一体の術式となる。

 

 怪物―――そう言う風に称するに値する化け物である。

 

 同時に刹那の魔眼の拘束も解かれた。

 

 

「化け物かよ……」

 

魔道(まどう)を行くモノなんてどれだけ世間と迎合しようと異常者の類―――知らないわけではないでしょう?」

 

 

 言ったレオに対して返した言葉、苦渋の表情を見せるレオだが―――。

 

 

「だからこそ少しはまともなことに使いたいのよ!!!」

 

「詭弁よね―――」

 

 

 七草会長の魔弾―――刹那が貸した『ブラックモアの指輪』を介して放たれる羽魔弾が睥睨するマナカを穿とうとする。

 

 術を使うまでも無く己の身にまとうサイオンで砕かせる。反対に攻撃―――。魔弾というには、多すぎる……魔力雨が、自分達ごと床を穿とうとする。

 

 

(魔弾においても刹那以上の使い手か!)

 

「レオ!!」

 

「分かってる!!」

 

 

 思考と同時に言った言葉で、足元の床をかちあげて壁面を『傘』として上空に持ち上げるレオ。同時にその床であり傘に対して情報強化。

 

 

「甘いわね。その程度の防壁で」

 

 

 幾らかのホーミングが可能らしく真正面や左右、真後ろに回り込もうとする魚のような動きの魔弾に対して―――。

 

 

「耐え抜くぞ! 西城!!」

 

「押忍!!!」

 

 

 十文字会頭のファランクスがフォローに入る。マナカの魔弾は全てが無系統魔法の類でありながらも、密度が異常であり加重と振動の要素もある。

 

 正確に、それらを見極める会頭の眼が魔弾を封殺する。背中合わせになる偉丈夫二人のたのもしさに誰もが安堵して―――。『瞬間』を待つ。

 

 

「耐えるわね。けれど―――もう少し圧を上げるだけよ」

 

 

 生意気にも『魔法』(まがいもの)で、自分の『魔術』(まほう)を封殺したことでマナカは、絨毯爆撃に耐え抜く会頭とレオに対して苛立ち紛れに殺意を向けたが。

 

 

「言ってろ」

 

「!?」

 

 

 空中に足場を作り背後に回り込んだ執行者。その出現にマナカは驚いたが、拳が握りしめられて、一瞬早く魔眼を『撃たれた』ことで、動きに澱み。

 

 

 止まった少女の姿のグール。胸の真芯を貫き肺腑とあばら骨を軋ませる一撃が、放たれてマナカは大地に急速落下。飛んでいた鳥が猟師に仕留められた様子に見えた。

 

 しかし、そこで油断しない。予定通り―――用意していた魔法を解き放つ双璧の美少女。

 

 

 雷雲が渦を巻き収束して放散を開始―――。

 

 氷雪が風に巻かれて生者に凍結を強制―――。

 

 

 互いの干渉領域をきっちり分けた上で、互いの得意手が炸裂。

 

 ムスペルスヘイム。

 

 ニブルヘイム。

 

 凍れる雪山に雷雲が轟く様子をイメージさせるものが、再現されて、その中にいるものがどうなっているかなど、考えるまでも無い―――はずだが、確かな手ごたえを感じるはずの二人に冷や汗が浮かぶ。

 

 マズイ。『破られる』―――直観で悟ったリーナが思念を飛ばして、受け取った時には、特大のルビーを七つは手に持った刹那がアンサズ、ソウェルなど『炎』のルーンを介して、『太陽』を作り上げた。

 

 

 特大の豪火球は、刹那の手の中に収まり、凍れる雪山、雷雲の中に投げ込まれた。

 

 

 名前を付けるならば「アールズレブル」とでも呼ぶべき特大の火球は、雪山と雷雲を壊すわけでもなく受け取り強化していく。

 

 

 そこで化学に強い達也が気付く―――深雪の放ったニブルヘイムが水と酸素、そしてそれを分解するリーナの電気―――そこに投げ込まれた『着火剤』……。

 

 

「伏せろ!!!」

 

 

 小規模な核融合反応にも似た大爆発が神殿を揺らす。水素爆弾も同然であろう威力が神殿の外観である廃工場すらも揺らす。

 

 

(狙っていたな刹那!!!)

 

 

 別に魔弾でも良かったのに、そこで炎系統の術を使ったことに、刹那の悪辣さを見る。だが―――そこまでやっても――――。

 

 

「ウソでしょ……!?」

 

 

 狙われた魔法師……否、魔術師は死んでいなかった。炭化した腕、恐らく防御しただろう術式が展開されていたものを斬り落としてから―――ドレスの袖の中に新たな肉が『構築』される。

 

 吸血鬼というものの伝承―――今では廃れて現代魔法で解き明かしたと見られている『昔話』も、こんなものを見ては、明らかにそういったものを信じてしまいそうになる。

 

 

 狂気に笑うマナカという少女。こちらは一方的に攻めている方だが、攻めきれない。

 

 

 魔法の相性を測る前により強い『神秘』で、弱い『神秘』を圧倒する。それこそが古式魔法―――『魔術師』の戦い方……教えられていたとはいえ、ここまでとは―――。

 

 炭化しきった爆心地より起き上がった少女はヘタすれば達也の『とっておき』を食らってもなお、起き上がれる可能性がある。

 

 

(とっておきの『マイナーバージョン』を試したいところだが―――)

 

 

 そうすれば、今度は『お遊び』ではすむまい……心臓を止めるほどの冷気……圧力を感じる。怒りだ。沙条愛華という童女の怒りが場を埋め尽くしている。

 

 

「おかしいわね。今の世に生きている連中の神秘以下の『技術』で私にそれなりの痛みを与えるなんて……。ああ、なるほど、この場にいる連中は全員、洗礼したというのね」

 

 

 眼筋にサイオンの集中。達也の『眼』のように、こちらの術式を看破したようだが、刹那の術式は自分でも見えなかったというのに、この童女は一発だった。

 

 

「テンプル騎士団の術法。言うなれば誓約であり制約を掛けることで能力値を上げたんだ。彼らの概念…今の世で言えば『エイドス』に『神秘』を『色づけした』……」

 

「カテドラルを作り上げたのは、その為か―――羽虫かと思っていたけど、存外楽しめるものね……けれど、外にいる『緑色の毒虫』が面倒ね―――これ以上は、『無し』だわ―――ハジメくん。頼んだわよ」

 

 

 これもまた予定……想定内にあったことだ。虚空を踏みしめて言の葉を吐き出しながら隙を窺っていた刹那と一瞬のアイコンタクト。

 

 マナカもまた控えていた『表向き』の代表者に視線をやる。

 

 

「お任せをミス・サジョウ―――私の望みを叶えてくれたアナタの望みを存分に叶えてください」

 

「そうさせてもらうわ」

 

 

 一歩進み出た男。三十に届くか届かないか……そんな所だろう歳の男の姿は、説法をするキリスト教の司祭の格好に似ていた。

 

 もはや形骸化した反魔法師団体のリーダー。そんなお飾りの神輿でも、それを気にするような男ではなさそうだ。というより、そうさせられたというべきか……。

 

 

「明確な合理性を持たぬお前は『全知全能』であっても『万能』ではない。スペックは過剰でも、力に見合うだけの合理的な裏付けも精神力も無い。だから先程みたいにオレにぶん殴られるのさ。魔術とは執念であり、己をそのための『歯車』に置き換えることだが、お前にとっては執念も歯車の感覚も無いから、簡単に裏手を取られる」

 

「言ってくれるわね。たかだか魔法(まほう)の一端を手にしただけの一族の末子ふぜいが、確かにかつての根源接続者を渇望した家は、いずれ訪れるだろう『力』を『両性』に分かたせることで、片一方にだけ寄らせないようにした―――だから雌性にせよ雄性にせよ。『万能』では無かった。開眼するための『努力』が必要だった……言わんとしている事はわかるけれど、実に胸糞悪い講義ね」

 

 

 サジョウ・マナカは完全に刹那を敵と見做した。刹那は、何かの動作かのように右腕を振り上げた。右腕の『刻印』が輝くその様子に、少しの緊張を見せるマナカの姿。

 

 ここまでは『プラン通り』―――ここから先は――――。

 

 

 天井を貫いて神殿全体を貫く『光の群龍』が、矢となりて降り注ぐ様子から決まるのだ―――。

 

 

「!!!???」

 

「現代に生き残っていた古式魔法も捨てたもんじゃないだろうが!! お前は仕留める!!!」

 

 

 言葉で群龍をものともせずに掴みかかろうとする刹那。強烈な勢いの一撃が躱されて―――翻すように神殿(廃工場)の奥へと飛んでいく様子のマナカ。

 

 

「セツナ!!」

 

「ああ、行くぞ!!!」

 

 

 プラン通りに今まで共用で着ていたUSNA軍のスラストスーツを剥いで、彼ら曰くの『魔術礼装』を身に纏って、奥間へと行く『ツインスターズ』(双星の魔法)

 

 それこそが相手の狙いであり、こちらの狙いだ。

 

 追い縋る様に達也たちもアーマースーツのままに行こうとしたが、その進路を塞ぐ司一の姿。

 

 

『ガァアアアアアアアアアアア!!!!』

 

 

 ただの呼気。叫ぶだけと言ってもいいそれによって、こちらが押しとどめられた。予定通りではあったが、予定にないものも一つ。相手の能力値だ。

 

 幹比古の放った魔法によって吹き抜けも同然となった神殿にて哲学者のような男が、立ちはだかる。

 

 

「さてさて、ミス・サジョウがいて挨拶出来なかったが、僕が司一(つかさはじめ)です。甲の同級生や後輩が大挙してやってきてくれて嬉しい限りだね」

 

「客人を持て成すならば家に招待するのが礼儀じゃないか?」

 

「ごもっとも。しかし僕の『仕事場』にやってきてくれたからには仕方ないな」

 

 

 あくまで自分は反魔法師団体の首魁であるという態度は崩さないでいる司一に少し怪訝な想いだ。

 

 のらりくらりと言ってくる司一に、誰もが掴めない印象だ。

 

 調子を狂わされる前に、己の言い分を通すことを十文字克人は選んだ。

 

 

「甲の同級生の十文字克人です。このような無礼な訪問で申し訳ない限りですが、あなたには即座に警察なり司法への出頭が適当だと思われます。即時の活動停止を―――」

 

「ブランシュ日本支部なんてものは、もう無いんだよ。仁王の十文字君。まともな意味での生きた構成員なんて僕一人―――見てはいないけど、まぁみんないい死にざまだったんじゃないかな。大敵たる魔法師に恐怖と最大級の底なしの憎悪を見せられたんだからね」

 

「戯言を―――テロリストにそのような事を言う資格などあるものですか!?」

 

 

 深雪の激昂を受けても、司一にとっては、別段問題ないことのようだ。恐怖を患うでもなく、細い眼で見てくる。

 

 

「確かに、僕たちはテロリストだね。主義主張を通そうとして武力に訴えて、結局勝てぬ戦いをする愚か者。かつての赤軍ゲリラなどもその手の幻想に酔って、多くの災厄を招いた。そしてその思想の最たるものが粛正という名の『虐殺』ではね」

 

 

 思想論の次には歴史の授業。聞かされても揺るがぬ精神で―――今はいられる。そうでなければならない。

 

 

「けれどね。君達が『誰か』と何かを共有出来ていくのかな? 君達の魔法技能の大半は『遺伝』によって発現するものだ。片親が魔法師であれば高確率で子も魔法師になる素養がある―――つまり君達の力とは『独占』の真髄だよ」

 

「何が言いたい?」

 

 

 会話に乗っている状況で、あちらの思惑に乗っていると思えた。笑みを零す司一は言葉の続きを告げた。

 

 

「君たち魔法師は『自分達の力は努力して得たものだ』『だから他人に、その使い方をとやかく言われる必要はない』。そんな風に言っては―――己達の行為を正当化する。分かるかな魔法師? この論理の恐ろしいところが」

 

「……力を我が物として、力なき者を蹂躙する。そう言いたいのか?」

 

「もっと言ってしまえば、実際にも他者を圧倒する殺戮者に容易になれるということだな。君達が、結託して、結束して本気になれば、今の人類社会を支配することも容易なのだろう。君達を止めえるのは法律でもなく倫理観でも無く、君達自身の克己心だけだからな。相手の未知数な理性に期待するというのは良くも悪くも賭けだよ」

 

 

 そこまで言えば、自分達も容易に反論出来ない。結局、法の軛をいくらでも誤魔化せる異能力者が社会に紛れているというのは、多くのフィクション作品でもあまり好意的には受け止めてもらえていない。

 

 そういった作品を書いて『魔法師に対する差別』だと協会も訴えることもあったそうだが、フィクションの世界に現実の倫理や法をどこまで適用させるかというのは、いつの時代でも微妙な問題だ。

 

 

「まぁここまで言っといてなんだが、僕もそんなことで君達の意気を砕いたところで、面白くも無いからね―――だから……違う『超越者』としての道で、君達に立ち向かおうと思うよ」

 

 

 ざわっ。とでも言えばいいのか―――何かの圧が膨らむのを感じる。それは恐らく―――司一が隠していた一種の圧、存在感。

 

 それを解き放ったのだ……。

 

 

「君達が努力をして殺戮者への道を持ち得たというのならば、僕はそれとは真逆。突然現れた『魔法使い』や『神様』によって、力を得たものとして君達の理不尽となろう……。普通の人々が感じている劣等感。君達だけが全能感という快楽を得られることの幸福を今一度感じてくれることを願うよ」

 

 

 嫌味とも警告とも、何とも言えない男の言葉―――あえて言うならば『虚無』と『絶望』に彩られた男の言葉が全身を貫く。

 

 

 本当に理不尽だ。

 

 

 つい一週間ほど前までは、ブランシュなんて団体は、ただの反魔法師団体で、魔法師が本気になれば簡単に潰せる団体だったはずなのに、一人の強力な魔法師が入り込んだだけで、こんなことになった。

 

 

 刹那の説明を誰もが目の前の事態に対して麻痺している中、達也だけは疑問交じりで聞いていた。

 

 

 そんな魔法で『大それた家』があるならば、流石に日本政府も把握していないわけがない。

 

 

 沙条家なるものが存在しているのか、そこが魔法師の家系なのか、それとも……忙しい中でも調べた限りでは風間の送ってきたメールには、そんな『人間』は過去・現在において存在せず、死人などのデータも洗ったが……。

 

 刹那の語るところの家―――同じ姓も確かに存在していたが、そういう現代魔法はおろか、古式も何もかも関係ない一般人の家……。

 

 考えれば考えるほどに、達也の常識外の敵ばかりが立ち塞がり――――。

 

 

(それが楽しいなど、俺は―――どこかで狂わされているのかもしれない……)

 

 

 バイアス調整の利かなくなった頭の中でやれることなど一つだけ。

 

 レオが、床スレスレから放ったアッパーで、吹き飛んだ床の『石材』に対して魔法を仕掛ける。

 

 

 戦略級魔法『マテリアル・バースト』のマイナーバージョン。広がりゆく魔法を抑え込むために刹那の言う所の魔力のイメージ訓練を要するが、十分すぎた。

 

 

 石材の質量が膨大な熱エネルギーに変換されて、それを形あるものに『留める』。作り変えて更に作り替えて―――数十個ものエネルギーの火球を司一の周囲に作り上げて『打ち出す』。

 

 

 本来の司波達也の魔法特性では不可能な技が披露されて―――しかし、放たれる『ブラスト・ボム』は、司一の身体を穿っていくのであった。

 

 

「お兄様!?」

 

「す、すごい魔法を見た気がするわ―――」

 

「来るぞ!!」

 

 

 深雪の驚きの言葉にエリカの驚きの言葉―――そして十文字会頭の警告の言葉に光の中に消えたはずの司一が、獣のような姿で焼けながらもやってきたことで、戦いはまだまだこれからなのだと気付く。

 

 

 

 

 † † † †

 

 

 

 奥間。魔術師にとって工房の奥の奥というのは入り込んだ相手に対する完全な処刑場なのだ。

 

 

 処刑場であり、祭壇―――これだけのものを作り上げておいて贄として捧げられる最初の人間が俺というのは、何とも……。

 

 

「元の世界では世話になったわね。ここならば気兼ねなく話せるわよ。そっちのお嬢さんも知っているみたいだしね」

 

「友達でも無いんだ。昔話することも、別に話すことなんてないな。とっととくたばれ。それだけだ」

 

 

 暗く暗く、されども地の底、獄の獄を思わせる場所にて沙条は語る。

 

 

「ずるくないかしら? 私は、ただ欲しいだけよ。彼が、他の世界の『私』が恋した彼と共にいたい……それだけなのに」

 

「その果てに人理の破壊をもたらすならば、それを許せると思うか? お前の愛も恋も、世界を犯す『過ち』だよ」

 

 

 とんでもない地雷女。呼べないならば諦めれば良かったのに、可能性があるから近づこうとする。

 

 こういう時に魔術師としての業をことさら意識する……自分とて求めなかったわけではない。

 

 

「……『経験者』だからこそ分かる。例え、求めていたとしても『手に入れちゃいけないもの』もあるんだよ。本当に、分かっていなかった……」

 

「セツナ、アナタがそれを求める気持ちは『人間』として正常よ。自分を卑下しないで、ワタシもアナタを失えばどうなるか分からないもの」

 

 

 ありがとう。―――無言で笑みを浮かべて返答とする。その言葉が、自分を止めてくれる。ここにいると証明してくれる。

 

 

 だからこそ、追ってきた過去に―――決着を着ける。それだけだ……。

 

 

双腕刻印・直列接続(ダブルドライブ)――――双腕基盤・並列接続(ツヴァイファンタスト)

 

 

 両腕の五指を開き前に出して何かを押しとどめるような動作。そうしながらも全身を苛む魔力が循環して一つの魔術を生み出そうと術式に叩き込まれていく。

 

 

「開くのね。―――『門』を、全ての破滅を止めるものを!!!」

 

 

 狂気の声が聞こえながらも、刹那は一つごとに集中する。その様子を何度か見ながらも、いつもリーナは思う。

 

 全身から出る余剰の魔力がスパークとなって刹那の周囲を照らしていても、彼は集中をとぎらせない。

 

 まるで、その様子は修験者の如く見えるほどに……苦痛に耐えている。

 

 

 そして両腕の刻印。刹那の両親が叫びながら、それを諌めるかのように……ああ、そうだ。あの動き、クリスチャンが行う祈祷のように手を組むのではない所作。

 

 ニッポンのブッディズム、シントウイズム(神道)で見られるもの……。手を胸の前で合わせる動作が似ている。

 

 

『セツナのポーズ……あれは、まるで『神への祈り』じゃないの……』

 

 

 勢いよく合わせられる掌。―――紡がれる言葉―――。

 

 

「―――I am the bone of my sword.(身体は剣で出来ている)

 

 

 言葉が全て紡がれた時、超越者が作り上げた『世界』を侵食する『セカイ』が出来上がり――――――――全てを決する戦いが始まるのだった……。

 

 



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第35話『魔法戦争――急』

そろそろタグ追加と整理しなきゃなー。と思いつつ、終盤です。

結末は書き始めているんですが、とりあえずこっちを最初にアップします。ではどうぞ。


 ―――合図。『赤色のプシオンとサイオン』の融合が廃工場から上げられたのを見た美月は、それを思念だけで幹比古に伝える。

 

 

『背中に手を当てているだけで大丈夫だよ』

 

 

 そう言われてやっていたが、幹比古とて緊張を隠す為だったのだろう。魔女の城に爆破を掛けるほどの術式を撃て。

 

 現代魔法において『視線の届かない所に対して魔法は効果を発揮しない』。無論、対象の位置を完全に把握出来る『眼』があるならば、どのような遮蔽物があったとしても、魔法は届くものだが……。

 

 刹那からとにかく屋根を吹き飛ばすほどの術を使えと言われた幹比古は、どうなっても知らないぞ。という言葉で返してから用意された場所にて集中を行っていた。

 

 SB魔法の極み―――神霊レベルとも言える『龍』を呼び寄せる。あの日―――刹那曰く『重いものが乗っかっている』と言われて、それを取り除かれると同時に取り込むことを強要された。

 

 達也曰く『ズレを調整するだけで何とかなる』。二人そろってああだこうだと自分を実験体にしたことを思い出して、それ故に―――今の幹比古は『万全』なわけである。

 

 

(けれど―――これをやれと言われるとはね……)

 

 

 十二枚の呪符。そしてCADを利用して放つもの―――それは即ち―――。

 

 

「応竜―――急急如律令!!!」

 

 刻んだ呪符の力。そして方角―――彼の竜が棲むと言われる南方より力が顕現する。幹比古と美月の頭上に、強烈なサイオンとプシオンの集合体が細長い蛇のように蜷局を巻いてから―――。

 

 

「瘟!!!」

 

 

 言葉に従い応竜は魔女の城へと吶喊を掛ける。しかし、美月は拡大した視界からそれが効かないだろうことが分かった。

 

 魔女の城に存在している防壁は恐ろしく堅固。どれだけの魔法を解き放っても大丈夫なように、異常を漏らさないためだろうと思えたそこに竜の魔法が突撃を仕掛ける―――。

 

 

(最善かつ最良の魔法であっても尚、届かないのか!?)

 

 

「逃げるよ柴田さん! ここにも獣人が来るはず――――」

 

 廃工場と同じく八王子に打ち捨てられた廃墟の一つの屋上から隠密で放った一撃が……、廃工場の上空で弾ける結果を予測した幹比古が美月の手を引き、出ていこうとした時に……。

 

「え……」

 

 その時、光の竜―――巨大な竜が、緑色の巨大な『リング』『ハイロゥ』とでも呼ぶべきものを通った時に、廃工場を貫く無数の群龍に分裂して絨毯爆撃となりて廃工場という城を砕いていく。

 

 

「刹那か? いや、何か魔力の質が違う気がする……」

 

「ええ……こう、なんていうか暖かい―――、けれど悲しい魔力の空気……」

 

 ともあれ幹比古の仕事は終わった。誰の手助けかは知らないが、皆の手助けになったことは―――吹き上がる違うサイオンで分かるのだから。

 戦乱の宴もたけなわ。しかし、『あそこ』に行けないことが―――、少しだけ幹比古には悔しかった。とはいえ、今は美月を守る為にも退避をせねばなるまい。

 

 

「――――?」

 

「柴田さん?」

 

「すみません。少し感覚がマヒしていたのかもしれません……いるわけないですよね」

 

「?」

 

 

 要領を得ない疑問と質問と回答の応酬であったが、ともあれ何かされる前に屋上から退避。

 

 その時、美月が見たモノ―――高速で動く魔力は、遠坂刹那にひどく似ているものであったのだから……『城攻め』をして、入城して城主を殺そうとしている刹那がいるわけがないのだ。

 

 

 異常なモノを見続けて美月の感覚もおかしくなっているのだろう。そう結論付けて駆けだしたが、美月が見たものは―――付近をシャットアウトしつつある魔法師や警察の監視、国防軍の眼を掻い潜って目的地に到着。

 

 

お嬢様(マイ・マスター)。どうやら魔法師の一人に見られたと思われます』

 

「あちゃ。失態だわ~~。とはいえ、マズは現場を見ないとね。どう?『狙撃』できそう?」

 

『申し分なく―――ここより18㎞遠くの建物からでも、十分に届きます』

 

 

 隠形の魔術を発揮して一本の『銀色のおさげ』を背中に垂らした女は、失敗にくよくよせず廃工場を見下ろせる位置に就いて、『従僕』に問いかけたが上出来すぎる結果に満足する。

 

 

「それじゃ、行きましょうか。流石に魔法師の方々に見せるには非常識すぎるからね」

 

『お嬢様は最高の『魔術師』ですが、戦闘特化ではないですからね。露払いはお任せを』

 

「武器作れるじゃん! そっちの意味でもサイコ―でしょワタシ!?」

 

『最古の英雄……とまではいきませんが、それなりに『古い存在』である私にとって最高のマスターですから、露払いは私が行います』

 

 

 確かに自分と姿を見せないでいる従者との相性は抜群だ。しかし、自分とてエミヤの系譜なのだ。

 

 たまには自分の手でことを為してみたい。従者だけに血を見せては『貴族』の名折れだ。野蛮と罵られるかもしれないが、貴族であるからこそ戦うべき時に戦うのだ。

 

 

 しかし、『狙撃』を行うことは、騎士道とは無縁であろう。まるで……。余計な思考が入る前に、従僕に指示された場所に赴く。

 

 

 あまたの非対称戦争の戦場における『灼眼の狙撃手』が、灼熱の魔力が漂う戦場に出てきた時だった……。

 

 

 

 † † † †

 

 

 達也のブラスト・ボム―――完全に無傷ではなかったが、それでも向かってくる獣化した『ツカサ・ハジメ』に対して、エリカが向かう。

 

 そんなエリカに対して遠吠えを上げる『ツカサ・ハジメ』。

 

 

『――――!!!』

 

「キャストジャミング!? 肉声を通していれば!! けれど!」

 

 

 エリカの巨刀にかかる魔法式が崩れようとしたが、それを再装填するように魔力が充足して、『ツカサ・ハジメ』の爪と斬り合う。

 

 3mはあろうかという獣人の姿になった相手の膂力と大蛇丸なる剣の魔法式が拮抗しあう。

 

 受け止めた瞬間、神殿の床が吹き飛んだ。陥没した勢いで隆起したのだろう。エリカの魔法は獣人を穿っているが、それでも―――。

 

 

(受け流した!?)

 

 

「―――!!!」

 

 

 両手で握りしめた振り下ろしの一撃が、『片手』で受け止められたのだ。もう片手の爪が横殴りにエリカを切り裂こうとする瞬間に―――。

 

 

「パンツァ――!!『ファウスト』―――!!」

 

 

 横合いから殴り掛かったレオの一撃が、『ツカサ・ハジメ』に叩き込まれるも獣毛は硬質化を果たしてその勢いを殺しきった。

 

 

『魔道でも武道でも素人同然の私が、ここまで強くなれるとはな』

 

 

 棒立ちではないが、獣人―――狼と人間のハーフのように見える『ツカサ・ハジメ』は技巧など何も無い蹴り、殴りを敢行。

 

 膂力の限りで動く『ツカサ・ハジメ』の攻撃が嵐のように二人を吹き飛ばす。10mは投げ出された二人に対して、追撃を掛けるのは七草会長と十文字会頭。

 

 

 黒羽根の魔弾で会頭の進路を保護しながらも、何とかハジメを穿とうとコントロールしようとする。あのマナカのように魔弾の追尾を―――。

 

 しかし、それは出来ずにそのままの直進。

 

 棍杖を構えた会頭に対して魔力で編まれた棒を持つハジメ。獣のような爪でありながらも五指としての機能もあるようで器用なものだ。

 

 

「おおっ!!!」

 

『中々のパワーだ。しかし、そんな努力も昨日今日までド素人だった私に崩される。こんな理不尽、どう思うかな?』

 

「それ以上に努力すればいいだけだ! 適わない敵がいるなんて俺も知っている。あんたの弟もその一つだよ!!」

 

 

 会頭からすれば幾らでも司甲をどうこう出来るチャンスはあった。しかし、それをさせずに二年間も、活動をやってきたのだ。

 

 どうでもいい相手。そう思わせて場を支配してきた。力に訴えれば、会頭の負けだったからだ。

 

 

『ならばせめて義理とはいえ、兄としての分を果たさせてもらうよ!!!』

 

 

 撃ちあう棒と杖―――肉体の頑健さで負けてはいない会頭であり、魔法―――多重障壁にして多重攻撃でもあるファランクスも併用して掛かるも、やはり分が悪い。

 素人くさい棒術。実際、素人なのだろうが、それでも圧倒的なパワーで巨大な得物を振るえば、それは十分な脅威だ。

 そんな暴嵐の如き中に敵の奸策を見抜く。

 

 

「会頭!!」「十文字君!!」

 

 気付いた達也と真由美の声。その時には足元から迫っていた大蛇の『尻尾』がアーマースーツごと会頭の肢に巻きついた。

 

「むぅ!!」

 

 

 足を絞め砕くだろうそれに対して達也は分解を仕掛ける。頭を失い、身を半ばから失ったことで大蛇の蜷局の圧が消え去る。

 

 

「助かる司波!」

 

「フォローします」

 

 

 正面を会頭が抑えているならば、達也は背後に回る。銃型のCADを向けて魔法を解き放つ。消し飛ばすのは『ツカサ・ハジメ』の背中の筋肉。

 

 完全に見えているわけではないが、身体構造が全て人間から逸脱しているわけではない。狼的な身体を模していても骨格や筋肉、臓器の全てに至るまでが無敵になるわけではない。

 分解されてしまえば―――動きが止まる。しかし、その前に体毛が、獣毛が蠢く―――見た瞬間にサイオン弾の連射に切り替える。

 

 

「お兄様!」

 

「毛が蛇になる……冥界の番犬か?」

 

 

 その蛇の数は100や200では足りまい。その蛇の口から細かなレーザーが吐き出されて達也の視界を覆う。九重流の体術で逃れるも、穿たれたレーザーは、そのまま壁面を貫いたり深雪の傍を擦過したりする。

怒りで沸騰しながらも、刹那から渡されていた宝石を投擲するように投げ放つ。同時に魔法を『宝石』にかける。

 

 宝石の質量全てがエネルギーに変換、同時にそのエネルギーが破壊に向けられる。

火球、否 エネルギーのボールとなったものが数十も生まれて、背中に叩き込まれた。着弾、炸裂、熱波―――弾ける熱エネルギーの限りが、『ツカサ・ハジメ』の背中を穿つ。

 

 

『ッ!! 流石に熱いな!! 先程の氷獣毛の『スペア』は無いから余計に!!』

 

「ウソだろ?」

 

『ウソだよ』

 

 

 問答に答えるように焼き消えた背中の蛇たちの代わりに真っ青な毛が装着される。どうやらこの男は様々な獣の特性を引き出せるように改造されている。

 

 そしてこの男は若干ムカつく。ムカつくという感情が出てくる辺りに達也は少し深刻さを感じる。

 

 

「決して強すぎるわけではないが、攻めきれないな……己のスペックを確認してるな」

 

「どうします?」

 

「エイドスに直接仕掛ける魔法は弾かれる。しかし放出魔法では出力不足―――ならば一つだな」

 

『『直接攻撃あるのみ―――!!!』』

 

 

 気絶から回復したエリカとレオが復活をして、同じく会長に起き上がらせてもらった会頭に合流する。

 

 突撃兵かよ。と思うぐらいに元気いっぱいすぎる二人に対して―――。

 

 

『三対一か、少しばかり卑怯じゃないかな?』

 

 

 言いながらも今度は先程とは違いケモノらしい俊敏さで迎え撃つ。爪の一撃がエリカを穿とうと迫り、そこからフェイクとして尻尾による打擲がレオのアーマーを叩こうとする。

 

 

「オラァ!!!」

 

 

 しかし寸でのところで止まり、その硬質化した尻尾を打ち獣人の攻撃を打ち負かす。尻尾を打った反動で蹴りでもかます気だったのか、下半身がぐらつく獣人。

 

 その隙を見逃すエリカではなく、加速して懐に潜り込もうとする。無論させまいと爪が侵入を阻もうとするが―――。

 

 

「ワンパターンなのよっ!!」

 

直線的な貫き。五指を揃えた手刀も同然のそれが、エリカにとっては緩慢な動きとなりて、躱し、避けを実行させて、刃と爪を交わさずに『隙間』に刃を入れた。

 

 

『そんなことは分かっているんだがね』

 

 

 大蛇丸という刀が下から上へと切り上げることで腕を半ばから斬りおとしたが―――。

 

 

「がはっ!!!」

 

『左腕の他に右腕もあるというのを失念するかね?』

 

 

 腕を飛ばしたエリカに対して同じく下から上へと突き上げるように手刀が叩き込まれていた。

 

 発生する衝撃波ごとダメージを食らうエリカが上へと吹っ飛ばされる。如何に魔法師と言えども現実離れしたものを前にして、対応が遅れる。

 

 

「深雪!!」

 

「西城君!!」

 

 

 干渉によって上へとかち上げられたエリカを保護する深雪。視えぬ力場で保護されたエリカ。10mはあろうかという高さからの激突死を回避した後に、スライディングするように移動して落着するエリカを受け止めたレオ。

 

 

「エリカ! おいしっかりしろ!!」

 

「だ、大丈夫……あー……ここまでやられるなんて少し見縊っていたわよ……」

 

 

 レオの呼び掛けと身体を貸してもらいながら、立ち上がるエリカ。アーマースーツの保護機能ありでも砕けた脇腹がとんでもないことになっているのに気付く。

すぐさま深雪が治癒魔法を掛けるが、時間としてどこまで持つか……。時間稼ぎをしなければならない。

 

 

「どうして、そこまで―――魔法師を憎めるんだ? あなたの義弟に起こったことは不幸なものだった。けれど、普通の人々と我々魔法師は共存していけるはずだ!」

 

 

 ブランシュの背後に大亜や新ソ連のような社会主義国家が存在しているのは、誰もが知っていることだ。十文字会頭とて知ってはいたはずだ。

 

 だが目の前の男が、ここまでの力を求めて戦いに挑む理由が分からないでいた。力だけを求めるならば、いくらでも方法はあったはずだ。なのに……。

 

 

『全てが憎んでいるわけではないよ。羨んでいる人間もいた。ここの構成員には魔法技能を持った人間もいた。しかし社会は、無情なるかな……彼らの嘆きを理解しようとはしなかった。現に魔法科高校では一科二科の違い……社会の縮図だ。持つ者は持たざる者の気持ちを理解出来ない。超越出来るもの、優れたるものだけが尊ばれる制度ならば、最初っから全員をそう作れば良かったんだ』

 

「お前が誰かの嘆きを聞いたというのか?」

 

『……さぁね。人類が全員『目覚め』られない力だというのならば、それは少なからず軋轢を生む。それに対して言葉ではなく『力』で黙らせてきたのも、君達だ。君達の生存権を守る為ならば、どんな手段を取っても構わないという態度は―――いずれ『人類悪』を生み出す……』

 

 

 その言葉に一瞬、誰もが瞠目する。何故この男がそのようなことを知っているのだ……。

 

 

『ニューヨークに現れた『ビースト』。『シスター・アルトマ』は、真に人類と魔法師が融和することを願った『聖女』だった……しかし、そんな彼女でも―――、結局……己の身の運命からは逃れられなかったな』

 

「……知り合いか?」

 

『彼女の絶望を体感する前に、彼女と同じような力が欲しかった。魔法師を憎み、そして『人類を愛する』が故に発現する力……それを以て全能を体感すれば―――』

 

 

 支離滅裂な言葉だ。もしかしたらば、この男も色々あったのかもしれない。

 

 色々ありすぎて、当初の目的も喪失。あるいは、それすらもマナカによって操られているのか……。

 

 ただブレないものも見えた。

 

 

『小さい頃から夢見ていたこともあるのさ。フィクションの小説や少年漫画のような主人公になって全能に近い力で世界を救ってみたい……色んな人を救える『魔法使い』になりたいとね』

 

 

 この世界は、何かを『違えた』かのように異能力が世間に認知されて、更に言えばその力が俗世を騒がすことも多い……。

 

 もしかしたらば、『魔法』が『認知』されなかった世界というのは……もう少し穏やかだったのだろうか?

 人類は、人種民族や思想宗教の違い、国家間のパワーゲームあれども、多くの人々は……人の中に違う『人』を作り上げることせずに……社会は少し違っていたのかもしれない。

 

 

「だが、この『世界』は『異能力』(まほう)を手にすることに決めたんだ。その結果、生み出されたのが俺たちならば、その絶望も何でも呑み込んで生きていくしかない」

 

「司波……」

 

 

 超人として逃げない道。もしかしたらば、遠い遠い……未来世界において『魔法師』などというのは居なくなり、いま目の前の司一のような獣と人間の混成のような存在が地球の支配者になっているのかもしれない。

 

 その時に、魔法師と非魔法師の違いなど些細になっているのかもしれない。『人類』と『人類では無いもの』の違いになるかもしれない。

 遠い未来に確たる約束は出来ない。けれども生み出されたものからは逃げない。

 

 持ってしまったものとは、受け入れて生きていくしかない。その強さをそうでない人にまで押しつけない。けれど理解してくれるように、少しでも分かってくれるように……『言葉』を尽くす。

 

 

「今の魔法師達は、刹那や幹比古みたいに『呪文』を唱えることを忘れて、『言葉』の大事さを忘れてるのかもな。だから―――アンタを止める。アンタが求めた力を全て―――俺は、俺の『魔法』で否定しなければならないからな」

 

『そうか……ならば、その『魔法』で―――僕を止めてみせろ!!!!』

 

 

 思念で全員に伝える。自分の魔法でこの男を狂気から解放すると、力を求めながらも力を嫌悪する男……これから生きていけば、『こういうの』と達也は再び会うのかもしれない。だから―――殺すことで英雄になんてさせない。

 

 

(大叔父さまの封印が解けているの?……)

 

 

 兄の『封印』が解けつつある原因に宝石を扱う魔『宝』使いを思い出した深雪だが、今は達也が指示した内容を実行せねばならない。

 

 殺すことは、この男を『殉教の英雄』にするだけだ。困難だとしても、やらなければいけない。

 

 

「やれるかよ。エリカ?」

 

「達也君の直々のオーダーだもの。やんなきゃね……」

 

 

 治癒魔法が効かなくなりつつあるものの、2人は再びの接近戦を挑むことになる。会話は終わり―――死闘の再開。その時には会頭も迷いを振り切って杖を放つ。肉体の駆動するままに仁王は、同輩の兄を打とうと杖が爪と穿ちあう。

その苛烈極まる攻撃の応酬の間隙を縫って、七草会長が魔弾を放つ。同じく迷いを振り切ったのか苛烈なまでの数と魔力の密度にたまらず司一も逃げる。逃げた先にはエリカとレオ。

 

 

 隻腕の獣人に対して再びの剣戟と拳撃。それを前に吼える。吼えたことで、魔力が引きはがされようとする。キャストジャミングどころか『ディスペルウェポン』も同然の力を前にしても―――。

 

 

「!!!」

 

 

 振るった大太刀が、それらの『吼え声』を切り裂いたことで、前に出たレオが硬化した拳と硬化した身体を使って拳打を放つ。

 

 刹那ほど鋭くは無い。しかし重く重く身体の芯に響く攻撃が―――達也の見えているものを鮮明にしていく。

 

 

『魔法師が総力を挙げて、ちんけでゴミみたいな僕を殺しにかかるか、ぐぅ……いいだろう。アルトマを殺したものとは違うだろうが!! もっと打ってこい!! その力で僕を殺して見せろ!!』

 

 

 気合いが違うな。同時に……終着も視えつつある。最後まで人の姿―――人としての戦い方を捨てきれない獣人の攻撃は、決して浅くは無い傷を三人に与えて、発生する衝撃波で七草会長を痛めつける。

 

 だが真なる意味で獣の戦い方が出来れば、自分達は―――……。

 

 

「深雪。頼む」

 

「はい――――――――」

 

 

 兄が限界を超えて『視る』ことで全てを終わらせるというのならば、自分とてキャストジャミング程度の干渉力に弾かれて魔法が効かないなどということを甘えで容認しない。

 

 

 凍てつかせる。絶対に――――相手を凍てつかせる。確かに自分達は人間ではないのかもしれない。

 

『十の研究所』の実験体たちが人間の皮をかぶっているだけなのかもしれない……けれど―――。

 

 

(過ちであろうと、受け入れていかなきゃ前に進めない)

 

 

 かつて自分もまた兄を『人間』ではないと、『道具』と思っていたのだ。感情の無い兄を気味悪く思い、冷遇して―――けれど、そんな自分を『封印』されたとはいえただ一つの感情で守ってくれていた兄。

 

 嬉しくて、悲しくて、けれどやっぱり嬉しかった。だから……今は兄の助けになりたいのだ。

 

 

「―――凍てつけ! あなたの想いは間違いでなくても!! 私達は珊瑚礁に生きる魚類であって、決して珊瑚礁の一部ではないのです!!!」

 

『コブダイのつもりか―――!! ならば、その想い実現させてみせよ!!!』

 

 

 教養ある人。こんな人が教師であったならば―――あの『沖縄』で見たものの美しさも理解してくれたのかもしれない。

 

 足先が凍りつき床に縫い付けられた司一……。それを達也は詳細に見た。視えぬものを視る。視えているはずだったのに視えないものを見る。

 

 

(世界を壊す力か……)

 

 

 もしかしたらば、自分の能力は―――……このためにあったのかもしれない。魔法式どころではなくエイドスの情報それら全てを解き解す力。

 

 達也には、司一にある『呪い』(まほう)の全てが見えた。

 

 視えたのならば、やることは一つ。

 

 解き放たれる『術式解散』(グラム・ディスパーション)。魔弾が飛び――――『ツカサ・ハジメ』は、完全に『消去』された。

 

 

「「「「…………」」」」

 

 

 誰もが沈黙するほどに、戦いの終わりは、呆気なかった。呆気なくていなくなった『ツカサ・ハジメ』の姿から緊張を解いていたが―――。

 

 

 奥間からとんでもない圧力が飛んできた。サイオンの乱流と強烈なプレッシャーが、どうやって作ったのか分からぬ頑丈な門扉を揺らしていた。

 

 

「失念していたが、刹那は成功したのか?」

 

 

 プランとしては上出来。結局の所、沙条愛華を倒す役目は刹那だけであった。刹那からすれば、『魔法師達を巻き込みかねない戦いでは『本気』を出せない』として、同時に沙条愛華が本気を出せば、こんな神殿など諸共に吹き飛ばすだけの力はある。

 

 即ち、安全地帯など無いのだ。そう告げる刹那の言に反発するものが居なかったわけではないが、こと直接の手合せをして分かったことがある。

 

 

 あの少女はモンスターなのだと……。そう分かっていたからこそ、刹那が失敗すれば今度こそ終わりであろうと思えた。いざとなれば達也もとっておきを出す所存ではあったが――――。

 

 そんな心とは真逆にとでも言えばいいのか、鉄ではなく何かの合金の扉が盛大に割れた。

中から何かがやってくる。扉はその溢れ出るものの波によって砕かれたのだ。

 

 有体に言えば、ものが詰まり過ぎたがゆえに破裂する袋の如く、倒壊する物置の如く―――。そこからいの一番に飛び出してきたのは、血塗れになりながらも半身を失った沙条愛華……姿は少しばかり大人……自分達ハイティーン程度になっているだろうかというのに代わり翡翠のドレスに混ざる紅が何かの化粧のようにも見える。

 

 焦っている―――表情から彼女は窮地に至っているのだと気付き、そんな彼女を倒すべく―――『七人ほどの古めかしい衣装』の男女が混合で出てきて、その後に一高で見た時と同じ格好の刹那とリーナが続く。

 

 

「マナカ!!! 君の行いは、許されてはいけないんだ!!」

 

「セイバァアアアアアア!!!!」

 

 

 金髪の美青年。白と青の意匠の鎧を纏いし『剣士』の言葉に『歓喜』の絶叫を上げる沙条愛華。

言葉と同時に斬りかかる青年の後を次いで、小豆色―――マゼンタともワインレッドとも言える衣装に鎧を身に着けたこれまたマゼンタの長髪の美女が、槍をかざして襲いかかる。

 

 達人と達人の技の応酬、決して互いの意図を通じあわせたわけではないのに、武技の限りはこの上ない殺劇として見るものを魅了する。

 

 

 しかし――――こと此処に至って、マナカは決意した。『セカイ』から出た七騎の現界はいずれ終わる。ならば、その前に目の前の金髪の王子を我が支配下に加えるのみだ。

 

 もはや彼の意思など何とでも縛ってしまえばいい。彼の望みを叶えるのはそれからでもいいはずだ。例え血塗れの人類史の末であっても―――。

 

 

「!!! リーナ!!!」

 

何かに気付いたらしき刹那の言葉。それは正しく警告だと理解したリーナは、『戦乙女』の衣装で飛びながら達也たちの付近に飛んでいく。

 

 

「ええ、みんなここから出て! 退避よ!!!」

 

「―――全員、ここから出るぞ!! 千葉は俺が担ぐ! 司波の背中で無くて申し訳ないがな」

 

「き、気遣いどうもです……十文字会頭」

 

 

 一番の重傷人であるエリカが茫然とするほどには、まだ戦いを見ていたかったのだが、明確な危険ではない。本能的な直観で会頭が先導して神殿を出ていく。

 

 殿となったリーナが後ろを気にした時に、神殿全体が鳴動する。

神殿となっていた上書きが剥がれて廃工場の姿が見えつつある。その場所にて……けたたましい哄笑を上げるマナカと対峙する刹那と七人の『人間』たち。

この場に吉田幹比古がいれば、その人間達の『正体』も若干、掴めていたかもしれないが、それはなく『変化した眼』を持つ達也には、膨大なサイオンを内蔵してそれらが全て肉体を構成する魔法式に準じている……。

そういった存在そのものが『魔法』としか言えないものに見えて―――それを結論付けた時に―――神殿の崩落は始まって、達也は深雪を守ることだけに専念するしかなくなるのだった……。

 

 

 



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第36話『魔法戦争――結』

最後は少しお涙ちょうだいであり、こんなのマナカじゃねぇ。と思いますが、まぁ何かあれば一言よろしくお願いします。




 ―――崩落していく城にて刹那は、最後の戦いに挑む。

 

 

「ぐっ! ああっ!!―――すまないマスター! 後は頼む!!」

 

 

 ライダークラスの『霊基』が消え去り、欠けた足はこれで五つ……。何たる存在だ。とランサークラスの『霊基』は考える。

 

 

(こちらの一勝二敗でいい。あちらの怪物にマスターの刃が届けば、私と『アルトゥールス』の命如き……)

 

 

 幾らでもくれてやる。無数の槍を召喚。相手を串刺す刺突であり投擲を浴びせるが桁違いの魔力が神秘のルールを無視して槍を封殺しきる。

 

 

 だが、そこで瞠目しないのも戦士たる女の役目。2本の真紅の槍を振るい絢爛練武たる様を魔術師に放つ。腕の一振り、呼吸一つとっても神秘を孕んだ呪いとなるおぞましき化物(けもの)

 

 闘士であり魔女の攻撃が、遂に桁違いの魔力で編まれた防御障壁を破った時に、童女の眼を刺し貫いた時に、同時に―――触腕の如き魔力刃が、心臓を、霊基を貫いていた。

 

 大地に蟠るそれから出たものがランサーを終わらせようとする前に……。

 

 

「最後の―――悪あがきだ!! お前に―――」

 

 

 口から迸った鮮血を指に着けて、哄笑する女の身体に最大級の『文字』を刻印する。世界の摂理に反発する『不死』の存在すらも『死なせる』ものだと分かっているかどうかは知らない。

 

 だが、それでもここまでだとして、魔力に還元されていく己の身……座に帰ることを強要されるのだった。

 

 

「セツナ! 指示を!!!」

 

「聖剣の王アーサー!! 汝が聖剣の輝きを解除する!!!」

 

 

 剣士の剣を作り上げた魔術師は、その剣に掛けられた12の拘束を解除する。黄金の輝きを携える剣士は魔女に相対する。

 

 崩落するステージで童女は望みの相手とのダンスに興じる気持ちだろう。意中の相手が、ようやく自分だけを見てくれている事の歓喜を感じながらも―――。

 

 

(俺を忘れられては困るんだけどな!!)

 

 

 幹比古が残してくれた『竜の魔力』は、まだここに存在している。古式魔法師として今まで腐らずにやってきた修練の成果が出ている渾身の魔力を感じる。

 

 この時の為に、この一撃の為に―――あったわけではないが、使わぬ手は無い。達也の破壊の魔力、深雪の凍てつくような魔力、十文字会頭の硬い岩のような魔力……この場で戦った戦士達のサイオンを利用して『陣地』を作り上げた。

 

 

 題を付けるならば、とどめの時……とでも呼ぶべき渦中の舞台を整えた。セイバーのプランは明確だ。

 

 沙条の失われた左半身の死角、左目もランサーの槍で封じられたままだ。左を狙って剣を振るう―――ように見せかけて寸でで右に斬り返す絶技。

 

 体幹がどうなっているんだと言いたくなる絶技―――沙条でも難儀するほどの魔力量。竜の炉心とでも言うべきものから発せられるものが、特大の豪撃として振るわれる。

 

 先程から落ちてくる建材……廃工場のものが堕ちてくる様子の中、聖剣の王と魔女のダンスは続く。

 

 

「やはり欲しいわ。アナタの身体。アナタの心。アナタの魂の一滴にいたるまで、私が慈しみ! 愛したい!! それだけなのに!!!」

 

「君の愛は僕には重すぎる。そして君が世界を壊すならば、僕はそれを否定しなければならない」

 

「アナタの為なのに!!!」

 

「それでも―――僕は、ブリテンの民の為に!! 世界全てを壊す願いだけは抱けないんだ!!!」

 

 

 地上に在りし誰もがか弱き人であり、決して神ではない―――。ローマの剣帝。己を地上の神と名乗った男との問答を思い出す。

 

 魔術師が神を自称していた時代の人間と同じなのがマナカであり、その本質が魔王のそれとなるのならば……セイバーは斬り捨てなければならない。

 

 

(君だけはそうなるなよ。セツナ―――)

 

 

 分かっていると言わんばかりのマスターからの決意の魔力がセイバーを循環させる。現界出来るのも残りわずかだろう。ならば、ここで決める。

 

 セイバーにある赤き聖龍が吼え猛り、マナカを魔術師の作った檻の中に叩き込んだ。仕掛けていた刹那の術が結実すると同時に―――。

 

 セイバーは轟音を抜ける。

 

 

「竜属性の封印術……! ちゃちな術式だけど!!」

 

「約束された―――」

 

 

 聖剣の輝きが空中で囚われた魔女に振るわれる。その未来を見た瞬間―――。

 

 

「―――勝利の剣!!!」

 

 

 ―――『エクスカリバー』の輝きが八王子上空に黄金の柱を作り上げてその威力は大気圏を超えて、宇宙(ソラ)に届かんとする永遠の王の叫びであった。

 

『振り上げた』聖剣の一撃は、誰もに勝利を感じさせるものだ。

 

 

 そしてその聖剣の魔力を受けて廃工場は完全に倒壊をして周辺住民たちはその時には、避難完了していたが、舞い上がる粉塵と煙に辟易するだろうことは容易に分かった。

 

 

 しかし……これで生きていれば―――……。

 

 何かに気付いたのかリーナが飛行魔法を行使して飛んでいく。その急ぎの様子は―――緊急を感じさせていた。

 

 

「会頭。自分も行きます」

 

「千葉の看護要員以外は行くべきだろう。事態の最終局面ぐらいは見届けんとな」

 

 

 そうしてエリカ、レオ、真由美を安全圏に置いて本格的な廃墟と化した廃工場へと達也たちは向かう。

 

 

 膨大なサイオンの消費された『匂い』が達也たちの鼻孔を刺激して、同時に焼け焦げた匂いが実際に、自分達の鼻を突く。

 

 

 あてずっぽうな駆け出しであったが、自分達が戦っていた辺りだろうと赴くと、そこには―――やはり……。

 

 

「刹那!!」

 

「来るな」

 

 

 強くは無いが鋭い言葉で制されて、状況を見ると土煙で少しもうもうとしている中に、もはや生きている訳がないはずの少女……体中が穴だらけの炭化している様子に誰もが驚く。

 

 

「ウソでしょ……あの『黄金の剣』の一撃を受けて、生きているなんて―――」

 

「竜の封印術を使ったのは間違いだったわね。あんたの術式を反転させて『盾』にするのが少し遅れれば、『彼』の手で殺されていたわ」

 

「いっそ死んでしまえばよかったのにな……けれど、『回りくどい』……」

 

 

 驚くリーナに対する説明ではないが、トリックを明かす沙条……そして、そんな沙条のサイオン溢れる様子とは別に刹那はすっからかんのようだ。

 

 

「セツナに何かしてみなさいよ!! アンタを殺してやるわよ!!」

 

「―――その時はアナタ達から殺すだけよ……さてと、実験は成功。彼は居なくなったとはいえ―――遠坂刹那……必要なのは、『座』から呼び出せるその身体。いざとなれば、脳髄を移し替えてやればいいだけだわ……」

 

 

 涙を溜めて魔女を睨みつけるリーナに対して魔眼の拘束、同時に達也たちも縛られた。あそこまでダメージを負いながら、まだここまで出来るのか―――魔眼の拘束を外すべく誰もが、サイオンを流して対抗する。

 

 もはや動けずに―――残っていた壁に体重を預けている刹那が反撃のチャンスを生むには、数手必要なのだが、その数手の間に沙条は何かをするはずだ。

 

 

「絶望の中で―――我が血肉となりなさい!!『魔法使い』!!」

 

 

 ダッシュで駆けだす沙条愛華。その速力もまた尋常ではなく9mほどの距離を一瞬で詰めようとした時、その狭間にある豪奢かつ巨大なエイドスを蓄えたレリックだろう剣を取ろうとした時に―――。

 

 

 ―――『トレース、オン』――――。

 

 

 そんな言葉が聞こえた気がした。気がしただけで、実際に誰の耳にも届いていないのだが、そうとしか言えない言葉が聞こえた時に音速の―――人間では知覚できない速度。そしてそれに違わぬ威力と質量を携えたものが飛来。

 

 

 横合いから沙条愛華を貫き吹き飛ばされる様子。完全な奇襲であり不意打ちは決まり―――飛んできた『矢』は、貫いた魔女の肉体を急速に腐らせていく様子だ。

 

 

「ば、ばかな……い、いるわけがない!! ごはっ……なんで、なんで! ……!?」

 

 

 矢は狙いすましたかのように、沙条を吹き飛ばしてダメージの限りを与えると同時に無事な腕で取ろうとしていた聖剣を刹那の寄り掛る壁に突きたてていた。

 

 

 その時に、聖剣の王―――『アーサー・ペンドラゴン』が残してくれた聖剣の魔力が、再びの駆動をさせる。肉体は既にボロボロ、眠っている魔術回路を叩き起こしても出来ることなど限られている。

 

 それでも前に進めるならば動け、仕留めなければならない存在がいる。明日に進むためにも残してはいけないのだ。

 

 

 邪悪ではないだろう。悪逆でもないだろう。それでも人の世を終わらせるわけにいかないのならば、過去の因縁に決着を着けるのならば―――。

 刹那は聖剣を壁から抜き取って一閃。駆けだして逃げ出そうとした少女、もはやろくな魔術行使すら出来ないだろうが、それでも魔力の触腕を背後から繰り出してくる少女―――。

 

 

 それらを切り裂き、なけなしの魔力……いや、リーナとの繋がりで駆動した己の身体。その身体の動きが精彩を取り戻していき、触腕を排除して恐怖した少女にして魔女。吸血鬼にして魔術師―――。

 

 エルメロイ教室の『姉弟子』の『姉』。

 自分とて知らなかった関係ではない相手を殺すべく、聖剣は少女の心臓を真ん中から貫いていた。

 

 何の感触も無い位に柔らかな女の体に刃を突きたてる感覚に背筋が粟立ちながらも、ランサー……スカサハが残してくれた『死のルーン』が発動。

 

外法魔法師の運命は―――この時、決まった。血反吐を吐き、鬼のような形相でもするかと思えば、その表情はどことなく悲しそうなものに見えた…。

 

 

「なんでよぉ……なんでよぉおお!! わたしは欲しかった!! ただ人間らしく熱を持てる存在が欲しかった!! 

 生まれた時から世の全てが見えて、全てがくだらなく見えて、必死に生きている人間のようにいつか自分にも何か出来ると思って―――それでも家族が大事だと思いたくて、死んでしまったお母さんのためにも―――まともになりたくて、まともになりたくて、

 けれどけれど……何でもできることが詰まらなくて、そんな私が初めて得た感情も情動も全て―――みんなの……邪魔になるからそんなもの(ユメ)を持つな。なんて―――あんまり、よ。全能なんか欲しくなかった……」

 

 

 子供のように幼子の駄々のように泣き叫び、己の願望を吐露する少女の姿に―――刹那は己を重ねてしまう。

 

 だから『全能』の存在に、気付いていないことを告げるのであった……。

 

 

「ああ、その気持ちは分からなくもないよ……。けれども、それは、もう持っているはずなんだよ……」

 

「………何を―――」

 

「アンタが、なんでこんな大規模なことをしたのか、正直―――不可解だったが、いま……本当に分かった。マイスター・マナカ、アンタは俺に『勝ちたかった』だけなんじゃないか?」

 

 

 その言葉に眼を見開いて、こちらをようやく見る眼は―――どことなく『アヤカ』さんに似ているものだった。

 

 

「アンタほどの全能者が、わざわざ宣戦布告のような真似をしたり、回りくどいことをしてまで第一高校ごと戦いに挑んだのか、全然分からなかった。その気になれば、一高の人間達を支配してそのまま贄にすることも出来たはずなのに……『アーサー』の召喚だって、俺がいなくても何とかなったはずなのに」

 

 

 マナこそ薄いが、その気になれば、星界にある魔力も得た上で、アーサーを召喚する手筈も整えられたのだ。無論、成功率は低いだろうが……。

 

 万全を期したいというのならば、準備がある。などなど……不安要素はあれども階梯を上げるというのならば、少しの失敗に眼を瞑ってでも実行するべきだった。

 

 魔術師ならば失敗してでも、そこから何かを学ぶ。永遠の徒労だ。

 

 成功率を上げたとしてもどうなるかなんて分からないのだから、万全にして万能であっても―――どうにもならないものだ。

 

 

「アーサーが、欲しいというのならば、真正面からまずは『俺に頼み込むべき』だった。ああ、ある意味、千代田先輩の言は正しいな。けれど断られるかもしれないから、と逃げて、こんなことまでして、あんたのエゴを押し通すのならば、せめて俺に一度頼み込むべきだった。卑しい願いだとしても、それぐらいは叶えてやるよ。ただ『卑しい』と思っていたから、アンタは俺に正面から来なかったんだ」

 

「……嘘よ。そんなことあるわけない……私が、あなたが、星に逆らい、人類の延命にだけ力を貸すあなたが、私に手を貸すはずがないわ!!!」

 

「そうだな。そう考えて、『頼まなかった』。それは『自分が負けていたから』―――『次』こそは勝ちたいからとして、勝って屈服させてから『アーサー』を……だから俺に挑んできたんだな」

 

 

 力なく垂れ下がっていた腕が持ち上がり、残っていた腕―――もはや半ばから消失した手を握りしめて、苦笑をしている『愛華』さん。

 

 アヤカさんは、言っていた。『お姉ちゃんを負かす相手がいれば違ったはずなんだよね』。けれど……それは無かった上で、ここまでの災厄が起こったんだ。

 

 いや、その事を認識できていなかった……彼女が熱を持ち、摩擦を起こすほどに立ちはだかる壁は、自分だったのだ。

 

 

「悔しいわ……そんな単純なことにも―――気付けなかったなんて、未来視を封印して、いつか自分にも『その時』がやって来ると、分かっていたのに、視たのに……それが『この場面』だったなんてね……」

 

「………」

 

「けれども、なんでかしらね……ふと私の中に新たな感情があるわよ……『次こそは』『もう一度』―――うん、すごくいい感情だわ……魔術師として全能の私でも、不可能なこと、敗北する相手がいるなんてことを……知っていたのに、敗北の可能性で誰もが逃げていた中、それでも立ち向かってきたアナタの輝きは……本当は―――」

 

 

 欠けた穴を埋められた。そう言わんばかりの穏やかながらも『ガッツ』のある『眼』……アヤカさんに似ていた。覚悟を決めた時のあの人ほど勝てないものはないのだから―――それと同じものをこの人が持っていないわけがないのだ。

 

 

「悔しいけれども、もう終わりなのね……諦めないこと、凡庸で弱小で、どうしようもなく平凡なあの子の気持ちが、今ならば分かるわ……」

 

「俺も同じだったよ。そして、今回の勝利だって俺自身の力ばかりじゃない―――けれど、勝ちは勝ちだ。悪いが終わりだよ。愛華さん」

 

「ええ、私の負けね………今回は、大人しく滅んであげるわ……だけど、贖罪をしておく……一人『生かした』ところで、何の意味も無いかもしれないけどね……」

 

 

 苦笑しながらも行った魔術。聖剣の魔力で消滅の危機にある中、己の身に残っていた魔力を使用したことで、もはや存在維持の限界に達していた死徒の消滅が加速する……。

 

 

「それじゃね。トオサカ君―――アナタに関わったことが、私の最大の失敗だったわ―――この借りはいつか返すわ……」

 

 

 黒々とした『真エーテル』の細粒となって消え去る沙条愛華の姿―――言葉を信じなかったわけではないが、それでもこの世界から完全に消滅を果たしたことを確認した。

 

 

 血に塗れていた聖剣もまたあまりの破断に、存在できなくなり、魔力として消え去る。後に残ったのは、魔術戦で完全に崩壊した廃墟……土地の所有者も誰だか分からなくなっていたところだろうが、まぁとりあえず―――夕日を浴びて、考えるに……。

 

 

「一件落着といったところか?」

 

「それを判断するのは俺じゃないな……」

 

 

 アーマースーツの上半分を脱いでインナーシャツを見せている達也。対して刹那も聖骸布のコートを脱いで少しだけ脱力。

 

 廃墟と化した廃工場は一種の前衛芸術かのようにも見えるかもしれないが、ここがある意味、兵どもが夢の跡など誰が知ろうか……。

 

 

(タバコが吸いたい……)

 

 

 決して常用しているわけではないのだが、こうも立て続けにとんでもないことがあると、ストレスを吹き飛ばすために、吸っていたことが、たまにあるのだが……。

 

 流石は2090年代のニッポン、未来世界のこの島国において既に喫煙という習慣は消え去っていた。嫌煙権とかそう言うのは既に過去のものとなっていた。

 

 とはいえ、譲り受けた一箱の『煙龍』は工房に残してある。後でリーナに気付かれないように吸っておこうと思いつつ、残ったことに決着をつける。

 

 

「……何故、僕は生きているんだ?」

 

「さぁな。まぁすっかり達也たちは忘れていたが、俺の方で保護術をかけさせておいてもらったよ」

 

 

 恐らく達也の持つ『分解魔法』の極みで『遺伝子レベル』で融合していただろう獣の因子を『視て』から『消去』したのだろう。

 

 殺すつもりで放てば違うやり方もあっただろうに……しかし、その後で忘れるとは、こいつら薄情―――と思いつつ、片腕失いながらも起き上がったボロボロの姿の司一を見ておく。

 

 

「立ち上がれただけでも感謝しとくといいよ。達也の分解はあんたの『脊柱』をずたぼろにしていたからな。生命にとって、脳幹に繋がる唯一の接続体を修復したのは、沙条愛華だ……まぁ大人しくお縄につくことをお薦めしておく」

 

「何故、素直に殺してくれなかった……!?」

 

「達也の気紛れなんじゃないの?」

 

 

 頭を叩かれる。図星ではなくとも、正解でないわけでもない。そんなところか―――。

 

 

「僕は超能の力を得て、彼女の『絶望』を……なのに……」

 

 

 シスター・アルトマの信奉者。『人間主義者』たちの中でもビーストの先兵にならなかっただけ僥倖だろうが、殉教したかったのか……。

 

 

「もはや僕にとってすがるものはない……これからどうやって生きていけっていうんだよ!!!」

 

 

 絶叫しながらこちらを睨むブランシュのリーダー。多くの同志たちを生贄にしての最後が、これでは浮かばれないものもあるのだろうが……それでも、この男は生き残ったのだ。

 

 

「そんなことは自分で考えてくれ。生憎、説法を行えるほど徳が高くないんでね……だが、死にたいならば舌でもかみ切れば良かったんだ。それが出来ないのは、まだ生きていたい証拠だよ」

 

「……っ!!!」

 

「マイスター・沙条が癒したその身体を自愛して生きてくれ。精一杯生きてから死んでくれ……そして俺がアンタを羨むこともあるんだ。簡単に死ぬなよ」

 

 

 打ちひしがれる司一。一応、先輩の義兄なんだから、オブラートにという視線を受けながらも一団から離れて、夕日の近くに進みながら語る。

 

 

「立って歩け。前へ進め。後ろに置いてきたものばかり数えるな――――あんたには、『帰りを待つ人』(家族)がいるじゃないか」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、司一の嗚咽交じりの絶叫。その絆すら断たれているかもしれないことの後悔かもしれない。

 

 それでも、その言葉を聞いた時の、「キノ、ごめん……ごめんよぉおお……」という言葉に、少しだけ羨ましい想いがあった。

 

 

 適当な所に座り込みながら、やっぱり一本だけ吸うことにした工房から召喚した煙草に火を点けて煙を吸う。

 

 煙が目に染みて、どうしても涙が出ることを止められず、サイレンを鳴らしてパトカーがこちらにやってきた段でようやく背中に寄り添っていたリーナに気付くぐらいには……自分も参っていたことに気付くのだった。

 

 

 全ては終わりを迎えたのだった………。

 

 



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第一高校入学編~エピローグ~

というわけで長かった入学編も一端の終わり―――十師族会議は幕間という形で一話ですませないと思いながら……どうなるやらですね。


 ―――事件の波紋は大きかった。

 

 どれだけ大事(おおごと)にしたくなくても、八王子付近でテロリストと国防の要の一つとも言える魔法師の学舎が本格的な戦争を始めたのだ。

 連日マスコミは押しかけて、一高生徒がマスコミの取材を拒否したり答えたり、秘密裏に……顔出しなしの変声機ありで、証言したり、まずまず混乱は大きかった。

 

 しかし、そこは十師族の力なのか、『狼男』『蛇人間』などオカルトな存在も段々と口端に上らず大規模な戦闘痕に関しても、工事業者に多額の賃金を出すことで、それなりの幕引きを図った。

 本来ならば、ここまでのことが起これば、やはり文科省が出てきてもおかしくないのだが、魔法師教育というのは特殊であり、そこはシャットアウトされた点は大きい。

 

 だが、この『学校教育』という体裁を保つうえで、これらのことは色々な『しこり』になるだろうことは間違いない。

 一高全体で言えば、大きな『権力』が働き、体制の大幅な転換とはなりえなかった。

 

 

 生徒側からの視点では、呪いを食らった生徒達は全員回復に向かっている。森嶋を筆頭に風紀委員たちも復帰してきたが、若干の無力感を味わったらしく森川君のいつもの態度がないことが、やはりまだ呪いが続いているのではないかと誰もの疑念となった。

 

『沙条愛華』によって操られていた及び様々な強化を受けていた剣道部を筆頭とした面子。特に壬生紗耶香も元気を取り戻してきているらしい。

 

 司甲もまた元気になりつつあるが、ここでふとした疑問が、『官憲』の間で残ってしまう。

 

 

 ブランシュの日本支部には『邪眼』などの精神操作系の魔法を輸入していた形跡があったのだが、それらとは別の術理での精神操作を受けていた。

 

 逮捕された司一も、『自分がマインドコントロールしたのは一高の生徒』とは言うが、それに類するものが、見受けられず……そのこと、沙条の秘術を実証できず、更に言えば沙条愛華は、まがりなりにも現在の評価で『劣等生』とされてきた人間達を『正しい意味』で強化したのだ……。

 魔法師協会など欲の虫が疼きすぎる連中は、これらのテロリストに協力した生徒の罪を、司法取引で不問とすることで経過を見ることにした。

 

 その頃には例の『問題児』が、郷中教育をやって彼らを更に強力な魔法師とするだろうから……欲と打算の限りのことが、見受けられた。

 

 だが、甲先輩は自主退学するだろうと見られている。というより本人がそれを望んだ。理由はどうあれ、己が義兄のロクでもない活動を手助けしていたのだから。

 

 これから進むだろう一高の改革。その一人になれるはずの人材。形の上だけでなく本心から十文字など多くの生徒が引きとめたが―――。

 

 

「すまない」

 

 その一言で……決意は硬いのだと気付かされた全員は、それ以上は言えなかった。

 とはいえ母方の『大きな実家』が、彼に興味を持っているらしく、完全に魔法と切り離された生活が出来るわけでもないようだ。

 

 日本における反魔法師活動―――一番、過激なグループが沈黙したことはある意味、僥倖であった。

 彼らのスローガンが、害悪とまではいかなくても忌々しく思っていたグループは多いからだ。

 

 

「まぁそんなこんなで本当に目まぐるしい一か月だったな」

 

「本当よね。まだ十師族に対する報告義務が残っているけれど」

 

 

 横浜のシアター。席を予約してキャラメルがけのポップコーンを二人で喰いながら話すことは今後のことである。

 

 刹那とリーナが観覧予約した『ナッシング・マギクス』―――架空の2010年代を描いた話題作を楽しみにしながらも、いずれはこの辺にある『協会』に呼び出されることを憂鬱に思う。

 

 

「立場的には、俺たちはUSNAの魔法師なんだけどな。流石にあそこまで目立てば、どうしようもなくなるな」

 

「騒動に愛されてる人生ね。けれど、そういうのも楽しいわ―――セツナが死んじゃうかもしれないようなことはゴメンだけど……」

 

 あの時、冠位(グランド)クラスのマスターである愛華さんに言ってのけたリーナの言葉は嬉しくはあったが―――刹那としてはリーナが失われるようなことだけは嫌だった。

 

 

「ありがとう。俺の為に怒ってくれて」

 

「―――うん♪ すごく幸せ……」

 

 

 柔らかなベンチシートに腰掛けながら頭を寄せる。この柔らかさが自分が守りたいものだ……失いたくなくて、戦いから遠ざけることも考えたのに……。

 

 髪を撫でながら胸板に寄り掛られながら、そんな風に甘ったるい空気を出していたせいか―――。

 

 

「や、やっぱり! 魔法怪盗プリズマキッド最後の戦い~『水晶大蜘蛛大決戦』(クリスタルスパイダス)~にしようぜ!」

 

「戦車女 ~ヘカティックホイールに恋して~ を見ましょう!!」

 

「いやオレは女囚さくらが見たかったんだけど……」

 

「葉桜ロマンティック……」

 

 

 電子パネルを使って予約をする何人かが、ラブロマンスあるような作品を選択しつつある。とはいえ、『女囚さくら』はラブがあるのだろうか、何となく疑問に思いつつ、撫でていると開演まで20分前となる。

 

 席予約は完全に行われており、取り合いになるわけがないのだが……。

 

 

「少し花を摘みにいってくるわ」

 

「難しい言葉知ってるね。行ってらっしゃい」

 

 

 エチケットというもので、適当に手を上げて答える。二人掛けのソファーシート。片方にいた人間がいなくなると同時に、何となく弛緩した空気―――そこに気配が走った。

 

 強烈な圧力。以前に覚えたものでもある。そして二度と会いたくない存在でもあった……。

 

 

「となり、よろしいかしら?」

 

「……俺の彼女が戻って来るまでならば」

 

 

 リーナが戻ってきた頃にシアターに入る準備を整えておけばいい。別の女の匂いが付いたことで、変な勘繰りされるのは、嫌なのだが……。

 

 それでも、この相手を無下にも出来ないのは……この人からは『狐』の気配がするからだ。

 

 

「私の顔を覚えているかしら? セツナ・T・セイエイさんと呼んでもよろしい?」

 

「覚えてはいますよ。お久しぶりです。ですが、その名前で呼ばれるのは非常に迷惑です。ミス・ヨツバ―――」

 

 

 ここでの会話を誰が聞いてるかは分からないので遮音結界を張っておく。

 

 貴婦人と執事―――側に控えている老齢の人間の眼がこちらを見ているのを感じながらも、会話を続ける。

 

 

「あらごめんなさいね。けれど、私にとってアナタは、その名前でしかないのよ。まぁセツナさんと呼ばせてもらおうかしら?」

 

「ご自由に、それで何かご用件があるのでは?」

 

「せっかちね。私のような美女との会話をもう少し楽しんでもいいのよ」

 

 

 確かにミス・ヨツバ―――『四葉真夜』という女性はかなりの美しさだ。知るところによれば今年で齢45―――、『おbsn』のはずなのに、そんなけはいがいたたたた。

 

 

「硬いヒールで俺の足を踏まないでいただけますかね?」

 

「私も恩人の足を踏むような真似はしたくないのだけど、非常に失礼なプシオンを感じたものだから♪」

 

 

 この女、人工的なイノベイター(?)にでもなっているのか!? 恐ろしいほどのオーラに驚愕しつつ、貴婦人という割には胸元強調し過ぎな若作りおbsnからの話を聞く。

 

 

「ブランシュの一件は助かったわ。弘一さんが泡吹いて倒れているだろう様子を見ているだけでは、終わらなかったもの」

 

 

 あの後の事後処理に十師族。特に関東一円を守護する立場にある『七草』『十文字』の二家が、あれこれ奔走していたことは分かった。

 

 七草会長からは『ウチのたぬきおや……お父様が、あなたに会いたいって言っているんだけど……予定明けられる?』

 

 無理です。と言ってどうせならば十師族全員にあれこれ説明した方がいいと思えた。そういうことだ。

 

 そしてさも『おもしろいこと』のように、微笑を零す四葉真夜に対して、頭を痛める。

 

 

「―――『九校一堂に会する戦い』の前に、あなたは十の家の家長に会わされる―――味方は老師だけでは不足よ」

 

「別に俺はワンマンアーミーです。いつでもね。あんたらが無理に俺の秘術を求めるならば―――そん時は、綺羅星の如き『英傑』の『軍勢』が、邪悪なる魔法使いの野望を打ち砕く」

 

「そこまではしないわ。ただ……今後もあんなことが起こるならば、少しの事情説明をしてほしいだけよ。多分ね」

 

 

 会議の内容すら決まっていないとは、不和の極みなんだな。と思ってしまう。

 主に『昔の女』『昔の男』絡み……『痴話喧嘩は犬も食わないがあ奴らのは食えば内臓が腐るものだ』というジイサンの嘆きを思い出す。

 

 四葉と七草の対立はそこまでヒドイとは思っていなかった。

 まぁ時計塔に置き換えれば、法政科とやり合うこと多いミスティールとキメラの連中みたいなものなのだろう。

 

 

 そこに痴情の縺れ……泥沼である……。

 

 

「凄く不愉快なことを考えてるわね……全く、私はこれでも四葉の当主なのだけどね」

 

「その事に価値観を抱く人ばかりではないでしょう?」

 

「あなたは私を怖がらないのね」

 

「別に、怖がる必要も無いですしね。魔法を編む片手間にジミ・ヘンドリックス聞いてるようなババァは怖いですけど」

 

「どんな人と比較されてるのかしら……?」

 

「あとは、『無礼極まる極東のサルだ。義手の調子を確かめるついでに一つ揉んでやろう』とか言って乗馬鞭振るうような女も怖かったですね」

 

「……あなたの人生は苛烈ね……」

 

 

 苦笑いをして答える四葉女史に答えつつ考えるに、特にババァは怖かった。

 

『オレがお前の親父を指導できていれば、アイツは世界を切り裂く魔剣を作れたはずだぜ。しかも特別な魔力の素養も無く一振りするだけで、終末を齎す魔剣―――へっへっへ……正しく禁忌の沙汰。人の正気を試す正しく試練だぜ』

 

 違った意味で、親父が封印指定にされる原因を発見した瞬間だった。というかあの人こそが封印指定ではないかと思う。

 数多の封印指定が、『創造科』から出てくる原因を発見した瞬間でもあった。

 

 

「まぁいいわ。今日は再会の御挨拶しにきただけだから―――。数日中に画面越しだろうけど会うと思うけど、私の事は頼りにしていいわよ」

 

「あとが怖いです。特に未婚の女性にそこまであれこれ言われると」

 

「男娼にしようってわけじゃないんだけど、やはり世間はそう見るわよね……それじゃ後は老師のお孫さんとのデートを楽しんでらっしゃいセツナさん―――」

 

 

 その言葉を後にして、四葉真夜という女性は手を振りながら去っていく。後ろに就いた老齢の従者が一礼をしてから手持ちの端末を操作。

 

 結構な額が、振り込まれたのを確認して――――。

 

 

「……『母親』のつもりかよ……」

 

 嘆息するように、言ってから消え去った極東の魔王という名の若作りおbsnを『怖くは無いけど、やっぱり苦手』と結論付けるのだった。

 

そんな風にある意味、グッドなタイミングで戻ってきたリーナは、そこにあるものに勘付いた。

 

「なんかセツナから別の女の匂いがする……」

 

「魔女が会いに来ていたんだ。面倒な事に」

 

 言葉を聞いたその瞬間、腕に巻きつくリーナの力が少し強くなった気がする。アメリカでもヨツバは魔法師達にとって畏怖の対象であった。

 

 魔女という言葉で察したリーナの表情は不安げであった。

 

 

「いなくならないでね」

 

「大丈夫。リーナの隣が俺のいる場所だよ」

 

 

 見上げてくる少女の不安とは裏腹に、物語の上映が始まる。

 

 

 架空の2010年代から2020年代の日本の『どこか』で起こったと思わせる―――そこにて『魔法』の如き神秘の体験をした男女が『破滅』と『時間の壁』を乗り越える物語。

 

 その物語は―――とても『現実』に根差していた。

 

 隕石落下という、あり得ないようでいて、あり得るかもしれない予測不可能の『自然災害』、フィクションに根差したものだ。

 

 そして魔法でも出来ない人の意識の交換……それらを以て―――多くの人々を助けた男女がようやくお互いを知りあうものだ……。

 

 

「いい映画じゃないか」

 

「ええ、本当に」

 

 

 ひでぇ映画だ。とか言われたならば、チョイスを間違えた気分であったが、リーナも涙を拭っている様子に―――ああ、良かったと思いながら……。

 

 上映終了と同時に出た時には、それぞれのシアターから出てきた『いつもの面子』とばったり会って―――。

 

 

「「「デートか?」」」

 

「お前らと同じ」

 

 

 達也、レオ、幹比古に嘆息交じりの返答。リーナも女子の連れに、質問されたりして結局全員で会食となるのだった……別にいいけど……そんな日常も悪くないと思うぐらい、堕落した自分が―――すごく好きなのである。

 

 結論付けた刹那は、魔女からのお金で存分に豪勢な食事をするのだった―――。

 

 

 



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幕間1
『十師族対面』~毎度の話~


前回から少し工夫していましたが改行を少し圧縮しました。
一文ごとに二行開きは、どうなのかな?とか思いつつも、今までずるずる。ユーザーカスタマイズ可能なハーメルンだからこそその辺は融通してきましたが、まぁとりあえず何かあればどうぞお願いします。




 横浜にある日本魔法師協会――――その『応接室』に通された刹那は、正装してきてやはり正解だったと思った。

 まさか織田信長のように早着替えが出来るわけではないのだ。

 ラフに『かぶいた』格好でやってきて油断を誘う相手(マムシ)がいないわけでもないが、まぁともかく用意してきた資料を用いての確認。

 

 オンライン会議であるというのならば、音声だけで『モノリス』(石版)でも浮かべてやればいいのだが、サウンドオンリーではなく姿も見せる意味を無体に考えた。

 考えて無駄なことだと分かって、口頭による説明を全て終えると――――。

 

 

「以上です。何かご質問はありますか?」

 

 

 十師族―――この日本の魔法師の頂点にたっている君主(ロード)達を見て促したが、誰もが渋い顔だ。

 いやそうでない顔は、知り合いが大半といったところか、ミノルの父さんは苦笑。四葉家は何が面白いのか、口に手を当てて笑っていた。

 

 何を質問すればいいのか分からない顔をしているものが大半。そんな中―――サングラスを掛けた人が口を開いた。

 勇気ある行動を取ったのが会長の親父さんであることを刹那は理解していた。

 

 

『娘からも聞いていたが、俄かには信じられんことばかりだ……しかし、観測されたサイオンの波形と量といい、説明に何の『矛盾』もないのが如何ともしがたい』

 

「質問が不明瞭なんですが……ミスター?」

 

『ああ、すまない。しかし―――その世界の外側と繋がった存在が『無限の魔法力』を用いて、アーサー王を蘇らせて、更に言えばサクソン人によって駆逐されたブリテン島の民を守るために、大地の底に眠りある『黙示録の獣』を蘇らせて、人類史を焼却する……こんな荒唐無稽な話をまるっと信じろというのか君は?』

 

「しかし、映像記録でも確認済みですからね。信じてもらわなければどうしようもありません」

 

 

 そう。一高の討論会場であり、刹那の一大演説―――どこのアドルフだと言わんばかりのところに現れたサジョウマナカの言動や魔法能力に至るまでを、全て現代映像機器は取っていたのだ。

 

 莫大なサイオンによってレンズや映像が真っ白になるようなこともあったが、複合的な編集によって映し出された驚異の魔法師を見た人間達は合成でも何でもなく現実なのだと認識する。

 

(無理もないか。彼らは自分達こそが最強と疑わずに生きてきたんだものな)

 

 だが、無情なるかな。世界の外側から来た『違反者』からすれば、神秘の『定義』を知らず魔力を変なものに加工しているだけ、そうとしか見られていないのだろう。

 七草弘一という男性の気苦労を偲んでおく。

 

 関東の守護を任された男性にとって、ここまでの異常事態は想定外だったのだろう。四葉女史の言う通り、泡吹いて倒れたのかもしれない。

 

『ニューヨーククライシスを起こした存在……《人類悪》か、こんなものが出てきては俺たちに対処する術はあるのか?』

 

「誰が、そうなるかは分かりません―――ただ特徴の一つとして『ビースト』はある種の信奉を集めて、己の信仰者を集める傾向があります。カルト宗教の教祖などが主ですね。もちろん、実際に『奇蹟』を起こせるならば、『信仰者』は増えます。信仰が増えるということは、その存在が強固になるということ、世界を固定化させていき、人類を滅ぼす―――対策は、後手後手で動くしかない。そういうことです」

 

 

 日焼けをしたどこか豪快にして豪傑という言葉が当てはまるだろう男。実際に名前も相応しく一条剛毅という男性の質問に、そんな所で収めておきたかったが―――そこを責めるものもある。

 

 

『しかし、今でもニューヨークは健在だ。かなりの被害が出たが、復興しているし、何よりマンハッタン島に自由の女神像は健在だ……君達USNAの魔法師達はどうやって、これを退けたんだ?』

 

「そこは軍機に関わる事項であり、私も公言してはならないと米国政府より伝えられています―――」

 

「同じくワタシも、そのようになっています。ただ補足するならば、『言わない』のではなく『言えない』―――私達が『言える』のはここまでです」

 

 

 三矢元の言葉に即時に札が切られる。説明役を担っていた刹那をフォローするようにリーナが出てきて、補足という名の『切り札』が切られた。

 

 

『何故言えないんですか?』

「それを言ったら、『言えない理由』を言ったも同然になるので、言えません」

『……なるほど―――USNAも考えていますね』

『何か分かったのですか四葉殿?』

 

 四葉真夜の質問からの得心の言葉に、六塚温子が少し弾んだ声で質問をする。何か『百合の花』の香りがしてしまいそうだ。

 この二人が、どういう関係かは分からないのだが。

 

『この二人の帰属がいまだにUSNAにある以上、USNAの魔法師達が何かしらの言動を縛る術式を施術していてもおかしくは無いでしょう? つまり、二人には細かな『ギアス』が掛けられている―――そう察しますけど、いかが?』

 

 全員に自分の推測を披露する真夜の言葉に対して誰もが納得をして、同時に一言やり返す者もいる。

 

『流石は精神干渉の大家。人心の事に関しては人一倍敏感だな』

 

『お褒めに預かり光栄ですわ。七草殿』

 

『………』

 

 

 皮肉をあっさり躱されて、何だか悲しそうな顔をする七草弘一氏……いやサングラス越しでは、はっきりと分かるわけではないのだが……。

 

(会長もそうだけど、この人もめんどくさい『かまってちゃん』だな……)

 

『USNAの口封じはともかくとして、それにしても皆さん、このような未来ある若人に対してあまりにも無体ですね……少なくとも老師のお孫さん―――厳密には違うのでしょうが御親類と恋人が粉骨砕身して、破滅の時を回避してくれたというのに、秘術を求めんと喉からの手が見えますわよ?』

 

『まぁその通りだな。身贔屓かもしれんが、遠坂君の『秘術』は息子を癒してくれた……感謝と同時に、少しだけ悔しかったがな』

 

 

 光宣の親父さんは、あまり息子に関心が無い風だった。遅くに生まれた子だからかと思いつつ、そこまで踏み込むことはしなかった。

 だが、こうして本心を聞くと良い親父さんじゃないかと思うのだが……。

 

『今は、矛を収めておきませんか? まだ来日して日は浅く、お互いに信頼関係が無いのは当然。しかし合衆国も何の考えも無くこの二人を送り込んだわけではないでしょうし―――』

 

『では決を取ろう。各々、何かあるか?』

 

 

 十師族の『議決』というのは、大体において全会一致が好ましいが、まぁそれでも議決の停滞で重大事を決められないのを避けるために、多数決で通すこともある。

 議長役として今回、十文字家の十文字和樹が任命されたのは、本来の最年長としての議長役を務める光宣の親父さんでは当事者の片方に近すぎるからだろうか……。

 

 ともあれ、婆娑羅者……印象としては『武田信玄』か『赤松円心』を思わせる男性。会頭よりも厳つい人が、この場で自分達に対する魔法師全体の態度を決めるようだ。

 

 

『一条、異論無し―――息子の同い年に、君達がいてくれて嬉しい限りだ』

『二木、了承します』

『三矢、同じく。装備の調達で何か必要であれば言ってくれよ』

 

『五輪。了承です』

『六塚、受け入れます』

『……七草、同じく―――ただし、何か関東で起こす時には一報入れてくれ。出来ないならば、事後承諾も仕方ないが』

 

『八代、受け入れます』

『十文字、同じくだ。しかし、この歳で息子共々挑戦者か……血が沸く、血が沸く……』

 

 

 関東にいたからだろうか、七と十は一言多かった。一と三は、何というかワケが分からないというところだ。

 事情を知っていれば、まだ別だったのだろうが……まぁともあれ、事細かに説明したのは、あの戦いで直接戦闘をした八人と後方支援で重大な役目を担った幹比古と美月にであった。

 

 そこから情報が漏れるならば、まだ仕方ない。しかし上役に通すのは、この辺りでよかろうと思えた。

 数日前の『アーネンエルベ』での会話を思い出していたのだが……。

 

 

『ところで刹那さん。あなたご両親いらっしゃらないのよね?』

 

「? ええ、まぁ……保護者替わりはアメリカにいますけど―――それが何か? ミス・ヨツバ」

 

 

 唐突な四葉真夜からの質問、その言葉に七草弘一は眼を吊り上げる。恐らくあちら側にもあるモニターに見えている四葉真夜を見ている。その眼をもう少し穏やかにすればいいだろうに……。

 そんなことを思いつつ、次の言葉を待つ。プライベートで踏み込まれたくないとまではいかずとも、あまり無遠慮な振る舞いは嫌だな。と思っていたらば。

 

 

『―――『ウチ』の子にならない?』

 

 その言葉に十師族全員がどよめく。先程は、コイツ(刹那)に対する過干渉を禁じたくせに、それはルール違反だろうが。そういう意味合いの『どよめき』だ。

 

「……おっしゃっている意味が良く分からないのですが?」

 

『私の、四葉真夜の『息子』になりなさい。高圧的な言い方になってしまったけど、そういうことですよ。ごめんなさいね』

 

 

 茶目っ気ある笑みで返した四葉真夜は、すっ呆けた刹那に追い打ちをする。

 

 更にざわつく一同。一番に激昂したのは、七草師であった。机に拳を叩きつけた様子、あれでは拳を痛めたはずだが、怒りとか色んなもので痛みは今は無いのだろう。

 

 

『君は、何を言っているのか分かっているのか!? 先程は遠坂刹那に対して義理立てを申しておきながら、今度はその相手を身内に取り込もうという提案! 二枚舌すぎるぞ! 真夜!!』

 

『あら? 別に私は純粋に『先達』として、刹那君の身柄を案じている訳ですよ。不幸な事に私は他の師族の皆様方と違って『直系』の親族がいない。自分の血を継ぐ子供が出来ないことは、もはや折り合いを付けましたが……それでも私の大事にしてきたものを受け継いでくれる存在が欲しい……そう思うのは、魔法師以前に人間として、女として当然ではないですか? 弘一さんのように子だくさんな人には分かりませんわ』

 

 そこを、『四葉真夜』に突かれると、誰もが強くは出れない。分家の誰かに『四葉』を据えてもいいだろうが、と思いつつ、そういうことではなくて『自分の子供』が欲しいなどと言われれば、そこに幾ばくかの打算があれども、心ある人間としてそれを止める術も持たない。

 

『それに一条殿とて佐渡侵攻でおなくなりになられたご友人の子息を引き取ったとか?』

 

『確かに吉祥寺君、カーディナル・ジョージとは家族ぐるみの付き合いだ……それは否定できませんよ四葉殿』

 

 

 厳密には、保護者扱いであるのだが、そこを出されては剛毅としては、何も言えない。いや、それでも、この提案に真っ向から反対できるものは、いないのだ。

 

 何せ、魔法師というのはとにかく失われる時(戦時中)には失われる。それゆえにか子供を早めに作っておくという不文律もあるぐらいだ。

 その種の保存欲求ゆえにか、自分の娘が息子同然の男子に懸想しているのではないかとも考えている。

 

 

『老師の血縁。しかも一高ではトップクラスの少女と婚姻を結ばれるならば、それなりに箔も必要……そう下世話に考えることもあるはず。ならば早めに―――そう提案したのですが如何?』

 

『それはその言葉が、真実であった場合だけだ。お前が『椿家の未亡人』も同然の可能性とて残っているのだからな』

 

『!! それは下種の勘繰りというものじゃないかしら? その場合、どこからか『悪魔』が来て、私を糾弾するのだから、あなたにとっては痛快なはずでしょう?』

 

 怒り心頭なのだろう四葉真夜の激昂が七草弘一を貫く。言葉の前半では抑えていたのか頬が動く程度だったのに後半では、少し強い調子になる。

 

『君が傷ついて『俺』が何か満足するような性格だと思っているのか!?』

 

『裏で謀略をやっているようでいて『火遊び』の本質も知らないならば、さっさと手を引きなさいよ。あなたの仕事じゃないでしょうが!! 私のやること全てに反対してばかりで、目障りなのよ!』

 

 

 もしもモニターが、画面前にいる人間の感情や身振り手振りで拡大したり、縮小したりするようなものであれば、今頃二人の上と下にいる九島真言師と三矢元師は、『せ、せまい……』などと迫りくる画面の枠に押しつぶされているのではないかと思う。

 

 

 この二人の言い争いは日常茶飯事ではないが、それでもここまで激しい言い争いになるとは思っていなかったのか誰もが驚いている。

 しかし……二人の様子は―――まるで……過日の―――と思っていたらば、割り込みが入る。

 

『双方、矛を収めんか―――どれだけ正しいことを言っていたとしても、それを憎しみの魔力に乗せるならば、災いのプシオンとなりて、お前たちの舌を腐らせるぞ』

 

『『老師……』』

 

 

 いきなりな乱入者として真言師の横に現れたのは、既に部外者となっているはずのジジイ()であった。

 

 その言葉は『二人の弟子』を止めて、正気に戻した。画面越しでも二人の弟子を睨んでいるという視線に二人は少しの委縮をする。

 

 

『真夜、お主の気遣いは大変結構なものだが―――『一番』に、聞くべきことを失念している。そして私は特にアンジェリーナの婿がどのような人間であっても構わんと思っているのだからな』

 

『……申し訳ありませんでした……では改めて、刹那さん―――どうですか?私の提案を受け入れますか?』

 

「申し出はありがたいですが、もはや遠坂家の人間は俺一人なのです。あなたがた二十八家とは比べ物にならない『ちゃちな家』ですが、俺の代で遠坂家の歴史を途絶させたくはないのです」

 

 

 その真剣な言葉で四葉真夜の提案は退けられたが……、それでも娘がいるだけに娘婿にしたいという他家の視線を感じたのか―――。

 

「セツナ・トオサカは、ワタシの最愛のダーリンで将来の伴侶です!! これはもはや決まっているので!! 今後変な『シュウハ』を寄越さないように!!! お願いします!!!」

 

 刹那の腕を取って、必死になりながら難しい言葉を使ってでも所有物宣言をしたリーナに対して―――。

 

 

『若さってなんだ?』

『『振り向かないことさ(諦めないことさ)』』

 

『愛ってなんだ?』

『『ためらわないことさ(くやまないことさ)』』

 

 などと、一条師の言葉に対して四葉師と七草師とが答える。なんだこのやり取り……などと想いながらも、その言葉で、やっぱり終わってしまった。

 しかし、こちらとしても少しの爆弾を投げつけておきたい。やり返したいというタイミングで声を掛けられる。

 

『七草殿が激昂する前に断っておけば、いえ途中でも遮るようにアナタの意思を四葉殿に言えばよかったのに―――』

 

「いえ、結構『楽しそう』に見えたので『お邪魔』するのも悪いかと思いましたよ。六塚師」

 

 

 やはりどこか百合百合しい六塚温子の四葉に味方した言葉に『爆弾』を投げつけると、2人そろって咳払い―――気遣い出来なくて申し訳ありません。と心にもない言葉でやり返すと、四と七、六以外で忍び笑いが出てくる。

 

 そんな中、一番おっかない顔をしているのは―――、そんな『父親』の『男』としての顔を見て、暗い顔をして俯いている七草真由美であり、その隣で椅子に座りながらもびっしょり汗を掻いている十文字克人の苦労を偲んでおく。

 

 帯同者として来てくれていた二人を心配しつつも―――一先ずは、十師族との対面は終わるのだった。

 

 

 





今回のタイトルは、何がモチーフか気付く人は気付くものですが、この二人は『あれ』があった時に、姉が何かやる前に抱きしめあって愛を伝えた方が良かったんじゃないかとか、あれこれ考えつつ、そうであれば劣等生世界は無かったよなーという『毎度の話』ということです。


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『変革の先駆者』~ぼくのせんせいは~

というわけでプレオーフェンに寄ったタイトルを幕間に採用していこうと思います。

気付いた人がいるだろうかと不安に思いながら、これにて幕間は終了。

次話から九校戦に入ります。


 屋上にて適当に飲み物を呑みながらの雑談。相手は少し前に色々と聞いて聞かれた相手である。

 

 夕方になったが四月とは違い、少し暖かい五月―――司波達也との話題は、数日前の十師族との対面であった。

 

 

「成程―――、『叔母上』が迷惑掛けたな」

 

「気にせず。というわけではないが、本気なのかね? 俺を養子にしたいだなんて」

 

「半分は本気だろうさ。半分はあの人の優しさだろうな」

 

 

 嘘くさいというか言っている達也自身。そんなことを欠片も信じていないという口ぶりである。

 

 二人以外はいない空間。聞かれる心配のない会話を肴に将棋の駒を動かしあう。

 

 あの戦いの後に色々と聞かれたり聞いたりしている内に、結局、刹那とリーナの予想通り達也と深雪は、日本の魔法師の間でもアンタッチャブルである四葉の関係者であると認めた。

 そちらも、こちらをUSNAの間者と分かっていたのだから、イーブンであった。

 

 お互いの『帰属』においてどの程度の地位かはお互いに探らないことで手打ちとして、まずまず平穏な学園生活は取り戻せた。

 

 

「お前の魂魄消滅『魔法』―――『将星召喚』『英霊憑依』に関しては聞かれなかったのか?」

「言ったのか?」

「アーネンエルベで聞いたことは、みんな半信半疑だよ……しかし、『これ』を見せつけられたならばな」

 

 言って懐から『アサシン』のカード2枚を取り出した達也。応じるようにカレイドオニキスの『基部』。星型のCADとも見えるものを刹那も出す。

 

「無理やり、人に埋め込むことで神話・伝説・人類史に残る英雄たちの能力を引き出す。本来ならばカレイドステッキなどの高位魔術礼装を介しての『引き出し』でなければ、出来ないことなんだがな」

「そして、このカードもまた本来ならば、どうやって製造されたのか分からない……」

 

『全て』を明かしたわけではないが、沙条が求めたアーサーを召喚できる能力の説明として、そう説明するも―――幹比古は『とんでもないじゃないか』と言って理解を示していたのに現代魔法の使い手の大半は、そんなこと出来るのか、と疑問ばかりだった。

 何より昔の『英雄』が現れたところで、自分達の方が……という言葉は流石に憚られた。

 

 何せ、壬生紗耶香にとり憑いていたとされる立花道雪―――雷神殺しの逸話を持つ剣客の武技に現代魔法とのミックスで最強の剣の魔法師と呼ばれていた千葉家の次女はまともな攻防が出来なかった。

 

 

インストール(夢幻召喚)ってのは被験者の『センス』にもよるんだよな。大抵は己に掛けるものだから、そこまで引き出せないこともないんだけどな」

 

 どうやっているのかアサシンのカードの角を人差し指で球のように回している刹那の何気ない特技披露に、少しだけ練習しようかと思う達也だが―――。

 

「ともあれ、俺にとっての鬼札は、一種の『召喚魔術』(サモーニング)だよ。それを求めてあの女は、俺を狙いアーサーを貰いうけてアーサーに愛してもらおうと……そういうことだ」

 

「あれは、彼女の世迷言ではなかったというのか……そして今、お前は現代魔法系統では確実に『無いはず』のものを使役していることが分かったぞ」

 

 新たな魔法系統―――そう達也が言うぐらいに、『常識破り』(イレギュラー)のものである。ただの古式魔法というには、もはや看過できないほどの戦力……。

 

 あれから達也も調べてみたのだが、世界にかつていた英雄・英傑というのは、伝承通りならば恐ろしい能力を持っている。

 

 少しだけ見えたあの剣士と槍使いの動きも魔法師では再現できぬ運動能力である。

 かつて『身体強化』(フィジカルブースト)という術を使える『特異能力者』に暗殺の標的にされた際に見たものとは桁外れの運動能力。そして心筋が骨ごと歪みかねない膂力…。

 

 達也が一方的に脅威を覚えていると……。

 

 

「もっとも、制限なしで使えるものでもないんでね。第一、色々と副作用がある。ある意味、『魔法』みたいに『等価交換』の原則から外れたものでもないからな」

 

「それすらオレはウソかもしれないと思いながら、緊張するわけか……汎用性が高すぎるぞ刹那(メイガス)……!」

 

「生憎、俺はお前ほど一点突破型の能力者じゃないからな。いつか人呼んで『達也スペシャル』な技を見せてくれ」

 

 

 桂馬を走らせて笑みを浮かべた達也に対して歩を進路上におくことで妨害。ただの将棋の勝負なのに現実に即した対決。一進一退の―――いつかこいつとは雌雄を決するのではないかと思う。そんな予感を覚えながら―――。

 

 

 司波仲達也が陣を敷き、諸葛刹那もまた陣を敷き―――八陣図のような様で将棋を指していたのだが……。

 

 

「セツナ―――!! 時間よ!! 今日はあなたの晴れ舞台なんだからビシッ!と決めましょう!!」

 

「ビシッ!と、ガンドでも撃てばいいのか?」

 

「ちっがうわよ!!」

 

 

 屋上に入ってきた闖入者。アンジェリーナ・クドウ・シールズの言葉で、もうそんな時間かと気付く。

 

 リーナの次に入ってきた深雪の存在で、どうやらそれなりに手間を掛けさせていたようである。

 

 

 言葉を受けて準備に取り掛かるリーナが持ってきた赤黒の衣装セットを手に取り、手早く着込む。

 

 着込みながら、階段を下りていく姿は洒脱なものである。同時に夫を手助けするかのように脱いだ服を手にちゃんと畳むリーナ。

 

((夫婦か!?))

 

 

 下世話な感想を深雪と共に出しつつ、ようやくのことで『大講堂』に到着するのだった。

 

 

「黒スーツに赤いネクタイか……」

 

「一高の下が黒で助かったな。ともあれ受講するならば、いい質問を頼むぜ」

 

「ああ、思いっきり教師泣かせな質問してやるよ」

 

 

 既に放課後でありながら多くの生徒が大講堂に集まっていた。廿楽教官と栗井教官にアシスタントをお願いして必要なものは整えられていた。

 それにしても……栗井……ロマン先生は何者なのだろう。刹那に二つの疑問が生まれている。

 

 この世界に流れついたのが自分だけなのかどうか、もしくはここはあの世界の『違う姿』なのではないかという懸念。

 であれば、ロマン先生がどことなく訳知りなのも理解できる。しかし全容は教えてくれないだろう……。けれど信頼は出来る。

 直観であるが、あれは魔術師たちの『王』なのではないだろうかと思う……。

 

 

 もう一つ、刹那にとって疑問なのは、あの時―――絶体絶命の窮地に飛来した『ヒュドラの毒矢』である。

 矢自体は『錬金術』の限りであれば、作れなくもないものだ。問題は、それの錬成方法が『この世界』では不可能な点だ。

 

コボルト(狼妖)を利用した『腐銀』(コバルト)の副産物―――『狼銀矢』(シルバーファング)……錬金術の極みだが……)

 

 

 錬金の大家であるトミィ(十三束)にでも聞けば、何か分かるかもしれないが、いま考えることではない。

 

 今は教壇に立つことが求められている。アシスタントとして、リーナを伴い、そして達也と深雪も着席したことを確認すると入る。

 黒スーツの刹那が入り込むと同時に、緊張した空気。誰かが喉を呑み込む音が聞こえる。確かに拍手喝さいを望んでいたわけではないが……。

 

 

(おもしろい限りだな)

 

 

 三級講師として初登壇した際の先生の気持ちが分かる。どうせ何の期待もされない。

 受講生からすれば単位認定と、自分達では受講できない講座の代わりに興味本位で受けてみるか。そんな程度の、細々としたものだった。

 

 ある意味では『師匠殺し』という悪名も囁かれる彼の授業を受けたがる。もしくは受けざるを得ない人間など歴史の浅い家ばかり……。

 

 

 だが、それが話題になるまで時間はかからなかったのだ。(母・ルヴィア・ライネス・スヴィン談)

 ならば、いいだろう。俺こそがこの世界におけるエルメロイⅡ世の覇業の語り部―――マギカ・ディスクロージャーとなってやろう。

 

 厳かな音―――大講堂の床を踏んでいく音と共に登壇する。ここちよい限りだ。ここでありがたい話をする著名人や何かであれば拍手でも起こるかもしれないが、そんなものはいらない。

 

 二科生は画策していたが、そういうのは達也にやってやれというにとどまる。(達也も遠慮したがっていたが…)

 

 教壇に着くと同時に、テキストを開かず開口一番に言うこと―――。

 

 

「最初に言っておくが……『私』の授業が全てにおいて『栄達』『成功』の道を確約するものではない。その上で、この授業を受けに来ているものの中には、『私』の授業の『粗』(アラ)を見つけようと躍起になるものもいるだろう……」

 

 

 言葉で、何人かが緊張にさらされた。刹那は何も見ずにいったわけではない。この大講堂全てに『意』を張ることで『視線』としていたのだ。

 講師として、不良学生は見逃さんという態度も兼ねたそれであったが――――。

 

 

「その人間達は、いわば監査……!『私』の指導っぷりを厳しく見てくれるわけだな。おおいに結構! 私は大歓迎だ。忌憚のない意見やアドバイス及び、突っ込んだ質問を飛ばしてくれる。緊張感ある授業が出来るということだ」

 

 どこの鎖野郎だ。などと言いかねないが、それでもその言葉は、刹那の自信を表している。

 

 やれるものならば、やってみろ。という言葉に誰もが気持ちを引き締める。

 

 

「俺も未熟者ならばみんなも未熟者。自分がまだまだ修行の道半ばであることを思い知らせてくれるよ―――では、最初の授業を始める―――テキストの31ページを―――『魔力』で開いてみてくれ」

 

 

 刹那の言葉にざわっ、という音が響く。インカム型のマイクを使わず宝石を使った拡声器を使っている刹那はフリーハンドであることに拘った。

 聞き間違いではないことを察して、質問が飛んだ。

 

 最前列に陣取る『達也組』の斬りこみ隊長 千葉エリカからの質問だ。

 

「魔力でって、どういうことなの?」

 

「簡単に言えば、前に言った魔力のコントロールの初歩だよ。私が肉筆で書いたそのテキストは、全ページに魔力が籠る様になっている。即ち生ける魔導書だ。とはいえ言われてすぐできるとは限らんか、リーナ実践」

 

「はいはい♪ それじゃやらせてもらうわよ」

 

 

 エルメロイグリモア―――。教壇の上に縦置きしたものが段々と開かれていく。まるで実体無きゴーストがページを捲るかのように―――。

 

 何より、アンジェリーナ・クドウ・シールズと教壇の距離は離れていた。離れていたにも関わらず正確に31ページの32ページの見開きで止まっていた。

 

 

「達也、わかったな?」

 

「ああ、確実にリーナの放った『魔力』が、本を動かしたよ。しかし、これって―――色々と『細工』してあるんだろ?」

 

「コンクリートで四方を箱詰めされた上に深海にでも放り込まれたかのように『重い』だろうな。しかし、これも授業の一環だ。慣れない内は、時間は、かかるだろうが、私がテキストの何ページを開いてくれと言ったらば、まず『サイオン』で動かそうとしてくれ」

 

 続けていけば、恐らくかなりのコントロールになるはずだ。実際、現代魔法における『工程踏破』における物体の移動などにおいても意味はあるし、何より基礎力が着くはず。

 

 特に『魔力』の本質をレクチャーされていた二科生。事前授業では、2.3年も同じくやっていたことで、スムーズに行えた。

 一科もこの手の物体移動においては、得意な人間もいるにはいるのだが……四苦八苦するものもいるわけで……。

 

 

「ごめん! 平河さん。レクチャーを!! お願い!!」

 

「えっ!? う、うん! 分かったわ十三束君―――まずは手を出して」

 

 

 あの正門防衛戦にて何かしらで知り合ったのかトミィは、平河にレクチャーを請う。

 元々、そういう『放出系』の術式が苦手なトミィだけに、あっさりと降参して二科に教えを請いクリアーしていく。

 

 

「―――『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』だ。今後もこれらの魔力コントロールによるテキストオープンは続く以上、先だって教えた二科にまずは教えを請え」

 

 出来ない奴らは出来る奴から教えを請え―――そういう意味で言うと途端に席にバラつきが出てくる。一科は一科で、二科は二科で固まっていたのだろう。

 

 それを見た七草真由美は、これもまた目的かと思う。同時に達也の言う通り1000頁以上の重さもあり、中々に難儀することもある。

 

 

「考えたわね。ここまで二重三重の意図を持った策だったなんて……」

 

「それでも難儀するのも一科だな。遠坂曰く一科のだいたいの属性は『万能』ではあるものの、能力としては『有限』だから、サイオンの量に関わらず魔力のコントロールを覚えなければならないとのことだ」

 

 

 眼を閉じて出来うるだけ離れた状態からグリモアに魔力を通していく十文字。アンジェリーナほど軽快ではないがペラペラと動き、目的のページを開く。

 

 

「親父の『治療』にも役立つかもしれんな……」

「??」

 

 

 息を吐いた十文字克人の言葉を周りの喧騒で聞き逃してしまったが、ともあれ大方の全員が成功したことで―――着席が始まる。

 

これら(魔力操作)は『私』の授業に置いて必須とも言える。もしも、この時点で『意味が無い』と思えた人間は退席してかまわん――――誰もいないか。というかあんまり首を振るな。もげるぞ」

 

 もげねーよ。ぐらいの呆れたような苦笑の視線を浴びた刹那は、挑戦的な笑みを浮かべて授業を開始する。

 

 

 一言一言が呪文の如く多くの人間の耳と同時に体に往き渡り、難解なるテキストを噛み砕いたものを更に噛み砕いて説明する手際。

 

 質問の一つ一つに明朗な回答を返す。同時に適性の一つ一つを見て見聞する手際……。

 

 

 そこにもしも刹那の知る師匠 ロード・エルメロイⅡ世がいれば、苦虫を噛潰しながら葉巻を一本吸い尽くすぐらいの気分だったかもしれない。

 しかし、そのエルメロイⅡ世仕込みの授業に興味本位でやってきた人間が固定化していき、徐々に噂が噂を呼び学内の人間だけでなく、立ち見でもいいからと学外の人間まで呼び寄せる。

 

 

 魔法授業の『佛跳牆』(フャッチューション)にして『変革』(エヴォリューション)などと名誉何だか不名誉何だか分からぬ授業。

 

 ――――平穏を取り戻した五月の一高より始まった一週間に二回ほどしか放課後に開かれぬマジカル・レッスンから三か月……。

 

 

 全ての学生が、様々なもので色めき立っていく夏。魔法科高校の全学生のみならず、すでに社会に出た魔法師、魔法師志望の人間達が甲子園の球児よりも熱くなれる季節がやってくる。

 

 

 全国魔法科高校親善魔法競技大会―――通称『九校戦』の開始は近づきつつあった……。

 

 



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九校戦編~~Second order‐Blades~~
第37話『九が始まる前―――試験の後―――』


というわけで九校戦を素直に始める前に様々な変化を描写。

一応ロストゼロではバトル・ボード(模したイベントですが)だけならば、色んなキャラがやっていたりするんですよね。

そんなわけで、どうぞ。


 何かと体育館に縁があった四月からもはや四か月。再びの体育館にて行われているのは、刹那の時代から少しの変化を果たしたとはいえ、今にも続くスポーツ競技。

 

 要するに魔法科高校であっても普通高校のカリキュラムはあるわけで、その中には魔法を用いないものの一つとして体育があるということである。

 屋内用のスポーツシューズ。今の時代にあっても、それぞれの競技で専用の靴というのは存在していたが、技術の進歩は計り知れず、とりあえず高校の体育授業としては、これ一つで十分であった。

 

 よって―――キュッ! キュッ!!と小気味いい音が床を滑り響きながらも足を止めずに、ボールを手に持ちながらも床に突きながらでしか進めぬ難儀なスポーツ―――。

 

 どんな屋内スポーツよりも『カッコよさ』を追求してきたとも言える『バスケットボール』を刹那は行っていた。

 

 ブロックは二人。しかし―――。

 

 

(バカ正直に行くと思ってるのかね?)

 

 

 背後の十三束にノールックでパス。意表を突かれた二人のブロック、A組の森崎と田丸がセットシュートを警戒するが―――。

 

 

「まぁ普通に考えて―――こうだよね」

 

 狙いすましたかのようにリングに向けて放たれたボールだが、トミィの意図は違っており、ボードに当たったことで跳ね返りそうなボールを、思いっきりリングに押し込む。

 瞬間、こちらを見学していた一科の女子勢が黄色い声援を上げる。その中でもマイハニーの声は特に響いて聞こえる。

 

「アリウープのダンクシュートだなんてカッコつけすぎでござるよ!」

 

「無難に押し込むのは性に合わない。第一、俺とトミィで女子の黄色い声援二人占め作戦中なんだ」

 

「主に君の方が多いように思うけどね。というか『かわいい』とか言われて素直に喜べない……」

 

 

 後藤君にも活躍の場をと思うのだが、だって普通のレイアップしかしないんだもの。いやセットシュートよりも難しいレイアップが出来てる時点で凄いはずなのだが……。

 

 

「ブロックも積極的じゃない。ダブルクラッチの場が無いな」

 

「まぁ森崎も田丸もC組の五十嵐も、『後々』のことを考えているんだろうね。ここで怪我して出場できないとかは避けたいんじゃないかな?」

 

 十三束の言う『後々』、それが何を意味するか分からぬ刹那ではないが……。

 

「刹那君も「出る」んだから気を付けなよ。魔法でも『ねん挫』とかは完治するのに時間がかかるから」

 

 と、何故か男子に紛れてこっちのチームに入っているC組の『里美スバル』に肩を叩かれる。

 五十里先輩の逆バージョンを思わせる同年の女子に言われて苦い顔をするしかなかったのだ。

 

 見るとリーナも少し愛想笑いに徹していた。その様子を敏感に察知したのか雫が、交互に見てきたのを感じながら―――。

 

 こちらのブロックを超えて森崎の3Pシュート。

 

『静かにしろい。この音が……俺を蘇らせる。何度でもよ』

 

 シュパ。というアミの音すら掻き消す女子たちの花色トークが何だか少し可哀想になるのであった。

 

 いや、いいシュートだったんだけどね……。そんな日々の中で、リーナと一緒に少しの苦笑いをしてしまうのは、やはり少しの罪悪感があるからだ。

 

 

 † † † †

 

 

「公約違反よね……」

 

「何がだ?」

 

「だって刹那君は、『一年以内』に2科生を三学年合わせて50人は、一科生中級程度まで引き上げると言ったわ」

 

「ああ、そうだな」

 

 

 やる気のない姿で机に突っ伏す七草真由美を見ながら、十文字克人は食後のお茶を啜っていた。舌が贅沢になったのか、食事もお茶も微妙に満足いかない。

 

 件の男の食事をまた御馳走になりたいと思いつつ、同輩の言葉を促す。

 

 

「―――既に『90人近く』が期末テストでその結果を出している。次の期末ではどこまで行くのやらね」

 

「いいことじゃないか。弛み切った馴れ合いの関係よりも、緊張感ある内部での争いこそが、組織の健全な在り方だと俺は思うぞ」

 

 

 同輩にしてそれなりに昔から知っている……親同士の話し合いでは『嫁に』『婿に』などと言われていたが、こんな姿を見てはそんな熱もさっぱり冷えるものだ。

 

 

「特に三年生は、すごい伸び率だわ―――三年の二科は、ふるい落されてきたからかしら……」

 

「一番の原因は甲の言葉だろうな。あいつはお袋さんの実家―――京都方面に行く前に、言伝を残したそうだ。『栄達の道はロード・トオサカにあり』ってな」

 

 

 七草は、その言葉にくしゃくしゃと髪を掻きまわす。

 追い詰められたものだからこその一念発起。しかも10分の講義休み時間に一科生の眼も構わず1-Bにやって来るらしくて、千客万来。

 

 アンジェリーナも恋人との時間を奪われているのに辟易しつつあるが、そこを呑み込んでいる。

 彼らが必死になっているのも、申し訳ない想いがあることも理解しているから。

 

「出来た女の子だな。正直、ここでワガママの気儘をクドウは言うと、俺は思っていたぞ」

 

「そりゃ刹那君との付き合い長いから分かっちゃうんでしょ? そう言う風に頼ってきた人間を見捨てられないってね」

 

 もはや夫婦の領域だな。今さらな話ではあるが、改めて認識する。だからこそ『仕事仕事』で細君を放っておくとロクなことにならないだろう。

『巷間』の噂ごととして克人は思うも、『実態』として真由美は知っていただけに、その辺は何とかした方がいいんじゃないかと思う。

 

 

「まぁそんなこんなで、二年では壬生さんを筆頭に、30人、一年では達也君というよりも吉田君を筆頭に20人が一科の中級ラインに食い込んできたわ」

 

「選考に関しては?」 

 

「三年で幸田さんや長岡くんを連れていこうとしたんだけど、本人達が辞退したわ。関係者にアピールするよりも遠坂君直筆のテキストとにらめっこしている方が、今の自分達にとっては有意義だってね」

 

「それは同感だ。そして遠慮したわけではないんだろうな」

 

 

 実際、今では真由美も克人も片手に持つことも多くなった蔵書の名著者。遠坂の師匠と呼ばれる人物……しかし、段々と奇妙な思いもある。

 

 

「如何に古式魔法の歴史が現代魔法……もっと言えば十の研究所での俺たちの曽祖父の代ぐらいから始まったとはいえ……ここまで『デカい歴史』を見逃すものか?」

 

「それは私も、いえ、殆どの十師族が思っている事よ。確かに魔法研究の成果や人材というのは鎖国的よね。それはどんな国でも同じ。『UK』にしたってね……こんな『ロード・エルメロイⅡ世』なんていう凄い御仁がいれば、誰しも分かりそうなものだけど……」

 

「あいつが独自で作り上げたということは?」

 

「それも考えたんだけどね……うーーーん。こういうのはどうかしらね十文字君? 刹那君は、違う『歴史』を辿った地球からやってきた魔法の『ジョン・タイタ―』(タイムトラベラー)ってのは?」

 

 

 その言葉を聞いた時、十文字克人の気持ちは一つだった。

 この女、遂にそんな『妄想』を思いつくようになるとは……。遠坂と司波にいじめられすぎて、遂に精神が参ったか。

 

「ナッシング・マギクスの見過ぎだ。もしくは、シュタゲゼロの演じ過ぎだ」

 

「前半はともかく、後半は何の話よ? まぁ……達也君がキノくんのお兄さんに語ったことを真面目に考えていたのよ。私なりにね」

 

「……『魔法』が『世界』に認知されなかった『世界』か、確かに想像力を逞しくすれば、そんなものは幾らでもある」

 

 

 アレキサンダー大王が東方遠征を果たして、世界に冠たる『巨大帝国』が作られたり、本能寺の変が起こらず信長による大陸に対する侵攻作戦が発動したり、第三次世界大戦に至る前の第二次世界大戦で、旧日本軍が大東亜共栄圏を築いたり、その一方で敗戦後の統治で、本州および沖縄、北海道がそれぞれ戦勝国の統治下に置かれて民族分断されたり―――。

 

 そこまでいけばSF世界やフィクションヒストリー(架空戦史)の世界であり、娯楽のジャンルとしては、今でもあるものだが……。魔法が『セカイの裏側』にひっそりとあった『世界』……如何に自分達が魔法師と言えども、そういうのを想像しないことはない。

 

 

「ただ、そんな世界でも最終的には『同じ』になってしまうんじゃないか?」

 

「そう思う?」

 

「色々言えるが、結局……持たざる者と持つ者とが生まれる以上、『どこか』でそういうのはありえるさ。魔法云々ではないと俺は思うよ」

 

 

 夢想した所でどうしようもない。この世界に『神が実在しない』ことが『証明』されて、人類の英知が、人間の遺伝子を弄ることを『是』とした時に……全ては転換したのだ。

 結果として、魔法師というものが尋常の世にいる『世界』に《人類悪》は生まれ落ちた。

 

 アーネンエルベで刹那から聞かされたことは、他の十師族に口頭及び資料で示したものよりも詳細で踏み込んだものだった。

 そして人類悪の本質が『人類愛』であり、即ち『人類悪』の発生は、より良い未来を望んだものや多くの人の信仰によって生み出されて、その本質としては邪悪ではない。

 

 無論、ニューヨークに現れた人類悪は、魔法師を殲滅する為に魔法師になる可能性がある『人類全て』を抹殺するという結論に至った以上、今後もこれらの思想が蔓延すればビーストは出るのかもしれない。

 

 『邪悪』とは真逆の意思だというのに、立ち向かわなければいけない。こんなことを聞けば、誰かは発狂しかねない。

 そして、それが事実でないと信じたところで……アンジェリーナ及び刹那が見せた『記憶』、ある種の追体験から―――あの場にいた全員は、それを認識した。

 

 思い出して身震いしそうな己を抑えて、克人は同級の女子に話しかける。

 

 

「シニカルなことばかり考えるな七草。今のオレたちにとって必要なのは、『九校戦』でのことだよ」

 

「そうね。うん―――ありがとう。少し気が楽になったわ」

 

 

 結局の所、どんな未来を選択するかは自分たちなのだから―――。

 

 

「今回はメンバーの選出に苦労しそうだ。試験結果を考慮した上で『連携』(コンビネーション)を考えれば司波、西城、吉田でモノリスの新人戦をやらせてもいいほどだ」

 

「言っちゃなんだけど。つぐみちゃんの弟くんは、少し緊張しいだものね……」

 

「千葉もバトル・ボード―――もう少し干渉力が高くなれれば……その辺は、『技術屋』(司波、遠坂)に任せればいいか」

 

「その場合、気になるのは摩利との関係なんだけど……身贔屓になりたくはないけど、何というか、やはり―――『尚武』の三高がいるから考えちゃうのよねぇ」

 

 

 人によっては二科を贔屓していると聞かれかねない発言なのだが、2人が、こういう風になるのは仕方ないのだ。

 

 要は今の一年の一科の大半は、『お行儀が良すぎる』のだ。

 無論、勝負事とはいえ、ルールがある九校戦である。反則行為は審判によってジャッジが下る。

 

 しかし、競技種目というのは時にラフプレーの中のラフプレー。接触事故も起こりかねない。

 そしてボクシングやサッカーに代表される歴史の長い『当たり』の強いスポーツの格言には、こんなものもある。

 

 

『バレない反則は高等技術』

 

 

 程度にもよるが、そういうものだ。

 審判(アンパイア)の心証を良くすることでカウントを良くする捕手に、スクリーンを掛けさせないためにユニフォームを掴み、ボールに回転を掛けて自陣に有利なボールを運ばせて、破滅へのロンドを―――。

 

「―――とにかく、今回は正直、試験結果だけを参考にしていては足元を掬われかねない」

 

 一瞬、『変な思考』が克人に走ったが、持ち直して真由美に話す。

 

「そうね。エルメロイグリモア―――三高は既に読破して、かなり自分達専用に改良しているとも聞くわ……特に戦闘用術式を」

 

 

 流石は、尚武を掲げる連中。

 一度は織田家を追い出されて、妻まつと浪人生活をやりながら、『こっこ』も作って、何とか美濃斎藤氏との戦いで帰参を許された前田利家のごとく、ハングリーな連中である。

 

 百万石を作り上げるように超人魔法戦士団(想像)を作り上げてやって来るのだ。

 

 

「押し通せるか?」

 

「反発を何とかするのも私の役目なんだけど……刹那君が何かやりそうで怖いわ」

 

「しっかりしろ七草。そこの調整をするのがお前の役目だ」

 

「わかってるわよ」

 

 

 本来ならば一科と二科の融和は真由美の事業だったのだ。そもそも、『問題の本質』に斬りこめる術があるならば、真由美だって何とかしていた。

 このまま自分の理想を力だけで具現化させない。とはいえ、最終的に周りを黙らせるのは『実力』だろう。

 

 副会長を黙らせて己の我を通した達也の如く……。そんな風に夢想に耽っていた所、入室希望が入る。

 

 栗井教官ことロマン先生であり、特に何も抵抗することなく入室を許可する。

 

 

「どうも、2人っきりを邪魔して悪いね」

 

「お構いなく。別に色のある話をしていたわけではないので」

 

「そこはウソでも、『七草が弱気になっていて相談に乗ってました』とか言えばモテ男(フェロメン)に見えるのに」

 

 

 そんなタマじゃねーだろという半眼の視線を男性二人から浴びて、しくじった真由美は咳払いして用件を尋ねる。

 

 

「いつもの『出席・欠席』のまとめだよ……とはいえ、こういうのは本来、形式的なものなんだけどね」

 

「仕方ないじゃないですか、一応、人によっては『お盆』にもかかるんですから」

 

 

 この2090年代ともなると、いわゆる『田舎』『親の地元』への『里帰り』という風習は、そこまで遠方に行くことはなくなっていた。

 

 ただでさえ世界的な人口減少に加えて、日本では2000年代から問題となっていた少子化・過疎地域などのインフラ問題の解決として、いわゆるロボット産業によるホームヘルプ。

 

 同時に、多くの産業を中央集権的に各都道府県の『県庁所在地』『行財政特化都市』などに集約することで、人口の移動を極力なくしていた。

 無論、中には先祖代々にして守らなければいけないもの、墓の管理維持にしても違う寺社に移すことを嫌がる世代もまだいた。

 

 よって―――、この時代に『盆の里帰り』というものは非常に珍しいものとなっていた。半世紀も前には、『田舎に里帰り』などと自動車による高速道路のラッシュや新幹線の混雑……なんてものはない。

 

 

「そう。形式的なものだ……うん、形式的なもののはずなんだよ。この『戦』に出る連中からすれば、出場する生徒の親御さんも専門チャンネルを契約するのに躍起になったりね。お祭りなんだけどね」

 

「………え」

 

 

 何か言いづらいことを『本当』に言いづらそうにしている『1-B』の担当指導教官にして『エルメロイレッスン』のアシスタント講師でもあるロマン先生の、歯切れの悪い言葉。

 

 端末表示で二人分の電子署名を見せつける。

 その端末から『ゴゴゴゴゴゴ』とか未知のスタンド攻撃を想起させる音が響く。待て、そんなことが起こりえるのか……。

 

「とりあえず見てくれ。話はそれから、そして放送室の鍵はコレ。壬生達の一件から結構厳重になってるんだよ」

 

 後の行動を予想していたロマン先生の手際の良さ。そして二人は顔を寄せ合ってその端末を見た。

 別に色気があるとかなんとかではなくて、2人で見ないと怖くて怖くてしょうがなかったからであり……見た後にはすぐさま、ロマンから鍵を受け取りダッシュで放送室に向かう。

 

「会長と会頭が廊下を走っていいのかね。まぁ今更だな」

 

 ロマンが理解を示す理由。

 

 遠坂刹那、アンジェリーナ・クドウ・シールズ―――二名は『私用』により九校戦『欠席』。そう端末に表示されていたのだから。

 

 

 † † † †

 

 

「しかし、とんでもない期末試験結果だよな」

 

「競馬に例えるならば、一列並びでのライン割のハナ、アタマ差みたいなものだからね」

 

 

 レオとエリカの言葉に確かにと思う達也。今年の一年の一学期の期末テストは、とんでもない『混戦』だったからだ。

 

 五月の頭ぐらいから始まったエルメロイレッスン。刹那が主催する個人講座にして『最古』の魔法授業―――新しさよりも古さに重きを置いた授業。

 当初こそあまり期待されていなかった。興味本位のアラさがしで初回に来ていた連中も多いその授業は……聞くものが『増える』ことはあれども『減る』ことはない授業だった。

 

 誰もが週二回の授業を楽しみにするぐらいには恐ろしく熱中できる講座であった。そして技量の高まるものが多い講座。

 

 

「実技でミキが一科の上級ラインに入るのは分かっていたけど、まさかレオ―――あんたまで入るなんてね」

 

「まぁ、俺も驚いているんだ。やっぱり刹那の呪文とかも『ドイツ語』だから、連想がしやすかったのかもしれない」

 

「アタシもドイツ系の血は入っているんだけど?」

 

「そうは見えないぐらい日本人的なんだけどね、エリカは」

 

 いじけるエリカに言う幹比古も少し苦笑いであった。

 

 魔力のイメージこそが大事と言っていた刹那の言葉は正鵠を得ており、二科の連中にイメージ力が無いのではなく、『イメージすべきもの』と『魔力の性質』が合致していなかった。

 そう言う刹那の言うことに従い、伸びに伸びた二科―――ウィードなどと呼ばれていた連中に……。

 

 

『まぁ草と言えば草だわな。セフィロト(生命の系統樹)の起源も、元々は花なんかじゃなくて木の実だからな。そして―――お前たちにはその資格があったわけだ』

 

 見事に黒板と『魔術刻印』を通じて、カバラの思想における『樹』を投影する刹那の言葉に従い、説明を受けたことを思い出す。

 そして、『ケテル』(王冠)ではなく『マルクト』(王国)に通じるものに手を伸ばしている……秘術の説明と、二科を上げる説明に一科から少しの反感もあったが、成果が出たのでは押し黙るしかない。

 第一、最初に差別をしていたのは、一科なのだから……。

 

 

「で、結果としてこうか……本当に、入学試験では本気を出さなかったんだな」

 

「なめてる。けれど、ここまで圧倒的だと古式云々すら怪しくなってくるだろう?という考えも分かる」

 

 刹那の言葉を足す雫。

 

 達也が電子端末に出した試験上位20名のランキングにおける、今期末のトップである『男』。魔法科高校のイノベイター、リーディングシュタイナーなどとも称される人間。

 

 それに対して北山雫は少しの悔しさとも不満とも言えるものを呟く。雫もまた今回はトップ20に入っている。そして、刹那の指導の下、『魔女術』と『元素変換』というものにも取り組んでいる。

 

 そう。だからこそだ。雫は色々な感情を出してしまう。そしてそんな雫をフォローすべく、達也はこうなった原因を話す。

 

 

「刹那も言っていたよ。これ以上講座を開いていきたくば、相応の結果を出せって言われたって」

 

「誰に? いや、もう検討はついているけど、達也君といい刹那君といい、出る杭は打ちたくなるのか、何なのか……」

 

 

 エリカの額を抑えた心底の嘆きに苦笑するのは、先程まで職員室に呼び出されていた達也である。

 無論、教官たちの様子も見ていて、その中の話題に刹那があることも分かっていた。

 

 しかし、ロマン先生こと栗井教官の姿が見えないことが少し気がかりではあったのを、心中に付け足す。

 

 改めて見直すランキング。そこには―――。

 

 実技試験成績優秀者

 

 1位1-B 遠坂刹那 1300点

 2位1-A 司波深雪 1135点

 3位1-B アンジェリーナ・クドウ・シールズ 1130点

 

 記述試験成績優秀者

 

 1位1-E 司波達也 490点

 1位1-B 遠坂刹那 490点

 3位1-E 吉田幹比古450点

 

 

 総合成績優秀者

 

 1位1-B 遠坂刹那 1790点

 2位1-A 司波深雪 1567点

 3位1-B アンジェリーナ・クドウ・シールズ 1500点

 

 

 すごく変動した図である。何というか入試をあやつは何と考えていたのかと思う。

 

「リーナの事だから、刹那君と『ワンツーアベックフィニッシュ』出来なかったことを嘆いていたんじゃない? 実技だけでも、あと10点!!とか?」

 

『『ザッツライト』』

 

 一科で合同授業を受ける雫とほのかが、リーナを真似るように親指を立てながら言う。ネイティブな発音ではないが、まぁ分かる。

 

 しかし、雫は不機嫌な様子を隠しきれていない。それはテストの順位のことではないのだろう。

 

 

「そして総合50位程度まで調べると―――」

 

 

 一応、学内ネットにおいて表示できる氏名と順位に関しては、今回は特例として50位程度まで『引き挙げられていた』。

 

 指でタッチスクロールすると……。

 そこには一年の総合順位で二科生の名前が多くあったのである。

 

 14位に幹比古、27位にレオ、45位に美月、49位にエリカ―――そして50位に達也。そういった順位である。

 

 他にも平河や猫津貝、鳥飼などG組やF組の眠れる獅子に鳳凰、地に伏せる龍たち……『蛟竜雲雨を得』の如く動き出したのだ。

 

 一科生の反応は様々である。ケテルとして頂点に立っていたのに、足元から吹き寄せてくる連中に噛付かれることを恐れる者。どうせ限界が来ると思っていながら、自分達の上限が無限だと思っていたり……好悪さまざまな感情である。

 

 

「下位とは言え、私と達也君でワンツー『フレンド』フィニッシュだね? 嬉しい?」

 

「素直に言えば、まぁ嬉しくないわけではないな。ただ、もう少しやれる自信があっただけに悔しい」

 

「珍しいね。達也がそこまで上昇志向を見せるなんて」

 

 

 アベックと付けなかったとはいえ、エリカの発言に少し『むっ』としたほのかを見つつ、幹比古の言葉に考える。

 

 確かに、最近の達也は少し変であると思える。多分、刹那の授業が……本家から封印されたものを『克服』するものになるのではないかと思えるからだ。

 それを望まないかもしれないが、自分の全てが解放されれば、本当の意味でこの世界で『生きている』という実感が出来るかもしれない。

 

 

 様々なものを見聞きして、その色彩や雄大さ繊細さ……『うつくしきもの』の全てに感情の限りで答えられれば……。

 自分も『人間』になれるかもしれない。そんな『欲望』が出てくるぐらいには、達也も少し変わってきた。

 

 

「しかし、九校戦も間近か、応援に行くからがんばってくれよ」

 

「えっ!? 西城君は出ないの!?」

 

「吉田君も何か聞いていないの? エリカ、美月も達也さんも」

 

「「「「????」」」」「………」

 

 

 とりあえず実技順位における上位10位に入っている一科生『二人』に対して声を掛けたレオだが、予想外の反応に二科生四人が疑問符を出して、達也が少しの沈黙。

 

 まさか会頭がそれとなく言っていたことを本当に実現させようとするとは、いくらなんでも『反発』が大きすぎる。

 これを無しにするのならば―――噂に出ている達也たち世代のリーダーにもなれる「クリムゾン・プリンス」とやらを、刹那が完膚なきまでに打ち破るというプランで押し通すべきである。

 

 そして我らが『魔宝使い』(達也命名)ならば、何かと小うるさい三高の『狐』を黙らせることが出来るだろう。(会頭立案)

 

 そんな打算と色々と目立ちたくない。というか『目立つな』と実家から厳命されている達也だけに、深雪が時代のヒロインになれるだろうと思い、刹那がマクシミリアンの依頼で開発してきた『天使』の完成系及び別バージョンを深雪に託すが最善かと思った矢先。

 

 それら全てを御破算にするようなことが起こるのであった。

 

 

 放送の音声が入る。いつぞやの有志同盟の放送を思い出させる。あの時のメンバーがいたのか、何人かがエルメロイグリモアを見ていたのにびっくりした顔をしてスピーカーに眼をやっていた。

 

 

『え―――一高生徒会長プリティーキュートな七草真由美からの放送!! 総員傾聴!! 全校生徒に緊急連絡を伝えます!!!』

 

 

 可愛くいきたいのか、アーミーな様式でいきたいのか色々と頭が痛くなる七草会長の放送であり、今度は七草真由美が差別撤廃でも訴えるのかと言いたくなる。

 

 

『本日! 悲しいことに!! 来る九校戦を前に敵前逃亡をした輩がいる!! そう!! ヤツだ!! 色々と我々一高生の中で有名なオカリ―――ではなく!! 遠坂刹那とアンジェリーナだ!! バカップルをひっ捕らえて私の前に誰でもいいから連れてこい!! 見事捕えた人間には! 風紀委員長『渡辺摩利』のプライベートでムフフな写真を見事プレゼントします!!』

 

「真由美―――!!!!」

 

 

 どうやら食堂にいたらしく、脱兎の如く走っていく渡辺摩利の姿。放送室に向かったのは確かなようだ。

 

 とはいえ、いきなりな捕り物の予告に動くもの、動かないもの……半々である。そんなスラップスティック一歩手前の会長の言動に頭が痛くなる。

 

 

「この高校はいつから『友引高校』か『風林館高校』になったんだ……」

 

『『『『『『何をいまさら』』』』』』

 

「重症だな」

 

 

 頭を抑えた達也に対して、この友人一同、この回答である。そんなこんなしてどうするかと思いながら立ち上がった時に、少し息せき切って深雪が入ってきた。

 

 

「お兄様! みんな!! 放送は聞いた!?」

 

「ああ、何なんだ。あいつらが九校戦を前に敵前逃亡とかなんとか……」

 

「それは―――この紙が示しています!!」

 

 

 深雪が『WANTED』と言わんばかりに食堂の机に勢いよく置いたもの。プリントアウトされた紙に全ての理由が書いてあった。

 

 それは九校戦に参加するか否か、いわゆる期間中の予定空きがあるかどうかを確認してあった場合の『理由』を書面で回答するものである。

 

 

 深雪以外の七人が、その紙を覗き込んだ。覗き込んでその理由を見た瞬間に―――。一斉に立ち上がる。

 

 

「野郎ども、絶対にあのアホ二人をひっ捕らえるぞ! これはあいつらの友人であると自称―――いや、もう友人であると分かっている俺たちだからこそやるべきことだ!!」

 

 

 達也の勢いある音頭に各々の了解。

 特に雫はハルケンブルグ並におっかないオーラを発していた。理由は分かる。その意図も―――そんなわけで同じく駆けだすのであった。

 

 深雪が残した賞金首の手配書の如き紙を食堂の誰もが覗き込んだ時に―――事態は動き出すのだった。

 

 

 



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第38話『九が始まる前―――九大龍王襲撃編―――』

「流石に正直に書きすぎたかな」

 

「けれど虚偽は虚偽でバチアタリよ。アナタのお父さんとお母さんの墓は無いんだから」

 

 

 調べられたらばマズイ。ということで、『その理由』は無しになった。流石にそこまでバランスも情報工作は出来ない……UKにあるとでも言っておけば調べようがないと思うのだが、日本の魔法師たちの情報網を侮ってはいけない。

 

 遅かれ早かれバレるのではないかと思いつつも、そう簡単に教えられるものでもない。

 

 

「それに、俺のワガママで君との時間が削られたのは確かなんだからな」

 

「そうね……しばらくは魔法科高校とか関係ない時間を過ごしたいものね……」

 

 

 言葉と同時に背中を刹那の胸に預けて上目づかいで言うリーナ。こういう時間が本当に四か月間―――『家』でしかなかった。

 そういうことは家でやれ。というどっかにいるかもしれないリーナの同僚(?)からの言葉が響くが、家でしかいちゃつけないとか苦行である。

 

「そんな潤んだ眼で見られて嬉しくないわけではないけど、出なくていいのか?」

「うん♪ 競うまでも無くアタシたちは『最強』だから―――そんなことは分かっていたことだけどね」

 

 確かに、場合によっては一高どうしで戦うこともあるかもしれないが、その場合でも自分達にとって敵と言えるものは、そこまでいない。

 しかし、自分やリーナとの闘争を望むものは多かろう。

 

 八王子クライシスで出た全てと、そして来年には挑んでくるだろうリーナの親族と……。

 

「やっぱり出るしかないのかな?」

 

「けれど、ワタシだって他の所へ行ってみたいわよ。『オソレザン』のイタコに会ってみたりとか『カナザワ』、加賀の美味しいものとか食べたい♪」

 

「東京及び関東観光も飽きてきたかぁ……同意だけど」

 

 

 元の世界での郷里も『日本』の首都から離れていたので、刹那としてもやっぱり東京が珍しい想いはあった。あったが、やはり四か月近くも経つと、どこかに遠出したくなる。

 そんな訳で恋人と二人っきりで旅行ともなると色々な案が出てくる。

 

「オキナワ行って……お、おニューの水着とか見せてあげたい……」

「無理にそんな言葉使わんでも」

 

 そういう時期ではある。しかし、それならば湘南でもよかろうと思える。赤くなったリーナ。

 胸を強調しながら人差し指を突け合うとかそういうのいいから。と思いつつも、こちらも顔が赤くなるのを隠せない。

 

 そんな二人とは対照的に階下ではとんでもねー騒ぎ。『何処にいる!?』『おのれトーサカ!!』『あの『あかいあくま』め!』『アンジェリーナさんと婚前旅行だと!!』『許せん!』『イッツアギルティ!!』など聞こえてくる。

 

 

「なんでこういう時の団結力だけはいいんだろうなー」

 

「どうする? 出てもいいわよワタシは―――ミユキが立ち塞がろうとも最後に立っているのは私だもの」

 

「魔術を見世物にするなんて心の贅肉すぎるんだが……しょうがないかな」

 

 

 聞くものいれば傲岸不遜そのものな台詞を吐きあう二人。屋上の床から立ち上がり尻などに付いた埃を払う。

 そうしてから左腕を捲り、四か月前の『神殿』の設備を起こして移動の準備とする。もう、ここの機能も払ってしまった方がいいだろう。

 

 いつまでも残しておくものではないな。と考え直して

 

 

「んじゃ行くか。生徒会室」

 

「いつ見てもすごい魔法式。遠坂家200年の歴史はいずれ、私達の子供に受け継がれると思うと……火照っちゃう」

 

「なんでさ」

 

 

 左腕を通して出した魔術を見て顔を赤らめながら腹をさするリーナに少しだけ蒼い顔をする刹那。

 とはいえ、その『可能性』が一番高い事を考えると、いま十日間以上もリーナと二人っきりで、にゃんつきながらの旅行とか『危険』なのかもしれないと考え直してしまう。

 余計な思考が集中を乱したのか、『疑似空間転移』で出たのは普通に校舎内廊下であった。

 

 

「―――」

 

 カチョウ(?)のベッドに現れたフウゲツ(?)の如く沈黙。そして、前には達也たち―――見知った連中。

 

 カンのいい達也が振り向く前に――――。

 

 

「ちょあ―――!!」

 

『『ガンドを撃つな―――!!』』

 

「先手必勝よ! じゃあね!」

 

 

生徒会長室に出頭しようとしたのに、なぜこうなるのか、ともあれ後ろから追ってくる気配。

殺気だってやがる。やばいな。指先一つでダウンとはいかない世紀末覇者達から逃げていく。

 

『CQ!CQ!BBQ!!! 件のバカップルを発見。ルート32で挟み撃ちにする!!』

 

 意味の無い通信を恐らく風紀委員本部に出しているのは誰か。森崎であった。

 ルート32とは、どこだったか……とりあえず階段を下るとすぐさま別の一団。五十嵐と辰巳先輩に出会うのであった。

 

「見つけたぞ!! 遠坂ァ!! こ、こんな理由で九校戦を欠席しようだなんて!! なんてうらやま―――もとい許せん!!」

 

「鷹輔。言っちゃなんだが、もうクドウのことは諦めた方がいいんじゃないか?」

 

「いつまでも渡辺委員長に横恋慕している鋼ちゃんに言われたくない!!」

 

 

 意外な関係性。恐らく居住地区の御近所なり同中、何かしらのスポーツクラブ先輩後輩の関係と推測。

 

 

「? ああ、家が近所なんだよ。まぁ昔っから知っているから、辰巳先輩って呼ばれるのもむず痒くてな」

 

「はぁ。つーことは亜実先輩とも?」

 

「まぁな」

 

 こちらの疑問の視線に答えた後に苦笑した表情の辰巳先輩はレアだなと思いつつも、手強い二人が敵に回ったものだと思う。

 そして少し後ろにいた五十嵐『先輩』の表情が少し……めんどくさい人間関係を見た瞬間だった。

 

 しかし、逃げることにする。SSボード・バイアスロン部の手練れ三人相手に早駆けのルーンで対処。

 誰もが、その逃走劇に加わろうとするも、その速さに追撃を諦める。だが流石に持久力に加減が無い機械である。

 

 徐々に差が詰められようとするも―――。

 

 

「セツナ、『だっこ』! ジョイントフォームで逃げるわよ!!」

 

「余計に反感買いそうだけど!?」

 

 とはいえ、手早く姫抱きしてお互いの魔力をリンク。逃走のスピードが上がる。

 後ろから聞こえる五十嵐の怨嗟の声を遠くにして何とか逃げ切る。こういう時にだけは魔法科高校の定員に似合わない広さが少しだけありがたい。

 隠形のルーンを発動。生徒会室がある棟から少し離れてしまった。同時に階下に追い詰めようと包囲を狭めてくるだろう。

 

 

「さてさて、どうしたものかな?」

 

「なんだってここまで恨まれるかな? 『私用』って書いただけなのにな……」

 

「えっ? 刹那は……その程度だったの?」

 

「? そりゃまぁ皆が、霊峰富士の『おひざ元』で一応がんばっているからな。とはいえ、USNAの魔法師である俺たちが何の呵責も無く出ていいものでもないだろうからな。せいぜい里帰り程度を匂わせていれば、その辺りまで突っ込まれる心配は―――、……リーナちゃん?」

 

 

 その時には、リーナは明後日の方向を向いて、口笛を吹いていた。これは何か少し失敗というかやり過ぎた。詳らかにし過ぎた際にやるリーナ特有のすっ呆け(無駄)であった。

 

 ―――コッチヲ見ロォー!―――。

 

「そ、そんなシアーハートアタックみたいな声と顔で迫らないでよぉ! 今日の下着の色はピンクなんだからね!!」

「意味不明な回答で、こっちの動揺を誘うな。五十嵐の反応の理由が分かったよ……」

 

 姫だきしているリーナの反応に、何となくの想像を着けてから―――。

 もうこうなったらば、直談判するしかあるまい。生徒会室に行くには、疑似空間転移は無理なので……。

 

 

「……『天使』を使うか」

 

「マジで? 今度こそ見せちゃっていいの?」

 

「どうせ近日中にFLTも出すさ。マクシミリアン派である俺たちの術式とのトライアルだ」

 

 

 言葉とは裏腹に、嬉しそうなリーナに苦笑しつつ、窓際にて―――リーナはCADの操作。生徒会所属であったことが、この時は幸いした。

 対する刹那は、仕方なくリーナを守護天使として導きに従うことにするのだった。

 

 

 展開する起動式、構築される魔法式―――具象化したものは金色の翼であり、リーナの背中にそれが『生える』のだった。

 金色の少女に金色の翼―――とても絵になり『映える姿』である。誰も知らないその姿を見ながら―――お互いに合言葉を唱えあう。

 

 

『俺たちに翼はない―――』

 

 

 何の意味も無い。しかし精神集中できる言葉で窓から飛び立つリーナの手に掴まり生徒会室へと向かう。

 

 浮遊感と同時に感じるはずの空気抵抗も無い―――それは……昔、母親の箒に乗って空を飛んだ感覚に似ていた。

 

 カレイドライナーとしての飛行とも違うそれに導かれながらも自重制御。

 

 

「お空でデートだなんて、ボストンを思い出すわ」

 

「その後に、君があれこれやって船を沈めた事を思い出すよ」

 

「更にその後に、新ソ連の空中戦艦を『乗組員不殺』で沈めたことも思い出すわね」

 

「君のデビューライブだったからな。血霧雨を降らせたくなかったんだよ。まぁ血をみたのはラルフとハーディとベンだけだったか」

 

「セツナ……大好き。もうワタシがアナタの守護天使なんだからね♪」

 

 アメリカでの生活における関わりある恒星級の魔法師たちを思い出して、その後に思い出す様々な顔。

 懐かしい思い出に浸りながらも、慣性制御が利いた飛行は終わりを迎える。

 

 生徒会室の窓が見えてきた。巨大なサイオンを吹き出す七草会長の背中を見ながら―――やることは一つ。

 

 ―――飛びこんで直談判だ。

 

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 それは唐突に飛来した。

 

 

「やってられっか―――!!!」

 

「なんじゃとて―――!!!」

 

 前時代的なアクションスターも同然のスーパーヴァンダミングアクションで入り込んできた存在は、窓ガラスを破りながら入って来るのだった。

 

 ちょうど無人のスペースであったとはいえ、ガラスが割られるという異常事態に七草真由美は大いに慄いた。

 飛来した刹那と一緒にアンジェリーナも入ってきて生徒会にいた全員が驚いた。

 

 

「――――Minuten vor schweisen」

 

 即座に左手を向けて、割れた窓ガラスに修復を掛ける刹那の姿。いつもながらとんでもないことである。

 

「ああっ、せっかくこの前から練習していたものをやろうと思ったのに……」

「すみません。あずにゃん先輩。とはいえ、俺の責任ですしね。修復魔術はまた今度ということで」

 

 中条あずさの少し物欲しげな声と言葉に謝罪した遠坂刹那。そうしてから見据えてくる―――こちらを……。

 

「さてと、あなたの自由人な気質は分かっていたけど、今回ばかりは何を歌うのか、胸が躍って眠れそうにないわ」

 

 東南アジアのどこかにいるツルッパゲの黒人船長のような事を言う会長に、似合ってませんよ。と思いつつ、弁明を行う。

 

 

「とりあえず、窓ガラスを割ったことを謝ったうえで……そこに書いてある通り、リーナと―――婚前旅行に行かせてください!! 九校戦期間中!!」

 

『『『『『大却下だ―――!!!』』』』』

 

 

 三巨頭だけでなく生徒会室の外にいた人間たちも加えての大合唱。どうやら苦難の道のようである――。

 

 

 † † † †

 

 

「なるほどな……リーナの微笑み忘れた顔など見たくはなくて、愛を取り戻すためにも、このようなことを画策したと?」

 

「熱い心をクサリで繋いでも、今は無駄なんだぜ! 誰も二人の安らぎ壊すことできないさ」

 

「とんだI am shockでWEはShockだよ……リーナとの愛を守るため、お前たちは旅立って―――俺たちは九校戦の明日を見失うのか?」

 

「……そんなにまでも俺たちが必要か? 正直、俺たちいる意味なくない?」

 

 

 達也の腕組みしながら心底の苦笑いというレアすぎる表情。検事のつもりか、座っている被告人である刹那を相手にしているが、刹那としては、そこが心底の疑問である。

 対する同じく被告人であるリーナもうんうんと頷いている。

 

「魔法科高校の魔宝使い――エスケープ編―――なんて気が速すぎるだろ。まぁ理由は分からなくもない。そして言い訳も理解出来なくもない……」

 

 メタなことを言いつつも少しの理解を示す達也に希望を見出したのだが……。

 

「それじゃ―――」

「だがダメだ」

 

 使い方は違うが、何とも嫌味なことである。お前、露伴先生ってよりブチャラティかアナスイだろうが! という内心のツッコミを呑み込んで、自分達が本当に必要なのか、出るしかないのか。そこを突っ込ませていくしかない。

 

「けれどタツヤ、ワタシもセツナも今はUSNAに『本籍』がある魔法師なのよ? まぁ色々な思惑含みでここにいるなんてのは、みんなとっくにご存じでしょーけど、そこまで九校戦に出る意味あるの? 皆の日本の魔法師としてのキャリアアップでありアピールの場なんだし」

 

 そんな『チャンス』をあまりこちらの都合で奪いたくない。というリーナの言葉に一同は考え込むも、三巨頭だけは揺るがなかった。

 代表して十文字会頭が口を開く。

 

「確かに九校戦は生徒の都合で出場・欠場を決められる。その辺りに対して強制力を俺たちも発揮は出来ん―――しかし、そのような遠慮で本来選ばれるべき人間の代わりに出て、その人間が喜ぶと思うか?」

「チャンスを捨てた馬鹿な奴と笑えばいいんですよ。俺たちの事を―――、それにどんな形であれ、選ばれたのならばあとはどこまで出来るかですよ。正捕手が故障で二軍落ちすれば、後はキャッチャーマスクの奪い合いですよ」

 

 どちらも言い分としては正しい。むしろ、若干ながら会頭よりも刹那とリーナの方に理はある。

 結局、九校戦というのが夏休み期間中に行われるのであれば、出場の可否は生徒の自主性に委ねられるのだから。

 

 如何に魔法師教育が色々と問題ありとは言え、生徒の事情も考えずに、勝手なことをすることはゆるされていない。

 それは教育行政としての最後の良心だろうか。

 

 事情通の達也が、今日言われた『転校転科の奨め』を思い出して、嘆息する。

 

 

「それに俺の見立てならば、新人戦の結果如何でも何事も無く一高の優勝でしょ。というか大方の見立てはそうだ」

 

 それも間違いない事実である。結局、三高の連中が脅威であろうとも、一高には既に国際魔法師A級ライセンス判定の人間が三年に多いのだ。

 下馬評が覆ることもない。そしてそれが『覆る』ことを好まない人間も多い。

 

「お前相手に論戦を挑んで勝つことの無意味さを思い知るよ……」

「議論なんて本音を聞きだすのに、何の意味も無いんですよ。要はテクニックですから―――ロベスピエールが、ルイ16世をギロチンに掛けたのと同じ」

 

 とはいえ、どちらも分が悪い。つまり前提条件として真由美も克人も劣勢からの逆転を狙わなければいけないのだ。

 

 そして、今回ばかりは、真由美も克人も逆転の手段を持っていたのだ。逆転裁判の始まりである。

 

「とはいえ、今回ばかりはお前には出てもらうぞ。必ずだ―――ただでさえお前たちは四月の一件以来様々に耳目を集めてきた」

「そうでしたね」

「その間に出た噂話などからも、我が一高を含めて九校全てからお前たち二人への九校戦への参加要請が出ている。アウトサイダー・マナカ・サジョウの一件以来、この一高を切欠に魔法師社会が様々な変革をしている。お前とクドウを起点にしてな」

 

 せいぜい今までのBS魔法師や古式などいわゆるオールマイティではない連中の指導法を教授していただけだと思っていたのだが、存外、魔法師教育が『クソ』すぎて―――。結果として『賢者の孫太郎』となっていたようだ。

 

「我が家は宝石を家伝として抱く家系なだけに様々な『カッティング』を見ていくんですよ。そんだけだったんですけどね」

 

 アレキサンドライトが光の当て方や加工の仕方で色々な面を見せるように、そういうことだ。

 だったのだが……なんでこうなるやら―――。

 

 

「ああ、そしてそれは様々なものたちを動かした。三矢、七草、十文字……お前と個人的に話したものは多かったな?」

「その節はお世話になりました」

 

 一番に思い出すのは三矢師の所に行ったときだったかもしれない。帰り際……少し霊場として歪なものを感じた神社にての邂逅。

 

 何かしらの『体』の訓練をしていただろう少年が無人の境内に寝転がっていたので一言。

 

『―――そんなところにいると蹴っ飛ばすぞ』

 

 

 三矢師の家の近くで出会ったのは、面白い少年だった。己の為すべきことをこなせないことに煩悶して懊悩する人間。そういうのは見ていて飽きない。

 飽きないからこそ手ほどきをしてやった。その後でどう伸びるかは当人しだいだが、機会があれば、もう一度見てやってもいいかもしれない。

 

『魔法使い』の心境とはこういうものかもしれない。一宿一飯の恩で魔術を手ほどきした大師父とご先祖様を後で思い出した。

 

 

「ウチの父が迷惑を掛けたわ」

 

「お構いなく。どうせ興味ない話でしたから」

 

 ビキビキという音が響くように青筋を立てる七草会長。どうやらあの人の話はいつものことのようだ。

 

「まぁ自分に何かあった時の為に娘に相応しい相手を用意しておきたいという親心なんでしょ?」

 

 正直、これならば法政科の連中の方がもう少し強制的であった。そこまで彼らも人の意思を捻じ曲げられないのは魔術社会の『法の番人』を気取っているからだ。

 

「あるいは……後悔か、懺悔、贖罪―――俺の『眼』には弘一師父はゴルゴタの丘に自分が磔にされる十字架を運ぶメシアに見えましたよ」

 

「どういうものを視たのか知らないけど、それはあなたの見間違いよ。まったく……節操がないわ」

 

 憤慨する七草会長に言っておきながら、目線は達也と深雪に合わせておくと、少しの暗い表情。要は『立場』の違いなのだろうと察しておきながら、会頭に話の続きを促す。

 

 

「そう。現在の魔法協会及び十師族においても考えは一致している。ロード・エルメロイ2世の『末弟子』という男の実力を直に見たいとな」

 

 同時にアウトサイダーたるものを抹殺してきた封印指定執行者の実力を見ておきたい。そんなところか。

 

 目立ち過ぎてロウズ補佐官になりふり構わぬ対応を求めたことが、ここに来て裏目に出た。しかし、取らぬ狸の皮算用で済んだかは怪しい。

 あの儀式工程ならば1時間の逡巡で、あの女は動いていたはずなのだから……。

 

 連名で出された書状を市原先輩から渡されて、軽く嘆息。

 

 ここまで手が回っているならば、どうしようもない。しかし最後の抵抗を試みたい。

 

「ならば、俺の実力も知れ渡っているはず。『最前線』で無かったとはいえニューヨーククライシスに参戦した魔法師ですよ。ビーストライズ(身体変成)された『アルトマ・メサイア・ビースト』の眷属たちとも一戦交えましたよ」

 

「ああ、修羅場の数で言えばお前は恐らくこの一高にいる中、いやもしかしたらば、佐渡島侵攻で勇戦した『一条将輝』よりも上かもしれんな。だからこそ―――誰もが測りたくなる。お前との差をな」

 

 勝手な物差し扱いであるが、誰もがざわつきを示している。例外なのは、ビーストの脅威……本当の意味で刹那がしたこと、配置されていた場所を見た連中ぐらいだ。

 そいつらは苦笑している。ペテンにかけている気分だろうか。そう思いつつ―――。天を仰ぐ。

 

 

「クドウとのプライベートトラベルは俺も止めるつもりはない。実際、お前が始めたこととはいえ、お前を拘束し過ぎていたのも事実だ。まぁ学生として健全さは保てと『意味の無い注意』だけはしておくが……それは九校戦の後でもいいんじゃないか?」

 

学生らしい言い分と皆の兄貴分としての混ぜ合わせ。ここでこれ以上駄々を捏ねても、これ以上は会頭と会長の面子を潰すことになってしまうだろう。観念するしかない話だ。

 

「そこまで会頭に言われたならば、俺にはどうしようもないですよ。分かりました。遠坂刹那。九校戦への参加を了承します」

「アンジェリーナ・クドウ・シールズも同じく、色々迷惑掛けましたが、そういうことならばワタシも出なければ不義理ですね」

 

 結果として、夫婦揃っての九校戦参加がなったのである。しかし、これはこれで良かったかもしれない。

 実際、出場内定生徒の中にはUSNA出身の2人が九校戦に参加することを是としない人間もいたのだ。実力では頭『四つ』抜けているとはいえ、日本の魔法師達の祭典なのだ。

 

 色々と想う所はあったのを、こうして公衆に出すことで有無を言わさず納得させたことが、色々と良い事になるはずだ。

 

 そして、一科二科関係なくオールスターの総力戦で行かねば勝てないのだと、納得させる……。

 

 そんな様子を生徒会室の戸口に立って見ていたロマン先生の微笑に色々思った克人と真由美が笑みを零しあうと、服部副会長が少しの複雑そうな顔を見せていた。

 

 

「それにしても、旅か……何でまた?」

 

「俺は日本にいたのも数年間程度、生誕の地はロンドンだったからな。少し―――お袋と親父が生きてきた国を詳らかに知りたかったんだよ。かつて先生が征服王イスカンダルの足跡をたど――――」

 

 達也の疑問に応えようとした刹那の言葉が途切れて、『魔眼』が発動。次いで五十里先輩が頭を抑えて隣の千代田先輩を心配させて――――。

 

「敵襲! 正門前に何者かが魔法攻撃を加えました!!」

 

 

 幹比古の警告の言葉(WARNING)に、誰もが窓へと寄っていき―――、何人かは建物から降りていく。

 

 大体は、CAD持ちの人間であるが、そのCAD持ちに誘われての外出だったり、純粋体術での降下の着地、半々で降りていったり――――まぁそんな超人的なことをやった連中を見送った人間達も遅れて、普通に出ることに気付いたわけだが……。

 

 先行した達也、深雪に追いつくように刹那、リーナが続き、三巨頭が出て、次いで他の生徒会メンバー、後にエリカとレオなどが続く形……。

 

 

(何というか、この『野次馬根性』が、俺たちを有名にしているんだよな……)

 

(何を今さらだな―――しかし、構築していた『警報システム』がきっかり作動するとは……)

 

 

 達也が並走する形で、こちらに言葉を乗せてきた。刹那はシルヴィア・マーキュリー・ファーストの秘儀の一つだが、達也は思念というよりも『忍術』の一種で、こちらに言葉を合わせてきたのだ。

 

 魔術的な警報システム。要は悪意や敵意を示しながら校内に入ってきた存在。特に魔力を滾らせている存在に対するもの。

 

 かつて親父の実家にあった『簡素』なものを四月の教訓で導入していたのだが……、

 

 あっさり破って、刹那と啓先輩を超えて最終の幹比古の方にまで魔力を到達させてくるとは―――内密の『警備担当者』として動いていた三人だけに、それに気付けたのだ。

 

 そして辿り着いた正門前は以前のことから閉ざされていたものの、もうもうと立ち込める煙で相手の姿が見えない。視えないのは―――都合が悪いと思ったのか……風が吹き、煙が晴れた先には――――九人の男女が存在していた。

 

 

「なっ……!」

 

「十文字君! 彼らは―――!!」

 

 

 そいつらが着ているのは、明らかに『魔法科高校の制服』。カラーリングこそ違うが、どこかの魔法科高校だと気付く。

 

 そして一年よりも詳しく気付けた会頭と会長が絶句している。その様子を面白がるように、そいつらは名乗りを上げた。

 

 

「まず一番手は影となり!」

 

 黒髪―――長いものを鮮やかに伸ばした男が、虚数魔術にも似た『影絵』を出して宣言。

 

「姿はあれど音は無し!」

 

 無音のままに風を吹かす女が宣言―――。

 

「静かなれども振り向かば!」

 

 声で幾多もの雷の獣を出して、雷鳴を轟かす肉厚の男、十文字会頭級が現れて―――。

 

「十重に二十重に舞い上がる!」

 

 砂嵐をいくつも層で出現させる不機嫌そうな男。砂使いという事実に少し驚く。

 

「菊の花びら!」

 

 言いながら、火の粉を炎の花弁の如く己の周囲に散らす女が同時に舞を刻む。

 

「浮世の湖面に映り散る!」

 

 水の無い場所で、このレベルの水遁を、と言わんばかりに水を噴かせる女が、湖面の如く水を満たして―――。

 

「望みとあらば目にもの見せよう!」

 

 炎と水を合わせた術―――『燃える水』を作り出す達也、刹那と同年だろう少年。

 

「我ら命の大あばれ!」

 

 風と雷を合わせて風神・雷神とするかのような少女が双腕にそれを発生させて言って―――。

 

「九色の龍が天を貫く!」

 

 言いながら九つの色の魔力の流れを生み出した男は『気配』が違っていた。

 

 リーダー格なのか短い金髪の……肉食獣どころか肉食恐竜を思わせる筋肉質な男、精悍でありながら鋭い印象……とりあえず一高にはいないタイプ。

 

 制服の上から黒革のジャケットを着込んだ男は、刹那がこの世界に来て初めて見るタイプの『魔法師』であった……。

 

 

『―――――我ら元素魔法連合(エレメンタルユニオン)九大龍王(ナインティル)!』

 

 

 最後に全員での名乗りを上げたことで正門前に駆けつけた連中全員が気付く……。

 

 

『『『『やべぇ……真正のキ〇〇〇だ……』』』』

 

 

 とはいえ、その中に『毛並み』の違うのを確認した人間達は、即座に緊張に晒される。

 

 

 戦いの前哨戦が開幕を告げるのだった……。

 

 

 



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第39話『九が始まる前―――大混乱編―――』

少し短いですが、とりあえずアップ。

しかし今更ながら読み返すと、二年生編で黒羽姉弟が四高に入ったのと五高でのアレコレ以外……六・七・八・九なんかは雑な扱い。

パワー系だのテクニックが持ち味だの大雑把に言われるよりはマシか。


 前回のあらすじ――――『バカ』が魔法でやって来た。

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 

 

「―――で、何なんですかあの人ら?」

 

「簡単に言えば『エレメンツ』の『末裔』であり、その中でも最優良の存在だ」

 

 

 光井や一高のOGである風祭先輩のような人間ばかりがエレメンツの系譜というわけではないと説明する十文字会頭。

 かつての魔法師研究。いわゆる遺伝子改良において主題となったのは、やはり既存のイメージに沿った『自然現象』を発生させる魔法師の創造であった。

 その倫理の是非はともかくとして、そういった経緯で研究開発された魔法師は、見事に『発火・燃焼』『氷結・放水』などなどの魔法技術を身に収めることとなった。

 

 

「その後、現在の四系統八種の現代魔法が発見されてエレメンツ研究は2020年には廃れていったのだがな……」

 

 刹那からすれば、それが廃れた理由というのが正直、意味不明である。確かに現代物理法則の最先端を魔力で再現してしまうというのは、確かに分かる理屈だが……。

 何も自然の全てを『超越』するのが、『超人』の特権ではない。

 

 機械工学とて『自然』を模するところから始まったのだから……どうにも魔法師達のこの『偏り』が、刹那には雑に思えるのだ。

 つまり人間の能力とて引き出せば、とんでもないものがある。同時に自然の全てを人間が『逸脱』すれば、機運が―――星は、自然に『権能』を与えるだろう。

 

 そんな刹那の内心に構わず、九大龍王たちは十文字の言葉に合せる形で言ってきた。

 

「しかし、下野されて放逐された我々の先祖は生き残り、子を為して『群れ』を作り、寄り添いながら生きてきた……そして『王』の来臨を待っていたのだよ」

 

「王?」

 

「エレメンツ―――自然現象や元素属性を操ることで魔道としてきた我々の王。それは四つ、否―――五つの属性を自在に操り、全ての魔道に通じたモノ、我らが総帥となるに相応しい存在だ」

 

 ……おや? あれ? もしかして――――、一高とは違い、薄緑を基調にして白をアクセントとした宮城県仙台市にある『第五高校』の人間が、言ってくる言葉に汗が出る。

 

「即ち、我らが王とは我らが力を全て万全に引き出せる存在―――。エレメントマスターと呼ぶことも当然の存在」

 

 鮮やかなオーシャンブルーを思わせる深い青色の制服『七校』の制服の女子が言ってくる。

 その艶やかな視線が、刹那に向けられる寸前で、会頭の後ろに引っ込む。

 

 十文字バリアの効果は3ターンは持続するはず。

 

 

「御指名だ。ドンペリ入れてもらうまでは前に出てろ」

「第一高校ホスト部!?」

「桜蘭高校みたいに言うな」

 

 

 桜蘭高校でも飲酒は禁止である。ともあれ、猫のようにつまみあげる『ファランクス』で無理やり前に出された刹那としては、如何ともしがたいものがある。

 十文字バリアは呆気なく罠解除の魔法カードで外されてしまったようだ。

 

 そして、演説は最高潮に達していき―――彼らの目的が知らされる……。

 

「そして、ここには光属性のエレメンツの末裔もいるとのこと、彼女をメンバーに迎え、九大竜王を十傑集にしたうえで―――遠坂刹那、いいえ、我らがビッグ・ファイア様! 今こそ我らが十師族に代わり魔法師社会をリードすべき時です!!」

 

「「絶対イヤです」」

 

 九大天王なんだか十傑集なんだか分からないが、別に魔法世界征服なんて野望を抱くほど暇じゃないし、面倒だし―――というかいつの間にかやってきた光井とリンクする形での返答になってしまった。

 

 

「むぅ……まさかの塩対応。しかし、俺たちは君を求めていたんだ。遠坂君……せめて俺たちの決意表明だけでも聞いてくれないか?」

「察しは着きますよ。あなた方、エレメンツの歴史は放逐されて十大研究所での成果のみが尊ばれて、その連中のみが『フォーマルな魔法師』と見られてしまうことの嫉妬でしょう」

「その通りだ。しかし、政府上層と繋がりを持つことで今の地位を得てきた『ナンバーズ』の功績そのものを評価しないわけではない。でなければ魔法師など異能力を持ったミュータントとして人類社会に存在していただろうからな」

 

 あっさり看破されて、あっさり降参する第五高校の『影守』という三年生が言ってくる。

 知性的な人間なんだろう。スマートな印象と長髪が少しだけ先生を思い出させる。

 

「しかし、結果として政府上層と繋がった十師族及びナンバーズ以外のエレメンツ、古式魔法師などの存在は彼らに利用されるだけの下位的存在になってしまった。我々にも歴史はあったというのに、それを無にするかのような行いは実に不愉快だな」

「まぁ師族は数字持ちの家の持ち回りだそうからな。ある意味、前時代の相撲協会みたいなもんか」

 

 確かに魔法協会及び師族など……凡そ魔法師社会の権力者。時計塔で言う所の『ロード』たちは、どちらかといえば「新しい」人間を重用している。

 歴史の古さゆえの『貴さ』とは真逆の『価値観』の前では、彼らの席が無いのも当然なのかもしれない

 

「俺たちは、そんな風にお前たちを見た覚えはない影守。確かに現代魔法においての価値観の前ではエレメンツは時代遅れなのかもしれないが、それでもお前たちの魔法力を侮ったことは無いんだぞ」

 

 だが、古式魔法など……数百年、もしくは数千年の歴史を辿ってきた人間の中には忸怩たる思いを抱いていた人間もいるだろう。

 日本の霊脈管理などを請け負っていた人間たちが、ないがしろにされて、結果としてCADという器物を用いた現代魔法師たちばかりが要と見られる。

 

 

「ああ、だとしてもだ……『違う山』を作ることすら許さずに、己達だけの専横体制を作るというのは、実に横柄じゃないかな? 十文字」

 

 違う山? その言葉でどういうことなのか―――分からぬわけではなかった。

 

「……神代秘術連盟……、本気でそんなことを考えてるんですか?」

「そうだな。しかし、『終末の眷属』たる『獣』が現れた以上、現代魔法では対応が出来ないことも増えてきたのではないかな? 吉田家の次男坊よ」

「二言目には速さ、硬さ、大きさだのでのみモノを語り、『物質界』にある理屈だけが全てならば、この星の覇者には『恐竜』が君臨していただろうよ」

 

 

 幹比古の汗交じりの言葉に、冷笑と共に語り始める『祭神』『砂島』の言葉。一理どころか二理、三理はあるものを受けて何人かは俯く。

 

 何より幹比古は、古式の中でもいわゆる『伝統派』というものと反目する吉田家の人間なのだ。

 神代秘術連盟の中には、彼らも含まれているらしい。

 

 伝統派の中には、刹那もあちらで聞いたことがある『密教系』の集団もいたのを覚えている。

 

 真言立川流―――正確な名前は覚えていないが『マントラ』『呪法』の類の家だろう……。

 

 

「となれば、『こちら』の力を存分に見せつけるのみ―――私達が言うのもなんだが元々、一高、二高、三高以外なんてどんぐりの背比べ、そういう状況ならば、注目も上がるだろうな」

 

「私達を人寄せパンダか噛ませ犬みたいに扱うのは、随分と尊大が過ぎないかしら? 七高の水納見さん」

 

「勝てばいいだけでしょうが、七草―――王者というのは、挑戦者の不遜な態度に余裕で答えるべきだと思うけど?」

「言いたい奴には言わせておけばいいだけ……ミナ姉さんの言葉は正しい。言葉ではなく魔法で応じるのが魔法師」

 

 文明人としては、どうなんだろうと思うも、水のエレメンツの一つ『水納見』と風のエレメンツ『風鳴』とが答えた言葉に―――会長は笑っていた。

 

 そりゃもう肉食獣も同然の笑みだ。怒りとか余裕ではなく、『ようやく好敵手』と相まみえた顔だ。

 

「ならば、今度は私と本気でやってくれるというのね? バトルボードではなく、シューティングで私と闘うというのね」

「さぁ、七高の方針に私は異を唱えられないから当たるかどうかは分からない」

 

 挑戦状叩き付けておきながら、それは無いんじゃないかと思うぐらいには、嫌な態度だが―――七草会長は笑みを崩していない。

 

『会長は一年時に、七高の水納見とスピード・シューティングで決勝をやり合っているのですが、その際に『手加減』されたことを今でも根に持っているんです』

 

 小声で耳打ちしてきたスズ先輩に、なるほどと思う。手加減とは何のことか……。

 

『エレメンツ特有の属性魔法―――それを使ってこなかったことです。あとは後ほど……これ以上は北山さんとクドウさんの魔力が背中にいたいですから』

 

 妖艶に耳打ちせずとも良かったんじゃないですかね? などと思いつつも、とにかく『九大龍王』は―――一高に挑戦状を叩きつけにきたのだ。

 

 誰もが理解して、その中でもこの校門前に『縁』がある男が飛び出してCADを構えてきた。

 

「何がエレメンツだ!! 馬鹿馬鹿しい!! 半世紀も前に廃れた魔法研究の遺物が、今更何をしにきたってんだよ!!」

 

 バカが! などと言いたくなるぐらいに再び頭に血が上った行動を取る森崎。こいつにとって校門前は鬼門なのかと思うぐらいに、アタマが痛くなる行動。

 

 とはいえ……森崎の行動も分からなくもない。

 民間軍事の世界を問わず、みずからが認めた指揮者、指導者に対する侮辱は自分に対する侮辱と考える伝統は、大は軍閥、小はスポーツクラブに至るまで、そういった縦社会の伝統が根付いたうえで、実力を発揮してきたからだ。

 

 特に七草会長も十文字会頭も実力だけでなく、その出自もとんでもないノーブルなのだ。森崎でなくとも、他の百家、支流の家が出てきたかもしれない。

 抑えに抑えていた服部副会長が最有力だったのだが……それよりも先に爆発したのが森崎であった。

 

「驕るなよ! お前たちが時間の裏側に封印されている間、魔法師は進歩してきたんだ!! 旧時代の遺物など、この森崎駿が倒してくれる!!」

 

「やめろ森崎! そんな死亡フラグ満載なセリフは!! いくら新シリーズ(?)が始まったとはいえ」

 

 

 魔王の力を借りて魔王を滅ぼすなどという愚行の如き台詞と同時に魔法式が――――九高の『霧栖』……あの肉食恐竜じみた男に向けた瞬間。

 

 

「ウザい魔法(ぎじゅつ)だ。食え―――貴様の好物だ」

 

 森崎の魔法は一秒もしないで霧栖を打ち倒すはずだったが、その秒の間に、その言葉が聞こえた。

 霧栖の心底の憐憫を含んだ言葉が聞こえた後には、森崎の魔法式は――『食われていた』。

 

 

『食われた事』と因果関係があるのか、森崎の腕からは血が流れていた。銃型のCADを持てなくなるほどの出血量。握力が無くなるほどに血を失ったのだ。

 

 

「あぐっ……っあ!!」

 

「森崎!!」

 

 腕を抑えて、足を崩した森崎を見て、誰もが四か月前のことを思い出して泣きそうになったり、忌々しい顔をしたり―――つまりは、沙条愛華を思い出す行為だ。

 明確に何をやったかは分からない―――しかし、『眼のいい』美月が、震えて歯を鳴らすほどにとんでもないものが見えているのだ。

 

「霧栖、お前―――」

 

「お前には教えていたはずだがな。俺の能力は『竜』だとな……十文字―――遂に俺たちの王様が現れてくれたんだ……今までのお遊びは終わりだ。魔道の真髄で俺たち九大龍王が、『魔法師社会』を制す時だ!!」

 

 眼を開いて睨みつける十文字克人に構わず霧栖という男は、笑みを浮かべて哄笑を上げながら―――次なる魔法式を編んでいく。

 

 とんでもない密度のそれが具象化するのは巨竜。それぞれに火竜、水竜、風竜、雷竜、光竜を思わせる魔法の竜達に見えるエイドスの情報量。

 

 まるで生命でも創造したかのように、達也の眼に見えている竜たちは吼え猛る。そして向けたのは―――無粋者であった森崎―――。

 

 

(死ぬぞ。あれは!)

 

 

 殺傷性ランクで言えばAに相当するものだ。どんな防御術式を編んでも、『あれ』は防げないはずだ。同質の威力で相殺せねば―――全くの無意味となるはず……。

 

 だから―――。同質の威力と属性を持ったものが、それを行った。

 横合いから魔弾を飛ばしてきた刹那。

 

 とんでもない情報密度、魔力圧縮、屈曲レーザーの如き威力……色で言えば赤、青、緑、黄、白という魔力の光線が霧栖という九高の三年生の魔法を打ち消した。

 魔法どうしの打ち消し合いで、行き場を失ったエネルギーが、互いの中央で顕現―――空気の破裂で全員がたたらを踏んだ。

 

 

「流石は我らが王―――『竜殺し』の術法もご存じだったとは……ご無礼お許しください。許されないなれば、我が首と一族の女全てを捧げますので、どうかお怒りを鎮めてください」

 

「いらないよ。というかあんたらの盟主になるつもりもないしな……こいつも短慮があったのは確かだが、やり過ぎだ」

 

 心からの賞賛と共に無礼打ちすら覚悟する霧栖の言葉に、嘆息交じりの刹那。

 本当に刹那を、魔法師の一つの山の盟主に据えたいようだ。現代魔法からしても刹那の特異性は分かっていたが、それ以上にエレメンツの末裔たちにとっては畏敬の対象のようだ。

 ほのかはそうでもないが……やはり光弾の術式には興味を持つようである。

 

「今日のところは、ただの挨拶であり顔見世程度です。ですが、我々が本気であり、今の魔法師社会に『違う価値観』を認めない限り、『叛旗』になりえるだろうことはお忘れなく」

 

「ここにだってエレメンツや古式の魔法師はいる。卒業生にもな……彼らは、今の魔法師の社会で生きている。隷属なんて思っちゃいない。それなのに、アンタらは違う道を進むってのか?」

 

 対立ではなく共存共栄。それだってあり得るかもしれないことだ。

 温い意見ではあるが、刹那の意見に達也は、それとなく思うが―――『九大龍王』は譲らなかった。

 

「確かに十師族や魔法師協会は、限りなく『善政』は敷いているのかもしれない。多くの魔法師はそれを良いと言うだろうな。しかし―――どれだけの言葉を尽くそうとも、どれだけの善政を敷こうとも、『いるべき場所』(祖国)と誇りを奪われたものの怒りの前では無力なのですよ」

 

 その反骨精神はどうかと思うも、理解できる理屈でもある。人は時に安定や安住よりも危難極まる争いを選ぶのだから。

 

 

 ―――彼らもエルメロイレッスンを受けていたようで砕けた門や床を直していってから去っていった。

 

 後に残るのは……先程までの余裕のよっちゃんな会議など忘れて初夏に関わらず吹き抜ける冷風と一抹の緊張に晒される一高生徒達。

 

 

 此度の九校戦における事態は風雲急を告げるのだった……。

 

 

 

 † † † †

 

 

「やれやれ……まさかの事態だな。今まで爪を隠していた鷹が多すぎないか?」

 

「そうね。しかし、あんなテロ紛いの行為の宣戦布告をやっても何の抗議もないなんて、どんなトリックなのかしら?」

 

「恐らく今までエレメンツ研究を後押ししていた存在がいる。政府上層が怪しいが、それは魔法師協会及び十師族の上位にも食い込んだ存在だな……」

 

 もともと、今のナンバーズの大半が『魔法技能士開発研究所』と何かしらの関わりがあり、そこが今でも政府機関と関わりを持っている以上、そういった魔法師研究は―――止まないものだ。

 そして、この事態は全て、ただの学生同士の『研究発表』などというふざけたことになっていたのだ。

 

「なんであれ、予算が着かなければ多くの事は動かない。研究所もまた多額の投資があってこそ何とかなっていた。同様にエレメンツ……『元素魔法技能開発研究所』もな」

「ましてや魔法技能は多くのお金がかかる。いいえ、どんな技術研究であれ、多額の巨費があるのよね」

 

 こういった研究開発というのは、技術畑の人間からすれば『当然、これだけ必要です』などと言ってきたとしても、経営者及び出資者からすれば、『ふざけるな』ということも多い。

 無論、それに見合った何かが得られるならばいいのだが、それだけの巨費を投じても『実験は失敗であることが分かりました』そう言われることもざらなのが、研究開発の分野である。

 

「奴ら九大龍王……『ナインティル』に『予算』を着けていたものがいる……そういうことだな」

 

「やれやれ、今まで目立ってこなかったのは、『機会』が無かったからね。切欠は刹那君なんだろうけど」

 

 言いながら、2人にとって懸念事項なのは、あのエレメンツの最終形態とも言える魔法師達が、いま現在のナンバーズに対する『カウンターマギクス』として育てられていた場合だ。

 無論、自分達とて殊更、政府などお上に反抗しようなどと言う考えはない。そもそも、大亜や新ソ連という脅威の前では、どうあっても魔法師という戦力は必要なのだから……。

 

 しかし、それであまり『横柄』になられても困るということか。

 

 

「あちこちから引っ張りだこね」

 

「だが、いままで見えてこなかったものが、隠されていたものが現れるぐらいにはいい傾向だよ。平穏を保った水面に大きな石を入れて出てきたのが、見たことが無い魚であれば、それは心躍る。そして―――その中には、いてほしくない毒魚もいるだろうが」

 

 今まで見えてこなかった膿を出すにはいい機会だ。この日本にしがらみなど無く、アメリカでもある意味、自由にやってきたメイガスの所業に期待しつつ、部活連での会議を前に十文字は真由美から提案される。

 

 

「司波をエンジニアとしても登録か、いいじゃないか。アイツの八面六臂のCAD調整技術は、あの一件で知れ渡っているしな」

 

「刹那君が『防衛部隊の準備10分で終わらせられるか?』といって『五分で十分だ』だもの……本当にあの二人は、謎よね」

 

 

 しかし、その謎を調べたいと思っても出来ることなどたかが知れている。しかし、『高校生』であってもそれなりに権力を持っている自分達(真由美&克人)であっても『シャットアウト』されてしまうぐらいの高度な情報操作が行われていることが、一つの事実を告げる。

 

『巨大な権力が二人の背後に存在している』。USNAはもちろん『政府上層』であろうが……達也の場合はもっと分かりやすい。要は十師族の誰かの関係者なのだろうと理解出来た。

 

 

「まっ、今は九校戦だ。内部調整は何としてもこなすぞ」

 

「了解。十文字君も苦労してくれて助かるわ」

 

「平穏無事な毎日を望むような性分じゃないからな」

 

 

 そういうのはもう少し、歳を増やしてからで構うまい。そうして生徒会と部活棟への分かれ道で二人は離れる。その際に―――少しだけ長めに七草真由美を見送ったのは……まぁ幼馴染としての少しの同情であろう。

 

 そんな様子は誰にも見られていなかったが、確実に何かが変わる思いはあったのだ。

 

 

 そんな風に見送られた真由美は生徒会室に戻ると『うへへへ…… 憧れのシルバー様にレオ様のモデル……もはや我が生涯に一片の悔いなし!!』などとFLTのシルバー・ホーンとマクシミリアンのカンショウ・バクヤを小さい両手に関わらず頬ずりして溶けている様子であった。

 

(この子が会長になった時の体制はどうなるのかしら……?)

 

 少しだけ慄いた真由美であったが、そこから飛行魔法のアレコレで、リーナと刹那が学園防衛戦で飛んでいた原理にツッコミを入れた末に―――。

 金色の翼を見せられたのは、いいことでミラージバットにて出すまでに『マクシミリアンや達也の親父さんの勤め先(フォア・リーブス・テクノロジー)から出ますよ』という驚愕の事実含みの刹那からの言葉を信じるのだった。

 

 その際に達也は『営業なのか開発なのか、はたまた広報なのかはイマイチ知らないんですけどね。窓際の管理職になっていたとしても稼いでいるならば、息子としては何も無いですよ』と言って少しだけ寂しげな顔。

 しかして深雪がとてつもなく怖い表情をしていたのが真由美には気掛かりとなった。

 

 そんな日を超えて―――後日の九校戦本部会議に入るのであった。

 

 

 ―――部活連の本部には多くの人間が押しかけていた。凡そ、呼び掛けていた人間は生徒会と部活連のトップなどで選び出した候補生達だ。

 

 今回ばかりは座長の他に末席の方に件のUSNAの人間二人もいた。彼らの役職は……。

 

 

「秘書の岡部〇リです」「顧問のキダ・〇ローです」

 

『『『『お前ら本当に21世紀人かよ!?』』』』

 

 

 怒涛のツッコミを皮切りに、選手選考及びエンジニアチームの選び出しが始まる……。

 

 



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第40話『九が始まる前―――大会議編―――』

予定通りならば昨日の夜にアップできたはずが、いきなり肩甲骨の痛み。もう殆ど無いですが、いやー運動不足って怖いですねー。(え)


 ……一時間もすると、結局当初に考えられていた混乱や喧々囂々の様は無かった。この九校戦というものが、学校全体の威信をかけた戦いであり、選手、エンジニア個人単位でも様々な評定が貰えたうえに夏季休暇課題の免除もある。

 

 それだけ学校側にとっても大きなイベントなのだろう。同時に、ここ数か月の変化が大きすぎて感覚がマヒしているからだろうか。

 二科生が選手に選ばれたとしても、そこに関して少しの不満はあったかもしれないが、呑み込んでいたものは多い。それだけ今回の九校戦は『何か』が起こるという予感を感じていたのかもしれない。

 

『何か』が―――もしも、四月の初めに起こったような事の場合、最前線にいた連中に比べれば実に……不安もあるのだ。

 

 

「今年のモノリスは、準決から五対五なんですか?」

 

「そうだ。最初はクロス・フィールドに変更という話もあったが、あまりにも『格闘性』が強すぎるということから却下された」

 

「残念でしたね。会頭」

 

 

 沢木先輩の何気ない質問と感想述べに十文字会頭は心底の苦笑。まぁモノリスでも勝てる人なので、そこは問題ないということだ。

 

 

「しかし、司波はエンジニアにモノリスにと八面六臂の『阿修羅』の如き活動の予定ですか、こりゃまた随分と」

 

 苦笑いの桐原先輩の言葉に誰もが四月の一件を思い出して二年の大半は、うんうん頷いている。

 一高壊滅の危機から堺商人の売りさばく火薬と硝石のごとく、『じゃんじゃか』火縄銃を用立てた『織田信長』の如くCADを調整してのけた達也の伝説はいまでも語り草である。

 

「ブラックだが、やってもらわなければいけないな。今期の三年にはそれが出来る人間はいないのだからな。情けない話だが、その点では一昨年と去年までの先輩方に俺たちも『おんぶにだっこ』だったということだ」

 

「俺の意思は完全に無視ですか……」

 

 とはいえ、達也を連れていく理由としては十分だ。そして、それこそが二科のリーダーとして知られている達也の『役目』だ。

 

「頼んだわよ。一高のニコラ・テスラ♪」「頼んだぞ。一高のトーマス・アルバ・エジソン♪」

 

 バカップル二人の脳内では仏頂面な大男と獅子面の大男とが、電流を放ちながらお互いを罵り合う姿が見えていたのだが、ニコラ・エジソンの体現たる達也は、構わず口を開いてきた。

 

「その二人って仲悪くなかったか? で、キダ顧問。俺からも質問あるんだがいいか?」

 

 資料を机に置いたうえで、左隣にいた刹那を見る達也の視線は真摯なものだ。

 

「どうぞ」

 

「例の九大龍王―――ナインティルという連中が、本気を出してきた場合―――俺たちに優勝の芽はあるか?」

 

 達也の質問は難しいものだった。確かに昨日の放課後に至る前であれば、あれこれそれなりに『気楽』でいられただろうが、事態は一気に動いてしまった。

 これもまたエルメロイレッスンの効果であるのならば、その『末弟子』であった男にこそ、聞かなければいけないということなのだろう。

 

 誰もがごくりと息を呑む。例え一つの学校に『数人』程度。それも、若干下に見ている『五・六・七・八・九』高の連中であるが……個々の部門で、優勝していけば非常に荒れた結果が出るかもしれない。

 

 総合力では確かに「一・二・三」高だろうが、魔法能力の恐ろしい所は、『集団』の力よりも時に個人の圧倒的な能力が連携と技術的優位を崩すところにあるのだから。

 会頭も会長も誰もが視線を刹那に集めてきた。それを見てから刹那は少しだけ眼を閉じて黙考しながら語り始める。

 

 

「正直、こればかりは予測がつかないとしか言いようがない。今回、彼らが出てきたのは俺の影響もあったんだろうが、現3年の証言で元々それだけの実力は持っていたということから察しても、本来ならば去年、一昨年と荒れたものになっていた可能性はある」

 

「……」

 

「予選から総当たり戦、勝ち抜きのグループリーグ制であれば、一種の強者同士の潰しあいも有り得たかもしれないが、予選トーナメント方式、そこからも更に順当に上がっていく方式であれば、初っ端からあいつらとかち合う可能性もある。無論、大会関係者も馬鹿じゃないから色々と力のあれこれを考慮しているのかもしれないけれど、どこが勝ちを拾うか分からないな」

 

「予測不可能か。強者同士が戦い合った後での次戦であっさりということもありえるのか」

 

「そういうこと……混沌だな。テニスのシードシステムみたいに、あまり早期に上位ランカーどうしが当たらないようにするシステムならばいいんだけど、そうじゃないしな。本当に混沌だよ」

 

「だが……刹那は楽しそうだな?」

 

「まぁな。骸や黄泉の一騎打ちなんて決まっている魔界統一トーナメントに出たがる奴はいねーよ。学校の威信も当然だが、何より個人の技量で決まる場合が多い戦いだ……己も楽しまなければ損だな。へへっ、なんだかオラわくわくしてくっぞ」

 

 その言葉に会長も会頭も笑みを零す。この二人にとってライバルと言えるものなど、そうそういなかったはず。

 そこに奴らが牙を剥いてきたのだ。

 

 雷禅(?)のケンカ友達の如く、十師族社会以外で磨いてきた強者たちが立ち塞がる。

 しかし、彼らとしてもそれだけではないだろう。十師族や現在の魔法協会に一石を投じるやり方の終点を見たいのだろう。

 

「まぁこっちだって妖力値10万ポイント以上にまで鍛え上げた陣や酎に凍矢みたいなのもいるんだ。決して下馬評通りにいかないだろうが……それ以外の要素もあるしな」

 

「お兄様のCAD技術ですね?」

 

「ああ、地力だけでぶつかり合うのもまた一興だが、魔法師の戦いはそれだけで勝敗が決まるわけじゃない。戦略・戦術・武器の違い―――相性の良し悪し、それを覆す『詭道』叩き。もはや従来のやり方では無理でしょう。総力戦で挑まなければどうなるか」

 

 

 暗に一科二科関係なく動かなければ、負ける。という刹那の言葉の裏を読んで誰もが真剣に頷く。ブランシュの一件はある意味、一科二科の垣根を超えさせた。

 今でも一部の生徒には一種の差別意識があるも、そこまで大きくはなくなっていた。何故ならば、『既存の価値』が呆気なく崩れたのだ。

 

 マナカ・サジョウという横暴な魔女の所業に敢然と立ち向かったのも大きかったのか……。

 

 

「それで―――アタシから質問あるんですけど、いいでしょうか?」

 

「何だ千葉? 幽霊部員のお前が、まさかクラウド・ボールに出たいとか言えばテニス部から総スカン食らうぞ」

 

「いやいや! イジメかっこわるい!! じゃなくて、なんで私がバトル・ボードの新人戦にエントリーされているのかですよ会頭?」

 

 そう、今回の新人戦は……一科二科関係なく出場選手が選ばれている。もちろん、部活動における適性も考慮されているのだが……。

 これは色々と動揺させていた。一科ではなく二科生をである。

 

「クラウドの『ダブルス』に僕とレオか……」

「シングルスは、越前と田丸が『取る』。ダブルスを任せるのは、そちらに専念させるためだ」

 

 会頭による疑問への『回答』を貰った幹比古は背筋を立てて恐縮していた。同時にレオも背筋を立てていた。聞かれているとは思っていなかったようだ。

 

「千葉もそうだが、今回は二科にも裏方や観客席でかちわりを、茶を飲み観戦などということは無しにしてもらう」

「別に今まで好きでそうしていたわけでないことは分かっているけれど、これは九大龍王以前からの我々の悲願、即ち三高対策の一つよ」

 

 尚武を掲げて、戦闘魔法に長けた三高の連中に煮え湯を飲まされるまではいかずとも、それなりにやられてきた一高なのだ。

 行儀のいい魔法師ばかりで構成されていて総合優勝をいただいても、どこかでしこりが残る。

 

 そろそろやり返したい気分もあったのだ。

 

 そういった背景もあって、エルメロイレッスンによる評価査定を貰った三巨頭によって、多くの二科生が選出された。

 多くといっても何かと目立つ『達也組』の面子が主なのだが……。

 

 それでも納得いかないのが―――『二科生』である千葉エリカである。不満を分かった風紀委員長である渡辺摩利が、立ち上がってエリカを見ながら口を開く。

 

 

「お前を推薦したのは私だ。エリカ―――文句があるならば、私が聞くぞ」

 

「なんで、ア……何故、渡辺先輩が私みたいな劣等生を推薦するんですか?」

 

「そういう自分の地位を下にした上での噛付きというのは実に不愉快だな。普段はお前、壬生に道場では自分の方が上だと言ってもいるのにな」

 

 千葉エリカと渡辺摩利。この二人の関係は、都合四か月も経てば、それなりに知れ渡るものもあった。

 

 エリカの家である『千葉道場』の門下生の一人である渡辺摩利との確執は、彼女がエリカの兄貴と付き合ったことが原因だったらしい。

 ブラコンの限り……というには、少しばかり毛色が違う。何かが、2人の間に横たわる。

 

「バトルボードは、その名の通り当たりが強いスポーツだ。部活連と生徒会で推薦した光井の魔法力を疑うわけではないが、それでもそれだけが全てを決するスポーツじゃない。兵法家としても鳴らしたお前ならば分かるな?」

「……だとしても、なんで私を?」

「遠坂から頂いた資料によれば、お前の属性は風と水……、そしてお前は二者に共通する流体操作を主に狙っていたな?」

「ええ、リーナの『星霊装甲』の術式―――派生の源流『ヴォールメン・ハイドラグラム』は、私にとって作りたい『甲冑』でしたから―――まさか、それを応用する?」

 

 ここまで来たことでエリカも理解して恨みがましい視線をこちら(刹那)にやっていたのだが、素知らぬ顔で茶を飲んだことで、達也は苦笑する。

 

「ここまで言っても納得できないか? ならば、こう言ってほしいのか? 劣等生であるお前を満座の観客の前で恥をかかせるために、無茶な推薦をしたんだ。と」

「―――」

 

 眼が怒りの炎を灯して摩利を見るも摩利は動じなかった。むしろ動じたのは二人以外の部屋の全員だ。

 

「だが、あいにく私もお前の心情とやらに配慮して無茶な作戦をやらせてやろうと思うほどバカじゃない。無理だと思えば、違うヤツを選んださ」

 

 言葉を募る渡辺摩利に対して無言のエリカ。この二人は似た者同士なのかもしれない。

 

『いるべき場所』を『己の力』でもぎ取ってきた。生きる権利を、居場所を、鉄血を以て得てきた女傑二人。

 深い事情は分からないが、それがねじれたのは多分、摩利がエリカの兄と付き合ったことが切欠かとも思う。

 

(同じだと思っていたからこそ、裏切られたと思った。そんなところか……)

 

 父母と出会い友人になる前の『硬かったバゼット』は、こんな感じだったのかもしれない。そんな感想を刹那は勝手に出しながら、もはや結論は出ていた。

 

「だから、この『作戦』を採った。それをあれだけデカい口を叩いておきながら、今度は尻込みか!? お前も分かっているはずだ。私もお前も、『居場所』を得るために『何』が必要だったかを」

「………分かりました。けれどもボード自体の調整とか色々は―――」

 

 武器の不安。乗り物の調整を不安に思ったエリカが、その言葉で、エンジニア班と刹那を見るのだが……。

 

「問題ない。最良の『業物』を提供してやるよ―――――達也が」

「俺かよ!?」

「お前だからこそだ。エリカが甘えてるのは達也だしな。必要なものは出してやるから任せた」

「頼んだよ司波君」

 

 倒置法で言われて親指差しで任された達也のいつにない驚きの声はただの中村さん(?)でしかなかった。

 

 しかし逃げ道を塞ぐかのように、羽扇で口を隠した軍師『諸葛刹那』の言葉に対して追撃をかけるは、エリカのやさしい方の兄貴分 五十里啓からの言葉を受けて了承する達也。

 モノリスは一応、変則的なメンバー交換が可能である。それだけハードな競技であるからこそだが、サブメンバーとして登録されていて助かったと思う。

 

 しかし……渡辺委員長の言葉を聞いた時に、責任教師として聞いていた栗井教官(ドクターロマン)が『石田さん(?)、アンタって人はァアア……!!』だのと呻いていたのを達也は少し気になるのであった。

 

 最後の方に少しの悶着あったものの、概ね予定通りのメンバー構成となった。

 刹那が『幻のシックスマン』を用意したいと言っていたが誰の事やら……紙だけを三巨頭に出した刹那、完全に影の参謀。闇将軍となっていたのを達也は見ながら―――。

 

「盲点だったわ…」「ああ、ヤツこそが『最悪の世代』を支える最強のアシスタント」「正しく幻のシックスマンだ!」

 

 紙に書いた情報だけで三巨頭すらも納得する相手とは誰なのか……!? とりあえず1-Cの生徒とだけ言った刹那に対して同じくC組の滝川が「だ、誰なんだろ!?」とビックリしていたことは付け加えて……。

 

 そして更に付け加えると……。

 

(((((俺(私)達は先輩方からそう思われてるのか……)))))

 

 

 会頭の何気なく出した『最悪の世代』という言葉に、少しばかり愕然とするのだったりした。 

 

 そうこうしている内に……全てに決を出されるのであった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 

 帰り際。何となく十日間の日程で何が必要になるかを確認したことで早急ではないが早めに用意しておいて損ではないものを買っていくことを決めた。

 

 最初は女子は女子で用意するものもあるかと思ったが、結局エリカや深雪たちのメンバーではなく刹那を伴ってのショッピングにリーナは決めた。

 

 いつもであれば、どこそこのスーパーやら昔懐かしの商店街―――まだまだ地元経営が廃れていないということを感じさせる通りで買うのだが、今回はトラベルセットとでも言うべきものを揃えるためなのだ。

 

 行先である『富士演習場』を抱えている御殿場市ならば、大概のものは揃っているだろうが競技に集中するならば、それ以外のことで患うのも時間の無駄である。

 

「しかし、改めて考えると一科二科の制度って変よね……ただでさえ魔法師の数を揃えなければいけないのに、質を上げることで数を満たそうとしているんだとすれば、年間百人の魔法大学進学者のノルマってのもどういうことなのか意味分からないわよ。ムジュンって言葉じゃないかしら?」

「確かにな。まぁそこは深く突っ込まない方がいいんだろうな。この世界にエルメロイ先生がいないことが、とにかく惜しいな」

 

 ただ教員の確保が急務であるならば、今の様々なことをやっている実践魔法技能師たちに登壇してもらうことも吝かではなかろうに。

 

 宮沢賢治とて、様々なことをやりながら詩人として文筆をしてきたのだから、生前にはあまり評価されなかった人材であるが……シャルダンの翁みたいな『下野』した魔法師を『講師』として招くためにもリーナとの旅行を計画していた。

 

 魔法研究における実験の最長老が烈の爺さんだとして、その他が死んだ可能性があるとはいえ、何かしらの政争で下野した人材を積極登用すべきだ。

 

 そのカモフラージュもあったのだが……。呆気なく水泡に帰した。

 

 

「神代秘術連盟か」

 

「本当に突如現れたわよね。ブレイクスルーとなったのは、セツナの講座なんだろうけど」

 

「海を渡って故郷に帰れば、何やかんやと言われて末は『王』になってくれとか、意味が分からんな」

 

 

 魔術師が王とはどういうことなのやらである。先例が無いわけではないが、()の王は例外だ。

 

 

「それじゃ、ワタシが『女王』かしら?」

 

「そんな地位を望んでいるとは知らなかったな。まぁプリンセスの常道ではあるかな」

 

「似合わないってことぐらい分かるわよ。そりゃ『本物』ばかりを見てくれば、そんな感想もね」

 

「むくれるなよ。あんまり高嶺の華になられても恐れ多くて触れられないってことだよ」

 

「昨日は、何回も素肌に触れて、揉まれて、口づけられて、恐れ多いとは正反対―――ケダモノ♪」

 

「嬉しそうに言うな」

 

 

 今さらな話であり、女の子が浮かべるものではない笑みを浮かべてこちらを見てくるリーナに苦笑の嘆息。

 荷物が多すぎてもあれであるが、『工房』を設えるにしても同室の相手次第―――リーナと同部屋と言えばどうなったか……。

 

 

「言っておけば良かったのに、見せられない秘術とまではいかないが古式の伝統があるからって―――そうすればワタシと同じ部屋だったのに」

 

「まぁ、同棲していることもバレて弾劾裁判だったからな―――というわけで、監視は、もういいんじゃないですか?」

 

「おや気付かれてましたか? 学生カップルの放課後に交わされる『アレな会話』を聞いているのは、ある意味楽しかったですから」

 

 

 途中から流暢なキングズ・イングリッシュでスーパーの一角。柱に眼を向けて声を掛けると観念したかのように一人の女性が出てきた。

 

 装いとしては季節に相応しいものの、少しばかり日本の『しきたり』に沿わないサマードレス姿。

 自分も知っている女性魔法師『シルヴィア・マーキュリー・ファースト』が出てきたことで、面食らう。

 

 

「シルヴィ!!」

「こんな場では敬礼できず申し訳ありませんが、お元気そうで何よりですリーナ。セツナ君も変わりなく」

 

 短髪の中性的な顔立ちに、どことなく『出来る女』の風格を匂わすスターズの隊員の一人が出てきたことに、リーナは驚きの表情。

 マンガ的な表現ならば眼の中に(ほし)でも発生させたかのように心底のドッキリであろう。

 

 

「シルヴィアさんも変わりないようで、にしてもどっから聞いていたので?」

「恐れ多くて触れられないって―――辺りから『盗聴』していましたよ。にしても、懸念した通り、爛れた生活してますね……」

 

 

 こちらの少し恐る恐るな声と言葉に呆れるような、そうしながらも、仕方ないかぁという……やっぱり呆れるようなシルヴィアの表情にリーナは焦る。

 

「ちょっ! それは誤解です! いえ、昨日は『七回』でしたが、頻度は抑え気味です!! 多い時は『週八』のペースです!!」

「オィイイイイイイイ!! なんだって昔馴染みが出てきた途端にポンコツ化するよマイハニー!? 思わず銀魂みたいな叫び出ちゃっただろうが!」

「毎日以上とは……まぁ、枯れてるよりはマシなんでしょうけれど……」

 

 桐原先輩の声がインストールされたかのような叫びを上げてリーナを抑えにかかろうとするも時すでに遅し、眉間を抑えたシルヴィア少尉も気付いた。―――色々と騒ぎになりつつあるので、この場は一時退散することにした。

 

 スーパーのフードコート。地下の方に設置されたそれは、放課後の学生たちで少し混雑していた。

 

 その中に魔法科高校の制服が見受けられなかったのは、ここが彼らのフィールドではないからだろう。やはり目立つのか少しの目線の集中を浴びながらも、とりあえず席を確保。

 今や自動化されたファストフード店の受付カウンターにて注文をタッチパネルで押して適当なものを注文して、自動化された機械処理で調理された軽食が出てきた。

 

 こういうのを見ると、一応2020年代に生きてきた刹那としては、人類の進歩に関して恐ろしいものを視る。

 これならば無用なクレーマーが出る必要もないし、店員のナンパも起きない。同時に人件費の圧縮にも繋がる……しかし、味は―――まぁ何というかアレである。

 

 ともあれ、男の役目としてそれらをトレーに乗せて二人の待つ所に持っていく。

 

「お帰りー」

 

「たいした時間経ってないけどな」

 

 リーナの言葉に返しながら席に座る。適当な乾杯の音頭というわけではないが、植物由来の容器に入ったドリンクを打ち鳴らして、再会を祝う。

 

「しかし、学生が多いですね。まぁ当たり前ですが、なんか新鮮な気分ですよ」

「そんなに昔のことでもないのに……」

「それでも、ハイスクールで過ごした思い出は年数では語りきれないことなんですよ。覚えておくように」

 

 普通学校ではない魔術師の特異な学府で過ごした刹那には、その言葉は染みわたるものがあった。

 

 とはいえシルヴィアもまたUSNAの魔法師の学校で過ごしただろうから、それもあるかと思う。

 そんなこんなでスターズ隊員。恒星級ではないが、それでも『この人がいなきゃはじまらない』とも言える参謀役が、ここにいるのは、何故なのだろうかと思う。

 

 まさか本当にリーナと刹那の生活態度のチェックをするために派遣したわけではあるまい。そう考えて、『帰還』や『始末任務』『脱走兵狩り』『アウトサイダー』……様々考えて、問うたのだが……。

 

「普通に風紀の綱紀粛正です。別にあなた達二人の恋仲であり深愛の限りに何か言うつもりはありませんが、とりあえず『少しは自重させたい』という思いですよ。――――スターズ隊員総意の意見です」

「まぁ総隊長が色ボケすぎても困りますか」

「元凶であるセツナが言うべきことじゃないわよ……ワタシにも原因はあるけど」

 

 二人して少しだけの反省をするも、色々と『注意』はしていたしお互いの身体を気遣ってもいた。

 それでも日常生活に害が無いからと、別に勉学にも何も影響がないとはいえ、まぁ皆の気遣いを素直に受け取っておく。

 

「まぁそれ以外の任務もあったのですが、こちらは私一人で何とかなります……というか、もはや終わったのですが……」

 

 やはり何か違うミッションがあったようだが、どうにもシルヴィアの歯切れは悪い。渡されたのはマイクロチップ一枚。

 

 それに仔細が書かれており、一応頭に入れておけということらしい。

 

「ブランシュの壊滅。そして『人間主義者』の解散……大亜が、どんな手を打ってくるか分からなくなってきましたよ」

「大ポカというわけではないが、運が悪いというか、なんというか……」

 

 正直、今まで投資した額から察するに、かなりの痛手ではないかと思う。

 おおがかりな工作活動の割に得られたものは、殆ど無くそれどころか全てを失うほどの災厄の原因になり果てた。

 

(捨て鉢な一手に出るか、思いも知れぬ一手を打ってくるか―――どちらにせよ死期を早めたな)

 

 そも大本を辿ればかつての大漢の頃のアンタッチャブルな話に遡り、そこからここに至るまでに、刹那が余計な茶々を入れたのも一つだろう。

 

「大亜にとってのアンタッチャブルにセツナが含まれてるのかもね」

 

「セイエイ・T・ムーンは、彼らにとって二部の『リナ・インバース』も同然になっていますからねぇ」

 

「別に、俺だって余計なことしたいわけじゃないっての。俺の知らないところで勝手に陰謀でも何でも巡らせればいいのに、俺が行くところで変なことやらなければいいんだ」

 

 しかし、魔術師の運命とは、そういうものだ。魔性は魔性を引き寄せる。魔的なものに関わる人生である以上、そこには絶対にそういう運命が待ち受ける。

 偶然出かけた街で、違法魔法師に会ったり、ロクでもないことを画策する連中と出会う。

 

 これは『必然』なのだ。ならば、その際の運命に打ち克つための方法は己の持つ力にしかないのだ。

 

「とりあえず今は、キュウコウセン……でしたっけ? 面倒ですから『ナインライブス』とでも呼称しておきたいぐらいですが、それに全力を尽くすべきですよ。スターズ隊員から請け負った応援要請と録画機器の準備はばっちりです♪」

 

『『来るのかよ……』』

 

 二人にとって頭が上がらない姉貴分の言葉に少したじろぐも、まぁ応援されて嬉しくないわけではない。というかバランス大佐もそうだが、皆してリーナと刹那を自由にさせ過ぎではないかと思う。

 

 ともあれ、シルヴィアがスターズ全員からの応援を届けにきたという体で、面倒見のいい姉貴分として富士に来るらしく……、何か起こるのではないかと少し不安に思いつつも、九校戦の日は近づくのであった……。

 

 ・

 ・

 

 買い物から帰宅して晩御飯。客人もいるので刹那なりに少し気合いを入れての調理となった料理は好評であった。

 

「やっぱり刹那くんのご飯は美味しいですね。リーナ~。結婚したら主婦できませんよ~♪」

 

「で、できますもの! ちゃんとお料理もするし、掃除はHAR任せかもしれませんが、それ以外のことはちゃんとしますよ!!」

 

 からかうような言い方のシルヴィアにムキになるリーナ。しかし、そこにフォローを入れてくるは未来の旦那であった。

 

「今から意気込んでも、長続きしないから考える程度にしておけよ。どんな生活になるか分からないんだからさ」

「うん……♪」

 

 頭を撫でられて落ち着くリーナを見て、箸を口に入れながらジト目になってしまうシルヴィアである。

 しかし、これはニューメキシコのスターズ本部でも度々見ていた光景でもあるから、ある意味懐かしいものであったのだが……。

 

(もはや結婚することは確定的なんですよねー……やっぱりこういうの間近で見ると少し女として複雑ですね)

 

 

 シルヴィア・マーキュリー・ファースト 25歳。妹分に色々と負けている事実に打ちのめされるちょっとおセンチな年頃であった……。

 

 



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第41話『九校戦――会場入り――』

感想欄にも返信しましたが、結構勘違いさせたみたいで申し訳ありませんでした。


今回来日しているスターズ隊員はシルヴィア・マーキュリーだけなので、その辺りを明確に今回描写できたかと思います。

重ねて誤解を招き申し訳ありませんでした。


「それじゃ全部の準備はいいですね?」

 

「忘れ物無し、必要なものは全て揃っています!!」

「同時に、不測の事態の場合のマネー残高、電子及び現金ともに余裕あり」

 

 

 リビングにてシルヴィアの質問にまるで新米少尉の如き声と態度で答えてカバンの中身を見せるリーナに対して刹那もお互いの財布の中身と端末残高を見せて冷静に返しておく。

 

 

「よろしい。では後は出るだけですね。やはり遠出する時は色々と不安になりますからね―――第三者が確認しなければなりません」

 

 

 オカンか?と思う程に、もはや姉貴分通り越して母親の顔をしているシルヴィアに少しだけ不安を覚えるリーナと刹那であるが、本人は何度も頷いて満足しているようなので、そこは特に突っ込まないでおいた。

 

 

「では、あちらでは一度は顔を見せてくださいね。お小遣いの催促をしても大丈夫ですよ」

 

「いやいや、本格的にオカンだよ。大丈夫マーキュリー?」

 

「そうです。シルヴィも楽しんでくださいよ。みんなが来れない分、撮影だけに執心しないで」

 

「アビゲイル博士編集の結婚式で流すビデオの追加素材が欲しいので、まぁその辺りが済めば―――日本の魔法師達の祭典(フェス)。楽しんでもいいかもしれませんね」

 

 

 そんな理由で来たんかい。と思うと同時に、リーナと刹那の端末に秘匿されたメール形式だがUSNAから様々な激励メールが入ってきた。

 

 それに目を綻ばしつつも、今から泣いてはダメだ。けれどちょっと泣きそう。男の子だもん(寒)

 

 

「泣くなよリーナ」

 

「そうね。泣くときは――――アナタの家のお嫁に行く時だけよね」

 

 

 その回答もどうかと思うも、そろそろ出なければいけない時間である。

 窓などの施錠。同時に魔術的な施錠(ミスティロック)を掛けることで、一種の魔術防災を順繰りに掛けながらシルヴィアも忘れ物無しな荷物を持ち出る準備が整う。

 

 家の玄関を抜けると二台の自動車型のキャビネットが配置されていた。最後の施錠を掛けたことで、刹那が帰って来るまでここには入れないようにした。

 そんな様子を見たシルヴィアは、満足してから最後までオカンな態度と姉貴分としての言葉を二人に掛けた。

 

 

「さて、では―――がんばってきてくださいね二人とも!」

 

「はい! 行ってきます!!」「がんばってきます」

 

 

 刹那とリーナはバスターミナル行きのキャビネットに、シルヴィは駅行きのキャビネットに乗ることで、二手に分かれる形となる。

 

 シルヴィアの激励を戦端として九校戦が幕を開いたといってもいいだろう……。

 

 

 † † † †

 

 

「ふむ。遠坂刹那か……まるで、はじまりの魔法師『――――』のような男じゃな。経歴不明、出生不明、同時に今までの魔法師の活動実績も不明」

 

「まさしく謎の人物よね。それでいながら、その理論は『最古でありながら最新』―――そうとしか言えないなんて」

 

 

 ロード・エルメロイⅡ世という人物に師事した少年の授業は、学校の垣根を超えて、場合によっては違法配信で国の垣根すらも越えていき、全ての『行き詰っている』魔法師たちを熱狂させた。

 

 もちろん、栄達に栄達を、栄光の階段を上っていた人間達の耳目も集めること間違いなかった。自分達『国立魔法大学付属第三高校』―――通称『三高』の人間達もだ。

 

 少女二人。少し古めかしい言葉遣いの『四十九院沓子』(つくしいんとうこ)と少し冷めたというかドライな印象を受ける『十七夜 栞』(かのうしおり)とが言い合い、遂に件の男と今日にも対面出来るのだと少しそわそわする想いだ。

 

 

「二人とも、男のことでいちいち気を揉まない。所詮、どう言った所で我々と同じ15,6の少年なのですから、第一、本当に高貴な淑女であれば、あちらから声を掛けてきましょう」

「とか言いながら愛梨が一番、そわそわしていたよね?」

 

 蜂蜜色の豊かな金髪にアメジスト色の瞳の美少女。周囲の空気を変えてしまうぐらいに整った人間―――そんな彼女の取り繕った言動を否定する栞。それを次いで沓子がからかいの言葉をかける。

 

「うむ。昨日などいつもよりもエルメロイレッスンをヘビーリピートして大画面の引き伸ばしで、遠坂刹那を見ていたからの。そして今でも暇を見ては端末を弄って、呆けた顔で遠坂刹那を見ているぐらいじゃ」

 

「ち、違いますわよ! そう言う恋慕とかではなくて―――そう! 倒すべき敵として! 十師族およびナンバーズが築き上げた社会を維持するためにも、いずれは打ち倒すべき相手として見ていたのですわ!! 言うなれば呪いの札を叩きつけるように『視線』で穿っているのです!!」

 

 呪殺の視線、エルメロイレッスンによれば、『石化の魔眼』(キュベレイ)というのが有名らしい。そういう体で見ていただけだという愛梨だが、無理である。

 第一、倒すべき敵とは言うが、男子と女子では競技種目が違うし、そんな男女無差別級なリーグも無いのだ。

 

 魔法力に『性差』は無いだろうが、それでも分けられているのは―――まぁ『伝統』なのだろう。荒事に使われることも多い魔法ではあるが、それでも本当の荒事において最前線に立つのは男なのだから。

 

 無論、必死になり焦って否定した三高一年女子『一色愛梨』(いっしきあいり)の心には、そんな風な『ライバル心』というのはなかったのは明白なのだが。

 ほのかな憧れのみを伴った心が灯っていたのだが……。

 

 新幹線型のキャビネットの中で、そんな風に騒いでいた連中。車両の一つ全てを、かつての相撲取り、修学旅行生の如く借り切った三高の一年生徒のかしましい声に『若いなー』と老人の如く感じるのは、彼女らの先輩である『水尾佐保』である。

 

 カチューシャで止めた前髪が特徴的なデコ先輩は、言うか言うまいかを決めかねている。一年女子の中でも目立つこの三人。

 俗称『悪役令嬢と二人の取り巻き』などと男子から言われている連中と親しいのも佐保なので、皆からせっつかれてしまう。

 

『真実を知らせてやれ』という同級生及び二年の後輩たちからの無言の圧力に耐えて耐えておく。そうしていたのに―――。

 

「そうだ。水尾先輩は一高にナンバー交換している知人いるんでしたよね? 遠坂君がフリーかどうか知れば愛梨もヤキモキしなくていいかもしれない」

 

 き、きやがった―――!! 内心でのみ『エクレール』(稲妻)にでも撃たれてしまったゼニガメ(?)の心地になってしまう佐保。

 思わず背筋を正してしまう『しおりん』の言葉に、佐保は覚悟を決める。まひじょうたいで何も出来ないではなく、少しだけHPが残ったサトシ(?)の水ポケモンの根性を思い出すのだ。水尾佐保!

 

 自分を叱咤激励してから椅子の逆座りの如く高い背もたれから顔を出して後ろにいた後輩に対して口を開く。

 

「えーとね。三人とも、特に一色。おちついて聞くようにね。私も彼の授業が始まってから気になって色々聞いたんだ。それによるとね――――」

 

 伝えられる驚愕の事実。

 恋人は居る。ちょーラブラブ。『若干』人目を気にしないバカップルという三つの言葉(呪文)で、一色の表情が曇る。

 

 彼女とはアメリカにいる時に知り合う。両親にも一応、挨拶済み。『本家』の爺さんも好意的。

 その言葉で気付いたらしき『トウコ』と『しおりん』が、端末の画像―――遠坂刹那の隣をズームアップ。

 

 一色の表情が、曇天から―――荒天へと変わる。これはもう嵐が来るなと気付く。

 

 恋人は『アンジェリーナ・クドウ・シールズ』。ミドルネームから分かる通り『九島』の系譜で、金髪碧眼の超美少女。一高の一年では『ある生徒』と人気を二分しているとのこと。

 

 

「それと彼女と本当ならば九校戦期間中に婚前旅行を企画していたとかなんとかとも聞くからね……大丈夫、一色?」

「こ、こんな理不尽許されていいんでしょうか!? あれだけ憧れていた男性―――いえ、打ち倒すべき敵として認識していたというのに―――」

 

 端末を握り潰さんばかりにわなわなと身体を揺らす一色の姿は三高の生徒にとってレアすぎたが、吹き荒れるサイオンがとんでもないものだ。

 

「取り繕うとしてももう手遅れだから! 素直に打ち明けなよ……けれど、そのね。諦めた方がいいと思うよ……横恋慕とか略奪愛とか、一色みたいな子に出来ないでしょ?」

「出来ます!」

「そこはウソでも、『無理です』とか言っておいてよ!! 即答とかウチの後輩予想外すぎ!! と、とにかくアンジェリーナさん。通称リーナさんと遠坂君は恋仲なの」

 

 エクレールの文字通り稲妻の如き即答に水尾佐保は驚くも、そういうことだと伝える。荒天で少し落ち込んでいたところからの復活。

 予想外な一色の百面相に佐保としても、頼もしいやら不安定すぎるとしていいのか、少しだけ考える。

 

「けれど愛梨に勝ち目はないと思う」

 

「なんでよ? こんなヤンキー娘。如何に九島の系譜と言えども傍流の出で、私が勝てぬ道理はありませんよ!」

 

 令嬢としての誇り、現代に『生み出された貴族』としての矜持で栞に返す愛梨。彼女は己が数字持ちの家の直系であり、誇り高い魔法師であることに尊大ではないが、それを誇る。

 

 その姿と態度は、刹那が見れば『地上でもっとも優美なハイエナ』を思い出しただろう……。

 

「いやいや、確かに見目の麗しさではいい勝負かもしれん。お主もリーナも外国の血が入った純粋な日本人では醸せぬ美があるのだが……」

「このグラマラスバディに対して――――愛梨の『普通』(アベレージ)なスタイル……。33-4だよ」

 

 

 言葉を濁す沓子の後に言って栞が表示するアンジェリーナ・クドウ・シールズの全身画像。

 投影画像で引き延ばして表示されたそれに映る一高制服越しでも分かる欧米系のスタイルに歯噛みする一色愛梨。

 

 しかもその画像は刹那の腕を取って並んで歩く画像。

 こんな今では見かけない恥ずかしすぎるバカップル、誰が撮ってるんだよ。と余計なことを思うぐらい一目見て分かるほどに……アンジェリーナのスタイルは群を抜いていた。

 

「ぐぬぬぬ……、こんな勝敗の着き方ありますか!? いえ遠坂くんとて、こんなおっぱいと尻がデカいだけのヤンキーに内心辟易していますわ。ならば、大和撫子でありながら、フランスの血筋の私が、このヤンキー娘を打ち倒して見せるだけです!!」

 

 なんとも前向きな結論の出し方。とはいえ、直接話をしなければ分からぬこともあるだろう。それからだ―――そこで打ちのめされてしまえば三高のエースは、戦う前から撃沈してしまうかもしれない。

 賭けだな。と女子陣及び男子陣も考える。

 

 ちなみに言えば三高男子は一色を引っ掛けることは既に諦めていた。この令嬢の誇り高さとそれに裏打ちされた実力は、同じナンバーズ。それも上位でなければ無理だろう。もしくは遠坂刹那のように『視るものが視れば価値が分かる男』でなければならない。

 

 

 ――――そんな三高男子の中でも、条件に『当てはまる男子』の一人は、後ろの方の喧騒に呆れるように苦笑していた。

 

「相変わらずだな一色さんは」

「まぁ彼女と『マサキ』がウチの要だからね。気持ちを転換してくれたのは助かるよ」

「それは買い被りだ。三高の本当の要は『ジョージ』お前だよ。俺とお前で三高を優勝に導こう」

 

 隣り合う席に座る男子二人の会話を耳ざとく聞いた多くの男子がからかうように言ってくる。

 

「おいおい一条、吉祥寺ー。俺たちには何も期待していないのかよ?」

「いいえ、もちろん先輩方の力は疑っちゃいませんよ。ただ俺たちの力―――微力でも三高の優勝に近づけようという決意表明ですよ」

「言うじゃねえかよ。だが頼んだぜスーパールーキーズ。お前たちが、『遠坂刹那』を打ち破ってくれれば、勢いが着くぜ」

 

 戦闘系魔法を主要なカリキュラムとして採用している三高だけに、若干他の高校よりも体育会系の匂いが強くなるのも仕方ない。

 そんな中で一条将輝と吉祥寺真紅郎という優しい顔立ちというか、似合わぬ人形じみた容姿は色々と先輩たちを惹きつけた。

 

 だが、それでも認められたのはやはり、その実力が本物だったからだ。同時に将輝も真紅郎も、この気風のいい先輩たちの為に優勝旗であり優勝杯を獲ってあげたいと思うのだった。

 

 そうして―――三高の新幹線が徐々に静岡に近づく中、一高もまた静岡に向かっており―――目的地に到着すると同時に二人ほどが、くしゃみを数回した……。

 

 

 † † † †

 

 

「リーナが二回で、にくまれくしゃみ」

「刹那が三回で、おもわれくしゃみか、噂したのはどこのどいつなのやらだな」

 

 そんなものは迷信だろうが、と司波兄妹に言えないのは『魔術師』としての性だろう。

 

 達也と一緒に台車を押して皆の荷物を所定の位置に持っていく必要があるからだ。しかし、高速道路は本当に『快適』だった。

 特に何の『事故』や不測の事故も無く『四台のバス』が、不足なく目的地に到着したのだから……。

 

 

「にしてもリーナって歌が上手いのね。これだったら、もっとはやくにカラオケに誘うべきだったわ」

 

「い、言わないでよミユキ。確かに歌は好きだし、上手いとは自負しているけれど、だからこそカラオケに行けないわよ」

 

「??」

 

「そこで俺に目線向けないで、白状するとだ。リーナと一緒にカラオケ行くと8曲ぐらい連続で入れて日笠さん(?)メドレーにしてくるから、近所の兄ちゃん姉さん方ドン引きだったんだから」

 

「ちょっ! セツナ!! それは言わないでよ!!!」

 

 深雪に言われた時よりも羞恥心が増した顔のリーナに引っ付かれるも台車の押しに乱れは出さない。

 思い出すのはニューメキシコのフェニックス基地に併設されたパブでの事だ。如何に兵士とはいえ、未成年を盛り場に行かせるのは不健全だという一種の倫理観の緩和の為とリーナの仲間はずれ感の緩和のためということで……。

 

 カラオケ装置で謳わせたのだが、まさかメドレーで一挙に入れてくるとは思っていなかっただけに、すごくみんな―――盛り上がって、総隊長の意外な特技であり趣味に少しだけ親近感を覚えたとのこと。

 

 しかし、他の人間にマイクを使わせず『ワタシの歌を聴け―――!!』などという熱気で婆娑羅(バサラ)ものな状態になるとは思っていなかった。

 

「まぁ何かの余興でやってもらうのもいいかな?」

 

「本人の意思確認は密に―――とはいえ、任されてしまえばやる女だよ。リーナは出来る女だ」

 

 

 考え込む達也に一応、釘をさしておく。が本人は本当に悩んでいたようだ。

 

 

「ううっ、まさかニホンの旅行では退屈な移動中に歌を披露するのがデフォルトだと知らされていたのに、こんなことになるなんて……」

 

 シルヴィアの指示だな。と刹那は内心では思いつつも、そこは指摘しないでおくことにした。

 

 ちなみに三年生主体の車両では会頭がバラードでフェロメンな歌声を披露してみんなをうっとりさせたり、二年生主体の車両では桐原先輩が『アレ』なコミックソングで車内を色々な空気にさせて、『武明、ちゃんと歌いなさい』などと遠方にいる父親からお叱りを受けたりしていたそうだ。

 

 道理で二年生が出てきた時に、気持ち悪そうな顔をしたり、反対に面白そうな顔をしたりしていたようだ。

 

 変化が無かったのは五十里先輩と千代田先輩であったが、アレは例外。二人だけの世界を作って『結界』としていたので影響を受けなかったのだ。

 

「『懇親会』までは時間があるな。刹那、これを届けたら一旦、部屋に荷物を運ぶか―――俺もお前も『特殊』だろう?」

 

 刹那と達也の宿泊先が特別なのは色々と考慮した結果なのだろう。一年生であるのに1人部屋のシングルダブルの部屋を宛がわれたことに誰も疑問を持たないのはどうかと思うが。

 

 そんなこんなで男二人の予定が埋まると同時に女二人も生徒会長に呼ばれていたので自然と分かれる。

 達也とて二科生に渡される校章入りの上着の受け取りがあるのだ。

 

 手早く済ませなければならない。古めかしい旅行鞄を部屋に入れると同時に、領域化。あちこちに遠坂刹那の『意識』を浸透させていき、刻印と宝石を使ってなるたけの工房化をさせていく。

 

 遠くには富士山の絶景が見える窓の風景―――魔術師の工房であれば、特殊な状況でない限り『地下』にあった方がいいのだが、やはり日本有数の―――というか誰も『管理できない霊峰』を有する霊地である。

 地下に設営した工房の如く『調子』が良すぎるぐらいに領域化が済んでしまう。部屋の中心にルビーを溶かした魔法陣を敷くと全ての作業は完了した。

 

 凡そ40秒の早業であった。

 

 

「今は―――こんなもんでいいだろう」

 

 

 もう少し凝っておきたいものもあったが、それは懇親会から帰って来てからでいいだろう。しかし元来の凝り性である達也は少し時間がかかっているようだ。

 部屋から出て、未だに友人がいないことをそう結論付けた時に―――背筋を粟立たせる魔力が放たれる。刻印が自然に警戒を発して魔術回路が、叩き起こされる。

 

 

 危険―――そうとしか言えない気配は廊下の突き当たりから出てきた。紅眼に眼が覚めるような銀髪を一本編み上げてお下げにして背中に垂らした女。

 スタイルは正に欧米系のもので、リーナとは違い北欧系だろう肌の色をした女は―――魔性の魅力をこちらに向けていた。

 

(あの制服は―――四高の制服)

 

 

 クリームホワイトとでも言えばいいのか、アクセントも何も無くズボンやレギンス程度が黒としてあるだけの白系統の制服はまるで新雪を思わせる。

 そんな制服が外連味なく似合い埋没しないのは―――女のどこまでも赤い眼があるからだ。

 

 

 その赤眼は魔性の瞳だ。歩いてきた。もはや自分との距離は五歩も無いまでことで、その女に危険を覚えていたのだと気付き。

 

 

「私と同じね。贋作者(フェイカー)―――」

 

 

 耳元で囁かれた言葉で振り向いた時には、既に刹那の背中の方にあった突き当りに進んでいた。背中を見せながらも曲がろうとしている女は、ガンドでも撃つように人差し指と魔性の眼であり整いすぎた顔をこちらに向けて―――。

 

「トオサカ・セツナ―――キミは私に恋をする。これは運命(Fate)よ……逃げないでね?」

 

 ウインク一つを残して放たれる処女神アルテミスの放つ『愛矢恋矢』の如く言う少女―――恐らく二年か三年だろう女の言葉をレジストして、逃げるかよ。と睨むも呆れるように去っていく女。

 

 そんな様子は―――ばっちり出てきた達也に見られており―――。

 

 

「お前は本当に、色んな女に絡まれるな。しかもどいつもこいつも『異常者』の類だ」

「なんでだろう。お前にだけは言われたくないな」

 

 そう返すと達也は少し人の悪い笑みを浮かべていた。

 

「リーナに言っていいか?」

「夜食に鎮魂海鮮八宝饅頭を差し入れよう」

「契約成立だな。けれど、また絡んでくると考えれば割が合わなくないか?」

「いいさ、元々夜明かししてまでも光井や雫にエリカのCADまで面倒見るだろうことは予測していたしな。というか深雪からの要請だった」

 

 ツーカーで言い合いながら、結局あの女―――四高の人間に関しては達也の『情報網』でも引っ掛からない人間らしい。

 

 留学生ということも考えにはあるという言葉を聞きながら階段を下る。急ぎではないというか、あまり早めに会場入りしたくない達也の心を気遣っての事だったが―――。

 表情を見ると、とりあえず海鮮饅頭を楽しみにしていることだけは分かる表情であり、達也が変わったなぁ。と考えるのだった。

 

 そんなこんなで階段を下ってから目的地であるレセプション会場へと赴くとそこそこの人だかりが出来ていた。

 魔法科高校九校合同の懇親会―――九校戦前の前哨戦も始まろうとしていた……。

 

 



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第42話『九校戦 懇親会の騒動』

 

「いささか演出が過ぎたかしら?」

 

「彼はお嬢様を敵視していました。まぁワケが分からなさすぎましたな」

 

「同郷の出がいきなり現れたんじゃそうなるか。あちゃ。また失敗したわね……とはいえ今は顔見世程度……私も色々と事情があるもの」

 

 『ドイツ』への『留学』から帰ってきて早々に九校戦に入り込んだのだ。同級生や後輩たちの為にも勇戦しなければなるまい。

 

 刹那の目の前から去ってからいきなり現れた傍らに立つ巨漢の従者という『体』の在りえざる巨漢―――『従僕』(サーヴァント)は、いつでも明快だ。同時に人の気配を察知して霊体化を完了させる。

 

「いたいた! 『イリヤ』先輩! そろそろ懇親会ですよ」

 

「はーい。いま行くわ。待っててねー」

 

『『待ってまーす♪』』

 

 

 部屋から出てきた気に入りの後輩達に軽快に返しつつ、四高に用意された階層の部屋。伊理谷理珠(リズ)の私室に入り込み赤と銀の化粧箱から口紅を取り出して薄くルージュを引いておく。

 

 半年ぶりの日本……あの霊基グラフに反応があった日から覚えていた。来てくれた。私のただ一人の繋がり―――、母から寝物語に聞かされていた。

 運命の邂逅。同じ『父』を持つがゆえの親愛をいずれ一身に注ぐのみ。

 

 

「待っていたわよ。セツナ―――私のたった一人の『家族』……アナタが嫌でも私に眼を向けるようにしてみせるんだから」

 

 

 手早い準備を完了させてお色直しをした『リズ』は、部屋を出て後輩たちに合流。色々な声を聞きつつも、霊体化した巨漢に周辺警戒を命じる。

 

 眼のいい連中がいれば、『万が一』ということもあり得るからだ。

 

『承知しました。リズお嬢様―――』

 

 言葉と同時に最高位のゴーストライナーがセキュリティ上、絶対に入れないはずの場所で警戒体勢を開始する。

 

 

「さぁ戦争よ――――」

 

『『『『はい! お姉さま!!!』』』』

 

 

 号令一下、銀髪紅眼の魔女の指揮のもと四高も前哨戦へと参加することになるのであった――――。

 

 

 † † †

 

 

「コンシンカイ―――って結局ティーパーティーみたいなものなのね」

「政治的なものは含まれていない普通のものとしたいんだが、もうちっと正確に言えば、若手の将校たちの集まりみたいなものだな」

 

「私も誘われたわね。ただのボードゲームやダーツゲームをするだけだと思いたかったけど」

「絶対にロクでもない誘いだよ。第一、未成年を誘うなってんだ」

 

 ここまで英語で会話しながら、そうそう盗聴されないようにリーナと話していた。そうしなければ、何というかあれだったからだ。

 

 パーティー会場に一高全員、扉を開けながら入ってきた時に様々な視線と声が上がった。

 好意的なものは、かなり好意的なものだが、悪意的なものは悪意的だった。

 

開けゴマ(open sesame)したらば、そこにはアリババが望む宝は無かったな」

「隣にいる恋人が、唯一の宝だと実感することね♪」

 

 それに関しては全面的に同意である。腕を取って引っ付くリーナ、少し前までは一高の他の一団といたのだが、別に固まっても良くないだろう。

 

 めいめいの体で動いていく人間達。他校の知人に挨拶、ライバルとの意思確認。とりあえず仲良しグループで固まりつつ相手の出を待つものたち……。

 

 煌びやかなパーティー会場。いつぞやライネスとエルメロイ先生の従者の体で訪れたバルトメロイ派の社交界を思い出すも、あれよりは『選民意識』に凝り固まっていないのは、歴史が浅く派閥も脆弱だからだろう。

 

 そんな中、勇気を出して五高の一年だろう人間が、一応魔法師界のセレブでありプリンセスであるリーナを引っ掛けようと声を掛けてきたのだが……。

 

「SORRY、先客であり一生を遂げる人がいるの♪」

 

 と笑顔で断りを入れた。刹那の腕を取りながらの言葉に五高の生徒全員が撃沈。

 五十嵐も、少し離れたところで言葉を聞いていたが、不沈艦の異名に違わず逆らおうとしていたが耐え切れず轟沈。

 ……今日は五の数字に優しくない日なのだろうと少しだけ同情しておく。

 

 そうして、いずれは恐らくリーナの『親族』が入るだろう高校の辺りに美味しそうなメニューがあるのを見て、それを食べてみることにする。

 

「ベリーティスト! これって白子の天ぷらってやつよね? 中々食べられない―――ああ、美味だわ」

 

 リーナが熱中しているテーブルには、珍しいというかなかなか見かけないものが置かれていた。

 リーナに倣うわけではないが、一つ口にして食べると絶妙な調理がなされたもので『魚卵』の中でも火の通しに気を遣うものだから―――この味は中々である。

 

「ふむ。「解析」して後で作ってみるか……何か他に作ってほしいのあるか?」

 

「嬉しいわセツナ。和食のスキルを上げていくことで、ワタシとセツナの子供は、この世の全てを知り尽くせる人間になれるのね♪」

 

「遠大な計画。まぁ中華と洋食が得意なだけってのも『日本人』としてまずいよな」

 

 普通の日本人ならば、この時代『料理』が得意というのは特に気にしないものであるが、やはり本当に『美味しいもの』を作るには、手作りでやらなければいけない部分もあるのだ。

 そんなこんなで和食エリアのテーブルで舌鼓を打っていたらば―――。

 

 少しの空気の乱れを感じた。誰かが近づいてきて、こちらに近づいてきた存在に『近づこう』とするものを感じる。

 

 感じつつも、こちらから動くことはしないようにした。出方を窺いつつ、リーナの口を拭くためにハンカチを使う。

 

「そこは口で掬い取るとかしてよ。セツナの意気地なし」

「そんな恥ずかしいこと、こんなところで出来るか」

 

 こんなところじゃなきゃやっているのかよ。と気付いた連中の口に甘い感覚が生まれたが―――。

 それ以上に和食エリアに近づいてきた金髪に注目が集まる。

 

「あの三高の一色さんですよね。よかったらお話でも」

 

 積極果敢に話しかけた七高の『モブ崎』を感じて、とりあえずその応対を見守る。

 腕組みして誘いを聞いていた一色だが……。

 

「あなた―――十師族?百家?何かの優勝経験は? 誇れるべきものが無い人間と語る舌を私は持たないの」

 

 睨みつけるように言ってくることで面食らった様子のモブ崎Ver,7が焦ってそんなものはないと言ったことで、一色とかいう女は―――。

 

「話すだけ無駄ね。行きましょトウコ、シオリ―――」

 

 にべもないあしらいで返した一色なる女がブーツを鳴らしながらやってくる様子を感じる。

 

(どうやら目的は俺かリーナのようだな)

 

 出来ればリーナでありますように、などと思いつつ―――とりあえず無視するように卵焼きを食べていたのだが……。

 

「――――」

「セツナ、このイカメシっての美味しいわ。今度家で作って!」

「新鮮なイカを手に入れられるならばな。まぁ豊洲に直接出向いてもいいか」

 

 

 そんな風にとりあえず和食を食べていたのだが―――何だろう。何も話しかけてこない様子に少しだけ怪訝な想いである。

 

 一色は、こちらに話しかけてくるかと思ったのだが、一向に話しかけない様子。取り巻きの2人も焦った様子で一色をゆすっている。

 

 

「はー……お腹一杯だわ。それじゃ戻りましょう」

 

 リーナが、刹那の腕を取って歩き出そうとする様子に怒りのプレッシャーが吹き荒れていき……。

 

「ちょっと待ちなさいよ!!!」

「いでで なっ!何するだァーッ!!!」

「ワタシのセツナの肩を! ゆるさんッ!」

 

 一色なる女の横を通り過ぎようとした時に、肩を思いっきり掴まれてしまった。

 たいして痛みは無かったが、今の今まで無視されてむかっ腹が立っていたと思われる力が籠っていた。

 

「よくも今の今まで無視してくれましたわね……天地に敵なしとまで言われたこの一色愛梨! ここまでの侮辱を食らうとは思っていませんでしたわ!!」

 

「はぁ……けれど、先程のモブ崎Ver,7への対応から察してリーナはともかく俺に何か用があるとは思えないんですが」

 

「というかこっちも用は無いのよね。あっモリサキが何かを叫んでるわ」

 

 リーナの指摘で一高の方を見ると、確かに何か叫んでいる。つーかみんなして俺達の方に注目を集め過ぎである。

 

 そしてモブ崎Ver,7もまた叫んでいるモブ崎の顔を見たことで―――ちょっとしたシンパシー『君の姿は僕に似ている』状態になっていた。

 面倒なというかどうでもいいことに二人のモブの間に梶浦サウンドが鳴り響いているのを横に―――相対しあう二人と三人。

 

 注目が集まっているのが少し辛い。

 

「私の名は三高の一色愛梨、こちらは十七夜 栞、四十九院沓子―――以後お見知りおきを」

「一高の遠坂刹那です。こっちは―――」

「妻の遠坂アンジェリーナです。どうぞよろしく」

 

 ぴきっ! と空間に亀裂が入ったように感じる。

 

 リーナの挨拶に動揺の声が周囲から漏れて―――。どよめきは広がっていき―――更に広げる一言が放たれる。

 

「そして私は第二夫人の遠坂雫。よろしく」

「どっから出た―!?」

 

 いつの間にか、リーナが左隣に引っ付くのと相対するように、右隣に現れた北山雫が変な挨拶をしてきた。

 

「あっちも三人の挨拶ならば、こっちも三人で対抗するべきだって達也さんが」

 

 いつもの無表情な顔のままに言ってくる雫にホントかよ?と思って達也にバチバチっと火花を飛ばすも首を横に振る達也が―――ハンドサインで『健闘を祈る』としてきたのに対して、『ふざけんな』と返しておく。

 混乱に混乱を呼んだことで、とんだ『うしろゆびさされ組』となってしまったものだ。

 

 周囲からは……『あんなナイスバディな彼女がいるのに! ロリな愛人までいるのかよ!!』『おのれ遠坂刹那! 奴こそが魔法師界のドン・ファン!』『魔法師のラスプーチン!!』『いつかヤツを倒して、ラスプーチンのように陰茎をホルマリン漬けにしてくれるわ!!』

 

 最後の言葉を言ったヤツは自分の母校の女子からすっごい冷視線を浴びていたことだけは確かである。うん、口は災いの元。

 

「んで一色さん……巷では大層な名前で呼ばれている君が、俺みたいな二十八家はおろか百家ですらないその辺の有象無象の魔法師に用事があるのか?」

 

「いや違うわよセツナ、この微妙にビジュアルが被っている女は、ワタシに用事があったのよ―――というより見てると少しムカつくわ」

 

「同属嫌悪ってヤツかもねリーナ。ファイティングゴールドして相打ちになって」

 

 三人揃って微妙に相手を逆撫でするのはどうかと思うも、その辺りはやはり二十八家の一つ。持ちこたえたようである。

 しかし……口元がぴくぴく動いているのは内心では、むかっ腹が立っているからだろう。

 

「このエクレール相手になんたる口の利き方……ですが、今は容赦してあげましょう……五月の一度目の授業より会いたかった男子と直に会えたのですから」

 

「……御贔屓にしてくださってありがとう。けれど、先程のモブ崎セブンへの発言を鑑みるに、本当に有象無象の一人である俺に何の用事が?」

 

「あなたの技術、古式魔法でありながら最新の理論として昇華して紹介する手法、そして―――『はじまりの魔法師』にも値するだろう能力……二十八家や百家の括りでなくとも、その『力』は億の財宝にも匹敵しましょう。それだけで私が話しをするに値する相手ですわ」

 

 つまるところ、スカウトか。それを感じた。

 この子は見込みがある人間などをそのように自分の懐に加えているのだろう。

 

 価値なき者、有象無象の手に渡り、ぞんざいに扱われるぐらいならば、自分の手に入れておきたい……そういうことだ。それは貴族として、『貴いものとしての責務』なのだろう。

 

 なんだか『小母』……母のライバルであり親友を思い出させる女の子だ。

 髪がリーナのようにロールしていて、『もさもさ』していれば、本格的にそれを思い出して抱きしめていたかも。

 

 そんな思考を読んだのか、きつく腕に巻きついてくるリーナ。上目づかいで見上げてくるリーナの不安げな顔に対して、頭を撫でることで対応。

 

 不埒な思考だったと反省。真っ直ぐに向き直ってエクレール・アイリに言葉を放つ。

 

「悪いけれど、俺は九島の爺さんにも挨拶してしまったし、前回の『八王子クライシス』でも十師族に色々と眼を着けられた。『四葉』からも『スカウト』された。断ったが―――そんな『毒持ち』の俺でも懐に加えようってのか?」

 

 出てきた名前の不穏さに、ざわつきが広がる。その辺りは、ばれていたとはいえ、他ならぬ本人の口から出てくると色々と衝撃的だったろう。

 これで収まるかと思い、少しの安堵を覚えていると―――。

 

「当然です。私のモノになりなさい。いいえ、なるべきなのです遠坂刹那。価値あるもの、眩く輝きながらも妬みを受ける者、正当な評価を受けないものは須らく私の庇護のもとで輝くべきなのですから」

 

 沈黙。そして何故か栞という女の子が微笑を零して一色を見てから、仲間になれとでも言うかのような視線を刹那に寄越す。

 

「本気か?」

 

「無論、それ以外にも……少しだけ異性として興味もありますから……ダメでしょうか?」

 

 その言葉で『左腕』の締め付けが強くなる。それに抗するはずの『お袋』も『嫁』と一緒になって息子を問い詰めているかのようだ。

 解せぬと思いながらも反論する。

 

「……君の言葉や態度を見ていると、一人の魔術師を思い出すよ……母にとってのライバルで親友、俺にとっては『小母』とも言える女性だった。『地上で最も優美なハイエナ』と呼ばれて様々な神秘を収蔵していくコレクターだった」

 

 言葉の後に、自由な方の右手を振ってスターサファイアを出現させる。その『手品』に誰もが息を呑んだ。どっから出したと思っただろうが、構わず言葉を続ける。

 

 

「俺の『親父』も彼女のスカウトを受けたこともある。ただ最終的に彼女を選ばず俺のお袋を選んだ辺りは―――まぁ何というか色々あったんだろうな」

 

「つまり?」

 

「君よりも俺はリーナの側にいたい。それだけさ。何かの価値とは蔵や額縁に飾って『誇る』ものではない。価値を『流動』させることによって―――『変質する世界』に身を置いておきたいのさ」

 

「セツナ……」

 

 宝物として収蔵されるぐらいならば、それを許容するというのならば、あの時―――部屋の外に来ていた連中。カリオンの執行者に我が身を任せてしまっても良かったのだ。

 それを許せなかったのは、己の意思一つで決めていくことで生きていくと決めたからだ。闘うと決めたからだ。

 

 忘れはしない。自分自身が選んだこと。今はまだ笑われたっていいさ。己で決めた事の行先を見届けるまで―――あの『剣の丘』にいる『英雄』のように―――立ち止まらない。

 

 口を押えて感極まったリーナと瞳を合わせる。その碧眼―――スターサファイアの如き瞳だけがこの世界で自分が隣にいたいと思った星なのだから……。

 などと雰囲気出していたのだが……。

 

「納得できるか―――!!!!」

 

「「なんでー!!!??」」」

 

 

 人差し指をこちらに差して大声で言い放つ一色愛梨。赤い顔で怒る様な様子も含まれている。

 なんかこういうやり取りもきっと刹那が生まれる前には、お袋、親父、ルヴィアとの間であったんだろうなと思わせるものだ。

 

 息子としては絶対に見たくない光景だったろうが……。

 

「確かに考えは理解出来ました! アナタが自由闊達にやっていきたいことも理解出来ました! けれど! それは私の下でも出来ますよ!! こちらにいる栞だって、私が金沢の研究所に誘って才能を開花させた天才なのですから……アナタにも、もっと輝ける場所を提供したいだけなのです!!」

 

「いや、俺の場合、研究所で実験するよりも宝石に魔力を込めていた方が鍛錬になる『金がかかる男』だし―――」

 

「一色家の財力を舐めないでほしいです! そこのヤンキー娘よりも私の方がずっと側にいるに相応しい女の子に決まってます!!」

 

 説得が全く成功しない。どう言えば納得してくれるのか、まるでどこぞのアマゾネスの女王のようである。

 英雄アキレウスの苦難とヘクトールの苦難が分かるというものだ。

 

 どちらかといえばアーサーを勧誘しに来たルキウス・ヒベリウスかもしれないが……そんな感想を内心でのみ出しつつ、再びの説得をする前にリーナが怒りの眼で睨みつけるようにして前に出てきた。

 

 刹那と一色愛梨の間に立ちふさがったシリウス(天狼)は、眼前にいる『金狐』に対して勝負を挑む。 

 

 

「さっきから聞いていれば、何を以てしてセツナの隣にいるのを相応しい相応しくないなんて決めつけるのよ? 誰を愛して誰をパートナーにするかなんて例え魔法師と言えども、いいえ、魔法師だからこそ守らなければいけない人権の発露よ」

「確かに魔法師の社会はまだ若く新しい。だからこそ新たな息吹を感じたのならば、それを弾圧されないようにしていかなければならない―――アナタが『九島』でどれだけの地位か知りませんが、この人を守っていけるんですか?」

 

 クドウの系譜だと分かっていても、一色のリーナに向ける眼は道端の野良犬でも見るかのように鋭いものだが、それに負けるリーナではなく毅然と言い返す。

 

「守るんじゃないわ。お互いに助け合うだけよ。互いに無いものだからこそ互いに輝ける星(シリウス)があるならば、それを尊重しあうだけよ!」

「言いますわね。このヤンキー娘……それでも! アナタがどれほどの星を持つかも分からない現状では、そんなもの空手形にすぎません」

「アンタだって十師に選ばれていない時点で同じじゃない。そもそもアンタは一目見た時からムカついていたわ。所詮はワタシの『デッドコピー』程度な気がしてならないぐらいには!! ワタシのセツナに色目を使うんじゃないわよ!」

「奇遇ですわね。私もあなたを見た時からムカつきがありましたわ……本来ならば来日するのがもう少し遅ければ良かったのに、この場にいるべき金雌(ブロンダー)は私、一色愛梨ひとりで十分! USNAにお帰り願いたいですね!!」

 

 お互いに『倶に天を戴くこと能わず』『不倶戴天の仇敵』とは、この二人のことを指すのだろうか……。

 というか二人してメタな事を言い合わないでほしいものだ。そしてリーナの言葉は森夕先生(?)に対して失礼すぎる。

 

 何より美少女二人がガン着け合い罵り合う姿なんてあまり見て嬉しいもので―――そうでもないようだった……。まぁ二人とも綺麗だし可愛いし―――ガン着け合うと同時に胸がぶつかり合う姿。

 

 意図しているわけではないのだろうが、その光景を見せられているだけに何も言わないのだろう。もっとも側にいる女子に睨みつけられて視線を逸らすぐらいには、ガン見していいものではない。

 そして五十嵐は鼻血でも出したのか、鼻を抑えて辰巳先輩に心配そうな顔をさせて、姉貴にも心配させていたりした。

 

 周囲を観察した後に袖を引っ張られて見るとタッパに差があるとはいえ、そんなことしなくてもいいだろうに……アピールかと思う雫の催促があった。

 

「刹那。私のお父さんは大財閥の社長。航も『僕の兄さんになってほしい』とか言っていた。受け入れ態勢はバッチリ」

「雫、それはそれで何か考えちゃうから止めてくれ。財に眼がくらむのはある意味、遠坂の罪科だからさ……」

 

 雫のさりげない宣言に頭を悩ませつつも、第三勢力の参戦に二人の意識が向けられた瞬間―――会場が若干暗くなる。

 

 誰もが、その現象に何かを勘付く――――。勘付いた時には……アナウンスが為される。

 

『突然でありますが、若干のプログラム変更を行いまして―――御来賓の方より挨拶を賜ります』

 

 そういやそんなこともあったな。と気付き、魔法師社会の『名士』の中の『名士』

 

 ロード・マギクスたる流石に十師族は来ていないかなと思っていたらば……。

 

 

『まず最初にお言葉をいただきますのは、かつて世界最強と目され二十年前に第一線を退かれた後も、九校戦をご支援くださっております九島烈閣下に登壇していただきます』

 

 

 そんな予想外過ぎるイベントが、最後に待ち受けているのであった――――。

 

 



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第43話『九校戦――騒動の幕引き、見えぬ過去』

 空間に投射される魔法―――その力量は、たいしたものだが――――。空気中に存在するマナに通り道を作っておけば、正しい像を結ぶのは難しくない。

 別に老人の『イタズラ』『お茶目』を邪魔する気はないが、随分と手の込んだものをする。

 

 自然発動した『魔眼』が壇上に上がったドレッシーな装いの女性の後ろにいるジジイを発見する。そしてジジイも、こちらに気付いて、口を横に引っ張る仕草。

 

 口にチャックとでも言えばいいものを、笑みを浮かべながらやってきた。つまりは―――『黙っていなさい』ということだ。

 

 イタズラの共犯者として仕立て上げられたことで嘆息。

 

(やれやれだ……ん?)

 

 如何に親族の登場とは言えいきなりの闇の中、リーナは、こういったかくし芸は苦手なのだろう。見えぬものを『視える』ようにするには、リーナはまだまだだ。

 

 とはいえ、そんなこんなで闇の中、一瞬触れた手。そして握りしめた手の暖かさを忘れないようにしておく。

 

 この手の暖かさこそが刹那にとっての―――『魔法』なのだから……。

 

 

 どうやら見える限りでは刹那以外には―――『15人』ほどが気付いている様子だった。

 

 馴染みの顔もいれば、九大龍王とか名乗った連中もちらほら……そしてその中でも四高の中心にいた人間。

 

 あの時、部屋に荷物を置いた際に出会った女―――上級生だろう銀髪の女もまた老人の茶目っ気に苦笑してから、こちらに気付いたようだ。

 

 満面の笑みを浮かべて手を降ってくる姿に、何だか毒気を抜かされる。そんな姿に眼を逸らして壇上にいる老人がようやく姿を現す。

 

 

「まずは、悪ふざけに付き合わせたことを謝罪する。今のはちょっとした余興だ。魔法というより手品に近いものだがね。奇術師の使うミスディレクションというやつだな」

 

 その言葉に『幻のシックスマン』C組が誇る『切り札』が苦笑した様子だった。

 

 ―――大仰なポーズなどを起こすことで視線誘導・心理誘導。その手の類の技は魔術師もやらないわけではない。

 しかし、それは『魔術戦』における一種の『仕掛け』であり、決まれば痛快。見抜かれたらば地獄に落ちろと最大限の秘術を使う。

 

 基本的に、そういう『綺麗な魔術戦』を行った回数は片手で足りてしまう刹那であるが、その観点で語れば老人の手腕はまずまず『大したもの』である。

 

 そう思いつつ―――九島烈の言葉に耳を傾ける。

 

 

「手品のタネに気付いたものは、見た所16人、うち一人は、早々に私を見つけ出してから、私の孫娘の手を握りながら観察しつつ四高の『有名人』に眼を向けていたほどだ」

 

 おい、こらジジイ。などと心の中でのみ罵ってからリーナの半眼という邪視線を受ける。

 何で俺だと分かるのやら。達也かもしれないじゃないか。という反論は一切受け付けられなさそうだ。

 

「16人もの魔法師―――結構な数だ。私が例え君達を殺傷する目的で紛れ込んだテロリストだとしても、即座に捕縛される数だな。全く以て教訓にならないルーキー達だ」

 

 嘆くような言葉だが、気持ちとしては面白がっているようだ。

 まぁそんな風な状況に陥ったとしても、神経ガスを『霧散』させたり、もっと言ってしまえば成分を無害なものに還元できる。そういう現実を超越出来るのが、魔法師であろう。

 

 想定されている状況としては―――九島烈ほどの『隠れ身』が得意な魔法師が相手であれば『厄介だろう』ということだ。

 

「しかしながら、その16人が、その脅威の場に『なかりせば』、果たして同胞諸君―――君達はそれを防げただろうかな?」

 

 痛烈な皮肉である。その16人が見ているものを『共有』出来ないということは、危険を正しく認識出来ないということだ。

 

 起こってしまってから、さぁ大変ではどうしようもない―――、そういうジジイの言葉に、そりゃ想定が深すぎると思えた。

 

 刹那としては、そういうことだ。しかし九島烈にとってはそうではない。

 

「世の全てを超越出来る魔法師でも、そんな些細なことで敗れ去る。戦場を知らぬ者も多いだろうが、多くの英雄や勇者と呼ばれるものたちとて、どれだけの武勇を誇ろうと『乱戦』となれば、どこからか飛来する流れ弾。雑兵の振るった偶然の一太刀、多対一に追い込まれれば体力を失えば、『只者』(ただもの)だ―――私がこうしてここにいるのは、単に運が良かっただけだな」

 

 日本の国防軍で勤め上げて第3次世界大戦においても様々な戦場を転戦しただけに『閣下』の言葉は、想定しているものは若干違えど刹那にも分かるものだった。

『村』における絶望的な戦いで『死なずにすんだ』のは、『運が良かっただけ』なのだろう。

 

「研鑽したまえ。そして『魔法』だけに囚われるな。己を成長させる『道』は様々ある―――そこの男の『授業』のように『先に至ったものたち』の道筋から、『違う道』に至るのもいいだろう。―――其(その)道にあらざるといふとも、道を広くしれば、物事に出(い)であふ事也。迷った時には他の道に進んでみることだ」

 

 生涯不敗の剣豪『宮本武蔵』の言葉とは、恐れ入る。だが『そこの男』と言うと同時にスポットライトを当てるな。

 色々と言ってやりたいことはあるが、別にKYなわけではないので、爺さんの言うがままにしておく。しかし今の魔法師界を作り上げた男が、こんな事を言うのは二度目であり……正直、何かの焦燥感すらも感じるほどだ。

 

「明後日からの九校戦は、それらの総括だ。魔法の巧緻・大小・強弱―――牙の鋭さ、健脚の速さ……『力』と『力』……『それら』だけで決まる戦いでないことを期待して、私は諸君らの工夫を楽しみにしている」

 

 その言葉の意味を誰もが知りえて、それに違わぬことが出来るだろうか……それを実践するには誰もが『魔法師』すぎるのだから……。

 まばらな拍手。意味を分かっているのかどうなのかというのが大きなものになるには『数十秒』。その数十秒が―――分かっていないものたちなのだろう。

 

 

 そして拍手しながら刹那が眼を向けたのは、ジジイ曰く『四高の有名人』であった……有名人―――名前こそ知らないが、あきらかに「こちら側」だろう相手は、刹那をずっと見ていたようで―――視線を向けた瞬間に手を唇に当ててから離すジェスチャー。投げキッスをしてきて―――。

 

 見えないはずのその軌道の途上でリーナ、一色、雫とが『べちんっ!』と叩き落とした。それを見た女は苦笑しながら次の手を見せる―――。

 

 指先で文字を達筆に描いた。よく見ると口紅などのリップ系の化粧道具―――それに見せた礼装。

 CADではない―――見るものが見れば、幹比古などの呪符と同系統だろうとすら誤認するそれを使って、描いたものは―――。

 ドイツ語で書いた『それ』を見た瞬間、頭が沸騰する想いだ。

 

 

「セ、セツナ!? いきなりどうしたの!?」

 

 吹き出る魔力と警戒の念にリーナが焦る。

 

「刹那さん!! 『イリヤ先輩』とどういう関係なんですか? というか今の文字はなに―――」

 

 一色の驚いた声を聞きながらも睨みあいは続き―――大きな拍手の中、対峙しあうというにはあちらはどこか飄々としている女。

 

 動くに動けない懇親会。その場が流れるまで―――銀髪を見るしかなかった。ドイツ語で達筆に書かれた言葉。

 

 

『私は『アインツベルン』の『エミヤ』だ』

 

 

 その言葉だけで動きを縫い付けられたまま懇親会は終焉へと向かっていくのだった……。

 

 

 † † †

 

 

「四高の伊理谷理珠(イリヤ リズ)ドイツから帰化した魔法師で、私の得意とするフェンシング型魔法競技『リーブル・エペー』におけるジュニア世界代表にまで選ばれた人ですよ」

 

「君の競技種目における眼の上のたんこぶか」

 

「別に代表に選ばれていないわけではないです。ただ―――いつかは勝ってみたいと思います」

 

 

 隣で拳を握りこんで意気込む一色にしばらくは無理なんじゃないかな。と刹那は口に出さず思いながら、一色が端末に表示した情報を精査する。

 

 懇親会の後にそれぞれの高校で集まることなければ、旧交を温めるなりなんなり自由ということだ。九校のあつまりだけに―――。寒すぎた……。

 一人で愚痴ながら、そんな『寒さ』と共に生きて来たんじゃないかと思う『リズ先輩』の(かんばせ)を見る。

 

 

エクレール(稲妻)と言われている愛梨に対して、クロノス・ローズ(時間の薔薇)と呼ばれているのが、理珠先輩。その剣捌きは静謐にして一瞬にして相手の喉元を貫くクイックドロウ」

 

 一色の取り巻きの一人……友人である十七夜栞(かのうしおり)―――愛嬌を込めて『しおりん』と内心でのみ呼ばせてもらっている子が説明をしてくれた。

 

「彼女がステップを変えて、足さばきを変えた時、相手の命脈を断ち切る連撃が解き放たれるのです。その凄まじさは―――私の稲妻など手品程度でしかありませんわ」

 

 そういってからこちらが覗いていた端末に身を乗り出して動画を再生させる一色。その急激な密着に様々な視線が刹那に食いつくも意に介さない。

 無論、刹那自身も一色の身体の柔らかさとかは頓着していない。その様子を見た何人かは―――イリヤ・リズは、『アウトサイダー』なのかと緊張する。

 

 

 再生された動画、国際大会の一つなのか練習試合なのか、それなりの観客の前で振るわれるフェンシングサーベルの打ち合い。

 

 一色の言うステップが変わった時に、起こった変化を見た刹那の眼が鋭くなり―――画面上では、幾重にも分裂したイリヤ・リズの姿。

『リーブル・エペー』の競技通りに魔法を使ったと分かるのだが―――初見で達也は、忍術で言う所の分身の術か、幻惑の術かと思ったが……視覚情報からではそれ以上のことは分からなかった。

 

 しかし、刹那は何かに気付いたようだ。しかし……気付いた後に怪訝な顔をしている。

 

 そんな怪訝な顔は一瞬で霧散して、一色に向き直って『ありがとう』と言った刹那は、端末を返す。

 そんな程度のやり取りでも何だか一色が赤くなるとか、こいつは本当に女たらしだなと気付く。

 

「達也。刹那に代わってツッコませてもらうが、「おまいう」だと思うぞ」

 

 深考の黙考に入った刹那に代わって、レオに言われて―――そうかな? と考えるも、やはりそれは違うと思う達也だが、他人の意見は違うようだ。

 

「同感ね。にしても強敵に次ぐ強敵ばかりの出現……そしてリーナの純愛ロード(?)を邪魔する恐るべき(ヒロイン)ばかり―――、大変ね?」

 

「エリカ、ちょっと体育館裏(?)で話し合わない?―――具体的には肉体言語で」

 

 どうやらさしものリーナも、ここまで刹那が取られそうになったり取られたりで、情緒不安定のようだ。

 怒気を受けたエリカは、からかいのレベルを上げ過ぎて地雷を踏んだことに気付いたようだが……。

 

「エイミィが言っていたが、ここには温泉があるらしいな―――俺たち男子のお目々に嬉しい美少女達―――揃って行って来たら?」

 

「……覗くの?」

 

「地下にある温泉施設、んでもって軍用施設の一つだぞ? 若さに任せた情動だとして命が幾つあっても足りないよ。第一……君らが一番の脅威だしな」

 

 

 刹那がいれたフォローの言葉に対して雫の返事。

 更なるレス入れに対して男子陣全員が、深く重く頷くぐらいには、ここにいる女子に対して不埒な真似は『命知らず』としか言いようがないのだ。

 

「お兄様。なぜそこまで頷くのですか?」

 

「いや感電死に窒息死、刺殺、斬殺……温泉なのに凍結死……様々な死亡のバリエーションに浅見光彦(?)も大忙しだぞ。深雪」

 

 

 地下の湯船に浮かぶ幹比古とレオと刹那の姿、まさしくサスペンスであった。そして今、達也を咎めるような視線を送る深雪もサスペンスであった。

 

 

「微妙に返事のピントがずれている……達也、俺は少し外に出てくる。『試したい』ことがあるからな。終われば夜食を用意してやるよ」

 

 その言葉を聞いたリーナが、何かに気付いて刹那に着いていくと言おうとしたが――――。

 

 

「とりあえず今日は、俺一人でやってみるよ。邪魔にするわけじゃないけど、今日は疲れたろ? 温泉浸かってから寝ておけ」

 

「うん……けれど、ワタシも『もう一度会いたいもの』……」

 

「確かに『縁』を考えれば成功率は上がるだろうが、まぁ今はな……霊峰の霊脈を使うとなると、それなりにかかるからさ」

 

「―――分かったわ。気を着けてね」

 

 

 二人だけが分かっている会話。それに立ち入れないことに少しの苛立ちを覚える達也だが、夏場にも関わらず赤いコートを一高の制服の上から羽織った刹那は既に出る準備を整えていた。

 

 確かに外出そのものは規制されていないが、それでもどこに行くかぐらいは知っておきたいのだが……どうせひょこっと無事に帰って来るだろうけれど。

 そう感じて深く追求はしなかった。しかし何をやるかぐらいは知りたくて達也は問いを発する。

 

 

「公序良俗に反する行為ではないのだろうが、何をしにいくか位は教えてもらいたいんだが刹那?」

 

「端的に言えば――――『自律でしゃべるCAD』を蘇らせたいのさ」

 

 

 言葉の途中で懐から出してきた刹那の星型の礼装(CAD)。それはニューヨーク大決戦の際の映像を見せられた時にもあったもので……、それ以上言うのは野暮であった。

 

 だが、リーナの『気を着けてね』の際に首筋に対する口づけは色々とこの人目を注目させる歓談場所ホテルのラウンジでは悪手であり、二人―――いやB組の級長役の桜小路紅葉までもが、少しだけ怒る様子である。

 ただでさえ目立っているというのに、なんだこの馬鹿夫婦は、何てやり取りを見せられては、そんな追及も柔くなるというものである。

 

 ともあれ刹那のスタンドプレーを見ながらも、男子と女子で別々に行動する―――その際に、三高のグループに一度合流する一色たち、その中にいる『一条将輝』がどことなく熱っぽい視線を深雪に送っていたのを達也は警戒心と共に認識するのであった……。

 

 

 † † †

 

 

「―――一番破棄、七番採択―――結審、合流は不可―――重ねて審議選択―――魔道器の意識の『オリジナル』に接続―――可能可能可能、されど千年分の魔力を充填する術無し―――否、否、否。霊地選択―――霊峰より採取を決行―――」

 

 

 巨大な魔法陣を地面に敷いて何かに呼びかけるように没入する刹那。輝ける魔法陣は見るものが見れば、それは違う世界に訴えかける複雑かつ精緻で極大の大儀式呪法。

 

 霊峰富士の魔力を利用しての儀式呪法は、正しく数多の『隣り合う世界』を見る『魔法使い』の姿である。

 これだけ巨大な儀式呪法を使っても、未だに成功しないカレイドオニキスの意識回復……魔力ではないのだろうか、もしかして己の意思で意識を封印しているのではないだろうか―――そんな想像すら出てくるが、結局、己の魔力の『純度』を上げるだけに終わる徒労。

 

 サークルの中心に突きたてられたスタッフは、反応することはない。全ての魔術式を破棄して土地に残滓を残さないように、変なものを呼び寄せない様に後処理を行っていたところに―――。

 

 

 殺気。しかし仕掛ける様子はまだない。気付いていないフリをしながら出方を窺う。認識阻害などの結界を先に解除したのが仇になったか……土地に流し込んだ魔力。宝石の全てを蟠る液体。月明かりのもとでも見える虹色の液体を回収して、『貧乏性』の限りを発揮してから―――。

 

 つっかけを直すような仕草で、ルーンを起動。公園の林の向こうにいる潜伏者に殺気を放つ。お互いに戦闘態勢―――となる前に奇襲。林の奥に飛び蹴りを放つ。

 ダッシュからの跳躍―――同時に鷹のような襲撃を前に、相手はまともに受けることをせずに逃げていく。

 

 土砂を巻き上げる落下の衝撃―――強かに打ちつける岩土(がんど)の雨霰に、ガンド(呪い)を混ぜて叩きつける。

 

 

「ぐがっが―――ぐぅうう!!」

 

「無駄だ。神秘の薄い魔法師程度の神秘力では何もできない。今ならば、呪いを解除してやる。大人しく伏せていろ」

 

 当たったことは理解している。全身を何かの毒物でも投与されたように動けなくなっているはず。

 

 土煙の向こうにいた侵入者は、何者か―――。

 

 アゾット剣―――若干、こちらに来てから形状を変化させた儀杖にして刃物を手に倒れている下手人の下に向かう。

 

 

「貴様は何者だ?」

 

「………」

 

 

 沈黙。当然だが、当たり前の如く覆面を外すとアジア人系の顔。男は恐らくモンゴル系―――そうしながらも首筋に「フィラメント」を打ちこむ。

 

「がっ……」

 

 神経と脳髄をジャックされたことで、意識を飛ばした男から全ての情報を抜き取る。

 

 

(ふむ。新ソ連の対アジア特殊工作部隊―――『蒼狼』(ヴォルク)。目的は、『若年魔法師』―――)

 

 男の素上は分かったが、どうやら何かしらの精神改変を受けているらしく、虫食いだらけの情報体に接続してしまった。

 

 しかし、ロクなものではないだろうとして、一応のコピーをしておいて、男を『始末』しようとしたのだが―――。

 

 

「失礼、その男は僕に任せてくれないかな?」

 

(日本の国防軍……『将校』さんが、こんな所にか……)

 

 

 都合三年ほども軍隊にいれば、目の前の相手の階級章やきっちりした制服が、どういったものを示すかぐらいは分かるのだが……。

 

 後ろに部下を二人は連れているスマートな軍人。どことなくベンやフレディを思わせる男性に、全てを預ける。

 

 

「失礼しました。まさか軍人さんがいれば任せたんですが―――気付けなくて申し訳ないです」

 

「いやいや、中々の立ち回りだったからね。いいものを見せてもらったよ。拘束しておけ。私は少し話しておく」

 

「「はっ!!」」

 

 

 世事に詳しくない高校生の顔を出して、それなりに軍人への敬意を出して対応したが、素直に帰してはくれなさそうだ。

 

 

「僕は、真田 繁留。君は遠坂刹那くんでいいのかな?」

 

「違いますとは言えないでしょうからね。そういうことにしといてください」

 

「変な言い回しだね―――けれど、君の性格が分かる気がするな」

 

 

 なんか変な人だな。と思える。軍人といってもデスクワークが中心なのかな。と思いながらも、何かの強者であろうとは思えた。

 

 

「とりあえずホテルまで送らせてもらうよ。先程の連中がいるかもしれないからね」

「厚意に感謝しますが、真田さんこそいいんですか? さっきの人間、どう見ても純日本人じゃありませんでしたよ?」

「まぁ十中八九スパイや工作員の類だろうね。陸軍の演習場というお膝元にまで、あんなのが出張るようじゃ防衛計画も少し考えた方がいいかな」

 

 なんて他人事な言い方。とはいえ、釣りの類でもあるのだろう。そして俺たちを撒き餌にして、あれを釣っていると思えば、あまりいい気分ではない。

 

「独り言なんだが……ああ、聞き逃してくれてもいいんだが、USNA上層部及び最強の魔法師部隊スターズは何を考えているのかは知らないが、あまり他国を引っ掻き回してもらいたくない。

 この国は、ようやく沖縄と佐渡での一件を経て膿み出しを終えて少しだけ『まとも』になったんだ。

 かつてのトルーマン・ドクトリンのように『防共の砦』としたいならば、過干渉はやめてくれ」

 

「俺はUSNA及び魔法師協会に子飼いにされてるだけのガキなので、それに答える術を持ちませんが」

 

「ああ、けれど『セイエイ』なんだろう? セイエイ・T・ムーン……USNA最強の魔法師 十三使徒アンジー・シリウス以上の『エクスキューショナー』(断罪者)。シリウス以上の魔法師……」

 

「さぁ? 俺も出来る方なんでしょうけど、噂にだけ囁かれるセイエイ・タイプ・ムーンには及びませんよ」

 

 真田さんの言葉にすっ呆けながらも、ホテル近くまで着いたことで、話が途切れる。どうやら暖簾に腕押しを悟ったようで、嘆息した。

 

 

「……すまないな。変なことを言ってしまって―――なんだろうな。君の授業は楽しいんだが……その一方で僕の知っている『高校生』も同じぐらい出来るはずなのに、そう思ってしまう」

 

「誰だかは聞かないでおきますが、そいつに講義を任せたいほどですね。正直、俺とて身体一つしかないわけで、「いっぱいいっぱい」なんですよ」

 

 

 今ごろはリーナと一緒にあちこちに出掛けながら御登壇してもらいたい講師就職を願い出ていたはずなのだ。

 

 シャルダン翁やゴルドルフ先生などのような人々がいるはずだと、少しの目星も着けていたと言うのに……。そして真田の言うところの人間は検討が着いていた。

 

「俺としても現代魔法とのすり合わせで、『技術者』が必要な時も多いんですよ。そして―――今後、CADが発展していくのか、はたまた『衰退』していくかは分かりませんが、とにかく魔工技師(エンチャンター)は必要なんで」

 

「軽視してはいないんだな……」

 

「当ったり前ですよ。んじゃ、そろそろ真田さんの言う『高校生』に届ける夜食を作らなきゃいけないんで―――、今夜はこれで」

 

「ああ―――夜食?」

 

「司波達也にこの前、四月に食わせた饅頭が好みらしくて―――まぁそういうことです。ではおやすみなさい」

 

 

 お見通しか。という渇いた声を聞きながらホテルの中に入ると顔見知りから『夜遊びか?』などと冷やかされて返す言葉は―――。

 

 

「いんや、ダーリンに夜食の用意だっちゃ♪」

 

『ぶっほあああ!!!!』

 

 

 往年の名声優(女性)の声帯模写をしての言葉に誰もが吹き出す惨状。ともあれ、請け負ったからには夜食を用意せねばならない。

 

 るんるん気分で、用意されている選手及び在学関係者専用厨房へと赴く。

 

 そして食材に関しては―――。

 

 

「恐るべし四葉と七草の財力―――うおお。極上の海鮮乾貨が、こんなに大量に!! 腕の振るいがいがある!!!」

 

「……選手・スタッフ専用の厨房。殆ど誰も使わない施設を使うから、何を作るかと思えば、達也君への夜食とは……」

 

 

 何故かいる七草会長の独り言に特に返さず手際よく準備を行う。絶対ないと思って持ってきておいた『土鍋』は問題ない。

 届けられていた食材の全てを検分しつつ、とりあえず礼儀として何故ここにいるかを尋ねておく。

 

「いや、なんというか、三高の一色さんまでも口説いて、しばらくぶりにドイツから帰ってきたリズちゃんまで、君に興味を持っているからね……うーん、なんてトラブルメイカーが一高に来ちゃったのかしら?」

 

「その代り、会長が愛しくてたまらない大好きな『トラブルシューター』もやって来たんですから、幸と不幸は糾える縄のごとしですよ」

 

「べ、別に達也君をそこまで私は懸想してないわよ! それは胡乱な想像というものだわ!!」

 

「誰も司波君だとは言っていませんが、会長のはやとちりですね。そして―――実に手際いいですね」

 

「リンちゃん!?」

 

「どうも、スズ先輩も食べますか?」

 

 

 どこから現れたか、生徒会書記の市原鈴音先輩が、そんな風なツッコミで七草会長をいぢめてから、少しだけ興味はあるようだが……。苦渋の表情で断ってきた。

 

 

「いえ、夕食もいただきましたから……ですが、この竹の香りの前では食欲が―――ズルいですね刹那君。乙女の胃袋を掴んでぼろ雑巾のようにするまで絞りとろうだなんて」

 

「この場合、肥え太ると思うんですがね―――で、なんでお二人が?」

 

 三高の一色とのアレコレを咎めるならば桐原先輩と服部先輩の彼女有無のボーイズコンビで問い詰めるべきだろうが……。

 

 何故にこの二人?

 二人の格好は修学旅行の定番のジャージ姿であるべきはずなのに、薄いショールを着けた寝間着姿であり、この格好でホテルを歩いていたとか男子は色々だったろうなと感じるものだ。

 

 無論、刹那は食指が動かない。せめて母のようにネコパジャマでも着ていれば色々と思うところはあったろうが……。

 

 

「メタなことを言えば―――今回、書けなかった読者サービスの補填ね♪」

 

「はぁ」

 

 全然サービスになっていないですね。という言葉を呑み込んで、そう言えばリーナ達は温泉に入ったんだよな。と気付く。

 

 そうしてこちらの内心を読んだのか、調理中のこちらに密着してくる二人を躱しつつ、一高のスーパーエンジニアに対する夜食の用意は進んでいくのだった……。

 

 




というわけで次話にはサービスシーンを満載でお送りしたい。そんなこんなでお待ちください!


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第44話『九校戦――湯船のガールズトーク、そして開戦』

 温泉。かの武田信玄も好んで入っていたのは湯治が、身体にいいと理解していたからである。

 

 特に現在の山梨県の辺りは信玄が『保護』した多くの湯が残っており、彼の大名がどれだけ愛好して、その身を長らえさせていたかが分かる。

 

 甲斐・信濃という巨大領国を維持する為に、巨人は倒れるわけにはいかなかったのだから……そんな末路は武田家滅亡という結果を残したわけであるが―――。

 

 

「うーーーん、実にいいわ♪ やっぱり温泉っていいものね。前に来日した時にセツナと一緒に入ったキヌガワとかシンゲンオンセンを思い出すわ!」

 

「う、うむ。しかし……クドウ、その、おぬし凄いの! やっぱりアメリカンは違うということか!? それとも遠坂の揉み心地が絶妙だっ―――」

 

「トウコ! それ以上は淑女として恥ずべき言動です。慎みなさい……あなたも、もう少し、その…隠しなさい!! 甚平を着ているとはいえ『溢れそう』ですから!!」

 

 伸びをして安らぐリーナに対して、三高女子二人のツッコミが入る。見たくはないが、見てしまうものは色々と凄すぎた。

 ハリウッドのスター女優もかくやという美貌とスタイルは色々と目に毒である。こういう時に女の身で優劣を感じることが辛すぎる愛梨であった。

 他の人間達も同じく湯着の一つである甚平を着込んでいるが色々と溢れ出る人間は溢れ出ていて、三高女子は圧倒されがちである。

 

 そんな三高女子の中でも普通スタイルの金髪お嬢(平均より若干上)の言を無視してリーナは、どちらかといえばロリな体型の沓子に返す。

 

「どちらもね。まぁ他にもセツナの料理は最高だからね。ついつい食べ過ぎちゃうのよ」

 

「それに対して刹那君も餌付けするように、求めるがままに与えているのよね……それでも体重やくびれを維持できているとか、やっぱり規格外ねリーナ……!」

 

 一高での昼食風景を思い出して、深雪が驚愕するように呟く。リーナは家でのことを思い出してのことだったのだが、それは知られなかった。

 一高の人間ならば知っている『生活事情』―――しかし、三高には知られずに済んだのは僥倖である。

 

「私からすればリーナも深雪も規格外……そして達也さんに揉まれていないのに、そのサイズなほのかは色々とアウト」

 

「どういう意味よっ!?」

 

 己の胸に手をやって落ち込んでから、親友に対して言う雫、親友は親友で色々と涙目である。

 

 

「それにしてもエリカとミヅキも来れなかったのかしら?」

 

「まぁ渡辺先輩にしょっ引かれての、秘密特訓だからね。達也さんもCADの調整もろもろあるから―――ということは、エリカは!いま! 達也さんにあられもない姿で!!」

 

 

 下した髪に手を這わせて『何か』を唱えながら、呟いたリーナに対して、気付いたほのかが色々と驚愕する様子にお湯の温度が少しだけ去ったような気がする。

 

「安心しなさいほのか。馴染みの五十里先輩もいるのだから、そんな懸念は無用というものよ。ええ、本当よ―――お兄様の技術力は世界一なのだから」

 

 むきになって言うかのような深雪だが、この中では色々と平均的な栞としては、あの千葉家の次女という素性不明な女の子や眼鏡の子が来なくて良かったと思う。

 正直、『戦力比較』で愛梨の負けは確定なのだから―――。

 

「栞、何か失礼なことを考えていない?」

 

「別に、ただ私の眼は色々なものを数値化することに長けてるからね。33-4だなぁと」

 

 己の肢体を見下ろして、上から順に手を添えてから絶望する愛梨を見て言いすぎたかなと思うも、こちらとしては全てを語らず魔法師たちだけの暗黙の了解『他人の魔法を探らない』というもので特に問い質されなかった。

 

 しかし見抜かれたならばアウトということである。

 

 そうして絶望少女となった愛梨を横に、話は様々な方向に向くが一番には―――。コイバナの類。いつもの愛梨ならば、そんなの下らないとか言ってそうなのに、このような場に来ていたのだ。

 

 その心意気に答えるのは愛梨に救われた栞だからこそ、いの一番に聞くべきなのだ。

 

 

「私としてはクドウさん『リーナでいいわよ。苗字呼びされるのはキライよ』―――ならばリーナさん。あなたと遠坂君の出会いというかどういう経緯で恋人になったかを知りたいわ」

 

「ちょっと栞っ」

 

「私は愛梨に救われた人間として、何より愛梨の親友だと思っているから、出来ることならば遠坂君との恋を応援したい。けれど、アナタが遠坂君の隣にいるから、そこまで倫理に則らない行為は愛梨にしてもらいたくない」

 

「つまりシオリ―――、アナタはアイリの恋心を諦めさせろというのね?」

 

「そう。だって報われない恋をさせるなんて不毛じゃない」

 

『………』

 

 

 呪文を唱え終わったリーナの言葉に同意する十七夜栞は死刑宣告をしろと言ってきた。それに黙る二人ほど、どちらも違いはあれども、リーナのような『庶民』とは違う『お嬢様』に言わなければいけないのだ。

 

 アレだけはリーナが見つけた魔法の宝物なのだから渡したくないのだ……。

 

 

 沈黙が場に降り立ち、湯船を満たし続ける水音だけが響く中にリーナは語り始める。自分の過去バナでふたりがこれ以上、セツナにちょっかいを掛けないならば、やる価値はあるだろう。

 

 そんな意気で語り始めるリーナ。

 

 

 ……初めて出会ったのは、ジュニアハイスクールに上がる前に、ある理由から通っていた魔法研究所があるボストンの街中。

 

 暴漢に『襲われていた』自分を助けてくれた一人の少年魔法師。

 名前も名乗らず術を放った痕跡すらも残さず、去っていった少年の姿を探して数日後―――ボストンから少し離れたところプリマス港にいたのを見つけて声を掛けたときのことを……。

 

「その時のセツナは、ご両親も育ての親……バゼット・フラガ・マクレミッツも失ってひとりぼっちだった。寂しげに水平線の向こうを見ながら、懐のルビーのペンダントを出していたのをよく覚えているわ……」

 

 一応、一高の面子は、それなりに知っていたとはいえ、こうしてリーナに念を押されると刹那の現状は色々と苛烈だ。

 仲の良し悪し、関係性の深い浅い……思春期を迎えた高校生。たとえ魔法師といえども、色々と自分の周囲に関して―――自分の親族、もっと言えば『両親』に関して思うこともある。

 

 特に栞にとって両親は、色々と拭いがたい過去だ―――今でも特に連絡していないとはいえ……本当に『いなくなってほしい』……などと考えた事は無い。

 

 確かに中学に入った頃からケンカばかりが絶えない両親だが、それでもそんな風に感じたことはない―――のは、優しかった頃のことも覚えているからだ。

 

 

「その後ろ姿と横顔に声を掛けて―――色々と知ったわ。実家が隠れキリシタンだから、清教徒の港に来て気持ちを一新したかったとか、まぁワタシから声を掛けたのだから、逆ナンよね」

「大胆だねリーナ。けれど、なんでその後も一緒に?」

 

 そこから先はリーナとしても自分の所属に関わることなので少しだけ言葉を濁すことにする。

 

「まぁ色々とあったのよホノカ。当時のボストンにはアメリカにおける『現代の二大怪人』……プラズマリーナとプリズマキッドが現れて、全米を騒がせてワタシも『トリモノ』(CHASE)に参加させられていたから」

 

『『『『ふ―――ん』』』』

 

「な、何よ! その気のないような呆れているような返事は!?」

 

 

 リーナとしては少しだけ会心のウソと言うかすっ呆けを披露できたと思ったのに、全員から『言い訳がクソだわ―』などと言われた気分。

 

 実際、これに関してはバレバレではないかと思う。

 ぶっちゃけあそこまでするならばリーナには、のちのちライブ(?)の後に「さしあたっては国土の割譲を求めようか」ぐらいは言ってほしいものである。

 

 しかし、その国土で『キッド』と共にラブな生活するとか言えばすぐさま北山財閥の力で潰そうとしただろう。

 

「と、とにかく! その最中に色々と協力してくれたお陰でセツナから魔法師であることを告白されて、その後魔法師協会からの援助や身元証明なんかの諸々を受けて一緒になること多くなったわ」

 

 咳払いして語ったことは事実を多く隠していたが大筋においては間違いではなかった。なかったので深く追求されることは無かった。

 雫も大きく関わっていた実父・北山潮の救出任務を考えても、魔法師が軍事に関わることは多いからだ。

 

「それで付き合いだしたの?」

 

「正式に付き合ったのは、一年ぐらいしてからかな……。その前に大ゲンカしたわ……すっごく許せなくて、守ってくれていたことが嬉しいのに、一人で全てを背負い込むセツナに変な勘違いして、悲しくて辛くて泣いて―――それで大ゲンカして―――『一人で戦わないで』『もうどこかに行かないで』『あなたの運命と人生に私を巻き込んで』って、先住民たちの管理地『モニュメント・バレー』の上で、愛を伝えあった―――。そういうことよ」

 

 大ゲンカの理由は何となく理解出来た。

 特に深雪は兄が兄だけに、そういった『裏ごと』関連であろうと予測して、それで手を汚し続けてきた刹那に、同じく責任ある立場だったリーナの分まで代行して、刹那が、その血に濡れた修羅道を歩くことを泣いてしまったのだろう。

 

 言葉の裏側を読んだのは深雪だけでなく愛梨たち三高もだ。尚武を掲げている以上に三高出身者の大半は北陸地方出身。

 一条将輝などが有名だが、彼らの親兄弟もまた『佐渡侵攻』に関連しており『対岸の火事』という気持ちはないぐらいには当時は緊張していたのだ。

 

「そんなわけで、ワタシはセツナの人生に着いていくことを決めたの―――今の言葉で分かったと思うけど、アイリ。アナタにセツナと同じ道を歩めるとは思えない」

 

「何故……そう言えるの?」

 

「―――捨てたくないのに『捨てざる』を得なかった人生。その道を生きてきたセツナが―――『上がる』ためならば『捨てることを強要する』アナタと合うわけがないのよ」

 

『『!!!』』

 

 

 驚愕。どうやって知ったのかとか、もしくは洞察したのかとか、その碧眼が……輝き、金色の髪が光を放っていることに気付いた時に、栞は負けを認めて―――それでも今の自分では両親に会えないと悟って、少しだけ刹那の心を理解していたのだが―――。

 

「全くもって納得いきませんね。そんなのアナタの勝手な諦めでしょうが!!」

 

「―――なんですって!?」

 

 親友である一色愛梨は栞と違って、諦めが悪かった。

 

 湯船から出て対峙しながら立ち上がる金色の少女二人―――豊かな金髪が揺れる場違いの女神二柱の戦いは佳境を迎えていた。

 対峙すると同時に押し付け合う胸の潰れあう様子に―――男子がいれば鼻血を吹いて古典的に倒れているのではないか、そう思うほどに『すごみ』がある二人であった。

 

 一色愛梨は、話を聞いて聞かされて、余計にこの女(アンジェリーナ)に、刹那を渡すわけにはいかないと思えたのだ。

 

「捨てたとしてもまた『拾えば』いいだけです! 取り戻せないものもそこにはあるでしょうが、肉親としての情も捨てているかもしれない。けれど私のお友達の両親に必要なのは、冷静になれる時間なのです! だから私は養子縁組を薦めたのです!!」

 

「―――なにを」

 

「アナタのような己が何者であるかも『証明』できない。歴史も意思も薄弱、九島の家の人間であるというのならばまだしも、己の『立脚点』を証明できない人間が、先古の知識と力を受け継いできた遠坂刹那の側にいるなど、不遜以外の何ものでもないわ!」

 

 

 アイリの語る意味合いがリーナも理解できないわけではない。自分には先祖代々の『歴史』というものがない。

 そもそも魔法師というのは様々な遺伝子開発で誕生したハイブリッドヒューマンという見方もあるので、『歴史』という意味では当然の如く浅いのだが、まるでアメジストの瞳の女神は、それでも自分には文化が、歴史があると語る。

 

 更に言えばリーナはまごうこと無き合衆国人。未だに移民などを受け入れている雑多な国とも言えるところで―――『立脚点』己が己であるといえるものなど、『力』以外になかった。

 それでもそれでWW2から今日に至るまで世界の盟主として君臨し続けているのは大したものだ。

 

 しかし、だからこそ―――刹那という奇蹟のような『魔法』を、この価値が分からぬヤンキーに渡すわけにはいかないのだ。そう一色愛梨は感じる。

 

「アンジェリーナ・クドウ・シールズ……ようやく分かりました。アナタに対する苛立ちの正体―――、アナタにあるのは力だけ! 

魔法師であるという価値だけを持って生きてきた人間がフランスの士族階級の血と魔法師のナンバーズの血とを併せ持つ私に挑むなど、身の程を知りなさい!!」

 

「生まれがなんだっていうのよ! 力があろうとなかろうと、ワタシがワタシである証明が『生まれ』になくても、ワタシは今までアンジェリーナ(リーナ)としてやってきたのよ! 

それを誰にも嘲らせない!! セツナの側にいたい気持ちは生れや文化ではなく私の心の旋律(マイハート)がもたらしたものよ!!」

 

 これを抑えるべきストッパーは本来ならば刹那なのだろうが、ここには当たり前の如くおらず。そもそも『居ても困る』のだが―――金色の女神二人の睨みあいは止まらず―――。

 

 だが―――。

 

「とはいえ温泉で、これ以上騒ぎを起こすのはマナー違反ね。湯けむり殺人事件なんて湯に対する侮辱だわ」

 

「同感ですわヤンキー娘。ってなんで皆さん―――湯船に顔を突っ込んでるんですか? それはそれでマナー違反ですよ」

 

 事態の急激な推移にズッコケただけなのだが、この二人。実は男が絡まなければ相性はいいのではないか?と思う。

 

 湯船に身を再び浸からせた二人を見て、全員が起きだす。湯船に浮かぶ死体ごっこは終わりとなった。

 そんな訳で、再び益体も無い話やら女子特有のアレコレを聞きだすこととなる。まだまだお互いに知りたいことは多いのだ。

 

 魔法は探らずとも、女子としての興味は尽きないのだから―――。

 

「ところでじゃリーナ。さっき(くし)を梳きながら歌うようにしていたのはなんじゃ?」

 

「あれはセツナが教えてくれた魔術の一つ。女性の魔法師……魔女は、その身に神秘性を持った存在だから、『髪に魔力を込めておく』ことで触媒とすることもあるって言われて、何となくやっておくようにしているのよ」

 

 手慰みというわけではないが、時々リーナを見るとロールした髪を弄っていた時がある。あれはそういうことだったのか。

 あれも魔力のコントロールの一環なのだろう。そう考えるとリーナが、とても遠い存在に思える。

 

「ほう! 御髪(みぐし)に魔力を―――わしにも教えてもらいたいものじゃ!!」

 

 しかし実家が神道系で、そういったことに造詣が深い四十九院沓子は、興奮した様子でリーナに詰め寄る。

 

「グリモアに乗っていたと思うけど、トウコたち三高は、読破したとか聞いていたわよ……?」

 

「あれは本当に戦闘に有用そうなものを抜粋しただけであり、浅い理解じゃよ! 

やはりテキストを通して読むことで、細かな解説を受けることで『そういうことか!』と気付けることも多い―――うむ。一高が羨まし過ぎる!」

 

 最後には羨ましい言動。しかし態度はさっぱりしたものな沓子に何だか毒気を抜かれる。そしてセツナのとんでもなさを改めて認識する。

 

「けれどアレはダメよ。セツナのお家で代々伝えられてきたものだから」

「むぅ、つまり?」

「輿入りする魔女の嫁にだけ教えられる秘伝なんだって、セツナもお母さんであるマスター・『リン』から教えられたって言っていたもの」

 

 

 そのリーナの赤くなりながらの言葉―――プロポーズでも語る様な様子に二人ほどの怒気が湯船を伝う。

 

 ……第二ラウンドは―――サウナルームであり……その様子を見ていた桜小路紅葉は、語り終えて一息突くのであった。

 

 † † †

 

 ホワンホワンホワンアカハ―な回想を聞き終えた刹那としては、そうか。としか言いようが無かった。

 

 

「いやそれだけ!? なんか納得いかないわー……」

 

「湯冷めしたわけじゃないんだろ? しかし、俺はそこまでスキがある人間かね?」

 

「まぁ、分からなくもないかな。君は荒事や魔法関連では口数減らない位にズバズバ口出すけれど日常では秘密主義の塊だったからね」

 

 観客席の一角。一高の連中が占拠している所にてB組の馴染みである『桜小路紅葉』に言うとD組の里美スバルが、眼鏡を直しながら言ってくる。

 

 開会式を終えて当たり前の如く移動したスピードシューティングの会場は更に当たり前の如く満員御礼であった。

 

 そんな中での会話は、場にそぐわないものであった……。刹那的には聞いておいて損ではない話であったが……。

 

 

「けれど、リーナだって真剣なんだから、それを邪魔しちゃうのはどうかと思うわよね……三高の女子はアマゾネスか?」

 

「いい表現ありがとよ春日」

 

「いえいえ。けれど昨日は助かったから、アカハほど恨めないかな?」

 

「まぁ『彼』の実力・技量は分かっていたんだけど、やっぱり……私も女子だから、恥ずかしいんだよな」

 

 D組女子二人―――春日菜々美に合せる里美スバルの言葉―――顔を赤くしながらの言葉に、刹那は更なる説得を試みる。

 

「安心しろ。達也は実妹にしか興奮できないいじょうって痛い!!」

 

 少し離れた所にいる達也が、どっから出したか『おはじき』で攻撃してきやがった。

 

 こんにゃろ……と思いつつも、こらえてCAD調整の顛末。まだ時間はあるとはいえ、昨日のことを思い出す。

 特に達也の担当となった一年生女子の大半の中でも、やっぱりどうしても『色々な抵抗感』があったらしく、深雪の説得及び彼氏持ちが監視ということでやらせることにした。

 

 改めて達也の技術力を見たが、こいつはいずれ『巨人の穴蔵』のマスタークラスほどになるのではないかと思う程に恐ろしい才能であった。

 ともあれ、達也が新人戦参加者の大半を面倒見るということで作業量は2倍2ヴァ―イ……ハードワークすぎて、作る饅頭の量もかなりであった。

 

 

(とはいえ、目下の悩みは森崎一派だな……)

 

 あの浅い貴族主義的な連中は、達也にCADの調整を任せずに自分達でどうにかすることだけに拘泥していた。

 

 とはいえ、クラウドに出る越前と田丸は、その辺り『任せたい』と言ってきて、そこの柔軟さはあったが、森崎と五十嵐、大沢などの頭硬い組は頑として聞かなかった。

 

(愚か者が、道具にこだわらない奴は二流―――そして道具に当たる奴はド三流。限定戦において、その意味を知らなければ終わるぞ)

 

 口の中で転がした苦い唾を呑み込みながら刹那としては、戦うからには『勝ち』を狙っていきたいのだ。

 

 その想いを共有できず、己の道だけを進むならば、即座に死ぬだけ……。どうやらそこまで頑として聞かぬならば、一度コテンパンにしてしまってもいいのではないだろうかと思う。

 

 諸葛孔明が南蛮の孟獲大王を七度捕まえて服従させたように……などと考えていると主役の登場。七草会長の出番であり一高以外からも黄色い歓声があがり、人気のほどが分かる。

 

 射撃が始まる。その精度は見事―――、そしてクレーの数も異常だったが、それを打ち抜く技術も大したものだ。

 

 クレー自体もそうとうな硬さと質量だったろうに、氷結の弾丸は亜音速で放たれて全てを打ち砕いたのだ。

 

「おおっ! すごいな七草会長は!!!」

「遠坂、アンタはアレほど出来るの? CAD無しで?」

「速さ重さだけで全てを語る舌を俺は持たないんでな。要は時間内に標的全てを打ち砕けばいいんだろう?」

 

 

 里美の感心した言葉に桜小路の嘲るような言葉。それに気が無く返しつつ、魔弾は『呪針弾』にしといた方がいいかなと思っておく。

 とはいえ、当日のコンディションでは、ブルーみたいな『スナップスター』でも良かろうと思いつつ、最後まで七草会長が『打ち抜けなかった』ものを見た。

 

 しかし得点表示は通常通りパーフェクト。壊しちゃいけないものかな? と思いつつ、刹那の目的はこの後の人間である。

 ある意味、主役とも言える七草会長が終わって観客の誰もが『決勝』までの退散を行いつつある大半が立ち上がっていくのを見つつ……桜小路に里美たちも退散準備。

 

 怪訝に思ったのか目線で疑問を投げかけられる。

 

 

「もう少し見ていくよ」

 

 

 その言葉の後に里美たちが抜けた席に達也組+リーナが入れ替わるように座り込む。

 

「別に移動しなくてもいいのに」

 

「お前を一人ぼっちにするのも心が痛かったんでな。次だな九大竜王の内の一つ『水納見ユイ』の出番は―――」

 

「あれだけの啖呵を切ったんだ。どれだけ出来るか見ておきたいんだよな」

 

 

 達也たちとしては、説明が欲しかったのだろう。

 先程の七草会長の『魔法』は、達也の説明で分かった(理解は不十分)のだろうが、それでもここから先は、分かりにくい理屈も出てくるかもしれないのだから。

 

 そうしていると、少しだけ観客が減った試技会場に、現れる七草会長とは別系統の美人―――纏っている衣服は、会長のようにスポーティなものではない。

 

 どちらかといえば……民族衣装。この時代に覚えているものがいるかどうか、そもそも風俗として知っているかも怪しいものを纏っている。

 

「アイヌか、水納見という苗字から関西方面を予想していたんだが……」

 

「アイヌって北海道方面……蝦夷地域として本州が併呑していなかった頃の北海道の原住民族だよね?」

 

「詳しい説明は省くが、まぁ明治維新頃には完全に服属させられていたからな。ただ文化的な連続面が無いわけではない」

 

 エリカの質問の言葉に刹那が答えてから、その衣装が神然としていて―――同時に所作が完全に異なものとなっている。

 夏場にも関わらず―――急激な冷気を感じるほどだ。雪深い北海道の大地をイメージさせるぐらいには青色の長髪の少女は場を支配していた。

 

 

(マズイな……)

 

 CADは持っていない。しかし魔力の鼓動だけは猛り狂う。見えるものには見えるだろう『化成体』。それは強大な憑き物として見えている。

 

 そしてそれと『連結』していれば、最大級のパフォーマンスは行われる。達也は、世界を「上手いこと騙す」のが魔法の技術と言ったが、水納見ユイの力はそれとは真逆だ。

 世界を「強権的に縫い付ける」技術―――。それと似たものを刹那は知っていた。

 

 シグナルランプがレッドからイエロー、そしてブルーへとなった瞬間。遅れて飛び出るクレーが――悉く、『針の一刺し』で砕かれていくのだ。

 その様子を見ていた幹比古と美月が見えているものに対して少しだけ畏怖を覚えている。

 

「美月、このスケッチブックに、いま見えているものを描いてくれ。五分間しかないから速筆で頼む」

 

「は、はい!!」

 

 話を振られるとは思っていなく、どっから出したんだと思われるスケッチと筆具一式を渡されて、即座に筆を走らせる美月を見ながら、魔眼を『白』に変えておく。

 

 

「視えぬところで小狡いことを……と言いたい所だが魔術も魔法もそこは変わらんな」

「幻獣クラス?」

「魔獣で収めておきたいが、魂魄だけで存在しているんだ。まず間違いなく霊格はそこになっちまう」

 

 リーナも『眼』を使って、水納見の秘術の正体を見た。視えていない連中には『見えるもの』を用意して見せる。

 というか達也でも見えないとなると、神秘の密度は、この世界としては高過ぎるものだ。

 

「うげっ!! なんだよアレ!? トカゲ?魚?―――どちらとも言えるものだけどよ……」

 

「あんなものが、魔法のサポートユニットとして存在しているのか……ルール違反ではないが、大会ルールの陥穽を突いたもの―――しかし良策だ」

 

 レオと達也の言葉に対して刹那としては何とも言えない。

 

 九校戦における規定として、CADのスペックリミットは決められているが、ソフト―――登録できる術式は無限といってもいい。

 もちろん殺傷性ランクが高すぎる魔法は検査委員によって探知され削除を命じられる……。

 

 しかし、そもCADを所持していない魔法師。仮に天然地力のみで、それだけのこと(CAD相当の作業)が出来る魔法師であれば、そこをすり抜けられる。

 そして見えるものにしか見えぬもの……九島烈の言う通り、脅威を正しく認識出来ない以上、魔法は『神秘』及び『隠然』としたものとして、存在するだけだ。

 

 超能が正しく超能として世界を席巻する―――。

 

 十の指を開き交差させてから、最後のクレー20個のそれに銃口でも向けるように指先を向けた瞬間。冷凍光線じみた魔力が飛び出して着弾。氷結。破壊。

 

 七草会長と同じくパーフェクトを叩きだした水納見ユイに誰もが唖然。しかし七高及び四、五、六、八、九の選手たちが唱和するように叫び盛り上げていき、その絶技に誰もが歓声を浴びせる。

 

 

(一、二、三以外は結託しているのかな……?)

 

 

 しかし歓声の中を颯爽と歩く水納見ユイにとってこれは当然のことなのだ……。

 

「出来ました! しかし、このスケッチブックいいですね……すごく書きやすいし、細かな彩色も出来るということが、すごく楽でしたよ」

 

「欲しければ貰って良いよ。とあるBBAの講座でくすねた呪具の一つ。芸術は爆発だ」

 

 岡本太郎ほどではないが、そういったスタンスでいる刹那としては果たして、この状況はどうなのかと思う。

 正直言えば―――窮地だろう。下馬評通りとはいえないものが出てきた。

 

「刹那、お前の見立てが聞きたい。仮にこのまま七草会長と七高の水納見選手が、ぶつかって七草会長に勝ち目はあるか?」

 

「……地球上において超能の力が人々に認識されて神秘は技術へと落とし込まれた。古式魔法もまたその流れに呑み込まれてしまい、貶められた」

 

「………」

 

 関係の無い話。しかし前振りだろうと分かっていた人間達は、黙りながら続きを促す。

 

「だが、それでも成立してしまう『絶対原則』がある。それは人間がどれだけ長じれても制御しきれない域の話だ。

 レリック然り俺の魔術や『セカイ』に然り―――即ち魔法やら魔術の相性を測る前により『強い神秘』で『弱い神秘』を圧倒する。

 神秘の強大さとは古さ、世界に刻まれた年齢やら根付いた『年輪』にも例えられるのだからな……クレーを『撃つ』という作業だけならばイーブンだろうが、そこに『インタラプト』(割り込み)『ディヴァイン』(防護)も加われば―――」

 

「場合によっては、見えぬように七草会長の狙撃を邪魔して、その『壁』を貫くことすら出来なくさせられるのか」

 

「そういうことだ。対戦形式のシューティングは確か紅白の内のどちらかを撃つことでのみ加点が許される。同じフィールドで打ち合う以上。己の作業だけに集中するのが常道だが、こうなるとその可能性が高くなる」

 

 

 というか刹那的にはいま言ったことは、自分がやろうとしていたことであるのだ。

 予選はともかくとして対戦形式になれば、まずはあちらの標的を『囲んで』から、己の標的だけを撃ち抜こうと思っていたのだ。

 

 恐らくそういったことが、彼女にも可能のはず。視えている四足の獣。今は子猫のサイズでユイ先輩の肩にて安らいでいるが、ウロコがある獣。マーライオン的な、されどちょっと違う魔獣の霊体は、まだまだ余力があるようだ。

 

 そしてそれを使った術もまだまだあるはず―――そのほとんどは競技的魔法には向かないだろうが……。それでも『工夫』次第である。

 

「霧を発生させても、魔法師の眼ならばどうということはなくとも『認識世界をみだすことは可能だな』―――」

 

「幻惑魔法も使うのか……」

 

「ありとあらゆる可能性を懸念するに、何か対策が必要なんだが……今日で決勝まで行くんだろ?」

 

 

 十日間の日程の中でもスピード・シューティング『本戦』は男女共に一日目で終了してしまう競技だ。

 

 時間があまりない。予選のプログラムは登録された全選手のトライアルスコアで決まるもので、対戦形式の射撃戦となるまで時間が無い。

 第一、七草会長がそれを望むかどうか……と思っていると、この九校戦に登録されている人間全員に充てられる端末にコールが入る。

 

 一高全メンバーを緊急招集。競技種目が迫っているものを除いての、それに対して即座に行動を開始。

 

「こりゃ、俺も先輩に何か用立てなきゃダメかな?」

 

「秘匿したい技術もあるんだろうけど、今回ばかりはダメだ。刹那―――お前の思う所をやってくれ。俺もサポートする」

 

「いやお前がメイン。俺は多分『外装』であり『概装』の担当だよ……」

 

 術式のプログラムに関しては達也に任せるしかない。ともあれ―――ケツに火が点いた様子の一高メンバーを見た四、五、六、七、八、九の選手やエンジニア達の嘲るような、それでいて挑戦的な視線を受けながらも刹那たちは招集場所に急ぐしかなかった……。

 

 



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第45話『九校戦――七草真由美の挑戦』

ア、アテッサの邂逅がどこにもない……地元の本屋で青春時代(厨二)の頃を思い出して紙で買いたいのに……(泣)

神坂先生……! 体を自愛しつつ、続きを書いてほしい。(涙)


 集められた場所には一高生が、大挙していた。事態の緊急度合いが伝わるほどであり、いつも通りの場所に座っている人々。

 

 とりあえず予選が近い渡辺先輩はいないので、必然的に会長と会頭がトップで話してくる。

 

 

「招集した理由は分かっているな?」

 

 査問委員会か? そう言いたくなる会頭の開口一番に、『まぁ』と曖昧にだけ返事しておく。

 あちらから語りたいだろうからという気遣いもあったが、とにかく時間が惜しいことを実感していた会頭は、端的に告げる。

 

 

「このままどこかで七高の水納見と闘えば、七草は負けるな?」

 

「現状のままであれば確実です」

 

 

 全員が息を呑む。会頭も予想して、そして刹那もまた断言したことで理由や根拠を尋ねられることは無かった。無かったからこそ、話は早かった。

 

「対策を聞きたい。そして水納見ユイの使う術式の正体も―――」

 

「こちらを」

 

 

 重々しい口調で口を開く会頭。一高に用意されたオブザーバールームとも言えるし会議室…まぁ多目的のオフィスルームの機能を万全に使っての説明。

 

 記録装置に対しての解析と白の魔眼を投射したことで刹那の見えているものを映像装置、映写機のように一点に投影する。

 そこに幹比古と美月の見ていたものも加わり多くの映像で、その大怪獣―――霊体。プシオンの塊が形を成して水納見ユイに巻きついているものを誰もが視認した。

 

 爬虫類とも言えるしウロコを持つ猫とも言える。何とも言い切れぬ大怪獣。サイオンで身体を形成してプシオン―――否、エーテルボディとアストラルバディの混合された『上位存在』。

 ある意味ではサーヴァントなどのゴーストライナーと同じかもしれない。

 

 

「特徴から言って『チャク・ムルル・アイン』などの水棲の魔獣のようです。視えた限りでは全身に存在している針のような突起を魔弾として飛ばしており、それ以外の攻撃手段や出来ることも生物的な特徴から推測は出来ます」

 

「こんなものが人間の身体に憑依しているのか……!? 以前のブランシュの一件のようなものか?」

 

「それもありますが、ここまで『獣性』を顕現した存在を降ろして、平素ということは、そうとうな術者です。壬生先輩や剣道部の人々よりも手練れで、長きに渡って受け継いできたのでしょう」

 

 神降ろし(コール・ゴッド)。などとも称される術式は、被術者の精神と魂を壊すことが多い。

 ただでさえ人間の魂は、他のものを受け入れられるほどキャパシティが高くない。それは魔術師云々の問題ではない。自我を持つ存在が、他の自我持つ存在量―――概念を受け入れることは、異星の大気に身を晒すようなものなのだ。

 

 サーヴァントと人間の融合症例の一つには、ロード・アニムスフィアが提唱していたデミ・サーヴァント実験があった。

 また教室の姉弟子グレイも、それに類する存在だろう。

 

 

「正直、サギも同然よね……こんな横紙破り、いえ―――そもそも規定に無いのだから横紙破りともいいきれないんだけど……」

 

「達也曰く、世界を上手いこと騙すのが、魔法の技術だそうで、その理屈に従えば会長も水納見ユイさんも、『極悪な詐欺師』ですが」

 

「刹那っ」

 

 茶化すな。と言うかのように叱責する達也に対して半眼でベロを出しておきながら、対案を表示しようとしたのだが……。

 いたずらっ子が、あかいあくまの支援を受けて大魔王に挑みかかる!……ヤ無茶しやがって。

 

「つまり、達也くんからすれば、私は魔性の女。『峰不二子』も同然ということね? 誘惑しちゃおうかしら?」

「そういうことはもう少し身長伸ばしてから言ってください。不二子ちゃんに失礼です」

「ぐはっ!! わ、私が若干気にしていることを……というか達也君がルパンを見ていることが意外だわ」

 

 七草会長の質問は、このクーレストながらもドライではない微妙に情が厚い男。司波達也に対して全員が思ってしまうことの一つでもあった。

 そんな周囲の感想に構わず達也は答える。

 

「以前、USNAを騒がせていた魔法怪人『美少女魔法戦士プラズマリーナ』『魔法怪盗プリズマキッド』のニュースを見て興味を覚えて―――そんな感じです」

 

 何気ない達也からの言葉の攻撃にアメリカ人2人が、びくびくっ!と動いたのを何人か見たが、とりあえず今は置いておくことにした。

 ともあれ、ここまで巨大なものを憑依させて魔法を行使してくる以上、こちらも対抗策を考えなければいけない。

 

「けれど九校戦で使えるCADのスペックは決まっている。司波君や遠坂君があれこれした所で、それが検査を通るとは思えないよ」

「確かに……けれど、五十里先輩。今回は何も水納見ユイを物理的に戦闘不能にする必要はないんですよ」

 

 正門前での戦いを思い出して懸念した五十里啓の苦渋の言葉に、軽く考えてくださいと言っておく。

 

「スピードシューティングもピラーズも相手を殺傷する目的の競技じゃないんですから、相手の『妨害』や『割り込み』を突破・破壊できれば、問題ないはず」

「……言われてみれば、そうだったね。総合的な能力値では『あちらが上』だとしても、クレーを撃ち抜くことに、拘れば違うか」

「心中はお察しします」

「考えすぎていたね。ゴメン、それじゃ遠坂君も司波君も、対抗策があるんだね?」

 

 その言葉に即座に頷けないので、千代田先輩からの眼がきつくなるも、意思確認をするべきなのは七草会長に対してである。

 

 

「道すがら刹那に聞いたんですが……結構ギリギリなことをします。術式も会長得意の『ドライ・ブリザード』から少しの変化―――いや極端な変化をさせます」

「続けて」

 

 一拍置いた達也を促す七草会長。その眼は真剣だ。だからこそ―――達也に任せておく。了承の意を取るのは刹那の役目ではないのだから。

 

「あちらも収束・発散・移動系の三つの系統魔法の他に『創造』という『魔術系統』まで使ってくる以上は、熱エネルギーの『極致』で対抗するまでです」

 

 熱エネルギーの極致。それは―――つまり新たな『魔法』を打ちだすというのだ。

 一気にざわつく会議室。そして達也の提示したインデックス――とある魔術ではない、いわゆる魔法の式を公開している図書館、データベースのような場所にまだ『未登録』の術式が、端末に表示された。

 

 更にざわつく会議室。理論だけならば―――分からなくもないが、それを打ち出すCADをどうするのかである。

 

 その疑問の回答を達也は『最古の魔法師』―――遠坂刹那(メイガス)に求めた。

 

 

「刹那、お前が双腕の刻印を『同時並列』起動させるのと同じく―――出来るか?」

 

「熱と冷気―――その二つを『分ける』形で発動させる術式はあるよな?それと似て非なるものを発動させればいいんだろう―――可能だ」

 

 達也の問いかけにスターサファイアとスタールビーを取り出す刹那。その様子に―――。達也は少し意地悪いことを考えたようだ。

 意地悪い笑みを浮かべる達也は、誰にとっても本当にレアであった。

 

「促しといて何ではあるが、お前にとって『心の贅肉』なんじゃないかな? それでもいいのか?」

「うるせ。ここで見捨てたら、色々と後悔する。その方が心の贅肉だ。あるかもしれない気病みを想うぐらいならば、最初っから全力で動くだけさ。CADに外装として着ければいいんだな?」

 

 珍しく―――というか達也がそんな風にいじるような言葉を放ったのが初めてなので誰もが面食らう。しかし、それを返す刹那は当然と受け取っている。

 

「ああ、ハードの方の大半は任せた。俺は、術式の調整をする。細かなものは―――」

 

「お前が見てやれ―――俺の方では術式に対する細かなコードが打てない」

 

 

 そう言って、途中で、床を足で叩いて、どこからか『デッカイ旅行鞄』を取り出した刹那。

 空間に見えぬ通路でも作ったのではないかと思うあまりにも常識外のことに眼を疑いつつも、この二人、『最古』を求めるものと、『最新』を求めるものであると誰もが分かっていながら、こういう時だけは息を合わせあう。

 

 信頼しあい眼をぶつけ合う二人の男子の姿を見て柴田美月の『中』にいる四足の霊獣……2010年代後半に流行った白くて笑顔の顔文字の生き物がざわついたが、一瞬で終わる。

 

「わかった。七草会長―――、しばし刹那にCADを預けてくれませんか?」

 

「否も応も無いわ……頼むわね二人とも…それにしても……ああっ、2人のタイプの違うイケメン男子が私の為に粉骨砕身してくれるなんて私ってば女冥利に尽きるわ―――ってぎゃ――!! 何でシールズさんと深雪さんが私を引っ張るのおおお!!」

 

「これから練習場で仮装標的として私とリーナが水納見ユイさんの予想される戦術を披露して会長を特訓(折檻)しますので―――」

 

「上手く勝利のヒントを掴んでくださいね――♪」

 

「笑顔が怖すぎる後輩! 恐ろしい子達!!」

 

 

 哀れ……七草真由美の熱烈なファンである服部副会長ですら何も言い出せないほどの早業の後には、会長と他二人を抜かして、会議室に静寂が戻る。

 静寂の中でも少しの気遣いをしておく。

 

「会長の方は俺らで何とかするんで副会長。余計なお世話ですが、そろそろシューティングに戻った方がいいかと、木下先輩も気が気じゃないでしょうから」

 

「む。そうか―――すみません。それじゃ行きましょうか」

 

「ああ、司波、遠坂。頼んだよ」

 

 

 刹那の言葉で会議室から服部副会長と三年のCAD担当技術者である木下が居なくなる。返事はしないが、手を上げて返事とすることで了承とした。

 ともあれ、その言葉で、時間とかスケジュールに気付いた人間達。エンジニアも選手も喫緊のものたちは居なくなっていく。

 

 残ったのは、今日中に差し迫ったものが無い人間ばかりだった。今ごろは本戦バトルボード女子の予選かと気付いてエリカとほのかを送り出そうとするが―――。

 

「どうせ勝つわよ。渡辺先輩ならばね」

「応援ぐらいは欲しいんじゃないの?」

 

 将来の義妹からの、と付け加えれば多分怒り出しただろうから加えなかったが、ともあれエリカとて言葉の裏を読みながらも、そこまで子供なことは出来ないのか、とりあえず刹那と達也が何をするのか見たいとしてきた。

 

 

「ほのかは、いいのか?」

 

「えっ、ええと―――た、達也さんが何をするか見たいんです! ダメですか?」

 

「視ていて面白いものではないと思う。第一、大半は刹那任せだ」

 

 新人戦バトルボード出場者二人が、場の推移を見届けるとしてきたことで、ともあれ刹那は―――カバンを一番大きな机の上に置いてからミスティロックを外す。

 

「Offen」

 

 呪文で鍵が外された『カバン』が、様々な魔術道具を絢爛に展開していく。『化粧箱』『メイクボックス』のような箱がいくつも光り輝くカバンの中から競り出してきた様子に驚き、そして興味津々となる。

 

 

『『『………』』』

 

 

 技術者根性とでも言えばいいのか中条あずさ、五十里啓……そして司波達也の三人が食い入るように見てくる。その他も結構興味津々だ。

 

「コンパクトフルオープン」

 

 言葉で10はあろうかという魔法の宝箱の棚が下から順に引き出されていく。普通の宝箱には輝けるジェム(宝石)もある。

 その中にある器物―――煌びやかなマジックアイテムは今までの魔法師たちにとっては馴染みがないものばかり、それらが「特級の魔力」を放っていれば自ずと眼を惹くのだ。

 

「うわぁ……まるで、本当の魔法使いみたい……」

 

「うん。凄いな……僕の家でもここまでの『器物』を扱った事は無いかも」

 

 そんな声を聞きながらも刹那は構わず七草真由美のCAD―――机の上に乗せた小銃型のそれに見えぬ細工を施していく。まるで精巧な細工師が手ずから作り上げるかのように緻密なものだと感じる。

 

 小銃型のCADは、見れば見るほど外装として見えぬようにするには細すぎる。

 刹那にとっては、少しばかり難儀するが、それでもやらなければいけない。

 宝石を『皮』に溶かし込み、ルーンを刻み付けて、『ヘリクス』を発動できるようにするにするための作業。

 

 銃身部分が照準装置であることは『視えており』―――そこに干渉しないように魔術的強化を施していく。

 

 決して五十里先輩の刻印魔法のように『一見して見えるもの』という風にしないように、『視えないもの』を刻んでいく。

 

 

「―――あとはスフィアとセフィラのルビーとサファイアを―――Shape ist Leben―――Sphäre ist Würger―――」

 

 

 最後の『作業』として赤と青の宝石を、2羽の鳥として『命』を吹き込んだのか、一度だけ変化して赤と青の糸細工の鳥となってから、銃身に向かって飛び、銃身のサイドに意匠として刻まれる。

 この程度ならば、ただの遊び程度として問題ないだろう。そして、検査委員にもあれこれ言われないだろう。達也に一度手渡すと――――。軽く手渡したこちらとは違い一度だけ少し体をみだす所作。

 

 

「重い……いや、質量的、物理的重量は変わっていないはずなんだが……」

「疑似的な『聖遺物』(レリック)にしたというところかな……?」

 

 推測が確かすぎる達也、五十里の二人に正解と言いつつ、『右手』の魔術を起動。達也の言う所の『世界を騙す方法』で銃にある重さを『消し飛ばす』。消し飛ばしたが故の代償は―――うん、まぁ―――後々である。

 

「シューティングだけのドーピングみたいなものだ。後は術式の補正だろ? 任せた―――」

「し、しまっちゃうんですか!?」

「あんまり広げっ放しだと、この部屋に、いい影響ないですから」

 

 

 機械工学関連なCADと違い神秘の器物を扱うものは、あまり人に見せられるものではない。ヘタすると、会議室が異界化してしまうかもしれない。

 

 何より……信仰心を集めるための奇蹟として認識させるために必要でも秘術の一つなのだ。この世界では神秘の秘匿が原則でないとはいえ―――『本物の神秘』は『閉ざされてこそ』だ。

 

 ただ、お預けくらったように、しょんぼりするあーちゃん先輩はどうしたものかと思う。

 

「中条先輩の場合、古式的なものよりも『機械的』なものを信仰していると思っていたんですけど、歯車様を信仰するように」

「なんですか歯車様って!? そもそも私の梓弓を見れば知る通り、どちらかといえば私も古式の側ですし、第一あそこまでのマジックアイテムを見れば、誰もが眼を惹きます」

 

 言われてみればその通りだった。梓弓というのは日本の巫術における『呪い祓い』の道具の一つ。魔除けの道具なのだから。

 とはいえ、本人的にはやはり歯車様の信仰者だろう。

 

「それもそうか……」

 

 納得した刹那に対して更に言い募るあずさ。どうやら本人的に後輩に侮られた感はぬぐえなかったのだろう。別に侮ってはいないのだが…。こちらの態度に侮られたと思って、奮起するは中条あずさであった。

 

「特にマクシミリアンの『レオナルド・アーキマン』の作品は、理論よりも神秘性(ミスティック)を重視したものが多いですから、マスプロダクツされた『カン・バク』『モラ・ベガ』などもいいですが、気に入った相手だけにオーダーメイドのワンオフものを与える芸術性はシルバー様とは違うものを感じます」

 

 熱弁を振るう中条あずにゃん先輩の相手は刹那にやらせておき、達也と五十里先輩には外の作業車に走らせることにした。

 そんなあずにゃん先輩の熱を冷ます為にも、冷や水を浴びせる。

 

「ただの気紛れだと思いますよ。それ」

「違いますよ! とにかく世界中の国際A級魔法師などからも依頼がひっきりなしで、国籍・人種・宗教―――どこが彼の興味を惹くのか、気に入った相手だけに渡される出来上がった一品ものは様々な場所で魔法の価値を高めています!! ああ、私も依頼したい……」

「私のお母さんも持っていますよ。中条先輩」

 

 別に『オレンジ』の『アオザキ』の真似をしたわけではないが、まぁそういった仕事で路銀を稼いできたのが刹那と魔法の杖『カレイドオニキス』である。

 更に言えばそこにアビゲイルも加わっての、マッドサイエンティストの作品は、とにかくピーキーながらも、芸術作品を『求める』ものたちにとっては、いいものだったらしい。

 

 どうやら三人共同の作品はその玄人向けの魔法師達の『技』(アート)を再現して更に上へと向けるだけのものだった……今大会では絶対に出番ないだろうけど。

 

 などと思っていると書記係であり作戦参謀の市原先輩が急いで入ってきた。

 

「シューティングの予選終わりました。そして―――これがトーナメント表です」

 

 この会議室は万が一の場合を考えて各校で完全オフラインの状態となっている。いわゆる盗聴や盗撮―――作戦会議の内容を筒抜けにさせないためらしい。が物理的な盗聴をされればどうしようもないだろう。

 ともあれ防諜を完璧にするために、携帯端末もなるだけオフラインにしており、こうして市原先輩が奔って来たのは物理的な情報のやり取りのためだ。

 

 受け取った会頭がマイクロチップを大スクリーンに表示できるようにしたことで見えた『山』……。それによると―――。

 

「とりあえず懸念の水納見とは、完全に反対の山だ。当たるならば決勝だな」

 

 その名前が置かれた位置に全員が安堵。それは、とりあえず準優勝はあるだろうとか、それまでに我らがビッグマム『七草真由美』ならば、あのピーキーな『魔銃』を操ってくれるだろうという期待……そんなところか。

 

 ともあれ、そんなこんなでとんでもないライバルの登場に誰もが驚きながらも会頭に耳打ちをしておく。

 

 

「成程な。一、二、三高以外が結託か……」

 

「全員の意思がそうではないんでしょうが、彼らが意図的に、こちらを妨害してきたらば不味いですよ」

 

「しかも今は、九大龍王という旗頭もいる。だが最終的にはどこの高校も優勝を狙うぞ。六校の中で仲たがいが発生する可能性だってな」

 

 

 それも一理ある。どんな人類史を紐解いたところ昔から共通の敵を得て打倒した後に発生する……最終的な『王様決めゲーム』は、同盟相手の潰しあいになるのだから。

 

 

「六花―――アスタリスクか……」

 

 全ての花弁を毟り取る為に手を尽くすはめになろうとは、それにしてもいきなり現れたものである。

 いや、今まで隠し持っていた牙を振るいだしたという方が正しいだろう。

 

神秘の秘匿者(クリプター)……か……)

 

 

 そしていま、刹那の胸にあるクリプターは四高にいた。大型端末のスクリーンにも表示される銀髪のお下げ女。コウノトリのような眼を向けてくる人外の魔女。

 

(イリヤ・リズ……引っ掛かるな)

 

 アインツベルンという姓を知り、わざわざ自分にそれを教えてくる以上、自分と似通った『人類史』、極めて近い『時間帯』を生きてきた女のはず……。

 この推測は、この女が『自分と同じく』『移動』してきたと仮定したものだが―――第三と第二との違いはあれども、出来なくはないし、あの『ジジイ』ならば、そのぐらいのことはしかねない。

 

 行き当たりばったりに見えて、送り込むべき人間の選定。まずい事象の終息のためにも最小限の干渉で済ませているのは、流石の手並みである。

 傍観者に徹しているのは、干渉しすぎると『変数』が大きすぎるのもあるのだが、単純に『暇つぶし』の可能性もある。

 

 色々と考えて、これが第一案であるとして、第二案は……アインツベルンが、もともとこの世界にあった場合だ。

 

 この世界の魔法師技能の開発を聞いた時に刹那の脳裏にあったのは、まるで『ホムンクルスの鋳造』のようだという印象である。

 無論、本物のホムンクルスは『エルフ』『デミ・エルフ』などのように、人間離れした外見となるのが常であり、少なくとも魔法師にあるのはそういったものではない。

 

 とはいえ、大まかに言えば魔法師の大半は整った顔立ちが多い。無論、生育環境や生活状況にもよるのだろうが、遺伝的な美醜で言えば美しかったり、勇ましい顔立ちが多いのだ。

 

 

(仮にこのイリヤ・リズが……はじまりの魔法師の関連だとしても、何故―――)

 

 

 衛宮(エミヤ)を名乗る。そして、一色が見せてくれたイリヤ・リズがサーベル競技の際に見えたものは、『タイムアクセル』―――『固有時制御』の術法であるのだから……。

 

 

「ワケが分からなすぎるな……」

 

「?―――、む。遠坂、司波が外線でお前を呼んでいるようだ。行ってやれ」

 

「了解です」

 

 こちらの言葉に疑問符を浮かべたものの、刹那を外へ出すことを優先した会頭の言葉で外へ出る。

 

 どうやらまだまだ休めそうにないようだ……。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「結果として決勝まで来たが……七草の出来栄えはどうなんだ?」

 

 

 珍しくも決勝会場にまでやってきた会頭を加えての観戦。雫は何とも思っていないが若干、光井が委縮している。

 まぁ厳つい人だもんね会頭は―――とはいえ、責任者として見届けなければいけないものもあるのだろう。分かっているから誰も余計な口を挟まない。

 

 そして刹那は、会頭の疑問に対して正直に答える。

 

「良くて七割―――現実的には六割―――、予想されていた『あちらさんの壁』をぶち破ることは可能でしょう……」

 

「やって来たか?」

 

「三高の選手との試合。相手が撃つべきクレーを氷壁で覆ったうえに、七高の選手は自殺点とならないように精密な魔力操作と術式の絞り込みで、ワンサイドのパーフェクトにしていました」

 

 再びの質問には雫が答えた。

 スピードシューティングの対戦形式となれば、己のクレーだけを撃つことに執心して、そこにまで思い至らないのが普通なのに、そんな常識の慮外までやってきたことに三高の選手は驚愕。

 

 そこで持ち直せば、何かしらの『弾丸選択』でぶち抜けたかもしれないが、そうしながらも己のクレーだけを撃ち抜くことで相手に心理的プレッシャーを与えて、そうなってしまった。

 

「デカいな―――七高の応援が……」

 

「目の(かたき)にされてますね。ウチは……」

 

 この会場内にも予選と同じく七草会長のファンがいるのだが、彼らも委縮してしまうほどには高知土佐の七高の声はデカい。

 

 無論、七高にも会長のファンはいるのだろうが……あそこまでの力を見せつけられては、声を出すことも出来ないだろう。

 

 

「だ、大丈夫だよね。達也さん。遠坂君―――会長は勝てますよね?」

 

「―――」

 

「いやお前はウソでも勝てると言っておけ。俺は無条件に信じきれない」

 

 無言で黙考する達也。

 

 しかし刹那としては光井を安心させるためにも達也だけに責任を押し付けるのはどうかと思うも、つきっきりだった達也が太鼓判を押すべきだ。

 

「……万全の整備は出来た。深雪とリーナを使ってのシュミレーション訓練も想定通りだ……しかし、最後に勝敗を決めるのは、会長の『度胸』と『意思』だ……」

 

『『度胸と意思?』』

 

「正攻法では絶対に届かない相手に対して詰めを掛けられるのは……やり抜ける意思と―――」

 

 

 最後の方でイタズラ小僧のような笑みを浮かべて言う達也は……疑問符を浮かべる光井と雫に言った。

 

 

 ―――盤をひっくり返す(イカサマ)をするのさ―――。

 

 

 言葉を最後に、刹那からすればギルガメッシュナイト(いんちきゲームの夜)が始まる……夜ではないけど、などと心中で言いつつも、互いのフィールドに入り込んだ一高女子と七高女子の登場に―――誰もが息を呑む。

 

 

(へぇ……流石は十師族)

 

 

 己の地位を脅かす敵だと認識して殺意と殺気を滾らせる七草会長に少し印象を外される。

 

 そして、会長の少しの『度胸』が発揮される―――昔風に言えば電光掲示板―――それを進化させたホログラフで表示されたのは―――。

 

「エキスパートルールの申請?」

 

「驚いたな。あの会長が、そこまでするなんて」

 

「雫、エキスパートルールってのは?」

「刹那も申し込む、申し込まれる―――共にありえるんだから、覚えておいてね」

 

 疑問を浮かべた刹那とは違い、達也を筆頭に誰もが驚く。どちらかといえば悲鳴の類にも似ているが……。

 

 スピードシューティングのエキスパートルールとは、単純な話。横並びでの射戦から互いにクレーフィールドを挟んでの対面射撃という戦いに移行するのである。

 無論、そうするだけの設備機構は整っており、五分もすれば互いの位置が変わるだろう。お互いの面を正面に見据えた状態での戦いに。

 

「危なくないか?」

「うん、放たれた魔法は確かにクレーだけを狙い撃つことで壊れるならば、その時点で魔法は成立するけど、このエキスパートルールの場合、それ以外に魔法の余波が互いに届く、互いに届かせる。ことも可能―――つまり流れ弾がやってくる可能性と流れ弾に見せた『誤射』という妨害もあり得るルール」

「少し違うけど『フレンドリーファイア』ありきの戦闘形式なのね……」

 

 リーナの嘆息交じりの声で全員が、唾を呑み込む。

 

 投射されるクレーだけにエイドス改訂の形式を叩き込むだけならば、問題ないかもしれないが……ここに来るまで、殆どの選手が弾丸による直接射撃方式を取っているだけに、そういうものを懸念する。

 

「高速で放たれるクレーは、座標設定を叩き込んでも外されることもあるから、そうなるのは仕方ない。もしくは大まかに永続形式の『範囲指定』魔法で飛び来るクレーを壊すかのどちらか……とはいえ、対戦となれば自殺点もあり得るから、後者はあまり好まれない方法」

 

「なるほどね。今さらながら『魔弾』で対応するのが難しそうだ」

 

 今さらなスピードシューティングのルール確認と、その対応を考えての言葉だったが、コイツは大丈夫か?―――という皆の視線とは対称的に、色々知っているリーナが擁護なのか何なのか……。

 

「いやウソでしょ? セツナの刻印は展開すれば、早撃ち(Quick)連射(Arts)シメ打ち(Buster)。なんでもござれの刻印神船マアン―――」

 

 色々とNGワード混じりのリーナの言葉を遮るように、スピードシューティングの会場が稼働を開始する。

 

 一昔前……2090年代からすれば、『100年前』の『僕らの学校が地球防衛基地に』。的なワンダバ(乗り込みシーン)のように、左右に分かたれるフィールド。そのまま会場の一部を押し退けてでも互いを等距離に置く位置に射撃台が動いていく。

 

 それなりに重々しい音と軽快な動作の混ぜ合わせで、スピードシューティングの会場が変形をして―――正しく西部劇の決闘場のようになる。

 

 

 生粋のアウトローでありながらも義侠の心持つ『ビリー・ザ・キッド』。

 

 そんなビリーを友人と信じながらも最後には彼を撃った保安官(シェリフ)『パット・ギャレット』。

 

 

 ……と言う割には少しばかり縁が薄すぎるも―――互いに求めあった宿敵。

 

 銃口を向け、水と氷の刃を浮かせ―――戦いは始まるのであった―――。打ちだされるクレーに対してお互いの眼が向け合った瞬間である……。

 

 



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第46話『九校戦――七草真由美の覚悟と流星』

長らくお待たせしました。ある意味、完全オリジナル回。

ともあれ、次回には生徒会の女子たちによる女子会の辺りに復帰できるはずです。


 序盤は、ボクシングのオープニングにも似たジャブの差し合いのように静かな打ち合い。

 お互いにお互いのポイントになるクレーを打ち合うことで順調に得点を重ねていく。

 

 ここに来るまでに、その『銃の重さ』に慣れていた七草会長も、静かに、その銃に対する重さを感じさせずに照準射撃を行っていく。

 

 内心では疲れているだろうに、一応……クラウドに集中することで、ここは準優勝狙いなんて意見もあったが、それをきっぱり彼女は断ったのだ。

 

 静かなものだ。会場も静まり返ってクレーを叩き壊す音が響くだけだ。射出されたクレーが有効エリアに入る度に、お互いの魔法が叩き壊していく。

 

 

 ――――来るか。刹那が勘付くと同時に変化を感じる。

 美月も幹比古も見た。聞いた―――水納見(みなみ)ユイの水の魔獣が遠吠えを上げる。無論、眼のいい人間。霊視的なものでなければ見えぬものだが―――聞いた方は、あまり思い出したくないだろう。

 

 ドライアイスの音速弾。作り出された弾丸が赤のクレー……七草会長のポイントクレーを叩き壊そうとしたのだが……。

 

 バキンッ! という鈍く金属質な音で音速弾が中途で撃ち落とされた。その音と見た結果に誰もが驚く。やられた真由美も同じくだ。

 

 

「氷壁……!?」

 

「あれです会頭。準決勝までの選手を苦しめたものは……」

 

 

 氷壁は思念コントロールも働いているのか、撃ちだされて物理法則に転じたクレーと動きを同期させて、移動していく。

 無論、水納見の仕業であることは分かっており、そうでありながらもあちらはあちらで自分のポイントクレー……白のものを叩き壊していく。

 

 失点したことを忘れて、思考を切り替えて―――四方八方より弾丸を打ち出すことで対応。

 

 真正面から弾丸が通じないならば、下方、上方、左方、右方―――そこから弾丸を打ち出す。しかし……。

 

「氷獣の眼からすれば……意味は無いか……!?」

 

「……魔法で反応して弾けるクレーならば、良かったんだが―――物理的な接触で以て壊す以上は、物理的な衝撃を与えなければいけない―――」

 

 透き通るような氷の中に包まれた赤のクレーは、そのまま落ちていく。七草会長の音速弾ではびくともしない氷塊に包まれたクレーで係員に怪我人でなきゃいいなという感触がある。

 

 ここまでで会長が撃ち落とせなかったクレーは12枚。そして同数打ちだされている水納見に打ち漏らしはない。

 

「12点差……」

 

 あちらは得点。こっちは失点―――差が開きつつある。得点盤を見ている七草会長派の人々に焦燥感が募る。

 これ以上の失点はマズイ。相手方のクレーを撃ち落とすことは、七草真由美ならばあるまいが、このままこちらのクレーを砕けなければ準決までの選手たちと同じ結果となる。

 

 

 ここまでは一種の確認作業。そう断じた真由美は心機一転―――ここからは、本気で獲りにいくのみと己に念じる。

 

(やれやれ、スマートに勝ちたかったんだけどね―――けれど)

 

 

 後輩達が見ている以上、これ以上の失態は、プライドの問題だ。

 

 CADの左右―――銃身の両側面、少しの『ざらつき』をなぞる。そうして、違う起動式を読み込む。違う魔弾を生成する。

 

 対面の相手の顔を見る。そして真由美にもその魔獣の姿が少しだけ見えていた。

 凶悪だ。ここまでの存在を『使い魔』……刹那からすればそういう言い方をするらしいものを御しているとは……。

 

 しかし、それを卑怯とは罵れない。何故ならば、それを『御する』ことも魔法師の力の本質なのだから……。

 

 投射されるクレー。赤のクレーは七枚。再びの氷塊封印。氷雨の魔弾が白のクレーを貫く。

 

 見事な二重攻撃。しかし―――。

 

「お返しよ。水納見さん!!」

 

 生成された魔弾は、傍目には変わらぬブリザード・ブリットにしか見えない。しかし、その数は――――12個。

 

 七草真由美は脅威の集中力で、その魔弾を解き放った。最初は氷雨の魔弾―――相手への妨害射撃である。

 

 消え去る水納見ユイの魔弾。強烈な対抗魔法で消え去ったようなものだ。

 

 

(―――お嬢のくせに品の無い!)

 

 

 心中で罵り、クレーを破壊できなかったのを切り替えて再びの氷弾棘を放とうとした―――どうせあちらは、こちらの氷塊封印を―――。

 

(なに―――)

 

 

 その時、走る水納見ユイの考え。こいつは今、何をした……?

 

 自分の水聖獣―――『水那』を用いての『魔法』は 現代魔法では一切の干渉が出来ないぐらいに干渉力……『概念定礎』(ミスティロジック)が定まったもの。

 

 変化を与えるには同質以上の神秘力を加える必要があるのだ―――だから、氷塊封印された七草のクレーが、弾丸で氷塊ごと『消し飛んだ』時に察する。

 何か―――王から『下賜』された『宝物』があるのだと、察して―――返すように二個はクレーを撃ってポイントを取る。

 

 ようやくの反撃に、誰もが喝采を上げる。こっちは明らかにヒールだなと察して、その声を黙らせるのもまた一興。

 

 

「スイナ 最大顕現 出し惜しみ無し」

 

「……来るわね」

 

 

 ポイント数では43-38……劣勢を幾らか崩せたものの、刹那と達也が用立てたこの魔弾は、真由美にとって『重すぎる』。

 

 あちらの妨害は貫ける。同時に、あちらの射撃も邪魔できる。それを望む場所に発射も出来る……。

 

 しかし多大な処理を要求されるこの『魔法』―――『対消滅弾』は、『熱気』と『冷気』を混合させることで発生するものである。

 

 Aランク魔法『氷炎地獄』とは違い、その特性上……殺傷性も特に高くなるだろう。見せてもらった時の事を思い出しながら真由美は弾丸を放つのであった……。

 

 

 † † †

 

 

 何かのマジック(奇術)のように、交差させた左右の手―――その指間にルビーとサファイアを出した刹那は―――。

 

「Anfang――――」

 

 呪文一つを唱えて、拳を握りしめて両手に赤と青の魔力。そうとしかいえないものを携えた刹那はそれを拍手でも打つかのように交差させて『融合』させた。

 

「系統魔法の工程踏破ならば、色々と煩雑なんでしょうが、とりあえずの完成形を見せます。どんなものであるかをちゃんとイメージしてくださいね」

 

 

 言ってから左拳を腕ごと前に突きだして、片や右拳は背中の方に引いていた。いわゆる弓矢の弦を引っ張る動作にも見えるものがあった。

 

 しかし、それが伊達ではないぐらいに『極大』の魔力体として弓と矢を作り上げていれば誰もが、黙るしかなくなる。

 

 用意されていたシューティングレンジ。その中でも最大の硬度と質量を持つ、タングステン合金の俗称『ヒヒイロカネ』―――そのキューブ。

 巨大な―――男子としては長身の西城レオンハルトの1.5倍はある高さに、横幅は8mはあるだろうものが用意されており―――、それに対して極大魔力の『砲弾』が飛んでいき。

 

 着弾。轟音は無い。しかし何かが溶ける音は聞こえる。数秒もしない内に物質を消し飛ばしたことが分かる。

 

 

「ヒヒイロカネが―――消えた!?」

 

「着弾箇所。ちょうど半円の半球程度の部分が消え去るとはな……分解とも違う。やはり消滅させたのか?」

 

 カップアイスの業務箱から、お玉でざっくりと掬い取ったような塩梅―――そう言えるヒヒイロカネの惨状に達也は言う。

 

「ああ、その認識でいい。頭のいい達也ならば『正の熱量』『負の熱量』とを混ぜ合わせた『混合熱』がどうなるかぐらいは分かるだろ。そういうことだ」

 

「メ〇ローアか」

 

「ああ、メド〇-アだ」

 

「セツナ、伏字の意味が無いわ」

 

 バカな会話をしている男子二人にツッコミを入れるリーナ。とはいえ、周囲にいる誰もがこんなものを良くもやるものだと思う。

 現代魔法において『領域内』に『正反対』の事象改変を入れることは、定義破綻の可能性もあるので、あまりやらない。というか『出来る人間』が殆どいない。

 

 深雪も覚えている『氷炎地獄』(インフェルノ)は、その中に入るだろうが、それとて詳しく言えば、熱量の移動が原則なのだ。

 

「元々は、ある『礼装』で使えていた『魔術』を再現したかったんだがな……そんな『殺傷性』ばかりが高まった頭の悪いものになった」

 

 

 頭の悪い……刹那にとって、魔術とか魔法と言うのは荒事というよりも違うものを目指したものだったのだろうが……。

 

 しかし、これだけの結果(球形に抉り取られた金属体)を及ぼしておいて『頭の悪いもの』というのは、魔法師としては納得いかない。

 

 

「ちなみに刹那の理想としてはどうなれば良かったんだ?」

 

「まぁ、無機物だけを破壊して、生物であるならば、誰もを生かす感じかな? 前まではしゃべる礼装と一緒に出来ていたんだけどな」

 

 

 なんたる不殺の魔法。果たしてそれで貫かれる『無機物』にいるだろう『生物』は、どれほどの容量を持っているのか……端的に言えば『巨大船』などを消滅させたとしても、全員無事に済むのか……。

 

 カルネアデスの舟板を必要としない―――必要としなかった結果をリーナだけは知っていたので、あのしゃべる礼装が繋げてくれた絆に感謝しつつ、帰ってきてほしいのだ。

 

 

 そんな郷愁が蘇る前に、刹那は達也と真由美に言って、この魔弾を術式として登録するように言う。一応の起動式はアビゲイル・スチューアットによって最適化されていたので、それを読み込ませるように言う。

 それを見ていた様子を深雪に誰何される。

 

「リーナのCADにもあの『黄金の魔弾』が登録されいるの?」

 

「まぁね。滅多に使わない―――というか、あんまり使いたくないわ―――悲しくなっちゃうもの。『色々なもの』を思い出してね」

 

 端的に深雪との話を打ち切ってから、予想される氷塊封印を打ち解く手を伝えた刹那と達也を再びリーナは見る。

 読み込む起動式は恐らく自分が初めて『メタル・バースト』の試作機を立ち上げた時と同じくだろう。演算領域内で『重く感じられる』はずだ。

 

 しかし、やってもらわなければいけない。

 

 黄金の魔弾―――魔法名『カレイドバレット』は、水納見ユイの妨害を超えられる刹那の持つ『現代魔法』の中でも簡易なものなのだから……。

 

「よーし!! やってやろうじゃないの!! 深雪さん、リーナさん! 練習相手よろしく!! あとは達也君、CADへの起動式の打ちこみと同時に愛情の注入よろしく♪」

 

 ……なんでこの人は自ら地雷を踏みしめていくのだろう……? 凍れる大地の女神シトナイの如き女の怒りが、修練場を覆いながらも、相手もこのぐらいはやるのだろうと思って刹那とリーナは我関せずで準備をするのであった……。

 

 

 † † †

 

 

 対消滅弾。あらゆる物質を消滅させる魔弾が飛ぶ度にクレーが修復不可能になるのを見た係員たちは悲鳴を上げる。

 

 素焼きのクレーが叩き壊される度に次の試合の為の準備が煩雑になるのだから―――。

 

 しかし、そんなことは戦っている二人からすれば関係ない。氷壁で相手の妨害。貫く威力の魔弾、徐々に威力を上げている七草にじわりと追いつかれる気持ち。

 

 だが、それは真由美も同じ。最大威力で、ありったけ放っていればあっという間にサイオンが不足するし、読み込みを軽くしなければ、無意識領域での疲れが身体を重くする。

 

 妨害しつつ、ポイントゲット―――お互いに打ち漏らしは無いが、勝つためには相手に失点させなければいけない。

 

 もはや飛び交うクレーよりも乱舞する魔法の輝きの方が、多いほどだ。

 

 不動で対処出来ないことを悟ってお互いに旧世紀 西部開拓のガンマンの如く位置を変えて、射角を変えて出来るだけ見え方で『楽』になるようにしていく。

 

 魔法で見るだけでなく肉眼処理もしなければいけない。

 

 

「凍てつけ―――シトナイの眼!!!」

 

「やってくれるわねぇ!!!」

 

 

 もはや明確に誤射ではなくお互いの射台に干渉をかけるやり方。七草会長の射台が氷漬けになって滑りそうになったが、『爪』を立てて姿勢を固持。

 逆撃として魔弾で水納見の射台が穴だらけになる―――寸前に魔獣の霊体が尻尾で払いのけようとしたのを刹那は見たが、射台に向かおうとしていたはずのドライブリザードの魔弾が方向転換。

 

 魔弾の逸話の如くザミエルでも宿っているのか、水納見側の視界からクレーを連続ヒット。

 

 やられたことを悟った水納見がクレーに対して干渉を果たそうとするも―――氷の魔弾は、再び七草真由美の魔弾で撃ち落とされた。

 

 しかし氷獣の棘がいくつかを叩き壊す―――ポイントは73-73。イーブンへと戻った。

 

「クールねぇウチの会長は、激昂しているように見えて相手のこちらへの干渉の隙にクレーを撃つとは―――クレイジーガールだわ」

 

「怒りに任せてるようで、クレバーだったか……」

 

 氷獣を使って攻撃の手数を増やしている水納見ユイに対しては、どこかで勝負をかけなければいけなかった。

 何故ならば、会長が如何に多くの魔法をマルチに使いこなしていても人間ひとりの脳みそ(処理能力)では、どうやっても手落ちが発生する。

 そして、順当にいけばどうやっても水納見の勝ちは揺るがないはずだった……。だったのに―――。

 

(焦りで直接的な干渉に出たのが悪手となったな)

 

 いつもならば圧倒的なリードで勝っていく真由美の予想外の『粘り』―――そして諦めない眼を見た時に、盤がひっくり返りそうになるのだ。

 

 しかし、それ以上に刹那とリーナにとって、予想外だったのは氷漬けに―――無論、いわゆるスケートリンクのように滑らかなものとも言い切れない地面に爪を立てた際に、爪が何枚か剥がれ落ちても、それを頓着せずに逆転の一手を実行したことにある。

 

 眼のいい人間は、それを理解して悲痛な叫びを上げたが、七草会長の粋にして男気ならぬ女気上げた行動に悲鳴など愚弄も同然。慰め役は達也がやればよし!。と言うことで無情にも立ち上がりながら応援をすることにした。

 

 

「生徒会長倒れないで!!」

 

「貴女こそが俺たち一高の代表なんだ!!!」

 

「「「ファイトです!!! 七草会長―――!!!」」」

 

 

 膝立ちの状態での射撃。剥がれた爪からは血が流れながらも、痛ましいはずのその背中が物語る。

 

 

 ―――案ずるな……この背は地に着けない―――。あなた達の魂を背負っているのだから―――!!

 

 などという言葉を感じて―――。会頭が立ち上がって声を掛ける。その姿は男気全開なもので気持ち良すぎるものであった。

 

 

「七草!! お前の魂を見せつけてやれ!! お前は、他人が思う以上にガッツのある女だということを!!!」

 

 三巨頭の中でも付き合いが長い二人にだけ分かる言葉。十文字会頭の呪文を掛けられた会長のアクセルが全開になる。

 もはや防御も半ばかなぐり捨てての打ち合い。技巧も何も無い。打ち合う魔弾が互いに互いのクレーを撃たせまいと操られて、100枚のクレーが打ち出された時間は終わり―――表示された得点盤は―――。

 

 80-80……決められなかったドロースコアに対して、この後の展開はどうなると雫に問いかける。

 

 

「ゴールデンクレー方式……打ちだされる13枚のクレー。その投射間隔はランダムながらも、色は白でも赤でもない黄色だから、どちらでも得点可能―――1枚10ポイント計算のそれで―――無論、多くを叩き壊した方の勝ち」

 

 これで決まる―――奇数枚打ちだされることをしっていれば、先に7枚叩き壊した方の勝ちだ……。

 

 カウントが3分間と表示される。3分後に再び打ち合いが始まるのだ……少しだけ長い3分間。

 

 血の滴る手でも構わずに『銃身』の側面を再びなぞった会長。発動させるにはまだ早いが―――それでも準備は整った……。

 

 

 誰もが息を呑む。セコンドカウントとなり目まぐるしく動くタイムリミット……。

 

 動く二人の射手。手を振り上げて、銃身を持ち上げて―――カウントゼロに至った瞬間―――8枚の黄金のクレーが打ち出される。

 

 打ちこまれていく魔法式がクレーを叩き落とそうとしていく。もはや戦艦の打ち合いの如く8枚のクレーを叩き壊すべく魔法が魔法を叩き壊す様。

 

 舷側を向けた一斉射撃の如き勢いは弱まることなく5枚と3枚が叩き割られた。前者が水納見、後者が七草会長。

 

 リードされたことが分かる得点盤と己の眼で見た人間達が異議を唱えなかったことで、誰もがその結果を受け入れた。

 

 次は―――3枚。水納見はここで決めるべくここぞとばかりに秘術を敢行する。巨大な氷柱を四方八方に展開して領域を狭める策。

 

 エイドス干渉であれば苦慮する状況を作り上げた上で魔弾を放とうとしたが―――。

 

 

 一層輝きを増した『螺旋の魔弾』が、七草真由美の方向から来て、氷柱もろともにクレーを直接射撃。視ると七草真由美の持つ小銃型CADの銃身から一対の翼―――赤と青の双翼が出ているのを見た。

 

 またもや小細工で逆撃を食らったことに水納見は歯ぎしりするも、己側に寄っていたクレーを撃ち抜き、6対5。

 

 拮抗する状況―――これまで王者として君臨していたはずの一高の脆さを期待していた人間たちも、この状況の意外さに動揺しつつも、腕を振り上げて応援を再開する。

 

 

 最後になるかどうかは分からない―――しかし、ここで決めた方の勝ちな水納見ユイは、神経を尖らせる。

 

 七高の同輩・後輩たちの声が響く。その声が後押しする。もはや家の宿業など知った事ではない。勝利をする―――。

 

 打ちだされるクレーは……一枚!

 

 お互いの魔法の早撃ちが、クレーに突き進む。しかし――――。

 

 

 勝ったのは―――七草会長。やはり早撃ちでは一日の長がある……小細工なしの早撃ちならば……。

 

 血が滴りおちるのは、お互いであった……。

 

 

「いつの間に?」

 

スペルヘリクス(螺旋魔弾)の余波で右腕を負傷していたんだな……やられたらやり返せ……とんでもない女だよ」

 

 最大威力のカレイドバレット―――神秘の層をまるっと吹き飛ばすその魔弾の真価を発揮した会長が氷柱ごと狙い打ったようである。

 

 ともあれ、これでイーブン。

 

 

 最後のクレーが放り込まれる一瞬を誰もが息を呑んで待つ。焦らすように―――10秒に達する前に最後のクレーが放り込まれる。

 

 その軌跡を観客も選手二人も見た。その軌跡に沿って魔法が現実を書きかえる。

 

 

「絶対氷盾!!!」

 

 水納見が執ったのは、最初に会長の魔弾を無力化することであった。早撃ちの射撃では、どう考えても七草会長に分がある。ならば、その前に自分だけが干渉できる空間にクレーを取り込む。

 

 

 八枚花弁の氷の華―――そう見える『絶対零度』の結界に取り込んだ。

 そのままに干渉して砕けばいいのに―――しかし、それよりも七草会長の歯噛みする姿を優先したのか……迅速な処刑処断よりも、見せしめのような演出を優先したのだろうか……。

 

 ともあれ、次撃の為に無事な方の手を向けて氷の魔弾を放とうとした水納見ユイは、『後の先』(カウンター)を獲ったつもりでいたらしい。

 

 しかし、本当の意味で『後の先』を取っていたのは、七草会長であった―――。

 

 照準を向けているCAD、銃爪を『引き絞る』様に、銃身から生える双翼をいっそう輝かす会長は、フルチャージが完了したことを理解して、『魔砲陣』を叩き込む。

 

 

 何故、七草会長がカウンターを狙えたのか、原因は定かではない。本人に問い質しても『何となく』とか言うかもしれない。

 無論、達也のように起動式を読んでどんな魔法が使えるかを読んだわけでもない。

 

 最後の戦い。最後のゴールデンクレーを叩き壊す前に、七草真由美は、全方位視界魔法『マルチスコープ』で、『水納見ユイ』の『バイタル』……健康状態なども観察していたのだ。

 

 流れ落ちる汗、唇を舐める仕草の有無、何かしらの回復魔法の行使はあるか……氷獣の力の流れはどうか……最後に関してはサイオンの流れで読むしかなかったが―――少なくとも今まで三年間の対戦相手。そして、己自身などの『スナイパー』特有の早撃ちの挙動・クセは無いかと読んで―――そのクイックドロウでの撃ちあいの可能性を消去したのだ。

 

 つまり―――早撃ちでなく。最大威力の魔法を使うわけでもない以上……この決勝までやってきた『クレーの閉じ込め』―――それをやると読んだのだ。

 

(―――読んだのか!?)

 

(読ませてもらったわ♪)

 

 

 驚愕の視線を向ける相手にイタズラが成功したかのような真由美の目線。最近、後輩にいじめられっぱなしの七草真由美の会心のイタズラであった。

 

 

「放て!! カレイドバレット(万華鏡の偽弾)!!!」

 

 叩き込まれる魔法式。そして具現化する物理現象。亜音速以上の―――光速にも似た閃光が螺旋の渦を巻いて黄金のクレーを、氷の中にあるものを砕こうと迫る。

 

 その魔法の輝きを見た瞬間に水納見ユイは悟る……自分の全ては打ち砕かれたのだと……。

 

 

「我が全身全霊! 破れたりっ!!!」

 

 交差することなく、氷を病葉に砕きダイヤモンドダストを作り上げた閃光は、黄金のクレーを打ち砕き、水納見ユイの魔弾も呑み込んだ。

 

 敗北宣言すると同時に見えた光景が、刻まれる得点盤が勝敗を完全に着けた……140-150……勝者は一高―――七草真由美となった。

 

 大きすぎる歓声、鳴りやまぬ拍手の中に、手を振ること無く全身を見下ろす七草真由美。完全に勝てたとも言い切れない―――これを全て地力の勝利とは言えない想いなのだろう。

 

 そして水納見ユイは天を仰いで―――悔しさから青空に眼を向けてるようで、泣いている守護獣をみていた……。

 

「水納見さんの氷獣が泣いています……」

「多分、主人の勝利に貢献出来なかったからだな―――悲しいんだ……」

「ぐおっ! 俺にも聞こえたぞ……拍手や歓声の中に紛れて遠吠えあげてるぜ」

「本当―――惜しかったわね……」

 

 悲しそうな表情をする美月と幹比古、耳を抑えてしまったレオ、少しだけ優しい眼をするエリカの言葉……

 

 ……恐らく幼い頃から、その『獣性』の化生とともに生きてきたのだろう強い絆。

 

 しかし、主人の慰めを受けて黙る。七高の生徒達も泣いてしまっている。勝利まで目前だった。いや、もしかしたらば、この場での勝利など―――本来ならば無かったかもしれないのだ。

 

 射台が、半壊していたとしても一応は対戦が終わったことで再びの並列になり、射撃場も片づけられていく―――。

 

 向かい合う二人。そしてお互いにどちらからともなく『無事な方の手』を出しあいお互いの戦いを称える。

 

 

「三年間―――あなたと全力で戦いたかったわ……」

 

「スイナ……私の守護獣に無茶はさせたくなかった。けれど、意外だわ……負けるというのが、ここまで悔しいだなんて―――」

 

「私が、私だけの力で勝てたとも言い難い……」

 

「だけど、アナタの勝ちよ。おめでとう七草」

 

 その言葉を最後に水納見ユイが、射台から先に降りる。降りた先には待っていた七高の生徒達の姿。誰もが泣き腫らしている姿を見て―――苦笑した

 

「泣くな。泣くな。まだ早いから、私がシューティングで負けただけだよ。七高の総合優勝。絶対取るんでしょ?」

 

 言いながらも、少し涙目なのは―――仕方ない話だ。色々聞きたい事はあるのだが、降りてまで、それを聞くほど野暮ではない。よって―――。

 

「俺たちも行くぞ。特に刹那、リーナ。お前たちは回復の要なんだからな」

 

「分かってるって」「あそこまでのガッツを見せられたらば、どちらも回復させないとね」

 

 

 出迎えに行こうと急かす光井の姿を見て、達也が促す―――多くの歓声を浴びる中、一人っきりにさせるわけにはいかず会長の元へと行くことに。

 

 その際に後輩全員に着いてくる会頭もまた気付かなかった。端末が緊急の連絡を入れていることに―――。

 

 降りてきた一高の生徒達を見て喜色を見せる会長。

 

 駆け下りて、真っ先に七草会長が抱きついたのは―――達也ではなく、『十文字会頭』であることに誰もが驚愕。

 やられた方の会頭も衝撃で雷でも打たれたかのようになっていたし。気の毒に……色々な視線や怨嗟の声が会頭に集中しているのだから。

 

「こ、これがいわゆるジャパンでよくある『ファイナルファンタジー現象』ってやつなのね! セツナ! 名前は『リンナ』と『リリン』でいいかしら!?」

 

「オイィイイイイイイ!! 色々とアウトすぎるわ!! 第一、ニンジャの方の補完はちゃんとアニメでやったから! そんな急激なフラグ立てじゃないから!!」

 

 

 七高の水納見先輩と七草会長に回復術をかけながらのアホな会話。しかし未だに美女と野獣を続ける七草会長と十文字会頭の前では、皆して二人の周囲で『おめでとうコール』でもやってやろうかと思うぐらいしかない。

 

 そんな中、ようやく端末に入れられた連絡に気付いた雫が、ぼそっと呟くのであった。

 

 

「男子スピードシューティング本戦―――服部刑部副会長……準々決勝で敗退。服部先輩を破って上がってきた第八高校の祭神雷蔵が優勝……」

 

 

 一高にとっては、予定外の勝ち星の喪失が、全員に何とも言えない表情をさせてまだまだ九校戦の風雲は収まらないでいるのだった……。

 

 



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第47話『九校戦――聖杯の少女』

今さらながらDEEN版においての時臣役(ちょいと程度であった)である辻谷耕史さんが無くなっていたのを知った。

ご冥福をお祈りします。


 全ては望まれるがままに、『何人』がこの世界に『来訪』しているのかは分からない。しかし、その動きが本来の『行き詰った人類史』を違う形に変えていく。

 

 本来のこの『異聞帯』の歴史であるならば、自分や『弟』の存在など有り得なかった。魔法は神秘の御業ではなく、人間制御能力の一つとして君臨していただろうが、少しずつ力を失いつつある。

 

 神秘として信仰を得るべく『力』を見せなければいけないのだ……この人類史に、神秘の御業を取り戻し―――。

 

「―――……」

『考え事ですかな?』

「まぁね……長居しすぎたことは確かだし義理もあるけれど……ここは私の本来の居場所ではないからね」

『お嬢様は、この世界が嫌いなのですか?』

 

 その言葉は即座に否定できるものであった。

 

「いいえ、人々には色々あれども、概ね豊かに過ごせている―――、しかし……」

『破滅のスイッチが見えていますかね?』

「引き金を引くのは『クローバー』、そして『魔法の輝き』が、それを止めるか、『加速』させるか―――分かっていないわ。いえ分かっているから側にいるのかも……」

 

 

 眼を凝らせば分かる。あの二人に訪れるものは『対峙』『宿業から来る対決』。

 

『破滅の剣』を、その手で弄びながら、世界を『固定』しようとする『魔王』。魔王を解放する『七色の剣』を持ちながら、世界を『変化』させようとする『魔術王』。

 

 

(運命の時は訪れる……分かってるのセツナ? アナタは―――)

 

『お嬢様、16㎞先に新ソ連の間者を見受けます』

 

撃て(シュヴァイス)。『アルケイデス』―――」

 

 言われる前から弓を構えていた偉丈夫は、主人の下知を受けて新ソ連の間者……明らかに変な挙動を見せているマニュアル駆動の車―――恐らく改造車の四駆輪を撃ち抜き、急停止させる。

 

 公道を走っていただけに、後は事態の緊急を受けた連中が、即座に駆けつけてパスポートの有無などを誰何するだろう。

 

 第一、監視システムが利いているだけに、余計な逃亡は警戒を強めるだけだ。

 

「しかし、無頭龍は無いのだから黙っていればいいのに……違法賭博なんてどんな利益があるってんだか……」

 

 胴元が儲からない賭けなどを主催している連中はアホかと言いたくなりつつも、この闇夜に沈んだ富士山のお膝元に集結しつつある連中の意図がさっぱり分からなくなるのだ。

 

『お嬢様。そろそろ戻っては―――明日は試合(デュエル)があるのですから……』

「もう少しここにいるわ……今日は月が綺麗だもの―――それ以上に従者を、一日中この屋上に放置していたのは色々とアレだもの」

 

 貴族以前に『人間』としての気遣いであるとした主人に従者は笑みを零す。

 

『お気遣いありがたいですが、ここにいるのもいいものなのです。未だに鼓動を感じるヴェスヴィオの山の如き頂、エリュマントス山の如く多くの者から神性を称えられて、アトラスのように動き出しそうな偉容……懐かしいですな』

 

 アルケイデス……ヘラクレスの十二の難行を考えた時に、それを一概にいい思い出なのかと問いたくなるのだが……彼の声はどことなく弾んでいるので、それを言うのは野暮であった。

 

 だからこそ―――……リズもまた屋上で魔力を整えて―――、明日の千代田をめったくそにするべく『律』を整えておくのだった……屋上でステップを踏む……夏の夜には場違いな『雪の妖精』。

 

 そんな姿を見る者は―――『精霊』を友とする古式の魔法師であり、こんな夜中でも修練を欠かさない人間と、そんな人間に付き合って外に出ていた眼鏡っ子だったりするのであった……。

 

 

 † † †

 

 

「カンパーイ!……などあまり騒げないだろうけど、一応、私が優勝したのだから騒いで盛り上がって生徒会女子マイナス(いち)!」

 

「まぁ服部の奴も十文字のところに押しかけているだろうからいいけど、番狂わせだな」

 

「一部では負けるべくして負けたといっても過言ではありません。服部副会長の相手は、そのままにストレートで優勝を決めましたから」

 

「雷速の魔弾ですね……恐ろしい事に精度も極まっていましたから」

 

 

 深雪は直接見ていなかったのだが、風紀委員長である渡辺摩利と市原鈴音、中条あずさは、その試合を直接見ていたらしく―――悔しそうな表情をしていた。

 後で刹那にも見せた結果、見えたのはやはり同じくとんでもない『守護獣』を宿わせて戦っていると言う事実。

 

『雷を操る『熊』か―――神熊(しんゆう)の類、恐らく『坂田金時』の類縁なんだろう……雷を纏っているのは金時が雷神の属性も持っていたからだな』

 

 マサカリ担いだ『金太郎さん』の『熊』だと見抜いたメイガスの言葉で、服部副会長も観念する。

 彼の服部姓が、『徳川十六神将』から来ているものではないから、そういった『オカルティズム』的な重みでは優れないことを知ったが故の観念だった。

 

「明日、色々とメンバー全員を集めて話し合う予定だけど、勘定計算が合わなくなってきたわね。しょせんは……取らぬ狸の皮算用でしかなかったんだけど」

 

 憂鬱な話題になってしまうのは仕方のない話だ。正直……楽勝とまではいかずとも、見込みが合わなくなってきたのだから。

 あの九大竜王の出現が、一高の快進撃を阻んでいる。いや九大竜王が直接絡んでいなくとも、高まった術者は多すぎた。

 

「ある意味、一高以外の高校は、『ストップ・ザ・ワン』を掲げているのかもしれないですね」

 

「九校戦三連覇なんて前人未到の記録は阻みたいわけか」

 

 鈴音の推測に真由美としても、ため息を突くしかない。ホテルの一室にて盛り上がりたくても盛り上がりきれないのは、暗雲立ち込めているからだ。

 

「万全の万能を体現しているはずのCADも、極まった術者にとってはあまり意味の無いものなんでしょうか……?」

 

「分からないわ。今までの魔法師達は、かなり『危険極まる現象改変』で、それを行ってきたけれど現代魔法においては、それが無くなり……絶対ではないけど、かなり『安全』に魔法を行えるようになってきたもの」

 

 技術の進歩が今までの価値観を崩すならば、人間の天然地力を技術が補えるならば、それに飛びつくのは当然なのだ。

 

 剣を使っての一騎打ちから弓矢を使った戦いが火縄銃にとってかわり、火縄銃からミニエー銃、ゲベール銃―――ガトリングガンに……。

 

 並べて人類の進歩というのは技術の進歩。そしてそれを加速させるのは、悲しいことに争いである。

 古式魔法から現代魔法に代わり、神秘の御業は普遍の技術へと……。

 

 

「服部君、あの日から少し思い悩んでいたみたいです。あの戦い……ブランシュとの決戦でも二年生が蚊帳の外に置かれて、事態解決をしたのが、一年生の主体であることも」

 

「情けない……とも言い切れないか。居残り組だって忙しかったんだが、観測していた限りではとんでもないサイオンの猛りだったからな」

 

 四葉真夜が言う通り、七草弘一が泡吹いて倒れそうになったというのもあながち間違いではない。

 あそこまでの『狼煙』を上げられて、仰天しない魔法師はいない。

 眼と鼻の先にいた一高生徒たちまでも、その異常なまでの事態に恐慌を覚えるものもいたのだから―――。

 

「然程のことが私と十文字君にも出来たわけではないわ。あの事態を最後に止めたのは黄金の剣を翳す『赤竜の王』……それだけよ」

 

 あの場にいた深雪だけは七草真由美の想いが分かる。しかし、それでもあんな連中が今後も現れて、その一端を見せつけるならば……。

 氷雪をシンボルとする魔法師である深雪に終ぞ無き寒気が襲いかかったが―――今度こそ話は暗いものから違うものに代わる。

 

 

「しかしだ。真由美~。お前、水納見に勝ってから十文字に抱きつくなんて大胆だな! てっきりお前は達也君か刹那辺りに気があると思っていたんだけど」

 

「ち、違うわよ! そういう男女の愛情的なものではなく友情的なものよ。だってすごい激励が通っていたんだもの!!」

 

「確かに十文字会頭の激励は、会場を振るわせましたね。『お前はガッツのある女だ』ですもんね?」

 

「い、勢い余ってファイナルファンタジー現象に陥っちゃったけど、確かに十文字君の言葉で持ち直せたのも事実よ。それは認めましょう!」

 

 

 渡辺摩利が思わず感心するぐらいには、咳払いして会頭へのそれなりの情を認めた会長。

 しかし矛先を違う方向に向ける前振りでしかなかったと気付かされる。

 

「けれど、そう言う風な話で言うならば、あーちゃんこそ最近はんぞー君と仲いいわよね? あーちゃんの担当でもないのに、なんでそこまで気に掛けるのかしら?」

 

「そ、そりゃ同級生ですし、主席と次席でやんややんやしたりもしますよ。そういう男女的なあれじゃないです! 第一、エンジニアのリーダーは私ですから」

 

 言い訳がましいとまではいかずとも、理由づけとしては正しいものを述べたことで、少しだけ赤い顔をして回避できたと思ったあずさは連撃を食らうことに。

 

「そうかしら? だってこの前……たしか二週間前の生徒会室で髪結いの呪具を使って―――」

 

「ぎょわ――――!!! み、見ていたんですか!?」

 

「中条の髪、いつも纏まっているけど解くとサラッサラだな(CV 木村良平)とか、たまにはチョココロネみたいな髪を解いたら? 違った中条をみんな見たいはずだよ(CV 木村良平)とかいちゃついていたもんな」

 

 何気にかなりアレな場面を、会長と風紀委員長に見られていたことで中条あずさは驚愕するが、髪結いの呪具といえば、刹那のエルメロイレッスンにて行われたことだ。

 

 美しくなるとは、一種の『共感呪術』であるという……九校戦にて一種のコスプレ競技があることを知って急遽行われたものだったが、あれは有意義なものであった。

 

 

「止めようとは思わなかったんですか?」

「だって野暮だろ。長い間彼氏に会えない女の僻みと思われてもいやだしな」

「それは邪推が過ぎるのでは……?」

 

 渡辺風紀委員長の気風いいようで妬みもある言葉に深雪としても苦笑いするしかない。

 ともあれ、カウンターを食らったことで赤い顔を覆っている中条先輩を見て、不憫なと思いながら、この場にはいない生徒会の彼氏持ちは、何をしているのやらである。

 

(流石に、ここで『致す』事は無いでしょうが、何かしらの密談ですかね?)

 

 そんな深雪の推測は半々で裏切られていたのであった。

 

 

 † † † †

 

 

 若干、無防備な寝間着姿。達也辺りならば、深雪がこんな恰好をしてホテルを歩いていたとかいえば苦言を呈するかもしれんが、まぁ刹那にとってはどうでもいい話だ。

 

 ある意味、家でも見慣れた姿のリーナは、ベッドに掛けながらコーヒーを飲んで一服。呆けた顔をして、戻してから真剣な顔でこちらに斬りだしてきた。

 

 

「色々とドタバタしていて聞く機会無かったけど―――あの女、イリヤ・リズって何者なの?」

 

「分からない―――としか今は言えない…推測はあるんだ。だが、それが外れていた場合、致命的な間違いが発生するかもしれない」

 

 容易に話せないことだ。そう前置きながらも、リーナはそれでも構わないと言ってきた。

 

「聞かせて、アイリにとってはお気に入りの先輩でありミス・イリヤにとっても気に入りで胸を揉まれるようなレズレズっぽい関係でも用心したいから」

 

 そんなことまで話すとは存外、一色とは仲良くなっているようだ。桜小路の話の後でも『何かしら』あったんだろうな。と感じつつ女でも胸を揉むのはセクハラではないかと思う。

 

 思いながらも、要点はそこではない。恐らくイリヤ・リズの『正体』が刹那の推測通りであれば、『アイリ』という名前の女性に思う所があった可能性もあるのだ。

 

 

「あのドイツ語の投射文字は見たな?」

「えーと、え、えいんずべるん?だっけ?」

「ドイツ語のABCは『アーベーツェー』だから、細かな説明すればEiで『アイ』Zは『ツェット』あれは『アインツベルン』と読むんだよ。ひとつ賢くなったねリーナちゃん♪」

 

 とぼけた返答というわけではないが、中々にテンプレな返しをしてくれたリーナの頭をぽんぽん叩くも少しだけ胸を叩かれてしまう。

 

「ムカつくわ―! それでも! その中に一つだけあったわよね? 英語アルファベットで書かれているものが、セツナのお父さんの姓が……」

「ああ、だから分からなくなる―――なぜ、『エミヤ』を名乗るのかがな……とりあえず前置くと俺の家系『遠坂』『アインツベルン』『衛宮』というのは色々な因縁がある。それを説明するよ」

 

 

 刹那の故郷、極東の地においても有数の霊脈を保有していた『冬木市』。そんな冬木において、刹那のいた時間からすれば凡そ200年前、この時代からすれば300年前にある試みが為された。

 

 大魔術儀式。世界離脱の呪法……万物の全てを記録している『根源の渦』へと至るための試み……聖杯戦争という殺し合いが……。

 

「霊脈保有の『遠坂』、魂をくべる器を用立てる『アインツベルン』、世界の『外』から魂を呼び寄せる術『マキリ』―――俗に御三家と呼ばれる連中は、それぞれの思惑は違えど『世界の外』に至る為に、己の秘術を提供しあった」

 

「その辺りはワタシも聞かされていたわ。けれどセツナのお母様、お父様も参戦した『五回目』でも決着は着かず、そのままに、大聖杯(グランドグレイル)は解体されたのよね?」

 

「ああ、そう聞いているし、先生からもその辺りは聞かされていた。問題はエミヤとアインツベルンとの関わりなんだ。『見殺し』にしてしまったのが、少し気掛かりだったんだろうな……親父は、第五次聖杯戦争のアインツベルンのマスターに関して調べていたんだ」

 

 

 そういってから『手記』を取り出す。古くさい紙の書籍、それも色々と年月を積んできたものはあの日、父と別れてから母に見せられたものだった。

 

『あんたには、サクラ・エーデルフェルト以外に『おばちゃん』がいたの……その歴史をちゃんと覚えておくのよ……』

 

 部屋にて、刹那を傍に寄せながら、読み聞かせをするように『その人』の来歴を告げられた。そして、その人の事を忘れてはいけないのだと悟ってしまった。

 

 今はリーナを傍に寄せながら、その文章を読み進めていく。父の書いた文字を読み進めていくと……リーナはその可能性に辿り着いたようで、刹那を見返してきた。

 

 

「可能性だけを論じればキリがないが、俺はその『可能性』が高いと思っている……如何にホムンクルスと人間のハーフ……不安定な成長だったろうが、いくらでも『抜け道』はある」

 

 拒絶反応を生まない『人形』に意識と魂を宿らせる人形師など、運慶快慶の時代から進んで、刹那のいた時代でもいた。

 封印指定を解除されたり再度指定されたりと忙しないが、それでも数多の魔術師と未だにコネクションを保ちながら様々なところにちょっかいを掛ける厄ネタの一つ。

 

 姉弟子、兄弟子たちも「死ぬかと思ったがなんとかなった。先生あってこその僕らだしね」などと口々に言うぐらいには、恐ろしい相手ではあるようだ。

 

(妹の方とは会うこと多かったが、姉とは全く逢わなかったな)

 

 逢いたいわけではないが、何かの因果が働いたかのようだった。

 ともあれ、神秘が薄れたはずの『ヒトガタ』つくりに長けた魔術師の御業を発揮すれば……。

 

「イリヤ・リズは、俺にとって『姉貴』なのかもしれない……」

 

 推測の憶測。そして眼があった時に感じた魔術回路と刻印の震え―――全てが可能性を否定できないものであった。

 

 その答えを聞いた時にリーナは、少しだけ震えながら聞いてきた。

 

「戦うの……? 場合によっては、親兄弟どうしで争うのもセツナの世界の魔術師のルールなんでしょう?……」

「それが分からない。この異聞帯とも言える歴史世界にまでやってきて、俺の右腕の秘術を求めているというのならば……」

 

 戦うしかない。もしもイリヤ・リズ以外の『来訪者』(ヴィジター)が現れた場合、親父の秘術はあらゆる意味でジョーカーとなりえる。

 

「まぁ色々と、この世界の魔法師に教えてきた俺だが、こればっかりは譲れないな―――……」

 

「それがいいわよ。なんていうか―――最近のアナタは己を安売りしすぎなんじゃないかって思っていたもの」

 

「世間一般的には『高めの女』であるリーナを彼女にしているから、その辺りはバランスを取っておきたかったんだよ」

 

「セツナの前では安い女になってあげるわよ♪ まぁ嬉しいけどね…その一方で、アナタの価値を安くするのは、少しイヤよ」

 

 

 深雪も達也に『魔法師』として栄達してほしいのだろう。それと少し似た関係と想いを感じつつ、ごろんと寝転がると自然と膝枕の姿勢となる。

 

 

「もー……セツナのドスケベ……ヘンな時に甘えてくるんだから」

 

 リーナは言いながらベッドの外に投げ出していた足を少し動かすも膝の柔らかさは、変わらず見上げている少女の月光の如き『かんばせ』と陽光のごとき髪は、色褪せない。

 

「膝枕をしてほしいと思っただけで、そこまで言われるなんてこれからは自重した方がいいかな?」

「分かってるくせに……耳掃除してあげる?」

 

 最初は困ったような顔をしていたのに最後には刹那の甘えを容認する辺り、お互いになんか色々と『取り返しが着かない』気がしてくるが、それでも構うまい。

 

 お互いに……そういった関係で今までやってきたのだから―――だからこそリーナの中には嫉妬心が芽生える。

 

 例え北山雫が財閥のお嬢で、一色愛梨が日本の魔法師界のプリンセスだとしても……。

 

 

「泣くなよ。俺の隣にいるのはリーナだけだよ。だからあんまり疑ってほしくない」

 

「……ゴメンナサイ。けれど、こうして表舞台に立つと皆がアナタに秋波をよこすんだもの……」

 

「不安?」

 

「愛されている自信はあるわよ。けれど、いまこうして、アナタのお父さんの『結果』を告げられると―――なんか不安よ」

 

 

 不安げな顔の頬に手をやりながら聞くと、そんな本音を暴露される。その顔を安心させるために言葉を尽くしてもリーナは納得すまい。

 

 ならば行動でのみそれは証明されるべきことなのだ……。

 

「んっ……」

 

「―――んっ」

 

 身じろぎしつつも近づく貌と顔。その愛しき全てに対してやれることなど……ただそんな風にすることしかなかったのだから――――。

 

『刹那、リーナといちゃついているところ悪いが、五十里先輩が少し相談したいことがあるそうだ。ああ、ついでに言えば、粗相なんてしていないことぐらいは分かっているが、今にも五十嵐が狂いそうな勢いでお前の部屋の扉に飛び掛かろうとしている。40秒で支度しな』

 

 エイドススキャンの『精霊の眼』―――少し変化した『魔眼』で部屋の中を見やがった達也の言葉で離れながらも口づけだけは忘れずにしておいてから適当にジャージの上を羽織って、出ると野次馬根性逞しい皆さんの姿が―――九校戦というのは、本当にゆっくりできない『戦争』のようであった……。

 

 

「どこまでやっていたのリーナ?」

 

「…『ゲスノカングリ』ってやつじゃないかしらミユキ?……キスだけで終わっちゃったわよ」

 

 

 その言葉だけで五十嵐鷹輔 再起不能(リタイア)になるぐらいのダメージなのであった

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 そうして迎えた二日目も波乱は続くのであった―――波乱の残像は、追ってきた過去となりて、絡みついてきたのだ。

 

 翌日の波乱は女子ピラーズで、起こった。

 

 

 崩れ去る氷柱。走り来る銀糸の数々。眼では追えぬ……無限の数の代名詞とも言われる那由多の如き銀糸が次から次へと砕いていく。

 

 銀糸の細工模様―――それで構成された剣が七本。氷柱に突き刺さると同時に、砕いていく。

 

 そうしながらも空の手からは黄金の魔力光を放ち氷柱を貫いていく。攻撃ターン一回ごとに三本の柱が倒されていく。

 

 恐るべき『魔術』の手並み。人外のものにしか為せぬ御業。次いで啄む猛禽類―――(ファルケン)のようなものを形成した相手は、バードストライクで千代田先輩の氷柱を砕いていく。

 

 

「花音……!!」

 

 スタッフルームで見ている五十里先輩の顔は焦り、そして食い入るように恋人の奮戦を見ている。だが、彼女の魔法『地雷源』は、少しの揺れを『四高』の選手の陣地に与えるだけで氷柱は不動のままだ。

 

(氷柱に対してではなく、地面に銀糸で魔法陣を刻んでいる―――しかもあれは『アンタレス』のものか……)

 

 千代田先輩には見えないだろうが、眼を凝らせば四高の選手の陣地の氷柱は全て魔術的な意味合いで言えば『強固な鎧』というものを持つ『蠍の甲殻』に覆われている。

 大地を這う蠍は、その由来ゆえ『大地母神ガイア』の力を持っており、大地にいるかぎりどのような『衝撃』にも耐え抜く力を持つのだ。

 

 

「こんな、こんなことが……!!」

 

『ふふふ。おかしいかしら―――カノン……私に勝てないことが……地雷源。見事な魔法だけど、アナタには全然似合わないものよね』

 

「―――!? 何を!!」

 

『人の上っ面や表層的なものばかりでしかモノを見れないアナタが地の底に眠りある大地母神を揺るがそうなんて、不遜もいいところよ。やるならば―――こうするのよ。大地よ。嘆け!!』

 

 

 思念での会話をジャックしながら口頭で伝えると更に五十里先輩が、焦った表情。

 千代田先輩のお株を奪うように四高の『イリヤ・リズ』は呪文で、大地のエレメントを操ったようであり、残り六本もの氷柱のうち四本が鳴動を始める……残り二本は今まで防御をしてこなかった千代田先輩の最後の抵抗。

 

 ここまで、盛大にサイオンを使った攻撃。

 しかも―――聖銀(ミスリル)の銀糸を操っての『非効率極まる攻撃』をしてきたのだ。ガス欠になるはずだ。そこを狙うためにも亀のように防御をしなければいけない。

 

 六本もの氷柱が氷塊となって崩れ去り、気化される。火柱が上がっていたところを見るに炎も操れるようだ。

 

 

「まだだ! まだ諦めないんだから!!! 啓に!! こんなカッコ悪い私は―――」

 

『それじゃ無様に負けると良いわ♪ アンタ達一高を止めるのが今大会の私達の目的だしね』

 

 

 言葉を最後に最大の情報強化を掛けて氷柱を打ち倒させないようにしたかったが、那由多の如きミスリルの糸が千代田先輩の上方に纏まっていき―――氷柱の上で『巨人の拳』を作り、振り落される。

 

「ばっ―――」

 

 口を思わず開いて驚く千代田先輩に構わずに巨人の拳は叩き落とされた。

 

 一本あたり高さ2メートル縦横1メートルの氷柱が物理的な衝撃で壊されて、余波は十分に離れていたはずの射台にまで届き千代田先輩はたたらを踏んだ。

 もう一本を防御する気力は……もはや残っておらず、横殴りの拳の一撃でもう一本も砕けた。

 

 

『勝者 四高 伊理谷理珠!!!』

 

 

 その宣言の後に―――王冠を被り…姫と言うよりも『法皇』か『教皇』のような長い袖の白服。赤と金のエンブレーミングが印象的な少女は銀糸を操り―――。

 

 

 ―――頭上に『杯』を作り上げた。その後に風の魔法を使って己の宣言を放った。

 

 

『私が四高を勝利の杯に導く―――ソングオブグレイル! 歌うように私に着いてきなさい!! 四高の迷える羊たちよ!! 安心して突き進め!! 死して尚その魂は私が導こう!!』

 

『『『『リズセンパーーイ!!! 一生着いていきますぅううう!!!』』』』

 

 

 全員をヒートアップさせるその言葉で一高は窮地に陥っていくのであった……。

 

 そして、杯を解いた『リズリーリエ・イリヤ・フォン・アインツベルン』は、銀糸で刻んできたのだ。

 

 

『私はアナタの『姉』よ。何度も夢見るぐらいに会いたかったわ―――セツナ、アナタとの逢瀬を望むわ……私と逢いなさい―――』

 

 

 そんな言葉を魔術文字とドイツ語の混合で一高のカメラに向けてきたミス・リズは完全に、どういう存在であるかを理解した瞬間であり―――刹那にとって失われた筈の『家族』の一人であった……。

 

 

 



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第48話『九校戦――剣の踊り手』

後半に関してまるまるボツったので、ここまで遅れてしまいました。

申しわけないです。まぁこっちの方が、話の通りはいいかなと思いながら九校戦が長いなぁと感じながらも、新話をお送りします。


 

 

 一高に用意されたテント。野外競技も多いので、室内よりもこうした野外にあった方が何かの事態に即応しやすいというのは時代が移ろっても変わらない真理のようだ。

 

 そしてそんな風なテントの中は少し暗い空気に満ちていた。

 

 

 女子のアイスピラーズで本命たる千代田が二回戦負け―――クラウドも何とか桐原が三位に滑り込んだことは朗報と言えるが、登録された他選手は二回戦負けとなった。

 

 意外な事ではあるが、いやそれを言えば失礼にあたるが、今回、出場選手として登録されていた壬生紗耶香が、ピラーズで三回戦進出を決めていた。

 

(空気打ちの『剣杖』は思いのほか、この人にハマったな……)

 

『風使いフォルテ』の技を思い出して、そういった指導をした結果、才能を開花させた一人が、この人であるが、現状ではあまり居心地は良くなさそうだ。

 

 上がっていけば、イリヤ・リズと当たることは間違いない。トーナメント表を見る限りでは決勝までいかなければ無理だろうが……ことごとく下馬評を覆されて作戦スタッフの市原鈴音先輩を筆頭に大忙しのようである。

 

 

「お疲れ。何というか色々だな」

 

「全くよ……とはいえ、分かっていたことだわ。『クロノス・ローズ』という異名を持つ女が、ここまで出来るなんてことは」

 

 

 茶を啜りながら、気楽に手を上げた桐原先輩に対して頭を抑えて落胆しながらの千代田先輩の返答。

 

 新人戦がまだな一年としては何かとサポートをしていかなければならないので、気を利かせて色々とやらなければいけない。

 

 

「悔しいわね……啓が万全に仕上げてくれたCADだったのに」

「万全にして十二分であっても、四高のイリヤさんは―――それを上回ったんだろうな……。僕も悔しいけれど、遠坂君はこの結果を予想していた?」

「予想は出来ませんが、予測はしていました……。見た動画だけの感想ですけどね」

 

 壬生先輩が立ち上がって茶を入れようとしたのを制して、刹那はサーバーに近づいて茶漉しなどを使っての作業。こういうのは後輩の務めでもある。

 

 夏場ではあるが、今後の事を考えれば湯冷ましで入れた茶か熱々の湯茶かであるが―――。

 

『『アツいの頼む』』

 

 恋人二人は、そういって湯茶を飲むことを所望するのであった。別にいいけど。今は舌を引き抜かれる閻魔大王の罰を受けたい気分だろうし。

 

 

「イリヤ・リズの攻撃は至極簡単です。万本単位にも及ぶ『鋼線』……もちろん特殊鍛造の鉱石からの合金でしょうが、それらに魔力で圧力を掛けてしなやかに動く『刃の鞭』『緻密な魔力刃』と化すことで氷柱を病葉に切り裂くことが出来たわけです」

 

 合金としての剛性を保ちながらも、その形状は自由自在。錬金術の極みとも言えるこれらを用いれば、どのような硬い物質でも「切り裂ける」カッターにもなる。

 水銀などのように常温で『液状』に保たれているものと違い、明らかに圧力をかけて流体として変形を掛けるには不似合いな鋼線ではあるが、錬金術を極めた大家からすれば児戯にも等しいこと。

 

 事実、お袋曰くアインツベルンのマスターは、己の髪を媒介にして『ミニ魔術師』を作っていたとのこと。

 伏せるべきことを伏せた上でそういった趣旨の事を語ると五十里先輩は驚いた顔。

 

 

「じゃあ、あの針金にはイリヤさんの髪が含まれているのか?」

 

「女性の魔術師にとって髪……特に年月を経たものは最高位の触媒となって魔術行使の道具となりえる」

 

「そう言えば三高女子と会談したシールズさんも似たようなことを言っていたらしいね?」

 

 壬生先輩が己のポニーテールを触りながらの言葉に首肯しようとした時に、己のショートカットを触った千代田先輩が『だってアタシ、スプリンターなんだもの……』と顔を覆って沈む様子。反対に中条先輩は『髪を解いてみようかな?』とか言っているし。

 

 めんどくさい二年女子に対して、とりあえず実践する為にリーナを呼んだ。

 自主練習というわけではないが、クラウドの新人戦で一色と当たるはずのリーナだが、練習に余念は無いようだ。

 

 まぁ『踊り』と『詩』に関しては一級品の魔女である。そんな星の魔女は、結果を知っていて既知の先輩に一応の慰めを掛けたが、立ち直りが早いのも千代田花音の特徴である。

 

 

「残念でしたねカノン先輩」

 

「こうなりゃ紗耶香を全力でサポートするだけよ!! というわけで、何かまた変な作戦あるんじゃないの?」

 

「無いです―――ありゃ特級ですよ……ただ……勝機がないわけではないでしょうね」

 

 

 千代田の視線を受けた刹那の言葉に藁にもすがる想いのテント内の人間達の視線が刹那に集まる。

 

 後が無いわけではないが、とにかく今の一高には何かしらの上がる機会が必要。

 どうにもテンションが下降気味とでも言えばいいのか、勝てたはずの試合や思わぬ苦戦とがムードを暗くして全体的に一高低調と言うイメージを他の八校に与えている。

 

 そんな空気を敏感に感じ取って全員が若干萎縮しているのも事実。いちおうトップを走っているが、僅差での一位が、この状況を生んでいるのだ。

 

「策はあるんだね?」

 

「あります―――が、こっちの準備が十二分でも勝てるかどうかは分からない相手です。それでも構いませんか?」

 

「ええ、選ばれたからには全力を尽くすわ。この舞台に立つなんて思っていなかった私だけど―――頂点に『挑める』ならば、万全の十二分で挑みたい」

 

 

 それが地力だけのものでないとしても構わないとしている壬生先輩の表情は、あの時に見たモノとは違って快活なものだ。

 達也と違って、この人とはあまり話してこなかったが、こういう風なのが彼女の本音なのだろうとしていたのに……。

 

 

「それに、2人には、校門前での借りがあるしね。女の子を素手で殴って、槍投げつけてそのまま何もなしってどーなのかなー?」

 

 やっべ。という表情を浮かべるしかなくなる壬生先輩の表情と戸松さんボイス(?)に刹那とリーナは、どうしたものかと思う。

 この女、策士すぎる。まぁあの時は色々とお互いにエキサイティンしていたのもあるのだが……。

 

 他の強化された連中が延髄打ちなどで気絶させていたことを考えれば、やりすぎといえばやり過ぎだったかと思う。

 

 

「だ、大丈夫でしょ? ちゃんとそのお腹ならば桐原先輩の赤ちゃん産めるはずですよ!」

「そうですよ! 通電もしなかったはずです! キリハラ先輩の赤子をあやす手は大丈夫ですよ」

 

「何の話だよ!! と、とにかく!! お前達には借りとまではいわんが、あの時のこともあるので壬生にいろいろ便宜頼む!」

 

 刹那とリーナの弁解と言う名の反撃。

 

 むせそうになった茶を飲んでから真っ赤な顔で机を叩いた桐原武明17歳。まだまだおセンチな杉田さんボイス(?)に、まぁ吝かではないので―――。

 あれこれするためにも……。まずは『起こしてくれ』と言う。そうしてから壬生先輩が持っていたデバイスから一羽の赤い鳥が生み出されて、肩に乗る。

 

「『ちーちゃん』起こしたけどどうするの?」

 

「この『千鳥』という武装……何故『鳥』という形態をとったのかは分かりませんが、この鳥を違う『もの』に一度作り替える。七草会長と同じく一度限りのドーピング」

 

 十文字会頭の『夢想権之助の杖』と同じく、ちょろまかした『概念武装』の中でも一番謎な変化を遂げた千鳥というものは今では度々、一高の上空を飛びまわる使い魔であり、何かあった時には……壬生紗耶香最大の武器ともなりえる。

 あんまりこの手の『精神汚染』系の武装は使いすぎると拙いのだが、せっかく手に入れたものを使わないのも、なんか嫌だという話で、刹那が『封印』をしかけておくことで対処していたが、今回ばかりは緊急事態である。

 

「違うモノ?」

 

「CADや武器として持ちこめないならば『着物』に作り替える」

 

 その言葉に盲点の想いをしている人間達ばかり……しかし、なんというか裏ワザばかりの勝利で『邪道ズ』の襲名も間近な気がしてくる。

 

 

「あの女のドレスも『同じ類』ですよ。恐らく四高には高性能な『織機』(しょっき)があるはず。男女のピラーズの四高の成績は?」

「……かなり高いです。そうかコスチュームにも一定の魔力を込めることでブースターとしていたとは……」

 

 市原先輩も気付いた事実。

 横紙破りとまではいかないが、まさか今どき『手作りのコスチューム』を作り上げることで、そこにも魔力を込めるとは……。

 そしてそれを見破った刹那に、誰もがごくりと息を呑む。こいつはどこまで洞察しているのだと……。

 

「サイオンの量がさほど意味を為さない現代においても、それはCADありきの話ですから……まぁとにかく俺の方で衣装は『用立てます』―――リーナ、手」

 

「はいはい。―――それじゃサヤカ先輩の仮装敵役になればいいのね? 任せて」

 

 言葉の後半でバカップルはお互いの髪を手に携えて、手を合わせ、髪を溶け合わせると―――『金黒』の細工が鮮やかな鳥の傀儡が出来上がる。

 これこそがイリヤ・リズの術式の正体の一つだと誰もが感心する。

 

「あいっかわらず尋常じゃない手並み……司波も呼んできた方がいいか?」

 

「ピラーズの予選一段階目は今日で終わりですが、本チャン明日の決勝リーグまでに余裕があれば―――融通きくかどうかですね?」

 

 あまり達也にばかり負担は求められないが、それでも専門家である以上は仕方ない。

 

 一番に日程で融通が利かせられるCAD技術者が、ヤツしかいないのだ。そして何より刹那の求める最優最善の術式を『調律』できるのも達也のみ。

 アメリカにいる時にはアビゲイル・スチューアット。アビー博士と共にやってきたことも、こちらでは達也に任せるしかなくなる。

 

 しかし、ここまで技術スタッフで達也ばかりを重用しているが、どこからも文句が出ないのは、どうしてなのだろうか?

 

 髪型とか顔立ちとか『特車二課の女傑』に似ていることから個人的に『しのぶさん』とでも呼びたくなる和泉理佳先輩などはフラストレーション溜め込んでそうであるが……。

 

 

「まぁ何と言えばいいのか……遠坂君の提唱する術式って結構独特で―――その『要点』を完璧に理解できるのが司波君だけなんですよね。一度、和泉先輩が試しましたよね?」

 

「ええ、三時間の格闘の末『ムリムリムリムリかたつむりぃいいい!!!』とか発狂しましたからね」

 

「技術者としての限界だったんでしょうね……」

 

 

 中条あずさとしても時々、そう思うことがある。確かにエルメロイレッスンなどで紹介されたものを応用したり、何かしらの変化を着ける時に、そのアドバイスを貰うべき刹那の説明を完全にエンジニアは理解できないのだ。

 

 しかし、出来上がったものは完璧なのだ。それを理解できる人間がいれば……。

 

 これは一種の違いなのだろう。

 世の中の『視えぬ理屈』。即ち『真理の探究者』としての魔術師は如何にも関係の無い事象二つに何かしらの『繋がり』を見出して『道』を辿る存在だ。

 

 探究者であっても、その理論の大半は、実は『直観力』から来るものだったりする。つまりは『天性の閃き』が最終的に才能の有無を決める。

 例を出せば達也は理論と理屈を以て理詰めで何かを構築するのだが、刹那の場合は、閃きが先んじて働きそこに後付けで理論と理屈が付いて構築するタイプ。

 

 セオリー型とフラッシュ型とでも言えばいいのか……そしてこれが厄介な事に刹那の場合、前述したとおり『計算式は分からないが、答えは分かってしまう』。そんなタイプなので起動式として『数値化する』時に、CADに登録する時に、どうしても齟齬が、エラーが発生してしまう。

 しかし刹那だけはそれを構築できるとか、誰もが頭を悩ませて最終的には達也任せになってしまう。

 

 そんな刹那の『理屈と理論』を達也だけが数値化できて功績が増えていくことに誰もが忸怩たる思いを抱きつつも、どうしようもないのだ。

 

 

「それなのに魔法理論も一流だなんて……」

「いや、あれって俺の家からすれば『200年前』に通り過ぎたようなものでしたし……」

 

 

 俯くあずさ先輩に刹那としても何も言えなくなる。

 お袋から『言語』は『英語』を基本に『独語』『羅語』『日本語』『伊語』―――発音だけならばスペイン語、イタリア語も教えられた。

 

 ……というか刹那からすれば、2090年代ともなれば『言語翻訳機』ぐらいは出て一種のゴドーワードになっていると思っていたのにガッカリであった。

 

 ともあれ、この世界の『乗り遅れすぎた列車』からすれば刹那の理論とか神秘分野というのは、かなり『掘り起こされたものなのだ』。

 

(まぁ一面だけを見れば、毛沢東やスターリンなんかの『理想世界』だよなぁ)

 

 人々は2000年代には遺伝子を弄るジーンテクノロジーを是として魔法師を生み出し、神秘の分野―――オカルティズムではないが『ミスティール』に関わることは駆逐された……と見られているが、そうでもない一面もあるから何とも言えない。

 宗教観そのものは変わらず初詣はあるし、教会ではミサもある。ついでに言えば神君を奉る『東照宮』は打ち捨てられていない。

 

 人々が完全に何かの超常のモノを敬う気持ち……『信仰心』の消失……『天使を消し去る』ことが出来ない以上、刹那のような存在は揺るがないのだろう。

 

 それが出来るのだとすれば、この世界は『終わり』を迎えるはず。

 

 

 何はともあれ波乱含みの九校戦二日目は……明日の女子ピラーズの壬生次第ということで落ち着く……ちなみに会頭も男子ピラーズで『九高』の……『竜使い』霧栖とかいうのと闘うに当たって、どうしたものかと悩んでいたが……。

 

 

『あまりお前の手ばかりを借りるのもアレだからな―――ただ本気の霧栖と闘えるならば、まずは己の自力でぶつかっておきたい』とのこと。

 

 三連覇がかかっているとはいえ、己に正直に実力試しだとする十文字会頭……こういうのもまた魔法戦なのだろうなと思う。

 

 作戦スタッフが少し言いたげであったが、一高の大親分がこういう以上は野暮であり―――決勝までは霧栖と当たらないからという計算もあったりするのであった。

 

 

 そうして二日目の昼間は更けていき―――夜中……。明日の壬生先輩用の衣装を作り終えて、色々と着付けのスタッフも用立てた上で一息突いた。

 

 一息突いて、何となく部屋の外に出る。10分前ほどには達也が何か面白いものを作って、特急でFLTから届けられたそれの実験をするために外出したのだが、優先すべきこと(概念霊衣作製)に10分はかかるということで構わず行かせた。

 

 乗り遅れた感がありながらも、何気なく行って見るかと思っていた所―――このホテルの中でも特殊な区画が騒がしいのを感じた。レクリエーションルームとでも言えばいい場所に明りが点いているのを見て、そこに赴く。

 

 

 明日を考えれば、休んでいてもいいはずなのに身体を動かすことを優先した人間達を、そこにみた。

 

 特殊な区画……修練場とも体技場―――、道場と言うには板張りが少ないのは怪我人を出さないためだろう。様々な緩衝材。それも魔法を使ったとしても問題ないはずのそこでフェンシングのような剣を突き合わせて激しくぶつかり合っていた。

 

 防具があるとはいえ、その一撃一撃が、かなり重いということは分かっていた。競技用のサーベルでも、稲光が奔り火花が飛び散るのは、それが真に場合によっては、殺人の技術にもなりえるからだ。

 長すぎる金髪、銀髪は丸い兜の中に収まっているのだろう……二人の女子の剣戟は激しく重く刹那の攻防を刻んでいく。

 

「覗き?」

 

「扉が開け放たれて、明りが点いているんだから、その表現は不適切だな」

 

「わかるわかるぞ遠坂! 何と言ってもリズ先輩も、ちょーボインだからの。リーナのを見て揉んでいてたまにはちがうものをいたたたた」

 

 

 最初に気付いて開け放たれた扉に寄り掛っていた刹那に声をかけたのは、三高の十七夜栞であった。

 彼女もまた剣術競技のユニフォームに身を包んでいたが、その言葉に反論してから腕組みして勝手な納得をしていた四十九院沓子のほっぺを引っ張り黙らせる。

 

 リーブル・エペー……フェンシング競技の中でもエペーというのは、旧世紀からかなり広範囲を有効攻撃面としていることで、大まかに言えば防御が主体になりがちなのだが……魔法を使ったフェンシング競技においては、一般競技における防御の巧拙よりも、サーブル、フルーレのように、攻撃主体のものに変化する。

 

 実際『エクレール』(稲妻)と称される……金髪である一色は、加速魔法を用いての稲妻の如く果敢に攻めたてる。

 しかし受け手である銀髪―――イリヤ・リズの剣は攻め手の剣の軌道を封じるように、先んじて受けて立つ。

 無論、一色の方も剣のしなりや切先の重さを利用して変化させるも、相手の方が若干上手(うわて)だ。

 

 

(心眼(真)ってところかな……?)

 

 技能を説明する際に、そういったサーヴァントのスキル的に説明せざるを得ないのは、彼女がそれに近い存在だからだろうか。

 

 そんなこちらの値踏みにようやく銀と金がこちらに気付いたようだが、かまわずに剣戟の応酬が続き、電子判定機が有効打を付けたのはイリヤ・リズであった。

 

 勝敗はそれで着いたらしく互いの位置に戻り拝剣の姿勢で礼をする姿勢を取る。

 

『Rassemblez! Saluez!』

 

 電子判定機の出した音声。人間的なものが聞こえた後に礼をする二人の剣士。兜を脱いでその長すぎる金と銀の髪が溢れる様はガンジス川の夕焼け映りと星空映りを思わせた。

 

 笑みを浮かべながら、握手をして健闘を称え合った一色とリズの姿―――……ピスト―――決闘場から降りてきた一色が、こちらにやってきた。

 

 

「刹那さん。どうしてここに? もしや、私に会いに―――」

 

「いやただの偶然。つーか、君がいれば、もうちっと大挙してやってくるんじゃないかな?」

 

 期待させて落胆させて申し訳ないが、その辺はちゃんとしておかねばならない。

 第一、三高の一色が、ここで汗を流していると知れば下心丸出しの連中がいるはずなのに、ホテル内でも特に秘密な場所ではないので―――まぁ気付いたのが俺だけというよりも、皆してそれぞれで何かしているのだろう。

 

 まさか、昼間に体と魔力をいじめるにいじめていた連中が、夜中にもこんなことをやっているなど誰も思うまい。

 

 そんな中に、刹那に銀髪の女が近づいてきた。

 

「アイリが、どうしてもって言うから相手してあげてたんだけど―――ようやく私に会いに来てくれたのね?」

 

「いいえ、一色に言った通り偶然です。今日は見事にしてやられましたよ。四高の伊里谷リズ先輩―――」

 

「ちぇーノリ悪いわ―。この『後輩』―――」

 

 

 魔力を圧縮するためなのか、リボンを取り出して銀髪を縛りあげる伊里谷理珠という女は栞から受け取ったタオルで汗を拭きながら、こちらに気軽に話しかけてくる。

 千代田花音に勝ったことなど、彼女の中ではどうでもいいようだ。

 

 そんな様子に、一色からどういうことかを誰何される。

 

「何だか、変なこと言われたんだよ……まぁ意味は分からないが」

「変なこと?」

「セツナ・トオサカは私に恋する―――そういう『おまじない』よ。アイリにも教えてあげようか?」

 

 気楽な調子で言われて一色は頬を膨らませる。それは、先輩を取られたという嫉妬ゆえか、それとも―――。

 

「私の恋を応援してくれる約束だったのでは?」

「応援するわよ。けれども、『セツナ』が欲しければ、『私』を打ち破ってから―――知り合いのヤクザ組長の『孫』もそういって『弟分』の家に『金髪娘』の同居をあれこれしたらしいから、ね」

 

 一色の言葉に勘弁してくれと言う思いの刹那に構わず二人は話を続ける。

 

 猫のように眼を細くしながらのリズの言葉。ここでは色々と暴露出来ない事情を含み、そして尚且つ―――こちらと同じような『経歴』を言うことで、こちらに様々なものを知らせてくる。

 

 しかし、その為に―――『タイガおばちゃん』のことをあれこれ言うのは不愉快極まりない―――まぁ裏切って、あんなヤクザも真っ青の裏稼業(執行者)に手を出した時点で、そんな思いを抱くのも筋違いかもしれないが。

 

 

「つまりリズ先輩は遠坂君の『お姉ちゃん』―――そういうこと?」

「遠い親戚筋よ。シオリ―――私だけが一方的に知っていて、舞い上がって色々と混乱させてごめんなさいね?」

「悲しげに寂しげに言いながら『右腕』に抱きつかないでくれませんかね? 恋人に見られたらば、アレなんで」

 

 既に防具―――胸部のプロテクターを脱いだらしくて、ブラも簡易なのだろう柔らかさが心地よすぎる。

 むにゅむにゅと変形する双丘を当てられて、正直色々と高まるものもあるのだ。知ってか知らずか、そんなことをするリズという女は、セツナにしか聞こえないように―――。

 

『あとでアナタの世界のお父様のことを教えなさいよ―――まぁこうして『ここ』にいる以上、そしてアナタの経歴から察するに分かることもあるのだけどね?』

 

 その言葉で『不満げに』嘆息してしまう刹那。

 見破られるぐらいには、この世界で刹那はあまり隠し事をしなかった。

 

 それこそが、こうしてこの女を呼び寄せた。魔眼の如き紅の眼を向けられて―――。また不満が出てくる。

 

『お姉ちゃんに何も言わずに危険なことするんじゃないわよ!』と怒っているように見えるのは、やはり―――血の繋がりを感じて親父の刻印が疼きを感じるからだ。

 

 けれど―――今更現れて、姉だの家族だの……。そんな不満を感じて見つめ返すと、沈むリズ先輩……あちらにはあちらの言い分もあるかもしれないが、刹那には刹那の言い分があるのだ。

 

 そんな様子は目敏く外野にも知られてしまい、切欠を作り上げるのは、四十九院沓子であった……どちらかといえばあーちゃん先輩と同じく、ロリな体型の彼女は知ってか知らずか状況を打破してくれた。

 

 

「ふむ。察するに随分と複雑な家庭事情の様子―――となれば、少しばかり余計なお世話かもしれぬが、そういう時には身体を動かすことじゃな。愛梨。相手してあげるのじゃ!」

「沓子もたまには良い事言うわね。刹那さん―――リズ先輩だけ相手していないで私の相手をしてくださいな♪」

「ちょっ、一色? 一色さん?―――」

 

 無理やりひったくるようにこちらの右腕を取った一色によって闘技場の―――一番広いフィールドに連れていかれる。

 

 気を利かせてもらったのは分かるが、一試合やったあとだろうに、未だに戦う気なのは―――一年にとって明日までの三日間は『待機』であるから無性に身体を動かしたいから―――と好意的に解釈しておく。

 そんな好意に答えながらも戦いでは気を抜かない。

 

 こちらに駆けつけて栞が持ってきた長物―――受け取った一色が頑丈な鞘から抜いたのは、武装一体型のCADであった。

 

「聞くところによれば、八王子クライシスにおいてもあなたは最前線で戦い続けたとかいう話―――フローラリアの魔剣を振るって魔狼を狩り続けたとか―――その実力の一端。私と一曲踊って見せてください」

 

「……ご期待に応えられるかどうかは分からないが、まぁ踊りの伴奏ぐらいは弾けるように努力するさ。『エトワール』(星の踊り手)・アイリ」

 

 

 競技用剣術のサーベル型CADではなく『真剣』のレイピア型CAD―――護拳付きのそれを掲げながら挑戦的に言ってくる一色に洒落て返してから、『格下げ』させた双剣を手に構える。

 

 その剣に『ルーン』を刻み込んで、花弁と風が纏わる双剣を見て、『へぇ』という声と『素敵』『華麗に決めるの』―――三者三様の声を聞きながらも、これ以上の囀りは不要として動き出す。

 

 レイピアの切っ先をこちらの『真芯』に向けたままに一色は加速魔法を発動させて―――スターズ隊員『切り裂き魔』ラルフ・アルゴルよりも、凄烈かつ清廉な真っ直ぐに突きこんでくる稲妻の如き突きに、干将・莫耶の陰陽剣が受け止めて―――そこから剣士二人の踊り。

 

 

 ソードダンサーズ(剣の舞い手たち)の見るもの全てを幻想へと誘うものが展開されるのであった……。

 

 



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第49話『九校戦――暗雲立ち込めて』

 ―――10日間の日程で行われる九校戦の日程の中で目的の2人の試合は四日目であったが、こうして観客として訪れてみただけでも、かなり面白いものだ。

 

 中でも日本のロード・マギクスともいえる『十師族』(GREAT TEN)の長子や子女たちの実力を確認出来たのは僥倖であった。

 

 しかし、そんな観客気分とスパイのない交ぜをやっている傍ら、シルヴィア・マーキュリー・ファーストは、様々なものを探ってみたのだが……やはり『無頭竜』は終わっていた。

 

 組織としての命脈たるものを潰された上に、刹那の余計な茶々入れが、彼らの『賭け』をそもそもご破算にしてしまっていた。

 

 

 本来の九校戦の裏ではある種の『違法賭博』『闇賭博』……いわゆる公営ではないスポーツ賭博が主催されていた。

 主催者は『無頭龍』という香港系のシンジケート。

 

 遠い所からわざわざ日本のスポーツ競技を賭けの対象にして賭場をひらくなど、何とも迂遠なことに思えた。

 

 しかし、最近の大亜連は戦時・戦中の闇経済に端を発するアンダーグラウンドな経済の一掃に血道をあげていると聞く。

 つまりは、表経済を脅かすほどに目障りな存在になってきたのでお目こぼしをするワケにもいかず、最近の大亜は、色々なニュースが飛び込んできた。

 

 もっとも『表の権力者』と深くつながった闇の実力者、マフィア。―――歴史が長い幇会(ほうかい)、有名どころでは香港に根を張る『三合会』『青幇』などは逮捕に至っていまい。

 

 逮捕されているのは政敵の支援者。反主流とつながっている連中……そんなところだ。本当の闇を突けば、表側もただではすまないのは明白だからだ。

 

(自国の連中では何かあった時に、互いの組での抗争につながるから第三国どころか『敵対国』の『競走馬』を使っての賭けをしていた)

 

 筋は通っている。オッズ次第では、『馬』の関係者にあれこれ圧力をかけたりなんだり、そういった『イカサマ』『出来レース』『八百長』を疑ったりとキリが無い。

 

 そういった経緯で賭場を主催しようとしていた無頭竜……その中でも三連覇を迎えようとしている一高に関して様々な謀を目論んでいたようだが……。

 

 

(大佐も余計なことに気を回しましたね。まぁあんまり、リーナやセツナ君の邪魔されても面倒ですしね)

 

 

 ともあれ、色々とアジトを探っても出てくるのはからっぽの部屋―――ちょっとしたオフィスばかり、セツナからもらった『淫魔の愛液』―――それを基剤としたまぁいわゆる血液反応と魔力の残滓を嗅ぎ取るものを、床や壁に垂らすと―――圧倒的であった。

 

 

「ここで無頭竜と、何者かが大立ち回りをして―――そして無頭竜の構成員たちは殺された……にしても変ですね」

 

 こうしてシルヴィアが御殿場に来てから、あばら家巡りをしているのは、今日が初めてではない。

 迅速に殺された跡もあれば、こうして大立ち回りをしたところもある。

 考えるほどに、分からなくなる。ここの情報を読み取れる魔法があればいいのだが、まさか『ムーディー・ブルース』染みた探査系の魔術は無いのだ。

 

(考えられるのは、形跡が穏やかなものは『味方』と思っていたものにやられた。そして尋常ではない反応があるものは、そういった『襲撃』を分かってしまい寸でのところで抵抗が出来た)

 

 北米と南米などでも魔法を使ったギャングやマフィアを相手取ることもあり、捜査することも多かった。そんな中で廃棄されたアジトにおける立ち回り―――手下の裏切り、背約、示しあわせた上でのトップの殺害……。

 そういったことが『ある』と分かっていたので、シルヴィアは、無頭竜という組織が『身内』だと思って招いたものに殺された人間達と、『身内』の『襲撃』を悟った人間とに分かれているのだと結論付けた。

 

 

「しかし、中国などの長い歴史を誇る黒社会の伝統と歴史ある犯罪組織というのは、その歴史の深さたるや西欧のシンジケートとは格が違います。長らく鉄の結束を誇ってきた彼らは、独特の嗅覚で異分子を嗅ぎ分けて―――懐に入り込むにはなかなか難儀するのですよ」

 

 シルヴィアの発した言葉ではない。明りを消すと同時に、聞こえてきた方向に注意を向ける。

 このオフィスのような場所―――奥には関羽を模した像がある部屋の入口付近にまで接近されたことを警戒する。

 

「っと警戒されてますか、失礼―――ですが話を聞いていただきたい……いま、我々はこの御殿場付近に根を張っている『新ソ連』の連中の尻尾を踏みたいのです……幸か不幸か隣国ゆえ、大陸の連中の内情はそれなりに分かっているのですが、『イワン』のことはあまり分かっていない……協力しませんか? ミス・シルヴィア・マーキュリー」

「女性に姿も現さずに、話しかけるなんて随分とマナーを知らない男性ですね。あいにくそう言ったミスターとは、話すことも憚られましょう」

「む、そう言われると、ちょっと辛いですな……」

 

 

 言いながら、シルヴィアは魔弾の装填をしておく。同時に『踊り』の準備をしながらも―――、相手は遠慮なく姿を現した。

 

 若干、拍子抜けしながらも、現れたのが、それなりにがっしりとした体格―――肩幅が広いからだろうか、なで肩ともいえる人間。丁寧にセットされた髪型に人当たりのよさそうな笑顔。

 

 国防軍の制服を着込んだ軍人はシルヴィアと同年代ぐらいか少し上かには思っておく……。

 

 

「自分は日本国防陸軍所属の軍人、真田繁留と言います。以後お見知りおきを」

 

 

 敬礼しながら胸を張ったサナダ―――という軍人に思わずシルヴィアも敬礼してしまいそうになったが、一応この日本には『フリーのルポライター』としてやって来ているのだ。

 

 素性がばれるのはまずいなという思いで、思いとどまった。

 

 

「はぁどうも―――私を拘束しに来たのでは?」

 

「いえいえ、建造物侵入程度で軍人が出張るのはどうでしょうね? そこは警察の仕事ですよ」

 

「そうですか。では―――どういったご用事で?」

 

「先程言った通りです。ミス・シルヴィア―――私の上官が、新ソ連の間者を気にして、そして私の同僚がアナタに対して『従妹』と『従妹の彼氏』の『姉王』(アネキング)としての勝負をしたいとか言っているものでして……こうしてお迎えに来たんですけどね」

 

 

 前半はともかくとして、後半は誰なのか―――いや、待て。シルヴィアの脳裏に一人の女の姿が浮かぶ。

 

 そう……USNAにおいてセツナとリーナが落ち着いたり、軍隊での生活にひと段落着いたころ―――リーナの母方の親戚筋の一人としてある女性が来ていたことを思い出した。

 

 別に姉としての『所有権』だのを主張する気はない。リーナが慕うのが、自分であろうと『そっち』であろうと構わないが……。

 

 

「いえ―――リーナやセツナ君などUSNAにおける年少組の『お姉ちゃん』は私なんです!! ええいっ! ぽっと出のタマねえボイス(?)に、その地位は奪わせません!!」

 

「シ、シルヴィアさん!? ど、どんな葛藤があったのかは分かりませんが、クールに、クールダウンです……」

 

 

 いきなりなシルヴィアの噴火に真田も驚く。この場に件の年少組のふたりがいれば『なんか時々、脳内で処理して爆発しちゃう人なんです』と言っていたであろう。

 

 そんなことは露知らぬ真田は、自分の所属にいる達也と違って、件のふたりと、この姉貴分は近しい関係だと推測した。まぁ達也の場合、『特殊な事情』があるから仕方ないのだが……。

 

 

「で、ではご同行願えますか?」

 

「この際です。リーナやセツナ君が勝手にスターズ隊員だと勘違いされるのも癪なので、プラネット級の魔法師として釈明させてもらいましょう」

 

 

 策士だな。もはや真田も上官である風間も確信を抱いているのだが、あえて今でもリーナと刹那は『スターズとは関係ない義勇魔法師』として通そうとするとは……。

 

 だが、それがあの二人を守る『姉』としての処世術なのだろう。と気付いて―――真田はシルヴィアに優しい女性だなと気付かされた。

 

 軍人(公人)としての立場と人間(私人)としての立場……どちらに重きを置いても真田は何となくシルヴィアに好感を抱いてしまった。

 

 

「手を、もはや現場は整理しましたが電気は通っていませんから―――」

 

「……口説いてます?」

 

「違いますよ。似合っていないのは承知していますが」

 

 

 思わず少しばかり先程の『無礼』を思い出して、男としての矜持を取り返そうとしたのだが、この『月明り』と『星明り』だけが頼りの部屋で、そのようなことはあまりにもカッコつけが過ぎたようだ。

 

 おぼろげな明りしかない中でも半眼と笑みでからかうようなシルヴィアの顔に調子がくるってしまうのだった。

 

 そんな上官の様子はしっかり部下に見られて、後に大隊全員に伝えられて―――。

 

 

『特尉……君だけは僕をからかわず、恋をそれとなく応援してくれよ』

 

『まぁ二人からも『シルヴィア姉さんとは上手くいってほしい』とか言われましたから』

 

 

 などというやり取りがあるのだが、それは後日のこととなるのであった……。

 

 

 † † † †

 

 

 鋭い金属音、鈍い金属音。轟音にも似た踏込と、滑るように切り裂くような足さばきの音。

 まるで決められた演舞でも刻むかのように、2人の剣士の動きは凄烈ながらも絢爛なものにして外連味すらあるものとなりえていた。

 

 戦闘芸術にも似たその戦いは見るものを魅了して、どこまでも技の境地を見せていく。

 時に愛梨が跳躍からの反転しての落下突き―――脳天割り、兜割りとでも言うべきものを見せても、それに『双剣の重ね』で受けて立つ刹那の剣捌きは素晴らしく堅く、重く―――されど『鋭く』変わる。

 

 本来の刃渡りが短い双剣の型ならば、『防御を主体』としたものが通常だが、刹那はそこから変化を加えている。

 

 どんな戦技(クラージュ)も、その前では返し技の応酬となる。攻撃と防御が目まぐるしく変わる『決闘』(ジョスト)の最中にあって、一色愛梨は己が高まるのを感じる。

 こちらは様々な戦術と魔法を駆使しているというのに、あちらは身体強化程度しか見えていないことが、これまた面白い。

 

 

 多彩な変化をつける片方に対して、その技一つを『奥義』『必殺』にもしてしまう刹那が、眩しく見えてしまう。

 片や刹那もまた技術だけならば、一色愛梨の力は、この世界で五指に入るだろう剣士の一人ベンジャミン・カノープスにも迫るだろうかと思って舌を巻く。

 

 本来の『魔術』を上乗せしていない刹那の剣技など、本当に素人よりはマシ程度。達人と打ち合えば八合目でズンバラリンではないかと思う……。まだこの世界に来て数年程度の時点ならば、それで良かったが……。

 

 リーナと付き合うようになってからの苛烈な戦いの連続から『オヤジ』の刻印から色々引き出して『二刀流』の奥義を見出した。

 オヤジ―――『衛宮士郎』の双剣の技は防御を主体としたものだ……干将・莫耶という刃渡りがそこまでない双剣を用いての戦い。

 

 

『無銘』の英雄を模して、否―――『無銘の英雄』(じぶん)となった『己』(じぶん)の技を模倣しての戦いは、刹那の中にも刻まれている。

 

 無銘の英雄……今ならば分かる。時折夢に出てきた―――『あの人』は、そこから『先に進むため』に、刹那は双剣の技を変化させた。

 

 魔術師ならば、現状に満足するのではなく更なる『次』へと『力』を伸ばす。

 確かに魔術使いエミヤにとって打ち克つものとは自身のイメージ。外敵の存在などは二の次。

 

 イメージするのは常に最強の自分ならば、双剣の技と特性を生かした上で『先』に行くのみ。

 

 相対する無銘の英雄を飛び越えてあの―――丘へと。

 

 

「シッ!!」

 

「―――ッ!!」

 

 呼気と共に放った渾身の突き。突きこまれて衝撃で息を呑んだ一色のサーベルのお株を奪うほどに重く鋭い突き。

 

 それは、この世界に来てから刹那が体得した技術の一つだった。

 

 五指の順手で握りこみながらも刃を親指の延長と思い込んでの攻撃―――少し違うがガンドでも撃つような心地でのそれが、必殺の一つとなって刹那の血肉となっている。

 

 閃光のように鋭い突きは、リーチが短い双剣ゆえであった。瞬時に無限の加速を可能とする刃渡りの短い干将・莫耶ゆえ。

 無論、様々なセイバークラスなどが持つ『魔力放出』などのように『大剣』などの重量物を、無限のベクトル制御で小型の武器も同然に『無限の加速』で振るえるならば、こんなものは小手先の技術にすぎないのだが。

 

 

 それでもこの双剣で『それが出来る』ということは、刹那にとって『先』に行けた証明だった。

 

「面白いですね。本当に―――遠坂刹那―――いえ、『セルナ』!!」

 

「いきなり変な愛称つけられたし! なんでさ!!」

 

 

 聞くところによれば彼女の血筋から言えば『セレナ』とでも呼んだ方がいいはずだが、そもそも『刹那』という名前も『両性』であり得るものなので、まぁその辺り考えてくれたのだろうか。

 

 ともあれ、こちらの動揺にも構わず、レイピアの稲妻のような突きは絶え間ないものであり、必定、刹那も応じなければならない。

 

 回る様に円舞を刻むように、魔力の光と刃の軌跡が水飛沫のような輝線となりて虚空に刻まれる。白熱した二人の闘気と魔力の高まりは、自然と人を集めて、闘技場に入ってきたのは一高の面々と理珠を探しに来たらしき四高の面子、少ないが三高の連中もいた。

 

 そんなことは慮外の二人の決闘者は一度だけ、剣を大きく弾きあわせて、その勢いを借りて互いに距離を取る。

 お互いに必殺に入る前の戦闘思考であると気付けた面子は、次で決まると気付けた。

 

 

 しかし、ここでギャラリーは思う。一色の方は魔法競技用のプロテクターなどを纏っていたというのに、相手である刹那の方は一高のジャージの上下なのだ……。

 

 防御力にあまりにも差があるのではないかと思うが、『何人か』は刹那が、腹部と背中に『緩衝・防御』のルビーを着けているのだと気付く。

 恐らく『バーサーカー』クラスの攻撃力にも耐えられるであろう……と『リズリーリエ・アインツベルン』は考えてから、動きが起こる。

 

 エクレールにしてエトワールのステップから始まる……愛梨の攻撃は、至極単純だ。相手の胸郭に叩き込む突きの一撃を見舞う姿勢。

 

 レイピアを持っていた腕を背中の方まで引いた上で、反対の腕は盾でも構えるかのように前に出してけん制している。姿勢は若干腰を低くしたうえで前のめり―――猫科の肉食獣を思わせる。

 

 

 対する刹那は、その稲妻の如き一撃を受け止めるべく足を広く取り固定して、双剣を重ねて受け止める姿勢。完全にカウンター狙い。

 

 静寂にも似た世界で最初に動いたのは――――、一色愛梨の方からであった。加速・移動系統の魔法を使って己を高速の世界に投げ出す。

 

 系統としては完全に直進だけなので加速だけかもしれないが、勢いごと叩き付ける騎兵の突進(チャージ)のごときもの―――。レイピアが前に突きだされる。

 

 弾丸の如き勢いの一色を見ながら―――。刹那は風に花弁を撒き散らさせて最後のルーンを解放させて役割を終えさせる。

 

 高速で動く一色の勢いはそれで止まる訳ではないが、少しの淀みが出たことで、双剣の真芯、こちらの心臓を貫こうとする貫徹を防ぎ、受け止めたことで響く残響が夜のホテルを揺らした―――わけはないが、体技場が少しだけ揺れた気はした。

 

 衝撃波で巻き上げられた自動掃除機でも見えぬところに溜まっていた埃に、何人かは嫌がったが、双剣を受け止めた後の一色が動かないでいたことが怪訝。

 

 だが、その時点で勝負は着いていた。いや、もはや勝敗など着いていたのだろう。あの刹那渾身の突きを食らった時点で―――。

 

 

「大丈夫か?」

 

「ええ、少々無茶はしましたが……最後に締まらない勝利にさせて申し訳ありませんね」

 

「別に、勝鬨を上げるような勝負じゃないだろ。まぁ久々に暴れさせてもらったからな。感謝するよ」

 

 刃が歪み切った一色のレイピアごと身体を支えながら、汗を掻いた様子の一色の『コンディション』を『復調』させておく、それとない『回復術式』に敏感に気付いた一色が、こちらを見上げてくるが、おどけて人差し指を唇の前に出す―――いわゆる『ゼロスポーズ』で黙っていなさいとしたのだが……。

 

 そこに入り込むは―――魔銀の大槍。穂先が大盾か鋏か―――見様によっては『ハート』にも見える巨大な槍が一色と刹那が数秒前までいた場所に突きたった。

 

 

「どわっひゃー!!!」

 

 思わず意味不明な叫び声を上げてしまうぐらいにとんでもない奇襲であった。やった人間は―――分かっていた。分かっていたので、即座に距離を取って槍の爆心地を見て誰何する。

 

 

「ちっ! 外したか!? しかもセツナ!! なんでそんな泥棒猫を抱っこしてるのよ!! どきなさい!! そいつ殺せない!!」

 

お前(リーナ)―――!!! なんつうものを『インクルード』して投げつけてくるんだよ!? というより、せめてそこはワザとでも『あっ、ごっめーーん♪ 手が滑っちゃった♪ てへぺろ(・ω<)』とかやってくんない!? フォロー出来ないんだけど!」

 

 フォローのしようはないのにフォローをすると宣言した刹那に、これが愛か!? と誰もが驚愕する。

 

 しかし、投げつけながら槍と共に移動したリーナは収まらない様子だ。

 まぁ一色愛梨は姫抱きされたことで顔を赤くして見上げているからね。と誰もが納得してしまう。

 

 

「第一、こんなに疲労してコンディション落とした一色と後々、クラウドで当たったとしてもお前嬉しいのかよ?」

 

「嬉しくは無いけど、アナタへの愛は最優先事項よ。必要以上の他の女子への接触は私の中で処理しきれなくて、限定展開した『ブリュンヒルデ』の魂と性格が、思わぬ行動をすることありなのよ!!」

 

「つまり俺は魔剣グラムを携えて燃えるような愛に殉じる『シグルド』か―――まぁ嬉しくないわけではないな……」

 

 

 リーナのヤンデレ一歩手前の告白に対して、顔を赤くして頬を掻く刹那。

 

 マジかよ。と一高以外の面々は思い、片やこういった風な所は刹那の変人なところだと一高の連中は思う。

 そんな中でも魔術師的な価値観を知っているリズリーリエだけは、その辺りの『歪み』は、刹那も魔術師だなと思える。

 

 つまりは、『大事にされることで愛を感じる』。確かに一般常識的ものや倫理観などに照らし合わせれば、リーナの行動などアウトなはずだが……、その行動の是非に『己』のことが含まれている時にそれを是としてしまうのだろう。

 

 

(まぁ魔術師にとって身内というのは、場合によっては自分の魔術刻印を受け継ぐべき存在だからね。母胎となる女を気に掛けるのも当然かな?)

 

 

 しかし、ここまで愛が深いとお姉ちゃん、ちょっと心配。などと思っていると、リーナの告白とかでふたりだけの世界を作った刹那に一色愛梨が頬を膨らます様子。

 

 今日は、ハリセンボンみたいなアイリちゃんだね。などとリズリーリエは思いながらも、ともあれ、事態は収まった愛梨も今のリーナとケンカしたい気分ではないが、若干の文句は着ける。

 

 

「私はアナタの彼氏が、イリヤ先輩に絡まれて色々だったからそれを助けたのに―――ちょっとは、カッコいい男子とのス、スキンシップを楽しんでもいいじゃないの!? 悪役令嬢だって恋がしたいのよ!!」

 

 遂に自分のポジションを認めちゃったよ。などと誰もが思いながらも、一色愛梨は止まらない。

 

 リーナも刹那から事情を聴かされてそれなりに納得するが、それでも譲れぬところはあるのだ。

 

「その相手は、セツナじゃなくてもイチジョウ・マサキリトでもいいじゃないの? そもそも、なんでそんなに―――ああ、『あれ』か……」

「ええ、アナタの察する通り 少年フェイトの『ひろやまひろ』先生作の『悪役令嬢は悪女(ヒロイン)をぶち抜きたい!!TURBO』です!!」

 

 二人の会話に、なにそれ?と刹那が疑問符を呈していると、達也を筆頭に全員が電子端末に、その漫画の『Wiki』を見せてきた。

 

『悪役令嬢は悪女(ヒロイン)をぶち抜きたい!!TURBO』

 

 

 八極拳だけが取り柄の庶民『イシュタリン』との地球滅亡を懸けた戦いの末に、現実に帰還した伯爵令嬢『アーデルフェイト』。

 

 ゲームの世界から脱出して現実にもいるイシュタリンじみた悪女の毒牙から愛しき人を救うために粉骨砕身する令嬢―――。ということで第一部は終わったのだが……。

 

 しかし『ア-デルフェイト』を取り込んだVR型乙女ゲーム『シークレット・ジュエルマジック』は新たな生贄を欲して、ヤムチャな転生者を取り込むことになる……。

 

 前作の主人公『イシュタリン』とヒロインの一人『赤毛のメシ使い執事』との間に生まれた美少年『セルナ』を筆頭に、『リュウヤ・シバ』『幹田ヨシヒコ』『ナポレオン・レオンハルト』をメインヒロインとして。

 

 星々の世界からやってきた魔法少女『リーナスター』を主人公とする乙女ゲーが開発されて―――『シークレット・ジェエルマジック ツヴァイ』が発売された世界。というのがTURBOの設定らしい……。

 

 

「そんな世界にア-デルフェイトの類縁『アイリス・エクレア』が再び悪役令嬢として転生した結果、次から次へと行われる世界をぶち壊すバトルに次ぐバトル……。

 『私が勝てないゲームだというのなら、彼女にも勝たせなければいいのです!』……

 で、この悪役令嬢は『レイピア』で次から次へと、『リーナスター』のヒロインたちを物理的に貫いていくという漫画―――感想述べていいか?」

 

『どうぞ』

 

「バカばっか」

 

『誰もがそう思うよ』

 

 

 刹那の呆れるような感想は多くの人間が同意したが、それでもかなりのファン層はいるらしく、この作品は一度も少年フェイトの中でも『打ち切り候補』に上がっていないそうだ。

 

 まぁ世の中、どんな小説や娯楽作品が流行るか分かったものではない。

 

 かつてのスレイヤーズ、オーフェンなどロードス島戦記に比べれば色物ファンタジーと見られていたのだから……ただ、これは違うような気がするのは俺だけか?

 

 そんなアイリス・エクレアと自分を重ねて、俺をこの新たな男ヒロイン『セルナ・リン』に見立てて―――何だか前作含めてすっごい肖像権の侵害だと思うのは俺だけか?

 

 

 もしかしたらば、これも第二魔法の弊害で異界の知識が流れ込んだ結果なのでは―――などなど考えつつもwikiでは分からない漫画の方は結構、描写がすごくて面白かった。

 

 だが、何となくの予感で、この『リーナスター』と『アイリス・エクレア』のような戦いが、身近にいずれ起こるのではないかと戦々恐々する。

 

 

「ジャイアント・バベッジの開発をいそがねば……!」

 

「突拍子もないことを言うな……とはいえ、巨大ロボか……胸が躍るのも事実だ」

 

「ロケットパンチは?」

 

「標準装備だ」

 

 

 技術者同士、変な意気投合しつつも『リーナスター』と『アイリス・エクレア』を止めるべく、刹那と達也が止めに入る。

 

 しかし大人げないことを悟ったリーナが少し膨れながらも、一色愛梨に謝罪したことで場は収まる。問題の元凶となった伊里谷リズも年上として申しわけなかったとした。

 

 

「遠い『親戚』だから色々とアナタの彼氏を不愉快にさせちゃったのよ。ごめんなさいね。けれど―――これだけは覚えておいて」

 

 手を合わせて謝罪してくる伊里谷リズは、一拍置いてから言葉を放つ。

 

 

「やっぱり私はセツナの『お姉ちゃん』だから、それなりに思う所はあるのよ―――それだけ」

 

「……落ち着いた時に話せばいいんでしょう。分かりましたよ。『姉さん』……」

 

 

 そのどこかバツの悪そうな刹那の表情は、自分も大人げなかったことを思い出しての事なのだろうと気付いた達也であった。

 

 そうして色んな人間を集めた体技場のことは、諸々の片付けの解散をしたあとに、上役である会長と会頭と風紀委員長にバレて―――。

 

 

『『『なぜ私(俺)たちも呼んでくれなかった?』』』

 

 

 どうやらそんな面白いイベントに除け者にされたことを少しばかり怒っている様子だった。しかし正座の刑を一時間とは前時代的な。結構痛かったです。

 

 ……そうして本戦三日目の前哨戦はそんな風に終わりを告げた。

 

 

 夜が更けて三日目の本戦―――順当に勝ち抜いていき、危なげなく勝ち抜き―――決勝へとたどり着いたピラーズの男女。

 

 黒い大柄な胴着を着込み『樫杖』を持って、剣豪退治ならぬ『竜退治』に赴く修験者のような恰好に『仁王』『不動明王』を思わせる十文字克人。

 

 赤を基調にして黒をアクセントとした友禅染の着物という『霊衣』を着込んで、腰に『刀杖』を差した外連味たっぷりな女剣客の姿の壬生紗耶香。

 

 

 両者の相対する相手も通常ではあり得ぬ強敵―――そんな熱狂極まるピラーズ本戦の裏で―――。

 

 『優勝』を狙えると思っていた渡辺摩利の『女子バトル・ボード』の結果は三位となり、それもレース中のアクシデントでの大きな怪我をおしてのゴールであったことが、更なる暗雲を一高に齎すのであった。

 

 



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第50話『九校戦――前半戦終了、そして新星へ』

 真っ赤な着物を纏って灼熱の戦場に再び降り立った戦乙女の攻撃は同輩たちを相手にした時よりも凄烈に、そして鮮烈に飛ぶ斬撃を飛ばしていく。

 

 離れた位置にある氷柱を崩そうと魔力の風を叩きつけていく。微動だにしないわけではない。しかし千代田を相手にした時と同じく、中々に倒れない。

 

 その間にも、相手は合金で精緻に作り上げられた光り輝く鳥を飛ばしてレーザービームで攻撃してくる。光り輝く鳥は相手の使い魔。その姿は千差万別。

 

 こちらのちゃちな強化など諸ともしないだろうが……同じく『鳥』による強化をされた氷柱は、持ちこたえてくれている。

 

 

『我慢比べしながらの速攻です。壬生先輩の魔法力では、やはり氷柱を維持し続けるのは難しい―――しかし、限られた時間だけ―――『絶対の盾』で持ちこたえている間に、相手の『一穴』に突け込む―――』

 

『その時間が過ぎれば―――『魔法は解けるのね?』……』

 

 シンデレラの時間の如く―――用立てた千鳥という生ける防具による強化は終わる。そう告げて、『ウールヴヘジン』作りの錬金術をマスターしていないことを申し訳なく思う後輩をおかしく思うのだった。

 ここまでやれて『十分』などと思う所が無い。才能の有無ではなく、やれることをとことんまでやろうと思う。その気概―――狂気にも似た一端は見習うべきだ。

 

(劣っているならかき集めろ……至らないなら振り絞れ…魂を研ぎ澄ませ―――駆け抜けろ。極限の一瞬を……)

 

 創作上のキャラとは言え非才の剣客、凡夫の剣士の言を思い出して、魔力のイメージを一段階上に上げる――――穏やかなる湖面、天上より一粒の雨粒―――真っ直ぐに落ちたそれが湖面に波紋を残して、波紋のイメージが、紗耶香の魔法である『共鳴の震動破壊』に重なり、振るった剣の不可視の衝撃が、イリヤ・リズの氷柱の一つを粉々に砕いた。

 

(まだよ!!)

 

 思うと同時の連撃。振り下ろしの後の振り上げ、連続で後ろにあった氷柱を砕く。ばきゃっ!! 轟音を響かせながら、砕け散る氷柱、ここまでパーフェクトを続けていたイリヤ・リズの表情に陰りが奔った。

 響く歓声と悲鳴のような声のファンファーレの中、イリヤ・リズ……リズリーリエは―――『笑った』。

 

『空気打ちのフォルテの技をここまで―――面白いわ。ならば―――』

 

 

 リズの言葉を聞いたわけではないが、縛っていた髪を解き、衣装の『エレメント』(属性)が変わったことに気付いた何人か―――炎と風の力を顕現させたリズの本気―――半ば、防御をかなぐり捨てて、圧倒的な干渉力で相手の魔法をねじ伏せながらのラッシュの中でも……壬生は勝負を諦めず『雷』も含んだ気圧撃ち―――。

 

 大気を圧縮して作った『プラズマボール』を叩き付けて―――一本を倒した時点でブザーが鳴り響き、壬生紗耶香の敗北が決まるのであった。

 

 

 

 † † † †

 

 

 少しだけ気鬱を残した会議室。ここに九校戦の一高スタッフが集まるのは何度目だか―――、その都度色々と陰鬱な話題になってしまうのを変えたくて、刹那は一計を案じた。

 

 

「本戦三日目までの日程は殆ど消化された。みんなの慰労をしたいと思いつつも、話し合うことも多い。食いながらでいいから――――各々、言うべきことを言え。まずは市原からだ」

 

「はい―――今日の結果、男子ピラーズの一位と三位取得、女子ピラーズの二位獲得で、現状の上では我々はトップを走っています。おめでとうございます。会頭、辰巳君、壬生さん」

 

「あ、ありがとうございます市原先輩……」

 

 

 クールだがドライではない鈴音先輩の言葉に恐縮する壬生先輩。

 今回は千代田先輩の星のめぐりが悪かった分。新星である壬生先輩に運があったようである。

 

 決勝においては、やはり圧倒的な勝利で一位をとったイリヤ・リズであったが、不倒不沈不燃を貫いていた自陣の氷柱を、壬生紗耶香の強化された『空気打ち』『気圧撃ち』で、三本は倒されたことは敢闘どころか善戦といってもいいほどだ。

 

 とはいえ、そんな決勝に上がれた壬生の準決勝の相手に千代田花音という『魔法師』で勝てたかどうかは微妙ではあるが、ともあれ、気恥ずかしさを隠す為か食事を再開する壬生先輩。

 そして鈴音先輩も早く食事を再開したい思いだが、報告事項があるので、それを読みあげなければならない。何だか書記役を今は、外したい気分なのかもしれない。

 

 

「ですが、女子バトル・ボードでの渡辺委員長の三位は響きました―――一位を取った三高、二位を取った七高とで、若干迫られた形です」

 

「摩利がいない時になんだけど、ここは――――計算が狂っちゃったわね。刹那君、あとで『これ』摩利にも食べさせられる?」

 

「大目に切っておいたので、茹でて後はタレはご自由に―――と言った感じなので、渡辺先輩が、どれがいいのかですね」

 

「渡辺は『かけ』でも『もり』でも、『ざる』でもイケる口だ。あとは病院に持っていく七草の女子力次第だな」

 

「さ、流石にゆで時間の厳守と湯きりぐらいは私にだって出来るわよ!」

 

 

 そうからかうように言いながらも、会頭は山盛りのざるそばをタレにつけてすすっていく。

 

 結構、大目に作った方だが、みんなの胃袋に簡単に収まりそうで何よりです。

 と無言で思いながら、現状確認と選手慰労のためだけではあるまいと察しておく。察しておきながらも、沢木先輩と辰巳先輩が、おかわり『かき揚天ぷら』の所有権を懸けて目線をぶつけていた。

 

 仕方なしに、追加を作ろうかと思った刹那を手でとどめてから、一人の女子が辰巳先輩に声を掛けた。

 

「鋼太郎、私のあげるからそれは沢木君にあげなよ」

 

「亜実はいいのかよ?」

 

「今日は、五位で終わっちゃったからね。ピラーズで三位取ったご褒美と思っていいよ」

 

「半分だ。五位だって立派な記録だろ。卑下すんなよ」

 

 

 弟の方とは色々と因縁ある五十嵐亜実先輩と辰巳鋼太郎先輩の幼なじみ同士の若干甘い会話に『久々の砂糖臭』を感じる。誰か咳払いでもすればいいのだが、そいつは『野暮天』すぎた。

 

 ともあれ、バトル・ボードの女子と男子は若干―――低調に終わった。とはいえ入賞がないわけではないので、そこまでではないのだが……、やはり思う所はあるのだろう。

 

 

「しかし、美味しいわね。この『おそば』―――刹那君って和食は苦手だったんじゃないの?」

 

「流石に蕎麦は、四苦八苦しましたが―――まぁ麺類の基本を生かして、それでも不足した技術を補うために、『富士山』を生かして作らせてもらいましたよ」

 

 

 富士山を活かすと言う言葉に誰もが疑問符を持つも、中条あずさの近くに居た服部先輩が、つゆを啜ったことで気付いた。

 なかなかに舌が鋭敏な人間である。

 

「察するに、富士の湧水を使ったのか……」

 

「水道水も美味しいんですけどね。もう少し上の源泉を使わせてもらいました―――『素材』でなんとかかんとか、美味しく作れたってところですね」

 

 

 ボード二位の服部先輩は、かけに山芋を乗せた『とろろそば』を食べていた。盛大に啜りこんで、食べてくれるのはいいが、詰まらせないか少し心配である。

 そんな服部先輩の言に返しながら、その心は―――。と言わんばかりに―――全員の視線が集まる。

 

 

「食事も「水物」ならば、勝負も「水物」どう『流れる』かなんて、本当に分かりませんよ」

 

「洒落が利いた男だ。そう―――だからこそ、我々は不測の事態に備える。例え予測が立てられなかったもの(みずもの)だとしても、やるべきことをやるべきなのだ」

 

 

 会頭の微笑。そして少しばかり真剣な声音で語り始めて―――それでも箸は止まらず、蕎麦を食うのであった。親分が気に入ったようで何よりである。

 

 そして本題に入る。三日目までの本戦競技が終わり、前半のヤマと言われているものを超えた所で、様々な想定外の中で、マイナスの想定外に関して話が飛ぶ。

 

 

「まずはロマン先生に聞いてみましょう。現場のロマン先生、そちらは、どうですか―――?」

 

『はい。裾野病院のロマンでーす♪ などと一応、アホみたいに返しておいたが―――聞きたい事は理解しているよ。渡辺の大怪我の原因は一種の『パラライズ』弾を撃ち込まれていたからで、首から摘出された異物は、ニードル弾で間違いないね』

 

 

 電子端末を操って電子スクリーンに責任教師であり、医療スタッフとしてのチーフであるいつもの栗毛教師が映って最初は少しおどけていたが、一転して真面目に語り始める……届けておいた天ざるを啜りながらであるが……。

 

 片手間に渡辺先輩から摘出されたという金色の針―――三十本以上もある……痛まし過ぎるぐらいに『長い』凶悪な針が刺さっていたのだと分かるものを表示してみせた。

 

 食い終わったらしく蕎麦湯を飲みながらも、そのニードル弾は、どういうものかをロマン先生は説明してくれた。

 

 

『使われたのは新ソ連製の『バラライカ32』―――この銃は短銃身で射程も短い。いわゆる『ゾルゲ』なんかが使う暗殺道具だといってもいい、人ごみの中で接近した相手(ターゲット)に、遅行性の毒物を撃ちこむタイプだ……解毒しておいたのは正解だね。アンジェリーナ、刹那』

 

 言いながら、様々な物品を見せて凶器を示すロマン先生もあまり良い表情ではない。言いながら、最後の言葉で―――それが無ければ『どうなった』かは分からないとしてきた。

 

『渡辺に撃ちこまれた毒物は、『バトラコトキシン』を希釈したもの。本来ならば即効性の毒のはずだが、希釈した上で―――揮発作用ももたせれば、『後々』には何が使われたのかは分からない―――そういうものだ』

 

 

 全員に沈黙が降りる。予想外の渡辺先輩に撃ちこまれたもの―――下手人は何者なんだ。とか。何で新ソ連の武器が、とか。様々な議論にすらならない無責任な会話がされる。

 

 バトラコトキシンと言えば南米の原住民たちが即効性の矢毒として用いる『毒ガエル』から取れるものだが、魔術世界ではもう少し違う意味を持つ。

 

 矢毒と言えば、ドルイドにして反逆者。名も無き英雄『ロビンフッド』の『イー・バウ』が有名であり、矢毒を用いた攻撃というのは、即ち圧倒的大軍に対する『宣戦布告』なのだ。

 

 

 同じく南米の入植者たちも、原住民たちのこの矢毒に悉くやられた。確かに火薬兵器は大変にとんでもないが、それでも銃器を機敏に扱うには重い防具など着けられないのだから……。

 

(騎兵隊の到着だ! と同時に矢毒を射掛ける……そんなこともありえるか)

 

 ただ渡辺先輩に撃ちこまれた金の針は、それ以上であった。ともあれ、手術は成功して解毒も完璧、後遺症も無いだろうが……。

 

 

『起き上がった渡辺だが、蕎麦喰いたいと言っているのは容認するが、医者として九日目のミラージ・バット出場は容認できない。どんな症状が出たかは、みんな見ているね?』

 

 

 画面の向こうのロマン先生の言葉に全員がバトル・ボード女子決勝の様子を思い出す。

 

 

 決勝戦―――有体に言えば激しいデッドヒートが繰り広げられた戦いであった。

 

 戦いの前に何故か三高の三年生 水尾佐保というデコを広げたカチューシャの女子がやってきて『いやー、まさか決勝に来れるとはね。一色が色々と迷惑掛けたみたいだけど、手加減はしないからね。遠坂君』

 

 俺じゃなくて渡辺先輩に言ってほしいと思うも、水尾先輩はエレメンツの一人であるが、力が弱まってしまったらしくて『数字落ち』も同然であったところに……俺のレッスンということであった。

 

 会う気は無いし、あっちも自分なんて覚えていない。と言う水尾先輩の用件は本当に俺に対してだけであり、それだけ言うと一色たちのもとに帰っていったのを思い出してから再びデッドヒートを思い出す。

 

 

 一高、三高、七高―――有力選手それぞれが前に出ようと有利なコース取りを行うたびにぶつかり合い弾きあい、そこからのコントロールを崩し、安定させたり……戦闘機の飛行技術、レーシングカーテクニックの極み『テクニカルキル』(技術的強制退場)を思わせる劇が繰り広げられる。

 

 本来ならばポールポジションの七高をチェックすべき五十嵐先輩も、予選落ちした小早川先輩がいないことを恨むように、そのクラッシュの応酬に巻き込まれないようにするだけで精一杯だった。

 

 いつか『爆発』するんじゃないかと忍耐とかを強制させられた部活の先輩を見る雫と光井。姉の晴れ舞台を見ていた五十嵐鷹輔とが見守る中でアクシデントが起こった。

 

 

 明確な兆候があったわけではない。本当に―――最終ラップである三週目の水路残り400mといったところで、先んじてトップを走っていた渡辺摩利が、『痙攣』を起こして―――ボードが不安定になっていった。

 

 何があったかは分からないが、それでもそのアクシデントに合わせてスパートを掛けた三高と七高が飛び出して、渡辺先輩が、後続に揉みくちゃにされるように巻き込まれる前に気合い一喝。

 

 吼えて―――『獅子吼』というほどに吼えたことで―――ボードを加速させた。

 刹那にも達也にも分からなかったが、千葉道場に伝わる奥義なのだろうと思わせるものを発動させた摩利先輩は、首、腕から血を流して水路に紅を刻みながらも、トップ争いをする二者に追いつかんと迫る。

 

『渡辺……! ここで終わらないでよ!! アンタ!! アタシの義姉になろうってんならば!! ここで終わるんじゃないわよ!!!』

 

 上から目線の何だか、変な感じもするが、意地っ張りなエリカなりの激励なのだと気付きながらも、もはや技術ではなく体力と気力の戦い。

 

 それぞれの高校―――五者が横一列で『チェッカーフラッグ』を目指して、息せききってボードで水上を走り出す様子は、穏やかなる海の神『ネレウス』『ポセイドン』も仰天の様子であろう。

 

 マーメイドたちの『チェッカーは譲れない』という表情が、どこまでも輝き、水飛沫を切りながらも、決着の時は訪れて―――。ゴールした瞬間にフラッグが振られた後のビデオ判定の結果―――。

 

 誰もが電子掲示の大盤の表示に眼をやる。誰が―――マーメイドクイーンであるかの……裁定は―――。

 

 三高が一位、七高が二位、一高は三位……四位に七高、五位に一高といった塩梅―――だが、その時には刹那たちは、渡辺先輩の救助の準備に入っており―――後ろから蛇行で来たのを受け止めた三高の水尾先輩が叫んで呼び掛ける様子、流れ出る血液の量に意識が無い事を悟った時には、『救命』の為に係員たちの制止も振り切ってレース場に飛び込んでいた……。

 

 

「本当に助かったわよ……水尾さんも叫んで意識を取り戻そうとしてくれたから、今があるわ―――けれどミラージは棄権なんですね?」

 

『医者の判断を疑うのは患者の権利だが、医者の言を全て間違いだと思われるのは、職業差別だね。僕の見立てで心配ならば、他の医者の判断も聞いてくれよ』

 

「いいえ、そこは信頼しています。あとで摩利に蕎麦を届けにいきますので、待っているよう言ってください」

 

『助かる。怪我人で病人なんだから、もう少し大人しくしてればいいのに……まぁそんな渡辺も不気味かな』

 

 

 ロマン先生に男子一同頷き、女子陣からは渡辺摩利を何だと思っているんだ。という目をされる。画面からロマン先生が消え去ったことで、下手人の探索はともあれ、渡辺先輩の病状と今後の競技種目参加は絶望された。

 

 

「アシュラマンの顔一つが欠けると危険ですね」

 

「ああ、アシュラバスターを掛けられない―――まぁそういうことだ。急遽渡辺に代わって『本戦』のミラージに出場する選手を我々は選出しなければならない……自薦・他薦あるだろうが―――その前に俺たちの考えをお前たちに伝えたい」

 

 

 三巨頭という阿修羅像の如き内の二つが出した結論。それは、幾らか新人戦でのポイントゲットを犠牲にしてでも本戦でのポイントゲットを優先させるということ。

 

「ミラージは、魔法競技種目の中でも相応の練習をしていなければ、中々に難儀する競技だ。そして我々―――二、三年には渡辺の補欠というべき人材が存在していない」

 

 前置きした上で会頭が語った言葉で、一年生は察する。成程と思うと同時に、それを二、三年は納得するのだろうか……。それは、名指しされるだろう人間も持っていた。

 

 

「司波深雪さん。貴女には、摩利の代役として本戦のミラージに出てもらいます。本当ならば、リーナさんも出てほしいのだけど……」

 

「いいですよ。ワタシに気を遣わなくても、『飛ぶ』のに『twenty』は、あまりにも大仰ですから―――それと『そっちに出る』と分かっていても、ワタシは、クラウドで叩きのめしたい相手がいるので♪」

 

「お、おう……なんと闘志に溢れたルーキーズ! 頼もし過ぎて、何だか怖すぎるわ!!」

 

 

 何を今さら。前半で手を振って苦笑したリーナだが、後半では掌で拳を叩いて言うリーナの背後に蒼い炎が吹きあがる。

 

 やる気あり過ぎて一色を相手に血の雨が振るのではないかと思ってしまう。

 

 ともあれ、異論は殆ど出ず深雪も了承したことで、種目変更があったのは、彼女だけということで落ち着いた……。

 

 

 しかし、一高陣営はまだ気付いていなかった。自分達がそうやって奸智に長けて行う一方で大会関係者によるレギュレーション変更もありえるのだと……。

 

 

 本来ならば、日本の各地方で、それぞれの『陣地』を守護すべき十の師族の何人かがやってきて、進言と言う名の『強制力』を発揮する……。

 

 

「あら、刹那さんは、モノリスに出られないのね?」

 

 

 どこからか選手登録されたスケジュール表とオーダー表を手に入れた『女』の、稚気溢れる言葉で、自分の師匠と自分の息子、娘を見に来た同輩を動かして前例の無いモノリスが行われることになるのであった……。

 

 



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第51話『九校戦――魔弾の王』

久々の主人公戦闘回(?)。ここに来るまで結構カットしたんですが、それでも―――まぁ長かったぁ……。


 

 

 

 イメージ通りの軌道を描く、『強化』されたボール。ダブルスとはいえ、自分の実力が、決して『優れている』わけではないことを自覚していたレオは、不安を掻き消すように動く。

 

 

 思い描いたものは完成しつつある。だが、それでも……。そんな最中に闖入者がレオの近くにやって来た。

 

 

「あんまり身体をイジメすぎても、本番で動けないかもしれないわよ」

 

「そういうお前だって、ボードを使っていたんだろ? 大丈夫か?」

 

 

 水滴でぬれて身体にぴったり張り付いたマゼンタ(紅紫)カラーのウェットスーツに、レオが言った通りにボードを持っているエリカの姿。

 

 近くにある水練用のプールを利用していただろうことは理解している。四日目の新人戦は本戦と同じ構造で『早撃ち』と『波乗り』から始まる。

 

 それゆえ、一日は余裕があるレオに比べればエリカの方はもう休んでいてもいいはずなのだ。

 

 現在時刻夜の10時―――。寝るべき時間のエリカを気遣ったが、どうやら彼女も不安なようだ。

 

 

「俺なんかが言って安堵するか分からないが、一走りした後に光井さんも泣いて達也に調整を頼みにいったじゃないか? それでも不安か?」

 

「比較すべき相手がほのかだけっていうのがね……まっ、敵を知り己を知れば百戦危うからず。『さーや』だって、あそこまで我武者羅に戦ったんだから、偉そうなこといった私がこれじゃダメね」

 

 前に腕を出して伸びをしたことで、エリカの胸が張られた様子をレオは見てしまったが、それよりも月夜に向けて覚悟を決めた顔の方に眼を向けた。

 

 その顔はいつものどこか傲岸不遜というか―――少しばかり肩肘張って女番長やっている様子よりも自然に見えて、見惚れてしまった。

 

 本当の彼女は、誰か頼りになる男にふとした時に寄り掛りたいのだろう。それがどういうことなのかは―――この四か月間で知ってしまったことで理解した。

 だから、その役目は達也に押しつけつつ、ふとした時に相撲取りのように、柱打ち(鉄砲)できるような大樹でいるのがレオの役目なのだろう……。

 

「なんかすごく失礼なことを考えていない?」

 

「いいや、いつも女横綱なお前だから、関取に相応しい戦い方してほしいなって思っただけ」

 

「どういう意味だ!? いや、何となく分かるわよ! けれど、明日はどうなるか分からないのよ! ちょっとレオ! 聞いてるの!?」

 

「んじゃ俺は上がるから、冷えないように温シャワー浴びとけよ。それと明日の先陣切るのはウチ(達也組)の最強の男魔女(ウォーロック)だぜ。

 見えてくる頂点までの景色も楽しんでこーぜ。そんな心境でなければ勝てねえよ」

 

「むっ……、まぁそうかもね―――分かったわよ。それとシャワーはアンタも浴びとけ! いくら筋肉が着いてるからといって冷えないとは限らないわ!!」

 

「はいはい。エリカ『お嬢さん』の仰せのままに―――」

 

 その言葉で遂に「いつもの調子」で蹴られるが、まずまず痛みは無く、言葉で思い出してレオとしてはあのホテルのロビーに寄せてきた『不良警官や不良軍人』じみた連中がエリカの応援団として来ると思うと、あれであった。

 

 ともあれ、そんな風に新人戦に向けて誰もが緊張をしている中、渡辺風紀委員長を襲った連中の下手人探しは、終盤に至っていた。

 

 ・

 ・

 ・

 

「犯行は『密室の中』で行われた―――つまり容疑者は―――」

 

「選手控室。それも決勝のロッカールームで行われた。カメラの解析で分かることはそこまでです」

 

 

 達也の画面分析で分かったことは、限られたメンバーのみに伝えられていた。薄暗い室内。達也が向き合う端末画面のみの明かりの元―――入る前の渡辺委員長と出てきた渡辺委員長の首筋の変化を見せてきた。

 

 高度な解析を行えば、どういうことなのかは分かった。入る前と入った後では、首の変化は明白であった。

 

「刹那、録画された画面越しとはいえ―――何か分からないか?」

 

「……一人、怪しい『オーラ』とでも言えばいいものを発していたのは分かった。ロッカールームの中に入った人間に『犯人』がいるんだとすれば、その人だけど―――」

 

 白の魔眼を『絞って』過去の映像に対して『眼』を凝らした結果―――『魔術的な側面』での容疑者はいたのだ。

 

 だが、それは―――『ホワイダニット』を疑う行為だ……。優勝したいならば分かる行為―――、それが……。

 

 懊悩する刹那に対して達也は、非情なことを言ってくる。

 

 

「―――刹那。お前が口を『噤んでいる』ことから俺も会頭も、会長も察したぞ―――そうなんだな?」

 

「お前ね……『ホワイダニット』を考えないか? そして俺の眼も『間違えている』こともあり得るんだよ?」

 

「ああ、だが―――俺とてその『可能性』を考えていた。考えたくないし、考えること自体、破廉恥極まる行為だったがな……」

 

 如何に、渡辺委員長が優勝候補。それも贔屓目無しの実力者とはいえ、そう言う風な下馬評を崩されてきたことでナーバスではないが、緊張もしていたのだ。

 

 そんな風に緊張していた渡辺先輩が、果たして……そんな下手人に気付かないだろうか―――。つまりは、『そういうことだ』。

 

 後輩二人の懊悩と苦悩の混ぜ合わせでの会話に会頭が口を挟んできた。

 

 

「……この件は一旦、俺たちで預かる。市原、中条。お前たちの方で、それとなく『見ていてくれ』。二度目の犯行が無いとも言い切れない……特に光井と北山の『試合前』はな」

 

「お願いね。二人とも―――こんなことになるだなんて、けど、本当に『なぜやったのか?』が分からないわ」

 

「………男女も色々あるからな………」

 

「十文字君。私もその可能性は考えたけど、消したわよ―――いくらなんでも、それは……」

 

 

 同じ『三年生』だけに会頭と会長二人で色々思う所はあるようだが、それを右から左に流して一つだけ達也に聞いておくことがある。

 

 

(ブランシュの倉庫にあったはずの、『邪眼』などの洗脳魔法技術は、どうなったんだろうな?)

 

(……可能性はあるか。分かった。俺の方でもそれとなく調べてもらっておく。お前も上官筋の人が来ているんだろう? 頼んでおけ)

 

(姉貴分なだけ。スターズの方でも義勇魔法師・徴用された少年魔法師たちの世話役が来てくれているだけだよ)

 

 

 思念での会話。猿芝居もいいところ。お互いの帰属をそれとなく察しておきながらも、事がバレるまでの『口実』というのは必要なのだ。

 

 ともあれ、シルヴィアに頼んでおくのも吝かではあるまい。イワンの『鼠』か『狼』がやって来ている事は間違いないのだから。

 

 そんなこんなで解散を命じられる。この件は軍にも話は入っており、流石に十師族の2人でも裾野病院―――国防軍の病院で治療を行った事は隠せなかった。

 

 犯人は挙げたいが、それでもこれは―――。そんな風に少しの懊悩を解される形で、会頭と会長から話しかけられる。

 

 

「夜分に呼び出しておいてなんだけど、明日は刹那君の試合だから―――もう寝なさいね」

 

「ありがとうございます」

 

「そして……可能ならば、この『空気』を打ち破るぐらいのことをお前たちにはやってほしい」

 

 

 空気。会頭の言う所の意味が刹那と達也にも分からないわけでは無かった。現在の所、一高がトップだとはいえ、今後次第では『逆転の芽』はどこにも咲くのだから。

 

 特に会頭と闘った九高の霧栖は、確実に力を温存したまま―――『同時優勝』としてきたのだ。踊らされていることを理解しつつも、会頭も『竜蛇』を操って戦う相手に対して追い縋ったのだが―――、逆転の芽は出せぬまま、氷柱の自陣敵陣トータルドローのままで、優勝としてきたのだ。

 

 

「このままでは終われん。モノリスでヤツに借りを返すまではな」

 

「それまでに俺たちに『フィールド』を温めておくことを望むんですね?」

 

「ああ、モノリス新人戦で準決における参加制限撤廃を期して急遽シューティングに変更してきた一条及び三高を黙らせろ。派手に誰もが明朗に分かるぐらいに、お前たちが九校戦新人戦の主役になれ」

 

 掌を拳で叩きながら言われたその言葉に、随分と期待されているものだと思うが、結果として一条将輝を土に塗れさせていいのかとも思う。

 

 が、達也の問いかけで刹那の疑問は腹に収まってしまった。

 

 

「刹那は分かりますが、何故俺まで?」

 

「お前ならば、光井や北山、西城、吉田、柴田、千葉―――司波深雪……―――親しい連中を勝たせるのに全力を尽くす。そして選手が使ったCADを調べれば、エンジニアも、この戦いの主役だ……魅せてみせろ。お前の本質をな」

 

 

 同じく掛けられた言葉で、達也も思う所はあるようだが、ともあれ一高の親分の要請にははっきりと断れないのだろう。

 

 色々と思いや言い分はあれども全員が勝つことを求めるならば、その一助になるのは、どんな共同体でも起こりえる『こころ』だ。だから―――二人して全力で『やること』に決めるのであった。

 

 

 一高専用の会議室を出ていく、後輩二人の頼もしい背中に―――三年三人が、嬉しく思いながらも、唯一不安に思うのは二年の中条あずさであった。

 

 あの二人が『全力』でやることは、なんというか―――。色々とマズイのではないかと思う。

 

 何より達也はマズイのではないかと思いつつも……最終的には一高が勝つならばいいやと思いながら、その技術力を盗みたいと思うあずさであった。

 

 

 誰もが望むと望まずとも、九校戦四日目―――新人戦の初日は迎えるのであった……。

 

 

 

 † † †

 

 

「これだけですか?」

 

「ええ、まぁ持ち込むものは、こんな所です。―――刃物を『斬りつけられる』距離ではないんですしね。問題ないでしょ?」

 

「いや、まぁそうですが……わ、分かりました。許可します」

 

「ありがとうございます。お袋からもらった遺産であり『お守り』なんで、試合に持っていけるのは助かりますよ」

 

 

 競技前のCADチェック。大会委員による検査で本来ならばCADに入っている起動式をチェックする場所に、異端の魔術師が出したのは、数種類の『魔宝石』合計40個。アゾット剣。トライデルタにカットされた『お守り』。

 

 そんなものを出されてはサイオン数値を測る機器を持っていない委員では、どうしようもない話であり―――。

 

 

「龍からの入金も無いし、『針金』やら『刀』に『水晶』……『蛇の抜け殻』を出されて―――今年の九校戦は『おかしなの』が多すぎる……」

 

 

 俯きながらの検査委員の心底の愚痴。

 

 それを後ろに聞きながら『ご愁傷様』と思いつつ、その言葉の中に『TARGET』を思わせる言葉を発見して、観客席にいるだろうシルヴィアに伝えておく。

 

 そうしてから、順番を再度確認。『イチジョウ・マサキリト』の後というのは、まずまずである。吉祥寺真紅郎とやらも、自分の先手ということだけは確認すると―――。

 

 一人の珍客が聞いてきた。もちろん友人である……男女で予選開始というのも本戦と変わらぬことらしく、彼女も準備してきたようだ。

 

 

「大丈夫なの?」

 

「問題ないだろう。桜小路から聞いてると思うけど―――雫は?」

 

「ばっちし。達也さんからのCADもちゃんとチェック通ったし」

 

 ぶいっ。とばかりに無表情でピースサインしてくる雫に、なら問題なかろうと思う。

 この検査所近くというのは男女共用のスペースであり、それぞれでグループという名の塊が出来ており、その中でもどうやら自分は奇異に思われている。

 

 そんな刹那の視線を理解して答えを言ってくるのは雫である。

 

 

「それは刹那の格好が格好だから―――。この夏場に、その格好はどうなの?」

 

「雫だって長袖じゃないか。まぁこれは色々とあるんだよ……俺の戦装束さ。俺の家が武士の頃からの伝統と、武士から魔術師に転向して―――親父の聖骸布を利用したものだ」

 

「……レリック(聖遺物)?」

 

「衣装には難癖着けられない辺りは、ざるだよな」

 

 

 赤原礼装―――お袋が夜なべして縫ってくれたといってもいい思い出の品……成長するごとに、サイズを合わせる必要が無いように、伸縮自在にしてある種の攻性防御も可能と言う代物。

 

 魔術礼装として破格以上のそれは遠坂刹那が魔術師として決戦に挑む時には絶対に身に着けるものだ。

 

 リーナがプラズマリーナとしていた時にも、この服だけは身に着けていたのだ。それぐらい……刹那にとって大切なのである。

 

 

「最後に聞くけど、勝つの?」

 

「そう頼まれたからな。ただ勝敗はいつでも時の運さ。渡辺先輩みたいに何かのアクシデントは付き物だ」

 

 

 雫はどうやら自分が『本気』を出さないのではないかと疑っている。それは仕方ない。刹那にとって力は誇るものではなく『高める』ものなのだから……。

 

 

「応援組は全員、私の方に回したって聞くけど?」

 

「俺のを見たって詰まらないからさ。あんまり試合前に突っかからないでくれよ」

 

「……私の不安なんて刹那にとっては何でもないんだね……」

 

 

 なんでもこの九校戦に入る前に雫は三高の一条を注意して、ヤツがいる限り、総合優勝はどうなるか分からないとしてきたのだ。

 

 そこに昨日のアクシデントである。この学生魔法競技の祭典に人一倍拘りある雫の懸念は分かる。だが――――。

 

 

(勝てないわけがない)

 

 

 左手のお袋が叫ぶ。やるからには半端はゆるさない。完膚なきまでに叩きのめして二度と立ち上がれないぐらいにしてしまえ―――。恐ろしい鬼母である。

 

 

(世界なんてのは最初っから俺のもの。例えそれが異世界であろうと、やれるまでやってやる。出来ないことなんてないんだからさ)

 

 

 一人の少女の懸念などどこ吹く風で、魔宝使いの『スナークハント』が始まる……。

 

 ・

 ・

 ・

 

 順番が来たことで射台に上がった刹那。ルールは何度も確認した。耳にタコが出来るほどに(雫ボイス)。その上で、やるべきことを行う。

 

 現れた異端の魔術師ゆえなのか会場の緊張した空気が心地よくない。

 もう少し盛り上がってくれないと、なんか魅せがいがない。ただ『神秘』として『魅せる』ならば、この空気は悪くない。

 

 シグナルランプの点灯までまだだが……フライングはしないように、されど『魔眼』に火を灯し、魔術回路の励起は六割弱。刻印使用は四割、五割―――分配は悪くない。

 

 体調は十分。ホロスコープ、土地のマナ利用、東西南北の方位指定―――おおまかよし。

 

 魔弾の貯蔵率は―――十分。矢束、星爆十二分―――全ては整った。発動させるのに、『秒』もいらない。『セカイ』は―――全て遠坂刹那に従う。

 

 

『START』の文字が見えてランプが点灯を開始。丁度普通のCAD持ちであれば銃口を向けるところに刹那は左手の五指を揃えつつ、すこし狭めて前方に突きだす。

 右手は、弓弦でも引くかのように後方に引かれて―――。何人かは真由美のカレイドバレットの実践を思い出したが、眼のいい連中の殆どは『顕現』を果たしつつあるものを視て口で手を抑える。

 

 そんな様子を『千里眼』で見ながらも刹那は三つ目のレッドランプになった時点で―――。

 

 

左腕魔術刻印解放(ルートセット)右腕魔術刻印圧縮(ルートダイレクト)―――ゲートオープン、刻印神船マアンナ!!」

 

 

 巨大な弓であり―――船を顕現させた。

 誰もが驚く。魔力で形成されて何かの象形文字か古代文字の繋がりのようなそれらが―――弓であるようで船に見えるのが恐ろしかった。

 

 はたまた砲口にも似た黄金の文字で形成されたリングが先に浮いている様子。そして二段構えの弓の長大さ、巨大さ、それぞれの刻印の色彩の豊かさは誰もの度肝を抜く。

 まるで一種の芸術彫刻にも似ていた……それの名前を刹那は叫んだのだ。

 

 刻印神舟マアンナ―――と。

 

(魔術刻印の最大外部展開―――あんなもの俺の『分解』で吹き飛ばせるわけがないな……)

 

 仮に干渉を果たせば遠坂家二百年の歴史が達也に逆撃を食らわせる。そう感じて―――グリーンランプになった時点で発射されたクレー七枚に―――発射された黄金の矢が飛んでいく。

 

 亜音速というよりも何かのホーミング兵器。ミサイルか何かのようなそれが生けるかのように有効範囲に入ると同時に、四方八方から串刺しにしてしまう。

 

 

 魔法使いの秘術が『絢爛』に披露される……。次は四枚。赤、青、黄、緑―――魔弾が飛んできて順番に砕いていく。

 

 

「スナップカラーズ。シングルアクション(一工程)で放たれる『魔弾』で威力よりも速度を重視したもの。威力を高めれば高めるほどに、呪文や術式も複雑だけど、単純な皿一枚に対する物理破壊力ならばこれで十分」

 

「呪文を唱えずにあの威力か……」

 

「魔力を通すだけでいいのよミキヒコ。それでもあの数を撃つには刻印の補助が必要なんだけど」

 

 

 リーナが説明してくれたスナップカラーズなる魔弾は、有効射程に入ったクレーを次から次へと落としていく。その色彩の豊かさは見るものを躍らせる。

 

 

「身振り手振りだけで魔法が放てるのか、あれは―――本当に『魔法使い』なんだね」

 

「うおっ!? 何だあの球体は!?」

 

「魔力を圧縮させた回転弾―――、俺…雫のアクティブエアーマインに対する意趣返しか?」

 

 

 エリカの感嘆の後に仰天するレオ。冷静に分析する達也は、刹那が射撃有効フィールドの真ん中に、輝く巨大な球を放って置換したことに驚く。

 

 その間にも飛んでいるクレーはそれとは別の魔弾―――というよりも凍れる矢と炎の矢とで撃ち落とされる。

 

 そして有効フィールドに放られた球は―――そこから『きらめく涙』のように魔力を粒上に流して『星』にしていく。星は―――光弾なのに星として認識されて、入り込んだクレーを次から次へと砕いていく。

 

 絢爛豪華なる正しく現代魔法からすれば、無駄な事のように見えて、実は常識外のことをする刹那に誰もが度肝を抜かされる。

 

 

星爆の明星(コメットルシファー)。魔術世界において太陽の代わりに他の惑星が太陽と見立てられて様々な論理考証が為される。中でも金星は、多くの学派で太陽の代わりに見立てられる。そして堕ちた大天使の星にもね」

 

「昼間からはっきりと見える星ですもんね。金星は」

 

「そういうことよミヅキ。金星の『概念』に見立てた星球を作り出して太陽と『繋げる』ことで無限の流星を作り出す魔術。いま、あの魔力球は、セツナの制御下にありながら、太陽から魔力を頂いている。アルキメデス・ソーラーの意味でUSNAに登録されている『魔法』よ」

 

 

 それだけでもはやパーフェクトを出せるだろうし、何より観客の歓声はとんでもない。

 魔法師だけでなく一般客にもウケる魔法であるが、魔法師はウケるではなく、その『戦艦』にも似たモノの撃ち破り方を講じるが―――早々に不可能を感じる。

 

 出鱈目すぎて、しかも『マアンナ』である。

 如何に魔法がオカルトから離れたとはいえ、そこまで傾倒しきっていないとはいえ、調べれば出てくる言葉の意味に、汗を流すのみだ。

 

 そして達也は―――『太陽』から魔力を供給するという『ソーラーボール』に興味を覚えて、自分の『難題実験』の何かに使えないかと思うのだった。

 

 ・

 ・

 ・

 

「うむ。正しく『人間戦艦』じゃな! アイツ出る競技種目を間違えておるぞ!! こりゃ一条も吉祥寺も当たったらむずかしいかのー?」

 

「沓子、親衛隊に睨まれかねない発言は自重して」

 

 と言い含めながらも、栞の発言の前から『一条親衛隊』も沈黙していた。彼女たちも魔法師。魔法師ならば、自分の知らぬ未知の魔法に興味を覚えて、尚且つその圧倒的な様に驚愕する。

 

 三高の控室にて、一度戻ってきた一条と吉祥寺が睨むようにモニターを見据えて汗を流す様は、誰もが窮地を覚えるのであった。

 

 そして、一色愛梨はと言えば―――胸の前で手を組んで惚けるような顔でモニターを見ていた。眼は一際潤んでいる様子。

 

(本当に好きになっちゃうなんて―――重傷だね……)

 

 憧れ程度で終わらせておけば良かったのに、というドライな栞の内心の感想の後に三高のスーパールーキー二人がいなくなる。

 

 

「すぐに対策を立てなきゃ……将輝! 行くよ!!」

 

「……ああ、遠坂刹那―――分かっちゃいたが、とんでもないな!イレギュラーマギクス! だが、勝たなきゃ!! 司波さんに―――」

 

 

 控室を出てCADの作業車へと直行しようとする吉祥寺とそれに追随する一条がいなくなったことで、少しのざわめきが増える。

 

 そして―――モニターに見えている艦娘(かんむす)ならぬ艦漢(かんおす)の試合は終盤に近づいていった。

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 余裕綽々、循環する魔力も特に負担を感じない。だが焦らされるかのように20秒もクレーが射出されていないのは、どう見ても係員の嫌がらせであった。

 

 そういったメンタルアタックはイラッとする。

 

 星球の展開を止めねば、クレーは出さない。という『九校戦の笛』を鳴らしている係員に、観客席からブーイング染みた野次が飛ぶ。

 

 残りは34枚―――ここまでパーフェクトであるというのならば、予選落ちはあるまいと考えていたが―――こんな嫌がらせを受けて、黙っていられるほど刹那も我慢強くないのだ。

 

 人差し指を銃に見立てて、ガンドで『金の羽虫』を撃ち落としてから、両手を交差させてから、握りこんだ拳を開いて指の間に宝石を挟んだ状態。

 

 同時に―――星球の展開を終える。そして一斉に飛び込んでくる34枚のクレー。

 

 誰もが係員に汚いと考えるも―――構わず、刻印神船ごと身体を振り回して刹那は―――秘奥を解き放つ。

 

 

 「Foyer: ―――Gewehr Angriff―――」(Foyer: ―――Gewehr Abfeuern)

 

 

 刹那の七色に、母の七色を重ねる。術式と宝石の構成は間違いない。魔術の『重複』『連弾』が刻まれる。

 

 開いた右手と左手の宝石の魔力が手を前に出すごとに放たれる。

 

 

「Schuss schießt Beschuss Erschliesung!―――放て!カッティング・セブンカラーズ!!」

 

 

 刻印神船の黄金のリングを放って解き放たれた虹色どころか『万色』にも似た魔力のレーザーの本数は那由多の如く刻まれて―――魔力の大河の中に、全てのクレーが砕かれた。

 

 先程までの精密さ・緻密さとは正反対の大味すぎるが、それでも『正道』すぎるほどに圧倒的火力で吹き飛ばした刹那に誰もが歓声を刻む。

 

 

「我らが王―――!!!」

 

「あなたのその姿に、これまでの全てに感謝をします!!」

 

 

 九大龍王―――その中でも本戦参加組の連中が纏まって観戦していた。一人……水納見は21世紀前半ぐらいに日本で流行ったラブなポーズを取っていた。

 

 その中に四高の伊里谷理珠がいることに達也は、その笑顔と一緒にいることに怪訝さを覚えながらもパーフェクトスコアで予選を突破した刹那に満足しつつ……何かが変なことを覚える。

 

 なんだ。なにが――――。得点盤に、眼を向けた瞬間に気付いた。

 

「100点満点中の『101』点……!?」

 

 意味不明のスコアレコードに、気付いたのは観戦していた達也たちだけでなく、腕を一旦下しながらも、前を見据えている刹那もだ。

 

 何かが起こる。何かは何かであるのだが――――。

 

 STARTという文字を刻んでいた電子掲示板に―――けたたましいアラームと同時に、あまりいい意味ではない文字列が赤色で出てきた。

 

 

『CAUTION』『CAUTION』『CAUTION』『CAUTION』―――『注意』を意味する文字が、明滅しながら電子音声で告げられる。

 

 同時に有効射撃フィールドの真下の地面が開かれて何かが競り出してくる様子。それは―――生物ではない。

 しかし、鳥の嘶きの如きけたたましいジェット音で上空へと飛び立った。

 

 風圧でめくれそうになる顔を、誰もが腕で顔を保護しながら飛びあがったものを詳細に見ようとする。

 

 

 一定の高度まで上昇したそれは、滞空して眼下にいる小さきものを狙う鳥の如く『眼』を鋭くしていた。

 

 そして掲示板には―――違う言葉が、並んでいた。

 

 

『SPEED SHOOTING JACKPOT STAGE  『大空の王者―――『鳥』(ガルダ)を堕とせ』

 

 

 機械で構成された鳥のようなロボットは、観客、出場選手たちや当事者である刹那の困惑とか、そういうのを気にせずに――――本当の意味での嘶きを上げる……。

 

 本戦前の刹那だけに用意された……訳ではないだろうが、どういうことなのか、それでも『ジャックポット』という単語に一高陣営が色めき立つのは間違いなく、その後に電子掲示板にいつぞや見た時と同じく九島烈の姿が映るのであった。

 

 

 



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第52話『九校戦――蒼穹を穿つ。決戦前』

最新刊、さらっと読んだが、お家断絶もありえそうなかの家の運命はどうなる!?

佐島先生次第だが、なんか石田先生の絵柄が安定していない……個人的な感想を言いつつ、最新話どうぞ。


 

 

 

 

 約三分間のインターバルといってもいい時間中。孫の婿になる予定の少年に説明をした。

 その説明は端的に言えば―――新たなステージに移行するための条件は満たされていたことに終始した。

 

 何もお前だけに用意されたわけではない。と言うも、不満は多いようである。

 

「……ということでお前が『狙って』打ち砕いたスニッチ……ならぬ『黄金虫』は、このスピードシューティングの裏ルール……。ジャックポットステージ(大当たり)に移行するためのキーだったということだ……過去、二度ほどこのステージに移行したものはいたが、どいつも、偶然での破壊であったからな……最終的に、CADの性能ではどうしようもなくなり、早々に棄権したよ」

 

『当ったり前だ。軍用兵器じみた『機械』を性能制限されたCADなんかで、どうにか出来るかよ!?』

 

「その通り。それは『常識的』な回答。しかし……挑戦して壊せれば本戦一位分のポイントだぞ?」

 

 

 VIP専用の観覧席にて、前置きする形で、様々な事情を観客及び参加選手である遠坂刹那に説明するも、当然の如く乗り気ではない。指さして言ってくる刹那の姿に老獪さを見せる。

 

 悪魔の誘いを掛ける……。これは、今の一高にとって喉から手が出るほどに欲しいもののはずだ。棄権するか否かは、無論―――選手次第。

 

 だが、その前に―――。

 

 

『いいでしょう! 九島老師、その提案受けます!! 刹那君! ばっちしやっちゃって!!』

 

『おおーい! 俺の意思はガン無視ですか!?』

 

『お前ならば、CADの制限など要らないだろうからな……遠坂家の復興の為にも、お前はアピールが必要だ』

 

『これ以上のアピールは必要ないし目立ち過ぎても『結論は出たな。上役の命令には魔法師ならずとも、共同体においては、それなりに従うぐらいの気持ちは必要だぞ』―――」

 

 

 七草と十文字の子供達の言葉に更なる反論をしようとしていた刹那を黙らせる形で、言葉を重ねた烈。

 

 そうして、シグナルランプの点灯と同時に、かつてインド軍で開発されていた機動鋼殻兵装『ガルーダ』が稼働を開始しようとする。

 

 時代遅れの廃物と見られているが、この手のロボット兵器は、魔法師以前の新時代の兵器と見られていたのだ。

 

 強力な外部装甲で身を固めたまま、熱核エンジンの推進力で敵要塞へと突入。外壁を突き破った後は、『四肢』を展開しての機動破壊モードに入り内部制圧を目指す。

 その運用思想たるや…まるで―――『魔法師』のようではないか……魔法師が生身で出来ることの『大半』をかつての兵器は思想として持っていたのだ。

 

 

 今回のガルーダは四肢を展開せずに飛行するだけだが、本来ならば、そう言うこともできる。

 

 まぁ魔法師とてまだ完全な『飛行』『飛翔』を実現できていないので、そう言う意味では、この兵器が優れている点もあるだろう……。

 

 

 ともあれ烈の後ろで観戦している二人の弟子と、プリンスの父親とが見ている前で、どこまでやるかである。

 烈にしても、響子から聞いた時に、遠縁…とまではいかないが、外国の親戚(アンジェリーナ)の元に、奇妙な少年がいると聞いてから、それとなく探ってきた。

 

 一度本気で当たったことで分かったことは古式の中でも異色の中の異色―――。しかし、『もしや』と思わせるものが烈にあった……。

 それは―――眉唾なもの。いわゆる20世紀前半に隆盛を極めて魔法師の誕生と同時に、勢いを無くした都市伝説・オカルト・ホラー・SF……ありとあらゆるオカルティズム的なものを特集した雑誌などに紹介されていそうな……。

 

『予言』であった。その予言は『入道』の耳と目にも入っており、尚且つ国のトップたちには知れ渡っている……古臭い言い方をすれば『ファティマの予言』である。

 

(九重流……その源流に近い『七夜彩貴』が書き上げたその予言は―――)

 

 

 当たってほしくないものだ。そう思いながらも虹色の閃光を上空に飛ばすことで開戦の号砲とした魔宝使いが……。

 

『―――了解した!! 地獄に落ちろ! 十師族!!!』

 

 

 そんな悪罵の後に10分間ものタイムアタックにして、鳥を撃つ試練が始まる。そして無言で九島烈は―――悪罵に思うこともある。

 

「……この世は最初から地獄だよ。刹那」

 

 老人の忠告は、若造たちには分からない寂寥感を伴っていた……。

 

 

 † † † †

 

 

 蒼穹を見上げると、そこには悠々と飛んでいる軍用兵器。あからさまなジェット音こそないが、それでもその巨大さに対して対策はある。

 

 撃ち滅ぼせる技巧もあった……しかしながら、問題は、『容易』に破壊できるものは使えないということだ。

 

 あれは『創れても』『使ってはいけない類』である……。持込み検査委員(捕獲尋問開始中)の苦労が報われない。そんなわけであって―――やるべきことは一つである。

 

 今までは己を補強するためであった刻印を射台に『転写』する。

 

 

「―――Anfang(セット)

 

 左の袖を捲って、素腕を晒しながら射台の床に手の平を着ける。奇異な行動に思われただろうが、それでも構わず瞑想(メディテーション)の要領で必要な魔法陣を描いていく。

 

 その意味合いは誰も分からないはず―――いや、一人か二人はいる。多くの人間には分からない―――これが正しいか。

 

 あんなデカブツを宝石か魔弾かルーンで打ち倒すとなると、先程までの『機動砲台』としての機能は捨てなければならない。機動力を犠牲にしてでも作り上げたのは『固定砲台』。

 

 如何に動き飛びまわるものとはいえ、それでは倒せない。刹那を中心に刹那の手から四方に魔法陣が展開して、その魔法陣が更に違うモノを己の四方を埋めるように展開。

 

 そして照準装置か何かのように光り輝く『ハイロゥ』が、目の前を回転する。魔法陣もその幾何学的な紋様を見せつけるように風車のごとく回転を続ける。

 

 合計すれば19もの『循環層』を作り上げながら刹那が見据えるべきは、何の脅威も感じていない。

 

 

 ここは生粋の霊地。富士からの供給は刹那の独占状態。これがあちらも魔力を『大源』からまかなう『刹那よりも上位の幻想』であれば、別だったかもしれないが―――たかが機械兵器。

 

 搭載できる火力と燃料には限りがある。動力源の無限さは―――こちらにこそある! などと虚勢を張りつつも、余裕なのか何なのか―――こちらに攻撃を加えていない……。

 

 

 先制攻撃はそちらに譲ると言わんばかりの鳥に―――刹那と鳥を繋ぐ途上に虹色の魔法陣を配置。

 

 決闘儀礼の作法よろしく手袋を投げつけるかのようにスターサファイアを投げ込んだ―――そして刹那は拳を握りしめて―――。

 

 

「連弾、連装、連結―――、直列直弦励起―――全術式、最大解放―――」

 

 

 呪文でダイナモの如く回転する『炉心』に己を繋げた。ありえないことに五指を高射砲の如く鳥に向けて、膝立ちのままに魔力と魔弾を解き放つ。

 

「放て! 我らが大師『キシュア』が系譜の目指すべき秘術―――是、赤月砕き(モーント・フィンスターニス)!!」 

 

 19の内の八つの魔法陣が左手を大砲であり粒子加速器にするかのようなそれを見て、その動きと宣言の言葉の後には(ソラ)を狙い、見えている金星(ヴィーナス)に対して届かせるかのごとく『大砲持ち』の『狙撃手』が、己の手から閃光を解き放った。

 

 全員の網膜が焼きつくのではないかと言う、失明すら予感させかねない光量。光の束を撃ち放つ刹那。

 その辺りを気遣ってか刹那はどうやら『遮光の術式』を一帯に張り巡らせていた。

 

(余計な事を気遣わせてしまったな……)

 

 

 達也が立ち上がり、せめて結果ぐらいは見届けんと『精霊の眼』で上空を見上げると、魔弾であり魔晄の輝きは一直線に『鳥』を穿った。

 

 ジャストタイミングで鳥に光を浴びせた刹那の攻撃の行方―――。

 

「やったか!?」

 

「やってない。健在だ」

 

「ウソでしょ!?」

 

 

 レオの言葉に即座に否定をしたが、疑うエリカ。当然だ。直撃して現在も光を放つ魔弾は―――『赤月砕き』は、光の中にガルダを隠していたが―――、刹那も悟ったようで腕を振ることで攻撃を終えた。

 

 放たれた光はその後も数秒照射を続けていたが、光から若干の攻撃の効果はあったが、それでもまだ健在の状態で己を滞空させているガルダの姿。

 

 

『これはインド軍が作り上げた兵器であるが、若干の改修をして、アンティナイトを装甲版の裏側―――『反応装甲』として採用させてもらっているのだよ』

 

 

 アンティナイトという言葉。そして反応装甲と言う言葉で、達也は察する。あのガルダにとって、先程の照射など然程の――――。

 

 

『とはいえ、魔力圧が尋常では無いせいか、戦力及び耐弾効率が、かなり削れている七割減の戦力だな』

 

 

 ボロボロと複数の翼のようなエルロンが崩れて、姿勢制御が乱れる。どうやら、古式の秘術が現代の物理法則と科学理論を利用した飛翔兵器を病葉寸前にしたのは間違いない。

 落葉の如きエルロン(補助翼)が捩じ切れる音は物理法則の断末魔。

 

 それでも軍用兵器としての残り三割を崩すとなれば―――。

 

 

『だが、ここからは機動戦だ。一応、火薬の量や爆散時の破片にも気を使ってはいるが―――気を抜かずに残り四分間で倒してみたまえ』

 

 

 九島烈の画面越しの言葉の後には、模擬弾だろうがミサイルなどが放たれて今までとは段違いに機敏に動く。

 

 手を向けた刹那は、殺到するミサイルを次から次へと魔力レーザーで撃ち落とす。

 否、刹那だけでなく地面に転写した魔法陣も自走砲か何かのようにレーザーを放つ。

 

 恐らくあれが、四月の『八王子クライシス』で、一高全体に援護射撃を降り注がせたものの正体なのだろう。

 

 高速で位置を変えて次から次へと軍用兵器を吐き出すガルダに対して防戦一方の刹那という姿に見えるが――――。時々、位置を変えて何かを虚空に刻んでいる。

 

 

(何かをやっているな……なんだ?)

 

「――――魔術師(メイガス)ならば、己に無いものならば、『有るところ』から持ってくる。今のセツナにとって必要なのは、手数を増やしてかつ『ガルダ』の機動力を『封じ込める』もの……」

 

 

 リーナが達也の疑問を理解したように、滔々と語る。その疑問は、戦闘に長ける全員が思うことだ。意思を持たない自動兵器では、いつまでもガルダの中枢を打ち据えられない。

 

 となれば、どうするか?―――。その時に刹那の眼が『灰色』になっていた。魔眼の一つだな。と思って―――しかし、機械兵器に使えるのかと思う。

 

 外的なものに対して視認をかけるだけで様々な効果を発揮するはずのそれが……機械兵器に使えるのかと思い……。

 

 

『―――投影、霊魂(トレース・オン)

 

 

 そんな言葉の後に、ルーン文字の回転する呪帯(ベルト)が、刹那の前と左右に三つほど浮かび上がる。

 

「灰の眼とフサルク(共通)ルーンによる……『幻体投影』―――いけるわ」

 

 リーナだけは、その術式の正体を見破り、勝機を作り出したのだと感じた。いや、伊里谷理珠もまたそれを認識して、獰猛な笑みを見せていた。

 

 そして変化が現れる。ルーンのリングから輪郭を伴った何か―――魔力で形成された『人形』のようなものが出来上がっていた。

 黒色、桃色、金色の髪を持ち野暮ったい服から少し露出激しい服のとりどりの『三姉妹』を形成させて―――。

 

 

『Gehen!!!』

 

 

 突撃や攻撃を意味する言葉で、黄金の装飾具(?)のようなものを腰の辺りに浮かべて背中まで双角の如く伸ばしてから、飛び立つ。

 

 機械兵器のセンサーでも、その魔力で形成された『人形』は視認出来ているらしく、眼球に当たる部分が忙しなく動く。

 

 まさか、自分の領域に入り込んでくる人間がいるとは思っていなかった鳥はターゲットとされていた相手か、それとも周りを飛んでいる魔力体なのか迷う。

 

 

将星(サーヴァント)か?)

 

(それの、うーん。なんといったらいいか……それの『贋作』(フェイク)よ。とりあえず機能としては10分の1程度。灰かぶり(シンデレラ)の術式って言っていたわ)

 

 

 リーナに小声で聞いても、要領を得ない説明。教えてもらえるならば、後で教えてもらおうと思う達也だが、舞台は絶好調。

 

 有体な言い方を言えば、その人形は古式ゆかしく何かのファンタジーな作品でも頻繁に出てくる『魂の導き手』(ワルキューレ)という『天女』に似ていたのだから。

 しかし、こんなものばかりやって魔法師の実像を一般ピーポーに誤解されかねないなぁと思うのも達也が、『魔法師』としては異端だからだろうか……。

 

 そしてリーナに耳打ちするような様を見られたらしく近くの深雪と遠くの刹那とに睨まれる。

 ともあれ、残り二分―――。そろそろ決めなければいけない……。という達也の反応とは別に―――金と銀の魔女たちは確信を得ていた。

 

「勝ったわ。完全勝利よ」

 

「ええ、シンデレラによるワルキューレの『投影体』なんて無茶するけれど、これで決まるわ」

 

 

 リーナの言葉に重ねてきたのは四高の伊里谷理珠―――確信を以ていう二人の乙女に答えるように、ワルキューレは三つの槍を打ち出して主推進機関を砕かれた。

 

 自動機械にお決まりなエラーゆえに最後まで優先ターゲットを決められなかった結果である。

 

『迷い』という隙を作り上げた刹那は再度、赤月砕き(モーント・フィンスターニス)という……かめは〇波か、ギャリ〇ク砲じみた一撃を放ち―――もはや堕ち行くだけであった鳥を完全に焼却するのであった。

 

 そして役目を終えたワルキューレ達が、消え去ると同時に季節外れの白鳥の羽が降り注ぐ戦場に勝者を示す表示が出た。

 

 

『JACK POT STAGE CLEAR!!! Congratulations!!!Congratulations!!!』

 

『『『コングラッチュレーションズ!!!!』』』

 

 

 鳴りやまぬ歓声の中に黄色い声援が混ざって、そんな言葉を浴びる刹那は、苦笑しながらも声援に手を振って応えている。

 

『ド派手な勝利』で初戦を収めた刹那。完全に空気を一新したと言ってもいいだろう。

 

 雫の新魔法といい、これにて一高が―――色々と有利になったのは間違いない。

 

 とはいえ……ここまでしては、刹那に対して『制限』(ギアス)が掛けられるのではないかと思う。

 

 無論、あれがBS魔法的なもので、CADに対するチェックのように掛けられないのは大会委員たちも分かっているだろうが……。

 

 

(まぁ、俺のこんな杞憂なんて刹那にとっちゃどうとでもなることなんだろうな)

 

 

 手札の強力さ以上に豊富さこそが刹那の持ち味―――制限を掛けられたならば、それに値する力で返す。

 などと考えていたらばC組の切り札が自分達の近くまでやってきていた。片手には22世紀に至ろうとしている日本でも愛される飲料『ポカ〇』が握られていた。

 

「司波君、みなさん。会頭達が呼んでいます。祝勝歓迎のために控室に来いとのことです」

 

「んっ。すまないな。伝令役みたいなことさせて」

 

「気にせず。モノリスで準決まで進まない限りは僕も暇ですから」

 

 

 相変わらず表情が読めない相手だが、このC組の切り札の真価を発揮させるためにも……森崎たちにはがんばってほしいものだ。

 

 ともあれ、C組の切り札が言う通り一高の控室に向かわざるをえまい。さてさて、何が起こるやら……。そんな達也を見ていたのは伊里谷理珠であり、何となくいい視線とは言い切れなかったのは蛇足である。

 

 ・

 ・

 ・

 

「よくやった。そしてボーナスポイントゲットは感動した!」「本当に助かったわよ! ありがとうね刹那君♪」

 

「どうも。とはいえ入った途端に中々に手荒い歓迎でしたね」

 

「体育会系はこんなもんなんだよ。慣れておくといい」

 

 

 一高の御夫婦からの言葉の後には沢木先輩の人の悪い笑みを浮かべながらの言葉。

 まぁだいたいの面子は力加減を理解していたのでいいのだが、女子陣が少し力加減が下手くそであった。

 

 刹那の様子は平素と変わらない風に見えるも、一息突く辺りはやはり疲れはあったようだ。空いている席に座ると同時に持っていた清涼飲料水を飲んだ様子に、少しだけ誰もが安堵する。

 

 あそこまでやった後でも表情変えないと少しだけ、なんか―――『恐怖』してしまいそうだった。

 

 

「大沢は残念だったが、森崎も予選を通過した。何とか入賞してもらいたいもんだがな」

 

「トーナメント表次第でしょ。まぁ吉祥寺も一条もやるようですからね。後は五高の炎部(ホムラベ)が、強敵かな……」

 

「それ以上に悲惨なのは遠坂君のあとの選手たちですね。一応決勝リーグへの通過は出来たんですが、どんぐりの背比べな結果です」

 

 

 刹那の力の一端でペースを乱された連中は、刹那と同じくゴールデンス〇ッチを落とそうと眼を凝らしたりバイザーの照準器を何とかしようとするも……。

 

 そもそも刹那が『制限なしの地力』だけで壊せたものを、『制限ありのCAD』でどうにか出来ると思うのだろうか。

 

 しかし、あんな空気の中で、やるとなれば、『自分も』と思うのだろうか。結果として自滅する。

 結局、自分が原因なのだなと刹那は自省する。

 

 

「大会委員からは何かなかったんですか?」

 

「何も無いな。確かに威力は大したものだし刻印神船なるものの精度・緻密さも相当だったのだが―――所詮はクレー射撃における破壊手段は『サイオン弾』の連射にすぎないからな。ケチの着けようがなかったのだろうよ」

 

「星爆……あのリモートマインだか、纏繞機雷(ワイヤーマイン)だかなるものも?」

 

「インデックスを探せば似たようなものはある。それにしたって傍目には『サイオン弾』の連射にしか『俺たち』魔法師には見えないのが、お前の『魔術』のズルいところだな」

 

 

 達也の疑問にすらすら答える十文字会頭。

 どうやら刹那が戦っている最中に、他の高校の生徒会などの上層部からも、やんややんや言われていたが大会委員……恐らく九島烈の『説明』を聴いていた人間たちが、やってきて他の高校のクレームを黙らせた。

 そういうことらしい。

 

 悔しいければ、CADに頼らずに地力で『鳥』を砕け。という話を聞いて―――肩を落として去っていく他校。

 

 

「魔術は現実世界を『変革』できるという確信と、相応の集中から成り立っている『現象操作術』……まぁ理解が出来ないのは仕方ないですね。俺のは物理法則に『断末魔の絶叫』を上げさせ続けているようなものですので」

 

「で、だ。刹那―――決勝リーグまで時間があるが、あのワルキューレみたいな『魔力の人形』は何なんだ?」

 

「ワルキューレと気付ける辺り、達也もオカルトに対して傾倒してきたな」

 

「茶化すなよ。前に、リーナが八王子クライシスで見せてきたものに似ていたから察することが出来たんだ」

 

 

 達也も最初からフィクションに関してだけの思い込み(既視感)でいたわけではない。最近の身内の姿から何かのデジャブを感じていたことに気付けたのは先刻の話である。

 

 ともあれ、刹那はそこに関しては―――やはり説明をしてくれた。

 

 

「簡単に言えば『マンナズ』(ヒトガタ)のルーンを使っての『幻体形成』であり、そこに容姿と能力を被せてもらったのさ―――もっと噛み砕けばルーン文字で魔力のマネキンを作り出して、そこにあのワルキューレ三姉妹の姿を被せて動かした」

 

「つくづく規格外だな……つまり、お前は魔力を使えば『多重影分身の術』が出来るのか?」

 

「何を媒介にするか次第だけどな。俺の『兄弟子』がよくやっていたことだ。獣性魔術の応用で半ば物質化した魔力体で攻撃を仕掛ける……、そこに俺は『投影魔術』を使ったんだ」

 

「投影?」

 

「儀式などに際し、どうしても用意出来なかったオリジナルの鏡像(コピー)をほんの数分ほど魔力で物質化させる―――それだけの魔術だ。高度で大量の魔力を食われるわりに、『意味』が薄いすっごい『無駄』。まぁ魔法師側からすれば、あまりにも出鱈目だろうがな」

 

 当たり前だ。達也の顔を見ながら考えるに魔法師側は物質界に対する『改変作業』ばかりは達者だが、魔力を使って何かを『顕現』させることは大変に出来ていない。

 

 

「ともあれ、それ(投影品)だけじゃ何も出来ないからな。『灰の魔眼』を使ってそこに灰を被せて、『シンデレラ』とした」

 

「?」

 

「シンデレラは期間限定の姫君。12時の鐘が鳴るまで、王子に釣り合う姫君とする魔法……そういうこと」

 

「意味を噛み砕くに、その幻体をワルキューレにしていたのはお前の魔眼ゆえなのか?」

 

 話すのも疲れたというか、喋り過ぎるのも嫌だと思っているだろう首肯する刹那に、根掘り葉掘り聞きすぎたかと思ったが、実は違っていたりする。

 達也も知っている通り、場合によっては刹那は『本物』の『一部』を世界に顕現できる。今回は意思持つ存在なんぞ出したらば、あまりにも『インチキ』すぎるかと思って、自重したのである。

 

 しかし、そうして『格を落とした術式』(ランクダウン)を披露するというのは、『隠匿』という方向性を意識していたとしても、魔術師『遠坂刹那』の意識からすれば、実に下策であったのである。

 

 

 とはいえ、容易に『披露』出来ない時には、この『疑似的な英霊召喚』は、重宝されてしまう。

 そして今の刹那にとっては、もう少し『違う手』があったはずだと思っていた。

 

 具体的にはルーンで編まれた『巨人』(ユミル)『鳥』(スィアチ)でも顕現させて怪獣大決戦してれば良かっただの……変な反省をしている……―――聞いていれば魔法師側は『ふざけるな』だのと言いたくなるようなことを想っているのだろうと気付けたリーナは、達也と会頭の質問攻めを終わらせるように、ひっつかまえて用意されていたソファーの上で膝枕することで沈黙させた。

 

 

「この後もセツナの試合は続くんだから、それ以上はヤボじゃないかしら?」

 

「それもそうか」

 

 

 リーナの少し怒る様な言葉に若干不躾であったかと思う達也。

 

 他者の魔法を探らないと言う魔法師の律を思い出した時点で、いや人間誰でも秘すべきことは秘したいものだ。

 己で洞察し、理解出来るならばともかく―――謝罪するも、刹那は気にするなと言ってきたが―――。

 

 

「あー。制服越しとは言えふとももやわらかーい」

 

「もうっ。セツナのスケベ♪ HENTAI♪ 次の試合までにワタシのヒザマクラで癒されていなさいよ♪」

 

 

 そんなやり取りをするバカップル。こんな大勢が集まった場所で、やってくるとは空気を読めとかいうツッコミが入る前に―――。

 

『ぶほぁっ!!!』

 

 

 誰もがその『甘い空気』にやられた。最近は耐性が付いていたと思ったのだが、ただ単に抑えていたようで誰もが砂糖を吐いてしまう。

 

 狭いとまでは言わんが人口密度があり過ぎる場所でのこの行為……こいつら只者ではない……!やはり『天災』(バカップル)か…。

 

 

「ぐぅうう! 啓! 負けてられないわ!! 皆の調整役で疲れているアナタをいまここで癒してあげるわ!!」

 

「えっ!? いや、今は色々とあるから忙しくて―――」

 

「いいからこっち! シットダウン!!」

 

 

 違うソファーで膝枕する千代田と五十里のバカップル。まぁ五十里先輩も、今は達也のアシスト程度―――次の本戦モノリスまでは暇なので、そんな風な役得があっても構わないだろう。

 

 だが、やはり二組には空気を読んでほしくて独り身には辛い空間であった。そんな空間において争いが勃発する……刹那風に言えば『なんでさ』という疑問ばかりである。

 

 

「お兄様! 調整で疲れている様子であるならば、私が膝枕を―――」

 

「達也さん! 深雪でみんなにイケない兄妹を疑われる前に私を―――」

 

「リーナ。交代。同じシューティングどうしで、通じ合える私が膝枕をする」

 

 

 やんややんやと変な争いが起きつつあっても先輩方は何も言わずに仕事に入る。仕事が無い面々も、忙しそうな体を取って何かをやっている感じで―――。

 

 その時間潰しの間に待ち望んでいたものがやってきた。

 

「新人戦スピードシューティングのトーナメント表、上がりました!」

 

 本戦シューティングと同じようなやり取り。持ってきたのも同じ市原先輩という状況で、刹那もスッとリーナの膝枕から起き上がって大画面に表示されたトーナメント表を見る。

 

「………! カーディナル・ジョージと三回戦で当たるだと……!?」

 

 

 そりゃお前が勝ち進めればの話だ。と無言で刹那と達也が森崎に対して思う。もっとも、余程のポカをしなければ、そこまでは問題無いはず。

 

 そして刹那の方は、順当に進めれば、件の『真紅』(カーディナル)か森崎とは準決勝で当たり、三高のプリンスは、準決で龍王の一人『炎部(ほむらべ)ワタル』とで戦った結果次第……どちらになるかは分からない。

 だが、両方とも『どちら』が来ても、刹那としては面白い思いだ。

 

 

「私とエイミィは―――準決勝までは安泰かな?」

 

「十七夜と同じく焔部(ほむらべ)が関門だろうけど。滝川は、くじ運悪かったな」

 

「言ってくれるじゃない遠坂。アタシじゃ十七夜栞に勝てないとでも?」

 

「可能性は高い。あの娘の持つ『マセマティックス・アイ』は一種の『脳の高速思考』ゆえだからな……滝川がそれに追い縋れるかどうかだ」

 

 雫と話した序でにC組の選手の位置に感想を言うと険悪に絡まれた。まぁ当然の反応と言えば当然である。

 しかし、そこを何とかせねば―――滝川は三回戦で負けるはずである。

 

 その辺りを警告しておいたが……それが吉と出るか凶と出るかは……神のみぞ知るとしか言えない。

 

 スピードシューティングの新人戦決勝リーグ……新たなる熱き戦いの開始まで二時間を切った頃の出来事であった……。

 

 



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第53話『九校戦――クリムゾン・プリンス』

ちと短いですが、通算UA300000を更新したお祝いということで新話をお送ります。

短いと言いますが、むしろ書きすぎているんだよな。こんぐらいがいいはずなのに(苦笑)


 ぬきな!どっちが素早いか試してみようぜ。西部劇のガンマン風に言えば、そんな勝負。

 

 早撃ちと称される戦いの全ては、そこに帰結する。ゆえに―――アメリカから来たマジックガンナーとでも言うべき男の戦いは苛烈であった。

 

 

(くっ……一見すれば『魔弾の射手』よりも無駄が多いってのによ……!)

 

 

 魔力を使って弾丸を作り上げるという作業だけ見ればエルフィン・スナイパーと同じく無駄なことをしていると思える。

 

 しかし、放たれる弾丸は七草ほど射角を自由自在ではない。常にマジックガンナーの側に装填されている。

 

 

 だというのに――――。

 

「Gehen!!!」

 

 快活な声と共に放たれる矢の束ねは、意思持つかのように六高の仙道のクレーを避けて躱して己の白クレーだけを穿っていく。

 

 射角とか標的の重ねなど関係ない。本当の意味で射手の意思を受けて弾道を変える『魔弾』でクレーを穿つ。更に言えば、その際に仙道の赤クレーの近くを擦過した時点で、仙道の魔法式はキャンセルされてしまう。

 つまり、あいつが矢を放った軌跡は、他の奇跡を発動させることを許さないように、道を荒らすのだ。

 

 古めかしい弓矢のような動作で放たれる矢。その動作の間にこちらは、いくらでも魔法を放てるはずなのに……。

 その動作が、聞こえてくる弓弦を引き絞る音とが、こちらの魔法の発動よりも速く聞こえるのだ。確かに起動式を読み込む時間は人それぞれ。この九校戦に出るような連中で言えば一秒以下の時間だろうが……。

 

 早撃ちにとって命とりとも言えるその所作が、こちらの発動を上回るものとして作用している。

 

 

 遠坂刹那……巷では『魔弾の王』(ロード・マークスマン)などと呼ばれつつある男に仙道は負けたくなかった。

 

 しかし、敗北は必至だろう。

 

 

 黄金の矢が吐き出す度に、遠坂刹那は点数を稼ぎ、仙道の魔法は軌道すらもずらされていくのだから……。

 

 次弾のように放たれる副砲とでも言うべき色彩豊かな魔弾が、呪いの弾丸が、有効フィールドを己のものとしていく。

 

 仙道の魔法は捻じ曲げられ、現実を改変すること叶わず、ただのサイオンへと代わってしまう。

 

 

「つ、強すぎる……!」

 

 

 汗を流して驚愕した仙道がフィニッシュを53枚で終えたのに対して、遠坂刹那は100枚のパーフェクトである。流石に本戦ではボーナスステージは無いらしく。

 

 係員からの恣意的な嫌がらせも無く、十分に吐き出された素焼きの皿は全て綺麗な弾痕、矢痕を残して死屍累々になるのみだった。

 

 

『準決勝進出を決めました遠坂刹那。スピードシューティング新人戦四強に一抜けです!!!』

 

 歓声に答えながら刻印神船の展開を終えた刹那の姿を控室で見つめていた一条将輝は、親友であるジョージだけに頼らず、自分なりに遠坂刹那を研究したくなった。

 

 驚異的な古式魔法。八王子での一件で師族会議を終えた親父……一条剛毅から告げられた言葉を思い出す。

 

 

『お前の眼と耳。そして『魔法』で、遠坂刹那を見極めろ―――あの少年の格が、どんなものなのかを、な』

 

 差し向かいで言われた後日、九校全部にとんでもないテキスト。古めかしい古書の装丁のものが送られて、それを利用した上でのレッスンをすると言われた。

 

 そして講師は誰なのか? と疑問に思いつつ始まったオンライン講座ではあるが、そこに現れたのが自分と同い年の少年。

 

 親父の言う遠坂刹那であることを知ると同時に、その授業内容は尚武を旨とする三高でも話題となるまでに時間はかからなかった。

 

 校長である前田千鶴という女傑も『なぜこんなヤツが野にいたんだ』とデコを一発叩いてから、苦笑を浮かべていた。

 親父の古い馴染みですら分かって、そして将輝もその授業を楽しみにするぐらいには、すごくいいものだった。

 

 その時の将輝の評価は『魔法の学徒としては、優秀なんだろう』程度だったが、その認識が段々と変わっていくまでに時間は要らなかった。

 

 この九校戦の期間中。そこはかと見えてくる遠坂刹那の実力。前段階は『体技場』での一色との戦い。

 

 一色愛梨は、三高の女子の中でも二、三年を押し退けてもトップに収まるほど、戦姫とでも呼べる存在だった。

 

 その女子生徒の苛烈さに、三高の校長である前田千鶴も『あたしの跡を継ぐのはお前かもな』と笑いながら言い『校長先生のように未婚のお局にはなりたくないですね』と返した後には……。

 

 言葉ではなく、お互いに得物……先祖伝来の十文字槍とレイピアを手にしての魔法戦争が勃発。

 

 その戦いは今でも三高で語り草となっている……というのは抜きにしても、

 そんな風に若き頃から『天魔の魔女』とか呼ばれていた前田千鶴を思い起こされる一色愛梨とも互角以上に撃ちあえる遠坂刹那の腕っぷし。

 

 将輝の予想を超えて、一高の同輩として見学していたのか、夏の私的な外出着の司波深雪の姿を見ながらも注目せざるをえなかった。

 

 そしてやってきた九校戦新人戦の初っ端―――スピードシューティングにて、直接戦闘だけではなく遠距離魔法もとんでもない事を知る。

 

 あらゆる隙を無くした完全無欠の魔法師―――という枠に収まらない遠坂刹那の全てを見ているようで将輝もまだ分かっていないのだ。

 

 

 だから―――選手通路―――丁度よく次の将輝が出る射台は、遠坂が使っていた方だ。戻ってきた遠坂と逢えるだろうと踏んで待つ。

 

 赤いコート。意外と薄手のそれを脱いでそれなりの汗を掻いている遠坂―――。その姿は……『飢えている』様子だ。

 

 

「―――初めましてだな? 三高の一条将輝だ」

 

「……まぁな。お互いの名前だけは知っているか。一高の遠坂刹那だ。四月には親父さんに色々と迷惑掛けたよ。すまんな」

 

 意外な点に着目して話してくるものだと少しだけ驚く。

 更に言えば、その顔は申しわけなさを感じるもので将輝は驚いた。

 まさか一条家に取り入ろうという―――わけはないな……将輝の母親が『一色』の傍系であることを差し引いて、そしてある意味遠い親戚である『一色愛梨』に、勝ち目は無いように思えているのだから。

 

「なんで、そんなことを気にする?」

 

「四月の一件で、家に帰れない父親にさせてしまったんじゃないかと思ってな。俺の親父は、別れを告げると同時に『世界の果て』に行っちまったから―――そういうことだ」

 

 そう言った話は近場の十文字、七草、三矢にも話したことだとして、子息や娘たちにその旨を告げたとくわえられる。

 

孤児の魔術師(オーフェン)に、よその家の父親の帰りを遅くさせていい道理なんて無いからな」

「ジョージみたいなこと言うなよ……」

 

 こうして見て話すと多面的な男だと分かる。

 見目麗しき女の子に構われて、一昔前のラブコメ主人公のような様子もあれば、魔道を駆使して闊達に己の実力を示す一面と、傍目には分からぬ底の深い神秘然とした様子。

 

 そして……他人の家のことに、色々と気遣える……ある意味、弁えた少年のような様―――。色々と複雑な面があって将輝としては掴み切れない男に思えた。

 

「そりゃそうだろ。俺とてお前をデータ上のことでしか知らないからな。ついでに言えば、俺の彼女と双璧の美少女『司波深雪』を熱っぽい視線で見ているぐらいだな」

 

「ばっ……! お、おい遠坂! まさか司波さんに俺の事は―――」

 

 思いがけぬ遠坂刹那の言葉に勢い込んで近づいてしまった将輝であったが、それに対して遠坂刹那は変わらず返す。

 むしろ、『あくまなかんがえ』が頭に浮かんで、それを実行することにしたのだ。

 

「いや、全く。全然。女子の連中は、お前の視線に気付いていたみたいだが、当の本人は全く興味ないそうだ」

 

 刹那の言葉を受けて通路の隅っこにて小さくなる一条将輝。流石に『ないよ、興味()ないよぉ!!!』と言われたのはショックのようだ。

 

 

「とはいえ、しょせん俺も人伝手に聞いただけだ。本人に確認しろよ」

 

「お、お前な…… 俺の心に『サクシニルコリン』を撃ちこんでおきながら、この上! ほ、本人確認だと!? どんだけハードル高めているんだよ!?」

 

 普段から女の子と関わっていないわけではないだろうが……という刹那の考えとは別に、一条としては女ばかりの家庭というか、若干、強すぎる女が多すぎて、女というものにそこまで興味を持てなかった時に一目見た時に、心奪われたのが深雪なのだ。

 

 そんな事情は知らない刹那であったが、なんだか教室の先輩。兄弟子『スヴィン』を思わせる男だと思えた。

 

 グレイ姉弟子と若干、上手くいかないのを歳が少しだけ近い『オルガ姉』と嘆いている時も多かったことを思い出して懐かしさに浸っていた時に―――。

 

「だが、それしか『あっ、刹那君。探しましたよ―――早く着替えないと身体冷えるとお兄様が』。ああ、すまない。ちょいと話し込んでいた」

 

 通路の角から現れたのは、話していた人物。雪女のような少女だとして然程興味を持てないのが、タオルとドリンクを手にやって来た。

 

「いや、すまない限り。女子のエースを、こんなことで煩わせてしまって、カンカン?」

 

「いいえ、お兄様は特にそこに関しては、ただ森崎君が少し……」

 

「ああ、そういうことか。了解した」

 

 陰りを見せた深雪の顔に事情を察して、俺が仲立ちしたところで意味があるのかなと感じながら、受け取ったタオルで顔を吹き、ドリンクで水分を補給していたが……。

 

 その間。惚けた顔で一条が深雪を見ていたので、「あかいあくま」として、少しの恋の矢を放つことにした。

 

 

「ああ、そうだ。深雪―――こっちは」

 

「――――――三高の一条将輝です。ウチの一色やらが迷惑掛けているようで、申し訳ないです」

 

 刹那の気を利かせた紹介よりも、覚醒を果たして自己紹介をした一条に、深雪も自己紹介をする。

 

「一高の司波深雪です。ご高名な十師族の一条家の方からご挨拶いただけて光栄です」

 

「そんな。お互い高校一年の若造じゃないですか。畏まらないでくださいよ。司波さん……」

 

 こういうのは達也の役目じゃないかなと思いつつ、一条が最初に自分に絡んできて、近くに司波深雪がいる以上は、まぁそうするしかなかった。

 最初は『上流階級』どうしのマナーとして、世間話を含めつつの会話をしていたが、やはり惚れてしまった弱みなのか―――少しだけ詰まる一条『マサキリト』。

 

 話の転換なのか深雪は刹那に対して口を開いてきた。

 

「ところで一条君と何を話していたんですか?」

 

「ああ、実は一高にかわいい、むぐぐぐ!」

 

 刹那の発言を遮るように口を塞いできた一条は、代って言葉を繋げる。

 

「ええとですね。遠坂がかわいい彼女自慢してきて、心底ムカついていたんですよ。本当にこいつは……」

「確かにリーナはかわいいですからね。けれど一条君の三高にも一色さんみたいな女の子がいるじゃないですか?」

「いいえ、あれは女城主 井伊直虎と同じ類です。そして、俺は……シールズさんや一色みたいに色々な意味で『活発すぎる』タイプよりは、もう少しお淑やかな子の方が……」

 

 

 えり好みが過ぎる男と思うか、それとも、自分にアプローチを掛けていると思うか―――賭けだな。と呼吸を確保して一条の大作戦を見守る。

 朗らかに外面良く応対する深雪の本性は刹那も掴み切れていないが、それでも……。

 

 

「きっといい人が見つかりますよ。一条君カッコいいですから」

 

 深雪からは、そんな風な当たり障りのない言動が出てくるのであった。

 

 しかし内心では天に上らんばかりに感動している一条将輝であるが、恐らく深雪が口に出していない辺りには―――

 

『お兄様には負けますが、一条君カッコいいですから』とかいうのが付け加えられているはず。うん、察してしまった刹那としては、勝ち目ないんじゃなかろうかと思う。

 

「とにかく伝言とリーナの代わりにタオルとドリンク持ってきたんですから、お兄様を待たせないでくださいよ」

 

「ああ、少ししたら向かう―――」

 

「司波さん。また……どこかで!」

 

「ええ、一高としてはどうかと思いますが、一条君もシューティングがんばってくださいね」

 

 監督役として厳しめの言葉を掛けたあとに、礼儀だろうが一条に激励の言葉をかける深雪が通路の角を曲がるまで見送ると―――隣にいた一条が向き直って……。

 

 涙を流していた。もはや男泣きとはこのことかと思う程に―――。

 

 

「遠坂……いや、ロード・セツナ!! ありがとう!! GJすぎて俺は感動だよ!! 俺の心は完全に浄化された!!」

 

「そ、そうか……」

 

 

 刹那の肩を叩いて、歓待か慰労するかのようにして涙を流している一条将輝に少しだけ戸惑う。重傷であると気付いた。

 

 しかし一条は三高の代表。分別は付けてくるようだ。

 

「だけどジョージを破って、決勝にやって来たとしても手加減はしないぜ?」

 

「構わねえよ。俺とて手心を加えるつもりもないしな。バッターラップ掛けられてるわけじゃないが、そろそろ行った方がいいんじゃないのか? 四十九院によれば親衛隊も組織されてるそうだし」

 

「ああ、けれど今のオレには―――みんなの声援よりも、司波さんからの激励が嬉しいんだ!!!」

 

 そう言って刹那が歩いてきた道を進んでいく一条の姿。その後ろ姿を見送ると同時に、決勝には恐らくこいつが来る……。

 そう確信して、ベスト4を決める最後の試合に出るだろう森崎の説得をするべく、刹那は走る。

 

 そんな刹那の後ろで準決勝進出の2人目―――一条将輝はパーフェクトで決めてくるのであった……。

 

 



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第54話『九校戦――カーディナル・ジョージ』

何が契機だったのかは知りませんが12日のランキング入りありがとうございました。

今回の話は、正直書かなくても良かったかな? と思いつつ、まぁ決戦、決勝戦の前の試合ってのは、色々とありますから。

具体的にはH2の木根のピッチャー回であり、サブキャラたちのドラマ整理をしての比呂と英雄の―――。

ともあれ、新話お送りします。


 結局の所、意志を固めて何も変わらぬ相手を説得することなど不可能であり、コンバットシューティング部の衣装とやらで出てきた森崎の応援の為に観客席で観戦。

 

 こうして他の出場選手を見ると、実に自分が異色であるのかを認識させられる……直そうとは思わないが。

 

 

「吉祥寺と森崎、どっちが勝つかな?」

 

「さぁね。ただ―――あそこまで啖呵切ったんだ。男を見せなきゃマジでぶん殴ろうかね?」

 

 三回戦で負けてしまった滝川に返しながら、ルーングラブで、養母直伝の一撃を。と無言で思っているのを、当事者の一人である司波達也はやめておけと言ってくる。

 

 誰しもがこの戦いの行方を予想して、その『無意味』さを認識している。予選の様子からしても一目瞭然だ。

 

 

「術の『軽撃ち』がすぎるんだよな。速さは大変、結構なものだが、その為に現実への『干渉の強度』が全く足りていない。

 速い重いだけで決まる世界とも言い切れないが、相対する相手次第では致命傷もありえるな」

 

「……分かるのか?」

 

「分かんない方がおかしい。『軽快さ』(アーツ)『速さ』(スピード)を勘違いしている節があるな……それを適切に指導できる相手もいないが―――」

 

 五十嵐の疑問の言葉に手の中にエーテルを発生させて、様々な形に変えて『硬さ』『多様さ』を見せながら言っておく。

 

「まぁ、その辺りは本人も分かっているんだろうな。分かっていながらどうしようもないといった所だろうか」

 

「お前だったらどうするんだ?」

 

「何も。己の道をひたすらに突き進む相手を説得する『呪文』を俺は持たないんだ。

 そっちの水は苦い、こっちの水は甘い。と言っても聞かないならば、どうしようもない。ある意味、死んだ親父と同類だな。矯正するならば……一番いいのは、まぁどっかの『王様』にでも会うことなんだろうな」

 

 険悪な顔をする五十嵐にはとことん突き放した返答に聞こえるのだろうが、仕方ないのだ。

 

 人にとって『エゴ』は絶対だ。どんな生き方を選ぶかは本人の意思次第。

 結局、人の言うことばかり聞いていてもいい結果が出ないのならば、己の道を突き進むしかない。

 

 自分が辿り着いた生き様だというのなら最後まで胸を張るべきだ。

 たとえそれが一元的な価値観での独善的な支配階層的思想であろうと……それを貫き通すだけだ。

 

 ダメだと思ったならば、違う道に行けばいいだけ。そして、森崎にとっては司波達也などを筆頭とした『イレギュラー』に迎合するなど蛇蝎の如き思考であった。

 

 

 そして―――死刑執行が行われる。

 

 吉祥寺真紅郎。大層な名前の割には地味な魔法を使うものである。

 しかし、堅実かつ確実な勝利を取るという点で言えば参謀役で技術者といったところか。

 

 

「―――可哀想だが、森崎の負けは確定だな。刹那。あれを打ち破る方法はあるか?」

 

「容易いが、決勝に向けて『左腕』は少し温存したい。『右腕』でなんとかするさ―――」

 

 

 現在ポイント40-8。森崎も撃ち漏らしを出さないようにしていたが、やはり干渉力が弱いということが仇となり、吉祥寺の『強化』『偏向』で己のクレーを逸らされてしまった。

 

 ここから一つも落とさずに、かつ吉祥寺の『不可視の弾丸』を邪魔することは―――出来なかった。

 

 五十嵐も俯いて意気消沈。思うに、如何に負けは確定とはいえ最後まで眼を真っ直ぐに向けて見届けるのが、友人の務めだと思う。

 

 ちなみに刹那と達也は森崎の友人ではないので、話しながらも見届けるという形である。ドライな思考の二人に滝川も汗を掻いて、『かわいそうに……』と同情的である。

 

 

「作用力そのものを定義する魔法ね……目に見えるものだけを追い求めていないのは好感が持てるが、まぁ俺が勝つよ。いつも通り。相手を翻弄する魔法で」

 

「自信満々だな……」

 

「まぁな。今回ばかりは『カン・バク』を使うよ。流石にカバンの中にしまったままじゃ『申し訳』が立たない」

 

「そう言えば、一色との『息抜き』(逢い引き)で使っていた剣はカンショウ・バクヤに似ていたな……」

 

「おい。致命的なルビ振りをするんじゃない……ネタバレしてしまえば、『レオナルド』は俺の剣を元に、あのCADを作ったのさ」

 

 

 髪を掻きながらの言葉にウソだな。と達也は直観した。しかしレオナルド・アーキマンと近い立場にいるという刹那の言葉自体はウソではない。

 

 なんといえばいいのか。つまりは達也がシルバーであるのに対するように、刹那もCAD制作者としての地位を持っているのではないかと言う疑念である。

 

 しかしリーナの『星眼』と『星晶石』の整備と改良『だけ』得意な刹那にそれが出来るのだろうかと思ってしまう。

 

 

「見せてもらっていいか?」

 

「ああ―――稀代の魔工技師に見てもらえるならば、オニ……レオナルドも喜ぶさ」

 

「未来は未定。ただの予定だ……決まったな―――」

 

 分からない事だと言うと決まっていた未来が眼下に広がっていた。96-45―――ダブルスコアでの負けは予想はしていなかった……。

 

「薄情と思うだろうが、お前たちは慰労してやってこいよ。俺と達也が行くと逆撫でするだけだろうからな」

 

「……分かった……」

 

 

 答えたのは五十嵐だけだったが、応援に来ていた連中は森崎のところにいくだろう。一部を除いて……。

 

 そうして、一高の作業車及び調整の工房がある場所に赴こうとした時に、誰かに掴まる。

 

 

「ハァイ。ちょっとお姉ちゃんに付き合いなさい♪」

 

「イリヤ……理珠!?」

 

 魔力の針金を刹那の右腕に巻きつけて切断しないように、拘束したのは銀髪の四高の勝利の女神(アテナ)であった。

 

 スピードシューティングの観客などもいる中で、彼女の姿は一際目立っていた。達也まで立ち止まらせてしまったことに、申しわけなさを覚えて―――。

 

 それでも、容易に振りほどけない相手であることを知って二人同時に、立ち止まり話を聞く。

 

 

「お姉ちゃんを付けなさい! それよりも「イワン」のネズミのことよ……知りたくないの?」

 

「その前に一つ……九大龍王の発足人というか―――仕掛け人は、『アンタだな?』。リズリーリエ・フォン・イリヤ・アインツベルン―――」

 

 知りたい事を口に出してきたが、その前にあちらのペースで進められるのは不味いと思って、機先を制する。

 

 銀髪のストレンジャー。自分と同郷だろう相手に札を一枚、切っておく。

 

 しかし、そんなことは当然と言わんばかりのリズリーリエの態度にどういうことだと思う。

 

 

「私を好いていない推理だけど、まぁ概ね満点よ。そもそも―――政治筋や国防筋に網の目のような情報網を張り巡らせている十師族や魔法師協会が、ここまでデカい動きを容認しているわけがないわよね。

 けれど、ある『一つの予言』を『信じていた』ならば、懐柔は容易。そして、錬金術の基本は四大属性……エレメンツの発端は、もっと言ってしまえば『ホムンクルス』の鋳造だからね」

 

「………」

 

 驚愕の事実。その可能性……そもそも元の世界の科学文明。物質文明の流れからしても変であったことの一つ。即ちジーンテクノロジーの急激な発展。

 

 幾らなんでも倫理観を全て排したとしても人の『塩基配列』全てを解明して、望んだ姿のデザインヒューマンを作り上げる……果たして出来ただろうか?

 そんな刹那の疑問にホムンクルスと人間のハーフ……もっと言えば、もはや人間も同然のデザインヒューマンが語る。

 

「シスター・アルトマの予言もまた同じだった。行き詰った世界に、滅び(人類悪)がもたらされるのは―――…これ以上は蛇足ね。あとはアナタが推理しなさい」

 

「堂々と説明も出来ないことを知ってるからと誇って情報を小出しにするのは情けないな。『姉さん』……法政科の連中を思い出す……」

 

「関係は?」

 

首魁(院長補佐)に『楽隊』に入れと誘われたが、遊び相手で勘弁してくれと言うに止まった。死ぬような目にもあったが」

 

 

 あちらに『姑息』だと言ったので、こちらは堂々と言う。そう言う返しにリズは、くすくすと忍び笑いを零す。

 

 故郷での話が出て楽しいのかもしれないが、そこまで突っ込もうとは思わない。ともあれ本題に入るリズは真剣な顔をしていた。

 

 

「イワンの連中の目的は、この九校すべてが一堂に会する時を狙っての大規模テロ―――『雷帝の遺産』と『皇帝の卵』(エッグ)を使っての捕獲……東側の典型的なやり方よね?」

 

 その言葉に何と答えればいいのか、ともかくシルヴィアが調べた以上にデカい計画が進行中であった。真偽はともかくとして、言われた『それ』さえあれば『可能』な計画だ。

 

「未然に防ぎたいわ。しかし、イワンの工作部隊を尋問しても誰が『卵』の持ち主であるかは分かっていない……急ぎなさい。サイオンも体力も疲弊した状態で雷帝崩れを倒すのは難しいわ。先手を打ちたいわ」

 

「あんたはやらないのか?」

 

「やるわよ。けれど―――今は、四高を勝利に導くのが最優先だもの」

 

 

 途中で、後ろを振り向いて伊里谷理珠を呼んでいる後輩を示す姉貴分に、ため息を突くしかない。結局、鉄火場の匂いをさせていても、やることなど変わらないのだ。

 

 こういう所は……血の繋がりを感じる。超越者としての共感とでもいうものだろうか。

 

「それじゃ―――これが私のナンバーだから、あとで登録しておきなさい」

 

 簡単な気流操作と質量操作で、紙切れを正確に刹那の手に収めた伊里谷理珠の手際。それだけを最後に去っていくリズの姿を見送ってから向かうと―――達也に……。

 

 

「何を話していたんだ? さっぱり分からない言語のやり取りだったぞ」

 

「まぁある『特殊な魔術』を理解している人間ならば分かる口頭暗号だよ。そもそも内密の話を堂々と話すなんてことはしないのが普通なんだけどな」

 

 

 言語は不明でも意思だけは、通じ合っている二人だけに達也にはとことん奇異に感じられただろう。

 

 しかし聞かされた言葉を全て信じるならば、カウンターテロが必要になる。

 

 

「お前の上官に言っておけ。敵は新ソ連の中でもロマノフ王朝の遺産(レリック)を使う部隊『オヴィンニク』。目的は、この九校戦の会場を襲うことで生体兵器の材料やら、戦力の削りを行うはずだ」

 

「刹那も伝えるのか?」

 

 

 シルヴィアには当然、伝える。しかし……本当なのかどうか―――いや、既に確証は得ている……ただ何故『彼女』を使って『彼女』を襲わせたのか、これではまるで警戒態勢をあげてくれと言っているようなものだ。

 

 十日間の日程の半ばだが……致命的な何かを掛け違えながらも、次の戦いは近づいていた……。

 

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

「お前は――――繊細だな。正直、ここまで複雑なもの……完全に弄りきれていないが、万全なんだな?」

 

「ああ、問題ないよ。世話かけたな」

 

「俺としてもいい機会だったよ。マクシミリアンのレオナルドモデルは初めて弄るからな」

 

 二挺拳銃で一対の存在である。その銃把をたびたび握りながら、調子を確かめると万全だった。アビゲイルやオニキスにまかせっきりであった『調律』。

 

 魔術刻印の方は己で何とかできる節もあるが、これに関しては……本当に自分でやることは稀であった。

 

 

「雫の秘策は完璧なのか?」

 

「そちらも問題なく。ただ…『黒羽根の魔弾』(ブラックモア)を登録したかった様子だが……」

 

 頬を掻きながら苦笑いする達也に、それは正解だと言ってフォローしておく。

 

「却下して正解だよ。彼女に必要なのはお前の機雷敷設の魔法だ」

 

「そうなんだけどな……お前の魔法を見ると、雫としても色々と思う所はあるんだろうな……技術者として正解だとしても友人として後押しできないのが悔しい」

 

 

 しかし、シューティングのクレーを対戦形式として『撃ち貫く』『粉砕する』となると、観客席にいた渡辺委員長曰く『スナイパー』(狙撃手)『ハンター』(狩人)の違いとして七草会長と比較して言ってきたらしい。

 

 そんな中、刹那のやったことは、『どちら』もだ。

 しかも魔法が分からない人にも分かるようにした光学補正なCGが無くても色彩として見える魔術は『聴衆』を熱狂させたらしい。

 

 

「俺のは異端だ。真似しようと思えば脳髄が『七人分』、サイオン保有量がA級魔法師10人分は必要だぞ」

 

「理屈では分かってもな。情で処理しきれない部分があるんだろうよ」

 

 

 達也としても、あそこまでの『大魔法』をマルチキャストで行えるとなると十師族の一人七草弘一得意の『八重唱』の大規模を思わせる。

 

 確かに一見すれば無駄な面もある……現代魔法に置いて、あのようなショーマンシップじみたパフォーマンスはいらないはず……。

 

 だが、その無駄と思われている部分が『魔術』においては肝要なのだと気付きつつあるのも一つ。

 

 

「俺の方からは何も言わん。ごみ取りと現在のお前に合わせた術式の適正化だけやったんだ―――だが、勝って決勝で一条を破ってくれ」

 

「手を煩わせた分は、仕事をしてくるさ」

 

 

 選手の呼び出しの連絡が来た。達也の『工房』を出て戦いに臨む前のこの空気はいつでも自分をトップギアに上げてくれる。

 

 そして諸々の手続きを終えて―――弓と二挺拳銃を携えてやってきた自分に降り注ぐ歓声。

 

 

 もちろん隣にいる吉祥寺の分もあるだろう。それを受けながらも隣にいる男―――少年は口を開く。

 

 

「意外でした。まさかCADや他の道具を使ってくるとは―――」

 

「お客さんも「マアンナ」ばかりじゃ飽きが来るだろうからな。別にコロッセオの剣奴(グラデュエータ―)のように、お偉方(貴族)から装備の指定をされたわけじゃないが……、そんぐらいの気持ちはある」

 

 

 弓を見せつけるようにして言うと、表情を変えないようでいて、少しばかりの落胆というか嘆きを感じる様子。

 

 どうやら刹那の刻印神船に照準を合わせて来たのに空かされた思いと、自分を舐めている。という怒り―――混ぜ合わせを無表情のような吉祥寺真紅郎に感じる。

 

 吉祥寺もライフル型のCAD。無論、達也の考案した『インチキ』とは違って真っ当な特化型であろうが……。それの中に秘策があったはず。

 

 

「森川君の敵討ちをしたくないんですか?」

 

「いや全く。特に仲良こよしってわけじゃないどころかションベンちびらせて植物の使い魔で乾かしてあげたから、うん。仲良しじゃないな」

 

「どんな状況だ………」

 

「ただ。『あんなの』でも一応、一高の同輩なんだ……とりあえずお前を倒す動機の一助ぐらいにはしておくさ」

 

 こちらの言葉の『敵意』に気付いた吉祥寺が、バイザーゴーグルを掛けながら口を開く。

 

「………いいでしょう。将輝の前に君のような猛獣を出したくはない―――ここで果ててもらいます―――遠坂刹那!」

 

「これ以上は言葉で語らず『技能』で語る戦いだな」

 

 

 吉祥寺が照準補正を掛けるのと同時に魔眼に火を灯して、有効エリアを見て弓を構える。

 

 作り出す矢は半物質化した魔力の矢。左腕が弓弦を引っ張りながら、その準備を進める。

 

 

 吉祥寺も起動式を読み込んでシグナルランプの点灯に合わせていく。激発の瞬間―――グリーンランプが点灯した瞬間に撃ちだされた赤白三枚ずつのクレー。

 

 有効エリアに入った瞬間……放たれた常人では視認できぬ矢と力学で言う所の反作用無しの『作用力』だけをぶつける弾丸とが、過たずお互いのクレーを穿った。

 

 赤が刹那のポイントクレー。白は吉祥寺。当然の如く、お互いに3点ずつ。

 

 次に放たれたのは六枚。白四枚に赤が二枚。刹那は先んじて赤二枚を貫く。次いで白四枚を落とさせないように妨害をしようと、神秘の層で吉祥寺のクレーを覆い隠す。

 

 しかし、魔眼で照準を絞った層は……簡単ではないが、二、三発で崩れた。崩されたのは白二枚。吉祥寺からすれば痛い失点だが、それでもポイント上はイーブン。

 

 何かをされたことは分かる。しかし、何をされたのかを知るために眼を絞り『解析開始』(トレースオン)。右腕の刻印と共に呟いた呪文と共に吉祥寺のCADを見ると、その銃身にびっしりとルーンが刻まれていた。

 

 拙い腕前で、書き順もメチャクチャで意味すら通っていないが、『一工程の魔術』としては、確実に通る様になっているものがあった。

 

 

(なるほど、弾丸に工夫を施したわけか―――しかし……)

 

 

 所詮は付け焼刃。この程度の手技では―――俺には勝てない。

 

 

「ああ、そんなことは分かっていたさ。だから―――僕も全力で撃ちあうだけだ」

 

 

 こちらの無言の嘲りに声で返した吉祥寺に眼をやった。その時には赤が六枚、白は二枚。引き絞った矢が六枚を貫く。否、貫こうとした時に……。

 

 照準がいくつかずらされた。直進するだけであった矢が貫けたのは、赤三枚。残り三枚は……一枚を砕かれて、二枚が落着。白は二枚とも砕かれた。

 

 その意味は自ずと知れた。

 

 

「たわけが、自殺点も辞さない加重魔法での妨害だと?」

 

「キミ相手にリスクを取らずに勝てるわけがない。その直進するだけの弓矢を選んだことを後悔して―――敗北するんだね」

 

「そうかい。実に浅いな吉祥寺……弓の極致。只人の身でありながら神域に達した男の絶技―――とくと見るがいい」

 

 

 弓で戦ってやる。そう決めて刹那は『投影、重層』と言う言葉で武骨な黒塗りの弓に、カンショウ・バクヤをつがえる。

 そうすると黒塗りの弓に明確な変化が出る。黒羽と白羽の双弦を作り上げて、その変化と魔力の密度に吉祥寺は驚く。

 

 

「なっ!?」

 

魔力を廻せ(サイクロン)。我が身は一対の夫婦剣……行くぞ!」

 

 

 飛び出るクレー。その数は序盤とは少し違ってかなり大量に放られている。その全てが刹那には見えており、吉祥寺も見えているだろうが、吉祥寺の魔法が発動するよりも先に、弓に番えられた矢が数に対応して飛び、吉祥寺も加重や移動魔法でずらそうとするも……。

 

 否、ずれた照準であろうとも放たれた黒羽の魔弾と白羽の魔弾とは意思を持つかのように、それでいながらつかず離れずでブーメランのように戻ってきて、落着しようとするクレーを直撃する。

 

 

「くっ!」

 

「まだまだ! 幻狼変化! 噛み砕かずに! 白皿を大地に伏せさせろ!!」

 

 遠坂刹那が呪文で干渉を果たすと、大量の黒羽の魔弾と白羽の魔弾が明確な形を取って、犬か狼……幼生程度が白クレーを『甘噛み』して物理的な干渉をしないように体ごと地面に落ちていく。

 

(変成する「魔法式」!? しかも、『獣性魔術』の応用だと!? 放たれた魔法式がサイオンに変わる前に、新たな魔法に変化するなんて―――あり得るのか!?)

 

 相手のキャパを見誤っていたわけではないが、それでも驚愕すべき思いに、子狼などが甘噛みしている白クレーを撃とうとすると、予想外に……『小さい』のか干渉したことで、子狼ごと白クレーが砕けた。

 

 その様子に、観客からブーイング。『オオカミさんが……』などという小さい子供の声に流石の真紅郎も少しばかり心を痛める。しかもただの魔力体なのに傷つく『演出付き』である。

 

 

(おのれ! 遠坂!! 『妙な小技』で僕の動揺を誘おうったって―――けれど今の声は茜ちゃんぐらいの子かな…いやいやいや! これもヤツの作戦なんだ!! 惑わされるな!)

 

 

 ならば不可視の弾丸を絞って子犬、仔狼に干渉せずに、白クレーだけを穿つ。この魔法の開発者たる自分に出来ないわけがない。

 

 しかしその作業の煩雑さに、吉祥寺もペースを握られる。ガチンコの撃ちあいの殴り合いで勝てるほど吉祥寺のキャパは特別優れていない。

 

 そういった意味では望んだ戦いではあったが、あちらは放たれる『魔法の矢』を次から次へと吉祥寺の妨害魔法へ変えたり、吉祥寺の妨害を砕いたりと……一手で『五手』ほどの手段に変えてくる。

 

 

 そんな風に魔法戦における変化ばかりを気にする大衆に比べれば、実にまっとうに勝負を見ていた面々の内の何人かが気付く。

 

 皆して、魔法の矢の変化ばかりを気にしているが……引き金を引けば銃弾ならぬ『魔法』が飛び出る『銃』に比べれば原始的な武器。

 

 弓で、どうしてここまで吉祥寺の特化型CADに対抗できるのか、近代戦争……具体的に言えば『幕末付近』には弓矢など、もはや長距離兵器としては廃れて、『武道』の一環として教えるにとどまり『武術』としての道は衰退していった。

 

 競技種目。身心鍛錬のためのものとしての変化を余儀なくされた弓で吉祥寺……カーディナルジョージの魔法に追随どころか追い越せるのか……。

 

 

「動作が流れるようにしなやかだ。一連の動きを秒以下で行えるのか……」

 

「ふふん。流石にタツヤは気付くわよね。セツナの到達した『技』に」

 

「一見したらば弓を構えて矢を番える。その一連の動作だけでも『無駄』なのに、その無駄さこそが―――ぜんぜん無駄じゃない……」

 

 

 達也が気付いた事実にリーナが自慢げにしてから、剣術道場の娘であるエリカが頭を抱えている。

 

 人間能力の極みとでも言えばいいのか、魔力による強化と人体連動が極めてハイレベルで行われた刹那の『弓術』は、まさしく音の速度の弾丸に先んじられるだろう。

 

 

「しかも銃にもマイナスの時間があるからな。照準の着ける時……そして銃弾を放つ際に身体に走るだろう衝撃に耐える身の強張り……弓にも若干あるそれが刹那には無いのか」

 

「凡人の身でありながら、多くの過去・未来・現代の『脅威』に対抗するために『無銘』の英雄が身に着けた。ただ一つの絶技……そこに遠坂家伝来の『変成魔術』を利用することで、セツナは『カーディナル』を翻弄しているのよ」

 

 

 魔力の矢は流麗華麗に放たれて過たず『標的』を穿つ。仮に外れたとしても『ザミエルの魔弾』となりて、意思を持ち、反転して―――標的に追い縋る。

 

 魔法式の直接投射ではなく、目にも鮮やかな魔法……魔術は多くの人々に『天使』を思わせるだろう。あるいは『悪魔』か……。

 

 

「今までの戦いで思うに、本当に惜しいな。刹那の固有魔法でなければ、『インデックス』にも乗るかもしれないのに」

 

 

 固有の魔法とは言え、友人の栄達を考えれば、そのぐらいしてあげたい達也の想いに幹比古が呟く。

 

 

「研究者だね達也。けれど、カーディナルジョージも気が付かないものだね……勝機に」

 

「左腕の弓を使ってだったらば、矢が放たれるだけで魔法の発動が困難になるってのに……」

 

 

 幹比古の推測。レオの眼が見抜いた事実。それらに達也は一応の補足をしておく。

 

 

「吉祥寺も研究者なんだ。つまり未知の魔法が、どういったものかを見極めつつ、己の『魔法』で対抗したいと思う……そして結果として刹那のペテンに気が付かないわけだな」

 

 

 選手としてただの魔法師として挑むならば、もう少し違ったかもしれないし、あるいは真紅郎のプライベートな事情もあるのかもしれないが、刹那の『変成する魔力弾』(カメレオンスティング)によって、既に天秤の傾きは変えられそうになかった。

 

 

「……これで刹那は、100%の状態で決勝に挑めるのか」

 

「ええ、刻印神船を使わないことで魔力の循環は良くなったわ。カーディナルには悪いけれど左手(レフト)ばかり使った結果、バランスを崩したピッチャーみたいになるのは防げたわ」

 

 

 三高の準エースですら『調整役』の扱いか、何故かピッチャーの投球術の如く説明されてしまったが納得してしまったのも事実。

 

 双腕の刻印……それらの扱いこそが刹那の要諦なのだろう……。

 

 

 そして終わってみれば92-65……今までのように圧倒的な勝利といかなかったのは刹那の左右の刻印バランス調整の為か、それともカーディナル・ジョージの意地か……ともあれ、第二シューティング会場でも結果が出た。

 

 電子掲示板に出て固有端末にも流された情報を一読。詳細な内容は分からないが、それでもスコアから読めてくるものもある。

 

 

「96-90……『乱打戦』を制したのは、やはり『一条』(プリンス)か……九大竜王に『地力』で追い縋ったのか、『それとも』……後でビデオが見たいな……リーナ、刹那を呼んできてくれ」

 

「オッケー♪ 今度ばかりはミユキに譲らないわよ!」

 

「別に私も望んだわけではないんですけどね」

 

 

 苦笑気味に言う深雪に構わず、スポーツドリンクとタオルを用意していたリーナが犬のように走り出して『恋人』の元に向かう。

 

 その様子を見ながらも、刹那が一条と接触をしていたこと……深雪から聞かされていて、女子陣の噂話からしても……まさかと思うが、一条は、達也と深雪が『四葉』の関係者だと気付いたのでは……。

 

 という―――『アホな推測』を即座に消去して、控室に向かう。

 そして、この会場にまさか『十師族』の数人がやってきていることなど知らないでいた達也は、己も注目されていることなど分かっていなかったのだった。

 

 

 女子スピードシューティング決勝 三高 十七夜栞 対 一高 北山雫

 

 男子スピードシューティング決勝 三高 一条将輝 対 一高 遠坂刹那

 

 

 注目のカードが2枚出揃ったのだった……。

 

 



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第55話『九校戦――決戦準備(前)』

ようやく買えたアテッサの邂逅。うおおお! 言っちゃなんだが、神坂先生気合い入れ過ぎである。

なんつーか第二部における地の分における書き込みが少なくても『分かってしまう』描写から、どうしたのか、色々と多すぎる。

だが、それが嬉しい。ではではテンションが若干おかしくなりつつも、お待たせしました新話どうぞ。




 見せられた映像。一条と相対している炎部ワタル―――。エレメンツの中でも当然の如く炎を操る男に憑いている魔獣は『炎を纏う鳥』……朱雀か『鳳凰』か、そんなところだろう。

 

 成長度としては中程度。

 動物科(キメラ)の講義で見せられた『クワッサリー』ほどを用いての戦い。慢心は無かっただろう。特に驕りもなかっただろう。

 

 だが、炎部の火術を打ち破った一条将輝の絶技であり、見せつけられた『大砲』に頭を抱える。

 

 

「なぁ達也……」

「なんだ刹那?」

 

自分の隣にて資料を持ちながらそれらの解説をしてくれたマイスターに聞いておくことが出来た。

 

「この大会の競技で使われるCADのスペック及び使われる魔法のランクには制限が掛けられているんだよな?」

「そうだな。それゆえに技術者の『ワザマエ』が問われるものなんだ。それは前にもいっただろ?」

「ああ、そうだ……しかしだ。こんな『大砲』―――いいのかよ?」

 

 画面に映る一条の『ホウキ』は完全にスペックオーバーの代物だ。

 刹那もこの手の武器を持った連中と闘ったことがあるが、まずまず恐ろしい相手もいたが……魔法師、しかも高校生の大会で出していいものなのだろうか。

 

「ああ、だが……この『合体CAD』……『複数のCAD』―――ジョイントだかチェンジマイズだかで連結させた技術は一見、無駄に見えて素晴らしく合理的だ……」

 

 技術者根性丸出しの達也だが、色々な疑問は彼の中で噛み砕けているのだろう。なんか感嘆とするような声に内心、刹那は、ちょっと引いてしまう。

 

「CADの同時起動なり並列起動の技術的難点を崩して、プリンスの特化型CADを強化するために大砲としてきたのは……一重に『爆裂』を『ランクダウン』させつつ『数撃ち』させるためだ」

 

「普通に大砲じみたものを用立てればいいだろうに、俺への対抗策か?」

 

「それ以外に何があるんだ。シューティングとピラーズに明確に殺傷性ランクの制限はないものの、それでもやり過ぎれば、ペナルティも食らうだろう……それを見越しても、勝つために決勝はエキスパートルールで挑んでくるぞ」

 

 

 呆れるような達也の言葉のあとに裏事情を察した推測を口にすると、全員がざわつく。

 

 当然だ。男子のエキスパートルールは、三セット先取の最大五セットマッチなのだ。

 

 その間……画面上で、砕いたクレーの砕片すらも利用しての連鎖爆発。一種の粉塵爆発も再現する一条と打ち合うのだ。おまけにそれと同時に、CADからは細かな『子弾』が吐き出されている。

 

 魔法式の並列起動……。こちらのスピードに対抗してきた。

 同時に威力も上限は見せて無いのだろう。集められたメンバーが十師族の驚異の実力に汗を掻いたりしている中……。

 

 

「まっ、一生懸命やるだけだな。対策としては―――『こいつら』でいいだろう」

 

 言葉の後に、懐からカッティングと輝きが見事な宝石を出すと達也は少しだけ嘆息する。

 

「……あいっ変わらずだな。お前は……まぁCADも要らん術者にとっちゃ、どんなアドバイスも意味は無いんだろうが……その『宝石』を使えば勝てるのか――――ああ、分かった。勝てるな……」

「おや見ちゃったか? まぁ大丈夫だろう。宝石の無駄撃ちをするのは嫌だが、出し惜しむほど気前が良くないわけじゃない。勝てねェぐらいがちょうどいい」

 

 十師族を前にしてもこの調子の一年生を見て誰もが苦笑の呆れ顔。

 

 ただそんな中、着目点が違うモノが居た。

 

 先程から少し難しい顔をしている隣のリーナが深雪は少しだけ気になっていた。

 こんな調子の刹那を見ればいつものリーナならば『ワタシのダーリンってば最高の魔法使い♪ アナタのキセキをみんなに見せてあげて♡』とか言って抱きついてきそうだが……何だか、深刻な顔をしている。

 

 深刻な顔をしている原因は先程シルヴィアから聞かされたことであった。

 現在の『マーキュリー』は、日本の国防軍。魔法師の部隊の一つと共に行動していて、刹那からの報告で分かったことの他に分かったことを伝えてきた。

 

 一緒にいるのはシルヴィアの判断だからあれこれ言うのは筋違い……問題は、いまシルヴィアが試合を観戦している席にいる人物達である。

 

『現在、VIPの観覧席には十師族が数名来ている……』

 

 九島烈以外に、四葉、七草……そして件の一条の人間……その一条の人間。一条将輝の……『父親』が来ているということが、何だかリーナには不安要素に思えてならない。

 

 第六感としか言えない……一種の不安要素に感じられる。

 

 

『娘のテニスの試合は欠かさず観戦しにいきますが……息子がいても同じだったでしょうね。娘は嫌がりますが、息子ならば声を張り上げて『応援』したいですね』

 

 いつぞやベンジャミン・カノープス……ベンジャミン・ロウズとの会話を思い出して……その際の刹那の横顔を思い出して―――。

 

「ワタシのダーリンってば最高の魔法使い♪ アナタのキセキをみんなに見せてあげて♡」

 

「結局やるんじゃないですか!? なんか心配した私が馬鹿みたいなんですけど!!」

 

 

 首に巻きつくように抱きついて、想像していた台詞を吐くリーナに思わず深雪も声を荒げる。

 

 しかし言われた方は本当に、困惑した顔をしていた。このバカップルは……などと静かに怒って部屋に冷気を満たす。

 

 

「何を言っているんだかワケワカメよ。ミユキ?」

 

「色々と葛藤があったんだろ? まぁ勝って兜の緒を締めきれていないと見られても仕方ないからな」

 

 

 ただ無駄にセツナが深刻になった問題点を洗い直していれば、それはそれで深刻だ……。そのぐらいのことを思うほどには一高陣営も分かってきた。

 

 (リーナ)さえいれば、どんな勝負も勝ち抜ける。そんな調子の刹那の方が安心して見ていられる。

 

 そして、次に話すのはエイミィなのだが……先程から漫画のように涙を流して悔しがっている様子。

 三回戦で負けた滝川が『三位決定戦だよ。切り替えなよエイミィ』と優しくも少しいい激励を飛ばす。

 

 その言葉を最後に、涙を乱暴に拭って画面上の九高の炎部アスナの戦いを見て対策を練る。やり方としては、やはり戦った雫と同じくでいいだろう……。

 

 しかし、エイミィはそれよりも教えてもらいたいものがあると刹那に言ってきた。

 

 

「せっちゃんの『魔弾』を教えてよ!! 寧ろ、あれが私は知りたいんだよ!!」

 

「猫津貝や鳥飼みたいな呼び方やめてくれ。原理は単純なんだが、というか……いまからとか無理だろ? クラピカ(?)だって念能力の開眼の為に二週間とか言っていたんだぞ!!」

 

 

 原理としては、対抗魔法の『サイオン粒子塊射出』と変わらない。しかし、使う『砲身』『銃身』が己の肉体なのである。

 

 魔術回路があるかどうかすら不明な人間に、教えられないし……何より『魔弾』は、『魔術』と呼ぶのも烏滸がましい初歩の術なのだ。

 

 十三束……トミィなどは「羨ましい…」と言っていたが、己の肉体を『砲身』に見立てるなど危険性が高すぎる。そもそも、今からは無理だ。

 

 そう一応、隠すべき所を隠して懇切丁寧に説明するもエイミィは納得いかずに赤い髪を揺らしながら、こちらを見る。

 

 

「むぅ」

 

「今は、大人しく出来ることでこなした方がいい。爆発的なパワーアップを望むよりも『技術力』で補えることは補おう……それは如何に栄光の騎士ともいえる『サー』の称号を持とうと、『剣』から『銃』を持つことにした騎士……『銃士』の変遷から分かることだろう」

 

「……分かったわ。けれどいつか教えてよね!」

 

「覚えておく」

 

 

 鳥堕としをやった時からエイミィは狙っていたのだろう。だが、いますぐに出来ることでもない。そう含めると達也にCADの調整を任せに走る。

 

 次に刹那の側に来たのは、同じく決勝進出を決めた雫だった。

 

 

「今さら何かを言おうとは思わない。けれども……一高が新人戦を制するためにも、刹那は一条に勝ってね」

 

「信用ないな。とはいえ、勝敗は時の運だ。実力に差があれども『天佑』あるのは、どちらか分からん」

 

「……そう思う?」

 

「だからエイミィは十七夜に負けた。平時であれば若干エイミィに分があったが……『今日の勝負で強かったのは十七夜栞』だった。それだけだ」

 

 いつでもトップギアで勝敗着けられる場面に立っていられるわけではない。

 特に連日の疲労の蓄積や調子の良し悪しはアスリートならずとも、どんな人間にでも起こりえる事象だ。

 

 

「紅葉が言っていた初日からの『調子の推移』は、この為?」

 

「それ以外にはないな。なんせ霊峰富士の魔力は、俺の『中身』を掻き廻してくる。来年の本戦では、もう少し合わせる必要があるかも」

 

 選ばれればの話だけど。と後に付けてから先んじて三位決定戦が始まることを考えると少しの待機時間中に―――瞑想(メディテーション)をしておく。

 

 結局の所、それだけしか出来ず。リーナの懸念が何なのか分からないままでも、時間は過ぎるのであった。

 

 

 † † † †

 

 

「どうだい将輝?」

 

「ああ、ばっちりだ。ジョージだけでなく倉沢先輩もありがとうございました」

 

「礼には及ばん。こんな技術を『扱える』一条のキャパゆえだ。せめてもう少し……吉祥寺ぐらいの能力値でも使えるのが俺の理想なんだからな」

 

 

 不機嫌そうな顔を少しほころばせつつも、最終形態を言われて吉祥寺としても苦笑いするしかない。

 

 ともあれ、命名『凱旋門砲』―――複数のCADを『合体』させることで、大規模な『大砲』とする技術が役に立った。

 

 

「特化型は形状が決まるゆえの『武装』としての難点と搭載できる魔法式に限りがあるのが問題。しかし汎用型では完全なまでに『戦闘向き』ともいえない……」

 

「それを両立させていたのが、刹那の『刻印神船』……BS魔法でありながら汎用性もあるものか」

 

「いい『インスピレーション』もらったが、あれを完全に再現出来ないのが、悔しい限りだ。あとは魔法の相性次第だ……そして、一番には『アレ』あのままでいいのか?」

 

 

 倉沢の講義と謝罪のようなのを聴きながらも……話は、この三高の控室にいる乙女に向けられる。ジョージもまた「いいのかな?」などと言っている辺り、深刻である。

 

 惚けた顔で試合映像……遠坂刹那を録画したものをヘビーリピートで見ている一色愛梨の姿である。

 

 彼女の心は知っていたとはいえ、いまにも雌雄を決する時に、未だに一高のエースを見ている一色に若干の険のある視線が届く。

 

 それを見て将輝としても苦笑するしかなかった。

 

 

「しょうがないじゃないですかね。恋は盲目ともいいますし」

 

「安心なさい。応援の際にはあなたをしっかりと応援してあげますから―――けれど、いま……この決戦前は一人の少女でいたいの……」

 

「お袋の親族筋である君がそういうのならば、それ以上は言わないよ……」

 

 

 どうやら自分達の密談―――というには大き過ぎるものは筒抜けだったようだ。

 まぁ仕方ない。しかし、嫌味に聞こえていない分はまだ良かっただろう。

 

「それに……こんなに『綺麗な魔法』を見せられたならば、誰でも憧れませんか?」

 

「僕、子犬や子狼撃たされてブーイングだったんだけど?」

 

「あれは吉祥寺君の作戦負けじゃないですかね。ブーイング食らってもただの魔力体なのだからやれば良かったのに……まぁあの場にいなければ、針のむしろ加減は分かりませんからね。勝手な意見として思ってください」

 

 手を振って吉祥寺の恨みがましい眼を退ける一色愛梨。

 生命に慈しみを持つこと多い女としてはどうなんだろうという思いもあるが、尚武を掲げる三高ならば、その手の『泥臭さ』は、必要だったというのもまた事実。

 

 遠坂が幻体として狼や犬を使ったのは何故なのか……少しだけ知りたいと思っていると―――。三高一年のロリータ系魔法師にして古式の巫女『四十九院沓子』が口を開いた。

 

 

「あいつ、ネコ好きらしいからの。それとイギリスにいた頃に『狼人間』になって『分身の術』を使う兄弟子とかからも少しレクチャーされたとか言っておったぞ」

 

「って、なんでトウコがそんなことを知っているのよ?」

 

「無論、セツナのプライベートナンバーを知っているからじゃ♪ ちなみに栞も同じじゃぞ愛梨」

 

 

 その言葉でいつの間に、という驚愕の想いだけが全員に広がる。あまり対戦校と接触するのも不味いからと、一種の外出禁止令が出ていたというのに……。

 

 本戦開始からの三日間に他校との接触は避けていたのだが、例外があったことを伝えられる。

 

 

「バトルボードの本戦決勝が終わった後に、一高陣営に陣中見舞いに行ったらば―――」

 

「くせ者と間違われて、一瞬、一高男子にセクハラ受けそうになりつつも、あれこれあってお蕎麦いただいた時だね」

 

「あー、あれ美味しかったよね。まさか三高全員分を用意してお土産持たせてくれるなんて思わなかったから嬉しかったよ」

 

 

 新人戦に入る前の最終の三日目。バトルボードのアクシデントがアクシデントゆえに真相を聞きたかった三高。

 特に引率教師であり校長である前田千鶴によって、直接接触してこいと伝えられた気分は『くノ一』な三人……四十九院沓子と十七夜栞……水尾佐保の三人という例外があったことを思い出した。

 

 

「一瞬、美味しいお蕎麦で懐柔されて帰って来たのかと思ったけど、確かに美味しかった……ともあれ、その時に遠坂とナンバーを交換したんだ?」

 

「その通りじゃ吉祥寺。それ以来、あれこれわしと刹那は連絡しあうようになったのじゃ! つまりはわしのロリな魅力に刹那はメロメロいててててて! ぎゃー頭が割れる――!! 愛梨、ギブじゃギブアップ!!」

 

「ネバーギブアップの精神も必要じゃないかしらねトウコ。……私も行きたかったのに、ズルいです水尾先輩……」

 

 取り巻きの一人に対するツッコミを終えると、矛先と言うかいじけるような言葉を投げる一色に水尾も少しだけ困ってしまう。

 

 

「いや、千鶴先生も『色々』と考えたんじゃないかな。クドウさんにケンカ腰な一色、遠坂くんにメロメロな一色、ゆえに……情があまり移ると拙いと思ったんだよ」

 

 それを糧に明日のクラウドで戦えるならば良かったが、校長である女傑も色々と『前例』を考えてエースである一色を外したのだろう。

 そう考えれば佐保がやるべきことは一つだ。

 

 

「ともあれ、今は目の前の敵に集中することだよ。吉祥寺君も『三位決定戦』あるんだから、一条のことばかりじゃダメだよ」

 

「うっ、気を着けます……そうだよな。うん、遠坂との試合は集中しきれていなかったのかもしれません」

 

「俺が一条と十七夜の世話するから30分後の試合に集中しろ。すまんな佐保」

 

 技術者として負けているとはいえ、先輩として後輩にあれこれさせていたことは心苦しかったのだろうが、一番出来る吉祥寺に頼りすぎて、負担を与え過ぎていた倉沢が謝罪すると『お互い様だから気にするな』と笑む水尾佐保。

 

 今年の一年の心強さに甘え過ぎていた。最終的なチェックは吉祥寺に任せるとしても自分で出来ることはやっておくという先輩方の頼もしさに―――一年は少しだけ甘えておくことにする。

 

 そんな三高陣営の一致団結。一高陣営ともまた違うものが過ぎながら―――決戦の火ぶたは、まもなく切られるのだった……。

 

 



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第56話『九校戦――決戦準備(後)』

本来ならば前と後、合わせて一話だったのですが、文字数以上に、場面転換が多すぎたので、分割しました。



 ――――男女決勝の前に行われた男女の三位決定戦……その結果は逆だった。

 

 女子の明智英美と炎部アスナとの戦い。

 

 火の粉の全てを弾丸とする炎部の炎弾―――有効フィールドに降り注ぐ落葉のような火の粉が変化を果たして、どのような魔法にも先んじられるはずのそれを打ち破ったのは、エイミィ特有の技能であった。

 

 狩猟部とやらに入っており、『動物的カン』―――拡大された視野と降り注ぐ情報の中で、エイミィは炎部の放つ魔法の動きを『直感』で見抜き、その魔法を打ち崩すことで己のクレーを撃ち抜き更に言えば、相手のクレーの破壊を邪魔していく。

 

 そういう戦いであった。領域全てに降り注ぐ火の粉を元にした範囲魔法。

 灼熱のフィールドの中でもエイミィは必死に食らいついて、結果として雫との戦いで消耗著しかった炎部に『澱み』が発生。

 

 

「広範囲魔法と広範囲魔法との『領域の奪い合い』―――陣取りゲームで消耗していたんだな……」

 

「それでも……私にも見えつつある『魔獣』の力を借りれば―――無理なんだね」

 

「ああ、守護獣は完全に宿主の『生命』を守る方向にシフトして力に制限を掛けている。その一点に突け込め! エイミィ!!」

 

 

 モニターにて三位決定戦を見ながらの控室での雫との会話。

 最後の言葉はエイミィに聞こえちゃいないだろうが、刹那と同じく相手の『間隙』を見抜いたエイミィが攻勢をかける。

 

 相手のクレーを落とさせず己のクレーだけを撃ち抜く。必死で食らいついてようやく見えた勝機に果敢と挑みかかる。

 

 気迫が完全に違って、呑まれた炎部―――エイミィと同じく真っ赤な髪をした少女が、それでもとサイオン切れ間近でも魔法でクレーを砕いていく。

 

 どちらも必至だ。ここに来るまでの消耗など度外視しなければ勝てぬ相手。お互いに玉のような汗を掻きながら引き金を引き、弓弦を引き絞るも、勝敗は決まった。

 82-81……一枚差で勝利を収めた―――サー・ゴールディの娘がライフルを高々と掲げるのだった……。

 

 思わず拍手。会場でも同じく、割れるような歓声と拍手が響き渡り―――お互いに健闘を称え合って握手をするのだった。

 

 

「エイミィは私に感謝すべき、炎部の消耗は私がいたからだし」

 

「まぁくじ運次第だったかな。術の相性次第な面はあったかも」

 

 

 実力だけで決まらぬのも、勝負の世界の悲しい現実である。特にこういった対戦形式でのトーナメント制となるとギャンブルだ。

 

 とはいえ、テニスの世界ランカーと同じく上がっていけば、どのみちどこかで強いのとは当たる。そこで真の実力が求められるのだから。

 

 

「んじゃ、そろそろ行くか」

 

「会場違うけど―――そっちもがんばってね刹那」

 

「雫の懸念材料だった一条をとりあえず凹ましてくるさ」

 

 

 男子の方は逆に、炎部アスナの双子の弟ワタルが勝ちを取った。

 吉祥寺も悪い魔法師ではなかったのだろうが、如何せん地力で差がありすぎた上に、更に言えば炎部ワタルの方はエレメンツ云々を除いても『火属性』に適正がある様子。

 

 魔法師的な系統で言えば、振動系統と放出系統に適正が強いようだ。

 

 そんな感想を最後に、雫と軽く手を叩いてからお互いの通路に歩み出る。選手入場通路……ボクサーや力士にとっての花道を歩いていく。

 

 その通路の途中に、彼女はいた。壁に寄り掛って、少しだけ気鬱な表情をしていたリーナを見て苦笑する。

 

 まるで映画か漫画のワンシーンのようなそれを思わせるリーナが愛おしくなる。

 

 

「言い出せないことがあったのは分かっちゃいるが、演出がすぎるんじゃないか?」

 

「ワタシだって気付いたけれども確証の無い事は言えないわよ……けれど―――セツナ、これだけは覚えておいて」

 

 

 こちらに近づいて正面に立ってから少しだけ腰を落として、こちらを上目に見ながら指さして言ってくるリーナ。

 

 そのポーズは彼女が自分にとって重要なことを言う時に見せるもので、それは、忘れてはいけないことのはずだ。

 

 だから、その言葉を、その真剣な顔で不安を掻き消そうとするリーナを忘れてはいけないのだ……。

 

 

「アナタは一人じゃない。それは、タツヤとかミユキとかそういう友人的な繋がりを言っていないわ。そういうのも大切だけど……

例え、あの人達と『縁』が無くなっても、ワタシだけ、アンジェリーナ・クドウ・シールズだけは、あなたの家族だから。辛くなった時に、ちゃんとワタシのことを思い出して……じゃないと、本当に―――嫌なんだからね?」

 

「……ありがとうリーナ。そう言ってくれる女の子と、『この世界』に来ていの一番に関われたことが俺にとっての幸運だな」

 

「あの時、プラズマリーナとして動いていた時……セツナは無視しようと思えば無視できたはずなのよ。それって―――やっぱりアナタとワタシは、うん。そうだったのよ」

 

 

 お互いに笑顔で納得。そして気持ちを、再度確かめあえた。

 

 自分は、この世界に無様にも逃げ込んだ臆病な人間だ。

 逃げ出してはいけない運命から逃げて、それでもその一端は、この世界に舞い降りていて、運命から逃げられないことを悟って立ち向かった時に、自分を立ち上がらせたのは、多分……隣にいたシリウスを泣かせたくなかったからだ。

 

 これから始まる戦い。勝つにせよ負けるにせよ。最後に決めるのは己の揺るがない意思を持てるかどうかだ。

 

「何かあれば声を掛けてくれ。どうにも、いつでも勝負事の最後に振り絞るためにも、リーナの『応援』(まほう)が必要なんだ」

 

 明確にセコンド的なものが許されてるわけではないが、それでも応援席からもリーナの言葉が聞こえれば振り絞れるかもしれない。

 

「もちろん。とにかくセツナのテンションを上げる『一言』で、絶対にアナタの勝利の女神(ゴッデス)守護天使(エンジェルス)になってあげるんだから♪」

 

 アンジェリーナ……Angelinaというラテン語の『アンジェラス』から変化した綴りの彼女はどこまでも自分の天使なのだなと感じる……。

 たまーに、人間に神罰下します系ならぬ『浮気は許すまじ! 一夫多妻去勢拳!!』とか放つ系統になるけど。

 

 

「それじゃ――――んっ。頑張ってきて、そしてワタシのダーリンは世界で最高の『魔法使い』だって自慢させてね」

「一条を倒してそう思われるかは分からんが、俺にも背負ってきたものがある。君もその一人だから、絶対に勝つよ」

 

 

 言葉の途中で口づけを交わしてから、その宣言をしてから別れる。そうして―――通路に立とうとしたもう一人の少女。

 

 通路の角に立っていた少女は、気分が落ちるのを感じたのだった。

 

 アイリスの少女は、これから戦うだろう同輩(一条)のことを考えていないわけではなかったが、それでも少しの激励がしたくて、出遅れて……その場面を見て、聞き耳を立てて、その言葉の応酬に『胸』を締め付けられる思いがして、三高の制服を掻きむしるのだった……。

 

 

 † † † †

 

 

 射台に上がると離れているとはいえ、とんでもない歓声が降り注ぐ。

 別に刹那が出てきたからではないだろうが……と思っていると、そうでもなく少し遅れて一条将輝が隣の通路から射台に上がってきた。

 

 こちらを見て、少しの笑みを零す一条が口を開く。

 

「大歓声だな。満員御礼。立ち見の客までいるというのは、注目度が違う証明だな……」

 

「だろうな。まぁプリンスと呼ばれているお前の人気は凄すぎる―――それを黙らせるのも一興だな?」

 

「ヒールを気取るか刹那。いいだろうさ。お前には司波さんと引き合わせてくれた恩義はあるが、それでも十師族の長子として―――お前の道を閉ざす」

 

 言い合いながらも、その眼は好敵手を見る目だ。侮れる相手ではない。何より自信もある。背負っているものもある。

 

 誇り高き魔法のプリンス。この男の武勇伝ぐらいは自分も諳んじてきた。

 自分がどの程度と思われているかは知らない―――ただバゼットと共に駆け抜けた熱き日々が自分にもある。

 

 硝煙の中にくゆる『瘴気』の気配。人を捨ててまで、人としての身すらも捨てて『超越者』となったモノ達との戦い―――地獄から帰還してきた日々。

 

 誇る訳ではない。ただ―――この男に負けることは、あのたたかいで得てきた自分の全てを穢すことかもしれない。

 

 

「俺はお前にエキスパートルールでの戦いを挑む……受けるか否かはお前次第だが……どうする?」

 

「受けるさ。日本の魔法師のプリンスからの挑戦だ。受けざるを得ないだろうが―――第一、ウチ(一高)の知恵袋にしてご意見番にして作戦参謀がこの展開を予想していたからな」

 

 受けざるを得ない状況だ。そう追い込まれたわけではないが、このベビーフェイスから挑まれて、それを拒めば一高は勝負から逃げたと思われても仕方あるまい。

 その展開だけは避ける。そういう考えになるぐらいには、一高のことを考えなければなるまい。

 

 

 真紅と真紅。赤と赤。朱と朱。

 

 相対しあう姿も、衣装も、まさしく目に痛くなるほどの赤、赤、赤、アカ、あか……―――混血の王たるものが纏う紅赤朱(くれないせきしゅ)の如く二人の姿は青空の中で一際赤く輝く。

 

 

 そしてホログラムで出てきたタッチパネルに対して了承の印を手で叩くと、七草先輩と水納見との戦いのように、射台が分かたれて離れた距離で相対しあう形式となる。

 

 

『エキスパートルールが採用されました。ご観覧中のお客様全員に案内しますが、この対戦形式は一セット200枚のクレーを撃ちあう対戦でどちらがどれだけ撃ち落とせるかを―――』

 

 

 ルールは分かっていた。だから準備を進めるためにもアゾット剣を腰から抜いて、胸にかき抱く。

 柄尻に象嵌された特大のルビーを撫でながら、メディテーションをして集中をしていく。眼を閉じていても聞こえる試合開始のシグナルランプが鳴るまで―――静かな闘志をふつふつと滾らせる作業だ。

 

 その様子をVIP席の更にVIP席にいた数名の人間達は、口を開いた。

 

 口火を切ったのは―――稚気溢れる少女のようでいながらも四十代後半になろうかという女からである。

 

 

「どちらが勝ちますかね? 賭けをしませんか?」

 

「……君は、ここに対戦相手の片方の親がいるというのに、不謹慎だと思わないのか?」

 

「いえ、お構いなく弘一先輩。自分も、そういうの大好きですので―――では遠坂君に一つ」

 

 空の席をひとつ挟んで三人ともに上席で見ているそれなりの年齢の人間達。年齢的には少し差があったりやや差があったりするものの、どのような立場の魔法師であってもその三人を見れば、震えてことごとく顔色を失う。

 

 そういった魔法の世界の『超人』たち……その中でも色黒のがっしりした体格の男は、自分の息子に勝負を預けなかった。

 

 

「将輝君に賭けないのか?」

 

「まぁ色々とありまして、ね……別に調子に乗っているわけではないんですが―――時々、一度ぐらい、こいつは、『ぶっ飛ばされた』方がいいんじゃないかと思いますよ……『覚悟も溺れれば驕りとなる』ってやつですよ」

 

 

 どんなことがあったのかは分からないが、六つ下の手のかかる後輩。別に舎弟にしているわけではないが、色々と話すことも多い剛毅が、ここまで言うには、やはり息子の成長を願っているのだろう。

 

 手を貸して起き上がらせても、また転ぶだけ。ならば自分で立ち上がるしかない……そういう意思を感じる。

 

 

「まぁいざとなれば―――『発破』を掛けに行きますよ。だからこの場は、その代わりとして遠坂君に賭けておきます」

 

「一条さんが刹那さんに賭けるならば、私も一つ。それで弘一さんはどうします?」

 

「真夜。賭けは不成立だ。誰もが遠坂刹那に賭けるならば、な」

 

「こういう時に大穴狙いの『根性』が無いのが、弘一さんですよね。そう言う所が男らしくない」

 

 

 先輩の眉根が動いたのを見た剛毅としては、この空間は居た堪れない。

 今の若い世代は知らない話だが、この二人の関係は……まぁそういうことだ。

 

 だから、少しだけ考えてしまう。これを機会に二人が少しだけ心を素直にしていれば、聞くところによる『二人』の掛けた『魔法』も解けるのではないかと……。

 

 そうすれば四葉と七草の対立などと言う『内憂』も取っ払われて決心一致して、魔法師達も魔法と言う『武力』でなく、団結による組織の力で以て、人類社会における正当な地位を主張することで、いつかは長く続く後進のための社会基盤が出来上がるだろうに……。

 

 

「そうだ。先生はどうですか? どちらが勝つのか賭けませんか?」

 

 上席の更に上席―――もはや上座という表現すら温いところにいた老年の魔法師を振り仰いで少年のように問いかける七草弘一であったが……。

 

「弘一。この場面で私が賭けたい方の選択肢が無くなっているのは酷ではないか。とはいえ―――十師族制度を成立させた身としては、一条君に賭けておくのが筋かな?」

 

 言われた方としては、どうしようもなくなるぐらいに、それしかないだろうが、恨みがましく言いながらも

 

 その言葉でお互いに親指を立てあう七草弘一と四葉真夜を見た九島列は……過日の頃の2人を思い出して、爺の懐が寒くなるぐらいで、この二人がいがみ合わないならば、まぁいいだろうと思えた。

 

 

 そして―――過去ではなく現在―――未来を担うだろう。未来を切り拓くだろう二人の魔法師の激突が今にも始まろうとしているのを見て、眼を試合に向ける。

 

 

 九校戦の未来を占う決戦の一つが始まるのだった……。

 



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第57話『九校戦――宝石と真紅の対決』

なんか知らぬうちに日間ランキング5位まで上がっていたので、そのテンションと感謝の気持ちをを借りて連休前に一話あげられそうでしたのであげます。

ところどころ荒いかな? ぐらいに感じていますので、何かあれば一言お願いします。


「―――Anfang―――」

 

 アンファング―――ドイツ語で、『始まり、発端』を意味する言葉。それだけを口ずさみ眼を開いた遠坂の様子は、先程と一変していた。

 

 歓声が落ち着くまではもう少しかかる中、風に乗って聞こえた言葉と表情に将輝は、緊張に晒される。しかし呑まれるわけにはいかない。

 

 相手が特大に強力な―――自分よりも上手の、話によればニューヨーククライシスでも『後方部隊』でビーストなる化物とガチンコで戦い合った相手。

 

 佐渡島で戦ったイワンの兵士どもとどっちが強いかはしらない。しかし―――、この場に立つ以上―――全力を尽くすのみだ。

 

 

 特化型CADを向けて、幾つかのCADを同じく『起きあげる』。

 複数のCADを特化型の周囲に浮かべて魔力で出来た『環』(リング)で繋げて『大砲』とする。

 

 CAD技術者としての倉沢と吉祥寺の意地に感服する。

 

 そして向けるべき相手は―――巨大な弓であり船を構えて、将輝と有効フィールドを見据えていた。

 

 

 互いの距離はクレーフィールドを挟んで離れている。だが受ける気迫が、お互いの熱が、渇いた空気―――『殺気』が充満する。

 

 びりびりとした空気を敏感に感じて感受性の豊かな人間が、肌をさすった―――シグナルランプのレッドから、グリーンに変わる―――数瞬前のこと。

 

 それが弾けて、お互いに『術』が弾丸のように込められて―――。グリーンに変わった瞬間。撃ちだされるクレー。

 

 赤白を確認すると同時に、同じ色を持つ紅の射手と砲手は、それらを砕いた。

 

 一条が白、刹那が赤。オープニングヒットは、ひとまずイーブン。

 

 

「序盤は様子見ですね」

 

「定石通りだな。こういう時に奇襲を仕掛けるぐらいはするのがアイツ(刹那)だと思うんだが」

 

 

 深雪の言葉に達也が答えると、次投射のクレーも同じく自分の担当クレーを撃ち抜き、イーブン。

 この均衡を崩すのが、どちらからか誰もが固唾を飲んで見守る。

 

「しかしさっきから一条が使っている魔法が……『爆裂』なのか?」

 

「いや、これは恐らく偏倚解放(へんいかいほう)。収束系の系統魔法でありながら『放出系』の要素もあるものだが―――簡単に言えば『空気砲』だ」

 

 レオの疑問に達也が即座に答える。白クレーを的確に、精密に撃ち抜く魔法は『圧縮した空気』を叩き込む技法だ。収束させて『発散』させているともいえないが……まぁともかく静かなものだ。

 

 渦巻くような魔法陣から放たれる空気が白クレーのみを撃ち抜き、刹那は刹那で黄金の矢束を吐き出していき、赤クレーを上下左右からざくざくと串刺しにする……明らかにオーバーダメージ。

 

 何か狙いがある。無論、そんなことは相対するプリンスも分かっている。……しかし何をしてくるか分からないことで緊張を増していく。

 

 ただ『何か』をするだけで場を支配する刹那に――――プリンスは知らずに焦りを溜め込む。

 

 

「策士だな。刹那は―――焦らしているよ」

 

「焦らされて……焦らされて……我慢が利かせられるかどうかだ」

 

 

 200枚のクレーを撃ち抜く射撃競技―――幹比古の言葉で、そろそろ序盤の50-50になろうとした瞬間、座標設定を間違えたのかプリンスが2枚を落とす。

 

 50-48。これで―――一条は動かざるを得なくなった。

 

 

「セツナの集中力は、その気になれば10㎞先の標的にも『矢』を届かせられるほどに卓越したもの……ブラフには乗らないわよ」

 

「ワザと外したのか?」

 

「発動速度がコンマ2秒ほど遅かったわ。イチジョウは、誘い出そうとして失敗(FAILED)したわね」

 

 その言葉に同意するのは深雪だけであったが、現代魔法の優等生二人がそういうからには、そうなのだろう。

 

 そして穴熊決め込むアライグマを誘い出すコヨーテのような真似をした一条は、相手の集中力……コンセントレーションを侮っていた。

 

 

(こいつ……!)

 

 

 今まで、快活に闊達に魔法だか魔術を放っていたのは、この為だ。本当の意味で勝利を求める時に、コイツの眼は猛禽類になるのだ。

 

 いいだろう。こちらから崩さなければ、勝利が得られないならば―――こちらから撃ってやる!!

 

 

(覚悟を決めたか)

 

 

 このまま作業に徹するのもいいだろうが、それでも覚悟を決めた一条が、違う起動式を読み込む。

 

 キャノンリングのCADが輝きを発して、朱い拳銃型のCADが起動式を発動、読み込んだ一条が叩き込んだ魔法式が白クレーを爆散させる。

 

 

「殺傷性ランクAの魔法。一条家の秘術『爆裂』。対象内部の液体を瞬時に気化させる魔法。生物ならば、水分から血液、老廃物にいたるまでを……無生物ならば、付着してある液体や大気中水蒸気が気化されて……ご覧の通りだ」

 

「白クレーを砕いたってのに、朱い煙ってどういうことだよ……?」

 

「魔法の神秘だな。―――しかし、煙が……刹那の赤クレーをさえぎ『ゲーーーエン(Gehen)!!!』―――」

 

 言葉が、呪文が響く。説明を遮られた達也と一条としては、まさしく青天の霹靂だろう。

 干渉力をここぞとまで高めた朱煙というスモークで相手の干渉を防ぐ算段。

 

 攻撃と同時に相手の妨害。さんざっぱら、一高の北山がやっていたの同じくの効果で刹那の赤クレーを封じたと思っていたのに―――。

 

 声が、呪文が、神秘の技法が……起動。真下から飛んでくる黄金の矢が、魔弾となりて全ての赤クレーを串刺した。

 どこからか、まさか七草真由美の『魔弾の射手』の如く銃座を作り出しての攻撃ではあるまい。

『魔弾の王』の魔弾は自由自在な軌道で動くのであって、本当の意味でのザミエルの―――。

 

 そして一条将輝は気付く。魔弾は足元に転がっていたのだと―――。

 

「串刺しにしていたクレーの……『黄金矢』……!? 地雷の待機のごとく!!」

「解説している暇なんてあるかよ? ギアを上げていくぞ!!」

 

 刹那の快活ある言葉と同時に撃ちだされる赤白30枚ずつのクレー。その全てに虹の光線が横合いから降りそそがんとする。

 

 それに対して、一条も魔法を並列展開。自動迎撃の魔法と能動的な魔法が、一条の爆裂をサポートするように吐き出される。

 

 戦艦と戦艦の大砲の撃ちあい。互いに、相手の妨害を実行しながら、されど己のポイントクレーを叩き落とそうとする乱打戦。

 

 サイオンの猛りが、魔法式の砕き合いが一髪千鈞の狭間で穿ちあっている。

 

 そんな中、刹那は勝負を決めるべく、時代錯誤にも『戦列艦』の『魔砲』を多数召喚する。

 

 

「Foyer: ―――Gewehr Angriff」(Foyer: ―――Gewehr Abfeuern)

 

 

 言葉で幾多もの魔法陣を発生させてそこを砲身に、回転する刻印神船ごと己を直結させる刹那。その言葉と行動に全員が心沸き立つものがある。

 

 魔術師の呪文は世界を震わせて、より『高次の世界』へと己を繋げるための自己陶酔の呪文……そして現実を改変するという絶対の自信を持った刹那の熱気が、イマジネーションが観客を震わせるのだ。

 

 一条も棒立ちではない。何が何でもその魔法を砕こうとするも……魔法陣はあちらにしか無いのだ。泥臭く刹那に直撃弾をという考えをした後には、手遅れ―――死刑宣告が為された。

 

「Schuss schießt Beschuss Erschliesung!―――放て!カッティング・セブンカラーズ!!」

 

 

 那由多の如き本数を讃えた魔力のレーザー。万色の魔力の大河(大虹河)が―――打ち出された30から50、20しめて100枚を完璧に砕いた。

 

 その間、レーザーは滞空して様々な形を取って、有効フィールドに何度も降り注ぎ、それらを行ったのだ。一度放たれたならば止めるには術者の殺傷のみの刹那の変成魔術の真骨頂であった。

 

 その恐ろしいまでに幾度も叩かれて、地ならしされた有効フィールド。

 刹那の魔力だけで満たされた干渉強度の中でも一条は、必死に食らいついて30を砕き50の内の34、20の内の8……完全に負けた。マイナス28のポイント。

 

 誘い出しのも加えれば30ポイントのマイナス。……多くの観客が、プリンスの1セット目の敗北を予想して―――。

 

 

「勝ったわね」

 

 

 十師族の長女。七草真由美も、その予想を肯定した。

 

「まだ40ポイント分のクレーが残っていますが……」

 

「いいえ、達也君が考案して北山さんが実行したアクティブエアーマイン。刹那君のカッティング・セブンカラーズ……あの二人は理解していたのよ。スピード・シューティングは射撃競技ではなく、『陣取りゲーム』であることに……」

 

 

 一年の観戦組とは離れたところで観戦していた二、三年のメンバーの中でも市原と七草の質疑応答に誰もが耳を傾ける。

 

 続けて真由美は言葉を紡ぐ。

 

 

「当たり前だけど、ある種の力ある魔法師ならば『想う』というだけでも領域内に、魔力的干渉を行えて更に言えば、それを以て相手の魔法を封じられる……まぁそこまで広範囲、おまけに長時間の『領域干渉』なんて十師族みたいな力ある魔法師でなければ無理なんだけど」

 

「つまり北山はその図抜けた大掛かりな魔法力と魔法式で、有効フィールドの陣地を奪い取り、遠坂もまた『そうだと』?」

 

 二人分の座椅子を占拠して後ろに誰もいなくなってしまう十文字克人の質問に、七草真由美は真剣な顔で続ける。

 

「ええ、もっと言えば刹那君の魔力も干渉も術式も『濃く』『重く』『深い』のよ……同じ古式でありながら、吉田君と何が違うのか分からないけれど、やはり彼の魔力の通り道は、ちょっと違うけど『道を借りて、草を枯らす』のごとくなってしまう……例え十師族であっても」

 

 

 最後の言葉にケガをしていても、平気な顔をしていた渡辺摩利が驚く。

 確かに魔法式の重複は色々な問題があって打ち消し合うという性質があるが、それ以上に強い干渉力を以て力づくでそれらの『ルール』を消し飛ばすなど、やはりあの男は只者ではない。

 

 十師族ですら為し得ない技術をいとも簡単に行う遠坂刹那。一体何者なのだ? そんな疑問ばかりで、干渉力と術式の強さでシューティングを『早撃ち』ではなく『陣取りゲーム』にした達也と刹那の存在を―――。

 

 

「まっ、一高が勝つんならば、それでいいわ。十師族の立場なんて兄さんと父に丸投げよ! いけー刹那君!! そのキザったイケメンぶっ潰せ―!!」

 

「ぶっ潰せ―」

 

「ぶっ殺せ―!」

 

「ブッコロセー!!」

 

「おいいい真由美ぃいいい!!! あまりにも下劣なコールは競技のバッドマナーだぞ!!! というか十文字も乗っかるな!!」

 

 

 渡辺摩利のツッコミもなんのそのヒートアップする会場の中にそのコールは掻き消されて、真由美の宣言通り、新人戦男子スピードシューティング『エキスパートルール』の元での、1セット目は、刹那が取ることとなった……。

 

 

 † † † †

 

 

 疲労回復のためのハチミツ漬けのレモン。カットされたものを食べながら一昔前の何かの競技選手のように『もぐもぐタイム』を実施していた雫と対面―――離れた所にいる十七夜栞とはインターバル10分の間に色々と考えていた。

 

 炎部と闘った際の『特化型』に見せかけた『汎用型CAD』を持ってくるのは分かっていたが、それでも、ここまで『やられる』とは―――。

 

 

(一条君には悪いけど、刹那君には感謝だね。『魔眼』の使い方を教えてくれたわけだから……本人は、『人命救助』とか言っていたけど)

 

 愛梨よりも先に自分の瞳を覗き込んで、頬に手を這わせた刹那は―――栞にとっても女ったらしだと思えた。

 

 まぁ『眼』を使うごとに、痛みが走っていたのは事実だった。覗き込む刹那には下心は無いのだと分かったが……なんか色々だった。

 魔眼の放散のさせかた収束のさせ方……魔力に反応するアレルギーのようなものだと教えられて対策を教えられたことを思い出して―――次は魔眼で勝つと誓う。

 

 

 雫もまたレモンを食べながら作戦を練る。彼女―――十七夜栞こそが最大の脅威であったが、その前に『炎部』という驚異の特化型術者と当たったことで、達也の秘策は知られてしまった。

 

 親友『光井ほのか』と同じエレメンツの末裔にして刹那と同じく『ミスティール』の力を以て戦う女に勝つために『黒羽』と『白羽』の魔弾『ブラックモア』と『トラフィム』というのを用いたのだが……。

 

(対策されちゃったか。けれどしょうがない。目の前の一勝を捨てるわけにはいかず『ここ』(決勝戦)に来る為にやったんだから……)

 

 

 お互いに『秘策』を持ちながら新人戦エキスパートルールの更に深度……2セット先取の戦いを挑んだ雫と栞は、絶対に勝つと決めたのだから……。

 

 

『両選手、射台へ戻ってください―――ラストセット始めます―――』

 

 

 アナウンスで最後のレモンを胃に収めてから銃を持ち、最後の戦いに挑む二人の端末に、違うコートの試合の途中結果が送信されてきた。

 

 男子スピードシューティング新人戦 一高 遠坂刹那2セット連取―――。

 

 

 ゲームセットまで1つと王手を掛けた刹那の情報を見た二人は意気を上げて最後の戦いに挑むのであった。

 

 

 † † † †

 

 

 割れるような歓声が響く。汗を拭う両選手。しかし表情は互いに違っていた……。

 

「一条の爆裂と偏倚解放……すさまじいものだ。しかし、それでも『一門の砲』でしかなかったのに対して、刹那の砲門は、古めかしくも火力が満ちた戦列艦のそれだ」

 

 言いながら発生する『魔法』の数では対抗できていても、威力が段違いなのだ……。何より放たれた虹のレーザーが、有効フィールドという『土台』を崩しに崩していくのだ。

 

 勝負は決まったはずだ……。だが―――一抹の不安を抱いているものがいた。不安を抱いているものは両の手を組んで祈っていた。

 

 

「アームストロング砲に対してカルバリン砲じゃ明らかにセツナの方が上なんだから……お願いだから、このままいって―――」

 

「リーナ……あなた何が不安なの? 大丈夫よ。刹那君はこのままいけば勝てるもの。ほら、今もリーナの切ったハチミツレモン食べているから、ね?」

 

 

 俯いて祈るリーナの背中を摩っている深雪。確かにこのままいけば刹那の勝ちは硬い。そしてここから一条将輝が『プリンス』を捨てて挑んでも、それでも……九分九厘で勝ちは取れる。

 

 そんな達也の予想以下の、『当たり前の事実』が崩される危険性をリーナは呟いた……。

 

 

「イチジョウの父親(ファーザー)は、この会場に来ているわ。ヨツバにサエグサ……その当主も、ここにいる……―――」

 

 

 その言葉に―――違った意味で、達也と深雪が固まる。何故、あの人が―――そしてそんな情報がなぜ自分に入ってきていないのか?

 

 そんな疑問もなんのそので、選手たちのフィールドに変化が起きる。

 

 

 最初は、一条将輝の後ろにて――――何者かが立っていたのを誰かが告げる。

 

 そして、その誰かが何者であるかを誰かが告げる。

 

 

「い、一条殿!?」

 

「剛毅師父!?」

 

「おっまっえは―――!! 何をやっているんだ剛毅!!」

 

 

 主に自分達一高から離れている三高の応援席が騒がしくなって、その何者の正体を告げてくる。

 

 日本のグレート・テンと呼ばれる魔法師達の頂点の内の一人……一条家の当主―――、一条剛毅がいた。

 

 言っちゃなんだが優しげな顔つきの一条将輝とは違い、とことん男らしさを磨き上げた浅黒い肌の―――『漢』であった。

 

 そんな男は少しだけ俯いていた一条の後ろに立ちながら、とんでもないことをやっていた……。

 

 

「お、親父……!? な、何をやっているんだよ! こんなところで!?」

 

「見て分からんか? 将輝―――これは日本伝統の調理技法。かつら剥きというやつだ!」

 

「そんなことは見りゃわかるよ!! 何で板前の格好をして、かつら剥きしているかってことだよ!?」

 

 

 そう……一条剛毅は、何故か一条将輝の後ろにいつの間にか立って板前の格好をして、ベンチ裏で大根を剥いていたのだ。

 

 息子もこの事態には冷静でいられない。没収試合になるかもしれないというのに、なんでこんなことを……という思いでいながら、父親の剥いた薄い、薄い大根を何となく手に取る……食わないが。

 

 如何に十師族とはいえ、このような事態は容認できない大会関係者たち……警備員服の人間達が、やってきて大慌てで一条剛毅を拘束しにかかる。

 

 従容とその逮捕に応じる一条剛毅。その気になれば警備員など吹っ飛ばせるだろう(肉体で)男は、去り際に息子に声を掛ける。

 

 

「無様だな将輝。当然だ……カラスがクジャクの真似をしたところで勝てるわけがない。仲間が信頼を託した武器もいかせない……」

 

「なっ……!」

 

 あまりにも辛辣な言葉に、一条将輝も立ち上がり去ろうとする父親の背中を睨む。その姿を見ている刹那の変化に、リーナ、深雪、達也が気付く……。

 

 そうでありながら一条剛毅は口を開いた。

 

 

「……絢爛にして華麗な魔法を持つ遠坂刹那は『鯛』(タイ)……」

 

 

 その通りだと誰もが感じるほどにもっともな意見。敵を褒め称えてどうするという視線が三高から降り注ぐが、一条剛毅は構わず言葉を紡ぐ。

 

 

「将輝。お前に『華麗』なんて言葉が、本当に『似合う』と思うか? ……お前は―――『鰈』(カレイ)だ……」

 

「……!」

 

 

 その言葉に気付かされて眼を見開く一条の中に何が再生されているのか……本人にしか分からないが、それでも父親の言葉は息子を立ち直らせた。

 

 

「佐渡島でお前は、どんな戦いをやってきたんだ? あの頃のお前は、『何のために』戦っていたんだ?」

 

「……親父……」

 

「汗と土と血……『泥にまみれろよ』―――そうすれば、お前は……誰にも負けない……クリムゾンの意味を考え直せ」

 

 

 余人には分からぬ会話。コンバット・ブローブン(実戦経験者)として驕っていたわけではない。

 

 慢心があったわけではない……しかし周りの声に己の『姿』を隠していた感覚もあった……開いていた五指を握りしめて、眼を瞑る一条将輝。

 

 そんな息子を見て満足したのか警備員の案内に応じて、観客席に戻る一条剛毅の姿。既にインターバルは2分を切っていた中、近くの観客席で声掛けをしていた相棒に頼みごとをする。

 

 

「ジョージ、―――が無いか? とにかく適当な刃物が欲しいんだ」

 

「ええっ? そ、そんなこと急に言われても、そんなものは――――」

 

 

 当然の如く、用立てられるものではないとしてきたジョージに無茶ぶりが過ぎたかと思いつつ、仕方なく手を魔力で硬化させて切断率を―――と思っていた時に、将輝の足元に『望んだ刃物』がやってきた。

 

 観客がざわつく。それは投げられた方。投げ込んだ人間が、対面から矢に乗せて放ったものだったからだ。

 

 

『それで十分だろう? やるんならばさっさとしろ―――時間は無いぞ』

 

 

 上杉謙信のつもりか? そう思う程に『望んだ刃物』を寄越して声を掛けてきた遠坂刹那に笑みが零れる。

 

 大会委員たちは、あまりにもの横紙破りに頭を悩ませつつもドーピングや、その他のロクでもないことをやっている様子ではないので、どうしようもなくなる。

 

 しかし競技選手に対する私的な接触にはペナルティを課すとアナウンスで告げて、三高は―――三高の女傑『前田千鶴』校長はそれでも―――。

 

 

「構わん!! お前の覚悟を見せてみせろ!! 一条、お前の覚醒こそが三高の利益に他ならないんだからな!!」

 

 

 校長の気風のいい言葉を受けて射台に上がりながら一条はその刃物を頭に乗せて、ここぞとばかりに走らせた。

 

 一走りさせるごとに悲鳴が聞こえる。絶叫しているのは一条親衛隊と呼ばれる三高の女子たちと他校のファン女子や多くの女性陣が叫ぶ。

 

 当然だ。プリンスはいま……プリンスとしてのツラ(仮面)を無くすことにしたのだから……。

 

 

「ようやく―――『スッキリした』。ここからが本番だ! 刹那!! お前を倒す!! 泥臭くも!!汗と血に塗れてでも!! 『あの時』のように三高の礎に俺はなる!!」

 

 

 伝説の英雄の一側面『トリマー』の『サーヴァント』の宝具……電動バリカンで『丸刈りの坊主頭』にした一条将輝の決意が、迸るサイオンの猛りが、『凱旋門砲』を最大の攻撃形態にする。

 

 ここからは本番。そして窮地の中の窮地。しかし逆転の決意は硬い。

 

 Aランクの殺傷魔法を使っての最大級の攻撃による攻撃術の応酬をしてやる……そういう決意で目を輝かせる一条とは逆に、少しだけ刹那の眼には陰りが差すのであった……。 

 

 



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第58話『九校戦――決意と共に』

おかしい……今話で一条戦は終わっていたはずなのに、ともあれきりがいいのでアップします。




「剛毅……この為だったのか、遠坂君に賭けていたのは―――というか、いたいいたい。ちょっ、真夜。笑い過ぎだ。あちらの軍人さんたちもポカンとしているぞ」

 

「だって、まさか20世紀後半……『黄金期』の伝説的バスケット漫画の台詞と行動で―――殿方の行動は見ていて飽きませんよ」

 

「まぁ君もバスケ漫画に縁がありそうだがな……新設校で『カントク』とか呼ばれていそうだ」

 

 言いながら、笑いながら、笑いすぎて涙すら流している四葉真夜は先程から隣にいる七草弘一の肩や腕を叩いていたのだ。

 

 そんな行動を取られても特に、そこまでキツイ抗弁をしない弘一の内心は若干『嬉しかった』からであり、今ならば『ゾーン』に入るぐらいは出来そうだ。

 あの時に、その力があれば、隣にいる『師族』の同僚……ではなく……邪な想像を打ち切りたいが、それでも過日の頃の幼なじみの姿を幻視させて、その行為だけは従容と受け入れた。

 

 逮捕された剛毅のように……そして一条剛毅という弟分に内心でのみGJ!と言いたくなる。

 

 

「笑うに笑わせてもらいましたわ。ありがとうございます弘一さん。後でくしゃくしゃになったスーツ代弁償いたしますわ」

 

「結構だ。そんな小さい男に成り下がらせるな……後で食事にでも付き合え。家内と別居していて、何だか寂しいんだよ」

 

「ふふっ、十師族の当主を情婦代わりにするとは、弘一さんは随分と命知らずですね」

 

「君のような美女と相伴出来るならば、晩酌のあとで命を取られたとしても構わない男はいるだろうな……俺もその一人だ……」

 

「――――」

 

 

 七草弘一の『命がけ』の言葉(まほう)に―――四葉真夜の表情が少しだけ固まる。だが、それでも一度だけ手を握った真夜は、表情を作って昔の『恋人』であったという『記憶』でしかない男に告げる。

 

 

「……会食には付き合います。それでよろしくて?」

 

「ああ、ありがとう。遠坂刹那君を息子にしたい君を『牽制』したいからな」

 

 

 そんな『不器用』な二人を見て上座にいた烈はやれやれと思う。そして、四葉の呪い……彼女の『姉』が施したものが、若干、(ほつ)れているような気がするのは……。

 

 

(まぁそんなこともあるだろうな……『強すぎる神秘』は『弱い神秘』を駆逐する)

 

 土着の信仰を駆逐する異教の神々のように……そのような事を語られて、話された時に烈の胸中にあったのは現代魔法に利用された古式の人間達の無念である。

 

 九島は特にその傾向が強く、その古式からすれば怨嗟は計り知れないものがあるだろう。だからこそ予言の御子、古式に置いての『未来視』の術式をしるものが宣言をしたのだ。

 

『呪われよ! 九の家よ!! 私には視える!! お前たちの禁忌の行いがいずれは『長き河より』来たる『流れ着きし亡霊』が、貴様らに破滅と崩壊を齎すのだ!!!』

 

 

 ……九島を崩壊に導くものが『長き河より流れ着いたもの』ということならば、あの少年こそが……そうなのかもしれない。

 

 しかし九島烈には分かっていなかった。

 

 かつて秦の始皇帝……永遠を求めた愚か者が己の国の破滅をもたらすものを『文字』から越境してくる『異民族』と捉えて、まさか『己の息子の字』こそが、そうだと思わなかったのと同じく……大いなる勘違いをするのだった。

 

 思考の落とし穴など……どこにでも存在していたのだ。

 

 

 そして眼下にて始まろうとしている第三セット目にて刹那もまた落とし穴に嵌ろうとしていた。

 

 

 

 † † †

 

 

 知ったことではない。丸刈りになり周囲に髪を散らした中々にレアな一条将輝の覚悟が、どれほどのものであろうと、戦いの趨勢は決まっている。

 

 魔術の相性では、あきらかに刹那の方が上、一条の『爆裂』はすさまじい威力であり、生物・無生物に関わらず抹殺を強要するだろうが……。

 

 そもそも、クレーに掛けるには明らかに威力過多であり、その際の投射される魔法陣が、刹那からすれば『無駄』が過ぎる。

 

 

(悪いが―――もらうぞ)

 

 

 一条ファンの女の子たちには悪いが、俺の勝ちは決まりだ。一条の男気溢れる髪を無くしてでも得ようとしている勝ちを無くすべく動く。

 

 

Anfang(セット)―――」

 

 

 魔術回路を叩き上げるイメージ。心臓に剣を突きたてられるもので予備回路を呼び覚まして充足させる。

 

 刻印神船にアゾット剣を装填して、今まで以上の威力を叩きだす準備。それを見た一条将輝が凶悪な笑みを浮かべる。

 

 

「まだ上があるのかよ。いいじゃないか―――俺の前に立ち塞がってくれて嬉しいぜ刹那ァ!!!」

 

「クールでスマートな一条君じゃない姿で、実に見苦しいな。これで終わりにする」

 

 

 毛生え薬ぐらいは融通してやると思いながらも、どうしてもちらつくものがある。

 

 

(俺みたいなのに―――『こいつ』の栄光を穢す権利があるのか?)

 

 

 不意に再生される思い出。年上の少女との会話。少しだけの憧れがあった『彼女』を思い出す。

 

 ―――私は認められたかった。父に……キリシュタリアばかりに構うあの人に……エルメロイ教室のみんなは好きよ……けれど、最後に願うことは、それだったわ―――。

 

 俺には分かりません。そういじけるように答えると決まって銀髪の少女は笑いながら自分の頭を抱きよせては甘やかすのだ。

 

 ―――セツナは男の子だから、私以上にそう言う時が来るわよ。けれど囚われないでね……。アナタの『両側』だけが、アナタにある繋がりじゃないのだから……。――

 

 

(思い出すなよ……『俺は俺だ』―――一条将輝が、例えどんな家庭の人間であっても、ただの競技種目で―――そんな訳あるかよ)

 

 

 支離滅裂な思考。しかし激発の瞬間は際限なく迫る。だからこそ刹那は己の意識を消して一つごとに没頭する機械になる。

 突き詰めれば魔術とは執念であり、自らをそのための歯車に置き換えることが前提の『秘術』だ。

 

 際限なく身体を苛む痛み(くぎょう)も、全身を改造していく不快感(かいらく)も、全て呑み下して、そこに立つことを決めるのだ。

 

 ならば感情も感傷も全て腹の底に仕舞ってしまえ。そうすることが出来るのが、『魔術師』遠坂刹那なのだから―――。

 シグナルランプがグリーンに変わり、第三セットが始まる……。

 

 その戦いは最初から様子が変わっていた。

 

 

 クレーが撃ちだされる前から既に将輝は覚悟を決めていた。

 

 後が無い第三セット。覚悟に次ぐ覚悟。そして撒いた布石が、どう出るかである。追い詰められた人間がどう出るかを教えてやる。

 小兵であるからこそ、戦えるのだ。

 

「行くぞ!!!」

 

 叩き込んだ起動式が魔法式を解き放ち、撃ちだされたクレーの中から白クレーを病葉のように砕く。

 

 破裂し炸裂する白クレー。盛大なまでの偏倚解放による攻撃。絞りながらも、その渦巻くような魔法陣の数の多さは、解き放たれた風圧は刹那の狙い撃つ赤クレーの軌道を逸らす。

 

 しかし、そんな『そよ風』程度では『魔弾』の軌道を外すことは出来ない。

 

 赤クレーも同じく砕ける。ここまでは2セット目までの展開と同じ、しかし―――ここからクリムゾン・プリンスの泥臭い戦いが始まる。

 

 

 二射目―――20枚のクレーが撃ちだされて、そして……刹那の至近に魔法式の投射。

 

『散れっ』

 

 魔眼を使って、その小賢しい邪魔を発動前に引きちぎる。しかし、そんなことは分かっていたと言わんばかりに『爆裂』の魔法式を叩き込んでくる一条に、瞠目するが、それでも構わずに赤クレーを砕く。

 

 無論、一条も白クレーを砕く。砕きながらそれを利用してこちらに妨害を仕掛けてくる。直接的な『殺傷』こそルール違反だが、半ば『流れ弾』を強要して妨害も対面射撃ゆえに、どうなるか分からない。

 

 それでも一条のあまりにもあからさまなそれを前にして審判の笛が鳴る前に、有効フィールド全てが一条の『魔法陣』で覆い尽くされる。

 

 

「……ッ」

 

 

 閉じ込めの封鎖。クレーの射撃有効フィールド全てに一条の魔法陣が『びっしり』と敷かれて、内部を抑圧して、こちらの干渉を弾く算段。

 

 確かに刹那の魔術は『外的』な動因で放たれるものであり、魔弾も黄金矢も、星爆も―――こちらから解き放つわけで現代魔法と呼ばれるもののようにエイドス改変とはまた別なのだ。

 

 こちらから出来ることは色々ある。まずは『ガンド』、フィンの一撃で『魔法陣』に干渉すれば……一条将輝は『死亡』するだろう。

 

 これは無理だ。そもそもクレーを撃つことに呪詛を使うことはしない……せいぜい高速で動く見えにくいものを撃つぐらい。

 

 

(となると魔弾のギアを上げることで、あの小賢しい『抑圧張力型式』を砕く……)

 

 

 シークタイム一秒以下の決断で放たれるガトリングガンのような魔弾の掃射に将輝は、ここぞとばかりにフィールドを『張り上げて』そのままに自分の担当クレーを砕く。

 

 魔力の無駄だろうが、後先を考えて勝てる相手ではない。何より『触媒』を利用しただけに―――その魔法陣は……刹那の魔弾を受け止めた。しかし受け止めた衝撃で魔法陣は砕けて隙間が幾つか出来上がる。

 

 

(硬すぎる……成程、やつは刈り捨てた己の『髪』を触媒に魔力源して、『密度』を高めているのか……)

 

 一条剛毅のビジュアルから察するに、ヤツの遺伝的形質には母親の影響が強い。

 父親の外見との違いは明白。ということは一条将輝の染色体こそ『雄性』であっても、その一つ一つには『雌性』的側面が多い。

 

 一条の髪は―――女性の毛質を持っている。つまりは『魔女の触媒』である。

 

 

 しかしそれだけで200年以上もの神秘を以て放たれる刹那の魔弾が覆される道理としては『弱い』。

 

 

 ともあれ、砕けた魔法陣の隙間から魔弾と『矢』を撃ちこむ。ゲットできたのは5枚―――。そして修復される魔法陣の防壁。

 

 こんなものを意地や面子だけで、いつまでも持続させていけるわけがない。自滅するだけ―――そう思っていても、優勢を崩されたことで、苛立ちが募る。

 

 

(現在ポイント20-24……初めてリードが取れた!! けれど、俺は、そこまで利口に戦おうなんて考えちゃいない!!)

 

 

 対面の刹那の内心を見透かして、それでもこの『結界』を持続することを決めた将輝は、笑いながら次手を考える。

 

 

(苛立つだろうな。となれば、何か強力な一撃で、こちらの『結界』を崩しにかかる)

 

 

 カッティング・セブンカラーズを放つか、それともランク落ちの『魔法』が来るか、どちらにせよ―――フィールドを奪いつづける。

 

 この場に立つと、決して退かないという思いで、イワンの兵士どもを殺してきた将輝の戦い方。

 

 あの時に、血塗れでシェルターに逃げていた『同胞』たちを救った将輝にとって、泥臭く『立ち塞がる』ことでしか守れないのだ。

 

 ならば、そうするだけだ。例え周囲でどれだけの味方が血だまりに沈んで、どれだけの敵が血に伏せようとも、己を立たせて戦うのみ。

 

 一条将輝はただの礎なのだから……。

 

 

「スマートに戦えるような輩じゃないんでな。悪く思うなよ!!」

 

「んじゃ泥臭く、俺だってぶっ放してやるだけだ」

 

 

 瞬間、刹那は懐に隠し持っていた宝石を投げて刻印神船に装填する。彩り鮮やかな宝石。現代魔法とは違う理によって導かれる御業。

 

 赤、青、黄、紫、黒……詳細な宝石名は分からないが、それでも五大元素を印象付けるものとして、将輝は緊張する。

 

 刻印神船の砲口部にある剣―――アゾット剣を中心に円運動を繰り返す五種類の宝石。その運動に従い色鮮やかなサークルを作り上げて回転を続けていた……しかして、それが銃弾の激発前の行動であるなど一目瞭然。

 

 既に刹那の周囲500m圏内に将輝の魔法は及ばない。邪魔立て出来ないほどに精密で緻密な、組み立ての速度と正確さも人間業ではない『魔法式』。

 

 厳密に将輝も見えている訳ではないが、それでも泣きたくなるほどに見事な魔法が放たれる。

 

 

 「偽・元素使いの魔剣」(フェイク・ソードパラケルスス)

 

 

 魔法名として放たれた『虹色の波』二重螺旋の渦巻くさまのままに有効フィールド全てに叩き付けられる。

 

 五大元素の極大威力。本来ならば真・エーテルをも喚起するはずの波の圧力が、将輝の作り上げた結界をことごとく砕いていく。

 

 今まで爆裂の影響で『圧迫』されていた有効フィールドが一気に解放されたために両者の中央で行き場のない力が破裂。

 

 そのままに波の圧力が、撃ちだされたクレー。赤クレーのみを砕き、白クレーを『波の中に封じてしまおう』……そういう『操作』を受けていたのだが……。

 

 ここに来て、一条将輝は覚悟を決めて巨大な『砲』を向ける。展開する巨大なCAD。撃ちだされる魔法は―――音声認識でしか放てないもの。

 

 先輩の趣味であったが『その方がカッコいいだろ?』という言葉を否定できず、その魔法は波を『砕くべく』放たれる。

 

 

「我が身は花の都に立つ勇姿! 全ての可能性を繋げる―――『虹弓を架ける門』(グランダルメ)!!」

 

(ナポレオン・ボナパルトの『疑似宝具』―――こんなものを作り上げたってのか、三高は!?)

 

 

 展開する砲から放たれる虹色の極光が波とぶつかりあう。直線状に放たれたビームと螺旋状に直進するウェーブとがぶつかり合って、全てのクレーを砕く。

 

 自殺点もくそも無い。ただ単に、こちらの魔術に対抗してきた一条将輝に驚愕する。

 子供のような意地の張り合い。そしてお互いに均衡して崩れて、刹那のアゾット剣に罅が入ったことでようやく理解する。

 

 やつは佐渡島でイワン(ロシア人)をさんざっぱら殺して、更に言えばイワンに殺された日本の兵隊、もしくは佐渡島の民。

 それらにおける暴虐や略奪や凌辱の限り、復讐を求めるその怨嗟や慨嘆の『声』の全てがヤツに『染みついている』。

 

 ―――『地獄』から帰ってきた一条将輝の髪には様々な『想念』がこびりついていた。ネクロマンサーが使う秘術と同じだ。

 

 つまりは、今、この瞬間だけは、『一条将輝』という『魔法師』は己が定めた『制約』の中、『生贄』を捧げることで、『魔術師 遠坂刹那』のレベルにまで迫っていたのである。

 

 弾けあう虹と虹の力。その余波で出来た嵐の中でも一条の眼は輝く。

 

 

「のって来たな!! 刹那!!」

 

「一人でやってろ。俺は俺の戦いをするだけだ!!」

 

 

 如何に一条が強力であり、神秘定礎でこちらに迫ろうとも、まだまだ自分には及ばない。

 

 お互いにポイントを削り合い、半ば自滅も同然に先程のクレーポイントを奪い合って103-116。

 

 いささか『刹那』にとって分の悪い采配だが、まだまだこちらも秘術を出しきっていないのだ。

 ここから逆転するのは難しくない。その想いで、切り替える。

 

 嵐が収まると同時に投射されるクレー。一条の白クレーを強固に封印したうえで、こちらの赤クレーを撃ち抜く。

 

 黒曜石を使った『封じ手』と、重々しい重圧を当てる弾丸が赤クレーを砕き、しかし一条も返すように爆裂でいくつかの白クレーを砕く。

 

 それだけでも『埒外』の現象なのだが―――。坊主頭の一条はニヒリズムに言ってくる。

 

「かったく閉じ込めんなよ。ただお前が俺に必死になっているのが嬉しいぜ」

 

 

 驚愕ばかりだ。まさかここまで逆転の手を撃たれるとなると、如何に刹那と言えども動揺してしまう。だが、それを押し込めてでも戦うのみ……。

 

 

 ……そんな様子は観客席の喧騒の中でも、つぶさに見えていた。

 

 

「確かに一条も強くなった。髪を触媒にして己の魔法の威力を高めるなど、中々出来なかった……しかし、それ以上に―――」

 

「刹那君の方も若干、『弱体化』している……それがこの状況を生み出している……リーナ。あなたは分かっていたの? こうなることを?」

 

 

 司波兄妹の疑問は、観客席にいる全員の疑問であった。自分達は遠坂刹那の来歴を断片的にしか知らない。だからこそ、何かしらのトラウマを刺激されたこその弱体化なのだと気付けたわけではない。

 

 しかし、一条家の当主。一条剛毅が出てきて一条将輝に発破をかけた後のリーナは、『神様』にでも祈るかのように、必死だった。

 

 だからこその疑問に俯くリーナはぽつりぽつりと呟く。

 

 

「セツナが天涯孤独なのは教えたわよね?……その中でも、母親であるリンさんの話題ばかり話していることも?」

 

「ああ……それは刹那にとって魔術の師であり、父親よりも長い期間一緒にいたからだろう……?」

 

「うん、だからこそ『正しい父親像』なんて知らないのよ……。それと同時に『自分のようなオーフェン(孤児の魔術師)』が、ヨソの家のことを……『邪魔立て』する理由なんて無いって思っているのよ……特にイチジョウゴウキのような父親が応援するようなのを……」

 

 

 その言葉に達也は苦虫を噛潰して、見えてしまった刹那の精神的な脆さに『甘すぎる』と思えた。だが、それを一概に糾弾出来ない。

 

 しかし、それでも―――あの男は強く生きてきたのだ。ここで一条将輝を倒さずにいることなど……出来るわけがない。

 

 

(俺と刹那は同じだと思っていた……けれど違ったんだな。アイツには『感情』がある……そして『尊敬できる両親』がいた……どちらも俺が求めてやまなかったものが、アイツからは全て失われた……)

 

「……『魔法の杖』は、こうも語っていた『どこまでいっても刹那は、父親を失い、母親を失い、育ての親を失って……『ひとりで泣いている』。『孤児の魔術師(オーフェン)』だと……今のセツナは、あの頃……ワタシと付き合う前の精神状態になってしまっている」

 

 

 リーナの言葉を聞きながらも、不味い状況だ。そして達也の精霊の眼が見えた『現実』。

 

 当初こそ丸刈りになってしまった一条将輝に会場は凍りついていたが、『マ・サ・キ!』『イチジョウ!!』などなどのコールが湧きあがり、その声は段々と大きくなっていく。

 

 俗な言葉で言えば『黄色い声』が、『プシオン』ごと『サイオン』となりて、一条将輝に力を与えていく。

 

 刹那風に言えば『信仰心の集積』が尋常ではない。

 そもそも、この九校戦には魔法関係者が多い。

 刹那に比べれば『十師族』の一人にして、後継ぎで色々と武名も轟いている一条将輝のネームバリューは、高いのだ。

 

 何より日本の魔法師社会において最強という番付を誇り『横綱らしい戦い』を『魅せなければいけない』十師族なのだ……どこから現れたかもしれない、海のモノとも山のモノともつかない男に負けるなど許されないのだろう。

 

 そんな風な想いが『一条将輝』を『強固』にしていく。この会場全体の『一条将輝の信仰者』全体で『イチジョウマサキ』という英雄を作り上げていく。

 

 

「やべぇぜ。達也。こりゃアウェーも同然だ……刹那には聞こえちゃいないんだろうけど、やっぱり『強化』されてるんだろう?」

 

「ああ、レオにも見えたか……しかし……なんて声を掛ければいいのか分からんな」

 

 

 言っては何だが、刹那のこんな弱った所は見たくなかった。あの『魔法使い』の余裕を、あんな『親子の触れ合い』程度で崩されるなど……。

 

 そんな達也のありえざる『感傷』を断ち切る様に、一人の少女が声を掛けてきた。

 

 

「何をやっているの、みんな? 特にリーナ……俯いて、刹那の試合ちゃんと見ないで、それでよく恋人だなんて名乗れるね」

 

「し、雫!?」

 

 

 いつの間に、と思う程にいきなり自分達の席にやってきた北山雫の姿。競技服のままな所を見ると、女子決勝は終わったようだ。

 

 

「無論、勝ったよ。これで刹那も優勝決めてくれれば一高新人戦優勝に一歩前進」

 

 ぶいっ。と言う軽い言葉と共に二本指を立てる雫は誇らしげに少しだけ笑っている。

 そして眼下の試合は156-170で刹那の負けとなってしまった。

 

 一セット取られた程度だが、フルセットまで持ち込まれたならば、刹那でも……どうなるか。

 

 歓声が沸き上がる中、リーナは言葉を紡ぐのだが―――。

 

「シズク……アナタには分からないわよ。セツナが、抱えている孤独は―――、ほんとうにべぼっ!!」

 

「い、五十嵐部長譲りのハードヒット……! し、雫、いくらなんでもこの場で、それをやるのは流石に!!」

 

「大丈夫、威力は抑え目。深雪と達也さんが何とかリーナだけに効果を限定してくれた」

 

 

 いきなりな攻撃に深雪と達也はなんとかそれが出来たがリーナだけは俯いていて防御魔法が間に合わず頬に張り手でも食らったかのようになる。

 

 ぶたれたことで雫を睨みつけるリーナだが、それでも構わず雫はいつもの無表情―――されど怒りを込めてリーナに口を開く。

 

 

「私は悔しいよ。刹那の全てを知っていて、そして刹那と共にどこにでも行けるリーナが、あの八王子クライシスの時にも、ほのかは達也さんと深雪を羨ましがっていたぐらいに―――」

 

「っ……」

 

「………」

 

 思わぬことを暴露されて少しだけ俯く光井ほのかに対して、リーナは、その言葉を最後まで聞く。

 

 

「今の刹那にとって必要なのはリーナだけが知っている刹那に対して掛けられる『呪文』(まほう)だけなんだよ……こんな時にだまりこくって、男を立ち上がらせられないような女ならば、身を退く決心も出来ない……!!」

 

「―――ありがとう。シズク―――行ってくるわ」

 

 

 立ち上がって刹那の近くの観客席にまで行くだろう決意を秘めたリーナを見送って、雫の恋が終わるのを誰もが――――。

 などと慰めの言葉を掛けようとした光井ほのかを遮るように嘆息して、雫は後の言葉を紡ぐ。

 

 

「まぁ諦めるとは言っていないんだけどね」

 

「「「「え゛」」」」

 

「さっきの前振りは何だったの!?」

 

「いまの『刹那』に必要なのはリーナの言葉なだけ。未来は分からない。その時必要なのは『私かもしれないし栞かもしれない』。そういうことだよ。ほのか」

 

 

 レオ、幹比古、美月、エリカが思わず固まった後に、勢いよく親友に問いかける光井ほのかだったが、色々と驚愕の言葉が紡がれる。

 

 どっちに肩入れしても、なんかダメ臭い。達也としては刹那に必要なのは、リーナのような『重し』であって、あまり刹那を『動かす』ことを是とするような人間ではないと思うのだが―――。

 

 ともあれインターバルは10分間。その間にリーナが『何を言うのか』……それは聞こえてきた。そして前半は、うん。良かった。

 

 

 中々に心動かされるものであった。しかし最後が本当にダメであった。一年生だけでなく一高一同が思うこと―――。

 

 

『なんでこの子は時々、とんでもないポンコツになるんだろうか?』

 

 

「……お預けなんだからね―――!!!!」

 

 

 最後の言葉がエコーかかるぐらいには、リーナも必死だった。必死すぎて、口走った言葉が色々と「あれ」であった。

 

 しかし、その言葉を切欠に―――というわけではないが、刹那は両腕の刻印を『繋げる』行為を行い―――。

 

 

「トレース、オン」

 

 

 そんな呪文で、新たなる『魔法』が、生み出されるのであった……。

 

 

 



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第59話『believe,―――きらめく涙は星に(1)』

うわあああ!!! エジプトミニスカニーソで颯爽と型月界にデビューを飾ったシオンさんだぁああああ!!!

はい……まだロストベルト2すらクリアしていないのに、こんなことばかり知ってしまうワタシ。

誰か俺のスマホを高速化する術を、早駆けのルーンを―――ぶっちゃけ。アイフォーンに乗り換えればいいだけなんだが、それだと規制が入っちゃって楽しめない可能性も。

そんなこんなで、次のヒナコの次のペペのロストベルトでは「パスタ憎しで動く代行者」が出て来てくれると信じて、とりあえず新話アップします。


 不味い事態になった。この状況は、セイエイ・T・ムーンにとって汚点であり、弱点として悟られてしまったかもしれない。

 

 しかし、その弱点を突くと言うことは、中々多くの人間にとっては難しいかもしれない。

 

 

「まさか刹那君に、こんな風な精神的弱所があったなんて……。いえ、最初っから分かっていたのかもしれないわ」

 

「貴女が自分の従弟を連れてきた時から、あの子はオーフェン(孤児の魔術師)だったんですよ……しかし、それでもそれを卑下せずに、己を磨いて―――それでも色々と考えてしまうんです。そういう人間がいないわけではないでしょう?」

 

 誰も彼もが、基本コードという『業績』を発見した『カーディナル・ジョージ』のように強く生きられるわけではない。

 魔法の杖が話したことを思い出して一つ席を空けて座る藤林響子に言っておくシルヴィア。

 それは、彼のプライドを穢す行為だから姉貴分として反論しておくべきことがらである。

 

「ごめんなさい。けれど、彼はこのままだと成長できないわよ……無論、それを支えているのもリーナなんでしょうけど、愛の為ならば『親兄弟も平然と殺し操作する』存在になりかねないわ」

 

「そうはなりませんよ。彼は己で立ち上がれる人間です。父親の『背中』を見失っても、追い越そうとしている……」

 

 きっとこの場に、遠坂凛がいれば、「手を貸して起き上がらせても、また転ぶだけ。自分で立ち上がって見つけるしかないのよ……」

 

 その時に見るのは、あの時に見た『錬鉄の英雄』の姿―――剣の丘に辿り着きし『トオサカのエミヤ』ならば……。

 

 シルヴィアの眼にも焼き付いている。

 

 アルトマ・メサイア・ビーストを打ち破るために『冠位』相当の剣を『鍛えし』……赤原の英雄の姿を―――。

 

 

(今はまだ未熟なんでしょうね。二人とも……『シリウス』『ムーン』そんなあだ名しか持たず、それでも、生きていき認めていくしかないんですよ)

 

 

 短慮かもしれない。拙劣。増長もあるかもしれない。ただお互いにお互いが輝ける『星』であることを認め合っているからこそ……封印された魔法の杖は……。

 

 ――――そろそろ。出る時なのかもしれないが、まっ、今はまだ『ロマニ』のターンだね。世話役申し訳ないが―――頼むよ。シルヴィア―――。

 

 

 そんなありえざる声が聞こえたと思った後には、リーナの告白が会場中に響き渡り……。

 

 それを聞いた後に……。

 

「大きくなりましたね……リーナ。男を立ち上がらせてこそ、アナタの星は輝くのですから」

 

 シルヴィアだけが目頭を抑えて、妹の成長を喜んでいたが、他の面子―――サナダとフジバヤシ、ヤマナカなどは黒バックを背景に白くなっての驚愕という、なんとも漫画(カートゥーン)的な表現が似合う顔をしていた。

 

 反対に上座に座るミスタ・サエグサは隣にいる女性……ミス・ヨツバの『上半身』を見て―――『スケベ』と顔を叩かれてのたうちまわる様子。

 『目が、目がぁ!』などと言っているのはそれなりに痛かったからかもしれないが、それでもその後に回復術を掛ける辺り、それなりに情はあるのだろうか。

 

 

「まぁあの二人は、昔は婚約者だったそうですから。しかし、刹那君も女の子の言葉で立ち上がるなんて、本当にヒーロー的だなぁ」

 

「ヒロインのセリフは若干、あれでしたけどね……」

 

「これがあの子たちの流儀なんですよ。シリアスで決めるべきところでもギャグを挟むというか……まぁ、処世術なんでしょう」

 

 サナダの解説と感嘆のあとにキョウコの汗を掻いたセリフにシルヴィアは返してから―――タイミングよく刹那は『両腕の刻印』を直列接続したことで『独立魔装』だけでなく十師族も一種の緊張感ゆえのアドレナリンを伴う視線が刹那に殺到する。

 

『トレース、オン』

 

 ご丁寧にもセツナの一言一句を『盗聴すべく』放たれた小型のドローンが、その言葉を聞き取り、VIP席にも伝えて―――そして……『魔法の蓋』が開かれたのだった……。

 

 

 † † † †

 

 

 ―――やられた。そうとしか言えないほどに完敗であった……ベンチに戻り、リーナが切ってくれたレモンを食べても砂の味しかしない。

 

(最悪だな。メンタルが堕ちるだけだ……)

 

 身体も魔力もギアを最速に入れてるが、エンジンが空回りしている印象。勝つ気迫が無くなってしまった。

 逆転しようとしても、そう言う風な気力が無くなる……分かるのだ。一条将輝は誰からも望まれた『ヒーロー』なのだろう。

 

 彼は、この日本の魔法師の代表として、これから多くの人を守っていける人間だろう。

 そんな人間、父母が居て、聞いたところによれば妹もいて、暖かな家庭もある人間を俺のような人間が敗北を負わせてもいいのだろうか。

 

(……二科にいずれは大樹だのおだてるように言っていた一科の俺が最大の『根無し草』だったんだよな……)

 

 皮肉だ。刹那自身が、この世界に根を張っていない人間だったのだ。なのに―――。

 

 もういいだろう。本戦一位分のポイントに二位のポイント。己の責任はこなしてある。横綱との取組での『八百長』を仕組んだわけではない。

 

 ぶつかったあとは流れで……。なんてことを思い出してしまう。

 

(母さん。ごめん―――俺はダメな息子だ……父親がいる同年代のヤツを見ると、羨ましくて……それで、どうしても勝ちたいと思えなくなる……)

 

 両親とてもう自分の年齢の頃には親など亡くしていたというのに、息子の刹那は、こんなにまでも甘ったれになってしまった。

 ベンチに座りながら、両腕の刻印からの叱責を待ちたかった……だが何も反応しないことに、本格的に怒っているか、手を貸すことをしないでいるか―――。

 

 あるいは……。本格的に見限られているか―――。

 今も会場全体を揺るがす一条将輝へのコールが、自分から戦う最後の気力を奪い――――。

 

「セツナァアアアアアアアア!!!!!」

 

 ―――去ろうとした瞬間に聞こえた盛大なまでの呼びかけ。

 

 嵐の向こう側にまで、遠雷のように轟く星の少女の声が頭上から聞こえた。

 

 今の、こんな情けない自分を見られることの羞恥心ゆえに、立ち上がり頭上の観客席から探し出したリーナは汗を掻いて、周りの人間が思わず尻込みする程度には、すごく近寄りがたい雰囲気を出していた。

 

 最前列の席の更に前に陣取り息を荒く突いている。安全の為の落下防止柵を掴んで顔を競り出しているリーナは―――。

 

「この! 四次元級バカアアア!! あれだけ言っておいたのに!! なんですぐさまそうやって自己嫌悪するのよ!!」

 

 盛大に声を吐き出す。半ば魔力すらも伴う叫びが一時的に、一条コールを止ませた。

 

「……違う……俺は―――」

 

「違わなくないわよ!! イチジョウマサキの父親(ファーザー)の登場で、セツナはもう気力を無くしているのよ!! どうして、そうやってすぐに……『自分は一人』だなんて考えるのよぉ……」

 

 図星であった。そしてリーナの泣きながらの言葉で、彼女を失念していたことを自省する。

 

 けれど、それでも……。どうしても、考えてしまうのだ……刹那の背負ってきたものに比べて、一条将輝の背負うものを……。

 しかし、リーナは容赦せずに、言葉を紡ぐ。

 

 

「ワタシは、アナタの全てを知っている訳じゃない。遠坂凛も衛宮士郎も。

 バゼット・フラガ・マクレミッツ、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト、サクラ・トオサカ・エーデルフェルトも。

 ウェイバー・ベルベット=ロード・エルメロイⅡ世、ライネス・エルメロイも、グレイ・ブリタニアも、フラット・エスカルドス、スヴィン・グラシュエート、イヴェット・レーマン……オルガマリー・アニムスフィア……。

 全員 アナタが教えてくれたアナタに関わってきた人々……とても『大切な家族』……」

 

 告げられた名前は、自分の思い出。あの世界に残してきた縁だ。

 だからこそ……この世界で、それを―――そこまで鑑みてまでも……しかし、一条将輝に対して向かうのに―――。

 弱すぎる理由を補強する言葉が、リーナから吐き出される。

 

 

「ワタシ達。幼年魔法師たちも見てきた人たち、アナタはそれも思い出せないの? 

ベンジャミン・カノープス、ユーマ・ポラリス、アンジェラ・『シリウス』、アレクサンダー・アークトゥルス、アルフレッド・フォーマルハウト、ラルフ・ハーディ、ハーディ・ミルファク、シルヴィア・マーキュリー……ヴァージニア・バランス―――アナタが関わってきた人間は、まだいるはずよ!!」

 

 そうだった……そうなのだ。

 

 偶然か必然か、それでもこの世界に流れ着いて、最初に関わった人……その関係者たち。それも自分が背負うべきものだった。

 

 誰かを羨んだ時に思い出すべき一番は―――それだったのだ。

 そして―――リーナは、それよりなにより思い出してほしかったものを涙を溜めながら叫ぶ。

 

「何より……本当に思い出してほしかったのは『ワタシ』(アンジェリーナ・シールズ)よ! 『アンジェリーナ・シールズ』(ワタシ)は、遠坂刹那にとって大事な『こころのかけら』じゃなかったの!? 

 突き放さないでよ! 思い出してよ!! ワタシとアナタは……もう『家族』でしょ! ……ワタシだけだったの? そう思っていたのは―――アナタの家族は……『アナタの両腕』だけなの?」

 

「―――違う」

 

 先程と同じやり取りのプレイバック。

 だが答えた心情が、『こころ』が違う。

 

 否定の言葉が鋭くも優しく、リーナが抱いた絶望を溶き解す呪文は、ただ一言だった。

 

「忘れていた……本当に堂々巡りだ―――どこまでいっても俺は、『弱いままだ』……それでも、何も関わらずに生きてきた人間じゃない。俺は―――もう、リーナに関わった時点で『オーフェン』じゃなかったんだな……」

 

 深層の令嬢に対する呼びかけのように、求愛を叫ぶように腕を伸ばして声を掛ける。

 今すぐにでも傍に駆け寄ってその涙を拭い腕に抱きしめて……もう泣かせたくないのに、それが出来ないもどかしさに両腕が疼く。

 

 ―――絶望の畔に立っていても、忘れてはならない『名前』がある―――。

 ―――じっとしていると過去に囚われて、進めないならば―――。

 

 

((ただ―――『前』へ行くしかないんだよな))

 

 

 原初の気持ちを思い出した―――ならば―――やるだけだ――――。

 あいつは、少しだけこちらを驚いた表情で見つめる。

 

 一条将輝は、俺よりも『背負うもの』が多いのだろう。

 そしていずれは日本の魔法師界を背負う(タマ)かもしれないが―――自分、遠坂刹那にもあるのだ。それを思い出せば、目の前の男を倒すことに躊躇などするものか―――。

 

 

 そんな心地で、射台に向かうまで残り一分といった所で―――レモンの甘味を供給してから前へ行く……。

 背中を見せる刹那に、声を掛けるリーナの様子を後ろに察しながら―――言葉を待っていると……リーナの女粋溢れて刹那のやる気が俄然と出る言葉が出てきた。

 

 

「そして何より……この戦い……イチジョウ・マサキに負けたらば……しばらくの間、『おっぱい』お預けなんだからね―――!!! 情けなくもカッコいいセツナを、ワタシに見せて!!!」

 

 眼を瞑って絶叫するように言うリーナの『魔法』が―――刹那の気力を振り絞ってくれる。

 

 会場のギャラリーの殆どが、黒バックの背景に合わせて白くなりながらあんぐりと驚愕する表情を思い浮かべてしまうほどには、リーナの言葉は衝撃的だったが―――それでも、そんな風に女として恥ずかしくも言ってのけたリーナの意気に応えねば、刹那は男ではない。

 

 ……ちなみに反応が違ったのは、言葉を聞いてから上座のVIP席にて胸元開いたドレスを着込んだ十師族当主(四葉真夜)を思わず見た同じく十師族当主(七草弘一)

 

 三高の中でも目立つ一年女子。

 

 一色家の令嬢は持っていた扇子を折り砕かんばかりにしつつ歯を食いしばり。

 十七夜家の養女は、ずずーんと暗い表情でリーナを遠くから睨み。

 『大胆じゃのう! やはりあ奴ら、そういう関係じゃったか!』などというロリっ子。

 

 一高の上位陣営や先輩方は「一高の恥部が全国に晒される!!」などと嘆く一方で―――。

 

 

「私はいつでもウエルカムだよ啓! 遠慮しないでね!」

 

「……分かっていたとはいえ、うん。なんか遠坂君には彼氏としての『格』で負けたくないかも、頑張ろうね花音。今夜部屋に行くから」

 

「―――え?」

 

 と、一高のもう一組のバカップル(片方真っ赤)がそんな風に言う傍ら―――。

 

「やれやれ。遠坂も男気溢れているが、クドウも男をやる気にさせるだけの女気溢れているじゃないか、一高のいい顔役だよ」

「……なんか最近、十文字君ってどっかの黄門様のごとく天下泰平にしちゃうわよねー……本来こういう役どころって私の役目じゃないかしら?」

「そのお前が、色々とめんどくさい女になっているから、役割が変わったんだろうが、マユさんや」

「助さん格さんみたいに言わないで、ナベさん」

 

 そんなやり取りをする三巨頭を尻目に中条あずさは顔を真っ赤にして、改めて知りたくなかった後輩の一面に恥ずかしがっていたりする。

 

 その他の面々も、様々な反応だが―――見るものが視れば分かる。もはや三セット目の『弱弱しいセツナ』がいなくなっていることに―――。

 色々と会場を混乱させたリーナの『告白』ではあるが、決戦の時は近づく……射台に上がって無言で激発の瞬間を待つ両者―――。

 

 シグナルランプを点灯させる前に―――遠坂刹那は、魔術回路を完全に『露出』させた。

 己が『素肌』(下界)に這わせて、その上で両腕の魔術刻印を繋げるために、両手を打ち合わせる。

 

 唱える言葉はただ一つ。

 

 

『何でお父さんの呪文は、あんなに単調なんですか?』

 

 

 魔術をそれなりに知ってきた頃に問いかけたもの。小生意気にも見える実子に対して父は苦笑い。

 無論、魔術師にとって呪文なんてのは己に呼びかけるためのものであり、己のイメージを放出できるものであればいいだけだ。

 没入するだけのものに、意味を問いかけるなど無駄なもの―――。

 

 だけど父は応えてくれた――――。

 

 

 ―――きっと、いまは違うけど、あの頃の俺はオヤジみたいになりたくて……だから―――『なぞりたかった』……オヤジのように誰かを救って、犠牲も出させないように、その心を覚えているから、俺は―――

 

 何も出来ないわけではない。誰も救えなかったわけではない。けれど―――なるのが難しかった父の気持ちが分かる。

 なんだ。簡単なことだった。俺にもあったことだ。親父の言葉が無かったわけではない。

 

 思い出しきれなかったのは、俺の中の悔いだ。あの時、子供らしく『止めていれば』変わったかもしれない未来を欲して―――けれど、無いから……羨んでも仕方ないから―――。

 

「俺の無言の悲鳴を無視してでも逝っちまったアンタの意地を貸してくれよ」

 

 右腕(オヤジ)に心中で呼びかけてから―――。刹那は『魔法』の蓋を開ける―――。

 

 

「―――告げる(トレース・オン)

 

 

 打ち合わせた左右の手、拍手の音と共に巨大な魔法陣が刹那の足元に現れる。

 その規模と構成の密度に眼がいい達也は、網膜を焼かれるのではないかと言う情報量を『叩きつけられた』。

 

 しかし、巨大な魔法陣は回転を、回転を、更なる回転を果たして、永久のエネルギー機関たる一種のダイナモも同然となっている。

 何かを喚起している様子。なんなのかは分からないが―――変化が訪れる。

 

 

「―――魔眼、解放(オープン、アイズ)

 

 

 瞑想から覚めるように見開いた刹那の七色に輝く目を以て一条とクレーフィールドを睨む。

 魔眼を開くと同時に展開された刻印神船……というには若干小さい。しかし、それは『形状と色合い』が変化しただけのこと。

 今までは戦艦のようだったそれが、変化を果たしている。正しい意味での弓のように―――。

 

 

「う、『牛』なのか!?」

 

「すごく気高い―――牛さんを思わせますね」

 

 金色と青色が織り交ぜられた刻印の弓……否、『青色の角を張る金色の雄牛』を感じさせる弓が刹那の手にあった。

 

 毎度ながら目のいい幹比古と美月の言葉(テリーマン)で、イメージできるが、その色合い……。金色と青色の混合は、『誰か』を思わせた。

 

 

((((どこまで恋愛脳なんだよ……))))

 

 

 しかし、何か合理的なものがあるのだろう。だからそいつは野暮ってものであり……。

 刹那のビックリするほどの変化は、恐らく一条を打ち破ることは、容易に分かった。

 

 シグナルランプが点灯していく。そしてそんな刹那の無限の手の内の一つを見て一条将輝は―――笑みを浮かべた。

 恐れおののかずに、戦うことを決めた爆炎の魔法師が、刹那に向かっていくことをやめない―――。

 

 ここで決めたい刹那とここは取らなければいけない一条。

 

 どちらも思いは愚直。そして狙いは単純―――そしてランプがグリーンに点灯した時に番えていた『剣』を刹那は解き放ち、一条は爆裂の魔法を撃つ。

 

 最後の戦いの始まりを告げる―――号砲であった。

 

 

 

 



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第60話『believe,―――きらめく涙は星に(2)』

 どれだけのランクの『魔術』なのかは分からない。しかし、それに臆せば、勝利は無くなる。

 

 自分の親父の登場が刹那にあるコンプレックスを刺激したのは何となく分かっていた。だが、それでも―――。

 

 

(容赦はしない!!)

 

 

 甘さなど無い。この身で守れるものなど大してないのならば、真っ直ぐに突き進むしかないのならば、突き進んでやる。

 最大限の集中をする。敵は最強の『魔法使い』だ。どんな時でも毛筋ほどの隙も見せてなるものか!

 

 

 撃ちだされるクレー。引き絞られた弓弦から放たれる『剣』は―――雷を纏いて流星の如き輝きと共に赤クレーを全て打ち砕いた。

 

 やはり魔弾は健在。しかし『剣』である必要は―――射撃位置の関係上、蒼穹に消え去った剣を追わずに、一条は疑問を捨てながら偏倚解放で白クレーを爆破。

 序盤はこうなるのが当然。しかし将輝は容赦するつもりはなかった。再びの『爆裂の結界』。びっしりと覆われた有効フィールドを前にして、刹那の動作を遅らせる作戦。クレーが打ち出されれば、白クレーだけを爆破出来る領域支配。

 

 どうするんだという叫びが聞こえる遠坂刹那は―――クレーが撃ちだされる数秒前に、剣を呼び戻して回答とした。

 蒼穹に消え去ったはずの魔力の剣がブーメランのように弧を描きながら戻ってきた。『白と黒』の……太極図を感じさせる剣が―――。

 

「投影、幻想―――いい足場にしろよ! 『グガランナ』!!」

 

 刹那の呪文と言うよりも、呼び掛け―――まるで猟犬で追い立てるかのように、そんな言葉で『命じる』と剣が―――何かの動物の足?……巨大な黄金の蹄鉄を伴ったものとなりて、正六面体の有効フィールドに『スタンプ』を落とした。

 

 全ての面に突きたった剣が、巨大な蹄に叩かれて、置換型の魔法式が全て病葉の如く砕かれた。

 影響は―――殆ど出ない。行き場を無くした力による余波も出てこないということが、全ての魔法式が砕かれたことで一条よりも上の『魔法』であることを悟った。

 

 

「グガランナ……メソポタミア神話による大地を枯らす『天界の牡牛』、人類最古の英雄王『ギルガメッシュ』とその朋友にして泥人形『エルキドゥ』の冒険譚において倒される神々の獣……」

 

「まさか金色のウシを模した刻印の弓ゆえなのかな?」

 

「どちらにせよ一条の魔法式を全て『蹄』だけで砕きおったぞ!? しかもわしには見える……刹那の持つ刻印の弓も打ち出される剣も『神器』の類じゃ!!」

 

 

 三高の古式の魔法師の大半が刹那の秘術の底を見抜いて驚愕する。

 代わりと言っては何だが蹄で叩かれたことで、雷鳴が轟く有効フィールドになっている。

 

 蹄の連撃で気象操作すらも可能なのか……そんなことを考えていると次クレーが撃ちだされる。

 

 

「―――だとしても負けるかよ!! グランダルメ!!」

 

 刹那の魔力で満たされた有効フィールドを掃除するかのような虹の砲撃が、自殺点も辞さずに叩き込まれる。

 

「やけっぱちに付き合えるかよ!! 暴風を起こせ! 雷鳴を轟かせよ!! 『天地続げる嵐の柱』!!」

 

 対して刹那は弓弦を絞って、矢束……否、『剣束』―――小剣程度のそれを一気呵成に解き放ち。

 

 剣が雷鳴―――レーザーになりて、赤クレーを撃ち抜き地に伏せさせて、剣が逆巻く風の化身となりて、一条の白クレーを天に上げる。

 刹那だけが支配するフィールド。先程の意趣返しとなったそこでも一条はクレーを砕こうとする。

 

 

「やるなっ!! けれど!!」

 

(おそ)いっ!!」

 

 一条が、天に上げられたクレーを撃ち抜こうとする前に、砕かずに白クレーは有効フィールドから叩きだされた。

 

 破壊してもポイントにはならない。

 

 それらの破壊と妨害の二種の連撃でリードを取ったのは刹那。

 

 しかし撃ちこまれた虹の砲撃……刹那も直撃しようとしていたのを防御したことが隙になってしまう。

 次に撃ちだされたクレーは互いに30枚ずつ、若干の刹那の硬直に一条将輝はつけ込もうとする。卑怯とは言うまい―――。

 

 弓弦を絞ろうとするその動作―――それが澱むのを見ながら白クレーを撃ち抜き、赤クレーを弾きだす。

 

 四方八方に散らすことで、刹那の射撃を妨害する。狙い通り―――移動系統魔法で弾きだされた赤クレーの動きを前にして――――。

 

 

投影装填(トレースロード)投影神技(トレースセット)―――其の一矢、過たず九つを穿つ―――是、射殺す百頭・九蛇(ナインライブズ)!!」

 

 

 澱みが消えた刹那の動き。

 神域に達した武技の達人を思わせる動作が―――装填された30もの魔力の剣束を、さながら―――ホーミングレーザーの如く解き放ち、その軌跡はまさしく弓の極致を描いた……!

 

 会場にいる全員が息を呑んでしまい、そしてその絶技を己の眼で見きれなかった者は不覚を覚える。それは記録映像で見たとしても何も感じられない絶技だったからだ。

 

(一矢、いや二矢遅かった……ゲットできたクレーは29枚……!)

 

 不覚の思いで見届けた矢のゆくえに感想を述べる刹那。

 28になっていないのは、若干の幸運ゆえ、意思持つかのように放たれた魔力のレーザーが、ありえざる『動き』で有効フィールドから出ようとしていたクレーを撃ち抜いたのは驚きの限り。

 

 将輝ですら驚いて集中を途切らせてしまうほどに、見事であった……『武』と『魔』の一体合身……まさしく『尚武』を掲げる三高の理想像が目の前にいた。

 

 対して技術者根性の吉祥寺は、抜かった想いをする……。

 

 

「遠坂刹那の戦力評価が甘かったのか―――分かっていたことだ。僕は、あそこまで見事に弓を操る遠坂を見ていたはずなのに!! 変成する魔術だけに眼を捕らわれて!!」

「二刀流の極意だな……主とするのが、『左』か『右』かで、戦力の全てが変わる。スイッチピッチャーならぬスイッチマギクスだな……お前だけの責任じゃない。俯くな。お前の親友であり支えるべき神輿の戦いを見届けろ」

 

 三高の技術者たちが絶望するも最後は……一条将輝の『根性』や『気合い』にかけるというエンジニアとしては失格ながらも、それしか信じざるをえない現実。

 

 しかし、前を向き見届けるべきものはあるのだ。

 一条に対するコールと、遠坂に対するコールとがぶつかり合い、それに応じるかのように決闘場のデュエリストたちの戦いも白熱する。

 

 最大級の殺傷術『爆裂』が白クレーを砕き、蒼い角を目いっぱい張り上げて放たれる剣が音速弾として赤クレーを砕く。

 

 互いに斬り合い。相手の妨害よりも相手に手傷を負わせることを狙った攻撃の応酬。相手より多く切った方が勝ちである。

 

「砕けろ!!」

「角で撃て!!」

 

 

 呪文がいらないはずの一条将輝の現代魔法だが、言葉が力を持つことを将輝は理解していた。

 古式の刹那の声が発せられるたびに、ユークリッド的世界の空間を震わせる。

 

 そんな風な想いすらある。親父の発破が、将輝を立ち上がらせて多くの自分の信奉者の声援が俺を立たせてくれる。

 

 それは甘えではなく、歓喜である。魔法師は全能ではないが、それでも世界を変えられる。意志ある言葉が、より高次の世界の扉を開く。

 

 

 一条将輝のそんな感想を聞いていれば刹那は若干、鼻で笑うぐらいのことはしただろう意見だ。

 そもそも、どれだけ言語を介さない技術が発達した所で、今でも口頭での言語のやり取りがあるのは、思考が言語野、すなわち大脳を通して発音されることである種のインスピレーション、論理飛躍(ウルトラジャンプ)を行うからだ。

 神様によって人間の言葉が乱されて統一言語を無くした時から、人々は、新たなるゴドーワードを…己達の言語と思いを通じるために様々な翻訳をしてきたのだ。

 

 

 視ることが人間にとって最初の『魔術』であるというのならば、喋ることは、人間にとって最難の『魔術』なのかもしれない……。

 

 ともあれ、そんな将輝の考えなど知らない刹那の射と将輝の魔法の打ち合いは、もはや策謀を許さない防御を捨てての殴り合いに移行していた。

 

 お互いに己のクレーを撃ち、お互いに相手のクレーをフィールドから追い出す作業。

 天の牡牛の全体を模した『天牛金弓(グガランナ・ストライク)』―――、無論……本当の天の牡牛を『召喚』『創造』できるわけもなく、その力の一端を引き出して『何故かある』母との縁を利用して、刻印に『被せた』。

 

 更に言えば安定を伴うために本格的な『投影』で世界に固定……『父の御業』を利用して出来た半実体、半魔力の魔術礼装は、一条の全てを打ち破るのに、最適であり……リーナに対する言葉にも使えるものだった。

 

(何ていうか、本当……最後に意地張れるのは、アンタのお陰だ……)

 

 右腕のオヤジに呼びかけてから、宝石の魔弾を装填すると、弓からグガランナの意思を感じる。

 

 それはもしかしたらば、オヤジの声なのかもしれないが―――。

 

 ともあれ撃ちだされた50枚のクレーを眼に入れてから素肌にも見えるほどの魔術回路の循環が、秘奥を解き放つ。

 

 

「Sich aus dem Joch der Fremdherrschaft befreien―――理から解き放たれよ星の運河! アンガルタ・セブンカラーズ!!」

 

 

 引き絞られた万色の魔力剣が撃ちだされたのは有効フィールドの真上。

 

 魔力は即座に七色の虹を何重にも懸けて―――その輝きに眼を奪われたとしても―――構わずに一条将輝は、最大級の『爆裂』を解き放つ。

 

 巨大な魔法陣が掛けられて、クレーを蒸発させるはずの空間を作り上げる。一条将輝渾身の魔力を総動員して作り上げた焦熱空間―――『叫喚地獄』と呼んでも構わない……地獄にきらめく涙が星となりて、降り注ぐ。

 輝く星のような魔力が有効フィールドに落ちていく。それは破滅をもたらす星―――。

 

 

「おおおおおおおっあああ!!!!!」

 

「星よ! (ソラ)よ!  アナタの輝きを地上に、きらめく涙は星に、―――アニムスフィア!!」

 

 

 最大の強敵を前にして将輝の渾身の雄叫び。昂揚して七色の眼を降り注ぐ星に向ける刹那。

 

 

 お互いの声に応じて有効フィールドの主導権争いが始まる。

 驟雨のごとく降り注ぐ星を押し退けようと、一条将輝が歯を食いしばりサイオンの最大放出に耐え抜く。

 

 撃ちだされたクレーが、それぞれの魔力に掴まり砕けることも、運動法則に掴まることも無く宙に浮いたままになる。

 拮抗しあう改変しようとする現象と法則の限り―――そして、永遠にも思えた均衡の時間を崩して勝ったのは……降り注ぐ星であった―――。

 

 耐え抜こうとした一条将輝の魔法陣を砕いて降り注ぐ星の全て―――。

 

(あれだけの数を空間に放出したんだ……! 自殺点も入って将輝に逆転の芽は出る!!)

 

 

 吉祥寺は祈る様に得点盤に眼を向ける。

 しかし、その流星雨の中で崩れ果てそうなぐらいに疲労した一条将輝は見届けた。

 

 とんでもないものが視えたことで赤い特化型CADの照準を煌めく魔力の中でも絞って撃ち抜く。

 

(なんてヤツだ!! ジョージの戦いを見ていなければやられていたぞ!!!)

 

 驚愕しながらも一条将輝は何とか網の目のような魔力の隙間を掻い潜り、白クレーに干渉を果たす。

 

 白と赤のクレーが見えなくなるほどに降り注ぐ『星』の結果を得点盤に刻む。

 クレーには予め破壊されたかどうかを認識する一種の反応装置が付けられており、視界を遮るほどの魔法が放たれたとしても現代機械の極みが、正確に得点を刻んでくれる。

 

 そう―――その降り注ぐ星の雨の中―――有効フィールドから地上に落下していくものが、砕けたクレーではない。砕かれずに残ったクレーが何枚も―――。

 

 多くは―――いや、全てが白クレーであった。しかし一条将輝の努力の甲斐もあり、50枚全てではなく凡そ35枚……15枚しか一条将輝は砕けなかった。

 

 しかし、そうしたことを全て見届けた吉祥寺真紅郎は、その事実を思い知らされる。もしも将輝が何もしていなければもっと恐ろしいことが起こっていたかもしれない。

 

 

「そんなバカな!? なんで! なんで将輝の白クレーだけが、砕かれていないんだ!!!」

「エイドス改変型ではない『魔法』であるというのに、敵味方識別、いや対象物別の広域破壊術。 そんなこともできるのか?」

 

 

 三高の技術者たちが、一高のCADの性能アップに驚愕するのと同じく、三高の魔法師達の全てが、遠坂刹那の『魔法力』に舌を巻いて、降参の意を示したくなる。

 

 降り注いだ星の雨を気遣ってか、係員たちのクレーシュートも連続では無かった……50枚の赤クレーが全て破壊された結果が得点盤に刻まれ、50枚の白クレーを全て破壊できなかった結果が得点盤に刻まれた……。

 

 残りクレー数互いに26……。

 

 

 得点盤には160-149……。首の皮一枚残った一条将輝は、ここから先は本当にお互いの気力と魔力の絞り合いだと気付けた。

 肉眼でも見える遠坂刹那の素肌を網の目のように張っている何かの『回路』のようなもの。あれが純度の高い魔力を精製して、魔力の剣矢を打ち出してくる。

 

 その秘術を支えているのは、恐らく将輝と同じく地獄から帰ってきたゆえだろう。

 

(言葉が無いな。俺とてやれていたつもりだったんだが、ったく衝いた力の大きさ次第で響く鐘のような男だな……)

 

 足が笑いそうなぐらいに疲労している。脳内麻薬が分泌して今の疲れを一時的に飛ばしてくれるが、終わればどうなるか?

 

 もはや後先など考えていられない―――残りの26枚のクレーを一枚も落とさせずに、将輝だけがポイントゲット出来れば―――。

 

 まさしく窮地。しかし―――諦めないだけだ。諦めてなるものか!! その眼を見た刹那は―――立っている限り、何かは起こることを知っている。

 

 最後まで気など抜けない勝負だ!! その意志で蒼金の刻印弓を向けて、特化型CADを向けて―――最後の決闘が行われる。

 

 残り26枚のクレー……分割して放たれるそれを互いの魔法が砕く。そうして最後の言葉の交し合いも始まる。

 

 

「一度は折れかけで、ダウナーしていたくせに! 女の子の声で持ち直すとか、お前、ベタすぎんだよ!!! 現実にはいないだろう『あだ〇充』作品の主人公か!? 略してリア(みつる)!!」

 

「世界で一番好きで、心の底から愛してしまった女の子が近くで見ているんだ!! 無様なまま終われるか!? 俺にだってカッコつけさせろよ!!ついでにいえば一高に『タッちゃん』はいるけど!」

 

 ……『みなみ』はいないが、『みゆき』はいる……どんなトンチだよ。と思いつつ、矢を吐き出していく動作に澱みは無い。

 

「お前は―――最高すぎる!!!! 俺だって好きな女の子に、一高の子に! カッコつけたい!! カッコいいオレを見てほしいんだ!!!」

 

 そう考えると、ここにいるべき人間は、『達也』の方が良かったかと思う。『新田明男』な一条君に引導を渡すのは達也の役目か……。

 

(とはいえ、試合の勝ちはいただく! 勝負の決着は達也と着け合ってくれ!!)

 

 

 ある意味、バカな言葉の応酬と共に剣が飛び、爆破の弾丸が飛び、クレーを撃ち抜いていく。

 決意の砲火を繰り出しあい。

 もはや互いに繰り出せる大きな技など無いが、完成された円舞でも見せるようにその魔法の応酬は絢爛豪華に有効フィールドを鮮やかに彩り―――。

 

 

「セツナ………」

 

 両手で口を押えて赤い顔をして感極まっているリーナの姿にベタすぎて周囲の人間たちが、砂糖を吐き―――。

 

 その数秒後、刹那が―――16枚の赤クレーを砕いたことで、勝敗は着いた。

 

 

「胴上げの準備だ」

 

「「「「応っ!!!」」」」

 

 示しあわせたかのように、刹那と親しい一高の面子など多くの人間達が眼下の競技場に向かい――――。

 

「一色、刹那君を応援したい気持ちを抑えたのは頑張った。けど今は―――一条君優先だよ?」

「わ、分かってます……悔しいです……本当に……」

 

 その悔しさは、多分……三高のエースの敗北ゆえではないということが分かる言葉。厄介な男に惚れてしまったものだと、三高の誰もが嘆き―――。

 

「けれど、『今』はあのヤンキー娘の直接的なアタックで『愛』の本質を見誤っているだけ!! セルナに本当の家族としての『暖かさ』を与えられるのは私です!!」

 

 諦めない令嬢の頼もしさと同時に、隠れ一色愛梨ファンクラブのナンバーズ(数字持ち)である『中野新』が打倒 遠坂刹那を決めた瞬間であった。

 

(一条君じゃないけど、モノリスに出てほしいもんだ。『カガミ』との『ジョイント』で、倒す!!)

 

 

 そして―――、最後のクレーが砕かれたことで一瞬の静寂。場内アナウンスと電子掲示板とが勝者と結果を告げる。

 

『決まりました!! 男子スピード・シューティング優勝は、一高 遠坂刹那!! 劇的なかつお互いに様々なものを乗り越えた上での勝利です!! 虹のグランドスラムが見えるようです!!』

 

『182-170 WINNER 一高 遠坂刹那』

 

 

 勝利の女神は―――宝石の魔術師に微笑んだ瞬間であった。

 

 




ようやくクリプリ戦終了。書き切れなかった部分やボツったネタとかもあったんですがそれでも、これにてスピードシューティングは終わり、ようやくギャルが一杯出る優等生なんかで詳細に描かれた女子の部門に大体は移行できます。

そして今さらながら昨今の原作での暴れっぷりから『このキャラ出すの、すこし早いかな?』ということで、物語から一端『退場』してもらった人間がいます。

一応、一括表示で探って、原文も『文字検索』などを用いてやっておいたんですが、『同学年』『本年度入学』的な文言は消されていないのに気付いて、一筆もらえれば幸いです。


やはりラスボス枠なのか彼は……。まぁある意味、魔法至上主義のマグル軽視な『ヴォルデモート』なキャラではあるけどね(苦笑)


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第61話『believe,―――君との明日』

分割しました。これにて、クリプリ戦は終わりです。


 場内に響くアナウンスの言葉と提示された結果で、割れるような歓声が響き、そこそこに荒い息を吐いていた刹那は、最後の集中を解いた。

 

 対面の一条将輝…そのラオウ立ちのような姿を見てから、後ろを振り向く。

 

 そこには――――。最愛の守護天使がいた……。

 

 

「セツナ!! 着地任せた!!」

 

「要は抱きとめろってこと!?」

 

 

 何故か名言の無駄遣いをした気がするリーナが魔力制御で『跳んできて』、頭上を滑空していた。

 内心では『お袋、親父! 空から女の子が!』なものだったが……。

 

 ともあれ、その姿を確認して、腕を伸ばして懐にその柔らかすぎる少女を受け入れる。

 

 干渉の術式で衝撃を殺してから改めて抱きしめると、その暖かさに酔ってしまいそうになる。

 

 リーナもまた刹那の首に手を回して、姿勢を保持する。至近距離にお互いの愛しい『かんばせ』を見ながら―――断りを入れておく。

 

「汗臭いんだけど、いまの俺……四セットもやったあとだよ?」

 

「いいわよ。別に今まで嗅いでこなかった匂いじゃないしね。

それ以上にセツナの魔力の残滓がここちいいわ……頑張ってきた男の子の匂いと努力の証よ……おめでとう、カッコ良かったわ……♪(GOOD COOL GOOD BRAVE)

 

「ありがとう……すごく嬉しいよ……そして心配を掛けてごめん……最後の気力を振り絞れたのはリーナがいたからだよ」

 

 

 偶然じゃない。二人が出会えたのは、ずっと前から決まってた―――運命(Fate)

 

 無言で、―――いつかの想いを胸に満たして見つめ合う。

 

 お互いに惚けるように顔を赤くしながらのそんなやり取りが、聞こえていたわけではないだろうが、歓声の中に口笛を吹くような音が混ざる。

 頬を寄せてくるリーナの子猫のような仕草に更なる密着。

 

 どうにかなってしまいそうになりながらも、刹那はそこをなんとか理性で抑えながら射台の自動的な移動に任せる。

 

 すると遅れるように、通路から一高と三高の面子が溢れるようにやってきた。

 なんだか注目集め過ぎた戦いだったんだろうなと今さら気付く。

 

 

「少し手荒い歓迎と激励をしたかったんだが……なんかヤマトの戦術長と船務長みたいになっている!」

 

「クドウがいるんじゃ無理だな。恋人同士の触れ合いを邪魔するほど野暮ではない―――ということで」

 

 会頭の言葉を受けてやることは、一高総出での冷やかしの口笛の全体合唱を受けることになる。

 つーか皆して上手いですね。そんな中、ぷひゅーぷひゅー。と必死でやろうとしている中条先輩だけが癒しであった。

 

 

「胴上げしてやろうと思ったんだが、まぁ今はリーナに癒されていた方がいいな」

 

『タッちゃん……』

 

「別に俺には『和也』という双子の兄弟はいない、いたとしても『深雪』がいるんだから『MIX』の方が適切だろうが」

 

 

 達也の意外な好みが明らかになった瞬間だった。

 ともあれ、まだまだ九校戦は続くと言うのに、全てに勝ったような騒ぎであった。

 

 

「その辺は後で教えてやる。ちなみに言えば、リーナ、刹那―――お前たちのやり取りは、全国的に有名(メジャートレンド)になってるとだけ言っておく」

 

「勢いに任せて言ったからか、今さらだけど恥ずかし過ぎるわ……シアトルのパパとママから『孫』(グランドチルドレン)の催促されそう……」

 

「そんときは、とりあえず『頑張るか』……全てが上手くいくわけない。『過ち』もなければ『子供』も生まれないからな」

 

 刹那の腕の中で姫抱きされていたリーナが赤くなった両の頬を抑えて恥ずかしげに言う。

 そんなリーナに、『子作り宣言』の詔書を作っておく刹那。

 

 受け入れるかどうかはアメリカにいるリーナの両親に託された……! まさしく命がけの『終戦工作』である。

 しかしまだまだ『正妻戦争』継続に前のめりな『帝国軍部』(北山、一色、十七夜、伊里谷)などをどうするかである。

 

(まぁどうでもいいか……)

 

 アホなことを最近考えがちな達也の思考放棄。

 

 そして騒いでいる一高とは別に三高……一条将輝は、先輩方に慰められている様子だった。

 

「すみません。勝ちきれませんでした」

「謝ることあるかよ。逃げて得られるものはない。痛みを食らっても逃げずに打ち合って得たものもあるだろう。それを今後に活かせ」

「―――押忍!」

 

 プリンスと呼ばれた一条の奮戦が、髪の毛を犠牲にしてでも戦った姿が多くの三高生たちを束ねて、今後の戦いの困難さを知らせてきた。

 

 そうしていると一条と会話して奮い立たせた三高の会頭の役だろう三年生が、こちら―――刹那に言ってきた。

 

「ところでだ。遠坂君―――終わってそうそうでアレなんだが、一条の髪の毛を回復させることは出来ないか? 即効性の毛生え薬でもいいんだけどさ」

 

「ちょっ! トシ先輩!! なんでそんなことを頼むんですか。俺の髪の毛は三高の礎にしたんですよ!!」

 

「バカ言うんじゃねぇ。それとこれとは別だ。

 お前の短髪姿は、それはそれで『石田先生』(?)の負担を軽くするかもしれないが、女性ファンの支持が激減だ!! 早急に何とかしなければいけない!!」

 

 その言葉に、誰もが納得してしまう。

 やはりビジュアル系でもいける将輝君はカッコつけていなければ、魔法師のイメージアップのためにも、坊主はよろしくない。

 

 早急な対策が必要であった。

 

 納得してしまったので刹那は、取り出した『ジグマリエ』の講義で使った毛生え薬。それをかなり希釈したものを出すのであった。

 

「即効性の毛生え薬なんてそんなもんまで作っていたのか……」

「死滅した毛根は再生治療ではどうしようもないが、まぁUSNAでは結構な『顧客』がいたよ。九島の爺さんもその一人」

 

 中には若ハゲとも言える日野……ではなく、生え際が後退しているリッパーのラルフ・アルゴルなども使っていたのである……。

 とはいえ、そんなこんなで坊主頭の将輝君との決別をする前に―――、それに興味を沸かせた人間が一人。

 

「一条さん。少しよろしいですか?」

 

「し、司波さん!! 今の、ミジンコ以下のダメ虫すぎる僕に何か用でしょうか……?」

 

 好意を寄せている相手に声を掛けられて嬉しい反面。今の情けない自分を見られたくないプリンスのナイーブな心情が分かってしまう。

 

 というより後半は卑屈になりすぎである。話しかけてきたのが深雪だからかもしれないが。

 

 しかし、寄せられている好意を知らないわけではないだろうが……いや知っていても、普通の対応をする深雪に、少しだけ残酷すぎると誰もが思う。

 

「その、髪が伸びる前に、坊主頭ってどんなものか触らせてもらってもいいですか?」

「どうぞ。僕なりに司波さんへの御利益があるように祈らせてもらいますので、存分に」

 

 ダメだ。こいつら……はやくなんとかしないと……そんな想いながらも一時的に地蔵菩薩のようになり雪の女王たる深雪に跪くように姿勢を低くするプリンスの姿。

 

「うーん、これはやはり似合いませんね……やっぱり一条君も髪を伸ばしてカッコよく決めましょう。着飾ると言うことも魔法の一つらしいですから、ね?」

 

「司波さん……ありがとう。僕自身、三高に入ってスポーツ刈りとかにしようと思っていたんですが……おかげでお袋の髪に自信が着きました。これで行きます!!」

 

 本当かよ? と思う一条の言葉だが、尚武を掲げる三高ゆえにその辺りは悩んでいたのかもしれない。

 OBであるという親父さんとは真逆の顔立ちだもの。一条君。

 

 だが、その反面、司波深雪の『言葉の裏』を一高の全員が察した。

 

『これはやはり『お兄様にも』似合いませんね。……やっぱり『お兄様も』一条君も髪を―――』

 

 ……という口に出していないが察してしまう文言があり、どうにもすれ違う深雪と将輝。

 一高全員がナルト世界の忍びのように裏の裏を読んでしまうぐらいに、深雪が分かってしまうのであった。

 

 そんなこんなで一高と三高の交流が始まると同時にやってきたのは、三高の戦姫にして、少しだけ寄せられている好意に戸惑う女の子であった。

 

「ところでセルナ、いつまでお姫様抱っこしているんですか? アナタも! セルナは戦って疲れているんだから退きなさい!!」

 

「やーよ。というよりセツナは嫌がっていないもの? そうでしょ?」

 

「そうだけどさ、流石にこの森雪と古代進スタイルをいつまでもは恥ずかしいかな……? というか一色の中で俺はもうセルナ呼び決定なんだ」

 

「私のことも『アイリ』でよろしいですから、そしてこれが私のプライベートナンバーです。三高のみんなの手前で言うのもアレですが、カッコ良かったですよ♪」

 

 二人の金髪の美少女(ブロンダー)に囲まれていることで若干、殺意が届く。観客席からも近くの人間からも―――。しかし、そんなちょっとした乱痴気場は呆気なく終わる。

 

『えー、場内アナウンスをさせてもらいます。スピードシューティングの男女決勝、全てのプログラムが終わったとはいえ大会委員やスタッフの皆さんの苦労も考えてください。

 序でに言えば、表彰式もあるんだから―――とっとと、リア充ども解散しろやコラー!!!! 独り身の連中の気持ちも考えやがれ―――!!』

 

 場内アナウンスを行う魔法科高校の中でも選ばれた一人、五高放送部所属の『水浦』のシャウトが響き、『F○CK YOU――!!!』などと放送コード大丈夫かよという言葉を受けて流石に解散する面々。

 

「刹那―――、俺はピラーズは棄権するが、モノリスに全力を尽くすつもりだ。お前も出てこいよ」

 

「その辺は、準決勝までいけるかどうかなんで、他の連中任せなんだよな。まぁ遠隔射撃系競技は、俺の独壇場ということで総なめさせてもらうさ」

 

『『『させるかよっ!!』』』

 

 三高との別れ際のセリフを受けて、スピードシューティングだけではなく、まだ他の競技も残っていることを再確認する刹那。

 

 九校戦の勝敗を占う新人戦は、まだまだ……多くの魔法師たちを眠らせている。

 

 女子と男子のバトルボード……光井、エリカ、桜小路が参加するレース競技……その予選の時間は着々と近づいていくのだった。

 

 



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第62話『九校戦――真相と次戦に向けて』

続きは書いているんですが、中途半端に長くなりそうなのでとりあえず分割アップロード。






「本当にお前は緊張しいだな……。激励に来たと言うのにこれかよ」

 

 ウェットスーツ。競技用サーフボードの選手が着るような水を弾くものを着込んだ同級生の男子は、一度だけ詰まってから口を開く。

 

「う、うるさいな。あれだけの大舞台であそこまで振る舞えるお前の方が変なんだよ。実はギャラリーが芋かぼちゃに見える『魔眼』でも使ってるのかと疑う」

 

 緊張している割には上手いこと言ったものである。

 男子バトル・ボードの予選。第三レースに出る緊張しいの五十嵐鷹輔を激励してやれという難題が降ったが、本当の狙いは―――。

 

 

「ヨースケ、ファイトですよ。ここでビシッ、と決めていけば一高のヒーローです。浜辺に誘われたいガールが続出です」

 

「ア、アンジェリーナさん……よし! そうだ。我が朋友『モーリー』があえなく三高に蹴散らされた今、遠坂だけに話題を独占させてはいけないんだ!!」

 

 

 リーナの激励こそが五十嵐の精神安定剤。少し前までは、刹那とリーナのあれやこれや(LOVE)で『真っ白に燃え尽きていた』のに現金な男である。

 そんな五十嵐を見てから後ろの方で見ていた二人の先輩にいいんですか?と無言で問いかける。

 

 女子の先輩、光井や雫の所属部の部長にして五十嵐鷹輔の姉貴である『五十嵐亜実』は、手を合わせて『ごめんね』と無言で言うかのように少し顔を苦笑させていた。

 

 男子の先輩、そんな五十嵐姉弟の幼なじみにして、ご近所の『兄ちゃん』である風紀委員でも知っている『辰巳鋼太郎』は、拝むかのように手を合わせて『申し訳ない』と無言なのに、そんな言葉が聞こえるぐらい顔を伏せていたのだ。

 

 

 別に一高の勝利を願わないわけではない。五十嵐の敗北が視たいわけではないので、それはいいのだが、激励が刹那の彼女のリーナの言葉というのはあれである。

 ある意味、リーナを『魔性の女』としてしまっている現状に、どこに文句を言えばいいのか分からない。

 

(大丈夫よ。ノープロブレム、ワタシがそこまで安い女じゃないことは、アナタが一番知っているでしょ?)

 

 小指に巻きつけた『髪』を通して思念で話しかけてきたリーナ。どうやら刹那の不機嫌は察せられていたようだ。

 

(独占欲強いステディで、ワタシ、愛されてる実感ばかり感じているんだから、ね?)

 

 他の男と会話しながら、刹那にラブメッセージを運ぶリーナに、本格的に魔性の女だな。と思ってしまう。

 そして『連れてきてもらったのは間違いだったかなー…』と意思と苦い顔を合わせる後ろの男女。

 

「やる気が出てきた!! 競うなっ! 持ち味をイカせッ! 俺にしか出来ない戦い方がある。風祭の姐御ではないが、嵐の中でも輝いてみせる!」

「その意気だ。鷹輔! ところでだ遠坂、何か緊張しいの鷹輔を落ち着かせるものはないか?」

「時にトランスしがちというか突飛な行動を取る亜実先輩の例からして、このままでもいいような気も―――」

 

 四月の八王子クライシスでSSボード・バイアスロン部に現れたカエルの獣体を魔法でペシャンコに潰してピョン吉(ど根性ガエル)にするわけでもなく内臓破裂させた所業は伝わっている。

 

 同級生二人曰く『あの人は、あれだね。キレると普段と違うことをするタイプ』『普段はにこやかだけど、その裏側に狂気を隠し持つタイプ』

 

 と言った事を話すと―――

 

「人を暴走機関車かエド・ゲインみたいにいわないで! というか私はそんな風に思われていたのか!?」

 

 嘆くような調子の亜実先輩を置き去りに、五十嵐家の人々の特徴を、辰巳先輩と話し合いながら、最終的には三つ揃えの『アミュレット』ともペンダントとも言えるものを出す。

 

「まぁ亜実先輩から言われて作成はしていたんだ。一応、辰巳先輩と亜実先輩との意匠を合わせたルーンの護符だ」

 

「いいのか?」

 

「効果があるかどうかはお前次第。気の置けない兄ちゃんと姉ちゃんいるんだから今はそれに寄り掛るのもありなんじゃないか?」

 

『三つ子』のルーン輝石。一繋ぎのルーンを割り『祈り』を捧げてくれる相手次第での……まぁ効果は本当に本人とペアの相手の意思次第。

 

 一種の信仰心の集積。一条将輝がやったのと同じくである。ドーピングというほどではないが、レギュレーションに違反しないだろうことは、確認済み。

 結局、会場にいる大半が魔法師である以上、応援や祈りが、そういった『ミサ』『護摩業』『禍払い』的な信仰心へと昇華されるのは仕方ない話だ。

 

 そうして鷹輔、辰巳、亜実―――へと順番良く渡すと―――。

 

 

「うわっ、弾けちゃった……」

 

 

『反応』は覿面。いきなりな『結果』に驚き、手の中の護符が砕けたのは、亜実先輩だった。

 恐らく……そうなるだろうと思っていた刹那としては当たってほしくない想いもあったのだが……出てしまった結果は受け入れなければなるまい。

 

 

「姉ちゃん……何かまた変な力の入れ方を、いててて!! 頭ぐりぐりするなよ!!」

 

「鷹輔~~人を怪力女みたいに言わないでねー。あれは鋼太郎が部屋でエロ動画見ていたからよ!! 勢い余ってガラスを蹴破った時に、遠坂君の修復術式があれば良かったなー。とか思っているんだから!!」

 

「自室でぐらいゆっくりさせてくれよ。俺にもプライバシーがあるんだから……ともあれ、遠坂『予備』は?」

 

「どうぞ。『こっち』は大丈夫だと思いますよ」

 

 豪放磊落とまではいかないが、風紀委員の兄貴分でもある辰巳先輩の疲れ切った顔を見て、レアだなと思いつつ、お疲れ様ですとして辰巳先輩に手渡して―――。

 

 

「ほら。あんまり後輩の手を煩わせんなよ……。亜実、何か悩んでいるのか? 俺で良ければ聞くが?」

 

 手を取られて『本物』のルーン輝石を辰巳先輩から渡された亜実先輩は少しだけ惚けつつ、口を開く。

 

「……特に無いよ。けど―――うん。鷹輔! ちゃんと予選ぐらいは突破しなさい!! ウチ(五十嵐家)は『二十八家』ではないけど百家本流の血筋。だから突破できれば鋼太郎の奢りで何か食べよう。それで構わないよ」

 

 最後の言葉は辰巳先輩に向けて、幼なじみ同士で少し会食しようと言う言葉に、分かったと答える……そしてダシに使われた弟は、少しだけ苦笑いであった。

 

 ともあれ、それを最後に―――選手の呼び出しが鳴り響く。

 

 

「それじゃ行ってくるよ。遠坂―――俺の中で、いつか区切りつけるからさ……まぁ女々しい男として警戒しておいてくれ」

 

「そうさせてもらうよ。とりあえず勝ってこい」

 

「おうっ!」

 

 

 そうして五十嵐を送り出すと、今度はバトル・ボード女子の新人戦……光井は最終だが、一応見てくると亜実先輩がいなくなる。

 

 居なくなったことで一高の控室であり、休憩所が少しだけガランとする。

 

 その空間で、辰巳先輩は深いため息を突いて『結果』を聞いてきた。

 

 

「姐さん…いや、渡辺の首筋に針を撃ちこんだのは、『亜実』なんだな?」

 

「ほぼ確定―――とだけ言っておきます。催眠術的なもの、即ち『操作術』を打ち消すルーンが、弾けたんです……何者かに操られていたとみるのが、筋でしょうよ」

 

「ブランシュ―――甲の兄貴が隠し持っていたものか?」

 

「その辺は調査中です……ただ、催眠やマインドジャックの類は、長い期間相手に接していなければならない面もあります……心当たりは?」

 

 

 壁に寄り掛り俯く辰巳先輩。男の心情にずけずけと入り込むやり方は好かない。

 だが、会頭と会長が、『犯行の理由』……『ホワイダニット』として選んだのは、この人だったんだ。

 

 渡辺風紀委員長に横恋慕する辰巳先輩。そんな辰巳鋼太郎を憎からず思って、振り向いてくれないことに焦燥感……その『心の隙間』に入り込んだ。

 そういう推理だったのだが、当たっているのかどうかはまだ不明―――。

 

 そして、あんなニードルガンとかいう凶器を手渡した『何者』か……『フーダニット』を求める……。家も近所で、それなりに付き合いもある二人。

 

 如何に現代社会がプライバシーを重視していても人の口に戸は立てられず風聞もそれなりにあるのだ。

 

 そこに賭けた―――。

 

 

「……最初は男でも出来たのかと思っていたんだが、家の人達にそれとなく心配されているみたいだから一度尾けてみたよ。

 そしたら、変な髪色、どぎついぐらいに『ピンク』の髪をした外国人……日本人、人種の特定が出来ない位に、『変な女』と亜実が会話していた……くそっ、やられた。顔を思い出そうとすればするほどに見えなくなってくる……」

 

「ルーナマジック……」

 

「ふかくふかくふかく、とおくとおくとおく、ささやけささやけささやけ……とおくふかくささやく―――」

 

 

 リーナの驚愕の声と同時に解呪を試みる。頭を抑えた辰巳先輩の前に出て呪文を唱える。呪文は果たしてうまくいったのか……。

 

 最後に指をパチンと弾いて催眠術を掛けたかのようなジェスチャーで『気付け』をさせる。すると頭から手を放して、一息を突く辰巳先輩。

 

 

「……ワリィ。忘れちまった。遠坂に話すだけ話せた特徴は、間違いないんだがな……」

 

「恐らく誰かに探られるのを分かっていたんでしょう。それを見越して記憶消去がかかるようにしていた……」

 

 

 こういった「下手人」の「手癖」は何となく覚えがあるものだった。そして「オヴィンニク」の異名から察して、直接手を下してはこないだろう。

 ただしリズリーリエの話が本当ならば……最終日、何もかも疲弊した時に『やってくるはずだ』。

 

「どうするんだ? 亜実を拘束するのか?」

「意味ないですよ。下手人は望みを果たした。そして五十嵐先輩が何も覚えていないならば……罪を糾弾すべきは、辰巳先輩が視たとかいう『狐女』に負わせるべきだ」

 

 

 辰巳先輩に手を振りながら、あんまり深刻にならなくていいとしておく。

 渡辺先輩と微妙な関係に―――それは前からだったが、ともあれ何かあれば、そのケアは、辰巳先輩がやるべきことだ。

 

 あの女が、亜実先輩の心の隙間―――自分を見てほしいのに、渡辺摩利ばかりを構っている辰巳先輩のある種の『女泣かせ』が、洗脳を容易にしてのけたのだから。

 

「そろそろ応援行った方がよろしいかと、俺たちは報告書まとめありますから」

 

「……ここに誰もいないからって『粗相』するなよ」

 

『しませんっ!!!』

 

 辰巳鋼太郎のからかいの言葉に返しながら少しの『イタズラ』を潰された気分は少しある……。うん、想像するだけならばタダだよな。

 

 ともあれ、ようやく見えてきた九校戦に策謀―――いや、ただの『暇つぶし』感覚をしてのけた女の高笑いを想像しながら、その顔に爪を突きたてるべき機会はいずれやってくる。

 

 その時までに己を砥いでおくだけなのだ……。砥ぎをすることで剣は『切れ味』を取り戻すのだから。

 

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

「と、まぁ―――そんな感じだ」

「マインドコントロールをした下手人はかなり前から五十嵐先輩に接触していたか。ともあれ、男子は五十嵐は予選突破。女子は桜小路、エリカも同じく……」

「ん。つーことは最終レースの光井だけが残っているのか、というか歯切れ悪いな達也」

 

 観客席の隅っこ。最終レースの光井は、残り2レース消化してからということで内緒話に適した場所に移動しての会話。

 

 風で音を消してはいるものの……手すりに体を預けての会話でも注目度が高すぎる。

 

 何故かなど愚問だろう……現在、席の確保と所用済ましでいない市原先輩の代わりに打ちこみをやっているリーナも同じく……様々な視線を浴びていた。

 彼氏としては、傍で気にするなとか言ってやりたいのだが、とりあえず深雪と美月もいるから問題ないという感じであろう。

 

 そんな風に思ってから達也の言葉を待つと―――。

 

「お前ら本当に辰巳先輩の言う通り『粗相』してきたわけじゃないだろうな?」

「お前なぁ………当たり前だろ……」

 

 地中海のギャング。まるで麻薬を売る『ボス』に『下剋上』しかねないギャングを思わせる達也の言動に『汗』を掻く。

 

 いかん。汗を掻けば達也に舐められる。そして『この味は!……ウソをついている『味』だぜ……トオサカ・セツナ!』とかやられかねない。

 

 などという内心を読んだのか、嘆息されてから半眼で見ながら口を開かれる。

 

「安心しろ。質問を尋問に変えて知りたくないことまで知ろうとは思わない。しかし、だ……桜小路はともかくとしてエリカのレースは見るべきだったな」

「うっ、それを言われると痛いかな。……申しわけない」

 

 友達甲斐のないヤツと言外に言われて、謝るしかなくなる。ただ―――勝てないレースでないことは分かっていた。

 

 そもそも、水面干渉とボードに対する強化。『風鋼水盾』は、まさしく水を割くように加速を果たしてエリカを望みの場所へと加速させただろう。

 

 

「最終的には意志を持つ『メイド』にでもなれれば、最高なんだがな。俺の知り合いは、アレの源流を鎧として己の身体なり、他者に着せていたよ」

「今のエリカではボード単位が限界だ……まぁその通りに勝ったがな」

 

 

 ボード自体を『加速器』付きの『鎧』とする技法に誰もが目を奪われて、結局エリカは勝った。

 

『エルメロイレッスンの成功者』が、再びバトル・ボードを荒らして、出目を分からなくする―――。

 それは楽しい限りだ。

 

 下馬評通りの戦いなど何も面白くないのだから―――。

 

 

「問題は、ほのかだ。どうにも桜小路とエリカの滑りに少しばかり焦っている様子だ……」

 

「お前の『アノ作戦』は、採用したんだろ? そもそも地力では光井の方が上だぞ?」

 

「まぁな。見解が一致して何より」

 

「メンタルケアは光井の気持ちが向いている達也がやった方がいいよ。地力を発揮させる魔法は、光井だけに通じる『愛の言葉』(ゴドーワード)だな」

 

「クサくて心の贅肉すぎる言動、ありがとよ」

 

 

 やかましい。と内心でのみ人の悪い笑みを浮かべる達也に言うと予選の最終レースが始まろうとしていた。続々と一高の指定席が埋まっていく。

 

 リーナと深雪に手招きされて赴くと手渡されるのは当たり前の如くサングラス。そう言えば、七草師も掛けていたことを思い出す。

 VIP席にて、果たしてどんなことが行われているのかは分からないが、ともあれ―――。

 

 渡されたサングラスを前にして推理を働かせた美少女アメリカ人が、はっ、として口を開く。

 

「もしかしてホノカ―――光の振動系統に精神系統を合わせた……魔王の力を借りた最強の攻撃術―――『ドラグ・ス〇イブ』(竜破斬)でも覚えたのかしら!?」

 

「ネタが古すぎる。ハーメルンの読者でどれだけの人が『ド〇グ・スレイブ警報』なんて知っているんだよ? とはいえ可能性はあるか……」

 

 

 メタすぎるアメリカ人2人のセリフ。とはいえ、推理自体はあながち間違っていない辺り、この二人……やはり天災か!?……。

 

 と達也は思っておき、全員がその言葉で『対閃光防御』をして―――最終レースのスタートが切られると同時に―――。

 

 水面にほのかの『ドラ〇・スレイブ』(ライティング)が放たれて、不意を突かれて出鼻を挫かれた他の選手たちが落伍したり強烈な閃光から視力の回復をしている中―――独走状態となった光井ほのかは、そのままに予選突破を決めた。

 

 

 のちに、このことが語り草となり『閃光のホノカ』とか言われたりして、とりあえず壬生先輩が少しだけ不服そうな顔をしていたのは、蛇足である。

 

 ともあれ順当に、順調にプログラムを消化していった結果、一高が一位ということは変わらず下の方で幾らかの変動がありつつも、緊張感漂う九校戦も中盤戦へと移行していくのだった……。

 

 



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第63話『九校戦――幕間、そして星を呼ぶ少女』

優等生のワンシーンのためだけに一話を使ってしまった……。


「くっくっくっ!! ようやくアノ泥棒猫(レディキャット)―――まだお魚一つ咥えていないドラネコを血祭りに上げる機会がやってきた。

相手にとって不足無し! 当方に迎撃の用意あり――――、ワタシの行動のベクトルは全て勝利に向けられているっ!!」

 

 

 宣戦布告の如き強烈な言葉を吐き出す金髪美少女。その形相は既に鬼。グラップラーとは、この女の如きことを言うのか……

 

 そして取るべき行動は――――。

 

 

「うーん。このマロンクリームの甘味が私を神風怪盗にしてしまうわ♪」

 

 モンブランを口に含んでの蕩けた顔であった―――。

 

『なんでだぁあああ!!!???』

 

 一高女子の一年だけを集めた部屋にて行われている女子会。

 明日への抱負を語る過程で、リーナに聞いた人間含めて全員が嘆くほどに意味不明であった。

 

「いやいや、スバルの気取った台詞のあとには、やはり『イタガキ』先生や『ヤマグチ』先生のティストも必要だと思うわ」

 

「それはどうして?」

 

 普通に考えればふざけただけなのに真面目に問い返す深雪に再びの『なんでだぁあああ!!!???』が出そうだったが、若干真面目な話も出る。

 

「上品な技術(テクニック)だけでは勝利は取れない。表現は悪いけど『時にはリングを血で染める野蛮な暴力(バイオレンス)』も必要なのよ―――特にあの女……アイリ・イッシキは、セツナに言わせれば根っからのファイターよ。お上品に向き合うような相手じゃ勝てない」

 

 女子としてはどうかとおもうのだが……。深雪の疑問に随分ととんでもないことを言うリーナ。

 しかし、あの女の手並み。『速さ早さ疾さ』(スピード)は一度だけ見ている。

 

 九校戦二日目の夜だったか、体技場にてとんでもないデュエルを見せつけてくれた刹那と愛梨の戦いを考えるに、トーナメント表から早々に当たるだろう春日菜々美と里美スバルは、その言葉に緊張せざるをえない。

 

 

「せめて司波君がCADの担当してくれたらばなー……」

 

「多分だけど無理なんじゃない。だってあのブースト(加速化)を技術で埋めようと思えば、扱う方にもそれなりの『体技』の素養を求められるわよ」

 

エクレール(稲妻)の名は伊達ではないか……しかし! だからといって僕の魔法で戦ってみせるしかないんだ!」

 

 

 春日の言に体技専門の千葉エリカが無情な判定を降して、里美スバルが意気込む。

 

 刹那曰くせめて『幽玄』の域にスバルの振る舞いが至っていれば問題なかったという。それであれば一色の『動体視力』でも捕捉されないという言い分。

 それを思い出してから刹那の『担当』である二人―――柴田美月と桜小路紅葉のダブルスコンビが口を開いた。

 

「私達はマイペースに行きましょう。強い相手もシングルスばかりに集まってるんだし」

 

「そうですねー。けれど吉田君も西城君も奮起しているんですし、少しは」

 

「……男子にゃ負けられないわね。美月さん。がんばりましょ」

 

「はい。桜小路さんもよろしくお願いします」

 

 

 上手い乗せ方をするものだと誰もが思う。

 一見すれば、やる気のない桜小路紅葉ではあるが、美月が『二科』の男子のやる気の程と、それなりの有名どころである名前を出したことで意思を疎通しあう。

 

 美月が立てて桜小路が、それを何とかする。凸凹コンビという程ではないが、友情というよりも上司をコントロールする敏腕部下といった風情の2人。

 

 今回の九校戦においてクラウド・ボールで『ダブルス』が採用された背景には、少々複雑なものがある。

 魔法師単体の能力を競う競技内容の多く。無論、モノリスなどもあるのだが、段々と個人の技量が際立つものばかり採用されてきており、この辺で少し空気を入れ替えたい。

 

 要するに個人だけでなく特殊なスキルや隠れた才能を持った人間が出てきたり、片や単体ではなく『ペア競技』などで力を発揮する魔法師もいるはず。

 

 正面戦闘だけに囚われた見方を強要されるよりは……治安関係の官公庁やテレビ局やCADなどのマギクラフトのスポンサーなどの意向で、来年度の試金石として導入されたのだ。

 

 もっとも、何の勝算も無くこの二人を組ませたわけではない。美月の持つレアカラー。『月』を利用した『魔法』の『強化』を受けるに相応しいのが桜小路紅葉であったから。

 

 そんな裏事情などを考えて、話は明日の相手よりも『九校戦』そのものに移っていく。

 

「なんか噂では、『モノリス』も若干のレギュレーション変更があり得るんだってね」

「うん。本来ならば『準決勝』から既に二種目に出場した参加制限選手の登録も可能となって五対五の形式になるはずだったんだけど―――」

 

 エイミィの疑問に事情通の雫がショコラを啄みながら答えて、少し憂鬱にもなる。

 

「モノリス・コードに限り、『予選第一試合』から五対五になって、事前に通達されていた準決からの参加制限解除……既に二競技行った『参加制限選手』も登録可能となる―――まだ不確定だって話だけど、多分既定路線になっている」

 

 一条将輝がモノリスの準決勝まで三高は進んでくれると期してスピード・シューティングで遠坂刹那と覇を競ったことが契機となったのか、九校戦のモノリスルールの改訂は噂になっていた。

 

 もっとも一条は明日のピラーズには出ない。たとえモノリスで一回戦から出場可能であっても一日身体を休めて、万全でモノリスに挑む。

 そこでリベンジをするという話……刹那の端末(電話)に掛けられた三高 一色愛梨よりの話によれば、そういうことだ。

 

 一条は刹那と闘いたい。もしかしたらその過程で他にも目が向くかもしれないが―――その他の問題点としては……。

 俗な言葉で言えばスクールカーストゆえの『いがみあい』。

 

 グループ間の対立である……そしてモノリス・コードのチームリーダーはA組の『あの森崎駿』なのである……。

 

「本当にセツナを出すかどうかは分からないわよね……『タスケ』もそうだけど」

 

何気なく呟いたリーナの言葉に雫とエリカが食いつく。

 

「森崎が賢明な判断をすることに期待したいけれど、会頭と会長は、この際、成績の良し悪しではなく『実践想定』で達也さんと刹那を筆頭に五人組を出す案。

けれど渡辺委員長や副会長は『負け癖』が着いても困るから再起のチャンスを森崎たちに与えたい案」

 

「チームリーダーを森崎にしたのは、響いたわね……こういう時に達也君の代わりに皆を引っ張っていくのが一科にいる刹那君の役目じゃないリーナ?」

 

 

 若干ながら核心を突いたエリカの言葉にリーナとしても苦笑い。とはいえ、まさかそこまで恣意的な人事で『勝利』の芽を潰すということをするとは思えなかったので、『出世』しろとは要求しなかったのが仇となった。

 

 とはいえ、母国のことを考えるに、ソ連や中華共産党と事を構えたくないからと、当時の大統領が『ダグラス』の進撃を阻んだこともあるのだ。

 ふざけた降格人事の結果は、見るも無残な冷戦体制を作り出した。

 

 あの時、徹底的に『アカ』を叩きのめしていれば、今の世界の姿は違っていたのかもしれない……。

 

 そんな夢想と空想に浸ってから、その表情のままに彼氏に対する弁明の準備でテーブルに出されているスイーツに手を伸ばす。

 

「本人は、リーダーとかそういうのは性に合わないとか思っているんでしょうね。それにタツヤならば、いずれはそういった冷遇を乗り越えて魔法師社会の一角の人物になってくれると思っているんでしょうね」

 

「随分と上から目線。けれどお兄様がそれを望んでいないかのうせ『ないわー。それはないわー』……どうして?」

 

 

 深雪の言葉を途中で遮って、リーナはショートケーキを頬張りながら口中にある甘さを呑み下していく。

 そうしてから言葉を紡ぐ。

 

「シズクの『マイン』(能動機雷)もホノカの『フラッシュ』(閃光波動)も、タツヤの考案(プラン)でしょ? これって本来ならばCADエンジニアの領分を超えてのことじゃないかしら? 無論、親密度次第では、2人に勝つための策として授けるのも吝かではないでしょうけど、あえて『地力』以上のものを与える……言い方は悪いけど『理論』は理解出来ても実践できる人間にそれを授けるっていうのは、少なからず―――『自己顕示欲』の発露よね」

「……随分と見ているのねリーナ。お兄様の事を」

 

 少しばかり険悪な視線。嫉妬まじりの『余計な事を言うな』という視線に構わずリーナは、言葉を続ける。

 

「そう? けど殆どぶっつけ本番で、それ(新魔法)をさせるのはそういうことでしょう? それに三高や他の高校では既に噂になっている……カーディナル以上のエンジニアが、一高の選手たちを大幅に高めているってね」

 

 

 そう。確かに深雪としても兄の栄達は嬉しいし、噂になるのは心地いい。それは事実だ。

 

 だが、それであまり耳目を集めて『悪目立ち』してしまうのも困り者だ。

 つまり深雪からしても、これは想定外。『本家』である『四葉』がどういうジャッジをするのかは知らないが、確かに……「やりすぎ」である。

 

 自己顕示欲―――本当は兄、いや『男』に一番必要なものを『欠けさせて』生まれ落ちた司波達也であったが、本当はあったのだろう。

 

 好奇心を抑えきれないのは、最終的には自分の開発したものを『実験体』が、どんな風に扱えるかを知りたいから―――そういう帰結もあり得る。

 親愛とか友情とか表面的なものを取っ払えば、そういう結論もあり得る。

 

 だから登録するのが使用者である『北山雫』云々だけで、隠しきれる問題ではないのだ。

 

「まぁクールな外面にホットな内面と忙しないタツヤが、一高一年の男子を率いるのが『スジ』(正道)だと思っているのよ。ウチの旦那(ハズ)は基本的に、目立ちたくないタイプなのよ」

 

 籠って研究か宝石に魔力でも溜め込んでおきたいタイプ。しかし遊ぶ時には遊ぶし、その内容も充実したものだ。

 

 魔術師としての面と人間としての面のバランスを取りやすいタイプなのだ。とリーナが結論付けると……みんなして様々な顔をする。

 何故ならばさりげなく入っていた『単語』に誰もが赤面したり怖い顔したり、れーせー(冷静)に見てきたり、まぁ色々だ。

 

「まさかステディとかラバーとか通り越して……」

 

「ハズバンドとは恐れ入るなぁ……って雫! こわい! ちょーこわい!!! ウィッチクラフト系統の魔力が漏れているから!!」

 

 エイミィが、隣にて紅茶を飲む雫から遠ざかる様子に気の毒になる。しかしながら……今日の九校戦の話題を攫っていったのはリーナと刹那なのだ。

 もっとも雫の不機嫌の理由はそこではないのは当たり前だが。

 

「今日のMVPは雫と刹那君だけど、にしても、ネットのトレンドがとんでもないよ……」

 

「金髪碧眼の少女の愛が孤独なローンレンジャーを突き動かす! 立ち上がれ!! 現代のロビンフッドにしてアーラシュ!! 愛を取り戻せ!!……何処のサイトでもこんなタイトルだしね」

 

「半世紀以上前に流行ったネットトレンド画像『恋人といる時の雪って特別な気分に浸れて僕は好きです』ぐらいの盛り上がり……中にはプラズマリーナとプリズマキッドを使ったパロディまであるし」

 

 皆が端末を操作して示してきたものを見せられてリーナは恥ずかしい想いもあるが、それ以上に嬉しい想いを感じる。

 

 ネットの世界と人の愛は深淵だわー。などと深雪は思ってから、色々と見ていくと同じく男子会に誘われている刹那が達也に見せられているだろう画像を見ていく。

 

『しばらくの間、キスお預けなんだからねー!』『しばらくの間、膝枕お預けなんだからねー!』

 

 ……パロディ画像の方が『健全』なのはどうしてか、ともあれネットの世界を騒がせている九校戦の有名人の画像の件で色々と待機していた連中や連れてこれなかった一高の人間達からもメールが引っ切り無しだ。

 

 だからこそリーナは女子会こそ楽しいが、申し訳ないがそろそろ刹那と二人っきりになりたいと伝える……。

 

「こんな風に話題になっているならば、セツナに会いにいきたいのに……機械オンチなセツナのことだから困っていて隣で寄り添いながら一緒に見たかったのよ?」

 

 リーナの必死な言葉に反応するのはB組の級長役ともいえる桜小路紅葉であった。

 無駄だとは思っていても諌めの言葉の一つでも言っておかなければ級長とはいえないのだから……。

 

「ただ単にこれを見るだけならばいいだろうけどね。それ以上に『にゃんつかれて』、この会場内で粗相されて『フライデー』されたら困るから、こうして夜の女子会に誘ったのよ!!リーナを拘束するためだけに!!」

 

「おのれアカハ!! アナタみたいなうすっぺらな藁の家が深遠なる目的のワタシとセツナの愛の巣に踏み込んで来るんじゃあないッ!」

 

「誰がうすっぺらな藁の家だ!?」

 

 

 言い合いながらも本格的な取っ組み合いに至らず何故か『一世紀前』から流行っているカードゲームでの勝負を挑みあうB組名物『バカップルVS委員長』という構図。

 

 ほのかの『止めなくていいの?』という疑問に、エイミィだけは、『日常茶飯事』として静観する構え。

 

 

 そうして明日の激戦に向けてヴァルキュリア(戦乙女)たちが、思い思いに英気を養っていく裏側……。

 

 静岡から遠く東京の更に海の果て『小笠原諸島』にて―――二人の少女の運命も変わりつつあった……。

 

 

 一人の少女が星空を見上げていた……満天の星空。

 きらめく涙すらも星に代わり風に攫われるかのように少女の泣き顔もそこには無かった。

 

 目当ての人物を見つけた相手は声を掛ける。少女と少女は双子のように似ていたが……纏う雰囲気は少し互いに違っている。

 

「―――『ココア』、こんなところにいたの?」

 

「……『シア』、うん。ここは―――『星』がよく見えるから大好き……私達の意識がとんでいく『星界』の果てを自分の眼で見えるのが……」

 

「どこまでもいけそう?」

 

「うん。けれど……ここには自由が無いから、空の高さ、無限の夜空だけが、私達の知っている世界」

 

『研究所』の中でも『実験体』である自分達に許された自由なレクリエーションスペース。そここそが、研究所の無機質な壁とは別の異世界。

 彼女たちにとっての小さな世界であった。そこから見える『外』の世界は、それだけなのだ。

 

 天井に見える星と雲のかかる空の色は、彼女たちが実験の際に『いつでも』見るものであり、普通ならば嫌気が差す―――そんな感情すら塗りつぶされていく中でも、ココアとシアだけは、レクリエーションスペース……『カルデアス』が好きだった。

 

 簡素な服。半世紀も前の入院患者ですら、もう少しまともな服装をしている彼女らの服は、簡素すぎる……手術に望む前の、患者の術衣服のように……本当に簡素だった。

 

 まともな人間が、その少女を見れば、ここで彼女たちがロクな扱いを受けていないことを察する。手入れもされず、ぼさぼさに伸びてそのままの髪。

 少女の身長から推測できる年齢ならば、おしゃれを知って、その髪を嫌がるはずなのに……。

 

 しかし、そんな世界を知らぬ彼女たちに……そんなことを想う暇も無いのだ。

 

「そういえば『モリナガ』先生や『エザキ』先生が『所長』と取っ組み合いをして、『何か』を私達のプライベートスペースに入れることを、認めさせたそうよ」

 

「なんだろうね? アイスクリームが自動的に作れる機械かな?」

 

「さぁね。また『にっがい薬』かもしれないから期待しない方がいいわよ」

 

「もう、シアってば『ひねくれ屋』。そんなんだから姉妹の中で私としかこんな風に話せないんだよ。みんなして『シア怖い』っていうし」

 

「う、うるさいわねっ! どうでもいいでしょ!」

 

 

 むきになって怒るシアの様子にココアは、ちょっと気にしていたんだなー。と気付くのであった……。

 

 ともあれ、少女達のそんな会話をよそに日は過ぎて、彼女らは―――翌日に、ふとしたことで気付く……幸せなんてものは、ちょっとしたことで届くのだと……。

 小石につまづく……その程度なのだと……。

 

『愛と正義と自由を司る星、輝けるシリウスの下に生まれし美少女魔法戦士プラズマリーナ参上!! 愚鈍な男と泥棒猫は許せない!! 愛と怒りのプラズマシャワー落とさせていただきます!!』

 

『世界に神秘あり、人の心に謎あり、夜の闇に奇跡あり。万世のミスティックを秘蔵するため魔法怪盗プリズマキッドただいま参上。未来を生きるアナタの心に『永遠の魔法』を刻み付けましょう』

 

 

 キュウコウセン―――という魔法使いたちの祭典にて見た……青星と紅星。ポーズを決めて多くの人達の歓声を受ける星々……スターサファイアとスタールビー。

 

 ―――そんな宝石の如き輝きを見せる二人の魔法使いにココアとシアの心は一瞬にして『奪われた』。

 

 ココアはプラズマリーナのその姿に、外の世界にはこんな可愛い服を着て魔法を使える『魔法のお姫様』がいるのだと憧れて……。

 

 シアはプリズマキッドのその面構えと衣装に、お伽噺の『魔法の王子様』とは、こんな風にカッコいいのだと、とてつもなく憧れて……。

 

 プライベートスペースで見れる映像機器……テレビジョンキャビネットにて、食いつくように見たことで、彼女らは外の世界にあこがれていくのだった。

 若干、二名ほどは少し違う『憧れ』を持つのだったが…ともあれ彼女ら『ワダツミシリーズ』の感情数値が戻ったことを素直に喜びながらも、このままでは元の木阿弥になる……何とか救おうと決意する担当医たち 

 

 

 そして早すぎる邂逅……。しかし、遅くては意味が無い運命との出会い……。

 

 夏の小笠原諸島に『美少女魔法戦士』と『魔法怪盗』が『大勢』あらわれて、星に捕らわれた少女達を救うことになるなど、……誰も予想出来ないのだった。

 

 

 また少しだけ時間をさかのぼって同じ星空の元でも―――――。一つの運命が転換を果たした……。

 

 

「ぐっがあああああああ!!!」

 

「適合するかどうかはアナタ次第だったのですが、存外持ちますわね―――けれど、限界は近いようで……ザンネンですわね」

 

「こ、こんなものだと分かっていれば、な、なんで!!」

 

「だって、アナタが望んだんですよ? 『魔宝使い』を超えた全能の力が欲しいと、代償無くして『奇跡』はこの世に顕現しないんですよ」

 

 相手の抗議をまるで当然のこと。売りつけた『商品』が不良品で、粗悪品であっても…自業自得だと切って捨てる桃色の髪をした女。

 どうにも『魔法師』というのは『奇跡』が無限にあるかのように思っていて困る。嘆く女の心情を知らずに、喘ぐようにしている男達……少年は分かるまい。

 

「けれどアナタは無理だった……女の子の方はお仕事ゆえの謀でしたが、どうやら―――私の存在にも気付かれたようで……では、夏場は腐敗が進むかもしれませんのでお早めに、救急車を呼ぶことをオススメしま―――」

 

 地べたに伏せて土を掴んで苦しんでいる少年たちを見て酷薄なことを言う桃色の髪をした女の言葉が途切れて―――何かが飛んでくる。

 

 何かは……一見すれば光でしかないが、女の『金目』は飛来してくる剣であり矢を視認した。

 

(射程圏内に入っていましたか―――ですが……)

 

 慌てず騒がず一休みしつつ『呪層』を展開♪ そんな内心の気楽な文言の割に展開されたものは音速……否、せいぜい高速程度の矢を受け止めつつ無力化してから軽快な足取りで後退していく。

 

 その気になれば、こちらに手傷を負わすこと容易いだろうに……地面に伏せる連中を気にしたようだ。

 

 となれば……。伏せている『魔法科高校の生徒達』……その集団の真ん中に立ち入って相手の攻撃を待ち構える。

 次弾はない。もしかしたらば、移動して射角を変えている可能性もあるだろうが、どこから撃っても、地面にいる『人質』は無事に済まない。

 

『カウンター』が歯噛みしてこちらの行動に地団太を踏んでいると思うと、心底の高揚感が湧きあがるが―――。

 

(まっ、今日はこの辺で―――無意識の『マスター』の願いに沿うのも、コレ。良妻賢母の心得。しかしマスターは賢母になれなかった人。これまた失礼)

 

 内心でおどける女は「卵」を手に持ち―――『魔法』の領域たる空間転移を実行。

 

 完全にトレースできない魔力痕跡を見た伊里谷理珠(イリヤリズ)は、歯ぎしりしてから裾野病院に連絡した。

 森崎駿以下……四名ほどの『一高一年生』が、血塗れの姿で息も絶え絶えになっているのを見た救急隊員たちはすぐさまドクターロマンに通信。

 

 連絡を受けたロマンは、事態は緊急であると知って、すぐさま手術室の準備に取り掛かる……九校戦における一高の状況がめまぐるしく推移していくのであった……。

 

 



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第64話『九校戦――瞬間、想い、ぶつけて』

 朝の目覚めは穏やかなものであった。男子会―――レオが主催して呼び掛けたある種の祝勝会であり決起集会にて、明日…もはや今日の勝利を祈願した男子達がやることはただ一つ。

 

 まぁ騒ぎに騒ぐことであった。意外な事に五十嵐、田丸、越前も来ていたそれらはまずまず楽しいものだった。

 

『ジャパンでは飲めない年齢だろうが、付き合いたまえ。エルメロイ教室からまた一人『色位』の魔術師が現れたのだ。祝いの宴だ―――!!』

『レディ、その『海賊王』のような言動はやめたまえ。そして何より保護者の同意も無しに酒宴に連れまわそうとするな』

 

 英国では酒類というのは保護者の同意及び同伴などの規定さえあれば、未成年でも飲酒は可能というそんな法律がまかり通っている。

 

 とはいえ、2090年代の日本ではどうかと言えば……そんなことは無かった。というわけで皆がどこからか持ち寄った『泡立て麦茶』を使っての呑み比べ。

 

 うん……完璧アウトである。そして何より流石は神職の後継者と飲酒既定の緩いドイツの血を持つゆえか、幹比古とレオは強すぎた。

 

『『だっしゃーい!!なんぼのもんじゃーい!! 早く負けて俺の御立派様をお披露目したいね!』』

 

 

 ……完全に悪い酔い方をしてやがった。

 四人抜き(桐原、服部、五十里、沢木撃沈)をした辺りで、刹那と達也(画像閲覧中)が参戦したことで、収まった。

 

 酔い止め及び酔い覚ましの薬を全員に処方してから解散となった。その後の記憶が曖昧である。

 

 

 本当に……だからこそ―――。

 

 

「なんでさ」

 

 シングルベッドに収まる二つのカラダ。眼を覚ますとそこには半裸のアンジェリーナ・クドウ・シールズ(髪解き)がいた。

 

 ワイシャツ一枚で裸体を覆う。完全にプライベートでの姿に、記憶を探る。

 腕枕しつつ夏場にも関わらず猫のように擦り寄るリーナの姿は愛おしさばかりがあるものだ。

 

 しかし、それだけに構ってはいられない……思い出すに、別に連れ込んだわけではないのだが、リーナもまた女子会に拘束されており、なかなか抜け出せなかったのだ。

 

 最終的には同室の深雪の温情もあってこうしてここに来た………。それを思い出して、こうなった理由を思い出して顔を赤くする。

 

「九校戦期間中は自重したかったのになぁ……」

 

「それは無理な話よね。だって十日間よ! セツナみたいなエロ学派でエロ魔神が、十日間も『ガマン』できるわけないじゃない!!」

 

「彼氏を信頼しない彼女のド辛辣な言葉で一気に目が覚めたよ。おはようリーナ」

 

「グッドモーニング、セツナ―――昨日は燃え上がっちゃったね♪」

 

 完全に学生としての倫理的な面で逸脱している二人。こんな場面見られたならば、事だよなぁ。と思いつつ目覚めのキスをしてから互いに起き上がる。

 

 

「今日は遂にリーナも出陣なわけだけど、大丈夫か?」

 

「ピラーズは、女子の部は午後―――クラウドは午前で終了よ」

 

「うん、二種目に参加する選手を考慮しての時間配分だけどさ……だからこそ」

 

『致して』体力に不安を覚えさせたくなかったのに……。そんな刹那の不安をリーナは笑顔で消してくれる。

 

「ノープロブレム。確かに会長もその辺不安がっていて新人戦のミラージに登録することを奨めて来たけど、そちらはスバルとホノカに任せたわ」

 

 一昨年からの渡辺委員長と小早川先輩などの奮戦で登録人数制限も無く一人分の余裕はあるが、数合わせで出すほど人に余裕も無い。

 如何にポイントを取るかだけに執心すれば、絞るべき所は絞って『同士討ち』をさせないようにしていかなければならない。

 

 

「ピラーズは、エイミィの枠のはずだったけど、ね。だからこそ、全力で戦うためにもセツナには勇気を与えてほしかった。それだけよ?」

 

「そこまで殺伐としなくても―――」

 

「それに、あの女と雌雄を決するためにも、ね。ブラック オア ホワイト。白黒はっきりつけなきゃいけないわ」

 

 リーナの表情は完全に『殺る気満々すぎて』刹那も慄いてしまう。

 ダメだ。今日のクラウド決勝戦。せめて里見か春日が上がって来てくれますように―――そう願うしかなくなる。

 

 カーテンを開けて天気を確認…。

 

(晴れ時々『血の雨』が降るでしょう―――そんなところか……)

 

 そんな風におどけながら、一高ジャージを着て出る準備をしておく。用意良く替えの下着や服を持って来ていたリーナの着替え終わりと同時に出る。

 

 出た瞬間に、隣の部屋の電子ロックが外れて達也と深雪が揃って出てきたのを見る。

 

 なんたるタイミングの良さ。もしくは悪さ。ともあれこういう時はただ一言……。

 

同伴出勤(ドーハンシュッキン)?』

「言葉の意味を再考しろ。アメリカ人」

 

 指さしながら言ってやった事に少々の怒りを混ぜて返す達也。どうやらブレックファストに行くようだが、その前に端末に連絡が入った。

 

(緊急の連絡……朝食後に下記メンバー以外は同伴を伴わずに七草会長の『秘密の部屋♡』まで来るように―――か)

 

 要は内密の話があるから私室に呼びつけたいようだ。それはいいが、何の用件なのやら―――。

 嫌な予感がする。予感は現実のものとなった。シルヴィアからの内密のコール。

 

『一高生徒達……四人ほどが裾野病院に運び込まれた。九死に一生は取り留めたが、意識は戻らないまま、か』

 

 食堂に行けば何か分かるだろう。そして分かってしまえば変化は免れない。あまり美味しい朝食とは行きそうになかった。

 

 

 † † † †

 

 

 

 集められたのは三巨頭と司波兄妹に一年バカップルだけであった。

 ことを大きくしたくなくてもこのメンバーだけを呼び付けたというのは、色々と疑わしく思われるのではないかと思う。

 

 火の無い所に煙は立たない。騒動あるところに司波と遠坂あり……などという話も出ているのだから

 

「これで五人……この九校戦の裏側で何が起こっているというの? おまけに一高生徒ばかりが狙われているっていうのが、あまりにも不吉よ」

 

 メールの文言は無理していたのか気鬱を残している七草真由美の表情に誰もが何も言えなくなる。

 しかし、そんな中でも刹那だけは言っておかなければいけないのだろう。

 

 会頭と共に椅子に座らず殆ど直立不動で壁際にいたのはいいが、ともかく口を開く。

 

「厄の種はどこにでも転がっていますよ。もっとも、一高こそが狙われる原因も分かりやすいですがね」

 

「と、言うと……?」

 

「言うなれば一高は『目立ち過ぎている』……他の魔法科高校においても頭二つ、三つは抜けている……そして他校よりも一科二科の確執も根深いそうで」

 

 

 実際、アイリやトウコ曰く三高なんかでは『普通科』の生徒達……殆ど魔法教育のカリキュラムを受けない。

 一高と同じなのだが、それでも二科と同じく『スペア』とされている人間たちを時々教導しているそうだ。

 

 それが校長である女教師。

 

 一条との戦いでも若干、馴れ馴れしく剛毅師父に声を上げていた女傑『前田千鶴』がそうらしい。

 もっとも教導といっても戦闘用魔法を用いての本当に大規模合戦的なものらしいが、それでも、いいことだ。

 

 何の関心も無ければ最初っから何もしなければいいだけ。一高と同じく……そうしなかったのはやはり前田家だからだろう。

 

「石川県で前田っていう苗字からして()は加賀前田家の辺りなんでしょうね。それで、戦国武将『前田利家』と言えば巨漢で武勇著しいが『長男』でないばかりに尾張前田家の家督相続出来なかった人間でしたからね」

 

 前田利家……当時は犬千代と呼ばれて前田家で鬱屈していた『四男坊』を自分の直属の親衛隊…常備軍の専業軍人として受け入れたのが、三千世界を平らげて第六天魔王などと呼ばれていた『ノッb……織田信長』ということだ。

 

「三高の会頭役『前田利成』……千鶴女史の甥っ子からも聞いていたが……そう考えれば確かに確執は大きいな」

「結果的に色々な『連中』につけ込まれる結果となる……これを、そいつらの『心の弱さ』と取るか……体制の問題と取るかは人次第ですが」

 

 そしてロマン先生から送られてきた『エンハンスドワーム』の摘出画像……俗な言葉で言えば『生体強化薬』。

『ワーム』は、生きながらにして体内の心臓部に『寄生』を果たし術者の『生命力』を利用して『魔力』を精製して、『演算領域』を拡大させる……これらワンセットのお得なものが森崎、大沢、平山、浅川の四人に投与されていた。

 しかしワームは、完全に森崎達の体内に根付かず、更に言えば、森崎達に何ら寄与しなかった。

 

「新ソ連のこれを投与されて死ななかっただけでもめっけもんだ。非魔法師を無理やりサイオン活性した強化兵士にする技術……魔法師に投与すれば凡そ5割から6割が死亡しますよ」

 

「知っているのか?」

 

「似たようなものを知っている。実物は知らないが『蟲使い』の秘術だ」

 

 故郷にかつていたという。もしかしたらば叔母が養子に出されたかもしれない魔術師の家にあった秘術。

 

 聖杯解体をした先生の資料からそれを見せてもらったが、本当にサクラさんの運命は薄氷を踏んでいたんだなと実感するのだった。

 

「……にしても、なんで森崎達「四人」は一斉に公園で倒れていたんですかね? いや、分かるな。恐らく森崎達は、ワームを売りつけた売人に問い詰めて『自殺』プログラムを実行されたんだ」

「ああ、記録映像も残っている……この女だ。見覚えは?」

 

 

 深夜の公園にて森崎たち四人が桃色の髪の女……荒い画像越しでも分かる美貌の女と相対していた。

 何かのツアーコンダクターか派手な社長秘書兼愛人と分かりやすすぎるぐらいにタイトな衣服を着た女。

 

 声こそ聞こえないが、どう考えてもロクでもない言い争い。魔眼で魔力の流れを見て―――そして……指の動き『印』を結ぶ動作で『ダキニ天法』を叩き込まれた森崎達が動きを止める。

 

(見ていやがるな……)

 

 この映像が誰かに見られることも織り込み済み。そしてワームが全身を這いずりまわりながら苦悶の表情を浮かべて血を吐き出す森崎達。

 

 素肌……特に顔を掻きむしって苦悶を、全身で表現している森崎達であったが、最後には意図的なサイオンの暴走現象。

 血管の幾つかは破裂したのかもしれない映像の最後に光が奔って女を穿とうとする。そこで映像は途切れた……。

 

 

「成程な。敵の正体……目的も分かった」

 

「何者なんだ? この女性は……またもやマナカ・サジョウと同じ類なのか?」

 

「異常能力者という意味では合っています。問題は―――どれぐらいの『霊基』を保有しているか……あんまり俺だけが知っていてもダメだな。みんなには教えておく。構わないよな?リーナ」

 

 八王子クライシスで完全に呑まれていた渡辺摩利が、大講義室における一件を思い出して身震いしている。

 

 それを見た刹那は事情説明はしておいた方がいいだろうと思って、重い口を開く準備をする。

 そして何よりこの案件―――総隊長であるリーナの判断も欲しかったが、リーナは笑うのみであった。こちらの責任を半分は背負うというリーナに感謝をする。

 

「ワタシが判断することじゃないわよ。けれど、この『フォックス』が、イワンの連中の走狗でしかないならば、犠牲はこれで打ち止めになるはずなんだけどね」

 

「フォックス? 狐だと?」

 

 

 会頭の言葉に敵の正体を告げておく。そしてその敵と相対したこともあるのだと―――。

 

 新ソ連の『火狐』(プラーミャリサ)にして大亜における『現代の蘇妲己』、日本における『殺生石』に変化せし『金毛にして九つの尾を持つ狐』……。

 

 語り終えると同時にリーナを除いて誰もが汗を掻いていた。

 

「ビーストなのか?」

 

「いいや、あいつの霊基は著しく落ち込んでいる。インペリアル・イースター・エッグを用いての『空間転移』なんかをしたのが証拠だ。

 『獣』であれば、『そんなもの』は必要ないからな」

 

 奴らが万全であれば、どこにだって現れることが出来る。縁を頼って単独権限を果たして『暴虐』を振るえる。生来の殺人鬼としてのスペックである。

 恐ろしい限りだ。だが、今回は恐らくイワンの依頼でやっているのだろう……そんな刹那の推測もひっくり返すのも、あの理不尽極まる『妖怪』の面倒なところ。

 

「それにしても次から次へと現れるな獣は……、今回は違うんだろうが」

 

「獣と言うのはある種、人類に課された『運命』なんだよ。『運命』は飼い馴らせないし、解決も無い。現れる『災害』(理不尽)を前にしては、『克服』するしかない。『未来』(さき)を示すために、人類は、彼らのもたらす『未来』(さき)『否定』(こくふく)するしかないんだ」

 

 嘆くような達也の言葉に刹那は即座に返す。達也に強い調子で言ったからか少しだけ深雪が不機嫌なツラをしたが、今は置いておく。

 

「まぁ『聞く限り』では、今の彼女はイワンの工作隊の随行員なんでしょうね。

 あの女、本当に気紛れだから、時に戯れで人の助け、気紛れで人殺しと忙しない……そん中でもアレはとびっきりの悪性なんだがな。コヤンスカヤは……」

 

「何かどっかで思い当たる節があるパーソナリティー(人物性)だな」

 

「同感です。お兄様―――」

 

 暗い顔をして『誰か』を思い出している司波兄妹。恐らく思い出している人物は、近隣のホテルに泊まっている『有名人』なのだろう。

 

 沢木先輩が知らずにどこかで見たらば、『マダム、行きたい場所へご案内します』とか言いかねない。あれもある意味では傾国の美女の類。

 

 ……何故だろうか、一瞬……マダム・ヨツバと『コヤンスカヤ』の姿が『重なった』ように見えた気がした。

 あり得ない想像とイメージのフラッシュバックを打ち消してから話しかける。

 

 

「今はあれこれ考えるのは止しておきましょう。後はアレと関わっている一高生がいないかどうかを探ってみますよ。正直、プライバシーの侵害ですが」

 

「流石につぐみちゃんの時とは違うものね。そして摩利の魔性の女としての側面を利用された悲しい事件だったわ……」

 

「うっ……そ、それを言われるとな。けど私は結構前から『修次』(なおつぐ)さん―――シュウと付き合っているのを公言していたのに……」

 

 

 ラブラブであることを伝える摩利先輩相手にあくまっこ2人(だいあくま、こあくま)の追撃が入る。

 

 

「辰巳先輩の方では区切りが着いている様子でしたよ。まぁだからといって委員長の魔性の女としての罪は無くなりませんが」

 

「なんせ『タツミン』ってば、摩利のゴスでロリーな写真を求めて刹那君とリーナさんを追い回したものね」

 

「あれはお前のせいだろうが!! 何が『プライベートでムフフな写真』だ! ったくあのあと五十嵐がちょっと怖かったんだぞ」

 

 

 あくまっこ『二人』からの指摘に渡辺摩利は腕を組んで憤慨するような様子だ。

 

 九校戦が始まる前のあの一連の顛末を思い出して、話題はとりあえず転換出来た。要らん心配で本題を欠いては元も子もないのだから。

 

 

「では、このタマモヴィッチ・コヤンスカヤなるイワンの工作員に関しては、軍と遠坂、クドウ。お前たちに一任する。何か入りようならば言え。遠慮なく手を貸してやる」

 

「おすっ。で、他に用件もあるのでは?」

 

「ああ、今日の男子ピラーズ予選。平山と浅川のエントリーが抹消された。

 そして、事情が事情だけにこの日に至っても急遽のオーダーチェンジが可能となっている……言わんとすることは分かるな司波?」

 

 会頭が司波と呼ぶのは大概は、深雪ではなく―――達也の方だ。男としてのある種のケジメ着けなのかもしれないが、桐原先輩のように司波兄とかいうよりなんか分かりにくい。

 

 だが会頭が向ける視線は圧力ありながらも、兄貴分としての情のある眼差し。彼はこの視線だけで相手にチャンネルを合わせている。

 

 そしてチャンネルを合わせられた達也は、言葉を待つまでもなく―――察していた。だからこそ言ってのけた。

 

 

「分かりました。俺がピラーズに出ます。どこまで出来るかは分かりませんが、微力を尽くします」

 

 

 一同沈黙。本当に沈黙。更に沈黙。

 

 達也としてはこの反応は予想外だったらしいが―――。爆発を起こすのが一人、いや二人いた。

 

 

「ばっ!バカな! いつものお前ならば理知的かつ理性的に『一科の反感買いたくないから、他を当たってくれ』とか慇懃無礼に言いかねないのに!!」

「そうよタツヤ! いつものアナタならば無表情で無感動に『らめぇ!堪忍してぇ!! ムリムリムリかたつむり!!』とか内心で言っていそうなのに!!」

 

「お前ら二人は俺の事を何だと思っているんだよ?……流石に、こんな状況下で愚図っても仕方ないだろ。そして現在の九校戦登録メンバー……一年の中で『遠隔系魔法』に長じれているのも、俺か幹比古―――刹那は当たり前だが、そんぐらいだからな」

 

 珍しい達也の呆れ顔。というか明確に苛立っているような顔で返す達也。やはり理性的に理知的に戦力分析を果たしていたようだ。

 そしてその上でも、一度は断って会頭の説得があるかと思ったのだが……。意外な結果に誰もが拍子抜けだ。

 

「サイオン弾の連射。お前のスペルブリット(魔弾)は俺も研究してきた……三高のカーディナルに見せつけたいものだからな」

 

「へぇ。好戦的だな。心境の変化か?」

 

 何気なく問い質した言葉。それに薄く笑う達也の顔が焼きつく。

 

 

「ああ―――最初に言っておくよ。刹那、俺がピラーズに参加するのは―――ただ一つの理由だ。

 一条と闘っているお前を見て思った―――『俺は、お前と、もう一度闘いたい』……ってな」

 

 

 だからこそ、その挑戦的な言葉が耳にこびりついて……離れない。

 

 しかし心地よい言葉だ。己の刻印が疼くのを感じる。

 あの時―――風紀委員選定の際の決闘での尻切れトンボな結末は、お互いに「しこり」となって残っていた。

 

 ならば―――答える言葉は一つだ。

 

 

「あがってこい。浅川、平山の位置だろうと……俺と闘うためには決勝までこなきゃならないんだ」

 

「頂点で待っていろ。すぐに引きずりおろす。それだけだ」

 

 

 お互いに闘志と宣言の限りを行って目をぶつけ合う。その男らしい表情を見ながら―――。

 

 

「ここが私と摩利の部屋だと分かっていても男らしくなっちゃう二人の後輩の男子!!! いいわ!!! これぞ青春!! ここで今日寝ると思うと色々濡れちゃいそう!!!」

 

「お前、そんなことしたら叩きだすぞ!!」

 

「いいじゃない。その時は摩利は彼氏である千葉さんのお兄さんのところに泊まりに行けるわよ。ずばり理由付けは同室の女子がHENTAIすぎて―――」

 

 三年の女子先輩二人の言い争い。それを尻目に部屋から抜け出す。

 

 未だに色々と赤くなったり赤くなったり忙しない渡辺委員長をからかう七草先輩を見ながらも―――会頭含めて脱出。

 

 

「登録の方は俺の方でやっておく。学内にライバルがいて羨ましい限りだ……俺に追いつけたかもしれないライバルは俺を不動明王にしてから去ってしまったからな」

 

 

 運命の皮肉を思い出して寂しい顔をした会頭がホテル内から本部テントに向かう姿を見ながら―――。

 

 

「んじゃ、まずは今日も勝ちに行くか。中一日で暇な奴らはサポート頼むぜ」

 

『『『オウッ!!!』』『『イエッサー』』

 

 

 何故か反対側の通路に隠れ潜んでいた連中に、声を掛けると現れる一高一年勢。

 

 こういう危機的状況では指揮を執るのは、自分が平時の人間ではなく乱世の人間だと自覚しているのではないかと思ってしまう。

 

 昨夜に出したリーナたちの結論を覆す刹那の声を前に全員が団結する。

 

 そして―――……。

 

 

 多くの人間の歓声が降り注ぐ青空と太陽の下で相対しあう青星と雷星―――。

 

 一度は地球規模の寒冷化を起こしたはずの地球であっても夏場にはまだまだ暑くなる。

 

 コートから放射された熱が陽炎を作りながらも、その彼方に求めた相手の姿を見る。

 

 

 その手に執るはお互いにラケット。この戦いにおいては得物はそれでなくてもいいのだが互いに、肉体を躍動させて勝ち上がってきた金色の女神二柱の戦いが、この上なく高まるのを誰もが感じる。

 

 その戦意を両者が知っていた。その乙女心を互いに承知していた。

 

 

 ならば、もはや交わす言葉は要らず、互いの魔法で語り合うのみ―――どちらが遠坂刹那に対する愛が深いかを……。

 

 その結論だけが2人を躍動させていた。

 

 己を除いた23人の相手選手。そんな数には意味などなかった。そんなものはただの『状況』にすぎなかったのだ……。

 

 

 アンジェリーナ・クドウ・シールズにとって、この戦いは―――。

 

 エクレール・アイリ(一色愛梨)にとって、この九校戦の本命は―――。

 

 

 すべて、いま目の前に立ちはだかる恋敵を倒すだけにあったのだ。

 

 

 魔力の雷が幻視出来てしまうようなプラズマの戦場で、女子クラウド・ボール新人戦決勝―――2女神の戦いは、幕を切って落とされるのだった。

 

 

(((何コレ……?)))

 

 

『宿敵相対』からの『煙火の死闘』……それを予感させるものを見た人間達は思わず目を伏せる。

 

 どうか蘇生からのキャリコ(?)の連射とかありませんように……そんなものを想いながらも戦いは否応なく始まるのだった……。

 

 



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第65話『九校戦――決戦前』

 

 女子クラウドの試合は、かなり力の差が明白に出た試合ばかりだった。ピラーズ予選までの間だけでも様子を窺いたくて大モニターがあるところで順番を待っていた所に、闖入者という知り合いがやってきた。

 

 大モニターに映る予選のプレイバック映像を見て二人の知り合いの内の一人が呟く。

 

 

「いやはやとんでもない試合じゃの。愛梨もそうじゃがリーナも大人げない」

 

「手心加える方がよっぽど問題じゃないかな?」

 

「それもそうじゃが、キセキの世代と他の中学生ぐらい違うのではな」

 

 腕組みしながら悩ましく言う少女。

 ウチ(一高)の幻のシックスマンである『タスケ』君が聞いたらばアレな理屈を語る四十九院沓子の言葉。

 

 画面に映る試合。女子シングルス準決勝の様子―――そこに至るまでの『軌跡』を見るに、トウコに言いながらも容赦ねー。という感想が出てしまう。

 

 

「春日はくじ運悪すぎたな。もうちっと後で当たっていれば入賞出来たかもしれないのに」

 

ウチ(三高)の早見。わしらは『はやみん』と呼んでいるのも、リーナと当たるの速すぎたと思う。イーブンじゃ♪」

 

 

 なるほど。お互いにくじ運悪しか、と思う。しかしながら、この場にいたっては何故に……この組み合わせか。

 トウコを左に、右には十七夜栞―――『しおりん』がいたりする状況。他校の綺麗所を侍らせていることで周囲にいる連中から殺気が漏れ出る。

 

 刹那が意図したわけではないのだが、自然とヘイトを集めてしまう状況である。

 

「リーナさん。ピラーズに出るんでしょ? 何か探れないかと思って、刹那君の隣は情報収集に最適」

 

「あいにく余分なことは言わないぞ。流石にその辺りの公私の区別はつける」

 

「彼女自慢したくないの?」

 

 

 これが十七夜栞の持つ異能。『アリスマチックアイズ』……刹那の世界で言う所の『マセマティックスアイ』(黄金世界視の魔眼)は、見抜いた嫌な真実を告げてくる。

 確かに一色と決勝戦となれば、何気なく言ってしまうかもしれない。モノの弾みというのは恐ろしい。

 

 何より十七夜も見目麗しき少女。少し寡黙で毒を吐くところは雫に似ているが、スタイルは33-4でしおりんの勝利。

 四十九院も年齢に似合わぬ少女さと天真爛漫……かつ少しの無邪気さでポイント高い美少女である。あーちゃん先輩とは逆のベクトルのロリっ子である。

 

 そして一色応援組であるこの二人に掴まった時点で、詰みだった。

 

 

「女子ダブルスの決勝じゃな。一高と五高の戦い……中々に伯仲しておる」

 

 大会場モニターが切り替わり、平行して行われていたクラウドのダブルス……女子の決勝を移してきた。

 

 ダブルスは九つの学校で一組か二組を出すぐらいに重要度が高くない。エース級は全員シングルスに専念させている分、『獲りやすい』という戦略もあったが……。

 

 本戦の結果を受けて中々にここに注力してくる学校もあって、レオと幹比古、美月と桜小路と苦戦してきたが、付け焼刃で彼らのコンビネーションは崩されない。

 

 

「柴田美月さん……胸が大きい子だと思っていたけど、成程、内蔵している神秘も大きいわね」

 

「軽いセクハラでこっちの動揺誘わないで……美月に戦闘用として教えた魔術は一つのみ。『月』という属性を利用した『鏡面展開』……」

 

「鏡面?」

 

 

 ―――見ていれば分かる。眼だけで言うと三高女子の視線は完全にモニターに釘付けになる。

 

 試合開始の審判の腕振りでシューターから射出されるボール。

 

 その前に、両腕の魔術礼装『月蝕』『真月』の二つが起動を果たして、美月の両腕を起点に幾つもの月面にも似た『魔鏡』が展開される。

 

 魔鏡は光り輝き―――ボールに干渉する。干渉してきらめく光の尾を引きながら、相手コートに返っていく。

 

 ここまでは現代魔法に少しばかり彩りを加えた程度にしか思えないだろう。

 五高の相手選手も舐めて「一高はいつから奇術師の集団になったんだ!?」とか言っている。

 

 ここに来るまでに試合を見てこなかったのかと言わんばかりの発言。

 しかし、射出されたボールに干渉しようとした。特化型CAD……そこから発動する魔法が、効かない。

 

 魔法式が砕ける。干渉強度が段違いなのかと気付いて再びだが……低速に投げ返されたボールが、相手コートに転がる。

 

 ラケット持ちの選手が、直接撃ち返そうとするも……その『重み』を実感する。

 

 それでも撃ち返したボール。すかさず美月の『眼』と連動した鏡が、それを撃ち返す。

 今度はラケット持ちが積極的に前に出て撃ち返そうとする。如何に干渉強度が段違いで、移動系統魔法や加速魔法を受け付けなくても物理的な力で返されれば、どうしようもない。

 

 更に言えば美月の撃ち返すボールは、速度が出ていないのだ。撃ちにくい場所に撃ちだせば、あの胸部の『デカすぎる重量物』を抱えたままでは、対応しきれまい。

 女の嫉妬交じりの思惑で動き出すのだが、撃ち返そうとした時には―――更に強度が、『重み』が違う。

 

 今にも腕が折れそうな重さを感じる。あり得ない感想。ここまで低反発のボールを『重く』すれば、破裂していてもおかしくないのに。

 

 現象の不可解さを置いても、とにかく打ち返す。そして再び返ってきて新たなボールに干渉する美月。

 

 五高の選手がそれを見て……その表情が物語るのは……苦悶と苦痛。それだけだった。

 

 

「ううむ。もしや感染呪術的なものかの?」

 

「正解―――美月にレアな属性。『月』があるのを知ってから、教導してきたんだが……最終的にはこれに落ち着いた」

 

 どこからか出した眼鏡を掛ける刹那を見て、魔法科高校の選手たちは、『授業』だな。と気付く。

 思わず佇まいを正してノートなり何かのメモ帳端末を起動させたくなる。

 

「鏡というのは、昔から何かを『映し出す』という行為に使われたものだ。

 古くは卑弥呼の祈祷による先視から陰陽師の呪術や平安貴族以来からの身だしなみのためのもの……己の眼では己の事を見れないからこそ作り出された鏡という器物は、今の時代にも残る神秘の一つだ」

 

「確かに、ね。女性にとっても『手鏡』っていうのは余程、お洒落に頓着しない子や絶対の美貌で自信ありな子以外は大体は持っているものよね」

 

「そう。つまり鏡が作られた背景には、『己を見る』という行為が大なり小なり存在した。視る(見る)と言う行為は人類が持ちえた最初の魔法だよ」

 

 栞の言葉に返してから、その上で水鏡から石版鏡、金属鏡、銅鏡……ガラス鏡へと変化していった現代においても、『鏡の向こうの世界』というものが信じられている。

 

「鏡に映る己は『反転』した形で映し出される。右手を上げて映っていてもあちらの世界の『己』にとっては、右手は左手―――。左手は右手。『さかしま』に映る己に何か『おぞましさ』を感じたことはないか?」

 

「……無いとはいいきれないわね。けれどそれって幼稚園、小学生とかそんなものよ?……」

 

 誰もが一度は想像をする『鏡の中の世界』。無論、そこでライダーバトル云々は想像力過多かもしれないが、ともあれその鏡の中の自分は自分ではないのか?

 鏡の中の自分はいつか自分と入れ替わることを願っているのではないか―――魔法師や魔術師云々ではなく子供の想像力や流言飛語の怪談話でも言われたりするぐらいに『鏡』は身近な神秘の器物なのだ。

 

「もちろん。いま言った事は、ただ単に己の気持ちの持ちようでしかない。しかし……魔法的魔術的理論に基づけば、これは興味深い事象さ―――これみたいにな」

 

『『!?』』

 

 後半で言うと同時に懐の護符であり先祖代々の『魔鏡』を取り出して適当な壁に映し出す。

 光のシルエットで映し出されたそれは、(しゅ)の御子の姿を映しだした。

 

 周囲がざわつくぐらいに、見えぬ魔法をしてくれた遠坂刹那に注目する。

 

「メシアの像。そうか! それは本当の魔鏡! 隠れキリシタン達が信仰を絶やさないために作り出した二重構造の鏡!! 

 つまり最初から鏡というものは、『信仰心』揺るがない『プシオン』の塊だったのじゃな!?」

 

 概念武装の領域の話をされて四十九院の察しの良さに少しだけ嬉しく感じる。

 

「正解。美月の魔法も同じようなトリックさ。

 あの魔鏡で干渉された『物質』なり『物体』は『鏡面世界』の『魔力』を受けて像をずらしている。右手が左手に、左手が右手にと言った風に。

 魔法式で干渉しきれないのは、ボールが違う世界の魔力を纏っているからだ。

 そして、そんな風に「鏡」は昔から神秘の器物として扱われて『呪術』にも使われてきたんだ……触れた瞬間に相手のエイドスに直接干渉して『重み』を感じる風になる」

 

「オカルティズムの極致ね……けれど、それならば、納得いくものもあるわ。柴田さんが魔力で干渉したボールはその時点で、『違う世界』の器物となっている……」

 

「月が輝き白光を発するのは太陽の光を受けての事……色々と面倒な神話的解釈もあるが、掻い摘んでいえば『月鏡の魔力』を受けたボールは、この世界の『ルール』から外れているのさ」

 

「しかし、撃ち返されておるの? まぁ総じて美月の方が有利じゃが、乱打戦になってきておる」

 

 如何に、属性に応じた対抗が出来たとしても、流石に美月もこの術式『カレイドムーン』(幻月万華鏡)を安定レベルに出来るようになってから、一月も経っていない。

 せめて後一週間あれば、様々な礼装の調整と共に訓練も出来たのだが……。三分間のスマッシュゲームで美月が不安定さを滲ませてきたのは徹底した教練をしてこなかった俺のミスだ。

 

 これで負ければ幹比古には悪いがしばらく刹那が美月の『犬』になってやるという気持ちでいたが、問題なさそうだ。

 

「まぁその為の――――俺のクラスの学級委員長様だ。美月が干渉しきれなかったボールは彼女が担当する……」

 

 トウコの言葉に返すと同時に、ここに来て動き出した桜小路紅葉が思いっきりボールを打ち出す。

 

 ある意味、緩から急へと転じたボールに、不意を突かれる五高の面子。おまけに撃ちにくい位置。干渉を駆けづらい軌道で打ち出したことで苦慮する。

 

『フォローお任せします!』『まかしときっ!!』

 

 なんで姐さん言葉? 桜小路への疑問はともあれ、彼女らの必勝パターンが披露されて、五高は完全に折れてしまっている。

 

「第一セットはもらったな」

 

 結果的に三分間の1セット目は、一高側のものとなった。しかし、五高の選手はエイドスにまで干渉されたことで予想外のサイオンの消費。

 

 第二セットをやる元気はあるのか、ないのか……。

 

「本戦の七草真由美さんみたいよね。ただ一つの魔法で勝ったんだから」

「あちらの戦意と魔力を刈り取れれば、更にだけどな。やる様だが……果たして―――」

 

 五高の選手。特にラケット持ちは、美月の『重すぎる魔力球』を打ち出すために変な力の入れ方をしていた。

 

 本人はやる気であっても、腕を抑えている様子からしてドクターチェックが入るのは当然であった。

 

 腕のチェック。特に握力。

 魔法発動のCADに必要ないとはいえ、撃ち返すのがラケットである以上、それは当然であった。

 

 はちみつレモンを食べている二人―――少し仲良しになっている美月と桜小路がその姿を見て……。動きを止める。

 

『握れるかね? 思いっきり力こめて』

 

 審判が言葉と共に手を差し出す。五高の女子が節くれだった中年の男の手を握りしめている様子は、どう見ても―――無理筋であった。

 

 苦悶の表情を見せてから、涙を流したラケット持ちをしていた五高の選手…特化型CAD持ちが慰めている様子。

 

 それを見てか見ずか審判が手を交差させて試合終了を宣告。歓声が降り注ぐのであった。

 

「折れていたか、何ともサマにならない幕切れだな」

「五高の慢心もあるじゃろ。ここに来るまで相手選手のチェックを怠っていた風じゃしの」

 

 勝敗など実力云々だけでは決まらない。様々な要素が複雑に絡まって、こんな風なものもあるのだ。

 

「関係ないわよ。どんな事情があれ、一位は一位だもの」

「ありがとよ栞」

「しおりんってフレンドリーに呼んでもいいよ。もしくはマイハニーとラブリーに呼んでもいいよ」

 

 後者だけは絶対にないよ。美月と桜小路をフォローしてくれた「しおりん」に想いながら……次の試合。

 

 開始の合図を待つシングルス決勝においては……。

 

「相手の腕が折れてテクニカルノックアウトなんてことはないわね」

「あるいは、両者が同時に倒れ込むかじゃな?」

 

 もしくは試合にかこつけて『死人』が出てもおかしくない……次の試合に対する刹那の内心の不安を感じ取ったのか。

 

「「ドントマインド」」

 

 両隣の綺麗所が肩を叩きながら言ってきた。その言葉を皮切りに二人の金色の女神がコート上に現れたのだった……。

 



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第66話『九校戦――決戦Ⅰ アンジー・シリウス』

ということで二話掲載。

場面転換とかめんどくさい説明とかで画面が息苦しい感じがしただけなんですけどね。(苦笑)


「パンツァー!!!」

 

「こいつ! フィジカルブースト持ち!? だとしても!!」

 

 

 レオが勢いよく叩いたボール。相手コートに撃ち返したボールに干渉しようとする相手校の選手たちだが、それはさせない。

 

 ただでさえ高速で動き回り更に言えば魔力の重みで干渉しづらくなっているボールに幹比古は重ねて『精霊』を付けることで、相手コートに固定させていく。

 

 掛けようとした魔法の前に割り込まれて違う位置に飛んでいくボールを前に察したものが叫ぶ。

 

「SB魔法!? 精霊か!?」

 

「ご明察。悪いけどそのままコート内を動き回れ」

 

 意思持つかのように何度も不規則にバウンドをして、果ては犬の散歩のように駆け回る四個のボールを前に五高の選手たちが右往左往する。

 それでもいつかは掴まる訳でラケットで特化型のCADで、こちらに返されるも―――。

 

 幹比古を後衛。レオを前衛という役割……普通のテニスのダブルスのようなそれを前にして、レオは動き出す。

 

「おっそいぜ!! 『化け物女』の魔弾も動きも!! これ以上なんだよ!!」

 

 ラケットに仕込んでおいた『硬化のルーン』が、レオの得物を強化。同時にボールにもルーンが『スタンプ』されるようにレオはボールを次から次へと打ち返す。

 

 

 鹿の角にも見えるアルジズの羅列がボールをスタンプする。こうなれば相手は必然的にレオと力比べの打ち合いをしなければならなくなる。

 

 守護のルーンが完全に魔力を遮断したボールなのだ。肉弾戦を挑まれて、それらの理屈に左右されない精霊魔法の干渉を用いて―――。

 

 相手である六高に真正面から打ち勝つのだった。

 

「準決勝進出だね」

 

「ああ、なんとかここまで来れたぜ」

 

 なんとか。とレオがいうもそこまでメチャクチャに強い相手と当たってこなかったので、苦戦とは無縁だったのだが……。

 

「田丸君も越前君も準々決勝進出か―――なんとか1年男子の面目は保てそうだね」

 

「全くだ。昨日の新人戦の結果だけならば、刹那に『おぶられていた』からな」

 

 

 欲を言えば優勝を目指したい。刹那と同じくこの九校戦の『主役』となることで並び立ちたいのだ。

 

 しかし―――ここから先は人外魔境の極み……気を引き締めて挑まなければどこで足を掬われるか分からない。

 

 その想いはレオも一緒で拳を叩きあわせて『勝利のルーン』をスタンプしあう。

 

 

 選手控室に戻ると同時に待ち構えていたエリカ及び光井から飲み物を貰う。ありがたい限りだが……この後は―――。

 

 

「さぁてとミキ、レオ。恒例の千葉家秘伝の整体術で完調に戻してあげるから覚悟―――じゃなくて安心して施術を受けなさい」

 

 

 拳を鳴らしながら言う言葉ではないものとエリカの表情で夏場にも関わらず寒気がしたが、それは幹比古だけであり―――。

 

 

「んじゃ頼むわエリカ。正直、動き回り過ぎたからな―――どうなってるかわかんね」

 

 意外なことにレオは気楽な調子で答えて、その整体術を受けるつもりのようだ。

 

 言われた方のエリカも少しだけ呆けた顔。

 

「おや珍しい。弱気?」

 

「勝つためだ。酸素カプセルに入ってもいいんだろうが、次の対戦相手も見ておきたいんだよ」

 

 確かにここまでの試合、レオは動き回り過ぎている。

 基本的には後衛で補助術で相手コートへの干渉や来ても反射で撃ち返す幹比古は、役割分担が分担だけに若干楽させてもらっている。

 

 レオが勝つために、そこまでするならば自分も必死になる。いやならざるを得ない。

 

 

「エリカ、僕も頼む。ここまでの戦いで僕らの戦術も視られているならば何かの対策を取られかねない」

 

「ん。分かったわ。マッサージルーム使うわよ」

 

「相手の試合が見られる端末持って来るね」

 

 

 光井ほのかが、その言葉を残して駆けだしていく。そうしているうちに女子の試合、準決勝第二試合が始まる様子が控室のモニターに出る。

 

 チャンネルの切り替えが出来ないのは、融通が利かないのだが、知り合いの試合だ。見て損はあるまい。

 

 

 三高 長谷川千裕 VS 一高 アンジェリーナ・シールズ

 

 

 同じく準決勝で三高の一色と戦う里美スバルの試合よりも注目度は高かった……しかし、どちらもストレート勝ち。

 

 相手に大差を点けて、戦意を喪失させる『王者』の戦い―――体力の温存を考えてもいいだろうに、そういったことに頓着せずに勝ちを奪っていった金色の王者2人。

 

 

(この二人だけレベルが違いすぎる)

(見る限りではどちらも似たような『稲妻』で『加速』していたな)

 

 

 女子の試合は男子と違い2セット先取の最大3セットマッチ……。男子よりも消化とゲーム進行が速いのだが……この二人にかかれば、そのスピードすらも緩慢になる。

 

 予定調和の如く決勝を決めた金色の女神……血の雨が降りそうな予感の元。とりあえず三位決定戦が始まるのだった……。

 

 

 そして三決で勝ったのは長谷川であり、シングルスでのポイントありの入賞はリーナに託されたのだった……。

 

 

 † † † †

 

 

 この会場内にセツナはいない。男子ピラーズが午前。分かっていたとはいえ、少しだけ寂しい想いをしながらも―――、相手を見る。

 

 お互いにトレードマークのような髪型を封じてポニーテールに纏めた姿。

 ここに来るまでに、実に相手の魔法を測ることもなくストレートや試合棄権で勝ってきたリーナは、己を恥じながらも、立ち向かう意思だけは曲げないでおく。

 

「来るとは思っていましたが……いいでしょう。私と貴女は不倶戴天の天敵どうし……どこかで決着を着けなければいけないのですわ」

 

「同時にセツナへの想いも断ち切らせてもらうわ。そもそも……なんでそんなにセツナだけなのよ? アナタならば言い寄って来る男も無数だし、家柄で言えばいくらでもいい男が来るだろうに……」

 

 正直、最初からここまでセツナに対して好意を持っているなど、リーナとしては困惑しているのだ。

 直接出会ってもいない男にここまで焦がれるものだろうか―――そんな困惑なのだ。

 

 自分は特殊な事情と繋がれていた縁ゆえに、彼に好意を抱けた。

 色々聞いていき、お互いに様々なことを知り合えたからこそ、本当の意味で一緒にいることを選べた。

 

 確かに少しだけ一目ぼれに近い想いもあったが、それでも最後にあったのは、傍にいたい。その想いだけだ。

 

 

「私の想いが見当違い。そう言いたいんですか?」

 

「だってそうじゃない……。彼の人物性も知らず能力だけで、そんな風に想えるなんてヘンよ。アナタ」

 

「―――そうでしょうね。それが……普通なんでしょう。けれど、見て想いました。そして貴女の話を聞いて、確信を得ました……セルナに必要なのは、私なのだと。

 アンジェリーナ、あなたのように家門に何もこだわりを持ちきれないアナタではない」

 

 決意を込めて語る一色愛梨。その言葉の意味は―――つまりは……。察せれないほどリーナも鈍くはない。

 

 目の前の相手が純正の日本人ではない容姿。リーナやエイミィなどのように『日本以外』での『国籍』を有していたと言う風ではない来歴。

 

 それでも、己を『一色愛梨』として認めさせるために努力してきた意味は―――この世界に馴染もうとした刹那と同じだろう。

 

「ですが、それはこの試合とは別口の話。今は―――USNAの魔法師のレベル―――見せてもらおうかしら?」

 

 挑戦的かつ挑発的な言葉。リーナの中のボルテージが上がる。眼を細くしながらの言葉は完全に侮りで嘲りである。

 

「せいぜいほざいてなさい……最後に勝つのはワタシよ!!」

 

 黄金の鳥たちの嘴を鋭くしての舌戦のいい終わりと同時にラケットを持ち直す。

 ここまで二人の少女の言い争いを見逃してくれていた審判に感謝しつつも試合開始のブザーは、無情にも鳴り響くのだった。

 

 撃ちだされる低反発ボール。一高指定の緑系統のテニスウェア。

 そして更に動きやすさを考えたのかそれともと思われるスカートのアンダースコートで対応するリーナは少しばかり注目度が高かった。

 

 気品の無い。と普段の愛梨ならば思うだろう。この競技はテニスと似て非なるスマッシュゲームである。

 

 言うなれば『対戦相手』という『壁』を利用してのスカッシュと言っても過言ではない。無論、不動のままで動かずに対応する人間もいるが、それは十師族級の人間が大半。

 

 多くのクラウドの選手は動き回りボールを打ち返すことに執心する。無論、対戦相手が返せない場所にボールを打ち出すのが肝要なのだが。

 

(何かありますわね……ともあれ、今は様子見)

 

(奇襲を仕掛けるのはもう少し経ってからよ)

 

 一個のボールをバウンドさせるまえにラリーしあう2人の女神。その何気ない打ち合い一つですらとんでもない技量であると言える。

 

 一色愛梨の対戦した春日菜々美であれば、撃ち返せずにバウンドするぐらいにはサイオンの重みが乗せられたものだ。

 

 20秒経過。二個目が来る。先手を取るのは―――撃ち返しと射出。どちらのボールも自陣に飛んできたリーナである。

 

 リング型のCADが起動式を解凍。魔法式を投射する準備。

 

 来る―――。認識した後には驚異的な速度で動くアンジェリーナの姿。残像しか見えないとしか言えない―――速度。

 

 

(やはり―――)

 

 

 分かっていたことだが、この女。自分と同じような使い手。まさか遠く北米大陸にこんな人間がいたとは……。

 

 

 一色愛梨命名の『稲妻』(エクレール)と同じく何らかの電気操作で加速しているアンジェリーナに驚愕する。

 愛梨の使う魔法(エクレール)は、知覚した情報を脳及びニューロンネットワークを介さず精神で認識する魔法と、肉体の反射運動を精神から直接肉体に命じる魔法の合成。

 

 専門的に言えば『反射運動』と『随意運動』を組み合わせての加速化。人間の身体を動かす電気信号を直接操作することで、これだけのことが出来ている。

 

 

(ある意味、反射と思考の融合……スターズの『切り裂き魔』ラルフ・アルフみたいなものかな?)

 

 何度もセツナに挑んで研ぎ澄まされていく『若ハゲ』(ハゲじゃねぇ!)と言うだろう男の魔法を思い出す。

 相手の稲妻で撃ち返されたものを更に撃ち返しながら、考えるにアイリ・イッシキのやっていることは、そういうことだ。

 

 超人的な反射速度で動きながらも、他では思考の制御で最適な行動を選択。マックススピードでの行動を活かすプランを即時に実行する一色の技を見てから……。

 

 

(確かにこの技は優秀よ。けれどそこまで―――こんなものは……)

 

 

 我々が2000年前に通り過ぎた場所だっ!! ……無論、ウソであるがそんな気持ちで打ち合うリーナ。

 

 リーナの加速化は、単純な話で身体を電磁弾体とするものである。

 人間レールガン。レールガン女。ミサカミコト(?)などと言われてしまうほどに変態な技だと誰もが言うそれこそがリーナの魔法である。

 

 もともと九島の家はスパークなどの放出系魔法を得意としているが、こうして身体を操作する術は、幻術系統のパレードとの折り合いであまり得意とは言い切れない。

 無論、程度の差はあれどもリーナも一級の魔法師。得意ではないとはいえ一人前以上に出来ると自負している。

 

 だが、それでももう少し早く動きたい。特にボストンでのプリズマ仮面。後に魔法怪盗プリズマキッドと呼ばれる人間を捕まえるためにアビーと共に考えたのが、これだ。

 

 更にそこから魔法怪盗……その素顔。平行世界の魔法使い(セツナ)と魔法使いの『しゃべる杖』(カレイドオニキス)と共にブラッシュアップして考え出されたものが、今のリーナの稲妻の『正体』。

 

 

 ―――フランケンシュタインの怪物などに代表される技能・伝承―――『ガルバニズム』―――。

 

 生体電流と魔力の自在な転換、および『蓄積』が可能。『蓄積した魔力』を『電流』へと変換することで―――リーナは更に加速する。

 

 太ももの側面を撫でて『簡略式魔術刻印』を発現。

 まるでセツナの魔術回路の発露を思わせる……足が複雑な電子回路のような模様になったのを見て、一色愛梨が驚愕。驚愕の理由は……蓄積した魔力にある。

 

 

「まだまだギアあげるわよっ!! 着いてこれるかしら!?」

 

「やれるものならば、やってみせなさい!!」

 

 

 撃ち返すボールのラリー。スカッシュの応酬。しかしスリーカウント取るまでも無く打ち返すリーナに対してシックスカウントまでの猶予を必要とするアイリとでは、撃ち返す数に差が出てくる。

 

 遂に―――撃ち漏らしたボールがアイリのコートを跳ね回る。あれをそのままにしておけばリーナにばかり得点が入る。

 

 クラウドボールは相手陣でボールが制止するなり、動き回ることで打った側に点が入るのだ。

 

 打ち合いながらも転がるボールを何とかしようとするが―――動きが不規則なものになる。アイリの打擲から逃れるようなそれは明らかに不自然。

 

 

(これは―――!?)

 

 

「トレース、オン。アクティブ! アンリミテッドブレイズ!!」

 

 呪文……というよりも音声認識で発動した魔法が、ボールを更に動かす。

 

 まるで……天空から『宝剣』が突きたつかのように、勢いよく飛び跳ねて勢いよく落下してきて完全な着地をするボール。

 

 打ちづらく地面にへばりつくような様子がアイリを苛立たせる。

 しかし何とか移動系統の魔法で『浮かせて』から打ち返す。中々に楽に勝てない相手であると認識する。

 

「ダンシング・ブレイズ……成程、流石はアメリカ人! 話に聞く限りでは武器だけを操るものだと思っていましたけど!!」

「別に明確な物体ならばなんでもいいのよっ!!! 飛び道具なんて達人が使えば投石でもスゴイんでしょ!? オヤマダノブシゲ!!!」

「確かに投石で有名な武将ですけどねっ!!」

 

 

 失点が痛い。高速のラリーに、球自体に干渉する術式。

 時速150㎞のストレートを打ち出されてからの変化球では必定、如何に稲妻と言えども対応しきれない。

 

 自然とアイリの位置は開始直後より後退していた。

 

 間合いを広く取らねば、どこに走らされるか分からない。しかし、その行動自体がリーナにとっては敗着の一手となる。

 

 

「ナナミよりも変化に富んでスバルよりも巧みに動き、アイリ―――アナタよりもワタシは速いわ!!」

「言ってくれますわね! ヤンキー!!!」

 

 言葉で嘲られたとしても、今の一色愛梨は完全に勇気が後退していた。

 

 時にはネット際まで出て積極的に撃ち返していくリーナが先手を取っていく試合運び。結果として撃ち漏らしは、アイリだけに発生する。

 緩急つけてドロップショットのようなネット際への対応が甘くなり―――第一セットは、80-30でリーナが取った。

 

 

 歓声を浴びる中、ベンチに戻る前に立ち尽くす一色愛梨にリーナは胸元から『星晶石』を取り出して言う。

 

 

「―――愛の力の勝利よ―――」

 

 

 睥睨するように言ってくるリーナに歯ぎしりして『先程見えた魔力の転換』を察して答える。

 

 蓄積していた魔力は恐らく…『彼』のものだ。

 それが『体内』に大量にあったということは……更に令嬢としてはあるまじき歯ぎしりをしつつ感情を溜め込む。

 

 この九校戦の期間中に何をやっているんだ。とか、羨ましい。とか、女としての悦びを知っている。とか、単純にムカつく。とか、そういう感情で一色愛梨は、もはや秘奥を晒すことを決意した。

 

「決めましたわ―――。アンジェリーナ、アナタだけは、この私が手ずから降す……! アナタみたいな恋愛脳な女に、セルナに優しく愛撫されたりしているアナタなんかに絶っっつ対!! 負けませんわ!!!」

 

 覚悟を決めた一色愛梨の言葉。ラケットを向けながら言ってのけた言葉に対してリーナは、何故気付いた? という表情を出さずに「いいわよ。やってみせなさい」と言って王者の風格を出して何とかその場をしのげた。

 

 しのげたのだが……。

 

 

『えー注意を兼ねて放送しますが、あんまりにも下品な言葉の応酬は、バッドマナーですから気をつけてください。

 ついでに言えばクラウド女子決勝に深く関わる『件の男子』は現在、三高女子…十七夜栞さんと四十九院沓子さんを横に侍らせているとの情報がありますので、くれぐれも腐った生卵とか投げつけないでくださいね―――♪

 養鶏業者さんの苦労を水の泡にすんじゃねーぞ!!! つーか遠坂!!! アンタは色々と台風の目なんだから自重しやがれ!!!』

 

 

 流石に二回目のNGワードを回避した『水浦敏子』。通称『ミトちゃん』などと呼ばれている言葉を受けて戦いの原因を連れてくるのもどうかと思えた。

 

 誰もが2セット目は……完全に血の雨が降ると理解していた。同時にここまで『楽しい』戦いも滅多にない。

 

 ―――相手がなんであろうと、全力をもって戦い、観客を沸かしてみせる。それがショウマンシップというものです―――

 

 リーナとアイリの試合は、そう言っていた小母のことを思い出させるほどにいいものなのだが……これが、あの頃、時計塔の体技場でウェアで戦っていた2人、3人を見ていた頃のオヤジの気持ちかと心底顔を覆いたくなったのだった……。

 

 

「父さん。俺も、あの頃……母さんとサクラさんとルヴィアさんの四角いジャングルでの戦いを見ていた気持ちが分かったよ」

 

 なんのことやらな両隣の三高女子の視線を受けながらもセツナの眼下で戦いは、再び始まろうとしていた。

 

 

 しかし……。

 

「刹那。そろそろピラーズ男子予選の第五組が終わる。色々気になるだろうし美少女と戯れていたいだろうが、準備しよう」

 

「オーライ。腐った生卵投げつけられてもいやだからな」

 

 

 廊下の方向にいた達也の呼びかけで、二人から離れてピラーズの控室へと赴くことになる。

 気楽に別れの挨拶をすると、二人も最後の声を掛けて来てくれる。

 

「がんばるんじゃぞー。おぬしが一高とはいえ、友人として応援しておるからな」

 

「がんばってね刹那君。愛梨が正妻とは言え、愛人として応援しているから」

 

 

 とんでもない計画の暴露をする十七夜の攻勢に、ちょっと戸惑いながらも達也と『太助』に合流する。

 

 戦いの時は着々と近づくのだった。

 

 

(直接の応援に行けなくて悪いけど、俺も戦う―――がんばってリーナ)

 

 

 小指に巻きつけた髪を元にして明確ではないが思念を飛ばす。ここまでサイオンが混ぜ合わさった会場ではどれだけ通じるか不明だが……ともあれ、伝えるだけは伝えておいて損はない。

 

 そういうことをしておく。そんなフォローがリーナを元気にする魔法であるなど刹那自身も知らなかったのではある……。

 



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第67話『九校戦――決戦Ⅱ エクレール・アイリ』

続きは書いているのですが、キリがいいのでアップ。どうにも長文の傾向と展開の長さが出てきたなぁ。

もう少し省くべき所は省くべきなんでしょうが、今でも結構省いているんですけどね(苦笑)


「ではこれにておさらばでございます。ワタシの仕事は、ここまで、後はアナタ方まかせ。よろしくて?」

 

「商品のアフターケアぐらいはしてもらいたいものだがな。プラーミャリサ……」

 

 イワンの連中。新ソ連の妖猫どもが根城としている所にて、桃髪の女は眼鏡を掛け直しながら、仕込が済んだ『調整兵士』……別名『超兵』(コシチェイ)を見ながら担当者に返す。

 その飄々とした言いざまに何とも言えぬ表情をするイワンの兵士達。モンゴル地区の人間もいるのが、この集団の歪さを表していた。

 そして日本にいる無頭竜たちの遺体を兵士に出来たのは、女の力ゆえである。

 

「まぁどうしてもというならば、もっと『マシな素材』が『目の前』にあるので、そちらを利用してもいいんですけどね?」

 

 己の肌を撫でながら言う。その妖艶ながらも魔性を感じさせる仕草―――。

 ぞわっ。そうとしか表現できない背筋の粟立ち。言われている意味を理解できていない人間はおらず、いくら人倫を逸脱して、偉大なる先達をエンバーミングして保存している自分達でも、自分がそのように人体を弄られたいとは思えないのだ。

 

「ご要望とあらば、ゴージャス、ゴールド、エレガントにお電話下さいな♪ ワタシ、残酷ですわよ」

 

 一体、何をするつもりなのか。分からぬままに―――部屋から去っていく女。外から差し込む光で一瞬だが、女の影が部屋に映し出されてそこに『四本の尾』を持った狐の姿を見た。

 見間違いではないぐらいに、はっきりと見たイワンの特殊部隊員たちは……この女が……『妖魔』の類であることを理解していた

 

 

(何を考えて……あの『お方』は、この女を重用するのだ?)

 

 そんな答えの出ない問いを抱えたままに、イワンの工作員たちは、作業を開始する。大陸産の『ジェネレーター』を更に違うモノへと変えたこれを以てさまざまな魔法師達の卵を捕獲していく。

 今の御殿場市は一種の漁場である。ここにいる人間達を拉致した上で『ナージャ』に送り込み、連邦に服従する人間に改造する……するのだが―――。

 

(出来るのか? 本当に―――)

 

 

 競技用魔法だけを使っているとはいえ、凡そ300人は下らない学生魔法師の戦いぶりは、小勢では何も出来ないのではないかと思う程に恐ろしいものだ。

 

 いま考えても、こんな作戦…無謀に過ぎる。そして無頭竜が計画していたという一高頓挫による胴元大儲け……ギルゲームス(いんちきゲーム)の主催における妨害行為も今では意味があったのかすら疑わしい。

 

 漁場は漁場でも……血に飢えたアクーラ()カサートカ()では、こちらが食い殺される運命しかない。

 

 しかし下った命令は実行しなければならない。自分達が捨て駒にされたとしても、やらなければどちらにせよ銃殺刑なのだ。

 

 そして、運命の時は近づく………。

 

 破滅が下るまで――――。時間は残されてなかった。

 

 

 † † †

 

 

 このままでは勝てない。そんなことは分かっていた。

 

 対面のベンチで小柄な女子生徒―――技術スタッフの女子からはちみつレモンを貰って食べるアンジェリーナは手強すぎる。

 

 今のままでは無理だろう……。そんな思考をしている愛梨に差し出されるタオル。同時に心配そうな顔が見えてきた。

 

「一色さん」

 

「心配は無用です。吉祥寺君―――私なりに考えていることがありましたから―――」

 

「確かに、有効な手段だけど……『本気』なの?」

 

 

 サポーターとして就いてくれたのは、吉祥寺真紅郎である。相棒である一条将輝は、いま現在、修行の真っただ中。

 錆びた真剣で、大木を斬るぐらいの訓練を行っている彼の復活あってこそ三高に勝利は見えてくる。

 

 それまでは愛梨や火神が三高の進撃をサポートしなければいけないのだ。

 

 

「ええ、正攻法で追いつけない相手ならば……奇策を以て戦わなければいけない」

 

「技術者としては、あまり受け入れがたい言葉だね」

 

 

 苦笑の言葉の後には、一色愛梨は愛用のレイピア型のCADを取り出して感触を確かめる。ラケットの交換ならば分かるが、まさか取り出したのがそんなものでは誰もが注目を集める。

 

 対面の女も眼を見開いて、その真意を探ろうとしているが―――。それは分かるまい。

 

 

 見ていたアンジェリーナ。そして中条あずさとしても、その得物に瞠目してしまう。

 

 

「どういう意図なんでしょうかね?」

 

「アンノウン。その一言ですよ。ただ彼女がサーベル競技を得意としている以上、何かはありますよ」

 

「打撃面積が広くないレイピアを用いてのラリー……今年の九校戦はイロモノ極まれりですねぇ。もちろん、セツナ君は除いてですけど」

 

「ウソつかなくていいですよ。アズサ先輩♪ とはいえ協賛スポンサーであるCAD企業としても頭が痛いんでしょうけど」

 

「形式化及び定型化してしまったCADを使っての魔法行使―――それを打ち破っちゃいましたからね……」

 

 

 しかし、CAD企業としてもそれらを見て、何とかして枠に収めようとするだろう。無理筋な話だろうが。

 

 あずさとしても梓弓などがただの精神に作用するだけでなく何かの武器として使えればと思ったことは幾度もある。

 

 八王子クライシスにて自分が出来たことなど生徒達の大半を落ち着かせることだけ。

 その後に防衛戦線に加えられたものの恐怖で打ちふるえそうな皆の気持ちを安定させるだけの自分に無力感もあった。

 

 せめてこの弓が、何かを撃ち貫ければ……古来より破邪を司る『梓』の弓のごとく……。そんな想いばかりだ。

 

 

「ともあれ、今はワタシとセツナの愛の力で打ち倒すだけです!」

 

「愛の力って何でしょうか?」

 

「ステイツで教えられてきたもの……セツナがワタシだけに教えてくれた『魔法』で倒すのみです」

 

(余計に嫉妬の炎で燃え盛りそうなこと言いますよね……)

 

 

 呆れつつもあずさは考える。

 首から下げているネックレス。それの中央にあるのは、宝石なのか何かの感応石なのか……ともあれ登録されているアンジェリーナ持ち込み道具の一つとして、それはある。

 

 一色の方もどうやらその手の小型のCAD……殆ど完全思考操作型みたいなのを利用しているようだが、あくまでハンドメイド機器として規定には引っ掛からないようである。

 一高の春日や七草会長とは違い、己の肉体と魔法を連動させてのスタイル……来年には、シューティングもそうだが、このクラウドも無くなっているかも。

 

 そんな想像をして後の生徒会長にそれらを託しつつ、選手を送り出す。

 

「特にいうことはありません。相手の奇手に惑わされて己のスタイルを崩さないように、愛の力見せてくださいね?」

 

「オーライ! 行ってきます!! それと来季の生徒会長にはあーちゃん先輩をセツナと一緒に推しておきます!!」

 

 

 こいつらの面倒を見るのはアレだな。と思いつつも、そんな未来が来ないことを願うしかなくなる。

 

 

 コート上に再び現れる金色の女神2柱……片方は普通のラケット。無論、CADと礼装は持ってきている。

 

 反対にもう片方は剣呑な得物を握りしめて礼をしていた。

 

 

「ずいぶんとヘンなものを持ってきたわね。てっきり『生類憐みスマッシュ』とか『鎖国ゾーン』とかやってくると思っていたのに、残念よ」

 

「ほざいていなさいヤンキー。そんな『テニ若』みたいなことをやるわけないでしょうが、ついでに言えば私は『ハザロマ』派です」

 

 

 こんな令嬢でも『葉桜ロマンティック』を読んでいるとは、世も末(アーマゲドン)だなとリーナは思う。

 

 だが油断は無い。あちらがどのような奥の手を持っていようと……勝つ。『槍』を以てしても勝ってみせる。

 

 

(セツナ、アナタが教えてくれたもの全て活かしてワタシは勝つわ!!)

 

(気合いのノリが違う。当然ですよね。このセット取ってしまえば終わりなんですもの……)

 

 

 そうなるだけの実力差は実感できた。だがアイリとて負けられぬ。母国から日本に渡り一色の長子……父と結ばれた母のためにも、この女には勝つのだ。

 

 

 打ちだされる低反発ボール。当たり前だが、あまりにも強すぎる魔法や衝撃でボールが割れれば、それは衝撃力などの判定からどちらが撃ち返したかに問わず原因となった方にペナルティが課される。

 

 即ち自殺点(セーフティ)となりえる。その点の危険性で言えば一色愛梨のチョイスは完全に間違いだ。

 

 切先が鋭いわけではないが、それでも近接武装特化型であるがゆえの破壊力過多が予想される。

 

 それだけに一色の令嬢は愚策に走ったと思われた……しかし、その予想は弾かれる。撃ちだされるボールの威力と同時に―――。

 

 何気なくボールを返したリーナ。もちろん正直に真っ直ぐではないが、それでも返しにくいところに撃ちだされたボール。

 

 エクレールを使って移動する一色。そこからどうやってそのサーベルを使ってリターンするというのだ。

 

 斬り、払い、打ち、……それらを予想していたと言うのに――――。

 

 

突き(ラッシング)!?)

 

 

 背中の方に引かれる腕。そして前に突きだされたことでサーベルはボールに当たり、撃ちだされたボールは猛烈な回転を以てリーナ側に飛んでくる。

 

 そのボールに、ラケットを合わせようとした寸前で移動魔法で打ち返す。

 

 リーナの行動に誰もが奇異を覚える。

 

 

「カンがいいわね!」

 

「賛辞をどーも! そんなHENTAIな技を使ってくるなんて思わなかったわ」

 

「お褒めの言葉をこちらこそどうも! 一撃では終わりませんわ! 私の薔薇の剣技(ローゼススクリーマー)で沈みなさい!!!」

 

 

 しかし、2人の間では分かっているようだった。

 

 予想外ではないが、まさかこんな技を使ってこようとは……。

 

 

「アイリのサーベルは一見すればボールの中心を突いたように見えるけれど、その実―――打ちだされたボールに横のスピン回転を掛けた上で、そのままに突きだした剣の圧力で返球している」

 

「圧倒的な早業だな……。本来ならば高速のボールを返すだけでも精一杯な競技なのに、二重の回転を掛けた上で返球するとは」

 

施条銃(ライフル)やアームストロング砲なんかと同じ原理よ。直進する弾丸を安定させるために回転を着けさせる……難儀するわよ。ヘタに強化していないラケットなんかで撃ち返そうものならば網が裂けるわ」

 

 だからリーナは、ラケットで返さなかったのか、そのボールに掛けられた回転力は抵抗がないままに直進してきたものだ。

 減速など無い弾丸をラケットで撃ち返すには

 如何に魔法や魔法を利用して行われた技法が物理法則を無視したところで物理法則そのものの『影響』が出ないわけではない。

 

 ライフル銃の如き突き――キワモノな技だと思っていたと言うのに、存外恐ろしいものを放つものだ。しかも突きだけではない。そのサーベルのしなりを活かしての普通のラケットよりも軌道の読めないリターンは、四方八方に撃ち返す。

 無論リーナも返すのだが、時に狙いすましたかのように突き(ラッシュ)が放たれてそれの対処に難儀する。

 

 

「説明してくれてありがたかったんだけどね。伊里谷さん―――ウチの大親分に簡単に抱きつかないでくれるかしら? 他校のライバルに内情を探られたくないわ」

 

「森……森末くん達を助けてくれたお礼ってことだったと思うけど」

 

「なんでそれで十文字君の腕に巻きつくのよ?」

 

「カツトのVoiceはワタシのお父様に似ているから、何だか懐かしくなっちゃうのよ。嫉妬かしらマユミ?」

 

「ちっげうわよ!!! 第一、これじゃ十文字君がお礼されてるようなものじゃない!!」

 

 

 いつもならば、このぐらい会長が激昂すれば『落ち着け七草』とか会頭がやんわりいうはずなのだが、それはなくされるがままである。

 

 無表情ではなくいつもの巌のような表情が少し緩んでいる。まぁ反対の腕は会長に取られているから仕方ないかもしれないが……。

 

 我ら一高のビッグボスたる十文字克人なのだ。

 こんなハーレム主人公染みた会頭は見たくなかったと、『服部』『桐原』『沢木』が内心で思うも―――。

 

「いや服部、桐原。お前に会頭を責める資格はない。この俺の『はがない』ならぬ『はがゆい』想いを『キャノン砲』(Kanon砲)に乗せて撃ちだしたい気分なんだからな」

『『どういう意味っ!?』』

 

 

 それなりにつるむ沢木から、お前らは違う。と言われて二年組からはぶられる二人。

 

 そんなこんなで上級生たちの喧騒も何のそので眼下の戦いにも変化が出てくる。

 

 

 互角に打ち合っていたリーナとアイリだが―――均衡が崩れる。崩されたのはリーナの方。

 

 5個目のボールが射出された時点で、いくつかを取り逃すサーベルの鞭のようなしなりを活かした一撃一撃が、時にリーナの予想を外して襲いかかる。

 

 取りこぼしたボールをすかさず撃ちかえすも、待ち構えていたようにスクリーマー。絶叫を上げるかのように猛烈な回転を加えられたボールが、リーナに飛んでくる。

 

 

(勝った―――!!)

 

 もはや、ダンシングブレイズを使えるような速度と状況ではない。ならば―――このまま一気にいくのみだ。

 

 アンジェリーナに勝つ。魔法師として、女として……自分以上の存在として立ちはだかるものは十師族以外にいないと思っていた。

 司波深雪も大したものを感じたが、それ以上に―――アイリが敵として認識したものが、ちらつくのだ。

 

 

 やられた。ラケットが軋みを上げる音に破断を予測して幾つかを取り逃した―――。その結果、こちらの失点ばかりが積み上がる。

 本来的な戦い方を取り戻したアイリの動き―――叩き切る。叩き付けるようなラケットによるボレーではないそれこそが彼女のフォーマルスタイル。

 

 水飛沫のごとき輝線が煌めく度にボールを優しくいなして、その上で回転力だけを与えられたボールが弾き返ってくる様は恐ろしかった。

 

 

(成程ね……確かにセツナと出会う前までのワタシがここにいれば『ナンギ』したかもしれない)

 

 

 けれど、今のリーナにとっては対抗策が無いわけではない―――。

 

 

「終わりよ! アンジェリーナ!!!」

 

「そうかしらね? いいことを教えてあげるわアイリ――――」

 

 

 ガルバニズムで全てのボールを同時に撃ちかえしてから、リーナは星晶石を取り出して……念じる。

 

 そしてからラケットを頭上に放る―――まさしく天空に投げ捨てたといってもいいほどに放ったそれに眼を奪われた一瞬に―――。

 

 

「シンデレラの如き『魔法の時間』(タイムオブマジック)は一瞬で始まるのよ!!」

 

 

 戯言と受け取ったか、それともかは分からないが、一色愛梨は応えずにボールを撃ちかえす。

 

 その間隙に―――リーナは魔法を唱える。

 

 

「グラデーション・エア―――アクティアンド―――フラッシュ・エア―――『ブリュンヒルデ』―――」

 

「どれだけ叫ぼうと今さら!!! 敗北の定めを受け入れなさい!!」

 

 

 エクレールとスクリーマーを併用して超高速で返されるリターンボール。

 

 相手の正面を狙ったボール。バッドマナーでありファウルこそ取られかねないが、それでも―――そのビーンボール紛いのリターンを『リーナ』は全て撃ちかえした。

 

 

「なっ!!??」

 

 超高速のボールに対応したスイングスピードは同じく超高速。しかし同時のリターンの理屈が分からない。

 

 しかもラケットは投げられていたのだ。だというのに―――待て。放られていたラケットが無い。そして呪文と同時に―――何かの光が放たれた。

 

 光の向こうで―――アンジェリーナは何かを握っていた。長い柄の得物。

 

 それを愛梨は一度見ていた。あの体技場で見たことがある大きな槍。自分とセルナの触れ合いを邪魔するためだけに放られたあの槍だ。

 

 忌まわしき『鋏』であり『槍』―――半実体の魔力の柄を持ちながら穂先に逆手にしたラケットを着けたものは確かに、あの槍に似ている。

 

 

「さぁてあげていくわよっ!!!」

 

 

 見えたアンジェリーナの姿。サイオンよりも純度の高い……魔力なのかそれに包まれた彼女は、姿を変えていた。

 

 九島の家の秘術『仮装行列』(パレード)かと見まごうほどに変化した彼女の姿は―――『戦乙女』の姿。

 

 槍を持ち魂の選定を行うワルキューレが飛ぶようにやってきて、

 

 

 その姿を見た伊里谷理珠は―――『よっぽど大事なんだね。刹那にとってアンジェリーナは、最愛の人なんだ。己の秘術を与えてでも―――守りたい。側に居てほしいと思える子』

 

 と呟き―――『置換魔術』と『投影魔術』……その応用で、ある存在の力を呼び寄せたリーナを眩しく視るのだった……。

 

 

 



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第68話『九校戦――決戦Ⅲ 決着』

遂にゾウを倒して、アナスタシアを倒して、空想樹を切り落して(?)ロシアを脱出! 

長かった……そしてペペのロストベルトがインド系だと……やはり『ヤツ』が来るのか。

異聞帯の歴史に降り立つサーヴァントに似て非なるもの……第四のクリプターを殺すべく送り込まれた『代行者』―――パスタシスベシセブーン!!などと叫びながら、本場のインドカレーの匂いに釣られて―――。

「ほーいいじゃないか こういうのでいいんだよ こういうので」

と言いながらカレーを十杯はいける女―――錬金術師、真祖に続いて、聖堂教会の代行者―――参上

……は……ディライトワークスさんと菌糸類次第ですね。つーか帝都新鯖はランサーか。

社長……初志貫徹わすれちゃいかんですよ。(無礼極まり)

そんなこんなで動きが見えつつある色々ながらも新話をお送りします。


 

 男子ピラーズの選手控室。

 

 そこにてUSNAスターズのファッションリーダー(自称)シルヴィア・マーキュリー・ファーストから送られてきた衣装に袖を通していた刹那は、他会場の試合の様子を見て苦笑せざるを得ない。

 

 あとで少しのお説教だな。と考えてしまう。しかし、あそこまでの能力値で一色愛梨がやってくると思えなかったのも事実。

 

 聖堂教会の代行者の対軍レベルの体術に魔術の上乗せ―――刹那の知る代行者は数名しかいないが、そのレベルに通じるものをアイリに見た。

 

 となれば、魔道の中の魔道の輩であるリーナが、これを使うのは予測されていたことだ。

 

「あれがリーナの力の一端か……美しい魔力…しかし悲しい想いが混じるもの……―――美月辺りだったらば、そういうかな?」

「カンがいいね。あれは悲恋の戦乙女の力だよ。やけに親和性が高かったのが北欧系の魔術霊基であったからな―――それに沿って『置き換え』を実行させた」

 

 分かるものにしか分からぬ会話。達也はリーナの力の正体を半ば見破っている。しかし、どこの『存在』であるかまでは分からなかったのだろう。

 槍を持った『英雄』などいくらでもいるのだから―――半物質化した鎧から見ても西洋系の存在か、それにかぶれたコスプレ衣装…としか達也には分からないかもしれない。

 

 世の中広いが、アーサー王にスカートを履かせて、征服王イスカンダルにズボンを履かせたのは刹那の身内だけではないだろうか?

 まぁ、英雄たちの衣装と言うのは星の端末たる『精霊』『妖精』の作るものだったりするので、その辺りの『飾り』は、当然の如くあるのだ。

 

 想像の夢想を終えてから隣にいる達也を見る。

 緑色の上下―――一高制服など目ではない真緑の衣服。

 スーツタイプというよりも何かの軍服を思わせる上から表が赤に裏地が紫の『陣羽織』を羽織った達也の姿も存分に飾りと外連味を出していた。

 

 この格好で特化型CAD。要するに拳銃タイプを使うのだから、なんだか変な気分である。

 ぶっちゃけ、『最高のスピードと、最強の剣を所望する』なコスプレである。

 

「……妖怪首おいてけの方が良かったんじゃないか?」

 

「―――『赤』はお前の色だろ? 黒が良かったんだが……何故か『マスケラ』の衣装しか入っていなかった……」

 

 震える達也。会長のイタズラだなと気付き、ドンマイと言っておく。そうしているともう一人のメンバーC組の最終兵器。

 

 ぶっちゃけ一高で最強になりえる可能性があるのは、コイツだと思う……『黒子乃太助』が声を掛けてきた。

 

 太助の衣装は、ギャングスターでも目指しそうな。やるといったらやる『スゴ味』を感じてしまう。そんな衣装である。

 

「第一試合は遠坂君からです。決めて来てください」

「おうっ。フラッグファイターとしての意地を見せてやりますよ!」

 

「フラッグファイターって何だよ?」

「きっと司波君や遠坂君みたいな女の子との『旗』ばかり立てる人間のことですよ」

 

 さりげなく太助に毒を吐かれるも、二人に拳をかるくぶつけてから戦いのフィールドへと赴く刹那。

 

 その脳裏にあったのは―――今でも大モニターに映し出されている乙女に秘術を託した時の事だった……。

 

 

 ――――Interlude――――。

 

 

 魔術師の工房。そこにカレイドオニキス、遠坂刹那と共にやってきていたリーナは、己の鑑定結果を知る。

 

 

『ふむ。リーナ、君の魔術特性はかなり変化系統によっている。スパークも放出するだけの電子を空気中から集めている以上、それは変化に転じたものと言える』

 

「パレードからしても、君は直接的な戦闘技術に付随したものよりそちら(変化系統)を学んだ方がいいな。もちろん、別に他も収めていいけどな」

 

「具体的には、どんなものがいいと思える?」

 

 今までの自分を否定せずに、されど少しだけ回り道していたと言われて、自分の適正を知りたくて問いかけると、簡単に答える刹那の声は確信を持っていた。

 

「フラッシュ・エア―――俗に置換魔術と言えるものだ」

 

 

 そして魔術師の説明は分かりやすかった。本来ならば、何か、物質や物体を変化させる際には様々な『工程』が踏まれることが多い。

 

 水なども『液体』『固体』『気体』に変化する際には、融解、昇華、気化、固化などなどそういった工程があってこそ水という物質は変化を果たす。

 

 それらの『工程』をすっ飛ばして、『結果』として『存在』するものを手にするのが、置換魔術の要諦である。

 

「本来的には劣化交換にしか使えないはずの基礎魔術なのだが―――これを極めていった人間が作り出したものがいる」

 

 そうして刹那は手の中に『七枚』のタロットカードにも似た札を出してきた。

 

 カード自体は、リーナも知っていた。

 カレイドオニキスなどのカレイドステッキを介して、刹那曰く『英霊の座』とかいう死後の世界……リーナ的には『エデンの園』に色々な英雄が笑いながら天上の御加護を受けているとしか思えない所から、英雄たちの武具や乗り物を召喚するカードであった。

 

「リーナには教えておくが、このカードの本来の力は、英霊『そのもの』の力……もちろん、伝承(ヒストリエ)全てを引っ張ってこれるわけじゃないが、ある程度、『クラス』に限定した上で己の身体に宿すための器物なのさ」

 

「――――すごいわ……流石に私だってゼウスやポセイドンなんかは知っているもの。ヘラクレスなんかもね―――彼らの力を身に宿せるんだ?」

 

『ゼウスとポセイドンは英霊というよりも『神霊』の類で、無理だろうが、ヘラクレスなんかは『半神半人』の英雄だからね。何とかなりそうだが―――ともあれ、開発した人間やらの詳しい説明は省くが、君の祖父の生家の究極系も恐らく『置換魔術』に類したものだったのだろう。

 もっとも、それが『偽装』程度に落ち着いてしまったのは残念だがね。彼の『湖の騎士』もバーサーカーでは、そんなものに落ち着いてしまうのだが……』

 

 感嘆するリーナに少しだけ窘める魔法の杖。研究者として、『クドウ』の家が目指すべきものは『そちら』(上位変身)であったはずだと言う。

 そう言われるとリーナも苦笑せざるを得ない。お爺様から母へ、そして自分に譲渡されたもの―――今まではあまり熱心にしてこなかったものを、必死になって覚えようと思ったのも、セツナとの出会いが発端である。

 

『とはいえ、それでリーナがいきなり『大蛇』に変化して逃げ込んだシェルターごと刹那を蒸し焼きにするという現実があり得ると思うと、おおっテリブルっ! ちなみに言えばベンジャミン少佐の娘さんはどう見ても刹那に胸キュンドッキュン♪だがね』

 

「さり気に爆弾を落としていくな!!」

 

「セツナ――。『キヨヒメ』っていう英霊はどのクラスが適当なのかしら?」

 

 殺る気満々になりつつあるリーナに恐れを為す刹那。ああ、笑顔が怖い。けれど教えるからにはそのぐらいの方がいいのかもしれない。

 やる気満々とも言えるリーナならば、完成はかなり早いはず。その為にもまずは……。

 

「礼装の作成にはアビーの協力も必要だが、一先ずリーナが、どの『クラス』が一番適正あるのかを知りたいな」

「バーサーカーかランサーがいいかな? 嫉妬の炎でセツナに近づく泥棒猫を焼き尽くしたい♪」

「なんで知っているのさ!? ああ……余計なことを教えやがって……」

 

 刹那が豪奢な木製の机にカードを敷きながら言っていた傍らで、後ろで『清姫は霊基グラフ的には『狂戦士』か『槍兵』ダヨ』とか電子的に表示してくれやがる魔法の杖(?)もはや最近、何でもありになりつつあるなコイツ。

 

 恨みながらも鑑定は密に行う。彼女の将来をある意味、歪めてしまう『魔術的教導』……もしかしたらば本来の運命に自分などのような異物は存在しなかったのかもしれない。

 運命を歪めるか正しているのか……それは分からない。しかし、リーナが自分の運命に着いてくると言った以上は真剣にならざるを得ない。

 

 

『自分の恋人を再び触手まみれのR-18指定な場面に陥らせたくないだろう? ならば、真剣にやるべきだね。君の判断は間違いじゃないよ』

 

「―――ああ、ありがとう。リーナ、敷いたクラスカードに魔力を与えてみて―――それで『夢幻召喚』する上でのクラスカードの適正が分かるはずだ」

 

「うん。セツナと一緒に戦うために、セツナと愛し合うためにも―――私はアナタの運命に入るんだから―――だからお願い―――答えて、私に力を貸してくれる英雄達……出来ればセツナのお父さんに『近い人達』。具体的にはアルトリア・ペンドラゴンとか!!」

 

 少しだけ赤い顔をしたリーナが、快活に、少しだけおどけて最後には言いながら陽性の魔力が放射されて、彼女の想いに応えるように、一番に反応したのは――――……。

 

 

 

 ―――Interlude out――――。

 

 

 ランサーのクラスカードの『情報』を刻まれた星晶石―――『星霊装甲』は、ブリュンヒルデの槍を生み出す。

 

 ミスリルで鍛造された大槍の情報、魔力放出で動ける鎧などをリーナの身体に再現していた。

 八つ目のボールがシュートされる。しかし今のリーナにとっては苦ではない。本来の大槍ならば撃ちかえせない、というか破裂どころか粉微塵になるだろうが、それでもこれはあくまで『贋作』(フェイク)

 

 しかも穂先に当たる部分はラケットである。ここまで応用を利かせられたのは、やはりパレードの方向性を矯正してくれた刹那のお陰だ。

 パレードの元となった古式魔法師たちの秘術は、もしかしたらば『神降ろし』などが『大元』だったのかもしれないのだから―――。

 

 

「くっ!! 私のスクリーマーを力づくで撃ちかえすなんて!!」

 

「悪いわねアイリ―――アナタの努力は認めるわよ。それは凄い事だわ。物凄く努力してきたって分かる……」

 

 

『ロマンシア』を振りかざしながら、豪風雷雲を巻き起こすまではいかずとも猛烈な勢いで振り回される槍によって、ボールは全てアイリのコートを穿っていく。

 

 無論、アイリもまたリターンを行う。超人的な動きに、変態的な武器のセレクトでクラウドの新規格を見せて、己の『魔法』を示す二人の戦乙女。

 

 低反発のボールがよく砕けたり割れたりしないものだ。そう思わせるほどに力の運びはかなり緻密且つ流動的に行えている。

 

 そして互いの得点盤に刻まれる数字とタイムが『増減』していく。

 

 

「けれど、それはたった一人だけで得たモノでしかないわ。ワタシとセツナとアビー……そしてもう一度会いたい『魔法の杖』とで築いてきたこの『力』は、アナタには負けない!!」

 

「戯言を!! 私とて一人ではありませんでした!! それでも叶わないというのは、なんでなのよっ!?」

 

「セツナの運命は、修羅道(シュラドウ)。良かれ悪しかれ『戦い』に満ちている―――ならば、ワタシはその運命に着いていくために、隣で歩けるように!! セツナに『パーソナル・レッスン』を受けていたのよ!!」

 

「魔法師としても女としても羨ましすぎます!! 贔屓です!! 貴女だけずるいですわ!! 私にも選ぶ権利が欲しいのに!!」

 

 

 半分涙目で叫ぶアイリに少し同情も湧いてしまう。

 

 恐らくUSNAにいた頃の話なのだろう。そうであれば仕方ない。もしも、こっちに来てからの同棲生活ゆえだったらば、ギルティではあるが……。

 

 そこを責めるには一高では、他の『有名人』も攻めなければいけないわけで……。

 ともあれ、舌戦を繰り返しながらも九つのボールが互いの陣地を行きかう様子は既に、砲撃戦も同然であった。

 

 どちらが先に相手の要塞に榴弾を叩きこめるか、そういう戦いである。

 超次元スポーツも同然に打ち合い、時に風車のように槍を回されて吹き飛ぶボールを水飛沫のような輝線が撃ちかえす。

 

 最初にリードを奪われたリーナのスコアは同点になりつつある。

 

 しかし、一色愛梨もまた追い縋る。それでもリードをしているのは自分だ。勝つのは自分である。

 

 その意志一つだけでサーベルを振るっていく―――だが……。

 

 

 場合によっては自陣コート全ての領域を制することが出来る大槍に比べて、サーベルではあまりにも得物の長さが違い過ぎた。

 

 更に言えば今のリーナは、北欧神話に冠たる『神霊』にも届きかねない主神の娘『ブリュンヒルデ』の力の一端を降ろしているのだ。

 

 必定―――動きも精彩を極めていき、確かに人間としての能力の極致に至っている愛梨ではあるが、それでも終わりは突きつけられる。

 

 

「――――ッ!!!!!!」

 

 戦いの最中に歯ぎしりしてしまう程に理不尽なまでの『差』。一瞬だが歪む顔。だが、それでも―――勝負は諦めない。

 

 最後まで戦って見せる。そうすることで鼓舞しなければいけないものがあるのだから―――。

 

 

 しかし、最後の時は容赦なくやってきた。華麗繚乱に飛翔するように跳躍するアンジェリーナの槍の一撃一撃が重く、そして撃ち返すごとにサーベルごと腕を痺れさせる。

 

 もしも刹那の個人レッスンがあれば―――。だが、いまの自分にあるのは―――このサーベルと地力で掴んで積み上げたモノだけ。

 それはさらう波の前では、儚く崩れ去る砂の城かもしれない―――。

 

 

 その意志で至近距離ではなく離れた距離で武器を合わせあう戦乙女の戦いが始まる。

 剣合の代わりに撃ちだされるボール。互いの陣に落とそうと繰り出されて落とさせまいとする―――『ボールゲーム』の体を為した決闘の勝者は、三分間の撃ちあいの末に電子掲示板が示していた。

 

『決まりました! 女子クラウド・ボール新人戦 優勝はアンジェリーナ・クドウ・シールズ!! ここに超次元テニスの如き戦いの結末は―――っと、両者共にコートに倒れ込みました。

 紳士諸君! このような女子のあられもない場面を熱心に見るもんじゃないぞ―――!!』

 

 やかましい。と笑いながら答えたくなるミトの言葉に、互いに微妙な表情をするのみ―――。

 

「まったくここまでくると『ウォーター』&『オイル』ってところね。調和も因縁も丸呑みにしてどこで混ざり合わなくなったのかしら?」

 

「貴女が、セルナは自分のものだと主張してからです。そもそも出会いの遅い速いで全てが決まるのならば―――恋も愛も! 全て『理不尽ないんちきゲーム』ではありませんか?」

 

「む」

 

 黙ったリーナ。そしてアイリではあるが、それもまた真理の一つ。恋愛とは無情なことに『早い者勝ち』という側面もある。もちろん、時間を掛けていけば愛が薄れて気持ちも移ろうかもしれない。

 

 その時に、若干の倫理性を犯してでも、相手がいる相手を奪う。というのもあり得る話だが……付き合ってまだ二年ほどのカップルながら、二人の仲は、おいそれと他人が嘴を挟めるようなものではないことも見える。

 悔しくて、涙が出そうになる愛梨。恋も魔法も―――この女が一番を奪っていった理不尽。いや、理不尽ではないのかもしれない。

 

 守るべき家名があり、守るべき伝統に縛られて……二十八家程度の肩書きしか持っていないアイリでは、『捨て身』で『好意』を示す「ただの」リーナには勝てない。

 

『今』は、まだそうであるという現実を認識してから現状に対して不満を述べる。

 

 

「ああ、全く以て足が棒ですわ……明日に障ったらどうしましょう」

 

「聞く限りでは、本戦のミラージまで(ナッシング)じゃない。ワタシなんてこの後、ピラーズの予選なんだから」

 

「櫓に立つぐらいは出来るでしょうが、そこまでやわなんですかアナタ?」

 

「……『ラストナイト』は燃え上がったわ……その疲れ プライスレス……SHIT! 何すんのよ!?」

 

 足を蹴られて起き上がりの立ち上がりをするリーナ。同時に、アイリも起き上がる。

 

 その姿。良く見ればかなりボロボロであり、見様によってはかなりあられもない恰好である。

 

 

「まだまだ元気じゃないですか? 栞も参加するピラーズ、満座で恥をかかなくてよさそうですね」

 

「イヤミったらしいわね! まぁいいわ。ともあれ―――今はワタシの勝ち♪ 残り期間中は戦わないし勝ち逃げさせてもらうわ」

 

「まったく……いいでしょう。けれどセルナは諦めません」

 

「そっちも全力で勝ち逃げさせてもらうわ♪ セツナのお母さん風に言えば『競争相手がいれば周回遅れにし、ケンカを売られれば二度と歯向かえなくなるまで叩きのめす』。そんなところね」

 

 

 どんな母親だ? 全力で誰もがツッコみたくなる人間を想像してから、アイリが問おうとした時に、放送が響き表彰式の準備が整っていたらしい。

 

 慌ててお互いのベンチサポーターがジャージの上と下を持って来てくれた。色々と聞きたいこともあるだろうが―――ともあれ結果としてクラウド新人戦。

 男女ともに……総合的には一高が取ったと言っていいだろう。リーナからすれば三位にも長谷川という三高の生徒がいるという事実に少し疎外感もあるのだが。

 

 

 ともあれ―――リーナの心はいますぐ刹那の胸に飛び込んで褒めてほしいなぁというので満たされていた。

 

 一位の表彰台に上った際の、歓声も悪くはない。降り注ぐものは少しだけこそばゆい。しかし、どうしようもないセツナ分が欲しいわけで―――。

 

 表彰式中にも映る空中に浮かんだりしている他会場の様子……その一つにて外連味たっぷりの存在が名乗りを上げていた。

 

『世界に神秘あり、人の心に謎あり、夜の闇に奇跡あり―――。

 万世のミスティックを秘蔵するため魔法怪盗プリズマキッドただいま参上。未来を生きるアナタの心に『永遠の魔法』を刻み付けましょう』

 

 男子新人戦アイスピラーズ・ブレイクにて、モノクルにシルクハット。そして白いタキシードに赤いマントを羽織った刹那の姿が見えて―――。

 

(あんな格好されたらば、彼女であるワタシは、『アレ』を着るしかないじゃない……)

 

 

 キザな名乗り口上を読みあげて七高の選手―――カジュアルなアングラー(釣り人)の服を着たものと相対しあう刹那。

 

 その勝利を疑わず、その姿に何度も助けられたことを思い出して――――リーナは熱くなるのだった。

 

 

 無論……両隣で『キッド様あああああ!!!』『ちっひー(千裕)! うるさいですよ!!!』『だって愛梨! キッドだよ!! プリズマキッドだってばよ!!』『意味分かりませんわ!!』と騒ぐ三高の面子を若干、無視しながらであったが……。

 

 

 ともあれ、その日の一高は当選確実となった選挙陣営のように万歳三唱を唱え続けるぐらいには大戦果。

 

 無論、振るわなかったものもいるのだが、ともあれ―――その日の話題を掻っ攫ったのは、やはり一高。

 明日の戦いに備えるピラーズは男女ともに三人予選を通過して―――、新人戦優勝に王手を掛けたのだった……。

 



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第69話『九校戦――幕間、バチバチする夕食』

新たなるクリスマスイベントにて、とんでもないサーヴァントが登場。

しかし、まだ引けていない。そしてHFの新章―――。見に行きたいんだけどなぁ。

行けるかなぁ(苦笑)

そんなこんなで新話お送りします。


 ホテルマンたちが忙しなく動き、されど客人である高校生たちを上手く避けてかつ対応も懇切丁寧。

 

 如何に多くの事が自動化された時代だとはいえ、最終的な配膳や飲み物の支給など人の出入り、集中率などを客観的かつ、多角的に見るためには『人の眼』が必要となる。

 

 そんな訳で、夕飯時……もはや慣れてしまったバイキング形式のメニューの数々。

 そろそろ厨房に入って『遠坂家秘伝の極辛麻婆豆腐』を振る舞いたい(皆に制止済み)想いを呑み下しながらやることはただ一つ。

 

 

『『『『『乾杯―――!!(プローージット!!)』』』』』

 

「なんでドイツ語?」

 

 ノリと勢いで頭の上で打ち鳴らされた紙コップの数は多すぎたが、そんな疑問は完全に流れるぐらいには全員が英気を養うように一気飲み。

 

 おっさんくさく息を吐き出すメンツが多すぎた。酒は入っていないのだが、ともあれ、祝勝会の体であつまった面子は今日の結果を誇らしげに語り合い。お互いの健闘をたたえ合う。

 

「今日の大戦果がどっかのドイツ語を基本にしている魔術師のおかげじゃないか?」

「あまりおだてんな。木に上るどころか、宇宙に上がって『月の王様』にケンカ売るから」

 

 大師父の伝説の一つ。「なんかムカつく」などと言って『月の王様』にケンカを売って、まぁとりあえず何か再び月まで追い返した。

 

 詳細は知らぬ。が、しかしあのジジイのことだからそんぐらいはしてもおかしくない。

 

 そしてこの世界にアリストテレスがいたかどうかは分からぬが『セファールの石』……『アンティナイト』がある以上、宇宙大決戦じみたことは起きたのは間違いなさそうだ。

 

 何のことだか分からぬ達也を煙に巻く言動。しかし、事実ではある。少し前にレリック探索の過程で『砂漠に巨人の痕跡』を発見。

『第三次世界大戦』を経ても残っていた痕跡に、そら恐ろしい想いであった。

 

 

「いやいや、達也の言う通りだよ刹那。僕もレオもまさか優勝できるなんて思わなかったからさ」

「地力はあったよ。活かし方をどうするかにしただけ」

「それでもよ。上手く使えたのはお前のおかげだよ。サンキュー刹那」

 

 二人からのコップの打ち合わせを受けてから再び飲み干す。そうすると今度は一科の2人……男子からの訪問を受ける。

 

 

「俺たちは司波君にだな。助かったよ―――正直、調子が上がってなかったからな」

「越前も田丸も、少しのごみ取りとアジャストしただけだ。というか越前は、超次元テニスすぎたんだが……」

「まだまだだよ。テニスの全国大会に行くとクドウさんや一色さんみたいなのばかりだ」

 

 フェ〇ラーやナ〇ルにジョ〇ビッチが生きていた時代からやってきた刹那だけに2090年代のテニスってどうなっているんだよ? そう言いたくなる越前の言葉。

 リーナが美月に薦められた『テニスの若殿様』みたいなものを想像してしまう。

 

 競技種目が間違っていないようでいて実は間違っているのではないだろうかと言う越前と田丸が達也とコップを打ち鳴らしてから飲み干す。

 

 優勝と三位……男子クラウドの思わぬポイントゲットに誰もが嬉しく思う。

 

「それと千葉さんに言っておいて、たまには部活に参加するようにって」

「本人の意思だからな……まぁそれとなく言っておくよ」

 

 完全にテニス部では幽霊部員と化しているが、彼女も経験者であるだけに、部活に求められているのだろう。

 

 そんな越前の何気ない言葉の後に少し見るとあまり勝利の栄誉に預かれなかった人間がどんよりとしていた。

 

「ふふふ……ナナミのナナは『七位』のナナ!……むなしいわ―……」

「完全に一色にペースを乱された……恐るべし三高―――恐るべし二十八家……!!」

 

 春日はともかくとして里美はミラージの新人戦があるだけに、ここであまり気を落とされても困り者である。

 

 そんな二人を見かねて光井が励ますように声を掛けてきた。

 

「七位だって立派な記録だよ。菜々美。あまり気を落とさないで! スバルも、まだミラージが残っているんだから、がんばろう!! 今度は達也さんがちゃんとCAD見てくれるから、大丈夫ですよね?」

 

 光井の達也への愛の熱視線の照射から逃れるように、身を退かせてその視線を達也に向ける。

 あいにく刹那はグレートデギン(?)と沈みたくはないのだ。ぶっちゃけそんなものを見るなど目の毒である。

 

 ソーラレイの標的を達也にだけ向けさせてそそくさと去っていこうとしたのだが―――。

 

「ああ、構わないが―――コイツとぶつかりたいのもあるからな。早めにやっておくよ」

 

 一高制服の首襟をネコのように捕まえられてグェー。と叫びたくもなる。おのれ達也。俺の折角の厚意を無下にしおって―――。

 

 ともあれ、その言葉で復活する里美。春日も光井の激励を受けて何とか持ち直す。

 こういう気遣い出来る『いい女の子』だが……正直、達也のような修羅道を歩く男と一緒になれるビジョンが見えない。

 

 実際、そういった話をしたが「俺は自由に恋愛できるわけではないし、異性に胸を焦がすことも無いんだ。お前にも『分かる』だろ?」などと言われた。

 とはいえ向けられた好意自体には何とかしたいと考える達也はどう見ても、ブッキー(不器用)な男子にしか見えないのもあった。

 

 四葉の精神干渉は脳髄にばかり目が向けられたものだが……『小我』が脳に宿り『大我』が身体に宿る以上―――いずれは『外れる』ものだ。

 

(外れた存在……反転した『混血』ほどではないが、まぁ俺も混血に関しては殺人貴の生半可な知識しかないからな)

 

 代わりに魔術関連の情報と言うか魔術回路の使い方などを教えたが……。ただやはり、ある種その殺人貴の知識の通りならば、達也は『外れている』のだろう。

 

 だが社会的生活は問題ない辺りに、四葉家の苦悩というのも見え隠れする。

 

 

「どうかしたか?」

「とりあえず放してくれ。窒息鳥になりたくない」

 

 その言葉でようやく解放される。転じてみるに、今日の種目は一高がかなり有利に立ったと言える。

 

 ピラーズも男女ともに登録された三人全てが決勝リーグに到達。三高もいるのだが、ともあれ明日への布石は整っている。

 明日にはエリカと光井、桜小路が参加するボードの準準決、準決―――そのまま決勝戦がある。

 

 一高の面子はどこかで調整しながら各々応援したいところで観戦をせざるを得ないだろう。

 

「そういえば達也さんすごかったですよ! もう『ビリー・ザ・キッド』『ワイアット・アープ』かってほどに特化型CADを操ってピラーを倒していくんですから!!」

「見ていたけど『分解の初歩』的な魔法も視えた。ああいうのは森崎にも見習わせたい」

 

 当てこするなよ。と誰もが思う。光井の達也礼賛に継がせる形で雫が言ったその言葉に男子の大半は苦笑してしまう。

 

「そうなのか?」

「俺に聞くな。『サンダラー』か『ピースメーカー』って名前で登録しておけよ」

 

 ビリーザキッドを『見たことがある』可能性を考えて質問したのだろう達也。

 とはいえめんどくさそうに刹那が言うも達也は、退かずに口を開いてくる。

 

「CADに依存して放つ『魔弾』に名前は付けられないな。俺のが火縄銃(タネガシマ)ならば、お前のは、エンフィールド銃だろうしな」

 

 本人はそれどころか、何か『大きなもの』を持っていそうな気がする。達也の何とも言えぬ底知れなさとは、そこだろう。

『モノ』さえ見えてしまえば、そこに『クルップ砲』どころか『核ミサイル』を叩き込むことも可能な気がする。

 

 そういう風な破壊者……しかし『モノ』が見えたとしても、それを『隠す』ことも可能だろう……。

 

(まぁ仮にこいつと敵対すれば、『魔法』を使えばいいだけかな?)

 

 どうでもいい仮定をしてから、パット・ギャレットとしてはアウトローのキッドから離れたかったのだが―――。

 

「私としては今日の刹那に聞きたい事が多い。どうして達也さんと同じく『魔弾』を使わなかったの?」

「俺も聞きたいな。今更過ぎることではあるが」

「遠坂君……舐めてたの? それとも、ものすごく舐めてたの? 達也さんと戦うんだとしても魔弾を使わなくてもいいと!?」

 

 余計なツッコミが入ったものだ。そう思うぐらいには、面倒な話になりそうだ。

 そして光井はちょっと怖すぎる。マジで振動系統の新術式『ソーラ・レイ』でも出来るのではないかと思うほど。

 

 頭を掻いてから、素直に白状する。

 大会委員から『直』(ダイレクト)で『魔弾及び刻印魔弾の使用の禁止』を命じられたと言っておく。

 

 言った瞬間に――――。

 

 

「「「「「「「なんだとぉぉお!!!!!????」」」」」」」

 

 夕食会場にいた一高生徒……と他校の生徒からも詰め寄られてしまう。こういうめんどくさい話になるから言いたくなかったのだ。

 

 とはいえ、「達也のように新魔法を自慢したかっただけ」と言っても疑わしい眼をされただろう。なんせ、魔弾を使っての戦いを誰もが望んでいた。

 望んでいなかったのは大会委員達と、その上にいる……『存在』。

 

「協賛企業であるCADメーカーからすれば、こんな宣伝にもなりはしない魔法師に活躍してもらいたくなかったんでしょう。自社製品を使われてこそ宣伝費の意味はあるんでしょうし」

 

 大会委員の『上』の存在の一つを例に出しておき、それ以上の『上』を察知させないようにしておく。

 

「だからといって、それに唯々諾々と従ったお前じゃなかったな……あの『短剣』は何だ?」

「魔法の剣。もっと言ってしまえば『軍神』が振るった剣のレプリカだ。集めた『石』を使いに使って何とかあのサイズに出来たんだ」

 

 この世界では、アンティナイトという名前で登録されている石は、刹那の世界では、ある『宇宙生命体』が砕けた瞬間に、地球のあちこちに散らばった一種の神の『分け身』である。

 大きな塊は、北欧においては『神のシステム』に利用されて、ある所では、古代アステカの偶像として奉られ……力ある『鉱石』となってしまったのもある。

 

 それらを使って軍神が振るった剣であり宇宙人に奪われた剣を再現した。それだけである。

 

 銘は『軍神短剣』(セファール・セグメント)……あれだけかき集めたアンティナイトでも未だにあのサイズ(ショートソード)にしか鍛え上げられなかったのだ。

 

 

ショージン(精進)あるのみね?」

「ああ、全くだ。しかも大会委員にまた差し止められたし」

 

 リーナの言葉に返すと同時にサンプルの供出は断固として拒否した。

 こちらのオリジナル礼装を真似ることは難しいだろうが、それ以上に調べた瞬間に『軍神』の怒りが顕現して死ぬぞ。

 

 そう脅しておいた。実際に持たせた瞬間に―――魔法師であるからこそ分かった『上位の存在』にそれ以上の突っ込みは無くなった。

 

「剣なのに鞭のようにしなり、回転すれば遠距離からの震動破壊も可能……『三つの刀身』を持った短剣とも競いたかったんだがな」

「次いで出したのが、ようやくマクシミリアンの『モラルタ・ベガルタ』ですからね……。けれどお兄様が魔弾を使ったのに不公平ではないですか」

 

深雪の怒る様な言い方に刹那としてもどうしようもない話だとしておく。無くてもいい人間を映すぐらいならば、有ってこそ映える色男を映すべきだろう。

 

「達也のはシルバーのロングホーンモデル……クールなキッドがガンマンよろしくだ。FLTとしてもいい広告塔だろうよ」

「お前なぁ……」

「ループキャストを使っての魔弾射出は見せてもらったよ。技術で追い縋られることは中々に恐ろしいね」

 

 笑いながら面白がるように言う刹那。

 諌めるような調子でいる達也としては、まだまだだと思える。刹那の『魔弾』は、圧縮された魔力が恐ろしく『密度』が高い。

 己の腕を砲身としているというのは事実であり、恐らく血流速度や心拍数などを『連結』させることで、呼吸を合わせて魔弾を放っている。

 

 その秘奥は、まだまだ見えないのだが……打ち合えば―――負ける。だが負けるからといって、それを使えない相手に勝ったところで喜べない。

 達也は、刻印神船と戦いたかったのだから……。

 

「しかし、お前がそこまで従うとはな……しれっと無視するぐらいは予想しておいたのに」

「横紙破りばかりというのも心証悪いだろ? まぁ大会委員に対して、『決勝』まで来たらば手枷を外すように言っておいた…その際の相手が『誰』になるかは分からんがな」

 

 

 その言葉で夕食会場に来ていた刹那以外のベスト8の耳朶が震える。

 挑発的な言葉。実際、ファイナリストになるのは刹那であると誰もが認識していても、ここまであからさまだと色々な想いだ。

 

 決勝に上がる前に倒す。決勝まで上がって倒す。想いはどちらも同じ―――『打倒 遠坂刹那』で染まる。

 

 

「ウチの若大将―――将輝がいないからって随分と大言吐くじゃねぇか、遠坂」

 

「三高の火神(かがみ)か。別に大言じゃないと思うが……現状、俺は誰からも狙われる賞金首だ。こうして友人からも狙われてるしな」

 

 まだ15歳。達也のように早生まれということを考慮しても190後半の身長の大男。だが十文字会頭ほど肉厚ではない。しかし筋肉質であることは間違いない。

 

 会頭が巌ならば、火神は肉食獣。そんな野性的な印象を受ける相手に声を掛けられても毅然と返す。

 

「誰も彼もが俺と戦いたいだろうからな。一高の面子にはそれなりに恩義があるが―――、個人的に楽しませてもらうさ」

「上等だ。一高には若干、やられっぱなしだからな。この辺でやり返すぜ」

「同感だね。大河と同じく僕も君を狙う賞金稼ぎだ……モノリスの前に土の味を覚えさせてやるよ」

 

 

 火神大河……名前だけならば刹那にとって近所のおばちゃんな男に同調する中野新の言葉。二人してやる気を見せるのはいいのだが、どうにも変な想いが混ざっているような気がする。

 

 恐らく一条将輝と吉祥寺を頭とした三高の目立つルーキーズであろう。この二人に残り1人……明日のボードにおける五十嵐の難敵を加えてが三高一年の最優良。

 

 そんな連中に敵意を向けられているのだが……変な感じもする。

 

 

「そりゃそうじゃろ。アラタは愛梨に懸想をして、タイガーは栞に懸想をしている……つまりは嫉妬じゃ♪」

『四十九院!?』『トウコ!!』

 

 いつの間にか、刹那の隣にやって来ていた三高の四十九院沓子。ウインクしながらの真実の暴露。

 言われた二人は、色々と焦ってはいるが―――。

 

『二人ともお友達のままで』

 

 ド辛辣な言葉にタイガーとアラタは撃沈する。三高もどうやら本格的に夕餉に入ったようだが……なんかこっちに人が集まり過ぎているような。

 

 そしてその中でも筆頭の相手―――やはり一色愛梨と十七夜栞……吉祥寺真紅郎も出てきたことで、警戒レベルが上がる。

 

「何の用よぉ?」

 

「用事が無ければ、予約が無ければ会ってはならない人間ではないでしょうセルナは? 色々と聞きたいこともあるのですよ」

 

「教えるとは限らないわ。それに魔法師の基本原則は知っているはずよね?」

 

 左手に抱きついてリーナが刹那に代わって答える。交渉ごとは得意ではないが、それでも魔法師の理屈に長じていない……生半可な理屈やルールだけなので線引きが分からない刹那なのだ。

 こういう時のリーナは少しだけ頼りたくなる。

 

 そして聞きたい相手というのもリーナだけに、対応は厳しくなる。

 

 だがアイリは退かなかった。

 

「けれど、私が負けた原因ぐらいは知りたいです。あの『魔法』は何なのか……」

 

「九島家の秘術『仮装行列』(パレード)。詳細こそ知りませんが、己の姿を違う人物にする『変装術』に思えていたんですが、クドウさんの行ったものは少し違う気がする……正直、知りたい事ばかりだ。あれは現代魔法よりも『高次元』の『神代の秘術』なのではないかと、ね」

 

 アイリの少し悔しげな言葉に技術者根性丸出しのジョージが次いで来る。三高としては『インチキ』で勝ちを取られた気分なのだろう。

 確かにBS魔法といえば、そうだと納得できるが、それでもあそこまでの『変化』はもはや『変身』のレベルだ。

 

 恥も外聞も無い。名人上手と聞けば教えを請いに来るその職人のような姿勢……尚武を掲げているのは伊達ではないようだ。

 

 しかし、魔法師の不文律を犯した行いであることも理解しているようだ。

 知りたければ自分で解析しろ。ウェイバー先生…エルメロイ先生ならば、一瞬にして明晰に分析して『もういい! やめろ!!』ぐらいの『解体術』を行えるのだが……。

 

「こればかりは、俺でも説明したくはないことだ。俺の『秘術』…母の家『トオサカ家』200年の『浅い血筋』でも得られた秘術だ。

 詳細はぼかす。しかし、一高の大半は知っている現象の一つだ」

 

 八王子クライシスにて、覚えがある現象の一つ。ある種の人間に『生命体』として『上位』の存在を憑依させることで、その人間をランクアップさせる技術。

 

 あの時は、説明を(ぼか)した……というか詳しく説明してこなかった。詳しく説明されても恐ろしさの方が先んじただろうが。

 事件の後にアーネンエルベで『詳しく教えたのも数名』。

 

 全員が全員、それを納得したわけではないが、それでもそれが刹那だけの『魔法』なのか訓練次第で目覚められるものなのかで、違いが出てくる。

 

 そうして三高の面子にそれっぽく説明した。一高側からも特に反応が無いことが、『既知』のことだと知らせていた。

 

 一高にも詳細は知らせていなかったから当然なのだが……。

 

「まさか人類史に刻まれし伝説の英雄の力を『召喚』して憑依させるなんて―――なんだかずるいような気がしますわ」

 

「やろうと思ってやれる人間ばかりじゃない。リーナの場合は、やっぱり『パレード』の源流が『そういう』ものだって分かっていたからな」

 

 大なり小なり修業を積んだ僧侶が、験力を用いて『鴉天狗』を使役し『不動明王』を身に宿す。

 そういった『変身』『転身』の秘術はいくらでもあったりするのだ。もっとも、それが『偽装』や『変装』程度になってしまったのは、ある種、そこまで徳の高い僧侶がいなくなったからだろう。

 

 だが、そういう『小理屈』はともかくとして、それを指導したのは自分だろうと愛梨は抓ってくる。

 

「だとしても、アンジェリーナにそれを教えたのはセルナなのでしょう……ズルいです……」

 

 令嬢としてはあるまじき膨れっ面。女の子女の子した一色愛梨のこんな顔を見れる特権を少し嬉しく思いながらも、それでも言わなければならない。

 

「自分の彼女を贔屓したいワガママぐらい通させてくれ。それに、こればっかりはセンスの問題だ……そして用意出来る魔導器も限られている」

 

 言葉で互いに『星晶石』を懐から出して輝かせる。ダ・ヴィンチの星と呼ばれる多面体結晶の形をとった器物こそが肝要なのだ。

 

 そういう『ウソ』と『ホント』を混ぜて応える。そしてお揃いの宝石を見た何人か……正面にいるアイリも少しだけ胸を抑えた。

 

「体技場で言っていたけど、やっぱりあの槍は北欧神話における大神の娘『ブリュンヒルデ』の槍なのかい?」

 

「俺はそう見ている。ただ『真実』はどうなんだか分からんな」

 

 ウソつけ。とでも言うべき達也組(光井、雫除き)の呆れるような視線を受けながらも―――吉祥寺の言葉の締めとして、これらの術式の名前を宣言する。

 

「嘘か真か分からないが、次元論で言う上位世界―――『座』。

 そこから高位の存在の力を引き出す其の魔法の名は『幻霊船団』(パレード)……。現在、十師族及び魔法師協会からも『ビースト対策』ゆえに選抜などを負託されているものだよ」

 

 これ以上は機密事項であるとして、言外に告げると流石に三高も強くは出られない。出てきたのは――――。

 

 

「ならば! 私もその選抜メンバーに入ります。根掘り葉掘り、この私の身体を隅々まで調べてさ、さ、触っても結構ですから!! このまま何もせずにはいられません!!!

 我が母の祖国フランスの英霊―――『恋するオルランド』に出てくる女騎士『ブラダマンテ』を引き出して見せます!!!」

 

 勢い込んで言ってくるアイリであった。

 やけにニッチな所を選んでくるものだ。てっきり『ジャンヌ・ダルク』でも持ってくるかと思っていたのだが……。

 

「アイリ、アナタ。お嬢様(プレッピー)なんだから『ハイレグ姿』でヒップのドアップを見せながら攻撃なんて出来ないでしょうが」

 

「どういう意味ですか!?」

 

 ブラダマンテの真実を知らないアイリには分からない理屈。

 しかしランサークラスの霊基に由来が深いリーナは一度だけ、その『少女騎士』をインストールして……色々とすごかった。

 

『スケベ。思い出すのは分かるけど』

 

『すまん』

 

 口頭ではなく思念での会話。それを終えると、少しばかりアイリにフォローを入れておく。

 いくらなんでもリーナがやり過ぎたのも事実であるから。

 

「とはいえ、クラウドで使うには過ぎたものだからな―――少しインチキだったよ」

 

「……アンジェリーナに怒りました?」

 

「怒ったよ。君は軽率な事をしたと、ね」

 

 決戦術式の一つを魔法競技で使うのはあまりにもやりすぎであった。しかし、それぐらいしかアイリの『バレット』(螺旋突き)に対抗できるものは無かっただろう。

 

 だからあまり強めには怒れなかった。しかし落ち込んだリーナを見ていられず慰めた。そのことは言わなくてもいいだろう。

 

 と思っていたのに……。

 

 

「けれどその後で抱き寄せて叩いた頭を労わる様に慰めてくれたのよね♪ 控室にプラズマリーナの衣装と『ユーゼン』(友禅)の着物を持ってきたシルヴィアとキョウコが、呆れるぐらいにいちゃついちゃった♪」

 

 頬を抑えて滔々と語るリーナの姿に、リーナの姉貴分二人の前でKYすぎた事実を思い出して咳払いするも大半が砂糖を吐き出す。

 誰でもいいから呆れるようにしてほしいのに……。

 

「やはりアナタ!! 今からでも遅くないからミラージ本戦に出なさい!! 叩きのめす!!!」

 

 

 無茶言うない。そんな感想を出しつつリーナとアイリのケンカを余所に三高の皆さんと一高とが交流しあう。

 

 五十嵐は、男子バトルボードの三高代表に挨拶されていた……イケメン度では完全に五十嵐は負けていた。

 そして色素が薄い髪色の全然似ていない『妹』という存在に眼を奪われていた…簡単にハニートラップにかかった訳ではないが、まぁいいか。

 

 

「アイリのこと嫌いにならないでね」

 

「ならないよ。ただ向けられる好意にどうしたらいいのか分からない」

 

「リーナとの絆の深さを見せても変わらぬからな……全く、お主 本当に魔法師界のラスプーチンじゃな♪」

 

 

 嬉しそうに言われてもなぁ。栞と沓子の言葉にため息を突いて、明日に向けて英気を養う。

 そうしていると―――強力な『オーラ』を遠方より感じた。

 

『二つ』ほど―――富士山の方向から感じるそのオーラの一つは一条将輝だが……。もう一つはなんなのか……。

 

 疑問を共有する人間が刹那に近づいてくる。

 

「どうやらプリンスは何かを掴んだようだな」

 

「ああ、もう一つを感じたんだな達也?」

 

「気付いていたか。この波動は一体―――特に悪いものではないとしか俺には分からんが……まぁ害意は無さそうだな」

 

 なんでそんなことに気付く。達也に無言で問うと―――。

 

 

「お前のツラが深刻になっていないからだな。でなければ何かをやっているだろう?」

 

「そう言う風にヤローの顔を真剣に見るってのは心の贅肉だと思うぞ。別に俺は敵を探知するレーダーじゃないんだから」

 

「当てにしている」

 

「信頼の丸投げ!?」

 

 

 おどけるような言動に、薄い笑みではなく心底の面白がるような笑みを浮かべる達也。

 まるで……普通の『男子高校生』のような様子に深雪は少しばかり暗い顔をする。

 

 昨今の叔母の変化、そして達也の変化……全てが―――。

 

(刹那君を起点に行われている……どういうことなの?)

 

 

 それは深雪が未だに知らぬある種の刹那の起源に起因する性質……。

 

『喪失』という起源から起因するもの……反転することで行われる刹那の『残酷で優しい魔法』の一つ……。

 

 欠けた心を埋める―――それだけのことが、刹那にはないのだった。己に掛けられない魔法を前に苦悩した事実を深雪は知らず、少しの嫉妬を溜め込むのだった……。

 

 

 



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第70話『九校戦――出揃うは四強』

前半部分を何故かいたのか? うん、正直いらなかったかなーとか思いつつも書きたかった。

個人的に七草弘一にCVが着くならば速水奨さんか神谷浩史さんだと思いたい。

そして めておがズヴィズダー以来の新作。

……レクイエムか、きっと―――最後にはモンゴル辺りで背後から銃撃されて(以下略


 ―――――朝の目覚めは穏やかなものであった。

 

 御殿場の軍事施設管轄のホテルが多い中でも、やはり高級将校もディナーと言う名の会合を嗜むゆえか、夕食を採った場所はよかった。

 食事も雰囲気も、出されたワインも……。

 

 魔法師界の名士……二人がまだ少年少女の頃はテーブルマナーに辟易しつつも、多くの大人の颯爽としたものを真似したいと思うぐらいには、互いにませていた。

 

 そして年齢を重ねてお互いに向き合い、お互いの顔を見ながらも料理に舌鼓を打ち、様々な話をする。

 

 話題の多くは、やはりこの御殿場付近での九校戦。その主役の一人たる遠坂刹那であった。娘のことは、あまり話さなかった。

 

 話してしまえば―――お互いの事を『気遣ってしまいそう』だった。

 

 十師族でも、魔法師でもなく……二人の男女として向き合いたかった。そんな七草弘一の想いを分かっていたか、気遣っていたか……。

 ともあれ、そのまま話しながら飲み、喰いながら飲み、呑んで、飲んで……気付いた時に対面の美女は、完全に出来上がっていた。

 

 ここまで相好を崩した真夜の姿は、知らずに憧れている…六塚温子などが視れば、幻滅するかもしれないが……弘一は何度か見ていたりする。

 

『まったく、先生に隠れて飲んでいた時と変わらないな……』

 

『やだわー。弘一さんってば、昔の話なんてして、子供を産めなくなった私に未練があるのかしらー?』

 

 

 完全に酔っ払った様子の真夜のネコのような眼とからかうような言葉を聞いて弘一は思う。

 

 あるに決まっている。と言えば殴られるかもしれない。殴られるだけで済めばいいだろう。というか……いつの日か、その報いを受けたかった……。

 殴られるよりも辛い目にあってきた真夜の心の鍵を開けて自分が死んでしまえば……その方がいいのに―――。

 

 ケラケラ笑いながら四本目のワインに手を着けそうになっている女を制する。

 

『葉山さんは来ているんだろう? 迎えに来てもらえ。それまでは付き合うから真夜』

 

『やーですよ。こういう時にだけ年上として弁えた態度取って、そんないい子ちゃんすぎる弘一さんじゃ、絶対にいい家族関係作れないんですよ。きっと娘からは、侮られて反発されちゃうんだから』

 

 図星を突かれてしまう。 

 

 そんな事は分かっている。自分は常識的かつ良識的な人間だ。裏ごとの全ての『濁り』を呑み込める人間ではない。

 

 だからといって―――四葉の宿業。日本のアンダーグラウンドを仕切ることで、真夜が、どこかの誰かの恨みを買って凶弾に倒れる。

 そんな想像もあるのだ。精神改造は彼女を『魔王』にしただろうが―――だからと『無敵』の人間ではないのだ。

 再び訪れるもの…凶事を回避したくて弘一は……。

 

『ならば、久々にワルになろうか』

『へ? きゃっ―――』

 

 かなり昔……80年以上前に流行ったものを行う。既婚者が行うことは完全にアウトであった。

 けれども立ち上がって、対面の椅子から抱き上げた女の身体は―――軽かった。

 

 そしてどこまでも柔らかかった―――あの頃に感じたままに―――。

 

『召し物を濡らしてしまったよ。レディ―――部屋までお連れ致します』

『………ズルいわ。こういう時にだけアナタは、私が辛い時には………』

 

 酔いが覚めて、顔でも引っ掛かれると思っていたのだが、それはなかった。

 

 姿勢を保持する為に首に手を回されて、だから言葉を重ねる。

 

 

『幾らでも恨み言は聞いてやる。悩みや不安があっても、なんでも―――』

『……『キツネ』の夢が―――私の『お腹』に鼻を当てて、鳴き声を……』

 

 そうして―――ウエイターにテーブルを頼み、ホテルの併設のレストランを辞して――――。話を聞きながら真夜の部屋へと連れていくと……。

 そこからの記憶は、当たり前の如く弘一にあったわけで、『何もしていない』わけがなかった。

 

 

 キングサイズのベッドに収まる二つのカラダ。眼を覚ますとそこには、全裸の四葉真夜がいた―――。

 

 波打つような黒髪が、まるで夜空の黒に星々の輝きを灯したような光沢あるさらさらしたものが白いシーツに投げ出されている様子。

 

 身体は何かの女神像のように、崩れることなくシーツの中でも自己主張をしていた。

 

 健やかな寝息を立てている少女のような様子の真夜……。色々と思い出して、まだ経験の無かった小僧の頃の自分のように片手で額を抑えて困惑する。

 

 いや、困惑するまでも無く記憶に残っている。

 もしも一種の『操作』をされていたとしても明確に思い出せる感触……真夜の柔らかさや可愛さにとまることなく溺れて、それでも夢中になってしまう寸前で自制しつつ、ああ。ムリだった。

 

 

 最終的な結論―――十師族の一人、七草家の当主 七草弘一も、ただの男でしかなかった……。

 醜態であるはずなのに、喜びしか無くて、息子たちはともかくとして娘に知られたならば―――という方向を思い出して内心でのみ言っておく。

 

(真由美、泉美、香澄……お父さん、どうかしちゃっていたよ。だが後悔はしない。2010年代に流行ったチョイ悪オヤジってヤツだ! 別居中のお母さんには伝えても構わないぞ!!!)

 

 娘から軽蔑されること間違いない。いや長女は、最初からそうだったのだが……。もしも知られたならば己の名前の『由来』に気付き……家出どころか非行もあり得るか……。

 

 だが、それでもいいと思ってしまう自分は、父親としては失格なのかもしれない。今さらな話であるのだが……。

 

『失礼、七草殿―――少しよろしいですかな?』

 

 豪奢なスイートルーム。寝室の部屋の扉を軽く叩いて、こちらにだけ声が聞こえる必要以上ではない声量と見事な発声で弘一は、扉の前に赴く。

 隣にいた真夜を起こさず……一度だけ頬を撫でてから『ごめん』と言ってから、抱きついていた腕を抜く。柔らかな双丘の感触が名残惜しいが、ともあれ―――今は葉山の所に行かなければならないのだ。

 

「――――葉山さん。その申し訳ないです」

 

 四葉の執事頭。今は亡き四葉英作氏の代から執事を務めていた人は、如何に色々と家格などでも差があるとか、魔法師云々の『下賤の価値』では測れぬぐらいに弘一にとっても頭が上がらない人だ。

 

 横浜での一件。脱走した強化魔法師の件でも、色々とあった人は、それでもバトラー(執事)として篤実忠良だ。

 

 その気になれば、己を一瞬で粉微塵の死体に出来る連中を前にしても『唯々諾々』ではないその様子が少しだけ強く思えた。

 

 

『お構いなく。ですが十師族の当主二人が、寝屋を共にすると言うのは如何にも醜聞でしょう』

 

「その通りです。……軽率でした……」

 

 当時、まだ少年であった頃……少し年上であるからこその真夜へのエスコートは、まだ小学生の彼女を悪い道に誘っているように思われていただろう。

 そんな頃の執事の言葉を思い出して―――意気消沈するが……。

 

『ですが、奥様のあのような顔も久々に見れたので、あまり強くは言わないでおきますが……『古式』に則り―――』

 

 一拍置く葉山。何を言われるのか緊張する弘一……。

 

 

『ゆうべはおたのしみでしたね』

「――――」

 

 絶句してしまう弘一。そして面白がるような調子の葉山を確信してしまう。

 

 果たしてこの執事は、昨夜どこにいたのか―――少しだけアレな想いをしながらも『内密の話もあります』と言われて、身支度を済ませて扉を開けて出る。

 

 その際に、振り返ると疲れていたのか、寝息を掻く真夜と………肩をむき出しにして胸をはだけた『桃色』の着物……この時代にはあり得ざる着付をした……獣のような耳を生やした女を見た―――気がした。

 

 真夜の姿を穏やかな顔で見ているその女は、幻か何かのように消え去り、少しだけ弘一を困惑させたが、それよりも葉山の用事に移らなければならない。

 

 そうして夢か現か分からぬ現象を記憶から消しておくのだった……。

 

 

 † † † †

 

 

 

「おらぁ!!!」

 

「vier drei zwei eins!」

 

 短剣の形をした特化型CAD。モラルタ・ベガルタ―――赤色と黄色の双剣を操る刹那は、それを元に起動式を読み込んでいく―――正直、『面倒』な作業だ。

 

 しかし登録された術式は紛れもなく魔法式として放たれており、火神の放つ火炎弾及び氷柱に放たれようとする直接燃焼のことごとくを『斬り捨てる』。

 

 放たれる魔力刃。赤と黄の軌跡を持ちながら、炎を纏った『飛ぶ斬撃』は、自陣の氷柱に影響を及ぼさずに火神の火炎弾と魔法式を砕く。

 

 

 現在までに繰り返された戦い。一手で三高の火神の二重術式を打ち破る刹那。それに対して一高の刹那に対して手数で攻める火神大河。

 

 

 魔弾を使われていれば、もう少し違った結果が出ていたはずだが、現在の所、互いのピラーは10本ずつ残っている。

 それだけ拮抗した勝負。決して刹那も、この状況で本当に雁字搦めなわけではない――――。

 

 そろそろ―――変化を着けに行こう。

 

「はははっ!!! 楽しいなぁ!! 刹那!!!」

「ああ、全くだな―――だが勝利はいただく!」

「抜かせ!!!」

 

 

 今までにない炎嵐を作り上げる火神。直接干渉の放出系統―――その技と同時にこちらへのピラーへのエイドス干渉。

 

 実に見事。しかし―――。

 

(終わらせる―――魔眼解放)

 

 魔術回路の回転をトップに入れて、外付けの回路とも言える『魔眼』にも火を灯す。

 準備は整った。いける―――。

 

 ――――『青色の魔眼』が発動を果たす。

 

 

「炎嵐灼熱!!! ブチ焼けろ!!!」

 

「吹き飛ばせ!! モラルタ!!!」

 

 斬撃と炎のぶつかり合い。圧と熱が弾けたことで出来上がる狭間……その間に火神は、熱線レーザーとでも言うべき『フォノンメーザー』。その改良版を刹那のピラーに当てようとした。

 

 先手はもらった。そう確信するタイミング。五指を扇のように限界まで伸長して伸ばした状態―――その指先に熱が灯ろうとした時に―――――。

 

 ばしゅぅううううう!! という盛大な音と共に火神からすれば奥の方のピラーの一つが、唐突な気化を果たす。

 

 馬鹿な―――そう感じるほどに何も見えなかった。

 魔法式が視えない……それ以前に、当たり前の如く『情報強化』を果たしていたというのに、効力が切れたか。

 

 幾つもの疑問が渦巻きながらも再び―――奥のピラーが気化を果たす。個体から液体に、そして気体に―――。

 

 一挙に氷柱としての体積を失っていく様は何か分からぬ現象であるがゆえだ。だが、どちらにせよ火神は、窮地を悟る。

 

 これで10-8。リードを取られたことで冷静になって、火神は魔法を打ち合うことにする。何もしていなければ、刹那に付け入られる。奴は見逃すことはない。

 

 魔法の打ち合い。とにかくヤツの『手品』を使わせないためには―――間隙を作ってはいけないのだ……。

 

 再びの魔法によるラフファイトが始まる――――。

 

 † † †

 

 

「何をやったんだ刹那は? 魔法式も何も視えなかったが―――」

 

「やれやれ、いつでも彼は規格外だな。解説役がいないので余計に分からない」

 

 観客席のヒマ組―――大会6日目にて今日の種目がない組は全て一塊で観戦していた。そこに一科二科は関係なく、同級生たちを応援したいという思いが強かった。

 

 そんな中でも分からない術式を放つことが多い刹那を興味津々及び応援するためにやってきた人間達は、解説役を求めていたのだが……あいにくリーナも達也も、同じくピラーズの決勝リーグの用意がある。

 

 とはいえ、眼のいい美月と幹比古は何となく分かったが、どう言えばいいのか分からなかった。

 

 ただ言えるのは……刹那は氷の『熱』を『奪い取った』ということである。

 

 

 ―――そして女子ピラーズの控室。

 

 次の相手たる十七夜栞との戦いの前に中条あずさ及び市原鈴音……サポーターである生徒会の先輩二人の前でモニターにて視えた刹那のトリックをリーナは説明した。

 

 

「…『略奪の魔眼』を使うとは、セツナも本気ね」

 

「略奪の魔眼―――ですか? 炎焼の魔眼とかではなく」

 

「ええ、現象としては確かに『プラスの熱』を与えられたがゆえに視えますけれども、実際はツララから『マイナスの熱』を『奪うこと』で融かしているんですよ」

 

 どちらかといえば、『冷却系統』の魔眼であると説明したリーナだが、敏い質問が届く。

 

「奪い取った『熱』は、どうなっているんですか?」

 

 

 その言葉は、リーナにとっても予想外というほどではないが、意外な所に気付いたあずさに舌を巻く思い。

 

「さて、それ以上はセツナの魔眼の真髄になっちゃいますからヒミツ(MYSTERY)です」

 

 プラズマリーナの格好の上にジャージを羽織っているリーナの茶目っ気ある仕草。

 

 人差し指を口に当ててウインク。こういう風なのを自然と出来て似合っているのは、ズルいなぁとあずさは想い、背丈が高くて可愛い系統が似合いづらい鈴音もまた羨望の思いがある。

 

 全体的に薄蒼と白系統の衣服。フリルで飾られたミニスカート。しかも丈は膝上10センチ。

 膝上まであるボーダー柄のソックス。俗に2010年代に流行った『ニーソックス』と言うやつが足の長さをスカートと共に強調する。

 

 肩が出るカットソーは、これまた丈が短くヘソが見えているタイプ。オフショルダーというこれまた露出が過多なものである。

 

 如何にかつての寒冷化の影響があって女性の衣服がみだりに露出をすることを好ましく思わせない風潮があっても、男性からすればかなり『嬉しい』ことは間違いない。

 

 しかしセクシャルさだけがあるものではなくどちらかといえばリボンやストラップなどでそれらの下劣さを消すキュート……可愛さを感じさせる衣装。

 

 それを何の外連味も無く着て似合っているリーナを更に見て中条あずさはため息を突くのだった。

 

「私も、そういうのが似合う女の子になりたかった」

 

 ため息とともに出した結論を聞き逃さなかった二人がフォローを入れる。

 

「むしろ中条さんの方が似合うかと、プラズマリーナはジュニアスクールかジュニアハイスクール相当の子でしたから」

「ちっちゃいことは良い事ですよ! アズサ先輩!!」

「二人して褒められてる気がしません!!!」

 

 アメリカにおける2大魔法怪人『プラズマリーナ』『プリズマキッド』。

 

 その衣装で快進撃を続けてきたリーナと刹那。このまま決勝まで行くことあれば―――。

 

 一高同士での戦いとなるだろう。

 

 現在の女子の会場では北山雫と司波深雪。どちらもリーナとは違い和装で挑む二人の戦い。この後、リーナが十七夜栞との戦いで『こけなければ』、そうなるだろう。

 

(前例としては、試合をせずにポイントのみを同校に与える……あえて優劣を着けさせないこともありえますか)

 

 アイスピラーズブレイクが2日に渡って行われるのは一回の対戦ごとの会場整備と連日の氷柱作りに時間がかかるからだ。

 

 如何に技術の進歩が、2000年代ごろからの多くの煩雑なものを全自動の機械化で行えたとしても、最後に必要になるのも人間の手だ。

 そして1.83トンもの氷柱を用立てるのも、色々と予算などの生臭い話もある。

 

 だが―――最後には選手個人の意思が尊重されるのもまた競技種目としては当然の話。

 

 鈴音は恐らく―――決勝は一高一年の『男女の最強』を決める戦いになると予想するのだった。

 

 

 † † †

 

 

Drehen Sie die Uhr(神秘の文字を廻せ) Schalten Sie das Antlitz Gottes(神の文字盤を回せ)!」

 

 言葉と同時に、モラルタ・ベガルタを文字盤の『針』のごとく―――刹那は己の身体を中心にして廻した。

 

 瞬間、起動式の読み込みの際の『呪環』とは違うものが拡張展開。『環』(リング)は、そのままに神秘の文字を配列。

 

 

「ルーン文字!?」

 

「我が眼前に勝機あり!! シュヴァイス!!」

 

 

 驚く火神を前にして言葉を受けて魔力のレーザーが、刹那の眼前に展開された文字から幾重にも降り注ぐ。魔弾ではなく魔力のレーザー。

 一瞬、大会委員たちに緊張が走るも、一方的なルールの拘束を破ったわけではないとすぐさま気付かされる。

 

 今までの刻印とは違いルーンを用いた攻撃。更に言えばそれは―――『現代魔法』の辞典にもあった『最新の魔法』であった。

 

 

「ニードルレーザー!? 古式だけかと思えば、こんな事も出来るのか?」

 

「レオナルド・アーキマンが開発したと言う『三弾』(散弾)分離式のクラスターレーザー。だが冷却炉は―――」

 

 エネルギー源はサイオンで賄えるが、それを使った後の身体及びホウキの冷却は、どうしているのか―――。

 観客たちの疑問を無視するように刹那は、打擲を続けていく。

 

 火神の氷柱に殺到するレーザーの雨と同時の現象。聡い人間達は、すぐさま理解する。

 

 プリズマキッドの足元から吹き出る煙。水蒸気の類ということは何かしらの『冷却』手段があるのだと判断した。

 刹那は、火神の氷柱から奪った『熱』を、ニードルレーザーの冷却に使った。身体の魔術回路の冷却及び、『空間』に対する冷却。

 

 本来の『ルーンレーザー』でも、この手の『冷却手段』は『刻印』などからまかなえるのだが、展開してしまえば魔弾と間違われてしまう。

 

 それを避ける為に、こうして―――再び『マイナスの熱』を奪われたが故に、体積を無くしていく氷柱。

 

 刹那がニードルレーザーであり『ルーンレーザー』……ルーン文字の『高速転写』を行ったことで既に戦いの趨勢は決まった―――8本対1本の陣地構成。

 

 あとは青色の魔眼で決着を着けてやる―――と思ったが―――。

 

 

「まだおわっちゃいねぇえええ!!!! 振り絞れよ!!! 俺の身体!!」

 

 熱い男だ。この状況下でも逆転の手は残っているのだと、そう信じてサイオンの猛りが―――炎の虎を思わせる。

 最後に残った氷柱が滑るように動き出した移動系統の魔法なのだろうと分かっちゃいたが―――。

 

「―――」

 

 絶句する1トン以上もの質量が動いたことも驚きだが―――何より―――速かった。

 

「砕けな!!!」

 

 

 そこから氷柱そのものを質量弾としてぶつけてくるとは思わず―――防御が一瞬間に合わなかった。

 

 しかし、あれだけの大質量のモノをここまで早くぶつけてくるとは―――。

 

 だが、進撃を止めるアルジズのルーンが、次列の刹那の氷柱に刻まれていた。

 ヘラジカの角に挟まれたかのように動かせないことに相対する火神は―――敗北を悟った。

 

 

「俺の負けだな」

 

「ああ、最後の一撃は予想外だったが―――これで終わらせる―――略奪せよ!! 開け青の魔眼!! 滅びの黎明を降り注がせろ!!」

 

 魔眼の完全開放―――奪った熱を利用した青い閃光が、展開した魔法陣から放たれて火神の最後の氷柱を光の中に消し去った。

 

 受け止めていた自分の氷柱すらも消滅させたのはご愛嬌であるが―――。ともあれすっきりした相手陣と自陣の様子。

 そして火神自身もすっきりした表情を見せていた。

 

 お互いにやりきった戦いであった。

 

『決まりました。魔法怪盗プリズマキッド!! 大会委員からひっどい拘束を受けてでも決勝への勝ち上がりを決めました!!! 見事!! アッパレです!! もう一つついでにアッパレです!!』

 

 内部事情の暴露をするミトのブラックな実況を受けながらも、次の黒子乃と達也の戦い……どちらが来ても楽しくなりそうだ。

 そんな風にしている一方で女子の会場の様子が大モニターに映りだされる。どうやら栞とリーナの戦いが始まる様子。

 

 

 自分の彼女の活躍を願いながらも、キッドとしての刹那は風のように去るのだった。

 

 

 それから1時間後―――準決のプログラムを全て終えて出たカードは次のようになる。

 

 男子アイスピラーズ・ブレイク

 

     決勝戦

 

 一高 司波達也 対 一高 遠坂刹那

 

 

 女子アイスピラーズ・ブレイク

 

     決勝戦

 

 一高 司波深雪 対 一高 アンジェリーナ・シールズ

 

 

 同校対決というある意味、ポイント的には非常に意味がないが、一高だけに関わらず全ての魔法科高校の生徒達が氷柱すらも融かしかねない熱狂できる試合が期待されるのであった……。

 

 

 



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第71話『九校戦――波の行く先』

ここ数日、友人の結婚式に行くために遠出用の準備をしていたからか、バスに乗り込む際の駐車場の側溝にスマホを落としたか、車中のどっか変なところに入り込んだのかどちらかであるのだが……FGOの連続ログイン記録が途絶してしまったことが、色々とテンションダウンでした。

今日帰ってきて探したんですが、落としてもしかしたらば誰かが使っている可能性も考慮して使用をストップ。

色々とあれでしたが、ともあれ―――友人おめでとうございました。当たったプレゼントは有効に使わせてもらいます。

ということで遅ればせながらの最新話どうぞ。




 風を切り、水を切り、魔法の輝きを伴いながら、滑走していく少女たち。

 

 体幹を活かして、強烈な『曲がり』(コーナーカット)を行いながらも最後の直線。そこに来た段で、お互いに溜めていた『足』ならぬ『爆発』を行う。

 

 同年代に比べれば矮躯な方の四十九院沓子は水素を利用したブースト。

 

 同じく先頭争いをしていた千葉エリカもまたボードの魔力の『形状』を変えて『爆速』に相応しい形態に変えてからの魔力放出。

 千葉道場(実家)の動きの応用―――。

 

 自転車競技における『ケイデンス』(回転数)を上げるかのように、魔力の循環が光輝いていく。

 

 そして―――ゴールラインのチェッカーが振られる瞬間がやってきた。水飛沫を上げながら、二人の少女の戦いに決着が着く。

 

「もらったああああああ!!!」

 

「うぐぐぐ! 二位通過じゃ!! 今はそれでよい!!」

 

 

 チェッカーフラッグが振られたことで赤毛の少女が、ボードの上でガッツポーズを取りながら慣性運動が惰性走行に変わるように余剰距離を踏破していく。

 

 水を切りながら走り抜けた水の通路は、二人の少女の魔力で軒並み荒らされていたが、ともあれ準決勝三位までが通過できるバトル・ボードのシステム上、そこまで思いっきり走らなくてもいいのだが―――。

 

 二人の負けん気の強い少女が張り合うように先頭争いをしたせいで『流しても』三位に通過できるかもしれない面子に、ものすごく影響が出てしまった。

 

 

「決勝では負けん!! エリカ! 光井と共に首を洗って待っているのじゃ!!!」

 

「ええ、楽しみにしているわよ。私もまだ『奥の手』は晒していないもの」

 

「なん……だと……!」

 

 満面の笑みで答えたこちらに対して沓子の顔芸。それをよそに『ブラフ』が効いていることを確認したエリカは、大応援団に手を振る。

 

 多くは実家の門下生であり、治安組織に所属している人間達であった。

 

 

『『『エリカお嬢さん!!! 最高にイカしています!!』』』

 

『『激マブです!!』』

 

 

 などなどと野太い声の大合唱。当然の如く厳つい男たちの一団の声援は誰よりもエリカを励ますものだ。

 

 その中に混ざっていつも自分が悪態を突けば、あれこれ返してくれる同輩の男子の声もエリカの耳に入っていた……。

 

 一方で、兄貴と多分義姉―――あるいはもしかしたら、万に一つの確率でエリカの義姉になる一高の風紀委員長の声も届いていた。

 いちゃついている様子には視えず、とはいえあまりいい気分ではない―――が……そこであまり騒がないのも今のエリカであった。

 

(まぁいいけど……ここで大人げない対応するほどアタシも暇じゃないしね)

 

 

 深雪ならば、そのぐらいはするかな? などと考えながらボードを『岸』に乗り上げさせてから降りる。

 

「おおー! ピラーズは男女ともに決勝は一高が独占か……ということは―――栞はダメじゃったか―……」

 

 隣にてボードを抱えた四十九院沓子が他会場の結果を大スクリーンで確認する。

 

 確認して感心から一気に落胆するという器用な真似をする沓子二十面相に苦笑してから―――。

 

 

「そっか。遂に二人が戦うんだね―――こりゃどっちを応援するか、みんな悩んでいるだろうなー」

 

「もしくは、決勝そのものを無くすこともありえるんじゃぞ? 特に同校どうしの戦いとなるとポイント制度上無意味じゃからな」

 

「そういうもんなの?」

 

「過去にもそういう例はあったそうじゃ。オリンピックなどのように金銀銅のメダルがあるわけでないからの」

 

 

 成程。沓子の言葉に感心しつつ、それでも『二人と二人は戦うだろうなー』とエリカは予想していた。

 

 なんせモニターに提示された合わせて四人はまごうこと無き『ケンカ好き』。やり合う機会さえあれば……そういうことだ。

 

 

「午後は誰もが死にもの狂いじゃ。九高の風鳴、五高の炎部……戦争じゃな」

 

 他人だけに構っていられない。己とて油断できるような相手はどこにもいない。そもそも『二科生』であるエリカからすれば、どいつもこいつも自分より上なのだ。

 

 荒事に関しては、よく吼えれるエリカとて、この舞台で本当に自分がやり遂げられるか、心配だった。

 

 

 だから―――。

 

 

「見えてくる頂点までの景色も楽しんでいく。山登りが出来る男子の言葉を胸にアタシは戦うだけよ」

 

 

 † † †

 

 

「まさか君がアイスピラーズ・ブレイクに参加するとはな」

 

「すみません。お伝えするのを忘れてしまっていました」

 

 達也が世話になっている国防軍の人間。それに呼び出された達也は、赴いた場所―――ホテルの特別室にて少し責められる結果となってしまった。

 

 こちらに来てから二度目の面会。場所も同じ―――しかし面子が少しばかり違っていた。

 

 独立魔装大隊の面子と……数名の『関係者』の前にて完全に軍属であることを暴露されたが、ともあれ―――風間は言葉こそ責めるものだが、どこか面白がっている調子。

 

 ヤンチャを見透かされた子供の気分で答えた達也に対して風間は、とりあえず構わないとしてきた。

 

 そして奥の方の厨房では『カーカッカッカ!!』とか言いながら中華鍋を振るう男の姿。達也としてもカオスだなと感じる。

 

 

「しかし、勝手な保護者の気分としては少し安心しているよ。特尉―――いや達也。お前にも男としての意地の張り合いがあったのだな。とね」

 

「目立たず騒がず……というわけにはいかないぐらいにエキセントリックな日々でしたので……」

 

 そっぽを向いてにやけている風間から視線を外したい達也の心情。

 

 それに対して厨房で蒸籠を動かしている男がにやけるように笑ってくる。

 

 誰のせいだと思っているんだと、恨み言を零す前に海鮮八宝饅頭の匂いでこらえる。

 

 こらえると同時に、数名の関係者のうち―――厨房にて『最後の仕上げだ! このウニの粉末をかけて俺の最強エビチリは完成!!』とか言っているの関連であろう女性が何者かを問いかける。

 

「それで、そちらは何度かお見受けしましたが……」

 

「初めまして大黒特尉。自分はUSNA軍所属シルヴィア・マーキュリー・ファースト。軍属としての姓名を名乗って申し訳ありませんが、リーナやセツナ君などのUSNAにおける少年魔法師たちの総責任をさせてもらっています。よろしく」

 

「こちらこそ、近くで見掛けてもあまり話しできなくて申し訳ありませんでした。司波達也です。ゆえあって自分もこちらの大隊関係者にお世話になっている身分です。大黒竜也で通していますが、お構いなく」

 

 茶色の髪を短く切りそろえた―――近くに居る響子と双璧とも言える『デキる女』ではあるが、そこまでキャリアウーマン的な面が視えない。

 

 どちらかと言えば編集者……文芸分野かレジャーや旅関連のルポライターという感じを受ける人だ。そんな風な女性が、達也に挨拶してきた。

 そして軍属としての姓名ということから達也は察する。

 

「マーキュリー……水星――― スターズですか?」

 

「yes,聞きしに勝る洞察ですねタツヤ君。お察しの通り、あちらではプラネット級の魔法師として登録されています」

 

 USNAが誇る魔法師の特殊部隊。諳んじれる限りではあれこれあるのだが、『ウチ』(独立魔装)と同じようなものかと思っておく。

 もっとも、予算も面子も間違いなく自衛隊時代から針のむしろに置かれているウチ(国防軍)とは雲泥の差だろうが……。

 

 

「……水でもかぶって反省しなさい! とか言います?」

 

「うーん。アウトアウト。変な電波受信していませんか? というかセツナ君の影響ですね!?」

 

 

 その言葉で中華における『飲茶』形式のごとくワゴンを押して料理を持ってきた刹那が苦笑しながら反論する。

 

 

「いやいや俺が悪い影響を及ぼしているみたいに言わないでほしい。まぁともかく腹が減ってはだろ?」

 

「相変わらずとんでもない料理スキル……遠戚とはいえ、マイシスターともいえるリーナをあそこまで『ぱっつんぱっつん』にした原因の一端ね……おそろしい子!」

 

「あんたらリーナの姉貴分二人して俺に悪意的すぎない!? ひっどいわー……」

 

 響子とも面識があった刹那が、半眼で言いながらも中華卓に音も立てずに皿を乗せていく様子に誰もが目を奪われる。

 

 

「とか言いつつも、配膳も完璧とはな。恐れ入るね」

「まぁまぁ、言いたい事も山ほどあるでしょうし、特尉も遠坂君も用事があるでしょうから―――今は食べましょう。いいかな?」

 

 

 山中先生と真田中尉が言ってきたのを受けて刹那も『どうぞ。』と返して、―――皿の回転が目まぐるしくなる。

 いい歳した大人が、料理を取り合う光景は―――みっともないとはいえないぐらいに達也も分かるものであった。

 

「くっ! USNAスターズは、いつもこんな旨い料理を食っているのか!? 流石は物量作戦の大家! 山本五十六の絶望が分かる!」

 

「まぁ兵隊を飢えさせるようじゃ、戦争には勝てませんよ。達也、お前も食っとけ」

 

「ああ、遠慮なくいただくよ」

 

 ―――脱皮直後のやわらの海老…殻つきでまるごとのエビチリを頬張る柳の言葉に返した刹那に達也は答えてから海鮮饅頭を頬張る。

 

 九校戦前……家では度々深雪が苦労して作ってくれているが、家族としての愛情などを除けば……やはり刹那の方が旨いといえる。

 深雪の手際が悪いわけではないし、レシピも間違ってはいない。ただ何かが違うのか刹那の作る海鮮饅頭とは雲泥の差だ。

 

 そんな料理で腹を膨らませつつ改めて用件を風間に問い質す達也。

 

「で、何で俺と刹那を呼びつけたんでしょうか?」

 

「まぁ藤林が言ってシルヴィア少尉が自慢をしてお前が夢中になる遠坂君の中華が食べたくてな。材料はこちらで用意させてもらっていた。さてモリモリ食うぞ」

 

 

 それだけか。風間から告げられる驚愕の事実―――なわけもなくシルヴィアが遮音の結界を張り、刹那が食事の音だけを拾わせるように仕向けたのを達也は感じた。

 

 術式が展開されてからの……ここからが本題のようだ。フカヒレ饅頭をリスのように頬張りながら達也は話に集中する。

 

 

「手短に話す。達也、今回の新ソ連の暗躍。そして無頭龍の壊滅……タマモヴィッチ・コヤンスカヤの暗躍。全ては一つに繋がった」

 

「現在、この富士演習場……九校戦の会場を襲おうとしている連中『オヴィンニク』は、回収した無頭龍の死体などを元にして、ある種の人造強化兵士を解き放とうとしている」

 

「その混乱に乗じて『死体』となってしまうほどに原型を留めないほどになったと『見られる』。若年魔法師を拉致する考えのようだ」

 

「実に下策ですね」

 

「ああ、この未来を担う魔法師達が一斉に会する場所。六日目に至るまで超絶の技能を見せていたものたちを相手に―――そこまで自信が持てるものなのかな? シルヴィア少尉、遠坂君」

 

 

 思い思いに、極上中華を堪能していた中でも極辛麻婆豆腐(白黒豆腐)を堪能していた2人の視線が独立魔装の面子に向けられた。

 

 

「ものによるとしか言えないです。詳しい説明は報告書を参照してもらいたいですが、雷帝の遺産を利用した『殺戮猟兵』の使役……『巨象』の召喚をされれば、不味いでしょうが……」

 

「が?」

 

「あれらは「ロシア領土」でしか使えないものなんですよ。セカンドアークティックヒドゥンウォーにおいてはスワード半島とチュクチ半島を『氷海』で地続きにした上で行使してきたものですから」

 

 そして機械が苦手だからか刹那に代わり、シルヴィアが端末を操り『資料』を表示―――。そこに書かれていたことを見て、こんなことが可能なのかと思ってしまう。

 アメリカとロシアの海峡。

 

 ベーリング海において行われた戦争の資料を見るに、達也としてもそら恐ろしい想いだ。『巨象』が『のしのし』、氷の海を渡って来るのだから……。

 

 そんな達也を安心させるためか自慢なのか刹那は続ける。

 

ツァーリ(皇帝)は封印したよ。しかし……残滓を利用して色々な策謀を巡らしているんだろうな」

 

「俺たちでこの『コシチェイ』なる『ジェネレーター』以上の強化体に勝てるのか?」

 

「派手にやりあえばまず勝てる。限定戦闘ならば、どうなるかだな」

 

 

 予想されている襲撃兵が何であるかを言い当てた達也に目を細くした刹那の分析―――。それで思う。こいつらが暴れれば、まず被害は出るのだと……。

 そして風間を見ると、あんかけチャーハンを食べながらも口を開く。

 

「我々も手をこまねいているわけではないが、現状……、参謀本部からのゴーサインが出ない。奴らが、動けば別なのだがな」

 

「不法入国者として拘束してしまえないので?」

 

「外務省が五月蠅いんだ。役所というのは自分の縄張りを脅かされることに神経質になる」

 

 

 無論、独立魔装大隊の国防軍もまた『陸軍』『海軍』『空軍』とでの縄張り争いがある。

 

 噂程度であるが達也の『とっておき』に対抗するように海軍が何かしらの魔法研究を急進的に行い―――近々『戦略級魔法』が完成するという話もある。

 

 現在の十三使徒―――番外位『虹の極光』(オーロラサークル)もしくは『極虹砲』を含めれば『十四使徒』となるものに含まれるか否か。

 そんなことを思い出して、話の続きとして現在、どこかに潜伏している新ソ連に対抗する為には穴蔵を突いて殺すか―――『追い返すか』それだけである。

 

「追い返す?」

 

「まぁ、やつらの入国手段は『船』だろうからな……不審船に乗り込んだ時点で、海上で『撃沈』してしまえばいいだけだ」

 

「……なんかどっかで『覚え』がある方法……」

 

「まぁ『あの頃』はエキセントリックしていましたからね……」

 

 

 刹那の疑問に答えた達也だが、聞いた刹那と聞かされたシルヴィアは、苦虫を噛潰して何かを思い出している様子だが、あえてツッコまない方がいいだろう。

 

「けれどさ。ここまでやってきて何もさせずに追い返すなんて可能なのか? 軍人さんの都合上、何もせずに帰らせるのは面子の問題もありそうだし」

「そこでだ―――達也、遠坂君。君たちに頼みたい事がある」

 

 

 その言葉で焼きそばを食っていた風間に視線が集まる。

 そうしてから話されたこと……達也は、あちら(新ソ連)にも『セツナの面』が割れていることを考えれば、問題ない話。

 

 軍隊及び戦力と言うものの有効活用と言う意味では間違いではない。間違いではないが……。

 

 

「今年の九校戦は随分と横紙破りというか、都合次第でのルール改訂が多いな」

 

「まぁ、色々とイレギュラーな事態が多いんだろうな。開発された新魔法が披露されたり特化型CADに見える汎用型CADを使わせたり、異常事態だな」

 

「逆に『CADなんていらねぇぜ。男ならば魔弾(こぶし)一つで勝負せんかい!!』みたいな人間もいるしな。イレギュラースキルの披露だよ」

 

「無理なルビ振りやめろよ。俺のサニーパンチ(フラガラック)が火を噴いちゃうぜ」

 

 

 皮肉に皮肉で返す応酬。それに違わぬ笑みを見せながらの男子高校生の『日常』としか言えないその様子を見た独立魔装の面子が目を見開く。

 

 あの大黒特尉―――いや、司波達也がここまで『感情的』になる。

 いや、話に聞くところによればの達也の感情が全て―――『彼女』にだけ向けられていることを知っていれば―――これは『なんだ』というのだ。

 

「―――と、噂をすれば何とやらだな……行こうぜ」

 

「待て。このナマコとアワビ。蟹海老の『豪華なタッグ』の海鮮饅頭を食ってからにしてくれ」

 

「食い意地を張らないで僕らのマギクラフトマイスター。

 あとで幾らでも作ってやるよ。むしろ深雪に完全に教えてやるから―――人生はちゃんこ鍋。涙は隠し味。

 いずれは魔法師界のクッキングパパとして『双子の娘』に料理を振る舞う俺を信用しろ」

 

 

 端末から受けた連絡で立ち上がる刹那に対して完全にキャラ崩壊している達也。

 海鮮饅頭。普通の肉まんと同じくひき肉のようなジューシーさを感じさせるものを大体の面子も頬張る。

 

 うん、達也が夢中になる理由も分かるほどに美味であった。

 

 

「んじゃごちそう様でした。いい食材で調理できましたよ」

 

「こちらこそ美味しい昼食を用意してくれて嬉しかったよ」

 

 真田の言葉に継ぐ形でシルヴィアが言ってくる。

 

「セツナ君、リーナの色々な場面と同じく君のも撮ってありますから、結婚式を楽しみにしているように―――それと、後日 アンジーとユーマの結婚式があるので、リーナと一緒に一度は帰って来てくださいね」

 

「了解です。ようやくあの二人も結婚か……」

 

 

 シルヴィアの言葉に眼を細めて懐かしむ刹那。そんな風にしてから饅頭を頬張る達也を何かの布で拘束した刹那が部屋から出ていく。

 

 そうしてから残された大人達は―――思い思いに話し込みながら食事を楽しむ。

 

 

「聞いていたよりも随分と印象が違う少年ですけどサナダさん?」

 

「うーーーん。確かに達也君はもう少しクールな少年のはずだったんだけど、やっぱりセイエイ大尉の影響かな? ウチにも欲しい人材だね」

 

「私としては、リーナと一緒に北米に腰を落ち着けてほしいんですけどね」

 

 

 ただ状況は流動的だ。場合によっては何かあれば、今は刹那によって黙らされている(ギアス)ベガ、デネブ……フレディと親しいとはいえリーナに当たりが厳しいレグルスなどがどうなるか。

 

 馬鹿馬鹿しいことに『失脚』させるだけならば、二人そろって退役させて穏やかな結婚生活でもさせれば、いいのだが……。

『殺害』という『翻意』に至れば、どうなるか……。

 

 リーナを守る為ならば、彼は己の眼を『七色』に輝かせて―――全てを―――。

 

 

「まぁどうなるかは分かりませんね。セツナ君の故郷はこちらなんですから」

 

 結局。他人がどうこう言おうと最後に肝心なのは個人の意思であり……、その中に自分達のこともあれば、少しだけ嬉しい。

 

 リーナの為だけに、世界を砕く人間にはなってほしくない。そう思うシルヴィアの心は大隊のメンバーが思う達也のことにもつながるのだから―――。

 

 

 † † †

 

 

「時間に余裕があるわけじゃないから手短に言いたかったんだけど―――達也君。その袋の中身はなに?」

 

「刹那手作りの中華まんです」

 

「一個よこしなさい。このラブリーキュートな生徒会長 七草真由美に献上するがよい!」

 

「なんと呆れた王だ。生かして置けぬ。そしてこの中華まんは自分のものです」

 

 

 なんだこの寸劇? そう言いたくなるほどにツーカーよろしくな二人の様子に、第一高校に用意された天幕に呆れが出てくる。

 

 先程までの浮かれムードに少しばかりの差し水。差し水は少しばかり味があるスープであったりしたが―――ともあれ最終的には達也の持っていた紙袋からフカヒレ饅頭を強奪した七草会長が食いながら口を開く。

 

 

「先ず最初に女子バトルボード決勝進出 千葉さん、光井さん。おめでとう。午後は激戦必至だと思うけど自分の力を信じて頑張ってくださいね。おいしいわーお饅頭」

 

「は、はいぃ!! 頑張ります!!」

 

「気楽にいかせてもらいます。上出来すぎてツケを払いそうですので」

 

 

 何のツケだよ。そう苦笑するのは刹那と渡辺摩利であった。ともあれ、後で『風鋼水盾』の調整をしてやらなければいけないだろう。

 

 エリカと視線が合うと、『頼むわ♪』とでも言うように腕の―――汎用型CADにも見える『礼装』を見せつけるエリカの笑顔。

 

 むっ、としたリーナの気配を感じつつも会長の話は続く。

 

 

「そして男子では五十嵐君。一高は一人のみで心細いでしょうが何とか上位入賞を果たせることを願っています」

 

「はい―――姉と―――俺の義兄貴になってくれる人の幸せの為にも、俺は―――勝ちたいです」

 

 おや? と何となく五十嵐の言葉で姉である五十嵐亜実と近くに居る辰巳先輩を見ると―――ああ、分かりやすっ。そう言いたくなるほどの様子。

 そう言えばユーマと『アンジェラ』が最終的にプロポーズを交わしあった後も、あんな感じだったことを思い出して口笛でも吹いてやろうかと思う。

 

 ともあれ調子としては上向き、サイオンの調子もいいようだ。後は並み居る強豪を前にどれだけの地力が発揮できるかである。

 

 バトルボードに関しての連絡事項及び激励はそこまで……本題に入る。

 

 

「さて嬉しくも『困ったこと』にアイスピラーズ・ブレイクはファイナリストを男女ともに一高で占める結果となりました。三決もまた一高が食い込める可能性はありますが……」

「すみません。会長。私は辞退させてもらいたいと思います―――正直、深雪との戦いで『削られ過ぎました』……」

 

 

 傍目には疲労が見えないが、体力と魔力……共に絶不調の域の雫の棄権という判断を誰もが是とした。

 

 特に五十嵐亜実は、雫に寄っていき「がんばったね」などと部活の先輩として労っている。自分の全てを出しきってでも、準決を戦おうとした雫……。

 戦略的には正直、下策だったが……彼女にとって深雪との対決は目標だったのだ。

 

 全力をやれて悔いなし。そんなところだろうか。

 

 

「十七夜さん。そういうことでピラーズ三位はアナタのものよ。おめでとう」

 

「三高の一員としては、喜べますが……魔法師個人としては残念ですね」

 

 

 雫の三決に関わることとして、この天幕に招かれていた外部の一人。三高の十七夜栞の言葉に、誰もが苦笑する。

 

「刹那君と司波君の見立てではどうなの? 私と北山さんが戦えば『今』はどちらが勝つ?」

 

 しかしながら、今の勝敗の程を聞きたいと願う十七夜栞の言葉に、刹那と達也が口を開く。

 

「無論、栞の方だよ。君のバイタルと魔力の放出は安定している。リーナとの戦いは温存していたわけじゃないのにな」

 

「刹那の見解に同意だ。今の雫は、どこの馬の骨と戦っても負けてしまう」

 

 容赦がない評価を前に苦笑する栞は『なら遠慮なく三位でいさせてもらうわ』と無言で言っているように見えた。

 

 

「そして男子の三決は、黒子乃くんと火神くんは―――やるんですね?」

 

「トーゼンです。お互いに雌雄を決するぐらいのやる気はありますよ」

 

「モノリスのことを考えれば棄権も良いんですが、女子が棄権でいきなり女子も男子も『メインイベント』じゃ、会場が『温まらないでしょ』?」

 

 氷柱を砕くための競技なのに温めるとはこれ如何に? 決勝戦が確かにただの一高同士の戦い……見方を変えれば日本対USNAとも取れるかもしれないが、それでも何となく見ている方にとっては『つまらない』想いもあるかもしれない。

 特に、他校にとっては、その想いは強くあるかもしれないのだが……。

 

 

「そうでもないぜ。ウチの若大将である将輝は司波さんの活躍を楽しみにしているし」

「愛梨は、刹那君の活躍を楽しみにしている。私も同じく。がんばってね♪」

 

 

 火神は男気溢れた言葉だが、十七夜栞に関しては、言葉の最後で人差し指と中指を使っての投げキッスをしてきた。

 正直、こういう寡黙系のクールキャラ。しかし情がないわけではない女の子にされるのが一番弱い。

 

 切り払い、回避運動をするまでもなく至近距離での直撃。拙い位にしおりんの攻勢は強めである。

 親友である一色愛梨よりも『弁えた立ち位置でオッケー』というのが、彼女の攻勢を強めている。

 

「ぐぬぬぬぬ! オ・ノー-ーーレ! シオリ!! 魔眼の安定の為に見つめ合っていたのは許せるが、そこまで来ると、このアンジェリーナ・クドウ・シールズ! 容赦せん!!」

 

 とんでもない事実の暴露。その言葉で一高男子彼女いない組と三高の火神の視線がとてつもなくきつくなる。

 

 いやまぁ人命救助だったと言ってもあんまり聞かなそうであるのだが……。

 

 

「なんだって男の人はいくつも愛を持っているのかしら。あちこちにばら撒いて……長女の私を試しているのかしら」

 

 こちらの寸劇に対してため息突きつつ、額を抑えている会長の様子に何気なく聞いておく。

 

「会長。何かあったんですか?」

「現在、九校戦を観戦しに来ている父と四葉師が密会をしているとか、寝屋を共にしたとか、バカな噂よ。あんな風に目を合わせれば嫌味ばっかり言って長ドスでも持ちださんばかりのヤクザもんの男女がそんな関係になるなんて」

 

 その言葉を聞いた時に、本当にこの人は『恋愛』をしたことがないんだな。と気付いて少しだけ哀れんでおき―――ジイサンから知ったことを告げようとしたリーナをゼロスポーズ(?)で制しておく。

 刹那の制止を受けて苦笑の呆れ顔のリーナも余計なひと言だったと気付いて、それでも『趣味が悪いわね』と言わんばかりに大仰に肩を竦めるのだった。

 

 二人の『九島』の関係者のその様子に、『四葉』の関係者も怪訝な顔をしている。そして少しばかり『闇堕ち』しかねない勢いの七草会長を現実に引き戻す。

 

 

「……と実はね。大会委員の方に、男女の四強が、戦うだろうと言うことを告げた瞬間にね。ため息と同時に一つの提案をされたの、というかこれでなければ、決勝戦は行わず大会規定で強制的なポイント付与にするとね」

 

 大会委員からの提案。

 

 達也と共に一足先に日本における魔法師の軍人部隊独立魔装という人々から聞いていたので、その先の内容を分かっていたので驚きはしないだろう―――。

 

 しかし、天幕の中に入ってきた人物には―――誰もが驚いた。中には飲み物を噴きだしてしまう人間までいた。

 

 

「此度のアイスピラーズ・ブレイク新人戦決勝……『男女複合ダブルス』に関しては私の方から説明させてもらおう。急激な変更は大会委員だけでなく、十師族からの要請でもあったからな」

 

 魔法師界の妖怪……明治における立役者の一人、肥前の鍋島閑叟もかくや―――とまでは言えるかどうかは分からぬが、ともあれ妖怪爺の登場でもはや規定事項なのだと気付かされる。

 

 

「こうして間近で直で対面しあうのは久しぶりだな。刹那、アンジェリーナ。君たち夫婦の活躍を聞く度に真言の胃痛の代わりに、私は酒が進む進む。愉悦という奴だ……ひ孫の顔を見るまでは死なんからな。励めよ青年」

 

「誰もんなこと聞いちゃいませんが!? つーか一番に頼むべきはミノルの兄貴とかじゃないのかな!? そして自分の息子を酒の肴にするなよ!」

 

「もうセツナも閣下も、エロスなんだから、けれどいつかはトオサカ家特有のうっかりで『双子』(ジェミニ)が生まれちゃうかもしれないわよ♪」

 

 

 これが九島家のクオリティ……そんな風に感じるほどには怒涛のマシンガントーク。

 

 ある意味、今の一高にとって一番関わりが深い十師族の立役者であり現在の日本の魔法師界を作り上げた重鎮が入ってきた。

 

 九島烈―――ご老体が『男女複合ダブルス』というものが何故、採用されたのかをわざわざ説明しに来たのだった……。

 

 



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第72話『九校戦――いまとむかし』

少し短く、なおかつヘンにパロディが多めかなと思える今話。

まぁ繋ぎ回ですのでゆるりと見ていただければと思います。

あとスマホは見つかりました。助手席側のサイドブレーキの余剰スペースに絶妙に挟まっていて、若干、気付きにくかったようです。

ルーラーケツ姉さんも手に入れたのでとりあえず満足しつつ、新話お送りします。


 男女複合ダブルス―――テニス、卓球、バドミントンなどの混合ダブルス。はたまた少し違うが、フィギュアスケートにおけるペア競技の如く、男女が肩を並べて競技を戦うことはなくはない。

 

 何が契機で生まれたものなのかは分からないが、ともあれ本来ならば女子は女子だけ、男子は男子だけのリーグで競い合う場を提供されていたところに、このようなものが生まれて―――。

 

 それは余興やエキシビジョンの類ではなく真剣勝負の類となりて、多くの観客たちを熱狂させていくのは今にも続くものだ。

 

 

「昨今の九校戦は『個人競技』が多くを占めており、空気の入れ替えを望む声が多くてな―――まぁ十師族の単体能力が際立っていたからかもしれんが」

 

「他校からだけでなく魔法師社会全体からも眼の敵にされているとは、一高のトータルバウンティはどれだけなのやらだ」

 

「全くだな。だからこそ、今の魔法師社会に求められているのは―――『個人のトータルスペック』ではなく『他者とのユニオンタクティクス』なのだ」

 

 暗に一高の三巨頭が目立ち過ぎていることが、今回の仕儀に繋がっていると言う九島烈の言葉に、全員が様々な表情だ。

 

「刹那、お前も『私』と同じだ……牙と爪だけが鋭いだけで勝てるほど、世の中は単純ではないな? 魔法師もそうだ……『マナカ・サジョウ』の一件以来、その声は大きくなるだけだ」

 

 その言葉で、一高の全員が震えるような仕草。

 あの化け物女が魔法師の『極み』であるというのならば、あれを容認するか否か、普通の人達と敵対してまであれを目標とするか―――そういうことだ。

 

「だからこそ、我々魔法師は団結していくためにも、様々な人間の『音色』に『連弾』出来る魔法師を育てていかなければならないのだよ」

 

 完全に十師族の存在を『否定』しきった言葉だ。ものごとに限界は無いが、それでも……そういう存在ばかりでは『魔王』となるだけだろう。

 

「今回、導入されたクラウドのダブルス然り―――勘のいいものは気付いていよう。来年の九校戦はペア競技や団体競技が多く採用されていよう。いずれは布告されるのだが、ピラーズも『ソロ』と『ペア』が採用される……そういう手はずだ」

 

 一気にざわつく一高陣営。今までは推測の予想程度でしかなかったものが、お偉いさんから裏付けを取れてしまったのだから。

 

 まぁこの内容は、そのミックスダブルスが発表される時点で、全ての魔法科高校に通達されるのだからアドバンテージでもなんでもないのだが……。

 

 

「まぁともあれ、ペア競技になることで少しは大会関係者たちの苦労を取り除きつつ、更に言えば来年への試金石へもなる。まさしくwin-winの関係だ。

 お前たちほどハイレベルの術者となれば、個人の力だけではない何かを見せてくれるだろうという期待もある」

 

 

 片や多くの死線、人類終末を打ち砕き越えてきた恋人。

 

 片や多くの宿命に囚われつづけても思い合う兄妹。

 

 

 余人には分からぬ運命がある……なんて気取ったことを言うつもりはないが、刹那としても、リーナこそが魔法師界のプリンセスという意識もあるのだ。

 深雪には敗けさせたくない想いはある。

 

 そんな刹那の考えと同じく達也もまた深雪を勝たせたい。リーナに深雪の栄光を穢させたくない想いがある。

 

 この戦いは―――負けられないのだ。

 

 何より刹那と達也―――どちらが上かを本気で競って見たかったのだ―――。そんな男二人のラスト5秒の逆転ファイターも同然の視線の交し合いに、お互いのパートナーがキラキラした視線を送って他にも光井が達也に、雫と栞が刹那に……そんな風に青春の1ページを刻んでいた時に、老師の言葉が差しこまれる。

 

「ふむ。司波達也君に司波深雪君だったか……」

「はっ、自分と妹の名前を憶えていただき恐縮です閣下」

「そのように畏まらなくていい。今の私はただの退役軍人で、余生を慎ましやかに生きてひ孫を見たいだけの老人だ……」

 

 

 その言葉の裏側でなかなか『老兵はただ去るのみ』とダグラス・マッカーサーのようになれない己の身を嘆いていると勘付いたものは若干いたが、それをおくびに出さず、言葉を続ける。

 視線は司波兄妹に貼り付けたままであり―――何を言うかを少し待つ。

 

「君たち兄妹を見ていると、ある魔法師の『姉妹』を思い出す。伝説を『作り損ねた』姉妹だ」

 

 言葉で達也と深雪のサイオンに不安が出てくる。それを察しておきながらも言葉は止まらない。

 

「素質は抜群、長じれば達人。そして今の魔法師社会を変えられる人材になりえただろう。しかし、一人の男子……姉妹と同じく私の弟子だった『若造』と出会ったことで、彼女たちの運命は定まってしまった」

 

 一拍置くことで全員の視線―――特に七草真由美の視線を気にして向けられているのを確認して話を再開。

 

「若造と姉妹は仲が良かったよ。家同士の仲はあまり良くなかったが、そんな大人達の愚劇など、年若い彼らにとっては関係のないものだったろう。

 そして、家に無断でふたりを引き合わせた私は彼らならば……と期待して、そして目論みを外されたよ。

 若造は、彼は、己の資質に『眼』が眩んだ。挫折を経験したが、たとえどれだけのことが出来たとしても、叶わないことがあると認められず―――現在に至ってしまった。

 誰の事だか分かるかな? 七草真由美君?」

 

 

 言われて―――視線を向けられたことで非常に苦い顔を一瞬だけした会長が、それでも口を開く。

 

「―――七草弘一……私の父です……」

 

「そう。そして引き合わせた姉妹は―――四葉深夜、四葉真夜―――そういうことだ」

 

 重々しく語られる歴史。例え魔法師の歴史が一世紀に至っていなくとも、人間たちの機微や感情の動きは、どうやっても歴史を作ってしまう。

 

 合理では納得できない理屈。最後に行動を決めるのは感情なのだと……そう言う話なのだと気付けた。再び司波兄妹に視線を向ける九島烈。

 

 視線を返す達也と深雪で口を再び開く。

 

 

「君たち兄妹の絆は『深いもの』があり『真の感情』にしたがったものなのだと分かる。だが……その為に、自分達以外の全てを『壊す』人間にはなってほしくない。私が言いたいのはそこだ。もう少し『待って』いれば、違うものもあるかもしれないのだからな」

 

「拙速になるな。決断を速めるな。そういうことで?」

 

「時には、血が繋がった存在の手よりも、違う手を繋がらせることで―――未来は変わっていたのかもしれないからな。一度は己の周りを見て、『繋がり』を確認して、それから決断を下したまえ」

 

 

 言葉の応酬で達也も気付けただろう。九島烈は―――この兄妹が四葉であることに気付いている、と。

 

 しかし言葉はどちらかと言えば、達也を諌めている様子。そんな風に言われて、素直に聞けない辺りは達也の精神に掛けられたものは強力なのだと気付く。

 

 だが、達也に走る少しだけ苦衷めいた表情が―――彼の心を語らせていた。

 

 

「……いささか、老人の長話が過ぎたな。ここら辺で失礼させていただくよ―――そして真由美君。一度は、父親と正面向いて『腹を割って話す』ことも必要だよ。

 弘一は知られたくないと思っていても、真っ直ぐに聞いてきた相手を無下にするほど、男気が無い人間ではない―――君はどうにも弘一の悪いところばかりを見てきたせいか、今の弘一に『そっくり』だよ」

 

 

 言われて絶句する七草真由美。まさかの『お前は父親似』という言葉を聞かされて、誰に怒ればいいのか分からない会長の顔がそこにあった。

 

 

 天幕を出ていく九島烈。人に歴史あり、そして若造たちには分からぬ大人達の葛藤というものも視えてくる話であった。

 

 ともあれ、混合ダブルス及び複合ダブルスともいえるアイスピラーズは単純な話。距離が二倍、氷柱も二倍―――相対する敵の戦力……無限大。

 

 一人でも出来ないことも二人ならば出来る。一人の力を最大限に上げるのは、他ならぬ他者なのだから……。

 

 

「深雪、足手まといが出来て申し訳ないな。だがお前を勝利に導くよ」

 

「そのようなことを言わないでくださいお兄様、お兄様が隣にいてくれさえすれば深雪の力は1000万アニラブパワーです! 時空の彼方を超えて愛知らぬ哀しき竜すら呼び出して見せましょう!」

 

 

 今すぐにでもライダーのクラスカードでもくれてやりたい深雪の言動。クラスチェンジするとグラップラーかと言わんばかりだ。

 そう思いつつ、こちらもリーナにフォローを入れておく。

 

「十師族の思惑など知らないし、大会委員も関係ないな。俺たちの刻む旋律を聞かせよう」

 

「of course♪ セツナの御両親の力(両腕刻印)を受けて100万ラブパワー+100万ラブパワーで200万ラブパワー!! いつの日か愛すべき『双子』への愛で家庭は笑顔を絶やさず200万×2の400万ラブパワー!! そしていつもの夜の3倍の愛し方を加えて1200万ラブパワーよーっ!!」

 

『『『ゆで理論!? ウォー〇マンか!?』』』

 

『『『というかアニラブパワーとかラブパワーってなんだ―――!!??』』』

 

 

 喚くみんなと同じく計算方法は全く以て理解の外であるのだが、ともあれ深雪の視線がこちらに注がれる。

 あからさまな挑発の前に、アニラブパワーの王気を持つものが、対峙することを良しとする。

 

 

「リーナ、遂に雌雄を決する時が来たわね。私とお兄様の『デーモンタスク・トレイン』の前に敗北を喫するがいいわ! バカップル滅すべし!!」

 

「フフフ。すっかり酸素欠乏症になってそんな『ヨマイゴト』を言うなんて、ワタシとセツナの愛の『フェイスフラッシュ』でアナタの穢れきった兄愛を浄化してあげるわよ」

 

 

 そんな妹と彼女の宣言に対して男二人は面を向けあいながら―――

 

『そんな技あるのか?』

 

 と半眼の無言で言い合うのだった。ともあれ、大会委員たちの気遣いなのかタッグバトルゆえに控室を二部屋用意したという旨が端末に送信されてきた。

 

 それは良いのだが、その前にやっておくべきことがあった。

 

 持ちこんでおいた魔導器の中でも、必要なものを出して――――エリカの礼装の調整を施す。

 

 

「よほどトウコとやりあったな。水精の『いたずら』が、情報(マトリクス)の欠けを起こしているよ」

 

「分かるもんなの?」

 

「まぁな。Anfang――――」

 

 魔術刻印を起動させて、礼装とエリカの間のリンクを完全にしておく。そうしてから現在のエリカのバイタルと魔力量に応じたセットアップをしておく。

 魔法陣を展開させて礼装とエリカとをその中に包み込む。

 

「いつも思うが、お前のやり方は独特だな」

 

「お前が機械と眼を以てやっていることの古臭いバージョンだよ。教えてもらった相手によれば『生体にはそれぞれ固有の波動がある。『調律』とは、その波動をいかに近づけるかの作業なのだ』とね。先生の冒険譚と共に教えてもらった事だ」

 

 本来ならば魔術刻印を近づけてやる作業であるのだが、応用として『礼装』の『調整』にも使えるものだ。

 特に、言っては何だが―――、たかだか一世紀も無い歴史の『魔法師』(ぎじゅつしゃ)ならば、こんなのは片手間だ。

 

 時計塔の初等部の連中の一割にも満たない刻印調整と同じく寝ていても出来るものだ。

 

「―――起動させてみ?」

 

「それじゃ遠慮なく――――うん、なんか身体がぽかぽかする―――どういう原理なの?」

 

「一時的にエリカの魔力波動……サイオンの波長と礼装の波長を擦り合わせた。前よりも魔力の循環効率はあがったんじゃないかな」

 

 

 風鋼水盾―――風の障壁が鋼のような壁となりて己が身を保護して、イメージ次第では、刃にもなるし……魔力放出のような使い方も可能。

 SF的なイメージで言えば熱核バーストエンジンにも似たもの。大気がある限り、その大気を取り込んで圧縮して放出することもできる。

 

 そして水盾は鎧であり剣にもなりえるし、先程の説明の繰り返しと同じく、武器防具であり推進器にもなりえる。

 

 物質化したもの、何かのマテリアルを基剤とした時にエリカの身体を覆う鎧であり衣装は最高の武器と防具となりえるだろう。

 

 姉弟子二人……『ミス・グレイ』と『ミス・ライネス』の持つ礼装を元にしたこれは特級の代物なのだ。

 

 

 そんな自信を受け取ったのかエリカはいつも通り明朗快活な声で叫ぶ。

 

「よっし! これで優勝争いは出来る!! 負けたならば刹那君と達也君を殴ればいいだけ!!」

 

『なんでさ』

 

 礼装とCADの二個持ち。CAD二つによるサイオン波の消しあいは起こらないだろうが、それでも中々に器用なことをするものだと思う。

 

 恐らくトウコへの対策なのだろう。異なる魔術系統の合成がどうなるかは分からないが、それでも、エリカがやるというのならば、それは勝算無いものではない。

 

 剣客としてだけでなく兵法者としての彼女の策は間違いなく嵌るのだから……。

 

 そうして立つ鳥跡を濁さずではないが、自分の仕事は無くなったのを確認してから控室に行くことにする。

 

 

「んじゃ行くかリーナ。君に相応しい黄金概念霊装(ドレス)を着付けてあげるよ」

 

「Yes! 『アレ』を使うのねセツナ! もう、このドスケベ!!! 万事任せるわ(ALL RIGHT)。アナタの色でワタシを染めア・ゲ・テ♪」

 

『『『何をする気だお前ら―――!!!』』』

 

 呆けた顔で彼氏を見つめるリーナだが、刹那が怒涛のツッコミを受けつつも姫だきして、首に手を回す状態になったバカップル。 

 

 同じく達也も光井のCADの調整を終えて、深雪を姫だきしていた。どこまでもこちらに対抗しようという粋な態度に少しだけ面白がりつつも―――。

 

 

『『『『三時間後にジャボンディ諸島で!!』』』』

 

 

 ジャボンディ諸島ってどこだよ!? そんなツッコミを入れる前に脱兎の如く去っていくバカップル二組。

 

 それを追おうと誰もが天幕から出ていく中……、

 

 

「追わなくていいのか?」

 

「ううっショックよ。だってあの父さんと同じだなんて。狸みたいに謀略を巡らせて、狸みたいにサングラスを掛けて目元が黒いあの人と同じだなんて……」

 

 

 残った二人。十文字克人と七草真由美。

 

 その会話で十文字克人が思うに―――同じ穴の『貉』(むじな)とは、あの親子のことを差すのだろうと思えた。

 

 むじなとは時に『たぬき』と同一視されるのだから……。

 

 

「何か言った?」

 

「何も、ただギャラリーのまま、そして来年の九校戦にあるだろう変化を楽しめないのは少し辛いかな? それだけだ」

 

 十師族として箔付のための大会ではなかったが、それでも来年の種目変更の原因としては、そういう変化を『楽しみたかった』。

 

 それが出来ないのは辛い―――として机に突っ伏すようにだらけきった七草へ言い訳しつつ、どんな戦いになるのかを楽しみにするのだった。

 



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第73話『九校戦――マーメイドバトル』

仕事納めを終えて、正月休みに突入。

さぁて色々とやるぞーと思っていたらば若干風邪気味。

遅れて申しわけありませんでした。


「考えるほどに無茶苦茶だよな。深雪の領域魔法『インフェルノ』と『二ブルヘイム』だっけか?」

 

「抑え込めない?」

 

「無理ではないだろう。熱に関しては『略奪の魔眼』で奪ってしまえばいい。それでもあれほどの物理現象から熱量を奪い去るとなると、それなりの負担だ」

 

「その為のフォロワーがワタシであり、アナタなんだから? 協力し合いましょう?」

 

 

 そりゃそうだ。苦笑の嘆息をすると同時にリーナの髪を基剤にして『機織り機』を動かして、衣装の新調をしつつ身体の調子を鑑みる。

 

 女神のような肢体を刹那に晒しながらも互いに頬を紅潮させることはない。これがお互いにとって必要なことであると知っているからだ。

 リボンの七つを編み上げると、それを元に霊装に組み込んで、スカートの丈を変えるかどうかを、リーナに問う。

 

 

「短い方がいいかしら?」

 

「コンセプトとしては『常夏に舞い降りた聖女』―――俺の思う『黄金姫』だからな。うん、俺としてはそっちにしたい」

 

「分かったわ。雪女の如きミユキに相対するコンセプトだもんね。うん、いいわ。そして嬉しい……セツナの心が」

 

 手を合わせながら小首を傾げるリーナの仕草に少し心が揺れながらも魔術の律動は滞りなく行われて、最後に持ちだした糸巻きと針を用いた霊衣裁縫で、ものは仕上がった。

 

 

「あとは、魔法円の中に置いておけば約一時間後には万全だ」

 

 用意しておいた魔法陣を展開してイチイの木を元にした衣装掛けごと置きながら、刹那も己の衣装を掛けておく。

 魔法師からすればいかがわしい仕掛けだろうが、刹那にとってはお袋から嫌になるほど仕込まれた技能である。

 

 もちろん『防具』としての性能を考えてバゼットの方式も取り入れているのだが……。

 

「お疲れ様。ここまでやっておきながらアレだけど、ミユキたちも『何か』やってくるわよね?」

 

 当たり前である。そもそも九校戦に至る前にコスプレ競技とも言えるピラーズに際して特別授業も行ったのだ。

 

 利用してこないわけがないのだ。リーナからサーバーからのアイスコーヒーを受け取り飲み干す。

 と同時に、喉が潤って口を開くことが出来た。それぐらいに集中力を要する作業だった。

 

 

「俺は侮っちゃいないよ。特に達也は『出汁』を吸う『高野豆腐』のごとく俺の技法を己のものとしていく……。九重寺の住職とかから『鬼』の器物を預かっていてもおかしくないからな」

 

「そうね。まさかニホンのシャーマンたる『巫女服』をミユキが着てくるとは―――やっぱり一種の『美化魔術』を使っている?」

 

「意図してではないだろうがな。彼女の魔的な美しさは、恐らく英才教育のたまものだろう。『そう斯くあるべし』ということをあの兄妹は幼い頃から押し付けられていたんだろう」

 

 結果として然るべき衣装―――そして最低限の化粧(けしょう)化生(けしょう)に化ける。

 

 

「裸でいる部族はいまだに存在しているとはいえ、『着飾らない部族』はいない。魔除けの為に白粉を使って紋様を描き、時には戦士の証として『トライバルタトゥー』を入れることもある。アレクセイが入れてあるものも結構ごついんだよな」

 

 スターズの隊員。アレクサンダー・アークトゥルスという現代に生きる『ジェロニモ』のことを思い出して刹那は言っておく。

 

「それと同じように深雪のアレは、存在している。美的感覚とは人間にとって生き延びるための機能だからな。五感とは別に『快』をもたらす機能―――それこそが美というやつさ」

 

「確かに昔セツナから聞いたわね。『美術は共感呪術』―――それじゃミユキを見ることで、誰もが魂や霊性が浄化されて快楽を感じるのかしら……?」

 

 誰しもがそうであるとは限らない。実際、刹那は己のマザコン気味の気質ゆえか―――あのような女を見れば見るほど『霜』が張り付く感覚を覚える。

 

 同時に『一色愛梨』も視た瞬間に『アレは市井のぽっと出ではないでしょう? もしくは何か有力な魔法師の落胤なのでは?』などと肌をさすって恐怖を覚えていたのだ。

 

 

「ヒトそれぞれだな。ありゃ真正の雪の女王だよ。山に入る男をコレクションとして氷の彫像としてしまうタイプ。正直、お袋とは逆ベクトルすぎて近づくのも嫌だな」

 

「正直ねぇ。本人が聞けばどう思うやら……」

 

 不安そうな顔をするリーナ。感じている『不安』は、恐らく深雪に対するものではないのだろう。

 苦笑してから頬に手を伸ばして安心するように耳元で囁く。

 

「俺が美しさを感じて魂が浄化される存在は―――俺のどこまでも水底に堕ちていきそうな精神を、水を全て干乾びさせてでも、救い出そうとしてくれる『太陽の女神さま』だけ―――それが聞きたかったんだろ? マインスター(愛しき星の魔女)

 

「もうっ……ワタシの気持ちを察しすぎっ……こういう時だけズルいんだから―――」

 

 

 少し膨れるような顔をしてから、笑顔を見せてはにかむようにしてから身体ごと首に抱きついてくるリーナ。

 裸身が触れ合うことでお互いの魔力を交換し合う。いい調子だ。これならばいけるだろう。半ばエキシビジョンマッチと化したピラーズの決勝。

 その為に用意された控室に、二人の愛だけが満ちていくのだった……などと言えればいいのだが―――。

 

 

『セルナ!! 何をやっているのかとかそこまで事細かに聞きませんがとりあえず声だけは聞かせてください!! そろそろバトル・ボード決勝でトウコの応援に行きたい私の心を安心させてぇええ!!!』

 

 

 などと部屋の外から響く声はリーナを少しだけ不機嫌にしてから、バトル・ボード女子決勝の様子を備えられていたキャビネットで観戦するのだった。

 

「放置プレイってこういうのを言うのね♪」

 

「うん。別にプレイじゃないし。あんまりかわいそーーー」

 

「―――」

 

「分かった。けれど扉の外で立ち尽くしているのも悪いんだが……」

 

「端末貸して、ワタシがメール送るから」

 

 

 無言で怒りを示してくるリーナに降参して簡易使い魔でも放とうとした時に、制して一色愛梨のナンバーが入っている端末を貸すように要求するリーナ。

 

 その時の刹那は色々と疲れ切っていたのだろう。織機を使っての衣装つくりは、ある種の錬金術であるから。疲れていたので軽い気持ちで端末を預けてしまった。

 

 噂に聞くアインツベルンの『天の衣』にも迫るものを作り上げたと自負しつつも、所詮は自負であり……非才の身でいっちょ前のことを言ったからか、天罰が下る。

 

 

『セルナァアア!!アンジェリィイイナァア!!! ア、アナタたちナニをやっているんですか―――!!! 私のシルバーチャリオッツが、今にもライトニングピアスをお見舞いせよと真っ赤に燃える!!』

 

 地獄の獄卒も裸で逃げ出しそうな愛梨の声が響いて、隣でしなだれかかってくるリーナに恐る恐る問う。

 

「何て文面で送信したんだ?……」

 

「ヒ・ミ・ツ♡」

 

 その時には刹那には出来ない早業で送信メールを完全削除したリーナの人差し指を唇に当てながらの笑顔のみ。

 

 物理的衝撃でひしゃげそうになる控室の扉、電子ロックを完全に無視した攻撃に恐怖を覚えながらも、簡易的な着替えを手早く終えた時には画面の向こうのバトル・ボードはスタートを切っているのだった……。

 

 

 † † †

 

 

 マーメイドの闘争は水面で行われる。海神ポセイドンの娘たちとも称される彼女たちは、時に気に入った男たちを海に引きずり込むことでも知られている。

 

 ともあれ、今……マーメイド、マーマンの如きことをやる人間達は、カルネアデスの舟板のごとき板一枚を使っての水面滑走。

 

 まるでマナナンの戦車のごとき走りで全ての道を踏破していく彼女らの動きは見る者全てを魅了する。

 

(なんてコースよ!! 全然、魔法が効かない!!!)

 

 達也から指示された作戦。『鏡面化』を水面に掛けようとした時には、水面が『暖流』と化していた。

 

 ほのかとしては、現代魔法で古式に先んじれたと思った時には、既に魔法が発動していたのだ。

 

 

「千古の知恵を捨て去り、新しきものに走った落伍者に掛ける慈悲など無い―――我が『地獄池』で己が未熟を思い知れ!!」

 

 あからさまにほのかを侮蔑する五高の炎部―――真っ赤な髪をしたエレメンツの一人にして九大竜王という古式の極みの一つにも列されている女の仕業だと気付いた時には、同じく九高の風鳴と共に飛びだしていた。

 

「暖流……疑似的な『黒潮』を作り上げたのか!?」

「けれど、そこに乗っかればいいだけ!!」

 

 

 ほのかの魔法の不発動に構わず三高の四十九院と同輩たるエリカが飛びだす。

 黒くなっているように視える水面を利用して滑走していく二人―――完全に出遅れた。

 

 迂闊さを呪う前に走りださなければならない。

 かつて船乗りたちは、黒潮の原理が分からなくとも、その出来上がる潮流を活かせば船足が速くなることを分かっていた。

 

 もちろん操舵を誤れば、どんな結果になるかなど分かりきっている。あまりにも危険な賭けでもあったが、当時の『きままな風』を受けて走る帆船にとって、速い潮流はありがたい『高速道路』でもあったのだ。

 

「だから―――こうなる」

 

「「甘いわ(のじゃ)!!」」

 

 先んじて発生していた黒潮の流れが徐々に壁際に寄せられていき、あわや激突しようかという時に、二人はそれぞれの方法で脱出。

 

大聖槌(スレッジハンマー)!!」

 

「水蛇・ミヅチ!!」

 

 

 爆発的な魔力放出でコース中央に戻り、水流を操り曲がるように、中央に戻る。

 

 エリカとトウコの対称的な脱出方法。しかしそこから先行を奪うように、加速を掛けていく。

 表現としては適当ではないが一馬身差程度のつかずはなれずで炎部、風鳴、四十九院、千葉、光井という順番である。

 

 

「だーはっはっは!! 何とも愉快なデッドヒート!! エリカ! お主―――『足』を溜めとるな?」

「そりゃ、あんたら優等生どもに比べれば、私が得意になれるのは『これ』ぐらいだもの。ここぞという時に出させてもらうわ!!」

「どこで出すか分からせない。その言動!! 惑えばお主の策に嵌るのだろうな!!!」

 

 トウコとエリカの会話。会話をしながらもボードのテクニカルな動きは変わらない。

 半実体の魔力で覆われたボードは、古めかしい言い方をすれば馬の鎧『カタフラクト』も同然に、ボードを違う器物としている。

 まるでエリカの使う剣のように―――鋭利な剣鎧にしか見えないのだ。

 

(けれど負けない!! チャンスは来るんだから!!!)

 

 決意を秘めてほのかもまたある種、人外魔境も同然になっている先頭争い―――、

 今もまた四十九院沓子の水面トラップである渦潮の如きもの。

 

 荒れた水路。

 そこにボードを『セイル』も同然に殆ど横向けにして、身体は完全に落ちようとしている寸前で渦潮の間をヨットのごとく抜けたエリカに驚きながらも、チャンスを待つのだ。

 

(けれどチャンスなんて来るのかな……)

 

 達也を信じたいのに信じきれないぐらいに、先頭はとんでもないものになっていたのだから―――。

 

 

 そんな様子をキャビネットのモニターで見ていた司波兄妹は、作業を行いつつ感想を述べる。

 

「ほのかは完全に呑まれていますね」

 

「ああ、正直、エリカがここまでやるとは思っていなかった。いや、そもそも運動神経だけならば、エリカに分があったのは間違いないんだが」

 

 まさかボードを『足裏』で掴んで『セーリング』も同然の事をさせるとは……。

 

 七夜の体術……刹那曰く『村』で手慰みに教えてもらったというものの一端は、確かに九重流の忍術に繋がるものが見えていた。

 

 しかしあの程度ならば、達也も出来ないわけではない。

 それ以上のものがあるというのならば、見たいものだが―――刹那も『本人もはっきりと知っているものじゃないとか言っていた』と言って、技の真髄を知っているわけではないらしい。

 

 ともあれ、トンデモ技の博覧会の前に、魔法系統としては『ノーマル』なほのかでは若干、後ろに下がるしかなくなる。

 

「前に出ようとする為には、先頭争いをする四人をどうにかこうにか出し抜かなければならないな」

 

 流石に、エリカへの対策は考えなかったし、刹那もエリカにほのかへの対策を教えなかった。

 両者に教えたのは三高の四十九院と九高の風鳴への対策だけだ。無論、炎部も油断できる相手ではないのだが……。

 

「さてさて、俺の教えた作戦は全て無駄に終わったな。戦術家としては無能に終わったよ」

 

「そんなことありません。ほのかはチャンスを待っています。お兄様を信じて堅忍不抜で耐えていますよ」

 

 それで勝てるならばいいが、塹壕に叩き込まれる砲弾の数が10や20ならばともかく100発、1000発も叩き込まれればどうなるか―――そうして達也が見守る中、変化が起こる。

 

 飛び出たのは四十九院―――水流を乱れさせて足場を崩す作戦。このやり方で彼女はここまでやってきた。

 荒れ狂う海。まるで、死の海とも称されるベーリング海のごとき乱流が全てのマーメイド達を溺れさせようとする。

 

 その中を突っ切るは―――千葉エリカと風鳴結衣―――炎部とほのかが乱流を見事な『波乗り』(サーフライド)で踏破する中、二人だけは突っ切った。

 荒れ狂う波をまるで切り裂き、突貫するかのように―――飛び出たのだった。

 

 

 † † †

 

 

 ―――風を鏃型に広げて展開してみろ―――。

 

 四十九院沓子との戦いが何度かあった後に、達也ではなく刹那に対策を聞いたのは何気ない気紛れだった。

 あえて言えば……対抗心とでも言えばいいのか、天邪鬼なエリカの気持ちだった。

 

 一科のほのかが達也を頼りにして、そのほのかがエリカの走りを見て、そんな風に達也を頼りにしているのを見て、何となくではあるが、もやっとした気持ちを感じた。

 ほのかは優秀な魔法師だろう。エリカの知る限り、雫、ほのか、深雪ともども一科に違わない実力を持っているだろう。

 

 地力がしっかりしているならば、自分が少し『いい走り』をしたぐらいで、達也に縋るなど……まるでエリカが『悪い事』をした気分に陥らせる行為だ。

 無論、ほのかにそんな気持ちがあるわけではないだろう。けれど、その行いが少しだけ次兄と付き合っている渡辺摩利と同じに見えた。

 

 摩利を一時は姉貴分と思えていた時もあった。修次と付き合うのも悪くはないことだった……けれど、少しだけ幻滅した想いもあった。

 摩利は自分と同じく、男に舐められない為に武に修身してくれている人だと思っていたのに、その後の摩利は正直、実力は上がってもその辺の男に甘えるだけのバカ女と同じにしか思えなかった。

 

 自分とて誰かに甘えたい。それが心通わせられる男子であれば、とてもいいと思う。けれどその為に『エリカ』の『芯』まで穢させられるのは嫌だった。

 縋るのではなく、ただ単に頼りにしたり、一方的な盲信であり妄信を圧しつけたくないのだ。

 

 だから彼女持ちの男。一科二科の理に縛られない『神秘』の実践者を頼った。風と水の礼装―――エリカにとって新しい力を見出した男は単純にそういった。

 圧縮された気圧の傘を正面に展開することで進行方向における完全な空力特性を得る。

 

 そうすることで空気抵抗を軽減。しかしながら、それでは水面との間のボードに『摩擦力』を生めず、そのままに後方に吹っ飛ばされる可能性もある。

 レーシングスポーツにおける『ダウンフォース』と『ドラッグ』の関係だ。

 

 それを分かっていた上で後方に吹っ飛ばされて水に濡れたエリカを見る刹那。実にイヤな『あくまっこ』である。

 

 ともあれ、それをどうにかする為の方策はあったようで―――。

 

 少しだけ気取った調子で刹那は伝えてくる。

 

 ――――それはお前自身がよくわかっている。かつて俺の先生(エルメロイⅡ世)を恐怖させた剣の英霊の走り―――。

 

 ――――エリカ、お前が良く分かっている走り方だよ―――。

 

 

 動体視力の限りを尽くして相手が視認できない世界で敵を叩きのめす。千葉家が伝えてきた神速の歩法。それを再現出来るだけのポテンシャルがあったのだ。

 

 ―――やってみせるわ。剣がボードに変わっただけで、私の捌きは変わらないもの―――。

 

 

 そうして刹那曰く『魔力放出』(ブーストアップ)の応用―――ボードを魔力放出で圧迫することで摩擦力を得る。

 

 その上で、エリカのボードは神速の『チャージ』を得るのだった。

 その時―――ただひと時だけ、格落ちかもしれないが、征服王の疾走に追随した騎士王の走りがそこにあったのだ……。

 

 

 

 † † † †

 

 

『トップに躍り出たのは一高! 千葉エリカ選手!! はやいはやい!!! まるでモーターでも仕込んでいるかのようにボードは水上を滑走していきます!!! あの速度域でバランスを保ち、尚且つ最適なコース取り!!

 まさしく理想的な走り!! バトル・ボードにおける正道です!!! 小手先の技などいらぬと言わんばかりに、荒々しくも走る!!』

 

「エリカと渡辺委員長との間に足りなかったもの―――『差』は結局のところ―――事象に対する干渉力だの領域干渉だの、現代魔法的な感覚の話じゃないんだよな」

「おのれの技を『コウボウフデヲエラバズ』でやれるかどうかだっけか?」

 

 リーナの言葉に首肯しておく。

 

 かつての武士達は、己の脳髄を『切り替える』ことで、肉体を戦闘用に変えることが出来た。

 得物を持ち変えることで切り替えが発生するならば、それを他のものでも出来ない道理はない。

 

 今まで、エリカにとって剣術用の器物とその他のモノとで『意識』が違ったがために、上手く魔法が使えなかった。

 それゆえに、刹那はエリカの属性を教えると同時に魔力のイメージに常に『剣』や『槍』……とにかく長物を意識するように指導した。

 

(まぁエリカ及び千葉家の人々には、その手のものは伝わっていないだろうな)

 

 脳髄による肉体制御法。一種の『超能力』。

 自分の先祖も『武士』であったことから発現しないものかと思っていたが、そっちの方向は完全に失われているようだった。

 

 とはいえ『体』を操る術は失われておらずエリカも刹那も、そういった一種の身体の動かし方は心得ていた。

 

「ワーオ! これはエリカが優勝かしらね?」

「まだですわ! トウコだってまだまだ奥の手がありますもの!!!」

「けれど、完全に千葉さんは独走態勢に入っている。トラップマジック(反応魔法)があったとしても、それを躱していくわ」

 

 殆ど横向き―――ボードの『縁』だけが水面に着いているような走行で魔法に消波を叩き込むでもなく、躱していくエリカ。

 

『地雷ってのは、こう進むんだな』なカウンタハンターの如き動きで、トラップを躱していく。

 

「さてさて、達也は光井にSSボードの経験を活かせといったが、俺は剣術家、兵法家として嵐を超えろといった」

 

 かつて源義経は、鵯越の逆落としに続いて、四国に逃れた平家を追討するために嵐の中へ船出した。

 この時の義経には嵐の航海者のスキルが発動していたのではないかと思う程に、とんでもない逸話である。

 

「粗雑と思われているなら繊細にやり―――」

「―――『テクニカル』だと思われているなら『クルード』にやる」

 

 刹那の言葉に渡り文句よろしく繋げたリーナの言葉通り、粗雑(クルード)なエリカの走りが繊細(テクニカル)なものに変わる。

 

『いっくわよ―――!! 逆巻け青春!! 私の夏はここからやってくる!! さぁ大波に乗るわよ!!!』

 

 演技派というかなんというか、舞台度胸抜群のエリカは言葉を言うと同時に汎用型CADを起動させてから、ボードに手を着けて特殊な『刻印』を転写する。

 

 ボード自体は共用のものだが、魔法を掛けて硬くしたり、強度を高めたりすることが違法でない、レギュレーション違反でない以上―――こうして金と青の意匠が転写されたことなど傍目にはカッコつけにしか見えないだろう。

 

 しかし―――失われた『精霊文字』すらも転写された以上、もはやそれは疑似的な宝具と化す。あとはエリカが制御しきれるかどうかである。

 

『プリドゥエン・チューブライディング!!!』

 

 人によっては、『プライウェン』の方が分かりやすいアーサー王の宝具……傷ついた戦士すらも癒すこと、あらゆる波濤を超えられる船にもなりえる盾の効果が発動する。

 

 魔力量そのものは平均以上だが、それでも一回でサイオンをごっそりもっていかれる疑似宝具の使用―――エリカと後方の集団を完全に分かつ大波が立ち上り、その波に乗って―――助走を付けたエリカは、秘伝剣術『山津波』の応用で完全な独走状態に入ったのだった。

 



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第74話『九校戦――マーメイドたちの決着』

「プ、プリドゥエン!? アーサー王の宝物の一つ!? うそ!!」

 

「遠坂刹那殿ならば、それを知っていてもおかしくない。イリヤ先輩の言葉通りならばね―――」

 

 炎部と風鳴の会話を横に聞きながら迫りくる大波。どっからこれだけの水量が現れたんだと言わんばかりの波に押しつぶされそうになりながらも、ボードの行き足を止めるわけにはいかない。

 

 このままではエリカに完全に負ける。

 別に森崎などのように、一科としてのプライドとかそんな安っぽいものに突き動かされているわけではない。

 

 このまま、何も出来なければ、せっかく自分を信頼してくれた達也を裏切ることになってしまう。

 CADの調整から作戦立案まで、全てにおいて達也が苦心して自分の為にやってくれたというのに、何よりほのかとしては刹那の語る神秘理論が、あまりにも時代に逆行している気がするのだ。

 

 かつて、人間は未開の土地に己達とは違うモノが住まうとして恐れ崇めていた。

 今の時代では未開信仰、自然崇拝の類と馬鹿にされるものだ。

 

 しかし、人の英知は、それらの『畏れ』を全て克服した。なにものにも『恐れない』。

 

 荒神を畏れ敬い、その怒りを宥めるために様々な贄を差し出し、疫、干ばつ、冷害……全てを人間は『技術』で『知恵』で乗り越えてきたのだ。

 

 そうほのかが言えば、刹那は冷笑とともに『ならばお前はサロット・サルか、チェ・ゲバラにでもなるのか?』とか言ってくるかもしれない。

 

 極端な話かもしれないが、そういうことだ。

 祖神信仰も、お詣りも、そこに何か『超常のモノ』があると信じなければ人間は生きていけないことぐらい分かる。

 

 

(けれど、悔しいんだよ! 文明の『光』は未開を払って、全ての人に英知を与えてきたんだ。別に全てが捨て去られてきたわけじゃない!!!)

 

 はじまりに『光あれ』。そういって神が天地創造を行ったように、いずれは人が自らの光で―――希望で、世界を存続していきたいのだ。

 

 そして文明の光、技術という誰もが使えるもので、世界を照らせる達也こそは、ほのかにとって『光』だ。

 

 入学試験の時にも見たあの魔法の『綺麗さ』が誰からも認められず。しかし彼の持つ綺麗な光を託されたほのかが、こんな無様でいていいわけがないのだ。

 

 

(光、振動系統の魔法であの大波をどうにかするためには――――)

 

 

 CADに登録されている魔法の中でも、活路を見出すべく頭を働かせている中。

 三回目の加速でグレートウォールでビッグウェーブを作り出したエリカ。ここで突破できなければ、本当に終わる。

 

 

「――我が前にある水は全て手水となりえる。―――掛けまくも畏き 伊邪那岐大神 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に御禊祓へ給ひし時に生り坐せる祓戸の大神等 諸諸の禍事 罪 穢有らむをば祓へ給ひ清め給へと白す事を 聞こし食せと恐み恐みも白す」

 

 祓え言葉。祝詞を唱えて手を合わせた四十九院沓子は、その身に、一種の加護。ほのかには光り輝く何かのオーラのようなものが視えて、それこそが防御シールドの類なのだろう。

 

 同時に、炎部も風鳴も何かを考え付いたらしい。

 

 そしてほのかに託された突破口はただ一つ―――。眼にサイオンを集中。その上で水中でも呼吸が出来るように、一種のウォーターブリ―ジングをしておく。

 

 念のため。本戦での渡辺摩利のアクシデントからどれだけ水泳に自信があったとしても、他選手の救助用にこれを入れておいたことが幸いした。

 発動したものを前に、水圧で吹っ飛ばされないように―――、姿勢保持もまたしっかりしておく。

 

 

「女は度胸!! 達也さん!! 私に力を貸して!!!」

 

 あとは『光』を放っておき大波という壁をぶち破る―――エリカを追って先頭争いをしていた四人が、大波に真正面から飛びこんだ。

 水を被り視界すら塞がれた中でも、殆ど水中を奔っているような状況であってもほのかは、目標を見過ごさなかった。

 

 壁を突き破って放たれた光―――ただの光弾だ。もしかしたらば、相手に対する直接的な妨害と見做されて、レギュレーション違反で失格になるかもしれない。

 けれど、達也が考えてくれた作戦。四十九院の水流を正面からぶち破った場合の作戦としても考えられていたのだ。

 

 見えてくる光。それは正しく―――達也が見せてくれたサイオンの光の如くほのかが目指すべき灯台として見えているのだ。

 

(達也さん―――いま、行きます!!)

 

 誰かのツッコミがあれば、『どこにだよ』とか言われていたかもしれない。しかし四人が巨人の如く水を突き破った時には、エリカは最後のコーナーリングに入って目視出来ない距離に行こうとしていた。

 

 

「離された!!! だが―――」

 

「追いつく!! 追いついてみせる!!!」

 

 

 言ったのは四十九院とほのかだけだが、その想いは誰もが同じだった。

 少し早いがスパートを掛けなければ勝てない。全てを懸けてでも勝ちたい相手がいるのだ。

 

 水上を滑走するマーメイド達の意気が熱気を帯びるのだった。

 

 

 † † † †

 

 

「エリカ!! 勝利はそこまで来ているんだ!! 前を向け!! 後ろなど気にするな!!!『言われるまでも無いわよ!!』とか言っているだろうが、とりあえず念のために言っといてやる!!!」

 

 悪態を突いているんだか応援しているんだか分からぬ言動。

 バトル・ボードの応援団。私設『千葉エリカ応援団』の中にいた渡辺摩利が立ち上がり叫び届かぬ言葉を叫ぶ。

 

「エリカ!!」「エリカちゃん!!」「エリカ!!!!」

 

『『『お嬢さん!!!!』』』

 

 一高の同輩としては失格かもしれないが、親しさという意味で、エリカと近しかった幹比古、美月、レオの三人が私設応援団という『親衛隊』と同じく声を張り上げる。

 ほのかをハブにしたわけではないが、それでもケジメ付けとして一高の応援席に座らなかった摩利と一年三人とは対称的に……会場に来ていた兄貴の一人は手を組んで、必死に祈るしかなかった。

 

(勝利の神、戦の神……神君『家康公』―――僕の妹に、栄光を与えてください!! ここまで来たんだ!! どうかこれ以上の意地悪をしないでください!!)

 

 妹から母まで奪って、自分も生臭い家から出たことで彼女は、頼る相手を失ってしまっている面もあったのだ。

 こんな情けない自分に彼女に掛ける言葉なんてない―――しかし、そんな自分を叱咤するように、恋人である摩利は言ってくる。

 

「シュウ!! 祈る気持ちは分かるけど―――声を掛けなきゃダメだ!! エリカにとって欲しいものは、兄貴2人の声だったんだから!!」

 

「ごめん!! エリカ―――!!!! がんばれ―――!!!!」

 

『『『ナオツグ師兄も声を張り上げています!!! がんばってください!!!!』』』

 

 

 声に答えるようにループの中に先行して入ったエリカ。既に差はおおまかにいって400メートルは開いている。

 

 普通ならば勝てるわけがない。そんな差……しかし追い上げられることもありえる。そしてエリカの独走を崩すために最後の策が解放される。

 

 

 † † † †

 

 

『『『『そこだ。お前(あなた)の魔法を出せ(しなさい)!!!』』』』

 

 

 いる場所はそれぞれで違うが同じ文言を偶然か、必然か出した四人の魔法師にして技術者たち。シンクロする形で先行するエリカを追随するべく四人の魔法。

 

 風鳴結衣が、水の中の酸素分子を動かしての波濤と生み出した風による加速。

 水面を沸騰させることで、暖流を作り上げる炎部アスナの加速。

 

 単純に水精を活性化させて己の足元を動かす四十九院沓子。

 そして―――光井ほのかも、ここぞとばかりに加速・移動系統魔法でエリカに追い縋る。

 

 古式とエレメンツと現代魔法―――多種多様な力の入り乱れた四者の水のコースを前にエリカは無策。

 

 全くの無策であった―――。何も無く若干、走りが緩やかになっているのは一種のサイオンの異常なまでの使用ゆえ。

 

 深雪と戦ったあとの雫のようにパワーダウンしている。チャンスであると誰もが思う様子―――。

 

(確かにエリカはすごいけれど、やっぱり最後にモノを言うのは―――地力を上げてきた私のような存在なんだ!!!)

 

 先程の一科としての誇りとかを無下にしての結論を反故にするわけではないが、それでも現代魔法の安定性に比べれば、エリカと刹那の『いかがわしい』理屈ゆえの走行は不安定だったのだ。

 古式の中でも一科クラスの力を持っている幹比古のような存在などと違い―――そこは違うのだ。

 

(もらった!!!)

 

 最後の直線コース。お互いの距離が200mないし150mほどに迫るデッドヒートの中――――。

 

 スピードダウンを起こす―――『四者』の魔法師達。

 

 その内訳は―――炎部、風鳴、四十九院――――光井。

 

 すなわちエリカに追っていた人間達が一斉に何かに囚われたのか、おもうように進めなくなってしまう。

 

「なんじゃと!? 精霊たちが全て、わしではなくエリカに味方をする―――どういうことじゃ!?」

 

 ボードは進んでいく。しかし、思うように走れない。エリカの走行は緩やかではないが、それでも滑走というほどではない。

 

『アキレウスと亀』の如く遅々とした歩みのエリカに対して、アキレウスたちであるほのか達は追いつけない。

 その時、光井ほのかは気付いた。今までエリカだけを追っていて気付けなかった。足元の水が全て―――まるで……『水色』に輝いていた。

 

 色視覚としての水の色と勘違いして、このサイオンの光に気付けなかった。

 

 この『光』は―――どこか達也の持つものと同じく見える。

 しかし、これがほのか達の進路を阻む。

 

 理屈は分からずとも、それでも越えなければいけない―――見えるはずの道を超えて追い縋る四者の魔法師達。

 消波を叩き込んで魔法を打ち消そうとするも、逆にこちらの魔法が消されてしまう。思ったコース取りが出来ずにいる四人を尻目に―――。

 

 エリカがチェッカーを切るまで100mもない。もはや若干の無茶な突破を試みるしかない。

 そして何とかバランスを整えて脱出した時には―――チェッカーフラッグが切られて―――。

 

 エリカがボード上でガッツポーズを取る姿。愕然としたほのかを置き去りにして―――二位を狙おうと他三人が一斉に走り出す。

 

 出遅れたと知った時には、時すでに遅し―――しまった。と思ったほのか。後続が自分すらも蹴落とそうと向かっているのを見て走り出す。

 

 

 ―――全ての選手がゴールをした後に、光井ほのかにとって、無情な結果が示される――――。

 

 

 一位 一高 千葉エリカ

 

 二位 三高 四十九院沓子

 

 二位 九高 風鳴結衣

 

 四位 五高 炎部アスナ

 

 五位 九高 高坂円

 

 六位 一高 光井ほのか

 

 

 そうしてバトル・ボードにおける結果は、遠く離れた所にいる多くの一高の教師陣を驚愕させて、一科二科の区別を全て取っ払われたのだと気付かされる。

 

 変革が起こっている――――その端緒としてエリカは、象徴として祭り上げられるのだった。

 

 



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第75話『九校戦――魔王の出陣』

と言う訳で2018年最後の投稿になるかと思います。

来年度も今作を気の向いた時にでも読んでくれればと思いながら、本年度の感謝を述べたいと思います。

本当にありがとうございました。来年度もよろしくお願いします。


 

 

 モニターの向こうで決着した波乗りの様子。色々な感情や想いが渦巻きながらも一声を上げたのは、刹那の後ろに居て腕を回してくる十七夜栞であった。

 

「……確かに千葉さんは速かったけど、最後の『魔法』が分からないかな。刹那君、説明プリーズ」

「その前に先程から言おう言おうとしていて、何となく逸していたが……アイリ、栞。とりあえず離れて」

「アンジェリーナが左腕を離せば私達も離れます」

 

 一色愛梨は、刹那の右腕を取ってリーナに対抗している辺り、なんだかすごく変な気分である。

 

「大丈夫。私のおっぱいは愛梨よりも4㎝ぐらいおっきいから後頭部で堪能して」

「ワタシに適わないからとアイリを比較に出すのは卑怯じゃないかしら、シオリ?」

 

 ひしゃげてしまった控室の扉。そこからやってきた人間達の内二人が、薄着でいた刹那とリーナを見て、ある種、現代の日本の女性像としてはあるまじきことをして対抗されたのはどういうことなのか。

 光井の応援で観客席にいてもおかしくなかったはずの桜小路が、こちらを汚物のように見ている視線が色々と痛かった。

 

 とはいえ、こんな美少女三人に密着されて平素でいられる人間はいないはずだ。同性好意でない限りは……。

 

 

「で、説明は遠坂? もうアンタがクソハーレム野郎なのは今さらだけど、エリカが勝った理由と中々に水を進めなかったほのかの原因を知りたいわ」

 

「ああ、説明してやるよ。だからこの美少女二人を離して―――」

 

 言葉でエイミィと滝川が愛梨と栞を引き離す。残されたのは左腕の『姑』と一緒に刹那を苛むリーナだけとなっている。

 そうして放たれる文言。そして、その理解はそれなりであったが―――。あまりにも、現代魔法を逸脱したものでもあった。

 

 盾という器物がある。これは大まかに言えば防具だ。

 

 人類が有史以来、獲物を貫く武器を得た後に考え出したのは獲物が『知性』ある存在でいる以上、反撃は当たり前の如くあるのだと言う話であり。

 

 それは動物かもしれないし、同じ霊長なのかもしれない。そうして最初に考え出されのは武器と同じく手に持つことが出来る『盾』である。

 

「人類の行いにおいて鎧以上に盾というものは古い歴史がある。これらは多くの変遷を遂げて、様々な意匠を刻まれることになる」

 

 有名どころでは十字軍、テンプル騎士団が使った紅十字を模ったレッドクロスシールド。即ち盾と言うのは、時代を経るごとに、防具としてよりも『象徴』『シンボル』というものの意味合いを持ってくる。

 

「日本の合戦に於いては兜の鍬形(くわがた)が、己がどんな武将であるかを示し、旗差がどこそこの軍であるかを示す。同じく西洋においては盾こそが、それを示していくことになる」

 

 もっと言ってしまえば、古くはローマの剣闘士も、己を子飼いにしていた貴族の『家紋』を盾に刻んでいたということもある。

 スポンサーマーク、スポンサーロゴと言ってしまえば、そこまでだ。

 

「そして、かつてのブリテン島―――サー・ランスロット、サー・ガウェインなどがいた時代の幻想と人が混じっている時代につくられた器物の一つがある」

 

 言葉で『シールダー』のクラスカードを『限定展開』する。オニキスが『喋らない魔術礼装』として、一つの盾を再現する。

 

「これが、千葉さんが言っていたプリドウェン―――」

 

「アーサー王が持っていたという船にもなり、そして戦士を癒すこともできる盾―――」

 

「と俺は思っている。とはいえ、ギャラハッドの盾の伝えられている特徴よりもアーサーの方が近いだろうからな」

 

 青と金。わずかな二色のみで見事な『美』を示して見せる流線型の盾は星の端末たる『精霊』が鍛え上げた器物。

 失われた『精霊文字』に『祈りを捧げる聖母』の意匠とが、これが人の手ならざるものだということを示していた。

 

 レリックの類であり、誰もが感嘆するもの―――しかし――――。

 

「これに比べれば、千葉さんのは何と言うかB級品というか……」

「荒いですよね」

 

「ごもっとも。完全に再現するのはムリだったからな。機能の一部を何とか転写できただけだ」

 

 だが、それだけで十分だった。ブリテン島にサクソン人が移住する前の時代には多くの幻想が蔓延り、その為に騎士達は人間相手ではなく魔獣や邪悪な魔術師などとの戦いに明け暮れた。

 無論、ピクト人など……凡そ恐るべき相手もいるにはいたのだが―――ともあれ、栄光のキャメロットにおける騎士達が欲した盾とは―――。

 

レジストマジックシールド(魔術抗盾)。邪悪な魔術師の呪いを払い、魔獣の瘴気から身を守る。その為のものが欲しかったんだ。トウコに聞けば分かると思うけど、恐らく水精も上手く働かなかったんじゃないかな?」

 

 アーサーの加護を疑似的に『再現』した盾であり『船』が通った『航路』は邪悪な魔術師の『理』を受け入れない安全なものとなりえるのだ。

 

 現代魔法的な感覚で言えばエリカが集中して放って『速さ』を重視せず『走る』ことで『水面全体』に干渉をした時、とんでもない規模の『領域干渉魔法』となる。

 

 航路を荒らされて走りたい道を荒らされた他の船がどうなるかなど分かりきっている。

 

 そしてその『干渉力』は、現代の理屈では覆しきれぬものがあり、他の四人が水を通りやすい航路とするには、ムリなところがあった。

 

 ランスロットの養母……湖の精霊ニムェが作り上げたとも言われるプリドウェンは、それそのものが水精の加護を受けた盾であり、持ち主を水難から守ると言う性質もあるのだ。

 

「更に言えば、アイツらプリドウェンが作り上げた波濤の水を突っ切って飛び出たからな。余計にサイオンの発動が難しくなっていたはずだよ」

 

「なんとも……一手差しただけで『二手、三手、四手』もの妙手へと変化するなど……術のバリエーションが多彩すぎますね」

 

 愛梨の呆れるような声を聞きながらも、刹那としてはエリカにプリドウェンの疑似的な投影をさせるつもりは無かった。

 それは、あまりにも『やりすぎ』だと分かっていたからだが……。

 

 あれを授けたのは……まぁ達也、レオ、十文字会頭と共に、八王子クライシスの終盤。駆けつけてきた『警察官』に一発ずつ叩かれたからだ。

 如何にあちらから嫌悪されているとはいえ、兄貴の方は、大怪我をした妹を前にハラワタが煮えくり返るものがあったのだろう。

 

 そしてもう一人の兄貴分である五十里啓からも鋭く頬を引っぱたかれた。絶対の安全を確約出来る作戦ではないことぐらい分かっていたが―――。

 

 ……心が納得できない兄貴であった。片方をエリカは嫌っているが、いい家族じゃないかと思う。

 

「まぁエリカの兄貴から張っ叩かれていなければ、この結果は無かったかな?」

「ああ、そういえばそんなこともあったわねー。けれど、ワタシはホノカが負けた原因は他にあると思っているわよ?」

 

 今でも痛みがぶり返しそうな頬を触りながらの、『プリドウェンがチートすぎたかな?』という彼氏の言を否定するリーナの厳しい言葉。

 普段から深雪と授業で争い合うことが多い彼女だからこそ、出てくる結論があった。

 

「それは?」

「慢心は無いし、尊大でも無かった―――けれどホノカは、勝負事における鉄則を忘れていた。それは、『追われるものより追うものの執念が強い』……」

「……やさしすぎるんだよねぇほのかは。争い事で相手を『出し抜く』っていうことが、多分出来ないんだよ……」

 

 リーナの言葉に頬を掻きながら補足でありフォローの肯定するエイミィ。

 

 美点であり欠点。なんというか恋愛事でも損しそうな性格である。

 そう考えれば、結局おふくろを出し抜いて親父と懇ろになること出来なかったルヴィアと通じるものもある。

 

「その他にもあるわよ。ほのかは、あんまり『エリカ』の方向を向いていなかったもの。見ていたのは、向いている方向は『司波君』だけ。

 対するエリカは、しっかり『ほのか』を見ていた。『トウコ』ちゃんを見ていたし、『アスナ』ちゃんも『結衣』ちゃんも見ていた―――『勝負』に徹していたもの」

 

 エイミィに対する桜小路の容赦ない厳しい反論。バトル・ボードで準決で落ちていたからこそ、そこは甘えさせるな。と言ってくる。

 実際、エリカは五高の炎部、九高の風鳴に敗れた桜小路にアレコレ聞いていた。

 

 対策をするために、人にも聞き、戦ってみた感想を聞いて―――とにかく勝負に徹していたのだ。

 

 色々と言えるが勝負事において『出てしまった結果』を前に、あれこれ後から言ったところで意味はない。

 ただ、この敗戦を次に活かせるかどうかである。特に里美と同じくミラージの新人戦に出場するのだから―――。

 

 そこで彼女の真価が問われる。そして、それをどうにかするのは―――達也なのだろう。俺のお役ではない。

 

「男子バトル・ボードは五十嵐が意地の三位か、藤宮にやられたわね」

「大健闘だよ……あとで労っておけよ」

 

 五十嵐鷹輔、意地を見せての入賞であった。正直、やられていてもおかしくなかったので、女子たちには五十嵐君を歓待するように言うが。

 

「リーナは?」

 

「踊り子さんのチェンジは受け付けておりませーん♪」

 

「キャー! セツナの愛がワタシを縛りあげる―――♪」

 

 エイミィの言に、返しながらリーナを正面から抱きしめると―――同時に、アラームがジリジリと鳴って『時間』を告げる。

 

 ―――出陣の時である。

 

「さて、そんじゃ色々と悲喜交々で、それぞれで事情はあるだろうが……俺たちの戦いを始めるぞ!」

 

「オーケー!! 『信頼』と『依存』は違う―――そのことを教えるためにも、ラブラブカップルとして勝つだけよ!!」

 

 

 瞬間、意志を持つかのようにイチイの樹に掛けられてあった衣装がリーナを包み、完全な霊衣ではなく繭のような状態となる。

 そうして出陣しようとしている刹那とリーナに声を掛けるのは、同じB組のクラスメイトであった。

 

「リーナ。私も出たかったアイスピラーズ・ブレイク―――無様な戦いはしないと分かっているから……深雪に勝ってきて! これはB組の一員としての願いだよ」

 

「エイミィ……分かってるわ。アナタとも競い合ってきたもの。アナタの強さがワタシを鍛え上げてくれたことを証明してみせるわ!」

 

「遠坂、アンタには色々と苦労させられてきたけど、1-Bの代表はアンタなんだから、最後まで戦い抜きなさいよ!!」

 

「ああ、級長様の苦労にも報いてやるさ」

 

 見送りのハイタッチをしてから双星の魔法使いたちは、控室を出る。

 

 聖骸布のコート。それが、自然と刹那を包むと同時に用意されていたフードを展開して顔を隠す。

 

 まるでボクサーのガウンの如き姿でリーナの手を取りながら姫君と歩く『騎士』の姿で行くのだった……。

 

 

 † † † †

 

 

「た、たつやさぁあああん………えっぐ―――」

 

「すまない……もっとはやくに言うべきだった……けれどそれを言ってしまえば、俺はエリカを無下にして、ほのかだけを贔屓してしまうものだったから、言うに言えなかった」

 

「わ、わかってますよぉ……私が、私があんまりにも―――勝負ごとにこだわれてなかった……エリカを…内心では舐めていたから、こんな結果に……」

 

 達也と深雪の控室にやってきた光井ほのか。ウェットスーツがまだ濡れて、自動清掃ロボットも稼働してしまうぐらいには、すごくほのかの様子は『ボロボロ』だった。

 

 表彰もなく六位という結果に終わってしまったほのかが真っ先に向かったのが、達也のいる場所であった。

 

 話を聞いて落ち着かせようにも落ち着かないほのか。今も達也の胸の中で嗚咽を零すほのかを見ていられないのは、雫であり、雫は達也に縋るように目線を向ける。

 

 だからこそ達也は、ほのかに謝罪をしなければならないかった。

 

「見るべきものの中に、せめて同輩を、エリカを入れるべきだった。そう――言っておけば少しは違ったよな」

 

「くやしいです―――達也さんの『光』を、わたしはみんなに知ってもらいたかった……その意志で勝つことで、あなたの強さを、輝きを証明したかったのに……」

 

「―――ありがとう。ほのか。俺はもう十分―――栄誉をもらっている……だから、次は―――ほのか自身の為に戦ってくれ。それが、今後のほのか自身のためになるのだから」

 

 言いながらも、それは難しいかもしれない。エレメンツには一種の服従因子―――ある種の遺伝子が組み込まれている。

 

 それは塩基配列に深く食い込んだ『遺伝子の鎖』。権力者たちの着けた手綱。

 それを―――『分解』出来ていれば、達也は―――ほのかを解放して戦わせられるのに、自分の分解がそこまで万能ではないことの苦衷であった。

 

 生れてから誰か―――深雪のために全てを望むままにこなしてきた達也にとって、誰かのために何かを出来ないということが、ここまで『もどかしい』という感覚は初めてだった。

 

 ほのかが達也に向けている感情は多分、ただの間違いだ。戦場の吊り橋効果のように、自分に間違った恋慕を向けているだけだ。

 

 そう言うことは―――憚られる。それぐらい真剣なほのかの想いを穢せない。

 

 

「お兄様―――そろそろ―――」

 

「―――ああ」

 

 いつもならば、達也の方が深雪に気付けをするはずなのに、この場においては、逆となった。

 

 ジリジリと鳴り響くタイムアップの音。準備は全て整った。そして―――ほのかは自然と離れた。

 

 しかし、瞬間―――持っていた刃物を―――己の髪。ゴムで留めている二つに当てて切り裂いた。

 

『『『ほのか!?』』』

 

 ゴムで纏められた髪。少しだけ掃除ロボに吸われたものもあるが、それでも、その行動の意図を理解出来ないほど、達也も馬鹿ではないが―――。

 意を決したほのかの前では、何も言えなかった。

 

「私は深雪や刹那君やリーナみたいにあなたの側で背中を預け合って戦えない……けれど、それでも―――これを私だと思って持っていてください。私の想いがあなたを守ると信じたいから……」

 

「古風すぎないかな? けれど、嬉しいよ。ありがとう―――」

 

 ヘアゴム2つ分で、纏められた『女の命』。それは達也にとって―――とても重く感じられた。

 

 懐の奥側に入れておいたそれ―――暖かな鼓動を感じて―――そして戦いの場に赴くときが来た。

 

 

 秘める思いは3つ。

 

 一つは好敵手だと認めた相手。自分と正反対な人間と雌雄を決する―――。

 

 一つは自分の愛妹を輝かせる。それが妹の家族としての役目―――。

 

 そして……もう一つは、先程出来たばかりだ。

 

 

 こんな普通の人間ではない化物も同然の自分なんかを慕ってくれたほのかの為にも―――戦ってみせる。

 

 

 そうして漆黒と赤黒、紫白と蒼金の色を纏いし―――魔法使いたちの戦いは始まるのだった。

 

 



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第76話『九校戦――女神の出陣』

事件簿―――!! アニメ化―――!!!

動くグレイたん!! グレイたん可愛いよ!! はすはすはす!!! 

ああ、画面越しにもグレイたんの匂いがするようだよ―――!!!

―――上記 漫画『人狼怪奇ファイル』の人物の台詞より抜粋。―――出典元は現在絶版ゆえに探るべからず。


……というわけで、ええ来ましたよ―――三田先生!! バンザーイ!!! この後の『弾』としては月姫の『初アニメ化』も期待せざるをえない!!

というわけで新年早々嬉しいニュースでタイプムーンの社屋の方角に足向けて寝られないテンションで最新話どうぞ。


「カイ! ナイスバトルだったな!!」

「どうも。マサキに言われると中々に来るものがあるね」

 

『『『『三高のエレガント・ファイブが集結!!! これだけでご飯が三杯はいける!!!』』』

 

 

 なんでだよ? と三高のエレガント・ファイブ以外の面子が思う。

 ―――俗称 イケメン五皇。まさしく『新世界』の『海』を支配する人間のように一年に随分と面構えのいいのが揃っているのが今期の一年である。

 

 そんな一年五人はなにかと吊るんで歩いていることが多い。それぞれで違うのだが―――ともあれ、今年の新人戦モノリスは、貰ったと思える人材だ。

 ビジュアル的にも戦力的にも随一……と思っていないのは、これから戦う当人たち『エレガント・ファイブ』の面子だ。

 

「で、タイガーはどうだったんだ?」

「同率三位だ。あの黒子乃とかってのお前と同系統の使い手だ」

「へぇ―――『混沌』(ケイオス)か、遠坂君にも教えてもらいたいと思っていたんだが―――」

 

 薄緑色の髪の少年が、不機嫌そうな火神を宥めてから、アラタから受け取ったドリンクを飲む。

 

「んで今から見る試合は、完全にモノリス対策だよな?」

「ああ、一高同士の男女決勝……来年のピラーズはペアとソロがあるらしいからな……見ておいて損はないだろ?」

 

 言いながらも『山籠もり』から帰ってきた将輝の眼は恐らく、司波深雪にだけ向けられている。

 

「しかし司波達也か―――もしも俺が刹那と相対していれば、俺が司波さんの隣にいただろうに……おまけに『深雪』だのと呼んで馴れ馴れしくするだなんて、不敬にもほどがあるぞ」

 

「マサキ、その場合は多分ペア決勝が無くて、君と遠坂君との戦いだったと思うよ。もしくは司波達也君と……それと、聞いたけど二人は兄妹なんだってよ」

 

 正直、司波深雪のことになると若干ポンコツになるというか、著しくIQ(知能指数)が下がりがちな将輝に代って昨夜の夕食会でふたりの関係を刹那に聞いたところ、そういう結論だった。

 

 だとは思っていたが、それでも少しの疑問もあった。出生の関係上―――ありえない出産スピードなのだが……。

 それもこの2090年代に入っても変わらぬ日本の出生の法制度ゆえにすぐに疑問は解決した。

 

「遅生まれの四月が誕生月。だから司波深雪さんと同学年の兄妹なんだって」

「―――そうだったのか……てっきり『いとこ』の兄妹とかで、あんな風になれなれしいのかと思っていたよジョージ」

 

 すっごく安堵する将輝の姿。『重傷』であると思って一条家の人々の思惑をそれとなく話す。

 

「一応、君と一色さんも『いとこ』みたいな関係だと思うけど?」

「お袋が一色家の遠縁ってだけだよ。あんまりそういう意識は無いな」

 

 気楽に言う将輝であるが、察するに一色家の思惑としては一条に代わり師族になりたい。

 微妙な対立構造であるが、同じ年頃の男女がいるだけに、その辺りの事情は違ってくる。

 

 一条美登里―――将輝の母が一色家の遠縁である以上、一種の縁戚関係を保ちたい気持ちはあるのだろう。

 

 分家が宗家に成り代わりたい……時代を変えても行われる『貴族の生業』――権力闘争は、魔法師の社会にも食い込んでくる毒である。

 

 ともあれ、一条将輝の男としての意識は司波深雪だけに向けられている。家の思惑は崩れっ放しだ。

 

「この九校戦に現れた新星2人―――そして2柱の女神の力を見せてもらうだけだ」

「一方は、どんなもんだか知っているじゃないか」

 

 その際に真紅郎としては、何となく苦い思いがあったが、それにも関わらず将輝は真剣だ。

 

「ああ、だが刹那の底を見抜けていないんだ。モノリスで勝つためにも―――見せてもらうさ」

 

 吉祥寺の呆れるような言葉を聞きながらも、将輝の眼は真剣だ。富士山にて前田校長と剛毅師父から『山籠もり』を強要された将輝は何か一皮剥けた印象だ。

 

 まるで『これはゲームであっても、遊びではない』な世界に行き、『ナイスカップリングなロボットに乗って』生と死の狭間を踏み越えて来たかのように、言葉の調子の割には、全てにおいて真剣だ。

 あと、なんでだか刹那は『アイツの声って俺の兄弟子に似ているんだよなー』とか言っていたのを思い出してから、山籠もりの云々を語った校長先生のことを思い出す。

 

『一度でも決定的な敗北を知ったものは、勝利の味に飢えるものさ。モノリスで勝つためにも今の一条に必要なのは、飢餓感だ』

 

 女傑―――前田千鶴が獰猛な笑みを浮かべながら語る言葉―――それは正鵠を得ていた。

 そしてそれは第三高校全体―――中でも一年組にあるものだったのだから。

 

「やられっ放しは性に合わない―――絶対に一つは取る」

 

「同感だね」「腹ペコなのは今だけで十分だ」「僕は波乗りで一位とったけど、いたいいたい!!」

 

 空気を読まないカイに打擲を食らわせてから第三高校モノリスメンバーを将輝は引き締める―――。

 

「俺のワガママのせいで、ピラーズでのアイツ(刹那)の進撃を止められなかったんだ。取るぞモノリス」

『『『『オウッ!!!』』』』

 

 そうして第三高校の陣営が観客席で意思を揃えた時に、一年女子三人―――四十九院も含めてやってきた。

 

 察するに開始時間は、そろそろのようだ。今日のメーンイベント。

 

 会場を色々と湧かせる有名人『三人』……知るものは知ってしまうだろう『四人目』も含めて――――。

 

 櫓にやってきた瞬間だった―――。

 最初に登壇するのは―――女神二人。

 

 

 金色の女神が―――バージンロードを歩むように昇って来て―――その様子は窺い知れない。

 

 ヴェールで覆い隠されたその顔は容易に見えない―――歩き方一つとっても、その所作がどこかの貴人のように澱みないものであることが、誰もを緊張させていた。

 

 まるでカブキにおける舞台の入り方も同然だった。プラズマリーナの衣装から違う衣装に変えてきたアンジェリーナの衣装は白いミニのサマードレスに、薄いサマーコートとでもいうべきものを羽織った姿。

 

 緑色。若草色のリボンが、全体の白さを映えさせる。まさしく夏を思わせるのは何故か……。

 金色の髪―――解かれたものが金色の太陽をイメージさせているのだと気付く。

 

 

 反対の櫓に上がってきたのは、同じような入り方ながらも、その衣装は―――アンジェリーナと違って冬を思わせるものだった。

 

 全体的に白だがアクセントとして使われているのは薄紫の生地が紫水晶を思わせるドレス姿である。

 

 しかし動きにくいわけではないのはスカート部分が床にまで広がるタイプではないからだろう。全体的に開放的なアンジェリーナと違いどことなく拘束を思わせるぐらいには、深雪の肢体に密着した衣装。

 

 締め付けるような装飾具もそれを感じさせて―――。雪の女王であり花嫁を感じさせた。

 

 

 どちらもヴェールを被って、その表情を容易に周囲に見せていなかった。厳かな空気の元、会場全てが彼女たち二人だけに注がれている。

 

 世界が止まる。世界が呼吸を止めた。―――そんな感覚すら覚えてしまう女神の登場に誰もが息を呑んだ。

 

 

 そして女神二人は―――己のかんばせを隠していたヴェールを脱ぎ去り、風に攫わせ、己の隣に落とした。

 

 示しあわせたかのように、同じような行動を取るリーナと深雪。

 

 眼をゆっくりと開いていく。その時。世界が再び止まる。停止した世界の中で、一人きりは嫌なのか女神はヴェールを媒介にして誰かを呼び寄せる。

 

 そういう『脚本』だと分かっていても、その様子に誰もが息を呑んでしまう。もとからそこにいたのだろうが―――ヴェールが世界に溶け去ると同時に、そこに現れる二人の男。

 

 白金の女神を守る『赤騎士』―――とでも言うべき衣装の刹那は、アゾット剣を伸張したものを櫓に立てながら、その柄尻に両手を重ねて佇む……堂の入った騎士のポーズである。

 

 紫白の女神を守る『黒騎士』―――とでも言うべき衣装の達也は、剣?槍?杖?なんともいえぬ重量物を横にして目線の高さまで持って、女神の不敬の敵を排除する守護者のポーズである。

 

 

 どちらもが最終決戦を飾るに相応しい衣装と魔力の充足した様子。

 

 特徴的なサークレットを被る白金の女神―――黄金姫が目覚める。

 

 特徴的なティアラで髪をまとめた紫白の女神―――白銀姫が目覚める。

 

 

 世界が目覚める―――誰もが息を吐き出して、覚醒を果たす。

 

 止まっていた呼吸を再開するかのようにあげたもの―――大歓声。

 

 この2095年度の九校戦でも一番の歓声なのではないかという声量がアイスピラーズ・ブレイク新人戦を包んだ。

 

「本当に彼女は、市井の魔法師ではないでしょうね。十師族の『隠し名』持ちか、誰か師族の『ご落胤』……」

「……だろうね……けれど、そんなこと司波さんの美しさの前では些事さ―――しかし……だとすれば―――」

 

 割れるような歓声の中でもはっきりと聞こえる一色の言に肯定をしておきながらも、見るべきは―――刹那と達也だ。

 今にも司波深雪の姿に『熱』を上げそうになりながらも、将輝は相対する敵を見る。

 

 姫君の登場の『添え物』に見えて、あの二人も相当な場の支配をしている。野暮を装って、裏方の段取りをしていたのだろう。

 深雪と同じく兄である達也もただものではない。

 

 彫像のように眼を開かずに、女神の従者。プリンセスのナイトを務める二人がいてこそ、女神は映える。

 

 そしてその様子のままに、シグナルランプの点灯に慌てるでも動じるでもなく予定調和のように四者は、マイソロジーを刻む。

 

 レッドランプ―――からオレンジランプ――――そしてグリーンランプになった瞬間に、四人の魔法師達は秘術を解き放つのだった。

 

 

 † † †

 

 

 先手を取ったのは深雪からであった。

 現代魔法の秒以下で放たれる術式。2020年代から幾度かのバージョンアップとマイナーダウンを繰り返しつつ使われている『携帯電子端末』。

 

 スマートフォンにも似た汎用型『魔導書』を用いて放たれるものは―――『氷炎地獄』(インフェルノ)

 

 ソロ戦とは違い、横に24本の氷柱という有効範囲を広げるという作業があったとしても深雪は構わず氷と熱の世界を分けておく。

 

 しかしながら―――その範囲と魔法力が最大に展開した時に、刹那の『眼』が蒼く輝く。互いに距離があっても、その変化を見届けた深雪は―――。

 

 ―――マズイと思いながらも―――。止めることは出来ずに―――インフェルノの現象全てが、一瞬で終わる。

 

 何かの定義破綻でも起こしたかのように、消え去る魔法式。全ての現象がウソだったかのように―――インフェルノ―――『ラグナロク』の続いた北欧世界の如きものが消え去る。

 

 氷柱に対する干渉が途中で終わり―――察する。

 

(ヤツの魔眼は、こんな事も出来るのか?)

 

(お兄様。私のインフェルノごと『封印』されました―――)

 

 思念で伝えてくる妹の言で、リーナ曰く『略奪の魔眼』が、深雪の魔法ごと熱を奪った事を理解する。

 観客たちはどういう現象なのかを分かっていないが、相対する―――達也の背中側の人間達は理解しているだろう。

 

 

「こんどは―――こちらから行かせてもらうわ」

「―――Anfang――――」

 

 女神の下知を受けた赤騎士が両の刻印を最大展開。この大会で有名になった遠坂刹那の船であり弓が展開される。

 観客が湧きたつのを感じる。

 

「深雪、俺がリーナの魔法を砕く。お前は刹那と打ち合ってくれ」

「承知しました」

 

 金の女神は、腕を横に開いて何か大きなものでも抱えるような仕草。

 

 そして両手で持ち上げて掲げる動作。発動するは―――。

 

「ミョルニル!!!」

 

 空中に展開する魔法陣。

 落雷でこちらの氷柱を穿たんとする現代魔法の式が見えて、達也は特化型CADから魔法を読み込んで、自陣に放たれようとする式に放つ。

 

 術式解体(グラムデモリッション)の魔法がリーナの魔法を不発にしていく。サイオン粒子塊の射出。

 

 見えた瞬間に叩き込まれるメイジスマッシャー(魔法殺し)の魔法がリーナの落雷を消していく。

 

 しかし狙いはこちらではないだろう。空爆という上からの攻撃に気を取られている隙に―――。

 

 

「ゲーーエン!!!」

 

「うるさいですね!! ファイエルとでも言いなさい!!」

 

 魔弾の雨霰が正面から制圧するように放たれて、深雪はそれを氷壁の作成と氷塊と雪玉の散弾で迎撃する。

 

 散弾の発射は、両掌に生み出した氷雪の魔力を白い息で吹き飛ばしている様子であり―――。本格的に『雪女』だな。と深雪以外の三人が思う。

 

 

「実に不愉快なプシオンがお兄様や相対する二人からも感じますね」

 

「新年早々(?)、凍矢(?)か、ゆきめ(?)みたいなことされてしまったからな。とはいえ油断するなよ」

 

「ええ」

 

 お互いの魔法が次から次へと放たれてそれを迎撃して、それを上回ろうと穿ちあう。

 実に泥臭い砲撃戦へと移行していたが、分かりやすすぎる戦いを前に観客は熱を帯びていく。

 

 しかし、観客に詳細に見えていないところで、両者は見えぬ秘術を放ちあい、氷柱を打ち倒そうとするも―――お互いに防ぎあうのだ。

 

 

 † † †

 

 

「む。達也は『ディスパージョン』を使ったか?」

 

「ええ、一瞬ですが使ってそして『防がれました』……恐らくやったのは刹那君でしょうね」

 

 発動する前に無理やり抑え込まれたことで、達也の表情に陰りが奔る。

 どうやったのかは分からないが、撃ちこまれた筈の氷柱が無事である以上、『定礎』が段違いの『強化』が施されていたのだろう。

 

 

「藤林。仮に、達也と一条将輝が相対しあって何の制限も無くこのピラーズで撃ちあえばどうなると思う?」

「……私見になりますが、小官の見立てでは、相手のピラーをどちらも一瞬で破壊しあい、コンマ何秒の差での勝敗。お互いにスコアドローで終わるか、お互いに攻撃しあい防ぎ合っての時間切れ決着かと」

 

 

 その言葉に概ね満足して風間は、遠坂刹那の戦力評価を上げておく。まさかこの時代に達也と打ち合えるだけの『古式』の人間がいようとは、思っていなかっただけに驚きばかりだ。

 一条に勝ったとはいえ、達也ともここまでと思っていなかった風間の心境を割り砕くかのように―――。

 

「ああっ! いけない!! 刹那君が呪文を唱え始めた!!」

 

 

 司波兄妹にとっての窮地が迫る―――。一瞬だけ、その視線を上階のVIP達に向けて、兄妹の親類を見たが―――。

 その表情がすごく魔女にありえざるものとなって、グラサンを外したビジネスマン風の男性にしなだれかかっているという異常事態。

 

 そんな様子に九島烈は懐かしいことでも思い出しているのか目頭を抑えている様子。そんないい年した失楽園カップルの状況に―――早急に風間は達也に助けを求めたかった。

 

 † † †

 

 

 「Foyer: ―――Gewehr Angriff―――」(Foyer: ―――Gewehr Abfeuern)

 

 

 魔弾の砲門の数を変える。どうやら達也の分解魔法は、原子分解の類にも通じるようである。

 

 その気になれば人間一人程度、全てを『世界素子』に変えることは可能だろう。しかし、攻性能力に於いて随一だが防御性能はそこまでではない。

 

(己の怪我を再生するのは容易いだろうが、目標物の防護となるとお前は劣る!!)

 

(当たり前の如く見抜かれるよな!)

 

 お互いに無言で会話。何も言わずとも行動と意図が言葉の代わりとなる。

 刹那が突こうとしている達也の不得意分野。結局の所、達也の戦術とは相手の『放たれた』攻撃に対しては、『躱す』『避ける』ということでしか対処できない。

 

 それ以外となると発動前に打ち砕くしかないのだ。

 

 つまりは、相手の攻撃が成功して一回斬られたならば二回斬ることで優位を保っていくしかない。

 これが一条のような現代魔法の使い手ならば、魔法式を砕いていくことで均衡も生み出せるのだが―――。

 

(刹那の魔法は『式』が己の身体から放出して撃ちこまれるまで現象が顕現しない)

 

 達也の術式解体を向けるならば『セツナ』の身体に撃ちこむしかないのだが、そこまでいくとレギュレーション違反だし、そもそもそうした所でルーンの強化で防護(レジスト)してくるだろう。

 

 ならば―――。

 

「Schuss schießt Beschuss Erschliesung!―――放て!カッティング・セブンカラーズ!!」

 

 

 強化しきった自陣の氷柱の隙間を擦過しながら放たれる閃光の束―――魔力のレーザーが司波兄妹側の氷柱を穿とうとした時に、それを撃ち抜く達也の魔弾。

 

 銀色の魔弾。規模としては巨岩にも似た魔力球(スフィア)が、レーザーの束に負けない魔力量を伴って迎撃したのだ。驚く刹那―――撃ち放った達也は、ニヒルに笑う。

 

『お、驚きです!! 遠坂刹那選手の『七色の光輝』は、この大会にて無敵の振動魔法とも称されて『ビームマグナム』も同然に思われていたのに、それを司波達也選手のスフィアは完全に消しました!!!』

 

 

 ―――やってくれる―――。

 

 ―――技におぼれたな―――。

 

 単純な魔力量―――サイオンの質の違いこそあれども、それでも達也の魔力量はとんでもなく多い。

 単純に大きな構成情報。デカいだけのサイオン弾で七色の光輝の進撃を止めきったのは実に見事。しかし達也としても嬉しがるだけではいられない。

 

(恐らくだが、『宝石』を介して放たれたものじゃないからだろうな。『あちらの手落ち』と『こちらの万全』で拮抗か)

 

 捻り出そうとすれば、まだ宝石はあるそうだが……どれも魔力が然程込められていないと一条戦の後に語っていたのを思い出す。

 あの時から自分と戦うことを想定しての『ブラフ』だとするならば、大した役者だが、それは無かった。

 

 人知れず拳を握りしめて一矢報いたことを喜ぶ達也は、二挺拳銃の内のもう一つを起動させて魔法陣三つを三角に展開。

 

 ループキャスト―――同一魔法の連続起動を利用した魔弾が放たれる。向けた銃口が照準装置として魔弾の飛翔先を決める。

 

 

『司波選手!! 予選でも見せた『魔弾三段撃ち』を発動、魔弾が相手陣に殺到する!!!』

 

「させるかよ!!」

 

 左腕を砲身に見立てて五指を一杯に開いた刹那。達也とは段違いの砲撃が三段撃ちを迎撃。

 

 勝手な進撃は許さないとばかりの牽制射撃である。

 

「お兄様だけに負担は負わせない!!」

「させないわよっミユキ!!」

 

 巨大な氷塊と雷撃の矛とで撃ちあっていた破壊の女神と豊穣の女神が地上の英雄たちの決着の助太刀をせんと天上の戦いを激しくしていく。

 

「RAIN!!!」

 

「防ぎなさい!!」

 

 細かな荷電粒子レーザーの『雨』を降り注がせようとしたリーナの魔法。

 

 何かしらの屈曲作用を展開しているのか、上昇してからの反射で下降軌道。上部面から氷柱を溶かしきる作戦を防ぐ。

 しかし―――大気中の水蒸気と霊峰富士の湧水を利用したのか、ウォーターカーテンを発生させて、レーザーの熱量を減衰させた上で、照射範囲をずらしきった。

 

 一進一退。相手の好手を悪手へと、悪手を好手へと変えていく手際。

 

 このままでは千日手とまではいかないが、決着までが遠すぎる。選手たちが、楽しむのはいいが、観客を飽きさせるのも考え物。

 

 膠着に至る前に、ここで大技を展開することで場の空気を入れ替える。

 

(―――やる?)

 

(キミの望みのままに―――シリウス)

 

 

 悪戯を思いついたかのような思念の言葉―――リーナも同じ考えだったようだ。姿勢を立ち位置を変えて『舞台』を整える。

 

 

 膠着しながらも、相手の付け入るすきがないかとサイオンを放射。

 お互いの領域を広げようと魔力や魔眼、魔銃で常人には容易に見えぬ押し相撲している四人のレベルは推して知るべしなところがある。

 

 ――――そしてお互いに準備が整う。先手を取ったのは刹那とリーナであった。

 

 やるべきは先程の深雪のインフェルノの意趣返し―――それが分かっており、互いの領域が自然と繋がり合う。

 

 走る魔術回路、処理される演算領域。

 

 

「トレース―――」「―――オン!!」

 

 お互いに自信満々の顔をしながら差し出した刹那の右手とリーナの左手が重なり組み合わされる。

 

 俗に恋人繋ぎというもので『連結』した二人の星が唱えるは、世界変革の『魔法』そのままに唱えられた呪文が、『奇跡』を世界に顕現する。

 

無間氷焔『世界』(Weltuntergänge)―――Götterdämmerung(ゲッテルンデメルング)!!!』

 

 

 お互いの手を取り刹那が左手を前に出して、リーナが右手を前に出した時――――唱えられた言葉で『世界』が変わる。

 

 後にその『秘奥の種類』を知る達也であるが、その時は知らなかった。

 だからこそ、それを知った時に、それが恐ろしく常軌を逸して自分達の魔法の『究極系』も知ってしまった瞬間だった。

 

 ―――『ある世界』では、その能力をこう呼んだ。『悪魔』が持つ『メメントモリ』であり、心象風景の具現化。『空想具現化』の亜種。

『リアリティ・マーブル』……『固有結界』―――空想と現実を入れ替える禁呪の中の禁呪……その『亜種』が展開された時―――。

 

 

 真夏に魔力の氷原が展開されて、偽りの太陽が地上に降り立たんとする世界。

 

 波乱を呼ぶ兄妹にとって『最強の敵』が本気を出してきた時だった……。

 

 



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第77話『九校戦――世界を砕く魔法』

正月休みを利用しての深夜の投稿。うん、なんて読者様泣かせ。

ともあれ、またもやロストベルトを攻略していなければ入れないイベント。

こりゃもう、シナリオスキップして戦闘だけやれということだろうか。そんな風にも感じる今日この頃、最新話どうぞ。




「ゲッテルンデメルングというと『アレ』か? 理珠?」

「そうよカツト。『アレ』よ。『アレ』こそが『コレ』の正体よ」

 

「ということは、『コレ』は『アレ』がああして、続いて『ああなった世界』の再現ということか?」

「ミユキ・シバの作り上げた『世界』よりは随分と情緒に溢れているでしょう。『アレ』は『ソレ』が良くない形で『終わってしまった世界』……ありし日の姿に帰るべく存続してしまった世界」

 

「ということは『アレ』は―――『やかましいわ―――!!!』……なんだ七草、いきなり大声を上げて?」

「きっと『あの日』なんじゃないかしら?」

 

「成程、それは大変だったな七草。こんなすし詰めみたいな観客席に居てだいじょうぶあっ!!!」

 

『『『じゅ、十文字会頭―――!!!』』』

 

 

 いい加減。苛立ちが頂点に達していた七草真由美は、体格差があるとはいえ十文字克人を張っ倒すことで、会話を中断させた。

 ちなみにはったおされた瞬間、声を挙げたのは桐原、服部、沢木の三人である。

 

「アレだのコレだのソレだの、『あの日』だの、アンタ達二人だけが分かっている会話で説明を流すな!? 私達にも説明しなさいよ!!」

 

「真由美。『あの日』は分かっているだろう。まぁそれはともかくとしてゲッテルンデメルングってドイツ語か?」

 

 怒り心頭な真由美に代って渡辺摩利が十文字と四高のイリヤ・リズに説明を求める。

 

 

「そうよ。ゲッテルンデメルング―――ドイツ語で『神々の黄昏』を意味する。分かりやすく言えば『ラグナロク』ということよ」

 

「リヒャルト・ワーグナーの歌劇『ニーベルングの指環』の第四部のタイトルとしても有名なものでな。お前もワルキューレの騎行ぐらいは聞いたことがあるだろう?

 連作のラストを飾る表題。英雄シグルドが己の『真愛』を自覚して、ただ一人の『愛』……戦乙女ブリュンヒルデの元に行こうとするも、すれ違い、どうしても一緒にいられず……」

 

「その最後はどちらもが、死に絶える。場合によってはブリュンヒルデは、シグルドを殺してその後を追って己も死ぬ。そして一人の英雄と一人の乙女の純愛を穢した『天罰』か、神々もまた死に絶えていく……まぁそれは『ヴォルスンガ・サガ』とかのことであってこの現象にはあまり関わりは無いわね」

 

「……十文字君って、そんなに古典歌劇が好きだったかしら?」

 

 そんな風に、十文字と理珠の説明を受けても真由美はあまり納得できない。こんな風なのが十文字克人だったかと思ってしまう。

 そういうあからさまな『侮り』に対して克人はため息を吐き出す。

 

 

「別に、俺とて乗り気ではなかったが親父や七草殿からお前との縁談が持ちあがったり、消え去ったりと面倒な関係性だから少しは相手を知ろうと思ってミュージカルやオーケストラに誘ったことがあったぞ」

 

「そ、そういえば……そんなこともあったわね。けれどその後、全然お誘いなかったじゃない。行くのはお笑い芸人の『コントショー』だったり、噺家の寄席だったり、劇団四季や宝塚ぐらいじゃない」

 

 少しだけ攻めたてるような克人の語調に、真由美も少しだけ悪い想いをしてしまう。

 

 それでも結構、色んな所にデートに行っているんだな。と意外な関係性を初めて知る二年組と渡辺摩利だったが、そんな風な暴露に対して十文字はため息一つ。

 ちなみに服部は、ずずーんと落ち込んで、両隣の二年から『くよくよすんなよ』などと言われている様子。

 

「ああ、その歌劇やオペラに誘って連れていった結果、あくびを吐くわ。居眠りこくわ。いびきをかく……二度と連れていかないことを決めた瞬間だったぞ」

「だから小劇場のコントや寄席が大半だったんだ……また『おみくじ五兄弟』の寄席に行きたいわね……気を使わせてしまったけれど、今度は、十文字君の好きな所に誘ってよ」

 

 相手が、そんな風に自分のことを理解しようとしてくれていたというのに、真由美は何もせずにいていいわけがなかった。

 別に相手に合わせようとか、そう言う訳ではないが、今まで気を遣わせてきたのならば、たまには克人の『ワガママ』を聞いてもいいはずだ。

 

 そんな気持ちと甘えるような目線で言ったのだが―――。

 

「それじゃ大作・歌子師匠の漫才でも見に行くか」

「なんでよっ!?」

 

 デートに誘えという言葉に対して無情なる発言。しかし自然体に、そんなことが出来る十文字会頭に少しだけ尊敬の視線が集まる。

 

「で、理珠。そのラグナロクとこの魔法、どう関連があるんだ?」

「そもそも。北欧神話のフリズスキャルヴとかニブルヘイム、ムスペルスヘイムっていうのはある種、後世の創作が大幅に加えられているのよ」

 

 

 紀元前1000年。2095年からすれば、ざっと3100年前……北欧はアイスランドにおけるカトラ山の大噴火が北欧神話と言う神代のテクスチャ(現実)が丸ごと引っぺがされた時だと言われている。

 

 ブリテンの円卓神話、英雄王ギルガメッシュの治めた古ウルクと言い、これらの伝承は全て正確な所を記してはいない。大災害・天変地異や異民族の移動によって文明は破壊され、断片的なものだけが、その存在を記しているのみである

 

「サガ、エッダといったものが断片的にしか残されておらず、その伝承もあやふやなのは、アイスランドを発端とする災害が大規模だったことの証左」

「伝承によれば、悪神ロキによる蠢動は様々な破滅を呼び込み、火山領域たるムスペルヘイムから炎の巨人ムスペルを生み出して、その中でも王たるもの『スルト』が振るいし『炎の剣』が、大地を焼き尽くした」

 

 その間に、巨人種族とアース神族の戦いは苛烈を極めて、主神オーディンは、破滅の狼フェンリルに呑み込まれて、もはや共倒れとも言えるぐらいに、巨人も神々も滅び―――神代の時代は終わりを告げて人類の時代―――人理が北欧に訪れる。

 

「じゃあ、あれは……ラグナロクの再現なのか?」

 

「うーーーん。若干、違うわ。あれは恐らくラグナロクが『正しく終われなかった世界』の再現なのよ」

 

「???」

 

「世界を騙して世界を『すり替える』ことで一切の抵抗を許さない『ロスト・ベルト』(異聞帯)の再現―――良く視れば分かるわよ。炎と雪の異常な『固定化』が」

 

 摩利の疑問に答えて誰もが視線を浴びせた瞬間……しかし、それを見る前に、幻想的な魔法を見せて歓声を浴びていた選手が動き出す。

 

 手を繋いだままに、先程とは違って繋いだままの手を前にして―――『何か』をする。

 

『大地よ、吼えろ!!』

『汝が叫びで霜の巨人を滅ぼせ!!!』

 

 

(……『異聞世界』を呼び込む。―――エインズワースの「概念置換」も習得していたか、遠坂家と衛宮家の二者が生み出したものはまごうこと無き……)

 

 

 魔法使い。氷柱があるフィールド上だけに『世界』を呼び込むとは、ある意味、こんな『お遊び』にやり過ぎだ。

 刹那のやったことは一歩間違えれば、この世界に『返済しきれぬ負債』を押し付ける行為だ。

 

 まぁある意味、魔法使い的と言えば、その通りだ。所詮、魔術師なんてどいつもこいつも『破綻者』なのだから。

 

 

「まぁあれだけの戦いを見せつければ、めんどくさい連中も『ヤメとこ。いのちだいじに』ぐらいは考えるか」

 

 

 そう呆れるように姉貴として言った瞬間に、吹き上がる火柱―――天にも昇らんばかりの『蒼炎』が、司波兄妹側の氷柱(ピラーズ)五本を溶かしつくした。

 

 

 † † †

 

 そんな上級生たちの観客席での無駄話の最中。歓声響き渡る幻創の魔法を展開された間、達也と深雪も棒立ちだったわけではない。

 

 展開された『魔法』の干渉強度も規模も、とんでもなく『硬く』『重く』―――『不動』のものだった。

 しかしそれだけの魔法でこちらを『封殺』しておきながら、未だに何もしてこないのは何故か。疑問を差す前に、なんとしても『穴』を見つけるべく兄妹は眼を凝らす。

 

 かつてキャストジャミングを使う魔狼との相対。八王子クライシスでの戦いを思い出す。音波を『さざ波』に変えて(分解)、その間隙を突いて魔法を叩き込んだ時のように……。

 

 空間全てに展開された魔法の中で放とうとしたが、達也の眼を以てしても見えないほどに硬すぎる。深雪の不安げな顔。

 それを見て―――刹那とリーナの『意趣返し』の意図が分からないわけではない。

 

 ここに来るまで、殆どインフェルノという領域分けでの『現象操作』で勝ってきた深雪との対決でこれを使うとは―――。

 

 ―――イヤミったらしいな。――――と恨んでおく。

 

 そうして封じられた世界でもがく達也と深雪を尻目に、二人の魔法使いは、繋いだ手を離さずに死刑宣告を始める。

 

『大地よ、吼えろ!! 汝が叫びで霜の巨人を滅ぼせ!!!』

 

 ステレオで響く声で世界が変えられる。壮麗な氷原と化したフィールド。灯となっていた延焼しない蒼炎が、寄り集まり蛍火のようにこちらの氷柱に集っていく。

 

「リーナ!!」

 

「刹那!!!」

 

 

 ―――超えられるものならば、越えてみせろ!!―――。

 

 無言で挑戦状を叩きつけてきた刹那とリーナ。大地から噴き上がる様な蒼い火柱が、24本の氷柱のうちの五本……最前列を消し去った。

 

 今大会、ある意味では初めての失点となった深雪。あの雫ですらフォノンメーザーで氷柱に蟻の一穴を穿つので精一杯だったのを考えれば、ある意味、土を着けられた。

 

 殺到しようとしている蛍火。完全に最前列が砕ける前に―――この封鎖された空間を脱出する。

 

 

(深雪、雫がお前の圧倒的なインフェルノに対してフォノンメーザーで対抗したように―――俺がこいつらに蟻の一穴を通す!!)

 

 その穴からお前が決壊させるんだ。そう言わずとも指示してから達也は眼を凝らす。あの日―――刹那のルーンを完全に解析出来なかった時から……その向こうにあるものに自分の力を届けるために、自分は眼を『凝らしてきた』。

 

『魔眼』という、見ることで発動する魔法―――そして達也の眼は、何かを見ることで相手の全てを見る方法。

 

 この世界で見ることかなわないものとてある。ほのかなどエレメンツの服従遺伝子、地球の最深部にいるかもしれない『地底人』の存在。自分の眼が見えるものは『表層』に出ているものでしかない。

 

 だが―――深い所まで見ることが出来るならば、独学とエルメロイテキストを独自で読破した結果見抜いたもの、会得したもの。

 いつか刹那と戦う時に備えて磨き抜いたもの―――それは――。

 

 

 一度だけ眼を閉じる。精霊の眼(エレメンタル・サイト)でも見切れぬものがあるというのならば、それ以上に見えるものに変化させればいいだけだ。

 

 眼球にサイオンの集中。対面する刹那の呼吸の乱れ。リーナにも乱れ―――そして『魔眼』が覚醒する。

 

 

 朱く、紅く、赤い―――そして瞳孔が猫のように鋭くなっているものが、達也の眼にあった。

 

 まるで猫目石(キャッツアイ)のような眼が達也の眼にあった。一歩でも間違えれば、眼球の毛細血管が破裂していてもおかしくないほどに、眼の周囲に浮き出る血管。

 

 

妖精眼(グラムサイト)!?」 

 

「正気か……!?」

 

 

 驚愕する二人を見るのは若干、心地いいものだ。

 そして刹那の『魔術』の正体を見る―――間接的で有体に言えば、どうやら『眼前のフィールド』だけ世界が違う。

 

 そうとしか言えないぐらいに『異星の大気』とでもいうべきものを感じる。

 俄かには信じがたいが、そういうもので深雪と達也の魔法を封じてきたようだ。

 

(『現在自制』での地球の構成情報にアクセスできるエレメンタルサイトも、こんなもの引っ張り出されれば無力だ)

 

 同時に、刹那と本格的な敵対をした場合、達也が出来ることはリーナを『人質』に取るぐらいなのではないかと思うほどにだ。

 

 ―――全く以て、どっちであっても敵にしたくないな―――。

 

 しかし見えたのならば、その呪力の中でも薄い皮膜を通って達也が魔力を通すことも出来なくはない。

 

 魔術式に対するピッキング。ハッキングで鍵開けは出来た。しかし、ここまで複雑な道を―――出来るのか?

 

 そんな焦燥を持っていた自分の背中―――知らずに汗を掻いていた自分を冷やすような手の冷たさと優しさという温もりが、背中を通って伝わる。

 

「お兄様。『誓約』を一部解除しました。私がお兄様の背中を『労わっている』間、フォローを致します」

 

「深雪……」

 

 叔母上や少佐が見ているというのに、いいのかという思いでいたのだが……。

 

 半ばだけ振り向いた深雪の顔は決意を秘めていた。

 

 

「あの二人に勝つためにも―――私達はラブラブ兄妹として相対しなければならないのです!! 深雪の微力を使ってでも刹那君の魔法を―――打ち破ってください!!」

 

「了解した。刹那!! お前のラグナロク世界を砕かせてもらう!!!」

 

 

 ―――やれるものならば、やってみろ―――。

 

 達也の身体を介して深雪の処理能力が世界に顕現する。情報を受け取るのは、達也で、どこにどれだけの規模の式を叩き込むかを深雪に渡す。

 

 完璧な連携。兄妹という血の繋がり―――それ以上のものすらある運命の兄妹の『馬鹿力』と『偏執制御』が、異聞帯の世界の魔力に割り込んできた。

 

 

「やられたわね」

 

「別に完全に封殺できるなんておもっちゃいないさ。意趣返し(いやがらせ)が主目的だったわけだしな」

 

「それもそうね♪」

 

 

 小規模な魔法がこちらの陣地の氷柱にも届きつつある。如何に固有結界じみた『大魔術』とはいえ、現実世界に顕現させた『限定異界』。

 

 そこに『縁』(よすが)がある以上、そこからこちらに魔力を届かせるのは別に分からない話ではない。如何な大魔術とて陥穽はある。

 完璧、万全なんてのはムリな話だ。

 

 どれだけ『完全な異界』を作り上げたところで、そこから漏れ出るものが、たとえ大局的には『無価値』なものだとて、漏れ出た時点で『穴だらけ』になるのだ。

 

 しかし、色々と見せてくれるものだ。達也の馬鹿力じみた魔力と魔術系統を、深雪の制御力と干渉力で完全に同調させている。

 

 フォノンメーザーと魔弾のマルチキャスト。砲台としてこちらを穿とうとして来る様子は結構恐ろしい。

 

 ただ……観察しながらも刹那とリーナの魔術『蒼炎の柱』は、既に相手陣の氷柱を10本は完全消失させている。

 移動系統魔法で質量弾にすることも許さぬその必殺―――その作業が無駄になるかもしれないとしながらも―――。

 

 あと一手のチェックが、掛けられないでいる達也と深雪。終わりか―――リーナとの同調を上げて、残り14本の氷柱を一斉爆破する準備をする。

 

 終わりだ。そういう意思を以て赤眼でこちらの陥穽を見抜いたイレギュラーマギクスに視線で射抜く。

 

 その時―――刹那の脳裏に、閃きが奔る。

 

 本能的な恐怖。動物的な第六感といえるもので、瞬間の判断を制する。情報連結もしているリーナとて刹那の強張りを理解して、一斉爆破の準備を破却。

 

 備えた。備えた瞬間に―――。

 

 

「――――お前の『命』を使わせてもらう!!!」

 

 

 エクスクラメーションマークの多用という達也君、ちょっとキャラが崩壊しているよ。と思いつつも、これがもしかしたら達也の『地』なのかもしれないと思う。

 

 義侠心溢れるガキ大将の熱血漢。そんな風な達也と出会えているのかもしれないと、少し変な気分を思い出しつつも―――。

 

 懐から投げ込まれた髪の束。茶色の髪の―――魔力の質は………。

 

 

「―――『ホノカ』!?」

 

 

 リーナが気付き、そして、これは一条将輝の戦いの再現であると……気付いた刹那が、その髪を消去しようとしたが―――。レジストされた。

 小規模な魔術であったが、それにしてもレジストされるとは思っていなかった刹那は、達也が何かしたわけではなく……髪自体が魔力を持っていることに気付く。

 

(エレメンツは、自分を信じたものを心底から信頼することでそのバイオリズムをトップに入れられる……それはまさか―――)

 

『血分け』をした『死徒』の原理に通じるものだ。今さらながら気付く。そして、光井ほのかが己の髪をマテリアルとして達也に託したのならば―――。

 

 それは今の刹那とリーナの戦力に『迫る』ものだ。

 

 媒介となったほのかの髪が達也の魔力を受けて変質をする。放たれる魔力。変質するものが炸裂する。

 

 それは見るものが視れば……この会場内に於いては数名程度だろうが、『戦略級魔法』のマイナーマスプロダクツモデル(大量生産品)と気付く……。『光』が放たれる。

 

 

 ―――ブラスト・ボム――――。かつてブランシュ頭領にしてビースト信仰者『司一』に放たれたものが―――フィールドに放たれる。

 

 火球、否 エネルギーのボールとなったものが『十数』……『数十』も生まれて、あちこちで爆ぜる。

 

 着弾、炸裂、熱波―――弾ける熱エネルギーの限りが神秘の理を悉く蹂躙する暴虐。

 

 まさしくカトラ山の大噴火。ラグナロクの再現のように凍れる世界を吹き飛ばす達也。

 

 これが達也の秘奥であると思ってフィードバックで傷つく前に『ゲッテルデメルング』の展開を終える。

 

 暴風暴嵐の中でも、姿勢を保持して達也の『戦術級魔法』から自陣の氷柱を守る。粉塵の嵐と水蒸気の煙の中でも目を開き、達也の一世一代の賭けから眼を逸らさない。

 

「展開が遅れてしまったわね」

「全くだ―――しかし、ここまで達也がやってくるとはな……」

 

 

 だが面白い。お互いに風を使って煙を吹き飛ばすとそこにあった結果は知れる。

 6本は叩き壊された自陣。18本の氷柱はルーンの防護で形成された水晶の中で形を保たれていた。

 

 対する司波兄妹陣営は、12本の残存……あの自爆戦術のような中でも達也と深雪はしっかり発破範囲を計算していたようだ。

 

 

『お、驚き桃の木21世紀―――!!! 司波兄妹!! バカップルの作り上げた世界に封じられて、打つ手なしだと思っていた所を力づくでねじ伏せて、帰還を果たしました!! オリジナル魔法の応酬! そして我々の眼を楽しませる全てが新鮮な気持ちです!!!! 夏休み明けのエルメロイレッスンが楽しみです!!!』

 

 ミトの実況にお互いに苦笑する。しかしリードを奪ったのは確実に刹那たちの方だ。ここからは安全策で―――いかせてもらえるわけがない。

 

 あれほどの魔法を再び解き放たれたならば……。そんな刹那の不安を掻き消すように、夏の聖女は一度だけ耳に口づけをしてから前に出る。

 

 

「セツナが男気見せてくれたわ!! ならば、次に歯を食いしばって守るのはワタシよ!!」

 

「男なら誰かのために強くなれる!! 女もそうなのよ!!!」

 

「見てるだけじゃ始まらない!!! ならば―――」

 

 台詞は『あれ』であるが意気を上げて、いまから『トランスフォーム』して戦うことを決める戦女神の二人に、戦士二人は従うしかない。

 恋人の、兄の、お互いの(英雄)たるものの魔力を利用してフィールドに投射される魔法式。

 

 手に持った汎用型CADを通して、サークレットに変化した星晶石を通して、殆ど同タイムで―――放たれる現代魔法二つ。

 

「ニブルヘイム!!!」

「ムスペルスヘイム!!!」

 

 

 別に呪文の名前を言わなくてもいいはずの女神たちの言葉のあと。ゼロコンマ秒で放たれた魔法が、お互いの領域を侵食してくる。

 

 その戦いの手助けをするべく刹那はリーナを助ける。こんな情けない自分をいつでも立たせてくれる女の子を―――今度は俺が助けるのだ。

 

「サポートする。俺の『宝剣鎧』(ファンタズム)を貸してやるから存分に励めよ。聖女様」

 

「―――Thanks My Steady♪」

 

 魔術の上に魔術を重ねる。

 

 こちらの世界でも微妙に難度が高い技術。当たり前だがあちらの世界でも難度は高いのだが……これに特化した姉弟子(ライネス)の技を知っていた刹那は、リーナを死なせたくない一心でこれを体得した。

 

 変化魔術に特化したリーナを更に仕立てる魔術。リーナに走る全身の魔力と同調させ、動きや術式を阻害しないよう、入念に働きかける。

 その貸し出された『鎧』であり『剣』は正しくリーナには届かない痒いところにまで行き届いてリーナを『三段階』は上のレベルに上げてくれるのだ。

 

 それに気づいた達也が、深雪に助力するべく構成情報の詳細を伝えつつ、グラムデモリッションなどでリーナへのインタラプトを続けようとするも、そこに走るは―――当然の如く刹那の魔弾。

 

 空間に走る魔法式の『通り道』すらも刹那の眼は見とおすのか、何より術の汎用性では刹那の方が上だ。

 

 女神二人の熱エネルギーのぶつけ合い。灼熱と極低温の戦闘に誰もが眼を奪われ、そしてその影で黒子のように、舞台の段取りをする英雄二人。

 決着がどう着くか―――それすらも用意には予想させない凄絶の魔法師たちの戦いが―――繰り広げられる。

 

 

 そして戦いは終盤戦へと向かう。とどめの刻は近づくのだった……。

 

 



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第78話『九校戦――ロスト・ファンタズム』

最後の方で出したあるパンクロッカーであり前地獄副大魔王で10万歳以上の歳であろう閣下のことを書いた時に。

「そういや昔、MAZE☆爆熱時空という実の兄妹が近親〇〇した結果、肉体を一緒にしちゃって異世界にいってしまうラノベがあったなぁ」

つまり佐島先生の考えている劣等生の次なる展開―――、それは深雪と達也が〇〇〇した結果、異世界にてフタナ―――(以下 自主規制)


と言う訳で世迷言はともかくとして、これにて長く書いてしまっていたピラーズも終わり、モノリスに移行していきます。


「いくらなんでもやりすぎではないか……」

 

「まぁ………まだギリで戦術級魔法の領域ではないかと考えます。しかし、問題は刹那君とリーナの方ですよ」

 

「む、というと?」

 

 

 達也の魔法。確かに見ようによっては、まだ誤魔化しは効く。原理としては単純に『巨大なエネルギーボール』を精製して『爆破』。

 そんなところで収まるだろう―――……第一、達也のように魔法式が分かる人間でもなければ、その原理を完全に理解出来ない。

 

 理解出来ないならば、偽証は幾らでも出来る。結果として使用者のみが原理を分かっていればいいのだから。

 それを論理実証できなければ意味はない。

 

 そんな頭を抑えた風間のちょっとした懸念とは違って、響子は観測結果からむしろ問題だったのは、刹那組であったという。

 

 

「簡単に言えばあのゲッテルデメルングを放った瞬間―――ピラーズのフィールドに掛けられた負荷は軽く『ジャイアントインパクト』級の重力異常を与えていました。一瞬でそれらの負荷は消え去りましたが、もしかしたらば日本か世界のどこかで海抜が一ミリは下がった土地もあるかもしれません……」

 

「ぶっ!!………そんなことが起こっていたのか!?」

 

「あくまでエネルギーの総量だけですが、発生したグラビテーション・エラー(重力異常)も、通常の魔法とは違っていましたしね……」

 

 

 制御にしくじっていたらば、あの氷原が吹き荒れてと蒼炎が大地に灯るセカイが出来上がっていたのかもしれないのか。

 

 汗を掻きながらも淡々と話す響子の言葉に風間が吹き出すが、ともあれ「世界を上手い事騙すのが魔法の技術」であるという「屁理屈」に従えば、刹那は世界を「ひっくり返して」でも「幻想」を世界に撒き散らしたのだ。

 

そんな独立魔装の懸念とは別に、USNAからの客人は―――興奮しきった様子であった。

 

「リーナ!!!! サイッコーにクール&キュートですよ!! そのままの勢いでセツナ君と一緒に勝利の凱旋を飾ってください!!!」

 

 ドローンではない定点カメラを用いての撮影。

 リーナとセツナの戦いを克明に映し出してUSNAでの結婚式にて編集した上で新郎新婦の馴れ初めとか絆の深さとして紹介しようという『恐ろしい野望』が披露されるのだった。

 

 しかし響子としては、リーナと刹那の結婚式ぐらいは日本で上げてほしい。シルヴィアとは真逆の考えだ。

 

 神前式……和服での婚姻もいいはずだ。実際、リーナとてそれを望む気持ちがあるはずだと思いたいが、今や日本女性の殆どがチャペル付きの式場で、呼び寄せた宣教師の下で愛を誓い合うクリスチャン方式を是としているのだ。

 

(リーナが望むかどうかよね。まぁ……ひ孫ぐらいは見せてほしいものね)

 

 そんな風な事を考えると、なぜだか『予感』とでも言えばいいのか―――その場面に『双子の女の子』が響子の前に現れて『キョウコ(キョーコ)おばちゃん!!』などと言ってくる未来が見えるのだった。

 

 黒髪のツインテールと金髪のツインテールの双子……リーナとセツナに似ている双子の姿が見えるので、少しばかり響子としては「おばちゃん」とは呼ばれたくないと思う気持ちもあるのだ。

 ぶっちゃけそんな状況になったら響子としては泣きそうである。

 

 そんな風に変に独身女として鬱っている間に、眼下の戦いは変化を遂げて、上方のVIP席にいる二人の十師族は、なんだかいちゃつき始めている様子に誰もが、眼を背けて―――違うバカップルに眼を向けるのだった。

 

 

 † † †

 

 

 ニブルヘイムとムスペルスヘイムの領域の奪い合い。もはや高校生レベルではない魔法のぶつかり合い。業火の灼熱と、絶対零度の冷気で己の領域にせんという二人の女神の戦いが、フィールド中央を彩っていく。

 

(雫には悪いけれど―――)

 

 やはり自分に追随するほどのレベルの魔法師は、十師族を除けば、一高ではこの女だ。

 本人はすっ呆けているつもりだろうが、USNA軍所属の『魔法師』。スターズ隊員―――こちらはまだ確証はないが、アンジー・シリウスかもしれないという少女。

 

 それと真正面から撃ちあい。己の巧緻を高めて、己の底を振り絞って戦える。全力で『ぶん殴っても殴り返してくれる』。

『思いっきり技をかけても怪我をしない』―――正しく同位の相手。

 

 相手にとって不足無し。それどころか自分が若干、負けてる分野すらあるのだ。

 

 ならば、何も遠慮することはない。しかし、チェックを掛けるにはある魔法が封印されたままだ。

 

 灼熱と冷気の狭間―――水蒸気すら発生させないで相手を己の視界に収め続ける。リーナに生じるかもしれない一筋の亀裂や隙を見逃さないとして、天輪(ハイロゥ)を回しながら魔力を回転させるリーナが、攻勢を仕掛けようとするのを見た。

 

 

 ―――先程からワタシの元に冷気を放とうとしているのは、ケッコウなんだけど……ミユキ、アナタのインフェルノは未だに封印(シールド)されているのよ?―――

 

 

 無言で、リーナは対面に向かい合う深雪に言っておく。今、深雪のインフェルノが使用不可能なのは、刹那が『略奪』しているからだ。

 

『眼』の中に封じられた『魔法』は、刹那が解放しない限り―――深雪の手札に戻らないだろう。

 その『理屈』を知っているだけに、リーナはここから先に決着を着けるべく―――ハイロウの魔力を回転させていく。

 

 

「スパークハイロゥ!!」

 

 深雪と灼熱と冷気の押し相撲をしながら、違う魔法を展開するリーナ。瞬間、魔力の環が四つ。

 

 雷のチャクラムとでも言うべきもの―――それをスケールアップしたものが、リーナの手振りに従って、ジャグリング、輪投げのごとく軽快に投げ込まれる。

 狙われたのは―――深雪の近傍にあるピラーズ。

 

 常に回転するチェーンソーの如く雷の刃が回転するものは、容易く氷柱を溶断するだろう。

 

 瞬間の判断が要求される中に、達也が『棍』とも『槍』とも言える武器を持ちあげた瞬間―――何かをすると思っていたのだが―――。

 

 深雪の視線を受けてそれを下げて、即座に銃を向けて魔弾―――スペルブリットで、雷の刃を撃ち落とそうとする。

 撃ちだされて飛翔した先には雷の刃。その際に放った細かな分解魔法が雷を―――『熱雷』とでも言うべきものを分解する。

 

 現象としての雷は力を無くし、形を失い、大気中に静電気として霧散する雷の刃。

 そして、その間隙を縫って深雪がニブルヘイムでムスペルスヘイムを押し返した。

 

 優勢を取った。しかし魔法自体は霧散せずに……巻き込みながらニブルヘイムの冷気が―――刹那とリーナの陣を襲う。

 

 絶対零度の空間が形成されて、大規模の冷気塊が―――作り上げられる世界。

 

 ―――待て、この一連の攻防。あるべきはずのものが無かった。戦慄した達也。そして違う形で気付く深雪。

 

 今の今まで―――なぜ気付かなかったのか。リーナの後ろで『鎧』の維持に努めていたからか―――。

 

 だが疑問はともあれ―――深雪の領域にいきなり戻ったインフェルノで、現象の不可解さはともあれ……過剰膨張現象を強制して18本の氷柱の内、10本が砕ける。

 

 クリーンヒットを取っ手相手からリードを奪った瞬間―――。

 

 

ミート()を切らせて、ボーン()を断つだっけ? こういうの?」

 

「まっ、実にエミヤ的な戦いだが、やってくれてありがとう。―――そしてごめんリーナ……深雪に一敗させてしまって」

 

苦しげな刹那と対称的に陽性の笑顔で迎えるリーナは男の『ケツ』を叩いて、『しゃきっ』とさせる。

 

「ノープロブレム♪ 意地があるんでしょ? 男の子には―――その為ならばワタシの全てを使ってでも勝利を掴みとりなさいよ!!」

 

 

 今の今まで瞑想して集中していた遠坂刹那の秘奥の一つが晒される。眼を開く。肉体が覚醒を果たす。魂が高次の世界に―――接続される。

 

 

『赤』の魔眼。『魅了』を司り相手の眼に介入しての意識制圧をするもの―――。

 

『橙』の魔眼。『強制』を司り相手が意図しない行動を強要と惑乱するもの、―――。

 

『緑』の魔眼。『停滞』を司り相手の全ての動きを止める活動・運動の停止を実行するもの―――。

 

『白』の魔眼。『共有』を司り己が視たモノを相手にも体感させ万物を詳らかにするもの―――。

 

『灰』の魔眼。『変成』を司り己が視たモノを相手に重ねて万物流転を固定するもの―――。

 

『青』の魔眼。『略奪』を司り己が視界にあるものから正負に関わらず『熱』を奪い去るもの―――。

 

『■』の魔眼。『■■』■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――。

 

 

 系統七種の魔眼の変化を見せる刹那の眼の行き着くところは――――七色の輝き、虹色に光り輝き転輪を繰り返す『魔眼』の姿だった。

 

 

 ―――その宝石のように光り輝く魔眼を、こうして直視していると美しさと美しさと―――どこまでもある美しさで、気が狂いそうなぐらいに魔性の輝きを見る。

 

 その途端、―――達也は、己が、かしづきそうになっているのに気付いた。

 

(魔眼の打ちあいじゃ、分が『無い』な……)

 

 完全に『酔わされた』。やられた。己の行動を制限させられるかもしれない―――。

 視れば分かるかと思っていた刹那の魔眼を前に、このままでは不味い。深雪もまた酔いそうになっていたのを見て―――。

 

「仕留めるぞ」

 

「ええ」

 

 もはや時間の猶予はないことを悟る。遠坂刹那は秘奥を二つも晒した。そして―――フィールドに走る魔力の線―――何かが仕掛けられている。

 

 しかし、それに消波を叩き込むことは出来ない。楔のように打ちこまれて達也と深雪側にまで走るそれは―――。

 

線路(レール)か……)

 

 そんな達也の値踏みに頓着せずに、刹那は『七輝の魔眼』を最大活用した秘奥を使うのだった。

 己を高揚させる。世界に神秘の層を作り上げる。

 

 人理を無くしたいわけではない。ただ文明の力が及ばぬ怪異が、この世界にある以上、それを捨て去ってはいけないのだ。

 

 ヒトは神の権能を悉く奪い去ったかもしれない。けれど―――何か超常のものがあると信じなければ生きていけない。

 多くのどうにもならない『自然の脅威』の前で、人はいるかどうかすら懐疑的と言っている神仏に、先祖の霊に、祈るしかない。

 

 ヒトは祈るしかないのだ。そうして願いを聞き届けるものがいると信じる心こそが人の『知性』なのだ。

 

 多くの『不可能』を消し去る魔法師達が行き着く先は、際限のない『否定』。それは世界を■■してしまう禁忌……。

 すなわちこの世界そのものが『■定■■』になるかもしれないのだから……

 

「行くぞ達也!」

 

「ミユキ―――これこそがワタシと!」「俺の!」

 

『愛の証!! 全ての魔法師達に見せる―――『黄金劇場』!!!』

 

 手を重ねて『三度』(みたび)放たれる複合魔法(ユニオンスキル)

 深雪曰く『石破ラブラブ天驚拳』―――俺たちはデビル〇ンダムか。と思ってしまう命名に汗を掻いてから―――。

 

 瞬間、リーナの背中に『タイプ・ヴィーナス』の翼が展開される。『飛行』するわけではないだろうが、聖女にハイロゥと翼が展開される様子は演出過剰だろう。。

 

 しかし、その魔力の高まり、放射され収束する魔力の凄烈さで完全に二人の近傍にある氷柱に魔法式が展開されない。完全に上回っている。

 

(古式魔法は、その発動の遅さゆえに現代魔法に侮られがちだが……こうして『層』を展開すれば、現代魔法では干渉できない壁が展開されるのか……)

 

 そして唱えこむ詠唱が重ければ重いほど世界への干渉が高まる。その究極系を見ようとしている。刹那の眼が導く―――魔法の結果の前では氷柱にかけた情報強化など無力だろう。

 

 最大攻撃を防御した上で、消耗しきった二人に一撃を叩き込む。それしかないだろう。

 

 その為の鍵は―――達也が持ちこんだ。この『杖』のみだ。

 

「深雪!!」

 

「お兄様!!! 私達の愛であの二人の攻撃をしのぎ切りましょう!!!」

 

「そこまで言っていないが、協力してくれよ!!」

 

 まさか、これを使うことになるとは思っていなかった達也だったが、どうしても過剰極まる刹那の攻撃力に対して、防御策が欲しかった。

 かつて自分を守ってくれた女性……その願い『自分の死にざまぐらい選ばせてほしい』―――そう言った人が、最後に願ったのは……。

 

『心はいつもあなたのそばに―――』……。そうして、達也の足元で死床に就いた人……絶望的な戦場で、『■■・■■』……今ではなんだったのか、誰が唱えたかすら分からぬ『呪文』の後に、変化をする……作られた魔法師。

 

 最後には『人間』として、死んだ人の身体が―――……。『杖』と言うべきものへと変わったことを思い出す。

 

 それを解き放つ。四葉家に眠りし解析不能・起動不可能の魔導器。『聖遺物』であるという結論だが、微かな変化を期待して達也と深雪の元に預けられていたそれが―――。

 

(ダメか……!!)

 

 深雪と達也。双方が魔力を込めても反応しない長い柄の杖。頭には『桜』の蕾のような器物が付けられているものが―――反応せず。

 

 ……窮地に陥る二人……。応えてくれない『桜の杖』に精神を集中させるのだった――――。

 

 

 ―――そんな様子を見ていたリーナと刹那。特に刹那はその『杖』の本質を見抜き、ヤバい位の防御武装だと気付き―――しかし発動条件を満たせぬ二人を前にして―――甘さを捨てる。

 

(取るぞ!!)

 

(いいのね!? ワタシも甘さを捨てるわよ!!)

 

(ああ!!! やるぞリーナ!!!)

 

 二人の前面に展開する複雑な魔法陣。循環し回転し複雑な紋様と色彩の魔法陣の中心に対して、重ねた手でアゾット剣を持つ。

 

 最後の準備は整った。燦然と黄金に輝くアゾット剣。

 

 この期に及んで動くかどうかすら器物に頼る達也の博打を否とした。

 そして唱える最後の呪文を蟠る異界の魔力、放たれし幻創の魔力、あえて達也たちに『氷柱』を爆破させることで繋げた『富士山の水』を利用したライン。

 

 全てが勝利を導く工程となって刹那とリーナを輝かす。

 

 意を込めて解き放たれるその『ロスト・ファンタズム』の名前は―――。

 

 

『刮目して見よ!! 『魔星』を砕きし『ロスト・ファンタズム』、其の名は―――“掲げ蕩う極光劇場”(チャリタス・ドムス・アウローラ)―――!!』

 

 虹の極光が―――司波兄妹に残された氷柱を砕くべく迫る。

 

 圧倒的な魔力の圧―――世界すら切り裂きそうな『星界の幻想』の限りが粉微塵に氷の姿のままに切り刻み、雪の結晶が陣地に吹き荒び―――。

 

 あっという間に、残りが2本となった、ありとあらゆる防御策を病葉も同然に切り裂く魔力の斬撃が、眼には見えぬぐらいに細かく吹き荒んでいるのだ。

 

 

 そしてセンターラインの並ぶ2本の氷柱は、残り一本となり断頭台の処刑のように最後の時が訪れようとしていた。

 それでも―――達也と深雪は、未だに『それ』()に頼っていた……。

 

(俺はお前を見誤っていたのかよ―――達也!!!)

 

 その起動せぬ杖に頼って、終わりを迎えるのが……これが決着か―――ならば容赦はしない。

 雄叫びが最大級の魔力を動員。『七輝の魔眼』を通じて開かれたロスト・ファンタズムが、現代魔法の全てを打ち砕くと思った瞬間―――

 

 桜の花弁……に見える魔力が―――吹き荒れる。一本の氷柱に纏わりつき、蒼と桜紅がどこまでも幻想的な一本の桜の樹にしている。

 そんな表現でしか言えない霧状に見える桜色の魔力が防御障壁であり、最大級の『概念防御』を展開している。本来ならば、それすらも切り裂ける―――斬撃が、通らない。

 

(やられたな。この土壇場で起動させるとは……)

 

(概念武装なのね。『アレ』は―――あんなものを持っていたなんて)

 

 二人揃えての起動で首の皮一枚繋がった司波兄妹だが、刹那はこの状況からでも幾らかの崩し手は残されている。

 だが、投影した『幻想』を放てば、心情的には敗けだろう。

 

 信じるべきものはたった一人の女神だ。

 

「俺は最後までリーナを信じるよ」

 

「ならばワタシはワタシを信じてくれるセツナを信じるわ」

 

 自分の内心を読んでその手を否としたリーナに感謝をする。

 改めて硬く握り合う手でお互いに苦笑する。

 

 そして黄金の輝きから虹色の輝きに変化する魔力が―――『桜』の魔力を砕いていく。

 

 防御だけでじり貧であろうと思えていた頃に―――。氷の女神は攻勢に出る。

 

「魔力の通り道が無いならば、己で『作る』―――いいヒントを貰いましたよ……刹那君!!」

 

 挑戦的かつ挑発的な言動の深雪が言うと同時に変化が起こる。桜色の雪が場に吹き荒れる。

 

 どうやら防御を担当するのは達也で、攻撃をするのは深雪……杖を介して放たれる新たなる魔法『桜花の氷結世界』(ブロッサブルヘイム)が刹那とリーナの領域を侵食していく。

 

 

「この土壇場で新魔法を使い、雪女から!!」「ミユキはオトメ妖怪ザクロに進化した!?」

 

「アナタ達のウイットに富んでいるようで人を逆撫でする言動は実に不愉快ですね。本当に氷の彫像にしてやりましょうか―――!!!??」

 

(この決着―――とどめの刻にも関わらず、余裕あるな)

 

 深雪の『デーモン〇〇閣下』じみた言動に答えるように、桜の雪は領域を冒していく。

 ―――『穂■』さんが力を貸してくれているのだろうか、そう思えるほど返す刀で八本の氷柱を襲おうとしている桜色の雪の魔力は付着すると同時に融解を果たしていく。

 

 防御策が無いわけではないだろう。慢心しているわけではないだろう。それでもその隙に食らいつく。どちらが勝ってもおかしくない一髪千鈞を引く戦い。

 

 リーナと刹那の攻撃を耐え凌ぐ達也とて辛くないわけではない。しかし耐え忍ぶ。あの日―――生き方を決めて、死に方を決めた人の意思が達也を動かす。

 

 

 お互いの身体が最後の力を振り絞る。魔眼の酷使ゆえか刹那と達也の眼から血が流れ出る。それでも止まらない。持てる手を振り絞って勝つ。勝ちたいのだ。達也は、あの―――「魔法使い」に―――。

 

 失い続けてきた二人の男の『絶対に失わない』と信じた意思、そんな男達に寄り添うと決めた女の心が、ぶつかり合い。凌ぎあい―――そして決着した。

 

 桜雪の浸食を受けて融け散る最後の氷柱。

 

 魔剣の斬撃で結晶として虚空に散った氷柱。

 

 ―――誰もが固唾を飲んで見守っていた永遠にも似た時間は終わりを告げる。

 

 ―――晴天のもと男女混合ダブルスのアイスピラーズ・ブレイクは終結するのだった。

 

 

 



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第79話『九校戦――魔王の休息』

色々省いたりカットしたりして六日目を終えたということにしました。

具体的には一色との絡みや、ケガをおしてでも夕食会にやってきた森崎に対するSEKKYOUとかも構想に遭ったのですが丸々カット(苦笑


そして何より恐ろしい事は、前の更新の後にアニポケで『石破ラブラブ天驚拳』が出た事である。

そんなこんなで試行錯誤の新話どうぞ。


 

 

 そして―――時は動き出す。だれもが掲示板に表示されないWINNERがどちらかで喧々囂々の様。

 

 選手たちは、不動だが、目元をパートナーである女子に労われている様子。それぐらいに、とてつもない戦いだったのだ。

 だからこそすっきりしない結果に決を出してほしいのだ。

 

「どっちだ!?」

 

「殆ど同時にしか見えなかったぞ!!」 

 

 もはやアイスピラーズ・ブレイクをやっていたなんて言いきれないフィールドだ。氷柱の痕跡などどこにもない。

 穿ち砕け、陥没しきったフィールドの惨状。古戦場じみた様子だけが、そこで行われた戦いの凄まじさを物語る。

 

 息を呑んで最後の戦いを見届けた観客たちが騒ぎを広げていく。ここまで縺れるような魔法戦はそうそう見られるものではなかったので、当然の話だ。

 

 結末にして勝者がどちらかを誰もが言い争うように言い合う。

 

 

「司波達也の味方をするのは癪だが、どう考えても司波さんの魔法が先に氷柱を溶かしたよ!! 司波さんの美貌に違わぬ美しい魔法だった……」

 

「貴方の眼は節穴ですか!? アンジェリーナの味方をするわけではありませんが、セルナの魔法が先んじて貫きました!! 絢爛豪華な虹の輝きが目に焼き付いています」

 

「難しい判定だね……そして君ら、私情挟み過ぎだよ!!!」

 

 

 三高の席では、一年男女のエースがぎゃーぎゃー騒ぎ、それらが収拾を着けないで行く。

 伝播する騒ぎ―――。

 

 パニックに陥っているのは、勝敗を告げるべき審判団であり大会委員たちが何も出していないのが、原因なのだ。

 

 

「正直、同時よ。もはや固体から気体に変わった時間のコンマ秒の差でしかないわ」

 

「ふむ。すさまじい戦いであったな……司波達也、遠坂刹那。この二人が一高にいてくれて良かったと思うよ」

 

「巧手妙手連手―――いやはや凄まじい戦いだったな。最後に決め手となったのは、お互いの絆か……」

 

「そんないい話で終わらせていいのかしらね……? それにしても2人は何者なのかしら……?」

 

 

 魔法科高校の生徒三年 四人―――一人は一高ではないが、ともあれその話の最後を締めくくる真由美。

 

 十師族が束になっても敵わないのではないかと思う程に、恐ろしい戦いを繰り広げた四人……中でも二人の男子には、やはり疑問があるのだ。

 

 内面では二人を褒めながらも十文字克人も十師族の一人。様々な考えを巡らす。

 

(司波が何かしらの十師族関係者……市原のように『数字落ち』の家の可能性も考えたが、それでも「隠す」意味はないだろう)

 

 司波―――『死の葉』……当て字であるが、そう考えれば当てはまり関係する家は『一つ』だ。

 

 そこまでは『敏い』人間であれば、どれだけの公文書や戸籍の偽造を行ったとしても、なんとなく気付けるレベル。

 しかし、『隠す』ということは、そこに『疾しさ』があるからだろう。

 

 そして九島老師の意味深な言動と四葉師の家族から分かることもある。

 

 終ぞ無き血の巡りの速さが、克人の頭に働き、司波兄妹の内情を察することは出来た。

 

 だが、遠坂だけは見えないのだ。彼の後輩の足跡は―――3,4年前のUSNAでの登録が初。今まで田舎にいたという奴の言動を信じれば分からなくもないが―――。

 

 致命的な何かを外されているような気がしてヤキモキする。

 

「秘密主義すぎる後輩二人だよ」

「信じてあげなさいよ。あの子は―――きっと『全てを否定する存在』に対としてやって来たんだからね」

「理珠?」

 

 意味深な言葉の後には、立ち上がる伊里谷理珠。そして伊里谷理珠は―――。

 ここからは隣にはいられないと告げてきた。

 

「後はミラージとモノリスのみ―――本戦及び新人戦共にね」

「ああ、ウチの後輩は『厄介な連中』のネズミ避けにはなったか?」

「もちろん。そして私もそろそろ四高の責任者として動かせてもらうわ―――今からは本格的に敵同士よ」

「そうだな……一年の頃から少し憧れていた君に言われると少しばかり堪える」

 

 心底の苦笑と共に答えたことで、隣にいた七草が『不機嫌です』オーラを出してくる。

 だが、十文字克人が一年の頃から見てきた女子は彼女だったのだ。だから―――このぐらいのワガママは会長として容認してほしいものだ。

 

「それじゃね。カツト―――」

 

 自分の前から去ろうとしている伊里谷の背中―――それに対して十文字は声を掛ける。

 

「一つ約束が欲しい……九校戦……パーティーでの最後のダンスは俺と踊ってくれるか?」

「―――考えておくわ。アナタを少しだけ私のお父様と同一視しているファザコンの女でよければね」

 

 少しだけ寂しげな顔を見せた伊里谷理珠。銀髪の美少女が見せるその顔は―――最後の十文字克人の賭けが成功したことの証左であり、同時に真由美の不機嫌が最高潮に達した瞬間。

 そんな風な会話の間に―――大会委員長に代って九島烈及び十師族が出てきて口を開く。

 

『試合結果はドローゲームだったが、例年この上なく白熱して年甲斐もなく興奮するものだった。多くの痛みに耐えて、魔法を撃ちあい!!よくぞ立ち上がった! 感動した!!!』

 

 

 いつの時代の主席宰相だ。と言わんばかりの九島老師の言葉で、協議結果は知れた。反論は出ない。

 

 しかし、燃え盛る様な雄叫び―――会場全体を揺らすものが、とりあえずこの結果の是々非々をどう判断したかを示していた。

 

 

『だからこそ―――司波達也君、遠坂刹那君……諸君二人はまず――――』

 

 

 何を言うつもりだ。九島老師という空気が生まれて誰もが息を呑んだ……。

 呑んだのだが、予想外の台詞が出るのだった。

 

 

 

『女子といちゃつく前にドクターロマンの治療を受けたまえ―――』

 

『君らね!! 競技種目で『魔眼』の最大展開とかバカなのか!? とりあえず今すぐに!! 救護室に来るように!! 

 ああ、その前にリーナでも深雪でもいいが、キミたちは『聖骸布』を持ってくるんだ!! いいね!? 全く……男としての意地ぐらいは分かるが、頼むから少しは己を自愛してくれ』

 

 

 引率教師と医者としての判断をごっちゃにしているが、会場アナウンスを奪ってでも心底心配されていることを理解した二人の魔王は、救護室に行くことにするのだった。

 

 半ば自傷を覚悟してでも、戦いきった刹那と達也。その姿に―――モノリス出場選手たちは、打倒を誓う。

 

「引き分け決着は、いいとしても、成程、刹那だけでなく司波達也も要注意だな」

 

 立ち上がって、色々と明日の準備をすることにした将輝の言葉で全員が引き締まる。

 そんな中でも少しばかり、心配を吐露するのは中野新であった。

 

「俺との戦いの時以上だったな。司波達也は……悔しいが、ウチで撃ちあえるのは将輝だけか………」

「新。心配するな。刹那も司波もまとめて俺が引き受ける―――どちらともモノリスで戦えるならば僥倖であり俺には幸運以外のなんでもないな」

 

 飢えている………。

 

 今まで将輝は同年代で相手になる人間など同じ十師族の……上の人間である十文字克人、七草真由美、もしくは九島の末子ぐらいだと思っていたのだ。

 井の中の蛙というわけではないが、それでもここで出る杭を打っておかなければいけないこともある……。

 

 日本国内最強の魔法師の一族の一人として……

 

 強敵に挑みかかる気持ちが強いようだ。そんな風に尊敬していたというのに……。

 

「さてと―――今日の夕食会は俺も出るぞ!! そして司波さんと、何とか話したいんだ!!!」

「うん。まぁがんばって」

「ジョージ!? なんでそんなやる気なさげ!?」

 

 当たり前だろうが。という皆の視線を受けて咳払いする将輝。そしてそんな将輝への抗議を分かっていて一色愛梨は少しだけ自重するのだった。

 自分も刹那と話したいどころか密着したかったのだから……。

 

 

 ともあれ、色々と白熱した男女ペアによるピラーズブレイクを終えて、大会六日目は終了となった……。

 

 明日からは、またもや熱き戦いがあるのだから―――いつまでもギャラリーのままではいられない。特にあれだけ熱い試合を見せられては無性に身体を動かしたくなるのだ。

 

 

 † † † 

 

 

「これで良し―――夕食会までは、少し時間があるから、聖骸布の封印で眼を休ませておくことだよ」

 

「世話かけます」

 

「栗井教官。やはり俺の眼は変化していましたか?」

 

 魔眼に対する『適切な処置』を施されて、救護室のベッドに寝転がる達也と刹那。

 純粋に、礼を言った刹那とは対称的に、達也は疑問があるようだ。

 

 妖精眼―――ランクとしては、流石に刹那の持つアウロラ・カーバンクルに代表される『ノウブルカラー』よりは劣るものの、見ることで理解する魔眼としては最上級。

 浄眼と同じ類だろうが、もう少しこちらは、能動的に見ることを可能としたものだ。

 

 元々、達也の持つ眼は見ることに特化したものだったが、これによって進化したとも言えるだろう。

 

 しかしそれは――――。

 

「まぁね。司波、君が刹那に対抗心を持つのはいいが、その為に見えぬものを無理に見続けようとすれば、いつか『パンク』するよ」

「―――パンクですか?」

「ああ、君の眼は恐らく世界の構成情報。恐らく『この世の全て』を分解するのに適したものなのだろうね。ああ、殺気を向けないでくれよ。僕は医者なんだからね」

 

 刹那も見えていないが、達也も聖骸布で眼を封じられている状態なのだと気付く。それでも、ロマン先生の言動はあまりにも聞かせたくないものなのだろう。

 

「君自身、その眼がどういうものか分かっているのかどうか知らないが、世界の『情報』を『全て』読み取るというのは、言うなれば脳機能の逸脱だよ。我々の視覚がどういったことで像を結んでいるかは、ご存じの通りだ」

 

「光情報を受容体で受け取りそれを脳が処理をする……」

 

「そう。言うなれば脳は、受信と送信を司る機能を有している。本来的に生物は生物の呼吸と鼓動しか分からないものだ。そこから違うモノの『呼吸と鼓動』まで読み込んで受け取ると言うのは、脳機能の逸脱だ」

 

 かつて、直死の魔眼というものを持つ人間と深く関わっていた刹那は、その原理を知っていた。

 彼の白の吸血姫の騎士たる人間は、もはや既に長くないことを悟ってその眼がどれだけの無茶をしたとしても構わないとしていたのを思い出す。

 

 

「魔法師がエイドスに干渉して、現象の変化と操作を司るのとは違う。君の眼は視えぬものまで見て、後には『ジャンクヤード』行きになる……特に君のような特異な術者は、『よろしくないもの』まで見てしまい脳を焼き付けさせる」

 

「けれど―――これが便利なのは間違いないんですよ。それに―――今までも大丈夫だったんです」

 

「ああ、そうだろうね……まぁエレメンタル・サイトが『受信した情報』はきみの脳内で機械的なメタデータとして処理されているだろうから……余計なお世話だな。だが、刹那と関わるということは『よろしくないもの』を見てしまうことだ。覚えておくことだ」

 

 達也の力の源泉の一つ。眼の良さ―――起動式の複雑極まるコードを読み込んでそれに対してカウンターを打てるというこの男の異常さを今さらながら思う。

 色彩や感覚、はたまた『嗅覚』でそれらを読み取る人間もいるが、達也の場合は、もっとも単純な起動式……分かりやすい表現で言えばアルファベット3万文字以上の情報量。

 

 しかもそれはアルファベットのように単純ではなく……まぁ常人では無理だろう。達也の場合『無理なこと』を『当たり前』の如く出来るからこそ危ういのだ。

 

「あれこれ言ったが、魔眼の制御は密に行うことだ。下手をすればグラムサイト(妖精眼)は、呪いにも転じるのだからね」

 

 

 結局の所、言うだけ言っても聞かない相手と言うのも司波達也の人間性なのだから……ロマン先生もその程度で収まる。

 

 そして出ていく気配。同時に『シャットアウトだ。』と救護室の外にいた連中に言う気配。魔眼の癒しは、デリケートなものだ。

 

 余計なものを見せないで自分の内側に入り込む……瞑想は必要な作業だ。

 魔眼の代表『バロール』は己が目を開ける為に、屈強なるフォモールの魔神の戦士が四人がかりでようやっと開けられるほど。

 

 厳重な封印がされていなければいけないものなのだ。

 

 そんな風に戦力半減の現状に―――何となく言っておく。

 

「俺もそうだが、お前も馬鹿だな。森崎は出る気満々だとは言え、明日のモノリスは俺たちが主戦力だってのに」

 

「だが、これ程までに熱狂した試合も無いな。同時に、俺も男なんだ。意地も誇りもあるさ―――」

 

 

 とんでもない意地の張り合いが、あんな惨状を齎したことに達也は、あんまり頓着していない。無論、刹那としてもその思いはある。

 

 どうせ、公然と魔術が使える世界―――神秘の薄弱化があまり起こらず。というよりも……かつての『ミス・オレンジ』のように『死蔵』されていたルーンを再採掘の復元しなければ、固定化が起きないでいるのだ。

 

 正直、この世界では『多少』の大っぴらなことはしなければいけないのだ。

 

 その相手として達也と一条は、実に好都合だった。そして、正しい意味での魔術戦ではないが、それでも刹那も白熱したものがあったのだ。

 時には―――『バカをやるのもいいもんである』。

 

 

「しかし、光井の守り形見を使ってでも戦った達也をトータルドローにしただなんて、こりゃ俺総スカンかも」

 

「手を抜いたらば、それはそれで面倒な辺り、俺も坊主にするべきだったかな?」

 

 坊主頭の達也を出したら出したで光井は、アレな表情だろうな。

 

 ともあれ、疲れも溜まっていたのかお互いに自然な寝息を立てて寝てしまう。夕食までの一時の休息。

 

 天使の休息。羽根休めをしている二人の傍らに――――、小豆色の髪をした少女と黒髪に白のハイネックの上に赤いコートの女性……。

 

 二つの幻影が白い救護室に現れて、その身を休ませるのだった……。

 

 幻影と言うには、はっきりした輪郭を以て現れた片方は、自分の『分身』の頭に手を合わせるのだった。

 

 

 † † †

 

『大きくなっても寝顔だけは変わらないってのは皮肉ね。アンタの髪……アイツに似てきて……あんまり心配させんじゃないわよ。私じゃなくて、アンジェリーナさんをよ。そこは忘れんじゃないわよ

 それと、こんな時にしか会えなくてゴメンね。―――刻印に根付いた先代の意識を表している時間はそこまで無いから言伝は、色々とあるのよ。

 女の子を泣かせるんじゃないとか、あちこちにいい顔しないとか……外面取り繕っていたのは私も同じとかツッコまれそうだけど……ともあれ、『自分にできた繋がり』をちゃんと認識して生きなさい』

 

 

 口うるさいお袋の言葉が、夢の中でもプレイバック。何の悪夢だ。この小言を実で聞けない自分にとっては、この上ない苦痛だ。

 

 

『エルメロイ先生ならばあれこれあるかもしれないけれども、アンタの判断は間違いじゃないわ。やれると思ったならば、突き進みなさい―――それじゃ、そろそろお別れね』

 

 

 ―――母さん――――。

 

 聞こえるはずのない言葉。言っている訳がない言葉が聞こえて辛そうな、それでも最後には笑顔を見せてくれる母・遠坂凛の顔が向こうに遠ざかっていく。

 

 

『愛しているわ刹那―――だから、最後まで戦いなさい。戦って勝って―――未来を―――』

 

 

 掴みとれ。と言う言葉を言おうとした母を追って左手が―――伸ばされて―――……。

 

 

「母さん……――――」

 

「気が着いた? うん、見える眼は普通の色ね。ロマン・ティーチャーから入っていいって言われて入ったのよ」

 

 手を伸ばした先には、いつも見る顔。どうやら膝枕をされていた様子である。髪がロールしていないのは、自分が掛けた魔術が残っているからだろうが、少しだけ新鮮な気分である。

 

 制服姿で髪を降ろしたリーナの姿というのは……。何となく母親にも重なるもので顔を赤くしてしまう。

 

 

「起きて早速で悪いけど夕食会行きましょ? タツヤは30分前に起きて行ったわよ」

 

「ああ、悪い。待たせた―――んじゃ行くか」

 

 身体の調子を上げる。寝起きでありながらも身体の調子をトップに持っていく手腕は流石であり、母親を呼んでいた姿を誤魔化せたと思っていた―――。

 

 

「お母さんの夢を見ていたのね? 寝言がそれだったもの、バレバレよ」

 

 ばれていたか。少しだけ気恥ずかしい想いをしたが、どうせ自分がマザコン気味の小僧であることなど取り繕ってもどうしようもないのだ。

 

 リーナにその通りと言うと頬を人差し指で突いてくる様子。このごまかしが効かなかった時のからかいをしてくる辺り深刻である。

 

 

「そうだよ。恐らく、刻印による回復呪法が変にお袋の意識体…残留思念を引っ張って来たんだろうな。夢の中に現れたよ」

 

「きっと心配になって出てきちゃったのよ。あんまり心配させるんじゃないとか言われなかった?」

 

「言われた。そんなに心配になるほど情けない男かな……」

 

「一人前のつもりでいて一人前になれていないのよ。お互いにね―――もしくは、『親』なんてそんなものかもね?」

 

 そういって自分の端末を見せるリーナ。そこには『ファーザー』『マザー』という宛て名からのメールがびっしり。

 自分が、一条をシューティングで下した日から、そればかりが届く。どうやらアメリカに帰ったらば、シアトル行は確実だ。

 

 ホテルの廊下。全員が夕食会に行っているのかなと思う程に魔法科高校の生徒の姿を見ない。

 

 歩きながらの疑問だが、やはりまだ頭はトップに入っていない。

 牛乳が呑みたい気分である。やはり寝起きの低血圧は、遠坂の宿業かと思いながら、答える。

 

 

「その境地に達するには、もう少し『時間』が必要だよな」

 

今すぐ(NOW PLAYING)でも構わないわよ?」

 

「勘弁してハニー。責任を取るつもりはあるけれども高卒資格ぐらいは欲しい気持ちを察して」

 

 

 しかし、この時代……『様々な事情』で『結婚』『妊娠』『出産』となった『高校生』でも早々に『退学』とはなりえないらしい。

 日本だけの制度かもしれないが、ともあれ世界全体で人口が半減してしまったような世界。大事にしたいのだろう。

 

 

「セツナ―――」

 

「? 早く入ろうぜ。牛乳飲んで覚醒したい」

 

 どういう意味だ!? とか言う言葉が締め切られた扉の向こうから聞こえてくる。電子施錠でない扉だがわざわざ締め切られている理由など―――分かりやすすぎる。

 

 制服の袖を引っ張って、留めるリーナも一口噛んでいるのか。そう思う。恐らく―――そういうことだろう。

 

 探ってみるに―――『全員かよ』と嘆きたくなる結果が出たので、『お袋』に頼んで、部屋を魔術的に施錠(出歯亀防止)しておく。

 

 達也ほか敏い連中が気付いたようで慌てて開錠を試みるも―――。簡単には開けられない。

 

 

「君も思惑に乗ったの?」

 

「ご褒美欲しかったからよ……ダメ?」

 

「みんなに見られるのはいやだな。君の艶美な姿は俺だけの見ていい宝石だよ。マインスター」

 

 イタズラがばれたことで観念して、てへぺろ(・ω<)してくるリーナに、苦笑してから顎を持ち上げて顔を、惚けた顔をするリーナの高さまで下げて行き―――。

 

「どわらっしゃああああ!!! くそっ企みがばれてしまって―――」

 

「いやなんでさ。つーか悪趣味ですね会長、こういうのってエリカの芸風だと思いますよ」

 

 

 どう言う意味だっ!? という言葉が奥から聞こえてくる。先程のリプレイにも思える言葉が出てきたが、壊れた扉。トロ箱から溢れる魚の群れのように色とりどりの魔法科高校の生徒達の姿。

 

 最大級に違う点は――――。

 

 

「ああ……シアワセ―――もう今日は簡単に眠れそうにないわ♪―――お部屋行くから寝ないで待っててねセツナ♡」

 

『『『なんでだぁあああ!!!???』』』

 

 

 というか時間にして一分もしない間に何があったのかと思えるリーナの表情の変化。そして、少しばかりしゃきっとした刹那の姿。

 

 リーナの表情に関しては、本当に幸せそうに頬に手を当てて真っ赤な顔をして自分抱きをしており、一分もしない内に何をしたんだ―――!?という無言での圧力を掛ける。

 気付いた刹那は振り返り一言。

 

 

「もちろん。企業秘密です♪」

 

 その仕草に、どこか女性的なものを匂わせる刹那の姿を見ながらも夕食会は二人の主役(一人はトリップ中)を迎えてヒートアップする。

 ―――――たとえ明日にはライバルと分かっていても、多くの友誼を交わすことで大事にしたいものを確認する魔法師達の姿は普通の高校生にしか見えなかった。

 

 大会六日目はそうして終了を迎え、熱き戦いは残すところ四日間……波乱が起こるか起こらないか、奇妙な興奮と期待感で、誰もが浮ついてしまう程に今年の九校戦は、見逃せなくなっていくのだった……。

 

 

 



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第80話『九校戦―――プレリュード・モノリス』

fateレクイエム―――そろそろ読みたいが、まだ届かない。


 ―――その風景を見て一言を申す金の少女。しかし、その言葉は明らかに日本語のチョイスを間違えていた。

 

「オメイバンカイ? それともメイヨヘンジョウだっけ?」

 

「うん。古典的なボケをどうも。とはいえ、別に汚名でもないし不名誉があったわけじゃないだろう」

 

 光井にとってミラージは、この大会で最後の達也との触れ合いであった。切りそろえられてショートになった光井の姿に事情を知らないもの達は『失恋』でもしたのかとか、ちょっと勘繰った。

 なんだかいずれ光井を慰めようとした誰かが、かなりアレな扱いを受けるような気がしてならない。まぁタイミングが悪すぎるだけなのだろうが。

 

 ともあれ光井ほのかにとって司波達也はどこまでも、自分を導いてくれる灯台である。それだけにその恋心が敗れ去った時のダメージが、すごいんじゃないかと思う。

 

(まぁどうでもいいか。どうせ先の話でどっかの『カッティング』の話だしな)

 

 そうして、里美が二位……光井一位でミラージ新人戦は終わりを告げた。結局バトル・ボードはエリカやトウコとの相性の悪さが出たのだ。

 こういう『お行儀のよい競技』ならば、光井はノーマルに優秀だ。特異な能力はいらない。視えたモノを叩けばいいだけなのだから……。

 

 そうしてからリーナの髪の仕立てを終える。久々にポニーテールにしたいといった心情は何なのやら。

 と思っていた刹那であったが、観客席で、女の髪を撫で梳きながらの会話とか、こんなところでいちゃつくんじゃねぇという視線を受けてしまう。

 

 別に痛くもかゆくもないので、ダメージはゼロであるのだが。リーナへの疑問は尽きない。

 

「それはヒ・ミ・ツ♪」

「教えて」

「甘えてもダーメ。ビックリさせたいもの。ちなみに、ミユキにミヅキ―――色んな女の子が承諾済みよ。本戦まで余念が無いわけじゃないのがミユキの余裕よね」

「小早川先輩は、随分と意気込んでいたからな……あんまり入れ込んでもいい結果出ないと思うが」

 

 話の大筋は視えないものの、もはやヒマ組、もしくは余裕ある人間を使って、リーナは『何か』を画策しているようだ。

 

 実際、エリカも少し髪をまとめていたし、あーちゃん先輩を無理やり捕まえて髪型を弄る七草会長などハーフアップにしていたり……うん。いやな予感がする。

 ともあれ、本日のプログラムはモノリス新人戦のみになってしまった。その間に森崎が病院を脱走して怪我の身を押しても出ると三巨頭に直談判したり、刹那は十師族に呼び出されもした。

 

 その裏で達也が「こういうものは――さすがに分解出来ないからな……」とか青空を見ながら『おセンチ』になっているのを偶然にも見て。

 

『クサい』と言うと即座にニンジャスレイヤーな動きで背後から頭を『ぐりぐり』してくる辺りアレであった。解せぬ。

 

 だが、刹那の眼に焼き付いた達也のそんな表情は分解出来ずに、皆に言わないということで命の危機を脱した。

 

(さてさて、そろそろ出陣か……しかし厄介な制約を着けられたものだ)

 

 だが、別に打ち手が全て潰えたわけではない。刹那にとって魔弾など攻撃術として『昇華』しやすかっただけであり、他にも同じような手はある。

 というよりも、そう言うことでは無かった。モノリスにおける『ロール』を『限定』してきただけだ。

 

(レオに話を通しておくか。アイツの役目だったわけだしな)

 

 そんな風に数時間後のことに想いを馳せておくと、観客席の通路側から見知った顔がやってきた。

 

「おはようございます。セルナ、アンジェリーナ」

「おはようというには少し遅すぎるが、まぁおはようアイリ―――栞もトウコもおはよう」

「おはよう刹那君」「おはようなのじゃ」

 

 会おうと思えば会えなくは無かったのだが、どうにも今日はタイミングが合わずに現在時刻11時40分―――昼前の時間に彼女らはやってきた。

 

 やってきた一色愛梨の髪型は奇しくも、リーナと同じくポニーテールである。けれどお互いに見たことが無いものではない。

 

 あの寒気と冷や汗ばかりが伝ったクラウドにおいても両者はこのヘアスタイルだった……察するに、何か運動してきたのだろう。アイリは―――。

 

「本戦ミラージの練習か」

「お見通しですね。―――汗臭かったですか?」

「特には感じないな。ただ単に洞察しただけだよ」

 

 もしくは昨夜から明け方近くまで『汗だく』になっていた刹那とリーナの方が体臭は不味いかもぐらいには考えておく。

 

 シャワーも浴びたし刻印定着の為の匂い消しの過程で作り上げた香水も使ったのだが、嗅覚鋭い人間が嗅げば分かるかも。

 

 そう想っておきながら、深刻そうな顔をする一色は刹那の隣に座ってきた。

 

「悩みでもあるのか?」

「それも洞察ですか?」

 

試すような愛梨の言葉に苦笑のため息を突いてから答える。

 

「そりゃ、そんな深刻そうな顔をしていればな。ついでに言えば、あんまり男の前でそんな顔しないでくれ。騙されているかもとか、俺の助けなんていらないだろうとか思っていても、何とかしたいとか思うんだからさ」

 

「特に彼女持ちの男の前で、そんな表情をするなと言いたいわね」

 

 刹那の心配した声に対してリーナの不機嫌な声。噛付くかと思っていたが今日の愛梨は若干大人しかった。

 

「本当に……けれど今は、怒る気にもなれませんわね……私自身―――井の中の蛙であったつもりはありませんでした……伊里谷理珠、十文字克人、七草真由美……多くの先達に追いつけていないだけで、同年代の中でも勝てない相手はいないと思っていました」

 

 その言葉が、井の中の蛙なのだが、それでもツッコまずに続きを促す。恐らく茶化せない空気だから。当然だ。

 

「けれど、この九校戦に参加して―――同年代どころかタメ(同い年)の人間で自分以上の魔法師に何人も出会いました。遠坂刹那、アンジェリーナ・シールズ、司波達也……司波深雪―――彼らの超人的な力に比べて私は劣っていることを理解しましたから……」

 

「このまま何も『突破口』を見つけなければ、ミユキに負けるわね。そういうことでしょ?」

 

「ええ、そういうことです―――FLT……トーラス・シルバーの公開術式『飛行魔法』を何とか組み込みたかったのですが……」

 

「上手くいかないこと、本当に著しい限り……悔しいね。このまま、一高の女子に何も牙城を崩せぬままに終わるというのは……」

 

 

 リーナの辛辣な戦力評価に対して俯く一色の言葉。更に言えば一色のCADの担当もしているだろう十七夜栞の言葉が続く。ふむ。と考える刹那。

 

 聞くところによれば、達也は深雪の体調次第では使わせる様子のようだ。しかし、ミラージでやりすぎではないかという意見を出しておくことにした。

 

 確かに、術式の『秘匿性』というのは無いに等しい『現代魔法』だが、それなりの特許料(販売料金)もあるし、確実なフィッティングにも時間がかかる。

 

 しかし……司波兄妹のやろうとしていることは、ライト兄弟が多くの支援者の御蔭で、ようやく有人飛行機を飛ばせたというのに、その横でジャンボジェット機を『未来』から持ちだしたようなものだ。

 

 開発者が何となくではあるが、分かってしまっている辺り、無駄な意見だろうが……。ともあれ『ジャンボジェット機』を何とか手に入れようとしている三高女子たちに―――アドバイスは出来るだろう。

 

 何より……愛梨は昨夜から、こうだったはず……夕食会を途中で抜け出したのも全ては、本戦ミラージで当たる深雪に勝つため―――。

 

 

「分かったが―――まず最初に、『お前』いつまで『隠れている』つもりだよ? 大師父の源流刻印からの『株分け』を受けた俺の前では意味ないぞ」

 

 ぎくりとした表情をする愛梨。そして沓子と栞も少し何でバレたのだろうという表情をしている。

 うん。実にバレてはいけない類の器物であろうが―――一条将輝が、山籠もりから戻ってきた際の魔力の波動は、『杖』の類だったからだ。

 

 マサキリト曰く富士の洞穴で休んでいた時に、『余は魔法少女を探す!! 今の時代にこそ相応しいカードをキャプターするような魔法少女を!!』とかいう声で起きたのを聞いていた。

 

 ワードの不穏さと、覚えのある魔力波動に、『アレ』が『平行世界』からやってきたことを察した

 

「セツナ、お主―――『ガーネット』を知っているのか!?」

 

「ああ、そういう名前なんだ。しかし柘榴石ってのはどうなんだろうな」

 

 四十九院沓子の言葉に、オニキス、ガーネット、次は『アイオライト』(スミレ石)か?などと思っていると乱入者が一人(?)飛び出てきた。

 

『失敬な! 余とてルビーやルチルの方が良かったのだが、それは先達が乱立しすぎておる!! 神祖ロムルスを敬うように、それを穢すことは出来ぬ! ゆえに我が心の薔薇の矜持に違わぬものを宝石の翁からいただいたのだ!!』

 

「「「ぬわーーーっ!!!」」」

 

 美少女三人の渾身の叫びが出るのも分からなくも無い。

 一色愛梨のそれなりに実った胸のポケットから出てきたのは、金色の羽飾りを赤色のリングの側面に付けて、リングの中央に金色の逆五芒星―――まぁ別にどっちから見るか次第なのだが、緑色の眼のような宝石が象嵌されているところから、そう見た方がいいだろう。

 

「わっ!! ビックリよ―――セツナ、カレイドステッキってこんなにシリーズがあるものなの?」

 

 驚くリーナ。唯一無二……とまではいかずとも、そんなに数多くあるとは思っていなかったのだろう……というか刹那もその辺りはあまり詳しく説明していなかったことを思い出す。

 うっかりである。

 

「何かジジイ(大師父)が、いつぞや日本にいた時だか、どっかの『錠前吸血鬼』だかと交流した際に良くないサブカルチャーに触発されたらしい……」

 

 見た創作物というのが、『俺はこの『運命』で全てを薙ぎ払う!!』『その再生を破壊する』とか……つまりは『セカンドシーズン』ということらしい。

 はた迷惑なことにこの愉快型魔術礼装の第二段階(セカンドステージ)というのは、今までの人工精霊とは違い、どっかの英霊とかを参考にして作られたらしい。

 

 それ故に波長が合えば『いい礼装』なのだが、合わなければとことんひどい目に遭う。それは第一世代からそうであった。

 更に言えば……カレイドステッキは己の意思でマスターを決めるクセだけは残っているらしく……このカレイドガーネットが選んだのが一色愛梨なのはなぜか。

 

 

『むむっ。お主! どうやら本当にゼルレッチの系譜のようだな!! しかもあの『トオサカリン』の系譜と見たぞ!!』

 

「前者はともかく後者は、なんで分かんだよ?」

 

『余は人を見る眼はあるのだ。特に! 敵わぬものを前にしても戦う意思を灯したもの! 俯かずに果ての無い天上を目指すその情熱あふれる生き方を!! お主にもアイリと同じものを見たが、この世界における余のマスターはアイリなので……むっ、どうやら先約がいたか』

 

「ご明察だ。『皇帝陛下』(インペリウム)―――今は眠っている状態だがね」

 

 

 そうして目の前にふよふよ浮く喋る魔術礼装を前にして、黒い同じタイプを見せると三高女子たちも気付く。あの懇親会の後に見たモノと『ガーネット』は似ていたのだと。

 

『ふむ。過保護だな『オニキス』。しかし―――『目覚めの時』は近い。余が現れ、この『魔法使い』がいる以上、いつまでも『狸寝入り』はできんぞ?』

 

 皇帝陛下の言葉と羽を使ってのからかいに、少しの反応を示す黒い星型魔術礼装。狸寝入りという意味はそのままではあるまい。

 色々と聞きたい事は多いのだが、今は保留にしておかなければなるまい。第一試合を任された以上、これ以上は不味い。

 

「愛梨、悪いがあとで色々聞かせてくれ。それと―――『プリズマ☆アイリ』としての姿も見せてくれよ」

 

 その色々な意味を持った言葉で顔を真っ赤にして、爆発させる一色愛梨と、底冷えするような冷気を感じてスパークを全身から発するリーナ……。

 

 

セ、セツナァアアアア!!(セ、セルナァアアアア♪♪)

 

 

 一文字違いでしかない言葉なのにステレオで聞こえてきた感情は対称的すぎた。

 

 ともあれ、リーナにも『しばらく預ける』として、オニキスを渡しながら耳元に口づけをしておく。不機嫌の意味が分からないわけではない。

 

 自分にとってはプラズマリーナこそが、誰よりも好きな魔法少女だから、それを忘れては欲しくなかったのだ。

 

「もう。不意打ちでプレイボーイみたいな真似してぇ……」

 

「悪いね。愛しい君のあんまり怒った顔は見たくないんだよ」

 

 

 数秒前の冷えた顔をすっかり暖かくするリーナの顔に、満足しておく。

 

 そうしておくと今度は―――。

 

 

セ、セツナァアアアア♪♪(セ、セルナァアアアア!!)

 

 なんだ。この頓智みたいな会話。恨めしげに見る栞と『あっついのー♪』『うむ!愛とは! 実によいものだ!!』とか波長を合わせている沓子とガーネットの姿。

 

 そんなのを置きながら、モノリスの準備の為に用意されている控室に赴くことにする。

 何だか色々な状況が絡んできているが、今の自分のやるべきことは、試合で勝つことなのだ。

 

 女性たちの声援は、本当に力になると思いながらもあれこれと状況が複雑化しすぎていると嘆きたくなるのであった。

 

 

 † † † †

 

 

「―――以上が再度のルール確認だ。何か質問はあるか?」

 

 先達として三年間―――無論、今年もモノリスに出場する十文字会頭の懇切丁寧なルール説明を聞いて、特に疑問点は無い。

 

 結局の所、やり方は練習してきたとおりである。問題があるとすれば自分達の方だろう。

 

 準決勝からの五対五の想定もびっしりやってきた。時には殴り合いに発展したり、時には呪いを掛けて鼻水出させたり、時には魔法の打ち合いをしたり……うん、なんか殺伐としすぎじゃね一年モノリス組。

 

 しかしながらいなくなって分かる大事さ。森崎は犠牲になったのだ……あの性悪狐のロクでもない奸計に……。

 

 

「この場に本来ならばいるべきだった人間がいないのは承知している。俺としても、実戦想定だけでなく明日(みらい)へと繋がる何かを得るためにも様々な人間を混成で出したかった」

 

 

 明日(みらい)。それは多くの意味を持っているのだろう。裁縫ミスから始まった一科二科の確執。ある種の意図しないレッテル張りが常態化して、差別と被差別を生み出した。

 

 そんな意図はなかった。と過去の人々は言ったとしてもアパルトヘイトの如き、区別化の前では意味を為さない話である。

 

 しかし、本当の意味で差別をなくし、己はここにいると証明するならば―――戦うことでしか打ち立てられない。鉄血を以て我を示す。そういうことだ。

 

 

「だが、こうなってしまい。いるべき人間が浅ましくも愚かな行為でいないならば、お前たちは義務を果たすべきだ。今も裾野病院で苦々しく思っている人間達に、己が己であるということを」

 

『『『『『はいっ!!!』』』』』

 

 二科三名。一科二名。選抜された五人の魔法師達は思う。いるべき人間―――森崎や大沢たちは、少しばかり焦り過ぎていた。

 

 焦って、ぐんぐん伸びてくる二科を前にして、自分達を違うモノにしようとしていた。それ自体は『間違い』ではない。

 

 魔術師『遠坂刹那』としての意識ならば、追い縋ろうとしているものが遙か高みにいるならば、それに追いつくための策は最終的には人体改造しかないのだ。

 

 地力で補えないならば、ある所から持ってくる。人外魔境の戦いを望むならば、どんな代価を払ってでもやるべきだった。

 それが出来なかったからこそ―――森崎達はああなったのだ。

 

『思想を突き詰めきって、やれないならば、お前の独善で世界が変えられないならば、お前が『己の身体』を切り刻み『人工臓器』を加えた時、友人である五十嵐にも同じように『改造させてくれ』『君の身体を切り刻ませてくれ』と『言えなかった』時点で―――お前の所業は『卑しい』だけだ』

 

 そう言った言葉で断罪を突きつけた時に、皆の視線は色々だった。しかし、その言葉は分からなくも無いものもあるのだ。

 結局、この世界でも魔法師が己を高めるために『強化措置』を施しているのは事実。特に軍関係者はそういった風なのが多くて、廃人の如き人間が多数生まれラボにて切り刻まれている。

 

 そういう『噂』であり『事実』もあるのだから……まぁ『人でなし』を見ながらも『納得せざるを得ない理屈』の前では非難も出せなかったのだ。

 

 

「森崎に対する言動は中々に痛烈だった。が、遠坂―――そんな世界容認したいか?」

 

「魔道を極めるという意味では、申し分ないでしょうが―――人間世界としては容認出来ないでしょうよ。だからこそ―――コイツ(達也)みたいなのが必要になってくる。地力を安定的かつ簡便に行える。言うなれば魔法師界の『カタスケ』じみた技術者がね」

 

 言われた達也としては苦笑せざるを得ない。その技術をあまり必要としていない人間に言われているのだから皮肉も極まれりだ。

 

 だが、そうでなければ―――『変革』は起こせないだろう……。

 

「ならばあとは見せてこい。特に遠坂。いざとなればお偉いさんの言葉など『無視』しても構わんぞ。俺の方で言ったと十師族の面々に言っておく」

「あの強面修験者みたいな親父さんに怒られてもいいんですか会頭?」

「いいさ。たまには反抗期になるのも親孝行だろう」

 

 それはどうなんだろうと思いつつも、言うべきことは言い合った。後は戦うのみだ。

 

「にしても俺もアタッカーになるとはな……いいのか刹那? 俺まで上がっちまって」

「どうしても手が足りない時には言うさ。レオがハリーバックするまでは持ちこたえてみせるよ」

「超攻撃型の編成ですよね。他のチームは攻三・防二のオーソドックスで来るのに」

 

 プロテクターの最終確認を互いにしつつ話し合うのは、いきなりのポジションでありロールチェンジであった。

 黒子乃が言う通り、モノリスコードが三対三ないし五対五の場合の編成というのは、それが普通だ。どれだけ攻撃力に優れ防備に優れたとしても、人間ひとりでは手が回らないことが多い。

 それでも、これを達也と刹那は採用した。一人で要塞役として機能してもらい、西城レオンハルトにも攻撃に参加してもらうとして―――。

 

「何より師族からの要請だ。まるっと無視するのも悪いさ。あんまり親分を不良にするのも、気分がいいもんじゃない」

「遠坂君って本当にあちらこちらから『敵味方』、どちらにも成り得る態度を取られていますよね。大丈夫なんですか?」

「そうだな。どうしてもだめならばリーナと駆け落ちして故郷とも言えるイギリスに行こうかな」

 

 その言葉に誰も彼もが冷やかしてくる。ともあれ女性陣がその中に殆どいないのが色々と気掛かりであった。

 例外の一人とも言える平河先輩に少しだけ問い質す。ちなみに言えば和泉先輩もいたが、話しかけるのは気が引けるぐらいには少し苦手であった。

 

「平河先輩は何か聞いていないんですか?」

 

「えっ!? そ、そうね。ほら私がやっても地味で目立たないって言うか、こんなそばかすの顔でそんな目立つことしたくないというか……」

 

「いや、本当に何をやろうとしているんですか女性陣?」

 

 歯切れ悪く朱い顔をしてそっぽを向く平河小春は、それでも疑問に明朗ではないが、応えてくれる。しかしやっぱり分からない。

 

「と、とにかく! 勝利の女神は観客席にいるわ!! フィールドに行けば見えないだろうけど!! いつでも彼女達が、あなた達のヴイナスよ!! 頑張ってね後輩たちよ!!」

 

 やっぱり要領を得ない答え。だが戦いの時間は迫る―――。

 最初の戦いは森林ステージ。相手は第八高校。野戦服のような配色の制服通り。野戦訓練などの野外実習に長けた連中だ。

 

 森は奴らのフィールドだろうが、奴らには『人食い植物の森』に入ったことが無いならば、まだ刹那の方に分がある。

 

 そうして装備とバイタルチェック。全ては整っている。魔力残量も余裕あり―――。

 

 

「よしっ、そろそろだ。出るぞ―――」

 

「オウッ!!!」

 

「分からない事は多いけど、戦うだけだ」

 

「全力で、そして相手に失礼の無いように―――」

 

「勝ちに行くだけだな」

 

 達也の号令に対してレオ、幹比古、黒子乃、刹那の順番で応えてから森林ステージの入場口に向かう。

 

 もはや自分達の胸の中にあるのは―――勝利への欲求のみであるのだから……。

 

 



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第81話『九校戦―――チア・フォー・マスター』

Faust der schwerkraft―――スペル的にはこれで合っているはずなのですが、とりあえずカタカタ表記でのルビ振りですませておきました。


『さぁてモノリスコード新人戦第一試合!! ファーストゲームだけに緊張もあるでしょうが、戦う両校はそんなこと織り込み済み!! 下馬評では、圧倒的に一高有利!! しかし、招かれたるフィールドは八高の戦場!!

 街に生きて自然の力を失った人類に、野生の力が炸裂するか!? それとも自然の力すらも支配に置くか!! 見逃せぬ一戦!! その前に両校の様子を見に行きましょう!! カメラさん寄って寄って―――!!』

 

 なんとも騒がしい限り。前年には無かったと言われている、試合開始前の空中に投影された大スクリーンによる両校の風景の撮影。

 

 何かの暗号でも送っている可能性は……無さそうだ。そもそもまだ選手の様子は見えないのだから、偵察したものを伝えることも出来まい。

 

 

「こちらを混乱させるために、『ウチの○○ならばきっとやってくれます』とか言う可能性もあるか?」

 

「けどそんなことしても有望選手ぐらい僕らだって情報は仕入れている訳だしね」

 

「意味はないか―――」

 

 

 とはいえ、ダークホースを用意しましたとか言えば、それなりにこちらも強張るかもしれない。

 

 幹比古の言に肯定しつつも八高の様子は普通だ。男の何人かが鉢巻きに『必勝』と書いて拳を握っているのだが、何だか萎縮しているどころか…若干眼が血走っている様子。

 

 対称的に八高の女子は、歯を食いしばっている様子。何だか悔しげな様子にも見える。

 ただ代表の生徒。恐らく会長なり部活連の会頭なのだろう男が、色々言っているが、大体は定型通りであり、ミトも普通の応対。確かに有望選手がいないわけだが―――もう少し無いのかと思う。

 

 そんな八高に対するちょっとした哀れみは、次にカメラが回った一高の場所で完全に消え去った。

 

 

『カメラが向かう一高の応援席―――うわおっ! こ、これは!?』

 

ミトが驚愕するのも無理はない。一高応援席……そこにいたのは、戦う男を、がんばっている人間を応援する女神たちだったからだ。

 

『『『『『モノリス・コード!!』』』』』

 

『『『『『The first high school!!』』』』』

 

『『『『『VICTORY!!!!』』』』』

 

 

 見える限りでは一高の綺麗どころ全員が揃いの衣装で、そんな合唱であり、踊りと共に『応援』(エール)を送ってくれる姿。

 

 今の日本の風俗観ではどうなんだろうと思いつつも、プロ野球や多くのスポーツ競技でも無くなっていないもの――――。

 

「チ、チアリーダー!? エ、エリカはともかくとして柴田さん、いや美月さんまであんな衣装をするなんて!!!」

 

 幹比古が驚愕の声で回答してくれた。

 吉田幹比古15歳。まだまだ純な年頃であり、レオ、達也曰くエリカがショートパンツを体育で履いたことにも狼狽するらしい。

 

 一高の女子の殆ど、あの市原鈴音ですら、結構きわどい露出のチアガール衣装でポンポンを振っている様子に、いいのかよと思う。嬉しいのは確かだが……。

 

 ちなみに観念したのか中条先輩も髪型を変えて、ポンポンを前に突き出して『かっとばせー!! 問題児(イレギュラー)―――!!』などとやけくそ気味に言っているし。しかも千代田先輩と壬生先輩が両隣で同じような動作。

 あんたら仲いいっすね。とか思いつつも次にカメラがズームしたのは、刹那のマイハニーである。

 

 笑顔で快活に踊りながらチアリーディングするリーナはやはり輝いている。

 

『発起人はアンジェリーナ・クドウ・シールズさん。やはり本場アメリカ仕込みのチアリーディングを教授したのか、一高全体の艶が違いすぎます!! ああっと!! どうやら他の高校もチアリーダー衣装の確保に走っている情報を掴みました!!』

 

『お兄様』『セツナ』『レオ』『吉田君』『太助くん』

 

 ミトの言葉のあとにカメラが寄っていったのは、深雪、リーナ、エリカ、美月、桃井(C組の生徒)―――。一年の女子で自分達が関わりが深い子達がチアリーダー衣装のままに揃えて―――。

 

 

『『『『『Let's go Fight―――!!!!』』』』』

 

 すごく乗り気になってしまう言葉と応援ポーズを行うのだった。男子勢のサイオンの勢いが上がるのを隠せない。

 

『何とも華やかかつ男子のやる気を上げる声援。もしも九校戦に応援団賞があるならば、一高は確実にノミネートされています!!!』

 

 全くである。この為だけに箝口令を敷いていたとか、徹底し過ぎである。

 

 だが……女子が先輩後輩関係なく、ここまでやってくれた以上、負けるわけにはいかなくなってしまった。負けるつもりも無い。

 

『チア・フォー・マスター』……何故だか知らないが、英霊ブリュンヒルデが、チアリーダー服で応援している様子を連想してしまっているのだから。

 

『さてさて両校の勢いに差がついてしまったが試合は別物!この逆境と妬みをバネに八高が勝つか、それとも男の意地で負けないか一高!! まもなくスタートです!!!』

 

「―――全員、やる気のスイッチは入っているな?」

 

 

 達也の言葉に全員が無言で首肯。負けられない理由を胸に秘めながらモノリス・コード新人戦第一試合は始まるのだった―――。

 

 

 † † † †

 

 

 当たり前だが、この九校戦において八校は若干どころかかなり微妙な位置にいた。

 それもこれも、遠坂刹那が全ての話題を掻っ攫っていき、同時に本戦での微妙な空気を完全に一新したからだ。

 

 このまま一高、否、遠坂刹那に何も土を着けられないままに、終わらせてたまるか―――。その心意気で一高の陣―――石版(モノリス)が置かれている陣に侵入することに成功した三人のアタッカーは、ディフェンダーの姿を見て『ぎょっ』とする。

 

 林を抜けて進み出た所にいたのは、件の遠坂刹那であった。びっくりして息を呑んでしまう八高のアタッカー……しかし求めた『首』がそこにあり―――首は、三人を捉えるように動いた。

 

 

「―――遅かったじゃないか。素通りさせてもらった甲斐はあったな」

 

 気楽な様子で、そんなことを言う。その言葉の不穏さと『不可解さ』に、八高は混乱と激怒で血が上ってしまい、一拍置いて気付くことが出来なかった。

 冷静になれば、刹那の言い回しの『奇妙さ』に気付けたはずだが、あまりにも不遜すぎる挑戦状に八高は臨戦態勢となる。

 

「お前一人で三人を相手取るってのかよ!?」

 

「のみならず勝つ。そして倒す―――俺がここで三人を戦闘不能にしてしまえば―――前が楽だろう?」

 

 

 ふざけるな。言葉に出さずに言葉を遮るために、モノリスの前に陣取る遠坂に向かう。

 

 移動魔法を掛けて体制を崩そうとするも、『足踏み』(スタンプ)で出現と同時に足元の式を潰されて、サイオン弾とエアブリットの連射で前面制圧と同時にモノリスへの開示を狙ったが……。

 

 キン、キン―――甲高い音でモノリスに当たるはずだった魔法が消え去る。

 そして見えた防御壁。浮かび上がる光の壁は古式の一つである。

 

 

「ルーン文字!?」

 

 地面から明滅しながら浮かび上がっては消え去りを何度も行う円陣……その中央にモノリスの姿。

 

「城壁の意味を示すルーンと鹿角のアルジズの組み合わせ。ここに来るまでに色々と仕込むことが出来たよ」

 

 そうして、虹色の宝石。バゲット・カットのそれを見せびらかす遠坂。恐らくそれで描いたのであろうと思えるサイオンの波動。

 開始してからまだそこまで時間が立っていないというのに、これだけの陣を敷いたと言うのか……。

 

 ここで八高は判断を迫られる。

 

 遠坂をやるか―――それともモノリスを―――その判断に迷い―――。

 

 その隙を見逃す刹那では無かった。左手の刻印と同期させる形で宝石から魔力を放射。

 

「Anfang―――見えざる鉛鎖の楔(ファオストデアシュヴェーアクラフト)

 

 宝石から放たれた魔術が地面を変革。

 八高三人―――扇のように広がる形のワイドフォーメーションで迫っていたが、足元に投射された魔法陣は彼ら三人を諸共に捕縛していた。

 

 

「ぐおおおっ!!!」

 

「じゅ、重力系の魔法。こんな広範囲に!!」

 

「けれどなぁあああ!!!!」

 

 

 全ての物体を地面に強力に縛り付ける『四つ仔』方式の魔法陣に対して、抵抗を試みる八高選手たち。

 全力のサイオン放射で、逃れようとしているが―――。

 

(実戦ならば、こうなった時点で終わりだ……などと『いきって』言うつもりはないが、俺が片手間なのに気付いていないんだろうな)

 

 重力異常の井戸から逃れようともがき、身体を何とか起こしながら辛くも脱出した八高選手たち。

 

 息も絶え絶えの様子―――魔弾でも放てば終わりだろうが―――。

 

 

「生きてやったぜ……」

 

「そうか。いのちは大事にしないとな」

 

「ほざけよ!!! 遠さかぁ―――あ、あれ?」

 

 勢い良い言葉を間抜けなものにしてしまうぐらいには、八高の選手たちは、途端に動けなくなる。

 

 そう。刹那が、『右手』を向けた時には全ての勝敗は決まっていた。そして段々と見えてくるもの―――。刹那の出しているもの、非常に見えにくい魔力の放射が見えてきた。

 

 

『こ、これは魔力拘束帯!? 八高アタッカーたち全員が十重二十重に、一高遠坂刹那の出す魔力の布で拘束されて身動きも出来ません!! しかし、これはいいんでしょうか?』

 

 ミトの疑問はもっともだが、レギュレーション違反ではない。半物質化した魔力体による打撃というのは、『質量体』での直接攻撃には当たらない。

 

 物理的な攻撃が禁止ではあるが、遠隔魔法で何かをぶつけるのは違反ではない。何より―――刹那が布のまとめから手を離すと、一人でに動き出して、ズガガガガ!! およそ布の発する音ではないが、布が地面に突きたち張力を維持したまま、八高選手を拘束した。

 

 

「しばらくは瞑想(メディテーション)でもしておくといいよ。正座状態にしたのはそのためだし」

 

『『『くそがっ!!!』』』

 

「いいねぇ。この『遠吠え』が勝利の美酒だよ」

 

 正座状態で一高モノリスの前で拘束された八高選手たち。獲物を前にして何も出来ないで見下ろされているという状況がこの上なく屈辱的。

 

 まさしく『あかいあくま』め。ともあれ一人で三人を拘束した刹那に対して、二人で四人のアタッカーを受け持っていた八高ディフェンダーが、殆ど為すすべもなく、レオの飛剣と黒子野の放つ虚数空間からのスパイク撃ちで吹っ飛ばされた様子。

 どうやら何の波乱も無く、終わりそうだ。

 

『こっちは終わったぜ。そっちはどうだ?』

 

モーマンタイ(無問題)。ゆっくり打ち込んでくれ」

 

 レオからの通信に答える。

 正直言えばタイピングが苦手だった刹那としては、アタッカーではなくディフェンダーで良かったと思える。

 

 鍵を打ちこんだ後の文字打ちこみが苦手だったのだから……。ともあれ数十秒後には、試合終了のブザー。

 こうして一回戦は終了を迎えた。

 

『『『ずっ、ずるいんだぜ―――!!!』』』

 

 やるせなさすぎる八高三人の怨嗟が心地よい。

 

「たわけ。これこそが、戦術と言うものの妙味。俺が賞金首なのは分かっていたからな。囮に食わされたな八高」

 

 結局の所、あの場で止まって罠の可能性を考えずに手を伸ばしたことが敗因。

 ……宝箱がミミック(人食い箱)であったということだ。

 



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第82話『九校戦―――進撃のプリンス』

実を言うと昨日の時点で前半の将輝の戦闘シーンまでは出来ていたのですが、場面転換の頻繁さに、分割して加筆した上での投稿となりました。

ご了承ください。


 そんな八高の落ち度に対して見ていた三高のエレガント・ファイブ達は、獲物の『活き』が良くて実に嬉しいのだった。

 

「注目すべきは、むしろ刹那の防衛力というよりも―――」

 

「彼の元まで敵を誘導しただろう吉田幹比古と、先導してディフェンダーを壊乱させた司波達也だね」

 

「上手い事誤魔化せたつもりだろうが、そうは問屋が卸さない」

 

 実際、三高の見立ては完璧に当たっていた。相手陣に向かっていったアタッカー同士。どこかで遭遇戦を行ってもおかしくなかったというのに、八高のアタッカーと一高のアタッカーは会わなかった。

 

 偶然ではない。見事に誘導されていたのだ。

 吉田幹比古の古式魔法。幻術の一つである『木霊迷路』のアレンジで、相手から隠れて更に言えば、遭遇するはずだった八高アタッカーも生体の感覚をずらされて、四人全員が八高陣営に向かった時点で、幹比古の役割は終了だった。

 

 戦力の輸送。隠れて完璧な奇襲を仕掛けられた八高ディフェンダーは寝耳に水。アタッカーにバック(後退)を命じることも封じられて、その間に幹比古の誘導で『万全の陣地』の刹那の元に向かった八高は、終わっていた。

 

「無論、これは他校に見られた以上、次もこう来るとは限らんだろうな」

 

「うん。警戒されることも織り込み済みで見せたんだね」

 

 刹那の千変万化するスタイルに合わせて攻略法を練っても後手後手に回るのみ。ならば――――。

 

「次はウチだぜ。どうするよ大将?」

 

「刹那と司波にも見せつけてやるさ。新生一条将輝の本気度をな―――」

 

 

 三高の制服……その上着、袖を通さないで肩で羽織る『強豪校の部長スタイル』を取る将輝の力強い先導に、モノリスメンバーは続く。

 

 その道中。チアリーダー姿の司波深雪に遠くからポンポンごと手を振られ『がんばってくださいね』などと声を掛けられたことで、喜色満面になって藤宮と中野にツッコまれたとしても、エレガント・ファイブは一条将輝―――ニュー・クリムゾン・プリンスを旗頭にして進むのだった……。

 

 折れそうな旗には見えないが途端に緩む旗に若干の不安を覚えながらも……。まぁとりあえず進むのだった。

 

 

 

 † † † †

 

 

「ったく。こうするってのならば、教えてほしかったぞ」

「けどビックリして……それでも嬉しかったでしょ? モアハッピー♪」

「まぁな。スズ先輩のエキゾチックな魅りょ……いてててて! すみません。最高に『ホット』でチア・フォー・マスターなリーナちゃんに見惚れてました!!」

「イエス。分かればよろしい♪」

 

 耳を抓って自白をさせるリーナの手際。今でこそジャージを羽織ってチアリーダー姿は見えないが、それでもポニーテールが色々と新鮮である。

 引き合いに出された市原鈴音も『やってみた甲斐はありましたね』とか薄く笑う辺り、全員が乗り気だったんだなと気付かされる。

 

「にしても昨日の今日で、全員分のチアリーダー服なんて用意出来ましたよね?」

 

「二人の保護者だかお姉さんだか、シルヴィアさんが、結構な量のチアリーダー服を持って来てくれたのよ。九校戦が世界的にメジャーじゃないのは課題ね」

 

 ハイスクールステューデントによる競技大会。その全国版であるならば、ということでアメフトと同じく『コウシエン』(甲子園)の華としての知っているものを持ってきたらしい。

 

 シルヴィアの気持ちとしてはリーナだけが違うチアリーダー服では『浮いてしまう』のではないかということで、心配して全員分を用意してきた。

 もしも一高でも用意されていたとしても、本場アメリカのチアリーダー服の方がいいだろうという『無駄な自信』から―――そういうことである。

 

 七草会長の言葉で、それらを理解して『ありがとうございます』と素直に感謝しておく。

 

 

「いまの日本はみだりに素肌を晒すことは、あまりドレスコードによくないんだから、本当に感謝しなさいよ?」

 

「けどその割には、夏の水着としてビキニや、女性のファッションにショートパンツとかありますよね?」

 

 クラウドでも下がスコートとは言えミニスカートを履いていた会長に対して素朴な疑問。

 

 そんな風な通俗とも風俗意識とも言えるのに、女性のファッションは21世紀前半と殆ど変わっていないのは何だか言行不一致な気がする。

 まぁ、世間的に悪いと言え、女性のファッションに対する拘りは、人にどうこう言われた所で変えられないものなのだろう。

 

 そんな納得をしていたというのに、会長は――――。

 

 

「仕様よ」

 

「は?」

 

仕様(MONEY)なのよ。刹那君」

 

「あ、はい。分かりました」

 

 

 例え世界的(設定的)に間違っていたとしても、世界の都合(版元の都合)での様々な衣装は用意されているのだ。

 

 つまりは、会長などこの世界の人々は、『“上”のヤツらは裕福な生活を送りながら、くだらない思想をぶつけ合っている。私達は、そのしわ寄せでこんな衣装を……強いられているんだッ!』

 

 まぁ『売れない』と誰も幸せになれないんだから仕方ない。グラゼニならぬ『デンゼニ』である。ナッツのようなことを強いられているんだッ!!

 下らなくも何だかメタな話を終えたのちに選手控室であり、作戦室に用意されていた大モニターに誰もが注目してざわつく様子。

 

「来たか―――」

「今回は画面越しだが、次は直接見に行くぞ」

「ああ」

 

 いつの間にか傍に来ていた達也と同じく立ちながらレモンで補給をしながらも目線は『がっつり』大モニターに向ける。

 

 別に友達というわけでもないしライバルというほど知っているわけではないが、それでも最後に立ち塞がる男はこいつだとして、三高の戦いに眼を注ぐ。

 

 そして新生一条将輝の快進撃が始まる……。

 

 

 † † †

 

 障害物が殆ど無い平原ステージほどではないが、開けている大地……周囲には大小さまざまな岩に乾いた大地。

 

 熱砂の大地を渡り歩いて東方遠征を果たしたアレキサンダー大王の険しき大地に比べれば……なんとも人工的な大地。

 岩場ステージにて、相手である五高と相対した三高―――ディフェンダーもアタッカーも殆ど眼に捉えている状況。

 

 

 開始の合図。ブザーが鳴り響き五人いる選手の内の―――五人が動き、一気に三高モノリスを陥れようとしている。

 

 片や三高で動いたのは―――。一条将輝ひとりのみ。不遜なまでに堂々とした進撃。

 

「フェイクを刻んだとしてもな。あまりにもぎこちないぞ」

 

 向かってきた五高の五人に対して手を向けて『爆裂』の『小型バージョン』―――『炸裂』。

 

 レギュレーション違反ではないものを向けると、『岩土』として砕ける五高選手。

 どうやら岩と土を利用した『分身体』、専門的に言えば『化成体』、『ゴーレム』というべきものだ。

 

 最新式カメラが視覚的に誤魔化されるぐらいには、それなりの偽装も施されていたが、一条将輝の張りつめた五感は偽体を見抜いていた。

 

「どうやら隠れたようだが、意味はない―――燻り出してくれる」

 

 偽体のゴーレムを突っ込ませた間に、五高選手たちは隠れたようだ。だがそれでも構わなかった。一条将輝は息を大きく吸い込み、身体を強張らせて―――フィールド中央で一気に解き放った。

 

「おおおおおおおおお!!!!!」

 

 気合い一声と共に猛烈な―――赤い魔力と物理的な圧力がドーム状に広がっていく。

 巻き上がる嵐と共に吹き荒れる岩と土。人為的なストームが一条将輝を中心に吹き荒れて―――。

 もはやすり鉢状になったフィールドの中心で―――燻りだした相手を見つけて一条は魔法を向ける。

 

「そことそこか」

 

 偏倚解放で撃ちだされた空気圧。爆圧も加わっているものが、五高選手の頭上で炸裂。身体をしこたま撃たれたことで、二人が戦闘不能。

 

 焦ってストームの範囲外に思いっきり飛んだのが仇となった。

 これで残りは三人―――二人よりも速くに退避して魔法式を向けられなかった三人がモノリス前に陣取っていた。

 

 ゴーレムと見分ける必要もないくらいに、人間である。

 

「くそっ! プリンスめ!! こうなれば俺たちの秘策を見せてくれる――――」

「やるんだな劾亜!?」

「ああ、いくぞ! 織手! 眞衆!! ジェットストリームアタック!!!」

 

 何をやるつもりなのか、何が来たとしても打ち崩す。その意味で堂々と待ち受ける将輝の前に―――巨大な巨大な―――巨大な人型が現れた。

 

「ストーンゴーレムか」

 

 凡そ7mの身長に横幅は、三メートルはあるのではないかと思われるものが……突進を仕掛けてきた。しかも三体同時に。

 

 しかし、これで攻撃してはレギュレーション違反ではないのかと言う疑問は氷解する。結局の所、魔法で形成された『人形』は『直接的な物理打撃』の範囲外にある。

 

 魔法で作られたものが武器を持ち、巨腕で攻撃しても問題はないのは、それ自体が魔法の産物だからだ。

 要は巨腕の一撃も足踏みも等しく『遠隔魔法攻撃』に分類されるからだ。唯一の例外は、それを鎧や武器として『身に纏って攻撃』した場合のみ。

 

 そんな巨人たちの攻撃をバカ正直に受ける将輝ではなく、跳躍で飛び立ち一番手前の巨人の頭を踏み台に―――。

 

「は、はやい!! 俺のドゥームを踏み台に!!」

 

(いい攻撃だったが、もう少し歩幅とフォーメーションを変えるべきだったな。)

 

 感想を漏らしながら、二番目の巨人の『核』に魔法を叩き込み元の岩土になる前に、それらを利用。

 振り向きざま。手を向けて一番手前にいた巨人の背面に燃える岩。発火させて炎を纏う焼石ならぬ焼岩を加速系統の魔法で打ち出して、衝撃と若干の熱量で元の岩塊に戻して大地に勢いよく落としていく。

 

 速すぎる攻撃と魔法の投射に切り札たるゴーレムが一体のみになったことで、三人は渾身の魔力を最後の一体に動員して一条に向かわせる。

 例え一条が強いとしても――――実戦経験済みであろうと自分たちと同じ15,6なのだから―――たとえ……。

 

「「「負けるかよぉお!!!」」」

 

「いい気合いだ。その戦う気力を待っていたんだよ!!!」

 

 

 その言葉の後に―――両手を叩いてから片方の腕を肩より後ろに引き、もう片方を前方に突きだす……弓を構えて、弓弦を引き絞るような姿勢。

 

 番えられる炎の矢―――実体がなくとも、手の動きだけでそれを認識させられる一条の動き。

 まるで……遠坂刹那の如き動きだと誰もが思う姿。

 

 彼我の距離20mをあっという間に踏破しようとするゴーレム。まっすぐに向かってくる。向かってこなくとも将輝に出来るのは、これだけだ。

 ならば―――放つのみ。強烈なサイオンが弓と矢を形成して打ちだされる矢は―――『絶対防御不可能にして回避不可能の絶矢』。

 

 灼熱の矢がゴーレムの真芯を貫き、そのままに後方の操縦者に向かう。無論、撃ちだされた魔法―――高速の矢に対して、砕け散り爆発したゴーレムの操作を中断されたことで急いで妨害しようとしたが……。

 

 その時には灼熱の矢は違う『モノ』へと代わり、三人の眼前で炸裂。とんでもない圧が土砂と岩ごと五高の生き残りをモノリスの更に後方にまで吹き飛ばし―――戦闘不能のジャッジが下る。

 

 ここに三高の勝利は決まったのだ。降り注ぐ歓声の中でも将輝は慢心せず残心をして、五高に感謝をするのだった。

 

 ・

 ・

 ・

 

 五人全員を一人で戦闘不能にした一条。会場が歓声で包まれている様子。対称的に沈黙が降り立つ一高陣内。誰もが誰かの言葉を待つ。

 

 誰かは当然、この中でプリンスと撃ちあった男であり、色々とイレギュラーな人間。

 

 はちみつ漬けのレモンを食ってから発する遠坂の第一声は――――。

 

 

「あいつ山籠もりして『ナッパ』になるなんて、退化じゃね?」

 

「せめてファイナルビッグバンぐらいは使ってほしかったな……ってどうしたんですか、みんなずっこけた様子で?」

 

 続く司波達也の言葉に、全員が1970年代風にズコーとずっこけてしまうのだった……。

 

『ずっこけたくもなるわい! なんで出てくる感想がドラゴ〇ボールなんだよ!?』

 

 

 だが、あの強烈なドームは確かにナッパの技に似てはいた。『クンッ』と二本指を上げる動作が欲しかった……そんな馬鹿なことを想いながらも、『これが底ではない』と加えたことで緊張は増す。

 

 新生 一条将輝のデビュー戦は、恐ろしく今までのプリンスらしからぬ剛毅な戦いが見えて、こちらに底を知らせなかった……しかし、絶望するほどのことでもないと気付くものたちもいて、戦うまでに対策出来ればいいのだった……。

 

 

 † † † †

 

 

『いくぞ奏者(アイリ)!! ――― regnum caelorum et gehennam……』

 

「門を開けよ! 独唱の幕を開けよ!! しかして讃えるがよい!! この黄金の女神を!!!」

 

 杖を持ち膨大な魔力を解き放つ一色愛梨の姿。随分と独特なプリズムトランスであると思いつつ、転身が進んでいく。

 

 愛梨の着ていた衣服が光に溶けて違うモノに代わり、今日の午前中に見たミラージ・バットの衣装と同じようなものに変わっていく。

 

 だが、衣服自体が『異世界の防具』とも言えるその姿は、全体的に赤と黄金で構成されておりゴージャスかつエレガントな装いのカレイドライナーであった。

 光による転身が終わると同時に見えたものを前にエクレール・アイリは叫ぶ。

 

 

「転身! 魔法少女プリズマアイリ!! 推参!!!――――決まりましたわ……!」

 

『この前衛芸術にも似たスタイルを持つマスターであるアイリの姿を余が全面的にプロデュース、言うなればいまの余は、『アイマスP』ということだな!!』

 

 上手い事言いやがってと思いつつも、まさしく魔法少女……大師父の杖を用いての転身に他ならなかった。

 

「それで感想はありますかセルナ?」

「うん。実に均整取れたスタイルで、栞に比べれば確かに胸は小さいんだろうが形が良くてウエストとのバラン『スケベっ!!!』ぶげぇ!!!」

「時々ナチュラルにセクハラするよね刹那君って……まぁ緊張をほぐす意味もあるんだろうけど―――」

 

 栞のフォローとも解析とも言えるものの前に、平手を見舞ったアイリとリーナの2人。息合ってんなーと思いながらも話すべきこともある。

 

「それで、なんでお前ここにいるの? 『魔法使いの箱』は封印したまんまだったはずなのに」

『ふふふ。それは魔法使いの誤算だな。我ら(セカンドステージ)の『ペルソナ』は、そも汎人類史における偉業を達成せし存在の転写だぞ。機能に無ければ『付ければ』いいだけだ!!』

 

 勝手に『世界移動』してきた理としてはムリがありすぎるが、そもそもガーネットのペルソナたる『英雄』のスキルぐらいは刹那も知っている。

 

 皇帝特権というもので、己に無いスキルや素養を一時的に己の身に宿すことができるそれは、一種の『投影魔術』だろう。器物であるところを『能力』というあやふやなものにしているが、それでもライネスがイゼルマで、『封印指定』の猛攻を『黄金姫』の再現で食い止めた時のように、人体や容姿の『投影』というのは、無くはない現象である。

 人づてに聞いた話でしかないのだが、そういうことだ。

 

『まぁそれ以外にも、アホなことにこの特級の霊地で第二魔法の真似事を開いた人間がいてな。その『穴』から出てきてマサキリトの魔法で『岩の中』から出ることが出来たのだ』

「完全にセツナのおかげなのね。岩の中に転移したのは災難(カラミティ)だったけど」

 

 まさしくうっかりである。いや、ちゃんと現世に因業を残さないように後始末も着けたはずなのに―――それでも手繰り寄せた『縁』(えん)でどうやら浮上してきたのが、ガーネットということである。

 

『しかし、それでも余は生き残った! 如何に万能の杖と言う身で死ぬ可能性が低かろうと、……痛いのは嫌なのだ。『死ぬ』のは辛いのだ……』

 

 小野先生(一高カウンセラー)みたいなボイスで殊勝に喋られるとこちらとしてもやりにくい。とはいえ小野先生よりは若干、年齢が低めなのでまだいいのだが、変な気分だ。

 公安の潜入だかオペレーターだか、訳の分からない地位の女の顔を思い出して、苦笑しておく。

 

「わかったよ。そこはもうツッコまないでおく。そこからアイリをカレイドの魔法少女にした理由はなんだよ?」

 

『それに関しては、とりあえず回想シーンで教えようではないか! ではSE再生開始!!』

 

 びしぃっ!とでも擬音が着かんばかりに黄金の羽を伸ばすガーネットに立ち直り速いと思いつつ、音声が聞こえる………ホワンホワンホワンネロネロネロネロォオオオオ!!!

 

 ……回想のためのサウンドエフェクトにはあるまじき音に、『お、伯父上―――!! まぜるなキケン!! しかし、ここまで構われると余も照れてしまうぞ!!』などと嬉しそうな様子。

 そんなガーネットの様子に愛梨は疑問があるようだ。

 

「あのセルナ……ガーネットのパーソナルデータって本当に誰なんですか?」

 

「教えられていないの?」

 

「秘密らしいので―――」

 

「いずれ分かるさ。それとパートナーが秘密としているものを、俺が教える訳にもいかないさ」

 

 愛梨の疑問に応えつつも効果音(SE)で察せられないものかと思うが……。

 

 

(歴史にて賛否分かれる『暴君』がまさか『女性』だなんて想像は……)

 

 なかなか出来ないよな。

 歴史が『正しく』記されているものと思いがちな魔法師からすれば、そういう飛躍した想像は中々に出来ない。

 この点に関しては達也も同じであり、古式の幹比古も例外ではない……。

 

 まさか、紀元前には既に『宇宙人』と『ホモサピエンス』の戦いが始まっていたとか、ムリすぎる飛躍なのだろう。

 

 結論付けると同時に暴かれる愛梨とガーネットの出会い……とりあえずそれを―――『七人』が見届けることになるのだった……。

 



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第83話『九校戦―――プリズマ☆アイリ』

やはりパロディやメタネタは評判悪いと言うか、私では稚拙なものになってしまうのかなー。

などなど聖飢魔IIの虚空の迷宮を聞きながらも考えて、新話どうぞ。


『くっ……このままでは司波深雪、アンジェリーナ・シールズ、司波達也……同年齢の恐るべき使い手に勝てない―――何よりセルナの隣で戦えない……!』

 

 一昔前の映画のように、プロジェクターよろしく林の中に邂逅した時の映像を映し出すガーネット。

 

 そんな風に想われていたとは―――。恐縮すぎると思いながらも、映像の中の愛梨はフェンシングサーベルを操って立木の枝を次から次へと何かに削り取っていく。

 

 朽木へと変貌させられた枝。青葉が舞い落ちる中、流れる汗を拭う愛梨の表情はとても熱心だ。

 

 そんな中、夜の闇を切り裂いて暴君のパーソナルの杖が動き出す。

 

『よい! 実によい!! 敵わぬものを前にしても諦めぬ闘志。その心と行動は、天に在るマルスの眼とアテナの眼も楽しませて加護を与えてくれよう。金色に輝ける遠雷のものよ!!』

 

『だ、誰ですか!? ま、まさか、おおおおお化け!?』

 

……お化けを怖がるという一色の意外な一面を見て、何となく可愛く思えてしまう。

 

『誰がスペクターか!? しかしある意味では間違いではないな。余はこの世界では稀人も同然。しかし、輝ける意思持つものに手を貸し共に戦うこそが我が道、我がローマ!!』

 

 その時、夜闇の上空から黄金に輝く塊が降り立ってきた。

 それを見て眼を覆う愛梨。汗だくの身体に冷や汗が流れ落ちて―――降りてきたもの、杖の輪郭が見えた。

 

『杖……?』

 

『お初だな異界のウィザードよ!! 余の名前は遙かなる偉大なローマに連なりしものの一人『カレイドガーネット』、もしくは『マジカルガーネット』とでも呼ぶがよい!!』

 

『カ、カレイド? マジカル? え、え、え?』

 

 困惑しきった一色愛梨の面が気の毒に思える程度には、本当に唐突な自己紹介である。

 そしてカレイドステッキの一方的な台詞が続く。

 

『主役でなくとも主役になろうとする。届かぬ天の星に、手を伸ばそうとするその気概! 己を輝かそうとするものは、余の奏者たるものに相応しい心!!見事だ、若芽から大樹を目指す者よ!! そなた! 名は何という!?』

 

『一色愛梨ですけど―――はっ! なぜか『王様』に話しかけられているみたいで自然と答えてしまいました―――』

 

 最新型のカレイドステッキは血液認証もいらなければ、接触による使用の契約もいらない……ついでに言えばオトメのラブパワーなるものも必要ない。

 必要なのはただ―――お互いが『名前』を名乗ることだ。

 

『よくぞ名乗りを挙げた。金色の雷を纏いしものよ。そなたの運命はここから始まるのだ―――!!!』

 

 ・

 ・

 ・

 

「そして、ガーネットによって『この格好』にさせられた愛梨を見つけた沓子(爆笑)と私(抑えた笑)とで、ガーネットのことは秘密にしていた」

 

「破格以上の道具であり楽しいパートナーなのだが、どうにも振り回されっぱなしで、少々難儀していたのじゃ」

 

『この世界のウィザードは頭が硬すぎる。これではピクト人やゲルマン人どもがやってきた時に橋一つ守れんぞ』

 

 神代の理は既にこの世界から崩れ去った。

 

 人理―――世界の可能性が多様化された。人の発展する様が多く見えるもの。

 

 この世界では人々が発展していくために『魔法師』を作り出した。世界の裏側で隠遁すべき隠者という立場を捨てさせて、世界の表で何かを担わせる道を選び……そして、どうなるかは分からない。

 

 全面核戦争によるクライシスを回避したものこそが、魔法師であるが、同時に魔法師が核を凌駕すべき存在へとなってしまった。

 

(変化の拒絶は死を招くシステム。また不可能の『転覆』もいずれは死を招くシステム――――)

 

 ある意味、魔法師は勝ってはいけない『勝負』の負けを『認めてこなかった』……。

 

(だが、そうしなければ人類社会の中で魔法師は生きていけなかっただろうな)

 

 そんな風なある種の『外様』ゆえの考えを出してから、何が出来ないのが不味いのかと聞く。

 

 予想はあるが、とりあえず聞いておくのが礼儀というものだろう。そうして聞かされたことを聞いて、まぁ実演するのが一番だろうと思えた。

 

 オニキス(封印状態)を手に持ち起動させる。本格的なプリズムトランスはムリだが―――。

 飛行することじたいは不可能ではない。

 

 

「「「―――」」」

 

「久しぶりに見たわね。セツナ!抱っこ! あのボストンでの一夜の如く、ワタシを空に誘って!!」

 

「はいはい」

 

 

 飛翔の飛行をする刹那の姿に三高女子は唖然の沈黙。ジャージ姿のリーナを抱き抱えるために、一度だけ地面に戻ってもう一度、地面から飛び立つ。

 

 その姿―――正しく『魔法使い』として正しいものだろう。時間を食らい、夜を呼吸し―――神秘の力を世界に示す姿こそが魔法使い。

 

 優美かつ豪快な飛翔すら見せる刹那の姿と……姫だきされて笑顔のリーナにイラッとしつつも、再び地上に降り立つ魔法使い、遠坂刹那が口を開く。

 夜の生気―――まだ日は沈んでいないのだが、それを吸ってきたように感じる。

 

 

「とまぁ、こんな塩梅だ。流石に自分ひとりで制御しなきゃならないから結構大変だがな」

 

「それでもそんな普通にできるものなのかの?」

 

「俺のお袋は、魔女だったからな。魔女の血を引く男子はウォーロック(男魔女)として雌性の魔術基盤も得る―――噛み砕けば、トンボとキキの間に生まれた『男子』(トト)も『魔女修行』が出来るわけだ」

 

 自分探しの旅に出る男子の方にも魔法使いの修行を―――そういうことである。

 実際、『刹那―、ちょっとお空に行くわよー。今日こそはちゃんとアンカー打ちこみなさい』などと箒を手にして空へ行くこともあった。

 

 いま考えれば、お袋は綾香さんと同じく俺に『陽性陰性』の両属性の系統が出来ると踏んでいたのだろう。実際出来るようになったわけだが……。

 

「現代魔法における難点などは、俺も理解している。それでも最後に必要になるのは、右脳の柔らかさだな」

 

「けれどやはり私には無理ですわ―――このガチガチに固まった脳にエクレールを叩き込みたい気分です!!」

 

「待て待て待て! 分かった。これ以上は『利敵行為』になると思ってあまり関わりたくなかったが、ここまで来るとどうしようもない―――」

 

 魔法式を頭に掛けようとしている愛梨を見て肩を掴んで押しとどめる。

 その際に魔法少女の服。オフショルダーで剥き出しの肩を掴んだことでリーナの眼がきつくなったが、構わずに言っておかなければならない。

 

 

「カレイドステッキを用いての飛行はどちらかといえば、俺の分野だ……。望むならば―――俺が適正に教えられるが……それはもしかしたらば、今までのアイリの努力とは真逆になるし……何より俺は一高の生徒なんだ。その辺を考えて、今日か明日の夜までに―――『パーソナル・レッスン』を受けるかどうかを教えてくれ」

 

「お願いしますセルナ」

 

「即答しないで……一高に有利なように、俺がお前によろしくない術式を教える可能性だって考えないのか?」

 

 もう少し深く考えての返答を期待したいのだ。それでも愛梨は揺るがない。揺るぎない意思を持った表情で答える。

 

「リスクを恐れてリターンを得られるほど、才気ある存在だとは思っていません。それと本戦ミラージを見るために、やって来るお母様に……この大会でどれだけ私が伸びたかを教えたいのです」

 

 

 胸の前で手を組んで必死な様子で懇願する一色愛梨……イヴェット姉弟子のように『愛人志望ですっ♪』などと公言した上で指導を受けていれば別だったのだが……。

 

「セツナ……どちらにせよガーネットはアイリから離れないんだから、少しは教導した方がいいわよ」

 

『確かにアイリよりも才気あふれるものは多かろうが……決めたのだからな。そしてアイリも、余を受け入れてくれた以上は、力を貸さねばなるまい」

 

 

 呪いのアイテムも同然であったのだろうが、それでも暴君はアイリといることを決めたようだ。

 

 そしてカレイドステッキはアイリといることを決めた。少なくとも第二魔法の産物であるならば、自分が関わらなければいけない事象だろう。

 

 

「分かった。今夜からやってやる……ものにならなきゃアーキマンでもトーラスでもいいからそっちに切り替えた方がいい」

 

「うん。いざとなればフォローを入れるから、愛梨と存分に睦んでから、私の元にも来てほしい」

 

 

 なんか変な誤解を招きそうだが、まぁとりあえず――――そういうことにした。

 

 

「と言うわけだ。後で会頭なり会長にも知らせとくが、お前たちの口から知らせても構わんよ」

 

「―――シズク、ホノカ?」

 

 

 この人気がない林の一角。ちょうど魔法練習に使える場所として開けた場所に、林の陰から出てくる見知った顔二人。何とも言えない顔をしているのは、分からなくも無い。

 

 あんまり殺伐としたくないが利敵行為でもあるからだ。しかし、二人は判断に困っているようだ。

 

 

「別に告げ口だなんて思わない。まぁミラージで使える手が俺にあるんならば、俺はそうしたいだけだ」

 

「けれど刹那君……深雪だって努力してきているのに、こういうのはちょっと……」

 

「そうでもないでしょ。だって二人のファーザーはFLTの社員で、タツヤはトーラス・シルバーのサンプリングユーザーなんだから」

 

「えっ!? それは初耳だよ!?」

 

 光井の百面相とでも言うべきもの。表情の変化は見ていて飽きないが、特にオフレコというわけでもないので、全員に話しているものだと思っていたが、そうでもなかったようだ。

 

 こりゃ達也から怒られるかな。と思いつつも、この辺りで納めておく方が、一番いいのだろう。

 

 

「どおりでシルバーモデルなんて持っていると思っていたけど、彼はFLTのモニターだったんだ」

 

「そんなわけで多分だけど、『例の術式』のサンプルも実験していると見た方がいいと思う……スタートラインから違うんだよ。インチキというわけではないが、誰もがいずれは手に入れられるものを、先んじて使ってフィッティングしているってのは、ちょっとズルくないか?」

 

 だが技術開発はそういうものだ。そして、家電メーカー勤務の父親を持つが如く、試供品を手に入れられる立場の2人(偽)ということに、栞を筆頭に納得する。

 というか、刹那の見立てでは達也の自己顕示欲はすごくて、言葉とは裏腹なことしかしていないと思っているのだ。

 

 ともあれ、一高首脳から止められれば、止められる可能性もあることだと愛梨に伝えておく。

 

 少しだけ寂しげな顔をする愛梨だが、それも仕方ないことだ。

 

 ただ一つだけ今の彼女のスキルで、深雪の『飛行』に追い縋れるものがあるのだとすれば……。

 

 

「やはり春日や里美を圧倒した、『稲妻』を利用しての、『跳躍』かな?」

 

 体電位を利用した運動能力でプリズマな魔法使いに追い縋った『少女』(プラズマリーナ)のことを思い出して、そんな風に呟くのみであった―――。

 

 



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第84話『九校戦―――儘ならぬ立場と幕間の戦い』

結果から言えば、流石に会頭も会長も『NG』を出してきた。確かにフェアプレー精神に則れば、特に攻撃系統の術はともかく、移動系統や加速系統―――フィジカルシフトを旨とする競技において、一方だけが『いい道具』を使えているのは、若干―――フェアではない。

 

競泳でも2000年代……2008年ぐらいの頃、ある水着を利用したことで、多くのトップ選手たちが世界新記録を樹立したこともあるぐらいだ。

道具の性能で、一秒でも二秒でもタイムが縮まるのならば、そちらを使った方がいいに決まっているのだが……。

 

結果として、この水着は一時だけの『チートスイムスーツ』ということで、後に全面禁止となってしまった。

陸上競技やバスケットにおけるシューズの最適化とも違う。『能力の底上げ』という意味合いが強すぎたのだろう。

 

とはいえ、そのスイムスーツの存在が、それまでの水泳競技においての定型(セオリー)に一石を投じたのは間違いなかった。

 

「一色さんには気の毒だけどさ。やっぱり刹那も一高の選手なんだから、そこは節度を守らないと」

 

「そうだよなー……」

 

幹比古の意見の『もっともさ』に同意しながらも、今の立場を認識し直す。

実際、雫は九校戦というものの偉大さと言うか高潔さの信奉者なので、刹那の行為は裏切りにしか思えなかったようだ。

 

それ以外の感情もあるように思えたが……。執行者として協会の、秘儀裁示局カリオンの意向に従いながらも、我を通してきた時とは違う。

 

「だが、お前の意見も確かに分かる。俺自身も『跳躍』だけで勝てるならば、そうさせたいが……」

 

絶対使うよ深雪は、お前の一番のキャンペーンガールなんだから―――と、傍にいる達也に無言で言っておく。応援合戦の様子なのか六高と一高の観客席が映し出されている。

 

今回は女子のチアリーディングだけでなく男子―――特に会頭がどこから手に入れたのか学ランに鉢巻、白い軍手を着けて昔懐かしの応援団長スタイルなのに驚かされる。

 

何気に次の本戦開始まで楽しめていないのが、若干苦痛だったのではないかと思ってしまう。

会頭の他は二年の服部、桐原、沢木……三年でも男子の次席と言える辰巳が同じような服装で応援団旗を持っている。

 

一高のシンボルとも言える八枚花弁のそれを掲げたもので声を張り上げている様子。こちらにまでその声援が直に届くのではないかと思うぐらいには、声がサイオンを伴っている。

 

『両校共に凄まじい応援の声と熱気で選手たちを盛り上げていきます!! さぁて今回のステージは市街地戦!! 殆ど距離を置かず隣り合う、廃ビルの中に隠されているというモノリスを探し出して攻略する、非常に戦術性が要求されるものです!!』

 

 

ビルという言葉から、何となく自分が生まれる前の冬木にあったというホテルの爆破事件を思い出す。

両親も小さい頃だったから、あまり覚えていないそうだが、時期が時期だっただけに、聖杯戦争の参加者がやったのではないかと噂されている。

 

というか両親―――特に父の方の『身内』の仕業なのではないかと思う程だ。確証こそないが場合によってはライネスは、父にも借金の返済を求めていたかもしれない。

 

蛇足を終えてから―――状況を整理する。今回ばかりは刹那の他にもディフェンダーは張り付けてある。

 

流石に遮蔽物が多すぎる場所において、ルーンの守りと魔力拘束帯だけでの封じ込めでは不安が残る。かといってデカい焚火を起こされても厄介。

 

この建物の中では魔弾ですら反響しまくる。

 

まぁ『壁や床に『びっしり』ルーン文字を書きまくることも出来るが?』と提案したが却下された。解せぬ。

イゼ〇ローン要塞のように、完全防備も可能となるはずだったが、ともあれ今回は達也と幹比古がディフェンダーとしている。

 

攻2防3の編成。それを決めておいたことでブザーが鳴ると同時に―――動き出す。

 

 

「Anfang―――」

 

魔術回路を起動させてから、床に手を着ける。同時に右手の魔術刻印が作動。

 

「トレース・オン」

 

物体の構造情報を読み取る魔術。父の良くやっていたことだが、父がこれだけの構造物を『解析』出来るようになったのは、結構あとになってからだ。

 

五階建ての建造物。それをくまなく探ることが容易いのは『遺産』である。

 

「屋上から一人、一階に一人―――」

 

「向かいの窓からこちらを探っているのもいる。スタンダードな戦術だね」

 

上と下からの同時索敵で、ターゲットを探す。その上での挟み撃ち。定石である。

 

同時に、追い詰められているのを知って出てくる人間を観察するのも忘れぬ手口。

 

二人の侵入は、分かっていたことだ。同時にこちらも二人を相手陣に送り込んだ。

 

『司波君、こちらは相手ビルに潜入成功。こちらにも三人いますね?』

 

「ああ、一人三階から探っている『眼』がいる。位置情報を送るから、沈黙させてくれ」

 

『了解』

 

黒子乃太助の潜入術。虚数空間―――ほど深い領域ではないものの、一種の『空間転移』で影から影に移動する手際は、驚くべきものだった。

 

虚数魔術と混沌魔術―――これらを黒子乃の家では『虚空魔法』と称して一種の奥義としてきたらしい。

系統としては地味ながらも、その特異性と柔軟さで、必要な出力をその場で必要なだけ用意して勝ちを獲りに行くクセがあった。

 

ゆえに森崎や光井などの術者は、なんで自分が負けたのか分からぬままに拍子抜けして、術の特性すら分からずに終わってしまう。

 

結局の所、『サクラ・エーデルフェルト』と『フラット・エスカルドス』の半々の資質を持っているようなものだ。

 

(ノーマルな術者からすれば、フラット兄弟子みたいなのはやりにくい限りだろうな)

 

 

「それじゃどちらからやる?」

 

「屋上からだな。歩調を合わせりゃいいのに、屋上から来たのが少し早かった」

 

「つまり―――六高のモノリスは、一階と二階には無い」

 

「そう踏まえた上で屋上を抑えておけば、お前か幹比古を送りやすいだろう」

 

「了解だ」

 

遊撃に入る為に強化も加速術式も使わずに、『忍術』で走っていく達也。一先ずは小手調べの『加重系統』で撃っていくだろう。

 

六高もディフェンダーに達也がいると知れば撤退か、戦力の増強を図るはず。

 

 

「何というか刹那と達也の考え方って非常に実践的だよね……こう軍人的と言えばいいのか……」

 

「まぁ分かってるヤツと組んでいるとやりやすいな。そんだけだ」

 

勘のいい幹比古を少しだけ煙に巻く発言。そうすることで幹比古は己の『マッスル』に考えが至った。

 

「そうなると僕も身体を鍛えた方がいいかな……戦士とでも言えばいいのか、マッスルでレオや太助君にも負けてるし」

 

「幹比古がムキムキに……やめとけ。美月が悲しむよ」

 

「なんで―――――――近づいてきている」

 

 

無駄な雑談をしつつも敷いた陣から敵の反応を知り、飛ばしていた精霊が感知したもの―――一階からのアタッカーが近づいてくるのを感じた。

 

(静かに先制する―――)

 

(分かった――――)

 

出力を絞り、魔力を縮小した術式を解き放ち―――視認できない所にいる相手に魔術を届ける。

 

最初に幹比古の精霊魔法が、相手の声を乱した。どうやら三階に上がる階段にいたようだ。

 

まだ誰にも通信していない所から見るに、緊張は分かる。

 

ゆえに――――

 

 

『Stern erster Größe』

 

追尾する魔弾―――刻んだ式によって、綺羅星の如き光が刹那の手から離れて床をすり抜けて、戸から出て行き、幾重もの光の粒が溢れて、相手に着弾する。

 

大した威力ではない。むしろ絞れば絞った分だけ破壊力は弱い。しかし―――。

 

『星神』

 

指向性を与えられた魔力に干渉して大術式へと変化。正確には見えないが、幹比古の喚起で光は球体になり、相手を撃った。

 

ちょうど一条の偏倚解放程度の圧力はあったのではないかというもので……倒れ込んだ。

 

『Binden』――――トラップとして作動する束縛の魔術で捕えられた、六高のアタッカーを眼で確認。

 

どうやら完全に気絶しているようだ。

 

「ヘルメット剥がして来い。一人戦闘不能になれば、楽だろうさ」

 

「分かった。ここの防備は任せたよ」

 

それなりに慎重になりながらも、幹比古が出て行き、その三分後ぐらいには、隣のビルで激しい戦闘が始まった様子。

 

音からしても分かる喧騒に、終わりは近いなと感じる。

 

「戻ってきたが、いや向かいが凄いな―――どうやったらあんな風になるんだろう?」

 

六高のアタッカーのヘルメットを片手に持ちながら防衛陣地に入ってきた幹比古の言葉通り、こちらにも響く大音声が戦闘の激しさを物語る。

 

「恐らく達也がニンジャな動きで撹乱しまくって、そんな場面にレオと黒子乃が強烈に打ちすえる。二つの性質の違う戦闘を仕掛けられて壊乱した所で―――」

 

撹乱したニンジャが、戦闘目的たる石版の攻略に移る。同時に幹比古と刹那に繋がる通信。妨害されている訳ではないようだ。

 

『今からモノリスに『鍵』を撃ち込む。見えているか? 刹那、幹比古?』

 

「うん。大丈夫だ。問題なく見えている―――開示されたよ」

 

六高のモノリスは予想通り最上階たる五階にあり、しかも結構あれこれと構造物が多い場所であるそうで、そこには……。

 

「ポルターガイスト現象……なりふり構ってないな」

 

「この作戦取っておいて正解だったね」

 

移動系統の魔法の乱発で『物理的な結界』を作り上げた六高だが、達也のスナイプ技術ならば壁一枚隔てた向こうからでも魔法を撃ち込める。

 

同時に達也に張り付かせておいた『遅延魔術』ともいえるもので、呼び覚まされた式紙が『視覚』を代行してモノリスの元へ―――。

 

本来であれば、相手の建物にいた方が見えやすいのだが……まぁそこは保険を掛けておいた。

 

「オーケー。コードを撃ち込む。刹那。周囲の警戒を」

「了解」

 

主戦場があちらに移っている以上、あまり意味が無い話ではあるがそう言っておく。

 

(見えやすいな。これは……一見すれば無駄なことだったかもしれないけど、今となっては良策だ)

 

式紙―――鳥に見立てたものを飛ばして、感覚の一つ『視覚同調』をすることで遠くのものを見るこの魔法は、確かに便利であり索敵や透視にも使えるものだ。

 

しかし、元が『紙』なだけに、多大なサイオンや魔法式が吹き荒れるところでは余波で破れることもある。

そこで刹那は、持っていた宝石の『粉末』を紙に固定化させたうえでバックアップを掛けた。

 

一種の『物質強化』だと言われたが、純度の高い魔力でいつもより視界がクリアーである。

当人は『心の贅肉かも』などと自虐していたが……。

 

そしてコードの撃ち込みも難儀はしない。

ディフェンダーもどうしてモノリスが開示されたのかは分からないだろうが、それでも遠隔で見ている式紙に気付けず、他のアタッカー……レオと黒子乃がやってきたことで、完全に意識がそちらに向かい……。

 

戦闘に入ろうとした瞬間には、512文字の不定型文を幹比古が打ち込み送信したことで試合終了となった。

 

「波乱も無く、今回も終わったな。楽できていいけど」

 

「そうかい? まっ、刹那ががんばっちゃうと僕らの活躍の場が失われるしね」

 

言いながらも、結局のところ……そういうことだ。

拳を軽く叩きあいながら、刹那が全力で戦えるフィールドたる決勝リーグまでは勝ち進もうと心に誓う。

 

 

その後―――予選リーグを全勝で締めくくった一高は八日目の決勝リーグ。

 

プリンスとの最大級に激しい戦いを予感しながらも、明日に向けて英気を養っていくのだった……―――。



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第85話『九校戦―――決戦前の晩餐会』

 



「えー今日は色々と我々一年男子の為に尽力してくれた女子の皆さんには感謝の限り、光井と里美もミラージ決勝までやって疲れている中、チアリーダー服で応援してくれて感謝の限り。ありがとう」

 

 なんだってこんな所―――用意された一高専用の壇上にて演説みたいなことをしているんだろうと思いながらも、言うことは大体決まっている。

 

「男子の応援も会頭や風紀の先輩方を筆頭に男気溢れてました。我らモノリス・メンバー一同、気合いと共に緊張もしました。が、いい緊張と気の引き締めいただきました。ええ、完全にゴマすりです!! 分かってるだろこんちくしょー!」

 

 どっ、と笑いも取りつつ、そんな所で納めようとしたところ、七草会長から茶々入れが入る。

 

「ちなみに刹那君のベストチアリーダーは誰? 女子として私、気になります!?」

 

 茶々入れにしては随分と穏やかなものである。一番バストがすごかったのは誰だとか聞かれると思っていただけに即答である。

 

「当然マイハニー・リーナです。キュート&セクシーのホットガールで、俺の気合も有頂天でしたから、今すぐにでも一条のように七高に単独で攻め入ろうと思いましたよ」

「キャー♪ そこまでマイダーリンに求められると、ワタシも困っちゃうわよ♪」

 

 全然困っていないリーナの台詞はともかくとして各々が今日の最終戦をプレイバック。

 七高との戦い―――渓谷の水を増水させて己のフィールドにした戦いにて、全員が難儀する中。『黄金魚』という魚雷を生み出して七高のサーファーたちを撃墜したことを思い出す。

 そんな演説を傍から聞いていた七高は、その黄金魚によって壊乱させられていたことを思い出して、あれは愛の力だったのか。と思って悔しく思う。

 

「あと不満点を申し上げれば―――五十里先輩ですかね」

 

「えっ!? 僕!? 何かダメだったかな……?」

 

「ちょっと遠坂君! ウチの啓に何の不満点があるってのよ!!!」

 

 実際の所、全員がいぶかしむ。五十里啓もまた応援団服を着て応援してくれていたというわけではないが、まずまずやってくれていたというのに―――。

 

「不満というわけじゃないんですが―――五十里先輩は『自分の性能』を活かして応援してほしかった」

 

「その心は?」

 

 五十里啓の真剣な顔での問いかけに刹那は答える。アホな答えが披露される―――。

 

 

「まぁ、チアリーダー服を着ての応援であれば、中条先輩もあそこまではっちゃけなくて良かったのではないかと、ぶっちゃけ『男の娘』してほしかったですね」

 

『『『『『!!!!!』』』』』

 

「ちょっと―――!! なんで皆して『しまった! その手があったか!!』なんて顔してるんだよ!?」

 

「これはうっかりしていたわ……五十里君の持ち味を活かさせてあげるべきだったわ」

 

「会長―――!!!」

 

 普段から女顔であることをあれこれ言われる五十里啓だが、ここまで全員から思われて面白くはない。

 急いで男らしさを意識させるために直談判をする。

 

「会頭!! 明日は僕も応援団服を!! 学ラン着ます!! 伴宙太(?)も同然の応援してみせます!! 押忍!!」

 

「むぅ……しかしだな。五十里。女性陣が全員でサイズはどれがいいかとか検索し始めたぞ。筆頭は千代田だ」

 

「カノーーン!!!」

 

 婚約者から裏切りが行われつつも、ともあれ色々と笑いを取りつつ、全員の気持ちの摩擦……その解消をした上で―――。

 

 なし崩し的に紙コップを持ち上げると、全員が察した。遂に『いただきます』の時間なのだと―――。

 

 ごくりと喉を鳴らす一高生達を見ながらも、最後の締めくくりをする。

 

「では今日の健闘を称え、明日の勝利を祈願して、モノリスリーダーである達也君に代わって烏滸がましくも、私から一声を上げさせていただきます……乾杯!!!」

 

『『『『カンパーーーイ!!!!』』』』

 

 

 と言うや否や、殆ど全員が特定のテーブルの料理に殺到する。それを見ながら壇上から降りると、達也が近寄ってきた。

 

「やー、肩が凝ったー。壮行会の演説を任されるなんていつ以来だよ」

 

「やったことあるのか?」

 

「姉弟子や兄弟子を送り出す時にね。まぁ殆どは調理部門ばかり任されていたんだけどね」

 

 エルメロイ教室の末弟子として、こういうのは役目として押しつけられることもあった。

 

 先生の方は、そういう『気恥ずかしい』ことをしたくないどころか、栄達していく人間を素直に賞賛出来ないツンデレだったから仕方ない。

 必然、お鉢が回ることもあった。

 

 早速も竹船に積まれていた饅頭、薫り高い海鮮饅頭を頬張る達也というシュールすぎるのに答えつつ、自分もリーナが取って来てくれたエビチリを頬張る。

 

「はい。セツナ。あーん♪―――美味しい?」

 

「自分が作ったものだけど、それされると美味しさ倍増だよ」

 

 恋人同士の『あーん♪』は、最強の隠し味か……そう思っていると、何かと関わる三高陣営が、あのテーブルの中華は何かを聞いてきた。

 

「あれは刹那君の作ったものです。悔しい事に! 私も調理の六割程度までしか担当できないぐらいとんでもないものでした……お兄様の大好物たる海鮮饅頭も、最終的には刹那君の調味が決め手でした!!」

 

「そ、そう……にしてもなんでまた、晩餐会で自炊?」

 

 三高の代表として水尾佐保先輩。通称デコ先輩が深雪の勢いに押されながらも問い返す。

 どちらかといえば、深雪というよりも刹那に対するものだが………。

 

「確かにここのシェフの調理はいいものですよ。流石だと思うし、連日の熱戦で汗と共に出るミネラルと塩分を共に摂取しなきゃならないということを考えている……シェフ村上の調理は明日を戦う魔法師でありアスリートを完調させている」

「それでも満足出来なかったか?」

 

「というよりも、俺が鍋を振るいたかったんです! 達也の専属料理人としてスペシャリテを振る舞うのもいいのだが、もっといろんな料理を作りたかったんだ!! 料理人は誰しも『魔法使い』なんだ!!」

 

「そ、そうか……にしても旨そうだな」

 

 結論―――長らく厨房に立てずに、料理人としての血が騒いだ。それだけであった。結果として一高全員が十分にありつけるだけの中華洋食……慣れない和食も作って含める、少し違うが満漢全席を作り上げた。

 

 だが、そんな言動に対して倉沢という三高の三年生も、『遠坂君に言われると久々に自炊ラーメン食いたくなってきた』『手伝うわよシュウ』とかツーカーで水尾先輩と会話した。

 

 何気に恋のキューピットよろしく『金の矢』を放てたようで何よりです。

 

「倉沢、水尾、お前たちもどうだ。というか全高校で食おう。モノリスやった後で、よくこれだけの『満漢全席』(フルコース)を作れたものだと思うからな」

 

 十文字会頭の言葉に三高首脳も動き出す。毒を盛られているという可能性を考えないのか。まぁ入れてはいない。当たり前だが、最初に食うのは倉沢という技術チーフであった。

 

「疑う訳ではないが、うん。旨い―――旨いぞ!! この料理には遠坂君の魔法がかかっているも同然だ―――!!!」

 

 あんかけ焼きそばを取り分けて食い始めた倉沢先輩から、続々に各校も続いている。全魔法科高校が夢中になる料理となってくれたのは、まぁ嬉しい限りだが勢いを見ると……。

 

 

「あと三倍ぐらいは働いておけば良かったかな……」

「お前の調理スキルはとんでもないな……というかこれすら狙っていたのか?」

「別に、ご飯は大勢で食った方がいいじゃん。まぁ愛しい人と二人っきりで食べるディナーもいいけどさ」

 

 

 結局、現状のままでは一高が一人勝ちしてしまう。別にそれでいいという話もあるかもしれないが、いずれはどこかで何かしらの同属になるかもしれないのだ。

 軍にせよ。魔法大学にせよ……そこでしこりを残すような戦い方ばかりをしていては、何かしらの軋轢になるかもしれない。

 

 独り占めの一人勝ちをしても、それが誰かの心に重石を残すのならば―――。

 

「ならば、同胞としての意識を持たせるしかないんだよ。同じものを食べて、同じ歌を口ずさみ、同じ詩吟に感動してこそ―――『同じ文化』に価値を認めてこそ、初めて人は『同胞』の意味を確認出来る」

 

「―――お前は先んじているな……お前自身が神秘の力を独り占めしているのも一つか?」

 

「お前もだよ達也。お前と深雪の『アレ』はあまりにも、な……」

 

 この大会、一応刹那がスケープゴート的に目立ってはいるが、達也もその技術力ゆえに少しばかり目立っている。

 声こそそこまで大きくなっていないが、今日のミラージ新人戦で光井と里美の対戦校から『まるでトーラス・シルバーだ……』という『少しの悔しさ』ゆえの言葉も出ていたのだ。

 

 これがもう少し違えば、達也に対しての『怨嗟の声』も同然になっていたかもしれない。

 

「そんな訳で、俺は―――お前の父親に頼まれてもいたんだよ。一条クン?」

 

「親父がそんなことを……司波さんこんばんわ。クドウさんに司波もこんばんわ。相伴に預かっていいのか刹那?」

 

 おどけるように話を向けると、一応取り置きしておいた中華。特に深雪や女性陣の『失敗作』というのを一条将輝に向ける。

 

 話に加わろうと―――というよりも、深雪と話そうと機会を伺っていた将輝に若干の慈悲を与えた刹那。

 乗ってきたことは若干嬉しいが、己と妹の所属を探られるのではないかと達也が、少しだけ警戒モードを上げる。

 

「どうぞ。遠慮なく食え。毒を盛られていると思わなければな」

 

「思うかよ! では遠慮なく―――うん。旨いな。この海鮮饅頭。しかし、どこか蕎麦を食べた際の刹那の調味と違うような……」

 

「すみません一条君。それは私が失敗して作ってしまったものなんです。どうしても土鍋の柔らかさが見極めきれなくて」

 

 瞬間、一条将輝に衝撃と魂への落雷が奔る。

 いま。自分が食べたのは―――憧れの司波深雪の『手作り』であるということに―――。

 

 知ったことで、一条の中に天啓が奔り、これぞ天佑だと感じて口を開く。

 

「いえ、先に述べた通り旨いですよ。この饅頭―――なんというかお袋を思い出す味です」

 

「そうなんですか?」

 

「ええ、肉親に対する慈しみを感じさせる逸品ですよ。それと金沢は海鮮でも有名なところですから」

 

 ……『盛って』言っているんじゃなかろうか。そんな気分にさせられる思春期ただ中で『盛ってる』マサキリトの発言に、達也、刹那、リーナ、吉祥寺……共にジト目となる。

 もっともそれ以外の感情で見ているのが、達也であるが。

 

「実を言うと、その海鮮饅頭、お兄様の大好物なのですが上手く出来なくて……なんで刹那君ぐらいに美味しく出来ないんでしょうか……?」

「刹那、お前。司波さんにちゃんと教えているのかよ?」

 

 なんだって俺が責められなければいけないのか。一条の言葉に反発を覚えつつも恋は盲目。

 言っても無駄なことを言うのだった。

 

「こればかりは経験と勘の世界だ……というか達也が難儀なものを大好物になってしまったのが一番だな」

 

「俺のせいかよ。けれど深雪。そこまで気にしなくていいぞ。お前が努力して作ってくれた料理ならば、全て俺にとってはスペシャリテだよ」

 

「お兄様……深雪は世界で最高に愛されている妹です。嬉し過ぎて幸せです……」

 

 一瞬にして一条から視線を切り、達也と二人だけの世界を作る深雪に対して一条は衝撃を受ける。

 

 頭を撫でられて嬉しそうで惚けた表情をする女子と、クール系男子の微笑―――無論、その感情は喜びである。

 

 一高生にとっては日常風景ではあるが、三高にいる一条には刺激が強すぎたようである。

 

『おい刹那! この二人…本当に実の兄妹なのか!?』

 

『小声で肘打ちしながら聞いてくるんじゃねぇ。世間は狭いが世界は広い。仲の良すぎるブラコンのシスコンなんているんじゃないか?』

 

『俺にだって妹はいるが、こんな関係じゃない!! あの年頃になると『キョースケとキリノ』『キリトとスグハ(原作開始前)』みたいになるんじゃないのかよ?』

 

『知らんがな。というか最終的にどっちも兄ラブになる妹じゃないか……』

 

 一条のあまりにも素早い行動と所属レーベル(?)に違わぬ言動に、お座成りな結論で濁しておく。

 一概に言えることではないが、思春期を迎えたとしても仲のいい弟妹、兄姉なんてのはいるのだろう。

 

 もっとも刹那の知るそういった「きょうだい」「しまい」の大半は、出会えば『殺し合い』というのも無くは無かった。

 カウレスさんやルヴィア小母のような関係の人間も知らないわけではないのだが……。話に聞くところの『アオザキ』の姉妹喧嘩もついぞ見ずとも、多くの執行者の噂話として知っていたのだから。

 

 そんな蛇足の思考を切り裂くように達也が動く。それは噂に聞くガーディアンというものとしての意識なのだろう。

 

「ところでだ。刹那や深雪はともかくとして、俺はお前にそこまで自己紹介されているわけではないんだ。あまり馴れ馴れしくされるのも困りものだな」

 

「言われてみれば、こうして直に対面するのは初めてか……三高の一条将輝だ。そちらは一高の司波達也だな?」

 

「そうだ。高名な十師族の一人が、有象無象の魔法師である俺と深雪に何用だ?」

 

 なんというか、随分と冷たい応対。確かに色々と考えることが多い達也だけに、十師族の一人……しかも跡取り息子が、深雪に必要以上に接触してくることに警戒感があるのだろう。

 

 七草会長や十文字会頭の場合、どちらかと言えば頼れる後輩として接されるだけに、そこは無かったが……。一条将輝だけは違う。

 個人的な好意というものを持つのはいいが、いやそれでも何かしら『本家』からも通達が出ているのかもしれない。

 

 最近はあまり見なかった深雪に仕える『従僕』(サーヴァント)としての意識が、細かな殺意となって放射される。

 

「司波さんを有象無象だと思えないな。彼女は日本の魔法師界に降り立った女神だよ。

 それよりもお前だな。司波達也……刹那をスケープゴートにして、デバイスマネージャーとしての己の腕を隠そうという魂胆だろうが、俺たちは見抜いている。

 十七夜と戦った北山雫のCAD、光井ほのかの『太陽拳』作戦……裏で一から十まで三味線弾いているようだが、俺たちとの戦いでは、素通りはさせない」

 

 あからさまな宣戦布告。そして光井が鶴仙流の継承者であることが暴露された。

 離れたところで『太陽拳って何!? ハゲてないわよ!!』とか言っているが、気にしてはならない。

 

「別に隠したつもりはない。そして刹那が目立って俺の微力の活躍が影に隠れているだけだ。出そうとも思わんがな。それが俺の本音だ。一条将輝」

 

「……本音?」

 

 言い切る達也に疑わしい想いは拭えない。

 疑問符を浮かべると同時に半眼を向けると、疑うことはないだろうという半眼を向けられる。

 

「第一、俺は三高で言えば『普通科』の人間だ。大した人間ではない。精々CAD弄りと莫大なサイオンがあるだけの男だ」

 

 なんだろう。言えば言うほど、達也は墓穴を掘っているような気がする。

 あのアイスピラーズ・ブレイクにおいての魔法の行使は、『莫大なサイオン持ち』の達也を利用しての『深雪の魔法』ということに落ち着いた。

 もちろん、幾ばくかの演算処理や達也の特性も利用したと……対外的には言っているのだが……そうは見てくれまい。

 

「ああ、お前が『昼行灯』を気取るのはいいが、モノリス・コードは地力が出る戦いだ。刹那と真正面から撃ち合うお前との戦いを俺も望むんだがな」

 

「僕も同様です。この大会で君と遠坂君にはやられっ放しだ。こればかりは取らせてもらう」

 

(こいつら……)

 

 やられた思いだ。一条にそこまで深い考えがあったか、それとも隣で副官気取りの吉祥寺の入れ知恵か。

 

 この晩餐会で、ここまで派手に衆目の前で真正面から『逃げるな』(決闘)なんて言われたらば、受けざるを得ない。

 貴族の手袋投げのつもりか……そう思う。

 

 だが、そんな中でも達也は『平常運転』だった。

 

「―――全打席『真っ向勝負』なんてのは、バッターにとって都合のいい綺麗ごとだ。俺たちは俺たちの戦いをさせてもらうだけさ」

 

「そうか。ならば、俺も俺の戦いをさせてもらう……司波さん。戦いの前に、こうして話せて嬉しかった……。けれど、これ以上は節度を保ちたい―――明日の為に」

 

「一条君……あなたは……」

 

 ―――お兄様に『勝てる気』でいるの?……そんな一条にとっては無情すぎる続きの言葉が聞こえた気がした。

 とはいえ、そんな深雪の深い信頼とは裏腹に、達也も覚醒した『一条将輝』相手には分が悪いとしているのだ。

 

 レギュレーション違反ギリギリの攻撃を仕掛けてくる一条将輝……手早く深雪作の中華『だけ』を食らってから、三高陣営に堂々と戻っていく一条の後ろ姿に思う所がないわけではない。

 

(名家の責任ってヤツか……)

 

 魔術師としてはまだまだ200年程度の浅い歴史しかない遠坂家であるが、祖父時臣の頃には確立していた家訓を捨て去った刹那なのだ。

 

 少しばかり思う所が無いわけではない。だが決めたのだ。

 

(アイツにとって一条の、十師族の家名は誇りだろうが、俺の家名とてこの世界で根付かせるためやってきたのだ)

 

 そうしてきた理由は―――ただ一つであった。隣にある綺羅星の頭を優しく触る。

 

「んっ……どうしたの?」

 

「いや、リーナの為にも頑張んなきゃな。と思っただけ」

 

 その言葉で刹那に走る気鬱を打ち消したのが自分だと分かって、髪を撫でていた刹那に身体を預けてくるリーナ。

 ほとんどしなだれかかる様な様子に周囲がざわつくのも構わなかった。

 

 一条の背負ったものの重さに負けそうになった時に思い出すのは―――ただ一人の星であるのだから。

 

「大丈夫よ。セツナは負けないわ―――そしてワタシも戦うんだから、ね?」

 

「うん。明日も応援頼むよ」

 

「それと、シルヴィに頼んだけど、あのチアリーダー服、ワタシの分とかサイズ同じようなの買い取っておくことにしたわ」

 

「その心は?」

 

「―――TOKYOに帰ったらば、あの衣装で『シましょ』?」

 

 リーナが赤くなりながらも、秘め事よろしく耳元で囁いた言葉……だが、周囲にいた深雪や達也、諸々の有象無象は聞いてしまったようだ。

 この喧騒の中でも耳年増な限りである。

 

 ともあれマサキリトの行動には困ったものである。真正面から達也に挑戦状を叩きつけてくるとは、これで逃げたら『臆病者』の誹りを受けるのはこちらだ。

 こういう時に『ピッチャー』というのは、面倒である。

 

「刹那、誓約は決勝で解けるんだよな?」

 

「そうらしいな。十師族の『監査』及び『監督』は、決勝では無くなるよ」

 

 如何に十師族と言えども、一条剛毅は己の息子の勝利のために奸計を巡らすタイプではない。

 四葉師に構ってもらいたくて、あれこれやる七草師とも違う。男らしく撃ち合うことで『勉強して来い』ぐらいのタイプらしい。

 

 達也に言いながらも何を言われるかは分かっていた。

 

 

「恐らくだが、レオと火神大河。太助と藤宮。中野は全体のバックアップかもしれないが、幹比古と―――」

 

「……マッチアップ(対決)する相手が誰になるかは流動的じゃないかな?」

 

「かもしれん。だが、お前と俺とで二つの『紅星』を抑える―――」

 

 それは構わんが、それはあちらの思惑に乗ることになる―――いや乗ることこそが達也にとっての勝機なのだろう。

 

 今、その事に気付く。一条の汎用性ある魔法と違い、達也の術は全て手加減が若干不可能なものばかり。

 

 

 つまりは……。

 

(達也で消しきれなかった一条の飽和攻撃を消し飛ばせってことか)

 

 仮に、発動したとしても―――吉祥寺の『見えない弾丸』もろともに防ぐ。そういうことなのだろう……。

 

 嘆息すると同時に了承の意を示しておく。

 

「何か用意しておくものはあるか?」

 

「とりあえず今はまだいい。小野先生からの『デリバリー』が着いたらば。それ次第だな」

 

 意外な人物のことが口端に乗ると同時に、何が来るやらと思っておきながら晩餐会は―――『おかわり!!』を求める声の大きさで再び厨房に入らざるをえなくなるのだった。

 

 魔術師というよりも『中華大帝』とか『中華の覇王』な現状に色々とモノ申したいが………。

 

 

 とりあえず好評であって何より、その際にイリヤ・リズと会頭。それを牽制する七草会長……俺の中華が波乱を呼んでいて、その横では落ち込む服部副会長を中条あーちゃん先輩が慰めるなんていう様子もあったりした。

 

 人間関係複雑に入り乱れ過ぎな九校戦の裏側であった………。

 

 つーか合コンも同然であり――――。

 

「アイリ!! アナタみたいな何にも出来ないお嬢様にはワタシは負けない!!」

 

「どこの大黒〇季だ!? というよりアメリカ人の粗野な味覚でセルナのサポートは出来ません!!」

 

 厨房でもこんなバトルは勘弁してもらいたいものであったが、大助かりであり―――意外にも一色の手際は世間一般のお嬢と呼ばれているものとは少し違っていた。

 

 そして刹那の母親は、貧乏お嬢であったことを再確認するのだった………。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 モノリス・コード新人戦……決勝リーグの前夜に行われた姦しい夕食会のことを考えても早くに切り替えた選手たちは、戦いを挑む。

 

 一高 対 九高――――九大竜王の筆頭だろう『霧栖』……ある意味、本戦ピラーズで会頭に土を着けたとも言える相手の秘蔵っ子たち……。

 

 サイオンで出来上がった槍―――、一年のまだ若造でありながらも高度な『竜属性』のそれを用いた攻撃に難儀しながらも、勝ちを拾った。

 

 最終的には刹那の封印術で封殺したが……これだけの『正攻法』を用いておきながら……総合で三位でいることが、若干気持ち悪く思えている。

 

 油断できないダークホースである。

 

 三高 対 四高――――、順当とまでは言えないが、イリヤ・リズ特製の錬金衣だろうものを纏って戦う四高相手に三高は何らかの『魔術陣』で応戦。

 

 恐らく相互干渉増幅術式……反射炉の如く五人全員の意思を合わせた攻撃が、際限のない攻撃の乱舞が―――『赤い魔法使い』たちが、全てを塗り替えた。

 

 

 順当通り―――というほどではないが、下馬評を覆すほどのものがありつつも結局、予想通りに決勝に駒を進めた二校。

 

 

 一高 対 三高

 

 この九校戦……特に新人戦において凌ぎを削ってきた二校の極みの戦いが始まろうとしていたのだった……。

 

 

 





連続更新は今日で終了。ストックが尽きたのでこの後はペースが若干落ちます。ここまでは大体は予定調和、この後は結構なバトルシーンの連続になると思いますので、切りが良くなれば更新しますので、気長にお待ちください。


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第86話『九校戦―――若武者たちの出陣』

昔は桜ルートなんて、あれだったんだよなぁ。特にエクストラ発売された頃も桜が不遇すぎて赤セイバーに『いじられる』なんてことも……。

だが草の根の如き活動が実を結んだのか、CCCでは別派生キャラが生まれたり、主役級の活躍まであったり……更に言えば『間桐人間』ではない桜の可能性が公式で出されたり―――いやぁ長かったぁ。

タスクオーナ先生は泣いて喜んでいいと思う。というわけで新話お届けします。


『愛しの騎士ロジェロを求めて、ブラダマンテは進んでいきます。邪悪なる魔術師『アトランテ』を打ち破り、彼の持つ盾を手にし、飼い馴らしていた―――に跨りロジェロを求めて突き進むのです』

 

 母がよく読み聞かせてくれていた母の母国のサーガ、『シャルルマーニュ伝説』の一つ。

 

 絵本で描かれているブラダマンテは、愛梨と同じくサーベルを手にして、多くの困難を乗り越えていく少女騎士。その姿に憧れて、エペーをやり始めた。

 

 そしてそこに魔法が加わった時に、アイリの道は決まった……だが、それは幻想との離別でもあった。

 飼っていたセキセイインコが、いつかはブラダマンテの跨ったもののようになるのではないかと、そういう考えが無くなり―――寿命で死んでしまった時に泣いたものの、それだけだった。

 

 

 ブラダマンテ―――シャルルマーニュ十二勇士の一人であり、紅一点の存在として語り継がれる存在。

 大王の姪で、兄リナルドもまた大王の騎士として叙されていながら、姫君としての道ではなく騎士としての道を突き進みながらも、一途に愛すべきロジェロを求めて艱難辛苦を乗り越えた少女騎士。

 

 だが……愛梨は物語に出てくるブラダマンテの様にはいかない。

 

 殿を務めてアルジェリアの将軍『ロドモン』との一騎打ち。邪悪な魔術師アトランテの智謀にも……自分の前に立ちはだかる壁は大きすぎる。

 

 何より、愛しのロジェロは既にどっかの『アンジェリカ』(アンジェリーナ)に奪われているという理不尽……。

 

 

 しかし―――……それは仕方ないのかもしれない。幻想を捨て去り、家の都合で令嬢としての道を選ばされ、その反発でエペーにのめり込み……その反動で、自分と同じく鬱屈している人間を救いだしてあげたいと言う慈悲。

 

 矛盾した生き方を押しつけられて、その上で自由に生きたい人々に手を差し伸べる―――。それでは……空を飛べない。

 

 愛しのロジェロは、空を飛ぶことを恐れない。大地にいることこそが不自由で、何より―――(ソラ)にあるものを敬うからこそ、飛べている。

 

「愛梨。そろそろ決勝戦だよ」

「―――ええ、分かりました……が、こ、この衣装を本当に着るんですか?」

「中野君のやる気を上げるため、私も着るんだから」

 

「私はセルナの応援をしたいのですけど」

「それでも三高の一員なのだから、我慢しないと―――」

「トウコみたいに出来れば良かったんですけどね」

 

 モノリス・コードにて新規格というわけではないが、とんでもないことをしてムーブメントを生み出した『応援合戦』。

 それが戦う選手たちに影響を及ぼすかどうかはともかくとして、全員が戦っているという意識を生み出し、いいプシオンやサイオンを届けるというのもあるかもしれない。

 

 あのシューティングにおける一条の戦いの時のように……そして、ここに来るまで、愛梨と栞はチアリーダー服を着ることを拒んできた。

 無論、自主参加程度のものとはいえ、やるからには半端は許されない。そんな訳で『半端しそうです』と言う言葉で佐保の誘いを断ってきた。

 

 第一、一条親衛隊の熱気がすごすぎるのだから、自分たちなど要らないと思われていたが―――。ここまで来ればやるしかあるまい。

 

「まだ決心着かんのか。小娘共―――」

「前田先生」

「ちょっ、校長先生。そのジャージ姿どうしたんですか?」

 

 三高のテント室にやってきた女教師―――女傑と呼べる女は獰猛な笑みを浮かべて、何だか悪だくみをしていそうな目だ。

 

 年齢はまだ四十代前半―――ギリで30代だったかな? そう思いながらも、いつもならばスーツを決めている人がその姿でいることに、嫌な予感がする。

 

「栞と愛梨。お前たち二人して男子のやる気を起こさせないでいるからな。私もまだまだ『イケる』んじゃないかとか、そう考えての事だ」

『ダウト』

 

 如何に面倒見がよく色々と尊敬できる校長先生とはいえ、それはない。うん絶対にない。三高男子のテンションが駄々下がりである。

 ただ一人上がりそうなのは、甥っ子であり部活連会頭でもある前田利成であろう。というか、本当の関係は『従姉弟』らしいが、まぁそういうことだ。

 

「はっはっは。中々に私の感情を逆なでしてくれるな。ならばさっさと着ろ。そして三高男子の眼の保養になってやれ」

「先生は何かハラスメントで軍を退役したとか聞いていたんですけど?」

 

 その言葉に一度だけ苦笑してから、口を開く前田千鶴。

 

「脂ぎった背広組の連中に尻を触られるぐらいならば、戦場で踏ん張る男共の為に艶を振りまく方がいいに決まっている。第一、あれだぞ。ある意味では女は男の戦場を支えなきゃならない。芳春院さまのようにな」

 

 嘘か真か、加賀前田の出とも言われる千鶴先生は、時に戦場に赴かない女の心情を代弁することが多い。その考えは分かる。

 一度はうらぶれても、功をあげることで元の家に戻れることもある。前田利家の伝説―――それを支えた女性の話を出されると強くは出られない。

 

「分かりましたよ。確かに家どうしはライバル関係ですが、一条君及びエレガント・ファイブをきっちり応援してあげます」

「内心では遠坂刹那を応援してもいいぞ。そんぐらいの自由を制限するほどアタシも鬼じゃない」

「校長先生は行き遅れの悪魔ですもんね」

「表に出ろ一色。今日こそは決着を着ける―――!!!」

 

 ジャージを脱いだ先生の姿は―――いつも通りにキャリアウーマンなものだった。どうやら発破を掛けるためだけだったようで、愛梨と栞はちょっとだけ安心したのだが……これの前に、一条剛毅と七草弘一などに、四葉真夜と共に『チアリーダー姿』を見せていたのだった。

 

 面倒な関係であるが、グレード(世代)としては最年長である弘一と剛毅は私的な舎弟関係。同時に千鶴と剛毅も舎弟関係―――反対に千鶴は四葉の双子。特に真夜を六塚温子と同じように少しだけ尊敬している。

 起こったことが、悲劇であっても『弘一先輩』は強く抱きしめておくべきだったと恨む面もあるのが、それでも弘一及び真夜は千鶴の先輩である。

 

 とどのつまり……一条剛毅はどこでも『後輩』、『舎弟』扱いという厳しめの立場である。どうでもいい話なのだが。

 

 そんな舎弟である剛毅から、『無理しないでください千鶴先輩』などと青い顔して肩を叩かれながら言われたので、やめとこうと思った。逆に真夜と弘一が変な空気を出していたのを察して離れていたが……。

 

『いきましょちーちゃん。これ以上弘一さんに視姦されたくありません!!』

『真夜さん! そんな昔の呼び名使わないで!!! 恥ずかし過ぎる!!』

『ま、真夜―!! そんな姿を俺以外に見せないでくれ―――!!!』

 

 そんなことがあったのを知らない三高の女戦士達であったが、決勝戦の時間は近づいているのであった……。

 

 

 † † † †

 

 

「小野先生、ご苦労様です」

「乙です」

 

 やってきた久しぶりに見たカウンセラーはキャリーケース、この時代では当たり前になった電動補助付きのものを引っ張りながらやってきた。

 

「コラッ!! 目上にご苦労様、乙ですなんて礼儀を知らず時代遅れも甚だしいわよ!男子二人!!」

「戯言はともかくとして―――『例のブツ』は?」

 

 怒る小野遥を若干無視して、達也は取引の商品の納入を急かす。達也が世話になっている寺の僧侶だか忍者だかからの預かりものが、キャリーケースの中身だ。

 

「ったくノリが悪いわね。本来ならばブランシュ事件……八王子クライシスでも『連中の狙いは図書館よ!』とか、『壬生さんを救ってあげて』とか言うべき私の台詞はカット! 

当然よね!! だって敵が恐ろしく強大になって、真正面から『城攻め』してきたんだもの!!! 私の調べたことなんて意味ナッシングよ!!」

 

「何をメタいことを言っているんですか、第一、あの事件のお陰で『カードキャプターはるか』、とか『超昂閃忍ハルカ』とかになれるかもしれない切欠になったでしょ?」

 

「そりゃそうなんだけど……前者はともかく『後者』は言い得て妙ね……本当に目指そうかしら?」

 

 何気にカウンセラーの小野先生も、刹那のエルメロイレッスンの常連である。彼女の来歴は複雑……とまでは言わずとも、一応指針にはなっているようだ。

 

 そして達也から聞いた話では、その寺の人間の弟子―――達也にとっては『妹弟子』に当たるそうである。

 

「まぁとにかく渡したわよ。私を闇取引の仲介屋か何かと勘違いしているんじゃないかしら?」

「使いっぱしりなんてそんなもんでしょ。中には、こっそり隠匿しちゃうようなのもいるでしょうけど」

 

 そんな風に少しだけエルメロイ先生のことを思い出していたのだが、それが契機だったのか何なのか、ともあれ―――小野先生から追加のブツが渡される。

 

 同じく電動キャリーバッグに入れられては居らず―――、それとは違う。

 桐で作られた衣装ケース。古めかしい『着物入れ』のようなそれが後ろから出てきた。

 

 オートメーションの簡易ロボットのようなもので引っ張られてきた、それから漂う魔力に萎縮してしまいそうになる。

 

「先生、これは?」

 

 達也の疑問に嘆息しながら、『モノのついで』と言うにはデカい荷物を渡されたと言う小野遥が説明をする。

 

「九重先生が、遠坂君宛てで『個人的』に送りたいものだそうよ。使うも使わないも君次第だけど、とりあえず中身を検分してくれって言っていたわ」

「調査依頼だか、贈り物なんだか分かりませんね」

「本当にね。とにかく渡しておいたから」

 

 そんな風に疲れながら帰ろうとする小野先生、ここまで御足労願ったと言うのに、このまま帰らせるのも忍びないということで、観戦チケット(モノリス新人戦決勝)を送ることで料金代わりにすることに……。

 

 そうして大荷物を『二つ』持って、一高のテントに戻ってきた達也と刹那は、三高対策としてのものだと説明しておく。

 

「壬生先輩の『千鳥単衣』や、四高の錬金衣と同じです。ルール違反ではないし、何より戦力補助ともなります」

「それぐらいだったら俺が作っておいたのに」

「お前だと攻性防御とか付与させてやり過ぎるからな。まぁ日本の古式には古式でいかせるさ」

 

 凝り性の刹那では、間に合わないのではないかという疑問を持ち、達也は馴染みの『生臭坊主』を頼ってそういうものを求めた。

 まぁオーバーワーク気味な刹那を気遣ったわけである。

 

「随分と厳重な封印だね。札に魔法陣に刻印術式まで」

 

 興味津々の五十里啓が言う。

 実際、八雲が刹那に寄越した桐の衣装箱は結構なものだ。何年前の代物だろうかと思う程に、蓋を締めるための札は汚れているが、桐の衣装ケースは少しもくすんでいないのだ。

 

「開けりゃ分かるでしょ」

 

 その時にはどこからか出したか、刹那の右手には歪な短剣。凡そ武器としては使えないのではないかと思うものが握られており、無造作に桐のケースに一閃。

 

 物理的なサイオンの破壊が見えて、同時に札も魔法陣も全て裂けて砕かれる。

 

 何気に結構衝撃的なことをした刹那に、何人かは瞠目するが、構わずにすぐさま短剣を『隠して』……その桐のケースを開ける刹那。

 埃などが舞う可能性もあったが、それは無くそのままに、重々しい蓋を退けて―――高級和紙に包まれた中身を検分する。

 

 最初に出てきたのは―――衣服であった……それは古めかしいとも言えるし、今にも通じるかもしれない衣服。

 衝撃吸収の為なのか、蛇腹の構造を付けた肩部。腕の筋肉を締め上げるつもりなのか、ベルトが腕を包む箇所もある……胸の中央に大きく『紋様』を付けた、特徴的な大陸式の古服と言えるだろうものを取り出した刹那は―――。

 

ナナヤ(・・・)の戦闘衣装……これをどうしろってんだよ………」

 

 ナナヤ―――『七夜』という刹那の『秘密』の一端に通じるものを聞いたが……。

 

 それ以上に、刹那の顔が……。『うげぇ』とでも言わんばかりに、げんなりしていたのだから、うん。なんかあれであった……。そんな刹那にリーナは―――。

 

「記憶の中の『シキ』(THE DEATH)とセツナは仲良さそうに見えたけど?」

 

「全然、あれだぞ。俺がバゼットと一緒に『村』に向かった時、不意の戦闘で助けてくれたのは感謝するが、その後には通訳やったり、宿に引き籠るからと、買い出ししたり、外にいるパンを持ちながら銃火器隠し持っている『シスター』の眼を誤魔化したり、状況はどうなっているかとか……『俺に『眼』を使わせた責任取ってもらうよ?』とか笑顔で言われても脅しにしか聞こえねーよ」

 

「よっぽどキライなのねー……」

 

 どうやら刹那にとっては苦い記憶らしい。どんな事態に陥って、その七夜の関係者と知り合ったかは知らないが―――あまりいい関係ではないようだ。

 

 しかし、リーナの言葉から察するに、『シキ』という……多分、『男』の使いパシリをさせられていたようだが、それが『心底嫌な思い出』ではないのか……時折、眼を眇めて懐かしそうに衣服を見ているのが印象的だ。

 

「で、これをどうしろってんだ? お前の所の生臭坊主は?」

 

「師匠……九重八雲曰く『君にあげる』。その一言だ」

 

「誰かにくれてやってもいいかな?」

 

 手紙を一読する限りでは、それしか書いていないので達也としても判断に困る。あぶり出しや何か隠された文言が無いかと思ったが、何も無い。

 

 ただ一言……それを見せると刹那も、どうしたものかと思う。しかも、その衣服の下には様々な『刀剣』が隠されていた。

 

 古めかしい暗器道具のような得物もあれば、意匠を凝らした刀剣もある。古めかしい直刀なんてのもあり、少なくとも100年、200年前では効かないものもある。

 あまりにも煌びやかな『魔力の輝き』に誰もが注目していた。が、刹那はそれらを無造作に、再び封印して仕舞おうとしていた。

 

 刀剣に関しては興味があるだろうが、今は使うものではないし使えるものではないとしていたのだが―――衣服まで仕舞おうとしているのを見て、がしっ! と幹比古とレオが刹那の両肩を掴んだ。

 

「達也の説明じゃ俺と幹比古は―――」

「プロテクターの上から『こんなもの』を羽織るわけだからね。刹那も僕たちと一緒に、『かぶこう』じゃぁないか?」

「―――カッコいいと思うぞ二人とも」

『『心にもない一言!!』』

 

 そんなに嫌なのだろうか? 装備で有用だとしても、聴衆の眼は、やはりその卦体な格好に向けられるだろう。

 錬金衣は、その煌びやかさゆえに四高ではフォーマルな装備として認識されているのだが、まぁそんなものである。

 

「それにしても邪道というかなんというか……結構ギリギリだよな」

「装備の指定をCADだけに限定しているからこそ起こる陥穽ですね。まぁ昔から―――ローマの剣闘士なんかも装備の面では『工夫』していましたし」

 

 剣奴とも称されるローマはコロッセオの剣闘士達は、自分のお抱えの貴族の要望次第で、様々な武具での戦いを『強制』されていた。

 装備指定をすることで、観客を沸かせるのも彼らの役目だが……命の取り合いをしている剣闘士たちにとっては『死活問題』

 

 明確な基準があるわけではないのだが、軽戦士であればレザー(革鎧)までを身に着けることしか出来ぬし、重戦士であれば、全身を覆い隠すほどのプレートメイルもあり得る。

 

 だが、指定されていたとしても『工夫』次第である。例えば、レザーアーマーを身に付けながらも相手の装備―――特に足払い代わりに足元を掬うだろう長柄の武器を使う相手に抗する為に、金属の脛当てを着けることで対処も可能だ。

 

 革鎧で牛皮の盾だけが防具だとしても、脛当てや足を保護するものまでは難癖は着けられない。後で言われたとすれば、『だったら条文に書いとけ』ぐらいはあるだろう。

 

「上から羽織るものに難癖は着けられないでしょうが、中に着込むものはちゃんとしておかなければいけないと思いますけど」

 

「まぁな―――そういうことだが、どうするよ?」

 

「ワッペンならばある。俺も興味あるんだよ――――その戦衣(ウォードレス)がお前をどんな風に上昇させるのかがな」

 

 黒子乃太助という名アシスタントのフォローを打ち砕く、達也の無情なひと言。それを聞いた刹那は、何か言われればアウトだろうなと思われつつも、大会役員からのゴーサインがあるかどうかである。

 

 結果として―――提出したものが、『古い衣服』であったことしか分からず、お墨付きは得たのだ。

 

 そして達也の目論みも理解した。こういう『レーザーレーサー』じみているかもしれない衣装を刹那に着させることで、深雪が発動させる飛行魔法の時の難癖に対処させたいのだろう。

 

 嘆息しながらも纏った衣服―――既に『特殊なミスリル繊維』で縫い付けた一高のワッペン付きを着ると―――非常に心地良く動きにも阻害性が無かった。

 

「カッコいいわよ。何だかジャッキーチェンやブルース・リーみたいで」

「お袋は八極拳を修めていたらしいからな。ある意味先祖帰りだが……」

 

 母からは、格闘は『ルヴィアかバゼットに教えてもらいなさい』と言われた。

 母なりに、魔術と八極拳の融合に限界を感じての発言だったそうだ。

 

 極めれば、恐らくとんでもない『マジカル功夫』となりえたかもしれないが、そこには『至れない』と知ったからこそだろう。

 

 外連味ある唐装ともいえるものを身に着けた刹那を前にして、リーナの言葉を聞きながらも身体を合せていく。

 殺人貴の動きを真似るわけではないが、村―――アルズベリにおいて、『助手』として側にいたからこそ分かる、自分に出来る動きを再現していく。

 

 無手でありながらもその手に得物―――短剣を握りしめているイメージで動いていく刹那は、近くに居る林の枝葉を悉くに揺らして残心するように振り向く。

 

 林を後ろにして一言つぶやく。

 

「しかし下手だね、どうにも」

 

『『『『『どこがだぁあああ!!!!!』』』』

 

 隠れて見ていた連中が、黒とも紺ともいえる『暗色』の衣服を纏って『嵐』のように動き回った刹那に対してツッコミを入れる。

 対する刹那はドリンクとタオルをリーナから受け取って、調子は万全であると確認出来た。

 

 あとはどれだけ一条がやってくるか次第だ。そんな刹那の意思を込めた瞳に―――蒼星が照星を合わせてきた。

 

「セツナ―――ブウン(武運)を祈ってるわ」

 

「ああ、行ってくる」

 

 言葉と共に手首に金色の髪を纏わせてくるリーナの気遣いを受けながら、戦いの時は近づくのだった……。

 

 

 

 † † † †

 

 

 三位決定戦を終えて、選ばれた決勝戦のステージは草原ステージ。遮蔽物が何も無い戦場で、正面戦闘で決する舞台。

 

 古来より戦場において、『変化』が出にくいのが平原などの殆ど障害物が無い場所だ。

 そう言う所では、地力もしくは数がモノを言う。

 

 有名どころでは織田・徳川連合軍と浅井・朝倉連合軍の『姉川合戦』。マケドニアの大王『征服王イスカンダル』とペルシアの大王『戦象王ダレイオス』との決戦、『ガウガメラの戦い』。

 一大決戦の大半というのは平原決戦が多い。最後の決戦とはすっきりした場所でつけたい。それだけだ。

 

 何より―――大会委員としても、このまま十師族が何かを出来ないままと言うのは不味いと思ったのだろう。一条選手の得意な距離を活かせる戦場を選んだ……。

 

 しかし、一条にとって得意な距離は同時に―――今大会の嵐の男―――遠坂刹那にとっても得意な距離であったことを失念した。

 

「どう考えても『忖度』された結果だよな。このステージは」

 

「だとすれば渓谷ステージが良かったけどね」

 

 嘆くような将輝のテンション。まだ会場に入りはしていないが、プロテクターのチェックを密に行い、四高からの贈与物のチェックも掛ける。

 

 そうしながらも最後には納得して戦いに移行する将輝に、全員が全幅の信頼を寄せる。

 

 最後に受け取った特化型CAD、倉沢がフルチューニングしたものを全員が身に着ける。

 

「バッチリだな。ありがとうございます倉沢先輩」

「礼ならば一高に勝ってから言ってくれ一条。それからだよ」

「ええ、もちろんです。最後に勝つのは俺たちだ」

 

 意気を上げる一条が赤いコートを纏う姿。まるで、シューティングにおける刹那の『コート』のようなそれは四高……イリヤ・リズから直接ではないが、間接的に譲られたものだ。

 

 同じく中野新と火神大河も赤系統のコートを纏い、藤宮と吉祥寺は緑系統ながらも若干、青に近いものを纏う。

 

 別に戦利品として奪ったわけではないが、それでも託されたものだ。単純に『ブースター』的なものであると言われて確かに―――これはいいな。と思えた。

 

「軍が開発しているアーマースーツの後継機とやらにも使えるかな?」

 

「USNA軍が採用しているレオナルド・アーキマンの作品、『オルテナウス・アーマー』は、未だに日本に納入されていないからね」

 

 ジョージが出したプロテクターの名前は、同盟国であるはずの日本に提供されていてもおかしくないものだが、その性能は正しく次世代型のもので、露骨に提供を渋られたという経緯もある。

 

 軍関係者は何としても欲しているしライセンス生産もしたいのだが……現在はムリで、独自開発されているものが、日本の国防軍の標準装備になると言う話である。

 

 とはいえ、今はそんなことはどうでもいい話だ。やるべきことはただ一つ―――勝利あるのみ。

 

 

「行くぞ!!」

 

「「「「オウッ」」」」

 

 威勢よく尚武を掲げる三高の若武者が戦場へと赴く――――。

 

 

 迎え撃つ一高は、三高とほぼ同時に草原ステージに着陣した。お互いにかなり卦体な格好をしており、嘲弄の言葉が出るならば両方に在りえた。

 

 両校が眼と鼻の先と言ってもいい見える距離で、相対しあう。両者は格好に関してあれこれギャラリーから言われつつも、眼だけはがっつり相手を向いていた。

 

 ―――全員いい眼をしている。

 

 九島烈が、そんな風に両校の選手たちを評する。両者の距離は凡そ『800メートル』。

 通説だけで言えば、姉川合戦に於ける浅井長政と織田信長のお互いの本陣の距離と言われている……。

 

 その距離を踏破して、果たしてどちらが勝つか―――。

 

「では、この老骨の虚ろな眼で君達の魔法の輝きを見せてもらおうか」

 

 瞬間―――試合開始のブザーと同時に一条の長距離飽和爆撃―――。中間地点から放たれるだろう魔法陣の圧―――まさかこの距離からと思われていた時に―――。

 

 渦巻くような魔法陣の全てを撃ち落とす古めかしい『矢』――――半物質化した魔力の矢が魔法陣をガラスのように打ち砕く。

 モノリスの更に後方に陣取った遠坂刹那が、刻印弓―――天牛金弓(グガランナ・ストライク)から矢を放ったようだ。

 

 ―――いきなりキングはとれねぇだろうよぃ―――。

 

 そんな無言の言葉を吐くような刹那に対して、一条は薄く笑い―――全員で進撃を開始する。同時に一高も刹那を置いて、四人が進んでいく。

 

 お互いの長距離砲の撃ち合い。

 

 古めかしくも戦艦の礼砲・答砲のごとき撃ち合いを以て、開戦の狼煙は上がったのだ――――。

 

 

 



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第87話『九校戦―――遠坂刹那 死す』

ありゃ完全に煽り文詐欺だよなぁ。

おまけにその数か月後には、似たような小説でも主人公が死亡する(笑)な状況になったりと―――

というわけで明日から仕事にもかかわらず出来上がったので急遽アップします。

そしてプリズマ・コーズの復刻 美遊の実装……いやぁいいことだぁ。


『さぁ本日の最終イベントが始まります!!! 正しくこの戦いのためだけに、新人戦はあったと言っても構わないのではないでしょうか!? 様々な確執があったりなかったり、どちらが上になるかを決める戦い。

 男であれば、一度は目指す称号!!『地上最強の男』―――それを獲るべく両校男子は向かい合います!! 

 戦場に咲く華は男の汗と涙だけではない!! 両校の応援席にも華が舞っています!!

 我々も共に戦うと言わんばかりに両校の応援も熱く滾っていきます!!! あーーっと! バカップルの片割れが三高を挑発!! 返す三高も一色愛梨がポンポンを突きだして、言い返しています!!

 ここまで来れば、バッドマナーも何のその! 十文字克人の十文字王国(キングダム)で一高コールを発生させてもおかしくない!! 

 間もなく開始のブザーが鳴り響く!!! さぁて皆さん!! もはや言葉はいりません!! この戦いを心行くまで楽しみましょう!! それではマギクスファイト!! レディィィ、ゴォォォォ!!!!』

 

 長い。全文読んでくれる読者がどれだけいるのかは、分からないが……ともあれ応援席の声こそ聞こえはしないが、全員が同じく戦ってくれている。そのことだけが嬉しい。

 

「熱上がってんなーミトのやつ」

 

「それぐらい皆の期待がとんでもないってことだよね」

 

「恥ずかしい戦いは出来んな」

 

「お陰でコートやマントに暗殺者の服もあれこれ言われないしな」

 

「あとは勝つだけです―――ワガママ言わせてもらえば僕も優勝したいですから」

 

 個人競技での優勝が無いのは黒子乃だけ、ピラーズで同時優勝の刹那・達也、シューティング優勝の刹那、クラウドダブルス優勝のレオと幹比古……三位で終わりたくないという思いが心地いい。

 そして他の四人も、負けていいなどとは思っていない。

 

「当たり前だ。最終のモノリスを獲り逃して、晩節を穢す気はない」

 

 そしてその想いは一条たち三高も同じ、モノリスだけは獲る。戦う意思がプシオン―――否、殺気となって800m先から針のように突き刺してくる。

 

 その想いを叩き折る戦いになるだろう。正しく力と力では決まらない戦いになるだろう。

 

「作戦に変更はない。刹那―――フラストレーションの限りを吐き出して構わないぞ」

 

 達也のおどけた言葉。作戦に変更はないが、力の制限はとくにかけなくていい。ここまでディフェンダーをやっていたからこその気遣いだろう。

 

「ん。そいつはいいお墨付きもらったな。やるんならば殲滅戦が遠坂家の家訓だからな」

「泥仕合にだけはするなよ」

「それは達也次第じゃないかな?」

 

 グローブを嵌めなおして身体を復調させておく。開始のブザーがなるまで残り三十秒。一条は既に起動式の読み込みの前段階。

 

 ファストブレイクを取ろうとしている一条に対して、こちらも『弓』を用意しておく。

 

 ブザーが鳴り響く。同時に早駆けのルーンでモノリスの更に後方に陣取る。800m先から、特化型CADを用いて魔法式を投射してくる一条。

 

 まさしく砲撃であり爆撃のレベルだ。しかし―――。

 

『土流隆起』

 

 土精に干渉することで刹那の足元がちょっとした小山ほどの高さまで盛り上がり、射台が出来上がった。

 

 幹比古からのフォローすらも織り込み済み。だからこそいざ―――魔法陣から圧力が発射されそうになるコンマ数秒の間に、刹那が天牛金弓に番えていた魔力の矢は音速で接近。

 一条が投射した魔法陣をガラスか病葉も同然に砕いた。

 

 

 ―――いきなりチェックは掛けさせない―――。

 

 そういう思いで千里眼で睨みつけると、あちらも何かしらの視力強化をしていたらしく薄く笑ってくる。

 

『そう来なくてはな』

 

 再び投射される魔法陣の数は、明らかに一人に向けられればオーバーキルになるだろう。

 

 しかし、制圧射撃、制圧砲撃の類であれば―――その圧はレギュレーション違反ではない。

 

 四方八方。四次元的に展開する現代魔法を、古めかしい魔術の域にある魔力矢が悉く打ち砕いていく。

 そうしながらも一条は接近してくる。近づいていけばそれだけ照準も掛けやすい。普通の戦いでも魔術戦でも変わらぬ理屈。それだけだが―――。

 

 刹那の引き絞り放つ魔力矢(マナ・アロー)が、『妖精矢』(エルブン・アロー)の類に変わると状況は一変。

 一条の空気圧縮、爆風圧縮―――全ての魔法陣が砕かれて、その上で矢は地上に降り注ぐ。

 この瞬間を以て、遠距離砲撃戦において一高は三高を上回り、刹那の刻印弓―――否、魔術回路は『振動』(おと)を響かせて現実を歪曲していくことを認識させた。

 

 

 † † † †

 

 

「よっしゃ!! 砲撃力で上回れば進撃は容易よ!! いけーみんな―――!!!」

 

『『『『GO! GO! GO!!!』』』』

 

 エリカの威勢のいい言葉に合せる形で、一年チアリーダー達も意気をあげていく。

 

 反対に上役たちは小休止している様子。椅子に腰を落ち着けての観戦である。

 

 中でも七草真由美と十文字克人は十師族……自分達の同胞であり同輩ともいえるものたちが敗れた事実に驚く。

 

「それにしても凄まじいな。まさか遠距離戦で一条が負けるとは」

 

「元々シューティングにおいても、刹那君の刻印魔術『マアンナ』『グガランナ』は一条君を上回っていた。それにしても、殆ど出ると同時に撃ち落としているわ……恐ろしいほどの先読みね」

 

 対処しきれない魔法陣は無く、アイスピラーズで出してきた達也のグラム・デモリッションも、この場では用無しだ。

 ゆえに達也は刹那の精密にコントロールされた『矢』という『支援砲撃』の元、その攻撃力を存分に三高に吐き出している。

 

 対する一条将輝も冷静に矢……ではなく、進撃する一高陣営に対して魔法を叩き込んでいく。無駄撃ちとも言えるが、それでも降り注ぐ矢の数を減らすには、こうしていくしかないのだ。

 無策―――なわけがない。一条の『胎』が、克人には何となく分かっていた。

 

 確かに相性は最悪だ。だが―――、『それがどうした?』と、そういうことだ。

 

 そんな克人の察した一条の(はら)……『心持ち』を刹那も理解していた。

 

(成程。『王子さま』らしくないことこの上ないね……)

 

 

 泥臭く撃ち合うことで、刹那の砲撃を張り付けておこうという(はら)なのだろう。

 

 確かに魔法陣の破壊は一条を消耗させるが、そんなことは織り込み済み……。

 

『俺は『主役』でなくていい。俺を主役と思って付け狙っていた時が、そちらの終わりだ』

 

 そして、刹那も無限に『矢』を打てるわけではない。そんなことは当たり前だ。こちらの底がどこにあるかは分からずとも――――。

 その想いでの言葉が分かっていた……。

 

『万でも億でも、刹那が矢を放てなくなるまで魔法を投射してやる。それだけだ』

 

「将輝……」

 

 刹那や克人とは違いその宣言を直に聞いていた吉祥寺真紅郎は、将輝にこんな役目を、捨て石になれなどという作戦しか立てられない自分に苛立ちを隠せなかった。

 

 それでも、その作戦を是として、将輝が、三高一年の大将が自ら『捨て石』になることで勝利をもぎ取ろうとするのならば、自分達の役目は―――、一つだ。

 

 そう感じて動き出す。絶対に勝ち取る。

 

「藤宮、『用意』!! 火神、中野! やるよ!!」

『オウッ!!!』

 

 刹那の矢が降り注ぐ中でも、それを恐れずに一条以外の四人の選手が動き出す。対する一高もまた各個撃破を目論む。

 

「オラッ!!!!!」

 

「そんな手品なんかに!!!」

 

 小通連という名前で登録されているデバイス。

 質量体…硬化したブレードを遠隔で飛ばしながらも斬撃も同然に『撃つ』ことを目論んだものが、吉祥寺を襲おうとする。

 

 しかし落ち着いて魔法を投射して、質量体を『移動魔法』で弾き飛ばす。

 このデバイスの特殊性は理解していただけに、ここに来るまでの戦いで何度も見ていれば、このぐらいのことは出来る。

 

(ネタが割れすぎなんだよ)

 

 弾き飛ばした遠隔操作のブレードさえ無ければ―――。ただの短い柄だけの打撃武器でしかない。しかもそれで叩くことは出来ない―――。

 

「フォイア!!!!」

 

 という……真紅郎の予想を上回って何か―――いや、『光弾』が迫る。しかも、それは無力化したはずの西城レオンハルトからのもの。

 

 声と同時に穿たれんとする光弾に対して防御シールドを展開。間一髪であったが、その時には弾き飛ばしたブレード……板が戻って来ていた。

 

 

「何があったの!?」

 

「柄尻とでも言うべき方向から光の剣。サイオンの刃が作られてそれが上段から振るうと同時に、細かな飛礫となって撃ったんだ! 流石に対策するよな!!」

 

 それはデバイスの改造である。この短期間の間に再び改良をしたというのか、あのデバイスを……。

 中野の言葉で驚愕するも、もしかしたらば最初っからその機能があって隠していたのかもしれない。

 

 そんな予想もあったが、現実は違う。三高ないし九高と戦うに当たって急務となったのは、レオのデバイスを底上げすることであった。

 単純な話、レオの魔術系統は確かに硬化魔法に全振りされていたが、その性質は『変化』に属するものであった。

 

 エルメロイレッスンなど刹那及び達也のあれやこれやな話し合いの末に、『魔力』を通すだけで魔術が形成される最速の一工程(シングルアクション)の『魔法』を作り上げることにした。

 

『ルーン文字を使って単純なサイオンブレードを形成、それを振るうと同時に『どぱぁ』と光弾となって放たれる』

 

『音声認識型で、刃のほうでなく柄の方に付けていれば、奇襲効果はあるな』

 

 そんな二人の技術者根性が『存分』に振るわれた作品は、色んな人間から『リボルケイン』などと呼ばれていたが、レオとしてはそんな外連味の無い名前よりも、「んじゃアタシが付けてあげるわよ」とエリカが思いつきで付けた名前を採用した。

 

「イカした武器持ってるじゃねぇか西城!! 銘ぐらい教えてもらおうかぁ!!!」

 

 炎の散弾―――振動系統と放出系統の合わせ技で、火の粉を撃ってくる火神の威勢良い言葉。

 

 光の散弾―――振動系統と放出系統の『ルーン魔術』で、光の弾を撃つレオが答える。

 

「ある小生意気な美少女剣士が、付けたものだがな!! 烏滸がましくも『千子村正』(せんごむらまさ)だ!!!」

 

 その言葉を聞いた時に、何故か―――三高全体が怯えるぐらいには、『合いすぎる』名前だと思えた。

 何故だか知らないが、西城レオンハルトが『村正』を持つと言うことは、実に……『死』に近いように思えたのだ。

 

 『善悪相殺の呪い』で殺されそうな気がする。

 

「くそっ! 『褐色のエキゾチック美女』にでもなりそうな剣を持ちやがって!! 羨まし過ぎんぞ!!」

 

「同意だな!! 良く考えれば、お前たち一高にはウチの美少女も奪われ、優勝も奪われ!! ここで積年の恨み晴らさせてもらう!!」

 

『『『刹那――――!!!!』』』

 

 達也以外の三人が叫ぶぐらいには、とんでもない理屈で挑まれる。

 晴らす相手が違うと思いながらも、草原の戦場に未だに降り注ぐ矢は絶えない。

 

 それで感謝しながらも恨み言は言いたくなる。

 

 そんな馬鹿話のただ中でも火神と中野が振動系統の魔法……火球や火柱などで一高の三人を抑えている。司波達也は将輝を抑えに行くも護衛役とも言える藤宮と撃ち合っている。

 

(定義破綻は起こさない! まずはお前からだ!!)

 

 一番、この中で不味いのは西城だ。この男の胆力と意外性ありすぎる戦術は、こちらを突き崩すジョーカーだ。

 

 聞くところによれば、一高メンバーの内、三人は三高で言えば『普通科』の人間であり、ノーマルな魔法力という意味では、劣っているのが『二科』の評価。

 だが、やはりエルメロイレッスンのお膝元。

 今もやかましく身体を叩きかねない威力の矢をあちこちに放っている男が、直々に何か個人指導を行ったのだろう。

 

 伸びがあり過ぎる男、ある意味チームの中でもムードメーカーとなりえる男を叩く。

 

『不可視の弾丸』がCADから読み込まれて、撃たれようとした瞬間―――。

 

「させるかよっ!!」

 

 その行動を読んでいた西城は羽織っていたマントを使って、盾であり遮蔽物とした。硬化魔法の応用でこんなことまでするとは……。

 ひし形の盾となってその向こうに引っ込んでいる西城。これではエイドスの強化など関係ない。吉祥寺の弾丸(インビジブル・ブリット)が届かない。

 

「燃やせ! 火神!!」

 

「応よ!!!」

 

 確かに硬化魔法で硬くなり分子が動かない状態であろうと、単純な燃焼作用だけは防げないはずだ。

 幾らかは抵抗できたとしても、いずれは燃やせる。

 

 即座に対抗手段を生み出し、しかし――――。

 

『水精氷壁』

 

 聞こえてきた呪文名。同時に、西城の防壁の前に水と氷の壁が出来上がり、放出した魔法を蒸発させる。

 

 迂闊。狙うべきは盾ではなく、盾の内側にいる西城達だった。

 

 移動系統魔法で吹き飛ばすことを狙うも―――その時には……。

 

 

 背後より感じる気配。そこには一高のナンバーファイブ『黒子乃太助』がいた。

 

(どうやって―――!)

 

 影使いという古式魔法としても異質なものを持つ黒子乃太助が、その手にバスケットボール大の魔力球……疑似球電―――バチバチと電気が跳ね回るものを手に、身体ごと回転しながらこちらに投げつけた。

 

 防ぐことは容易ではないが、それでも不意を突かれたのは間違いなく、投げつけられた魔法の球が至近で炸裂。全身がしびれるどころか焼きつきかねない威力を―――浴びたのは中野新だった。

 

「中野!?」

「お前は、ウチの御意見番だぞ!! 簡単にやらせてたまるかよ!!!」

「ならばもう一撃です」

 

 立ち塞がり、己の身体を盾にして吉祥寺の前面に立った中野に無情なひと言。

 

 あれをもう一撃―――実際、黒子乃太助の手の中には先程と同じく疑似球電が発生している。しかし、姿さえ見えているならば、吉祥寺の弾丸は届く。

 

 そんな吉祥寺の予想を裏切る形で、硬化されたブレードが横合いから中野ごと叩こうと迫る。

 

 頭から外れていた西城の攻撃。前面と側面―――しかし、もう側面に躍り出た吉田幹比古が突風を出して二人をその場に縫い付ける。

 

 火神も状況の推移の速さに対処すべきは誰かを迷う。自分とて迷ったのだから当たり前で――――。

 

 

『星よ! 運河となりて流れ込め!!―――星の大海嘯(ナッハ ミア ディー ズイントフルート)!!』

 

 声の後で頭上に出現する大魔法陣。遂に制空権まで取られて三高選手三人は窮地に陥る。

 

 瞬間の判断で誰かを倒して活路を見いだせる状況ではない。降り注ぐ粉雪の如き魔力の吹雪―――きらめく涙の輝きを持ったそれが三人を直撃しようとした時。

 

 三人を守る形で赤いドームが形成される。極小の魔法式で生じたことによる発生の兆候の無さに、近傍にいる達也と遠方にいる刹那が驚いた。

 

 

 やったのは間違いなく一条将輝だろうが、ここまで『暗号化』された術式を撃てるとは正直思っていなかった。

 

 ともあれ一高の三人が達也に合流したのを見届けた刹那は、矢を引き絞り、効かせることを願って一条及び藤宮に矢を届ける。

 

 あの魔法の終了までの時間。三人は何も出来ない。ならば倒すべき敵は二人―――。

 

『シュヴァイス、セット』

 

 通信装置を用いて、こちらの全力射撃の準備を全員に通達。収束する魔力(なみ)。加速する第五仮説要素(エーテル)。絞り上げられる肉体(なかみ)

 

 射法の為の要素を全て刻んで放たれる―――その攻撃は――――全てを貫く。

 

投影装填(トレースロード)投影神技(トレースセット)―――其の一矢、過たず九つを穿つ―――是、射殺す百頭・九蛇(ナインライブズ)

 

 スピード・シューティングの時よりは威力を落としているものの吐き出される20の剣矢―――真っ直ぐに向かうそれに対して棒立ち。

 

 何かの防御術式があるかと思っていた時に、直前で破裂させることで炸裂の威力で納めようとした瞬間。

 

 

 ―――待っていたぞ―――この攻撃を―――。

 

 そう笑みを浮かべる一条と藤宮の顔を見る。瞬間、体がぐらつく感覚。一瞬ではあるが平衡感覚を失わされて射台から落ちそうになった。

 

 何故なのか―――それは理解していた。やられた。『持っていかれた』―――五人がかりでの魔術陣……。見える『完全数』の秘術。

 

『刹那! そこから退避しろ!!!』

 

 達也の言葉で身体を持ち上げた時には既に遅く―――放たれた矢とのアクセスを強制的に『ぶった切られた』ことと、自分の魔力を反転・吸収されたことで理解する。

 

 眼だけは三高の秘術を見る。絶対に見逃さない。見ながら、そして次いで射台の周りに四方八方展開される魔法陣―――。

 

 そこから放たれた『爆流』が、刹那ごと丸呑みにして射台を焼き崩壊させるのだった……。

 

 崩壊の中に呑みこまれた刹那を見て―――一高と三高の金の女神が絶叫を上げるのだった。

 

 



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第88話『九校戦―――仕切り直し』

本当ならば、本日のアップをするつもりはなかったのですが、美遊を引き当てて愛でたりしている最中なので、サービスみたいなもんです。

ついでに言えば後半部分は丸ごとカットして書きなおしたりしていたので、申し訳ないです。

当初の予定では『将輝 ケイネス先生化』なんてこともあったのですが、あそこまで小者にするのも悪いなと言うことでカットした影響で少しばかり戦い方も変わりました。達也がケリィなみな人間になっていたんですが、うん。あんまり良くないな。

読み直すと駄文が更に駄文だわ。

ということで、色々言い訳が見苦し過ぎる新話どうぞ。(謝)


 

 その瞬間―――刹那の矢は、飛翔した。こんなもので狙われる相手を気の毒に思いながらも、これをどうにかするだろう藤宮と一条。

 

 どうにかするだけでも一苦労だろうそれで崩れた瞬間に、達也は魔弾を叩き込む準備。加重系統の弾丸(まほう)でもいいのだが、ここに来るまでに、藤宮の力量はかなりのものだと理解した。

 

 五十嵐をバトル・ボードで降したことから、油断できる相手でないことは理解していたが、まさか『反衝』を用いてくるとは思っていなかった。

 

 

 悉く一条を狙う魔法を性質の違うモノに変えて投げ返してくるとは、単純な戦闘力では一条に劣るも、その一芸がとことん達也には厄介だった。

 なにせ、向けた術式―――加重系統の『幻衝』も『共鳴』も―――。

 

干渉開始(キックオフ)!」

 

 そんな言葉で簡単に捻じ曲げられる。

 魔法式を『反射』している。そうとしか言えないものだ。

 

 この場に刹那がいれば、それを混沌魔術(ケイオスマジック)と称して、『ゲテモノだよ。が、海の魚はゲテモノこそ『旨い』という真理もある』などと苦悩を浮かべていただろう。

 

 魔法式に干渉する『魔法』……それが、もしも―――ただの魔力弾にすら向けられたならば、達也の思いつきの考えが、閃きを生んだ。―――待て、それと同じ現象を見た。

 

 そう、入学式から日も浅い頃……他者の術式でもなく、ただのサイオン弾に干渉・増幅する手際で己の使い魔を破壊した男の手際を……。

 

「特大だな!! 司波君の抑えを頼むぞ!! 若大将!!!」

 

「ああ、頼んだぞ!! 『ケイオス・カイオス』!!」

 

 藤宮介という名前と使っている魔法から、そんな字名(あざな)なのだろうが達也としては口汚くも『ダサっ』などという内心での感想が出た。

 

 しかし一条が投射してくる魔法に対して『術式解体』と加重系統の魔法―――二挺拳銃(ツイン・ドライブ)で対応しなければならなく、藤宮に対しては何もできなかつた。

 

 音速にも迫る矢に対して藤宮は、直接干渉して受け止めた。何か大きなもの重すぎる門扉を『開けゴマ』(open sesame)とでも言うかのように、腕を開き手を伸ばして受け止めた。

 

 その時、ばしゅっ!という音で、藤宮の腕の衣服が消し飛んだ。同時に切り刻まれるような傷が幾重にも刻まれて血が吹き出るが、進もうとする矢は完全に止められていた。

 

「純度の高い魔力だな……まざりっけない。本当にお手本みたいな魔力の精製だよ……けれど―――略奪開始(スティール)略奪開始(スティール)略奪開始(スティール)!!!」

 

 言葉で干渉を開始。現代魔法にあるまじき呪文の羅列。いや、現代魔法とて言葉を並べれば発動できるものだ。ただ、その面倒さと不安定さに、CADが高性能化しただけだ。

 

 だから藤宮のようなことが、他の連中にも出来るかと言えば―――。

 

 

「奪ったぞ!! ロード・トオサカの魔力!!!」

 

 矢が藤宮の手の中で―――魔力の球体。オーブとなる。巨大な球を使って何をするのか、理解出来ない達也ではない。

 

 一人でも三高を『戦闘不能』にしなければならない。しかしここぞとばかりに一条は達也を威圧してくる。ビビってはいないが、それでもその数の前に―――。

 

 一条を戦闘不能にする為に動く……慮外の動きで迫る達也に対して一度は瞠目する一条だが、すぐさまに対応してくる辺り、プリンスの名前は伊達ではない。

 

 

「俺との踊りを切り上げようだなんて、せっかちすぎやしないか? お義兄さん」

 

「お前に義兄(あに)と呼ばれる筋合いはないな。仮に深雪を嫁に出すならば刹那辺りが適当だろうさ」

 

 

 通信チャンネルはオープンのままなので、耳元に、『断固辞退しよう。』などという軽口でも聞こえてくればいいのに、それが無いことが達也の眼を一条から切らせた。

 

 矢を奪われたことが契機なのか、少しだけぐらつく刹那。次弾が撃たれていない……その意味を―――。

 

 

「刹那! そこから退避しろ!!!」

 

 急いで連絡を入れた時には、加速魔法で藤宮と一条に合流してきた吉祥寺、中野、火神―――。他のレオ達は無事であったが赤いドームの発生で若干自陣方向に移動させられていた。

 

 だからこそ見てしまった。その瞬間を―――。

 

 

『『『『『相互干渉増幅術式―――起動――――『灼王の魔鎧』(イフリート)!!!』』』』』

 

「―――儀式呪法……これだけ大規模なものを―――結界まで用意して、どこに向けよう――――」

 

 こちらに合流してきた幹比古が五人がかりの術式を見て驚愕している。だが、そんなものは当たり前の如く―――『あいつ』にでしかない。

 

「―――ッ」

 

『邪魔はさせないよ。苦心して築き上げた陣形。君のグラムデモリッションで破壊することは不可能だ』

 

「起動した魔法式の『現象』に対して、確かに俺の魔法は無力だが―――何もしないわけに行くか」

 

 吉祥寺の言う通り赤い魔力―――オーラがオーロラのように三高五人全てを覆って、達也の魔法が届かない。

 干渉装甲の大規模バージョン。十文字克人のファランクス並の防御壁と断定。だが、砲撃を許せば―――。

 

『残念だがな。まずは一人を潰す。お前相手に容赦とか加減とかはいらないからな。『死なない』とは思うが死ぬなよ刹那!!』

 

 それに関しては、一高三高問わず誰もが同意だが、ともあれ友人の危機に棒立ちではいられない。黒子乃の電磁球が、レオのブレードが結界に叩き付けられる。

 

 だが、その前に、刹那のいる射台に渦巻く魔法陣の数―――凡そ20。明らかにオーバーキルだが刹那だけでなく、射台に向けていると言えば何とでも言い訳できるだろう。

 

「小狡いなプリンス」

『その皮肉すら乗り越える男だろうから俺は挑むんだよ! お前と同じくな。お義兄さん(ブラザー)!!』

 

 お前の義兄(あに)になった覚えはない。そう叫ぶ前に空間そのものを圧迫して放たれる―――その威力が火砕流も同然に刹那を射台ごと呑みこんで崩壊させた。

 爆裂の別バージョン。空気を『躍らせる』ことで、数千度の熱を周囲に発生。その熱が集まった空気塊を炸裂させたのだろう。

 

 崩壊する前の射台。その際の刹那の顔を見た達也は―――。魔弾を三高の形成している要塞のような魔術陣に叩き込む。

 

「仇は取らせてもらう!!!」

 

 そうして無謀な攻撃をする。その五人がかりの要塞魔法は、まさしく叩き込んだ魔法を全て無為に帰す。

 

 三高の五人がきっちり『五芒星』の立ち位置で、彼らを中心に半径10mほどで展開されているそれに攻撃を繰り返す。

 

 他の四人もその進撃を食い止めるべく、攻撃を繰り出しながら伝えるべきことを伝える。

 

(カッコつけがすぎるんじゃないか?)

 

 言いながらも自分とて一条にオーバーキルされたら『再成』を発動させるつもりだったことは胸の内に秘めておく。

 秘めながら―――大根役者の演技で三高を釘付けにしなければならないのだから―――。

 

 

 ……そんな選手たちの熱気とは別に、応援席は絶叫と悲鳴と―――嘆きで混ぜ合わせ、こういった場面に慣れていない光井ほのかなど目を背けた。

 

 殆どの人間がオーバーアタックを確信して笛が吹かれると思っていたのに、それが無く―――。

 

「セツナァアアアアアア!!! アー……そろそろ起き上がる頃ね。うん、準備は万端(ゲットレディ)といったところかしら? 喉が枯れちゃいそうだったわ♪」

 

『アナタ!! アンジェリーナ!! こっちの非があるから強くは言いませんが、この鬼! 悪魔!! 泥棒猫(?)!!! セルナが心配じゃないの!!??』

 

 悲劇のヒロイン演じてました的なリーナの言葉と行動に誰もが何かを言いたいのに言えない状況を崩す形で、ふるめかしい拡声器を用いて一高応援席に声を飛ばす一色愛梨は、恋敵の無情な言葉にツッコみを入れた。

 

 代ってリーナもまたネコの意匠が付けられた古めかしい拡声器…恐らく刹那作だろうものを手に声を飛ばす。

 

「ワタシがダーリンの心配するなんて200年は速いわ! というよりも……セツナを信じられなくなったらば、セカイの全てがワタシには信じられないわね」

 

「―――どういう―――」

 

 意味なのだ? という言葉を出さずとも、リーナは微笑み。華を綻ばせたかのような笑顔のままに答える。

 

 そんな顔を―――いつも深雪とて兄である達也に向けているのだろうな。と思わせる笑顔がそこにあった。

 

「だって……あの時から、ワタシの全てはセツナと共にあるもの……セツナの『過去』(ウルズ)を知り、『現在』(ヴェルザンディ)に在る目的を知り―――祈りを『未来』(スクルド)への福音で満たすために……『魔宝使い』は、ワタシの元に来てくれたのよ。そしてワタシは『魔宝使い』の側にいることを選んだのだから」

 

 一拍を置き、リーナは言葉を再び紡ぐ。

 それは彼の戦う理由の一つ。ぶっきらぼうに口汚くも、『クソ親父』だの『ヘッポコ』だのと言いながらも、母親の事を語る時以上に、刹那は、自分の父親のことも語る時があったのだから

 

 とても……尊いものを語るかのように……その横顔を覚えている。

 

偽物(イミテーション)だとしても目指したセツナの父親―――エミヤ・シロウから継いだ意思(こころ)がきっと負けさせない。彼を立ち上がらせる! どんな困難も打ち破る!! そうワタシは信じている!!」

 

 その時、リーナの言葉が呪文であったかのように、状況が動く。崩落したステージから何かが飛びだした。

 

 

 バトルフィールドでも確認して、土煙から出たそれは、草原を低く走り、走り―――カメラでも追い切れない速度で動くものが七つ。それが何であるかなど愚問である。

 何かが迫ってくる。それだけは事実。そしてそれが誰の手管かが愚問なのだ。

 

『野郎……『分身』してやがる!! 多分だが魔力体で編んだものが六つのはずだ!! 本物は一つ!!』

 

 探知役の中野が攻撃担当である火神と一条にそれらの情報を渡す。

 

 見た瞬間に吉祥寺が呻く。それら―――刹那と刹那の分身体は、狼の幻体を纏ってやってきたからだ。

 

 獣性魔術……狼の如き脚力と走力―――同時に、魔力の狼爪で草を払いながらの進撃は、スピードシューティングでの苦い思い出を感じたが、それを振り払う「真紅郎くん! ブーイングに負けないで!!」という既知の女の子の言葉で持ち直す。

 

 しかし、あれで攻撃するのはムリだ。己達を棚に上げてしまうが、完全にルール違反だ。となれば、ただの移動魔法代わりということか。

 

「オッシャー!!!」

 

「攻撃再開だ!!!」

 

「―――『準備』します。司波君―――」

 

 チームメイトの安堵ゆえの言葉じゃないな。何かの作戦だが、結界を叩いて攻撃されるのをただ棒立ちでいるわけにはいかない。

 

 迎撃することを忘れない。簡単に破られるものではないが、あのジョーカー(鬼札)がやってくればどうなるか―――。

 

 不可視の弾丸に混ぜてサイオン弾を放つも、既に対策されてしまっている。

 それどころか、この空間全てに投射された遠坂刹那の魔力が威力を減衰させてしまっている。まるでレーザーを減衰させるスモークか何かのように、吉祥寺の攻撃を通させないで行く。

 

「真紅郎!! 『使え』!!」

 

「アイツの魔力とかちょっと嫌なんだけど!!」

 

 結界構築の担当者たる藤宮から『渡された魔力』は確かに、実用的で有用だが……まぁ今は、四の五の言ってられない。

 

 魔力を通して、放たれる魔法で一高のフォーメーションに乱れが生まれる。

 同時に将輝の様子を見ると、既に至近に近づきつつある遠坂を中々迎撃できないでいる様子。

 

 七つの内、四つは既にない。しかし迫りくる刹那の勢いは衰えていない。

 

(策に溺れたな三高)

 

 

 刹那の強烈な攻撃力に対抗する為に、要塞のような魔術陣を作り上げたのはいいが、所詮は簡素な要塞の類であり、中にいる人間全てが安堵できる……『籠城戦』が出来るようなものではない。

 同時に刹那の手の内が野戦砲や攻城砲の類から騎馬と重歩兵を用いた『攻城戦』になれば、いとも容易く食い破ってくる。

 

 一色との戦いが、刹那の接近戦技能。即ち、剣を用いたものが本道であると勘違いした三高の油断である。

 

(十師族やA級魔法師が常識に対する非常識な脅威ならば……刹那は非常識に対する『死神』、『魔王』なんだろうな)

 

 そして空間的に閉じられた結界など、刹那はいとも容易く食い破る。入学して日も浅い頃の刹那の手際……あの模擬戦でのことを三高は知らず、刹那のトータルスペックを見極めきれていない達也の苦い悩みであった。

 

 オーバーキルも同然に、放たれる空圧に爆圧―――四つの内、三つがただのサイオンに還る―――還ってから残った刹那に注がれる。

 

 最後の一体……金色の幻狼を纏っている刹那こそが本物―――。

 

「お前ら、ただの競技大会に大仰な術を使いすぎだろう!!!」

 

『刹那!!!』

 

 明朗な言葉で分身ではないことを悟った一条が魔法を叩き込むが、それを刹那は躱していく。その動きは確かに獣性魔術で強化されているが、本質的な動きは……どこか達也の『忍術』に通じるものだった。

 

 もしや、その動きが『七夜』のものなのかと気付き、それでも(たい)の限りを振り絞って、一条の攻撃を躱しつくすと要塞の正面に立つ刹那。

 

 当たり前だが迎撃しようとした三高の五人―――全員の動きが縫い付けられた。

 

『なにっ!?』

 

 魔眼による拘束ではない。黒子乃太助の秘儀の一つ。影縫。己に伸びる影を用いて相手の影と接続することで相手を拘束してしまう技である。

 

 原理としては影に付随しているアストラル体への干渉やら、エーテル体に対する防壁突破……全て小難しいことを抜きにすれば、黒子乃太助の影が三高メンバーたちを縛りあげているのだ。

 とはいえ、その拘束は絶対ではない。サイオンの放射や様々な外的干渉次第では外される……。

 

「太助君が作ってくれたこのチャンス逃すわけに行くか!!! Anfang(セット)―――」

 

 言葉と刻印解放で獣性魔術をキャンセル。同時にルーングラブ……達也と殴り合ったあの礼装が展開。

 グローブの甲に円状に配置されたルーン文字が浮かび上がり、刹那は未だに発生する赤い結界―――要塞と化しているものに挑みかかる。

 

 達也も準備をして動き出す。そして衝撃的な言葉が響く。色々と苦労したのは分かる……衝撃的な告白であった。

 

「今日も野宿、明日も野宿! ターゲットを捕捉するまで雑草や犬の小便掛かっていたかもしれないドクダミばかり食わされた日々からの脱却!! 

 アンタを師匠に持って後悔した日が多すぎたぞ!! バゼット(ダメット)・フラガ・マクレミッツゥウウ!!!」

 

『『『『『どんな師匠だ――――!!!???』』』』』

 

 言葉に思わず一高、三高問わずツッコミを入れたが、構わず刹那は手刀にした掌を、まるで剣か何かのようにイフリートの『結界』に通した。

 

 達也ですら『雲散霧消』でも使わなければ破れなかっただろう結界を病葉か何かのように破り切り、サイオンの破片がガラスのように空間にちりばめられる。

 

 瞠目する三高。しかし、その際の『ゆらぎ』が黒子乃に伝わり、影縫の拘束が揺れた。察した刹那だったが、止まらずに結界破壊のルーンチョップのままに手近な所にいた中野新に『斬撃のルーン』を飛ばした。

 

 大気中に描いた『呪刻』(ルーン)。まるで演奏の指揮棒を振るような刹那の指の動きで、肌を裂き、筋にも到達せんとする真空刃が放たれ、中野を打ち据える。

 

 

「がはっ!!!」

 

「アラタッ!!!」

 

 切り裂かれるプロテクションの下にある服の繊維、同時に筋繊維すらも切り裂いたような荒れ狂う風の刃で、三高は危機を感じる。

 

「我が眼前に勝機あり!! 俺の魔力でよくもこんな『大仰なもの』(大魔術)を作ってくれたな!! 褒めてやるぜ!! 藤宮!!」

 

「それほどでも―――」

 

 皮肉か礼賛か分からぬも、崩れた陣形。絶対防御を誇るはずのそれが崩されたことで、三高メンバーが、互いの背後をフォローしあう形で退く。

 

 ……退こうとした時に、刹那の背後から誰かが奔る。それは―――刹那に続く死神であった。

 

「司波っ!!」

「馴れ馴れしい」

 

 刹那の身体を潜るように達也が出てきた。

 

 色々と一高では一緒にいることも多い二人なので、その急激な接近に変な妄想が膨らむものたち(柴田美月+α)もいたが、本人達は割りと真剣であり―――。

 

「『耳』―――頼んだぞ『魔宝使い』」

 

「オーライ! 行って来い!! イレギュラーマギクス!!」

 

 一瞬だけすれ違った時に手を叩きあう刹那と達也。それとて色々な妄想が膨らんだのだが、本当に本人達は真剣であり―――。

 

 達也の狙いは、馴れ馴れしい男。一条将輝であった。狙われているのを悟った一条が、ルール上あり得ない近接戦闘の予感に体を強張らせる。

 

 だが達也の狙いを崩すように至近距離からでも放てる大威力の魔法が襲う。熱波が、衝撃が、爆圧が―――達也を包もうとしたが、それらは崩れた。

 

 達也を守るように展開されるルーン(呪刻)トゥール(勝利)のルーンが、円状の防壁となって達也を守る障壁としたのだ。

 

 慮外の動きで突き進む達也は止まらない。一条の至近に至り、CAD……シルバー・ホーンを上空に投げ捨てて、狙いを散らしてから手を伸ばす。(あずさの悲鳴が上がる)

 

 不意を突かれても、退こうとする一条。更に腕を伸ばした先は『耳元』。引き絞られる親指と人差し指。

 

『お前はどこのヒィッ〇カラルドだ?』などと言われたことを思い出しながらも、達也の持つ魔法(ぎじゅつ)の一つ。

 

 刹那に言わせれば、呪刻魔法とも宝石魔法の変形とも言える『フラッシュ・キャスト』で、指を弾いた音を増幅。

 

 ―――音響爆弾を耳元で破裂させた。

 魔法のレベルとしては単純かつ低レベルなもの。しかし、その速度が刹那と比しても『速い』ということが、驚異的だったのだ。

 

 失神相当のダメージを食らわせた。……はずなのだが……。

 

 崩れ落ちようとしていた一条将輝―――その失神を誰もがあり得ないと思い、三高全員が崩れるなと念じたのを―――。

 

「ああああっ!!! はあっ!!!」

 

 聞き届けたかのように、雄叫びを挙げながら崩れ落ちずにいた。それどころか―――。その破れた鼓膜……血を噴きだした耳にも構わずに―――。

 

「ヤベェ!! 刹那!! 援護を!!!」

 

 レオが叫ぶよりも先に達也は危機を理解していた。刹那も、魔法式を砕くべく魔弾を放っていたが―――。

 

「遅いっ!!」

「お前がな!!」

 

 刹那と一条の受け答え。それでも放たれる空気弾が、『地面』から『二回』吹き出て岩土ごと刹那と達也を強かに撃ちつける。

 

 ダメージは、そこまではない。ただ、一条の復活が予想外だっただけに精神的なダメージが少しあった。

 

 進むか退くか、こちらとしては無論、ここで決めたいのだが……。下駄を最初に履いたのは三高であった。

 

「撤退だ!! モノリスまで一端退避!! 殿は僕らで務めるから!! 新は将輝が引っ張って!!」

 

 逃げるとなれば速い。参謀役であり副官役の吉祥寺真紅郎の判断は、撤退。それを追撃するには――――、こちらも満身創痍である。

 

 状況の確認、そして戦力の過不足を見てから―――逃げ去っていく三高に爪を立てるには、今は……仕切り直しするしかないのだった……。

 

 



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第89話『九校戦―――決着(前)』

一応、通算環数としては記念すべき100話なんですが……。

九校戦を長く書きすぎたなぁ(涙)

本当ならば続きも含めて挙げたいのですが、若干もう少し書かなければなりませんので、もうしばらくお待ちを。それだと12000文字を確実に超えるので、やみなべさんのLost codeほど卓越出来ていないので見辛いだろうとか、色々言い訳しつつも(苦笑)

ここ数日のランキング入りの感謝も込めて、新話お届けします。


 いつの間にか切れていた唇の血を拭って、それを『触媒』に呪い払いを刻んでなぞる(トレース)

 

 そして―――。全体を確認しておく。一番には、腕をだらんと下げた達也からだ。

 

 一条の圧縮空気弾を局部に撃ち込まれて『復元』も中々効かない。効かない理由は―――『刹那』にあった。

 

「腕見せろ。いくらおまえでも『難儀』するだろ?」

 

 回復術を感覚が無くなってしまっているだろう腕に掛けておく。こうして触ると痛まし過ぎるものだ。完全に骨と筋が離れている。

 

 腕をまくれば内出血の青あざばかりだろう。あえて見ずとも回復術は掛けられる。

 

「悪い……油断していたわけじゃないよな。何故ああなった?」

「恐らく一条が着込んでいたコートには『防御』のルーンが仕込まれていた。もしくは『復活』のルーンがな。てっきり術式補助(ブースト)のためのブツかと思えば、魔術防具(マジックガーダー)の機能だったとは」

 

 四高の悪辣な仕掛けである。しかし、やられて見ると実に見事すぎた。こちらも勝利に急いていたのだろう。

 

 いつもの達也ならば相手の攻撃からの不意打ちで仕掛けてもおかしくなかったのに……。

 

「すぐに追撃する。辛いだろうが、あちらも辛いはずなんだ。気張って突き進むぞ」

「プランはあるのかい? 二度は通用しないだろう?」

 

 幹比古のもっともな言葉。達也は、この場に来て作戦立案の下駄を刹那に預けてきた。ならば―――やるべきことは一つ。

 

「モノリスやって決着(ケリ)つけるのは」

 

『『『『無しだ!!』』』』

 

「血気盛んで何より。俺とてコードの打ち込み出来ないから、やりたくない」

 

 何より刹那に出来ないことがあるのだから、そっちは無しとなる。となれば三高を完全に叩きのめす。

 とりあえず意見の一致はあったのだが……。達也に折れた方の腕で肩を叩かれた。

 

「後でブラインドタッチ教えてやる」

 

 達也に慰められながらも両腕の回復は万全らしく草原に落ちた拳銃型CADを取り上げる様子。

 

 一条たち三高は、魔法師やそれなりのアスリートからすれば殆ど目と鼻の先―――、凡そだが400m弱といったところか、あちらも最後の作戦確認。

 

 悠長な。と言うかもしれないが、お互いに下手に攻撃したりすればカウンターを取られる。

 

 そして、お互いのダメージもそれなりに重篤だ。レオ、幹比古、太助も結構なダメージを負っている。

 

 吉祥寺の魔法や火神の術による細かなダメージがあるのだ。疲労困憊と言えるのは幹比古だろうが、もう少し踏ん張ってもらいたい。

 

「大丈夫だ。僕はまだ走れる―――気遣わないでくれよ」

 

「分かった。存分に走ってもらう」

 

「す、少しは温存も必要じゃないかな? ……やっぱり現代魔法においては、体力とか筋肉とか必要だよな」

 

 ムキムキの幹比古―――略して『ムキヒコ』計画の進行を食い止める義理も無いので、少しだけビビっている幹比古を認識しながらも、プランを固めておく。

 

 

「メインフォースは達也、幹比古、レオ、バックアップに太助―――」

 

「刹那は?」

 

「俺は『輸送機』の役割だな。奴らの喉元までお前たちを送り届けてやるさ」

 

 

 達也の言葉に対して、刹那は獰猛な笑みを浮かべながら―――"要はばれなきゃいいんだよな"と悪だくみをしておく。

 

 あちらにはレギュレーション違反ギリギリ……『五人揃えての増幅術式』という『戦隊物で言う所の合体技』で、すり抜けられてしまったのだ。

 

 これも九島のジジイに言わせれば『工夫』の範囲かもしれないが、個人が使うにせよ集団で使うにせよアウトだろうに。

 

 レッドフラッグを挙げない審判団。奈良判定の別バージョン。『静岡判定』といったものを食らったのだ。

 

 誰が見ても、完全な勝利で全てを終わらせてやる―――。そういう意図での笑みを浮かべておく。

 

『右腕の刻印』を七割解放、接続を完了させ、弾倉に弾丸を込める要領で、魔術回路を五割解放。

 

 表面(すはだ)に走る電子回路のような複雑なものが見えた三高は緊張を強める。あの姿は、一条将輝との戦いでも見せた刹那の本気モード。

 

 三高陣営の間では、『スーパー刹那』などと呼ばれている姿が見えた事とサイオンの高まりが収束していく様子を見るのだった。

 

 そんな風に武田騎馬軍団の如き疾走を待ち構える三高とは対称的に一高の最後の声掛けは、意外なものになった。

 

「……進撃する前に言えばだ。達也、悪いが冗談でも『ああいう事』(心にもない事)は言うな。自分自身も騙せないような嘘は、聞いている方を不快にさせるだけだ」

 

「聞こえていたのか……そして―――そこまで俺はシスコンか?」

 

『『『『うん』』』』

 

 

 驚愕した達也の表情を見ながら誰もが全力で首肯と共に肯定の言葉を吐き出す。

 

 何とも言えない表情をした達也の胸中は何なのか分からないが、妹離れを『双方』望んでいない以上、それは心の贅肉である。

 そして刹那と深雪の相性は『最悪』とまでは言わないが、あまり良くないのだ。

 仮にそんな状況があり得たとしても早期の破綻がありえる。

 

 だが……だからといって一条との『先』を望んでいる達也はいないのだから―――やることは一つだ。

 

「とはいえ、達也のマイシスターは、一条をあまり好いていない印象だからな。一発ぶちのめしておくのが吉か」

 

「ヒトの恋路を邪魔する馬になるんですね」

 

「うん。それ邪魔する奴が馬に蹴られるオチだから、ちょっと違うよ」

 

 太助の言葉に幹比古がツッコミを入れてから、左手を右腕の中ほどに添えた状態にして整える。

 ブルーの魔弾発射のような体勢。腕を目いっぱい伸ばしてのそれを前に放つのは魔弾ではない。

 

 長距離砲の発射を予期した三高の動揺を尻目に―――刹那は、『貴き幻想』を展開する。

 後ろには、頼りになる仲間たち―――勝利を掴むだけだ―――。

 

「I am the bone of my sword.」

 

 刻印が最大展開。魔術回路が一つごとだけに切り替わる。創造する。

 

 この場に無いものならば、『作ってしまえば』いいだけの話なのだから―――。

 

 現実に展開される今は無き幻想が―――花開いた。

 

展開(オープンカード)熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!!」

 

 

 そして、世界に最大最硬の『魔盾』が展開されるのだった……。

 

 

 † † †

 

 観客席の熱気は最大級の最高潮。誰もがスタンディングして、その戦いの結末を見届けんと興奮し尽くす。

 

 

「まるで十文字君の『ファランクス』みたいね。あんな『防御手段』も持っていたとは、予想を悉く崩してくれるわ」

 

「ロー・アイアス……名前から察するに、トロイア戦争におけるドゥリンダナを携えし投擲の英雄『ヘクトール』の攻撃を防いだ『大アイアス』の盾の名前を模った『魔術』といったところか」

 

 意外な事に十文字克人が、そんな風にさらっと由来や由縁を説明したことに瞠目する七草真由美だが、そもそも十文字家の秘儀の一つである『多重防壁』たるファランクスの由来は、古代ギリシャの重装歩兵による密集陣形にあるのだ。

 

 その手のことに疎くてどうするのだろうと思うが、魔弾の射手などと言われても『ザミエル』も『ウェーバー』も知らなかった真由美なので、そこは仕方なかった。

 

 今度オーケストラにでも連れていこうかと思ってしまう。また鼻ちょうちん着けて眠られるのも嫌だが……まぁ考えの一つである。

 

「十文字君、すごく失礼なことを考えていない?」

「いいや全く。それよりだ。三高も『花弁の盾』を崩さんと魔法を解き放っているぞ。良く見ておけ。七草」

「ズルい―――とはいえ、見ておくわよ。同時に応援もしなきゃならないでしょ?」

 

 戦場においてやはり注目を集めるのは刹那だ。彼の築き上げた防壁。最初は花弁が開いたようなものだったのだが、一条たち三高の攻撃を受ける度に形を変えて、今はちょっとしたドーム状に『七層』盾が展開している。

 

 そのままに―――進撃。本当にファランクスの使い方のようだ。しかし、完全に防げるものではないのか、トラップ的に進行方向の足元に設置された魔法が発動しそうだったが―――。

 

 吉田幹比古が地割れを起こして、魔法の発動を不可能にした。一種の定義破綻を起こされたことで、吉祥寺及び怪我を負っている中野が苦い顔をする。

 

『GOGO―――!! 一高!!!!』

 

 チアリーダー達の快活な掛け声に応えるように刹那達は真正面から全ての妨害を蹴散らしながら進む。

 

 放たれる『ローアイアス』の層が水滴でも落とされたかのように波紋が揺らぐも、一切を貫き通していない。

 

 かといって内部にいる刹那達に、魔法式を投射しようとしてもエイドス改変の定義が悉く弾かれる。

 

 目視出来ていたとしても、その盾は全ての情報体の改竄要求を遮断する。

 

『ならば、足元に魔法式を―――』

 

(バカが! 二度もそのような手が封印指定執行者に通じるものか!!)

 

 右腕の刻印と共に呪言を吐いていく。吉祥寺真紅郎の浅い考えを消し飛ばすためのもの。

 それはバトル・ボードにおいても三高を苦しめたものの一つ。それが『転写』される。

 

「偽・夢の終わりを祈る聖母(プリドゥエン)

 

 吉祥寺が投射しようとした魔法をキャンセルするように地面に―――草原に祈りを捧げる聖母の『道』が作り上げられる。

 

 バトル・ボードにおいてエリカが投射した『魔法』の『オリジナル』とも言えるもので、一高の進撃は止まらない。

 

 接敵まで残り20mもない。そして何よりモノリスまでの距離も―――。

 

 ありとあらゆる攻撃を弾きながら侵入してきたぺネトレイター達に三高も対処をどう取るかを逡巡するも―――。

 

 

根付き咲き誇る幻想(ガーデンファンタズム)

 

 その前に、刹那は花弁の盾。聖母の盾を媒介に『何か』をした。何かと言うのは誰もが何をしたか分からないからだ。

 

 しかし、変化は急激だった。草原の戦場が、少しの土肌すらあったその場所が……。

 

 瞬きの一瞬の間に―――。

 

 草原が、白花が咲き誇る『海』へと変わっていた。

 華、花、はな……一面が花に変わるほどの幻想的な空間。

 

 瞠目する。驚愕する。これだけの『変化』。これだけの世界を騙す『ペテン』。どれだけの演算領域があれば出来ることだ。

 

 そして何より―――このステージの意味は何なのか? 雪よりも真白い野花の群の中にあって、誰もが昂揚することは間違いない……。

 

 だが、既に魔法が効くはずの盾無しの一高のメンバー達に何も出来ないほどに、圧倒的な『魔法』であった。

 

 一歩進む遠坂刹那は少しだけ笑う。花の海を進みながら口を開く。

 

 

「最終決戦なんだ。モノリスを読み込んでの決着を望まない―――きっちりお前たちにバトルで勝って新人戦優勝を決める。その為に用意したステージだ。

 殺風景な場所で勝っても―――実にあがらないな」

 

「そりゃこっちの台詞だ。俺たちの勝利のために、ロマンチックな演出をしてくれて感謝の限りだ………決着(ケリ)を着ける!!」

 

 その言葉に一条は、全員を『ブースト』させる。どうやら何かしらの準備はしてきたようだ。

 

 だが、こちらとて無策ではない。咲き誇る花。その花弁が舞う中を突き進む一高と三高。

 

 現代兵装に身を包みながらも、その姿に魔力を纏わせた若武者たちのバトルが始まる。

 

 

 † † † †

 

 その様子を観客席の更に上席から見ていた人間達は少しだけ呻く。

 

「随分と幻想的な魔法を使うものだな……現代魔法とか古式とかいう括りではないな」

「ええ、まるで……おとぎ話に出てくる『魔法使い』のようなことをするのね」

 

 二人の元生徒の言葉に、九島烈は苦笑する。

 

「そこが遠坂刹那の恐ろしいところだよ。弘一、真夜……彼からすれば、我々の魔法など手妻・和妻程度のものにしか見えないのだろう」

「それは……十師族ないし『戦略級魔法師』でも同様ですか先生?」

 

 その言葉にVIP席の重鎮は考え込み、そして十秒ほどの黙考の後に、かつての生徒であった男に応える。

 

「奴一人を過剰かもしれないし、何より周囲を巻き込むことを考慮にいれなければ有効かもしれんが、奴の手札にロー・アイアス以上の『防御手段』があった場合、逆撃を食らわされる可能性もある」

「現代魔法では貫けぬ『盾』……私の流星群でもどうなるか分かりませんね」

 

 十師族の中でも追随できそうな実戦的な人間の一人。一条将輝がどうなるか次第だが、果たして……。

 

 だが、それすらも面白い。弘一や真夜にとっては、少しだけ考えて味方に出来る男か、どうかを考えてしまうだろう。

 

 何より真夜は何かの意図があって手元に置きたいようだが……アレは飼えない。飼えるわけがない猟犬なのだから。

 唯一の救いは……アンジェリーナが、遠坂刹那の重石として、軽挙を起こさせていないことだ。

 

 九島の家にも恐らくあの少年は寄り付きはしない―――ともあれ、決着の時は近い……そして、今にも、何だか過日の頃の生徒二人の様子になろうとしている二人を見て、どうしたのだろうと思ってしまうのだった。

 

(今さら回春などして―――いまの家を、家族を崩壊させたいのか弘一……?)

 

 特に家族。息子も娘もいる男は不味いだろうに、それでもこの男の執着を知っていただけに、そこに強く言えないのは溺愛していた生徒の一人だからだ。

 

『あの一件』以来、烈も弟子を取ることをしなかった。あまりにも壊れすぎたモノを見て嘆きだけがあったのだ。

 

 期待を掛けすぎたからこその悲劇だとも言える―――。それを乗り越えるには―――少々、真夜は魅力的すぎる少女で、弘一は未だに真夜の『魔法』(みりょく)に囚われているのだろう。

 

 

 † † † †

 

 

 幻想的な魔法―――花束でも作りたくなるほどに見事な野花の群。それに見惚れつつも、やはり現代魔法及び古式の魔法の理屈から若干『外れている』。

 

 彼は己の術のことをあまり『まほう』とは呼ばない。『魔術』……古めかしい言い方だが―――そんな言葉で表現する。

 

 彼にとって『魔法』は、違うものなのだろうか。

 その答えを知っているだろうリーナは、視線をフィールドで戦う刹那に向けながら心中でのみ呟く。

 

(……はじめの一つは全てを変えた。……つぎの二つは多くを認めた。

 ……受けて三つは未来を示した。……繋ぐ四つは姿を隠した。

 そして終わりの五つ目は、とっくに意義(せき)を失っていた。

 されど『六番目』があるはずだと足掻く、永遠に報われない求道者―――それが『魔術師』)

 

 だが刹那の言葉を受けて気付くこともリーナにはあった。二番目の魔法を求めて道を進み、五番目の魔法の使い手と関わってきた刹那は恐らく……。

 

「この宇宙の存在は、ワタシとセツナの遠い子孫の手に委ねられちゃうのねー」

『だからどんな結論だ―――!!??』

「時々、リーナも刹那君も頭の中で出した結論が突拍子も無さすぎますよね。そして何かイラッとしますね」

「えっ!? ミユキ、明日にはミラージ本戦よ。大丈夫なの? 皇家の剣(?)だけ託して、休んだら? ワタシとセツナだけでオルゴンマテリアライゼーション(?)しておくから」

「微妙なネタありがとうございますね!! ついでに言えば衝撃的な事実!!」

 

 遠坂刹那の(イメージCV)が、『ノブナガ・ザ・ムーン』に似ていることとリーナの声が、『グリにゃん』に似ているからこそ言われた事だろうが、アレである。

 

「別に噛付くわけじゃないけどミユキとセツナじゃ破綻が眼に見えているわよ」

「ええ、それに関しては、私も同意です。最新の魔法師と最古の魔法師とでは目指す『奥』が違いますからね」

 

 だが、変な話だが『最古の道』を目指す刹那と『最新の道』へ進める達也とで、若干『ウマ』が合っているというのだから人生分からない話である。

 

 男と女とでは価値観が違うのだろうか。そんな気分にもなる。互いに欠落したものを埋めあっているのかもしれないが……。

 そんな結論を放り出してから、決意をしておく。

 

「とはいえ、今はそんなことは、どうでもいいわね。あまりミヅキの妄想のネタを提供するのもいやだし」

「どういう意味ですか――!?」

 

 美月の悲痛な叫びを聞きながらも、立ち上がってポンポンを握り直す。戦場にいる男たちに今の自分達に出来ることなどそれだけなのだ。

 

 リーナと深雪……一年のクイーン・ビーが立ち上がると同時に上役も立ち上がる。

 

「私達も選手たちと共に戦うわよ!! 応援の声と盛り上げは絶やさないで!!!」

 

『『『『『YEAHHH―――!!』』』』』

 

 七草真由美の声で一高女子の声にハリが出る。これがラストバトル。そう感じて戦場にあるヴィナス(女神)たちが勝利を願う。

 

「フィールドにいる選手たちは諦めていない!! 後輩たちが戦う以上は俺たちも声を張り上げるぞ!!!!」

 

『『『『『押忍!!!!』』』』』

 

 十文字克人の言葉で、学ラン姿の応援団員たち(五十里啓含め)が声を上げて勝利をもぎ取れと喝を入れていく。

 

 

 そして対面の三高も、ここぞとばかりに声を張り上げていく。野球の応援のように守備と攻撃で順番が変わるわけではないので、色々と声がすごいことになっていく。

 

『『『『『一条君ファイト!!!!!!』』』』』

 

『『『『『エレガント・ファイブ頑張って!!!』』』』』

 

『『『『かっ飛ばせ―――!! 三高!!!!』』』』

 

 その声に急かされるように戦いは、終焉(けつまつ)を決めていくのだった……。

 

 



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第90話『九校戦―――決着(後)』

佐々木少年さんの新宿コミカライズ―――はいいんだけど、他の型月系作家の一人。何かしらの形でもう一度『たぽ』さんが型月に関わってほしいと思う今日この頃。

未だにトリビュートファンタズムや、アフレコレポ以外で見ていないんだよなー。

少年フェイトが未だに眠る私の本棚がアレである。


 

 

 最初に変化を出したのは―――三高からだ。

 

 既に斬撃のルーンを食らっていた中野新の魔法が、全体を支援していたが、それでもやはり傷は深かったらしく―――。

 

 その攻撃には精彩を欠いていた。無様ながらも仲間を援護する意図を持つ中野の男気を砕くべく、刹那は魔弾を装填。

 

「寝てろっ!!」

 

「がはっ! くっ……だがっ!!」

 

 刹那の魔弾を胸に受けて呼吸を困難にした中野は崩れ落ちる前、最後にローブを脱ぎ捨てて……花の海に沈んだことでTKO判断とした審判団の五人掛けの移動魔法。

 特急でフィールド外へと連れていかれた。千里眼で『ロマン先生』が手当をする様子を見た限りでは、どうやら無事のようだ。

 

「アラタの仇は取らせてもらう!!!」

「死んでないけどね」

 

 中野が脱ぎ捨てたローブを手に取り迫る一条。吉祥寺にツッコみを入れられても花弁を散らしながら来る一条の接近を阻むように―――。

 

 星型の魔力光を放つものが刹那の周囲を飛びまわる。

 有体な表現をすればビームシールドか、スター〇ーか……まぁそういった器物が飛びまわり、回転カッターになったり、中心部の星からビームを出してきたりするのだ。

 移動魔法で弾き飛ばすことが出来ないほどの情報量と改竄を為さない器物―――西城のような特化型CADでないことから分かることは―――。

 

「レリックか!? 確かに違反じゃないが、中々にすごいモノを持ちこんでくれる!!」

「シャルルマーニュの12勇士の一人でありながらも紅一点の女騎士、『ブラダマンテ』の魔盾『ブークリエ・デ・アトラント』……使う気はなかったが使わせてもらう」

 

 多段砲塔。戦列艦の火力で迫る刹那と同時に―――。

 

「司波っ!!」

「何度も言うが馴れ馴れしいんだよ」

 

 刹那という火力に圧倒されている内に、臼砲艦(ボムケッチ)のような『艦体砲』で直接打撃を目論む司波達也が、抜け目なく将輝を狙う。

 魔力の煌めきで、砕け散っていく様子。幻想的な花の海の中で魔光を灯らせながら戦う魔法師達の戦い。

 その真っただ中でも勝者と敗者の境界線は、刻まれていく。

 

「西城! テメェとステゴロでケリを着けられないことは悔しいんだが、この場は取るぜ!!」

「そうはいくかよ……バカの一つ覚えかもしれないが、ダチが預けてくれた得物で勝てないなんて許せるかよ!!」

 

 魔力で編まれた鎖のようなもの……その延長部には炎の球が括りつけられており、魔法で作られたモーニングスターとして火神がレオとやり合う。

 硬化魔法で『延伸』した刀剣を振り回すレオと、戦いながらも地力の差で細かなダメージを与えていく火神。

 

 花弁が舞う戦場に火の粉の落葉が混じり、その落葉がレオに熱のダメージを与えている。

 服の内側ではちょっとした火傷からの水ぶくれも出来ているだろうが、そんなものは今さらだ。

 

 祖父から連綿と続く血筋―――刹那に言わせれば『混血』の血筋である自分の頑丈な体をここまで感謝したことはない。

 身を挺して誰かを守れる。火神が振るう鉄球が他の仲間に振るわれるならば、俺が食らうだけだ。

 

「終わらせてもらうぜ!!」

 

 火神が読み込む魔法。放たれる魔法の威力全てが慮外のものだ。顕現しようとする巨大な炎の柱―――炎剣が、出ようとした瞬間に、レオは小通連を最上段に構えた。

 

「パンツァー・シュバルツシルト!!」

 

 当たり前だが脇も、腹もがら空きの大仰な構え。現代魔法使いにとっては隙だらけで、火神は炎のモーニングスターを振るってレオを打ち倒そうとする。

 

 だが倒れない。倒れるわけにはいかない。イメージするべきは大地に根付く大樹。

 そのイメージが具現化するように、硬化魔法がレオの身体をとことんまで硬くする。

 

 大樹は、大地は、負けない!! その意志が通ったかのように、レオは倒れないのだ。

 

「ぬっ!!!」

 

 その如何様な打撃も魔法も全て食らっても構えを解かぬ西城レオンハルト―――見える。西城と言う男が見せる大樹にならんとする輝きが……。

 

 こと此処に至りレオは悟りを開いた。硬化魔法の本質とは不動の魔法ということなのだと、しかし変化を許容しないわけではない。

 最上段にある板状のブレードの硬さが『ミスリル』(魔銀)のような輝きを見せた瞬間に、光が輝く。

 

 柄尻にあるサイオンブレードの機構が反応して光剣を生成。もはや火神に大炎剣を放つ気持ちなど無かった。

 放ったところでこの男に痛痒を加えられない。受け太刀をした上で打ち倒す。

 

「レオ、僕の支援だ。受け取ってくれよ!!!」

 

 大樹に落雷が落ちる。だが大樹はその雷をものにした。来る―――。振り下ろされる雷剣が、火神には……インドラ神の一撃に思えた。

 

「エンチャント・プラス―――トールハンマァアアアア!!!!」

 

 光剣と共に振り下ろされる巨大剣に対して、火神大河もまた炎の剣の重ねで対応。花の海に沈み込む火神と一歩を踏み出したレオ。エネルギーの奔流の押し合い。

 接近戦と取られないのはサイオンによる光剣の見事さゆえか、それとも……ともあれ流された巨剣を持つ巨漢同士の戦いを審判団は流した。

 

『レオ―――!!! 最後まで踏ん張りなさいよぉおお!!』

『レオ君!!』

『西城!!!』

 

 一高の声援。届くわけはないが、それでもその声援が届いたかのようにレオは最後まで踏ん張る。

 光の剣と、実体のプレートブレードとの二種の圧力。どちらもとんでもなく、火神の足元を70センチは沈み込ませている。

 油断すれば膝まで押しつぶされそうな押しあいの我慢比べ。最後に決したのは―――。

 

 お互いの身体の頑健さであり―――消え去る炎剣。消え去る雷剣。定義としては同一の現象であって定義破綻ゆえのものではない。

 つまりは―――サイオン切れ。もしくは―――魔法の維持が出来なくなるほどの危険領域に迫ったからだ。

 

 白花の花弁がエネルギーの余波で吹き飛びながらも最初に動き出したのは――――レオからだった。

 

 しかし振り絞って、唇を噛んででも想子を捻りだしたレオの小通連が動き―――、沈み込み動けない状態の火神を一撃。

 その瞬間に判定が下された。意識はあったものの、火神大河の戦闘不能であると言う判定にレオは少しだけ不満を覚える。

 

「魔法戦ではお前が勝っていた……俺が勝てたのは―――」

「ああ、この『フィールド』ゆえか……構わねぇ。お前の勝ちで―――俺の負けだ……」

 

 自ら兜を脱いで自決する武者のように敗北宣言する火神大河。どうやら肩が落ちている所から折れたようである。

 押しあいの圧が生身にも及んでいた影響である。

 

 しかしレオとしても、これ以上は動けない位に身がボロボロだ。打たれ過ぎて焼かれ過ぎた。動くことは先程とは違った意味で無理である。

 小通連を戻し、それを地面に突きたてて、杖としなければ立っている事すら辛い。同時にテクニカルジャッジでレオにも下される戦闘不能の判断。

 

 審判団及び救護班の再びのドクターレスキューで、フィールド外に飛ばされるレオと火神。

 

 両者の戦闘不能を見ながらも戦いはまだまだ続く。他者の魔法式に干渉しあう混沌魔術の打ち合い。

 

 同時に影と風の魔法が―――正統ながらも邪道な戦いが繰り広げられている。

 同じタイプ同じ人間―――そう感じ取れる人間だ。

 

「黒子乃くんだったか……調べた限りでは、あまりこういったことで目立つタイプには見えなかったんだけどな」

「別に目立ちたいわけじゃないですし、本当に刹那君に推薦されるまでは、九校戦出場も無いはずでしたよ」

 

「だろうね。名前から分かるけど―――キミは隠密分野の人間。察するに遠坂君やシールズさんの『監視』に寄越された人間ってところだね」

「ヒトの秘密をばらすってのはいい趣味じゃないですね。無駄な事はキライなんですよ。無駄だから、無駄は無くしたい。そして―――イヌなんかに嗅ぎまわられたくも無い」

 

 言いあいながらも加速・減速、消滅・精製。様々な形で変質する魔法とがお互いを穿とうと、穿たれる前に違うモノに変質していく。

 そして様々な干渉で相手の魔法式を奪ったり奪い返されたりしながらも打たれる雷電、風の刃、影玉、影の槍。

 

 意表を突いたり突かなかったり。真正面からの打ち合いが側面からの奇襲を許したり―――ある意味、千日手に至りつつある戦場。変化し加速する魔法戦がお互いの手札を晒さないで行く。

 先刻までのレオと火神の戦いが、魔法としては邪道な立ち合いながらも、真正面からの戦いならば正道。

 

 その逆である。魔法としては正道な立ち合いながらも、真正面からの戦いでは邪道。

 このままでは決まり手を欠いたままに終わるだろうが、そうはいかない。

 

「藤宮くんも何か『秘密』がありそうですけど、今の僕には関係ない―――この黒子乃太助には『夢』がある! その為の前進を恐れたことはない!!」

 

 サイオンコードを読み取ることで、相手の魔法を奪って反転させたり無為なものに変えたり、化かし合いの騙し合いを行っていた戦いに変化が起こる。

 今までの黒子乃太助の魔力が黒であったならば、今度の太助の魔力は金色。

 

(二重属性で二つの魔術系統か……流石に、見抜けるものではないな)

 

 一条との戦いを一瞬切ってでも見てしまう術式の見事さに舌を巻いていた刹那であったが、その隙を見逃す一条ではない。

 

「よそ見している暇はないぞ!!!」

 

 投射される空気弾と爆圧の熱波の数々―――しかし、それらをあの殺人貴ならば、軽々と避けるだろう。

 もしくは魔法そのものを『殺す』ぐらいは出来るだろう……改めて思うと実にクレイジーな男であった。

 

 あんなものを狙うのだから院長補佐も、よっぽどである。まぁ……一番安全な人間ではあっただろうか。その反対に危険な男すぎたが―――。

 

 それでも………。

 

(この服を着る以上は、ちっとはアンタの事を思い出して戦うよ。シキさん)

 

 魔法の発動を見ながらも刹那の動きは精彩を極める。花の束を散らしながら戦う刹那の動きが、常に一条の死角に移動する。

 視覚的にはどこにでも魔法を発動できる魔法師であるのだが、それでも『脳情報』の原則だけは崩せない。

 

 魔法師も生物である以上は、生物としての絶対原則に晒される。イデアによる認識はあったとしても、素の『視界』…己の眼に映らない敵には確実に恐怖を覚える。

 その動きに服部副会長は、いつぞやのことを苦々しく思い出しながら応援の声を上げていたのだが……。

 

「ッ!! 将輝をやらせるか!!」

 

「木花之佐久夜毘売・開花!!! 急急如律令!!!」

 

「吉田っ!?」

 

 刹那の動きに応じて達也も動き出したことで、幹比古への牽制が疎かになった。詠唱の遅い古式であるがゆえの対応の甘さに、ここぞとばかりに溜め込んでいた術式を叩き込む幹比古。

 華の姫―――このガーデンファンタズムの魔力を利用した幹比古の術式―――華の精霊を姫のような衣装に変えたもの。有体に言えば情報体・化成体の類が、幹比古の後ろに立つ。

 

 その姿は……ちょっとだけ『柴田美月』に似ていた……。

 

 そんな『コノハナノサクヤヒメ』は、何か大きなものを受け止めるようにして―――花弁の嵐を吉祥寺真紅郎に叩き込む。

 幻体による疑似的な魔術行使であり、ここまで巨大なものを作り出すとは―――。

 

  SB魔法としては最上級だろう……。古式魔法師としての幹比古の意地に感服する。

 

「くっ! 花弁そのものがちょっとした魔力を持っている以上、サイオン弾も同然がっ!!!!」

「ジョージ!!!」

「―――ごっ!!! ま、まだだぁあああ!!!」

 

 心配の声と同時に幹比古に魔法を叩き込んだ一条将輝。

 爆風が正面から幹比古を襲ったが、吹き飛ばされても地面を掴んで立ち上がる幹比古が、花弁の嵐を吉祥寺真紅郎に叩き込む。

 

 消え去ろうとしていた姫君と共に戦う幹比古の意地の攻撃が、吉祥寺を遂に沈黙させて―――。そこで幹比古は崩れ落ちた。

 

「く、黒子乃くんも勝ったけど―――ちくしょう。最後まで『ここ』にいたかったなぁ……」

「ここでの戦いは黄金の体験(ゴールドエクスペリエンス)。いいもんですね僕は―――成長できた。また……このメンバーで何かしたいくらいです……」

 

 緑色の魔力の附帯で貫かれ、それでも黄金の拳のようなもので昏倒する藤宮介の姿を見るに―――どうやら奥の手を晒しあったようである。

 即座に四名の要救護者をロマン先生はカドゥケウスで『持ち上げて』―――戦場から即座に脱させる。

 

 戦いの場に残るのは、三名。数の上では無論……一高側が有利だが、三高側に残る一条は火を噴くように攻めてくるだろう。

 

「俺一人か……窮地だな」

「分かってるんならば降伏したらどうだ?」

「冗談じゃないな。十師族の誇りも大事だが、それ以上に男としてお前たちに勝つ!!」

 

 中野が残したコートを纏い……「えんづく」はないのだろうけれども、それでも着膨れな感じになる一条将輝。

 重ね着したことで術式が二重にかかり防御が増した。破るのは中々に困難だろう―――。

 

 小康状態になったものの、戦いは短期で終わる。その予感―――お互いに、長期戦はムリだろう。

 達也もまたEMPTY(ガス欠)が近いことを知らせるように指でゼロを思わせる『印相』を作ってきた。その意味を違えない。

 

「お互い……持久戦に勝機は無いだろう。この空間がお前たちに若干の味方をしていたとしても、な」

「どうするよ達也? 向こうは短期戦を望んでいるが?」

「乗ってやるぐらいの男気はあるさ。決めるぞ」

「こっちがな!!!」

 

 飛びだす一条を迎え撃つように二人も野花を散らしながら接近。近接戦は当たり前だが不可能。

 

 魔盾による防御。質量体による打撃で一条の接近を阻もうとするが、それを分かっていたように―――否。

 中央突破することで魔盾の辺―――鋭く尖った切っ先が、一条に血を流させる。

 

「おおおっ!!!」

「たわけが!! 魔盾による傷はお前を―――」

「刹那!?」

 

 重篤ではないが、それでも傷を流した一条に警告を出す前に一条将輝は、特化型CADを向けて―――高周波の圧力を打ち出した。

 

「―――ッ!! ―――Die Glocken läuten―――」

 

 耳鳴りが響くそれを打ち消す術。同時に一条が爆圧を放ってくるが、避ける。

 生兵法というわけではないが、殺人貴仕込みの体術は一条にとって慮外。死角に出ると同時にスナップカラーズで撃つ。

 

「ふっ!!!」

 

 ばしゅっ!! という音でスナップの魔弾が消え去る。コートの裾地を振り回すことで消したようだ。上手い手段だが、その時には……。

 

 達也の加重系統の魔法―――威力を底上げする為に、『呪刻』を刻んでおいたものが一条に叩き付けられる。

 それを更にコートを翻すように、さながら闘牛士のムレータの如く動かして達也の魔法をガード。

 

 瞠目した達也。それを見ながらも一条は、その手を弓矢でも引き絞るかのようにして動かす。

 特化型CADではなく汎用型CAD―――リング型が腕にあり、引き絞られた矢が―――三高の初戦。五高との戦いで放たれたものが、達也に向けられていた。

 

「――――」

 

「――――」

 

 放たれる高熱の飛翔体。現代魔法の範囲で見える限りでは、一条家の秘伝『爆裂』を押し固める作業ゆえのものだと思える。

 

 爆裂の作用からすれば無駄なことにも思えるが、それでも空気圧縮弾に比べれば殺傷性は高い。

 今までのが、砲弾と言う質量弾を高速で撃ち込むもの……『カルバリン砲』ならば、こちらは砲弾そのものに『炸薬』と『信管』を加えたアームストロング砲や四斤山砲といったところだろうか。

 

 ともあれ、ヤバいと思った刹那が、盾を動かして達也の前に配置。現代魔法とは違ってエイドス改変でなかったのが幸いしたが、炸裂した威力。

 灼熱の矢が放たれてバックドラフトが白花を焼き尽くす。そして衝撃そのものもすさまじく、達也は足を残そうとして5mは後退する結果。

 

「対人用に威力は落としたつもりなんだが、強すぎるというのも考え物だ」

「威力の大小で勝敗は決まらんが、―――ここで決める!!」

 

 しかし一条に生半可な攻撃は決まらない。そして、こちらはガス欠が近いのだ。

 

 ここで決める! 言葉と心で言いながら決意する。 

 

「Anfang――――」

 

 その意志で魔術回路の再起動。魔弾の叩き込みをすると――――思った一条が達也を視界に収めながらも、刹那に矢を向けてくる。

 投射する魔法陣―――。どういうものなのか知らずともそれでもその魔法式の巨大さに、一条が驚きながらも刹那に矢を放った時。

 それよりも先んじて達也が『刹那』に対して『魔弾』を放っていた。

 

「―――」

 

 行動の意図を測りかねる一条将輝であったが、矢が届く前に魔弾が―――、刹那の『加速魔法陣』に吸い込まれた。

 

打ち砕く雷神の指(トールハンマー)!!!」

 

 八王子クライシスにても使われた魔力の『高速回転増幅炉』―――まさしくビーム砲台も同然に溜め込まれるエネルギー。

 それが解放されて―――一条の『フレアアロー』が呑み込まれる……なんてほどの威力はないものの減衰していき、そして……小規模の爆発。

 

 その爆発の中に刹那が取り込まれて―――それで終わり…だったらば、あの射台崩しの時に終わっていたはずだ。

 奴は立ち上がる。爆炎の中に入り込もうとも―――ヤツ(刹那)は生きている。その一抹の疑念。

 

 もうもうと立ち上る火煙と土煙。下されない戦闘不能のジャッジ……全てが一条を縛り上げていく。

 

 慎重なスローイングでランナーのアウトを取ろうとするピッチャー、キャッチャーの如き……緩慢な動作にも見える起動式の読み込みが、達也にとっての隙になる。

 魔力は突きつつあるものの、それでも体の駆動だけは十全に回せる。そも達也の動きは魔力由来のものではないのだ。

 

「司波達也!?」

 

 刹那に放とうとしていた矢、もしくは空気圧縮弾を急遽、飛びこむようにやってきた達也に向けようとするも―――。

 

「――――世界蛇の口(ヨルムンガンド)!!!」

 

 その時、捕縛型の魔法陣……吸引型のそれが一条の身体を縛り上げた。煙の向こうからの刹那のフォローだ。

 

「捕縛陣!? こんな大規模なものを!!」

 

 驚愕する一条であったが、その時には、達也が至近距離までやってきていた。最大の攻撃を『囮』にしてまでもチャンスを作ってくれた刹那。

 

 ここで決める。自ら泥を被り囮もやってくれた刹那に報いるためにも―――。

 外側からのダメージはコートのルーンで弾かれるだろう。ならば、有効なのは内側への衝撃。

 

 掌底による圧など無理だ。どこもかしこも防御されている……しかし、それでも防御できずに尚且つ内部に攻撃を通す場所はあった。

 再びの音響爆弾。今度は両側の内耳へと貫き通すために両手で放った。その衝撃で達也もまた鼓膜が破れて、倒れ込みそうになるが―――。

 

「こんどは、かえってこられない」

 

 最後には立ちながら宣言した。聞こえている訳がない。

 

 同時に達也も声を出しながらも己の声など聞こえてはいなかった。それでも回復していたはずの耳を再びやられた上での二度目の音圧。

 今度は両耳。平衡感覚を失うと同時の意識失神、耳から少しの出血を終わりに、華の海に倒れ込む一条将輝。その事実を遂に受け入れる。

 

 同時にジャッジが下される。

 電子掲示板にWINNERとして挙げられたのは……予想通りに第一高校であった。その時……「けほっ」と砂を吐きながら起き上った遠坂刹那が呟く。

 

「今度からは『素晴らしきシバタツヤ』と呼ぼうかね?」

 

 鼓膜が破れていても、口の動きと『あくまな笑み』から察した達也が、ニンジャスレイヤーな動きで、刹那の頭を後ろからぐりぐりする。

 

 締まらない勝利というわけではないが、最終的に勝ちを得たことで大歓声が響く。その中に一条ファンの悲しみの声もあった。

 正しく怪我人続出の最後まで気が抜けない勝利に一高の全員が両手を上げてガッツポーズをするほどには、実に苦しい戦いの連続ではあった。

 

 こうしてモノリス・コード新人戦は幕を下ろした。

 第一高校の勝利。そして新人戦優勝と言う結果付きでの勝利。全ては大歓声の中に集約されていくのだった……。

 

 



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第91話『九校戦――幕間.Talk』

連日の日間ランキング入りありがとうございました。

少し短いですが新話アップさせていただきます。


 

 終わってみると怪我人続出のとんでもないモノリス・コードの試合。

 観客はスタンディングオベーションだが、やった方は歓声に応えられないほどにゾンビも同然だった。

 

「ああ……疲れたぁあああ」

「ゾンビのような声を出すな。とはいえ疲れたのはお互い様か」

 

 上へ両手を伸ばし、前へ両手を伸ばす二人に、幹比古としては色々と思う所がある。

 

「というか、この状況で普通に立っている二人(達也、刹那)が異常だと思うのは僕だけかな?」

 

 幹比古からの言葉で選手控室までの通路を進んでいった一高メンバーたち……確かに、言われてみると―――。

 とりあえず全員が、立って歩くぐらいには回復していた。まぁ幹比古は、若干、腰が震えている感じであるので、歩幅を合わせていた。

 

「疲れ切っているのは吉田君だけですよ。西城君もどうやら回復して歩いていますし」

「いや節々がスゲェ痛い……こりゃオート走行のダンプカーを押し止めた時の痛さと同じだな」

 

 どういう状況でそうなったのか、興味はあるが……茶系の髪を掻いて『あっけらかん』というレオの肉体は、やはり混血系統の話だろう。

 恐らく『マシラ』……猿神の系統かとも思うが……刹那の知識以上に、この世界は『遺伝子工学』が発達しており、そう言った話ではないのかもしれない。

 

 結論付けて、ロマン先生の治療で五体満足の疲労困憊で歩いていた一高メンバーの前に―――勝利の女神が現れた。

 

 艶やかな衣装のままに、待ち構えていた一人が進み出て、飛び出してきた。それは刹那の大好きな宝石の一つ。

 スターサファイアの如き輝きを纏う少女であって、当然、刹那はその少女が大好きだった。そして少女の心もまた……。

 

「セツナ―――♪♪」

 

「リーナ―――!!」

 

 スピード・シューティング決勝戦後のプレイバックのように、若干違うもお互いに抱き合うことを目的とした駆け出し。

 

 腕を広げて抱き留める姿勢を取る刹那に素直に入り込むリーナの姿。その熱い抱擁は、もはや見慣れてしまったものであって、まるで映画のワンシーンのように絵になる『バカップル』だった。

 

「色々と言いたい事はあるけれども、本当にステキだったわ。ワタシのダーリンは最高の魔法使いで最高の『男』なんだから……瞬き一つすら惜しかった……」

 

「試合を決めたのは俺じゃないけどな。――――とはいえ、戦利品というわけではないが、はい。お土産」

 

 その言葉で、手をリーナの頭にかざす刹那。

 どこに隠していたのかガーデンファンタズムという魔法の『欠片』。白い野花が、今日はポンパドールの髪型のリーナに咲いた。

 

 誰もが、驚いて息を吐くぐらいには見事なものが、姫だきされたリーナのアクセサリーとして一瞬で髪型に映えるのだ。

 

「こ、こういう小技がモテの秘訣なのか!?」

「ああいうのが許される人間であるというのが前提条件だ!」

「えー、そうでもないよ。どんな女の子でも、こういう『気遣い』は嬉しいよー」

「もしも、こういうの踏み躙るようならば、そいつは性格ブスの類なんだから、諦める指標になるね」

 

 

 先輩、同級生、男女共に色々な意見や感想を述べる中、そんな喧騒など構わず首に手を回して姿勢を保持したリーナは惚けるような視線を刹那に向ける。

 

 スピード・シューティングのプレイバックのような様子に誰もが微笑ましい表情でいたと言うのに―――今日のリーナも刹那も何かのネジが外れているのか……もう少しだけ大胆な行動に出た。

 

 早撃ちの際には、頬を当て合うものだったのが……、次の瞬間には唇と唇が繋ぎ合っていた。

 お互いに眼を瞑りながらの、分かっている二人だけのマウストゥマウス……。

 

 恋人同士のラブキッスが目の前に広がっていたのだった……。

 

「―――――――――!!!!!」

「―――――――――!?!?!?」

 

 

 誰もが絶句して、二の句を継げぬほどに衝撃的な場面。

 あの小悪魔だなんだと言われている七草真由美ですら真っ赤になって頬に手を当てて、『アッチョンブリケ!!』などと言わんばかりの勢いである。

 

 所詮は見せかけだけの小悪魔であって、身も心もまだまだお嬢ちゃんなのだった。

 

 三巨頭全員が、顔を真っ赤にする……意外なことではないが、一高生全員、びっくりするぐらい思春期真っただ中。

 

 知り合いの、しかも後輩で色々と有名人すぎて、恋人関係だと知っていても、こういった場面を直に見ると、色々とアレなのだった。

 

 

「せ、刹那! あんまり、そういう風紀に良くないことをするのは風紀委員として、よくないよ。よくないよ!!! リーナも離れる!!!」

「わ、分かったよ。リーナ……ごめん。俺も戦闘後の高揚感で少し場をかんがえな、むぐっ!!!」

 

 雫に言われて流石に頭が冷えた刹那だが、文句を塞ぐかのようにリーナの恐るべきカモンベイビーアメリカンな情熱的すぎるキスで、刹那も紅潮するのが隠せない。

 この女……恐るべし。それでいながら達也も若干、眼を覆いつつも『補給作業』だと気付けた。

 

「な、なんで! 二回もキスするの!? しかも、今度は舌を―――」

「し、雫、落ち着いて! なんか色々とキャラが崩れているから!? ―――そうだわ。この場面! リーナと刹那君だけがキスしているから場が変になるのよ!! つまり―――私と達也さんが、あひゃああああ!!!」

「中々に斬新なアイデアだけど、ほのか? そういうのって公序良俗に反すると思わない?」

 

 雫を諌めつつもフォローなんだか棚ボタ狙いな光井ほのかを諌めるデーモン深雪閣下の無言のメッセージ。

 

『お前も氷人形(ひょうにんぎょう)にしてやろうかー!!』という深雪のメッセージは、ほのかを震え上がらせた。

 

 何だか場が色々と混乱とピンク色の空気に染まり―――。口火を切ったのは色々と盛り上がり過ぎなチアリーダー姿の美月からである。

 

「吉田君……あの最後に吉祥寺さんに放った魔法って、普段からあんな風な『容姿』になるんですか?」

 

「い、いや……何かやっぱり、柴田さんと関わり多いから、イメージが投影されて、そうなっちゃったのかもしれない―――うん。他意はないよ。肖像権の侵害は申し訳ない」

 

「本当ー? そういうからにはミキは美月のことを『意識』していたからってことでしょう? 私やリーナや深雪じゃなくて美月なのは、そういうことなんじゃないの? 『おっぱい』だって『盛り上がっていたし』、美月並に」

 

「エリカちゃん! セクハラ禁止!!」

 

「僕の名前は幹比古!……って、言っても無駄だけどさ―――それを言うんならばレオがあんな風に硬化魔法をすごく出来たのは、やっぱり八王子での一件でエリカが大怪我したことが後悔にあったんじゃないの?」

 

 流石に色々と懇意にもなることがある美月をフォローする為にも違う方向に矛先を向ける幹比古だが、言われたレオは分かっていながらも髪を掻いてから口を開く。

 

「矛先を俺に向けるなよ……まぁ無かったわけじゃない。そして流石に駆けつけてきたエリカの兄貴にぶっ叩かれれば、そうもなるさ」

 

「あー……あの時はごめんね。まさか和兄が、あそこまでアタシのことで怒るだなんて……」

 

「気にすんな。お前の言の割にはいい兄貴じゃねぇか」

 

 いつものメンバーが、何だかそんな風に言い合いながらも微妙に女子と男子が意識しあって、そのオーラで満ち溢れている。ぎこちない様子である。(CV キー〇ン山田)

 

 真由美がピノコのような表情から回復すると、あっちこっちでそんな空気である。

 辰巳鋼太郎と五十嵐亜実、五十里啓と千代田花音。桐原武明と壬生紗耶香……色々と当てられすぎである。

 

 こういう時こそ風紀委員長である渡辺摩利の出番。鬼のスケバンたる彼女が引き締めてくれると期待して―――。

 

「うん! 見ててくれたかシュウ!? わ、わたしのチアリーダー姿の方が良かったのか!? そ、そんなことよりもエリカの友人で私の後輩たちの活躍をちゃんと見てくれないと困る!! 困るんだからな…?」

 

 全く以て困っていない摩利のあまりにも蕩け切った表情と言葉での端末越しの会話にツッコミを入れたいのに入れられない。

 

 独り身ゆえの僻みと思われたくなくて、こうなれば我らが巌の如き大親分。十文字克人に『喝』を入れてもらうしかあるまい! 

 決めた七草真由美は、達也と深雪が抱き合っているという衝撃的な場面に若干の『アイアムアショック』を受けつつ振り向けば―――。

 

「お姉ちゃんがお祝いに来たわよー! グラトゥリーレン(おめでとう)♪ すごい試合だったわ―。セツナー……は、どうやら彼女さんとイチャコラ中か。カツト、代わりにグラトゥリーレン受け取って?」

「俺が戦ったわけじゃないからな。ただ俺の試合の時にも頼めればとは思うよ」

「勝ったらね?」

「勝つさ。霧栖―――九大竜王の筆頭だろう相手にこのまま引き分けは無いな」

 

 本戦モノリスでは九高が上がってくると見ている十文字の言葉に……少しだけ驚きながらも、それ以上に驚くのは伊里谷理珠の行動である。

 

「い、イリヤさん!? 他校の応援通路にやってくるって非常識じゃないかしら!? それよりも十文字君! 喝入れ! このだらけ切った空気を引き締めて明日のミラージ本戦に向けさせて」

「七草、お前がやるべきだな」

「なんで突き放す――!? ひどくない! 最近、十文字君冷たすぎるわ!!」

 

 銀髪の少女が―――巨漢の従者……バトラーの格好をしたのを引き連れて来たのに、今度は刹那とリーナが驚いてから、何故かキスしあう。

 

 何故に!? と思いながらも―――状況は更に混乱する前に―――。

 

「―――『補給』(サプライ)できた?」

「毎度思うけど、この方法ってどうかと思うよな」

「ワタシは嬉しいわよ。そして楽しい……シアワセ♪ すごく、ね。セツナは?」

「―――Me Too―――だよ。リーナ」

 

『魔力補給』。経口接触による魔力の補給。『深いつながり』を維持している男女だけに許される一種の共感魔術で、身体の魔術回路が十全に稼働しつつある。

 

 そもそも、富士山の魔力があるので、ホロスコープの関係から魔力の供給は出来ている。それでもリーナの補給を拒めないのは、大好きな女の子に癒されたい想いがあるからだろう。

 そうして再び見つめ合ってから―――イリヤ・リズが引き連れているサーヴァント。誰もが十文字会頭以上の巨漢に圧倒されつつも、この通路を手狭に感じさせる巨漢に―――。

 

「平野。私は大丈夫。『お願い』ね」

 

「畏まりましたお嬢様。ミスタ・トオサカ―――いい闘争であったよ。それだけを私は言いに来たのだ。他の戦士達も、マルスとアテナの眼を楽しませるほどに、存分に戦い抜いたいい闘争だ」

 

「―――こ、光栄です!! バトラー・ヒラノ!」

 

 リーナを降ろしてから、その『執事』に頭を下げる。まさかギリシャ神話に名高き―――『あの英傑』にそんなことを言われるとは……。

 

 ということは、森崎たちを助けてコヤンスカヤに矢を放ったのは、この人か―――。今さらながらとんでもない。

 

「あっ!? あの人、会場に来た初めごろに屋上にいた―――」

「うん。すごい『霊圧』だ……柴田さんを伴って夜中に修練していた時に見た人だ」

 

 夜中の外出に付き合うとか、お前らもう付き合え。そんなセリフを言いたくなる幹比古と美月の言葉に、平野は一礼をしてから見えなくなる。

 

 今まで富士山の魔力で撹乱されていたが、かの大英雄は、今までこの九校戦というコロッセオでありアルゴノーツの如き船を守ってくれていたのだと気付き―――再びの一礼。

 それを見て満足した姉貴は、ルージュの伝言を残す。

 

『明日の夜。全ては変わる。イワンの襲来に支度すべし』

 

 いつぞやの懇親会の時と同じく、ルージュの礼装を用いて空間に描く暗号文字で示す姉貴。

 あれほどの戦いをやっても、まだ来るのか―――そう思いつつも、四高の代表者が去ると次に来たのが―――。

 

 三高のチアリーダー。刹那にとって知己の存在であった。

 

「セルナ―――!!! 御身体は大丈夫なんですか―!? って! 何ですかこの画像は!? こんな公衆の面前で……フケツ!!!」

 

『『なんでさ』』

 

 二人そろっての言葉は、不潔なわけあるか。という一致した想いゆえであった。更に言えば、誰だよ。愛梨の端末にドストライクな場面を送ったのは―――エイミィが「てへぺろ(・ω<)」などとしていたのを見て犯人を見つけた瞬間であった。

 

 というか、チアリーダー姿で色香を撒きながらやってきた愛梨と栞、そして沓子という三高一年美少女の登場であるが、自校の男子に対する慰労はいいのかと思う。

 

「まぁ親衛隊いるし、一条君に私達は必要ない。藤宮君には、妹の「ゆう」ちゃんいるから」

「アラタとタイガーをにべもなく振るのが、栞と愛梨のイマドキStyleというやつじゃ」

 

 ひどいガールだ……(寺田〇くん風)。とはいえ、そろそろ俺たちも着替えたいわけであって、更に言えば腹も減ったりしているわけでして、三高チアガールズにもお帰り願いたいのだったが……。

 

「将棋や囲碁ではないが『感想戦』したいんだが―――!!! というかさせろ―――特に司波と刹那!!!」

「なんで混乱に拍車を掛ける!!!???」

 

 この短時間でも絶対に制汗スプレーと一緒にワックスで髪を整えただろう一条将輝の登場に女子が色めき立つも、その視線が抱き合っている達也と深雪に向けられた瞬間、心の吐血をするマサキリト。

 

「し、司波さん!? そ、その行為の意図はなんでせうか!?」

 

「戦い疲れて癒しを欲するお兄様に妹である私自ら―――癒しを与えているのです。先程までリーナと刹那君がやっていたことと同じです」

 

 滔々と答えながらも、達也との抱擁を続ける深雪に一条は更に絶句する。絶句してから向けた視線の先は……。

 

「刹那―――!!!」

 

「なんで俺なんだよ!? とにかく! 一旦解散!! 夕餉の時間まで他校の選手に接触するなよ!! 元気いっぱいなのもいるだろうけど、全員疲労困憊!! それを忘れずに!!」

 

 掴みかからん勢いの一条を制しながら一種の『気付け』の魔術。手叩きと同時のそれで、混乱を終息させる。

 

 流石に原因は俺とリーナにあったかな。と思いながらのことであり……まぁとにかく……。

 

「こりゃ、達也に寿司でも握ってもらわないといけないかな」

マグロ(TUNA)の腰のオスシは凄く美味しかったわ。タツヤにも出来るかしら?」

 

 達也の寿司―――九校戦編―――。最終的には『達也の寿司は(妹と)生きるための寿司なのだ』とか言われる訳である。

 

「せめてそこは都民として『江戸前の達』とかにしておけ」

 

 ぽかっ。と何処からか出したピコハンでリーナと共に叩かれながらも、シャワー室は空いているかな。とか考えるのだった。

 

 ともあれ戦いの後にも少しの混乱を起こしながらも―――結局、夕餉の時間は夕餉の時間で騒ぐことになるのである……。

 

 何より………。頼まれてしまったのだ。

 

「セルナにも事情があるのは分かります。けれど―――少しのアドバイスだけでいいのです。お願いします」

 

 一高首脳陣に頭を下げてでも、自分なんかのレッスンを欲しがる愛梨の女意気に応えなければいけないのだった……。

 

 

 そして―――明日の妖精たちの戦いは始まろうとしているのだった……。

 

 その裏で始まろうとしている暗闘もまた……火ぶたを切る時を待つのだった……。

 

 

 



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第92話『九校戦――妖精決闘開幕』

 
短いですが、場面転換が多すぎるのでこの辺りでアップ。

それにしても―――眼鏡神の新連載でハルトモ先生の代理ビジュアルがゴッフさんとは、昔のタイころアッパーのレポ同人を思い出すぜ。

皆してタスクオーナ先生をハサンにしていたんだ……(理解)

というわけで新話どうぞ


 

 

 深い。深い。闇の中……戻るべきだった場所から弾きだされて、ここにて眠りに就く自分は、外の様子など分からない。

 

 情勢には興味があるが、それでも私の役割は半ば終えてしまった。不安は無い―――何も―――ただあるとすれば、彼らと共に生きていくことがいいとは思えなかった。

 

 そんな自分を求めて泣いているのではないかということだ。

 

 魔女の使い魔がいつか喋らなくなるように、自分が意識を失ってしまうのは当然だったはずなのに……。

 

 宇宙開闢の空間。数多もの星々が輝く―――天然のプラネタリウムの中で丸まっていた存在は、自分しかいない空間に誰かがやってきたのを感じた。

 

 あり得ないことだが、その存在は―――自分を探してきたのだ。

 

 

 

 ―――やぁ。ひさしぶり―――。

 

 ああ、久しぶりだ。しかし、アレだね。キミ、『神殿』で『消去』されてから、てっきり■■■■にでも漂っているもんだと思っていたんだがね。

 

 ―――案外、未練がましいのかもしれない。ボク自身、この世界に流れついてから調整を利かせて生きてきたつもりなんだがね……―――。

 

 ビーストの誕生は、キミにとっても予想外だったんだろう? 全知のキミでも全てに手を打てるわけじゃない。そんなことも分かっていないわけではないだろう?

 

 ―――そうだね。だからこそ、彼が現れた時、ボクは『あの子』と同じものを感じた……。ここでのボクの役割はもうすぐ『完遂』される。その時……―――

 

 ……?

 

 ―――いや、なんでもないな。いずれにせよ今の刹那に必要なのはキミだよ。起き上がる時だ―――。

 

 英霊休暇満喫中の私に労働しろとは、つらいわー。■■■鬼だわ―。プラチナ(?)でも歌いたい気分だわ―。

 

 ―――何の話だい!? と、とにかく、ボクも旦那(?)以上に稼いでいるというか旦那共々稼ぎかねないキミを休ませるのも吝かでは無い―――って何を言わせているんだ!?―――

 

 はいはい。分かっているよ。この万能の天才たる私にかかれば、ジャンヌ・ダルクコードからダ・ヴィンチコードまで実装可能! 起き上がりたくないが、まぁやらねばならないかな。

 

 ―――すまないね―――

 

 なぁに、この『私』は、キミよりも刹那との間が長いのでね。安心したまえ! キミに代って私がヤン提督(?)ばりの奇策を用いて戦い抜いて見せよう!!

 

 ―――そうかい。ならば―――頼むよ。レ■■■ド―――

 

 キミも、『役割』に囚われたくないのならば、自由にやってみなよ。それがキミの望みだろうに―――

 

 その言葉に苦笑の気配だけを残して去っていくもの一人。それを認識してから―――白にも黒にもなれる魂は、道を辿って出る準備をするのだった。

 

 

『外の世界はつまらないなんて結論はまだ早すぎるな。欲しいものがあるならば、出ていくしかないんだよな』

 

 

 自縄自縛ともいえる『牢屋』に己を閉じ込めたもの(コーバック)とは違う結論を出してから―――魔法の杖は、その身を『表層』に表わすべく動き出すのだった……。

 

 

 † † †

 

 

 毎度おなじみとなってしまったホテルでの夕食会。もはや魔法師というよりも料理人なことばかりやっている男の料理の趣向は、今回は違っていた。

 

 だが、違いと言っても、それは誰もが夢中になる料理である……。よって早くも我先にと言わんばかりの様子となっている。

 

 

「昨日とは違うんだな」

 

「不評?」

 

「そんな訳ない。旨すぎるし、何より胃に優しいからな」

 

 と言いながら達也が『啜る』豆腐麺は、刹那としても畢生の出来である。

 

「ただ達也の寿司が無いのが残念だ……!」

 

「tamago先生に謝れ」

 

 達也がそう言いながら、刹那も白黒豆腐の麻婆豆腐を食べている。どうやら今日のメインは豆腐のようであり、何故これを作ったのかを問う。

 

「大会も遂に八日目。そろそろ参加選手の身心共に結構、頭打ちになりつつある。まぁ本戦・新人戦・本戦というオーダーだから選手次第だが……」

「コンディションの為か……助かるよ」

「まぁ深雪が「もう食べられないでぶよー」と言わんばかりに食っているわけじゃないから明日のミラージィィィイイイイイ……何してくれやがる!?」

 

 いきなり背後より食らうサイオン波。特に自然現象などが起こったわけではないが、やったのは誰なのか明白であり、振り向くと「やつ」(デーモン)がいた。

 

「余計な気遣いどうもありがとうございます! ついでに言えば、体調管理は完璧ですので!!」

「そうなの? 何だかミユキ、いつも更衣室とかで見ていると少しばかり(ライン)が細すぎるような気がするから、ちゃんとゴハン食べているか心配よ?」

「あなたが出るとこ出て引っ込むところ引っ込んでいるだけです! 私は普通! 2090年代日本の一般的なJKです!!」

 

 JKとかいつの時代の人間だよお前は、という無言でのツッコミを入れつつも、やはりマイハニーは、同性からしても規格外のバディのようである。

 

 まぁ分かっていた事である。だというのにこやつは……。

 

「ワタシの女神(ヴィーナス)すらもひれ伏さんばかりのボディは、セツナの『手』で『造型』された芸術品(アート)よ。

 まぁミユキのナチュラルな身体よりも上を行くのは仕方ないわね」

 

「お兄様! 深雪をミロのヴィーナスよりも洗練されたバディにしてください!! リーナを倒すために」

 

『『黙って今は食え』』

 

『『むぐ―――!?』』

 

 

 食事の場でセクシャルな話題とか勘弁してもらいたい達也と行動が一致。

 食べ物で遊ぶようにも見えてしまうのはダメだが、レンゲに入れた麻婆豆腐の味は正しく最高の心の料理である。

 

 愛妹と彼女を黙らせつつ、耳がでっかくなっちゃっている三高の『一部生徒』からの追及をキャンセルし、明日はミラージ本戦であることを認識。

 同時に、モノリス本戦の予選であることを認識。

 

 ウチからはミラージは深雪と小早川先輩、五十嵐先輩の計三人……前年度の成績で足きりされたわけではないので三人登録出来たが、どの高校も来年のシード権を獲ろうと必至だろう。

 

 年始の大学駅伝の如く……と思いつつ、そっちの方で若干の裏切り―――とまではいかずとも、少しの利敵行為をやってしまうのだ。

 

「俺は気にしていないぞ。お前の『秘密』と引き換えならば安いものだ」

 

「同時に深雪が負けるとは思っていないんだろう?」

 

「ザッツライト」

 

 他のミラージ参加者でめぼしい所では、四高では姉貴が参加するようだ……。

 その事を聞いた時に、何故だか知らないがリズリーリエ・イリヤ・アインツベルン……知るところによれば『第三魔法』の末裔たちが、『第二魔法の産物』を持っているのが自然に見えるビジョンもあるのだ。

 

「にしても、一色さんに何を教えるんですか? それぐらいは許されるのでは?」

 

「知りたいの? なんか相手なんざ知らない。我が道を阻むならば、覇道の限りで推し通ると言わんばかりの君が?」

 

「まぁそれなりには……現代魔法の価値観を崩されっ放しですから、少しは知りたいですね。というか人を項羽のように言わないでほしいですけど」

 

 珍しくも深雪が刹那に突っかかる様子に達也も見守る様子。しかし三高のイケメンから親の仇でも見るかのように見られて針の筵である。

 

 奴一人の不興を買うのもあれなので手短に応えておく。

 

「頭が硬い魔法師を代表する一人でもある君に言えることは、『人が空想できること全ては起こりえる魔法事象』……

『月の王様』を根性で地球から追い返した、俺の祖とも言える『魔法使い』(クソジジイ)の言葉さ」

 

 ワケワカメな言葉だが、それでも理解した数人が苦笑している。

 

「まぁ何事も有名な歌にあるように、『あーたーまかーらっぽーのほーーぉがーーー!! ゆーーめーーつめこめるぅうううう!!』ということであるよ司波深雪さん」

 

「何故にフルネーム……」

 

 そんなこんなで、煙に巻きながらも、分からぬものには正鵠を射ぬけない言葉の羅列で終わらせておき、夕餉の後のことを考えて気鬱を覚えるのだった。

 

(こういう時に、オニキスが居てくれたならば『ここは万能の天才たる私が奇跡の御業を証明してあげよう!!』とか言ってくれただろうかな)

 

 居ない人間を求めてもどうしようもない話だが、ともあれ夕餉の後の為に『ライダー』のクラスカードは持ってきているのだった。

 

 

 上手い事……彼女―――潤んだ眼でこちらを見てくる一色愛梨に教えられればいいのだが、と思いつつも、夕餉の席に出した胃に優しく吸収される豆腐麺や豚の血で作り上げた刀削麺は好評のままに、再び追加を願い出られるのだった。

 

 

 † † †

 

 

 翌日。新人戦ミラージとは違い曇天の空の元……本戦ミラージは開幕しつつあった。

 

 

「なんだかこうして観客席で観戦するってのも久々な気がするな」

「そうよねー。セツナは、ピラーズからずっと出ずっぱりだったもの、そう思うのはしょうがないわ」

「友人として言わせてもらいたいけど、お前たちが有名人になりすぎたせいで、ここの注目度がとんでもないんだけどな」

「有名税ってやつだなレオ。それに関しては申し訳ない限り」

 

 これならば関係者席……一高のテントで見れば良かったかな。と思いつつも、ミラージ本戦は始まり、同時に『シルヴィア及び独立魔装の作戦』も始まりつつある。

 

「4人一組の予選を六試合。各予選優勝者六人で決勝戦を行うか。今さらながら光井も里美もタフにやったもんだな」

 

「そこは司波君の手際が良かったからね。というか昨日、一色さんとの特訓で『悠々』とやっていたキミに言われるとすごく嫌味なんだが」

 

 光井の少し睨むような眼と里美の苦笑するような顔に、こちらとしても嘆息するしかない。

 

 案外、ギャラリー多すぎた。流石に明日のミラージの為だと言ってミラージ参加選手は拒否したが、箝口令まで敷くことはしなかった。

 ともあれ……『形』にはなった。あれならば、深雪に対抗することも可能だろう。

 

『見ていてください。私の『ロジェロ』―――アナタの為に私は、『幻馬』に跨って多くの艱難辛苦に立ち向かいます』

 

 そんなメールが端末に届いて、拙いタッチタイプながらも達也に教えられたものを活かして返信を送っておく。

 

 かつてお袋がやった『呟き』の失敗のようなことをしないように、やけに慎重になりながら……。

 返信が完了した。一息ついた刹那に対して誰もが『アナクロすぎる22世紀人』と誰もが苦笑気味に思いながらも、端末画面を覗きこんでいたリーナは、若干違う感想を抱いていたようだ。

 

「―――リーナ。そういう検閲官みたいなことしないでくれよ」

 

「だってー……むぅ……」

 

「お前にとっても愛梨はもう友人だろ。俺にとってもそうだよ。深雪と当たることあれば、俺だって弁えるさ」

 

 教えた以上は激励を送りたい。

 先生も溺愛していた教え子が階位を上げるたびに、『ああ、また一人……あなたの元に私の生徒が―――』とか酔っ払いながら譫言言っていたし。

 

 色々推測出来ることあるが、結局のところ……誰かが誰かを教える以上……そこには繋がりが生まれる。

 

 嫌がっていても先生は、ロード・エルメロイⅡ世という役どころの『ウェイバー先生』は、生徒の事を気にしているんだろう。

 でなければ……『今すぐ逃げろ―――お前ほどの才、失わせたくはない』などと言わなかっただろう。そもそもそれを言った時点で時計塔への反逆なのだから。

 

 そして一時間後には、己の工房の結界を破らんと殺到する秘儀裁示局(ミリョネカリオン)の連中から逃げられなかっただろう。

 

 

「教える以上は俺は半端はしないよ。アイツが得た『幻馬』は、恐らく―――アイツだけの翼だ」

 

 そうして第一試合。小早川景子の試合が始まり、殆ど優勝が決まっているからなのか、それとも自分の手で総合優勝を決めたかったのか、若干意気込み過ぎている。

 

「前のめりすぎだ」

 

「うん。けれど有力選手も三高の長谷川さんだけだし、勝ちは五分五分じゃないかな?」

 

 光井の解説を聞きながらも試合は続き、静かな中に妖精たちの踊る姿。林立する円柱を足場にしてから跳躍の限り……平河先輩の仕立ては良かったのだが……。

 

「――――」

 

「ダメか……」

 

 気合いが入り過ぎていた。結果として長谷川選手の跳躍に当初は着いていけたのだが……。結果として接戦であり、そこで追い縋られたことで、精神的バランスを欠いて失速。

 渡辺委員長曰く『気分屋』という言葉通り。若干、乗り切れなかったようだ。

 

「達也さんが調整していたらば、どうにかなったかもしれないのに……」

 

「平河先輩にも、小早川先輩にも意地があったんだろう。実際、司波君が私達の原動力だったからね」

 

「だったらば刹那君が……」

 

「俺のは古式の極みだぞ。同じく意地があったよ。エリカのミスティック・コードみたいな如何わしいものとは違うからな」

 

 一科の中でも異質。二科においても異質。二つの両極が、先輩方を意固地にさせたのは間違いない。

 

 要は―――先輩としての意地である。そこを和らげるには刹那も達也も、若干―――『外れすぎていた』。

 

 第二試合は、深雪の出番だが―――そんな時に限って、いや―――そんな時だからこそ動いたのだろう。

 端末に届いたメールで刹那とリーナの『出番』となったようである。

 

「少し外す。シルヴィアが、留学関連の事で急用らしいからな」

「あの美人のお姉さん。USNAの軍人らしいけど、随分と空気が読めないわね……」

「修次さんと親しげに話していたからって、邪険にするなよ。お前―――渡辺委員長みたいだぞ」

「なっ!? そ、そんなんじゃないわよ!?」

 

 どういう繋がりかは詳しく聞いていないが、シルヴィアと旧知だったエリカの兄貴。千葉修次氏だが……。

 

 そんな現場……親しげに話していた現場を見てしまった渡辺摩利は。

 

『シュウの浮気者―――!!!』

 

『マ、マリ! 完全に誤解だ!!』

 

 などと昭和時代のトレンディドラマの如きチェイスをやって会場を変な空気にした一件。

 

 ともあれ、後で聞いておけば、もしくはナオツグ氏に聞いておけば、問題あるまい。としてリーナを伴い応援席から立ち上がり、衆目の眼が深雪だけに向いている隙を見てから隠形のルーンを発動。

 

 紛れ込んでいる『モンスター』を手短に始末していく。封印指定執行者としての顔を見せないように、刹那とリーナは、妖精たちの戦いを横目で見ながらも始末すべきものを見据えるのだった。

 

 



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第93話『九校戦――妖精決闘の裏側にて』

今回、ちょいとオリジナル設定と曖昧な語彙力がありますが、暖かい眼で見てくれれば、幸いです。

エクレールという単語からして彼女はフランスのハーフだと思うんですけどね。(苦笑)


 新ソ連の特殊部隊『オヴィンニク』は、この極東の地において、最終的には本国の命令が翻ることを願い続けた。

 

 祈る―――などという『無神論者』にあるまじき態度に誰もが粛清をすることは無かった。何故ならば目的である九校戦における魔法師達の身柄は絶対に奪えないと分かっていたからだ。

 

 ともあれ、下った命令には従わなければなるまい。会場に一般人を装って送り出した改造死体兵器『コシチェイ』……無頭龍の構成員や、ジェネレーターという生体兵器を元にしたそれが稼働すれば……その混乱に乗じることも出来よう。

 

 

 そういう目論見で動かそうとしていたコシチェイの大半に催眠誘導波を送ったのだが―――全ての反応が無い。

 大まかに言えば放った波を受信するものがいないのだ。

 

 どういうことだ? そう感じてコシチェイ以外に送り込んでいた……欧州―――ドイツ圏のプレス(報道)を装った工作員に連絡を取る。

 

 取ろうとして、そちらも反応が無い事を悟ったオヴィンニク。この時点で本国に連絡を取ろうとすれば良かったのだが、それでも彼らの頭には成功か失敗か、生か死か……そういった二者択一しかなかったのだ。

 そんな彼らの目論みを全て消し去ったのは、ただ二人のツインスターであった。

 

 

 ……動き出そうとしていた改造兵士を見つけることは容易だった。魔力の色からしても生者と死者の違いは分かる。

 

 大柄な男。観客席の端の辺り。末席というほどではないが、中段ほどに座り込んでいる男を見つけた刹那は、男の後ろに座り込んだ。

 

 遠坂刹那が座っていることなど誰も分からなかった。そもそも、そこに人が座った事実すら認識されなかっただろう。

 

 同時に大柄な男も分からなかった。……だが、座り込んだ以上はやるべきことは一つ。

 

 宝石を溶かした指を男の席の背凭れに着ける。着けると同時に十字を刻むような指の動き。

 

 転写された魔法陣。疑似的な『死のルーン』が背凭れ越しに男に放たれた……。

 

「……っ―――」

 

 末期の断末魔すらもなく一度だけ痙攣してから首を落として眠りこけるような男。確認するまでもなく『死者再殺』が完了。

 死後硬直が始まる前に、独立魔装が扮する『医療スタッフ』に運び込んでもらう。

 

 魔法陣は消え去ったが見られても困るので念入りに消しておく。信頼はするが信用はしない。そういうことだ。

 

 もう一人。柱の陰にいたコシチェイを見て、それとなく動く。足音を消して歩く。

 忍び足という技法を魔術無しでも出来るようにと言われた最初はバゼットだったが、本格的に身に着いたのは村で自分を使いパシリにしてくれた男からだろう。

 

 音をさせずに歩行をする技法。歩くのに余計な力を入れずに進むということを見せつけられたからだが―――。

 

(まぁあの人みたいに『殺せる』眼があれば、必要な技法だけどな)

 

 本物の魔術師の工房に入り込む時に、この手の技法が必要になるとは思えない。しかし―――大アリーナの柱に寄り掛っていた中年の男。柱を介してルーンを転写。

 

 これで十人……十人目の男を柱に縛り付けておきながら、同じく独立魔装に処理を任せる。

 

「これが上級死徒の屍食鬼ならば、瘴気や腐毒を吐き出しているところなんだが……まぁここで灰に帰すわけにもいくまい」

 

『いつもながら手際いいですね、セツナ君。これで始末したコシチェイは十体……新ソ連は戦争でもする気なんですかね?』

 

「だとすれば、奴らは虎の尾を踏んだことを後悔するね……『魔王』には勝てないということを、思い知るよ」

 

 どうでもいいことだが、『四葉達也』に勝てるものなどいないだろう。奴はどんな状況に陥っても『勝ちを拾う』。

 

 そもそも『敗北』の必定がないのだから……。

 

「リーナ。そちらは?」

 

『四体―――しかし、死体を動かすとかどう考えても正気じゃないわね……』

 

「イルカに電極埋め込んでスパイにしようなんて考えを持っていた連中なんだ。今さら人倫に囚われないだろうさ」

 

『USNAもセツナがいなければ、そればかりになっていたかも……』

 

 スターダストのメンバーに対する処置に意見具申したことを言っているリーナに苦笑する。

 

 はっきり言えば、実に『雑』な強化措置であったからだ。魔術師としての観点から見ても実に、『もう少し効率よく出来る』はずだ。

 そういう考えであったからだ。寿命を捧げても力を得るなど『ハシッシ中毒者』みたいなことは、実に見ていて『不快』だった。

 

 真理を探究する魔術師としての見方をすれば、兵隊の寿命を短くしての強化など……そうして、まずまず何故か『人道溢れる措置』を行った『最強の傭兵』だのなんだのと言われた。

 

「前にも語ったが、そいつは誤解だよ。俺は、もう少し効率よく兵隊を使えと言ったんだ」

 

 もしくはホムンクルスでも用立てればいいのに―――無理だろうが、ともあれ―――受信機越しのリーナは―――。

 

『はいはい。そういう考えなのは分かっているけれど、それで救われた人もいるんだから、その好意だけは素直に受け取っておくものよ』

 

「……分かったよ……それで残りは?」

 

 そんなちょっとだけお袋に似た言動を取られてバツが悪くなる刹那は話を転換する。

 

『あなた達がイチャイチャしている間に、柳隊員と真田隊員とで一人を追い詰めています。もう一人をお願いします』

 

 九校戦の観客が多くいる中で騒ぎを起こしたくないので、それはいいのだが、シルヴィアの笑いながらのツッコミに苦笑してから指定されたポイントに疾く向かう。

 

 試合会場の外。丁度良くも人は一人もいない場所に降り立った刹那は―――中年の男を眼に捉えた。

 

 その男を眼にしながらも男の後ろに―――少し離れてざんばらに散った赤毛に金目の少女が降り立つ。

 野性的な相を見せるその少女の真実は、自分ほどの眼ならば分かっており、無茶な変装にしか見えないのだ。

 

 毎度思うのだが、全然似合わない。どうせならば、桃色の髪にネコミミヘアースタイルにでもなればいいのに。

 

「由緒正しきガングニールの少女としてどうなんだろうな」

 

「や、やっぱり似合わないかしら……いやいや! 似合う似合わないの問題じゃないもの! 変装ってそういうものじゃないかしら!?」

 

『リーナの美貌を活かす形ではやはり怪盗ギアが……』

 

「何を言っているんですかシルヴィ!?」

 

『いやいや、ここは巫女服じみた神風怪盗ギアでも用立てれば―――』

 

「キョーコまで!? そんな着せ替え人形じみた事はロストゼロ(?)だけで十分です!!」

 

 嫌じゃないくせに変な所で真面目ぶるから、皆して弄ろうとするということを我がハニーは学習しない。

 まぁそういうところが可愛くて、魅力的なのだが……。

 

 委員長になりきれない委員長タイプと言えばいいのか、遊びに誘えばそれを満喫するのに、遊びたい動機づけに『誘い』が無ければいけないのだろう。

 

 惚気を終えてから再度、仕事に入る。

 

「さて―――確保か、処理か?」

 

『処理で構いません。もう一人、新ソ連の間者。不用心に警戒網に引っ掛かった人間がいるので、そちらは口を利くぐらいのオツムがある様子』

 

「「了解―――」」

 

 リーナと共に発した応答。挟撃の形を取られたコシチェイが、剛腕を振るおうと肉体を倍加させるも、その時には黒鍵が放たれており、同時にリーナもスパークを応用した『超電磁砲』で、黒鍵を打ち出していた。

 

 弾け飛ぶ肉体。しかし、五体の殆どを失っても這いずるような動きを見せるものを見て、刹那は即座に浄化の秘蹟を叩き込む。

 

 

「汝、魂魄無き虚ろの器。カインの末裔。墓なき亡者―――Ein KÖrper(灰は灰に) ist ein KÖrper(塵は塵に)―――!」

 

 投射される魔法陣。同時に十字架―――ホーリーアンクにも似たものがコシチェイの身体に刻まれて―――霞のように消え去る。

 

 血の一筋すら残さず消え去ったことで、そこに人がいたという痕跡は何一つ見えなくなった……。

 

「シルヴィア、状況は―――」

 

『オールクリアー。問題はありません。処理したコシチェイは熱中症辺りで処理しますので、お疲れ様でした二人とも。後の事は私達で何とかしますよ』

 

 この曇天で、そいつは苦しくないかな。と思いつつも、殊更気にすることではない―――いま、気にすべきことはただ一つ!

 

「んじゃUSNAの嘱託魔法師から一高生徒に戻らせてもらう前に一言いいか?」

 

『はい?』

 

「「シルヴィア姉さんとエリカの兄貴はどういう関係なのかを」」

 

『そんな事を気にしていたんですか? 彼、ナオツグ・チバは日本の国防軍における一種の『剣術指南役』ですからね。別に色恋の類があったわけではありませんよ』

 

 要は日米の『軍事交流』の一環で知り合ったらしい。詳しく聞けば、ロウズ少佐とも一戦やり合ったとか……分子ディバイダーは使わなかっただろうが。それなりにやるぐらいには打ちあえたらしい。

 

『まぁあちらが気付かなければ私も素知らぬ顔を通していたんですけどね。挨拶されてしまったので、その場面に彼のステディが現われた。そういうことです』

 

 言っては何だがエリカの兄貴はまだ防衛大学校の二年で今年『ハタチ』。そんなキャリア的にはあり得ないはずなのに、そうやって外国に行かされたりするとはよっぽどの人間なんだなと気付く。

 そうして千葉修次氏の情報を更新しつつ、引継ぎなのか真田と柳という大尉が2人やってきたことでリーナと刹那はお役御免となる。

 

 先程まで修羅場を渡って来たとは思えない図太さで会場内に戻ると大歓声が響いていた。急いで競技種目が見える所まで行くと、どうやら早速もやったようである。

 

「ワタシもミラージに出ていれば、ヴィーナス・フェザー(黄金の天使)で会場を沸かせれたのに」

「飛行魔法ではトーラス・シルバーに先んじられちまったな」

 

 もっとも先発したものが、万人に好まれるとも限らない。マクシミリアン経由で流した自分の術式も人によっては好まれるだろう。

 

「別に評価されたくてやっているわけじゃない。要は宝石代の稼ぎのためさ」

「それでもー! ワタシは……セツナが誰かに認められないのはイヤだもの……」

「ん。ありがとう。けれど俺の過去ぐらい知っているだろう。目立ち過ぎるのも考え物だ」

 

 完全に手遅れながらも、それでもあの時……先生のような苦渋の判断を降させることだけはしたくない。

 

 分かっていたことだ。天文台のカリオンの連中が、いずれは爛熟した……磨かれまくった自分を刈り取りにくることなど……。

 

「セツナ―――その時は、ちゃんとワタシも一緒よ? 絶対一人でいかないでね?」

 

 胸に入り込んできて上目遣いで言ってくるリーナ。不安げな表情をしているのに罪悪感を感じて……。

 

 しばらくは二人っきりで静かに見れるところがいいかな。と思って、強く抱きしめながら移動する。

 人払いの結界を張ってあまりいい席ではないが、それでも誰の眼も無い場所で二人で静かな時間を過ごすことにするのだったが……。

 

 流石に遅すぎるということで、深雪の飛行魔法のお披露目と言う圧倒的イベントの中でも美月以下、何人かは刹那とリーナの姿を探していたらしく。

 

 ご自慢の眼(当人は厭だろうが)で、刹那を見つけた美月が、二人して人目も気にせずイチャついているのを見て、何て友達甲斐のない奴らだと想うのだが……。

 

「いいんじゃねぇの。『所用』が少し厄介だったからだろうしな。深雪さんの方を見ていないわけじゃないぜ」

「そうね。随分と厄介な『所用』だったように見えるわ。二人して疲労していないわけではないわね」

 

 レオとエリカのフォローと同時に美月と幹比古もあえて口を噤んだが、二人の周りに少し宜しくない『サイオン』が漂っているのを見たのだ。

 

 専門用語で言えば『瘴気』『怨念』とでも言うべきものが視えたので、多分……荒事関連なのだろうと察して、ともあれそれ以上は言わないでおくことにしたのだ。

 

 そうして深雪の空中飛行と言う前代未聞の新魔法のお披露目に誰もが眼を釘付けにする中、一人の『狐』が、狂相で深雪を見ていた。

 神々から権能を全て奪っていく人理という忌まわしき『時代』。しかし、あの翼は正しく地に生まれた身で天を冒すあさましきもの。

 鳥を崇めず、天にまします神々に尊重を抱かぬ正しく……おぞましきもの―――。

 

「捻りつぶすのは容易いですが、まぁ今は特に用事は無いですしね。あんな小者娘なんかのために手を下すなど実に時間の無駄」

 

 一瞬、勘付かれそうになったが、それでも再び消え去る狐。その気配を残しつつ、いずれは訪れる厄災の一つとなるときは近いのだった……。

 

 圧倒的な憎悪。

 一瞬だけ感じたのかリーナも、眼をあちこちに向けて先程のプシオンの持ち主を探そうとしたが―――完全に日本という『特異点』からいなくなった……。

 

「キツネかしら?」

「だろうな……まだいやがるのか?」

 

 出てこられたとすれば、『ここ』では近すぎる。しかし……どうやら消え去ったことが分かる。

 

 不味いことばかり起こりそうな予感がしつつも、最初の手勢を始末したことで状況が動いたようだった。

 

 などと、汗を拭いてから皆の所に戻ろうとした時に……。一人の女性が自分達を見ていた。

 主にリーナであったのだが……誰かに似ている。何となく刹那だけは、この時点で『正体』を察しつつも、彼女の第一声を待つ。

 

 待つ前にリーナが、同国人であると思ったのか、英語で話しかけようとした瞬間、放たれるのは―――

 

「J'aimerais des renseignements?」

 

「―――え」

 

 ―――フランス語であった。

 

 何だか気品あるマダム……魔法師相手に年齢を推測するなど無意味だが、若奥さんといった様相のブロンド美人。

 彼女の眼が、刹那とリーナを交互に移りながら、『ど、どうしよう?』という目でこちらを見るリーナに仕方なく刹那はマダムに話しかける。

 

「―――。――――。………」

 

「―――!? ! !―――!!」

 

 文字言語こそ少し怪しいが口頭でのやり取り位は簡単にできる。一応、時計塔での共通言語(コモン)として英語は必須だが、研究課題やフランス圏の人間と交流するうえで、覚えることもあったのだ。

 

 まさか東洋人(フィンランドの血混じり)が、ここまで流暢に話すとは思っていなかったのだろう。

 最初には少しの驚きを浮かべていた。

 

 聞いてみると選手関係者の観客席―――要するに来賓の観覧席はどこかという話であった。

 そこで見ることを許されるとは普通の父兄では無いと察して、それでもそこを問わずにマダムを送り出すべく、端末に位置情報を送るようリーナに頼む。

 

(ねぇセツナ……このマムってもしかして―――)

(答え合わせは後でもいいだろう。今はマダムを観覧席へ)

(ラジャ♪)

 

 そうして人助けを終えると同時に、目の前のマダムは―――。

 

「アリガトウございますネ。せつなクン、リーナちゃん。アイリにシオリちゃん達以外のお友達が出来て嬉しかったのですヨ。もちろん―――せつなクンが望むならば……そこから先はアイリの努力次第ですネー、それでは、オ・ルヴォワール(au revoir)♪」

 

 それなりに流暢な日本語……ちょっとイントネーションが怪しいが、それで返されて担がれていたことを覚える。まぁ道に迷っていたのは事実なのかもしれないが……。

 

 ともあれ自分達の目の前から去っていくマダム・イッシキに『また会いましょう』と言われて、また会うんかい。と少し苦い顔をせざるをえない。

 

「どうにも……よそのお父さんやお母さんと会うってのは、苦手だな……」

「ちゃんとシアトルのパパとママに挨拶しにいくの! それだけは最優先事項よ!」

 

 なんでみずほ先生風? などと思っていると件の人物の関係者―――、一色愛梨の出番となる。

 

 第二試合を沸かせた深雪に続いて出た一色愛梨の姿に観客もヒートアップ。今さらな話であるのだが、衣装が各校で違うのだなと感じる。

 

「前年度まではI/K(石田可奈)っていうデザイナーが、何というか……バタ臭い魔法少女的衣装でやっていたんだけど、今年度からはM/Y(森夕)っていうデザイナーの衣装からセレクトして、その上で各校のイメージカラーをオーダー出来ていたんだって」

 

「成程」

 

 バレリーナ・エトワールのような衣装を思わせつつも、どことなくキュートさを感じるのも分かる。

 ドレッシーな意匠に印象をあげないものが、デザイナーとしての格を知らせてくる。

 

 ともあれ、愛梨が持つ杖―――それが、白鳥の湖を思わせるエトワールを発現させるまで時間はかからない。

 

 ―――ゆくぞ! アイリ(奏者)!! 限定転身しているとはいえ、カレイドの力は十全だ!!!―――

 

 ―――ええ、アナタの力を貸してインペリウム!! そして『この世ならざる幻馬』をここに!! 騎士ブラダマンテ!!!―――

 

 想像であるが、そんな会話をしているだろう一色愛梨を想像してから、彼女のやろうとしていることを推測。

 

 もはや飛行魔法が披露された以上、出し惜しむなど愚の骨頂だろう。 

 そうして、第一ピリオドから、その背中に翼を生やしたエクレール・アイリの姿に誰もが驚く。

 

 その翼の色は―――金と灰―――。二枚羽の戦乙女が現われたのだった。そして、第二試合の第三ピリオドの焼き直し……というよりも、それよりも激しい空中戦が披露された。

 杖をサーベルに、預けられし翼を大空を逝く脚として、天の御使い(アンジェロ)のごとき様で以て、エクレール・アイリは、パーフェクトゲームを演じるのだった。

 

 誰もが熱狂し、驚愕するほどに容赦のない神罰を降す系統の天使は―――光球を全てを撃ち落とし終えると、与えられた御坐にて羽を休めて、剣を杖に身を休めるかのような様で以て試合を締めくくった。

 

「まさか現代魔法に『落としこんだ』フェザーを使うとは、少しばかり工夫してきたわね」

「灰の羽は、ヒポグリフのもの。昨日、成功したとおりだったが……やれやれ、努力家すぎるな。アイリ」

 

 そんな一色愛梨に対する感想を出しあっていると、こちらからは分かるが、あちらからは分かること稀なはずなのに……観客の歓声に手を振って応えていたアイリが、どうやってかこちらに気付き、指を唇に当ててウインクと共に投げ出してきた。

 

 そのジェスチャーの意味はただ一つ。投げキッスである!! その向けられた方向で男共が「俺だ俺だ俺だ!!」の大合唱。アホばかりである。

 

 そんな中、一色の視線とプシオンの方向と方角とを計算すると言うある意味、『キモい行い』をしてくれた人間の一人が仰角云々、プシオン圧力で自分の方向を計算しようとしているのを見てそそくさと退散しようとしたのだが――――。

 

「ウチの一色の女意気を無下にするなんて、それは無いんじゃないかな? 刹那」

「マサキの言う通り、ここは一つ、魔法科高校全男子の嫉妬の想いを受け取るべきでしょう」

「ということなのじゃ♪ あきらめて愛梨の愛を受け取るがいい!!」

 

 四面楚歌とは、このことか。項羽将軍の気持ちが分かる。例え韓信の策略かもしれないと分かっていても、それは多くの兵を離間させるに、正しく効果的な行いだ。

 

 いやそうではなくて、いつの間にか、ここに三高エース陣がやってきて、刹那の周りを取り囲んでいる現状。おのれマサキリト!! カーディナル!! トウコ!!! 

 

 このような状況では動くに動けない。当たらなければどうということはない。とかいうレベルではなかった。

 というか肩に手を回すんじゃないと言いたくなる。そういうキャラだっけか? と言いたくなる一条将輝の行いで。

 

『『『ト、トオサカァアアアアア!!!』』』

 

 などという怨嗟の声が届くのだった。勘弁してくれと思っていると、将輝が声を掛けてくる。

 

「お前には一色の仕立てをしてくれて感謝している。悪いが本戦ミラージは『三高』(ウチ)がもらった!!!」

 

 自信満々に言うマサキリトの言葉―――三高エース陣がこちらを見てくる様子と、緊急コールで呼び出しがかかっている自分とリーナを見て、優位性を感じているのだろうが……。

 

「そいつはいいんだがな。一条―――アイリが本戦ミラージを優勝するということは……必然的に、深雪が負けるということなんだぞ?」

 

 リーナと共に人差し指を差して、呪いでも撃つかのように一条に言う。

 

 沈黙―――十秒ほどして―――真顔から驚愕した顔に変化するイケメン君。

 

「し、しまったああああああああ!!!! な、なんてこったあああああああ!!!! 一色が勝てば俺の女神、司波深雪さんが女神の地位をはく奪されて、かといって一色が負けると三高の勝ち点が減る!! ど、どうすればいいんだぁあああ!!!」

 

 雷にでも撃たれたかのように今さらな事実に慄く一条将輝。手を戦慄かせて、こいつに選択権があることなのかと思うも脱出の機会を得た。

 

「アホか―!!! 当たり前の如く愛梨を応援せんかぁ!! 九校戦(グラウンド)に恋愛持ち込むな!!!」

「いやだ!! スポーツと恋愛は切っても切れない!! あだち〇先生の作品に倣うべきなんだ!!」

「だとしても三高は劣勢なんだから一色さんを応援しろよマサキ!! 司波深雪が完全に呂布を惑わす貂蝉。曹操を惑わす未亡人のごとくなっている!!」

 

 深雪に対する過大な評価を後ろに聞きながらも一高設営のテントに赴くべく走る。

 今回ばかりは親分の鉄拳制裁か、達也辺りから投げ飛ばされるかも……どっかの『世界線』(カッティング)の『CAD検査委員』の如くと感じつつも、歩みは止まらず向かうのだった。

 

 



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第94話『九校戦――冬の妖精』

前話投稿日は凛の誕生日……なんてこったぁああ!!! なんか在りし日の刹那と凛の生活とか書けばよかった……うっかりである。

まぁかなり前。PC版ホロウが出た後は、かなり広がりがあって先人たちの遺産とかあるからな。

例を挙げれば遠坂真弓とかは、結構いい感じの息子だなと思えた。凛と士郎の息子の場合、『どっち』に寄るかなんですよね。


「見た事のない魔法陣。しかし再現したとしても『通りませんね』……」

 

「やはりか。彼の扱う魔術と我々の使う『魔法』とで、何が違うのか……」

 

 セイエイ・T・ムーン=遠坂刹那の正体が知りたくてUSNAと共同作戦を採った独立魔装の面々。隊長である風間は、その厳めしくも優しい顔をくしゃくしゃにしながら……結論を出す。

 

 

『何も分からないことが分かった』。実に哲学的な答えであった。

 

 コシチェイの12体目。アリーナ席に座っていたものを魔法陣の投射だけで殺したことを受けて、証拠回収の為に工事業者を装って、『犯行』を行った椅子だけを取り換えてきた。

 

 念入りに消したらしく魔力の残滓も何もなかったが、いわゆる『指紋』の動きだけは隠せず、更に言えば会場中に設置してあるカメラと個人所有の端末を利用する。

 

 『電子の魔女』と呼ばれる藤林響子の仕掛け、あの席の周辺にいた全ての携帯端末持ちたちのカメラを『勝手に起動させて撮影』させてもらっていたのだ。

 当然の如くハッキングのクラッキングであり、端末の乗っ取り及び電子情報の改ざんは、この日本でも特別の犯罪である。

 

 そうして見つけた魔法陣。見たことが無いものだった。古式に通じている専門家連中や、響子の『実家が得た知識』でも分からぬほどに精緻なものだった。

 

 無論、魔法陣の知識を知るものがあれば、それの一つ一つの要素を吟味していけば、どこが重要でどこが間違っているのか分かるが、いざ魔力を通していった時に重要な部分が枝葉末節であり、間違っている部分が太い幹であると分かる。

 そして、現在に至ると言うことである。

 

 独立魔装のスタッフ全員。無論、大黒特尉を除いての密談の結果は、先程と同じ『何も分からないことが分かった』。

 

 

コシチェイ(改造兵士)の遺体の検死結果ですが、五臓六腑の全てが焼けただれて、更に言えば脳髄すらも内部から『焼かれた』ようです。一条の若君(プリンス)の魔法とも違いますが、何とも不可解なものですよ」

 

「直接的な死因はそれか?」

 

「それだけならば、まだ生体としての機能を活かす働きはあったはずですけどね……いやはや医者としての知識を動員しても分からぬものがあるとは、正しく『魔法』(まじない)ですね」

 

 軍医として、風間に報告をあげた山中幸典少佐だが、電子カルテを片手にタッチペンで額を叩く様子が悔しげに映る。

 そうしてから大隊の副官役たる真田が口を開く。

 

「有体な考えですが、彼の魔術系統は―――、どうにも宝石を用いたものの多くが『自然現象』というか『陽性』の気質を持っているのに対して、それ以外となるとどこか陰性のものを持っていますよね」

 

「つまり?」

 

 真田の知見が説明されると同時に、会議室の大モニターに映し出される遠坂刹那の魔術行使の様子。

 新しいものでは昨日のモノリス・コード時点。古いものでは森崎家の息子を植物の使い魔で拘束しているものまである。

 これらは日本の諜報部門と深いつながりがある『黒子乃』家の息子の手で取られてきたものだ。

 

 更に言えば、響子にとって親戚であり『妹分』であるアンジェリーナ・クドウ・シールズとのモノリスコード後のキスシーンの写真まであったりする。

 それもまた『魔術』の発動であるが、それを大アップで見た独立魔装大隊の面子は、何とも言えない表情をしている。

 

 あの鉄面皮な柳ですら、こめかみの辺りをかいて空気を誤魔化しているのだ。

 

「あっついなー。御親類はいつもこんな感じで?」

 

「それはシルヴィア少尉に聞いた方が早いでしょうね」

 

 真田の茶化すような言葉で一端途切れたものの、真田は、己で言っておきながら咳払いしてから話す。

 

「ルーン魔術などの『刻印』を用いての『魔法』というのは、総じて『呪い』の類です。現に文献―――真実あやふやな北欧神話における主神オーディンは、ルーンを用いての『呪殺』を行えている」

 

「……『死のルーン』ということか。確かに、そう考えれば、遠坂刹那の使ったこれは『陰性』の魔術だな……」

 

「そして特尉のレポートによれば、遠坂刹那のルーンスペルの大半は、書き順と意味合いを知っていても通ることが殆どないとのことです」

 

「彼にだけ理解出来て彼にだけ発動可能な『魔法』か……」

 

 この場に刹那がいれば、それは当然のことであると言って退けて、懇切丁寧な説明をしていただろう。

 

 刹那の知るルーン魔術は、この世界のように『上っ面』だけを取り繕ったルーンなどではなく、原初十八のルーンと呼ばれるユミルと言う巨人から得たもの。

 時代が進んでクー・フーリンなどエリンの戦士達の時代に極まったものを、現代にまで伝えてきた末裔から教えられたものである。

 

 ……何故、そんな重要なものを師匠であるバゼットは教えてくれるのか、そもそも『オレンジ』が復刻させたルーン以上にそれは秘術中の秘術なのだから……。

 

 シチューをかきまわしながら聞いたことに対して―――執行者としての師匠であり、養母は―――。

 

『―――教えるのは面白いものです。エルメロイⅡ世が聞けば苦い顔をするかもしれませんが、『自分の分身』をこの世に残すようなものですから』

 

 薄く笑いながら、そんなことを言う養母に『子供は作らないのか』と聞いた。

 その時、相手がいるなどと答えてくれたならば、自分は養母の元から離れたのだが……それは無かった。

 

『つまらないことを考えない。美味しそうなシチューですが、食べ終わって一休みしたらば、いつもの訓練ですよ! 今日は一本取るように!!』

 

 そんな刹那の浅い考えを否定してくれたバゼットは容赦なく刹那を鍛えていくのだった……。

 独立魔装の内緒話を盗聴していたシルヴィアは、養母(バゼット)とどことなく似ている。と言ってくれた弟分のことを思い出して、そんな『記憶』を見たことも同じく思い出して苦笑に留めておくのだった。

 

「さてさて今のセツナ君は、なにをやっているんでしょうかね……」

 

 リーナとにゃんついているかなーと思っていたシルヴィアであったが、状況はちょっとばかり違っていた。

 

 

 † † †

 

 

「成程、三高も飛行術式―――マクシミリアンの『レオナルド・アーキマン』の術式を何とかフィッティングしようとしていたか」

 

「そのブレイクスルーとなったのがシャルルマーニュの十二勇士のひとり…だっけ? とにかく、その女騎士『ブラダマンテ』の愛馬ヒポグリフのイメージを想起させて、一色さんの飛行術式を安定させたのね……」

 

「これならば、パーソナルレッスンを許可するべきじゃなかったかな……いや、けれども、それでも、ううむ。悩ましいな……」

 

「結局のところ達也が同じく深雪相手にトーラス・シルバーを合わせようとしていたのと同じく他校も切り札として合せてきたわけですよ。どちらにせよサンプルの提出を求められたんだろ?」

 

 言葉の前半は正面にいる三巨頭に向けて、後半は達也に向けて―――その言葉に首肯して、恐らく決勝戦などでは使ってくるはずだと伝える達也。

 しかし、技術者根性の達也は、聞きたい事が多いようだ。

 

「飛行魔法は、トーラス・シルバーが発表するまで現代魔法で再現不可能な難題であり、古式魔法では幾らかの人間が出来ていたことだ―――その特異性の一人だったか刹那は」

 

「なんじゃねぇの? とはいえ……俺はお袋から伝えられたものを守っていただけだよ。『魔女』は箒を使って空を飛ぶものだからな」

 

「なんて単純な結論……それを『通せるのか』? 男であるお前が?」

 

「そうだよ。ただ一色愛梨に教えたのは少し違う―――」

 

 

 その言葉で、桜小路が証拠映像として撮っておいてくれたパーソナルレッスンの様子。

 最初に難なく『魔女の杖』を『箒』に見立てて飛んだ刹那に誰もが驚く様子。画面の中の人間だけでなく、画面を見ている人間達もである。

 

「飛行―――(ソラ)とは、古代エジプトの時代に現世と冥界との境と信じられ、そこに生きる鳥は『死後の魂を運ぶもの』と信じられていた。

 冥界の使者。いまや廃れてしまったが鳥葬という葬儀作法もあったほどだ。これはひとえに、渡りを行う鳥が不死の存在であるかのように、北半球から南半球への移動をしていた事への信仰でもある。

 特に白鳥は、不死性の象徴として冥界から舞い戻ってきている神々の化身―――神々の遣い。そう信じられてきた……とんでもない渡りをする鳥だからな」

 

 同様に、そういった神秘性を利用して『魔女は空を飛ぶもの』という世界全体に共通認識を植え付けたものは多い。

 

 スラブ地方の伝承『碾き臼の魔女バーバ・ヤガ―』が有名だろう。そうして魔女は、使い魔を箒に乗せて飛ぶ存在へとなっていった……。

 もっと言ってしまえば『有名アニメ映画』も信仰の元となっただろう。

 

「一色愛梨が飛ぶためには彼女が持っていた『信仰』を取り戻させる必要があった。シャルルマーニュ伝説における『あり得ざる幻想種』。ヒポグリフの『騎手』の『基盤』をな」

 

 滔々と『授業』を行う刹那は眼鏡を掛けながら画面の中の刹那を見ている。

 

 達也が画面の中の刹那を見ていると、ライダーのクラスカードを持って一色愛梨に近づく様子。

 

 そうして回想シーンが始まる……ホワンホワンホワントオサカ~……なんだか変な電波を受信したが、ともあれそういうことである。

 

 

 † † †

 

 

「私は……魔女よりも、そう……お母様が、良く読み聞かせしてくれたシャルルマーニュ十二勇士伝説の『ブラダマンテ』を想起します」

 

 

 月明かりと星明りの元、アイリス(菖蒲)の少女が語ってくれたものは、日本においてはメジャーでは無い。

 

 フランスと言えば『ジャンヌ・ダルク』『ナポレオン・ボナパルト』『マリーアントワネット』が有名だが、察するに一色の母親はフランス―――オルレアンとかブルゴーニュなどではない所の生まれなのだろう。

 ストラスブールの大聖堂は、いつぞやお袋と見た思い出の場所だ。

 

「ブラダマンテか、そう言えばクラウドの後の夕食会でも言っていたか……ということは、ロジェロの養父であるアトラントが持っていた半鷹半馬の幻獣『ヒポグリフ』だな」

 

「!! 慧眼ですね……私とお話しする殿方は、そういった話を振っても何だか興味なさげですもの、すごく嬉しかったです」

 

「そういう『家系』なんだ。特別なことじゃない」

 

 現代魔法の使い手である人間達からすれば、ヒストリエやマイソロジーに出てくる英雄というのは、ひどく眉唾なものだろう。

 比べようがない事であるが、ドラゴンスレイヤーの伝説、ギガントバスター(巨人殺し)の英雄などというのは現代の魔法師でも再現可能な『技術』と思いがち―――。

 

 だが、古代の英雄達は、そういった『範疇』に収まらないのだ。

 

 ともあれ喜色満面になる愛梨に苦笑しながら伝えてから、あの『ピンク髪』が借りパクしたままの状態で座からインストールされたら、どうしようと真剣に悩む。

 おのれフランス! 日〇の資産に集る毛虫め!! ……などと『自分の時代』とは違うことに今さらながら苦笑して、この2090年代の産業構造の転換の中、それでも人と人の結びつきの中で彼女にこの力の一端を授けるか。

 

 

「トーラス・シルバーの術式ならば、重力制御の改変で何とでもなる―――本当にいいんだな?」

 

「フィッティングは私では無理。もしかしたらば司波達也君ならばと思う―――けれど吉祥寺君の不興も買いたくないから」

 

 そもそもあのシスコンブラザーの事である。そんな深雪が不利になる様なことはすまい。

 

 栞の言葉で緊張した光井を見ながらも、もはや決めたのだ。何より……。

 

『さぁウイザードよ! アイリにクロウカードならぬクラスカードを渡すがよい!! 最近の『光の巨人』の如く、歴代の光の巨人の力でフュージョンライズやフュージョンアップするがごとくアイリを飛翔させてみせよう!!』

 

 などとガーネットが五月蠅すぎる。ギャラリーの殆どが、『しゃべる杖』が、どこの製品なのかを知りたがっているのだから、早めに切り上げるのもやむなしだ。

 

 望みのサーヴァントステータスを顕現させるべく、一応ブラダマンテ由来の『宝具』を周りに配置した上で、カレイドガーネットにライダーのクラスカードをインクルードさせる。

 

 その時―――アイリの中にある演算領域が活性化を果たして茫とした表情をして、虚ろな目を刹那に向ける。

 

 足元に展開される魔法陣。そして―――。

 

『余の『中』(うちがわ)に見えるぞ!! シャルルマーニュの勇士二人。桃色と金色とが馬を奪い合う様子が!! おのれ桃色め! 元々は金色の者のものなのだし、アイリのようながんばる少女には金色がよいのだ!! 退くのだ!!』

 

「――――ガーネット、一部基盤転写。ヒポグリフのデータだけをだ!!」

 

『まかせろ!! 『ヒポー……』とか呆れながらこっちに来たぞ!! 確保だ―!! 汝のあるべき姿に戻れ、クラスカード・ライダー! プリズマアイリVerフライングフォーム!!』

 

 第二魔法の真似事で、ガーネットに干渉。

 きゃんきゃんやかましく言いながらもあちらこちらで魔力のスパークが発生している様子。足元の魔法陣が正常に起動している様子だ。

 

 そして愛梨の中に『飛行』における『基盤』を定着させる。それは強固なものだった。よっぽど少女騎士ブラダマンテへの憧れが強かったんだなと感じるほどに、それは確かに刻まれた。

 

 魔術回路を愛梨の領域に接続しての作業が終わると周囲を跳ね回る様な電光の迸りは無くなり―――夜の静寂と人々の沈黙のみが降り立つ。

 

「ど、どうなの!?」

 

 沈黙を破る十七夜栞の心配した声。自分の時の魔眼の安定とも違う術理を前にして、驚いた様子であるが―――。結果は篤と御覧じろである。

 

 瞬間、眼を開いて微笑みを浮かべた一色愛梨は、助走も無く、ただ一蹴り―――大地を蹴りあげた。それだけで跳躍して、そこまでは普段通り。

 

 しかし、そこからが違っていた。宙を舞うエクレール・アイリの姿から宙を自在に移動する姿が誰もの眼に刻まれた。

 

「と、飛んでいる!! しかもみyu――――」

 

 既知であった光井の台詞を途中で遮る雫の手。誰も注目していないが、それでもナイスフォローである。

 

 優美な飛翔であり空中遊泳。その背中に灰色の猛禽類のような一対の翼が見える愛梨は違う意味での天女であった。夜空に舞い時間を呼吸するものの如く……。

 

 

「成功かの?」

 

「まぁな。後は現代魔法を使っても大丈夫だろう。彼女の中で『飛行』ということの『認識』は一段階あがったよ」

 

「結局、何をどうしたのじゃ?」

 

 純粋な疑問を出してくる沓子に何と言ったらいいか。いや、一つだけあるか。分かりやすい表現が……。

 

「誰もが一度は夢見る。空を自由に飛びたい想い。それを具現化しただけさ」

 

「タケコ〇ターか!?」

 

「まぁドラ〇もんはウチのスーパーエンジニアだから、どっちかといえば『エスパー〇美』かな?」

 

 言っておきながら違うと思えたので途中で変更したが、ともあれ―――、そうして飛んでいると最初の飛行では魔力調整が上手くいかなかったのか、降りてこようとしている様子で―――。

 

「セルナァアアアアアア!!! 一緒に夜空をランデブーしましょう!!」

 

 笑顔のままにただの夜空の散歩の御誘いだった……そんな誘いを無下にするように金色の翼を生やして途中で進行を止めるのは、終わりのないオフェンスに定評のあるリーナであった。

 

「オトトイきやがれ!! この泥棒猫!!」

 

「ドラえ〇んだって22世紀に嫁がいるのに、ミーちゃんと野比家の屋根の上でよろしくやっているんですから見逃しなさい!!!」

 

 マクシミリアンのヴィーナス・フェザーとこの世ならざる幻馬の翼とがぶつかり合って、かめは〇波でも撃つかのような二人の姿を最後に―――そこで映像は止まった。

 

 

 

 ……回想も終わる形であったが、誰もが何も言えない。というか何を言っていいのか分からない。

 

 利敵行為を責める? 美少女二人からの誘いを茶化す? ヒポグリフってどんな動物?……その答えには壬生紗耶香の持つ生きている剣である千鳥が『ピィイイ♪』などと鳴いて喜ぶ様子に納得する。

 

 古式の中の古式(オールド・オブ・オールド)幻想の中の幻想(ファンタズム・ザ・ファンタズム)……かつての魔法使いたちの御業を現代によみがえらせるとは、しかも達也の『開発』したものよりも、何となくであるが『魔法』っぽい。

 

 理屈ではなく『想い』を……憧れを世界に投射するのが刹那の魔法なのだろう……。

 

「で、俺は懲罰ですか?」

 

「許可したのは俺たち三人だ。責めるべきはまず俺たちだろう。しかし、司波のフィッティング以前からこんな隠し手を―――よく考えれば八王子クライシスでもお前達、遠坂とクドウは飛んでいたな……」

 

「超エキサイティンしすぎていて、忘れていたわね……」

 

 今さらな事実に三巨頭は、思い出してため息一つ。ともあれ、いま現在必要なのは過去へのことではなくて未来に対することだ。

 

 果たして、このまま行って深雪の飛行魔法で他の連中に戦えるのか……既に他の高校にもリークされただろう。それ自体は達也も織り込み済み。

 何より付け焼刃の飛行魔法でどうこう出来るほど、深雪の習熟は浅くない。しかし、それらの技をカード一枚で逆転した男が目の前にいるのだから対策が欲しいのだが……。

 

「その前に―――第六試合を見た方がいいですね。深雪も愛梨も―――『この人』の前では何もかも霞みますよ……」

 

 その言葉でモニターを付ける市原鈴音。映像が出る。そこには天女、天使に続く……『本物の妖精』がいた。

 ディープパープルの『光の羽翼』を背中に生やして滑空し、自在な魔力ベクトルで動き回り続ける妖精。

 

 それが明滅してホログラムと同じく不定形に変わる姿は在りし日の妖精族を思わせる。ミラージ・バットのフィールド全てに『魔力の鱗粉』とでも言うべきものを散らしていく……幻想の世界の再現。

 

 魔神殺しのダーナ神族…トゥアハ・デ・ダナーンが人の世(人理)に溶け込むために己を違う姿……妖精族(ダーナ・オシー)にしたように彼女は、ただのステッキをクラウ・ソラス(妖精光剣)を持つように圧倒していた。

 

 

 リズリーリエ・イリヤ・フォン・アインツベルン―――……錬金術の大家たる家の作り出したフェアリー・ウイングは、先の二人を前座にするぐらいには、とんでもなく『魔法』に近い『奇跡』だった……。

 

 

 元の場所。円柱の一つに着地したリズリーリエは、淑女のようにスカートの裾を上げて挨拶するようにしてから一礼した。

 その姿に……オヤジの記憶が重なり、紫色のコートを着込んだホムンクルスと人間のハーフの姿が映った。

 

 そしてこちらを見る姉貴……その表情は、まさしく『魔術師的』な表情であり―――それを直視した全員が肝を冷やす程度には、空寒いものを感じる。

 

 夏だと言うのに冬を感じさせる冷気を表情一つで作り上げたリズリーリエに対して……。

 

「リズ……」

 

「なんで十文字君惚けてるのよ!? どう考えたって反応が間違ってるわよ!!! この色ボケ巌!!! もうアナタは私が知っている十文字克人じゃないのね―――!!!」

 

 会頭の制服の襟を掴んで『浮気許さない』的に七草会長がぐわんぐわん振っても揺るがずにリズを赤い顔で見続ける会頭は、やはりちょっとだけ色ボケているのかな? とそう思わざるを得ないのだった……。

 

 風雲急を告げつつも、もはや決勝まで時間が無いことを知り―――それでも、深雪・愛梨にとって辛い戦いは幕を開けようとしているのだった……。

 

 

 そして……そんな風に緊張感を持っていたというのに……。

 

 

「セルナ―♪ 私の投げキッス受け取ってくれましたか? だとしたらば嬉しいですよ♪ お母様からの連絡で……、一度、屋敷に来てお父様やお兄様に会ってほしいです……♪」

 

『あいあむあどり~~~ま~~~♪ ひそむぱわ~~~~♪』

「みつけたいなぁあああ! かなえたいなぁああ!!!」

 

「アイリママからの評価値が爆上がり。何をしたの刹那くん?」

 

「四高の伊里谷先輩はとんでもない実力だ!! 司波さん、一色、五十嵐先輩のワンツースリーフィニッシュの為にも三高と共同研究しようじゃないか!!」

 

「なんて将輝は言っているけど追い出したければ追い出していいよ。何かお騒がせして申し訳ないです」

 

 などと気軽に一高テントに入ってきた三高ルーキーズの姿に誰もがあんぐりしてしまう。一番問題なのは、完全に愛梨を二位に就けようという意図の一条将輝の宣言である。

 

 まぁ五十嵐先輩も三位で終わりたくないと言わんばかりに拳を握っているので、どうなるかは分からないのだが――――。

 

 二番目に問題なのは、調子外れな歌を合唱するガーネットとトウコ……そんな2人(?)の歌はサビに入ったようだ……。なんだかリーナも歌いたそうな顔をしている辺り、歌は技術ではなく魂だなと思える。

 

 ともあれ―――そんな三高の姿に……。誰もがやんわりと拒絶するぐらいは考えていたのに、予想外な賛意が飛んできた。

 

「分かった。俺としても知恵を借りたかったからな。俺は賛成する」

「達也!?」

 

 一番最初に賛意を示したのが達也であったことに、刹那は心底驚いて思わず呼び掛けた。

 他の人間はそんな刹那に驚いた様子だが、達也は構わず無言で訴えかけてくる。

 

 しかし、録画されていた伊里谷理珠が最強の敵である―――そう端末画面で見せてくる達也は、この判断に賛成しろと言わんばかりだ。

 

 

 本当の意味で風雲急を告げてくれやがったのは、一高が誇り、世界に轟く魔法師界の魔工師……古臭い言い方で言えば『付与魔術師』(エンチャンター)たるトーラス・シルバーであった……。

 

 そして―――蠢く者達は最後の決断をして、『解き放ってはならないもの』を夜中に解き放つことを選ぶのだった……。 



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第95話『九校戦――妖精舞踊』

続きは書いているのですが、長くなりそうなのでアップロード。

そして劣等生新刊と同時にfakeの新刊も―――成田先生。御身体に気を付けてください。

そんなこんなで新話どうぞ。


 既に夜中に差し掛かろうとしている時間。甲子園球場における夜間試合の如くナイター照明が点灯されて、妖精たちの戦いを彩ることをよしとしている。

 

 妖精たちの休息の間に、モノリス・コード本戦予選が始まり、順当にと言えばいいのか明日の決勝リーグは『一高対三高』『九高対二高』という様相になっていった。

 十文字先輩の戦いぶりとかは、画面越しにしか見えなかったが、やはり九高の霧栖があまりにも拙いと思えた。あれは魔術師で言えば『色位』相当だ。

 

 決勝で戦うことになれば、どうなるやら――――。

 

 

「賽は投げられた。もはや出目がどうなるかなんて分からないな……」

 

 後戻りは出来ない道だ。たかが魔法競技如きに何を考えているのかと言われそうだが、ともあれミラージ・バット決勝戦の時間は刻一刻と近づき、それに比例する形で客席も埋まっていき、立ち見客の誘導も増えている。

 

 前代未聞の飛行魔法の術式が三種類も出たのだ。モニター越しでは無くて直の眼で見ておきたいと考える人間は多いようだ。

 

 

「ともあれ御三方、お疲れ様」

 

 御三方という意味で言ったのは、一高と三高の技術者組一年たち―――刹那の繊細な要求に実によく応えてくれた猛者である。

 

 それを見ていた和泉先輩が『ムリムリムリムリカタツムリィイイイイ!!』などと発狂したのだった。解せぬ。

 

「どうも。いやはやあそこまで繊細な作業を要求されるとは思っていなかった……遠坂君って凝り性なのか?」

 

「前に美月に『魔眼殺しのコンタクトレンズ』を作っていたが、一週間は持つものを作るべく邁進していて―――」

 

「最終的には、三か月持つものを作ってくれたんですけどね――……」

 

 吉祥寺の質問に答える形で、何故かここにいる達也が返答して、それに苦笑する美月。

 

 そう―――思い出すに作った時は、お袋を超えていくぐらいの気持ちだったのに、そんな気持ちが段々と薄れていくのを感じたのだ。

 

「あれだよな。こんな時代だからこそ眼鏡の重要性を認識すべきなんだよ。

 眼鏡の『大磨伸(だいまじん)』からの啓示でも、『それをすてるなんてとんでもない!』とか言っていたし」

「お前、そんな電波を受け取っていたのかよ……」

「眼鏡あってこその美月なんだと今は思っている。でなければあれですよ。幹比古が心配のしすぎで心臓が止まりそうな学校の人気者になっちゃうから、如月美緒ぐらい」

 

 どう言う意味だ。と男子勢は訝っていたが、女子には何となく理解出来た。

 

 美月は、この時代には珍しい眼鏡着用者。その用途は過敏すぎる己の眼を殺すためであったが、訓練次第では『魔眼』として『外界』に干渉できる。世界に訴えかけられるタイプのものだとして、伸ばすか封じるかを刹那は言ってきたのを思い出す。

 

 それはともかくとして、美月の眼鏡は、本当にこの時代にあっても野暮ったすぎるぐらいの丸眼鏡なのだ。それぐらい彼女の眼の範囲が広いということでもある。

 ハーフリムタイプの眼鏡ではきつい印象もあるかもしれないが、モノによってはお洒落に着こなせるものもあるのだから……。

 

 美月が眼鏡を外すということは、その美貌を外界にさらすことである。認めざるを得ないこと。

 美月は眼鏡を外すと正統派の超絶黒髪美少女にクラスチェンジしてしまうのだった。

 

「ああ、アタシにも電波が来たわ……眼鏡を外して美少女になるとか邪道だと言う大磨伸の電波が!」

「それタダの嫉妬じゃねぇか?」

 

 エリカが頭を抑える様子に、若干引きながらレオが言うも、肯定の言葉が上から出てきた。

 

「いいえ、西城君。私にも『啓示』が来たわ。だから柴田さん。眼鏡―――外さないでね?」

「なんか不当な扱いされている気しかありません!!」

「美月さん、落ち着いて」

 

 十七夜栞の言葉に若干涙目になりながら答える美月。まぁ本当に巨乳、黒髪、眼鏡、更に言えば若干趣味が怪しいものの正統派の美少女な柴田美月なのだ。

 

 女子の嫉妬が刺さるのも無理はない。そして美月の眼鏡が外れるかどうかは、美月を宥めている幹比古の手に委ねられたのである。

 

 そんな恋人の内心の台詞を察したのか、リーナが少し不機嫌になりながら口を開く。

 

「で、セツナの中でワタシは正統派じゃないのかしら?」

「あれだよ。日本におけるヤマトナデシコ七変化的な話であって、リーナには適用されない話と言うか、いうなれば『犬夜叉』と『うる星やつら』ぐらい違う話だよ」

「そんなセツナってば、ワタシのタイガーストライプ(虎縞)ビキニを獲ろうとするなんて……このHENTAIダーリン♪」

 

 今の会話で通じるこの二人ってば果たして―――どういうことなのだろうと思ってしまうほどに、分からないようでいて分かってしまう会話であった。

 

 そして話の話題を最初にリターンさせるは刹那であった。

 

「ともあれ……伊里谷理珠の『トリック』は、俺の前では通じない。後は……彼女ら次第だな。手助けしなくていいのか達也?」

 

「ああ、お前の言う通り深雪に傍に居なくていいのかと言ったが……兄離れの時期かな?」

 

 それは深雪なりの気遣いで、観客席と言う皆と同じステージで色眼鏡無しで自分を見てほしいということだったはず。

 

 何より……伊里谷理珠という最大級の敵に対して挑む『四葉』の魔法師としての意識なのかもしれない……。

 

 そんなことを外様の立場で想っていた刹那だが、深雪に想い募らせる男一人が、ここぞとばかりに口を開く。

 

「お義兄さん! これからは俺が深雪さんを守ってみせます!!!」

「お前に義兄(あに)と呼ばれる筋合いはない」

 

 お笑いで言う所の『天丼』じみたやり取りをする将輝と達也に誰もが苦笑い。

 

 しかも達也は取り付く島もないのだから、なんだか見ていてあれであるのだ。

 

 改めて確認することではないのだが、ミラージ・バットは湖水が張られた遊泳場にいくらかの柱を突きたてて、そこから飛びあがることで、空中に投影されたホログラムの光球を叩きポイントしていくことで勝敗が決まる競技だ。

 

 性質上、それはかなりの疲労をすることと同義。魔法力を伴わないジャンプを多用するスポーツ……バスケットボールの一試合におけるジャンプの平均回数。同時にそこからの全力疾走と、ハードなのは当たり前。

 

 ジャンプする度に自重の何倍もの衝撃が身体を苛み、それでも走りジャンプし続ける。

 魔法力を伴わない競技であるバスケと違い、現実を改変して人間能力を軽く超えていく魔法師にとって、そんなもの(疲労)は無縁に思えるかもしれないが、現実にどこに現れるか分からぬ光球を叩くことを余儀なくされた上に、無駄撃ちになるかもしれない魔法でサイオンの消費は否応なく増える。

 

 それらが魔法師の身体を苛み、先に述べたバスケットボールと同じく一時間の動作でフルマラソン並の疲労を与えるのである。

 

「それゆえに新人戦においては起動式の簡略化に注目していたんですが、まぁ―――今回はそれとは真逆ですからね」

「ジョージ、一色の方はどうだったんだ?」

「大丈夫だよ将輝。遠坂君たちが見抜いたものに対する対抗策は全てある―――」

 

 三高としては、どういったところで一色愛梨の調子が気になったのだろう。首っ引きでCADを改変していた吉祥寺の言葉と同時に、担当者である栞もまた頷く。

 

 そうしてから深雪の方に興味を向ける一条将輝。

 

「ならば司波さんは?」

「そちらは俺の担当だ。まぁ何とかなるだろうさ……あの『蝶の羽』が起こす『改変』には負けさせない」

「……『時間(とき)』は?」

 

 一条将輝が顔つきを神妙にさせながら開いた言葉。それは、全員を緊張させた。当然であろう。

 そんなトリックでパーフェクトを叩きだしたなど、尋常ではないのだ。

 

「そこは、刹那の担当だ――――どうなんだ?」

 

「やるだけはやった……後は、彼女たち次第だ」

 

 言葉と同時に古めかしい砂時計と懐中時計―――同サイズ程度を、手の中に出す刹那のマジックに誰もが息を飲む。

 

「光井のような光波に対する知覚は無いが、それでもある程度のことが出来るはず―――超速に対抗して超速で挑んでは、どうやっても相手に一日の長がある」

 

 それを補うための方法は……己の内側にあった。それを意識させた―――それだけだ。

 ここまでやっても……取れるかどうかは分からないのだから恐ろしい。

 

「ただそれだけやっても……伊里谷理珠さんは、とんでもない実力を感じる……まるで――――」

 

「マルデ?」

 

「……ううん、何でもないよ。忘れてリーナ。みんなも」

 

 まるで―――その後に繋がる言葉を刹那は察していた。それは……自分やマナカのような尋常ならざる能力を持った魔法師のことを指している。

 

 正直言えば……雫には自分を想ってほしくない気持ちが多い。

 雫の両親……出会って思ったことがある。あの人たちは、『尋常の世』の人なのだと……。

 

 そして雫もまた『尋常の世』に生きる人だ。ちょっとばかり『魔法』という『競技』が『得意』なだけで、その精神性は……普通の人なのだ。

 

 自分のような異常性の塊と親身に触れ合っていいわけがない。友人にはなれるだろうが、それ以上は不味いことだ。

 

 

「………」

 

 久々の雫の無言の圧力。口に出さずともその中に渦巻いている想いは分かってしまう。

 

 そんなことを想いながらも、妖精たちがフィールドに着陣。魔神の種族『フォモール族』を打ち倒した後に、己の身を世界の裏側に溶け込ませた『ディーナ・オシ―』の如き妖精たちの着陣である。

 

 深雪は、ブロッサム()の色を配したドレッシーなコスチューム。バレリーナで言う所のプリマ、エトワールの如き風格を匂わせる衣装である。

 

 愛梨は、白と蒼―――金……まるで少女騎士のような姿をしていた。転身した際に、ガーネットが気を利かせて『ブラダマンテ』の衣装をインストールしていたのだろう。

 ただ……スカートの下がハイレグじみたものであることを知っているだけに、変な気分になるのだった。

 

 そんな中、五十嵐亜実先輩が『普通の衣装』でちょっとだけ安心する。眼がいい連中は、その唇に『剛性』の魔力を見てしまい―――。

 

「「「「辰巳先輩、初キッスおめでとうございます」」」」

 

「なんで分かったんだ!? あっ! お前ら亜実の唇をマジマジと見たな!!!」

 

「ぐぇええ!! だからってなんで俺が締め上げられるんですかぁああ!?」

 

 若干、理不尽な行為を受けるのは、近くに居た服部先輩が被害に遭う。まぁ二人ともそっち系統(体育会)な感じなので加減は分かっているのだろう。

 

 カマ掛けもあったのだが、ともあれ辰巳鋼太郎の言葉の後に最後に着陣するのは―――ド本命とも言える妖精だったからだ。

 

 

 白銀の少女が纏うものは、やはり白銀か……予選での印象を崩すかのように、伊里谷理珠が着てきたのは赤、朱、紅……真っ赤なドレスであった。

 丈は短いが、それは紛れもなく『赤原礼装』……それを改良したものである。

 

 白銀を思わせる少女が真逆の真紅のドレスを着込み、瞑想(メディテーション)する様子。刻印の励起が、この上なく世界を変革する。

 

 どうやら最初っからやってくる様子だ。その姿に、誰もが緊張をする。

 

 ミラージ・バットの主役はこの三人に絞られた。三人の中でも群を抜いているのは『人外の魅力』を有する伊里谷理珠。

 

 ……ホムンクルスと人間のハーフの母胎から生まれでた鬼子にして――――冬の妖精。その運命はいかなるものだったのか……。

 

 

「リズ……」

 

「……もう知らないわよ!……」

 

 惚ける会頭相手に会長がぷいっ!と顔ごと逸らす様子。見せかけ『小悪魔』の必死の抵抗だが、会頭には何の痛手も負っていない。

 

 正直言えば、会長は会頭に『甘えていた』節がある。こうすれば、こうだろう。こうなれば、こうだろう的な……熟年夫婦じみた信頼関係が、このような事態を生んだのだろう。

 

 お互いに家が十師族という魔法の名家に連なって家の関係で、歳が近くてお互いに知っていたからだが……、その信頼関係が段々と恋人などに近づけば良かったのだが、その前に伊里谷理珠がやってきたということである。

 速攻で会長が会頭とくっついていれば、今のように『ヤキモキ』しなくて良かったのだが、まぁそれはあり得ない話であった……。

 

 一番の理由は――――VIP席からフィールドに近い観覧席に移動してきたドレス姿の女性と近すぎる『眼帯』……アイパッチをしている男性の姿が原因だろう。

 

 父兄、父母―――保護者の来賓のみが座れる席に座った四葉真夜と七草弘一の姿を多くの父母は『ただの魔法師』とは思っていない。

 

 四葉の当主と分かっていても、話しかけられて朗らかに対応しているマダム・イッシキが少し豪胆に思える。

 

 

 そうして周囲の状況に対して感想を述懐していると第一ピリオドのスタートシグナルが点灯していく。

 

 ランプが点いた瞬間、鳴り響くスタートブザー。そして現れる光球。高さとしては13m―――若干、平均よりは高いが、それでも反応した妖精たちが殺到する。

 

 その中をかき分けて抜き出たのはファイアリー……炎の妖精とでも言うべき存在。蝶の羽のごときものを利用して『飛翔』

 

 吹き出る魔力が、他の選手たちの『飛行魔法』を『妨害』……戦闘機における『巴戦』(ドッグファイト)のようにレーダージャミングを掛けられたかのような様だ。

 

『飛翔していたはずの妖精たちが地に伏せる! まさしく天帝の眼(エンペラーアイ)! ドイツが生み出した四大元素の魔法師、アルケミーオブアルケミーの申し子が全ての妖精を駆逐するかのようです!!!』

 

 ミトの言葉に構わずリズは、スティックを振るって空中に投影された球を打ち消した。まずは一ポイント。このままバタフライエフェクトの如き魔力が吹き続けていれば、彼女の勝利は間違いない。

 だが―――そうはさせまいとして飛翔しようとしている連中は、底なし沼に嵌ったかのように自在に飛ぶことはおろか、飛翔すらおぼつかなくなっている。

 

 妖精の死……それを想起させる―――しかし、それを咎めるように―――金色の妖精と雪の妖精とが、神の如き眼を持つリズに挑みかかる。

 

 この世ならざる幻馬の翼と黄金の翼―――計四枚羽の天使が羽ばたきを開始して、雪の妖精もまたその手に持っていた『杖』を使って桜色の花弁を纏めて己の羽とした。

 

 乱されまくっていたサイオンのフィールド。ジャミングが無くなりフィールドがクリアーとなる様子。

 

 やった方は、笑みを浮かべて―――睥睨する魔性の女を見ていたが、見られた女の方も魔術師としての顔で笑みを返す。自分の魔術を打ち破られたことに対する意趣返しの方法を思案しているのだろう。

 

 その一瞬の隙を突いて深雪と愛梨は、更に上方に出現した光球に向けて跳躍の飛翔。現れたのは五つだが、両者が二個を叩き、一個を叩く様子。

 イーブンポイントに戻した三者の妖精たちが飛びながら睨みあう。どちらが先んじてホログラムを叩くかを―――牽制しあっている様子。

 

「よし! まず第一段階はクリアーだね!?」

「ああ、ワンサイドのインチキゲームはここまでだ。義姉さん―――悪いが、あんたの覇道は止めさせてもらうよ」

 

 珍しく興奮した様子でいる栞に返すと『使い魔』でも放っていたのか、こちらの声が聞こえていたのか……声が刹那に届いた。

 

『子狐が! その程度で私を止められるとでも!? お姉ちゃんを舐めるんじゃないわ!!』

 

 連続飛翔。魔法式の『息継ぎ』すらない幻想の翼で飛ぶリズの思念の言葉が、こちらに届く。

 刹那と魔力的に『繋がりが深い』リーナもまたその言葉を聞いて、「こ、これがニホンのヨメシュウトメ関係の極みなのね!?」とか言っている。

 

 関係性としては小姑ではないかと思いながらも、再び出現する光球。それは彼女たちの上方及び下方など、三次元の極み的にあちこちに出現している。

 

 大会関係者としては、このまま三人だけの試合になるのは不味いと思って、あちこちに球を出現させたのだろう。事実一番、近い所にいる五高の生徒が、円柱から飛び立ち叩こうとしたのだが……。

 

 

「Time Alter―――Double Accel」

 

 

 時計の文字盤を思わせる魔法陣がイリヤ・リズの四方を包む。『来た』と思った深雪と愛梨の緊張がこちらにも伝わる。

 

 しかし、そう感じた瞬間には―――リズは消え去り、ミラージのフィールドのあちこちに出現していた。

 現われた光球20個中―――16個を叩き落としたイリヤ・リズの動きは凡そ人体の強度を度外視した加速。

 

 己に発生する『時間流の加速』で全ての人間を置き去りにして、『未来』に飛んだリズの秘術。その正体を正確に察知出来たものなどいないだろう。

 

 ざわつく観客たち。飛行魔法だけでも耳目を集めていたのに、更に慮外の加速なのだ。

 

「イリヤ先輩の『クロノスローズ』……まさか、本当にそんなことをやっていたなんて……」

 

「ユークリッド的世界の崩壊であり―――」

 

「ミンコフスキーの定理の断末魔が聞こえるようだ……」

 

 頭いい連中のどうにも理解不能な単語の羅列に大半の人間が頭を捻る。だが説明はしていただけに、それ以上の疑問は無かった。

 

「遠坂、結局リズの魔法は何なんだ?」

「七草会長からお聞き―――ああ、無理ですね。すみません」

 

 あの後、技術者連中など主要スタッフを除いて本戦モノリスに向かったメンバー達は、この事実を知らされていなかった。

 会頭が厳めしい顔を作って聞くも―――にやけるのが隠せていない。つまりは、そういうことだ。

 

 つーかいい加減、七草会長も機嫌を直せばいいのに……まぁ無理だろうが。

 

「簡単に言えば、一種の間接的な『時間操作』です。教科書の462頁を参照―――」

 

 刹那がエルメロイモード(眼鏡着用)したことで、持って来ていた五十里先輩が、魔力を用いてページを開いた。

 

 そこに書かれていたことを説明した時のことを刹那は思い出すと同時に、戦っている妖精たちも思い出す……イリヤ・リズの魔法の正体を―――。

 

 



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第96話『九校戦――時の魔法(偽)』

な、なげぇ。カウレス君(偽)の説明を引用したとはいえ、すっごい長くなってしまった。

そして九校戦も長い……早く夏休み編(劇場版+)をやりたい。

時間を巻き戻せればなぁと思う平成が終わりそうな今日この頃。

新話をお送りします。


 ―――Interlude―――。

 

 

「単純なサイオンによる領域干渉程度でしかなければ、君ら2人でも問題なく用立てられるが、更なる問題は―――ズバリ言えば、この魔法だ」

 

 第六試合。凡そ最後に行われたミラージの本予選の中で、もはや試合は終了も間際―――ワンサイドのパーフェクトゲームで終わらせようと言う恐ろしい目論見が出そうだったのだが、大会委員からの意地腐れな光球の出現位置。

 

 これに他の高校が飛びついた。だが―――完全に反対側に陣取り蝶の羽を休ませていたイリヤにはまず取れない場所……物理的限界を超えた位置に対して、何かの魔法が発動。

 四つの魔法陣が、イリヤの周囲に現れて―――そして『加速』を果たして光球を叩いた。周囲はまるで狐に抓まれたかのような静けさである。

 

 モニターに映っていたものを見ていた人間たちも沈黙。当然だ。こんな加速は得てしてあり得ないからだ……。

 

「物体……及び生体の『加速』『移動』というものを論じる時に、『外側』(すはだ)にかかる圧力のみが論じられる。無論、そこから内側(ないぞう)にかかる負担もあり得るだろうが、原則を申せば、ベクトルが掛けられるのは外側だけだな」

 

「……もしも移動魔法がとんでも無ければ、心臓や血管の一つでも意図的に暴走させればいいだけだからね。それが容易に出来ないからこそ将輝の『爆裂』のように、『あれこれ』と術式があるわけだよ」

 

「魔法師にはある程度のレジストスキルとして意図せずとも出る『想子障壁』が出来上がる。これらが強ければ強いほど相手からの『圧力』を減じられるわけだ―――常識だろう?」

 

「田舎モンなんで申し訳ないね」

 

 三高の2人からの指摘におどけて応えてから、その常識が崩されるような理屈が申される。

 

「相手からの圧にせよ。己にかかる圧にせよ。魔法師の肉体は、簡単に『内側』(ないぞう)にすり抜けない様に出来ている……しかし、この女がやったことは、ただ一つ。己の全てを加速させた」

 

「全て―――ですか? もしかしてそれが『クロノスローズ』の正体……」

 

 

 マジックフェンシング競技における先輩後輩……己の先達の奥義の正体を掴めると思って立ち上がる愛梨に対して、正体を告げる。

 

「簡単に言えば時間の操作。限定された空間における『時間の加速』。肉体を『物理運動』で加速させているのではなく、『時間流の操作』で『加速』させているんだ」

 

『『『なっ!!!!???』』』

 

 全員……リーナを除いてだが、顔を驚愕させている。一高が誇る鉄面皮ボーイ(最近あやしい)たる達也ですら、眼を思いっきり見開いて驚きを表現しているのだ。

 

 予想外というほどではないが、まさかの「時間(とき)」の操作である。大なり小なりのエイドス改変を主とする魔法にとって、時間の経過は『結果』で示しているのだから。

 

 氷の弾丸を作るという作業にせよ、炎と氷の領域を分けて発生させる術も、全ては己の魔法で現象にかかるもの、費用、人員、『時間』全てを「スキップ」させたことで出来上げる『結果』でしかない。

 時間をかければ現代技術(テクノロジー)で似たような現象は発生させられる。それを一瞬で用立てられる人間が魔法師であり、魔法師と言う名の世界全てをイカサマにかける詐欺師なのである。

 

 だが……この女の魔法は、『己の時間』を『操作』した結果で現代魔法の詐欺(イカサマ)を更に超えてきたのだ。

 現代魔法師と言う『シロサギ』を食らう『クロサギ』も同然であるのだから……驚愕もひとしおというものだ。

 

「質問なんだが、刹那。何故『時間操作』だと気付けたんだ?」

 

「ページ462を参照――――そこに書いてあるからさ」

 

 言葉で何のことだか―――と思っていた面子の中から四十九院沓子が、エルメロイレッスンの教科書に魔力を通して462頁を開いた。

 

空間時流制御(タイム・オルタレイション)……」

 

 その表題を読み上げたあとの沓子のテキストの音読によって、全員が脅威を認識していく。つまりは―――本当に『時間を制御』しているのだ……。

 

 そんな時間制御が、モニターにおけるチートのような……いわゆるどこぞの『デスラ―総統声のゲームプログラマー』が使うオーバーアシストのように働くならば、単純な飛行の『速度アップ』ではどうしようもない気がする。

 ちなみに一番、危機感を持っているのがマサキリトだったりする……。きっと前世の因縁なのだろう。

 

「け、けれど! 深雪や一色さんだって飛行魔法に何かの加速や移動魔法を重ね掛けすれば、達也さん! 無理じゃないでしょう!?」

 

「……やろうと思えばやれなくもないが、現代魔法の重ね掛けでは、破綻する可能性が高いな……」

 

「そんな……」

 

 光井の必死な訴えに、無常な言葉を掛ける達也―――技術者としてそこは誤魔化さない態度だが……『ペテン』に気付いたものが、何人かいる。

 

 結構、こういう時の達也はいじめっ子な面があると思うものが多い。言葉尻ではあるが、そこに気付かぬほどに光井は達也に依存しているのだ。

 

 最も、達也を疑うと言う行為をしている自分達が言えた義理ではないのだが……。

 

「落ち着いてほのか。お兄様はまだ結論を出しきっていないわ―――そして人が悪いですよ。お兄様」

「たまには刹那みたいな言い回しもやってみたかったんでな」

 

 自分を例に出された刹那としては、『べっ』とでも擬音が付きそうな舌出しをして達也のからかいに対抗。

 

 してから、対抗策は、あるのだ。と告げる。

 

「ようは「トウコ」と同じようなことをすればいいだけだ」

 

「なんとワシが勝利の鍵になるとは、つまり『SB魔法』に訴えるということだの!?」

 

『ザッツライト』

 

 世の中広いものであり、系統魔法の重複が術式の混線を生み出して定義破綻を起こす一方で、それらの術理に囚われぬ魔法もある。

 

『独立した情報体』という定義づけがされたものを使ったりすることで、イリヤ・リズの『時間加速』に対抗する。

 

「ただこのタイム・オルタレイション―――固有時制御というのは詳しい説明を省くが、一時の加速の後に術が解除されてしまえば、元の時間流に己の身体が戻される―――ありえざる心筋の加速が容易く肉体的ダメージを苛む」

 

「リスクがあったとしても、ここまでの加速をするならば……それは(ただ)しく正道の王道ですよ」

 

「感心しているだけじゃダメだ。ヒポグリフもまた『時間』を超える『幻馬』。その適性を出させてやるさ。

 達也と吉祥寺と栞は悪いが、紙に書きだしといたこの仕様で飛行魔法の術式を改変しといてくれ」

 

「マクシミリアンのフェザーとトーラス・シルバーの『フライ』の改変か、分かった。他にあるか?」

 

「あの桜色の杖だが借り受けられないか? つーか深雪に使わせろ」

 

「構わないぞ。ある人の形見なんで、大事に使ってくれ。そして深雪の勝利に役立ててくれ」

 

 矢継ぎ早の指示に全員があわただしく動き始める。そして、受け答えする達也は既に動き出している。この戦い。たった一人では勝てまい。

 受け取った杖に『覚えのある魔力』を感じて、その『正体』も分かったが―――何故、ここに……この『魔力』があるのか、少しばかり分からなかった。

 

「それにしても、何というか随分と尖った戦いになってきたよね……まぁ勝つ為ならば道具に拘るのは仕方ないんだけど」

 

 その言葉を出したのは、最近影が薄かった『春日菜々美』である。彼女もクラウドで達也の補助を受けていれば、という思いが強いのだろう。

 それゆえの小さな恨み言の類であると分かっていても、何となく言っておく。

 

「俺の生家―――オヤジの方の格言なんだがな。魔術師というものは己が最強である必要なんて無いんだ。イメージするのは常に最強の存在。それをトレースする」

「つまり?」

「最強たるものを()び出すか、己の魔法(わざ)で最強のモノをつくりあげればいいんだ―――」

 

 言葉の最後で、どこからか出した『白い鷹』を腕に止まらせて、杖の変形とも言える『剣』をその手に握る刹那の表情は、実に魔道の真髄に迫ったものゆえの表情であった……。

 

 

 ―――Interlude out―――。

 

 

 やはり使ってきた『タイム・アルター』の力に深雪と愛梨は驚愕する。本当に一高(三高)と共同戦線を張らなければ、この女のワンサイドゲームで終わっていただろう。

 

 だが対策はある。この女が現在時制から未来時制に飛ぶと言うのならば、それを食い止める。そうすることで、こちらの土俵に追い込むだけだ。

 

 

「長い休憩中―――、一高のテントに行ってまで、いい策はあったのかしらアイリ? まぁ力不足に授ける策があるとは思えないけど」

 

「傲慢ですね。伊里谷理珠。その微笑み―――」

 

「消し去ってくれますよ!! 先輩!!」

 

 三者の言葉の応酬。言いながらも浮遊したままの妖精たちが、次なる光球を狙うべく眼を凝らす。

 

 凝らしながら、一高と三高の選手は杖を持ち集中する。長くは無い集中だが、それでも魔法が結集するまで時間がかかるものを、この土壇場でも発揮できる二人は天才の類だ。

 

 その魔力の動きを見たリズは『へぇ』と感心する。どうやら、少ない時間で刹那及び両陣営は何かしらを用立てたようだ。

 

 だが、それでも自分の能力に勝てるわけがない。この心筋の強さと身体の頑健さ……。母―――イリヤスフィールが聖杯戦争後にも現界させていたヘラクレス。

 そこから流れ込んできた『半神半人』の要素―――ホムンクルスと人間のハーフとして聖杯と化された母と人の生の極み、抑止の守護者にも至れた父―――『衛宮士郎』と、あらゆるものが流れ込んでいる我が身を哀れんだことなど無い。

 

(父や祖父と同じく―――私も多くの嘆きを救いたかった。多くの人々を―――天秤など持たずとも、為せるだけのことをしたかった……)

 

 しかし、遂に二つの『キョウカイ』の追っ手が自分を害そうとした時、多くの『奇跡』で私は『ここ』に飛ばされた。

 

 その意味は違えていない。この世界は『あり得ざる歴史』だ。剪定事象というほどではないが、いつ、どんなバランスで崩れてもおかしくない『異聞史』……。

 

 ならば、現れるのだ。そして現れた……まさか新興国であるアメリカに現れるとは思っていなかったが……ともあれ―――。

 

(今は、そんなことは関係ないわね―――私を受け入れてくれた四高。そして九大竜王の創始者の一人としても、この戦いは勝つ!!)

 

 次から次へと現れる光球。弓でも使えれば一瞬だが、そんなことはまず無理なので―――高速の飛翔。気流の乱流すら起こして司波深雪と一色愛梨を封じようとした瞬間。

 

 二人が追随する様が見えた。今は固有時制御を使っていないので、単純なスピード勝負。しかし、あくまで自分の得物を狙おうと言う態度。

 

 対抗しようと言う様があまりにも不遜であった。

 

 光球を何個か落としあう三者。この第一ピリオドでの勝負を捨て去ることもあり得るだろう。

 だが、あくまで二人はリズに対抗してくる様子だ。

 

 

「優雅には程遠いわね。エクレールの名が泣くわよ!」

「稲妻は、そこまで優雅ではないです! ゼウスの雷霆に代表されるように神罰の類なのですからね!!」

 

 一番、リズにとって納得してしまう理屈を言われて少しばかりスピードが緩むも―――それならば、容赦なく『クロノス』の力を使って叩き落とす。

 

「Time Alter―――Double Accel」

 

 

 二倍速の術式を展開―――慮外の動きで飛行の全てが未来時制に向けられた時に、二人の魔法師は来たと思って秘策を解き放つ。

 

 この女が未来に飛ぶと言うのならば、その動きを―――『現在』に『縫い付ける』。

 

 ヒポグリフの羽―――緑色のオーラを纏った様子に精霊の輝きを見た何人か―――その羽を盛大な羽ばたきで落としていき干渉。

 

(フェザーでこちらを攻撃するのは反則よ?)

 

 当然分かっているはず。つまりは―――式に対する干渉。確かにヒポグリフの羽を用いれば、『次元跳躍』する幻獣の性質を叩き込まれて制御は完全に無くなるかもしれない。

 

 しかし、現在に縫い付ける縁が無ければ―――、羽は『世界の修正』を受けて世界から消え去る。

 

 つまらない手を使ったものだ。結局、強い神秘で弱い神秘を打ち消す。それだけのようだ……。それをするには手札が足りなかった―――という印象を、掻き消される。

 

 その時、伊里谷理珠にとって敵としていたのは、カレイドステッキを用いて戦うエクレール・アイリだけであり、スノーに対してなど眼中になかったのだ。

 

 例え、彼女が『四葉』の魔法師であろうと変わらぬ。

 この世界で『最強』なのは『カウンター・カウンター・ガーディアン』のスペックを引き継いだ自分か、刹那()だけだ。

 

 だからこそ―――その陥穽を突いて、イリヤ・リズの世界が『固定』された。

 

(アルターが―――発動しない!?)

 

 鳥の羽と桜色の花弁が舞い散るセカイを作り上げた二人の魔法師―――良く視れば、司波深雪の背中からは桜色の花弁を纏めたらしき羽根が作られていた……。それは決して飛行の為に必要なものではないが、それでも己に羽根が付いていることが、どことなく誇らしく思える深雪。

 

(穂波さん……あなたのキセキをお借りします!!)

 

 幻想的な世界。夜空の月光の下、季節外れの桜密月と渡り鳥の羽ばたきが彩りを見せるのだった。

 

 

「面白いわ。その強烈な対抗魔法―――どこまで持つかしら?」

 

 

 その言葉で蝶の羽を一層震わせて、幻想の光を輝かすティターニアが、誅罰を加えるかのように飛翔してくる。

 

 しかし、時間加速が無くなれば、あとは地力の勝負だ。ようやく飛行魔法と言う領域の『盤上』を互先にして、戦い合う三人に負けじと他の妖精たちも飛翔を再開して光球を落としていく。

 

 第一ピリオドは、伊里谷理珠のリードで終わったが、第二・第三ピリオドに他選手の奮闘への期待を持たせる終わり方だった。戦いの火ぶたが切られるまでの休息を行うことになるのだった……。

 

 

 † † †

 

 

 未来視と過去視―――。魔術の領域であり魔眼の一種でもあるこれらは、正しく『時間』に付随する能力である。

 

 この二つ。特に未来視には『予測』と『測定』の二種類がある。

 予測は、その通りに『想像力』の世界である。しかし、その『想像力』が現実に結集してしまうのが、恐ろしい能力である。

 

 現在の九校戦の会場。この満員御礼のミラージ・バットの会場で、どこそこの工作員……強化された魔法師が一般人を襲うために起動する。

 こんなことを『想像』してしまい、現実に起こる。この未来予測を出来る人間は、この会場内の全てを『脳内』で演算している。

 

 例えば、達也の匂いに一種の香水があるところから、深雪とあのコスチュームで抱き合っていたなとか、いたいいたい! レオがトウコを膝の上に乗せて観戦している様子にエリカが若干、不機嫌気味とか、いてててて!!! と! 一見すれば全く以て関係の無い世界の情報全てを記憶・演算。

 その精度がとてつもない。

 他人、遠近に関わらない人間のコンマ一秒ずつの瞳の動き。体臭の変化、明滅するスタンドライトの光量と、黒雲が差して見える夜空の変化の一枚一枚を記憶して、その上で『未来』を計算している。

 

 無論、こんなことを意識してやれる奴がいたらば脳外科に行くか、さっさと封印することをお薦めする。なんせこんなの無意識下でやったって脳が焼き付く。人間としてのフォーマットを逸脱しているからな。

 

 

「予測は概ね分かった。ならば測定はなんだ?」

 

 

 はい。定型通りの質問ありがとうございます達也君。

 

『予測』が『受動・防衛的』な能力であるならば、『測定』に関しては、より『攻撃的』な能力といってもいいです。

 

 予測は過去から現在までのあらゆるデータを記憶し、未来の可能性を演算するものだと話しました。対して、測定はどの未来のルートに行くか、ひとまず自分が決めてしまう。

 

 決めることによって他人の選択肢を『限定』する。ここにリーナの頬があり、その左右どちらを撫でてあげようかという選択肢みたいなものだよ。

 

 

両方(BOTH)と言う選択肢もあるわよ!」

 

「勢いごんで言わんでも……」

 

 ああ、そいつは魅力的な選択肢だが、今は置いておくとしてもその右か左かでリーナの周りに何かの影響がある。右隣にいる雫が険悪な目で見たり、リーナが左手に持っているカップジュースの位置が変更されるわな。

 

 結果として、周囲の反応や行動まで縛りつけてしまう。測定という意味は、自分から手を出して未来を決定するからだ。

 理屈の上では測定は精度において予測を超える。

 自分が居合わせる場所の『未来(さき)』しか視えないが、測定が決定してしまえば、その『未来(さき)』が固定されてしまう。

 

 ――――未来を限定する効果はより決定的とも言える。

 

 刹那の締めの言葉で、全員の背中に冷や汗が奔っただろう。

 

 未来を固定する。そんな事が出来る人間ならば、確かに思い通りに生きられるかもしれない。

 

 だが、それは人間全ての『努力』の有無を正しく否定する行為だ。

『パンドラの箱』に残された最後の希望……そう、『未来は定まっている』という『厄災』が解放されてしまっている人間なのだろう。

 

 

「そして、過去視に関してだが『測定』と『予測』に殆ど違いは無いんだ。まぁ中には、『望んだ過去』を『ピンで留めて』『浮かび上がらせる』というとんでもないものもあるがな」

 

「で、これが一色と司波さんの魔法のトリックにどう繋がるんだ?」

 

「リーナ、よろしく」

 

 思案顔で質問してきた、実にイケメンポーズが似合う一条将輝に対して、刹那はリーナにあることをさせる。その時に、リーナは電子ペーパーの類だろうが、その巨大版になるように表示される端末を頭より上まで掲げた。

 まるで格闘技におけるプラカードを持つラウンドガールのようなポーズだが、映し出されたものは中々に興味深いものだ。

 

『未来』と書かれた章段から樹形図―――少し複雑なものが、『現在』にまで伸びて、『現在』から砂粒のように黒い点が落ちていく先は『過去』

 

 時間の漏斗……そう言えるかもしれないものがあった。

 

「簡単に言うが、宇宙のエントロピーと同じく時間というものは『一方通行』だ。即ち、一粒ずつ、未来から現代に滑り落ちた砂粒が、過去の山へ落ちていく。

 時間もある種のベクトルを持って絶えず変化をしているということが分かる」

 

 言葉と同時に刹那は、手に持っていた砂時計を一方に落としていく。

 その様子は、刹那が何かをしなければ、そのまま流れ落ちるままだ。

 

「イリヤ・リズの時間加速を止めるには、このベクトルを止める必要性がある。砂時計の『外側』にいる俺ならば、簡単にこれをとめることは出来る。

 これが密閉型でなくて古めかしい板式のものであれば、更に止め板で塞げばいいだけ。落砂をな」

 

「深雪たちは、この砂時計の中にいる。砂時計の中にいるものが―――時間の流れ―――加速を止めるには……砂時計の口を手で止める?」

 

「そう。仮にこの砂時計の中がミラージのフィールドだとして、その中にいる深雪たちが砂を積極的に落としていくリズを止めたければ、何かしかの方法で加速を止めるしかなかった。

 その方策として……詳しく説明すると面倒だが、ヒポグリフという『現在時制』にしか存在しないものを使って『領域干渉』をして、深雪が持つ杖から出る桜色の花弁……あの時、ピラーズのペアバトルでやってくれた『魔法』の二重の『領域干渉』で、『現在時制』に『固定』させたんだ」

 

「なんだか随分と『ふわっ』とした説明ねー」

 

「しゃーないだろ。本当に詳しく説明すると、ヒポグリフがどんな『幻獣』なのかまで説明しなきゃならないんだ。ともあれ、深雪が桜の花弁で羽の固定化をしている限り、タイムオルタレイションは使えない、が……二人が力尽きれば元のワンサイドゲームだ」

 

 エリカの半眼での言い方に対して腐るように答えて眼鏡を外すと、最後の締めが良くなかったにも関わらず、一斉に拍手が起こる。

 

 拍手を向ける方向が違う。

 そして思わず授業モードになってしまったことを反省。主役はミラージ・バットの人間であると、手を差し出すようにフィールド内に向けておく。

 

「エリカはああ言ったが……ああいった認識は、お前の故郷で『普通』のことなのか?」

「新理論云々でないかどうかであるならば、それを用いての術式を開発しなきゃならない。そして俺にとって『時間操作』は、かなり煩雑だ。『魔術』ではなく……『高い領域』になってしまう。

 それよりも達也―――あの杖だけど――――」

 

 

『さぁあああ!!! 会場内のドローンなどで拾えた遠坂刹那の説明が入ったことで、この戦いの趨勢は既に三人の美少女達に委ねられていることが分かりました!!! 

 前代未聞の魔法のオンパレード!! その結末は、どうなるか―――!! 眼が離せない第二ピリオドの開始まで残り1分!!! 眼を離さずに女神たちの戦いに見入りましょぅう!!!』

 

 ミトの大音声の実況で途切れた言葉―――そして達也の苦渋の表情を見て、あまり今は突っ込んで話すことではないと空気を読んで、試合の観戦に集中するのだった……。

 

 



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第97話『九校戦――幕間劇。それぞれの夜』

色々ありましたが、まずまず何とか新話を投稿させていただきます。

バレンタイン企画として『未来の話』を投稿しようかと思ってダメでした。某所で手に入れた『美少女と野獣』が下敷きのレオがメインだったのですが、なんか間に合わなくて黄色バーになったことのショックもあって(驕るな!)、まぁともあれ―――何かの機会で投稿できればとは思います。


 もはや体力・気力・魔力……全てを振り絞った戦いは終着を迎えつつあった。

 

 連続での飛行を持続できないくらいに――――第三ピリオドまで残った四つの妖精……示し合わせたかのように『妖精の輪(フェアリィ・サークル)』を作る。

 群生した茸の輪の上で羽を休めるような様子を見せていた妖精の面々は……。

 

 一高 司波深雪

 三高 一色愛梨

 四高 伊里谷理珠

 一高 五十嵐亜実

 

 この四人に絞られた。第三ピリオドまでに僅か二人しか脱落者が出なかったのは、驚くべきことである。

 

 しかし、一番限界が近そうなのが五十嵐亜実であることが深雪には辛かった。肩で息をしている五十嵐亜実の、顔に伝う汗がそれを物語る。

 

『部長―――!!! ファイト―――!!!』

 

『姉ちゃん!!! がんばれ―――!!!』

 

『亜実!!!……最後まで踏ん張れぇ!! 俺も明日!! 最後まで立っている!!!』

 

 SSボード・バイアスロン部の部員としての、光井ほのかの言葉。

 同じ部活。男女違えども先輩後輩で姉弟でもある五十嵐鷹輔の言葉。

 恋人として本当ならば、安全を配慮して棄権してもらいたい辰巳鋼太郎の言葉

 

 三者三様の立場の違いの言葉―――しかしながら、無慈悲な時は近づく……。

 

「これが私の罰ね……今ならば分かってしまったわ。摩利さんの首に―――あんなものを撃ち込んだのは……」

 

「五十嵐先輩!! そんなことは今―――私がフォローしますから」

 

「情けなんて無用よ。司波さん!! いま、一番谷底に蹴落とすべき相手は分かっているでしょう!?」

 

 どうやって気付いたのか分からないが、汗を拭う五十嵐亜実の勢いある言葉に自分の浅慮を恥じる。

 だが―――。一高以外の面子には何も響かぬ言葉であった……。

 

「そう。ならば最初に蹴落とすべきは決まりね」

「り、理珠ちゃんにはすっこーしは手加減してほしいかも……ダメ?」

 

 酷薄な笑みを浮かべてから、チワワのような表情になって小首を傾げて尋ねる五十嵐亜実に対して……。

 

「ダメだよ♪」

 

 満面の笑みで拒否した伊里谷理珠。無慈悲な死刑宣告である。

 再び現れる光球を叩き落とす飛翔。負けじと五十嵐亜実も飛び立つ。中条あずさの渾身の出来で仕立てられた起動式であったが―――。

 

 五十嵐亜実の取れる範囲の光球をわざわざ全て叩き落とした伊里谷理珠。そうしてここまで踏ん張ってきた亜実だが、トーラス・シルバーの飛行術式の安全機構(セーフティ)が起動。

 サイオン切れのジャッジでリタイアとなってしまった。

 

「私はここまでね。司波さん―――頑張って!!!」

 

 地上の円柱に降り立ちフィールドから退場する亜実を見送ってから、相対する稲妻と銀蝶の姿を見る。

 

 愛梨と深雪は一応の協力関係だが、それでもポイント上での奪い合いは熾烈を極めている……シャルルマーニュ12勇士の一人にして紅一点。

 

 偏愛の女騎士『ブラダマンテ』。その憧れ一つで深雪の努力を消し去ってくれた女は油断ならないが、それでも銀蝶の脅威に比べれば……。

 

 

『アイリ! 魔力供給を!!』

 

「それは不許可です。ガーネット!! この戦いだけはワタシの地力だけでこなして見せます!!」

 

「ムリせずにカレイドステッキの補助を受けた方がいいと思うけどね。あなたの魔力の循環も、既に濁り始めている―――」

 

「だとしても、今ここでガーネットの『力』を使えば、きっと慚愧が私の剣捌きを鈍らせる……リズ先輩、アナタに勝つために磨いてきた技の冴えを鈍らせたくないのですよ……」

 

 しゃべる杖。今さらながらとんでもない器物を利用しているものだと思う。そしてその全容を知っている男がそれを禁じた。

 彼の心が分からなくも無い。これに頼って勝つことは―――恐らく自分を堕落させるはずだから……。

 

「いい心がけよ―――さて―――第三ピリオドもそろそろ終盤―――アナタは何か無いの? 司波深雪さん?」

 

 その声を投げかけると同時に、一本三つ編みにしていた銀髪を解く様子。本戦ピラーズで壬生を相手に本気を出した時の様子。

 髪に溜め込んでいた魔力が解き放たれて、サイオンの輝きが雪の結晶のように降り注ぐ。

 

 まだ上があったことを思い出して、それでも戦う意思を保つ―――。

 

「私が戦う理由。私の役割とは、私にいつでも素敵な魔法(けしき)を見せてくれる兄―――司波達也という『人間』の強さを証明することのみ」

「そう。実に単純にして至純―――しかし、その願いの『行く末』は叶えてはならないわね―――Time alter・triple accel」

 

 

 呪文からして『三倍速』であろう伊里谷理珠の言葉。それを抑えるべく、羽が理珠を現在時制に抑えつけようとするも、それを無理やり引き裂くかのような魔力の猛り―――。

 

 深雪の持つ杖もまた桜の花弁を盛大に解き放つ――――光球が三つの妖精の頭上を覆うように幾重にも出てきて―――ラストバトルと察する量。

 そして撃ち落としにかかるディーナ・オシ―達の戦い。

 

 一色愛梨が稲妻という体幹制御で挑みかかり、そして深雪も飛行魔法の限りで飛んでいくも―――全ては決してしまった。

 

 ブザーが鳴り響いた時に勝者と敗者のラインが引かれたのだった………。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 

「セルナァアアアアアア!!!!」

 

「っと、がんばったよ。よしよし。泣くな泣くな。最後までやれたんだ。誇れよ。追いつけなかったのは俺のせいだ……最後まで時間加速に対して有効な手段を打てなかったんだからさ」

 

「け、けれどぉお―――あそこまで苦心してくれたセルナに報いれなかったことが、悔しくて悔しくて……」

 

「自分に課した誇りを胸に最後まで戦ったんだ。泣かずに、胸張って立つべきだ」

 

 髪を若干乱暴にするようにして慰める刹那に対して、胸に飛び込んだ一色愛梨はぐしゃぐしゃになった顔を見られたくないのか胸の中で縮こまる。

 

 その様子にリーナが噛付くかと思うも流石にTPOは弁えていた。しかし拳を握りしめて耐えている様子が印象的でもあった。

 

 

「お兄様……わたし―――」

 

「頑張ったよ。深雪ががんばったのに俺がダメだったんだ。時間の加速……体内時間の加速化なんていうとんでも技に対して、有効な手段が無かったんだから」

 

「つ、次からは私も九重寺で修行をして、この硬すぎる身体を柔くして見せます!! 分身の術を使うぐらいに!!」

 

「ああ。来年は本当の意味でお前も主役の一人だよ」

 

 既にそうだよ。と、誰もがツッコミを入れたいのに入れられない位に達也に抱きつき甘える深雪の姿に、一条将輝は惚けてから、怒りを上げたり、呆けて、また怒気を上げたり……忙しない男である。

 泣いている女二人が男二人に慰められている一方で、女が女に謝り、慰めている様子もある。その様子に、思い出したのかと刹那は苦衷の想いを出して―――。

 

 しかし、五十嵐亜実の泣いた姿とそれを慰める渡辺摩利の姿に、大丈夫だろうと思っておく。

 

 あとは―――キツネ狩りをするだけだ。

 

 

 それとは別に、一高総合優勝は、明日のモノリスの結果がどうあれ、揺るがないものとなった。

 

 様々な競技で上位入賞者を複数出した一高が勝つのは当然だった。

 

 とはいえ、今年の九校戦は、若干―――1位だらけの総合優勝でないだけに、スッキリしない想いがあるのもあった。

 傲慢な考えかもしれないが、一高以外の四高、六高、九高に若干道を踏み荒されてしまった思いだ。

 

 もしもこの三つの高校のメンバーがどこか一つに集中していれば、一高の総合優勝は無かったかもしれない。

 

 

「九大竜王の目的は、ニホンの魔法師社会にもう一つの山を作ること―――。彼らの目論みは達成されたわけね」

「明日のモノリス……霧栖弥一郎が、どんな事になるか次第だけどな」

 

『竜属性』という恐ろしいノウブルカラーの魔術を操るあの男こそが、九大竜王の首魁だろう。

 

 リーナの問いかけに、そんなことを想っていると銀糸で出来た鳥―――『エンゲルリート』が、どこからか一高テントの中に飛んできた。

 どう考えてもイリヤ・リズの使い魔だろう。刹那が差し出した右腕に止まらせると同時に、刻印を介して情報の伝達。

 

 どこで『一枚』噛んでいたのかは分からないが、今夜にも決行されるイワンへのカウンターテロに参加するという話だった。

 一種のイメージ映像で、それを伝えてきた銀糸の鳥細工は、ばらけて、鳥の輪郭を失わせた。

 

 やることは分かっていたし、恐らく達也も参加するだろうことを、前にして刹那のやるべきことはただ一つだった。

 刹那の行動に誰もが注目していない段階での、神業のような『合いの手』も同然の鳥の使い魔の差し出しの後に、ようやく刹那に眼が向いた。

 

「遠坂、今日の特別メニューは何だ?」

 

「そうっすね。如何に総合優勝を決めたとはいえ明日のモノリスで有終の美を飾る為にも―――特製肉団子を作りましょう」

 

 開口一番。桐原武明の言葉に何気なく言っておく。言った後に―――。リーナが補足してくる。

 

「ああ、あの獅子(ライオン)が跳ね回るような弾力のミートボールね。美味しいし、何より明日の飛躍(ジャンプアップ)を願うってところかしら?」

 

正解(エサクタ)

 

 どんな肉団子なのか、テント内に少しばかりの食欲が蔓延して楽しみにしつつ、その夕食会に刹那と数名は居ないことになるのだが……。

 

『合挽き肉』を使った肉団子で『逢引き』を正当化されたとか少しばかりの見当違いさを生む。

 

 ちなみにそんな肉団子の山は、一時間もしない内に消え去ったりするのだった。

 

 

 † † † †

 

現役軍人と退役軍人の会話、一つ目が終わると、話題は二つ目に移行する。

 

「私からも閣下に聞きたい事がありますが、よろしいですかな?」

「概ね予想はあるのだが、言ってみたまえ」

 

 部下であり、友人であり……勝手ながら『息子』のように思っていた少年の内情を暴露されたことで、若干やり返したい想いと何より正体が掴めぬもののことを聞きたくて、目の前の老人に問いを投げかける。

 

「あなたの姪孫(てっそん)『アンジェリーナ・クドウ・シールズ』の良人にして、この極東だけでなく全世界を揺るがす『魔法師』―――」

 

「―――『魔術師』……己を『メイガス』と彼は名乗っていたよ。そこは訂正させてもらおう」

 

 話の腰を折られたと言う訳ではないが、それでも出鼻を挫かれた風間は目の前の老人に再び口を開く。

 

「……魔術師『遠坂刹那』―――彼は、いったい何者なんですか? 九島閣下もご存じでしょうが、私のような古式魔法師の側からしても彼の能力は『異質』―――その一言に尽きるのですよ」

 

「だろうな。いずれは出てくると思っていたが、君がそこに着目するとはな……はっきり言えば『何も分からない』。それだけだ」

 

「どういう―――」

 

「からかっている訳ではない。響子から聞いているか否かは知らないが、私が彼を知ったのは、ほんの些細なきっかけだよ」

 

 3,4年前のことだ。弟の娘の子供―――堅苦しい言い回しでは姪孫とも言えるアンジーが軍隊に入ったのを何となく察していた九島烈は、少しだけ悲しく思いながらも、それでも、その自由意志の発露こそが民主主義国家のアメリカの最たるものであるとも納得していた。

 

 そんな納得をしていた頃に―――休暇でシアトルに帰って来ていたアンジーが『同じ年頃の男子』を連れてきたことを『姪』から聞いた烈は、響子ともう一人の孫の2人で旅立たせることにした。

 

 後者の孫に関しては、このままいけば日本以外の大地を知らずに一生を終えてしまうのではないかと言う懸念でもあった。

 

 魔法師の海外渡航の規定をあれこれと工面してすり抜けて北米の大地に降り立たせた烈―――そして、いい友人になってくれればという思いとは裏腹に―――。

 

 

「孫―――『ミノル』の体質は改善されていた。響子も、その時のことを覚えて私に報告してきたよ」

 

「つまり……お孫さんの、あの厄介な体質を改善したからこそ、閣下は遠坂刹那に注目したのですか?」

 

「身内の恥を晒すようだが、ミノルは言うなれば『ハプスブルク家の悲劇』の存在だよ。真言が悩んだが末にやったことだが―――」

 

 言葉のわりには穏やかな話ではない。

 

 ハプスブルク家の悲劇……無論、遺伝子工学が発達したこの世界だからこそ出来た『禁断』なのだろうが、それでも怖気を覚えた風間はその話は要点ではないなと想っておく。

 

 

「ともあれ、そうして『根治』不可能な病を治して人並みに生きていけるようにした遠坂刹那のことに興味を覚えてな―――しかし、四葉真夜が接触しただの、アンジーと温泉旅行に来ただの、新ソ連からの分離独立を図るヴァナディースと接触しただの、出てくるものは彼の『現在』に関するもの……彼の『過去』はなにも分からなかった」

 

「恐ろしい情報工作ですね」

 

「私的な見解ではあるが、そうではないと思っている。彼は3,4年前にこの世界に『生誕』を果たして、そしてこの世界に関わっていったと思っている」

 

「迂遠な言い方ですね。はっきり仰ってもらいたい」

 

「―――『時間跳躍者』(タイムトラベラー)、あるいは『次元超越者』(ディメンションライナー)……そんな類の存在だと思っている」

 

 その可能性は……低いながらも風間が薄々感じていたものである。この爛熟した情報化社会で、何の後ろ盾もなく、全ての痕跡を消し去った情報隠蔽が出来るものではない。

 

 先程まで話題に出していた少年も、その一人だが彼にも15年間―――現在に至るまでの経歴があるのだから。

 

「もしくは、『宇宙人』という可能性もあるがね」

「話が荒唐無稽すぎますね……ただ―――発想を『飛躍』させなければ、彼のことは理解出来ない」

「そういうことだ……いずれにせよ―――『彼』がいなければ、解決できない事態だったな」

 

 その言葉に風間は少しの疑問がある。寧ろ、彼がいたからこそ事態は大事(おおごと)になったのではないかと。

 

 しかし老人はその言葉に一笑を出して否定してきた。

 

「第三次世界大戦……あの時代、まだ今のように高速起動を可能とするCADなども無かった時代の話だが……あの頃から全ては始まっていたのだよ」

 

「――――」

 

「遼東半島をめぐる戦い。そこにて私は人外の脅威と出会った。それは恐らく、今日に至るまで雌伏を為してきた『ビースト』の欠片だよ」

 

「………何を見たのですか?」

 

「―――全てを焼却するための巨大な『肉の柱』。広東軍と我が軍の殆どを飲み込んだおぞましき『魔道の化け物』―――そしてそれの『拡大』を防ぐために現れし、幾つもの『綺羅星』の如き『英雄達』―――今でも私の眼には焼き付いている」

 

 

 あの日、まだ今のように老人の身となる前の眼で見た景色が焼き付いている。

 

 奇跡がこの世界にあるのならば、我々は、本当の意味で彼らの想いを具現化しなければならないのだ。『彼ら』から『剪定対象』と見做される前に……。

 

 目の前の風間には分からないだろうが、あの時―――烈は本当の意味で『人類の破滅』を予感したのだ。

 一睨みするだけで、『眼』を向けただけであれほどの大破壊の大虐殺を行える存在が―――伝説では『七十二柱』もあるのだから……。

 

「君は見たことがあるかどうか知らないが、九重寺、その源流にして最後の七夜当主『七夜彩貴』が残せし『予言』……それこそが遠坂刹那であると見ているよ」

 

 目の前の老人が語る『予言』……九重寺に残されていたそれを風間も拝見していた。そして、達也こそがその『予言の子』であると信じていたと言うのに……。

 

 あの沖縄の時に見えた『達也の道』が、破滅を導くものに見えて、破壊者に、全てを壊す『魔王』にさせたくなかったのに……。

 だが、それでも風間は達也にその道に進んでほしくない。せめて―――自分達だけでも達也を守ることが自分の役目だ。

 

 決断しあい、二人の若者に対しての想いを固め合う大人達。

 

 彼らの出した結論とは別に、彼を表する英語的な意訳では「カレイドライナー」――――並行世界の旅人―――否、『逃亡者』のことを考えて様々な思惑を見せる者達とは別に……。

 

 

 

「こうやって親子で差し向かい―――、いや。もう一人いたね。申し訳ない克人君」

 

「いえ、自分はただの付き添いです。ですが……これ以上、色々と不安定なお嬢さんを見ていたくない想いもあります。その為のアドバイザーです」

 

「婚約する気持ちが出て来たかな?」

 

「茶化さないでお父さん。十文字君には無理を言って来てもらったの―――本心を隠しての対話なんて私は求めていないもの」

 

 

 他人がいれば、恐らく父は偽証の類はしないかもしれない。もしくは『懺悔』でもする心地を持ってくれるかもしれないという七草真由美の心に従って、こうして九校戦の会場付近にある高級ホテル―――余裕ある家庭の生徒の父母が泊まるだろう所に来た十文字克人。

 

 部屋の中に、女の残り香でもあるかと思ったが、まぁそんなものが分かる克人ではない。

 

 しかし、部屋の中央にあるソファーに差し向かいで対面しあう七草弘一師父の姿は、少しだけ違っていた。

 

 サングラスを掛けずアイパッチをして、若年の頃に言われていた彼の姿を自分達は見ているのだが、七草にとって、親父のそんな『伝説』をきくと『もぞっ』とする。とのこと……。

 

(娘の父親なんて、どこでもこんなものなのかもしれない)

 

 

 ようやくのことでソファーに腰かける七草とそこまで離れないが、あまり男女として親密と取られても面倒だ。

 

 そんな絶妙の距離感でいたかった克人の気持ちを崩すように、真由美は若干近かった。

 

 

「さて何を聞きたいんだ真由美。もしかしたらば、昔の魔法師。僕がティーンの頃の話かな?

 あまりお父さんも、自分のティーンエイジャー時代の頃のことなんて話したくないんだよ。特に男はデリケートなんだ」

 

「自分もそうなりますかね?」

 

「君の十代の頃のことを知らぬ女性と付き合えば尚更にね―――真っ赤になって怒りだす」

 

「兄の亡母、そして私の母も、その一人だったのですか?」

 

 鋭い質問。場の支配を許さぬ真由美の嘴が、男二人の会話をぶった切った。

 

「先日、九島老師が一高のテントにやってきて、お父様と四葉の『昔の関係』を知りました。

 正直に答えてください。あなたにとって『真っ赤になって怒りだす』掘り返されたくない過去なんですか?」

 

 父に向けて言う言葉ではない。そして尊敬の念一つない言葉。もはや大体の確信は持っているのだろう真由美の真っ直ぐとした眼が、弘一に残された隻眼を射抜く。

 

 射抜かれて、そして観念する。だが―――その前に克人に一瞥を上げて、弘一は託した。

 

 自分とて浮かれていたのかもしれない。呆れるほどに、けれど……自分の気持ちを隠すことは出来なかった。

 

 

「僕と―――四葉の双子……特に妹である四葉真夜との関係は―――――」

 

 懺悔を告白するには、まさしく頃合いの月明りが差し込んでいた……。

 

 

 そんな夜に――――。御殿場市内を抜けるキャビネット車内にて……。

 

「セツナ、あーーんして? おいしい?」

「君からの愛が増して俺の作った獅子頭(シーズートウ)の味が5割いや10割り増しかな?」

「ちょっ、こんな狭い車中で! というか一応、学内カウンセラーの私の前で公序良俗に反する真似をするな――!!」

 

 バックミラーで見える景色。

 勤めている学校の有名カップルがミートボールを入れたサンドイッチを食べ合う様子に、色々とモノ申したかったが、助手席に座るもう一人の同乗者が疑念を呈してきた。

 

「一人寝が寂しいんですか? ハルカ」

 

「やかましいわアメリカ人! これが分乗した理由か!? オ・ノーレ!! 司波達也!! 藤林響子!! この三人の世話役なんて押し付けて!! 許すまじ!!」

 

 軽自動車型のキャビネット。オートドライブで進んでいくはずの車の勢い……エンジン音が盛大さを増していき、目的地まで走っていくのだった。

 

 そんな様子を後ろから見ていた達也と響子は、車中の様子も『監視』していたりして、何かアレであった。

 

 

「……一高でリーナはいつもあんな感じ?」

 

「あんな感じです。まごうこと無き一高のバカップルです」

 

 などともう一組のバカップルの片割れは、同じようなサンドイッチ(深雪仕上げ)を食いながら、刹那が何を見せてくれるのか、若干楽しみにしておくのだった……。

 

 

 ―――運命の時は始まりつつあった。

 



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第98話『九校戦――夜の死闘』

「同士諸君。本日昼、改造兵士コシチェイが全滅した。だが予定に変更は無い。全て想定どおりだ。

 現刻より状況を開始する。

 …勇敢なる同志諸君。

 ニホンの国防軍に捕えられただろうマカロフ上等兵、イワノフ伍長はかけがえのない戦友だった。

 鎮魂の灯明は我々こそが灯すもの。

 無き戦友の魂で、我らの銃は復讐の女神となる!『カラシニクフ』の裁きの下、5.45ミリ弾で奴らの顎を食いちぎれ!!」

 

 

 静岡市の郊外。もはや誰もが寝静まった夜中に、そんなドスを利かせた言葉で唱和をするロシア人たちの姿を誰もが視れば―――いきすぎたサバゲーマニアの定例集会と思うだろう。

 

 だが実情は違う。彼らの後ろにはいくつもの『モンスタートラック』が駐車している。もはやオートでの交通管制すらあり得る時代に、北米大陸を縦断することも可能なモンスタートラックの整列。

 

 その中には様々な魔法師を捕え、魔法師を害する生体兵器が乗せられる―――だからこそ、ここまでの準備を施せば本国に吉報を齎せるはずだと言う目論見があったのだが……。

 

 

「投影、重()―――全投影連弾創射(ソードバレルマキシストライク)!!」

 

 

 機関銃や歩兵小銃を上に上げて意気を上げていたイワン(ロシア人)たちを黙らせるかのように、それが合図だったかのように『流星』が降り注ぎ、モンスタートラックの全てを爆破していた。

 

 

「―――は?」

 

 盛大な爆炎に包まれる車体の全て、何かのコントショーのような光景にイワンたちは茫然とした。茫然として――――唯一生き残っていた演説者の真後ろにあるトラックの屋根に誰かが落ちてきた時は、何の冗談だと思えた。

 

 

ドーブルイ ヴェーチェル(今晩は)タヴァリーシ(同志諸君)?」

 

 流暢ではないが英語訛りのロシア語で言ってくる男が、そこにいた。その姿を見間違えるわけがない。見紛うことはない姿。

 

 新ソ連の魔法師部隊全ての死神。『浅黒い肌』と『白髪』―――赤い外套に万遍無きルーンを纏いし『人間』……とは信じたくない男だった。

 それぐらい恐怖を覚える存在なのだから……。

 

「月が綺麗な夜に推参させてもらった。貴様らに残されているのは時間のみ。念仏でも経文でも神を呪う言葉でも構わん―――即ち『白旗』を上げる時間はあるということだ」

 

 盛大な爆炎をバックに見得切りをする男の言葉に、誰もが固まっていたが―――隊長格の男が銃を向けて―――。

 

「セイエイ・T・ムーン!!!」

 

 男の正体を解き明かすと同時に、全員が発砲する構えを取るのだが―――。

 

「警告は無駄だな。貴様らの神をも敬わぬ涜神ゆえの『神秘』―――『封印』させてもらう!!」

 

 発砲するも言葉と同時に飛びあがって躱したセイエイに対して、誰もが照準を合わせようとしても無理だった。その前に天空から光弾が降り注ぐ。

 

 上空で待機させていた『剣弾』の一斉掃射である。振り仰いだ時には、驟雨の如く降り注ぐ剣だけである。

 

 悲鳴が上がる。断末魔の絶叫が、神を呪う言葉が、オーケストラとして郊外に響き渡る。何とか血にまみれながらも生き残ったオヴィンニクの隊長が、回線と思念波を通じて通信をする。

 

 

「くそっ!! 何故ヤンキーの走狗がこんな所に!! 俺だッ!! 全戦力を解き放て!! ここで全てが終わるぞ!!!」

 

 セイエイが発破したトラックに詰め込んでいたのは、アンティナイトを用いたキャストジャミング兵装とコシチェイが30体だ。

 痛手ではあるが、それでも本命たるものが残されている。進発するはずだった位置から移動させる。この郊外は、完全な無人だ。御殿場市に向かうはずだった位置から移動してきた荷車(トラック)が来るまで、持ちこたえられるかどうか―――。

 

 生き残った隊員たちが組織戦で対抗しようにも、セイエイの代名詞とも言える赤槍、黄槍の乱舞が、組織戦を無為に帰していく。

 

 

(来るまで持ちこたえられるのか!?)

 

 またもや隊員の一人の障壁が食い破られた。

 ディフェンスに定評のある同志カザコフの心臓を一突きして、絶命した遺体を、そのまま嵐を起こすように振り回すセイエイの人外魔境っぷりに恐慌を覚えてしまう。

 

 それでも時間を稼がなければ、ここで自分達オヴィンニクは全滅するのだった……。

 

 

 † † †

 

 

 そんな様子をCADの測距装置を通して見ていた達也は、これが刹那の本来のプレデトリーなスタイルなのかと思う。

 

 硬さではレオに勝り、速さではエリカに先んじて、出力では深雪を凌駕し、術式の『情報濃度』では幹比古を圧倒し、眼の良さは美月を上回る……。

 心中で上げた人間の大半は、達也が『これぞ』と思うユニークスキル持ちの人間たちの特徴である。

 

 それらの魔法師達を容易く上回るほどに、刹那は集められた魔法師連中を意に介さず殺劇を披露していた。

 

「いやぁ初対面時のことを思い出しますね。あの時、スターズ隊員―――全隊員ではありませんでしたが、結構なところを集めたのに、刹那君は、あんな感じで一蹴してきたんですから」

 

「けれど本調子じゃないですよシルヴィ。やっぱり連日の激戦の所為か、少し動きが『鈍い』です」

 

 

 ……あれで? と口に出さずとも観戦してきた日本人達全員が、アメリカ人の言葉に色々とモノ申したい。

 

 とはいえ、このままいけば、ここで物見遊山となるかと思う。それはそれで良かったが、何とも凄まじい戦いを前にして、身体が疼く思いも達也にはあった。

 真田と柳も屈伸運動をしている辺り、気持ちは一緒のようだった。

 

 そんな男とは違ってオペレーターとして『情報収集』していた藤林が口を開く。

 

「環状線―――国道から8台ほどのトラックが、刹那君の戦っている場所付近に向けて走ってきているわ」

「自分が処理しま―――」

「待て達也。確かにお前の『魔法』ならば『抹消』は可能だろうが……もう少しだけ遠坂刹那の手並みを拝見していてもいいだろう」

 

 柳からの制止。向けたCADの照準が途中で止められた。確かに刹那からは、『しばらくは見ていろ』とも言われた。

 それは彼なりの義理立てなのだろうが、ここで何もせずにあのトラックを向かわせていいのか―――そういう判断だった。

 

 何より……自分の『心』が刹那を助けたいと思えたのだから。

 しかし、その柳の判断は正解だった。仮に達也が『トライデント』や『雲散霧消』でトラックを消し飛ばしたならば、制御不能の『怪物』が市内を蹂躙していた可能性もあったのだから……。

 

 刹那の戦場を俯瞰しながら……あれほどの技術を習得した理由を何となく察した……刹那にとっての『敵』とは、マナカ・サジョウなどのような存在ばかりだったのだと気付く。

 

(仮に無機物の大質量や、有機物の人間大のものであれば、俺の能力は最大限活かせるが……)

 

 荒々しく戦場に飛び込んできたトラック。イワンの兵士の死体や生きていた人間も吹き飛ばして、刹那を轢き殺すことも意図したそれは無駄に終わり―――。

 

 何tもの積載を可能とするはずのトラックの荷台が側面から開かれていく。そこにいたのは、改造兵士と―――巨大な白い鬼であった……。

 

 

 † † †

 

 

 ここが郊外の、それも人がシャットアウトされた場所で良かった。そう思えるぐらいには、ここから先は人外魔境の戦いだ。

 

「随分とまぁ大人げないものを出してきたな。少なくとも学生連中に差し向けるものじゃないだろうよ」

「何とでも言え! 貴様相手にこれでも足りんのだからな!! くそっ! 本国の連中め! ベゾブラゾフでも寄越せと言うものだ!!!」

「それならば、『あの時』と同じくヤツの顔面半分を切り裂くだけだ」

 

 言葉と同時にアゾット剣をわざわざ見せつけると、イワンの連中が恐れている。折角出した白鬼(びゃっき)も萎縮してしまうほどには、サイオンの濃度が違う。

 白鬼―――巨躯に筋骨隆々の牛のような面構え。更におまけと言わんばかりに赤い短角を配したものは、刹那の知識通りならば『トルバラン』であろう。

 

 スラブ地方の伝承の一つ。子供連れ去りの妖魔の名前を冠した生体兵器は、明らかにキメラの技術を応用している。

 

 この世界に来ての主敵。所属したのがUSNAの組織だからだったが、新ソ連の生体改造技術は、さんざっぱら見てきた。

 

 彼らは第一次冷戦時代から、そういった他の動植物に対する倫理観を持たぬ存在だった―――ガガーリンの前にクドリャフカがロケットに乗っていたのだから。

 

 そして現在に至っては……流石の西側諸国ですら魔法師に対する遺伝子工学的な人倫を気にしていると言うのに、こいつらは止まらない。

 

「かつて地球規模の寒冷化によって、現在のロシア領土は真っ先に滅びるものだと想い、様々な遺伝子改造の末に人間を人間以上の存在にしようという試みがあった……その果ての狂気の沙汰で貴様を殺す!!」

 

 資料を読む限りでは、狼系の魔獣との混合で『ヤガー』なる『人狼』じみたものを生み出そうとしていたそうだが、その資料や研究成果は欧州と東欧の境に渡ったりなんだりというのを思い出したが、この場では何も関係のないことだ。

 

 遂に動き出す白鬼が―――19体。その他にもコシチェイの強化なのか、全身に銃火器……に見えるCADを装備したものもいる。無論、実弾兵装もあるのだろうが……。

 

 

(俺に勝てるものかよ)

 

投影、現創(トレース・オン)―――全投影幻創待機(マキシマム・リロード)

 

 内心での嘲笑いの後に呪文の詠唱。無論、その間にも巨躯を活かして挑みかかってくるトルバランとコシチェイの群れ。

 

 まさしく怪物の進撃である。古代のブリテンもこんな感じでピクト人やゲルマン人なんかがいたのかも……。という内心を終えて―――幻想をこの世界に顕現させる。

 

投影・現像(トレース・オフ)

 

 言葉で、刹那が『作り上げていた』幻創の武器が、現実を侵食して出現。更に刹那の背後に翼のように展開。

 剣翼を纏う騎士。

 その羽根に見立てた数、100では足らぬほどの武器であり、幻想の濃度。

 

 近場で見える者はいなかったが、遠目で見えていた達也は、その武器の持つ膨大なサイオンの量とエイドスの密度に眼を痛めて頭を抑えた。

 精霊の眼という異能で、世界の構成情報にアクセス出来る達也だからこそ分かる―――あれは『分解』できない類なのだと気付いて『ぞっ』とする。

 

 恐怖を覚える。という『感覚』自体、達也にとっては久しいものだった。これが深雪に向けられたならば―――。という空想を逞しくしていた時には刹那は空想を現実に変えていた。

 

 巨漢の白鬼が、その巨大さを活かして戦いを挑む。正道すぎるぐらいに実に単純明快な暴力の顕現。腕力と筋力の限りでの腕の振り回しに対して、刹那は剣翼の中から一本の宝剣を選び、握りしめると一閃。

 

 単純な一閃。力も技も無い。ただ無造作な一閃で巨漢の腕が宙を舞う。そこからは早業―――重さと早さを備えた連斬が、白鬼に何もさせずに終わらせた。

 

 

「千葉家の剣術流派でもそうは無い動きだな。鹿島新当流など古流の剣客ならばあり得るかもしれないが」

 

 そういう理屈だろうかと思う程に、刹那は新ソ連の特殊部隊オヴィンニク秘蔵の白鬼。スラブ地方の伝承の『鬼』たるトルバランを次から次へと倒していく。

 無論、トルバランも巨腕を活かして、時に恐ろしいことに首を伸ばして頭突きを放とうとするも、全てが刹那には通されないのだ。

 

 まるで一種の『定義破綻』だ。

 

「剣自体が一種の攻防一体のフィールドを作り上げているのか……」

 

「そういうことよ。現代魔法の術式の重複による魔法式の消滅とは違い、セツナの魔術に『消滅』は無い。魔術の『上』(ひょうめん)に魔術を『重ね掛け』するという特性すら持つことが、この結果を生み出すのよ」

 

 リーナの自慢げに言う通り、刹那の剣翼は刹那の一挙手一投足に従い、その上で思念か何かで操作しているのか、盛大な勢いで飛んでいき、トルバランの分厚い肉を砕いていく。

 

 対してコシチェイの火力特化型とでも言うべきものは、全身の『肉』に直付けした銃火器を吐き出してくる。

 狙われた刹那だが慌てず騒がず、剣、槍、斧、棍棒で『壁』を作って封殺。

 

 風車など目では無い回転する武器で封じられた後には、それらの武器が反撃と言わんばかりにコシチェイたちに向けて飛んでいき、その肉体を散らしていく。

 

 十文字会頭のファランクスなどとは違って、汎用性と応用が効き―――殺傷性も段違いだろう。

 

 会頭の防御陣とかち合えば、武器が放つ魔力量と『情報濃度』で、相殺すら儘なるまい。そして達也が戦うとなれば、その『城砦』のような圧力の『壁』をどうやってこじ開けるかである。

 

「音波攻撃と共に突進か―――無粋な。だがいい手だ。しかし―――。褒美をくれてやる!! スラブの幻想を纏うモノよ!!

 一夜一時の幻と言えども、此処に我は楔を穿つ! 伝説よ蘇れ、我が剣に彼らの力を! 偽典構成・武勇を示せ、遍く世を巡る十二の宝具(ジュワユーズ・オルドル)」!

 

 

 達也が、ようやくのことでそんな納得をしていた時に、その城砦……剣などの切っ先、槍の穂先、戦斧(せんぷ)の三日月刃から幾重にも色彩豊かなレーザーが放たれる。

 多くの武器を横に広げて放つことで圧倒する蹂躙戦術。

 

 織田・徳川連合軍の三段撃ちも同然に、遠吠え―――超音波と突進で刹那を害そうとするトルバランの突進を受け止めた。

 受け止めると言うよりも、完全に圧殺したと言える。言い方は変だが、中世の戦いをしたトルバランを『近代の戦い』で封じたようなものだ。

 

 はっきり言おう……もう何でもありだな。アイツは―――。仮にこのジョーカーが切られた瞬間、敵対者にとっては『詰み』(チェックメイト)なのだ。

 

 呆れるように、その『魔剣城砦』(ツィタデレ)の攻略を諦めた。可能なのは、このジョーカーが切られる前に刹那を封じることだろう。

 

「まぁセツナ曰く『これを余程の時でもない限り使うのは大人げない』とか言っていたから、『命』を狙わない限りは、あれらの宝剣がアナタを狙うことは無いわよタツヤ?」

「肝に深く銘じておくよ」

 

 見抜いているリーナに苦笑の嘆息してから、状況を再度確認。

 

 既に壊滅状態の新ソ連の特殊部隊。そんな中―――。作戦通りのことが行われた。

 

「合図だね」

 

「確保するぞ」

 

 

 噴煙、粉塵、硝煙の限りで視界不良の中で刹那から魔力の合図が空中に飛び、真田・柳が先行して滑降するかのように『跳んでいく』。

 

 飛行術式ではなく、移動魔法の限りで飛んでいった二人に追随するように、他も飛んだり跳ねたり……とは言わずとも軽快に移動していき、刹那の魔力拘束帯で縛られていた連中を確保していく。

 

 簡単にだが調べると、秘匿情報でありながらも表示されたものを信じれば、かなりの高級将校を捕えていたことが分かる。

 官階的なもので言えば中佐程度なのだが……。

 

 

「敵性は殆どが駆逐されたようだが―――、どうする?」

 

『………『大物』がまだ残っている。別働隊は九大竜王の連中が何とかしてくれるそうだがな』

 

 煙の向こうから刹那の声が聞こえたが、大物という言葉で―――確かに一台だけ厳重に物理的かつ魔力的にシールドされたトラックがあることに気付く。

 

 周囲に刹那の飛ばした剣が散らばっていることから察して、何とかしようとして弾かれたということなのだろう。

 何かの呪文で周囲の煙が散りはてて、周囲を詳細に見ると、まるで絨毯爆撃でもくらったかのようになっているアスファルトの路面に、横にあったことで燃え盛る木々。

 

 人家が無い分、まだいいのだが……あれば見るも無残な惨状が広がっていただろう。

 

 

 ……数多の武器を墓標にして、中世の古戦場を思わせるものから―――死体が消え去る。

 

 達也の分解では無い。空気に混じる―――殺意。そして盛大な魔力の波動。既に新ソ連の特殊部隊―――正常に生きている人間など一握り。

 

 そんな中に―――。桃色髪の女が、いつの間にかトラックの上にいた。その女―――そこから眼だけで達也を掴みとらんとする何かを感じる。この感覚―――間違いない。

 

「出やがったな。化け物女……!」

 

 刹那は、忌々しげな声と共に弓を出して剣を番える。達也も魔法を掛けるべく、特化型CADを向ける。

 秒で放てるはずのそれに対して、コヤンスカヤは一切構わなかった。

 

「掛けまくも畏き 伊邪那岐大神 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に 禊ぎ祓へ給ひし時に 生り坐せる祓戸の大神等 諸々の禍事・罪・穢 有らむをば 祓へ給ひ清め給へと 白すことを聞こし召せと 恐み恐みも白す―――封呪解放」

 

 一切構わずに祝詞を唱えると、サイオンの鎖と言うべきものが外れてトラックが解放状態となる――――。揺れ動くトラック。

 

 中には何かがいるに決まっている。そして達也の眼は、それを詳細に見届けた。

 

「百腕の巨人?」

 

「へカトンケイル!!」

 

 達也の疑問の言葉に返すと同時に、刹那の『射』。距離としては30m程度を走る剣弾。

 

 恐らくコヤンスカヤかトラックの化け物か―――判断が付かなかったのだろうが、今となってはどうでもいい。トラックをひしゃげながら、窮屈な場所から勢いよく出てきたトルバラン7m級よりも若干デカい、10m級の化け物の登場。

 

 己が収められていたトラックの爆砕をバックコーラスにして遠吠えを上げる『へカトンケイル』の登場で、第二ステージの開幕となるのだった……。

 

 

 



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第99話『九校戦――夜の決着』

リップはいれどもメルトリリスはいない。引くか引かざるか―――まぁ気長にしよう。

だってキアラも既にいるわけだし(堕落)


 全てを聞き終えて、何を言えば分からない真由美だったが――――。それでも父は、こんな人でも『父親』なのだと思っていた人が、後悔するようにして、口を開いた。

 

「今日はもう寝なさい―――克人君。後は頼めるかな?」

 

「はい。七草、そろそろ戻るぞ」

 

「――――お休みなさいませ。『お父様』―――」

 

「ああ、お休み……真由美」

 

 

 当たり障りの無い返事の応酬。眼帯を外して義眼を少しだけ調整している父。その理由を今、本当の意味で真由美は知った。

 

 だが、それは七草弘一という『男性』の事情であって、真由美の『父親』として欲していたものではなかった……。

 

 どこからどうやって歩いたかも分からない。どうにかこうにかホテルの外に出るも、キャビネットを使って宿泊先に戻る気にはなれなかった。

 

 

「少し歩いていいかしら?」

 

「ああ、構わない」

 

 こういう時に慰めの言葉も出てこない克人の実直さが少しだけ嬉しい。夏場にも関わらず夜風は涼しい。

 

 日本一番の霊峰から吹いてくる風が、日本特有の湿気ある夏を無くしていた。だが―――、心に整理が付かない。心が弛緩している。

 

 後悔だけだ。家に帰ってから、それからでも遅くなかったはずだ。けれど聞こえてきた噂が少しだけ真由美を焦らせた。焦らせて―――こんな自分になってしまった。

 

 

「十文字君は……話を聞いて、どう思った?」

「……不幸な擦れ違いだよ。ただ、お互いに拙速だったんだろうな。四葉の施術も、七草の婚約解消も」

「……それでも、その擦れ違いが無ければ、私も兄さんたちも、妹もいなかった……」

「―――弘一師父のあの気概ならば、『子供が出来なくても一緒になろう』とか言っていただろうからな」

 

 克人の言う通りだ。そう言う前に四葉が、そして七草の先代が『ならない』と言ってきた。

 

「恨んでいるのか?」

 

「……誰を恨めばいいのか分からないのよ。私は……家族が離れないように苦心してきた。そのつもりだった……腹違いの兄さんたちも、妹も、そして―――別居しているお母さんも含めていつか家族が―――戻ってこれるように、がんばってきたつもりなのになぁ」

 

 だが、事の起こりから間違っていた。

 誰よりも、その『家族』を欲していないのが、『父親』だったのだ。父は親としての責任を放棄するとまではいかずとも……違った人を見ていた。

 

「最初は、家族を崩壊させた『あの人』を恨んだわ。けれど、『女』としてあの人に起こった不幸な出来事を否定できなくて、そしてそんな人をいつまでも見ていたお父さんの気持ちが……痛いほど分かるもの」

 

 そしてそんな父の行動の中に、権謀術数が含まれていても、自分を想っていてくれたことの一つに否定も出来なくなっていた。

 

「俺はそこまで……『真由美』を守り切れるような男に見えたんだろうかな?」

 

「……そこは、努力次第なんじゃないかしら―――ただ、色々とぐるぐる回っているわ。どちらの立場に立っても情に流され、智に働いたらば角が立っちゃうもの」

 

 夜空を見上げながら、少しだけ明るさを持っている市内の風景の中を歩いていく二人の男女。そうしていた時、唐突に―――立ち止まった七草真由美が、数歩……後ろを歩いていた克人を向いて―――。

 

 俯いたまま十文字に走り、その胸の中に飛び込んだ。スピード・シューティングの時とは違い―――受け止めることが出来たのもそうだが、私服のシャツが濡れていくのを感じる。

 

 泣いているということを感じ取り、抱きしめ返すことをせず、ただ胸を貸すだけに留める。

 

 

「許せない……なんで、なんで! なんで!! 私のお父さんの心にいつまでも居続けるのよ!! 『あの女』が、お父さんをちゃんと振っていれば! こんなにまで未練を残さずに済んだのに!! 今さら出てきて―――何で情動を思い出すのよ!?」

 

 慟哭ゆえの言葉。理屈では納得していても、最後には決壊する真由美の心。先程までの言葉は克人に同調していただけ―――『男』としての立場を表明した克人に対して、真由美は『女』として、『娘』として慟哭している。

 

「―――すまない」

 

「謝らないでよぉ! こ、こんなの間違っていることぐらい分かっているもの!! けれど心が納得出来ないのよ!! あの『魔女』が、全ての原因だとしても、あの人にだけ責任を負わせられないことぐらい分かっているもの」

 

「それでも、俺は―――お前の、真由美の立場を無視した発言をしてしまった。一番近くで見ていたはずなのに、こんな時に違えた発言をしてしまう。そんな俺が想う謝罪だ」

 

 

 第一高校全ての『親分』として立ってきた克人だが、全校生徒全てよりも、今は……この同輩を、七草真由美を『見てやれなかったこと』を悔やんでいた。

 

 柔らかな髪をそっと撫でる。この程度が自分に出来ることだ。遠坂や司波ならば、もう少しやり方はあるのかもしれないが、それでもその慣れない武骨な慰撫を拒否するでもなく、声を上げて泣く真由美に続けていくのだった……。

 

 

 ―――そんな様子。場所としては市内の中であり、多くの魔法科高校の生徒達が夜遊びというほどではないが、ちょっとした羽目外しの買い食いなどをしていることもある場所であり……。

 

 第一高校一年女子。賑やかしの気がある明智英美……エイミィを筆頭に、里美、桜小路、滝川、春日の五名は、そんな場面を向かいの道路から目撃しており、多くの車が行きかう中でも、その二人の姿はまごうことなく見えていた。

 

 無論、もはや探偵というよりもパパラッチ根性のエイミィのシャッタースピードは煌めき、スピード・シューティングでもこれを活かせよ。と思いたくなるものが披露される。

 

 そんな下世話なフライデーも同然の写真は、女優『小和村 真紀』が『14歳の少年』と密会していたという写真以上に、第一高校を『少しだけ』騒がすのであった。

 

 

 † † †

 

 

 自分がやってきて数年間程度ではあるが、この世界に『幻想種』らしきものは存在していない。かつては存在していたのかもしれないが、都合半世紀近くも繰り広げられた世界大戦によって、彼らは本当に世界の裏側に移行してしまったかもしれない。

 

 しかし、『宇宙人』(アンチセル)がいた痕跡もあったし、神代文明の中に、それらがあったのも理解している。

 

 だが……。

 

 

「巨人種……か」

 

 百腕の巨人―――へカトンケイルと言うには若干違う。しかし達也が勘違いしたのも仕方ない。

 

 この世界における『幻想種』作りというのは、全てが『キメラ』から始まる。そして幻想種……竜、神牛、天馬などがいなく、既存の『獣』ですら相次ぐ気象変動で死んだ今……一番霊性を保っているものは―――。

 

「―――『ヒト』を百人利用して作り上げたか……」

 

 人体改造とか、そういった領域では無い。完全にキョンシーも同然だ。多くの人間の腑と筋肉を『選び抜いて』作り上げたものが、目の前のこれだ。

 腕六本。大木も同然のそれは、百人以上もの筋と骨格を選びぬいて厳選した『逸品』なのだろう……たいしたものだが、あまり見習いたくない下劣かつ低能なものだ。

 

「この世界。『異聞史』も同然になってしまった世界ですけど、こういったものは中々に優れている。ヒトの遺伝情報を弄り、猿や兎の遺伝子を組み込んだものもあったのですから、利用させてもらいましたわ」

 

「下劣な―――こんなものキメラでも何でもない。ただの『怪物創造』(フリークス)じゃないか」

 

「ごもっとも♪ とはいえ、そんなものでもアナタへの足止めにはなりますけどね」

 

 それは事実であり―――言葉の応酬を終えると同時に飛び出してきたへカトンケイルの圧力は、その巨体も相まって豪風ごと叩き付けてくる。

 普通の人間ではあり得ないリーチと攻撃角度の変化性。しかし、それを読んで剣弾を叩き込む。分厚い肉を貫く威力のそれが颶風ごと肉を貫くも―――即座の回復。

 

 確かに、作り上げていたのはどれもあまりランクが高い武器ではないが、それにしても少しばかりへこむ。

 

 貫かれた穴を埋めていく新たな肉。それを見た達也が、分解魔法を仕掛ける様子。その様子を見た独立魔装が止む無しと見たが―――発動した魔法が消え去る。

 使われたのが軍機の一つで最高位の分解魔法であることを知っていてか、独立魔装の面子が驚く様子。

 

「―――」

 

「アナタの『眼』を用いる『魔法』。世界の構成情報を読み取り、その上でそれらを『違うモノ』に変えてしまうものなのでしょうが、生憎、そこの巨人種は、凡そ100、いや200以上もの男女。老いも若きも問わぬものたちを利用した『生ける巨人』なので……見ていたものが違うモノに変わったんじゃないですか?」

 

 心底に厭らしい笑みを浮かべるコヤンスカヤ。己からはみ出た尾を椅子か何かのようにして座り、浮いている姿に一発ぶん殴りたい気分。

 

「達也―――!! どうなんだ!?」

 

「俺が見ていたへカトンケイルの情報。推定20歳前後の男性の身体が主だったものが、即座に80歳代の老女のものに変わった!! 魔法式のターゲッティングミスとは違った意味での定義破綻だ!!」

 

 へカトンケイルの原始的な攻撃。されど、その拳圧だけでもダメージを負いかねないそれを躱しながらの会話。つまりはあの巨体の全ての『情報』を読み取った上で分解を仕掛けた達也だが―――。

 どんな冗談なのか、読み取った情報が全て『違うモノ』に変わった。臓腑骨格、全てが達也の眼で見抜いたものとは180度違うモノに変わっていたのだ。

 

 その瞬間、達也が魔法を仕掛ける寸前まで、仮にヘカトンケイルAだったものがヘカトンケイルBに変わったのだ。これでは魔法は奇跡たりえない。

 

「しかも、あの狐女―――俺の眼と魔法の詳細を知っているだと……」

 

 言いながらもヘカトンケイルの攻撃。暴嵐のような攻撃は絶え間なくアスファルトや木々を、砂利か紙切れのように吹き飛ばしていく。

 

 反撃の手を撃とうとするも、やはり優先的に刹那を狙って攻撃してくるので刹那も難儀している様子。それを見たリーナが飛び出す。

 

 ずびしっ! とでも擬音が付きそうな指の突きつけをしながら言葉を放つ。

 

「おのれ! 筋肉だらけのマッスルモンスターめ!! アタシの旦那に何してくれてるのよ!!!」

 

 飛びあがり、恐らく八王子クライシスの時と同じくワルキューレの霊基を宿しているのだろう。ヘカトンケイルの頭上から雷の槍を次から次へと叩き込む。

 

 単純ながらも、これが一番の手かもしれない。爆撃機の着弾のように次から次へと叩き込まれる雷の槍の次に、更に上昇してからの爆撃行動。

 偽・大神宣言を持ち、投槍のように構えるリーナ。

 

 地上への神罰のように暗雲を吹き散らして、一本の槍―――かつて存在していた衛星兵器『神の杖』の如き一撃がヘカトンケイルに着弾したのはいいのだが―――。

 

 その圧力は本当に衛星兵器も同然に我々をも巻き込む。

 

「ちょっと刹那君! リーナはUSNA軍でも、こんな感じなのぉおおお!!!???」

 

「こんな感じで―――す!!!」

 

 

 着弾の後の爆風に耐えながらも親族の様子を知りたい響子に、爆風に負けない声で返す刹那。

 

 若干シュールながらも、やりすぎじゃなかろうかと思う爆風のバックドラフトに耐えてから、これならば―――。

 

 ―――と思ったのも束の間。地下深くまで掘られた穴から這い上がる様子を達也と刹那は確認。火山の噴火口のような様を見せるそこから―――熱が奪われて溶けた大地では無い確かな踏み場が出来上がる。

 

 コヤンスカヤの仕業だ。そして―――ホラーすぎる光景だが、人体模型のように表皮をはぎ取られたような姿の巨人が、六つ手の内の二つを失いながらも肉体を再生させる様子に頭を痛める。

 

 

「まさか……こんな容赦のない手段に出てくるとは、ね―――尻尾が思わず逆立っちゃうぐらいには、ビックリでした」

 

 顔を引き攣らせるコヤンスカヤに、『ざまぁみさらせ』と思う。

 

「俺のハニーは、やると決めたらとことんやる女だ。英国式の狩りでお前の毛皮を使ったコートを編んでやるぞ!」

 

「マフラーがいいわ! 一緒に銭湯行きましょう!! ちゃんとワタシの絵を描いてね?」

 

 神〇川かよ。というツッコミが入る前に、引き攣っていたコヤンスカヤの左右から襲い掛かる真田と柳。

 柳が体で挑みかかり、真田が細かな攻撃術で牽制。動きを封じていくも、流石は日本に有名な化生の一つ『九尾の狐』か―――。

 

 黒い鉄扇を出してきて柳の体をいなして、『衝撃波』で攻撃術を吹き飛ばす。エイドス改変を受け付けないコヤンスカヤに対する対策だったが、桁違いのようだ。

 普通、どうあれ魔法を『物理的』な『運動エネルギー』だけでいなすことなど不可能な芸当なのだから。しかも虚空を踏みしめながらである。

 

 達也が驚愕している間にも、巨人はどろどろの身体でも挑みかかる様子。時間を掛けていては再生される。そしてコヤンスカヤは、『遊んでいる』うちに何とかしなければいけない。

 

『本気』で掛かられる前に―――。地上から魔弾を放つシルヴィアと被雷針を撃ち込む響子が抑えている間に倒す。

 

 

「トレース、お―――」

 

 ―――胎蔵界・理拳印―――。

 

 そんな言葉が聞こえた時には、『げっ』と思ってしまうことが一つ。右側の刻印が封印された。

 解呪することは可能ではあろうが、そうして解除した後には、再びの封印式。

 

 四人を相手取りながら、そんなことが出来る狐の手際。刹那にある最強の『魔術系統』が封じられた―――出ている剣は操れるが、再びの創造は不可能。

 

 となれば―――慌てず騒がず―――次なる一手を出すのが魔術師『遠坂刹那』の強みである。

 

『物言わぬカレイドステッキ』。それを用いての―――インクルードではなく『インストール』。望む英霊を出すには若干不安だが―――やるしかない。

 

 

「その並行世界の杖。それも封じさせてもら――――」

 

『いやいや。それはちょっとチートすぎやしないかな千和(?)。まぁ私も二度も封印されては、惰眠を貪ろうにも外が気になり過ぎる』

 

「「「へ!?」」」

 

 この一年間、聞くことが無かった声が響く。その声が既知であったアメリカ人三人が、その懐かし過ぎる声に喜色を感じる。

 

『目覚めたらば死の線が見えている。そんな世界もあり得たかもしれない。おおっ! 髪を切りたい気分にもなる! アシカ先生(?)ハサミを―――って私に髪は無いんだな。これが』

 

 目覚めて早々にマシンガンも同然の魔法の杖の言葉の一つ一つに、何だか『あーこんな感じだなー』と思い出す。

 

 蟻編を終えた後の選挙編の藤原啓二(レオリオ)に懐かしさを覚える………そんな気分。

 

 

『しかし目覚めて一発目にこの事態とは、キミの日常は休まる時が無いな刹那。まぁいい。ここは万能の私が力を貸してあげよう!!』

 

『オニキス!!!』

 

『やー。今さらながら久しぶりだねぇ。宇宙とかそんな場所から起き上がって、目覚めたならば、そこは戦場だった。うん。再会を懐かしんでいる暇はないね。さくっとやってしまえ! 私が望んだ霊基を呼び出そう!!』

 

「なんか、英霊の魂を置換することは危険だとか、小言を言われていた気が……」

 

『それはそれ! これはこれだ!! ログを見たが―――まぁいい。とにかく不死の怪物を殺すに適したものは、キミなら既知だろう。呼び出すんだ刹那!!』

 

 羽を使ってそれを『横に置く仕草』の後に、これを反対側に置く仕草に苦笑してしまう。この喧しさに、若干救われる。

 色々言いたい事はあるのだが、今にも再生せんとするヘカトンケイルの始末を優先する。

 

「クラスカード『セイバー』、セット!! 竜殺しの大戦士王『シグルド』!!! インストール!!」

 

 その時、達也はパレードの進化系。『変身魔法』の秘儀をこの目で見た。

 刹那の目前に魔法陣―――複雑かつ達也の知識を総動員しても分からぬそれに突っ込んで、そこを通り抜けた刹那の姿は変わっていた。

 

 黒いボディアーマー。肩には四つのスパイクホイールが乗っかり、鋭さを演出。薄紫色のマントを纏っている。

 

 その手に持つ剣は『光で構成された刀身』を纏う大剣と、同じような小剣の二刀流―――その猛烈なサイオンの濃度以上に―――ひときわ目立つもの。それは―――。

 

((((メガネ!!!))))

 

 独立魔装の面子全員がそんな感想を述べてしまうぐらいには、アンバランスな意匠が乗っかってしまったが―――なぜか、それは『正しい』と思えるぐらいには似合っているのだった。

 

久しぶりね!!(Long time no see!!)オニキス!! 本当に―――会いたかったわ!!」

 

『やあリーナ。本当に久しぶりだね。シルヴィアもいるようだが、今は再会を喜んでいる場合じゃないかな? 叩きのめすぞ!!』

 

 光の剣こそが杖の変化した姿らしく、懐かしさから思いっきり話しかけるリーナ。

 彼女のインストールしている『英霊』もまた「ブリュンヒルデ」に変えたらしく、衣装が刹那の纏うものと『色味』が少し似通う。

 

 その姿に最大級の脅威を覚えたのか、咆哮を上げながら突進を仕掛ける様子。その時、達也は二人の振り返る姿を見て―――その突進に応じず、立ち止まり―――無言の言葉を聞いた。

 

 

『後の始末を頼む―――』

 

 

 その意味を違えない。刹那とリーナの仕掛ける様子。暴嵐の中に飛び込んだ二人。その攻撃は凡そ接近戦で対応できるものではないはずなのに、二人は飛び込み―――。

 

 握りしめた剣と槍を繚乱かつ豪快に振り回し―――ヘカトンケイルの身体を―――『十七分割』にした。

 

 

「これが、モノを殺すっていうことだ」

 

 

 ヘカトンケイルの遺骸十七を置き去りに後ろに抜け出た二人。そして、その身体が再生しようとしているのを見た達也は、既に『命』ではなく、それでも生きようとしている塊に―――『分解魔法』の極致の一つ、『トライデント』を叩き込む。

 

 切り刻まれた十七の遺骸が即座に消え去り―――二人がコヤンスカヤを狙っているという時に――――それに気づいたコヤンスカヤ―――『九尾の狐の分け身』が、逃げ出そうとした瞬間―――。

 

 盛大なまでの圧。どこからか飛んできた『矢』を受けて吹っ飛ぶ様子が見えた……。

 

 



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第100話『九校戦――祭りの終わり(前)』

ようやく終わりが見えてきたぁ。次話で終わるはずですが、拾い損ねた伏線とかどうだったろうなとか思いつつ、新話お届けします。


 

 御殿場市内に入ろうとしていた、ロマノフ王朝の遺産を駆使した新ソ連の魔法師達―――直接戦闘向きではないものの、搦め手が厄介な連中を封殺したイリヤ率いる九大竜王……神代秘術連盟の連中は、後処理にやってくるだろう日本の国防軍の前に『略奪』をしていた。

 

 インペリアルイースターエッグ。雷像の槍。マンモスの遺骸……極北の地で生けるままの化石から作られた象牙の剣などを掻っ攫った後は―――最後の仕上げとなった。

 

「リズ、そっちはどう?」

 

 水獣スイナを使って全員を打ち据えた水納見ユイの声が響き、苦笑しながら答える。

 

「もう終わるよ。アタシ達の手助け無しでアレだけの幻想のキメラを殺すとか少し気に入らないけど……ま、あのカノジョさんとの連携が上手だったということで―――やるわよアーチャー!」

「委細承知です。お嬢様(マスター)

 

 霊体化を解いてリズの横に出現する、アーチャーのサーヴァント……に『据えた』英霊『ヘラクレス』。

 かつて自分の生れの片方『アインツベルン』は最強の英雄をバーサーカーにして運用していた。

 

 その意図は明白であった。しかし、ゴーストライナー(境界記録帯)たる大英雄ヘラクレスの霊基は強大であり、大聖杯―――ユスティーツァ様の『奇跡』で、彼はこうしている。

 

 そんなヘラクレスが握る弓は、彼の巨大さに設えたもの。

 

 普通のモノではなく、アーチャー用に特注で作り上げたもの。弓の材質もオリハルコンやヒヒイロカネなどの合金の剛金で作り上げたもの。

 

 弓弦すら幻想種の体毛などを『なめして』、その上でアカガネで整えたもの―――それが力いっぱい引き絞られる。獲物を狙うヘラクレスの眼。

 

 それだけでリズの足場が崩れ去ろうとしているが、ヘラクレスの神域に達した弓術は過たず解き放たれた――――。

 

 音を置き去りにする弓―――音速の壁を越えて矢が飛んでいった証だ。ただ一つ弓弦の鳴り響く音の後に、遠く……20㎞以上も先の標的に着弾。

 

 遠くの方で轟音が鳴り響く―――落雷が近くに落ちたかのような音だが―――。

 

 

「仕留め切れなかったわね」

「はい。ですが力は相当に消耗させたはずです。追撃はどうしますか?」

「アレに自棄になられて、『尾っぽ』を『三本』も出されては困るわ―――後の事は刹那達に任せましょう。特にキリスは明日のモノリスもあるんだしね」

「俺としては、いずれは『俺たちの側』に立ってくれるはずの刹那君に手助けしたいんだがね」

 

 会話の内容は剣呑そのもの。しかし気楽な調子で言いながら、弟への手助けを終えて、イリヤ・リズは九大竜王を引き連れて御殿場まで去っていく。

 

 もはや九大竜王をどこも無視は出来ない。そして十師族の権勢もいずれは衰えるだろう……。

 

 その予感を胸に、既存権力とは違う山となった人間達は戦場から消え去るのだった……。

 

 

 † † †

 

 

「仮に『冠位』(グランド)クラスの『弓兵』がいるんだとしたらば、アレなのかな?」

 

「……放たれたのは矢だった。しかも八王子クライシスの時に放たれたものと同じ類―――つまりイリヤ・リズは、あの時からお前を見ていたのか……?」

 

「のようだな。さて―――『逃げた』とは思うが、一応確認しに行こう」

 

 もはや通常の魔法戦闘をしたとは言い切れない惨状。最後の矢に関しては恐ろしいほどの威力。

 

 山道のコンクリート舗装の擁壁を奥深くまでめり込ませた結果。もうもうと立ち込める煙の先にコヤンスカヤはいるはずなのだが、刹那は『逃げた』と断言した。

 

 達也はその宣言を信じても急いで向かおうとしたが、コヤンスカヤと体でやり合った柳の身体は相当に疲労している様子。

 

『狐が持つ概念毒の可能性もある。シルヴィア。これを用量に従って投与したまえ』

 

「はい。不安なのは分かりますが、大人しくしているように」

 

 カレイドステッキがどこからか出してきたアンプル。どうやら、栄養剤と解毒剤のミックスポーションのようである。

 一度だけ少し苦い顔をした餓狼のような柳連大尉だが、ともあれ自分の体の状態は分かっているのか、大人しく専門家の治療を受ける様子。

 

「我々は、コヤンスカヤの状況を確認しに行きます」

 

「頼むよ」

 

 どうやら大人組はとりあえず残るらしい。大変な戦闘の確認の他に、恐らく刹那の秘術。宝剣のサンプルを欲している様子だが―――。それらが、砕けて『砂粒』へと還っていく様子を見た達也。

 

 あちらの狐は容易く『尻尾』を見せるが、こちらの狐は、あまり証拠を残さないようだ。

 

 そうして移動系魔法ではなく、浮遊飛行や早駆けのルーン、忍術と……現代魔法を軽く無視したもので赴くと―――そこには、くり貫かれて焼き固められた竪穴……中には原始人ではなく、何かの置き土産かのようにエッグ()に挟まった便箋。

 

 可愛らしいが今は憎らし過ぎる……古めかしい便箋(デフォルメ狐イラスト)が挟まっていた。

 罠の反応が無い事から、即座に中身を検分。

 

『今日の所はワタシの負け。けれどワタシ諦めません!! もっと『ご主人様』の為に世界を焼き尽くすための方策を色んな方に授けて、そして『世界』が終わるように、これからも努力していきます!! 

 そして―――喜ぶがいい『少年』。君の『願い』はきっと叶う。

 そこ(滅んだ世界)で『ナギ』と『ナミ』のように、子づくりしまくるがいいのだ。キャットとの約束でフォックスとの宿命を忘れるなよ☆

 なんちゃって♪ 茶目っ気残しつつ、お節介焼き(トラブルメイカー)のタマモ・ザ・フォックスは愉快に去るのだった―――。更になんちゃって♪♪』

 

 最後まで……末尾にあるキツネのデフォルメキャラまで読んで、震える刹那とリーナ。横で見ていた達也は頭を抑えている様子。

 

「破り捨ててぇ……」

 

「タツヤ、分解したら?」

 

「そう言う訳にもいかない。一応の証拠品だからな。

 そしてお前が、こそこそオソマツブラザーズを使ってアンティナイトをガメている以上、これは貰っていくぞ」

 

 新ソ連の用意したトラックに乗せられていた物品の大半……その中でも対魔法師用の物品を使い魔であるガルゲンメンラインだかアルラウネだかを使って回収していたことを指摘すると、くっそ下手くそな口笛を吹く刹那の姿。

 そして共犯だったらしくリーナまでそんな動作であり、達也としては呆れるよりも先に苦笑してしまうのだった。

 

『バレッバレだな。あれは『宇宙人の砕片』だからね。あまり人の手に渡っているのもよろしくないんだよ。さて目覚めて一発目が狐との戦いとか―――まぁ、色々あった様子だしね。

 あまり彼是小言は言わないでおこう――――ただいま。二人とも』

 

『『お帰りなさい。オニキス』』

 

 起き上がれば何か涙でも流すのではないかと思えたのだが、そこまで劇的な再会ではなく、唐突ながらも感動とか悲嘆とか激情とか、そういうものを置き去りにして『いつも通り』になってしまった印象だ。

 

 だが、そういうものなのかもしれない。人生とは出会いと別れの連続。されど、『本当の別れ』などそうはない。本当は刹那も分かっていた。

 

 託されたものを絶対に繋いでいく。その意志があれば『再会』することはあるのだ。

 死んでしまった人を悼み、それでも自分にあるものは未来に繋いでいくものだから。

 

 

『後ろを振り向く暇はないな。そのことを理解したかな?』

 

「ああ、背中を押されたから―――俺はここにいる」

 

『喪失』の起源に囚われて動かずにいた自分はいない。あの時から違った自分を見てくれる魔法の杖の言葉に返したことで、再会の挨拶は終わった。

 

 終わったことで――――。

 

 

「その魔法の杖とやらはどうやって浮いたり飛んだり、ついでに言えばどこから音を出しているんだ。お前の記憶映像で見せられた時からの疑問が多すぎたが、こうして見ると更に理解不能だぞ」

 

『いやぁ。こんな面白い友人が刹那にも出来るとは、これだから人生(?)は面白い。まぁ私の事を知りたければ、何処かにいるクソジジイに問い質すべきだね。お姉さんとの約束だ』

 

「お前と深雪が使っていた杖は――――恐らく俺の親父が『世界の果て』から『やってきて』作り上げた杖だ。ヒトガタをマテリアル(素材)とした『生き杖』の御業……。

 いずれ話してやるよ達也。俺の『秘密』―――それが分かれば、オニキスに対する疑問もそれなりに氷解するはずさ」

 

 それはいつになるのやら。という呆れるような視線を向ける達也に苦笑してから見上げる月のカタチ。

 

 それは『まんまる』が、少し欠けているものの―――いい輝きだった。

 流れ着いた世界でも変わらぬ星の輝き。

 

 それを見る度に、色んな人と見た夜の景色を思い出してしまう―――その中に、この場面も記録されてしまうのだから、刹那の口を衝くは一つの言葉……。

 

 

 ―――ああ、気がつかなかった。こんやはこんなにも つきが、きれい――――――だ――――――。

 

 

 そうして夜の中で繰り広げられた一幕―――いずれ起こるだろう戦いの予感を匂わせながらも、その場での闘争は終了を告げた……。

 

 

 † † † †

 

 

 明けて九校戦最終日。近場での戦いだっただけに昼間まで寝ていなくても良かったのだが、リーナに捕まったことで、時間ぎりぎりまで部屋で『よろしく』やっていたことで、上役から大目玉を食らうかと思っていたが、一高陣営が少しギクシャクした様子。

 

 何かあったのかと思う程に、一高テント内が何か気まずい空気。

 

(もしかしてワタシタチが、部屋で『にゃんついていた』ことがバレタのかしら!?)

(それとっくに公然の秘密(Girl code)だよ)

(Oh! No……イッツアジーザス。けれど本当に何があったのかしらね?)

 

 

 とはいえ、気まずさの原因は自分達ではなく、どうやら会頭と会長にあるようだった。諸々のことを話し合うために近づく2人。そんな2人を時々見ては俯く服部副会長の様子が主原因か。

 モノリスの主力2人がこの調子でいることが、最大級の原因。ともあれ、戦いとなれば徹底するだろうということで……。

 

「会頭、今日は俺も団服を着て応援しますよ」

「ああ、頼んだぞ遠坂。司波もやるんだな?」

「ええ、昨日は深雪に専念させてもらいましたので、今日は似合うかどうかは別として応援団やらせていただきます」

 

 

 そうして男子一年の代表として言っておくことは忘れないでおく。その間に十文字会頭の様子を見ると―――どうやら最高潮である。

 何があったかは知らないが、服部副会長の不調があったとしてもお釣りが来るぐらいにはいい調子。これならば九高の霧栖とやり合っても大丈夫だろう。

 

 七草会長に話しかけるリーナと深雪を見てから、この長い祭―――半年とは行かずとも『五か月』はいたのではないかという長い祭の最後を感じてしまうのだった。

 

 

 そうして時間は過ぎて―――団旗を持つレオと太鼓を叩く幹比古。昨日もこんな感じだったんだろうと思えるモノリス・コード本戦決勝リーグは始まった。

 流石に総合優勝が決まっているとはいえ、一高にもう一つ『土を着けたい』という思いでかかる他校。

 

 特に新人戦では後輩たちがやられたせいか、準決勝で戦った『三高』の勢いは強く、押し込められそうになりながらも最後には十文字会頭のファランクスタックルで仕留められた。

 辰巳、沢木、服部……意外というほどではないが、八王子の一件で責任を感じて今回の出場を辞退して、部長職も退任した三年の『杉田』に代って出ている桐原の戦いが勝負の決め手にもなった。

 

 

「服部と桐原は、会頭を慕っている節があるからね。気合いは入るよ」

 

((舎弟ってことか))

 

 応援団服を着ている五十里先輩の言葉を受けて、そんな感想を出しておく。まぁ親分に対する若頭みたいなものなのだろう。

 

 ジェネラル・ハットリとサムライ・キリハラの二大コンビの連携もあって勝利はなった。

 

「流石に、戦うとなればエイミィの『フライデー写真』のことは忘れるか」

 

「そうでもないかもね。服部は、やっぱり引きずっているよ……直接問えばいいのにぐらいは感じる」

 

「それで『実は付き合っている』とかいう言葉は聞きたくないんでしょうね」

 

 ともあれ、準決勝の結果で決勝は一高対九高という結果になった―――同時に三決の結果がどうあれ、九高が『準優勝』というのは確実となった。

 

「……『黒い竜』に削られすぎたな……」

 

 九高のイメージカラーに準えて、そんな感想を出しておく。『零宮』とかいう女子など若干、粒ぞろいな所があった九高の作戦勝ち。

 だからこそ―――モノリス決勝は確実に取りに来るだろうと確信しておいた。

 

 決勝戦―――下馬評を覆す何かを期待する判官贔屓的な会場。九高に対して一高のアウェー感は凄かった。

 開始前に、達也他技術スタッフ総出で色々と動き回り、会頭に『竜殺し』の魔法は授けられた―――後は彼次第だなと思う。

 

 だがそれは平時の場合のみ……ここまでの敵地に対してフィールドにいる五人の先輩たちは落ち着いたものだった……。

 

「見ておくんだよ。特に今年の新人戦モノリスメンバーは、何人が来年の本戦出場なるかは分からない―――けれど、あの五人の気持ちの持ちようこそが『力』以上に学ぶものだからね」

 

『『『『『押忍!!』』』』』

 

 五十里先輩からの、その言葉は胸に刻みつけるべきものだ。精神年齢は確かに22歳の刹那だが、やはり肉体が若返ったことで精神も幾らかの幼児化……退行をしてしまっている。

 

 だからだろうか―――純粋に彼らを『先達』として見ることが出来た。時にはかつての経験から達也のように老けた思考をしてしまうかもしれないが、刹那は概ね―――そう感じるのだった。

 

 

 始まった一高対九高の戦い。アウェーも同然の中でも三高という『味方』の声も加えて、チアダンスで盛り上げる会場。

 

 

 最終戦をするに当たっての戦いは正しく絶技の応酬であった。十文字会頭のファランクス。多重障壁の展開で突進を仕掛ける様子。

 

 全員攻撃(オールアタック)。小細工なしの正面突破に対して霧栖は竜性の霊獣を出して―――、一高校門前でのことのようにドラゴンブレスに見立てた『レーザー』で迎撃。

 

 行き足が止まることを期したレーザー攻撃を前にして、十文字会頭の防御陣は崩れない。例えその身が天空に打上げられたとしても、硬く偉大なる大地を思わせる防御は崩れず『魔竜』へと向かう。

 

 

 まるで新人戦モノリス決勝のような有様。ここに来て九高メンバーも前進を開始。自陣付近に押し込まれての戦いなど冗談ではない。フィールド中央にてぶつかり合う両校。

 

 竜の加護を得て戦う竜騎士たちに魔法使いたちが挑みかかる。強烈なジャベリン―――属性付与のサイオンエネルギーの矛が古代ギリシャの戦いの如く放られるも、それを会頭のファランクス及びリフレクターは弾く。

 

 

「お前たちにあちらの攻撃は通させん!! ゆけぇ!!!」

 

『『『『応ッ!!』』』』

 

 十文字会頭の下知を受けて、辰巳の加重魔法が鎧着込みの騎士に掛けられるが、九高メンバーの纏う『魔力鎧』は、強くはないが竜の因子を持っており、簡単には通らない。

 

 しかし―――。

 

「司ァ!! お前の棍杖(根性)と共に戦わせてもらうぜ!!!」

 

 八王子クライシスの際にマナカ・サジョウから司甲先輩に渡された棍杖。

 サムライ殺しの概念武装『夢想権之助の杖』が、十文字会頭の移動魔法で撃ちだされて、魔法式が消え去ると同時に、それは霧栖の守護をしている魔竜の逆鱗を貫いた。

 

 加重魔法を掛けた辰巳先輩の意地の一撃で―――術式は不安定化する。九高の鎧が若干の弱体化を果たす。

 

 中空で縫い付けられた棍に対して誰もがどういうことなのかを知りたがり、応じて映像を見ると画像処理された竜が見えていた。ともあれ、戦況をイーブンに戻したことで、ぶつかり合いは激しさを増す。

 

 一人一殺の気合いの如く……服部副会長の多彩な魔法の『乱れ撃ち』に対して極み抜いた火竜の爪の如き『一撃』が飛び、同士討ちとなる。

 

 同じく沢木先輩も拳を放つように、空気圧―――圧縮したエアロブリットよりも高密度かつ高圧のものが放たれる。

 魔力弾かと錯覚するほどに圧縮された空圧であり『拳圧』を受けた九高メンバーだが、やった方も結構ギリギリだったらしく沢木もまた倒れざるを得なくなった。

 

「服部! よく頑張ったよ!!」

「空圧正拳の極み―――お見事です!!!!」

 

『『『『ナイスガッツ!! 服部、沢木!!!』』』』

 

 応援団の意気を上げた言葉とチアリーダー達の声援を届けると同時に、次戦は辰巳と桐原の戦い……残った三人であるがゆえに、この場に立った以上は全力を尽くすが互いにパートナーと呼ぶべき二人が欠けた状態での連携は―――案外上手くいっていた。

 

「桐原! 俺が足を抑える!!」

 

「押忍ッ!!」

 

 短い返答。意図を誰何することはない。刀身が無い剣―――そのCADを持っている桐原は、辰巳の後ろで居合い抜きの如き構えでいる。

 

 集中、そして脱力。全ての工程を終えるように桐原の剣に魔法式が纏わりつき―――そして―――加重魔法で足を止めた、ここぞとばかりに力を込める辰巳の魔法が九高の足を止めた。

 

 荒野のフィールドが陥没していく様子に、誰もが驚く様子だが、そこに桐原の高周波の斬撃が飛ぶ―――『飛ぶ斬撃』。

 先程の沢木と同じく圧力…音圧で狙ったのは―――大将首である霧栖弥一郎である。

 

 功名目的ではないが、この場における取らなければいけないものを狙った形―――そもそも桐原の『空気打ち』では、残念ながら壬生ほど達者に出来なかったのだが―――ここに来て九高―――残った二人が霧栖の前に立ち塞がり、その高周波の斬撃を受けて吹っ飛んだ。

 

「「!?」」

 

 その目的。そして自己犠牲……サクリファイスの効果はあり、溜めていたブレス……双頭の蛇アンフィスバエナを思わせるものが、辰巳と桐原を戦闘不能にした。

 

「一人を活かすために、二人が犠牲になるか―――見事な勘定計算だが好かんな」

「だろうな。俺も好かないが―――庇ってくれた後輩二人の為にもお前に勝つ! 十文字!!」

 

 最後に残ったのが互いの大将であることが全員を熱くする。霧栖のドラゴンブレスは威力を減衰させていても、とんでもない威力だ。気を抜けば一気にファランクス全てが抜かれそうな緊張感に晒されながらも、鋼の巨人を思わせる十文字克人は魔竜を倒そうとする。

 地力に差は殆ど無い。耐え凌ぐことは容易い。攻撃手段は―――。

 

「ファランクス・ヘタイロイ!!!」

 

 瞬間。十文字克人のファランクスがその異名の通りに、歩兵が持つ棹状武器の密集のように障壁から鋭利なスパイクを生やしていた。

 

 騎兵を迎え撃つために考案された重装歩兵による戦術のように長い突起ごとの突撃に対して霧栖も難儀する。この戦いに至るまで隠していた十文字克人の秘奥の一つだ。

 

 障壁の形やそれらを変える手際。遠坂刹那の手際。

 障壁を『星型』(シュテルン)『錘型』(ピュラミューデ)にして展開していたのを見てから、修練してきたものだ。

 

 

 攻防一体の防御陣を前にして、霧栖も竜の牙や爪を模したものを飛ばして対抗する。戦いはお互いの距離を侵して、どちらが先制するかに絞られた。

 

 瞬間、障壁を―――『飛ばす』十文字克人。霧栖が瞠目したのも束の間、飛んできた障壁によって対消滅する魔力の牙と爪―――そしてそれでも残ったスパイクが投げ槍よろしく襲い掛かる。

 

 一髪千鈞を引く戦い。それでも最後はやってくる。明らかに消耗しているのは十文字の方だ。肩で息をして汗を拭いながらも眼だけは、切らないでいる姿勢。

 

 もはや意思を手折ることでしか勝てない戦い―――火竜、水竜、雷竜……凡そ世界で生きてきたと思われる伝説の獣の力を借りての攻撃。あの時、一高の校門前での攻撃がやって来ると察した一高生達が立ち上がり、ざわつく。

 アレに対抗できるのは、カッティングセブンカラーズなどの五大属性を相殺できる存在のみ。

 

 無論、術式の相性次第だが―――その威力が解き放たれれば、会頭と言えども――――。

 

 

「会頭!!」

 

「十文字先輩!! 逃げてください!!!」

 

「十文字!!!」

 

 誰もが身の危険を察して届かない警告を放つ中……七草真由美だけが違った――――。

 

 

「勝って十文字君! アナタ自身や一高のためでなく―――私の為、七草真由美の為にも戦って! そして勝って!!」

 

 衝撃的な宣言。七草真由美のヒロインな台詞だが、それは必至なものであり鼻で笑うことは出来なかった。

 

 その言葉が届いたのか薄く笑った会頭は、その攻撃に正面突破。放たれる前に潰そうと言う浅い考えと読んだ霧栖の秘術が発動。

 

 ファランクスを次から次へと発動させて攻撃に耐え凌ぐ―――誰もを守るために戦う十文字克人の最後の挑戦であった。

 

 障壁を二、三枚貫いて襲い掛かる竜の鎌首―――サイオンの形が誰もの恐怖を煽るも止まらない。

 止まらずに十文字は動く。スパイク―――魔力の槍が、サイオンの竜を貫いていく。

 

 凡そ10mも無い距離での魔法の応酬。魔力壁が魔力竜が、ガチンコでぶつかり合い。衝突。接近戦ではないが審判の耳目を引いたが続行の判断―――。

 

 お互いが吹っ飛ばされて、それでも立ち上がり―――最初に魔法を発動させたのは―――霧栖の方であった。ファランクスの連続発動でサイオンの循環に滞りを見せる十文字を前に勝利を確信。

 

 

「終わりだ! 十師族の一つ!! お前に勝利する事で我らが花道の一歩としてくれる!!」

 

 竜牙の脅威が発動する。そして立ち上がりつつも、ファランクスの展開は不可能な十文字を前に誰もが顔を覆う中―――。

 

(勝機!!!)

 

 それを見たのは、観客席にもいたことで―――。『勝敗』は決まった。

 

「アクティベイト! アンリミテッド・ブレイズ!!」

 

 音声認識の『遅延魔法』。USNAの術式の一つ『ダンシング・ブレイズ』の『派生形』。決められたコースを移動するのではなく、ある程度、思念を利用しても質量体の操作を可能とする秘術が発動。

 

 移動魔法が掛けられたのは……霧栖の後ろにいる竜。その逆鱗を刺し貫いたままの棍杖。

 それが猛烈な勢いで落下を果たして、霧栖の背中を痛打。

 

 少し捻って脊柱への直撃は避けたが、それでもいきなりな不意打ち。そして霧栖自身は、『力』を取り戻したことでサイオン制御が乱れた。

 この勝機を逃さず、頼りになり過ぎる後輩たち、去ってしまった同輩の贈り物を元に連撃。苦しいなど言えない振り絞ることで勝つ。

 

「うぉおおお!! ファランクス!!!」

 

 最小範囲で展開させた魔力壁と棍杖が、操作されて嵐の如く霧栖に叩き込まれる。

 そして最後の一撃―――振り絞ってそれでも最後まで溜め込んでいた魔弾―――氷結するような『冷気の弾丸』が、克人の腕から出て霧栖の胸郭に叩き込まれた。

 

「お見事―――」

 

 その一撃がとどめとなって、霧栖弥一郎は、最後には賞賛の言葉を掛けて倒れ込む。ジャッジが下る。勝者は一高。

 

 苦しく重く、そして……熱すぎる戦いの終了とするには、正しく相応しい魔法師界の『不動明王』としての戦いであった……。

 

 

 そうして九校戦十日間の競技日程は終了を告げた……誰もが誰かに拍手したくなる。

 

 まだ表彰式も残っていると言うのに、祭りの終わりを感じて拍手の嵐が、歓声の渦が、先程までの敵味方関係なく降り注ぐのだった……。

 

 



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第101話『九校戦――祭りの終わり(後)』

何となく未だに書籍化されていない『美少女と野獣』の走りというのは、オーフェン無謀編最終巻たる『これで終わりと思うなよ!』に似ていると思えた。

何が言いたいかと言うと、ここまで長引きながらも九校戦編を何とかかんとか終えられたということは、まずまず良かったことである。


 戦い終わって日が暮れて―――というわけではないが、豪華なバイキング形式の夕食会は若干の鳴りを潜めて、今日の後夜祭はしずやかなムードである。

 

 ……特にキャンプファイヤーでもあるわけではないが、まぁともあれ『ラストチークはあの人とダンシング♪』そんな意識があるのだろう。

 お偉方。100年足らずの血筋でしかない名士を相手に、口を開く刹那は上手い事受け流していた。

 

(言っちゃなんだが、バルトメロイ、トランベリオ、メルアステア……三大派閥の『妖怪ども』に比べれば、有象無象でしかないわな)

 

 心の中でのみ言っておき、FLTの支社長……達也の事は知らないのかどうなのかは分からないが、彼の言を聞きながら、丁重な挨拶で躱しておくのだった。

 そんな中、リーナもまた多くの人に囲まれていた。九島烈の係累ということとアレだけの魔法力……色々とあるのだろう。見合い話とか。

 

 恋人と分断された状況。ホールの中でそんな風にしていた中―――違う名士がやってきた。金色の髪にセレブのマダムといった風情の格好をしている。

 しかし決して下品にならず己の美を飾っているヒトは、一度だけ見たことがある。

 

 マダムは刹那の近くにやってきた。

 

「ドウモー。二日ぶりですかねセツナくん。あの時は正式に挨拶出来なくてゴメンナサイですよ」

 

「お気になさらず。マダム・イッシキ。お嬢さんの友人がどんな人間か知りたくなるのは当然でしょうし」

 

「色々な方が見えられていましたが、お話―――構いませんカ?」

 

「どうぞ」

 

 優しい母親だなと思える。先程まで10人、20人では済まない相手。アダルトな名士たちが話しかけていたのを見られていたらしい。

 

 その上でタイミングを見計らった登場。中々に侮れない相手である。

 

 

「アイリちゃんが飛行魔法を体得するためにも尽力してくれたみたいで、本当にカンシャです。ミス・ヨツバも『息子になってほしい』とか言ってくるほどに、セツナくんは凄い魔法師(ウィザード)なのですね」

 

「恐縮です。そしてお嬢さんが飛行魔法を体得したのは彼女の地力であり、勝ちきれなかったのは私の指導不足です」

 

 手を軽くたたきながら笑みを見せるマダムに、そんな風に言っておく。この後の流れは『何となく』読めていたからだ。

 

 

「そんなイッシキケ(一色家)にとって大恩あるセツナくんを、本家―――ワタシのだんな様もお呼びしたいと思っているのですよ」

 

「家に、ですか?」

 

「つまりはムコ入りですね♪」

 

 一気にざわつくホール。朗らかな笑顔と共に放たれたマダムの言葉は強烈な一撃であった。様々な視線が刹那に突き刺さる。

 

「お嬢さんの努力次第だったのでは?」

 

「縁戚になるならないというのは、時にはそういうのを若干、無視してしまうものですから」

 

 つまりは本家からの指示ということだ。それに抗すれるほど、この人も権限が無いのではないかと思う。

 

 異国の魔法師。しかもセレブリティの家に嫁入り―――『マッサン』かよ。と思いつつ、少しの苦笑をしてから答える。

 

 

「ドウナンデスカ? セツナくん。アイリちゃんと結婚する気はありますか?」

 

「……マダムの立場を考えれば、ここで『ウィ』と言った方がいいんでしょうが、申し訳ありませんが『ノン』です」

 

「―――理由を聞かせてもらっても?」

 

「一つには私がどこぞの馬の骨であるということです。それなりに多くの方々から評価はいただいていますが、私など二十八家は疎か来歴すらもそこまで明白な人間ではありませんよ。

 ……『海の物とも山の物ともつかない』馬の骨が魔法の名家である『一色家』に入るのはどうかと思いますよ」

 

 上手い言い回しで躱しているが、与えられている評価は高いものであることを認識してほしいモノだが、無理だろうなと少し離れた所にいる達也を筆頭に想う。

 

「何より……私もマダムと同じく愛に生きたいのです」

 

「え?」

 

「マダムが、ご当主と結婚なされたのは何も『打算』ではなかったのでしょう? 愛が無ければ、そこまで名家の人間―――抵抗あったはずですが、諦めなかったのでしょう」

 

「その通りです。参りましたね。そこを突かれては―――親としてアイリちゃんの支援は出来ません」

 

「申し訳ありません。私…俺は、遠坂刹那は―――アンジェリーナ・クドウ・シールズへの愛を貫きたいんです」

 

 その言葉を受けて両手で口を押えるリーナ。感極まっている様子を少し遠くからも感じた。

 

 まさか、ここまで言わなければいけなくなるとは思っていなかった。一色には悪いが、やはり自分は『時臣じぃじ』のようなことは出来そうにない。

 ましてやどこぞの世界線にいるオヤジのようなことも出来ない。よってこの返答は間違っていない。

 

「仕方ありません。ここは一旦引き下がりましょう。ですが、人の心は移ろうモノ。どうなるかは分かりませんからねー」

「マダムはご息女にはブラダマンテの伝説を読み聞かせしているのに、そこは譲らないんですね……」

「当然です。そして、アナタにとってのブラダマンテになれるようにアイリちゃんを嗾けるだけですから♪」

 

 大変な話だが、どうやら二十八家……十師族入りを目指す他の十八家にとってよっぽどの宝物に見えているようである。

 

 迷惑……とまではいかずとも、この態度はどうなんだろうと思う。結局、時計塔と違うのは―――曲がりなりにも探究者としてのスタンスは崩していなかった魔術師と、世俗の権力一番を狙う魔法師の違いなのだろう。

 

 どうでもいいことだが―――と思いつつも、結論としては『諦めてくれ』『諦めない』。平行線で終わってしまうのだった……。

 

 そうしてマダム・イッシキの投げた爆弾が最後の投下だったらしく、マダムが去ると同時に多くの来賓の方々も去っていった。

 

 後は学生同士のダンスコンパ(会長談)に移行する流れになっているらしく、前から声掛けしていたり、今から誘いを掛けたり……元々の彼女・彼氏持ちは相手に声を掛けたり……そうであっても踊りたいと思って彼氏・彼女構わず誘いを掛けたりである。

 

 まぁつまりは―――……。有象無象の目線での誘いに一瞥もくれずに刹那の元にやってくる三高一年女子であった。

 

「セルナ。お母様が言っていた通り、ワタクシ―――絶対にあきらめません」

「諦めてくれないかしら。ワタシとセツナの愛と信頼の絆は登山ロープより固くて強いんだから」

 

 そのセリフは色々とマズイ。リーナに何か不幸があれば、刹那の心の内に宿る赤眼の魔王の一欠けらが目覚めそうな関係である。言ったのは男女逆だけどな。

 

 ともあれラストチークは、あの人とダンシング、決めてみせる!!(何をだ)と言わんばかりの誘いの掛け方にどうしたものかと思う。

 

 断るのも後々に遺恨を残してしまう。だが、ここで多くの女性の腰に手を回してダンスに興じれば、それはそれで顰蹙を買う。

 

(旅の恥は掻き捨て―――横浜論文コンペで会うこともあるかもしれないが―――)

 

 

「分かった。俺と一曲踊ることで君が満足するならば付き合うよ」

 

「ちょっ、セツナ……」

 

 不満げな顔でブー垂れるリーナに手を立てて謝罪しながら口を開く。

 

「仕方ないさ。結局、ミラージで姉貴(?)に追い縋れなかったのは俺の所為でもあるしな。同率二位の褒賞と謝罪と言うことで―――エクレール・エトワール。一曲、私と踊っていただけますか?」

 

「!!  ええ。喜んで―――殿方の誘いを断るほど無粋ではありませんもの……嬉しいですセルナ」

 

 

 手を差し出して愛梨に誘いをかけると、一度だけ噴火したように、物凄く赤くなってからその顔のままに、こちらの手を取ってくれた。

 

 ざわつきが広がり、その刹那の言葉を皮切りに―――他でも動きが出てくる。

 

「司波さん。俺と是非! 一曲踊っていただけませんか?」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします。一条君」

 

 がっつき過ぎな一条将輝が、深雪を誘うべく勇気を出して続き―――。

 

「西城! ワシと踊ってたもれ!!」

 

「おう、いいぜトウコ!」

 

 とても男女の誘いとは思えぬ言葉の応酬ながらも、どうやらどちらかといえばマッスルなレオに興味があったらしい沓子が踊りに向かう。

 

 何だか低学年向け少年漫画のようなやり取りであったが、ともあれそういった流れに乗って着いたり離れたりという様相でダンシングは始まっていくのだった。

 

 光井もまた達也に誘われて幸せが有頂天。

 美月と幹比古もまたぎこちないながらも、誘いに乗りあって踊っていくが、何というか幹比古は美月の豊満な胸を意識してか密着状態を作り出せないでいる。

 

 耐えろ幹比古! いや、むしろ男を上げろ幹比古!! と誰もが声援を送りたくなる。

 そんな中、レオに捨てられた形の(え)エリカは他校の男子―――特に運動部系や尚武の気風がある三高の上級生から誘われていたりする。

 

 恐らく千葉道場の関係者もいるのだろうが……そんな中、演奏曲が変わり―――今までの厳かなテーマ曲からアップテンポな―――言わばJ-popで、少しばかり趣味が際どい。

 

 言うなればアニソン……その中でも、何か『レオ』だけが輝けそうな曲に変わるのだった。

 今宵のワルツを彩るには相応しい『プリンセスプリンプ』(Princess primp)に変わりながらも、それを不快に思わず全員がダンスホールでシャイニエストパートナー(誰よりも輝ける相手)と踊っていく。

 

 

 結果としてではあるが、刹那が愛梨を皮切りにして、次に雫、栞、スズ先輩、あずさ先輩……『九高の零宮』と立て続けに誘われてしまったことで恋人とタイミングが合わなかった。

 いよいよ五十嵐、吉祥寺、沢木を疲労困憊にしたマイハニー・リーナというラスボスに立ち向かおうとした時に―――。

 

「セツナ―――! お姉ちゃんが遊びに来たわよー!! ということでお借りするわ!! あっ、リーナちゃんも付いて来ていいわよ」

 

 魅了の魔眼を『弱』で使ったことで、全員の文句を封殺したイリヤ・リズに、やりすぎじゃないかと思ってしまうも、とりあえず自分も聞きたい事があったので、その導きにリーナと共に着いていく。

 

 先程までは十文字克人と踊っていた様子を見ていたが、そんな十文字会頭も五人以上の相手を務めた達也を誘って人気のない所に誘い出した様子を見る。

 内密の話なんだろうなと思いながら、こちらも内密の話だろうと思って従容と、姉とされている人物の導きに従うことにしたのだった。

 

 

「セツナ……」

 

「うん。大丈夫だ。行こうか」

 

 即戦闘ということにはならないと分かっていても、それでも緊張してしまうのを隠せない。握られた手のままに虎穴に入ることにするのだった……。

 

 

 † † †

 

 

「司波、お前は十師族だな?」

「単刀直入ですね。十文字先輩―――その言葉にはイエスでありノーであるとしか言えません」

「つまり?」

「ある意味、一色愛梨なんかが予測している通り、俺たち兄妹は十師族の『落胤』なんですよ」

 

 誤魔化すことも考えたが、連れ出された場所が場所だけにこれ以上の盗み聞きはあるまいということで話すことにするのだった。

 

 ウソをつくときのコツと言うのは、20パーセント程度の真実を混ぜることで本当っぽく見せることだ。

 詐欺の論理と言ってもいいが。

 

 そうして言っていく。詳らかにする20%に対して80%のウソを混ぜて―――。とりあえず一通りを聞いた十文字会頭は、重々しく口を開く。

 

「四葉の分家制度か。噂程度には聞いていたが、そういうことか」

「十大研究所の数字に呼応して付けられた家同士が、仲がいいわけではないですから。そして四葉だけを第四研究所は作りましたから」

 

 その言葉―――星空を見ながら言う司波達也の言葉に身近な例として『七草』と『七宝』の一種の悪縁もあるとすれば、それも場合によりけりだなと思える。

 もっとも七草の場合、本来は『三枝』だから、七宝からすれば余所者に『母屋』を乗っ取られたような気分もあったのだろう。

 

 その後のご当主のなりふり構わぬ権謀術数が、更に関係を悪化させたわけだが……。

 

「俺と深雪こそが、四葉からすれば『芝』(ウィード)なんですよ。特に継承権を巡っての御家騒動などやるつもりはありませんが、母は本家から追い出されたことの恨みで、深雪に多大な魔法能力訓練を強いましたから」

 

「……争いになると言うのか?」

 

「母はもう死にましたし、種馬扱いを受けていた親父は、悠々自適に元・恋人と暮らしています……とはいえ、状況は流動的ですから」

 

 誰に担ぎ上げられるか分かったものではない。そんなウソを混ぜて十文字会頭に告げると考え込む様子。そして一休さんの如く『トンチ』が披露された。

 

「解決策は―――案外、簡単かもしれんな」

「と言いますと?」

「現当主たる真夜殿が、結婚して当主の座を退任する―――もしくは、『相手』が、真夜殿と結婚して隠居する……まぁそんな所だな」

「……仰っている意味が良くわかりませんが」

「そのセリフ―――遠坂みたいだぞ」

 

 確かにアイツならば、こういったことを言う。というか叔母が息子云々を語った時の躱しの言葉だったことを思い出して咳払いをする。

 からかうような十文字会頭の言葉だが―――言われたことは、達也からすれば本当に意味不明だった。

 

「まぁそれも流動的だ……とはいえ、そんなことを言うとは、意外だな」

「俺も後ろ盾なくアレコレ我を通せないことぐらい分かっていますよ。そして場合によっては深雪を守るためにも、『協力者』が必要なんですよ」

 

「俺を巻き込む算段か。策士だな―――だが、後輩二人の苦境に手助けできないのもアレだな……この話、他に知っているものは?」

「先程言った通り、俺たち兄妹の身の安全が確保されるならば―――そういう考えで刹那とリーナ。USNAに報告が挙がっているかどうかは分かりませんが、まぁそちらに対してもそれなりに説明しました」

 

 アメリカに亡命するという手を告げると、考え込む会頭。流石にそこまでされると面倒であろう。

 

 そして、十師族的な思考に立つと、出来ることならば優秀な魔法師の流出を避けたいという考えが浮かぶ。

 阻止するには出来る限り司波兄妹には便宜を図らなければいけない。

 

「込み入ったことを聞いてすまなかったな」

 

「いいえ。七草会長と『海』に行くんでしたよね。 後輩としては、心労の一つぐらいは除いてあげたかった」

 

 その言葉に赤い顔で咳払いする十文字会頭。そして『ざわつく木々』に苦笑する。そうして少しだけ焦った顔をする会頭を見ておく。

 

「一条殿が息子を立ち上がらせるために、スラム〇ンクな名言を出したからな。俺も次期頭首として、バスケ漫画の名言で七草を説き伏せたかった。それだけだ」

 

 それで黒バスではなくハーレム〇ートをチョイスする辺り玄人だなと思える。

 三高との戦いで若干足に不調を覚えたどころか若干不味い状態だったというのに、それで九高と試合をするのだからとんでもないと思える。

 

『男だぜ。退けない』そう前を向きながら会頭はいって、回復術とテーピングの複合をやっていた七草会長だが……。

『勝手にしてよ!』という会長に対する次なる言葉を誰もが聞いてしまったのである。

 

『……『真由美』、東京帰ったらば―――いっしょに『海』行かないか?』

 

 全員が砂糖を吐いて、それにぶっきら棒に、『か、勝ったらね!』とかいう七草会長のやり取りで更に砂糖を吐くのだった。

 思い出されたことで更に頭を掻く会頭。親分だなんだと言われても、自分と同じく若造なんだなと少しだけ認識を改める。

 

「卒業したらば、大学に行きつつ協会員というか十師族のメッセンジャーとして『アルバイト小僧』にもなるんだ。

 そのインターンという体で『小笠原諸島』に『用事』をこなしにいく。それだけなんだがな……」

 

 十師族の次期当主としての務めをこなしながらのバカンス……とんでもないな、この人は。と思う。

 小笠原諸島で、魔法師のトップメンバーが『所用』で赴き、バカンスを楽しむとなると『南盾島』かと勝手に達也は想っておく。

 

 ともあれ、そういった達也が刹那からラーニングした場の『引っ掻き回し』で話は終わった。

 

「祝賀パーティーにはお前も参加しろ。俺は先に戻っている」

 

「はい。つまらない話を聞いていただき、『お二人』には感謝しています」

 

 その言葉で観念したのか木々の上で隠れ身(ステルス)をしていた七草真由美が降りてきて、会頭の後ろに着いて歩く。

 

 まるで背後霊だな。とか刹那ならば言いそうな様子を感じながら―――庭先に代るようにやってきたのは自分の妹だった。

 

 ラストナンバーが始まろうとしていた……。

 

 † † †

 

 

 全てを聞いた。そして、刻印の『情報共有』(マトリクスペイン)で、目の前の女性の来歴を知った。

 

 知った途端に、姉貴から平手を食らう。その様にリーナは睨んだが、刹那はそれを手で制した。

 

 

「なんでアンタまでお父さんみたいになっているのよ……私と違って……もう少し穏やかに生きられる道だってあったのに!!」

 

「姉さんにそれを言われるとは思わなかった。けれど、確かにそういった道はあったかもな……けれど選んだことを後悔したくないんだ―――」

 

 例えどれだけを失ってきたとしても、その道は決して間違いではなかった。後戻りするには―――まだまだ進み切れていないのだから。

 

 リズリーリエ・イリヤ・フォン・アインツベルン―――彼女は刹那の予想した通り、メイガスマーダー衛宮切嗣と、アインツベルンの聖杯アイリスフィールとの間に生まれし第五次聖杯戦争のマスター『イリヤスフィール』の娘だった。

 

 母親がイリヤスフィールで、父親は……予想通り『衛宮士郎』。オヤジだった……。

 

「リズ姉の世界ではサクラさんが、ヒドイ目にあったんだな……けれど最後には、オヤジのために戦えた……」

 

 結果はあまり良くは無かったかもしれない。けれど、その世界でオヤジが選んだのは……金色の騎士王でも、赤き宝石の魔術師でも……自分の世界と比べたならば、『衝撃的』(ショッキング)ではあるが、『聖杯と化した紫の少女』でもなかった。

 冬の少女。歪なる生い立ちを持つ義理の姉だった……。

 

 自分にとって小母と言える人が、目の前の女性を生み出した後……様々な紆余曲折がありながらも最後には、自分と同じく頼れるものを亡くして、恐ろしい事というわけではないが、『サーヴァント』一体と共に、この世界に流れた。

 流したのは――――大師父であった。

 

 具体的な目的があったかどうかは不明だが……ともあれ、異能を持つものゆえの運命は義姉をも蝕んでしまったようだ。

 

 それ故の哀れみか、それとも何かの目的があるのか―――それは分からないが、ともあれ義姉との会話は続く。

 

「セツナ。アナタは多くの変革を行ってきた。私は隠れて十師族とは違う山を作るべく尽力してきた……その違いが、いずれは決別を生むかもしれないわよ」

「だろうね。姉さんと殺し合いするのは嫌だけど。そうなれば俺は―――誰の味方でもいられないだけだ」

「コウモリねぇ」

「そうだな。けれど、姉さんがエレメンツ研究の末裔に未来を見出したとしても、俺は全てを見捨てたくないんだよ……だから、『そちら側』に着けない」

 

 

 権力は足が早い。十師族の権勢もそこまで長くは持たないはずだ。しかし、それでも……全てを鞍替えさせるほどではないはずだ。

 

「私もキシュアから全てを聞いているわけではない。けれど、この世界には『来訪者』が多い。そして―――顕現する『脅威』も、魔法師の力では手に余る……時代の割には『いきすぎた』人理の発展が、今の事態の大本だと思っている」

 

 その言葉には若干、同意してしまう。1999年から少しして2000年代初頭には遺伝子工学が発展していたなど、明らかに『おかしい』。

 無論、並行世界の中には時間流が速いものもあるだろうが……しかし、だからといって全てを悪徳と断ずることは出来ない。

 

「―――、一点。堕ちた魔術師、人類悪などに対して私達は協調出来るわね?」

 

「ああ」

 

「ならば今はそれだけでいいわ。アナタにとって……ワタシは必要な存在じゃなさそうだしね」

 

 関わりや由来を気にすることはあれども……結局、そんなところだ。それにお互いに『違う家族』を求めてしまっていたのだから……。

 

 

「それじゃあね。リーナさん。……セツナのことお願いするわね」

 

「は、はい! こちらこそ世話になりっぱなしだから、いつかは!!」

 

 既にリーナには、色んなものを貰いっぱなしな気がする。俺が救われたのは――――。

 けれどリーナはそれを認めないだろうと思えた。

 

 義姉の背中を見つめる。その背中は……どことなく時折夢に見る『錬鉄の英雄』に似ていた……。

 

「平手のお詫びというわけじゃないけど、『トレース、オン』―――、一曲だけで申し訳ないけど踊れるわよ」

 

「うわぁ……セツナ!! 似合っている!?」

 

「ああ、ものすごく似合っている……まるでお姫様みたいだ」

 

「ありがとう―――すごく嬉しいわ……」

 

 達也たちがいるだろう庭先とも違う場所……錬金術で編み出された『銀細工』の花が庭に、光ながら咲き誇り、そして自分とリーナの衣装は違うものに変わっていた。

 

 一高制服のドレスコードを軽く無視した衣装の変遷。白いドレスに白いタキシードを着た男女。どうやら『正しい意味』での投影魔術の仕立である。

 

 完全にいなくなった義姉の粋な行いに感謝しつつ、投影魔術で作られた白いドレスを着込んだリーナの前に手を差し出す。

 ラストチークを決めるのは、自分からだ。

 ここで男を見せなくては、何のための言葉だったのか分からない……。

 

「我が愛よ。長い時を、お待たせしましたが、最後の曲は私と踊っていただけますか?」

「―――ええ。その言葉、幾星霜も待っていました。エスコートお願いします。私の愛」

 

 差し出した手を握り、そのまま刹那の胸に飛び込むリーナ……聞こえてくるラストナンバーは、やはり『Princess primp』であった。その顔を至近から見つめ合う。

 

 自分が見てきた蒼星。輝けるシリウス。されど魔法師という仮面がない『ネイキッドスター』(そのままのリーナ)の輝きを自分は知っていた。

 

 月と星に彩られた夜空の下、演奏に合わせて口ずさみながらも回るように踊るリーナを止めない。

 彼女のステップと歌声こそが、この世界で最高の『魔法』(きせき)だと、刹那は、知っているのだから――――。

 

 

 無論……そんな演出過剰な場面の2人は魔法の杖の『多角的な撮影』を受けて、シルヴィアの手に渡った。

 それ以前に二人がいないことに気付いた魔法科高校の生徒たち全員の眼に入るのであったが、それもまた青春の1ページとして心のアルバムに収められてしまうのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Interlude―――Next order―――prelude……

 

 

 少女は呼んでいた。星辰の彼方にあるものを、自分達を解放してくれる星の輝きを―――プラズマリーナ、プリズマキッド……地上にある星と共に生きたくて、収められたポッドから呼び続けていた少女は―――。

 

 遂に邂逅した……『ミーティアライト・フォール』……隕石爆弾と称される戦略級魔法を制御する巫女たち―――その中でも制御力に長けた『九亜』は、『それ』と意識を繋げることに成功してしまった……。

 

 それは、人の身にはあまる奇跡。人の手に御しきれないもの―――。幼子を使っての非人道的処置の天罰(テスタメント)か。

 

 偶然と必然。魔術的に言えば、偶然などという言葉は無い。必然は運命的な言葉だが……それでも九亜(ここあ)は呼びかけた……。

 

 見つけ出した意志ある存在に、意志を持つ星の彼方にある知性に……。

 

『あなたは、だれ?』

 

『■■■■■■■』

 

 明朗な言葉では無い。まるで叫びだ。それでも聞こえてきた言葉。自動的に翻訳された聴覚でも九亜に分かった単語は一つだった……。

 

 

『あんち、せる、せ、ふぁーる』

 

 

 どこからが単語の区切りかすら分からぬその単語を聞きながら、九亜は実験の失敗で姉妹ともども追い返されるのだった……。

 

 

 ……Next order―――prelude―――end.

 

 




終わった……何もかも……バンタム級世界一を決めるタイトルマッチに挑んだジョーのように、真っ白に燃え尽きた気分である。


ここまで長引いた原因は本戦を流せなかったことだなぁ。やっぱり劣等生SSとしては後発すぎるだけに違った事をやり過ぎたんだろうな。

と思いながらも、次回は夏休み編と言う名の本来ならば春休みにあるべき事件、劇場版のアレになりますが、今度こそ20話程度で収めたい! 

カットできるところはカットして―――と思いながらも、出来ることならば今後もよろしくお願いします。


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星を呼ぶ少女編~~Third order‐EXTELLA LINK~~
第102話『夏休み 北米への帰郷―――そして島への誘い…』


しばらくはゆるりと更新を一週間ほど無しにしようかと思いましたが、書きあがったのでアップロードします。

録りためしておいた色々な番組を見ようかと思っていたのですが、まずまず読んでいただければ幸いです。


 

 夏休み。

 

 

 九校戦が終わったとしてもまだまだ続く夏休み……時計塔という特殊な学校の幼年部からそのまま上がっていった刹那にとって二年程度の普通学校の知識でも、やはり大都会『東京の夏休み』は規格外に長かった。

 

 

 よってリーナと共に家に帰ったりなんだり微睡んだりしていたり……若干、『爛れた生活』を三日ほど過ごしていたのだが、何故か『栗井教官』……ドクターロマンに着きっぱなしだったオニキスが帰ってきたことで、日にちを知る。

 

 

『そろそろ羽田に行く準備をした方がいいだろうね。ユーマとアンジェラの結婚式も近いのだろう?』

 

 

 久々のアメリカへの帰路へと着くときが来たのだった――――。それこそが……新たな戦いの幕開けになるとも知らず……

 

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 ~~Third order‐EXTELLA LINK~~

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『それじゃお前たちは今、USNAなのか?』

 

「ああ、アルバカーキに降り立ってゲートで待っていたシルヴィアに即座に連れられて、色々とドレスコードの確認やらヒールの準備だのをしていたんだよ。現在は式を終えて歓談中だよ」

 

『仕立ての準備はリーナだけか。お前は?』

 

「歓談中の食事の準備の為に大量の食材の確認。そして色々と作らされたよ。日中の会食だから『悪く』ならないようにしなければいけなかったがな」

 

 ざっ、と端末の会話相手である達也に告げると、ちょっとばかり過密スケジュールだったかもしれない。

 だが、まさか『サルのようにさかっていて遅れました』など言えるわけがない。言えるわけが無いので、そのスケジュールに付き合うのは当然だった。

 

 アメリカの婚礼儀式というのは日本とは少し違っていて、新郎新婦次第ではあるが、いわゆるディナー形式及び新郎新婦の友人代表挨拶など、そういった『披露宴』というものは無かった。

 歓談のパーティー形式。用意された屋外のパーティー会場で、各々好きなように飲んだり食ったり、新郎や新婦に挨拶したり、ちょっとした宴会芸を披露したり…カオスな所がある。

 

 現在、真紅のドレス、背中が丸見えのそれを着ながら、赤いリボンでいつものショートロールの髪型のリーナは、その見事な美声を披露して出席者たちを魅了していた。

 

 その歌声は電話口にいる達也にも聞こえているはずだ。先程まで歌われていた海軍式の『下品な隊歌』の余韻を消し去るいいものだ。

 ちなみに歌った連中は全員、ベンジャミン少佐によってスーツを切り裂かれて、フーターズの衣装を着せられていた。ヘンな懲罰だが、結構な羞恥心なのかもしれない。

 

「で、何かあったのか?」

 

『ああ、何となくタイミングが合わなかったが、雫がプライベートビーチに誘いたい。要は別荘への招待なんだが、何だかお前たちに『繋がらない』って嘆いていたぞ』

 

 流石は女版スネ夫(気前は良すぎる)。ブルジョワジーの言うことは違いすぎる。告げられた日にちは『フェニックス基地』にいて、圏外にならざるを得なかったわけだ。

 プライベートチャットで確認しておけば良かったと少しの後悔。

 

 ……招待されたのは小笠原諸島の聟島(むこじま)列島媒島(なこうどじま)……ここ以外にも、様々な別荘やら私有地を持っている辺り、恐るべきブルジョワジーである。

 

 指定された日にちは、まぁ一日遅れで良ければ行けるだろうという目算。最寄りのポートアイランドたる『南盾島』に着くのが、恐らくそうだろうと頭の中で確認。

 

 ご丁寧にもこちらが何もしなくても開かれるように、『情報』を送ってくれた達也の手並みに感謝していると、歌い終えてノンアルコールのドリンクを飲みながらやって来たリーナ。

 

「なになに? 何かあった?」

 

「雫が別荘にご招待したい。その旨を達也から受け取っている最中」

 

『こっちは既に夜なんだが、そちらは真昼間か。ハロー・リーナ。星空が見える夜に。いい歌声を聴かせてもらったよ』

 

「ご静聴どうも。ミユキに嫉妬されて背中を刺されないようにねタツヤ」

 

 そんな応答をしあいながらリーナが隣に座ると、この真昼間の空に何かが見える……。どうやら前々から言われていた衛星の破片のようだ。

 大気圏で燃え尽きたものが炎の尾を引きながら地球に帰ってきた様子。

 

 庭の歓談パーティーをしている面々もそれに気づいて声を上げる。電話口の達也も気付いたのか―――。

 

『なんだ。『赤いくぎゅガン〇ム』でも出たか? GN粒子の毒性には気を付けろ! そして阿修羅すらも凌駕してビームサーベルを奪えよ!』

 

「「何の心配だ!? そしてそんなスキルあるか(ないわよ)!!」」

 

 第一、それをやるのに適当なのは、電話口の男だろう。そして襲撃されるに相応しい(?)のは達也の叔母だろうに。

 

 そんな風に返しながらも何気なく……最近の宇宙空間のデブリの落着が多いなぁ。とも感じるのだった。

 

 そんな想いをしながら、達也との通話を切って時間を確認。

 時間的には、そろそろお暇しても良かろうと思えた。ここから先は大人達の二次会であろうと思える時刻だったからだ。

 

「アンジーとユーマに挨拶していこうか。それから帰ろう」

 

「うん♪ エスコートよろしく♪」

 

 差し出される赤く塗ったネイルが見える少女の手。大人びた衣装がこの上なく似合っている赤いドレスの少女を伴い、赤いスーツ……2090年代にあっては、ブームが一回りしたのか結構な洒落たものを着込んだ刹那が向かう。

 

(ちっとは、時臣祖父に似てダンディな人間になれているのかね)

 

 お袋の贔屓目もあったかもしれないが、自分の祖父、遠坂時臣は―――。

『本当に優雅さを忘れない完璧超人だったわ。そんなアンタのお爺ちゃんのように、その服が似合うナイスミドルになれるように、常に社交パーティーなどでは着ておきなさい』などと言われていたもの。

 

 要はお袋の形見であり爺さんの『お古』だが、まぁ嫌いな格好では無い……。そういう位には着てきた服で向かうとユーマとアンジーの喜色の顔。

 

 色々とあった二人であり、隊の兄貴分と姉貴分の歓迎に少しこそばゆい想いだ。

 

 

「全く、キュウコウセンでは大活躍だったみたいだな。先任士官として少しばかり鼻が高いぞ」

 

「そう言ってくれたならば何より、あばばば、整えた髪が乱れる」

 

「そんぐらいが、お前の魅力を上げてくれるよ」

 

 髪をくしゃくしゃと乱してくる白いタキシード姿のユーマ。この世界に来て出来た兄貴分の発言に、少しだけ苦笑してしまう。

 

「リーナも、すごくカッコよくてキュートだったわよ。そしてちゃんとセツナくんを捕まえておくのよ!」

 

「大丈夫です! ……と、あのボストンの任務の時のようにアンジーに言えればいいんですけど、何故か溢れてくるライバルが多すぎます……」

 

『セツナー……』

 

「新婚夫婦の不安の種にしたくないですから言っておきますけど、ちゃんと俺はリーナ一筋ですよ!」

 

 リーナの発言に対して、ジト目で見てくる二人に宣言しておく。

 その言葉に冷やかしの口笛がとんだりして来る。こいつら(スターズ)は……と思いながらも、自分達が来たことで最後のブーケトスの段となる。

 

 この時代になっても変わらぬ『幸せのバトンリレー』。それを受け取るに相応しい人間になろうと……。未婚女性たちの眼が輝く。

 

 輝いた瞬間―――レイラとシャルロットが、若干、何かの痛みを堪えるような様子。刹那が二人に掛けておいた呪いゆえに考えていたことが、何となく分かってしまった瞬間である。

 

「大方、『あの小娘(リーナ)なんかにウェディングブーケを渡してなるものか』とか考えたんだろうなぁ」

 

「それも総隊長への反旗と認定されるか……ったくあの二人は」

 

「ええっと、セツナ。少し解除してあげたらいいと思いますよ。ワタシは気にしませんから」

 

 ユーマとアンジ-から離れて、ベンジャミンの近くに行き話し合うも、総隊長の恩赦をノーとしておく。

 あの二人のお局は、もう少しだけ痛い目に遭っておくべきである。

 

 と思っていると意外なことに―――。

 

「あのさセツナ君。……ジェイクも何か痛みを堪えているんだけどどうしてだろうな?」

 

「ブーケが欲しいんじゃないですかね? フレディ中尉と一緒になる為に」

 

「オレ、ノーマルだよ!?」「んなわけあるかー!!!!」

 

 スターズでは若手の方のアルフレッド・フォーマルハウトに言うが、即時の否定が、仲良しコンビから入った。

 何というかジェイコブ・レグルスも若干、リーナに反抗的というか微妙によろしくないスター・ファーストである。

 

 めんどくさい派閥争いの仲裁の為に呪いを用いたが、本当に反省しない三人である……。

 

「まぁ組織にイエスマンばかりいてもよろしくないが、表だって叛意を出すのは違うと思うぞ」

 

 概ね、半数以上の人間が頷きながらも―――そんなことは構わずに最後のブーケトスが行われようとしている。

 

 車、キャビネットではあるが……オープンカータイプでレトロな車体のレプリカで作られたそれに乗り込もうとしているアンジェラ・ミザールの手が高く掲げられて―――ニューメキシコの風に乗ってブーケは……スターズの『乙女』の手の中に収まるのだった……。

 

 それが『誰』であったかは―――今は割愛しておいても構わないことであった……。

 

 幸せの裏側で、遠い銀河の彼方で災厄の一つが目覚めようとしていても、今はこの幸せの中にいたいのだから……。

 

 

 † † † † 

 

 

「実験は成功ですかねドクター・カネマル?」

 

「うん。まぁそうだな。確かに成功と言えよう……」

 

 小笠原諸島 南盾島にある海軍基地の一角。大規模な実験場の体だが、建物の名前は『南方諸島工廠』……基地内部に蓄えられた補給施設という触れ込み。

 

 しかし、そこは大規模な―――有体に言えば、半世紀は前のサイエンス・フィクションや、パニックホラーなどに登場する新型の化学実験をする研究所。

 

 そうとしか言えない場所の更に中心部。様々な計器類が多数のデータを拾い上げて計測していく場所にて、老人の研究者と壮年の男が話し合っていた。

 余裕綽々の男性に対して老人の方は少しばかり浮かない顔だ。

 

 実験―――九人の巫女と言う名の実験体を利用してのものは、概ね『いい結果』を齎した。

 大型CAD『計都』を利用して、宇宙空間に存在する様々な『質量体』を目標の場所に着弾させる……言うなれば魔法を利用しての『神の杖』。

 

 衛星兵器でありながらピンポイントでの爆撃及び都市攻略を可能とするものは、正しくして多くの結果を齎した。

 

 最終的には小惑星、もしくは大型の『攻撃衛星』を目的地に『着弾』させる実験が成功と言えるが―――。

 

 そう。『成功』しすぎているのだ……兼丸という老研究者からすれば、実験がここまで成功するというのは『ありえない』話なのだ。

 

 実験体である『わたつみシリーズ』という『調整体魔法師』……それがいつでもベストコンディションで起動式を読み込み、魔法式を投射出来ているなどというのは、信じられない。

 

 誤差は発生する。本来的な魔法の試みからすればふざけているが、予想していた誤差……『ゆらぎ』が許容量に収まるかどうかだった……。

 

 それが実験の『本当の目的』……別に老化学者は、研究員の一人『盛永』のように『モルモット』の体調を気に掛けているわけではない。

 

(なぜだ……ありえざる話だ)

 

 検証データは数多い。そしてその全てが、予想した通りの結果を叩きだしている。

 

 科学者としての『直感』で、それを実に恐ろしく感じる……。

 

 なにか……兼丸の知らぬところで何かが動いているような気がする。そして、それがとんでもないことになるのではないかと思えるのだった……。

 

「隕石爆弾……ミーティアライト・フォール……かつて星界の現象と地球(ほし)の変動を研究していた『星詠み』(スターゲイザー)の御業の完成は間近です」

 

 それは悪魔の囁きである……。だが、非公式ながらも日本の国防陸軍に『戦略級魔法師』がいるという実しやかな噂から、海軍の参謀本部からせっつかれていたのも事実だ。

 

 何かの大きな戦いで『披露』されていれば、そのせっつきも過剰なものだったろうが、それでもまだ予算も期間も余裕がある―――あったのに、老化学者は己の名利の為に後日、小惑星『ジーク』に対してミーティアライト・フォールをかけるとしたのだ。

 

 その宣言に対して、先に上げた『盛永』という女性研究員が食って掛かる。

 

「待ってください所長! ミスター!! 『わたつみシリーズ』の回復には、今までと同じく一週間のインターバルを設けるべきです!!」

 

「彼女たちの回復に一週間必要などと言うデータは何処にもないがね。今までは君の医学的見地を考慮してそうしていたが、ここまで来れば、早急にでも実験を開始する」

 

「ミセス…いえミス・モリナガ、彼女たち『わたつみ』―――いいえ、『星を呼ぶ巫女たち』(アニムスフィア)は優秀です……身体的スペックは少女のそれですが、多少の無茶は必要でしょう……『替わり』は作ればいいだけです」

 

 ミスターと呼ばれた男の言葉に、九人の少女の担当官たちは、頭に血が上るほどの激情を覚えた。自分達の行為が非人道のものであるなど理解している。

 だが、だからといって作られた存在は自我を持つ、自身を認識する。命は須らく、遍く、替えが利く『モノ』(物品)ではないのだ。

 

「あなたは……人の親であったことがないから、そのように言えるんです!!!」

 

「これは失礼。ですがアナタのセンチメンタルな心情に気遣って、出来るものをやらないでいるのもどうかとは思います。何かしらの『不慮のミス』が無ければ、実験は滞りなく行われるでしょうからね」

 

 その言葉の後に次げた兼丸の再びの宣言で、実験は近い将来行われることを、盛永は認識するのだった……。

 

 急がねば、という想いが胸を締めあげる。それが世界の転換点となりえた。

 

 † † † †

 

 

「「ミーティアライト・フォール?」」

 

『ああ、かつて……まだUSNAがUSAであった頃に、日本の海軍参謀本部との共同研究で作られていたものだ』

 

 同じチェアに殆ど密着状態のリーナと共に、バランスから送られてきた資料を見るに、実に―――『下策』なものが列挙されていた。

 端的に言えば、埋葬機関の秘蔵の概念武装―――あの『弓』ならば一人でも使えるが、本来ならば十人がかりの一級魔術師でしか扱えないものを起動させているのと同じだった。

 

 眉根を潜めるリーナに対して、タッチしてその予想される効果範囲。及び術式の作用を見ると―――メテオスウォームであった。

 

 第二法を扱えば、似たような事は出来るかもしれないが……しかし―――。

 

『なんでこんなものが今さら問題になっているんだい? まぁ予想は着くよジニ―(ヴァージニア)。昨今の宙間デブリなどの落着は、この術の成果なのだね?』

 

 同じく刹那の肩に乗りながら呟く魔法の杖が、画面の向こうのバランス大佐に言う。首肯が、それを決定づけていた。

 

『ニホンのオガサワラショトウ。そのミナミタテシマにある海軍基地にて、これらの非人道実験が繰り返されている可能性が高い。

 そして、これがニホンの戦略級魔法になったとしたならば、どの国も枕を高くして眠れはしないだろう』

 

「けれど宇宙軍のメテオスイーパー(軌道迎撃部隊)ならば、今後、税金の無駄遣いだの、無駄飯ぐらいと言われなくなるのでは?」

 

「おまけに宇宙空間(スペース)デブリの除去に大手を振って税金投入できますよ? ニホンでは役人のヘブンズフォール(天下り)っていうんだったかしら?」

 

『うーん。なんて即物的な回答。議会に通せばそれなりにやってくれそうな辺り、悩ましい……とはいえ、第三次世界大戦……前大戦の影響はまだまだ世界に燻っている。

 国も宇宙開発に予算は廻せないだろうな……少年少女の意見を無にして済まないな』

 

 バランス大佐も悩んでしまうぐらいには、もっとも『理に適った』策の提案だったが、最終的には『国は予算を回さない』。そういうことだ。

 

 一人のアストロノーツを育てるよりも十人の戦闘魔法師を望む世界では、ガガーリンもアームストロング船長も浮かばれないことこの上ない。

『座』で、この世界の現状を米ソの境無く嘆いて、ウィスキーとウォッカで泣き上戸しているかも。

 

 無駄な思考を終えて、話の用件を聞くことにする。

 

『ミナミタテシマの基地に潜り込んでいるスパイの情報によれば、近日中にでも小惑星2095GE9―――ヘイムダルコードにおける『小惑星ジーク』に対する魔法投射が行われる予定だ』

 

「無茶苦茶な。ジャイアントインパクトなんて食らったらば、本当に地球は寒冷化しますよ?」

 

『連中もその辺りは考えているようで、落とす寸前で地球軌道からスイングバイさせる手筈のようだが……どうなるかは分からん。万が一に備えて、少佐と特尉には『金属放熱』と『極虹魔砲』の使用を許可する』

 

 その言葉に、まぁ妥当だなと感じる。相手方の理性と、実験の成否次第ではとんでもないことになる。

 そもそも恐らく日本が一応の標的になっているとはいえ、その影響次第だ。……その前になんか『ヤツ』ならばやってのけそうな気がするが、その辺りは言わないでおいた。

 

『やれやれ。またもやセツナのとんでも『魔法』の台座になるのか、恥ずかしながら久々なんだから優しくしてくれよ……』

 

「えっ? 多少乱暴にしても大丈夫じゃない? “主よ、この身を委ねます”とかいって燃え盛って剣になったり出来ない?」

 

『オルレアン神拳奥義―――『ボルドー壊骨拳』!!!』

 

「ひでぶっ!!!」

 

「セツナ―――!!! というかオニキスは色々な意味で、フランス人に謝りなさ――い!!」

 

 両側にある翼を使って行われた奥義によって、狭いシートの中でのたうち回りそうになってしまう。

 

 とはいえ、修行の成果ゆえか痛みはそれほどなく、リーナの胸の中に掻き抱かれてちょっとだけ幸福感。

 一番いいシートを頼んだとはいえ、あまり騒がしくするのもどうかと思われるので、とりあえず大人しくしておく。

 

『まったく、兵隊としては緊張感が無いとか言ってやりたいが、この緩さがキミたちをトップギアにする原動力だものな』

 

 言葉でリーナの日本お土産、『あっぱれ』と書かれた日の丸をバックにした扇子を開いて仰ぐバランス大佐。

 

 苦笑の限りの言葉に申し訳なさを覚えながらも、本題に入る。

 

 

『我々としては、日本がこの研究成果で力を着けるのは別段『構わない』とさえ思っている。極東の防衛ライン、トルーマンドクトリンにおける防共の砦である日本には、自主防衛の手段は多くあっても構わないだろう』

 

「意見は是々非々だったのでは?」

 

『マクダネルの『オヤジ』がねじ伏せたよ。ったくあの人は……』

 

 その言葉で、参謀本部での会議と同席していただろう大統領補佐官の表情をお察しである。まぁあのオヤジは出鱈目すぎる。出鱈目すぎるので、隠居はムリだろう。

 

『だが、この実験で使われている少女達―――調整体『わたつみ』というデザインベイビーの置かれている状況は良くは無い……軍閥競争で魔法師の人権をお座成りにされるのは、非常に面倒だ。スパイに手引きは任せている。あとは―――分かるな?』

 

 分かる。分かるのだが……『誰』に預けたものやらである。それに関しては『本人達』に出会ってからで構わないだろう。

 

『さて―――そろそろアメリカの領空を抜けた辺りだな。この辺りで通信を切らせてもらうが、吉報を待っているよ。それと報酬は『いつも通りだ』。確認しておくように』

 

 そんな少しだけおどけた言葉を最後に、巻き髪の40代が端末画面から消え去る。

 

 消え去ってから一言。それなりの『緊張感』を吐き出しながらの言葉は、確証を得ていた。

 

 

「何だか……出来過ぎているよなぁ」

 

「そうよね。シズクに招待されたのがオガサワラショトウの私有地。そして、任務地もオガサワラ―――シナリオ書いているヒトでもいるのかしらね?」

 

『邪推かもしれんが、この事態―――恐らくとびっきりに『魔的』な事象になるはずだ。ただの魔法研究の頓挫で終わるモノではあるまい』

 

 オニキスの言葉に、自分もそれは「なんとなく」予想していた。降り注ぐ流星―――そして星々の彼方にある『モノ』を自分は良く知っている。

 

 

「せめて月に『結晶』があったならば、違ったんだけどな―――いまは考えても仕方ない」

 

「成り行き任せねぇ」

 

「それ以外には、どうしようもないからさ……ただ。キミの親父さんに言われたとおりに、リーナだけは守りたい」

 

「嬉しいわセツナ―――けれど、ワタシも戦うから、一人で抱え込まないでよね?」

 

 

 そうして、第一高校に入学するためにアルバカーキからの直行便で羽田に向かった時のように、シートの中で隣合って微睡む二人。

 

 声こそ聞こえなかったが、あの時と同じく公共の場でいちゃこらしていた様子を見るのが二度目のキャビン・アテンダントたち(未婚)が、本気で『恋人とか探さなきゃ……』と焦ってしまうのであった。

 

 並行世界の魔法使いが極東の地に降り立つとき、『運命』は再び転換点を迎えるのだった……。

 

 

 



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第103話『夏休み 二人集まり、一人欠けて集うはいつ?』

少し長いですが、まだ映画で言えば冒頭程度までしか進んでいないと言う事実。

飽きずに読んでいただければ幸いです。(謝)


「ようやく羽田に辿り着いたそうだ」

 

「今回はタイミングが合わなかったな。結構やきもきさせてくれるぜ」

 

 男子らしい五分丈のメンズ水着―――ショートパンツともサーフパンツとも取れるものを着ているレオが、端末に届いた連絡を達也と共に読み込む。

 

「あの二人の故郷がアメリカである以上、仕方ない点もあるさ。まぁ雫的には不満はあっただろうが」

 

 レオに返しながら、達也はチェアの横にあるアイスコーヒーを飲む。平和なプライベートビーチを一望できる北山家の別荘のテラスにて、そんなことを考えながら、スイカ割りをしているエリカ達に混ざらないレオに少し怪訝な想いがある。

 

「珍しいな。お前が、こんな所で『じっ』としているなんて」

「それじゃ俺がハムスターみたいに始終動き回っているみたいに聞こえるんだが……まぁ何というか、『小笠原諸島(ここ)』に来てから、若干調子が悪くてな」

「大丈夫か?」

「体調じゃないんだ。何というか『叫び』が聞こえるんだよ。『助けて』って声がな」

 

 若干、深刻な顔をしているレオ。ここに刹那が居れば『亡霊』の叫び(シャウト)とか言ってくるかもしれない。

 とはいえ、レオと同じく『変調』を来すというほどではないが、何か達也のサイオン流を阻害するものが放たれているのは事実だ。

 

 そして、その発信源は、この辺りの船着き島(ポートアイランド)、日本の南方の盾として名付けられた海軍の基地島でもある南盾島からであった。

 

 感受性が高いはずの幹比古や美月が、それを感じないということは、ある種の『特定の波長』に向けてだけ発信されているものなのかもしれない。

 

 更に言えばこの数か月で……如何に深雪の安全確保の為とはいえ、下劣すぎる探りともいえる行為を行った。

 黒羽家からの報告でレオと達也にある『共通点』に考えが至る。

 

 だが、それが友人の慰めにはならないので、刹那に教えてもらった集中力のアップ。精神向上の『メディテーション』を相互で行うことを提案。

 

 否も応もなく互いの肩、左右で乗せ合いサイオンの波長を互いに『平常時』へと戻していく作業。エルメロイレッスンにおいては、一人でやるよりも二人でやることで互いに術式を掛ける時の応用になると教えられたこと。

 

 それがレオと達也の調子を取り戻していた。

 

 

「サンキュー達也。結構落ち着いたぜ」

 

「気にするな。まぁ『叫び』の主が気になるならば探しに行こう。もしかしたらば―――」

 

 言葉を続けようとした瞬間、大きな音が響く。見ると、驚愕した表情でガラスコップのジュースをトレイごと落とした光井ほのか(水着姿)が眼に入った。

 どうやら飲み物を持って来てくれたようだが、衝撃的な場面を見たかのように固まる。硬直一秒後には再起動するほのかが近くにやって来る。

 

「ちょちょちょ!!! た、達也さん! レオ君も!! も、もしかしてそういうことなんですか!?」

 

『いやいや、無いからそれは』

 

 

 21世紀初頭から少し経った頃にある動画サイトで流行った「やらないか」を連想させるものだったと今さらながら思う。

 

 普段の制服姿ならばそんなことも思われないが、いまこの素肌にパーカーという状況では不味かったかと……。

 

 ともあれ、慌ててガラス片を拾おうとするほのかを見て、達也は静かにストップを掛ける。

 ガラスで指を切る心配もあったが、それ以上に見せたいものがあったからだ……。

 

「た、達也さん?」

 

スタート(再生)オーバー(開始)

 

 砕けたガラス片。その全て―――『見えぬほどに細かいもの』まで見てから、達也はエルメロイレッスンの成果を披露する。

 割れたコップはワイングラスタイプが三つ。

 

 しかし、そのガラス片の状態を戻していく。刹那風に言えば『元の形に逆行』させている。

 

 十秒もしない内に、中身はともかくとしてコップが三つほど出来上がった。寸分なく同じものが三つ出来上がっていたことに満足する。

 

「……!」

 

「レオ、すぐに乾くかと思うが、床が後々軋んでも悪いからな」

 

「了解だぜ」

 

 言葉で木造りの床に指を着けるレオ。

 今の時代ではモダンレトロな南国風の床に散らばった水気が、レオが床に刻んだ文字……これまた刹那曰く『フサルク(共通)ルーン』の一つを刻むことで、即座に木材の床から水気が消え去る。

 

「―――」

 

 絶句するほのかの姿に、若干達也としては『イタズラ』が成功した気分だ。

 これらの『魔術』は、刹那が個人的に生徒の相談に乗った結果として体得したものの一つだ。

 

 達也は、『修復』『回復術』に傾向が伸びているというアドバイスから、徹底的にこれらを学んできた。

 結果としてではあるが、ある程度の『魔力』が籠った物の『修復』も可能となってきた印象がある。無論、秘術たる『再成』に比べれば範囲や効果はそこまで凄くないが―――。

 

 あまり『大がかり』にしなくてもいい分、正直こっちの方が達也は『合っている』気がするのだ。

 

「もうお兄様も西城君も、ほのかをからかうようにそんな事をして人が悪いですよ」

 

「そんな意図があったのか達也?」

 

「すまん。付き合わせた」

 

 深雪の笑みを浮かべながらの窘めに、レオは半眼で見てきて達也は素直に謝っておいた。

 とはいえ、ほのかはまだ立ち直っていない様子であり、気付けの術でもと思った矢先。

 

「す、すごいです!! 達也さん!!! こ、こんなことが出来るなんて、やっぱり入試の時に見たサイオンの輝きは、間違っていなかったんですね!!!!」

 

「いや、そこまで大層なことか? まぁ確かに物体の修復というのは深雪がよくやる『汚れ取り』と違って難易度は――――」

 

「あなたはやっぱり一科にいるべき人間なんです!! このままいけば、達也さんだけでなくレオ君にエリカ、美月、吉田君―――いいえ、そもそも一科と二科の境すら砕けるかもしれません!!!」

 

 熱を込めて、ほのかが語る未来予想図であるが、それはあり得ないと断じた。

 そう断じれるのも達也が魔法教育というものの『融通の無さ』を知っているからだが、それでもその言葉に深雪まで眼を潤ませる辺り、深刻であると理解した。

 

 もしくは……刹那が様々な魔法系統―――『魔術系統』を披露したことを切欠に、『違う科』を創設するのも考えの一つとして挙がっている……。

 ただ講師が足りない。もしも、そんな科が作られるとしたらば―――主任講師にアシスタント講師が必要になる。一定程度は、自主学習でも賄えるが……果たしてである。

 

「先々の事は分からないよ。だから、あんまり未来に期待はしないでおこう」

 

「はい……残念です」

 

「お兄様。謙遜のし過ぎも――――」

 

 

 そう深雪が達也を嗜めようとした時に―――不躾ながらも、明らかに『達也』宛てだろう荷物を持ってきただろう国防軍の飛行艇が、若干の旋回を行ってから海上着水をする様子。

 

 不意の闖入者。ジェット飛行機の音が連れてきたのは―――恐らく厄介ごとだった。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

「軍からの出頭命令だ。俺が『何者』かもあまり知られていない状態でも、ここまで性急にことを進めるとは、よほどの事態だ」

 

 実際、飛行艇と共にやってきた国防軍の士官は藤林響子。

 それとなくリーナの関係者であることも知られており、かつ『美人』であることが若干の緊張を和らげていたが、一介の高校生の集団に何の用だ―――と感じたのは『ほのか』と『雫』だけだった。

 

(若干、俺が何者であるかをみんな察しているんだろうな……)

 

 あそこまでの魔法力―――攻撃力に特化していれば、そんな疑念も無くなるのかもしれない。八王子の一件、九校戦のペアピラーズ……そういうことだ。

 

 

「一応、命令としてはFLTなど所属の技術者総出でかからなければいけない事態ということになっているが、『本命』は違う」

 

「はい。こちらは叔母様の同意書。十まで言わずとも深雪は理解しております。……お兄様―――頭を低くさせてしまう無礼。お許しください」

 

 

 別荘の一室。盗聴盗撮を完全に排した部屋で兄妹は響子が持ってきた書類を見て、全てを理解した。

 

 騎士が姫に拝跪するかのような姿勢で達也と深雪は相対した……豪奢な一室。時代が違えば秘め事の場所にて妹は顔を若干赤くして、髪をかき上げながら達也に近づき、その額に口づけをした。

 

 姫君のキスは呪いの解除。多くの伝説やおとぎ話に語られているように、そんな風なロマンチックな『魔法』で、達也は「おのれ(自分)」を取り戻すのだった。

 

 それは姫君の騎士が、ただ一つの『魔剣』を使うための『誓約』(ギアス)を解き放つ―――この世で残酷且つロマンある魔法であった……。

 

 

 

 † † † †

 

 端末の情報を覗きこみ、そして何気なく呟く。

 

「遅かったか……」

 

「そのようね。さて、あとはタツヤのお手並み拝見となるかしらね?」

 

「そんなところかな……問題は、わたつみという調整体の子たちのバイタルだな」

 

「―――ねぇセツナ。この子達―――助けた後はどうなるのかしら……?」

 

 不安げな面持ちのリーナ。当然のことではあるが、父も母も、様々に調整された『遺伝子』の下で作られた存在。

 自分と違って資料に出てきている女の子たちは最初からの『孤児』なのだ。

 

「吉祥寺から聞いたが、魔法師の孤児。それを預かる孤児院・児童養護施設というのは、巷間の噂だけでも、あまりいいものではないらしいな。程度の差はあれども、魔法師は普通の幼年の子供ではないのだから、扱う院長たち次第だ」

「だよね……」

「そして何より……仮に彼女らを何処かの魔法の名家が引き取るとしても、そこにもパワーゲームは働く……いい家に貰われなければ、ロクなことにはならないだろうな」

 

 

 一度はエーデルフェルトからの申し出を断った刹那なのだ。だが、刹那は己でやれるとしていた。

 実際、色々と母の教導という遺産やちょくちょく様子を見に来る兄弟子・姉弟子……師匠であるエルメロイⅡ世。

 

 彼がウェイバー・ベルベットとしていた頃……まだ未成年の頃には、同じく頼れるものはいなくなっていた。

 

 だが、それでも……独り立ち出来たのは、彼に『大魔術師になる』という信念があったからだ。

 そんな彼らと比べるには、あまりに酷すぎる……。

 

「この子達は、世の全てを知らず―――そして頼れる人もいない……悪ければ、またもや研究所送りだ」

「……」

「―――言いたい事は分かる。ただ、そうなれば……」

 

 俯くリーナに残酷な現実を『覚悟』させておこうとしたが、その前にリーナは遮るように喋りだした。

 

「セツナ、前に言っていたわよね。人が生きていくうえで……どんなに過酷な道だとしても、そこに赴くための信念があるならば、何度でも立ち上がれるって」

「ああ……」

「楽な道というわけではないけど、アナタがミス・ルヴィアゼリッタの誘いを蹴ったのは―――お父さんの背中を見たかったからでしょう……ならば、この子たちが己の道を見つけるまで見守るのも」

「―――みなまで言わなくていいよリーナ。分かっちゃいたんだ。ただ最悪な結果に対する悲観を先にしておきたかった。それだけなんだよ」

 

 やられた想いだ。だが、自分がそうだったからといって―――この子達にそれを押しつけたくなかった。そういうことだ。

 

「うん」

「会いに行けばいいだけさ。わたつみという女の子たちにも何か『名前』はあるのかもしれない。俺たちが勝手に不幸な子(シンデレラ)扱いしているだけで、何かがあるのかもしれない」

 

 言葉で笑顔を取り戻すリーナ。こんな顔を見せてくれるかもしれない。無いとしても―――綻ばせることは出来るはずだ。

 

「ええ」

「会おう。会いに行く。それからさ」

 

 その言葉で自分に抱きついてくるリーナ。その頭を撫でる。魔術師としての倫理観、人間としての価値観……全てが綯い交ぜになるような懊悩から抜け出れた。

 

「それにしても、随分とこの子らに肩入れするよな」

「だって……女の子を助けないセツナなんて見たくないわ―――もうちょっと歳を経れば、『娘』とかを持つ身になった時、後悔しそうなんだもの……」

 

 既に遠坂家の後継ぎが『息女』だと確定的に宣ってきた……恥ずかしがるように、それでいながら悲しそうに言うリーナ。

 

 随分と『未来を先取り』しすぎではないかと思ってしまうリーナの発言に、刹那としても恥ずかしい想いは出て来てしまう……。

 それを誤魔化すように髪を撫で梳きながら、民間航空機は日本の海上を飛んでいくのだった。

 

 後にこの事が『娘二人』に告げられて――――。

 

『ココアお姉ちゃんとシアお姉ちゃんは恋のキューピットだったんだ♪』

 

 などと言われることなど、予想が着くわけがない。よって―――そんな話を民間機の中で話していると、ようやく着く小笠原諸島のポートアイランド。

 

 民間航空機の発着場がある……南盾島のそこに着くや否や、幹比古とレオに大声で声を掛けられる。

 

 北山家所有のプライベートジェットを見ながら、『叫び』が届く。

 届いたので、少し和らげるために―――秘蔵の『トパーズ』を手の中で溶かしてから、風に乗せて届けるのだった。

 

 

「聞こえてるんだな。刹那にも」

 

「まぁな……今は置いておけ。北山家の運転手を待たせたくないから」

 

 レオの海軍基地を見ながらの言葉にそう返しておいたが、次いで違う方向を見ると、幹比古がリーナの大量の『荷物』を前にして、何とも言えぬ表情をしていた。

 男らしく『荷物持つよ』とでも言ったが最後、『サンキュー! じゃあこれおネガイね――♪』などという結果になったのだろう。

 

「お、重い!? リーナ、これ何が入ってるんだよ!?」

 

「乙女の秘密よミキ。ついでに言えば下着とか水着とか色々あるからね♪」

 

「えっ!? そういうのは刹那に持たせてよ!!」

 

 まぁその通りであるが、一度言った以上は責任を取るべきである。そして重さの大半はバランスから空港便で送られてきた『アーマー』が主である。

 

「想像するまでは許すけど、匂い(アロマ)とか嗅いだらミヅキに言いつけるわよ」

 

「しないよ!!」

 

『とりあえず重量軽減の魔術を掛けるべきだね。これほどの重量物に掛けるのは至難だろうが、これも訓練だ。やってみたまえ』

 

「そ、そういうものなんですかね。『オニキス』さん―――分かりました。やってみせます!!」

 

 

 さん付けする程度には、刹那の『鞄』から這い出てきた魔法の杖に無駄な畏敬をはらっている幹比古の努力を見ながらも、最後に刹那は海軍基地の方に声を飛ばした。

 

『あきらめるな。生きろ』

 

 正確に伝わるかどうかは分からないが、それでも届いてほしい想いで思念の声を九人に届けたのだ……。

 

 そうして、再び飛行艇に揺られて北山家所有の別荘に着くや否や……。

 

 

「お嬢様を満足させる料理を作れるかどうか勝負です!!!」

 

 黒沢という北山家の家政婦との料理勝負を挑まれた。

 メニューは洋食―――疲れているとはいえ、ここで退いては、一時はエーデルフェルト家の執事であった頃の自分に土が着く。

 

「行くぞメイド王―――食材の貯蔵は十分か」

 

 そして―――戦いが終わった後には、メイド王黒沢と握手しあうことで和解した。

 この自動機械による調理が普及した時代に、これ程の使い手と戦い合えるとは、世界は広かった。

 

 ちなみにメイン判定人である雫のジャッジは『ドロー』。そういうことで終了したのだった……。まぁ皆して大満足していれば勝敗などどうでもいいのだが……。

 

 そんなこんなしていると、明日の予定を聞かされた上で、達也の事情を深雪からそれとなく知って―――刹那はリーナと共に浜辺へと直行するのだった。

 

 

 時刻は既に夕方―――しかし夏は日が落ちるのが遅いのが常……日本は西と東でこれまた違う訳で、東京都に区分しているとはいえ、海域及び地理的区分ではオセアニア区に位置している小笠原諸島の夕方は、まだまだ明るかった。

 

 もう少しすれば日が落ちるだろうか、そんな思いでいながらも、リーナ曰くおニューの水着……上は白のフレアレース、フリルレースのビキニ。スタイルが良すぎる彼女の魅力が完全に引き立つものに対して、下はシンプルに何の柄も無いピンク色のパンツだが、紐で結ぶ辺り、本当にこの子は……。

 意識していないのに『いけない娘』すぎて、男心をかき乱してくるのだから、困ったものである。本当は刹那的には困っていないのだが、それは胸の中に秘めとくものである。

 

『五十嵐が見たらば、血の涙を流して盗んだボード(姉貴ボード)で、公道走り回るかもね』

 

 などというエリカの評は間違いないだろう。日中であればあったはずのサングラスは無い。お洒落の度合いが少し下がっても、リーナの輝きは海の中でも色褪せない。

 

 

「きゃっ、もー……セツナのいたずらっ子ー♪」

 

「水に濡れた美少女とか絵になると思って、ぶっ! このっ!!」

 

「きゃー♪ 野獣に襲われる。これぞ『美少女と野獣』!!!……のはずなんだけど、ワタシタチに合う『タイトル』じゃないと思えるわね……」

 

「奇遇だな。俺もそう思う……。何かレオが東京の街中で芸能人と『ローマの休日』じみたことをしてこそ意味があるタイトルに思える」

 

 少しだけ海に入っての水の掛け合い。しょっぱい水を掛け合う『だだ甘』すぎる恋人たちの様子に、日中遊びまわっていた大半の人間が塩っ辛さではなく『甘さ』を覚えていたが、水の掛け合いを中断する事態に、何事かと思う。

 

 話題に出ていた西城レオンハルトはその声を聴けなかったが、ともあれ見学していた全員が怪訝さを覚えたが、それは一瞬の事。再びのだだ甘空間を形成。

 

 夕日が海中に没しようとしている中、砂浜を駆け抜ける男女。俗に言う『ワタシを捕まえてごらんなさい』をやる同級生二人。

 

 ベタすぎる―――が、この北山家のプライベートビーチの端から端へと至ろうとする駆けっこを見ていた面々……決して見えなくなるわけではないが、何となく目で追っていないと、どっかで『致そう』とするのではないかと監視の目を緩めないでおいた。

 

 

 などと言っていると、ここ最近では珍しくなくなっていた流星―――デブリの残骸が大気圏で燃え尽きながら落ちてきた。

 

 ちょっとした空を彩るページェントに全員が空を仰ぎ、お互いを捕まえたらしき二人が抱き合いながら空を見上げていた。夕焼けの空に流れるそれを―――達也も見ているだろうかと、ちょっとだけセンチになっていく……。

 

 

 † † †

 

 

 百里基地に着いた達也は、大隊の隊長である風間から説明を受ける。今回の戦略級魔法の標的を―――。

 

 

「楽にしてくれ」

 

 敬礼をしていた達也が休めの姿勢を取ると同時に、防宙司令部の一室に備え付けられているモニターに光が着く。

 

 説明役はいつも通り真田大尉のようである。

 

 映し出されたのは地球の全体図ではなく、その『上空』―――『宇宙空間(そら)』におけるものだった。

 

 地球軌道と火星軌道のモデル図。その中間にある光点。それら三つを見ながら説明を受ける。

 

「火星公転軌道と地球公転軌道のほぼ中間宙域で、小惑星の不自然な軌道変更が観測された」

 

 風間の言う『小惑星』が、モデル図に示された光点であることは、すぐに分かった。

 

「不自然、と言いますと?」

 

「軌道が突如内側に折れ曲がったそうだ」

 

 地球の公転方向に表示されていた光点が内側へ急激に軌道を変え、地球を表す円盤が四十五度ほど進んだところで光点と重なった。

 

「当該小惑星2095GE9、コードネームは『ジーク』。これが地球に衝突する可能性が高まった」

 

「確率はどの程度なのですか?」

 

「現段階で90%以上と計算されています」

 

 真田の答えに、それはほぼ確実に落ちてくると言うことだ。と断じる。

 だが如何に小惑星とはいえ、サイズ次第では燃え尽きる可能性がある。

 

 地球の大気層は、外宇宙からの『来訪者』をシャットアウトする最後の防壁なのだが……。ジークの直径が最長で120メートルもあるとすれば、その期待は薄い。

 

 何よりこの現象の不可解さ。

 21世紀に至る前から天体観測の技術は上がっており、地球に衝突する『だろう』軌道を取る物体は、何万光年も先から観測されているはずなのだ。

 

 それを覆すのは『超越的な意思』の介入を仮定しない限り、現代の人類が持つ技術での干渉を可能にするものは、魔法と言う名の『技術』以外にありえない。

 

「ジーク大気圏突入による破壊規模は『ツングースカ大爆発』に匹敵するか、これを上回ると予想される」

 

 1908年6月。シベリアのエニセイ川支流、ポドカメンナヤ・ツングースカ川上流上空で起こった隕石の空中爆発。その威力はTNT火薬換算で5メガトンに達すると推測されている。

 隕石の空中爆発としたが、22世紀に入ろうとしている現在も様々な学会で真相を完全に『これ』だと言い切れない科学ミステリーだ。

 

 被害規模は、当時のソ連の科学グループの調査を元に、最終的には広島原爆の300倍以上の爆発力だと証明された。

 

「更に悪いことに、ジークが空中爆発を起こす確率が最も高いのは東シナ海上空だ」

 

 隕石の予想落下軌道、爆発による被害範囲が表示される。

 

 三通りの軌道情報が出されて、その『ずれ』の中で、一番まずいのは南北ではなく―――日本海側にずれた場合だ。

 

「日本海側にずれれば、九州地方に甚大な被害が生じる。この事態を放置することはできない」

 

「はい」

 

 声に出して相槌を打っておく。確かに運まかせに出来る事態ではない。こと此処に至れば否も応も無かった。

 

「よって、大黒特尉に命じる。マテリアル・バーストを以て、ジークを破壊せよ」

 

 命令に敬礼で答えると、堅苦しいのに苦笑したのか相好を崩して風間は口を開く。

 

「すまんな。夏季休暇のバカンス中に、呼び出してしまって」

 

「そこはお構いなく。自分とてこの事態。放ってはおけませんから」

 

「藤林から聞いたが、遠坂君とミス・アンジーがいなかったそうだが」

 

「あの二人はUSNAに帰国していましたから、知人の結婚式に出ていてガン〇ムに襲撃されているのではないかと冷や冷やでしたよ」

 

 ガ〇ダムって何だよ。と真田と風間が汗を浮かべながら、達也の発言に驚愕した。

 要するに一番の『遊び相手』がいなくて暇ではないが、刺激が足りなかった―――そんなところだろう。

 

「もしかしたら、なんだけど……もう一つ違うものが落ちてくる可能性が高い―――こちらはUSNAのメテオスイーパーが対応するらしいけどね」

 

 USNAという言葉に真田が思い出したのか、ついでの情報を告げてくる。確度が高いわけではないが、それでも不味いものが変な軌道を取っているとの情報。

 

 USNAの廃棄戦略軍事衛星が緩やかに落着しようとしているとのことだ。その言葉に、達也は一瞬にして事態の『予想』を立てた。

 

 

「成程。ですが物事には『想定外』が付き物ですからね。―――そちらに関しては、『お手並み』拝見といきましょう」

 

 

 達也の言葉に『who is this?』とは、二人も言わなかった。そして達也の予想通りならば、USNAの戦略級魔法師の実像が見えるかもしれないのだから―――。

 

 

 



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第104話『Seconds――(fate)』

今回の話はあるところで、ヘビリピで『Five』を聞いてくれていたらば嬉しいと思ったりなんだり、

ツッコミどころは多々あれども、読んでいただければ幸いな最新話。どうぞ。

休日はいいですねぇ。特に家にこもってのカンヅメ作業は、特にいいです。(爆)


『あきらめるな。生きろ』

 

 強い意志を持った魔力の波動(こえ)だ。九人の中でも、一番の『力持ち』たる15番目のシリアルナンバーでありながら、『四亜』(しあ)と名付けられた子は、その声に持ち直していく。

 

 己が己でなくなる様な感覚。機械の中で、全てが混ざり合う中でも自分は、『四亜』であると自我を確立しながら、他の『姉妹』たちを叱咤できるぐらいに、意志を立て直される。

 

 それが魔法式の『安定』を齎す。つまりは実験は―――。

 

(シア! あまりがんばり過ぎるな!! 君がこれ以上やれば―――)

 

 江崎という自分の担当官が、機械の外から声を発する。以前は妹がいたと話すその人が、四亜を見る度に涙を流すこともあったことを思い出す。

 以前語ってくれた通りならば、江崎の妹が、魔法の制御に失敗して事故で死んだことによる『哀れみ』である。

 

 そうだと分かっていても、今はこのチャンスに懸けるしかないのだ。

 

(九亜。もう一つにも『飛ばす』よ―――)

(うん。きっと来てくれるよプラズマリーナは!)

(プリズマキッドもね。だから今は―――)

 

 この実験を『滅茶苦茶』にするだけだ。

 その二人に追随するように『一亜』(ひとつ)『二亜』(ふたつ)……姉妹たちは、文字をひっくり返して『あい』、『にあ』と呼んでいるのも続いてくる。

 

 大型の機械。CADの中に収められて、脳を同一にされても、『私はここにいる』と、星を呼ぶ少女達の必死な叫びが―――宇宙空間にある金属の塊に干渉を掛けた時―――。

 

 

 ―――刹那は覚醒を果たした。

 

 北山家の別荘。それぞれに広々とした個室が用意されており、寝汗を掻くことも稀な空調の中でも寝汗を掻いていた。

 

 必死な叫び。そして見えてきたビジョン。

 鳴り響く端末のコール。時刻は既に深夜を回っていた。窓辺から覗く月と星の輝く夜空を確認してから端末のコールに答える。

 

 そして、バランスからのエマージェンシーに応えるべく即座に準備を整える。

 

「オニキス」

『ああ、キミにも聞こえるよな。私にも聞こえたよ……待っていたまえ!! 『マシュ』な子たちよ!! この万能の天才が、君達の元に行くのだから!!』

 

 

 オニキスの宣言に力強さを持ちながら、いまはまだだが、現在は少女の『願い』に応じて、落ちてくる『戦略軍事衛星』を叩き潰す。

 窓を開け放ち、基礎的な魔術で砂浜に着地。自分が落ちると同時に、他にも同じ音が聞こえた。

 

 自分と同じく窓から飛び出たリーナ。エマージェンシーコールか、それとも……分からぬが、金髪の髪を解いたままに出てきた彼女と、やるべき事は一つだ。

 

 

「迎撃ポイントは、ここから近いわ。飛べば一瞬」

 

潜水艦(ニューメキシコ)を呼び出すほどではないな。待機させておいてくれ」

 

「オッケー……では行きましょうか」

 

 端末を操って、恐らく総隊長権限で『WAIT』とでも打ったのだろう。権力の濫用を見ながらも―――。オニキスは、滞りなく準備をする。

 

 多元転身の準備をする魔法の杖。並行世界から多量の魔力を伴っての、それは久々のものだ。

 

『長い間。真なるプラズマリーナを読者(?)の皆様方に見せられなかったが、私が来たからにはもう安心!

 私が思うカレイドライナーは二人で一人。盾のサーヴァントと補欠(最高)のマスターのように、青と赤の光の巨人がいるように、私色に染めあげよう! ルーブ!!(?)』

 

「コンパクトフルオープン!」

 

「鏡界回廊最大展開!!」

 

 片手を夜空に伸ばしながら叫び、もう一方の片手を繋ぎ合わせた男女の衣装が寝間着のそれから変わっていく。

 

Die Spiegelform wird fertig zum!(鏡像転送準備完了) Öffnunug des Kaleidoskopsgatte(万華鏡回路解放)!』

 

 受けた魔法の杖が、最後の転身を完了させる。

 

 刹那が変身したその姿は、プリズマキッドの最後の活動となった際の格好。仮面を後ろに回してモノクルにシルクハットの素顔を見せながらも、決して誰かは分からない白いタキシード姿の魔法怪盗…。

 片やリーナの姿も初期のプラズマリーナの衣装と少し違って、全体的なフォルムは同じなのだが、全体的にピンクを基調としたものとなり、露出度は減だが、より『怪盗らしいフォーム』になった。

 

 一部ではプラズマリーナがキッドによって『悪堕ち』された結果なのだと、純粋なプラズマリーナファンを嘆かせたが、ともあれ―――二人は魔法怪盗としての名乗り口上は忘れない。

 

 

「愛と正義と自由を司る星、輝けるシリウスの下に生まれし美少女魔法怪盗プリズマリーナ・ツヴァイ参上!! 愚鈍な男と泥棒猫は許せない!! 愛と怒りのマジカルシャワー落とさせていただきます!!」

 

「世界に神秘あり、人の心に謎あり、夜の闇に奇跡あり。万世のミスティックを秘蔵するため魔法怪盗プリズマキッドただいま参上。未来を生きるアナタの心に『永遠の魔法』を刻み付けましょう」

 

 

 無人の砂浜で、これをやっても意味は無いな。そう思いながらも、これこそ様式美。ポーズを決めて昂揚していた所に―――。

 

 

『さっ、二人とも楽しんだことだし、さっさとロックオン・ストラトスしにいこうか』

 

「「なんで真面目―――!?」」

 

 手叩きでの気付けのように、両側の羽を使ってのジェスチャーを加えて言ってくるオニキスに若干、納得が行かないものがありながらも、二人の魔法怪盗は、飛んでいくのだった。

 

 そんな様子を、兄の無事を祈って深夜まで起きていた深雪は見ていた。

 窓を開け放ち、若干の寝ぼけ眼で見ていたのだが―――結論としては――――。

 

「……見なかったことにしよう」

 

 昼間の遊び疲れも相まって、結局眠りに落ちるのだった……。

 

 

 † † †

 

 

 半球状の大型スクリーンの内部に立ち、スクリーンに映し出されるリアルタイム―――というには流石に、光が届くタイムラグがあるので、凡そ三分前の小惑星ジークが見えている達也。

 

 その三分前ながらも、自己にある『精霊の眼』と『第三の眼』という器具を用いて、『確実』な照準を付けた達也は、風間からの合図を待つ。

 

「マテリアル・バースト、発動準備」

 

 風間の声に、達也が第三の眼の銃口を完全に小惑星に向けた。

 達也の視界に『現在時間』の小惑星の姿が結実。『準備完了』と返すと―――。

 

「質量エネルギー変換魔法、マテリアル・バースト、発動」

 

「マテリアル・バースト、発動します」

 

 風間のGOサインを最後に、遙かかなた三光年分先の小惑星に対して、魔法式が投射されるのだった。

 

 引き金一つ引くだけで、隕石破壊作業が行われる。その凄まじさを前に風間は、これを覆せるぐらいの何かがあるというのだろうかと思えた。

 

 達也にはタイムラグなく『見えていただろう』隕石の破壊作業。凡そ2トンもの岩塊が、この宇宙から消え去る作業。

 若干遅れて、最大天測機器『ヘイムダル』から送られたものを見た風間は、いつものこととはいえ、若干の安堵をしておく。

 

 そうして達也に秘蔵の麦茶でも振る舞ってやろうかと思った時に、少しの事態の急変が起こる。

 

 USNAの戦略軍事衛星『セブンス・プレイグ』が、軌道を変更していくという情報。

 

「―――投射された魔法式は『2つ』だったのか……」

 

 未だに発信源こそ分からないが、どこの馬鹿かは知らないが……面倒なことばかりしてくれる。

 

「廃棄されたとはいえ、アレに搭載されている対地ミサイルは30発。その30の中には一発辺り二千発もの劣化ウラン弾を内蔵している。撃ち込まれれば、爆圧だけではなくこの上ない環境破壊兵器としての側面もある」

 

「撃たれますかね?」

 

「動力源が無いから、その辺りは大丈夫だろう……あちら側の最後の動作で、最後には太陽方向へとスイングアウトされる手はずだったが―――『時間』に余裕があるとはいえ、メテオスイーパーでは対処できないだろうな」

 

 USNAもこの事態を理解していないわけがない。もしも大気圏への突入コースでも取られていれば、劣化ウランによる地上に対する影響も考えなければいけない。

 

 その上で達也は、ガガーリンやアームストロング船長も越えた偉業を為す。

 宇宙空間に『生身』で存在しながら『分解』を叩き込む作業になっただろう。

 

 クドリャフカだかライカだか、ジョゼフ・キッティンジャーもビックリの作業をしなければならなかったが―――。

 

「USNAから緊急コール。こちらの回線に割り込んできます!!!」

 

『射撃場』にいた電子の魔女たる『藤林響子』が驚くほどに、手際がよい方法で聞こえてきた声は、どこの誰であるかを示さなかったが―――ともあれ事態を掴んでいるようだ。

 

『そちらからすれば、夜分だろうが、いや実に遅くに失礼。どうやら、そうとう切迫しているようだが、この一件は、この万能の天才が預かった!! 

 十の災いの一つ。七つ目の災いの処理は私が担当する。干渉、手助け、一切無用! というわけで、肌を悪くしないように早めの就寝を提案しておこう。以上!』

 

 一方的な宣言。そしてこちらの言葉を一切入れずにまくし立てるような言いざまに、達也を除き誰もがポカーンとした。

 

 そして一方的に回線を切られたことで、逆探知も出来なかった。

 

 だが、達也は何となく『誰』であるかを理解していた。理解していたからこそ『下手人』が誰であるかを理解していた。

 

「天測しましょう。USNAの戦略級魔法師の手際―――見えるかもしれないんですから」

 

「あ、ああ……ヘイムダルへと繋げておいてくれ。藤林」

 

「了解です」

 

 その言葉で、何となく仕事の再開となる。

 急激な落着コースを取ろうとしているセブンス・プレイグ―――十字教の人々を受け入れなかった古代エジプトに襲い掛かった、十の災いの一つを処理しようと言うのだ。

 

 見せてもらおうか。連邦に逃げ込んだ古式魔法の真髄とやらを! 俺の中の人(?)のセリフを奪った甲斐を見せてもらいたい。

 

「あのー達也君……言うのは野暮だけど最近、ものすごくボケたキャラになっているよね。

 以前の真面目一辺倒な君よりはいいのかもしれないけど、大隊一同なんかこう複雑だよ!!」

 

 なんか真田さんが言っているが気にしてはいけない。そしていつか真田さんには『こんなこともあろうかと』とか言ってもらいたい。

 

 そんな風にして友人の手際を見せてもらうことにするのだった。

 

 

 † † † †

 

 

『時間が無いわけではないので、安全策で行こう。リーナ、私を成層圏まで飛ばせるかな?』

 

「人間ほどの『質量』をオニキスは備えている訳ではないから、問題ないけど―――どうするの?成層圏では目標の人工衛星は見えていないわよ?」

 

『そこは、まぁアレだな。ご主人たるマスター・セツナの『懐』の為にも、ちょーーーと『細工』をしてくる。アレをただ処理したのでは若干もったいないからね』

 

 オニキスの言葉で「ああ、そういうことか」と感じる。

 刹那としては『第二』の真似事―――大師父の偉業の一つ。無尽エーテル砲で撃ち落としてもよかったのだが……。

 

 そんな風に刹那が『残念感』を感じていたというのに、リーナだけは違っていた。

 

「しょうがないわね。遠坂家の後継者は、次代の子孫の為にも財を備えておくのが(セオリー)なのよね。ならばワタシとワタシの子供達が楽な生活するためにも、たんまり稼いでもらわないと」

 

『いやー、まだ15.6歳なのに良妻賢母だねリーナ。世の女性が見習うべきものだよー』

 

 身体をもじもじさせながら語るリーナ。事実とは言え、何となく納得が行かない。

 このこのっ!とでも言わんばかりに羽を肘に見立てて、刹那の腕を突いてくるオニキスに『なんでさ』とか言いたくなる。

 

 ともあれ、ジョゼフ・キッティンジャーよろしく数秒もしない内に、魔法の杖―――その基部のみが宇宙空間に飛んでいく。

 

「戻ってくる時は、どうするのかしら?」

 

「俺が『呼び寄せれば』いいだけだ。では―――奴が帰って来るまでに、準備しておくか」

 

 

 棍棒のようなごつごつした得物。知らぬものが視たならば、一見しただけでは分からぬが、それが真正の『魔法の剣』であることなどこの場にいる二人には分かり切っていた。

 

 小笠原諸島から随分と離れた海域。

 その島や岩礁すら見えぬ『真黒な海面』から然程離れていない所に、『魔法陣』による足場を形成して佇む魔法怪盗たちは、オニキスの吉報を待ちながら調整していく。

 

 

 10分……経ったかどうか分からぬ時間で――――来たようだ。

 

「コール!!!」

 

 杖を手に―――オニキスを呼び寄せる。宇宙空間からの『転移』を果たすオニキス。放射線などの変質は見えていないが―――着いた途端、『ぶへぇ』などと息を着く様子。

 

 どうやら相当な難事であったようだが、それ以上に『何か』を見たかのような様子。

 

『やれやれ。星、そして呼び寄せる。喚起、そして衰退した文明。汎人類史から枝分かれした異聞史……分かりやすすぎるな。船を撃ち出す前段階に至っているね―――』

 

「え?」

 

『いや、なんでもない。今は気にするな―――『降臨』すれば否応なく、どうにかしないといかんのだからな』

 

 

 何を見てきたのか分からぬが、少しだけ汗を掻くオニキスに疑問符を持つが、ともあれ―――『魔法』の準備をする。

 

 持ち上げた宝石剣ゼルレッチと飛んでくる黒いカレイドステッキが合体を果たして、凡そ魔法の現象としてはありえない『得物』が、刹那の手の中に、確かな形で『結実』した。

 

 

『コンパクトフルオープン、鏡界回廊最大展開―――オールライト! いけるぞ!!!』

 

「―――カレイドアロー、魔力最大装填!! 星間宇宙の衛星を狙い撃つぜ!!!」

 

 左右にある翼の翼端から張り出している弓弦を引っ張る刹那。

 

 大気の空を超えて、『宇宙』(そら)へと照準を着ける偉業。

 

 ―――星を撃ち落とす日。

 かつて(のちに)異星からの来訪者を撃ち落として、恋に落とさせた『偽神』のごとく―――その様子。嵐の中心にいる刹那の姿。

 

 あの時、何故―――ノーブルファンタズム(貴き幻想)を使わず、これだったのかを聞いた日―――いやそれ以前から、リーナは刹那に恋をしていた……。

 

 その姿を今度は間近で見ておく―――これが彼の輝きなのだと……。

 

『見えたな!? ぶっ放せ!!!』

 

「全力射撃、まとめて吹きとべ!!!! オーロラサークル発動!!!」

 

 虹色に輝く目が睨んだ通りに、解放される弓の一撃であり『虹色光柱』の輝きは、圧倒的な威力で以て大気層を吹き飛ばして宇宙空間にある巨大な衛星に着弾。

 

 先に行われた達也の静かな戦略級魔法の発動に比べれば、何とも大味なものだが、着弾した瞬間。遅延で発動する魔術式。

 

 幾つもの大中小の魔法陣が輪切りにするように、全体に差し込まれて、歪みを来すセブンス・プレイグ―――。

 攻撃衛星としての機能を奪われたがゆえの最後の抵抗か、それとも……。

 

 ………その映像を『第三の眼』を用いて、リアルタイムで見ていた達也は、その結果を見ていく。そして聞こえる声……。

 神秘を『糾す』言葉が、耳朶を撃つ。

 

「―――聴け、万物の霊長 ―――告げる(セット)

 

 聞こえる声は達也の『幻聴』かと思うぐらいに、他には聞こえていない様子。情報次元にアクセスできる達也にだけ聞こえているような錯覚は間違いではなかったようだ。

 それはまごうことなく法則も、理も無視したもの。この世界における『魔法』とは別次元の『魔法』

 

 仮に魔法(ぎじゅつ)を人智であり世界であると称するならば、この魔法(まほう)は埒天涯の孤独である……。

 誰にも理解されない―――空想の具現化。そう達也は断じれた……。この魔法は、ロマンチックな表現をするならば、『(てん)(そと)の神の摂理』。

 

刹那(とき)を示す我が()において告げる」

 

 

 ……巻き戻しを許さないはずの『世界』に挑む業、人にも星にも含まれない(わざ)を、地上の誰が『奇跡』と呼ぶのだろうか。

 

 讃え、尊ばれない可能性の具現。されど刹那は世界に挑む。この『星』が、地上に落ちた『世界』を幾つも視た。

 この『可能性』が無かった世界を幾つも視た。『黒き魔王』がソラに佇み、撃ち落とすものも視た。

 

 正直言えば―――任せといても良かったかと思うのだが、挑んでしまったのが自分なのだから仕方ない。

 

「―――全ては(All) 違えて(fate)―――可能性は、(seconds)世界(ここ)から排除される」

 

 だから最後まで戦う。落着する星に付随していた『願い』も聞き届けた。明白な罪科であろうと星を敵に回す不遜の下―――魔法の蓋が開けられた

 

 刹那の無言での宣言通り、―――この領域、この時間軸、この『一瞬』にだけ―――第二の魔法が顕れた……。

 その瞬間、達也の眼に『赤い空』をした地球が見えたことで、声を上げて眼を抑えた。

 

 出血するのではないかと思う程の痛痒。『魔法使いのペテン』を見抜こうとした罰だろうか。

 痛む眼を抑えて達也は何とか見ようとしたが、その時にはセブンス・プレイグは、完全に『消え去っている』という結果を響子から聞いた。

 

「達也!!!」

 

「大丈夫です。ったく―――ここまでやるとは……」

 

 即座に眼のコピーが再生されて十全の身体となったが、これが……戦略級魔法『番外位』―――『極()砲』またの名を『オーロラサークル』の真価であると気付いた。

 

 ただ単に『破壊力』としてサイオンの塊を叩きつけたわけではない……。その真価は、望むものを『取捨選択』出来ると言う点にある……。

 

「藤林、真田―――観測結果は?」

 

「セブンス・プレイグ―――その質量全てが消滅しましたが……分解魔法とも違いますし、何と言えばいいのか―――」

 

「……この『宇宙』から丸ごと『セブンス・プレイグ』分の『質量』が消え去った―――そんな辺りが、適当な表現だと思います」

 

 藤林の困惑した言葉に、記録映像をリプレイした達也が、そういった表現を使っておく。使ってから即座に開発中のスーツを用いて連中の元に行こうと思い立つ。

 色々と問い質したい気分だったからだが……その前に、報告書作りがあり―――どうやら拘束を抜け出るのは、難しかった。

 

 そしてセブンス・プレイグが、『居なくなった』影響ではなく……『本来』ならばあり得た光景が、世界を『正す』ために、『結果』を再構築した。

 

 本来ならば、とんでもない近距離で分解されるはずだったセブンス・プレイグ。陽子と電子の放出が、大気層の空気を電離させ、オーロラを生み出す。

 

 そういう『結果』が、衛星の本来のあり方だった……。

 

 小笠原諸島近傍に突如現れた光のカーテン。どんな人間でも、その美しさの前では感嘆を禁じ得ない。そして、それがある種の世界のペテンゆえであることは誰にも気づかれない。

 

 真夏の奇跡。誰かからの贈り物―――地球の極点でなくとも見えたそれを―――九人の『アニムスフィア』は見た。

 

 研究員の中でも自分達に優しい人達が、外の世界―――……レクリエーションルームから見える星空、月夜以外の美しさに誰もが心を奪われた。

 

 

『生きろ。この世界は、綺麗なのだから』

 

 そういうメッセージを受け取り、明日も生きようと想うのだった……。

 

 

壮観(ダイナミック)ねぇ、こんな光景を真夏の夜に見せるなんて、本当にロマンチストなんだから」

 

「俺が起こしたわけじゃないさ。本当ならばあり得た結果を『世界』が再生しただけ―――余計な『お節介』のツケだな」

 

 言いながら魔法陣の上で座り込む刹那に同じく座りながら寄り掛るリーナ。上空には虹色の光のカーテン……見上げる二人の恋人たちにとっては最高のページェントだった。

 

『その結果として、この二つの『器物』を手に入れられたのだ!! さぁ後でジニ―お嬢ちゃんに高値で売り付けてやれ!!』

 

 とんでもないことではあるが、あの瞬間……疑似的な『魔法発動』―――『逆光運河・創成鋼剣』……刹那なりの秘中の秘。

 エミヤの刻印も用いて、出来上がる『魔法もどき』でセブンス・プレイグという『破滅概念』を『武装』にしたものが、二つも刹那の手元にあった。

 

 何が出来上がるかは刹那と言えども『分からない』。分からないからこそ出来上がったものが、あのセブンス・プレイグだったなどと傍から分からないものに変わることもあるのだ。

 

「バランス大佐に高値で売り付けるか……なんか『弓』が持っていたロケットランチャーだか、パイルバンカーに似ているし―――」

『きっとアレだね。名前が名前だから、転生批判の完全数を連想しちゃったんだよ♪ 刹那のイマジネーター、アーティスト根性』

「芸術はバクハツなのよね!?」

「お前ら二人とも岡本太郎画伯に謝れ!!……さてと、んじゃ帰るか―――バランス大佐からは何かある?」

 

 その言葉で端末を操るリーナ。どうやらあちらでも結果は観測していたらしい。

 

「アッパレ! もう一つ序でにアッパレらしいわよ―――これで星を呼ぶ少女(アニムスフィア)たちの救出が早まれるはずだって」

 

 連中……南盾島にいる研究所の連中は、今ごろ泡吹いて倒れているはずだろう。自信満々で放ったものが二つとも迎撃されたのだ。

 データを取るという意味では、良かったかもしれないが、そもそも軌道離脱まで出来てこその隕石爆弾だったのだろうから……。

 

 しかも、あそこまで盛大な焚火を刹那は打上げたのだ。何を目標にして『撃たれた』のか、そして何故『小笠原諸島付近の海域』なのか?

 

 様々な疑問が、日本の魔法師達の注目を、ここに集める……それだけで巣穴を燻された穴熊の如く出てくることもあり得る。

 

 そういう手筈だ……。恐らく達也は、というより日本の国防陸軍は、あの島が違った意味での『アルカトラズ』であるとは知らないのだろう。

 

 そして、それが宣告されたかのように、夜明けの南盾島に様々な動きが出るのだった……。そこにて刹那とリーナは、星を呼ぶ『ツインスター』と出会うのだった……。

 



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第105話『夏休み 双星のわたつみ』

休日を利用しての連続投稿。

ちと長すぎて場面転換も多すぎますが、実際、特典小説でもこんな風な転換の仕方なんですよね。

カットしたり改変したんですが―――長すぎて読みづらければ、少し分割しようかと思います。


 夜明け前に、いよいよ『この事態』を利用することが絶好のチャンスだと分かった研究員たちは最後の話し合いを持つ。

 

 あらゆる監視状況が取り外された三番目。三亜(みあ)の部屋にて、『江崎』『古田』『盛永』たちは、話し合う。

 小惑星ジークが、陸軍が秘蔵している戦略魔法師に消滅させられるのは当然予期していたが、それでも第二の本命たるセブンス・プレイグまで消滅させられたのは想定外だった。

 

 陸軍の魔法師がどうやってジークを消滅させたのかは、はっきりとは分かっていないが、セブンス・プレイグに対する干渉は、小笠原諸島から近い海域で行われた

 

 そういうところで撃ち落とされたのだ。はっきりとした光柱の発生。魔法師であるならば、分かる―――否、魔法師でなくても届くかもしれない強烈なメッセージ。

 

 かつて、セイレムにて観測されたものと同じ波形―――それが研究所を騒がせていた。

 

 オーロラ・サークル……戦略級魔法の番外位(EXTRA)、それが伝えたのは多分―――。

 名も知らぬ魔法師のメッセージに急かされるように、彼らは最後の話をする。

 

「サンタナに出来るのは、モールに連れ出すまでです。彼の母国は輸送手段を用意出来なかったそうですから」

 

「ココアだけでも脱出させた上で、この実験を止めるためには―――どこかの権力者に、この事態を糾弾させなければいけないんです」

 

 20世紀の頃、モロッコにて起きたあるクーデターからの監禁事件の顛末にて脱出出来た『マリカ』のごとく……。

 

 それこそがこれまで話されたことの概要である。だが、誰もが権力者との『渡り』を着けられなかった。

 如何にこの研究所に招聘されるほどに優秀な人間と言え、国外や国内の―――軍と一種の政治的対立をするだけの勢力とのパイプは無かった。

 

「ミア、大丈夫かい?」

 

「はい。古田先生……ココアとシアがだいぶ、請け負ってくれましたから、あの二人がきっと……見つけ出してくれるのだから」

 

 言うミアの容体は、あまり芳しくない。そしてあの男……『ミスター・アイズデッド』が、次なる標的としたものへの投射実験も、近々始まろうとしているのだから。

 

 手を握り、意識を保つように、ここにいるよ。と……亡くなった娘にやるようにしたことで古田は思わず泣いてしまった。

 

 何故だ。兵器である。実験動物である。作られた人間である……そうであるならば、何故こんなに可憐な存在に作らなければいけないのだ。

 犬、猫、カラス……畜生に対する慈しみが持てないわけではない。だがそれ以上に、同じ姿かたちをしていては、そんなことに使うことじたい躊躇してしまう。

 

 ただの兵器に使うならば、まだ違う動物でも良かったではないか……。

 

「古田さん……」

「盛永さん。七草家に助けてもらうことは出来ませんか? アナタはかつて七草家次男の講師をしていたこともあったと聞いていますが」

「七草君にですか……しかし、私は一介の講師でしたし、彼が卒業する前に大学を離れましたので」

「それでも―――赤の他人ではないはずです。七草家の助力が得られれば、他のみんなも助けられる可能性が高い」

 

 古田の気持ちが、他の2人、そしてここにはいない担当官たちにも分かっていた。だからこそ一縷の望みを持つにはそれしか無かった。

 そして盛永としても、可能性は薄いがそこに賭けるしかないと想った。もはや藁にもすがる想いで、七草家次男―――七草孝次郎に連絡を取る盛永。

 

 私室にて使えるプライベートアドレスを用いての通信。軍部にも探知されないそれで祈る思いで、待っていたら、すぐさま返信が来た……。

 

『私自身は手が離せないので、協力は出来ません。しかし―――私以外の協力者が、小笠原にいますので、私の方からも『そちら』に話を通しておきますが、先生の方からも『こちら』に一報をお願いします』

 

 予想外に好意的な返事。

 そして『そちら』と『こちら』という単語と付随しているメールアドレス。暗号化キーの類。

 端末に『七草真由美』という人物が表示されたことで、大急ぎで暗号文を作り、真由美宛てに送信した……。

 

 

 † † † †

 

 

「ちょっと十文字君! 起きて!!!」

 

 ドンドンとあからさまにマナー違反極まるドアノックをホテルの部屋にする女。本来ならば、遮音・防音の類がかかっているドア越しに響くとは、魔法を使っているなと感じる。

 

 気付くと同時に、深夜に不意の目覚めをしてからクラシックを聴きながらの二度寝をしていた克人は完全に目覚める。

 

 時刻は朝―――。七時前。学生の本分としては正しい起床時間ではあるが、現在は高等学校の生徒としては最後のモラトリアムの一つ、夏休み。

 

 つい数週間前までは富士山を臨む場所において熱く激しく競い合う魔法戦を演じてきた克人ではあるが、こうして惰眠を邪魔されるとは、思っていなかった。

 

 だが―――七草真由美の様子が、少しばかり違うことに気付いて軽く身支度してからドアを開ける。

 

 電子式の開閉装置。それをオープンにすると、焦って飛び出るような形でつんのめる真由美を受け止めた。

 

「大丈夫か?」

 

「ええ、ごめんなさいね。それよりも―――緊急事態よ。これじゃない? 師族会議で話題に上っていた事って」

 

「―――!……アポイントメントを南盾島基地に取っていたが、それよりもこっちの方が重要だな」

 

 このホテル―――小笠原諸島・父島にあるところに泊まっていたのは、何も七草真由美を気分転換に誘い出すためだけではなかった。

 十師族としての役目。即ち不当な扱いを受けている未成年魔法師に対する調査。

 

 有体に言えば軍のモルモットになっている魔法師を見つけ出すことこそが、克人がこの小笠原諸島にやってきた理由である。

 

 現在の新入生、あの騒がしくも色々と眼を離せずに、それでいながらも楽しい一年にしてもらえる『最悪の世代』たちが入学する寸前。

 

 横浜にて軍から脱走した強化措置を施された魔法師が起こした事件から、協会及び師族はこれらに対する監視を徹底してきた。

 如何に自由意志の下で強化措置を受けたとはいえ、その後のケアもほったらかしで、あのような事件を起こされては魔法師全体の心証にも関わる。

 

 よって―――師族会議において、現在の師族メンバーの関係者……親族に、一定の調査を行わせる方針を固めた。

 

 今回の小笠原諸島への監査を任されたのは十文字克人であり、サポートとして七草真由美が同行。そういう体で半分、遊びに来ていたのだが……。

 

「思わぬところから糸口が来たもんだな」

「そうでしょー。私がいなければ克人くん。基地の周りでウロウロする土佐犬みたいになっていたわよ」

「せめてそこは、ブルドッグと称してくれ……」

 

 七草に届けられたメール。恐らく暗号化されていたものをノート型の端末で解析しただろうものを何度も読み返すたびに、この事態……相当に不味いだろうと思えた。

 

「この『ココア』と『シア』という女の子たちは、今日……南盾島のモール(商店街)に現れるんだな?」

「ええ、モールで見つけた後は……何とか本土に行って匿う手筈を整えなきゃ」

 

 本土に、と言う言葉で―――思い出したかのように苦い顔をする真由美。匿うとなれば……我が家しかあるまい。

 

「弘一殿にも一応、根回ししとけ。孝次郎さんは、どうにも不精というか―――少しな」

「……分かってるわよぉ……」

 

 克人の指摘に、真由美も思い出して少しだけバツが悪いが、ともあれ事態は急速に動いた。同時に直感―――としか言いようがないのだが、こういった『騒ぎ』の中心に否応なくいる面子がいる。

 俗称『達也組』。今期の一年の中でも一科二科関わらず、様々な混成集団を作り上げて目立つ組である。

 

(いるのかどうか……ニュースでも話題になっていたオーロラ現象も、奴らが起こしたと思った方がいいんだろうな)

 

 

 今日の南盾島は色々と騒ぎになっているかもしれない。

 それでも―――見つけ出すしかあるまい。それこそが十師族という日本の魔法師のマスタークラスとしての使命でもあるのだから……。

 

 

 † † †

 

 

 南盾島は海軍基地の為に整備された島である。

 

 刹那の生きている時代には、小笠原諸島の大半は天然記念物が多くあり、国家が保護する自然遺産であったのだが、第三次世界大戦―――その影響は南方への守りの意識の高まりから、この島を改造させた。

 

 人工の地盤を築き、火山の地熱をエネルギー源として活動する『補給基地』。

 現在の所はその活動は縮小したものの、補給工場の高い生産力を利用し、観光地としての経済利点を見出した上で、こうなっている……。

 

 つまりは―――ショッピングモールの併設である。昨日、ビーチでの遊びを堪能した上で、今日の目的は単純にショッピング。

 

 食料品の積み込みの為にも、クルーザーではなく北山家所有の飛行艇でやってきたのだが……そちらは自動集配の積み込みで、自分達がぶらついている間に終わっているだろう。

 

 

「うわぁ……」

 

 モールの入り口で光井が声を上げる。それを大げさに思う友人はいなかった。

 

 そこには、地中海様式と言うべきコンセプトが意識されたモールがあったのだから……。

 

 プロヴァンス風とアンダルシア風の街並みは、南国の陽気も相まって、ベストマッチであった。

 

「ここの設計者はよっぽどの洒落モノだな……」

 

「海外生活が長い刹那からしても、そう思う?」

 

「まぁ人によってはツギハギとか言うかもしれないけどな。俺は、いいと思うよ」

 

 地中海……それは、かつて自分の師が旅をした場所だ……。その匂いを覚えて、何よりこのツギハギ感が刹那にとっては嬉しかった。

 

 ノーリッジの拠点。時計塔におけるニューエイジの学生たちが多く住んでいた場所。

 刹那にとっても懐かしい『学術都市スラー』を思わせたのだから、雫の質問にも素直に答えられた。

 

「そうみたいだね。楽しそうな顔をしているし」

 

「楽しそうな顔をしていたのか……」

 

「うん。すごく楽しそうだった」

 

 マジか。まぁ確かに若干、想う所はあったが、そこまでだったとは―――。

 

 夏らしい服装の雫を隣に進んでいくと、やはり何かと『この集団』は目立つようだ。

 レオと幹比古も、女の買い物が長い事は分かっているが、まぁ付き合う様子である。

 

 流石に男が三人もいれば『引っ掛けよう』とするつわものはいない。しかし、そんなつわものが現れれば、シャットアウトは自分達の出番である。

 南盾島―――『たてしま』ということに引っ掛けて、あちこちに縞模様のシンボルのモノが多い。シマウマ、ホワイトタイガーのぬいぐるみ―――シマウマのペナントまで―――商魂たくましすぎである。

 

 などなど感想を述べながら歩いていると、『そっ』と雫が腕をからませてきた。無論、刹那の腕にだが―――。

 

「どうした?」

 

「迷子になりそうだから、離さないでいて」

 

 君、何歳? とか言うのは野暮だろうが、それを見たマイハニーが対抗するように反対側の腕に絡ませてきた。

 

 両腕に宿る『両親』が、なんだか『やれやれ』と言いそうな空気。そしてモールにいる男性陣の視線がきつくなるのは当然だ。

 

 こういう時に達也が居てくれれば、光井と深雪を侍らせて分散しただろうに……宮仕え(?)の彼にそこまでは言えないか。

 よって第二案を提示する。

 

「美月、幹比古の腕に絡んでくれ。視線が痛い」

「ちょっ!? 刹那、何を言っているんだよ!!」

 

 ジェラシーの視線の分散。それを願ったものに幹比古は拒否したのだが……。

 

「―――分かりました。それじゃ幹比古君。エスコートお願いしますね」

 

 意外ではないが、美月は積極性を出してきて、その『ばいんばいん』すぎる胸(命名・十七夜栞)を幹比古の腕に当てるのだった。

 

「アンタもトウコちゃんがいたらば、ああなっていたかもしれないのに残念ね」

 

「残念とかいう以前に、針の筵だろ? ただでさえ女子グループに男が三人なんだからよ」

 

 流石に腕を巻きつかせるとかいう訳ではないが、茶化すようなエリカの言動に、嘆息するレオ。2人だけの空間を作る様子を見た。

 エリカの気持ちが達也とレオの間で揺れ動く―――という訳ではないのだが、こういう風な女子に限って誰かに『横どられる』と不機嫌になる訳である。

 

(刹那くんはどう思う? レオとエリカの関係って?)

 

(個人的には、エリカと付き合い長い幹比古と『なっていない』辺りに、若干のめんどくささはある)

 

(随分と辛辣ですね。まぁ私もエリカはお兄様に懸想している面があると思っていますので……)

 

 光井の質問に答えると深雪からの指摘が入る。この二人の恋愛センサーは侮ってはいけない。

 

 そんなこんなで内緒話したりアクセサリー見たり、南国由来の鉱石……ではないが、珍しい珊瑚(コーラル)。赤珊瑚、桃珊瑚、白珊瑚などを買うことにした。

 

 何の加工も無されていないものを自分用に、加工されてアクセサリーになったものは、とりあえず女性陣にプレゼントしておいた。

 

『『『『『一番いいやつを頼むわ』』』』』

 

 珊瑚……特に赤珊瑚が魔除けの類として重宝されてきたことから、女性陣の眼が輝き、幹比古と一緒に鑑定していくことになった。

 

 二人のBGMには、何故かビートルズの「Help!」がかかっていた。気が利き過ぎな宝石店を最後に男子はギブアップとなった――――。

 

 

「お袋の買い物と同レベルだぁ……」

 

「普段のリーナは、どうなんだ?」

 

「結構、不精だよ……まぁ買わなきゃならないものを限定しているんだろうな」

 

 下手をすれば、ラフなシャツ、普通のジャージパンツ……ぼさぼさの髪でコンビニに出ることもざらである。

 

 流石に、それは姉貴分であるシルヴィアによって矯正された節はある。

 どんな話術を使ったのかは知らないが、……ここ一年間は若干、気を遣っている様子だ。

 

 レオと幹比古と共に焼けつきそうなとまではいかないが、それなりに熱された金網フェンスに寄り掛りながら、女性陣のキャピキャピしたショッピングを見ておく。

 遠くもなく、近くもなく―――いわゆる待ち合わせを装って介入できる距離にて見ていたが、やはり気になるのはフェンスの『向こう側』

 

 海軍基地の様子だ……。

 

「基地とモールが陸続きではなく、人工地盤続きではないところが、あれだよな」

 

「流石に民間施設と軍事施設をいっしょくたには出来ないよ。ただ……なんか忙しない様子だよね」

 

「同感だよ。『何か』あったと見るのが筋なんだろうけど―――緊急の離島勧告も出ないしね」

 

 大亜、新ソ連の攻撃予兆やらがあったという風ではない。それならば、ここからは見えないが戦闘機などのスクランブルがあってもおかしくない。

 

 ソニックブームの音がここからでも聞こえるはずだが、無いのだから……若干の『予測』をしておく。だが、明確ではないのだから今は動けない。

 

 そうしていると美月が手を振って『昼食にしよう』という声を掛けてきた。

 

 その言葉でようやくの想いをするぐらいには、男子三人は腹がペコちゃんだった……燃費の悪い想いをしながらも―――。

 

 南国の食堂でのランチと洒落こむのだった……。

 

 

 † † † †

 

 

「フフフ、やられましたね。あの『姉妹たち』は、己の感応能力を使って脱出計画を練っていたようですね」

 

「呑気に言っている場合か、ミスター・アイズデッド!! このままでは実験動物が逃げ出すのだぞ!!」

 

「しかし、ここまで見事にやられると、ね―――まずは手引きしたものを見つけ出しましょう。そしてエザキ、フルタ……モリナガを拘束してください」

 

 事実、見事なまでにやられていた。2090年代の建造物のセキュリティの例に漏れず、殆どが電子制御された解除キーを用いての開閉が主である。

 

 それは、この研究所でも変わらないのだが、四番目……四亜は、そのバカでかい出力を利用して、全ての扉をひしゃげるようにして物理的な開閉を不可能にしていた。

 

 歪曲させた開閉機構の前では、電子制御も役にたたないことこの上なかった。その上で九亜の制御力で以て、ひしゃげた扉を更に魔力的な『鎹』で以て、ご丁寧に『物理的破壊』が出来ないようにしたのだ。

 

「かつて忠臣蔵における赤穂浪士たちは、吉良邸に討ち入りした際に、長屋に泊まる浪士たちを本邸内に出させないために鎹を戸に打ちつけて、封印したそうですね。

 更に言えば本邸内にある長物や弓の類を使用不可能にした上で、見事仇討をなしたとか……」

 

「綿密な下準備をしていたというのか……わたつみ達が……!!!」

 

 研究所内のハイパワーライフルなどの魔法師制圧用の武器は、四亜のポルターガイスト現象で完全に使用不可能にされていた。

 もちろん研究所内にも魔法師はいたが、その全員が研究畑の人間で『実戦経験』があるものは片手で数えるしかないのだ。

 

「まぁあまり慌てずにいましょう。ここは遙か太平洋の彼方にある島、孤島……如何に飛行魔法が開発されたとは言え、彼女たちはまだ袋のネズミですよ」

 

「………ありったけの工作機械を持ってこい。この研究所にもハンマーでも手斧でもあるだろう。なんでもいいから、この分厚い扉をぶち抜けるものが必要だ。早くしろ!!」

 

「りょ、了解です!!」

 

 研究所の警備担当の責任者。階級としては大尉相当の人間の一喝で、部下達が散らばっていく。

 その様子を見ずに、ひしゃげた扉を前にアイズデッドは、『我が身』を撫でるのだった。

 

 そこにある魔力の残滓で来臨の時は近いのだと、―――悟る。

 

 

 † † † †

 

 

「外が殺気立っている――――」

 

「ウン。私服を着ているけれど、間違いなくアーミーよね」

 

 カップルジュースを飲みほして、ご丁寧にも上に乗っていたアイスを、お互いに食べ合っていた時に、中断してリーナと刹那はつぶやいた。

 

 その言葉にテーブルに座る同輩たちが身を硬くする。

 確かに、服の上からも分かる、がっしりした体格の人間達が、あちこちに視線を向けて小走りに四方八方に散っていく。

 

 雑な隠蔽だが……『目的』は何となく分かった。そして起こったはずだと確信して、―――考えていた通り、『留守番役』に連絡。

 

 留守番役が、発するもので海神の名を持つ巫女を誘導させる。どうやら―――上手くいっているようだ。

 

「基地から脱走者でも出たのかな?」

「だとしたらば、普通に軍服着ているはずでしょ。己を憲兵(MP)だと示す一番の方法は、軍服なんだから」

「ああ、わざわざ私服を着ているってことは、『やましいこと』がありますよ。って自供しているようなもんだな」

 

 軍人は警察機関とは違って、よほど特殊なセクションでもない限り秘匿任務に着くことは無い。

 何より刑事が警察手帳を己の身分証明であり職責に使うのと同じく、軍人は軍服が己の職責を示すのだから。

 

「ここも一応、基地内とは言え物騒だよな……」

「切り上げた方がいいかな? 食材やら買い物品の積み込みは終わっているみたいだから」

 

 刹那の呟きで誘導された雫。申し訳ない想いがありながらも、端末を確認した雫の言葉に誰もが否を唱えることは無かった。

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 民間航空機の一つ。専門用語で言えばティルトローター機で直接、北山家の別荘がある媒島からやって来ていた面子は、無人運転のコミューターで直接発着場に乗りつけたのだが……。

 

「不用心だね……」

 

 幹比古の言葉の原因は、降りっ放しのタラップ。即ち機内への昇降口であり、階段状のそれがそのままになっていた。

 殆ど全員が、同意する中、若干違う意見を申すものがいた。

 

「まぁ荷物の積み込みとかあったのかもしれないし……俺は責められない」

 

Me too(ワタシもよ)……」

 

 北山家の航空『運転手』伊達さんに若干の過密スケジュールを押し付けてしまったのは、アメリカから遅れて合流してきた刹那とリーナなので、あんまり怒らないでくれと雫に頼んでおく。

 

 それでも、『それ』でお給料をもらっている以上は、きつくはなくとも小言は言っておく。

 そんな令嬢としての雫の言葉に、これがセレブの常識なんだなと思って苦笑してしまう。

 

 乗り込むと、やはり伊達氏は眠りこけていたらしく、若干の言葉の応酬の後に客室に戻ってくる雫。

 

 どうやら予定通り発着する前に―――客席にいたオニキスに確認しておく。

 

 

『大丈夫だ。『ハデスの隠れ兜』を持たせておいたからね。いやー機内から降りて探すのに、若干手間取ったが、見つけられて良かったよ。最初はうさんくさがられたけど……』

 

「そりゃ喋る星型の不可解すぎるドローンみたいなものがいれば、な」

 

 落ち込むオニキスに、慰めるように言っておき、どこに隠れているかは何となく分かった。あまりにも異質すぎる匂いだからだ。

 それで、いい扱いなどされていないことが理解出来た。

 

「それで、わたつ―――」

 

「チョイチョイチョイ! そこのアメリカ人ふたりとしゃべる魔法の杖。なーーーんかアタシたちに隠しているわねぇ、さっさと白状してもらいましょうか? 具体的には、奥のトイレにいる―――」

 

「エリカ。軍の検閲だ。車に乗ってこっちにやって来た!」

 

 リーナの言葉を遮るように、エリカが口を開いたが、そんなエリカの言葉を遮ったのは幹比古であった。

 

 なんだこのめんどくさい会話ゲームは、と思うもオープントップ車がいつの間にか、ティルトローターの横に着けてきた様子。

 最後尾でタラップの昇降と、扉の閉鎖を担当するレオが振り向いている様子。

 

 居丈高な声で民間人を威圧する軍人。窓からその人間を見たエリカがレオに合流する形で、押し問答をするようだ。

 

 言葉から察するに検閲しに来た二人の軍人は、千葉道場の関係者だったらしく、先程の調子を失いエリカに畏まってばかりいた。

 家柄……というか縁故を利用しての威圧的な物言い……こういう所は、刹那のエリカに対して苦手な点だ。

 

 だが、今はこの問答に感謝するしかあるまい……いざとなれば達也にエリカを養ってもらえばいいだけだ……。

 

『言っては何だが、余計な『疑念』を抱かせること間違いないね。彼らを退けた所で、『次』にやってくるのが彼女の関係者とは限らない』

 

「分かっている。ここで『暗示』を掛けたところで、意味は無い」

 

 その気になれば、鏡面界にいてもらうことも可能だが、『彼女たち』を不安にさせたくない。

 

 せっかく外に出たと言うのに、またもや狭い所に押し込んでいるのだ……。その心苦しさから―――いざとなればの想いだったが、結局、治安関係者御用達の千葉道場の御令嬢の言葉に逆らうことは出来なかったようである。

 

「善悪はともかくとして、今はエリカに感謝するしかないな」

 

 そうして、エリカとレオが着席すると同時に―――ティルトローター機は離陸する様子。

 完全に検閲兵の眼から逃れられる高空に至った辺りで、意外なことに深雪が口を開く。

 

「それで刹那君。今度はどんな女の子を引っ掛けたんですか?」

 

「悪意的な見方と聞く者の品性を疑いたくなる解釈だが―――まぁいい。オニキス、もう暗い所に閉じ込めないでやれ……」

 

『了解だ、マスター。さぁ―――キミたちが、姿を隠す必要はない。いや、そもそも―――こんなものに囚われなくて良かったんだ』

 

 オニキスが飛んでいき、トイレの前に赴くと……その時、自動的に開かれるトイレのドア。

 

 オニキスが近づいたからと思ったが、しかし―――そうではない。

 眼がいい美月が眼鏡を外して気付いた。

 聴覚に優れたレオが足音で剣客ゆえの気配察知で気付いたエリカ―――。

 

 美月に関しては、恐らくだが『匂い』のプシオンなどが、形作られていたのだろう。

 

 人のカタチ二つで―――そして2人の少女が、己を隠していた『マント』を、外した。

 

 一人の少女が―――もう一人の少女。少し怯えた様子を庇うようにして背中に隠しながら立っていた。

 

 手前の少女と後ろの少女。姿かたちは同じような年頃。手入れもされずに伸びっ放しの髪が面立ちを知らせていないが、恐らく同じような顔だろう。

 

 誰もが驚いたが、少女達の様子は普通ではない。衣服も、先述した髪も―――明らかに『まともな生活』をしていた風には見えないのだから。

 

 

「――――」

 

「――――」

 

 怯えるような無言少女を庇う、意志の強そうな子が無言で目線を向けてきた。

 

 

「セツナ、やっぱりこの子達が―――」

 

「うん。ただ―――『九人』いるはずだったの―――」

 

 席から立ち上がり若干狭い通路にて真正面から彼女たちを見た刹那とリーナ。こちらを見た瞬間に―――何かに気付いたかのように、身体を強張らせる少女達。

 

 怯えさせたかな? と思ったのも束の間……二人は声を上げた。初めて明確な言葉を発してきた彼女たちの第一声は……。

 

 

「プリズマキッドだわ――――!!!」「プラズマリーナだ――――!!!!」

 

 喜ぶような第一声と同時に刹那とリーナに飛び込んでくる二人の少女たち。

 狭い通路でも、バランスを崩さずに受け止めることが出来たのは、彼女たちの体重が―――『軽すぎた』からだ。

 

 その軽さを……重さを感じないことに、内心での悲しみを上げていたというのに……。

 

「やっぱり女の子を引っ掛けたんじゃないですか。このロリコン」

 

「いくら達也に怒られる可能性があれども、いい加減怒るぞ!!!」

 

 

 結構切迫していた状況でもいつもの調子である深雪にそう返しながらも―――初めて喜色を浮かべる二人への抱擁は解かないでおく。

 

 この子達が何者で、どういうことなのかを説明するには、とりあえず陸地に戻らなければいけないのだから―――深雪に対する怒りをとりあえず抑えながらも、ティルトローターは北山家の別荘へと飛んでいくのだった……。

 

 



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第106話『夏休み 少女の願い』

 無人運転のコミューターで、七草家の自家用機に戻ってきた真由美と克人は、七草家の家令である女史の一礼を受ける。

 

 

「お帰りなさいませ。お嬢様。克人殿」

 

「敬称はいりませんよ。竹内女史―――それで……」

 

「―――『お客様』はやってきたかしら?」

 

 畏まったことをしなくていいと述べた克人の疑問を次いで、真由美が問いかける。

 

 しかし竹内は首を小さく横に振るのだった。

 

 ダメだったか―――もしくはまた『研究所』に連れていかれたのか……。悔しさに拳を握りしめた所、それ以外の情報を教えてくれる。

 

 

「基地の兵隊が検閲をしたいといったので、お二方のプライベートな私物はともかくとして、機内を全て調べてもらいました。申し訳ありません」

 

「検閲の理由は?」

 

「軍病院から抜け出した患者を探しているというものでしたが、お嬢様が仰っていた調整体の魔法師の少女を探しに来たのでしょう」

 

 どうやら―――基地の兵隊たちは、真由美と克人と同じくモールで九亜たちを見つけられず、この島を離れられる輸送手段に眼を着けたようだ。

 つまり、まだモールの何処かにいる可能性があるということか―――そう思って、踵を返そうとした時、更なる情報が告げられる。

 

「恐らく関係があるかと思われますが、ここから100メートル先のターミナルビル寄りに、先程まで当機と同型の飛行艇が駐機していました。

 遠目ですが、客席に入りたいのに入るのを拒まれて、何か問答をしている様子でしたね」

 

「映像・静止画像ありますか?」

 

「プライバシーの関係もありますし、角度もありましたが―――、『恐らく』と思って、機体の外部ドローンで撮っておきました」

 

 手際がいい。しかし、竹内も確証は持てなかったのだろう。考えるにこのニアミスを招いたのは、真由美のせいだ。

 彼女たちが、飛行機に詳しくなければ、『どちらか』分からなかったかもしれない。符牒とか、何かの目印を立てていれば良かったか。

 

 ともあれ―――、竹内が撮っておいた映像・画像の中に………顔見知りの顔が角度の関係で、半分ほど映る。

 色々と手を焼かせる後輩二人―――。ある集団の切り込み隊長で、二人にとっても戦友である。

 

「西城と千葉―――つまり……」

「……達也君と刹那君が一枚噛んでいるわけね……」

 

 映像を顔を寄せ合ってみた後に、顔を見合わせて―――苦笑のため息を突き合うのだった。

 

 そんな様子に、竹内が『お二人とも仲がよろしいですね』などと言ったが、ともあれ何処から来たのかを知るべく機体の照会を頼んでおくことにする。

 凡そ……北山家関連の資産だろうと予測は着くのだが、ともあれ、それまでは克人と共に待機であった。

 

 

 † † † †

 

 

「達也さん。こちらをどうぞ」

 

「すみません黒沢さん。いただきます」

 

 時間帯を間違えて北山家の別荘に戻ってきた達也だが、主人がいないというのに持て成すメイドの気遣いのアイスコーヒーを飲みながら、何となくあの『魔法』の正体などを端末で分析してきたが、やはり分からぬものだ。

 

 やった人間はもはや分かり切っているが、それでも自分がやろうとすれば、近距離での中性子など劣化ウランの分解など煩雑な作業が必要になっただろう。

 

 その結果としてオーロラが出来上がるだろうことも予測は着いた。

 まぁかなり離れていれば、普通に『質量爆散』でやってしまえば劣化ウランなどの核廃棄物は、真空宇宙の中に溶け込み無害化されるだろう。

 

 ジメチルヒドラジンなどの被害を出さないことは間違いない『質量爆散』ではあるが、『あれ』とどちらが上かを比べてしまう。

 

 戦略級魔法『オーロラ・サークル』。

 

 その本質は――――などと考えていた時に、ヘリローターの音が聞こえた。どうやら、深雪たちが帰ってきたようだ。

 北山家所有のヘリポート。とんでもなくデカい別荘の横にあるそこに着陸する様子に達也は出迎えの準備をする。

 

 着陸したヘリから最初に出てきたのは愛妹である深雪だった。恐らく自分がいることから先陣を切ったのだろう。

 

 

「お兄様、お戻りだったのですね」

 

「一時間くらい前にね。深雪たちこそ聞いていた時間より早いんじゃないか?」

 

 弾む声で言ってくる妹に答えながら、自分も疑問を出した。その間にもヘリからは人が吐き出され続け、こちらに赴いた初日にはおらず結局すれ違っていた友人2人の姿が見えた。

 

 その友人の懐かしい顔に声を掛けようとした時に――――、その二人が抱き上げているものに気付く。

 気付いた瞬間、達也としては一番……あり得る可能性の答えを上げることにした。

 

 近づいてくる刹那とリーナ。貫頭衣というよりも手術服のようなものを纏う少女二人の正体は――――。

 

 

「お前たち、いつの間に、こんな大きな『こっこ』を拵えたんだ?」

 

「お前本当に東京都民!? 『こっこ』とかどこの方言だよ!?」

 

「フツーは、Who is she? とか聞くのがマナーでしょう!?」

 

「一番あり得る答えを出してみたんだが、間違いか―――改めて聞くが、その子達は?」

 

 誰なんだ? と言う言葉を省いた達也だったが、その前に―――リビング辺りで二人を落ち着けたい気持ちでいる刹那とリーナは、若干……『親』の顔をしているのだった。

 

 まぁ達也にとっての親は、どちらも達也を『守らない人間』だったので想像でしかなかったのだが……そう思えた。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 リビングにて腰を落ち着けた二人の少女。彼女らは出されたジュースを飲んで、クッキーなどの甘菓子を頬張り、なんやかんやと落ち着いた様子だった。

 

 先程までは刹那とリーナ以外が触れようとすると少し怯える様子だったが、ようやく話が始まる。

 

 最初に口を開いたのは―――エリカからだった。意外というわけではないが、この中では刹那とリーナの次に懐いているのが彼女だった。

 

 

「あなた達のお名前は?」

 

 優しげな声と顔で問いかけるエリカに対して、少女は口を開く。

 

「わたしは、ココアです」

「シア。ココアは数字の九に亜種の『亜』で九亜(ここあ)―――私は数字の四に同じ『亜』で四亜(しあ)

 

 どこか、たどたどしく幼いココアに比べれば、つっけんどんというかぶっきら棒なシア。

 

 雨ざらしでしょんぼりと落ち込む野良ネコと、自分と自分の家族を守る為ならばと立ち塞がる野良ネコ。

 そんな表現が似合ってしまう二人だった。

 

「歳はいくつなの?」

「シアも私も14歳です」

 

 数字順ならば四亜の方がお姉さんなのかもしれないが、それでも先程の自己紹介で多くをやってもらったからか、九亜は四亜の年齢も教えた。

 しかし、聞いた人間の大半は、その年齢に驚いた。

 

「……もっと小さな子だと思っていました」

 

 美月の悲しげな声は、当然であった。仮に14歳だとしても二人の身長・体重は明らかに10歳児なみ―――いや、体重だけならば、それ以下の可能性もある。

 

 どんな状況に置かれれば、こんな風な成長不良の児童になるのか……家庭内での虐待などを想像するが、事態は深刻だった。

 

「あなた達は……海軍の基地から逃げてきたの?」

 

「正確には基地の中の研究所―――魔法研究をするための場所から逃げてきた」

 

「四亜が研究所の扉をあるだけひしゃげて、それを私が簡単に壊せないよう魔法で『封印』をして、そうして逃げてきました」

 

 方法に関しては特に聞いていなかったが、何て剛毅な二人なのかしら。そんな風に誰もが汗を掻いて想うも、この体重では筋肉も然程着いていない。

 

 研究所における環境から察するに、よくぞここまで歩き、走り……逃げ延びてくれたものだと思う。そう感じて隣に座っていた刹那が四亜の髪をそっと撫でていく。

 

「……キッドくすぐったい……」

 

「ああ、ごめん。嫌だったかな?」

 

「ん。悪くは無いけど、プラズマリーナほどいい髪質じゃないから」

 

 そんなことを気にするとは、若干ながら『おませさん』なのかもしれない四亜の甘えた様子に、殆どが苦笑。

 ムッとするのは、マイハニーたるリーナと雫であったりする。

 

「それじゃ二人は優秀な魔法師なんだ―――けれど……なんで研究所から」

 

「魔法師は魔法を使う『人間』であって、私達は人間とは扱われていませんでした」

 

「―――研究所の人達は、私達を『わたつみシリーズ』って呼んでいた」

 

 エリカの質問に首を横に振る九亜。そうしてからの言葉、四亜の細かい説明で、大まかな事情を達也は悟った。

 

「調整体魔法師、か」

 

 その言葉を出した瞬間、言った当人である達也、深雪、レオの顔に『気鬱』が走った。

 

 調整体魔法師―――。あまり一般的ではないが、それでも知る人間ならば知っている単語である。

 

 魔法師研究が能力開発だけでなく、遺伝子研究の観点から入ったことは、大体の人間ならば知っている事である。

 特に現代魔法のように『超能力』という定義づけをなされたものを発現させるには、その能力を発現させられる塩基配列に組み替えなければならない。

 

 エレメント研究からの十大研究所の開発実験・遺伝子改良……古式魔法師の幹比古からすれば、そういった現代魔法師の一種の『おぞましさ』は、いまだに受け入れづらいものである。

 

「九亜、四亜―――これも食べなよ。お腹空いているだろうから遠慮しなくていいよ」

 

 そう言って刹那が部屋から持ってきたバスケットの中身を出した。

 昨日のメイド王(?)黒沢との戦いで出せなかった鳩型のパイ。それに入っている卵こそが一番おいしいお菓子であった……。

 

 北山家の別荘には、驚くべきことに無菌豚やありとあらゆる食肉類が『生のまま』用意されており、刹那はこの機会に、作りたくても作れなかったものを作ることにしていた。

 

「お前も食った方がいいよ。技術仕事で疲れて来たんだろう達也?」

 

「ならば、いただくとするか。察するに鳩や豚の血を使ったデザート……血で作る腸詰の菓子バージョンといったところかな」

 

 おっかなびっくりな九亜と四亜に先んじて、達也がオレンジ色の卵に手を伸ばす。ウズラの卵サイズのそれに手を伸ばして一口食べる。

 食べた瞬間に、深雪が仰天するほどに満面の笑みを浮かべてしまう達也の顔。

 

 少し時間が経ってしまったとは言え、魔術の効果でそれなりの保存していた血宝卵の味は鉄面皮の達也の仮面を砕いた。

 

 喜びだけの顔で崩れた表情をする達也に誰もが驚く。

 

「なんだこれ……言葉にできないほど旨いぞ―――塗されているのは真珠の粉に抹茶にココナッツパウダーに―――このオレンジ色は何だ?」

「それはウミツバメの巣。大亜と戦争状態になって手に入りにくくなっているウミツバメの血が混じった最高級のものさ」

 

 専門用語で『血燕』(シェイエン)と呼ばれるものだった。中身はグミのように柔らかなもので、まるで最高級のルビーのように鮮やかな色彩を見せている。

 

 コワモテ(誤字にあらず)な達也が、そんな風に相好を崩したことで、九亜と四亜もその卵型の菓子に手を伸ばす。

 

「おいしい……すごく美味しいね。四亜」

 

「そうね。九亜―――生きていて良かったって思える……」

 

 

 その少女にあるまじき言葉の重さに誰もが何かを感じる。そして九亜と四亜の食べる卵に誰もが手を伸ばす。

 

「大事なことや重要な事を話す時は、ちゃんと美味しいものを前にして食べてから話そうっていうのが、オヤジからの家訓なんだ。

 まぁ衛宮じゃなくて、俺は遠坂姓の私生児なんだけどな」

 

「けど―――スゴクいい事だと思うわ。セツナ、ちゃんとご飯は食べさせようね?」

 

 誰にだよ。などと問いかけることは愚問である。

 

 とはいえ、その薔薇の香りと新鮮な生クリームとで仕立てられた血のデザートを誰もが食べたことで、舌はなめらかとなり話は続く。

 

 九亜と四亜が『実験体』として入れさせられていたのは大型のCAD。

 

 専門家(達也)曰く『そんなものに放り込まれれば術者の意識や意思など関係なく全ての処理を行わせてしまう』。

 

 CAD(機械)を人が使うのではなく、人をパーツ(機械)としてCADが使っているのだという。その非人道性に、聞いていた誰もが拳を握りしめて悔しさや憤怒を押し殺す。

 

 

「人知を超えた力を求めるんだ……人道も人倫も、どこかでは踏み躙られてしまうんだろうな。それが現代魔法の暗部だ。かの『アンタッチャブル』は、その考えに準じて魔法師は兵器という原則を守り続けている……」

 

「悲観的過ぎて、虚しすぎるだろ……そんなの……天地(アメツチ)の理を侵してまで得た力ならば、ちゃんと人として扱い、人としての評価を与えてあげるべきなのに……」

 

「優しいな幹比古。けれども、そんな風に考える奴等ばかりじゃないんだ……魔法師研究が究極的に目指すものは『超人』だからな。そこに、慈悲は入らないんだぜ」

 

 達也の言葉に俯く幹比古、それが人間として正しい理性だ。しかし、追い打ちを掛けるように『フォルゲ』だろうレオが、悲観論を言う。

 

 友人二人のあまりにあまりな結論に幹比古の縋る様な視線が刹那に届く。

 

「刹那、お前の意見を聞きたいな。現代魔法とも古式魔法とも言い切れぬ術利を操るお前だからこその意見をな」

 

「俺は、ただ一つの極論だけだよ。『道具』として使うならば、別に人間でなくても……こんな可憐すぎる少女でなくても良かったはずだ……。

 少なくとも現在の地球は、『ミノタウロスの皿』を求めちゃいない……だからこそ、お前達は、その銃を握り、その身体を鋼にすることを選んだんだろ?」

 

 問いかけたのは幹比古ではなく達也だが、返した言葉に少しだけ考え込むレオと達也だが―――その前に、『怒り』を覚えたものが言葉を発した。

 

『かつて、試験管ベビーとして生み出され、されども一人の『少年』と共に破局を防ぐべく戦った『少女』がいた。

 少女の余命は18年……その破局が生み出された年には燃え尽きるはずの儚い命のはずだった―――けれども彼女は、それを悲観しなかった。

 破局を防ぐべく、多くの時代の事象に赴き、そこに生きる人々の鼓動が、厳しすぎる世界でも生き続けている人々の全てが、色褪せぬ『色彩』が―――彼女を生かした。一つの知性として、生命として―――まごうこと無き『人間』としたのだよ』

 

 

「「「「…………」」」」

 

 いきなりなオニキスの言葉に誰もが面食らい、それでもその言葉は、物語は真に迫るものだった。そこには熱があった……。

 人の世の為に嘆き、悲しみ―――誰かの為に笑い、泣き、怒りを上げることを当然と考える『人間』としての熱が――――。

 

『作られたものだからと、それを『当然』と考えるな。作られたものには自由意志が無いわけではない。感情が無いわけではない。

 熱を失うな。生きようとする意思。何かを成し遂げたいと考えた時に、紛い物は、ただ一つの知性となる。

 知性は生きたいと思う。一秒一瞬が愛おしく思えるようになった時、この世界に生きている。自分も生きている―――そう叫ぶ権利があるんだ』

 

「聞いていたんだろ。二人は―――九亜や四亜の『叫び』を……言いたい事は全部オニキスに言われちまったが、俺の意見はそれだけだ」

 

「ワリィな刹那、オニキスさん……俺自身、色々とあるからよ。なんつーかシニカルになりすぎていた……」

 

「お前は何でもお見通しだな……そして―――ミスタ・オニキス……本当にそんなことがあり得るんだろうか?……作られたもの―――『意思』を縛られたものに、そんなことがあり得るのか?」

 

『キミが、どういう『感性』をしているかは分からない。キミの事情を全て知っているわけではない―――だがシバ・タツヤ―――例えどれだけ『人』が『人』を縛りつけたとしても、それは完全ではない。

 何故ならば掛けたヒト自身が『完全』で完璧じゃないからだ。ヒトは様々な規制や規則・道徳観念・法律を作って社会を維持してきたが、どうやっても救いきれない人や抜けてしまうところが出てしまう……。

 

 どんな社会的システムであったとしても、それは―――ヒトが『完全』ではないからなんだよ。同時に魔法師も同じだ……。意思持つもの、心あるものが持つ欲求はいつか――――どんな『運命』すらも覆すものになるんだ』

 

「――――その言葉……いつか実現させたい―――」

 

 誰もが仰天して、深雪などもはや感涙だか悲嘆の涙だかを流してしまう事態。なんかこんな達也はちょっとばかり印象を変えられる。

 

 変わりたいのに変われない自分を哀れんで、そして自分の運命と九亜や四亜の運命を同じにしていたのだろう……。

 めんどくさいが、見ていて飽きない男である。

 

「四亜、九亜―――君たちはどうしたいんだ?」

 

 問いかける刹那に四亜も九亜も顔を上げる。その顔は少しだけ泣いていた―――きっと、研究所から脱出しようという気持ちを抱けたのは、二人の近しい人間が、真っ当な人間性を持っていたからなのだろう。

 それと同じようなことをオニキスから聞かされて感極まっていた。そんなところだろう。

 

「遠慮なく言いなさい! ワタシのハズバンドも、そこにいるミスター・ガンド―(銃道)も、その気になれば、なんでも出来る凄い魔法使いなんだから!!」

 

「プラズマリーナも?」

 

「オフコース! 何といってもプラズマリーナは、正義の美少女ヒロインで魔法のプリンセスなんだから、ココアとシアの為ならば、国土の割譲だって求めちゃうわよ!」

 

 それは完全に悪役すぎる。つーか正義の定義から外れすぎである。親指を立てながら勢いよく語るリーナの言葉に嘆息しつつも、『やるべきこと』なんて決まっていた。

 そもそも、この実験は停止させねばならないものなのだから―――。

 

 全容を明かせないが、やるべきことなど決まっていたのだ―――。

 

 

「助けてキッド……刹那お兄さん。他のお兄さんもお姉さんも―――大型の機械に入れられているのは他に『七人』―――私達の姉妹『アイ』『ニア』『ミア』……皆の『自分』が消えちゃうかもしれない」

 

「モリナガ先生が言っていた―――このまま実験を続ければ、『アナタ』が消えてしまう。だから逃げて、そしてサエグサマユミという女性を頼れって。お願いします。妹とお姉ちゃんを助けて」

 

 彼女らの申告通りならば14歳だが、二人の精神年齢はまだ小学生といってもいい。そんな歳の子が頭を下げて懇願しているのだ。

 

 ここで『これ』を断るなど心ある人間ならば、出来るわけがない――――。

 

「俺は最後までやる。最終的に日本から追い出されたとしても、他の子達を助けた上で、その『訳の分からん実験』とやらも全て消し去るさ」

「ワタシも一緒よ! 置いていかないでね?」

「ついて来てくれ。マインスター、こちらこそお願いする立場だよ」

 

 そもそも、そういう『任務』でもあったのだが、それでも四亜と九亜を助けたい気持ちは変わらないのだ。

 

 ここに戻って来るまでに達也以外は聞いたのだが、九亜たちがリーナと刹那を魔法のヒーロー、ヒロインと思ったきっかけは、彼女らの『医務担当』が、情緒を回復させるためにテレビジョン型のキャビネットを用意して見せていたことが原因だそうだ。

 

 察するに当初こそ、あまり『知恵』を付けさせるのはマズイと思ってそういう娯楽物を与えてこなかったと思える。

 しかし、九亜と四亜の眼に焼き付いたプラズマリーナとプリズマキッドの姿が、彼女たちをこうして檻の中から出させる切欠になったのだ。

 

 その気持ちを無下には出来ない。

 

「九校戦で二人を見てファンになったらしいけど、私も出場選手……負けたくない」

 

 どちらかと言えば、リーナの発言に少しばかりムッとしたらしき雫の言動。彼女もアイスピラーズでは『寡黙の激嬢』などと称されていた『主役』の一人なのだ。

 

 注目されていたのが、自分達だけだなどあまりいい気分ではないのだろう。しかし、事は海軍とことを構えることだ。

 露見すれば―――というか確実に露見すると分かっていること、今までのキャリアも何もかもおじゃんになるかもしれない。

 

 如何に北方財閥―――ホクザングループの財力と権力でも何かしらの影響は免れないはず。

 

 

「こういうのは、『はぐれている』人間の役目だと……」

 

「お話の最中に、失礼しますお嬢様。当別荘のヘリポートへの着陸を願い出ている機体があります」

 

「どこの人間?」

 

 

 そうして雫ほか全員を嗜めようとした時にティルトローター機。北山家所有のものと同じものの音が聞こえてきた。

 

 黒沢さんの言に返す雫。まさかアポイントメントも無しに来訪してくるとは、軍の関係者かと思った矢先、口ごもりながらも、黒沢さんが口に出したのは――――。

 

 

「国立魔法大学付属第一高校に現れた奇跡。らぶりーきゅーとな世紀末小悪魔系アイドル『まゆみんセブン』と名乗る方です……」

 

 夏場にしては寒すぎるその自己紹介。もうなんて言うかいいかげん空気を読んでほしいと思えるそれに対して、全員の答えがユニゾンする……。

 

『『『『追い払ってください♪♪』』』』

 

『なんでよぉ―――!? この後輩たちしょっぱすぎるわ――!!』

 

 ニッコリ笑顔で黒沢さんに返したが、それよりも早く誰かの端末に自動で接続してきた七草先輩の絶叫が響く……。

 

 茫然、唖然、どちらともいえる四亜と九亜の表情を見ながら―――『全ての役者が揃っただろうか?』 そう視線で問いかける達也に、『かもね』と眼だけで返してから、四亜の首筋に現れている『紋様』から、不味いなと気付く。

 

 この紋様もあったからこそオニキスは、保護を命じたのだ。

 

 

インベーダー(外宇宙侵略者)か……、ということは……アンチセル―――ヴェルバーの尖兵が地球に降臨するかもしれないということか)

 

 威力偵察程度で終わってくれればいいが……、やって来たならば―――。覚悟を決めるしかあるまい。

 

 

(アンタだったらば、どうしたかなんて知らない―――もしも四亜や九亜を殺すことが、アンタの道ならば―――)

 

 死んだとして輪廻転生する前に、アンタがいる座に行って絶対にぶん殴る。そんでもってそれ以外の道を叩きつけてやるだけだ。

 

 ―――お袋と一緒に―――。それだけだ……。

 

 

 役者は揃い、そして闇の中にあるモノも、準備を整える――――。

 

「さぁ、手勢は揃えた。私の『数式』に間違いはない。九と四が逃げ出したのも想定内―――あの魔法使いを連れてきてくれれば―――それで十分だ」

 

 我が円は崩れることは無い。無限の螺旋の彼方からやってきたものであろうと打ちのめす。

 

 その決意でアイズデッドは、緑色のタイツに無機質な仮面を着けたものたちと一緒に、『タケダ』とかいう少尉に同行する形で、連中が逃げ込んだ『工房』へと向かうことにするのだった……。

 

 



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第107話『夏休み 決意の言葉』

前回の前書きであり『物言い』は、あまりにもみっともなかったかなと少し想い、謝罪させていただきます。
申しわけありませんでした。今後も精進させていただきます。

今話は若干、短い―――というか前話までが長すぎたのだ。

劇場版を知っている人ならば、ご存じのムフフなシーンは次話に向けて、気合いを入れて書いていこうかと思います。つまりストックは突きました。(涙)

ちなみに特典小説では挿絵を含めても四ページ程度なんですけどね。(苦笑)


 この人がスーツでも着てこの場にいれば、それなりに緊張を余儀なくされていたのではないかと思うも、御仁の服装は―――アロハシャツである。

 

 九校戦でも役員としての服かジャージかしか着ていなかった会頭の、私服の一番に見たのがこれだと、何とも言えないものがある。

 

 達也には萎縮したり警戒したりする四亜と九亜だが―――会頭にはどうやら、そんな風ではない。

 視線を向けられても『なんだろう?』そんな疑問しか浮かんでいない様子。

 

 そんな訳で、四亜と九亜を笑みを浮かべながら一瞥した十文字会頭は、変わって厳めしい顔をしてから重々しく口を開く。

 

「遠坂、どうしてお前は行く先々で騒動を起こすんだ?」

「俺のせいじゃないでしょ」

「では言い直そう。司波、どうして行く先々で騒動に巻き込まれるんだ?」

「そんなことは騒動の方に聞いてください」

 

 腕組みして片目で後輩二人を見る会頭に、『騒動に愛されすぎている後輩』は、不貞腐れる思いで答えるしかない。

 

 対面のソファーに陣取る会頭は、ため息を一回だけ突いてから、事情説明をしようとしたのだが……。

 

「会頭。今回の旅行は私がみんなを誘ったものです。特に刹那とリーナは帰郷から間も無いのに一日遅れでも合流してくれました。

 だから達也さんと刹那をあまり責めないでください……責められるべきは、小笠原諸島に誘った私です」

 

「責めている訳じゃない。ただこの世の理不尽とかそういったものを感じていたんだ。

 それにある程度は、覚悟していたからな……」

 

 雫の懇願するような声と言葉に、再度ため息をつく十文字会頭。

 

 そんな親分の調子に対してレオは声を掛ける。

 

「つーことは、会頭はここで行われていたことを知っていたんですか?」

「明確ではないがな。そして、ここで行われていることが事実ならば、お前たちを招集したい想いもあったぐらいだ」

 

 要は魔法協会を伝って、刹那と達也を呼びたかったと言う会頭の次なる言葉は、九亜たちが使われていた実験の詳細を教えていた。

 

「吉田、古式においては大人数を使っての儀礼呪法とでも言うべきものは、そこまで珍しくは無いな?」

 

「はい。現代魔法と違って、魔法式の重複という意味合いでの『消滅』はありませんから……」

 

 聞かれるとは思っていなかったが、問われたことに諳んじれるだけの知識を持つ幹比古は、続けて応える。

 

「三高のイフリート、九高の『ドラグーンアーマー』……現代魔法でも似た風なのは出来ますが、ベースは古式だと思います」

 

「二人が参加させられていた『複数魔法式』の投射というのは、それとは違うものだ」

 

 そうして、端末を介して会頭が送ってきた詳細を全員が見て顔をしかめる。

 

 ――――複数の魔法師の演算領域を強制的にリンクさせて大規模魔法を構築する。WW3において実験が行われていたもの。

 ……『大戦の遺物』。そういう言葉でしか表現できないものである。

 

 つまりは、外付けの『大規模メモリ』として、脳髄などをリンクさせた魔法師を利用し、一人の魔法師の能力を底上げしようと言う計画である。

 

 一見すれば、合理的な考えかもしれない。これを用いることで、ただでさえ『強力な魔法師』の『魔法力』は上がる……特に、戦傷や戦地での経験などで精神を病んだ魔法師を再利用するという考えならば、尚更だが……。

 更に言えば、そうやって外付けのハードディスクではなくメモリとして使うのだから、魔法式構築中の術者―――送信側と受信者側は頻繁に『応答』しあう。

 結果として、己の意識と、他者の意識が混ぜ合わせになった状態―――もはや『自我』『自己』という境界を無くしてしまうだろう……。

 

『一見すれば、何とも合理的かつ、多くの経験、知識、記憶を共有できる『巨大知性』を誕生させるものかもしれないが―――、落とし穴があることに何故気付けない』

 

 最終的に、それは『プライバシーの消滅』であり、そういう個人にある『壁』を取り払った人類を人類と呼ぶのは、抵抗がある。

 そんな『デストピア』ともいえる『歴史』を見てきたと語るオニキスの深い声が、重く響く。

 

「これが実現していれば、もしも大戦が長引けば、当時普及し始めていたインプラント技術で魔法師・非魔法師の境無く、日本国家の人類を『繋げてしまう』という計画まで持ちあがっていたようです」

 

 なんたる人道への蹂躙であり、人間性への冒涜なのだ。如何なる崇高な目的があれども、どのような生き方をするか、誰を愛するかで他人から『絶対の命令』を受ける謂れはないはずなのだ。

 

 そんな非人道の実験に、二人だけでなくあと七人が利用されている……。何とも厭な話だ。

 

「けれど疑問があります。十文字会頭、七草会長―――いったい……九亜ちゃん、四亜ちゃんは、何の魔法の『実験』をさせられていたんですか?」

 

「深雪さん。それは我々、魔法協会及び十師族も詳しくは掴めていませんが―――CADが昔以上にメモリの役割も代行されてきた時代に、多くの魔法師を利用しての大規模魔法式など……『ただ一つ』です」

 

 口に出さずとも、誰もが察した。

 

『戦略級魔法』―――現代における『核反応兵器』に代わる国家の要石である。

 

「そうなの?」

「詳しくは分からないけど……よく『お星さま』を見てイメージはしておくようには言われていました。そして、実際に宇宙にある石を『拾い上げる』作業をしていた感覚はあります……」

「実験機に入っている間は覚えているけど……出た瞬間に、少し曖昧になってしまってそれが怖くて、自分がなくなってしまって……」

 

 言うたびに震える己の身体を抱える九亜と四亜。それを宥めるべく、リーナとほのかが二人を抱きしめていた。

 その様子を見ていられず、たまらず達也は刹那を問い詰める。

 

「…………メテオスウォーム……もうそろそろ『ネタバレ』してもいいんじゃないかな?刹那。お前―――今回のこの事態。裏側まで理解しているだろ?」

 

「何のことやら、とは誤魔化さんが、名推理を聞いておこうか?」

 

「簡単な事だ。九亜と四亜が自家用機の発着場に来るまでも、モールにも多くの街頭カメラがあったはずだが、それを誤魔化すために、わざわざ『隠れ身の布』をオニキスに持たせて二人を保護させたんだ。

 つまり、お前は―――南盾島における陰謀を分かっていたんだな。それも早期―――アメリカにいる時点で、四亜と九亜の内情も分かっていた……だが、それ自体はUSNAの目論見じゃないな」

 

「けれど七草会長の自家用機に乗るかどうかは、二分の一だろう?」

 

「そうだな。だが、お前は二人を保護した上で最初から九人を救出する算段だったはず。それには日本の魔法協会関係者に保護されては不味かった……。恐らく、雫に小笠原諸島に誘われたのは、完全に偶然だろうが……それでも、この機会を利用して、九人を救う―――全く『魔法怪盗』の面目躍如だな?」

 

 別に一から十まで三味線弾いていた訳ではないのに、黒幕扱いは酷すぎる。だが、確かに事態の核心を伝えなかったのは背信と取られても仕方ないか。

 

 ただ魔法怪盗の称号は、その通りなので何とも言えない。そう思っていると、四亜が刹那の首筋に抱きつきながら、達也に食って掛かるように言ってくる。

 

「こわいお兄さん。キッドをいじめないで―――キッドは、刹那お兄さんは、私達に『言葉』を届けてくれていた人なんだから」

 

「こ、こわいお兄さん!? し、四亜ちゃん? お兄様は怖くないですよー。

 ちょっと不愛想で、老成していて、感情表現苦手で、表情筋が忙しなく動くのが刹那くんの料理を食べているときだけという、普通に世界で一番かっこいいお兄さんですよー」

 

 深雪の四亜を宥めるような声音での必死な名誉回復だが、それは普通なんだろうか? 

 誰もが深雪のフォローになっていないフォローにジト汗を掻き、言われた達也は嘆息してから口を開く。

 

「いじめているわけじゃない。ただ、もう少し刹那が秘密主義で動かずに、俺たちにも教えてくれていれば、と思っただけだ。エリカも門下生の兵隊と問答やりあったんだろ?」

 

「あー。気にしなくていいわよ。アイツらの立場を考慮すれば確かに正しい職責だけど、あの場で万が一、二人を見つけ出す可能性があれば、アタシはそんぐらいはやるわよ」

 

「けれど―――、ああ、分かったよ。事態にここまでお前は食い込んだんだ。さっさと吐け! それだけだ!!」

 

「達也の何とも熱い言葉。不覚にも俺のハートにビンビン来るぜ―――というのは冗談だとして、まぁ『機』を窺っていたのは事実。そして日本の魔法師協会に囚われるのも『マズイ』と思っていたのも事実―――」

 

 要は、『はぐれ魔術師』たる刹那はリーナと共にことを為そうとしたのだ。

 達也とて完全に掴み切れていないが、この二人が北米大陸のあちこちで騒ぎを起こしつつ、色々なこと(マフィアの壊滅、秘密オークションのぶち壊し、財閥当主の救出、ビッグジュエルの盗み出し)をやっていた『魔法怪盗』『美少女魔法戦士』だろうと見ている。

 

「白状するが、俺もUSNA軍の嘱託魔法師でもあるからな。様々な事を頼まれることもあるんだわ」

 

「内政干渉じゃないかしら?」

 

「そこは、政府上層(お上)の考えることで、俺の考えることじゃないですね」

 

 七草会長に対する軽い言葉。

 要はやり方は自由。そうやっているのだろう。達也とも違う立場。しかし、彼は―――己の意思で事態に当たるのだろう……。

 

 そして端末を取り出した刹那、遂にUSNAが……この事態の核心、全てに関して述べようとした瞬間――――瞬間……瞬間―――刹那のパネルタッチが―――。

 

 動くことはなく、石のように固まる様子が……状況を教えていた。

 

「ゴメン。リーナ、Help!」

 

「しょうがないわね。セツナはワタシがいないと、ホントウに機械がダメなんだから♪」

 

 全員(四亜、九亜除き)がずっこけてしまう様子。魔術関連ではとことん凄い男であるが、この分野では途端に『弱くなる』男である。

 実は、オフショルダーで薄着なリーナと密着するための理由付けに『フリ』をしている―――訳は無かったのである。

 

 まごうことなく2090年代の人間にはあるまじき、機械オンチな男だ……。カッコがつかなすぎる……。

 

 そして刹那に密着しながら端末を操るリーナの手で、秘匿ファイルらしきものを解凍した様子。

 

 今回の事態の核心―――幼い少女を機械の部品にしてまでも起こそうとする奇跡の正体が――――。

 

 

「大戦期の遺物と称されし、日米共同で開発されてきた戦略級魔法『隕石爆弾』(ミーティアライト・フォール)―――それこそが、今回の事件のキーだ」

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 

 

 白い砂浜に男三人、佇みながら考えることは―――この事態をどうやって丸く収めるかである。

 

 手持無沙汰になり、白砂の中に沈んでいた平たい石を月が浮かぶ海面に放り、水切りをさせていく刹那。

 見事なサイドスローの結果で沈もうとする石を―――。

 

「Anfang―――」

 

 簡易な魔術で手元に戻す刹那。沈もうとする石を押し戻すことは魔法、魔術では簡単なことだ。

 

 小石程度のものならば、簡単に何とでもなるだろう。

 しかし、これが大岩……火山噴火で出る噴石……隕石―――小惑星―――人工衛星となれば、途端に難度は上がる。

 

「ものによっては、都市一つだけどころか国一つ、その後の爆心地から周辺への植生の激甚被害、大気汚染、土壌汚染、水質汚染……多くの影響が出るものを、よくも掘り起こしたものだな」

 

「大亜との戦争。沖縄におけることが色々と海軍を焦らせたんだろう。詳しい事は、アメリカ人のオレには分かりませんが」

 

 会頭の重々しい言葉に、刹那が答える。一人発言しない達也は、どうしてなのかを何となく理解していた。

 現在の所、日本にいる戦略級魔法の使用者は、『民間組織』十師族の一つ。五輪家の息女一人のみ……。

 

 しかし、陸軍にいると実しやかに囁かれる、秘匿されている戦略級魔法師が、海軍の焦りを生んだ。

 

 結果として、シリアルナンバー順で言えば、九亜たちの姉妹の何人かは既に死亡している……すでに、『二十四人』いたはずのわたつみ達は……もはや九人しか残っていないのだ。

 

「この事態、どうやって丸く収められるか……お前たち腹案は無いか?」

 

「日本の魔法師のマイスターたる会頭に無いならば、オレには無いですよ。どうやっても何処かが『泥』を被って『詰め腹』切らされるのは間違いない……」

 

「自分も、そう思います。だが出来うることならば、なるたけ九亜達には好奇の眼が向かないようにしてあげたい」

 

「調整体魔法師に想う所があるのか? 司波」

 

 そんな会頭の言葉に、一応の『家の事情』を知っている二人ならばという想いで、達也は話し始める。

 

「昔ですが……お袋の『ガード』をやっていた女性―――調整体魔法師が、ここと同じく海が見える所で死んだんです。

 白状しますが、沖縄海戦に巻き込まれた俺たちを守るために―――『がんばりすぎて』、死んでしまった……あの人にも生きて成し遂げたいことが、あったかもしれない。そう思うと、四亜と九亜を見捨てられない」

 

 けれど、彼女は最後には『自らの意思』で迫りくる砲弾全てを退けて、達也に『乾坤一擲』のチャンスをくれた。それは彼女の自由意志だっただろうが……自分みたいな感情の無い小僧を守って死んだことが、彼女の最後にしたかったことだ。など悲しすぎた……。

 

 そして、今ならば鮮明に思い出せる……その女性の傍に佇む『赤い外套の大男』―――今の達也かレオ位の身長でがっしりした肉付き―――白髪に褐色の肌が、歴戦の戦士を思わせた。

 その男が、穂波さんの骸に手を翳して『トレース・オン』……そう唱えた後は―――今、達也の手にある短い柄にした桜色の杖が、遺骸の代わりとなる。

 

 季節外れに舞い散る桜の花弁が、穂波さんの死出の旅路に思えた。その時、自分が泣けないことを、穂波さんの為に涙を流せなかったことが、今では無性に悔しかった……。

 

 

「あの時の俺は、今の俺よりもずっと未熟で浅慮で……もっといい方法を思いつけたならば、もっと上手くあの人を死なせずに済んだのに……そう考える」

 

「洗い流せないよ。そういうのは、全てを『ひっくり返す』こと―――『不可能』を『可能』にするのは、最後の倫理を侵す罪だぞ」

 

 刹那も考えたことがあるのか。そう嗜める言葉は重さを伴っていた。

 

「―――分かっているさ。ただ、二人を助けられれば、それは、『いいこと』のはずなんだ」

 

 そう言う達也の言葉で、二人も覚悟を決める。そして、驚くべき提案が刹那から為される……。

 

「こと『ドコか』だけがずるけて勝ちを得られるわけじゃない。海軍も頭を抑えつけられれば、いい気分じゃないだろう。ついでに言えば、ホクザングループには武器販売部門もある。三矢の『お嬢ちゃん』が、あの『小僧っ子』といちゃこらできなくなるのも忍びない」

 

 十師族の中でもアンダーグラウンドな『武器・兵器』を取り扱う三矢家の事情まで考慮するとは―――そう言えば、ちょくちょく入学式以来、あの家に行っている事は周知の事実だった。

 

「ということは―――誰がやったかを、分からなくすればいいんだ? つまりはジョン・ドゥ、ジェーン・ドゥにやらせればいいだけだ」

 

「つまり――――?」

 

「■■■■―――――」

 

 その言葉に達也は、何と言えばいいのか分からない。確かに案はあった。しかしそれは試作型のムーバルスーツ……大隊の俗称『魔王の服』を着てやろうとしていたことだ。

 

 聞いていれば、会頭はどっちもどっちだ。などと『笑いながら』語っただろう。つまりは―――。そういうことだ。

 

 

「女性陣にも意見を聞かなければいけないが、一つ質問だ遠坂」

 

「なんでしょう?」

 

「――――『3L』サイズはあるんだろうな?」

 

 会頭も乗り気のようだ。世界的に有名な『魔法使い』を利用しての『犯行』。

 

「ありますよ。カレイドステッキのプリズムトランスは、あらゆる『可能性』を引き当てるものです。まぁ後は、オニキス次第ですね」

 

 あの魔法の杖。刹那に見せてもらったビーストとの対決。ニューヨーク大決戦の際に封じられてしまった杖であったのだが―――本人(?)いわく……。

 

『有給休暇を申請していたんだがね。どこぞの『昼行灯』に叩き起こされてしまったんだ。

 まぁ彼が『積極的』に動くことは、この世界の『人理』を著しく乱して、下手をすれば『揺り戻し』が発生しかねないからね。

『友人』の頼みを無下にするほど、私は薄情では無い天才なのさ☆』

 

 意味合いは良く分からなかったが、その昼行灯の友人とやらは、よほどの力の持ち主らしい。

 

 そうしていると、黒沢さんから食事の準備を手伝う時間だと気付かされる。女性陣が湯浴みしている間に食事の殆どは終わっていた。

 

 

「ところで、なんで俺たち三人が集まったんだっけか?」

 

「内緒話と、お前があの隠れ身の布を使って、覗きでもするんじゃないかと危惧したからだ」

 

「失敬な。俺の眼はリーナの『ネイキッドスター』な姿しか映らないようになっている。第一、あれはそこまで万能じゃない。足音を消せないし、『匂い』も消せないからな」

 

 そういうものなのか。と思いつつも、レオと幹比古が呼びに来ていたので素直に合流することにした……夜明けまでに何も無ければいいな。と思いつつも、絶対に何かあると思わせる刹那による最後の水切り。

 

 石に刻印されていた『ルーン文字』が輝きながら、水底へと沈んでいくのだった……。

 

 



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第108話『夏休み 幕間の晩餐』

というわけで、新話投稿です。サービス回といったな。あれはウソだ―――というほどではないのですが、ここを細かく描写するのは恥ずかしいので、今回のはこんな感じ―――。




「先程、娘及び『十文字克人』より、緊急の連絡が来た。各々方は、既に送信した資料を読んでいるとは思われますが、この案件に関して審議したい」

 

 ある種、このような案件を引き当てることになった弘一としては、頭が痛い限りだったが、しかし―――この事態を静観出来るほど冷静ではなかった。

 

 調整体の魔法師―――それを軽んじるわけがない。そして、囚われているのが『少女』、それも14歳のまだ年端もいかない子であることを知った時に、頭が沸騰しそうになった。

 

(何故、いつの時代も『生贄』に選ばれるのは女なんだよ!!!???)

 

 痛みを代われるのだったら代りたかった。恥辱の汚辱を受けるのが自分ならば、どれ程、気が楽だったか……。

 

 少年の頃のような内心の言葉の調子を殺しながら、テレビ会議に出てきた十師族の面々―――その中でもシックなドレスを着ている女性を見ながら、言葉を紡ぐ。

 

 

『九人の調整体魔法師を利用しての大規模魔法式の構築。しかも本来ならば十二人で運用するはずのCADを九人で運用させているとはな』

 

『明らかにこれは魔法師に対する人権の蹂躙です。即時の運用停止を求めるべきですよ』

 

『同時に、彼ら調整体魔法師に対するケアも考えねばならないな……下劣な事を……』

 

 

 最後の三矢当主の言葉は憤慨しているものだった。知っている事ではあるが、彼の末娘は、今年で14歳……実験に使われている少女と同じであれば冷静ではいられない。

 

『しかし、事態は海軍と『こと』を構えます。七草師―――あちらが唯々諾々と従ってくれるでしょうか?』

 

 一条剛毅の言葉。海洋資産関係の会社を運営しているだけに、そこの問題点を突っ込まれる。

 

 まず無理なことは、ここにいる全員が分かっている。2000年代当初―――いわゆる21世紀に至る前の中東の湾岸戦争に端を発する近代戦争までは、魔法師の戦力化などというのは、あまり純粋に議論が為されていなかった。

 

 しかし、武器・兵器のハイテク化で世界を席巻しようとする各国の『流れ』は、急速に変化を果たす。

 本来ならば海軍・空軍の拡充及び兵器のハイテク化をするはずであった中華人民共和国の軍備刷新は行われず、旧態通りの陸軍偏重の軍備に走る。

 

 同じくある種、世界最強の国。地球と言う人類史の覇者である合衆国においても、魔法師に対する軍事化が進められていく……。

 

 つまりは―――魔法師と言う安易な『陸戦歩兵』が誕生したことによる変化だった。

 

 その『流れ』の前では、兵器のハイテク化は然程行われず―――未だに世界では2020年代ごろの技術レベルの兵器が、運用されていた……。

 

 無論、各細部のアップデートはされていても、本筋においては、あまり変わらない。

 ある意味、ハイテク兵器と言えるのは……九校戦で遠坂刹那が撃ち落とした鳥などに代表される『ロボット』だろうか。

 

 蛇足な思考を終えて、つまり海軍は、陸戦歩兵としての魔法師ではなく、『ピンポイント軌道爆撃』というある種、魔法師以前の頃の兵器思想を受け継ごうとしているのだと断じる。

 

 

「……まぁ無理でしょう。そして海軍としても面子の問題があるのだから、簡単には内情を明かせないはずです―――しかし、既に実験は起きています。この隕石爆弾が制御不可能な事態になることだけは避けたい」

 

 そもそも十二人でやるべき実験を九人でやっている時点で、いずれ『重大インシデント』が起こることなど、火を見るより明らかだ。

 

 魔法師のマイスターとして選出された人間達ならば分かり切っている……。だからこそ、事態解決に『自然と立ち向かう』人間の名前を挙げた。

 上げた瞬間、それぞれの表情を浮かべる十師族の面々。三矢元など『こりゃまいった!』などと言わんばかりに額を叩いている。

 

 反対に暗い表情なのは九島真言だろうか……『レッドジュエル』が動けば、そこには『スターサファイア』がいるのだから……。

 

 当主の座を簒奪されるのではないかという危惧があると見える。

 合衆国に行った叔父の孫……。それが、彼ら『クドウ』にとっては眼の上のたん瘤のようだ。

 

『ではお任せしていてもいいのではないでしょうか? 

 何だか刹那さんは危難があるところには自然と赴くというか、騒動の女神に愛されている節がありますからね』

 

『引きがいいのだろうな。いつでもババを引いている風に見えて、必要な手札を揃えている……息子『が』サポートしていれば、問題なく動けよう』

 

 

 四葉と十文字に言われれば、その通りだ。と納得をしてしまう。そしてまずは事態解決を、『十文字克人』を名代に、全権を任せてもいいだろう。

 

『後始末』こそが、大人の役目なのだから………。

 

 結論は出たことで、師族会議は解散の方向へと向かう。

 

 しかし、少しの不安もある―――宇宙望遠鏡ヘイムダルが捉えたもの。

 

 ラグランジュ点において、地球から月の外側の公転軌道に存在する地球に接近する小惑星などの隕石災害に対処するためのものが捉えた『物体』が、弘一には不安の種に思えた。

 

 明らかなまでの人工物。『半壊』という表現が適当な『正八面体』……元の形がそれだったろうものが、月の公転軌道に乗っかる形で動いているという『モノ』。

 

 人類悪、神秘の顕現、人理……人の世に、蔓延る『未明』な全てが明らかにされて、それに対応している最中だと言うのに……。

 

 

(今度は『宇宙人』まで実在するなんて言われた日には、どうしたものかな……?)

 

 魔法師の分野ではないが対処せねばならないこと。そして古式魔法師でも知り得なかった理屈……その一端が再び、この世界に披露されるのだろうか。

 

 そんな嘆息をしつつも、緊急の十師族会議は、終わりを迎えたのだが……弘一の前のテレビ画面には未だに四葉真夜が映っていた。

 

「何か用か? 真夜」

 

 本来ならば四葉殿とか四葉師とか呼ぶのが礼儀だろうが、一斉退席して二人しかいない以上、プライベートな呼び方でもいいだろう。

 そんな気安さだったが、あちらも『同じ』だった。

 

『特に用事はありませんが、何やら隠し事をしていて、深刻な顔をしている弘一さんの顔を見に来ました。そう言えば気が済みますか?』

「極東の魔王と呼ばれる君に見つめられて、俺の心臓は今にも止まりそうだよ。勘弁してくれ」

 

 軽口で躱すも、弘一の心は違っていた。というか確かに心臓は『今にも止まりそうな』勢いで『早鐘』を打っていた。

 今すぐにでも会いに生きたい気持ちを抑えなければならない。葉山さんにも『言われたこと』を思い出して自重したいが、こうして対面していると、昔に流行った電脳SFラブコメディ……。

 

 主にテレビなどの回線を通じて『あちら』に行くなどという夢想であり空想を孝次郎辺りに『開発してくれ』とか言いたくなる。

 そして、『寝言は寝て言え』と辛辣に次男に言われるまでがセットである。

 

「まぁ君に隠し事したとしても簡単にバレるからな……白状しとくよ。『今後』のミーティアライト・フォールの目標物に関してだ」

 

『長期のインターバルも無しに実行しますかね?』

 

「やるだろう。だから止めなければいけない―――そして、その目標物に対する検討が着いている。君もだろう?」

 

『事態は最悪を考えるべきですからね。杞憂の原因は、以前から宇宙研究者の間で話題に上っていたもの『ラミエル』ですね?』

 

 そう。謎の天体……そうとしか言えないものが、何の目的なのかラグランジュ点にあるのだ。

 

 もしもコースを外れて月ではなく、地球に落ちてくることあれば、そして呼び寄せる手段が、隕石爆弾であれば……。

 

『今は待ちましょう。事態を丸く収めるのは刹那さんでしょうが、その後は私達の出番なのですから、ね?』

 

 小首をかしげるように『笑顔』で言われては、もはや弘一には何も無かった。

 

 そんな真夜との何気ない会話こそが、今も昔も……弘一にとっての『微笑みの爆弾』すぎてどうしようもなかったのだ……。

 

 

 † † †

 

 

 北山家の別荘には別棟になっている大浴場がある。

 

 外からの眼を完全にシャットアウトしたプライベートな大浴場。されど完全に外側の景色が見えないわけではない―――そんな豪勢な風呂場に女性陣は、四亜と九亜を連れ込んでいた。

 

 湯浴みをさせたいと言った時に、「キッドは来ないの?」という四亜の言葉に、「行ってもいいのか?」真面目な返事。

 

 ―――女性陣全員で暴力言語(弱)での刹那への総ツッコミであった。

 ちなみにリーナだけは『二人っきりの時は(Yes Come in)!』とか言っていたのは、全員(男性陣含め)で忘却することにした。

 

 ともあれ……そういった男女別という一般常識を存じず、湯浴みという生活習慣すらこの子達には与えられていなかったらしく、とりあえず髪を洗うことからだった。

 

 身体も垢ぐらいは取れているかと思えば、少し堆積していた……この子達の14歳にしての低身長は、湯浴みなどで『垢』を落としていなかったことも原因だろう。

 

 そんなわけで――――。

 

 

「わぷっ……リーナ、この泡は、何だったです?」

 

 舌足らずな九亜の疑問に対してリーナは、コンディショナーを用意しながら答える。

 

「オンナノコを綺麗にする魔法のポーションだよ♪ シャンプーって言うんだけど、ココアも女の子なんだから綺麗にしておかないとね?」

 

「何だか頭がすっきりした気分です。そして、頭の後ろが『ぽよぽよ』する感覚があるです」

 

 つまり先程まではリーナのビッグなバストの感覚を髪及び頭皮で感じ取れていなかった証明だ。四亜は四亜で、「ほのかと美月も、ぽよぽよだ。なんか落ち着く……」

 

 

 そんな風景を見てから九亜を世話したかったエリカの武力介入を許さぬ形で、立ちはだかるリーナの胸にエリカはちょっかいをかける。

 

「にしても、リーナのバストはこうして見ると凄いわね。体育の合同授業では一緒にならないから、貴重なシーンだわ」

 

「エリカ、女どうしでもセクハラは成立するのよ?―――まぁご存じの通り、ワタシはアメリカ人だもの」

 

 

 そんな人種的な、生物的な差異―――いわゆる競争競技における『アフリカ系黒人』と多人種との差のごとく、そういうのはあるはずなのだ。

 

 この差は、2090年代の世界にあっても変わらないものであり、今でも『年始の駅伝』―――社会人、大学生問わず『別格』の走りを見せている……。

 

 にも関わらずリーナと比肩しうるぐらいの人間が、純日本人の系譜で、二人もここにはいるのだから恐ろしい―――

 まぁリーナも刹那に『造型』されていなければ、深雪と比肩するぐらいで収まっていたかもしれないので妙な話である。

 

「さてとウォッシュは終わったから、バスに入るわよ」

 

「初めてです―――お湯の張った大きな水槽―――ううん。『お風呂』に入るのは……四亜、大丈夫?」

 

「へ、平気よ! 怖がってなんていないよ!?」

 

 

 調整槽とでも言うべき簡易な身体洗浄しかされていなかったわたつみの少女達にとって初めての経験だろう。怖がらなくても大丈夫という意味で、手を握り皆でエスコートして入浴。

 

 上がったらば、あまりにもざんばらで、自然と湯の中に入ってしまう伸びすぎた髪も整えてあげねばなるまい。

 

 黒沢さんがカットも出来るらしく、流石に美容師ほど凄い事は出来ないが、それでも展望はある。一方的かつまだ助け出していない子もいるのに罪悪感を感じる心もある。

 不平等な気持ちもあるが、それでも―――この子達を見た時に、他の子たちに外への関心を持ってもらう切欠にはなるはず。

 

 そう願いながら魔法師の少女達は、四亜と九亜を磨き上げていくのだった―――。その際に、体のどこかに『バーコード』のような縞模様のものがあるのを気付き、それが研究員たちに付けられたものではないかと悲しく想い、致命的な勘違いをするのだった。

 

 

 † † † †

 

 

「おや、男子? 給仕仕事ご苦労様」

 

「なんの、二人は大丈夫だったか?」

 

 エリカのからかうような言葉に、ウェイターよろしく動いてセットを完了させた全員を代表して刹那が問いかける。

 

「まぁね。お風呂に入るのも初めてだったから難儀したけど、女の子の命の洗濯を何だと思っているんだか海軍の連中は」

 

「憤慨しても仕方ないな。ただ身体環境を整えることも魔法式の安定に繋がると考えない連中は馬鹿かとは言いたくなる」

 

 魔法師とて人間。肉体的コンディションがメンタルに与える影響は大きすぎる。そういった観点を考えないで、そうするとは、九亜達は試作品で、再び『シリアルナンバー』が作られる可能性があるのだろう……。

 

 

「それでそっちはどうだったんですか会頭?」

 

「何とかかんとかだ。こっちはこっちで好きにやらせてもらうさ。変な気遣いだが桐原の親父殿も海軍勤務だからな。あまり、スキャンダルにはさせたくない」

 

 所属基地と防衛隊と艦艇勤務とでは違うと思うが、まぁ、そういう気遣いが出来るのも、この人の特権である。十師族及び魔法協会への連絡は滞りない。

 

 そして十文字克人がもらった『フリーハンドで動け』という返事にエリカは笑みを零す。

 達也の方も所属先『二つ』からの返事で大丈夫だと小声で伝えてきた。どうやら後は、全員が承諾するかどうかである。

 

 

「そう言えば、オニキスはどこにいるんだ? 何か見えないが―――」

 

「砂浜で少し『相談中』―――どうやら、早急に九亜達の姉妹、アイちゃんたちを救出しないと拙いかもな」

 

 NASAの動向に近いアビーに『電話』しているカレイドオニキスの返事次第だが……何であんなものが宙の上にあったというのに今まで気付かなかったのか……。

 

 そう考えていると、お色直しをしてきた四亜と九亜が、扉の向こうからやってきた。似たふうなサマードレスを着込み、髪も整えられたのか―――緩くパーマがかかった二人の姿は、やはり違っていた。

 

 九亜は若干、恥ずかしそうだが……四亜は若干、誇らしげな感じ―――。そして―――。

 

 

「プリズマキッド、似合うかしら?」

 

「うん。凄く似合っている。女の子はやっぱり着飾ってないとな」

 

 駆けだすようにやってきた四亜を抱き留めて、色々あって滑らかになった髪を撫でる。その姿にリーナは何とも言えない表情。

 

 

「分かってはいたけど、シアは、セツナに対して―――むぅ。怒るに怒れないわよ」

 

「しょうがないわね。あの子が、外の世界に憧れた最大の原因は、九校戦でキッドのコスプレをした刹那君だから、リーナも分かっているでしょう?」

 

「理解と納得はアナザーエニシングじゃないかしら、ミユキ」

 

 そう言いながらもさせるがままにさせている辺り、リーナも、そういったやさしさはあるようだ。

 そして二人の衣装直しと色直しをした黒沢氏が、食事を持ってくるという。

 

 一夜の晩餐が始まろうとしていた……。

 

 食事を取りながら一段落した所で、オニキス含めての説明を行う。

 

 席に座っている人間の位置的には、刹那は上座ではないのだが、ともあれ説明を行う手筈。

 最初に口(?)を開いたのはオニキスからだった……。

 

『君たち二人をモールまで連れ出した米国諜報員サンタナこと『サンディ田中』の証言で、次なるミーティアライト・フォールの実験再開は二日後ということが分かった』

 

「サンタナさん無事だったんだ……」

 

「よかった……」

 

 安堵している二人をモールに連れ出すまでの手筈を整えたのは、基地に潜入していた色黒の日系人であり、刹那も知らない人間ではなかった。

 彼は、彼女たちの担当官とやり取りをしていて、この計画に一枚噛んでいた。

 

 その上で米国に連れ出すことを不可能だとして、九亜の担当官『盛永』氏の機転で七草家との渡りが着き、そこにUSNAスターズからの勅命があった刹那とリーナが噛んだ。

 

 現在の状況は、その産物だ。その上で伝えられた実験再開の日にちに速すぎると誰もが思う。

 

 

「研究者の視点からだが、本来12人のものを9人でやっていて更に二つ欠けているというのに、なぜそこまで強行するんだ?」

 

『詳細は不明だが、海軍基地研究所の責任者『ドクターカネマル』を唆している人間がいるようだ。

 名前は『ミスター・アイズデッド』。顔写真は手に入らなかったが、二十代後半から三十代入った位の人間だそうだ。国籍・人種・経歴―――全てが謎ながらも、彼の『手並み』で、此度の事になった』

 

 ドクターカネマル…兼丸と言う名前の老化学者が顔写真と共に投影スクリーンに出てきた時に、九亜が怯えて、四亜が睨みつける。

 

 この科学者には、家族がいないのかと思い……年齢的にはWW3で、そういうのを全て失っていてもおかしくない歳かとも思えた。事情がどうであれ許せる所業ではないのだが。

 

『次なる目標は不明だが、ともあれ―――作戦を考えた方がいいね。刹那、腹案はあるかい?』

 

「考えたんだが、要は『訳の分からんもの』に奪われてしまえばいいんだ。つまりは■■大作戦だ。」

 

『これでも私は『探偵』と『縁』が深いんだがね……いまさらではあるか―――では各々、どうする? こんな奇抜すぎる作戦に乗るのかい?』

 

『『『『『『乗った!!!』』』』』』

 

『おおう……何と気持ちのいい返事。しかし海軍と事を構えると言うのに、みんなして怖くないのかい?』

 

 オニキスとしても自分の『トランス』させる人間達が、ここまで乗り気だとは思っていなかったようである。

 

 まぁ……名目上の『魔法少女』を、『高校生』で積極的にやりたがるのもそこまでいないよな。と思う。が、いの一番の光井の言葉は力強かった。

 

「そりゃ怖いですよ……けれど、ここで九亜ちゃんと四亜ちゃんの姉妹を見捨てて、あとは魔法師協会任せでいいなんていうのは、それこそ夢見が悪いですから」

「ほのかが行くならば、わたしもいく―――もう『あの時』みたいに助けられる側なのは嫌」

 

 光井と雫の言葉は力強かったが、2人は、この中でも『実戦』……切った張ったが出来るかどうか一番不安なのだが、やるならば仕方あるまい。

 全力サポート要必須とオニキスに思念で伝えておく。

 

「私も出来ることがあるならば、やります! もう八王子の時みたいな置いてけぼりは嫌ですから」

「僕もだね。理屈じゃないんだよ。僕の魔法師としての心が、この研究を許しておけない」

 

 美月と幹比古の返事も心地いい――――。決意は硬いようだ。

 

「アタシもよ。一度関わったならば最後までやっていくわ。それに―――ようやく『形』になってきたしね」

「オレもだ。この事態を静観していたならば、死んだ祖父にも顔向けできねぇ……全員に自由を、明日を掴ませてやりたいんだ」

 

 純粋に切り合いを望むエリカとは対称的なレオの決意を秘めた言葉……気負いすぎなければいいと思える。

 

「聞くまでも無いだろうが、俺もレオと同じだ。『それだけ』だよ」

「お兄様が行くと言うならば私も行きますが―――この歳でま、魔法少女ですか……一色さんのを見ていたとはいえ、恥ずかしいですね」

『プロトタイプ(赤、青)ではダウトと言いそうだが、私はオールオッケーさ。まぁ君の場合、拳や杖で亀竜(タラスク)でも飛ばしていた方が、映えそうだけど』

「そこまで肉弾戦な魔法少女はイヤです!!! リアル思考な魔法少女は禁止!!」

 

 だが、刹那としては、深雪がいざカレイドステッキの所有者になると、他にも『八艘飛び』したり『ケモ耳』になるのが眼に浮かぶ。

 

 そして最後の言葉は現代魔法の使い手としては失格なのではないだろうかと思う。まぁ今さらなことではあるのだが……。

 

「それで会頭と会長は―――言わずもがなですかね」

「愚問だな。そして―――、まぁ……そうだな。本音を言えば『一度』はやってみたかったからな」

「意外な一面ね……私も―――一度はやってみたかったわ。魔法が『現実』に即したものしか出来ないなんていう現実を崩すような…そんな存在にね」

 

 刹那としては、魔法師と言うのは、『魔法』という技術を、『現実』のものと『割り切って』人間能力として想っていると考えていただけに、意外である。

 

 しかも、それが十師族というマイスターならば、『下らん妄想だ』とか言われると思っていたのに。

 

 人の想像通りとはいかないのが人間の実像なのかもしれない……と思っていると、リーナの下から覗きこむような顔が隣にあった。

 

「セツナ。ワタシには聞かないの?」

 

「今さらだろ。昔から見ているよ……ボストンでの君はラブ・ファントム。着いてくると信じているから言わなかったんだよ」

 

「それならば仕方ないわね。仮面を着けたファントム・ジュエルの素顔を見た時から、ワタシの心は、盗まれっ放しだわ……」

 

 金色の髪を撫でてから、苦笑しあう二人を見て達也が口を開こうとして―――。やめといた。

 

「お前ら、本当は……いや、いい。聞かないでおく……」

 

 達也からすれば、この二人の出会いはもはや周知されているようなものだ。しかし、あんな風にアメコミじみたド派手なことをやるとは―――。

 

 そんな達也に近づいてくる魔法のステッキが、内心での疑問に答えてくれる。

 

『まぁ彼の母親も、私の先代と共に『魔法少女』などをやっていたほど。

 そして魔術の本質とは『自己への陶酔』だからね。ようはナルシーな人間ほど、術式が安定・向上するんだよ』

 

「初めて聞きましたね。その理論は……」

 

『まさか自己陶酔しているなんて、こいつ(刹那)が積極的に言うと思うかい? 闇の炎に抱かれて消えろとかそういうたぐ―――』

 

 

 槍玉にあげられていることを悟って、『うわっしゃ――!!』などと言って宙にいるオニキスを刈り取るセツナ。

 

『ぎょわ―――!!! 外道神父に胸を貫かれるが如き痛み―!!』などと言って明朗な叫びを上げるオニキス。

 なんだこの三文芝居……と思っていると九亜と四亜が笑っている様子に、達也は、ちょっとだけ安堵する。

 

 こんなことで笑ってくれるならば―――とてもいいことだろう……そんな思いを抱きながらも夕食は、終わり―――そして敏感なものたちは悟っていた。

 

 多くの人間達は九亜と四亜を寝かしつけるために、尽力していく様子―――それを邪魔させないためにも、いつの時代も変わらぬ『魔法使いの時間』……『夜』がやってくるのだった……。

 

 



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第109話『夏休み 夜の暗闘』

リーナ「劣等生新刊の表紙は、ワタシ―――だけじゃなあああいいい!!!! だ、誰なのよ―――!! 思わず無淵が胸キュンしちゃったこの茶髪のポニーテールは!!!」

刹那「とりあえずファンスレッドでは、ベンジャミンの娘、君がパレードで偽装した姿、全く別の新キャラ―――色々だな。一高制服の裏地の模様が星と氷結晶で違うから。色々予想が立てられている」

リ「石田先生!! 何で今さらワタシ以上の萌えキャラを出す―――!!(涙)。ワタシこそが、ファンジンでも本家でも劣等生の『メインヒロイン』にして最萌えキャラでしょうがあああ!!!」

刹「錯乱してやがる……(遠くの方で多くの起動式の発動)。ニブルヘイムが起動する前に、すたこらサッサだぜ―――ぐぉおお!! は、離せ! 俺はまだ死にたくないんだ!!」

リ「死なばモロトモ!! 私とてスティツの女、ただでは――――」

炸裂する魔法の乱打によって二人はこの世から去るのだった……。

以上……変な小芝居でした。

いや、本当に誰だ!? うっかり成田先生のfakeの確認を忘れてしまう程でした。


 星と月の明かりが真黒な海に明りを添える夜の時間……。その時の中で蠢くものがいた。

 

 

 小型の高速艇……五隻。雫の別荘、この媒島の入り口は小規模な入り江となっており、入ろうと思えばはいれるし船着き場も整備してある。

 

 しかし、この高速艇の寄港に関しては事前連絡も無いし、何より高速艇側もする気がなかった……不法侵入の手筈なのだから当然だ。

 

 本来ならば、空―――ヘリを使っての『交渉』も視野に入れていた海軍将校『武田』は、アイズデッドの言う通りにしてよかったのかとも思う。

 

 だが、向かっている先にいるホクザングループの『北山雫』御令嬢は、先の九校戦でも存分に『力』を発揮した人間。無論、それと実践のカンは違うだろうが、それでも賭けに出られず―――更に言えば、夜襲という関係上。

 

 海からの揚陸作戦実行の手筈となるのだった……。

 

「少尉……そのよろしいのですか? いま我々が向かっているのは、日本でもメジャー財閥の『北山』家の別荘なのですよ?」

 

「分かっている。しかし、入院患者を引き渡さない以上、こちらとしても強硬な手段を取らざるを得ないな」

 

 野戦服に小銃を担いだ軍曹が、黒眼鏡に黒スーツの少尉に問いかけたが、暖簾に腕押しであった。

 

(『現場』を知らない背広組が、貴様らのせいで部隊の補給に滞りが出たらば、どうするんだ!?)

 

 下の人間は、上の人間の手筈で『装備品』を決められる。

 無論、現場の意見を重視してくれる『将校』もいるにはいるのだが、時に思想的・政治偏向的な一面で、ロクでもない補給が為されることもある。

 

 そして、そのツケは現場の人間の命で賄われるのだ……。汚職・腐敗・人命軽視―――上の人間次第で下はとんでもない苦労を負わされる……。

 

 そんな軍曹とは違って、事の重大性を知っている武田は、軍曹の内心の言葉を悟りながら言葉を紡ぐ。

 

(下士官には分かるまい。あの調整体魔法師達はいずれ、この日本が世界をリードしていくための戦略兵器なのだよ)

 

 かつて日本の海軍とは、国防の要だった。島国という性質上、蛮夷―――敵国がこの国に食指を伸ばす時に使われるのは、昔より海からだった。

 

 古くはモンゴル帝国の侵攻……新しきは沖縄海戦、佐渡島侵攻……全て海からの侵入だったのだ―――。

 

 しかし、昨今の海軍は落ち目である。

 軍事的な魔法師の誕生、あらゆる意味で戦場を塗り替える『機動歩兵』としての魔法師は、あらゆる『打通作戦』を当たり前にして、敵の策源地を『生身』で攻略してきた。

 

 かつて……日露戦争における勝因の一つ。バルチック艦隊を破った連合艦隊のように勇壮な海軍を作り上げる―――帝国海軍の人間こそが、日本のエリートと称される時代を―――。

 

 そんな想いの交錯―――すれ違う二人であったが―――。一つ共通する想いがあった……後ろの船室にいるアイズデッドが連れてきた―――この『奇態な戦闘兵士』をどうしたものかということである。

 

「そろそろ『射程』に入るでしょう。私の計算通りならば、最初はこちらにだけ通じる『耳打ち魔法』による警告。そしてデッドラインを超えてきたところで、恐るべき矢束の嵐でしょうね。

 実に明快! 準備をしておいてください。タケダさん、アキヤマさん―――『彼』には、あなた方の常識は通じませんよぉ!」

 

「わ、わかっ――――」

 

 

 白いコートの下に黒い肌着を着た男は、どこで『昂揚』するか分からぬ男に辟易及び動揺した瞬間に……夜の闇を進む船の上に、声が響くのだった……。

 

 

『警告する。こちらは、ホクザングループの私掠船ゴールデンハインド号のフランシス・ドレイク船長だ。貴船は現在、我が雇用主の『領海』への侵入状態となっている―――速やかに転進せよ。さもなくば、我が方は、実力で以て貴船を排除する』

 

 そんな気取った言葉に、鼻で笑うことは出来なかった。

 威圧的な……何かの『長』、一軍の『頭』を思わせる声に対して、武田、秋山ともども若干……震えているのに対して、アイズデッドは、狂想の笑みで以て答えるのだった。

 

 

 † † †

 

 

 そんな海軍の小型艇が侵入する前に勘付いていた迎撃部隊の中でも、アメリカ出身の2人が、黒沢の連絡―――該船が連絡を取らないことに業を煮やして、言葉を届けることにしたのだった。

 

 直接的な口頭警告。それすら無視するようならば『遠慮なくやってしまって良い』と雫及び北方潮氏からも言質を貰っている。

 

 北山財閥が、雇ったプライベートミリタリーという体の契約書の即時作成で、こちらの行動制限は無くなっていた。

 

 入り江の片端……突き出ている岬の一つに陣取ったリーナと刹那は、シルヴィア得意の『耳打ち』で、一先ず声を届けることにするのだった……。

 

 

「何かVoiceのリクエストはある?」

 

「―――それじゃ、声と年齢が高めのクール系『日笠』さんで一つヨロシク」

 

「オーケー…あーあー…よし。大丈夫ね。今の私はレーベル的には、『OL系女勇者』! では行くわよ!!」

 

 コイツら、何をやっているんだ。というオープン回線で聞こえてきた声にツッコミを入れたいが、CADを操作して空気振動を利用した声を届けるリーナの声の調子は、時々聞く真剣なものであった。

 

「警告する。こちらは、ホクザングループの私掠船『ゴールデンハインド号』のフランシス・ドレイク船長だ。

 貴船は現在、我が雇用主の『領海』への侵入状態となっている―――速やかに転進せよ。さもなくば、我が方は、実力で以て貴船を排除する」

 

 お道化た台詞であったが、その言葉が所属を明確にしており、届かなければ―――本当に撃つだろう声音。威嚇射撃のつもりなのか、簡単なサイオン弾…魔弾ほどではないものが、片方の岬にいる会長から放たれ、海面に叩き付けられて、水柱を上げる。

 

「次は当てる。無論、威力は、こんなものではない……」

 

 最後の脅しの言葉を掛けるリーナを前に―――転船することはなく増速。流石にすぐさま最大船速に至ることは無かったが、その前に――――刹那の刻印弓が、矢束を五隻の高速艇に雨霰と降り注がせる。

 

 無論、高速艇にも魔法師はいたようで、対抗魔法などで撃ち落とすことを企図するも、一本辺りにA級魔法師20人分の『魔法力』が込められているのだ。

 

 干渉強度・情報濃度が段違いな上に、その速さは―――相手の魔法式の投射よりも(はや)いのだ。次々と矢に貫かれていく船体。

 

 一つにでも引火すれば最後の状況。諸葛孔明の三日で十万本の矢でも作りに来たわけでもあるまい―――と思っていると、刹那の手で船体が割り砕かれる様子。

 

 矢を媒介にして『船底』に圧力をかけた……そんな所だろうか、『牛蹄の一撃』では全員死ぬからなと達也が思っていて浮き輪だけでもよこしてやるかと思っていると……水面を奔る人間の姿が見えた。その他にもダイバー装備の連中がいたのも視えたことから、最初から撃沈されると思っていたのだろう。

 

 となれば、更なる矢束が、魔法で水上歩行をしている連中に降り注ぐ。対する達也も、水中にいる連中を拿捕するべく、魔法を仕掛ける。流石に窒息死や酸欠に至らせることはないが、ダイバー装備の中でも重要なスクリューや酸素ボンベの消費が減れば、浮上せざるを得まい。

 

 

「深雪、お前は魔法を使うなよ。この場面ではお前の魔法は不味い」

 

「はい。お任せしますお兄様」

 

 プランの中にあったこととはいえ、水中からやってくる連中の上に氷を一面張っては、死んでしまうだろう。

 

 如何に九亜達を守る為とはいえ、妹に『偶発的』かもしれないが、『人殺し』はさせたくない。

 そんな想いでいたが……刹那のグガランナ・ストライクからの魔力矢を食らっても―――水上歩行している連中はすぐさま立ち上がる。

 

 ジェネレーターなどの改造兵士か、装備してある『タイツ』や『鉄仮面』に何かがあると察する。察したはいいが、何も分からないことで『レリック』か、とんでもない器物と断定。

 

 十文字会頭も壁を使って……タイツの兵士、ガタイはいい存在を圧していくが、何というタフネスなのか、吹っ飛ばされても、すぐに立ち上がるのだ。

 魔法の優位性を若干、疑いたくなる……。

 

「刹那、水上歩行している連中がマズイ。入り江に入り込まれる前に無力化してくれ」

 

『出来るならば、やっているんだが――――』

 

『――――!? まさか―――』

 

 戸惑っている刹那に代わって気付いたらしき、オニキスの言葉……最大級に厭な予感がする。

 

 

『奴らは、ただの改造兵士では無い『ピクト人』だ」

 

「ピクト人って2m以上の巨体ばかりで、青い肌の―――アレか?」

 

『ああ、魔術師の定説としては、彼らもエリンの地に残っていた『巨人種』の一つとされているが、正確には違う。

 彼らは、捕食遊星の浸食を受けた人間(エイリアン・アブダクション)

 その影響は呪いの如く『次世代』まで続いていき、そして、連綿と神代から続き―――アーサー王の時代まで、ブリテンとエリンの地にて最強の戦闘種族としてあったのだよ』

 

「けれど、さっきからこちらの魔法で吹っ飛ばされているわよ?」

 

『恐らく正確な意味でのピクト人は再現出来なかったのだろう。外側だけ『身体変成』をさせた存在だな。アレの元は生きた人間だ―――刹那、『ガンド』で打ちのめせ』

 

「いいのかね? ピクト人の『ガワ』を被っているとはいえ、ただの人間なんだろう?」

 

『だからこそだ。強烈な『呪弾』で『気付け』を起こすことで『ガワ』を外す』

 

 

 この世界の魔法師(A級)にガンドを試したことがある刹那としては、恐ろしい結果になったことを思い出して、少しばかり躊躇ってしまう。

 

 殺すにしても『アレ』は、何というか……風の噂で聞くところの『ケイネス・エルメロイ』のような様を再現するのだから……。

 

 しかし、考えている時間は然程ない。遂に話し中にも放たれていた魔力矢が、持っていたハルバードや戦斧で対応されつつあるのを見て、左手をメインにして刻印弓『第三の形態』を出す。

 

 

 地の底の冥府―――という『ある』とされている場所を思わせるオーラの放出に、幹比古が『刹那は黄泉平坂の住人なのか!?』などと失礼千万なことを言ったが、構わず―――ワインレッドの魔弾が飛ばす。

 

 それは剣のような形に研磨されていき、ピクト人(偽)を貫き、海面に赤雷を走らせ、ピクト人たちの編隊行動に影響を出す。

 

 変態的(誤字にあらず)な動きを見せるピクト人たちがこちらを向く。どうやら狙いを完全に刹那だけに定めたようだ。

 

 

『刹那、そっちに大勢向かっているが大丈夫なのか?』

 

「大丈夫だ。問題ない。一番いい弓を装備しているからな。それよりも国防軍連中の相手は任せたぞ!!」

 

 

 達也からの通信に答えてから入り江の片方。岬に殺到しようとしているピクト人達に攻撃の手は緩めない。

 

「リーナ、浮き輪投げてやれ。どうやら、ガワさえ離せば普通の人間のようだ」

 

「オーケー!」

 

 移動魔法で近くにある浮き輪の一つが、700m先に浮かんでいる……恐らくアングロサクソン系の男性の元に行き、素直に捕まる。

 

 抗魔力で保護した浮き輪なので、そんな簡単に破れはしないが、それにしても……何だか変な様子である。

 

 

(操作されていたのか?)

 

 

 そんな感想を出しながらも、刻印神()『キガル・メスラムタエア』が放つ朱雷の魔弾は過たず、ピクト人に変成されていた人間達を解放していく。

 

 その様子を観察しながらも国防海軍のダイバー部隊を次から次へと海から出させて拘束していく浜辺の人間達……屋敷の裏手、もしくは空に回ることも考えて、待機してもらっていたエリカとレオ、雫とほのかだが……どうやら正面にだけ戦力を移していたようだ。

 

 

 このままいけば―――などと思った時に、大体はとんでもないことが起こるのだ。ここ最近の案件から、達也は気を緩めることはしなかった。そうすると―――。

 

 ちょうど刹那が国防海軍の艦艇を撃沈した辺りに水柱が上がる。なんだと思う間もなく、正体は分かった。

 

 水上戦車……そういう表現が正しい器物が水上を滑走しにきたのだ。その戦車の車輪はいくつもの回転する『歯車』で滑走させているらしく、火花が海面に散っていく。

 

 どれだけの回転数なのか分からないが、その勢いは凄まじい。絶え間ない回転を与えられた水上戦車には数名の小銃持ちの国防軍の兵士が乗り込み、恐らく操縦者だろう白スーツ姿の男が中央でふんぞり返るように座っていた。

 

 黒髪ながらも恐らく日本人では無い。男の周囲にも歯車が滞空、浮遊していた……揃えられていない髪型は一見すれば不潔にも見えるが、男にはこの上なく似合っていた。

 

 直接的な視覚を必要としない現代魔法の大半ではあるが、眼球からの光情報が正しければ、難なく通せる。

 

 分解魔法―――一先ず、腕を貰おうと思った達也の魔法の前に、幹比古が精霊魔法を仕掛ける。呪符を持ち、海水を利用した攻撃。

 

 戦車の行き足を止めることを目的としたそれが……弾かれる。まるで、そんなものは効かないと言わんばかりの『弾かれ』を前に達也と幹比古が、察した。

 

「回転数だけじゃないな。あの歯車。刹那が時々使う武器(宝剣)と同じ類だ―――」

 

「……ロジックカンサ―……」

 

 言われ、言った瞬間、達也はストレージの交換を5秒もせずに行い、照準を着ける。数多もの戦い……人外魔境の戦いで自分の魔法が通じないことから開発したものだ。

 

 魔弾もその一つ。魔法力に乏しい自分では中々に難儀するが、それでも想像上では、イメージの中では刹那にもダメージを与えられたものだ。

 

 

 銃床を掌で覆いながらの、射撃フォーム。今から放つものは恐らく専用のCADでも開発しなければ、無茶が過ぎるだろう。

 

 だが、今はこれでいい―――。

 

 光り輝く銃剣のようなものがホーンのバレルウェイト周辺から円状に展開する。

 見方次第では刹那の剣環を思わせるものだが、作られた剣は短剣程度どころか果物ナイフがせいぜいである。

 

 イメージでは、槍ほどの長さになるはず。更に言えば、何かしら……『媒介となる素材』が必要だ。

 

 だが、今はこれで何とかするしかない―――バリオン・ダガー……撃ち出される必滅の光の短剣が、男を穿とうとした時に、何かの脚―――ギロチン付きのそれが前面に展開してバリオンの塊は、それを吹き飛ばすだけにとどまった。

 

 威力はとんでもなく一時的に戦車の脚も止まったが、少しの転進をして旋回している様子。国防軍の連中は仰天しているが、乗り手である男は違うようだ。

 

 

「実にいいですねぇ!!! 私を躊躇なく殺すためらいなさ!! 正体を晒せない暗殺者といったところでしょうか…… だが、あなたは私の『円』を止まらせた! その行い!! 『あの時のローマ兵』にも通じますねぇ!!!」

 

「な、なんだあの男?」

 

「―――」

 

 無言のままにバリオンの短剣を叩き込む達也に対して、大仰な身振り手振りで連動しているのか、回転歯車を操る男、その勢いのままに直進してくる様子。

 

 もはや揚陸するのに距離は無い。

 

 

「お兄様!! ダイバー部隊は会長と会頭が全員救出しました!!」

 

 その言葉に首肯して、戦車の脚を止めるように伝える―――同時に深雪の氷結魔法が夏の海に季節外れの氷海を作り上げる。

 

 しかし―――。

 

 

「その答えは、実に杜撰! 私の答えを出しますよ、あなた達のつまらない答えをね!」

 

 一端は止まろうとしていた水上戦車。実際止まった瞬間に、男は虚空からギロチン付きの脚を―――巨大クレーンを頭上から四方に落として、氷海を砕いた。

 

 何たる砕氷作業。あのギロチンの一撃で深雪のニブルヘイムが砕かれた。

 だが問題はそこではない――――。

 

「ぶ、物質転移!? 現代魔法が10年以上かけても、遂には『再現不可能』とあきらめなければいけなかったものを!」

 

 有質量物体瞬間移動―――魔法的な言い方で言えば『アポーツ』。超能力的な呼び方では『テレポーテーション』などと呼べるものを容易く男がやったことに、美月は心底驚く様子。

 

 当然、達也も驚いたが、この水上戦車とて、元々達也の眼には見えていなかったのだから、感覚がマヒしてしまう。

 だが、『可能性』を吟じるならば―――。

 

(あり得るとしたらば……この『男』が、刹那が召喚できる『将星』のような存在であるということだ……!)

 

 その可能性を考えつつも上陸を阻止せんと弾幕を張る。しかし巨大クレーンの砕氷と共にやってくる水上戦車の勢いは止まらず―――。

 

 遂に砂浜に乗り上げようとした瞬間―――達也たちの前に二つの影が奔る。男二人―――巨漢といってもいいそれが―――。

 防ぐべくやってきたのだ。

 

「西城! 遠慮なく張ったおせ!!!」

 

「オオオッス!!! パンツァー!!!」

 

 レオと会頭のコンビ。ファランクスの壁をレオの前に張った上での声合わせ。

 

 硬化した拳が壁ごとの勢いを戦車に伝えて、いざ上陸しようとしていた水上戦車の連中をひっくり返す。

 

 達也たちの後方や側面に冗談のように吹っ飛んでいく連中の中でも、黒スーツの男のCAD―――国防軍の連中の武器。衣服に積まれているものから全て分解してしまう。

 

 そうしてから吹っ飛んだ者達を移動魔法で再び砂浜に戻して、拘束したのは、ほのかと雫である。残るは―――。

 

 

「最初っから当てにしていなかったとはいえ、何とも情けない連中だ―――まぁいい。どうやらわたつみシリーズ……いや星呼ぶ巫女(アニムスフィア)たちは、無事のようだな」

 

「九亜ちゃんたちを取り戻しに来たんじゃないんですか?」

 

「ココア―――ああ、「ここのつ」のことか、黒スーツの男タケダやアキヤマの目的は、それだがね。私からすれば最終的には、『死亡』していなければ、それでいいんだ。

 寧ろ目的は―――『魔法使い』の方だったからね。君たちが拘束してくれたお陰で私の仕事は終わった。実にご苦労。礼を言うよ」

 

「お前が―――アイズデッドか?」

 

「分かりきっているだろうことをわざわざ聞くなんて無駄だと思わないかな。君の知性はかなり高いようだが……『わざ』とらしすぎるな」

 

 

 その言葉の後には、アイズデッドの両側面にドライブリザードの弾丸―――数十。七草会長の魔法―――しかし、その両側面に大量の歯車が移動してきて猛烈に回転を果たして、封殺しきる。

 

 SFアニメに出てくるバイク兵器のような展開の仕方、夜の帳に火花が散る。その幾重もの歯車を散らせて、チャクラムのように切り裂こうとして来る。

 

 軌道を逸らす魔法でも干渉しきれぬそれを前に、どうやって移動してきたのか、砂浜から現れるエリカが刀を逆袈裟に走らせた。見事な奇襲―――。

 

 足元からいきなり現れたエリカの剣戟で服を切り裂かれたアイズデッド。病葉に散る服から察してただの衣服だったようだが―――。

 動揺したらしきアイズデッド。すぐさまチャクラムを振り回そうとした時点で、頭上の脅威を察知―――。

 

 

 九校戦の裏の暗闘で使われたシグルド、ブリュンヒルデの格好の2人が、強襲の奇襲を仕掛ける。

 

 獲物を下にしての急降下。落下速度を利用してのものは、流星の如く煌めき―――アイズデッドの―――巨大クレーンごと切り裂いた。

 

 しかし、抵抗を受けたせいか致命傷はあり得ない。背中に深い裂傷二つ。深々と切り裂かれ、貫かれても―――その身体はまだ動いていた。

 急降下から白砂の大地に帰ってきた刹那とリーナが、アイズデッドを睨みつける。

 

「霊核を狙ったか、しかし一撃必殺を狙いすぎたな。そのせいで『シラクソン・ハルパゲー』を出せた。好機を狙いすぎなのだよ!!!」

 

『そう思うのは勝手だがね。君ほどの『数学者』相手に、私やここにいる『人々』の計算の方が上回っていたという事実は覆せないよ』

 

「――――」

 

『よもや、このような時代に相まみえるとは思っていなかったが、君は私にとっては『大先輩』なのだから、敬意はあるのだよ。だが告げさせてもらおう。

 アイズデッド――――『ウォーク・アイズデッド』。考えてみればつまらんアナグラムだった。

 まさか、この人理が進み過ぎた時代に己の名前が知られていないと思ったのかな? 

 だが告げよう―――シラクサの数学者、永遠の数式と円を愛するが故に、遙かな叡智を求めたモノ―――汝の名は『アルキメデス』!!!』

 

 その力強いオニキスからの宣言を受けたことで俯いていた男から何かが剥がれ落ちて―――紀元前古代ギリシャの時代の数学者は俯いていた顔をあげて叫んだ。

 

 

ヘウレーカ(我が意を得たり)!!!!!」

 

 

 星を呼ぶ少女たちをめぐる野望に介入してきた最悪のサーヴァント(将星)の狂相がそこにあったのだった……。

 



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第110話『夏休み 急転そして怪盗の予告』

リ「前回の話の影響か、日曜日に数時間ほど表紙が消え去ったわ! かつてカエサル強化クエストのピクト人のごとく、エイリアンの仕業ね!」

刹「無いよ。ただ単に編集部の人達の判断だろ?」

リ「石田先生渾身だろう久々の一高制服のワタシを見れたからと、つんけんしなくてもいいのに♪セツナのツンデレ」

刹「なんでさ」


果たして、一時だけ消えていた文庫表紙の真実。そして茶髪のポニーテール少女の正体や如何に―――と言いながらも、新話投稿させていただきます。


 その正体を看破されたとしても、変わらぬ学士の姿に―――刹那は、恐れを生み出す。

 

 砂浜に佇む男の上半身。白日の下に晒された『両腕』には、星の紋章……サーヴァントの記録やステータス情報など多くの研究から分かっていることだが……まごうことなくアンチセルである。

 

 金色と紫の帯が幾重にも走る様な紋章が、それを告げていた。これの禍々しさに比べれば、ピクト人の紋様など、然程のモノではない。

 

 まぁ―――実際のピクトがどうだったかなど刹那は知らないのだが……。

 

「サーヴァントか?」

 

「その通り! そもそも私は紀元前の人間だ。生きている訳がない! となれば、疑似的な死者蘇生を可能とする御業を使うしかないだろうが、実に分かりきっている事だ!!」

 

「どうだかな。ありとあらゆる『可能性』を考えていけば、色々と考えられる―――そしてお前の知性と人格が、アルキメデス本人であるという証明にもなりえない」

 

「だが……『魔法使い』―――君はすでに私の正体に関して察しが着いているだろう? しかし! 召喚の原理が分からないからこそ困惑している!! 答えは出ている!! この世界には時に『そういった存在』が自動的に呼び出されるのだよ!!!」

 

『見習い』を着けやがれ、と言うのはあまりこの場では意味が無いので、そこは突っ込まないでおいた。

 

 かつて北米にいた頃、オニキスと刹那の出した結論。この世界に破局的事象―――即ち『ガイアとアラヤ』の守護者が召喚されないというよりも、『英霊の座』が自分たち以外には『遠すぎる』―――という結論は覆された。

 

 いや、最初から分かっていたのかもしれない……分かっていて眼を逸らしていたことなのかもしれない……この世界にも『クライシス』は起きて、それを覆す『力』も存在しているのだと……。

 

 だが尋常の時間軸における英霊召喚の御業は、大聖杯など多くの大魔術儀式ありきで為されるものだ……だというのになぜ―――。

 

 

「いいですねぇ。あなたの中では様々な疑問が渦巻き、それを一つ一つ否定して、そして新たな可能性を見出している!!

 だが答えを出せば、簡単な事なのですよ。

 魔法師という存在が、そもそもの『孔』の形成だったのです。それゆえに―――この世界は『様々なモノ』を引き寄せる。言うなれば、この世界は最果てなのだよ!!!

 人類が己の進化を己で狭めたがゆえに、出来上がった『人工の楽園』―――私は『ある世界』の戦いで、目的を果たそうとして敗れ去った。

 そのままいけば、本来ならば『座』か、もしくは再び『月』に舞い戻るはずだった……」

 

 

 並行世界での観測結果、一度だけ大師父の指導の下、違う『カッティング』を見せられた時に……月を主舞台とした『世界』があることも知っていたが、その世界に『こいつ』はいなかった……。

 

 先を見ていなかっただけかもしれないが、ともあれ『学士』の独白は続く。

 

「だが、敗れ去った私は『ここ』に流れ着いた……そして様々な観測の結果、全てを悟った(ヘウレーカ)。……この世界もまた『可能性』なのだとね!!

 魔法使いたるあなたがいたことで、更に可能性を高めた!! そして―――、私の求めるものが、あの宙の彼方にいることを知った時に!!!

 この計画を実行した……私が望む次なる叡智の為にも、この世界に招来を求める―――。

 この世界においても、一万四千年前に猛威を振るった『ヴェルバー』のなぁ!!!」

 

 その言葉を聞いた時に、右側の刻印が『自動的』に最大展開!!! 銃弾のようなガンドを撃ち出した!!!

 

 予想外の奇襲だったのか、両手を大きく広げて宣言していたアルキメデスの胸に飛び込むガンド。

 宙の彼方を見ていた眼がこちらを向き―――撃ち込まれたガンドは、刹那にも分からない効果を催す。

 

「がぱっ!!!!」

 

 吐血するアルキメデス。何人かが眉を顰めるが、何が起こったのか刹那にも分からない―――だが、次の瞬間。理解した。

 背中にある裂傷から出てくる血塗れの刃物がいくつも―――『親父』が自分の『心象世界』を叩き込んだ。そういう現象なのだと理解した。

 

 同時に好機と悟った人間達が、この場で仕留めるべく動く。だが―――次の瞬間には歯車を用いての飛行浮遊。逃げの態勢だと悟り、容赦なく―――打ち据えようとした時に―――。

 

 

「わたつみ達を生かすには!!! まだ私の協力が必要なはずだ!!! 星の紋章を解除するには、今一度のヴェルバーの尖兵の―――」

 

『ブラフだ!! 構わずやれ!!!!』

 

 一瞬、戸惑った自分達を動かすオニキスの言葉―――しかし、その時には飛び立つアルキメデス。

 

 完全に逃げられたことで、月の浮かぶ空を睨みつける全員。南盾島に向かったことは分かるが……九亜たち姉妹が呼び寄せようとしているものが、はっきりと分かった瞬間だった。

 

 

 † † † †

 

 

 ……一万四千年前―――まだ人類が未明・未開の時代。地球の文明が未成熟とも言える時代とされている『歴史』(とき)に、『それ』は降り堕ちた。

 

 超先史文明とでも言うべき人と神の『領域』の境が無く、人が人智の理…『物理法則』ではなく『神の権能』に従い世界で『繁栄』を極めていた時の話である。

 

 多くのホモ・サピエンスは願った。どうか世界を焼き尽くさないでくれ、どうか変わらぬ明日を迎えられるように―――。

 

 その願いは無残に踏みにじられる……。

 

 宇宙空間より『舞い降りて』、『神霊』となっていた神々は抗ったが、その多くは蹂躙されて地上世界からの撤退を余儀なくされた。

 一部の神々―――現在でも比較的『確かな文明』として存在を認められる古ウルク・メソポタミアに代表される『シュメール文明』の神々は、命乞いをして存続することを許されたものたちである。

 

 多くの文明と文化を滅ぼし、侵略した存在……『捕食遊星ヴェルバー』の尖兵―――アンチセル・セファール―――。

 

 そういった存在を『魔術師の世界』では確かなものとして、存在を確定させてきた……。

 

 

『現在の所、アンチセル・セファールが最初に降り立った場所は、サハラ砂漠の辺りなのではと類推されている―――実際、あの辺りは不毛の土地にも関わらず何枚もの壁画が残されている。

 多くの学者が、あの土地にかつては文明が栄えていたという証明を成している。でなければ、狩猟の様子だの、そういったものが描かれる訳がない。

 イマジネーションを想起させるには、身近なものからの着想が必要だからね。ここまでで質問はあるかい?』

 

「ありすぎるって顔をしているな――……」

 

「エイリアンやらUFOに関しては一日の長があるワタシだって、最初に聞いた時は眉唾だったわよ?」

 

「申し訳ないね。ただアビーが、『あんなもの』を持ってこなければ、何も話さなかったよ」

 

 

 夜明け―――朝食をいただいて、さぁバカンスしながら明日の準備だ。と思っていた時に、これである……色々なことが知りたいという面構えである。

 

 一堂…黒沢氏と伊達氏を除いての説明を行ったが、何を質問していいのか分からないという顔である。

 

 しかし、意外なことに―――九亜と四亜は、しゃかしゃかと美月から借りたスケッチブックに何かを描いていて―――完成したそれを掲げた。

 

 

「セツナお兄さん、リーナお姉さん。オニキスさん―――せふぁーるって、こんな風な『うさぎさん』?」

 

「何となく覚えている……星々の彼方から私達の声を聞いてくれた存在……」

 

 舌足らずな九亜の描いた絵は確かに巨大な人……薄青い身体に赤眼。そして銀髪の頭から生える長い耳……まごうこと無きセファール(白き巨人)であった。

 

 決定的である………。

 

 

「九亜たちを使って呼び寄せるのが、宇宙人だとはな……荒唐無稽と言ってやりたいんだが、論理を矛盾なく証明出来ていることから、ツッコミも入れられん」

 

「というかだ。古式魔法師や魔術師からすれば、むしろ『現代魔法』の大半というのは、そういったものに『近い』と思うんだが……」

 

「確かに俺たちの能力はSF……サイエンスフィクションの『実現化』だったろう……逆に幹比古や刹那の場合は、SF……すこし不思議……『神権化』といったところか?」

 

『上手い表現をありがとう。神秘の濃度というのは、時代を経るごとに薄くなる。

 権能……かつて神霊達が持ち振るっていた力は、『物理法則』が存在する前の『世界の法』たる力だったのだが、様々な要因……自然災害と言う形での神代のアーキテクスチャの引き剥がし、人類文明の発展……

 これらの要因が、世界の法を物理法則に転換させていく切欠となった』

 

「世界の全てを呑みこんだと言うノアの大洪水、ラグナロクと称されるアイスランドのカトラ山の大噴火、ヤハウェの裁きによる都市消失……。

 こういったものは権能の暴走とも言えるが、ともあれセファールは、そういった神霊達を駆逐して、全ての文明を蹂躙する」

 

「危険なの?」

 

「そのままに『顕現』すればな――――ただセファール自身も、『魔力』を動力源としている肉体だ……神代の頃ならともかく、『現代』でそこまで暴れられるか……?」

 

 不明ではあるが、まずまず……問題は、なんで『宙の彼方』にいるかである。詳しい事は分かってはいないが、セファールは、メロダック(原罪)を祖とする星々の祈りを集めた聖剣によって打ち滅ぼされたとも伝わるが、『この世界』では違ったのだろうか……。

 

 

『……『フン族の王』は確かに存在している。―――『彼女』は、生まれなかったのか?』

 

 なんだかエルメロイ先生のように、ブツブツと黙考しているオニキス。とはいえ、砕け散ったセファールの身体を元にして、軍神の剣を作ったのは、自分なのだ。

 

 この世界の『霊子記録固定帯』……クォンタム・タイムロックにおいてもセファールの死から始まる様々なものは観測されている……でなければルーンも通るまい。

 

 一番、違う事象は……やはり魔術協会が出来上がらず、聖堂教会も生まれず、死徒の概念も無い―――緩やかに伝えられるものだけに伝えられてきた御業があっただけだ。

 

 古式魔法が、神秘の階……錬金術による暗黒時代を経験してはいるが……、やはり最終的な「固定帯」は……『魔法師の誕生』なのだろう。

 

 そう結論付けると――――。

 

「セツナ―、アナタも結構言っていたわよ。話にだけ聞くエルメロイⅡ世のごとく、一人で黙考しながらまとめあげる作業を」

 

「いや、これは俺のお袋のクセ。というか魔術師というのは、頭の中のとりとめのない思考をまとめる際に、口舌をつかってあれこれと挙げていくんだよ」

 

 ある種の天才科学者が時々、フィクションにおいて言葉を呟きながら、黒板などに考えや数式を列挙していくのは、そうすることで思考のブレイクスルーが生まれるからだ。

 表層思考におけるまとまりのないものなど、途端に霧散する。本当の意味で必要なのは、思考ではなく口頭に言葉を乗せることだろう。

 

 そんなこんなで、セファールや色々なものに関する一応の説明を終えると―――光井は頭を抑えている様子。

 

「紀元前の数学者の蘇生、宇宙人……神様の大本が宇宙空間にいた霊体―――なんかものすごく頭が痛いわ……今日一日で私の生きてきた世界の見方が変になりそうよ」

 

「だが、現代魔法・古式魔法でもパラノーマル・パラサイトなんて存在が規定されているわけだしな。俺の私見だが魔法師は、己を人智の極みだと思いすぎている」

 

 世界には現代の人では完全に解明されない謎は多くある。セファールの存在の証明となった世界遺産「タッシリ・ナジェール」の壁画とて、人のイマジネーションの末とも言い切れないのだから。

 

 

「今やるべきことは、四亜と九亜の姉妹の救出とアルキメデスの野望の頓挫。アルキメデスに関しては、キャスタークラスだろうからな。

 何か巨大な刃物でごりごりぶっ叩けば、それで終わりだろう。翻して『世は全てことも無し』―――俺とオニキスの言った戯言なんてあんまり真に受けるな」

 

「それは無理だろうな。アルキメデスと言えば、ローマ艦隊を焼き払ったソーラ・レイだ。現代科学ではもちろん『そんなことは不可能』とされているが、英霊というのは、伝説や伝承の誇張により、『現実』に存在したアルキメデスよりも上の存在になっているんだろう?

 ならば激戦は必死だ。お前たちの言うことを真に受けずに、ロクなことになった試しがないからな」

 

「なんて露悪的な言い方。まぁいいさ。達也たちの『手助けになりそうなもの』は見繕ってやる―――。セファールが出てきたらば、もう何か違う事態にならない限り全速力で逃げろ。南盾島全体からだ」

 

『警告しておくが、あれが本気を出せば小笠原諸島の全てが海の底に沈んでもおかしくない。どういう状態で来るかにもよるんだがね』

 

 

 それはつまり……八王子クライシスの際の、サジョウ・マナカ級の案件ということだ。

 

 刹那と達也の話し合いを最後に解散となる。事態は最悪になる可能性もあるが、眉唾もので終わる―――そういうことだ。

 だが……そう言った風な杞憂は当たってしまう。それをあの事態で分かっていた面子は……それでも、そうなれば全力で戦うことを決めていた。

 

 人任せに出来ることではない―――。運命を引き寄せるには戦うしかないのだから……。

 

 

 

 † † † †

 

 

「結局のところ……大師父の予言は当たっていたな―――」

 

「逃げ出したところで、立ち向かわざるを得ないことはやってくる―――だっけ?」

 

「その通りさ……事態がデカくなりすぎなんだよな」

 

 

 だが立ち向かわなければならない……結局、何もかもが自分が来たことで発現したものであるならば、そのツケは自分で支払わなければいけない。

 

 そんなもの知らない。ただの心の贅肉だ。などと言えるほど腐ってはいないのが、何とも刹那の厄介な所である。

 

 リーナが持って来てくれたオレンジジュースを飲み、バルコニーの手すりに体重を預けつつ海にいる皆を見ておく。どうやら、大半のヒマ組は海水浴をしている様子。

 

 先程までの悲壮感を無くしてくれるいい活気である。

 

 

事態(シチュエーション)はとんでもないけど、終わってみれば『そうでもなかった』とか思えないかしら?」

 

「二つの刻印が何とか俺を生かしていた生死不安定な2ヵ月間が?」

 

フォーイグザンポー(for example)が物騒すぎ! と、とにかく! ワタシは結構、今回は簡単にいくと思うわ」

 

「その根拠は?」

 

そう怪訝な目で隣にいるリーナに問いかけると穏やかな笑顔で、説明し始める。

 

「―――って、だから……シアとココアも―――――そして声が……」

 

 

 それは、あまりにも深刻な話ばかりしている刹那達年長組に飽きて、リーナにだけ耳打ちするように四亜と九亜が教えた事実だった。

 

 全てを聞き終えるまでに、刹那の顔は―――喜色になっていく。それは正しく天啓―――全ての疑問に解が与えられた瞬間―――。

 

「!!!―――マイハニー!! 何でその事をもっと早くに言わない―――!! ああ、もうそれなら『やりようはある』!!」

 

「キャー♪ 久々のベリーホットハグ!!! こ、このタイミングを狙っていたのよ!! あそこで言えばオジャマ虫が『やんややんや』言っていたのだから!!!」

 

『コラー! そこのバカップル!! 真っ昼間から気温を上げる行為禁止―――!!!』

 

 夜だったらいいのか!? そういう驚愕を誰もがしてしまう階下からのエリカの言葉だったが、その声を遮るように、再びの飛行艇の登場。

 

 どうやら達也が要請していた独立魔装の人々の様だ。

 目的は―――捕虜としている国防海軍と、ある一室に集められている『多国籍の魔法師・非魔法師』だった。

 

 主にヨーロッパ圏が多いが、ピクト人として『改造』されていた彼らは、マルチリンガルである刹那とのコミュニケーションで、自分の姓名と出身国籍をはっきりと述べた。

 

「拉致されていた外国人達は、どこにいるのかしら?」

 

 白ワンピースのリーナと共にヘリポートに向かうと、やってきたのは独立魔装のスタッフ全員のようである。

 

 藤林響子の言葉に特に何も思わず案内する。そして確認作業―――どうやら全員が、現在でも日本とそれなりに繋がりあるICPOやユーロポールなどで捜索願が出されていた人間であった。

 

 魔法師達に関する情報はあまり多くなかったが、今回のことで個人情報が降りてきて間違いが無いとのことである。

 

 

 同時に、南盾島に連れていくのは不味いということで、追加のヘリもやってきた……。

 

 

「一応聞いておきますが、変な人体実験しませんよね?」

 

「するわけないでしょ。彼ら(行方不明者)を見つけましたということで、情報をもらったんだから」

 

「それもそうか」

 

「問題は―――彼ら=南盾島所属の兵士たちよ」

 

 捕虜に対する扱いとしては、ちょっと雑なのではないかという場所。バルコニーの下の砂浜にテントを張って、そこに縛って埋めるというのが最初の案(エリカ発案)だったが―――流石にアレ過ぎるので、久々のガルゲンメンライン登場。

 

『ゴアアア!!』と時々叫ぶ妖樹の化け物を見ながらの、中々にスリリングな体験の元での就寝を要請することにした。(達也発案)

 つまりは、ガルゲンメンラインに寝ずの見張り番をしてもらっていたのだ。

 

 

「ゴアアアアア!!!!」

 

「はい。寝ずの見張りご苦労さん。うん、どうやら水分は取っているみたいだな。脱水も起こしていない。ご飯は―――まぁこの人たちに連れて行ってもらってからにしてください」

 

 ようやくの面会者が来たことで海軍所属の兵士たち―――リーダー格である武田と秋山が焦燥しきった顔でも、こちらを敵意満々で見てくる。

 

 山中という軍医もガルゲンメンラインに興味津々だったが、一先ず全員の体調を見てくれるようだ。テントの中に入り数分もせずに、『魔法』を併用しての診察で専門家も大丈夫と言った。

 

 

「あなた達―――自分が何をしたのか分かっているのかしら? 未成年魔法師の軍事利用。ついでに言えば条約違反の人道蹂躙、計画に無い予算の使い道―――申し開きはありますか?」

 

 威圧的な響子の言葉に、激昂する武田と言う男。着ている衣服から背広組と思われる男が食って掛かる。そして―――最後の言葉で―――キレた。

 

 

「未成年だろうと何だろうと調整体魔法師は幾らでも作れる! 13.14歳の娘を使って! 世界をリードでき―――」

 

 言葉が途切れる。キレたのは尋問している独立魔装ではない。野次馬的に集まってきた一高の面子でもわたつみ達でもない―――もう一人の上級軍人―――といっても軍曹の秋山氏だった……。

 

 延髄を打ち、昏倒させる手際。背広組とはいえ、武田とて軍人。疲労もあったとはいえ、一撃で気絶させるとは並ではない。砂浜に倒れ込む武田を見ながら、何故という想いで見ると。

 

 

「……俺にも娘がいる……まだ10歳にも満たない子だ……最初、武田少尉から聞かされていた通りに成年魔法師が使われているだけ。そう思っていたんだ」

 

「今さら、娘さんと殆ど変らない年齢に見えたからと変節したと?」

 

「そう思ってくれて構わない……。ただ、俺とて軍人である前に人間なんだ――――どうしても許せない心の痛みもある……尊敬する桐原隊長のように、家族を持ったことで、分かってしまったんだ……」

 

 学校の先輩(後輩)の親父の元・部下だと判明した瞬間だった。まぁいいけど。

 ともあれ―――南盾島における陰謀を告げると、(気絶している武田放置)基地内で少しの案内は出来ると言われた。

 

 達也や刹那の眼ならば簡単に構造も把握出来るが、それでも手間そのものを省略出来るのはいいことだ。

 

 そして当日に案内を頼むことにするのだった―――九亜たちの医務官は殆どが拘束されたらしく、その救出も必要になる。

 

 七草会長にメールを送った盛永という人も同じく……その辺りの情報ぐらいは渡されていたことで、少しの変更も必要となった……。

 

 だが大筋の予定に変更は無い―――。

 

 

「我々を帰すので?」

 

「内通者ならば帰ってなきゃ不味いだろ。アイズデッドは、特に気にするな。アイツの狙いは俺だ」

 

 何かあれば数撃は持つ護符(タリスマン)を、捕虜である海軍兵士たちに持たせた上で、北山家のクルーザーを『奪取』して逃げさせる体で基地に返した。

 

 

「信用していいのか?」

 

「お前の見識は?」

 

「話の分かる『オヤジ』役の軍人さんは―――疑いたくないな」

 

「俺もだよ」

 

 

 全くの同意見ながらも思い浮かべている顔は違う達也と刹那。ツーカーで言い合いながら、この別荘での最後の海水浴を楽しむ―――翌日の夜の決行は変わらなかった。

 

 鳥の使い魔……カモメにウミネコを利用してのそれで、南盾島に更なる混乱が広まる―――。

 

 

 カモメとウミネコが飛来して多くの紙を南盾島にばら撒く――――。その紙の内容は―――。

 

 

『2095年 8月28日 

 

南の島に秘蔵されている『海神の巫女の涙』をいただきに、星々が輝き『降り注ぐ夜』に参上する。

 

魔法怪盗プリズマキッドwith美少女魔法怪盗プリズマリーナ・ツヴァイ』

 

 

 北米大陸を騒がせた魔法怪人が極東の地に現れることを予告していたのだ……。

 

 



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第111話『夏休み 作戦会議と鬼刑事』

きっと興津さんへの演技指導というか、キャラ説明の際には―――。

菌糸類「と、まぁこんな風なキャラなんでちゅよ。とにかく普段の理路整然としたところからのハイテンションさも重要でちゅので」

興津「成程、よく分かりました。しかし、中々に難しい役どころですね」

菌糸類「そうでちゅね。興津さんと言えばジョジョのジョセフといい熱血漢な役どころが多い印象、黒幕キャラは難儀でちゅかね」

興津「いえいえ、そういう訳ではありません。ハンマー持っている菌糸類の方、一つ確認してもいいですかな」

菌糸類「なんでちゅか?」

興津「―――演じるのはかまいませんが、別に、『なりきってしまっても構わんのだろう』?」

菌糸類「―――オ、興津さ―――ん!! み、見える!! 憑依型と呼ばれる声優興津和幸さんの本領!! アルキメデスの『スタンド』が見える!! 炎にくるまれる屋敷で抱いて!!!
アルキメデス・レクイエム!!」


以上は全くの『妄想』の産物であり、こんな会話があったり、『きのこ』と『興津和幸』さんのこんな会話があったとか『全くの想像』なので本気にしないように、いや本当に(爆) 

なんかアニメ監獄学園を創った男達を読んで、こんなアホな妄想をしてしまった……。

というわけで新話どうぞ。


 

 

『キッドは必ずや、この南盾島に現れます!!! 未だに『海神の巫女の涙』なるものが何であるかは分かっていませんが、ヤツのやることがれっきとした犯罪であることも間違いないのです』

 

『しかし、ミスター・ゼニガタ。プリズマキッドはUSNAでは義賊的な見方もされていますが……』

 

『確かに、奴はマフィア組織を壊滅させたり、テロリストグループから財閥当主を救ってもいます。しかし! 魔法の力を使って、人々に混乱を招いているのも事実。

市民及び多くの人々の安寧を守るべき我々を混乱させている愉快犯でもある―――ご近所の御爺ちゃんが夜も寝付けないような騒ぎを起こしたり、『アタシも20年若ければキッドと……』などと御婆さんに言わせて熟年夫婦の離婚の危機を招いたり!!

今回を以て、キッドとその相棒であるリーナの永久逃走に、終止符を打たせてもらいます。ニホンの皆さん!! 

ご安心ください!! このゼニガタが、アナタ方の心配を取り除いてあげましょう!!』

 

 

国際放送の中継で『長十手』を背中に担ぐ、この真夏でもコートを脱がない中年男―――れっきとした『鬼刑事』のインタビューをリビングで見ていた刹那とリーナは、頭を抱える。

 

「なーーんで、とっつあんがここに来るかな……?」

 

「いくら何でも早すぎるわよねー……ニホンに来ていたんじゃないかしら。ゼニガタ警部、ニホンの刑事モノ大好きだし」

 

キッドの犯行現場にて完全な日本人に見えた刹那に度々話しかけては、そんな風な話をしてきたことを思い出す。

ニホンフリークすぎる日系何世かすら分からぬほどにアメリカ人しているも、日本人なゼニガタに話は弾んだものだ。

 

『少年少女! デートするのはいいが、夜遊びばかりして親御さんに心配かけるなよ!!!』

 

と言ってキッド逮捕に熱意を上げる刑事さんとの関わりを思い出す。そしてその腕前も存分に知っている。

 

あの十手は結構、不味い―――もうエリカなど、面白い得物とやり合えると思って眼を輝かせているし。

 

 

「知り合いなのか?」

 

何気ない達也の疑問。答えるのは吝かではない。

 

「まぁ……な。キッドの犯行現場を野次馬根性で行った時に、関わってな」

 

「本当にニホンのことが大好きすぎて、あの『ロングジュッテ』(長十手)も特注で打ってもらったものよ」

 

「特に先端に拵えられている純度の高いアンティナイト―――セファールの石で打たれると、魔力循環に支障を来すんだ」

 

 

そんな刹那とリーナの話を聞いて、達也はアイスコーヒーを一口飲んで、呟く……。

 

 

「そうか。しかし、二人して、このマギクスインターポールのミスター・ゼニガタと直にやり合ったかのような口ぶりだな」

 

「いや、俺もリーナも犯行現場で愉快犯的な立ち回りのキッドと警部の戦い見ていたからさ」

 

「そうよ! キッドがいくつものルーンカードを投げても、ジュッテで切り裂くとかあり得ないことしていたんだから!! プラズマリーナのムスペルスヘイムも切り裂く驚異のマジックポリスだったわ!」

 

もはやバレバレであっても取り繕うことも大事である。というかリーナ、バレバレすぎることを言いすぎである。

先程など一色からオニキス―ガーネット経由で通信してきたし……現在の一色愛梨は、リーブル・エペーの国際大会に出ており、その関連で欧州にまで行っているらしい。

 

その手の競技種目などの目的があれば、海外渡航は若干緩められることもある。要は魔法が関わる国際大会ならばオーケーという何とも微妙な判定だが、杓子定規ではないところもあるということだろうか。

 

『み、南の島でバカンス!? ぐぬぬ……しかも北山家のプライベートビーチだなんて―――財力で負けた!!!』

 

などと言いながらも、あちらにもプリズマキッドの話題は届いていた……。届いていたようで愛梨はどこか、決意を秘めて問うてきた。

 

『大丈夫なんですの?』

 

どうやらガーネットから聞いて、プリズマな魔法少女の能力を聞いていたようであるが、今は―――大会をがんばるように言っておく。

 

これからやることは自分の自己満足である。一色に迷惑は掛けられない。そして出来たとしても、空間転移でパリから日本にとんぼ返りも申しわけなさすぎる。

 

そうしている内に時刻を確認すると、午後二時―――残り四時間で決行となるわけだが……最終確認となってもいいだろう。

 

 

「達也」

 

「ああ。みんな、そろそろ最終確認しようか―――」

 

 

リビングには全員が揃っていた。無論、九亜と四亜もいた……当初は七草家所有の航空機で本土に連れていくことも考えたが、二人は強硬に残ると言って聞かなかった。

 

「姉妹たちには、真っ先に私達が会いに行って大丈夫だよって言ってあげたい」

 

「私達の記憶が、みんなを救えると思っているから……だから会いに行きたい」

 

一種の予知能力……何か『結末』を視たらしき二人も含めて、プリズムトランスをすることになった。

 

その為に、オニキスは結構疲労しての処理作業をしていたが、時間以内にきっちり仕上げてきたようだ。全ては完了した。あとは……どうやって目的を達成するかである。

 

 

「最初に確認しておくが、俺たちの目的は『わたつみシリーズ全員』及び、盛永研究員などの医務担当官たちの救出。及び三度目のミーティアライト・フォールの阻止……同時に現出したアルキメデスの排除だ」

 

「問題は無いな。続けろ司波」

 

「南盾島基地の区画は単純だ。防衛施設の集中する沿岸区域。ここから襲撃を仕掛けるならば、戦術級魔法や……無いものねだりだが『戦略級魔法』などでミサイル陣地を発破する必要があるが、『今回』はやらない」

 

「民間区域に混乱は起こしたくないし、何より三度目は阻止したいしな……」

 

「ああ、だから地熱発電施設を無力化した上で、海軍基地のエネルギーをカットする。当たり前だが非常電源に切り替わる。しかし、そこに俺たちが侵入する間隙が出来上がる」

 

 

電子ペーパーに付けられているマーカー。

海軍基地の中でも目標の場所である、南方諸島工廠という『名目上』の施設こそが研究所だとした達也の言葉に誰もが頷く。

 

 

「海軍基地の連中とて応戦してくるだろうが、刹那の出した犯行予告でモノの見事に殺気立っている奴らばかり―――後は、秋山軍曹の計略次第だがな。もう一つ利用するんだな刹那?」

 

「ゼニガタのとっつあんが来たことは案外ラッキーだな……この島で『不法な魔道実験』が行われていることを知れば、ある種、基地内は更に混乱するだろう」

 

当初はマスコミの突撃取材でも画策していた刹那だったが、官憲……特にインスペクターたるあの人が来たならば、事態は……。必ずこちらに対して動く。

 

「迎撃してくるのは、兵隊たちだけかな? ピクト人に改造された人間は出てこない?」

 

「来るだろうな……というより、そいつらを奥に引っ込ませておく為にも、基地内には混乱が必要だったんだ」

 

アルキメデスの目的がセファールの来臨だとしても、簡単にそんな『怪しげな兵士』を軽々と出すわけにはいかない。プリズマキッドの目的が海軍基地にあるのだとばれれば、衆目を浴びる。

 

事態を穏便に済ませて収拾させたい海軍基地の司令部。セファール来臨儀式までの時間を稼ぎたいアルキメデス。今度こそ隕石爆弾の成就を願う研究所員たち。

 

 

三者三様の目的が絡む中―――部隊を三つか二つに分けての作戦決行。

 

 

「十文字会頭たちは、『外』の収集をお願いします」

 

「任せろ。『中』に侵入するのは司波兄妹、遠坂夫婦、九亜ちゃんと四亜ちゃんの六名だな」

 

「その意図は?」

 

兄妹ではなく夫婦が…!とか悔しげに言う深雪を意識の外側に向けながら、会頭に尋ねるエリカ。

 

仲間外れの意図を知りたかったのだろうか。という言葉を感じながらも―――。会頭は面白がるように言ってくる。

 

 

「チームワーク。部隊は集団とも違うが、二人でのユニゾンが可能なのは、こちらに三組もいる。年少組は案内役でもあるがな」

 

「成程」

 

「同時に、この中でも最大の打撃力・突破力を持つものを、そちらに集めた。お前たちが主力であり『囮』でもある」

 

内部を引っ掻き回されれば巣穴から出てくる。その可能性もある。そういうことだ。

 

煙で燻された穴熊の如く……。工房から出てくるかとも思えるが、アルキメデスにそこまでの陣地作成は出来ないだろうから、そちらの心配はいらない。

一番不味いのは、彼のスキル「殺戮技巧」を利用しての防衛殺戮技巧が繰り出されることだろう。

 

一日の余裕で、どれだけのことが出来るかである―――。そうしていると、見繕ったものの中でも不満を覚えるものが一人。

 

それは達也であった。

 

「それにしても、『コレ』―――俺の趣味ではないんだが……」

 

「使いたくないならば、使わなくてもいいんだが、お前が使っていた『アレ』面倒だろう? とりあえず『弾』は、サービスしておくが、『杭』は、叩き付けることを要点にしておけよ」

 

パイルバンカー付のロケットランチャー……あのセブンス・プレイグ撃破の時に出来た『疑似概念武装』の一つを達也に貸し与えることにした。拳銃タイプの機構を好み、魔法の『躱し』に体術を要諦とする達也のスタイルではないかと思うが、こういった武装を持ちながら吸血鬼どもをぶっぱするドラクルアンカーを知っていた。

まぁあれを強要することは出来ないが、それでも『バリオン・ランス』とやらが拳銃サイズ程度のものに収まるまでは時間がかかるだろう。

 

 

「だが、今は無いものねだりも出来ないな……重量軽減の魔術を掛けてくれ」

 

「はいはい。お互い器用貧乏で苦労するね」

 

とはいえ、杭打機の概念そのものが重すぎるので、『棺桶』(コフィン)を別に用意しておいてのもち運びとなる。

 

そしてこれを持ち運ぶ際の衣装は―――黒いタキシードに簡易な白仮面―――そして黒マント……まごうこと無き、変態仮面である。

 

「何だか外連味たっぷりな『魔王』って感じだ」

 

「お前が用立てたんだろうが」

 

半眼で見てくる達也に降参しながら―――周りを見ると……

 

「「タキ〇ード仮面様……」」

 

両手を合わせて、うっとりとした様子を見せる深雪とほのか―――。どんな姿になっても想う人であれば、変わらぬ情があるってことか。

しかし、まだ想像でしかない達也の姿を妄想できる辺り、深刻である。

 

 

「ワタシも久々のプリズマキッドの姿……楽しみだわ。あの頃、引っ掻き回されっぱなしだったもの……セツナのいじめっ子♪」

 

「美少女魔法戦士として動く『どっかの誰かさん』を補佐する黒猫か白猫のつもりだったのになぁ」

 

「セツナは、完全にタ〇シード仮面様だったわよ。見ていたワタシの眼には、プリンスジュエル・エンデュミオン!」

 

 

皆の輪から若干外れた所でリーナと話し合う。まだ日は高いが、あの頃のボストンでも日が高い内は彼女の散策と遊びに付き合いつつアンジェラの追跡を撒くという中々にスリリングな日常。

 

そして夜になれば、新ソ連の間者をあぶり出すリーナの手伝い。やはりお袋も『魔法少女』だったからか、うん。放っておけなかった。

 

 

『いやー君らの『あの頃』をみんなに見せたい!! アビーとシルヴィアとアンジェラで編集した厳選の逸品を!!』

 

『『やめんかい』』

 

戻ってきたオニキスは、そんなことを言って少年少女を乱すも、あの頃の心持ちを思い出してしまう。

 

―――プリズマキッドはいつでも魔性の脅威あるところに存在し、神秘の秘宝を盗みつづけていく―――。

 

隣にいる少女を触手のタコだかイカから助け出した際のことを思い出す。あの時に、何となくプリズマキッドとしての役割が変わった気がする。

 

ならば……今度は違う少女を、星を助け出すのみだ―――。と思っていると、星の少女。自分達を助けてほしいと言ってきた子の一人が肩口に乗っかってきた。

 

 

「刹那お兄さん。この髪型似合う?」

 

「リビングに入って来た頃から想っていたが、随分とお洒落な髪型にしたな。というか結構バッサリ切った?」

 

切った髪―――セミロングの髪を二つ三つ編みでまとめ、後ろから前に移動させて、前髪を片側だけ隠すという―――本当にお洒落な髪型である。

 

魔眼でも隠しているのではないかと疑ってしまう。がそんなことは彼女の可憐さの前では、あまり意味が無かった。

 

「元々が伸びすぎだったのよ。それとシアは移動系魔法が得意だから、あんまり長いとヘアー自体も干渉範囲にはいっちゃうから」

 

切ったのはワタシ。と言う意味で指をチョキにして言ってくるリーナ。確か座学でそんなこともあったなと思い出す。

 

同時に移動系魔法及び振動系魔法でショートカットと言えば、千代田花音が何となく浮かんだ。

 

まぁどうでもいい話だが、こうして話していると、そういった系統魔法の能力者と言うのは性格がそうなってしまうのかと思う。ようは「おしゃま」「生意気」「勝気」……大体そんな感じに。

 

しかし発育不良ながらも四亜の胸のふくらみは、絶壁な千代田先輩と違って成長の余地を残している。などと考えていると、何気ない微震を感じた。

 

まさか千代田先輩が遠隔で、地雷源でも―――なんてアホな想像を終えてから―――全員の様子を見渡すと―――。準備は完了していた。

 

 

「刹那、お前が号令を掛けろ。魔法怪盗なんてとんでもないものを発案したのはお前なんだからな」

 

「ったく……ここで俺かよ」

 

 

達也の声を受けて、見渡して言うべきこと、やるべきことへの決意は誰もが着いている。ならば、緊張をほぐす意味でも一言に済ますのだった。

 

 

「んじゃまぁ硬くならずに、悪いことをしにいくわけじゃないんだからな。九亜と四亜の姉妹たちを助けに行こう!―――優雅に、慎ましく、な」

 

 

その言葉で光井と雫の硬さは取れて、他全員もまた活気づくぐらいには、いい言葉だったようである。

 

一種の魔歌だったのもあるが―――、ともあれ―――オニキスが、近くにやってきたことで魔法怪盗の時間が始まるのだった……。

 

 

『では始めようか―――君たちの奇跡が、この夜の全てを変えて、運命に打ち克つことを願う―――多元並列転身―――開始!!!』

 



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第112話『夏休み 怪盗旅団プリズマスターズ』

これを書いている時にはLAGOONの『君の待つ世界』とかルパン三世のテーマ。はたまた緋弾のアリアなどをヘビリピで掛けながら書いていた。

蛇足である。(失礼)

新話どうぞ。


 

 

 南盾島はちょっとしたパニックに陥っていた。愉快犯の可能性すら高い怪盗の予告。それに一喜一憂して、どこにプリズマキッドが出るかで、観光客たちも浮き足立つ。

 

 この事態を受けて入島制限を出したものの、第一陣は踏みとどまれず―――更に言えば、報道陣、マスメディアは、その強権的な―――実に『権力』を笠にきた報道の自由という権利の下で、入島してくるのだ。

 困り果てた南盾島基地司令部だが、それでも『ここ』に入ってくることは『間違いない』と見ていた。

 

 

 予告状に描かれていた「海神の巫女の涙」……海神―――『わたつみ』……巫女――――『調整体魔法師』。そういうことを分かっていた。

 

 末端の兵士の大半は詳細には知らされていないものの、基地司令や高級将校たちは、プリズマキッドとプラズマリーナ改め『プリズマリーナ』の狙いが分かっていたのだ。

 

 それゆえ厳重な警備や、いざという時のROE(交戦規定)すら解除されての厳戒態勢にざわつく。

 そうしていたのだが―――司令部に乗り込んできた国際警察の鬼刑事の剣幕は、基地司令たちをどよめかせる。

 

「間違いなく!! プリズマキッドは、ここに現れます!!! 南盾島基地―――こここそがキッドの狙っている『海神の巫女の涙』があるところなのです!!」

 

「おっしゃることは理解しました。ミスター・ゼニガタ―――しかし、なぜそこまで言い切れるので、そもそもここには……軍需の補給物資ぐらいしかありませんよ?」

 

「カンです―――いや、そもそもキッドの目的はビッグジュエル以上に、多くの違法魔道実験で出る災禍からの『宝物』こそが目的なのです」

 

「……違法魔道実験ですか……確かに、この基地にも魔法師の軍人はいますが……後ろに控えている千葉警部の家の門下生もいるぐらいで………違法魔道実験と言われても心当たりは無いのですよ」

 

 その言葉に、ゼニガタの後ろにいた千葉寿和は―――眼を鋭くして反撃をする。

 

「魔道実験そのものは『法』では禁止されていません。寧ろ、軍隊に入った魔法師の中には強化措置を受けて力を増したい、強化したいと考える者もいますからね」

「でしたら―――」

 

「ですが、ここに来る前に魔法師協会及び十師族経由で『未成年魔法師が軍に不当に拘束されている』という通報も受けているんですよ。

 我々、警察と軍の『縄張り』の問題ぐらいは十分承知しています。が、―――だからといって内々のことで済ます。などという『治外法権』が許されることはありませんよ。これが、事実ならば、我々はここに強制捜査を入れる」

 

「……言いがかりですな」

 

『『何もやましいことが無いと言うならば! さっさと『南方諸島工廠』という施設に案内しろ!! どちらにせよそこが一番豊富な『品物』があるところだろうが!!!』』

 

 のらりくらりの司令官にキレたゼニガタと寿和の言葉に、同行人である稲垣も焦るが、もはやこの基地が『真っ黒』であることなど明白なのだ。

 

 大亜の原潜―――『ハイナン』が、歯車のようなものでザクザクに切り裂かれた状態で見つかったのだ。ハイナンが見つかった海域や、沈没した時刻など様々に調べていくと、この南盾島基地の対空ミサイル艦が巡航していたことが判明。

 

 そして十師族などからの通報―――。何より寿和が、エリカの叱責を受けてしまったと言う門下生たちとの会話―――証拠能力は低くとも、それでも証言の裏付けにはなる。

 

 そうして真っ黒な南盾島基地が―――更に真っ黒になった。いや比喩表現では無い―――事実、司令官室―――火器管制官たちがはらはらと見守っていた一瞬に、電源が落ちたのだ。

 停電を起こした南盾島基地に誰もがざわつくも、ゼニガタ警部だけは違っていた。

 

「キッドだ―――!! いくぞチバ、イナガキ!!!」

「やれやれ―――南の島でバカンスとは行きそうにないな」

 

 

 停電したことがキッド出現の合図だと分かるとは、流石はキッドを追うことに執念を燃やした男――――。燃えるような刑事魂だ。

 司令官室から出て、非常電源に切り替わった基地内を走り抜けて、外に出ると大歓声の嵐―――基地と地続きではないものの、南盾島のショッピングモール―――その境を遮るフェンスに殺到している群衆。黄色い声が向けているのは間違いなく基地内部―――。

 

 どこだという意味で眼を向けると―――基地兵士達が巨大な投光器を当てて、侵入者を見つけた様子。

 南盾島基地―――その屋上に―――堂々とたたずんでいる姿。

 

 仮面を後ろに回してモノクルにシルクハットの素顔を見せながらも、決して誰かは分からない白いタキシード姿に赤いマントの魔法怪盗…。間違いなかった。

 ゼニガタの心に歓喜が溢れる―――活動を再開したのか今宵限りの復活かは分からないが、それでも―――嬉しかったのだ。

 

「貴様ァ! 何者だ!!!???」

 

 海兵の威勢のいい言葉。光と言葉を向けられたことで、マントを海風に棚引かせながら宣言する。

 

「今宵の月と星の美しさに反する海神の巫女の泣き顔に、我が心は痛むばかり―――

 世界に神秘あり、人の心に謎あり、夜の闇に奇跡あり。万世のミスティックを秘蔵するため魔法怪盗プリズマキッド 今宵 参上!!!」

 

 

『『『『キッド様―――――♪♪♪』』』』

 

 凄い人気だなー。と呆れるように羨ましく思ってしまう寿和。黄色い声援がモールのフェンスからも聞こえるとか、斬り捨てたく思う。

 

「―――『未来を生きる子供たち』の心を救うために―――『永遠の魔法』を刻み付けましょう……」

 

 最後の口上をルーンカードを見せながら言ってのけたことで、興奮はアップする。

 群衆が基地内になだれ込む可能性もあるか―――だが―――そんなことよりもゼニガタの見識を二人の日本人刑事は待つ。

 

 

「キッド―――!!! よくもまぁ白昼堂々―――ではないが、真夜中堂々とこんな愉快犯的なことをやってくれたなぁ!!!」

「やぁ久しぶりですね。ゼニガタ警部―――相変わらずの鬼刑事振りで、このキッド―――感無量の極み」

 

 丁寧な一礼をする魔法怪盗の笑みは崩れない。そしてゼニガタ警部は、間違いなくキッドだと確信している様子。

 しかしとんでもない男(?)だ。停電の一瞬を狙って基地内に潜入した手際は並ではない。魔法師としても超一流どころか、トーラス・シルバーやレオナルド・アーキマンが出てくるまで、この怪盗だけが飛行術式を独占していたのだから。

 

 そして、ゼニガタとの問答が続く。彼の魔法怪盗が狙うお宝は何なのかと言う話題が……。

 

「今回の貴様の目的は何だ!? この南盾島にお前が狙うような『宝物』はないはずだぞ!?」

「確かに現物的なものはありませんね。ですが、私は同時に、『魔性の脅威あるところに存在し、神秘の秘宝を盗みつづけていく!!』とも宣言していますので―――」

 

 その言葉を吐いた瞬間、キッドに対して盛大な銃撃。いくら基地内に侵入されたとはいえ、あまりに無茶な発砲だ。

 稲垣が、発砲した基地の守備隊の一人に食って掛かる。

 

「彼はまだ何も犯罪行為を侵していない!!」

「基地内に侵入した時点で不法侵入が成立している! 官憲が我々の任務に口を出すな!!」

「軍人だったらば、怪しきものを殺してもいいなどという法律は無いんだぞ!!!」

 

 

 などと言っていると屋上の硝煙が晴れて――――そこには無傷の魔法怪盗―――『達』が存在していた。

 キッドと同じく素性を隠す覆面のようなものを着けながらも、その背格好はそれぞれで違っていた。

 

「……キッドが複数!?」

「今宵のショーは、私一人では、成立しない―――海神の巫女の涙。頂戴する為に仲間を募ったのだ!! 混沌の世界を引き裂き! 全ての闇を打ち払って次世代の楽園へと導く同志!! 己が名前を叫べ!!」

「俺の名前はプリズマキッドの盟友の一人。プリズマガンドー!!! ブシドーに非ず!! 間違いなきようお願いしておく!!!」

 

 プリズマガンドー……いの一番にそう名乗った男はキッドとほとんど変わらない体型と格好だが、面を隠すものが、戦国武将の面頬に似ているのだからブシドーと言いそうになってしまう。

 

「俺の名前はプリズマキッドのダチの一人。ブリズマパンツァー!! 肉体の頑健さは誰にも負けない!! 最強のファイターだぜ!!」

 

 割りと普通の自己紹介ながらも至極真っ当な感じのパンツァーに誰もが安堵する。ただ何となく、いい声すぎてEDの曲を任せたい。

 

「僕の名前はプリズマキッドの友の一人。プリズマエンシェント―――我が魔力の真髄を、愚鈍なる民衆に見せつけてやろう!」

 

 なんだか夏休み明けのイメチェンが不安になる『患っている』エンシェントの言葉の後には――――。

 

「オレの名前はプリズマキッドの長男役! マジレンジャーで言えばグリーンの役どころ! プリズマエメラルド! 弟分たちへの攻撃は俺が通さん!!」

「「「「あ、兄貴!!」」」」

 

 何か一人だけ宝石の名前でズルいと言いたくなるような巨漢の男。無駄に声はセクシーに決めてきて何かのコールでもしたくなる。

 

 群衆からの声援で『アトベさまー♪』というのも混じるのは、これ如何に―――。

 ともあれA級魔法師クラスの隠密行動で基地内に入り込んだ五人の魔法使いたちに、基地警備隊にも緊張が走る。

 

 その手際に『工房の奥』にいたアルキメデスも驚愕せざるを得ない。

 だが、まだ想定の範囲内―――カネマルたちが目標とした人工構造体―――彼らの名前で、『ラミエル』という……星舟が落着すれば、自分の目的は達成する。

 

 しかし―――相手は更なる戦力を引き入れていたのだ。その時―――基地内に高笑いを決める声が響く。

 

 それは遠くから出ているようで近くからも聞こえるかのように―――幻想的な『女』の声だった……。

 

 気付いた基地隊が投光器を……向ける前に注目を浴びる形で、魔法で作り上げただろうバックライトやスポットライトで己の姿を映し出す―――女が、基地の港湾設備のデリッククレーンの上に集まっていた。

 

 何で全員、高い所に上るんだろう。馬鹿なのか―――と思う前に先頭にいた一番有名な『女怪盗』……『美少女魔法戦士』とも言われる金髪の女が、声を張り上げる。

 

 『プリズマキッドだけが魔法怪盗ではないわ! アルセーヌ・ルパン、怪人二十面相(twenty face)、イシカワゴエモン―――人類史や人類の記憶に刻まれし怪盗の姿が『男』しかいないならば!』

 

 プリズマリーナ・ツヴァイという金髪をロールにしたもっとも怪盗らしい少女の言葉を受けて――――。

 

 『私達こそが、時代の先触れとなってみせます!』

 

 全体的にダークブルーの衣装…フリルが広がるミニスカートに胸元が見えているロングの黒髪の少女(マスク付き)が答える。

 

 『こんな慈悲も情けもない浮世だからこそ!』

 

 次いで赤系統の衣装―――燃える炎にも見える怪盗らしくないカラーだが、言う赤髪少女(ネコミミとマスク付き)にマッチした衣装で言ってくる。

 

 『咲かせて見せましょう華一輪!』

 

 碧色の系統の衣装―――髪まで緑色に変化した少女が、緑系統の怪盗衣装と共に花の花弁にも見える魔力を打ち上げる。ちなみに隠しきれないバストサイズは、当たり前の如く怪盗衣装で強調されていた。

 

 『『天下御免のファントムレディ―――』』

 

 『『ここに『スイサン』つかまつる―――です!』』

 

 

 相似を意識しながらも髪型の変化がある『仲良し二人組』な雰囲気の二組が初期のプラズマリーナな衣装で言ってくる。

 色は年長組が『緑色』なのに対して、若干舌足らずな年少組が『青色』のリーナな衣装である。

 

 『女の子に涙を流させる不埒な悪行三昧! 例えお天道様が許しても、私達は絶対に許さない―――』

 

 大トリを飾るかのように白の怪盗衣装を纏うウェーブかかった黒髪の女の声―――恐らく年齢は少し高めの言葉を以て最後の名乗りが入る。

 

 

 『『『『『我ら世紀末に現れし愛と正義の美少女魔法怪盗団『ファントム・スターズ』!!!』』』』』

 

 『『『『『今後も一つよろしく、お・ね・が・い・します・ネ♪』』』』』

 

 最後の方には、人差し指を唇に当ててのセリフ回しと蠱惑的な表情に群衆と一部の海軍兵士達のボルテージもアップしてしまう。

 口笛まで吹かれている辺り、深刻さを覚えてしまうキッドたち(一高男子陣)である。

 

(お前の妹、最初は乗り気じゃない風だったのに、とうとう怪盗ポーズまで決めているぞ!)

(怪盗ポーズって何だよ? まぁショータイムだ! とか言いそうな衣装ではあるが、ペルソナは出ないぞ)

 

 

 言いながらも―――リーナからの通信。最後の混乱を起こすために盗むための品物を言ってのける―――前に『四亜と九亜』に気付いたらしき声が響いた。

 

「わ、わたつみシリーズ……! やはり海神の巫女の涙とは!?」

 

(ワタシ)は、この島に流れる涙を拭うために、此処にやって来た――――七人の『わたつみ』の巫女たち―――貴様たちが奪った魔法師の少女達(海宝石)の未来―――返してもらうぞ、ソルジャーズ!!』

 

 

 男の言葉の後に合せる形で、刹那とリーナは、海軍基地全てを睨むように、はったと『眼』だけで分かる『睨みつけ』で言って聞かせた。

 

 その言葉で狼狽する兵士たち―――分からぬ者達―――。その様子の違いが部隊間に亀裂を生じさせて、ゼニガタ・シルバーの眼を鋭くさせる。

 キッドとリーナの言葉が事実だとすれば、この海軍基地に隠れているものは、とてつもない。しかし……。

 

 

「ゼニガタ警部、どうしますか?」

「予定通りだ。チバ刑事―――どちらにせよキッドは犯罪者。捕える―――同時に君たちもやりたい様にやりたまえ」

「了解です。ったくあの赤毛―――どう考えても、『身内』だが……あんな衣装に憧れがあったとは、ね……」

「トシ君。どう考えてもあのプリズマ☆サニー(仮称)が、君を睨んでいるよ。絶対にやられるよ」

 

 長十手を解き放つゼニガタと、悪い笑みを浮かべつつも、刀を解き放つ千葉寿和に警告をする稲垣もまた拳銃型CADを抜き、警戒をする。

 

 

『撃て―――!!!』

 

 激発をした兵士の号令でショック弾などの暴徒鎮圧用の弾丸が吐き出される。

 実弾すらあることで、動揺が広がるも―――魔法怪盗たちは、南盾島基地の夜空を飛び回るようにして、散開した。

 

 

「イッツア―――」

「SHOW TIME―――♪」

 

 言いながら空中で合流したキッドとリーナは、寄り添いながらも地上に向けて『魔法』の輝きを向ける。

 

 何かの手品のようにカードを取り出したプリズマキッドが、飛びながら虚空に並べて―――兵士たちの火箭に勝るかもしれない火炎のルーンを具現化させた。

 狙われた地上の兵士達は、己の消滅を予想して―――そして―――火炎のルーンを受けたことで―――。

 

 パンツ一枚を残して素っ裸になった。無論、武器は消滅―――。悲鳴が上がる。一部にガタイのいい兵士をみて歓喜の声も上がる。

 

「プリズマガンド―より授かりし忍法『まっぱだカーニバルの術』!」

「そんなもの授けた覚えはないんだが!!」

 

 

 群衆たちは、こちらのショーを見て注目している様子。マスコミたちもフェンスに乗り上げたり、ギリギリの距離でドローンを飛ばすことで撮影を敢行している。

 プリズマキッドの一挙手一投足が、軽快に兵士達を無力化していく様子が映される。プリズマガンド―もまた『棺桶』を背負いながらも、空中から魔弾を放射して兵士達を無力化していく。

 

「くそっ!! 好き勝手させてたまるか!! 全隊抜刀!!」

 

 千葉道場の剣士―――あの時、発着場でエリカと問答をしていた人間が地上に降り立ったキッドを狙って動こうとした一瞬。

 その手から刀剣型のCADが失われる。彼らの近くに降り立つ黒い魔王―――プリズマガンド―の仕業である。

 

「やわな刀だな」

 

 そりゃ分解魔法なんて仕掛けられてやわも何もあるかよ。と言いたくなるも、笑みを浮かべた魔王の言葉を受けて、剣士隊の面々を魔弾で黙らせる。

 予想通り基地外は混乱している。そんな中でも九亜と四亜がいることに気付いて、捕獲しに行った連中は少なくないが―――。

 

 

「パンツァー!!!」

「風白刃!」

 

 その前に佇むナイト二人が不埒な輩を近づけさせない。基地内は混乱しているが、南方諸島工廠と呼ばれる『研究施設全体』は―――『魔術的』にシールドされていた。

 突破するのは不可能ではないが、地上の混乱に一定の収拾をつけてからでないと、背後を撃たれる可能性もある。そう思った直後―――。

 

 

「キッド!!!」

 

 リーナの警告。背後から一直線に突きだされる長十手の一撃。受け止めるはアゾット剣。衝撃が伝わるも、構わずに押し貫こうとするゼニガタの動きは一直線だ。

 押し合いを嫌って弾くように長十手の一撃から離れる。

 

 

「相変わらずの腕前―――ですが、私の目的ぐらいは、察していても良さそうですが?」

「明らかな悪徳があるとはっきりと言えないならば、俺の任務は変わらんのだよ。察しは着いているがな!」

 

 拘束型の魔術式。手錠型のそれが放たれるも、横合いからのグラムデモリッション―――術式解体で崩れ去る。その一瞬に、挑みかかる。

 

 カレイドステッキに『刃』を発生させて、長十手と打ちあう。あまり暴れられても困るが、それでも自由にさせては―――不味い。

 

 そんなゼニガタ・シルバーの一定の無力化を……と思っていた時に、音もなく近づくは―――エリカの兄貴。千葉寿和だった。

 高速歩法を用いての接近―――側面から切りかかるとみせかけての―――後退。相対しようと方向転換した時には、長十手の攻撃が『側面』を襲う。

 

 エリカよりも『上手い』戦い方だ……自分が、自分がという意思で挑みかかるエリカとの違いはここだと思っていると、駆けつけたエリカが寿和さんを抑えにかかる。

 

 

「―――南の島まで、何の用なのよ!?」

「仕事だ。宮仕えというのはあれこれ引っ張り出されるんだ。お前こそ、ハロウィンでもないのに若い娘っ子が足を見せているんじゃない」

「兄貴面して!!」

「兄貴なんだけど!?」

 

 世の中の兄妹とは、司波兄妹だけでなく、こういったものもあるんだなぁ。などと思いつつ、その凄まじい剣戟(兄妹ケンカ)を見ていると―――。

 

「キッド逮捕だ―――!!!」

「それは勘弁願うよ!!」

『ハッハッハ。やはり怪盗たるもの追う刑事がいなければ締まらないね。しかし、そろそろかな? アキヤマの策によれば―――』

 

 プリズマステッキを使いながら、ゼニガタと剣戟を演じる。あちこちで反撃が始まろうとするも、ここには最大級の魔法師戦力が揃っている。

 何より基地所属兵士たちも、キッドの狙いが分からないことで、混乱しきっている―――攻撃すべきは本当にプリズマキッド率いる『怪盗旅団』なのかどうかを……。

 

 美月の『月鏡』からの魔弾放射で、十名ほどが沈黙したのを見た所で―――基地放送室を占拠しただろう秋山軍曹の声が響く。

 いきなりな放送に―――誰もの耳が響いて動きが止まるのを感じる。

 

『南盾島基地に所属する全兵士たちに伝える。私は基地守備隊所属の軍曹・秋山信滋! 簡潔に伝えるが、キッドは敵ではない! 彼らはこの基地にて行われている違法魔道実験を止めに来ただけだ!!!』

 

「軍曹……」「秋山先輩……」

 

 何人かの兵士たち―――恐らくこの基地にて行われている『陰謀』を知らぬものたちは、向けていた銃を降ろして放送に聞き入る。

 

 細かな銃声などは響くが、それでもその放送で、一種の停滞が起こる。

 

 

『この基地の南方諸島工廠にはまだ年端もいかぬ幼年魔法師たちが囚われており、非人道実験に使われている!! 私の言葉が信用できないものもいるだろうが、しかしあの施設が『何の目的』で使われているか知らないものばかりだったはず。

 私が知った事実を各々の端末に送信させてもらう―――。

 そして、プリズマキッドの来訪と同じく警視庁もまた『ここに査察』を入れようとしている!! 既に司直の手が回っている以上! 我々は、己の身を正し軍人としての本領を取り戻すべきなのだ!! 

 今、この場でキッドの邪魔をすることは、我々が―――守るべき子供達の未来を失わせることと同義なのだ!!!』

 

 言葉と同時に何人か―――恐らく秋山氏が信頼していた軍人たちの携帯端末に『情報』が送られた。そういう電子音が響き……データが送信されたのだろう。

 

 やったのはもしかしたらば藤林響子かもしれないが、ともあれ一読した軍人たちは意気消沈をする……。こんなことが自分達の足元で行われていて―――それで何も感じられないわけがない。

 

 感じないものは――――。

 

 

「惑わされるな! 秋山がどれだけのことを言おうと、これは海軍参謀本部も認めたことだ!! 軍の上位の権限を帯びた特務である以上、何者にも優越される!!」

 

 ―――最初からこの陰謀に加担していたものだけだ。

 

 尉官クラスの一団が、他の士官たちを威圧するように言うが、そんな高圧的に言った時点で、この非人道実験を認めたようなものだった。

 

 そして―――この事態に―――。動くものがいる……。

 

 一人の士官……倒れ伏した人間の端末を開いた刑事たちが、眼を鋭くする。

 

「成程。拝見させてもらったが、こいつは随分ととんでもないな―――。稲垣! 部隊を基地内に入れろ!! 悪いが、ここまでの証拠や嫌疑がある以上、この基地内の全兵士及び職員は監禁及び未成年者略取・誘拐の容疑者だ!!

 全員、武器を捨てて、そこを動くな! 身柄を拘束させてもらう!!!」

 

「どうやらキッド。お前を捕えるのは、後にした方が良さそうだな」

 

 長十手とステッキの押し合いを止めるゼニガタ警部に感謝する。

 

「ご理解いただけて何よりです」

 

「―――後で、お前が実家から持ちだしたとか言う戦国甲冑を見せろよ『少年』。―――今まで『少女』との『夜遊びデート』を見逃して補導もしてこなかったんだからな」

 

 当たり前だが、ばれていたようである。舌を出して、イタズラがばれた後のバツの悪さを消す。

 

 苦笑した顔をする『とっつあん』に申し訳ない想いをしながらも―――やはり出てきた様子―――。

 

 兵士達が、突入してきた警察の機動部隊に拘束される寸前に―――。空にいきなり―――いくつもの歯車が出現する。

 

 その歯車の一つには思案顔の―――実にイヤな顔があった……。まるで椅子に座っての思考をするかのような学士の姿……完全なる解答を持つもの―――シラクサの数学者がいたのだ。

 

 

「やれやれ、とことん使えないソルジャーズだな……しかし、此処で混乱を起こしてくれたことでカネマルのケツに火が点いたのでね。

 ある意味では感謝すべき筋合いなのだろうが――――………やはり、幾らかは無力化しておくのが適当な解答といったところか」

 

 不規則な動きをするような歯車の多くだが、それが天体運行の動きにリンクしていることに気付くものはいない。

 

 未だに現代魔法では実現できない物質転移で現れた男に、誰もが動けない……。そして―――。

 

「しかしセファール降臨のカウントダウンは始まった。この場で『魔法』の輝きを奪取する!! 

『レガリア』に代わる世界へのアクセス権―――貴様が贄だ!! 『魔法使い』」

 

 言葉と同時に南方諸島工廠と言う名の『研究所』付近から、多くのピクトウォーリア―――恐らく死体を使ったものと幾つもの『箱』……キューブでクロスを描いたような機構が顕れる。

 

 完全な工房に対する防衛体制を見たキッド=刹那は、ルーンのグローブを嵌めなおしながら、宣言する。

 

「シラクサの数学者! キャスター・アルキメデス!!! お前が持つ完全なる数式の全て―――『封印』(破綻)させてもらう!!!

 

 

 ――封印指定執行者の力強い言葉が、夜空の下に響き渡るのだった……。

 



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第113話『夏休み 鮮血魔嬢の恐怖』

はい。もうタイトルからお察し。

とんだネタバレだよ。城之内死す!並だ(笑)投稿する前についに我がPCの無線マウスがおしゃかになって、色々と悩んだ結果、ちょっぱやで家電量販店にゴー。

いいものを買いました。スクロールがここまで速いとは―――若干なれるのに時間がかかりそうですが―――ともあれ新話お送りします。


 サーヴァント……人類史に刻まれし『英霊』の具現化―――境界記録帯(ゴーストライナー)と称されるものは、どんなものであっても恐ろしい力を持つ。

 

 それは、現代魔法のように『ルール』(法則)に則るものではない『理外』の奇跡。そこには、全ての『制限』がある訳ではない。彼らの能力……その中でも『宝具』とされる、英霊が生前持っていた武器や逸話・伝承の具現化というのは、そういったルール外の反則技なのである。

 

 ある程度のものであれば、魔術や魔法でも対抗しようと思えば出来るのだが……例えば、アイルランドの大英雄『クー・フーリン』の持つ『ゲイ・ボルク』―――。

 この槍は、因果を捻じ曲げることで『心臓を貫いたという結果』を先に『対象』や『世界』に強要することで、『絶対必殺』の理を叩きつける恐るべきものである。

 

 無論、中には『心臓』を貫かれても生き残れる人間がいるかもしれないが、ゲイ・ボルク自体がそういった『絶対死』の概念であり『ロジック』を持っている以上、その結果を覆すほどの『奇跡』でもない限り、心臓は『再生』されない。

 

 

 何度か刹那に聞いてみた結果、夢想の瞑想―――自分が、あの八王子クライシスの時に刹那が使役した存在と戦って―――勝てるイメージが出来なかった。

 

 彼曰く『セイバー、ランサー、アーチャーなんかは純粋な戦闘系サーヴァントが多いが、ライダー、アサシン、キャスターなんかは搦め手を使う英霊も多いんだ』

 

 あるいは、『なんでその伝承が採用される?』と首を傾げるような存在もいるなどと言われた……。

 アルキメデスと言えば、外征侵略のためにやってきたローマ軍に対する様々な工作兵器が有名だ。シラクサ沿岸にいたローマ艦隊全てをクレーンでひっくり返したり、巨大なレンズで艦隊を焼き払ったり、金細工の体積を測ったり―――。

 

 そういった逸話を調べた結果、最初に戦った際のアルキメデスの戦いは分からなくも無かったが……鉤爪がギロチンも同然に呼び出されたり、歯車が飛び道具になったりと、伝承が誇張されていることは間違いなかった。

 

 となれば―――やはり、話に聞く彼の偉業―――先に述べた『ローマ艦隊を焼き払った光学兵器』も装備されていると見た方がいい。否、刹那の話をまるっと信じるならば、そういうことだ。

 

 

 それは恐らく戦略級魔法のレベルだろう―――発動させてはならない。そう達也が断じると、状況が動く。

 

 

「行け!! ピクト人!! かつて円卓の騎士達との戦いに明け暮れて、やがては歴史の中に消え去りし遊星の末裔(エコーズ)どもよ!! 貴様たちの神の来臨までに、無粋な者の首を刈り取れ!!」

『『『『Piiiiiiii――――!!!』』』』

 

 ピクト人は口頭言語、音声言語こそ持っていたが、文字言語というものを持たない種族だったが……この調子では意思疎通も無理だったのではないかと思う……。

 

『おのれピクト人め。神聖円卓領域では、マシュや藤丸君と共にさんざっぱら世話になったが、どうにも格落ちがすぎるな?

 言語中枢がいかれていると考えれば、あれは死体を利用したものと考えた方がいい』

 

「そういえば原子力潜水艦が沈没した情報があった……。大亜の船員が『素材』か」

 

「それならば遠慮なくやれるってものよ!! ゴーストバスターズ!!!」

 

 隣にやって来たリーナが威勢よく言うのを聞きながら、ランサーのカードをインクルードして、赤と黄の双槍を取り出す。

 少し離れたところからやってきたピクト人などの防衛機構に挑みかかる。ブリオネイクを変化させて雷槍と化したリーナが前に出る。

 

「Piii亜阿亞!!!」

 

 ハルバードを振りかざしてやってきた大柄な男の突進に合せる形でゲイ・ジャルグ(赤槍)を突きこむ。

 

 リーチの差で貫かれたことでピクトのガワが崩れ去り、白骨した死体が基地の舗装された床に倒れ込んだ。

 

 あまり見せていてもいいものではないが、それでもここでの事を白日の下に晒すことで、『救われるもの』もいるはずなのだ。

 

『油断するな! 来るぞ!!』

 

 思案した瞬間、三体のピクトが包囲するように距離を詰めてくる。手際がいい。そして何より、追い詰める手段が抜け目ない。

 

 円卓の騎士といい勝負をしたというのも分かる―――。今は忌まわしい限りだが……彼らが振り下ろす簡素な剣やハルバードに、遊星の紋章が移って行く……。

 

 来る―――と判断した瞬間―――。

 

「ファランクス!!!」

 

 壁がピクトの進撃を阻んだ。無論、ピクト人たちも剣やハルバードで砕こうとするも、次から次へとやってくる壁に圧されて動けない。

 

 そこに、二人の切り込み役がやってくる。

 

 

「ルーンセット!! エイワズ!! ―――ヤールングレイプル!!!」

 

 言葉と同時に白銀の籠手をいっそう輝かせたプリズマパンツァーが、壁の外側でもがくピクト人を、横合いから次から次へと殴り飛ばした。

 本当に文字通り、無双アクションも同然に殴り『飛ばした』のだ。如何に魔法とはいえ、あまりにあまりな現象に誰もが呆然とする。

 

 嗾けたアルキメデスですら、眼を若干見開いている―――。そんな学士よりも戦闘に特化したピクト人たちは次陣を繰り出してくる。

 

 しかし―――そこにプリズマサニーが刀を持ち、とてつもないジェット噴射も同然の勢いで滑りながら、ピクト人の足元を斬り捨てていく。

 下段方向だけの辻斬り万歳に対して捕まえようとするも、魔力放出の応用で縦横無尽に飛んでいくサニーは捕まらない。

 

 それどころか切り裂かれたことで動きが遅滞をして、そこに―――。

 氷結の冷気が叩き込まれる。流れ出た血から伝ってのエイドス干渉―――ピクト人たちの体内を流れる血液全てが凍結された……。

 

 体内活動を止められたことでピクト人のガワが剥がれ落ちて、半ば白骨した死体が立ったまま残る…。それが必然だったかのように―――。

 

 

「見事なもんだな―――」

 

『現代魔法の神秘濃度は明らかに低い。しかし、相対する相手の『肉体のスペック』が現代人のそれであれば、ある『一穴』から干渉を仕掛けられる。

 特に傀儡程度の相手ならば、尚更にね。『地力』が同じならば、後はどうやって魔法を通すかの作業さ』

 

「その通りだ」

 

 防衛機構。レーザーを放ってくるキューブの集合体の基部を貫き、沈黙させながら同意しておく。

 あちこちで乱戦が起こりながらも、目指すべき標的は見えている。

 その最中―――。空気の変化を感じる。

 

『反対に―――存在自体が神秘の塊であるもの―――例えば『上級死徒』や『真正悪魔』などのような存在には、どうあっても無理だろうな』

 

「こいつみたいに?」

 

『ああ、そいつみたいにだ』

 

 言うや否や、歯車を振り回して挑みかかってくる『そいつ』(こいつ)と撃ち合う。赤槍の魔力遮断の能力が、歯車の回転を押しとどめながらも、アルキメデスは次撃を放ってくる。

 

「シュラクーシア・メトドス!!!」

 

 二つの歯車ではなく、何かの機構―――恐らくスクリュー構造の器物を出現させて、渦巻き(ヴォルテックス)水流を吐き出しながらのぶっつけをされる。

 

 風車のように赤槍を回転させて水流を弾きながら、器物―――ちょっとした大甕にも似たものを砕き動こうとした時には、アルキメデスはおらず、防衛機構がレーザーを吐き出してくる。

 

 

 逃げたわけではない―――と分かっていても躱されたことを悟り、苛立ち紛れにキューブのレーザーを赤槍で弾いてそのままに接近。

 打ち砕く―――同時に周囲に『鏡』(レンズ)があることを悟る。

 

(不味い―――)

 

 見つけたアルキメデスは魔力の塊を練っている―――。

 

「好機だ!!!」

 

 撃ち出された魔力は、レンズを伝って不規則な動きで乱反射をして、目標を悟らせない。

 

 反射レーザーとでもいうべきものをどうにかするべく、『斬り捨てよう』と刹那は、破魔の紅薔薇を使ってディフレクトする。

 

 

「まだまだぁ!!!」

 

 周囲に滞空しているレンズの数は多すぎる。そしてアルキメデスの攻撃も苛烈を極める。こいつは純粋なキャスターとは言い切れない。

 

 

『レンズじゃない! アルキメデスを狙えキッド!!!』

 

 反射レーザーの網に囚われた刹那に対する助言―――。分かっちゃいるが、それも難儀―――だがやるしかない。

 

 

「はははっ!!! さぁさぁ!! 来るがいい!!」

 

「いかせてもらうさ!!!」

 

『―――』

 

 瞬間、赤槍と黄槍を投げ捨てて、ステゴロでの戦いを挑む刹那―――。

 

「舐められたものだ!!!! 純粋なキャスタークラスと一緒くたにされては困るなぁ!!!」

 

 だったらば――――。

 

(俺も純粋な魔術師だと思うなよ―――)

 

 加護のルーンを四肢に装填してからの『ゴッズ・エンチャント』の付与。レーザー網の中を突っ切る刹那。

 

 

「―――ぬっ?」

 

 彼我の距離14m―――その距離が果てしなく遠いわけではない。そして師匠であるバゼットならば―――この距離を踏破して、外法の魔術師相手に拳を突きたてる。

 

「死ぬ気かぁ!! お前の肉体から刻印を引き剥がすなど、死んでからでも構わんのだよ!!」

 

 んなことは知っている。そして基地外の路面。さんざっぱらレーザーを撃ち出されたことで脆くなっていたものに『手』を掛けて、持ち上げる。

 

 巨大な混凝土の壁の出現。手で路面をひっくり返した刹那の行動に誰もが驚く。

 

「――――」

 

 周囲と同じく―――まさかこんなことをするとは思っていなかったのか、驚愕するアルキメデス。

 

 前面を圧する『壁』の登場。一瞬の思考の停滞。それこそが―――こちらの勝機。拳を握り込む。最高度の魔力を溜め込み―――。

 息を吸い身体を膨張させたままに、壁の向こうから撃ち出した。

 

 突進しながらの拳の叩き込み。レーザーの照準を合わせようとしたアルキメデスが失態を演じた。と思った時には……。

 コンクリートの砕片が周囲に飛びながらも、リバー(肝臓)に拳がめり込んでいた。

 

 

「――――!!!」

 

 サーヴァントの肉体は霊的な構成体で編まれている。とはいえ、肉体感覚が無ければものを持つ感覚は無く、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚を無い状態で再生したとしても十全では無い。

 

 痛覚がない『無痛症』の人間が、己の肉体の異常を悟れないのと同じく、サーヴァントもまた特殊な状況でなければ五感を伴い現界する。

 

 即ち、武器を持つ感覚。魔力を扱う感覚。遠くを見る感覚―――全てが無ければ『英雄』は英雄たりえない。同時に、それはサーヴァントの陥穽ともなりえる。

 

 

「如何にお前が霊的上位存在であっても――――その身体はどうやっても、現代に通じるものでマテリアライズされる! 

 故に強化された拳ならばお前を殴れる。侮ったなキャスター」

 

「ごふっ! パ、パンクラチオンだと!?―――セツナ・トオサカは魔術師でなかったのか!? ぶごおおおっ!!!」

 

「生憎、今どきの魔術師は護身術も必須科目なんだよ!!!」

 

 

 絶対に『護身術』とか言うレベルではないキッド=刹那の動きは全方位を動き回り、血を吐くキャスター=アルキメデスの身体に『鉄拳』を叩きこんでいく。

 

 こんな怪盗らしからぬ戦いぶりで――――、『キッド様―――!!!』『その動きは光速の異名を持ち』『重力を自在に操る高貴なる魔法怪盗』『濡れるわ!!』

 

 ……良かったようである。少し離れた所で防衛機構を分解していた達也は、そんな風に想いながらも豪風乱打の限りを見て、脇腹が痛くなる想いである。

 幻痛だと分かっていても、あの時、服部副会長をダウンさせた後の戦いのことを思い出す。

 

「達也……じゃない……ガンド―は驚いていないんだな……」

 

「ああ、一度だけああいう戦い方を見たことがあるからな。というかやり合った」

 

 少しだけの小康状態。乱戦は落ち着きつつ、小規模の集団同士が鬨の声を上げながら、ピクト人や防衛機構に挑みかかる。

 

吉田君(エンシェント)! 柴田さん(ルーナ)! 合わせるわよ!!!」

『はい!!』

 

 カレイドライナーとしての力と魔法師としての力を合わせた『合成術』。現代魔法ではあり得ないものが、展開される。

 最初に氷の弾丸―――『雪』を作り上げたプリズマオパール(七草真由美)の魔弾に、干渉不可能な次元の『反転魔力』―――『月鏡』を用いたものが通り、それを幹比古の古式魔法が撃ち出す。

 

 古式魔法『木花之佐久夜毘売』……九校戦においても勝負の決め手となった、幹比古の術式が展開される。

 現代魔法では、このような力や物質に対して生物的な形=明確な形を持たせることは無駄だとされている。

 

 そういった擬態させるプロセスを力と時間の無駄遣いとしているが、古式魔法では形を与えることにより、力の方向性を強める効果を重んじている。

 華の花弁の嵐に混ざり込む氷弾の全てが、魔術師の出したガーディアンを打ち据えていく。その威力は基地内の路面を70㎝は陥没させる結果を出しながら、ガーディアンを駆逐した。

 

 魔法名『雪月花』―――そんな風なものを真由美及び一高上位陣などは『開発』してきた。

 あの八王子クライシスの際の無力感……現代魔法では何も出来なかった悔しすぎる現実を前に―――覆すために、こうしてきたのだ。

 

 何より他の思惑もあったのだ……あんなUSNAのバカップルが勝利の決め手であったなど、最悪以外の何物でもない。

 

 確かに力は不足していたかもしれないが、それでも最後に手を下すのは、汚れ仕事をこなすべきは自分達(日本の魔法師)であるべきはずだったのだから……。

 

「わっ……すごい」

 

「私達もやるわよ。キッドのお手伝いしなきゃ」

 

「うん。そして、みんなを助けなきゃ」

 

 

 年少組……四亜と九亜扮する『プリズマツインズ』が、その戦いぶりに触発されて、魔法を投射する準備をする。

 

 かつん、かつん―――ワルツでも踊るようにステップで動く四亜と九亜。その度に、魔力が放射されて同調されていく。

 わたつみシリーズの目的『ミーティアライト・フォール』は『移動系魔法』と『知覚系魔法』に関連が深い……それゆえ彼女たちは、それらの魔法を使うことに最適化されていた。

 

 中でも四亜は、『暴れ者』と称されるぐらいに移動系魔法に演算領域が最適化されており、物をぶつけてぶち壊すという意味合いにおいては最良であった。

 ここにはいないが『三亜』は、知覚系魔法に最適されており、この二人は特別強かった……では九亜はなにをするかといえば―――確かにこの二人よりは若干劣るモノの、九亜にはある種の『同調術』があり、可能であるならばこの『三人』だけでも魔法式は投射可能だった。

 

 四亜の移動魔法を強化して、三亜の知覚を先に延ばす―――姉妹の仲介役たる九亜のワルツが、終わり―――手を四亜の背中に着けることで力を倍加した。

 

 

「―――曲がれ」

 

 四亜の移動魔法。手を向けた先にあるキューブの連続体―――20体全てが、その形状を保てずに、螺旋曲(ねじま)がっていく。

 

 ある程度の自在性を持ったその構造体が完全に形を維持できないほどに、20体が光を無くして機能不全をする。

 その圧倒的な様に、ちょっぴりだけ二科生組は、劣等感を覚えるのだったが―――とはいえ、二人はまだまだ自分達とおなじくひよっこ。

 

 がんばろうと思うのだった。

 

 そんな達也を筆頭とした人間達の視線に頓着していなかった九亜は、姉妹のSOSを受け取って表情を暗くする。

 

 

「―――シア、まずいかも、みんなが大型しーえーでぃーに入れられそうになっているって―――」

 

「キッドォオオ!!!」

 

 

 その会話を拾っていた刹那は、盾のつもりだろう歯車ごと砕きながらボディーブローを放ち、アルキメデスを南方諸島工廠付近まで吹っ飛ばした。

 

「がああああっ! ぐが―――よ、よくもこの私の計算を崩してくれたもの―――だが残念だったなぁ!! この工房の封印式は、遊星の力を用いたものだ!!

 完全防御用のシールドを『多層展開』―――多次元展開などしようものならば、貴様は『キシュア・ゼルレッチ』を使ってきただろうからなぁ!! 私の分析は完璧だ!!」

 

「お前を始末すればいいだけの話だ」

 

「出来るかな? お前にとってこれは―――賭けだ! 私が工房たる研究所に逃げ込めば、それで終わり。しかし、いなくなる前に私ごと工房の封印を解いてしまえば―――詰みだ」

 

 言われた通り、刹那にとっても、これは確かに賭けだった……シアの叫びに応じた形の吹っ飛ばしに見えただろうが、工房の封印式はかなりのものだ。

 

 工房を壊す。押しつぶす―――ということならば間違いなく可能だ。だが、それではわたつみ達が死んでしまう可能性もあった……。

 だからこそ―――この封印の施術者たるアルキメデスを接近させた上で、ヤツの血でも何でも媒介にした上で、工房の封印式を解き放つ必要があったのである。

 

 やれるか―――と思っていた所にリーナが刹那の隣にやってくる。

 

 

「よくもまぁ、そんな『閉じ込め』してくれたものね。けれど―――壁を壊すという意味では、ワタシが一番なんだから!! 侮るんじゃないわよ!!」

 

「ふん。衰退した神秘の術者如きが囀るな!! 貴様如き手合いに、この多層結界を破れるものか!!! 放ってみるがいい!! 貴様の奥の手であろうと最適防御で防ぎきる!!!」

 

「―――『この世で一番硬かった壁』をぶっ壊したワタシが、キャスター・アルキメデス―――アンタの自信ごと、ココアの姉妹を閉じ込めている壁を砕いてやるわよ!!!」

 

 そしてランサーのクラスカードをインストールするリーナ。アルキメデスは完全に挑発されたことで、工房に逃げ込むことも忘れている。

 

 刹那も機あれば打ち取る覚悟であったが、やはり――――挑発が最適すぎた―――。

 しかし、ブリュンヒルデ及びワルキューレタイプでは、最速のランサーであっても逃げ込まれる可能性があった。

 

 

 魔法陣が展開して―――己の姿を変化させるリーナ。

 

 刹那もクラスカードをインストールしようとしたのだが、その前に……リーナの姿がいつもとは違っていた。

 

 

 その姿―――頭部には角が2本。もうドラゴンホーンと言っても構わないだろうものが存在、尻からは二又に分かれる竜尾が長々と出て、リーナの意思があるのかないのか、頻繁に上下左右に動いている。

 衣装は――――かなりフリフリのゴスロリ、ピンクを基調として様々な装飾とフリルが何層も伸びる―――ポップ&スイートな衣装と言っても構わないものが着せられている。

 

 そんな衣装とはミスマッチすぎるものが一つ。その手に持つ『槍』はリーナの身の丈以上という事実よりもごつ過ぎるものだった。

 穂先が2つに分かれていながらも、非対称すぎる穂先でも武器としての性能は柄の太さ、長さから―――もうお察しである。

 

 

 つまりは……何の英霊だか分からない。本当に分からなさ過ぎた―――刹那も将星召喚の『術式』を持っているが、こんな外連味たっぷりな英霊は知らないでいた。

 だから―――。この場において理解しているのは―――。

 

 

「さぁ盛り上げていくわよ豚ども―――♪ アタシの歌を聴け――♪♪』

 

 インストールした本人(リーナ)と―――。

 

『ほほぅ、彼女か。城攻めには『城』で対抗しなければね』

 

 という感心しきりのオニキスと――――。

 

 

「は……はは……はははは――――はぁあああああああ!!!!????―――なぜ、なぜ!!!あり得ないだろうが!! あの少女に登録されているランサークラスからかけ離れている!! 

 この土壇場で何故あんな最低級のサーヴァントを引くのだ!? ありえん! ありえん!!! 抑止力だとしても、もっとマシなのを呼んでも良かろうがアアア!!! 召喚を拒否していることに対する嫌がらせか!? ガイア!アラヤ!」

 

 ―――明らかに錯乱して混乱を来しているアルキメデスだけであった。

 

「なんだか分からないけれど、今のワタシならば出来そうな気がするわ!!! 最高のライブ!! キッドに捧げるとびっきりの『ラブライブ』が!!!」

 

『『『『『ダウト』』』』』

 

 全員一致の結論ながらもリーナは昂揚しきりである。よっぽど『相性』がいいサーヴァントなのだろうか。

 

『歌うたい』のランサーなんていただろうか―――と思っていると、頭を抱えていたアルキメデスに対して照準を向けるリーナ。

 

「さぁ! あげていくわよ!!! 覚悟しなさいキャスター・アルキメデス!!!」

「ま、待て! プリズマリーナ―――いや違う! そもそも例えヤツの宝具であっても、我が多層結界を崩すなどあり得んのだ!! 放たれたとしても、別段問題など無いはず―――」

 

 槍を地面に突きたてると巨大な魔法陣が展開される―――。そしてそこから出てくるものは――――城であった。

 

 ものの見事に城なのだった。鮮血のような魔力の泉から出てきた西洋式の城―――その姿に刹那は思い当たり、『まさか』と思う。

 明らかに現代魔法の領域から外れすぎて、『転移』とかそういった現実を覆されて頭を回しそうな『現代魔法師』たちに構わず城―――『チェイテ城』が、南盾島に召喚されるのだった。

 

「―――――――――」

 

 城の出現の影響か、味方ともいえる人間全員がリーナの後ろ側に配置される形となったのは、一種の固有結界だからか、と思う。

 真相は分からないが、ともあれチェイテ城の出現により、敵であるガーディアンの全てがアルキメデスがいる研究所方向に『押し退けられていた』。

 

 

「今夜のヒットナンバーを歌わせてもらうわ! 震えながら聞きなさい!! バートリ☆ヘビィメタル♡エルジェーベト!!!」

 

 城の尖塔―――その更に上の天辺に立ったリーナは、ドラゴンウイングを開き、大きく息を吸い込むと同時に魔力……何故か☆や♡のエフェクト付きで吸い込む様子が見て取れた。

 

 ドラゴンブレス―――そういうことである。

 

 放たれた吼え声は、アンプスピーカーの役割を果たしていたチェイテ城を通して、倍増されて叩き付けられる。

 

『ひゅごぎっ!!』『どごっ!!!』『ぐわおおおん!!!』頭の悪い擬音でしか表現できない音波の暴力―――。

 叩き付けられる音によって、アルキメデスは封印式に背中ごと叩き付けられている結果である。

 

 音の暴力は凄まじく、ガーディアンたちを細片以下の粉微塵に砕いていく様子が見える―――☆や♡のエフェクトが付いているのは理解に苦しむが。

 

「こ、この! どこに出しても恥ずかしい最高最低の無能サーヴァントが―――ッ! なぜこんな世界に来てまで邪魔をす―――――――」

 

 その言葉の途中で―――アルキメデスの言葉は聞こえなくなり……宝具の展開及びリーナの吼え声が終わる。

 

 同時に、研究所に張られていた多層封印式は崩れ去ったのである。

 

 第一段階はクリアー。

 若干、納得いかない面々の視線を受けながらも、結果良ければすべてよし―――そういうことだ。うん、そういうことにしとけ。

 

 そうして九亜たちの姉妹の元への道は切り拓かれたのだった……。

 

 



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第114話『夏休み 断罪と懺悔の時間』

エリちゃん効果なのかお気に入り登録数が爆上がり。ありがとうございます。

またもや新イベント―――第三章クリアしていなければ出来ないとか、初心者や低スペックユーザーに配慮してほしいと思うのは、俺だけだろうか―――と思いながらも、新話お届けします。


 色々と規格外すぎる二人のトンデモ技で、多くの人間の眼にも見えていた封印と言う名の壁は無くなった。

 しかし、四亜と九亜の叫びを聴いていた十文字克人ことプリズマエメラルドは、呼び掛ける。

 

「キッド・リーナ夫婦、プリズマツインズ―――ガンド―・スノー『夫婦』―――お前たちは先に行け!! ここの始末は俺たちが請け負った!!」

「次勢ガーディアンたちが湧き出る前に、みんなは行って! お願い!! 盛永さんたちごと子供達を助けてあげて!!!」

 

 否も応も無い。せいぜいプリズマスノー(深雪)が、親指を立てて泣きながらサムズアップしていることが、印象的であった程度か……夫婦呼び良かったね(淡泊)。

 

 あの飛行機の時と同じく四亜を刹那が抱き上げて、九亜をリーナが抱き上げて――――工房内部に入り込む。同時に封印式が再展開されたことで、どうやらまだアルキメデスは生きていることが分かる。

 

 内部は平常通り―――というわけではないが、どうやら外の騒乱が聞こえていたかどうかは、考えるまでも無い。

 警報音の一つも上がっていないのは、そういうことだ。

 

「実験区画は地下―――同時に研究員たちのスペースも同時だろう」

 

「秋山軍曹の情報通りならば、そのようだな。九亜、四亜―――お前たちの医務担当官の場所まで、案内は出来るか?」

 

 まだ苦手なのか、端末を覗きこんでから言った達也の言葉に、一度だけ怯えてから頷く二人。指先を向けられて下を指さされる。

 

 ここは玄関ホールと言ってもいい場所なのだが、ショートカット出来るならばした方がいい。銃口を床に向ける達也を見る。

 

「効くか?」

「やってみろ。バックドラフトは何とかする」

 

 達也得意の分解魔法で、床に大人が三人は一斉に入れるだろう大穴があけられる。ベフィス・ブリングいらずな魔法の披露と同時に、地下の区画へと入り込む六人。

 

 着地すると同時に九亜と四亜が「あっち」と互いに違う方向へ指さしをしたことで、四亜を連れて刹那とリーナが行き―――。九亜を連れて達也と深雪が目的地へと向かう。

 

 油断は無いが、それでも互いに安全を願いながら魔術師の工房を進んでいく――――。

 

 

『魔術師の工房ではあるが、アルキメデスは正式な魔術師ではないからな。陣地作成のスキルは無いのかもしれない』

「だがガーディアンの一体もいないってのは不気味だな」

『……実験は最終段階なのかもしれないな―――。セファールを呼び込む魔法式の安定には、ここを騒がせない方がいいのだろう』

 

 そんな雑談を終えると、兵士2人―――巡回中だったのだろうが見咎めたようだが、スパークと魔弾が兵士2人を行動不能にする。

 出会い頭だったことが幸いした。とはいえ、歩哨二人が気絶したことは何処かに漏れただろう。駆け足―――。

 四亜の指さしに従い、二分ほど走り回っていたら―――。一つの部屋―――恐らく拘束室だろう場所にて四亜がわめきたてる。

 

 

「ここ! ここに江崎先生がいるの! キッド!!」

「了解」

 

 流石に達也のようなディスインテグレートが出来ないので、現代魔法の一つ―――刹那のアゾット剣を結構な切れ味にしてくれた『分子ディバイダー』を用いて、分厚い壁を病葉に切り刻む。

 アゾット剣に纏わせたダマスカスブレード的な概念は、22世紀を迎えようとする最新セキュリティを無力化した。

 

「―――っ……君たちは―――四亜!? 無事だったのか!?」

「先生っ!!!」

 

 薄暗い部屋に差した光で、一瞬だけ眼を逸らした江崎研究員だが、一団の中に顔見知りがいたことで安堵した表情を浮かべる。

 そして四亜もまた研究員に駆け寄った。抱きしめて無事を喜ぶ二人を見ながらも監視カメラなどを無力化してから、達也からのコールも確認。

 あちらも見つけたようだ。

 

「君たちは―――いったい……」

「詳しい説明は省くがサンタナからの遣いと言った所だ。全わたつみシリーズを保護するように、師族経由でも依頼を受けているがな」

「そうか……サンディは、無事なのか?」

「本人は自殺することも辞さない様子でしたが、ご安心を―――大使館で祈っています」

 

 胸を撫で下ろす江崎研究員―――もう一人、三亜の担当官という古田も助けてやってくれと、言われて―――承知する。

 走りながら、江崎氏に少しばかり話を向ける。

 

「何故、こんな研究に関わった。あんた等……学徒たる魔法師―――魔法研究員だったらば、こんなこともあり得ると分かっていたはずだ」

 

「そうだな。本当に―――自分が馬鹿だった―――僕も盛永さんも古田さんも……一心不乱になれれば、よかっただけだったんだ―――死んだ妹のことを考えずに済むように生きていくためにも……」

 

 

 その眼が悲しげに虚空を見つめて―――独白は続いていく……。

 

 

 

「沖縄海戦、佐渡島侵攻……その影響は日本国内にも及んでいました。

 私の夫と娘……二人の命を奪ったのは国内混乱を狙って、魔法研究者たちを狙った超限戦を仕掛けてきた工作員たちでした……」

 

 研究所を走りながらの独白。

 盛永研究員は、あの深雪と達也にも深く関わる戦いにおける犠牲者だった。他の研究員―――特にわたつみの担当官たちの概ねはそういう事情だった。

 

「魔法大学で講師をしていた私は、あの日に抜け殻となってしまった。棺桶に入ってしまった大きな体……小さな体―――何故、こんな理不尽があるのだろうと世の中を恨みました……」

 

 その時、盛永氏の手を握る九亜が、優しくするように手を深く握っていたのを達也は見る。

 

「そして―――ある日、失職した私をスカウトしに来た兼丸所長他―――ここのスタッフ達と共に戦略級魔法の開発……二度と、あの人とあの子のような犠牲者を生まないために、日本の確固たる力を―――そんな熱い思いも、一瞬で無くなったんですけどね……」

 

 自嘲する最後の言葉で、九亜を見る盛永氏―――。結局、ここのスタッフとしては、医務担当官である人間達の大半は心が弱すぎた……『人間としての価値観』に囚われすぎたのだ……そんな刹那が言いそうな言葉を思い浮かべた。

 

「兵器として作るならば、なぜこのような少女の姿でなければならないのか、何故他の動植物ではダメなのか―――何故、命を『作り出す』などという行為に邁進出来たのか、今では後悔ばかりです……」

 

 九亜などの調整体魔法師達を、己が失った『いのち』と重ねてしまって、今回―――このようなことになった。

 それを断罪出来るものなど、誰もいない。そして何より、それは全ての魔法師が背負わなければいけない十字架なのだから。

 

 そうして三亜の担当官という古田氏の拘束室で、刹那達と合流。お互いに聞いていた話はどうやら同じ風なようである。

 

 分解魔法を扉に向けて、もう一人の罪人でありながらも、贖罪を行いたい『ジャン・バルジャン』を救い出す。

 

『ファンティーヌ』の残した『コゼット』を、自由にさせたいその想いは、決して間違いではないのだから―――。

 

 

 

 † † †

 

 

「負傷者は絶対に生かせ。最優先だ。何かあればすぐに伝達だ。この事態―――八王子クライシスと同等と覚悟しておくように。我々、警察の任務を忘れるな」

 

『『『はっ!!!』』』

 

 機動部隊を指揮しながら、きびきびと矢継ぎ早に指示を出す千葉寿和によって、混乱は収束していく。あれだけの大立ち回り、流石に重傷を負ったものはいないが、それでも医療品も治癒術者も総動員されている。

 

 そんな兄貴の意外な姿を見ながらエリカが整体治療を施す一方で、レオがルーンの刻印で軍人の一人の打ち身を治していく。

 

 

「す、すまないプリズマパンツァー……君たちがいなければ、俺は息子と同じ年頃の子を―――」

「礼ならば気にせず、全て終わってから、息子さんに家族サービスしてあげてくださいよ」

 

 快活に言うレオの姿に、エリカは―――アンタはいいのか? と言いたくなる。

 何となくこの八月下旬に至るまでに、友人全てのそれなりの『家庭事情』を察していたエリカ―――かつては『カトリ』性を名乗っていた頃の自分も知られているのではないかと思いつつ、レオに対して慮る態度は、彼の繊細な心に棘となるだけだと思った。

 

 周囲では、多くの人間達が―――空間的に遮断された南方諸島工廠を見ながら、何かの変化が起こらないかと固唾を飲んでいる。

 

 腐乱死体処理などを手早く終えた軍人さん達を背中に、最前線に仁王立ちしている男―――プリズマエメラルドこと十文字克人はその手に「棍杖」を持ち―――眼を切らずに、変化が無いかと見ている。

 その横ではプリズマオパールこと七草真由美も、その魔法式の構成に対して干渉しようとするも無駄を悟り―――夜空を見上げる。

 

 雲一つない、星々が全て見える空が、この上なく不吉だ―――この空からインベーダーがやって来る……投射された魔法があれば―――それを目印に―――戦略級魔法相手に対抗できるかどうかを十師族は考えている。

 考えて、そして―――瞬間―――身を強張らせる十文字克人。魔弾を装填する七草真由美―――。その一瞬後に―――エリカやレオにも分かる巨大な魔法式の投射。

 

「―――間に合わなかったか―――」

 

 南方諸島工廠を『砲台』にして放たれたそれは―――インベーダーの招来を告げる福音だ……。

 

 悔しげに歯を噛み締める十文字会頭の言葉の後に封印式が解かれ―――次なるガーディアンが顕れた―――黒々とした魔力で構成された人体―――影の人間。

 

 そうとしか言えないものが、克人たちの正面に大挙して現れる。

 

 

 俗称『シャドウサーヴァント』―――……サーヴァントの残留霊基。英霊の霊基を模した偽物、影のようなもの。サーヴァントのなり損ない。英雄にあと一歩及ばなかった霊体……様々な要因で正常なモノ(プラス)となれなかったもの。

 

 そういったものが、生者を羨むかのように、こちらを見据えていた……その影のようなものは、俗に現代魔法においても使用されるものに酷似していた。

 

 零式行列(マイナスパレード)。特定の人物の記憶や魔法の全てをコピーしきった『複製人間』を生み出すものに―――しかし、シャドウサーヴァントもマイナスパレードも微妙な複製なのだ。

 謳い文句だけは立派なマイナスパレードも、格落ちがヒドイものだ。しかるべき相手ならば、そういった事も出来るのだろうが―――。

 

 ともあれ、今はそんなことを斟酌している場合ではない。敵は恐らくサーヴァントの残滓―――例えランクが落ちていたとしても、その再生された技量や力は侮れるものではない。

 

 シャドウサーヴァントの中でも一番―――騎士らしい印象。影で構成された剣を持つ西洋甲冑姿に何かの装飾なのか、スパイク付きのギャロット()を幾つか鎧から下しているのが―――飛び出てきた。

 

『A――――Urrrrrrrッ!!!!』

 

 明朗では無い叫び。その叫び一つを皮切りに魔法師全部隊と12騎のシャドウサーヴァントとの戦いが始まるのだった……。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「魔弾掃射―――Fixierung,EileSalve!!!!」

 

 行儀よく入り込むことを良しとせずに、分厚い扉をぶち抜いての侵入。奇態な侵入者たちの存在に誰もが驚きながらも、観測されたデータがあまりにもあり得ないことに誰もが焦っている。

 侵入者に対する対処と観測データへの焦り―――二つで混乱状態の最中、そんな中でも落ち着いている人間はいた……。

 

 部屋の中央には―――消耗した姿だが、研究所の外で見たアルキメデスの姿。椅子に座りながら、こちらを出迎えた男に無言で魔弾を放ちたい気分だ。

 

ミア(三亜)! アイ(一亜)! ニア(二亜)!!!」

 

クロア(六亜)! ナナ(七亜)! イア(五亜)!―――アヤ(八亜)!?」

 

 しかし、今は―――先程、魔法を放ってしまった調整体魔法師の容体を見ることの方が先だ。

 達也の分解魔法で分厚い硬化ガラスを消去。そこから飛び降りるように、実験設備の置いてあるところに全員で赴く。

 

 大型CAD計都の中に収められた女の子たちに呼びかける四亜と九亜。

 

 その中でも四亜が悲鳴にも似た声を上げた女の子の容体を見る。

 

 研究員たちを押し退けて、医務担当官が震えているのをそっと退けてから―――自我喪失の進行が速すぎたアヤと言う子に気付けをする。

 

「それは―――?」

 

「……ある『錬金術師』と知り合った時に、家宝なのに……分けてもらったものなんだ。霊子ハッカーという生業の御業―――本来は精神(マインド)プロテクトを突破するためのものだが、今は彼女の自我を取り戻させるために、疑似神経を使って深奥へ至らせている」

 

 達也の言葉に答えながら、思い出す。

 シアリム・エルトナム・ソカリス―――……元の世界で知り合った人の一人―――……本来ならば、『妹たる人物』に与えられているものだったと言われたものを、八亜の首筋に撃ち込んで数秒もすると―――眼に光が戻っていく。

 

 頼りない自発呼吸が、正常なものになると同時に、「げほっ!」という声で起き上がる八亜を抱きしめる四亜―――。

 

「うーーーん。四亜いたい。なんかもうちょっと寝ていたかった気分―――」

 

 ただの寝坊助ではないだろうが、調べてみた所、かなりの精神構造―――要は八亜と言う子は、タフな精神をしているということだ。

 少しの自我喪失も、数時間で回復出来ていたかもしれないが、今この場では、当たり前の如く不味い―――。

 

 階下から再びの上昇―――奇態な連中の再登場にモニタールームの研究員たちは全員慄く。

 

「何があった? 簡潔に話せ―――一応言っておくが―――」

 

 前置きとして達也が、銃の照準を着けたのは、階下にある九亜たちの姉妹が脱出した大型CAD。

 その大質量の全てが『魔法』を掛けられたことで、砂粒に還る。

 

「俺たちならば、わたつみシリーズなどを残して、お前たち全員をああいう風に出来る。機嫌を損ねない内に、ハキハキ答えろ」

 

 若干、不機嫌気味な達也の言葉。まぁあんな風な機械に入れられていた子達を見て、平静でいられる道理はない。

 刹那とて逃げ出そうとしていた研究員一人の背中に『実体剣』でもぶっ刺したかったが、魔弾で我慢しておいた。

 

 こちらの脅しと衰えた眼にも見える魔力の程に、ただの『コスプレ集団』ではないと悟ったのか老化学者で、この研究所の責任者である兼丸孝夫は口を開く。

 ミーティアライト・フォールが今回の標的に据えたのは、月軌道にあると言われている小惑星『ラミエル』。

 

 小惑星とされているが、発見されてから、それが一種の人工物であることなど分かっていた。しかし、誰もがそれの探査をしようとは考えてこなかった。

 

 それは一種の生物的本能―――『怯え』とでも呼べるものが、アストロノーツの探究心を押さえてきた……だが、そのパンドラを開いたのが、こやつ等ということだ……。

 

 

「小惑星ジークが陸軍の戦略級魔法師に、セブンス・プレイグが十三使徒番外位によって無力化されたいま……我々が成果を示す為には、これしかなかったのだ」

 

「なんてことを……! ラミエルは、その直径こそジークに劣るが、観測された結晶構造は、計算上は体積の減衰なしに地球表面に落下するはずです!!」

 

「しかも軌道離脱のための起動式は『定義破綻』を起こしているか―――落着場所は……」

 

「南盾島か」

 

 盛永明子の食って掛かる様子を見ながら達也がコンソールを操って、エラーコントロールを起こしている原因を知る。そして落着場所もまた知れた……。

 

 

「本当の意味でのジャイアントインパクトを起こして人類絶滅を引き起こすなど、正気なのですか!?」

 

「わ、私は悪くない……実験に不備は無かったはずだ。無かったはずだ……!!」

 

『いいや、不備だらけだったよ。本当の意味で不備を無くすならば―――こんな実験、君ひとりでやるべきだったんだ。

 他者を―――幼子を利用してしか為しえない『奇跡』なんてのは容易く崩れ去る―――何故ならば、どれだけ同調を果たそうとしても、『知性』は己の生きた意味を刻む。

 だってさ……違うところだらけの『人間』全てを繋げて『奇跡』を起こすなんてのは、人類危機でも無ければ無理だよ』

 

 オニキスのいきなりな発言。しかし、その言葉を―――真に屁理屈だと言えないのは、老人が優秀だからこそだろう。

 

「―――」

 

『理屈や理論じゃあないんだ。心あるものを「機械」と同じく扱うことは出来ない』

 

「あんたの研究実験は、とどのつまり……最初っから「違えていたんだ」―――ジジイ、アンタのやっている事は、最初っから穴だらけだったのさ」

 

 言葉と同時に、刹那はA4用紙10ページほどの紙束を気流操作で兼丸のもとへと飛ばした。

 その紙束を読んでいき、読めば読むほど顔を青くする兼丸の顔に、『魔術師 遠坂刹那』の顔が『断罪』を突きつける。

 

「一人でも可能な『月落とし』―――しかも、疑似的な『天体』を作ることすらできる『叡智』を無視して、アンタは星間宇宙の涙を地上に落とすことにした。

 ただ九人の巫女を利用して……アンタのそれは―――『人間としての価値観』に擦り寄った―――ただ老いさばらえていく老人の『卑しい行い』なのさ」

 

 その時、目の前の少年が『魔道の怪物』であることに気付いて頭を抱える兼丸孝夫は、震えながら絶叫をした。

 

 その行為で、もはや兼丸という化学者が『化学者』として再起不能であることを、同じサイエンティスト及びテクノロジストとして達也は分かった。

 老人の研究を「完璧」かつ「完全」にひっくり返した刹那。化学者としてこれ以上ない屈辱を与えられただろう。

 

 老人がただの俗物であるならば、その理論を己のものとしただろう。ただ単に日本の為、国防の為ならば、その紙を破り捨てなかっただろう……。

 

 しかし―――己の行いに『無駄』と『無為』の両方を叩きつけられて、頭の中の『解』を全て切り裂かれたのだ。学徒として、ここまでの殺人をされては立ち上がれまい。

 

 この研究は……もはや続くことは無い。データとてここで完全消去してしまうぐらいだった―――。

 切り裂かれた紙が―――何かの魔法陣に吸い込まれて焼け果てる。灰となったものすら消し去られてしまう『消去術』を見た達也は―――。

 

 ここでの行いの一つに決着をつけることにした……。

 

「全員を保護しておいてくれ」

「このご老体は?」

「少しは痛い目にあってもらうさ」

「老人虐待だね」

「児童虐待をした人間でもある」

 

 言い返すも、内心で笑みを浮かべながら、達也はこの研究施設すべて……階下にあるものからモニタールームのデータ保存領域全てに銃口を向けた。

 

 深雪とリーナ、刹那の手で兼丸を除いて全員が、分解魔法の脅威から保護されたのを確認してから―――『雲散霧消』が、その力を発揮。

 

 あらゆるマテリアルが元素レベルに分解される魔法の前では、全てが病葉も同然―――部屋に狭しとあった多くの実験器物が気体レベルまで消え去った影響で、気圧の膨張が発生。

 その所為で小規模の嵐が発生して、その風の中で無防備だった老化学者は壁際まで押し退けられて叩きつけられた。頭から血を流していたものの、「私の研究は無駄なモノだったか……無価値……」などと愚痴る兼丸をもはや意識の外に追い出して―――部屋の中央で、達也の分解が効かせられなかった椅子に座るアルキメデスに眼を向ける。

 

 

「外も安全とは言えないが、ここも修羅巷になる。オニキス―――お前はリーナ、深雪と共に彼女たちを避難させてくれ」

 

『了解だが―――セファールの落着までは30分も無い……死ぬなよセツナ』

 

「俺には無い?」

 

『君は殺しても死にそうにないからなぁいだだだだ! 頑張りたまえ少年! 決して雪の娘に抓られたからではないぞ!』

 

 そんなやり取りをしてから男二人を残して、全員の避難を開始せざるを得ない。アルキメデスの戦闘準備も済みそうなのだ。

 ここでやり合うことを覚悟したアルキメデスから眼を切ることは出来ない。

 

「セツナ」「お兄様」

 

 女二人の呼びかけに、後ろを向かずに親指を立てて安堵をさせる。正直言えばリーナのランサーが『鬼札』になるかもしれないと思えば、失着だったかもしれないが―――この場は男が引き受けるべき場面だ。

 

 盛永など研究員の先導で研究施設から出ていくわたつみシリーズなど……彼女たちが完全に出ていくのを見送った後に―――、ヘイムダルなどの天測カメラの映像を宙に投影するアルキメデス。

 その映像には若干の誤差はあれども、もはや大気層を突き抜けて落ちてくる水晶体が映し出されていた。その中に―――うさぎのような耳をした『巨人』がいることを達也も確認をする。

 

 

「まもなく―――ようやくにしてまもなく―――私の目的が達成される………」

 

「キャスター・アルキメデス。お前の最終的な目的ってのは何なんだ? まぁセファールを呼び寄せるとなればクライシス的なものなんだろうけど……」

 

 

 その言葉に、穏やかな笑み―――まるで未明な生徒に言い含めるような顔をしてから、キャスターは口を開く。

 

 

「そう言えば語っていなかったな。私がセファールを呼び寄せる理由……。

 それは最終的にはヴェルバーの招来。

 ヴェルバーの招来=ホモ・サピエンス全ての文明の消滅―――頭の悪い解答だが、『人類滅亡』こそが、私の英霊としての『結論』なのだよ」

 

 その言葉を予想していた刹那と、予想の埒外だった達也とで表情の変化が違っていた。

 

 少なくとも人類史に登録されている英霊でありながら、この男は人理崩壊の可能性を呼び寄せているのだ。

 

 真逆の方向性である―――無論、英霊の中にはとんでもない亡霊・悪霊じみたものもいるが……それとて変質したものの可能性もあるのだ。

 

 だが、この男にそれは見当たらない。つまりは―――『英霊として人類の滅亡を望んでいる』。そういうことが分かった。

 

「多くを省略させてもらうがな。人類悪と言うマイナスが生じてしまったこの『異聞史』―――『剪定事象』にこそなりはしないがな。

 一度は終わらせてしまうというのが、私の答えだ。

 やはり人類と言うのは醜悪だ……。私の中での解答は変わらぬ。魔法師と言う『デミヒューマン』を生み出して、人類の歴史に溶け込ませたその醜悪さ。

 そして遺伝子構造を改造したことで出来上がった『孔』が―――、多くの『不可能』を世界に蔓延させる……だからこそ―――ここで終わらせることで、一端の終焉を迎えさせておくのだよ」

 

 人類絶滅―――それをセファールが単独で行えるわけではない―――しかし、『本体』はセファールの信号を介して―――いずれは到達する。

 

「この『流れ』が終わった所で、何が変わるかも分からない。だが、私の数式を『証明』するには―――まずはお前の『魔法』を奪わなければならない。

 これは試練だな……『ここ』にトオサカ・セツナ―――お前がいたこととヴェルバーの尖兵が宇宙に浮かんでいたことは、私にとって僥倖でありながらも―――戦わなければならない試練だ」

 

 身勝手かつ自分勝手な結論の押し付け―――。

 

 生前から、この男の本性は、恐らくこちらだったのかもしれない。だとすれば―――。

 

 

「エリリーナが来るまでに、少しはその性根―――叩き直させてもらうぞ学士!」

 

「同感だな。研究者としての全ての祖だろうが―――エリリーナのライブ前の前座として叩かせてもらう」

 

 

 その言葉を放った瞬間。何とも言えぬ表情をするアルキメデス。どういう繋がりかは分からないが、リーナが夢想召喚したランサーを完全に苦手としている。

 だから―――勝利を決めるライブの前に男二人でステージを温めるだけなのだ。

 

 そんな2人とは対称的に頭を抱えるはアルキメデスである。

 

「わ、私の計算に間違いはない! あれはしょせん、霊基を概念置換しただけで、エリザベート・バ……デミドラゴンなんぞに紛い物とは言え邪魔はさせん!!」

 

 言葉で魔力を吹き出すアルキメデス。名前を呼ぶのも忌まわしいと言わんばかりのアルキメデスに対して、棺桶から第七災厄(セブンスペイン)を出した達也のロケット弾が火を噴く。

 その号砲を元に、戦端が遂に開くのだった……。

 

 



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第115話『夏休み ほしふる夜の願い』

休日を利用して、こんな時間に投稿。

そろそろ皆さんお待ちかねのエイプリルフール企画も近づきつつありますねー。

うふふ。きっと今年のタイプムーンのサイトでは真なる意味でゴールドヒロインに覚醒したエリちゃんが待っているんだ(え)

というわけで新話どうぞ。


 研究所と基地が併設された場所なだけに、研究所から出ると、そこには先程とは違う修羅場が広がっていた。

 

 影のヒトガタと戦い合う人間たち―――その中には同輩及び先輩もいたわけで―――。助太刀を敢行しようとする前に、背中にいる人間達を保護しなければ―――。

 

 しかし、その前に気付いたらしき十文字克人からの支援でファランクスが張られて、九亜たちなどへの壁となる。

 

 

「リーナ。わたしも―――」

 

「いまはダメよ。ココアのシスターズは、消耗している。いまココアとシアも戦えば、否応なくみんなが同調しちゃうわ」

 

 言い含めてから四亜と九亜を貨物の搬入口に留めておく。今は不味いのだ。ここから完全に出ることが、死へとつながりかねない。

 

 

「お願いします。盛永さん」

 

「はい―――あなた達も気を付けて」

 

 深雪の言葉に女史の言葉が返されて、リーナと深雪は飛んでいく。特に指示は無い。やるべきことは分かっているからだ。

 

 霊性が実体と化して現実への干渉を繰り広げている以上、シャドウサーヴァントもまた実体のある『生体』だ。しかし、そこにあるサイオンウォールとでもいうべきものが硬すぎる。

 だからこそ、その障壁に対する干渉を諦めた深雪は一番―――凍結させるべき所を凍結させる。

 

 しかし『触媒』が足りない―――定義破綻を起こす魔法。殴り合いの技術を知らないわけではないが、『達人』相手ではまず間違いなく深雪はズンバラリンだろう。

 

 そんな深雪の努力を見た美月が、幹比古と雫に頼み込む。それぐらいならばなんとかなる―――幸いと言えばいいのか、周りは『海』なのだ。

 

 即座に深雪の手助けとなる魔法を掛ける。このままでは直接戦闘部隊の負担が大きすぎるのだから、当然だった……。

 

「いける。そっちは?」

 

「何とかなるよ。合せて」

 

「ん」

 

 雫の振動系魔法によって、基地の防潮壁に寄せては返していた波が増幅される。幾度かの波長に合わせて、振幅、伝播速度が最高潮になった高波を、基地全体を呑みこむ勢いで叩きつける。

 

 同時に幹比古もまた海水に干渉する。それは、基地が背としている山の方から飛んでくる水で構成された大蛇―――八体であった。

 巨大な大質量全てが海水で構成された『海の八岐(ヤマタ)』という術だ。蛇の形をとって蛇の動きを再現した海水の大瀑布が、雫の高波と同時に基地内に炸裂。

 

 いきなりな奇襲に、シャドウサーヴァント達は、水を被り―――そしてその海水の量は、体躯に差はあれども全ての影たちの脚を沈めていた。

 

 低いものでは膝丈になるかもしれない海水の大洪水―――それを受けた深雪は、十分な『水素』を獲得したことで―――再びの魔法の定義づけ。

 

 広域冷却魔法『二ヴルヘイム』が、シャドウサーヴァント達の脚を縫い付けた。

 

 

(もはやリヴァイアサン並ね。使っている人間が違うだけで、ここまで違うなんて)

 

 敵味方識別型のMass Amplitude Preemptive-strike magic(大量広域先制攻撃魔法)。そんな認識で以て見てしまうリーナ。

 事実、シャドウサーヴァントと相対していた直接戦闘部隊を避けて、冷却を足先に向けて放たれたことで、隙が生まれる。

 

 その隙を狙わない全員ではない。

 

「今がチャンス――――おおおおおっ!!!!」

 

 自分の周囲の海水の中から出て氷原へと足を着けたエリカが、氷原を足場にして高く高く跳躍。

 振りかぶった剣が、どういう結果をもたらすかなど周知。はっきりとした姿ではないが、『陣羽織』のような肩が尖った服に、エリカの持つ剣よりもさらに長い剣を持った―――。

 

『長髪』を後ろで一本に纏めた剣客にも見える―――そんなシャドウサーヴァントを落下と同時に袈裟に切り落した。

 

『妖術含みとは言え、いや―――お見事、そのような剣もあるものか。……拙者もまだまだ、だな』

 

 霊核ごとの衝撃と斬撃。シャドウサーヴァントに意識も自我も無いと知らぬエリカが、その剣客の言葉を聞いた……。

 幻聴かもしれないが、それを最後に影の塊は、黒い粒子となりて虚空へと消え去るのだった……。

 

 

「ルーンセット! エイワズ(研ぎ澄ませ)! ヤールングレイプル(雷神鋼手)!!」

 

 音声認識型CADとそれに反応する『白銀の籠手』に力を溜め込んだレオは、目の前の相手―――逆手に『歪な双剣』を持った黒影。

 レオに比べれば矮躯の相手に拳を叩きこんでいく。

 

 このシャドウサーヴァントは他の相手よりも『弱い』のか、エリカの相手とも違い、『左半身』まで氷漬けになっていた。

 

 動きが取れない左から拳を叩きこんだ。その勢いを借りて振り子のように右を振りだして―――そのラッシュを叩き込む。

 

 霊核を貫いた衝撃は、十発も放つ前にはレオにも伝わり―――。上半身を晒した影は消え去ろうとしていた。

 

『あーあ。ったくこんな終わり(刻限)かよ。しっかもルーンを込めた拳とか、イヤなモノ使いやがってよぉ。

 けれど、こんなカーテンコールも悪くねぇな…。それじゃあな。厳ついニイさん―――オレみたいな声で二重にやりづらかったぜ!!』

 

 あくまな笑い声―――しかも、言われた通り自分の声に似ていて、何かヘンな気分になったレオは、その影が消えた所にあった『歪な双剣』……実体を伴ったそれを拾い上げて、とりあえず戦利品としておくのだった。

 他の連中はどうなっているかと言えば―――十二体のウチの二体を受け持ったエリカとレオに対して、残り十体の内の一体がゼニガタと千葉寿和の両斬撃で倒されて、残りは九体。

 

 二体は『光』を増幅する『月鏡』によって疑似的な『熱光線』―――そして、そこからの魔弾……カレイドバレットの放出系術式の交差で消え去る。

 光井、美月、七草の連携が決まった形だ。しかも美月が『魔眼』で霊核の位置を見抜いた上での放射だったのだから当然だった。蟻の一穴を穿った勝利である。

 

 

 残り七体―――その内の五体は、リーナが手に持ったごつい槍と『ブリオネイク』の変形『ランス』の双槍術で、沈黙させられていた。

 

 刹那(ダンナ)がいないならば、自分がそれをやるのみだと言わんばかりの見事な戦闘術で終わらせられていた。

 そして二体は、棍杖の『魔力』を解放させた十文字克人の真っ直ぐな突きが一体の霊核を貫き、そのまま横なぎでもう一体を打擲。

 

 

「ふっ!!!!」

 

 一点集中させた衝撃が鎧騎士の上から臓に当たる部分を叩き、同じく影の粒子に変わる。

 

 一瞬の間隙を貫いた形。その為には事前の打ち合わせも無しに、これだけのことをやらなければならなかった。

 基地内から氷原氷床が消え去る。シャドウサーヴァントの消滅による魔力の干渉が、深雪の魔法を持続させなかったようである。

 

 残るのは、一瞬だけ息を突いて窮地を脱したことへの安堵。そしてぴちぴちと陸に打ち上げられた魚たちが若干可哀想な感じ。

 

「助かったは助かったけど、やり過ぎじゃないかしら?」

「結果オーライということで、そこは流してやれ。それに水の魔力を受けない相手だったらば、余計にヒドイ結果になったかもしれない」

 

 一体残さず拘束してしまうには、あれだけの水量が必要だったのだ。同時に深雪としても、未熟を感じていたのだ。

 四葉の次期当主と目されている自分が、他人の手助けありでなければ敵を『凍らせられなかった』のだから―――。

 

 先輩二人の言葉に恐縮する幹比古と、傍目には平然としている雫。対称的な二人あってこその結果……。

 

 そうして拳を握りしめていた深雪だったが、肩を叩かれて振り向くとそこには特徴的な『エリザベート』なリーナの姿があった。

 

「ミユキ、そんなロンリーウルフな考えってどうかと思うわ。アナタ1人が強者だなんて世の中、つっまんないわー」

「リーナ……」

 

 軽口の調子であるが、自分の中の懊悩を見抜いたリーナに少しだけ胸が痛むも、構わず言葉を続ける。

 

「それにそういう考え(マニフェスト)って、ちょっと前のワタシやセツナみたいよ? 肩の力抜けば、アナタは高位のマギクスなんだから、ね?」

 

「分かってますよ……そんなことは―――」

 

 ただ―――兄の手助けをするには、兄の出来ないことを出来るようになっていなければならない。

 この場に兄がいれば、深雪に『足止め』を願ったうえで、必殺の一撃を叩きこんでいただろう。そういうことが出来ない身が辛かったのだ。

 

 そんな意識と目標が高すぎる後輩に苦笑する先輩二人……九校戦で知り得た情報では、彼女も当主候補なのだから……。

 

 そうして意識の外に外れていたが、わたつみシリーズが完全に外に出てきた。その簡素な衣服と髪の様子に、誰もが悲痛な心地をしてしまう。

 

 

「怪盗少年少女達―――司令官などの高級将校たちは拘束したんだが……まだ『終わっていないんだな』?」

 

「はいゼニガタ警部―――ですが、島民たちの一時的な避難を願い出たい」

 

「ああ。今さらながら、小惑星にも似た物体がこの辺りに落ちてくるそうだな―――防げるか……!?」

 

 ボロボロの衣服でも長十手を離さないゼニガタ警部……端末から読み込んだ情報よりも早く―――その不明物体……。

 空の彼方より光を伴いやってくるものがある。丁度『ナッシング・マギクス』という映画に出てくる『隕石災害』―――……そんなワンシーンにも似た光景が、夜空に広がっていた。

 

 光の尾を引きながら、堕ちてくる場所は―――、ここ以外にない。

 

 

「あんちせる……」

 

「せふぁーる―――」

 

「きょしん……■■■ら……」

 

 うわ言をつぶやく……わたつみ『姉妹』たち―――その様子を聴いてから眼をソラに向けたオニキスは、『速すぎる……そうか! それでも波がやってくるぞ!!』―――。

 

 その時―――南方諸島工廠が火柱に包まれた。全てを灼熱の中に置き去りにする盛大なものだ。魔力の火柱がまるで何かの剣のようにも見えるその中にいたはずの人間二人―――その末路を予想した人間が絶叫する。

 

 

「た、達也さああああん!!!」

 

「せ、刹那……そん、な―――」

 

 その灼熱の中に取り残された人間がどうなるかなど、分かりきっている。

 

 分かっていたからこその絶叫と悲嘆だったのだが―――、ぼごっ! という音で基地の舗装路面が盛り上がる。それは断続的に続き、最後にはコンクリートを跳ね上げて、人間三人が出てきた。

 

 土まみれの煤塗れの格好ながらも、そこには確かな生者が存在していた。

 

 

『無茶したものだね。地中に潜ってソーラ・レイを回避したのか』

 

「正直死ぬかと思ったがな。げほっ! 何とかかんとか生きている……」

 

「アルキメデスの宝具……『カトプトロン カトプレゴン』……か。ほのかにも見せたかったな。あれこそが光波振動系魔法の究極系だろうからなっ!?」

 

 

 台詞を途中で遮られた形になったのは、プリズマシャイニングこと光井ほのかが、プリズマガンド―に抱きついたからだ。

 急な行動と疲労の為に、達也も回避出来なかったが……そのほのかが泣いていれば、その行動を受け入れざるを得ない。

 

 

「キャスターは?」

 

「仕留めていない。どうやらセファールが来ることを察しての宝具解放だったようだな……」

 

 恐らく南盾島の沖―――小笠原諸島全てを呑みこむかもしれない波を予想していたが……『制動』がかかろうとしているのを見る。

 

 セファールを己のモノにするために動いたアルキメデスだが、まだこの辺りにいるはずだ……。

 

 

「にしてもどうやって、ここまでやってきたんだ?」

 

「まぁ地中に穴ぼこ開けて、このジジイごと飛び込んで『熱線』を回避したんだが、その後は目測を着けて横穴を広げてここまでやってきた」

 

「汎用性無い魔法師であることが、ここまで悔しいと思った事は無いな」

 

 気絶した兼丸孝夫を官憲に引き渡しながら、レオに説明をする。奴が熱線を地上にいる『こちら』に向けて放った時に―――『防ぐ手立て』はあった。

 

 達也と自分を守る手段はあったが…その時にはジジイが死んでいただろう。

 いくら人格破綻の外法使い……というには『まだまだ』だが、そんなのでも生かして置かなければならなかった。

 

 よって―――達也に地下区画までをまるごと分解してもらったうえで、強化土壌の人工地盤も分解した上で、深い塹壕の中で熱線を回避。

 あとは若干、湿り気ある土の中を横に掘り進めていき、エレメンタルサイトを持つ達也の目測―――酸素が若干足りないのは刹那がフォローしつつ、ここに辿り着いたというわけである。

 

『対軍宝具としては、そこまでランクが高くないんだろうね。あるいは、日光の権能が『大規模太陽光発電』で奪われているからかもしれないな』

 

 もはや、サーヴァントの宝具の力にすら作用するほど人理が刻まれていると言うのか……? オニキスの推測に若干、寂しい想いだが―――少し違う結論を出しておく。

 

「あるいは、ヤツ自身……『地上』から排除されているのかもしれない」

 

『ふむ?』

 

「あの男の目的はホモ・サピエンスの全滅。でありながらヤツ自身は英霊として召喚されている。アラヤもガイアも、この『地球』での力の行使を制限しているのかもしれない」

 

 アルキメデスの熱線放射を食らいながら、魔眼の幻視で見えた月の玉座をめぐる戦い。その中でどこまでも立ち上がった人の想いが、刹那を貫いた。

 そしてアルキメデスの月での企みも全て見えた。

 

 あの男にヴェルバーを招来させてはならない。その願いも受け取ったのだ。

 

 

『ならば勝機は、いや『交渉』の一手は、あるな』

 

「呑気に語っていていいのか? 大質量が制動を掛けているのは俺にも分かるが、アルキメデスがあの巨人の力を奪おうとするならば、近くに現れるんじゃないのか」

 

 深雪の手によって土汚れなどを払われた達也の言葉に対して、殆どの誰もがうなずく。

 あれだけの大質量が減速なしに落着すれば、大津波などというレベルではすまない。被害は小笠原諸島だけではすむまい。

 

 そんな予測は何かされたのか、『何かした』のか……緩やかな落着となっている。

 そしてよく見ると―――『星舟』の表面に手を着けている男が一人……そして知ったのだろう。

 

 セファールの『真実』を………。そして遠くで『エウレーカ!!!!!』と叫んだのと同時に、刹那は番えていた弓から矢を解き放つ。

 

 空間ごと『捻じり切る』剣の射に対して、アルキメデスは貫かれるも、まだ生きていることに「しぶとい……!」と感想を一言吐くと、その射が契機だったのか空から落ちてきた人工物……。

 正八面体の全てに罅が入る。全員からいいのか? という視線―――それに対して刹那とオニキスは―――。

 

 

「――――」

『――――』

 

 ただ沈黙あるのみ。その心と眼には何が宿っているのか―――正八面体の中に眠っていた―――巨人の姿が既に見えている。

 

 ざわつく一同。それらを背中にして、その眼は天空からの使者を睨みつける。正八面体―――宇宙からの人工物が遂に物理法則に晒されたのか、内外の気圧差によって完全に砕け散った。

 

 その中から白い巨人が完全に姿を晒して、海に叩き付けられる寸前に――――。

 

 

『■■■■■――――』

 

 歌うような声が、響く。それは魔法師でなくても感じる……眩暈をおこすような最大級のサイオンとプシオンの『音』……。

 

 魔法や魔術による波動(おと)ならば分かるが、魔力そのものが『振動』(おと)を発するなどあり得ない。

 

 だが、それこそが先史文明を葬り去ったことの証左―――あんな『魔力の化け物』が地上で暴れたならば、一たまりもない。

 達也とて分かる。あれは分解できない。何故ならば、構造物質がそもそも『地球』に由来しないものばかりで構成されているのだから……。

 

 だが―――そんな巨人は海辺に落着する寸前で己に制動を掛けた。そして、その身には大きすぎる両掌を胸の前で重ねて、祈るような姿勢のままで直立していた。

 幻想的な光景……その身に輝く紋様は、異星の使徒の証なのだろう。その頭から伸びる触角は―――九亜の描いた絵の通り『うさぎ』を思わせる。

 

 その額に輝く紋様もまた―――達也の知識には無い。如何に地球を滅ぼすインベーダーだと分かっていても……根源的な恐怖も感じる……その御身は女神のように美しかった。

 

 そんな一同の沈黙を破るように一声を発したのは、対アルキメデス用決戦兵器たるエリリーナからだった。

 

「呼びかけてやりなさいココア。アナタの声を―――『あの人』は待っているのよ」

 

「「「「「――――」」」」」

 

 絶句する面子を置き去りにして、リーナの言葉に応じて港の縁にまで寄っていった九亜は呼びかける。

 

 呼び掛けは、明朗な言葉ではないが―――その言葉を聞いた時に―――。

 

 

『ちいさきもの。はかなきもの。私とおなじく己を『機械』(モノ)とされる運命を悟ったものよ―――お前は、いまを否定するのか?』

 

 

 明確かつ明朗な言葉を発する巨神に、誰もが度肝を抜かされる。しかしココアとの会話は続く。それを見守るのみだ……異星人とのコンタクトに必要なものは、子供の純真さなのだから……。

 

 

「ううん。アナタに呼びかけた時の私は全てを壊したかった。外の世界を知る事も出来ずに『九亜』(わたし)がいなくなることが嫌だったから……アナタにお願いした」

 

『いまは―――違うのか?』

 

「うん。世界を恨んでいた私はもういないの―――、夜空の星々の下にあった全ての綺麗なものが、わたしはすごいものにみえたの。

 もちろん全てがそういうものじゃないことも、分かる気がする。影のドンやフィクサーみたいなものが、世界を汚すかもしれないって分かっていても―――それでも、この眼で見た世界は――――」

 

 

 愛しくて美しいものだった――――。

 

 だからこわしたくない。こわさないでください――――。

 

 ―――みんながいる世界にわたしもいきている―――。

 

 ……生きていたい―――。

 

 最後の声と言葉は九亜達―――九人姉妹が揃って言ったものだった……。その願いに研究所の医務担当官である盛永達は泣き崩れる。

 

 言葉の意味の深刻さと彼女たちの来歴を推察した人間達が、同じく涙を拭う。

 

 

『―――そうか……よかった―――私はまたもや―――『輝き』を失わせるところだったのかもしれない……魔法師という文明を―――悪い文明だと決めつけるところだった……』

 

 

 その時―――セファールの身体が変化を果たす。白い身体が剥がれたその下の姿は、茶褐色の肌、白銀の髪。

 衣装は若干露出度が多い―――どこか遊牧民族を思わせるものを身に纏う『巨人の少女』が現れた。

 

「アルテラさん……」

 

『ココア、アナタを助けたものを尊重します。アナタに色彩を与えたものに、敬意を表して――――この身を―――』

 

 

 その時、何かをやろうとしていたセファール=アルテラの胸を―――『槍』が貫いた。

 

『巨人を貫く槍』は、その通り巨人の如き大きさであり……鮮血が、海に散る。

 

 

「――――『獲ったぞ』!!! 生け捕りに、支配しようとするから『前回』は失敗したのだ!! 今度ばかりは、貴様の『力』と『管制塔』だけを我が物とする!!」

 

 

 奇跡の夜に場違いな哄笑が響く。狂笑が響く。その笑みを許しておけない。その声は全てが耳障りすぎた……。

 眼を剥いて憎悪の眼で『巨神殺し』を実行したアルキメデスに、全力のシャウト(叫び)と数百の宝具が―――正面(真横)から叩きつけられる。

 

 二重の衝撃を食らったアルキメデス―――しかし、それでも生きていることに驚愕して―――最後の戦いが始まろうとしていた……。

 

 



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第116話『夏休み ほしふる夜の奇跡』

事件簿コラボ―――イエ―イ(歓喜)

あれだな。やはりグレイたんがやってくるんだな。もしくはヘファイスティオンとかアクセルオーダーの続編として、『何故か』存命しているケイネス先生と、その下でプロフェッサー・カリスマなどと呼ばれながら―――

『一杯付き合えウェイバー。スラーにある赤提灯の店でもいいぞ』

『存分にお付き合いしますよ。ケイネス先生。日本の酒も結構乙ですから』

うん。ありえねぇ(笑)

というわけで新話どうぞ


『かつてセファールが地上を蹂躙した後、最後の力を振り絞った『星』は『神々・精霊・人』それらの願いを束ねて、『聖剣』と化し、聖剣の担い手の手を以てセファールを討たせた』

 

「神話のプロトタイプだな。世界は始原の巨人(ユミール)の死に始まり、終末の巨人(ウトガルド)の誕生に終わる――――」

 

『その通り。だが討たれたはずのセファール……そのコアに当たる『宇宙人』は、歩みを止めずある地域に辿り着き、そこにて永い眠りに着いた―――、

 詳しい所を省くが、その後に彼女を見つけた遊牧民族は、彼女を王として仰ぎ、部族の長の息子を弟に据え、民族の王であり、文明の蹂躙者としてユーラシア大陸を制覇することになる』

 

「チンギスハンか?」

 

『惜しいねタツヤ。あの辺りの民族は、血が混合し過ぎてモンゴロイドとしての祖が誰だったのかすら分からないんだが、そんなチンギスハンよりも先に、あの辺り(モンゴル平原)から出てきた人間がいたはずだ』

 

 

 歴史―――世界史の勉強となったオニキスの言葉。続く限りでは、それ以前に匈奴地方にて起こった英雄がいるとするオニキス。

 

 その言葉で思い当たる者が出てきた。

 

「フン族の王―――『アッティラ』か?」

 

『ピンポンピンポン♪卓球―――♪などと小粋に言ってみたが、その通りだよ。幼き幼児の姿にまで退化していた彼女から、セファール及び巨神アルテラの時代の記憶は薄れていき、ただその破壊衝動の果て……赴くままに西方アジアからロシアに『北行』していき、ついには東欧にまで差し掛かった『破界王』……』

 

 十文字会頭の慧眼に関して、お道化て答えたオニキス―――。だがそれでは納得できない面子は多い。知られている限りのフン族の王アッティラの最後は、酒宴の席での出血多量が下での死亡だったはずだ。

 

 無論、人づての話でしかないわけで真実は違うだろうということは、誰だって分かっている。多くの歴史上の人物が伝えられている通りの最後を迎えたとは、一概には言えない。

 

 豊臣秀頼の係累が島原の天草四朗になったり、先程出たチンギスハンとて、奥州に逃れた源義経が更に逃げた末、モンゴルに渡った後の子孫ではないかとも伝わっているのだ。

 眉唾な俗説もあれば、信じられるものもある中―――まさか『宇宙空間』に逃れたなど……誰が想像出来ようか―――。

 

 

「ココアたち曰くだけど、魔法の投射実験の際にあの巨神と繋がり合って、助けを求めたんだって、その際に『声』を上げられるようにしたとも聞いたわ」

 

「そうか。南盾島からレオなどに飛ばしていた声―――叫びは、その時に授かったものだったのか」

 

「ときのローマ教皇レオ一世の起こした『奇跡』……まぁ教会系統の魔術によって、アッティラに己の『正体』を自覚させた。

 バチカンの秘密文書によれば、そういった事があったそうだ。あのローマから撤退を決断させた会談は、そう『秘密裡』に伝わっている」

 

 アビゲイル・スチューアットから特急で送られた来た、バチカンに対するハッキングデータによれば、そういうことだった―――『この世界』におけるアルテラは、そうして己を自覚した……。

 やがてそんな欧州掠奪(ザッコ・ディ・エウロパ)からの撤退が始まる前には、部族における内戦の兆しとして疫病の蔓延・飢餓への不満……。

 

 そうして多くの不和が起こり―――アルテラは、自分を育ててくれたフン族及びフン帝国の行く末を案じつつも、自分無き後は『弟』に全てを任せた。

 その後に……己の『遺骸』に走り、そしてこの『地球』からの撤退を開始した。

 

 己の存在が、地球に良くない影響があると思ったのか。あるいはどこかの『世界線』から流れてきた『記憶や想い』―――暖かなものが、彼女を破壊神としなかったのかもしれない。

 

 愛華さんとは真逆だ……。

 同じものを見て執着を覚えたもの。

 同じものを見て終着を知ったもの。

 

 その違いが、彼女を封印して宇宙に逝かせたのだ。ただ―――もしも、フン族のように自分を呼び覚ますものがあれば、こうして来臨することも考えていたのかもしれない。

 いい文明。わるい文明。

 

 九亜達を泣かすことがあれば、彼女は軍神として全ての魔法師を切り裂いていただろう。

 

 

『恐らくアルテラは、己の力をココアたちに『生命力』として分けるはずだ……。霊基が分裂しつつあるようだからね』

 

「なんて慈悲深い……そんなことも出来るのか?」

 

(壊すことしか出来ず、言われるがままに殺してきた私のワガママなんだ―――頼むよ『ダ・ヴィンチ』……『この子たち』は―――生かしてあげたい)

 

 全員の頭に響く声。その声こそが、九亜と会話しながらも発された巨神アルテラの声だと理解出来た。だが、ダ・ヴィンチとは誰の事だ? 

 

 そんな疑問を置き去りに話は続く……。

 

「人間の野性(ほんしつ)は、助け合い、認め合い、殺し合うこと―――思慕や陶酔ばかりでは生きられない種―――精神(こころ)があるからこそ、共感や親愛を求める―――。

 ヒトは一人じゃ生きていけないよ。九亜の姿にかつての自分を認め、けれど助けてあげたいと思ったんだろうな」

 

『魔法使い。アナタがかき集めてくれた私の身体を素材(マテリアル)にしたマルスの剣―――それで私を切り裂けば、きっと―――』

『ココア、アナタを助けたものを尊重します。アナタに色彩を与えたものに、敬意を表して――――この身を―――』

 

 九亜たちわたつみシリーズに訴える言葉と、こちらの頭の中に響く言葉とがリンクした時、意識の外にあった存在が―――動き出した。

 

 忘れていた―――と言えば、その通り。

 だが、これだけの巨神を相手に、あの星からのバックアップ一つ受けてるか怪しいサーヴァントに何かできるとは思っていなかったのも事実。

 

 即ち―――一切の容赦ない奇襲がアルテラを襲うのだった……。

 

 背後から胸を貫く大槍。

 

 宙づりにも見えた浮遊が解かれたのか、膝から崩れ落ちて海の中に沈みこもうとするアルテラに対して―――。

 

「深雪!」

 

「――――」

 

 達也に言われる前から用意していたのか、アルテラが水没しようとする前に手を掛けられる場所を与えることが出来た。

 

 深雪の手によって南盾島の近海が凍てつく……。同時に、哄笑を上げるアルキメデスに対して、怒りのドラゴンボイスと剣弾が撃ち込まれる。

 

「アンタはぁぁっ!!!」

 

 咆哮は、裏声でありながらも怒りのままに、アルキメデスを直撃。それを追うかのように、刹那の放った魔剣が追撃として撃ち込まれる。

 

 盛大なまでの魔力の放射に全員が慄いたが、即座に行動を開始しなければならない。

 キャスター・アルキメデスの実力は英霊と言うに相応しい。時間を掛けさせては刹那以外に対処不可能な存在になることもあり得る。

 

 飛行デバイスが無くともカレイドライナーとしての衣服は、イメージさえ確固たるものであれば飛行を可能とする。

 

 この中で、いの一番に飛び出した刹那とリーナ以外に、飛行が可能なのは『十文字』『七草』『美月』『レオ』―――の四名だけであって、その他の面子は達也がFLTから急遽取り寄せた飛行デバイスを持たせることで対処していた。

 

 カレイドライナーの飛行とは、現代魔法の理屈ともまた違うものであったのだ。

 

 もっとも刹那曰く『魔力を固めて足場にする』なんてことも出来るらしいが―――ともあれ、現代魔法の担い手は飛行デバイスを用いて、飛んでくる。

 

 

 深雪、ほのか、雫が筆頭であり、達也手製のデバイスでも飛べなかった幹比古とエリカは、氷の足場を利用して滑るようにやってくる。

 

 基地から四十メートルは離れた所で槍に貫かれた巨人―――あまりにも現実感を失いそうな光景に眩暈を覚えながらも、その傷の治療をオニキスは行おうとしている。

 

 

「無駄だ。レオナルド・ダ・ヴィンチ! その槍は星舟の欠片を基材にして作り上げた『神霊の槍』だ!! 簡単には抜けず、抜いたところで、巨神は死ぬ!!」

 

『神霊の槍!? 刹那!!』

 

「『カイニスの槍』だ! 海神(ポセイドン)によって運命を狂わされた、アルゴー船の英雄の霊基が感じられる。海にいる限り、アルテラは動けない!!」

 

「無論ではあるが、このような氷―――我が力によって砕いてくれる!! 

 ハハッ!! まだまだ解析のし甲斐がありそうだが、力を使うことに、酔いしれるというのもいいものだ!!! エウレーカ!!!」

 

 上半身の衣服を脱ぎ捨てて『力』―――セファールの力を発現させつつあるキャスター。遊星の紋章が全身を侵食していく様子が見える。

 

 肌は浅黒くなっていき、螺旋歯車が腕に纏わる。古代エジプトの金腕輪のように密着するようなタイプだ。そしてダークグレーとも言える髪が、真っ白になって背中まで伸びる。

 その頭からは、セファールよりは短いが触角が生えていた―――。

 

 もはやキャスターというクラスの枠には収まらないだろう―――完全に霊基を変更した(クラスチェンジ)―――様子だ。

 

 腕を振り上げて、掌を上に向けたポーズ―――俗な言葉で言えば『支配者のポーズ』とも言えるものを見せていた。

 

 空中でそんなものをすることに、何の意味があろうと構わず攻撃を開始する。先制攻撃をしたのは雫だった。フォノンメーザーを撃ち出しての先制。

 

「私の戦いの号砲にしては、華々しさに欠けるなぁ!!」

 

 瞬間、魔法陣がアルキメデスの前面に展開。雫のフォノンメーザーがそれに当たり―――反射される。

 驚いた雫が、撃ち出したフォノンメーザーを超えた速度に面食らって対処が遅れたが、射線を邪魔する赤い魔弾が、それらを打ち消した。

 

「ごめん。助かった」

「言っている暇はない。来るぞ」

「―――答えを出してあげましょう! あなた達のつまらない答えをね!!!」

 

 ギロチンアームが、回転機械のように迫りくる様子―――その数六本。すかさず刻印神槍『キガル・メスラムタエア』が放つ朱雷の魔弾が打ち砕く。

 

 宝具ほどの硬さがあるわけではないが、これほどの大質量を次から次へと繰り出すとは―――。

 

「一掃してくれる!!!!」

 

 次にやってきたギロチンアームは36本。かなり不味いと思うも……。

 刹那が、神槍を振り回して『空中』に突きたてると―――朱雷が幾重にも走り、上空からやってきたギロチンが溶け落ちる。

 

 キャスター……違うクラスだろうが該当が分からないので、キャスター・アルキメデスが上空に存在している限り制空権はあちらにある。

 

 爆撃機の投下のように『シラクソン・ハルパゲー』を撃ち出されては冗談ではない。

 

 達也とリーナが挟撃するように立ち向かう。正面ではないが真下に陣取ろうとするリーナのデミドラゴンな姿に、忌まわしい顔が映る。

 強化されたとしても、月世界でのトラウマはぬぐえないようである。寄りつかせまいと歯車を動かす姿が見える。

 

 

「ワタシの中の『竜』が叫んでいるわ。悪徳プロデューサーやロクな仕事をしない劇場支配人は、縊り殺すのが上策だってね!!!」

 

「ええいっ! 忌まわしいなっ!! 余計な知恵を付けさせて!!」

 

「メンバーの管理義務は怠るんじゃないわよっ!!!」

 

 言葉と同時にソニックボイス!! 同じくアルキメデスもまた口からエネルギー波を叩き込む。

 音の速度に先んじようとする光線だったが、拮抗しあい互角。相殺。その際の停滞を狙って光井ほのかは、エリリーナの後ろから出てきて、アルキメデスに視線を合わせる。

 

『邪眼』―――イビル・アイと呼ばれる光波振動系の魔法で、相手の意識に対して潜入を掛ける。

 

 刹那の持つ『魔眼』とは違って『天然』ではないものの、一瞬のマインドジャック(意識制圧)を掛けられたことで、アルキメデスがぐらつく。

 対魔力においては、三騎士や騎兵などとは違いクラススキルに表示されないものの、最優の魔術師ならば魔術による干渉程度、簡単に退けられる。

 

 しかし、状況が悪かった。アルキメデスが、エリリーナのソニックボイスを相殺した際のエネルギーの爆発で、アルキメデスも揺れていたのだ。

 その隙を見逃す達也では無い。飛行魔法と体術の応用でアルキメデスに肉薄。その生身の脇腹にセブンスペインを押し当てる。

 

 気付いて腕輪を回転させて、達也を迎撃しようとしたアルキメデス―――「遅い」。

 言葉が先んじて、魔法で加速された杭が直接に圧を加える。その圧の程は、アルキメデスをロケットの如き勢いで氷海に叩き落とした。

 

 水柱と共に氷が砕ける様子。方向は考えて『杭』を撃ち出したが、分裂著しい氷海に達也は少しやりすぎた思いである。

 

 アルテラが氷に乗り上げることすら出来ない状況なのだ。これ以上は、拙いと思った時には深雪のフォローで氷の修復が為される。

 だが―――魔法を掛けられなかった海―――冬場のワカサギ釣りの穴の如く一か所だけが残り、そこからキャスターが出てきた。

 

 ダメージはあるようだ。しかし魔力による補正が達也の撃ち出したバリオンを無効化していく様子もある。

 

「たえず攻撃し続けろ!! 八王子クライシスの際のことを覚えているならば、この程度では無理なことぐらい分かるだろうが!!」

 

「気合いがあるのはいいが、いいのかな!? アルテラを失えば、あの『わたつみ』達は死ぬのだぞ!! 彼女らに定着した『星の紋章』は、彼女たちの自我を繋ぎとめる縁なのだからな!!!」

 

 その言葉をブラフと断言できない。

 確証は持てないが、本来ならばインターバルがあるべき戦略級魔法の投射を何度もやっているのだ―――穂波を失った達也には、未だに健康とは言い切れない九亜たちのような調整体魔法師たちが生きている道理を知った瞬間だった。

 

 だが、その言葉を信じ切れば―――慚愧が()を鈍らせる。

 否定するべき刹那が何も言わないことに、達也は否定を願うも、魔術師は苦痛の表情をして朱雷の魔弾を叩き込む。

 

 十文字会頭とて、その言葉で迷いを生んでしまう。棍杖の叩き込みは苛烈を極めつつも、若干の濁りを感じさせる……。その隙は見逃されない。

 

「黄金比の更に深淵―――黄金三角形―――」

 

 絶妙な位置に配置されたアルキメデスの武装。殺戮技工の限りが、十文字会頭を襲う。ジェットスクリュー2つの放射を『一点』―――会頭の後ろの『一点』に集中させた上で、その一点から反射するように対角線上の点―――即ち会頭の正面を目指す水流放射。

 

 その上で上方からは、ギロチンが落ちてくる。それに対してファランクスが発動。多層障壁を使ってそれらを防ぎながらの体当たり―――無茶をする。

 細かな切り傷が発生する辺り完全ではないものの、その傷つきながらの突進が学士の表情を一変させる。

 

 肩から入るショルダータックルが炸裂。

 

 

「仮にも私は英霊だ! 貴様如き人間風情に負けるものか!!」

 

「強がりにしか聞こえねぇよ!!」

 

 会頭の後に続くレオの攻撃。頑健すぎる大男二人からのパンクラチオンを前にして、浮遊しながらの攻撃を放つアルキメデス。

 

 一見すれば、互角にやり合っているように見えるが、レオも会頭も一撃ごとにサイオンの消費が激しすぎる。一撃一撃ごとに力の消耗がありすぎるのだ。

 

「西城!!! やれるな!?」

「押忍!! 無論ですよ!!!」

 

 見るとレオの身体……そこに何かの『獣』のオーラが纏わりつく。獣性魔術とも言えるが、少し違う気がする……。

 

 だが、その青と赤の煌々としたオーラが、壁か鎧のようにレオの身体を拡張している。スヴィン兄貴だったらば「匂いがゴツゴツしてモフモフしてやがる」とか言いそうなオーラかもしれない。

 想像でしかないが……ともあれ肉弾戦を挑む二人に援護できる距離では無い。ヘタすればエイドス干渉であっても何かの邪魔に成りかねない。

 

「七草会長は、美月と一緒に細かい牽制を上空から入れてください。決して二人には当てない様に、されど本気でこちらに敵意を向けさせないように。リーナ、お前は陽動すると同時に、機あれば一撃入れる。タイミングは任せる。深雪は氷の維持」

 

「他に指示はあるか?」

 

「達也とエリカは二人の交代。無理だと思った時に無理やりでもいいから引っ込めろ。幹比古、雫、光井は―――会長と美月の交代要員。攻撃方法を単調にすれば、確実に全員やられる。つけ込まれないように」

 

 達也が重々しく頷く前から全員が分かっていた。アレは真正の魔力の化け物だ―――。あんなものがいるなど信じたくは無かったが、それでもある以上は専門家の指示に任せるしかない。

 

(最弱のキャスターですら、こうなってしまうとはな。悔しい限りだ)

 

 だが、知性あり人格がある『生体』である以上、つけ込む隙はある。その隙に強烈な一撃を叩きこめるのが、限られているのだ。

 

 そうして達也が、了承してから気付く。刹那はどうするのかを――――。

 

 

「俺は―――『彼女の願い』を叶えにいくよ……」

 

 九校戦でも一度だけ見た軍神短剣……セファール・セグメントというものを出してきた。

 

 三本の刀身で構成された剣―――。それこそが、全てを決めると思えた。その時、全方位にレーザーを放射するアルキメデス。

 

 無差別に見えて、その実、こちらと巨神アルテラを海の中に『沈めよう』とする意図を感じる。

 宝具を撃たせては、全てが終わるだろう―――。

 

「貴様の意図などお見通しだ!! その剣を使わせるわけにはいかん!! セファールの力は全て、我が血肉とするのだ!!」

下級死徒(ミディアン)でもないくせに、食欲旺盛なんだよ!!」

 

 達也たちと行く方向を違えながら、刹那は向かう。

 

 巨神でありながらも、宇宙人でありながらも、人々の為に戦い。ただ一人の月の王の為に戦い抜いた乙女の願いを叶えにいくことにした。

 巨神アルテラの死は確定している。これはどんな世界でも違わぬ『記録帯』なのだろう……。

 

『滅びは新生の喜びでもあります―――私は、(アルテラ)として駆け抜けた草原を、人々の営みを、適わぬと知っていても私に必死の抵抗をした人々の全ての生の為にも……あの男に全てを明け渡すわけにはいかないのです』

 

『―――それでいいのかい? 君は他の世界の己を見たからこそ、自分にもそういった結末が欲しいと思って、やってきたはずだろう。

 決して死ぬ為なんかじゃない。君は生きたいからこそ……だってそうじゃないと!!!』

 

『いいえ。月の新王だけではない……『もう一つ』見れた―――だから―――(アルテラ)は、戦えるのです……』

 

 カイニスの槍に貫かれて、辛うじて舟板のように氷原に掴まるアルテラは、オニキス=レオナルド・ダ・ヴィンチに語りながら、刹那に視線を向けてくる。

 

 その視線の意味は測りかねたが、鼓動が30秒は早まるような魅惑のものだった……。何故かは知らないが、その視線に見られることが不快ではない。そういうものを知っているような気がした。

 

「魔法使い『トオサカ・セツナ』―――アナタの作り上げた(ワタシ)(アルテラ)を―――『殺してください』……」

 

 重い決断だ。この場で、そのような判断をすることになるなど……彼女がインヴェイダーのままならば、殺すことは躊躇わなかった。

 だが、彼女は―――アルテラは、この世界に焦がれている。幾つもの記憶を見てきたが故に、命を破壊することを躊躇い自死を選ぶ……その判断に否を叫びたい。

 

 乗せられている九亜たち調整体魔法師たちの命を活かす術は、他にもあるはずなのに……。

 

「九亜と交信したことをリーナから知らなければ、ここでの決断は違ったかもしれなかったな……」

「私の全てをあの子たちにあげる―――それこそが最善だというアナタの判断は間違いではありません―――だから、もう迷わないで(・・・・・・・)

 

 その言葉に―――何かがフラッシュバック……違う。『幻視』する。イメージは明確なものとなって、刹那の脳裏に刻まれようとする。

 

 あり得ぬ『六回目』。土蔵、『魔法陣』……秘儀を『知らぬ自分』……半人前の自分(セツナ)に付き従う『白銀の剣士』……。

 

 

「っ……」

 

 その幻視の合間に、アルキメデスのレーザーは、遂にこちらに届こうとしている。迷う暇すら―――もはやない。だから―――。

 

 

「巨神アルテラ! 神話の時代に砕かれしその身を―――いま一度!! 砕かせてもらう!!! これは―――俺が為すべき罪科だ!!」

「来てください―――『セツナ』……」

 

 猛烈な回転を果たして強烈な魔力の螺旋を生み出すその軍神の剣を、カイニスの槍が貫いている傷に合わせた。

 安堵するアルテラの声とは正反対に刹那は―――理由も知らずに『大粒の涙』を流していた―――。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

「ダメよ九亜! アナタが行ってどうなるというの!?」

 

「アルテラさんは、私達の為にその身を世界に供しようとしている―――私が、私達が、ここで見ていてはダメなの」

 

「生命は己の意思で生存を勝ち取る権利を持つ―――その意志一つで……座して誰かの助けを待つだけじゃダメなんでしょ?」

 

「四亜……こんな時に……」

 

 研究員たちは、誰もがあの修羅場へ行かせたくない想いで彼女たちを止める。しかし何かに導かれるようにわたつみ達は、氷原と化した海を渡ろうとする。

 

 止められるものならば、止めたいが―――それでも………だが―――もう二度と失いたくない想いで止めたいはずなのに、盛永も江崎も古田も……彼女たちを止められない。

 そんな中に、魔法の言葉が囁かれる―――。それは『姉妹』の中でも、最初に外に出たがゆえのものか、それとも―――。

 

 そんな2人は振り返りながら、力強い眼で―――自分達、担当官を見ていた……。 

 

『わたしを見ていて、『お母さん(お兄ちゃん)』―――、生きるために、戦ってみせるから、……だから眼を逸らさないで、見ていて』

 

 

 その言葉は本来ならば止めなければいけないものだった。行かせてはならない。止めなければいけない。

 だが―――もはやその資格は失われたのだった。

 

 涙をあふれさせる盛永、俯く江崎―――全てが、貴い命のありようならば……全ては止められないのだ。

 輝きを見た。奇跡を見た。ほしふる夜に―――全ての奇跡が、たった一つの結果へと、収斂していく……。

 

 虹色の光輝が巨神の身体を分解したとき……九亜を筆頭にわたつみの姉妹たちは、その身を氷海氷原へと躍らせていた。

 奇蹟が始まる――――。魔法使いの手で、九つの光の塊に分かたれた巨神アルテラの身は、導かれるままに九亜達に飛んでいき―――。

 

 わたつみの姉妹たちは、己の身を違うモノへと変えた。それはあり得ざるキセキの具現。

 その頭に小さな羽根を生やし、背中に大きな翼を得て大空を逝く、世界を翔ることを許された、白いローブであり鎧を着込んだ戦士のための乙女がそこにいた……。

 

 

「カトプロトン―――――――馬鹿なっ!!!!???? 戦乙女(ワルキューレ)だとぉっ!?」

 

 宝具を『強制キャンセル』されたアルキメデスは、驚きながらも、現れた存在に瞠目する。ワルキューレの『大本』は知っている。

 

 だが、何故この場で―――。

 そんな思考ごと己の身を貫かれる。人に火を与えた罪でカウカソス山で永遠に鳥葬されるプロメテウスを想像するぐらいに光槍は、都合『九回』もアルキメデスの身体を貫き―――。

 

 

 落ちていく身体を再度跳ね上げさせるような攻撃が―――地上から『双つの流星』が奔った。

 11回も死んだかのように錯覚する痛苦の中でアルキメデスは、理解した。

 

 セファール……否、巨神アルテラは―――己の身を世界に供することで…神話の時代を再現したのだと……。

 

 ほしふる夜に―――最後の奇跡が始まろうとしていた……。

 

 



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第117話『星が瞬くこんな夜に 願い事をひとつ』

後日談一話挟んで、『星を呼ぶ少女編』は、終わるかと思います。

その後は選挙編かそのまま横浜にするか、選挙編もあーちゃんに『一高四天王を新設します!!』とか言わせたというので、いいのかもしれませんが―――その間にあるドリームゲームも、さらっとダイジェストで流そうかとも思います。


あまり重く受け止めずご期待ください。読み直さなきゃなぁ(汗)


 氷海の地表に降り立つアルキメデスは、ここまで計算が狂いながらも……最後まで計算を行い続ける……。

 そして理解する―――これはもはや『詰み』なのだと……。

 

 空には九騎のワルキューレ。そして地上には、軍神の剣を携えし魔法使いと―――ワルキューレ達の長姉の霊基……と何故か、『竜翼』をばさばさはためかせる様子―――混合した霊基を持つ存在がいた。 

 どこまでも出しゃばる反英雄である。座から消し飛ばす方法を考えたくなる。

 

「そろそろ終局だ。お前が奪ったもの全て取り戻させてもらう」

「つくづく計算を狂わされる……! だが、これも『魔法』を奪う試練だと言うのならば―――乗り越えるしかあるまいな!!!」

 

瞬間、いつの間にか、作られていたのか殺戮機械とでも言うべき野良傀儡が氷海の蹂躙者として現れた。

 そして数体のシャドウサーヴァントも現れる。どうやらこれがラストオーダーのようだ。だが―――この男、数学者としては優秀でも、戦場の輩としてはかなり『計算』が甘いようだ。

 

「さぁ! 戦いの始まりと行こうかぁ!!!」

 学士の威勢のいい言葉―――それに対して前進する殺戮機械―――応じて、刹那たち怪盗旅団は全力で『後退』した。

 

「―――――――なっ!?」

『open fire!!!』

 

その時、南盾島基地所属の兵士たちによる一斉攻撃が―――アルキメデスの『横っ面』をひっ叩く。

 自分達にかまけて島側からの攻撃を完全に忘れていたようである。破壊されなかった基地機能の一部を使っての援護射撃―――稲垣という刑事さんもまたハンドガン型のCADで、ギロチン付きのゴーレムの脚部を叩いた。

 そうして『狙撃』された敵を大火力で打ちのめす。上手い戦い方である。

 研究所を焼き払った事で油断していた様子だが、生憎2090年代の現代機械の機構はそこまで『やわ』ではないのだ。

 

「いい感じに援護攻撃が決まっている。やるぞ!!」

「熱気が心地いい位だ。若干、夏場にしては寒すぎたからな」

 

 狙うは一つ。キャスター……否、『フォーリナー・アルキメデス』の魂一つ。怪盗旅団の前線を務める人間達が、ここに来て前に出る。

 

 狙われたことを悟ったアルキメデスは、狂相を浮かべながらも殺戮機構を繰り出して接近を阻もうとする。

 しかし、ここに来て若干ながらサーヴァントや超常の外法使いに対する対処方法を覚えた後衛部隊が、対抗砲撃を繰り出す。

 

 決して魔法式の重複でのキャンセルを発生させないで放たれる『魔法』……物体の情報次元に対する干渉ではなく、物理的な『権限』を果たした魔力の現象は、その時点で―――物理的な器物という側面を持つことになる。

 炎が上がれば、それは確実に大気中の酸素を燃焼させて燃え上がるし、雷を発生させようとすれば大気層に静電気放電が出来上がる。

 

 放出された『魔法現象』であれば、相手の『能力』にもよるが、効かせられる。ゆえにこの場においては、幹比古と美月が一番の要であった。

 幹比古が敷いた古式の神秘層―――『工房』『神殿』とも言える魔術的な側面で以て、踏みしめているこの氷海一帯が、そういうものに変貌していた。

 

 そして、魔眼の一種でもある美月の眼が、現象を『確定』させて世界の法則を確固たるものにしていた。

 バルトメロイ・ローレライ(ザ・クイーン)の率いる『クロンの大隊』の結界逆相術式―――その『応用』であった。

 

 その神殿が完成した時、深雪が己の側から走らせた灼熱の息吹が、殺戮機械たちを完全に溶かした。

 地走りのように氷の上を滑った炎の波にのまれて一団が無力化された。

 

 そうして現代魔法師の術理が『自分達』の側になったことを知ったアルキメデスだが、その時には盛大な魔法の乱舞が自分の手勢に襲い掛かっていた。

 ドライアイスの弾丸の乱舞が、震動破壊が、氷結と灼熱の混合が……激突しようとしていた戦士の援護として突き刺さる。

 しかし、それで動揺するアルキメデスではない。最終的には『魔法』を手に入れられればいいだけ。その為の秘策ぐらいあるのだ。

 

 それらの殺戮機械を退けて、シャドウサーヴァントの群れが近接戦型の連中に襲い掛かる。

 

「幾らナメているとはいえ、もうちっとマシなの寄越せ! こんな中級死徒にも劣る様なのがサーヴァントなわけあるかっ!!」

 

 刹那の持つ剣の刃が『鞭』のようにしなり、あり得ざる角度からの斬撃であり打擲が影絵のものを一蹴する。

 他の連中も同じく―――といきたかったが、剃髪した修験者、武僧……どことなく八雲に似ていると思えた達也が、その瞬間を見届けた。

 先程までの戦い。剣客タイプのシャドウと戦っていたからか、その刀剣型のデバイスがバキンッ! とものの見事に砕けた。

 

「ゲッ!?」

 

 女らしからぬ声を上げたエリカが被害者であった。

 その長柄の槍―――黒いが形状から十文字槍と見受けたものが、穂先の引っ掛かりを用いて見事な捌きで砕いたのだ。

 

 不味い―――無手ではないが、他の得物ではズンバラリン間違いなしな状況。猫のように氷原を飛びながら、十文字槍の追撃を逃れる。

 しかし敵も然るモノ、刹那が得物を与えようとした一瞬……。

 

「エリカ!!」「お嬢ちゃん! これを使え!!!」

 

 槍のシャドウの前に立ち塞がる二人の刑事。そして守られたエリカの正面には長十手と―――『骨刀』が抜き身で突き立っていた。

 

「兄貴! これ!?」

「遠坂君の鍛ち直しだ! 四の五の言わず―――!!」

 

 その時に、貫かれた勢いで吹き飛ぶ刑事二人、目の前には槍のシャドウサーヴァント。その十文字槍の軌跡は、眼で追い続ければやられる類だ。

 気配を察して、その上で『十一』の型―――全て、どこからでも必殺に転じられるものを封じる。巨大な刀剣双振りを持ち―――対峙し合う。

 

 ―――行けっ!! そう眼で言うエリカに従い、他が走る。そんな自分達の前に一際強力なシャドウが立ち塞がる。

 

「アルキメデスめ。ここに来てシャドウの霊核を強くしてきやがった……」

『奴もセファールの力を得ているからな。暑苦しい霊基に、凍えつきそうな霊基と両極端だな!』

 

 暑苦しい霊基と言われたシャドウが走り出す。その手に抱えている『大砲』を撃ち出すそれと、相対するのは達也だった。

『オーララ!』と、声を発したかのように見えて、その実大砲の音であり、撃ち出された砲弾を分解する。

 

 難儀な作業だ。巨人の投石ですら、『巨人』という『神秘』の存在が投げつけた時点で石は神秘を帯びていると言う話。

 巨人と戦った事が無い達也では想像もつかないが、恐ろしい光景だろうなと思えた。そしてどこの『英霊』だかは知らないが、この影で構成された大砲を持った存在も、その例に違わないのだろう。

 

『恐らくそいつは、己の辞書(生き様)に不可能という言葉が無い男の影だ。気を付けろよ!!』

「皇帝陛下か、面白い。近世の英雄―――あなたの大砲が、俺の銃の原点でもあるんだからな」

 

 大砲持ちの影英霊と相対しあう達也は、セブンスペインという大砲杭打機を持ちながら―――この戦いを『楽しむ』ことにした。アルキメデスなどよりも、随分と馴染みがある人間でもあるからだろうか。

 どうでもいい―――ただ、この戦いを選んだのだ。火薬砲弾と魔力砲弾の撃ち合い。時には砲自体を鈍器として殴打もするその戦い―――。

 その中で達也は笑みを浮かべていた。

 

 達也とエリカが拘束されたとしても歩みを止めない四人の前に―――巨躯の大男(?)が現れた。凍えつきそうな霊基とオニキスに称された英霊は、どこの出自か……。

 

「イヴァン雷帝……『あり得ざる可能性』までも呼び寄せたのか!?」

「達也に続いて、こっちも皇帝陛下かよ!?」

「俺と西城で抑える!! クドウ、遠坂―――お前たちは先に行け!!!」

 

 身体を強張らせるだけで雷気を放出している皇帝は、猿神―――恐らくハヌマーン系列かもしれない魔力であり、化成体を纏ったレオと、槍衾のような突起を伸ばしたファランクスを纏う会頭に抑え込まれる。

 

「行け!!」「立ち止まるな!!!」

 

 その声に後押しされて、遂にアルキメデスに襲い掛かる。槍剣絶技の応酬の狭間に、リーナの放つ雷霆交じりのソニックボイスがアルキメデスを襲う。

 後ろにいる連中との力の差は歴然だ。アルキメデスの思考は、十分に冴えわたる。

 

(やはりこいつらは別格か? かといってシャドウサーヴァントで抑え込めようとすれば……『召喚』される危険がある)

 

 回転歯車で抑え込もうとするも、段々と抑え込まれるのを感じる。純粋なセイバーと亜種のランサークラス相手に、元がキャスタークラスではどうにも間尺が悪すぎる。

 というよりもである……呼吸、間合い、魔力の使い様―――それら全てがアルキメデスとは相性が悪すぎるのだ。

 

 リーナの戦いにたいする心理は、赤き情熱の王(薔薇の暴君)にも通じるものがある。理屈だったもの(現代魔法)を若干、魔法使いによって解されたといったところか。

 致し方ないが、このまま力比べでは、こちらの負けとなる。

 ならば――――――。殺戮機械を存分に吐き出す。宝具を使うとなれば―――それだけだ。

 

 

 ――――虹色の光剣が一閃するごとに殺戮機械を破壊していく。アルキメデスの狙いを刹那は看破していた。あの第一戦である研究所でのことから承知済みである。

 だからこそ―――虹色の光剣を振るう片方で、オニキスの転送で、2090年代では電子化された端末ばかりで巷ではほとんど見かけない『製図入れ』『図面ケース』とでも言うべき『筒』を手にした。

 同時に魔力を通して『封印』を解いておく。

 

 殺戮機械の殺到で視界を遮られたアルキメデスには分かるまい―――。

 刹那のとっておきが―――エース殺しの『鬼札』(ジョーカー)が切られたことが……。

 

 そしてアルキメデスは『真円』を手に宝具を頭上に展開。ナポレオンとの撃ち合いで杭を打ち込んだ達也が焦った声でこちらを呼んでいる。

 殺戮機械の掃討をしてこちらを見たリーナが、拳を握りしめて「ヤッチマイナー」とでも言わんばかりの笑顔。

 だから―――何も心配する必要は無くなる。

 

「完璧なる式! 完璧なる数を見せてやろう!!! 終末の時だ!!!!――――」

 

 六角形の鏡が20枚以上を用いて真円を描く様子。そしてそれらが適切に配置されて、反射レーザーはこの氷海を全て融かしつくし、足場を無くすだろう。

 それだけならば、どうにでも出来そうだが、まぁ死ぬ可能性もあるか。

 

 だから―――この男の思う通りにはさせたくない。何もかもを台無しにするぐらいの嫌がらせは許されるはずだ……。

 飛び出してきた鉛色の鉄球が、刹那の右腕と反応しあう……。

 

「アンサラ―……」

 

 右拳を溜め込む姿勢。右肩にあるバゼットから譲り受けた『神代刻印』が、あり得ざる現象を抹殺せんと刹那の身体を苛むも―――こんなもの―――誰かを失う痛みに比べれば―――『刻印』の前の持ち主が死んでしまった時に比べれば―――。

 

(痛みでも何でもないっ!!!!)

 ルーンリングが、鉛色の鉄球を包むように展開されてから、球を基材として短い刀身が形成される。

 その歪な―――到底武器としては使えないものが放つ魔力に眼を焼かれそうになる達也と美月だったが、驚くべきことが起こる。

 

集いし藁、月のように燃え尽きよ(カトプトロン・カトプレゴン)!!!!」

 

 遂に―――自分達全員を焼き尽くす炎が放たれた。ダメ元で達也がマテリアル・バーストを放とうとした時に、深雪の悲痛な声が聞こえた時に―――。

 

「―――斬り抉る戦神の剣(フラガラック)!!!!」

 

 刹那による、もはやタイミングを逸した剣の撃ち出し。拳を使って撃ち出された剣が―――光速の域に至っても、手遅れだったはずなのに――――。

 溶け落ちた海の中に飛び込むことすら考えていた達也の思考すらも切り裂かれたかのように、『何も起こっていなかった』―――。

 

 あらゆる熱気も、魔力の昂ぶりも、マテリアル・バーストの起動式すらも―――無くなって―――否、一つだけ変化を見た。

 

 アルキメデスの胸に穿たれた黒い空洞。バカらしくなるほどに小さな穴が穿たれて―――その後に、アルキメデスは血反吐を盛大に吐き出した。

 そして背中から突き出る多くの武器―――身体から出てきた刃物の多くに本気で痛みを堪えている様子だった……。

 

「ぎゃ、逆光剣フラガラックだと……!? き、貴様―――確かに『無銘』の血があるならば、否、無銘の血があったとしても、お前では完全な発動は不可能だ!! あれは神代の魔術特性を完全に持った者にしか出来ぬ秘奥だ。

 真名解放を果たしたとしても、フラガ―――太陽神ルーの血筋に連なる形でなければ、それはただのDランク宝具の撃ち出しのはずだ!!!

 いや、違う。お前は―――どんな『魔法』を備えているのだ!? そんなことは―――― トオサカ・セツナ!! 貴様は『第二』ではなく『第――――』―――」

 

「そこを――――動かないでよ!!!」

 

 あり得ぬ論理を吐きながらも、血反吐を氷原に撒き散らすアルキメデスに追撃。真上から竜骨槍を突きさして、氷に背中から磔にしたリーナ。

 ただでさえ大ダメージで、プシオンが分解されて放散される様子に終わりを確信するも―――――――――。

 

「この!!!! ニンゲンどもがァアアア!!!! 私の円を踏むんじゃァアない!!!!!」

 

 言葉と同時に己の身体を巨大化させるアルキメデス―――。ここで最後になる様子を感じる

 

「出るものを出したか!」

『ラストチャンスだ。奴を完全に討滅することでヴェルバーの発信器を砕け!!!』

 

 セファールのように白く巨大な人間体となったものが、氷原を這うように進もうとした時に、エリカが相対していた槍使いが澱んで、助走からの大斬撃が奔る。

 完全に立ち合いの常道から外れた技ではあったが、それでも二刀を使って繰り出されたそれは、影の槍使いを散らしたままにセファール・アルキメデスを直撃。

 

 それに倣うわけではないが、達也もまたバリオン・スピアは―――接近しての使用では怖くて使えないので、魔弾を放射状に投射することで応戦。

 ちょっとした粒子ビームにも見える輝きが放たれた後には―――砲口を逆向きにして実体弾を放出。

 二十発も叩き込んだ後には、その際の火薬を利用しての『ブラスト・ボム』によって、更に体積を削る。

 

「やるよみんな―――」

「「「「「「「「わかった!!!!」」」」」」」」

 

 今の今まで空中にいた九亜達―――「わたつみシスターズ」―――否、ワルキューレシスターズ……名付けでドイツ語の『姉妹』ではなく語感を優先したその子達が、天空の夜空に飛びあがり―――その身に持つ『銀色の槍』を輝かせて一気呵成に投擲。

 

 流星が氷原を盛大に穿つ勢いで巨体に吸い込まれる。

 巨体を貫く天空よりの神罰(テスタメント)で、本格的にマズイと思ったアルキメデスは反撃しようとしたが……その時には刹那とリーナが奔っていた。

 

「キッド! 私達の愛の攻撃!! フォーメーション・NNトオサカ。やるわよ!!」

lina(リーナ)setsuna(セツナ)で、NNって無理やりすぎるだろ!!!」

 

 言いながらも、二人で虹色の光剣を持ち―――高く掲げながら刀身を回転させる様子。

 盛大な魔力の螺旋が夜明けを切り裂くかのように――――天空に届き―――それらを纏め上げて、色彩豊かな魔力の螺旋と共に刹那とリーナは翔んでいく。

 その剣であり技の名前は―――――――『軍神の剣』(フォトン・レイ)

 

 そう叫びながら突撃していった二人は、口中から絶叫すら挙げさせずに、セファール・アルキメデスを粉砕した……。

 

 エネルギー波を放とうとしていたセファール体ごとの吶喊で、後に残るのは――――アルキメデスの後ろに駆け抜けた二人と、セファールのマテリアルボディを失い―――左半身を袈裟に切り裂かれて辛うじて生きている……という状態のアルキメデスだけだった。

 

 ここまで弱れば達也にも分かる。この男の最後は―――約束された……。

 

「理解できんな……なぜそこまで肩入れ出来る……分かっているはずだ。この世界は人理がいきすぎるぐらい、『発展』しすぎた―――もはや、この世界の滅び―――ヴェルバーの招来は確約された……お前が管制塔を潰したところで何も変わらん」

「そうかい」

 

 サーヴァントに心肺に値するものがあるのか、ひゅーひゅーと隙間風のような音が漏れる。そうでありながらも世界に対する悪罵は続く。

 

「汎人類史とも違う歴史を刻んだ。この世界において、空想の根は枯れ、想像の樹は腐り落ちた―――。このような世界では『廃棄場』になるしかないのだよ……」

 

「だからといって―――滅びを招き寄せることが結論だなんて、あほらしすぎる。お前の結論は拙速すぎるし、なにより畏まるな。お前はただ単に人間が嫌いなだけの破綻者だ。

 どこかの世界(異聞史)には、お前が望んだ『人類』の姿があるのかもしれないが、そういった―――何かに対する『熱』を持たない人類を、人類とは言いたくないよ。俺は――――」

 

 抗うものだからこそ出来ることもある。感情による行動の『起伏』を全て亡くした人類。数式と論理のみに基づいて『在る』ものを人類とは言いたくない。

『個』があるからこそ生まれるものが尊い。時にそれは『公』のものと対立してしまうような時もあるだろう。

 

 だが、それでも……生命は、いつか其処と折り合いをつけていける。理想ばかりに固まらなくても、時には不幸な出来事もあるかもしれない。

 神を呪うような心地すら出てくることもある―――けれど―――やるだけ、やって、どうしてもダメだと言う時が来るまでは、抗い続ける。

 

(でなければ……生きていけるものかよ)

 

「平行線だな。魔法使い――――だが、まぁそれでいい。しょせん分かりあえるわけがないのだよ……私をさんざっぱら否定してくれた連中のなかにお前も加わるか、―――『父親』と同じく、実に不愉快だ――――」

『待て、学士。この世界にキミを呼び寄せた首魁がいるはずだ。それを教えてから帰りたまえ。勝者に対する戦利品(RESULT)が少なすぎるぞ』

「だから言ったろうが、私と同輩の存在よ―――私を呼び寄せたのは『魔法師』たちだ。奴らが己の身に穿った『聖痕』(スティグマータ)であり、そこから流れるものを受け取る―――『杯』こそが、この結果を生んでいるんだよ」

 

 相手を煙に巻く言動。だがそれを思考し、反論する前にアルキメデスの身体が想子と霊子―――現代魔法ではそう言う風に称される『エーテル』の分裂体となって溶け消える。

 全ては終わった―――――氷海の上で繰り広げられた戦い全てが終わると同時に、九亜たちの目の前にアルテラの霊体が現れていた……。

 

『あなた達に与えた力は、あなた達を生かして、いずれは多くの『あなた達』を救うものになります。力の使い方を講釈出来る立場に私はありませんが―――』

 

「大丈夫です。私もリーナみたいに、多くの人に手を述べられる人になるです」

 

『……ありがとうココア―――アナタを見つけられて良かった。これで私も―――『この世界の座』に行けます―――』

 

 輪郭を朧にしていくアルテラの姿――――どこかの誰か―――第二魔法に近づこうとしてもいない。実に堕落して磨かれていない自分(セツナ)など、刹那であると認めたくないのだが―――流れ込んできた想いが、彼女に特別さを覚えてしまう。

 

『そしてセツナ――――アナタに出会えた私とも、私が出会えたアナタとも違いますが――――その想いが……とても尊いから―――』

「言わなくていいよ。その想いだけ受け取っておくさ―――」

 

 相手の内面を全て見てしまったことに対する羞恥心から、拗ねた態度を取った刹那にリーナは食って掛かる。

 

「もう! 昔の女を無下にするなんて小さい男に惚れた覚えはないわよ!!」

「違うんだけど!!……まぁ気恥ずかしい限りだが、アンタも―――達者でな」

 

『セツナはこんな感じだが、本当は抱きしめたい気持ちで一杯だから。けどこんな『まるでダメなウォーロック』略してマダオに引っ掛からない様に祈っているよ☆』

『―――ありがとうダ・ヴィンチ―――その言葉一つで救われました……きっと―――再びの時に―――アナタは私を召喚してくれるのでしょうね……』

 

 溶け去り消えていくアルテラの身……手を握りしめて、祈るような体勢でいる彼女の輪郭が消え去る。

 サーヴァントの消滅とも違う―――その身を『世界』に溶け込ませる作業。世界との契約が為されたのだろう……そして――――ほしふる夜の奇跡は幕を閉じた。

 

「結局のところ、どういうことだったんだろうな……今回の一件は?」

 

 締めくくりというわけではないが、近づいて聞いてきた達也に何と言えばいいのやら―――――。

 それに答えるのは、リーナであった……。

 

「シンプルなはずのことに、あれこれと噛付く連中が多かっただけよ。

 宇宙にいた女神様は地上の人間に恋をして、また助けを求める女の子を来臨したのに―――それを利用して人類絶滅を目論むサイエンティストがいた」

 

「単純化しても、それだけの説明がいるんだよな……まぁ何にせよ―――全ては終わったさ。

 調整体魔法師―――わたつみシリーズは作られないだろう。もしかしたらば、調整体魔法師という存在すらも、いずれはいなくなるのかもな」

 

 変化の楔は撃ち込まれた。九亜と四亜、三亜を抱きしめている盛永達に、十文字会頭に肩車されている八亜(寝ぼけ眼)とを見ながら、その変化がいつか何かを変えると信じたい。

 

 そう信じた瞬間に、不意の流星群が星空を彩る――――。

 その美しさ―――真っ黒な海にも反射されるきらめきを『感じる』ことは、どんな人間にもゆるされているはずだから――――。

 ――――真夏の夜の奇跡は、こうして終幕となるのだった。

 

 とはいえ……これで一件落着ではなく、古式に則れば『もうちっとだけ続くんじゃ』と言った所である……。

 



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幕間2
『南の島での後始末』~魔法超人の憂鬱~


エイプリルフール企画が存外、好評であったので、章段を追加して存続する方向で行きたいと思います。

まぁ本筋に絡むことは無い話ですけどね。ぶっちゃけオーフェンで言う所の富士見ファンタジアの頃のラッツベイン話みたいなもんですよ。

キャラ変わりすぎだろ(爆)


 南盾島を巡る陰謀や、それに関する戦闘の全ては終わりを告げた。

 

 魔法怪盗キッドたちに関しての噂は、あれだけの戦いの末に殆どの撮影機材がおしゃかになったことが幸いした。

 

 というか、星舟が落ちてきた時点で大規模な電磁パルスで南盾島の電子機材の殆どはダメになったので、住民たちの保証や補填などでてんやわんやしつつも、南盾島の開発に一枚噛んでいたホクザングループの鶴の一声で役所は迅速に動けた。

 大規模な魔法戦闘を行ったキッド達は、囚われていた『ワルキューレの少女たち』と共に彼方へと去っていった―――と思われているが、まぁ雫の別荘がある媒島に帰還していたわけである。

 

 水上着水で待機していた飛空艇の機長である伊達さんは肝を冷やしつつも、雇用主の命令には忠実に従っていた。

 臆病ゆえに、国防軍の戦闘機乗り(イーグルドライバー)から転職したと言っていたが、ここぞという時に胆を持つ人でなければ、そもそも空の男にはなれはしまい。

 

 最新機器を使ってなくても撮影された映像やサルベージされたものから自分達を割り出す人間もいるかもしれないが、ともあれ『いいから今は行け。後始末は任せろ』という寿和さんの言葉に素直に従って謝りながらの退場であった。

 

 盛永さんや医務担当官達は―――鬼刑事たちに任せることにした。その後の身に関しては、十師族などが受け持つだろう……一種の司法取引であった。

 兼丸孝夫に関しては多くの追及がなされるかもしれないが、ことが海軍関連ともなれば、中々に黒い事情もあったが……その辺りはどうでも良かった。

 

 ただ―――彼とミスター・ウォーク・アイズデッド……キャスター・アルキメデスとの繋がりは分からなかった。

 元々、この世界の魔法師のレジストスキルなどたかが知れているから、初歩の洗脳魔術などで適当に『魔法技術アドバイザー』だの胡散臭い肩書で偽って入り込んだことは、容易に想像が着いた。

 

 今もってどこから現れたかは分からないが、ともあれキャスターは完全に消滅した。霊基グラフからもそれは確認済みである……。

 

 サーヴァント召喚の為の秘術……自分が生まれる前に『フェイカー』なるサーヴァントとやりあった先生とグレイ姉弟子のことを考えれば……相当な『器物』や準備立てたレイラインの整備があれば可能なのかもしれない。

 正直、『コンジュアリング』系列に関して、この世界のことを『なめていた』刹那とオニキスは自戒するのだった……。

 

 九亜たち『わたつみシリーズ』に関する処遇は決まってはいないが、恐らく四葉辺りに預けるのが適当なのだろうと思えていた。

 

 十師族の会議次第だが―――九亜たちの『同化現象』という『精神分野』に関するノウハウは、彼らが一番持っているのだから―――麻薬中毒者の治療にも応用しているとすれば、それは仕方ない―――が、七草も何か言うだろう。

 それ以上に九亜たちが調整体魔法師の未来を明るいものにするのではないかと思えているのだから、手助けしたいのだろう。例えそこに下心があったとしてもだ。

 

 

「ウマとロバの相の子であるラバ、カモとアヒルの掛け合わせである合鴨―――調整体魔法師は、これらと同じなんだ。

 挙げた例が、殆どの場合……正常な生殖機能を持たず生まれ出る。その遺伝学的現象を人類は、まだ克服出来ていない」

 

「自分で増えることが出来ない、か。生物としては致命的な欠陥だな……けどそんなことあり得るのか?」

 

 そうは言うが、完全にそれらを喪失して生まれてくるわけではあるまい。ただ単に遺伝子の型が合う合わないが多いだけだろうに……。

 

「そうだな。確かに無いとは言い切れない―――だが……やはり多くの調整体たちというのは、そういう風なんだよ」

 

 奇跡的に種を残せる雌雄に巡り合えるかどうかは、運しだいということだろう。

 如何に魔法師と言えども、そこまでの強烈な遺伝子操作を行って生殖をしているかと言えば、それも疑問だ。

 

 その辺りは当時の魔法研究者たちでも意見が割れたのではないかと思う。

 

 人類社会に紛れ込ませるには、彼らはあまりにも人知を超えた能力を持ち過ぎる可能性がある。多くのSF創作物でも論議されてきたものだ。

 

 彼らを一代限りの生命として、容易に増えないような遺伝子上のトラップを仕掛けておく。

 あるいは……魔法師というものを完全に人類の中に溶け込ませるように、なるたけ天然自然の存在(ナチュラル)としておくか……。

 

 結局、復活しつつある『第二次冷戦構造』の中で、日本他の他国では後者を選択した。自然に増えるならば、自分達の手間も無くなるだろうと言う考えか、もしくは――――。

 

(人類の精神構造をステップアップさせたかったか……)

 

 ヒトは、人類は、『極めて』自分達に近すぎる存在を受け入れるには、まだまだ『幼すぎる』……。

 

 ホームヘルパー型のアンドロイドですら機械的な処置のみをこなしているのだ……。けれども『希望』を持ちたかったのかもしれない。

 

 託したかったのかもしれない。中には『人類の敵』となることを望んだものたちもいたかもしれない。どんな派閥もいただろう。

 

 極めて『アトラス』に近い思考の持ち主だったのだろう。初期の魔法研究者たち―――そして現在も生きる『スポンサー』たちは……。

 ―――そんな風に魔法人類史に対して述懐していた達也と刹那に対して声が掛かる。

 

『そこの男子ふたり! 油売ってないで、さっさと手伝いたまえ!!』

「「了解でーす!!」」

 

 

 油を売っていたわけではないが、まぁともあれ作業が一段落したところだったが、どうやら次の作業が始まろうとしていたようだ。

 

「かいと―――じゃない『棟梁』。次の作業は?」

 

「ああ、二号棟のガレキ撤去作業と並行しての、建て直しだ。遠坂と司波。お前たち二人がかりならばコンクリート入らずだな?」

 

「図面をいただければ、おおまかには」

 

 その言葉で残っていた基地兵士―――秋山軍曹から端末に図面が送られてきた。達也と共にパースの確認をしていると、他の魔法師及び建設作業員などそれぞれに指示を出す『十文字棟梁』。

 

 十文字家の表向きの職業は土木建設会社のオーナー。要はガテン系の職業であり、克人先輩も親父さんに着いていって、この手の稼業を時にやっていたようである。

 

 実際、この人が『鉄骨』などを手に持って作業している風景は、容易に想像出来た。

 というか今でも魔法を応用してそういう作業重機以上の活躍をしていると、こういった被災地域で動くことが出来るのも強みだと言える気がする。

 兵器としてだけでなく、時にこういったこと(建設作業)が身体一つで出来るのも、魔法師の在り方なのかもしれない。

 

 21世紀前半から機械技術が軒並み発展しているとはいえ、今でも隘路などに作業重機を入れられない事態は多いのだ。

 そして不運な事に、刹那が生きていた時代以前から未だに自然災害が多い日本において、幸運なことに、このような時に魔法師の強みとは生きてくるのかもしれない。

 

 そんなことは兎も角。多くの魔法師や工兵部隊、建設作業員たちを駆使しての作業は今日で大半が終わりそうである。壊れた機材の設置や滑走路の補修にいたるまで、細かな作業を含めなければの話だが。

 

 ちなみに言えば、沖合に『なぜかいた』ニューメキシコという原子力潜水艦。USNA軍からも救援の手があるかと思われたが……それを丁重に断った。

 

『Nobody knows?』―――積極的な意訳をしなければ分からない『身元不明者はいるか?』という問いかけに、刹那とリーナが答えるとハワイ基地に帰ったようである。

 

『Good Luck Little Wizards』という『ベン』からの言葉に苦笑してから、こうしているということだ。

 

そんな中、十文字棟梁に互いするだけの作業をこなしている男が一人いて注目を浴びていた……。

 

「レオは手馴れているなぁ……」

「まぁな。実を言うと年齢を誤魔化して建設現場で働いていたこともあるんだよ」

 

 それは誤魔化していたのではなく、『西城』のところの『ボン』だと理解されていたのではないかという邪推は横に置いといた。

 邪推を言わずにいると、十文字棟梁と共に第一陣で動くように言われたレオは向かっていく。

 

 

「会頭―――じゃない棟梁は、どうやらレオに『何か』を見出したようだ」

 

「…『何か』って?」

 

「後継者―――ってところかな? 戦闘の最中に見せたオーラは、ファランクスとは似て非なる『盾』に見えたんだろうな」

 

『再生』と『逆行』の同時術式で端末に表示された通りに、建物を復元させていく過程で達也から教えられて、ふむ。と考える刹那。

 

 確かに内々の話だが、服部副会長が次期部活連会頭に推されている事は知っているが―――服部副会長はスマートな印象の魔法師であり―――何というか、やはり一つの頭というには若干、『凄み』が足りていない。

 本人からも聞いていたが、自己分析したりすると、サポートや参謀役が相当だと聞かされていた。

 

 十文字先輩のイメージを引っ張るのもあれだが、肉厚な、それこそ魔法師として以上に人間として頼りにしたい相手が、いざとなれば『盾』となり皆を引っ張る気持ちが欲しいようだ。

 その相手として―――会頭はレオを『鍛える』ことにしたようだ。一科二科に関係なくその場に居合わせたという点で、率先して動けるレオの積極性を買っているのだろう。

 

「あの人の後継者って大役すぎないか?」

「そうだな。けれど、何となくレオも肌身で感じているんだろうな……」

 

 その言葉で刹那が思い出すのは、大河おばちゃんの息子。

 二年ほどしかいなかったとはいえ、『兄貴』と呼びたくなる相手も雷画じいちゃんの後を継ごうと、少年ながらに色々と動いていたのを感じる。

 藤村組の新たな組長にならんとして……。

 

警備会社の御曹司(森崎駿)FLTの御曹司(司波達也)よりも、そういった『クセの強く我ばかり肥大化したアホ共』(第一高校の生徒たち)をまとめ上げるには、レオみたいなのがいいのかもしれない。

 

「ある意味、ならず者の集団である俺たちをまとめ上げるのは、レオや十文字先輩みたいな人間なのかもな」

 

「だな―――っと、刹那。そこのパースが狂ってるぞ」

 

「悪い。集中するか―――」

 

 

 そうして十文字会頭の現場での陣頭指揮―――そして堅牢な要塞作りとしてのオニキスの図面引きが正しく発揮されて、一高生のボランティア活動とが加わり―――昼になる頃には、六割方の作業が終わっていた。

 

 

『う~~ん。我ながらいい出来だ~☆惚れ惚れしてしまう。最終的には変形して氷の大地を突っ走り、雪深い大地を乗り越える移動要塞にでも改造したい~』

 

 南国なのに―――!!! と何故かツッコみたくなるオニキスの言葉を聴きながらも、昼の時間となった。

 

 昼休み―――2時間ほどの長めの休憩ではあるが、それでもその間に基地職員の家族・恋人がやって来たり、水入らずでの食事もある。

 

 そう言う風な心の安息も必要と言うことで、女手の殆どは給仕仕事にかかりっきりであった。

 ホームヘルパーでは出せぬ手作りの味こそが、多くの人間を癒すのだ。(オニキス談)よって割烹着姿でおにぎり握っていた少女達の手作りに殺到するのは当然であったりもする……。

 

 そんな中、刹那が離れたことで、深雪との二人っきりとなった達也は若干の真面目な話をしつつ、深雪とほのかからのおにぎりを食べることにする。

 

「刹那に隠れて密談するというのは不義理な限りだが、まぁあいつの手札が予想外過ぎたからな。仕方あるまい」

 

「魔術師の将星(サーヴァント)『アルキメデス』は、刹那くんの放った『鉄球の剣』を、『逆行剣』フラガラックと称していましたね」

 

「ああ、ネットサーフィンで調べた限りでは、『フラガラック』『フラガラッハ』という剣は確かに伝説に『存在』していたようだ」

 

 異界の支配者、海神とも称されるケルト神話におけるウェポンマイスター『マナナン・マックリール』が太陽神ルーに与えたとされている『自動飛翔剣』とでも言うべきものは、確かに伝えられている。

 

 しかし、それが本当にどういう武器でどんな形状をしていたかは定かではない。ただその効果を知るに、刹那の剣との違いが際立つ。

 

「鞘から抜けばひとりでに飛んでいき、敵を射抜いて回復不能な傷を与える。そして戻ってくる……そう伝わっているが、伝説を鵜呑みにすると、俺たちがあの時感じた違和感が、どうしても拭えない」

 

「はい。あの時、お兄様及び。魔法師、非魔法師すらも感じたはずです。

 アルキメデスの『魔力レーザー』……周辺を焼き尽くすだけの熱波を感じさせるものが放たれた。そう……『放たれていた』はずなんです」

 

 その通りだ。あの時、達也もアルキメデスの直下にある氷を元に、マテリアルバーストでせめて足止め出来れば―――そういう捨て鉢ともやけっぱちとも言える行動を取った。

 

 だが、『アンサラ―……―――フラガラック!!!』その単純な『魔法剣』の撃ち出し一つで、起動式(マテリアルバースト)放たれていた魔法式(ニブルヘイム)も―――アルキメデスの『魔力レーザー』すらも『キャンセル』されていたのだ。

 溶けて沸騰するはずだった氷海は、そのままに。

 直下の氷を元にした質量の増大もなく、足場である氷を強化、保持する冷気もなく……。

 

 ただ一つの確かな結果は、鉄球剣の撃ち出しで『霊核』を貫かれたアルキメデスの姿のみだった。

 

 

「……考えたくないが、アイツは俺の再成のような『間接的な時間操作』ではなく、もっと『直接的な時間操作』も可能なのかもしれないな……。そうだとするならば、ヤツと敵対する時に考えてきた秘策が全て水の泡になる」

 

 トライデントもバリオンランスも、マテリアルバーストも魔弾も……等しくヤツの持つ秘奥の前では失態であり失策となる。

 

「呪文詠唱というハンデがハンデではありませんからね。ただ……あの時、オニキスさんがわざわざ『製図ケース』を持ちだしてまで鉄球を用意したのは、弾数には限りがあるということでは?」

「それすらアイツにとってのフェイク(偽攻)という可能性があるんだから、何とも言えん―――が、アルキメデスの言葉から察するに、刹那が『フラガラック』を使えたことは予想外で―――使えたとしても……時間を『逆行』させるほどの効果は『ありえない』はずだったと言う言葉を―――今は信じるしかないか」

 

 達也としても頭が痛くなりながらも、どうすりゃいいんだろう。という『悩み』を持ってしまう刹那に苦笑せざるを得ない。

 

 だが、そんな風に『地上最強の男』と深雪が信じている兄が、遠坂刹那という男のことで頭がいっぱいになってしまうことに、淑女としてはあるまじき歯ぎしりするような嫉妬心を出してしまうのだった。

 深雪特製のツナマヨおにぎりを食べる達也のおこぼれを狙ってか、ふたりの食事スペースの真上にはウミネコが『ニャアニャア』と鳴いて待機しているのだった……。

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「いい感じに幻惑されてやがるなぁ。いやぁこういう騙し合いで勝つと、魔術師なんだなぁって思える」

 

 秘術のキモを探り当てたようで、実は全く以て見当違いな所に着地させたとなると、「してやったり」な気持ちになる。

 皆がいる食事スペースから離れて海を臨める絶好のロケーションでの食事を取る刹那とリーナは、達也の推測を使い魔であるウミネコを通して聞いていたのだった。

 

 磯場ともいえるし競りだした山肌とも言える場所は、ふたりっきりの場所であった。

 

「それにしても随分と大事になっちゃったわね。何だか第一高校の生徒がボランティア活動に従事していることまでネット記事になっちゃってるし」

「愛梨や平河、十三束に後藤君、エイミィと随分と面が割れすぎじゃないか?」

 

 引っ切り無し―――とまではいかずとも何通も届くメールに対して、四苦八苦しながらの返信を終えてからの食事だったのだが……裏の事情を知っているかもしれない面子―――特に愛梨、栞、沓子は文面に苦慮した。

 

 一条将輝からのメールは『司波さんは大丈夫なのか!? 刹那!! いやそれよりも司波さんと海水浴とか―――お前―――!!!』などと文面からも読み取れる激情の限りが、何かウザかった。

 

「隠れてやることも不可能では無かったんだろうが、それを選択出来なかったのは―――「誰か」の意思だったんだろうな」

「3度目の実験そのものは、セファールが堕ちてくるための魔力充足のためのものだった……その剣を通してセツナはアルテラの意思を受け取っていたのね」

 

その剣―――アルテラが使っていたとされる軍神マルスの剣―――再現しようと思った切欠すらも彼女の意思だったのかもしれない。

 

大事(おおごと)になりすぎた割には、万事が上手くいきすぎたと思ったんだ」

 

 とはいえ、後の事―――人々の眼に焼き付いたことに関してはスパイダーマン方式で皆して黙っているようであった。

 

 いっそのこと「僕ら『プリズマキッド』のコスプレイヤーをやっている魔法科高校の生徒で、ちょっと海軍基地に用事があったんです」などと言うこともあり得た。

 苦しい言い訳ではあるが、もはや海軍研究所が行っていた研究に関してはリークされていた。

 

『―――『孤児』の未成年魔法師を利用しての非道な魔法実験を止めたプリズマキッドお手柄!!』 

 

 こんな文面だったり愉快犯を諌める書き方だったり―――八王子クライシス以上のことになってはいたが、まぁ収まる時は収まる。

 宇宙人が来臨しましただなんて、アホすぎる事実をそのまま書ける訳もない。第一データの殆どは消去されていたのだから……。

 

「まぁしばらくはこの島も休まることはないかもしれないが―――、秋山軍曹みたいないい軍人さんがいるんだ。もう二度とあんなことは起こらないだろ」

「投げ槍ねぇ。南側の守りは―――これで正常化したんじゃないかしら? 海軍も本腰入れるだろうし」

 

 

 ここまでのスキャンダルが暴露されては、何かしらの頭の入れ替えは行われただろう……。

 

 大神〇郎さんのような海軍将校が現れることを期待したい……!(切実)

 

「それにしても最大級に分からないことが、一つあるんだよな……」

「何かあったかしら?」

「リーナがエリザベート・バートリ―の霊基を宿す前に言っていた、『この世で一番硬かった壁』って何だ? まぁその意気がもしかしたらば、エリザベートを呼び出したのかもしれないけど」

 

 そんな何気ない言葉に、『きょとん』とした顔を見せるリーナ。そんなものを壊したっけか? という想いもあったのだが、苦笑しながらのため息を突くリーナに、まずったかな?と思う刹那だが……。

 

「……『この世で一番硬かった壁』―――それは、ヒトの心に張られたものよ……中でも多くのモノを失ってきて、それでいじけて目の前にいる魅力的な女の子に手も出さないクールというよりも、ニヒリスティックな少年の心に張られた(ウォール)はカタすぎたわよ」

 

「そこまで俺は、いやまぁ―――あの頃の俺は、少しな……思い出させんなよ……」

 

 そう言えばあの時も、プリズマキッドにならざるをえなかった時だったか、突き放したかったわけでないのだが、どうにもあの頃には限界が来ていた。

 リーナに対しての秘密の厳守―――それと同じく達也たちに秘密を晒す時も近いのかもしれない……が、今はとりあえず惑わされていてくれと思ってしまう。

 

 そんな風に気恥ずかしさでバツが悪かった刹那にそっと抱きついてくるリーナ。

 

 あの頃の刹那とリーナは、いつも一方的な感情ばかりぶつけて、それじゃ伝わらないことぐらい分かっているつもりでいた。

 いただけで……それが、あんなことになってしまって、本当に後悔ばかりでいて、それでも前を向かなきゃならないことを理解した日だった。

 

「もう壁を閉ざさないでね。アナタの心は―――ワタシが側に寄り添っていないと、本当に……イヤなんだからね」

「もう離れない―――そう決めた時から、俺の心は―――」

 

 ――キミ(アナタ)の魔法に掛けられてしまったのだから―――。

 

 お互いに無言で瞳を交し合いながら睦み合い、お互いの滑らかな唇に唇を合わせるのだった……。一度だけの接触を終えて再びの深い抱擁と熱い口づけをした所で……。

 

 作業再開となるのだった……。こうして夏休みの後始末は、概ね終わったが―――本当に大変だったのは、内地の東京都に帰ってからだった……。

 

 

 四日間掛けて島でのボランティアを終えて、北山家に保護されたわたつみシリーズの今後の事を考える。

 その為に呼び出された横浜の魔法協会関東支部にて、四月のような面子での事情説明となるのだった。

 

 臨時の師族会議に出席することになったのだが――――――。

 

 

「―――みなさん。ご自分の監視地域はいいんですか?」

 

 まさかオンラインのテレビ会議ではなく、十師族全員が直で円卓を囲んでのものになるとは予想だにしていなかった刹那を誰が責められようか……?

 

「少年! 彼らがニホンのグレートテン(十師族)当主か。何で本官までここに列席させらるんだ?」

 

 俺が聞きたいぐらいだ。と小声で訊いてくるゼニガタのとっつあんに心の声で答えつつ、八王子クライシス(あの時)と同じく―――とりあえず、刹那から口を開くのだった……。

 

 



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『南の島での後始末』~さよならなんて言わねえぜ!~

と言う訳で幕間の最後。

そして色々とあったのですが、ちょいと性質の悪い風邪にかかりまして、更新が遅れて申し訳ありませんでした。

などと言っているとツイッターにて磨伸先生が大変なことになっていました―――本当にお大事にですよ。太田垣先生も腱鞘炎で休載していましたが、利き手を骨折ですからね。

本当にお大事にして、またひむてん、特異点渋谷を見れる日を待っています。

期せずして呼符でカーマを当てたというのに、大奥に入れぬアホ野郎がお送りする新話どうぞ。

すまねぇフレンズのみんな―――せめてレベルだけはマックスのサクランサーとサクラシン(語呂悪っ)をリストに上げておくからよ……(涙)



「―――と、まぁ。そういうことです。三度目のミーティアライト・フォールの阻止は出来ませんでしたが、結果として『わたつみシリーズ』全体が交信していた宇宙人のおかげで、彼女たちの遺伝構造は正常化したと思われます」

 

「人類悪……根源接続者……アウトサイダー、神代文明の衰退……そして宇宙人か―――我々が生きてきた世界は随分と脆く出来ているものだ……」

 

「その捕食遊星ヴェルバーだが、飛来するまでに何年ぐらいかかりそうなのかね?」

 

『ヴェルバーの発信器―――即ち管制塔の役割を担っていたセファール・アルテラ及びセファール・アルキメデスの消滅までにヴェルバーがいるだろう天の川銀河に信号を放ったとしても、凡そ千年ぐらいはかかるんじゃないかな?

 まぁ、個人的な推測で申し訳ないが、場合によっては、あれ(ヴェルバー)は多くの星舟を撃ち出してくるから、その数次第では、一晩と経たずに地球は滅びるよ』

 

 あっさり。あっけらかん。と言う魔法の杖に、誰もが何を言っていいのか分からない。というかこの魔法の杖はいわゆるトランシーバーであり、何処かに誰かがいるのではないかということも考えたが、そんなことをする必要は無かった。

 

 即ち自称『万能の天才精霊カレイドオニキス』こと『ダ・ヴィンチちゃん(?)』は、魔法の杖に宿る意識であることは間違いないのだ……後に『パラサイト』という『真性悪魔』に似たものと相対することになる魔法師たちだが、この時はカルチャーショックが強すぎた。

 

 

「なんにせよ。事態は丸く収まったではありませんか。キッドやリーナに『扮装』しての作戦遂行も、いい感じに島民の皆さんの心証を和らげたのですから」

 

「そうは言いますが、もうちょっと何か出来なかったのか?」

 

「その場合、我々はアルキメデスの『子孫』―――ウォーク・アイズデッドの準備万端な『工房』に挑んで、マジックトラップで誰かは死んでいたかと、まぁ推測ですが」

 

 

 しかし、事態を表ざたにしない場合、沿岸部を焼き払うことで更に島のモールにも多大な被害が予想された……。どちらが良かったかは未だに判断は着かない。

 だが導かれる形で、わたつみシリーズが『ヒーロー』『ヒロイン』と慕ったプリズマキッド、プラズマリーナが現れたことがプラスの要因になれたのだと信じたい。

 

 

「ゼニガタ警部は、何かありますか?」

「本官はプリズマキッドの専任捜査官です。『コスプレ趣味のハイスクールステューデント』を逮捕する趣味はありませんな。特にアナタ方、十師族の意向で海軍基地に乗り込んだことは、日本の官憲との折り合いでしょうから。そこは言わないでおきましょう」

 

 コスプレ趣味……呟くようなリーナの言葉を誰も否定しないし、否定できない。そういう体でいなければ、まぁここは乗り切れない。

 

「ですが、キッドに扮装したこやつらは大変なモノを盗んでいきました」

「それは?」

 

 面白がるような四葉真夜の言葉。もうオチは見えたが言わせておこう。なんせゼニガタだし―――。

 

「ニホン人全員の心です。キッドは『義賊』という心証は拭いきれませんな」

 

 それを言いたかっただけだろ。と言ってやりたいが、まぁ場の空気を読んで言わないでおいた。

 そうしてゼニガタ警部は一旦の退場となった。ここから先はデリケートな話題になるのだろう。用意されていたミネラルウォーターに口をつけて喉を湿らせておく。

 

 

「わたつみシリーズに刻まれた、セファールでしたか、白い巨人でありアッティラ・ザ・フンの与えた遺伝子刻印は、彼らのテロメアを一般的な人間並みに伸ばした上に、違う魔法演算領域まで与えているようですね」

「解析はこれからですが、彼女たちは―――作られた存在から、まぁ有り体な言い方になりますが、人間として世界に足を着けましたよ」

「ロマンチックな表現ですね」

「そうとしか言えない出来事ばかりだったもので」

 

 ワルキューレとなることで、世界に確固たる己を刻んだ彼女たちは、もはや調整体魔法師という括りでは捉えられない。

 

 彼女たちの高度な魔法演算領域と引き換えの、短命な寿命もまた克服された。というよりも……『上限』が設けられた。

 調整体魔法師たちの短命な寿命が『覆された』のではなく、『作られた存在』としての『ワルキューレ』が『世界』に認識されたことで、『人間の領域』がワルキューレを超えることを許さなくなったのだろう。

 

 などという推測は言わずに、後の結果次第だなと思っておく。表向きは、高度魔力体の注入がそれらを為したということで決着させた。

 そして、わたつみシリーズの『今後』に関しての話となる。

 

 

「刹那くんはどこに預けるのが一番だと思っている? ウチは大家族だからな。今さら末っ子が九人ぐらい増えても構わんよ」

「三矢殿。それは抜け駆けが過ぎますよ。ウチも女所帯だからな。今さら女家族が増えても―――まぁ将輝はちょっと焦るかもしれないが、どうだろう?」

「お二人とも、お静かに―――当初、盛永研究員から救援を求められたのは我が家です……私がこの案件に責任を持ちたい―――ダメかな?」

 

 三矢、一条、七草……三家からの求めは、どこでも正統性はあったが、やはり娘っ子がいる家庭だからこそ世話をしたいという想いが強い家庭ばかりだった。

 

 特に七草家は、『当主』の特殊な経歴ゆえに、拳を握りしめての言動だったが―――円卓会議に呼び出された当事者の一人である七草真由美は、父の『内心』を理解してかスカートの裾を握りしめて耐えている様子だった。

 だが………話はすでに決まっているようなものだった。というか誰もが、結果を理解している……。

 

「九亜たちを介して行われていた魔法式の実験は、精神同化現象の危機を招いています―――。ここは在り来たりですが、第四研究所の研究テーマにもあった通り、四葉家に預けておいた方が無難かと」

「だそうですが、皆さま方、何か反論はありますか?」

 

 治療と経過観察の為にも一時は四葉の施設に預けて―――そこから人によるだろうが、普通の学習施設や魔法学校に進んでいけばいいだろう。

 麻薬中毒者に対する処遇にも似ていたが、それでも彼女たちの社会復帰を促すならば、今はそれが最善のはず。

 

 四葉真夜は笑顔で周囲に問いかけると、五輪師が口を開いた。四葉ではなく他家に対してだが。

 

「九島殿はよろしいのですか?」

 

 精神面の治療であれば九島家も噛める節はあったのだが、真言師は首を縦に振らなかった。

 五輪勇海の言葉を受けても変わらぬ態度は何なのか―――は、どうでも良かった……。

 

「今回は四葉殿にお任せしてもよろしいかと。当事者である遠坂家『当主』もそう言っているのですから、お任せしますよ」

 

 どうでも良かった。と結論付けたところで出てきた文言に『生臭い』思惑が見えて、ため息を突きたかったが、それを押さえて素面にしておく。

 

「はい。任されました。他に異論はありますか?」

「ある。すっごいあるんだがな。四葉殿、ことは国防軍にも関わることだ。確かにアナタのところで匿うのは筋が通っているだろうけれどな……」

「七草殿の所ならば、横槍は強烈でしょうし、何か不満でも? アナタに入るだろう摩擦を軽減したいのですけど」

 

 そんな余計な気遣いをしあう『男女』―――対面で向き合う二人の様子を察して―――この場にいる第一高校の面子が緊張する。

 

 一方は父であり義父になるかもしれない相手に、一方は母の妹、即ち叔母の様子に対してである……。

 

「聞くところによれば、九亜ちゃんはともかくとして、四亜ちゃんはガーリーなファッションを好んでいるとか……」

「何故そんなことを気にするので?」

「分からないのか、刹那くん? 今の真夜の服装を見てどう思う?」

 

 眼を輝かせて、呑み込みの悪い生徒を諭すような弘一師父に特に無いまま、感想を述べる。

 

「若い頃はゴスロリ服ばかり着ていたんじゃないかと思います」「me too」

 

 リーナの追撃含めて『今でも若い』とか四葉師は言い出すかと思っていたが、それは無く。弘一師の机の上で手組しての、『マダオ』な台詞が響いた。

 

「ああ、そうだ。『俺』は、九亜ちゃんやわたつみの女の子たちが真夜の着せ替え人形にされて、変なファッションセンスにならないかと危惧して、ぶぼぁ!!」

 

「余計なお世話ですよ!! 別に服装に自由を利かせるぐらいの融通は私にもありますよ!! ま、まぁ確かに……私のお古とか九亜ちゃんや三亜ちゃんは好んでくれるかな。とか考えましたが、それをアナタに講釈される謂われはありませんよ!!」

 

 そんな事を考えていたんかい。と誰もが四葉師にツッコミたくなるぐらいの心地はある。

 そしてそういう意味で言うならば、年中行事の度にあれこれとドレスや着物を着せられていた私の立場(七草真由美)はどうなるんだとか言いたくなる人間がいたり。

 

 分家の少女―――自分達(司波兄妹)にとって『いとこ』とも言える関係の少女の服装のルーツが、ここにあったかとジト汗を掻いたりするのだった……。

 ちなみに低出力のサイオン弾を食らった七草師への助けは誰からも入らなかった。自業自得である。

 

 そして四葉真夜はまだ止まらないで口を開く。

 

「第一! 私がこんなファッションを好むようになったのは!! アナタのせいじゃないですか!! すごく似合っている。とか、可愛すぎる。とか…まだ純真だった私を褒めて、更に言えば都会っ子な弘一さんが、原宿の最新モードだとか言ったからですよ!!」

 

「いや、確かにあの頃はそうだったんだよ。けれど、今の女子たちの風俗じゃないから、各魔法科高校に出てきた時に浮いちゃうんじゃないかと心配なんだ!」

 

 確かに計画上では、飛び級させての進級も考えていた。というか現在14歳ということは、今年15歳になるのか、どうなのか。その辺りは見解が別れてもいた。

 年齢通りの進学が幸運な結果を生むとは考えていないが、三亜、四亜、九亜の三人は、波長が合うのか若干大人びてつるんでいる様子だった。

 

 三名ほどで構成される『アイドルユニット』のように、わたつみシリーズと呼ばれる女の子たちは個性が違いすぎていた。

 そんな訳で弘一師父の懸念も的外れではないのだが、なんか『裏の思惑』は分かりやすすぎた。分かりやすすぎて、長女の不満がマックスとなって、黒いサイオンが室内を包み込む様子が見えるのだ。

 

 話を打ち切らせるには、二人の男女はヒートアップしすぎである。

 

 ぶっちゃけ『父親と母親の教育方針の擦れ違い』にしか見えないのである。

 

 その話をぶった切ったのは、父親の方の娘である七草真由美であった……。

 

「在り来たりですが、月に何日かは盛永明子氏などと個人的面会する機会を設けてあげればいいのでは。もちろん四葉師の監視を除いたうえで。それでよろしいんじゃないですか『お父様』?

 何も四葉師の領地まで赴いて、様子を窺いに行くこともないのでは? 無論、彼女たちの担当官との面談の際の警備体制は、我々が責任を持ちましょう」

 

「う、うむ。それが一番かな……?」

「妥当ではないかと。亜八ちゃんは、克人師兄の背中を気に入った風な所もありますから」

 

 助け船を出してほしそうな弘一師父に対して無情な一言を刹那は掛ける。

 彼女たちが心を開いている人間たちで何かをしてあげれば、四葉の『魔法師は人間兵器』という思想を押し付けられなくて済む。そういう対外的な目的を出して、弘一師父の『陰謀』を阻止しておく。

 

 ヒトの恋路を邪魔する奴は馬に蹴られるのがオチだろうが。今は、生徒会長への義理を果たす方が優先された。

 

「では、みなよろしいだろうな? 行きたい所、進みたい道に行かせる。それもまた魔法師が尊重すべき人権の一つだ。

 彼女たちを尊重するならば、それを最大限サポートすべきだろうからな」

 

 今回の議長役である十文字師の言葉で全ては決した。

 刹那とリーナは、この後に報告書の形で十師族や十八家に書面の提出もあるのだが、一つのヤマを越えたことで肩の荷は若干降りた。

 

「お任せしてはいましたが、こんな結果を出されるとは予想外でしたよ」

 

「それは四葉師の想像力の問題でしょう」

 

「そうね。だから想像力貧困な私が一つ聞きたいのだけど……」

 

 退席していく十師族の中でも最後の方まで残り、席に残っていた刹那に話しかけるシックドレスの女性。

 四葉真夜の言葉は予想外ではないが、疑問に思われるかと思う。

 

「―――逆行剣というものは、どういう魔法なのかしら?」

 

 小首をかしげるように言われても、可愛くないです。と言ってやりたい女の顔であった。

 

 † † † †

 

 

 

 ―――逆『光』剣フラガラック。魔法師にも分かりやすい言い方をすれば、この剣は自作できる『聖遺物』(レリック)なのだった。

 刹那の『魔法戦闘』の師の一人……ルーン魔術のスペシャリストでもあった『バゼット・フラガ・マクレミッツ』による教導の元、体得した秘奥の一つ。

 

 伝説にある『フラガラッハ』は、ひとりでに動き出して敵を切り殺す自動辻斬り装置のようなものだったが、若干の違いがある。

 

「フラガラックは相手の『切り札』に反応して、相手に先んじて『超光速レーザー』を放つレリックだ。

 それゆえに、相手が『エース』を出してきた際のジョーカーとして作用する武装だよ。

 迎撃概念武装―――現代魔法的に言えば『絶対迎撃剣』と言った所かな。チカ、パフェ追加」 

 

「すまん。桂木、俺の方にもパフェをもう一つお願いする」

 

「あいよー。ひびき。フルーツパフェ2つ――」

 

 接客担当の緑ツインテールが、調理担当に伝法に言ったのを聴きながら、説明は続く。

 珍しく達也もパフェを食っている辺りに、何だか変な気分になる。

 

 学校帰りでもないのに『アーネンエルベ』に来たのは、深刻な話をするときは『まほうつかいの箱』で話したい刹那なりの気遣いであった。

 

「にしても『切り札』とは、また曖昧ね……霊子(プシオン)に反応するのかしら?」

 

 切り札という意味で言えば、一番なのは剣の魔法師とも称される千葉家のエリカが一番に気掛かりであったようだ。

 

 真っ当な剣士などからすれば、あれは卑怯すぎる―――。特に対人における立ち合いでは、対抗策は無い『後の先』である

 

「だろうね。その事を理解している相手はノーマルスキルのみでバゼットと相対していたよ。もっとも、バゼットの拳の技はとてつもなかったからな。

『切り札』を出さざるを得ない状況に持っていく運びは、完璧だった」

 

 面白がるように言う刹那……その拳の技(マーシャルアーツ)が刹那に伝授されているのだろう。同時に思い出もある。

 

「それにしても時間が巻き戻った感覚があったんだけど、それもフラガラックの作用?」

 

「正確に言えば、『後に出したとしても、先んじれる』―――『時間遡及』した剣が『切り札発動前』の『心臓を貫いた結果』を残すことで、相手を倒すものだからな」

 

 カトプトロン・カトプレゴン……研究所を焼き払った魔力レーザーが『放たれなかった理屈』としては、まぁ合っている。

 

 しかし、それではあの時……あの氷海にいた皆―――リーナを除きの全員の魔法が『キャンセル』された事実が分からない。

 幹比古の後を次いで、達也がそこにツッコむと考え込む刹那。

 

「あくまで推測だが、俺がフラガラックを放とうとした時に、達也も深雪も『アルキメデス』によって起こる災害を回避しようとしたんだよな。

 つまりあの時点で、過去時制のアルキメデスの心臓は貫かれている結果は確定していたのだから――――」

 

 

 アルキメデスの宝具発動

  ↓

 達也・深雪の魔法の投射開始:目的 達也 アルキメデスの殺傷、深雪 レーザーで失われるはずの足場の持続

  ↓

 刹那フラガラックを発動・撃ち出し

  ↓

 相手の切り札より後に発動しながら過去に遡り、相手の心臓を貫く結果が『確定』

  ↓

 アルキメデスの宝具は『不発』及び発動することで起こる『物理現象』は『キャンセル』される

  ↓

 同時に、現在時制のアルキメデスや氷海に対して放たれた魔法は全て『定義破綻』を起こす

  ↓

 残るは心臓を貫かれたアルキメデスのみ

 

 

「ざっくり言えば、こういうことなんじゃないかな? 達也も深雪も、アルキメデスのミラーレーザーに対しての『インタラプト』(割り込み)を掛けようとして、俺の放った逆光剣のキャンセルに巻き込まれた形なんだろうよ」

 

 ペンを取り出して、丈夫なタイプの口拭きナプキンに書いた刹那の説。

 多くの人間を成程と思わせると同時に、有質量物体瞬間移動(テレポーテーション)と同じく、現代魔法における難問どころか『克服不可能』とされた時空間操作(タイムパラドックス)も行えていたのだから頭を痛める。

 

 相手の過去に干渉して『因果』を捻じ曲げるなど、とてつもない話だ。とてつもない話に気付いているのは、達也、深雪、克人、真由美の四人だけだ。

 ほのかと雫も若干の不可解さを感じているが、現代魔法で不可能な事象も古式では可能なのか? そういった狭間で懊悩している様子だ。

 

 そんな六人ほどの困惑を眼にしながら―――刹那とリーナは内心でのみ―――口を開く。

 

(なーんて滔々と語ったが……)(『ブラフ』なんだけどね☆)

 

 フラガラックには『五つの能力』がある。

 若かりし頃のバゼット―――第五次聖杯戦争でエルメロイ先生を押し退けて、参戦したというか参戦させられていた時代のバゼットでは『二つ』が限界だった。

 

 その後、諸々あって親父やお袋と関わりを持ち、そして俺を弟子であり助手に迎えた時点で、バゼットは極まった。

 

 フラガラックの五つ能力とは―――『光神ルー』が持っていた武器の総合化にも通じる。

 この場においては、フラガラックが『対人迎撃礼装』であり『後攻の絶対先制権』を持つと言う説明で収めさせておくべきなのだ。

 

 意図せずに達也と深雪の魔法までキャンセルさせたことで、疑念を持たれている事は理解している。だからこその秘密の暴露だったのだ。

 そんなリーナと刹那の内心の誤魔化しに対して、明確ではないが……確かに説明としては筋が通っていながらも…。

 

(開けっぴろげに暴露した割には……)(何かを隠されている印象ですね)

 

 幾ばくかの『隠し』をしているという印象を―――。どうしても拭えない司波兄妹であったが、何をどうツッコめばいいのか分からないのだから、仕方がない。

 イカサマを暴きたいのに、暴ける手札が無いのが、どうしても悔しい。

 

 お互いにパフェを食いながら、隣にいる女子に「あーん」をしながらも、そういった疑念は、お互いに持ち合うのだった。

 そうして色々と実家への報告をするか否か、存分に悩ませつつも、時間となったことが分かる声が響く。

 

「たっちゃん。せっちゃん。お店の前に車が止まっているけど迎えじゃない?」

 

 調理役であり、アーネンエルベの切り込み隊長(2号)である日比乃ひびきからの言葉で、ドアの外を見るとコミューターが止まっていた。

 ちなみに言えば、この愛称付けに関して深雪が何も言わないのは――――ひびきから感じる『毒気』の無さゆえ―――要するにレズっぽいのをひびきから感じているようだ。

 

 オレンジ髪がぴょこぴょこ動くひびきに感謝しつつ、支払いを終えてコミューターへ向かう。

 

「悪いな日比乃。知らせてくれて」

「チカ。ごちそうさん」

 

「「なんだか分からないけど、『アーネンエルベ』へのまたのご来店お待ちしてまーす」」

 

 

 看板娘二人の見送りを受けながら―――カウンター席にある古めかしいどころか実に骨董品な『ガラケー』がひとりでに動き出したように感じたのは、まず目の錯覚であろう。

 

 そんな事を考えながらも、自分達も見送りに行こうとコミューターに乗り込むのだった。

 

 ―――コミューターが向かった先は、長野方面に入るだろう長距離ターミナルの入り口であった。

 

 話によれば、ここにて四葉の使者とわたつみシリーズが待機しているらしいが……見ると、豪奢なリムジンタイプのコミューター三台が止まっており、そこにて『女子二人』―――、一人は特徴的なゴシックロリータの衣服を着ている子ともう一人は……とりあえず普通の衣服を着ている子を見た。

 

 この二人が四葉の使者……事前に達也から聞かされていた限りでは分家筋の人間らしい。そしてそれらとは別に、諸々の所要を終えてきただろう九亜や四亜たちが集まっていた。

 

「名前は明かせませんが、私どもは四葉に従う家柄―――海神姉妹たちの身柄の安全。確かに引き受けました。皆さま方のご尽力、無駄にはしません」

 

 丁寧な一礼。何だか一昨日の女性を思わせるゴスロリ少女の一礼の後に、リムジンの『助手席』から顔を出した一昨日の女性の姿。

 それに対して深々と一礼をする十文字と七草を見たことで、数名を除いて気付かされる。

 

 そのあまりにも若々しすぎる女性こそが、極東の魔王と呼ばれている『四葉真夜』なのだと……内心震えているのではないかという美月や幹比古の心中はともかくとして、九亜たちはリムジンに乗り込んでいく。

 最後まで残っていたのは四亜と九亜だった。二人は自分達と一番関わりが深かった。

 

 振り返り、少しだけ悲しげな笑顔を見せる二人。最後の別れというわけではなかったが、それでも一抹の寂しさはあるのだろう。

 

「達也お兄さん、刹那お兄さん―――みんな。みんなありがとうございました」

「キッド! 今度会う時には、マヤ先生の指導でリーナよりもイイ女になって虜にしちゃうんだから!!」

「と、シアは言っているけど、そう言う風な略奪愛ってよくないと思うです」

 

 2人のそんな様子に、最後まで苦笑してしまいそうだった。

 

『達者で』『また会おうな!』『元気でねー!』『ワタシとセツナの愛は不滅よ!』とか色々と言いながらも、九人のワルキューレの少女達を乗せたリムジンは、遂に長野方面への高速道路へと入っていく。

 

 

「みんなーーー!! 元気でなーーー!! 何かあればちゃんと言うんだよ――――!!!」

 

「俺も刹那も―――また駆けつけてやるからな―――!!!」

 

 

 見えなくなるまで手を振り、そして窓から顔を出している九人の女の子たちが安全圏で顔を出すことままならず、見えなくなってしまうまで見送りは続いた。

 

 完全に見えなくなり、誰もが悲しげな息を突く。自分達がもっと責任ある立場にあったならば、こんな風な他人任せにしてしまわなくても良かったはずなのに……。

 

 そういった悲しみだった……。

 

 

「見えなくなっちゃったね……」

 

「うん。妹が出来た気分だったけど―――そこまでは無理だった」

 

 光井と雫の言葉を聴きながらも、誰もが『子供』であることに少しの後悔を覚える。それでも、今はこうしておくのがベストだった。

 それがダメになった時は――――行くか、それとも己の手で自由を掴みとるか―――。

 

 

「方法なんていくらでもあるな。だから―――問題なんてその都度解決していけばいい」

 

「永久に片付かないものもないしな。そんなもんだろ」

 

 

 あっさりとした結論、その場しのぎの場当たり的な対処だとしても―――永久(とわ)を約束することも出来ない。

 

 完全の万全ではないからこそ世界は楽しいのだから――――。

 

 

「思うんだけど―――僕も、これまでごたごたしていて忘れていたんだけどさ」

 

「うん?」

 

 幹比古の若干、苦しそうな言葉。いったいなんなのやら―――そう考えてしまうほどには、幹比古の言い出しにくそうな言葉が気にかかり、続きを促すと……。

 

 

「二学期の始業まであと三日―――みんな、宿題終わった? で、出来れば手伝ってほしいんだよ!!って……あ、あれ?」

 

 

 全員、さっ、と血の気を引いてしまうぐらいには『うっかり』してしまう事態の発覚。確かに色々あったとはいえ、何故にここで思い出してしまうのか。

 

「……ちなみに会頭と会長は?」

 

「愚問だな遠坂―――まだ半分以上も残っている」

 

 学年トップクラスであっても物理的限界は超えられないらしく、まぁそういうことだった。ただドヤ顔で言われるとは思っていなかった。

 

「お前はどうなんだよ刹那?」

 

「問題そのものは『閲覧』した時点で解けているよ―――けどな……視線()でも思考()でも指でも『タッチタイプ』が苦手な俺では、解けても記せないんだよ……」

 

「「「「すまない」」」」

 

「全員でハモって謝んないで! 惨めになる!」

 

 泣いてしまいたくなるほどに機械オンチな刹那の弱点。幹比古の言葉で、そのまま先輩後輩全てを集めての勉強会となるのは容易な流れだった――――。

 

 時は流れる。無情にもリミットを刻みながら――――。

 

 

『波乱の一学期』を終えて、ようやく安定を迎えつつあるかと思われていた第一高校の二学期―――。

 

 世界は揺籃の中にありながらも多くの変化を刻んでいく……それを傍から見ている人間がいるのであれば、『騒乱の二学期』とでも言うべき日は近づきつつあった……。

 

 



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第一高校生徒会長選挙編‐EXTRA‐
第118話『中条アズサの憂鬱』


というわけで二学期突入編。2、3話ぐらいで終わるだろう話です。ぶっちゃけ、本編もあまり長くなかったですし

なのによんこまの方では、二話(二か月)にわたって繰り広げたとか、恐るべしtamago先生!!

むしろこっちの方向でもよかったかな? とか思いつつ、久々の学園編をどうぞ。


 世間一般ではどう見られているか分からないが、魔法を専門に学ぶ高校生も普通高校の生徒と同じく、夏に色々あったことを語る。

 

 最初は一か月半ぶりに出会ったクラスメイトからだろうか。特に部活動に入っていない人間は、特に用事も無ければ学校に来ることもないわけで、B組の面子がリーナと刹那に殺到するのは当然の話だった。

 

 特に九校戦に選ばれなかった十三束、後藤の2人からは『来年こそは!!』という意気を感じた。感じたが、その前にも色々とイベントはあるので落ち着いてキャリアを積んでほしいものである。

 それでも、やはり自分やエイミィなど選抜選手の戦いぶりで色々と触発されたのか、一年クラスは燃え上がっている様子を感じるのだった。

 

 

 二学期始め辺りは浮かれた気分が蔓延していたが、落ち着きつつ二週目に突入しようとした辺りにちょっとした事件が起こった。

 

 幸いなのか不幸なのかは分からないのだが……リーナと刹那が巻き込まれなかった『ドリームゲーム事件』。

 

 本来ならば魔法大学に送られているはずだった『邯鄲の枕』という聖遺物……恐らく一種の概念礼装だろうと思われるものが、一高生徒の夢見に影響を及ぼしていた。

 

 中でも特に個性的な夢を見ていたのが、二人が関係することが多い面子。達也組や三巨頭、ついでに言えば生徒会の面子だったりである……。

 

 古式ゆかしいロールプレイングゲームじみた世界観の中で勇者をやったり魔王をやったり、すごい楽しそうではあったのだが、最終的に学校全体を支配下に置くほどのエネルギーを発して、生命収奪の神殿としてきたことを受けて、面白がっているだけでは不味いという事で封印措置の開始。

 

 この手の術式には覚えがあった……『他者封印・鮮血神殿』(ブラッドフォート・アンドロメダ)

 

 ギリシャ神話の影の主役たる魔獣たちの祖。石化の魔眼を持つメドゥーサの宝具も同然のエネルギーを発揮した……。

 その際に、一種の『洗脳下』にあった達也と深雪、ついでにレオとエリカとガチバトル―――。

 

 あちらは己を『ロード〇の魔神王とその妹姫(禁断の愛所有)』『魔神王の腹心であり親友、そんな魔神王に懸想する女幹部』として襲い掛かって来たのだ。

 

 ちなみに刹那とリーナは、『ロー〇スの自由騎士とハイエルフの従者』……いい役どころだが、狙われたこちらとしてはたまったものではない。

 

 それらを退けつつ、百山校長の元にあった邯鄲の枕に対して封印執行。その際に香炉にあった四方相当の『けもの』の力を『ちょろまかして』、一種のけものフレンズ(爆)にしたことは内緒である。

 もしかしたらば、返却先である魔法大学の講師であり、四葉の執事という人物……達也と深雪に着いていった際に会った人間は察したかもしれないが……まぁどうでも良かった。

 

 悪霊ガザミィほどではないが、面倒なものをこの世界の魔法師も考えたものだと想いつつ、その事件は終わった―――気になる点と言えば、自分達が出てこない代わりに、皆の夢には―――。

 

『達也おじさまは、『殺しても死なない特性』を持っているから全力のガンドを撃てるわ!! 遠坂流ガンド術奥義!! 極死無双!!!』

『呪いを剣にして撃ち出す。お姉ちゃんほどではないけど、ワタシのケイオスソードを魅せるのだわ!!』

 

 などと『黒と金のツインテールの双子』が天空の花嫁の子供のごとく、時に味方だったり敵だったりで混乱に拍車を掛けていたらしいが、何のことやらであった。

 

 

 そんな人騒がせな事件を終えて、第一高校にとっての一つのヤマ場。九校戦ほどではないが、それなりに大きなイベントが控えているのだった……。

 

 

『第一高校生徒会長選挙』

 

 それもまた若干ながらも人騒がせな事件となるのだった……。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

「私たちも今月で引退かぁ……」

 

 第一高校生徒会長七草真由美のおセンチすぎる発言が聞こえたが、構わずに刹那は生徒会の端末を通して会話を続行した。

 達也及び市原鈴音立会いの下での端末越しの会話。耳に着ける古めかしいタイプのインカムを通して刹那の話し相手は、ドイツ語で問いかけてきた。

 

 先程の可愛い声の持ち主は誰なんだい? そんなニュアンスで真面目な話を少しはぐらかしてきた相手に、『気にするな。おセンチになる時期なんだ。そっちと違ってこっちは三年制の高校だからな』と伝えると苦笑する相手。

 ゲルマン人の割には、どこかジョークを多用する相手だと思いながらも、質問された内容に答える。現代魔法の摺り合わせで難しいところの説明を達也とスズ先輩に噛み砕いてもらおうかと思ったが、その必要はなく自分の説明できる範囲で終わってしまった。

 

 

「これで六人目……まさか海外配信まで為されていたとはな」

 

「本来のエルメロイレッスンの趣旨から離れていますが、どうやっても流れてしまうのは仕方ありません。録画録音をしてのデータ保存を完全に遮断出来ないのも現代のIT技術の欠点ですから」

 

 だが、そこにきつく締め付けを行えない。VHSなどと違ってダビングコントロールが効かないのは技術の進歩ゆえだった。

 そして一種の違法配信、海賊配信に至ってしまったということだ。

 

「お前がマルチリンガルで助かったよ。翻訳機では微妙なニュアンスが伝わらないからな」

「お役に立てて何よりだ。まぁ俺も機械は苦手だからな。お互い様だろう」

 

 スズ先輩と達也と会話しながら、他の生徒会勢に聞き耳を立てると、放課後になったとはいえ、猥談なんてするんじゃないと言いたくなる内容だった。

 女性の貞操観念というのは日本においては若干の変化を果たしていた。未成年どころか誰かと結婚するまで純潔を保つというものは、守られたり守られなかったりであるが……この中にはそれが通用しない相手もいるわけである。

 

「モチロン、誘ったのはワタシからですよ。本当、あの頃のセツナはやさぐれているわけではないが、ささくれ立ってワタシから積極的にエサ撒かなきゃ『釣れなかったんですから』」

 

 そんな金髪の少女の策略にまんまと釣られた(FISH―!!)男は、この上ない間抜けだろう。まぁ辻褄合わせというのは必要なのだから……。

 

「お、大人なんですね。いやいや! そもそも噂だけはあったんで今さらですけど―――ちゃんと避妊具は使っているんですよね?」

 

 何気ない質問だが、みんなのあーちゃん先輩からこんな単語を聴くと、ちょっとだけへんな気分である。

 

「中条先輩みたいな小柄っ子から避妊具なんて単語が出ると、なんかイケないことをしている気分です」

「結構真面目な話をしていたのに!!! しかも小柄っ子って普通にちびっ子とかロリっ子でいいでしょうが、余計な気遣い!!」

 

 怒涛の三連続ツッコミを受けつつも、そう言う話はしたくないです。ということでリーナともども黙らせる。

 

「仕方ないわ。今度の論文コンペでアイリに言って牽制するのは許して☆」

「なんで許されると思っているんだよ? 気が速すぎるよリーナ。その前に生徒会長選挙があるだろうが」

 

 ツッコミ入れつつ、その話題を出したことであーちゃん先輩が、正しく小動物のように震えた。震えるも持ち直す様子を見た。

 

「刹那君の出したエルメロイレッスンで、私の学園改革はとん挫したようなものだったけど、生徒会選挙は絶対に行うわよ」

 

「「「「夏休みに会頭と海に行った七草会長……」」」」

 

「余計な単語を付けないでよ!!! ったくそんなことはもう周知の事実でしょ? ともかく―――こればかりは絶対に行うわよ!!」

 

 一年の後輩四人からの言葉に怒りながらも返す七草真由美だが、そもそもこの第一高校の生徒会長選挙……何か特殊なことを行うわけではなく、普通高校(文科、理科)と同じく概ね前・生徒会メンバーや成績優秀者が立候補することで、教職員もコントロールしやすい優等生に学校自治を担わせるということは薄々気づいていた。

 

「体裁だけを整えるんですか?」

「立候補者が複数いれば、選挙は行われます。とはいえ、『生徒会長』になろうという生徒は大体は普通高校と同じです」

 

 達也の質問に対してスズ先輩の言葉。そう言われれば中学も通っていただろう達也と深雪も納得する。

 無論、小学校を途中で辞めて軍隊に入ったリーナ、普通学校に二年程度の在籍でしかなかった刹那も、まぁ理解は出来た。

 

「となると服部先輩か、中条先輩ですか、確か前者は部活連に―――」

 

「ええ、十文字君が言っていた内示を引き受けるって言っていたわ」

 

「―――大丈夫です。やります。私が第一高校の生徒会長になります」

 

 意外なことではないが、随分とやる気を出す中条あずさという少女に若干、面食らう。

 それは無表情がデフォルトの達也も同様であり、『おどおど』したり『びくびく』したりするかと思っていたのだから、意外な限りであった。

 

「いいのか中条。その……弱気の一つも見せておかないと、なんだかなってからが不安だぞ?」

 

 渡辺摩利の容赦ないツッコミを受けても、彼女の―――あずさ先輩の意思は揺るがないでいた。

 何が彼女をそこまでしているのか……少し気になる。

 

「実を言うと―――ブランシュ事件、八王子クライシスから少し考えていたんですよ。一科二科の違いとか、実践的な魔法師の在り方とか―――、一科だけでなく二科の同級生も含めて、二年生は考えていたんです」

 

 そう言えば、エルメロイレッスンの際にも二年生たちは若干、一科二科の『隔たり』があまりないようにしていた気がするが、それも一因かと考える。

 

「魔法を使っての殴り合いの実力とか、それ以外でも色々と―――今の制度が評価として正しいのか、ちょっと疑問に感じてから―――どうやったら、この制度を無くせるんだろうなって考えて―――もしもまたあんな事で皆に危難が訪れたならば、その時―――私は弓弦を引っ張って落ち着かせることしか出来ませんから」

 

「あずさ……」

 

「勘違いしないでください真由美さん。別に自分を卑下しているわけではないんです。

 けれど真由美さんは遠すぎて、強すぎる先任です。だから私では、真由美さんと『同じく』は出来ないことは、もう理解はしています」

 

 諦観ではない。少しだけ慰めるような七草真由美の言葉を手で振って否定する中条先輩の顔は輝いている。

 はっきりとした意思を持って、第一高校の生徒会長になろうとしているあずさ先輩の胸中には何があるのか……。

 

 だが、今の発言ではっきりしたことが一つ。中条あずさは、真由美会長の路線を引き継ぐようである。その為に―――何かの策があると見た。

 

「何か考えていることがあるのね。あずさ。聞かせてもらえない?」

 

「ごめんなさい。今はダメです。そもそも本当に私だけが候補者になるかは分かりませんから」

 

 拒絶されるも、少しだけ後輩の成長を喜ぶような、元・会長になることは確定している七草真由美は笑みを浮かべていた。

 

 

「そこで、遠坂君。少し今日付き合ってもらえますか?」

 

「特に用事はありませんので、今日は白子に衣をつけて揚げるだけなので」

 

 遠坂家の今日の晩御飯が披露されたが、そんな中条あずさからの『デート』の誘いに、ラムちゃん状態(名付け・美月)のリーナが出来上がる。

 

 家電製品がおしゃかになるレベルではないが、刹那が落ち着けと言いながら雷気を抑え込んでいる。

 

「そうですね。それじゃアンジェリーナさんも資料室の整理に付き合ってください」

 

「へ? ワタシもいいんですか?」

 

「もちろん―――ただし、司波兄妹。あなた達はダメです」

 

 

 その言葉で氷結の冷気が吹き荒れそうになるのを、達也が抑えることになるのだった。

 

 そもそも、この後の達也は風紀委員本部に行くのだから無理なのだが。

 ちなみに言えば刹那は、既に風紀委員としては『予備役』という妙な立場にさせられていた。

 

 要は繁忙の時にはヘルプしてもらいたいということだ。この処置はエルメロイレッスン二か月後ぐらいに行われた事であり、つまりは負担が増えすぎることと、刹那の個人レッスンを受けたい人間が多数いたことに対する必然的な処置であった。

 

 風紀委員としては、刹那のレッスンで放課後の見回りなどの負担が減るならば万々歳であり、そもそも風紀委員ですら受けたい授業なのだ。

 

 涙ながらに「君は風紀委員に収まる器じゃなかったんだな」などと芝居がかった沢木先輩に肩を叩かれながらの、妙な勇退であった……。

 

 ともあれ―――あずさ先輩が用事あるのが『外国人』二人ということに、スズ先輩―――市原鈴音を除いて誰もが怪訝になるのは仕方なかった。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 

 資料室で女子三人に男子一人という状況―――多くの男子生徒ならば羨ましがるだろう状況だが、刹那は特に感じない。

 

 リーナと二人っきりならばともかく、資料整理を一段落させたことで、先輩二人から話が切りだされる。

 

 その内容は、一通り聞いてから『ふむ』と思えるものだった。

 

 生徒会の役職の増加……。

 

 現在、生徒会長一人に副会長一人、書記一人に会計一人……無論、新人として一年女子2人が、あれこれ手伝っているが、それでも仕事量に対して、役員の数が全く足りていないのだ。

 

 

「真由美さんの政策では、二科生から『副会長一人』を入れるという構想でしたし、私もそれには賛成です。入れるのは―――まぁお二人ならば理解出来ていますよね?」

 

「ええ、しかしそれと俺たちが繋がる理屈が分からないんですが」

 

 親しいとはいえ、そことこれは違わなくないかという疑問ゆえだったが、その言葉を受けて口を開いたのは市原先輩であった。

 

「エルメロイレッスンの影響は大きなものです。日本の魔法師が『鎖国』状態を謳って国外流出を禁じていても、国外から『やってくる人々』は拒んでいない辺りで、不公平感が出ているようです」

「つまりは―――『外交分野』に明るい。というか言語が多様な人間(マルチリンガル)が欲しいと?」

 

 頷く先輩二人。仕事量が大幅に増えた原因はネット配信の海賊版だけが原因ではない。

 

 九校戦を直に観戦した者。衛星契約で、日本のそういった番組をみた海外の人々。大使館や領事館の人間―――幸いにも大亜や新ソ連などの共産国家からの声は聞こえていないが、それでも魔法師関連においては、若干の鎖国状態の日本に開国要求。

 

 要はエルメロイレッスンを『ちゃんとした形で受けたい』。そういう話だった。ならば、公式配信―――動画共有サイトなどに流せばいいはずなのだが、それでも第一高校に対するアポイントメントはひっきりなしらしい。

 

「最初は各国の魔法科高校との国際交流。それだけを目的にしていたんですが、シールズさんだけでは手が回らなくなって」

「セツナ―ヘルプミー!! 今日はバニーガールになってあげるから!!」

「今日だけじゃすまない話だろ。俺も生徒会入りですか、何だか流浪の身ですね」

 

 資料室で抱きつこうとしたリーナを手で押しとどめながらそんな感想を述べると、市原先輩は苦笑をしてきた。

 

「仕方ありません。刹那君は、総代であった深雪さんを超えて期末では一位を取り、九校戦でも勝利の立役者となった身です。

 そう言った風な責任からは逃れられません―――もう一人の『昼行灯』も、それを分かっていればいいのですが」

 

 そちらに関しては望み薄である。第一、風紀委員会における『事務方』のトップでもあるのだ。

 今ごろ千代田先輩に引きずられての見回り案内であろうかと思える。だが望み薄だからといってあきらめるわけにはいかない。

 

 生徒会長をする人材に大きな負担を負わせてしまうのは、恐らく刹那ともう一人だからだ。

 

「何より……情けない話ですが、私では真由美さんの後任としては力不足です。十師族としての類稀なる魔法力、いざとなれば前線に出れるだけのスキル―――あの人の二年時の成績にも追いついていないんですから」

 

「ちなみに言えば、服部君と千代田さんも同様です」

 

 偉大にして『力持ち』すぎる先人の後釜を担うには、若干、後継者教育が遅すぎたのかもしれない。

 だからこそ、不足している所を他で補う。無いならば、ある所から持ってくるとする考え……。

 

 実に魔術師的で懐かしい気分だ。そういうことならば、まぁ良かろうと思えたのだが、まさか――――目の前の小動物系女子が、そんなことを考えていたとは。

 

 

「中条先輩がそこまで大胆なことを考えていたとは意外でしたよ」

 

「まぁ色々と思う所はありますよ。私だって成長します。三日あわざれば刮目して見よ! というヤツです」

 

 個性的すぎる面子に囲まれたことで若干、耐性が着いたのだろうか。ふんぞり返る様な先輩の様子にちょっと涙目。

 

「多くのモノを見て、食べて…大きくなりましたね。中条先輩―――」

 

「むしろ、あーちゃん先輩は大きくならないと食べられないわよ」

 

「何を言っているんだコイツ?的にツッコまないでくれリーナ」

 

 それに関しては個々人の『趣味』次第だろうと思えた。

 しかし、エルメロイレッスンの主任講師としての立場に、次期ロードの育成……何だかあの頃の先生に近づいてきた自分に苦笑してしまう。

 

 この上、源流刻印の修繕に、アーチボルト家の借金まで背負っていたのだから先生は超人であった。

 自分にとってのライネス・エルメロイ・アーチゾルテの一端を、中条あずさが担っているということだろうか。

 

「では、お二人はこの構想に賛同してくれるんですね?」

「まぁ、その気になれば専制君主にもなりそうな深雪の抑えは、アイツにしか勤まらないでしょう」

「そう考えると、三年時が怖いわよね……」

 

 未来がどうなるかは分からないが、市原先輩と共に考え出したこの考えは結構いいかもしれない。

 深雪に対するカウンターになるだろう。まぁ大人しくしていればどうということはないのだが、兄愛で道理を捻じ曲げることばかりは、体裁が悪かろう。

 

「とりあえず俺からも達也に言っておきますよ。けれど最後には中条先輩からも切り出してくださいよ」

「もちろんです―――彼を表舞台に引っ張り出さないと、何か取り返しがつかないことになりそうですし」

 

 拳を握りしめて意気を上げる先輩のその予感は正しい。あの男は昼行灯でいたいくせに、全く以て隠せていないのだ。

 

 かといって坂本龍馬の如く『風来坊』というわけではない。収めるべき地位に収めとかないと、何か色々と不味い予感がある

 

 

 そういう訳で諸々のことを話し終えて生徒会も終わり、校外にて、いつもの面子に合流する事に……。

 そのいつもの面子にこれまでのことを話してどうなるかは……本人次第だった。

 



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第119話『中条アズサの陰謀』

というわけで最新話なんですが、fakeも盛り上がって来て劣等生は―――まぁ普通通り?

終わりが見えてきましたが、奪還編とやらも上中下とかでやるんでしょうし、更に言えば未来編もそんぐらいはやるはず。

まぁジュビロの如く「たたみきれない」なんてことも―――無いかな?

ともあれ、新話お届けします。


 ―――夕日が沈もうとするアーネンエルベにて、聞こえてくる厳かなBGMが少しだけいいものだ。

 話の話題は、近々行われる生徒会長選挙に関してであったが、それぞれで意見は違っていた。無論、候補者が一本化されたことは、当たり前の如く話すことになる。

 

「いいのかしら?」「守秘義務があるわけじゃないし、生徒間では既に噂になってるしな」

 

 ここで話していることなど、噂に疎いものでもない限り周知のことである。リーナの耳元での言葉に返してから、達也は自分に意見を聞いてきた。

 

「お前はどうなんだ? 他に適任がいるいないとか口にしていないからな。気になるな」

 

「今さらドブ板選挙する余裕は無いし、自薦もしない。ただ、やっぱり適任なのが中条先輩なんだと思うけどな」

 

「そう思うのか?」

 

 否定派というほどではないが、頼りないとしてきたレオの言は尤もだが、だからといって、そういう相手ばかりではないのだ。

 

「中条先輩を支持する理由は幾つかあるが、やっぱり七草会長の『後継』というのは、誰がなってもレオの言う通り、頼りないんだよ」

 

 日本の魔法師のマスタークラス……十師族の長女にして一年の頃からの九校戦の選手。そして容姿も端正―――若干、背丈が低いが、概ね美少女といってもいいだろう。

 

「優秀な事務能力及び校内の抑止力としても機能する、魔法科高校の生徒会長なんて職務。普通に考えれば、こんな超人―――そうそう出てきてたまるかよ」

「まぁそれは若干、想うかもな」

「それじゃ、深雪や達也さんが生徒会長になるっていうのは?」

 

 光井の質問の前に、チカが持ってきたアイスティーを飲んでから答える。

 

「この兄妹がどれだけ自己分析しているかは分からないが、どちらにせよ校内の反感は強くなるだろうさ」

「深雪でも?」

 

「確かに深雪ならば、一科も二科も関係なく支持者は増えるかもしれないが、その一方で過失や何かの失点があれば、一気に支持率を失う。

 簡単に言ってしまえば……二十世紀に起こった『三越事件』みたいなもんだな」

 

 その言葉と挙げられた事例に明確な反応を示すのは、セレブである少女だった。

 

「それはあるかも。深雪の達也さんに対する愛は、『ものの道理』を無視する時もあるから」

「ず、ずいぶんと言ってくれますねぇ。別に解任されたとしても『なぜだ!』とか言いません。潔く離任勧告に従いますよ」

 

 セレブリティである雫が、刹那の語る事件のことを知っていたのは分かるも、頬をぴくぴくさせる深雪まで知っている事は驚きだった。

 

「優秀な人間、強力(ごうりき)な人間がトップに立つってことは、それ以外の失点や失態を追及されるってことさ。

 そういう意味じゃ、七草会長も十文字会頭も上手くやっていたよ。決して驕らず昂ぶらず、されど高潔さだけに拘泥することは無かった。

 でなければ、寧ろ『下』からも『上』からも反感ばかり買っていただろうからな」

 

 そんな刹那の言に、達也も目からうろこな気分もあった……。学生自治の長というのは、いわゆる民主制議員的な立場というよりも、そういった所を審査されるものもある。

 

 無論、そういった国や都市の議員とて『人倫』『道徳』に著しく外れた行為を続けていれば、当たり前の如く支持者から支持されない。

 

 しかし―――学生自治の長というのは、そういった点を逐一見られているのかもしれない。

 

「それにレオがあーちゃん先輩を頼りないって言うけど、あの人はあの人で、せかせか動いて根回しも色々としているわ。

 後にフォローを入れておくぐらいのこともしていたし―――それにホノカ、ちょっとハクジョウじゃないかしら?

 ボードの練習はタツヤだけじゃなくて、あの人も見ていてくれたんだから」

 

「うっ、そ、そう言われれば確かに……というかリーナ、よく見ているね……」

 

 それは当然の話というか、リーナに生徒会の仕事を教えていたのは中条あずさなのだから、必然的に擁護する立場にもなろう。

 とはいえ、実力=人気となるぐらいには、この国の民度……というより魔法師の『民度』は少しばかり変な所もある。

 

(ある意味、合衆国なんかよりも『若すぎる』共同体だからな)

 

 魔術師で言うところの『歴史の古さ』(ヒストリー)ではなく、『力の有無。強弱』(ストロングパワー)でオーソライズされる共同体。それが魔法師社会だと結論付ける。

 

 とはいえ魔術師の場合、蓄えた年月=『力の強さ』になる場合もあるので、一概には言えないのだが、それでも魔法師の共同体にとってオーソライズ……『正統と認める』ためには、そこが指標となるのは仕方なかった。

 

「第一高校の一員として色々と考えているのさ。あの小動物系の先輩は。

 個人的な意見だが、俺としては、何でもかんでも出来るトップよりは、もう少し周りを頼ってくれる人の方が嬉しいかも」

 

 その話を出した瞬間に思い出された顔―――栗色のポニーテールの女性と仏頂面で葉巻を吸う男性。

 どちらも刹那にとっては懐かしき『頼りない上役』であった……。

 

 

「だが、現実に事務能力の調整能力だけでは納得いかない面子もいるぞ?」

 

 達也の言葉に、レオ、エリカ、雫がうんうんと頷く。このウォーモンガ―どもは……と苦笑して思いつつ、咳払いしてから今日聞いたことを故事を混ぜつつ紹介する。

 

 

「古来から長期政権や安定政権を約束するものってのは、独裁的な力だけの存在じゃないんだ。

 アッティラ・ザ・フン―――遊牧部族を力だけで州合させた彼女がいなくなると同時に、フン帝国が瓦解したのとは別の例に倣いたいそうだ」

 

「つまり?」

 

「―――■■四天王だ」

 

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 烈火の如き怒りで以て中条あずさの下へと向かう司波達也―――なんて光景は無くとも、若干の困惑はしている様子であった。

 

 面白がるようなリーナと、やれやれと肩を大仰に竦める刹那とを後ろに控えながら、司波兄妹は二年生の教室棟を歩いていく。

 

 

「よう司波兄妹。それと遠坂夫婦。二年の教室棟に、どうしたよ?」

 

「桐原先輩、中条先輩はいますか?」

 

「中条ならばA組だ。情報通のおまえにしちゃ――――おおーい?」

 

「すんません。昨日からちょいとナーバスなんです。これ、壬生先輩とどうぞ」

 

 桐原先輩に返事も無しに進む達也。

 刹那がフォローしなくてはいけないぐらいに、今の達也はちょいと神経質である。

 

『ネコアルク-THE MOVIE-逆襲のマフィア梶田』のチケットを渡してから2年A組に急ぐ。ちなみに言えば、後ろでは『ディドゥーーン!!』とかビームライフルのSEのような驚きの声が上がっていた。

 

 ともあれ2-Aに着くも、どうやら一年とは違い、2年生の実践的な魔法師たちはD組に多いようである。ざっと見渡しても九校戦関係者は殆どいなかった。

 

 それ以上に若干の怒気を孕んだ達也の姿に、少し萎縮している様子が申し訳なかったが――――。

 

「昼休みぐらいに来る覚悟はしていたのですが、まさか放課後まで待つことになるとは思いませんでしたよ」

「放課後まで、こいつ(刹那)の交渉術がとんでもなかったでしたから。ともあれ、本丸を攻めさせてもらいます」

「く、来るなら来いですよ!! 私だって相応の覚悟を決めているんですから!! 倒せ!! 『武田信達』!!」

 

 妙な武将の命名がされたものである。

 ファイティングポーズを取るも、生まれたての小鹿のように、足をぷるぷるさせる先輩に申し訳なさを感じながら生徒会室に向かう。

 

 

 生徒会室は珍しく―――という訳ではないが、市原先輩だけがいた。どうやら会長及び風紀委員長などは所用の様だ。

 

 椅子に全員が腰かけると、口火を切ったのは達也からだった。

 

 

「昨日の放課後、アーネンエルベにおいて刹那から聞きましたが……『一高四天王』―――本気なんですか?」

 

「勿論です。察しが良すぎる司波君ならば、分かると思いますが、これは今後の一高のことを考えた制度です」

 

「………具体的なことも聞きました。実力本位主義―――ざっくばらんに言えば『殴り合い』の能力などを大まかに推計した上での選出。

 その上で生徒会の仕事も手伝う―――。オーバーワークすぎませんか?」

 

「確かにそうかもしれませんが、前者は本当に有事の際の『機動性』を考慮したものであって、本業は後者が主です。その上でアナタを副会長職に任命したいのが、中条さんの考えです」

 

「……刹那、深雪の男女副会長ではダメなんですか?」

 

「生憎、俺が着く役職は決まっている。『外務書記官』だ」

「Me too!」

 

 市原先輩の発言に返す達也に、バカップルから更に返し技が決まる。

 元々、一高生徒会は首都圏ゆえの役割の多さゆえか、全世界の魔法科高校(ホグワーツ)との交渉やらを任されてしまう所があった。

 

 2090年代ともなれば、口頭言語でのやり取りにおいて、百か国以上もの言語翻訳機ぐらいは開発されている。

 

 そうでなくとも、第三次世界大戦を経て世界のブロック単位が制定されてしまった世界なのだ。それぞれの『国家体』での『公用言語』は、統合されている節もある……。

 

 大亜では『北京語』。新ソ連では『ロシア語』。USNAでは『アメリカ英語』……。この三言語であれば、さほど苦労はしないはずなのだが……。

 

「そう言えば、昨日の会話相手はベルリンの魔法科高校だったな……。確かに、リーナ一人では大変か」

「ザッツライト。まぁワタシも当初はそれほどナンギしていなかったんだけど、エルメロイレッスンの好調と違法配信でも知られたことでね……」

 

 頬を掻いて困った顔をするリーナに、本当に申し訳ない気分を出した刹那は、更に問いかける。

 

「悪かったよ。お前こそ、そういうことならば早めに言っておけよ」

「だって……皆に頼られるワタシのダーリンだもの。その邪魔はしたくなかったの」

 

 そんなこと(邪魔なんて)想うかよ。という意味で、頭ごと少しきつめに抱き寄せておく。本当にこの子は……。

 

 あのイカだかタコの魔獣のことを忘れたのかと思ってしまう。それを思い出したのか余計に擦り寄るリーナに胸を貸しておく。

 恋人を深く慰める……そんな心地でいたのだが――――。

 

「おい。そこのバカップル。話は途中だ……お前らはいい。ついでに言えば生徒会長以外の役員は生徒会長の任命制だからな。

 けれど……俺を副会長兼技術軍事顧問にするのは変だろ。オーバーワークすぎてハードワークが終わらないのだが」

 

「無茶でしょうか?」

 

 不機嫌MAXの達也に発生するいつもの『やれやれ顔\(-o-)/(命名・刹那)』を見ながら、あずさ先輩は真剣に問いかける。

 

 風紀委員との兼ね合いに関しては、千代田との間で折り合いが着いている。とりあえず今年度中は風紀委員会に残留した上で、来年度からは―――そういうことらしい。

 

「……刹那、俺の副会長としての業務は恐らくお前のサポートだろうな。しかし、お前自身、講師役と生徒会とで大丈夫なのかよ?」

 

 あずさ新会長(予定)からの真摯な問いかけの躱しに俺を利用しないでほしいものだ……。

 しかしナイスな質問であった。

 

「大丈夫だ。問題ない―――最高のアシスタント講師を用意出来た。

 そもそも先生だって自分一人じゃどうしようもないから、アシスタント講師を何人か入れていたんだからな」

 

 エルメロイ教室におけるメイン講師は無論、ロード・エルメロイⅡ世であったが、それ以外にもシャルダンのジジイ、そのまま講師職に落ち着いたヴェルナー師……結局のところ、そういうことだ。

 

「そもそもノーリッジは『一人で籠って研究』なんていう魔術師の本道から若干外れていたからな。

 先生だけの視点じゃ分からない事も、シャルダン翁やヴェルナー師からも教えられることで「成程」と思えたんだ……俺以外の最適かつ、そして現代魔法にも通じたカリスマ講師の登場に震えて眠れ」

 

 それはつまり――――これ以上、和泉先輩のように「ムリムリムリカタツムリィイイイイイ!」などと発狂する人間がいなくなるということであろう。

 

「そんな訳で、俺の方は大丈夫だ。もちろん俺が始めた事だから責任はこなしていくさ。トミィがどうしても魔弾(フライシュッツ)を放ちたいそうだから、エイミィと同時に指導もしてやっているしな」

 

「そして平河がいじけて『どういうことだ―――!!??』などと俺のところに文句を言いに来るという悪循環」

 

 そんなことになっていたんかい。初耳の事実すぎるが、ともあれ刹那は問題ない。そして三角関係に首を突っ込むつもりもない。

 場合によっては海外との折衝も行おうと宣言するも……達也はいまだに渋い顔である。

 

「ミユキをひとりぼっちにするというのは不味いんじゃないかしら?」

「お前がいるだろ。ついでに言えば書記の後釜には、ほのかと雫のどっちかでいいだろう」

 

 リーナの追撃に対しても、渋い顔……色々な所に迷惑掛けるから目立ちたくない。その思惑は崩れていると言ってやるのは簡単だが、『まだ間に合う』などと言うのは無理だ。

 

「……お兄様」

 

「結局の所、中条先輩も市原先輩も、俺を助けようとしているんですね?」

 

「真由美さんのように『情』(じょう)での改革を私は望みません。そして刹那君と違って司波君は、『いるべき地位』にいませんから」

 

 今の『風紀委員』という立場で、『我』を通そうというのならば、それはそれで悪評が付いてしまう。

 

 そして達也の行動原理が『妹第一』であることは、周知の事実…しかし風紀委員の立場では、生徒会及び一学年『主席』である深雪の傍は遠い。

 

 成績で言えば違うが、刹那は例外であり、そういう行動(妹のため)をこれからも獲っていくならば、達也は深雪のそばにいなければならないのだ。

 

 

「それが最終的には、二科の障壁を取っ払い、第一高校を変えていくと信じています。

 私としては、司波君が能動的に事態に対処できるような立場につけることが、その近道だと思いますよ」

 

「――――分かりました。承ります―――が、その一高四天王というのは……やめにしませんか?」

 

「四名臣だと長篠合戦で三人死ぬぞ」

 

「誰が名称の変更を願うんだよ? しかし、対外的にはそう喧伝するんですか?」

 

「あなた達一年四人の起こしたペア・アイスピラーズでの戦いぶりから、そういった声はありますので」

 

 市原先輩の声に、結局の所……そういう結論だった。目立ち過ぎたのだから無理せずタイトルホルダーになれということを達也は受け入れた。

 

 候補者が一本化して後の予定も決まった。

 無論、心情的に真由美の改革を喜ばない『一科生』の反対はあるかもしれないが……。

 

 そこは会長の手腕次第だなと思いつつ、聴くところによる四年前のように、魔法の乱発戦での会長選挙というのもありえるのかと思う。

 

(殴り合いで心が納得するならば、それも一つの解決案だが……)

 

 どう考えても『勝ち過ぎる達也』『容赦ない規格外魔法師』では、ほどほどに勝って『相手を従わせる』という事が出来そうにない。

 心に『しこり』を残す結果ばかりで、何かあれすぎる。

 

 

 風林火山の全てを体現しているような達也だが、その実、全ての攻撃姿勢が『火』であるなど誰に分かろうかということである。

 

 

「天上天下唯我独尊とはお前のことかも」

 

「何を考えていたかは問わないでやる。この武田信達がな」

 

 分かってんじゃん。などと刹那は思いながらも話し合いは終わった。

 

 終わった時点で達也は、今さらながら気付いた―――ここ最近、あの色々とやかましい『魔法の杖』の姿が見えていないことに。

 

 無論、正式に紹介されたのは刹那が親しい連中ばかりなので、ここではTPOを弁えたのかもしれないが……何かあるな。と気付いて―――まぁ、黙っておくことにした。

 最近どころか、出会ったころからやられっ放しの達也としては、何とか一矢報いたい気分だが、最後にめんどくさくなってしまう。投げる。

 

 自分が万能の完全ではないことを思い知らされる相手。それが遠坂刹那であった……。

 まぁ機械分野においては刹那は後塵を拝してばかりなので、そこに関しては、達也は有利に立てるとでも言えるか。

 

 結論を出すと――――。何だか気が楽になるのだった。

 

 

 そうして、達也が会長になるなどという根も葉もない噂を立たせること無く、生徒総会・立会演説会・投票―――そういう段取りが取られる日に至った。

 

 

「結局の所、どちらにせよ反対派は出てくるよなー」

 

「そりゃそうよ。前回の演説ではセツナがメッタメタにマユミ会長を熨した上で、更に言えば一科二科問わない改革を進めた。

 この時点で、心情的にマユミ会長を叩きのめしたい連中は溜飲を下げていたけど、その後に成果が『出過ぎた』せいで、想わぬ逆激を感じているんでしょうね」

 

「演説会で、如何にも『二科生には荷が重い』なんて能力的な根拠を元にした言動は出来なくなれば、あとは個人攻撃だけになる」

 

 反対派―――要するに一科生で七草体制が続くことを『心情』で許せない面子と、一科生優越という気風を失いたくない面子とでも分かれている。

 心情で許せない面子の中には、真由美個人のことをあまり好かない人間もいるのだ。

 

 スクールカーストにおけるクイーン・ビーだからと言って、誰からも好かれている訳ではないし、寧ろ、その開けっぴろげな面を「ふしだら」と思う人間もいるはず。

 事実はどうだか分からないが……。

 

「攻撃されるんだとしたらば―――俺とお前かな?」

 

「あるわよねー……だって、ワタシとセツナは一高でナンバーワンのカップルなんだもの。僻んでくる人間はいるわよ」

 

 もしも、これで達也の身の上を知らずに、十文字会頭とも近づいていなければ、七草会長辺りに達也の生徒会入りを『愛人採用』だと攻撃してくる面子もいただろう。

 

「まぁいずれはミユキがやる道だとは思うけど、結果ぐらいは見せておきたかったわ」

「人間の行動を決定づけるものは、論理や合理だの積み重ねても、最終的には感情が全てなのかもな」

 

 身も蓋も無い結論を出しつつ朝食を食べ終えると――――。

 

 

「ふふふ! 遂に私の出陣となるわけだね。いやー精密作業用のこのボディにも段々となれてきた。

 マイマスター刹那には感謝の限りだね。ありがとう! そしてありがとう!!」

 

「ロマン先生とも話し合ってきたが、まぁ劇的な登場になるだろうな……何人かには教えにゃならないけど」

 

 部屋の奥からやってきた―――有名人。大体の人間ならば知っている『肖像画』のモデルにして、更に言えば『現代魔法の有名人』でもある。

 それの正体は、とりあえず自分達だけが知っている。

 

 アメリカに帰ればアビーを筆頭に何人かが知っていることだが、いまの日本では自分達だけである。

 

「当たり前のことっていつも難しいもんだよ。とはいえ、なぁに心配するな。

 この万能の天才が、キミと同じかそれ以上のステップアップを生徒達に果たさせて、次世代の楽園に連れていこう! 乗りだせ白紙化地球(?)!」

 

「久々に見たけど、本当にワンダホーな現象。魔術ってこんなことも出来るんだから、神秘的よね」

 

「俺の能力や魔力量じゃ難しい所もあるんだがな……まぁいい。んじゃ段どり通り頼むよ」

 

 バロールの眼…THE DEATHたる遠野志貴を狙って、何より刹那を奪還する為にやってきたバゼット。そんな遠野志貴を守るために、立ち塞がる教会の代行者。

 その代行者ほどの魔力量ならば難なく出来るだろうが……というかその代行者から教えられたのが、現在の彼女の姿への変化。

 

 そんな色々なことを考えながらも―――投票の時はやってくるのだった……。

 

 



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第120話『中条アズサの驚愕』

今回で幕間は終わっているはずだったのですが―――余裕を見て残り一話使おうかと思います。

そうして横浜編になるかと思いますね。長ったらしく書いて申しわけない限りの新話どうぞ。


 校内は朝から足が地に着いていない空気に覆われていた。しかし、それで授業に集中を欠いてはダメだ。とロマン先生から言われるも、そういうロマン先生が、一番足が着いていない印象だった。

 

 

「それじゃ、午後授業は無いから、昼食が済んだらば校内案内の通りに行動するように」

 

 

 その言葉で授業は終わった。校内案内―――端末に届けられた情報から、それは分かっていた。

 

 今日の生徒総会からの演説会からの投票で、この一高の歴史が変わる……大げさな言い方だが、そういうことだ。

 

 生徒自治制度を大幅に転換する提案が―――まぁどうでもいいことだ。

 

「遂に今日だねー。やっぱり司波君が生徒会入りするのかな?」

「まぁそれが一番だろ。幹比古は一科への転籍を打診されているから、実質二年からの一科生だしな」

 

 エイミィのどこから手に入れたか分からぬ情報に、補足を加えて語りながら、それ以外の『イベント』に関しては耳に入っていないことに安堵する。

 

 うきうきしているエイミィの隣に十三束がやってくる。

 

 

「にしても、反対派か……なんだってそんなものが生まれるんだろう? 刹那君の授業で全ての敷居は取っ払われたのに」

 

「それでもやっぱり一科二科の違い―――純然たる国際規格の魔法力の違いを明確にしておきたい面子はいるんだろうな。

 ただ、それとて盤石な価値観じゃないことは、変遷から分かっているはず―――分かっているはずなんだけどなぁ……」

 

 聞くところによると、達也の親父もその莫大なサイオン量ゆえに『色々』あって母親と結婚させられたらしいが、その時点ですらサイオン量の多寡などあまり意味を成していなかったはずなのに。

 

 どうでもいいことを考えつつ、昼食を食ったらば魔弾の練習だと告げる。

 

「おおっ、流石はせっちゃん。イベント事があっても忘れずに教える態度に、あたしゃ感動しちゃうよ」

「キャラがブレぶれだぞ探偵」

「いいの? 生徒総会で何かやらされるんじゃないのかな?」

「前と同じくUSNA代表での席が用意されているだけだ。風紀委員会はもはや俺の所属じゃない」

 

 十三束の言葉にそう返しながら、彼の部活動の先輩もいたことを思い出す。その関連だろう言葉だな。と考えが至ると―――。

 

「セツナ―! ごはんごはん! ランチタイムの時間だわ―♪」

「はいはい。んじゃ食うとしようか」

 

 リーナの快活すぎて食欲旺盛すぎる言葉。現代のJKとしてどうなんだろうと思いつつも、これがリーナの素の顔だという事はB組一同理解していた。

 

 更に言えば、リーナの言葉を聞いて、どこからともなく五段の重箱を取りだす刹那の姿にB組一同唖然とする。

 

 入学初期から一学期までは3~4段で推移していたのに、最近の刹那は4~5段で推移しているのにとんでもない想いだ。

 

 

「九校戦は、俺の調理スキルをあげるのに絶好のチャンスだった―――俺はあの大会でまた一つ階梯を上げたぜ」

 

「「「「魔法能力じゃねぇのかよ!!!???」」」」

 

 非参加組―――後藤君も加えての言葉だが、参加組は、苦笑いを零すのみである。

 

「明智さん。そんなことがあったの?」

 

 恐る恐る問いかける十三束にエイミィは頬を掻いて答える。

 

「まぁね……。何だか勝利の影に遠坂刹那の料理魔術(クーレ・デ・ラ・マギ)ありなんて言われちゃっていたしね。実際、ものすごく美味しかったのは事実だけど……」

「本当、女としてのプライドがズタズタにされたわよ。しかも作業量がとんでもない……そして太らない!! 恐るべし遠坂刹那!! 一番美味しかったのは真鯛を使った『転生春巻き』!」

 

 加えて桜小路の何とも言えぬ言葉。九校戦参加組の胃袋と共に体調を考えたその作業……技術面での裏方と、体力面での裏方……噂は本当だったのか……などと考えつつも、恋人二人のランチタイムは邪魔出来ず。

 ランチが終わると、宣言通り魔弾の練習が始まる。……緩み切ったラブい空間からの切り替えの早さに舌を巻きながらも、若干の脱力……。

 

 そんな十三束の『緩み』が功を奏したのか『スナップ』の魔弾がいつになく快活に飛んでくれたことと無関係ではあるまい。

 

 狙っていたのかどうかは不明ではあるが……ともあれ、『ドロウ』の魔弾を放つエイミィと共に練習の成果を実感しつつ、生徒総会の時間になるのだった。

 

 

 今日が最後の風紀委員仕事というわけではないだろうが、達也をはじめいつも以上に気合入っている様子から察するに、何かあるのかと思っておく。

 いざとなれば、青の眼―――略奪の魔眼を発動させるべく眼を切り替えておくことにした。壇上に用意された特別VIP席と言うべき場所に腰かけながら、生徒総会は始まっていった……。

 

 概ね事前説明通りであり、普通に流れていく総会内容。あれこれと粗を探すほど暇なものはない。

 

 そうして、七草会長の二科生への生徒会入りの案件の段になった時点で、遂に動き出す反対派―――その中でも三年生の一科生。浅野という女子が挙手をして質問席に促される。

 

「四月当初にも仰られていた事でしたね。もしも―――IFとして、語るならば、エルメロイレッスンの功績なくば、あなたの言動はただの依怙贔屓、愛人採用を疑うしかなかったでしょうね」

 

「そのことは私も重々承知しております。実際、ここを志半ばで去ることを決めた司 甲くんも私の提案を『毒にも薬にもならない改革』だと称していましたからね。

 情、イデオロギーだけに拘泥しているような私だとすれば、今すぐにでも辞任しますよ」

 

「潔いですね。その潔さが他の人間にも通じればいいのですがね――――ですが、生徒会に実に潔癖とは言い難い人間を入れようという行動は、どうかと思います」

 

 そら来た。実にゲスな勘繰りである。潔癖とは言い難い人間。それが誰だか分からない刹那とリーナでは無い。

 

「私は院政を敷こうとは思いません。更に言えば、次の生徒会長を傀儡にしようという考えもありません。次の役員人事は次の生徒会長の専横特権であり、また教職員の先生方からも突っ込まれない人事をしなければ、承諾はされませんよ」

 

「―――ッ! つまり次の生徒会長になる人物には、エルメロイレッスンの講師役―――1-Bの遠坂君を生徒会に入れようという思惑があるんですね?」

 

「それは今度なるだろう生徒会長に問い質してください。筋違いな質問に答えるつもりはありませんので」

 

 暖簾に腕押し。そう言える七草会長の言動に旗色悪し。そうしてから―――しぶしぶ登壇から下がった浅野。

 

 今日に至る前に、七草会長の私的なボディーガードを達也に依頼しようとした渡辺風紀委員長だが、それを蹴って、というか却下したのは―――部活連会頭たる『十文字克人』であった。

 

『反対派とやらが、どれだけいるか分からんが、いま司波を『矢面』に立たせれば失点となるぞ。二科生への生徒会人事は、なべて潔癖で行うべきだ。

 私心がないことを示す為にも、今のお前は―――司波と余計な接触を避けろ』

 

 2020年代の天皇陛下の退位及び新元号の提案から発表まで、全てを秘密裏に行い情報漏えいを避けて、且つ世論などの動向や野党の言いがかりを避けるために、シークレットオブシークレットとしてきた。

 

 もっとも『方広寺鐘銘事件』のごとく言いがかりはつけるのだ。当たり前だが坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。そんな考えの人間はどこにでもいるのだ。その一人の攻撃が一度は不発となった。

 

「カツト会頭の『エモーション』は少し違ったんでしょうね」

 

「そりゃそうだろ。さてさて、この後はどうやって出てくるだろうかね」

 

 リーナと言いながら、出方を窺いつつ中条先輩の演説を聴く。聴く最中に野次が飛ぶかと思ったが、それは無かった。

 そして演説を終えると同時に再びの浅野の登壇。

 

「前生徒会長の路線を受け継ぐということは、二科生を入れるということは継承するのですね?」

「もちろんです。私は情だけでそう考えているわけではありませんから、真由美さんとは少しばかり違いますね」

「お考えを聞かせていただきたいですね」

 

 しっかりと質問者でありクレーマーとも言える浅野を見ながら、口を開く中条先輩の言葉が聞こえる。

 

「はっきり言えば、この第一高校及び魔法科高校における一科二科制度こそが、組織の硬直化を生んでしまっている原因なんですよ。

 言うなれば、視点が一つしか無いからこそ、偏重が出てくる。

 どんな組織でもイエスマンや同じような視点の人間ばかりでは、いずれは緩やかな消滅が待っているだけです。

 例を上げれば、かつて「愛人」の考えを採用したからこそ、組織に回復が容易ではないダメージを与えた『三越事件』。トップダウン方式で己の考えに拘泥した『織田信長』―――本能寺の変は有名ですからね」

 

「……つまり二科生を入れることは、組織の新陳代謝をするためだと?」

 

「私達がいる東京都の基礎を築いた『神君 徳川家康公』は、忠義者を多く持つ武将でしたが、それ以上に新しい人間や長年の戦い相手であった人間を取り込む考えも持っていた人間でした。

 うち一人は有名な『井伊家』。新参でありながら徳川四天王の一人として扱われるこの人間がいたからこそ、家康公は組織の強固さを担保できた。他の武将もその類です。

 その考えに則って私は二科生を入れたいのです。

 でなければ、いずれは織田・豊臣のような短命政権に終わりますから―――それは歓迎せざる現象ですしね」

 

 理路整然というかツッコミどころを探そうとして、探せない浅野は口ごもるしかない。

 

 先例―――しかも歴史に裏打ちされた事象を例に出されれば、簡単に否定も出来ない。

 何より魔法師の歴史が『短い』からこそ、十師族制度にも似たものしか出来ていないことを考えれば、ここで古臭いと言っても負け惜しみにしか聞こえない。

 

「だとしても、そうじゃないかもしれない! そう考えた事はないんですか!?」

 

「無いですね。私が短命政権に終わると称したのは、何も私の組織する生徒会そのものではありません―――魔法科高校そのものの『消滅』すらもあり得ますから」

 

 その言葉で全員がざわつく。この女は狂っているのか? そういう声も聞こえるが―――その一方で気付いた人間もいる―――。

 

「九大竜王―――その上にいる『神代秘術連盟』……ご存じの方はご存じのはず―――確かに世界的な魔法師ライセンス取得のためならば、この魔法科高校という学校は、とてつもなくいいのでしょう。

 ですが、本質的な、根源的な『力』を求めるならば、そちらの『山』に身を投じる人間もいるはずです。

 何も―――魔法科高校でなくても『力』を着けられるならば―――そういう考えもいずれは出てくるでしょうね」

 

 更にざわつく。思い切ったカードを晒してきたものだと思う。決して妄想の空想というには、想像の外にあるものではない。

 だが突きつけられたものは、一科生の意識の中にもあったものを刺激した。つまり―――下からの突き上げ、追い落とされるのではないかという不安感を―――。

 

「付け足して言えば、刹那君が主導する授業がスタンダードになっていけば、そちらが主流となってしまう可能性もありますよ。

 現代魔法は時代遅れの古物となり、現代魔法と呼べるものがエルメロイの秘術に成り代わる―――そういう懸念です」

 

「そんな……ばかげてるわよ……別に現代魔法……一科生が……劣等生になるなんて―――」

 

「今すぐではないでしょう。けれど、今からやっておいて遅いということは無いと私は思います。

 魔法師の立場がまだまだ盤石と言えない以上、変化は起こります――――その為の備えは必要です」

 

 十師族制度の創設者が制度の破壊を求めたように、明日には魔法師社会の変化がどうなっているかは不確定なのだ。

 足元がぐらついた想いで後ずさる浅野先輩が気の毒になるほどに、中条先輩は今ここにいる『一科生』たちを『脅している』のだ。

 

『いいのか? このままいけば、明日にでも遠坂刹那は魔法師社会を支配するぞ?』そういうことだ。

 脅し文句としては陳腐だが、こんな感じだろう。

 

 だが、それを明確に否定できる論拠も根拠は無い。論拠も根拠も無ければ―――あとは個人攻撃に切り替わるのみだった。

 

 

「……中条次期生徒会長の考えは分かりました。大変に先を読んだ。未来を考えたいい意見でしたよ―――ですが、二科生の力のもとたる遠坂刹那君まで生徒会入りさせるのは、どうなんですか?

 生徒会入りを理由にエルメロイレッスンを休講多めにして、シールズさんといちゃつくだけじゃないんですか? 忖度したんじゃないですか? どうなんですか!?」

 

「流石に、校内でも有名なカップルですからね。そしてリーナさんは私の下で生徒会業務をやってくれていた後輩です。少しは労わりたい気持ちもありますよ」

 

「ならば、それはアナタの政策の破綻に繋がるのではないですか?」

 

 その言葉を最後に盛大な野次が飛ぶかと思ったが、そんなことは無く――――。シーンと静まり込む会場。

 レッスンを中断してほしくない想い、同時に嫉妬心やら、リーナや刹那への同情心―――綯い交ぜとなって、どう言えばいいのか分からなくなる。

 

 会場の空気を読んで、刹那は進行役である深雪、もしくは服部副会長に発言の交代を要求する。

 

『その質問に対する回答者には中条候補では不適切だと判断します。

 回答者の交代―――エルメロイレッスン主催である遠坂君に答えてもらうのが適任ですので、登壇お願いします』

 

 深雪の言葉を受けて立ち上がり、それを見た服部副会長が無言で首肯してきた。それは寧ろ懇願に近いのかもしれない。

 ―――中条を助けてやってくれ。そんな無言のメッセージに聞こえた。

 

 言われずとも―――そういう想いで、中条先輩からマイクを受け取る。

 

 その際の視線の意味を違えない。

 

「中条あずさ会長候補に代わり回答を承りました。1-Bの遠坂刹那です。最初に言っておきますが、俺とてTPOは弁えてます。千代田・五十里のナンバーワンバカップルに比べれば、普通です」

 

 その言葉に「ええー?ほんとにござるかぁ?」という顔が何名かに見えたが、構わずに言っていく。

 

「流石に生徒会室でいちゃつくことは無いと思いますが、まぁ外国からの一種の交渉事をリーナだけに任せておくのは、もはや心苦しいんですよ」

「それは聞いていますが、だからといってエルメロイレッスンを中断させることは、無責任じゃないですか!?」

「答えてくれ遠坂!」「俺たちも情の無いことはしたくないんだ!!」

 

 それが同情を装った反対派の口撃なのか本心なのかは分からないが、ともあれ考えを数秒で纏めて話す。

 というより最初っから攻撃手段は決まっていたのだ。

 

「無論、俺も責任のこなせる範囲ではこなしていくつもりです。ですが、どうしても物理的限界が定まってしまう……身体が二つか三つあればいいのに―――という想いで、九校戦期間中はアシスタント講師を探すつもりだったんですよ」

「ワタシと婚前旅行しながらね♪」

 

 リーナの茶々入れの言葉に深雪のピコハンが炸裂。ともあれ、そういった事情は既知であった。九校戦に出場できない連中から唾棄されたと言ってもいい事件の顛末を―――。

 

「アシスタント講師、サブ講師を見つけること出来ず二学期を迎えるはずでしたが……期せず、『有名人』をスカウト出来たので、今後は俺とその有名人との二大講師制でいかせてもらいます」

 

 有名人―――その言葉にざわつきが広がる。果たして誰なのか―――そもそも、そんな人間が、そこら辺に下野していただろうか。

 そんな想いが生まれたのか、じれったく思ったのか、『誰なのよ―――遠坂―――!!』と平河の大きな声が響いた。

 その言葉に、ありがとう。そしてありがとうであった……。

 

「USNAにおいて彗星のように現れて、多くの特級魔法師たちのCADを開発してきた現代魔法と古式魔法のどちらにも明るく、そしてトーラス・シルバーと並ぶ魔法技術者―――ご紹介させていただきましょう。この方です!!!」

 

 ざわつきが最高潮に達した時、講堂の扉を開けて入ってきたその姿―――一番後ろにいた人間は仰天して大声を上げた。

 トーラス・シルバーと違って、その技術者は何度か世間にその姿を晒してきたのだから当然だ。世界的に有名なCAD技術者―――逸品ものを作ることにすぐれた芸術家肌の人間。

 

 ロマン先生に付き添われて真ん中の道を歩いてきたその『女性』は、完璧な美の象徴でもある―――正体を知っていれば萎えること間違いなしだが、万能の天才である彼?彼女?からすれば性差など些末事。

 現代の『リザ・デル・ジョコンド』にして『魔法のジョコンダ夫人』―――そう称される存在だった……。

 

「ここまででいいよロマニ。それとも君も何かあるのかい?」

「いいや、ともあれ君の演説を近くで聞かせてもらうよ。レオナルド」

「かしこまっ☆―――では刹那、マイクを貸したまえ。新任一発目。はりきってイージーリスニング出来るように声を張らせてもらうさ」

 

 その言葉で回答者としての壇をゆずる刹那。

 

 変わって登壇したのは、とてつもない美女だった。

 ウェーブかかった茶黒の髪に、現代的な衣装と神秘的な衣装を『科学的』に融合させたその姿を、真正面に捕えた全員がざわめきを強める。

 

 

「私の事を知っているものもいるだろうが、この国およびこの学校においてお初だろうから、挨拶させてもらおう。

 私の名前は『レオナルド・アーキマン』。

 USNAにおける魔法師にして魔工師でもある―――が、まぁ気軽に私の事は『ダ・ヴィンチちゃん』とでも呼んでくれたまえ。

 レオナルド先生なんてしゃっちょこばった呼び方は好かないからね――――ともあれ、今期から私の友人にして弟子でもあり、師匠でもある刹那の招きに応じて、エルメロイレッスンの片翼を担わせてもらうことになった。

 やりたい事や質問事項があるならば、私にも聞きたまえ。リーナと刹那がいちゃこらしていて聞けない場合も可! むしろそっちの時に来たまえ!!」

 

「「「「「……………」」」」」

 

 ハイテンションすぎる『ダ・ヴィンチちゃん』の言動に誰もが溜め込む。茫然とした後に、呆然を超えて―――言葉が溢れだす――――。

 

『『『『レ、レオナルド・アーキマンンンンン!!!!!!』』』』

 

「ほ、本物なんですね―――!! 刹那君!! 寧ろあなたが会長に――――!!!」

 

「静粛に!! で、ではダ・ヴィンチ女史。一度降壇をしてください。というか私、あなたの声に聞き覚えが……と、とにかく! 先に生徒会長信任の投票を行います!!!」

 

 信任されるべき生徒会長が一番興奮しているという現状にモノ申したい想いとかありながらも、エルメロイレッスンが存続していくことに安堵したのか、それとも有名人の登場に様々な不平不満が消し飛んだのか―――。

 

 深雪の言葉を受けて古式ゆかしい(?)紙による投票が為されて―――その間、誰もがそわそわしながら、ロマン先生と談笑するレオナルド・アーキマンを見ていた。

 まさか偽物? いや本物? そっくりさん? 

 

 色々な疑念や疑惑もあったりしたはずなのだが、即日開票―――無記名投票とはいえ、生徒会及び有志でもある部活連などの手を借りて、目の前で公開開票した結果―――450票以上もの得票を受けて、中条あずさ新生徒会長が誕生したのだ。

 

 

「では、新生徒会長には少し気が早いですが、新任の挨拶をいただきましょう。中条会長よろしくお願いします」

 

「は、はい!―――えーと色々な反対意見とかもあると思います。無論、決して実力や私の言葉が皆さんの心に届いた結果だとは思っていません。

 けれど、私が述べた決意表明は変わりません。そして、負担が大きすぎる遠坂君を救おうとして逆に違う負担を押し付けるも、リーナさんと仲を引き裂きたくありませんでしたから―――

 だから……これから魔法師としてそして人間としてステップアップするためにも、もう少し他者を分かりあいましょう」

 

 でなければ、本格的に人類社会から『敵視』された時に、妙な分断を生むかもしれないのだ……。

 

 そんな不安げな中条新生徒会長に対して、誰に言われることもなく登壇する『魔法の杖』に新生徒会長は緊張しつつも前を向く。

 

 

「いやいやアズサ君。キミの言葉は舞台裏で聞いていたが、なかなかにいい演説だった。でなければ、この結果は無かったよ。

 キミの言葉が、少なくとも450人もの生徒に共感してもらえた証左だ。誇りに思いたまえ―――キミは『偽らざる言葉』という魔法で、みんなの気持ちを動かしたんだからね」

 

「レオナルドさん…」

 

「気軽にダ・ヴィンチちゃんと呼んでくれよ~。生徒会長であるキミが親しげに呼んでくれないと、他の面子も真似できないだろう?」

 

 わざとらしく大げさに落ち込むダ・ヴィンチに対して、刹那としては苦笑いするしかない。同時に『正体』に気付いた面子も苦笑いするのみ。

 

「ええっ!? 私にとってシルバー様と同格以上のCAD技術者をそんな風に呼べませんよ!!」

 

「ふむ。どうやら私の言葉ではアズサ君の気持ちは変えられないようだ。刹那ーどうすればいい?」

 

 

 そんなことは既に決まっている。中条先輩に対して有効なのは―――袖の下として渡すブツ―――即ち……。

 

 

「ダ・ヴィンチちゃんが作った作品をあげればいいと思う」

 

「ではお近づきの印として、このCADを上げよう。キミの『弓』を参考にして刹那と共に作り上げたものだ」

 

 ざわつく一同。そしてそのブツが『本当』にレオナルド・アーキマンの作品かどうかで変わるわけであり……梓弓のように展開された魔法弓の威容。

 

 CAD技術に明るい連中による真贋のほど……果たして鑑定結果は――――。誰もが息をのんだ。

 

 

「ほ、本物だぁ……うへへへ! レオナルド・アーキマンの逸品もの『ダ・ヴィンチコード』の一つが私の手の中に!! 感動でもはや一週間は眠れそうにありませんよぉ」

 

「――――確かに展開された弓の意匠及び、使われている素材、魔力の循環効率……『起動式』(なかみ)は見えないが間違いない」

 

「驚いたね。本当にレオナルド女史だったなんて、北米で刹那君と知り合ったんだろうけど、今まで『どこ』にいたんだろう?」

 

 渡された中条あずさと、驚愕した目で見る司波達也、そして純粋な疑問をぶつける五十里啓と―――九校戦メインエンジニア三人の太鼓判で伝説のマイスターであると信じられた。

 

 しかし―――その声が、どことなく『魔法の杖』と似ていることに気付いた面子が、何となく『正体』を察したが、この場では余計なことを言わないでおいた。

 刹那のウルトラCで後顧の憂いを断ったことが、一高改革を加速化していく。

 

 情ではなく力―――無論、その背景には今まで補欠とされてきた人種を引き上げるというものがあったが……中条あずさが、予言した内容は若干ばかり未来の姿を言い当ててもいたのだった……。

 



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第121話『空の境界(偽)』

 祭りの終わりはいつでも寂しいものだ。古めかしいパイプ椅子の並びを全て撤去する作業を終えると、栗井教官が近づいてきた。

 

「レオナルドは、あの調子だけど、僕の苦労も考えてほしいもんだよ。マギ☆マリに代わる新たな新世紀アイドル『雪兎ヒメ』の映像が見れないじゃないかぁ」

 

「んなものチェックしていたんですかロマン先生? 正直、ドン引きです」

 

「なんでだよ!? まぁいい―――キミへの負担が増えるのは僕も担任として心苦しかったからね。

 これで、だいぶ楽になっただろう」

 

 

 意外とこの先生もあるんだろうな。と思えるぐらいには、気苦労が多いのだろう。だからヴァーチャルアイドルにうつつを抜かすぐらいは許してあげてもいいと思えた。

 気苦労の原因の大半が刹那にあると分かっていたからでもあるが。

 

 

「―――昨今、一高に違うコースを創設するべきなのではないかという声が上がっている」

 

「違うコース……学科の新設ですか?」

 

「そう。前から魔工科―――マギクラフトを専門に扱う学科は上がっていたんだけどね」

 

 CAD―――すなわち現代の魔法の主要ツールに対する教育が遅れているという声は上がっていたらしいが、導入に消極的だったのは、単純に魔法師の数が少ないからだった。

 

 公称で日本の魔法師は三万人。これはどんぶり勘定であり、『隠れ魔法師』……『モグリ』というのもいるわけで実態に反映されていないのもいるが、まぁ概ねそんな数しかいない。

 その魔法師にしても『使うモノ』『使わないモノ』『古式』『現代』などの区別もあるのでCADの需要というのは振るわない一面もあった。

 

 現代でも行われている携帯端末の『買い替え』ほど頻繁ではない上に使うものが少ない以上、この分野に関してはグローバルにならなければ大幅な商業利益は無かったりする。(達也・談)

 

 

「けれど……司波の功績があまりにも凄すぎたからね……職員会議で持ちあがっているんだよ」

 

「結構なことじゃないですか。魔法師社会が先細るか、繁栄するかでまた見識も違いますが」

 

 ようは「達也みたいな劣等生がいてたまるか!!」という声と同時に、彼の能力は全てレアスキルとして扱うべきだとして、それを『伸ばす』努力をしなければいけない。

 そういうことらしい。

 

「個人的に、魔法工学科―――『アトラス』と称させてもらう学科の新設は決定事項だ。そして問題は先程言った通りだ」

 

「?」

 

「魔法師の社会が、『プラスマイナス』どちらに傾くか―――それを決めるのは、今まで拾ってこなかった『小野君』みたいなスキル持ちを伸ばせるかどうかにかかって来るんだよ」

 

「―――言わんとすることは分かりましたが、俺の理屈が全ての魔法師達を引き上げられるわけではありませんよ」

 

「だが、それでも必要なんだよ。多くの人間達を受け止めるためにもね」

 

 国が求めるのは、戦争抑止の力としての魔法師。大雑把ながらも、人殺しに適した人材ばかりが求められているが、本来的に魔法師たちの能力は、もうちっと違うことに使うべきなのではないかと思ってしまう。

 それは、達也の言うような『兵器』としての魔法師の否定でも、工学的見地に沿った魔法の目的でもない。

 

 まぁそれに関しては……俺の密かな野望としておく。おくとして、ロマン先生の言わんとするところ、即ちBS魔法師や一芸特化の魔法師など……そういったものたち―――今まで入試で弾いていた人間達を大量に採用するという考えのようだ。

 とはいえ、定員を増やすからといって、入学枠―――、一科二科との境……一科定員百名というボーダーは切らないらしい。

 

 増やすのは二科定員……の方で、コース選択制ながらも、その差は明確にしているらしい。

 

 魔工科に続き、第三の学科……そこの主任にロマン先生は就くそうだ。

 

「そこの教員に僕も就く。レオナルドも後に快諾してくれるだろう―――場合によっては、他にも当てを作っておくけどね」

 

「ふむ。俺もそこに?」

 

「キミが『学ぶこと』があるわけないだろう。孫太郎のように無双するためにも転科したいだろうが、お前は一科の牽制をしておけ」

 

 孫太郎って何だよ? と思いつつも、一科の連中……全員が、今回の浅野のような人間ばかりではないが、下手に全ての人間がそちらに流れると、一科の中で変な反動を起こす可能性もある。

 

 無駄な心配……と思いつつも、ロマン先生の問題点は、そこからこれまでの『二科の落第生』のような無茶なことをしての、事故や魔法能力の喪失を招きたくない。

 その為にも安堵できる存在を置いておきたい。一科と二科の橋渡しではないが、どちらともつかない不可思議な『魔法使い』に任せたいのだろう。一科の世話役(チューター)を……。

 

 何だか時計塔の三大派閥を感じさせる……一科―――『バルトメロイ』(貴族主義派)、二科魔工科―――『メルアステア』(中立主義派)、第三学科―――『トランベリオ』(民主主義派)

 

 大雑把に言えばこうなるはずだ。というか今の二科で魔工師的なものを目指していない連中は、全て第三学科に転科させられる手筈らしい。

 それを望まなくても、もはや二科というものは無くなると思ってもいいはず。

 

「新設される第三の学科の名前は明確ではないが、『現代魔術科』……現代魔法(マギア)ではなく現代魔術(マギカ)の復刻から、現代魔法に追随することを狙ったものさ」

「―――ノーリッジ……先生、アンタ―――」

「栗井先生、そろそろ職員会議の時間ですよ」

「っと、そんな時間か―――それじゃ、あんまり寄り道しないで帰れよ刹那」

 

 疑問というよりも『疑惑』を口にする前に、廿楽先生の呼びかけで、何処かへと去っていく栗井教官。廿楽先生と談笑しながら歩くその後ろ姿に―――何故か言い知れぬ不安感が出てしまうのは、仕方なかった。

 

 

(何だか分からんが、あんまり世話焼かれすぎなのも面倒な限りだ)

 

 そして、誰かの面影を重ねすぎても困る―――が、一色愛梨にルヴィアゼリッタを重ねた刹那の言えるところではなく、久々に連絡してみようかと思うのだった。

 

 † † †

 

 

「改めて自己紹介させてもらおう。私の名前は『レオナルド・ダ・ヴィンチ』―――万能愉快型魔術礼装カレイドステッキVer2に人工精霊の人格として搭載されていた英霊の魂。

 それが私なんだよ。今まで黙っていて申し訳なかったが、このような姿を取ることも可能なのさ。

 言うなれば、魔法少女に従うマスコットキャラの人間形態と言ってもいい、気分は『人間ルナ』とか、『小々田コージ』とかそんなところ」

 

「「「「ダウト―――!!!」」」」

 

 言いたくなる気分は若干わかる。

 本日もまたアーネンエルベにて話し合う皆―――今回は、この前と違い光井と雫がおらず、元会頭と元会長が同席しているのが相違点である。

 

「刹那。確かレオナルド・ダ・ヴィンチって……男だよな? いや、どっかの違った歴史を辿った世界では、女だったという可能性もあるのだが、色々と複雑だ」

 

「私にとってモナ・リザ―――リザの身体は人体の理想だからね。『将星』として召喚されたとしても、私はこの姿で座から出てくるよ」

 

「仮装行列に端を発する古式魔法というのは、言うなれば変身魔術の類だからな。

 英霊の中には、己の姿を偽って武功を挙げた存在なんかも多いよ。水滸伝における『浪士 燕青』なんかもその一人だしな」

 

 多重人格という病理を一種の『変身技能』とした百の貌のハサン。

 湖の精霊の加護により、他人に成りすますことも可能だった、裏切りの騎士サー・ランスロット。

 

 

 一概に言えることではないが、英雄と言うのは大なり小なり『変身』の能力を持つ。それは人間の能力の根底には、『変化』というものが絶対的にあるからだ。

 

 

「人間ってのは案外成長するもんだ。放っておいても技術や能力が発展するのは、生命自体が一つのベクトルだからな。

 しかし、そのベクトル自体が変わるってことは、そうそうない……何が言いたいかというと、かの万能の天才は、天才の名のほしいままに、そんなことも出来るんだよ」

 

「性転換が昔から可能な技術だったとか、人類史の一大発見だぞ」

 

 そんな達也の嘆きに対して、詳しい説明を加える。

 

 俗説ではあるが、ダ・ヴィンチの描いたモナ・リザは、己の女体化した姿と言う説もあったりする。

 つまりは、あくまでも人類の認識では、ダ・ヴィンチは実は女だったのではないかという俗説の後押しもあり、この姿が取れる原因ともなっている。

 

「ジャックザリッパー……切り裂きジャックが不定形の英霊であるように、人間の認識次第では、どんな姿になるかは分からないんだよ。

 例を挙げれば、上杉謙信が一切の女を傍に寄せ付けなかったことから、実は女性であるという「想像」が為されるように、『史実』全てが『固定化』された『現実』になるとは限らないわけだ」

 

「魔術世界は深遠だな……」

 

「あのアルキメデスも、場合によっては真っ裸に髭面で『エウレーカ』とか走り回るようなものだったかもしれない」

 

「魔術世界は真猿だな……」

 

 何故か知らないが達也の嘆くような言葉、最後の方にはオランウータンやニホンザルと一緒くたにされてしまう魔術世界である。

 

 なんでさ。

 

 

「けどよ。何で今までこの形態にしてこなかったんだ?」

 

「精霊や悪魔とでも言うべきものを「実体化」させるってのは、かなり特別な魔術なんだ。更に言えば魔力が結構ごっそり持っていかれる。

 俺がこれを覚えた―――教えてくれた相手は―――達也と深雪が100人ずつ集まって融合したような存在だったんだよ」

 

 

 レオの質問にどんぶり勘定な感覚で答えると、その『たとえ話』の数値に対して妄想が広がる者一人。

 

 

「100人のお兄様と100人の私が悪魔合体―――ああっ、なんていい響きなんでしょう。それが私の響きなんですね」

 

 絶対に違うと思うが、夢の世界にトリップした深雪を放っておいて話を続ける。

 

 ある男に『助手』としてこき使われていた『村』での一件。

『祭り』も佳境に入ろうかという矢先、遂にバゼットの救出と同時に男の眼を『奪う』という指示をこなそうとした矢先に、絡んできたのは埋葬機関…埋葬教室のカレー(?)であった。

 

 最終的にはバゼットとの戦いは痛み分けに終わり、仕方なしに『ハンチョウ(大槻)カレー』を振る舞うことで、カレー大好きなシスターを懐柔することに成功。

 

 その際に、『精霊の実体化』というものを教えてもらったのだ……。

 

 

「身体は大丈夫なんですか?」

 

「ある程度は自前でも供給できるようにしているし、あとは魔力の質次第だな」

 

 美月の質問にそう答えると、リーナは『辛いくせに』とでも言うように、呆れた笑顔をする。

 サーヴァントの現界と同じく当たり前だが、結構つらい時もある。とはいえ、『弓』が教えてくれたのが、自分の『秘奥』の効率化にも繋がったのである。

 

「けれどビックリですよ。万能の天才……芸術の都フィレンツェが誇る芸術家がオニキスさんだったなんて」

 

「フィレンツェか、懐かしいねー。ただ嫌な思い出もあるんだよ。『征服王メフメトⅡ世』の後を継いだ、オスマン・トルコ帝国の皇帝バズイヤトの弱腰から、『レコンキスタ』(領土回復)の機運が高まる中……東ローマ帝国の栄光というものの為に、私もシスティーナ礼拝堂の壁画制作に加わりたかったのに。

 おのれメディチ家め。私をハブにしたから、一度はフィレンツェから追い出されたんだ」

 

 その結果が、かの有名な壁画『最後の晩餐』という最高傑作に繋がるのだから、歴史というのは分からないものである。

 

「やっぱり作品制作は大変だったんですか?」

 

「というよりもパトロンの気を惹き、財布のひもを緩める用だからね。今みたいに画材を手軽に入手出来たわけではないから、絵の具にせよ鉛筆にせよ。当時は全てが高かったんだ。

 それゆえに枢機卿や、宗教勢力なんかの宗教画の依頼は大口でもあったが――――貿易商である弟に寄生しながら、絵ばかりかけた『あやつ』が憎い!!」

 

「お前、印象派の画家たちに吊し上げられるぞ」

 

 

 ひまわり(ゴッホ)は、今でも刹那の眼には焼き付いた美だ。イノライのババアが言っていた「芸術はその時代の人間の心を震わせるものさ」という言葉とは少し違うかもしれないが。

 

 死後……後年に評価された芸術家の作品が打ち捨てられていないのは、その美を見たものの心に確かに残ったからだろう。

 例え、万人の心に残らなくても、たった一人、二人の心に焼き付けば、その時―――美は完成するのだろう。

 

 

「ちなみに言っておくが、私の作品に『暗号』や『陰謀』なんてものはない、こじつけも同然だね。先程言った通り、パトロンの依頼に答えるだけで精いっぱいなんだよ」

 

「だそうだぞ七草」

 

「なんで私に言うのよ? 別に、問い質したかったわけじゃないわよ」

 

 だが、陰謀家が身内にいるだけに、そういった質問は予期していた。というか十文字先輩の質問に不貞腐れる辺り、用意はしていたのだろう。

 

 そんなこんなしていると、話の狭間を狙ったのか、千鍵とひびきが大きめのホールケーキを持って来てくれた。

 

 

「あれ? こんなもの頼んだかしら?」

 

「久々にジョージ店長が来ていることをチカから聞いていたから、まぁ―――俺たち迷惑かけっぱなしの後輩たち(司波達也組)からのお疲れ様という意味での奢りです」

 

「会頭、会長。俺たちにとっては短い期間でしたが、重役としての勤め、お疲れ様でした」

 

 

 ひびちかの電話を掛けるようなジェスチャーをしてからのクールな立ち去りを見てから、そうした裏事情を達也と共に話すと、三年二人の「やれやれ」という言葉の割には嬉しがるような表情が見れて、私達、大満足です。そんな気分だった。

 

「しかし、ちょっとだけ摩利に悪いような気がするわ。私達だけ、ジョージ店長のスペシャルケーキをいただくなんて」

 

「そっちならば、ご心配なく。次兄がアーネンエルベから同じケーキを受け取ってから、待ち合わせ場所に向かいましたので」

 

「千葉さんにしては、随分と気が利く対応……大丈夫?」

 

「アタシの事を何だと思っているんですか?」

 

 深雪と肩を並べるブラコン娘―――そんな無言で皆の感想を述べると、幹比古は考え込んでいる様子。

 

 何かダ・ヴィンチ=オニキスを見てから、考え込みながらケーキを口にする様子。

 

(美月の胸だけでなく、ダ・ヴィンチの胸にまで興味を示すか)

(意外とセッソウナシよね。ミキヒコって―――)

 

「何かとても不愉快な会話が筒抜け!! ち、違うんだよ。何ていうか精霊の実体化というか高位そん―――」

 

「この姿になると、キミのサライのような美顔が私にはちょっとばかり興味を抱いてしまうんだよね。ミキヒコ―――あとで私の工房に来ないかい? ワタシのビタミンMの補給を手伝ってくれよ」

 

「「「「ダ・ヴィンチちゃん!?」」」」

 

 幹比古の顎を手で撫でながらの艶然とした様子。やられた幹比古も全身を震わせて恍惚に酔いしれているようだ……外見は美女、中身はオッサン―――其の名は『魔術師の英霊レオナルド・ダ・ヴィンチ』! 

 

 俺たちは……とんでもない英霊を呼び起こしてしまったかもしれない……。

 

 呼び起こしたのはお前だろうが、という達也の冷たい視線が痛すぎる。

 

 

「まぁ今さらよね。アビーとセツナとオニキスとで、レオナルド・アーキマンのガゴウ(雅号)だったんだから」

 

「そして今度はアビーがいないというオチ。なんだよこの擦れ違いの結末。―――ともあれ、これで一息は着けそうだな」

 

「そうね。これからはワタシとのいちゃつきも増えるのだから、嬉しいわ―♪ 構ってマイダーリン!」

 

「お兄様! 副会長になったらば、私たちも二人三脚でがんばりましょう!!」

 

「いや、むしろ俺は刹那のサポートに回りたいんだけど」

 

 

 騒がしい後輩。されどその騒がしさが少しだけ羨ましい。ここにいるのは一科二科関係なく、己の意見や意思を表明しあい、明日へと突き進み、困難に立ち向かうことをやめぬ者達だ。

 

 そんな集団を欲していた……真由美と克人が求めたものを、いとも簡単に実現してしまう後輩たち―――若さとは力なのだろう。

 今後の一高がどんな姿になるかは分からない。もしかしたらば、もっとすごい対立を生んでしまう可能性もあるだろう。

 

 けれど―――この後輩たちを見ていると、そんなことは杞憂に終わりそうだと―――そう感じて……ストロベリーがたっぷり乗ったホールケーキを平らげていくのだった。

 

 

 

 

 Interlude―――Next order―――prelude……

 

 

 

 月が見える。満点の月の下―――階段を上がってくる人間二人―――その内一人の来訪を心待ちにしていた……。

 

 夏を超えて秋を実らせつつある木々の梢の枯葉の様を見ながら、一杯だけ御猪口で飲むと、九重八雲は―――寺の縁側から立ち上がり、彼を出迎える。

 

 

「ようやく会いに来てくれたか―――ようこそ。最後の七夜の残滓ある場所に……鏡合わせの世界からの来訪者くん」

 

「来たくて来たわけじゃないんですけどね。まぁ九校戦の際の礼もしていなかった上に、業物の研ぎ直しもしたので、そのご報告を―――そんなところです」

 

「それでも―――君は来てくれたわけだからね。クドウの姪孫を連れてきたのも重畳―――僕が知りうる限りのことを―――いま、明かそう……」

 

 

 赤い外套を纏った魔法師殺しの「魔術師」……その相手を前にして、八雲は返答を間違えれば自分は死ぬだろうことを理解していた……。

 

 それだけの力を持った存在―――現状、最強となりつつある『八雲の弟子』を止めることが出来る存在。

 

 

 アラヤの守護者―――それに選定されうる存在を前に、緊張をつとめて消そうとするのだった……。

 

 

 ……Next order―――prelude―――end.

 

 

 



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横浜騒乱編~~Fourth order 仙界神話大戦~~
第122話『天使の休息―――(前)』


というわけで、横浜編のリライト第一話です。

私生活で少しばかり急激な変化があったりして最近、かなり疲れたんですが、まぁ何とか―――なるのかなぁ(苦笑)しつつも、ともあれ新話をお送りします。

磨伸先生も骨折から復活を遂げたのだ。磨伸映一郎復活!! などとコールしたくなりながらも、私も少しばかりがんばってみようかと思います。




 新生徒会及び、新役員の選出が終わって初めての休日。2095年の10月8日土曜日。

 ……地球規模の寒冷化で寒さに忌避感がある世代であっても、冬の前の『秋』という季節は物思いに耽ることが多い。

 

 そんな風に黄昏たい思いの下でも色々とやることや、書かなければならない資料は多いのだが、同棲している恋人の『どっか出かけたい』というプシオンを、彼女のブルーアイズから感じて苦笑。

 

 仕事は後回しでも構わないだろう。(言い訳)喫緊では無い。(自己都合)よって―――裸ワイシャツでだらけていながらも、その美貌に変わりのないリーナと共に出かけることにするのだった。

 

 

「あっ、もちろん外出着は裸ワイシャツではないから、楽しみにしていたユーザーの皆さん申し訳ないね」

 

「何のハナシよ!?」

 

 色々と申し訳なかった想いで読者サービスしたかったのだが、それは恋人によって遮られた。ちくせう。

 

 そんなこんなでコミューターを利用してやってきたのは、毎度おなじみとも言える横浜。都内ではなく、お洒落な街で恋人と過ごしたいという人々におすすめのデートスポット。

 

 その地位が未だに揺るがないのは、多くの人々の営みがあるからだ。地元を盛り上げていきたい。東京に負けないという想い。

 何より、世界的に大幅な人口減少が起きた上に、『地方』という概念が無くなり、殆どの人間が、インフラが整う首都圏ないし県庁所在地付近に住んでいるのだ。

 

 人口ゆえの『パイ』の奪い合いは続くのである……。

 

 

「さーて、今日はどの映画にチェックしちゃおうかな―――♪ ううん……『眼鏡の神様の言う通り』でもしようかしら?」

 

「ダメだ。それだと『イギリス超特急~魔眼蒐集列車の怪~』(エイチョウ)とかに成りかねない」

 

「むぅ。確かにB級シネマとしては大変『笑える』……ジョーズが竜巻に乗ってやってくるぐらいに笑えるかもしれないけど、今は違うものが見たいわね」

 

 横浜でも一番の商業総合施設。いわゆるショッピングモールのシアターラインナップを見るに、帯に短し襷に長し……流石に『冬』という季節の封切を狙ってか、この時期は落ち着いたものが多い。

 

 夏ぐらいからロングランを飛ばしているものも無いので、どうしたものやらな気持ちである。

 

 リーナ共々若干の空腹迷子ならぬ映画迷子。こういったことは往々にしてあるものだ。

 とりあえず雨避けで電車を乗り継いで郊外のモールに行ったらば、見たい映画は時間ではなかったりする。

 

 幸いながら席の空きと時間も余裕がある。だが、そういう時にこそ何が見たいのかが決まらないのだ。

 

 悩ましげに腕組みして考え込むリーナの姿に、周りの男共が声掛けしそうになる都度、遮るように話を振る刹那の努力が繰り広げられる。

 

 そうこうしている内に、『ネコアルクメタルス~FINAL WARS~』『えいがのセイバー(顔)さん~社長の暴走は止まらない~』『戦姫絶唱カゲトラギア 恕乃抄』が、候補から消え去る。

 

 

「むううう決まらないわね。……こうなったらば、セツナが決めて!! 未来のダンナ様たるアナタに従うわよ。目指せリョーサイケンボ♪」

 

「リーナ、日本語の意味分かってる?」

 

 女の笑顔と男の苦笑という『分かってるやり取り』(睦み合い)で、男の大半が沈み込んで絶望する。そんな周りに構わず―――そう言われれば、是非もないのだが……いいのかと思う。

 

 

「色々と優しくてワタシにムタイ(無体)な要求をしないセツナだから、『こういう場面』ではそうなのかもしれないけど、たまにはエスコートしてよ♪」

 

「全く……技能の無駄遣い。んじゃ―――『アレ』でも見るか?」

 

 紅くなりながらリーナが言ったことで、刹那は昔懐かしのシアターポスターの額縁を模したホログラフスクリーンの一つを指さした。

 そこに表示されている表題と、内容を察したリーナは……。

 

「え゛っ……!」

 

 と、先程までの鼓膜を震わせての魔法を使った秘匿猥談(未満)とは逆に、素の喉で驚きを示すのだった。

 

 

「さーてと、んじゃチケットとポップコーンやら買うぞ――♪ キャラメル味は男のコだよな」

 

「ガールズも好きよ!! ついでに言えばシオ味(ソルトテイスト)も追加よ! って本当に見るの!? けれど、一応お任せしちゃったわけだから、そう言う風にモンク着ける筋合いじゃないわよね……」

 

 置いてけぼりというか反論を許さないようにした刹那に追いつくリーナ。しかし、本当に見るのだろうか、若干震えているリーナに最終確認の時である。

 

「大丈夫? 俺はカゲトラギアでもいいよ」

 

「へ、ヘーキよ! 第一、ワタシは魔術師の家たるトオサカ家に嫁入りする女。お化け(ゴースト)を怖がるわけにはいかないわよ!」

 

 何だか姉弟子(グレイ)みたいな強がりを言うものである。自分が年下だからと、そんな風に強がって言うも、本当は『お化けは怖い』という人間を思い出したが訂正を一つ。

 

 

「ふむ。確かにお化けは大丈夫だろうが……この映画『火鉈』(KANATA)は、どちらかといえばサイコホラーの類だぞ」

 

「余計にフィア―!! そう言えばエイミィが『ミステリにおけるフーダニット、ハウダニット、ホワイダニットの三要素が意味をなさない』とか言っていたわ」

 

「そりゃ、あんな『萌え萌えな妹』が『怪物化』するようならば、意味は為さないだろうな」

 

 一度殺された方法は通じませんとか、どんな大英雄だよ。と思いつつも、オチとしては『ウルトラスーパーデラックスマン』のようなものがあるのではないかと予想しておくのだった。

 

 アゴニストガン細胞(?)が、最終的には彼女を死に至らしめるとか……。

 

 とはいえ第一章時点でそこまでは明かされないかと思う。そんな風に思っていると、少しのふくれっ面をして左腕に巻きつくリーナに気付く。

 

「もう!セツナのあくまっ子!! 上映中は、レフト(左腕)ライト(右腕)も抱きついて放さないんだからね!!」

 

 どんな姿勢で見るつもりなんだよ!? 恐ろしくも卑猥な想像をしてしまう周囲の面子を尻目に、『とある界隈』では大変に有名人な美男美女のカップルは、『シアターD3』に入っていくのだった……。

 

 そんな様子を密かに見ていた存在がいた……。

 黒絹のような髪を一つまとめにして垂らしている女の子。まだロウティーンにすらなっていないだろう年齢に見える。

 

 目尻に京劇役者のように朱を差して映えさせて、少しばかり切れ長の目が強調される意匠であり、少女の年齢を怪しいものにしていた。

 

 

「お嬢様。目標はシアターの中に入っていきました」

 

「上映作品は『火鉈』(ホォトウ)―――『シャオ』。怖いの大丈夫?」

 

「だ、大丈夫です! バカにしないでよ! (イン)!」

 

「お嬢様の言う通りです銀。お嬢様は幽幻道士シリーズを百回以上見て、その都度悲鳴を上げては耐性を付けてきたお方。

 今さら、何もかもを壊す、ラスボス系妹などに恐怖を覚えはしません」

 

「そ、その通りよ……! だ、だから銀。頼むわよ」

 

「そう。シャオと(ジン)がそこまで言うならば、私はもう何も言わない―――ではレッツラゴー。お姉さん―――大人2枚に小学生1枚」

 

 などと銀というメイド型ガイノイドの『偽装』を施している『魔法具』は、受付用のガイノイドを人間かのように接することで周囲を偽装していた。

 

 今ではこのような受付業務も自動化及びハイテク制御されているが、その一方で来場者を安堵させるために、こういったヒューマノイドインターフェースを置くのは一種の様式美でもあった。

 

 そんなこんなでシアターの時間は迫り、D3シアターに人が入っていく。この秋、最恐のホラー映画を見るべく、怖いもの見たさで集っていく勇士たち。

 

 全ての観客を収納した結果――――一時間後には、内部にて悲鳴が上がるのだった。その多くは女子勢であり、ビックリドッキリ接近ハプニングを期待している男子は大喜び。

 

 小学生でありながら、こんなものを見たアホっ子は、二人の金銀のメイドに泣きつく始末……。

 

 現役JKは、彼氏を胸元にかき抱いて叫ぶ。

 

 

『『お前みたいな14歳がいてたまるか―――!!!!』』

 

 完全にマナー違反ではあるが、その叫びは、ヒロインでありラスボスとも言える『14歳の妹』を見た全女性陣が同意であった……ともあれ、そんなこんな(バイオレンスホラー)ありながらも、兄の腕を丸呑みにした妹『火鉈』の無敵化は止まることを知らずに―――。

 

 血と死体が散らばる病院……惨劇の跡。としか言えない場面を最後に「――――オニイチャン、いま会い(殺し)にいきます」という女優の怪演もあり、恐怖はまだ続くのだと震えた。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

「スッゴイ映画だったわねー……設定上とは言え、どうやったらばあんなパッツンパッツンのバディになるのかしら?」

 

待合ソファーにて追加で買ったタピオカミルクティーを飲むリーナに苦笑しながら刹那は返す。

 

「君も似たようなものだったと記憶しているけど」

 

 実際、リーナのスタイルは出会ったころから何となく『先』が予想できていた。軍人としての訓練が早熟を生み出したのか、それとも生来のものなのか……まぁ最大級の原因は―――。

 

「アレは何処かの誰かさんが、ワタシの未成熟な身体を『超熟成肉にしてやるー』と、何も知らなかったワタシに教え込んだのが原因だと記憶しているわよ」

 

 ―――リーナから暴露されるのだった。

 言い合いながら半眼でお互いを見て―――そして……抱きしめあう……。

 

 辺りからはツッコみたいのにツッコみ切れない空気を感じながらも、恋人同士の抱擁は続く……。

 

 続いていたのだが、シアターの柔らかな待合ソファーに近づく影二つ。私服がバッチリ決まった男女。

 

「お前ら、ここは家でも一高でもないんだが……」

 

「もう少し公共のマナーを考えてほしいものですね」

 

「この声は……! 最近、ようやく『あやせルートif』が出ることが決まった俺妹の主人公「高○京介」!!」

 

「同じく今回ようやく正ヒロインになれた『新垣あ○せ』!!」

 

 電撃文庫のリーサルウェポンの登場に、緊張していたのだが、よく見ると違った。

 

 秋の装いの「恋人以上の兄妹関係」な一高の有名人であった。そんないつも通りな顔を見て一言。

 

 

「なんだ達也(ミユキ)か……」

 

「おう。赤鼻の最初期キャラに、久々に出会ったような反応をやめろ」

 

「此処にいるという事は、お前たちも映画鑑賞か?」

 

 達也のツッコミをサラッと無視して深雪に問いかけると、満面の笑みでパンフレットと限定グッズを示してくる一高副会長の姿があるのだった。

 

「ええ、先程まで『えいがのセイバー(顔)さん~社長の暴走は止まらない~』と同時上映の『Fate/prototype』を見ていました」

 

 どうやらこの兄妹的には『火鉈』は、興味が湧かなかったようである。見たらみたで、達也の左腕が無くなりそうな気がする。うん、気がするだけである。

 

 胃の中でじっくり消化中とかありそうで、余計に怖いのだが……。

 

 

「お前たちは『火鉈』を見ていたと見えるな。魔法師、魔術師に関わらずああいったゴシックホラー的なものに恐怖を覚えるものか?」

 

「そりゃまぁ、実際のところ。本当にこの世でもっとも恐ろしいものってのは、何の特異性も無かった人間が、いつの間にか超人的な能力を得ることにあると思うぞ」

 

 魔術師の間にも『根源接続者』のように最初から異端ではあるものの、その特異性は当初こそ覆い隠されており、歳を追うごとにその皮は剥がれていく。なんて例もある。

 要は、誰もが『気付けない』のだ。ただの出木杉君だと思っていたらば、とんだ異端であるというオチだ。

 

 そんな先天的異常者の類とは逆に、『後天的異常者』もまた恐ろしいものだ。後付けで強大になっていく存在というのは、常識を軽く超えてくるものだ。

 

 ビーストの眷属がそれに近いのかもしれないが……。

 

 

「一見まともそうに見えるが、その実態が恐ろしいものはお前も経験してきたと思うが?」

 

「……まぁな。とはいえ、俺や深雪がホラーを見ても現実に置き換えてしまいそうだな」

 

「夢の無い男子(ボーイ)

 

「やかましい。そして……これから『どうするんだ?』」

 

 若干、後半の言葉に比重を置いた言い方。達也も察しているならば、他も察していないわけがない。

 

 金と銀の非常に凝った作りのホームヘルパー型アンドロイドを傍らに置いている幼女。中国の京劇役者のように、上瞼から眼尻にかけて朱を差している少女の注意がこちらに向いている事は分かっていた。

 

 同時にアンドロイドも少しばかり『違うモノ』であることも分かっていた。とはいえ……近辺に中華街があることを考えれば、彼女のような人種は珍しくは無い。

 

 上質なブラウスに長めのスカート。ブーツは丈夫なモノ。いわゆるジュニアファッションとしては中々にお洒落に見えるものだが……。

 

 

「どうしよう。あんな幼女にも熱烈に見られるなんて―――思わず誘惑され、あいててててて!!!」

 

「イヤだわ―♪ ワタシのダーリンは、いつからそんなペドフィリアになっちゃったのかしらー♪ お義母様と一緒に叱られたいのね♡」

 

「冗談だって、冗談だから左腕のお袋と一緒に俺を締めつけるな!」

 

 笑顔で怒るというシグルイ系の笑みを浮かべるリーナに戦慄しながらも、何かヘンな空気だから適当にファミレスにでも行くかと言うと、その辺りは友情に篤い達也らしく、了承してくれた。

 2人よりも4人。集団で固まっていれば、そうそう下手な手も打てまい。

 

 下手な手―――最悪、襲撃されることもあり得るとした結論に、殺伐としすぎだよなぁ。と己の身に苦笑してしまう。

 苦笑した瞬間、予感が奔る。それは一種の『未来視』というほどではない。一流の魔術師などが持つ鋭敏なセンサーが、事態の急変を予感させただけだ。

 

 だが、それだけで十分だ。次の瞬間……いつぞやの如く『外れた存在』が現れて、この横浜ベイヒルズタワーにて大災害を齎そうとしているのだった……。

 その証拠に―――火災が起こったらしくけたたましくサイレンが鳴り響く一方で、寒風がどこからか流れて、稲光があちこちで弾ける『ビジョン』が見える。

 

 

 それだけで知れた……犯人は複数。昼夜を問わぬ『魔法使いの夜』が始まろうとしているのだった……。

 

 

 † † † †

 

 

 そんな横浜にて2度目のクライシスを起こした男……女もいる集団は『ある組織』にいた信者であった。

 

 組織は世の無常を訴えて、魔法師のいない世界を目指す一種の『カルト集団』とも言えたが、それでも彼らは、彼らの『理想世界』を求めていた。

 

 魔法師の人間を逸脱した能力は、社会的な『変動』を起こしてばかりだ。かつて、白人黒人、はたまた『出身国』による『差別』『逆差別』問題と同じく根深く食い込んだものだ。

 

 どのような犯罪であれ、同じぐらいのスペックを持った存在であれば、何かしらの瑕疵を現場や遺体に見受けることも出来ようが、魔法師はそういったことを覆して『完全犯罪』も可能なのだ。

 

 魔法師が魔法を行使するために使うサイオンに『ルミノール反応』は出ないのである。だからこそ『教主様』は力をくれたのだ。尋常ならざる力を持つ魔法師たちを倒すための……『力』を……。

 

 

 この中に魔法師はいるかいないか、それを判別することは出来ない。だが、ここは魔法協会の支部がテナントとして利用してもいるのだ。

 

 騒ぎを大きくすれば、魔法師達は出てこざるを得まい。その為の混乱の発生だ。『力』を用いて、ベイヒルズタワー内部をシェイクさせた一団は、後は施設を適当に破壊していくだけだ。

 

 そうすれば―――『魔法師が悪い魔法師』を止められず被害が拡大した―――そういう図式が出来る。

 

『好きにやれ―――我々は、もはや自由だ――――』

 

 

 リーダー格の男、白人の偉丈夫がそう言った瞬間、鬨の声を上げながら多くのメンバーが己の『真の姿』を晒して、破壊と惨劇の限りを尽くそうとした矢先。

 

 

Fixierung,(狙え、)EileSalve(一斉射撃)――――!」

 

 呪弾が飛ぶ。自分達の頭上からガトリングガンの勢いで銃撃されたことで、半獣化が若干弱かった面子は、当たっただけで昏倒する。

 

 魔法師。こんな黒い球はどう考えても物体ではない以上、そういった存在であることは間違いない。

 

 

「何者だっ!?」

 

 問いかけると同時に、弾丸の飛んできた方向を見ると、そこには四人の人影があり、こちらの言葉は聞こえていたようだ。

 

「平穏なたまの休日を楽しむ、日本国民の皆さんに対する狼藉の限り―――」

 

「例えオテント(お天道)様が許しても―――」

 

「「俺たちが絶対に許さない!! 俺たち『魔法戦士愚連隊』がお前たちの悪事をしかと見届けたぞ!!」」

 

 自分達のいる所から頭上―――エスカレーターで登れば生ける吹き抜けのショッピングフロアにて見得切りをする四人の男女を見る。

 

 赤茶の髪をした少年に、金髪の少年……どちらも美形。茶髪というよりもブラウンヘアーをポニーテールにした少女と、ピンク髪をネコミミヘアーにした少女―――どちらも『美』が着くが、いたのだ。

 

 

「貴様ら―――魔法協会の手のものか!? だとしたらば都合がいい! 貴様らの首を手榴弾代わりに投げつけてやる!!」

 

「威勢がいいのは結構だがな。たかだか『起源覚醒』と『半獣化』の遺伝子付与で勝てると思われるのは、実に心外だな」

 

「大方、アルトマ・メサイア・ビーストの信仰者。眷属と言う方が正しいかしら?」

 

 ざわつく一同。白人と黒人が大半だが、一部にはアジア系もいる……そんな集団の動揺。

 

 『身体変異』のトリックの推測は、大当たりだったようだ。

 

 

「前にニューヨーク・クライシスで言っていた身体変異したという連中か? まさか『獣』が生きているのか?」

 

「いいや、恐らく信仰者の中でも『初期症状』だったのが、時を置いて強大化しちまったんだな……とはいえ、疑わしいからと言って皆殺しなんて魔女裁判も同然だ……」

 

 そういった案は出ていたんだな。という達也の考えとは裏腹に、カルト集団の生き残りたちは明確にざわついている。

 

 彼らは、自分達の脅威が理解出来ていない魔法師ならば、切り裂けるなどと考えていた。魔法師達の慢心につけ込み、その『機械仕掛けの杖』(CAD)さえ十分に使わせなければ……。

 

 そういう目論みを狂わせる正体の既知に対して……。

 

 

「怯むな! 我々のことを知っていようと、我々が手に入れた力は人間種族の極致の能力! 遺伝子改造を施された魔法師には手に出来ぬ天然自然の力だ!! 

 行くぞ!! 同志たちよ!!」

 

「扇動が上手いようだが、実が伴っているかどうかだ!!!」

 

 リーダー格の男が、半獣化を果たして『ヘラジカ』のような姿を執ったのを皮切りに、戦闘がスタート。すぐさま、落下防止の超硬化ガラスの仕切りに足を掛けて飛び上がる。

 

 浮遊の跳躍とも言えるし、緩やかな落着を意図している―――なんてことはなく、空中にいる四人を害そうと、炎や雷を放ってくるので、それを躱すべく軌道も複雑なものだ。

 

 敵の分析だが、かなり『起源進行』している。もはや人体の機能を逸脱した能力を獲得している……魔法などの後天的技術による付与ではなく、先天的なものを強化されたもの。

 

 

 氷結と落雷が降り注ぐ世界に銃と剣を持つ騎士が降り立つ。鬨の声と共に襲い掛かる半獣のものたちを、次から次へと熨していく。

 

 銀色の銃から放たれる幾多もの魔弾が、巨大な『情報構造』を崩していき、その上で『分解』を仕掛ける。

 

 神秘領域にいる存在に自分の魔法を届けるために、達也が考えた分解魔法の改良版、『トライデント・ポセイドン』が、半獣のものたちを人間に戻していく。

 

 只者(ただもの)になってしまったことで、力を喪失する信仰者たち。

 

 

 そして刹那も、干将莫耶を振るって半獣のものたちを屠っていく。もちろん殺してはいない……達也のような分解魔法ではなく、干将・莫耶を『怪異殺し』の神剣として進化させたことによる効果だ。

 

 かつてはリーナの髪の毛をいただくことでしか出来なかった『神秘』の権限が、人類悪の『悪性』ばかりを斬り捨てていく。怪異殺しの神剣の真髄が容赦なく只者へと変えていく。

 

 金と銀に輝く双剣を持つ刹那と銀色の銃を持つ達也……変装した姿だが、その戦いの様子を隠れた場所で見ていた一人の少女は―――。

 

 

「イン、ジン! 行くよ!! 宝石大師に助太刀するんだ!!」

 

「委細承知即了」「了承」

 

 

 混乱と混沌の場所に降り立って、刹那達に助太刀する道を選ぶのだった……。なんでさ。

 

 

「私の名前は劉 麗蕾(リュウ・リーレイ)! 横浜中華街の中でも一番の人気飯店! 五番町の跡取り娘にして魔法師!! 

 横浜は私の街も同然!! 助太刀させてもらうよ!! 日本の魔法師サン!」

 

「気軽にシャオって呼んであげて、愛称はシャオリウだから」

 

「お嬢様には、もう少し淑やかさを持ってほしいものです」

 

 中華圏の女中の姿を模して、チャイナシニョンで髪を纏めたような姿を取る『水銀ゴーレム』の姿に懐かしさを覚えて、不覚にも眼を潤ませてしまう刹那だったが……。

 

 アルトマの眷属を倒すことは変わらないのだ……。その正体は『只者』ではないだろう『リュウ・リーレイ』という少女の助力を得て、戦闘は苛烈さを増していくのだった。

 



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第123話『天使の休息―――(中)』

ファイナル本能寺及び三連休を利用しての遠出。その他もろもろで、執筆遅れてしまい申し訳ありませんでした。

景虎ちゃんを無事にゲットできたし満足満足。そして事件簿にて流れる梶浦サウンドが俺の心を癒してくれる。

ではでは、若干短いですが、あんまり投稿しないでいるのも悪いので、この辺りで新話を送らせていただきます。

お待たせして申し訳ありませんでした。(苦笑)




「―――越えていくのさ、誰もがFighter! ウルトラマンタイガー!!」

 

『『『YEAH―――!!!!』』』

 

 

 久々の休日。何気なく出かけたいと思った四人が同時に誘い合った結果として、選んだ遊び場は奇しくも都内のカラオケ店であった。

 

 カラのオーケストラということが発祥だの、もしくは他の語源があるだの言われているカラオケの装置は、この時代にあっても進化を続けて―――現在に至る。

 

 軽食をつまみながら思い思いの曲を歌ったり点数合戦になったり、合いの手を『生』、『デジタル』で出したりして、楽しんでいく。

 

 ちなみに言えば現在はエリカとレオの点数合戦であり、若干ながらレオが優勢である。

 

 

「ええいっ! さっきから主に『卑怯な手』(中の人)を使われているような気がするわ!! けれど、それも一つの手だと納得してしまう私がいるっ!!」

 

「悔しいのか、納得したいのか、はっきりしなよエリカちゃん」

 

「美月だってリーナがいないのに『役員共』の歌を歌ってるし!」

 

「関係ないでしょ!?」

 

 

 色々とカオスなボックス内であった。とはいえいつものメンバーというには少し足りなかったりもする。

 

 エリカが言う通り、四人ほどの男女がこの場にはいない。自分達の仲間……青臭い表現をすれば親友…というにはまだまだ付き合いは浅いかもしれないが、親しい友人であり世界を変えた人間達だ。

 

 彼らも誘おうとしたのだが、寸前のタイミングで横浜行きのコミューターに乗ったらしいことを全員が確認して、まぁこの四人の集まりになった。

 

 

「別に刹那と達也、深雪さんとリーナとでつるんでいるわけじゃないだろうから、映画鑑賞が終わったタイミング見て誘うか?」

 

「片方は恋人同士の触れ合いだろうから止めときなよ。まぁ達也と司波さん…も似たようなものかな……」

 

 

 一曲歌いきって飲み物を口にしたレオに何気なく言いながら、気付いてしまう事案。偶然か必然か……あの二組は、期せずしてお互いに横浜に向かったのだ。

 

 この半年間の関係の中で気付けたこと。それは達也と刹那に近ければ近いほど分かってしまう化学反応。

 

 2人が同時に()る所に、空前絶後の騒動が起こるのだと……刹那に言わせれば、強すぎる『魔性』は自然と『魔的なもの』を引き寄せてしまう。

 

 それが、例えどれだけ一般社会に溶け込もうと、異端は異端として認識されるらしい。

 

 魔法科高校において『劣等生』のレッテルを貼られたまま、日々を過不足なく何事もなく過ごして、父親の勤め先の関連で技術者を目指そうとしていた司波達也。

 

 魔法科高校において『異端者』『平均』という認識のまま、周囲の声に構わず『世界』の閉ざされた叡智を極めた先の、『何か』を求めて生きてきた遠坂刹那。

 

 

 対称的なようでいて似通った二人を、目立つ世界に引っ張り出す……『闘争の世界』に送り出すのは、二人の親しい女だ。

 

 古来より男を戦場に勢子のように追い立てるのは、『女』と決まっている。

 

 アルスター神話に出てくるコノート国の女王メイヴ。死して尚、神々の世界にいけると信じるために作られた戦乙女(ワルキューレ)信仰。

 

 戦場を馳せる男たちにとって、女というファクターは非常に重要なのだろう……。例え死んだとしても、柔らかな乙女によって死後の安堵が約束されていると信ずればこそ、古代の戦士達は戦いの日々に邁進できたのだ。

 

 

「―――と言った事を刹那は言っていたね……何か僕は怖いよ。あの二人(リナ刹)もう二人(みゆ達)がとんでもない騒動を起こすんじゃないかと」

 

 幹比古の懸念。それを他の三人の誰か一人でも『考えすぎ』『邪推だ』『疲れているんですね』とか、気休めでもいいから言ってほしかった幹比古の考えとは裏腹に―――。

 

 全員が深刻な顔。そして―――おもむろにエリカが選曲したのは……。

 

 

「暗い雰囲気にしてくれちゃったミキには罰として―――美月と一緒に『神田川』を歌ってもらいます! 二人に対する応援歌だからよろしく!!」

 

「エリカ、無茶ぶりすぎやしないかい?……まぁレオとエリカのバトルデュエットだけで締めくくるのもちょっと嫌だし、歌おうか美月さん」

 

「はい。この曲、すごく転調が良くて、自然と暗い気持ちが段々と上向いてくれるんですよね」

 

 有名な曲ではある。というかこの間の『魔曲』の授業、刹那に代わりエルメロイレッスンの教壇に立ったダ・ヴィンチちゃんが、見事に歌いきった曲である。

 

 ああ、なんて中の人の歌唱力(?)の無駄遣い。ともあれ、その楽曲といい刹那の呪文といい、現代魔法の観点から離れたものが、この上なく全ての人間を高次の次元に上げていくのだ。

 

 

「「「「横浜(ハマ)よ! 銀河よ!! ()たちの歌を聞けぇええええ!!!」」」」

 

 

 何故か四人合唱で、「神田川」を「うたってみた」することになるのは、面白そうな『イベント』に参加できなかったうっぷん晴らしが多分に含まれていたからである……。

 

 

 † † † †

 

 

 乱戦の混戦に移行した闘争の場。横浜ベイヒルズタワーにかつて現れた軍の強化魔法師とは違って、彼らの凶暴化は、魔法の理では括りきれない『身体狂化』の類だ。

 

 魔法と言うイデアの理を覆すために、身体の情報を全て恐ろしく『膨張』させて、尋常の魔法師では手が出ない領域に届かせた連中の脅威は分かってはいたが……。

 

 

「何だか恐ろしく雑な魔法戦になってきていますよね……」

 

「魔法師が人間の精神領域を拡張した存在ならば、起源覚醒者(ヴァンパイア)は人間の魂魄領域を再認した存在―――そういう『理屈』なのよ」

 

 最近の魔法研究においても認知されつつあるビーストの眷属……その『細胞強制』とでも言うべき秘儀を用いて、強引に己の『カタチ』を変えさせられたものたちは、純粋に今後の魔法師たちにとって脅威となる。

 なんせ、既にニューヨークに現れた獣は、次なる『獣』に自分の復活の芽を託した可能性があるというのだ……。これをただ単にマッチポンプの煽り……特に刹那などの魔術師たちの利権拡大に繋がる―――と見る輩は一割以下に減っていた。

 

 ともあれ、今はヴァンパイアに対して術を仕掛ける。野生生物と同等か、それ以上の速度で動くヴァンパイアの獲得した獣性は、魔法のターゲッティングを容易にさせない。

 

 もしくは外殻がとてつもなく硬くなった存在。『犀』『亀』という生物的なものを極端に強化したものは、単純に硬すぎて魔法が通用しにくい。

 

 しかし通用し難いだけであり、魔力……サイオンを微に入り、細に入り、属性を調節し、全ての要素の精髄を丸く引き出すことで、通る魔法を使う。

 

 大気中の大源(マナ)だけでなく己の精気(オド)を用いても拵えられる高密度魔力結晶の精製を師事されたことで、深雪の魔法は格段に上向いた。

 

 もっとも長年のクセはそうそう抜けずに、未だに刹那からすれば『手打ち』で『腰が入っていない』ものばかりになっているのだが……格上の存在を相手取る時だけでいいだろうとしていた。

 

 そんな女子陣の戦いを見ながらも、ヘラジカの獣人と化した相手は容易いものではなかった。硬化強度が、完全に幻想種の中でも『魔獣』のクラスにまでなっている。

 

 

「バフォメットかパン神ならば、山羊だろうに、立派に角なんて生やしやがって……」

 

「ヘラジカの角は現代における凶器の一つだからな。その他にも体重を活かしたスタンプも恐ろしいな」

 

「……動物園にでも行くか?」

 

(ヤロー)二人で行くところじゃないな」

 

 意外な知識披露にツッコミを入れたが、ヘラジカの男は脅威的だった。生半可な魔法や魔術では傷が着かないほどに、強化された体の全てを活かして肉弾戦を挑んでくる。

 

 魔法がキャンセルされた瞬間にやってくるチャージ(突撃)は、命の危険を催す。今も鹿角を前に出した突撃の空振りで、ベイヒルズタワーの壁を紙切れか何かのように引き裂き砕く様子にぞっ、とする。

 

 こうなれば、有無を言わさずランクが高い魔獣殺しの概念武装で倒そうと試みる。出し惜しみしていたわけではないが、殺してしまうのだけは避けたかった。

 

「トレース―――」

 

 鹿ではないが魔獣殺しの槍として有名な、持っていれば助かったはずの『破魔の紅薔薇』を投影しようとした瞬間。

 

「金、銀―――『狼筅』(ロウセン)『狼牙棒』(ロウガボウ)―――」

 

 先に狼の名前を持つ武器が、乱入してきた中華の魔法師の手に宿る。重量は相当なもののはずだが、銀と金という流体金属ゴーレムは自動で重量軽減の術を使っているのか、少女が鉄扇でも振るうように重量武器を難なく操る。

 

 その乱打の勢いで強かに打ちつけられ、抉られてそれなりの痛痒を感じたのか、ヘラジカ男はリーレイなる少女に狙いを着けたようだ。

 

「トレース、オン」

 

 だが、今の少女の無謀な突撃攻撃が、ヴァンパイアの強度を下げた。これならば―――。

 

 達也に目線でメッセージを伝えながら、リーレイに向かおうとするヘラジカのヴァンパイアの横っ腹に突っ込む。

 

 朱槍を手に超速で向かうと流石に脅威を感じたのか、こちらに振り向こうとした瞬間……。

 

啊打―(アチョー)――!!!!」

 

 次なる金銀の武器は、普通に大きな金属槌であった。平均的な成人男性1人分の打撃範囲を持った槌は破城槌の類であり、魔力の噴射と共に横殴りに殴られて頭を揺らされているようだ。

 

 怖いもの知らずな子だなと思いながらも……。刹那は行動を止めずに、槍を『薙ぎ払った』。

 

 

「斬り捨てろ! 破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)!!」

 

 過たず朱槍は、鹿角を2本とも根元から消失させ、その上で、走り抜けてリーレイを保護した刹那の後ろから急接近して『零距離』での接触射撃。

 

 達也の分解魔法が尋常ならざるヴァンパイアの強化を解く。

 

 力の源たる鹿角を奪われれば、達也が『分解』させなければならないものも存分に見える……そういうことであった。

 

 ヘラジカの男が破れたのを皮切りに、リーナの『テスラ』を食らって全身を痺れさせた一団。深雪の『氷弓』を食らって全身に寒気を与えられ震える一団。

 

 期せずして遭遇した戦闘の幕切れとしては、ヤマもオチも無いものだった……。

 

 

「さて―――どうした……おい達也? お前何をやっているんだよ?」

 

「警戒すべきは、ヴァンパイアじゃない……。この少女の方だ」

 

 シルバー・ホーンの照準装置をリーレイという少女に向けたことで、メイドゴーレムたちは臨戦態勢を達也相手に解いていない。

 

 両腕を剣に変えて刺し貫く意思を感じる……忠実なメイドの人格データは余程の忠臣なのだろう。アッドやトリムマウ―――、刹那の魔法の杖とは大違いだ。

 

 

「お兄様。やめてください。リーレイちゃんは、純粋に私達を助けたいと思ってくれていたと、私は考えますよ」

 

「それでなくとも、いきなり銃を向けるヤツがいるかよ……お前がシャオちゃんを穿つならば、俺がお前にガンドを撃つぞ」

 

「―――流石に、お前の病魔呪弾をもう一度喰らって深雪を心配させるのも忍びないな……」

 

 刹那の人差し指を向けた後の言葉を受けて、CADを仕舞う達也。本当にコイツは……時に狂犬になるので少しばかり心配になる。

 

 抑えるべき深雪の言葉が若干効いていないことが、四葉の精神改造の術を知らせるが……魂のカタチだけは変えられない。

 

 それを呼び覚ました刹那こそが、達也に若干の責任を負わなければならないのだろう。

 

 

「イロイロと言いたい事は多いのだけど―――そろそろ魔法協会の責任者たちが来るんじゃないかしら?」

 

「長話する暇はないか。俺たちはともかく、シャオちゃんは変装していないからな」

 

 面が割れては不味いだろう。一種の記録装置に関しては、情報工作のエキスパートたる四葉に任せておけばいいだろう。

 

 というか入学前の横浜でも、そんなことをやっていたと聞いているのだから……。

 

 リーナの忠告であり進言を受けると同時に、即座に逃走を開始。やってきた魔法協会の重役の一人『十三束 翡翠』女史は、襲撃を掛けてきたテロリスト全員が魔法攻撃で昏倒して、最近になって登録された魔法……『抗魔布の拘束帯』―――身体機能及び魔力循環を阻害する『バインド』という『魔術』で捉えられていた面子を発見。

 

 同時に、『誰がやったのか』を探ろうとするも、どこからか既に情報操作が掛けられて、映像も画像も全てサルベージ出来なかったのだ。

 

 しかし―――『完全に隠そう』として『完璧に隠す』。……そういった偏執的なまでの周到さが、隠した相手の素性を物語っていた。

 

 

(人間のやることには、どうしても、どんなことにでも若干の『いいかげんさ』が出てしまう。それは時にヒューマンエラーとして大きなものにもなり得るけど、大抵は『好い加減』でやっているということよね)

 

 即ち、この情報操作をやった存在は、己を人間以上の存在。自分達、魔法師こそが人間以上の存在であると日ごろから喧伝して、容易に多くの人間に尻尾を掴ませない存在。

 

 完璧ゆえの『漏洩』―――四葉家が絡んでいるということに、翡翠は深々とため息を突いてから、彼らの症状を見てもらうためにも、ドクターロマンに連絡を入れるよう協会員に指示するのだった。

 

 

 



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第124話『天使の休息―――(後)』

―――日間ランキング最高六位……いやはや過分な評価で、ありがたい限りです。

感謝感謝です。

そして、事件簿でホムンクルス兵を大量に従えた法政科らしき彼は、も、もしや!? 

そんなこんなでネタバレを避けつつ、新話お送りします。


「銀、金―――変形解除(トランスオフ)

 

 にゅるん。にゅるんと蠢く流体金属の変形した『車』。その擬態をしたもので揺られてやってきたのは、横浜中華街を臨める場所。

 

 ベイヒルズタワーから人知れず脱出するのに、最初はハデスの隠れ兜を使っていたが、途中からは人混みがありすぎる上に、鼻が利きすぎるエリカの兄貴である寿和警部がいたことから、少しだけ断念して車による移動となったのだ。

 

 

「ターミネーター2のトランスフォームを体験することになるとは、人生分らないわね」

 

「しかも『乗る方』だしな……いつも、こんなことをしているのか?」

 

「流石にそれは……ただ、私が五番町飯店の孫だと分かって連れ去ろうとする人間もいるから、時には……たまに―――、ごめんなさい……」

 

 別に責めているわけではないのだが、まぁ一般的な法治国家における魔法の扱いというのは、厳格なものだ。

 

 それゆえの謝罪なのだろうリーレイの、髪を撫でて慰めておく。話だけならば、ライネスさん―――自分がこの世界に来る前には『ロード・エルメロイ』を襲名する予定であった人を思い出す。

 

 自分にとって頭が上がらない姉貴分……良く甘菓子を作らされたヒトも、幼い頃は絶えず暗殺の危険があって、水銀メイドを護衛として伴い、外出先では保存食ばかりを食べる……外食による『服毒死』を警戒するほどだったそうだ。

 

 

「まぁ俺の姉貴分も、そんなことばかりやっていたそうだからな。責めるに責められない」

 

「お前が所属していたエルメロイ教室ってどんなところだか、本当に謎だぞ」

 

 達也の疑問はもっともだが、それに対して虚言は、そうそう語れない。教室のみんなと、先生に関してそんなことは出来ない。

 

 いつか先生を―――『臣下』に加えるためにも……。まぁそんな手助けしたらば、「FUCK これは私の課題であり、お前が係うことじゃない。ワタシ一人でやるべきことだ」などと不機嫌だろうなと思う。

 

 思いながらも、想いをこめて達也に応える。

 

「幼年の頃からお袋と一緒に『教室』にいたけど、正式に生徒として認められた時には、兄弟子も姉弟子も協会のお偉いさんになっていたんだが、まぁみんなして俺に構ってくる……。

 秘術の類も惜しげもなく出してきた時には、どうしたものかと思ったが……、きっと皆がそうだったのは、『オヤジ』の面影を俺に見ていたからだろうな」

 

「例の『世界の果て』に行ってしまったとかいう、親父さんか」

 

「ああ、結局―――みんなが『衛宮士郎』に去ってほしくなかったからなんだろうな。『繋がり』があれば、きっと―――そんなところだろうな」

 

 そして自分までもが、その想いを踏み躙った。結局―――『剣』の子供は『宝石』にはなりきれない。不細工な『宝石剣』になるしかないのだ。

 

 

「宝石太子も両親がいないの?」

 

「まぁな……というか「も」ってことは、君もなのか、シャオ?」

 

「うん。爸爸(パーパ)妈妈(マーマ)も死んだって―――御爺様から聞いている……」

 

 伏し目がちに答えるリーレイに対して、刹那は余計なことを言わずに「そうか」とだけ言っておく。

 

「君にあるつながりを大切にしろよ。途切れたものだけを、数えていたらば―――前に進めない」

 

 だが、結局……そんな説教臭い事を言ってしまう辺りは、自分の青臭さであった。よって、『全てを知っている』ゆえに微笑むリーナの顔に「してやられた」気持ちだ。

 

「うん。ありがとう宝石太子……ちょっとだけ気が楽になった」

 

 何かしらのコンプレックスは持っていたらしいリーレイだが、今は前を向いて意気を上げている様子に少しだけ安堵する。

 

 期せずして、自分の過去と彼女の過去とがリンクしていたゆえだ……それにしても―――。

 

 

「リーレイちゃん。何で刹那君のことを宝石太子って呼ぶのかしら? もしかして中華圏では、そういう呼び方なのかしら?」

 

「それは俺も聞きたいな。まぁ大方の予想は深雪と同じだが」

 

 宝石太子。どこの蓮の精なのだと言いたくなるほどに変な名称を着けられたが、まぁ悪くは無い。

 

 そうして―――リーレイは司波兄妹の言に対して少しの首振り。どういうことだってばよ。

 

 

「私の御爺様が、そう言う風に愛称を付けているだけ。中華街に魔法師は、そんなに多くないから」

 

「なんだかワタシのステディへの名付けが、スモウレスラーに対するニックネームみたいで複雑だけど……シャオの祖父(グランパ)も、魔法師なの?」

 

「引退した―――というよりあんまり『才能』が無かった。って言っていた。金と銀みたいな人格付与のゴーレム作りには造型あったみたいだけど」

 

「ご当主様の最高傑作こそが私と銀なのです。現代魔法において、速度と深長領域のみが取り沙汰される中では、ご当主様も魔法師としての栄達は諦めざるを得ないでしょう」

 

 事実、ダーハンクライシスの頃には、大陸においても『古式魔法』の側は敗北をして、『現代魔法』の側が勝利を果たした。

 

 即ち軍の戦術兵器としての中核を為すに、古式魔法は時代遅れというより『使いづらい』という結論が出てしまったのだ。

 

 結果として、崑崙方院の法術師、道士などの連中が北米大陸に紛れて、その後には時代の流れゆえに大陸に迎合する……台湾に勝手にやってきた国民党と同じである。

 

 そしてこの横浜中華街の発端は、国民党の創始者である蒋介石と同じく、大陸での捲土重来を願う連中ばかりだったはずなのだが……。

 

 蛇足を終えて『劉姓』なんて、言っては何だが大陸ではありふれたファミリーネームだ。その中でも『有名人』を、魔法師ならば誰もが知っている。

 

 

 そうして迷子の迷子の「小劉」ちゃんを、中華街の中でも一番大きな店、もう門構えからして周囲の他店とは違いすぎる店舗『五番町飯店』に連れて行くと、店先にはがっしりとした体格のご老体が立っていた。

 

 コックコートのままな所を察するに、仕込みの最中にベイヒルズタワーの一騒動を聞いて、いても立ってもいられなかったのだろう。

 

 

「リーレイ!」

 

「爺ちゃん!」

 

 呼び掛けられて老人の胸に飛び込むシャオちゃんの姿に少しだけ苦笑してから……手を振りながらも、クールに去ろうとした瞬間。

 

 

「いやいや若人たちよ。拙速になるな。スピードワゴンになるんじゃない。どうやらここまでリーレイを送り届けてくれたことを考えれば、何もせずに帰せるわけがなかろう」

 

「いえいえ。どうやら店の仕込みの最中だったみたいだし、家族の触れ合いを邪魔するほど無粋でも無いんで」

 

「礼ぐらいさせてくれ。何せ孫は君のファンだからな。宝石太子『遠坂刹那』君。まぁ昼飯一食分は奢らせてもらおうか」

 

 劉師傅は、拱手抱拳の姿勢で、そんなことを言ってくる。その打ちつけている手と打ちつけられている拳にある『タコ』が料理人としてのものだけならば、何も迷わないのだが……。

 

 

「いいじゃないか刹那。どちらかと言ったらば、俺たちの方が助けられた方でもあるんだ。一食いただきながら、話をするぐらいは、許容範囲内だろ?」

 

「達也。お前、最近、ただの食いしん坊になってきていないか?……まぁ、ここの味には興味があるし、劉師傅の腕からは、高級食材を扱っている凄腕の料理人の気配がある」

 

 首に腕を回されて、達也の言動に苦笑してしまう。『俺は座敷芸者じゃないんだが』という言葉を呑みこんで虎口に飛び込むその姿勢は、まぁ好意的に思っておく。

 

 そうしてからリーレイことシャオちゃんには腕を取られてしまい、どうしようもなくなる。

 

 更に言えば、女性陣は一食浮くことを、若干嬉しく思っているようだ……。

 

 こういう時のストッパーとして自分が『役立たず』なことを分かっていた刹那は、『ご馳走になります』と一言言ってから、劉師傅の招きに応じることにした。

 

「所で厨士―――お名前は何と呼べばいいんでしょうか?」

 

 これが狙いだったのか……達也は、自分よりも鋭い洞察を行った。例え、リーレイが『劉姓』を名乗っても、目の前の相手が劉○○とは限らないのだ。

 

 その可能性が高いとはいえ、そうでない可能性を除外するのは、拙速だった……ゆえに、その反応を具に観察すると、老人は苦笑してから口を開いた。

 

 

「劉『景徳』。恥ずかしながら、祖国の栄えある戦略級魔法師とは一文字違いのしがないジジイだ。期待に応えられず申し訳ないな。

 だが、料理の腕は期待してくれ。いい熊の掌が手に入ったんだ。最高の中華料理をご馳走させてもらうよ」

 

 

 そんな言葉で―――嘘か真かすら判別出来なかったのだ。

 

 ・

 ・

 ・

 

 数時間後には『景徳鎮』の色とりどりの器に盛られた中華料理に舌鼓を打ちながら、リーレイに『魔術』の手解きを行うことになるのだった。

 

 

「ふむ。リーナよりも雷霆属性に造詣が深いな。伸ばすべきものは、いまあるものを伸ばしていけばいいよ」

 

「そうなんですか? けれど……何か伸び悩みがあるんですが」

 

「放出するというイメージを『横軸』に持ち過ぎなんだ。シャオの魔術の本質は、『水平に流れる』ものではなく地から上へと昇る。『昇竜』のイメージ―――『縦軸』の方向でやってみればいい」

 

 

 言ってから『原始電池』のミニチュアを渡して、魔力を込めて『小剣』にするように言うと、容易く『雷の小剣』を作り上げた。

 

 小さな手で両側から包まれたそれが、開くたびに幾つも縦置きの剣のように作られると、得心した様子と眼を見開いている様子の半々だ。

 

 少しのアドバイスだけで、ここまでの変化があることが本当に驚愕なのだろう。

 

「『窮屈』なものが、少しだけ『楽』になっただろ?」

 

「う、うん!! すごい―――これが本場のエルメロイレッスンの効果……」

 

 感心しているシャオに対して、何となく刹那はエルメロイ先生の言葉を語る……。

 

「万物は須らく照応するものだ。人は時に人体構造を七つの惑星に置き換え、物質の流転にすら、何かしらの意味を見出して『力』としてきた。俺の先生の口癖だ」

 

「テキストが無くてもお前は諳んじているのか?」

 

「まぁな。というより配っても然程見ないんだ。知識(ウィズダム)というのは、己の頭に込められているものを咄嗟に出してこそだしな」

 

 

 その様子を北京ダックを食っていた達也が言ってきたのに返してから、自分も食事を再開。

 

 出された料理は、はっきり言えば―――特上すぎた。幾つかは解析して、違う食材で再現してやろうと思うほどだ。景徳鎮の陶器が、中華の極意を示してくる。

 

 

「どうかね?」

 

「お孫さんの成長するための筋は見出させましたよ。劉さん」

 

「いやいや、そちらではないよ。料理の味はどうなんだろうということだよ」

 

「「「「最高です!!」」」」

 

 やってきたご老体の言葉に素直に答えておく。いい料理に対しては素直に賛辞を述べるべきというのは万国共通なのだ。

 

多謝(ありがとう)。孫を助けただけでなく、ここまでやってくれるとは……」

 

「礼に及ぶことでもないですよ……」

 

「だが、この国で我々のような人種は肩身が狭いものだ。特に母国だった国の影響でね」

 

 

 人間と言うものの愚かしさでもあるが、日本であれUSNAであれ、近隣諸国から政治亡命などで帰化するとまではいかずとも、足掛かりにして捲土重来を願う人間たちは多い。

 

 そこには国家と言うものの打算的な思惑があるし、中には偽装した亡命などもあるだろう。いわゆるスパイの潜入工作というヤツだ。

 

 それらを考えずにいられるほど、人々は愚鈍ではないが、明らかな咎があるとは言えないのに、十把一絡げで全てを悪と断罪するのは、ただのリンチにすぎない。

 

 結局の所……この店にいる劉料理長を筆頭に彼らがどういう想いで、ここにいるかは分からないのだから。

 

 だが作られた料理には何の罪もない。そしてその中に一つだけ『異色の料理』があり、刹那の眼を惹いた。

 

 

「……ふむ。成程」

 

「? 悪いが俺ももらうぞ」

 

「どうぞ」

 

 刹那の怪訝な納得が気になったのか卓を回して自分の方に、『異色の料理』を引き寄せる達也。

 

 一口食べて、どうやら気付いたようである。そして何よりこの料理の『意図』も―――女性陣には、もったいないということで男二人で平らげる。

 

 

「アンタたち二人して食べるなんてどういうこと―――!?」

 

「秋ナスは嫁に食わすな。という格言があるほどだからな。これはお前たちには食わせられない」

 

「それほどの美味だ。そういうわけで二人とも我慢してくれ」

 

「「ぐぬぬぬぬ」」

 

 何より―――『これ』を分かった二人がどう出るかは分からないのだ。その行動を予測できない。

 

 例え怒られたとしても、今は不味いのだ。無論、料理は美味しかったのだが……。

 

「安心してください金青娘々。こちらに『同じもの』を作っておきましたから……」

 

「ソーリー……シェフ……このアホ共の為に御足労させてしまって」

 

 などと、海老、野菜、豚肉を絡めた中華粥を持ってきた劉『景徳』シェフのお陰で、リーナの激昂は収まるのだった。

 

 ランチタイムにも関わらず上客専用の場所をいつまでも使っていていいのかなー。などと思いつつも、シャオの「もう少しいてほしい」という願い(視線)を受けては、年上の兄ちゃん姉ちゃん方としては、そうせざるを得なかった。

 

 そうしながらも楽しい時間は過ぎていき、劉料理長とシャオちゃんの見送りの元、五番町飯店を後にするのだった。

 

 

「今度は、自分のお金で食べに来させていただきます」

 

「いやいや、授業代代わりと思えば安いものだ……また違った形での来店を、リーレイともどもお待ちしているよ」

 

再見再見(またね~)先姉(お姉ちゃん)先兄(お兄ちゃん)~♪」

 

 大仰な手振りをするシャオちゃんが見えなくなるまで手を振りながら歩き、いい加減コミューター乗り場に行ってもいい位の頃に―――盗聴盗撮防止の認識阻害の結界を張る。

 

 かつては『走る密室』と呼ばれた車中も、時代が進みオートメーション化が進んだ現在では、知らぬ誰かが不逞の行いを探ろうとしているかもしれない。

 

 そんな訳で健全なる高校生としては、そこでの密室談義は避けておいた。言い訳である。ということで、男子二人が女子の餌食になるのだった。

 

 

「それで、何であんなことをしたんですか? そりゃ最近のお兄様は、若干舌が贅沢になって、私の料理では若干の満足を為されていませんけど」

 

「我が家はソンナコトないわよねー♪ 夫婦円満で仲がいいわよ?」

 

「それは当然でしょうが、アナタの場合、亭主が家事の一切をやっているようなものなんですから」

 

「シツレイね! (Dish)を洗ったり、ゴミ出しをして近所の奥さんたちとの付き合いを大事にしているこのワタシを、何だと思っているのよ!?」

 

 そんな前時代的なことをやっていることに、若干の驚愕を司波兄妹は覚えるも、ともあれ話を戻す。結局の所、なんであんなことをしたのか。

 

 まさかアノ料理には『毒』が入っていたというのだろうか? 確かに魔術刻印持ちである刹那と、身体を任意・自動で完調に戻せる達也は、ある種の自動治癒(オートヒール)を持っている。

 

 だからこそ、あんなことをしたのか? そういう推測は外れていた。

 

 

「フチャ料理?」

 

「中国版の精進料理って感じかな? いわゆる肉や魚の食感と見た目を野菜と技術で再現した『イミテーション』料理。それが普茶料理だ」

 

「俺と刹那が食べた肉と海鮮の中華粥。肉は『湯葉』を、海老は『人参』、烏賊は『蕪』を使ったものだった。本物は米ぐらいだったかな?」

 

「米も麦が、若干入っていたかな。オートミールほどドロドロにならないぐらいの、絶妙な調理方法だ」

 

 

 ただの料理評論のはずなのに、何故だか不穏なものが混じっているような気がしてならない男二人の会話。

 

 そうして告げられる劉料理長の意図……。

 

 

「わざわざ。技巧を凝らして技法の限りを尽くす『中華料理』の手法の中でも、殊更に『偽物』を強調した料理を出したんだ」

 

「つまり―――何かが『偽物』ということか、あるいは『偽者』……」

 

 単純に考えれば、劉雲徳という魔法師―――大亜連合が公表している魔法師の正体こそが、『劉料理長』なのではないかという話だが……。

 

 そう考えた時に墓穴を掘ることもあり得るのだ……。

 

 何にせよ……何かしらこちらに伝えたい。だが明朗に言葉には出来ないメッセージがあの料理にはあったのだ。それを解き明かさないと―――『よろしくないこと』に繋がりそうだ。

 

 何の確証もない話だが、リーレイと関わったことで『何か』が変化をした。何かは何であるかは分からない。ただ『贋作』だとしても、『本物』を目指してもいいだろう。

 

 

「少し早いが、今日の夕飯は決めたよ。『深川鍋』にするかリーナ」

 

「ワァオ。ドジョウを開いて入れるタマゴでとじたナベね」

 

「古典的な間違いをどうも。そっちは『柳川鍋』だ」

 

「一本取られちゃったわね。けれど何で今このタイミングで?」

 

 一度だけ舌を小さく出して眼を瞑る可愛い仕草(てへぺろ)を取るリーナにどきりとしてから、青臭すぎる理由を話す。

 

「リーナが間違えた通り。柳川鍋の方がドジョウを使う分ボリュームもあるし、どっしりとした味わいだが……深川鍋も味わい深いものさ」

 

 どちらかに優劣を着けられるものではない。ただ偽物作りに長けた人が時に作ってくれた鍋は、寄せ鍋も旨かったが、それ以上に……自分には、アサリをたっぷり入れた深川鍋が良かったのだ。

 

 

「たまには『オヤジ』を思い出しながら、料理を作るのもいいさ。付き合わせて悪いけどな」

 

「ノープロブレムよ。アナタのお父さんに対する想いは分かっているモノ。そういうココロが少しだけ嬉しいわ」

 

 コート越しでも身体を預けてくるリーナに苦笑する。いつもならば『左腕』の所が、『右腕』なところに、本当に苦笑する。

 

 

「お兄様、今日は深雪特製のすき焼きです。存分に腕を振るいますよ」

 

「ああ、楽しみにしているよ」

 

 どうやら明日はホームラン(?)のようだ。司波兄妹と分かれて帰路に着く。

 

 色々とあったが……何事もなく今日と言う日は過ぎていくのだった……。

 

 

 † † †

 

 

「さてさて、今日はもう寝なさいリーレイ。宝石太子『遠坂刹那』の御業の復習もいいが、疲れては明日に障る」

 

「はい。御爺様。お休みなさい」

 

 劉が大枚を叩いてまで邸宅に拵えた魔法の勉強部屋。孫のためだけに設えた部屋から孫が出ていくと同時に―――。

 

 いつの間にか入って来ていた来客に眼をやる。その眼は昼間に、若き魔法師達を迎えた時とは違い、眼光鋭い獣のような眼であった。

 

「こんな夜更けに何用かね。周道士?」

 

「劉教主にあられましては、本日もご機嫌麗しゅう―――」

 

「何の用か、と訊いておる」

 

 老人特有の重い声に険が混じる。そして空気も乾く……俗に殺気と呼ばれるものを発して、『見た目』だけならば、昼間の若者たちと変わらぬ男を睨みつける。

 

 仕立てのいいスーツを着こなしながら、『拱手抱拳』で慇懃無礼にこちらに挨拶をしてくる男の本性と年齢を見抜けぬほど、劉は腑抜けてはいない。

 

 だからこその声を風と流す『周公瑾』という偽名の男だが、もはやこの男は幾度もの整形や変身魔法のしすぎで、自分の顔を忘れている可能性があるのだ。

 

「明日、私の方で『お客様方』をお迎えする予定です。お客様方は―――『万が一』の時を考えまして『雷公鞭』を用意したいとお考えのようです」

 

「私は既に引退の隠居した身だ。既に国内には六人もいるという『非公式』(海賊)どもを使えばよかろう」

 

「その辺りの機微は私には分かりません。ただ、『本国』からの命令書が来る可能性があることもお忘れなく……では、確かにお伝えしましたよ」

 

「かつては崑崙の十二仙の一人と言われた男が軍人の走狗か。凋落したものだな―――私のように正しく老いることをして、自然のままに死ねないからだ」

 

 

 一方的な要求とメッセージばかりを置いていく周に悪罵の一つでも叩きつけてやりたいと考えていたのだが、思った以上に……癇に障ったようで、美麗の青年の貌を剥ぐことが出来た。

 

 だが、それでも必要以上に噛みついて来ないのも周の特徴であった……。

 瞳と心に野心を秘めて行動している男の特徴だな―――と思いながらも、邸宅から去っていった周公瑾を『センサー』で確認すると、一息突いて、『劉景徳』は知っている番号に『一報』を入れておくのだった……。

 

 

 そのことが、孫の運命を変えると信じて動くしか出来ないのだから……。

 

 



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第125話『魔宴の予感』

というわけで、新話をお送りします。

リストラされたキャラとしては、三高の2人だったりします。一高に来るのはまたの機会ということで(苦笑)




『五号物揚場に接岸した船から不法入国者を確認。ただちに現場に急行せよ』

 

 

 予想通り過ぎて、何とも拍子抜けしてしまう。だが、無線を通じて届いた指令に、二人の私服刑事は何事も言わずに走り出した。

 

 その速さは尋常の人間では出せない類のものであり、現れていた不法入国者の群れ―――10人ほどが見えたことで、即時に千葉と稲垣という警察省の刑事は取り押さえることに成功した。

 

 

「遠坂君考案の、この『バインド』っていう魔法は随分と使い勝手がいいな」

 

「非魔法師であれば、その身体活動を拘束して、魔法師であれば更にサイオン活動を封じ込める……非魔法師による魔法師制圧部隊でも導入されつつあるとか」

 

「ある種の鉱石に魔法式を封じ込めることが出来ればね。今はまだ実用段階ではないけど」

 

 愚痴るように言う年上の部下に、飄々と答える寿和。だが、それがある種の健全なものとも言える……魔法師を捕えるのも魔法師である以上、一種の手心が加わるという懸念は誰しもが持つものだ。

 

 その状況を少しばかり好転させるものとして、彼のエルメロイの少年は、どの勢力からも求められているのだ。

 

『十手』を持つ寿和は、言いながら……他の場所では手間取っているのか、騒音と銃声が響くのを耳にして『ト―シロ』相手にダセェ。などと少しの愚痴を内心でのみ述べながら―――。

 

 

「船を抑えよう。なんかもう骨折り損な気がするが」

 

「ダイバー装備で逃げましたかね?」

 

「ああ、(おか)の連中はフェイクだろうが、あのまま悠々とハマの港に着けておくのは――――」

 

 などと小型貨物船を抑えようと寿和が言った時に、小型貨物船が内から爆裂四散した。圧倒的なまでの爆破で二つに折れて、横浜の湾内に沈んでいく現代の造船技術の塊……。

 

 如何に魔法であれども、ここまでの威力を発揮するならば、それなりの技量の魔法師が必要だ。ただでさえ海水に浮かぶ『鋼鉄船』にして、それなりの剛性もあるものだ。

 

 情報改竄の規模も必要になるエネルギーも、人間一人を弾けさせるよりも、大仰なものになるはず……だというのに―――。

 

 

『千葉、稲垣。何が起こった!?』

 

 指揮官である二人よりも階級が上の初老の管理官が、現場に対する報告を求めてきた。あちらとてドローンなり監視カメラを使って、様子は見ているはずだが……。

 

「不法入国者たちが乗ってきた船が爆裂四散して、二つに叩き折れて沈没する寸前です」

 

『魔法か?』

 

「それは分かりません。本官の眼では、詳細なものまでは……」

 

「―――トシ君!」 

 

 リボルバー型CADの測距装置で何かを視た稲垣の声が響き、兵法家としての勘が一瞬で構えを取らせた。

 

 

 構えを取った後には、爆裂四散した船から何かが飛び出した。何かは、近づいてくるたびに詳細に分かる。分かったところで……理解は遠い出来事だったりするのだが……。

 

 

「―――■■■■■ッ!!!」

 

 

 ―――虚空に『戦車』が現れていた。現代や20世紀、21世紀初頭に運用されている機械仕掛けの『戦車』(せんしゃ)ではなく、古代にでもあった二、三頭の馬に牽かせることで進む車輪付きの台。

 

 いわゆる『戦車』(チャリオット)が飛んでいたのである。そして馬の嘶きは尋常の生物として、聞いたことがある馬とはまったく違うものだ。

 

 

「カボチャの馬車であれば、メルヘンだと言えたんだが……何だあのサラブレッド種の三倍強もの体躯の『馬』は……」

 

 様々な軛や馬具で縛られているとはいえ、それすら窮屈に思えるような体躯の馬の威圧は凄まじく……その御車ですら、とんでもない魔力を放っていた。

 

 化け物。そういう単純なまでの言葉が思い浮かぶ。

 あの南盾島の戦いで見たグリーンスーツ以上もの、魔法の理外の『超越者』がやってきたのだ。

 

 虚空を踏みしめながら、こちらを探るように見ている、御車の中で手綱を握るフードを被った人間は―――、二頭の馬に手綱を振るって下知を飛ばした。

 

 ヤバい。狙いは―――。

 

「稲垣! バインドを解いてやれ!!」

 

「瘟瘟―――瘟―――!!」

 

 叫びがどのような意味かは分からない。だが、強烈な魔力を纏いながら、空中から飛び来るようにやってきた戦車の狙いは―――、拘束された不法入国者であり、銃刀法違反の連中であった。

 

 ロクに動けもせずに放り出していたのは不味かったかもしれないが、だがその一撃を、そんな行動を予想できていた方がおかしい。

 

 狙撃銃や収監中に殺されるならばともかく―――言い訳はいい。彗星のように飛んできた戦車の一撃で港湾施設は無残にも発破されて、犯罪者とは言え、拘束されて抵抗出来ない人間が殺されたのだ。

 

 義憤が起こる。コンクリートの砕片などでアーマーは役立たずになったが、それでも寿和は獅子吼する。

 

 

「貴様ッ!!!!」

 

(ハイ)!!! (シッ)!!!」

 

 言葉と同時に、馬も含めれば大型トラックほどもある『戦車』が。吹き飛ばした寿和に突撃を仕掛けてくる。

 

 蹄の一蹴り一蹴り、車輪の一回転、一回転が横浜港の路面から周囲の倉庫の全てを叩き潰していき、その威力を正面から受ける寿和は、当たり前の如く無事では済まない。

 

 というか殉職は確定だろう。生意気で、何事にも刃向かう妹は泣いてくれるかな? などと気楽なことを考えなければ、平静は保てそうになかった。

 

(突撃を躱して、台にいる騎兵を叩き落とす―――出来るか?)

 

 数秒しかない時間でも決めた寿和は、間一髪の瞬間で横っ腹に出ることを決めて、構えながらその瞬間を待ち望む。

 

 戦車の速度からすれば残り十秒―――と言う所で、寿和は自己加速魔法を掛けて超速の神速で動く。

 

 動いた結果、鋭角に動き横っ腹に出たはいい。いいのだが―――。横っ腹には―――。

 

 

「バカなの。アナタ? 横っ腹が弱いのは『人の世』の戦車だけ。その戦車とて―――」

 

「弩弓!?」

 

 顔を隠していた……『女』の嘲った言葉の後に気付いた寿和。

 

 歴史が示している通りに、そういうサイドウェポンが装備されて、脇腹を突いてくる騎兵や待ち伏せの歩兵を寄せ付けなかったのだ。

 

 魔力の矢が幾束も放たれて寿和を襲う。たまらず十手を長くしたうえで、腰の木刀も抜き放って対処をする。

 

 例の遠坂刹那のごとき攻撃の苛烈さで、寿和を縫い付けたまま虚空を飛び立つ戦車は―――他の所で対処していた連中を狙っているようだ。

 

 

「全隊に警告。相手は魔法の戦車だ……。威力だけならば、数分程度で横浜港を灰燼に帰すだけの、火力と破壊力を持っている。いますぐ重要参考人を連れて、この場から退避しろ!!」

 

 こんな指示でどれだけの人間が動けるかは分からない。だが、それでも言わないで後悔するよりはいい。

 

 砕け散った木刀を捨ててゼニガタ・シルバーから譲られた長十手を杖に、ボロボロの身体の寿和は、虚空にいる戦車を睨みつける。

 

 そして―――最後に見えたのが、その戦車を牽く馬二頭が―――馬ではなく『赤』と『青』の『狐』。牽いていた馬と同等のサイズに変化する様子だった。

 

 幻かもしれないが、急激なサイオン切れで意識を保てなくなった寿和は稲垣に支えられて……その場を後にするしかなかった……。

 

 

 † † †

 

 

 

 刹那とリーナが遊びに行った土曜日の横浜だが……日曜日にも横浜は少しばかり騒がしかったようである。

 

 もっともこちらに関しては昨夜のことであり、あまり考えなくてもいいかもしれないが、一時的にではあるが、寿和さんは病院に運び込まれたようだ。

 

 エリカが愚痴るように言うが、サイオン切れで意識不明になるとは、あまりいいことではない。とはいえ、他の刑事達とは違い今朝にも退院したそうだ。

 

 

「なーにが『鍛え方が違う』よ。こちらを心配させておいて、意地になるんじゃないっつーの」

「そんなもんだよ長男なんて、(弟妹)に余計な心配させたくなくて、いつでも虚勢を張るもんさ」

 

 だが、グレイ姉弟子との恋路を完全に応援出来ずに済まな過ぎた。ことを思い出しつつ、寿和さんに優しくしとけよ。と、エリカにとって意味が無いことを言っておくのだった。

 

 そんなこんなしていると、達也が魔法科高校の学生における論文コンペティションに選ばれたのだった。

 

 九校戦が『武』を象徴するならば、論文コンペは『文』を司るイベントであり、どちらも魔法科高校の学生にとっては欠かせないイベントであった。

 一年でありながら大抜擢。本来ならば選ばれているはずの平河小春先輩が直々に謝罪してきて、色々あって達也に丸投げした。

 

 確かに、達也の研究テーマと被ることであったから、適材適所だが、まさか三年の先輩が辞退したからこそのお鉢回りだなどとは思っていなかったのだろう。

 

 目頭を解すこと多くなった達也を少しだけ不憫に思いながらも、そそくさと退散しようとした所で……。

 

 襟首を掴まれて。『頼み事』をされるのだった……。

 

「どうせだ。刹那、お前は俺の為―――いや、全論文コンペ関係のメンバーの為にも……海鮮饅頭を作ってくれ」

 

「お前が喰いたいだけじゃないか?」

 

「ああ、その通りだ。言い訳はせん。だから俺の為に海鮮饅頭を作ってくれ」

 

「そういう美月が興奮しそうなことを近くで言うな」

 

 

 などというやり取り(美月は大興奮)の末に、論文コンペの準備においては、給仕長という仕事を拝命することになってしまった。

 

 更に言えば、今回の論文コンペは、東側国家とでも言うべき所はともかく、西側諸国にもオープンで流すそうなので、マルチリンガルである自分が通訳者(インタープリター)として翻訳する作業まで任されてしまった。

 

 そして積み重なるようにして、予備の警備部隊にまで編成されるという徹底ぶり……。

 

 

「なんでさ」

 

「最近、ミンナに対して心の税金払っていなかったからじゃない?」

 

「君に納める心の税金で、いつでも俺は高額納税者だよ」

 

「ダイスキー♪ いつでもワタシはアナタの扶養家族(ワイフ)♪」

 

 

 バカップルのあまりにも甘すぎる会話に、周囲にいた全員が久々に砂を吐いた―――。

 

 リーナが、首に抱きついて身体を密着させた時点で――――。廊下の曲がり角から違った男女が現れるのだった。

 

 

「ロマニ! 奴らを遂に見つけたぞ!! 確保するんだ!!」

 

「いや、普通に同行を求めればいいんじゃないかなレオナルド!?」

 

 まるで熊を見つけたマタギのように、正面から出てきた二人の教師。

 

 一高の廊下を歩いていたバカップルを見た彼らの行動は、即座の確保であった。

 

 高密度の魔力の布で確保するは、片方は就任して一週間とはいえ、一高の名物教師コンビとなりつつある二人だった。

 

 

「ホワッツ!? どういうこと―――!?」

 

「エメラルドを使っての、拘束術式か。しかも『法典化』されているから、ちょっとした強制の魔術だな」

 

「冷静なアナリシスどうも! とはいえ、これ原始人なんかがエモノを捕えた時の拘束(バインド)の仕方!」

 

「俺はともかくとして、リーナだけは解放してほしいんですが」

 

「安心してくれ。すぐに部屋に着く」

 

 

 そうしてロマン先生の連れ込まれると同時に拘束は解かれ、同時にソファーに落とされたことで、ダ・ヴィンチちゃんとロマン先生の要求は喫緊なのだと気付かされる。

 

 全ての作業を省略される形での話の導入は、ロマン先生が焦っている事の証明だ。時にこんなことがあったのを知っていただけに、とりあえず言う事は一つ。

 

 

「土曜日のヴァンパイアの件はありがとうございました。十三束から聞きましたが、御足労願ったそうで」

 

「ああ、その件はいいんだ。あの手のビースト症例に関しては、僕しか対処出来ないからね……ってそこじゃない! 千葉の兄貴が負傷したのは聞いているね?」

 

 横浜の件ではあったが、自分達が直接関わった案件ではないことが、この上なく不安を掻きたてる。

 

 何を言われるのか分からないが、それが土曜日に関わった少女に繋がることなのではないかという不安は―――。

 

「私の霊基グラフに反応があったんだが、どうやら……何かしらのクラスのサーヴァントが現れた。

 そしてそいつは、横浜港の一画を灰燼に帰すほどの『宝具』ないし『スキル』を持った……尋常の魔法師、いやAクラス魔法師を動員しても勝てるかどうか分からない存在だ」

 

 ―――ダ・ヴィンチによって違う不安にリライト(上書き)されてしまう。

 

 何処で手に入れた画像なのか、ロマン先生が端末に示してきた横浜の惨状は、明らかに『対軍』宝具の類で発破されたとしか思えないものであった……。

 

 

「それで―――俺にどうしろと?」

 

「答えなんて分かっているだろう? サーヴァント―――ゴーストライナーの力は、魔法師たちにとっては過ぎたるものだ。

 そして、彼らでは対抗しようとすれば、無残な骸が折り重なるだけ……南盾島の時のように、キャスタークラスですらそうそう太刀打ち出来なかったんだ」

 

「十二分の準備をしてようやく―――といったところだったからな」

 

「この惨状……何かの駆動車輪(ホイール)で、轢壊したように見えない?」

 

 リーナに言われて画像に魔眼を投射すると『轍』のようなものが見えてきた。ただ単に捲れた混凝土の路面というだけではない。

 規則性を持った移動物体が高速で移動しながら、破壊を撒き散らしたのだ。

 

 少しだけ敵の正体が見えた……見えたことで、術の英霊(キャスター)奸智に長けたキツネ(エクストラクラス)よりもやり辛い相手だと直感する。

 

 真正面からがっぷり四つで、向かえば容易く場外に叩きだされる……だけでなく爆裂四散するだろう。

 

 

「少なくとも騎の英霊(ライダー)に相当する逸話を持った存在だと断定するよ。もちろん、聖杯戦争のデータぐらいは君も諳んじているだろう?」

 

「一応、ジモティ―だったからな」

 

「のみならずフユキの『御三家』(トライユニオン)の一角でしょう。お義母さん泣くわよ?」

 

 姑への報告を口にするリーナに苦笑しながら、これほどの大破壊を『離れた箇所』に連続で叩きこむとは、『常駐型宝具』の類だ。

 

 かつて、冬木の聖杯戦争……第五次、没落したマキリに代わり、外地のマスターとして招かれた動物科の新鋭。

 

 親父の時計塔からの出奔を誰よりも悲しんだ、魔術師の『親友』が呼び出したメデューサを正体とするライダーのサーヴァント。

 

 その最大能力は、手綱を『天馬』に()ませたうえでの真名解放からの一撃必殺突撃……。その威力は対軍宝具の類だった……。

 

 そんな系統のサーヴァントとは違い、常駐型宝具……先生にとって一番縁がある英霊。征服王イスカンダルの宝具の一つは、呼び出した『幻獣+戦車』を使っての単純な疾走……。

 

 だが、その威力はとんでもない上に、飛行宝具としての性質まで備えている……。

 

 どちらが優れているかは分からない。しかし、ただでさえ燃費食いの騎の英霊(ライダー)なのだ。

 

 その攻撃のヒット回数が多い方がいいと思うのは、俺がロード・エルメロイⅡ世ことウェイバー先生の弟子だからとか、そういうことではあるまい。

 

 きっと、多分……もしかしたら―――。

 

 

魔術戦車(チャリオット)付きの突撃宝具か……厄介だな」

 

「まだ確定ではないが、そう考えて動いた方がいい。そしてここからが本題だ……」

 

 ロマン先生曰く、この案件は非常にデリケートであり、後継ぎと目されている人間がとんでもない目にあったことで、千葉道場も気が立っているという話だ。とどのつまり、治安関係者全ての毛が逆立っているということだ。

 

 

「この事態を速やかに終息させるのは、キミの役割だと思っている……まぁ即座に始末が着けられるとは僕も思っていない。だが、一当てすることで『正体』だけはつかめるはずだろう?」

 

 確かに、それは賢明な判断だ。だが、敵が……どっからやってくるかも分からないのに、当てもなく都心近郊を徘徊しろというのか。

 

 健全な教師としては、それはどうなんだろうという視線を向けつつも、これほどの魔的な事態に友人の兄。色々と世話になった刑事さんが被害にあったのだ。

 

 出ざるを得まい。

 

「心のゼイニクよね?」

 

「全くだな。ただ―――タマにはそういうのもいいさ。それに寿和さんは、何となくリーナの『親戚筋』と縁が出来そうだし、見捨てるのも寝覚めが悪い」

 

 別に死にそうになっているわけではないが、再び駆り出される前に、ある程度の無力化はしなければならない。

 難事ではあるが、それに際して―――ダ・ヴィンチは秘密兵器があるから安心しろと言ってくるのだった。

 

 多くの事が決まってしまったが……サーヴァントの『正体』以上に、謎な人物が目の前にいるのだった……。

 

 意を決して、刹那は口を開いた……。例えこれからの関係が拗れたとしても、聞かなければならないことと思えたからだ。

 

「栗井教官……アンタは何者なんだ?……前から聞き返したかったことだが、今まで明確に問えなかったことだ……」

 

「問いかけられたところで答えない。そういう可能性は考えないのかい、刹那?」

 

 教員机の椅子に座る栗色の髪の毛をした……教師。その本質を誰もが、ただの昼行灯だと思っている。

 

 だが、誰よりも誰かを生き返らせることに長けた『マジックサヴァイバー』であるということも、皆が分かっている。現代のアスクレピオス。

 

 どのような重傷者。はたまた、現代ではありえざる毒に対しても血清を的確に与える手際……全てが『魔術師』寄りなのだ……。

 

 

「考えたさ。けれど―――知りたいんだ。知らなければ、俺は……今度は―――」

 

「僕も『喪失う』(うしなう)かい?……」

 

「――――」

 

「遅かれ早かれのことなんだ。『僕の正体』は、いずれ分かる……ただ一つの願いを元にした『魔法』が世界に披露される時に、『僕の役目』は終わりを迎える」

 

 

 その役目が終わった時―――アンタはどうなるんだ? そういう事を聞くのが憚られる言動だ。リーナも、その事を意識して緊張していた。

 

 だが、渇いた笑みを崩して破顔した栗井教官ことロマン先生は、もう少し先の話だろうと言ってきた。あまり構うなとでも言うべき態度に、むかっ腹を立てることも出来なくなる。

 

 

「今は、この世界で英霊召喚という反則を果たした連中を封印することを考えて動くんだ……。うん。なんか深刻なことばかり言ったせいか、僕の中でバイアス調整が上手くいかない。

 ひどくないかい刹那。僕に相対する時だけシリアスムード全開で、警戒心マックスじゃないかな?」

 

「訳知り顔のくせに、何も明かさないで人を動かそうとするから、そういう対応になるんですよ。誰だってそんな風になりますよ」

 

 その言葉を言われた瞬間、悲しそうな顔と懐かしそうな顔の狭間で揺れて―――最終的には悲しい顔をするロマニ・アシュラマンの表情の変遷を見た。

 

「ぐさっ、と来る一言を何気なく放る問題児! しょ、しょうがないよ……僕は弱い『人間』なんだからさ。けれど、そんな僕だって頑張っている生徒を見て、動かずにはいられないんだ……けど『動きすぎる』のもダメなんだよ」

 

「君が『動きすぎる』と、狂いすぎるからねぇ。さっ、あとは若人たちが働く番だ。ロマニの昼行灯は、今に始まったことじゃないからね。安心して、雪兎ヒメのダンスムービーを見せさせてあげるのが、いい生徒の手本じゃないかな?」

 

 懐かしそうな顔は何ゆえかとか、聞きたい事が多すぎる。というか、こっちが聞き返さなきゃ何も答えないのか、色々と文句を言いたい気分ながらも、ダ・ヴィンチことオニキスによって、教師室からリーナ共々追い出されて、理不尽な想いを感じながら……。

 

 

「……アーネンエルベでミルクレープ食べるか」

 

「……シナモンたっぷりのアップルパイもモアプリーズ」

 

 

 何となくゲンを担ぎたくて、アーネンエルベに向かうことにした二人。

 

 かしましいオレンジ髪とグリーン髪の元、出された料理は絶品であった。もちろんグリーンの方は一切、調理には関わっていなかったりする。

 

 そしてその夜………ゲンを担いだゆえか、『運命』と出会うのだった。

 

 

『―――問いましょう。あなたが私のツルギですか? ならば、良し―――さてさてこれでも、軍神、龍とも呼ばれた身。

 たかが空飛ぶ狐2匹、地に落とせずして虎を(あざな)には持てませんよぉお!! さぁ! マスター(ツルギ)、ご命令を下さい!!』

 

 

 ―――銀色に輝く長い髪を月夜に晒しながら、七支の槍を携えた美麗の槍兵が、戦場を駆け抜けるのだった……。

 

 



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第126話『魔宴の序曲』

長くなってしまった原因。

小百合さんの達也に対するアレコレが多すぎた。カットしてもよかったかな?と思いつつも入れておかないと、意味不明になってしまう。

というわけで最新話どうぞ。


 一高から帰ってきた達也は深雪と共に、望まぬ来客を家に入れていた。

 

 正直言えば達也も会いたくは無かったが、義理の母であり、達也の『勤め先』の上司である以上は、それなりの対応をしなければならなかった。

 司波小百合。旧姓 古葉小百合―――父・司波龍郎の愛人であり、実母・深夜が死ぬと同時に戸籍を入れた―――何とも間の悪いことしかしない女性だった。

 

「それで用件はなんですか? 正直言って、俺もあなたと話すことで深雪の機嫌を曲げたくないので、早めにお願いしますよ」

「相変わらず―――あなた達は私が嫌いなのね……」

「世間一般的に、前妻が死んで半年後に籍を入れるなんて、実に拙速でみっともないことだと思いませんか? 俺としては、小百合さんがもう少し間をあけてくれていれば、何事もなかっただろうに、と思いますよ」

 

 ご近所さんが、この司波家をどう思っているかは分からない。葬儀そのものも殆ど四葉の方で行い、昔―――地方の田舎などでやっていた『御知らせ』などで近所の方にも葬儀出席を。

 ……という慣習こそ廃れたが、一応は母もいたことがある家なのだ。その姿が無くなれば、勘繰る人もいる。

 

 そして残された兄妹に違う年齢―――母親と同じくらいの女性が来れば、まぁそういう目線もあるだろう。

 

 そんな世情の倫理観というものは、目の前の若作りの女性にとっては知らないモノだった。

 

「あなた達にとっては半年……けれど私にとっては16年間なのよ―――その気持ちを察することも出来ないっての?」

「……俺の友人ならば、何か気の利いたことでも言えるんでしょうが、そういった感傷とは無縁なので」

「―――暖簾に腕押しとはこのことね。まぁいいわ。それじゃ本題に入るけど、あなたにはすぐに高校を中退して、本社の研究室を手伝ってほしいのよ」

「それは不可能です。深雪のガーディアンとしての義務は、あなたの要求よりも上位に位置することだ」

 

 遠慮のない要求に対して、遠慮のない拒絶。擦り合わない感情。お互いにお互いの事情など知ったこっちゃないという、ジャブパンチの撃ち合いだった。

 

「あなたが進学しなければ、他が手配されたでしょう」

「本家―――四葉の方から聞いていないんですか? 『それ以外のこと』も要求されているんですよ。俺は」

 

 その言葉にただでさえ切れ長―――ともいえる小百合の眼が鋭くなる。

 

「……『悪い友人』に唆されているようね?」

 

 嘲った言葉。底意地の悪さが見えている言葉に、達也は『感情的』に噛みつく。

 

「―――俺の友人をあなたに値踏みされる謂われはないですね。ともあれ―――そういうことですよ。それが後々はFLTの利益に繋がるとは思えませんか?」

 

 沈黙。

 沈黙。

 

 恐らく小百合としても、そこを出されるとは思っていなかったのだろう。

 

 魔力量だけは立派な親父―――龍郎にとって、エルメロイレッスンは文字通り天啓にも等しかっただろうから。

 

 もっとも……今更魔法師としての栄達を望むには、達郎は若干疲れ果ててもいるだろう……。

 などと、息子らしく内心でのみ親父の身体を気遣う達也に、ため息を突く小百合。それは納得したのか諦めたのか、ともあれ小百合は違う案件を持ってきた。

 

 ハンドバッグ―――何かのブランド物かもしれないが、達也には分からぬセレブリティなものから宝石箱を取り出し、慎重な手つきで蓋を開けて中身を見せる。

 そこにあったのは―――『あれ』以来、うんざりしたくなる聖遺物の一種でもある勾玉であった。

 

 ドリームゲームとはまた別系統だろうが、この手の物にはしばらく関わりたくなかったのにこれである。疫病神め。ぐらいの呪詛を込めた視線で小百合が苦しめばいいのに、と思いつつも構わず話を続けてきた。

 

 曰く、この瓊勾玉(にのまがたま)には、魔法式を保存する機能があるはずなので、その複製を頼みたい。

 更に言えば、この案件は国防軍絡みのもので、FLTとしても断り切れず受けた―――というが、どうせ名誉欲に眼が眩んでのことだろうと達也は踏んだ。

 

 その証拠に、牛山もいる第三課ではなく本社研究室に出向するようにしたい辺りに、生臭い思惑を感じた。

 しかし……この勾玉はある意味、刹那の言う『独占状態』を解消する一助にはなるだろう―――もっとも、魔法式を保存するという機能を発揮する為に魔法師が必要ということは、違うのではないかという話も感じる。

 

「もう一度問いますが、何でこんな案件を受けたんですか?」

「…………国防軍としては、USNA所属の魔法師『刹那・トオサカ』の真似をしたいようです。

 何より、その他にもレリック使い『プリズマキッド』の存在が脅威に映った―――そういう理由説明でした」

 

 頭が痛くなるほどに友人関連の案件であり、海鮮饅頭を追加してもらうことが決定した瞬間である。その上で自分の知りうる限りを伝えておく。

 

「刹那の宝石魔術は、かなり煩雑なものです。呪刻を刻み、その上で採血した己の血を垂らすことを何か月どころか何十年とやることで、魔力と魔法式を保存しておくものです。これとは似て非なるものです」

 

 だが、懸念そのものは真っ当とも言える。しかし、勾玉以上に金がかかる魔術を使う刹那が、そこまで魅力的になるだろうか?

 考えるに、この案件―――陸軍ではなく海軍関連だろうと思えた。

 

 

「無理なの?」

「無理です。これを『複製』するぐらいならば、刹那がやっているように、宝石や鉱石に込めることに尽力した方がマシですよ。とはいえ、似て非なるモノのためにも開発第三課に回しておいてください」

「!!……あなたの魔法は、こういう時に役立つと思っていたのだけど―――こんな時に役立たないとは。ならば結構よ! 帰らせていただきます!!」

 

 そう言って、先程の恭しい手つきとは反対に、宝石箱を乱暴に閉じてからハンドバッグに叩き入れる小百合は帰る様だが―――『行きはよいよい。帰りは恐い』という故事を知らないのかと思う。 

 

 護衛しようかという言葉に対しても、険のある視線で要らないと言われては―――とりあえず一度は引き下がるしかなかったが、ともあれ―――こういったものを持つ以上、どんなことになるか分からない。

 

 そういう想いで、深雪を少しばかり慰めてから、フォローをしに行くことになるのだった……。

 そんな達也たちとは別の地域にて―――そのレリックに関わりある一件が始まろうとしていた……。

 

 

 † † † †

 

 

「何度見てもイカガワシイ仕掛けね」

 

「フフ。君は偵察衛星(GPS)の方が便利にでも見えるかね? これならば、強大な魔力を発している存在を簡単に見つけられるし、場合によっては、地脈とのリンクなども簡単に探れる。

 ……まぁ現代社会において『情報』の痕跡そのものを完全に消せない以上。衛星写真による個人特定の方が便利な気もするけどな」

 

 気取った貴族的魔術師……主に、時臣祖父を意識してトレースした言動をしてみたが、即座に現代魔術師としての意識と考えが上回り、そんな言葉で打ち消されるのだった。

 

「ただ本当の意味で『規格外』の存在を手繰る際には、こっちの方がいい。魔力針を用いた魔力計(スカウター)は、サーヴァント級の存在を探知できる。

 どれだけ隠蔽していたとしても、その存在量だけは隠しきれないからな」

 

 母が第四次の『戦争』の際に、『コトネ』『サツキ』という友人を助ける際に持っていた方位磁針のようなものを改良したバージョン……通称『ドラゴンレーダー』。

 

 アニムスフィアのミニチュア天球儀(カルデアス)をも内蔵したそれは、現在時空の『地球』の全てを照らしていた。即ち―――東洋においては『龍』と呼ばれるべき地脈の図も……。

 

 

「寿和さんは不法入国者を取り締まる過程で、サーヴァントの襲撃を受けた。しかし、不法入国者の大半は口封じなのか、対軍宝具の轢殺を受けて死亡。

 ただし全員を殺すことは出来ずに、生き残りがアジア系の外国人であることは間違いない」

 

「つまり……アジア系の組織の誰かがサーヴァントを使役しているってこと?」

 

「単純に考えれば、な。そもそも俺からすれば、ここまで爛熟した情報社会で、そんな不法入国なんて真似をして足を踏み入れても、どこかで『足』が付くんじゃないかと思うんだが」

 

「それもユビキタス社会が得た陥穽(アナ)なのよ。偽装・捏造……複製が容易でもあるわけ」

 

 南米からの不法移民というものが、地続きゆえに幾らでも入ってこれる、未だに北米大陸が抱えている現状にもリンクしてくるゆえに、リーナはその手のことに詳しい。

 

 現在の合衆国がメキシコを含めた連邦制度を維持しているのは、そういった側面もある。まぁその際に大規模な『麻薬戦争』を行いもしたそうだが……多大なまでの鉄血を以て、それらを収めたようだ。

 

 歴史の裏側にあるちょっとしたことに想いを馳せると―――自分もそういう存在なのかもしれない。いるはずのない異物。何とか溶け込もうとしてきたが、隠している秘密の大きさゆえに、まだまだかもしれない。

 

 

「ヒビキから聞いたんだけど、ハンバーガーってバランスが大事だそうよ。確かに味の決め手はハンバーグだけど、それを受け止めるべきパンにも相応の役割があるそうよ」

 

「そりゃまぁな。調和ってそういうものだろ? 達也の大好きな海鮮饅頭に使ってる皮の酵母も、かなりいいものだしな。むぐっ」

 

 作り置きでも美味しく食べられるように―――そういう気遣いがされた、アーネンエルベの看板娘が作ったハンバーガーを口に突っ込むリーナ。

 

 中々の美味。そういうものだからこそ美味しく食べたいのだが……言いたい事は分かってしまった。

 

 

「次にワタシのことを忘れたらば、抱きついてチューして、ついでに言えば、愛のエスケープをして、『こっこ』が六人はいる家庭を即時に作るわよ!」

 

「と、とんでもねーこと言いやがるこのアマ!? 無茶ぶりにも程があるぞ! ……悪かったよ。けれど、現実にサーヴァント召喚なんて法則を確立させてしまっている以上、何かしらの影響を及ぼしているんじゃないかと思うんだよ」

 

「それでワタシを捨ててどっかに行こうとするココロがイヤだわ……セツナのバカ」

 

「そこまでは考えていない。リーナ、俺が信じられないのか?」

 

 その真っ直ぐに見つめた上での言葉で沈黙するリーナ。まさかここで真剣な眼をされるとは思っていなかったのか、両手を合わせて胸の前で祈りを捧げるような姿勢を取っている。

 

 しかも眼を閉じている。唇を突きだされているような仕草の末に―――。

 

 

「はいー。そこのお二人。こっちの気配を理解していたとは思うけど、これ以上のラブはミキと美月に悪影響だからストップよ」

 

「邪魔して悪いとは思うんだが、まぁ勘弁願うぜ」

 

 などと……『築地方向』へと向かう道中にて、四人が『路地裏』から出てきて、こちらのラブシーンにケチを着けてきたのだった。

 

 おのれ、『路地裏同盟』め。などと思いつつも私服姿。秋の装いの四人。これと似たような服でカラオケに行ってきたんだろうな。と思えるエリカ、レオ、美月、幹比古の四人が剣呑な装備を隠し持ちながら出てきたのであった。

 

 

「何をしに来たか、なんて聞くのは野暮だわな。武門の長子が辱められたからと、仇討に出るなんて古風すぎるぞ」

 

「似たような人を知っている口ぶりだな?」

 

「実家のお隣に住むヤの付く自由業の娘―――俺からすれば小母、オヤジからすれば姉貴分が、まぁそういった人だったらしい」

 

 

 冬木の虎の武勇伝は、俺にとっての兄貴分たる人間に受け継がれた。どうでもいい話だな。だが、自分にとっては懐かしいものだ。

 

 

「如何に和兄が不覚を取ったとはいえ、負けは負け。勝敗は時の運と言えども、このまま千葉道場の名声が地に落ちるのは、見るに忍びないわ」

 

「で? 他三人は何なの?」

 

「フォローと応援要員、そして戦力扱い。協力してもらうわ」

 

 嫌々という風ではないが、不遜な態度のエリカと違って、他三人は苦笑い気味……呼びつけられて、そのまま協力を取り付けられた。そんな所だろうか?

 

 本当に千葉エリカという女は、こういう時にアレ過ぎる……。

 

((ボス(ザル)オンナ……))

 

 呆れるようなリーナと思考と言葉がリンクした瞬間だった。

 

 

「アタシだって今回ばかりは自分ひとりで、だなんて強気は張れないわよ……和兄が相対した敵が、何となく刹那君と『近い』ことは、襲った武具から丸わかりだから」

 

「速さを誇る現代魔法師とて、サラブレッド競走馬がトップスピードで走り込んできてまで、平静を保って魔法が使えるかというのは疑問だけどな」

 

「それが只のウマだったらば、そういう話だよ……将星(サーヴァント)なんだろう?」

 

 エリカとの他愛無い会話に入り込んできたのは幹比古である。感受性というか霊感が強すぎる幹比古のことだ。

 横浜での一件を、遠くからも感じていたのかもしれない。

 

 その言葉に『そうだ』と一言だけ言っておく。そして、詳細こそ分からないが、警察の事案であるべきものの中に、在り得ざる力が介在した。

 

 

「俺が受けた依頼は、とりあえず面倒な相手と一当てしておけというだけだ……倒す必要はない―――と言いたいが……」

 

「掛かってこられたらば、そりゃ何が何でも殺そうとするよな……」

 

「いぐざくとりー。そして何より俺は、まだ事件の全容が見えていないんだ」

 

 千葉寿和警部のような魔法師の警官が動員される『捕り物』。確かに普通の銃器を装備している相手や、中には魔法師がいる可能性を考えれば、不法入国者を取り押さえる上で、動員されることは変では無い。

 

 そう。日本警察側の動きは何ら変では無い。問題は不法入国者の側だ……。

 

 

「囮とはいえ、何故……そこまでして陸に上げていた連中を口封じしようとしたのか?」

 

「生きていれば、いずれは口を割られる可能性があったんじゃないかな?」

 

「まぁな。もしくは全容を知らされていなければ、割るほどの口も無かったかもしれない。もしくは催眠誘導で、自殺を強要することも出来たはずだ」

 

 

 歩きながら考える。全員にひびき特製のハンバーガーを渡しながら、喰いながら考えるに、やはり『動機』が見えてこない。

 

 

「フーダニット。誰がやったかなど考えるまでも無い。とりあえず『アジアの某独裁大国』の腹を探られたくない、やましい連中の『一員』であることは確実だ」

 

「ハウダニット。サーヴァント。恐らくライダークラスに類する存在による『過剰殺傷』(オーバーキル)。それも間違いないこと……」

 

「それだけのことをやらなければならない動機の由縁、『ホワイダニット』。なぜやったのか? それが見えれば―――」

 

 

 などとリーナと共に思考を巡らしていると、おずおずと美月が手を挙げて声を掛けてきた。何か気付いたのか、言いたい事があるようだ。

 

 

「刹那君に『知られたくなかった』んじゃないかと思います……ええと、推測なんですけど、横浜港に行きました?」

 

「いや、何も残っていないし、既に復旧作業ぐらいは始まっていれば、入れないだろうから―――」

 

「だとしたらば、刹那君は現場には、『何も無い』って感じていたんですよね?」

 

「ミヅキ?」

 

 何も無い―――。そう、『魔術師』遠坂刹那の思考では、既に横浜にはサーヴァントの宝具による強烈な魔力の残留で、何も探れないと『判断』して、ダ・ヴィンチとロマンの言葉に従って都内の主要街を練り歩いた。

 魔力針の反応を頼りに……。いや、待て―――何かが引っ掛かる。

 

 ついぞこの世界ではやらない方法の一つ。情報化社会だからこそ残る痕跡を『頼り』にしすぎていた。

 

 ……『探る方法』はあったのだ。つい一か月前に講義としてやった魔術の一つ。あまり刹那は好きではなかったものの、宝石魔術の必須要素。鉱石科を主とするならば、やらなければならない科目の一つだった。

 

 

「違法配信で、俺の授業もダ・ヴィンチの授業も筒抜け。そして、一か月前にやった授業を何らかの動画サイトで知っていれば―――」

 

「サーヴァントを使役する存在は、俺や俺の授業を受けた連中に『何もさせないこと』を命じる。魔術師ならば、『口封じ』は当たり前だが、奴らにゃキョンシーを作る技術はあれど―――」

 

 つまり―――寿和さんを重傷に追い込み、俺の眼を嫌った存在は、明らかに俺の存在を『認識』している。

 

 探られたくない『痛い腹』。それは表向きの自分の属している所にも通じているはずだ……。

 

 

「更に言えば、そこまで周到に、執拗に『証拠隠滅』を指示するとは、マフィアやブローカーの類じゃない……如何に警戒が強くなるとはいえ、色々と荷揚げをする港が使えなくなれば、困るのはあちらも同じだからな」

 

「まさか、軍ないし治安関係に類するものか……?」

 

 想像以上に話が大きくなっていたのを感じたのか、幹比古が怯えを含ませながら口に出す。

 

 ただのチンピラ崩れの魔術師(アトラム・ガリアスタ(故人))なイメージが消え去る。そして誰もが逡巡している時に限って―――……。

 

『刹那。サーヴァントの反応を捉えたぞ。どうやら旧築地方向で、活動している様子だ。

 急行して、一当てしてこい。決して、倒そうとするまでは、今は考えるな』

 

「無茶言うなよ―――そして、お前の言葉を聞いて、エリカが走っていったぞ!!」

 

『なんだと!? 確かにこちらの映像は送れるが、キミたちの状況を目視確認出来る装置は着けていなかったが、それがこんなことになるとは……!』

 

 方位磁針に見える魔力針から出てきたホログラムのダ・ヴィンチに、バッドタイミングだと言いつつ、エリカを追う。

 同時に、自分の推理を披露すると、得心した様子だ。

 

『確かに、『降霊術』による『探り』を忘れていたのは迂闊だった……成程、そう考えれば確かに、これだけの大事(おおごと)にした理由も分かる……』

 

 ただの口封じでは、残った魂魄から何かを探れる降霊術による調査が入る可能性があった。

 無論、この世界で『降霊術』なんてのは眉唾物も同然ではあるが、単純な霊的存在との会話は、あらゆる意味で、現代魔法師、古式魔法師、BS魔法師……魔術師。

 

 全てのソーサラス・アデプトにとって、習得すべき『必須条項』であるはずなのだ……。まぁ出来るかどうかは今後次第というぐらいに、適正が低すぎる連中ばかりだったのだ。

 

 

「まだまだこの一件、根が深そうだが―――大丈夫かお前ら?」

 

「少なくとも、吉田家(ウチ)は千葉家とは懇意にさせてもらっているし、寿和さんも知らないひとじゃないしね」

 

「そういうこった。気にするなよ刹那。この間、お前ら横浜で暴れたみたいだからな。俺も暴れたい」

 

 男子二人は随分とやる気満々すぎる……。だが、基本的に争いごとを好まないというか、明らかに戦闘系ではない美月まで引っ張り出すのは、どうかと思えた。

 

 彼女の『魔眼』は稀少だが、戦闘用となるとライネス系統の使い方になってしまう。

 

 

「いいの? 今ならば『使い魔』着けて家に帰せるけど?」

 

「ええと……流石にここまで来て仲間外れってのは、私も癪に障りますよ?」

 

「「サーセン(SORRY)」」

 

 笑顔で朗らかに『睨んでくる』美月に謝ってから、ようやくの事でエリカに追いついた。

 

 未だに再開発や再整備などがなされず、『ほったらかし』の築地市場。そのいわゆる『場外市場』の辺りまで来て、エリカは何かに勘付いたようだ。

 

「結界ですね……」

 

「わざわざ「閉じる」ってことは、やましいことやっていますって言う証拠だな」

 

 美月が眼鏡を外して『橙と青色の壁』と称してきたものを見るに、現在夜の10時半……完全に異界化している。

 

 迂闊に踏み込めば、ロクでもないことになるのは間違いない。ゆえに選択の時だ……。

 

 

「簡易だが、作戦を決めよう。というかここまで当たりを引くとか、想定外すぎるからな……」

 

「そうでもなくない? 赤くて三倍の人も『引き』が良すぎるとか、言われているんだから、セツナもそうなのよ」

 

「魔術師の運命だな。望まずに歩いているだけで魔性を引き寄せ、望んで歩けば、特大の事象に当たってしまう」

 

 

 犬も歩けば棒に当たるならぬ、『魔術師歩けば、怪異に鉢合う』……運命の皮肉に笑ってから顔を引き締める。

 

 ここから先は、全力で挑まねばならぬものが待ち受けているのだ……。

 

「まずは『前』と『後ろ』の人員を決めよう――――」

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

「今さらながら派手にやったものだな。琵琶仙女……」

 

不和(ダメ)だったかガンフー?」

 

「いいや上出来だ。横浜港の一画が機能不全になれば、その分、如何に自動化されているとはいえ、いや自動化されている分、民間と官との間での『小回り』が利かなくなり、港への侵入が容易となる」

 

「それならば。(ヨシ)だろう?」

 

 

 確かにサーヴァントたる琵琶仙女―――特徴的なチャイナドレスに身を包んだ桃色髪の女は、ガンフーの指示をこなしてくれた。

 

 もっともサーヴァントとしての特徴として、ここまでとんでもない宝貝(パオペエ)を持っているなど、正直、ガンフーは侮っていた節がある。

 商王朝、殷王朝の没落の原因ともされた美女三姉妹にして『悪女』……そう称される女が……何故、自分のような武骨な―――人殺しなどにそこまで構うのか。

 

 理解出来ない感情を持て余しながら……今は――――。

 

「くそっ! なんで呂校尉だけに、あんな美人の使い魔が出来るんだ!!」

 

「世の中が理不尽。理不尽すぎる世界は修正してくれる!!」

 

 完全にやっかみの視線を向けてくる部下達を、どう宥めるかを考えるも……。

 多くの『作劇』(ドラマ)で見られた、男を惑わし破滅させる傾国の美女のように、首に腕を回して身体を寄せてくる琵琶精がいては、どうしようもないなと気付くのだった。

 

 その視線は、此処にはいないが、厄介になっている家主である周も同様であり、人虎という対魔法師の魔法師―――マギクス・キラーであれば良かったというのに……。

 

 そんな考えを分かっているのか、巻きつく琵琶精のサーヴァントの眼は、『慈しみ』をいっそう持ってガンフーを見るのだった。

 

「急げ。流石に、日本の治安機関も馬鹿では無い。ここがブローカー共の荷揚げ場であることなど、周知しているはずなのだからな」

 

「御意」

 

 

 漆黒の海に浮かぶクルーザーより、多くの荷物を揚げていく。そうしながらも、『人払いの結界』を張った琵琶仙女の耳が逆立つ。

 

 エルフのような尖った耳をした琵琶仙女の耳は、ちょっとしたセンサーであり、異常を検知することに長けている……。

 

 

「ガンフー……侵入者だ。数は三人。戦闘道士級の力は軽く感じられる……!」

 

「流石にここも『探られる』か……敵意はあるか?」

 

「私の弦が震える……狙いはガンフーじゃない―――『私』だ!!」

 

 声を上げると同時に一挙に戦闘態勢に入る将星霊体(サーヴァント)。瞬間―――天空より虹色の剣が―――いくつも降り注いで築地市場を発破する。

 

 (DAN)(DAN)(DAN)ッ!! という轟音が響く……無差別の爆撃に晒された大亜連合軍工作部隊の面子だが、王貴人の手助けもあり、何とか五体満足で無事になる。

 

 だが、荷揚げしたものの大半はダメになってしまったようだ。魔力の爆発があちこちで起こり、既に琵琶仙女の結界は砕け散ってしまった……。

 

 そんな中、焼け焦げた混凝土。めくり上がって、一か所に寄せられて、ちょっとした小山も同然になった爆撃発破の残土の頂上に立つ三人の人間……。

 

 雲に隠れそうな月灯りを背中に、各々の得物を手に、傲然と見下ろす姿に誰もが戦慄する―――。

 

「縁あって、アンタたち大亜の連中は、不甲斐ない警察(マッポ)に代ってアタシらがふんじばってくれるわ」

 

 青髪の女子が剣呑な得物を手に見得切りをして、更に戦慄をするのだったが……。

 

「オマンラ、ユルサンゼヨ!!!」

 

 そうしてから、『巨大な虹球』を見せながら、エセ日本語を発する桃色髪の女に、大亜の工作員たちは、少しだけ脱力してしまうのだった……。

 

 



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第127話『魔宴の破曲』

待てヒシリさんや、例えサウナ(イギリス式風呂?)に入っていたとしても、眼鏡を外してはいかんですよ。眼鏡を装着しなされ(マテ)

未だにひむてん最新刊を変えていないアホが送る最新話どうぞ。


 名乗り口上―――ではないが、因縁つけの口上を言った後には、襲い掛かるレオ、エリカ、リーナ。

 

 完全に辻斬り万歳すぎるが、それでも戦闘状態に入ったサーヴァント相手に待ちなど―――死ぬようなものだ。

 

 中華式の武骨な銅剣を手に持ち、こちらを見上げる女が消えた―――と見えるぐらいの瞬動。

 

 最初に斬りかかられたエリカが反応出来たのは若くとも武芸者としての直感に従って、剣を抜き放ったからだ。

 

 受け止めたその一撃の重さは尋常ではなく、全身が痺れて五臓六腑が裏返るぐらいの衝撃を受けた。

 

 サーヴァントの一撃を受け止めたことで残土が崩れて山が消失。大山鳴動の文字通りに、足場を崩されて後ろに宙返りの要領で退くエリカに代わるように出てきたのは、リーナである。

 

 既に何処かの英雄を『夢幻召喚』した彼女が、紅い槍を振るって虚空を踏みしめながら牽制の射突を幾重にも刻む。

 

 足場が不安定にも関わらず振るわれる打突は残像さえ霞む超常の理。受け止める銅剣はそれらを難なく捌く。

 

 その都度、夜の闇を散らす火花が咲き誇り、着地するまでに応じた剣合は、十を超えた―――そして、落ちた瞬間を狙って武骨な手甲を起動させてレオが迫る。

 

 桃髪のチャイナドレス姿の横から狙った攻撃、拳の一撃は脾腹に捻じり込む威力を備えている―――轟音を響かせて吹き飛ぶ女だが……効いちゃいないことはレオにも分かった。

 

 まるでゴツイ岩の塊に拳を合わせたような衝撃―――感じた時点で通用させるには、ルーンを幾重にも重ねる必要を感じて、いざとなれば『巨人』の力を使うことにした。

 

 レオが吹き飛ばした隙を狙って、今度はエリカが跳ぶ。先程は合撃で呆然としていたが、とにかく責め立てる。鋼の刀剣―――武骨そのもの……鍔も飾りも無い刀剣を使って、女に斬りかかる。

 

 

「無駄と言うものだな。私の『仙丹』を突き崩すには、技術はともかくとして功夫(クンフー)が足りな過ぎる。

 私の身を切り裂きたくば、崑崙の仙術剣士『黄天化』『玉鼎真人』でも連れてくるのだな…………!!」

 

「ご高説どうも! 要は宝貝(パオペエ)クラスの武器がありゃいいんでしょう?」

 

「それを用立てられるヤツがいるからな! こっから先は地力+道具で戦わせてもらうぜ!!」

 

 銅剣を肩に掛けて余裕を持っていたサーヴァントの口を閉ざさせる形でエリカとレオが攻撃を叩きこむ。

 

 現在の大蛇丸は、九字の兼定と融合させられたことで、概念武装としての側面も有している。

 それは本来的には『封印』されているもので、エリカの任意の判断で、『ガワ』を剥いでその側面を見せられる。

 

 そうすると、大蛇丸には本来は無い薄紫色の魔力の光剣が出来上がる……それらは、確実に生命として『上位』の存在に傷を着けられる得物だ。

 

 

「成程、莫耶の宝剣ほどではないが、それなりにはやるようだな……面白い―――相手をしてやろう!!」

 

「ツェルベルス・パンツァー!!!」

 

 エリカとの斬り合いを楽しもうとした所に、入り込むレオの拳。(しん)に響くいい拳だ。おまけに切り刻まれるような痛痒すらある。

 

 流石に何発も身で受けるわけにはいかず、銅剣を振るって一撃にして『三打』を刻む拳を弾く。

 

 見ると男の手甲には、歪な刃物が備えられていた。構えが大仰なのは迂闊に縮こまるとその歪な刃物が、自分を傷つけるからだろう。

 

 左右から攻撃を仕掛けて、絶対に■■■を真ん中から逃さない剣と拳の饗宴。

 

 剥がれた港の路面を更に引っぺがす人外魔境ながらも、格闘ゲームのハメ技のような戦いを演じていた理由は、ただ一つだった……。

 

 

『状況から察するに、ライダー相当のサーヴァントの『戦車』は、呼び出す暇さえ与えさせなければ、宝具の展開は、ないはずだ』

 

 刹那曰く、騎の英霊にとって宝具とはやはり『乗り物』であるらしく、ただそんなものは簡単に、そもそも『現代の街中』で展開出来るわけがない。

 

 更に言えば経験則上、戦車相当の宝具を呼び出すとはサーヴァントによる『召喚術』も同然らしく、どうやっても『簡易』に出来たものではないのだ。

 

『知りうる限りでは、ゼウスへの供物であった戦車を宝具とした英霊は、宝具ではないが、得物―――剣などを掲げて『宣言の呪文』と共に『虚空』を切り裂くことで、神牛と戦車を召喚していたそうだ』

 

 集中して一定の大がかりなモーションを必要とする以上、動きを縫い付けろ。とのこと……。もっともダ・ヴィンチ曰く『口笛一つで三頭立ての戦車を呼ぶヤツもいるよ』という追加情報もあった。

 

 つまり相手が『本気』を出す前に、心臓を穿てという話であり―――。

 

(なーんかなー。確かに驚異的だけど、『本気の英霊』(マジモノ)っていうのと戦ってみたくもなるわよね……第一、和兄に土を着けたのは、戦車を使ったライダーなんだからさ)

 

 決して白兵戦でも気が抜ける相手ではないが、エリカからすれば、欲して止まない戦いでは無い。糸……弦を巻き付けて動きを拘束しようとする間隙を突いたものは脅威だが……。

 

 それでも、すぐさま剣弾が飛んできて拘束が解かれて―――加速からの斬撃を受ける。これ以上の速度を出すには、戦車しかないのだろう……。

 

(刹那君には悪いけど、さぁ出してみなさいよ!!!)

 

 そんなエリカのウォーモンガ―すぎる思考は…………。

 

『などと言うはずだからさ。二人とも、エリカが手抜きとまではいかずとも、『挑発』するような真似をしたらば、即座に攻撃の頻度を変えろよ』

 

 と、エリカをハブにした所で、レオとリーナだけに刹那は伝えていた。その言葉にレオとしても苦笑いせざるをえない。

 

 実際、その通りになったわけだから先読みがすぎるタルウィ・ザリチェという南盾島で手に入れた『宝具級の武装』を組み込んだ手甲、脚甲は確実にどこのサーヴァントかは分からないが……ヒットしている。

 

 白兵戦で気が抜ける相手ではないが……それでも―――。

 

(刹那には悪いが、俺も本気を見てみたいもんだぜ。察するに中華系の英霊……それも結構古いんじゃねーかな?)

 

 人類史に刻まれる英雄の真価と戦えるならば、戦ってみたい。己がどこまでいけるかを知りたいのだ。

 

 エリカが、水を用いた斬撃―――風甲水盾の応用で手数を増やしたのを見て、「ブリッツ・パンツァー!!」閃雷轟く拳を入れていく。

 

 攻め切れているわけではないが、通用する。そしてそれを突き崩す『切り札』を持っているならばレオも見たかったのだ。

 

 そんなレオの弁えているようでいて、バトルマニアな思考は…………。

 

『更に言えば、エリカの考えに最終的にはレオも同調するはずだからさ。最後の要は君だけだな。リーナ。頼んだよ』

 

『もうっ! 最後に頼れるのは恋人たるワタシだけとか、セツナのクチハッチョウさん♪ いいわよ。パレードで二人のフェイスを変えるついでに、あのフタリの根性も叩き直してあげるから』

 

『お手柔らかに頼むよ……』

 

 

 結局の所、二人して宝具の展開を待ち望むようにして動いてきたので、今までは割り込まず、他の大亜の連中を牽制していたリーナは介入を決める。

 

 鋭い―――猛獣のような眼をした男は、変装もしておらず簡素な普段着だ。

 フード付きのパーカーを着ている男……もっともサイズとしてはXLよりも上であり、男の『厚み』を服の上からも理解させられる。

 

(スターズ本部の資料で見たことがあるわね。確か大亜連合軍のカウンターマギクス。魔法師殺しの魔法師……人喰い虎『呂剛虎』(RUU GANHOO)

 

 本当に人間でも食っているのではないかと思う程に、その男から感じるものは血の匂いばかりである。

 

 

(そしてこの案件、やっぱり軍絡みだった……けれど―――)

 

 何でサーヴァントを召喚しているのか……刹那には気にしない方がいいと言ったリーナだが、やはり気になってしまう。

 

『現代魔法』で大亜の工作員たちを牽制していたリーナだが、こと此処に至り―――まずは、大亜の連中を片付ける。

 

 ブリオネイク―――『十字架』という形態を取り、その十字架の先端を地面に突き刺して、轟雷を地面に走らせる。

 空からやってくる攻撃ばかりに対応していた工作員たちは、不意の攻撃方向の転換に対応しきれなく、感電を余儀なくされる。

 

 悪ければショック死だろう。ともあれ、ガンフーですらまともに食らったのを見れば、しばらくの行動不能は確認済みだ。

 

 同時にブリオネイクを基礎形態に戻してからクラスカードをインストール。その5秒も無い早業。流石にライダークラスに類するサーヴァントもこちらの槍の脅威は覚えていたらしく戦慄する。

 

 バトントワリングのように軽快に、物干し竿以上ものサイズを誇る得物を振り回してから狙いを着ける。

 

 少しばかり露出がある青タイツの衣装は―――クランの猛犬の力だ……。

 

 

(結構ハズカシイけれど、ここで決める! ワタシのダンナ様が求めているのは、アナタの完全な抹殺よ!!)

 

 腰を低くスタンスを取った上で。弓矢の狙いをつけるように半身を晒して、槍を構える……。

 

 そして―――その紅い槍からは特大の魔力が渦巻き、ぐにゃりとリーナごと周りの視界を歪める……蜃気楼のような魔力の発露である。

 

 紅い蒸気のような魔力は収束を果たして槍を赤く紅く朱く……光らせる―――。

 

 無論、あちらとて宝具の発動を感知しただろう。即座に阻止行動なり何かをしたい所だが、剣士と拳士は、その合図を見て否応なく『ギア』を上げていく。

 

 

「疾! 阻行止不為(邪魔をするな)!!」

 

「悪いけどパーティーは終わりね。もう少しだけ付き合ってもらうわよ!!!」

 

 付かず離れず―――されどサーヴァントの剛力の限りには、躱し回避しつつ相手を完全に逃がさない。玉のような汗を流しながらも、動きを拘束するエリカとレオに感謝する。

 

 こと此処に至れば、もはや自分の仕事に徹するぐらいは、二人とて出来る。先程までの面白がるような戦いとは違い、全力で応じるサーヴァント。

 

 剣士としてはありえざる大振りも魔人に類する存在から振り回されれば、明らかに押されてしまう。一撃一撃が、現代魔法では至れぬ境地に歯噛みしながらも―――二人はやり遂げた。

 

 だが―――最後の時は来た……リーナは、その槍の真名を解放した……。

 

 

その心臓、貰い受ける!!(Get the heart pierced)―――刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルク)!!」

 

 獣のように飛び跳ねたリーナの向かう先、既に二人は大きく回避を果たして左右は開けている。直線距離にして10m―――その程度。現代魔法の加速系統いわんや、神代のスペックを持った英霊の身体能力では一歩でしかない。

 

 いやそもそもデバイスを『操作』しなければ発動できない『現代魔法』に比べれば、英雄の能力は段違いにして規格外。彼らのスペックは『生身』の状態ですら魔法師を上回っているのだ。

 

 俊敏な獣の如く身を低くしながら放たれた槍は、回避すること能わず―――いや回避したとしても、槍が『心臓を貫いた』という『結果』を強制するために複雑な軌道を以て突き進み、エリカ、レオでは完全なダメージを与えられなかったサーヴァントの硬すぎる身体を赤い槍は貫いたのだ。

 

 深々と、背面を突き出る形で血に濡れる槍、そしてその際の圧は、周囲へと放たれて朽ち果てた築地市場を更に砕く。ショックウェーブが貫いたサーヴァントの身体から放たれたのだ。

 

 虚ろな目をするサーヴァント。ここで―――もしも『サーヴァント』及び『聖杯戦争』『ゴーストライナー』に対する知識をアンジェリーナ・クドウ・シールズが有していなければ、それだけで死亡確認を済ませていただろう……。

 

 口端から垂れ出る血液の赤色は夜闇でも見えたものだ……だが、知っていたからこそ総体の完全消滅をするために、刹那に連絡をして宝具の乱れ打ちをしていただろう。

 

 拘束した上で―――だが、それは無かった――――。

 

「―――空風林(クー・フーリン)の槍とは、恐れ入ったよ―――だが招喚来々する英雄の選択を誤ったな!! 金青少女!!」

 

 虚ろな目に光を取り戻して、こちらを見てきた時には既にこちらのパレード。変身魔法は解けていた。魔眼による『強制』だと気付いた時には、リーナは、容赦なく槍から退かすべく桃髪の女の腹に蹴りを入れていた。

 

 深々と貫かれた槍から自由の身となったサーヴァント。阿吽の呼吸のごとく虚空を漂い身の上下左右すらなく飛ばされるがままのそこに宝具と魔弾の驟雨が飛んでくる。

 

 ――――『獲った』――――。リーナと刹那が確信した。

 

 

 ――――『獲られた』――――。桃髪のサーヴァントが破滅を確信した時に……獣のような咆哮が轟く。

 

 否、それは完全に獣であった……獣性魔術を発動した大亜の魔法師が、その身を巨大な白虎に変じて、攻撃から守るように、否、守ったのだ。

 

 

「―――『王貴人』! お前の宝具を開帳しろ!!」

 

「ガンフー! アナタの挺身に身心の弦は震えるのみ!!! 私の覇王愛人の為に、この一斬を以て覇道を歩む!!」

 

 覆いかぶさるようにしたルゥ・ガンフーの下で、サーヴァントは、意気を上げて宝具を披露した。事前のレクチャー通りの事態の推移と、現れたブツの巨大さに誰もが驚愕する。

 

 虚空に銅剣を一振りすることで、現れたものは……まごうことなく戦車であった。古めかしいチャリオット。どの時代の戦車であっても、その巨大さと蓄えられている魔力は、まだまだ神と人と妖との境界が、未分であった頃の時代……神代を思わせる。

 

 そして戦車を牽いている馬―――日本の競馬でも一般的となったサラブレッド種の二倍から三倍はある巨躯に、その身体には神代の馬の特徴ゆえか桃花の花弁を思わせる痣がいくつも走っていた……。

 

『ブルルルッ!!』という嘶きすらも、一種の魔力を伴っている。二頭立ての戦車に血塗れのルゥ・ガンフーと共に騎乗したサーヴァントは高らかに宣言する。

 

 

「私の宝具、『仙饗天宴の狐神桃馬』(タマモツインズ・ティアンチイアン)―――これを出させずに戦って獲れていれば良かっただろうが……これを出した以上、もはや容赦はしない―――!!」

 

 

 サーヴァントの真価にして切り札である宝具の魔力が築地一帯に雷雲のごとく撒き散らされるのだった……。



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第128話『魔宴の双雄曲』

多くの人々は八華のランサーのライバルの中の人は、ゆかりんと思っているが、私のシンフォギア脳では、バーローの人。天道なびきは、私の女性観を変えたキャラである。

実装されるとすれば、これが本当のファイナルとかで『ぐだイベント』で出てくるだろうか、そんな妄想をしながら最新話どうぞ。


 その時――――、煩わしい攻撃を先程から放っていた人間……恐らくサーヴァント相当の力は蓄えているものから、魔弾と宝具の驟雨が降り注ぐ。

 

 魔力の暴圧は王貴人に降り注ぎながらも、大亜のガンフーの同志たちも狙ったものであり、悪辣なものだ。

 それでいながら、下の仲間たちは既に退避しているとか、腹立たしい限りだ。

 

 だがそれらを、妲己三姉妹の末女は封殺しきった。戦車を召喚した王貴人の『真価』を遠くから見て悟った刹那は、マズイな。と気付く。

 

 

「幹比古、美月を連れて逃げろ。どうやら相当なババを引いちまったぞ俺たちは」

 

「拙いのか?」

 

「説明は省くが、あの戦車の『霊基』もとんでもないんだ。しかも『王貴人』と来たとなれば、性悪キツネの関係者であることは間違いないからな」

 

 魔術師『遠坂刹那』の言葉としては、正しく頭が痛くなるものだ…………。そして汗を流しながらも笑って言う刹那に、『本当にマズイんだな』と気付く幹比古、美月……。

 

 

『マズイな。まさかあれ程の霊基とは―――こいつは想定外だ♪ 私も、そちらに向かおうか?』

 

 魔力計からの通信音声で、あちらも状況を確認したようだが、刹那はそれを否とした。

 

 疑似的なサーヴァント体を取れるオニキスがやって来てくれれば千人力だろうが、今はまだ、こちらの『手札』全てを晒す気にはならない……。

 

 ならば、一つだけだ……前々から考えていたことだが、こちらもちょっとばかり試したいことがあるのだ。

 

 そもそも地脈の関係や『大聖杯』みたいな『大呪体』が無くても、サーヴァント召喚が出来るとか、ちょっとこの世界舐めてる気がしてならなかったのだ。

 

 もしかしたらば、どっかには『何か』あるのかもしれない……。

 全く以て開発されていない『霊墓アルビオン』を抑えている俺が言えた義理じゃないが。

 

 ともあれ―――やることにした。出来うることならば、ヘタイロイの家臣となった英霊『ウェイバー・ベルベット』とか呼びたいのだが、そうなれば……何か違う想いばかりになりそうだ。

 

 自分の『世界』(ココロ)には確実にいない『英霊』を『喚び出す』……南盾島以来考えていたことを実行に移す時だ。

 

 

「やる前から無駄かどうかなんて分からない。やったあと無駄にするかどうかは自分自身―――か」

 

 魔術師としては、実に愚言だ。だが、それでも―――ヒトとして、男として、目指すべきものぐらいあってもいいはずだ。

 俺が見てきた男たち―――追いつきたいと思った背中は、『無謀』な挑戦をしていく人間達だった。

 

 だから……無謀をやって、無駄かどうかは自分で決めればいいだけだ。

 

 

「刹那、何をするつもりなんだ?」

 

「ちょいとばかり、サモーニング(召喚術)コンジュアレーション(招来術)の上位版を、試してくるさ」

 

 そもそも出来るかどうかは分からない。ノーリッジの前学部長ですら、あれこれと画策した上に刹那の『地元』を利用した挙句、先生の宝物を盗み出してやったのだ。

 それならば、自分の『世界』から『引っ張ってきた』方がマシかもしれないが、とにかく同じ土俵に立つことで相手を上回る―――それが重要だ。

 

 今までの狙撃地点。晴海にあるマンションでありビル―――。

 

 そこから向こう岸にある築地市場まで飛んでいく。幹比古の驚いた言葉を聞きながらも、飛行魔術を発動させて二つの刻印を最大展開。

 

 虚空に魔法陣を作りあげて、それを伴いながら飛んでくる姿は正しく魔術師の本懐とも言える。

 

 江戸幕府の開祖にして神君『家康公』が整地した江戸の街の霊脈は、自分もはっきりと認識している。地脈を利用して自分の『世界』を利用して、亜種聖杯を作り上げる。

 同時に星の脈も利用する―――ここまで煩雑な術式を利用して呼び出したサーヴァントが……自分に従ってくれるかは、分かったものではない。

 

 

 だが―――。

 

『負けっぱなしは許さないわ。いつでも一番になれとまではいわない。自分の得意なことでは絶対に相手を上回りなさい―――これからの遠坂家を作り上げるのは、アナタなのだから』

 

 御三家の一人として、冬木の土地を離れた何処までもダメな(管理者)に出来ることなど、これだけだ―――。

 

 足元の虚空に刻まれた魔法陣に、左手を翳して魔力を循環させていく…………。

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大師シュバインオーグ。

 降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

 繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する

 

「―――――Anfang(セット)

 

 瞬間契約(テンカウント)もの呪文の詠唱となると、流石に刹那も魔力の循環が凄まじく痛みを発する。

 

 内側から肉食獣か何かに食い破られるような感覚。全身の精気が魔力へと変換されているからだが、どこまでも術者を苛むものだ。

 

 だが、この痛みも不快感も全て魔術師ならば、受け入れるべきものなのだ―――。

 

 受け入れた上で高次の世界に自分を繋げる―――。召喚の触媒は無くても構わない―――のだが、何か『異物』が繋がった感覚がある。

 

 しかし、もはや止まらず更に言えば、こちらを最大の脅威と読んだライダー(?)が戦車で吶喊してくるのだ……。

 

「――――告げる。

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 誰が来るかは分からない―――。それでも、自分のここまで生き残ってきた運命や全てを呑み下して、呼び出す。

 

 一層循環する力を元に最後の精髄を引き絞る。イメージとしては胡麻などの植物から油をギリギリまで抽出するような作業の元、魔術師『遠坂刹那』の大儀式魔術は完成の時を見た……。

 

「誓いを此処に。

 我は常世総ての善と成る者、

 我は常世総ての悪を敷く者。

 汝三大の言霊を纏う七天、

 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

 

 そして―――運命は引き当てられるのだった……。

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 襲撃から小百合を守ると同時にキャビネットのプラットホーム……昔風に言えば駅のホームまで送ると、これ以上の襲撃を避けるためか、押し付けるように去り際、瓊勾玉が入った箱を渡される。

 

 内心では達也から離れたいが、二回目の襲撃を恐れて、達也から離れることはマズイ。そういう二律背反の状況で、そういうことになった。

 

 あからさまな渡し方は、どこにいるか分かったものではない襲撃者へのアピール……とまで達也が深く考えるほど小百合の方も考えていたかは分からないが、達也はそれで一段落すると同時に……何気なく箱の中の瓊勾玉を見ると―――光り輝いていたのだ。

 

 同時に感じる―――『戦略級魔法』で感じ取れるような想子波動……それは、約三年前のUSNA方面に感じ取り、最近では南盾島付近で一回。

 

 間違いなく刹那の『魔術』の発動。それも魔術師的な感覚で言えば、大規模な儀式魔術……そういったものを執り行っている。

 

 エレメンタル・サイトで波動の周辺に眼を向けたかったが、あまりにも濃密な魔力の霧が発生していて、達也の眼では詳細が見えない。

 

 だが築地周辺であることは間違いない。築地一帯が『異界』も同然になっていた……。そして―――恐るべきことに、瓊勾玉から『声』が聞こえてきたのだ……。

 

 四月から休日でも聞かぬ日は無かったとも言える男の声……遠坂刹那という魔術師の声だった……。

 

 

『――――告げる。

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ』

 

 刹那の呪文詠唱。現代魔法では既に廃れたそれは、『力ある言葉』として『世界』を変革する。

 

『誓いを此処に。

 我は常世総ての善と成る者、

 我は常世総ての悪を敷く者。

 汝三大の言霊を纏う七天、

 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!』

 

 

 そして―――世界はまた一つ違うものになる―――そういう予感がする言霊の羅列を達也は一言一句逃さず聞いたのであった……。

 

 勾玉から光が失われ、そして儀式は成功したのだろう。そんな確信を持てた。

 

 

 † † †

 

 眼下に迫りくる戦車。その勢いは地上から天空に『昇る』彗星の如きものだ。

 

 戦車の馬は―――いつの間にか巨大な狐になっていた……。恐らく護法山神の系譜の術なのだろう。

 

 刹那は詳しくないが、日本の法術系統に類するもの……馬から強制的に狐に『変化』させられたが、神代の馬だけに霊性は高いようだ。

 

 などと分析しつつも、失敗したかと思うぐらいに、サーヴァントが出てこない―――などと思っていたのだが……。

 

 虚空に刻んだ魔法陣からこの世ならざる稀人が遂に現れた―――。

 

 稀人はすぐに敵を認識、その手に携えた槍を眼下の騎兵に向けた―――。

 

 

「いつの時代も世界は戦いに満ちている。そしてそのイクサバを駆け抜けるは、防人の宿命―――要は、全殺し確定ということで! 

 死ねぇ!!! フェイカー(贋作屋)!!!! 私の槍は、痛いですよー!!!」

 

「――――!!!」

 

 後ろ姿しか認識出来ないのだが、こちらから見えているフェイカーと呼ばれた女の表情が恐怖と驚きに歪んでいるのを見て、どんな顔をしているんだよと疑問に思いつつも、言葉からロクなサーヴァントじゃないかと内心で感想を出したのだが……。

 

 

「失礼ですね! 後ろのマスター(ツルギ)!! 私を引き当てた幸運を後で知っても知りませんよ! 知ったならば、美味しいお酒と梅干を献上してもらいます!!」

 

 もはや接触まで数秒しかない中でも、軽口を叩くサーヴァントは―――その瞬間、落下していた己が身を緩から急へと変じて戦車の動きを牽制した。

 

 その時には既に方向転換が不可能なベクトルに至っており、槍兵の攻撃は止められず戦車ごとサーヴァントを狙う。

 袖の長い服から鍔の無い白木の柄の剣を出して、それを握りながらも長槍も持つという奇態な戦闘スタイルを取って、空中と言う姿勢制御が難しい中でも、繚乱に得物を振るってフェイカーに迫る。

 

 ある程度の防御力場があっただろう御者台だが、それでも肉薄されれば、乗り込まん勢いで掛かられては、制動が効かなくなる。

 

 彗星の勢いを減じて、明後日の方向に逃げていく大狐馬の戦車……。

 

 滅茶苦茶すぎる戦い方で騎兵を壊乱させたのだろう……そして『ランサー』は、霊体となって一時的に消え去り、後は落下制御の術式で築地の荷揚げ場に降り立つ刹那。

 

 優美な落下と着陸というほどではなかったが、何とか波止場に降り立つと同時に、霊体化を解いて現身を晒すサーヴァント。

 

 今さらながら『右手』の甲に紋様が刻まれていた……。まさか『このシステム』まで再現されているとは思っていなかった。

 

 だが、そんなことは……どうでも良かった……。

 

 現れたのは、自分達と同じか少し年上―――少女―――というほどではないが、見ようによっては少女にも見える―――そんな人間である。

 

「サーヴァント。ランサー、ここに参上仕りました。

 ―――問いましょう。あなたが私のツルギですか? ―――ならば、良し―――さてさてこれでも、軍神、龍とも呼ばれた身。

 たかが空飛ぶ狐2匹、地に落とせずして虎を(あざな)には持てませんよぉお!! さぁ! マスター(ツルギ)、ご命令を下さい!!」

 

 銀髪ながらも真ん中は黒髪で分けられて、出自をはっきりとさせない英霊。その身に纏う鎧とか得物と白の長衣を合わせた衣装が……外連味たっぷりながらも、全てが、どこまでも似合うサーヴァントだった。

 

 

 だが、それ以上に感じるものは―――言葉こそ丁寧で自分をマスターと言ってくれているのだが、何か命令しなくても戦いに赴きそうな勢いを感じる。

 

 むしろ「命令をくれなければ斬り捨てます」と言われている気分だ……。うん、実はバーサーカーなんじゃないかとか思うも……戦おうとしている戦士を止めることは出来ないものだ。

 

 

「いいだろう。ランサー、手助けはしない―――ここで、お前の力を見せてくれ」

 

「委細承知!」

 

 片手に長柄の槍を持ち、片手に鍔無しの直刀を持つ……それがランサーのスタイルだ。

 

 そうしていると、空中から狐馬が大地に帰還を果たした……フェイカーのサーヴァントが戦車と共に降り立つ。

 

 

「まさか英霊召喚の御業を、ガンフー以外にこなせるものがいたとは―――」

 

「俺がアナタを呼びだせたのは、ほんの偶然だ……あの男のように、狙ってやったものではない」

 

「だとしても―――ガンフーが私の主人様(マスター)だ。命令してくれ。撤退でも戦闘でも何でもこなそう」

 

「やられっ放しは癪だ―――が、今の俺では勝てそうにないな……部下を救出する時間が欲しい。槍兵と他の連中を足止めしてくれ、王貴人」

 

是了承(りょうかいした)

 

 その言葉を受けて、治癒術式を受けていたルー・ガンフーが、御者台から降りる。降りたと同時に手綱を振るって前進―――いや、突進を仕掛けるフェイカーの姿。

 

 彼我の距離20m程度。停止していた乗用車がエンジンを入れて、アクセルを踏んで最高速に乗るまでに、まだまだ時間があり距離があるはずだ。

 

 だが、フェイカーの乗る戦車はそういった常識などから理外のものだ。騎馬とて最高速になるまで時間がかかるはずの物理法則を越えて、一気に距離を詰める。

 

 迎え撃つランサーは不動だ。その突進を食らえばものの見事に吹き飛ばされる。ウエイトの差は歴然―――だというのに……。

 

 

「おおおっ!!!」

 

 裂ぱくの気合いと同時に振るわれる槍。前から掛かる重量物の突進を諌めるように、打ち砕くように打突が振るわれる。

 

 紅い狐と蒼い狐との眉間から眼などを狙った攻撃に、突進の勢いは崩れる。その打突の数は常人に見切れるようなものではなく、殆ど戻りの隙も無く、連突が決まったようにしか見えなかった。

 

「将を射んとすれば、まずは馬から―――犀川にて武田の騎馬兵を打ち取ってきた、我が武技を舐めないでもらいましょう!!」

 

 槍兵と言えども歩兵の部類だ。集団を使っての槍衾(ファランクス)でも形成して、騎兵を止めるならばともかく、一騎どころか一人でこんなことをするなど。

 轟音と豪圧で以て騎兵を寄せ付けない槍兵。ありえざる現実ではあるが、サーヴァントが相手ならば、別にあり得ない事象ではない。

 

 先程まで自分の『偽臓』を貫いていた槍の持ち主とて、神代の時代の戦車を叩き壊して、『騎士になる』と王に認めさせたのだ。

 

 英雄であるならば、常人の理などあってないようなものだ……。

 

「踏みつけろ! (イェン)! (スウイ)!」

 

 だが、フェイカー……本来ならば、ライダーに遇されるには騎兵としての伝説に欠き、どちらかと言えばキャスターに位置していていいはずの王貴人だが、それでも知られざる伝承……変化をする馬―――霊獣を妲己から与えられていたのだ。

 

 伝説は多少の変化を果たしていたが、それでも周軍との決戦において、甲冑を身に纏い巨馬に跨って戦いに臨んだことが、彼女をライダー寄りのクラスに位置付けていたのだ。

 

 狐馬は、その一踏み一踏みで大地に炎の呪詛を、氷の呪詛を与えていく。そしてその蹴撃を躱そうと思えば横っ腹に逃れるしかない。

 

 

「成程、納得しました。あなたは確かに武術の心得。恐らく仙人の域に達しているようですが―――」

 

 盛大な踏みつけ(スタンプ)。元は馬、現在は巨大な狐―――幻獣クラスの幻想種の一撃が、更に朽ち果てた築地市場を破壊していく。

 

 そして必殺のタイミングで放たれたそれに対して、躱しは―――横に来るはず―――そう、前回のヨコハマという土地の港で剣士とやり合った経験が、王貴人を慢心させた……。

 

「ですが、搦め手には弱いようですね。策略に長けた存在が、いれば違ったのでしょうが!!」

 

「ランサー!?」

 

 ネコのように軽々と飛んで、槍と刀を振るってくる槍兵の姿に驚愕する。如何に敏捷のステータスでは最速を誇るランサーとはいえ、こんなことが出来るのか。

 

 スタンプを直前で躱して何の助走も無く上に飛んだのだ。脚力の異常さは、完全に戦闘道士級。

 

 

「その首、貰ったぞ!! 玉石琵琶精!!! 我が一太刀を快く受けろ!!!」

 

「冗談!!!」

 

 決して広くはないが、それでも乗り込まれては困りもの。時々狐馬を踏み台にして、御者台に飛び移ろうとする槍兵を落とすべく、銅剣を振るって同時に弩弓―――『万里起雲煙』を用いて矢を放つ。

 

「光陰矢の如しとは言いますが、私にはそういうの効かないんですよ!! 軍神の加護を受けた我が身は、魂なき飛び道具を受けない!!!」

 

 隙間なく撃ちだされた炎の矢の全てが、槍兵に当たるを良しとせず、虚空に消え去る姿は何の冗談かと思う。

 

 そして軍神の加護―――そう言った槍兵に対して戦慄をする……この女は―――ステータスには見えないが『神性』を得ているのだと……。

 

「にゃ―――!!!」

 

「ナメてるの!? というかアンタ眼が怖すぎるわよ!?」

 

 言いながら、狐馬に容赦なく槍と剣をぶっ刺してから、大きく飛び退く槍兵を追う気にはなれなかった。既に築地市場は廃墟からあちこちが更地になっていた……。

 

 狐馬の背中から地肌を見せた路面に降り立った槍兵は、得物を構え直して、こちらを見据えて言ってくる。

 

「では仕切り直しですね。きっといつかこの『戦争』には、『ハルノブ』が来るはずです。その時の為にも―――私は、アレ以外の騎兵には負けませんよ!」

 

 黄金の眼を爛々と輝かせる戦姫に頭を痛めながら、怒りを覚える。

 自分はただの『前座』か、舐められたものだ。本当に舐められたものだ……! もはや容赦はしない―――完全なる疾走形態で、この生意気かつ恐ろしい『サイコ女』を殺すのみ。

 

 魔力を溜め込み―――『姉様』の力を解放しようとした時に……轟雷の限り―――申公豹の雷公鞭の如き一撃が築地全体を襲う…………。

 

 英霊同士の超常の戦いに水を差すならぬ……雷を落とされたのだった……。

 



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第129話『魔宴の終曲』

過去最高の短さ。

五千文字以下ですが、どうにも長ったらしくなりそうなので、とりあえずアップロード。

もしかしたらば、書き足すかもしれないですが、とりあえず最新話どうぞ。


 そんな英霊たちが二人だけの世界にイっちゃってる間、刹那達が何をやっていたかと言えば、ちゃんと色々とはやっていた。

 

 ズバリ言えば、工作員たちとの戦闘に入っていたのだ。大亜連合『軍』。ないし大亜細亜人民解放軍とも言える連中は、不意の襲撃を受けたことで、増援を求めたようである。

 

 逆探知される可能性も埒外ではなかったにも関わらず、友軍に救出を願ったその心意気に―――どうやら指揮官は答えたようで、盗難車だろう車で築地に駆け付けてきた。

 

 

「無茶苦茶ね。ここまでの大騒ぎになった以上、退きどころ(HURRY BACK)は難しい限りよ」

 

「流石に警察も、大騒ぎで駆けつけてくる頃合いだな……」

 

 追撃せずに黙って退かせるかとも思うのだが、あちらの虎の子であるフェイカーのサーヴァントが、刹那の召喚したランサーのサーヴァントに押されっ放しなのだ。

 

 退くに退けない原因は、こちらにあった。だが、だからと言ってランサーに任せてしまった以上、こちらからストップを掛けるのも悪い。

 

 何より……。

 

 

「ツェルベルス・パンツァー!!!」

 

「ゆあらっしゃあああ!!!」

 

 達也組の切り込み隊長二人がランサーに触発されたのか、増援に駆け付けた連中ごと叩きのめしていくのだ。

 

 こちらを制止することも若干出来ないでいるので、どうしたものかと思っている……と―――。

 

 

「セツナ!」

 

Fixierung(狙え),―――EileSalve(一斉射撃)!」

 

 リーナの警告を受ける前から分かっていたことだが、俊敏な獣―――白虎の姿を模倣して、白虎と化した人喰い虎が迫りくる。

 

 その接近を阻むように全力のガンドの射撃。もはやオーバーキルも同然の呪弾の連射が、ルー・ガンフーに叩き込まれていく。

 

「―――Zerstören(爆ぜろ)!!」

 

 叩き込んだ呪詛を一種の爆弾も同然にして、呪波として叩きつける。動きが鈍った所で魔弾を放つ。

 

 燃費のいいランサーなだけに、宝具を開帳していなくてもこちらに負担はそこまで来ない。

 

 スキルには魔力放出(炎)(雷)とかあるのだが、燃費の良さはやはりランサーゆえか……。魔弾掃射で、ルー・ガンフーを戦闘不能に追い込みつつ大亜の工作部隊を威圧する。

 

 「Foyer: ―――Gewehr Angriff」(Foyer: ―――Gewehr Abfeuern)

 

 左手と右手に魔『砲』陣が幾つも刻まれて、その連射の威力を察した連中が緊張をする。

 

「撤退しようとしていたはずなのに、セツナはセツナで、これだもの……」

 

「やるからには徹底的にやるんだよ! それに――――」

 

 人食い虎の危機となれば、フェイカーも防衛行動に出ざるを得ない。吹き飛ばした衣服。その腕に獣を思わせる刻印……『令呪』を確認。

 

 間違いなくコイツがマスターのようだ。

 

 

(本陣を奇襲することで相手を退かせるとは、正しく戦略の常套。私はヨシテル様以来の最上の主君を得た気分です!!)

 

「畳で殺されてんじゃねーか!!」

 

「な、ナンのハナシ―――!?」

 

 このランサーを『関東管領』に任じたのは、壮絶な最期を遂げた剣豪将軍であったのを思い出して『念話』にツッコミを入れた時、リーナが困惑した時に、1つの変化が起こる。

 

 築地周辺で唯一生き残っていた施設の一つ。大手保険会社の本社―――の社屋跡。今では違う所に移転した所から、強烈な魔力を感知。

 

 即座に視力を強化しつつ『魔眼』で詳細を知ろうとすると、そこには仮面で顔を隠したしっかりとした男の姿。

 

 年齢は分からないが、体つきからは―――壮年の頃合いなのではないかと思った時に……。

 

 男はその手に『あり得ざる武器』を持っていた。一般的な呼称では『硬鞭』。振るうことで素人でも『音速』を超える打擲が出来る軟鞭とは違い、どちらかといえば殴打武器としての特製があるもの。

 

 それは――――概念武装としては、強力すぎるものだ。ルヴァレの鉄槌ほどの『重さ』はあるか……。

 

 硬鞭が振るわれるその時―――大破壊が起きると確信して―――逃げ道を探す。『解析』した限りでは、雷霆系の武具であると確信して―――。

 

 

「刹那哥々(にいさん)! リーナ姐々(ねえさん)! こっちに!!」

 

「シャオちゃん!?」

 

「だ、誰!?」

 

 声に反応したリーナと、少女が何者か誰何するエリカとで別れたが、どこからかド派手すぎる『黄金と銀色』の船……フィッシングボート程度だろうものを岸壁に近づけた劉 麗蕾の姿を見て、助かる想いだ。

 

 射殺すことは―――今は出来そうにない。魔弾程度ならばともかく、投影武器が生み出せないのだ……。サーヴァント召喚のツケだなと思いつつ、撤退を促す。

 

 

「むぅ。もう少しで首と胴を離すことが出来そうなんですけどね」

 

「ほざくなよランサー……! 貴様こそ私の弦で縛り付けた上で、轢殺の刑に処してくれる!!」

 

「伝説や力もあやふやな『偽物』だらけのアナタでは、私には勝てませんよ? だって玉石琵琶精なんて―――妲己三姉妹の中でも格が落ちる『無機物』の妖仙じゃないですか。

 挙句の果てには、太公望という仙人によって呪殺を食らってしまう―――本来ならば、彼の目的は妲己という妖狐だけ、つまりはアナタは三姉妹の中でも『影武者』の類なんじゃ―――」

 

 瞬間、『無邪気な解体術』を披露するランサーの言葉を遮るように、閃雷があちこちに奔っていく。築地全体を電子レンジにして、自分達はダイナマイトみたいなものだろう。

 

 結末など分かりきっている―――。

 

 

「どうやら割かしピンチな状態―――ではマスター、撤退しましょう。走れますか? おんぶしましょうか?」

 

「子ども扱いされるとか、どういうこと!?」

 

「セツナをおんぶするのはワタシの役目! むしろオンブバッタみたいに『合体』したい!!」

 

 岸壁まで走りながらも、後ろの大亜軍は、とことん混乱している状況だ……しかし、リーレイの『ゴーレム船』に乗り込み、走り出した瞬間―――その日、いつになるやらと待ち望んでいた築地の再整備の為の『地均し』が終わり……その一方で一種の歴史遺構にしようという目論見は崩れた。

 

 かつての東京都の台所とも言えた、築地市場の建物や市場施設の八割がたは、この日、消滅したのだった……。

 

 サーヴァント二体の激突と戦術級魔法の乱打が、築地を滅茶苦茶にしたのだ。表の住人は疎か、裏の住人たちは一層の緊張を以て、この事態の原因究明に当たるのだった……。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

『で、お前たち全員、俺と深雪をハブにして『遠坂邸』にいると、そういうことか?』

 

「怒った?」

 

『怒ってないぞ』

 

「怒った?」

 

『怒ってないって言ってるだろうが』

 

 明らかに怒ってる様子の達也の面相の変化に『あくま』な想いをしながら、事情説明をしておく。

 

 昨夜の大立ち回りの後、リーレイの案内で劉師傅に引き合わされた自分達。晴海にてオタオタしていた美月と幹比古を、あちらの岸壁にて収容させた後の話だった。

 色々と訊きたい事は多いのだが、ともあれリーレイは、劉師傅の頼みで『12歳にして夜遊びデビュー』させられるのだったが―――その理由は切実でもある。

 

 詳しい話は後々、五番町飯店にやってきた時にしたいと言われたが、察するに分裂抗争の類に思えた……。

 

「今回の大亜連合による諸々は我々の本意ではないのです。奴らは私達がようやく得た寝床に入り込んだ無粋な輩だ」

 

 台湾に勝手にやってきた国民党。香港革命の原因となった『本国強制送還条例』。つまりは、今回の事は在日華僑及び横浜中華街の総意ではない。

 

 そして劉 景徳師傅は、今はただの中華料理人だが、元々は『宗教幇』と『黒幇』との半々……要するに足抜けしたマフィアの一員みたいなものだったらしい。

 

 事実かどうか、真偽の程は後々とはいえ、そういった話を聞き、リーレイを優しくあやす爺の姿に、レオは色々思う所はあった様子。

 

 そんなわけでなし崩し的に―――という程ではないが、在日華僑の中での左派、右派の争いに巻き込まれつつあることは理解出来た。

 

 

『詳しい話は、後で聞かせろよ。それにしても……栗井教官も面倒な事を』

 

「やり過ぎたのは、俺たちの方なんだ。ロマン先生を責める謂われはないさ」

 

 

 ただ、築地の一件は報道管制出来る類ではなく、先程からキャビネットにわんさと情報が入って来て、特別番組すら組まれている始末だ。

 

 かつての冬木での第四次初戦も、こんな感じだったのかもしれない。

 余人の与り知らぬ怪異による乱戦の跡……魔法師などであっても『ぞっ』とする破壊の跡の大半が、よもや過去の『英雄』二騎のぶつかり合いなど、簡単に想像出来るものではないのだろう。

 

 

「まだ何か言いたそうな顔だな?」

 

『……面と向かって言わないと、色々と怖いからな―――今はいいさ』

 

 未練たらたらな達也との会話―――現在時間は夜の0時30分。如何に睡眠時間が少なくても済みそうな、超人魔法師タッツンでも、事態次第では疲労は多いのかもしれない。

 

 実際、論文コンペの為の執筆作業が立て込んでいたのだろうし―――仕方なくではない。申し訳ないという謝罪の念で、饅頭を作ってあげることにしたのだった。

 

 そんなこんなで達也との会話を終えて、他にもこちらと通話したい相手の一覧を見て、面倒だから着信拒否にしておいた。

 

 どうせ学校に行けば、それぞれの家の関係者と話し合い、その旨はあちこちに飛び火するかのごとく知れ渡るのだから……。

 

 

 そうして通信モニターから辞して家の居間に行くと―――。

 

 

「いやー現世で飲む酒は格別格別♪ 南蛮に先駆けて火入れした酒を手に入れていたことは、日ノ本が誇る文化の極みですよ♪」

 

「ミス・カゲトラ! それセツナが隠れてチビチビ飲んでいた銘酒『熊殺し』(ベアーキラー)!!」

 

「いいじゃないですかー。私のマスターは、そこまでけち臭い人ではないと信じていますよー。はぁああ。おいしい♪」

 

 完全に酔っ払った体で、朱い顔をしているランサーのサーヴァントに、誰もが注目している。

 

 何かレオと幹比古は、前が開かれた着物からスラリと伸びた足に注目しているぐらい、今のランサーは結構あられもない姿である。

 

「本当に『史実』通り、お酒好きなんだなー……」

 

「しかもあれって『馬上杯』ですよ!! 馬の上にいないのに使っている!!」

 

『『『そこは驚愕するところなのか!?』』』

 

 

 幹比古の言葉を受けての美月の言葉に総ツッコミ(レオ、エリカ、刹那)が入るも、しかし―――こんな酒ばかり飲んでいる輩を見ると―――。

 

 

「ちょっと待ってろ! 今、酒の肴を作ってやる!! 腹に何もいれないで飲むとか、早死にするぞ!!」

 

 キッチンに素早く入らざるを得なくなるのだった。ちなみに言えば、全員分の『夜食』を作らざるを得ないのだった。

 

 うん、お腹空いているし是非もないよネ!(ノッブ風) 女子陣は、体型を気にするならば喰わなければいいのだ。無理だろうけど。

 

 

「私は塩や梅干しだけでも構わないんですけど……」

 

「トイレを『宝具』としてきた相手が出てきた時に、お前の二度目の死に場所も『厠』とか最悪だぞ」

 

「戦国時代のアイドル、カゲトラちゃんはトイレとか行かないんですよ! その話は、金輪際禁止です!!」

 

 流石に死亡の場所がアレ過ぎたのか、ぷんすか怒りながら小刀を振り回さんばかりのランサー。

 

 それに対して言っておく。

 

「というわけでだ。俺を無能なマスターにしたくなければ、お前には、ちゃんとした食生活を歩んでもらう! 

 具体的には故郷の喫茶店兼酒場兼酒屋―――コペンハーゲンの女店主(ネコさん)の如く!!」

 

「めんどくさそうな店だなオイ」

 

「親父のアルバイト先だったらしい。まぁ学生が盛り場で働くのはマズイだろうけど、酒屋ならばセーフとか、そんな感じに」

 

 レオの言葉に返しながらも調理は進み、とりあえず戦闘で失われた塩分とか、消化の良さも考えて、柔らかめの野菜たっぷり焼うどんを作り上げると、10分もしない内に大皿三枚が空になるのだった。

 

「馳走になりました―――むぅ。お酒がここまで進むとは、マスターの料理は妖術ですか?」

 

(((((まだ飲んでいたし)))))

 

 とはいえ、それでランサーも満足したようで、馬上杯も机に置かれていた。その夜食の終了を合図として、友人どうしの会話にしては剣呑な質疑応答が始まる……。

 

 



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第130話『一夜明けて一騒動』

前回と違って一万文字オーバー。

流れ的にはこの後は原作での千秋スクーター事件とかなんですが、とりあえずオリ主が関わらないで登場人物だけ変わったみたいなところは極力流していこうと思います。





「将星召喚の御業―――刹那は、四月の八王子クライシスで行った事をやったのかい?」

 

「似て非なるものだな。俺が俺の『セカイ』から引っ張り出したサーヴァントには、自ずと『現界の限度』(タイムリミット)がある。歩く、走るという単調活動しているだけでも結構な魔力を消費する―――本当の禁じ手だ」

 

「けれどよ。サーヴァントたるカゲトラさんは、現界しっぱなしだぜ―――いや、もう分かっちゃいるんだ……南盾島の一件で、お前はアルキメデスの言っていたことを試したんだな?」

 

 その言葉に無言で肯き、あれからオニキスことダ・ヴィンチと共に調べた結果ではあるが、『小聖杯』の如きものは存在している。

 

 か細い『外側の世界』へのアクセス権ではあるが、魔法師一人一人の肉体……特に遺伝子構造が滅茶苦茶な魔法師ほど『小聖杯』を有しているのだと……。

 

 

「遺伝子構造―――いわゆる二重螺旋構造の中に仕組まれていたんだな。最初っから魔法師開発の目的が、これだったんじゃないかと思う程にな」

 

「二重螺旋構造?」

 

「俺が知りうる限り、『これ』がないと英霊は召喚出来ない。大規模な超呪体がなくてもいい『世界』もあるかもしれないがな」

 

 そんな鎮魂歌(Requiem)調(しらべ)が奏でられる世界を観測した時の事を想いだしつつ言う。

 ランサーが置いた『馬上杯』(サカズキ)を指さして、二重らせん構造の中に『杯』があるのが要点なのだと。

 

「魔術世界では『聖杯』(ホーリーグレイル)……または『アートグラフ』と呼ばれる大規模呪体が全てなんだよ」

 

「そんなものがあれば、流石の現代魔法師でも放っておかないし、何より軍事利用もありえるんじゃ」

 

 幹比古の言葉を遮り、『才能』(ギフト)というものを重視しているエリカが口を開く。

 

「アクセスできる人間は―――もしかして『本当に限られた人間』だけ?」

 

「ああ、恐らく『能動的』な召喚じゃないはずだ。どういう切欠で、どんな召喚方法であろうとも、『デタラメ』でも通るはずがない術式が、通ってしまう時があるんだ」

 

 地上に降りてきたガンフーとフェイカーの会話から察するに、狙ってやったわけではないようだ。それは即ち、『ワケが分からない魔法式』が発動を果たして、彼の妲己三姉妹の末女を呼び出したのだ…。

 

 

「聖杯は魔法師の遺伝子の中にある……」

 

「まだ推測でしかないよ。ただ……その可能性が高いんだ」

 

 三次元構造の螺旋を二次元―――平面に映した時、捻じれる塩基構造を中心にして、少しだけ上、少しだけ下。次なる捻じれに至る前を切り取ると、そこには―――『杯』があったのだ。

 

 美月が書き上げたスケッチブック―――赤線を走らせたことで、誰もがそこに『杯』があることを理解した。

 

 

「詳しい話は省くが、サーヴァント……英霊は、本当に高位の使い魔だ。実際、アルキメデスを『偶然』か『不意』にか、呼び出したマスターはアルキメデスに反旗を翻されて殺されたほどだ」

 

「正式な契約でないと、どんなことになるか分からないか……」

 

 如何に己を鍛え上げることで『強者』になるのが目標のエリカやレオですら、英霊の力の一端どころか、丸ごとを己の『力』として行使できるならば、そうしたいと思ってしまうのだろう。

 

 若さが求めるのは、やはり純粋な力なのだから………。

 

 

「けれど僕も召喚してみたいんだよなぁ。やっぱり過去の英雄となれば、その力は凄いだろうしさ」

 

「何より刹那君、時々言っているじゃないですか、『魔法師当人が最強である必要はない。魔法師が作るもので最強のモノを従わせればいい』って」

 

「そりゃその通りだけどさ……危険だぞ」

 

 だが、直接戦闘ではない方面―――研究者畑の魔術師寄りに近い幹比古と美月はそんなことを言って来て、少しばかり刹那としても頭を悩ませる苦渋の想いだが、そこに助け船が入る。

 

「仰る通りですね。英霊の中には自分よりも下の存在には就かないとか、主とは認めない系統の存在もいますから。

 私の生きてきた時代で言えば、『浅井長政』とか『森長可』とか、完全にアレですからね」

 

 アレって何だよ? と思うも、言わんとしていることは分かる……最終的には、『臣』になることを選ばず『大名』として死んだ男と―――主君の為に生きた戦国において珍しい『忠義』の狂戦士。

 

 ランサーの生きた時代とは、正しく様々な人間模様があった時代なのだろう。下にいる民たちにも武器を持たせて戦う事の是非は置いておくとしても……、そういう儘ならぬ生き方を貫いたものたちばかりだ。

 

 そんな中、刹那の影響で色々と訳知りのリーナは、肘を足に乗せて両手を頬に添え顔を支える―――一種のモテ仕草とも、言える『悩んでるポーズ』を取っていた。

 

「ワタシはナントモ言えないわー……だってパレードの応用『夢幻召喚』、『英霊憑依』の類で力を引き出しているんだもの」

 

「そこはリーナの努力と、生家の魔法を発展させたってことでいいんじゃないの? 後は刹那君との初めての共同作業ということで、お愛嬌でしょ」

 

「エリカってばオトコマエ♪ そういう所、キライじゃないわよ」

 

「女なんだけど!?」

 

 なんだこの会話。女子特有のトークの調子に、男三人は着いていけず苦笑するだけに留める。

 

「大亜の事に関しては官憲が抑えてくれればいいはずだ。如何に境界記録帯(ゴーストライナー)を従えているとはいえ、派手にやり過ぎれば動けなくなるはずだ」

 

「サーヴァントの利用は、あからさまに大きくなり過ぎだものね……」

 

 学生の身分の自分達では、そんな所だ……だが、シャオの爺ちゃんたる劉景徳の頼みの件もある。

 

 事態に大きく絡み過ぎた……最初は『寿和さんの受けた恥を濯ぐ』……雪辱戦だけだった。刹那とリーナは、『よろしくない魔性』を討滅することを目的として。

 

 その事態が絡んだのはやむを得ないが、『軍』が絡むなど想像の埒外だった。バランス辺りにウラを取ってもらっていれば、違ったかもしれないが……。

 

 

 まさかこの上、一高側に絡むなんてことは無いのだろうか? 具体的には論文コンペ関連―――。

 

 事態が大きくなれば、どうしても大雑把になっていく。それは、勢力図をスッキリさせたいという『誰か』の想いが事態を動かすからだ。

 

 例えどれだけ損害が出たとしても、敵味方の区別を完全に着けるための戦いは―――起こる。そこに、自分達はがっつり絡むことになる……。

 

 

『―――刹那お兄さん。どうか御爺様を助けてください。お願いします』

 

 

 幼子に頭を下げさせてしまうことを是とする世界など、まともでは無い―――その想いで戦うしかないのだ。

 

 

 そしてその日は、男女別々の寝所での雑魚寝(女子一同は流石にいい寝具)で遠坂邸に泊まることになるのだった……。

 

 

 居間にて、低級霊を使役して埃ひとつない清潔な空間を保っていた刹那withレオ、幹比古の男三人の雑魚寝だったが……。

 

 いつも通り、母譲りの低血圧で、起きるのに時間がかかる自分が寝起き直後に見た顔は、微笑み絶やさぬ『スマイル・ギャング』であって、なんか―――こう怖すぎた。

 

 ランサーのサーヴァントが、『ヤ』がつく系統の笑顔で刹那を見つめていた―――。高血圧ゆえの早起きなのだろうかと思いつつ、サーヴァントに睡眠はいらなかった。

 

 そう―――もしかしたらばランサーは昨日の就寝時から、こんな風に刹那の横で正座しながら見ていたのかもしれない。

 

 俗に『カゲトラちゃん。目怖ッ!』と呼べるものだろう。うん、なんかイヤだ。

 

「おはようございますマスター。さぁ朝となりましたよ。この時代の学寺に行くのですから、規則正しく動きましょう」

 

「ああ、おはようランサー……とりあえず牛乳飲まなきゃ覚醒しない―――」

 

 それでも最終的には受け入れてしまうぐらいには、サーヴァントとの関係が深かった両親のおかげか……。

 

 ただ……この時には、まだ予想できていなかった……ランサーを連れていくという事が、あんな結果を齎すことになるとは……。

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「制服の予備があったと思いつつも、どちらも一科用だったのを思い出して、数時間前……」

 

「エリカには、ワタシの制服は少しガフガフだったけどね。胸元(チェスト)が」

 

 それ以上は言ってやるな。と隣を歩くリーナに無言で思いながら昇降口を登っていると、少しの騒ぎが二科の昇降口付近で起こっていた。

 

 いわゆる『新制服』のお披露目であった……元々は、今年卒業する3年の二科生の人のためのサービスであったのだが、生徒達の間ではすでに噂になっており、刹那はその耳で確実に聞いた―――新制度に移行するゆえの『新制服』。

 

 魔法工学科、現代魔術科の制服を己のサイズに合うかどうか、とりあえず近いサイズで確かめてみるように―――そういうことである。

 

 もちろん、一科から魔法工学科に転科するものは出てくるかもしれないが、現代魔術科は、本当にエルメロイレッスンの延長線にあるものである。

 

 一科からの転科者は慎重にならざるを得ない。まぁ出ないと思うが……。

 

 

「そもそも、制服の発注ミスをそのままにしておくとか、あり得ねぇ」

 

「ホントウよね。時計塔では無かったの、そういうの?」

 

「そもそも魔術師にとって、礼装は時に衣類そのものに擬態させておくこともあるから、フォーマルスーツは無かったな。

 決まった衣類って意味では、ある特定の分野で功績をあげたり、年間主席、何かしらの特異魔術を進めたものとかで、『上』から認定されて支給される『ブランドガーブ』(色位の長衣)なんてのはあるけどな」

 

「持ってるの?」

 

「まぁ一応……もったいぶって言ったけど、結構、簡単に出るんだよ。別名では『魔術協会制服』なんて『蔑称』が着けられるぐらい、乱発されてるものだからな」

 

 刹那としても歯切れ悪くならざるを得なないのは、それが実情と即していないからだ。

 時代時代の『ファッションセンス』で変化するそれは、バリュエとミスティールの一種の金儲けであったりするわけだ。地方の学校ではよくある、制服の業者を指定することによる談合と変わらぬ。

 

 ちなみに言えば刹那の持っているものは、刹那の世代ではないが、お袋や親父の青春時代に流行ったイギリスを主な舞台としたファンタジー小説の制服をパクっ……オマージュしたものなのだ。

 

「いつか見せてね?」

 

「ご希望とあらば、いつでもどうぞ―――ただし家中にいる時に限る」

 

「問題ないわ―♪」

 

 などと抱きついてこられて、もしかして我慢していたのかなと思うぐらい、密着がいつもより近すぎた。

 

 だが、そんな行為の終焉は嫌でも訪れた―――来年度からの魔工科の制服、『八画の歯車』の紋章が縫い付けられているものを着ている達也と、いつも通りの一科制服の深雪―――そして、その後ろに十文字克人と七草真由美の存在を見て、苦笑してしまう。

 

 

「そんなに仲間外れがイヤだったんですか?」

 

「「「「当たり前()(です)!」」」」

 

 四者四様の答えを聞いて―――霊体化していたランサーの警戒の念が漏れ出る。明確に気付いたのは達也だけだが……自分の背後にいる霊子と想子の塊―――小宇宙のごとき規模を視たはずだ。

 

 令呪が見える掌を後ろに見せると、警戒心を霧散させたランサー。

 

 どうやら……達也の眼を嫌ったようだ。苦笑してから『話をしたいならば、ロマン先生の教官室』と告げると、ぞろぞろと目立つ面子六人で向かうことになり、衆目を浴びたのだが、まずまずそこはもはや諦めておいた。

 

 辿り着いた教官室では大量の紙束―――2090年代という現代社会にあるまじきものに溢れた雑多な部屋。そこにて美女の面貌をした稀代の芸術家と共に、何かを演算している様子でもあったのだ。

 

「おや? ロマニ、ちゃんとロック掛けとけよー。片付けが出来ていない部屋を見られてしまったぞ」

 

「いや僕のせいじゃないだろレオナルド、とはいえ、簡略化出来た事は少しだけ有意義か……ようこそ僕のゲヘナへ―――今日は朝っぱらから仕事続きだったんで、悪いがお茶を飲みながらで構わないかい?」

 

 辺獄ってどういうことだよ。しかし朝っぱらからの仕事は、レオ、エリカ、美月、幹比古の四人のために苦心してくれた所以だろう。

 

 あのままいけば、私服登校で『あらぬ腹』を探られることになったかもしれない。具体的には、学生にあるまじき『あれやこれや』である。

 

 そんな訳で、使い魔を使っての速達で、新たな制服を一足早く届けてもらって、更に言えば不満を抱かせないように、新制服のお披露目という段どりになったわけである。

 

 

「立体的に『描かれた』ダ・ヴィンチの星―――正八面体の制服の方がかっこよく見えるんだが、贔屓じゃないですか?」

 

「そんなこと言いに来たのかい? 克人」

 

 トロンプ・ルイユ―――騙し絵で描かれた色彩鮮やかな『正八面体』を紋章に据えた『現代魔術科』の制服は、少しばかり皆の羨望の的であった。

 

 ダ・ヴィンチの芸術的感性……補色、反対色などの色相も利用して描かれたそれは、確かに少し『ズルかった』。

 

「およそ私は万能だからね。後で八枚花弁も少しリファインしてあげようか?」

 

「検討の余地ありですね。と、それもありましたが、今は―――、昨夜の築地に関してです。栗井教官。ミス・レオナルド、遠坂、クドウ」

 

「槍玉に上げないでくださいよ」

 

 無理だろうが吊し上げを食らっていい気分なわけもなく、一応抗議しておく。ともあれ、昨夜のことに関しての申し開きとなる。

 

 端的に言えば、大亜の工作員たちが動き出して、更に言えば、サーヴァントを従えていることが判明した。

 

 ざわつく四人。アルキメデスの脅威を思い出しているのだろう。実際、あのキャスターのサーヴァントを相手に十師族は、直接的な排除に出られなかったのだから。

 

 

「千葉の兄貴、君たちも何かと関わり多い寿和警部など、多くの警察庁の人間達を圧倒した『フェイカー』のサーヴァントは、大亜連合軍エースマギクス『呂 剛虎』をマスターに戴いて、戦場を荒らしまわっていった」

 

 その言葉に四人全員が、それぞれの表情だ。達也をはじめ、多くの魔法師は、目立つ存在、妙な二つ名を持つ魔法師……公認戦略級魔法師の存在は、否が応にでも、耳目と頭に叩き込まれている。

 

 中でも人食い虎に関して、即座に頭のピックアップと名前とが合致したのは、達也と克人だけだったようだ。

 

 

「フェイカーのサーヴァントですか……? 確か、前の八王子クライシスの後の説明では、(セイバー)(ランサー)(アーチャー)(ライダー)(アサシン)(キャスター)(バーサーカー)……という七つのクラスに英霊たちを割り当てることで、巨大な『情報』(霊基)を制限していたんですよね?」

 

「ああ。だが、それとは別に『エクストラクラス』(番外位)というものも存在している。特に英霊の中でも、逸話として微妙すぎる上に、『真偽』不確かな逸話ばかりで『信仰』が不十分。だが、確実に紡いできた歴史の線上にはいた存在を、割り当てるものがあるんだな」

 

 深雪の説明に補足をしておく。英霊の中には、確かに伝説では語られていても、その実在が不確かな存在もいる。

 同時に、通常七クラスでは割り振り出来そうにない特徴を持った存在もいれば、自ずと『世界』は新たな『鎖と檻』を用いて英霊を縛り付けるのだ。

 

 

「今回のフェイカーというサーヴァントは、俗な言葉で言えば英霊の影―――伝説上で彼らに成り代わることもあった、『影武者』『偽者』とも言えるものたちが割り当てられるんだ」

 

「影武者……。そんなものまで召し上げるのか? お前の言う『世界の外側』に在るとされる『場所』は」

 

「実際、そうだから仕方ない。ともあれ、フェイカーというサーヴァントは、英霊の『偽者』『影武者』を呼び出すためのクラスだ。

 そして―――古代中国…殷王朝、商王朝ともされる国家を破滅に追いやった『三姉妹』の内の末女―――蘇妲己の妹、王貴人というものが、今回の主敵だよ」

 

「私もそこまで詳しくないのだけど……王貴人と言えば、伝説に在る通り妲己の『妹』として存在しているはずよ。

 なのに―――そんなネガティブなクラスに押し込まれるの? 何か、上手くいえないのだけど……変じゃない?」

 

 確かに偽者、影武者と言うと、王として人民から好悪の別はともかく、光を集める存在の『不穏な部分』とも言える。

 

 彼らもまた『王』として誰かの拝謁を得ている経験があるならば、そんな当てこすりみたいなクラス当ては、真由美にとってはイジワルにしか思えなかったのだろう。

 

 

「―――正確には違う。フェイカーのサーヴァントは、ある意味では、『王と同列』の存在とも言えるはずです。私は使者を通じてとは言え、甲斐の虎の影武者と謁見してきましたが、彼らも確かに『王』であったのでしょう」

 

 不意にその時―――霊体化を解いて銀色の魔力を集束させた上で、現身をとったランサーがたしなめるように真由美に言うが、いきなり現れたランサーに四人の警戒が上がるが―――構わず刹那は続けた。

 

 

「影武者・偽者―――『身代わり』。かつて……今のように往来を行き交う1人1人の顔の識別や、詳細な顔写真なんて存在しなかった時代においては、影武者を当人と見間違えることも多かったそうですよ。

 近代においても青年将校が首相の私邸を襲った時に、首相の妹婿である退役軍人を首相本人だと思って油断していたなんて事例もあるほどだ」

 

 なべて、人の姿かたちなど、真正面から見ていても錯覚するものである。

 

「ある意味、人間の認識はパレードなんか用いなくても、簡単に誤魔化せるものなのかもな」

 

「ワタシの美貌とナイスなバディは、ちゃんと認識していてね?」

 

「そこのバカップル。話の腰を折るな。岡田啓介首相と松尾伝蔵大佐は似ていたということもあるんだが、それじゃこの王貴人というサーヴァントは、妲己の影武者にもなっていたのか?」

 

「その可能性は高いよ。遙かな昔、未だに世界は魔術師を神域のものとしていた時代においては、有力な王ほど『呪い』による『呪殺』を警戒して、神官や魔術師を用意していたほどだ。

 遡れば、古代メソポタミアには『身代わり王』なんて儀式もあったぐらいだ。

 凶兆・災難・病魔―――多くの『厄』を受けてもらうために、全く関係ない農夫を王に据えて、全ての厄がされば、身代わり王を殺すという残酷な風習もあったんだからな」

 

 いつの間にか眼鏡を掛けて、エルメロイモード(達也名付け)になった刹那の姿に、考える一同。

 

 ヒドイ話ではあるが、その厄を受けた身代わりが巨大な悪霊になることを恐れて、時には「家族を三代に渡り、守護しよう」などという約定を押してから頼み込んだ例もある。

 

 食糧難に陥った曹操の軍が、兵糧部隊の責任者を殺して兵の不満を退ける際にも、そうしたやり取りはあったのだから、並べて昔から「王」だからと、全てを一存だけでは決められなかったのだ。

 

 

「ということは、だ……王貴人は、ただの替え玉じゃないのか? 魔術的な影武者……」

 

「正解だ。達也……蘇妲己と言えばあのキツネと同列視―――多分、同一の魂なんだろうけど、その蘇妲己が、己に掛けられる『呪詛』を避けるためだけに、『石琵琶』を人間にしたんだろうな」

 

 殷周伝説。中国の演義で言う所の『封神演義』において、仙人たちの敵対者に対する殺害方法は、概ね『呪詛』の類が多すぎる。

 

 これは、仙人が直接的な戦闘で相手を殺害することは、『穢れ』であるという象徴でもある。無論、演義である以上、事実とは異なる点は多いはず。

 

 だが、それでも呪詛に代表される間接的殺害魔術の多くは、中国の陰陽思想に根差したものが多いのだ。

 

 

「実際、太公望こと姜族の頭領の家系……姜子牙によって、王貴人は『呪殺』された後に石琵琶に戻されたわけだ。

 太公望の目的を考えれば、最大のターゲットは妲己である以上、王貴人は―――『身代わり』にされたと考えるのが筋だろうさ」

 

 身代わり―――何とも不穏な言葉である。もっとも名代として采配を振るうこともある以上、能力的なものも付与されていると見るのが筋だ。

 

 

「そんなものなのでしょうか? 戦姫殿?」

 

 誰の事を指すのか今一分からぬ十文字先輩の名指し……有体に言えば、なんかこの人は相手を呼称する時に畏まった名で呼ぶことが多く、若干混乱してしまうこともある。

 

 とはいえ、戦姫―――と来れば該当するのは、上半身を甲冑で覆いつつも白の陣羽織……とも言い切れぬ、着物らしきもので戦化粧をした八華のランサーだけだ。

 

「そんなものです。『壁のお人』、アレですよ。私が主に『5回』は対峙しあった戦国武将なんて、影武者として弟を立てたり、その他にも多くの影武者を謁見の場で応対させたりしていましたからね。

 自分の死は「三年隠せ」なんて言い残しても、私なんて十日ぐらいで知ってましたからね―――……ったく、死ぬならば私に討たれてこそでしょうに」

 

 語るに落ちたというべきか、その言葉だけで『真名』はおおよそ判断出来る面子。魔法師は確かに、ヒストリエという意味合いを『一般教養』的にしか納めていないが、それでも有名すぎる武将のエピソードぐらいは知っているだろう。

 

 ぶっちゃけ現在の映画館(シアター)の上映作品にも、彼女をモチーフとしたものがあるのだから。そんな少しだけ寂しげに見えて、実はただ単に『首獲りたかった』だけなんじゃないかと思うランサーの異常性を、刹那とリーナは垣間見るのだった。

 

 

「常在戦場が、日常の時代。人の命は『刹那』のごとし―――。そんな時代だからこそ、影武者、身代わりというものは多かった。

 道半ばで倒れるわけにはいかぬ、一国の領主たちは、様々なことを講じてきたのです」

 

 だが、最終的にそんな時代を完全に終わらせたのは、結果的には信玄の死地となった場所を収める大名だった。

 

 

 ……松平なのか徳川なのかにもよるが、『神君』を呼びだせば、『オールキュア』(全治癒術)の宝具でも持ってくるのだろうか……。

 

 蛇足で変な思考を終えると、ランサーのサーヴァントは自分と契約下にあると言っておく。

 

 

「……俺が言うのもなんだが、お前も大概無茶をするよな……」

 

「『道』を見つけたならば、そこを辿る―――魔術師界のシートン先生と呼んでくれ」

 

「本物のE・T・シートンが聞いたらどう思うやら。まぁいい。言わずとも分かっていると思うが、不用意な霊体化の解除はやめてくれよ。なんせ君の身体は、様々な意味で魔法師たちの垂涎の的だ。

 裸にひん剥いて、秘密の一つや二つ知りたいと思う輩はいるだろうからね」

 

「何をおっしゃるダ・ヴィンチ『大老』。私など、影武者も身代わりもいない―――私を縛りあげる鎖を用立てられるとは思えませんよ」

 

 

 事実、ランサーの戦闘力は大したものだ。神代の時代が過ぎ去りし時代……『魔王』という存在が神仏を凌駕して、『天魔』の限りで以て『人の時代』を日ノ本にもたらしたというのに―――。

 

 

(ランサーのステータスは、軒並みAランクだ……まるで最優のセイバー並なのは――――)

 

 

 やはり俺の魔術師としての位階が高いからか。それとも自分に流れる武士の血ゆえか……どちらにせよ――――。

 

 

「ランサークラスを手繰ったがゆえに負けた、教室の祖たる「ケイネス・エルメロイ」、俺の闘技の師「バゼット・フラガ」の汚名は―――俺が濯ぐ!」

 

「言っちゃなんだけどケイネス氏は、どうやっても死んでいたかな――。だって彼死なないと、『結果』に行き着かないもの」

 

 

 ライネスさんの如き無情な一言を発するダ・ヴィンチ。その片方では、リーナと深雪が話し合っていた。

 

 

「それにしてもリーナ大丈夫なの? 家の中に、もう一人こんな美人を入れてしまって、いくら高位の使い魔―――俄かには信じられないのだけど、あんな様(現身化)を見せられてはね……」

 

「ノープロブレム……まぁ何ていうか、ワタシ的には、美人を生活の中に入れたというよりも……」

 

「よりも?」

 

 言葉の続きを促す深雪の表情が怪訝にならざるをえない、リーナの疲れたような顔から発せられる言葉は―――。

 

 

「ビッグなキャットがやって来たような気分だわ。トイレの躾が一番、ストレスを感じたもの……」

 

「失礼な! ちゃんと「うおしゅれっと」とやらは、習得できましたよ! 私はちゃんと粗相を流せる女です! 馬に垂らした松平とは違いますよ! リーナのように片付けできない女でもありません」

 

「違うわよ! アレは着ているものを拾って道順にやってきたセツナを釣り上げて、寝台に入り込むワタシの策略よ!」

 

 そんなんで釣られるわけあるかい。などと言ってやりたいが、それ以上に驚くのは、深雪の『しまった! その手があったか!!』などと言わんばかりの顔で、ツッコミを入れるのを中断せざるを得なかった。

 

 

「という訳で、事情説明はそのぐらいでいいですかね?」

 

「ああ、俺としては、それぐらいで十分だ。七草もいいか?」

 

「まぁ納得できないところとかはあるけど、今は論文コンペを心置きなく、安堵して行えるように徹するのが重要だもの―――無理だろうけど」

 

 

 十師族の子息・子女があきらめるぐらいにはとびっきりに厭なニュースが入ってきたものだ。何を目的にしてのものかは分からない。

 

 だが―――警察機関を力で黙らせることも辞さないその考えの終局は―――何となく『目に見えていた』のだった……。

 

 

 



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第131話『司波達也の憂鬱』

暑い…暑すぎる――――そして沖田さんは泣いていいよ。

俺の胸で泣け沖田さん(持っていません)。


そして『俺の涙は俺が拭く』と言わんばかりの沖田さんに俺が涙(え)

という訳で新話どうぞ。


 

「それでは、あの人がお兄様に渡したレリックから、刹那君の呪文詠唱が聞こえてきたのですか?」

 

 放課後、色々とあったが、ともあれ何とか無事に乗り切った今日、放課後にてようやく妹と二人っきりとなれた達也は、一応の刹那への『隠し事』を深雪に教えておいた。

 

「ああ、朗々とした詠唱だった。意味合いとしては、いまいち分からないことも多かったが、その詠唱は覚えている」

 

「……試すのですか?」

 

「無理だよ。例え呪文を知っていたとしても、魔術師にとって重要な魔法陣(サークル)を、俺は見ていないんだ。

 美月と幹比古は、晴海側から飛んでいく刹那の足元にそれらしきものを見たそうだが、夜の幽けき月光の中では詳細には見えなかったそうだ」

 

 

 ここまで聞いておきながら深雪としては疑問が出る。兄が、この勾玉というレリックに関して刹那に隠し立てしたのか……。

 

 ツーカーでおおよそ、他人から親しい友人と目されている二人なのだ。深雪としては腹立たしい限り。話を聞く限りでは、そんな達也に黒羽の『2人』も歯軋りしているとか……。

 

 クールで超然とした司波達也を唯人に落とす所業許すまじとかなんとか……それはともかく、聞いたことに対して達也は……。

 

 

「アイツには、出し抜かれっ放しだからな。ここいらで少しだけイニシアチブを取りたい」

 

「もしも大亜のサーヴァントとの戦いで、必勝の策となる『宝具』や『スキル』の鍵だったりしたら、どうするんですか?」

 

「素直に渡すさ。刹那ならば、最良の形で使ってくれるだろうからな」

 

 

 などと、最終的には刹那に渡すことを笑顔で言う達也に、深雪としては憤懣やるかたない想いが募るのだ。

 

 そんな顔を見て達也は苦笑しながら口を開く。

 

 

「……『アヤコ』や『フミヤ』もそうだったが……そんなに俺と刹那は対立していかなきゃダメか?」

 

「当然です。お兄様は魔法師界の究極超人。言っては何ですが、刹那君のような得体のしれない術ばかり使う『魔術師』と交わることで、染まるのはいけません」

 

「世間の皆さまからすれば、俺たちと刹那の違いなんて分からないと思うけどな」

 

 

 お座成りな結論で濁すわけにはいかない深雪の決意だが、そんなものだ。

 かつての古式魔法の『結果』ばかりを『再現』することだけに拘泥した結果、現代魔法師の大半は、物理法則の世界だけに、その重きを置いている。

 

 だが、世界にはそういうのだけでは、対処できない相手がいるのだ。例えその身を塵芥にまで分解されたとしても、生き残れる存在など……そもそも、『純度』を薄くした魔法の『結果』を受け付けない存在など……。

 

 ましてや……達也の眼では見えぬ―――情報次元にその存在を置いていないというのに、物理世界を蹂躙できる存在に鉢会えば、自分の魔法は効かないだろう。

 

 今後、深雪の為を想うならば、それらに対する対策は必要なのだ。少なくとも、魔法師の肉体を『無いよりはマシ』という考えで、『暖炉の薪』にする女が入学早々に一高を襲撃したのだから。

 

 

「小百合さんからも悪い友達と付き合うな。とか言われて、深雪や従姉弟である二人からも――――」

 

「遠慮なく刹那君と関わり合いになりましょう。黒羽の家やあの人が何を言ってきたとしても構わず」

 

 達也の予想通りとはいえ、あからさまな変節に、我が妹ながら苦笑どころか、ため息を漏らしてしまいそうになる。

 

 そんなこんなで妹は生徒会業務に行き、達也は選ばれた論文コンペの為に閲覧室へと赴く。多種多様な魔法に関する書物を収めた蔵書室。

 

 既にほとんどはデータベース化されて、電子情報として電子の海に沈んでいるのだが、それでも未だに重要な情報や論理などに関しては、安全面での問題から、こうして封印されている。

 

 進んだ先には、七草真由美がいて、どうやら目的は同じらしく、雑談したいこともあったのか、連れだって閲覧室に入る。

 

 

「こんな所、十文字先輩や服部会頭に見られたらアレですね」

 

「あら? そんないやらしいことを、密室で私にするつもりなの?」

 

「そういう情動はないので、ご安心を」

 

 などと真面目に返すと、くすくす笑ってくる七草先輩の姿が。

 

「NTRに興奮するタイプじゃないのね達也君って」

 

「その発言は色々と、俺の『おセンチ』な感情を逆撫でするのでやめてほしいですね」

 

 一応、公式というわけではないが、元・会頭とくっ付いているような状態の真由美の言葉に、ため息を突いてしまいたくなる。

 何だか後々の2人は、くっついたり離れたりを繰り返す、面倒そうな関係になりそうだった。

 

 それに対してやきもきする後輩や同級生―――もしくは、成り行きまかせで見守るだのありそうである。

 

 ちなみに達也は後者である。男女の仲など、どこでどうなるか分からないのだ。十文字家の長男と七草家の長女が婚約という形でニュースになっていない時点で、面倒な関係である。

 

 だが、それ以上に真由美が気になったのは達也の発言だったようで、『おセンチな感情』の由縁を聞いてきた。

 

 

「何かあったの?」

 

「―――親父の再婚相手が、家に来ましてね……保護者としての、一応の体裁作りだったのでしょうが、そういうことです」

 

「……四葉の?」

 

「関係者―――ではありますが、殆ど知りませんよ。流石に俺と深雪の母の来歴ぐらいは知っていますが」

 

 親父ですら本家に入ることを許されていないのだ。歴史としては百年も無いくせに、変なしきたり意識を持つ一族。

 

 そんな風なのが日本の魔法師の風情なのだった。そんな会話をしている時に、ふと……七草弘一氏と叔母である真夜の関係が気になる。

 それは無論、七草真由美がいたからだろうが……。聞くと渇いた顔―――無表情といってもいい顔を向けてから、真実を告げる真由美。

 

「―――婚約者だったそうよ。本当、あの狸の父親もませた時代があったとか、聞きたくなかったわよ」

 

「狸ですか?」

 

「最近はしていないけど、ウチの父親はサングラス掛けて過ごすことが多かったから」

 

 それと謀略を行うという点が、娘には甚だ不評のようだが……あずさ会長以外の候補者を、硬軟おりまぜた交渉や説得で断念させる辺り、本質的には似たもの親子なのだろうと思えた……。

 そして、甥の立場としては、どんな無頼漢でも目の前に出て来たならば震え上がるだろう『あの叔母』にも、『そんな時代』があったとか異次元じみた事実すぎて、何かアレであった。

 

 だから―――南盾島の一件を報告した際の様子を理解も出来た。

 

 まだ情が残っているならば、確かに叔母が結婚しての勇退もありえるかと思えたが――――。

 

「まっ、四葉師みたいな超美人に、ウチの父さんは全然釣り合わないわよ。そういうことは、何となく覚えといて。それじゃ―――リンちゃんのお手伝い。しっかり頼んだわよ」

 

 

 そういって閲覧室から出ていこうとした真由美であったが、緊急の案件が二人に入る。こんな時に、何だ? と思いつつも、出てきた案件に苦笑してしまう。

 

「摩利ってば、なんて無謀な……」

 

「教えたんですか? ミス・カゲトラのことを?」

 

「いいえ、流石にサーヴァントに関しては、濁しておいたのだけど……隠し事されているのは理解していたんでしょうね」

 

 

 だが、ランサーのサーヴァント。もはや真名は分かりきっている『彼女』が、霊体化を早々に解くとは思えていなかったのだが……。

 

 ともあれ騒動の中心たる剣道場に向かって原因を刹那に聞くと、壬生紗耶香の武器の一つにして、この一高を飛び回る生きた概念武装である『千鳥』が、霊体であるランサーを感知して、かくかくしかじか。

 

 これが真由美と克人が自分をハブにした原因なのだなと気付いた渡辺摩利が、勝負を挑むことになった。

 

 

「まーさーか。渡辺(ナベ)先輩が、ここまでエリカじみた事をするとは思っていなかったなー」

 

「いやアタシだって、流石に何にでも噛み付きゃしないわよ……ただ『移動』しただけでソニックブームを発生させられる、一撃一撃で人体を紙切れみたいに吹き飛ばせる膂力を前にして、そこまでは、ね」

 

「いま考えれば、フェイカーのサーヴァントに刹那の『加護』ありとはいえ、結構無茶したよな……」

 

 もっともフェイカーの素のステータスだけならば、そこまで高からず……とはいうものの、魔法師からすればまさしく人外魔境の世界であるがゆえに、今さらながら恐怖がぶり返しているようだ。

 

 そんな刹那の感想やら色んなものはともかくとして、剣道場の壁に寄り掛りながら、成り行きを見守る三人の同輩……中央にて、三人の少女と対峙する銀髪の戦国武将。

 

 その伝説が真実ならば、生涯において負け戦は片手で数える程度……軍神、毘沙門天の化身と称された、戦国最強の一角を担うに相応しい存在だ。

 

 達也としては、初めて見る三大騎士のクラスサーヴァントの力なのだ。もちろん、ここで本気で戦うとは思っていないが、その片鱗を見るには格好の舞台である。

 

 その相手である摩利は、自分のシンパとも言える千代田花音と壬生紗耶香を横に敷いた状態で、迎え撃つ構えのようだ。

 

 だが、それでも一太刀浴びせられるかどうかは、少しばかり疑問なぐらいにランサーの『力』は達也にも見える。

 

 

「ふむ。三人だけとは少々私も侮られましたね。どうせならば、五人、六人ぐらいでも構いませんよ」

 

「自信家―――いや、その通りなのだろうが、この場で用意できる私なりの最高の布陣だ。頼むぞ花音、紗耶香」

 

「はいっ! 確かにロマン先生が認めたとはいえ、不法侵入者は、不法侵入者ですから! 風紀委員長としてやってみせます!!」

 

「正直言えば、剣客としては及ばないですよ、渡辺先輩。『抜く手』が見えなかった……」

 

「分かってるさ。けれど、少しは試したいんだ……及ばない敵相手にどこまでやれるかって」

 

 二者二様の態度だが、ランサーのサーヴァントは挑みかかる相手の事情など勘案しない。自分が、この場で剣を振るう理由など煩わしい限り。

 

 戦いたいならば、応じるだけ。否を告げるような気づかいは無い。

 当たり前だが、マスターである刹那からは魔力供給が絞られた上で、一種の『ギアス』まで掛けられている。余程、自分がやり過ぎると思っているのだろう。

 

 事実―――『その通りだった』……。

 

 流石に真剣を構えてまで戦おうとは思わないが……この時代の剣士や妖術師の技量の程を見ておくのも悪くは無い―――。

 

 

(なんせ私のマスターは、世界からの『はぐれもの』ですからね)

 

『■■き』とはまた別のベクトルで困った主人なので、何か放っておけないのである。よってマスター刹那から木刀を貰うと同時に、身体の動きと同時に木刀を振るう。

 

 

 動作の一つ一つ。それらが、今に伝わる『剣術』とは全く別のモノであると、周囲の剣道・術部員たちが気付いた。

 

 黄金の眼に銀色の長く棚引いた髪……身に纏う衣装は古式ゆかしい女武者のもの―――。

 

 そんな妖の剣士が、剣を振るう動作は、あたかも月下の元で月の女神に舞を捧げるかのように、流麗な水しぶきのような輝線を虚空にいくつも引いて、神舞を完成させた。

 

 

「さて―――それでは、始めましょうか。『魔宝使い』遠坂刹那のサーヴァント……えーと、水樹奈々参ります!! にゃー!!」

 

「「「「「ダウト――――!!!!!」」」」」

 

 偽名を使うにしても、もっと違うものを採用してほしかった嘆きの叫びが体育館に響くのだった……。

 

 

 ―――結果から言えば、一太刀も浴びせられなかった。ランサーの速度は、現代魔法の理とかそういうものではなかった。

 

 体術だけであっても、達也の修める忍術とも違った。

 

 摩利の鞭刃とでも言うべき剣術は、意に添わずにランサーの身体を穿つことは出来ず、千代田の放つ振動魔法は、そもそも木刀の先で床を一叩きしただけで、霧散した。

 

 その一叩きだけで、魔法の霧散だけに関わらずフィードバックが走ったのか、見えぬ衝撃を受けたように仰け反って動けなくなった。

 

 それらを無効化したあとに、俊敏な動きで迫るランサーを迎え撃つ、壬生紗耶香の衝撃波の『重ね』は、それを上回る剣速で放たれた振動波で断ち切ったのだ。

 

 う゛あんっ!! 

 

 盛大な音の破裂音。刹那がシールドしていなければ、鼓膜に変調を及ぼすものもいたかもしれない。

 

(見えぬ力の流れを見て、そこに逆撃を叩きこめるか、昔の人間というのは余程、自分達とは真逆だったのだろう)

 

 ボタン一つで何万人もの命を失わせる『技術』を持つことが出来たとしても、『人間能力』のベクトルで言えば、現代の人間では叶わぬものを感じる。

 

 

「来るぞ紗耶香! 立て! 立つんだカノーン!!」

 

 待ち構えるようにして、もはや基礎状態に戻した伸縮剣を構えて、立ち塞がる摩利と紗耶香に、よろめくように立ち上がった千代田花音だが、既に趨勢は決まっていた。

 

 

「では行きますよ! この剣舞! 毘沙門天に捧ぐ!! 臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!! (兵闘ニ臨ム者ハ皆陣列前ニ在リ)―――」

 

 すり抜けるように、三人の身体を痛打する木刀の撃が三つずつ叩き込まれて、神速で以て三人の後ろに走り抜けた後に、冗談のように三人の美少女の身体は真上に吹き飛び―――。

 

「是、月下美刃ノ太刀―――」

 

 技名の名乗りを上げる水樹奈々(仮)の様子に誰もが驚き、思わず三人の救出を忘れていたのだ。

 この『結果』を当然のように予期していた刹那とリーナが、即座に衝撃緩衝など受け身のための術式を発動させて、三人を無事に地上に降ろしたことで、達也はサーヴァントの力を再認識する……過去の英雄は、現代の人間で打倒出来るようなものではないのだと……。

 

 ・

 ・

 ・

 

 結局の所、その剣道場での大立ち回りからランサーの存在は認知されてしまい、一種の幽霊であるという説明は何とか通じたが、ここまで人間に近いと、色々とあれであった。

 

 だが、その一件以来、達也としては自分がサーヴァントに勝つことは無理だろうと思えた。こういった心霊分野の処遇となると幹比古の分野だろうが、その幹比古ですら、逃げ出すと言ってしまったのだ。

 

『僕の眼には、やはり見間違いじゃないんだ……神仏の化身―――暴嵐の霊が太刀を振るっているようにしか見えないんだ。プシオンそのものが物理的な顕現を果たして攻撃をしている』

 

 ある種の自然災害すらも、『調伏』という形で猛威を鎮める人間がそういったのだ。

 ―――この科学万能の時代でも、新たな建物が建てられたり、ある種の兵器が納入されると同時に、地鎮祭や祭礼が行われている理由は、そこに無いものをあると信じたいからだ。

 

 だが、それだけとも言い切れない。サイオンを使った形での現代魔法は、物理現象を再現することだけに拘泥したが、その一方で神秘……ミスティールに関する部分はお座成りになってしまった。

 

 その最たるものが、サーヴァントなどの『英霊』丸ごと『一柱』を呼び寄せる現象だろう……。

 

 

「まぁ現代魔法の身も蓋も無い言い方だと、人は死すれば、後は骨になるだけだ。としか言わないからね」

 

「俺たちはそこまでレーニン染みた考えは持っていないはずなんですけど」

 

「ご尤も。だが現代魔法ではそこが限界なんだ。キミの眼を以てしても、その次元にいるサーヴァントの情報は全て見えないわけだからね。

 彼らの情報は、全て英霊の座という次元論の頂点―――もはや宇宙開闢の情報にまでさかのぼらなければ、キミの魔法は通じないだろう」

 

 

 そう。その通りなのだ。達也の魔法は二種類だけだ。分解と再成。この二つを利用することで最高位の破壊力を発揮して、全ての存在を消去できるはずなのだが……。

 

「サーヴァントや遠坂刹那などには、君の力は通用しない。キミが完全に『見えていないもの』に、魔法は通じない。要は、達也君の認識力の限界以上に、『上位』に位置しているからなんだよ」

 

「頭が痛くなりますよ。あまり警戒や避けなんかはしたくないんですが、あいつは現状、『力』を持ち過ぎている」

 

 それらの大半は、確かに多くの人間をステップアップさせる方法となっていたし、あからさまに邪険にしたくないのだが……。どうにもこうにも頭がこんがらがることばかりである。

 

 だが、そんな自分に対して僧職の男はにやにや笑うのみである。それが剣呑な師弟関係のありようでもある。いつも通りとはいえ、今はとんでもなく嫌なものだ。

 

 

「けれど、いずれは『君』が『そういう存在』になってしまっていたかもしれない。アドバイスをするならば、やはり魔術師側のルールをどうやって覆すか、もしくは同種の力を得るかだね」

 

 魔術世界における大原則の一つ『旧きものは新しきものに克つ』。

 悠久の太古たる幻想は神にさえ通じ、永く年経たものは長じて神秘へと昇華するがゆえに、『物理法則』のルールに脅かされることは無い。

 

 それをどうするか……九重寺にて、そんな突き放されたことを言われて、その日は御開きとなってしまった。

 

 ただもう一つ言いたいことがあったりした。数日前ではあるが……刹那と八雲、恐らくリーナとが接触を持った際の会話。それが何であるか……どうせ料金が要求されるならば聞いておこうかと思ったが……止めておいた。

 

 今は、刹那よりも論文コンペに関してだ。どうせ―――様々なことが起こっては、それに首突っ込むのが、あの「あかいあくま」なのだ。

 



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第132話『遠坂刹那の溜息』

恐らくアトランティスから出てくるだろう海洋系の英霊。

うん―――お前かーい!(笑)イアソンが出てくることは、若干予想していた。

だが、まさかの「ぱっぴー」さんが担当。いやぁ保志さんと言えば主役級の有名どころなキャラが多いし、私の印象では、シンフォギアの忍びマネージャー、Phantomのインテリヤクザと落ち着いた役やってるような気がしていたが……。

うん、情けない役どころも早口と同じく保志さんの真骨頂だな。

ミサヤの水樹さんに続きリオの保志さんも出演のFGOは、破竹の勢いですねぇ(ごますり)

長々とした前書き、失礼しながらも新話どうぞ。


 

 

 八雲との会話を終えて数日間……事態は刹那向きというよりも、自分向きなものばかりになってしまった。

 

 

 ホームサーバーへのクラック。購買に行った際のスクーターによる襲撃。

 

 全てが刹那向きではないが、少しだけ不穏なものを感じさせていた。その間、刹那が何をやっていたか……と言えば、まぁいつも通りではあった。

 

 ただ、そのいつも通りの中に小学生高学年程度の幼児がいることが、少しだけ怪訝さを覚えさせた。

 

 それは達也も知っている在日華僑の女の子―――五番町飯店の孫娘であった。エルメロイレッスンを見に来る面子の中では最年少かもしれない。

 

 若干オープンな講座だからこそのフリーではあるが、かなり構われていることに少しだけ怪訝な視線もあったが、まぁ些事である。

 

 

 そうして、論文コンペに提出する理論の実証実験日に至ったわけであるが……。

 

 

「刹那哥々(にいさん)、これでいいですか?」

 

「ああ、上出来上出来。んじゃ蒸そうか」

 

「是!」

 

 などと、屋外で一緒に饅頭を蒸すリーレイの姿があったりするのだった。その横では金と銀の金属ゴーレムメイドたちが、忙しなく動いて給仕係をせっせと行ってくれていた。

 

 達也とてあまり言いたくないのだが……カオスであった。

 

 ともあれ、屋外で饅頭を蒸すという実験に支障はないのかという刹那の懸念を払しょくするかのように、達也は海鮮饅頭を喰らい、そして実験科目に対する全ての事項を高速でこなすのだった。

 

 

「リーレイちゃんか。何だか、すごい魔法道具を使っているね」

 

「あれを使って車に擬態させたり、船に変化させたり―――まぁターミネーター2のT-100○ですからね」

 

「伏字の意味が無いなぁ」

 

 体表の色を完全に変えることは出来ない辺りは、若干の限界もあるだろうが……。

 

 実験器具の建付けを確認していた五十里啓が、そんな風に言ってきた。それ以上に……何というか―――。

 

 

「あいつの場合、何でか知らないが、年下の子に好かれるんですよね」

 

 南盾島でのわたつみ達のことを考えるに、最終的に、九亜にも四亜にも少し怖がられるばかりだった達也としては、何か言い知れぬものがある。

 

「嫉妬?」

 

「流石に俺だけ怖がられていれば、少しは」

 

「達也君の場合、リアリズムでニヒリズムな考えで発言すること多いし、まぁ何かね―――これ以上は言わないでおくよ」

 

「語るに落ちてます」

 

 五十里のフォローにならないフォローを受けつつも、最近のことから用心だけは怠らない。

 

 そもそもリーレイも容疑者であることは間違いないのだ。―――スクーターに関しては別口だろうが。

 水蜜桃を利用した桃饅頭を食べる五十里の作業効率もアップしていき、全ての実験は成功に終わった。理系畑ではないエリカの茶々入れがありつつも、概ね成功に終わった。

 

 拍手喝さいが降り立ち、イベント終了の体であった時に、何かに気付いたらしき面子を見たが、その前に刹那が、リーレイと内緒話をしていた。

 

「アレが―――『チョウ』の手先?」

 

「かもしれない。捕えてみるかい?」

 

是啊(うん)、おじい様を戦場に戻すのは許せない」

 

「ならばやってしまえ」

 

 その言葉を受けて、リーレイは銀と金を前面に置いて、下知を飛ばした。

 

「トリムマウ!」

 

 呪文なのか『名前』なのか分からぬが、その言葉で壬生、桐原、そしてその後を追っていったエリカ、レオを追い越して、銀と金の柱が幾つも伸びていく。

 

 スライムのようなぶよぶよとした粘液の塊―――先程まで食べていた饅頭のような形状を取った銀と金が、その身体から直立し、硬度を保った棘とも柱ともいえるものを伸ばしていたのだ。

 

 そして―――パスワードブレイカーを持ち、逃げて行った生徒の一人が明らかに、動揺している。

 

 既にこちらからは見えないのだが、達也の眼は尋常ではなく、単発式のスプリングダーツを放った様子まで見えていた。

 袖口に仕掛けられたそれは正しく奇襲となっただろう。神経ガス込みのダーツを撃ち落とされることと、閃光弾まで持っていたことを考えれば―――。

 

 だが、それは追って来たのが人間であればの話しであり、まさかただの―――否、恐るべき魔術礼装の触手であるなど埒外だったろう。

 

 触手は自由自在な変形と硬度の変質を以て、下手人たる女生徒を『檻』の中に閉じ込めたようだ。

 

「ウボァー……などと叫んでおります。お嬢様、下手人はどうなさいますか?」

 

 遠隔操作で触手を操っていた金というゴーレムが、畏まった調子で口(?)を開く。そしてウボァーとはレトロすぎる叫びである。

 

「連れてきて。どちらにせよ、あんなもの持ち込むのは校則違反―――ですよね?」

 

「「「いぐざくとりー」」」

 

 なんだか魔法科高校に対する認識が著しく下がっているようなリーレイの、不安げな言葉に即答する。

 即答しながら考えるに、刹那はこの事態を予想していたように見える。

 

 達也のそんな疑念とは別に、スライムゴーレムが連れてきた下手人。壬生が気付き、桐原がフォローしようとして、昨日、お節介焼きの工作員から警告を受けていたエリカとレオが取り押さえようとした人間。

 

 同時に―――達也や五十里を学外で襲った『女子生徒』。まぁ、五十里先輩のような女顔という線も捨てきれなかった下手人の尊顔は―――。

 

 

 生徒会長選挙の際に、前・会長(七草真由美)現・会長(中条あずさ)―――更に言えば現・外務担当兼給仕係(遠坂 刹那)である三人に噛みついた女子生徒。

 

 三年の一科生『浅野 真澄』が、ぐったりした様子で、そこにいたのだった……。

 

 ・

 ・

 ・

 

 神経ガスを芯弾に込められていたダーツは、正確無比を以て、銀と金の『鞭』で浅野先輩に返されていたのだった。

 

 軟鞭術に長けた『功』の限りを覚えていたがゆえの手際。それに対して、浅野は魔法に関しては確かにそれ相応。流石は一科生だったが、高速で撃ち出したダーツをそれ以上の速度で撃ち返す『体術』『外家拳』の技に抗する技量は無かった。

 

 要は、魔法技術は大したものだったが、CADも無い上に、体術の心得なくば、直撃した段階でそうなるのだった。

 

 

「まぁ不可抗力というか何というか、そんな感じで、リーレイがやらなければ、真っ先にガスを吸い込んでいたのは、木刀持っている桐原先輩か壬生先輩でしたよ」

 

「だよな……けれど、お前、浅野さんがよろしくないことしているって良く分かったな?」

 

「色々と情報源があるもので―――まぁ今回は『使い魔』の『訓練』をさせている時に、偶然にもというところだったんですけどね」

 

 使い魔―――自分や五十里が論文コンペの準備をしている間にも、当たり前の如くエルメロイレッスンはあったわけで、その中でも『使役術』の講座が開かれた日が、その日だったのである。

 

 

「高度な使い魔を操ったものだな。俺は何も気付かなかったぞ」

 

「アタシだって気付けなかったわよ!!」

 

「花音、張り合う所が違うよ―――それじゃ、その時のパペット、ファミリアなんかの授業で僕たちは尾けられていたのか……」

 

 全員が全員というわけではない。一種のピーピングにも使えるものだけに、運用は慎重にならざるを得なかった。

 

 そして実技の段になった時点で、ある程度の対象を選定。七草先輩と十文字先輩がいちゃこらしている場面だったり、ロボ研の平河が『これぞマクスウェルの悪魔―――!!!』などと巨大な恐るべき装置を作り上げている場面。はたまた小野先生が『焼き芋』を食って、ブーブー屁をこいている場面。

 

 完全にプライバシーの侵害ではあった。もっともいちゃこら2人は察して―――十文字先輩がため息突きつつ、魔弾を放とうとしたのを『見せつけましょう♪ 私こそが一高のベストカップルなのだと!』とか言って押しとどめて……。

 

 平河に関しては、友達の猫津貝や鳥飼が獲物を見つけたみたいな顔で使い魔を狙おうとしていたが、その前に「待ってろや―――!! 司波達也―――!!!」などと中指を立てる平河の姿を最後に、使い魔の映像は途切れる。

 

「なんでさ」

 

「知らないよ。というか俺の口癖を取るな」

 

 額を押さえる達也に構わず説明すると、その内でも達也をピーピングしたい面子が中心となって、パペットを飛ばしてみていると……。

 

「記録映像媒体を持たせておいて正解だったかな」

 

 言いながら、壁にひし形の結晶を投げつける刹那。砕け散った結晶が、ちょっとした液晶画面を壁に作り上げた。

 

 その画面が出したものは……達也を襲ったスクーター。ナンバーも間違いない。それを使って走り去る浅野先輩の姿を、『真正面』から取った映像が映し出されていたのだ。

 

「深雪と光井に感謝しとけよ。あいつらが、熱心にお前を襲った人間を懸命に撮って、今日にいたるまでカチコミを掛けるのを我慢していたんだから」

 

「ストーキングの成果に感謝とか、とんでもなくないか?」

 

 にべもない達也の発言に、『お兄様!?』『達也さん!?』などと嘆きの声を上げる二人だが、それにしても動機が分からない限りである。

 

 などと思っていると、際どい衣装の保険医―――風紀委員が真っ先に取り締まるべき人妻教師が、手を叩きながら解散を命じてくる。

 

「はいはい。議論と結果報告はそこまで。いまロマン先生がやって来て、治療を行う所だから、皆は保健室から出ていきなさい。

 浅野さんが意識を取り戻したらば、五十里君、千代田さんが来てね。連絡するから」

 

 一部の人間からは巷のキモカワマスコット『ネコアルク』に声が似ていることから、担当声優なのではないかと疑われている安宿怜美(あすかさとみ)保険医がやってきて、自分達はシャットアウトされた。

 

 ともあれ、これ以上は―――どうしようもない話だった。神経ガスを吸い込んで昏睡状態程度になったのは、運が良かったのだろう。

 

 後遺症の類も残らないはず―――。その時はそれだけだった。

 

 

 † † †

 

 

 関本勲なる三年生が、スズ先輩にウザく絡んできたので先生ばりの『解体術』を行って、泣きべそかかせて一週間は家から出られない位に凹ませた。

 

「どちらかといえば、アナタのお母さんが学生時代にやっていたとかいう『コンセツテイネイ』な『説得』にしか思えなかったけどね」

 

「当たり前。魔法の技術は広くオープンにして公開する一方で、知ろうとする想いや人を遠ざけるなんてことは、ただの『意地腐れ』じゃないか」

 

 もっとも、基礎理論の研究を推し進めるべきという考えは間違いではない。この世界の術式は、結果を再現することだけに熱を上げて、それが『どうしてそうなるのか』を失念している。

 

 魔術ならば、基本的には『なんでもあり』。時にそこに理屈や理論とは別種の『そうだから、そうなる』という理屈ではないものもある。

 だが最終的に、その『結果』に行き着くという過程での陥穽が多すぎるのだ。

 

 例えるならば、無限の魔力を創出するという『あり得ない理論、結果』に疑問を抱いた時に、そこには『子供』を生贄に捧げているというものもあるのだ。

 

 やっている側からすれば、1人の幼子の命1つで『千人、万人』が救われるならば、などというふざけた『屁理屈』を捏ねまわすだろうが、その是非はともかくとして、『巨大なものを作る』ということは、そういった風な『落とし穴』が存在しているのだ。

 

「成程な……結構鋭いんだな―――舌鋒も視点も」

 

「どんなことだって、そういうのは必要だろ。現代魔法は確かに、物凄い威力の術を、数秒か秒以下で放てるようにはなった」

 

 汎用型CADを操作している時の『スキ』を、どう捉えるかはともかくとして……。

 

 最終的には『古式魔法』で出していた力を、結果だけで再現したとするならば、それはお座成りな考えである。

 

 

「達也みたいな技術者には、釈迦に説法だろうが、技術の原理や基礎データは掛け替えのないものだ。それらは永遠に有用なものだからな」

 

「魔法を工業製品も同然に語るお前に、俺は驚きっぱなしだよ……だが、どんな物でもそういう物なのかもしれないな」

 

 実際、この手の事に関して魔術協会は一度、『やらかした』ことがあるのだ。

 

 北欧の魔術。ルーン文字を用いた魔術をマイナーであり、且つ中世期よりカバラやゲマトリアなどに傾倒するあまり、貯蔵させていたルーン文字が、完全に死蔵になっていたという経緯がある。

 この話をブルーからゲラゲラ笑いながら聞かされた時に、『そんなカビの生えたような魔術基盤を復活させたのが、ウチのクソ姉なわけよ』

 

 一切の敬意など感じさせない『魔法使い』の様子に、世の中の姉妹も色々あるんだろうと納得してしまった。

 

 

「まぁ、関本さんのことはどうでもいい。リーレイを邪険にした段で俺の腹は決まっていたからな」

 

 疲れたのか、魔導人形たるメイドに交代で抱かれてスヤスヤと眠っているリーレイの寝顔を見ながら、言っておく。

 

「あれが遠坂君の本性だと思うと、僕は何か色々だよ……。ともあれ浅野先輩によれば―――僕たち、というよりも司波君を襲った経緯はこうだ」

 

 頬を掻きながら五十里先輩が、困ったように言った後に事情説明が始まる。

 

 結局の所、あの生徒会長選挙の際の態度と同じく、一科二科の区切りが重要だったようだ。彼女は―――確かに魔法科高校の区切りで言えば一科生ではあった。

 

 そもそも、この学校に入学出来た時点でエリートだと思えるのだが、その中でも選ばれた一科生であるというのは、彼女の自信に繋がっていた。

 

 そう。例え、九校戦に出場出来なくても、論文コンペに参加出来なくても、何か特殊なタレント(才能・技能)を持ち、魔法競技でもそこまで『優秀』でなくても……。

 

 

「……『下』がいるということが、彼女を一科生として『立脚』させていた、か」

 

「ヒドイ話ですよね。けれど―――今の三年生は『上』が遠すぎたから、そういう意識が強かったんでしょうか?」

 

 幹比古と美月の指摘。

 

 今の三年生には、十師族の子息子女、百家の関係者、そして生え抜きの連中も多い中……そこに混ざれないが、己も彼らと同じ一科生であるという意識。

 多数派。有力派閥であるという意識が―――そうしたものを醸造していた。古いワインの底にたまる澱のように……。

 

 とはいえ、そんなある種の妥協した生き方が続けられる事態とはならなかった……最終学年になったこの年に、全ては変わった。

 

「だけど、そこに昨今の一高改革……巷では『古くも新しき時代を告げる鐘の音』(ニューエイジ・ビッグバン)が、一科の生徒達を焦らせた。

 もちろん、一科生達にも有用なことは多かったし、術式の熟達にも応用できた……僕もルーン魔術というものが、ここまで幅広く刻印を『深化』させるなんてびっくりだったから」

 

「巷で、そんな風に言われてるんですか?」

 

「ゴメン……()って言った。けれど一高では定着しつつあるんだよ。OB・OGの人達もそんな風に言って来てるし」

 

 五十里先輩の片目を瞑って舌を出すなどという高等技術。そこまで言われて、『何で』司波達也が狙われたのかが分からない。

 

 狙うならば、エルメロイレッスンの主催たる刹那だろうに。

 

「そこからが浅野先輩の屈折した所よ……結局、そう言う風に伸びてきた二科の中でも、司波君は更に異質に映ったらしいのよ。

 四月の風紀委員会でのこと、八王子クライシスでの戦いぶり、九校戦におけるエンジニアとしての八面六臂の活躍に、モノリス・コードでの十師族の打破」

 

 最終的にはCAD無しでもクリムゾン・プリンスを打破した手際が、彼女にはいっそう異質に見えたのだろう……。

 

 魔法発動速度が遅いからこその『二科』であるという前提を覆す―――それ以外で伸びる二科生とも違う―――正しく現代魔法師として『上位』の存在を見て……。

 

 

「今回のことになったと、歪んでますねぇ」

 

「ウレシソウに言わない―――理屈じゃどうしようもない感情(エモーション)の動きが、タツヤに瑕疵(キズ)を与えたいという動機に繋がった、と」

 

 リーナに耳を抓られて、軽率な発言だったかな。と思うも、それだけやはり司波達也は異質な存在にしか見えないのだろう。

 

「……変な表現だけど、浅野さんは一科の『劣等生』なのかもしれない……やっぱり誰しも、スポットライトを浴びた存在になりたいから、ね」

 

 そして、浴びている存在がどうしようもなく妬ましいならば、何かしらの『失墜』を求める……。

 

 これがもしも二科にいる生徒ならば、同級、上級だろうと、光井はリーレイを起こすような大声を上げていたかもしれないが……。

 

 俯いて考え込むような態度であり、色々な考えが渦巻いているのだろう。

 

 

「……結局、生き方が―――どうしようもなく不器用だったんだろう。刹那が前に言っていたことを半分借りるならば、『何もかもを放り投げて、妥協と堕落で生きていくこと』が出来ない人なんだろうな……」

 

 そんなこと言ったかな? という達也への疑問を刹那は覚えつつも、一科の代表のつもりか、何か感じることがあったのか、千代田委員長が神妙な様子で口を開く。

 

「それは、仕方ないわね……私も陸上競技で短距離走の選手だけど、ここ(一高)では一番速いけど……都大会に行っただけで、周りのレベルの高さに『そうしなければならない』。

 走ることは、駆け抜けることは……魔法以上に大好きだったけど、好きなものでは一番になれない。トップクラスの選手になれないことを知った時に、悔しさが出て来た……なんでこんなに努力しているのに、私の脚は速くならないんだろうって」

 

 それでも千代田花音は、陸上競技から『逃げる』ことをしなかった。少なくとも魔法競技で自分の特性を活かせたとしても。

 例え、都大会で光を浴びる『臙条 巴』というオリンピック確実のスプリンターがいたとしても……。

 

 逃げずに挑戦したのである。五十里先輩が、千代田先輩の頭をそっと抱き寄せる……砂を吐きそうな場面を見たとしても―――。

 

 だが、それにしてもまだ疑問は尽きないだろう。

 

 ホワイダニット(どうしてやったか?)フーダニット(だれがやったか)は証明された。だが、ハウダニット……どのようにしてやったかが解明されていない。

 

 神経ガス含めてのダーツ、液体燃料ロケットなんて『物騒』極まるものを、『どこで調達』したか、という疑問は彼方に消えたようだ。

 

 そして、その疑問に対する答えを―――刹那とリーナは持っていた。持っていたからこそ、歩いていると見えてきたトランスポートにて、コミューターを呼びだして横浜への道を登録した。

 

 

「んじゃこの辺でお別れだな。リーレイを送りに横浜駅まで行ってくるよ」

 

「ああ。劉師傅に『海鮮乾貨』、ごちそう様でしたと言っておいてくれ」

 

「了解」

 

「「本日のお嬢様の相手―――ありがとうございました」」

 

 畏まった一礼をしてからリーレイをリーナに預けた金と銀の金属ゴーレムは、スライムのような形状になり、無人の交通システム、その荷物入れに勝手知ったる風で入った。

 

 そうして達也たちと別れた三人だが、ここまであからさまな工作活動をしてくるなんて、予想外だった。

 

 力押しで来るならば、それ相応の力で対処できるが…………。

 

(軍略とは、そんなものです―――相手を十全の状態で動かさせないために、硬軟織り交ぜて掛かってくる―――)

 

 今日の演習場で渡辺摩利、十文字克人を叩きのめして、訓練してみせたランサーの声が響き、苦笑する。

 

 人生とは戦いの連続。人は死ぬまで誰しも幸福な人間だとは言えない―――全てを終えるまでは気を抜かず、謹んで生きていかなければならないのだから。

 

「どーも俺の周りには、一度本気で決着をつけにゃならん連中が集まるらしいな……」

 

「要するに―――『類は(フレンド)を呼ぶ』ってことよね? 安心して、ワタシもその一人♪」

 

 あんまりにあんまりなリーナの結論だが、人生などそんなものでしかなくて……どうしようもなく自分の左手を擦るその手の柔らかさに、安らいでしまうのは隠せなかった。

 



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第133話『妖狐玉藻の分裂』

???の内容に関しては、後々に入れようかと思います。

今話を読んでいただければ、何となく程度には分かります。最初は『北山雫の動揺』とでも思いましたが、まぁどうぞ。

追記 サブタイトルを追加しました。2019年8月8日。




「しくじりましたな。周先生」

 

「確かに、そして閣下の御懸念は重々理解しているつもりです」

 

 キツネとタヌキの腹の探り合い。品川のとある料亭の一室で、中国人の男三人とが対面しあいながら話したことは、本国の作戦に繋がることであった。

 

 現地の人間を煽ることで、反動主義勢力にするやり方は、いつの時代でも行われてきた『間諜合戦』の一つだ。しかし、相手がこちらの思惑通りに動くとは限らない。

 

 そして相手に応対する相手が、尋常ならざる存在であれば―――呆気ないものだ。

 

 

「まさか、劉師傅のお孫さんが『偶然』にも一高にいて、あの『宝石太子』の教えを受けられていた上に、私どもの邪魔をするとは思いませんでしたよ」

 

 大仰に肩をすくめるツーピースのしっかりした身なりの実業家。そんな道化の芝居じみた動作を受けながらも、陳は少しばかり深刻になる。

 

「……閣下は、我々と袂を分かつおつもりなのか?」

 

「さて、私も陳閣下の御心を本当に分かっているとは言えませんので、何とも―――人の心とは並べて、水面に広がる波紋のように分からぬものですから」

 

 返された言葉に、陳祥山としては内心で不満を溜め込んでしまう。

 

「まぁ隠居された『老人』を引っ張りだせば、こうなりましょう。そちらはともかくとして―――身元などを明かしていなかったとはいえ、『少女』の方は、私の方でどうにかしましょう」

 

「あなたがそう言うのであれば、大丈夫なのでしょう。ただくれぐれも、『万が一』が無いように願いますぞ」

 

 言ってから酒を煽った陳を見ながら、崑崙方院の次席道士―――周公瑾は、『俗物が』と思いながら呼び鈴を鳴らして、陳に『毒酒』を煽ってもらうことにしたのだ。

 

 呼び鈴がなると同時に、日本の料亭には付き物の―――催しの一つを与えておく。

 

 

「先生、何が――――」

 

 雅楽の音色が響き、分かっているのに動揺した様子を見せた陳に薄ら笑いを見せながらも、日本の豪奢な着物を身に纏った―――『桃毛』に『金目』の女が、楚々と座敷に入ってきた。

 

 その入り方は、こちらの意識がそれた一瞬だ。襖を開けた瞬間すら見えなかった……だが、そんなことはどうでも良くなるぐらいに、舞を披露する女に陳は魅了されるのだった。

 

 扇子を使って何かを希うような、仕草一つとってもそれが真に迫ったものであり、全てが終わると同時に―――膝を突いて、頭を下げた女―――。

 

 

「周大人より窺っております。本日は、お二方のお相手をさせていただきます――――『葛葉 玉藻』(くずのは たまも)と申します。

 拙い面もありましょうが――――ご容赦いただきながら、歓談させてもらいたく、お願いいたします」

 

 頭を上げた『玉藻』と名乗る女性に―――呂剛虎は、完全に『ヤバい女』だと勘付けた。事実、料亭の屋上で警戒をしていたフェイカーが、『……その女は危険。マスター、陳を連れて今すぐ料亭から出るんだ』……などと言ってきた程なのだ。

 

 傾国の美女―――そういう表現が似合いそうな女の登場に、呂は作戦の失敗を予感するのだった。惚けた顔をする陳に歯噛みしつつも、それでも上官である以上は、従うしかないのだった。

 

 ・

 ・

 ・

 

「子供が出来たら、あんな感じなのかしらねー……」

 

「そういう遠回しな催促を感じる言い方はやめてくれ」

 

「ダイジョーブ。そう言う時は、『子づくりしましょ』って直接言うから、スライダー(ニッケルカーブ)やナックル使うめんどくさい女じゃないわ」

 

 とんでもない発言である。小指を立てて満面の笑顔で言うリーナに、逃げ場が無いなぁと改めて思うのだった―――逃げるつもりは毛頭ないのだが。

 

 リーレイを横浜駅で待っていた劉師傅に預けてから、帰ってきて数分後の会話がこれである。話しの流れを引き戻す為にも、劉景徳との会話を想いだす。

 

「しっかし……大亜の工作員達の狙いが見えないな。ゲリラ作戦を行うにしても半端な戦力だし、かといって、潜入工作員たちばかりを使って起こそうとしている作戦とはなんだ?」

 

「軍事的観点に立てば、『補給路』『兵站集積所』が必要なはずよね? となれば―――横浜中華街にしかなく、そして『単騎』で『ナパーム』クラスの破壊を起こせるものと来れば、魔法師が大半なんだけどね……」

 

 魔法師の利点とは、結局の所、どれだけ屈強な人間、軍人でも装備・保持できる『火力』に制限があるところを、手荷物程度―――携帯端末一台、銃器型一丁で容易く超越できてしまうことにある。

 

 だが、大亜の魔法師の大半は、未だに実用的とは言いにくい『呪体』で魔法を行使してくる。彼らなりのプライドなのかもしれないが、少なくとも刹那の世界で起きた『湾岸戦争』の後に、軍の近代化を進めた連中の末裔とは思えぬ拙さであった。

 

 

「となると……やはり『闇取引』だけでは、フィードバックできないモノを欲しているんだな」

 

「情報・工学技術・魔法技術……大亜の目的は、魔法工学技術の全て……大それた作戦をやろうとしている割には、何とも面子が……」

 

「だよなー。やっぱりこういう技術窃盗をするためにはさ、ぱっつんぱっつんのボディと、セクシー&キュートな全身、顔面整形した上で、化粧をこなした上で―――

アホみたいに丈が短いワンピース(マイクロミニワンピース)などを着て、誘惑すればいいだけだろうに。女の工作員が必要だと思うんだが」

 

 やはりハニートラップこそが、いつの時代も情報を抜き出す効率のいい作戦なのだ。

 

 そしてこういうことに長けているはずの大亜が、この始末なので――――、そんな無言での追加の思考を続けようとしたのだが、絶対零度の視線を浴びる。

 

 まさか、深雪から二ヴルヘイムでも習ったのかと言わんばかりのその視線を浴びてたじろぐ。たじろぎながらも言葉は続ける。

 

 

「もちろん、俺は、そんなものには惑わされないさ、いや―――、一度だけ惑わされたか。ボストンでのことは、今でも覚えているさ。

 エステラさん(白銀姫)にすら惑わされなかった俺が―――会うたびに眼を離せなかった『黄金の少女』と出会えたんだからな」

 

「んなっ!? だ、だってショウガナイじゃない―――アンジェラのワケワカメな作戦で魔法少女をやった後には、シニカルな表情で海を見つめている男子(ボーイ)を見て、何とか気を惹きたいなーと思えば! 唇に差すリップクリームも少しは……考えようって思うわ……」

 

 もはや『美少女魔法戦士』という渾名に拘りを無くして、己の姿を『魔法少女』と言ってしまったリーナ。朱くなって恥ずかしがるその様子に、愛を囁いた効果は抜群であった。話を戻すと、そこにランサーは食いつく。

 

 

『やはりマスターの言う通り。敵の目的は『略奪』でしょうね。かつて―――忌々しいことですが、堺を抑えたことで、火縄銃を他地域に逃がさなかった織田と同じく、己に無いならば、あるところからいただく―――そういうことですね』

 

 かつては『億円』単位(現代の貨幣価値)で取引していた火縄銃を、安価で大量に(それでも高い)『製造』して手に入れていた、信長及び秀吉が天下を掌中に収めたのも無理はない。

 

 火縄銃そのものは自国で生産できたが、やはり『火薬』『火縄』などは、外国からのが良かったようである。

 

「つーことは、敵さんの目的は、『火縄銃のコピー』(CAD)は出来たとしても、火薬、硝石、火縄(現代魔法理論)とがさっぱり揃わないから―――それは簡単に『手に入らない』どころか『入手を制限』しているから奪おう、と?」

 

『そういうことでしょう。ハルノブもまた、自国の金山が枯渇しつつあるから、今川が弱体すると同時に今川の金山を中心に奪い取っていったほどです』

 

 むしろ現代の歴史研究によれば、織田の奇襲作戦にも実は一枚噛んでいた節があるほどに、『ハルノブ』の権謀術数は恐ろしいものであった。

 

「センゴク時代のニホンは、やはり凄かったのねー。セツナの実家もそんな感じだったのかしら?」

 

「詳しい文献こそ無いが、俺の実家の地域事情から察するに、大友家に仕えた武士だと思っているよ。そこまで大仰な家だったかは分からないけど」

 

 隠れキリシタンなどやっていたのだから、その可能性は高い。

 

 

「まぁ九州は、戦国の主要舞台(京都周辺)からは、外れていたからな。三つの家で争っている間に、『黄金ざっくざくのサル』が、天下を手中に収めちゃったし」

 

『……人が人を治めるのに必要なのは、義や仁ではなく、ある種……人としての欲望を満たしてあげることなのかもしれませんね。全く以て納得出来ませんけど!!』

 

 霊体化しながらも憤慨するという、ランサーの様子に苦笑する。

 

 人間貧すれば鈍す。だからこそ、衣食住満ち足りて礼節を覚える。それが『出来なかった国』だけに、そういう想いは人一倍強いのだろう。

 

 

「さてと、どうしたものかな……せめて、フェイカーさえ排除出来ればいいんだが」

 

「待っていれば食いつくでしょ。いっちゃなんだけど『面』は割れちゃってるし」

 

「パレードの効果を強制的に解除する……先生が遭遇したヘファイスティオンの『双子』のサーヴァントも、『強制』の『魔眼』を持っていたからな」

 

 油断は禁物。されど、あちらの動き次第だけだというのは、随分とアレである。だが、備えだけは怠ってはいけない。

 

「ダ・ヴィンチはロマン先生の所に間借りしてるから、ふらっと帰ってくるときは杖の姿だし―――少し工房の『レベル』を上げておくか?」

 

「侵入される?」

 

「可能性は無きにしもあらずだ。達也のホームサーバーへのクラックなんざ、目じゃない可能性もある」

 

 物理的な強制的侵入。必要とあらば、それをするだけの心が無いわけではあるまい。

 

 でなければ、四葉の娘を攫って―――なんてことが出来たわけない。そういうわけで―――明日は欠席となるのだった。

 

 

「リーナの勝負下着や私物に手を着けられるのは、非常にムカつくからな。一日がかりで工房を万全にしておく」

 

「同時に『いたすわけね』。ワタシ、知ってるわよ? サーヴァントに対しての魔力供給が覚束ないから、セツナのお父さんとお母さん、そしてセイバーのサーヴァントで、×××したことを♪」

 

「安心しろ。アレはオヤジがヘッポコすぎたからであり、俺は何一つ不足していない」

 

 オヤジを当てこすった言い方だが、そうでも言っておかないと―――何か、とてもふしだらなことをしそうなのである。

 

 だが、今日のリーナは引かない姿勢だった。

 

「むぅううう。何かイタシカタないシチュエーションでの方が燃え上がると思えたのに……どちらにせよ、ワタシは築地の一件(クエスト)以来、テンションがダウン気味! セツナの愛が欲しいの!!」

 

『わ、私は襖の隙間から見ていますね! 毘沙門天への祈りを唱えていますから! 気にせずどうぞ!』

 

 どっちだよ!? と言いたくなる水樹奈々(仮)の言葉に想いながらも、最近……ランサーに気遣って、少しばかりリーナへの労りが少なかったかもしれない。

 

 第一、この東京に設えた遠坂邸(仮)は、浅草の千束地区……数少ないマナスポット、霊脈に築いたものだ。

 つまりは、刹那だけでなくリーナの為の工房でもあるのだ……彼女との共同作業無しには、格が上がらない。

 

「あっ……も、もう……セツナのトウヘンボク!」

 

「ゴメンゴメン。今夜は離さないから、リーナも俺を離さないでくれよ」

 

「ウン♪ ……今夜は寝られそうにないわ……セツナのワタシを見つめる情熱的な『眼』は、魔眼以上の魔眼だもの」

 

 ソファーに押し倒す形でリーナの腰に手を回すと、刹那の首に手を回してくるリーナ。

 阿吽の呼吸であるやり取りの中で、お互いの瞳に映る自分の姿を見ながら―――夜は更けてゆくのだった……。

 

 

 † † †

 

 

「あれ? リーナと刹那君はまだ履修中?」

 

「ううん。一応B組に確認しに行ったけど、今日は学校に来ていないって言われた」

 

 昼時、いつもの面子に二人ほど足りず、何気ないエリカの言葉に返した雫。少しだけ気落ちした様子は、何気ない『裏側』が知れているからだ。

 

 もはや周知の事実。公然の秘密―――少し離れた所では五十嵐鷹輔が、木枯らし、蜩を越えて―――『即身仏』にでもなりそうな勢いで悟りを開こうとしていた。

 

 三高の藤宮の妹との関係はいいのか。と言わんばかりの五十嵐から眼を離すと、レオが問うてきた。

 

「しかし、二人そろってか、今日のSAKIMORI(仮)による教導は無いのか?」

 

「サーヴァントの行動半径とマスターとの距離とは、あまり関係が無いらしい。もちろん、他県・他国にまでなると、影響はあるかもしれないが」

 

 都内から都内のどこかに移動するぐらいは問題ない。そう言われていた達也は、チキンカツサンドを頬張りながら、ツルギを送るぐらいは問題ないだろうと思う。

 

 問題は、何で休んでいるかだ。学生の身分で実に『爛れた』『にゃんつき』をしていることの是非はともかくとして、何で『休む』必要があったのかだ。

 

「まさか、夜から昼までしているとは―――刹那君のフケツ!」

 

「想像で語るのはどうかと思うな……で、ダ・ヴィンチ女史は何か知っているんですか?」

 

「まさかここで私に話を振るとは思っていなかったなぁ」

 

「近づいてきたので、何となく――――」

 

 恐らく論文コンペ関連で、達也が要求していた資料を直接渡しに来てくれたのだろう。

 今までは、この魔法の杖が資料を読んでいた。感想などを聞きたい所だが、とりあえず今は刹那とリーナのことを聞くと、苦笑しながら口を開く。

 

 

「単純な話。厄介ごとに巻き込まれつつあるので、色々と準備があるのだろう。同時に防衛施設の整備といったところかな?」

 

「整備、ですか?」

 

「魔術師にとっての『工房』というのは、作業場、研究所という意味合いだけでなく、一種の処刑場・拠点という意味もあるからね。

 南盾島でシラクサの数学者がやったことを、覚えているだろう?」

 

 言われて思い出すに、そう言えばそうだった。しかし、本丸であるわたつみ達のいる研究所に侵入してしまえば、殆どの防衛機構は無かった。

 

 正調にして正統な魔術師たる刹那の工房は、アルキメデスとは違うのだろう……。

 

 

「そういうわけで―――朝っぱらから『サル』のように『(さか)って』、工房の神秘を『()って』いくわけだ」

 

「上手い事言ったつもりですか?」

 

「もちろん。あまりに『性的』すぎる話だから、授業ではやってはいないが、魔術と性行為は、昔から密接な関係がある。

 古代ギリシャにおけるヒエロス・ガモスに代表されるように、性行為は古代人たちにとっての『祈祷』の一種でもあった。

 生命を『宿し』『産み落とす』というのは、神聖なことなのだとして、『聖婚』と称してきた。

 昔の人間の平均寿命なんてのは、当たり前の如く低かったからね。

 国、都市による大規模な戦争。もしくは、ちょっとした『風邪』や『怪我』だけでも人は簡単に死んでしまっていた」

 

 それゆえに、その頃の性的風俗感によれば、『大地に人を満たすことは、生命共通の使命』として、祭礼という形を以て、満たしていったのだ。

 

「今よりも人の魂の『サイクル』が短く、死の訪れが速かった時代。これらの行為で己の分け身を大地に残していくことは、死んだとしても地に、海に、空に――己の分け身と共に生きていくことを願った。

 一種の『転生』というやつだね。自分を超える可能性がある存在だからこそ、人は自分の血を残していくわけだ」

 

 成程、納得しつつも『さかる』ことで工房が強化されるという事は―――。

 

「当然、二人の愛の巣だからね♪ 共同作業することで、フェイカーのサーヴァントを退けられるだけの防備を備える。言うなれば『巣作りメイガス』といったところだね」

 

 最近、ダウトな名称が多すぎる一高の面子。ドラゴン(?)とは違ってメイガスの巣作りは『夫婦共同』でやるべきものらしい。

 

 リーナのことだから、DIYをやれる刹那の手伝いは、積極的にやるのだろう。

 

 

 そんなダ・ヴィンチちゃんのフライデーすぎる暴露を終えて、今さらながら二人の深すぎる関係性に大半が赤い顔をする中――――。

 

 

「やっぱり……ダメなのかな……あの2人の間に入るのは…………」

 

 

 ぼそっと小さな声でつぶやいた、俯き気味の雫の言葉を、達也と深雪だけが聞いてしまうのだった―――。

 

 



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第134話『女の戦い』

お盆休みはいいなぁ。仕事があんまりにもあれすぎるが、英気を養いたい。

俺、コミケの本は通販で買うんだ……。

というわけで新話どうぞ。


「昨今の東京周辺は、随分と騒がしいのですね……」

 

 都心を騒がす怪異の一端は、隠しきれずに全国を飛び回る巷間の噂の一つとして届いていた。

 

 ネットニュースを見ていた金沢の魔法科大学付属第三高校―――通称『三高』の一色愛梨は、その『共産ゲリラ』による都市型テロという、『隠蔽工作』のほどに嘆息をしていた。

これから残り一週間と一日で、論文コンペは始まる。横浜にて、未来の魔法師界の姿を決めるものが……。

 

 大げさかもしれないが、その方向性次第では、日本の魔法師のこれからが決まるのかもしれないのだ。

 

 

「師族会議にも通達が来ているが、まだ詳細は分からない。ただ、大亜など共産国家の蠢動が目立っているらしいな」

「小規模なゲリラ作戦に、何の意味があるのかしら?」

「さぁな。ともあれ、千葉さんの兄貴とかが出張って、『キツネ』を燻り出しているらしいけどな」

 

 爛熟した情報化社会でも、余所の土地の詳しい事情を知るには、やはり現地に飛ばなければならない。金沢から分かることは、『起こってしまったこと』だけだ。

 

 結果だけを見て類推したとしても、リアルタイムで変化する現在の状況には追いつかないのだ。

 

「セルナは大丈夫でしょうか……?」

 

『オニキスによれば、プラズマリーナと共にピンシャンしているらしいぞ。ついでに言えば、昨日は夫婦共同作業の為に家に籠りっきりだったと』

 

 愛梨の側にいた魔法の杖の基部の言動が原因か、愛梨はその手に持っていた端末を、割り砕かんばかりの勢いで握っていた。

 

「俺が言うのもなんだが、あの2人、同棲しているそうじゃないか? 諦めた方が賢明だと思うけどな」

「余計なお世話―――アナタこそ、『この兄妹』の片割れを追うのは、やめた方が三高女子の為だと思うけど―――『一部』を除いてね」

 

 賢い選択とやらを選べない奴に言われるのは心外だとして、嘲るように言い返す愛梨に強烈に反応するのは、将輝の性であった。

 

「司波さんと司波達也は、兄妹なんだ。遠慮する必要があるかっ!」

 

 本人の気持ちが兄貴に向かっていようと構わないという、腕組みした一条将輝の憤慨した言動。だが、正直言えば、司波深雪からは、異性としての興味を将輝に持っているようには見えなかったのだ。

 同時に端末に表示したいつぞやの映画鑑賞後のスナップ写真。兄妹・恋人で映ったものを見せると、今度は将輝が、ぐぎぎぎぎ! とイケメンにあるまじき歯ぎしりをして羨むのだった。

 

 

(本人が望めば、大抵のどんな異性とでも付き合えるってのに、何で無理めな人間に焦がれちゃうかな?)

 

 そんな一学年でも目立つ二人を横目で見ながら、吉祥寺真紅郎は考える。考えるに、好きになったものはしょうがないのかもしれない。

 身も蓋も無い結論だが、そういうことだ。もっとも一色家では、刹那のことで家中が若干、割れたとも聞く。

 

 割れたというと聞こえは悪いが、要するに―――、愛梨の兄。国防軍に所属している我が校のOBが、『そんなコブ付きで、どこぞの馬の骨とも分からぬ人間に、妹をやれるか』と両親に反旗を翻したとかなんとか。

 それに呼応する形で、何人かが兄貴に同調しているとかなんとか―――現在、国防軍の予定で東京近郊に滞在していることを考えれば、どこかで刹那に接触するのかもしれない。

 

 

 一色家が誇る『魔剣士』と『魔弾の王』とが邂逅する時……何かあれだった。

 

「それでガーネット。現在の刹那近辺というか、一高は何をやっているんだ?」

 

 将輝の何気ない問い。その問いに答えるように――――一高ではちょっとした『イベント』が始まっていたのだった。

 

 

 † † † † †

 

 

 ぶぉおお、ぶぉおお―――! ぶぉおおお!!!! 

 

 

 古めかしい法螺貝の音を響かせて、合戦の合図とする。不意の遭遇戦を想定した訓練というわけではない。

むしろ、敗色濃厚な相手に対して立ち向かうには、このぐらいの演出を以て立ち向かった方がいい。

 

 今回の想定は多くの人間に話しているわけではないが、単騎で対軍級の力量を持った相手に対して、組織戦でどれだけ追い縋れるかである。

もっとも言われずとも多くの人間は、既にその想定をしていた。何故ならば、水樹奈々(仮)である遠坂刹那の使い魔が、尋常ならざるものだからだ。

 

 

「あちらは四人、しかし―――その気になれば、野良傀儡ぐらいは簡単に用立てられるだろう」

 

「速度を活かしてやってくる連中相手に、待ち伏せと言うのは如何にもダメな気もしますね」

 

「だな。俺の推測が正しければ、ミス・ミズキの正体は、川中島にて、甲斐・信濃を治めていた戦国最強の『軍団大名』の『好敵手』―――『越後の龍』だろう」

 

 

 相手の奇襲を逆手に取り、逆に奇襲を仕掛ける。戦略の鬼才にして、軍神の異名すらある大名。

 

 そんな軍神の伝説を調べ尽くしたともいえる真由美は語る。

 

「けれど、越後の龍とて敗戦はある。その多くは攻城戦―――城攻めよ」

 

 一説によれば、彼の毘沙門天の化身の『仇敵』たる北条氏の小田原攻め―――その前に北条方の成田氏の忍城にも負けたとか。

 精兵とも言える越後の武者、雪深い大地に根を張りながら生きてきた彼らでも、堅固な城の門扉を砕くほどの力は無かったのだ。

 

 つまりは――――。

 

 

「最大の城壁を用いて、進撃するのみ。人は城、人は石垣、人は堀。五十人以上もの大精鋭を、組織してまで戦うんだ。行くぞ!!」

 

「「「「押忍!!!」」」」

 

 今日の模擬戦は、少しばかりいつもとは違っていた。今日に至るまで、ミス・ミズキことサーヴァント・ランサーを相手に、論文コンペの警備隊総責任者の克人たち一高の警備部たちは、一本取るべく挑んできた。

 

 初日は惨敗。ランサーのクラス通り『槍』が主武装の筈なのに、木刀一本で熨される10人以上もの魔法師。その中に克人も含まれていた。

 二日目。三日目。四日目……例年ならば、一種の喝入れ程度のものだったはずなのに、本気になってかかる様子と、十師族の魔法師ですら敗戦必至なことに、誰もが気合いを入れ直して、作戦を練り上げてきた。

 

 平素ならば二科生を頼らぬはずの一科生の大半ですら、二科の要諦を得ねば、木刀一本で吹き飛ばされるのだと知ったのだ……。

 

 ゆえに――――。

 

 

「マグニ・ゴッズエンチャント!!!」

 

 言葉で巨大なサイオン体。野生の原人にして、『巨人』を思わせる体躯のオーラを纏った西城レオンハルトが、その『城』で全員を守りながら、進撃を開始する。

 獣性魔術の応用にして一つの到達点。『巨人化』(タイタニアライズ)。南盾島で会頭と共に戦うことで、徐々に発現していたものが、完全に開花した。

 

(ブルク・フォルゲの血が、俺をこの力に目覚めさせたんだろうな。皮肉だぜ)

 

 遺伝子改造ゆえに、霊長と霊長を掛けあわせた禁忌。祖父の血をどこかで忌まわしく思い、それでも授かった力の活かし場所を求めて、魔法科高校に来た西城レオンハルトの運命は大きく変わった。

 有り体に言えば、運命の出会いが自分を違わせた。姉貴とケンカしてまで、一高(ここ)に来るのを決めた時のことを考えれば、何とも運命の皮肉だ。

 

 気恥ずかしい想いを打ち消しながら、森林のステージを進んでいく。後ろにいる連中を『巨人』のオーラで守りながらの進撃。

 

 自己加速魔法を使って着いて来たり、それぞれの方法でレオの進撃に追いついてくる。

 軍事的に言えば、機械化歩兵部隊のようなものであり、兵員輸送を行うレオをサポートするべく、巨人の防壁に入っている幹比古が、四方八方に式紙を飛ばして『相手』を探る。

 

 

(あっちこっちで、式紙との接続が断たれた上に焼かれる―――刹那の姿は捕捉できないが、こうなるならば、何処かにはいる!)

 

 相対する相手の中でも、一番プレデトリーに相手に襲い掛かるのが、刹那である。九校戦の様子からして、後衛戦が彼の本領にも見えるかもしれないが、実際は、あちこちで射線を変えて、容易に位置を悟らせないことが出来る。

 

 手強さで言えば、比較にならない――――だが、強烈なまでのサイオンの猛りを感知。如何に隠れてこちらの監視を切っていようと、それだけは隠せない―――。

 四方八方から式をそちらに向けると―――蒼金の刻印弓を向けながら、木々の幹に『逆さ立ち』―――天地を逆にして、立っている姿だった。

 

 

「レオ! 四時の方向!! 刹那の弓が来る!!!」

 

「応!!」

 

 応答の狭間にて放たれた魔弾は、道中の木々の枝葉をもぎ取り、砕きながら土煙を上げさせていく。

 その上でレオの巨人で言えば、右脇腹に入り込もうとするのを硬化魔法で硬くなった壁が防御する。

 

 この巨人体を発現させた段階で、西城レオンハルトは凡その意味で無敵となるのだ……もっとも相対する相手は、当たり前の如くそれを貫く威力と幻想を持ってくる。

 とりわけ刹那は強力だ。上半身だけの巨人―――仲間内では『スサノオ』などと呼んでいる防壁を砕くべく、魔弾が飛んでくるのだ。

 

「―――『借りるぞ』西城!」

「あいよ!!」

 

 一科の五十嵐鷹輔が、言いながら刹那に弾幕を張るべく、スサノオの内側から―――魔法を放つ。

 放たれるのは『放出系』のエア・ブリット。無論、五十嵐には刹那の姿は見えていないだろうが、射撃された方向に反応射撃を向けるだけでも、効果はある。

 

 刹那自身は、それを幾らでも無力化することが出来るだろうが、蝙蝠のように宙づりになっている木に、土ぼこり。それらが幾らでも弓を遠ざける原因となるのだ。

 だが―――、そんなことに頓着せずに、200m先にいる刹那は弓弦を引き絞り―――黄金の剣弾を放ってきた。

 

「相変わらず手数の多い―――!! そしてこれが最大の脅威ですね!!」

 

 黒子乃の言葉が響く。

一見すれば、一条将輝の『爆裂』や七草真由美の『ドライ・ブリザード』に比べれば、射角に自在度が無いように思うが、放たれた剣弾の数―――進んで踏破する空間が、サイオンの真空状態になったかのようになるのだ。

 

 唯一の防御手段は、己の直近に張った防御壁になるだろうが、それを刺し貫く威力で矢は飛んでくるのだ。第一……。

 

(人間ってのは、来ると分かっているものであっても、その威力や脅威次第では、『躱す』とか『防御する』とか考える前に、身が竦むものね……! ある意味、現代魔法に対するキラーよ!!)

 

 ピッチャーの投げる球種やコースで、バッターが飛ばす大まかな打球の飛ぶ位置が分かっていても、そこに飛んできた打球の『速さ』『強さ』次第では、捕球など出来ずに身体に打球を食らうこともあり得る。

 強いライナーが飛んでくる内野手の恐怖というヤツである。

 

 そして拳闘……ボクシングの世界でも、ブルファイターの果敢な被弾覚悟での接近と、躱したはずの全力のスイングパンチに身体が硬くなっていくことは多い。

 

 並べて、魔法師であっても精神(こころ)まで『硬化』することは出来ない。殺気を以て放たれた攻撃は、それだけで相手を竦ませる『見えぬ魔法』だ。

 

 その理屈を知っていただけに、エリカはレオのスサノオから出て、持っていた大太刀を振るって黄金の矢の幾つかを弾き飛ばす。

 一撃一撃ごとに剣ごと身体が痺れる。纏っていたアーマースーツが、風鋼水盾ごと砕けることもあったが、その迎撃は効果があった―――。

 

 

 † † †

 

 

 遮蔽物が多い空間戦闘というのは、そもそも刹那の独壇場とは言い切れない。確かに彼が相対してきた外法の魔術師・死徒崩れ共の中には、森の枝葉などを利用した迷路を作り上げるものもいた。

 

 その上で罠にかかった執行者を退けてきた連中も……所詮は、広範囲を『殲滅』出来る規模の術を用立てられる自分の敵では無かった。

 だが―――この場の戦いで、そんなことはする気は無かった。この衣服―――豪壮な男……トランベリオの盟主『ミスタ・マグダネル』から送られた賄賂も同然だった。

 

 

『おや? 君はその程度の額で買収されるのかい? これは僕のポケットマネーでしかない。

 制服だけでは申し訳ないから、シャツでもベルトでも、何かしらの礼装付与のためのお金にしなさいってだけだよ。ドル札で良ければ換金(シャッフル)するが?』

 

 などと結局、『魔術協会制服』に収められた札束を手にする弱い刹那なのであった。親指立ててサムズアップする男の顔を思い出して、少しは魔術師らしく戦ってみるかと思う。

 

 

「―――Anfang――――」

 

 向かってくるのは、先行するのが―――エリカと森崎、そして十三束の三人。その後ろから『スサノオ』―――変化すれば『タイガ』になれるだろうレオ達が、6人程度を引き連れてやってくる。

 バカ正直にここにいることを期しての突撃。エリカにこちらの剣弾を弾かれたことは、少しばかりプライドに障ったのだ。

 

 お望み通りの戦いに移行させてやる―――そういう挑発だったと分かっていても、刹那はそれに応じた。

 

 最速の一工程(シングルアクション)、視線による術式投射。魅了の魔眼で幹比古の動きに『重圧』を掛ける。

 探査役であり全員の目と耳を担っていた幹比古の不調に―――全員が気付いた。『もう捉えられている』のだと……。

 

 動揺が大きかった森崎に対して牽制の魔弾。――――更に動揺するも、術の発動自体は慌てず、自己加速魔法の術式は緩めずに、こちらに突撃してくる。

 

(成程、少しは―――甘さが抜けたか)

 

 何があったかは知らないが、ともあれ自分の道ぐらいは決まったようだ。上から目線で悪いが、少しは楽しめることを期待しておくのだった。

 遂に目視できる距離に至った三人―――エリカの突進を援護するべく、十三束の魔弾(へっぴり腰)と、森崎のブリットをローブの翻しで消した。

 

 エイドスの改変と虚空を奔る魔弾による挟撃を、埃を払うかのように消し去ったことは驚かれるも、構わない。

 

 指先を虚空に奔らせてルーン文字で形成された『力場』という重みがある槍を持ち、剣弾の余波ゆえか、少しばかりあられもない姿のエリカと斬り合いを行うのだった。

 

「刹那君は陽動なのね!?」

 

「エサクタ!」

 

 剣戟を刻みながらの言葉の後、遠くの方で轟音が響くのだった……。

 

 

 † † †

 

 

「強いね、リーナ。けれど―――私は負けたくない……!」

 

「想定外など想定内の人生とはいえ、こんな荒事(ウォーズ)に参加するなんて、結構ビックリよ! シズク!!」

 

 バイアスロン部で使うよりも、実用的な拳銃型CADと汎用型を扱う北山雫は、全員が『雷獣嵐舞』(ワイルドハント)で行動不能になる中、立ち上がっていた。

 

 主に女子が中核を成している『第二軍』―――吹き飛び戦闘不能判定を受けたものの中に、エリカがいないということは、一年組か三年組のどっちかだな。と思いつつ雫と相対するリーナ。

 

 

「リーナ姐々、大丈夫?」

「ノープロブレムよ。リーレイ。それよりも大術を使ったんだから、防御に銀と金を回していなさい」

謝是(わかった)

 

 言葉でスライムみたいな金と銀のゴーレムに跨るリーレイ。かなり昔に流行った『バランスボール』というものに乗っかるイメージがある。

 

 それを見てから、再び雫と向き合うリーナ。

 

「リーナ……この戦いの原因は、分かっているよね?」

「ソウネ。アナタの不興を買ってしまうのは仕方ないとは思っているけれど……ワタシはセツナのステディなの―――だから積極的な『愛』が欲しいという時だってある―――それを曲げたくない。

 例え―――、ニホンの倫理観が、今の私達を間違っていると断じたとしても、アナタとの友情にヒビが入ったとしても―――」

 

 上役からの諦めがちな追及よりも、こうして『情』に訴えたような言い方の方が、来るものはある。

 雫の気持ちを分かっていたとしても、アンジェリーナ・クドウ・シールズにとって最優先すべきものは、遠坂刹那との愛なのだから……。

 

 だから一抹の罪悪感を覚えていたとしても、真っ直ぐに雫を見て、そう答える。伏し目では、彼女に何も通じないから……。

 

 

「きっといつか、私は『誰か』が隠していた『秘密』を知って―――それで、私の親しい人間が、泣いてしまう。そんな予感がある―――『それ』に比べれば、もしかしたらリーナは優しいのかも……。

 明け透けに、『女』として、『他人』として刹那の側にいるんだから」

 

「シズク……」

 

 その『予感』は、致命的な何かを崩す。リーナと刹那にとって直接の関係は無いが……それでも『隠し立て』されたことが、何かを砕く。

 

 そして『隠す』ことが魔術師以上に、徹底的すぎるのをリーナと刹那も知っているのだ。自分達の傍にいるクローバーの存在が……。

 

「けれど、諦めきれない。私だってキッド(刹那)を―――あの時、家族を守ってくれたプリズマキッドを想ってきた日々をムダにしたくないっ」

 

「なら―――どうするの?」

 

「リーナに挑戦する。魔法でも体術でも何でも使って構わない―――私の全力を出させてもらう! それで何が変わるかは分からないけれど―――、私に区切りを着けさせて!!」

 

 言いながら、雫の足元にはボードを改良したものが、いつの間にかあった。それを見て、リーナも干将・莫耶―――銃形態を握りしめる。

 遮蔽物多すぎる空間ながらも、先程のリーレイのワイルドハントで、ちょっとした荒野になっているのだ。戦うに当たって申し分はない……唯一の懸念事項は―――。

 

 

「オ、オトナな会話!? やっぱり高校生ともなると、男の取り合いで取っ組み合いになっちゃうんですね!!」

 

 顔を真っ赤っかにして腕を振り回しながら、興奮しているリーレイの姿に、遠くの『メイド』が、声を掛ける。

 

『せつなお兄さんはモテモテで、いつか、にん傷ざたを起こしかねないってマヤ先生が言っていたから、間違いないです』

 

『というか、私だってキッドが大好きなんだから、その戦いに参加したい!!!』

 

『四亜、そういう時は共倒れを狙ったうえで、漁夫の利を―――』

 

『『三亜がとてつもなく怖い(です)!!!』』

 

 などと、リーレイが端末を使って遠距離会話をしていることであろうか、年齢が近いからか、四葉に引き取られてメイド服姿の彼女たちとウマは合っているようだ。

 

 ともあれ―――雫とリーナの戦い。オープニングブローは……『共振破壊』で荒野を揺らすことに成功した雫からであり、行動不能になる前に、フェザー(Type Venus)を発動。

 地面を揺らして荒野を砕こうとする意図から逃げようとしたが―――そうは問屋が卸さないとばかりに、雫は発動中の腕輪型CADのある手を大地に衝いた。

 

 

「――――!!!」

 

「!?」

 

 それは呪文でも何でもない『叫び』だった。だが、その叫びの効果は絶大であり、荒野に亀裂を走らせる術が変化を果たして、大地が隆起する。

 否、もっともな表現をすれば、大地が意思を持ったかのように、いくつもの石柱を立ち上がらせたのだ。

 

 石柱の効果は絶大であり、その切っ先は槍のように尖っているので、リーナの軌道は制限された。その制限された軌道の中でも雫に魔法を通そうとするも、加速に入った彼女は容易にリーナに捕捉できない。

 闘いはまだ序盤戦―――しかし、いつもの授業での相対とも、南盾島の時とも違う雫の気合いの入った戦いに、リーナは気圧されるのだった……。

 

 

 ――――そんな戦いの様子を、戦闘中ながらも幹比古の使い魔などを通じて見ていた一年組の面子は――――。

 

 

「やはり諸悪の根源は、遠坂刹那、ただ一人! 二人の少女の乙女心を、揺さぶるお前に一言もうさせて―――」

 

「うるせぇ。脱落者は、土の硬さを味わいながら転がってろ」

 

「理不尽!!」

 

 戦闘不能判定を受けて、封印符とバインドを受けた五十嵐の言葉に、誰もが納得しつつも蹴られたことで黙らされるのだった。

 

 



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第135話『戦う乙女たち』

魔法科、今度の最新刊の表紙を見る限り、うん……石田先生GJである。

というわけで新話どうぞ。


「……この模擬戦が行われている理由ってなんだったかな?」

 

「まぁお兄様ったら、物忘れなんてボケをしても、私はツッコミを入れませんよ」

 

 刹那に言われていた食材の下処理を終えてきた深雪が、模擬戦の監視テント内で、そんなことを言ってきた。

 別にツッコミ待ちだったわけではないが、考えるに……刹那とリーナの『サボり』という名の工房敷設こそが、多くの人間の心をざわつかせた。

 

 上役たる『三巨頭』としても、色々とあることは分かっていても、あまりにも公然としたサボりを前に、示しが着かないとして挑戦を起こした。

 そこまでは良かった。三巨頭としてもSAKIMORIこと八華のランサーとの戦いで、『マスター』がいるということが、どれほどの効果を生むのかが知りたかったから。

 

 だが、その裏事情を知っているモノたちが刹那とリーナに食って掛かった。

 

 学生として不健全極まる云々で刹那を模擬戦に召喚したものがいれば、(五十嵐 談)リーナに戦いを挑みたいということで連れ出したもの―――つまりはむかっ腹が立つぐらいリア充なのは、いいとしても、よくないとしても、つまりは―――ケンカをしたかったのだ。

 

「まさか雫が、あそこまで思い詰めていたなんてな……」

 

「それに関しては、私も感じています。ただ、雫にとっては針の筵だったんでしょうね……」

 

「意外と、刹那の異能が雫を遠ざけるかと思っていたんだがな……愛が冷めるとでもいえばいいのか」

 

 北山雫という少女は、『現代魔法師』としてはアベレージにハイクラスの能力を持っている子だ。

 

 シンプルイズベスト、もとが強ければ特殊能力などいらないという典型にして完成系。このままいけば、彼女の母親同様にA級魔法師になれるだろう。

 

 達也と刹那のようにレアリティスキルなど持たなくても、強くなれるはずだ。だが、そうではなかった。

 相手が『自分』と違うからと言って、女としての好意が薄れるとかいうのは、あまりにも人間を軽く視すぎていたようだ。

 

 とはいえ、『住む世界』が違うから身を引くということもあり得る……。

 その可能性を消されたことを思い出した。夏休み―――刹那達が来る前の一幕。『ほのか』とのことで知っていたはずの達也は、自戒をしておいた。

 

「せめてどっちかが、A組か、違うクラスに行っていれば……」

 

「前から疑問だったんだが、A組が、一科の魔法能力上位者のみを集めているってのは本当なのか?」

 

「それに関しては諸説ありますから、ただ百舌谷先生が学年主任も兼ねている以上は、そうなるのでしょう」

 

 深雪の言葉に納得。本当ならば、『序列』など無いはずの一科のクラス分け。学年主任に恣意的なものがあったわけではないだろう。

 

 だが、優秀生は優秀生とつるめばいい。という考えが原則を捻じ曲げてそうなった。

 

 

「いまの三年生は、特にABCDで区切りがあるわけではありませんしね。二年生もまた」

 

「壮大な『社会実験』で、生徒の人間関係が拗れたわけか」

 

 しかし、今の二、三年の様子を見ていれば分かる通り、一科と二科が拗れに拗れた原因には、三巨頭など目立つ連中が結集し、一科も二科も構わず『自分達についてこい』という意識を醸成させなかったことにある。

 

 リーダーシップを取るべき人間に、ちゃんとそう指導していれば違っていたかもしれない。

 要は『上司』からの『訓告』。一種の上役になれという明確なメッセージを出すべきだったのだ。

 

「……積極性と出しゃばり根性は紙一重とはいえ、何も言わずに生徒の自主性ばかりを尊重するのは違うだろうな」

 

「ただ、一つ訂正させてもらうならば、B組に二人―――リーナと刹那君を入れるのを強硬に主張したのが、栗井先生のようです」

 

「つまり、ロマン先生が『二人』を求めたのか………」

 

「最終的には日本語が怪しいから、リーナのチューターとして、刹那君を付ける。それだけは譲らなかったそうです」

 

 栗井健一……顔立ちは明らかに日本人では無い。欧州のどこかから帰化した魔法師らしい。

 

 彼の経歴は、四葉でも完全に追えないでいる。国連医療ボランティアとして、各地の紛争地帯を転戦して、魔法と医術の融合を果たした新たな『医療魔法』を完成させた。

 

 そのノウハウは一般公開されており、今でも多くの魔法師の医者たちにとって、『現代のアスクレピオス』と言われている。

 達也のいる独立魔装の山中も、これに関しては当たり前のごとく使っている。ともあれ……栗井健一。ドクターロマンと呼ばれている男が、今さらながら謎に思えてきた。

 

(一番の謎は―――刹那なんだよな……そしてそんな刹那の事情を知っている人間たちは、刹那を守るべく『奔走』している……)

 

 

 単騎駆けで、三年の『陣幕』という名の十文字克人の広範囲ファランクスに突っかかる、八華のランサー。それを見て考える……。

 

 次元論の頂点。即ち『死後の世界』とも言える。もう少し言えば、あるかどうかすらあやふやな、『アーカーシャ』『真理の扉』。八王子クライシスの時に刹那の口から語られた、そこから『召喚』されたサーヴァント。

 

 論理と思考を『飛躍』させれば、一つの『仮説』は生まれる。

 ビースト殺しの手際……あれだけの力を身に着けるのに、どれだけの修練が必要なのか……。

 

(遠坂刹那は、クラスカードを介して『力』を『英霊』自体を、己の身体に呼び寄せられるアンジェリーナ・クドウ・シールズが、『偶然』にも『召喚』に成功した―――、異なる歴史を辿った世界の『英雄』……!)

 

 その可能性に辿り着き、そして恐ろしい想いをしようとしたが――――『何故だか』。そんな風な想像が馬鹿らしくなったのだ。

 

 有り体に言えば―――『そんなわけあるか』。そんな感じなのだった。

 

(フォーチュン・クエストが完結するか、俺妹の『黒猫』ルートが、刊行されるぐらいありえないことだな)

 

「あやせルートこそが、『俺妹』の『編纂事象』! キリノルートは『剪定事象』―――ですよね。お兄様♪」

 

 頭良さげなことを言いながらも、何故か致命的に何かを間違えているかもしれない深雪の笑顔に頭を痛めてから、画面を見ると、闘いは終盤にいたるのだった。

 

 

 † † † †

 

 

 槍は歩兵の武器であると同時に、騎兵の武器としても長い歴史を持つ。

 

 それは、突撃槍(ランス)という武器が広がった西洋だけでなく、東洋―――日本でも当たり前のごとく認知されていた。

 

 戦争で馬が使われるようになると、騎兵が誕生する。同時に騎兵にとって有効な戦術・武器が模索される。

 つまり馬の『突進力』を活かした突撃戦法のために、槍を小脇に抱えることが自然と広まったのだ。

 

 戦争の主兵装が長柄の得物であると同時に、騎兵戦法もまたそう発展していった……ゆえに―――。

 

「駆けるぞ 放生月毛! 常在戦場を駆け抜けた、お前の嘶きを上げるのだ! にゃあああ―――!!!!」 

 

『ブニルルァア―――!!!』

 

(掛け声を合わせようと努力している!!!)

 

 ランサーが跨る一角を『装備』した騎馬の、主人に対する甲斐甲斐しいまでのその忠節の態度に、ちょっとばかり涙が出てしまう二、三年組の生き残り―――。

 

「伝説にある車懸りの陣とは、越軍が『八つの軍団』に『分身』しての連続攻撃だったのか……!!!」

 

「本気で言っているんだとすれば、すごい事なんだけど!? 戦国時代恐るべしよ!」

 

「残念なことに『カゲカツ』も『サブロウ』も、はたまた『カネツグ』も、これを体得出来ませんでしたからねー。どうせならば―――『これが出来たならば上杉当主』と言っておけば良かった……」

 

 彼女の死後に発生した御館(おたて)の乱。それに関してやはり思う所はあるのだろう。

 アレキサンダー大王……刹那は『征服王イスカンダル』と呼んでいる偉人もまた、『後継者争い』(ディアドコイ)で国を割ってしまった。

 

 伏し目を見せたランサーだが―――……。

 

 

「まぁそれはそれ! これはこれ!!! いまの私は一騎のサーヴァント! 主君たるマスターの為に―――御首級(みしるし)、頂戴する―――!!!」

 

『チョブルルル――――!!!』

 

((((((こ、こええええ――――!!!))))))

 

 瞳孔が極端に小さくなり、金目の部分が増えたランサー……いわゆる『サイコな眼』としか言えないものを見せながら、笑う槍兵は向かってくる。

 

 馬上で槍を風車のように回すランサーの突撃は苛烈を極める。そんな訳で、我慢できずに、十文字の壁から出て挑むものが出てきた。

 

「剣士杉田! 吶喊させてもらう!!!」

 

「よし! 行け!! 死んで来い!!」

 

「応!! ミッションコード! 『恋の抑止力(よーくしりょーく)』byマザーベース一同!!!」

 

 九校戦前に引退したが、十文字が警備部隊に就くよう要請した剣術部 前・部長『杉田』の掛け声で、剣術部の人間たち(男のみ)が、ランサーに挑みかかる。

 高周波ブレードや、様々な魔法を叩きこもうと動くも『当たり前に弾かれる』。当然の結果を見ながら、地面や木々に干渉を掛けて挑みかかるも―――鎧袖一触。

 

 身体にサイオンウォールなどを施していた連中ですら、倒されてしまう結果である。理不尽極まる結果だが、見るものが見れば、それは『神域に達した剣客の技』でしかなかったのだ。

 そんな中、偶然か執念か、杉田の剣戟が馬上にいるランサーの胴を叩いた。

 

「お見事―――ようやく私の胴鎧に一太刀を入れられましたね。ですが、執念の一太刀は長続きはしませんよ」

 

「肝に銘じておきましょう―――我が生涯に一片の悔いなーなーぁあああああああああ!!!!!」

 

 槍で鎧袖一触されたことで、後ろに吹き飛ばされる杉田の姿に、全員が合掌一礼であった。最後までコメディリリーフを続けてくれたことに感謝してから―――最後まで戦いを諦めないことにするのだった。

 

 

 † † † †

 

 

 雫とリーナの戦いは、一進一退―――。そうとしか言えなかった。この場面でインストールを使えば、リーナは楽に勝てただろう。

 

 その身に、英霊の力なり宝具を持ちだせば雫には勝てただろう。だが、この場面でそれをするのは大人げないように見えた。雫は、刹那への気持ちの区切りを着けるべく挑んでくる。

 それに対して刹那から与えられた『秘蹟』を用いて勝つのは、彼女の感情を逆撫でするものだろう。九校戦で愛梨に対して使った時とは違う。

 

 だからこそ―――せめてカン・バクを扱うことだけは許してほしかった……。

 

 

「入学直後の実習で使った『カンショウ・バクヤ』―――あの頃からリーナは、私に刹那との仲を見せつけて―――苛立たしかった……!」

「別に特定の誰かを狙い撃ったわけではないのだけど!」

 

「けれど意図はあったんでしょっ!!」

「まぁ……入学直後のヨースケの視線はウザかったからねー……同じく視線で、あからさまにセツナをバカにしていたから、そう……二科生だからと侮られるが、タツヤこそが至高の魔法師(マギクス)と讃えるミユキみたいなものよ!!」

 

 その言葉を聞いていた、拘束された五十嵐が盛大な吐血をして血の涙を流す。とんだ追い打ちもあったものである。

 

 ともあれ、リーナの『星型の魔弾』を解き放つごとに大破壊が起こる。刹那が様々な改良を施してくれた結果、『追尾魔弾』は雫の魔法式ごと吹き飛ばして戦場を荒らしていく。

 

 SSボード・バイアスロン部として射撃にも明るい雫でも、銃社会アメリカの出身たるリーナには追いつけないかのように、ジリジリと差は詰められていた。

 

 

「ACTIVATE! DANCING STARS!!」

 

(撃ち落としたと思っていたのは、休眠していただけの『魔弾』!? 刹那が九校戦でもやったものだ―――)

 

 しかし、物理的な距離を飛んでやってくる星型の魔弾であるならば、能動的な『エアーマイン』で砕いていく。確かに硬度ある魔力弾だが、それ以上の圧力を用いれば砕けないわけではない。

 それに奥の手を―――まだ私は晒していない。

 

 そんな雫の気持ちを嘲笑うようにマインの敷設位置を見極めたリーナは、魔弾を飛ばしていく。機雷の干渉(あみめ)引きずられない(絡まれない)ように、飛ばした魔弾。

 

 再設定するとすれば、どうやってもダメージは覚悟しなければならない。

 この辺りが、競技種目としての魔法を扱う雫と、『戦闘技術』として魔法を使うリーナとの差として着いてくる。

 

 アーマーに硬化を掛けてサイオンウォールで耐え凌ぐ。飛んできた魔弾を無力化してから雫は移動を開始した。

 

 

エスケープ(逃走)はさせない!!」

 

「自分だって刹那と『S〇X』ためにエスケープ(サボり)したくせに」

 

「ソ、ソレはカンケーないでしょ!!」

 

「大ありだよ!」

 

 フォノンメーザーで、朱くなり動揺したリーナを牽制しながらも、負けじとリーナは星型の魔弾を絶え間なく吐き出してくる。

 そして、五十嵐は即身仏になるために悟りを開こうとしていた……悟りを開きたいという『欲求』まみれの矛盾ではあったが……。

 

 

(しかし、さっきから動き回ってるわね……。何か狙いがあるのかしら?)

 

 確かに純粋体術などでもリーナは雫の上をいく。それを考えれば、容易に照準を着けさせないための撹乱行動は分からなくもない。

 

 だが、何かがおかしい……学年でもトップクラスの彼女が、こんな無意味な行動を取るだろうか……。

 試すならば―――いまだろうか? シズクに向けていた魔銃の銃口を―――、一丁。雫が通った道に向ける。

 

 照準装置は間違いなく効いている。同時に―――魔弾では無い『石弾』が飛んでいく。カン・バクに備えられている本当の『銃口』から飛びだした弾は、セツナが使い潰した灰になった宝石を再利用したもの。

 劣化ウラン弾ならぬ『劣化ジュエル弾』ともいえるものであり、魔力を通すことで物理的な破壊力と魔術的な意味合いを持って飛んでいく。

 

 虹のように輝く石弾が刻まれていた轍を消そうとした時に―――シズクは、それを妨害した。もはやこれで正解だ。

 

 だが、シズクもまた『狙い』を悟られたことで、CADに指を滑らせてから虚空に『文字』を描いた―――。

 

 

 その時、荒野に―――膨大なエネルギーが走る。それは、現代魔法においては『二ヴルヘイム』『ムスペルスヘイム』と同じく、最難の一つと言えるも……。

 破壊のエネルギー総量や用意するべきものの煩雑さから、二つに比べれば、劣ることで廃れていったものの1つ。

 

 北欧神話で言う所の地下世界の一つ――――貴金属と職人の世界、大地の妖精『ドヴェルグ』が住むことで知られている場所。

 

 Aランク現代魔法……『ニザヴェーリル』が発動した。

 

 

 

 † † † †

 

 

「北山さんが随分と大規模な術を発動させたが―――いいのかい刹那!? 僕たちに構っていて!? リーナが心配じゃないのか!?」

 

「既に戦闘不能判定を受けて、転がっている幹比古に言われるとなぁ」

 

「魔弾を放ってから、それを『変成』させて小規模な子弾にしてぶつける。クラスター爆弾みたいなのをやられた僕に理不尽!!!」

 

 

 既に残っているのはレオ、エリカ、黒子乃、森崎になった段で、放たれた雫の大術。それを荒野の中心にいたリーナに放たれたものだろう。

 

 だが―――信頼しなければいけないものだ。似たような状況でもリーナは自分を信じてくれた。生きていると、ただ単に息を潜めているだけだと……。

 

 

(とはいえ―――雫が苦心しただけのことはある大規模な術だ……そして――――)

 

 

『この後』が、自分にとって一番苦しいことだ……。

 

 地面が隆起して変形をして、こちらからでも見える一種の巨大なドームになったものを砕いて、五体満足のリーナは飛びだした。

 

 その背中には『12枚の羽』が存在しており、それが防壁となって、圧潰を強要するドームから救ったのだ。

 上空に滞空しているリーナは、羽を介して何かをやろうとしているようだ。

 

 そんなリーナをみた黒子野の言葉が、惚けていた刹那に届く。

 

天使(アンジュルグ)ですか、なんとも美しい姿……分かっていたんですね。ならば―――こちらも決着といきましょう」

 

「お前の隠し持っていた『ブースター』は、結構レアだな。けれど俺が勝つよ」

 

「この後の『北山』さんへの対応で、内心は『右往左往』でしょうが、まぁその動揺につけ込ませてもらいますよ」

 

 お道化て言う黒子乃太助の言葉を受けながらも―――遠くの方で轟音―――リーナの攻撃が響いたことで、最後のバトルとなるのだった……。

 

 

 約10分後には、模擬戦に参加した面子が、死屍累々とでも言うべき惨状を見せながらも、充実した表情で一高校舎方面に帰ってくるのであった……。

 



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第136話『Tears―――乙女の心』

無淵「呼び符は使い切った。もうない!! この先の戦いに奴は置いてきた 後は溜め込んだ無料石を使うのみ!!! さぁ来い! 令和の水着サーヴァント!!!」

……結果……

ムサシ・ミヤモト(2枚)「しっかし 遂に私も水着デビューかぁ……前からやってみたかったんだよね。よろしくマスター!!」(かなり省略)

沖田「何がラッキーですかあああああああ!!! 私なんて数年前から切望しているんですよぉおお!!! それなのに! それなのにぃいいい!!!!」(吐血中)

空前絶後のバサシちゃん2枚召喚でテンションがおかしい無淵が送る新話どうぞ。

追記 スクショを忘れてました。てへぺろ(爆)





 戦い終わって日が暮れて―――重篤な怪我人こそ出ないが、疲労困憊の中でも寝転がらずに、座り込んでいるのは一種の矜持であった。

 

 それでも駄目なのはプライドを捨てて寝転がるわけだが。

 

 

「とりあえず刹那君がメインを作るまでのツナギに果物をって」

「あったかいものどうぞ♪」

 

 季節は冬も間近な10月下旬……果物といえば柑橘類が主なわけで、お茶と共に嗜めば、美味しかったのである。

 

「あったかいものどうも……刹那の料理は何かのイベント事の風物詩になりつつあるな……」

 

「しっかし、あいつは超人か? 俺たち10人以上と戦ってからも調理場に立つだなんて」

 

「一応、深雪に下処理やらを頼んでいたそうだから、八割方は終わっているそうだけどね」

 

 第二体育館にて、ストレッチを行い身体を解した後の休憩。同時に給仕部隊であった美月とほのかがやってきて、果物と飲み物が振る舞われたわけであった。

 

 疲労困憊の度合いが強いのは、寧ろ二、三年生である。特に十文字克人は、他の面子がプライドを捨てて寝転がる中、座ることすら拒否して立っていたのだが……。

 

「えいっ♪」

 

「ぐふっ……七草……」

 

「たまには隙を見せないと、私が寄り添う間が無くて仕方ないんだから。ほらっダ・ヴィンチちゃんとロマン先生の治療を潔く受けなさい」

 

 秘孔でも押したのか、指二本で首裏を押されたことで、壁に寄り掛っていた十文字が、ようやくのことで座り込んだ。

 

 同時に、七草も座り込む。そんな様子を見ていた人間達が砂糖を吐き出して、果物以上の甘さを口の中に覚えるのだった。

 

 怪我人の治療を医療道具込みで行っていたダ・ヴィンチちゃんと、ロマン先生がようやく我が校の親分の下に到着した。

 

「いやー野戦病院も同然だね。『本番』では、こんなことにならないようにしておきたいところだね」

 

「そうなればいいんだけど、どう考えても何か起こるだろ。起こるからこそ、刹那とリーナの身体の『調子上げ』を黙認したんだから―――、はい。完了だ。

 ランサーのサーヴァントと、この四日間戦ってどう思った? 十文字」

 

「悔しいですが、現代魔法では、追いつき切れないですね……古式の理屈でも無理なのでは?」

 

「それが分かればいいさ―――。それと、浅野の容体も回復したそうだ」

 

「一度、誰かを面会に向かわせます。俺たちの我儘で負担かけて申し訳ありませんでした」

 

「気にするな。親分だ、柱だとはいえ、キミもまだ18歳の少年だ。大人を頼っておけ」

 

 

 そんな言葉を最後に満足したのか、医療魔法師であり、B組の担任教師が十文字の前から去っていく。

 

 その背中を見ていると――――。

 

 

「ああっ。やっぱり『ヒメ』はいいねぇ。2095年のジャパンが生み出した文化の極みだよ」

 

 タブレットタイプの端末を弄って悶える、全員のロマンを『損なう』姿だった。―――だが会話の方向性が、ダ・ヴィンチちゃんが絡むと『少しだけ』違うように聞こえてくる。

 

「キミ、アレだけ『マギマリ』でエライ目にあったってのに、今度はCGドールとか……今度は、ウサギを将軍に献上したことがある家の『脱藩大名』とかだったらどうするんだい?」

 

「違う! 『雪兎ヒメ』だけは絶対に違う! 彼女だけはこのゲヘナの如き世に舞い降りたバニーちゃんなんだ! 君に声が似た『首切りバニー』でも非ず! 

 意地が悪すぎるんじゃないかレオナルド? ……まぁその内―――どっかの誰かと『縁』を結ぶだろうがね」

 

「おや? 『見えたのかい』?」

 

「ああ……まぁ言わずともいいだろう。余計なお世話だろうからね」

 

 そう言った瞬間、レオに視線が注がれているのを幹比古とエリカは分かった。穏やかな笑み。どことなく―――子供を見守る大人のようなそれの意味は―――分からないままに、入れ替わるように刹那はワゴンカートを持ってきた。

 

 ワゴンカートの上にも下にも大きな白磁の器―――蓋で閉められていても、いい匂いがするものが乗せられていたのだ。これが今日のメインディッシュということだ。

 刹那以外の給仕部隊が作ったものにオニギリが多かったところから察するに、和食か中華であろう。

 

 どちらにせよ―――食欲を揺さぶられてしまう。

 

「何も腹に入らないと思うぐらいに疲れていたのに、この食欲を刺激する香りには勝てないな」

 

「本当よね―――刹那くん。今日のメニューは何かしら―――?」

 

 立ち上がり、第二体育館に用意されていた卓に集まる面子。さっきまでの疲れは、どこへやらともいえる。

 

「リーレイの爺ちゃんから珍しい調味料もらったからな。それを使った『ものすごく美味しい料理』さ」

 

 レオとエリカの言葉に応えるように、刹那が大きな器の蓋を取ると、先程の香りの正体が分かる。

 どうやら中国伝統の『五香粉』を使ったようだ。いい匂いだ。

 

 この枯れた草木が生い茂る時期には無い―――春爛漫の『桃華満開』を思わせるものに違わず―――桃色の角切り肉と豆腐が、「寸分たがわず四角形」を保ったままに、器にあるのだった。

 

 色味の美しさに誰もが感嘆の声を上げる。

 

「ちょいと変わった『回鍋肉』といった所だ。名前は無いが、まぁとりあえず食え。動き回って切れた筋肉を治すためには肉を食うべきだ」

 

言いつつ取り皿に一人前を盛り付ける刹那。豆腐が崩れていないところから『しっかり』揚げてあるようだ。そして手渡したのはレオからである。

 

「お、おう! んじゃ遠慮なくいただくぜ」

 

 勢いごんで先陣を切るレオ。如何に美味しそうとは言え、桃色の肉である。不自然な着色料を疑った人間がいたが――――。

 

「――――口に含めば蕩けるバラ肉の角切り。熱が十分にとおっているというのに硬さが無い。されど、そこに同じく四角体の揚げ豆腐が、食感の妙味を与える。

 甘酸っぱく、されどジューシーな肉の旨みとの調和。心まで蕩かすような美味さと慈しみが心身に染み渡る……」

 

 どこのグルメ審査員だと言わんばかりの惚けたレオの評価を聞いた瞬間に、取り皿を手に次から次へと殺到する一高生たち。

 

 九校戦の再現だな。と思いつつ、他の給仕係にも食べるようにいった刹那。でなければ警備部やら違う連中に遠慮していた可能性は大なのだ。

 

「豆腐と肉の炒め物……これどうやって作ったんだ刹那?」

 

「それとこの色鮮やかな桃色の正体も―――? 全てが不思議です」

 

 幹比古と美月の疑問ももっともなので、答えることにする。調理の助手……リーレイもやってきたことで、説明することにした。

 

「簡単だよ。肉を三度『熱』に通すことで余分な脂を落として、されど脂身の柔らかさと赤身とを一体化させた『角肉』を作るんだ」

 

「それで回鍋肉(ホイコーロー)って言えるのか?」

 

「回鍋肉の『ホイコー』とは、一度茹でる、煮るなど火を通した食材を、もう一度鍋に戻すことですから。これは肉、豆腐、生姜、ネギを使ってシンプルに仕上げた、軽くとも美味しく食べられるホイコーローです」

 

 幹比古の素朴な疑問に、中国人としての解釈、豆知識を披露するのは、スライムゴーレムに乗っているリーレイであった。

 

 リーレイの言葉に感心したように、口を開ける二人。この調理などが自動化された時代では、こういった料理と言うもののバックボーン、歴史も失われているのかもしれない。

 

「それじゃレイちゃんの御爺さんからもらった五香粉が色味の正体?」

 

「粉の配合ってのは、それぞれで違うんだが、劉師傅の持っていたものは、アントシアニンが含まれたものがあったから、それが酢と反応したんだ。それが、この色味を作りだしている」

 

 恐らくブルーベリー系統の果物を干したものだろうと思っておく。陳皮に代表されるように、あちらの調味料の中にはそういったものもあるのだから。

 

 

「眼が疲れた僕らとしては、中々に嬉しいね」

 

「水を差すようで悪いが、ブルーベリーが眼にいいという実証も眉唾なんだがな」

 

「えっ!? そうなの!?」

 

「あんまりそういう『大人げないこと』は言いたくないが、まぁそういうことだ。とはいえ食わず嫌いも、ある種の変調の原因だ。

 満遍なく食え幹比古。偏食なんか今からしていたら、将来、美月が困りかねない」

 

「どういう意味!?」

 

 真っ赤になって驚愕する幹比古。真っ赤になる美月。しかし、ドリーム・ゲームの『顛末』からして、『そういうこと』はあり得るのだ。

 

 

「そう言えば司波君はどうしたんですか? 刹那君の中華の大ファンたる彼がいないのは――――」

 

 零野の言葉に、即座に全員が指さした先では、ほのかと深雪に交互に『あーん』されている達也の姿があったりした。

 

 ちなみに言えば五十里先輩は、千代田先輩に掴まっていたりする……そして、自分も少しの覚悟を決める必要がありそうなのだった。

 

 予め取り分けておいた二人前の『桃桜回鍋肉』を、お盆の上に置いて『持っていく』ことにする。

 

「……行くのか?」

「まぁ、光井にはカッコつけたこと言ったからな。どうなるか分からんが、俺の心を話してくるよ」

 

 レオの『重い』問いかけは、ここにいる全員の耳目を集めたが、中でも達也への『あーん』を中断するぐらいには、光井も気に掛けていたようだ。

 

 でなければ友情を優先していたのだから……。それでも、自分の気持ちを正直に話しておかなければ、致命的なことになりかねない。

 

 

「んじゃ。ここは任せた。リーレイ。調理手伝ってくれてありがとう」

 

「謝々。私もいい調理方法を教えてもらった。それと、いい術法を教えてもらったから、更に『嬉々感謝』です」

 

 

 そうして―――刹那は第二体育館から出ていくと、半ば内弟子のようなものだったリーレイから保護者がいなくなり、今までリーレイと親しく話すことが出来ずにいた……というよりもシャットアウトされていた面子が殺到するのだった。

 

 それを若干、気の毒に思って達也と深雪がフォローする前に、諸々のことを終えてリーナがやって来たことで終了となる。

 

 

「セツナは? ……なんて聞かなくてもワカルけどね……」

 

「どうなると思います?」

 

「ワタシが言えることじゃないわよ……ただ―――『喪失う(うしなう)』ことを、またコワがるのかも……」

 

 リーナの腰を掴み、後ろに退避したリーレイの頭を撫でるリーナは、刹那のことを『理解』している。

 

 その理解の深さこそが、雫を今回のことに巻き込んだ原因なのだが、言ったところで詮無いことである。

 

 ―――果たして、どうなるやら……。

 

 

 † † † †

 

 

「それじゃ……刹那は、このアントシアニンに反応した『酢』のように、これからもやっていくんだ?」

 

「肉を煮て、揚げて、炒めて―――そうしてようやく味付けしたものなんだ……魔法魔術に関わらず―――良きにせよ悪しきにせよ、変化は必定だ」

 

 一人、バイアスロン部の演習場。物悲しすぎる木陰、夕暮れの中に佇んでいた雫は、ここで食べたいと言ってきた。

 

 別にかまわないが、この場所では回鍋肉の色味が分かりづらいという事で、真上にちょっとした光源を作って灯りとしておく。雫に掛ける言葉としては、適当なものはいくつもあった。だが、それは最終的には、雫を傷つけるだけだった。

 

 だから雫からの言葉を待つことにした。8割がた回鍋肉が無くなると、お腹がいっぱいになったのか、雫はようやく口を開く。

 

「……私の周りは、私では勝てない相手が一杯。九校戦では深雪に準決で負けて、今回の模擬戦ではリーナに負けた……負けることはいいんだ。

 私がもっと強くなればいいだけだから……」

 

「雫……」

 

「けれど―――重ねた年月だけは、取り戻せないことが悔しい―――あの時、USNAに渡米した際、私と私の家族を助けてくれたプリズマキッドを、もっと知ろうとしていれば……そこに留まっていれば」

 

 俯いて語る雫。泣いている様子はないが、それでも泣かせてしまうことになるかもしれない。

 うかつに―――彼女の心には触れられない。

 

「刹那は――――リーナのことが好きなの?」

 

 

 不意の問いかけ。だが―――予想は出来ていた。沈黙で返すことは出来ない。真摯なる想いで、腹の底からの言葉で……想いを語る。

 

 

「うん。俺はアンジェリーナ・クドウ・シールズという女の子を男として好きなんだ。愛している……この世界で絶対に失いたくないモノなんだ」

 

「――――――」

 

 沈黙する雫。分かっていた。分かっていた。その表情はうかがい知れないが、それでも突きつけなければいけない。

 

「だから……雫の好意には応えられない……」

 

「…………リーナを好きになった理由は、傍にいたから? それだけなの?」

 

「それだけならば、俺は最終的には、リーナを遠ざけていた。達也の『事情』をそれとなく光井も知ったそうだから、俺も言うけど―――俺もまた『そういう人間』だ。

 良かれ悪しかれ、俺の人生は『戦い』に満ちている。修羅道を歩くことでしか進めない人間だ……俺には、もう両親がいない。養母であった女性も死んでしまった。

 だから―――両親がいて、家を、家族を大事にしている。大事にされている人間を―――俺の歩く道の傍に置くことは、必ず不幸を招くから、ご家族に迷惑は掛けたくない」

 

 一条将輝にも語ったことだ。自分のような異端が、孤児の魔術師(オーフェン)が、そんな幸せな家庭で生きていた人間を巻き込んでいいわけがないのだ。

 

 もちろん、世の中の家族の中には関係が冷え切っているものもいれば、毛嫌いしているものもいるだろう。

 

 けれど―――『帰るべき家』は失われてはいない。それが、どうしても刹那には『妬ましい』のだ。こればかりは直しようがない癖だ。

 

 

「リーナは違うの? だって、ご両親だっているし、九島の家だって、そのつもりならば」

 

「そうだね。けれど―――『それでも』……『俺の傍にいる』なんて言われたならば、どうしようもなかった……。

 それは多分、雫からすれば『ズルい』ことなんだと思う。けれど――――言われたから、リーナの中にある寂しさも俺は理解してしまったから、だから、そこは譲れない」

 

 

 恋愛は早い者勝ち。そういう側面はどうやってもあるのだ。確かに愛が冷める時もあるかもしれないし、もしかしたらば何かの切欠で、別れざるを得なくなるのかもしれない。

 

 だが、今の刹那にとっての一番は、リーナなのだ。それだけは譲れないのだ……。

 

「――――これで『答え』になったか?」

 

「…………納得出来ないことはない。けれど全てが明らかになっていない気がする……それが、リーナに対してズルいと思える点だよ……刹那とリーナは『秘密』を共有している。

 深雪と達也さんみたいに……それは、きっと私のような『資格』無い者が、知ることが出来ないものだって理解出来ている―――」

 

 そこまで求めるものではない。魔性の理屈に近づけるには、あまりにも……雫は、尋常の世の人間なのだ。

 

 北山潮 氏の顔を思い出して、あんないい父親がいる家庭に俺が関わる理屈はないのだ。有体に言えば怖いのだ。

 

 そんな苦衷を察したのか顔を上げて、雫は言葉を紡いできた。

 

「―――ほのかにも内緒にしているんだけど、私……年明けすぐに留学する予定なの」

 

「いきなりだな……期間は?」

 

「三か月間。そしてUSNAとの交換留学―――」

 

「なんで? そもそも雫が、向かう理由なんて―――」

 

「刹那は関係ないよ。別に―――ただ少しだけ、あちらの魔法技術がどんなものなのか知りたかっただけ」

 

 それを素直に信じろというのか、顔を上げた雫の眼と頬に少しの水の乾いた跡を見ながら……苦衷を覚える。

 

 だが、明後日の方向を見ながら雫は、風に棚引く髪を抑えながら言葉を紡ぐ。

 

「バークレーの魔法科高校には、きっと私のロリなボディを好いてくれるロリコンがいるに違いない。刹那とは真逆の趣味の人間が」

 

「関係ないんじゃなかったのかよ? というか自分を卑下しつつ当てこするな」

 

「帰って来たらば、いの一番で刹那に私の彼氏、紹介してあげる――――」

 

 その言葉が一種の断絶のつもりなのだろう。

 ここで『雫! お願いボクをすてないで』などと情けなくもカッコいい事が言えればいいのだが……。

 

「……期待せずに待ってるよ。潮さんよりも先なのは申し訳ないけどな」

 

 そんなお道化た言葉に対して、いつもの無表情を作ったままに―――言葉が掛けられる。

 

「私が、リーナを越えるナイスバディになって帰って来ても遅いから」

 

「…………」

 

「…………言いたい事は分かるよね?」

 

 刹那の沈黙に対して顔を、ずずいっ、と近づけてきた雫。あれだけ言ったのに、あれだけ言ったというのに……。

 

 結論は、『あきらめない』。そういうことだった。

 

 

「好意を持たれて、いやでは無いんでしょ? ならば―――私はあきらめないよ」

 

「なんでさ! いや、振った張本人たる俺が言うのも何だけど、新たな恋に生きた方が建設的だよ!」

 

「それを決めるのは私であって、刹那じゃないよね。まぁとにかく区切りはつけた。そしてこの酢と反応してピンク色に『変わった』回鍋肉のごとく、私も一皮剥ければいいだけだよ。

 リーレイちゃんみたいな子が、頑張っているのを見れば―――そんな弱音は言えない」

 

 愛梨といい、USNAではアマリアちゃん然り―――何で俺の周りの女の子―――特に好意を抱く子は、あきらめが悪いのだろうか。

 

 きっと親父が刹那の身体に残した遺伝子の一割か二割。お袋の凶悪な遺伝子でも食いきれなかった残り滓のようなそれが、この状況を作り出しているのだ。

 

 恨むぞ。親父―――衛宮士郎!!!! 

 

 そう無言で叫びながら…………。二ザヴェ-リルの精度上げの為にも、少しのアドバイスをしながら校舎の方に戻るのだった。

 

 笑顔を見せてくれる雫に、苦笑しながら……その笑顔に何も言えなくなる。

 

 結局、俺も親父の息子であることを深く痛感するのだった。

 



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第137話『Angelus―――未来への祈り』

沖田「あー、やってらんないですよ。このネタ、いつまでも経験値先生だって使いたくないでしょうに、8歳と9歳と10歳と、12歳と13歳との時も、私はずっと、待ってた!(?)
水着の実装だろ!!社長の絵もだ!ママン(?)のクリスマス休暇だって待ってた!あんたはクリスマスプレゼントの代わりに……おや? あれ? なんでせうか? このCM―――――――」

リピートすること10分後……。

沖田「いやーFgo運営は、やはり神でしたねー。沖田さんは信じてましたよー。しかもなんですかこのシンフォ〇アじみた装備は、心臓に『響きますよ』――遂に私も病弱キャラを脱して、虎ッカーにおいて改造手術を受けた改造人間沖田オルタとして――――」

以下、省略。

私の早とちりでCMを見逃したがゆえの、とんでもない誤爆を修正しつつの新話どうぞ。


「若い頃というのは色々あるものだ。かくいう私も、色々な女性から言い寄られて言い寄られて、いやはやいい時代だったな」

 

「お孫さんの前ですよ? まぁそんな場面を見せてしまった俺が言えた義理ではありませんが」

 

 

 今日の顛末。いわゆる模擬戦の一幕を聞いた劉師傅は、懐かしむように眼を閉じてから、孫に近づく。

 

「じいちゃんは、昔すっごい色男だった。誇らしいじゃろリーレイ?」

「けど大事なのは今だと思う。今じゃ爺ちゃん枯れた大木にしかみえない」

 

 

 枯れた大木。言われると同時に隅っこの方にて落ち込むご老体の姿に、哀愁が漂う。

 

 ともあれ定期報告の時間であった……。

 

 

「やはり我が校に対する調略が行われていたようですね。一種の洗脳をされていた浅野先輩の容体が回復したようなので、明日辺り見に行こうと思います」

 

「助かる。周を直接捕縛するためにも決定的な証拠が欲しいのだが、中々に上手くいかない」

 

 机に戻ってきた劉師傅にこれまでの経過を教えておく。同時に、これまでのことは国防軍で信用ある人間にも教えてあると言うと、相好を崩す。

 

「構わんよ。私を『ここ』に案内したのも軍人。私の知己のものだ……」

 

「聞かない方がよろしいんでしょうね」

 

「隠し事をしてすまないな。ともあれ……私の気持ちは『一つ』だ」

 

 

 その言葉を最後に、五番町飯店、それに併設されている劉家の私邸から出るリーナと刹那。

 

 私室の窓から手を振ってくれるリーレイが、見えなくなるまで手を振ってから……夜闇の中で言葉を紡ぐ。

 

 

「謀略の街だな……ここは―――」

 

「本当にね……大佐曰く『劉雲徳』は現在でも、大亜国内にて確認出来ているそうだから、劉師傅は確かに、ただの魔法師としては半端な料理人―――なんて額面通り(セオリー)に受け取るわけにはいかないわよね」

 

「あの時、フェイカーとの戦いの時に放たれた雷霆。アレはやはり、リーレイの魔力の質に似ていた」

 

 鞭を振るうことで特大の落雷や放電現象を一帯に落とす御業、その際に使われた魔力の質は……リーレイに似ていた。

 だが下手人たる、恐らく大亜連合の『援軍』であった『仮面の雷鞭使い』から窮地を救ってくれたのは、リーレイなのだ。

 

「リーレイを鍛え上げることで、雷鞭使いの正体は分かりつつあるんだが……父親も母親も鬼籍に入っている少女の家族を疑いたくないな」

 

「私情を交えちゃうのは仕方ないけど、状況はケイオス(混沌)よ。狙いは分かっているけれども、動きが散発的だわ」

 

 リーナの言葉に、確かに今は雌伏の時。そういう思惑を感じるのだ。

 

『こういう戦は、私苦手です。ハルノブも、『五つ』ぐらいの軍団編成で越後の領土を脅かして、どの軍にハルノブがいたのか悟らせなかったのですから』

 

『もしや、それがキミの宝具の動機になったのか? だとしたらば、余程恐ろしいぞSENGOKU時代!!』

 

 久々のカレイドステッキ状態のダ・ヴィンチが、霊体化した『お虎』に言う。流石にサーヴァントを維持するためには魔力(ようりょう)が足りない場合もある。

 

 刹那は優秀な魔術師だ。このマナが薄い世界であっても、精気(オド)を生成する術は弛まず行える。同時に、マナが薄いとはいえ、霊脈は残っており、吹き出す土地も多いのだ。

 

 東京都。かつての江戸は多くの土地改良を用いて、生活基盤を整えたが、もともと―――『そういう地脈』は、あったのだ。

 

「ランサーが生きていた時代の『江戸』ってのは、どういう認識の土地だったんだ?」

 

『そうですね。かつては私の家の者も治めた土地ですが、交通の要衝として幾らかは発展していましたが、全般的に見れば、中々に扱いづらい土地ではありましたね。

 後の世で『松平』が、土地改良を『ありったけ』やって、渚を陸地に変えて、巨大都市にしたのも理解出来ます―――ただ、江戸はもう一つの意味で、重要な土地でした』

 

 何気なく話を振ったが、思いがけぬ言葉の応酬に、深い話を刹那は要求したくなった。

 

「それは?」

 

『平安以前より陰陽師や妖術師達は気付いていたのでしょう。江戸という土地に眠る『神代の魔力』。即ち魔術師的に言えば、『霊地』としての格が高かったのです。

 むやみやたらに人の手を加えるよりも、むしろ『自然』のままに利用することで、朝廷の『貴き方々』は、護国・鎮護の要としていると聞きましたよ』

 

 当時、神仏の加護というテクスチャを無理やり引っぺがして、天下布武で日ノ本の統一を目指した『第六天魔王』

 

 その権勢はすさまじく、同時に人理の限りを以て、ブリテン島と同じく島国という隔絶された日ノ本をヒトの時代に進めていったのだ。

 

 それでも残った霊地の一つは、彼の後継者(豊臣秀吉)更に後継者(徳川家康)によって利用されて、260年以上もの統治を実現する礎となったと思うと、色々と複雑である。

 

 江戸は、アルズベリか、噂にだけ聞く姉弟子の生まれ故郷みたいなもののようだ。

 

『ふむ。もしも日本に『別の特異点』が出来上がるとすれば、そういったものもあり得たのかな? もしくは、濾過異聞史現象にも選定されていた可能性はあるか』

 

 濾過異聞史現象―――かつてダ・ヴィンチの『スペア』が体験したという、汎人類史に対する異星からの『攻撃』。

 その顛末は、まだまだ現在のダ・ヴィンチには送られていないが、過酷な世界でも歩みを止めずに、嵐の向こうに挑む人のことを忘れてはいけない。

 

「ところで、ハナシは変わるけど、セツナはシズクと何を話したのかしら?」

 

 少しだけ口を尖らせるように言うリーナ。やましいことは無いのだが、秘密にしといた方がいいこともあるので、そこは口にせずに言っておく。

 

「それは言えないな。ただ……「あきらめない」とは言われた。何で俺みたいな、どうしようもない男に焦がれるのかね?」

 

 本当に謎である。自分の能力は確かに何か『惹かれるもの』はあるのだろう。だが、人間、能力の高低で人を好き嫌いするとも言い切れない。

 自分に人間的な魅力があるとは強弁出来ない刹那の悩みどころは、そういうものなのだが、永いこと一緒にいた蒼金の少女からすれば、簡単なことなのであった。

 

「どうしようもない事に対して『あきらめない』からこそ、そうなんでしょ。そりゃ結果はヒサンになるかもしれないと分かっていても、セツナは最後まであきらめない。

 本当は立ち止まって、もう嫌だ。って投げ出したいことも―――最後までやり遂げるもの。だから……そんな人には、たまには頼ってほしいし、寄り掛ってほしい。

 拗ねた坊やのくせに、世を斜に見ることもせずに、『なんとかしようとする』から、女の子は惹かれちゃう―――そういうことでしょ?」

 

 幾ら長いこと一緒にいたとはいえ、あっさり分析されてしまって、何とも言えぬ気持ちとなる。そんなものかな。と思う。

 

 魔術師のくせに超然と出来ず、立ち止まりそうな人間を進めと後押しする……。そういうものか。

 

「まぁとにかく今は『マスミン』先輩のお見舞いよ。マスター・リュウ(劉師傅)の言う通り、どう考えても大亜の工作活動。隠蔽、証拠隠滅を図ろうとするもの」

 

「ガードが必要だな」

 

 十師族辺りに話がいってもいいのだが、それだと物々しくなりすぎる。第一、『来てもらって』こそ意味がある話なのだ。

 

 囮にするようで、あんまりいい気分ではない。どうせならば、俺を狙えばいいのに―――という刹那の思考を理解したのか……。

 

 

「置いていかないでね?」

「生徒会業務は―――ああ、あずさ会長から「よろしく」と言われたんだったな……」

 

 エルメロイレッスンの末のことであるならば、自分にこそ責任はあるという『理由付け』で、拝命したのだった。

 

 明日は日曜とは言え、登校しなければ、追々のことに間に合わない。そういうことだが……。

 

「リーナ、腕取りすぎ……」

「だってイッツアコールド! ニホンのウィンターシーズン間際は寒いわ。とはいえ、明日のことを考えると、色々と自愛しなきゃいけないから、コレで妥協しましょう♪」

 

 横浜の街中、行き交う人々はコート姿の高校生カップルに注目している。しかも片方は完璧な白人の超美少女であることで、耳目を集めているというのに……。

 

 リーナがやったことは、ある意味……めっちゃ恥ずかしかった。まさか『コレ』をやるとは―――。額を抑えてからリーナに問いかける。

 

「22世紀を前に―――『コレ』! 流行ってるのか!?」

 

「マムもパパと恋人時代に、『コレ』をやっていたって聞いているわ。ワタシのグランパからの伝授らしいけど♪」

 

 喜色満面でリーナがやったこと。それはセツナの真っ赤なコートの中に手を入れて、その中にあった刹那の左手を絡める。

 

 ポケットの中での手つなぎ。それは冬のカップルの定番行為であった―――時代が半世紀も前に流行っていただけに、ブームの巡りがとんでもないと思える。

 

 夏場にタピオカが流行っていたことを考えると、本当にここは2090年の日本なのか怪しい気持ちが出てきた。暖かなリーナの手とは裏腹に、そんな冷めた思考をしていたのだが……。

 

 

『いやーあっついねー。局所的な温暖化(ムスペルスヘイム)が、放たれているかのようだ♪』

 

『全くその通りですね。ダ・ヴィンチ大老。この熱気を越後の寒さ対策に活かせていればなぁ、とか考えてしまいますよ』

 

『酒を飲んで身体を温めるよりは、いいだろうね。もしくは全領民を魔獣化させて狼人間(ヤガ)、いや人虎(レンフー)にするなどいいかもね』

 

『それは妙案♪ どこかの並行世界の私よ―――!! 越後の民を寒さに強い身体にするべく、毘沙門天の加護を与えるのだ! 

 もはや青苧の税金だけを徴収して、他の産品などの帳簿が白くて(WHITE ALBUM)、ウサミンにあれこれ言われるのは、こりごりー』

 

 昔の越後は、大変だったんだなー。同時にランサーは政治家としては、あんまりよろしくなかったことが発覚。

 

 そして―――。この手の暖かささえあれば、極寒の地でも生きていけることは間違いなさそうだ。お互いの隙間を無くすように、密着しながら歩く高校生カップルは帰路に着くのだった……。

 

 

 ……余談ではあるが、この際に刹那とリーナがやった2010年代流行りの『恋人つなぎ』は、横浜の目敏いブームの火付け役。

 

 言うなれば、若者文化の『オーソリティー』たちに見られており、一か月もせずに都心から全国に広まり、更に言えば……。 

 

 

「西城さん……ううん、レオ! 手をつなごう!!!」

 

「ユキ!? ちょっ、それはあまりにも恥ずかしいんだけど! 俺の知り合いのカップルだけが出来る、宝具(ノーブル・ファンタズム)みたいなものだから―――」

 

「もうレオと私は友人以上恋人未満―――あの絆を深めることで高まるのよ!! 恋人つなぎでGOだよ!!」

 

「ちょっと待ってくれぇええ――――!!!」

 

 などと、一人の友人の騒動を、かなり面白おかしくしてしまうのであるが―――、本当に余談でしかないわけだった……。

 

 

 † † †

 

 

「それじゃいいのかいエリカ、訓練は?」

 

「私の身勝手な事情で、申し訳ありません。兄上―――ですが、今のエリカは―――悟りを開くことに修身しているので……」

 

 そういって、道着姿のまま道場の中央にて、正座しながら瞑想をするエリカ……メディテーションという一種の集中方法で、エルメロイレッスンの基礎項目である。

 

 気付いた修次は、エリカの眼の前に佇むものが、強大な『魔人』の類であることを知り……集中の邪魔をしないことにした。

 

 内心でのみ、頑張れと言っておく。と家人―――特に姉と会うこともなく、『無事』に自宅から出られた。

 

 邸宅を出ると門前には金色の髪……長いものをまとめ上げた美男子がいた。年の頃は当たり前だが、修次と同じくらい。

 

 国防軍の士官候補生の一人。有体に言えば、修次の国防軍の寮におけるルームメイトだった。

 

「妹さんはいいのかい?」

 

「ああ、練習の邪魔だって追い返されちゃったよ。兄離れかな」

 

「さぁ、私のところは既に終わって、愛しの『ロジェロ』を見つけちゃったからね。実によろしくないロジェロを見つけたわけだから、喜ばしくないが……。彼女さんの事情に付き合うのかい?」

 

「まぁ……そうなるかな……ああ、邪魔だとか考えないでくれ。『一色』の事情にも絡むことがあるんだからな。一緒に行こう」

 

 その言葉を受けて、盛大な溜息を突く一色家の長子。一般的に人好きされる修次の笑顔を受けても、この対応。

 

 原因はなんとなく分かる。一色の家は、家族全員が仲が良いのだ。親族の中にはよろしくないパワーゲームに興じるものもいるが、直近の家族は、本当に仲が良かったのだ。

 

 それを乱した『原因』が、この上なく嫌なのだろう。その原因と対面するとなると、嫌な予感がビンビンするのだった。具体的には、胸騒ぎがすると言えばいいのか。

 

 

「いきなり斬りかかるとか、止してくれよ」

 

「それは相手の対応次第だ」

 

「とりあえず向かう所は病院だよ」

 

「状況への対処は臨機応変にだな」

 

 

 そんな言葉を掛け合いながら、国防軍の若き士官候補生二人は、国立魔法大学付属立川病院へと赴くのだった……。

 



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第138話『異空の下での決闘-Ⅰ』

Q、「なぜここまで投稿が遅れたか?」

A、「天気の子を見てきて、感動していたり、考察したり、バサシちゃん三枚目と弓おっきーを手に入れて忙しかったんだ」(必死)


ということで長らくお待たせしました。まぁお盆で墓参り行った後に、遊びに出かけたりしたテンションで色々とだったわけです。そして眼鏡神の同人誌―――あんた手首骨折している時に、これをやって、しかも―――あのレジェンド達ともデュエルしたというのか!?(汗)

すっごく見覚えあるショルダーガードの赤毛の女魔導士姿のレジェンド、ああっ私の青春よ……あなたの帰還を幾年待っていた事か(必死)

というわけで、色々と訳わからない言動はともかくとして、新話、お届けします。



 都内に購入した刹那の『ガーデン』から『適当』に見繕った花束を手にして、向かったのは、浅野先輩が入院している病院だった。

 

「そういえばワタシたちって、ミスタ・トシカズとは頻繁に顔を合せるけど、ミスタ・ナオツグとは、面と合わせて話をしたことがないのよね?」

 

「九校戦の時には、なんというかニアミスしたからな。彼は基本的にエリカの応援席にいて、あんまり面識はなかったか」

 

 シルヴィアと話していたのを見た時も、すぐさま一昔前のトレンディドラマみたいなチェイスを摩利先輩とやっていたのだから……。

 

 今回、何故か「自分と会いたい」と言ってきた彼の要求に応えると同時に、あちらも摩利先輩と逢瀬をしたいから立川の病院で合流しようという無茶ぶりに、頭を痛めたものだ。

 

 

「摩利先輩の思惑は一つだ。浅野先輩を尋問したいんだろうな。ロクなことが聞けるとは思っていないが、それでも一高としての責務がある」

 

「それと同時にステディとの逢瀬(スキンシップ)をしたいっていうのは、どうなのかしらね?」

 

「思ったよ。だから直接、直談判で俺たちだけでやりますと言ったにも関わらず、『あれ』だもの……まぁ三年としての意地、詰め腹を斬らせなければ、示しがつかないんだろ」

 

 生臭い限りの裏事情を察しつつも、リーナと刹那は紅葉が色づく並木道を歩いていく。

 

 お互いの手にある花束からの匂いを嗅ぎながらも、季節の移り変わりを感じる。思えば怒濤の如く過ぎていった日々である。

 

 

「ココではないけど、一高前の桜並木を思い出すわね」

 

「ああ、あそこも今は、ここぐらい秋色蓮華(オータムリーブス)だもんな……思えば、波乱怒濤の如く過ぎた半年だった」

 

「ホントよね……あの時は、スパイ活動とニホンの魔法師の中に親米魔法師勢力を作り上げろ。とか、その程度の任務だったはずなのに」

 

 見上げると紅葉が、ひらりひらりと落ちながら、地面を彩る。まるで真っ黒なカンバスに赤を埋め尽くさんという落葉の限り。

 

 それを少しだけ物悲しく見ながら、その半年の間に出会った人々の顔は全て鮮明に焼き付いている。そして赤と黒―――その一方で、黄色の紅葉『黄葉』があることで思い出すのは、強烈なまでに自分達に突っかかってきた顔だ。

 

『一色愛梨』……エクレール・アイリと呼ばれる魔法師界のプリンセス。そんな多くの人間から求愛の手を伸ばされているようなのが、手すら伸ばさない……現代魔法師からすれば『カビ臭い血筋』の自分に、何故焦がれるのか理解に苦しむ。

 

 

「今、アイリのことを考えていたでしょ?」

 

「この色合いから連想しない? 想像力って魔法師如何に関わらず人生にとって重要だよ」

 

「ワタシが気付けたんだから、セツナもそうだろうというワタシなりの『想像力』(イマジネーション)の発揮よ」

 

 やっべ先んじられた。少しだけふくれっ面を見せるリーナに、苦笑して『プチョヘンザ』しながら、何となく後ろで警戒しているランサーとオニキスを見ると――――。

 

 

「ぶっは―――!! やっぱり秋は紅葉を肴に、一杯やるのが格別ですねー♪♪」

 

「どぅは―――!! この身体でも呑める私は万能の天才!! ゆえに一曲歌いたい気分!!」

 

「いいですねー! 大老! 『でゅえっと』しましょう! 具体的には紅白で『うえすとりばー』アニキと歌うかのように!!」

 

「(・∀・)イイネ!!」

 

 霊体化を解いて警戒しておくように言っておいたが、酒盛りをしていたのだった……。

 木々の上、太い幹に足を預けて、雅な麗人のように御猪口を傾けるランサーの姿に、ステッキ状態のままでも酒を飲んでいるオニキス。

 

 ダメだ……こいつら早くなんとかしないと……断酒・禁酒を令呪で設けるなんて、馬鹿げているが、一瞬だけ考えてしまった。

 

 ちなみにいえば母は、召喚したサーヴァントに初っ端から、令呪一画を消費したという話だ。

 

『あの一画で、あいつは私を認識したみたいだけど……せめて、その一画があれば『ブースト』に使えたかもしれない……まぁ考えても仕方ない事よね。

 そして、分かっていたのに―――止められなかったもの』

 

 悲しげに語る母の顔を覚えていて、そして―――。

 

『まぁ、それはともかくとしてー♪ サーヴァントをミニチュアサイズにする術式を開発するわよー。

 もしも何かの拍子で、スラー襲撃事件の如く『召喚』された場合、『召喚』できた場合に備えて……手伝いなさい刹那。

 そんな魔力を消耗する存在と契約しっぱなしだと、すぐに魔力切れになっちゃうんだから』

 

 どうやら母は『再会』を諦めるつもりはなかったようである。まぁマスコットサイズになった『親父』な、正直見ていられないような気もするが……結局手伝った事を思い出した。

 

 そんなこんな思いながら、出会いと別れ―――また出会い。全ては流転の中にあるものだな。と、物思いに耽りながら目的地の入り口が見えると、そこには見知った顔二人以外にもう一人がいた。

 

 知った顔ではない。だが『見覚え』はある顔だった。先程まで話題に出していた人間を思わせる、金色の『貴族』がいた。

 

 

「やっと来たか、二人とも――――いや、むしろもう少し遅くても良かったかな……とか思わなくもない……」

 

「はぁ……で、『修羅場』ですか?」

 

「違う違う。とりあえず自己紹介した方がいいだろ?」

 

 病院前に五人の男女が集合する。ランサーは少し遠く―――並木道から、こちらを見守っている。もちろん気配を殺しながらであるが。

 

 それにしても、これだけ見目麗しい人間が揃うと衆目を浴びるようだ。ここが一種の警察病院みたいなものだとしても、だ。

 

 

「こうして対面するのは初めてかな。千葉エリカの兄で千葉寿和の弟―――千葉修次です。九校戦の時には、話せなくて悪かったね。

 シルヴィアさんにも迷惑を掛けてしまったよ」

 

「お構いなく。USNAからやってきました遠坂刹那です。妹君には、いつもお世話になってます」

 

「同じくUSNAから来ました遠坂アンジェリーナです。ミス・エリカは、誰とくっつくのか楽しく想像させてもらってます」

 

 畏まった挨拶も段々と慣れてきたものだが、別にそんなことはしていない。夫共々とか付け足すな。と思っていると殺気が膨れあがる。

 

 それは、リーナと同じくブロンドヘアーの『人間』。恐らく修次氏とタメだろう人が挨拶してくる。

 

「修次の「学校」のルームメイト。一色『楼蘭』だ。妹が、色々と、世話になっているみたいで嬉しいよ遠坂君」

 

 妹が、色々と、……そこを強調しながら握手をしてきた楼蘭氏の名前から察するに、マダムの趣味が見えて、同時に『疑問』が生まれる。

 

 些細なことかもしれないし、もしかしたらば、修次氏もばらされたくないのかもしれないが、まぁ敢えて言わなくてもいいはず。

 

 しかし、脅しつけるような言い方に何となく不機嫌を覚えてやり返しておく。

 

 

「はぁ……『ローラン』ですか、『ロラン』とも言えますが、随分と外連味ある名前ですね」

 

「ローランが男の名前で悪いかな?」

 

「さぁ? ただ…… 不毀の神刃(デュランダル)を持つには、名前が『可憐』すぎませんかね。『お兄さん』♪」

 

 ロード・エルメロイ『Ⅲ世』こと、ライネス・エルメロイを意識した口調で言ったが―――どうやらむかっ腹を立たせられたようだ。

 

 あからさまに不機嫌を覚えた顔をする『楼蘭氏』に、成功した気分だ。

 

 

「噂に違わないな。君は―――だからこそ愛梨ちゃんに近づけさせたくないんだが」

 

「セツナだって近づきたくて近づいていません! アッチが勝手にやってくるのよ!」

 

「それを言われると、こちらとしても何も言えない―――、何でこの男をロジェロとして好きになっちゃったんだ。ウチの妹は……!?」

 

 苦悩をにじませながら後ろで束ねた金髪―――長い尻尾のようなを撫でながら苦悩する『兄君』の姿に、摩利と修次氏は苦笑いをしている。

 

 同時に、これが理由か? とカップルを問い詰める。

 

 

「すまないな。どうしても『ラン』が、妹の心を惑わす不埒ものに天誅を加えたいって、本当にすまない」

 

「天誅は食らってませんけどね」

 

「そりゃまぁ。君とアンジェリーナちゃんのカップルは、有名だからね。一色家の令嬢が横恋慕しているって醜聞……と言われるのは、嫌いかな?」

 

「お構いなく。その辺りは世間様と魔法師の意識次第ですから」

 

 変な所で律儀な修次氏。両手を顔の前で勢いよく叩いての謝罪に平素で返しながら、実体としては分かっていても、それでも納得出来ない一色楼蘭さんの今回の面談となったわけである。

 

 めんどくさいな。同時に『隠し事』を察してしまった刹那としては、この人と愛梨の『お兄さん』が同部屋というのは、色々と不味いのではないかと思う。

 

 主に摩利さん再度の激昂。関わり合いになりたくないと思いつつ、とりあえず浅野先輩の『お見舞い』をしましょうと提案すると、摩利さんが頷いた。

 

 どうせこの後はデートなんだろうなと思いつつ、刹那も久々に『儂の名は。』と『天鬼(雨)の子』を見たくなってしまうのだった。

 

 

映画(シネマ)、見にいきましょう! どうせこの後は直帰みたいなものなのだから、ね♪)

 

 念話で、そんなことを言ってくるリーナ。今日のエルメロイレッスンは、お休みなのだ。

 

 リーレイなどには、昨日の時点で休講を伝えていたので、問題ない。問題があるとすれば……。

 

 

「悩ましい限りだよ……君が極悪非道・無道の限りで以て、女を食い物にするロクでもない男ならば良かったというのに」

 

「一日だけで分かるものでもないのでは?」

 

「そりゃそうだろうけどね……。その花束を見なければ、なんて気の利かない男だとも言えたが」

 

 

 どうやら一色家の後継者は、随分と人を見る目があるのかないのか……分かりかねながらも、妹との仲は良さそうだ。

 

(セツナ、『ミスタ』・ローランってもしかして……)

 

(だと思うよ。まぁあえて言おうとは思わないが……)

 

 ややこしい事情が見えつつある、金髪の『美男子』に対する思索を終えて、病院内に入る。

 

 入ると同時に……違和感を感じる。違和感の正体は―――あからさまな『血の匂い』だ。

 

(マスター、どこにいるかは分からないが、サーヴァントがいる!! 気を付けてくださいにゃー!!)

 

 酔っ払ってんのか、素なのか、判別できないランサーの念話の後に響くサイレン。

 

 非常ベルの音から察した一番は、修次さんだった。

 

「火事じゃない。これは暴対警報だ! 内科病棟にアポが無い男が―――」

 

『『Anfang(セット)―――Es träumt mir von einem Drachen.(脚・悪竜の翼) Mir träumt von einem Drachen.(身・聖竜の鱗)』』

 

 

 修次氏の声を途中にしながら、リーナと手を繋いだことで『回路』を接続して、そのままに呪文を唱えて、察した場所に―――『移動』を果たした。

 

 出たのは内科の入院病棟―――そして狙い通りに相手を挟み打てたことで、すぐさま行動を開始。

 

 通路の真ん中―――明らかに浅野先輩の入院病室に手を掛けている、大柄な男の姿を視認した時には―――魔弾を装填。スナップの魔弾と星刻魔弾が、通路の『左右』から放たれる。

 

 瞠目した大男『呂剛虎』だが、その時には―――側に控えていた美女が、それらを防ぎ切った。糸巻のようなものを振るうことで、蜘蛛の巣のように張られた魔力糸が、魔弾を防いだのだ。

 

 

「今のは……!?」

 

「サーヴァントの武器ともなれば、あんな魔弾程度はすぐさま防がれてしまいますよ」

 

「違うっ! 僕たちごと、この『四階』にまで移動した魔法だ……まさか『空間転移』なのか!?」

 

「そんな所です。原理は、まぁ秘密にしておきましょう。あなた方、現代魔法師では、まず理解出来ないので」

 

 刹那の後ろで驚愕している千葉修次氏、刹那とは反対方向に移動したリーナは、摩利先輩に同じく言ったようで、恋人同士似たような表情をしている。

 

 そんな風に平素で言っておきながらも、まさか『コイツ』が直々にやってくるとは、刹那は思っていなかった。

 

 人食い虎『呂剛虎』……フェイカーのサーヴァントのマスター。こいつらが、どういう心胆なのかは判別できないが、サーヴァントが全力で戦えば、この建物に安全な場所など無いのだ。

 

 しかも、フェイカーの宝具『仙饗天宴の狐神桃馬』(タマモツインズ・ティアンチイアン)のランクは、対軍宝具でBランク相当はあるのだ。

 

 

 更に言えば……。その先はランサーが言った。

 

「霊基が変化している―――フェイカー、貴様……『ヒト』を食ったな!? ……」

 

 霊体化を解いて刹那の前に出てきたランサーの姿に、二人ほどが驚くが、構わずフェイカーの表情を見る。

 

「私達に通常の食事など無意味。第二(たましい)第三(せいしん)のみが私達の栄養……ならば、分かるだろう。

 雪深い大地で、採れぬ作物の果て、飢餓の末に、ヒトがヒトを食らうこともあった時代の人間だ。なのに私にだけ倫理を問うのか? 『ヴァイシュラヴァナ』、『多聞天』の化身」

 

「戯れるなフェイカー。貴様が戦車を出す前に、我が槍が貴様の首を刎ね飛ばす」

 

 一髪千鈞を引く戦いの緊張感。ここでサーヴァント同士の戦いが繰り広げられる。そして――――浅野先輩の部屋に、もう一人誰かがいることを確認して、安宿先生ではないことを刹那が確認した後に―――ランサーは動いた。

 

 千葉の麒麟児、一色の昇竜とも称される二人の剣客が更に瞠目するほどの速度で接近するランサーの一撃を前に―――フェイカーは……。

 

(オーン)!!!!」

 

 その両手を広げ、腕ごと突き出して、八卦陣をこちらに見せてきた。

 

『マズイ! 異空間誘引宝具だ! 刹那、魔眼で『取り込み』に対抗しろ――――って無理かぁ……こんなマヌケなご主人を持ったオイラのヘマでやんすトホホ……』

 

「あきらめるの早いよ魔法の杖!! そしてキャラがぶれすぎだろ! とはいえ、神代の魔術式なんて―――」

 

 如何に刹那の魔眼が『宝石』のランクにあるとはいえ、七色に明滅する魔眼で、必死に対抗するも……。

 

 最終的に、その内科病棟の廊下にいた人間たち全員を八卦陣は吸い込んで、後には……誰もいなくなったのだ。

 

 

 その様子を『式鬼』を介して見ていた周公瑾は、額に浮かんだ汗を拭ってから病室の外に出た。

 

 浅野真澄に対して行った調略。その精神操作の全ての痕跡を消したまでは良かったが、同じく直接的な『消去』に呂が出てきた―――そこまでは良かった。

 

 だが、その後に『古代の魔法』の如く「現れた」、遠坂刹那など五人の魔法師達には焦った。まさか奴らが、『空間転移』という現代魔法でも再現不可能なものを行って、此処に来るとは思わなかった。

 

 

「一先ずは幸運を拾ったということでいいんでしょうね。もしくは、これすらも『劉閣下』の思惑ならば……」

 

 もはや、あの男は信用に値しない。裏切り者を演じることで、一高及び遠坂陣営を油断させるという計略は偽計ということだ。

 

 あちらに取り入るのだから『お土産』を用意しろという、それすらも演技だった可能性が出てきたのだ。

 

 そんな思案は後でいいだろう。騒ぎを聞きつけた警備部がやってくるまで30秒もあるまい。そうして浅野の病室から出た周公瑾は、次なる計略を巡らすのだった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 異空間誘引宝具……いわゆる『固有結界』とも違うが、ある種の『大魔術』による成果の一つ。あの魔眼蒐集列車のオークション会場が有名どころだろう。

 

『クレタ島の怪物―――半神半人の魔性『アステリオス』の迷宮宝具も、これの種別に入るだろうね。発動条件はただ一つ、『思い浮かべること』。ただそれだけで、人理版図(テクスチャ)にも記録されない規模の『世界』が広がる。

 刹那、キミが良く知る『霊墓』と同じく―――いま、我々は―――ヤツの作りだした異空間にいるんだ』

 

「ご高説ありがとう。魔法の杖。信じるか疑うかは分からないが、この空間は、そこまで私に有利には働かない。空間を自在に操る宝貝の創造は、金鰲の最先端だったからな。

 私に出来るのは―――、お前の言った通り、当時……殷・周易姓革命の時代。その頃の中国大陸の様相を思い浮かべるだけだ」

 

 その言葉が偽か真かは分からない。だが、それでもこちらの有利が崩されたことは間違いない。

 

 先程までは、廊下の進行方向二つから挟撃を食らわせられたというのに、そんな位置という『優位』は、ここに誘われた時点で失われた。

 

 

「霧の中、山を駆け下りて奇襲を掛けたことはありましたが……まさか霧よりも深き『仙境』に誘われるとは思いもしませんでしたね」

 

 言いながらも闘志を燃やして―――『殺意』に変換するランサーの、槍を持つ手がゆるりと動く。

 

 そのしなやかな『蛇のごとき緩さ』が……危ないのだ。武芸者としての感覚が鋭い渡辺摩利、千葉修次、一色楼蘭が気付く―――特に摩利は何度かやり合っただけに、これが八華のランサーの『本気』の度合いなのだと恐れを持つ。

 

 現代魔法における『剣術』という戦闘技術において、千葉道場の剣は、正しく日本で上位ないし世界でも通用するものだと思えていたが、この女……『長尾景虎』という越後の軍神の前では、如何にも拙い『子供の遊び』(チャンバラごっこ)にしか見えなくなるのだ。

 

「殺意を滾らせるのはいいんだが、ランサー……何故、私がこの空間にお前たちを招いたのか分かるか?」

 

「ただの気紛れでしょ。アナタたち―――妖怪どもは殷王朝を滅ぼすために、淫蕩と酒肉の贅を極み尽くした愚か者どもなのだから」

 

 暇さえあれば、四六時中酒を飲んでいるランサーには言われたくなかろう。だが、その思惑は分かる。

 全員が暑苦しいコートを脱ぎ捨てて、得物(礼装)を手に戦闘態勢を執る様子……。

 

 殺意が膨れ上がる―――。

 

「先のガンフーとその一味を交えた戦いで、私は不覚を覚えた……。ここまで現代の妖術師が弱いなど、その上、崑崙の道士たちのように総勢で襲い掛かられたならば、簡単にやられるのだとな」

 

「何をやったんだ。君たちは……?」

 

 呆れるような修次の声に、あんたの妹も共犯だ。と言ってやりたいのを呑みこみながら、干将莫耶を投影して手に持っておく。

 

 虎の眼はこちらを見ている。見ながら、その身に白虎のオーラを纏って、刃先・穂先・柄の全てが石のような『鈍色』の方天戟を握ってくる。明らかな戦闘態勢を見て、肌がひりつくのを隠せない。

 

 そして演説は続く。桃色の髪を揺らめかせながら、妲己三姉妹の末女は宣言してきた。

 

 

「ならば、私の『再生』出来る『妖怪仙人』たちを、お前たちにぶつけることで、『数の優位』『力の差』を覆すだけだ!!」

 

悪役(ヒール)が、戦隊ヒーローと同数を揃えてブツケテくるとか、インチキじゃないかしら?」

 

 リーナの嘲笑うような言葉を受けても、更にフェイカーは嘲笑って―――言ってくる。

 

 

「『悪』ゆえにこそ―――私は人類史に刻まれた『英雄』なんだよ」

 

 

 その絶対の嘲笑と言葉を最後に、殺気が突き刺さってくる。

 

 

『来るぞ!! フェイカー=王貴人の出した駒は『四つ』。決して一人で戦おうとするな! 相手は、十師族が30人単位で群れていると思うぐらいの想定をするんだ!!』

 

 無茶苦茶なオニキスの言動だが、そのぐらいの『拙い表現』でしか、目の前の脅威を説明できないのだ。舗装も耕作もされていない荒れ果てた大陸の大地。

 

 幾らかの草木が生えるものの、それすらも枯れ落ちるところ―――地中から、四騎の再生サーヴァントが出てきたのだ。

 

 

「私はフェイカーを抑えます! マスター(ツルギ)、ご武運を!!」

 

 その言葉と共に、虚空から軍馬を呼びだしたランサーが跨りながら槍を突き出し、戦車を呼びだしたフェイカーと、がっぷり四つで戦う。

 

 人外魔境の戦い。余人では想像すら出来ぬ『魔界転生』した英雄たちの戦いを皮切りに、異空の下での戦いは始まる……。

 



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第139話『異空の下での決闘-Ⅱ』

コハエースを見て一言。

マシュ高橋さんに法螺貝の声真似(?)させたのは、あんたかー(笑)

そして水着沖田……XDをやっている私でも気付かんかったわい。だって水着ビッキーは持っていないんや。

というわけで、水着第二弾の為に諭吉を使うかどうか迷っていながらも、新話お送りします。

修次さんって、作中では最強系キャラなんだろうけど。Fate勢とやり合うと、途端に火力不足。

やっぱり剣士はビーム出さないと、というのを回避する苦肉の策ゆえです。ご了承ください。(意味不明)


 その戦いは千葉修次の世界を一変させる戦いだった。何気なく父から聞いていた『戦車』を操る大亜の魔法師。

 

 それこそが、兄を引き締めさせて、夜ごと鬼気迫る剣気を迸らせる原因。千葉の剣士として、あまりもの失態を見せたものだと気付けた。

 

 摩利からの短い説明を聞いたが、俄かには信じられなかった。20世紀ごろに流行った伝奇小説『魔界転生』の如く、現代によみがえりし武勇溢れし豪傑たちを使役する術。

 

 戦車を操るのは、封神演義における『悪女』の一人、『玉石琵琶精 王貴人』であり、その能力は……正しく脅威だった。

 

 操る二頭立ての馬車に繋がれた巨大な『キツネ』が炎と氷の蹄跡を残して、同じように車輪を使って巨大な轍を作る様は、人外魔境。

 

 その突撃を前にしてはロクに魔法も使えまい。それどころかキツネが吼え声を上げる度に、こちらのサイオン活動が阻害されるのだ。正しく修次の中身をかき乱される。

 

(古来より犬の吼え声には、『魔』を討ち払う力があると言われていたが、そういうことか……)

 

 現代魔法は、『声』『呪文』というものを全てデータ上の数式に置き換えてきたが、こうしてその『優位性』を覆されると、『間違った進化』だったのではないかと思ってしまう。

 

 だが、この場で考えるべきことではない。そんな王貴人と戦う白装束と鎧の白馬にまたがる女武者の武技に負けじと修次も剣を振るう。

 

 

「余所見をしている暇があるとは、な……この身体では、力に限度がある、か。本来の俺ならば数合の命数だったろうに」

 

「さぞや名のある剣士とお見受けした。しかし、取らせてもらう」

 

「いいや、それはないな。貴様が死ね。いきすぎた『人理版図』の剣士よ。我が身が、傀儡仕立てであろうと、この剣だけは貴様には破れない奇蹟だ」

 

 いっそのこと、首を落とされれば良かったというのに、言葉の割には生き汚い男である。古めかしい大陸風の服。簡素な鎧を着込んだ妖しい魅力を発する剣士との打ちあいは、修次に不利極まる。

 

 あの魔法の杖の言う通り、十師族級の力はある。剣戟一つ一つに現代魔法の殺傷性Aランク相当の力がある……。もはや修次の持ってきた警棒タイプの刃物は、ボロボロになっている。

 如何に斥力場という見えぬ刀身で実体ある『剣』を受け止めているとはいえ、その圧が驚異的であれば、起点たる得物が影響を受けずにはいられないのだ。

 

 

「見えぬ刀身を作りだして軽快且つ、可変的に出し入れ、伸縮させることで、一呼吸の間に幾重もの斬撃の『層』を作り出す、か……面白い『見世物』だったよ」

 

 そのあからさまな挑発に修次は、眼を吊り上げる。ここまでの戦いで、この中国武将のような剣士に一つも、有効打を与えられていない。

 

 だが、それでも戦う自分を、千葉流の剣士として積み上げた全てを否定されて、怒りを覚えないわけがない。

 

 得物の違いは仕方ないが、それでも獲るという覚悟は―――崩れ去ることになる。

 

 

「返礼だ。貴様に『層を成す斬撃』の妙技というものを見せてくれる――――」

 

 その言葉に大陸式の古刀を横に伸ばして構える―――、否、それは、剣道及び剣術においても、『構え』とは到底言えない。

 

 役者が取るポージングにしか見えなかった。肩の高さまで上げた腕、右半身のみが横一文字となる姿……伸ばされた剣が、寒気をするほどにサイオンを吸い上げる。

 

 ゆらゆらと揺らめく蜃気楼のように剣の輪郭が定まらない。だが、そんな隙だらけの構えから放たれる剣など―――。

 

(術理の無い『棒振り芸』だ!!)

 

 勝機を見出した修次が―――二本目の刀剣を出しながら、崩れそうな鉄塊となった一本目を投げつける。それを払えば、次の瞬間には心臓を貫く一撃を放てる。

 

 防御不能の一撃。ガードすらも出来ない。その構えの陥穽を見てとった千葉修次は確かに麒麟児と言えるだけの、天賦の剣士だった。

 

 だが―――それはしょせん、現代社会という枠の中であり、人と人が、原始的な武器で殺し合うという時代に生きた人間たちの『苛烈さ』とは違っていたのだ。

 

 剣が振るわれる。軽い切払い。修次の投げつけつた鉄塊を撃ち落とすことを目論んだ一撃。そしてその先に、狙いすました攻撃が入れられる――――。

 

 そういった思惑は―――切払いの一撃だけで崩れ去った。

 

 

 貴様に『層を成す斬撃』の妙技というものを見せてくれる――――。

 

 

 その言葉の意味をもう少し深く考えるべきだった。そもそも妖の剣士にとって、『間合い』など無いようなものだった。

 

 今までの剣戟はしょせんはフェイク。妖の剣士は、王貴人によって『限定再生』された『サーヴァント』。

 

 ならば、その手にある剣は―――人類の理が及ばぬ奇跡の具現―――ノーブル・ファンタズムなのだと……そういう知識があったならば、洞察出来たはずなのだ。

 

 もっとも、警告したとしても修次は吶喊していた。

 

 だから――――。

 

 

「薙ぎ払え―――『火風青雲剣』!」

 

 真名解放。同時に修次に幾つもの斬撃が走り、ボディアーマーが砕け散り、熱波と真空刃が滅茶苦茶に叩き込まれる。

 

 彼我の距離7m程度。だというのに斬撃は、全てが十分な殺人、否、斬鉄の威力を持っていたのだった。

 

 十の重さある斬撃に熱波の焦熱、風の刃―――気を抜けば、死んでしまいそうになるほどの圧を受けた修次に対して摩利が悲鳴を上げる。

 

 歯を食いしばりながら、摩利を手で制しながら、己の身が危機一髪であることを察して―――飛び退く。

 

 相手の間合いが、どれほどかは分からないが、とりあえず修次にとって『無敵』とも言える三メートルの間合いに踏み込むことは出来ない。

 

 その外側から斬撃を飛ばしてくる相手には手が出せないのだ……。否、剣士としてはあまりにも修次は真っ当すぎるのだった。

 

「ほう。随分と位の高い『仙術』だ。衣類の下に防御を仕込んでいたとは驚きだ。―――が、我が青雲剣の前では、病葉も同然。次で貴様の五体ごと五臓六腑を解体せしめる」

 

『青雲剣……なるほど、封神演義に名高い―――後の『仏教四天王』にも昇華される英雄。金鰲列島の道士『魔家四将』の一人。

 魔礼青か。その一振りで、幾万の矛が乱舞する黒風と空を飛び回る火炎を生み出すという。対軍宝具の所持者……厄介極まる―――刹那!!』

 

 自分に『防御術式』を仕込んでくれた相手の名前を呼ぶ魔法の杖。魔法の杖の主人でもある遠坂刹那は、ルゥ・ガンフー及び再生されたサーヴァント二体と切り結びながらも、呼びかけ一つで、魔法の杖の意図を読み取った。

 

 何かの念話もあったかもしれないが、瞬間―――修次の頭上から勢いよく降りてきて大地に突き刺さる『鞘付きの刀』。それは―――恐ろしく『巨大』だった。

 

 実家に在り、妹によって使われる『大蛇丸』よりも巨大な『刀』。西洋の刀剣が重さで鎧ごとの叩き切りを行うのと対照的な日本の刀剣思想は鋭さで鎧の隙間を切る。

 

 修次には理解出来た。その二つを両立させた『伝説上の刀』がそこにあった……。

 

「使えってことかい? ……」

 

『君の実力じゃあ届かないことは十分に分かったはずだ。だが、せめて武器だけでも対抗できるようにしておきたい。

 それだけだ。このまま逃げ回るというのならば、私のマスターは再び、君に防御術式を敷くだろう』

 

 あまりにも無駄な。という言葉を省いたのだろう魔法の杖に苦笑する。実に主人想いな限り―――様々な疑問は、渦巻くも―――その伝説上の刀剣。

 

 戦国一大合戦『姉川の戦い』において使われた刀剣――――刀匠『千代鶴』作『太郎太刀』を、重々しく手に取ってから抜き放つのだった。

 

 腕に在る汎用型CADを通して『力場の刀身』も形成される。重すぎるほどに魔力の籠った剣と、重心の扱いに難のある剣。その両面が修次に試練を与えるも、それを乗り越えてこそ意味がある。

 

 眼の高さまで大太刀を持ち上げて、あちらの間合いの外から牽制する。一振りで違う角度から振るわれる十の太刀筋に炎撃、風撃、合わせて十二の連続攻撃。

 

 恐ろしい限り。現代魔法や現代技術では追随できぬ神秘の合理。恐らく使われている材質も、鋼や特殊な合金ではあるまい。

 

 だからこそ、滾る……初戦は、自分の負けだ。そこをまずは認める。刹那のくれた防御……無形の魔力に依る見えざる鎧が無ければ死んでいただろう。

 

 ゆえに―――今度は倒すだけでなく殺す―――。

 

 その意志を剣に乗せて、加速魔法で飛び出す千葉修次。迎撃する青雲剣の無造作な一振り。離れた所から修次を切り刻み、骸にして尚飽き足らぬ攻撃は―――。

 

 太郎太刀に上乗せした斥力場で『上段』から振り下ろされた剣戟を八割防ぐことが出来た……。

 

(成程、完全に『縦横無刃』な太刀筋というわけではないか……)

 

 上段から振り下ろされた剣戟ならば、その太刀筋に沿った剣の軌跡が刻まれる。縦に割った攻撃ならば、太刀筋は全て『縦筋』に―――間隔を空けて刻まれる。

 

『横筋』ならば―――そういうことだ。もっともそれが隙間なく、同時に穿たれるので必定、防御が至難となる。

 

 しかし太郎太刀を介して形成される斥力場は、巨大な『盾』も同然になる。今の攻撃は太刀を胸の方に引き寄せたことで凌げた。

 

 

「剣の動作の中には―――突きもあることを忘れたか?」

 

 言うや否や、一歩進んできて、真の剣術による『突き』を幾つも放つ『魔礼青』という魔剣士の攻撃を弾く、弾きながらも、ようやく間合いを詰めたことで、颶風を生み出す一撃を叩きこむ。

 

 まだまだ重心に難があるも、距離を詰めたことで、修次の距離での戦いに持ってこれた。幾らかの出血を堪えながらも、千葉修次の挑戦が始まる。

 

 見えぬ刃と見えぬ斬撃。一刀の重さと、層ある斬の応酬が、繰り広げられる。

 

 

 † † †

 

 

 千葉修次に、回復術を隙を見て掛けながらも刹那は、白虎と化した呂及び―――、封神演義に代表される武将にして真人たる魔家四将の内の二体。

 

『魔礼紅』、『魔礼寿』だろう相手と切り結ぶ。

 

(サーヴァントがサーヴァントを使役している―――わけではないな。恐らく何かの『傀儡』(くぐつ)に、王貴人が『似姿』を投影している。

 

 フラッシュ・エアとも言えるが、それよりは若干、高度(Higher)だ。自分の魔眼……灰の魔眼のようなもので複製しているといったところだろう。

 

 それにしても随分な『切り札』の打ち手だ。霊基が変化しているのは分かっているが、強すぎる……。

 

 フェイカーに何があったかは分からないが、今は目の前の戦いに注目するしかない。獣の俊敏さでハンターよろしく狙ってくる呂の攻撃は、かなりのものだ。

 

 その白虎と化した呂の背中に乗りながら、こちらの攻撃を無に帰す魔礼青と同じく中国武将の姿を取る真人の姿に忌々しく思う。

 

 想いながらも、戦略及び戦術に変更はない―――干将莫耶と切り結んでから、飛び退く巨大な白虎に追撃を掛ける。詠唱無しで取り出せる弓を手に『剣矢』を番える。

 

 

「投影、現創―――悪竜蒐集血盟剣(レール・ダインスレフ)!!」

 

 真名解放と同時の弓射、番えられた魔剣の威力と魔力は相当なものと知った呂が避けようとするも、何かを言われたのかすぐさまの防御行動。

 

『混元傘』を前に出して、『瘟』という言葉で跳ね返せ―――るわけもなく、その巨大ジェットのごとき魔力の圧を前に防御するだけに止まった。

 

 十メートルは後ずさりする白虎だが、耐え切ったようである。

 

 ここまでの戦いで分かったことを一つ一つ組み立てていくと一つの『結論』が出る。

 

 こんな戦いにいつまでも付き合ってられない。どういったところで、この空間は『迷宮』なのだ。

 

 ならば、さっさと打ち砕くために―――宝具の乱舞で空間を砕いてしまう。もしくはオニキスの走査に任せて『裂け目』を見出すか、だ。

 

「投影、重創―――全投影連弾創射(ソードバレルマキシストライク)!!!」

 

 待機させておいた武具の全てを解き放ち、空間を『発破』しようと目論む乱打戦。魔礼紅が持っていた傘が最大展開。

 

 熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)のように光の防御壁が地層のように展開して、上方・前方から撃ち出された宝具を受け止めていくのだった……。

 

 

 

「ちぃっ……重すぎる……ヤツの放つ幻創宝具の一つ一つが、傘を消耗させる……!」

 

「しかも、この空間の陥穽を見破りつつあるかな。厄介だよ礼紅」

 

「礼寿。使い魔を放って牽制しろ。奴に好き勝手動かれては、俺の防御は持たない」

 

 一時だけの『主人』として女狐の妹に使役されいる『魔家四将』ではあるが、本来の力、正しい召喚であれば、もう少し戦えたはずなのだが……、どうやら自分達は『生贄』になるだけのようだ。

 

 かといって、跨っている白虎の妖術師を殺すことも出来ない。

 

 傘を持って防御反射(ディフレクト)を担当する魔礼紅が、覚悟を決めることにする。このままいけば、この空間はあの男……『魔宝使い』の手によって砕ける。

 

 ならば―――、と思っていた所、少しばかり敵方に思惑違いが出てきたようだ。そもそも礼紅・礼寿にとっては、王貴人ですら敵なのだが……。

 

 

 ともあれ、この好機を利用させてもらう―――。

 

 



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第140話『異空の下での決闘-Ⅲ』

バニ上か……欲しいね。諭吉を溶かす価値はあるだろう。

追記 ちとばかり改行を修正。いい感じの改行のパターンみたいなのが知りたい。


「闘いなんてくだらねぇぜ!! 俺の歌を聴けええええ!!!」

 古代中国の様相を見せている異空間にて、黒い琵琶をかき鳴らす男一人。全ての疑似再生サーヴァントが戦う気満々なのに、こいつだけは先程から、琵琶を鳴らしてシャウトを聞かせている。

 

 中々の美声だが、それだけに構ってもいられない。

 

「サイオンの循環に滞りを来す『魔声』。しかも『魔楽』とのコラボ―――」

『魔家四将の一人、魔礼海だな!?』

 

 オニキスの言葉で拙い知識を思い出すに、それは封神演義における人物だと思い出す摩利だが、それを聞いた魔礼海は笑みを浮かべて、肯定してきた。

 

「はっはっは!! 神代の時代を越えて、『人理版図』が拡大しきった『世界』時空を超えても、俺の名前は知られているみたいだな! だが、そんなことは関係ねぇ!! 

 俺は俺のビートを刻むだけだ!!! 俺のビートが有頂天!!」

 

 壮絶なギターリフの如く黒琵琶をかき鳴らす妖怪にして仙人。後に仏教四天王にも昇華される存在が、こんなロックな男だったとは……。

(そういうもんかもな。ある種、源平合戦の発端となった後白河天皇も、『今様』(いまよう)を好んで琵琶をかき鳴らしていたとかいう『説話』もあるからな)

 

昔から傾奇者……ロックな男というのはいたのである。そんなわけで、この男だけ、何故……一人で戦っているかなど、まぁ分からなくもない。

 それは、この地中から現れた魔家四将なる恐るべき使い手+呂剛虎と打ちあっている刹那も同様なのだが

 

「ミス・シールズ! 何故、援護に向かわないのですか!?」

「ワタシが抜ければ、この妖怪仙人は、アナタたちを殺しに来ますよ? ワタシの対抗魔法あってこそ、この状況は作られているんですから」

 

一色氏の言い分は尤もであったが、それをやられては、こちらが死んでしまう。クドウが星晶石をマイクのように変化させて、魔礼海のシャウトに対抗しているからこそ、この状況は生まれている。

 即ち、自分達三人がいてこそ、この相手は押し止められているのだ。

 

「イカしたガールズたちがオーディエンスとは、中々に俺の心に響くぜ。何より嬢ちゃんの歌も、俺の霊核に響く! 結構なもんだ!!」

 

「トーゼンよ! 歌とは戦に死した勇士の勲を紡ぎ、果てぬ夢を唄い、時には女の涙あたりを語ったりするものよ!! 

 ラブソングだけでなくブレイブソング! 軍歌(マーチ)もあれば、ティアーズ(悲恋歌)もある!! 独りよがりなだけの歌じゃハートは震わせられないわ!!」

 

 クドウが十文字以上の歌唄いであることは知っていたが、そんな信念があるとは驚きな摩利であったが、なにか違う「影響」を受けているのではないかと思う。

 南盾島という場所において、クドウがやったことは摩利も聞き及んでいたのだから……。

 

「いい心掛けだ! この時代でそれを分かっているとはな。全力でいかせてもらう! そっちの二人は抜けたきゃ抜けな! 礼青も、礼寿、礼紅も、俺以上の功夫だ、味方に助勢しなきゃ負けるぜ?」

 

 それが誘いである。と分かっていても、一色はともかく摩利は修次の助けをしたくてしょうがなかったのである。この空間において専門家とも言える、二人の後輩のどっちからも離れるというのは自殺行為かもしれないが、それでも……摩利は、世界が終わるという時には、愛した男の傍にいたいのだ。

 

「……クドウ、ここは頼めるか?」

「オフコース! 後輩として先輩の純愛ロードを妨げるわけにはいきませんからね?」

「要らん世話だ!」

 

 言いながら汎用型CADの起動を止めて、武装一体型CADを、制服のスリット部分から出す摩利。

 一色もまた『神経攪乱』の為に放っていた汎用型から、特化型にしては外連味ある「小刀」を取り出す。サイズとしてはナイフ程度のものにしか見えないが、それでも、それが名刀の類であると気づける。

 

「私が、遠坂の方の援護に向かう。君は修次を頼む」

「了解です」

 

 いずれは国防軍の部隊。出来ることならば、シュウと同じ剣術隊、剣士隊に入りたい摩利としては、ここで軽い返答は心証がよくないと思えた。

 何より、遠坂の方の戦いは真なる意味での人外魔境だ。そこに挑むならば、なにも問題はない。

 

 ソニックボイスとソニックウェーブの叩きつけあい。敵の思惑は知れないが、それでも摩利と楼蘭は、魔楽響き渡るライブ会場から出ることに成功した。

 距離としては、そこまで離れていない。お互いが向かうべき戦場。修次の援護、及び回復の為に、遠坂も距離を離すことは出来なかった。

 そういう意図を感じながら……。

 

「シュウ!!」

 

 呼び掛けに意味はない。現代魔法において、それは無駄な行為のひとつである。だが、愛しき者の名前を呼ぶことに、力は宿るはずだ。

 呪文を失い、いずれは電極を脳髄に仕込んだ神経伝達で口語による会話すら失うかもしれない時代だからこそ……そう信じたいのだ。

 単純な魔弾。圧縮した魔力の密度は刹那に及ばず、量では達也、真由美にすら及ばぬが、意味はあったようで、シュウに及んでいた斬撃のいくらかが迎撃できた。

 

「すまない摩利。助かった」

「一振りで、幾重もの斬撃と燃焼(振動魔法)風刃(移動魔法)を放つ。確かに厄介だが―――」

「ああ、君の剣もあれば―――俺は負けない!!」

 

 目の前の魔剣士からは、人数が増えたところで変わるものか、そういう心の声が聞こえてくるも、いいのだ。こうして愛しい人の側で戦ってこそ、女の心意気は上がるのだから。

 魔礼青の剣が揺らめく。一振りで12の連撃。それを迎撃するは、修次の持つ巨剣と摩利の分割された剣身。三節構造の小型剣、それを用いて、一種の防壁を張った。

 

『三節構造の小型剣ね。随分と卦体なものをお持ちで。ランサーの膂力に対抗するための構造変換は難しいですから、ルーンスペルと数秘紋の複数魔術構造で防御してください。

 そして、これは一般的な変換とルーンの意味合い(初心者版)ですので、一時間で覚えてください。一時間後には、その紙は焼失するので』

 

 悪魔か!? という恨み言を思い出しながらも、とりあえず覚えられたもので防御を張る。単分子ワイヤー。細く、しなやかで、撓むことがなく、手で器用、俊敏に操れるタイプのそれで繋がれた短冊のような刃から摩利の手は痺れた。

 本来ならば伝わらぬはずの、ワイヤーを伝っての攻撃威力の衝撃。膂力及び魔力のほどは伊達ではない。

 実体ある剣で斬られたかのような威力を前にしても、シュウの突撃を援護するように、刃節は軽やかに動かす。

 魔剣士と魔法剣士の斬撃がぶつかり合う。近距離からでも放てるのか、シュウの体に幾重もの傷が付く。

 

 だが、一刀の重みで何とか小賢しい斬撃を防いでおく。そして、振り下ろす前に、その剣の動きを止めることに成功する。

 修次の狙っていたものとは、これなのだなと気づく。

 

「そうだ。それが対策だ。言うなれば、私の攻撃範囲を狭めれば、中途半端な斬撃は、空撃ちに終わる。

 攻撃の「起点」を潰し、剣の可動範囲を狭めればいいだけの話なのだからな」

「だが、そこからの変化もありうるんだろうな?」

「当然だ。人理版図の剣士よ」

 

 (へし)斬りで、魔礼青の剣を下に押さえつけているシュウの蹴りが―――入ろうとする前に摩利が攻撃をする。

 狙いは落ちている肩。効くかどうかは分からないが、渾身の魔力を込めて、アンサズ(F)―――雷の神を意識したイメージを短冊のような刃に発現させて、渾身で振り下ろす。

 

 ズガン!! 落雷のような音で、肩口に突き刺さる刃。

 吹き出る血は、赤ではなく「白」なのは人ならざるものゆえか、分からないが、それでも行動の一手を封じて―――。安堵は出来なかった。

 

「―――だが、(よわ)い」

 

 シュウの巨剣を跳ねあげる膂力、ありえざる筋力及び、出血を意に介していないそれに対して驚愕だけが及ぶのだった……。

 振るわれる青雲剣という業物。現代の技術では再現不可能な奇跡の剣を相手に、相思相愛の剣士たちは驚くばかりであった―――。

 

 †  †  †  †

 

 そんな風に剣士二人が破られる前から、刹那は旗色が悪いだろうなと気づいて、速攻でケリをつけることを考えた。

 ランサーとフェイカーの戦い。馬上に「立ちながら」槍を振るい、並走するフェイカーの戦車を牽制するランサーは、まだまだ戦える。旗色が悪いのはフェイカーだが、それとて戦車の飛行状態に入れば、どうなるかは分からないのだ。

 宝具の発動は、彼女に任意で任せているが、それでも無駄撃ちは不味いことを、戦国武将の感覚として分かっているのだろう。

 

投影・現創(トレース・オン)

 投影した武器は―――手に握られることはなく、刹那の任意のタイミングで放てるようになっている。手には偽装のための「干将莫耶」を握りながら、白虎を維持できなくなった呂剛虎に向かう。

 

「ガンフーを守れ! 魔将!!」

「よそ見していられるものか!!」

 指示を出したフェイカーに苦い顔をした魔家四将の二体。どうやら主従関係としてはうまくいっていないようだ。ならば、なぜこのような連中を寄越したのか……分からないが、強化した肉体で走り出した刹那。

 その速度は、尋常の魔法師では出せない類いのもの。墓守の一族。姉弟子(グレイ)から直々に教えられた技だ。全身に駆け回る強化の魔力の前に硬気功を解き放ち、迎え撃つガンフー。

 

「させるものかね。行け!! 花狐貂(かこてん)!!」

 溶解液を放つ白いネズミのような使い魔を解き放つ魔礼寿。

 

 しかし、その動きが、途端に制御不能なものへと変化する。

 戦闘の轟音。幾重もの風切り音。ソニックブームとショックウェーブが渦巻く戦場でも、聞こえる弦の音。

 リーナと戦っている武将の琵琶の音ではない。それよりもはっきりとした弦楽器の音だ。

 

「な、なんだ! 僕の花狐貂が、制御出来ない!?」

(『読み取った』限りでは魔剣フルベルタ―――恐らく真作ではないだろうが、随分な業物だな)

 

 愛梨の「兄」。一色楼蘭の持っていた『剣』は、魔力の刻印を用いて一つの楽器を形成するものだった。チェロの大きさを剣を用いて作り上げた魔術武器―――弦が鳴り響く度に、神経インパルスに干渉する魔法が放たれる。

 

 神経攪乱の本懐は、こちらのようだ。愛梨が神経伝達を「高速化」させることに特化したのに対して、この人の方は、正しく魔法を伝達させたようだ。

 しかし、対人を想定している現代魔法にも関わらず、小さくても魔獣だろう使い魔に、よく神経伝達出来るものである。

 ともあれ、好機だ。

 

 行き掛けの駄賃とばかりに、使い魔を翔び跳ねるように斬殺しながら、刹那は駆け抜ける。

 ガンフーを狙っていることが分かった魔礼紅は、傘を前にして迎撃する体制。如何に防御を主眼とした武器とはいえ、それは神話に語られる武器。

 そんなもんで叩かれれば、当然無事ではすまない。遠距離戦で獲れないことを悟った愚か者を打擲する術はあるのだ。

 

「考えが浅いな!!!」

「お前が―――な! 次弾装填(ロードバレット)! 発射(ストライク) 天地を切り開け「イガリマ」(千山斬り拓く翠の地平)!!!」

 

 その時、あり得ざる現象が魔礼紅を襲う。迫り来る巨剣―――正しく山一つを切り裂くのではないかと言うほどにありえざる巨大な剣。

 剣の中に含まれた含有物なのか、緑色に輝くエメラルドも見える……。

 

 何より含まれている「魔力」の「桁」が違う。今までヤツがどこからか出してきた武器の量が、「50」だとするならば、今、目の前のものは―――「5000」はある計算だ。

 それが凡そ数十―――、槍衾のごとく虚空から競りだして、猛烈な勢いで一直線に飛んでくるのだ。

 

 恐怖しながらも混元傘を最大展開……は出来なかった。今までの戦いで、礼紅の宝貝は、限界強度に至っていた……。

 それゆえの失態。抜かったことを察しながらも、その巨大な投擲物の乱射を防ぐべく傘を振り回して、跳ね返す。

 

 強烈な圧で身が盛大に揺さぶられる。斬山剣の中に隠れた赤い妖術師。

 奇襲のチャンスを狙ったのか―――颶風と共にやってくる剣を防ぐ、防ぐ―――およそ(とお)も、弾いた時点で何かに気づく。

 気付いた時には、自分の跳ね返しで、あっさり崩れ去る大剣を見る。 見たことで気付いた。

 

「投影魔術による―――ハリボテか!?」

「正解! お前が感じた魔力量は、俺の魔眼による「幻術」だ!!」

 

 行き過ぎたイガリマに乗っていたのだろう刹那の声は、後ろから響いた。

 魔眼による意識制圧。それによって見ていたものを錯覚させられた。だとしても、こうも精巧なフェイクを作り上げるとは―――。

 

(本物を見たことが―――)

 振り向き様、傘を翳そうとした魔礼紅の首に半ばまで入り込む黒い陰剣。ざっくりと入ったことで、振り向けず、演劇途中で糸が切れた人形の如く、千鳥足を演じる。

 

 そんな魔礼紅の首を刈り取るべく、白の陽剣を手に迫る刹那。陰剣―――莫耶が入り込んだのとは逆方向から切り込む陽剣「干将」

 両側からの圧力を加えられて、疑似サーヴァントの首がゴムまりのように跳ねた。

 

 霊核に対する明確なダメージであったらしく魔礼紅のテクスチャが剥がれ落ちて、傀儡の兵―――、恐らく中華様式だろう髪型が特徴的なオートマタが、四肢をばらばらにして崩れ落ちた。

 どうやら、これがトリックのようだ。

 

「れ、礼紅……!?」

 呆然とする魔礼寿。使い魔たる花狐貂の制御も覚束ないでいるところに、刹那は走り込む。

 狙われたことを察した魔礼寿。そんな状況だというのに、虎は動かない。

 奇襲のタイミングでも図っているのかもしれないが、構わず刹那は走り出す。

 そんな状況に―――一色楼蘭は走り込んできた。

 

「援護させてもらう! 遠坂刹那!!」

 魔力の線で刀身を形成させたフルベルタを手にしてやってきた一色楼蘭の姿に、少しの迂闊さを思うも―――、虎への警戒は怠ってはいけない。

 その際、虎の持っていた黒い方天戟が、『変化』していることに気付く。

 気付いた結果、刹那の注意がそれていることに気づき、楼蘭のやったことに脅威を覚えていた魔礼寿の花狐貂から溶解液が飛んできた。

 

 だから後ろの方で、弦をかき鳴らしていれば良かったというのに、相手の迂闊さよりも己の迂闊さを呪ってから、遠坂の家門を模した魔法陣を楼蘭の前に展開。一手遅いが、重要部―――頭部や腕などへのダメージは避けられた。かかったのは「胸部」付近。

 

「私のことは構うな! 被弾覚悟で、妖怪将軍を討ち取る!!」

「唯者風情が―――!!」

 楼蘭から刹那への言葉で激昂した魔礼寿だが、その時には花狐貂の攻撃が―――魔力の光線に変わっていた。

 アオザキの使い魔にも、こういったものがあったそうだが、ともあれ、それらを弾きながらも前進する。

 

「最後の一歩! 俺が上! あなたは前!!」

「ダッコール!!」

 

 「アメリカ的フランス語」の発音に苦笑いをしてから、刹那は『宙』に己の体を投げた。

 まさか、そんな軽業のような真似をしてくるとは思っていなかった魔礼寿だが、花狐貂の数を見くびっている。

 瞬間、全身から使い魔の全てを解き放つ―――その数は凡そ100は下らぬ使い魔―――それらで作り上げる一斉砲撃が、目の前の妖術師たちを貫く。

 兄弟を、魔礼紅を屠った貴様らに対する返礼だ。

 

「滅べ!!」

「お前がな!!!」

 

 空中に身を踊らせながらも、その手に得物を握る刹那。一斉砲撃を目論む怒りの妖怪仙人に対する意趣返し。

 その手に握った長剣の正体を察した魔礼寿が驚く。驚いた瞬間には、宙で剣を振るって、花狐貂という使い魔全てを切り裂き、焼き払い、灰すらも風に拐わせた。

 

「青雲剣!? 何故―――」

 どすっ!! という音で、真正面から「フルベルタ」を投げ込まれた魔礼寿の言葉が止まる。

「こ、このまま「食われて」―――」

 

 ごっそり体の真ん中を失っても、まだ生きている魔礼寿。それに止めを刺すべく、地に降りる前に一色楼蘭に「二刀」の青雲剣のうちの片方を投げ渡す。地に突き立つ前に、その剣を握った楼蘭は走り出して、魔礼寿の後ろに着地した刹那も、衝撃残る体であっても瞬発で駆け出して―――。

 ラッシングの嵐を食らわせた。高速の刺突を繰り出しながら走り抜けた二人、その時には……魔礼寿という存在はなくなっていた。

 一つの突きで十の刺突が繰り出される。それが走り抜けるまでに、50は繰り出されたのだ。

 

 死に体であった魔礼寿に耐えられる道理は無かった―――。

 そして、その時……言葉が聞こえた。

 

「もう二人を殺してもらわなければ「完成」には至らない―――」

『どういう意味だと思うマスター!? フェイカーは―――勝とうともしていない。「負けよう」ともしていない! まるで私との戦いを長引かせようとしている風にしか思えない!!』

 

 ランサーが聞かせてきたのは、戦闘の際に彼女が聞いたものを記録する宝石からのものだ。護符としての効果もあるが、情報(マトリクス)を得るための手段として、これを刹那は徹底させていた。

 そして聞こえてきた言葉と、呂剛虎の笑みと更に変化した方天戟を目にして、察する。

 

「謀られたな……オニキス!!」

『ポータルは見つけた。あの殺人貴ほどではないが、現実に帰還することは可能だ。いいんだな!?』

 最初っから逃げの一手を徹底しておくべきだった。だが、千葉修次の男気に、剣士としての意地に……仏心を出してしまったのが、この状況だ。

 

『他人のせいにしちゃいかんよ刹那(マスター)。やるぞ!!』

 たしなめてから、ポータルに何かをして干渉したオニキスによって、途端に空間がぐにゃりと歪みだす。

 足元の不安定さ、そして全ての景色が揺らめく、これで『壺』の中身は完成には至らないはずだ……。

 

「潮時―――といったところか。手間隙掛けた割には、得られたものは二つになってしまった」

「すまないガンフー」

「お前が謝ることではないだろう。王貴人……俺の為に尽力してくれているという、お前を責める言葉はない」

「……帰ろう」

「ああ―――」

「ただで逃がすと思ってるのか……! 俺を、俺の先輩や、友人の兄貴たち―――俺の女を利用しておいて!!」

 

 跳躍か、それともフェイカーの魔術ゆえか―――両方だろうもので遥か頭上に舞い上がったルゥ・ガンフーは、フェイカーの戦車に乗り込んだ。

 二人の会話に割り込みを掛けながらも、いざとなればランサーの乗る馬に「飛行」を付与してやろうかと思っていただけに―――。

 

「ああ、逃がさせてもらう。そもそも―――この空間は私が形成したものなんだからな」

 手を翳したことで、虚空に裂け目を作り出したフェイカーは、その裂け目に戦車ごと飛び込んだ。

 主を失ったことで、空間が割り砕けて―――現実座標に適した場所に出ることに成功する。

 幸いなことに、立川の病院内ではないようだ。どこかの公園。無論、東京都内だろうが……人気がない、無人であることに安堵する。

 

「どうやらはぐれてしまったようだな」

「修次さんと摩利先輩は、元々デートの予定だったからいいんですけどね……」

 一番恐れていたのは、手術中の病室やナース達(女)の更衣室にいきなり現れることだったが、そういった事は避けられた。

 取りあえず離れている連中に、連絡を取ろうと思い、端末を弄ろうとした自分に近づいてくる一色楼蘭……その姿を直視することは出来ない。

 

「色々と助けられたな。ありがとう刹那君……」

「いや、俺の方こそ巻き込んだ形なんで、お構いなく……」

「謙遜しない方がいいね。君は多くの人々を助けられる人間だと感じた。愛梨ちゃんも、それを本能的に分かっていたからこそ、惹かれたんだろう……」

「そりゃどうもですが……想いには応えられませんよ」

「―――残念だな。本当に―――、ところで何で……先程から私の方を「見ないんだ」?」

 その理由は明白であったが、この人が気づいていない理由がわからなすぎた。恐らく魔力の「鎧」を着ていて不感になっているからだろうが、それにしても……。

 

「ちゃんとヒトと話をするときには、相手を見て正面から話をするんだ。分かっていない子じゃないと思っていたんだが……」

 当たり前だ。そんなことは母親からいくらでも躾られてきたことだ。まぁ魔眼の訓練や対策で、あまり正面に立つなとも指導されたが……それはともかくとして、今現在の状況を端的に言うと―――かなりピンチである。

 

「えーと……ですね。ローランさん……端的に言えばですね。俺は、あなたを積極的に見れないんですよ」

「何故だ?」

「見えてはいけないものが見えているからです。ああ、もちろん亡霊にとりつかれているとか、そういった類ではなく、現実に則してのものです―――」

「え?」

 

呆けるローランさん。その顔を今度こそ真っ直ぐに見つ、赤くなりながら告げることにした。

 

「あなたの、その……大変に立派な胸が、「乳房」が見えています……男性にあるかもしれない女性化乳房ではないんでしょうね。つまりは―――そういうことです」

 

 周りに知人がいれば、なんと以て回った言い方をすると、普段の遠坂刹那にあるまじき発言をたしなめていた。

 一色家長男「一色楼蘭」は、どういう意味合いがあるのかは分からないが―――「女」なのだった……。

 

 ぷるんぷるんと外気に震える己の「象徴」を認識して、段々と赤くなっていき、最後には―――刹那が投影したマグダラの聖骸布を奪うように受け取ってから―――。

 泣きながら拳を振りかぶられた……。

 

「いやああああ―――!!! 年下の男子に初めて裸体を見られたぁあああ!!!!」

「ぶげらっ!!!」

 変な悲鳴を上げながらも楼蘭―――『フローラ』さんのアッパーカットで吹き飛ばされる……吹き飛びながらも考えることはひとつ。

 

 ―――アイリよりもバストサイズがあるぶんスタイルいいんだな……。

 そんなアホなことであった……。

 



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第141話『家族の想い』

遂に現れたフェイカー。

グランドロールで俯瞰とはいえ、出てきた骨ドラゴン―――、動画で見ると凄い―――骨です(え)

磨伸先生も言っていたが、確かに原始電池はイメージと違った。アンソロジーで金ぴかの中に世界最古の電池があるとしていましたからね。驚きでしょう。

そんなこんなで新話どうぞ。


 

 

「いやー、それにしても長いねぇ」

「女の買い物が長いなんてのは、太古の昔っから分かっていたことですけどね」

「それに付き合わされる男の気持ちにもなってほしいかなぁ」

「ナベ先輩は、そういうの無いので?」

 

 何気ない刹那の言葉に隣にいた修次氏は苦笑い。どこでも女というものは、そういうものらしい。特に……三人もいれば……。

 

 少し前までは、男三人に女二人、ダ・ヴィンチちゃん、大酒呑みの水樹奈々(?)という構成だったのだ。

 それが、いまや変わってしまっている……あな恐ろしやである。

 

 ちょっとしたショッピングセンター。現代では骨董品のように廃れている大型の施設が存続している理由とは、最終的には、自分の目で見て品物を買いたいという願望を誰もが持っているからだ。

 特にこの立川近辺、俗に国分寺市、立川市、国立市……。この辺りはいまだに21世紀前半の風情が残っていた。

 

 そんなわけで―――。

 

「セツナ―――、お待たせ―――♪」

 

 ショッピングセンターのフードコートに、ようやくやってきた姿。金色の髪をロールのツインにした四六時中見ていても飽きない姿を先導にして、三人の美少女、美女がやって来た。

 手を大げさに振りながらやって来るリーナに軽く手を振ってから、奥にいる二人を見る。

 

 一人は黒髪に麗しい面貌。美少女というよりも美人というべき人間。

 年のほどはリーナと変わらないはずなのだが、大人っぽく見えるそういう顔立ちだったのだろう渡辺摩利の姿を確認して、その後ろに、その摩利よりも年上の美女を確認する。

 

 数時間前までは金髪の美男子として、髪を纏めていたそれは解かれて、ストレートロングとして背中に掛けている。

 格好の程は、完全に男ではなく女性らしいもの……かなりフェミニンなもので仕上げられていた。

 ピンク系統でまとめあげられながらも、リーナが好む「ガーリーファッション」というよりも「フェミニン」な……年相応というと失礼かもしれないが、そういう服装である。白のブラウスに黒いミニスカート。

 その上から羽織っている短めのトレンチコートが、長い脚を強調してくる。

 

 少しだけ恥ずかしいのか、赤くなっている辺り、色々と着せ替えさせられたのだろう。

 それだけお互いの「彼女」の「悋気」が凄かったとも分かるのだが……。

 

 そんな一色楼蘭改め「一色フローラ」氏の姿を見て、男二人は感想を述べる。

 

「「なんで、そんな『女の無駄づかい』していたんだ……」」

 

 男でいる理由が、さっぱりわからない限り。ここまでの美人さんを表に出していれば、人生だってもう少し違ったものだったろうに、という思いばかりが、男子二人から出てくるのだ。

 

「い、色々と家の事情とかあるんだ。特にナオツグだって分かるだろう! 家の長男の姿を見てきたんだったらば!」

「そりゃ、和兄には苦労を掛けているとは思っているからね……」

 

 武門のなかでは優秀で、兄より優れた弟でありながらも、長男に苦労を負わせていることを指摘されて、修次さんは苦笑してしまう。

 

「にしても、同室のルームメイトなんですよね? 気づかなかったんですか?」

「うん。実際、ランならぬフローラは、結構堂々としていたからね……いや、本当だよ。摩利。僕は、なにも知らなかったんだ」

 

 一昔前のライトノベルでは使い古された手。一種の軍事学校に入ったらば、そこにいたルームメイトや転校生は、男のフリをした女。

 とんだ「ワンサマー」な状況だった修次さんに、疑いの目が向くのは仕方ない。そのぐらいナベ先輩の目はすごかった。

 

「安心してと私が言うのもなんだけど、私はナオツグには全く興味が無いから、だから「メタモルフォーゼ」で隠蔽していたとはいえ、真っ裸に近い姿を見せていたわけだし、ね?」

 

 それはそれで、問題ではなかろうかと思う。第一、男扱いされていなかった修次さんのテンションがマイナス状態に。それを見て彼氏をバカにされた(?)ことに腹をたてればいいのか、安堵していいのか、複雑な表情のナベ先輩の顔。

 はっきり言えば、めんどくさい人間関係が生じているのだった。

 

 ともあれ一種の隠蔽魔術。永続的なそれで、今まで男として暮らしてきた華蘭(フローラ)さんの動機が読めないのである。

 

「それに、男の興味で言えば、どちらかと言えば刹那クンに興味あるかなー♪」

 

 その言葉は爆弾であり、自分たちが占有しているテーブル。そこにいたもう一人の金髪の怒気が上がる。熱っぽい視線で、こっち見ないでほしい限りである。

 

「そもそも、キミとリーナちゃん。最初っから私が「女」であるって確信していたでしょ? 最初の挨拶とか、あからさますぎたし」

「あれは、あの時点では妹君のことで悪罵を吐かれての意趣返しと、さらに言えば、ナベ先輩の恋路を邪魔するじゃなかろうかという懸念ゆえの言葉だったんですよ」

 

 気付けた原因は、秘密―――というわけにはいかず、少しばかり説明をすることにする。

 人間の性質に起因する一種の魔力測定方法。簡単に言えば、女性であれば陰性の魔力が体から迸る。あの里美スバルですら、男らしさを気取っても、刹那の目には女性特有の魔力が見えるのである。

 魔力に色があるかどうかというのは議論の余地があるが、スヴィンのように、脳髄にある魔術回路が一種の「イメージ」として示してくるのだろう。

 

 と言ったことを、秘しながら掻いつまんで言うと、感心したのか意味不明な理屈と思ったのか、様々な顔だった。

 

「もっと言ってしまえば、俺も両性具有みたいなところですからね。お袋は魔女の類で、その陰性の術。「魔女術」を受け継いできた「男魔女」(ウォーロック)ですから、フローラさんの性質が似ていると思えたんです」

『第一、君の目は魔眼の類だからね。触媒として敏感に感じ取っちゃうんだろうね』

「ワタシのパレードによる偽装も意味なかったものね。アナタの前では、全ての魔法はひれ伏すのかしらね?」

「さぁな」

 

 誉めてるんだか貶しているんだか分からぬリーナの言葉に返しておきながら、ネタバレとしてはそんなところだった。

 目がいい達也とて一発で感付く。そういうレベルの話である。

 

「精進しなきゃダメだな。僕にはなにも分からなかったから」

「いやぁ分からなくていいんじゃないですか? ナベ先輩の苦労がマックスになりますし」

 

 ともあれ、諸々の都合はあるとはいえ、ルームメイトであることは解消されて、軍部から一種の経歴詐称による沙汰もありえるかもしれない。

 その辺りは師補十八家に名を連ねている一色家の権勢にかかっており、自分達になにかできる話ではないはずだが……。

 

 一色家のスキャンダラスな事情ではあるが、あえて聞こうとは思っていない。そう思っていたのだが……。

 

『そうですか、お兄様、いいえお姉様の事をセルナが…………』

 

 オニキスを通じて出てくる一色家本邸だろう場所の様子。プロジェクションマップで、テーブルの鏡面に、それを写し出してきたのである。

 

「口をつぐんでおけ。というならばそうしておきますが……」

『千葉道場の麒麟児や、魔宝使い、魔宝使いの嫁など、そんな有名人に知られておいて、それは無理だろう。第一、僕だってフローラちゃんを、娘を、ちゃんと女の子として世間に出したかったんだ……!』

 

 この世界の人間というのは、一々人の異名とか二つ名を再認させるように言わなきゃ、他人を認識できんのかい。とツッコみたいのを抑えておく。

 テーブルに映る顔を見ては―――そんなことは言えなかった。

 

 一色家当主、アイリの親父さん。純日本人の顔―――若干、獅子を思わせるその顔が苦渋に歪みながら、手を握りしめて大仰にする様子に白けつつも、本心が無いわけではないだろう。

 だから表情には出さないでおいた。

 

 こんな20世紀終わりごろに出てきた伝説の恋愛シミュレーションゲームの、「レイ様」みたいな事態、俺には荷が重すぎる。とお道化て説明すると、ご当主はそこに食いついてきた。

 

『おや? 刹那君もアレを知っているのか!? いやー何か親近感わいちゃうなー……時を経て不死鳥のごとく蘇った「ときめきカルデアス」―――システムを継承したアレも、いいもんだよ……』

 

『お父様ってばドラク○Ⅴでも、ビア○カしか選びませんものね。なのにお姉さまの名前はフローラとか……まぁお母様が名付け親ですもんね。最終的には金髪の判断に任せるとか……』

 

『もうっ! マッサンのブロンド好き!! アイシテイマスよ―――♪』

 

 余計な一言を申したばかりに、変な共感を得てしまった。

 それはどうでもいいとしても、ここまで『いい家族』を見ていると、少しばかり泣けてくる。というわけで泣けてくる前に、リーナが膝においていた左手を握っている間に、話の先を促しておく。

 

 御当主「一色 真斗」氏によると、こうなってしまった原因は、自分にこそあると悔やむように言ってきた。

 

 そもそも、現在の一色家の本家筋にとって、愛梨の母親は想定外の嫁入りであったそうだ。

 

 真偽不確かな「エステ家」の人間。いわゆるブラダマンテとロジェロの家系に端を発するというフランス人の嫁。

 それなりの魔法能力は存在していたが、それでも元の婚約者……一花家の人間を退けてまで、目の前―――鏡面に映る御当主は、親戚や分家の抵抗を押し退けてでも、結婚にこぎつけたらしい。

 

 一時期は、家を出ることも考えていた二人を押し留めたのは、当時の当主であったそうだ。

 結果的に完全に祝福されていたわけではないが、それでも彼ら二人の結婚は家に認められたものとなった。

 

『若い頃の無茶が祟ったな……兄弟……従兄弟や叔父貴たちに無茶を通したせいか、最近は彼らの要求を呑まされっぱなしだよ』

 

 愛梨、華蘭からすれば、大叔父、叔父からの圧力はやっぱりあったらしい。

 実際、自分が三高をモノリスで倒し、一条を地に伏せさせたときなど、「陰謀の虫」が疼いたほどだ。

 愛梨をミラージで勝利に導くことで、一色家の権勢を誇る……そんな目論見は、義姉の手で灰塵に帰したわけだが……。

 

『時代遅れも甚だしいが、次期当主を男として喧伝することで、一条に対抗しようという腹に乗らざるを得なかった……』

 

 短慮の限りだが、よく今までばれてこなかったものだ。こういった貴種や、庶子が性別を偽って何かを成し遂げようという話は、大体は思春期段階でどうやってもバレそうなものだが。

 

「そこは父を責めないでやってくれ。私が望んで一色家のために受け入れたんだ。愛梨ちゃんがブラダマンテになるというのならば、私がリナルドになることで、家を守りたかったんだ」

 

 別に責めるつもりはないので、嘆息しながら少し拗ねつつ言っておく。

 

「別に俺に御当主を責める権利はありませんよ。つもりもありませんしね。……麗しき家族愛に、俺は何も言えないんで」

「セツナ―――、今日辺り、すっごく『安全日』だから甘々でラブラブしよっか?」

『アンジェリーナァアアア!!! セルナ! 私も今からそちらに向かいます。お姉様と一緒に三人組手をしましょう!』

 

 拗ねた態度を取った自分に、ラブ攻勢をかけるリーナ。それに反応して金色夜叉になる一色愛梨。

 

 しまった。こういうことを言うと、最近のリーナは『未来の母度』を上げてくるのである。

 

 将来の夢は『通常攻撃が全体攻撃で二回攻撃な母(源頼光)になることです』などと、億面もなく言ってのける感じになっているのだ。

 こりゃマズいなと思いつつも、こんな自分なんでお嬢さんの恋心を断ち切ってくれれば、などと思っていたのに……。

 

『いやはや、ウチの娘二人をもらってくれるならば、こりゃ万々歳! けれど、もう少し待ってくれ!! まだ心の準備が出来ていない……!』

 

 世の父親というのは色々あるものだが、残念ながら「結構です」と言うことで納めておいた。

 

「そんな、私のダイナマイトな胸をすっごく凝視したというのに、責任を取らないなんて刹那クンのスケコマシ!! 姉妹丼のチャンスを逃したことを後悔するわよ!!」

 

 日本語の意味を正しく理解しろ。半分フランス人。姉妹揃っての言動に頭を痛めてしまう。

 

「摩利、刹那君っていつもこんな感じなのかい?」

「大まかに言えば、いつでもこんな感じだ。どうにも女心をくすぐる存在らしいな……私は全然だがな」

 

 カップルの会話を側聞しつつ、話の内容は纏まる。

 数日以内に『一色桜蘭』あらため『一色華蘭』を一色家『長女』として魔法協会を通じて宣言。同時に国防軍にも謝罪しつつ、軍籍剥奪などにならないように尽力する。

 

「自分にとって『ラン』は戦友です。まさか女だとは、ちょっと予想外でしたけど……何も変わりませんよ」

 

 千葉家としてではなく、一人の男として、そんなことを言う修次にナベ先輩は、うっとりとした顔をしている。

 シュウ……などと乙女の顔をしている様子は、みんな(エリカ除き)に見せてやりたいものである。

 

「ありがとう。ナオツグ。感謝するよ」

「なんというか、僕には女の子女の子しないんだな……」

 

 浮気を望むわけではないが、少し寂しげな修次さんに苦笑しながら、話し合いは終わった。

 一色家―――即ち家と家の権謀術数の限りとまではいかずとも、汚点の一つは、こうして暴露されることとなった。

 

 誰かに暴かれるよりも自らバラしてしまった方がいい。

 スラー襲撃……それに起因する冠位決議(グランドロール)の際のことを聞かされたことを思い出した。

 

『そちらは、どうやら『騒がしい』ようですが、無事のようで何よりです……無茶はせずに。お姉様によれば、かなり危険なことをやっているとか』

無問題(モーマンタイ)。横浜で会うまで数日だ。それまでに解決したいというのが、本心なんだが、な」

 

 愛梨に安心してくれと言い切れないのは、あのフェイカーは、存外生きるかもしれないからだ。

 事態は長引く。そんな予感だけが刹那の胸を占めるのだった。

 

 愛梨との会話を終える。それを合図に一色家との会合も終わりを告げる。

 そして話は先程の戦闘のことに移る。知ったからといって、何が出来るわけではないが、それでも知らせておくことに意味はある。

 

「あの男、呂剛虎は、大亜細亜連合の中でも白兵戦魔法師、知られている限りの『世界』の中でも十指に入るマンハントマギクスだ……そんな男が、何もせずにただ棒立ちであった原因というのは、何故だ?」

 

「あの魔家四将という再生人間たちが、呂以上であることは疑いがないんだけどね。刹那クンは何か分かっているの?」

 

 国防軍の若き士官候補生。肌身で感じたサーヴァントの力を前にして、萎縮しなかったのは結構だ。

 しかし、面倒なことに巻き込むのは躊躇してしまう……。

 

 刹那の逡巡を割るかのようにオニキスは説明を続ける。事態の早急な終息を優先したようだ。

 

『端的に言えば蟲毒の壷というヤツだ。あの男、ルゥ・ガンフーの持っていた方天戟という武器の形状は、一体の疑似サーヴァント体を倒すごとに変化していった。

 そして魔家四将の言葉から察するに―――、彼らは、ルゥ・ガンフーを強化するためだけに呼び出されたようだ』

 

 もっと言ってしまえば、超常の魔術師たちがぶつかり合う、本気の戦いで生じる熱量が必要なのだ。

 蟲毒の壷という呪いの性質上、相争うことで最強の『毒』が出来上がるのだから……。

 

「けれどワタシタチと、アイツらとの戦闘は偶発的なものだったはずよ。確かに『瘟』の一言で異空間を敷設出来るならば、どんなタイミングでも構わないのだろうけど」

 

 リーナの言葉は確かにその通りだ。フェイカー勢にとって、こちらが浅野先輩の見舞いに来るなど予想外だったはず。

 

『その疑問はもっともだ……だが、やはり最初の言葉通り『手勢』を欲している。

 日本警察の手際でそこまで貧しているならば、分からなくもないが……手勢を欲するということは―――何か『大きな作戦』を狙っている。そう考えるのが筋だろう』

 

 ゲリラ作戦を展開するならば、手持ちの戦力人員は、少勢の方がいいに決まっている。

 多くの人間を抱え込めば、その分動きは鈍重になる。仮に、人員がすべて魔法師だとしてもだ。

 

「大きな作戦か……やはり考えるに、八王子クライシスの再現かな」

「あり得ますね。まぁサーヴァントなんて規格外の使い魔を手にしているんだ。余程の相手でない限り、神代の魔術師……仙術道士に勝てはしないからな」

 

 フェイカーのサーヴァントは『英雄の影武者』という性質上、呪詛を弾き、呪詛を跳ね返す。魔術師としての適性が求められる。その要件で言えば、王貴人は最適だ。

 

「……グアムに行く予定は、キャンセルになりそうだな。摩利、急遽の話で悪いけれど、『横浜』当日までこちらにいることになりそうだ」

 

「シュウ……分かってる。別に構ってくれないことには何もないさ。一敗地に塗れたのは私も同様だ。ルゥ・ガンフーに食い殺されないならば、魔礼青と戦う機会はいずれ来る―――悟りを開こう」

 

 恋人の仕事の予定がキャンセルされて、それでも自分を構ってくれないことを悟ったナベ先輩の言葉は出来た嫁のそれだった。

 しかし、その顔に少しの寂しさも滲んでいたのを理解した修次氏は、破顔一笑してから―――。

 

「それじゃランも着飾っていることだし、刹那君。ちょっとお兄さんに付き合ってダブルデートと洒落込まないかい?」

 

「俺を巻き込んで恋人の機嫌を直さないでくださいよ。まぁ、フローラさんは、明日には『市ヶ谷』に出頭―――というと語弊はありますが、まぁその前に少し遊ぶぐらいは、礼代わりにさせてもらいますよぶっ!!」

 

Montjoie(モンジョワ)! ありがとう刹那クーン。そんな風に言ってくれるなんて、お姉ちゃんは感謝感謝だよ―――♪」

 

 むにゅむにゅと胸を刹那の顔面に押し付けてくるフローラさんの行動で、刹那の言葉は遮られた。それを見たリーナの怒りが有頂天。

 姉的属性の女は、今まで刹那の周りにいなかっただけに危機感を覚える。

 

 そもそもこやつは、そういった年上の女を忌避していただけに油断していた。積極的な『姉ビーム』の連射に、『嫁ビーム』と『母レーザー(未来基準)』で対抗する。

 そんな馬鹿騒ぎを終えて、二組の男女のカップルは、東京都内に遊びに繰り出して……その様子を数人の知り合いに見られ、翌日の騒動になるのだった……。

 

 舞台の第一幕は終わりを告げつつある―――舞台は海辺の街。多くの騒動に愛された横浜に移りつつあるのだった……。

 

 

「いよいよ、か」

『そのようだな。君の願いは分かっている。だが……魔宝使いと関わりすぎたな』

「リーレイの保護者として、彼ほどいい人間はいない……が、それを許す人間ばかりではないのだろうな」

『朋友。君の願いは―――叶えたくないのだよ……』

「先に地獄で席を取っているだけだ。最後の最後まで、こちらには来るなよ」

 

 そんな不穏当な会話を終えた老魔法師は、朝焼けに染まる横浜を見て、小学校に通うべく登校を開始する孫に手を振って―――、苦しくなった顔を隠して、そして決断の日を待つのだった……。

 



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第142話『狐が来たりて笛を吹く』

やっばいわー。複数アプリの夏イベントで回り切れない。何より―――ロストゼロで水着リーナがさっぱり当たらない(涙)

フレンドのみんなが手にしているのがすごく妬ましい。

そんなこんなで新話お送りします。


 休日明けの月曜日。

 

 間もなく、横浜論文コンペティションが行われる日に、全ての人間たちが追い込みをかける。まぁこの日にちに至るまでに、八割方を終えていなければマズいのだが……。

 そんなわけで、論文コンペのメンバーの一人は、休日登校の際のことと、その翌日の日曜日に関して、根掘り葉掘り聞いてきやがったわけである。

 

「成る程、つまり浅野先輩の見舞いに行ったらば、そこには渡辺先輩とエリカの兄貴(次男)もいて、さらに言えば一色愛梨の『姉貴』とも出会い―――、不意のサーヴァント・魔術戦闘を行った、と」

 

「華蘭さんとの出会いは予定外で、後半も想定外だったがな」

 

「想定外など想定内の人生(マイライフ)を歩くダーリンで、休まる暇が無いわ」

 

 重箱の絢爛豪華な料理を摘みながら、集まったメンツが話し合うことなど、そんなものである。

 口中の鮮やかさとは、実に真逆の殺伐とした事態に苦笑いを隠せない。

 

「戦闘自体は痛み分けになった上に、フェイカーは今だに現界中だ……」

 

「そこはどうでもいいな。問題はお前が―――『一色の姉貴』を侍らせてリーナとデートしたことだ」

 

「そこを気にするか、達也」

 

「俺が論文コンペであれこれ頭を悩ませながら、九重八雲(ハゲ)の下で修行をやっている中、美少女と美人のお姉さんとデートとか、楽しそうな限りだな」

 

 達也のまるで恋人の浮気を咎めるような口調に、どう言えばいいのやらである。

 要約すれば「料理のケータリングよろ」。2019年頃から流行った「宅配料理サービス」のごとく自分を呼びたかったようだ。

 

 もちろん、サーヴァント戦や魔術戦に関して聞きたいのもあるだろうが、休日二日間は、達也の要請を無視してしまったのだ。

 

「怒るなよ。そのお陰で、この『ウツボのフルコース』が食べられるんだからよ」

 

 その言葉で、達也が重箱を見ると、唐揚げに、煮付けに、蒲焼、しっかり火を通したのだろうタタキまであるのだ。出来れば、刺し身も欲しかったのかもしれない達也の視線を見てから、深雪は疑問を呈する。

 

「にしても、そんなに大漁だったんですか? エリカも家で食べたんでしょ?」

「まぁね。次兄上が、キレイに捌かれたウツボの開きとか色々レシピを持ってきて、料理をしている時にはどうしたのかと思ったわ」

 

 和兄も手伝っていたし。という嘆息気味の言葉で、お前は何もしなかったのか? という疑問が出てきたが、あえて口にしなかった。だれも藪蛇は勘弁なのである。

 

「その原因は、これか……」

 

 そう言って、レオが端末で示してきたのは、男女の集団……魔法科高校の在校生、卒業生的集団と紹介されたが、東京湾にて釣りを楽しんでいる様子に、最終的には釣れすぎた魚を捌いて振る舞う様子が紹介されているのだった。

 

 動画に映る美男美女の集団に知り合いの姿がちらほらあるのは、何とも奇妙な気分になる。渡辺先輩も質問攻めだったんだろうなと思わせるものがあったのである。

 

「端的に言えば、グループデートをしていて映画を見に行ったあとに、修次さんのリクエストを聞いたらば、釣りがしたいって言ったんだよ」

 

「刹那くん、今日はフィッシングで勝負だ! とかそういうこと?」

 

「うん、元ネタ分かりにくいけどありがとよ幹比古……大体は、そんな感じかな」

 

 別に勝負というわけではないが、ゲームセンターに行くには目立ちすぎる面子。更に言えば、そういう気分ではなかったので、適当に堤防から投げ釣りをすることにした。

 

「リーナさんは、それで良かったんですか?」

 

 美月の何気ない質問に、リーナは我が意を得たりと言わんばかりの笑顔を見せる。

 

「モチロンよ。ステイツでは、何度かセツナやユーマって近所のお兄ちゃんとかと(レイク)(オーシャン)にと、大物を釣りに向かったもの。セツナとフィッシングデートも定番のコースよ」

 

 とんだ『ミスター(ミス)釣りどれん』な内情を暴露するリーナだが、どうやら魔術師すぎる自分の生活に『釣り』というものは、似合っていないように思われているらしい。別にいいけど。

 

「いや似合わないってわけじゃないですよ。ただ意外だなーって思ったんですよ。休日は、二人でゆっくり家にいるのが定番だと思っていましたから」

『『それも一つだ』』

 

 とはいえ、基本的にアクティブなリーナを家の中に閉じ込めておくのは無理なので、そうなったわけである。

 

「虫が大の苦手なリーナのイメージじゃないからな」

(インセクト)は無理でも、ワームは大丈夫なのよ。そういう国だし」

 

 食事中に話すことではないが、まぁそういう『食文化』は、合衆国にあったのである。

 

 とはいえ、『ロンドンの霊墓』にて、眼を輝かせる『トレマーズ』相手に悲鳴を上げていた女の言うことではないと思えた。

 

(あんな環形動物門貧毛綱の生物が、魔眼を輝かせるとかアンビリーバブルすぎるわよ!!)

 

『盗掘作業』のことを思い出した刹那に念話での抗議。まぁ分からなくもない。

 

 話を釣りデートに戻すと、まずまずそういった風な休日であると締めくくっておく。

 余談程度ではあるが、一番の大物を釣り上げたフローラさんと、アタった後に横で密着しながら指導していたのは言わなくてもいいだろう。

 

 リーナには冷たい眼で見られたのだから……。

 食いきれない分は、騒ぎを聞きつけた周囲の人々に簡単に調理したり、生で持って行かせたりと、『お裾分け』することにしたのである。

 

「グロテスクな魚とはいえ、捌けば豊潤な旨味溢れる白身だからな。んで―――そんな恨み言言うためだけに、こんな会食になったわけじゃないだろ? 達也」

 

「いや、半分はそのつもりだった」

 

 半分もあるのかよ。というこちらの視線に構わず、達也は話を続ける。続けてきた中で意外な名前が上がったことに少し驚く。

 

「司先輩から電話が?」

「今は賀茂だがな。浅野先輩は彼と付き合っていたそうだ。まぁ本人の申告によれば、半年ほどの付き合いだったそうだが」

 

 意外な事実に少しだけ驚くも、それだけで続きを促す。

 

「別れた女に情を残すタイプには見えなかったけど?」

 

 付き合いが長いわけではないが、あれほどまでに元・会頭とやりあった男だ。肚の座り具合は、並ではあるまい。

 最後には、ここを去ることを決意した―――そういう男なのだから。

 

「未練がましいのは、浅野先輩の方だな。数日前の事を起こす前夜に、こんなことを甲先輩に言ったそうだ」

 

 

 ―――魔法師社会を覆す。アナタをもう一度、魔法師として表舞台に立たせる―――私も―――これに乗るから―――。

 

 洗脳されていたことを考えれば、たどたどしい文言。当然の状態とも言えるが……。次の録音メッセージで血の気が引いた。

 

 ―――神の『権能』。本当の意味での『神代の時代』を再生することで、全ての魔法師は同じスタートラインに―――立つ……。

 

 ぶつ切りの音声のあとには、『真澄!?』と心配そうな声を出す甲先輩の声が聞こえた。そこで音声の再生は終わっていた。

 

 全てを聞いて、まだ完全ではないが、穏やかではない文言が聞こえてきた。

 

 そう―――それは魔術師『遠坂刹那』の意識では、あまりにも『正解』すぎて『くだらない』と感じる。

 だが……魔術師以上に、まだまだ『若芽』の『魔法師社会』では、もしかしたらば、受け入れることがあり得るかもしれない。

 

 スラー襲撃の一連の顛末。エルメロイ先生ことウェイバー教授と、ロード・エルメロイⅢ世ことライネス・エルメロイ・アーチゾルテが語ってくれたこと。

 

 しかし、それを『行う素地』が、ここにあるのだろうか? 

 

「お前は、これを聞いてどう思った?」

 

「下らない話だ。魔法師というのは人理版図に刻まれた『異能力者』だ。それが、今更……『神の権能』(ギフト)に縋ろうだなんて愚かしいよ。

 贄を捧げ、神を敬うことで奇跡を願う心を失ったからこその『現代魔法』だ。

 だが……俺の頭の中に覚えている『ある術式』が『成功』すれば、可能性はある。

 俺の講義、エルメロイ先生の授業以上に―――全てのソーサラス・アデプトを一気に引き上げるさ」

 

 だが、それは現段階では無理な話だ。余程のチートでも行わなければ……夢物語なのだ。

 

「お前は確かに無理だ、夢物語と言うが、一科の浅野さんが『信じてしまう』ようなものなんだ。何か推測はないのか?」

 

 推測―――と達也は言うが、もはや極めて現在は憶測に近いもの。第一、それを『誰』に吹き込まれたかである。

 もしかしたらば、浅野を大亜の工作員にした輩と、そんな夢物語を吹き込んだ人間は違うのかもしれない。

 

「神の御霊……『神霊』をこの世に生み出す……。それが恐らく、夢物語の真髄だ」

 

「神霊……けれど、その刹那―――、そんな巨大なものを現世に降ろすことは、不可能なんじゃないか? 僕自身、『儀式』で竜神を降ろそうとして狂ったわけだし、いくら何でも、全部の魔法師にそれを施術するなんて―――」

 

「いや、違う。無論、魔術世界とて、何かの上位存在の力を借りて術式を発動させることは、当然に認知されている……個人単位での複雑なものというわけじゃない。

 うまい表現かどうかは分からないが、昔ならば『電力不足』。特に、どんな家庭でも不意の停電すらあったWW2後の日本の電力事情が、現在の2095年の発電システムにいきなり変わるみたいなもんだよ」

 

 幹比古の言葉にうまいことを言えない自分がもどかしい刹那ではあるが、それを『理論的』に『現在にある表現』で掻い摘んだ達也が言ってくる。

 

「つまり……全ての遍く魔法師が『使えるシステム』を確立する。地域によっても電力事情が違った、電力不足も多々あり得たその頃に『現在の電力事情』、確かにチートだな。もしや九大竜王の連中とは、その試金石だったのか?」

 

 その言葉に、『ありえる可能性』が刹那の中に出てきた。だが……それをやるのだろうか。

 不安がよぎる。

 

「又聞きだが、ある場所……『巨大な霊地』にて、イスカンダルを『神』に仕立てる儀式を行った人間がいた。かなり詳しいところを省かせてもらうが、イスカンダルという、人類史において影響力がありすぎる英雄を『神』にすることで、広汎な基盤確保を望んだのだろう。それらを用いて全ての魔術師を神代の魔術師に上げる―――そういう術式をな」

 

「それだけでなるものなんですか? それこそ、私みたいな低級の魔法師でも深雪さんやリーナさんクラスに―――」

 

「なれるだろう。確実に―――」

 

 静寂が屋上に訪れる。誰かが唾を飲み込む音がやけに響くが、刹那は話を続ける。

 

「神の権能とは即ち「 」に近いからこその『万能性』。それと『己を繋げる径路(パス)』さえ確立すれば、先程の話と同じく電力不足(ちからたらず)なんてことは無くなる。微に入り細を穿てば、まだまだあるんだが、魔法師の誰もが神代の魔術師―――『魔法使い』と称されるだろう。……これはエリカ、レオに聞いた方が速いな。王貴人との戦いで、お前たちはその一端を見たはずだ」

 

 話しを振られるとは思っていなかったのか、唐揚げを嚥下したレオが口を開く。

 

「ああ……あれが神代の魔術師ならば、そうなんだろうな。フェイカー=王貴人は『瘟』(オーン)という一言、『疾』(シッ)という一言だけで、Aクラスの現代魔法―――それすら軽く超える現象を起こしていた」

 

「なんていうか、あれほど卓越していた深雪やリーナ、刹那くんの『組み立て』が、すごく雑に見えるぐらい、『深いもの』に見えたのよね」

 

 レオに次いで言ったエリカの言葉に、深雪は納得行かない顔をしていたが、リーナは『そりゃそうよね』という呆れ顔である、

 

 神代においては、魔術は万能性の一端であった。多くの自然現象が神霊としての形を失っても、『契約』を結んだ神の権能のカケラは崩れない。

 神秘の強度も階梯も無視、あらゆる魔術が『一小節』(ワンカウント)で済む理不尽。いや、そもそも……正しい意味での魔術・魔法とはそういうものなのだ。

 

 現代においては煩雑な魔術式、魔法式を打ち込むことで、現象を操作する魔術にせよ現代魔法にせよ、限定的に世界を騙しているに過ぎないならば、彼ら、神代の魔術師は当然の権利で『セカイを書き換えている』

 

 彼らはたった一言。神の名、神に由来する一語、それらを呟くだけでセカイをそのまま変えてしまうのだ。

 

 仮に特化型CADなどで照準をつけて『速さ』で優れたとしても、『後出し』でそれらを無効化できる。そういうレベルの話なのだ。

 

「そういった事を成し遂げられるならば、浅野先輩の言うことは不可能じゃあない。むしろ俺だって試せるものならば―――試せば『破門』だ、と言われたぐらいだからな」

 

 ニューエイジの兄弟子、姉弟子。スヴィンやフラットなどの『特筆』たちとは違い、伸びはしたものの羨望の眼差しをせざるを得なかった。

 

 最終的には『血筋』『特別な才能』が抜きん出てこそ、その域に達するならば……けれど、そんなことは、お前の勝手な気遣いだ。なんて不機嫌に言われては何も言えなかった。

 

「と、まぁ……俺の推測以下の憶測を語ったわけだが、現実味はないよ。

 第一、英霊イスカンダルは、ゼウスの御子とも言われているが、ヘラクレスなんかと違ってオリンポスの一柱に数えられているわけじゃない。

 神霊の力を正しく世に顕現させるには、『信仰心』が必要になるわけだが、これこそが2090年代の地球における最大級の問題だ―――よって、この話は終わりだ。

 ウツボのように悪食の限りで動いた所で、訳のわからんことにしかなりようがない」

 

 あれこれ虫食いだらけの理論で多くの人間が不幸になるのは、見ていられない。

 

「と、お前は言葉を濁して、浅野先輩の言葉を盲言としたいようだが、お前のスルドイ推理というのは、嫌なことに『あり得ない』としたことが、『当たってしまう』ことが多いから……注意しておきたいもんだ」

 

 達也のスルドイ推理を聞きながら、自戒はしておく。結局の所、サーヴァント召喚がなった以上、『可能性』はどこにでもあるのだから……。

 

 だから―――。

 

「ああ、美味しい。マスターの作る酒の肴と、ウツボの皮酒に使った銘酒「茨木酒呑」は最高です……」

 

 酒呑みのサーヴァントも低ランクながらも『神性』というスキルが存在している以上、ありえざることではないのだ。

 

 ちなみに言えば、ランサーはちっちゃくなりながら相伴に預かっていた。

 

 霊体化させていてもいいのだが、このサーヴァントは現世の欲を楽しみたいタイプなので、無闇に消していると、不満を貯め込むのである。

 母との共同研究で得られた使い魔の省力化。というより霊体化という行為ですら、契約した魔術師の負担となり得ることに着目して、その際の『待機リソース』の節約ということで、『デフォルメ』されたデザインとして、ランサーは存在しているのだった。

 

 白馬もちっちゃくなって専用の餌箱から飼葉を喰む様子に、少しばかりほっこりする。

 

「カゲトラさんも、神様になれるんですかね?」

酒神(バッカス)との争いにしかなりえないから、勘弁願う」

 

 美月の言葉に苦笑しながら、神君家康公よりも低い可能性だな。そう思い、推測して見るに……。

 

 軍神では信仰心を得られず、神君では神性を得られず―――実に悩ましいことを考えながら、重箱5段は見事に空になるのだった。

 

「刹那、休日は一色の姉貴とデートしたならば」

 

「ワタシもいたわよ」

 

「……両手に花の金龍隊長(?)の如きデートをしたならば、今日の放課後は俺に付き合え」

 

 リーナの抜け目ないツッコミに訂正をする達也は、苦笑しながらそんなことを言う。

 

「デートか?」

 

 そんな達也に戯けるように問いかけると―――。

 

「ああ、今日は俺とデートしろ」

 

 まるでデュエルしろとでも言わんばかりの達也の文言だが、言ってのけた言葉に、深雪は「この世の終わり」を見た預言者の如く、実に美少女にあるまじき表情をするのだった。

 

 †  †  †  †

 

 

 古めかしいが手紙というものはいいものだ。サイバネティクス技術で備えられた義手を動かしながら、囚人の一人は、遠方から届いた義弟……も父母が離婚成立した以上、赤の他人でしかない人間のはずの、自分に届くものに救われていた。

 

 自分は、「ここ」(刑務所)から出ることはないだろう。送る手紙も、どちらかと言えば、構うなという文言にしているにも関わらずこれであるのだ。

 

 だから少しだけ生きておこう。魔法師のテロリストたち、その中でも凶悪な連中の中に放り込まれた司一ではあるが、そのぐらいのことを考えていた。

 

 噂だけならば実しやかに囁かれる四葉の刑場。マンハントの為の『島』に送られることも考えられていた日々……それを忘却した故か―――。

 

 美女の死神が現れるのだった……。

 

「―――ごきげんよう~。夢なきセカイ、現代のカタコンベに囚われし牢人のみなさ―――ん♪ 毎度おなじみ『NFFサービス』の敏腕美人秘書ちゃんが、アナタ方に、黄泉返りのチャンスを与えに来ました。

 地獄の閻魔大王では出せぬ、裁き返し! 松の廊下の一件の評価が後に覆るように……もう一度、地上に出してあげましょう♪」

 

 刑務所には似つかわしくない。更に言えばとんでもない色香を醸す女に、男女問わず夢中で飛びついていてもおかしくない。

 

 だが―――その女から漂う『死臭』。監獄の通路に突如現れた不可解さ。全てが危険を思わせる。

 

 特にここは、魔法関連の重犯罪者がいるエリア―――。人権団体ですら黙らせてしまうように、監視も厳重になるというのに……。

 

 

「では―――始めさせていただきましょう。彼岸殺生石徒花―――急々如律令―――」

 

 気楽な言葉のあとの厳かな言葉……司一の目の前に……地獄が顕現する―――。

 

 



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第143話『降魔への道標』

うふふ♪サボっていたQPを溜める日々。仕事で忙しいというか、かなりの無茶ぶりをされてゼロスのようにお役所仕事で切り抜けてやりたいと思っていたらばついたタイトル(え)

新話、お送りします。


 

 古めかしいチャルメラの音が鳴り響きながらも、麺を啜る音は最高のBGM。

 

 時間や社会に囚われず、幸福に空腹を満たすとき、つかの間、彼は自分勝手になり、自由になる。

 誰にも邪魔されず、気を遣わずものを食べるという孤高の行為。

 この行為こそが、現代人に平等に与えられた最高の癒し、と言えるのである。

 

 うおォン 俺はまるで人間火力発電所だ。

 

「いやいや、孤独じゃないですからね。隣に私、座ってますからね千葉警部」

「こりゃ失敬。だが、ここのラーメンは絶品なもんで」

「……確かに美味しい。行きつけなんですか?」

 

 隣に座る美女、藤林響子が口を驚くように抑えながら問うと、薄く笑いながら、千葉警部こと千葉寿和は店主の方に問いかける。

 

「大将とは何やかんやと学生時代からの付き合いだったかな?」

 

 隣に美女を引き連れて赤提灯の屋台にて食べるラーメンの味は最高だった。別に美女がいるいないは関係なく、最高の味なのだ。

 そういうことを示すためだったようで、店主もまた薄く笑いながら、響子の質問に答える。

 

「キレイなお嬢さん引き連れていて何だが、昔の寿くんは、随分と遊び呆けていたねぇ。そういった時代からの付き合いだよ」

「それも処世術って奴ですよ。北町奉行の遠山景元、遠山の金さんも、奉行所で白州裁きをする前は、入れ墨入れた遊び人でしたからね」

 

 意外な一面。という訳ではないが、寿和の昔の行状は、電子的な記録データで響子も諳んじていたが、まさかそんな風な目的でいたとは、少し意外な思いだ。

 ただ単にカッコつけという線もあるが、世事に長けた人間、剣だけではなく兵法家としての側面は、そういったものからも積み重なるものだ。

 

「なんかすみませんね。こんないい店紹介してもらって」

「藤林さんが、俺のおすすめの店で食べたいって言ったんじゃないですか―――まぁ迷いはしましたよ」

 

「申し訳ないね。女性と同伴するようなオシャレな店じゃなくて」

「いえいえ、そんなことないですよ……」

 

 店主にぱたぱたと手を振って、そんなことはないと熱弁する。

 

 実際ラーメンは美味しいのだ。澄んだ淡いスープ、黄金色のその中に、沈む玉子麺がとてもいい―――。

 ただチョイスが意外な気はした。響子の人物分析ならば、オシャレなコース料理の店か、畏まったダイニングバーに誘われると思っていたのだ。

 

(男性を軽く見すぎた罰ね―――ごめんなさい)

 

 内心でのみ謝罪をしておく。そんなことを考えると。

 

『そういう風な態度が、響子さんの男運の悪さに繋がってます』

 

 などと、勝手に九島の家の関係者全てに『易』を立てた魔術師の言葉を思い出す。

 

 今までは少しばかり鼻で笑っていたが、風のうわさ(達也経由)に乗ってやってくる刹那とリーナのラブいちゃっぷりに、何か色々と『焦ってしまう』のだから。

 

 そんな中、違う風の噂が呟かれる。

 

「最近、東京湾……堤防にてウツボを捌いていた兄ちゃんから骨身を手に入れたガラスープも、好評みたいだな」

 

 どうやら知り合いの手助けもあって、今日のスープは作られていたようだ。口紅が落ちるのも構わず一滴残らずスープを呑み尽くして、ごちそうさまでした。と寿和と合わせて(ハモって)言ったことで顔を見合わせてしまう。

 

 苦笑してから支払いを終えると、何気なく夜空を見上げると星空が広がっていた。その中に―――凶星を見た寿和は、呟く。

 

「眩すぎて、綺麗すぎて―――危ないな……」

 

「私、そんなに悪女ですか?」

 

「いやいや、藤林さんのことじゃないですよ。というか自分のことをそう―――」

 

 必死で弁明する寿和と通りを歩いていたのだが、不意に寿和の端末に緊急連絡が入り、彼は、刑事としての顔を取り戻して応対する。

 

「はい千葉です。はい、はい―――分かりました。今から向かいます……」

 

 上司からの命令に顔を厳しくして、驚きを消して対応せざるを得なかった。聞こえてきた文言の不穏当さ、そして上司ですら頭を悩ませている様子に心底同情しながら、とりあえず向かうことにしたのだが……。

 

「私も上司から貴方に同行するよう依頼されました。府中刑務所まで、ご同行しますよ。千葉警部」

「あまり、女性の秘密は探りたくありませんが……十師族の孫娘が、国防軍で兵站部門なだけはありませんか」

 

 嘆息気味の寿和に、ごめんなさいと一言据えてから、少しだけ言っておく。

 

「今まで、あえて探らないでいてくれたことには感謝しますが、少しは知ろうとする努力もしてくれないと、逃げっぱなしですよ?」

「捕まえようとして、捕まえきれないならば、懐に近づいてくるのを待つタイプなので。それで何度かケンカ別れもしましたが」

 

 飄々とした態度で、躱されて苦笑してしまう。そんなこんなしていると、警察機関の自動四駆車輪が横に止められて、それに乗って向かうは、過去から現在まで東京及び日本で最大級の刑務所と呼ばれている場所。

 

 そこにて行われたものは、まさしく大惨事……。

 

 魔法関連の重犯罪者。それも裁判での証明すら難しい―――ある種の『牢獄』にて、200名以上もの魔法師ないし、魔法関連の超常能力者たちが『殺し合い』をおっぱじめて……あとは現場に行くだけだった……。

 美女と一緒の夜なのに、殺伐とした現状がどことなくお互いに似合いだと思ってしまうのは、どうしようもなく自分たちも魔法師だからだった。

 

 † † † †

 

 月下のもと、槍を振るう風雅かつ艶やかな武士(もののふ)一人。その様子を庫裡の縁側から見る人間四人。

 

 月の光に照らされて、紅葉も映えるこの時期―――月見酒と洒落込みたいが、あいにく縁側にいる人間は、一人を除いて未成年だった―――まぁ『飲んでいない』わけではないのだが……。

 

 離れたところから見ていても、槍を振るう麗人とでも言うべき少女の気迫と風雅は見て取れる。

 

 動きの一つ一つが魅せるためではなく、『殺すため』に『魅せる』『映える』武技として成り立つのだ。

 

「見事なものだねぇ。あれが、戦国時代において最強の武将とも称された軍神、越後の龍『上杉謙信』だとは……」

 

「本人は全盛期……いわゆる『厠で乙る』前、川中島辺りの姿で『現界』しているようなので、まぁ『長尾景虎』が適切な真名かと」

 

 坊主の呟くような言葉に補足してから、出されていたお茶を口に含む。点茶はかなりいい味なので、少しばかり落ち着く。

 

「成る程、英霊……境界記録帯(ゴーストライナー)とて、老齢のままに召喚されるわけがないか。益々興味深いが……」

 

 今は、そんなことを考えている場合ではない。

 

 とりあえずさしあたっては、こんなとんでもない『宝具』を隠し持っていた達也に言っておく。

 

「アメノヌホコとは、随分ととんでもないものを隠していたもんだ。というかお前でも分からなかったか」

 

「ああ、悔しい限りだ。まさか勾玉が……英雄の宝具だったとは―――」

 

 ずぞぞぞぞぞ! 思いっきり不機嫌な様子で点茶を飲む達也。だが、さもありなん。まさかレリックが、一種の封印礼装であるなど埒外の考えだったのだから……。

 

 達也からのデートの誘い。それは、今まで隠していた聖遺物(レリック)の調査と、その性質の解析。

 更に言えば昨今の大騒動の調査結果―――そういうことであった。

 全ての総括を行おうとしてきた達也だが、その殆どは九重八雲の口から語られた。

 

「大亜の特殊工作部隊が乗り込んできているのは間違いない。狙いは、やはり横浜論文コンペ。有望な研究者なり、色々なことに使えそうな『人的資源』の『強引な勧誘』が予想される。

 彼らのうちの一人、呂剛虎は、サーヴァントのマスターだ。場合によっては強引な力尽くの突破もやってくるだろう……」

 

 それが一番怖い。だが、こちらとて対策はあるのだ。むしろ、フェイカーを使っての強引なことをやってきてくれた方が助かる……。

 敵の主力が自分に集中するのだから―――。

 

「第二に、横浜中華街の動きだが、君たちが接触した『劉師傅』の言う通り、二分、というより周という男が積極的なのか、それとも最後には裏切る算段なのか、大亜本国連中に組みしているようだがね」

 

 狂言ではないだけ良かったとは思える。シャオ……リーレイの事を疑うことだけはしたくなかったのだから……。

 

 だが、次の言葉で少しだけ血の気が引く―――。

 

「そして第三に……現在、五番町飯店のオーナーシェフとなっている劉 景徳だが……最終的な確認が取れたのは、つい最近。

 その上で言わせてもらうが、彼こそが大亜の戦略級魔法師、劉雲徳だ」

 

 ざわつく一同。あれこれと疑問は尽きないが、まず第一に、どうやって入国して―――あそこまで安定的な地位にいるのか。

 

 それが問題だ。

 

「これに関しては推測だが、この爛熟した情報社会でも、個人の認証なんてものは、変えようと思えば簡単に変えられる。

 如何に入国手段が限られているとはいえ、偽装しようと思えば、いくらでも偽装できる。入国管理局などに金を掴ませるなど……ダイバー装備で内通している者の家屋敷に入るよりもスマートだ」

 

 自分自身の足跡は消しきれないが、自分自身が他人になり済ませることも可能だ。

 

「けれど八雲先生。劉雲徳氏といえば、大亜が国際的に喧伝している『国家公認戦略級魔法師』です。いくら特定できぬ個人認証、あるいは影武者だとしても―――それを喧伝する同盟国などへの『戦力支援』の際には、どうしても本物を出さなければいけないはずです」

 

「もっともだ。けれど、何事にもトリックはあるものだ。確かにここ数年。劉雲徳―――震天将軍が動いた事態というのは、確認及び喧伝されている。そして―――『戦略級魔法』の使用も、ね」

 

 ならば、劉雲徳が劉師傅であるという確証は無いのではないか? 

 

 だが、こういったことは『単純』に考えればいいのだ。刹那は既に気付いていた。

 

「分かるかい達也?」

 

「ああ。大亜には、宣伝していないだけで『霹靂塔』を『使える』魔法師は、何人か存在している―――。恐らくだが、九亜、四亜……『わたつみシリーズ』のような戦略級魔法を発動させるためだけの、調整体みたいな存在なんだろう。

 影武者が使えるかどうかを、確実に『判定』出来る存在なんていない。実際、現代魔法ではエイドス改変が『誰』から放たれたかを、はっきり『見える』わけではないからな。

 影武者はポーズだけで、他のところから霹靂塔を打ち込めば―――トリックは完成する」

 

 こういう『影武者』戦略というのは、時に虚を実に、実を虚に―――いわゆる武田信玄が、弟・武田信廉を総大将として援軍に遣わすと書状で言っておきながら、実は信玄自身も出陣しているという詐術に端を発するのだから。

 

「その通りだ。特に霹靂塔は、アンジー・シリウスの『ヘヴィ・メタルバースト』などよりも歴史が古い『戦略級魔法』だ。

 使っている人間がご老体(ジジイ)であることとイコールではないが、それでも開発されてから20年以上は経過している『魔法』。

『それ』に適した人間を『生み出していても』おかしくはないな」

 

 八雲の言葉に出てきた人物の名前に、芋ようかんを詰まらせそうになったリーナの背中を擦ってから、話の続きを促す。

 

「現在、劉景徳を名乗る『劉雲徳』が、本国から『放逐』されたのか、極秘の『亡命』なのか、そこまでは分からない。

 だが―――彼自身は今だに大亜連合と繋がっているようだ……当日、どうなるかは分からない。注意したまえ」

 

「だそうだから、当日まで『疑わしきは罰する』みたいに、ヤクザ以下のカチコミをかけるなよ達也」

 

「お前は俺をなんだと思っているんだ?」

 

 妹の危険を排除するためならば、ありとあらゆることをやるマッドシスコン魔法師。だからこそ、念押ししておくのだった。

 

 その上で考えるに、あの人は何かを自分たちに伝えようとしていた。

 

「俺とて、劉師傅の手料理には舌鼓を打ったからな。そんなことは出来ない。

 しかし、いま考えれば、あの普茶料理は、自分が―――劉雲徳であるというメッセージだったのか? うん? なんか変じゃないか?」

 

「ああ、変だ……もしかしたらば―――」

 

 だが、それは……あまりに無意味な想像だ。そして、『ニセモノ』だからと、『ホンモノ』に変わらないわけではないのだから――――。

 

 そんな風に考えていると、大満足したのか縁側に戻ってきたランサーの姿。適当にお帰りーなどと呼びかけていると、巨大なまでの槍を『封印状態』に戻し――。

 

「いやぁ、久々に『御神体』を振り回すと疲れますねぇ。はい、それじゃお返しします」

 

「――――え゛」

 

「あなたの武器にしないんですかカゲトラさん!?」

 

 ―――司波兄妹に返すのだった―――。あまりに予想外すぎたのか深雪は腰を浮かして問うも、お虎の方こそ疑問顔だった。

 

 疑問を浮かべているにも関わらず笑顔なのは、なんというか色々と『キテる』ものがある。

 

 本能的に恐怖を覚えたのか深雪は少しビクつき、達也が反応しようとするも、その前に―――薄く笑み……柔らかなものを浮かべて、虎は語る。

 

「何処かの時空、違う世界線―――並行世界の一つに呼び出された『私』ならば、それを振るうことに何の呵責も持ちませんでした。

 何せ私は―――『ヒト』というものが分からなかったからです」

 

 九重寺に一陣の風が吹き付ける。言葉の様々な意味を斟酌して、それでも追いつかぬ理解があるものと、一定の『理解』を示しながらも、ランサーの言葉の意味を深く理解しようとするもの―――。

 

 どちらにせよ、両方に駆け抜けたものは、少しだけの寒気だ。

 

「それはどういう意味なんですか?」

 勇気を出したのか深雪の質問が飛び、景虎は笑顔のままに答える。

 

「生前の私、後には上杉謙信と名乗ることもある長尾景虎という人間は、生まれながらに壊れていました。

 私には、ヒトとして守らなければいけない倫理観や道徳観、親兄弟を大切にするという感覚がなかったのです。

 ヒトが尊いとするものに意義を、意味を見いだせず、弱きものを良しとする心が持てなかった。

 分かりますかね御兄妹? 私は兄に気味悪がられ、父からは物の怪の類と罵られた……けれど、私は笑うことしか出来なかった。

 何も理解できなかった。

 乱世において、弱いということはそれだけで罪だというのに。いいえ、そういうことではないですね。

 私には―――弱い人間のことが理解できなかった」

 

 ワタシは―――どうしても狂っていた……。

 

 声なき言葉が、風に混ざる……。

 

「だが、それでもアナタは―――理解しようとしたんじゃないのか? 」

 

「ええ。ただ結局、生きている間に私はそれを理解出来なかったのです。死ぬまで―――私が生きていると実感出来たのは、戦いの中だけでした」

 

 義の人。軍神。政情定まらぬ越後のために粉骨砕身した―――公明正大な武将という姿は、何処にもなかった。

 

 ただ単に彼女は―――ヒトとしての当たり前を知らず、生まれながらに超越していたからこそ、それらが分からなかった。

 

「だから姉に仏に帰依せよと言われ、寺にて功徳を積み、それでも私には理解できず……。毘沙門天の化身として開眼しても、私にはヒトが理解できなかった……私が人を、本当の意味で理解できたのは―――『一人の少年』との出会いがあったからです。

 彼は私と契約を結んだマスターでした。言ってはなんですが、当初はアホな騒動に巻き込まれて、それを解決するために、何かといえば、出来もしないことをしようとする少年でした。そのくせ我々と共に前に出ようとするんですから。

『魔術師』としても刹那以下の本当に……力が無い子でしたよ」

 

「けれど、その人は……『強い』な。本来ならばサーヴァント同士の戦闘において、離れたところから、―――安全地帯から見守りつつ、適度にサポートするのが常道なのに……」

 

 それが、本当ならば聖杯戦争ないし、サーヴァントを呼び出して何かを成そうとする人間の本来のあり方だ。

 

 マスターがサーヴァントの戦いをほとんど至近で見守るなんてのは、下策だ。

 

「ええ。けれど彼は『必要性』もそうですけれども、それ以上に自分が安全な所にいることを是と出来ない人だった。

 足軽『信長』、甲斐のうつけ織田吉法師、帝都皇帝カイザー・ノブナガ、海道一の歌取り『渚の水着信長』、真の信長『本物信長』、ちびノブ一揆集頭目ビッグノッブ―――第六天魔王「織田信長」……多くの信長が、最後には彼と共に『世界を穢す救済』を止めた」

 

 ……おかしい。何か、色々と有り得てはならない『固有名詞』がざくざく出たような気がしたが、今は誰もが置いておくしか無い。

 

 そんなノブナガ・ザ・フールな世界―――うん、それはそれでいいかもしれない。そしてお虎の独白は続く。

 

「何故でしょうね。最後には、誰もが敵わぬ敵を相手に、悲壮感などなく戦いを挑むんですよ……それはきっと―――後ろにいるべきマスターを思うから、誰もが動くんですよ。

 小さな犠牲を許さず、ほとんど関係のなかった人間のために涙を流し、敵であったものの死を悔やみ、泣きながらも立ち止まることなく、彼は足を止めない。

 後ろを振り返らず『進むことを止めない』―――そんな誰よりも力なく「弱い」マスターが戦うと決めたから、人類史に刻まれた英雄たちは「進む」んですよ。

 

 ―――彼が、誰よりも『弱い(つよい)』から―――、英雄たちは進み続ける」

 

 その様子を『幻視』する。黒い泥を吐き出す巨人。それは、世界の境界を超えて、全てを犯すものだ。

 

 最初の願いは尊かった。綺麗だった。弱くとも願った救済だった。

 

『最弱の悪魔』と共に掴み取ったものは、徐々に狂って行った。

 

 少数の犠牲で大を救う。救済者は叫ぶ。だが、それを『否』と叫ぶ男の声が響く。

 

 それは、一人の恩人を人理焼却回避の為に死なせてしまったからか。

 

 それは、自分たちを逃がすために、心臓を貫かれた仲間を思い出したからか。

 

 それは、生きたい、認められたいと叫びながらも死を確定された少女を覚えていたからか。

 

 多くの人々の意志が彼を動かす。彼に「その願いは間違っている」と叫ばせたのだ……。

 

 小さな犠牲だけでなく、『世界』すらも滅ぼしてきた男だからこそ、出てきた言葉は重さを伴う。英雄たちは知る。知っていた―――だから……。

 

「その時、初めて私は『人』(ヒト)を知った。まだまだ理解に乏しいですが―――もはや、それを振るう気にはなれません。

 毘沙門天の化身であっても、『虎千代』は、人のままに、この世界にありたいのですから」

 

「ふむ。どういうことだい?」

 

 八雲の疑問はもっともであり、少しばかり補足をしておく。

 

 天の沼矛、ロンゴミニアド、乖離剣エア……伝説に語られるこれらの武器は、星の源流に近すぎる武器なのだ。

 

 失われたはずの幻想法則を『人理版図』に及ぼす―――。

 

 そういった、恐ろしいまでに人の世を崩しかねない星の錨なのだ。

 

「ある『封印礼装』の人格によれば、一回や二回、もしくは、人間の寿命の範囲で、封印も掛けずに『真の姿』を振るっていれば、精神構造が神霊寄りになってしまう。

 使い手を、完全に人の世の範囲内から逸脱させてしまうのさ」

 

「ほぅ……それは中々に怖い……」

 

「だが、それでも神霊寄りになるだけで、本物の神霊になるわけじゃない。もっともこれは―――人間の話であり、英霊たる『お虎』が使い続けていれば、たやすく霊基再臨はあり得るかもしれない」

 

「お前の言っていた『神霊』を介しての術式構築の世界ができあがるかもしれないのか」

 

 達也の疑問に頷く。即ち『神霊』を現世に―――それも確かな形で卸すに足りないものは―――。

 

「……『時間』か」

 

「そう。神君家康が出来上がったのが彼の死後だとしても、果たしてどれほどの人が家康公を奉ったのやらだよ」

 

 神霊を作り上げるには、気の遠くなるほどの時間が必要になるのだ。

 

 だが、浅野が接触していた何者かがそれを目指すならば……。まぁ、先生の言うとおりならば、『電子マネー』によって、貨幣経済というものの『無駄』を削ぎ落としてしまった時代なのだ。

 

 罰当たりすぎる寺社によっては、電子マネーでお賽銭してしまうとか、そんな話まである時代。

 

 不確定要素が多すぎる……のだが、やろうとすれば、かなり不味かろう。

 

「そういうわけでして、この礼装はお返し致します。

 私は人の世の英雄『長尾景虎』として、遠坂刹那という人間に呼び出されたのです。

 神あらざる世界に、この武器は不要です」

 

「―――申し訳なかった、越後の龍。ただ、これの正体を知ったらば、俺は若干どうしたものかと考えてしまう……」

 

「普通に使えよ。どうせ愉快で口の悪い人格が宿っているわけじゃないしな」

 

 そんな刹那のお道化た言葉に対して、眼を輝かせるのは深雪である。

 

「お兄様が遂に神の座に、いいえ! 最初っからお兄様は神の領域のお方、それでいながら妹愛に溢れたゴッド・オブ・シスラブ級の存在!!」

 

「よせよ。深雪、フクロウが見ている」

 

(((本当に、この兄妹は『平常運転』だな……)))

 

 ツッコむのも面倒くさい想いをしながら、茶を啜る三人―――そんな中、あからさまにバレていた通信機から……。

 

『藤丸君!(?) マシュ!(?) 君たちを再び、そんな戦いに挑ませてしまった僕を、思い出さなくていいんだ!!』

 

『マナプリズムを溜め込んでいた日々を思い出す!! 二人とも!! いますぐ助けにいきたいこの気持ち!! まさしく人類愛!!』

 

 とか『おんおん』泣きながら聞いていた大人2人に、『虎』を除いて誰もが疑問を持つのだった。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 案内された『現場』(げんじょう)は、まさしく惨劇だった。

 

 既に鑑識などが全てのものを持ち去った後だが、崩れ落ちたアンティナイト製の鉄格子。どれだけの『万力』で捻ったのか分からぬ病室の扉。

 等間隔で抉れた床や壁は、大型の獣の引っ掻き痕を思わせた。

 

 濃すぎる死者の残留思念が、否応なくサイオンとプシオンをかき乱す。

 

「これは……」

 

「何があったんだ? 囚人たちは全員、死んでしまったのか?」

 

「目下、調査中ではありますが、全員死んだとするならば、ここに残されていた数が合いません。ちなみに言えば、鑑識の5名ほどが吐瀉物を現場に入れてしまったので、それは抜きです」

 

 担当者の一人が、寿和にそんな風に言う中……肝が太いのか、それとも生家の所以なのか、響子はまっすぐ進んでいく。

 

 そして―――進んだ先は、血溜まりが色濃く残っていた場所……。そこを冷たく見ながら、懐より鎖付きの水晶玉を出して何かを唱えていく。

 ダウジングのように垂らされた水晶玉が揺れ動きながら、唱えられるものは……。

 

「彼方のものよ、白き壁を超えて、導の水を辿れ―――」

 

 呪文。この現代魔法が隆盛を誇る時代に、古式魔法の名家の女性は、それに逆行する形でそんなことをした。

 

 すると―――血溜まりの中から、死者の霊が―――明確な形を以て出てきた。

 

 奇病に苦しむ重病人のように片腕を必死で伸ばし、もう一方を喉を掻き毟るようにしている。

 

 明らかな死霊の姿。魔法に明るくない警察官が驚き、響子は苦笑しながら寿和に言う。

 

「降霊術の基礎。刹那くんから教わったものなんですけどね」

 

「もともと、アナタの家は『そちら』を専攻していたはず。驚きはしませんよ」

 

「ありがとうございます―――手早くいきましょう。『汝ら、何を訴える』……」

 

『わ、我らは殺し合いを強制された! 否、外に出るためならば、積極的に殺しに参加するものもいたが……選りすぐりの魔法犯罪者たちを―――『あの女』は、外に連れ出した。死者の霊を、肉を強化することで!!』

 

 ぞわり。という冷や汗を響子も含めて流す。

 

 考えていなかったわけではないが……まさか、そんなことをするとは……。そして下手人の性別が分かった―――。

 

「その女とは?」

 

『桃色の髪に金目の―――冷たい顔をした……』

 

 妖狐―――。最後の言葉を聞いた瞬間、響子は大粒の汗を大量に流しながら、思い当たる顔の名前を出していた。

 

「コヤンスカヤ……タマモヴィッチ・コヤンスカヤ―――」

 

 九校戦の背後にて暗躍していた女が、再び動き出したのだった……。

 



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第144話『それぞれの立場―――祭りの前夜』

あれが喪服の可能性があるとは、いやはや2090年代の服装と言うものは、すごいな(え)

今回、久々にタグを使ったのですが、もう少しよくしたかったなぁと思ってしまいます。


 刹那とリーナ、そしてカゲトラを帰すと、九重寺には、いつもの面子―――といえばいい三人が残った。

 

 というよりも達也が残ることを希望したのだ。

 聞きたいことは刹那に対してだけでなく、この作務衣を着た僧職の男にもあったのだから……。

 

「なにか聞きたいことがある。そういう顔だね達也くん?」

 

「ええ。いい機会だから、この際聞いておこうと思いまして……師匠。二学期が始まった直後。おおよそ我々の側からすれば、ダ・ヴィンチ女史の一高就任、生徒会長選挙の頃の話ですね」

 

「あの時、先生は―――二人を呼びつけて、『何』を為さっていたんですか?」

 

「それは秘密―――などとお役所仕事で終わらせるには、二人とも殺気が籠もってるねぇ」

 

 二人の『四葉』としての顔を見て、八雲は苦笑せざるを得ない。確かに、自分と彼らとの関係は良くも悪くもない。

 達也が所属している『軍』の部隊に自分の弟子がいるからこそ、彼らの『秘密』も知っているだけだ。

 

 まさか四葉を連れてくるとは思っていなかったが、それでもこれもまた人生なのだろうなと思うぐらいには、八雲も一廉の人物であった。

 

 そんな蜜月の終わりになるかもしれない二人の問答、苦笑してしまう。

 

 だからこそ、教えるべき情報を―――教えておくことにした。

 

『二重螺旋の階梯を紐解き、世界に亜霊種を解き放って、百の年月を数えた世界へ……。

 螺旋の中に隠されし『杯』に縁を結び、世界に変革を齎すもの訪れる。

 人の理のみを紡ぐ世界に、星の理を説き、那由多の力への扉を叩くもの。

 其の変革者、遥か遠き地より訪れし―――『左手』に世界を穿つ剣を持ち、『右手』に世界を創造する剣を持つ稀人。

 変革者の来訪は、希望だけにあらず。

『世界の裏側に逃亡』した『破滅を望む者達』の希望にもなりえる禁忌の果実。

 光と闇、生と死、希望と絶望―――全ては糾える縄の如く、見えぬものなり……。

 変革者は立ち向かう。

『亡者の王』、『六つの暗黒』、『闇の到来』に立ち合い、『七つ夜の者』と立ち向かった事が、その心を突き動かす。

 恐れるな。恐れれば、それは『獣』を呼び覚ます。人の世(人理)を安定させるために亜霊種を駆逐する。

 世界の破滅と安定は表裏一体―――『完全なるもの』に、『不可能』を告げる『宝石剣』が混沌とした世界を変えていく……』

 

 告げられた言葉は、なにかの呪文のようにも聞こえる。予言詩の類なのだろうが、随分と朗々と唱えられて、二人は息を呑んでしまった。

 

 恐らくこれは、八雲が小さい頃から聞かされていたことの類なのだろう。

 それぐらい何も見ずに諳んじれる類の文章。そして文言の不穏当さに、誰を指すのかを「はっきり」と理解した達也だが、その予言は若干、外れているのではないだろうかと思える。

 

 確かに、予言―――ノストラダムスの大予言、ファティマ第三の予言、聖徳太子の書いた未来記……多くの預言書が残されているが、これらは大した意味を持たない。ある種の『こじつけ』染みたものも多い。

 そもそも現実生活においても、自分が読んでいた、書いていた創作物のネタ、コメディアンの茶化した言動など、様々なところで「リンク」を感じる時はある。

 

 それは無論、その人間が、自分と同じようなモノを見て、同じような感想を抱き、もっと言ってしまえば『パクった』言動なのかもしれない。

 要は―――、真面目に考えると、どういうところで自分の考えや言動が『連結』するかはわからないのである。

 

「いやいや、それも確かに一つだ。恐怖の大王アンゴルモアも、実はモンゴル帝国、『元』の襲来だったのではないか、そういう説もある。

 けれど、達也くん―――君は、ある種の『未来視』をしたはずだ。

 僕に、ここで語ってくれたね?」

 

「聖遺物、ドリーム・キャスターによる影響ですか?」

「そう。君の高すぎる知能と、ある種『世界を視る』という機能に特化した身体の全ては、友人の未来を十二分に予測した」

 

 即ち『予知夢』。そんなものを九重寺の先代たちは見て、そして信じてきたというのか……。

 

「この予言を残した七夜当主を境にして、僕たちは九重を名乗るようになる。

 当初こそ、先代たちは、この予言を『何のこと』か理解できなかった。だが時を経るにつれて、この予言が『現実』に即したものだと気づいていく―――、あとは、『稀人』の到来を待ち望むばかりだったというわけさ」

 

「けれど遥か遠き地……その御当主にすれば、北米大陸は遠いところだったのでしょうが……随分とピンポイントな」

 

「うーーーん。やっぱり深雪くんは、どこまでいっても『現代魔法師』なんだねぇ」

 

「論理をブレイクスルー(限界突破)するには、中々に頭の固い妹なので」

 

「あれ? 先生、お兄様? 私、なにか勘違いしています?」

 

 頬を掻いて苦笑いをする八雲、同じように苦笑しながらも、少しだけ優しげな達也。

 

 そんな達也ですら……。

 

『過去の英雄を召喚する術があるならば、過去世界から人間一人がやってくるぐらいは出来るよな』

 

 という『微妙』に間違った結論を出して納得してしまっていた。さもありなん、まさか異なる『人類史』を『俯瞰』で観測できる人間などそうそういない。

 彼らにとっては大なり小なり、『魔法師』という存在が『確実』な世界こそが、正しい人類史だと思えているのだから。

 

 ・

 ・

 ・

 

「明日は速く出るようだな。アラームは早めのセットだぞ」

「イエース! まっかせといて♪ ミルクも完備、ポットの湯のタイマーもオッケー! あーちゃん会長より任された翻訳のための器具も万全!」

 

 流石はマイステディ。何か最近、しっかりしてきてすごく嬉しい反面、お世話し甲斐がなくて残念。

 

 ただ指差し確認までせにゃならんか。やっぱり歴戦の魔法師全てを統括する……総隊長という職をいきなり与えるのは、無理だったのだ。

 言っては何だが、軍の官階に即した職責を与えるべきである。バルトメロイ・ローレライのように、困ったことに一人で突っ走る人間になるのだ。

 

(まぁ俺も人のことは言えないか……)

 

 思い出すに、そういうことである。誰しも未熟者。だからこそ積み重ねていくしかない。

 

 そう述懐していると……。

 

「星晶石ヨシ! 泥棒猫を圧倒する可愛い下着ヨシ! ついでに言えば、セツナとの愛のメモリーも万端!!!」

 

「何をしに横浜に行くんだ―――!?」

 

 頭を痛めそうなリーナの『遠足準備』に遂にツッコミを入れると、ようやく止まるリーナ。

 

「だってー、どう考えてもナニカあるわよ? さっきの大佐からの通信も含めれば、悪い予感がビンビンだわ」

 

「ああ、そりゃ俺だってそう思うが、後半2つは必要なのか?」

 

「大いに必要だわ」

 

「おおう……そこまで自信タップリに言われると何も言えねぇ……。

 まぁ、もう少し仲良くしてくれよ。

 俺に近づく女、全て排除していたらキリなくないか?」

 

「それもまた真理よねぇ……けれど! アカラサマすぎよ! アイリは!!!」

 

 もっともである。最初の出会いが『アレ』だっただけに、嫌われるのが常道だと思えていたのだが、存外、この世界のお嬢というのは苛烈かつ気高い存在ばかりだ。

 

「それに―――セツナだってある意味、お坊ちゃんじゃない。地元じゃ大地主(Real Estate Mogul )の息子だったんでしょ?」

「もう帰れやしない場所でのことに、何の意味があるんだよ? まぁけれど、そういった心は持っておきたいね」

 

 人の所作での優雅さは失われたとしても、気品としての優雅さは持っておきたい。心の優雅さ―――即ち、力あるものとしての責務ぐらいは。

 

「それは誰しも同じだろ? 俺も君も―――な?」

「むうう。いつの間にか後ろから抱きしめられてるぅ。こんなことされたならば、許したくなっちゃうズルい男!」

 

 パタパタと腕を振って逃げようとするリーナを、逃さないように、それでいながらも本気で逃げれば―――という力加減で抱きしめておく。

 抱きしめながら……此処にいる。と耳元で囁いて安心させることは忘れない。

 

「何か大きな騒動が起きるたびに、ワタシはすごく心配なんだから―――」

「分かってる」

「だから―――一人で戦うことを良しとしないでね。これが最後の『確認』よ。ONLY MY LOVE♪」

 

 指差し確認―――そのつもりか、振り向いて人差し指を刹那の唇に当てる妖艶な表情と、ウインク一つを浮かべるリーナに呆然としてしまう。

 

 そうしてから、少しだけ強く抱きしめる……忘れてはならないものは、いつでも側にいるファーストスターなのだから。

 

 そうして―――久々(3日ぶり)に……『致そう』とした時に、襖の『ハザマ』から覗き込む眼が一つ。

 眼は、眼だけでおどろおどろした空気を醸しながら口を開いてきた。

 

「ますたぁああ。明日は、決戦なんですよぉおおお。それなのに『精も根も』尽き果てそうなことをしてどうするんですかぁあああ?」

「「こ、こええええ――――!!!」」

 

 決して大声ではないが、独特の声とサイコな眼で見ながら言ってくるランサーに、二人して飛び退く。

 

「全く、戦の前に後顧の憂いを無くすためだからと、交合するのは確かにあるのでしょうが―――そういうのが、戦における気の迷いとなるのです!!

防人(SAKIMORI)としての勤めを『う゛ぁーじにあ殿』からも言われたならば、それに従いなさい!!」

 

 くわっ! と眼を見開いて『金目』を見せてくるカゲトラ。正直言えば気圧されてしまう。

 

オカン(ヒナタ(?))か!?」「ツバサ(?)か!?」

 

「意味の分からない言動は結構! さぁ、今は寝る時ですよ!! 寝る子は育つ! でなければ、常在戦場で生きていけませんからね」

 

『いやぁ久々に帰ってくると、中々に面白い場面だねぇ。ロマニの自宅から朝帰りならぬ夜帰り―――うん、普通だな。というわけでマスター! 君は寝たまえ!! 明日は否応なく戦争なんだからな』

 

 騒がしい魔法の杖の帰還で、寝たいのにさっぱり寝られないという状況の中、明日には―――誰が望んだか分からない『戦争』が始まり、其の横では―――魔法師たちの未来を決める『戦争』が始まるのだった……。

 

「というわけでマスター、酒に合う肴を所望します♪」

『私にも、一つよろしく頼むよ♪』

 

 寝かせたいのか、寝かせたくないのか―――微妙に分かりづらい一人と一振りに振り回されながらも、その日は近づくのだった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

「ではでは『明日』に障りますからな。今日はこの辺りでお暇させていだきますよ。葛葉殿」

「ええ。陳閣下こそ、殷周革命の武王『姫発』殿のような武功を挙げられることお祈りしていますわ」

「ありがたい。但し、横浜には近づかぬよう……よろしくお願いいたします」

「心得ております」

 

 そういうやり取りの後に、酒を傾けていた陳祥山は、い草の香りがある部屋から出ていく。古風な日本屋敷―――それも上客をもてなすような部屋に一人残った女は、薄く笑みを浮かべて、控えていた人間を呼びつける。

 

「お膳立てはしてあげました。後は、あなた次第ですね。貴人」

「……何のために、こんなことを? アナタにとって人間など、ただの雨後の筍のごとき存在のはず。前から思っていたが、アナタのやり方は迂遠すぎる……『妲己姉様』……」

 

「私に噛み付いてくるなんて、可愛い義妹だこと―――簡単な話ですよ。私もご主人さまのために、効率よく『殺したい』だけ。『彼女』の願いはただ一つ……自分に幸なく、『未来』を閉ざした世界など―――焼き尽くされてしまえ。煉獄の釜の中で、全てを燃やし尽くしたい。

 それだけなのですよ――――」

 

 扇を開き、口元を隠した着物姿の狐女は、現れた―――自分の似姿とも言える義妹に言い募る。

 

 義妹は不機嫌さを隠しもせずに睨みつける。多くの(第2要素)を喰らい、その規模は上がっている。うまく行けばランサー相手にもいい勝負は出来よう。

 

「蠱毒の陣にて、アナタのマスターとアナタ自信も高まった。あの男は、全ての存在の鍵なのですよ。

 破滅をもたらしかねない『魔王』を抑え込み、人理版図が広まった世界に、新たな『テクスチャ』を植え込むための……ね」

 

 その言葉に、妲己の眼が笑みを作る。それだけで――――もはや、大亜の工作部隊。ガンフーの仮宿は既に崩れ去っている。

 

 陳は死ぬ。今日に至るまで、あの男に投与されていたものは、容易くあの男を『怪物』に変貌させる……。

 

 そんなことは分かっていながら、窓辺に佇む狐を止められなかった貴人は、苦々しい想いで見ながらも……狐は意に介さず、月夜に手を差し伸べた……。

 

「さて、私はアナタの求めるままに、欲した通り、この世に地獄を作り上げます―――そうすれば、アナタの失われた『未来』を、アナタに差し出すことも出来ましょう……アナタが感じた嘆き、痛み、絶望、全てを、抱きしめることもしなかった―――あの男に返すことで……」

 

『朱い月』が中天に浮かぶ世界に、哀しき狐の孤独な嘆きが『真の夜闇』に溶け込む……。

 

 地獄の顕現は起ころうとしていた。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

「はぁ、折角、都内に来たというのに……セルナと会えないだなんて」

 

「前日入り出来ただけ十分だろ。俺だって司波さんに会いに一高に行きたかったんだからな」

 

 お互い様だ。と言い合う男女二人。どちらも『美』がつく少年少女なのだが、生憎……関係性としては、ただの友人だった。

 

 ホテルの廊下を歩みながら、窓に映る外の様子を視る。

 

 眠らない街、東京―――、徳川家康が海を埋め立て、多くの巨費を投じて、寒村がいくつかある程度も同然だった土地を世界に冠たる巨大都市に変じて―――その基盤は、江戸という時代を超えても今だに根付いて、この土地をその地位から貶めていない。

 

「それで、わざわざ私を呼び出して、二人っきりになりたいだなんて何の用?」

 

 一色愛梨の険ある視線が届くも、構わず一条将輝は、ドリンクサービスにて一色が好んでいるジュースを選択して手渡しておく。

 

 同時に、将輝もドリンクを手にとって口に含みながら話を進める。

 

「華蘭さんのことは、何ていうか災難だったな。ウチのOB達ですら騙されていたことを考えれば、な」

 

「お陰で、お兄様ならぬお姉様は、ひっきりなしに『見合い話』『婚約話』が飛び込んできてるわ」

 

 男ってば単純。と蔑むような愛梨の呆れたような表情に、自分まで一緒くたにされるのは心外だと思いつつ、将輝は話を続ける。

 

「お前も察しての通り、華蘭(フローラ)さんが、千葉さんの兄貴が遭遇した『怪異』は、周知の事実だ……横浜にて、何かが起こると誰もが睨んでいるよ」

 

「誰も、と言いましたが、それは魔法の名家だけ―――、そういうことね?」

 

 今の先輩方に血生臭い鉄火場、修羅場に対する対応力など無いだろう。

 それはナメた言い草、考え……というよりも適材適所。それを考えての話である。

 

 そんなことにならなければいいのだが、現実には何か良からぬものが蠢いているのは間違いない事態なのだ。

 

 即座に刹那を招集して事情を聞きたい十師族だが、それはシャットアウトされた。

 

「私も別に実戦経験あるわけではないのだけれど?」

 

「お前ね。『カレイド』の力を存分に使っておいて、それはないだろう……」

 

 三高での破茶滅茶な日々を思い出して、げんなりするように言う将輝だが、対する愛梨は誇るようにする。

 

「冗談よ。それに……ようやく――――私もセルナと同じ土俵に立って戦えるわ―――」

 

 今までは分からなかった。アンジェリーナの言う力の在り方。そして、遠坂刹那の隣りにいるという意味。

 

「絶対に負けない。振りかざした黄金の輝きは、閉ざされた夜を拓く刃―――」

 

 力の意味を履き違えているあの女には、絶対に負けないのだ。

 

 誰もが待ち望む祭りの日は、近づいていく―――。

 

 

 



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第145話『それぞれの立場―――恋人たち』

横浜編削除前を知っている方、もしくは、コピーしている方ならば分かるかもしれませんが、殆どここは変えていません。

ええ、本当に、だから次の話しでは違うものを―――。というわけで新話です。どうぞ。


 九校戦とは違って、論文コンペは穏やかな学習発表会と思われがちだが、その実としては、各校の威信がかかっているものである。

 

 魔法師の『先』、自分達が進むべき未来に対する提言は、即ちこれからの魔法師界をリードしていくということでもあるからだ。

 

 もっとも高校生程度の研究発表にどれだけの効力があるかは、若干の疑問がある。学問としての魔術ならば、年齢など関係ないと豪語出来るが、実行力と言う点で年功序列的な面がある魔法師の世界だ。

 

 しかし、そんなことはおくびにも出さずに、刹那は会場の警備担当及び、事前のあれやこれやで先乗りしておかなければならなかった。

 

「結局の所、2020年代のモデルの端末形式ならば、セツナでもやれるのね」

「ロースペックなミーを許してハニー」

「許しちゃうー♪ ワタシのダーリンはマルチリンガルー♪」

 

 今回の論文コンペの特別な点というのは、オンラインでのリアルタイム発表があるということだった。

 英語が堪能で、とりあえず欧米圏の言語に大体は明るい2人。遠坂刹那とアンジェリーナ・クドウ・シールズを用いての、一種の翻訳作業であった。

 

 この時代にもなれば、リアルタイムでの機械翻訳機能ぐらいあるのだが、それでも様々な業界の専門用語……俗に『テクニカルターム』というものに対する翻訳というのは、遅れていた。

 

 当たり前の話だが、この時代においても『ターヘル・アナトミア』を『解体新書』と訳する作業は必要なのだった……。

 

 そんな現代の『杉田玄白』に任ぜられた二人の男女は、朝も早よから、いちゃいちゃいちゃいちゃと、喜色を前面に出して密着しながら事前準備をしているのだった。(周囲の魔法科高校性・談)

 

 公平を期するためというわけではないが、2人の手元には未だに各校の研究発表のための資料は届いていない。

 午前発表の部と午後発表の部とで別れているので、事前に「ここ重要」という点を教えてくれれば、それを留意して翻訳ができる。

 

 端末には21世紀初頭のように、単語登録単語予測機能をびっしり学習させておいた……例外的なのは刹那のロースペックすぎる機械に対する理解力だったのだが……。

 

 この日の為にというわけではないが、鬼のように、司波達也コーチより『タッチタイピング』の練習を欠かさずやってきたのだ。

 

「ふふふ! 司波達也という鬼コーチより特訓を受けてきた俺の実力は既に、AUOな声のスーパーハカーほどに高まっている(?)!」

 

「うん。色々と混ざりすぎね。OUTすぎよセツナ」

 

 しかし、達也の機械端末に対してのレクチャーは、本当に熾烈を極めたのだ。

 ヤツの猛特訓のせいで、俺は遠坂人間としての特徴を、若干失くしつつあるのだ。(気のせい)

 

 ともあれ、2020年代……自分が生きていた時代と同じような端末での作業をすべて終えると、途端に暇になる。

 全員が忙しく動いているというわけではないし、会場設営自体は魔法師協会の会員や事務員たちが既に終えている様子。

 時間は―――『他の連中』が就くまで、もうちょっとかかりそうだ……。

 

「少し外に出るか」

「そうね……それもいいかも」

 

 リーナの笑顔での了承を受けて、周囲にいる早乗りしていた他校の人々に外出してくると伝えておく。

 

「何かあれば端末にお願いします」

 

「了解ー。行ってらー」

 

 気のない返事とも取れる大合唱を受けながら、ゴジラ対策チームのような様相の部屋から出て休憩を取る。

 

 一高制服の上から赤い聖骸布のコートを羽織る。リーナも蒼いミスリルの聖外套を羽織った。

 季節は既に秋。まもなく冬も感じさせる気温がある10月末である。

 ―――日中となれば、それなりに暖かくなるものだが、早朝は既に冬の様相であり、肌を刺す冷気が少しだけ嬉しい。

 

 国際会議場の外は寒気を漂わせていた。その寒さは、少しだけ故郷を思わせた。

 

「セツナの故郷、フユキもこんな感じだったのかしら?」

 

「冬木市は名前の割には、冬場でも『暖かい』方だったからな。土地が一級の霊地の上に、火山性ガスが出るような土地―――まぁそれでも冬場は寒かったか……」

 

 記憶の中を探るに、ロンドンよりも鮮明に覚えている冬木の景色は、懐かしさばかりが到来するものであった。

 

「冬が印象としては寒くない方なのに、フユキなんて名前なの?」

「らしいな。まぁ俺が生きていた頃と、昔とじゃ気象条件が違っていただろうからな。色々あってあの辺りは『冬木』と命名されたんだろうよ」

 

 海を臨む海浜公園にて何気なく言っておく。適当なベンチ。恐らくカップル御用達だろう場所にて、用意しておいた水筒からカフェオレを注ぎ、リーナに渡す。

 カフェオレで暖まりながら海を見ていると、本格的に故郷―――特に新都でのことを思い出す。

 

 あの頃は、日本での生活がこれからも続くと思えていたが、母は『セカンドオーナー』としての義務よりも、研究に勤しむことを選んだ。

 

 二年間の帰郷。そこから先はロンドンにばかりいた。

 懐かしきロンドン。時計塔は無かったものの、時計塔の位置には『墓』があったので、いずれは『本格的』に掘り起こして盗掘していきたい。

 

 財を惜しまずに土地を抑えておいたので、未だに『ほぼほぼ』手つかずの霊地である……などと即物的なことで抑えておきたかったのだが―――。

 

 思い出話は続いてしまう。

 

「そういえば、キミと初めて会った時も、こういう所だったか」

 

「正確に言えばボストンの街中じゃないかしら? 世界転移を果たしたアナタがターミネーターよろしく路地裏に来て……」

 

「俺が会ったのは愛と正義の美少女魔法戦士プラズマリーナであって、アンジェリーナ・シールズじゃないさ」

 

「ヘリクツ! まぁ―――言われてみればそうかもね。あの時のセツナは、寂しそうな背中でお母さんの形見を見ては、海の様子を見ていた」

 

 軽い小突きを受けつつ、あの頃見ていた海と、今見ている海との違い……『あの頃』のことを思い浮かべる。

 人でありながら人外の力を得たものたちと、人の姿を捨ててまで理外の力を得たものたちの謝肉祭(カーニバル)

 

 あの戦いで、俺は生き延びた。運が良かっただけとも言えるし、取るに足らない小兵として見過ごされただけかもしれない。

 だが生き延びてしまったことに意味を見つける作業が、多くの『喪失』を招いた。

 

 養母を失い、日本での故郷を失い、教室を失い、家族を失い、家族のように思っていた人間達……教室の全員との縁を断ち切って、この世界に流れ着いた。

 

 いつか、どこか、だれか―――分からぬ者に言われたことをプレイバックされる。

 

 ―――君は失うことが生来の素質なのではない。失うことがなにより得意なんだ―――。

 

 ―――望むと望まざるとに関わらず、その行いは■■■■の■■■に近づく――――。

 

 言葉を心中でのみ打ち消してから、隣にて飲み物を飲んでいるリーナに問いかける。

 

「そんな俺の背中は見てられなかったか?」

 

「うん。ワタシを助けてくれた魔法使いが、こんなにまでも弱々しいなんて思わなかった―――同時に、そばにいたいなぁ。って純粋に思えた。

 

 アンバランスさがセツナの魅力と言えばいいのかな。硝煙(war smoke)の中にいた姿と日常のギャップ―――。アナタの過去をすこしだけ想像出来た。ワタシがこの世界で一番大好きになった男の子は、セツナだけよ。これはウソでも何でもないワタシだけの心なんだから、絶対に貫き通すわ」

 

「リーナ。すごい恥ずかしい―――けれど、とても嬉しいよ」

 

 言葉の後には無言で抱き合う。

 

 この冬場。朝靄が遠くには見えている横浜の海浜公園にて、心の温かさを感じていたのだが――――。

 

「そこの少年少女。今にも合体しそうな学生カップル。お巡りさんの眼の前で、あんまり公序良俗を乱すなよ」

 

「だそうだから。ちょっとは控えた方がいいわよ、二人とも」

 

 接近に気付けなかったわけではないが、それでも姿が見えた意外な二人に、二人してビックリする。

 

「寿和さん」「キョーコ」

 

 ―――現職の刑事と現職の自衛官の癒着現場であった。

 

 そんな内心での言葉は、あっさり寿和さんに否定される。

 

「いや、違うから! 君だって知っているだろうに……ここ最近の都内及び横浜はスパイ銀座だよ。こちらにいる美女は、その為のフォロワーだったのさ」

 

 スパ○ク・スピーゲルじみた髪型にも関わらず、ハードボイルドが足りない千葉警部の頭を掻きながらの言葉に、まぁそうだなと感じておく。

 

 感じておきながら、話題は剣呑なものへとシフトする。

 

「南盾島基地が臨検したオーストラリア船籍の『船団』。大規模な輸送貨物船五隻とやり合ったことは聞いているか?」

 

「いいえ、初耳です。つーことは? 『連中』は海からもやってくるってんですか? 今から?」

 

「その可能性を感じて、千葉警部と散策していたのよ。デートついでにね」

 

 言葉の剣呑さを打ち消そうとする、九島の家の関連で知り合った女性―――何となくルヴィア小母に声の質が似ている人の、詳しい話によれば……。

 

 昨日、夜10時辺りの話だが、航路、海域パトロールを行っていた南盾島基地の巡洋艦が、予定にない航路通行を行おうとしていた船団を発見。あまりにも怪しいということで、島まで御足労しようとした時には、巡洋艦に対する砲撃であった。

 

 

 

「で、結果は?」

 

「五隻の内、三隻は航行不能となり、白旗を上げて『しょっ引かれた』んだが……二隻は、現在行方不明だ」

 

 衛星撮影でも確認出来ないほど、小笠原諸島の海域から消え去った二隻の偽装貨物船の存在に、戦々恐々である様子だ。

 

「君だったらばどう見る?」

「海にでも潜ったんじゃないですかね? 宇宙戦艦も『潜水艦モード』ってのがあるぐらいですし」

 

 真面目に考えろとでも言うような二人の内の一人……寿和さんの視線に晒されながらも、その可能性を考えるぐらいには、藤林響子は軍人としての観察に優れている。

 

 魔法師はとかく、自分達の力の総量と比較して、現実に干渉する法則を『ここまでが精いっぱい』。

 

 喉元に手を当てて息を求めるかのような様で、いっぱいいっぱいであるとするが……魔術師は違う。

 魔術師は確かに、現実に干渉する『熱法則』において、軍用兵器を上回れないこともあるが……。

 

 それでも現実そのものに対する干渉は、基本的に『何でもアリ』なのだ。

 

 九島の家と近しい古式魔法師の家である、藤林家の人間としては、その『観点』も忘れてはいない。第一、パレードの『進んだ姿』――――生命体として『高位の存在』に『変身』できる親戚、リーナを見ているのだ。

 可能性は……捨てきれない。

 

「あんまり今から気張っていても、しょうがないのでは? 海軍や海保の皆さんの奮闘に期待しといた方がよろしいかと」

 

「そんなものかしらね?」

 

「来ると予期しておいて、来なければ御の字でしょう。来たらば気張ればいいだけですよ。準備はしているんでしょうから」

 

「楽観的―――いいえ、ギアの切り替えが上手いのね」

 

「それは寿和さんも同様でしょうから、後で褒めておいてくださいよ」

 

「遠坂君!」

 

 そんな言葉を受けて少しだけ怒る千葉警部に、『あくまっこ』のままに言っておいたが不評のようであった。

 

「けれどキョーコ。何だか少しばかり早くないですか? この辺りに泊まりだったんですか?」

 

 どっかの基地からやってきたにしては速すぎる到着に、リーナは疑問符を浮かべる。

 確かにその通りであるが……そう思った原因は―――。

 

「そう思うリーナ?」

「ええ、だって化粧メイクが、バッチリ決まっていますから」

「流石に私だって男性と歩く以上は、自分の見栄えを気にするわ。リーナは―――シルヴィアさんから聞いた限りでは、結構不精だったらしいわね?」

 

 親族の自己申告を信用しない形で視線と話をこちらに向ける響子に、嘆息しつつ答える。

 

「まぁ若干、件のシルヴィアによって矯正された所はありますね」

 

 話を振られた刹那としては正直に、簡潔に答えたのだが、リーナはお気に召さなかったようで刹那の腕を取って抱きこむ。

 

「アナタに飽きられたくないからよ」

 

 と無言で言っているかのようだ。

 

 コート越しとはいえ、柔らかな感触以上に締め付けが厳しくて痛い限り。あっ、お袋(左腕)も若干怒っているようである。

 

「―――白状すれば、昨日も千葉警部と横浜ベイヒルズタワーで飲んだのよ。まぁそのまま一泊。横須賀基地に戻っても良かったんだけどね―――『内勤の事務方』なんで、融通利かせられるわよ」

 

 その言葉で察する―――軍属であっても、詳しい所は語るな。そういうことである。

 

 ああいう特殊部隊というのは、書類上は実体のない部署を宛がわれて、そこで働いているという体面を作っておかなければならないのだろう。

 

 とはいえ……魔法師界の有力家系の人間が事務方で過ごしているというのも、傍目には―――疑問符が浮かぶだろう。この人のように色にボケていなければ。

 

 寿和さんは、エリカ曰く『放蕩長男』の典型だとか言っていたが―――まぁ色々とあるのだろう。兵法家にとって必要なものは、諸国漫遊のごとく多くの事を見聞きすることにもあるのだから。

 

「遠坂君―――『応援』してくれないか?」

 

「はぁ、けれど……響子さんと……やめといた方が無難かと思いますよ」

 

 リーナと響子から離される形で、寿和さんと少し離れた所に行く。一応遮音結界を張って密談しておく。

 こちらの返答に―――気落ちする寿和さんが気の毒だが、伝えておく。

 

「いや、なんというか―――前に一度会った時に、九島の家の人々に『易』を立てたんですが、みんな若干よろしくない相ばかりだったんですよ」

 

「響子さんにはどんなものがあったんだ?」

 

「男運の無さと言いましょうか―――彼女と深い関係を求める男を不幸にすると言えばいいのか。そういった相です」

 

 自分とてあまり考えたくなかったが、響子はある種の『さ○まん』ということだった。

 関わった男を不幸にする、そういった相を持つ―――いわゆる傾国の美女というべき人間である。

 

 そして簡易だが、先程宝石を用いて寿和さんとの相性を占ったが……『一つ』乗り越えれば、その後は安泰だが……その一つの不幸が極めて大きすぎるのだ。

 

「……そうなのかい?」

 

「玉の輿狙いならば他にすればよろしいかと、ぐえっ」

 

 その言葉を言われた時、少し強めに首を締められた。呼吸が出来ないほどではない、かといって痛痒は少し感じる絶妙のものだ。

 

 兵法家としてのこの人の実力は並ではない。そして少しの怒りも感じる。

 

「部下にも言われたんだけど、違うんだよ……確かに『裏』があるってのは分かっているさ―――利用しようって魂胆も見えているよ。

 けれど、ああいう風に深い繋がりを求めようとしない。表面的なものに留めておきたいっていうのは……彼女が今でも何かに『泣いている』ってことじゃないかと思うんだよ」

 

「―――『カン』がいいですね」

 

「深くは聞かない。話したいならば聞く―――けれど俺は積極的にアプローチしたいんだ……見目麗しい人ってだけで興味を抱くなんて、軽い男かもしれない。 

 エリカは軽蔑するかもしれない……が、泣いている女性を放っておけるほど―――男を腐らせたくないんだよ」

 

 男だなぁ。と思いつつ、刹那の『視た限り』、このまま関われば、本当に『腐る』ことは確定なのだ。

 しょうがないということで、懐から―――『一つの護符』を取り出しておいた。

 

 …………そんな男同士の会話の一方で、親戚であり、女どうしでも会話が繰り広げられている。

 

「キョーコは、ミスタ・トシカズと付き合うんですか?」

「それは分からないわ。けれど―――好意を抱かれていることは理解出来ている……」

 

 その好意に応えるには―――まだまだ付き合いも浅いし、何より―――『癒されてもいない』。

 そういった機微を素直に言えるわけではないが、それにしたって確かに―――響子は、あまり性根の良い女では無いと思われても仕方ない。

 

「利用するだけならば、そんな気を持たせるような真似、遠縁の親戚としてケーベツしたいですよ」

 

「うっ……厳しいわねリーナ。確かに今の私ってば悪女も同然よね。けれど、どうしてそこまで言うのかしら? 正直、関わりは無い方じゃない」

 

 精々、友人の兄貴だから。そういう風に考えていただけに、少しばかり外れた答えが飛んでくる。

 

「エリカのお兄さん(ブラザー)だからというのもありますが、九校戦を除けば、様々な所でワタシたちの後始末をしてくれた『コロンボ刑事』ですから

 その恋ぐらいは応援したいんです。だってがんばってきた人間は、報われないと変じゃないですか。

 ただの『お友達』で済ませたいならば、ファッションに気合は入れない。メイクも最低限―――と言う風にシルヴィアからは言われました」

 

「…………リーナ―――」

 

 少女らしい言葉。響子の事情を知っているわけではないが、それは確かに正論だった。

 

 いや、事情を知っていたとしても、同じ言葉が出て来たのではないかと思う。

 

「まぁキョーコもすぐさまホレタハレタとか、セツナとワタシみたいに出来ないと思いますけど、それだけは覚えておいてほしいです」

 

 よく考えれば、藤林響子26歳―――、こんな小娘にすらそういった方面では劣っていることに、軽い危機感を覚えるのだった。

 

 響子のように『何か』起きなければ、『何事も無ければ』、遠坂の家に入るのだろう……。

 そう考えると何か少しムカついたので、二従妹(はとこ)に対して、やかましい。と言う意味で少しの肘打ちを実行。

 

「むぅ。やはり、ニホンのファミリーの在り方は、もう少し上下関係に厳しくないとダメなのかしら。生まれてくる双子にも教えておかないと」

 

「何の話!? 速すぎる将来設計! とにかく! 年長には年長なりの恋物語があるの! 余計な口出しは禁止よリーナ」

 そんな言葉で窘めつつも……男の密談も終わったようだ。

 

「何を話していたんですか?」

 

「いや、妹の同級生ですからね。あの子に知られると色々と五月蠅いんで。いや、今考えれば、弟と違って何も言われないかな?」

 

 長男と次男で対応に差がある妹のことを考えて、苦笑する寿和さんに応えておく。

 

「さぁ。ただ秘密にはしておきますよ。お仕事がんばって―――と響子さん。これ渡しておきます」

「? 宝石の護符……なのかしら? ―――これどうしたの?」

 

 響子に渡したのは、南盾島で買った赤珊瑚を加工した、ティアドロップ型のアミュレットである。

 これと同じものを寿和さんにも渡してあるとすると、少しだけ恥ずかしがる様子だが、違うと伝えておく。

 

「正直言えば、お二人の『仕事上での相性』は最悪です。まぁ互いに腹に一物あるんだろうな。というのは分かっている様子なので、それを少しだけ改善する願いを込めたものです」

 

「……こんなのもらっちゃっていいの?」

 

「今はいいですけど、後々千葉警部に何か頼み事したり、『無事』を願う時には、響子さんが魔力を込めておいたそのアミュレットが側にあれば、効果を発揮しますよ」

 

 あえて伏せたが、その赤珊瑚のネックレスアミュレットは、『番い石』として効果を発揮するものであって、まぁこの二人が今後も何かと大人として付き合うことがあれば、まずまず意味はあるだろう。

 

 その程度だ。運命に介入するわけではないが、もはや失いたくない響子さんの願いに少しは寄与出来るだろう……そんな所だ。

 

「もちろん。ご自身で持っていても意味はありますけどね」

 

「―――ならば、遠慮なくいただくわ。『寿和』さん。着けてあげますよ」

 

「藤林さん!? きょ、恐縮です!!!」

 

 刹那に一度だけ苦笑してから、千葉警部の首の裏に手を回す響子さんのいたずらっぽい様子を見て、まぁこのぐらいで十分だろうということで、良しとしておいた。

 

 もしかしたらば、藤林の家で再びの縁談でも持ちあがっていれば、余計なお世話だったかもしれないが。

 

「それじゃ逢引きの邪魔しちゃって悪かったわね。今日の論文コンペがんばりなさいよー♪」

「「こちらこそデートの邪魔してすみません(Sorry)ー♪」」

 

 喜色を前面に出して、港の方に向かう二人の兄、姉貴分の様子に、そんなことはないだろうな。と思ってリーナと刹那は、逢引きの再開となるのだった。

 

 およそ50分後―――そろそろ各校の搬入の段となって、呼び出された刹那とリーナは会場に戻る。会場外で搬入作業やチェック作業をしている面子。

 

 その中に見知った顔や、知らずとも挨拶してくれる面子などと軽く会話しながら会場内に入る。

 

 開幕の時は近づいていた。



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第146話『嵐の前の静けさ』

バサシちゃんに、運を吸い取られたかな。諭吉二枚を費やしてラムダメルト二枚に、何故か今さらのナポレオン閣下、アルトリア(青セイバー二枚目)……微妙であった。

というわけで、少し傷心ぎみです。(苦笑)


 あちこちでは、文化祭の準備のように様々な大荷物を解いたり、広げたりして、とてつもなく忙しない。

 

 午前発表の連中が殆どだが、中にはそれでも間に合わない連中が突貫作業を行っているようにも見える。

 

「はい。確かに―――それじゃ発表までに、翻訳作業を行わせてもらいます」

 

「ワタシもいますのでご安心を(GOOD SAFE)

 

 どちらかといえば、リーナが笑顔を見せたほうが安堵するらしく、男の主発表の学校は、そちらの方がつべこべ言わずに提出すること多かった。

 

 最初に行った七高の連中は、あからさますぎた。とはいえ、主研究内容の翻訳作業のためとはいえ、先んじて他校の生徒に見られるのは色々と嫌なものがあるのだろう。

 

 美少女の笑顔で、嫌な表情させずに提出作戦にすることにしたのだ。もっともリーナ一人では、男女混合の研究チームで変な軋轢も生まれそうだが……。

 そんなこんなで、午前発表の学校から、それらを受け取り翻訳作業へと勤しもうかと思った時に、金と銀の金属ゴーレム(メイド姿)を引き連れてキョロキョロしている少女を見つける。

 

「シャオ―、どうしたの?」

 

「リーナお姉さん、刹那お兄さん」

 

 少し遠くにいたので、リーナが大きめの声で呼びかけると、気づいたシャオことリーレイがやってきて、リーナの髪撫でを受ける。

 わしゃわしゃという勢いのそれを受けて、セットした髪を解かれてしまうリーレイ。

 

「お嬢様」

「私たちにお任せあれ」

 

 決して嫌がっていたわけではないが、それでも髪を解かれたことで、メイド二人は即座に髪を撫で梳いて、己の主人の身支度を完了させた。

 

「見事なものだな」

 

「刹那お兄さんのお陰。二人の繊細な動きに『人体構造』の模倣を徹底させろって言っていたじゃない」

 

「ごもっとも。『トリムマウ』を思い出しちゃったからな。指導に熱が籠もったよ」

 

 呆れるように肩を竦める。とはいえ、ここ最近の弟子の中では一番スジがいいのも事実だった。

 

 やはり現代魔法に沿って力を蓄えてきた人間よりも、古式魔法の中でも、もう少し霊脈にそった力を使う系統の、大陸系の古式は相性が良かった。

 

 ともあれ、何故ここにいるかを問うと、一枚のチケットを提示してきた。

 デジタル万能の時代にあって、紙の認証型のチケットは、その実、かなり複製が容易ではないので、招待したい相手を選別できる。

 

 つまりは、リーレイの出したものは、『超VIP』だけが持てるものなのだった。

 

「へぇ、来賓席のチケットか。こういうのって多分だけど、魔法師―――特に日本の名士なんかに、渡されるものなんじゃないかな?」

 

「爺ちゃんが、『とある伝手』から譲られたものだって言っていたから、これさえあれば、今日の論文コンペはフリーパスだって」

 

「九校戦と違って楽しくはないと思うけど?」

 

「それでも、何かしらの勉強の機会になるから、行って来いって。つまらなければ、帰ってきてもいいって言われた―――。何とか周を捕縛出来るように、爺ちゃんも何かするらしいから……」

 

 敏い子である。孫を危難に遭わせたくなくて、今日……一番、安全な場所に行かせたことを理解しているようだ。

 

 だが、こことて修羅巷からそこまで離れていないのだ。飛び火はあり得る―――よって、劉師傅の意図を汲み取る。

 

「それじゃ、今日はワタシたちと一緒にいましょう。マイゴになってもマズいからね?」

 

「それでいい? 疲れたならば仮眠室なんかに連れていけるから、俺としても安心かな」

 

「多謝! 今日一日よろしくお願いします」

 

 勢いよく頭を下げるリーレイに顔を上げさせてから、金属メイドを引き連れて、適当な作業場所としてカフェラウンジにでも行こうかと思った時に……。

 

「セルナァアアア!!! 会いたかったですわ―――!!!」

 

 などと警備部隊の腕章を付けた金髪の乙女が、廊下を曲がった先からやって来たのだった。

 周囲にいる全員が唖然とするほどに、有名人の相好を崩しながらも、完璧な魔力の『走行』を見て、狙いを悟った全員が納得したのだが……。

 

「踊り子さんには手を触れないでくださーい♪(怒)」

「そんな道理! 私の無理でこじ開ける!!(怒)」

 

 当たり前のごとく対物障壁を築いて乙女―――、一色愛梨の突進を受け止めるリーナ。

 

「タチの悪い客にはゴタイジョウ願うわ!!!」

「断固断らせてもらうわよ!!!」

 

 無論、愛梨も五指―――その爪に塗ったマニキュア……ある種の呪的加工を施したものに魔力を通して、リーナが築き上げた『堤』を崩そうとする。

 

 リーレイは、その激突の様に眼を輝かせるも、これ以上は公共の迷惑ということで、仲裁をする。

 

「待て待て待て! なんでいきなりバトルするよ!! とにかく!! メールやら対面での通話を除けば、久々だな愛梨。元気にしていたようで何よりだよ」

 

「セルナ……私も一日千秋の想いでアナタに焦がれてました……」

 

「そのまま焼け死ねばよかったのに」

 

「リーナっ」

 

 手を組んで上目遣いで刹那に言ってくる愛梨に、あからさまな悪態を突くリーナをきつい目で窘めてから、様子を伺う。

 見ると愛梨の後ろには沓子もいて、気楽に手を上げてくるので、手をあげて挨拶しておく。どうやら三高の警備部隊に彼女も登録されているようだ。

 

「警備部隊か、男女差別するわけじゃないが、よくやる気になったな」

「昨今の横浜は、騒がしいですからね。危難に即応出来なければ佐渡ヶ島の二の舞になります」

 

 意識高い愛梨の言動に確かとも言えるが、事態は彼女の想像を超えた修羅場になりそうで、正直言えば巻き込みたくないのだが……。

 

『フハハハ―!! 意味もなく高笑いを決めて、余は、再登場するのだった!

 なんというか高い建物というのはよいものだ!! 東京タワー(?)で対峙しあうのが、アーサーと英雄王ならば、余も東京タワー(?)で、CLA○P作品のお決まりの如く戦うのだ!!」

 

 などと意味不明な言動を決めながら、飛び回る魔法の杖の基部。朝っぱらからテンションたけーな。と思いながら、どうやらそれなりにカレイドライナーとしての力は鍛えてきたようだ。

 

「成る程。あの魔法少女衣装を着込んでまで、カレイドステッキの『力』は分かったようだな」

 

「ええ、少しばかり恥ずかしかったですけど、これも愛の試練と思えば……」

 

「と言いながらも、愛梨は結構、気に入っているようじゃったがな」

 

「沓子!! 西城君に会えないからと、そのようなことを言わない!!」

 

 そんな理由でツッコミを入れられた愛梨を不憫に思いながら、ジト目を向ける沓子には、レオたちは一高発表の午後からやって来ることを告げておく。

 

「なにはともあれ、セルナもリアルタイム翻訳員としての勤め、頑張ってくださいね?」

 

「ワタシにはないのかしらー?」

 

「セルナの足を引っ張らないでくださいよ、ヤンキー娘」

 

 そして再びガンを着け合う二人。勘弁してほしい想いでいた所に、沓子の疑問が飛んでくる。

 

「ところでじゃ刹那。お主の後ろにて金属の『化生体』……有り体に言えば『ゴーレム』に体を預けている幼子は、誰なのじゃ?」

 

 確かに、このティーンエイジャーひしめく会場内に、ローティーンになっているかどうかの幼女は奇異に見える。

 

 沓子自身も、場合によってはJCどころかJSにも間違われそうだが、という内心を呑みこんで、沓子に説明しようとした瞬間―――以心伝心。どうやら、リーナと『悪だくみ』が成立したのを感じる。

 

 基本的にはいい子で、真面目すぎるリーナの『あくまっこ』な部分。

 

 言うなれば、『あおいあくま』か『きんいろのあくま』な部分―――要するに女子特有の『稚気』が発動するのだった。稚気の代行はリーレイからであった。

 

「はじめまして、遠坂レイと言います。いつもパパとママがお世話になっています」

 

 ぺこり。と少女らしいお辞儀に『作ってみせた笑顔』。リーレイとリーナ(刹那の口を閉じる)がおこなったイタズラに対して、沓子はそんなわけないじゃろ。と苦笑してみせたが……。

 

 肝心要のアイリはというと……。完全に空気を凍らせていた。アイリの周囲の空間にひび割れが入ったイメージのあとには―――いつぞや送っておいたアゾット剣を取り出して、わなわなと震える。

 

「も、もはやセルナを殺して私も死ぬしかないのでは―――」

「待て待て待て!! (本日二度目) なんでそこまで思い詰める!? というか色々と飛びすぎだろうが!?」

 

 そんなわけがないとか、本当に本当なのかを誰何することもなく、アゾット剣を両手で構えるアイリに対して、思いとどまるように言う。

 

「一応言っておくけど、セツナは致命傷を食らっても、身に蓄えた神秘(魔術刻印)が身を回復させて、生かすわ。ペアレンツの愛が、セツナにはあるのよ」

「なんで煽るんだよ。お前も―――!!」

 

 目のハイライトが消える。いわゆるレイ○目とでも言えばいいぐらいに、今の一色愛梨は正気ではないと感じた。

 

 能面のような顔に、正直怖い思いである。というわけで、懇懇と1分―――いや、5分以上を掛けて説明すると、ようやく落ち着いて、アゾット剣を下ろして胸を撫で下ろす愛梨の姿に安堵する。

 

「そりゃそうですよね。セルナの歳で、こんな大きな子供がいたらば変ですもの」

 

「全くもってソノトオリデス」

 

 ただ此処に来る前に、ちょっとした『覚え』はあったりするのだ。いや、あの時の時分は18歳にはなっていたので、ギリギリセーフで『当たってるか』どうかすら定かではないのだが……心残りを一つ思い出す。

 

『セツナ、アンタが封印指定されるのは仕方ないし、もしかしたらば、ホルマリン漬けにされるのもしょうがないかもしれないけど……とりあえず! アンタが子供の頃から面倒見てきた『お姉ちゃん』に『何か』残していきなさい!!

 ミス・バゼットに保護者権利を奪われて、更に言えば私の家にあんまり寄らなくなるし―――このバカアアア!! 

『セツナ』という名前は、不幸の象徴かぁあああ!!!』

 

 などと様々な場面で、暴走しがちな『おでこ』の魔術刻印を輝かせる銀髪の姉貴分を宥めつつ、何度目になるか分からぬ『哀しい愛』をささやくしかなかったりしたのだ。

 

「「何か覚えでもある(んですか)?」」

 

「イイエソンナコトハナイデスヨ」

 

(なんで片言?)

 

 リーレイのそんな疑問を置いておきながら、愛梨をからかったことを謝らせると、愛梨も苦笑しつつ、許したようだ。

 

「内弟子扱いとは厚遇の限りですね。ちょっとレイちゃんが羨ましいです」

 

「ワタシとセツナがシネマクラブデートをした時に知り合ったんだよね?」

 

 それ念押しすることかな? と思うも、リーレイはそれに対して喜色満面で「うん」と頷く辺り、完全に妹分になっちゃっているのだった。

 

 その様子を見て一色愛梨に火が灯る。

 

「この『だら』が……ええかげんにせんと、本当に後悔させちゃるがいね……!」

 

 鎮火したはずの炎が湧き上がる愛梨の様子に、ビクついてしまう。というか方言出ちゃってるし……、沓子に言語の翻訳を頼む。

 

「だらって何?」

「わしらの郷里、金沢の方で、『クソ』『バカ』『アホ』など、東北弁で言うところの「ほでなす」とか、そういった意味じゃ―――愛梨はあのビジュアルの割に、地が出る時には方言も出るのじゃ」

 

 けらけら笑いながら説明する沓子に、何とも言えぬ気分になる。

 ギャップ萌えというやつだろうか。とはいえ、『ポルカミゼーリア』という言葉と同じだな。と思いつつ、そろそろ職務に戻ろうと思う。

 

「とにかく、俺も君も、今日は仕事を万全にこなそう! お互いにベストを尽くそう! なっ?」

 

 ということで拳を出す刹那。グータッチをして気合を入れる―――そういうことを企図したのだが……。

 

「……はい、この手は一生包んでいきます―――」

 

「なんでだぁああ!?」

 

 両の手。少しだけゴツゴツしている『がんばっている女の子』特有のそれに包まれて、そのまま胸元に持っていこうとする呆けた愛梨に抵抗をする。

 

「Don't touch My steady!! セツナを誘惑するんじゃないわよぉ!!」

 

 愛梨との間を引き裂くように、セツナを腰ごと引っ張るリーナ。たわわな胸の感触が、ものスゴイのだが、周囲の視線の痛みもプラスされて、

 なんかそれどころじゃなかったりするのだった。

 

「高校生ってスゴイなぁ……私もいつかは、こんな青春を送りたい……」

「お主、肝が太いの……」

 

 そんなこんなしている内に、彼女らの同輩たる一条及び藤宮がやってきて、騒動は収束するのだった。

 どうやら騒動を聞きつけて、ストッパーを寄越したようだった。

 

 だが、そんなストッパーですら……。

 

「司波さんが来たらば、一報くれよ!」

 

「もれなく達也が付いてきても、構わない?」

 

「……か、構わない! いや、構わないんだよ!!!」

 

 好漢の面構えを崩して、そこまで断腸の思いで言葉を出さにゃならないのか、と呆れつつも、何とか三高の襲来は去るのだった。とてつもない驚異であったが、ともあれカフェ・ラウンジに向かうことにする。

 

「なんだか、再び面倒なのにエンカウントしそうなんだよな」

 

 ただ単に歩を進めていっているだけだというのに、なぜだか嫌な予感がビンビンする。魔術回路が自然と励起して、予測演算をしてしまう恐ろしさ。

 

 だが、そんなところでも無ければロクに作業出来ないのも一つなのだった。

 

 そんなわけで、カフェラウンジに入ると同時に見えた光景は―――。

 茶の髪色をした美女二人がガン着けあいながら、コーヒーを呑んでいる姿だった。

 

 もう何度目になるかわからない姉王(アネキング)バトルの勃発に対して、回れ右で見なかったことにしたかったのだが……。

 

「と、遠坂くーーん。た、たーすけてぇえええええ!!」

「お、お久しぶりです二人ともぉ。He,Help meeeeeeee!」

 

 鬼のような姉。姉という名の鬼のサポーターなのか、小野遥教諭と、ミカエラ・ホンゴウとが泣きそうなぐらい縮こまりながらも、二人の間で小動物となっているのだった。

 

 うん、なんでさ。

 

 とはいえ、あまりにも不憫なので、連絡なしに来日していたシルヴィアと、少し前までは男連れだった藤林響子とにリーナの一喝が飛ぶ。

 

「もう! そんな風にケンカばかりするならば、二人ともキライになりますよ!!!」

 

 いきなり出てきた『お姉ちゃんキライ』という言葉に、二人は衝撃を受けたようだ。落雷のイメージ図。具体的にはスクリーントーンの効果が背景にあるかのようだ。

 

 もはやアネキングどころかエレキングになりそうな二人は、姉としての立場を堅持するべく、和解を果たして、サンフランシスコ講和条約発効(?)をするのだった。

 

「キョーコはともかく、シルヴィが来ているだなんてワタシ知りませんでしたよ。ミアもお久しぶりです」

 

「急に言われたもので。まぁ連絡もなくて申し訳ありませんでした。

 しかし、大丈夫です! お二人の勇姿は、余さず撮らせてもらいますよ!!」

 

「いや、俺たち翻訳係なんですけど?」

 

 勢い込むシルヴィアに言うも、それもまた一つのメモリーと譲らぬ様子である。どんな学校行事であろうとも、自分の関係者がいる場所こそがメインステージ。

 

 そういう理屈なのだろう……殆どオカンのアレなのではあるが……。

 

「ただの大亜連の部隊ならば、あなたたちと現地協力者でどうにかなりましたが、私とミアは転ばぬ先の杖と思っておいてください」

 

「それで私まで連れてくるのは間尺が合わない話ですね。こういうのは、『マーブル』と『シグマ』向けなのではないですかね?」

 

 笑顔で言うシルヴィアとは正反対に、恨みがましい表情のミア。

 二人の手が空いていなかったからこそ、ミアにお鉢が回ってきたのだろう。恨みがましい眼をしているのは、『パラサイト』の新作映画を見れなかったからだろう。

 

 エクソシストに代表されるように、あの国は心霊的で超常的なもの(オカルティズム)を未開とする一方で、それがあるとする心情を持つ、何とも両極端な所がある。

 まぁ本物のエクソシストなんてそうそういない上に、エクスキューターどもはろくでもない連中ばかり。地獄だわぁ(泣)

 

 USNAからの口が閉ざされると、そのタイミングを図ったかのように、響子が先程とは少しばかり違った口調で語り始める。

 

「先程は、寿和さんがいたから口を閉じたけど、事態が『深刻』になっている可能性があるわ―――いざとなれば、『リーレイ』ちゃんは、私に預けなさい。いいわね?」

 

 その響子の言葉の裏側にあったものは、自分に矢面に立てという要請であり、リーレイ……及び劉師傅が繋がっている人間を察することが出来た。

 

「リーレイはそれでいい?」

「出来れば刹那お兄さんと一緒にいたいですけど……そういうことならば……従います。藤林女史に」

 

 顔見知りであったことに、特に疑問を抱かない。あの御老体ならば、それぐらいは出来そうだからだ。

 

「それじゃ、何事も起こらないことを祈りつつ、何か食べながら作業するか、つまらないと思うけど大丈夫?」

 

無問題(モーマンタイ)。もちろんです♪」

 

 響子やシルヴィアなどよりも、歳が近い自分たちと一緒がいいというリーレイの様子に、頭を撫でてから、ホクザングループ出資のスイーツショップにて甘いパフェを頼むのだった。

 

 とはいえ、完全にリーレイの相手を出来ないわけではなかったのは、刹那もまた年長組に世話されてきたからだろう。

 

 あの頃の自分を思い出す―――人と人は違う形で繋がっていける。その為の発表。達也が言う『魔法師が人間兵器から脱するため』―――その際に、果たして、どれだけその観点に、普通の人々に対する目線が入っているのか。

 

 多少の疑問を含みながらも……論文コンペの午前部門は、滞りなく終わりを迎えて―――波乱を含む午後部門は始まろうとしていくのだった。

 

 



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第147話『英霊強襲』

 横浜論文コンペ午後の部。この辺りになってくると、九校戦でもあれこれ見知った連中が、あちこちに溢れ出す。

 要するに正しい意味ではないが、『文武両道』の面子が、現れだすのだ。

 

「みなさん、色々と魔法を違う方向に進めたいんですね」

「よりよい明日を求めるのは生命の性だ。とはいえ、魔法はどうやっても荒事用のツールであることは間違いないからな」

 

 ダイナマイトを発明したノーベルとて、壮年の頃ならばともかく、晩年には、己の発明が多くの人命を奪ったことを悔いているところもある。

 

 魔法師が世の中に溢れて、核抑止の『人間兵器』としての意義を薄れさせつつある時代。戦略級魔法という、等価交換の原則を無視した『(ソラ)の理』を外れた『技術』が開発された世界においては、それだけではない道を模索したくもなる。

 

 突き詰めれば、そういうことだ。

 

「誰もが望むべき『位置』にたどり着けるわけじゃない。ただ、それを目指さざるを得ない。

 魔法師……魔法使いとしての『進歩』は、最終的には『他の魔法使い』よりも強い力を持つこと―――どれだけ法や倫理で取り繕っても、他を圧倒して『超然』とした『絶対者』になることだけが、魔法師の存在価値なんだからな」

 

「爺ちゃんも言っていた。本来ならば『術』は、全ての人間を高次の世界、仙人さまの領域に近づけるためのものだったはずなのに、ただの人殺道具に成り下がって、生臭い限り―――。

 けれど仙境が失われた現代では、そうすることでしか生きていけない。

 瞑想し、佇む。霞を喰らい、飢えをしのぐことは、もはや出来ないって――――いまいち分からなかったけど………」

 

 頭がこんがらがっている。と言わんばかりに頭を振るリーレイに苦笑してしまう。

 

 だが、言葉を覚えている辺り―――それが大切なことだとは理解しているのだ。

 

 もきゅもきゅとハンバーガーを食べるリーレイ。

 昼食時間は、何処も混んでいる感じだと思っていたが……やはり遠方から来た人間も多いわけで、国際展示場に併設されている飲食店よりは、外のグルメな店で食べたい人間が多かったようだ。

 

 一番、困ったことは……。

 

「セツナの料理が食べられると思っていた人間が多かったことねー。流石に、今回はムリよ」

 

 フィッシュバーガーを口に含む前に、そんなことを言うリーナ。事実、そのとおりだった。

 

 調理場も用意されていない上に、ファストフード店の殆どは、全自動化された機械による簡易調理が徹底されている。

 そんな状況で何が出来るというのか、まぁ港で魚を釣り上げて、太閤秀吉仕立ての焼き魚―――出身によって振り塩を変えるぐらいしか出来まい。

 

「愛梨お姉さんは、それでも構わないみたいなこと言ってましたね?」

 

「彼女のお姉さんと釣りをして、魚をごちそうしちゃったからな」

 

 それでだよ。と苦笑交じりにリーレイに言ってから、ダブルチーズバーガーを食べて、完食とする。

 腹八分か六分。そのぐらいで収めておかないと、今後に触る。そういうことだ。もちろんリーレイには特に言わない。

 

 リーナは軍人としての意識でなのか、流石に六分で留めておいた。

 満腹ゆえの思考の乱れを抑制するためだ。

 

 そうしていると、モノホンの軍人の一団が、一応は私服で来たのだが、どう考えても『自分』目当てで有名人が来ているとしか見れなかったようだ。

 

「響子さんの部隊って、一応は秘密だったのでは?」

「別に知られたからには親兄弟といえども殺さざるを得ない―――なんて、古臭いニンジャ映画や漫画じゃあるまいし、無いわよ」

 

 藤林響子を筆頭に、千葉修次と一色華蘭とがやって来た。所属を明かしたかどうかは不明だが、とりあえず二人は指揮下にあるようだ。

 

 肩を竦めて呆れるような響子とは反対に、フローラの方は少しばかり申し訳ない様子だ。

 

 今朝の騒動は既に伝わっていたのだろう。

 

「ごめんねー、何ていうか愛梨ちゃんは、いつでもあんな感じで―――」

 

「「「イノシシなんですか?」」」

 

「妹を猪扱いされているのに否定できないこの悔しさ!! どうしようもなくて刹那クンに抱きついちゃう!!」

 

 なんでさ。無言で思いながら、フローラの突進をルーンの障壁で防いでおく。苦笑しながら頬を掻いている修次氏ともども『要件』は分かっていた。

 

「依頼されていた『研ぎ』、『調整』は、済んでいます――――こちらが、ご依頼の品です。ご確認を」

 

 言葉でバーガーショップの机――――大人数が駄弁られる場所に、大きめのジェラルミンケース2つを置いた。

 その際に、銀と金が使用人よろしくの手際で、刹那に変わって開けてくれたのは、リーレイなりのちょっとした稚気だろう。

 

「―――うん。申し分ないな。本当に助かるよ」

 

「今まで使っていた『フルベルタ』よりも扱いやすい……」

 

 真の形態を振るえば、ここいらの連中が驚くだろうが、基底状態ならば、少々珍しい特化型CADを見ている風にしか見えないだろう。

 

 国防軍の剣士隊という部署にいる二人にとって、一番の得物が戻ってきたことは嬉しいのだろう。

 修次さんは若干違うだろうが……。

 

 ともあれ、2つともクチの悪い封印礼装を元にして作った、付与魔術師(エンチャンター)トオサカセツナの一品物である。

 存分に護国の為にズンバラリンしてほしいものだ。

 

「それじゃ代金」

 

「―――確かに」

 

 電子マネー払いで渡された金額は、言っておいた額よりも一割ほど多かった。流石は国防軍や警察……日本の治安機関に一定以上の発言権を持つ家である。

 

 公益ヤクザも同然である。シノギはたんまりあるようだ。

 

「それじゃ私の方も、愛梨ちゃんが迷惑掛けた分も含めて―――」

 

「支払いは電子決済でお願いします」

 

「いやいや、こういうのは誠心誠意、ちゃんと現ナマで手渡さないとね。感謝も謝罪も伝わらないものなのよ」

 

「ファーストコンタクトは最悪だった(ワーストコンタクト)はずなのに、なんでこうなっちゃうのかしらね……?」

 

「今まで男で通していたことで、抑圧されてきたものを出してしまう相手に、刹那くんを選んじゃったのね」

 

 九島の再従姉妹(はとこ)どうしの会話の合間にも、刹那の敷いた防御陣を砕こうと、一色華蘭(フローラ)の爪は突き立てられる。

 

(ブラダマンテとロジェロ―――栄えあるパラディン騎士団のエステ家の出身というのも、あながちウソではないかもしれない)

 

 魔術階位こそ現代魔術のスペックに落とされているが、その身体には、ある種の伝承口伝が伝わっているようだ。

 

 そんなことを解析して分かるも、これ以上は障りますよ。と言って落ち着かせる。

 

「むぅ。あの日釣り上げたウツボの感触を私はまだ忘れていないのに」

 

「すみませんね。あんまり節操ないと思われるのも、読者(?)から受けが悪いので」

 

 メメタァなことを言いながらも、本音を言えば―――年上の女が苦手なのだ。

 

 お袋を思い出して、養母を思い出して、小母を、叔母を思い出して……自分にはあまりにも『高め』すぎた銀髪の姉貴分を思い出してしまうのだ。

 

 星の魔弾を教えてくれたのも、あの人だった。だが周り曰く―――。

 

『私が彼女と会った頃の見立てでは、『5年』もすれば男は放っておかないとか思っていたが、その前に赤子の刹那(キミ)を見て、ショタコン趣味に目覚めたからな……。

 まぁ『変な男』に引っかかるよりはいいんじゃないか? なんだか『男運』悪そうだし、そのまま『爆死』しそうだし、キミにとっても、アニムスフィアの家に婿入りするのは安泰の道だと思うぞ?』

 

 勘弁願うわ。と心底ありえないと思いながら受けていた、ライネス講師の個人授業の合間の話を思い出す。

 

 歳が近い女性ロードだけに、親近感―――ようするに友情的なものもあったのだろう。同時に彼女の趣味を危ぶんでいた。

 

『まぁよく考えてみれば、だ! あのルフレウス老ですら、オルガマリーと出会った頃には既にジジイだったわけだし、その十年前には、ハタチそこそこの娘と息子がいたわけだ。

これがどういうことか分かるかー?  セツナー?』

 

 蜻蛉の眼を回すかのように、指先を眼前でくるくる回すライネス(あくまな笑み)に、考えたことを口にする。

 

 あのクソ嫌味ったらしい骸骨ロードですら、そういった『趣味』だったのかもしれない。

 ただ単に『母胎』との相性か、権力闘争とかでの人質とかを懸念しただけじゃなかろうかと付け足すと、『敏いな』と苦笑する性悪ロードであった。

 

 閑話休題。

 

 ともあれ―――刹那にとって年上の女は、どうやっても『泣かせてしまう』……扱いが難しい―――けれど、真に情を失えもしない『尊い存在』なのだ。

 

 そんなわけで、最終的にはフローラからのチップ(多め)をいただいて、抱きつかれるのはリーナに抱きしめられる形で回避できた。

 

「横から悪いが、ラン―――遠坂くんは無理じゃないか?」

「無理と言われると余計に私は燃え上がる。簡単な道よりも、困難な道を踏破することに意味を見いだせるんだ」

 

 言っていることは好感が持てるが、そのために他人の男を取ろうとするのは、如何なものかと思う。

 

 いや、本当に……。

 

 拳を握りしめてリーナを見据えるフローラ氏。勘弁してほしい。

 

 

 ……国防軍という来客が去ると、次にやってきたのは一高のインモラルティーチャーの一人。(二人目は小野遥)

 

 人妻で子持ちのくせに、その格好は無いだろうという安宿怜美教諭に連れられてきた……浅野真澄先輩だった。

 

「どうも、お加減は良さそうな模様で」

 

「おかげさまでね。……何か聞いている?」

 

「さぁ? ただ、あんたの試みは『為されてはならない奇跡』だ。

 多分だけど、甲先輩もおんなじ考えだと思いますよ」

 

「あんたがキーくん……甲くんのことを分かってるみたいなこと言わないで―――」

 

「そうですね。口が過ぎました。ですが、これだけは言える……神代の魔術形式は、我々を『殺します』。アナタを誘惑した存在に言っておいてください。

『そんなものはクソくらえ』だとね」

 

「………」

 

 沈黙が降り立つ。その間にも、ハンバーガーを嚥下するリーレイの咀嚼音のみが、刹那の境界に響く。

 

 口汚い言葉だが、それでも―――そうしなければならないのだ。

 

 かつてのスラー襲撃、時計塔の歴史においては『ハートレス事変』などと称されているものの渦中にいた人たちの決断を汚せないから……。

 そんなやり取りで浅野先輩は去っていった。突き放した言い方だが、そうでなければいけないのだ。

 

 千客万来ではあったが、打ち止めらしく、午後の部も始まろうとしている中―――、何かの『匂い』を感じる。

 

「……やってくるかしら?」

 

「来るだろう。これ見よがしに誘っているが、ランサーには屋上にて警戒させている……せめてリズ姉貴と連携出来ればな」

 

 何の因果か、現在の彼女はドイツにいるのだ。今日に至るまで、十文字先輩及び、様々な人間たちに秋波を寄せられても、日本に帰ってこなかったのだ。

 

 そして九大竜王という超絶の術者、練達の術者にもなれる連中が、揃って生徒の警護のみに動くとしてきたのだ。

 

(あからさますぎるぞ。姉貴)

 

 起こり得る事態に対する賽は投げられた。もはや誰にも出目なんて予想がつかない。

 

 そうして横浜論文コンペ午後の部は始まった――――。

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

「王貴人、首尾の方は如何だ?」

 

「上々だ。ガンフー、しかし……本当にやるのか?」

 

 

 その言葉に剛虎は苦笑してしまう。既に陳は生贄に供される。だが、そんなことはいつでもありえることだ。

 

「かつて、三国志の英傑『周瑜』は、魏から降ってきた人間…偽りの投降をした武将をを戦の神の生贄に捧げることで、勝利を願った。

 故事に照らし合わせれば、陳上校のおかげで『曹操』の軍勢という魔宝使いを倒せるのだ。全ては上々だ……」

 

 ウソをつくな。そんな言葉を返そうとするフェイカー=王貴人であったが、それでもガンフーの眼には、魔宝使いとの戦いしか見えていないのだろう。

 

 ならば、それをサポートするのが、自分の役目だ。

 

『五頭の大狐』に惹かれた戦車を虚空で操る神代の魔術師(仙人)たるフェイカーは、この冬空をあの頃見たものと重ねる。

 

 人が無為に死ぬ時代だった。安定を誇った王朝であったが、かの殷王朝が安定をするまでに多くの人が死に、躯となりて中華の大地に埋まる世界だった。

 

 それは神を恐れぬ人の奢りを戒めるためだったが、それでも人を殺したかったわけではない。

 

 石琵琶の精たる貴人は分かっていた。誰もが、この大地にて歌を紡ぎ、そして明日を望むために生きているのだと……。

 

「ガンフーは、望むものは無いのか?」

 

「俺は人殺しとして育てられてきた道術士だ。感情がないわけではないが、道具として徹することも出来る……ただ唯一、悔やむことがないわけではないな」

 

「それは?」

 

「俺の戦歴の中で一番、泥臭く……そして失うもの多かった戦い。

 東南アジアでの戦い。

 ジャングルの中での戦い―――そこで、一人の男に、一緒に暮らし、育ち、鍛え合い、国……大中華の為に戦うことを誓いあった仲間たちを……」

 

 悲しげな顔。そんなガンフー(マスター)を初めて見た貴人は、それ以上は言わなくてもいいとしておいた。

 

「叶えてやる。アナタの願いは、この横浜の全てを生贄にしてでも、ワタシがこの手で……」

 

「ああ、お前も―――お前の願いの為に、戦うべきだ……弱体のマスターである俺に出来ることなど、そこまで無いだろうがな」

 

 白虎の鎧を纏って、その手に呪宝器という方天戟を持つ呂剛虎は、戦車の御台に乗りながら、戦いの時を待つのだった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 大トリを努めながらも、その役目を全うした三高の吉祥寺に対して惜しみない拍手が届く。

 

 一度は一高の論文に対して、誰もが感嘆としていて、三高は『おまけ』も同然になっていたのだが……。

 

『時に僕は、こういったハーレム野郎から抽出できる様々なエネルギーを、事象に転嫁出来ないかと思います。何かそっちの方が有意義な研究になりそうな辺り、遠坂君の周りは深刻ですねー。

 リア充爆発の魔法を、爆裂を得意とする一条君と研究したくなります。はい笑う所ですよ、ココ』

 

 などとリーナとアイリを脇にしながら、更に言えば壇上にいた十七夜栞から、投げキッスを受けた刹那を見ながら、その言動である。

 

 まぁアメリカ方式の論文発表。いわゆるスポンサーに対する社交性というかユーモラスさを伴ったそれは、門外漢たちにも理解してもらおうという姿勢の表れでもある―――ことをアビゲイルの護衛に就いた時に、刹那とリーナは知らされた。

 

『そういったことの機微を知らぬ研究者は、孤独となりて『おぜぜ』をもらえず、破滅してしまうんだね―』

 

 ケラケラ笑いながら言うアビゲイルの言葉を思い出してから――――、遂に『始まったこと』を確認するのだった。

 

 遅れて―――振動。地震ではない建物を上から揺らす類のそれを受けて、会場に入るは、ロクでもない連中だった。日雇い労働者風の姿。

 

 だが、その手に持つ剣呑な得物は、各国で対魔法師用としても十分な殺傷力を保った―――銃器『ハイパワーライフル』だった。

 

「全員! 動かず大人しくしろ!! デバイスを外して床に置け!!!」

 

 どうやら、現代魔法師御用達のツールさえ無効化すればと思っているらしいのだが……まぁ大甘である。

 

 であるならば―――、俺の『授業』を受けてきた甲斐は誰にもない。

 

「くっくっくっく……実に考えが浅い限りだな―――」

 

 侵入してきたゲリラどもの注意を、あからさまな嘲笑と眼を手で閉じたままに天を仰ぐ仕草とで集める。そうしながら役員席から立ち上がり、ゲリラたちの前に進み出る。

 

「貴様! 無駄口を叩かず!! さっさとデバイスを置かんか!! 我らを嘲るなど、殺されてもいいのだな!?」

 

 六人全員が、大仰な仕草で演じる役者のような刹那に威嚇をする。

 こんな馬鹿者がいることも想定外だったが、それ以上に―――声に『注意』を集められたのも事実だったからだ。

 

「やれるものならばやってみろよ。そんな安っぽい銃器で殺されるようならば、俺は―――そこまでの男だったってことだ。そしていくら魔法師といえども、丸腰の相手に―――」

 

「撃―――」

 

「実に下劣だな!!」

 

 瞬間、正面を向いて銃口全てを向けるゲリラ共を見据える刹那、手で閉じられていた眼は開けられていた。

 

 赤く、紅く、朱い―――両目が。

 

 最速の一工程、視線による術式投射。魔眼と呼ばれる『魅了の視線』が、ゲリラ全員を眼球に捉えている(捕らえている)

 

 体は指一本動かない。

 引き金を引くはずの指先が、石になったかのように固まっている。対魔法師用にアンティナイトも用意していたのだが、それは既に砕け散っていた。

 

 刹那の魔眼という神秘濃度の前に、セファールの欠片は砕け散って、そのまま素の体に束縛がかかる。

 刹那が見えぬ鎖、朱い小剣の重なりのようなものをゲリラに投射していた。拘束は崩れ得ぬほどに強固で、指一本たりとて動かせない。

 

 中には魔法師もいて、サイオンを流そうと試みたが、それすら禍々しいルビーアイ(赤眼)は許さなかった。そしてもはや煮るも焼くも、どうとでもなるゲリラに対して―――『魔弾』が飛ぶ。

 

 流石に殺傷力は落としていたが、刹那の後ろから飛んでくる『腕』の神経を通して放たれる魔弾は、待ってましたとばかりのエイミィを筆頭に、集中砲火となりてゲリラ共を昏倒させた。

 総勢20人ほどの魔弾が、CADなしでも放たれたことは、彼らにとっても、あり得ざる現象だった。

 

 そんな中、崩れ落ちる前に見た、未だに赤眼を輝かす男……少年の顔と名前を一致させた時に、大亜のゲリラは、自分たちは、こんな化け物に関わるべきではなかったのだと、察した。

 

 ……敵は『魔宝使い 遠坂刹那』なのだと――――。

 

 硬い会場ホールの床に勢いよく頭を打って、昏倒するゲリラの最後の思考はそれであった。

 

 一連が終わると同時に、厄介事解決人(トラブルシューター)たる達也が壇上から降りてきた。

 

「―――久々に思い出したな。お前の魔眼の感触を、今更ながら、正面からでないとダメなのか?」

 

 純粋に疑問を投げかけながら、CADを操作して拘束布を発現させて、ゲリラを物理的に拘束する達也。

 瞼を閉じることで『眼』を戻しながら、刹那は答える。

 

「魔眼使いの魔術戦における必須条件なんだ。正面に、相手を全て視界に収めることで、更に言えば相手の目を見ることで、魔眼は意味を持つんだ」

 

 視界からの意識制圧というのは、やはり『暗示』であるから、相手の目を見なければ威力は半減。

 

 言うなれば魔眼使いにとっての魔眼とは、クマ撃ちの『マタギ』の猟銃と同じである。

 マタギたちは、西洋の猟師と違って背後からの射撃などはしない。獲物……特に熊の正面から狙い撃つことが多い。

 

 それは熊の闘争心を煽り、アドレナリンを分泌させることで肉質を高める。そういうことを狙っているのだ。

 急所たる眉間が狙いやすいということもあるが、一流のマタギは、己の命を賭けて正面から熊を狙い撃つのだ。

 

 同時に魔眼も同じである。正面から術式の間隙を縫う形で、相手を縛り付ける。それを企図する相手こそが超一流なのである。

 

「成程な。呆気なく制圧してしまった上に拘束まで終えてしまったが、どうする?」

 

 どうするも、こうするもない。グレネードなんか持ち出してまで戦争ごっこに興じるならば……。

 達也の言葉に、避難しながら―――などと考える間もなく、先程とは段違いの重圧を感じる。

 

 マズい不味い拙い不味い―――最悪の一手をいきなり切ってきたことに、刹那は不意の魔術回路の全力回転をしてしまう。

 

 国際展示場全てを『狙い』に着けた魔力の衝撃、何人かが気づいて見えぬホールの天井を見上げる。

 見上げたところで見えるものではないのだが、だが気づいた以上、上空に有り得ざる脅威を感じたならば、そうするしかないのだ。

 

 マルチスコープという魔法で眼を向けようとする七草真由美。達也とて、精霊の眼を介して見ようとするも、簡単に『弾かれる』。

 

 荒れ狂う魔力が視界を飛ばすことを許さない……。

 

 下手人が誰であるかは分かっているのだが、それにしても圧倒的すぎる魔力。戦略級魔法クラス―――発生するエネルギー総量は、場合によっては殺傷力とイコールではないが、それにしても恐ろしいものだ。

 

 化け物としか言えないその正体を見たいのだが……。

 

「刹那! 『接続』させてくれ!!」

 

「あいよっ!!」

 

 達也は、己の眼を妖精眼にした上で、刹那の『回路』に接続する。

 

 同時に見えてきたもののイメージ。『無数の魚』が泳いでいる大海のごとき『内側』(なかみ)。相変わらず空恐ろしいもので術を行使している男だ。

 右腕の中程に手を添えた達也は、そんな感想を終えてから、刹那の飛ばしている使い魔の視界に『相乗り』させてもらったことで、それを見た。

 

 五頭の大狐に牽かれた巨大な戦車。色々と疑問は多いが、フェイカーのサーヴァントの宝具に違いない。

 

 遥か上空にて、こちらを睥睨しているフェイカーの眼がそのままに狙うは、論文コンペ会場たる横浜国際展示場だろう。

 

 それを睨め付けるように蒼穹を見る金目の槍兵は、力を溜め込んで―――屋上にいた。

 

 刹那が敷設したらしき魔法陣。そしてその屋上には、ダ・ヴィンチ女史と……栗井教官がいたのである。

 

 朗々と何かを唱える二人。恐らく魔力の倍加の為だろうが―――。

 

 それを超えて、フェイカーは戦車ごと急上昇をしていく。ソラから更に宙を目指さんとする流星(ロケット)のような動きで、戦車の魔力が倍加を果たしてく。

 

 底しれぬ力の『溜め込み』(チャージ)からの――――当たり前の急降下爆撃。

 偏西風の魔力(マナ)すらも呑み込む魔力の化け物……。そして―――金色の尾を九つひきながら、金色の流星(破滅の災厄)は蒼穹を引き裂くように落ちてきた……。

 



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第148話『カウンターアタック』

 上空には、ライダークラスならば特有の戦車を牽いた神代の獣を従えているサーヴァント。

 クラスは、聖杯戦争のルール上にはいないフェイカー。『カルデア方式』ならば、『アルターエゴ』か……『フォーリナー』というのが有り得るか。

 

 かの殷王朝破滅の要因となった『大本』たる存在は、『異星人』の可能性もありえるのだから……。

 

 論文コンペ会場の屋上全てを借り切って、一高の教師たる栗井ことロマンと、外部教員たるダ・ヴィンチちゃんの二人は、力を溜め込んでいた。

 刹那にも手伝わせる形で築き上げた『魔力炉心』の魔法陣。その中心にいるランサーのサーヴァントは、一日がかりで土地にある魔力を溜め込んできた。

 

 全てを開放する。その一瞬のために、この横浜に流れる『水』『土』の魔力に……ある種の人間の活力から発生するオドにいたるまでを吸い込んで、ここでの開放を予測していた。

 

(刹那の読みが当たるとは、当たってほしくないことに関しては本当に当ててくる)

 

 皮肉げに顔を歪めてから、ここを狙ってくるフェイカー。かつてノーリッジの拠点、刹那にとって懐かしき故郷を一度は壊滅せしめたフェイカーのサーヴァントも、一撃必殺の突撃戦法を行ったのだ。

 狙うのだとしたらば、どこになるかは分からないが、自信を以て我がマスターは、『ここ』だとしたのだ。

 

「用意周到だな。こちらを狙うならば、間違いなくここだとしたのだ」

 

「厄介なのは固まらずに、方々に逃げられることだからね……僕がいなくなったあとのカルデアでも、そんなことがあったそうだね」

 

「内通者がいたからね。キミが気にすることじゃない。多くの亡くなったカルデアのスタッフたちは、最後まで『希望』を繋ぐことに執心した。

 

 彼らが、生き延びさせることを選んだのは……色々と思う所はあったんだろうさ」

 中には押し退けてでも生きたいと思ったかもしれない。だが、それでも世界破却の困難を乗り越えて、あるべき世界を取り戻した二人だからこそ、託したのだ。

 

「操りたいわけではない。託すということは、そうじゃないんだ」

 

「分かっているさ―――いまはこちらだ」

 

 眼を閉じて瞑想状態になりながら、魔力を溜め込んでいたランサー……軍神『長尾景虎』は眼を遂に開いた。

 

「どうやらあちらも決戦を選んだようです。なかなかどうして……心胆寒からしめてくれる……」

 

 急上昇を果たしながら、魔力を溜め込んでいくフェイカー。その意図など明白。高度は既に航空機が飛び交うところまで上がっていた。

 明白な戦闘の意思……大気がプレッシャーで打ち震える。

 そして―――流星は閃光となりて、地上に落下してくる……。

 

「迎撃します!」

『タイミングはお前に任せる!! 適切なタイミングで―――『翔べ! カゲトラ!!』―――』

「委細承知!!!」

 

 マスターの言葉に、槍の切っ先を天空の光に向けながら、金色の魔力を吹き上がらせる。

 降りてくる流星―――否、『狐魔星』は、音の速さで九つの尾を引きながらやってくるのだ……。

 

「予想より速い! ロマニ! しっかりやるぞ!!!」

 

「はいはい! ったくこれが終わったらば、絶対にヒメのバーチャルライブに行くんだから!! 死ねるか―――!!!」

 

「うわぁ。なんて間抜けな理由! 沈めてやりたい!!」

 

 最後の防壁を起動させながら、自分に最適な「かたぱると」という投石機を動かした二人の魔術師に感謝しつつ―――落下する流星を―――金色の軍神は全力で迎撃した。

 猫科の獣のように身を撓ませて、飛びかかる前段階のランサー。

 逡巡は一瞬―――あり得ざることに地上から上空に奔る流星は、遠吠えを上げながら流星を迎撃する。

 

おしてとおおおる(押して通る)――――!!!」

 

 極大の魔力と魔力のぶつかり合い。横浜上空の全てが『振動』を果たして、半径六キロ圏内全ての人間に不意の覚醒を催すほどに……世界が砕けるほどの衝撃が走った。

 遅れて……魔力も大気もある種の『真空状態』へとなったわけで、横浜上空に生じた『からっぽ』を埋めるべく、大気は乱流に変わり、魔力の不足は、発生した余力と使われたものを吸い取るべく、荒れ狂う。

 

「これほどとはな……!」

 

 克人が生まれる前に起こった、日本をあらゆる意味で震撼させた大規模震災。

 直接的な被害地域。震源地こそ東北の沿岸部が主であったとはいえ、その衝撃は―――関東地域にまで波及したほどだ。

 それを想像させるほどに、とんでもないものだ。

 

 人智の極み。遺伝子操作で生まれた魔法師は、一部の人間から『ハイブリッド・ヒューマン』と渾名されるほどだが、そんな自分たちが……真に昔の武人たちを圧倒できるかといえば、こんな光景を見せられたならば、そうは思えない。

 人類全てのスペックというのは、どれだけ鍛え上げたとしても、生来持っていた資質から退化していく。

 かつては地上の覇者と呼ばれた恐竜種ですら、今では鳥類にスペックダウンすることでしか生きられない。

 

(と、遠坂は言っていたな。『強化』の本質を語る時に……)

 

 とどのつまり。そういうことだ。豪風、颶風の類で吹き飛ばされそうな体を強化と硬化魔法で縫い付けて、一連を見届けた克人。

 こんなことは予定外だったのか、外に現れたゲリラ兵士たちは、あちこちにふっ飛ばされて、呻いている。

 

 そして閃光と閃光の擦過。

 直撃したと思えるほどの接近戦の結果は―――上空に飛び出る銀髪の槍兵。具足(よろい)が砕け散り、和服だけが見える。見える限りでは出血の類はないようだが……。

 代わって、下降するのは代王……五頭の巨大狐を騎馬として操り、突撃戦法を掛けてきたフェイカーの側は―――無傷……なわけもなく、狐の二体の体のあちこちに刃物が突き刺さっていた。

 項垂れている様子から察するに、魔獣二体は死亡したようだ。

 

 そんな克人が下したランサーの『勝利』という判定を覆すように、屋上にいた二人と発表会場から翡翠の使い魔を飛ばしていた刹那は、おかしいと感じた。

 

「如何に魔獣が生体とはいえ、その体は霊子と魔力で構成されたものだ。霊核が傷つけば……」

 

「魔力に還るのか?」

 

「そうだが――――ランサー! 狐の遺骸を吹き飛ば―――」

 

(オーン)!!!!』

 

 達也の疑問に答えると同時に響く呪文詠唱。強烈な魔力を伴う声が―――達也にも使い魔の聴覚を用いて伝わっただろう。

 そして魔狐の死体が轅と軛から解き放たれて、勢いよく落ちてくる。

 この国際展示場の屋上に向けて――――。

 

 少し遅れて、盛大な衝撃音がこちらにも伝わる。同時に、新たな『生命』が湧き出るのを感じた。

 ペストにかかった死体を投石機で投げ込んだモンゴル軍も同然である。

 やられた思いだ。

 

「達也、敵の狙いは恐らく、あの魔獣の死体を介してわんさとエネミーを出していくことだ」

「そんなこと出来るのか?」

「不眠の番竜を召喚し、従えたコルキスの魔女『メディア』の十八番は、竜種の骨を利用したゴーレム作り。強すぎる霊性を持った存在というのは、死後でも躯が力を発するんだ」

 

 他にも西遊記の『斉天大聖孫悟空』は、己の毛に『息吹』をかけて疑似生命とすることも出来た。なべて、幻想種の身というのは、死してなお神秘の塊なのだ。

 

「どうするの!? セツナ!!」

 

 四人がかりの『接続』、で使い魔を操っていたリーナが問いかけてくる。彼女も状況を把握したようだ。

 切羽詰まった様子に対して、迎撃を簡単に出来ればいいのだが、避難する人間が多すぎる。

 

「まずはここにいる生徒たちの避難誘導からだ。内部に押し込まれるより、先に脱出させた方がいいに決まっている」

 

 全員が全員、戦える人材ではないのだ。だが、これにはリスクもある。

 魔法科高校の全生徒が、ここにいるわけではない。特に遠方の方からやってくる高校は、人数を厳選している。

 

 それにしたって、一つの高校につき50人は下らない人間がやってきているのだ。更に言えば、自分たちだけでなくコンペ関係の一般人や、報道関係者などなど、上げていけばキリが無い。

 つまりは護衛対象が多すぎて、更に言えば、装備次第では『対処不可能』な敵が現れた場合……考えたくない結果が訪れる。 

 

 押し込まれる前に逃げる。今は、そう言う考えでしか動けないのだ。

 大亜の連中とフェイカーの策略がどれだけ同調しているかは分からないが、それでも、正面をゲリラ共が銃撃したうえでの空挺作戦だ。

 

 ―――見事としか言いようがない。だから思惑を崩すために逃げる。

 

「とにかく避難をさせなければ―――って……身支度速いな」

「ああ……何があったんだ?」

 

 使い魔の視界から復帰して周りを見ると、殆ど全員が、慌てず騒がずという感じに、最低限の荷物だけで走らずとも早足で駆け出していた。

 いい避難行動である。護衛役として、それぞれの高校の手練たちが着いているのも一員だろう。

 恐慌を来していても、おかしくないぐらいの激突だったのだが……。

 

「私が落ち着かせました。遠坂くんと司波くんがあれこれ騒いでいる最中に、上にあまりにも恐ろしいものがあるのは分かっていましたから」

 

 そう言って月女神の鷹弓(ルナマリア・ホーク)を見せてくる中条あずさ会長。

 

 精神領域干渉魔法『梓弓』を使って、パニックに陥ろうとしていた全員を落ち着かせたようだ。

 様子から察するに、もっとも『絶妙な構築』で、恐慌に陥ろうとしていた同輩たちを鎮めた。

 

 やり過ぎれば白痴……若干の判断力を逸した状態になるはず。かといって弱め過ぎれば、混乱と恐怖を残したまま、避難行動が遅れていたに違いない。

 そういった『ギリギリ』の線を攻めるあずさ会長に……。

 

「図太くなりましたよね……」

 

「全く以て褒め言葉じゃないですね。とはいえ、状況の全てを私は理解しているわけではありません。

 だから―――、私が任命した『一高四天王』に命じます。この事態を可及的速やかに解決を図るように。私は、避難をする生徒たちを他校の会長と共にまとめます」

 

 矢継ぎ早の指示と明朗な上意下達に、頼もしい思いだ。

 場合によっては資材機器の破壊も視野に、そう市原及び五十里に言う辺り、分かっているようだ。

 両名も特に異論は無いようだ。

 

「同時に、真由美さんには、ここに残って迎撃してもらいます。引退させた身ですが、殿部隊を務めていただきます。会長命令です」

「あ、あーちゃんが頼もしすぎて、なんだか私、ちょっと悲しすぎるわ! あの純朴だったあずさはもういない!! ここにいるのは、『あずさ2号』なのね!!」

 

 どんだけの人間が、そのネタについて行けるのやら、そんな風に考えながら、礼装を出しつつ元・会長をいじることに。

 

「すみませんね、七草先輩。俺たちも、出来ることならば楽隠居させたかったんですが」

「老骨に鞭打つ形ですが、子鹿のようにせっせと働いてもらいます」

「男子二人して容赦ないわね!! というか、二人して老人扱いとかひどすぎるわよ!!!」

 

 ルーングラブを締め直した刹那と、銃を持った達也とで準備が整う。

 

「まずは、外の状況確認と避難生徒たちの安全確保だ」

「同時に、警備部隊の連中と合流する。そんなところだな」

 

 そして野犬のような遠吠えが聞こえてくる。どうやらダ・ヴィンチたちは、奮戦してくれたほうだが、圧倒的な数の前に――――。

 

『ぎょわー!! タイヒー!! 無論、堆肥にあらず!! もはやサーヴァント体を保てぬ私を許してくれー!! マイマスター!!』

「許すが、ロマン先生は!?」

『ロマニは既に避難生徒たちのまとめに入ったよ。あずさ君、キミも、はやく行くんだ!!』

 

 魔法の杖の基部が刹那の手元に戻ってきたことで、状況は理解できた。

 あずさも、既に自分たちだけになったことを確認して、大弓を手に、いつもの歩幅『とたとた』どころか、驚くほどの速度―――強化を施した体で去っていった。

 

 行ったことがわかれば、もはややることは一つだ。

 刹那と達也が『砲口』を向けた先は―――発表会場の天井。ロマン先生の施した結界術は存分に働いており、犬だか狐だかの魔獣義骸たちは、ガリガリと引っ掻いて侵入を試みている。

 

 知能はさほど高くないようで何よりと思いながら――――笑みを浮かべた達也の分解魔法が、およそ300平米はあろうかという天井を消失させて、屋上と『ここ』を吹き抜けにした。

 同時に、落ちてくる魔獣義骸たちを数百以上もの魔弾―――対空砲火が、病葉よろしく紙切れのごとく砕いていく。

 まさかこんな手を使われるとは思っていなかった、刹那と達也を除く全員が唖然とする。というか、この二人は、何も言わずにこれを意図したというのか―――。

 

義骸魔獣(ゴーレム)たちは、まだまだ出てくる。いまは『移動』したが、大狐の死骸は数千体は軽く生み出す!!!』

 フェイカーのサーヴァントは、ランサーによって抑え込まれている。離れた所からの遠隔魔術であっても、戦闘中にそんなことは出来ないはずだが……。

 

「いまは動いた方がいいな。考えるのは後で見敵必殺。それが俺たちのスタイルだろう?」

「やだわー、こういう時の達也君ってば、ヤル気満々すぎてせっちゃん困っちゃうー♪」

 

 戯けて返答してから、拳を打ち合わせると走り出す。刹那と達也を筆頭に、2チームに別れた若き魔法師たちは―――戦場へと向かうのだった。

 

 無人となった発表ホール……そこにて現れた『霊体』は、どうやら自分の力が脆弱であることを理解した。

 期せずして『この地』に現れた存在は、敵を理解した。主の御威光を識らしめる大地……この『世界』では、それが低くなっているのだ。

 

『ならば、私の役目はただ一つですね。『あれ』です!! 一度はやってみたかった!! 『彼』と同じく啓示を与える役目。

 即ち―――依り代召喚!! 待っていてください!! どこかにいる私の寄生者!! タラスクを我が守護霊にしたように、あなたをお守りしましょう――――!!!』

 

 その言葉に座から一緒に着いてきた竜は、『ダメだこりゃ』と嘆くのだった。

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 横浜国際展示場の内部にゴーレム兵士と死霊兵を解き放ったフェイカーの策略は、概ね成功していた。

 あまりにあまりの奇襲。既に飛行魔法が開発された現在ではあるが、FLTからの正式リリースまではまだまだかかり、その上で国防軍優先では、その攻撃を予測する方が、恐ろしく無理筋だった。

 

 だが、それでもそうなった以上は、対処するしかなかった。

 達也たちが情報を取りにモニター室に向かった片方で、刹那は内部に入り込んだ連中を倒しに行くことを決めた……。

 

 そんなわけで、一際戦闘が激しい所に行くと、そこは軽く戦場であった。

 

「GGGGGAAAAA!!!!」

 

 ただの遠吠えだが、古代より犬の鳴き声は魔を祓うと信じられてきただけに、その獣性魔術の極まりのようなそれを受けて、魔法師たちは魔法を正しく発動出来ずにいた。

 遠吠えが魔法式をかき消しているのだ。魔狼のアシストとして、不死身を体現した『屍兵』、古代の中華圏で言うところの『腐落兵』が向かってくる。

 

「ヘシアン・ロボの義体に、恐るべし中華ガジェットゆえのゾンビ兵士……」

「うへへへへ! このとんでもない日常こそが、スターズに入って以来の私の創作意欲を激しく上げていく!! パラサイトの二次創作を書き上げる原動力!!」

 

 振動・放出の系統魔法『ソニックバーナー』。対象の分子運動を『音』を介して震わせることで燃焼させる、音の渦巻(ヴォーテックス)は、魔狼の音にも負けず、その上で肉体を干渉範囲に置けた。

 ゾンビ兵もまたその中で身を崩していく。

 

「来やがったなクソゾンビ共。あいも変わらずヒデェ面だぜ。養母より託されたルーンを載せた、俺のパラサイトマッハパンチを食らって極楽浄土に逝かせてあげる―――だめだ! 主人公が女になっちゃいました!!

 この後、主人公の『セツナ・ストライダー』は、規格外のラブ・ヘクトパスカルを巻き起こす『リーナ・ロズィーアン』に、『お嬢さん! ゾンビだらけの世界で出会った男女二人! 無限の子作りをしようぜ』とか言う展開を!!」

 

「貴女のその脳内展開二次創作! どうにかならないんですか!?というか、いま戦闘中(LIVE THE WAR)!」

 

 言いながらもミアの放つ魔法『アクアバイパー』。

 振動・発散の系統魔法で、次から次へと水蛇に丸呑みさせていく。

 

 ミアの操る水蛇は、予め海水の成分も同然に操作されており、『こういった戦い』では重宝する。

 パラサイトなる異次元生命が活躍する、アメコミヒーローのファンジンを創作している彼女の活躍もあって、何とか退けられるも、既に襲来する敵は四波目だ。

 期せずして、この魔法協会の警備部隊に頼られる形で、響子も遥と共に防衛戦を張っていたが、これ以上やられる前に、敵の策源地を叩かねば意味がない。

 

 そう考えていた所に―――、第五波と共に巨大な狐……東洋で言うところの梵字だろうものが、体に描かれていたそれがやって来た。

 一踏みするごとに炎を撒き散らす、妖狐の魔獣の望みなどわかり易すぎた。

 

 新鮮な肉を喰むことを望むコヨーテの考えることは、それだけである。

 

「ヤバイヤバイ!! あれは不味いですよ!! 私たちの干渉力じゃ簡単に弾かれますよ!! マーキュリー少尉! 退避を!!」

 

「分かってはいますが、ここで退けばハイスクールの学生たちの背後が狙われます!! それは避けたい心ぐらいはあるでしょう!?」

 

 同盟国だとか、妹分、弟分の同輩がどうこうということではなく、こういった危難に陥った時に、自分よりも社会的成熟がないものたちを守るのは自然発生的な義務感だ。

 能力の多寡ではなく、生命としての自衛本能というべきものなのだろうか。だからこそ、命の危険があろうとも取り敢えず粘れるだけは粘ろうとした瞬間。

 

「投影、重創―――全投影連弾創射(ソードバレルマキシストライク)

 

 自分たちのいるエントランスホールの天井近くに、色とりどり、魔力は強大、されど絢爛豪華にして必殺必滅を確約した武器……『宝具』が現れて……。

 

「ゲーーーーエーーーン!!!!」

 

 ドイツ語の下知を飛ばされて、勢いよく魔力の疑似兵士たちを穿っていき、7mはあろうかという巨大な炎狐も、その宝具の魔力の前では消滅を余儀なくされた。

 もはや先程までの脅威など、どこにいったかすら分からぬ静寂のホールに、二人の男女が現れる……赤色のコートをまとう男と、青色のコートを着込む女。其の名は……。

 

『セツナ・ストライダー!』『リーナ・ロズィーアン!』

 

 後ろにいる協会員も含めての一斉唱和に対して……。

 

「「何の話だ!?」」

 

 という、振り向きざま驚愕の表情を見せる二人に対して――――。

 

 ミアは……『計画通り』というゲスい表情を浮かべ、デアスノートとかいう紙のノートを開いていたりするのだった。

 



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第149話『油断の出来ないヴィランズ』

最新刊、出ましたねー。そしてGファン連載の来訪者編のコミックも発売されたようで―――

まだ読めていない状況。だが、色々とリーナ周りが分かってきたようで、設定変更の煽りで変える必要もあるかもしれない。

などなど、不安を感じつつも最新話どうぞ。


 あちこちに現れた魔狼と屍兵達は、どんな攻撃命令を受けているのか、大亜連合軍のゲリラ兵士たちにも襲いかかっていた。

 敵味方識別機能が無いのは問題だが、それでもこちらにとって脅威とも言える銃兵を無力化してくれているのは、まだ良かった……。

 

 しかし、残った魔狼と屍兵たちが死体漁りをしようとする前に、飛び来る陰陽の双剣はブーメランよろしく、そいつらの首を刈り取り、消滅させる。

 生き残った魔狼と屍兵が、攻撃方向に眼を向けると、そこには誰も居らず……真上の天井に足を張り付かせた―――死神がいた。

 

 降りると同時に、ルーンによる手刀を作り上げて生き残りたちの首を切り飛ばす。

 

「GAAAーーー」

凅れ(とまれ)

 

 魔眼を緑に変えた上で、視界に入った『生物』全てに『停止』を強制する。己の行動全てが止まり、『詰み』になったことで……魔弾が飛んできて魔狼と屍兵は全滅した。

 

 ランサーの戦闘に魔力を回しているので『外付けの魔術回路』ともいえる『魔眼』を全開で回してるのだが、中々に難儀する。

 

「セルナ、大丈夫ですか?」

「無問題、と言いたいところだが、流石に六分ほどは、すっからかんだ」

 

 消耗が激しい原因は、よく分かっていた。だが、だからといって弱音を吐ける場合でもあるまい。

 

 大気中の薄い『大源』(マナ)を取り込むも、賦活はさほどではない。チャージしておいた宝石を開放して取り込んでおく。ランサークラスとはいえ、全力で戦闘させれば、ここまで消耗するとは……。

 

 などと、大亜のゲリラを拘束して、現場を見ていた刹那に不意の通信。どうやら、潮時だとあちらも理解したようだ。

 

『切り上げます! どうやら、完全に逃げの姿勢で構えています!!』

 

(撤退させていいのかランサー?)

 

『問題ありません。針は『浅刺し』、されど『毒』を持っていますから。まぁあえて不満を申せば、今度使う時は十文字槍などの『和槍』に変化させてください』

 

 軍神閣下は、西洋の槍はお気に召さなかったようだ。まぁ矜持を捻じ曲げてでも、『黄色の短槍』を握らせたのだ。

 そのぐらいはするべきだったか。苦笑しながらランサーを呼び寄せる。

 

「エネミーの出現が急速に弱まっているようです。敵の『流れ』も読めました―――場所をナビします」

「頼みます」

 

 シルヴィアの言葉で、ここでの戦いはもう一働きと分かったことで、気合を入れなおす。

 

 そんな中に……。二人の『顔見知り』。されど、友好的ではなかった人間がやってきた。敵かどうかで言えば敵であろうが、殺すほどの因縁があったかといえば……まぁ無かった。

 

「カカカカカ、正しく天啓。私を『殺してくれた』小僧が、目の前に現れてくれるとはな。運命は、時代は―――私に再びの邂逅を齎してくれたようだ」

「御老体。我らの役目は、彼らと戦うことではありません―――お控えを」

 

 何故、ここにいるのか? そういった疑問はいくらでもあった。それよりも何よりも、その恐るべき存在感……霊圧とでも言うべきプレッシャーに気圧されそうになる。

 

「ドクターカネマル……!?」

「司 一……?」

 

 リーナに言われたご老人。スターサファイアを頭に象嵌した杖を持つものは、炯々とした眼を向けてきて……、片や、老人に比べれば若い方の二十代前半程度の男が、『やぁ』と苦笑気味に挨拶してくる……エリカに斬り飛ばされた、無いはずの腕を上げてだ。

 

 緊張が奔る。事情をよく知らない三高の愛梨も、通路の向こう側から現れたこの二人に警戒を走らせる。

 

 まるで幽霊に出会ったかのように、唐突な邂逅を果たしていたのは、刹那たちだけではなかった……。

 

 

 † † † †

 

「ツェルベルス!! ヤールングレイプル!!」

 

 容赦ない拳打の圧が屍兵を吹き飛ばして、その身に纏う死霊特有のサイオンを霧散させる。

 

 レオが纏う『ゴツい』ナックルグローブは、右手を白銀の籠手で覆い、左手の手甲には歪な刃物があり、白銀の籠手が一団を壊乱させたところに、鋭い刃の切り裂きのようなものが奔る。

 

 またそれが逆の場合もある。使っている魔法は主に硬化魔法なのだが、それと同時に『強化』も走らせている。

 

 強化魔術……自身に掛ける加速魔法よりも汎用性に富んで、決まった定形式はないという……基礎中の基礎でありながら、極めるのは困難と言われている。

 刹那の父親は、これを主に扱う魔術師だったらしく、手解きは受けてきたらしい。更に言えば、その大本は『ロード・エルメロイⅡ世』であり、強化を施した刹那の体は、血流運動すら制御しているようだった。

 

『排泄行動と睡眠を制御することから始めろ。常の身体機能を『逸脱』することよりも、先に『抑制』『調節』するところから、始める』

 

 女性陣(リーナ除き)から少しだけ白い目で見られるも、そうしなければ、いざ『逸脱』したときに常ならぬ魔力の暴走で、五臓六腑にどんな傷が入るか分からない。

 即ち、柔道における『受け身』の必須取得と同じことだと真剣味を以て語る刹那に、最後には白い目はなくなるのだった。

 

 もっとも……。

 

『その『強化』した身体でミッカミバン(スリーデイズスリーナイト)愛し合った時は、溶けちゃうかと思ったほどよ!』

 

 やっぱり最後にはオチが着いてしまったことを思い出して、達也は魔弾を解き放ち、雫案内の大会議室へと向かおうと最後の通路を進もうとした時に―――脅威を感じた。『直感』でしかないもので、深雪の危機を悟った達也は、攻撃対象の排除よりも先に深雪を防衛することにした。

 

 姫抱きで深雪を抱えたあとには、数秒前までいた深雪の足元に火柱が上がる。それなりに高い天井すらも舐める炎の舌に、ぞっとする。

 魔法発動の兆しすら見えなかった。しかし、明らかに深雪を狙った魔法だ。

 

 

 次の瞬間には、十数、否、数十もの火球が虚空から現れて、高速で飛んでくる。

 放たれた火球を消し飛ばす『術式解散』。しかし、そこからすぐさま同じ魔法が、達也を襲う。

 

(どこから魔法を飛ばしているんだ?)

 

 正面出入口は、広いようでいて様々な遮蔽物が存在しており、隠れようとすれば隠れられる。

 しかも、魔狼の強烈なサイオンが、達也のエレメンタル・サイトを阻害するが、流石に『集中』すれば、妖精眼であれば、捉敵出来ないわけではない。

 

 それが通用しない敵が相手。深雪を抱きしめながら、動きを絶やさない達也だが、敵の排除が完了しない限りは、危機は去らない。

 なんだか、「それでもいいです」などと言いそうな深雪だが、狙われてるのはお前だと言っておく。

 

「失礼致します。達也殿―――あなたと御令妹を襲う危機。見えぬ魔法使いの姿は、私が捉敵しましょう」

「出来るのか?」

 

 ようやくのことで地上に降り立った達也と深雪に対して、流体金属のゴーレムは、メイド服のメイドのような調子でそんなことを言ってきた。

 刹那側との通信及び護衛として、リーレイから『着いていくよう』にと指示された……ピクシーよりも人間的な情動を感じさせる『金』というゴーレムメイドに問い返すと……。

 

「容易い限りです。お嬢様はあなた方を助けるようにと私に命じたのですから、お構いなく―――」

 

 言うやいなや、スライムのようなまん丸の姿に変じて、そこから多くの触手をあちこちに伸ばしていく様子。

 自動的な形状記憶合金のように、正面出入口の全てに伸びていくその触手が……。

 

「見敵」

 

 その一言と同時に、銀色の銃の照準を向ける達也。金色の触手の一つが達也の腕に絡みついて、情報を送られた通りに―――その場所に、『魔力遮断』(コード・ブレイカー)の術式を叩き込む。

 

 現代魔法において、あり得ざる結果。いわゆる『エイドス改変』などの『定義』を無視した、『神秘強度』という『防御力』『隠蔽術』に対して、達也が構築した新たな魔法である。

 

 刹那のルーンによる障壁から、アルキメデスなどのサーヴァント……サイオンによって活動する生体など、現代魔法師の『ルール』を無視したそれらに対して、達也が出した回答の一つ。

 

 確かに、サイオンと魔力……どちらもソーサラス・アデプトにとって必須のエネルギー源であり、されど少しだけ似て非なるもの。

 

 その違いは何であるかは分からないが、だが露出しているエネルギーそのものを『分解』することは出来る。

 

 つまり達也のやったことは、動いている情報端末があれば、そのコンセントを無理やり引っこ抜くことで、情報端末の動きを止めるということだ。

 もっとも、当たり前のごとく、その端末に『予備電源』『畜電源』『太陽光変換』などなど、違う『電力確保』の手段が豊富にあれば、意味をなさない術式。

 

 だが、想像の上では何度か成功していた。術式そのものに対する干渉ではなく、術式から放出されている魔力から辿る、違った形での『術式解体』であったのだが……。

 ガラスが砕けるような音で、透明人間の姿がようやく捉えられた。

 

 透明人間は……大胆不敵にも玄関の真正面にいたのだ。

 

「一見すれば、視覚を騙し、殺到する魔狼と屍兵とで、そこにいるとは考えられないが、空気振動、『呼吸音』だけは誤魔化しきれない。同時に、熱源そのものも誤魔化しきれていなかったようですね」

 

 魔狼と屍兵との呼吸音の違いを察知して、そこに小動物ではない『有り得ざるもの』を感じ取れば、ここを走査(スキャン)していた金は感じ取るのだ。

 

「流石に心音を誤魔化して、呼吸と体温も操作できれば良かったのだがなぁ」

 

 現れた男は、真っ赤な髪を炎のように逆立てていた。同時に衣装も中々に、この時代としてはアバンギャルドなビジュアル系バンドを思わせる、黒系統の衣装に鎖や拘束具を着けたものだ。

 更に言えば、その体をふわふわと浮かせることで、エネミーが殺到する空間に、不自然な中洲を作らせないでいた……。

 

 ネタバレがすぎてしまえば、なんて単純なものだと思える。だが、それに気づかせないでいた手並みは、数ヶ月前のこの男ではあり得ない。

 

「陸軍魔法師部隊の元・軍人『火野原 博史』だったか。随分と変わったものだな……」

 

「俺のような小物の名前を覚えていてくれるとはな。嬉しい限りだよ。『あの時』は、キミ達が俺の『古巣』では『有名』だった、『あの司波』だとは気づけず、ご無礼仕ったよ……」

 

 その言葉に、全員の注目が達也と深雪に向けられる。一高に入学する前、ここではないが同じ横浜の施設内で、人為的な火災……魔法師による無差別放火が行われた。

 そんな恐るべきテロ活動をぷちっ、と潰したのが他ならぬ深雪と達也だったのだが、こんな形で因業めぐるとは……そもそも『何故』ここにいるのか?

 

 少なくとも犯罪魔法師が入れられる施設に収監されているはずなのに、ここにいるとは如何なる理由なのか……様々な疑問が巻き起こりながらも、火野原は戦闘態勢に入る。

 

「あの時の礼をさせてもらおうか。進化を果たしたこの俺の火炎魔法……!! 通用するか否かをなぁ!!!」

 

 あの時とは違い、領域干渉によって魔法の不発動を試みるなんてことは、ほとんど不可能。どんな手段を使ったのか、今の火野原は、圧倒的なまでの魔法力を有している。

 

「炎獣・変性」

 

 こちらに火球と火柱の乱舞を叩きつけながら、周囲の魔狼に炎属性を『付与』したともいえる変化。

 

 北欧神話の冥界『ヘルヘイム』の番犬『ガルム』を思わせる変化の後には、そいつらを操ってこちらに吶喊させてくる。

 

 計算された連携攻撃。おまけに執拗に深雪を狙ってくる攻撃が、達也を苛立たせる。

 

「お兄様! 私に構わず火野原の無力化を!」

 

「健気なものだねぇ。実に―――――」

 

 炎の『円輪』を、己の体を中心に幾重にも作り上げて、エリカや、レオなどのステゴロ(肉弾戦)組を近づけさせない火野原の高揚した声が響く。

 円輪は力を作り上げるタービンエンジンのような役割を果たしながら、回転を猛烈にさせていき、巨大な火球を頭上に作り上げていく。

 

 もちろん、その完成を黙って見過ごすわけもなく邪魔立てしようとするも、中々に硬いものだ。

 

「実に忌まわしいな!!! 燃えろ! 燃えろ!! 燃えてしまえぇエエエ!!! 溶鉱炉、解放。 疑似・焼却式ナベリウス!!」

 

 火野原が呪文を唱えたその瞬間、圧倒的なまでの熱量……なんて言葉では表現しきれぬ、恐るべき魔力の圧が、空間を破却するイメージが見えた。

 

 不味い――――これは防ぎきれない。仮にも、これは■■の王の祖のカケラを利用した術……全員が玉のような汗を流して、明確な死のイメージを前に、どのような行動も無為だ……。せめて深雪だけでもと思った瞬間―――。

 

『愛知らぬ哀しき竜よ!! 汝が身を、星のごとく解き放とう!!!

 いっけええええ!!! タラスク!!!』

 

『うわぁ! なんか聞き覚えある声!! というか君が召喚されてるとか、予想外だな!!』

 

 こちらの『危難』を察してダ・ヴィンチ女史(杖)が、やってきて、その瞬間の出来事だったのだろう。

 

 巨大な……亀の甲羅とも隕石とも、何とも言えぬものが、魔力体のままに飛んできて、火野原の『ナベリウス』を強制的にキャンセルさせた。その勢いたるや凄まじく、正面出入口は原型を留めていないぐらい破壊されていた。

 

 ここを起点にして、建物が倒壊してもおかしくないのではなかろうか……そんな気すら起こる。

 

 タラスク―――という隕石だか亀なんだか……竜なんだかをぶつけられた強化魔法師は―――無事であった。

 見ると、数名の……『仲間』らしきものたちが、火野原の周囲にいて抱き上げている。

 

 何を話したのかは分からないが、悔しげな顔を見せてから高速で走り抜けていく、火野原を筆頭としたロクでもない連中。

 

 追撃するには、状況があまりにも不可解だ。やろうと思えば出来るとか、そう言う問題ではなかった。

 

「何がなんだか分からないが、状況は泥沼化しているんだろうな……」

「達也さん。どうやら先程の攻撃で、VIP室もボロボロになって、端末なども完全にオシャカだって」

 

 雫の淡々とした声と言葉に―――ここまでやってきた俺達の苦労はなんだったのだと言いたくなる。

 

 そうしていると、金が手のひらを上にして、トレイでも持つかのようにして一体のミニチュアを出してきた。

 

 そのミニチュアは、刹那の姿を模しており、通信機よりもいいものだ。

 

 何よりわかりやすい。金色の流体金属で構成された刹那の姿を見て少しだけ安堵する。

 

 どうにもここまで消滅させてきた屍兵や魔狼の強すぎる残念……プシオンのノイズが、通信機器をオシャカにしていた。

 

『そちらも、どうやら『予想外』なことが起こったようだな。ここからでも、大魔術の匂いは感じたぞ』

 

「ああ、詳しい説明は省くが元・国防軍の強化魔法師が、以前とは段違いの力で、こちらと相対してきた……。そして、それを防いだのが……」

 

「きゃー!!! お、お兄様!! これは一体―――!?」

 

「深雪!?」

 

 見ると、タラスクという亀竜を放った霊体―――恐らくサーヴァントの類だろうものが、深雪の体を包んでいた。

 

『決めたわ。ここまで霊基が薄弱だと、現界するには憑坐が必要―――とりあえず波長と……声が似ているアナタに私は憑依させてもらうわよ。安心しなさい。今回限りの特別サービス。

 マシュの『元・同居人』と違って、私の『啓示』は厳しめ!! 具体的には錆びた手甲で大木六本、叩き折るように!!』

 

 錆びた刀じゃないのかよ。なんてツッコみを入れるのも野暮なくらいに、深雪を包み込む魔力の塊は、深雪を変化させていく。

 

『変則召喚、デミ・サーヴァント、……抑止力か? 案外、俺の『中』から出てきたものだと思っていたんだが』

 

「コラー!! いま、聞き捨てならないことを言いましたよ刹那くん!! もしも、それが本当だとしたらば、これは完全なセクハラですよ!! リーナに言います!!」

 

 確かに刹那の召喚術によって、この女だろう英霊が現れたならば、たしかにセクハラだろうが……。

 

『いや、こっちにも伝わっているから、ミユキの絶叫と変化の様子は、そんなワタシから言えるのは、ただ一言ね……』

 

 次いでリーナのミニチュアが現れて、全身金色の夫婦の様子は面白がるように、こう言い放ってきた。

 

『『ようこそ、神秘集う魔術の総本流―――神秘領域(ミステール)へ♪♪』』

 

「強制招待でしょうが―――!!!! くっ―――なんて力の奔流……これが―――英霊の力を宿すということ……!?」

 

『俺から言えるのは唯一つだ。お前のお得意の魔法(氷結)みたいにせず、『決して止めようとするな』。

 大きな流れの中にある自分をイメージすることで、流れの中でも己の動きを取ろうとすることを覚える―――。

 自分も大きな流れの中にあることを認識することで、自分というカラを破ることで、根底にある力を捉えろ―――己という枠に囚われるな』

 

 イメージ力こそが魔法の原動力。それは魔術世界でも同じだが、刹那のアドバイスは、深雪に一瞬で沁み渡り……落ち着いた表情で瞑想をする様子。

 

 そうして―――英霊の力を宿した深雪の衣装……一高の制服が光り輝き、変化を果たしていく。

 

「成功したのか?」

 

『憑依召喚というのは、いうなれば被術者の波長が英霊と合わなければ、弾かれるだけだ。とはいえ……英霊の魂の格は、通常の人間のスペックを超えているはずだから――――そうか、収監されていた囚人たちが――――』

 

 達也が問いかけたのは、刹那だったのだが、ダ・ヴィンチ=オニキスという魔法の杖の方が先んじて答え、呟きつつ何かに気づいたようだが、それよりも達也は―――妹のことが気がかりであり、そもそも……どんな英霊が深雪に憑いたかすらわからないのだ。

 

 声音から察するに女性なのだろうが、女の英雄となると、達也の脳内ピックアップだとそこまで多くない。

 

 そんなこんなしていると、霊基の統合が済んだのか、深雪の姿が変化を果たした状態で、瓦礫だらけの正面出入口の中に佇んでいた。

 

 その姿は―――荒廃した地上に舞い降りた『聖女』のごとく、神々しいものだった。

 

 元々、様々な『調整』を受けたことで、人間離れした魅力を持っていた深雪だったが、今の彼女のそれは『魔的』なものではなく、神然としたそれであり、現れた深雪の姿は――――。

 

 

「刹那! こっちに司波さんがいるんだな!? ならば俺が駆けつけて――――」

 

 などと、自分たちの通ってきた通路から一条将輝がやって来たことで、その程は分かる。

 

 今の深雪の衣装は、白と赤で構成された赤十字を連想させるもの。修道女を思わせる格好だが、それよりは外連味がたっぷりあるのは、上の胸元を見せてヘソまで露出した箇所があるからでもあり、更に言えば足のロングスカートには、スリットが深く入って動きやすさと色香を思わせる。

 

 赤いニーソックスの丈が、深雪の魅力を強調して―――その手に十字架(ホーリーアンク)(スタッフ)を持っていた……。

 

「これが……聖女マルタの姿と力―――今ならば分かる。アナタが、私に力を託してくれた『意味』が―――」

 

 深雪は先程とは違い―――己の姿と蓄えた力の意味を再確認する様子。

 

 そしてそんな深雪の姿をみた一条は―――盛大な血を流して倒れ伏した……。無論、深雪が何かしたわけではない。

 

 いや、ある意味では深雪が原因ではあるのだが……ともあれ、往年のギャグ漫画のように放水の勢いの『鼻血』を出して倒れ伏した一条将輝に、誰もが唖然としてしまうのだった。

 

『これこそ本当の意味での『クリムゾン・プリンス』だな!』

 

「何を嬉しそうに言っているんだ。お前は? まさか、狙ったわけじゃないよな?」

 

『一条が『司波さんはどこなんだ?』と煩いから、そちらに向かわせたことが、こうなるとは、いやはや分かんないもんだねー』

 

 ウソつけ。と言ってやりたい、刹那の面白がる『あくま』な言動に頭を痛めつつも、こちら側に移動してこいと言われて、VIP室の惨状を確認したことで、渋々ながら合流することにした。

 

 裏目に出た行動だったが、それでも分かったことがある。

 

 フェイカー及び呂 剛虎の行動は、完全に大亜のゲリラ部隊とは目的を異にしている。

 

 三つ巴の戦いになるか、それともゲリラすらも『餌』として何かを目的としているか―――。

 

 全てが分からないままだが、そんな乱痴気騒ぎの中に翻弄されるままなのが、自分たちの立場なのだろう。

 

 自分も大きな流れの中にあるのを認識しろ――――。

 

 深雪に言った刹那の言葉が不意に蘇る。

 

 そうしてから、中華街方向で黒煙が上がったのを眼で認識した達也。

 状況は予断を許さない――――だが、それでも戦うと決めたならば、何も迷わない。

 

 迷わずに戦うことを決める人間を何人も見てきたのだから……。

 

 



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第150話『動くに動けぬベビーフェイス達』

最新刊を流し読みした所、リーナの家族関係もよろしくないものらしい。まぁプラズマリーナの設定だけならば、如何に国民の自由意志を尊重するアメリカとはいえ、十歳の娘っ子を軍隊のスカウトが来たことに反対しないのは変だとは思っていたが……。

劣等生世界の魔法師の『親子』は、とりあえず『ダイの大冒険』を読めと言いたくなる今日この頃、

一万字オーバーの最新話どうぞ。



 一高の控室。吹き抜けとなったステージに色々と言いたいことはあれども、面子は揃っていた。

 

 状況は最悪ではないが、地下からの避難ルートに就いた護衛部隊は、少数のようである。もっとも、スズ先輩(市原鈴音)によれば……。

 

「中条さんを先頭にして、全員がシェルター及び横浜市街からの脱出を試みているようですね。

 梓弓を『戦闘魔法』に改良できる、ダ・ヴィンチ先生作の月女神の鷹弓を使って、機先を制しているそうです」

 

 流石は我らが、一高のビッグ・ボス。体は小さくとも、その志はとんでもない女である。

 

「そんなビッグ・ボスからメッセージです。『四天王の力で全員を五体満足に帰すように、私も可能ならば戻りますので――――全員、家に帰ってくるように』とのことです」

 

「別に織田信長のように神速で帰ってもいいってのに……」

 

「俺達は金ケ崎の退き口の木下秀吉と明智光秀か」

 

 その言葉で気づくと、達也が控室に入ってきた。

 気楽に手を上げてお帰りーと言っておく。苦笑しながらも、入ってきた達也は、一高制服の上を深雪に貸していた。

 

 流石に衆目に晒すには、深雪の美貌とその肢体を晒す衣装は兄として色々とあったのだろう。

 ちなみに言えば、一条はドギマギしながらも、深雪をチラチラと見ている辺り、「ダメだ。コイツ」と思う。

 

「状況を知りたいところだな」

 

 言葉と同時に、刹那を全員が見てくる。別に自分が全てに対して訳知りというわけではないが……。

 

「オニキス」

 

『了解だ。カレイドステッキ48のオルレアン神拳奥義の一つ――――。ドーバー双眼(アイズ)!! 展開』

 

 何を考えて大師父は、このステッキにこんな機能を設定したのか、疑問に思いながらも、便利な機能の一つ。

 周辺状況を探査(スキャン)する機能が展開されて、白い壁に―――マッピングされた位置情報とライブ映像が出されて、映る敵勢力の様子にざわつきが広がる。

 

『見ての通り、現在の横浜は大亜連合軍とフェイカーの現出させた魔術生命体との乱痴気場だ。

 大亜連合軍の目的は、魔法協会への襲撃及び情報窃盗だったのだろうが……既に、彼らの目的は達成不可能だ。

 それでも命令に変更が無い以上、彼らは進み続けるだろうね……』

 

 大亜連合軍及び潜伏ゲリラを示す赤いマーカーが、紫色のマーカー……常に赤いマーカーの数よりも二倍、三倍はある数で、赤いマーカーは消え去っていく。

 その様子は、横に表示されたライブ映像でも確認済みだ。

 

「腐落兵はグールの類か?」

 

『死徒の類だと考えれば、『親』がいてもいいのだが、そこまでのことは出来ないようだ。フェイカーに出来たのは、出来損ないの僵尸と言ったところだね。

 沿岸に停泊してグレネードランチャーを放って来た船も、いまは沈黙状態だ……不気味なぐらいにね』

 

 こうしてみると、当初、予想されていた状況よりも悪い。逃げるにせよ、戦うにせよ……敵は未知の勢力となっている。

 フェイカーが優秀な魔術師であることを考えれば、マスターを裏切って、自分の目的のためだけに動いていることはあり得る。

 

 なんせ王貴人といえば、殷王朝滅亡の要因の一人なのだから……。

 マスターを傀儡にして心を操ることなど容易かろう。

 

 だが……港での戦いと異空間での戦い―――その戦いで見えた姿は、献身的に尽くす女性の姿だった。

 そういう見せかけ(フェイク)の可能性もあるのだが……。

 

「オニキス、刹那。おまえたちは納得しているかもしれないが、説明してくれないと分からないことが多い。

 お前たちは司 一と兼丸孝夫と会ったんだな? しかも、どちらも俺たちが初めて会った時とは段違いの力を蓄えて――――」

 

「ああ」

 

「俺の知る限り、そいつらは府中刑務所に収監されている、特級の犯罪魔法師及び、魔法に関わる重犯罪人だ。

 火野原も同じくな。……奴らが娑婆に出ている理由が不可解なんだが」

 

「推測はあるんだが、そいつに関しては、俺も同様だ……十師族の関係者が分からない以上、扉の向こうにいる人々に聞こうじゃないか」

 

 その言葉で―――控室の扉の前にいた……アダルト組が緊張するのが達也、刹那ともども理解できた。だが意を決したのか、野戦服姿の響子を筆頭にしてゾロゾロと軍服姿の人が揃い踏みだったりする。

 

「若者たちの会話の邪魔をするような、野暮な大人になるつもりはなかったんだがな。こうも事態が逼迫していては協力を仰がざるを得まい」

 

 などと、九校戦の時に見た顔、達也の軍属としての顔での上役、風間玄信が、アダルト組の中陣で苦笑している様子。

 

 日本の国防軍からは、風間、藤林、一色の三人。昼間に見た修次さんがいないのは気になったが、その次に続いたのはシルヴィアとミカエラ・ホンゴウことミアが、刹那的には今だにスターズの制服と言っていいのか分からぬ黒のスーツで入ってきた。

 その様子から察して、一種の共同作戦なのだと気づく。

 

「火急の案件につき、詳しい自己紹介は省かせていただく。国防陸軍所属の風間玄信です。階級は少佐―――」

 

「貴官があの風間少佐でいらっしゃいましたか。師族会議十文字家代表代理、十文字克人です」

「同じく一条家代表代理、一条将輝です」

 

 風間の自己紹介に対応するように、日本の魔法師界の『ロード』は、公的な肩書を名乗った。

 

 それに対して風間は小さく一礼して、全員を見回せる立ち位置に就いてから、口を開く。

 横浜全景に対しての説明は先程済んだのだが、それに対する国防軍の動きを説明してくれたが……彼らも混乱をしているようだ。

 

 本来ならば、横浜の重要施設などを防衛するために戦線を展開したかったのだろうが、大亜のゲリラ共が、神代の魔術師の贄として食われているのだから……静観していいのか、それともその後に、強大となった存在を相手取るぐらいならば―――。

 

 その二者択一の考えのもと、行動を決定づけられないでいた。

 

「ガウガメラの戦いのペルシア軍も同然だな……」

 

『征服王』率いるマケドニア軍との戦いを、最後まで決断出来なかったダレイオス三世。

 

 史料だけならば、圧倒的兵力を誇るペルシアであったが、不死王ダレイオス三世は、最後まで決戦を挑めなかった。

 

 それは、かき集めた領内の様々な豪族たちの意思を、ダレイオス三世という繋がりだけで維持していたからだ。つまりは―――巨大王朝ゆえの様々な不和や、そんな王朝の領土を次々と脅かして、ここ(ガウガメラ)に至ったマケドニアに対する恐怖などもあったのである。

 

 ここで、相対するマケドニアの王のようになれたならば違ったはず――――。

 

 そんなマケドニアの王は、こんな演説を打ったに違いない……。

 

『皆のもの! よく聞け!! ダレイオスの軍勢は歩兵百万だの風説を流布していたが、見ての通り! 所詮、我が軍の『三倍』程度のものだ。

 予想よりは遥かに少ない――――。

 しかしながら不安に思うものはいよう……。

 だが、ここにいるは余が信じた勇者ばかり! 

 余と『これから』も苦楽を共にする一人一人が十人力、否! 百人、千人、万人力の万夫不当の豪傑よ!!

 ゆえに―――いざ決戦という時、万全の力を発揮するためにも―――存分に休息しておくのだ!! 勇者たちよ!!』

 

『陛下より振る舞われた最高位の美酒だ!! 存分に味わえ!! この酒は貴様らの血と共に在る!!』

 

 などと人も馬も万全の『休息』をして、意思決定が完全に決まっていたマケドニア軍は、軍団内の密かな『アイドル』たる『女将軍』から振る舞われた酒に酔いしれながら……。

 

いざ―――イスカンダルと共に―――。

 

 その号令を待って――――不死王率いる軍団に勝利したのである。(ロード・エルメロイ2世・談)

 

 過分に憧れが含まれているのではなかろうかという、刹那の師匠たる人の興奮しての言葉を思い出しながら、この状況は確かに意思決定が出来ない。

 

 軍事的に言えば『浮動状況』に陥らせることで、こちらに明白な行動を取れなくさせているのだ。

 

「ガウガメラの戦いか、確かに―――その通りだな。我々はまだ何も決断出来ていないのだから」

 

「市民の避難誘導は行っているのでしょう?」

 

「もちろんよ。刹那くん」

 

 こちらのつぶやきを耳ざとく聞いていた風間に返答すると、響子がなぜか答えるという始末。どうでもいいことではあるが。

 

「さて、色々と聞きたいことはあるのだが、敵の目的が不明だ。現在、大亜からの亡命魔法師部隊……驚いたことに劉雲徳師傅率いる者たちが、大亜の侵攻部隊と矛を交えて、撃退したのだが……」

 

 マーカーを見ると、中華街を目指して進んでいるのが分かる。腐落兵と魔狼の群れは……方方に散っている。片や、中華街、片や大型のショッピングセンター、片や……神社、また全然関係ない路地に陣取ろうとしている。

 

 戦略的意図を欠いたその行動は、現代魔法師からすれば妙ちきりんな限りだろう。だが、単純な話……その動きは全て、一つの線で構成される。

 

「……『城作り』。横浜全体から魔力を吸い上げて、『大鍋』にしようというのか」

 

『蠱毒の陣。彼女の時代からすれば五芒星や六芒星よりも『八卦陣』を作り上げた方がいいんだろうが、しっかし大掛かりだねぇ。

 アレだよ。壁画作りじゃないんだからさ、もうちょっと、こういうのは、静かに描くべきだよ。

 キャンバスのサイズを考えない作品作りなんて、どうせ銭を貰えないんだからさ』

 

 横浜全体の地脈図と照らし合わせて、現在の横浜を制圧している魔軍の意図を、刹那とダ・ヴィンチは分かったのだが……どうやら説明が必要なようだ。

 面倒くさい説明を省いて、魔軍は横浜全てを魔力炉へと変じて、そこから汲み上げるエネルギー……具体的には、魔力を己のものとするだろうと言っておく。

 

 その言葉にピンとこない者たちが多かった。当然であろうが、しかし……現在のエネルギー波形。既に『入城』した地点のサイオンの濃度が恐ろしく上がっているのを、響子は示してきた。

 

「これは…………!」

 

「計算してみたけれど、国際規格でAランク魔法師が五百人ばかり集まって、戦術級魔法を乱打したぐらいの数値は計測されているわ。

 これらの地点が、既に4つも穿たれている……」

 

 今度は刹那とダ・ヴィンチ(オニキス)が、『?』を浮かべる番だったが、ともあれ危機感は伝わったようだ。

 

「しかし、4つか……速いな。何かの『式』でも予め打ち込まれていたかな?」

 

「式ってのが魔法陣ならば、こんなものをウチの部隊員たちが見つけてきたわよ」

 

 響子がスクリーンに示した魔法陣は大陸系の呪法陣。間違いなく侵食型の結界術式……これで確定的である。

 しかし、ランサーに勝つためならば、こんな大掛かりをする必要はない。

 

「ランサー、フェイカーは手負いなんだな?」

 

「当然です。刹那のよこした短槍『げい・ぼう』(必滅の黄薔薇)とやらで、ざくざっく、突き穿たせてもらいましたから、血塗れでしたよ」

 

 嬉しそうに言わないでもらいたい、小さい姿で美酒を飲む頭の上の軍神の使い魔。

 実際、フェイカーの追撃から戻ってきたランサーから貰った黄色い槍は……ゲイ・ジャルグ(破魔の紅薔薇)かと見間違わんばかりに『真っ赤っか』であり、それを首検分よろしく見せてきたのである。

 

『獲ったどー!!』などと、言ってきたお虎のことを思い出して、今は癒えぬ傷を前に忸怩たる思いだろう。これがフェイカーの仕業ならば、せっかく汲み上げた魔力も回復にしか使えないならば……。

 

 今は、やつにとって雌伏の時だろう。

 

「……まだまだ見えないことは多いが、こんな横浜全土を魔力の鍋にする所業は見過ごせない。リーレイの爺ちゃんを見殺しも出来んしな」

「刹那哥々(にいさん)……」

 

 それだけは確実なことだ。そんな狭間に割って入るように、再び響子が口を出してきた。

 

「その前に刹那くん。身内の恥を晒すようでなんだけど……あの脱獄囚人たちの変容なんだけど」

 

「コヤンスカヤの仕業でしょうよ。あの女は人間を塵芥の類としか思っていない。

 察するに、囚人同士で殺し合いをして生き残った連中に、それまで殺し尽くした囚人たちの『第2要素』(たましい)『第3要素』(せいしん)を抽出し、集束させた強化人間。

 中々に―――稚拙なものを作ってくれるよ。実に無様だ」

 

 魔術師としての意識で言えば、実に『稚拙』な強化した人造人間を作り上げたものだ。

 

 刹那が作るならば、もう少し『いいもの』を作る。所詮、魔術師なんてのは、己の体を改造していく人種なのだから……。

 そんな刹那の見抜いた結論に、響子も風間も息を詰まらせた。まさか何の証拠も見せない内から、そうやって結論を出されるとは思っていなかったのだろう。

 

 あんまりスプラッターな映像や画像を見せると『これから』によろしくない気がする。

 

 それゆえの『魔術回路』による計算・演算をしたがゆえの結論。事情説明をしている間にも、状況は推移を果たしていく。こことていつまでも安全とは言えないのだ。

 

「まだ状況説明は必要ですか?」

「ああ、部下たちに君と魔法の杖が示したポイントへの到達を遅らせるように指示をした。今は情報が必要だ。セイエイ・T・ムーン、アンジー・ミザール」

 

 風間の言葉に、うんざりとしてくる。こうしている間にも状況は変化をしていく。

 

 色々と不安要素は多いだろうが、事態への対処よりも、こちらの頭の中の情報は全部掻き出しておきたいという風間の態度に辟易する。

 だが、俺が死ぬ可能性が高いのだろう。そう思っている。むしろ、刹那が死んだ場合、対抗策が無くなるのが嫌なのだろう。

 

 そんな刹那の態度と気持ちを察したのか、達也がフォローをしてくれた……。

 

「少佐、確かに刹那の情報源は有用ですが、今は絞るべきです。如何に人間相手の戦いに『我々』が特化しているとは言え、敵は尋常の理では測れぬ存在です。

 あと一つにして、後は現地対応で連絡を取り合いましょう。俺も―――刹那の焦燥が分かりますので」

 

「大黒特尉……分かった。ならば、君に任せよう」

 

「ありがとうございます」

 

 さり気に三人ほどの『肩書』が、さらっと出てしまったが、全員色々と事態の急変についていけない部分はあったので仕方ない。

 

 疑問を差し挟むことは出来ない辺りに、色々と理不尽は覚えつつも―――。

 

 達也は、最後の質問を刹那にした。

 

「英霊の力を借り受けることは、『INVOCATION』の類だったな。リーナと刹那がよくやる『夢幻召喚』もその一つ……ならば聞こう。深雪に取り憑いた英霊は―――危険ではないのか?」

 

 その言葉に一条も固唾を飲んでしまう。その可能性が無い限りは、達也は深雪の『守護』のためだけに、ここから離れてしまうだろう。

 それは大隊の戦術プランを崩しかねないものだ。そういう懸念が風間と響子から伝わる。

 

 それに対して答えるのは――――。

 

「それに関しては私が答えるわ。『デストラクト・コード=暗黒のアダム』。私が『この子』(シバ ミユキ)に憑依しているのは、一重にこの子を守るためなのよ」

 

「し、司波さん……? 違う……声音は一緒なのに、全然違う……衣装も露出過多で、目の毒すぎる!!」

 

 達也が貸した一高制服を脱いだ深雪=マルタの言葉と行動に、男は見るな! と言わんばかりに、女性陣が男子の眼を塞ぐ。

 

 解せぬ。と思いつつも、質問に対して彼女は答える。

 

「あなた方には知覚出来ないかもしれないが、この子の命数は、場合によっては『今日』にでも尽きたでしょう。あの炎の悪魔―――ヒンノムの谷(ゲヘナ)より舞い戻りし、哀しき罪科の者の手によって……」

 

 この子という場面で深雪の身体を指し示すマルタの意識は、火野原という男の手で深雪は死ぬ。と言ってきた。

 

「そして、この子の死は、アナタを完全に地獄門の開放者とする。

 ―――『暗黒のアダム』。アナタはこの子の死を以て、世界に原罪を解き放つ。

『彼』が持っていってくれた全てを……『その時』を阻止するために、私は召喚されたわけだけど……この世界の『意識』は、存外鈍いのね。

 超常能力者が、普通に認識されているからかもしれないけど……」

 

『キミが深雪君に憑依しているのは、霊体から肉体をマテリアライズ出来ないからだね。成る程、マシュと同じだな。君が移ったのは『保険』。

 深雪君は命の危険があるということか―――』

 

「そういうことよ、ダ・ヴィンチ。仮にこの子が『もう一度』死ぬような事になったとしても、死ぬのは私の方よ。

『一度』は拾った命……失わせることは、酷というもの―――そして失われれば、本格的に『世界』は『剪定』される―――」

 

 ダ・ヴィンチ(オニキス)聖女マルタ(シバミユキ)の会話。超然とした世界全てを観測した大きすぎる会話の中に、『既知』のことも含まれていることが、事情を知っている者たちを緊張させた。

 

 それは真実なのだと……。

 

 そして達也の疑問は氷解した。

 火野原が、深雪の命を失わせる要因になるかもしれないならば、今度こそ―――自分が仕留めればいいだけだ。

 

 それだけが―――司波達也の行動理念なのだから―――。

 

 だが、その思いは……他ならぬ深雪によって否定された。

 

「それじゃ『交代』するわ。『表層』に出てるだけで力の無駄が多いのだから――――と仰っていましたが……だからといって私を遠ざけるのは無理ですよ。『お兄様』」

 

 言葉の途中から、聖女マルタの意識が沈んだと分かる変容。サイオンの放出の様子が変わったことで理解した達也は―――今の彼女は深雪だと気づいた。

 

「お前も前に出るというのか深雪?」

 

「ええ、聖女マルタは私の命を守るためだけに、ここに来たわけじゃありません。

 こういう時に、戦ってこその魔法師の意味でしょうし―――私があの時……火野原さんを責め立てなければ、こんなことにはならなかったかもしれない」

 

 それは結果論でしかないだろう。だが、そういった人間ばかりだ。

 

 能力があっても、その力を世間に認められず、能力が足りなくて外法に頼ったものの、それでも認められず……ままならない人生を送ってきたからこその絶望を―――理解してあげるべきだった。

 

「せめて……誰かが認めてあげていれば。彼の人格を、能力を肯定してあげていれば、救われたかもしれない。断罪を突きつけるだけではなく、話を聞いてあげていれば――――今までそういう人を、見てきたじゃないですか。お兄様?」

 

「―――……そうだったな。本当に―――そうだった……」

 

 力の多寡、在り方、思想……ままならぬ世情に流されるだけの人生。

 

 認めてほしいのに認められなかった人生。魔法師だけでなく非魔法師とて、そうなること(自暴自棄の捨て身)はあり得るのだ。

 

 ならば、否定するだけでは、断罪するだけではダメなのだ。きっとそれは―――多くの『劣等生』たちが求めていたことなのだから。

 

「誰か一人でも、その人を認めていれば、きっと誰かを恨むことは無かったはずです。

 本当ならば、それはもっと速くに気づくべきだった―――『現代魔法師』の誕生も、もっと祝福されているものであったならば、もっと多くの人に望まれているものだったならば―――世界は変わっていたはずです……」

 

 時に魔法は、大地を削り飛ばし、海を割り、空を撹拌させる―――。戦略級魔法の使用とは、人間の『負の能力』の『無限性』の発露だ。

 

 その結果が、多くの人命を失わせ、全ての関係性を断つことになったとしても、魔法師は―――『不感』となれる。それが、人を恐怖させる……。

 

「―――どちらにせよ。英霊マルタを介して私には理解できました。彼は私が止めなければいけない存在です。

 深雪のワガママを許してくださいお兄様。そしてお勤めを果たしてください。今はまだ……魔法師は戦うことでしか社会にいられないのですから」

 

 達也に一礼をする深雪。本当ならば、頑として彼女を遠ざける……避難させるのが、深雪のガーディアンとしての達也の態度だ。

 

 だが、それを言えなかったのだ。だからそれを了解するしかなかった。

 

 何より……。

 

「それでも止めるようならば、『汝、兄を殴ってでも押し通れ。』と聖女マルタからの啓示を受けておりますので」

 

「オーケー、分かった。だからその女の子らしくない『ベアナックル』を見せつけるな。威力も察せられる」

 

 握りこぶしを見せつけて、達也を威圧する深雪。珍しい光景に唖然としてしまう。

 

 あまりにも『ふり〜すたいる♪』すぎる深雪の勢いに、流石の達也も、引き気味である。

 

「危険性が無いのは理解した途端に危険度が上がるとは、これ如何に?」

 

「余計な口出しするもんじゃないな。人の自由意志は捻じ曲げられないもんさ」

 

 刹那の返答に、納得いかない顔をする達也を見ながら、戦うにせよ逃げるにせよ―――もはや自分の役目は決まっているのだ。

 

「大黒特尉―――いや、達也。お前は先行して敵勢を撃破しろ。真田が『スーツ』を持ってきてくれたからな。セイエイ―――」

 

「―――トレース・オン。手土産は置いておきます。俺は先行して中華街方面に行きますので、武器の詳しい使い方は、シルヴィア辺りから説明を受けてください」

 

 風間の言葉を遮るように『対抗策』として控室の壁に、『数十本』もの『破魔の兵装』を武器の飾り棚のように『設置』して置き土産とした。

 一瞬の出来事に更に唖然とするも、その姿が――――プリズマキッドのそれに変化しているのも早業だった。

 

「ワタシもいくわよ。USNAスターズのツインスター(双星)は、二人で一人なんだから♪」

 

「俺じゃお前と『乳合わせ』出来ないんだけど?」

 

「アガートラーム!!」

 

「エクシヴッ!!」

 

 エクシアと言いたかったのだが、赤くなったプリズマリーナの攻撃を受けたことで、変な語尾になってしまった。

 ともあれ、両名とも『多元転身』(プリズムトランス)を終えたことで、出発準備は整っていた。

 

「―――オーダーを発令します。セイエイ・T・ムーン、アンジー・ミザール。あなた方の行動制限を解除。

 持ちうる全戦力で以て、大亜連合及びフェイカー率いる魔軍の壊滅を行ってください。

 私もサポートはします……無茶をせずに二人とも、無事に帰ってきてください。本当に無茶はダメですよ」

 

 参謀本部辺りから、急遽に作られて送られてきただろう指示書を手に、シルヴィアが自分たちに戦う口実を与えつつも、身を案じてくれる辺り……これが響子とのアネキングとしての差だなと思ってしまう。

 こちらの不快な思考を読んだのか、歯ぎしりしてハンカチを噛まんばかりの響子を見ながらも、準備は済んだ。

 

「――――行くのか?」

 

「ああ、地獄を見てくる」

 

「先に行っていろ。俺も直ぐに追いつく―――」

 

 互いの顔を見ずに、拳をぶつけ合い――――それを合図に達也は控室の扉から出ていき、刹那は壁をアゾット剣で切り裂いて外に出る。

 

「――――Minuten vor schweisen」

 

 分厚い壁を大きな六角形に切り裂いて、『分子ディバイダー!?』などという驚きを聞きつつも、その後には修復して壁を塞いだ刹那。あまりにもあまりな壁抜けで―――『四人』が出た。

 

「え?」

 

「爺ちゃんが心配。だから刹那哥々(にいさん)に着いていく!」

 

「私もカレイドライナーとしての力を鍛えてきたのです。置いてけぼりはゴメンですね」

 

『ということで、ネロ祭を乗っ取られた余が力を貸そうではないか! 言うなれば、バトル・イン・ヨコハマと言ったところだな!!』

 

『または、女性ばかりのチーム構成に男が白一点。『サクラ大戦2095』としてもいいんじゃないか?』

 

「サクラと言う名前の人間が一人もいないのに!? って紐育(ニューヨーク)華撃団も巴里(パリ)華撃団もいなかったんだよな……ってそういうことじゃない!! マジで着いてくるのか?」

 

 先程までの、達也とのクールなやり取りを台無しにする会話の応酬をしながらも問うと、愛梨は愚問だと言わんばかりに返す。

 

「当然です。フランスの士族としての血。私の先祖―――シャルルマーニュの騎士であったブラダマンテの力、そして何より私自身の心が、この事態を見過ごしておけないのです」

 

 長い金髪を掻き上げながら言う一色愛梨……プリズマアイリの言葉に、少しだけ感極まる。

 

「ワタシも同様よ。この場で後ろで控えているのは、無理。それは分かっているでしょ?」

 

 誰もかれもが戦う意思を秘めている。これ以上は野暮というものだった。

 

「空を征くぞ! 地上の掃討は、ランサーお前に任せる!」

 

「承知!!! 行くぞ放生月毛!!」

 

 召喚した馬―――戦国の騎馬を駆るランサーが、蹄で蹴る音も高らかに、周囲に散っていた魔狼を蹴散らしながら進んでいく。

 

 その先導に従いながら刹那も飛んでいく。飛行戦力も用意していたのか不細工な竜種のゴーレムが飛んできて、魔弾で消し飛ばす。

 

「ゲートオープン、刻印神船マアンナ!!! ―――さぁ上げていくぞ!! 達也が来る前に仕事を全て終わらせてやる嫌がらせ遂行だ―!!」

 

『『『なんでさ―――!!! YEAH―――!!!』』』

 

 美少女三人の笑いながらのツッコミが入る。

 

 九校戦で見た魔術戦艦を発現させて、軽快に優雅に大胆に―――魔弾を放つ刹那を先頭に、事態は終息かあるいは混乱か、どちらにせよ変化を果たしていくのだった。

 

 



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第151話『to the beginning』

横浜の中心に八卦陣を築き上げようとしているフェイカーの傀儡兵。

複雑な命令を受けないはずのこれらが統率されているのは、彼女の姉『妲己』が用立てた『人造強化人間』(デミエルフ)の存在があった。

 

彼女は、かつて異聞帯という場所にて多くの魔獣を調教して飼い慣らすことをしてきた。それは趣味半分、戦略半分の行いであったが、その中で一つのことを結論づけた。

 

炎の巨人が、氷の魔狼を飲み込んだことで暴走状態……正しき滅びを迎えなかったことで、とんでもない結論を生んだように。

 

即ち―――『同属』(なかま)を食らうことで、生命は強化される。

 

だが、それは本来的にはありえぬこと。カニバリズムが、生命としての忌避を生み出すのと同じく、人間が人間を食らったところで心機能に異変を生み出すだけだ。

かつて狂牛病と呼ばれたものの大半は、屠殺した牛の骨などを砕き潰して細かくした上で、飼料として同じ『牛』に食わせたことが原因だったのだから。

 

しかし、自然界において共食いは無い現象ではない。ならば哺乳類だけがそうなるのか。魚類、爬虫類、鳥類では無い現象なのか……。

 

「答えは単純―――即ち、肉を食らわせるのではなく『魂』『精神』を食わせるのです。ソウルイーターとしての特性を持たせた『人間』であれば、簡単に人工の強化兵士は生み出せるのです」

 

この世界の技術者は何を考えたのか知らないが、あんな不効率な強化人間なんてものを作り上げて、その結果とて丁半博打も同然に、望んだ実験動物が出来上がるかはわからないのだ。

 

「ならば、もっとお手軽に簡単に、そして強力な強化人間を作り出せばいいのです。私がやったように―――そして魔法師の究極とて、人智の全てを超えた超越者を望むというのならば、その果てにあるのは――――」

 

紂■陛下を作り上げることに他ならない。

 

「ご主人さま。アナタの『腹』を引き裂き、『未来』を奪ったものたちは、皆殺しですわ♪

けどそれだけでは終わりません。あなたの身を焼いた業火の熱さ、辛苦、女としての絶望……それらを世界に返して差し上げましょう」

 

扇を顔前に翳して、世界を破滅に導く手駒の到着を狐は待ち望むのだった。

 

† † † † †

 

 

魔法師は現実を書き換えられる。この定義は、今だに崩れてはいない絶対のものの一つだ。

 

もちろん、限度はある。やれることとやれないことは当然のごとくある。

いわゆるファンタジーフィクションなどにありがちな、『魔法使い』のごとく『チチンプイプイ』『アブラカダブラ』『テクマクマヤコン』などと唱えただけで、人知を超えた超常能力を発揮出来るわけではない。

 

死者の蘇生、時間旅行、無から有を作り出す、有質量の零時間転送などなど……上げていけばきりが無い。

 

ならば、『目の前の現実』は―――果たして何なのか、それに対する答えは、誰もが持っていなかった。

 

「にゃ――――!!!」

 

間抜けた掛け声と共に走ってくる、白馬に跨る白武者。

その槍の輝きは一閃しただけで、十もの骸を作り上げる恐るべき手並み。現代の走行機械に逆行するかのような白馬の嘶きと共に、横浜の路面を駆け抜けていく。

 

そんな白武者を狙って空中から強襲を掛けようとするものを阻むかのように、虚空から魔弾が飛んできた。

巨大な魔法の塊―――ある学生の大会で世界に認知された固有スキル。それは、飛行能力まである―――『魔法戦艦』なのだった。

 

「そこ動くなよ!!!」

 

魔軍に取り囲まれたゲリラ兵士。銃弾が効かず、さりとて魔法の発動すら阻まれた中洲のような場所で、『しょんべんちびりながら』応戦していた連中に警告を与える。

同時にマアンナの弓弦を引き絞り、虹色の閃光を地上に降らせる。

 

射角は、船であり弓であるマアンナを振り回さなければいけないが、それに勝る利点がこれにはある。それは宝石の威力を無限に引き出せることにある。

 

刹那が母から受け取った魔術刻印の外部展開の技法……七色宝石を最大魔力と共に叩き込むものを、独自に改良していったものだ。

たかだか200年程度の蓄えしか無い魔術刻印だが、どうやら刹那の両親は様々な意味で『数奇な運命』を辿ることが約束された人間だった……。

 

両親が死んだからか、その頃から並行世界全ての遠坂凛及び衛宮士郎の記憶と『経験』とが、内側(なか)から外側(そと)に展開された刻印に上乗せされるのである。

 

もしかしたらば、母か父のどちらか、あるいは両方は『神霊』と関わりを持った世界があるのかもしれない。それが、遠坂及び衛宮の刻印を通じて流れ込んでくるのかもしれない。

 

多くの疑問をオニキスに問いただすと「んーーー?なんのことかな?(CV 土師○也)」とすっとぼけるのであった。

 

ともあれ、天の女神イシュタルと地の女神エレシュキガルの宝具を思わせる変容を遂げた魔術刻印は、刹那の必殺の内の一つだった。

まぁ……神代クラスの魔術を展開出来るわけではないので、魔術の強度においては、所詮は現代魔術に収まってしまうのだが……。

 

ともあれ天空から降り注ぐ流星でゲリラ達を救うと、助けるか否かを判断し損ねていた黒ずくめの集団……達也の同僚だろう相手に『お勤めご苦労さまです。』と軽く言っておく。

 

「協力感謝する。が、結構な滅茶をするな」

「人命に代えられるものでもないでしょ。それに―――別に血に飢えているわけでもなければ、無駄な血を求めているわけでもないですしね……」

 

ただ戦いは求めていたのかもしれない。そこだけは魔術師の本能と言えるかもしれない。

相手の魔術との違いを測る戦い。ゆえに―――コヤンスカヤの改造した強化兵士が出てきた時には……内心でのみ舌なめずりをするのだった。

 

「楯岡曹長、あいつは黒曜の山賀です! 硬化魔法に最適化処置を施されて、その身を『神鉄』以上ともいえる硬度に変化させられるという……」

「ああ、分かっている。その上、60人以上もの共産ゲリラを一年で殺した上に、無関係の人間も作戦上不要なのに追い込んで殺した下劣漢だ」

 

魔軍の指揮を取っていたのだろう強化兵士、黒曜の山賀とやらが、その身を化け物じみたものに変化させている。

 

金属の身体に顔以外を埋めて、巨大なアイアンゴーレムかと言わんばかりの身体を見せてくる。

 

上半身に体積が集中している反面、下半身は若干心もとないが、そこから繰り出される拳は人体破壊の理を生む。

 

「ようやく同国人を殺せるときが来たかぁ……しかも我が古巣! 国防軍の皆さんじゃないか!! あれだけ任務に忠実だった俺を見捨てて、裁判所で極刑を出したことに抗議もしないなんて、ひでぇよなぁ……だが、この力で―――俺を見捨てたお前らに、復讐してやるぜぇ……!!」

 

典型的な小悪党。大方、ただ単に人殺しが出来るから国防軍に就いたとか、そんなところだろうか。

 

マアンナの展開を終えて、グローブを握り直して、踵を地面で叩いて戦闘準備を整える。

 

「セルナ―――私が前に―――」

「先は長いんだ。余裕ある俺が先んじて戦っておくさ。それに―――硬化で神鉄以上と聞かされては、養母(バゼット)の拳の奥義と比べたくなる……!!」

 

ルーンの加護を四肢に発動させて、山賀と相対し合う……。

 

正直言えば、目の前の相手は―――アイリでは荷が勝ちすぎる。

何より―――殺人に対する忌避感もあるかもしれないのだ。

 

こちらを見た山賀は、構えを取る。

 

「一〇一の『巨狼』と戦うことを夢見ていたのだが、その前に、お前のような大物が出てくるとはな……娑婆に出てから、ようやく夢見た死合が出来そうだ!!」

「一撃で終わらせるつもりだ。其れでよければ打ち合ってやるよ」

 

小悪党な言動をしていたわりには、戦いの技量は素晴らしく高い男だ。

 

こちらの技量を正確に見抜いて高揚する山賀という男。顔すらも土肌に覆って、赤眼と剥き出しの歯だけが見える化け物じみた姿を完全に取った。

 

「USNAの魔法超人『プリズマキッド』―――貴様を倒して、我が花道を飾ってくれようぞ!!」

 

その図体にして、これだけの勢い―――相撲取りのブチカマシの如きものを前にして、刹那も「ハッケヨイ」の勢いで前に出て、拳を合わせた。

互いに前に出した左拳と右拳が、ぶつかり合い―――勝ったのは右拳を突き出した刹那。

 

砕けた腕を押し退けて山賀の懐に入り込む。巨体ゆえの取り回しのなさ。バックステップをしようとしたゴーレム体の足を蹴り砕く。

一瞬の早業。山賀からすれば、足首に火薬でも炸裂したような衝撃を感じただろう。崩れ落ちようとしている身体の真ん中に『鉄拳制裁』が入る。

 

ルーンを付与した最大級の打撃。殺人打の一撃が、山賀を絶命させた……。

 

「なんたる拳の奥義。抜かった……魔弾ならぬ魔拳の使い手でもあったか、お前は―――」

「養母が、容赦なく鍛えてくれたんでね。まぁ『食いすぎて胃のもたれ』が過ぎたな……」

 

こちらの言葉に、心底の苦笑を漏らす山賀。どうやら―――本当に戦いのみを望んでいたようだ。

 

「全くだ。くそっ……破壊の神―――マヘーシュヴァラ、神狼フェンリルのごとき男との戦いを望んで、あの狐の甘言に乗ったってのに―――ここで終わりか。迷惑な話だろうが―――満足しちまった……楽しかったぜ……」

 

その言葉と同時に、人間にはあらざるほどの霊基を食らっていたがゆえか、崩壊を始める身体。霊子と魔力に還元されていくさま―――それが戻る先をスキャンするようにオニキスに言うと同時―――。

 

黒曜石……それ以上の硬さを保っていた男のすべてが崩れて身体すらも土塊に還っていった。

 

「セルナ、怪我は!?」

 

「無い―――」

 

「ワケないでしょ!? あれだけの黒曜石のナックル食らった後に、再び右拳を使ってのボディブローとか!! アリエナイわよ!!」

 

見ると、加護のルーンを割って痛ましい右手が見えていた。その様子に対してリーナは怒っている。これを躱すためには―――。

 

「右手を虐めたい気分だったんだ」

 

「ダディを大事に、このマザコン!!」

 

オヤジを人身御供にしても無理だったようである。

オートリジェネレーション(自動治癒)が効けば、すぐの回復―――というわけにはいかない傷であったことを今更ながら確認する。

 

リーナの治癒(アイリとのじゃんけん勝負後)を受けつつ、ここも『八卦陣』の一角であったわけで、結界の起点をトレースした。

雑というほどではないが隠蔽する気があるのかと言わんばかりの配置に、響子が見せてくれた魔法陣を確認。

 

「これを魔法陣に突き刺してくれ。念の為、『ドレス』を纏ったままにな」

 

是了解(わかった)

 

位置情報を教えると同時に『歪な短剣』を突き刺すようにリーレイに指示。数秒後には、ここにあった『澱み』が消え去る。

 

「――――」

 

「ここはお任せします。我々『遠坂華撃団!』……大神華撃団みたいに言うな! ともあれ、我々は中華街の劉師傅の救助を優先しますので」

 

フェイスガードを上げて呆然とした顔をしている楯岡氏に言ってから、刹那たちは中華街に向かう。

途中変な単語を割り込まれたが、ともあれ―――金と銀の双頭の鷲に跨るリーレイを先頭に、一団は横浜の戦いに介入するのだった。

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

「事態は思った以上に悪いわね……ゲリラとフェイカーのサーヴァントが同調していないのは、僥倖かもしれないけど」

「もしくは、諸共に潰してしまった方が良かったかもしれんな」

 

藤林曰く、先程から非正規兵たちは、魔軍に取り囲まれてロクなことが出来ていない。

 

というよりも、持っている銃火器やキャストジャミングの機器が何一つ意味を成していない。

つまり……大亜のゲリラからすれば、細菌、ウイルス汚染で死体が動いている……都市型パニックホラー的な状況に陥っているのだ。

 

ゾンビと同じく頭をぶち抜けば……という理屈も、持っている火器では火力不足なので無意味。

 

「協会は何をしているの?」

 

「どうやら自分たちに被害が出ないのならば、積極的防衛は必要ないと感じて、守りを固めている……」

 

こういった時に事態を収めるべく尽力するのが、魔法師としての役目のはずだが、事なかれ主義的に『対岸の火事』として見過ごす態度は、克人としては、癪な限りだ。

 

「真由美、お前は避難ヘリの誘導及び護衛だ。俺は表示された地域の中でも戦闘が激しい所に向かう」

 

言いながら、刹那が『転送』した朱い槍を数本掲げる克人。

シルヴィアから『説明』を聞いた限りでは、ファランクスすらも『ディスペル』(解呪)されるのではないかという懸念もあったりするのだが……。

 

「俺とて、いつまでもただの壁男ではないさ。進化を果たすよ」

 

そんな真由美の懸念を笑みと共に一蹴する克人。シルヴィアが持ってきてくれたレオナルド・アーキマン……ダ・ヴィンチちゃんの鎧。

 

米軍制式装備たる『オルテナウス』を纏う克人の姿は、身体の頑健さと相まって、豪傑武者を思わせていた。

 

「弘一殿とて、娘の無事を一番に確認したいはずだ。連れ回せん」

 

「そんなことあるわけないわよ」

 

そんなやり取りの傍ら、達也組の面子も、オルテナウス・アーマーを身に着けて戦場に出ると言わんばかりだ。

 

というよりも、最初っからそのつもりだったようである。

 

「私は護衛に回ります。正直、攻勢に出られる気がしません」

 

2年組の大半が、前に出るよりも後ろで待機。即ち、ヘリポートの護衛を優先したのは当然の話なのかもしれない。戦場に出てくる敵は、獣の如き俊敏さと獰猛さ―――何より不死性を体現している。

 

風紀委員長、千代田花音の言葉に全員が分かったと言っておく。

 

どうやら大体は別れた形だ……2年で残る千代田、五十里、桐原、壬生の中に、光井、北山が入り――――統括するべき渡辺摩利は……。

 

「真由美、悪いが私も攻勢に出る―――いや、借りを返さにゃならない剣士がいるんだ」

 

その言葉に真由美としては少しばかり心細くも感じたが、その原因と言えるだろう一人の剣士が、自分達の近くに現れた。

 

剣士特有の抜き足差し足で音なく、近づいてきたのは覆面姿の剣士。髪と眼だけは見せた状態の覆面の素顔は―――自ずと理解できた。

 

「何やってるんですか次兄上……?」

「そのような男は知らんな。今の俺は、血に飢えた剣鬼一匹。魔剣士『魔礼青』との戦いを望むものだ。私戦を演じる以上、千葉の名は―――今は、封じるのみ」

 

そんな決意を固めた千葉修次氏に対して、プレートアーマー……警察の暴徒鎮圧用装備を纏った寿和がやってきて問いかける。

 

「―――それ意味あるのか?」

「あると思いたいね。兄貴はどうするんだ?」

「戦うさ。市民を守るのがおまわりさんの役目だからな」

 

よく見ると、ワイシャツの袖口やブーツに血が着いているのが分かる。アーマーこそ真新しいが、両名ともここまで様々な修羅巷に出ていたのだろう。それを察せられた。

 

自分達に比べれば疲れがたまって十分ではないというのに、それでもまだ戦う長兄に、弟も妹も何も言わない。

たとえ、いきなり実家から持ち出された秘蔵の剣を渡されたとしても、ごにゃごにゃ言わないぐらいのTPOをエリカもわきまえていた。

 

「全市民の避難誘導は完了したと強弁を振るえませんが、残るは魔軍の陣取った辺りを何とかしなければなりません。響子さん、こちらはお願いします」

 

「……分かりました。お気をつけて寿和さん」

 

「ここも安全じゃありません。アナタも―――」

 

敬礼し合う響子と寿和。苦笑してエリカは、『場合によってはリーナが遠い親戚になるのかも』など内心でのみ思っておく。

 

そして、チームが分けられると同時に、どうするかを考える。

 

「飛行魔法でもあれば、問題ないんだがな。八卦陣の真ん中に現れて、内部から相手を撹乱する……そうしたい」

 

「はい。八卦陣の真ん中、横浜の中心街に楔を打ち込めれば、そこから相手の側面・背後などを取れるのですが」

 

データ上に示されたライブ映像と重ね合わせた図陣を見るだけならば、『炉』の中央は完全にがら空きだ。

 

儀式魔法で魔力を練り上げているのだから当然なのだが……。幹比古としては、ここは確かに弱所ではあると断じれた。

刹那のような思考を持つ人間ならば、ここを狙うのは定石のはずなのだが……。

 

「刹那のことだから『何がしかのハイブリッドな術式』を眼にしたくて、このままだろうしな」

「悪意的な見方だが、そういうものなのかな?」

 

レオの苦笑交じりの言葉に疑問符を浮かべる千葉修次。もっとも、刹那とてやろうと思えば出来なかったわけではない。

だが、刹那の最優先事項がリーレイの祖父、まさかまさかの『大亜の戦略級魔法師』などとは思わなかった人間に対する救出なのだから仕方ない。

 

つまりは――――。

 

「刹那君の思惑を崩して嫌がらせをするには、ここに突撃を仕掛けるのが一番ということですね。分かりました。では思う存分、やりましょう」

 

桜色の杖―――九校戦などでもちょくちょく見ていたその魔法武器に十字架の意匠を重ねて変化させた深雪は―――ライダー・マルタの衣装を見せながら、傲岸不遜―――という言葉が似合う調子で言ってのけた。

 

「み、深雪さん? 大丈夫なんですか?」

「大丈夫よ。美月こそ大丈夫なの? 今から行くのは修羅巷よ」

「月鏡の魔法もありますし、私なりに出来ることがあるならば……」

 

柴田美月。何気ないことを言っているが、この女も最前線に赴こうという考えを持つウォーモンガーだったりするのである。

 

というか深雪の言動も、若干いつもの調子とは違う。元々、刹那やリーナよりも『番長』的気質は無かったはずなのに、今の深雪は……一高の女番長的気質を感じるのだ。

 

「行くのは構わないが、どうするんだ?」

 

「フェイカーのサーヴァントは良いヒントを与えてくれました。敵の分厚い壁を破るには―――」

 

言うや否や杖を一振りしたことで、深雪の背後に巨大な獣が現れる。

 

伝説の通りならば、それは聖女マルタが鎮めた竜。リヴァイアサンとベヒモスの間に生まれしもの『タラスク』『タラスコン』などと言われる竜である。

 

巨大な竜は犬猫のように尻尾を振りながら、下知を待っているかのようだ。うん、なんでさ。

 

『ちょっとだけ優しい姐さんだ。』とでも言っているかのように感じる。

 

ともあれ巨大な魔獣を見た克人は深雪の意図を理解した。フェイカーとランサーのぶつかり合いを見ていただけに……察した。

 

「そうか、魔獣による一点突破か……」

「はい。タラスクの突破力を利用して中央に一気に向かいます。幻想種の力を利用するならば―――確実に」

 

怖いことを考えるお嬢さんだ。と男連中が考えつつも、ここで尻込みしては男が廃る。

 

そんなわけで、深雪曰く甲羅によじ登れと言われて、食われる危険や恐怖を押し殺しながら、フロントライン(最前線)を目指す面子が乗り込んだ後に――――。

 

「司波さん! 手を!!」

 

騎兵の攻撃である以上は、彼女が乗らなければ始まらない。そういう理屈を弁えていたわけではないが、一条将輝が深雪に手を差し出すも……。

 

「いえ、お構いなく一条さん―――ではしっかり捕まっていてくださいね。西城くんのごとく硬化魔法できちんと姿勢を固定化させて―――余裕があれば、他の人のシートベルトもよろしくおねがいします」

 

「お、おい司波? 何を考えているんだ――――」

 

「「「「あ」」」」

 

その時、聖女マルタの攻撃を見ていた面子が気づく。やばい、この後の展開が確実に分かってしまった。

 

分かってしまったからこそ――――。

 

「行きますよ―――せいっ!!!」

 

軽い掛け声。それと同時にテニスラケットを振り抜く程度の動作。

 

本当に気軽なもので―――巨大な魔獣が真っ直ぐ上に飛んでいったのだ。

 

キャッチャーへの『真上ノック』を思わせる見事なものだが、あいにく深雪には野球の知識もない上に、飛んでいるものは硬球でもないのだ。

 

巨体が舞い上がったことによる豪風をその身に受けながらも、誰もが驚いた。

 

「「「「えええええ――――!!!!!?????」」」」

 

あり得ざる現象に、居残り組が仰天の声を上げながらも深雪は、呪文を唱える。

 

「―――愛を知らない哀しき竜よ―――流星となれ―――『タラスク』(大鉄甲竜・星転)!!!」

 

呪文を唱え終わると、光り輝く杖を手に真上にタラスクを追っていき……。

 

鉄拳・聖裁(テスタメント)!!」

 

その巨大な……全長10mはあろうかという巨竜を―――殴り飛ばしたのである。

 

もうステゴロである。輝かせた杖は何の為にあったんだよ。とか色々と言いたいことは多かったが、真上への突風が終わると吹き抜けていく風が真由美たち居残り組の身体を揺らす。

 

殴り飛ばした深雪はといえば……そのタラスクを叩きつける勢いそのままに、飛んでいっている。

 

少し違うが、桃○白の柱乗りのようなものだろうか、そしてここからでも聞こえる轟音と大地全てを揺らす振動。

 

ここからでも見える、着弾点で吹き上がる爆炎――――それらを見て一言……。

 

「……地下道は大丈夫なのかしら?」

 

「それ以前にタラスクに乗った人間たちが無事かどうかが心配ですね。デビル○ンのジ○メンも同然の突撃ですから」

 

真由美と鈴音が言い合いながら考えることなど、それだけだった。

 

吹き上げるきのこ雲……爆発の音に擬音をつけるならば何故か『でちゅー』とつけたくなるその攻撃の成果は―――マルチスコープを向けた真由美がいの一番に知る。

 

奇襲一発、成功。

 

八卦陣の真ん中に現れた精鋭部隊は、背後や横っ腹を見せている魔軍に考える暇も与えずに速攻で攻撃を仕掛けていった。

正しく、意思決定が出来ずに最後まで決戦を決められなかったペルシア軍に襲いかかる、マケドニア軍の重装歩兵のごとく……戦士たちは戦いを極めていくのだった……。

 

 



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第152話『やぶれ八方』

 

スーツを着込んでフィッティングを終えると、己が一つの戦闘兵器になったような思いに囚われる。

 

無論、それは錯覚でしかないのだが、肉体全てを締め付けるようなその衣服は、いわゆる前時代的な特殊部隊の耐弾と動きやすさを重視した戦闘服を思わせるからだろう。

 

だが、それはある種、自分のような全能を体現する魔法師であっても信奉する現代の『武者鎧』だ……。

 

刹那がはめ直すルーングローブとは違い、銃把をしっかり握るためのタクティカルグローブを手に装着すると、装備は十全となった。

 

更に言えば、オルテナウスアーマーのゴーグルバイザーを首に掛けることで―――十二分となる。

 

「どうだい特尉?」

 

「ええ、自分の設計以上だと思います。何より、オルテナウスの機構を利用したのが、特に」

 

「まぁ刹那くんとリーナがさっぱり使わない『余り』を提供しただけなんですけどね」

 

真田の質問に答えてからの疑問をぶつけると、シルヴィアが答える。

 

USNAスターズでは、既に制式採用されている装備だが、あの二人からすれば『いらない』とのことらしい。

 

達也的には機械がアシストしてくれるところは機械に任せることで、最大級の戦闘を行えることは兵士、戦士としてありがたいことだが……。

 

最後に判断材料となったのは、それがインストール、ポゼッションなどの英霊の力を借り受ける上で邪魔かどうかという点にあった。

 

「ダ・ヴィンチ曰く、元々はあるデザインベイビー……英霊を憑依させる実験の為に作られた存在の戦闘力を上げるために開発されたものらしいです。それを流用することで、我々魔法師にとっても有用な装備になったとのことなので」

 

「成る程、それならばあの二人にとってはいらない装備にもなるか」

 

英霊を憑依させたあの二人の戦闘力は、単騎で戦略級にも匹敵するだろう。

 

感想を出しながら、いざ戦闘に出る時となりそうだ。

 

「状況は混迷を極めつつあるが、座してセイエイ特尉、ミザール少尉の尽力だけを頼りにするのは、同盟国としては好ましくはない。大黒特尉―――柳の部隊に合流した上で、事態の早急な収束を図れ」

 

「了解です」

 

敬礼を一つしてから、大型トレーラーから出た達也は腰に巻いてるベルトのバックルを押して、飛行魔法を発動させた。同時に、達也から遠いとはいえ、横浜に降る流星を見た……。

 

その勢いと威力は凄まじく、地下通路すらも砕くのではないかと思う轟音と衝撃。

 

空中に漂う達也にすら感知できる『物理的揺らぎ』と、『魔力の撹拌』が横浜を襲う。

 

バンカーバスターか、燃料気化爆弾でも投下されたようなそれが、よもや『大怪獣』の体当たりであり投擲であるなど、誰が予想できようか……いや、何人かは予想出来そうではあるのだが、ともあれ―――達也は、指示された通りバイザーに映る柳の部隊の位置まで飛んでいくことにするのだった……。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

そんな深雪のはっちゃけより少し前に、中華街方面に到着した刹那達『遠坂華撃団』は、仕立ての良いスーツに身を包んだ美形の男と―――豪放な限りの男と……どちらも20代だろうが、共闘して劉師傅を追い詰めているのを見た。

 

「爺ちゃん!!!」

 

どちらが大亜の連中であるかなど今更すぎるが、こちらの声に反応する前から注意を向けていた―――ルゥ・ガンフーと、内通者『周』に対して、魔弾―――殆どレーザー光線も同然のそれを放つ。

 

ガトリング・ガンのように魔法陣が束ねられたそれから放たれる光線をまともに受ける気はないのか、その場から退避した―――まずは怪我を負っている劉雲徳師傅と大亜の亡命部隊の回復が先決。

 

それを企図した攻撃は狙い違わず分断を行えた。

 

「お前たちがどれだけ分かっているのかは分からないが、もはやお前たちの戦力の殆どは、フェイカーの生贄に供されたぞ。

それでも、まだそこの男に従うのか!?」

 

ルゥ・ガンフーと周に従う連中を離間するための策。もしかしたらば、フェイカーの存在が知られていない可能性もあったが……それでも、言うだけのことは言っておく。

 

この異常事態の中でも、目の前の男を信じていていいのか? そういう考えをもたせるだけでもいいのだ。

 

「同士……呂―――いったい」

 

戸惑いの言葉を上げたゲリラ…東南アジア系の男の首を、音もなく刈り飛ばしたのは、方天戟を持つ呂剛虎。

 

その手に持った総重量にして80kgは軽く超えている方天画戟を軽々と振るう様子に恐怖を覚えるものが多数いる中、刹那は干将莫耶を『投影』して握りしめる。

 

「気をつけたまえ。今のルゥ・ガンフーの能力は高すぎる……」

 

「リーナ、治癒術を―――」

 

言うや否や、全員に治癒術の行使を行うリーナを後ろに見ながら、少なくとも戦略級魔法師を圧倒する力はあるようだ。

 

もちろん『上限一杯』の魔法が使えるからと、それが戦闘能力としての優劣につながるかは疑問。しかし、少なくとも震天将軍として知られているこの御老体を追い詰めるほどに、今の殺人魔法師は極まっている。

 

「逃げたいものは逃げろ。どうせこの街は既にフェイカーの儀式場だ。どこに逃げたところで安全圏など無いのだよ」

 

「押し付けた2択なんてスマートじゃないな。チャイニーズ……」

 

その言葉に特に何も答えずに構えを取るガンフー、後衛に周とかいう、この辺では大きな中華レストランのオーナーにして大亜の潜入たちに小屋を貸していた大家。

 

そういう布陣が敷かれると同時―――ぶつかり合いになろうかと緊張した時に……轟音が響く。次いで衝撃が己の身体を盛大に揺らした。

 

紛れもなく『大魔術』の発動。いや、それに収まりきらない強大すぎる神秘……『宝具』の発動が、どこかで行われたのだ。

 

その生まれでた隙を狙って動こうとしたのだが、その時には――――傀儡兵を残して周と呂は去っていった。

 

巨大な魔獣……狼と狐だろうものが置き土産のごとく置かれて、倒れ伏している在日華僑の魔法師達を食い殺さんと涎を垂らしている。

 

「あんまり行儀悪い真似するんじゃないよ。躾がなっていない」

 

「全くですわね。セルナ―――ここは私にお任せを」

 

今度こそ前に出たアイリ。カレイドライナーとしての衣装はドレス風のものであり、ガーネットの人格データが皇帝であるからだろう。

 

真っ赤なドレスに金色が映える少女。白いシースルーのスカートが色々と扇情的すぎるアイリは、刹那が手ずから鍛え上げたアゾット剣を握りながら、柄尻に象嵌されている宝石のオーブをなぞって、レイピアのようなサイズと形状に変化させる。

 

一連の早業と同時に、アイリは動き出す。

 

 

『魔力放出は余が担当しよう! 思う存分戦えい!!』

 

「助かります!!」

 

どうやらカレイドガーネットは、『衣装』に変化することでマスターをサポートするようだ。まぁ刹那とてダ・ヴィンチの格好が似合うかどうかは―――まぁ似合わないとおもう。残念ながら―――。

 

『その機会は君の子どもたちに与えることにしよう。私には見える―――。いずれ双子の金黒美少女たちがカレイドの魔法少女になることが!!!』

 

強く生きろ。我が未来の娘たちよ―――。そんな馬鹿なことを考えながらも、魔弾の輝きでアイリのラッシングを援護する。

 

エクレールという高速移動。九校戦よりも極まったそれが、魔獣の義骸を幾度も幾重にも抉り、深々と貫き―――絶命をさせていく。

 

レイピアの『撓り』を利用した『円』を描く斬撃―――エペ特有の全身が的であるがゆえの攻撃。

 

激しく全身を切り刻み――――。

 

「セルナの愛を受けて進化したアゾットレイピアは――――無敵ですわぁあああっ! モンジョワ―――!!!」

 

受けとらん受けとらん。そういう仕様でしかないんですが、無言で星の魔弾を出すことで、抗議しておく。

 

瓦礫が散らばる中華街の中にて、雷火の剣士が踊り終わると、そこに大型の魔獣がいた痕跡は完全に無くなっていた。

 

「事情の全てを理解しているわけではありませんが、アナタは大亜と日本の魔法師協会を『天秤』に懸けていたんですね? 劉雲徳師傅」

 

「……騙しきれないな。魔宝使い……当初こそ私は、大亜と繋がりつつ、日本の魔法師協会……中でも九島と繋がっていた……俗に二重スパイというヤツだ」

 

回復したもののやはり歳であるからか、立ち上がるまでに時間がかかっていた。

 

だが、立つと同時にしっかりとした姿勢を取る辺りは流石と言えた。

 

震天将軍として中華の大地に立ってきた男……その男が、何故祖国を捨ててまで、こんなことをやっているのか……。

 

「疑問は多かろう。私としては何としても周と呂の首を取ることで、何とか『鉄血』を示したかったのだが、この腕では『雷公鞭』を振るうことも出来ない」

 

片腕を半ばから完全に失って、リーナによって止血されたものの痛ましい痕跡を見て、誰もの顔が苦渋に歪み、リーレイは振るえながら爺の胸にて泣き腫らしている。

 

「……泣くな。リーレイ、我が腕はこれからの未来に捧げたのだ。我身斬刃身鍛幾星霜―――全未来娘孫世為……」

 

漢語で読まれた震天将軍の『こころ』……それは、光宣の為に何が何でも尽力する九島烈と同じだった。

 

祖父・祖母……物心着いた頃には、そんなものがいなかった自分でも、そういう人はいた。

 

冬木の実家……父方の武家屋敷。い草の匂いを嗅いだ時に、安らいだ自分はやはり日本人だと思いつつ……そして隣には―――厳つい顔をしたヤクザの大親分(現役)がいたりした。

 

その大親分こそが、自分の名付け親だった。

ある意味では、刹那の爺ちゃんとも言えるかもしれない。実の孫、曾孫がいるのに、勝手な話であるが……。

 

 

「もはや霹靂塔など使えぬ私だが、それでも……孫を修羅巷に置きたがるものか……」

 

魔法の才能は『遺伝』する。それはメンデルの法則ほど確実なものではないが、劉師傅が危惧して、日本に亡命した理由。『ジジイ』(九島烈)に頭を垂れてでも求めたものは―――ただ一つだった。

 

「リーレイ、爺ちゃんを大事にしなよ……ここにいなさい」

「刹那哥々(にいさん)はどうするの?」

 

リーレイの質問。泣き腫らした顔を見せながら、問いかける少女に無言で答える。

 

―――この騒乱を収める。自分自身の手で――――。

 

本来ならば、大亜のゲリラを掃討するだけの任務だったはずなのだ。それなのに、状況は二転三転していき……こんなことになってしまった。

 

その責任を果たすべき人間は自分なのだろう。

 

「行くぞ。中央の戦場で―――全てに決着をつける」

 

「モチロンよ! それにしてもミユキってば、とんでもねーことするわ。アンビリーバブルよ」

 

「恐らく、セルナの活躍を奪ってやろうという腹積もりなのでしょうね」

 

楽できるならばいいさ。無言の苦笑で思いながら、深雪の考えとしては、せいぜいバスケやバレーの試合で、恋人からの応援で活躍するのを見て、「これ以上、コイツに点を取らせるな」というやっかみ混じりの……そんな程度の話だ。

 

表現としては、分かりづらい限りだが、概ね深雪の心は分かるのだった。

 

とはいえ、如何にマルタの霊基を宿しているとはいえ、あまり司波深雪(最優の現代魔法師)向きの事態ではない。

 

達也とてフォローに向かっているだろうが……ともあれ、最速で向かうことで、変なことにならないようにするのだった。

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

横浜に停泊している大亜の工作艦船は、横浜の中央にて使われた攻撃に驚いていた。

 

「バカな! 日本の民警は、気化爆弾でも使ったのか!?」

 

「あるいはバンカーバスターの可能性もありますが……」

 

「どちらでも構わん!! なんということだ……状況が何もわからないぞ!!――――ッ!!!」

 

何もかもが不明な状況に喚き散らした偽装艦船の艦長は、不意の揺れに戦いた。

 

何事か!? そう叫ぶ前に………絶命を果たしていた。見ると、自分を貫く太い樹木の幹が見えていた。

 

「―――」

 

「―――」

 

最後に見えた光景は、ブリッジにいるクルー全員が床から生えた木々に殺されているものだった。

 

もはや、事態は異常を超えて自分たちの知るところとはなり得なかった。

 

そして……体調不良で担ぎ込まれた『陳祥山』の体から発芽した木々が……偽装艦船を奇怪な海に浮かぶオブジェへと変える。

 

その様子を隠れて見ていた―――九重八雲は、不味いか。と思うのだった。

 

「大海に木気、中央に『蠱毒』、東に金気……さてさて不味いことになったかな。とはいえ、僕の火力では、あれだけのデカブツを撃ち落とせないしね」

 

敵の狙いも分かったところで、どうしても対策しきれないことが、どうしても歯がゆいが、それでも、少しは数を減らすことをしなければならないということで、船から飛んでくる『植物人形』(プラントゴーレム)を迎撃するのだった。

 

 

† † † †

 

「うぉおお!! 司波さんという戦場の女神の愛を受けて放つ『爆裂』は―――無敵だぁアアア!!!」

 

受けとらん受けとらん。誰もが一条将輝の言動にツッコみを入れてやりたいところだが、奇襲の要諦は、先手必勝。相手に反撃をさせないままに一撃必殺を行う。

 

魔軍は丁度円陣を敷くようにして横浜の中央市街を制圧していたが、まさか、そのがら空きの中央に突如侵入してこちらの後背を襲うとは思っていなかった。

 

内側から浸透した一高と三高の精鋭部隊ならぬ『愚連隊』の面子は、四方六方八方に散って、魔法を連射していく。

 

エイドス改変の重複で術が不発にならないように、そもそもそれ以前に接近戦などで相手を壊乱させていくので、奇襲は成功していた。

 

だが落ち着けば、指揮をしている連中は『兵』を使って一気に中央を押しつぶしにかかるだろう。それゆえに真由美は―――魔法協会横浜支部にそれとなく『情報』を流していた。

 

―――十師族が、魔軍に挑みかかると……。

 

それは深雪が、こんな手で中央壊乱を行うと思う前からの策略であった。

 

如何に高潔な精神を歌っていても、こういう時に率先して動けない、腰が重い組織……別に協会員全てが戦闘に特化しているわけではない以上、それは仕方ないとしても、この事態を静観しているのは、魔法師のイメージダウンにつながるだろう。

 

それとない『情報』のやり取り。そして―――深雪のタラスク超特急で、横浜の激戦区にいきなり現れた一条と十文字の姿(ビデオ映像ごし)に腰を抜かした魔法協会は即座に行動を開始。

 

国防軍と緊密に連絡を取り合いながら、円状の陣の『半円』部分を『圧迫』するという言葉に、国防軍としても安堵した。

 

 

「以上が、お前の妹が『とんでも』をやった後、5分間の推移だ」

 

「何とも事態が急に展開しましたね。ということは我々はもう『半円』を?」

 

「ああ、同時に『式』という魔法陣を崩す―――。恐ろしいことというか俄に信じがたいが……いや、あのキツネを思い出せば、この世界には、ああいった超常能力者がいるんだな……」

 

九校戦の最終日近くでの戦いを思い出している柳の苦い顔。それを見ながらも、状況に対する最終的な結論を出す。

 

「フェイカーの魔獣……妖狐馬の遺骸は―――ちょうど、『ここ』と『ここ』に等間隔に並べられて『生贄』として捧げられています。

この儀式魔法を用いて、大量の腐落兵(グール)及び義骸魔獣を呼び込んでいると推測。

最終的な目的は……オニキス曰く『フェイカー自身の強化』……詳しくは書かれていませんが、そういうことですね」

 

己自身が強大となるためだけに、このような大掛かりをやったというのか。

 

こんな馬鹿げた作戦で死んでしまい、生贄として供された大亜の軍人たちに、同情を禁じえない。

 

ミカエラ・ホンゴウことミアというスターズの外部協力員曰く、そういう結論。ただオニキスが隠している情報を、なんとなく達也は理解できた。

 

この自分たちが対処をするということすら、フェイカーこと王貴人にとっては織り込み済み。千葉修次氏や、近くにいる一色華蘭女史の遭遇した事態を考えれば……。

 

蠱毒に入り込まれた贄に自分たちも入っているのだろう。

 

「半円を圧迫するだけじゃ面白くはない―――いっそのこと、『遺骸』を潰しましょう」

 

「本気か達也? ミス・ミカエラ曰く、高位の魔獣は、死したとしても魔力を奉じて、強大な存在になるそうだが」

 

「確かに、けれど折角の独立魔装の『飛行魔法』戦術の初お披露目なんです。少しは派手なことをしましょう」

 

「……変わったな。お前」

 

柳の苦笑の言葉。その胸に去来しているものは、何なのか―――。

 

だが、それ以上に他人の都合で『踊らされてる』のは癪な限り。

 

しかし、今は黙って踊るしか無い。どちらにせよ、現れた魔獣もグールも人を襲って自分たちの脅威になるのだ。そして強力になっていけば手を付けられない害獣となる。

 

ならば、知ってて踊ってやる。自分が容易に操れる存在だと思っているならば、その思惑を―――崩してやろうと思う。

 

 

地面の分解と同時の魔弾の一斉掃射によって前面を圧倒しながら―――黒の魔法師たちは、達也を先頭に飛び立つのだった……。

 

 



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第153話『各々の戦い』

 

 

雑兵と言っていいのかどうかは分からないが、魔狼や腐落兵の類を倒していた修次―――。望んだ敵との戦いに挑むまでに己を高める作業に没頭する。

 

剣の魔法使いを自認して、他称されることを是とする千葉家に生まれた身だが、家門をそこまで光栄に思ったことはない。

 

己は己。剣の道は人それぞれ。ただ単に近場で学べた流派が、それであったというだけだ。

家が千葉家というだけであり、修次にとって家門についた誇りだのなんだのは、どうでも良かった。

 

家族に情を湧いていないわけではない。だが―――一度ぐらいは……。

 

(シバレン先生の書いた剣豪『眠狂四郎』のように、剣に生きて剣に死ぬ…剣鬼のような生き様をしてみたいもんだ)

 

とはいえ、現代社会でそんなことをしてしまえば―――。

 

巨狼の首を斬り飛ばすと同時に見えた……仇敵……というほど因縁があるわけではないが、それでも自分の剣士としての自信を木っ端にした相手が……―――少しだけ離れた所。道路の真ん中に堂々といた。

 

雑兵共を退かせて一対一で向き合う妖剣士『魔礼青』に向き直る。

 

「得物を強化したか。それでこそ戦う気概が湧くというもの」

 

「そちらもどうやら身を完全にした模様……これで遠慮なく死合えるというものですね」

 

「ああ、全くだ……若き剣士よ。我が短き現世での戦いの華として―――早々に散ってくれるなよ」

 

あのときのような動きにぎこちなさがあるものではない……正真正銘、全力の魔礼青に対して―――。

 

「訂正だ。若き『剣士たちよ』。存分に戦おう」

 

言葉で、中華の刀剣を持ち上げる魔礼青に立ち向かうは、千葉修次と渡辺摩利――――。

 

彼我の距離……10mで、古代の剣士と現代の剣士との戦いが始まる―――。

 

「瘟!!!」

 

横浜のコンクリートの路面全てを引っ剥がすほどの斬撃。

前回とは段違いの斬撃の数と威力に難儀するも―――。

 

裂帛の気合で振るう大太刀が斬撃を弾き、間合いを詰める。

 

「せいっ!!!」

 

そんな修次の接近に対して摩利は―――修次の背中を追うように追走して……その修次の背中を足場にして、宙を舞う渡辺摩利。

 

お互いにアーマーは着込んでいることで、相応の重さは感じていたが、それらの衝撃を吸収するぐらいの力はあったようである。

 

軽い踏み込み。武術家としての摩利の運動能力で絶妙な重さを感じない跳躍。本来ならば、今年のミラージで飛んでいた摩利のポテンシャルを実感させる―――。

 

魔礼青の『上』を取った摩利は、そのままに連結刃を振るって頭上でもなんでも無防備なところを狙う。

 

しかし意図を悟られたことで、魔力を波動として放たれる。波動は圧力となりて、摩利の刃を無為に返す。

 

「ッ!」

 

「中々の連携だ。だが―――空中は無防備だぞ。ぬっ!!」

 

宙を舞う摩利に飛刃でも飛ばそうとしたのか、構えを取る魔礼青を牽制するように、修次は大太刀を前にして突きかかる。

 

あれだけの連刃を踏み越えて、やってきたのか―――瞠目する魔礼青だが、鍔迫り合いになったとしても連刃はあるのだ。

 

「シュウ!!」

 

「合わせてくれ摩利!!ッ!!」

 

「いい腕だ。だが、まだまだ俺の剣術を全て引き出せてはいないぞ!!」

 

魔礼青の後ろに着地した摩利―――丁度、魔礼青を挟み込む。挟撃の形になったが、剣は一刀なれども、その打ち込みは数十にもなる以上、意味を成さない。

 

(だが、これしかない―――遠坂くんの言うとおりならば、最後の『霊剣』で魔礼青の核を貫ければ―――)

 

(それまでは我慢比べだ!!)

 

気合を入れて攻撃してくる二人を相手に、余裕綽々で剣士二人を左右に見据えて、二人の攻めをせき止める妖剣士の切れ間ない打ち込み……。

 

恋人たちが人外魔境の戦いに挑む中、他の面子も違う戦いに赴く。

 

 

魔獣やグールの類を消し飛ばして、侵食結界術式という魔法陣を破魔の武装で砕いていた愚連隊の面子。

 

それを苛立たしく思ったのか、ようやくのことで、将器ともいえるものを引っ張り出すことに成功した。

 

「カカカカッ! 雑兵ごときでは貴様らには何も意味を為さんか。退けッ!! 貴様らの出る幕ではないわ!!」

 

「御老体。彼らをご存知なので?」

 

「奴らはワシの研究を全て無駄にしおった連中の一員じゃよ。こんな所で戦い合えるとは善哉善哉」

 

「あの女の求めることは全て終わったんだ。さっさと殺しに参加させろ!!! この身にある炎が行き場を求めているんだよ!!」

 

魔獣の軍勢を指揮している連中の中に見知った顔がいることに、何人かは瞠目するも……先刻の話から脱獄した囚人どもなのだろう。

 

道路に堂々と立ちふさがる腰を曲げた老人、20代前半ほどの学者風の男、直近で出会った炎を体現したような男……三名ほどの人間たちを侮れない。

 

先程から自分たちの外側で戦闘が激化している様子を考えれば、ここが山場だなと感じる。

 

ここを踏み越えたものにこそ勝利の女神は微笑む……。

 

「お久しぶりですね。司さん……」

 

「ああ、どうも。娑婆に出るために殺し合いをしてきたわけだが……どうやら再び立ちふさがるとはね」

 

「そんな欲があるようには思えませんね。外に出てまでなにかしたいことがあったので?」

 

「無いね。こちらの兼丸氏と火野原氏は違うようだけど……とはいえ、黙って殺されるような心情でもなかった。それだけさ」

 

十文字と司一の会話。元・テロリストに対する態度ではないが、友人の兄貴に対してそれなりの敬意はあるだろう……。だが、それでも戦う時は来る。

 

 

「アンタには九亜ちゃんと四亜ちゃんに対することの恨みがあるから、老人だからって容赦されるとは思わないことね」

 

「あの時は、アルキメデスのあれやこれやで有耶無耶になったが……お前が元凶だったな」

 

「今となっては、それすら遠いことだがな。そして―――こうして力を得た今ならば分かる!! 我が身を以て星々の力を使うことも可能なのだと!!! あの研究自体はもはやいいのだ……だが、あの時の借りは返させてもらうだけだ!!」

 

エリカとレオの言葉を受けても何も怖じけずに、それどころか眼を釣り上がらせて狂気を見せる兼丸孝夫……その人物の素面の状態を知っていた深雪は、少しばかり印象を崩されるも……老人も火野原と同じく改造を受けているのだろうと推測。

 

そして火野原は……。

 

「魔法師を開発した連中はバカばかりだ。強化した改造兵士が欲しいならば、遺伝子や脳を弄るよりも、もっと手軽に兵隊を用立てれば良かったんだよ!! であれば、俺のような人間が生まれることもなかった!!」

 

「それが囚人達の魂の一雫、肉の一欠にいたるまでを食い尽くしての結果ならば……それを許さないでしょう―――。私達(現代魔法師)を作り上げるというために倫理道徳を冒すことはあっても、そこに至ることは人間としてのタブーが許さなかったのでしょうね」

 

やろうと思えば、『そういったこと』も出来たのかもしれない。魂と精神の関係こそ魔術師よりも遅れている魔法師だが……ある種、深雪の実家が隠し持つ『処刑場』が、それにたりるのかもしれない。

 

だが……それでも……。目の前の男のような存在を認めてしまえば、自分たちは本格的に人間兵器として、否……人類ではない……『亜種の霊長』と認識されてしまうかもしれない。

 

 

―――止めなければいけない。―――。

 

「アナタの気持ちは分かります。例え……どれだけ優れていたとしても、アナタを必要としたものがいなかった悲哀も、今ならば分かる―――けれど、アナタの自暴自棄で傷つくもの、世界に対する八つ当たりを見過ごせない!!」

 

「ならば、その御大層な『魔法』とやらで止めてみせろ―――『CLOVER』!!!」

 

その火野原の言葉を皮切りに、三人の超常能力者たちは己の身を『変形』させた。

 

刹那やリーナのやる術とは違い、それは完全に『変身』とも違う……異形化であった。

 

完全に『人間をやめた変貌』を遂げる三人の身体が、道路に収まりきらず、脇の建物をなぎ倒しながら顕現を果たす……。

 

その余波から全員を守るために、杖を振り上げた深雪は『タラスクの甲羅』(刃を通さぬ竜の盾よ)で以て、全員を防壁で包み込んだ。

 

粉塵舞い上がり、瓦礫があちこちで崩れ落ちる……巨影が現れた都市の中で、敵の姿を直視する面子。

 

其は―――百眼の狼、尋常の狼を超えた巨大な身体のあちこちに『眼』を宿した巨狼。

 

其は―――白き神像、星々の魔力を吸い込み、地動に頼らず天動の端緒に触れし禁忌の巨像。

 

其は―――炎の霊鳥、蘇生の秘術を体現せし、人々の想像にのみその名を刻む朱き炎を身とする魔性の鳥。

 

遠吠えを上げる狼。その吠え声が、各々の中身(ないぞう)をかき乱し、神像が荘厳極まる音色をどこからか上げて―――甲高い限りの嘶きを上げる巨大な鳥が―――二本足で大地に爪痕を刻みながら炎の落葉を撒き散らす。

 

「これが魔法師の究極系だとでも言いたいのか? 我々は、人の姿を捨ててまで―――『力』を求めなければいけないとでも言いたいのか!?」

 

十文字克人の慟哭の限りの言葉に答えるものはいない。

 

だが、行き着くべき先は……既に示されていたのかもしれない。

 

自分の出自を知っていたレオとエリカは、そう少しだけ悲観を思いながらも……それは『望んではならない未来』だと理解できた。

 

それを望めば、来るべき未来は―――ディストピアでしかないのだと……。

 

「悪趣味な限りの変貌。けれど―――老人の姿でどつき合うのもやりづらかったからね。いいじゃない」

 

「全くもって同感だが、ちったぁ敬老精神持とうぜ」

 

「うっさい。やるわよ!!!」

 

「応!!! マグニ・ゴッズエンチャント!!」

 

勝手に相棒にされても大した文句も言わず、巨人のオーラを纏う西城レオンハルト。その巨人の肩に乗りて刀を構える千葉エリカは、集中の限りを以て大太刀の封印を解放。

 

彼我の戦力差は理解出来ているが、ここで退くわけにはいかないのだ。

 

概念武装として『進化』を果たした千葉家の秘剣を以て、この乱痴気騒ぎを収める。

 

「巨人の魔力義体は、俺の動きと連動しているからな。気を付けろよ!!」

 

「りょーかい!! 遠慮なくどつき回せ!! ウルトラマンタイガ!!」

 

言うやいなや、白き神像―――兼丸孝夫が変貌したものに挑みかかるレオとエリカ。

 

神像もまた魔力の『矢』を全身から打ち出して接近を阻もうとするが、それらを弾きながらも取っ組み合いに到れる距離で―――拳が打ち出される。

 

鈍重極まるかと思われる巨大なものと巨大なものの戦いだが、存外機敏に動き、相手の身体にヒットをさせている。

 

『■■■―――!! メイオール!!』

 

神像は叫びをあげて、何かの名前を叫んだ。それは天文学に詳しいものがいれば気づけた名前だが、あいにくここにはおらず―――されど、その結果は即座に現れた。

 

神像が輝き、その身体から幾条もの光線の束を打ち出してくる。レオの巨人体を明確に敵と認識したのか、攻撃が集中する。

 

光り輝く線が幾重にも巨人の身体を穿とうとしたが、防御のルーンが循環している巨人は崩れてはいない。

 

反撃として拳が打ち出される―――。まだまだ戦う元気はあるが……。

 

「中々に強え!! 硬化の術式が崩れそうになったぞ!!!」

 

打たれっぱなしは不味いか。そう悟ったエリカは、拳の打ち終わりと同時に飛び立って、神像の頭上から剣撃を放つ。

 

真っ向唐竹割り―――そんな言葉が似合う斬撃で神像を袈裟に切り裂いていく―――が、流石に硬すぎるのか、神像のサイズ20m程度に対して、一メートル程度しか刃が入らなかった。

 

無論、小賢しいハエを追っ払うかのように、神像は先程の光の矢を打ち出してくる。

 

マシンガンも同然の範囲攻撃にハイパワーライフル以上の速度。難儀するが猫のように跳ね回り、それを避けて安全圏たる巨人の元にたどり着く。

 

(俺も剣術でも学んでおくべきだったかな)

(アタシにレオ並の巨体構成の適正があればよかったのに)

 

現代魔法ではとうに廃れてしまった化成体による身体強化。獣性魔術として刹那が紹介したものとも違う、レオだけのレアスキルの一つ。

 

己の身体を伸長させる『巨人魔術』。その真髄や極まるには、少しばかりレオは熟練不足であった。

 

通常の相手ならば圧倒できる巨体も、同じく巨体を持つ相手との戦いでは、技量が不足してしまう。

 

 

そして十文字克人も百眼の狼。ヘシアン・ロボかジェヴォーダンの獣のように俊敏な動きを見せる『司一』の攻勢にさらされる。

 

八王子クライシスの時と同じく、人外の存在と化した友人の兄貴に対して、槍と棍の二刀流で突き込むも、完全な獣化とでも言うべきものを果たした相手に対して分が悪く、更に言えば、後輩を守らなければいけないという気持ちが急いてしまうのだった。

 

悪循環を認識した克人は、百眼―――恐らく魔眼だろうものに対して、視覚を誤魔化す多層の壁を展開。

 

その上で、『肉体強化』で『破魔の紅薔薇』を投げつける。投擲せざるを得ないのは、移動や加速魔法では破魔の紅薔薇……ゲイ・ジャルグは、その魔法をキャンセルしてしまうのだった。

 

現代魔法になれきって、己の移動にすら時には魔法を使う克人にとって、強化魔法は若干の苦手であった。

 

ある種、肉体的な頑健さとその体躯の使い方を分かってる割には、骨の髄まで現代魔法師―――そういう自己評価を下していた。

 

即ち……身体強化で事足りる場面ですら、克人は移動魔法に頼る男ということだ。

 

もちろん互いに一長一短な場面もあるが、こういった場面では、己の不甲斐なさを痛感する。

 

狼の巨大さとそれに従わぬ俊敏さ、速さは克人に苦戦を齎したが……。

 

(別に俺一人だけで戦うこともあるまいな)

 

―――最後には肩肘張るのをやめて、無事な周辺では比較的無事な建物から、古式魔法曰くの『水晶眼』……魔術師曰くの『淨霊眼』『淨眼』の類で、柴田美月が『視抜いた狼』に対して、吉田幹比古の放つ『矢』が『射抜いていく』。

 

狼の魔眼がなんであるかは分からないが、かのブランシュリーダーは邪眼の使い手であったところから其れ系統だろうが、天然物の魔眼とでは格が違うのだろう。

 

矢の一本一本。弓で打ち出されたものが幽幻な音を響かせながら眼を貫いていく。

 

その痛痒がいかほどかは分からないが、貫かれた時を狙って克人は槍と棍でダメージを与えていく。

 

深々と突き刺さる槍の片方で棍で身体を叩く克人。絶叫を上げる狼の魔眼が身体の至る所から移動していき、浮かび上がり……巨大な眼を作り上げていき、狼の目前に移動していく。

 

何かの大魔術の発動の様子。毛を逆立てて、飛びかかる前段階のごとく身体を撓ませる巨狼。

 

何かが来ると分かっていながら、何も出来ないとは恐ろしい限り。

 

その術式の投射から逃れるというのならば、逃げるのが先決のはずなのだが……。

 

(吉田と柴田の干渉すら受け付けぬ状況に至った巨狼の状態……中々に見ものだな)

 

吹き上がる間欠泉のごときサイオンの奔流が、全ての魔的な干渉を無効化している。

 

力の無駄遣いをするな。建物の屋上にいる吉田たちにサインを送る。

 

伝わったかどうかは分からないが、とりあえず援護攻撃は止まり、そして巨狼の眼前にあった魔眼が―――『見開かれた』。

 

『魔眼大投射―――!!!』

 

魔的な引力を発して、克人の意識を『持っていこうとする』眼に対抗しきれない。

 

推測ではあるが、邪眼(イビル・アイ)の効果を延伸させて、効果を最大限まで上げることで、この術式は成立している。

 

如何に精神干渉の魔法に対するノウハウが十文字に薄いとは言え、俄仕立ての邪眼の干渉に屈するほどではない。ましてや克人とてレジスト出来るはずなのだが……強化された魔眼は、こちらの自由を奪う。

 

「ぐぅうう!!!」

 

呻くことで『呪い』を打ち消そうとするも、魅入られるままに、身体(そとがわ)の自由すら効かなくなる。

 

精神(なかみ)を乗っ取られ、魂魄(かたち)すら変えられそうな圧力を前に、巨狼は進み出てくる。こちらを眼で射抜きながら、その爪で切り裂こうという腹づもり。

 

察していても克人は『詰み』を理解しつつあった―――危機を悟った吉田たちの援護以上の横槍でもなければ―――。

 

状況は好転しない。だから、それが来ることは分かっていたのだ。

 

「ローズアイを用いない魔眼大投射とは、レアなものを扱うけどな!!」

 

『それはロズィーアンの秘奥さ!! アウローラ(七色輝煌)を扱うウチの坊やに比べれば手妻使いだな!!』

 

―――七つ色に輝く(まなこ)で、巨狼を真正面から見据える魔宝使いは、その魔眼の打ち合いで巨狼に勝った。

 

巨狼の巨大な眼が、砕け散って元の場所に戻るも、その大半は瞼を閉じられたままだった。

 

克人の背後から飛んでくるように、否、ほとんど飛びながらやってきた……魔術や魔法のことでは口が減らない後輩を皮切りに―――。

 

「―――遅くなったわね。騎兵隊の到着よっ(Cavalry’s Here)!!!」

 

「まだやれますわね。十文字さん!?」

 

「当然だ。しかし、助かった!!」

 

年下の少女二人に虚勢を張って、ゲイ・ジャルグを思いっきり投げ込む克人。

 

巨狼は、魔眼を砕かれた勢いで消沈していたものの、その一撃を躱して、距離を取っている。

 

最初に飛来した刹那は、魔眼を輝かせていたが、一度の瞬きでそれを封じた。

 

「こちらの状況も、あんまり良くないようで、ですが……ここに現れるはずだ!! 出てこい!! フェイカー!! ルゥ・ガンフー!!

お前たちの最後の贄は『俺』だろうが!!!―――これ以上、余計な連中に血を流させるようならば!! 貴様らの作った八卦炉を叩き壊す!!!」

 

その意味不明な宣言を周囲に喚き散らす遠坂刹那。そして、その時には―――、クドウと一色が、二人して『無事なビル』に陣取っていた二人を地上に連れ出していた。

 

そして数秒後には、怪獣大決戦の場にて奇跡的に無事だった建物の外壁が崩れ去り、そこには、8つの柱。雷紋のような幾何学模様で段状に飾り立てられたものが煌々と輝き、魔力を放っていた。

 

屋上の床は、その柱を真上から押さえつける『蓋』の役割を担っており、確かにそれは……炉というのが適切なぐらいに、絶え間なく魔力を循環させる装置だ。

 

一度でも火入れしたならば、止まらぬ反射炉のように……その中に、魔力を一身に吸い込める場所に、サーヴァントの姿。

 

 

眼を閉じて瞑想していたフェイカー……王貴人は遂に眼を開けて、闘争の時を、理解するのだった……。

 



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第154話『魔人の蠱毒』

最近、なんというか調子が上がらない。実生活でも、なんだかなぁと思えてくるが―――とりあえず、まぁなんとかやっていきたいと思いながらの新話どうぞ。

ローテンションで本当に申し訳ないです。


 はぐれるようにやってくる雑兵の数は、真由美たち待機組にも襲いかかってきた。

 

 雑兵と言っても敵は、生身の人間ではなくゾンビの兵隊に、調教された猛獣のような存在ばかり。生半な魔法では、痛痒すら与えられないのだから警戒は必要だ。

 

 一番激しい戦域は、無論……中心市街なのだが、こちらも楽観出来る状況ではなかった。

 

 北山家及び七草家が呼んだ移動ヘリがやってくるまでは、ここを死守せねばならない。もはやシェルターに入り込むことすら安全とは言い難い状況になったことで、避難民の数はかなり膨れ上がったが……ここを守ることが自分たちに課せられたことだ。

 

「沢木君は十三束君と後藤君を連れて周辺索敵。同時に先制打で無力化出来るようならば、その時点での対処を―――服部くんは、桐原くんと紗耶香……壬生さんを連れて、正面に陣取ってください。遠距離からの斬撃及び魔法で進行を止めるように」

 

 矢継ぎ早の指示を飛ばす中条あずさの指揮は、少しばかりたどたどしいが、それでも十分に効果はあった。

 

 単純ながらも、そんなことしか出来ない。ある種の戦術マニュアルを復唱しているだけだが、誰もが指示を求めていたので、皮肉にも其れで良かった。

 

 ここまでの異常状況は、正直……真由美でもそんなことを言えなかっただろう。

 

「鳥飼さんは、空からやってくる存在に注意を向けていてください。平河さん、猫津飼さん。フォローしてあげてください」

 

 同時に、生徒一人ひとりの関係性を読み取った上で、仲良しどうしで組ませることで、一種の安定を誇る事もできる。

 能力値だけではない。そういった機微を理解したあずさ会長の指示が、軽快さを生み出していた。

 

 そうして、ノイズだらけながらも、中央の戦域から漏れ出る雑兵をいち早く察知していた真由美と光井ほのかの眼に、不味いものが見えた。

 

 詳細は分からない。だが、どう考えても状況の好転の芽とは言えない。木々の蔦が、グレネードを放った敵船を覆っていき……一高入学時期にみた刹那の『妖花』(ガルゲンメンライン)のような植物の人形(ヒトガタ)を幾つも吐き出していく。

 

 ある意味グレネードよりも恐ろしい無人兵器を出してきたものだ。

 

 港に続々と乗り込んでいく不格好なヒトガタたちの目的などわかり易すぎる。

 

「あずさ会長! 港の船が―――」

 

「先制打を加えられますか?」

 

 あずさが確認をしたのは、真由美であった。確かにここ(桜木町駅)は、まだまだ真由美の射程距離だが、それでも、あれ(木人)に通用する魔法がドライ・ブリザードであるのか、少しだけ不安に思いながらもCADを向けようとした時に―――『天使のような軍勢』が現れた。

 

「―――な、なんですかあの集団は!?」

 

 光学魔法で衛星写真のようなマップを作り上げていたほのかが驚くほどには、確かに異様なものだった。

 

 中央の戦場で奮闘しているアーマースーツの発展型らしきものを纏う日本の国防軍…独立魔装大隊が『悪魔』であるならば、白鳥のような翼が黄金色に輝く。

 ……マクシミリアンが発表した『Venus・Feather』…俗称『TYPE:VENUS』を用いて飛行してくるものたちは、確かに『天使』であった。

 

 白い鎧に金の縁取り……中々に派手なものを纏う人間が少数で、その他が紫色……茄子のような色味の鎧を身に着けている。

 

 指揮官と一般兵。そういった区分けなのだろうと推測。答えは―――九校戦でも知った女性から伝えられる。

 

 シルヴィア曰く……。

 

『ミス・サエグサ。ご安心を、彼らは味方です。横須賀基地に停泊していた原子力潜水艦『ニューメキシコ』から出立してくれたUSNAの魔法師部隊。

 まぁ気軽に『キャプテン・アメリカ』と『アイアンマン』と『ワンダーウーマン』がやってきたとでも考えておいてください』

 

 とんだアベンジャーズがやってきたものである。とはいえ、援軍であることは大助かりであるのは間違いない。

 

 木人の侵入を文字通り水際で食い止めて、かつ艦に対する攻撃も実行している。

 

 その見事さは、流石は米軍といえる手並みである。

 

 そんなこんなしている内に、市民及び自分たちが避難するための救難ヘリが飛んできた。

 

 北山家と七草家の資本力を見せつけるヘリの集団を見て安堵するが……優先すべきは自分たちではなく横浜の市民の皆さんだ。

 

 そう伝えてきたのが、『自分の父親』(七草弘一)であることに気づいた真由美は、心底嫌な顔をしたのだが、それでも、取り敢えずは感謝しておくことにした。

 

「このまま去ってしまっていいんでしょうか?」

 

「……あーちゃんの気持ちは分かるけれど、魔法を使えても『戦えない人』も多いわ。その人達のことを考えれば、今は横浜脱出を優先しましょう」

 

 護衛のエスコートとして響子か風間が独立魔装という特殊部隊の面子を寄越したが、騒動の規模に対して、人員が足りていないことは分かっていた。

 

 よって自分たちも、護衛役としてヘリに同乗しなければならないのだ。

 

(それまでに、この乱痴気騒ぎが収まっていればいいんだけど、また騒動の段階が動けばどうなるかは分からないわよね)

 

 克人、刹那、達也……鍵を握るのは彼らだ。彼ら次第で事態が違ってくる。

 

 横浜及び都内を舞台にした、大亜の策謀すらも呑み込んだ魔性の軍団の策動を台無しにするほどの、何かを待ち望むしか無かった。

 

 † † † †

 

 

 魔力の炉から出てきた王貴人の姿は以前とは違っていた。ある種の霊格が高まっている様子。

 

 ここで決戦するという意思を感じて―――身を引き絞る刹那。

 

 待機状態であったランサー……長尾景虎を前に出して護衛としておく。建物一つを工房……神殿として回復及び『霊基の再臨』に努めていた王貴人……。

 

「何故、私がここにいると分かった。『魔法使い』……」

 

 質問が飛んでくるとは予期していなかったが、会頭の治療及びレオ達に少しばかり『小休止』を与えるためにも、ここは話を引き伸ばすのが先決だと感じた。

 

 よって―――『神秘解体』を行う。

 

「横浜に敷かれた陣を見た時から、これはお前を『神霊』にする大儀式魔術なんだなと気づけた……。

 となれば、魔力の収束点にお前がいると断じるのは当然。第一、この『大怪獣』どもが暴れまわっているというのに、無事な建物が残っているなんて不自然すぎるだろ。

『式』による時間逆行で、建物の罅一つすらすぐさま修復されるんだから、な」

 

 言葉の後に、刹那は魔弾を下方のコンクリート外壁、残っていた箇所に打ち出して、少々砕くも―――砕けたコンクリートは、時間の逆回し(逆行)で、元通りになってしまう。

 

「気づきませんでした……」

 

 少しばかりしょんぼりする美月の言葉を耳にしながらも、構わずに推理をする。

 

 あちこちが、とてつもない惨状となったアスファルトに降り立つ王貴人ことフェイカーは―――完全に霊基を変質させていた。

 

 もっともゲイ・ボウで付けられた傷は完治していないらしく、魔力の垂れ流しも、若干ある。

 

 『生まれ変わる』(再誕)することで、全てをナシにすることは出来ないのだ。

 

「いきあたりばったり……そういう考えしかない。恐らくだが、今回の仕儀……本当ならば大亜と協調して、俺たちに襲いかかっていたんじゃないか?」

 

「その通りだ。私のマスター……ガンフーは大中華の軍人だ。いつの世でも兵隊は、上の命令に従うものだからな」

 

 言葉の途中で白虎の衣装の男が方天戟を持ちながら現れる。どうやら、この男も八卦炉の中で『改造』を施されていたようだ。

 

「だが、その目論見は潰えた……『吸血の妖樹』……その種子を植え付けられた上官が死んだ時、ガンフーの真の望みを叶えるために私は『姉様』に頼んだ……」

 

 自分を『神霊』にしてほしいと。その願いの果てに、様々な仕込みが為された―――いや、そうなるように『仕向けられていた』のだろう。

 

 そして王貴人の『姉』。わかり易すぎる。桃色の髪を風に吹かせる……その姿に『ある人物』を重ねる。

 

「お前とそこの男の私的な事情の為に、何人の命が奪われたかと思うと、反吐が出る。

 多くの異能力者……特筆すべき連中を集めに集めて、その上で、その力を己のものとする……。『蠱毒』と成り果てた街から出てくる闇……よぉく知っているだけに、更に反吐が出るよ」

 

 地獄の釜の蓋が開くと分かっていながら、何もしなかったのは『2つのキョウカイ』も同然だった。言うなれば、これはあの地獄の再現だった。

 

 思い出して心底苦い表情を浮かべる刹那。

 

 もっとも、居並ぶ『超人』の格はずっと見劣りする……もしも、ここに『原液持ちの六鬼』に『相当』する連中が揃って『照応』していれば―――万が一にも、うまくいってしまう(・・・・・・・・・・・・・・)かもしれなかった。

 

 そう考えると、ぞっ、としてしまう。

 

「お前の言う通り、『行きあたりばったり』の計画変更だったのでね……。上手くいく可能性は低かったのだろうな……」

 

「神霊を世界に固着するという『夢想』を浅野先輩に教えたのは、お前か? キツネか?」

 

「? 何のことだ? アサノという少女は、ただの大中華が仕立てた工作員(スパイ)だ。そう記憶している。神霊としての固着などは、ここ数日で思い至ったことだ―――」

 

 最後の『間違い探し』が終わったことで、息を吐く。吐いたことで、聞きたいことは―――。

 

「長話は終わったな。もはや俺が国家に尽くす忠義は無くなった。求めるは闘争だけだ……遠坂刹那」

 

「アンタと因縁なんてないはずなんだけどな」

 

 呂剛虎……その名前ぐらいは自分も知っていたが、この世界で自分に互する術者など然程いない。その中に、コイツは数えられていなかったのだが……今のガンフーは違う。

 

 話を断ち切る形で、王貴人の前に出てきた呂の眼は炯々と輝いている。

 

「いいや。因縁ならばある……ようやく思い出した。かつて東南アジアでの地域紛争……。

 国家に忠誠を誓った俺の同士たち……寝食を共にして同じ釜の飯を食ってきた俺の家族を殺し尽くした―――『赤き英霊』……数多もの剣を振るいし、『阿頼耶識の守護者』……王貴人と接続することで、俺はお前の正体を知った……!! 」

 

 一言ごとに引き裂き砕くための爪と拳を固く固く握っていく作業をするルゥ・ガンフー。

 

 その言葉で、この世界も結構マズい状況はあったのだな。と気づく。

 

『活かそうとする意思と切り取ってしまおうという意思の相剋……世界に正しい答えなんて無い。とはいえ、虎の仲間とやらを全滅させなければいけないほどの規模の事象なんて……なんだろうね?』

 

「よほど疾しいことだろうな。投影・現創―――」

 

 オニキスの疑問に答えて呪文一声。手に携えるは、中華ガジェットの極み……その威容は軍神の似姿と讃えられた男の武器だ。

 

 巨大な……一応は槍と言えるものを手にした刹那は、その切っ先をルゥ・ガンフーに向ける。

 

「親父の因業を子に晴らそうなんてのは、因縁つけとしちゃ三流すぎだろ? けれど降りかかる火の粉は払わねばならないからな」

 

「俺は仲間を取り戻す……。大中華の大地ではない、あんな蛮夷の地で死んだ仲間の全てを取り戻す奇跡の成就のためにも―――その身を貰い受けるぞ!! 遠坂刹那―――アナザー・英霊エミヤ!!!」

 

「その名を受け継ぐには―――俺は、魔術師すぎるんだよ!!」

 

 マスター同士の怒号の叩きつけ合いに反応するかのように―――ランサーとフェイカーが前に出る。

 

 常人では到達し得ない。魔法師ですら難しい速度領域に至って武器を叩きつけ合う二人。

 

 炎弾と氷弾―――神代の魔術が叩きつけられるも、それを意に介さずランサーは接近を試みる。アスファルトを容易にドロドロに溶かして地肌を見せる高熱の魔弾、永久凍土を作り出す魔弾を、対魔力のスキルは無に介して近接戦へと持っていく。

 

 無理矢理に己の距離に踏み込む喧嘩腰の態度に銅剣を用いて応じるフェイカー。

 

 現代の人間には及ばない領域に至った魔人たちの戦いが空気を撹拌して魔力を掻き乱し、情報次元(イデア)の領域を細片に砕いていく。

 

 だが―――その戦いを号砲として再開の合図となりうる。

 

 全員が、己の敵を邪魔だ。踏み潰してくれると言わんばかりに意気を上げていく。

 

 

「セツナ! あの流しのビワ弾きが来たわ!!」

 

「応じてやれ! お前の歌はいつ聞いても、 俺の心と魂を震わせるよ!!!」

 

 魔礼青が千葉修次氏が相手取っている以上、魔礼海がどこかで出てくると思っていたが、このタイミングでやってくるとは……。

 

「オレの役目は、ここにいる奴らの戦いのサポートさ。現代魔術的に言えば、魔術回路の『調律』(チューニング)って言えばいいのかねぇ。

 まぁいい。オレの歌を聞くオーディエンスがいる以上は、オレは歌うだけだ!!

 闘いなんてくだらねぇぜ!! オレの歌を聴けええええ!!!」

 

 あの時にも思っていたが、とことん『ROCK』な男である。

 黒琵琶をかき鳴らして戦場に彩りを与える男の歌が―――なぜか、こちらの調子まで上げてくるのだから、本末転倒なのである。

 

 とはいえ、味気ない戦場にいい音楽が流れてきたものだ。古来より歌は戦の重要な勝因の一つでもある。

 

 唱和の掛け声すら場合によっては歌とも言える。現代では突撃行軍歌(ガンパレード・マーチ)が有名だろう。

 

 海軍の将兵たちが、下品な部隊歌を歌うことも一種のイニシエーションとも言える。

 

 ともあれ、魔礼海のシャウトであり戦の歌に対して挑みかかるは、魔法師にして『歌うたい』の少女……。

 

 その美声は、まさしく『放課後ティータイム』もの……オルガ義姉さんの『WHITE ALBUM』と同じく、自分の気持ちを上げてくれる歌だ。

 

「アンジェリーナに、こんな特技があったとは……」

 

「魔法師として特別強くなければ、現代の『レディー・ガガ』になっていてもおかしくなかったんだけどなぁ」

 

 もしくは『ティラー・スウィフト』か。ともあれ、人生とは分からぬものだ。

 

 天は二物を与えず……ということが通じない人間である。

 

 というより、シールズの家の人はそれでも良かったみたいな感じであった。むしろ……。そんなことを考えてから、遂に呂と向き合う。

 

「アイリ、君は―――」

 

「遠ざけないでくださいな。私も戦ってみせます。守られているだけなのは―――嫌ですから」

 

 そう言って自分に並ぼうとする朱金の少女―――レイピアのアゾット剣を携えた彼女と同時に、刹那は走り出した。

 

 気功の鎧を纏いながら、方天戟を振りかざす白虎。

 

 ルーンの鎧を纏いながら、軍神五兵を振り上げる魔宝使い。

 

 その闘いの始まりと同時にグールと魔獣の壁を駆け抜けてきた黒い魔王(司波達也)は、血や呪詛などに塗れたムーバルスーツにも構わず―――、巨大魔神激突の場面を見たことで……。

 

「一先ず、エリカとレオに助太刀するのが妥当か」

 

 れーせーな判断を下した達也だが、あまりにも中央の大混乱を見てからやったことは、大魔神(レオ)に放たれる魔力の矢を分解することだった。

 

 大音声と大轟音が響き合う中央戦場で、達也の敵は―――。

 

『GAAAAA!!!!』

 

 安物のホラー映画か、有名なジブ○アニメのように復活を遂げた、血と傷だらけの姿を変えた妖狐の祟り神二柱を相手にするのだった。

 

「混沌だな」

 

 分解できぬぐらいに強烈なサイオン濃度に、一種の『伝承防御』というもので、こちらの攻撃を無為に帰すゾンビ魔獣。

 

 分解は効かない。単純な物理攻撃ですら、圧力を持つサイオンの波動で届かない。

 

 ならば―――どうするか。現代魔法では、これらを対処出来ないのか? 

 

 

 否、神代から現代に遷って、人類は地球上でもっとも繁栄を極めた種族―――霊長となり得た。

 

 その霊長の極みが魔法師であるならば、幻想を人の世に格下げすることも出来るはずだ。

 

 精霊の眼を妖精眼に変化させて、達也の見ている世界を全て変更する。

 

 幻想を見透かす眼を用いて、そこに幻想を否定する魔弾を飛ばす……。

 

 矛盾の体現ともいえる技術の粋。刹那曰く『神秘解体』……ふりがなを付けるならば、『エルメロイ二世』という術が、魔獣に突き刺さる。

 

「流石に『重い』。同時に『硬い』―――おまけに純度を高めようとすればするほどに、俺が神秘領域に近づいて、無為になってしまう」

 

 言うなれば達也のやっていることは、水と油を混ぜるのに『石鹸水』を使っているようなものだ。

 

 その石鹸水をシャボン玉のように飛ばしてダメージを与えている。

 大雑把に言えば、そういうことなのだが……中々に難儀な作業だ。ダメージはあるのだが、物凄くあるかと言えば疑問だ。

 

 

「ならば―――『こちら』を使うしか無いか」

 

 ごちる最中にも妖狐は、爪を立てようと、炎で焼こうと達也に迫る。速度としては中々のものだが……飛行魔法で軽やかに空を舞う達也には届かない。

 

 勿論、届かせんと上空に火を吹いてきて、スーツ越しでも熱を感じる。スーツの中に汗と蒸気が籠もるも、構わずにシャボン玉(魔弾)を放つ。

 

 達也が、そうして魔弾を放っていると―――、一つの勝負に決着がつき、その一方で少しの窮地も生まれようとしていた。

 

 その中、全ての『違反者』に『反則技』で応じられる男は、方天戟の機能だろう幾つもの細かいビームを放つ人食い虎に対して、同じく『方天戟』を変化させて弓矢から太い柱の砲撃―――。

 

 弓砲とでも言うべきもので、呂の使い魔とも言える小動物を全て消去した刹那の動き……即ち『サポート』のタイミングを待つのであった。

 

 



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第155話『残る命と砕ける命』

 

 最初に変化を出してきたのは、魔礼青という剣士と相対し合う修次と摩利であった。

 二度目の闘いだけに気合が違った二人。擬似的なサーヴァントとの闘いだけに、刃を合わせているだけで、強烈なダメージが全身を苛む。

 

 そして、今までは左右の剣撃に対応するだけであった魔礼青の攻撃が変化を果たす。

 完全に修次に向き直り、距離を詰めるべく駆ける。その無防備な背中を渡辺摩利に晒しながらも、修次の得物の方を脅威と感じて剣撃を放つ。

 

 一振りで十以上もの斬撃。それが棒振り芸ではなく、斬撃として成立する重さあるもの。まともに受けなくても切り刻まれるような感覚を覚えながらも防御した修次だが―――。

 その斬撃が飛んできた最中―――修次の横合いに『移動』を果たす魔礼青。

 

「しまっ―――」

 

 薙ぎ払うかのような『連撃』

 前、横から放たれた攻撃で修次の全身のアーマーが切り刻まれた。

 

「恐れ入るな……前を圧する斬撃が『残っている』内に、横に移動するとは……」

 

 とめどない汗を掻いて認める…武器だけでなく、この男は剣士としても一流だ。

 

「武器だけが優れているわけではない……もしも、俺が正式なサーヴァントとして呼ばれていたならば、『ああ言う風に』戦えたのだがな」

 

 ああいう風に。という言葉で、魔礼青を使役しているフェイカーと遠坂刹那のランサーを見る魔礼青。あんな人外の魔人たちの闘いを強要されたならば、修次には打つ手はない。

 

 どれほどの修練を積んでいけば、あれほどの領域にたどり着けるのか……人間を殺人機械にするだけの――――。

 

「そろそろ打ち合い、斬り合いに勝機はないことは理解できただろう。五体満足で勝ちを拾えると思ったらば、実に甘い。

 死地においては、他人を気遣い、明日を夢見る心情こそが『混ぜもの』となる。

 そして―――勝ちを拾えなくなる。命を惜しむ心情こそが、お前の限界を絞り出させていないのだ」

 

「生憎、僕はただの男で剣士でしかない。剣鬼になれたとしても、やはり―――最後に帰る場所があってこそ、初めて剣を振るえるんだよ」

 

 大太刀を持ち上げて構えを取る千葉修次。麒麟児だの、3メートル以内では無敵だのと言われていたとしても、そんな定規は捨てて挑まなければいけない相手。

 

 言われたことは武人としての心構えだとしても……せめて刀を握らない時だけは、『人間』に戻りたいのだ。

 

「僕はどこかでアナタに憧れてしまった……絶対的な力の差を見せつけられて、ちびるぐらいの絶対的な剣技の差を見て―――欲しいと思うほどに、けれど―――それは、憧れちゃいけないものだったんだ……神仙の剣客……アナタの武技を僕らは超えていく。

 現代の剣客の技で―――アナタを打ち破る……!」

 

 構えた大太刀を手に―――修次は己を加速させた。

 

 速度においては追随を許さぬ千葉流の剣。高速領域からの攻撃を主にしたそれを前に、魔礼青は落ち着きはらっている。

 

 迫りくる修次を前にしても剣を振るうことすらない―――魔礼青は、崩れ果てた建物の瓦礫や直立して残ったものを足場にして宙へと掛けていく。

 

 それは丁度駆ける修次を直下に収められるような位置取り。

 宙において剣を振り上げる魔礼青。振り下ろされれば、それは修次の全身を背後から切り刻むものだろう。

 

 前傾した姿勢からの高速移動の世界に身をおいている修次―――。

 止まれたとしても絶妙のタイミングだ。避けるも防御も間に合わない―――だからこそ―――。

 

「うぉおおおあああああ!!!!」

 

 気合一発。太郎太刀を地面に突き刺したままに減速を図る。火花を散らせながらブレーキを掛けて、修次は魔礼青を頭上に収められる位置で止まれた。

 

 だが、魔礼青の振り下ろしは来る。当然だ。だが、止まれたことで行動に余裕が出来た。

 

 「強化・開始」(ソード・アドバンス)

 

 全身にフィジカルブースト……『身体強化』の類……遠坂刹那より軽くレクチャーされたが、やはり現代魔法師にとっては中々に至難の技術。

 全身を賦活されつつも、余剰で筋繊維が断裂しそうな勢いだ。それでもその強化された身体が助走や姿勢の正しさも無視して上方に修次を投げ出すことを可能とした。

 

「瘟!!!!」

 

 特大の魔力ごとの斬撃。何もしなければ修次は死ぬ。

 だからこそ、頭上で竹とんぼのごとく大太刀を振り回す。

 

 一撃を受けるごとに地上に押し戻されそうな勢いの攻撃を血に塗れながらも、修次は―――防御した。

 

「それで―――どうするというのだ!?」

 

 防御したままに魔礼青に近づけた。迎撃されるだろう距離―――振り下ろした剣を振り上げる動作の中で聞こえた言葉。

 剣を真上に突き上げて―――。

 

「シュウ!!」

 

 合図であり呪文である麗しき声が飛んできて、大太刀は―――いくつもの剣……サイズはバラバラながらも鋭利な刃物に分裂して魔礼青を円状に取り囲んだ。

 

「これは―――」

 

「おおおっ!!!!!」

 

 気合一喝、『虚空』を蹴り上げて修次は、魔礼青に飛んでいく。

 

 使いやすい、修次にとって一番バランスの良い剣が手元に残っており、それが最初に魔礼青を真正面から貫いた。

 

「がっ!!」

 

 その貫いた刀の勢いごと魔礼青の背後に飛んでいき、空中を飛ぶように跳ねながら千葉修次は、摩利が操作をしている古刀を次から次へとつかみ取り、それぞれを四方八方どころか縦横無尽に斬りかかり突きかかり、時には同時に、魔礼青を攻撃していく。

 

 ドウジ斬りの完成形……牛王招来・天網恢恢(ライコウシテンノウ)……此処に開眼……。

 

「疑似宝具の展開―――『二人がかり』とはな!!」

 

「言ったはずです。アナタの武技を『僕ら』は超えていく。―――と」

 

 血の泡を吹きながら、剣山のようになった身体の魔礼青が吐き捨てて……そこに帯電する大剣の振り下ろし、『刻印霊剣』。

 ルーンの文字で『アンサズ』をびっしり描かれたもの…修次のイメージする『炎の神』と摩利のイメージする『雷の神』とで炎雷を発する剣の渾身の振り下ろし―――。

 

 (そら)という姿勢制御が、効かない大地でも力を込められた一撃が、魔礼青を切り裂いた。

 

 

 ―――Interlude―――。

 

「太刀筋が綺麗なのはいいんですが、逆に言えば『剣』を主体に考えすぎて、体の捌きが魔法だよりになりすぎています」

 

「た、確かに……それは一つだね。やっぱり天然理心流とかを参考にするべきかな……」

 

 平素で立っている年下の少年とは反対に、修次は今にも倒れてしまいそうな疲労困憊であるが、少年は―――鬼コーチであった。

 

「千葉道場の方針に口出すつもりは、ありませんが……疑似サーヴァントと戦うならば、身体強化は覚えてもらいます。

 俺もフードを被った大鎌使い(グリムリーパー)にスパルタよろしく覚えましたので」

 

 厳しい限りな刹那の言葉。剣の依頼をしにくると同時に、少しの相談。

 つまりは魔礼青との闘いで、どうしても勝てるイメージが持てなかったことからの相談であったが、案内された地下室。

 

 刹那曰くの『工房』。その中でも体技室ともいえる広めの道場(実家には流石に負ける)にて修次は、魔術師 遠坂刹那から直々のレッスンを受けていた。

 

 人によっては安西先生の個人レッスンのように羨ましいものかもしれないが、ここまで年下にしてやられると、修次としては悔しさしかない。

 

「とはいえ、それでも魔礼青には勝ち筋は見えないでしょうから―――ここは、二人で挑むことを推奨しますよ」

 

「摩利と一緒に戦うか……考えていたことだが、腹案はあるのかい?」

「俺が修次さんに与える剣……七夜の古刀全てを纏めることで一本の大剣にする剣……その『全解放』の姿を見れば―――分かりますよ」

 

 言葉で昔の武将のような姿……一本の太刀を持つ姿に変化する刹那を見て、摩利と修次が―――その後に見たものは、あの頃、二人で協力しながら再現した『ドウジ斬り』以上に、鮮烈なものだった。

 

 源氏四天王―――源頼光の『宝具』。それを見せられて技のインスピレーションは湧いた。

 

 摩利が古刀を全てドウジ斬りのように操り、その上で、その古刀をさらなる加速で斬りつける役目が修次だ。

 分身……一種の疑似サイオン体を作り上げるのは流石に摩利でも修次でも不可能だった。

 

 だが、可能な限りの高速移動を出来れば、修次でも同時攻撃は出来るだろう。

 

 しかし、そのために覚える身体強化が修次にとっては難行だった。

 

「さて、とりあえず身体の使い方からです。結局の所、武器を扱う体が不完全では、せっかくの剣も無為ですからね。

 持っている武器―――剣であろうと何であろうと、もはや自分の身体の一部と考えた方がいいですよ。付属物と考えてしまうからこそ、動きに精妙さも豪快さも出ないんですから」

 

 一流を知るものは他の分野の一流も知るということなのだろうか。

 

 ある種の天才は、その道の人間でなくても違和感を感じ取れる。そういうことなのだろうか。

 修次の疑問もなんのそので、刹那のスパルタ特訓は続き、そして今日に至るまで……修次の身体は、強化されてきたのだった……。

 

 ―――Interlude out―――。

 

 

 とどめの一撃は確実に入った。だが―――。

 

「中々の一撃だったが―――心臓ではなく『首』を狙うべきだったな」

 

 落ち行く身体のままに魔礼青は、修次を吹き飛ばした。

 

 胸が破裂したのではないかという衝撃のままに、自由落下運動にさらされそうになるが……。

 

「成る程……流石はミステールの申し子、『メイガスオブメイガス』―――遠坂刹那の先見の限りの奇策だよ!!!」

 

「―――防御術式!? あの時と同じか!!」

 

 この展開を読んでいたのではないかと思うほどに、的確な位置に『ヘファイストスの盾』が仕込まれていた修次の身体。次撃を食らう前に一本の刀を魔礼青の身体から抜いて―――地上に降り立つ。

 

 気圧の関係で風を受けながら、着地の衝撃を殺しながらもすぐさまに構えを取る。

 

 剣を身体の一部として全てを強化する。呼吸一つ、筋運動一つすら絞るように強化して―――幻体が解けて傀儡仕立ての身体が薄っすらと見える魔礼青に向けて―――修次……そして摩利は加速した。

 

 瓦礫だらけの世界……まさに世紀末の様相すら連想させられるそこに男女の剣士は奔る。

 

 最後の一撃……青雲剣という宝具の一撃が、その世紀末の世界を更に乱して、崩して、ずたぼろにするも走り抜けた二人の剣士の一撃(双撃)が、魔礼青という疑似サーヴァントを完全に消滅させていた。

 

「御見事―――」

 

 己を倒したことに対する賞賛の声を聞く。もしかしたらば幻聴だったのかもしれないが……。

 

 そして―――その一撃が最後の力だったらしく千葉修次は崩れ落ちた。

 全身に刃傷を受けて、血を流しすぎたことが原因であり……。それでも満足げな顔をする修次を見ては……絶叫を上げることも出来ない摩利は、浅い寝息を立てていることで安堵しつつも、崩れた修次を抱き上げて静かに泣くのだった。

 

 

 † † † †

 

『■■■■―――ソンブレロ!!!』

 

『パンツァー!!』

 

 銀河の名前を授けられた魔法が、レオの巨体を崩さんと迫り、それを拳で打ち砕くレオだが……そろそろ巨人体を維持するのが限界に迫りつつあった。

 

 魔法で打たれるごとに霞むルーン文字の持続が崩れれば……この闘いに勝利はない。大質量の塊―――が魔法だけでなく接近戦まで挑んでくる。

 

 ウルト○マンと怪獣の激突の戦場の中でレオは、活路を見いだせずにいた。

 

 同乗しているエリカもまた、己の剣では切り裂けぬことに歯噛みする。

 

『アニムスフィア!!!』

 

 瞬間―――桜色の五芒星の魔法陣を象った球体がカネマル・タカオの頭上に現れて、そこから緑色の―――流星が、横浜全体に降り注ぐ。

 

 魔弾の一斉掃射。あちこちで爆発が起こり火柱が上るのを見て、避難民たちの無事を確認したいのだが、目の前の相手はその隙を見逃さない。

 

 爆撃にさらされた横浜。それを見て静かな怒りを溜め込む。これほどのことをさらされて、義憤が起こらぬほど、人間がドライに出来ていないのだ。

 

『トレース・オン』

 

 いきなり聞こえてきた呪文、その声の持ち主は、よく知っていただけに呂との闘いは終わったのかと思ったが、戦闘の激しさは変わらない。

 

 しかし、レオの眼前に出てきた巨大な剣。まさしく巨人が持つに値するほどの巨剣は、勢いよく横浜の路面に突き刺さり、選定の時を待つかのようになっていた。

 

(使えってことか?)

 

 だが剣術の要諦は自分にはない。無論、ある程度の武器を使った戦闘術などは、分かるのだが―――。

 

「やるしかないのかよっ!!」

 

 宝石と岩が混じり合ったような質感をもつ剣。エリカの持つ刀のような洗練された曲刀ではなく直刃のままに岩から削り出しつつも、造形した剣。

 

 宝石質が強く発光している鍔と柄を持ち上げて、大きく振りかぶる。

 

「パンツァー!! シュナイデン!!!」

 

 いつもの起動音声に、ドイツ語で斬撃を意味する掛け声を合わせることで気合の声として剣を振り下ろした―――。防御しようとしたカネマルの腕を落とすことに成功した。半ば以上から入り込んだそれを落とせたが、血は出なかった……。

 

「どうやら、あれはアンタの巨人と同じく魔力によって構成された義体のようね」

 

「そうだがな。あれほどの質量の増大ともなると、どこに本体があるか分かったもんじゃねぇよ」

 

 普通に考えれば、レオと同じく四肢を存分に動かすために胸郭部分にいるのが常道だが、カネマル・タカオは、基本的には研究畑の魔法師だ。

 となれば、あれはただ単に、巨大な魔法を使うための身体だ。

 

 CAD代わり……忌まわしき計都というものを思い出す……。

 

 ともあれ、もはや時間は少ない。やるべきことはただ一つ。斬って斬って、斬りまくることで相手の総体を消滅させる。

 

 そういう考えを理解したのかエリカは、巨人の内側に入り込んできた。

 いざとなれば、彼女を守るために任意で入り込めるようにしていたのだが、何があったのだろうか。

 

「今のアンタには、剣術の要諦が無いわ。本来ならばそれでも良かったか、もしくは『その機会』が無かったから、仕方ないけど―――、アタシを利用しなさい。レオ―――」

 

「いいのかよ?」

 

「触媒扱いなのは仕方ないし、一人で始末出来ないのは業腹だけど……いま必要なことをやりなさいよ」

 

 九亜たちのやっていた演算領域の接続という手段は、機械を通さない生身の身体でならば、そこまで危険性は無い。

 

 魔術師に至っては魔術回路というものを接続させることはある。

 もっとも『接続された方』次第では焼き切ることも出来るらしいから、注意が必要らしいが……。

 

 ともあれ、レオの両肩に手を載せて、己の動きなどを可能な限りトレースさせるように促す。

 基本的な魔法能力においては、かなり劣悪な部類のエリカには至難の技ではあるのだが―――。

 

「俺の身体に剣をぶっ刺すイメージで構わねぇ!! 遠慮なく俺の領域にお前を浸透させろ!!」

「―――分かったわよ」

 

 見抜かれていたことに苦笑してから、レオの身体に己の剣を固着させる。

 

「すげぇ修練だな……お前の努力のほどが分かる……なんて分かったような発言はキライか?」

「いいや、そうでもないわよ!!」

 

 あっさりと自分の内側(なかみ)を理解したレオに少しだけ赤くなるも、とりあえずその想いを消しながら、レオに適切な構えを取らせられるように体裁きを変えていく。

 瞬間、巨人の義体が熟練の剣士のような構えを取り、カネマルに相対する。

 

『クハハハ!! まさか『わたつみ』たちと同じような秘技を行うとは、矛盾だな!! 小僧どもがぁ!!!』

「「お前と一緒にするな!!」」

 

 戯言をこれ以上聞きたくはない。言葉を切り裂くように、剣を振るった。とてつもない颶風が、眼下の小さきものたちにたたらを踏ませる。

 熟練の剣士の一斬が、袈裟に切り裂いた。そこからは巨体にあるまじき俊敏さを用いて、カネマルを追い詰める。

 

『オロチ!!』

 

 言葉で幾つもの光線が飛んでくるも巨剣のすべてが、それらを防御する。

 巨大な剣を盾として使った応用だ。防御を己ではなく武器にしたことで攻撃の余力が生まれる。

 

 巨剣―――『イガリマ』というメソポタミア神話に登場する戦神ザババの双剣の一刀。斬山剣とも渾名される剣は、紙を切り裂くよりも容易く、カネマルの魔力義体を切り裂いていく。

 

 オリジナルに『若干』劣るとはいえ、刹那の『作り上げた』剣の魔力は、たかだか半世紀程度しか生きておらず、更に言えば如何に強化されたとはいえ、中級死徒程度の力しか持っていないカネマル・タカオには、徐々に趨勢を崩される闘い―――しかし―――奥の手を放つ。

 

 瞬間、『宇宙空間』に『ある魔法式』が投射される。同時に現実を崩すように巨大な岩石が、いくつも飛んでくる。

 

 ミーティアライト・フォールの類だと気づいた南盾島に行った面子―――。その岩石が猛烈な勢いで横浜の大地に落ちることを予期させる。

 

 自滅覚悟。自傷すらも厭わぬそれが―――、自分たちの上空であっさりと消え去った。その現象を前にして、カネマル及び戦っていた人間たちが若干、唖然とする。

 

「虚数空間に飛ばした―――あとはキミ達次第だ。西城、千葉」

 

 あっさりと、そんな通信をしてきたのは、どこからか『魔法』を投射した「だれか」。しかしレオとエリカを名字で呼ぶその声は……何度か聞いたことがあるものだ。

 

 だが、そんなことはどうでもいい。今は眼前の敵を倒すのみ。

 

『『チェストぉおおおお!!!!』』

 

 示現流のような威嚇の声を上げながらの攻撃。

 

 千葉流では、とうに意味をなくしたものだが、それでも声を上げることで、自分を奮い立たせるという意味も知っていた。

 

 正面から振るわれた剣の結果。真っ向唐竹割りされた中に兼丸孝夫の姿はあって―――それは『頭』にいたのであった。

 大轟音を震わせながら横浜を揺らした斬撃の結果……。

 

 そして千葉家の秘伝剣術……『山津波』は、ここに進化を見せた。

 

 巨人の義体を通して放たれた『技』は、『術』へと変じた。

 

 そんな感想を50匹ばかりのグールを切り捨てて、替えの刀に持ち替えた寿和は内心でのみ唱えてから、雑兵退治に邁進するのだった。

 

 

 そんなエリカとレオの大立ち回りの影響をもろに食らって、そして好機を見出したのは―――十文字克人であった。

 

 揺れる大地でバランスを崩した獣。

 

 ツカサ・ハジメが変質した獣の爪から逃れて、腹を蹴り上げることで脱した克人は、皆のように一撃必殺のレアスキルがないことを理解しながらも、その身にある魔力を振り絞ることで、強化し尽くした棍杖を構える。

 

 目の前の男の弟から譲り受けた棍はこの上ない魔力を受けて振るえていく。

 返すツカサ・ハジメは、魔眼を壁のように配置して、こちらの侵攻を阻む構え。

 喉元を狙う棍の一撃が貫けるか、それとも返す『爪』で切り裂かれるか……『あの時』とは逆の立場にある環境に苦笑を漏らす。

 

 概念武装の一種と遠坂が呼称する棍が緑色に光り輝きながらも朱いサイオンを発する。

 

 それが―――夢想権之助の杖の『真名解放』の合図だと知らずとも克人は―――。構わず吶喊を果たす。

 

 押し通す。虚仮の一念で押し通すと念じた棍杖と共に駆ける巨漢の荒武者の姿に、誰もが眼を離すことは出来ない。

 

 瓦礫を吹き飛ばしながら駆ける荒武者の一撃を前に魔眼の投射が放たれる……全身を焼き尽くし、自由を奪う引力の如き魔力の前に膝を屈する訳には逝かない。

 

(俺は―――俺が倒れるという意味を良くわかっているんだよ!!!)

 

 その役目を、いずれは『服部』や『西城』が努めてくれる。お互いに足りないものを補い合う二人だからこそ出来るものもあるのだから。

 

 一人で柱を支えるなんて―――無理なことは分かっていたんだから。

 

(俺も―――『お前』を必要としていたんだよな)

 

 十文字家の秘伝魔法『オーバークロック』、己の寿命を代償にして尋常の魔法師、練達の才を持つものでも及ばぬ領域に己を『拡張』する技―――。

 魔眼を砕きながら喉元を狙う棍の突込みに対してツカサ・ハジメは魔眼の投射だけをする。爪を立てることもないそれに怪訝な想いをしながらも……。

 

『君の理想とやらに着いていける魔法師ばかりではないことぐらいは分かっているのか? 現実は、そんな甘いものじゃない―――』

 

「理想を掲げて何が悪い!? 成し遂げたいものがあるから、誰もが足掻くんだ!!」

 

『力持つものには責任がある!! 理想だけでは何も成し遂げられない!!』

 

「それでも――――それ(理想)を曲げて、捨てても―――未来に祈りの福音は満たされない!!!! 」

 

 その言葉の応酬の最後に……ツカサ・ハジメの魔眼の圧が緩んだ。

 

 そして―――棍は、喉から入り込み尾部に突き抜けていった。

 獣の後ろにあるビルの瓦礫を易易と貫き、大地に突き立つ棍。

 

 そして巨体を、横浜の路面に力なく横たえさせる狼は……。

 

『まいったな……そんなことを言われては―――俺に勝ち目はない……俺の大好きだったシスター……けれど怪物になる運命を与えられてしまった彼女と同じことを言われては―――』

 

「司さん―――」

 

『これでいいんだ。キノエには、気に病むな。俺は―――誰も恨んでいない………そう伝えておいてくれよ』

 

 末期の言葉を境に、黒き狼は―――粒子のように細かなサイオンに変わっていく……。その姿を哀れんだのか、克人の眼には天使の姿が見えた。

 エデンへと(いざな)うための……導き手。幻視でしかないかもしれない。

 

 だが、それでも天使に導かれた司一という一人の人間を見た気がした。

 

「十文字先輩!」

 

 呆けていた自分を気付けするように叫んだ後輩の声で、幻想の世界から戻ってこれた。

 

「吉田か。他はどうなった?」

 

「何を言ってるんですか!? その前に、その身体を癒やさないと!」

 

「……むっ」

 

 後輩たちの心配をした克人だが、吉田に言われて何気なく自分の身体を見ると、オーバークロックの影響なのか、宝具の使用の影響なのか、アーマーを半壊させた上で、全身にそれなりに深い切り傷が刻まれていた。

 言われてみて、ようやく自分の傷の具合を理解した克人だが、吉田、柴田の両名から回復術を掛けられようとするのを拒否しておく。

 

「他の連中は、もっと深い傷を負っているのかもしれない。心配してくれるのは嬉しいが、今は俺よりも他の連中のために力を温存しておけ」

 

 その言葉の後に、アーマーの予備を運んでくれるように連絡をするように、頼む。自分の通信機器は既に砕けていたからだが―――。

 この修羅巷に飛び込む度胸のあるものがいるかどうかは、賭けだな。と感じるのだった。

 

 

 † † † †

 

 殺到しようとする『雑兵の軍』。円の中央を揉みつぶそうとする動きを押し留めていたエースの一人……一条将輝は、その修羅巷の闘いを見て―――いつかは自分もあそこに行ってやると思うのだった。

 

(やっぱり一高は少しズルいよな。刹那から直々にレッスンを受けられる連中もいる以上、こういった事態では、率先して動けるんだからな)

 

 とはいえ、刹那からすれば、何の神秘概念も帯びていないCADで次から次へとグールの体を爆裂四散させている将輝こそ、ちょっとした不思議なのだが……そんなことを知らずに一条将輝は愛しき女神の闘いを邪魔する不埒者を鎧袖一触していくのだった。

 

 その時、将輝が建物の屋上から迎撃した時―――半円を突っ切って金と銀の『鎧』を纏った戦士が現れた。

 

 その姿が、小柄で知り合いではないが知らない顔ではないことを悟った将輝は、何をやっているんだという想いで、そちらに駆け出した。

 

 一種の運動制御で、魔獣の壁を突っ切ってやってきた『少女』の前に立つ。

 

「何をやってるんだシャオちゃん?」

 

「わっ、ビックリした……えーと……深雪さんにつきまとうストーカーさん!」

 

「どういう覚え方!? というか刹那だな! そんなことを教えたのは!?」

 

 小柄な少女が中華式の鎧―――恐らくあの時、側に控えていた流体メイドゴーレム(長っ)を鎧として纏っていると判断した将輝だが、何故戦場を突っ切ってやってきたのか。

 

「爺ちゃんが言っていた! これからも我々がこの国で生きていくためには、鉄血を奉じて生きる意志を示さなければいけない。

 生きていく権利は、言葉でも金でもなく、血で掴みとるしかない。って!」

 

「――――――」

 

 その言葉に将輝は哀しい顔をしてしまった。自覚は無いが、そういう顔をして、リーレイを見てしまった。

 

 自分の妹(生意気)と同じ年齢で、こんな悲しい決意をして戦場に立つことを選ばざるを得ないことに、絶句をしてから……どうやら半円の向こう側では再編された中華街の魔法師たちが、協会の人間たちと共同戦線どころか、最前線に出て、盾となっているぐらいだと伝えてきた。

 

「何をやっているんですか!? 彼らの命を捨てるつもりなんですか!?」

 

『すまない一条殿。ただ我々も限界で、押され気味だったんだ……』

 

 再編成。こちら(日本の魔法師)が態勢を立て直すまで食い止めようという中華街の魔法師たちに、感謝以上に……悲しい想いを抱く。

 

「マサキさん?」

 

「……シャオちゃん。とにかく俺から離れないでくれ。いくら刹那から学んでいるとは言え、君はまだ12歳の女の子なんだ……妹と同い年(タメ)の子を、こんな怖い所で一人には出来ないよ」

 

 疑問と共に、こちらを見上げてくるシャオちゃん……リーレイちゃんに屈んで目線を合わせてから、安心させるように笑顔で頭を撫でておく。

 

 緊張の糸が解けたのか少しだけ赤い顔をするリーレイを見て、安堵しながら一条将輝は、再び爆裂で雑兵を圧していく……。

 

 隣にて『雷獣』と『雷剣』を打ち出していく劉 麗蕾という少女のツボミ()が、花開き―――年上に対する憧れではなく『女』としての意識が開花したことなど知らずに―――一条将輝は、深雪の為に魔法を打ち出すのだった。

 

 



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第156話『山月記』

「覇覇覇破破ァアアアアア!!!」

 

 呪文でもなんでも無い雄叫びで、方天戟を振るう呂剛虎。その身体の頑健さとは相まって、呪法具たる方天戟の一撃一撃は、見えぬ埃の粒子すら砕いていくかのようだ。

 

 暴乱颶風の限りを以て横浜の街を砕いていく虎に立ち向かうは、双朱の戦士二人。少年と少女は、その大人ですら怖気づくどころかビビるしかない嵐の中に挑みかかる。

 

「アイリ、まだ回復しきっていないんだろ? 俺が前に出る!!」

 

 カレイドステッキの自動治癒能力でも間に合わない生傷が出てきたことによる気遣い。何よりヤツの鎧を貫徹するには、愛梨のレイピアの方がいいという点もある。

 

「ありがたくって涙が出てしまいますわ。お礼として後でキスしてあげますよ!!」

 

 軽口を叩ける分、まだまだ深刻ではないなと感じて、防御術式を前面展開した上での接近。

 魔力攻撃と物理攻撃全てを遮断する障壁を展開したまま、足は止めないでいく。

 

「―――」

 

 蟻地獄のようにすっ転びそうなぐらいに、流動する地面に逆らいながら、相手に剣を届かせられる距離に出た所で―――エクレール・アイリは、刹那の背中を足場に跳んでいく。

 

 その手に持つ細剣が、炎雷を伴いながらガンフーの真上―――脳天を狙うようにラッシュを解き放つ。

 連続の突き。残像すら霞むほどの速度と鎧ごと貫く膂力を前に、方天戟を竹とんぼか風車のように振り回して防御(ディフレクト)しようとするも、手数ではアイリの方が上だ。

 

 兜、面頬がないタイプのそれが、鈍い金属音と共に頭から弾かれて、路面に落ちると同時に二つに割れた。

 

「ぬっ!!」

 

 更に言えば全身に痛痒が奔る程度には、愛梨の攻撃は通じていた。

 

 鎧を貫き肉を抉った連撃を前に、跳躍の勢いでかなり後ろに降り立つ愛梨に注意が向くも、前にいた刹那が接近を果たそうとしていた。

 鋼気功を展開した上で、更に言えば神鉄硬を発動。

 

 そういう目論見を崩すべく接近を果たそうとする『エミヤ』の魔法師を迎撃する。

 

「エミヤァアアアア!!!」

 

「その名をこの世界で聞くことになるとはな! だが!」

 

 俺は遠坂の魔術師だ。剣製のエミヤの魔術師じゃない。そんな意固地な気持ちのままに、軍神五兵を大剣に変えて、振り下ろされる方天戟に合わせようとした一瞬。

 すっぽ抜けるかのように、明後日の方向に飛んでいく剣。

 

 好機を前に、勝機を前にして焦った。そう思わせることが出来ればめっけもんだが……。

 

 口角を釣り上げる虎を前に―――どうやら敵は意外にバカなようだった。と内心でのみ思う。

 振り下ろされようとしている方天戟を前に、愛梨が撃ち出したレイピアの刃―――護拳の鍔と柄のみを残して、それが呂の右肩に深々と突き刺さっていた。

 

 途端に腕の血を失った事で方天戟を手放さざるを得ず、車輪のように戟は回転しながら刹那の真横を通り過ぎていき。

 

 瞬間、刹那は瞬発を果たす。脚力加速(グラスホッパー)で加速したことで目測を誤り、痛みを堪えながらガードを上げようとした時には―――。

 

 ルーンの輝きを纏う拳が硬気功ごと神鉄硬ごと……呪法具たる鎧を砕き心臓に突き刺さる。

 

「お望み通りの近接戦だ。『剣』(けん)じゃなくて『拳』(けん)―――お前の土俵でねじ伏せてやる」

 

 ただ単にルーンナックルで仕留めたかっただけだろうな。と割と近くの方で戦っていた達也は、呆れながらも『送り物』である『ゴッド・フォース』……かなりの重さあるものを手に、もう一体の祟り神を鎮めるべく挑む。

 一体は何とか消しされた。と思うのだが……魂魄そのものはどこかにあるのかもしれない。

 

 そう考えると、少しだけ恐ろしいが―――、ともあれ、飛行術式からの魔獣の義体の消滅は出来た。アウトレンジからの攻撃でならば……次は、接近戦での自分のポテンシャルとの差の確認。

 

 とはいえ……人間相手とは、間合いも、動きも、思考も違いすぎるそれを前に、どこまで出来るかは達也も少しばかり自信が無かったのである。

 

 そんな達也の不安をよそに刹那のルーンボクシングは、中華拳法を修めたルゥ・ガンフーを殴打していく。

 

「くっ!!!」

 

「ワンツー! ヒット!! 砕く!!」

 

 リーチとウエイトに差があったとしても、刹那の拳と脚の速度は衰えない。

 

 ルーンで強化された肉体で相手を殴り倒すと決めた時、刹那の拳は相手を撲殺するという意識にすり替わり、あらゆる『アーツ』を叩き込むのだ。

 

 それは正しく死を誘う舞踏(ダンス・マカブル)。拳の連打が、弾丸の連射の如く殆ど同じ軌道を刻んでいく。

 その接触を嫌って大きく飛び退いたガンフーを前に、刹那は追撃をしなかった。位置的に愛梨が危ないと悟ったからであり、時間稼ぎをする。

 

「抜かったか……貴様は武器を扱うことが本道の魔法師だと思ったのだがな……」

 

「―――粗雑(クルード)と思われているなら、繊細(テクニカル)に行い、繊細(テクニカル)だと思われているならば粗雑(クルード)に行う。

 ぼくはとても繊細な青少年。そういうことさ」

 

 この中にどれだけ 『記憶屋ジョニィ』を知っている奴がいるかは分からないが、ある時に、先生の書斎から借りた本を何気なく読んで気に入った言葉である。

 

そしてお前に戦いの際の繊細さなど皆無だと全員一致であった。

 

「俺の魔道の本質を、先生……ロード・エルメロイⅡ世ことウェイバー・ベルベットは、こう評した……一芸を極めることだけに長けたスペックではなく、多くの魔道の『小川』を集めて『大河』となす、一つの流れを生み出す所作……失われし魔術系統の一つ『ウィザードリィ』(統合魔術)とな」

 

「……傲岸不遜に聞こえないからこそ恐ろしい。その大層な統合魔術の一つが、これということか?」

 

 これと言った瞬間、全身の鎧が砕けて砂礫以下の粒子に変わり風に攫われる。

 かろうじて残った腰と脚甲のみが、アンバランスな上半身裸の中華武将が現れる。

 

 そして、その上半身には明らかに致命傷とも言える傷と、そして幾つもの古傷が刻まれていた。

 大亜の人民軍にいた頃のものもあるだろうが、これほどの殴打を食らっても生き残れるとは、もはやこいつも通常の人間ではないのだろう。

 

「セルナ―――これは……」

 

「蠱毒の陣の目的は、フェイカーだけでなくこいつの強化も一つなんだ。随分と、あんたみたいな『むくつけき男』相手に甲斐甲斐しい女だな?」

 

「ああ、俺にとって最高の女だ……」

 

 乾いた笑みを浮かべて返答したガンフーに意外な想いを抱きながらも、―――愛梨の放ったレイピアの刃を肩から抜いたガンフーの手元に方天戟が自動的に戻る。

 

 壊そうと思えば壊せたかもしれないが……。

 

「壊さなくて正解だ。この武器はいうなれば『魔家四将』の魂を収める器物であり、『呪いの武器』だ……俺以外が何かしようとすれば……」

 

 即座に取り殺される。そういう武器である。

 いずれは仏教四天王にも烈される存在だが、フェイカーが呼び出した疑似サーヴァントは、その領域の存在ではなく、まだ『たちの悪い』時代の存在だったからだ……

 

(だから拳でルゥ・ガンフーのみを殺そうとしたのか……)

 

 達也は察してから状況の確認をする。

 

「拳を合わせてこそ伝わるものもある!! タラスク!! 私の『サック』となれ!!!」

 

『メリケンサックなんて、ごふっ!!! しかも氷結、べふっ!!!』

 

「男なら―――拳一つで勝負せんかいっ!!!」

 

 タラスクという亀竜の上に乗っかり、巨大化した炎の霊鳥……火野原の変身体相手に『ステゴロ』を挑む深雪の姿。

 

 お前は女だろうが、というツッコミも野暮に思えるぐらいに、深雪は凄まじい戦いを繰り広げる。

 

 ゴツい岩のようなメリケンサックに氷のガードを着けた深雪の一撃一撃が、先程の刹那とルゥ・ガンフー以上もの勢いと魔力を以て叩き込まれていく。

 

 負けじとヒノハラも、火球(ファイアボール)炎の渦(ファイアストーム)を深雪にかけようとするのだが……。

 

「タラスク!! 汝は見かけはともかく竜種の端くれ!! 炎の吐息(ファイアブレス)で負けたらグーパンよ!!」

 

 見かけはともかくとか、すごくあれすぎたが、深雪に宿っているマルタには恐怖を覚えているらしく、ヒノハラの炎を呑み込む勢いで火が吹かれるのだった。

 

 感想を申せば、あの大人しいようでいて激情に駆られやすい深雪が、このようになるなど色々と納得いかない。

 

 そして自分の調整したCADが殆ど使われていないことに、なんとももやっとした気分を達也は味わうも……。

 

「君がッ! 泣くまで! 殴るのをやめないッ!」

 

『こ、この淑女ぶってるだけの小娘があああ!!!』

 

 決着が着くまでは、そう長くはならなそうだ。

 問題は、刹那とルゥ・ガンフー……そして、狐馬に牽かれた戦車を召喚してあちこちを走り回っているフェイカーと、そのフェイカーを追わんと白馬を召喚して走り回っているランサーだ。

 

 横浜の市街に敷設された、魔力が循環している『街道』とでも言うべき『ライン』を進むことで加速するフェイカーの戦車に、中々追いつけないでいる。

 

(恐らく霊脈だか循環路を通ることで、フェイカーの戦車は最大攻撃力を溜め込んでいるのだろう)

 

 それが神霊になるための儀式なのかどうかは達也には皆目見当がつかないが……。それを放置していてはマズいだろう。

 

 ゆえに―――また一体の魔家四将を倒されたことで、強化されたルゥ・ガンフー。恐らくエリカの兄貴、幻影刀という異名を持つ『千葉修次』氏が勝ったのだろう。

 

 勝ったことで、こちらが窮地になるなど、あまり承服しかねる事態だが――――。

 

「俺の兄弟が三人も逝っちまったか……。妙な現世への現界だったが―――まぁ楽しめたぜ!! さっさと―――『俺たち』を倒してくれよ!! 」

 

「―――」

 

 リーナと相対していた琵琶法師……というにはロックすぎる魔礼海が自決を図った。

 

 今まで操っていた琵琶の撥を短刀のように扱い、首を落としたのだ……。その様子に、弾き語り合戦をやっていたリーナは……。

 

「勝ち逃げとかズルすぎるわ……」

 

 歌うたいとしての優劣では、どうやらリーナは負けていたようだ。常人には分からぬアーティストとしての感覚。

 

 だが、それはともかくとして、神経攪乱のような作用を持つ琵琶の能力もまた、呂剛虎に吸収された。

 窮地というほどではないかもしれないが、敵が強大化していくのは見ていてもどかしいものだ。

 

「魔礼青と魔礼海の能力も手に入れたか……今のお前は中級死徒なみの力は持っているな」

 

 刹那だけが分かる脅威判定。それがどれほどの存在なのかは分からない。だが、立ち上るサイオンの密度が尋常ではない。

 対抗しなければ、ここいら一体が呂剛虎で満たされることもありうる濃度だ。

 

「王貴人……俺のような無骨な男についてきてくれたお前に、俺は報いよう!! エミヤ!! 貴様の肉体から俺の同志たちを取り戻す!!!」

 

「屍霊術の真似事したけりゃ『殭屍』でも作っていろ!! チャイニーズ!!」

 

 言いながら刹那は、片手に南盾島の時に一応の完成を見た「軍神の剣」を持ち、片手に……フランベルジュと言って良いのか、波打つような剣とも、半ばまでノコギリにも見える少しだけ特徴的な長剣を携えていた。

 

『ランサーに供給を回している分、君の魔術回路も四割は枯渇済みだ。短期決戦で勝負を着けろ!!』

 

「こっちも苦しいが、あっちは更に苦しいんだ!! 踏ん張ってやる!!」

 

 オニキスの進言を受けながらも、朱い魔術師は加速を果たす。

 その背中に、何かの英霊……見覚えあるドラゴンウイングを生やしたリーナが追随する。……どうやらここでの戦闘も佳境だ。

 

 港の船もトラブルがあったようだが、USNAスターズが対処をしている。ある種、犠牲は出ている。それでも順調だ。

 

 だが……その順調さを崩す一手が打たれるのではないかという懸念が、先程から達也の胸を占める。

 こちらが持ち駒全てを投入して王手を掛けようとしている中、『逆王手』を掛けられる。そんな闘いばかりで、『予感』が最近の達也にはあるのだ。

 

「だが、だからといって―――盤上に待てを掛けられないんだよ」

 

 CADを向けて軍神五兵の突き刺さりで藻掻いている祟り神に、『神秘解体』(エルメロイⅡ世)が炸裂。五体全てを消し飛ばせなかったが、達也の渾身の力で放たれた。

 

 幻想を否定する魔弾が、幻想の破壊を齎す世界にて、突き刺さるのだった。

 

 

 † † † †

 

 

「それじゃ十文字君は重傷なの?」

 

『吉田君が何とか回復術を掛けさせてもらうように説得しました。

 ですが、アーマーの方が砕けてしまって。それと、渡辺先輩とエリカちゃんのお兄さんも傷を負っています。全員を何とか回復中です』

 

「摩利さんが……」

 

 千代田花音の少しばかり呆然とした言葉を聞きながらも、真由美は考える。

 

 柴田美月からの連絡でようやく分かった内部の戦況。二人一殺、一人一殺、二人一殺……しかしかなり傷を負ったものは多いらしい。

 

 ある種のカミカゼ・アタックであることは分かっているが、こうも凄まじいことになっているとは……。

 

「刹那くんは何をやっているの!?」

 

 真由美の言葉は、発した自分ですら八つ当たりであることは分かっていた。だが、彼は闊達に何でも出来ると勘違いしてしまうぐらいに、多くの事態を率先して収めてきたのだ。

 

 場合によっては、全員に合わせた装備も与えてきたのだから……。

 目の前の美月の使い魔……光り輝く蝶は、現在も戦闘中であることを伝えた上で―――そして……。

 

『刹那君だけじゃありません。私達も、今日にいたるまで階位を上げてきました。

 現在、千葉、西城、吉田―――私を含めて『ヴィーティング』の術式を組んでいます。ただしアーマーを用立てられないので、その辺りを何とかしてほしいんです』

 

『真由美、あんまり大きな声を出すな。ここにいるのは、そこまで頼りない連中じゃない。シュウも癒えてきたんだから……エリカ達は、この上なく頼りになる後輩だよ』

 

『俺の方はとにかく防具が欲しいんだ。頼めるか七草?』

 

 美月の少し怒るような言葉の後に、摩利と克人から文言が足されると同時に、全員が動き出す。

 全員と言ったが、戦闘に十分な技量を安堵出来る人間たちが動き出したのだ。どうやらこれ以上は、色々と尊敬している先輩や最前線にいる後輩たちを、見てみぬフリは出来なかったようだ。

 

「武明……」

 

 最初に装備を整えて出る準備を済ませたのは2年の桐原武明であり、その桐原に声を掛けた服部。それに対して、桐原は眼を見て真っ直ぐに答える。

 

「このままあいつらを戦場に残したまま、離脱出来るかよ。しかもリーレイちゃんまで戦場に出てきて、中華街の人々……外国の魔法師たちが踏ん張っているってのに―――何もしないでいたらば、男が廃る!

 止めるなよ服部。ヘリの護衛になるとしても、俺は役に立たない。高周波ブレード以上の殺傷性ある『遠距離魔法』が苦手なんだからよ」

 

「誰が止めるかよ。俺も行くって言ってるんだ。早とちりすんな」

 

 言うやいなや、装備のチェックをしていく2年生達。その決意を邪魔するかのように―――多くのヘリがこちらに向かってきた。

 

『真由美、無事か? 状況は申し訳ないが、こちらでも確認させてもらった―――行かせて上げなさい』

 

「けれど! 市民の皆さんを守るためにも人手は―――」

 

 美月の使い魔とは違い、端末にいきなりな通信を入れてきた父―――七草弘一に食って掛かる。

 

 優先されるべきは、市民の避難であって決して敵を倒すことではない。十師族の義務とはここにあるのではないか?

 

 そういう気持ちで言ったのだが、弘一は、ヘリの音に負けじとよく通る声で答える。

 

『男の決意に―――水を差すな……『俺』には分かるんだよ。

時には良識的な判断を投げ捨ててでも、己の身や全てを顧みず立ち向かわなければならない事態もあるんだ―――。

 全てを擲ってでも『捨て身』で『取り戻さなければならない時』に、少しでも『力』を持ち合わせていれば―――こんなことにはならなかったのに……そんな後悔をさせるぐらいならば、立ち向かう覚悟を持ったものたちに、水を差してはならないんだ……』

 

 その言葉を聞くたびに、真由美は胸を掻き毟りたくなる衝動に駆られる。

 

 どうしてそこまで昔の人のために動ける。言葉を吐ける。なんでそんな風になれる。

 

 お父さんにとって、まだ……『夜の魔女』は、愛しき姫君なのか。自分のお母さんや兄の母を見てくれないのか―――。

 

『いざとなれば、僕の人工魔眼で何とかする。遠坂君に施術された魔眼は、古式風に言わせればかなりの呪体だ』

 

「………分かりました。但し、私も残ります。というか克人君たちにアーマーを届けるのは、私がやりますので、お父様及び名倉さんは、市民の確実な護衛を」

 

『父親としては君を戦火に向かわせたくないんだがな……』

 

「お父様だって好き勝手なことをするならば、私もそうさせてもらうだけです。どうせこの後、横浜論文コンペ関連で胸元が大きく開いた紫色のドレスを着たご婦人と会食だったのでしょうし」

 

『な、なぜそれを―――』

 

 狼狽しきった弘一の声を一方的に途絶して、真由美は居残った前・三巨頭の一人として、全員を率いて戦場に行くことにするのだった。

 

 いざとなれば、移動魔法でオルテナウスを超特急で届けることも吝かではないだろう。

 

 

 † † † †

 

「そろそろお互いに限界じゃないですか?」

 

『ならば決着の時だな――――!!』

 

 言葉で『ヒノハラ・ヒロシ』は、翼をはためかせて上空へと移動した。あれだけの質量、如何に鳥を模しているとはいえ、あんな形状の生物が通常の力学で空に浮けるはずもない。

 

 それでも翼をはためかせることが、何かの『意味』を持って浮遊を可能としているのかもしれない。詳細には分からぬが、ともあれ飛翔が出来ないタラスクでは難儀する位置に上がったヒノハラを倒すべく――――力を溜め込む。

 

 天に掲げた『ブロッサムスタッフ』を構えて桜色の魔力が集まる……穂波が力を貸してくれていると思うのは傲慢だとしても―――九校戦にて披露された深雪の魔法の一つ。

 

 兄・司波達也でも登録できなかった深雪だけの固有魔法、『桜花の氷結世界』(ブロッサブルヘイム)が炸裂。

 

 舞い上がる桜色の雪が火球と炎の堕ち羽(おちば)とぶつかり合い、互いの間で壮絶な『砲撃戦』が行われる。

 

 情報次元全てが圧迫されて、あちこちで亀裂が入っていることが分かる。こんな砲撃された荒野の中に、魔法というコミューターのような車輪は走れないだろう。

 

 尋常の相手であるならば、それだけで終わりだろうが、あの九校戦でのことが深雪に強かなものを与えていた。それは荒野を通るために己の魔法に履帯(キャタピラ)をつけるような作業であった。

 

 そして―――炎の鳥は上空から直滑降も同然の勢いで、深雪の元に降りてきた。

 

 正しく炎の悪魔も同然の燃え盛る巨大物体を前に―――不覚にも深雪は美しさを見出した。

 

 それは永遠(エイエン)を求める深雪の氷結とは違う、人の生の在り方。マルタの心も、そこに共感を覚えた。

 

「素敵だ やはり人間は 素晴らしい―――」

 

 全てを擲ってでも、何かを成し遂げようとする心。

 

 憤怒(ラース)に通じるかもしれないその執着。けれど、それを美しく思えた。

 

 炎の塊は、聞いてくれなかった慟哭。眼を向けてくれなかったがゆえの失望。誰も彼を見なかったがゆえの怒り―――嘶きを上げる哀しき生き物……其の名は、『魔法師』―――この神なき世界に生まれた理解されない『超人幻想』の産物。

 

 だから――――。アナタの姿は兄に似ている―――。

 

 深雪とヒノハラの打ち合いで出来た魔力を溜めに溜めたタラスクは―――遠吠えを上げた。己が竜星となりて、敵を撃つときが来たのだ。

 

 それを理解しての遠吠え――――。

 

「リヴァイアサンの子、いまは人を守りし御子()、汝の名は―――愛知らぬ哀しき竜(タラスク)!!」

 

 桜色の杖を用いて打ち出された。文字通り、ラクロススティックを振り抜くように、ホッケースティックを振り抜くように、上空に撃ち出した。

 

 躱せる距離ではない。防御した所で魔獣としての格はあちらが上である。

 

(化け物となったとしても届かなかったか)

 

 炎の悪魔を迎撃する桜色の魔力を纏った『竜星』は、悪魔の身体の八割を消滅させた。

 

 そして―――ヒノハラ・ヒロシという男の全てが終わろうとしていた。

 

 壮絶な発破と轟音が周囲を揺さぶらせていたはずだが、ヒノハラにとっては静寂のみが木霊する空間が出来上がっていた。

 

 緋色の雪が降りしきり、自分の人間としての身体すらも失われていた……下半身を無くしても生きている自分に、嘲笑する。

 

 これが末路か。邪悪なるもの、醜悪なるものには生きる資格さえないというのか?

 

 邪悪な存在は、いつでも『茶番劇』の悪役でなければならないのか。

 

「―――だが、一つだけ確実に言えることがある。お前が殺したのは、お前の兄の似姿だ。お前は―――兄を殺したんだ」

 

「でしょうね。お兄様もアナタと同じ存在だった……ある意味、アナタは私の兄の違った姿だったのかもしれない……」

 

 言葉は呪いとなりて、深雪を苛む。其の力を手に入れ方の正邪は分からぬ。だが、脳髄を弄ってまで手に入れた力を認められなかったこの人は、確かに兄の似姿だ。

 

「いい―――さ―――オレは、ここで死に―――この忌まわしき魔法師の身体から―――逃れる……。ようやく解放される……」

 

 魔法師であることを望まぬ人もいる……分かっていたことだ。

 

 手に入れた力を呪いと感じるものもいる。分かってあげるべきだったのに……。

 

「最後に一つ呪いを残してやる―――、多くの人の魂や意識を取り込む中で、ひとつ分かったことがある……この世界には『終焉』を回避するための『機構』がある。

 一つは霊長類である『ニンゲン』が、自分たちの世を存続させたいという無意識の集合体―――『阿頼耶識』と呼ばれるものだ。

 もう一つは『天体』そのものの本能………これは星そのものの『生存本能』。星が、終焉を望まない意思を持つならば―――つまりは、『星』の意思と『ニンゲン』の意思とが望んだ時に―――。全ては変質する――――」

 

「何を――――」

 

「星はまだ成長を果たす可能性がある存在として、人類を、人類の文明社会を保護しているだけだ……。『成長の終わり』()を望まない心が、現在の『人類社会』を維持しようとしているだけだ……分かるか?

 もしも―――『魔法師』という存在が、『ニンゲンの文明社会』を『崩壊』させる可能性があれば―――『ガイア』と『アラヤ』は、魔法師の中でも『崩壊』を成し遂げる『ただ一握り』の存在が生まれる可能性を()むために―――全ての魔法師を抹殺するということだ!!!」

 

「――――」

 

 その言葉は平時の深雪であれば、馬鹿馬鹿しいと一蹴していた。

 

 だが、英霊マルタの意識と、そして『崩壊を成し遂げるただ一握り』を知っていた深雪の考えと―――マルタの『敵意』が『兄』に向いていることを理解したのだ。

 

 そもそも英霊マルタは―――『兄』を『暴走』させないために、自分に憑いたのだった。

 

 そんな深雪の表情の変化を見たのか、少しだけさみしげな笑みを浮かべながら独白は続く。

 

「いまはまだでも、いずれ『剪定の時』は来る―――……良かったよ。魔法師は―――間違った存在なのだと……オレを無能と、役立たずと蔑んだ連中すらも、同じく等しい存在なのだと―――理解できた……」

 

「それでも―――戦っている時のアナタは楽しそうだった……」

 

「ようやく同じ土俵に立てたからな。あの時は一矢も報えなかった存在に、ようやく……それだけで満足だった……ありがとう。そのことには感謝をしておく―――」

 

 そして火野原博史という存在が消え去る前兆のように、身体が炎に包まれて荼毘に付していくようだ。

 

「……次こそ人間(ニンゲン)に生まれますように―――」

 

 それは魔法師としての全てを認められなかった男の哀しき願いだった。それを逃げと、逃避と捉えるか、それとも……―――。

 

 だが、それは魔法という『望まない力』を与えられ、強化されたものの一つの末路だった。

 

 そして横浜の瓦礫に横たえられていた火野原という男は、その痕跡一つ残さず消え去り―――深雪の心に疼く棘を一本刺したままだった。

 



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第157話『仙女失墜・白虎刈命』

少し短いですが、とりあえずうp、実を言うと最後の方にもう少しあって、その後の展開が『ごにゃごにゃ』する予定なんですが―――起承転結でいうところの『転』が四つも続く感じだと中だるみだよなぁ。

とか思いつつ、次話をどうすうるか思案中です。


追記・修正  2019年10月2日  指摘を受けて若干の文章の修正。


 マスターの同胞(はらから)たちは、よほど上手くやったようだ。

 

 既に主だった敵将の首は取れている。残るは刹那が相対する大将の首と、ランサーが相対する副将の首さえ落とせば終わり……だが―――。

 

「何を狙っている玉石琵琶精?」

 

「明かすと思うかランサー?」

 

「思いませんね。武士というのはいつでも『軒猿』(しのび)を警戒して、重要なことほど暗喩や隠喩を用いて、その上で密談をするものですから」

 

 『歩き巫女』(くノ一)を積極的に利用した晴信のことを思い出す。

 自分は―――人の心を完全に分からなかった。

 だが―――宿敵たる男の心は少しだけ理解していた。それは、戦場の(計略)だけであったのかもしれない。

 

 けれど……通じ合うことが出来なければ、分からぬことはあるのだ。

 

「フェイカー……真名・王貴人―――あなたにとってルゥ・ガンフーは余程愛しい存在なのでしょうね。実に羨ましい―――妖怪の類であるあなたに人を愛する心を持てて、私には人を愛する心が持てなかった」

 

「そこまでいけば、お前は悟りを開くべく仙境に至れば良かったのだ。神仏への信仰のままに、尸解仙にでも至れただろうに」

 

「それも良かったのでしょうが、悟りを開くには、まだまだ私は現世への未練を断てませんでしたからね。

 人としての『当たり前』を知りたかった―――」

 

 言葉で七支の槍をゆるゆると上げて、その穂先を王貴人に向ける。

 言葉での突き刺しは、何の意味もなさない。この女にこれ以上の非道秘術を行わせてはならない。

 これまでの激突で、王貴人の戦車の車輪から狐馬に至るまで、ボロボロにすることが出来た。魔道の塊たる宝具とはいえ、ここまでのダメージを受ければ、まともな突撃は出来ないだろう……。

 

(ランサー、宝具の開帳を許す……! 王貴人を仕留めろ!!)

 

 御意。無言でのみ言って、魔力を集中させる。深く深く沈み込む。

 己を没入させる作業を行い―――神域の剣士が覚醒(めざ)める。

 

 対するフェイカーとしては、ここでの『■■』も織り込み済みだが……ダメージ次第では、思惑が狂うだろう。だからこそ、大ダメージを防ぐべく最後の疾走を行うことにした。

 

「頼むぞ。姉様の分け身……霊獣としての格で負けてはいないのだからな」

 

 所詮、邪悪なるものは、魔に属するものは真正の英雄には勝てないのか。人の時代の招来のためには、我々はいらなくなる存在なのか。

 かつて、神、魔、人の境界が未分の時代があった。その中で、人も魔も―――『神域』『神仙』に至ることを望み、己の研鑽に励んでいた時代。

 

 だが、奇しくもそんな時代でも俗世と関わりを断つことは出来なかった。寧ろ、仙人として高度な能力を得たものたちは、下界にてその力を振るって権力の座に着くこともままあった。

 そんな時代を終わらせたのは……他ならぬ『一人の仙人』だった。義姉がやりすぎたのは分かる。時の歴代王朝は腐敗を極め、民草の怒りは頂点に達していた……。

 

 だが、それでも求めていたのは……私を――――。

 

「殷という『異星の交信者』の王を守らんと走り抜けた我が疾走に果てろ―――槍兵!!!」

 

 言うやいなや手綱を叩き、おおよそ100mあまりの距離を踏破して相手を轢殺すべく、魔狐馬を走らせる……。

 

 一瞬にして最大速度に変じたフェイカーの戦車。

 緩から急。静から動。

 

 およそ物理法則を無視した疾走を前に、ランサーも腹を決める。

 

 炎と氷の属性を利用した車輪と狐爪の襲撃は、驚異的だ。

 如何に最速を誇るランサーと言えども、これほどの打ち手を何度も食らって無傷ではいられない。

 

 ここで仕留める。その覚悟を持って―――ランサーも緩から急へ―――否、『超急』とも言える速度に変じた。

 

 愛馬たる放生月毛と共に―――神速へと変じる。

 

 蹄の音すら遠くなるほどの音を全て吸い取る、深々と『桜雪』舞う中を長尾景虎は突き進む。

 

 直線を真っ直ぐ進む二人の魔人。―――国際展示場を狙った時の再現でもある。

 

 しかし、あの時と違う点が勝敗を分けた。少なくともフェイカーの突撃戦術―――あの極大の魔力に風に集まる魔力を用いた上に、『玉藻の前』の魔力すらも利用した突撃に比べれば―――何とも貧弱なものになっていた。

 

 それでも尋常の相手であれば、容赦なく轢殺出来るだろうもの。

 しかし―――三大騎士のクラスにある存在を前にして―――それは明らかな失着であった。

 

 そして―――。

 

「駆けよ、放生月毛!! 毘沙門天の加護ぞ在り!! 八華の備え、軍神変性!! 」

 

 黄金の神気を纏いて越後の龍は駆け出した。

 

 その姿が八柱の神仏に変わったことで、英雄としての動体視力を持つ王貴人は悟る。

 

 ―――これは―――詰みだ。と―――。

 

 最初に槍で薙ぎ払う景虎がいた。光り輝く気を以て放たれた一撃が、狐馬の首を刈り取り、次に大鉈のような刀を振り上げられて、次に黄金拵えの太刀が無造作に振り下ろされて―――。

 

 ―――鍔無しの曲刀が鮮やかに一呼吸で『三度』振るわれ、浄炎を吹き上がらせる双穂槍(ツインタスク)が円を描くように焼き穿ち切りつけて、次いで純正の戦国刀を振るう二柱の『景虎』が現れ―――もはや死に体とも言える王貴人を更に打ち据えた。

 

 既に並の人間ならば生きてはいない致命傷の王貴人。疾走を果たすはずの馬は既に消え去っていた。

 

 そんな七体もの軍神による突撃など前座と言わんばかりに―――八体目の軍神は―――。

 

「毘天八相車懸りの陣!!! 押して通る!!!」

 

 七支の槍に蓄えた神性魔力(真エーテル)ごと王貴人の霊核で爆発を齎し―――。

 その真エーテルの爆発は光の柱となって天空へと上っていく。

 

 ここにサーヴァント・フェイカーの『脱落』は決まったのだった……。

 

 

 それを明確に感じ取ったものが二人。一方は、苦衷の表情を浮かべて……一方は、安堵の表情を浮かべて―――。

 この乱痴気騒ぎに全ての終わりを告げるべく動き出すのだった。

 

「お前もサーヴァントのマスターならば感じたな? フェイカー・王貴人は消滅した。お前にマスター権限は無くなっている!!」

 

 令呪ぐらいは残っているかもしれないが、それを移植することも出来る。

 第三次で敗れたエーデルフェルトも、監督役に没収されることもなく令呪一画を保存していたぐらいなのだ。(エルメロイⅡ世・談)

 

 手でも腕でも背中でも肩でも―――とにかくあるべき所にあるものを奪い取ってくれる。

 

「それが―――どうしたぁあああ!!!」

 

 咆哮一声。使われなかった令呪はやはりそのまま残っており、それを利用して呂剛虎は再駆動を開始する。

 

「令呪ってのは、強大な魔力の塊だからな。その気になれば様々なことに使える呪体なんだ」

 

「けれど再契約することもあり得るならば、残しておくのが本道とも聞いたわよ。セッソク(拙速)じゃないかしら?」

 

「その辺りは個人の判断だな。やるぞ!! ここで決める!!」

 

「オッケー!! ワタシのラブでライブなビートが勝利のマーチよっ♪」

 

 竜翼を生やしたポップでスイートとしか言えない衣装を着込んでいるアンバランスな限りの『エリリーナ』を従えるは、剣で構成された翼、剣翼とでも言うべきものを背にした刹那。そしてそれと並走するは朱きドレスの麗しき令嬢たる愛梨。

 

 てんでバラバラ、不格好な三銃士とでも言うべきその三人の速度に追い縋れるとは思えない。

 

 よって前に出ずに、後ろで援護をすることにしたのだった。というか三人がかりで一人を倒すとか、全員して前に出るとかどうなんだろうと思う。

 

 だが―――今のルゥ・ガンフーは尋常の強さではなかった。

 

 声にならない叫びを上げて、方天戟を振るう白虎の闘士は、一撃一撃ごとに、横浜の街を砕いていく。

 魔家四将の武器の性能と魂を食らった呂の乱撃を前に、接近を諦める。それが普通のはずだが――――。

 

「十二の勇士の魂宿せしこの剣達は―――負けない!!」

 

 一振りで数十もの斬撃を繰り広げるそれを、刹那は操る『輝剣』で以て防ぎきり、 呂に斬撃を食らわせられる位置に来た時点で―――。

 

「輝きを見せろ!! ジュワユーズ!!!」

 

 五大元素の力を集約させたフランベルジェを薙ぎ払うことで、強烈な魔力圧と斬撃が、呂の身体を強かに切り刻む。

 

 どれだけ強固な魔力の鎧も、伝説のシャルルマーニュが振るいし宝具の前では病葉も同然。

 血反吐を吐き、それでも方天戟を振るって今度は―――魔礼海の音波攻撃が刹那の追撃を防いだが……。

 

「ワタシのライヴが全てを変える!! ラブなボイスに聞き惚れなさい♪♪ バートリ☆ヘビィメタル♡エルジェーベト!!!」

 

 南盾島において猛威を振るったソニックボイスが、魔礼海の琵琶音を打ち消していく。

 

 そして、そのままにソニックボイスは、全身から出血をさせたうえで、呂にたたらを踏ませる。

 

 よろめいた所に、刹那の輝剣からのレーザービームと達也の魔弾が飛ぶ。意識を失いつつある所に、この攻撃。

 しかし、展開された傘……魔礼紅の持つ混元傘という反射の防御宝具にヒット。

 

 悪い予感が男二人に走ったが……。

 男二人のフォローをするかのように、一色愛梨は前に出て、跳ね返された魔力攻撃全てをレイピアで絡め取るように振り回して蓄えた。

 

 早業一閃。

 

 その軽妙さと軽快さとで、細剣を光り輝き螺旋を巻く『槍』にした愛梨。

 思惑を崩さんと、『瘟』という言葉で、魔礼寿の花狐貂という無線誘導のレーザー砲台が向かってくる。

 

 小さな羽鼠……そういう表現しか出来ない花狐貂に対して……。

 

「クレール・ドゥ・リュヌ!!」

 

 十二の剣より花狐貂を焼き尽くす魔力光が飛んできて、壮絶な砲撃戦が演じられる―――しかし、その上空の『戦闘』に構わず吶喊を果たす『閃光』(エクレール)

 

 刹那の援護を受けて気持ちの高揚するがままに、螺旋の槍を呂に突き出した。

 

「―――眩く輝くは閃光の魔槍(ブークリエ・デ・アトラント)!!」

 

 身体を捻って攻撃を躱したとしても吹き飛ぶ腕一本。

 

 それだけでも生きているわけがないはずなのに、戦闘の意思を吠え叫ぶ呂を相手に追撃として、リーナの持っていた大槍が回転しながら当たる。

 

 だが、それでも崩れない呂を支えているものとは何なのか……。

 走り抜けるように攻撃した女二人の後を追うように、刹那が駆け出す。

 

 どんな因縁だか分からないが、呂は刹那を殺そうとしている。それだけは許されない―――として、達也は呂の脚を縫い付けた。

 

 拘束のための抗魔布は、一瞬ではあるが迎撃しようとした呂に停滞を招き、出来上がった隙を狙って赤き魔術師は駆け抜ける。

 

 手にはフランベルジェではなく、3つの柱で構成されたマルスの剣。南盾島の一件で完成を見た刹那のとっておき。

 光り輝く柱刃は時には鞭のようなしなやかな形状を取ることもあるが、今の軍神の剣に―――そこまでの機能は必要無い。

 

 魔力を込めた一斬。大上段から振り下ろされたものは、呂が片手で掲げた方天戟という名の模造宝具を真っ二つに割り砕き、そのままに深く袈裟に入る一撃で、呂剛虎という魔法師を絶命させた……。

 

 魔法師としての命脈たる全て、演算領域から魔力に至るまでを一撃で断ち切られた上での死―――。

 

「これが―――モノを殺すっていうことだ」

 

 それはいつもの刹那ならば、言わないような言葉。どこか、とてつもない死を纏った……人間だけが許される言葉に思える……と達也が思っていると、状況は、少しばかり変化を果たす。

 

 変化は、『良し悪し』。どちらに転ぶかは分からないが、それでも―――。

 

(一段落はした。と思っておこう)

 

 世紀末世界も同然にボロボロの有様となった横浜を見ながら、達也は珍しくも深い深い溜め息を漏らすのだった……。

 

 



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第158話『EMIYA--kaleidoscope--』

ある場面においては作業用BGMとしてIMAGINARY LIKE THE JUSTICE、imitation 黄金の輝きをヘビリピで掛けていました。

蛇足です。では新話どうぞ。


黒雷犬と嵐の夜(ブラックドッグ・ワイルドハント)!! 来たれ妖精郷のしもべ達よ!!」

 

黒い雷―――、それで構成された俊敏な犬たちが、次から次へと群れを成して『フォックス』の群れへと向かっていく。その速度は尋常ではなく、特化型CADでも容易に狙いは着けられないものだ。

 

イングランドの民間伝承の一つ。黒い犬の姿をした不吉な妖精。妖精の中でもチェンジリング(取り換え児)とは違った意味での、不吉の象徴。

 

日本で言えば黒猫は不吉の象徴などと言われることもあるので、こうした民間伝承はどこでもあるのだが……ブラックドッグ、ヘルハウンドとも言われる黒犬は、死の象徴にも列される。

 

流石は魔法の本場であるブリテン島だが、彼らは、更に言えば己の仲間を増やそうとする性質もある―――総合すれば強力な魔獣がリーレイの手で使役されて、勢子のようにけしかけていた。

 

「刹那お兄さん曰く、降霊術と雷霆の複合によって、死者の魂を食らう犬を召喚することが出来るって。霊体の召喚は大陸では馴染みなので」

 

「それにしたって、こんな数を使役するとは………おまけに速度が尋常じゃない……刹那は本当に魔術師なんだな」

 

現代魔法において、何かの『カタチ』を取った魔力というのは、無駄ごとだと唾棄されている。

 

結果だけを求めれば、殺傷能力ということで言えば、確かに直接的な情報改変の方が『効率』はいい。擬似的な犬の魔力体で噛みつかせるよりも、直接的に移動魔法でふっ飛ばした方が容易い。

 

だが、それとは別の観点もある。即ち―――魔法師の肉体機能は、現実的な話で言えば『現代人のベクトル』にしかあり得ない。

 

即ち―――果たして猛獣……虎、獅子、豹、熊、猪、鰐、鮫、猛牛―――上げていけばきりが無いが、要するにどう考えても肉体機能で上回るこれらの連中と取っ組み合いをして無傷で勝てるか?

 

疾走するサラブレッド馬の前に出たって、どうなるか分かったものではない。世界的な寒冷化で数を減じたとはいえ、生態系そのものの構造は変わっていない。

 

そして人間の身体機能は確実に低下している……。

 

「お兄さん曰く、古式魔法で言う所の化成体が、イマイチ現代魔法に追い縋れていないのは、獣の構造を『真に理解していない』からだって言っていましたから。鳥の羽は、無為に着いているから飛翔を可能としているわけでもなく、馬の俊脚が高速で動くのは、それを支える胴体があるからだとも」

 

それらを理解すれば、化成体の魔獣は現実への干渉を格段に上げていく。

 

事実、鳥を愛し、愛しすぎて、愛ゆえに鳥こそが『地球の王者』などと喧伝する、『黒いガッチャマン』『トリ紳士』がいたとかワケワカメなことを刹那は言っていた。

 

しかし、その黒い鳥の魔術師は、『鳥の内部構造、フォルム、生体』……隅々を溺愛していたらしい。

 

理解力……その知識を高めるだけで、魔術は世界と『照応』して格段に高まるのであった。

 

「言っていたね。同時に人体構造を『模倣』することは、アホほど手遅れだと言いながら、人体構造を理解した上での『強化魔術』を伝授していたか?」

 

言いながら将輝も爆裂や叫喚地獄で以て、円状に展開している魔獣の軍団をすり潰していく……。しかし―――。

 

「数が多すぎる。フェイカーのサーヴァント? 王貴人とかが健在の内は、こいつらは無限に湧き出る(リポップ)んだろうな」

 

外側からも今にも横浜全てに展開しそうな魔獣を食い止めてくれているが、どうなるやらである。

 

その時―――将輝の中身をかき乱すほどの魔力反応が4つはあった。

 

どれも情報次元を粉砕しただけでは飽き足らずに、現実の世界に爆発的なクラッシュを起こすものだった。

 

「―――勢いが弱まりました……これなら!」

 

「ったく誰だか知らないけど、もう少しスマートに戦えよな!」

 

「一つは、深雪さんだと思いますけど?……」

 

「司波さんは除く!!!」

 

力説する将輝に少しだけ『ムッ』としつつも、リーレイはフェイカーの召喚した義骸魔獣に対して、攻撃を繰り返す。

 

そうして終わりの時は近づいていく……。五分かそれ以下の時間の後には、巨大な魔力の爆発と霊子の大拡散が起こり、横浜での闘いは終結するのだった。

 

 

† † † †

 

何のための戦いだったか、さっぱり分からない戦いであった。お互いに因縁など殆ど無かった。

 

あちらからすれば、俺を父親と同じく見た上での戦いだったろうが、正直言えば、本当に仲間を取り戻したければ、幽幻道士としての技を以て僵尸でも作れば良かったのだ。

 

「何だか疲れたよ。体力ではなく心の方がな」

 

「そうは言うけど、ワタシはフィジカルもメンタルも尽きちゃったわよ。早く家に帰ってダラダラしながらにゃんつきたい」

 

私的な欲望もろ出しすぎるリーナではあるが、気持ちは概ね同じであった。

 

「なんて破廉恥かつ羨ましすぎる言い分ですか! 替わりなさいアンジェリーナ!!」

 

「どんな権利があって言えるのよ! ネゴト(寝言)はスリープしてから言って!!」

 

「いいえ!! これは正当な権利交渉及び權利移譲!! 言うなればアラスカを借り受けた第一次冷戦時代のアメリカのごとく!! ルゥ・ガンフーを倒した一助として、私はセルナと一夜を共にする權利があります!!」

 

こじつけ―――と強弁を張れないのは、混元傘の能力を完璧に忘れてしまって反射攻撃を受けそうになった一高のボンクラボーイズの片割れゆえ、もう一方のボンクラボーイにヘルプを求めようとするも通信連絡中、どうやら言葉の内容から察するに、フェイカーの義骸魔獣及び腐落兵の出現は止まったようである。

 

そうしていると、刹那にも連絡が入る。気づいていなかったが、どうやらカノープスたちが横須賀からやってきて、『偽装艦船』を無力化していたらしい。

 

「プラントゴーレムか、どう思います?」

 

『十中八九、『あのキツネ』の仕業だろう。船の辛うじての『生き残り』に聞いてみたが、この作戦中にも関わらず病状を悪化させた陳祥山を治療していた所、その陳から木の根っこが次から次へと生え出て―――あとは、ご覧の通りだったわけだ』

 

「世話掛けました」

 

『なんの。ユーマもアンジェラの出産が無事に終わったからか、いつも以上に魔法が冴えていたからな。それほどの疲労はないな』

 

父は強し。そういうことか。と思い、和んでいるもまだ終わりではないだろうと思える。偽装艦船を一刀両断したベンジャミンも『何か』に気づいていた。

 

サーヴァントの消滅。同時にマスター権限を持っていた魔法師の殺害。

 

順調に行き過ぎた背景で、『何か』があるのだと気づけた。

 

そして、それに最初に気づいたのは情報管制を担っていた響子とシルヴィアであり、気づいたことで『悲鳴』を上げた。

 

魔法師であるならば、それは現実に直視してはいけないものだった。あり得てはいけない『大妖怪』の威容。

 

数分後には、その強烈なまでの悪意と魔力の波動の前に、感覚が鋭敏すぎるものたちが、頭痛をこらえて、ひどいものは吐き気を覚えた。

 

「最悪だな……これほどの大魔術を見過ごして戦っていたなんて……」

 

サルビアの花を介してリフレッシュの奇跡を用いながら、これほどのプレッシャーを放つ存在に成り上がるとは……。

 

「さて―――どうしたものかな……?」

 

「倒す気はないのか……?」

 

頭痛を堪えている達也に、んなことはないと言っておく。だが、横浜にいても存分に分かる強烈な存在感を前に―――俺が勝てるかどうかであろう。

 

そして非常呼集だ。としてミアが飛行魔法でやって来る。事態を重く見た独立魔装とスターズの思惑とが一致したようだ。

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「無茶するわね。全く」

 

「だが、お前も同様だろう。市原や中条をあんまりこき使うなよ」

 

「失礼ね。私は『真摯な説得』の元、やってきただけよ」

 

その真摯な説得とやらに、『誠実さ』はどれほど含まれているのか。誰もが思いながらも、克人にアーマーを届けに来た真由美のおかげで、再びの戦線に復帰した克人だが、数分もしない内に、無限に湧き出る魔獣とゾンビ兵士は完全に消滅した。

 

魔力の供給源たるフェイカーを、ランサーのサーヴァント『長尾景虎』が撃破したからだろうが、まるで克人及び真由美が尽力したお陰かのように持ち上げられるのは、あまりいい気分ではない。

 

一高の同輩・後輩たちなどの声を受けながらも―――気分は晴れない。道化に仕立てられたからではなく、まるで大津波の前に海面が穏やかになる。

 

教育及び災害に対する理解を深めるアニメーションで見たものを連想させて―――次の瞬間には、誰もが身体の不調を訴えて、医療班を組織させて看病させることにした。

 

魔法力の優劣があまり関係ない上に、克人も吐き気を覚えた真由美に肩を貸さなければいけなくなった。

 

あまりに圧倒的なプレッシャー。4月にあった八王子クライシスの主犯であった少女と同格ながらも、『大きさ』としてはこちらの方が圧倒的だった。

 

(『敵』は……海からやってくるのか!?)

 

正確な位置こそ把握できないが、東京湾を超えて海の向こう側から放たれるものを察して―――スターズ関係者『ミカエラ・ホンゴウ』が飛行魔法で飛んでいくのを見た。

 

「遠坂とクドウを呼びに行った―――というところか……」

 

「このままいいところなしで終わらないわよぉ……!! 私は諦めが悪い女なんだから!! うえっぷ!!」

 

「いいから吐きたきゃ吐け。別にお前が嘔吐したぐらいで、幻滅せん」

 

「大学に行って、吐くぐらい呑んでも介抱してくれる?……」

 

「周囲のフォローは俺には無理だが、それぐらいはやってやろう」

 

エチケット袋を出しながら真由美を直視する克人の姿に、これが真実の愛なのか!? と一高全員が感銘を受けるのだった。

 

† † † †

 

 

案内された場所は港であった。夕焼けが落ちつつあるその風景に、見たことはない、だが、確かに『刻印』(きおく)に焼き付いたものを思い出す。

 

沈みゆく落日……アーサー王終焉の伝説。カムランの戦い―――その低き(いただき)、剣の墓標、鎧の墓石……赤き血と言う名の『聖水』でも洗い流せぬもの……カムランの丘にて剣を杖に嘆き悲しむ―――『少女騎士』

 

その姿に焦がれた人、それとは『別の時』に『アーサー』と見た夕焼けを見ていた人の記憶が疼く。

 

(あんたは、この光景に『アーサー』を戻したくなかった。けれど、ただ一人の焦がれた少女を……その腕に抱くことを彼女の全てを穢すとして戒めた)

 

自分ならば、どんな決断を下していたのだろう。

 

少しだけ重ねるも、状況は切迫していた。海上にその身を表していた大狐―――推定全長は100mもの大妖怪が、『五つの尾』を夕焼けの中に逆立たせていた。

 

霊基としてはかなり傷ついている。ランサーが与えた傷が、深いことの証拠。

 

しかし、サーヴァントとしての姿を捨てて、獣に堕ちた王貴人の咆哮が轟く。それは、失ったものを求めて叫ぶ女の泣き声だ。

 

 

『蓼食う虫も好き好きとは良くいったものだが、あれだけの霊基変化をどこに隠し持っていたんだ?』

 

「劉師傅からの情報提供ですが、大亜が組織した船団の一つには、霹靂塔を使える調整体魔法師が、数十人乗り込んでいたそうです。

恐らく、行き先をロストした艦船の一つが、それだったんでしょうね」

 

戦争でもおっ始めるつもりだったのかよ。『肉眼』で何とか確認する限り、確かに王貴人《獣》の周囲には艦船の破片が見えている。

 

生贄の霊性は低いだろうに、それでも何かの魂魄分裂法でもやっていたのだろうか……ともあれ、どう考えても正常な復活ではない王貴人の姿を10キロ先の沖合に見て―――。

 

この岸壁に激しく打ち付ける波の勢いからして、考えたくない限りだった。

 

『あんなものが地上に『這い上がったらば』、確実にこの国一つは丸ごと消失するだろうな。そしてその修正力は、確実に『ニホン』という国そのものを無くした歴史を再編する……』

 

波の音に混じったオニキスの言葉の不穏さ―――。

それを聞いたリーナは、少しだけイタズラを思い浮かべたように刹那に問いかける。

 

「逃げたい?」

 

「そりゃまぁな。君を連れて世界の果てに行って、夫婦プラス双子の娘の家族構成、笑顔が絶えない暖かな家庭でも作って、悠々自適に暮らしたいぐらいだね」

 

「理想の結婚生活……もう一人ぐらいは欲しいかも♪」

 

そんなカップルの会話を砕くように、達也は割り込んできた。

 

「真面目に考えろ……! 方策はあるのか?」

 

「ある。が―――こうして全員呼びつけているってことは、お前にも試させたいんだろうな」

 

言いながら、後ろにいる大人たちが一種の火花を散らせているのを親指で指した刹那だが、達也の『とっておき』と自分の『とっておき』では、比べる『山』が違いすぎる。

 

というか、まるで『俺の父ちゃんパイロットなんだぜ』的な自慢話をしなくてもいいだろうに、面倒くさい大人たちである。

 

「お前も薄々気づいているんだろうが、俺の『とっておき』では、あの狐には何の効果もない。

よって風間少佐―――、ここは刹那に丸投げしましょう」

 

「特尉! いや達也!! お前には男としてのプライドは無いのか!?」

 

「意地はって大怪我するぐらいだったらば、専門家に任せる。生兵法は大怪我の元です」

 

心底の嘆息という達也のレアな表情を見ながら、友人からここまで下駄を預けられたならば、気合も入るというものだ。

 

苦笑をしてから岸壁の最前に立ちながら声を上げる。

 

「聴け!! 不浄の定めによって現世に縛り付けられし、琵琶の仙女よ!! 汝が愛しき白虎を斬刑に処したのは我!!

我が身を切り裂きたくば―――とっとと来やがれ!! 1000年以上も生きてきた……この―――『妖怪地雷女』!!! その腐った血肉を7つの海に灰にしてばらまいてくれるわ!!」

 

『『『『挑発してどうする―――!!!???』』』』

 

『『『『バカ―――!!!!』』』』

 

魔力を込めた言葉は確実にパルスとなって、王貴人に届き―――返礼のように指向性を持った音の波が横浜港全体を灰燼に帰そうとしたが―――。

 

「――――!!!!!」

 

跳ね返すようにエリザベート・バートリーをインストールしていたリーナのドラゴンボイスが、それらを跳ね返して10キロ先の大狐を『ひっくり返していた』。

 

「ナイス!!」

 

「YEAH!! ああすれば、こっちの思惑通りに―――倒せばいいのねセツナ!?」

 

『全力で魔術回路を増幅・拡大させた上で回転させていく―――ついでに言えば、この横浜市内の電力ラインも魔力に変換するようにしていく!!』

 

「一分間!! それだけで十分だ! 倒せるだけ倒してくれリーナ。そうすれば―――俺が『黄金の聖剣』を作り出して、扱うだけの魔力を捻り出せる!!」

 

「オーケー!! 最後に頼りになるのはワタシだってことを忘れないでよね!!」

 

門外漢にはいまいち分からない説明だったが、USNAスターズの面子は、その言葉で気づいたらしく―――王貴人が放った狐。

海面を滑るように走ってくる狐の使い魔たちを迎撃するらしく、リーナに続いて飛んでいく。

 

「一体何が―――」

 

「Anfang―――」

 

ミアの案内でついて来た一色愛梨の戸惑ったような声を聞きながらも、刹那は複数の魔法陣を複層式に展開して、己を魔力炉心の中に置いた。

 

オニキスのサポート付きで展開された魔法陣の数は、12,24,36,48,60,72,84,96,108……と増えていき、炉心の中で瞑想している刹那の全身に奔る『回路』に魔力を満たしていく。

 

(こうしてみると、魔術師の肉体は確実に自分たち『魔法師』とは違うのだと気付かされるな)

 

魔法師ではどうやっても無理そうな『精髄』を丸く絞る……高密度の魔力結晶をいくつも作り出しては、己の身に取り込んでいく作業。

そして横浜に走る電力ライン―――災害からの教訓などで一般化された、地下の電力供給すらも取り込んで魔力に変えているようだ。

 

その上でリーナたちに倒させている狐の使い魔たちの魔力も吸収している―――何をやるのだろうか? そういう興味を覚えつつも、今は刹那の手助けとして飛行魔法で飛びながらスターズに追いつくように、狐の使い魔を倒すことにするのだった。

 

そんな様子を傍から見ていた独立魔装の連中に、出動をさせようとした風間だが……もはや自分と響子を除けば、全員が狐狩りに向かっていた。

 

そこまで暴れたりなかったのだろうか……独立魔装の新人とも言える一色華蘭が、妹君と一緒になって神経攪乱で敵陣を崩していく。

 

そして、そんな前面の様子とは違い、王貴人が仇敵と見定めた刹那は、巨大なまでの魔力を己に溜め込んでいた。

 

古式魔法側に己の本分を置いている風間、藤林ですら驚嘆する魔力量……現代魔法では、然程重要視されていない。古式でも魔力量の多寡だけが全てを決めるわけではない。寧ろ、重要視されていない現状において――――その様子は驚嘆するしかなく、魔力を扱う刹那が深く深く『入り込んでいる』。瞑想の様子に寒気を覚える。

 

そして―――。

 

「投影・幻創―――」

 

一言だけの呪文が全てを変える。

 

† † † †

 

父の魔術。ある心象世界より派生せし『剣製』の秘術とは、即ちイメージの戦いである。

 

己で上回れない相手ならば、せめて『勝てるモノ』を創造する。

 

エミヤの魔術における要諦とは、そこにある。即ち、己で想像できた幻想―――500年単位の血の研鑽を積んできた家系の魔術師ですら、出来上がる千年単位の武具の前では、敗北を喫することもあるのだ。

 

旧きは新しきに打ち勝つ。魔術世界の道理に照らし合わせれば、親父の技は実に反則極まりない。

 

もちろん立ち会いの遇し方次第なところもあるのだが、ともあれ―――場合によっては……そういう武器も想像できる衛宮士郎の秘技は―――否が応にも刹那に蓄えられた。

 

 

(俺が挑むものとは、自分自身……あの大妖狐を倒せるほどの幻想を結ぶこと―――)

 

完全に励起する全魔術回路(オールサーキット)が、刹那の身体を苛みながらも一つごとを為さんと、単一機能に集約していき―――。

 

創造の理念を鑑定し、(Eins)

 

基本となる骨子を想定し、(Zwei)

 

構成された材質を複製し、(Drei)

 

製作に及ぶ技術を模倣し、(Vier)

 

成長に至る経験に共感し、(Fünf)

 

蓄積された年月を再現し、(Sechs)

 

あらゆる工程を凌駕し尽くし――――(Zahlloss)

 

此処に、幻想を結び剣と成す――――。(Ideal Blades)

 

 

全ては10秒もしない内に行われていた。だが、刹那にとって無限にも思えた時間の果てに、その手には―――輝ける黄金の聖剣が握られていた……。

 

握った瞬間、その手に確かな重みを覚えた時に、刹那の内側で何かが『弾ける』感覚を覚えるも―――。

 

構わずに聖剣を高々と天空に掲げた。黄昏の中でも燦然と輝く剣―――。

 

朱に染まる世界にても、振り上げた黄金の輝き。

 

至高の『最強の幻想』(ラスト・ファンタズム)は、敵を見定めた。

 

(どこから出したんだ。あの聖遺物を……!?)

 

(あれは―――『分解』出来ない。それどころか―――見た瞬間に眼が焼き付くかと思ったぞ。否、『焼き付いている』! しばらくの間、エレメンタル・サイトは使用不可能だ……)

 

疑問だらけの近場にいた風間と、ああいったものを出すならば出すと言ってほしかった達也。

 

そして、ニホンの面子がそう思っている中、スターズの面子は―――。

 

「勝ったな……」

 

「油断大敵、大胆不敵、このデッケーフォックスだって妨害行動してきますぜ」

 

「分かってるさ。全隊!! タイプ・ムーンの『斬撃皇帝』に巻き込まれずに、タイミングが来るまで、エネミーを縛り付けろ!!」

 

ラルフ・アルゴルの言葉を受けたカノープスが、指示を飛ばす。

 

そして、刹那は自分たちに構わずに必殺必滅のタイミングで飛ばしてくるだろう。

でなければ、この狐は討滅出来まい。アンジー・シリウスが、雷鳴轟くブレスを吐き出し海水を帯電させることで、水面を滑るようにやってくるフォックスを縫い付ける。

 

しかし―――フォックスは完全に刹那を敵視した上で、刹那を最大の脅威と見なした。

 

雷の網を食いちぎり、その巨体を横浜港に飛ばしていく。

速い。そうとしか言えないほどに疾く跳んでいくフォックス―――その姿を確認した刹那は、魔力を収束させていく。

 

同時に己の身体に古めかしい鎧が纏わりつく……。

 

「私からのサービスです。最後の戦に臨む『防人』(SAKIMORI)ならば、相応の具足を纏わなければいけませんよ」

 

戦国鎧に身を纏いながら、握りしめるは西洋の刀剣。だが、その姿に一切の外連味はなく、ただただ―――戦士としての姿があった。

 

景虎からの支援を受けながら、刹那は魔力を収束させる。

 

――――機は満ちたり。

 

光が集う。まるでその聖剣を照らし飾ることこそ至上の務めであるかのように、輝きは、さらなる輝きを集めていく。

 

苛烈にして清浄なるその赫灼に、誰もが言葉を失った。

 

距離の遠近に関わらず刹那を見ていた人間たちは、その姿に蒼き鎧を纏いし、少女騎士の姿を幻視する。

 

其れは、かつて夜よりも暗き乱世の闇を、払い照らした地上の星。

 

十二の会戦を経て不敗。その武勇は無双にして、誉れは朽ち果てぬ伝説の騎士。

 

輝けるかの剣こそは、時代を問わず戦場に散っていくすべての(つわもの)たちが抱く―――儚くも哀しくも尊きユメのカタチ。

 

その意思を誇りと掲げ、その信義を貫き、時空の彼方よりいずれ復活を遂げる常勝の王。

その影を纏いながら、『魔宝使い』は、手に執る奇跡の真名を謳う。

 

其は――――。

 

 

約束された(エ ク ス)―――――勝利の剣(カ リ バー)ッ!!!」

 

 

黄金の輝きが振り下ろされる。同時に剣から奔る―――光、光、輝き。

数多もの黄金の輝きは一つの巨大な閃光となって、海を蒸発させながら、割り砕いていく。

 

光の速度で迫る閃光を前に、王貴人は、躱すことも防御することも出来なかった。その光は、かつて大地に住まう誰もが胸に抱いた想い。

 

自分を弾き語ることで、戦士の勲を紡いできたものたちも胸に抱いた幻想。そして―――自分のマスター……ルゥ・ガンフーも見てきたものなのだから……。

 

「もう一度……ガンフーみたいなイイ男に会いたいな……」

 

総身を焼き尽くす閃光を受けながら、身体の一分子、霊子の一粒にいたるまで焼かれながらのフェイカーの思考とは、それだけだった。

 

灼熱の衝撃は一瞬。しかし、永劫とも思える時間を体感していた王貴人は―――その時、完全に消滅を果たした。

 

王貴人という大狐として変性した大魔獣がいた海面に、光の柱が出来上がる。

 

海から天空を貫き宇宙にまで届かんとする黄金の柱―――否、黄金の樹……『空想樹』とでもいうべきものは、5分以上も海面にわだかまり、光の葉を、種子を横浜全域に撒き散らしていく。

 

生きとし生ける全てのいのちに『幻想』をイメージさせるその『空想樹』。

 

黄昏に佇む武者鎧を纏う赤き騎士―――『肌を浅黒くして、髪を白くした遠坂刹那』の姿に、リーナの胸が疼き、『そちら』に向かう未来を回避したい想いを生み出しながらも……。

 

 

いつの日か、復活を遂げるブリテンの王『アーサー・ペンドラゴン』の光の全てを景色に、此処に横浜の騒乱は終焉を迎えるのだった………。

 




というわけで横浜編終了となりました。

いつも通り幕間と言う名のエピローグで後始末とかは描こうかとは思います。

その後は追憶編。まぁ誰の追憶を描くか―――決めてはいるんですが、結構、本作の読者の間には『過去語りいらん』『秘匿の原則絶対遵守』という人もいるので、今から書くのが怖い点もありますね。(苦笑)


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幕間3
『ノーフレイム・ハロウィン』~本音の話~


リーナ「劣等生2期が来たわ―――♪♪ 遂にメインヒロインたるワタシにスポットライトが―――!!
     最近の日笠さんといえば、もはやJK役はキツイとか言われていそうだったのに(偏見)」

刹那「アイカツ○レンズ、グランベ○ムでもJK役だったじゃねーか! 日笠さんに対する酷いデマを流すな!!(必死)」

リ「アホ○ールでは母親役をやったことがやっぱり一番印象的すぎる役なのよ!! もはやアンジ-・シリウスとかいう二つ名は二周ぐらいして既にダサすぎるわ―――これからは……天魔の魔女(ウィッチ・ケイオス)の『アザリー』と名乗ることでアンジェリーナ・クドウ・シールズの二つ名にするべきよ!!」

刹(駄目だこいつ…早くエイトビットに引き取ってもらわないと…)


そんなこんなで二期が来た―――。素直に嬉しいのだが、もう少し早くならなかったのかと思わなくもない。





報告書

 

2095年11月3日 記述

 

記述事項 2095年10月30日 日本国 神奈川県 横浜地区において発生した魔法戦闘案件に関して。

 

記述理由 本件を叩き台として今後の日本の国防に対する意見具申及び、この報告書によって浮かび上がる問題点の発見と、改善方向と改善目標の策定を求める。

 

 

 

1,発生の初期段階における状況。

 

当該 魔法戦闘案件 現在の呼称で横浜事変と呼ばれている一件の初期段階は、当日から発生が予測されていたものではない。

 

詳細な期日こそ不明ではあるが、国防陸軍の管轄にはない海保・海軍との情報の照らし合わせを抜きにしても、10月初旬の段階より、大亜細亜連合人民軍の特殊工作部隊は日本への密入国を行っており、当初より魔法技術に対する情報窃盗及び、物理的な呪体確保を狙っていたのは間違いない。

 

それらの方法にハニートラップなどが行われなかった点を鑑みても、大亜細亜連合軍の意思決定は若干、不透明な部分があり、今後の調査を待たねばならない。

 

現時点で分かることは、この事変は、『多くの者』『多くの組織』にとって、『利用する案件』であったろうことは分かる。

 

 

2, 発生した横浜事変から見える変化。

 

前述のことを踏まえた上で考えれば、大亜連合軍(以後略称)は、当初こそ作戦通りに魔法協会ないし、当日の国際展示場における魔法科高校の学生による論文コンペティションへの襲撃を考えていたと思われる。

 

しかし、事態は急変する。大亜連合軍所属の魔法師『呂 剛虎』が使い魔とせしめた『王貴人』という『ゴーストライナー』(本言語の意味に関しては別資料を参照願う)を用いて、同胞たる大亜連合軍すらも生贄にした上での、大儀式魔法の成就に動き出す。

 

この時点で呂が完全に脱走兵及び叛乱兵となったことは確実ではあるが、『王貴人』の出してきた魔法生命体―――傀儡の一種は、大亜の用意してきた通常・魔法問わずの『兵器』『兵装』を無力化した上で大亜連合軍に襲いかかり、混乱と壊乱の中で多くの落命を出す。

 

この際に、横浜港に停泊していた偽装艦船が、状況の確認を怠り、現場状況に直接人を出さなかったことが災いしたのか、八割以上もの被害を出した時点で既に手遅れとなっていたのである。

 

それだけ王貴人と呂の作戦が電撃的であったことでもあるが、その上で呂よりも上位の命令権を出すべき『陳祥山』という責任者が、『腹痛』で偽装艦船に運び込まれたことも災いした。

 

この時点で、呂だけが、現場の責任者となっており、そのことが大亜軍の動きと報告の鈍さを招いたと推測。

 

3, 状況への対処

 

主記述者が所属している独立魔装大隊は、対人及び対魔法師に対する作戦マニュアルこそあったが、対『魔』、対『仙人』、対『妖魔』……およそ『人外』の領域にある存在に対するマニュアルは無く、この時点でエルメロイ教室の末弟子『遠坂刹那』に協力を要請。

 

フェイカーのサーヴァントと独自に敵対していた彼の助力及び、多くの『不確定要素』を含めた戦力構成で、横浜にて大魔術儀式を行い大亜の兵士以上もの生贄を求めていたフェイカー及び呂剛虎を撃滅。

 

詳細な撃破方法、複数の戦闘に関しては、本報告書とは別の資料、独立魔装大隊隊長 風間玄信のレポートを参照。

 

4, 最終状況

 

前述の横浜市街での戦闘は一度は終結した。

しかし、フェイカーのサーヴァント『王貴人』は独自に『復活』の方法を残しており、行き先をロストした偽装艦船の一隻を支配した上で、そこにいた『戦略級魔法』を使える『調整体魔法師』を生贄として、大狐に変化。復活を果たして東京湾に座視して構えることになる。

 

生き残った捕虜の口から分かったことだが、南盾島からロストした2隻の艦船のうちの1隻。前述の調整体魔法師を載せた艦は、本来ならば東京湾ではなく西日本ルートを通って、海側から東西の連絡を断つことを目論んでいたようだ。

 

どこを『霹靂塔』で狙うかは、その時点では決まっておらず、場合によっては、日本は最大級に混乱していたはずである。

 

だが、捕虜曰く『金鰲(偽装艦船の名称)のクルーは、決行日前の通信から妙な様子であった』ということをおよそ10人単位で聴取。

遠坂刹那及び複数の協力者の証言曰く、それは『火狐による精神支配だ』との一致したものを貰う。

 

主記述者の私見ではあるが、巷では『コヤンスカヤ』と呼ばれている国際犯罪者は、即刻殺害するべきである。かの国際犯罪者は■■■狐、■妲■、■梓(一部検閲削除)などと呼ばれる大妖怪である可能性があるのだから。

 

5, 最終状況への対処

 

当初の現場指揮権を預かっていた独立魔装大隊の見識では、戦略級魔法を使用すれば撃滅出来ると考えられていた100m級の大狐ではあるが、物理的世界だけではなく情報次元どころか『アストラル界』すらも圧迫する『存在量』に対して、『物理的な死』では対処を不可能と断じた。

 

明言したのは、本隊の『大黒竜也』特尉であり、その後はUSNA所属の魔法師『セイエイ・T・ムーン』の『所有』している『聖遺物』の一つ■■■■■■■(政府検閲削除)を以て消滅を確認。

 

その際の影響は戦略級魔法クラスを観測するも、環境に対する影響は皆無。せいぜい、横浜の近海に人工の漁礁が出来上がって、ちょっとした釣りのスポットになるだろうという程度であった。

 

6, 総評価

 

私見ではあるが、本来の大亜の作戦が予定通り遂行されていたならば、その被害は経済的、人的にも多大なものとなったはずである。

 

何より、戦略級魔法師を総動員しての作戦が失敗に終わった上に、本来の『戦略級魔法師 劉雲徳』を保護している以上、これ以上の大亜の継戦能力に疑問を持ち、此処に報告事項の記述を終える。

 

 

―――記述者 国防陸軍101旅団管轄 独立魔装大隊勤務 藤林響子―――

 

 

† † † †

 

 

毎度おなじみとなってしまった十師族からの呼び出し。関係者を一同に集めた上での話し合いの要点は色々とあったが、最終的には、大狐と化したフェイカーを抹消した黄金の剣は何なのかということだった。

 

「それに関しては秘密です。ただ……『呪文』だけは、大っぴらに言ってしまったので、そういうものだと思ってくれれば結構です」

 

「はぐらかされると余計に知りたくなってしまうのが、人間というものだがね。君のインストールやポゼッションの秘技から薄々は予想していたが……つまり過去の人類史に刻まれた英雄たちは、我々が及ばぬほどの力を蓄えていたのか?」

 

「そういう認識で結構です」

 

いまだに過去の英雄を『軽視』していたらしき、五輪師の言葉に平坦に答えながら、この査問会で何を聞き出そうとしているのかと言いたくなる。

 

(底が見えない少年だな………)

 

十中八九、USNAが『秘匿』している番外位の戦略級魔法師『弓聖』だろう。だが、その方法論が『イマイチ』見えないことが、余計に少年を魔法師の理屈で括れなくしている。

 

世にある戦略級魔法の殆どが現代魔法の理屈に準じたものであるのに対して、遠坂刹那の魔法……魔術が、速度で優れないものだとしても、『後出しジャンケン』の理屈でこちらを上回るのだから、頭が痛くなる。

 

南盾島の一件でもそんなことをやったという噂が聞こえるほどである。

 

「エクスカリバー……ブリテンの王、アーサー・ペンドラゴンが湖の乙女から受け取った聖剣……でいいのかな?」

 

「ネット検索した知識でしょうが、概ねそういった認識で構わないかと」

 

七草弘一師のたどたどしい言葉に、構わないとして話を打ち切ろうとしたが、今日の彼は若干違っていた。

 

「私も娘の要請で、市民の方々の避難のためにヘリで来ていたのだが、遠景ではあるが君の港での最後の戦いを見ていたよ」

 

「ですか」

 

「日本伝統の武者鎧のような具足に西洋の刀剣を持つ君を見た上で……その姿に―――蒼い鎧の少女騎士の『幻』を見たんだ。

つまり……英雄アーサー・ペンドラゴンは、『男』ではなく『女』ということなのかな?」

 

「そこまで七草師が興味を持たれることとは思えませんが?

第一、お嬢さんから既にお聞きだとは思いますが、現在、私が契約しているランサーのサーヴァント、『長尾景虎』とて、史実では男と伝えられながらも、実際は『女』ですからね」

 

「まぁそうなんだが……いや、けれど上杉謙信の場合、そういう『噂』は、歴史家の間で出ていたからね」

 

歯切れの悪い七草師だが、言わんとすることは分かる。つまりは、あの八王子クライシスの時に観測された『エクスカリバー』と同種でありながらも、『違う』のかどうか……そういう要点だった。

 

アーサー・ペンドラゴン……刹那の『セカイ』に存在しているアーサーは『男』でしかない。仮に『秘奥秘術』を用いても、呼び出されるアーサーは、どうやっても十二の『聖剣拘束』を受けたエクスカリバー持ちだけだ。

 

だが、それとは違うアーサーを……刹那はよく知っていた。

 

「白状しますが、かつて俺の父親も、サーヴァントを使役して、ある『戦争』……魔術師の暗闘を戦い抜けたことがあったんですよ。

その際に呼び出された『アーサー』は、『アルトリア』という少女騎士だったわけです。

言うなれば『歴史のif』(もしも)というわけですね」

 

「それが今回の『エクスカリバー』なのか?」

 

「詳しいことはわかりませんが、波形が違ったのではないでしょうか? 八王子の時に『俺』が使ったものと、今回とでは」

 

その言葉に『若干の能力』(将星召喚)を知っていた達也、深雪、克人、真由美に少しの表情筋の動きが見られたが、多くの十師族は、刹那の言葉に集中していて見ていないように見えて――――四葉師だけは、『姪』と『甥』の変化を目ざとく見たようだ。

 

どうでもいいけど。

 

「ゆえに俺とお袋は、今回使った剣を敬意と蔑称を込めてこう呼んでいました――――」

 

どっちだよ。という呆れ果てるような十師族の顔……画面越しと直接対面をみながらも、刹那は親父からの『命題』に対して、こう告げた……。

 

「エクスカリバー・イマージュ……『元カノ未練剣』、と」

 

その言葉を正確に聞き取り、同時に『見えてきた真実』に対して、色々と想像やぶっ飛んだ妄想に、頭の処理が追いつかずに、全員が吹き出すほどであった。

 

刹那の暴露によって、様々な追求は流れたものの―――四葉師だけは、一言、笑顔のままに聞いてきたことがある。

 

「剣や槍からビームやレーザーを出す。そういうのばかりなんでしょうか? 『英雄の武器』というのは?」

 

「概ね、そんなんばかりですね」

 

刹那の大いなる偏見混じりの回答は、英霊の座から総ツッコミが入りそうなものであった。

 

ともあれ、『剣製』としての秘技は何度か見せて、開示もしていたので(主に千葉家の方々)、遠坂刹那は『英霊の武器』を再現しようとして、多くの武器を鍛造している『付与魔術師』(エンチャンター)という認識で落ち着いてしまった。

 

それこそが、ある意味では刹那の狙い通りの『正解ではあるが、決して『正答』ではない』というズレたものだとは気づかずに……。

 

そんな話術で切り抜けつつ……。

 

「ある種、ウチの親父と七草師は、似たようなところがありますね。元カノ未練剣ではありませんが『真っ黒な夜色』の武器でも作りましょうか?」

 

「刹那君!!!」

 

という『爆弾』を投げつけ、場を引っ掻き回すことで追求を終わらせたのである。

 

その後のことは、概ね予定通りだった。

 

大亜の戦略級魔法師『劉 雲徳』を密かに亡命させていたことを追求された、元・役員たる九島烈は、『子に恨まれんとも孫の無事と安全を祈る心だけは、国の境などないのだと思い知らされた』と言ってきた。

 

曰く、かの老将軍二人は、かつての戦場で何度も矛を合わせて殺し合いをしてきた仲だった。その中で、ちょっとした友誼を結び、ある『破局』から共に生還をしたことで、連絡を取り合っていた。

 

「私には劉の心が理解できた。生まれてきた娘夫婦の孫が、いずれは戦略級魔法師として国家に『運用』されると―――そういう予感であり、予言も知っていたからな」

 

中華圏における人権のありようなど、今更すぎるほどに誰もが理解しており、そういった懸念は理解できた。しかし、温情だけで済ますには、あまりにも私情を優先させ過ぎではないか?

 

中国人に対して『思う所』が大きすぎる七草師……かつての弟子の言葉に対しても九島烈は……。

 

「確かに、お前の気持ちは痛いほど理解できるよ弘一。だがな。リーレイちゃんやユンドーが、お前に何をした? 全ては元造が焼き尽くしたのだ。

この上さらに親の恨みを孫子(まごこ)に晴らすなど、痛ましすぎるだろう。

それでもやりたいならば、遠慮はいらん。先ずは私の首から取れ。その後でならば……何も言わんよ」

 

沈痛な表情をして、手を組んで耐えている七草弘一師……。

 

「先生に手をあげてまで幼子になどとは考えられませんよ」

 

その言葉を最後に、処遇議論に関して七草師は無言であった。

 

とはいえ、リーレイとユンド―師傅が一緒というのは、魔法協会の立場的に体裁が悪い。具体的に言えば、政府筋に対して申し開きが出来ない。

 

ビクつきながら言う、協会員代表として出席していた『十三束ママ』の言葉に、そりゃそうだ。という顔をする一同。つまりは遠隔に置くことで、叛乱を抑止する。

 

要するに人質としてリーレイを遇しろということだ。既に劉師傅が戦略級魔法の使用が出来ないことは、多くの関係者で証明済み。

 

しかし、人間理屈だけで納得できるわけではないということで、二人を引き離すことを日本政府は言ってきたのだ。

 

「邪推するようで何ですが、劉 雲徳師傅がこの戦いで死ぬことも想定していましたか?」

 

「寧ろ、そのことを望んでいたよ劉は……自分が死ぬほどの奮戦をすることで、中華街の魔法師。即ち、現在の大亜から追い出された『はぐれもの』たる魔法師たちは、決して敵ではないと証明する。WW2の日系人部隊のようにな」

 

そういう考えは好かないかぎりだった。とはいえ、自分がUSNAで最初の頃は、そんな感じで動いて、更に言えばリーナの『苦労』も代行していたことで……若気の至りというやつである。

 

そんなわけでリーレイの預け先としては関東近県はまず無いとして、とはいえ、色々と考えた末に……。

 

「ウチの愚息から、中華街の魔法師の方々の勇戦はお聞きしています。ゆえに劉 麗蕾さんのことは私にお任せいただけませんか?」

 

一条剛毅の言葉を最後に、リーレイに対しての処遇は決まった。とはいえ、それは年明けからの話になる辺りは温情でもある。

 

ちなみに言えば将輝には妹がいるらしく、年も近いとかなんとか。

ただリーレイがそれを納得するかどうか……ではあるのだが―――。

 

「まぁ石川県の金沢と言えば加賀前田家だもんなぁ」

 

「マエダトシイエ21歳 その(ワイフ)マツ12歳よね?」

 

リーナの言葉に対して、戦国時代ということを考えても幼い女子との結婚であった。

だからなんだというわけではないが、きっとそういう風土があるのかもしれない。

 

そしてリーレイは、微妙に将輝に対して意識しているように見えた。

 

リーレイ及び中華街の魔法師や、横浜の復興に関しての話し合いは着いた。こういう所は時計塔とは違って権力闘争にはならないようだ。

 

彼らとしても魔法師の中の『貴族』としての意識の発露があるからだろう。

 

ハートレス事変におけるスラーの復興も、最終的には貴族主義(バルトメロイ)のとてつもない底力で、あっちゅう間に終わったとかなんとか(ライネス談)

 

未来に対する明るい話(?)のあとには、話題は若干ながら暗いものになる。

 

大亜の内通者であり、中華街のちょっとした若手実業家であった周公瑾という男の行方が、依然として知られていないということだった。

 

かの実業家の『皮』を被った男は、実年齢にしておよそ50歳は超えているらしい。

ある程度の域に達した魔術師であれば、肉体年齢を若干制御することも出来る。魔術回路による働きで、老化現象も幾ばくか抑えられる。

 

とはいえ、精神的な老成と合致しない肉体というのは、魔術の行使で問題になることもあるので、あの骸骨ロード・ルフレウスは、あれでも『正しく老いる』ことで魔術を深めているらしい。

 

その反面。若作りに若作りをするタイプもいる。ユグドミレニアの当主、シュポンハイム修道院の次期院長……どちらも話に聞くだけで、既に鬼籍に入っていたりするのだが。

 

ともあれ周という若作りの道士は、何処かに『潜伏』したとの見方だ。

 

考えたくないが、どこかの魔法師の家が匿っているかもしれない。

 

決して一枚岩ではない日本の魔法師社会の有り様に、まぁあるかもしれないと思いながら、その周という『毒虫』が何をするのかが今後の針になるのではないか―――そういう予感だけを持っておくのだった。

 

そんな毒虫一匹の対処よりも、現状は大陸側の動向が気になる。

 

「まだ確認が完全に取れているわけではないですが、どうやら大陸南部において分離独立を訴える団体に、人民軍の若手将校たちが同調をして、内戦一歩手前になっているとのことです」

 

同席していた国防軍の人間。達也の上官たる風間玄信が、そんな情報を与えてきた。

聞けば、横浜事変の後に『後詰』として出発するために朝鮮半島に艦船をていた大亜の動きが、途端に鈍ったのは、いわゆるこの南部独立運動が、どうなるか分からないからである。

 

現在のところ、目立った動きはないものの、どうなるかはまだまだ不透明である。

 

「まぁ私は陸軍の人間なので、海軍側がどうするかは分かりませんが、何かあればお願いします」

 

「分かりました。澪にもその旨は伝えておきます。護衛役としては、お願いできるかな?」

 

「克人先輩が適役な気もしますが?」

 

「それでも、だ。まぁUSNAに本籍がある君を引きずり回すのも悪いかな」

 

五輪師の言葉に、『考えておきます』とだけ言っておいた。一度だけ会ったことがあるのだが、どうにも既知の人を思い出す『儚い人』。

同時に『弟』の存在が、あまりにも同期しすぎていて、『フォルヴェッジ姉弟』を思い出してしまう人だった。

 

不確定な事項ばかりであったが、横浜の影響はあちこちに出ていて、油断ならないことは確実であった。

 

(大亜が、こんな捨鉢な一手を打ったのは、恐らく刹那の影響なんだろうな……純軍事学的に言えば、悪手もいいところだ)

 

セイエイ・T・ムーンが新ソ連、大亜などと暗闘を繰り返した上に、あちこちに首を突っ込んで作戦を失敗に終わらせてきた結果、彼らはこんなことを起こした。

 

更に言えば、USNAの思惑含めとはいえ、刹那は全体的に魔法師たちの力量を上げてきた。古めかしいトルーマン・ドクトリンの如き防共政策の一環にもなった、『西側』の魔法師たちの底上げをするエルメロイレッスン―――。

 

魔法師が国家戦力の全てではないが、西側の魔法技術の進展がこれ以上進めば、確実に大亜及び新ソ連は、世界制覇の道を失う。

 

その焦りが顕著になり、上層の焦りは国民一人一人の『事情』を無視した『強烈な全体主義』へと変わり、元々……北部に帰属意識を持たず、自由民主主義という『一党独裁体制』よりは幾らかマシな制度に浸っていた香港もあったことが、反発と離反を招いた……。

 

(コイツ一人動けば、大山鳴動して『大蛇百匹』……そんなところか)

 

改めて考えると、刹那の『小さなお節介』が、アホみたいな大騒動に発展した挙げ句、あくどい企みした人間はボロクソになる。

 

とんでもない友人が出来たものだと思いつつ、無慈悲に何万人も殺す……ある種の『漂白』など行わなくてよかったと思うぐらいには、達也も……大量殺人に対して『忌避感』を覚えていたのだから………。

 

2095年のハロウィンは、ワイドショーを若干騒がせながらも、『平穏』に済む様子だった―――。

 

 

 

 




あえて穿った見方で邪推とファンサイトの考察などを含めて考えると……貿易摩擦で『Cのマネー』が当てにならなくなってきたうえに、当局からの表現規制のあれこれ、HKの自由民権運動……角川書店の文庫本、巻末にある角川源義の言葉を再認識すべきだったのだ。

全ては遅きに失する―――。


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『ノーフレイム・ハロウィン』~袖擦り合うも多生の縁~

この後は追憶編、その合間に書籍化されていないレオ短編である『美少女と野獣』を挟んで、そして来訪者編―――本編とは違う展開になるのを、ちょろっと見せました。

パラサイト、そして憑依されたピクシー……これらを読んだ私の中で『アレ』が思い浮かんだ。

コンボムービーMADに流れるジャンヌのヴァンパイアを聞きながら、キーボードを叩いた日常。
そして手元には、眼鏡神の同人誌とちょうとんでもバカ企画『少年フェイト』―――そんな日々はプライスレス。

戯言はともかく、新話お送りします。


いつもならば、多くの門下生が剣を打ち合う場において、二人の男女が剣を交わしあっていた。

 

男の方は大剣のなりをした刀。俗に太郎太刀と呼ばれるものを振るい、女の方は西洋の刀剣を振るう。

 

お互いに真剣勝負の気合だが、互いにあるものはお互いの力量を高めようという気持ちだけだ。

 

既に20分以上も得物をぶつけ合う男女の、姿を見ている面子もそれぞれであった。

 

ここ千葉道場の娘たる千葉エリカ、西洋の刀剣を振るう女の妹たる一色愛梨、そして太郎太刀を振るう男の恋人たる渡辺摩利。

 

そんな三人の関係者として西城レオンハルト、柴田美月、吉田幹比古が道場に集まっており、その鬼気迫る剣劇の全てを見届けてから何気なく集まる。

 

その際に一色はともかく、摩利とエリカが修次にタオルを渡さんと押し合う様子があったが。

 

「どうぞっす」

 

「ありがとう西城君。強化で代謝を抑える訓練をしていても、戦闘になれば、汗だけは掻くからね」

 

「俺もやりましたが、山登りなんかの時には結構重宝するんですよね。刹那は「いずれダンジョン(迷宮)に潜るためだ」とか言っていましたけど」

 

トンビに油揚げをさらわれる状態となったエリカと摩利が、少しばかり涙目になりながらレオに恨みがましい眼を向ける。

 

そもそも、なんでこの面子が集まったかといえば……ちょっとした話がしたかったからだ。

 

「今頃は師族会議の頃か、呼び出されている刹那君と他数名が、何を話しているのか気になるところだね」

 

「一色さんでも傍聴は出来なかったの?」

 

「流石に二十八家の一つでも、師族会議の家でも無い限り、事後通達ですから。そういう意味では千葉家の方々と同じですよ」

 

秘密主義の会議。そこでの会話は、十師族に選出された家のみが共有して、話さなくてもいい内容は、余程の『癒着』がなければ明かされない。

 

そして一色家にしろ千葉家にしろ、ある種の『小間使い』『使いっぱしり』な立場に位置されている。そのことに傲然と憤りを顕にするのが、七宝家だったりするのだが。

 

「後で真由美や十文字が教えてくれるならば、と思うが……会議になるたび、真由美のヤツ不機嫌になるんだよな……」

 

「そりゃ大人たちの会議なんかに、女学生が出て楽しいことなんてないんじゃないですか?」

 

「どちらかといえば、私とシュウが一緒にいる時に見せるお前の表情に似ている」

 

スポーツドリンクを修次に渡した摩利の言葉に、エリカ含めて全員が疑問は浮かぶも、話の主題はそちらではない。

 

しかし、会議でも話題に出てるだろう刹那の『とっておき』こそが話題に上る。

 

「私とお姉様は近場で見ていましたし、セルナが手にした『宝剣』も仔細に見ました……彼の黄金の剣を手にしてセルナが唱えた『呪文』は―――」

 

「エクスカリバー……ブリテン島の伝説、アーサー王物語に出てくるアーサー・ペンドラゴンが、湖の乙女に認められることで手にした聖剣」

 

フランスの血が半分入る一色姉妹は、ドーバー海峡を挟んだ島国(隣国)のことに関しても知らないわけではなかった。

 

寧ろ、現代魔法の隆盛を誇る時代でも、こうしたヒストリエ、マイソロジー、レジェンディアは、人々の間にある。

 

現代魔法は、古代や中世の魔法的な事象を全て再現出来る、再現してきたと豪語するも、それが烏滸がましい傲慢であることは、最近になって思い知らされてきた。

 

変身魔法は、幻術の類ではなく場合によっては『身体形質』すらも変えることを可能とし、英雄の力を降ろすことも可能に。

 

そして魔法剣術の殆どは、身体強化された肉体で再現が可能となってしまう。

 

「インストール、ポゼッション……インヴォケーション(交信憑依)の魔術を使えるならば、当然なのですが……あのエクスカリバーを振るうセルナの姿はちょっと違いましたわね」

 

「そうですね。機能性と華美を両立させた武者鎧を纏って、西洋の刀剣を振るう刹那くんは、とてもカッコよかったですからね」

 

「全面的に同意しますが、柴田さん……」

 

綻んだ笑顔で語る美月の言動に対して、これ以上無く幹比古の不機嫌が増す。

美月は気づいていないのか、それとも興奮して分かっていないのか……美月と幹比古以外が苦笑いをしてしまう事態。

 

「ま、まぁそれはともかくとして、あの瞬間―――セルナは、インストールをしている様子はありませんでしたね。

ガーネット、アナタ方、カレイドステッキに英霊憑依は付属の機能なのですか?」

 

『珍しいこともあるものだ。アイリ、そなたが余に問いかけるとはな。

はっきり言えば、カレイドステッキが『絶対』に必要というわけではない。どっかのカードをキャプチャーする魔法少女の声を持ちながら、苦しい限りだがな』

 

妙な電波を言いながらもガーネットの語る所。クラスカードを製作した魔術師の一族『エインズワース家』は、ステッキを介さずとも、その身に英霊を宿し、英霊の武器を振るうことを可能とした。

 

『フラッシュ・エア―――『置換魔術』を使うことに長けた一族は、ある種の『神子』(かみこ)を手に入れたことで更に高まった。

セツナの技は、恐らくそれとは別だ。余はあれと同じものを見たことがある。

無銘の英雄、『抑止力』という霊長及び星の緊急機構に召し上げられた『近代』の英霊―――あえて名前を規定するならば、『英霊エミヤ』

錬鉄の技と鋼の心を持つものだ」

 

英霊―――『エミヤ』……その字名を自分たちは知っている。

 

『遠坂』刹那が語ることを嫌がる自分の父親。その名字を自分たちは知っていた。

とはいえ、まさか『英霊』になった父親を持っていたとは、正直驚きすぎた。

 

『余が言えるのは、『ここまで』だ。忌々しいことにオニキスが、ギアスを掛けてきたのでな。

主人想いのカレイドステッキなんぞ、『魔法使いの杖』の風上どころか風下にも置けんな』

 

どういう意味だろうと思いながらも、刹那の秘密の一端を知ったことで───。

 

「正直、俺はどうでもいいな。そりゃアイツが秘密主義というか、全てを晒していないのは分かるけどよ。

そんなもん俺らだって同じだろ。人の秘密をあれこれ探り入れるってのは、正直気分わりいよ」

 

そこに水を差したのは、壁に身体を預けて腕組みをしている男子であった。

 

「西城君は、そう思いますか?」

 

「まぁな。俺だってそうだし、多分、達也と深雪さんだってまだ『何か』あると思っている。けど秘密にしときたいっていう心は、疾しいからだけじゃないだろ。

知られたらば嫌だ……今の関係を崩したくない。壊したくない。

家の関係者のせいで、石を投げつけられたくない―――そういう心って誰にだってあるだろ。

今まであえて問わなかったけどさ……エリカだって、仲のいい兄、仲の良くない兄姉とかって『区別』あるだろ?

見えてきたことをあえて問わない。見て見ぬ振りをするってのも一種の処世術だろ」

 

「───」

 

レオのどこか陰りのある言動に『裏側』を察して、その上でそれでも秘密にされていることに、寂しさはあると反論する。

 

例え他人の魔法を探らないという不文律があれども、それとは別の秘密が、少しだけ寂しいのだ。

 

「ああ、分かってるよ。

けれど───。『待とうぜ』。達也でも刹那でも『今の俺達』では、あいつらの秘密は『受け止めきれない』。

けれど知り合って一年も経っていない。なのに、こんなにもどかしい気持ちになれる友人ってのも、そうそういないぜ。

いずれ───あいつらが俺たちに話したくなった時に聞けばいいんだ」

 

何とも気風のよすぎる言動である。別に二日前に大金星を上げたからの余裕ではなく、多分……レオの飾らぬ言葉なのだろう。

 

心がそう叫んでいた。そうとしか言えないレオの言動だったのだが。

 

それに真っ先に反応したのは、……。

 

「……ったくレオのくせにカッコつけすぎ! アタシだって下衆の勘繰りだってのは分かっていたもの。けれど、あんな綺麗な剣を見たらば、欲しくなっちゃう!!」

 

「それがお前の本音かよ……」

 

「というかエリカ、結構ひどいね。レオのくせにとか」

 

幹比古の言動の後には、誰もがエリカの言葉の裏を読んで刹那からラーニング(?)した『あくまな笑み』を見せつけてくる。

 

ここであえて強烈な否定をするのは「肯定」するのと同義であると分かっていたのか、腕組みをして必死に堪えている様子のエリカに、やれやれとレオは嘆息する。

 

後に―――こうやっている関係に若干のヒビが入る時。即ち明確にレオを狙ってくる女の子……三高の沓子(ロリ)ではなく、ずばり言えば……アイドルの卵。

 

芸能関係に強いラ・フォンティーヌ女学院の『うさぎっ娘な女子』とのあれやこれやがあるのだが―――それはまだ先の話であった。

 

そしてレオの演説に心動かされつつも、いま……この瞬間にでも全てを知りたい想いがあるのは一色愛梨だった。刹那とリーナの会話。

 

あの時、遠坂刹那が最初に頼りにしたのは、自分でも姉でもなく金色のブルースター。

 

リーナだけは知っている、刹那の神秘の秘密(ミステル・シークレット)

そして……その手に携えるは黄金の宝剣。宝剣の元の持ち主を示すかのように、夕焼けの中でも見えた蒼き少女騎士の影が……重なる。

 

「嫉妬なんて醜い感情だと分かっていても……どうしても、それを覚えてしまいますね」

「愛梨ちゃん……」

 

それはどうしても胸に疼くもの。愛しき男性の全てを知らずに、焦がれることの痛みが苛むのだった。

 

知らないでいることに、知らされていないことに……どうしても―――心が納得出来ない。

 

「けれど、セルナに無理やり聞き出そうとして、今の関係が崩れるのも嫌なんですよね………」

 

結局のところ……勇気が足りない自分が嫌になる一色愛梨であったが、事態は彼女が知らない所で動くのだった……。

 

† † † † †

 

 

「それじゃ、英霊マルタの霊基は既に消え去っているのか?」

 

「ええ、しばらくの間は『自分の影響』は残ると言っていましたし、若干……強力な術も使えるでしょうが、まぁそれだけですね」

 

『ふむ。君の自己申告を疑うわけではないが、波長が合いすぎていたからね。何かにつけて彼女は出てくるぞ。間違いなく!!』

 

「こ、怖いこと言わないでください!! というか一応聖人なんですから、そういうオバケみたいに言うのはどうなんですか、ダ・ヴィンチちゃん!?」

 

器用にも羽を下げて『うらめしや〜』するようなオニキスのからかいに、深雪は若干涙目である。

 

本当にこいつは……。

 

「明日まで休みだが、そもそも休校日の後は祝日だからな」

 

「休みがあるのはいいことだよ。色々と落ち着く時間は必要だからな」

 

期せずして三連休となった一高だが、ほとんどの人間が休日として有意義な時間を取れていたわけではない。

 

特に刹那は、状況が状況ゆえにあの後―――親父のように、『黒くなった肌』『白い髪』……明らかによろしくない影響を受けたことで、『誰だ―――!?』などと同級・先輩一同から質問攻めにもあったのだから。

 

エクスカリバー・イマージュ(オヤジの元カノ未練剣)を使うと、ああなるのか?」

 

「いいや、詳しく話すと長くなるんだが、親父の刻印の影響を受けて、感染呪術も同然になるんだわ。正直、『この人』の魔術は人間業じゃない。まぁ俺の場合は、『余程のこと』をしなければ、あんな風にもならんのだが、今回は代償が大きすぎた」

 

『この人』という言葉で『右腕』を叩いた刹那は苦笑していた。魔術は等価交換によって成し遂げられる『人工奇跡』

 

ならば、その代償はどこかしらに出てくるものだ。

 

とはいえ、肌が浅黒くなり髪が白くなるという呪いは一日で『解呪』されているようで、いつも通りの『黒髪』に『黄色人種』の『遠坂 刹那』の姿が、ここにあったのだ。

 

魔法協会から出て共同のキャビネットに乗りながら、司波兄妹と連れ立って帰路に着いているのだが、達也は何かを切り出そうとしても切り出せないでいる。

 

その様子を察してリーナは『何かあるの?』と問いかけると、観念したように二人は口を開く。

 

「刹那、お前はいつか言ったな。『俺の秘密を話してやる』と―――今がその時なんじゃないか?」

 

「……そこまで知りたいのか?」

 

「ああ……エクスカリバーを放った後のお前の姿は……本当に信じがたいことだが、お前の言った通り、『穂波』さんを杖にした赤い外套の魔法使いと同じ―――。

沖縄で見たあの人は、お前の親父さんだった……。

内心ではお前の言うことの大半は、俺をはぐらかそうとして、虚言で撒いているものだと思っていた。

虚言ではなくても『真実』ではない―――」

 

言葉を区切る達也。その内心に何が渦巻いているかは分からない―――わけではなかった。恐らく、友人の内面を捌いて暴こうとしている自分に羞恥心を覚えているのだろう。

 

随分と感情豊かになったもんだと思う。その変化を快く思わない連中もいるだろうが、刹那はそんなことは思わない。

 

だからこそ……。

 

「いいさ。心の贅肉を溜め込むのも、たまには悪くない。

なんやかんや言いながらも、日本に来て一番関わりを持ったのは、達也、お前だ……。

話してやるよ。俺の秘密を、俺の……どうしようもなく失い続けた───それでも『止まる』ことをしなかった愚かなこれまでをな」

 

乾いた笑みを浮かべながら言う刹那の言葉を以て―――『セカイ』は変質を果たすことを約束していく……。

 

 

そして───遠く異郷の地にて……。

 

「ふぅむ。これはもしや『可能性』を引き当ててしまいましたかね。

ワタシが知らない『私』に関わる事象が、顕現するとは―――カレイドライナーたちと『魔法師』が関わると、こうも多世界解釈(チャンネルインタプリタ)、起きるはずのない微かな波紋(バタフライエフェクト)、カットしたいところだけを抜き取れない『異作境界の隧道効果(クァンタムトゥネリング)

この流れをカットしたいのにカットしきれない―――おおっ!!何とも如何ともし難いこの未来―――ですが、ワタシが動かなければならないようですね。

何せ場合によってはワタシも求めた『解答』。人はいつしも儚い可能性を求め、それに縋り生きていますからね―――」

 

遠く熱砂の大地において、遠く極東の地にて異端(イレギュラー)と称されるキーボードマスター(司波達也)以上のタッチタイピングをする『紫髪の少女』。

 

半世紀以上も前のギークのごとき勢いで、それらを計算しつくした少女は、勢いよく立ち上がって決意する……。

 

そうだ、日本にいこう―――。

 

新たな邂逅は徐々に近づいていくのだった……。

 



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追憶編~~Fifth order─Fate/stay night~~
第159話『まほうつかいの過去──倫敦Ⅰ』


というわけで追憶編です。と言っても詳細にというよりも端折る部分は、端折るので、ご了承ください


「よかったの? タツヤにあんなことを約束して?」

 

「君やUSNAで関わった面子以外にも、俺のことを知ってもらわなければ、いざという時に何も出来ない。何より……俺自身が、これ以上の身元の詳細を隠しきれないという点もある」

 

2095年という爛熟した情報化社会。神代から古代の紀元前の辺りならば、情報というものの『精密さ』は、あまり取り沙汰されなかった。

特に支配者層となれば、詳細な人相をしるしたものがあれば、暗殺のリスクが高まる。

 

だが、もはや人の世は、大通りを行き交う一人一人の人相を詳細に記憶し、同時に巨大な人相書き……データベースが瞬時に個人情報を特定する。

 

無論、そういったソーシャルカメラが無い区画というのもあるにはあるのだが、それでも防犯の安全面から、都市には巨大な監視の目が網のように張り巡らされているのだ。

 

そんな時代において、何の後ろ盾もなく出来るわけがないとして、USNAではやってきたのだ。もしかしたらば、親父ならまた違う方法で『正義の味方』をやっていたかもしれない。

 

付け加えるならば、お袋は無理だ。レコーダー機器を扱うことすら上達しない純粋なまでの魔術師では……。

 

『どんと来い! 魔法師!! 神秘の力で、あんた達機械じかけの連中を完膚なきまでに叩きのめしてあげるわ!!』

 

宝石乱舞で地獄絵図。もしかしたらば、穏やかな交渉もあるかもしれないが、まぁ……相手の出方次第か。

 

「そういう意味ならば、セツナは上手くやったわよね?」

「君がいてくれたから、矛を収めることが出来たんだ」

 

結局の所、アンジェラもアビーも『リーナには歳が近いパートナーが必要』という一致した進言があったからこその話だと後に聞かされた。

 

リーナの精神安定剤としても機能してくれるからこそ、そういった方向に向かった。でなければ、天文台の執行者たちを撒いてまで、此処にやってきた自分は再びの逃亡生活である。

 

元の木阿弥にならなかったのは、先程から刹那の胸板にすり寄るブルースターのお陰だ。

 

「つまりワタシはセツナの幸運の女神(ヴィーナス)ってことね? タタエなさーい♪」

 

戯けるリーナの言葉に、その髪を撫ですきながら身体を入れ替えて、リーナの身体を下にする。

 

「称えるだけじゃなくて、致しちゃうー♪」

 

「キャー♪♪ セツナが獣性魔術でケダモノに―――♪♪……いつものことだったわ♪」

 

その後には……お互いの身体を重ねる行為が行われるのだった―――それは幼い愛の確かめ方……。

 

 

「―――といった風なことがあって、待ち合わせに遅れてしまっていててて!!」

 

「情事の所為で遅れたとか、例えお天道様が許しても俺と深雪が許さん!!」

 

「というか、現在AM10:28……朝方までシていたんですか!?」

 

「ヨコハマでの切った張ったが激しかったから、燃え上がっちゃった♪ ぎょわ――!! マチナカでの魔法の使用は、キビシイルールがあるのよミユキ―――!!!」

 

待ち合わせ場所たるアーネンエルべ付近にて司波兄妹と合流するも、30分弱の遅刻理由を正直に話しすぎたがゆえに、往年のGS○神のようなことを素でやられてしまう二人。

ともあれ、深刻な話をするのに深刻な心持ちだけでは間が持たない。そもそも深刻に思うかどうかすらわからないのだ。

 

達也と深雪が案の定、緊張しているのを使い魔を使って察した刹那の作戦であった。

 

「てっきり自宅で話すと思っていたんだがな……アーネンエルベでいいのか?」

「ああ、『ここ』でいいんだ。アイネブリーゼでは、ちょっとな」

 

言いながら『OPEN』という掛札がある扉を開けると―――。

 

「こんにちワッフルー、おや、久々な魔法使いの四人さん。いらっしゃーい♪」

 

目の前には黄色……というよりオレンジ色の少女がウェイトレス服で来店を歓迎してくれた。

 

「お久しぶりです。日比乃さん」

「ヒビキー。ひさしぶりー」

 

女子三人のキャピキャピした会話を聞きつつ、この辺りでいつもならば不機嫌そうに刹那やレオに絡んでくるツインテールがいないことに気づく。

 

「あれ? いつも五月蝿い緑はいないの?」

 

「今日は用事があって、チカちゃんは休みです。

そんなわけで、ジョージ店長よりアーネンエルベ総監督を引き受けている私が、いつもどおり頼まれたものを『NANDEMO』作っちゃうよ―☆」

 

親指立てて自信満々にサムズアップするひびき。

 

この店、店長いる意味あるのか? そう考えた時期が自分たちにもあったわけで、かぱかぱ自動で開く骨董ものの『携帯電話』を見ながら、案内された四人テーブルに座り込む。

 

対面に司波兄妹。隣にはリーナ……運ばれてきたコーヒーと紅茶。互いに飲みながら何から話すべきかを考えるに……まずは、達也の疑問を解消する方向でいこうと思えた。

 

「達也、お前は俺をどんな存在だと思っている? 俺はお前以上に謎な人間と周囲から思われているはずだ。その疑問に答えるよ」

 

「………そうだな。古式魔法としては、かなり異質なもの―――オカルティズム寄りの深い知識を持っており、そして現代の情報機器に疎い。というかかなりの機械オンチだ……。

色々な情報を重ねていくと……お前は過去の時間からやってきたジョン・タイター(タイムトラベラー)……という結論を出した。師匠(ハゲ)から予言も聞いといたしな」

 

中々に深いところを突いた結論ではある。だが、若干ながら正解ではないと語っておく。

 

不正解を示された気分なのか、怪訝な表情をする達也。

 

「つまり?」

 

先を促されて、紅茶を喉にふくんでから、口を開く。湿らせた喉が紡ぐ真実は……。

 

「確かに俺は、おおよそ西暦で言えば2020年代に生きてきた人間だが、そもそも『ロード・エルメロイ』『時計塔』『魔術協会』なんて存在や単語、ちっとも魔法師のデータでヒットしなかっただろ?

それを踏まえれば、もう少し『深い結論』に至れたんだがな」

 

前置きのような言葉ですら、深雪にとっては衝撃的ではあるのだが、冷静な心地で察した達也はこめかみを叩いて、もう一歩踏み込んだ結論を出す。

 

「……『並行世界』(パラレルワールド)の人間―――そう言えばお前の持つカレイドステッキとやらは、場合によっては『隣り合う世界』からも魔力を収奪出来るんだったな。迂闊も極まった……」

 

「多くのヒントを出してはいたんだが、達也も若干そういった点では頭の血の巡りが悪いね」

 

人の悪い笑みを浮かべながら刹那が言うと、達也も降参するように笑って言う。

 

「論理の飛躍をするには、中々に難しいからな……」

 

深雪が少しだけムッ、とするのを見ながらも、達也は問題の要点はそこではないのだろうと思っておく。

 

確かに驚きの結論ではあるし、それを『事実』と認定することは不可能ではない。

 

だが、それを『真実』とするには、世に出回る魔法関連の『フィクション』を達也も知らないわけではない。

『ホグワーツ』(魔法学校)魔法使いだけの世界(異界)に存在している以上、その可能性も除外は出来ない。

 

現実味はないとはいえ、一時期の達也は、刹那を、魔法の世界からやってきた『魔法少女』ならぬ『ハリー・ポッター』(魔法少年)だと思っていたほどだ……もしかしたら『ヴォルデモート卿』かもしれないが……。

 

ともあれ、それを真実と断言するには、まだまだ遠いと思えたので、少しばかり突っ込んだ話をする。

 

「並行世界があると『仮定』したとして、まずは一つの疑問だが、それは容易い話なのか? そしてそんな能力者が多いのか?」

 

「並行世界に『たった一つの個』として移動できるのは、あるジジイだけ。オニキス、ガーネットを作った『魔法使い』。

キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグという、我が遠坂家の魔術に傾倒した―――大師父というべき存在だ」

 

この世界の魔法師にとって……現代魔法の『不可能領域』が定まっているように、刹那たちの世界でも、『魔術』では『到達不可能な領域』を―――『魔法』と称して敬意を払っている。

 

そう前置いたうえで、達也に告げる。

 

「神代、古代、中世、近代、そして『現代』へ時代が進むたびに、科学文明の進展は神々との接続を断っていき、かつては『神の権能』であった領域を我が物にしていく。

そんな時代にあっても、魔術では到達不可能な領域の御業を保有している者たちを―――『魔法使い』と称して、魔術師たちは、『魔法使い』にならんと真理への希求、探求を続けているのさ―――永遠に報われない希求。『6人目』が現れることすら半ば諦めつつな」

 

己も求めているだろうに、自嘲している刹那にどこか『空恐ろしいもの』を感じる。

 

「五人の魔法使い……『五大魔法』、お前はそれを知っているのか?」

 

「詳細に知っているのは『2つ』、そして見たことがあるのは『2つ』。もっとも理解は半端かもしれないけどな。一番知っているのは『万華鏡』(カレイドスコープ)……並行世界の運営だ」

 

2本指を立ててから、それを閉じて再び立てる刹那。

 

その詳細を問いただしたい所だが、今の主題ではあるまい。どうやって此処に来たか? ハウダニットは解決した。

フーダニットは、『本人』ではない可能性もあるが、今は置いておく。

 

問題は――――。なぜ『ここ』(2095年の世界)に来たか。

 

その動機、『ホワイダニット』が見えてこない。

 

「やっぱりソレを知りたくなるわよね……ワタシは出来ることならば、口頭のクチハッチョウ(口八丁)で済ませてほしかったわ」

 

「知るのはダメなんですか?リーナ」

 

「……知れば魔法師としてのセオリーを全て崩されるし、アナタ達の中で何が変わるか分かったものではないわ……」

 

「だがお前は知ったんだろ? それはズルくないか?」

 

「ズルくないわよ。ワタシはセツナの未来のワイフ。神秘満ちる遠坂家にヨメイリする身だもの。ダーリンの全てを知るのは、当然の権利だわ♪」

 

((プライバシーの侵害ではないだろうか?))

 

兄妹そろって胸を張って語るリーナに思うも、苦笑いをする刹那の顔。あんまり聞いて楽しいものではなかったのかもしれないが―――。

 

「それでもアナタのことを知る人間がいるのは、気がラクになったでしょ? ボストンでも隠し事されて、その後も―――隠すことが魔術師(メイガス)の常識でも……ヒトとしてのセツナは、親しい人間に何も言えないことに息苦しさを感じる―――そういうメンドウな性格でしょ?」

 

「ホント―――心の税金だよ。俺は……堕落した」

 

自嘲の笑みを浮かべていた刹那。魔術師として真理を探求してきた刹那からすれば、今の刹那は相当に堕落したものだろう。

 

しかし、あの頃―――進み続けた日々に折り合いを付けて、この世界に馴染もうとして、それでも際立つ異常性と、追ってきた過去とが、『あの頃の自分』に揺り戻そうとする。

 

ならば───覚悟を決めるしかない。

 

「達也、ここから先は口で説明するよりも『直接』見たほうがいい。

俺の過去は、お前よりも場合によっては凄惨で救いようのないものかもしれない。不幸自慢したいわけではないが―――傷になる可能性がある。深雪も同じく―――」

 

「構わん。見せろ―――いま……俺はこの上なく友人の全てを知るチャンスが来ている……。それを無駄にしたくない」

 

「友人というよりも実験動物のモルモットに近いんだが……」

 

達也がそこまで刹那の過去に興味を持つ理由が、深雪には分からなかった。

だが、少しだけの共通点を見出すならば、やはり刹那も達也(あに)も、どことなく修羅道を歩く存在だからか……その過去に少し見出したものがあるのだろう。

 

(多分だけど―――まぁ、私も刹那くんがどれだけの人間なのかを知る、いい機会だと思っておきましょう)

 

先程からパカパカ『自動で開く』携帯電話―――骨董品に笑顔で話しかけている(?)日比乃ひびきを不審に思いながらも、気付くと正面にいた刹那の眼が――――赤くなり白くなり……紅白の点滅を見せていた。

 

「今からお前達に、一種の共有魔術を掛ける。それは、俺の記憶を追体験するだけともいえるが……先代当主『遠坂凛』と『衛宮士郎』の刻印も影響した視点も出てくるかもしれない―――――だが、これが俺の真実だ」

 

魔眼が見せる真実。だが、ここには他人もいるというのに―――。

こんな大っぴらなことを―――。

 

だが深雪の逡巡など知らないように、刹那は―――『遷移の魔眼』を輝かせる。

 

「事象・意識固定。―――捕捉対象を認識―――転遷・遷移開始―――私は、その心を彼方に()ばす」

 

その時、四葉の家系として精神干渉系にパラメーター数値を高く伸ばしてきた深雪や達也が、一切のレジストなど出来ずに―――意識を飛ばされてしまうのだった。

 

 

気持ち悪さは無い。だが、どこか波間を漂うゴムボートに乗っている気持ちが数十秒はあったか―――そんな時間が終わると…… そこはアーネンエルベではなかった。

 

地下室……そう感じさせる石と岩で覆われた部屋。薄暗いが、それでも場を示すに足る灯りはある。

燭台には蝋燭、古めかしい鯨油などで燃やす灯りの元、黒髪の少年……十歳に届くか届かないかが、これまた古めかしい木の机に向かって、何かをやっていた。

 

少年の衣服は、赤い……赤を好んでいるようだが、履いている下は黒のジーンズであることが、この場においては少しだけ異質でもある。

 

古い羊皮紙。描かれた魔法陣の上にて水晶に魔力を込めていた。

 

木の机に広げられた水晶は、割れて砕けたものが2割。その他は見事な造形美に魔力を溜め込んでいた。

 

剣をイメージさせるもの、盾、剣、剣、鏃、鏃……馬を思わせるものもあれば、獅子や鳥をイメージさせるものもある。そして、いま少年が挑戦しているものは……。

 

両手を翳して、魔力の流れを制御している様子。素人目に見ても、それが驚嘆すべき手際であることは達也と深雪にも分かった。

 

水晶に一回で込められるギリギリの魔力を込めながらも、流れを『正しく』することで、水晶を壊さないようにしている。

 

言うなれば、ダムの決壊を防ぐために下流に放水する作業。とても鮮やかで、同時に玄人作業だ。あまりに多すぎては、更に下の街にも影響を出すかもしれない―――だが、そのギリギリを見極めていたのだが……。

 

作ろうとしていた、恐らく……星、ダ・ヴィンチの星という正多面体が砕けて、見守っていた女性が声を掛ける。

 

その姿は達也、深雪も動き出すまで気づかなかった。それぐらい少年に注目していたということでもあるのだが―――刹那とリーナは最初っから、そちらばかりを見ていたのだろう。

 

赤いブラウスに黒いスカートを履いた20代後半―――と言っても前半にしか見えない人が声を掛ける。

 

「やれやれ。教え甲斐がない弟子だこと。失敗ばかりして、それを見た私が、『魔力を一度に注入しすぎた』『平常心を保ちなさい』『魔力を制御するには自分の精神をコントロールしつづけなければいけない』―――」

 

「その制御を誤ると加えすぎた力、誤ったカタチは跳ね返ってきて、自分だけではなく、周りにも害を与える。

常に正しい流れを心掛けなさい―――『常に余裕を以て優雅たれ』でしょ? 耳にタコが出来るよ。『母さん』が話すお祖父ちゃんの話ってさ」

 

「そういじけて言わないの。母さんにとってのいい思い出なんだから。一度ぐらいは失敗しなさい―――『刹那』。

父さんなんて、強化がさっぱり成功せずに砕けて砕けて、全然ヘッポコだったんだから」

 

「無茶言うよ。わざと失敗して自傷する方が変だよ。息子が怪我して嬉しいとか」

 

「それでも、失敗することでしか学べないこともあるのよ。まぁアンタの場合、最大出力の『オド』を手加減すること無く、ナチュラルに完全制御しちゃってるから───母さん、ものすごく心配」

 

言いながら砕けた水晶に手を翳した赤色の女性は、少年―――『刹那』の失敗をフォローするように、ダ・ヴィンチの星を作り上げた。

 

その『滑らかさ』に素直に感嘆する『遠坂 刹那』の様子が、いつもの刹那とは違って司波兄妹には、新鮮に思えた。

そこにいた―――母子。刹那を後ろから抱き寄せていた女性───『遠坂 凛』。何度か教えられていた刹那の母親の姿だった。

 

それは在りし日の遠坂家の影……まだ『遠坂 刹那』が修羅巷に挑む前の姿。

 

『魔宝使い』の追憶が、魔法師達に刻まれる……。

 




今週から不定期にあるかもしれないNGシーンシリーズ。

□今日のNG■

アーネンエルベ来店時……

お虎「オレンジ色の髪に、『ヒビキ』だと……『立花』ではないのか!?」

刹那「いや、こっちの方が『初出』だから、そっちの方が後発、というか大魔術使う可能性あるから周辺警戒よろしく」

お虎「承知しましたマスター。店主(仮)、そこな清酒を一本所望する♪  呑みながら護衛させてもらいましょう」

刹・達・深・リ(酒が置いてある喫茶店ってどうなんだよ!?)

カウンター席に座り御猪口を傾ける美女(ヤンデレ)を見ながら―――魔法使いの過去は、語られる……。


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第160話『まほうつかいの過去──倫敦Ⅱ』

いやーものすごい台風でした……。家の被害などは無かったんですが、色々とテレビ視聴と録画で問題が……いや私よりもマズイことになった人もいらっしゃる。

命と家と周囲の環境(生活圏)が無事だっただけまだマシでしょうから、そんなことは言わない方がいいですね。

というわけで新話お送りします。



再生される刹那の過去―――その中に取り込まれた達也も深雪も、どうやら自分たちの存在は幻も同然であり、見せられているものはVRゲームの立体映像のようなものだ。

 

「以前のドリーム・ゲーム事件みたいなものだ。触媒として使っているのは、香炉ではなく、俺の魔眼だがな」

 

「成る程。確かにモノを掴むことは出来ない。それどころか、身体もすり抜けるか、とはいえ―――刹那が認識している記憶上の場所以外は移動できないのか」

 

実際、地下室……刹那曰く『魔術師の工房』から出ようとして壁に手を当てたが、確かな感覚はない。すり抜けようと、出ようとしても―――出ることはかなわない。

 

専門的に言えば過去視の魔眼にも関わることではあるらしいが、要するに、この地下室で刹那が母親から魔術の教導を受けている際の、地下室以外の場所を『知らない』からこそのプロテクトのようなものらしい。

 

ともあれ遠坂母子の様子を見ておく……。

 

「楽しそうですね。それに、刹那くんのお母さんも、嬉しそうですし、何だか見ているこっちが、暖かな気持ちになりますよ」

 

「魔術師ってのは、自分一代では『到達できない』と分かっているからか、後に続く人間たち……弟子や息子・娘なんかに優しいもんなのさ。勿論、あまりにも芽のない人間であれば、廃嫡というか殺されることもありえるんだけどな」

 

「だが、お前はどうやらかなり有望な弟子のようだな」

 

「遠坂家では稀有な優れた男当主だったからな」

 

遠坂家というのは、どちらかと言えば女の方が 『天才型』であり、男は『努力型』の人間が多い。

どちらが良い悪いの区別があるわけではないが、まぁそんな中でも刹那は異質らしい。

 

しかし、所詮は自己申告だから、どこまで本当だかは本人のみぞ知ることだが……こうして見ると、刹那は幼い頃の深雪と同じだ。

 

母親に期待され、そして母親の魔道を純粋に受け継ぐことを望んでいく少年。

自分が、尋常の世人ならざる道を歩むことを自然と受け入れている少年……。

 

少しだけ羨望の目を向けてしまうのは仕方ない。

 

「この頃の俺は、純粋に、こんな日々が続くと信じていた。時に故郷である冬木に戻っては、日本の風習とロンドンの風習の違いに感心しながら……毎日が楽しかった。

魔術師としても人としても当たり前の日常が、続くと信じてな」

 

言葉を区切った時には、地下室から出る刹那と遠坂凛に引っ張られる形で、場所移動が完了する。

 

地下室から出た上の家。調度品は、古めかしいものが多い。母親が機械音痴であったということを引いても、やはり2095年ではあるべきものの大半はない。

 

情報を取捨選択出来るはずの『大型端末キャビネット』は無く、『古めかしい薄型液晶テレビ』があって……。

 

『ジャンマリオと―――』

『イヴェットの―――』

 

紳士風の伊達男とピンク髪の眼帯少女(?)が、画面に躍り出て―――その後には大量の腐乱死体……ゾンビが周囲に出てくる。

 

実にシュールな映像だが、今の時代に比べれば実に陳腐な仕掛け。

 

映像技術で言えば、やはり半世紀以上は前の特撮ゾンビが移りだされており、番組名は―――。

 

『―――ゾンビクッキング!! さぁ、今日もジャンマリオと、助手の『食人衝動』から正気に戻ったピンク髪ゾンビと一緒に、美味しい料理を楽しみましょう!!』

 

言いながら2丁拳銃―――当たり前だが、実弾ではないそれを使って、特撮ゾンビを打ち倒すジャンマリオという伊達男。

 

内容から察するに……料理番組だった。事実として恐ろしいことに料理番組で、それに食い入るように見るのは、幼い頃の刹那だった。

 

まさかあの高級中華が、これを元にして作られているのか。そういう驚愕があったのだが……。

 

「一応言っておくが達也、俺の料理の腕は、親父とお袋からの伝授だ。この二人は俺がいた『時計塔』の魔術師なんだ。うち一人は俺の姉弟子に当たるよ」

 

「魔術師は秘密主義の集団なんじゃないか?」

 

「何事にも例外ってのはあるもんでな。如何に魔術師が全能の万能を気取ろうと、『先立つ物は金』という現実を前にしては、金稼ぎの方策が必要になるわけだ」

 

刹那曰く、アイドル活動をしている魔術師もいて、その路線を引き継いだ『植物科』では、『ウィッチアイドルプロジェクト』なるものも進められているとか……。

 

カオスな世界だな。と感じながらも……達也は確信をした。間違いなく刹那は並行世界―――もしかしたらば、異世界という表現が正しい世界の住人だ。

 

「いまは20XX年か……」

「刹那君、アナタのいた世界に、もしかして……魔法師という存在は―――」

 

何気ないカレンダーの確認でつぶやいた達也の言葉に、少しだけ振るえて深雪は、刹那に問いかけた。

 

その言葉を受けた刹那は、乾いた笑みを貼り付けながら、口を開く。

 

「全てを見終わってから―――その方が良かったんだが、お察しの通り、俺がいた『世界』では、こちらで起きた同年のことは殆ど起きていないんだ。……特に『近代』『現代』においては『人理定礎』が定まりきっていないんだろうな。

詳しくは後で話してやるが……俺の世界には、君たち(・・・)『現代魔法師』というハイブリッド・ヒューマン、デザインベイビーは生まれなかった。

俺の知る限り遺伝子操作においては、スコットランドで『クローン羊』(ドリー)が生まれて、朝鮮半島でクローン犬が作り出されたことですら『大騒ぎ』になるような世界だったよ」

 

それは宗教上の慣習に根ざした一種の禁忌的行為だったからだろう。

如何にフィクションの世界では、『クローンやデザインベイビーの製造は2000年代の科学でも可能』と言われても、それを実施するには、人間は幼すぎる。

 

十字教でも、仏教でも、神道でも、イスラム教でも人は『神が創り給うた『いのち』』であると、おおまかにはそう言っている。

 

だが、人が人の自然な営み以外で『いのち』を作り上げることは、いるかいないかすら、あやふやな神様の領域に無粋な手を伸ばすことだ。

 

生きていく上での『必要』があるからこそ、人間を変質させる行為とも違う。適応のための処置ではないならば、それは誰かの『何か』を崩す。

生物が持つ根源的な忌避感を呼び覚ますのである……。

 

「今は置いておけ。ダ・ヴィンチも交えて話してやる―――」

 

「ああ……」

 

達也は自分の表情を認識出来ていない。己の顔は、己で見ることは出来ない。だが身体状況から若干分かることもある。

 

いまの達也は───『怯えている』。生まれた年代こそ違うが、それでも分かることはある。

 

達也たちの歴史は―――明らかに『異質』なのだと……自己の存在(レゾン・デートル)があやふやになりそうな事実を今は呑み込んでいく。

 

「魔術師は隠棲して真理を求められれば、それでいいんだが、生憎、霞を食べる術を開発するよりも、普通にパンを食って肉食をした方が面倒じゃないんだな」

 

言うとジャンマリオという男が、珍しくも『たまり醤油』とワインを合わせたステーキの焼き方を実践していた。

 

ジャンマリオ曰く……。

 

「タマリソイソースは、ニホンでもあまり作られていないが、伝手があって今回は使えた!!!そのうちアマゾネス・ドットコムでも通販出来るから安心しろよ!!」

 

そういうことらしい。しかもさり気にスポンサーに対するヨイショまでやっている辺り、魔術師というのも色々なんだなと思えた。

そして、そんなジャンマリオやイヴェットなる、魔術師にして芸能人たる二人を輝いた眼で見ている刹那の将来を少しだけ案じてしまう。

 

結果はもはや出ているのだが……ここから刹那は、どうなるのか―――。と思っていると、家の『扉』が叩かれた。この際に電子的なインターホンではなく、魔術的な結界作用であると気づけた。

 

「お父さんだ!」

 

「出迎えてあげなさい。ジャンマリオさんの仕事をこなしてきたんだから」

 

「うん!!」

 

どうやら『たまり醤油』の出処は、刹那の父親であり、少しだけ喜色満面に父親を迎えようとする刹那が―――現在(イマ)の刹那と合致しない。

 

そんな過去(ムカシ)の自分を見ている刹那は、少しだけ苦い顔をしていた。ここからどんな変遷を辿って、「遠坂 刹那」になるのか………。

扉を開けた先にいたのは緑色のジャケット……セータータイプのものを羽織って白シャツ、ジーンズ……肌は『普通の黄色人種』。髪の色は『くすんだ赤色』。

 

だが顔立ちには、覚えがある。よく見ると刹那にも似ている。

 

「衛宮士郎……面倒くさい説明を省けば、俺の父親だ。『この時まで』はな」

 

笑顔で、父親から頭を撫でられている刹那の姿。自分や深雪と違って、父親との仲は悪くないようだ。

 

「このヒトが───、穂波さんを……けどお兄様が語った人相とは違うような……」

「お前の言う親父さんの魔術を使い続ければ、『ああなる』のか?」

「そうだよ。お袋は語っていた。『それは錬鉄の英雄に近づく業』。決して───自分はそうなるなとも、な」

 

アットホームなファミリー。そう思わせる映像が途切れて、暗転。

 

どうやら刹那が就寝中の映像。だが、刹那は聞き耳を立てているし、両親の方へも自分たちは移動できる。

 

会話は断片的なものだ。自分たちはちょっとした傍観者だが、他人のプライベートというのは、あまり侵すものではないと認識してしまう。

 

「……どうしても行くのね?」

 

机の上にワインを乗せながら、それを『ちびりちびり』飲みながら、管を巻くように遠坂凛(刹那の母)は対面にいる衛宮士郎(刹那の父)に言う。

 

それに対して決意を秘めた眼で見返す士郎は、重い言葉で返す。

 

「ああ、決めたんだ。獅子劫さんやフリューさんも言っていたが、俺はやはり『そうしたいん』だ」

 

「……『執行者』は、アナタを狙う。バリュエのロードですら、アナタの異常性には気づき始めている。けれど―――今ならば……」

 

想定されるリスク。しかしそれをヘッジファンドで分散させることも出来るはずだが……衛宮士郎は、それを良しとはしなかった。

 

「やりようはあるんだろうな。政治の世界は良くわからないが、一成も前生徒会の関連で苦労していたからな。そういう意味では、少しは分かるかな」

 

魔術師の権力闘争……言葉だけでそう直感しつつ、市井の学校の生徒自治と、そういったマキャベリズムあふれるものを一緒くたにするなと、鋭い目で見る遠坂凛。

 

先程までの、母として刹那に相対していた姿からは、若干違っていた。

 

「お袋もこういう所はあったからな……」

 

レテ・ミストレス(四葉 深夜)は、そういうヒト?」

 

「まぁ、こういった()を詰るような所は全然ありませんでしたけど、確かに刹那くんのお母様は、私のお母様に少しだけ似ています」

 

達也のつぶやきに対して、リーナが疑問を呈すると、深雪が少しだけ苦笑を浮かばせながら答える。

 

「補足させてもらうならば、俺のいた世界の魔術原則の一つに、『神秘は決して『俗世』に露呈してはならない』ということがある。

例えば、今回の横浜事変であれば、大亜連合軍が『真っ当な軍事手段』だけで侵攻を開始していれば、神秘の側は、火の粉がかからない限り、余程のことにならなければ、何もしないんだ」

 

神秘の漏洩。それは力の衰退を招く原因であり、同時に魔術師全体の不利益になるからである。

 

人間能力の一端と認識されることも多い『魔法』との違いは、ここにあるのだろう。

 

「つまりお前のいた魔術協会というのは、そういった人間を処罰するために存在している、と?」

 

「詳しく話せば『色々』とあるが、それもまた一つの『存在意義』だ。ゆえに―――親父は、そういった『道』から外れつつある。

『魔術使い』としての道。俗世にて魔術を用いて、様々なことを行う……多くは紛争地域における『傭兵』としての職種が多いんだがな」

 

「そういった人間は多いのか?」

 

「少なくはない『数』はいる。とだけ言っておこう。そういった『軍事利用』という観点でのニーズは、魔法師も魔術師も変わらんよ。

そして俺の父親は───最初っから『魔術使い』だったのさ」

 

夫婦の話し合いは堂々巡りだ。行かない方がいいのは、誰が聞いたって分かる。

 

達也たちの世界の常識ならば、止める必要はないことではあるが、この世界の『常識』ならば、粛清の対象になることは間違いないのだから。

 

それでも何故、この人は……そこまで地獄を見ることに拘るのか―――。

 

「……幼い俺は、理解が半端だったから何も分かっていなかった。この人は最初っから『壊れていた』……地獄から生き延びた一人。養父という『魔術師』に救われたことで、己の為すべき道を為そうと邁進する人………」

 

「何をやろうとしていたんだ?」

 

刹那は苦悩を刻みながら、乾いた顔をしていた。息子というのは、一般的には父親の仕事や目的意識に理解を示そうとするものだ。

 

司波兄妹にとっては、そういった事は全く無い。

父権性の発露というものが無かった家庭では仕方ない話だが、ともあれ刹那は、見る限りでは、良識的な父母の下で育てられた子供だ。

 

だからこそ――――。この衛宮士郎が求めていることを聞いた時の刹那の表情は、達也には忘れられなかった……。

 

 

「───『正義の味方』───この人は、ただ単に目の前にいる人々を助けたくて、そのためだけに魔術を習ったんだ……」

 

 

暗転。再び場面が切り替わる。時間は然程経っていないように見えて、少しだけ刹那は歳を増やしていた。

 

ロンドンの市街。早朝の少しだけ霧がかかった風景は、正しくロンドンの姿である。

 

今でこそ、魔法師が海外渡航するのはあまりいい顔をされず、政府からも禁止されているが、リアルタイムのライブカメラもあれば、21世紀前半から多角的に伸びていったインターネット検索サイトであり、総合的なITビジネスを展開する会社の手で、遠くの街の原風景というのは、撮影されているものだ。

 

そういった観点から達也は、町並みこそ今にも残している大英帝国の面影だが、馬車が走っていたり、昔懐かしの2階建ての路線バスが走っていたりと……。

 

(2020年代の『正しい歴史』の英国の街並み……)

 

この世界には魔法師と呼ばれる存在はいない。多くの民族問題・宗教問題や大国のパワーゲームはあれども、人類の営みは人の中に別の人を作らずにいたのだ。

 

そんな街並みを見てから、刹那たち遠坂家の人々に目を向ける。

 

「それじゃな遠坂。世話になったよ」

 

「――――ええ、本当に……行くのね?」

 

先ほどと同じような言い方。

 

恐らくこの時に至るまで、こんなやり取りを何度も繰り返した。そのやり取りの中での心変わりを願った。母と息子。

いつか違う結論が出るんじゃないかと、蒸し返すたびに、何も変わらぬものが出るだけ。

 

結局の所、早朝、母に乱暴に叩き起こされたことで、来るべき日が来たのだと分かった刹那は、母と同じく悲しい顔が出来ていただろうか―――。

横で見ていた達也と深雪、リーナは分かった。刹那は泣きそうな顔をしていたのだ……。覚悟を決めても納得しきれぬ感情が、彼を包んでいるのだと……。

 

母と会話していた父が、こちらに気付き―――屈んでこちらに視線を合わせてきた。

 

その姿は少しだけ、達也が見た『錬鉄の英雄』に近づいていた。肌は少しだけ浅黒くなり、髪には白髪が交じるように、されど肉体は頑健なものに見える。

そんな衛宮士郎は、大事なことを言うように言い含めてきた。 

「刹那。お前だけは母さんから離れるなよ。父さんは―――少し『遠い所』に行ってくる。長い仕事になりそうなんだ」

 

「はい――――」

 

長い仕事―――それは、魔道の怪異を防ぐだけでなく、人間同士の戦いにも参加するフリーランスの『魔術使い』としての道。

 

屍山血河を防ぎ、時には屍山血河を作る……正義というもののために殺戮者としての道を志すその想いは―――どれほど強いのか……。達也には理解が出来なかった。

 

そして、それは家族を捨てて……自分を愛してくれる存在を捨ててまで成し遂げたいことなのか? 問いかけられるならば、問いかけたいほどだ……。 

「父親らしいことなんて、本当―――俺に出来ていたか、分からないんだ。ゴメンな……」

 

謝るべきはそこじゃないはずだ。けれど―――父が悲しい顔をしているのを見て、そんなことはない。と言えない刹那がいた。

深雪は、その様子に少しだけ涙を滲ませている。あれほどまでいい家族を作り上げながら、なぜそれを壊せるのか?

そこまで『正義の味方』になりたいのか? その想いを吐き出す前に衛宮士郎は、刹那の右腕に手を当てた……。

 

「だから―――『刻印、移乗』(トレース・オン)……これが、父さんからお前への……多分、最後のプレゼントだ。

もしかしたらば、これがお前を不幸にするかもしれない。けれど、きっとこれはお前を『幸せ』にする力だ。刹那の運命にもきっと逃れらぬものが来る」

 

 左腕ではなく右腕に『輝く』もの……これが……父の魔術刻印が、まだ『小さい内』は父は存命だ。そう。魔術師の卵は分かっていた。

 

「根源の渦を目指すも、違う道に進むもお前の意思一つだ。だから―――生きていてくれよ」

 

 自分の後追いなどするな。そう言えなかった父の苦悩を分かってしまった。『させない』と断言した母に対して刹那は、何も言えなかった。

 

「それでは、行ってくるよ」

「はい―――父さん。気を付けて―――」

 

刹那は泣いていた……。手を振り、視界からいなくなるまで父を見ようとして、その姿がぼやけて、同時に自分たちの風景もぼやけたものになる。

この時に、衛宮士郎の後ろ姿を見ていた二人の眼が涙に濡れていたからだろう。

 

……見えなくなった時に母は崩れた。

 

「ごめん―――私じゃアイツは止められなかった……アンタになることを止めたかった。その為に―――『鎹』まで作った……愛していくことが出来たはずなのに―――」

 

顔を手で覆った遠坂凛は独白する。

どこかの誰か。親しい―――『昔の男』に言うかのような刹那の母は、嗚咽を止められていなかった。

 

「母さん―――」

 

「……刹那、アンタだけは『アイツ』みたいにならないで……、大切なものの為に『戦える』―――『人間』でいて、お願いだから―――」

 

目的の為に何かを捨てるような人間にはならないでほしい。そう泣きながら息子を頭ごと抱きしめる母の抱擁。

慣れていなかったのだろう。すごく痛くて、それでも母子の愛情を感じることが出来た。

 

 だから――――。

 

「この時、気づいたんだ。俺の人生が『喪失』することにあるのだと気付き、どこまでも悲しかった。母と父を結びつける鎹では無かったことが、とても悲しくてお互いに泣いてしまった……」

 

それは―――遠坂刹那にとって古い、旧い、遠く、永い(とおい)記憶。

最後に漏らした本音が、どうしようもなく……刹那の『こころ』だと気付けて―――。

 

再びの暗転。映し出された風景―――そこは……地獄だった……。

 

「「───」」

 

達也と深雪が言葉を失ってしまうほどに強烈な光景。そこは戦場であった。

 

あの沖縄の時に見た光景よりも鮮烈な『死の匂い』。人が焼け死に、どれだけの力で以て倒壊したのか分からぬ建物の下敷きになって死んでいた。

 

多くの人間は焼殺されていた……『どれだけの熱量』だったのか、煮崩れた角肉のように『とろけて』いるものが多かった。

冷静な心地で見れたのは数秒だけ。気づいた現実の凄惨さに、処理が追いつかない。

 

「こ、れ―――は―――!?」

 

実際に熱を感じるわけではない。

だが、あちこちで火が吹き上がり、その真っ只中に放り出された達也であったが、数秒もしない内に、舌が喉に貼り付くぐらいに口の中が乾いていた。

 

精神のみの存在であっても覚える『肉体的な不調』が、この上なく不快を覚える。ここは地獄だ。あちこちで人の正常な営みが消え去ることの理不尽が、ついぞなき達也の『感情』を呼び戻す。

 

「み――ゆき……深雪ッ!!!」

 

「だ、大丈夫ですお兄様……ごめんなさいリーナ。支えてもらって―――」

 

「気にすることないわ。ワタシも初めて見た時は、同じくなっちゃったから……」

 

崩れ落ちて手で口を抑えた深雪の背中を擦っているリーナの姿に、少しだけ安堵してから、原因となった刹那を睨みつけると、刹那も申し訳無さそうな顔をしていた。

 

「すまん。ここをスキップするようにはしていたんだが……どうやら―――」

 

「ああ、お前の親父さんは、俺をお前に近づけることを許してはいないようだな………」

 

精神体とでも言うべき刹那の『右腕』が、激しく点滅している。

 

それは恐らく現実の刹那ともリンクしたものであり……、詳細には分からずとも、何となく分かる。刻印は先祖の意思であるならば、点滅して警告を発するような刹那の親父さん(魔術刻印)は、達也をあまりよく思っていないのだろう。

 

そして、炎の中でも目立つ生者の一人。見つけた少年。

 

くすんだ赤毛……炎のせいで、そう見えていると知らなければ勘違いしてしまっていたかもしれない。

 

その小学生ぐらいの子供。先程の逆廻しのように、今度は刹那の父親の幼い頃の記憶が蘇った。

 

そうとしか言えない光景が広がっている……。

 

「冬木大災害……かつて俺の住んでいた街で行われていた魔術師同士の戦争であり暗闘。闇夜に紛れて行われるはずの闘争の災厄が漏れ出て―――こうなってしまった。

……オヤジは……父さんは、この災害の生き残りの一人なんだ」

 

地獄を見た男………この世界には魔法がない。否、そもそも魔法があってもこの光景は止められない。

 

この炎は……明らかに『普通』ではない。そう感じた達也は、魔術師という存在の危険度を上げて、歩き続ける少年が、ここからどうなるのかを『心配』しながら、見ることになる…。

 



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第161話『まほうつかいの過去──倫敦Ⅲ』

苦しくて苦しくて、生きていることさえ苦しくて、いっそ消えてしまえば楽になれるのだろうと思った。

 

伸ばした手は虚空に上げられ、何も得るものがないままに力なく沈もうとしていた。

 

意識は消えかけ、持ち上げた手がばたりと地面に落ちようとした時に―――落ちるはずだった手を掴まれる。力なく沈む手をにぎる大きな手。

 

火が止み、曇天の空から雨粒が落ちてくる景色の中に、その顔を見た。

 

その顔を鮮明に覚えている……。雨粒かと間違えてしまいそうな大粒の涙を溜めた男の顔。

 

悲しさから解放されたように、心の底から喜んでいる男の姿。

 

生きている人間を見つけ出せた、助けることが出来た。よかった。

 

本当に喜んだ男は言う……。

 

「生きている……生きている……! ありがとう……! ありがとう……見つけられてよかった! 本当に良かった……一人だけでも助けられて、僕はっ……僕は救われた……生きていてくれてありがとう!!」

 

―――それが、あまりにも嬉しそうだったから、まるで救われたのは俺ではなく、男の方ではないかと思ったほど……。

 

男は誰かに感謝するように、死の直前にいる自分が羨ましく思えるほど、これ以上ないという笑顔を零した。

 

その顔が眩しかった。その顔を知っていたから―――男は、『切嗣』のようになれたならば、それはとても、いいことに思えた。

 

切嗣のように誰かを救うことで、そんな笑顔が出来るならば、俺は―――そんな人間になりたかった……。

 

切嗣が目指した───『正義の味方』になれたならば………。

 

† † † †

 

見せられた映像は―――かなり魔法師としての常識を突き崩す。

 

駆け足のごとく過ぎていく刹那の父親の記憶は、凄まじいものだった。

 

毎夜続く命がけの魔術鍛錬。刹那からすれば『無駄ごと』らしいが、その養父が魔術を教えたくなかったことから察するに……。

 

それでも、そんなことを十を数える程度の人間が『毎日』、『死ぬ危険』と隣合わせでやってきたのだ。

 

その精神性は―――異常者の類だ……。魔法師ならば、魔術師であっても、あっさり諦めることを、目の前で金属の棒を『強化』しようとする男は、何度もやっていた……。

 

「記憶を見て理解したよ。オヤジの養父……魔術師殺しと呼ばれた『魔術使い 衛宮切嗣』は、オヤジに魔術をやめさせたかったんだろうな」

 

人間らしい生き方をしてくれるならば、そういうことだった。

 

その想いは―――『息子』も同様だった。

 

そして、刹那の気持ちに呼応するように、場面が遷って見えた英霊同士の死闘……『聖杯戦争』の全て。

 

――――壮絶なまでの戦いの果てに、かの英霊との別れを垣間見る……。

 

朝焼けの中に消えていこうとする金色の剣士。セイバーのクラスに招かれし稀人……英霊『アルトリア・ペンドラゴン』との別れ。

 

流れ行く雲の中に―――黄金の離別が挟まれる……。

 

『シロウ───貴方を、愛している』

 

端的な言葉、その短い一言を以て、彼女は昇る光の中に消えていく。

遠い朝焼けの大地は、彼女の故郷に似ていた……。

 

その景色の全てが……達也たちにも焼き付いた。まるで、出来のいい劇を見たかのように、少しの情感が生まれてしまう。

 

最初の刹那の父親の過去は壮絶なものだった。

養父の理想を継いで、その想いが間違いかどうかすら分からずとも、求めた理想のために走り続ける衛宮士郎は、ラクな道のりじゃなく険しい道のあるき方を求める男だった……。

 

その果てに手にした黄金剣の銘は……。

 

『元カノ未練剣か……言い得て妙』

 

「そこはどうでもいいだろ。今の映像で分かったこともあっただろうしな」

 

ぶっきら棒に、刹那は少しだけ憤慨して達也と深雪の結論を打ち切る。

 

聖杯戦争という魔術師たちの闘争。霊脈上に置かれた大呪体を利用した、世界の外側へと至る試み。御三家の内の一つが完全に消失していても、外地のマスターを得て続けようとした極東の大儀式は、勝者を産まずに終わりを告げた。

 

ハラハラするほどの戦いと血で血を洗う闘争の果てであったが、達也と深雪の関心事はそこではない。

 

遠坂凛が引き当てたサーヴァント。赤い弓兵。アーチャーのサーヴァントである。

 

「お前の母親が引き当てたアーチャーのサーヴァントは、『未来のエミヤシロウ』ということなのか?」

 

「そういうことらしいな。マスターとサーヴァントの間には明確なラインがあって、時には夢見という形で、サーヴァントの過去を垣間見るんだ」

 

そして、あそこまで擦り切れるほどに、理想に邁進した姿が『世界の始末屋』という結果であるなど、報いがなさすぎではないかと思うも、そこまで踏み込むのは止してから問いかける。

 

「にしても詳しく知っているな……刻印継承者というのは、こんなことも知ってしまうのか?」

 

「親父の刻印を継承した頃から、俺の『夢見』にも影響が出てきて、お袋に聞いたんだ……けどお袋は話すことを渋っていたよ」

 

アーチャーという男の行末。それは父親の未来のカタチなのだから知りたがるのは当然で、喋らない理由は―――。

 

「なぜ?」

 

「俺も、『正義の味方』に憧れて世界の果てに行ってしまうんじゃないかって。そんなわけないのにな」

 

自嘲するような刹那の言葉に、リーナは少しだけ言いたげな苦笑をしているのが印象的であった。

 

馬鹿げた話だと事更に強調する辺りに、刹那の本性が分かる気がする。この世界に来たのだって、結局のところ、逃げ出さなければならない事情があったのだろうから。

 

そうして再び視点は刹那の側に戻る。暗転して場面が切り替わる。

 

場所は日本から再びの英国ロンドン。古めかしい木の教壇に複数の生徒が聴講できる長机。

本当に一昔前どころか『三昔前』の大学の講義室を思わせる場所。

 

そこにて―――教壇に立つ男の姿を見る。

 

それは、この世界でも『有名人』すぎて、最近聞いた話では、各国の諜報機関が『血眼』になって探そうとしているとか……ここまでの話どおりならば、全くの無駄骨折りなわけだが―――ともかく、そこは講義室という場所であり、教壇には『講師』がいた。

 

厳しい顔にシワが幾重にも刻まれた額。男にしては長すぎるぐらいの黒髪―――。

 

着ている衣服は、黒いスーツに赤いストールを掛けた姿……。

 

その人物の名前を、達也も深雪も『とっくにごぞんじ』だったりした。

 

「───では、授業を始める───」

 

その言葉で居並ぶ教室のメンバーが聞く体制を取る。

 

「ロード・エルメロイ……!?」

 

「2世を付けてあげて。まぁこの頃にはロードの地位は、義妹であり、ノーリッジの講師の一人にも譲られているんだけどな。

けれど、俺やここに居並ぶ同級・先輩の全てが、全面の敬意を以てロード・エルメロイⅡ世、グレートビッグベン☆ロンドンスター、マギカディスクロージャー、魔術探偵、絶対領域マジシャン先生、プロフェッサー・カリスマなどなど呼んであげているぐらい、スゴイ人なんだ。

まぁ俺の場合は単純に『ウェイバー先生』って呼んだりしてもいたか、メルヴィンさんっていう先生の親友(自称)からも、そう呼んであげることも、精神安定剤だとも言っていたが」

 

『ロード・エルメロイ2世』こと『ウェイバー・ベルベット』という、魔術世界の革命児とも言える存在が出てきた瞬間の刹那は、正直『キモかった』。

 

そう言えば、前からこういう点は色々とあれな人間であった。英雄アルトリア、英霊エミヤに関しては何も思わないくせに、この魔術師に対しては多弁になるのである。

 

「兄弟子と姉弟子のシツケが良かったのよね―。この場面ではないけど、それなりに『おエライサン』になった人間たちから言われていたし」

 

「まっ、そういうことだな。先生の授業はいつ聞いてもいいもんだよ。魔術の深淵に至るための階だ……」

 

リーナは、この光景以外にも、そういった刹那の記憶を見てきたのか、そんなことを言ってくる。

 

見えているシーン。教壇にて、本当に古めかしい『チョーク』を握り、何かを書いていくエルメロイ2世。教科書というものはないらしい。ノートを取っているものも殆どいない。

一部ではレコーダー機器や、動画撮影機器などで記録している様子もあるが、基本的には、講師の授業を『しっかり聞く』ことで『身に付かせている』。そういうことだ。

 

「俺のやっていることは『曲学阿世の徒』みたいなもんだよ。明確な教科書(テキスト)というものを記すことで、何とかかんとかやれているだけだ」

 

「成程な。この授業だけは、あまり雑音が聞こえない。ロード・エルメロイ2世の言葉をしっかり聞こうというお前の想い(きおく)が、これを生み出しているんだな」

 

「それゆえに―――刹那君の隣りにいる『銀髪の美少女』が色々と気になりますね。ロード・エルメロイ2世の授業に集中していながらも、時折、チラチラと、金眼を向けていますね―――熱っぽい視線で」

 

「さっ、次のシーンに移動しようか………」

 

深雪の言葉を受けて、『浮気現場』を見られたような態度で魔術刻印に手を翳そうとした刹那の手を『がしっ!!!』と掴む深雪の手―――。

 

「ちょっ、深雪さんや? 何をするんでせうか? というか超いてぇ!!」

 

「こういっては何ですが、先程までは切った張ったの凄惨な修羅巷を、初っ端から見せつけられていたんです。

あなたのメイガス・スクールライフの一つや二つ、じっくり見せてもらってもよいのでは? そしてこの握力は、聖女マルタのホーリー・フィンガー由来、私の能力ではないので誤解せずに」

 

ホントかよ? と思うほどに『ニッコリ』と怖い笑顔を浮かべながら、刹那を威圧する深雪の姿。

 

しかし……達也としても、少しだけ興味はある。出歯亀根性というのは、あまりいものではないが、この少女……といっても大学生ぐらいだろうが、刹那とどういう関係なのかを、知りたいものだ。

 

「オルガマリー・アースミレイト・アニムスフィア。魔術協会の総本山『時計塔』を統べる十二のロード……魔術師の王の一角に連なる女子で―――セツナのお姉ちゃんで、言うのも憚られるというか、カノジョであるワタシは言いたくないんだけど、『卒業相手』なのよね♪」

 

「俺の彼女がこんなに怖いわけがない!!」

 

更にリーナの怖い笑顔を足しておく、バレバレすぎたが、ともあれ―――。授業は進んでいき、刹那が少し悩んでいると、隣りにいるオルガマリーは『しょうがないわね』という『嬉しそうな表情』をして、解説を付け加える。

 

『セツナ。この場合は地動説で考えたほうがいいの。ロードの言う通り、天動説では通るものも通らないから、時には発想の転換も必要なのよ』

 

隣にて刹那に補足をしてくれる銀髪の教え方は的確であった。机の上に広げられた天球儀のような装置が、大まかに循環した様子から推察。

そんな銀髪の女性に刹那も懐いているようである。

 

本当にこいつは……。若干達也が頭を痛めつつ、やっかみのような嫉妬のような、なんと言えばいいのか、とにかく羨望の目を向けざるを得ないオルガマリーとのパーソナルレッスンを見ておく。

 

『成る程、けど天体科のロード候補として、その発言はどうなんでしょうか?』

 

『いいのよ。キリシュタリアが適当に(ウチ)の親類縁者と婚約すればいいんだから』

 

『うん、別にそんなことは聞いていないです』

 

その場合は、多分ではあるが目の前の銀髪少女が第一候補だろうな。という風に予想をするぐらいには、魔術師の世俗と女子の面貌の良し悪しに通じた『少年の刹那』であったのだが……授業に集中したかった想いを崩すように―――。

 

『セツナの大大大好きなお姉ちゃんが、他の男と結婚してもいいの!?』

 

『何の話ですか――!? というか大を3つもつけなくても大好きだけど!?』

 

『FUCK!! お前達、痴話喧嘩をしたければ、教室から出ろ!!GET OUT HERE!!!』

 

『教授! 恋愛ってすごく重要だと想います!! 恋をするエネルギーあってこそ、魔術師は次代の力を手にできるんですよ!!

『月の珊瑚』にも到れる力を!! だからセツナ君とオルガマリーちゃんは、あいてててて!!!

この感覚は懐かしすぎる―――!!!』

 

『ようやく卒業できて要職に就いた人間が、しれっと教室に入るな!!『OB・OGハイルベカラズ』のギアスを掛けるぞ!!』

 

『『『『『『そんな殺生な!!』』』』』』

 

そんな様子を見せられていた達也と深雪は、グリモアに載っていた人間たち―――刹那が紹介してきたある種の有名人たちが、こんな風な「キャラが濃い」人間であることに何とも言えない気持ちになる。

 

それに対して刹那は誇らしげな顔(ドヤァ顔)をしながら―――達也に言ってのける。

 

 

「これが――――エルメロイ教室だ―――」

 

ここまで強烈なキャラばかりいる『教室』に所属していれば、自分たちなど『お行儀良すぎる人間』だろうな。

 

そして、ロード・エルメロイⅡ世が、自分たちの講師になれば……。

 

「問題児ばかりであることに、色々と苦労も多い人で、最初は喜べても物足りなさを感じると思う……なんやかんやと、先生は『騒がしい』のがキライな人じゃないからな」

 

どうやら、この世界にとって遠坂刹那という男がやってきてくれたのは僥倖なのだなと想いつつ、本場のエルメロイレッスン。

 

刹那が教壇の黒板の側に行き、チョークで『答え』を書いている姿に、達也は『いつもの授業風景』を重ねるのだった。

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

「西城! 次はあっちに行こうぞ!!」

 

「他の面子もそれでいいのかね?」

 

「構わないよ。今日は金沢の人々の歓迎だからね」

 

先行する私服姿の四十九院沓子と西城レオンハルトを筆頭に、東京都内を遊び歩く面子。

 

その面子は明らかに女性陣が多くて、バランスを欠いた構成ではあったが、特別ナンパしようという気が起きないのは、レオの体格とかエリカの睨みつけが功を奏しているからだ。

 

同時に、先ほどなど一色愛梨がナンパしようとしてきた男をクソメタに叩きのめして(口頭言語)で、十七夜栞が無言の冷視線で生ゴミを見るかのようにして追い払ったほどである。

 

「せめてセルナの半分ほどの、一角の人物になってから来やがれってもんですね」

 

「理想高すぎやしないかしら?」

 

エリカも思わずつぶやいてしまうぐらいには、一色愛梨の理想は高かった。まぁ人によっては刹那の価値など、そこまで感じないかもしれないが、ともあれ自分たちのような人種にとっては、本当に宝石のような人間であることは間違いない。

 

「さて、ショッピングも結構したほうだけど、この後はどうする?」

 

「そうですね。映画もいいんですけど……皆さんの行きつけの店、どこでも構わないので、そこに案内させてもらえませんか?」

 

ここでお好み焼き屋の『鍾馗』に連れて行くのも一興だったかもしれないが、どうせならば、洒落た店に連れて行くのも一つだろう。

 

アイネブリーゼでもいいのだが、どうせならばヒゲのマスターがいる所よりは、洒脱なウェイトレス服を着た女の子がいる店のほうがいいだろう。

 

必要以上に媚びてはいないウェイトレスさんたちならば、この気高い金猫も何も言うまい。

 

店の名物たるジョージ店長のパスタが食べられるかどうかは、運次第であるが……。

 

ともあれ、沓子に腕を引かれて歩くレオに、『アーネンエルベ』に行くことを提案すると、快諾。

 

「達也と深雪さん、刹那とリーナ。四人揃って『予定』ありとは……」

 

「魔法協会の用事でしょうか?」

 

「確かに、先の騒動の釈明で最終的に矢面に立ったのは、あの四人と先輩方だけど……」

 

やはりレオはああ言ったが、何か隠し事をされているのは、いい気分ではない。

 

とはいえ、こうして会いたいと思っていると、ふとした所で偶然にも出会うのも、自分たちに出来た縁でもあったのだから……。

 

沓子のまっ平らな胸にドギマギするわけがないレオが戻ってくると同時に、一行はアーネンエルベに歩を向ける。

 

そこに何があるかも知らずに―――。

 

† † † †

 

刹那のうれし恥ずかしスクールライフを、『それなり』に鑑賞した自分たちが次に見たのは、何処ともしれぬ場所。

 

どこかの地下。人工ではない。人の手はそれなりに加えられているものの、何かの採掘場を思わせる場所にて……。

 

「ル・シアンくん!! こっちの岩石とかよく見ると、ヒュドラの幼生とカラドリウスの化石だよ!! セツナくんも、カラドリウスの化石は持っていった方がいいよ。リンちゃんが良くなるように、治癒の鳥の秘石はあって損はないよ!!」

 

「お前は、なんでそういうことを勝手にするんだ!! ハタチをとうに超えているんだから落ち着けないのか!? セツナ、お前も『プライド』に、そのうち列されるんだから───、グレイたんと一緒に薬草を採っていなさい……羨ましい……すっごい羨ましいぃいい!!!」

 

先程まで見ていた面子に数名を含めて、何かの『発掘作業』を行っていた……。

 

どちらもハタチを超えているくせに、なんか情けなさすぎる兄弟子二人に囲まれながらも……。

 

「セツナ、アホの兄弟子二人に構わず、四番と二番の作業のフォローに回ってくれ。それが終わったらば、一段落しそうだからな。休憩にしようか」

 

「了解です。カウレス(あに)さん」

『周回プレイで再臨素材、スキル素材を集める―――そんな日々がプライスレス……だが時間は有限! リアルを蔑ろにするなよ!』

 

一番まともな指示を出す眼鏡の男に従う、『しゃべるステッキ』を持った刹那の姿があった……。

 

その場所は今までに無いぐらい、異質な場所であった。

 

まるで………口にするのも憚られるが、何かの―――『ダンジョン』であった……。

 

ダンジョン。なんと楽しい響きだが、そんなものが存在しているのか? そういう眼で問いかけるも、刹那は乾いた笑みを浮かべて、この頃の自分の母は、病床に臥せっていたことを告げ───ここから刹那が、『エミヤ』の業に近づいていく始まりだと言ってきた。

 

「ここは霊墓アルビオン……掻い摘んで言えば……死せる白竜の骸。そこを元に出来上がった迷宮」

 

神秘が衰退した現代においても、色濃く神秘が残る『この世界にも残る幻想郷』だと言われた時に、達也と深雪が驚愕したが―――映像は止まらず、刹那の記憶の回想は続くのだった。

 

 

 




□今日のNG■

「ところでだ刹那。聖杯戦争というのは、どれぐらいのスパンで決着が着くんだ?」

「好戦的な相手……英霊・魔術師ともども、ならば一週間もせずにケリが着くんじゃないのかな?」

「なるほど、となるとお前の両親が参加したのは、随分と長いんだな」

「どうしてそう思う?」

「日を追うごとに魔術師・英霊共々……『ガタイ』が良くなっていく。筋肉が『ムキムキマッチョ』に仕上がっていく、特に最初は可愛い系だったはずのお前の母親の首の太さがすごい。劇画調だ……」

「おいマテ」

「泣く子も黙る大腿筋、大胸筋が歩いている。背中に鬼神を宿していく―――それが聖杯戦争! つまり聖杯戦争は、お願いマッスルを『約七年間』やることで、筋肉を作っていく儀式―――」

「ウエストサイドパンチ!!!」

「だっと!?」

深雪・リーナ(この『アンリミテッドブレゲイボルグガンドワークスエクスカリバー』とかいう武器は何なのかしら?)


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第162話『まほうつかいの過去──EMIYA Ⅰ』

全く関係ないのだが、スレイヤーズ最新刊が発売されました。

けれど買えていないんだ。前回と同じく地元書店が入れてくれない。あの頃と同じく買いたいというのに、スレイヤーズとオーフェンだけは余程の事が無い限りは、電子書籍では読みたくないと思いつつ新話をお送りします。


「ふむ。マスターの過去は中々に楽しいようでいて壮絶ですね」

 

「人は望んだ通りの未来(さき)を辿れるわけではない。なりたいと思った人間になろうとしても、無理だから、己の姿を見つけ出すしか無い―――そういうことなんだよね」

 

なりたいと思った人間。英霊として世界に召し上げられた今の自分とて、なりたい、ありたいと思った自分の姿はある。

 

茶店(きっさてん)の屋上にて佇む長尾景虎は、隣りにいる「鳥」……メジロと白鳥を思わせる衣装の人物を見上げる。

 

現在の喫茶店の中は一種の異界だ。そして英霊としての感覚が訴える。あの少年(司波達也)にマスターの全てを明かすのは、ある種の分岐点になるだろうと思えていた。

 

だから、今の時点での邪魔立てはよろしくない。

 

『まぁ待ちたまえ、そう事を荒立てるのはスマートじゃないよ。

───『トライテン』。君の能力を少し開放したまえ。

匣に『大根役者』が入ってくるというのは、あまりいいものではない。もちろん、『化ける』可能性はあるのだろうが、今は『ステージ』が違いすぎる……』

 

「迷宮を展開するのですか?」

 

『そうだね。幻想種を出すのは彼らが異常に気づいた場合のみ、この場合は、体感時間の感覚を狂わせて、体機能……新陳代謝を低下させておけば、『時間を操作』出来るだろうね。君は己を広げることだけに専念しろ』

 

そうして近づいてくるだろうマスターの友人たちを遠ざけるべく、術を展開する様子を見ながら、ランサー景虎としては……。

 

 

(こういう仲間はずれみたいなのは、どうかと思いますけどね……私も兼続や景勝と一緒に『春画鑑賞』などをしていれば……!)

 

絶対に仲間に入れてくれないこと確実なことを誰かが感じつつも、遠坂刹那の分岐点が語られる……。

 

 

† † † †

 

「最近、あっちこっちで魔力の篭もった素材(マテリアル)が売り買いされていると思えば、お前が出処だったとはな……」

 

「宝石が欲しくて売っぱらっちゃった♪ そう怒るなよ。どうせ大亜の隠し倉庫から押収したんだろ?」

 

半眼で睨みつける達也に対して刹那は『てへぺろ』などをやってきやがった。

 

数日前の戦闘の後始末で大亜が隠し持っていた自立戦車や『人の脳髄』に続いて、『幻想種』の剥製、カーバンクルの額石など……先程まで見せられていたアルビオンでの発掘物と同じものを押収したのだ。

 

そして後で響子辺りに、押収物の『固有名詞』を教えねばならないと達也は、頭のメモ帳に止めておく。

 

 

「こっそりブリテン島に渡っては、『ごっそり』発掘していたのよねー」

 

「リーナも着いていったんですか?」

 

「だってダンジョンよミユキ! ドキがムネムネ、ユメがいっぱい少年少女のハートに光放つ眩きものなのだから!」

 

色々混ざりすぎてはいるが、まぁ言わんとすることは分かる。というかリーナが、こんなに眼を輝かせるとは……。

 

合衆国というのは、人間が持つ矛盾性を体現したような存在であり、彼の国に怪物も魔術とも、全く縁がない。

 

だが、縁がないからといって、知らないとは限らない。要は───どこにでも例外はあるということだ。

 

「それに、まだ浅いところしか発掘できていない。『迷宮の住人たち』ともそれなりにコネクションが無ければ、掘り出したいものも掘れない」

 

「盗掘なんだか発掘なんだか分からないが、あんまり儲けすぎていると刺されるぞ」

 

「売り方良し、買い方良し、そして世間良しだ。どうにも魔法師の企業活動というのは、大体において『一人勝ち』の独りよがりな独占を良しとしちゃうからな。

俺としては、それに一石を投じたいんだよ」

 

刹那が言う『三方よし』の精神に則れば、先程まで見ていた採掘作業の際に出てきた『呪体』は、魔法の先天的素質に欠けた人間であっても、何かを出来るかもしれない。

 

それは、確かに『客』が欲しいものではなくて、『客』の為になるものを売っていることになる。

 

「これでも大地主の孫だからな。商売や、世間さまのことを考えれば、そういうことって必要だろ。

故郷の呉服屋の娘も言っていたしな」

 

女豹にはなれない黒豹だ。と悲しそうに言ってから、刹那は話を進める。

 

「話を続けるとしようか。俺のどうしようもない過去(ウルズ)の話をな……」

 

当時のアルビオン探索は、ある種の特例的事業をノーリッジが請け負っていたからであり、ある特務機関をスルーした上での特例でもあったそうだ。

 

ずばり言えば、呪体の発掘量が段々と心もとなくなってきたのだ。

 

これに関して、貴族主義……魔術師たちの閨閥は、喧々囂々の紛糾を見せたらしい。

 

結果として、分裂をした結果の合議でアルビオンの再発掘は必要だとして、決が取られた……。

 

「魔術師にも、そういった派閥意識なんてあるのか?」

 

「意外でもないよ。人間一つ所に集まれば、何かと『集団』や『仲間意識』『好き嫌い』なんてのは出来上がるものだ。

大は国家の政治体制から、小は学校の仲良しグループまでな」

 

一科、二科の違いなど、正しくやさしいモノだ。場合によっては殺し合いの殲滅戦、一族郎党根絶やしにすることも『ざら』らしい。

 

ある『ロード』の言を借りるならば……。

 

『魔法師の寿命が短いならば、芽の出ない連中(Dランク以下の魔法師)を、呪体(ブースター)にしてしまえ……それでも足りぬなら、一から十に連ならぬ混ざり者の分家(百家本流・支流)を削れ……更に人も魔も注ぎ込み、学術機関など作ってどうする?』

 

そういう言が出てくるかもしれない。そのうち、『よいか、真なる魔法師とは、我らのことだけ(十師族・十大研出身)を指すのだ』などという輩が出てくるかもしれない。

 

選民主義の突き詰めたところを見せられて、さしもの達也もぞわっ、とする。

 

背筋が粟立つのは、その倫理意識が、あまりにも他人の人生を『備品』のように扱うからだ。

 

達也と深雪の『本家』と言える四葉とて、そういった倫理意識を持っていないわけではない。

だが『必要』だからこそ、そうしているのと、『首が回らない』退っ引きならない状況だからこそ、『人食い』してまで、自分たちを衰えさせないという理屈は全く違う。

 

「……お袋は、俺に改造を施した時、どんな心地だったんだろうな?……」

「……悲しんでいたとは思いますよ。だって……でなければ……」

 

司波兄妹の会話に無理に割って入ろうとは思わない。しかし、話は進む。

 

「俺としては魔術師全体の利益とか、そんなことはどうでも良かった。アルビオンの最深層。妖精域に辿り着ければな」

 

「何故、其処にいたろうとしたんだ?」

 

「お袋に、母さんにもっと生きていて欲しかった。だから、俺は聖剣の───『鞘』の加護を求めたんだ。

五つの魔法の一つ、並行世界からの干渉すら阻み、アーサー王に不老の力と全治の加護を与える……『黄金の鞘』をな」

 

刹那の言う通り、それは確かに存在していた。衛宮士郎の記憶の再生の中で見た聖剣の鞘は、父親に『再成』なみの回復力を与えて、かつ『英雄王ギルガメッシュ』の乖離剣……破壊力だけならばマテリアル・バースト以上…恐らく円蔵山にある寺で放たれたのは、本気ではないそれすら防いだ。

 

「伝説ではアーサー王が、花の魔術師『マーリン』から授けられた聖剣。その本質は剣ではなく鞘にこそ真価があった。

親父が、『ダニ神父』(母命名)から撒き散らされた泥を防ぐために、鞘を生み出せたならば……」

 

場面が採掘現場……ランチを取っていた場面から切り替わる。

 

美しかった刹那の母親。快活に、溌剌な様子を見せながらも、優雅な佇まいを忘れない……そんな印象だった刹那の母親───は、少しばかり窶れていた。

 

どうしてこんなことになったのか───ことの発端は、大聖杯解体という所にあったらしい。

 

ロード・エルメロイ2世は、アインツベルンとマキリ、遠坂が施した大儀式であり大呪体……英霊召喚を可能とした試みの『原版』たる大聖杯が、既に『退っ引きならない状態』であることを証言した。

 

元々、大聖杯が使い物にならないとしていた『マリスビリー・アニムスフィア』の証言、そしてセカンドオーナーとして土地の管理を請け負っていた刹那の母親のこともあり、『大聖杯解体』という大事業がスタートしたのだが……既にマキリという家は消滅をしており、最後の当主『マキリ・ゾォルケン』の意を汲む分家もいなかったが、問題は『アインツベルン』の方であった。

 

御三家の内の一つであり、『第三魔法』の『成就』ということを何としても成功させたい、見届けたい彼らの妨害もあり、冬木は聖杯戦争ではないのに、結構な魔都になったとか……。

 

「詳しいことは省くが、その際に細心の注意を払っていたにも関わらず、お袋は少しタチの悪い『呪い』に掛けられてな」

 

ロード・エルメロイ2世ほか、教室の人員も総出でかかった。

 

先の第五次でのアインツベルンの『ハーフホムンクルス』に代わり、聖杯の器になった少女『コハル・ライデンフロース』も参加したが―――。

 

「お袋の最大のポカミスだよ。俺が受け持つべき『うっかり』が胎内に残したんじゃないかと、まぁいろいろ考えた。先生やグレイ姉さんたちも少し恨んじまった。

けれど、『それは筋違い』だって分かっていたんだ……」

 

数年は大丈夫だった。このままいけば、刹那が成人するまでは大丈夫だろうと思えていたが……呪いの本質は其処ではなかった。

 

「聖杯の泥……この世全ての悪の呪いは、魔術回路だけでなく刻印にすら食指を伸ばそうとしていた。それを察した母さんは、少々どころかかなり早期から俺に魔術刻印の移植を開始していたんだ」

 

魔術刻印の移植とは、即ち『人体改造』の一つ。如何に子々孫々に適合させていく『臓器』とはいえ、世代を経るごとに血の純度は下がり、その遺伝情報は中々に適合しないものだが、それを適合させるために、『幻想種の骨粉』、一般的には『毒物』ともいえる植物の根の粉末なども呑み込んでいったのだ。

 

「今でもやっているのか?」

 

「まぁな。自分に適した霊脈で瞑想したりしているから、極端に調子を悪くしたり、とんでもない匂いが出ることはないんだけど……注意は払ってる。

リーナの彼氏が『くさいキャラ』だとか、ちょっとアレだろ?」

 

「ワタシとアナタの子供の時を考えたらば、リンお義母様のように香水使いは、ちゃんと教えてあげなくちゃね♪」

 

「どうしよう。もしも『娘』が出来て、『寝る時はシャネル・ナンバー・ファイブ』とか言い出したらば……」

 

今にも泣きそうな刹那の顔。未来に対して幸福すぎるような気がするが、『あの双子』がそう言って、仲間内の息子を誘惑する図は……まぁ見えなくもないのだった。

 

ともあれ、立ち居に衰えは見えないが、やつれているように見える遠坂凛。

 

迷宮探索で手に入れた癒やしの秘石などを、「ちゃんと自分の為に使いなさい。大丈夫よ。母さん―――アンタが、結婚して孫を見るまでは生きてみせるんだから」

 

そう言って優しく断る凛。魔術師としての刹那とて、分かっていることもあるのだろう。けれど、それを覆したかった。

 

「死を克服する奇跡を求めた。もっともっと生きていて欲しかった……けれど───」

 

場面が移る。それは、一組の姉妹の会話だった。

 

どちらも黒髪。そして顔立ちは―――やはり似ていた。

 

「叔母上とお袋の会話だな……」

 

刹那が言う叔母上という女性は、貴人としての服を纏っている、基調としては青と薄紫……宝石の装飾品も結構ある―――。

 

全体的な印象としては、何というかインド神話の女神を思わせる……ゆったりとした服装だからだろうかと思うが、そんな叔母に対して、刹那は口を開く。

 

 

「一見すると、まるで貴族などの上流階級然としているが、魔術師としての戦闘では、グレコローマンスタイルでかかってくる人だ」

 

「プロレスラー!?」

 

「どういう意味なんだか理解が及ばないが、お前の小母って一体……」

 

達也と深雪が少しばかり驚愕していると、姉妹の会話が進む。

 

『本当ならば、アンタにも継承権はあるんだけど……どうする?』

 

『姉さんの子供、『シロウさん』との間に出来た子供と殺し合いはしたくないですね。それに―――魔術師として『先』に行けるのは、どちらかと言われればセツナくんでしょ?』

 

『けど人間、賢しさだけで生きていけるもんでもないでしょ。魔術師としては失格だけれども』

 

少しばかり日本語のイントネーションが変な妹君。刹那曰く、遠坂の家が、遠縁の外国の魔術師の家に『養子』に出したのが、この人、サクラ・T・エーデルフェルトという女性。

 

本来であれば、遠坂家の魔術刻印の継承権は彼女にもあるのだが、それでも甥っ子と相争ってまで……という考えのなさは何故なのか?

 

「俺にも良くは分からなかったんだよな。ただ……『父親の求める通りなどまっぴら御免』とは言っていたな」

 

いまいち分からなかったが、ともあれ短い姉妹の会話。元々、養子に出した縁者と接触することは、魔術師の世界では、ご法度とまではいかずとも、あまりいい顔はされない。

 

これは一般の家でも同じ。……と言っても上流階級の人間でもなければ、養子縁組などということは殆どないのだが……。

 

 

『ルヴィアは、少しばかり乗り気だったけど、刹那を預けるのは、アニムスフィアか……バゼットに任せるわ。二人も遠坂の人間をエーデルフェルトに寄り付かせるというのも、間が悪いもの』

 

『姉さん……』

 

『万が一ってことよ。私も不老不死じゃないことぐらい、分かっているもの……』

 

暗い顔をして姉を見る妹に、笑みを浮かべながら答える遠坂凛。

 

そして刹那は、エーデルフェルトでもなく、バゼットという荒事仕事の魔術師に師事することになる。

 

場面が切り替わる。

 

『お別れの時ね……大丈夫よ。私の残留思念が刻印に宿る。それは、アナタを守るための最後の仕掛け。

さぁ―――手を出しなさい刹那―――ここからは、あんたが『遠坂家七代目当主』……』

 

病床に伏せて、その顔に『水滴』が落ちていたままの、やつれた遠坂凛の姿が無くなる。

 

見ると、刹那が刻印を掴んで『早送り』をしていた。誰も何も言わない。その感情をよく分かっていたから……。

 

場面は切り替わり、雨に降られたのか濡れたままの刹那の前には、小豆色の髪をした女性がいた。

 

印象としては、千代田花音に近いものがあるのだが、それよりもスマートな女性のイメージ。

言っては何だが、スタイルは完全にこちらの勝ちだろう。

 

絶壁と双丘では、こちらの勝ちだろう。

 

不埒な思考を読んだのか、深雪が達也を睨みつけるも、場面は進む。

 

『……ミス・オルガマリーの庇護に入ると思っていたんですが、こちらに来るとは思っていませんでしたよ』

 

『俺の専門は宝石及び鉱石です。アナタに学びたいと思うのは自然でしょう』

 

タオルを被せられて拭かれる前に、自分で頭を拭く刹那の『生意気な態度』に苦笑をするバゼットという女性。

 

自分の家……工房だというのに、私服ではなくて男物のスーツを着ている女性。もちろん、Yシャツとスラックスだけなのだが、どうにも青少年の教育に悪い女性な気もする。

 

『執行者の道に入ると考えていいんですね?』

 

『それを―――考えていましたから……オヤジの足跡を知るには、その方がいい』

 

『てっきり『リンさん』と同じで、『正当な魔術』を極めていくと思っていたんですけどね……教室に属しながら、そういった荒事も無くはないでしょう』

 

『バゼットさん?』

 

言うや否や、バゼットという女はグローブを刹那に投げ渡す。

 

それを見た瞬間、はっきりと分かった。あの入学時点で戦った時から何度も見てきたルーングローブだと……。

 

『私に師事するということは、即ち『私を超える』ということです。それが出来なければ何の意味もありません。シロウくんの後追いでなくとも、その道を知りたいと思うならば……私は容赦しません!! さぁ、掛かってきなさい!!』

 

『どういう意味だ……!?』

 

『リンさんは、アナタがそんな風に言うことを織り込み済みだったんですよ。芽があるかどうかを見させてもらいます!!! 出来なければ、大人しくノーリッジとキシュアとアニムスフィアを専攻して、学びなさい』

 

 

レオよりも本格的なボクシングスタイルで構える、バゼット・フラガ・マクレミッツ。拳を固める魔術師殺しの魔術師相手に、刹那も強化魔術を駆使して挑むも―――。

 

結果として……刹那は何度かふっ飛ばされたりするのだった。

拳一発で人間一人が吹っ飛ぶ映像など、何の冗談だと言わんばかりだが……。

 

「お前も人の子だったんだな」

 

「俺を何だと思っているんだよ。お前は?」

 

とはいえ、結局の所バゼット・フラガ・マクレミッツは、遠坂刹那という魔術師を己の弟子とすることにしたようだ。

 

それは『狩人』としての道に入ることを意味する。

 

魔術師殺しの魔術師。その苛烈な道の果てに……この世界に来たようだが……。

 

その狭間にて緊急の『着信』が入ったように、顔をしかめる刹那。何か『現実』の方であったようだ。

 

「ちょい待て。どうやらレオエリ幹月愛沓栞の一団が、アーネンエルベに向かっているそうだ」

 

「どうしましょうか?」

 

「仲間はずれを、快く思わないのが数名居るからな。とはいえ、刹那の重すぎる真実を冷静に受け止められるのは、俺と深雪ぐらいなんだよな」

 

「私達が四葉だと分かっても平然としていられそうなのが、西城君だけだというのが、なんとも……」

 

いずれ何かの拍子で公然とした「発表」が為されれば、それはそれで不和を招きかねない。

 

妙なことを考えざるを得ないのは、結局の所……遠坂刹那というのが、完全に魔法師にとっての爆弾になりつつあるからだろう。

 

だが、爆弾があってこそ出来上がることもある。どんなに暗いダンジョンでも、岩盤を砕かなければ、望みの鉱物は手に入らないのだから。

 

「まぁ『協力者』が、それなりに妨害はしてくれるようだな。別にショートカットするつもりは無かったが、それだけは伝えておきたかった」

 

「やましいことしていますって喧伝するのは、どうかと思いますけどね」

 

「そんときゃ、あずさ会長が主催したいって言っているハロウィンパーティのアレコレで、秘密にしたかったって言えばいいんだ。

お前だって賛意を示していたじゃないか?」

 

「そりゃそうですけどね。何というか、刹那くんってウソをついているのに、上手くやると言うか……」

 

「達也にも言ったんだが、完全なウソなんて無理なんだから、少しばかりの真実を混ぜとくことによって、追求を打ち切らせるのさ」

 

真似しないほうがいいよ。と言っておいたが、この兄妹は市井の人間を気取ろうとしても、どうしても異常性の方が際立つのだから、無駄な努力に刹那は思えていたのだ。

 

「ワタシにはウソは付かないでよね? ついたらば、『アレ』だから」

 

「ぜ、善処します。いえ、了解しました。マドモアゼル……」

 

笑顔のリーナに問い詰められて、固まって答える刹那の姿。尻に敷かれとる。と思いつつ、何故フランス語?という疑問を出す。

 

同時に、キックボクシングとルーンを組み合わせた戦いの訓練を行う刹那の映像にも変化が訪れる。

 

最初に見えたのは戦場だ。

 

硝煙と幾多もの火煙が棚引く場所で、赤い外套を纏う少年の姿が見える。

 

その眼が『七色に輝く様』を見て気づく。その体から漂う血の匂いが再生される。

 

封印指定執行者の『遠坂刹那』という姿がそこにあったのだ……。

 

「どれだけ取り繕っても血の匂いをさせるのが魔術師っていう人種さ。それが他人の血でなくとも、自分の血を流してしまう……その中でも、苛烈なのが『狩人』としての道なんだ」

 

何を思っているのか、その血煙漂う戦場にて記憶の中の刹那と、今の刹那は―――青く青く輝き白雲一つ無い蒼穹(あおぞら)を見上げていた……。

 

物語は加速していく……。

 

その手にグローブをしながら『陰陽の双剣』を持つ魔術師の行く先が……見えてきたのだった。

 

 



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第163話『迷いネコオーバーステイ』(注意※ギャグ回)

一応、続き話なんですが、後半部分との落差が酷すぎるということで、分割アップ。

それにしてもスペース・イシュタルにカラミティ・ジェーンだと……!?

やべぇスキヤキウエスタン、マカロニウエスタン臭が、とんでもないぜ。(褒め言葉)

これはつまり―――石を溜めて、どちらも手に入れろと!?(涙)

まったくFGOは地獄だぜ! フゥーハハハ―(泣)


───、おかしい。

 

何かがおかしい。何かとは言ったが、何がおかしいかは明確ではない。

 

だが……違和感を感じる。

 

「何か変な空気を感じるね……」

 

「アーネンエルベに行こうとしているだけなんですけどね」

 

 

霊感強いカップル(予定)が語る通り何かがおかしい。明確ではないが、それでも、何であるかが分からないと思っていると……。

 

 

「素は不浄、祖は巫条、礎は巫浄………祝払い、呪払い。言の葉は、言霊へと───」

 

 

四十九院沓子が、祝詞らしきものを唱えて『空間』に対して『浄化』を放った。

 

数秒後には、自分たちに掛けられていた重圧のような倦怠感が消え去った。すると目の前には不可思議な空間が現れた。

 

完全に東京都内とは思えぬ……というか、日本であるかすら怪しい。なんだかお化け屋敷とハロウィンのテーマパークをごちゃまぜにしたような場所に、自分たちは立っていた。

 

 

「ここは?」

 

 

空間を、世界を都合のいいように『創造』する。そういった術の殆どは『幻術』の類と見られている。即ち相手の見ているものを『すり替える』ことで、擬似的な『空間創造』に陥らせる。

 

要するに、VRゲームと同じことを『現代魔法』で行っても非常に無駄なこととなる。だから研究されていない。

擬似的に相手に強烈なイメージを叩きつけることで『精神干渉』とする……そういったこともありえるのだが……。

 

 

「相手を惑わすという意図を持っているんならば、そういうことも必要なんだろうけど、そんな『おとぎ話』を再現されてもねぇ」

 

 

どっから出したのやらな『刀』を手に持ち、下手人切り裂くべしという女剣士のウォーモンガーな思考を遮るように、幹比古は動いた。

 

「待ってエリカ、僕たちは同じ『もの』を見ている。これが幻術や一種の精神干渉だとしたならば、高度な……えっ?」

 

とりあえずこの不思議空間の何処かに行こうとしたエリカの前に立ちふさがって、振り向いた瞬間……幹比古は『恐ろしいもの』を見た。

 

「は?」「うわっ……」「ぶふっ!!」「に、似合ってるよエリカちゃん!」「ハロウィンは終わりましたわよ千葉さん……」

 

五者五様(レオ、栞、沓子、美月、愛梨)の反応を返す面々。

何が何だか分からないが、とりあえずバカにされていることを悟ったエリカがレオに食ってかかろうとした時に……何か不思議な違和感を感じる。

 

 

「ねぇレオ……アンタの眼にはアタシがどう見えている? 正直に答えて、殴らないから」

 

「まず殴るという選択肢がある前提をどうにかしろよ。蹴るのも、斬るのも、叩くのも、あとついでに言えば『噛み付く』こともしないならば、答えるぜ」

 

「い、いいわよ。呑んであげるわよ!! その条件!!」

 

やるつもりだったのかよ。誰もが呆れるように思うが、この役目はレオにしか出来ない。なんせ後のエリカのリアクションは理解できるのだ。

 

よって───。

 

「なんつーか……はっきり言えばケモミミが着いている。多分だけどネコなんじゃないかな?」

 

「はっ?……いやいや、いくらなんでも───な、なんじゃこりゃぁああ!?」

 

 

レオの言を切って捨てようと、旋毛か頭頂部付近に手を当てた後……レオが端末のミラーで丁寧に何があるかを見せると、激昂するエリカ。

 

何かに当たりたいのに、主にレオを小突きたいのに、先程の誓約でどうしようもないエリカは、地団駄を踏んで苛立ちを殺すも、原因は何なのか分からずに、色々とレッドゾーンに至ろうとした瞬間に……。

 

「なうー。久々の登場でなんだが、この赤毛、はっきり言ってネコミミが似合わね―……アチシのような、プリティキュートでラブリーチャーミングなネコミミが似合う娘はおらんもんかにゃー」

 

「だ、誰!?」

 

「な、なんだこのナマモノ!?」

 

 

声のする方向を見ると、そこにはネコ? いやいや、ネコと呼ぶのもおこがましい奇妙な生物(ナマモノ)がいた。

 

金色の髪(?)はショートカットで揃えられており、つぶらな瞳(?)は猫のように細い瞳孔をしていた。

 

白いセーターに、恐らく深紫色のロングスカートだろう……全てがデフォルメされたありえざる生物がいた。

 

尻からは尾、そして頭には1対のケモミミが。手は某青狸のごとく丸っこい。

 

ずばり言えば……映画のキャラに『非常によく似ていた』。若干パチもんくさいところはご愛嬌と言えるか。

 

 

「ネコアルク?」

 

「おおっ! そこなメガネ巨乳! アチシの名前を知っているとは、なかなか見どころあるにゃ。

ネコミミにならん? すっごいネコミミにならん? 今ならなんとネコミミにお得な機能をつけて、そこのムッツリスケベなDTボーイ(退魔系)も誘惑可じゃぜ。

いちごのショートケーキを食う黒猫のごとく、お主のえっろえっろなユメを見せられるんじゃよ?」

 

「な、何の話ですか―――!? そんないかがわしいものいりません!!!」

 

言いながら真っ赤な顔をして、自分の隠しきれぬ胸を隠そうと腕を当てる美月。

 

むしろ、そういうことを自然としてしまうから、歩くセクハラも同然なのである。

 

 

『『残念だったな幹比古(吉田)』』

 

「四十九院さんもレオも、僕がそれを望んでいるという前提でモノを語らない!! というか、この空間の主は、あの猫又だ!!」

 

「にゃっにゃっにゃ。中々にカンを働かせるボーイだぜ。やはり退魔神道系の相手は、何かと相性が悪いにゃ―」

 

その時、脚を収納し、ジェットを噴射させて躱すナマモノ。何を躱したのかは……眼がマジになっているエリカで分かる。

というかジャット噴射が出来る生物とか、どうなっているんだ。

 

「こぉぉおおらぁあああ!!! このナマモノが! アタシにつけたこの奇怪な耳を何とかしなさいよ! アタシは座敷芸者じゃなくて剣士なのよ!!」

 

「犬歯? そういうのは犬シエルにたのめー。アチシじゃ肉球をあたえることしかできねーのよ。

最近どこぞのトラのようなジャガーのような、新たなようで古馴染みのけものフレンズが、肉球を武器に活躍するような絵面もあるから、紹介するのはやぶさかではないにょ?

ただし犬だけは許さん。犬には猫缶の一つもくれてやらん」

 

犬と猫の戦いは、このナマモノでもやっていることなのかと、共通の祖先(ミアキス)を持っていても業は消しきれない。

 

などと幹比古が思っていると……。

 

 

「面白キモかわいいバケネコ! 欲しい!! 我が家で飼ってくれるぞ!!」

 

 

何が彼女の琴線に触れたのか分からないが、三高の四十九院沓子は、目を輝かせてネコアルク(もどき)みたいなナマモノを捕らえんと動き出す。

 

 

「にゃっふふふ! アチシを捕まえてごらん―――ナイムネロリっ子よ!!

このネコ二十七キャットの第一席 『はじまりのネコアルク』は簡単には捕まらない。

何故ならば、あの白くてモフモフの画面端で延々と走るニクいあんちくしょうに勝つために、パケシ(生存中)と同盟を結んだんだからにゃー!!」

 

 

非常識極まりないバケネコは、エリカと沓子にけしかけられたレオを筆頭に捕物となる。

 

 

「厳ついボーイ。おヌシ、最弱系サーヴァントになってアチシを追いかけた方がいいんじゃないかにゃー?

絶対相性いいぜ。ウルトラマンタイガよりも入れ墨入れた方がいいぜ。バディーゴー!!」

 

「何の話だよ!? げふっ!!」

 

「西城!! よくもワシの未来の夫を!!! 許さん!!」

 

「幕之内一歩はよみがえる! そしてネコアルクもよみがえる!! にゃんぷしーろーるは永久に不滅だにゃーーー!!」

 

「うぉおお!! なんなのよ!!この非常識の塊は――――!?」

 

「赤くなくても三倍以上のスピードを体現したアチシは、オリオンをなぞりかねないPhantom Jokeすぎて、諦めるがいいのにゃー」

 

色々と今までの現実を全て覆されるようなネコアルクもどきの動きに、『速さ』においては一高でも中々の人材のはずのエリカが翻弄されて、レオの拳が空を切り、沓子の水は眼から放たれるビームで無為に消えていく。

 

 

「現実的なことを考えれば、四十九院さんの飼い猫宣言は、かなり無理なはずだけど……」

 

「実家は大きい神社。しかし、流石に北山さんとかの富裕層でないと、ペットを飼うなんて無理だからね」

 

 

寒冷化と戦争の影響は、世界全体のペット事情にも及んでいる。世界群発戦争から30年が経過しても、ペットは一部の富裕層にしか許されない『高度な情操教育』で『カネがかかる趣味』であった。

 

既存の食物連鎖や生態系は、完全にこの島国でも狂ったのだ。

 

ニホンオオカミを駆除しすぎた結果、鹿や猿が繁殖しすぎたことが問題となったように、この『生態系が狂った世界』では犬はおろか、小鳥を飼うことですら、富裕層にしか許されないものなのだ。

 

 

「まぁ、あのバケネコに高い疫病のワクチン接種や、専用のキャットフードが必要なのかは非常に疑問ですけどね……」

 

「刹那だったらば、『ココロの贅肉―――♪』とか言って飼うかもしれないけれど」

 

あんなバケネコすらも守備範囲なのか? そういう疑問を持ちつつも、猫耳菌なる怪しげなものは、エリカにしか定着しないものなのか?

 

そういう疑問を持ち、愛梨としてはちょっとした妄想をする。

 

ホワンホワンホワンアイアイ〜〜〜。

 

 

「セルナー♪ アナタの大好きなネコミミが私に付きましたわ。これで私はアナタの心の税金ですよ―――♪」

 

「ネコミミの魔法師なんて、最高の美女じゃないか、惚れてしまうよ」

 

「ウフフ、ちょっと違いますね。私は美女じゃなくて、美少女ですよ。モチロン、大人になったら美女になりますけど♪」

 

「そっか、愛梨は2度お得だね」

 

「そうよ。私は2度お得なオンナなのです。ネコミミモードになれないアンジェリーナとは違いますわ」

 

腰を引き寄せられ、首に手を回して密着寸前で見つめ合う二人の様子を幻視して……(リーナ滑り台行き)

 

 

「セルナは私にトキメキング☆ こ、これですわ!! これが勝利の鍵です!!」

 

どんな妄想をしたんだ!? そうツッコミを入れたいのに入れられない幹比古と美月

 

 

「付き合うよ愛梨。私も───クール系美少女からクラスチェンジする時が来たんだよ。クールそうに見えて、実は可愛い格好もしたいかまってほしい系美少女に」

 

「栞……!! 心強い味方を得ましたよ……。では―――いざ、あのナマモノを捕らえるべく、行きましょう!!」

 

「ええ」

 

 

その言葉で、どこに着込んでいたのかフェンシングスーツを晒す二人。

 

別に裸身を見せたわけではないが、身体にピッタリ張り付く衣装を見せまいと、幹比古の視界を防ぐべく美月は手を幹比古の眼に当てた。

 

 

「今更ながら、このパーティの面子の圧倒的な弱点に気付いてしまったよ……」

「そうですね。なんでこういう時に限っていないんでしょうね……」

 

 

圧倒的な「ツッコミ役」(説明役)不足。

 

いつもならば、理路整然とした説明をしつつ「バカなことはやめて、落ち着け」(超意訳)と言うのがいないのが、この状況の混乱を収拾付かないものにしている。

 

そして、密着した状況での目隠しなので、豊満なムネが幹比古の背中に当たっていたが、それを黙っている幹比古に言えた道理ではなかったのだ。

 

……そんな中でも美月は、空中に浮かび、コウノトリのような朱い眼を片方だけ見せている、鳥を思わせる少女の「霊体」がいることに気付く。

 

その微笑みの意味は分からないが……。この状況に手入れをした面子の一人だろうとは察しが着いたうえで……。

 

「体はネコで出来ている。下段攻撃が主になってしまうストレスをかんじれー。

格ゲー異種格闘(MUGEN)でのライバルはホルス神のスタンド使い。ペット・ショップ───うむ。ヤツだけは眷属達総出じゃないとにゃ!」

 

カオスの具合は、加速度的に上がるのだった……。

 

「ヘルプミーヘルプミーヘルプミー。達也さんでも刹那くんでもいいから、この安宿先生に声が似た生物(ナマモノ)をなんとかしてぇぇええ!!!!」

 

 

一種の妖精郷とも言える場所に「連れてこられた」美月たちの受難は、まだまだ続く……。

 



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第164話『まほうつかいの過去──EMIYA Ⅱ』

というわけで、こちらが途中まで書いていたというシリアスの後編。

加筆に加筆をかけて、ここまで伸びてしまいました。申し訳ないです。

そして実を言うと、前々回の話しでバゼットに吹っ飛ばされたあとのNGシーンとして。

『ジャガーマン道場』なるものを書いていたのですが、長くなりそうだし最終的にはシリアスになるので、今回はカットしておきました。

機会があれば、いつか出したい。


殺した。殺した。殺さなくてもいいものでも最終的には死んだ。

 

そして、「殺さなければいけないものは総て殺した」。

 

救い出しかったものも殺さなければいけない現実に、刹那の心は、重く硬くなっていき、慙愧の念はとめどなく増えるたびに、父の投影魔術の精度は加速度的に上昇していく。

 

剣製の秘奥は、刹那が心を凍てつかせるたびに冴え渡る。

 

「刹那、お前の世界では……「吸血鬼」と呼ばれる存在がいるのか?」

 

「お前さんの中での『定義』が、どんなものかは分からないが、俺の世界ではいるんだ。厳密に分ければ色々とあるんだが、俺が主に相対したのは、魔導の探求のために己の肉体を不変不朽のものとする変成の秘術……永遠の存在「死徒」と呼称する」

 

今、刹那の記憶の映像は、どこかの南国の島を映し出していた。

 

燦々と輝く陽光の世界だったはずなのに、今のその島はあちこちで炎が上がり、闇夜に閉ざされた中では、星空すら、その炎は舐めあげていた。

 

そして、そんな地獄の中でも平気な顔をして、否、『既に死んだ顔 』のままに歩く住民……元・住民たちは、フィクションのゾンビかアンデッドのままに、仲間を増やしてこうなっている。

 

「この世界では『吸血鬼』の純度が下がるのか、グールの大半は中途半端なものになるんだが、俺の世界では、こういう風になってしまう……。

死徒だけど、吸血衝動を抑え込めるタイプの『ジジイ』に聞いてみたらば、俺の世界は更に『温い方』で、死徒どもが大々的に『王者決定戦』しているような、ろくでもない世界もあるそうだ」

 

その原因は不明―――と言った刹那だが、達也には何となく分かった。この世界は、一度は地球規模での寒冷化が、世界を凍てつかせた。

 

グールという存在が、刹那の記憶ごしとはいえ、脳髄が溶けているのに『生きている』ことを察した達也は、確かに、こちらの生物的な規格とは違いすぎていた。

 

この世界で真正のグールを発生させるならば、世界の平均気温が8度は上がらなければならない。その前に体は『冷凍保存』されてしまうからだ。と思える……。

 

詳細は不明だ。そもそも、マナカ・サジョウのビーストグールも結構な力だったが、『生物』としての枠組みから逸脱してはいなかった。

 

確証は無いが、吸血鬼という神秘が落ち込む原因は、そこにある気がした。

新たな仲間を求め、新鮮な血液を求めて徘徊する様子の中に赤い魔術師は、立ちながら食屍鬼たちを狩り殺していく。

 

弓から撃ち出される剣矢が、光の軌跡を描きながら飛んでいき、グールたちを抹殺する。その炎の中に、魔術師とは少々毛色が違う集団が紛れ込む。

 

法衣、カソックとも呼ばれる達也たちの世界でも廃れることはない『一大宗教』の衣服。それを着込んだ集団が、刹那たちに協力するようにグールを屠る。

 

あるものは、レオのような手甲と脚甲をつけて、グラップリング……シラットだろうか? それで倒していく。

 

あるものは、黒鍵という度々刹那も使う小剣を用いて刺殺していく。斬撃の為の武器というよりも、投擲など、突き系統のための武器なのだろうが、使い手は指の間に黒鍵を挟んで投げつけられるだけ投げつけている。

 

あるものは、これまた二人と別ベクトルで、ケレン味たっぷりに銃火器を手にしてぶっぱしている。

デリンジャー銃の改良なのか、銃口が五つあるものを、更に銃の台座をあわせて上下に『合体』したらしく、それを二丁構えて放ってくるのだ。

 

ちなみに言えば、この僧侶は吸血鬼よりも刹那に対して銃弾を放っているように見える。

 

「彼らこそが、魔術協会に敵対する神秘の世界のもう片方の大勢力。

───『聖堂教会』。バチカンにある総本山より選りすぐられたエージェントたちは戦闘僧侶(モンク)として、こういう荒事に出てくるんだ」

 

「仲悪いんですか……?」

 

「大いに悪い。聖堂教会の戦闘僧侶───『代行者』『聖堂騎士』と呼ばれる彼らは、一大宗教の『戦闘信徒』なんだ。

教義を順守する以上、彼らにとって奇跡の御業とは、『主とその御子』だけにしか許されぬ尊いものであり、フランスの悪鬼『青髭』のように、おぞましい耽溺と人死にを用いて、その奇跡を『真似ようとする』所業は言語道断だと言ってはばからない輩だからな」

 

深雪の蒼白にした顔に答える刹那を達也は見る。見た上でふとした疑問が浮かぶ。あのマナカ・サジョウとの戦いの時に、刹那は教会の『秘蹟』とやらを用いて、刹那は聖域としたのだ。

 

あの時、刹那は実家が隠れキリシタンだと言っていたのだが……。

 

「そこが、組織というものの『生臭さ』なのさ。如何に聖堂教会が魔術師を憎んでいても、『協会』を作り組織化された以上、まともにぶつかれば連中とてタダでは済まない。

だから一種の休戦協定が結ばれているし、協力関係もある程度は存在している……。

その理由は、教会にとって最大のバチ当たりは、魔術師じゃない―――」

 

達也の疑問に答えたのを皮切りに、映像に変化が現れる。刹那の言う『最大のバチ当たり』がやってきたのだと気付けた……。

 

『食らいなさい……。新鮮な魔術師が三人に代行者が三人……どちらも一人とびきりがいるわね。二人は私の直近にするから、あんまり傷つけないでね』

 

『アレクシア……!』

 

グールを引き連れてやってきた、この上なく人外極まる黒髪の少女が、妖艶にして肌を多めに見せたドレスを着込んで、場違いな限りに、刹那と代行者の狭間に割って入る。

 

遅れて、バゼットと……名前は分からないが、特徴的な剣にして杖を持っていた、壬生先輩に指導した際に刹那が教えた『空気撃ち』の礼装を持つ銀髪の女がやってきて、刹那のフォローをするように左右に陣取る。

 

「死徒はある種の『超越種族』に噛まれることで、不老不死に至った存在が主なんだが、その一方で、魔術を極めていった先に、自らの肉体を『永久機関』に変革するか……この女、アレクシア・ツェプターは、『500年』は生きている中級死徒だった……」

 

この映像に至る前に、刹那は、アレクシアなる少女や島の人間たちとも交流していたことを考えれば、なんたる皮肉だろうか……。

 

そんな様子に混じっていたデリンジャー銃のシスターが、あざ笑うように、刹那の側に近づきながら口を開く。

 

『へっ! お前分かっていてあのオンナに近づいていたわけじゃないのか? 随分と協会の執行者ってのは腑抜けてんだなー。

下がってな。お前にどうこう出来るヤツじゃないよ』

 

『黙れよ。シスター・スガタ。彼女の封印執行は俺の任務だ』

 

返す視線と刹那の言葉は、とことんまで冷たいものだった。こんな刹那は、少しだけ見たくはなかった想いが達也に出てくる。

 

『アレは確かに、『魔術師としても封印指定』だが、『死徒としても贖罪指定』。見事にバッティングしたなー。

アタシの仕事を邪魔するんならば……お前から殺すよ?』

 

『やってみろ』(イッツ・ア・デュエル)

 

冷たい視線と視線の交わし合いの果てに―――。

 

言葉で、刹那の魔術回路と刻印が励起を果たして、左手が持ち上がり―――。

 

腰に両手を回して、ベルトからごつい二挺拳銃……否、二挺『剣』銃を取り出した金髪のシスターが――――。

 

周囲に雨あられと弾丸(魔弾)を吐き出す。少年少女の背中合わせのバレット・バレエ(銃弾演舞)

 

『お前は後回しだ。まずは───』

 

『吸血鬼を何とかする方が先決!! 理解ある上司を持ってお互い幸運だにゃー』

 

見ると、青髪のシスターと金髪のシスターとが、軽やかな身のこなしで、炎を上げる崩れかけの家屋の屋根に飛び移り、魔術師の方は、地上を走る。

 

アレクシアなる少女の姿をした死徒は、森の奥に逃げ込むわけで、それを追うためだろう。

 

対して、残ることを強要された……援護無しの若年の魔術師と代行者は───。迫りくる食屍鬼に対して、再び向き合う。

 

ジャンも、アルーも、ルイも、フランも……パン職人のピエールさんも、漁師のハンスさんも……気のいいおばさんも、気難しいが、それでも異邦人である自分にこの島のことを教えてくれたおじさんも、全員がグールに堕ちていた。

 

『……俺がもう少し早く見つけ出していれば―――』

 

『最初から死んでいたんだよ。それを無理やり抑えつけていたんだ』

 

それに気づけなかった時点で、自分たちの失敗だった。だから───。魂すら燃やし尽くすほどの武器で、一人一人を倒していく。

 

『無茶だが……キミは、それを行うんだなセツナ?』

 

『俺は……オヤジのようにはなれない。錬鉄の英雄は、名も知らぬ『顔も知らぬ相手』だからこそ、正義の味方になれた。

そんな思考放棄の自己防衛なんてまっぴらだ』

 

眼に見えている彼らは刹那を仲間に加えんとしている。だが、それは許されざる行為。そして刹那は―――それを望まなかった。

 

だから……しゃべる魔法の杖(カレイドオニキス)の言葉に応えるように、虚空に多くの剣が並び立つ。

 

永劫の苦悶に灼かれながら死にながら生きる存在を、呪われたものを滅ぼすために、刹那の剣は、あちこちに飛んでいく。

 

『うぉわっ!! アタシまで刺し殺そうとすんなよ!!』

 

スガタという代行者の至近を通過する剣、槍、斧、小剣、大剣、斧槍、戦鎚……多くの武器が、刹那の命令で飛んでいく。

燃え上がる炎に対しては氷の剣、水の槍、土の斧とが鎮火を果たし、星の明るさ、月の輝きの元―――刹那は加速をしながら己の手でもグールを屠っていく。

 

現代魔法師としては、無駄事にも思えるが、達也のような眼を持っていなくても、その武具の魔力が桁違いであることは理解できる。

 

そしてそれ(神器)を振るう刹那の剣技は、あたかも星々と月に住まう神々に舞を捧げるかのように流麗かつ、稲妻のごとき速さで持って切り裂いていく。

 

南国『ハトアタ島』にて、食屍鬼へと変貌させられた住民全ては抹殺された───他ならぬ、若干15歳程度の少年によってだ……。

 

「ワタシは、覚えているわ。絶対に忘れたりしないモノ。

あの技は、ワタシが触手まみれで大変に恐ろしいこと(R-18指定)に陥った際に、巨大なデビルフィッシュ(オクトパス)を倒したものだもの」

 

「どういうシチュエーションなんですか? むしろそっちのほうが気になりますよ?」

 

顔を赤くして頬を両手で抑えているリーナの様子、恐怖だったのか幸福を感じているのか、どっちなんだよ? 深雪と共に疑問に思う。

 

とはいえ達也も、この連弾曲剣舞(SWORD DANCERS)を一度だけ見たことがある。

 

九校戦の裏側にて行われた戦い。新ソ連の特殊部隊と生物兵器を滅殺した技だが、あれに比べればまだまだ荒い技だ。

 

しかし、若さと言えばいいのか、荒々しさあるものが、この後の練達に繋がるのだろう。

 

「人に歴史ありだな……それにしてもお前は、この時15歳なのか?」

 

「その辺りは時間が進んでいけば分かるよ。あえて言えば、黒の組織(烏丸)に薬を飲まされたようなもんだ」

 

もはや答え(アンサー)を言っているようなもんだが、死徒化の秘技を使ったのかという達也の疑問は、とりあえず置いていかれた。

 

そして映像の刹那は、聖堂教会の金髪の少女と相対する。

 

同じ金髪でも、リーナや一色愛梨とは違うタイプの少女。

 

彼らが女の子然としたところを見せつけているのに対して、シスタースガタは、どことなくエリカと同じところを感じる。

 

いわゆる『肉食動物』……ネコ科のそれを思わせるものと同じだ。イメージとしてはシマネコか獅子の子供を思わせるのだ。

 

 

『アタシとやり合うか? 刹那』

 

『……バゼット(お師匠)のフォローが優先だ。お前になんか構っていられるか』

 

『なんだよー。お前、誘いを掛けているオンナに恥かかせんなよー。

アンタとアタシにしか、ここにいたみんなの弔いは、出来ないんだぜ?』

 

すげなくスガタの誘い(?)を流して、ジャングルの奥に一歩を踏み出した瞬間に、瞬発をする二人。

 

その理由は、ジャングルの奥で『何か』があったことの証左。

 

刹那の進行速度に合わせた映像の速すぎる変遷の末に、ジャングルの奥……周りの木々をなぎ倒して、ちょっとした円形の広場を作り上げただろう『少女』アレクシアが、哄笑を上げていた。

 

『バゼット!!』

 

『来ましたか、状況は悪いですね。流石は500年ものの死徒です……。復元呪詛も封じているのですが……』

 

『城を砕いて、土地(どだい)崩しもしたというのに、中々に粘る』

 

前言撤回。どうやらここにはデカイ建物があったのだが、それをこいつらは、達也のような分解ではなく肉弾で砕いたようである。

 

「吸血鬼の城となれば、ただの城じゃない。魔城の類なんだが、この連中は、そういうことが出来るんだよな。

フォルテも、あんな儀杖剣でよくやるよ……」

 

呆れるようにバゼットという女と隣り合う女性に感想を述べる刹那は、何処か懐かしくするように眼を眇めていた。

 

その様子に精神体のリーナは近づいて左手に巻き付いた。

 

いつもの『ワタシ以外の女に眼を遣るな』というジェラシーであるが、映像の中の様子は佳境を迎える。

 

『セツナぁアアああ!! アナタは言っていたわ!! アナタは取り戻したくないのぉおおお!? アナタの家族を!! アナタの両親ををををを!!! アナタが望めば、ワタシが取り戻せられる!!

ツェプター一族の悲願、死者蘇生をワタシが、ワタシがぁああああ!!』

 

『ここ……ハトアタ島の住人のようなものを、お前は続けるというのか? 怪物創造なんて、意味のない愚行だろうに』

 

『死者の蘇生は『魔法の領域』―――不完全だろうが、それでもワタシは求めていた!! お父様もお母様も生き返らせることが出来た―――!! 怪物として生まれ変わっても、お父様もお母様もワタシを撫でてくれた。ワタシを甘やかせてくれた!!

けれど、その中に精神(第三)(第二)も定着せず―――。アナタの中にある秘技を用いれば、ワタシの求めたものは―――完成する!!!』

 

『………』

 

少しだけ―――押し黙る刹那。周りは少しだけ息を呑む。ここで敵に回るのか―――それとも……。

 

『来なさい―――ワタシとアナタは同じよ―――アナタを―――』

 

優しい目と言葉が、刹那をこの上なく誘惑する。それは甘美なまでの『終わり』の在り方。求道などしなくとも、世界が完結するならば……。

 

その誘惑を、刹那は斬り捨てた。

 

『―――お前などでは役不足だよ』

 

言うと同時に、アレクシアの頭上の虚空(うつろ)に浮かんでいた剣が一斉に爆撃を開始。

 

誘いのために差し出した手―――触手のように、刹那に伸ばされたそれが半ばで消し飛ぶ。

 

全身にありったけの神器を打ち込まれたアレクシアは、絶叫をして刹那を睨みつける。

 

『道を外れたお前では、尊き『魔法』の真似事すら卑賤の(わざ)に成り下がる。実に醜悪だよ。

お前みたいな人蛭(ヒトヒル)に、俺は俺を明け渡さない。俺は俺のままで、この世界に向き合う。

お前のようにはならない。───俺は俺だ』

 

『――――』

 

憎悪の眼で見るアレクシアに対して、七色に輝く魔眼で見据える刹那。

 

本性を表したアレクシア。どす黒いサイオン……魔力に身を浸した死徒に対して最後の戦いが始まる……。

 

咆哮一声。ルーンの守りを発動させ、その加護の元……怪物と化した少女に斬りかかる魔術師たち。否、最初っから怪物であった少女の体が巨体へと変化を果たす。

 

巨大な下半身。もはや蜘蛛か蟻のような袋状の腹部から多くの脚を出した怪物。歪なまでに上半身は可憐なる少女の様子。

 

神話で語られるミルメコレオかアラクネーを思わせるそれを前にしても―――刹那たちは退かずに、立ち向かう……。

 

 

『ツェプター一族は、死者蘇生。それも肉体(第一)に主眼を置いた秘奥を模索していたようです』

 

波を掻き分けるクルーザーの船縁(ふなべり)にて、一仕事を終えてラクな格好をした魔術師の師弟は、今回のことに関して言い合う。

 

どちらも傷を負っているが魔術刻印の回復は十全にかかっているようで、それでも体力の方は中々に戻らないのだろう。

 

刹那は座り込み背を向けて、バゼットの方は朝焼けの海を眺めながら語る。

 

『しかし、その手法はあまりにもフランケンシュタインの怪物作りに似通い。最終的には、ああなったようです』

 

『島の住民全員を、改造して人形にする……』

 

『村一つ、都市一つを丸ごと『死都』にするような人間もいるほどです。そして、外界と隔絶された南国の寒村であり孤島……。シチュエーションは、完璧だったのです』

 

『アレクシアの下知さえなければ……まだあの島は、『いつもの風景』だったのかな?』

 

その問いの無意味さを弟子である少年が分かっていないわけがない。

 

だが、バゼットは……少しだけ優しく言う。

 

『それでも、必要なことをやったのですよ。彼処には聖堂教会も入り込めなかった。そして……彼らは、既に死んでいた―――。必要になれば、再び外の人間を島に取り込んでいたでしょうね』

 

潮流を擬似的に操り結界としていたアレクシアは、ハトアタ島に余計な人間を寄せ付けず、必要な時にだけ人を招き寄せていた。

 

まるで食虫植物か、蜘蛛の巣のように……。

 

『まさか『漂流した』少年と少女が、魔術師と代行者として自分を狙っていたとは思わないでしょうね』

 

『狙い通りだったとはいえ、二度とやらない』

 

海に放り込まれたのだろうか。ジト目を向ける刹那にバゼットという女は、薄く笑みを浮かべる。

 

この程度で魔術師の居城に入り込むなどありえない話ではない。とでも言うかのようだ。

 

『――――』

 

クルーザーを操るフォルテの操船が高い波を超えた後に、バゼットは続ける。

 

『こんなことはどこでも行われています。魔術師が己の欲望のためだけに、人死にを厭わず、多くの酸鼻極まる冒涜を行うのは―――我々のような闇の領域に居る人間にとっては、日常茶飯事なのですよ』

 

『時計塔の外では、こんなことが、どこでもある。実感として理解できていなかった……。こんな地獄に───』

 

何を続けようとしたのかは、見ている側である達也には分からない。

 

しかし、映像の中のバゼットは気付いたようだ。俯く刹那の心は千地に乱れながらも、一つの『願い』を言い当てた。

 

『――――『正義の味方』にでもなるつもりですか?』

 

その言葉を言われた時の刹那の表情は見えない。

 

『……馬鹿げてるよ。そんな『生き方』(在り方)に、何の意味があるんだよ……』

 

言葉は捨て鉢。しかし、右手を一際強く握り込む刹那の感情は少しだけ理解できた。

 

『それを聞いて安心しましたよ。士郎くんを、どうしても止められなかった後悔ばかりの私の教育は、生きているようだ。

アナタまで世界の果てに行かず、ただ一人の人間として世界に向き合ってください。それが死んでしまったお母さんの願いですよ……刹那』

 

その言葉を最後に船室に引き上げるバゼット。

 

師匠の姿を見送ってから首だけを回して、キラキラと煌く水面に眼をやる刹那。

 

「理屈では納得できても、俺は、俺の心は納得出来ていなかった。

救えるはずのない命だとしても、それでも多くを救いたかった。

魔術師が真理を求める理由は―――、堕落していくだけの世界を救いたかった。

そうだったはずなのに……真理に近づこうとすればするほどに遠ざかる救世の道だ……」

 

映像の中の刹那は涙を流していた。慟哭はない。嗚咽を零しているわけではない。

 

だが……その顔は悲しみに彩られていたのだった……。

 

そして場面は移る。

 

 

最初に見えたのは女性の姿。何となくではあるが、一輪の薔薇を思わせるイメージ。

 

周囲の状況は、何かの車両の客室。達也たちが生きている時代では、既に無くなった『列車』、もしくは『新幹線』とでも言うべき大量人員輸送機関、その中でも、アンティークな客室は、それを思わせた。

 

実では見たことはないが、資料だけならばそれを思わせる場所にて、『薔薇の女性』は、深紫の唇、妖艶なまでに弧を描く魅惑の唇を開き、対面に座る刹那に対して、こう言い放った。

 

『―――『村』に来なさい。アナタのその眼は、いずれアナタ自身の運命を食らい尽くす。

これは予言、『未来の滅びを約束する『死』が、汝の運命に良辰を与える。運命を変えたければ、汝―――『死神』と相見えるべし』

……いい魔眼()を見せてもらったお礼よ。私が同胞以外に、こんなことをするのは滅多にないのだから』

 

苛烈な青春の日々にして魔宝使いの転換点(きりかわり)は、間もなく訪れようとしていた……。

 

 



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第165話『まほうつかいの過去──EMIYA Ⅲ』

スペース・イシュタル……禁断の五千円課金でゲット。ここまで機械に強い凛というのも、アレだな。

ところ変われば何とやら。トッキーまで機械文明に毒されちゃって(マテ)

そんなこんなで長らくお待たせしましたが、新話お届けします。


 

『私ではすでに手に負えんな。鍛える方法。『上昇』させることならば可能だろうが、抑制する方法は、専門外だよ』

 

目の前の恩師は、そう言ってから自分の目を羨ましげに見る。

苦笑してしまうぐらいに、ギフトのないことにコンプレックスある人だ。

 

『天文台も、『村』に向けてあれこれと準備を進めている。バルトメロイも、私の生徒に有望そうなものを出せと言ってきたよ』

 

『派閥に所属している悲哀ですね。先生』

 

『FUCK。すでにライネスがエルメロイの家督も『地位』も相続した状態で、なぜ私にこんなことのお鉢が回ってくるのだ』

 

『そりゃ、現ロード・エルメロイよりは『与しやすい』とでも思っているし、押しも押されもせぬ一大学閥、『ウェイバー学校』の盟主ですからね』

 

からかうような刹那の言葉に、シガーカッターを使って葉巻を切ったロード・エルメロイ2世。

すかさずヤクザの下っ端の如く、『ライター』の火を持っていこうとする刹那を制して、自分で火を点けたロード・エルメロイ2世ことウェイバー・ベルベットは、景気よくタバコを吸った後に、それを紫煙として吐き出す。

 

その煙の中に心痛の類も含んで吐き出したい想いが、傍から見ている達也たちにも分かった。

 

『……参考になるかどうかは分からないが、お前に今回の招待状をくれてやろう。恐らくだが、今回寄越されたのは、私にというよりも、お前に渡ることを目論んだのだろう』

 

『招待状?』

 

『魔眼蒐集列車───上級死徒『ロズィーアン』の『宴』……行くか行かないかはお前次第だが……いざとなれば、『売却』も出来るさ。

どうするかは───本当に、お前次第だ。刹那』

 

いつでも書類が山積みの執務室から、『薔薇の蝋印』が成された一通の手紙を差し出される。

 

魔眼蒐集列車……レール・ツェッペリン。フェムの船宴(カーサ)、アインナッシュの仔などと同じく、『現世』に未だに残る上級死徒の神秘領域。

 

そこに赴くことで、この眼の制御方法を得る……。

 

『私の指導方法が仇になるとは失態だ。そして解決策もさして用意できない』

 

『魔眼封じでは、いずれは食い破られる……しかし、完全に制御出来れば、これ以上無く見定められる。

別に俺は何も悲観しちゃいません。何とか制御してみせますよ』

 

出来ないことなんてない。それこそが、遠坂の矜持なのだから。

 

失礼します。と一礼をしてから執務室から出る刹那。そして出た瞬間に、一人の女性に捕まる。

 

腕組みをして、少しだけきつい目をしていた銀髪の女性は―――。

 

『おかえりなさい。今回も色々と大活躍だったそうね』

 

『まぁ、聖堂教会の代行者と殺し合うなんて、魔術師ならば、なくはないでしょうよ』

 

『そういうことじゃないわよ……とはいえ、無事に帰ってきてくれたんだから、これ以上は言わないでおくわ』

 

最後の方には、刹那に対して労るかのような視線と言葉で癒やしてくるのだった。

 

『昔は、私のほうが身長高かったのに、いまじゃすっかり追い越されちゃったわ。男の子って成長が速いのね?』

 

『そりゃ魔術師であろうと、男女の性差はあるんですから、というか、オルガ義姉さん的には小さいままの俺のほうが良かったですか?』

 

『お姉ちゃんをからかうもんじゃありません。別にそういう意味じゃないわよ。そこまで少年趣味じゃないもの!!』

 

否定はせんのかい。必死な様子で言うオルガマリーという女性は、刹那の首に巻き付くように抱きつきながら言う。

 

なんだこの年の差カップル。と思いながらも、刹那はこの人を捨ててでも、この世界にやってきたのだ。

 

見る限りでは、愛が冷めるという様子はないのだが、何があったのやら……。

 

『少し痩せたかしら?』

 

『そうかな?』

 

『執行者として悲しいことばかりを経験しているからよね……止めたいと思わないの?』

 

『どうしてそんなことが分かるんだい? それとしばらくはやめるつもりはありません』

 

『それはね───『魔眼』を持つものは、『見えてはいけないもの』まで見てしまう運命にあるからなのよ。それは悲運の魔力の導き……あなたを守りたいのよ。私は』

 

『これから口説くつもり? けどだめですよ。『こっわーいお姉さん』が、鼻息荒くしてこっちを見ていますから』

 

その言葉で猫のように眼を細めた刹那の視点が動くと、いちゃつくカップルの前には、通路に張られた『障壁』に『びったり』と顔と手を着けて鼻息荒くしている……かなり厳つい眼帯を着けた人物。

 

頭に巻き付けて止めるベルトタイプの眼帯で、片目を覆い隠していた美女がいた。

 

『黄昏の刻』にでも埋没せず映えそうなオレンジ系統の茶髪。あえていうならばモカブラウンの背中半分まで伸ばしている。

 

髪型は特に遊びもなくストレートに伸ばして、魔眼の影響もあるのか前髪は左右でボリュームが分けられていた。

 

最初はブーツのせいかと思ったが、ヒールはそこまで高くない。

背丈はアングロサクソン系の白人ということを抜きにしても、女としては結構な長身だ。

 

今の時点では、なんとなーく『残念系』な様子しか無いのだが、本来の彼女は、きっちりとしたキャリアウーマン的な所もあるのかもしれない。

 

魔法科高校では絶対に見かけない『真面目な委員長タイプ』とでも言えばいいのだろうか……そんな人がいた。

 

「彼女は?」

 

「オフェリア・ファムルソローネ。俺の一世代上の時計塔の先輩だよ。専攻は降霊科(ユリフィス)で、基本的に鉱石科(キシュア)現代魔術科(ノーリッジ)の教室にいる俺とは、あんまり接点が無かったんだけどな……」

 

「そんなお前が、この美人さんとどうして知り合ったんだ?」

 

「時計塔には一定の『秩序安定』の為の機構が存在している。今まで見てきた通り、魔術師なんて、自分の研究のためならば、人死にをいくら出しても構わない。俗世間にいくら迷惑がかかろうが、どうでもいい……なんてろくでなしばかりな訳だが、如何に研究の為だからと、幾らかは時計塔も『見過ごす』とはいえ、隠しきれない『異常』、魔術の『痕跡』は神秘の漏洩に繋がり、やがては衰退する。

先程の映像の通り。場合によっては、聖堂教会が『やりすぎ』に気付いて抹殺に動く。

それは魔術師の研究成果も破却されることにも繋がるから、秘密裏に内密に自分たちで粛清をすることで、教会の干渉を遠ざける組織がある。

時計塔にありながら、研究ではなく魔術社会の『法の番人』を気取る連中。魔術師の全てを統括する内規のための学科。

第一原則執行局。十三番目の学科……法政科───『バルトメロイ』と呼ばれる堕落の輩の集まりさ」

 

基本的には、そういった『やりすぎた連中』を好ましく思わない刹那ですら、その法政科は好かない様子だ。

 

まぁそもそもどんな組織でも、『内規適用』の仕事をする連中というのは好かれない。

 

どんな仕事でも『うらごと』の内々のルールや慣習というのもある。しかし、法的な監査を『なぁなぁ』で過ごして、外部から『犯罪』だと指摘されて、さぁ大変、信用は皆無。となったらば、組織の『屋台骨』『土台』が吹っ飛ぶ事態にもなるのだから、こういったことは、どうなるかは分からない。

 

閑話休題。

 

ともあれ、このオフェリア・ファムルソローネという女性は、北欧の結構な名門魔術師らしいのだが、特に法政科とは関わりはなかったようだ。

 

「貴族主義派閥の名門なんかは、時計塔の運営に関わることがあるから、帝王学を学ぶために、一度は法政科に入ることが多い。一種のイニシエーション……通過儀礼らしいが、それはともかくとして、俺の学んでいた時代ともなると、時代の進展、ソーシャルメディアの活況、インターネット通信回線の高速化……まぁ今の時代に比べればローテクだけどな。それでも、その進展こそが色々と魔術師を悩ませてきた時代だったんだ」

 

確かに刹那が生きていた時代というのは、達也の世界でも同じようなものだった。

 

2000年代初頭のITバブルの崩壊。そこから『簡易的』『安価』な通信利用が始まっていき、2005年頃には、30分アニメ程度のデータ量は、簡単に『アップロード』出来るようになっていた。

 

その数年後には『動画共有サイト』の新興。今まではアップロードもダウンロードも難解だった、大きすぎるデータのやり取りでカオスを極めていく。

 

そのカオスは同時に、見れない番組があった『遠隔地』にいたものの不満を解消していくのだが……。

 

ともあれ、そんなこんなでカオスも落ち着き、遵守されているかどうかはともかくネットリテラシーも普及し、ルールが出来てきた時代で、神秘の側の隠匿もかなり厳しい立場に追い詰められていた。

 

「こうなってくると、如何に法政科が絶大な権力を持とうと『手が回らなくなってきた』わけだ。

ネットの監視に人員を割いたりなんだりしている間の、時計塔内部の『綱紀粛正部隊』というものを臨時に創設した」

 

「ああ、それでこのヒトが選ばれたわけか……」

 

「そういうこと。最初は天体科のロード候補、というかロードの子女に必要以上に構われたりした上で、さらに言えば、あちこちの女(魔術師)にちょっかいを掛けているという実に不名誉な噂を立てられたこの俺が、オフェリアがいる『見回り組』からあれこれ言われたんだ」

 

「一片たりとも『事実』は含まれていないのか?」

 

達也の鋭いツッコミを受けて、眼を逸らしつつ……姉貴分で『DT』卒業ぐらいはしていた。とやさぐれつつ言うと、深雪から冷視線を浴びる。

 

「リーナは、こんな風な刹那君でも構わないんですか?」

 

「別に男の経歴に潔癖さ(クリーン)を求めるほど、キョウリョウな女じゃないもの。まぁ……結局の所、この頃のセツナは、寂しかったんでしょ?」

 

「理解されていることに、泣けてくるよ」

 

「同時に、怖かったから耐えるために、女の体を求めた。そんなところでしょ」

 

「まぁな……結局、どういった所で人殺し稼業なわけだ。執行者なんてのは……同時に俺は、最初っから鋼の心なんて持てなかったからな。硝子のように砕けそうな心を、何とか食いしばってやっていただけだ」

 

更に刹那によれば、女は年上ばかりで、後腐れない人たちばかりだったとか……時には司書を口説いてワンナイトラブをやったとか、何とも破天荒な男だ。

 

結局、それだけ言えば分かることもある。求めたものとは愛などと呼べる関係でなくて、肉欲と一時の慰めで繋がっていれば、喪っても、失くしても、泣かせずに済む。

 

泣かせたくなかったから、そういった関係に落ち着かせていたのだ。

 

もっともオルガマリーに関しては、どうしても一緒にいた時間が長すぎて、泣かせてしまうことは確定していたのだろうが。

 

「少しだけ羨ましいな、お前が……それは人間らしい感情の発露で、俺が求めたものだ。

俺も人を殺すことに思う所があれば、そうなれていたのに。情愛も肉欲も、俺の中からは消え去ったものだ」

 

人間として生きるということは悲嘆も喜怒もある。それらを喪った達也だが……これが人間らしいということなのだろうな。と気づく。

 

しかし……。

 

「俺からすれば、お前ほど感情に『裏表』が無いやつもいないと思うがな。隠し事を隠せているようで、全然隠せていない。

今までお前を侮った連中は、全員してお前のやられたらやり返す……『倍返しだ』『百倍返しだ!』の迸る熱いパトスで、残酷な天使のテーゼを歌わざるを得ないんだから」

 

「そこまで俺は、『目立ちたがり』の『自慢屋』か?」

 

「自覚がないのが、その証拠だ」

 

刹那の言葉に、どうなんだろうと深雪とリーナを見ると「うんうん」と深く頷いている様子。解せぬ。というわけではないが、刹那はUSNAで達也の資料を見た時から、『こいつは知能犯』『吉良吉影』と見抜いていたというのだから、恐ろしい洞察だ。

 

「植物の心のような生活を旨としたければ、もう少し周囲に埋没するべきだったな。中学時代の成績表は、あまりにも乱高下しすぎだぜ」

 

久々に見た、軍師扇で笑みを浮かべる口元を隠した諸葛刹那に対して、司波仲達也としては言ってやりたい思いが出る。

 

「はっはっは。生憎ながら、そうしたくても、お前のお袋と同じく俺のお袋も、『一等賞』は絶対に取っておけというスパルタマザーだったからな。

……よく考えれば、お袋のせいじゃないか。俺は悪くないぞ」

 

お袋……四葉深夜からすれば、仮にも四葉の係累が、市井の学校で平凡な成績でいるなど許すまじということだったのだろうが、いま考えれば、本当に雑なガーディアン養成であった。

 

「俺からすれば、その命令の『合理性のなさ』に、お前が気づかないわけがないと思うんだけどなぁ。

まぁ、『親心』だったんじゃないか? 四葉の魔法師としては失格であっても、『男子』としてのお前の名誉や栄誉を邪魔するのは忍びないとか、な。そういう命令が出なければ、お前は本当に、深雪の守り役として『適切』なことをしていただろう」

 

「例えば?」

 

あのおっかなすぎる母親に、そんな心があったとは信じがたいということで、それを『否定』するように、刹那にどんなものがいいのかを聞く。

 

「意図的にダサメンでいようと、ボサ髪で瓶底眼鏡を掛けて過ごしたりとか」

 

「髪型はともかくとして、視力矯正が当たり前のごとく出来る時代じゃ無理筋な話だな」

 

そんな『二昔前』のライトノベルでありそうな『昼行灯主人公』を演じるには、時代とテクノロジーは進みすぎてしまったのだから、刹那の提案は、それはそれで疑念を持たせる。

 

とはいえ、そんな『陰から守る』系の達也の姿は……。

 

「私だけが知っているお兄様のイケてるメンズな姿!! ほのかや亞夜子さんには知られていない独占されたもの!!

これです!! これこそが『本来のあるべき世界の姿』(魔法科高校の劣等生)なのです!!」

 

「ミユキの兄愛はシンコクねー……」

 

リーナが呆れるほどに、拳を握りしめて妄想の世界に至った深雪を現実に引き戻すべく、話の続きを刹那に促す。

 

「結局、その後……『色々』あって、まぁそれなりにいい関係は築けたよ。時計塔が時代の進展で『てんやわんや』しているのを察して動く『ロクでなしども』をどうにかするために、オフェリアも『外道狩り』に回されたしな」

 

戦場での共闘関係が、刹那への印象を柔らかくして、オニキスの障壁越しに(オルガマリー)と絡む刹那に恨みがましい視線を向けさせている。

 

要は……少しの恋慕があるのだろう。

 

この頃の刹那は年上の女性に構われるタイプだったようで、つまりは、アイリとリーナの恋愛バトルなど、この頃から日常茶飯事だったということである。

 

『セツナ! アナタ、私に魔眼の制御方法を教示してほしいって言っておきながら、なんでエルメロイ先生の元に行くのよ!!』

 

『いや、なんかオフェリア先輩、随分と忙しそうだったし、いくらなんでも、そんな秘術を教えてほしいっていうのも無粋がすぎたかなと思えたから……』

 

『代わりに聖杯戦争のデータを教える交換だったじゃない。降霊科としては、実地のデータが欲しかったのよ。今更惜しんだの?』

 

『そもそもミス・ファムルソローネ、アナタとて『封印の眼帯』で封じている時点で、全然、制御出来ていないじゃないの?

私の弟の魔眼は特級なんだから、生兵法はいらぬ世話ね』

 

『弟分の自発的な行動をそう貶すのもどうかと思いますけどね。ミス・ロード・アニムスフィア。それに私だって、こんな時代遅れな『眼帯少女』をやるなんて嫌なんですから、一緒に突破口を見出したかったんですよ』

 

その言葉に『刹那』は、最近、神秘の界隈で賑やかしている一人の存在を思い出す。

 

聖骸布の『眼帯』を両目に巻いて、多くの上級死徒に逃れ得ぬ『死』を与えている『死神』……接触した連中は、英語が堪能ではない上に、暗闇の中とは言え月明かりから判明した肌の色から黄色人種……『日本人』なのではないかと思われている存在。

 

白きブリュンスタッドの騎士の存在を思い出すのだった……。

 

そんな事を考えながら、ノーリッジの教務棟をあまり騒がすのもあれなので、二人にレール・ツェッペリンの招待状を見せることにしたのだ。

 

『オルガ義姉さんは、あまり『いい思い出』ないでしょ? 仲間はずれにするわけじゃないですけど、今回は俺ひ―――』

 

『同輩とも言えるミス・オルガマリーの心労を増やすわけにもいかんな。セツナ、担当教授の一人として、私がついていってやろう。かの列車は『従者は二人まで同行可能』だからな!』

 

どっから聞いていたんだ? と言いたくなる、エルメロイのフォーマルカラーたる蒼いローブに身を包んだライネス『先生』の登場に、内心ビクついてから―――。

 

『レディ・ライネスが行かれるならば、私も着いていきましょう。これで万端ですね?』

 

何かを言おうとしたオルガマリーの機先を制するように、挙手をして立候補するかのような様子を幻視せざるを得ぬオフェリアのやり方に、頬を膨らます姉の姿に、どうしたものかと思う。

 

『仕方ないわ……私にとって魔眼蒐集列車は、いい思い出がないもの……従者であり、教師であり、姉貴分であった女性を無くしたんだもの―――私が着いていくことで、今度はセツナが首を刎ねられたらば、誰を恨んでも恨みきれないわよ』

 

ジンクスに囚われすぎているような気もするが、言ってしまったのは刹那なので、ここ(時計塔)で待っていてください。と言っておくことで慰めておくのだった。

 

『分かったわよ……。ただしちゃんと帰ってきなさい――――』

 

『全員、スマホ及びデジカメを構えろ! iPhoneでもAndroidでも構わんが、放て!!!』

 

騒ぎに気付いて集まって来ていた生徒全員が、携帯端末を向けてくる。

シャッターを押すだけなのに、一斉射撃のように言うのはどうかと思うライネスの言葉の時には、オルガマリーの額に魔術刻印が浮かび、身体を屈ませた刹那の額と重なる。

 

『達也』の感覚では、かなり昔に流行した『おでこコツンキス』というやつであり、こんな場面を見てリーナは大丈夫なのか――――と見ると、普通にしているのだった。

 

いや普通ではないか。

 

対抗するように、精神体の刹那のデコに己のデコを着けているのだから、対抗心はバリバリあったようである。

 

そして場面は、件のレール・ツェッペリン、そして『村』へと移っていくのだった……。



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第166話『まほうつかいの過去──EMIYA Ⅳ』

『ぐだおのカレーを触媒に、召喚―――アーチャーシエル!!』

など出来ればなぁ。(涙)

まぁ月姫2を生きている内に出来ると信じて、新話どうぞ。


魔眼オークションという、お披露目会であり『競売』に向かうこととなった刹那。一段落というわけではないが、二人の美女の従者の体で向かう刹那は完全にバトラーも同然であり、古びた駅のホームでの待合時間中に、深雪は刹那に問いかけた。

 

「魔眼蒐集列車ですか…… 前から聞きたかったんですが、刹那君はお兄様の眼は魔眼の類だと感じていますか?」

 

それは達也も聞きたかったことである。魔眼の定義として、自分が知り得る限りでは、『視ること』で何かしらの干渉を果たすのが魔眼の定義だと思っていた。

 

それを考えれば、少しセオリー違いではないかと思えるのだが、刹那の見立ては違っているようだ。

 

「視るだけで、何かしらの『干渉』を及ぼす系統の魔眼ではないが、きっぱりと魔眼の類だと思うよ。

一睨みで心臓を止める魔眼もあれば、儀式などの過程や段階をすっ飛ばして、『強制』『契約』などを対象に押し付けるタイプもある。

ノウブルカラーと呼ばれる魔眼は、『束縛』『強制』『契約』『炎焼』『幻覚』『凶運』などに代表される、他者の運命そのものに介入する特権行為を可能とする。

魔眼のランク次第ではそれ以上のことも出来る。

それこそ現代では失われた大魔術。神霊の権能にすら届くかもしれないものがな」

 

実を言うと刹那的には、確かに『見えないところ』や『見ようとして見えないところ』はあるだろうが、達也の千里眼じみた眼は、ある種の神々の権能にも近いのではないかと思う。

 

一定の神霊ならば、北半球と南半球……どちらかを徹底的に『探る』ことで、『対象』を探し出すことも出来るらしい。もちろん明朗な相手……人物の波動や姿かたちが既知であれば速いものだ。

 

神霊特有のサーチ能力、天罰を落としたい相手を探し出す能力にも似ている。

 

そんな内心でのみ感想を述べつつ、話を続ける。

 

「四葉では、お前の魔法の為に必要だった、とか言われているそうだが、その眼を持つ以上は、いずれはある魔眼に変化する可能性はあるだろうな」

 

「ある魔眼?」

 

「物体の構成情報から何から何まで読み取って、『分解』という『結果』に『導き出す』。これは、即ち達也の眼は、『未来視の魔眼』に属していると言える。

形あるものは、『いずれ』は壊れる。死ぬ運命にあるんだからな。

万物には全て綻びがある。その『綻び』()を直接引きずり出すものとなると、最終的には究極の未来視……」

 

深雪の疑問に対して、刹那が言葉を区切ると……次の瞬間には違う場面になっていた。

 

達也としては気になるが、今は映像に気をつけたほうがよさそうだ。

 

古めかしい駅。様子から察するに、既に打ち捨てられた廃駅なのだが、まだまだ『生きている』のか、乗客らしき連中が続々とホームにたどり着く。

 

それら全員が神秘の界隈における有象無象。一廉の人物だと思うと、とんでもないものだ。

 

『『村』の準備で忙しい時にも関わらず、この徹底ぶり。流石は死徒の貴族ということか』

 

『ロズィーアンの死徒は、とっくの昔に、オークションを従者任せにしたと聞いてますけど』

 

『まぁね。ただそれでも、ちょっとした噂もある……『村』では一大戦争になる。

それは『勝ち負け』ではない勝負なんだけど、それでも『生き残るため』に、今回『支配人』自らオークションを執り行うんじゃないかと、ね』

 

ライネスの何気ない言葉に、少しだけ緊張する刹那。この中には、一目で分かるわけではないが、代行者もいるかもしれないのだ。

 

『お貴族吸血鬼サマが、どんな心胆かはわからないけれど、君とオフェリアは十分に狙われる可能性もあるんだ。気をつけたまえよ』

 

『ライネス先生も魔眼持ちじゃないですか?』

 

『私の魔眼なんて、大したランクじゃない。せいぜい魔術や魔力をコーヒー液に見立てた場合、それを濾過するコーヒーフィルターの役目ぐらいだよ』

 

目薬を差しながら語るライネス講師。魔眼持ちも場合によりけりな苦労があるのだろう。

 

そんな『他愛もない』話をしつつ、廃棄されたはずのガス灯に光が灯っていき、線路の上に霧が発生して、誰もが緊張をする。

 

明らかに魔的なものが見える霧は、ある種の演出でありながら、止まることのない車輪を迎えるためのレッドカーペットも同然だったのだ。

 

主役は乗客ではなく、やってきたレトロにして優美な車輪。本当に達也たちからすればレトロすぎる。あまりにも時代錯誤で、あまりにも荒唐無稽な代物がやってきた。

 

巨大にして古めかしい蒸気機関客車―――それこそが、例えようもない魔力の持ち主だったのだ……。

 

客車の扉が開くと、それに続々と入り込む乗客たち。刹那の記憶だが俯瞰で見ている自分たちは、荷物持ちとして使われている刹那に同情しつつも……。

 

『っと、失礼。レディお怪我は?』

 

『小さいジェントルマン、ありがとう。女性に対する礼節は、学んでいるようで好ましいわ』

 

薔薇をあしらったドレスを纏う女性と、『偶然』にもぶつかってしまった刹那の様子に苦笑してしまう。

 

『セツナー。速く来て紅茶を淹れてくれ。トリムマウにまかせてもいいんだが、師匠の接待は弟子の勤めだ』

 

『ひどい義務負担!』

 

『いってあげなさい。女性を待たせるものではないわよ』

 

女性に促され、一礼をしてから客車に入っていく刹那。物語は早送りされていく。

 

どうやら、ここの過程にはあまり意味がないようだ。

 

 

「この魔眼オークションにて『色々』あったが、最終的には、先程の女性、ロズィーアンの死徒から予言を貰ったんだ」

 

再びの場面転換。どことなく疲れた表情の刹那だが、用意された客室―――かなり上等なVIP席だろう場所が映る。

 

対面で向かい合う刹那と、早送りされる前に見た先程のぶつかった女性―――少しだけ『変化』を果たした姿。

 

髪型の変化、衣装の変化も相まってか、一輪の薔薇を思わせる姿形の女性が、怪しく微笑みながら語る。

 

『此度は、かなり助かりました。因果なものですね。かつてフェイカーによって窮地に陥ったこの列車を救ったのが、同じく『贋作者』(フェイカー)であるなんて』

 

『そんなものでしょう。我々の生業なんて、どこで何が繋がるかなんて分かりゃしませんよ』

 

ノースリーブのドレス。スカートの裾は、前はかなり短いが、後ろには長く広がるフィッシュテールスカート。何かのベルトかショールなのか、多くの布が巻き付いているのが印象的。

 

胸元には紫色の薔薇のピンが刺さっている。その魔的すぎるオーラが、刹那の視点越しからも理解できる。

妖しすぎる女。そもそも『自然界には存在しない紫の薔薇』を着けている時点で、その出自を簡単に明かしている。

 

『ご依頼の件だけど、ワタシではムリよ。そして、その魔眼は、アナタの手元にあってこそ輝く至宝。本当であれば、抉り取ってコレクションしたいんだけどね。

芸術品というのは、相応しい人間の手にあってこそよ。価値あるもの、分かるお客様には、二束三文で『真作』を売り出すのもやぶさかではないわ』

 

『美術家の意識は分かりませんが、まぁ俺の中での魔眼に対する認識はあがりましたよ。感謝します。薔薇の死徒』

 

刹那が、十師族や魔法師の中での名士……上流階級が集う社交界(伏魔殿)の受け答えがしっかりしていたのは、こういう所で培われたのだろう。

 

まぁ元々、魔術を抜きにしても、200年以上も続く名家のお坊ちゃんなのだから、現代魔法師という新興の貴族では、中々に太刀打ちできないものもあるか。

 

そんな風に歓談とも言える会話をしていると、不意に本題を切り出すかのように、呪文とも言える言葉を紡ぐ。

 

『薔薇の女性』は、深紫の唇、妖艶なまでに弧を描く魅惑の唇を開き、対面に座る刹那に対して、こう言い放った。

『―――『村』に来なさい。アナタのその眼は、いずれアナタ自身の運命を食らい尽くす。

これは予言。『未来の滅びを約束する『死』が、汝の運命に良辰を与える。運命を変えたければ、汝―――『死神』と相見えるべし』

……いい魔眼()を見せてもらったお礼よ。私が同胞以外に、こんなことをするのは滅多にないのだから』

 

『───……手駒にしたいので?』

 

『それだったらば、直ぐにでも『食べちゃってるわ』。けれど、定命の中だからこそ輝くものもあるのでしょうね。

白翼公は、オーケストラ・シンフォニーを愛しているのでしょうけど、私はもう少し自由で即興な演奏…『カデンツァ』の方が好きなの。

期待しているわよ。私達の全てを壊すほどの、カデンツァを、ね』

 

その言葉の意味を、傍から聞いている達也たちも少しだけ怪訝に思ってしまう。

 

眼を少しだけ伏せて自嘲するようなロズィーアンの上級死徒。

 

なんかリーナにめちゃくちゃ『声が似ている』ような気がする。

 

少しだけ年齢が高めなリーナの声とでも言えばいいのか、それを聞いていると変な気分になりつつも、上級死徒の文言は少しだけ変な響きを持っていた。

 

「死にたがっている……? そう聞こえるんだが?」

 

「いい感性と読みをしているよ。詳しい話をすれば、面倒くさいんだが、『俺の世界』では圧倒的に強い『人理の脈動』が、死徒たちを圧迫しているんだ。

それゆえに上級死徒の中には、『やってらんねー』と思っている連中も多いんだ。この上級死徒なんて、酒池肉林の甘美堕落な日々を送っている女だからな」

 

「英霊とは、人類史を肯定するモノ。人間世界の秩序を守るモノ―――『人類史の影法師』であるのに対して、死徒とは人類史を否定するモノ。人間世界の秩序(ルール)を汚すために存在してきたモノ―――『地球そのものの影法師』といえる……どちらの世界に『善悪』があるかは分からない。

人類側に立てば前者の方が当たり前にいいんだが、決して全てにおいて幸せといえる世界とも言い切れない」

 

不意に、刹那以外の『説明役』が、この精神世界にやってきた。その姿は、最近の力の使いすぎによる『杖』のままの姿ではなかった。

 

レオナルド・ダ・ヴィンチという英霊の姿でここに割り込んできたようだ。

 

「遅かったな」

 

「いやいや、妖精郷に誘った甲斐はあったねぇ。あの子たちの様子を見てきたのさ。『迷宮』とは、一種の変化を果たすための儀式場だからね。

今頃は―――。

 

『お、お前はイヌシエル!! このガイアがヒエヒエのアイスエイジされちまった世界で、真っ先に食料にされたに違いないのに、どうやって生き延びていたんだニャ!?』

 

『バスカヴィルッ!! お、おのれネコアルク! 私の存在概念に直接ダメージを与えるとは恐るべきニャーブルファンタズムの使い手!!

このイヌ精霊の怨念で出来た体はそう簡単に砕けないんだワン!

具体的にはサーヴァントユニヴァースから漂う具沢山のカレーの匂いに釣られて、復活を果たしたのだワン!! むしろあれを触媒にしてシエルを召喚しろぐだお(?)!!』

 

『むむむっ!そのカレーは眷族ではないものの、アチシと同じ『キャット』が待ち望んだもの! 貴様が食すには上等すぎるわ!! メシアンにでも無謀に吶喊しているんだにゃー!!』

 

『その言葉! 宣戦布告と見なしたワン!! さぁみなさん、あのバケネコを倒すためにがんばりましょう! 特に美月さん、アナタには、この眼鏡を愛するものだけが纏える(ガン)ドレスを授けますので一緒に――――』

 

と、まぁGCVで、ネコとイヌの大戦争に巻き込まれているよ」

 

 

「「「「長いっ!! 会話文の中に会話文を含めるなっ!!!」」」」

 

「ちなみに言えばエリカ君は、『こんなに苦しいなら辛いなら……ネコミミなどいらぬ!!』とか言ってネコミミを取って、イヌミミとイヌハナを装着したよ」

 

「「「ぶふっ!!!」」」

 

「 3人とも、エリカが怒りますよ……」

 

かつては国営放送で何度か放送された、『ホームズ』と『ジョーンズ』のビジュアルを思い出したのだから仕方ない。

 

しかし、深雪を除き(堪えている様子)一頻り『笑って』から、話の続きを伺う。

 

「私にも確証は無いんだが、どうにも死徒というのは、一種の『人類悪』の下っ端な気がするんだよな」

 

「そうなんですか?」

 

「人の世界と神の世界とが分かたれたように、星の意識と人類の意識とが別種のものとなった以上、死徒は星のあるべき姿を取り戻すものにも思えるんだ。

本来ならば、私達は、『そのこと』(分岐)を認識することは出来ない。

想像上での『歴史の変遷』はあれども、その世界が『正負』のどちらに傾いているかは、認識出来るものではないからね。

そして『正』と『負』というのをどうやって判別するかは、また色々と面倒だからね。ちなみに刹那と一緒に観測した限りでは、『死徒』が長じた世界というのは、最終的に異星の『種族』によって、『終末』が齎された世界だよ」

 

あまりにも壮大過ぎる話で、完全に呑み込めないが、達也的には、吸血鬼なんて人食いの連中が跳梁跋扈する世界はゴメンではあった。

 

それならば、まだ前者の方がいいような気はした。

 

「まぁ私の世界論は、後々にしておこう。今の主題は、私のマスターが、『村』に行った際のことだ……」

 

そして場面は移る……その前に、リーナに声が似た女……ロズィーアンの死徒に、ベッドの上に押し倒されている寸前のような場面があったが、気にせずにしておいた。

 

場面は再び時計塔。ロード・エルメロイ2世の執務室だった。

 

豪奢なソファー。対面に座る刹那を前にして不機嫌さを隠そうとしない。だが、苦渋を滲ませた顔で腕組みをしている様子に、刹那は苦笑をしていた。

 

 

『まず、だ。私のところに来る前に、スヴィン、フラット、カウレス、ヴェルナー、ルヴィア、メアリ、ライネス、サクラ、オフェリア、カドック、グレイ……オルガマリーと、全員から『引き止められた』だろうからな。

再度、私からも言わせてもらおう。しつこいと言われようが、なんだろうが、だ。

―――行くな。刹那―――。お前が行くには、『ステージ』が違いすぎる。いや、今挙げた連中だって、仮に行ったとして、生きて帰れる保証は無いんだぞ?

何より……お前ほどの才を失わせる可能性を考えたくない……』

 

一言ごとに区切って言ってくる、眼の前の気苦労屋に対して、刹那は口を開く。

 

 

『先々代ロード・エルメロイ……ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは、学者(ワイズマン)としては優秀であっても戦士(ファイター)ではなかったとはライネス先生の言ですね。

口幅ったいかもしれませんが、俺は『戦士』としても優秀ですよ』

 

 

その言葉を受けて、頭を抱えるロード・エルメロイ2世。

 

プロフェッサー・カリスマと呼ばれて、多くの人間を正しく教導してきた男なだけに、否定は出来ないのも事実だった。

 

否定をすれば、彼はいままで自分がやってきたことを否定せざるを得ない。

猟奇殺人犯のような卒業生もいれば、異常なまでに『人間性』を欠いたものもいるし、はたまたコンプレックスの塊のような生徒もいた。

 

だが、そんな連中全員が飛び立つ様子を視るのを、羨望があれども逸らさずに『見送ってきた』のだ。

しかし、眼の前の生徒は違う。まだまだ伸び切ってはいない。ありあまる伸び代を、多くの異端の魔術師と相対することで磨いてきた天然の宝石。

 

これほどの才を前にして、我流で奔放に伸びている『枝』も『正解』になってしまうならば、自分の教導が『押し付け』になることを危惧してしまう。

 

だから―――。

 

『何も生きて帰ってこれないなんて話じゃありませんよ。それに、何の恩返しも出来ないでいるのは、心苦しいですしね。

今回は―――『執行者』としてではなく『エルメロイ教室の代表』として……『村』……アルズベリに行きますよ。薔薇の予言を信じるならば、突破口はあるんですから』

 

未熟者のくせに、そんなことを考えるな。そう返してやりたい気持ちを押し殺して、それでもロズィーアンの狂言・虚言という可能性もあるという『仮定』を見せるも、決意は硬かった。

 

『先生だって未熟者なのに、オレの地元で『戦い』に挑んだじゃないですか。生き残れるかどうかは分かりません……が、行かなきゃ『眼』の問題が解決しない』

 

 

最終的に、ウェイバー・ベルベットは、弟子のその無謀な挑戦を認めざるをえなかった。

あの頃の自分は、ただ単に自分を認めない世間を見返したくて、そんな『小さな理由』で戦っていた。

 

どうせならば、『世界征服』とでも、あの時に語っていれば―――。

 

そんな夢想をしてから、どうしようもないことだと思う。あの時のウェイバーと違って、この生意気な弟子は、いろんな人間から構われている。

 

その縁こそが、弟子を守ってきたのだから……。

 

『いくつか約束しろ。

1つ目は『自分の命を大事に』。当たり前だが、自分が生き残ることを最優先に考えろ。人助けは状況次第だが、自分の安全が確保されないならば、己の優先だ。

 

2つ目は『逃げ道を確保』。1つ目に掛かることだが、吸血鬼どもの謝肉祭……どれだけ用心したところで、どんな相手に襲われるかは分からない。場合によっては、ミス・フラガよりも頼りになる相手の庇護下に入れ。君ならば聖堂教会も無碍には出来んだろうしな。

 

3つ目は―――これが最後だ。『目的を達成したならば帰れ』。

お前はただの『闖入者』であることを理解しておけ。何かの物語の重要人物になったわけでもないのだから、己が『超人の責務』を担っているなどと勘違いするな。そういうのを思い違いした奴から盛大に死んでいくんだ……』

 

その3つの約束事。それを理解していて実行しようとしても、簡単に行かないのも理解しているだろうに……それでも最大限に、魔術師としては無駄事な限りの他人の身を案じる先生の約束事に、応えるぐらいはしたいと思った……だから―――。

 

 

月明かりの下、幾多もの食屍鬼を殺し尽くした男。手にはナイフ一本。

 

服装は……本当に普段着だった。何の魔術的加工もされていない服。黒か蒼のジャケットコートだろうものに、今はマフラーのように聖骸布を首に巻いている男。

 

衝撃的すぎた。噂には聞いていたが、この手並みは尋常ではない。

 

「あ、アーユースピークジャパニーズ?」

 

「………」

 

などと驚愕と感心と恐怖を感じていたというのに、男は異邦人にあったかのように、少しだけ戸惑っているのだ。

 

まるで異星人と出会うかのような気分だが、自分は日本人でちゃんと日本語わかりますというと、胸を撫で下ろす『死』の姿。

 

「よかったぁ。いや土地柄仕方ないとは言え、みんながみんな英語ばっかりしゃべるんだもんなぁ。これだったら、誰かから『ほんやくコンニャク』みたいなものを貰うんだったよ」

 

「そんな便利グッズありますかねぇ」

 

「オレの家の和服メイドは、そういうの作れそうかな? メイドロボットも作っていたし……もう寄り付くことはないんだろうけど、ところでキミは―――『どっち』の人間だ?」

 

その言葉で草原に自生する草花が葉擦れを奏でる。ひんやりとした風と同時に、言われた言葉の不穏さを演出していた……。

 

正直に魔術協会の人間であることを告げると、『そっか。お互い大変だね』などと平淡に返してくれやがるのだった。

 

何だか……こんな普通すぎる人が、数多の上級死徒を屠ってきたというのか―――理解に苦しんでいると……。

 

「そうか。こういう時に使うべきなんだろうなー。よし―――、なんやかんや言ってもキミはオレに『奥の手』を使わせてしまった。これは多大な損失だ」

 

「助けてもらったことには感謝しますよ」

 

「ああ、だが感謝は行動で示してもらいたいかな。オレは見ての通り、聞いての通り英語が達者ではない。そして何より余計な体力を使ってしまったからね。

万全とは言い難いんだよ……だから、オレが万全になるまで色々とやってもらいたい。具体的には身の回りの世話とか、ある種の斥候任務とか、後は買い出しとか……まぁオレが休んでいる間の見張り全般だね」

 

つまりは『使い魔契約』ということである。そして、自分に拒否権など無いのだ。

 

協力するか、ここで死ぬか―――抜身のナイフと蒼輝の眼が言外に示すのだから。

 

マジで怖い。そんな頭の悪い言動しか浮かばない。

 

「オレの名前は、『遠野 志貴』。キミと同じ日本人だが、ゆえあって『ここ』にいる『殺人鬼』だ。よろしくな」

「……遠坂 刹那。あいにく……ただの魔術師です……」

 

次の瞬間、こちらの出した言動に『笑い』を零す遠野志貴。今まで名称がしれなかった『殺人貴』に、ようやく固有名詞が着いた瞬間だったが、それ以上に笑われていることに納得がいかないのだった。

 

一頻り笑ってから自分の頭を軽く手のひらで叩いてくる遠野志貴に、むっ、としつつも、彼はこちらに笑いながら口を開く。

 

―――オレに『眼』を使わせた責任、ちゃんと取ってもらうよ。まぁ気楽にいこう。こんなの前哨戦なんだからさ」

 

「あっけらかんとしすぎじゃないでしょうかねー」

 

人が良すぎる遠野志貴の導きに従って、郊外の草原からアルズベリ村へと向かっていく。

 

逃げ出そうと思えば逃げれたかもしれないが、不義理を犯すのは気が引けた。

 

そのぐらいには……先導する御仁の『危なっかしさ』は、理解できたのだから………これこそが『予言』であると理解できても、どうやっても関わったんだろうな。と、諦めの気持ちで、刹那は運命と邂逅するのだった……。

 

 



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第167話『まほうつかいの過去──DEATHⅠ』

久しぶりの日間ランキング入りに感動したがゆえの早めのアップロード。

若干、駆け足気味で、説明を省いた場面もあって、いつもより字数は少ないですが、読んでいただければ幸いです。


「お前の魔眼は、この頃、どんな状態だったんだ? こんな………『おぞましい地獄』に向かわなければいけないほどに、切羽詰まっていたのか?」

 

「まぁ……な。魔眼というのは独立した『魔術回路』なんだ。ともすれば、魔術師……体内に魔術回路を持たない『一般人』にも時に発現するものだ。

そして、独立した『外部の端末』である以上、完全な制御下におけないこともある」

 

現在における『レトロPC』的に言えば外付けの再生ドライブであり、記録端末なのだが、その制御を接続したPCが完全に出来るとは限らない。特に『中古』などであれば、それによろしくないプログラムがされていることもある。

 

更に言えば、関係がよろしくない国で生産された端末の基盤すらも危ういのだ。

 

「俺の魔眼、『七輝の魔眼』(アウロラ・カーバンクル)は、魔眼の効果が多重重複(クアドラプル)された性質上、若干の暴走を起こしていたんだ」

 

赤、橙、緑、白、灰、青……『黒』色に輝く刹那の眼。

 

今の刹那にとって魔眼は完全に制御下にあるようだ。でなければ、そもそも、ここに来た意味は無いだろう。

 

アルズベリ村の郊外の何処か、恐らく長いこと魔術協会が『監視』をしていたであろう屋敷の中にて、黒色のローブを纏って雑事に奔走していたであろう刹那。

 

この中では仮面を付けるのがルールらしく、無個性な仮面を纏っていることで、屋敷の中にいる連中は『サバト』でもやるのではないかという想像すら引き起こす。

 

しかし、それを台無しにするように、一人の女性が矢継ぎ早に仮面の無個性たちに指示を飛ばしている。

 

背格好なのか声なのか、何で判断をしているのか……。

 

とにかく女性一人だけが、まるで屋敷の主人のように振る舞っている。

何よりその女性だけが、普通の衣服を纏っているのだから……。

 

『普通』と言ったが、古めかしい乗馬用の服にも似ているか、もしくは一昔前のヨーロッパ圏の銃兵の衣服にも似ている……。

 

赤と白のみで構成された衣服。そして茶色の髪をポニーテールに纏めている様子が、きっちりした印象と気高さを体現した……『貴族』。それを感じさせた。

 

「この人は?」

 

「おやおや達也、何だか先程から俺の映像にかこつけて、現れる美女の全てに興味津々すぎやしないかい?

誰かに食指でも湧いたのならば、後で深雪がいないところで言ってみ?」

 

「茶化すな。そしてもろに聞こえてるぞ」

 

肩を組んできた刹那に対して鬱陶しく思いつつも、深刻すぎる友人の身の上話なのだ。少しぐらいはそういった楽しみがあってもいいのかもしれない――――異性に情愛ある欲求を持てたならば、そうだったのだが。

 

如何に刹那の人生の大半に女が関わっていても、深雪の前で他の女性に興味を持ちすぎていたか。

 

「先に言っておくが、さっきの食屍鬼の群れなんて出会い頭の戦いだ。ここから先は、本当に地獄の一丁目、誰もかれもが修羅巷……こう言っては何だが、魔法師の想像を絶する戦いの連続だよ」

 

「ワタシは一度、見たけども……アメコミ・ヒーローたちが、バトルロワイヤルをするってこんな感じなんだろうなーとか思えたわ……同時に、その中に混じってセツナも存在感示していたわ――――」

 

惚けたような顔をするリーナに、心底の苦笑をする刹那。どうやら、そんなふうには欠片も思っていないのだろう。

 

「ここじゃ俺は、ちょっと戦える程度の『サイドキック』だよ。決して『主役』ではなかった。

この後に、指揮長たる『バルトメロイ・ローレライ』……時計塔院長補佐でもある女に『偵察に行ってこい』と命じられて、数名の大隊関係者……詳しい説明すると面倒くさいが、『クロンの大隊』という吸血鬼殺しに特化した楽団が時計塔にはいるんだよ」

 

バルトメロイというのは、時計塔の話題が出てくる度に出てきた単語だが、いわゆる『派閥』というものであった。

 

内の中でも気の合う合わないだったり、こいつとはつるめないなど、そういったものはどこでもあるわけだった。

 

四葉の家中(かちゅう)を思い出した。スケールが小さい限りだが、身近にわかりやすいものがいたことで理解は捗る。

 

時計塔では派閥が『均衡』しておらず、体裁を保つための合議制の場では既に『貴族主義』が六つも存在している。

 

十三の学科で合議を行う場において、貴族主義が一致団結してしまえば、その合議の場は一気に票の流れが貴族主義派閥『バルトメロイ』になってしまうのだった。

 

それとて場合によりけりと刹那が言うからには、『切り崩し工作』など当たり前なのだろう。

 

「真理を求める魔術師が、政治の場における闘争なんてものにうつつを抜かすのは腑抜けだと俺は思うんだけど、それこそが時計塔のもう一つの顔なわけだ」

 

「お前が十師族の政争を嫌いがるわけだ。お前には、一から十まで、時計塔のロードの生臭さを感じさせていたんだからな」

 

そういう達也だが、刹那としては『あの程度』の政治力しか発揮できないならば、むしろ『組しやすい』とも思えるのだ。

 

まぁだからといってそれを明かすほど刹那も馬鹿ではないのだが。

 

言っていると、映像の中にも変化が出る。

 

言われていた通り、指揮長(コンダクター)『バルトメロイ・ローレライ』から呼びつけられた刹那と数名の大隊関係者たち、どうやら偵察任務というのは間違いないようである。

 

『人蛭どもの祭祀まで刻限はありますが、生意気にも我が領域近くまで侵食している連中を『間引きます』。あなた方には連中の戦力確認をしたのちに、即時の退却を』

 

鷹狩りの追い込み役をやれ。そんな風な印象を持たせてしまうミス・ローレライの言葉。それに対して刹那は盛大に肩を竦めて、達也の推理を正解とした。

 

「院長補佐は、なんというか……規律を重視しない独裁者タイプの学級委員長で、本当に……なんかいやな―――ああ、いま分かった。

俺が深雪に苦手意識を持っているのは、深雪がバルトメロイに似てるからだ」

 

気付いた刹那が、手のひらをゲンコツで叩いてから得心をしていた。言われた深雪としては言い返したい気持ちである。

 

「そんなに私―――こんな高圧的かつ自分の理屈や規範ばかりを重視して、周りの人から遠巻きに見られるタイプですか?」

 

「何とも正確な分析。やっぱり似ている」

 

「そうなのか?」

 

「彼女は本来は、指揮官及び学院長補佐としての職務や「規律」を守らなければいけないんだが、彼女からすれば、そんな社会性ある立ち居振る舞いよりも、己の感情や矜持の方が優先なんだよな。

大体、いくらとんでもない儀式だからと、貴族主義派閥のトップがわざわざ出向いて、殺し合いに参加するなんてのは無駄ごとだろうよ」

 

歴代のバルトメロイにはある種の悪癖があるらしい。それは生来の『吸血鬼への嫌悪感・殺意』。

彼らは、その魔術師として『上位』にいる吸血鬼を、抹殺するべき対象として付け狙う。

 

ゆえに彼女率いる大隊が、『吸血鬼殺し』で『効率いい方法』を実行しようとしても、『そんなもの優雅でないから却下』などと、アンタはいったいなんなんだ!? と言わんばかりに、リーダー(指揮官)なのにリーダーとしての役目を果たしていないのだ。

 

「院長補佐からすれば、真に魔術の貴族として貴いものは自分たち、バルトメロイの家のみ。貴族階級も労働階級も等しく、自分たちの下僕という意識なんだろう」

 

「いやぁ彼女は、あれで良いんだよ。むしろ『彼女』ぐらい堂々として、それで傲岸不遜にいられれば、『彼女』もあんな男に殺されなかっただろうに。まぁ交代が唐突だったからね。同情の余地もあるのだけどね」

 

不意に差し込まれるダ・ヴィンチ女史の言葉。誰を思い出しているのか、しかしその言葉を聞いた時の刹那の落ち込みようは、凄かった。

 

恐らく、後半の殺された彼女のほうは、刹那にとって大事な人だったのだろう。

 

ともあれ、深雪とバルトメロイを重ねてみていくと、不穏な未来が見えるのだ。

 

「ミユキが一高生徒会長になったらば、ヨツバ当主になれば………」

 

「ああ、第二の『ぼっち系困ったリーダーちゃん(スペック高め)』が出来上がるわけだ。達也、しっかりフォローしてやれ」

 

「邪推が過ぎると思えないのは、まぁ価値観が凝り固まっているのは共通しているからだな。

あんまり俺を優先せずに学生生活をしてほしいもんだが」

 

「いまさら!! 本当にいまさら!! いいですよ!! 誰も味方してくれないならば、優しくしてくれないならば、望み通り一人で鬼になってやりますよ!!!」

 

遂にキレた深雪だが、達也としても、妹が自分に依存していることが、最近はいいとは思えなかった。

 

今後、どうなるかは分からないが、深雪は四葉の当主筆頭候補なのだ……。

 

現在、刹那にだけあれこれ訓告だか、もしくは警告だかを宣うミス・ローレライのように、『特殊能力者』に関心を持つかのようになることはよろしくないと思える。

 

とはいえ……それも仕方ないのかもしれない。何を優先するかは、しょせんは人それぞれなのだから―――。

 

そして偵察任務に出た刹那と大隊関係者たちだが、刹那がいるということが、とんでもない『ババ』を引くことになったのか、刹那曰く『400年ものの死徒』の集団、およそ10人ばかりに出くわすことになった。

 

賞金首のように、死徒の顔写真やら能力は知れ渡っていることも多い。特に隠棲せずに、あちこちで死の都を作るような手合……死徒の中にチンピラ的なものを設定するならば、こいつらがそういう手合。

 

説明した刹那だが、状況は悪すぎた。如何に大隊の一人一人が、協会では一部門を任されるに足る術者といえども、この数は恐ろしい。

 

上級死徒が700年頃から始まるとするならば、その下の中級死徒は300年から500年単位というランク付け。

 

もちろん超抜能力持ちや特殊能力持ちであれば、吸い上げてきた血の量と数えた齢などは、覆せることもある。

 

だが、単純な比較で言えば、『物量差』はどんな世界でも恐ろしいものだ。

 

魔術回路を発現させて遠くの『神殿』にいるバルトメロイに連絡をする隊員。口封じせんと迫る死徒の爪撃を、高密度の魔力弾が腕ごと失わせる。

 

しかし、吸血鬼の再生能力、おとぎ話にあるような様子。映像の逆廻しのように腕が再生を果たしていく。

 

復元呪詛―――死徒だけが持つその能力だが、刹那の攻撃はそれを容易くゆるすほど温いものではなかったはず。

 

『やはり霊地の影響を受けている。赤月が浮かんでいるわけでもないのに、この再生能力。魔法使いの杖としての矜持を見せてくれるわ―――!!』

 

『落ち着けオニキス。こんなもんは予想通りだ』

 

映像の中では、興奮する魔法の杖に対して応える刹那に対して、クロンの大隊の連中も盛大に反撃を開始する。

 

望んではいなかった遭遇戦。しかし、『手柄欲しさ』に襲いかかる死徒たちにその理屈は無く、次第に追い込まれていく。

 

『退くぞ!! トオサカ、キミもだ!!』

 

『殿が必要でしょ!? 俺の方は『翁』製造の礼装がありますから、持たせられます!!』

 

並行世界から魔力を収奪して己に還元出来る刹那は、この中では一番持久力があったわけだが―――。

 

その時、背走しながら雨あられと魔弾を落としていた刹那と、前進で退いていた大隊関係者の間に壁が出来上がる。

 

刹那ではない。恐らく眼前の死徒の誰かが『何か』をやったのだ。

 

一種の結界術、封印術ともいえるだろうが―――それを前にして、刹那は魔弾から剣へと変更しようと右腕の刻印に―――力が集中した瞬間。

 

草原の中に、黒影を視る。影は―――音もなく接近し、そして超常の輩を次から次へと消去する。

 

刹那が、その視界の中で気づけたのは魔眼が自然発動したからだ。

 

そして、かそけき月光の中に動いていく姿。その朧月の中でしか見れない姿。それは正しく―――『死神』であった。

 

幽鬼……という存在がいるならば、それをさす。

 

つまりは、常識に対する非常識が魔術師などの神秘の輩ならば、その幽鬼は―――非常識に対する死神だった……。

 

ようやく気付いた死徒の一体が、爪を突き立てんと真っ直ぐに手刀の形で捉えた死神に向けるも―――死神は非常識極まる体術を用いて、天地を逆さにした状態で飛び上がった。爪から逃れると同時に首を切り落として背後に降り立つと―――。素手の一撃を『ずぶり』と『体に突き刺して』。

 

その後には……霞のように消え去る死徒の体。

 

『ば―――』

 

残されていた首は、戻るべき首から下を失い、同じ運命を辿った。

 

恐るべき手際の中に、自分と同じ技かと思えた達也だが、違うと断じれたのは、それは魔力を伴わないものだったからだ。

 

死神は、その蒼輝の眼を、『ぞろり』とした衣服を脱ぎ捨てた刹那に向けてから、こう言い放った。

 

『あ、あーゆーすぴーく、じゃぱにーず?』

 

言わんとすることは分かるが、それを聞くならばキャンユースピークジャパニーズ? ではないだろうかと思ってしまう『死神』の姿に、映像の中の刹那同様見ている自分たちも脱力してしまう……。

 

それは死神―――極東の異能力者『遠野志貴』という、どうしようもないぐらいに『殺人』に特化した存在との、刹那にとって『受け入れがたい』運命の出会いであった。

 



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第168話『まほうつかいの過去──DEATHⅡ』

ジェーン……性能的には、特にほしいとは思えないんだけど…なんていうかいいよね。

こうアメリカンなクイーンビーって感じで(マテ)

とりあえずエロ同人で我慢しようと思う。元気が無いぐだおをチア服で応援しに来て、そのまま――――――マリオカートで遊ぶんだな(爆)

はい。というわけで新話どうぞ。


惨劇の後に来た大隊関係者たち―――バルトメロイも陣頭に立ち、保護者役でありながら、任務を依頼された時には外していたバゼットも草原に立ちながら痕跡を探す。

 

サキュバスの愛液を基材とした反応薬を草原に垂らしていくと、反応は絶妙であった。

 

「グライス、報告を」

 

「はい。バルトメロイ―――」

 

既に挙げていたものだが、呼びかけられたグライスは、事細かに状況を説明していく。

 

単純明快だが、簡単に言えば―――遠坂刹那は『殺人鬼』に連れ去られた。そういうことだ。

 

「トオサカを殿にして、撤退を開始した我々でしたが、敵の中に高位の結界術者がおり、彼と分断されました」

 

当たり前だが解呪を試みた。しかし敵もさるもの。分断すると同時にバルトメロイの本隊にも攻撃を開始して、そして更に挟撃を開始したのだ。

 

「結果的に我々は、トオサカを見捨てて撤退したのです」

 

「成程、的確な判断です。一考する余地すらありませんね」

 

その無情な言葉を発したバルトメロイ・ローレライに、少しの敵意が向いた。

 

だが、その敵意は完全に霧散する。ミスリルのガントレットグローブで力の限り、乗馬鞭に似た礼装を握りしめるバルトメロイの姿を見たからだ。

 

視線の先は―――反応薬という『足跡』が点々と示していく、アルズベリ村という巨大工業都市に向けられていた。

 

「ミス・フラガ、トオサカの反応はあるのですね?」

 

「ええ、彼には『ピアス』という探知装置が着けられています。

これで私と彼は応答し合えるはずなんですが……」

 

言いながら、耳元を示すバゼット・フラガ・マクレミッツに、バルトメロイは眼を瞑りながら応える。

 

「恐らくですが、彼は意図的に『反応』を切っているのでしょう。死徒にでもされていれば、そんなものは簡単に砕かれているでしょうし、応答は無くても『反応』はあるのでしょう?」

 

「はい」

 

バゼットの示すピアスは、お互いのどちらかが『危難の事態』となった場合、それを確実に永続的に作用することで居場所を知らせる仕様となっている。

 

それは刹那でもバゼットでも抗しきれない一種の『GPSチップの体内埋設』、現代風に言えば『マイクロチップ・インプラント』も同然になる。

 

そういった事態にならず、意図的にオン・オフ出来る間はまだお互いに無事ということ。即ち、刹那は何らかの意図を持ってそうしているのだ。

 

「連れ去ったのはヒト蛭『ルヴァレ』の討伐の際に私の邪魔をした殺人鬼。

私の狩りを邪魔した挙げ句、私の『玩具』まで取っていこうとはますます持って不遜の限り……ですが、まだ刻限ではない。

フリーランス一人に人員を割くことは禁物。引き上げましょう」

 

「申し訳ありませんが、バルトメロイ。私は別行動を取らせてもらいます。

確かにある意味、保護したのは『安堵』出来る存在ですが、『安心安全な存在』ではありません」

 

「……」

 

「何より、友人の息子なのです。一人ぼっちにしておきたくはない」

 

バゼットが抜けるという事態に目くじらを立てるほどではないが、それでも損失は損失だ。

 

大隊関係者たちは、それを少しだけ不安に思うも、バルトメロイはそれを許可した。そもそもフリーランスの連中というよりも天文台カリオンの連中は、決してバルトメロイの手駒というわけではないのだ。

 

何より遠坂刹那は、時計塔の最有力魔術師の一人。放っておくことは、あまりいいことではない……。

 

そんな思いなど知らずに、その場面を映さずに刹那の回想は続いていく……。

 

 

† † † †

 

 

『随分と破天荒な人生を送っているものだね。まぁ無くはないか』

 

『そう思えるかい?』

 

『私の中に宿る『マアヤナイン』の一人が囁く……明確ではないがね』

 

魔法の杖と会話をする包帯で眼を隠した男を見ながら、刹那は用意された一軒家の調理器具を用いて、即興で料理を作り上げる。

 

『出来ましたよ。この家の食材じゃ、こんなもんしか出来ませんけど』

 

『ははは、申し訳ないね。とはいえ、今度買い出し頼むよ』

 

そう言って、真祖の姫が用意したという家―――借家を見るに、質素すぎて何より……まぁ防衛施設も然程ではなかった。

 

とはいえ、この人一人いれば、そんなものはいらないかとも思えた。

 

包帯を外して、刹那の作った料理を直に見て食べる遠野志貴……。

 

それすら辛いだろうに、もう少しマシな魔眼殺しは無いのかと問うも……。

 

『キミだって俺と同じく眼が暴走状態だろ? まぁそれでも、料理の『色彩』を見ずに食べるのはいやだからね』

 

『面倒な性分ですね』

 

『そんなもんだよ。全てに死の線が見える。そんな風であれば、いつかは狂うしかない』

 

言ってからメガネを投げて寄越す遠野志貴。それが『アオザキ製』であることに気付いて、これほどの一級品でも完全に殺しきれないようだ。

 

『それを強化して『度数』を上げることが出来ればいいんだけど、オレの周りにそういうの出来るのがいないんだ。

壊滅的に、壊すことだけが得意な連中ばかりなんだよなぁ』

 

壊滅的と壊すが若干『掛けているつもり』なのか。フレームを掴みながら、ブリュンスタッドの『戦姫』でも無理なのか。それともそういうことが出来ないのか……。

 

(滅びかけの真祖たちが決死を込めて作ったものだからな。そういった余分な機能は無いのかも)

 

そう思いながら……。

 

『列車に乗ったのは、この為だったのかね』

 

『何の話だい? 刹那くん』

 

こっちの話っす。と気楽に言ってから、ロズィーアンのレンズを二枚ほど取り出す。念の為ということで頂いておいた魔眼『封じ』のレンズを二枚ほど……更に念のためにすっごい『度』の強いレンズを用意しておいた。

 

そしてアオザキ製のレンズに『重ねる』。元々、頑丈に作られていたものらしく、経年劣化していない辺りに封印指定の女の手並みを理解する。

 

レンズ自体も拡張の余地は見えた。後々使う人のためにアフターサービスするぐらいは出来たかもしれないが、なんで持っていかなかったのかを聞く。

 

『じ、実を言うと後年に聞いたんだけどな。オレにその眼鏡をくれた『先生』……君たち魔術師の呼び方でミス・ブルーって魔法使いが、姉を殺して奪ったものだとか聞いたんだよ。本当かな?……』

 

『俺は姉貴の方は巷間の噂程度でしか知りませんが、あの二人が出くわすと、街一つ無くなることを覚悟しての殺し合いが始まるそうですけどね』

 

『そうか。それじゃ『先生』とは会ったことあるんだ?』

 

『まぁ会いたくはなかったですけどね……志貴さん。取り敢えず掛けてみてください』

 

『ん』

 

食べていたエビピラフを嚥下するのと了解の応答が重なり、メガネを受け取った志貴さんは、それを『久しぶり』に掛けたようだ。

 

『……すごい。死の線も点も見えない。久しぶりに『生きている世界』を見た気分だよ』

 

よっぽど煩わしかったんだろうな。そう思える言葉に、本当ならば、アオザキに任せた方がいいんだろうな。と思えていた。

 

『察するに、このメガネは、キミと同じような直死の魔眼持ちに対して与えることも辞さないものだったんだろうな。

まぁ恐らくだが、そちらに関してはオーバースペックで『制御』してしまったから、要らずとなったんだろうね』

 

随分と確信を以て言うオニキスに妙な気持ちになりながらも……。

 

『ウォおおん。このエビピラフの米の一粒一粒、剥かれて丸いエビ、これらに死の線が見えないことに感謝を込めて――――イタダキマス!!』

 

『確かにあんた『出ていた』けど、そんなキャラじゃないだろう!? というか知り合いの『ロード』みたいな声でそういうギャグを言うな!!』

 

『どんな食材一つにも宿る命は輝くファイアー!!』

 

遠野志貴の歌う歌が二番目に入ったことで、流石に見ていた達也は声を掛ける。

 

「直死の魔眼?」

 

「厳密に言えば『魔眼』って呼べるものではないんだけどな。

というか俺も本人から聞いた限りでしかないんだが、この眼を持った者たちは、有機無機に関わらず、全てのモノの死の要因を読み取れるらしい―――それが死の線、死の点というもので視認されて、この魔眼を持っている連中はそこに干渉を掛けられるそうなんだ」

 

その刹那の説明に対して、確かに遠野志貴は、何の魔術的な干渉もされていない己の素手を、吸血鬼の体に『ナイフ』か『フォーク』でも差し込むかのように入れていた。

 

吸血鬼の体は当たり前のごとく、常人が至れる人体のスペックの領域にはない。

 

況や如何に鍛え上げられた人間とて、素手で人体を破壊出来るわけがない。まして元々あった大きな傷ならばともかく……。

 

「この魔眼が齎す『死』というのは概念的なものであって、回復などが出来るものではない。存在の『寿命』という『綻び』を引きずり出すことで、相手に死期を与えているんだ」

 

その能力の恐ろしいまでの力に、達也は怖気を覚える。確かに自分の分解もそういったものはある。

 

刹那の授業もあいまって最近感じて理解を深めたことだが、達也の分解は、万物の構造情報を読み取った上でそれを違うものに『置換』する能力と言える。

 

置換魔術―――フラッシュエアともいえるのだと。

 

つまりは物質の容量を『無』、『虚』にしているわけではない。

 

大きな構造物を分解するとなれば、部品ごとにバラバラにするか、もしくは構造物質全てを簡単に風に攫われるほどの細かな物質に『砕く』『砕粒』することで、消し去っている。

 

『人体』もそうなのだが『原子レベルに変えている』だけなので、……遠野志貴の『直死の魔眼』というものを用いた『殺人』『消去』を見ると、自分の技は随分と拙いものに思える。

 

「別に殺人やら消去の手際を競うわけじゃないが、この人の前では俺の分解なんざ手妻使いもいいところかな?」

 

「さぁな。ちなみに言えば達也の場合、魔法が『発動する前』に魔法を『消す』ことは出来て、魔法が『発動した後』の物理現象を『消す』ことは出来る。

だが、『打ち込まれた魔法』を『中途』でキャンセルすることは出来ない。そんなところか?」

 

「大まかに言えば、そんな所だな。俺個人を狙った魔法ならば、限定的にはそれも可能だが、無差別的な爆撃、他者を巻き添えにしても構わないとして『打ち込まれた魔法』は、俺では対処不可能だ」

 

これは達也が持った弱点とも言えない弱点だが、実際にされたら嫌だなという部類の話でもある。

 

南盾島の一件の出来事。迫りくる『魔法』で干渉された物体(いんせき)ならば、消去することは可能だが、巨大な魔法式を無差別なターゲッティングで『放たれてしまえば』、その効果が顕現した後の『現象』を消し去ることしか出来ない。

 

「この人は、それすらも可能とする。実際、この後、この人の戦闘についていくことになるんだが、こちらの縁とも言える発動した魔術を簡単に切り裂いていくんだ。

一番びっくりしたのは、閃雷(さきいかずち)とも言える雷霆魔術……人間では視認出来ない速度のそれを『殺した』んだからな。ナイフ一本で」

 

「―――万物の死を視るって……『そういうこと』なのか!?」

 

「そんなこと―――いいえ、だとすれば、この人の眼には……!」

 

何が視えているのだ?

先程までは、達也よりも『便利な能力』だなと思えていたのも、束の間、今では少しだけの恐ろしさを覚える。

この人の手にかかれば、大気すらも死の対象になるのかもしれない。

 

「想像してみたまえ。キミ達が普段、何気なく突っ立っている地面や建物全てに『死の線』……『死』(おわり)に至る導火線が視えている『セカイ』を……正気じゃいられないね……『世界の終末の姿』(over count 1999)を常時見せられているようなもんだよ」

 

ダ・ヴィンチの言葉で想像するには、達也も深雪も幼すぎる。想像するには同じような世界が見えていなければ無理だが……。

 

それでもイマジネーションを総動員して得られた結果の世界を考えるに。

 

―――例えるのなら、それは月世界。

何もかもが死に絶えた荒野に似ている。

目に見えるもの全てに在る死の綻び。

触れれば消え去ってしまう世界の事象。

 

そんな世界が見えるなど―――恐ろしすぎる。本能的な怖気が走ったのを見た後に、刹那は面白がるように継ぎ足してくる。

 

「まぁお前の眼は、近いかな。

究極の未来視―――『直死の魔眼』に変化する可能性があるのが、お前と『もうひとり』いる」

 

精霊の眼……エレメンタル・サイトが、そんな『おっかない』能力に変化するなど、あくまで可能性とは言えあまり考えたくないものだ。

 

そして、そんな奴が『もうひとり』いるという説明に、達也は頭を抱える。

 

「ムシロ、『もうひとり』(アナザーワン)の方が近いわよね。死と命はトナリ合わせのセナカ合わせ―――エイエン(永遠)に顔を合わせることはないものなのだから」

 

刹那とリーナは、その『もうひとり』を良く知っているようだ。

 

誰であるかを訪ねたい衝動を断ち切るように、映像の中に変化が見られる。

 

久しぶりの同国人との会話で少しだけ気持ちが弾んでいた遠野志貴は、食後のお茶……緑茶(刹那持参)を飲みながら、刹那に尋ねる。

 

『俺も、魔術師ってものに殊更詳しいわけじゃないけど、刹那くんほどの年齢で、こんな荒事に参加するなんて、普通じゃないな。何か目的があったのかい?』

 

『ありますよ。どういうことなのかは分かりませんが、予言を受けて―――この『眼』を完全制御する術を求めて、ここに来たんです。

私的な理由の他に……まぁ、恩師に恩返しするためもありましたけどね』

 

『なるほど。義理堅いな。俺から逃げ出さないのもそれが一因かな?』

 

『その予言が正しければ、俺を良き方向に導くのは、志貴さん。あんただと言われていたんですよ。

魔術師社会では特級の賞金首として、付け狙われている人間をですよ……意味が分からない』

 

その言葉に、苦笑をする遠野志貴。その胸に去来しているものは何なのか。すねた子供のような言動をする刹那を見て、何を思うか。

 

『逆に聞きたいんですけど、なんで俺を助けたんですか?』

 

『助けられることが出来るのに、それをしないほど底意地が悪い人間になりたくはなかった。大切な約束事なんだ。

もしかしたら、君ならば、切り抜けられたかもしれないけど……なんとなく、ね。少し―――『昔』の俺を思い出したんだ。

あやふやだけど、一人きりで……死んでしまうのは、辛いだろうと思えて……まぁ賢しい感情や理屈よりも体が先んじてしまうんだよな。そういうもんだよ』

 

要領を得ない遠野志貴の返事に、刹那としても苦笑いであった。

 

なんだそりゃ。とでも言わんばかりの呆れ顔でもあったが。

 

不意に顔を改めて遠野志貴は口を開く。

 

『さて、ここから先は真面目な話だ。俺としては、君たちが知っている『真祖の姫』がやってくるまでに、アルズベリを『整頓』しておきたい。吸血鬼たちのやろうとしていることは、看過出来ないだろう?』

 

『……アルズベリ・バレスティンの大儀式は、成功すれば多大な旨味があるものです。横取りの総取りが、魔術協会の目的―――』

 

それは刹那の立場上、目指さなければならないものであった。

 

しかし、そのために出る犠牲を看過できるかといえば、それは無かった。

 

刹那の気持ちの問題であって、そんなことはお構いなしに状況は動くだろうことも理解できていた。

 

首を明後日の方向に向けながら刹那は、ここで何が出来るだろうか。そんな捨て鉢な感情を覚えてもいたのだから。

 

『ああ、けれど君自身は、そういうのが嫌だろう。

別に積極的に人死を出したいわけじゃない。その点で協調できるならば、少しの手助けをしてほしいんだ。

―――礼というわけではないが、君が受けた予言の手助けを『俺』は出来ると思う……ああ、魔眼の制御を出来ずに、眼鏡(魔眼殺し)を掛けている(おまえ)が何を言っているんだ? とか、魔術の素人が、とかあると思う。

けれどさ―――多分、俺に出来ることは見えているんだ……交換条件を突きつけといて何だけどさ。改めて―――協力を頼みたいんだ』

 

その言葉を受けた刹那は数秒間考えてから―――それを受けた。如何に直死の魔眼がとんでもないとはいえ、最終的には奇襲の不意打ちだけが、彼の奥の手だ。

 

こんな弱々しい人間……見捨てるわけにもいかない。

 

『正しく心の贅肉だ。あんたが勝手に死んでしまって、その眼を抉ってどっかに高く売りつけることも出来そうだけど』

 

『そういう下劣なこと、キミはやらないだろ? 忠告だけど、自分自身も騙せないような嘘はつかないほうがいい。聞いている方が不快になるだけだよ』

 

鼻白んでしまうようなやり取りの後には、結局―――『殺人貴』と神秘の世界では渾名される存在との『協力』をするのだった。

 

その瞬間を以てアルズベリにおける運命は少しだけ違うものとなる。

 

物語は加速をして『アクト・カデンツァ』の演奏を響かせるのだった……。

 

 



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第169話『まほうつかいの過去──DEATHⅢ』

三歩進んで三歩下がる。

高評価で星9を二つほどいただいても、星1一つはいるだけでいっきにちゃらになってしまう。

そういうシステムだと分かっていても、なんか色々理不尽を覚える(涙)

新話どうぞ。


 

そしてアルズベリ村における刹那の戦いが、再生されていく。

 

遠坂刹那が、遠野志貴……『七夜志貴』という男と駆け巡る戦いは魔法師の常識を覆す。

 

星……地球が用意した受肉した『精霊種』によって、限定的な不老不死を得た『死徒』という存在は、その長じた年月で得てきた能力を如何なく発揮する。

 

「一見すれば、死徒になったことで、この能力を得たように思えるが、彼らの力は年月を経たことによる能力獲得。

まぁ一度『死んだことで』、終演(フィナーレ)に至るまでのいくつかの超抜能力は発現するらしいが」

 

「長く生きれば、そんなことにもなるのか?」

 

「そうらしい。死徒の力とはある種、天然自然の一部たる人間の能力萌芽なわけだ」

 

もっとも、それとて限度はある。人によっては一日にして食屍鬼から死徒……吸血鬼になれる才ある人間から、10年以上も食屍鬼として使役されるような存在まで、ピンキリ。

 

そう説明を受けて、ふとした符号に少しだけ達也は気づく。

 

その在り方は魔術師よりも……『魔法師』に近い。特に現代魔法師は、その『開発経緯』から、『どれだけの力を得られるか』が計算されて生み出されてきた。

調整体魔法師など、その極みだが……つまりは、人間のスペックを開放させることで、オーバースペックへと転じさせる。

 

その一方で失敗作として破棄された調整体魔法師も存在している。

 

「とはいえ、『仙人』になるような仙道とは違う『左道』。代償も大きすぎる。不老不死と化した『人間の肉体』は、あまりにも過ぎたものでな。彼らの肉体は急速に劣化していく」

 

「そのために吸血行為を繰り返すのか?」

 

「ああ、劣化する己の肉体を『現代自制』に置く……現代人の遺伝情報を取り込むことで、肉体を『人理のテクスチャ』に留めているんだ」

 

 

過去に死んだ人間が、未だに存在して活動しているという『エラーコード』は、人理という被膜の中では、あまり好ましくない事象だが……それでも、こうして元気に動き回って夜のアルズベリを混沌にしていく存在を見ていると、その言葉の意味も若干は分かる。

 

鉄骨剥き出しの建物を走りながらガンドを放ち、魔弾を放ち、眼下の遠野志貴の戦いをフォローする刹那。

 

そして遠野志貴の動きは、こうしてみると九重八雲の動きにも似ている。

というより遠野志貴の方が洗練されている。

 

九重流における『八天鐘』という連続拳打の源流らしき連斬。

死の線をなぞっているにしても速すぎるもので、食屍鬼がバラバラになる。

 

物量作戦で殺人貴を疲弊させようとした『白翼』という死徒の『親玉』子飼いの連中は、サポートしている魔術師のせいで、それすら不可能になって最後には、遠野志貴ーーー七夜志貴のナイフで絶対の死を与えられた。

 

結果としてではあるが、刹那は……十分すぎるほどのサポートをこなしていた。

 

本人の言う通りサイドキック(ワトスン役)ではあろうが、かなり戦えるタイプのサイドキックである。

 

今日も一仕事終えたという風情で帰路に着く二人。

 

アルズベリ・バレスティンという大儀式の終焉は未だに視えないが……それでも、この二人ならば何かが変わると思えるのだった。

 

 

『今日も派手にやりましたよね。あれだけやられたならば、白翼公も怒り心頭ですかね』

 

『アルクェイドによれば、『お姉さん』と違って大量に部下をこさえているようだからね。

『探り』と『削り』……そろそろ大物が引っ掛かってもいいんだけど』

 

『上級死徒の一人も出てきませんしね』

 

『ご尤も、だ……───』

 

 

言葉が途切れる。同時に、周囲から気配が全て消え去っていく。

 

結界に囚われた。正しく青天の霹靂。ここまで見事に仕組まれるといっそ感心したくなる手際。

 

アルズベリは、不相応な街だ。中世の町とも言える石畳の広場や路地がある一方で、近代的な工場がそこかしこに聳える『モザイク模様』の街並み。

直感しながら気配を探る刹那。志貴もまたそういったことを行う。

 

七夜にとってそれらの『敵意』『殺意』……東洋武術では、まとめて『意』と呼ばれるそれらを、先鋭された意識の感覚は読み取る……本当かよ。と刹那は半信半疑ながらも、それを教えられていた。

 

そして敵意に反応して振り向いた先からは何も来ていなかった。

 

(外された!?)

 

『違う!! 殺意による偽攻(フェイク)だ! 来るぞ!!』

 

自分の内心を読み取った上での警告を受けて刹那は───ソラを仰ぎ見る。

 

月夜の光を受けて黒い影を残すもの一つ。ソラから降り注ぐ『黒鍵』の群れ。

 

敵は死徒ではない。結界の手際も見事なまでの魔術式。組み立て方はかなりの精度であるが、力任せの印象もある。

 

そんなふうに考えながら、石畳に柄近くまで突き刺さる黒鍵を躱し躱して、敵を捉えんとする。

 

何だか刹那ばかりを狙うような手際に遠野志貴は気付いたらしく、『まさか!?』 と同じくソラを仰ぎ見た瞬間、刹那は反撃を開始。

 

弓を出して、剣を番えてソラを走る『代行者』に解き放つ一撃。

 

絶大な魔力の噴射ごと夜空を切り裂く流星を前にして、遂に地上に降り立つ代行者。遠野志貴と刹那を裂くように、境界に立つ『青髪のシスター』……。

 

『先輩……!!』

 

『埋葬機関第七位 弓のシエル!!!』

 

二者二様の言われ方をされたシエルなる女は、頑丈そうなブーツでステップを踏むようにして遠野志貴の眼前に防御式を張った。

 

『遠野君の眼ならば簡単に切り裂けるでしょうから、申し訳ありませんが『影』を縛らせてもらいました』

 

『悪いけど大人しくしないよ。俺は───刹那君と同盟を結んだんだ。こんな不義理許されないんだ』

 

遠野志貴のその真剣な言葉を受けても、代行者は取り合わなかった。

 

『そんなもの破棄しちゃってください。

執行者セツナ・トオサカ。あなたの目的は分かっています。

暴走状態のその『眼』を抑えるために、遠野君の眼を奪い取ろうと画策したこと、私が理解していないと思っているんですか?』

 

『レール・ツエッペリンの時にはお世話になったが、こうも簡単に敵に回るとは因業だな……』

 

『えっ!? 刹那君、先輩のことを知っているのか!?』

 

 

何とも場違い極まる志貴の疑問を置き去りにして、代行者と魔術師は闘争を開始する。

 

どちらも武器の投擲を主とした戦闘スタイル。現代魔法師的な視点で言えば無駄な限りとも言えるが、肉体という『殺人機械』を用いて放たれる武器の多くは、三次元的な物体の『移動』を可能とする現代魔法よりも脅威になってしまう。

 

その理屈が分からない……。

 

と思っていると、刹那が平淡な顔で説明をしてくる。己の窮地だというのに、まるで他人事のような心地でいるように口を開いてきた。

 

 

「要はボクシングやケンカと同じだ。来ると分かっている、軌道を読み取って最小限の回避をしたとしても、それが突き刺さってしまったらば、という恐怖が簡単に肉体を縛る。

先程の理屈『意』……剣道や古武術で言えば、『心の一方』というものだな」

 

しかも、それが相手を簡単に穿つ武器であれば、次第に追い詰められていく。

 

そして、この段階においては……刹那は、まだまだシエルに及ばなかった。

 

黒鍵の投擲が肉体を貫く。魔剣による防御を掻い潜るシエルなる女の技の前に、倒れ伏した。

 

『先輩!!! くそっ!!』

 

何とか脱出を試みる志貴だが、あいにく今日に限って『鉄槌』を持ってこなかったことが仇となり、絶体絶命の刹那に代行者がゆっくりと近づく。

 

最後の一刺しを確実に与えようという心地か。三つ挟みの黒鍵を手に近づいてきたのを察して、刹那は起き上がろうとするも、刻印による回復が遅すぎた。

 

そして、石畳をカツカツと踏み鳴らして進んでくるシエルに対してーーー、横合いから影が迫った。今までどこにいたんだ。そうとしか言えない、絶妙の奇襲のタイミング。

 

影が放つ拳の一撃が、シエルを盛大に吹き飛ばす。

 

周囲に滞空する鉄球・鋼球を引き連れながらやってきたのは刹那の師匠であった。

 

『バゼット……』

 

『流石に、この相手との戦いは『ステージ』が早すぎます。ですが、よくぞここまで頑張りました。

ここから先は───私が引き受けます!』

 

そうしてからグローブを嵌め直す小豆色の美女の姿を見たシエルは、その身に宿した回復の奇跡を以て、立ち上がる。

 

『数多の外法・封印指定・死徒を屠ってきた天文台ミリョネカリオンのエース『バゼット・フラガ・マクレミッツ』。一度は手合わせをしたかった』

 

『そういうあなたも、話に聞いていたよりも鋭く高潔な戦士のようですね、代行者シエル。

小麦を捏ねていた手が『奇跡を織る』として教会にスカウトされた一介の町娘のあなたが、ここまで鍛え上げられるとは……』

 

『あなた方魔術師の理論によれば、隣り合う世界(へいこうせかい)の中には、かなり奇特な運命を担った『私』もいるのでしょうが、私は後悔などしていませんよ。

例え、それが憑坐としてのものでも、主の威光を遍く照らすこの身を以て、あなた方とも私は戦うのみです』

 

ぶつかり合う視線と殺意。闘気と闘気との狭間でーーー、最高峰の戦いは続く……。

 

そこから先は『早送り』されたわけではないのだが、あまりにも達也と深雪にとっては受け止めるには重すぎて大きすぎるものだった………。

 

刹那にとっての師匠であるバゼットと志貴の知り合いたるシエルの戦いの一時中断。そして再びの同盟関係。

 

迫る刻限を待ちきれないとばかりにぶつかり合う死徒たち。そして動き出した死徒たちを刈り取る連中……死徒殺しの死徒、『エンハウンス』との共闘。

 

『機巧令嬢』とでも言うべきものと相対しあって、剣製の秘奥を会得するように、『ピーターパン』の右腕を『はっ倒す』刹那。

 

刻限に至ると同時に始まる吸血鬼たちの謝肉祭。

 

そして現れる黒の月蝕姫と白の満月姫―――。

 

人知を超えた次元でぶつかり合う『力自慢たち』の戦いの最中、死徒の王に挑まざるを得なくなった刹那。

 

人類史を否定する影法師に対して、人類史を■■する影法師たちの一斉集結。

 

英雄たちの『UNION』が刹那を動かして、そして玉座に辛うじて座る『王』は、玉座の下にて反抗を示した少年に脅威を感じて、それでも……動くことは出来なかった。

 

体中を刺し貫かれてすぐにでも回復が必要なはずの『王』。ボロボロで倒れ伏していた少年を食うことは出来ず……。

 

『やり方なんてどうでもいい。最終的に『六つ』を欠けさせれば良かったんだ……。

しかし、お前がここまでやれるとは、場末の宿屋で一杯奢ってやった甲斐はあったな』

 

その手に持つ長銃をカシャンと動かして装填をする『復讐騎』は、死徒の王……貴族顔の男に狙いを着けた……。

 

『セツナに削られすぎたな。小兵にやられるなんて、思わぬ末路だろうが、オレも気に入りの『坊や』(キッド)をこれ以上、働かせたくないんだよ。

だから―――お前にお別れだ』

 

魔弾……聖なる葬列を約束する砲弾が、貴族顔を貫いた。

 

そして、終わる時が始まる……あまりにも壮絶な戦い。戦略級魔法師同士がぶつかりあったとしても、こうはなるまい。

 

闇が広がる。黒が広がる。全てを呑み込む影が広がる……。

 

黒い海に似ていた世界の中で、刹那は……最後まで見届けた。

 

誰かに言われた言葉に突き動かされるままに、足を止めずに、前を向き続けたが末の結末を達也たちは見届けた。

 

 

場面は草原。

 

アルズベリの一連のことが終わると、映像の場所は、刹那が遠野志貴と出会った最初の場所に似たところになっていた……。

 

終わりが……始まる――――。

 

 



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第170話『まほうつかいの過去──DEATHⅣ』

城爪草先生のヤマトネタに「しまった! その手があったか!?」と思ってしまう。

どっちも宇宙の果てだもんな。

守兄ちゃんといいぐだおといい、あれだね。命の危険が迫ると種の保存を―――(爆)

という訳で最新話どうぞ。

追記

前回の話のあとの大量のお布施(評価)ありがとうございました。今後とも精進してまいります。


 

 

 

『長い長い旅路だった。けれどまだまだ終わりじゃないんだよな』

 

『終わりたいんですか? アルクェイドさんを置いて死ぬなんて出来そうにないですけど』

 

『けれど、あいつは俺の血を吸おうとしない。いつかは俺のほうが先に逝ってしまうな……』

 

 

草原に座り込み、満月を見上げながら呟く志貴の言葉に、何も言い返せずに、同じく満月を見上げている刹那。

 

 

『好きだから吸わない。なんて―――『殺し文句』言われたらば、俺にはどうしようもない。

俺でも『言葉』だけは『殺せない』からな』

 

『あー。ごちそうさまでーす………』

 

『いやいや! そういう有彦みたいな反応はやめてくれ!! んーーー。とりあえずお疲れ様だ。なんだかとっても危険なことに招いたような気がするが、大丈夫かい?』

 

 

一度だけ伸びをしてから草原に身を倒す遠野志貴は、隣りに座る少年を心配そうに見る。

 

 

『二度と会うことはないとは思いますが、二度とあなたとは一緒に行動したくない』

 

嫌われたもんである。志貴は心配そうな顔と眼をして刹那を視るも、刹那は疲れたような表情と言動を取る志貴に対してしょっぱい態度であった。

 

苦笑をしてから依頼料を払うとして、指2本を刹那の眼に向ける遠野志貴。

 

それを見て、刹那は疑問を向ける。

 

『白翼の時の『処置』で終わっていたのでは?』

 

『あれは応急だよ。アルクェイドに聞いてみたんだが、どうやら君の眼の容量は、まだまだ『上』があるみたいだから、今後のためにも『壁』を壊しておけって言われたんだ』

 

あのお気楽吸血姫に、そんなことが分かるとは……。

ともあれ、今までは大河から水を引き込むための処置が変化を果たして、『大河川』を適切な形で整地して水を氾濫させないためのものになる。

 

遠野志貴が指で『殺した』のは、刹那の魔眼にかけられた妙な『堤』であり、意味のない『封印措置』であった。

 

その理由は分からなかったが、ぱきん! と何か脆いものが崩れるような音がしてから眼を開くと、そこには直視の魔眼の輝きを見せる遠野志貴の姿があった。

 

 

『―――これで、君との同盟関係は終わりだ。終わりの時が来ると、なんだか寂しいもんだな……』

 

 

乾いた笑みを浮かべる殺人貴と、同じく笑みを浮かべる『魔宝使い』

 

 

『ええ、まぁそれはあるかもしれませんね。……多分、もう二度と会うことはないでしょうし』

 

それは予感であり直感であり、本来ならば役立つことはないものだ。

しかし、理解は出来たのだ……。

 

この人は―――。

 

 

『それじゃ、もう行きます。なんやかんや言っても『教会側』に着いて戦ってしまったことは、大目玉もいいところですからね』

 

『ごめん』

 

『謝んなくてもいいです。そういう時があってもいい。そんぐらいには……いい日々だったとは思えますよ―――しばらく寝ていてください。

結界張って誰も寄せ付けませんから―――ほんのひと時の疲れを忘れるための宿り木程度ですけどね』

 

『それは安心できるな……ここ数日の出来事は、俺にとってもかけがえのない日々だった。永かった幾千の夜を超えて手に入れたものは、とてもいいものだった』

 

 

月が仄かに照らす草原。小さな影も見つけるから休んでいろという相手には……正直なれそうにない。

 

 

『思えば、俺は君に、自分を重ねていたのかもしれない。

自分には何もない。いつ死んでもいい。なんて―――世捨て人みたいな考えで動くことを、ね……戒めてやりたかった。俺みたいな不安定(ぼろぼろ)の人間ではない『明日』(みらい)があると、俺の姿を見せてね―――』

 

迂遠なやり方。そして、この人だって帰ろうと思えば帰れないわけではないというのに、彷徨うように生きていくことを良しとする心情が分からなかった。

 

けれど―――傍にいることを決めた白い月の姫のために走り続けることを決めたならば、それを言うのは野暮だった。

 

 

『最後の依頼は、こなしてみせますよ……それじゃ、さよならです志貴さん』

『ああ、さよならだ。刹那君、義理堅い君を利用してすまないね』

 

 

その言葉を最後に今度こそ殺人貴―――遠野志貴という男の前から立ち去る刹那。

 

これ以上一緒にいると、縛り付けてでも、故郷に連れ帰ってやった方がいいと思えてきたのだから……。

 

結界の最終確認を終えて―――深い深い吐息を吐き出す。

 

既に遠野志貴の姿は見えていない。よっぽどの相手でもなければ、この結界は見破れはしまい。

 

そして、そんな相手はそうそういなかった……。横合いに―――気配が生み出されていなければ……。

 

いたのは『魔法使い』であった……赤い髪を長く伸ばした、一番刹那がよく見る魔法使いである。

 

 

『随分とお疲れのようね。お互いに徹夜明けの身とは言え、あなたは結構、楽できたほうよ。

なんせ一番の『ジョーカー』の傍にいたのだから。

まっ、そうはいってもそんなものは主観の問題だしね。あまり恨み言は言わないでおくわ』

 

『―――どうも。あなたがあげた眼鏡。度数が合わなくて困ってたみたいなんで、合わせときましたよ』

 

 

世間話でもするように、『殺し合い』に関しての報告をしあう刹那と魔法使い。

その会話を傍から聞いても、何の話かは分からないだろうが、放たれている言葉は剣呑だ。

 

 

『姉貴の不手際であって私のせいじゃないわ。

と……言いたいところだけど、見込みが甘かったのよ。まさか―――あの子が『ここまで』になるなんてね……』

 

 

それは遠野志貴が、ここまで魔性の災厄に出会って眼を酷使するなどと思っていなかった『魔法使い』の『先見の明』の無さなのか―――ある意味究極の未来視は、魔法使いの先読みすらも殺してしまっているのだろう。

 

 

『これ以上は、中にいる人と話してください。俺に対しては『無駄言』でしょう? 二時間もすれば消え去ります……それまでは休ませておいてくださいよ』

 

『そう。色々と世話をかけさせたわね。……真っ直ぐに帰れば大目玉だと思うけど?』

 

『それが怖くて、魔術師なんてやってられませんね。保護者同伴もそろそろ卒業せにゃならんでしょう。まぁ少し『寄り道』してからにしようと思いますよ』

 

 

バルトメロイとの交渉についていこうかというブルーの気遣いを無視して草原から去っていく。

 

本当にここでの自分の役割は『闖入者』であった。恐らく抑止力というものに突き動かされた闖入者(ストレンジャー)

 

大きなトランクを持つ『右腕』を一度だけ擦ってから、魔法使いに完全に背を向ける。

 

ここから『先』のことは刹那には関係のないことだ。むしろお邪魔虫であるとも言えた。

 

そして―――アルズベリという魔境にて命を拾った魔術師見習いは、誰を伴うわけでもない帰路に着くのだった。

 

 

『さてとバゼットに報告をあげたり、なんだりしなきゃいけないが、先ずは――――――』

 

 

まん丸の月を見上げながら、呟く言葉はただ一つ。その輝きに『眼』をやられながら……刹那は宣言する。

 

 

『こっから一番遠い場所―――日本に帰るとしますか』

『はぐれ旅だねぇ。人生は長い。キミの旅は――――まだまだここからも続くのさ』

 

 

必要な時以外は口を出さない魔法の杖の言葉に返しながら、刹那は歩き出す。その歩みが止まるのはいつになるか分からない。

 

ただ、こうして目の前にいる遠坂刹那の人生の壮絶さは、達也にも理解できた。

 

 

「カッコつけがすぎますね。意外と気取り屋ですよね刹那くんって」

 

「魔術師の基本条件というわけではないが、持っていていい適正にはナルシーな人間の方がいいというものもあるのさ」

 

深雪の言葉に答えながら、場面を進める刹那。

 

曰く『時計塔』からの召喚命令が出ていたにも関わらず、それをブッチして極東―――日本へと帰国するのだった。

 

目的は故郷である『冬木市』ではなく、三咲町……遠野志貴に対する後始末であった。

 

 

 

「にゃふー。どうやらそろそろお暇するべき時間じゃね?」

 

「わんだー。確かにこれ以上のカレーニウムの摂取は身体に毒ですね―。というか私はちゃんと出演できましたから大満足です」

 

「ううむ。本当だったらば噛みつきたいところにゃんだけど、アチシもそれなりに出たしな―。直接の出演じゃなくても、これでいいのにゃ」

 

ボロボロになった一行を前にして気楽な会話をする、自称・ネコ精霊とイヌ精霊の化身達。

 

さんざっぱら協力したり敵対したり、それに巻き込まれて戦いの限りを尽くしたというのに、こいつらだけは『普通』『平然』としているのだ。

 

解せぬ―――。レオ達一行を前にして、そのネコ精霊とイヌ精霊たちは天へと昇っていく……黄金の身体と―――なんか金色の煙(七輪使用)を纏いながら……。

 

ネコの天使とイヌの天使がハイロウを持ち、ラッパを吹きながら導いていく様子。

 

なんでこいつらだけこんな豪華な昇天シーンなのか。更に解せぬ。

 

 

「今回の仕儀は、まぁ悪くなかったにゃ。久々に暴れに暴れられたし」

 

「野蛮な限りですねぇバカネコ。そして私達の目的はまだまだこれからですよ」

 

そうねー(・・・)。そろそろコラボしてもいい頃なんだもの。いい加減、『月世界』の戦争以外にも参加してみたい気持ちね」

 

その時、全員が気付いた。ネコ精霊の姿が、白いセーターに紫色のロングスカートを履いた……金髪の美女になったことを。

 

あまりにも人としての規格を逸脱した美しさに、全員が息を呑んでしまう。

 

そして、イヌ精霊の方も青髪のカソックを着たシスターの姿に変化を果たしていく。

 

振り返った姿はどちらも美女であった―――。そして彼女たちは……こう呟く……。

 

「ワタシ達はようやくのぼりはじめたばかりだからね―――この果てしなく遠いFGO実装坂(困難坂)をよ……」

 

「たまにはいいこと言いますね真祖。ワタシ達の戦いはここからです。明日実装されるために―――――」

 

一拍置いて―――。

 

 

「志貴のところにGO!!」

「遠野君と寝るぞ―!!」

 

恐らく同一人物だろう相手の名前を言ったのだろう二人が天に昇り、坂を上がりながら拳を突き出し合う。

 

「オラオラオラオラオラオラ!!」

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄!!」

 

ラッシュの速さ比べの果てに―――

 

ごぎゃ、という激しい打撃音が響く。

 

お互いの頬に突き刺さった拳の威力は、そのステレオサウンド(おと)からお察しである。

 

クロスカウンターによる相打ちの姿を晒したまま、はた迷惑な二人の美女は霞のごとく天上の世界(?)に消え去るのだった。

 

同時に結界が解除されて、東京の路面に出る。なんとなく全員が一心地着いた気分ではある。

 

よって深い深い溜め息が、吐かれるのだった。

 

「結局……な、なにが起こっていたんでしょうか?」

 

「夢か現か幻か……まぁ何にせよ―――、一色さんと十七夜さんは、服を着たほうがいいよね」

 

フェンシングスーツのままというのは色々とアレであるわけだが、幹比古の言に愛梨は返す。

 

「いや、一番深刻なのは、あのバケネコの手で全身に妙なタトゥーを描かれた(サインペン)西城くんなんだから、気遣って上げましょうよ」

 

「沓子、水で洗ってあげて」

 

 

人の往来はそれほど無い。というか人通りがないことは今の所幸いであり、魔法の使用はそこまで咎められない。

 

アーネンエルベ周辺は『なぜか』ソーシャルカメラの設置がない空間であり、まぁそんな安心感を覚えていると、大量の荷物を『手』で持ち上げているオレンジ髪の女の子と、知り合いの使い魔が連れ立って歩いてきた。

 

 

「おや? 久しぶりの面子に知らない人だねー。チカちゃんがいない時に限ってタイミング悪いよー。けれど追い返せるわけでもないしね」

 

「どうしたんですか皆さん。疲れ切った表情をして」

 

「いやカゲトラさんこそ何をしているんですか? ああ、もう分かったわ。アーネンエルベに刹那君と達也君がいるわけね……」

 

このドローンによる食品輸送がデフォルトの時代に、このアナログさ。

 

ともあれ目的地に目標がいることが分かったことで、全員はカゲトラとひびきの荷物を持って一路―――アーネンエルベへと、再度歩を向けることになる。

 

まほうつかいの過去の再演は―――終わりを迎えつつあった……。

 

 



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第171話『まほうつかいの過去──epilogue Ⅰ』

ルキウスは細谷さんかー。『止まるんじゃねぇぞ』とか聖剣の一撃を食らってもローマに進撃を指示(爆)

今回の話は、歴代でも最小文字数の話。

けれど、一緒くたにするにはちょーっと場面違いが過ぎるので、まぁ分割しました。

そんなこんなで新話どうぞ。


 

――――降り立った日本の地。

 

三咲市三咲町という日本でも有数の霊脈保有地に降り立った遠坂刹那は、そこにある異様な空気に気付いた。

 

ここは、正しく『魔境』だ。先生の知り合いの『法術士』『山伏』ともいえる人間から簡単なレクチャーも受けたが、確かにここには―――『鬼』でも出そうだった。

 

歩を進める。ふとした時に、どこかの『路地裏』から視線を感じたが、それは幻視の類であり―――。誰もいなかった。

 

視線らしきものを感じたのは、多分……『重なった世界』からの視線だったのだろう。

 

いくつもの可能性世界を選択し得る土壌を持った街にて―――目的地は簡単に見つかった。

 

応対に出たのは、ヘッドドレスにエプロンドレスの純正のメイドであった。

久々に見た水銀メイド以外の純正メイドの姿。それも日本なのに……『誰の趣味』なんだよ? と言いたくなりながらも、巨大な屋敷―――立派な門構えの家のメイドに応える。

 

「どなたでしょうか?」

 

「遠野志貴の使いの者、そんな所です。要件はこの『手紙』を―――」

 

「翡翠。入ってもらいなさい」

 

刹那としては、手紙を手渡すだけで良かったのだが、黒髪の女当主だろう女性が門前にやってきたことで事態は急変する……同時に眼の前の緑色の眼をした女性の名前が分かった瞬間だった。

 

「ようこそいらっしゃいました。当家の主人・遠野秋葉です」

 

「遠坂刹那です。小間使い程度の用事ですので、ここでも構わないのですが」

 

「失礼ながら、若年とはいえアナタも家を背負う身ならば、そういう所での礼節ぐらいは分かっているでしょう?

英国からわざわざ、絶縁したとはいえ、不肖の兄が寄越した使いを無碍に追い返せません。しばしお寛ぎいただけますか?」

 

その言葉に殊更、反抗しようとは想わなかった。しかし、聞いている限りでは完全に女所帯のこの大きな家に、自分が入ることは許されることだろうか。

 

いろいろ考えながらも、兄のことを話すまでは離さない。と言わんばかりの視線……お袋みたいな『あくまの視線』を浴びて、観念するのだった。

 

 

「どうぞー。粗茶ですが」

 

「いえ、お構いなく」

 

先程の緑色の女性とは違って金色の目をした女性が案内された客間にて、完璧な所作で朗らかな笑顔と共に湯呑を出してきたが―――。

 

「兄さんがご迷惑をお掛けしたみたいで、重ね重ね申し訳ありませんでした」

 

「いえ、とんでもない。自分こそ志貴さんには助けられっぱなしでしたから……こちらこそありがとうございました」

 

頭を下げる上品な女性に返すように一礼をする。詳細は語らずとも、彼が今、誰のために生きているのかを知っていた遠野の家の人達は、こちらの荒唐無稽な説明にも特に疑問を挟むこと無く受け入れていた。

 

同時に、なぜ自分を寄越したのか、そういうことを説明すると秋葉さんは俯いてしまう。

 

「……兄さんは、もう長くないんですか?」

 

「本人も自覚していましたから、簡易な見立てでもそうなるかと思います……」

 

その言葉に、悔しげにスカートを握りしめた秋葉女史の姿に苦衷を覚える。

 

本当ならば、こういう風に帰れる場所がある人は、縛り付けてでも帰すのが道理だったはずだ。

 

けれど―――それは出来なかった。

 

「俺が頼まれたのは遠野の家の人間に、手紙を渡しておいてくれ。それだったんです……こちらがそれです。お確かめください」

 

「拝見させていただきます――――――」

 

客間のテーブル。対面の椅子に座る秋葉さんに滑らせるようにそれを渡す。便箋にして5枚ほどだが、一枚目を見た後には、すぐさまそれを閉じる秋葉女史。

 

「確かに兄の筆跡です。あとで、ゆっくり読ませてもらいます……白状すれば、今読めば―――泣いてしまいそうですから」

 

「ごめんなさい」

 

「気遣いさせて申し訳ありません。この後はどうするつもりですか?」

 

「実を言うと『こちら』(遠野家)だけでなく、三咲町の方々……知己という方全てに手紙を書いたのを預かっているので、とりあえず回したいかと思います」

 

「そうですか。では琥珀、翡翠―――案内してさしあげなさい」

 

「いえ、ここに来るのも迷わなかったので、そこまでは―――」

 

「弓塚さん、乾さん、有間の家…もしかしたら瀬尾や蒼香にも手紙があるのならば、道案内はいても構わないでしょう?」

 

にっこり笑顔で言う遠野秋葉の言葉に、もはや反抗する気はなかった。

 

正直言えば、秋葉さんは刹那の母親に似すぎていて、最終的には言うのを諦めてしまうのだった。

 

 

「では外行きの支度をしてきますね。ところで刹那さん。どーして、お茶を飲まなかったんですか?」

 

「すみません。話をするのに夢中で喉を潤すことを忘れていただけです」

 

「そうですかー。てっきり私、志貴さん辺りから

『琥珀さんの出したものには手を着けるな。一服どころか二服、三服盛られていると思え。

出された『煮干し』には更に手を着けるな。メニー騙されるぞ!!』とか言われていたと思っちゃいましたよー」

 

「そんなことはないですよ♪」

 

「ですかー♪」

 

朗らかに笑みを浮かべる琥珀という割烹着メイド―――妙にどっかの魔法の杖に声が似ているのは、その言葉で納得して、主人の命令に戸惑う翡翠さんの背中を押すようにして客間から出ていった。

 

出ていくと同時に……ティーカップを持ち上げて紅茶を飲む秋葉さんは、問いかけた。

 

「……本当の所は?」

「バッチリ、同じような文言で警告を受けておりました……」

 

半眼の笑みで問いかける秋葉さんに正直に話すことで、一定の共感を得るのだった………。

 

その後は、遠野志貴の知己の相手に、順調に手紙を渡していくことが出来た。

 

季節はちょうど良くも夏場であり、学校から帰省していた面子や地元で起業していた人たちも少しだけ暇していたようだ。

 

一番印象的だったのは、乾という青年実業家であった。何を生業としているのかは、いまいち見えない人だったが、困った時は頼りにしたい。

 

何だか実家の「小虎兄ちゃん」に似ている人だった。兄貴分というのは、こういう人のことを言うのだろう。

 

「もしもさ、もう一度、遠野の奴に会えたらば言っておいてくれ……副社長の椅子はいつでも空けておくってさ」

 

「出会えたならば、かならず」

 

ただ、乾有彦という人物は、若干悟っていたのだろう。もう親友とは会えないことを……。

 

そんな口約束の空約束でしかないことを本当に心苦しく思いながら……再び、遠野の屋敷に戻る。空の色は赤く染まっており、双子の女性の髪色と溶け合いそうになっていた。

 

 

「本日はありがとうございました。お陰で手早く済んだ」

 

「いいえ。こちらこそ志貴様の所用のために手を煩わせてしまって、申し訳ありませんでした」

 

白いワンピースドレスを着た似たような姉妹。何だか自分の人生に『双子』というのは、一種のファクターのようにあるものに思える。ただの予感でしかないのだが、そんなことをイメージさせるのだった。

 

「これからどうするんですか?」

 

「九州の実家の方に一度寄ってみようかと思います。何だか、日本に帰ってきたのに顔も出さないのは不義理な気がしましたから」

 

「ご一泊されては? 秋葉様も時間が時間ならば、泊めることも吝かではないと仰っていましたし」

 

琥珀さんの言葉に苦笑を漏らしながら、「女所帯」の家に見知らぬ男が入り込むわけには行かない。と丁重に断っておくのだった。

 

第一、この家はいずれ志貴さんが帰るかもしれない家なのだから―――穢すわけにはいかない。

 

「そして……まだ「最後の依頼」が残っていましたから……」

 

言ってから二通の便箋。金色の封蝋と緑色の封蝋がされたものを門前にいる二人に渡す。

 

「―――私達にもあったんですか?」

「ええ。本当ならば、秋葉さんに渡したときと同じように渡せばよかったんですけどね……」

 

 

志貴さんからの最後の依頼。巫条琥珀、巫条翡翠に対する手紙を渡せたことで全ては完遂を見た。

 

即座に封蝋を外して中にある手紙を読み出す翡翠さんと琥珀さん。

 

その翠眼が、金眼が次々と文字を追っかけていき、一枚目の手紙を読み終えたあとには―――その眼から大粒の涙がこぼれていた。

 

滲むことはなく、劣化することはない紙を用立てておいたので大丈夫だが……乙女の涙(ティアーズ)は、そういった道理を覆しかねない。

 

 

「志貴様……――――志貴ちゃん、志貴ちゃんっ…!…志貴ちゃぁああん……!!」

「―――志貴さん……志貴さぁん―――なんで、なんでぇ……!」

 

泣いている女性は苦手だ。その二人の乙女に胸を貸すことは出来なかった。その役目を担うのは、刹那ではないと確信していたからだ……。

 

便箋ごと手紙を抱きしめる二人の乙女が落ち着くまで、その場を離れずに、とどまっていた。何を書いたのかは知らない。

 

それでも、二人が泣いてしまうほどに、二人を想った文章だったのだろう。

 

そして場面は移り変わる――――。日本からロンドンに……。

 

 

魔法使いの終幕と旅立ちは近づく……。



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第172話『まほうつかいの過去──epilogue Ⅱ』

というわけで、今話で追憶編は終わりとなりますかね。

次話からは少し長い幕間となって、来訪者編は、少しかかりますかね。

具体的にはオーディオドラマのハロウィンパーティーや、レオが主役の未刊行の短編やら、いわゆる日常回で戦闘は殆ど無いかも(汗)

ともあれ、新話どうぞ。


場面は再びのロンドン。刹那の容姿は18歳程度だろうか、そのぐらいに成長している。恐らく、アルズベリから二年は経ってしまったのだろう。

 

そんな刹那は、床に伏せている女性の看病をしているようだった。

 

その女性は……またもや刹那にとっての「母親」だった。

 

窓の外の景色。変わらぬロンドンの街並みを見ながら、バゼットは言葉を紡ぐ。

 

『思えば、いつでも私は一人だった。家にいるときも、家出も同然に時計塔にやってきてからも―――けれど、そんな日々に少しだけの安らぎをくれたのが、衛宮の家だった―――。

私は、本当は……アナタをあの穏やかな日々に帰したかった……肩肘張って生きても、何も楽しくないということを……』

 

最後の言葉。遺言のようにそう呟く養母は穏やかな笑みを浮かべていた。思い出の中にある刹那の両親や、多くの人達がまだいた頃の思い出に浸っているのだろう。

 

『ならば、なんで俺を―――追い返さなかったんだ? 今だって、俺のために苦しんでいるってのに……』

 

アルズベリでの無茶が祟ったバゼットは、それに対しても優しい笑顔を『息子』に見せていた……。

 

『……何かを教えるというのは、面白い。自分の分身をこの世に残すようなものです。

子供がいなくても、私のすべてを受け継ぐものがいるならば、それは―――私が生きた証になる……最後には、私も母親代わりというものをしたかったんですよ。甘くなっちゃいましたね』

 

小豆色の髪をした養母との病床ベッドでの会話。

用意した霊薬を全て拒否してでも死に行く定めを負ってしまった女性は、刹那を安堵させるように言うも、刹那は哀しい顔をしたままに、もはや泣き顔を見せている。

 

死に近い男の側にいすぎたせいか、それとも魔術師としての鋭敏な感覚ゆえか―――刹那は『分かっていた』のだ。

 

『そして―――アナタのせいではありません。アナタが傍にいたからと、何が変わりましょうか。そしてアナタの起源が私をこんな風にしたわけではありませんよ。

私は不幸じゃない。本当に―――幸せでした』

 

『俺も、バゼットのことを母親みたいだって思えた。ひとりじゃないのが嬉しかった……きっと、ルヴィアさんやマリー姉さんでは、遠慮が出来てしまったから……本気で俺を鍛えてくれるアンタが大好きだったのに―――』

 

『ありがとう。その言葉を『最後』に聞けて―――嬉しかった……』

 

その言葉を聞いてバゼット(養母)を掴んだ。生きていてくれ。死なないでくれ―――俺を一人にしないでくれ。そんな単純な想いが、口を衝く。

 

 

『いや、だ。嫌だ嫌だいやだいやだいやだ!! なんで、なんで!! みんなみんないなくなってしまうんだよ!!

そんな物分りよくならないでくれよ!! 抗ってくれよ!! 藻掻いてくれよ!!!

なんで―――なんで―――』

 

言葉が途切れて、肩を抑える刹那の姿。痛みに耐えながらもバゼットを見る目は切っていない刹那。その眼から涙が流れる。

 

 

『私からの最後の贈り物です。アナタと共にもう少しだけ家族でいたかった……悔しいですね。最後だと思うと、途端に悲しくなってしまう。

人生はまだまだ続きます。アナタの道を誰かに繋げていってください。それは私の道も、夢も途絶えない。そうなんですから……人が死ぬ時は誰かに―――忘れられた時です。『受け継ぐ』『託す』というのは、そういうことなのです。

忘れないでくださいね刹那―――あなたのもうひとりの『お母さん』の大切な言葉を――――』

 

その時、ルーン文字の転写のように、バゼット・フラガ・マクレミッツの刻印が肩に写し出される。そして力なく眠るように息を引き取ったバゼットの姿。

 

美しい女が再び死ぬ光景……それを見た時に、刹那の泣き声が響いて、病室の外にいた人間たち、オルガマリー・アニムスフィア、オフェリア・ファムルソローネ……ロード・エルメロイ2世などが入ってきた。

 

『セツナ!?』

 

肩を抑えながらも、泣き声を上げる刹那の異常に気付いたオルガマリーが、衣服を切り裂き、肩にある神秘の塊を見てそれに封印を施す。同時に、昏倒を果たす刹那の姿

 

そして、その意味を考えて―――オルガマリーは、別れは近いのだと感じるのだった……。

 

「他者の魔術刻印を使うというのは、封印指定の方のアオザキも使っていたそうだが、俺のような稀有な例は、そうそう無いことだからな」

 

「つまりお前は、この時を以て追う側から『追われる側』になったのか……」

 

「おおよそ三年がかりで、オヤジと同じ立場になっちまった。よっぽどミリョネカリオンの連中は、俺が爛熟した果実に見えたんだな」

 

そして―――遂に、達也たちがいる世界に至る最後の日が再生される。

 

時計塔のどこか……自動清掃のロボットならぬゴーレムが動き回り、生徒たちが話したり何か動き回りながら廊下を歩いていた。

 

その中に刹那も混じっている。

 

だが―――足早にそこから抜けた刹那は―――二人だけの状況で、恩師に鉢合わせた。刹那の記憶の中だけでなく、教科書でもよく見ていた仏頂面の顔に、達也も見慣れた想いを覚えてしまう。

 

『スラーに行くのか?』

 

『ええ』

 

『ついでだ。これをライネスに届けておいてくれ』

 

『これ』と言ってエルメロイ2世が渡したのは、ただの木箱。

古めかしい巻物でも入れておくための、それを受け取った刹那は笑みを浮かべた。

 

 

『何だか。先生が戦争に参加した時みたいですね』

 

『あれ以来、管財課の管理などはかなり密になったらしいからな。決して―――『開けるなよ』絶対に『開けるなよ』。分かったならば『行け』……』

 

そうしてから刹那に背を向けて歩き出すロード・エルメロイ2世。そして受け取った刹那は、恩師の伝説に肖るように、その箱を開けた。

 

 

「一種の『符丁』なんだ。先生を筆頭にノーリッジの講師陣が二重に警告を放つ時は、『それをやれ』ということなわけだ―――」

 

 

言葉通り。映像の中の刹那は『符丁か』と小さくつぶやいてから木箱を開けた。開けた瞬間に……『今すぐ逃げろ。お前に『封印指定』が掛けられた』そっけない文章が、そこにあった。

来るべき時が来たのだと気づき、刹那は、神速で己の工房に舞い戻った。

 

スラーに存在している刹那の住居兼研究室には、既に執行者たちが詰めている可能性もあったが、その姿はなかった……。

 

その理由は―――。

 

 

『貴様ら!! 庇い立てするつもりか!?』

 

『いやいや、このスラーってアルビオンにも繋がったりしますから、実地調査中なんですって、そもそも、如何に天文台と言えども一つの学科の活動拠点に令状もなしに、大量に踏み込むってのはどうなんでしょうねー?』

 

『だから封印令状は―――、ない? おい誰か! 冠位決議で押印された文章は―――』

 

などという声が聞こえたりして、令状を密かに魔術で抜き去っただろうと思える混沌魔術師の言葉が刹那に届く。

 

『俺としては、少しだけ惜しいし、『もったいない』けど。キミはもう少し『先』に行くべきなんだよ。だから―――『世界』を飛び越えるんだ!! セツナくん!!』

 

思念の声が頭に響きながらも、狼のような遠吠えが耳朶を打ち、轟雷が鳴り響きながら、星降の魔弾が昼間に降り注ぐ。

誰もが自分に行け、進めと、前に―――。そう言ってくる。

 

嬉しさが無いわけではない。ただそれでも、俺と別れることがみんな辛くないのか。行ってほしくないと想わないのか?

様々な想いが去来しながらも、これ以上留まっていれば兄弟子、姉弟子たちに迷惑が掛かる。けれど自分に『行きたいところ』など無い……。

 

再び自分の大切なものを失うぐらいならば、いっそのこと―――。

 

 

『カレイド奥義! マーヤパンチ!!』

『あべしっ!! な、なにすんだよ!?』

 

普通に羽を使って叩いただけであり、奥義でもなんでもないように思えるが、魔術師としての本能ゆえか、簡易ゴーレムたちに荷造りをさせていた刹那が中断するぐらいの威力はあったようだ。

 

『古式に則り言わせてもらうが、キミはまだ生きているんだ!?

だったらしっかり生きて! それから死ぬべきだ!!

生きたくとも死んでしまった人間をキミは見てきたはずだ。

救いたくとも救えなかった全ての『いのち』を焼き付けてきただろう。

その全てに、『ここで終わり』と胸を張って言えるのか!?

キミの終わりは―――キミだけの終わりじゃないんだ。それを理解するんだ刹那……今は、気持ちを軽くしてもいい―――どこかに行くんだ。それから考えたまえ』

 

『……… 』

 

その時、刹那の手の中にある『棍棒』のような『剣』のようなものが光り輝く。母の遺言に従って財を溜めて溜めて、その上で完成を見た『奇蹟』が、世界跳躍の秘宝を解き放とうとしていた。

 

荷造りは終わった。重要なものは、全て『トランク』に収められた。封印指定になってこそ分かってしまう悲哀。

こういう時に限って、『あれ』も『これ』も持って行きたくなる。その結果、執行者に結界を破られて無残な死体になるのだ。

 

だから―――。

 

 

『お前の言うとおりだ。どこでもいいや―――とりあえず『どこか』へ行こう……』

 

 

そんな人によっては軽い考えで、世界を跳ぶ『魔法』が行われる。

 

 

『―――行ってきます。皆さん―――お世話になりました!!!!!!』

 

最後に見えないが、工房の中から外に対して一礼をした遠坂刹那は―――第2魔法を行使して、世界から消え去った―――その際に映像がかなりブレる。

 

ノイズというわけではないが、達也や深雪では『認識できない』領域に至っていた。

だが音だけは聞こえてきた。音声だけではあるが、威厳がある声と若い声。刹那が言い合う様子が聞こえる。

 

 

『俺の眼に封印措置を施したのは、あんただったんだな?』

 

『まぁな。お主の眼は、『アレ』に似すぎている。実際、ケンカ売られたか?』

 

『面白がるように言うんじゃねぇ。『粗悪な『眼』を持つものがいるようだ。戯れで殺してやりたい』とか小便ちびりそうだった』

 

『それもまた一興だ。良きカッティングになったことは、儂にとってもいいことだ』

 

『結果として俺は、追い出されたわけですがね……』

 

『魔法使いとて定命のさだめからは、そうそう逃れられない。人間をやめる秘儀でもしなければな―――。

短いが、灰色ではない人生。虹色に輝く、その瞬間を生きていけ。

いつか気がつく。お主の人生は、ただ『笑う』だけで全てが変わるのだと―――その眼が導く全てを繋げてみろ』

 

 

笑みを浮かべない人間ではない。

御老体の声に返すそんな不貞腐れ気味の声が聞こえて、そして場面は切り替わる。

 

 

世界の跳躍は終わり―――。

 

遠坂刹那は、この世界に舞い降りた。舞い降りた際の刹那は縮んでいた。

 

錯覚かと想ったが、映像の中の刹那は小さくなっていた。そして、先程までの逡巡など無かったかのように切り替えて、魔法の杖と共に歩き出す。

 

 

「オニキスの言う推測はその通りなのか?」

 

「まぁそうだと思うよ。肉体の最盛期辺りに『よろしくない事』が起こるとしての、世界からの『お節介』か―――あるいは、『お前達』が親近感を出せる存在として年齢調整したのかもな」

 

「俺達と出会うのは必然だったのか……」

 

どちらにせよ。この2095年―――間もなく2100年という節目を迎えつつある時代にて、司波達也及び司波深雪などの存在は良くも悪くも何かの因子となる。

 

それゆえに世界からのお膳立てという線はありえる。

 

 

「とはいえ、お前からは年上という感覚は無いんだがな」

「そりゃ、俺が世俗と殆ど関わらなかったからだろうな」

 

 

結局、魔術師としての生き方ばかりをしてきた刹那にとって、『超常分野』と『俗世』が共存している世界で、さらに超高度情報化社会では、どうしても前の世界での経験など殆ど役に立たなかった。

 

結果チャイルドマン(大人こども)にならざるを得なかったのだ。

 

呆れながらの結論を出すと、ああそろそろだな。と思えるダ・ヴィンチ=オニキスの人の悪い笑みを見て気づく。

 

彼女も一度は見ているはずなのだが、存外、こういう時はにぶいものだ。

 

路地裏から出て、ストリートの脇にあるショーウインドウを視る刹那を誰もが見て―――はっ! と気づくリーナ。

 

「ストップ!! ストッピングよセツナ―――!!」

 

『止まりなさい!!!』(STOP THE PERSON)

 

 

奇しくも映像の中の音声と重なるリーナの文言。

 

綺麗で透き通るような声を張り上げた少女は、ふっ飛ばしたスケートボードのチンピラ以上に危機的な状況に陥っていた。

 

群衆はいきなり現れたモノスゴイ美少女にして、ものすごく『コミックヒーロー』じみた存在に興味津々であって、通信先にいる存在に対して憂慮しながらも、とんでもないことを言ってのけた……。

 

 

『わ、私はリーナ! 魔法戦士リーナ!』

 

ぶふぉおぁっっ―――――!!!

 

淑女にあるまじき盛大な笑いを吹き出したのは、当たり前のごとく深雪であり、それを見たリーナは刹那の刻印を左腕ごと引っ掴む。

 

 

「こういう場面(シーン)は、気を利かせてスキップしておいてよ――!! お義母様に頼んでスキップしてもらうんだから――!!(必死)」

「それは出来ねー!! 宇宙の掟に則りダメーッ!! 具体的には蒼輝銀河の流離いの用心棒にして、ウェスタンフォームな女神のお袋に則って不許可―!!!」

「刹那のお母さんの法則が乱れる。というか、本当にどんなビッグマムよ!!」

 

 

刹那の刻印を、一昔前の映像記録装置の『リモートコントローラー』のように叩こうとしているリーナだが、そんな様子とは裏腹に、映像の中のリーナと刹那は初めての夫婦の『共同作業』を行って、チンピラを完全に沈黙させた。

 

結果として『美少女魔法戦士プラズマリーナ』爆誕となってしまったわけである。

 

とはいえ、群衆(オーディエンス)から歓声を浴びる少女―――アンジェリーナ・クドウ・シールズを見て、『笑み』を浮かべる少年は、その場を立ち去っていく―――。

 

 

そして場面は飛び、どこかの港が見えてきた。

 

水平線の向こうを見て、シニカルになっている誰かの後ろ姿。視点が少しだけ違う……リーナが刹那の刻印と接続しているからか、リーナの視点に切り替わって……リーナが、何度か深呼吸をしている様子。

 

感じる吐息、顔は上気しているようで吐き出す息は白く視界を染め上げていた。

 

シニカルになっている誰か……刹那はお袋さんの形見を取り出して、それを見ていた。

 

綺麗にカッティングされた宝石。遠坂家秘蔵の宝石を見て―――。

 

『捨てるんですか? そのアクセサリー』

 

そんな何気ない『逆ナン』を以て、この世界における遠坂刹那(まほうつかい)の物語は始まる――――。

 

それは、道端を歩き、石につまづいたような拍子で始まりを告げる、残酷で優しいひとつの出会い。

 

『アンジェリーナ・クドウ・シールズ――――気軽に『リーナ』って呼んで』

『―――遠坂刹那―――、それがオレの名前だ。リーナ』

 

それは遠い遠い……世界すら超えた話。

 

これっぽっちも関わりのない、つまずくコトすら有り得ない二つの人生。

 

けれどそれ故に、眩いばかりの奇跡だった一つの出会い。

 

――――男の子と女の子のお話は、始まったばかりなのです。

 

 



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日常編 ~~Carnival Phantasm─歌月十夜~~
第173話『平和なる日常へ』


というわけで、若干ながら過去話からの続きという形で、それなりに長い幕間がスタートします。

しかしナイチンゲールがサンタかぁ。婦長さんが……うん、どんな宝具になるんだ!?(汗)


――――男の子と女の子のお話は、始まったばかりなのです。

 

「―――ばかりなのです。月の珊瑚にも似た奇跡は……未来に続くのであろう……それは祈りなのだから」

 

途中から挟まれた、オニキスもといダ・ヴィンチちゃんのナレーションであり朗読を最後に―――記憶世界から現実世界に戻ると、元通りのアーネンエルベであった。

 

外観に変化はない。いるはずのオレンジ髪の喫茶店の店員はおらず、いるのは古めかしいケータイ電話一つ。

 

注文しておいた飲み物は、完全に冷めていた。

 

気を利かせたのかダ・ヴィンチが簡易な魔術で温め直してくれた。

 

誰もが何も言わないままに、飲み物を手に取り一口着ける。

 

 

「―――以上が、細かなところを省いたが、俺がこの世界に来訪せざるを得なかった事情だ」

 

「凄まじい人生だったな。同時に疑問も出てくる。イリヤ・リズ、マナカ・サジョウも、お前と同じ世界の人間なのか?」

 

「後者はそうで、前者はまた違う『結末』に至る世界から訪れた存在だ」

 

「前に私の授業で述べたことがあるものだが、『編纂事象』と『剪定事象』の違いなのさ」

 

アーネンエルベのカウンター席に腰掛けて、こちら(司波兄妹)に話しかけるダ・ヴィンチは、そう言って世界には多種多様な可能性が存在していると語る。

ちょっとした想像力を持っている人間ならば、それは一度は考えることの一つだ。

パラレルワールド、アナザーワールド、 並行宇宙……かように世界には多くの可能性があるとされている。

 

現に第2魔法の実在がそれを証明している。もしくは神々の権能に含まれる形で、肉体を捨てて異なる銀河で生きている可能性すらあるのだ。

 

これもまた異なる世界という名目ではあろう。

 

「宇宙が現在も膨張しているのか、はたまた収束しているのか、あるいは『円状』に成立しているのかは定かではない。

だが、宇宙を一つの生命体。例えるならば枝葉を伸ばしていく大樹のイメージで考えると、枝葉こそが世界の全てということになる」

 

「その枝葉の一本一本、一枚一枚が『魔術師の世界』であり、『魔法師の世界』であるということなんですかね?」

 

「概ね、そう考えて構わない。ただ一本の枝に()る葉の数もそれぞれで違う。つまりは、多くの『可能性』()を内包した枝は成長を続ける。文明の『成長』(さき)が望める世界は、生かされるということなんだ」

 

大きすぎる考えで、そんな風に世界を『俯瞰』で見れることの方が少ないのだが、とりあえず今の所の理解は達也も深雪も追っ付いている。

 

「問題は、この『成長』(さき)をどう定義付けるのかなんだ。

そうだな……深雪君、キミは自分の理想の世界が実現出来るんだとしたらば、どんな世界を望む?」

 

「きゅ、急に言われましても、いきなりすぎる質問で……とはいえ、そうですね―――」

 

話を振られた深雪だが、そういった欲求はあったらしく、完全に倫理的におかしすぎる、深雪にとっての『理想世界』が語られる。

 

語った後には……。

 

「ミユキ、USNAのいいメンタルクリニックを紹介してあげるわよ……オリガ記念病院ってところなんだけどね」

 

「お前の病気も極まるところまで極まったな……」

 

「どういう意味ですか―――!! しかもリーナ、それは『火鉈』の『悪魔憑き』たちが、集中隔離されている病院!!」

 

バカップルから生暖かい目をされるのだった……。

 

「それで、深雪の世界は先はあるのですか?」

「無いね。完全に剪定事象だよ。キミ達兄妹だけで完結した世界は袋小路のハッピーエンドだよ」

 

深雪にとっては殺生極まりなく、無体過ぎる結論。だが、それは一つの事実を示す。

 

成長が止まった世界というのは、なべて幸福だけが続く世界では駄目だということだ。

 

確かに深雪の言う通り、自分がありとあらゆる技工を以て、全ての社会の難題を解決して、その上で近親結婚の法的緩和を行えた世界。

 

確かに多くの人間にとっては、兄妹二人のインセスト・タブーを破らせることで、多くの財や社会的な安定が得られるのならば……と考えるだろうが……。

 

「それは俺が世界を支配して固定化しているということですか?」

 

「何事にも始まりがあれば終りがある。全ての選択において『成功』と『失敗』がある―――キミが世界の王となることは止めはしない。キミならば敵対する勢力を全て駆逐して退けることも出来るだろう。

だが、それ故にキミの選択が=アラヤの選択となれば、その瞬間、この世界の人理は崩壊するだろう。

キミは――――失敗しないだろうしね」

 

どこの派遣医師だ。と想ってしまう文言だが、自分とて失敗はするだろう。

 

だが、技術の進展が全てにおいて良き側面を齎してくれるとは限らない。寧ろ、自分の理論だけが採用された世界においては、(みらい)が無いのかもしれない。

 

事実、中堅電力会社がこの間の横浜論文コンペにてざわついているのは、『関係者』から聞き及んでいる。

 

これはある種、電力という社会全体に必要なエネルギーの『健全な成長』を異能の力で『根絶』したとも言える。先ほどまで見ていた例ならば、電力会社はある種の『抑止力』として暗殺者でも放つかもしれない――――大きすぎる考えだが。

 

「今まで言ったのは、かなりネガティブな意見だ。その場合は、人類全てが『魔法師』になるか、もしくは『新たな種族』が生まれるか、もしくは……『人類が破滅』するか。未来なんて見通せないしね。

第一、『他の可能性』もある。これに関してはまぁ次回だ。

ただ、一つ警告させてもらうならば、全ての人間、これは魔法師も同様だがね。誰もが強く確固たるものを以て生きていけるわけじゃあない。

弱い人間は支配することを望むし、弱い社会は支配されることを望む。

現状まだ隠れてはいるが、キミは脅威的な支配者だ。肝に命じておきたまえ……」

 

はい。と達也は神妙に頷く。いや頷かざるをえない。

 

この世界では、確かに『死徒』の脅威も、『魔性』の脅威も遠いのかもしれない―――最近、若干その理屈は薄れているが……もしかしたらば、刹那などが関わらなかった世界の『司波達也』は……そういった全能の支配者として『世界』を熱的死―――『袋小路』(DEAD END)にいざなう魔王であったのかもしれない。

 

「逆に問いたいんですが、刹那がそういった存在になることはないんですかね?」

 

「無いとは言い切れないが、こんな自由気ままにやっているような男が、『支配』だなんだと言うと思うかい? それに―――まぁそうなった場合、我がマスターは『内側』から殺されるよ」

 

その理由は分かっていた。白翼の吸血大公を半死半生に追い込んだ御業。要するに―――制御弁があるかどうかということなのだろう。

 

「まぁ老婆心という奴だ。あんまり気にするな。全知全能の魔術の王様というのを私は良く知っているからね。

彼に似ている所が多すぎて私は言ってしまうのだろう」

 

その後には、『PON♪』という音で杖の姿に変わるダ・ヴィンチちゃん……。

 

こういうのを見るたびに、本当に現代魔法ってなんだろうかと思える。

だが、『ありがたい聖典』をウマ娘にしてニンジン食わせていたシスターを見ただけに、まぁ納得しておくことにする。

 

 

「以上が、俺の過去及び『世界全体』の推察・考察もろもろだったわけだが、他に質問はあるか?」

 

「細かくはもう少しあるが、大きなものは今のところはないな。ただ師匠から聞かされた予言を聞く限りでは、やはり魔法師という存在は、世界全体からすれば『異物』なのか?」

 

「さぁな。ともあれ太陽系銀河の絶対時間―――100年周期で、歴史に対する『切り替わり』は行われる。

それが、全ての人類史にとっての『固定記録』となるかどうかは、それが安定した『成長』(さき)になるかどうかだ。

歴史の転換点―――魔術世界では、これを人理定礎と呼ぶ」

 

歴史的に見れば、達也達の世界では世紀末に魔法師たちが生み出された。

 

それは古式魔法師(まじゅつし)とは違う存在であり、ある種の『デザイナーベイビー』であった。その誕生の倫理性の是非はともかくとして、それが、汎人類史という普遍の共通史(コモン)から『かけ離れている』、『自分たちの存在は間違い』なのではないかということは、何となく分かるのだ。

 

これは全ての魔法師が、一度は感じるものだ。

『魔法師の憂鬱』という一種のジレンマ。

強力な力、一瞬で人体を破壊できるだけの力を『持つ』『操れる』ことに対する恐怖感から生じているものと想われていたが……。

 

非力な人類社会における自分のレゾンデートルのあやふやさ。

 

今、違う世界の成り立ちを聞くと、それは―――心の問題だけではないように思えてくる。

 

「ただ単にお前の過去を聞くだけだったというのに、新たなものばかり知って、正直……自分がゆるぎそうだな」

 

「だから言ったじゃない。見れば魔法師としてのセオリー(常識)が崩されるって―――」

 

「けれどもリーナは受け止めたんだろう。今までの自分の疑問全てに解が与えられた気分だよ。これからは刹那のことを、本当の意味で友人と思えそうだ……」

 

「今の所の聞き役として適任なのが、お前たちだけだからな」

 

「この事は叔母様に教えても?」

 

四葉真夜の名前を出されても、『お構いなく』と言ってきた刹那に深雪としては意外な想いを感じる。

 

ハッタリとして見られているのか、それとも……。

 

「お前さんが、そこまで四葉当主に臣従しているとは想わなかった。ただそれだけさ―――」

 

うまい言い回しだ。深雪が叔母に若干の叛意を持っていることを薄々感じ取っていたのだろう。

 

どの辺りでそう感じたかは分からないが、ともあれそういう風に言われては、深雪としては素直に『告げ口』してしまえば、己のプライドを失するし、真夜にどのような形であれ『手を下す』という段に至った場合、刹那の助力は不可欠だろう……。

 

そういった両天秤を掛けられて、表情を顔に出す深雪。

 

してやられた。という顔である……。

 

そして何より、場合によっては……刹那は真夜に味方をする可能性も出てきたのだ。

先程の記憶世界の中で、上手いこと刹那は各勢力の中で立ち回って、生き抜いてきたのを考えれば、深雪の一言は悪手であった。

 

「あんまり深雪をいじめないでやってくれ」

 

「失礼。けれど、当主を継ぐのならば、あの時計塔のロードのような海千山千の古狸みたいなのも出てくるんだ。

力だけで自分の意見を浸透させ、言うこと聞かせているようじゃ、即座に諸勢力から袋叩きに合うぞ」

 

「肝に銘じておきましょう」

 

刹那に言われてみると、深雪の政治手腕は正直、稚拙だ。

 

ライネス・エルメロイ・アーチゾルテのようなノーリッジのロードを間近で見ていた刹那は、政治を嫌っていても、その手腕そのものは身につけていたのだろう。

 

(とはいえ、その場合……タツヤが影のヒットマンとして暗躍するのが目に見えているわ。メニー不安ね)

 

などとリーナが不安を思いながら、すべての話は終わった。壮絶な人生であった。正直、達也としては、ここまでの現実を見せつけられるとは想っていなかった。

 

しかし、今まで実像が完全に見えていなかった人間の全てを知って、スッキリした気分であったのも事実だ。

 

「全てを打ち明けてくれて、ありがとうな。刹那」

 

「俺こそ休日に、つまんない身の上話を聞いてもらって感謝しているよ」

 

男同士の分かってる会話。それを聞きながら女二人は苦笑せざるを得なかったのだが、そうしていると、アーネンエルベの古めかしい来客ベルがカランカランと良い音を響かせて、数名―――否、10名程度になるのではないかという人々が入ってきた。

 

それは全て―――顔見知りであった……。

 

まぁ概ね分かってたことだが。

 

「オカエリーヒビ……ど、どうしたのみんな!? 何かイロイロと疲れ切ってるわよ!!」

 

「いやぁ私にも良くわからないんだけど、ともあれお客さんなわけで、とりあえずお冷とおしぼりどうぞー♪」

 

大量の食材なのか、それらをランサーと共に廚房に置くと、お冷とおしぼりを渡すひびきの姿。

 

とりあえず一番ヒドイのはレオであった。顔だけでなく全身に入れ墨じみたサインペンの跡を入れられたからか、おしぼりも5本ぐらい渡していく。

 

手早い行動をする看板娘の手伝いをする形で、リーナと深雪が率先して汚れなどを取っていく。

 

刹那も、逆行術を掛けることで『おべべ』の汚れぐらいは取っておくのだった。

そうしながらも一番被害を受けたらしきレオに事情を聞く。

 

「何があったんだ? 特にレオ、ボロボロだぞ」

 

「いやぁ話しても信じてもらえないかもしれないけどよ……ネコアルクとイヌシエルとかいう精霊(ナマモノ)? にさんざっぱらやられた」

 

顔面をふきふきして沓子にも首の辺りを拭かれているレオが語るに……一種の異界に迷い込んだ一高三高の魔法科フレンズたちは、そこにて映画を皮切りに様々なメディア展開をしているネコアルクのパチもん(?)に、メタ糞にやられたとか。

 

特にレオなどは―――。

 

「なんでかあのネコとイヌってば、レオに対して「お前も☆1サーヴァント(?)になれ」とか言ってサインペンを持ってかかってきたのよねぇ。正しくボディペイントキング」

 

そして入れ墨のように模様を描かれたという顛末らしい。エリカの言葉に、意味不明だな。と考えていると―――。

 

 

「セルナ―――!! もう聞いてください!! 私の失敗談を―――!!」

 

「この半分(ハーフ)フラ公がぁ!! ドサクサまぎれにワタシのセツナに触れるんじゃないわよ!!」

 

「〜〜〜〜が〜〜〜〜で、〜〜〜になるはずだったんです―――!! アナタの心の贅肉になれる機会が!!」

 

「ああ、成程……そうだね。愛梨は一人で2度お得だね」

 

「まとめられた上に反応が超クール!!!」

 

リーナを無視して半分涙目で刹那に抱きつく愛梨に返すと、更に涙目となる。

 

こちらとしては、ネコミミ程度で落とされる安い男だと想われたのだから。まぁキライではないが、あえて言うことでもあるまい。

 

「それで―――我が一高一年組が誇る四人のジーニアスがお揃いで、喫茶店で何をやっていたの?」

 

耳聡く、目敏いエリカが詰問するように問いかけてくる。おめかしして出掛けてきた衣装に、一時はネコミミだのイヌミミだのイヌハナだのを付けられたのだ。

 

裏で三味線弾いていると想われているのだろう。実際、その通りなのだが……。

 

そうしていると、お冷を注いでいた達也がエリカに説明をする。

 

「この間の横浜論文コンペにおいて、確かに発表そのものは全ての学校が出来ていたが、何というか尻切れトンボな終わりだったからな。実際、どの学校が最優秀のメダルを得るとかも無かったから―――代替企画というわけではないが、ハロウィンパーティーをやることに決まったんだ。

その打ち合わせさ」

 

「なんでこの四人―――って深雪が、発起人なわけね?」

 

「そういうことだ。他にも魔法協会関係として、中華街で奮戦してくれた方々のためにチャリティーをしたいってこともある。

学生の募金なんざ微々たるものだろうが、十文字家主導の復旧工事の一助にしたいのさ―――リーレイの祖父の店も、砲撃や魔法の攻撃を受けて半壊したからな」

 

平素の生活をする家屋部分は無事ではあったが、当分は休業状態だろう五番町飯店の現状には、思うところはあるのだ。

 

「ふーん。まぁそういうことならば納得しておくわ」

 

気に入りの男子である達也からの説得の言葉でも、少しむくれた状態のエリカに誰もが苦笑しておく。

 

ともあれ、チャリティーである以上はお客さんも呼ばなきゃいけないわけで―――。

 

何かメインイベントが欲しかったのだ。

 

「一番にはやはり刹那の料理なんだよな。腹案はあるのか?」

 

「ピザでも作ろうと思うよ。中華ピザなんだが、インスピレーションが欲しくてアーネンエルベ(ここ)に来たんだが……」

 

「ごめんねー。ジョージ店長、今日は『年に一度の究極骨董品市場』とかで、外しちゃってたんだよ」

 

バイト任せにするのはどうなんだろうと思いつつも、オレンジの看板娘にコーヒーと紅茶をオーダーする。

 

「気にしなくていいよビッキー。まぁ概ねのイメージはあるからな」

 

「カレーとかも良かったんだけどね」

 

「まぁ雫の親父さんからすれば、そっちの方が良かったのかもしれないけどな」

 

なぜそこで北山家の人が出てくるのか、若干の疑問を持っていると―――。

 

「マスター。外に緑髪の女子がいます。純日本人としてはありえざる髪色です。ご注意を」

 

「それを言うならお前はどうなんだよ?」

 

とんだ「おまいう案件」を刹那の頭上で寝転がるカゲトラ(ちびっこい)に言われたが、気付いたビッキーが駆け寄って扉を開ける。

 

「あれ? チカちゃん。今日は休みだったんじゃ」

 

「いや、なんかジョージ店長も休みだとか言われて、アンタ一人で店番やらすのも心苦しくなったんだよ。『ウサミン』の用事もすぐに片付いたしな。

というわけで「アーネンエルベ」へようこそ、で、どういう集まり? まぁセツナがいる時点で、全員魔法使いさん達なんだろうけど」

 

「そいつは偏見だろヅラ」

 

「誰がヅラだ! 桂木だからヅラとかデリカシー覚えろ!!」

 

「おぷばっ!!」

 

古めかしいケータイ電話を投げつけられてしまうが、大して痛みはない。

 

「いつもこんな感じなんですか?」

「まぁ、こんな感じですよ。チカちゃんはどうしても、初対面の人が多いと借りてきた猫みたいに大人しくなっちゃいますから」

 

そんな裏事情を愛梨に話すと、チカは手早く着替えて前掛けを着けながらカウンターにやってきた。

 

学生アルバイト二人。アーネンエルベの看板娘が揃うわけであった。

 

「「アーネンエルベにようこそ。魔法使いのみなさん」」

 

いつもの決めポーズ(百合百合しい腕組み)をして言うひびちかの姿に分からない安堵を覚えつつ、話題は達也が出したハロウィン・パーティーになるのだった。

 



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第174話『シトラス・シリウス』

ハルトモ先生が、バビロニアのドラマCDのシナリオ担当か……。

『エルキドゥッシュ!!』(語呂悪っ)

小林画伯の声でエルキドゥが、鎖でぐだとマシュとギルを拘束するんだな。(マテ)

タイころでのあれを思い出しつつ最新話どうぞ。


 何気ない話をしつつ自己紹介すると、やはり二人(ひびちか)の所属している学校に話題が集まる。

 

「ラ・フォンティーヌ・ド・ムーサ女子学院って言ったら、現代の『堀越学園』とも言われる芸能関係者の集まる学校ですね。

 それじゃお二人も何かの芸能事務所に?」

 

「いいや、普通にアタシとひびきも進学コースだよ。ただ芸能関係者に知り合いがいないわけではないから」

 

 2090年代ともなると学校教育も多様化されてきた。人口が減少したこともあり、専門教育というものが高等学校の頃から実施されている。

 

 魔法科高校はその最たるものだが、他にも文科高校、理科高校、教養科高校、体育科高校など専門性の高い高校が一般的になっている。

 一昔前のドイツの教育制度をなんぼか『軟化』させたものが、現在の日本の教育制度なのだ。

 

 今頃…シルヴィア、ミア、響子と『グータンヌーボな女子会』(レトロ)を行っている小野遥も魔法科高校の受験に失敗して理科高校に進学した人間だったりする。

 そのままでも幾らかの医療従事者としての資格は取れたのだが、まぁ高度な精神医療を求めて大学にまで行った彼女の心境はどのようなものだろうか。蛇足である。

 

「ふーん。要するに文化祭ってことね。岩石のようにおカタい魔法科高校にしちゃ随分とはっちゃけたことするもんだね」

 

 ハロウィンパーティーのことを話すと、カウンターにてコーヒーを淹れていたチカは、そんな風に返す。

 

 その言葉の若干の棘にレオは苦笑せざるを得ない。

 

「外から見ると、俺らってそう見られているんだな」

 

「まぁね。なんていうか格式ばってるというか、厳ついというか、制服からして、いつの時代の帝国士官だよ、とか思うし」

 

 レオの苦笑気味の言葉に更に返すチカに、あの『I/Kデザイナーズブランド』の制服は変更したほうがいいのではないかと思う。

 

 いや、誰もが若干思うことである。あんなもので動き回ればすぐに裾が駄目になってしまうのだから、経済困窮な家庭では必死である。

 

 特に荒事に巻き込まれやすい自分たちは。

 

「確かにな。はいからさんが通る的な時代で言えば『軍人さん』みたいなものか」

「かといって街なかで、ハリー・ポッターのホグワーツな格好されても困るけどね」

 

 そりゃそうだ。と誰もが苦笑してしまう。その一方でチカの言葉から思うに、もう少し一般の人々にも自分たちのことを知ってもらう努力は必要なのだろう。

 遺伝子操作された人間ばかりではない―――という枝葉末節なものを知っている人間も少ないならば、これは問題だろう。

 

「けどラ・フォンの制服は可愛いんだよね。さっきの桂木さんが入ってきた時の服は、ちょっと憧れるよ」

 

「人気ではあるからね。というか栞さん、ずいぶんと食いついてくるね……」

 

 クールな表情のままだが、興奮気味のしおりんに全員が意外な想いだ。

 

 よく見れば今日のお出かけファッションも少しばかり皆よりは洒落ている。寧ろ、都民・近郊民たる一高勢の方が若干、少し洒落ていない。

 

「読モになりませんかー? っていう勧誘が多かったぐらいです。けれど学業は疎かに出来ませんからね」

 

「残念?」

 

 愛梨の苦笑するような言葉を受けて、刹那は栞に問いかけると。

 

「まさか。確かに学生モデルってのは、ある種女の子の憧れだけど、今は魔法師として伸びていく方が楽しいもの。

 素敵な男の子も近くにいるわけだしね」

 

 言いながら刹那の近くに来て、『魔眼』というほどではないが、全てを数式化出来る眼を向ける栞。

 

 隣にいたリーナが少しだけむくれるも、そこまで目くじらを立てないのは、色々な打算があるのだろう。

 

 一番の敵は一色愛梨だと想っているとか、そんなところか。

 

「アタシもそんなに詳しいわけじゃないけど、魔法科高校でそんな校内をオープンにしちゃっていいのかしら?」

 

「ラ・フォンでも、芸能人のタマゴがいるとはいえ、学園祭とかあるんだろ?

 確かに国防云々を考えれば、学外の人間へのチェック態勢を厳にするのは止むをえないところもあるが、そういったある種の『閉鎖主義』が、色んな硬直化を生んでしまう。それは無くしたいところだ」

 

 学校のセキュリティ、生徒の保護というのは現代に至るまで様々取りざたされている。

 

 これは別に、魔法科高校だのなんだのというレベルの話ではない。

 

 学校教育というものにおいて、果たしてどれだけの学内セキュリティが求められているかということである。

 

 時に小学生児童というまだまだ肉体が未熟な人間を狙っての凶行があった頃に比べれば、現在はまだマシだが、その反面――――。

 

 高等学校の専門性が上がり、同時に扱われるものもかなり高度になり、結果として外部の人間をあれこれと寄せ付けないことになるのだ。

 

 その中でも、魔法に関しては国家機密レベルのデータベースというものがある魔法科高校は、どうしても神経質にならざるを得ず、同時に縄張りを守る野良犬のようにあれこれと噛みつかざるを得ないのだ。

 

「俺たちゃ喧嘩犬かよ」

 

「まぁ事実の一側面は突いているよね。確かに僕の家も、古式魔法師としての側面を出す前は、お賽銭泥棒とかに神経質になっていたからね」

 

 レオの苦笑交じりの嘆息に幹比古は少しの同意。結局の所、相手の善性に期待するしか無いのである。

 

 そんな風に想っていると――――。

 

「ふーん。随分と大層なことを考えてんのね―。確かにアタシらも、盗撮犯やろくでもないナンパ師なんかをふん縛る時もあったけれど、そんな風な御大層な考えはなかったわ」

 

「そうなのか? ラ・フォンティーヌともなれば、生徒の個人情報なんかは取引材料になると思うが」

 

「司波くんって結構、怖いこと考えるね……」

 

 古式ゆかしくカウンターの前でフルーツパフェを作っている千鍵が、苦笑交じりに言う。

 

「確かに、そういう考えはあるよ。アタシのお姉ちゃんなんかも、そういった不埒者はぶん投げていたけど―――それ以上にさ、『お祭り』なんだよ。その事を全然分かっていないね」

 

 言われて何人かが目からウロコが落ちる。

 

「御大層なことを考える前に、『自分たちの安全安心』だけでなくて、お祭りに来てくれる人たちを楽しませよう、とかそういった心持ちがないとさ―――さっき言った『外』の人たちに理解なんて示せないわよ」

 

 がつん! とハンマーでぶっ叩かれた気分だ。チカは、ホイップクリームをアイスの上に掛けて行きながら話す。

 

「あんまり言われたくないだろうけど、確かに世の中には反魔法師団体っていう人もいるわよ。そういう人たちは、よろしくないこともやってくるかもしれないわ。

 アタシのラ・フォン(ガッコー)にだって、『時代遅れ』なフェミニズム運動の人間もやって来ているわよ。こんな風に女性の『性的側面』を見世物にするのはどうなんだってね。たかだかチアダンスをしただけなのに」

 

 憤慨するような千鍵の様子に、ひびきは見守るようにしている。大切なことを言う千鍵の邪魔はしないようだ。

 

「そいつらに対してどう言っているんだ?」

 

 芸能関係者御用達のガッコーにおける教訓を少しだけ聞きたくて、誰もが耳を傾ける。

 

 世界は残酷な側面を持つが、それに対して力で対抗するだけならば、どうとでもなるが遺恨は残ってしまう。

 

 ならば――――。

 

「んなもんは無視すりゃいいのよ! 相手がこちらの邪魔をしてきたならば、それを排除する!! それだけよ。大声あげて己の主張ばかりを叫ぶならば、それはただの騒音被害なだけで、こちらのやっていることを邪魔するならば、学校業務及び自治に対する不当な介入だもの――――そんだけよ」

 

 至言である。甘い結論ではない。そしてそのぐらいの手合をどうにかすることは出来る。この上なく気持ちのいい笑顔を向けるチカに降参するばかりだ。

 

「持ち物検査を徹底するぐらいならば、特にアレコレ言われないだろう……んでもってトーシロ相手に、わざわざCAD頼みでなくてもなんとかなるだろう面子も多い」

 

「体格いいのが揃ってるしな。風紀委員の見廻り組も、増員すればいいだけだろう。物事を深刻に考えすぎなのは、魔法師の欠点だな」

 

 全員が苦笑のため息を漏らすのは仕方ない。なんせ一度は学校を襲うテロリストなんてのもいたんだから、神経質になるのはしょうがないのだ。

 

「素人意見でも役に立ったみたいで何より♪」

 

「チカちゃんすごい!」

 

「声帯模写とか、高度なことをするな!!」

 

「あざりーっ!!」

『キシオッ!!』

 

 千鍵によって投げつけられたケータイ電話。アンティークなそれが声をあげたような気がするが、気にしてはいけないような気がする。

 

 そしてパレードの変化なのか、声をひびきに真似た刹那の行いが、チカの怒りを買うのだった。

 

「まったく。とんだ能力の無駄遣いね」

 

 チカの怒り混じりの言動に、深雪は苦笑しつつ同意をする。

 

「それに関しては同感ですね……となると、刹那くんの円卓料理では、インパクトが薄いような気がしてきましたよ」

 

「メシを一緒に食べることで一種の融和をしたいという想いは間違いじゃない。そして刹那の中華ピザは美味しいだろうからな―――『メインイベント』は違うものにした方がいいな」

 

 司波兄妹の意見修正に考え込む。

 

 中条会長からの頼み事。結局の所、一と二の制度に囚われずに自由な発想でお祭り企画が出来る自分たちに任されたのも事実。

 

 概ね、各部活やクラスの出し物などは、通常の文化祭と同じくなっているからいいが、メインイベントが弱いということが露呈してきた。

 

「魔法師云々に関わらず、お祭りの参加者全員が楽しめるものか……」

 

「ミスター・ミスコンテストとかは?」

 

「それだと遺伝子操作された美だとか、穿った見方をされてしまうような気がするよ、エリカちゃん」

 

 エリカの意見に、魔法師であってもそういったものではない『天然』(第一世代)のグラマーガールにして魔法師たる美月がツッコミを入れる。

 

 最終的には、帯に短し襷に長しな意見ばかりが出てくるのだった。

 

「魔法科高校って、どこも都内の一高みたいに『大きな建物』を持っているの?」

 

 何気ない質問を投げかけるのはチカではなくビッキーのほうだった。

 

「いやー、やはり首都圏や大都市というよりも、『金』が集まりやすい都市の学校は他の所よりも大きいかの。

 金沢も大都市じゃが、近畿地方を代表する兵庫の『二高』。そして、首都圏を統べる都内の『一高』は、学校規模が二割ぐらい大きいと見える」

 

 ミックスパフェを沓子の手前に置いたビッキーの疑問に、沓子はスプーンを取りながら別のところ(三高)の人間として答える。

 

 建前上は、どこの学校も同一の規模ではあるとしているが、増築や改築の頻度。同時に地域ごとに担うものもあれば、段々と差異は出てくるものだ。

 

 そう考えれば学校規模に応じた『デカイこと』をしたい。狭い規模でのイベントは却下であろう。

 

「まぁこういう事は、エルメロイ教室で『ダンスチーム』などを組むこともしていた刹那くんに丸投げしましょう。私だとお兄様と一緒に出場できる一高のミスター・ミスコンしか思いつきませんし」

 

 それでもって、一高のベストカップルになるという野望を晒す深雪に、おにょれと思いつつ、こういったことはフラット兄さんの分野だったなと気づく。

 

 同時に『グ、グレイたんと踊れるなんて、い、生きててよかったぁ』などと感涙を流す兄弟子を呆然と見ながら、オルガマリーに教えられる形でステップを覚えるのだった。

 

 そんな思い出に浸りつつ、期限を定める。

 

「腹案はまとめられないな。取り敢えず学校授業が再開する二日間ぐらいは練らせてくれ。それまでには決める」

 

『答えなんてもう出ているような気もするけどね。ところで二人ともCADというものは知っているかな?』

 

「一般人とは言え、一応は。呪文を用いずに――――」

 

『しゃべるケータイ電話』に慣れていたからなのか、オニキス=ダ・ヴィンチの質問に答えるチカの声も遠くに聞きながら、どうしたものかと考える。

 

 煮詰まるほどではないが、ここまで混沌だと―――気分転換がしたいわけだ。

 

「セルナでも解決できない悩みはあるんですね」

 

 イタズラっぽい笑顔を向ける愛梨に苦笑しながら刹那は答える。

 

「そんなんばっかりだよ。むしろ今はまだいいのさ。解決させてくれない悩みも多かったわけだしな」

 

 救えるはずだったのに救う手を拒否した人々の顔を思い出して、シニカルにならざるを得ない。

 

 そんな顔を、金沢からのお客さんに見せるのは、よろしくないな。ということで愛梨に一つワガママをすることにした。

 

「このままじゃダメだな。腹案を纏めようにも、煮詰まりすぎる―――というわけで、アイリ」

 

「はい? 何でしょうか?」

 

「九校戦の時に言っていたことだけど、俺にご馳走してくれないか?

 君が言っていた得意料理―――『金沢カレー』を」

 

 朗らかな笑みを刹那に向けていた一色愛梨に衝撃が走る。その言葉を受けて、一色愛梨の魔法演算領域が稲妻の如き計算式を導き出す。

 

 君のカレーを食べたい。

 ↓

 俺の家で作ってくれ。

 ↓

 寧ろ君を食べたい。

 

 選択肢

Aどうぞ遠慮なく、私を愛してください 

B…今日こそ言えそう。LOVE ME PLEASE

 ↓

 同衾・既成事実

 ↓

 妊娠(一姫二太郎)

 ↓

 責任婚(学生結婚)

 ↓

 HAPPY END(BGM キャンユーセレブレイト)

 

「そ、それは吝かではないんですけど、セルナ……私、今日は無地の純白なんて地味な下着なんですよ……? そんな私でも愛してくれます……?」

 

「いや、ナンの話よ!? アンタの中での思考回路はどうなってるのよ―――!?」

 

 手を組んで懇願するかのように刹那を潤んだ眼で見る一色愛梨から引き離すように、リーナは首に巻き付くように抱きついて引き離す。

 

「だまりなさいアンジェリーナ。アナタのように、昔から一緒にいるというだけで同棲をしている卑怯者には―――このチャンス邪魔はさせません!!」

 

 どれだけいちゃつこうが、退かぬ媚びぬ省みぬな一色愛梨は、やはりリーナのライバルなのだろう……ビジュアルも若干被っているし。

 

 そもそも刹那とリーナは二人とも同じ家に住んでいるから、これはどうしようもないんじゃないかなーとも一同考えるが。まぁ、本人がやる気を出しているならば、問題はあるまい。

 

 いや問題だらけなのだが……ここまで来るとツッコむのは野暮というものだ。

 今にも取っ組み合いのケンカにでも発展しそうな金髪美少女二人のにらみ合いから眼を逸らしつつ、達也は刹那に問いかける。

 

「俺達もご相伴に預かっても構わない?」

 

「寧ろ一緒に晩酌しよう……。最初っからそのつもりだったけど、今は切実にお願いしたい……」

 

「石川県民の心の味! 金沢カレーとなると、豚カツにキャベツも必要じゃな」

 

無問題(モーマンタイ)。とりあえず材料は帰りがてら買っていくとして、圧力鍋もあるし、フライヤーもある。ついでに言えば、トンカツソースはリーナが常時10本はストックしている」

 

「ソースの味って男のコなのよ。とか言いながらセツナだってちょくちょく使ってるじゃない」

 

「江戸時代の醤油や戦国時代の清酒の頃から、日本の食品加工技術って世界が誇るものだよ」

 

 達也の見立てでは、刹那は豚カツ一枚揚げたとしても自家製ソースでも作っていると想っていただけに意外な想いだ。

 

 少しだけ怒るように言うリーナに返しながら、刹那は何人来るかを確認してきた。

 尋ねるまでもなく三高生は当たり前のごとくとして全員が挙手をするのだった。

 

「大丈夫なのか―――体重?」

 

「失礼すぎる! ウェイトコントロールぐらいは出来てるわよ。あんまり美月みたいに『ブレスト』に脂肪が着くのも剣士には死活問題なんだから」

 

「エリカちゃん!!」

 

 わざわざ指差ししてまで名指しをしたエリカのナチュラルセクハラに対して、幹比古の眼が美月の胸を凝視すること10秒長かったことは……男子全員の秘密にしておくのだった。

 

「ワシとしては柴田の胸が羨ましい……半分、分けてほしいぐらいじゃ……」

 

「沓子ちゃんまで、そんな恨めしげな視線を向けないでよ。もう……リーナみたいに刹那君に揉まれて大きくなったわけじゃないのに……」

 

「「アタシ(オレ)達をオチに使うなー」」

 

「むしろトドメを刺してますね。その胸が自然に出来たとか! 一高女子の女子力はバケモノか! というかセルナから離れなさい!! アンジェリーナ!!」

 

 そんな風にやんややんやと言っている司波兄妹除きの面子。

 司波兄妹としては、先程まで見ていた記憶映像の中にエリカ以上の剣技・剣術を振るう『ぱっんぱっつん』のボディの英雄たちの姿を考えるにそういう問題では無いのだろうかなと考えてしまう。

 

 特に刀を振るうのは『日本の英雄』のはずだから……そんな場違いな感想を抱きつつ、結果として古式ゆかしく(?)カレーパーティー。略してカレパとでも言うべき2010年代頃の高校生文化(?)を行うことになるのだった。

 

「チカとヒビキも来る?」

 

「当然、ハロウィン(文化祭)は、これでも芸能学校の一人として審査させてもらうよ」

 

「違うよ。カレーパーティーに来るかってことだ」

 

 その言葉を受けて人の悪い笑みを浮かべていた千鍵は、虚を突かれたような顔をしていたが……。

 

「ここのアルバイトもあるんだから、そっちにはそうそう行けないよ。加賀からのお客さんの歓待してやりなよ」

 

「さいですか」

 

 ひらひらと手を振る千鍵にあっさりとした対応。この辺りの世慣れしたところは、経験なのだろう。

 

「あっ、セツナくん。後で金沢カレーのレシピ教えてね。注文された時に対応したいから」

 

「お前の調理スキルはどうなってるんだよ? トラ―――ひびき……」

 

 口を衝いた何かの単語を途中で押さえて、日比乃の名前を言い直す刹那。そんな刹那に対して、人差し指を口の前に持ってきてウインク一つをする日比乃ひびきの様子に意外な想いをしたところで―――。

 

「えっ―――!?」

 

「―――ミヅキちゃんも『お口にチャック』だよ? 今は『入り口』も違うし、『鍵穴』も『合い鍵』もないからね」

 

 何かに気付いたらしき美月が声を上げたのに対して、日比乃ひびきの少し神秘然とした様子に呆気に取られつつも……。

 

「「またの『アーネンエルベ』へのご来店をお待ちしていまーす♪♪」」

 

 看板娘二人の快活な言葉を後ろにしながら、魔法使いたちは、一路刹那の家へと向かう。

 

「お兄様、何があったんでしょうか?」

「さぁな。天然の魔眼持ちにしか見えないものなんだろう……」

 

 ドイツ語で『遺産』という意味を持つ『アーネンエルベ』。

 

 ナチスの『神秘研究機関』もその字名を抱いたことがある言葉であることを思い出す。

 

 そして、深雪の言葉に嘘をついたが、達也の眼には、日比乃ひびきの髪色がオレンジモカから―――『白銀』のような色になって眼の色が赤に変わっていた。

 

 正確には、日比乃ひびきの姿に重なる形で、そういうものが幻のように見えていた。

 

 



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第175話『遠坂さんちの今日のごはん』

はい。というわけでただの日常回。

バトルだけでは絡み切れない何かを描きたい。そんな欲求ゆえ。

はやくレオとウサミンの「逃避行」を書けばいいんでしょうが、まぁ今は雌伏の時―――来訪者編のアニメも次クールではないことは確認済みである(ニヤリ)

そんなこんなで、新話どうぞ。そして奈須さん。遅ればせながらお誕生日おめでとうございます。(ごますり)


「おおおお――――!!!」

 

「てりゃ――――♪♪♪」

 

一方は裂帛の気合を以て得物を振るい、一方は軽快な声で得物を振るい、あらゆるものを切り裂いていく。

 

肉を裂き、皮を剥ぎ、そのままに均一に切られて、微塵に切り刻まれるものが乱舞する。

 

紙吹雪のように舞い散るそれらが地に落ちる前に受け止めるは――――大きなボウル4つである。

 

細かく裂かれた鶏肉。芽を取り除き皮を一片残さず剥いだジャガイモとニンジン、そして涙を流す前に細胞を『押し潰さず』に微塵切りにした玉ねぎで山のようになっていったのである。

 

何故かエリカもお虎も空中で食材を斬るという、どっかの中華料理アニメのようなことをしてくれやがった。

 

まぁ切れていればいいのである。それだけだ。しかしながらエリカは若干の不満顔である。

 

「ったく剣士のワザマエを何だと思ってるのよ。お虎さんはいいんですか、こういうの?」

 

「確かに江戸徳川の世になれば、剣にもそういった『行儀』『格式』はありましたでしょうが、戦国の剣は『なんでもあり』ですからね。特に私は何もありませんよ」

 

特注の包丁をくるくると回しながら語る『お虎』の答えに、流派の奔りとしては江戸時代の頃のエリカとしては、そんなもんかと不承不承納得する。

 

「三刀流の剣士も焼き石シチューを作るためにコックの命令に従ったんだ。文句言うない。

次は、キャベツの千切りだ。1ミリで切ってくれ」

 

「……しゃーないわね。けどキャベツ、そんなに速く切ってしまっていいの?」

 

「問題ないな。圧力鍋の煮込みも従来よりもはやくすませられる。寧ろ、『全員』の食う量を考えれば、今から水に浸しておくべきだな」

 

エリカに言いながらカレーを煮込む作業を行う三高女子たちとは別に、刹那と他数名は豚カツを作ることにする。

 

組としては飯炊き―――およそ2升分の米を、男子勢と分担して行う。

 

「金沢カレーって、結構『昔』からあるソウルフードですけど、一色さんたちも『カレー』と言えばこれなんですか?」

 

刹那の隣にてサポートをしてくれていた美月の疑問に愛梨が代表して答える。

 

「それぞれの家庭で違うと思いますね。ただ群発戦争と寒冷化の影響で、一時期『食糧難』が起こりまして、『失われそう』になったそうなんですよ。

けれどこの苦境だからこそ、美味しいものを作ることで明日の活力にしたいと思って、加賀の食だけでなく、多くの名店の方々が奮迅して、石川県の名物料理として復興させたそうです」

 

「魔法師だからこそ、こういった『無駄』は『必要』なんだと理解しなければいけないって―――私達は教えられたかな……作り方から先程までの背景に至るまでを」

 

なんでもかんでも『効率』を考えて生きていては、本当の意味で『生』を謳歌出来ているとは言えない。現代魔法師が失ったものをこうして大事にしようという姿勢は好意的に思える。

 

「セルナはどう思います? こういう考え」

 

「いいんじゃないの。知り合いのBBAも―――。

『料理は現代が生んだ『美』の一つ。市井のケバブから高級店のリブロースステーキに至るまで、何の衒いや偏見もなく、美味いものは美味いと言える感性を養え』とか言っていたからな。

まともにあと10年食いたければ、タバコと酒を控えろと言っても聞かないBBAだった」

 

「ファンキーなBBAじゃな」

 

沓子のイメージしただろう人物に、いや全くもってその通りと思える。

 

「かつて、食通の中の食通『ブリア・サヴァラン』も、己の美食に対する拘りと、食通たちに『食』とはこうあるべきと言える格言などを一冊の書に纏めた。

ある意味、これは『食』という『魔法』の『魔導書』ともいえる」

 

「―――美味礼賛」

 

博識な達也が、米を研ぎながら言ってくる。その言葉に『正解』と言ってから言っておく。

 

「本当の意味で美味しいものを食べた時にこそ、人は『食』の根本を、『生きていく』ことの意味を実感できる。

ひもじい時に貧しくあるべきではなく、そういう時こそ、大きく己を張りあげるために美味しいものを作る。

気持ちが落ち込んだ時にその思考に至れた、愛梨たちの故郷の先人たちは誇るべきものだね」

 

その言葉を受けて三高女子が照れる様子である。

とはいえ、言ってはなんだが……純日本人ではない愛梨が、これを嗜むとは……。

 

「実を言うとお母様が、金沢に来た時にクリーンヒットした料理がこれだったそうなのです。そしてその後、お母様ごとこの料理がお父様にクリーンヒットしたそうで」

 

こちらの無言の疑問に対して、一色家の驚愕(?)のヒストリー。まさかまさかのカレーで胃袋を掴むとは……まぁ王道だけど。

 

顔を赤らめながら、味見をするように言ってくる愛梨。特に何の斟酌をすることもなく、それの味から『カツ』の味わいを変更することにした。

 

「……メチャクチャ『強い』カレールーだ。別にカツが添え物になってもいいんだが、少し主張させたいから、味付けを変えようか」

 

「はい。勉強させてもらいます!」

 

「どうでもいいけど、ミヅキちょっと近いわ。ミキの険しい視線が、セツナに突き刺さりすぎよ」

 

全然、どうでもよくないことをリーナ(カノジョ)に言われて、さっきからあまり気にしないでおいた美月との距離を離すことにした。

 

どうしよう。今日あたり幹比古から本気の呪殺でも掛けられたらば……。

 

対抗できないかも(汗)

 

「んじゃ、ここからは俺が後ろで指導する。味仙人とその弟子の如く、俺の意に応えてくれ」

 

「はい! 劉師傅! ちなみに白鳳ですか? 虎峰ですか?」

 

「良く知ってんな! 流石は美術部―――だからなのか? まぁミスター味っ子は不朽の名作だからね」

 

どうでもいいことを指摘しながら、美月の手際は特に注意や指摘するような所は無かった。

 

何とか幹比古からの呪い攻撃を回避することには成功した。はずである。視線はきついままではあるのだが……。

 

「にしても揚げ物で小麦粉を溶くのに冷水を入れるなんて、普通にデータベース乗っていることですけど、中々やりませんよね」

 

「多分だけど、やっぱり寒冷化の影響だろう。冷たいものを使って料理をするというのに、抵抗感があると思えるよ」

 

深雪が自作した氷をかちいれた水を使って、良く菜箸で混ぜた小麦粉はいい感じに衣の下地になってくれるだろう。

 

「お虎、隠し包丁を入れた『ももんじ』を」

 

「はっ、マスター(殿)、ここに全て揃っております」

 

なんだこの寸劇は? と思いながらも、下賜するようにランサーが持ってきた肉を検分するに申し分ない。これならばいけるだろう。

 

バットに入れられた肉を美月の前に出して、味付けは特になしでいいだろうと言っておく。

 

「塩コショウもいらず?」

 

「ああ、愛梨たちのカレールーは中々に強い。その味わいには、むしろ柔らかさと豚の旨味で対抗する」

 

「聞いているだけで美味しそうだな達也!!」

 

「全くだなレオ。しかし、刹那―――『2升分』も米炊くようなのか?もう終わるけど」

 

もはや相撲部屋の力士の食事も同然の米の量をとぎ終わったレオと達也が、2090年代の最新式の炊飯ジャーに飯盒を入れた。

 

炎○炊きと名付けられてるボタンに『情熱BLAZE AWAY』というシールを張っておいたのだが、迷わず押した達也。

 

「本当だったらば、お前達に三日三晩、神聖な炎を纏って灼熱の炎の舞でも演じてもらおうかと思っていたんだが……」

 

「「「鬼かっ!!!」」」

 

男子三人の炎寺(?)の炎を使った舞で炊きあがる米。それは、置いておくとして、ご飯は昔よりも簡単に炊きあがってしまうわけである。

 

「技術の進歩ってすごいよなー。まぁともあれ、15分後にはご飯が炊きあがるわけだ。安心しろ、『カラ』になるさ。それより幹比古、油を扱うんだから美月を手伝ってくれないか?」

 

「あ、ああ。ありがとう刹那―――で、ごめん。今日あたり午前二時ぐらいに『参ろう』かと思っていた」

 

午前二時。すなわち昔の刻限で『丑三つ時』ということである。うん、怖いねー男の嫉妬って。

 

「オンナの嫉妬も怖いわよ―♪」

 

「それに関しては身を以て存じ上げてます」

 

返しながら美月だけでなく、深雪もどうやって揚げるかを興味津々している。

 

フライアー及び揚げ鍋はあるわけで、まずは手本を見せるのだった。

 

「揚げ物は、当たり前だが最初は高温でカラッと揚げてから低温でじっくり。そんなことは当たり前で、それが出来れば苦労はしないわけだ」

 

昔のような温度計は既になく、今では鍋や油の熱分布は調理器具のサーモグラフィで分かる。

火災予防の産物であるが、本当に便利になったものであるが―――それだけではどうにもならないところもあるわけだ。

 

それを全員に教授する。殆ど自動化されてしまったこの寂しすぎるグルメ時代に、一陣の風を吹かす時である。

 

「というわけで、今からとっておきのコツを教えておいてやる。一番に、着目するべきは火を怖がるなということ。揚げれば、多少の油が跳ねるのは当たり前だ。それをどれだけ少なくするかだからな―――」

 

「「「「はい。コーチ!!!」」」」

 

威勢のいい言葉を聞きながら、油の温度管理―――高温のフライアーと低温のフライアーを上手く扱い、『二度揚げの豚カツ』が出来上がる。

 

「これは、我が家のような整えられた調理器具があってこそだが、通常の家庭の、まぁオートメーションのHARを使ってもやれる方法は――――」

 

一つの鍋を上手く扱って同じく二度揚げの豚カツが出来上がるのだった。

 

「やはり温度管理が肝なのか?」

 

「そうだな。同時に、先程やっていた冷水が八割だよ。結局、揚げ物は下準備で決まってしまうからな」

 

ベタついた衣では美味しくないわけである。油を切った上でペーパーの上に置いておいたカツを切り分ける。

 

「油が殆ど下に吸い込まれていない! 油を切った際のスナップも絶妙ってことかの!?」

 

沓子の驚愕の声を聞きながら、軽快な音で切り分けられたそこから肉汁が飛び出すわけで、どうやったらばこんな風になるのか。皆で『不思議』がってはいる。

 

「はい。試食」

 

「深雪だけでなく皆に、こんな危険かもしれないものを食わせるわけに行かない。まずは俺が毒味しよう」

 

「ホンネは違うでしょうけど、シツレイね」

「同感です」

 

率先して『試食』を買って出た達也に、金髪二人は不満げな顔。

達也なりの冗談であり、色気より食い気の顛末ゆえである。

 

それに苦笑しながら構わず食えと言っておく。

 

出来たてのアツアツをバクッと行く達也。どこの特級面点師(鋼棍のシェル)だと言わんばかり勢いの食いっぷりに―――。

 

「お兄様! どうなんですか!? 刹那君のカツは、深雪のとどちらがいいですか!?」

 

「俺が今まで食ってきたカツは―――死んでいたのか……!!」

 

「そのセリフの意味は、深雪には難解すぎて分かりません!!」

 

「深雪のより断然、旨い」

 

翻訳された言葉の衝撃に、司波深雪は『マハーカーラ』などと叫ぶ始末。

 

とりあえずフォローしておくことに。

 

「まぁ結局の所、一般的な家庭だと一種のセーフティがかかってしまっているんだよな。多分だが生焼けのカツとかを揚げさせないために、最後に高温による加熱を行ったりな」

 

「ああ、確かに。煮込み料理なんかはそうでもないんだが、揚げ物系はそれが顕著だとも聞いたな」

 

「そういうこった。俺の場合、リーナに助けてもらって、いくらかそういうの(セーフティ)は切ってもらっているんだ」

 

その言葉で深雪は何とか持ち直す。結局の所オートメーションされた調理の少しの『欠点』とは、絶妙な調理よりも、使用者の身体や健康を考えての『お節介』が、時にあるということである。

 

本当ならばいいことのはずだが、それゆえに料理人のカンは鈍る。料理においては……時には『冒険』も必要なのだ。遊びが料理を楽しくさせる。

 

「な、ならば! その絶妙な調理技術―――貰い受ける!!」

 

「うん。そんな心臓貫きの槍を使う前フリみたいなことするな」

 

何故か失敗のフラグにしか思えないセリフなのだ。実際記憶の中、英霊クー・フーリンは英霊アルトリアを殺すことは出来ずじまいだったのだから。

 

 

「俺は適当に、他につまめるもの作るから、豚カツに関しては、まぁ適当にペアを組んでやってみ。失敗してもフォローはしてやる」

 

「セツナー。ペア♪」

 

「いや、お前とはいつも組んでるじゃん。たまには他の人の手際を見てみろ」

 

「セルナー。ペア♪」

 

「断りにくいけど、流石に付け合わせや箸休めもないカレーはどうなんだい?」

 

「刹那くん。ペナ♪」

 

「何の罰則を与えられるんだよ!?」

 

三者三様(リーナ・愛梨・栞)の誘いを掛けられてしまった刹那に対して―――。

 

「あきらめろ―――」

 

どっかの人斬り抜刀斎のような言葉を吐きながら、菜箸を握る達也。

 

言葉とは裏腹に前に掛けたエプロンが、『ぷりちー』などと思いながら、結局。そうせざるを得なかったのである。

 

「寂しかったのか?」

 

―――カツも半分揚げ終わり、美月と幹比古とがラブいシーン……跳ねた油で少し火傷した指をいたわりあう姿にこっちがヤケドしそうになる中、不意に聞いてきた達也。

 

意味合いは大体は分かる……。

 

「そうだな。昔はスラーの学食で、パンプキンドリアとシュリンプチャウダーのどっちが美味しいかを言い合う兄弟子を見ながら、モダン・ブリティッシュの『カレー(パスタ)』を食っていたんだが……しばらくぶりに賑やかな食事がしたくなってしまう。

特に―――昔のことを思い出すとな……」

 

お虎のように『ウワバミ』すぎるロード・エルメロイ3世の為に、酒に合う食事(つまみ)を作ったり、その一方で不器用ながらも、自分を手伝ってくれる銀髪のロード・アニムスフィアに苦笑しながら―――。

 

あの輝かしき日々はもはや戻ってこない。けれど、バゼット(養母)の言葉を思い出す。

 

魔術師とて繋いでいく生き物。確かにいずれは衰退する種族と言えども……。

 

(未来は、どう転ぶか分からない。いまある自分の繋がりを確認しなさい。か―――)

 

結局の所、そういうことである。

 

そんな風に考えていると、インターホンが来客を示す。

 

『刹那くん!! いま!! そこに―――エプロン姿の達也さんはいるのぉおおお!!!???』

 

『ほのか。順番が変。刹那、お邪魔します。とりあえず開けてくれるかな?』

 

などと繋がりは、こういうところにもあるのだ。同じものを求めるのではない。似たものを作りたいわけではない。

 

ただ……そこにあるつながりに対して出来ることをしたいだけなのだ―――。

 



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第176話『食戟のマサキ』(タイトル詐欺)

長い長いメンテナンス明けでようやくクリスマスイベントなのだが、我が端末のアプリゲームの一つ。
シンフォギアXDもゴジラとのコラボという前代未聞の事態。

前から告知はされていたのだが、こうなってくると一昔前のオダギリジョーのライフカードのCMを思い出す。

両方やればいいだけなんですけどね(爆)



魔法科高校において、忙しい人種というのは、ある程度はいる。

 

ただの『いち生徒』程度ならばともかく、親や家が責任ある立場であれば、子息もあれこれと駆り出されるのである。

 

魔法協会にて事務処理の大半を終えて伸びをした男子。

その面構えは、多くの女性に恍惚のため息を覚えさせるほど整っており、一昔前の男性アイドルグループにいてもおかしくない。

 

街中にて、自然とそうしていた男子。一条将輝は、この後はどうしたものかなと感じる。

 

「明日には金沢に帰るようか。流石にいつまでも『留守』にするのはマズイよな……」

 

「残念だったね。司波深雪さんをデートに誘えなくて」

 

全くもってその通りであった。隣にいる親友の言葉に、本当に後悔の念ばかりが残ってしまう。

 

今日まで都心に残っていた理由の一つに、自分の心を奪ってしまう女神をデートに誘いたかったのだ。

 

下心満載というなかれ。恋する男子は必死なのである。

 

「そういや一色たちもまだ都心にいるんだよな。高速輸送システムがあるとはいえ、何とも呑気だな」

 

「北陸地方の守備としては、一色家はそこまで求められているわけじゃないし、長男が長女であった煽りはあるからね」

 

「そんなもんか」

 

一種のパワーゲームが働いたことは分かっているが、関心が無い将輝の態度に苦笑する吉祥寺真紅郎。

まぁそういうところを含めて、この若大将のいいところでもあるのだが……。

 

「一色も刹那を誘えず、西城たちと東京観光を行ったらしいからな。俺たちだけ何も出来ないとか癪だな」

 

「そうだね。男二人でステーキチャレンジでもしてみる?」

 

「もしくはカラオケで情熱BLAZE───。むっ、待て。十七夜から着信が入った―――。画像付きのメッセージだが……」

 

これからの予定。ホテルに帰る前の遊び予定を入れようとしていた時に、噂に出していた人間たちの一人からの連絡が来た。

 

特に警戒すること無く携帯端末に入ったメッセージを開く将輝。

学友からのメッセージ送信先を偽装しての十師族のプライベートを探る輩もいるかもしれないと、最高位のセキュリティが施されている端末に届く以上は、正式な十七夜(かのう) 栞からのメッセージだ。

 

ひょいっと少しだけ顔を横にそらして、将輝の覗いている端末を見る。

別に栞と将輝が『特別な関係』などと聞いたこともない上に、それを将輝も特に咎めてはいない。

 

よって『見えた画像』に将輝は愕然とする。真紅郎―――カーディナル・ジョージとしては、『リア充』だなぁと頬を掻いてしまう。

 

気前のいい貴族であり開拓者とでも言うべき男の所業に───、一条将輝は『クリムゾンプリンス』として噛み付く。

 

コールした番号は、栞が現在いる家の家主(仮定)である。

 

なぜに栞に掛けないのかとか、そんな野暮は言わない。

 

「もしもし!! 俺だ!! オレオレ詐欺とか何十年前の話だよ!? ああ、そうだ。

な、なんだって!? し、司波さんが―――」

 

何故か言葉の後半では、顔を真っ赤にして鼻を押さえている将輝の姿が―――あの『あかいあくま』のことである。

 

どんな言動で将輝を翻弄していてもおかしくはない。

 

「くっ!! オレも即座にそちらに向かう!! 金沢カレーを温め直して待っていろ!!

『食戟のマサキ』として、オレはジョージと共にお前の家に向かう――――ジョージ、予定変更だ」

 

通話を終えて端末をしまう友人の姿と言動に、もはやどこに行くかは当たり前のごとく分かってしまった。

 

嘆息気味に息を吐いてから、定型句として問いかけておく。

 

何処の、誰の家に向かって何を行うかを……。

 

「刹那の家に行って、司波さんが作ってくれた金沢カレーを食べるんだ!!」

 

「多分、主に作ったのは一色さんたちじゃないかな?」

 

「司波さんだって手伝った。金沢カレーの豚カツの衣の下地―――小麦粉を溶いた冷水は司波さんの氷が使われたはずだ!!」

 

力説している所悪いのだが、手伝いの更に手伝いをした深雪をそこまで礼賛出来るとは、美味礼賛ならぬ『女神礼賛』(司波深雪限定)といったところか。

 

若干呆れつつも、目的が出来たことで邁進する将輝に着いていく形で、遠坂邸に向かうことにする。

 

つまりは、アンジェリーナ・クドウ・シールズとの愛の巣に向かうことと同義であり、同時に現代に現れた魔術師の工房に向かうことでもある。

 

将輝ほど興奮するわけではないが、それでも知らずに緊張せざるを得ない。

 

コミューターの乗り口にて遠坂邸の詳細な地図情報を入力した将輝は、特急料金を出してでも『ちょっぱや』で向かうことにするのだった。

 

「こんな形でアイツの家に向かうことになるなんてなぁ……まぁ金沢カレーは美味しいからね」

 

ちなみに真紅郎が大好きなカレーは、茜が作ってくれた金沢カレーならぬ『茜カレー』である。

 

 

金沢カレーの『極意』、それはずばり言えば―――山盛りのキャベツと一杯のご飯を下に『どろっとしたルー』をかけて、その上にソース掛けの切り分けたカツを乗っけるのである。

 

「ソースに関してはお好みでどうぞ」

 

「とか言いながら一色さんは、放射状に掛けるんですね」

 

早速もルーの上に乗っているカツに中濃ソースを掛ける愛梨に、深雪は少しだけビックリするも、一色愛梨からすれば当然のことで、笑顔を向けながら深雪に返す。

 

「これがいいんですよ司波さん。食べれば分かりますよ♪」

 

来客用のテーブルを設置した居間にて配膳されたカレーの様相は知っていたとは言え、かなりおっかなびっくりなものがある。

 

「ささっ、セルナは上座にどうぞ」

 

「いや、別にテーブルの配置に上座も何もないよ?」

 

だが、一際こんもり盛られたものが二つほどある。一つは自分でもう一つはレオといったところだろうか。

 

そういうわけで一応は家主ということで、乾杯の音頭を取らざるを得ない。

 

「九校戦でもやったじゃないか。期待しているぞ宴会部長」

 

面倒な役職を与えてきた達也に苦笑しながら、『ラッシー』とでも擬音が付きかねないお冷のコップを掲げる。

 

「それじゃ皆さん、乾杯の音頭を取らせてもらうので飲み物を手に―――、一人『泡立て麦茶』を持っているが気にしないように」

 

気にしないようにと言われても気にせざるをえない存在。

 

刹那の使い魔にして越後の軍神。長尾景虎―――横浜事変にて王貴人を討ち果たした魔人の中の魔人が、いまにも江原声で……。

 

『エサヒィ~~スープゥードゥラァァァ~イ』

 

などと言い出しかねないのであるが、まぁ酒飲みに対して禁酒を言うことは若干の無理があるのである。

そんなわけで、構わず飲めと言っておく。

 

「理解あるマスターで私は感無量です。飲酒を令呪で封じられたらば、どうしようかと思っていました」

 

どうなるというのだ。という恐怖を覚えてしまう。酒を禁止したばかりにサーヴァントに殺されるとかマヌケすぎる。

 

「いや、マイク(?)を通さないで俺たちを恫喝しないでください」

「わかりにくいネタを言いやがって」

 

達也の言動に呆れるように言いながら、明日か明後日には帰る三高女子が作ってくれたカレーに感謝を込めて―――と前置きして

 

『『『『イタダキマス!』』』』

 

手を叩いて行儀よく夕ご飯になるのだった。時刻としては六時。平常の夕餉の時刻ではないが、まぁ全員、この匂いの前では我慢が出来ないのである。

 

カレーは日本人に親しまれた最高の料理の一つなのだから。

 

よって『スプーン』ではなく『フォーク』で食べるカレーという未体験ゾーンに突入した瞬間―――この味には『勝てない』と思ってしまう。

全ての具が溶けたドロドロのカレールーに合う形のご飯にキャベツ。時にそれに合わせて食うカツが、これ以上無く王道なのだ。

 

「いままでは、セツナの作る具がゴロゴロしたものがサイコーだと思っていたけど、この味には違うオイシサがある……!!」

 

「ヤンキーの割には舌が鋭敏ですこと。魔法でも料理でも同じく、全ての素材(要素)を溶け合わせ、その上で最適解に導き出す。

無論、技法や味付けや具のあるなしはありましょうが、ある意味、金沢カレーはカレーの源流『煮込みシチュー』に近づけた、カレーライスの現代における『回答』の一つです。

――――というわけで、セルナ。あーんですよ♪」

 

「いや、俺のまだある―――って、もう殆どない!?」

 

「一色の説明を聞いている間にも、お前のフォークは止まらず口に運ばれていたぞ。そして俺は二杯目だ」

 

「ああ、すまん。客人に手ずからおかわりさせてしまった」

 

言いながらも、ご飯をよそっているのは美月であり、『気にしないでください』と言ってきたが、どうにも居心地の悪さは拭えない。

 

「セルナ。私を無視しないでください―――」

 

などと話の矛先を変えることに失敗して、愛梨の艶やかなナチュラルメイクされた顔を直視せざるを得なくなる。

 

「ちくせう。アイリと交わしたギアスのせいで、この行動は妨害できない……!」

 

何をやっているんだ。こいつら? と思いながらも、不満げな愛梨にやられる形で、フォークに乗せられていたカレーライスが刹那の口に吸い込まれるのだった。

 

美少女からの『餌付け』には対抗しきれずに、近づけられた顔の美しさも相まってその味は、天上の美味にも感じられる。

 

例えるならば、楽園の空気を吸うがごとく、満たされる妖精の霧―――などと情緒ある表現を述べる前に、周囲から聞こえるシャッター音に、どうしようもなくなる。

 

「君らね……」

 

「いやいや、こういう風なパーティーの様子って、ちゃんとメモリアルとして残しておかないと! ほら!! 達也さんのエプロン姿もばっちし取ってあるんだから!」

 

「ほのか。次は私が刹那にやるからよろ」

 

なんか自分がおもちゃにされているような気分しか無い。おまけに、愛梨は愛梨で、刹那が口にしたフォークをそのままに唇に当てるとか、高度なモテ技術使いすぎなんですけど。

 

「美味しかったですか?」

 

そんな風にしながら、上目遣いで聞いてくるとか、この子は本当に……。

 

「ああ。とりあえず、他人が口にしたフォークを再度使う際はちゃんと洗いなさい」

 

「思わずつい、――――セルナの感触がほしくて、間接キスがしたくなりました」

 

「ちったぁヨクボウを隠しなさいよ!……とはいえ、アイリのカレーを食べた瞬間、『美味しい』と思った瞬間、ワタシに邪魔は出来ない―――」

 

そういった類の呪いか。愛梨を物理的に引き離そうとしても出来ないリーナの様子から察した。

恐らく簡易なギアススクロールで交わしあったがゆえの事。

相手の料理に心理的屈服を果たした瞬間、この場における敵対行為が出来ない。そんなところか。

 

別に直接的な取っ組み合いに発展していない分、平和的な講和条約かもしれないが……遺恨は残るか。

 

愛梨の位置に陣取った雫からフォークを突っ込まれて、こっちもかいと思う。

 

「はい。箸休めの『らっきょう』も食べて」

 

「ああ、サンキュー。これって結構いいところのらっきょう漬けだろうに、持ってきてもらって、なんか悪いな……」

 

「気にしない。お父さんの仕事の関係で貰ったものだから、そして私のお母さんは、料理ができない人」

 

君の家ならば家政婦はいくらでも雇えるだろうに、そんなツッコミを内心で入れつつ、今となってはどれだけあるか分からぬ漬物専門店の中でもかなりいい類のらっきょう漬けで口の中を休ませるのだった。

 

「ぐぬぬ。シズク………」

 

光井は親友のために、動画にして撮っていたらしく、親指を立て合う二人の前に滂沱の涙とまでは言わないが、悔し涙を滲ませるリーナを若干見ていられない。

 

「なんで負けると分かっている勝負をしちゃうかなー」

 

「だ、だって───セツナのカレーのグッドテイストに勝るものはないって(マインド)を強く持っていればと、思っちゃったんだもの……」

 

嬉しいことを言ってくれているが、やれやれと思いながら立ち上がる。美月の手を借りずに改めてよそったカレーをフォークで掬って、リーナの前に出す。

 

「あーんしろリーナ」

 

「五十嵐を筆頭にしたリーナファンクラブが見たらば、激怒ものね」

 

エリカの言葉に全くもってその通りだが、これぐらいは勘弁してほしいものである。

 

一も二もなく、即座にこちらのフォークのカレーに食いついたリーナのご機嫌は若干治るのだった。

 

「ああ、これが『愛し合う』ということなのね。ヒト()という『漢字』は、ヒトとヒトが支え合って出来上がるもの……」

 

金八先生なんて、誰が知ってるんだよ。と思いながらも、ともあれそれぞれで何故か『ファーストバイト』を競い合うかのような『あーん合戦』は、栞と刹那、美月と幹比古とで終結するのだった。

 

いつまでもこんなだだ甘なことばかりやっていては、カレーが色んな意味でもったいないわけである。

 

『終戦の詔書』に誰からともなくサインを行い。穏やかな食事となってくれたのは僥倖だ。

 

「それにしても、中々に揚げ物の極意は会得するのが難しかったですね。温度調節が肝要だと分かっていても、こうなるとは……」

 

「お前の得意魔法たる『氷炎地獄』(インフェルノ)ほど、熱の扱いが上手くはいかなかったな」

 

「上手いこと言いますね。実際、そういう風な感覚に陥りました……」

 

心底の嘆息をする深雪。

 

深雪は一見すれば楚々としたおとなしい少女に見えるが、実際の所はかなりせっかちで、喧嘩っ早いファイターであり、ある種の抑制が利かないのは良く分かっていた。

 

揚げ物のように時間を掛けてじっくりと調理する類は、『起源』からしても相性が悪いのかもしれない。

 

「精進あるのみだな。ところで刹那───。結構な量が()けたが、まだまだご飯は多いな」

 

「4杯目いただいてもいいよ。なんならば味変するものでも作るが……その前に呼んでおいた来客が来たな」

 

達也の言葉に返していると、ベルが鳴り響き玄関に一応の家主として向かう。

連れ立って着いてきたのがリーナだけなのは、わきまえてくれたようだ。

 

来客は居間にいたときからカメラと使い魔で確認していたが……。

 

「ご夫婦でやってこられるとは思っていませんでしたよ」

 

言葉とは裏腹に予想はしていたが、二人揃っての来訪に言葉を述べておく。

 

「私と十文字君ってそう見られちゃうのね。お邪魔するわ刹那くん」

 

「心外ではないが、まぁ招いてもらって感謝だ。後輩だけの集まりに俺たちが来て構わないのか?」

 

「そんなエンリョしなくていいですよ。色々と後始末してもらっているのは理解していますから」

 

各々でコートを受け取り居間へと案内すると、全員して『お疲れ様でーす』『こんばんはー』と二人の先輩を合唱で歓迎する。

 

七草真由美。

十文字克人。

 

十師族にして、今回の横浜事変でも最中及び事後も、色々と世話になった先輩二人である。

 

もう一人ぐらいは来ると思っていたのだが、姿はないことを問い掛ける。

 

「ナベ先輩はどうしたんすか?」

 

「あの人ならば、兄上と一緒に海外赴任前のディナーよ。明日、出航するらしいからね」

 

その言葉をエリカから聞いてなるほどと思いつつ、不満げにフォークを唇に当てる様子に苦笑をしてしまう。

それならば邪魔するのは野暮というものだ。そんなわけで、既にキッチンにてルーを温め直していた愛梨の手際で二人分のカレーが渡される。

 

「まぁ駆けつけ一杯」

 

「その言葉でカレー皿を出されるとは想わなかったな」

 

苦笑する十文字先輩だが、大盛り山盛りの金沢カレーを素直に胃袋に収めていく。

 

「旨いな。主に作ったのは一色たち三高女子か?」

 

「ええ、俺も今回はサポートでしたよ」

 

「女子力負けちゃってるわね―みんな?」

 

同じく駆けつけ一杯を食べていた真由美が、あくまな笑みを浮かべて言うも……。

 

あんたにだけは言われたくない。という笑顔での無言の抗議を真由美にする一高女子ズ。

 

その笑顔の意味を悟った真由美が咳払いして、話題を変えるかのように、お土産として持ってきたものは、まだ生きている『海老』であった。

 

大きいサイズの『リビングクーラーボックス』で、ピチピチ動き回る海老の数は、大小様々に100匹では足りまい。

 

「お父さんが、『手ぶらでご馳走になるわけにもいかないだろう』って言って、海老を───」

 

「嬉しいですけど、なんか暗いですね先輩?」

 

「……最近『入れ込んでいる女性』が、好きなんだそうよ」

 

その暗い心地での言葉を受けて、色々な想いが全員に生まれる。一番印象的なのは、司波兄妹の申し訳無さそうな顔だろうか。

 

どうやら『どっか』から聞いたようである。四葉の情報筋だろうかと想いながら、ちょうど良く味変を希望していた面子のために海老を使うことにするのだった。

 

「んじゃこの海老を使ってソースアメリケーヌとエビフライでも作るか」

 

「それって結構、時間がかからねぇか?」

 

レオはソースアメリケーヌを知っていたらしく、ツッコミを入れてくるも……。

 

「安心しろ。深雪が『ゲキテイ新章』をソロで歌っている間に終わっている」

「3分以下!?」

「というか私が歌うという前提で話さないでください! 中の人(?)的に断れないでしょうが!!」

「司波姫、帝国華撃団ではないとはいえ、私も伯林華撃団(?)の一人として協力しましょう!!」

 

マイクを持ちカラオケシステムを起動させるお虎。何気に彼女は歌がツボにはまったようで、現世において得た意外な趣味であった。

 

昔は読経ばかりしていた反動なのか、もしくは、越軍の陣中に琵琶を弾き語る今様(いまよう)な傾奇者でもいたかもしれないが―――ともあれ、その歌声を聞きながら――――。

 

「ん?」

 

「どうかした?」

 

「いや、なんつーか『最大級のヒント』を与えられたような。見逃してはいけないものを見たような……」

 

正しく時を戻して、もう一度『原始の女神』に挑ませるような……。

 

まぁ自分の妄想は、ともあれ―――。

 

「お前も歌っていていいんだよ?」

ハズバンド()を一人で台所に立たせるわけにはいかないでしょ? これもワイフ()の務めなんだから♪」

 

ぶきっちょな手はいらないとは、決して言えないリーナの笑顔にやられながらも、深雪に語った通りの時間にはならないことは少しだけ嬉しかった……。

 

そうして、甲殻類のソースと『やわらのエビフライ』を七分で仕上げて、全員の前に持っていく。

 

拍手喝采を受けながら海賊団のコックのようにテーブルに乗せる。

 

「これぞ正しく夫婦の合作。私の作ったカレーがセルナのソースアメリケーヌを受けてさらなる進化を果たしましたね♪」

 

「わ、私が持ってきた海老のはずなのに……」

 

「正しくは弘一殿が、豊洲市場で『女性』のために厳選して買った海老だがな」

 

などなど言いながら、全員がエビフライカレーにも進化を果たす金沢カレーを頂いていた時に、端末に着信が入った。

 

流石に通話に出るぐらいは簡単に出来る刹那だが、コールしてきた相手をBGM(crossing field)から察して、若干出るのを躊躇ってしまう。

 

が意を決して出る―――。

 

「毎度おなじみ遠坂工務店です。

電話口で、俺だ。俺だ。とか言われても『オレオレ詐欺』にしか聞こえないぞ。

将輝か? ああ いま、三高の綺麗どころと一緒に夕飯の真っ最中で、深雪が『あられもない姿(歌唱で上着を脱いだだけ)』を晒しているね。

はいはい。場所は分かるな? ああ、んじゃ待ってるぞ―――。一条くんと吉祥寺くん、今からやってくるそうです」

 

端末の通話を切るとめいめいの体で返事が返ってくる。

 

魔法師界の王子様も、この面子では特に色めき立つものがないようで、ちょっとばかり可愛そうになってくる。

 

「千客万来だな」

 

六杯目のカレーを嚥下した達也の言葉に確かにと思っておく。

 

「ごめん。もしかしたらば、私が送ったメールで気付いたのかもしれない」

 

パーティーメールという一種の直近画像を取ることで、周囲の状況を簡易に伝えるものを送ってしまったという栞。

 

手を合わせながら謝罪の言葉に気にしなくていいと伝える。

 

女性陣が気にするべきなのは―――明日の体重計なのだから。(爆)

 

完全に余談ではあるのだが、息せき切り、遠坂邸にやってきた将輝君に対して深雪の開口一番は―――。

 

「何を想像していらっしゃったんですか一条さん?」

 

「し、司波さん!? ―――司波さんのミューズのような歌声に惹かれて俺はやってきたんです!!!」

 

「思春期男子が想像するあられもない姿ではなくて?」

 

「刹那―――!!!(泣)」

 

玄関先で、家主のようにニッコリ笑顔で対応する深雪(修羅)に取り繕ったことを言うからこうなってしまったのであって自分は悪くないと、玄関先での問答終わらせて、最終的には二人を招待することになるのだった。

 

何とか刹那のフォローで深雪の機嫌を取った将輝の前途は洋々ではないだろうなと、誰もが想いながら……魔法科高校の授業再開前の楽しい日々は終わっていくのである―――。

 

―――そして久々のB組の教室にて……。

 

 

「じーーーー」

 

緑眼に赤毛のマロ眉女子(迷探偵)に机にかぶりつくように見つめられるのだった。

 

横浜の影響はいまだに強く残っていることを苦笑してしまいながらも、ハロウィンパーティーの日は近づく……。

 

 



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第177話『1年B組ロマン先生』

なんだか本当に久々な気分でクラスでの授業を受けた刹那だが、未だに問題は解決されていない。

 

あの三高女子とのカレーパーティーから二日後の、ようやくの魔法科高校再開の日。

 

クラス内でも色々と目立つ人間である刹那は、入学初頭のごとく再びの注目の的となっていた。

 

B組の面子からの視線の理由はわかる。刹那の机の前にかじりつくかのようにこちらを見ている探偵の動作から、自ずとわかってしまうのだった。

 

「じーーーー」

 

「何やってるんだよ。探偵?」

 

「人間観察じーーーー」

 

口癖になっちゃってるよ。というツッコミすら野暮な麻呂眉のエイミィに、いい加減やめろと言っておく。

 

そして、エイミィの持っているだろう疑問に答えることにするのだった。

 

「お前が疑問及び聞きたいと思っていることは分かる。黄金の剣───『エクスカリバー』に関してだな?」

 

言葉を発した瞬間に、B組に一瞬の緊張が走る。

 

「そう! 桜町付近のシェルターからリーレイちゃんの祖父さん達を助けるために移動して、港付近に移動した私達は見たんだよ!! せっちゃんが、黄金の剣を構えて、戦国武者鎧を纏って巨大な狐を倒す所を!!」

 

随分と詳細に見られていたものだ。何かしらの遠隔魔法(遠見)を使っていたのだろうが……。

 

「で!? あれはエクスカリバーなの!? ブリテン島の伝説の王、アーサー・ペンドラゴンが振るっていた―――あの常勝不敗の剣!?」

 

「―――なわけないだろう。伝説を丸ごと信じるならば、アーサーが振るっていたエクスカリバーは、カムランの丘の戦いの後に、円卓の中でも忠節を司りし隻腕の騎士『ベディヴィエール』によって、湖の乙女『ニムェ』に返されたと伝わっているんだから」

 

ペラペラと神話伝承を諳んじれる刹那の姿に、エイミィは少しだけ気圧される。まさかそこまで詳細に語られると、エイミィも反論や疑問の言葉を出せなくなる。

 

「そ、そりゃそうだけど……」

 

流石に英国出身でもあるエイミィは、その手のことに明るい。ストーンヘンジを動かしたというバチ当たりではあるが、伝説や伝承に関して無知ではないようだ。

 

「ありゃその名前を冠しただけの『イミテーション』だよ。言うなればあらゆる創作物において『エクスカリバー』なんて名前の武器は存在している。

それと同じく、俺もあの黄金の剣を『エクスカリバー』と評しているだけさ」

 

「そうなの……? うん? そうなのかな? 納得いくようないかないような、なんだろうこの感覚……」

 

フラットな胸の前で腕を組んで唸るように考え込むエイミィ。

 

丸め込まれている感覚は否めないのだろう。

 

とはいえ実際、多くのファンタジーに関わらずSF……細分化していけばロボットSFなどでも、そういった神話伝承の武器は、『著作権』に捕らわれない自由な武器名として登録可能であり、多くの『エクスカリバー』が登場している。

 

他にもグングニル、ダインスレイフ、アロンダイトなど少しの変形を施した上で、『機動兵器』『巨大ロボット』の『武器』『武装』の名前とされてきたのだ。

 

「むぅ……それじゃせっちゃんは、そういった英雄の武器を作り出そうと努力しているってことなの?」

 

「そういうことだ。達也がCADの起動式にあれこれ手を加えるのと違って、俺は武器そのものを鍛造することに長じているのさ。

第一、アーサー王が『ビーム』を放ってピクト人の王や卑王ヴォーティガーンを倒していたとか、ロマンはあれども、『現実的じゃない』だろう?」

 

達也が未来に向かって邁進するのに対して―――刹那は過去に向かって遡ろうとしている。

 

そういう納得で一応は収まったようだ。しかしエイミィという探偵でも追求しきれないことがあった。

 

果たして遠坂刹那は、『本物のエクスカリバー』を見たことがあるのかどうか。そういったツッコミを入れるには、様々な創作物で『エクスカリバー』の『勝手な想像図』が巷にあふれているのだから……中々、そういった着想には至れなかった

 

「エイミィが、『本当』に聞きたいこと。俺がアーサー王かどうかということならば、答えはノーだ。エクスカリバーを使って肌が黒く、髪が白くなるなんて……アーサーのイメージじゃないだろ」

 

そして、自分のあれは一種の『代償』である。言うなればスレイ〇ーズにおけるギガ・ス〇イブを使った後のリナ・インバースみたいなもの―――という説明を付け加えるとエイミィは苦笑の嘆息をする。

 

「見抜かれていたか……なんか、せっちゃんの方が探偵っぽいなぁ」

 

その『推理』は完全に外れである。と宣言すると、目を閉じての嘆息で、それを受け入れるのであった。

 

「いつかは、ブラッキーが持つような『ちゃんとした黄金の剣』を作り出してみたいもんだよ」

 

「あれは『エクスキャリバー』じゃなかったかな……?」

 

会話にはまるチャンスを窺っていた十三束(トミー)が、頬を掻きながら、こちらに入ってきた。

 

「警備部隊で一時はマサキリトと同じチームだったんだっけ?」

 

「まぁね。一条くんから帰り間際のことは聞き及んでいるよ。出来れば、僕たちも呼んでほしかったなぁ……」

 

「そうよ! 遠坂!! あんた、三高女子に金沢カレーを作ってもらって家でカレーパーティーしていたとか、そんなビッグイベント―――アタシも食べたかったわよ!!」

 

『『『『リア充爆発しろ!!』』』』

 

十三束の言葉の後に、デカイリボン(今日は緑色)を頭に付けた桜小路がこちらを指差しながら吐いた言葉にB組一同大合唱。

 

「悪かった。ただ全員を俺とリーナの愛の巣に呼べるかよ。まぁ今度のハロウィン・パーティーでの料理で勘弁してくれ」

 

その言葉で、女子陣は少しだけ機嫌を直すも、そもそも多くの綺麗どころと遊んでいたということに、どうしても嫉妬心を燃やしてしまう男子勢とで完全に別れてしまうのだった。

 

「おまけに一条君からの、この画像。写真―――嫉妬ばかりだよおぉおお!!!」

 

「お、落ち着け十三束! やましい気持ちはたいして無い!」

 

「少しはあるってことかー!!」

 

最終的には十三束鋼までもがしっと団に入ってしまったことに狼狽してしまう。

 

ともあれ、基本的にB組は、そこまで恨みつらみを残さない所もある。

A組のように百舌谷教官によって意識付けられたエリート意識など無く、『ロマン』の影響なのか、水に流す事が多い。

 

「まぁアンタが基本的に気前のいい男だからね。最終的には、そうなっちゃうんでしょうね」

 

桜小路の少しだけ呆れるような言葉に、まぁそうだね。と返しておく。

 

ある意味では、ロマン先生には感謝しなければならない。

 

来年度からは、ノーリッジの方の講師職になってしまうことを考えれば、寂しいものもある。

 

少しだけセンチメンタルになっていたところに、特徴的な髪型(染めている)の男子が近づいてくる。

 

「それにしても、授業中もアレコレと考えられているご様子でしたな。一つ悩みを打ち明けるのも、これ即ち友情、ワンチームではござらんか? 遠坂殿?」

 

後藤。お前この前までどハマリしていた「英雄史大戦」の影響なのか、闇の人格(ファラオの魂)で通していた風だったってのに、まーたキャラ変したんかい。

 

内心でのみそんなツッコミをしつつ、B組が誇る『メタモルフォーゼ』後藤 狼の言葉に、ふむ。と想いつつ、この男の知恵を借りるのも一つかと考え直す。

 

柔軟なまでの『魔法特性』を活かした現代魔法の運用はなかなかのものであり、『ツボにはまれば』A組の準主力たる森崎も圧倒できるぐらいの力はあるのだった。

 

そんな柔軟な発想ができる後藤君に、かくかくしかじか。話すと―――。

 

気取った態度を取って愚問愚答と言わんばかりに後藤君は、「クックックッ」と笑い声を上げてくる。

 

似合わない限りの声の後に、そして後藤君の名案が提示される。

 

「ハロウィン・パーティーのメインイベントなど決まっているぜ! ハロウィンといえば『仮装』がメイン。

だが、仮装で真なる『美』が隠れてしまってはダメであろう。

着飾った美も時にはいいが、我々魔法師は本当の意味での美を―――拙者の審美眼を以て、優れた『美しき五人』を揃えて、非魔法師の人々に理解をしてもらう。

一種のイメージ戦略。帝国歌劇団の新設も同様なことを行う。題して――――」

 

後藤君の名案の締めくくり。タイトルコールに全員が固唾を飲むなか……。

 

「――――五等分(後藤分)の花嫁。とかクソつまんないこと言ったらグーだけど?」

 

桜小路紅葉(あかは)による最大級のネタつぶしが行われたことで、後藤君は石化を果たす。

 

そして、その石化後藤にヒビが入ったイメージを幻視。

 

石化後藤は『うごくせきぞう』に進化を果たし、B組の自動ドア近くまで動き開け放ち―――少しだけ出たあとには……。

 

「桜小路殿のアホ―――――ッッッ!!!」

 

ドップラー効果で涙を流したままに走り抜ける後藤君を、見送らざるをえなかった。

 

「「「「ご、後藤クーーーーン!!!」」」」

 

誰もがB組きっての面白キャラの『再起不能』(リタイア)に涙を流す。

 

負けるな後藤。耐えろ後藤。恥じるな後藤。

 

その案は、一条将輝も出して深雪から冷視線を受けたネタなのだ。あの瞬間のお前は、一条将輝に匹敵していたのだ!(不名誉)

 

「ちょっと可哀想じゃないかなー?」

 

「あのね。ミスコンテスト、ミスターコンテストなんて、実につまんなすぎでしょうが。これだったらば英雄史大戦の英雄応募の方が、いいわよ」

 

そうだね。二人共エントリーされる可能性は皆無だもんね。

 

エイミィと桜小路の会話に、そんな風に内心でのみ思いながら、果たしてどうしたものかと思っていると、何とも気楽な調子でB組の担任が、大型のヘッドホンを耳に当てながら入ってきた。

 

「いやぁヒメはいいねぇ。この言いたいことも言えないこんな世の中に差し込んだ一筋の光だよ」

 

そう言えば、2090年代の流行りとも言えるCGドール。自分の生きていた時代にあるバーチャルユーチューバー。Vtuberの進化系とも『先祖返り』とも言えるものが、この世界でも流行っている。

 

刹那の生きていた時代ではないが、兄弟子たちの時代では『VOCALOID』という電子音声、もちろん音元はプロ歌手や声優から抽出したものを使って歌わせるものがあったそうである。

 

特にカウレス兄さんは――――。

 

『俺の作り出したフランケンシュタイン少女のVOCALOID、フランちゃんは、キミの国が代表するジャパニメーション『マクロスプラス』の『シャロン・アップル』なみの『自我』を獲得したんだ!!

これを使って―――アカシック・レコードの旋律に至るぞ!! 鳴り響け俺のメロス!!』

 

完全に封印指定ものですねという言葉を掛けたが、寮の部屋の中で興奮しきりの眼鏡男子の手伝いをしながら、どうなるやらと思っていたのだが……。

 

(結局、フランちゃんは、カウレスさんの為だけにしか歌えない。悲しきフランケンシュタインの怪物となってしまったとさ)

 

そんなことを思い出して……一つのピースが嵌る。そして―――。

 

『歌というものは、全ての人類に許された『魔術』の一つだ。いや、魔術というのは烏滸がましいな。もはやこれは『魔法』だよ。

では―――ツバキ。歌とは何だか分かるかね?』

 

『はい。ええと主観はいろいろあると思いますけど、声、つまり空気の振動によってリズムとメロディーを取る『芸術』じゃないでしょうか。もちろんベートーヴェンが晩年には、耳が聞こえなくなっても作曲を続けて、世紀の名曲『第九』を作り上げたことを考えても―――』

 

『歌とは、即ち文化。文化の力は、国を、民族を、時代を超えて―――世界を振動させる。揺り動かすものだ。

我々が恒常的に使う呪文とて………』

 

仏頂面の講師が進めるエルメロイ教室でのレッスン。それを思い出した。

 

そして、次いで見える場面。時計塔の中庭の草むらの中で、ホワイトアルバムという『ポップソング』を歌い上げる銀髪の姉貴分。その周囲で楽器を弾き鳴らす人々の姿……。

 

その時、パズルが嵌った想いだ。

 

「ところで、後藤が飛び出していったんだけど、何があったんだい?」

 

「はいセンセー。アカハちゃんが、後藤君をいじめましたー」

 

「エイミィイイイイ!! 事実は事実だけど、そういう言い方はどうなんだー!?」

 

「ダメだよ桜小路。我がB組は、一高の中でもキャラが濃ゆくて、押しの強い、面白い連中が多いと職員室で話題なんだから、その繋がりは大事にしようね」

 

「失礼な!」「人を色物芸人みたいに評して!!」「とんだ風評被害でござるー!!」

 

いつの間にか戻ってきた後藤の最後のエールを以て、B組は、そういう連中の巣窟と認定されるのだった。

 

「イギリス帰りの迷探偵、レッドリボン軍総帥、フルメタル・ショタ、鏡像魔神ゴトウライドウ……確かに、言い得て妙だな」

 

「さり気に自分とリーナを除くな! あんたらがこのB組の中核の砂糖製造バカッ……―――あれ? そう言えば先程からリーナの姿が見えないわね? ………飽きられたの?」

 

面白そうな悪戯っぽい笑みを浮かべて、挑発してくるレッドリボン軍総帥を睥睨しつつ事実を語る。

 

「ほほう。中々に笑える冗談を言ってくれるなぁ。レッド総帥―――もう帰りのホームルームだけだからな。先に生徒会に行ってもらってるんだよ」

 

移動教室の後に深雪がやってきて、どちらかヘルプミーと言っていたので、送り出したのである。

 

「ほっほう。オアツイですなー♪ 夕日以上の熱さでヤケドしちゃいそうDAZE☆」

 

オヤジかと言わんばかりに、自分のデコをぺちんと叩くエイミィにげんなりしつつ、本日のまとめをロマン先生からいただく。

 

「そう。刹那とアンジェリーナを筆頭に、このクラスは変な意味で、男女の区別なく『団結力』がある。

ゆえにB組は――――『ちんちんかもかも』ということだ!」

 

瞬間、B組生徒全員からの信頼度が激下がりする1年B組ロマン先生。

 

無言で帰宅準備が行われ、ちょっぱやで出る皆を前に、夕日が沈む教室に一人残るロマン先生の眼からは涙が溢れるのだった……。

 

「それで、妙案は思いついたの?」

 

「ああ、『Let It Be』ただ。『それ』だけだったのさ」

 

答えなど最初から出ていたのだ。

 

かつての魔法師―――それ以前の魔術師、神代の『魔術師』(まほうつかい)たちから失われたものは、人と人を繋ぐことを忘れさせた。

 

CADは確かに便利な道具だ。だが、それがもたらした『災厄』は、人類の分断を呼んだ。

 

結論だけを打ち出す機械が、過程があることを、全ての人に何一つ教えていない。それがディスコミュニケーションを作り出し、すれ違いを発生させる。

 

―――理解を求めるならば、『口』を開かなければならない。沈黙を破り、心の壁(しょうへき)を超えて、相手の心に届けなければならない―――。

 

エルメロイ先生の言葉が、刹那の頭の中で再生された。それは止めたくても止められなかった人を知っているがゆえの後悔。

 

死なせたくないのに死なせてしまった人を持つからこその言葉だった。

 

「己の言葉を届ける術を、例え口頭で示せなくても、自分たちは思い返すべきなんだよな」

 

独り言は無人の廊下に吸い込まれた。先程まで一緒にいた桜小路と別れて、生徒会室に入ると……。

 

「セツナ、プランは出来た?」

 

「細かな詰めはまだあるが、とりあえず俺の提案するメインイベントの主題は決まった」

 

一番手前にいたリーナが、腕を取りながら回るように、こちらの顔を見上げながら聞いてきた。

 

「それは―――?」

 

一番奥にいたビッグボス(なりは小さい)にも、直視するように見つめられ、その眼を逸らさずに、口を開く。

 

「ボス、我々はいうなれば『力あるマイノリティ』です。しかし現状をそのままに受け入れていては、未来は明るくありません。

このイベントは、今回のことで魔法師というものに恐怖を覚えた人に対する理解を求めることでもあります―――即ち―――同じ文化に理解を示す『人間』であることを示す。分断を回避する術は――――『歌』にあります。

我が一高が誇る歌うたい十三使徒を招集してコンサートを開くのです!!」

 



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第178話『愛・おぼえていますか』

現在。美少女と野獣を再読中……なんでこんないい子がレオのヒロインに収まらないのだろう。

そんな気分。

あんまり関係ない話だがバビロニアで現在、鈴村さんと真綾さんが夫婦で共演中。

劣等生が始まれば、寺島さんと佐藤聡美(さとさと)さんとが夫婦で共演となる。

文庫版ではユキ、暗殺計画ではユウキに代ってしまったウサミンの声は、活発系の役のさとさとさんでフィーチャーしたい。

そう思いながら、新話お送りします。


魔法科高校再開一日目にしてこの発言。

 

だが、しかし聞けば聞くほどに中々に面白いものである。確かに、この学校の魔法師達は、古式魔法師のように『呪文』という『声』を使わない面子が多いが、宝の持ち腐れよろしく、現代魔法師の大半に『いい声』の持ち主が多い。

 

21世紀初期―――およそ2020年ぐらいまでに『一世を風靡したボイスアクター』に似た声の人間が多いのだ。

 

……考えれば考えるほどにメタい発言な気がするが、気にしてはいけない。

 

 

「なるほど。けれど私達が出来るのはアマチュアのコピーバンド程度でしょう。それがメインでいいんでしょうか?」

 

「古式に則り言わせてもらいましょうボス。

―――熱いハートを叩きつける。それが歌だ!!」

 

結局、その言葉で採決となってしまった。

 

流石にその『名言』を吐かれては逆らえない。しかし、この第一高校の多目的ステージなどは、そこいらの大学よりも豪勢なものがあり、何かに使えることは間違いなかった。

 

というか使いたくても使えなかったところに、これなのだ。

 

「私、遠坂刹那が独断と偏見と持ち歌の数で厳選した、歌うたい13使徒たちに協力を申し出ましょう。

ぶっちゃけブラスバンド部とか無いんですからね。響かないユーフォニアムですよ」

 

「でしたねー……で呼び出す面子は?」

 

お茶を啜ってから、その面子を問うた中条会長に、刹那は面子の名前を諳んじて言っていく。

 

40分後……様々な連絡手段を以て生徒会室にやってきた人間たちは少しだけ、何の用事なのかを問いただす。

 

特に剣術部の桐原武明は、食って掛かる調子だったのだが、すでに引退した身とは言え先輩である『杉田』の制止でなんとか留まる。

 

なんだか『ステレオ』な会話だが、ともあれ集められた面子は、かくかくしかじか、まるまるうまうま。ということを説明されて、面白そうな顔をするもの、少しだけ戸惑うものとで別れる。

 

だが、決して『嫌がっている』人間はいなかった。

 

「なるほど、つまりこの俺のフェロ☆メンなボイスで、居並ぶ女子たちをメロメロにしろということだな」

 

『『『『存分にどうぞ』』』』

 

「会頭という重責から開放されたのか、最近の十文字君ヘンよ!?」

 

きっと今までは、髪を染めてでも元帥職を全うしていたおかき大好き海兵みたいなものだったのだろう。

 

舞台度胸は満点。恐らく収容人数がすごくても彼のボイスは狂わない。

 

アトベ様ボイスなど、様々な声音を操る第一高校の顔役『十文字克人』

 

「俺、今回だけとはいえ臨時の風紀委員になっちまってるんだぜ。やること多すぎないか?」

 

「ミュージックステージそのものはラストだ。そして山岳部で出し物がないことは分かってるぞ?」

 

気のない嘆息顔をする克人と同じく厳つい系のボーイ。

その割には、ボイスはとんでもなくいいものを持つ男。

伝説的ボイスアクター『T・T』(ティーツー)が担当した曲ならば、完璧に歌い上げるゲルマンボイス『西城レオンハルト』

 

「まさか私が選ばれるなんて―――若干、思っていたわ」

 

「頑張ってください。剣道小町からアイドル閃光小町にクラスチェンジですよ」

 

「ありがとうというのが正しいのかどうか分からない激励どうも、司波君」

 

様々なアニメのタイアップ曲を歌い上げることで知られているボイスアクター『遥ちゃん』(命名 アジア先輩)の声に似ている…電○文庫ヒロインの顔役『アスナ』の心にも近づける『壬生紗耶香』

彼女の自信満々な顔に大丈夫かなとも感じるも、そもそも全国大会で気勢を吐いて戦ってきた女子なのだ。舞台(イタ)を踏んできた数は、この中で一番高いだろう。

 

「壬生だけではなく俺と杉田先輩を呼んだのは……」

 

「あっ。2人はイロモノ枠です。伝説のボイスアクター『S・T』さんのように宜しくおねがいします」

 

「中条―――!!! 俺の美声にバス車内で酔いしれていたお前はいずこに!?」

 

「ただ単に気持ち悪かっただけです♪」(ニッコリ)

 

武明、ちゃんと歌いなさい。の真相が暴露されてしまうも、そもそも『ちゃんと歌えば』悪くない歌声なのに、なぜか選曲がアレ過ぎるのだ。

もっと言えば、『安定』してきた頃の『S・T』さんの曲ばかりになるからダメなのだ

 

そんな風に思いながらも、選曲はおまかせします。とだけ言って桐原+杉田。ユニット名は『きす』か『木の名前』同志なので『きず』『うっず』などはどうかと提案するのだった。

 

返事は洞爺湖と書かれた木刀による『絶妙な手加減』がされたツッコミである。解せぬ。

 

「で、私と深雪も出るの!?」

 

「生徒会代表も出さんといけないだろうが、まぁ無理強いは出来ない」

 

「やります!! 達也さん見て聞いていてください!! 私がアナタの翼になってみせます」

 

「あ、ああ……そこで軍師扇を口元に当てて『ちょろっ』とでも言わんばかりの悪い笑みを浮かべている刹那がいなければ、素直に嬉しかったんだがな―――深雪も出るのか?」

 

光井ほのかの参戦はともかくとして、あまり『衆目』に晒すのはマズイと思った達也が妹に問い掛ける。

 

「リーナがパレードで、何かしらの『変装』を施してくれるならば問題ないかと、出来る?」

 

「ノープロブレム。ポンポコたぬきなヨロイムシャ(鎧武者)にケモミミ(ライオン)なアーチャーまでバッチリよ」

 

「もう少し普通のでお願いします……本当に!! 悪堕ち(オルタ化)とかも結構なので!!」

 

「oh……Yes」

 

念押しするかのようにリーナの肩を『がしっ』と掴んで、未知のスタンド攻撃を受ける前触れのようなBGMと共に、リーナの表情を若干強張らせるのだった。

 

「で、僕まで出そうってのはどうなんだい? 教職員枠とか必要なのかい?」

 

「いえ、ただ単に面白そうだったので、ロマン先生には『ミトコンドリア』でも歌ってもらいます」

 

「選曲を狭められた!!! ちょいレオナルドも何か言って―――」

 

「舞台演出は、私が責任を持って全てを行おう。その上で個人での『トリ』は私が務めよう。安心したまえ。この万能の天才が、ショーアップされたステージを作るということの意味を、万感の意を持って教えてあげようではないか!!」

 

クレイジーメイガスにしてクレイジーアーティストである、オンナのような男が叫ぶ。

 

正体を知っている連中は、その芸術性の発露に驚愕する。具体的には監獄○園をアニメ化した連中のようなクレイジーが炸裂するだろうか?

 

「まぁ映像機器の大半を利用すれば、そこまで大掛かりにはならないだろうね。CGの進化はホログラフィの進化だからね」

 

当日のトリを務めながらも、演出担当まで行うダ・ヴィンチちゃんに誰もが頭を高くは出来ない。

 

ただ一人を除いて……。

 

「なにぃ!? それじゃキミが、USNAの音楽チャートや動画共有サイトでNo.1ヒットを飛ばしたCGドール『MAAYA』の『素材』なのか!?

ヒドイじゃないかレオナルド!

現実にいたらば、ヒメ以上に僕は『結婚』を申し込みたいぐらいだったのに!!」

 

そういうのは『本当』に『現実』でやってくれと言いたくなる、ロマン先生の言葉。

 

ともあれCGドールというのは、かつてのVtuberともまた違う要素がある。

 

Vtuberの容姿は完全な人工によるモデリングだが、CGドールのモデリングは、若干ながら『本人』を模していることもある。

『素材』という俗語で言われて、実際『中の人』というのは、限りなくそれ(ドール)に近いものもあるとか。

 

実際、ドールのモデリングは著作権の一種で芸能プロダクションのものというのが通例であり、仮にそれ以外でリブートデビューすることは『ダブル・スタイル』。

 

通称『ダブスタ』と言われ、熱心なファンには見透かされて即炎上。そういうこともままある。

 

「流星の如く現れて、落星のごとく消え去った私―――当初はアビゲイルの『お遊び』程度だったんだが、まぁキミの心を揺り動かすとはね。悪かったよ『ロマニ』」

 

そんな訳でCGドール『MAAYA』の中の人たるダ・ヴィンチちゃんは、ロマンの肩を叩いて謝るのであった。

 

復活を遂げるCGドール『MAAYA』のライブという箔付けは、流すべきかどうか……。

 

「その辺りの情報工作は俺に任せとけ。匂わせる程度でも興味を持つようにしておく」

 

「お前にとっての懸念たる『不逞の輩』が跋扈するぞ?」

 

その言葉を受けて、珍しく司波達也は笑みを浮かべる。まるで達観したようなその笑みの意味は……。

 

「―――俺も聴いているんだよ。『MAAYA』の歌は」

 

「お前もかよ」

 

思わず手でツッコミを入れざるをえない達也の告白だったが、これにて歌うたい13使徒の概要は決まった。

 

実際に13人いるわけではないが、これだけのビッグな面子。ネームバリューもとんでもない奴らばかり、最後の大トリでは、全員で『ウィーアーザワールド』を歌うかのように、『あの曲』を歌う。

 

実に完璧な布陣だ。失敗のビジョンなど何一つ無い。

 

当日は世界のポップスターたちの英霊を呼び寄せんばかりの――――。

 

「チョット待ちなさい! セツナ!! 何でその歌うたい13使徒の中に、ワタシを含めないで終わらせようとするのよ!?」

 

そんな刹那の内心の興奮を断ち切るように、ツインのロールを逆立たせんばかりに、腕を振り回して胸を叩いてくるリーナに仰天する。

 

「いや、今回はあれだよ。日本の魔法師たちのイメージ向上もあるから、俺やお前は裏方で頑張ろうぜ。ほら、伝説のレスポールも用意してあるから」

 

「ワタシのギターリフはヴォーカル込みでのものなのよ―――!!」

 

文句を言うかのように、ギャイーン!! と弦をピックで弾いて軽快な音を立てるリーナに対して中条会長は。

 

「別に構いませんよ。確かに出身地は違えど一高の生徒じゃないですか。むしろリーナさんがメインを張らなくてどうするんですか?」

 

そんな仏の笑顔(小動物系)で、ゴーサインを出すのだった。

 

「確かにな。何か出したくない理由でもあるのか?」

 

鋭い達也の指摘に、刹那としては何とも答えづらい。

 

なんせリーナの歌唱力は、本当に現代魔法師としては宝の持ち腐れなのだ。

 

そんなわけでーーー

 

「多分だけど、あんまり自分の彼女を衆目に晒したくないとか、そういう理由じゃないかな? もしくは芸能界へのスカウトが多くなるとか?」

 

「なんで分かったんすか壬生先輩?」

 

「女の勘―――なんてもんじゃないわよ。私も、中学で全国行った後は、芸能関係者のスカウトが多かったからね」

 

学生スポーツの本道としては外れではあるが、将来有望なスポーツ選手というのは、『後々』にはコメンテーター、解説役などでテレビに出ることもある。

 

あまりにも青田買いすぎるが、ビジュアルが優れているならば、それ以外の道もあっただろう。そして全国一位の剣客小町よりも全国二位の剣道小町にそれは集まるのだった。

 

「そういうことならばシカタナイわね。今回は出演を見送るワ」

 

「「「「えええ〜〜〜………」」」」

 

生徒会室にいた面子から大ブーイング。さもありなん。こればかりは、こちらの我を通せるものではなかったのだ。

 

顔を赤くしながら『独占欲丸出し』の刹那にもたれかかるリーナの行動は、全員の顰蹙を買ってしまう。

 

一番の加害者は刹那なわけで、達也はフォローをする。

 

「確かに、リーナの歌声とビジュアルは、アメリカのポップスターにも匹敵するものはあるだろう。

レディー・ガガ、テイラー・スウィフト、ブリトニー・スピアーズ、アリアナ・グランデ、セレーナ・ゴメス……2010年代からその後まで語り継がれる彼女たちと同じものはある。

そんなリーナの歌声を独占するのは、どうなんだ?」

 

「うぐっ――――わーったよ。まぁこんなムチャ通せるわけがないとは分かっていたんだよ……」

 

「それでも引き止めてくれたのはスゴク嬉しいわ。愛されているっていうジッカンが湧いたもの」

 

不貞腐れるような刹那に対して、喜色満面で抱きつくリーナ。

 

これが愛か。むしろ一度は反対するぐらいの方が、『愛されている』という感覚が沸き上がる―――というのを女子陣は理解したようだ。

 

「愛ゆえの行動ね」

 

「真由美先輩の『兄貴』から『変なこと』聴いていなければ、そうはしませんでしたよ」

 

刹那の半眼での言葉にオブザーバーとして出ていた前・会長は、苦笑いあるのみだった。

 

十文字も『話』だけは聞いていたらしく、苦笑いをしていた。

 

達也としては七草家が、『歌の力』で魔法師社会を征服するつもりなのか? と少しだけ阿呆なことを考えていると……。

 

「我が主の奥方であるリーナが舞台(イタ)を踏むならば、私は侍女として、否―――『でゅえっと』の相手として声を震わせましょう!!!」

 

魔力の節約のために小さな身体となっていた『お虎』は、壬生先輩の千鳥の背中で遊覧飛行をしていたのだが、面白いことの匂いを嗅ぎつけてやってきたようだ。

 

伝説の紅白歌手(?)の参戦に、何か色々とカオスな様相を見せていく……。

 

とりあえず心配すべきことは……。

 

「……『ノイズ』の出現には注意しなければな」

 

「現代の高度なデジタルミュージックに、そんなもの発生するのか?」

 

「俺のボケが、お前に通じないとはな」

 

実を言うと分かっていてスルーした刹那ではあるのだが、ともあれステージの準備は進んでいく。

 

その裏の世界情勢では……不穏なものを孕みつつ……。

 

 

国立魔法大学附属第一高校のハロウィンパーティの日。

 

どのニュースサイト、電子ニュースにて大中華(ダイチュンファ)内戦勃発という見出しが踊りながらも滞りなく、全ての人間にとって待ち望んだ『祭』は開始されるのだった。

 

 

 



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第179話『プレリュード・ファンタズム』

何気なく。というかあるFateマッドムービーを見ていたせいか、めぐさんのブギーナイトが聞きたくなってしまった。

ああ、あの頃エアチェックしていた時代に比べれば、何と便利になったものだ。(爆)

遂にアトランティスも実装されそうな日に新話お届けします。


「へぇ〜んじゃ桂木は、『魔法大学附属』の『祭』に行くのか?」

 

「うん。バイト先の常連さんから優先チケットもらっちゃったしな。使わなきゃ貰った甲斐がないじゃない」

 

 金曜の放課後。ラ・フォンティーヌ・ド・ムーサ女学院という長ったらしいフランス語と日本語が合体した学校にて、緑色のツインテール少女は、気怠げな眼をして話し言葉もどこかダルそうなダウナー系同級生と話し合う。

 

「意中の男でもいるのかー?」

 

「いや、いないわよ。ムカつく男子はいるけども」

 

「クララちゃんも良かったら行かない?」

 

「いくぜー。魔法使いが、真なる意味で美的センスがあるかどうか知りたいからな。興味津々だ」

 

 千鍵の嘆息気味の言葉の後に、ひびきはすかさず何枚か貰っていた予備チケットで誘うと、予想外に食いつく栗枝クララという桃色髪の少女。

 

 理由を思わず尋ねる……。

 

「見たい作品があるのさ。美術部の展覧会があれば、それを見てみたいんだぜ」

 

 意外な目的意識に少しだけ面食らうも、まぁ行きたい人間を無碍にする訳にも行かない。

 

 チケットはもう一枚あるのだが、いつもの面子の一人は、家族旅行があると聞いているわけで……。

 

「あっ、ユキちゃーん!!」

 

 気付いたひびきが、少し遠くにいる同級生を呼んでいた。

 前髪で額を隠して、襟足だけは長くしたショートの女の子。

 

 少し前の『小和村 真紀』の髪型をしていた『美少女』がやってきた。

 

「ビッキー、何度言えば分かるのよー? あたしは宇佐美 夕姫(ユウキ)

 ちょっとだけイントネーション違うよ」

 

「あれ? けど『前』はそうじゃなかったっけ?」

 

「アタシも、そんな記憶があるんだけど?」

 

「私もだぜ。宇佐美の名前はユキだった気がする」

 

 そこまで間違えやすいかぁ。と少しだけ苦笑するユウキ。

 ともあれ、自分の名前は『ユウキ』であるとして、訂正はしておきながら、何で呼びかけられたかを尋ねる。

 

 放課後のラ・フォンの教室にて集う美少女四人。

 

 そこにて言われたことに、少しだけ宇佐見 夕姫は、何とも言えない顔をする。

 

「魔法大学付属の学園祭かぁ……行ってみたいような。行きたくないような」

 

 魔法科高校にいる者たちが知ってるか知らぬかはともかくとして、学外の、特に他の高校生たちというのは、『魔法科高校』とは普通は呼ばない。

 

 一般的な呼称としては、『魔法大学付属』というのがフォーマルなのだ。

 

「セレスアートでの『仕事』の方はいいのか?」

 

「そちらは大丈夫―――まぁいいかな。誘ってくれてるのに無下には出来ないよ」

 

 最終的には仕事もないのに友人の誘いを断るのもアレだなと考えて、着いていくことにするのだった。

 

「友情に篤い友人でアタシは泣けてくるよ―。よかったな桂木。チケット捌けたぜ♪」

 

「別にノルマとかないし、いざとなれば姉貴に渡していたから」

 

 クララの言葉に少しだけ険悪に返す千鍵。

 その言葉で特に『裏』が無かったことに、ユウキは少しだけ安堵する。

 

 ともあれユウキとしても少しだけ思う。もしも少しだけ、神様が『茶目っ気』を出していなければ、自分はここにおらず。

 

 魔法大学付属にいたかもしれないことを。

 

 別に魔法師になりたいわけではない。ただ、そういったものを見て自分なりに何かのケジメが着けばいいかな。というセンチメンタルはあるのであった。

 

「んじゃ明日、朝10時ぐらいに最寄り駅に集合な」

 

 祭の参加者たちは、徐々に揃う。

 

 

 そして祭の主催者たちは……。

 

 絶賛迷っていた。いや、それは正確ではない。

 

 正確に言えば、2人ほどが未だに衣装に関して悩んでいたのだ。

 

 いよいよ明日に迫った日に至るまで、八面六臂の活躍で以て、祭りの実行委員として動いていた恋人たちは。

 

 西に仲違いあれば、それを仲裁しに行き、東に料理に関する質問があれば、それを解決しに行き―――。

 

 戻ってくると同時に、お互いを慰労し合うように一時の口吻を交わしてから、再び北に資料搬入の不具合でヘルプに赴き、南に提出しなければならない資料の不備を何とかしに行き……再び中央である生徒会室に戻ってくると同時に口吻をしていく。

 

 そんな彼氏彼女の事情な日常を越えて、いよいよ明日、本番という段になって、恐ろしいことを思い返していた。

 

「自分たちのコスプレ衣装を全く考えていなかった……」

 

「イザとなれば、インストールで何とかなるかもしれないけど、フゼイがないわよねー」

 

 数日前までは賑やかすぎた夕飯の時間帯において、干物と味噌汁、ついでに言えば青菜のおひたしと、大根ご飯。

 

 何とも純和風の食卓において、家の人間2人は少しだけ憂鬱を覚える。

 

「エイミィは英国探偵の衣装(シャーロキアン)。桜小路はオーソドックスに魔女(ウィッチ)コス」

 

「ハガネは少年探偵『利根川アラン』、ゴトウは悪魔超人サン○ャイン……一人だけ世界観がアナザーだわ」

 

 後藤君を理解するには時間がかかる。刹那はなぜだか知らないが、両方の刻印(両親)から『後藤君とはこういう存在だ』と囁かれているのだ。

 

 なんでさ。

 

「皆してハロウィンだな。他の面子も色々らしいからな」

 

 別に目立ちたいわけではないが、これでもハロウィンの本拠地(ブリテン島)に腰を据えていたのだ。

 

 他と同じコスプレというのは、ちょっとアレである。

 

「そういや深雪も魔女コスと聞いたな」

 

「もしくは女神衣装(ヴィーナス)とも聞いているわ」

 

 前者であれば桜小路は何とも目立たない。後者は、全校が大騒ぎになるほどに目立ちまくり。

 

 まぁ、彼女の絶対君主っぷりは、もはや閣下と呼ばざるを得ない。

 

 いっそのこと第三の選択肢として、白塗りの顔に赤いフェイスライン。ワックスで逆立たせた髪……。

 

『ブワーハッハッハ!! 吾輩、地獄より舞い戻った折に、この少女の肉体を借り受けたのであーる。 貴様も氷人形にしてやろうかー!!』

 

((これはこれでイケル―――))

 

 2人に天啓が走る。だがその瞬間、2人の端末が鳴り響き、メールメッセージが受信される。

 

 同時に合わせるように開くと……。

 

『お兄様が『悪魔のような格好』を為されるので、私は女神か天使のようなコスで行きます。

 もちろん、デーモン閣下のような格好はしないので悪しからず(死)』

 

「「(死)って何()―――!!!???」」

 

 恐ろしすぎるメールの前に恐怖が倍増。ともあれ二人して真面目に考えることに。

 

 氷人形にはなりたくないからね。

 

「言っちゃなんだが、何か皆似たりよったりだよな。後藤みたいな着ぐるみ系も、何人かはするらしいからな」

「うーんメニー悩むわ。セツナは何か……ワタシにしてほしいコスプレとかないの?

 バニーガールとか、ディアンドル衣装とかでもいいわよ?」

「―――そういうのは俺と二人っきりの時にみせて」

「―――Yes my steady♪」

 

 そんな風な見つめ合いの会話をしながらも、食事は終わり―――。

 

 

 ここまで出ていない案となると、そこまで多くない。

 

 いっそ2090年代としては、一周回って珍しいだろう魔術協会制服……通称ハリー・○ッター服、ホグワーツ服でもいいかもしれない。

 

 などと考えていると、自分のハニーミルクと刹那の紅茶を持ってきてくれたリーナに感謝する。

 

 居間にて穏やかな時間を過ごしつつ、肩に乗っかる重みが少しだけ嬉しい。

 

 しかし悩みは解決されない。

 

「何かリクエストはある?」

 

「……あるんだけど、言えばセツナ怒っちゃうかも」

 

「何のコスプレをしたいんだよ……?」

 

 正直言えば、刹那としてはリーナの希望はなるたけ叶えてきた。寧ろ、彼女のお願いならば何でも聞くぐらいだったが……。

 

 そんな自分の神経を逆なでする案件。今までのことから察するに……。

 

「英雄アルトリアのコスプレか……」

 

「な、なんでワカッタの!?」

 

「俺があの英雄に対して、ナーバスになっている時があったからな。君にも当たっちまったことを思い出したんだよ」

 

「イイのよ。アレはワタシも悪かったんだし、お義父さんの元カノなんて、息子としては微妙なキモチよね」

 

 だがこの日本に来てから、ある人間関係を目の当たりにしてしまったがゆえに、自分としてもその辺りは区切りをつけていかなければならない。

 

 でなければ、七草先輩に申し訳が立たない。自分は他人の家をある種、引っ掻き回しておいて、これでは……。

 

「分かったよ。本格的な『ナイツドレス』というのは、中々に無いだろうからな。

 そっちの路線で行こう」

 

「アリガトウ。セツナ……♪」

 

 パレードを必死で習ったのは、プラズマリーナの一件で『魔法少女はもうカンベンよ!』とか言っていたが、こういう時には、自分のしたい仮装を言うあたり、リーナの心の奥底には、変身願望があるのではないかと思う。

 

 首に巻き付くように抱きつくリーナが、面白がるように更に注文をしてくる。

 

「もちろんセツナも、ナイトな姿になるのよネ?」

「君一人だけレディ・アルトリアというのも間尺が悪いだろ」

 

 親父―――無銘の英雄のような赤原礼装など着ても、何なのかすら分かるまい。まぁ『親父の遺品』と紹介するのも悪くはないかもしれないが……。

 

 などと刹那が黙考している中、リーナとしては目論見が当たったことで、少しだけ安堵する。

 

 実を言えば、この英雄アルトリアの衣装というのは、B組全体の要請でもあったのだ。

 

 あの横浜事変において、英霊アルトリアの『シャドウ』(影法師)を見た人間たちは、その正体こそ分からないが、その騎士の姿に『幻想』を見ていた。

 

『眼』のいいものは、それ以外の『もの』も見ていたわけだが……ともあれ、B組の……特にエイミィの要求が通ったことは、いいものだ。

 

 髪色に関しては、ウィッグでもパレードでも構わないだろう。むしろいつもリーナの髪を弄ったり、髪型を変えたりしてくれている刹那(ステディ)の髪を弄れるなど、なんて甘美なことであろうと内心での欲望に浸っていると……。

 

「マスター! この『カゲトラギア』とかいう『絵物語』の衣装がいいです! 個人的には蒼タイツのTSURUGIがイイですね!!!」

 

「髪色的には、こっちのトリガーハッピーの方が良くないか?」

 

「飛び道具持ちなど性に合いません。飛び道具をツルギで打ち破ってこそ―――おや、リーナ? そんな『てっぽう』(トラフグ)のように膨れてどうしましたか?」

 

「な、なんでもないわー『カゲトラ』。当日は、そのスマイルギャングな歌声でヨロシクオネガイするわねー」

 

 居間にいきなり現れたカゲトラ。普段であれば霊体化するなり、『小人化』させているのだが、家にいるときぐらいは普通の人間と同じくさせておきたいということで、魔力循環を弄って『場』を整えていたりする。

 

 そんな『お虎』は、部屋に籠もってTV版 戦姫絶唱カゲトラギアをGXまで視聴していたようである。

 

 完全にランサーから『シェルター』に変わったこのサーヴァントに対して……。

 

(このTSURUGI、空気(ムード)読めてない!!)

 

 あのままの勢いで、『なんか』いたしたかったリーナの意気を挫いたお虎。そんなリーナの思惑に気付いたのか刹那も苦笑しながら―――遠坂家の夜は更けていくのであった……。

 

 † † † †

 

「「えーーー!! ハロウィン・パーティー行っちゃダメとか横暴―――!!」」

 

「この受験の大切な時期に、遊びに出かけるなんてどうするのよ。主席と次席―――狙っているんでしょ?」

 

 似たような顔。似たような姿だが、髪型と言動の違いで何とか認識出来る―――他人ならばともかく、自分は間違えない。そんな自負で2人の中学生の妹に言っておく。

 

「第一、この時期に追い込みを掛けている全ての受験生たちに、申し訳が立たないと想わないの?」

 

「まぁ来年の一高は激戦区だとは聞いていますけど、だとしても『現代魔法師』の枠では―――その、口幅ったいですけど安牌ですし」

 

 ニューエイジ・ビッグバン―――『古くも新しき時代を告げる鐘の音』と称される一高改革の一端は、多くの魔法科高校にも波及していた。

 

 即ち、今までは『弾いていた』BS魔法の使い手、古式魔法師……一芸にだけ長けているような存在まで入れるということが、門戸を広くしていた。

 

 しかし、現代魔法師の枠……一科の方は広がっておらず、完全に『二科改革』となっていたのだ。

 

 もちろん現代魔法師としてオーソライズされた『古式魔法師』たちの中には、一科レベルに達していても『ノーリッジ・エルメロイ』(現代魔術科)に入ることを望むものもいるという。

 

 小屋を貸して母屋を乗っ取られる……そういうことも考えられているのが、現状の魔法科高校なのだった。

 

(そういう考えが、いずれは遠坂刹那やレオナルド・アーキマン改め、レオナルド・ダ・ヴィンチの後塵を拝する原因になると思うのだけどね)

 

 と、直に大学生になる身である真由美が言ったところで、実感など湧かないだろうから、そこは言わないでおいた。

 

 若い人間にとって見えるものなど『いま』だけなのだから。

 

 そうでない人間を何人か知っている真由美としては、妹2人にも同じ視点を持ってもらいたいのだが。

 

「けれど克人さんステージで歌うんでしょ? それと刹那先輩の料理……一度ぐらいは出来たてを食べてみたいよ……」

 

「香澄ちゃん。食い意地張りすぎですよ。お姉さまの言うことが正しいならば、一高に入学。

 いずれ選出されるだろう九校戦や他のイベントでも食べられますとも! そうだと分かっていても、一度は一高がどんなものか知ることも、重要なのでは?」

 

 香澄の言葉を受けての論理展開をする泉美。

 情理両面での説得という双子の連携プレーに、ほとほと困り果てる。

 

 この2人は、一見すれば行儀がいい子なのだが、時に感情の抑制を無くし、公然と魔法を使う子なのだ……。

 

 一般の来賓も多いイベントにて、この2人は『爆弾』になりかねない。

 

 とっても危険すぎる……ということで、明日は竹田と名倉の両執事にお願いして、両名の監視を強めてもらうことにした。

 

 

 ―――長女がいなくなった私室にて枕を抱きしめながら香澄は怒るように、実際に怒りながら、『もうひとりの自分』に語る。

 

「お姉ちゃん、本当に横暴だよ!! こうなれば、是が非でも一高のハロウィン・パーティーに行こう泉美!」

 

「けれど、どうするんです香澄ちゃん? ご丁寧にも家の壁に『ギアス・スクロール』を張り付けて、明日の行動に制限を掛けてきたんですよ」

 

 双子の私室は、生まれてから一緒である。この歳になれば別室にしても構わないはずなのだが……まぁ特に不満もない。

 

 寧ろ魔法力の制御としては、この方がいいのだろう。

 

 事実―――。

 

 ―――双子による魔術とは、喩えるならば鏡合わせの自分との融合だ。揃うことで完璧な存在として君臨できる代わりに、常にお互いの喉元に刃をあてている―――。

 

 そう語って『天秤』を使って講義してきた遠坂刹那のことを思い出す。

 

 即ち―――『自分との融合』をすればいいだけだ。

 

 お互いに顔を近づけて、密談をするように、実際に密談を行う。それはもはや反旗を示すための行動なのだ。

 

「抜け出すのは、そうだね―――」

「成る程、身代わり人形も―――」

「それで、あっちに着いたらばバレないためにもさ―――」

完璧なる演舞(ザ・パーフェクト)―――失敗なんてありえませんね」

 

 事柄一つ一つを確認するように、人差し指を立てながら悪巧みをする双子。

 

 その姿を傍から見ていて、真由美のネコを剥いだ姿を知っているものが見れば―――。

 

『そっくり』

 

 と言われるだろう表情をしていたのだ。

 

 七草香澄。

 七草泉美。

 

 関係者の間では、見たままに、名のままに『七草の双子』と呼ばれる2人の『早すぎる登場』が、カーニバルを彩ることを決定するのだった。

 



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第180話『カーニバル・ファンタズムⅠ』

久々のマテリアル本。しかも事件簿の方とは……これは買いだな。


本来ならば、即時の中止とて考えていた冬晴れの日取り。

 

確かに、横浜事変の影響で発令されていた甲種警戒令。現代の(21世紀の)戒厳令とでも呼ぶべきものが解除されて、二十日あまりが経ったこの日に、まさかまさかの中国での内戦勃発である。

 

対岸の火事。と静観するには、まだまだ情報が足りないが、だからといって、ここで自分たちの努力を全て水の泡にするなど有り得ない。

 

百山校長も―――。

 

『何かあれば、私が全てのことをこなそう。心配いらん。

君たちは、君たちの『時代』を駆け抜けるのだ』

 

どっかの政党の代議士が、ウザい横やりを入れてきたらしいが、色々な手練手管を使って『黙らせたらしい』。

 

そんなこんなの祭の裏側のことなど関係なく――――生徒たちの大半は、ようやくのことでの季節外れのハロウィン・パーティーを開始出来ることに嬉しく思う。

 

『それでは、魔法科大学附属第一高校主催・季節外れの灼熱のハロウィン・パーティー―――開幕でーす♪ 生徒の皆、来場者の皆さん、思いっきり色んなことを楽しんでくださいねー♪』

 

リトルリトルなビッグボスの宣言を以て開場が行われ、生徒たちは何気なく拍手喝采を以て歓迎しつつ、文化祭の開催となるのだった。

 

話は、そんな開場に至る前の数時間前に遡る……。

 

† † † †

 

「グォ―フォッフォッフォ! このサンシャインゴトウ様のロードローラーで砕かれたいのは何処のドイツだ―――!!」

 

ブロッ〇ンJrが犠牲になったなど聞いたことがない。

 

リーナの髪を編み込みながら、刹那は教室の前の方で騒ぐ後藤に言いたい気分だった。

 

何となく、ウェイバー先生の髪を梳いていたグレイ姉さんの気分が分かるものだ。

 

「ウーン、くすぐったいような気持ちいいようなヘンな気分―――♪」

「女優さんはスタイリストの邪魔しないでおきなさい。手元が狂うとマズイだろ?」

「ハーイ、誰よりも可憐(CUTE)に仕上げてネ♪」

 

刹那にそう窘められつつも足をパタパタ動かすリーナの図。そんな様子にB組一同、沈黙。そして―――。

 

『『『『ごぱぁっ!!!』』』』

「久々にここまで公然としたイチャつきを見ると、口の中が砂糖まみれ……」

「何から言ったらいいのか分からないけど、とりあえずA組の司波さんとかを見に来た一団の中にいた五十嵐が吐血したみたいね……」

 

あきらめの悪い男……そう言ってもいいのかもしれない。なんだかその内、もう一人ぐらい出てきそうな気がする。

 

リーナ狙いではないだろうが……。

 

「終わったぞ。鏡で確認してみ?」

「しなくても分かるわよ。サンクス。次はワタシの(ターン)

「ウィッグでいいよ。分かった分かった! 普通にワックス使え!!」

 

金髪のウィッグを出した刹那に対して抗議するように、真正面からわしゃわしゃと刹那の黒髪を乱すリーナ。

 

座っているとは言えタッパに差がある二人。

 

男子一同としては、その際にリーナの胸が刹那の顔面に接近していることに気づき、色々と拳を握りしめてしまう。

 

そして悔し涙の限りである。

 

そんな男子を白眼視しつつも、B組の中心とも言える二人のカップルの準備が済んだらしい。

 

この時代ともなれば、服飾の業界にも一種の変革が起こっていた。いわゆる自動衣服製造機―――『テーラーマシン』という『ロボット』の普及である。

流石にある種の職人技を必要とするものなどは廃れておらず、各々のファッションデザイナーという職種はまだまだ必要とされているが……。

 

簡易な衣服。もしくは、趣味人のための衣服。ようするに昔ならば『東急ハンズ』などでしか買えなかった『コスプレ衣装』などは、ある程度の大型服飾店にて布地と必要な装飾品などを購入して、データベースにインプットされているデザインから選んでアウトプットしてしまえば……。

 

「特に人気のアニメや漫画のキャラクターなんかは、頻繁に更新されているんだよね」

 

「けれど遠坂とリーナの衣装は、本当に見かけないわよ」

 

もちろんテーラーマシンが自動機械であっても、細かな細部や己の望む『衣装』を作るには、ある種のマニュアル操作で対応する。

 

実際、中学校の家庭科では選択制ではあるが、一からプログラムすることで、衣装を作るという授業があるほどだ。

 

(恐らくだけど、入学直後の八王子クライシスでの時と同じように、何処かの英霊の衣装を模したんだろうな……けれど、それって―――)

 

エイミィと桜小路の会話を聞きながら、十三束は協会関係者の母を持つだけに、少しだけ進んだ推理を展開していた。

 

リーナの衣装。蒼いドレスコードは鎧こそ今はまだ無いが、あの横浜事変の際に刹那の宝剣の解き放ちの際に見えた『影』『イメージ』だ。

 

振るわれた剣の名は『エクスカリバー』……とすると―――。

 

「ヨーシ、これでスッゴクいいヘアスタイルになったわよー。パーフェクト!」

「リーナが満足しているなら、いいけど……みんなが俺だって分かるのかね?」

 

リーナは元から金髪だからいいとして、刹那は紛うことなき日本人だ。母親がフィンランドとのクォーターとのことだから、少しばかり顔立ちも『純正』とは言い難いが……似合わぬものではない。

 

ただ遠坂刹那だとは、既知の人間でも一発ではわからないかもしれない。

 

そんな感想をB組一同から告げられた刹那は、『そっかー』と苦笑しながら、金色の髪を少しだけ掻くのだった。

 

どちらも蒼色の『騎士風衣装』。どことなく幻想の時代を想わせるものは、中世騎士道映画(ローマンスシネマ)よりも時代が旧いものに思えるのだ。

 

「B組の出し物と言っても、英雄史大戦のトーナメントぐらいだからね。筐体は、ここにはないけど―――気が向いたらば、隠しキャラとしてやってきなさいよ」

 

「悪いな。生徒会の方を優先させてしまって」

 

実際、刹那とリーナの予定ではかなりの多忙を極める。もしかしたらば、隠しキャラとしての参加も無理かもしれない。

 

のだが、英国探偵衣装のエイミィがナイムネを張りながら言ってのける。

 

「気にしなくていいよん。我らB組四天王―――」

 

「変幻自在デッキのゴトウ!!」

 

「ワンダーランドデッキのアカハ!!」

 

「合金デッキのハガネ!!」

 

「探偵デッキのエイミィ!! 以上が一高主催ハロウィンカップを彩るよ?」

 

いきなりな名乗り口上。いつぞやの九大龍王襲撃時を思い出すポーズを決めながらのそれを見て……。

 

「……真似したかったのか?」

 

『『『『ザッツライト』』』』

 

イイ笑顔と共に吐かれる言葉で納得せざるを得なかったのだ。

 

 

―――クラスメイトとの一幕を終えて赴いた生徒会室では、様々な確認事項が集められていた。

 

中条会長による開幕宣言まで少々時間はあるものの、入場者・来場者の列は既に出来ているのだった。

 

列整理の為に風紀委員が動員されている以上、即断することは多いのだ―――。

 

「とりあえず、今の入場者の列に『指名手配犯』や『ブラックリスト』的な人間はいないわ。ソーシャルカメラでも全員がシロとしているもの」

 

オブザーバーとして存在しているエルフかフェアリーの類。魔術師的に言えば『ノルン』か『エルフィン』のような七草先輩の言葉に少しだけホッとしつつ、飛ばしていた翡翠の文鳥……傀儡の類が見た視界の中に、顔見知りの姿を何人か発見する。

 

「日比乃さんと桂木さん達を呼んだのは刹那くん? 達也くん?」

 

なんでその二人しか選択肢が無いのか。と思いつつも、素直に白兜の面頬を上げて自分ですと言っておくのだった。

 

「ひびちかにはいつもお世話になってますからね。こういう時ぐらいは入場者チケットをサービスしたい」

 

「手広いですね」

 

ぼそっ、と的確ではないが、そう見られても仕方ないことを、地黒な肌を活かしてダークエルフ……恐らくピロ○ースを意識した衣装の市原鈴音から言われる。

 

レーベル(電撃文庫)的にはクリスタニアの『シェール』と呼ぶのが正しいですね」

 

心の声にツッコミを入れられつつも、スズ先輩も似合ってますよ。と言っておくのだった。

 

「確認すべきことは色々あるけれども、とりあえず補充人員には期待しているわよ!」

 

「微力ながらやらせてもらいます」

 

「知り合いのウェイトレスがいる以上は、不埒者は取り締まります」

 

この場にいるには、本来ならば似つかわしくないが、それでも、その能力と事に当たる『率先性』が、レオとエリカをこの場に招いていた。

 

風紀委員として、人でごった返す学内の治安維持を行うために、この2人はここにいるのだ。

 

レオの姉貴とやらが、夜なべして作ってくれたというウルトラマンスーツに身を包んだレオ―――。

ウルトラマンレオのはずなのに、ウルトラマンタイガにしか思えないのだ。(必死)

 

「この地球に宇宙人が密かに住んでいることは、あまり知られていない……。

それと同じく不埒者もいるかもしれない。ナンパ目的の男に、あからさまなクレーマー、幼児を目的とした人攫い……」

 

「ウルトラマンタイガとしてトレギア(霧崎)の魔手から皆を守ってくれ。レオ!!」

 

「どんな激励の仕方だよ達也!? そして誰の声帯模写だよ刹那!?」

 

両肩を叩いてレオの緊張を取っておく。今は仮面を着けていないが、仮面を付ければ『兜』の関係上、本当に『タイガ』になるのだ。

 

ちなみに言えば先程の声は、クチの悪い封印礼装を模したものである。

 

怒涛の二連続ツッコミを受けてから、一通りに眼を通すと、とりあえずは事前の予定通りだった。

だが何事にも不測の事態はあるものと思っていると、エリカとリーナが話す声を耳ざとく聞いてしまった。

 

「エリカはプレッシャーとかないのね?」

「まぁ、長いこと達也君という先例を見てきたもの、ここで無駄に緊張したり気負ったらば、合わせる顔がない」

 

ピーターパンみたいな仮装をしたエリカがそう返した以上は、これ以上は余計だ。

 

あまり心配すると『グズる』のが彼女なのだから……。

 

「では中条会長(ビッグボス)。開幕の宣言を―――」

 

部活連会頭たる服部が、ずいっとライターの火でも出すかのように拡声マイクを会長の前に出したことで、全ての準備は整った。

 

音声をオンにする前に咳払いをしてから、声の調子を確かめた。昔ながらの『テステス』という様式美の後に―――。

 

「それでは、魔法科大学附属第一高校主催・季節外れの『灼熱のハロウィン・パーティー』―――開幕でーす♪ 生徒の皆、来場者の皆さん、思いっきり色んなことを楽しんでくださいねー♪」

 

思いっきり『媚び媚び』な声のあーちゃん会長に、人柄を知る者達は『汚れちまった……』と思い、服部会頭など天を仰いで『ジーザス』と言うほどである。

 

そんな自分たちに構わず、パンプキンウイッチを想わせる衣装の会長は、佇まいを正して指示を出してきた。

 

「では皆さん、所定の位置に就いてください。刹那君とリーナさんは、『ゲスト』の方をお願いしますね」

 

言われていた通りだが、改めて言われて責任は重大であることを再認識する。

 

とはいえ……殆どが顔見知りってのは、自分の顔が広いのか、それとも魔法師のコミュニティが狭いのか、少しだけ考えてしまうのだった。

 

「とりあえず―――探れる人間から当たっていきますか」

 

道案内(ガイド)が必要なヒトもいるかしら?」

 

「九亜たちも『連れられて来ている』そうだからな。会いに行かなきゃ、薄情だろ?」

 

「ソレもソウね」

 

まるで長年連れ添った夫婦のように、阿吽のやり取りをする『姫騎士』と『仮面の騎士』。

 

それに続く形で、御使いのような羽とか付いて白い衣装(防寒対策済み)の『天使』と『悪魔』か『魔人』のような存在を想わせる黒のボディスーツ姿が出て、最後に女体化ピーターパン(ティンカー・ベル涙目)と『光の巨人(新世代)』が出ていこうとしたのに待ったをかける、風紀委員長『千代田 花音』の声が響く。

 

「とりあえず待て(ステイ)。男子、あんたらは面を隠さずに歩け。絶対に苦情が来る」

 

海賊姿の風紀委員長の、未来を見据えた言葉に素直に従う。

 

まぁ確かに横にいるのが美少女で、隣りにいるのが面相が定かではない存在では、そうなるだろう。

 

「ああ、そうだ。多分、この中では面が知れているのは刹那君だけだろうけど、頼みたいことがあるの」

 

『『『?』』』

 

出ていこうとする寸前に、七草先輩が頼み事をしてきた。

 

その言葉の意味を正確に知るには、来年度にならなければいけないのだが、少しだけ早い出会いが一つの運命(Fate)を変えることになるとは、知るわけがなかった。

 

リボンを着けた少女と短髪の少女。双子の少女を見つけたらば一報よろしく。そういうことだった。

 

生徒会室から出て達也から一言。

 

「例の『双子』か?」

 

「なんじゃないの? 別に来たいならば、勝手にさせりゃいいんだろうに」

 

だが、分からなくもない。特に短髪の方は喧嘩っ早い『小エリカ』とでも言うべき人間で、『制御』に難ありだからだ。

 

「七草先輩の妹ってどんな子?」

 

「良くも悪くも、双子の典型だ。一方は大人しいというか、楚々としているんだが、一方は活発というか喧嘩っ早いかぎりだ」

 

「お前にとっての双子の典型(テンプレート)って……」

 

エリカの質問に答えると、レオは少しばかり引いた様子である。

 

だが、そういう双子しか見てきていないのだ。双子というのは魔術世界では『鏡合わせの同一存在』と言える。

 

ゆえに片方がそういうパーソナリティだとしても、もう片方の形質を持っていないわけではないのだ。

 

つまりは、『共鳴』し合うものだ。都市伝説ですら、双子はどれだけ離れた遠き地にいても、互いの近況を認識出来るとすら言われてきた。

 

それは、同時に魔力の質や深度にも影響を及ぼす。

 

「まぁともあれ、お互いに頑張ろうぜ。特にレオと達也には八面六臂に動いてもらったからな。俺の方で出来ることはやってやるさ」

 

「ピザ窯を作らされるとは思っていなかったが、まぁ左官仕事のことが役に立ったかな」

 

「旨い中華ピザを頼むぞ」

 

念押しするように言う達也に対して、安心させるように準備は九割済んでいると言っておく。

 

そんな他愛ない会話を繰り返しているうちに、校舎から出て『CARNIVAL』の会場に繰り出す。

 

仕事も重要だが、自分たちも楽しまなければ損というものだ。カーニバル・ファンタズムの大地が、そこに出来上がっていた。

 



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第181話『カーニバル・ファンタズムⅡ』

とりあえず投稿した話数としては記念すべき200話到達。

なのに対して話は進んでいないという、このジレンマを抱えつつ新話お送りします。


 

久々にやってきたかつての学び舎は、以前と変わらぬ所もあれば、そうでない所もちらほら見つけて少しだけ寂しいところもあった。

 

だが、本当の意味で愛着があったかと言えば微妙なところで、すぐにそんな気持ちも霧散する。

 

魔法に習熟することに楽しさがあれば―――そうだったが、まぁそういうことだ。

 

かつての義父に案内されて、義兄だった人の墓に花を供えておいた。

 

兄の遺骸は一欠片も見つからず、生前に預けられていた遺髪だけを収められた墓。少しの悲しさもあった。

 

世間ではYOKOHAMAマジック・ウォーズと言われた戦いに、兄は敵として、後輩や同級の前に現れたのだろう。

 

「枕元に立たれるとは想わなかったよ。ハジメ義兄さん……」

 

青空を見上げて吐いた言葉で決別を終える。

かつての後輩や同輩たちを見ながら、あれから連絡が取れない目的の人物に会いに行こうとしたのだが―――。

 

「浅野先輩ならば、向こうにいますよ」

 

「まさか君に、『いの一番』に気づかれるとはなぁ……」

 

「『存在認識』を薄くする技能を使っていたんでしょうが、あなたと同じく俺も眼が特殊なもんで」

 

いたずら小僧のイタズラのネタを披露するかのような、遠坂刹那の様子に苦笑してしまう。

 

「お久しぶりです司先輩」「オカエリナサトですね」

 

二人の後輩から握手を求められて素直に応じる。一度だけの『帰郷』。どうせすぐさま帰るつもりだった。真澄の様子を見て安心すれば、日陰の女ならぬ日陰の男として……。

 

などと言うと騎士姿の2人は、少しだけ意見があるようだ。

 

「安心できなかったらどうするんですか?」

 

「中々に鋭いツッコミ……けれど俺たち別れたんだし、未練がましく構っているのも、アレなんだよ?」

 

「そう言われると俺には何も言えない……」

 

「オンナの心残りをカイショウするのも男の務め!!」

 

横浜事変前夜とも言える時に、雫をフッた刹那が言えた道理ではなかったので、結局のところリーナの言葉で叱咤された司先輩は、気付いて少しばかり遠くの木で、日陰の女よろしく見ていた浅野先輩に近づいていく。

 

遠目ではあるが、何だか久しぶりに初々しいカップルを見て、ヘンな気分になる。

 

「ったく男二人してナサケナイ! どう考えてもマスミ先輩は、ツカサ先輩に来てほしかったに決まっているでしょうに!」

 

「サーセン。けどさ、中々にデリケートな問題だよ?

お互いを想い合うからこそ、ヘンに気遣う…『経験』あるだろ?」

 

その言葉を受けて、詰まるリーナ。正式に付き合う前の十日間の『ケンカ』。

未だにその記録が破られていないのは、離れすぎていることがイヤだからだ。

 

ケンカをして取り返しのつかないことになるのが嫌だからだ。それは―――お互いにお互いを必要としている証だったから。

離れすぎてしまえば、またもや……。

 

「窓枠ごと施設の壁をぶっ壊しかねないからな」

「そういえばそうだったわネ―……。あの時からワタシの心はアナタのもの。アナタの心はワタシのものだもの」

 

あからさまに達也と深雪のような抱擁のシーンを見たわけではないが、お互いの服の袖をつまみ合う行為からの『約束繋ぎ』をみた学外の人々は、色々と甘ったるく感じてしまう。

 

しかし、魔法科高校の人間たちと違って砂糖は吐かない。

 

『これぐらいは』という意識なのだろうが、自分たち以上のバカップルがいますよ。という無言での警告が意味を成さないだろう。

今もウルトラマンタイガの仮装をしたレオに寄りつく多くの児童たちを見ながらも、次なる客……『芸人』的な意味合いでは、『ご見物』たちの中でも一番厄介な人間たちを迎え入れる。

 

放出される存在感を隠しも無いバランスの破壊者。正面にいた銀髪が声を掛けてくる。

 

「―――横浜では随分と『ご活躍』だったみたいね。とはいえ、元気そうで何よりだわ」

「―――そちらも『ドイツ』での発表会は盛況だったようで」

 

巨漢のバトラー……正体はカゲトラと同じくサーヴァントの存在を引き連れて、他にも九人の超絶の術者たちを連れてやってきたのは、九校戦以来……不気味な沈黙を続けていたイリヤ・リズと九大竜王であった……。

 

聖骸布のコートを纏ってエミヤの証を見せつけてくる、異なる可能性の『義姉』(あね)に対して緊張が隠せない。

 

『何か言いたいことがあるならば、言いなさいな。どうせカツトが、すぐ迎えに来るんだから』

 

遮音を張った上で、九校戦の時と同じく『崩壊言語』で受け答えする。

 

ミス・化野と化かし合いをやってきた先生の心を持とうと必死になりつつ……。

 

『アンタだな。浅野先輩に『神霊』の術式のことを教えたのは?』

 

『彼女と面識はないんだけど?』

 

『ああ。それでもアレコレと『誘導』することで、その結論や理論を手に入れさせることは出来るはずだ。

実際、達也が関係者を使って調べさせた限りでは、ホームコンピューター。その中でもあの人の端末にその『痕跡』はあったそうだからな』

 

全ての事が起こる前。浅野がこの広場で捕まったことを契機に、達也は独自に調査をしていた。

実際、司先輩の警告や理解できない単語もあったことで、警戒を最大級に高めた達也の先手打ちで、『魔法師』には意味不明な『魔法陣』や『暗号理論』。『抽象絵画にも似たそれ』の『断片』が、コンピューターから復元できた。

 

『私としては、あんな『小物』が、ハートレスと同じことを出来るなんては思ってはいないわ。

けれどね。何かしらの『足し』になるとは思っていたわ。

第一、彼女が望んでいたのは、自分が好きになった男子との幸せな世界……その為には魔法師―――否、全てのソーサラス・アデプトが平等な『基盤』が必要だっただけ―――まさか大亜のスパイに仕立て上げられるとは思っていなかったけどね』

 

最終的には、そこが仇となり陥穽となり扇動された浅野は、リズの手駒には成り得なかった。

 

いま、司に涙を拭かれている浅野が求めたのは、自分の愛しいヒトが祝福された世界だった。

 

そして、その心を利用したのが目の前で笑みを浮かべる女ということだ……。

 

『十師族が崩される時は近いわ。私の手には『神霊』に近い『英霊』がいる。そして、エミヤの術式も私の手の中にある。

その気になれば、アルビオンを攻略するだけの戦力も揃いつつある………』

 

『ならばさっさとチェック(詰め)を掛ければいい。そこを躊躇する理由がどこにあるんだ?』

 

己の優位を示して『服従』『屈服』を求めるリズに、どうしても語気が強くならざるを得ない。

 

そうなのだ。そもそも浅野がどうだろうが、リズは既に『ハートレス』と同じことが出来る。

 

敵対する人間はいるかもしれないが、それを駆逐することは可能なはずだ。

 

古式魔法師と現代魔法師との間で『戦争』が起こることは間違いない。

 

一番、神秘領域から縁遠いのが後者なのだから―――『神霊』が成立すれば、神の権能から遠い十師族・二十八家・百家は崩れて、挙句の果てには、全ての人間に『魔法使い』としての道ができるかも知れない。

 

勝ちが見えている戦い―――。なのに……。

 

「……私だって少しは考えるわよ。今『これ』をすれば、多くの人死にが出るって。人間が『まとも』でいられる時なんて、問題解決なんかせずに、ぐずぐずと妥協を模索している時だってことぐらいね」

 

結局、そういうことだ。どうやっても多くの人死にが出た上に、それが『体制』の転換を促すならば、あれもこれもと文句や物言いが入り、『勝利』の仕方にすら『ケチ』が入る。

 

時計塔のロードたちとて、本気で『戦争』を起こしてでも意見を通そうとしないのは、その不毛さを理解しているからだ。

 

だが……。

 

「それでも『時』が来ればやるんだろ? 義姉さん」

「当然」

 

傲岸不遜な笑みとでも言うべきものを向けられて、どうしようもなくなる。

 

決定的な何かを突きつけられた気分だ。姉は古式魔法師、エレメンツなど、『今の世界』から排除されたものたちを助けるために、社会的弱者を守る『セーフティネット』のごとく―――神霊を作り上げようとしているのだ。

 

そのやり方は、その心は……『先生』なのだ。『ウェイバー先生』の心なのだ。グレイ姉さんの言葉を思い出す。

 

『苦悩していました。二重の意味での『正解』『救済』を……『願い』を見せられて、師匠はどうしようもなく懊悩していましたから』

 

だが、それでも―――その『願い』を否定したのは……再臨されようとしている『神』の本当の『願い』を知っていたからだ。

 

「誰もが、つまんない一人の人間として世界に向き合うんだ。

アンタの願いは、止める―――俺が、衛宮士郎の息子である以上、ロード・エルメロイ2世の末弟子だからこそ、決着は着けなきゃならないんだ」

 

偉大なる王の心に、神ではなく、もしかしたらば英雄でもなく、『一個の人間』として『今の時代の世界征服』をしたいとか言う想いを知っていたから、その心を自分も持ちたいのだ。

 

「そう。アナタが止めるならば、止められるならば、それも『運命』なのかもしれないわね」

 

寂しげな言葉と同時に『全ての魔術作用』をお互いに消し去った。

 

その際に、『外』では時間にして十秒程度しか経っていない。こちらの腕を取っていたリーナも『停滞時間』における刹那とリズの会話を聞いていただろうが、全ては聞き取れなかったはずだ。

 

「リズ、遠方からよくやって来てくれたな……」

 

「アナタからの誘いだもの。断るわけにはいかないでしょ?」

 

そんな停滞時間から回復すると、いの一番に駆けつけた十文字先輩に蠱惑的な笑みを浮かべるリズの姿。

 

後ろに垂れている一本のおさげ髪が、意思持つように動く辺り、実際に嬉しくないわけではないのだろう。

 

「あんまり血の繋がりを意識しないんだけど、親族のこういう場面を見ると、ちょっとフクザツ……」

 

「ワタシはキョーコとミスタ・トシカズが一緒にいても、トシカズさんカワイソウだなーって感じたわよ?」

 

「そりゃ響子さんは、紛うことなきサゲ○ン女だからな」

 

正直言えば、かかわり合いになるだけで、男が不運になること確実だ。

 

それと同じ類になるのだろうか、リズは……。

 

今も丸太のような十文字先輩の腕に抱きついた彼女を見たのか、土煙を上げてやってきた真由美を見て、ダメだこりゃと思う。

 

そんな馬鹿話を断ち切るように、リーナは一言だけ問いかけてくる。

 

「いいの?」

 

このまま何もしなくていいのか? そういう問いかけなのは理解していたので、肩を竦めつつ答える。

 

「いま、あの人を攻撃する理由が何一つないんだ。神霊を実在させる『デメリット』が、何処にもないのが悩みどころだ」

 

現代魔法師が必死に開発してきた術式や遺伝子操作してきた成果が『塵芥』になります。なんてのじゃ、何一つ説得力がなさすぎた。

そして各国政府は、いとも簡単に『そちら』に飛びつく。

 

なんせ、今までは血筋や遺伝子操作による演算領域の良し悪しで決まっていた、魔法師としての優劣が覆る。

正しく『世界』がひっくり返るのだ……。

 

だが一つの疑問も残る。それは『礼装』と『神霊』をどう結びつけるかだ。

 

ハートレスこと『化野九郎』は、その為に神への接続機として古銭貨幣を用意していたが、電子マネー払いが常態化した世界で、貨幣経済というものは『無駄』と切り捨てられている。

まぁ貨幣や紙幣を『鋳造印刷』するという手間にも金と労力がかかるならば、それを無駄と言ってのけるのも分かる。

 

省力された『決済単位』の世界で『ヘラクレス』を神霊にする……まだ疑問は多いが……考えても、今は無理そうだ。

 

だが、これだけは言える。

 

ハートレスは最終的には、魔術師社会を『私怨』で『破壊しようとした』が、リズの中にそういったものは無い。

本当に魔法師という人種の万民のために動いているのだから……。

 

止めることが、本当に『いいのか』判断が着かないのだ。

 

「リズお姉さんとの……対決は避けられないのね?」

 

「九校戦の時から分かっていたことだ……火蓋が切られるのが――『キッド―――!!!』――っとっと!」

 

真面目なことを考えて応えていた時に背中に衝撃。飛ぶようにやってきたのは、四葉にて絶賛保護され中(崩し)な美少女。

海神(わたつみ) 四亜が、刹那の背中に乗っていたのだった。

 

「シア!? それに―――」

「私もいるですよ。リーナ」

 

言葉で見ると、海神姉妹たち九人が勢揃いであった。

四亜と九亜以外の人間たちは、あの実験室で見ただけが殆どだったが、所変われば何とやら。皆して見違えた姿になっていた。

 

具体的に言えば―――垢抜けた。『色々な意味』で。

ただし眠そうに細目をしているのが、八亜こと亜八(あや)であることは分かった。そんな彼女もオシャンティーな格好が非常に似合っている。

 

「本当に久しぶりだな。元気なようで何よりだ」

 

「可愛くなったでしょ? キッドの、刹那お兄さんの好みの女の子になるんだから」

 

「期待して待っているよ―――いててて!! ちょっとした冗談だよリーナ」

 

恋人に少しの抗議をしてから、わたつみ達全員に挨拶をしながら頭を撫でておくと、元気そうで何より。交信で探っても大丈夫なようだ。

四葉を全面的に信じきれない己の弱さを恥じながらも、少しだけ嬉しく思う。

 

健康体になり、色々と見違えてきた九人の美少女たちを引き連れているのは、四葉真夜……なわけもなく、恐らく四葉の関係者らしき紫色……深い紫陽花色とでも言うべき髪色をした少女。自分と一つか二つ違いだろう子がいた。

 

冬の装いのままに一礼をしてきた少女は―――。

 

「はじめまして。遠坂様、クドウ様―――私は、『桜井 水波』と言います。以後お見知りおきを」

 

同時に簡素な自己紹介をされるのだった。来歴は薄々は感づいている。第一、この子らの引率をしている時点で四葉の関係者なのは明白だ。

 

「ご丁寧にどうも桜井さん。遠坂刹那です」

「アンジェリーナ・クドウ・シールズよ。よろしくミナミ」

 

海神たちと同じく年齢が正確にはわからないので、そんな当たり障りの無い返答で返しておく。のだが……

 

(なんかこの子、俺を睨んでいないか?)

 

あからさまな敵意というわけではないが、何とも居心地悪い視線を浴びる刹那に対して、背中に引っ付いたまま首に手を回してきた四亜が告げてくる。

 

「水波姉さんは、こわいお兄さん、じゃなくて達也お兄さんの代わりに、深雪お姉さんのガーディアンになる予定だったから」

「それで俺を睨む理由になるのか?」

 

三編みおさげ二つが少しだけ首筋にくすぐったい四亜の言葉にさらなる宣言。桜井水波からである。

 

「多くの方から『色々』と聞いております。達也様の胃袋を掌握して、その全てを牛耳ろうとしている超料理人。

しかしながら、作る料理は常に最高の最頂点―――悪魔の料理人、ドラゴンも股から捌くという『ドラまたのセツナ』と」

 

「ダウト!!!」

 

「というかダレよ!? そんなフェイクニュース(風評被害)流しているのは!?」

 

「『色々な方』です。ともあれ、奥様曰く、私に『こちら』を受験する可能性も示されたので、まぁ学校見学でもありますので、宜しくおねがいします」

 

よろしくお願いされたくない限り。にっこりと笑顔で言うも、刹那として警戒心はマックスである。

 

だが、これには水波なりのプライドの問題もあった。

 

完璧・完全に身の回りの世話をこなすために、『時代錯誤』なハウスキーパーとしての教育を施されてきた水波は、桜シリーズの魔法師としての意識より、己はメイド。という意識が強い。

 

『クックック、ご奉仕の道は―――キビシーのだ!!』

 

そんな言葉を胸に育てられてきた水波にとって、つい先日、四葉の本家に帰ってきた達也に振る舞った料理。

 

渾身の出来、奥様もあれこれと食材を取り寄せた結果、作り上げたものを前に―――達也の言葉とは裏腹の満足していない様子を見て、確信。

四葉直系の深雪、黒羽の若君、姫君の言葉で脅威度を上げた。

 

達也様の胃袋の領土は既に遠坂色(赤色)に染め上げられており、赤色帝国も同然なのだと(間違い)

 

「そういうわけで、今日振る舞われるという中華ピザを楽しみn「あら? 随分と可愛らしい子が一杯ね。どうしたのこの子たち?」―――」

 

そんな水波の意気込みを挫くように、再びの闖入者。

 

刹那がその言葉に気付いて、見るとそこには、いつもならばインモラル極まる格好をしている養護教諭の姿ではなく……大人しい格好をして『旦那さん』と連れ添っている安宿(あすか)先生の姿が。そして足を遮蔽にして隠れている男子の姿を確認。

 

「どうも、とりあえず定形に則り、『トリック・オア・トリート』」

 

「ほら『リョウ』。ちゃんと答えないとお菓子もらえないわよ?」

 

「う、うん。トリート、お菓子ほしいです。せつなお兄さん」

 

「なんか今日は元気ないな? 大丈夫?」

 

いつもならば、まだ小学生男子という年齢らしく、刹那にも元気よく『魔法を教えて下さい!! マギレンジャーみたいなものを!!』と言ってきているのに。

 

「ゲンキが無い―――というよりも『照れちゃってる』んじゃないかしら?」

 

安宿先生の足元に隠れている安宿 了……『呼び名』だけならば『デビルマン』の重要キャラ(親友)と同じ彼は、多くの女の子。同年代の子とは違うものを見て照れていたようだ。

 

リーナの核心を突いた言葉に、更に隠れてしまう了くんに苦笑。

 

だが、今まではリーナや深雪を見ていても何も感じなかったというのに、本命は……。

 

目線を追うと海神三亜(みあ)にたどり着く。ミアはそんな視線を理解してか、リョウくんに目線を合わせて、ニコニコといくらか話してから、手を差し出して安宿先生の足から出すのだった。

 

「良かったわねーリョウ。キレイなお姉ちゃんと手をつないでもらって」

 

「お、お母さん……」

 

「お姉ちゃん。一高初めてだから、了くんに案内してもらいたいかな? いっしょにいこっ?」

 

安宿 怜美のからかいの言葉に、不貞腐れたリョウをフォローする三亜。男を立てつつも自分無しではダメにしようとするとんでもない手管。

 

はっきり言おう。三亜の『めちゃモテ委員長』っぷりがスゴすぎる。

正直言えば一高女子の女子力を越えていた。年下とは言え男子を立てる辺り、こやつ只者ではない。

 

「私達の『まとめ役』をやっていたから。ってわけではないけどミアは、中学の男子相手でも『あんな感じ』なのよ」

「ミアは魔性の女に「進化」する可能性大なのですっ」

 

シアとココアの辛辣な評価に、リョウに見えぬところで夜叉の形相で睨みつけるミア。

 

震えて刹那とリーナに抱きつくシアとココアに苦笑。

 

「深いところは言わないでおくが、今は息子の男気と、ミアちゃんの女気に期待しておいたほうが無難かな?」

 

安宿先生の年齢にしては少し歳が上かな? と想われる男性。

 

何でも寿和さんのかつての上司で、警察庁のキャリアの安宿 白玖太郎(ハクタロウ)氏は眼を細めながら息子の成長を嬉しく思っているようだ。

 

「まぁ俺にも似た経験はありますからね……何とも言えません」

 

「そっか。何かあれば『分かる』からね。サトミ、僕たちも少し出店とか見に行こっか?」

 

「ハクタロウさん……はい。着いていきます♪」

 

噂に聞く『眠りのハクタロウ』なる男と、その妻たるサトミ先生は夫婦そろってどっかに行くのだった。

 

「ミア一人では心配!」「私達もいこうっか〜」「GOなのだー!!」

 

九人それぞれで個性あふれすぎな『わたつみちゃん』たち、大人になれば『わたつみさん』としてブレイク(?)しちゃうんだろうな。

 

「で、キミはどうするんだ?」

 

そんな九人を見送ってから一人残された引率役の桜井水波は……。

 

「みんなして私を置いていって寂しい限りですね。達也様と深雪様に挨拶してから適当に見て回ろうかと思います」

 

一度だけ『妹分』が離れていったことに寂しそうな顔をしたが、持ち直してそんなことを言うが、リーナはそれに意見する。

 

「声掛けられると思うわよ? というかカクジツよね?」

 

見目麗しい美少女。どうにも四葉の魔法師というのは『隠す』ということをしない。

 

せめて隠れるというならば、野暮な格好をして偽装をすることも必要なのだ。

 

生物にとって擬態というのは生き残るための手段―――ということを……桜井に気付いたのか駆け寄ってきた『魔王』と『女神』姿の兄妹ともども少し説教してやりたい気分ながらも―――祭はまだまだ始まったばかりなのだ。

 

 



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第182話『カーニバル・ファンタズムⅢ』

というわけで新話なのだが、アトランティス踏み込めていないのに衝撃的すぎるわ。

ネタバレ情報のあれやこれやを見つつも、動画で見たキリ様ってば―――流石はリーダーすぎる。

そして新サーヴァント……マンドリカルドは、『ハチマンドリカルド』になってもいいんじゃなかろうか(爆)




怒涛の如き来訪者たちのラッシュをこなしつつ、懐かしい顔との挨拶を済ませつつ、学内を巡回。

 

どうやら目立った混乱は無いようだ。精々、レオとエリカが少しの『悪さ』をしようとした愉快犯的男性をしょっぴいた程度である。

 

小火騒ぎであるが、気付いた一般客によって一発でバレたあとは近くにいた二人の手でお縄ということだ。

 

しょっ引いた男性には特に左右の『活動家』と接触した経歴も無さそうなので、適当に弱めのギアスを掛けて学外退去となった。

 

それでなくとも個人IDはとってあるので、何かあればすぐさまということだ。

 

「ウルトラマンタイガ、お手柄。と学内ニュースにでも書いてやろうかね?」

 

『やめろよ。とはいえ、まさか『火口箱』なんてものを持ち込まれるなんて想わなかったんだが』

 

「技術進展の陥穽という奴だね。『嗅覚』を頼れレオ、エリカ。ある種のイメージで、『こいつはマズイ』とかも分かってきただろ?」

 

感情視の魔眼ほどのことではないが、刹那の兄弟子たちは、そういった風な『眼には見えない』ものを視ることに長けた連中ばかりだった。

 

中でも狼犬の兄弟子は、『因果のもつれ』とか、そういったものですら脳内で嗅覚のイメージとして嗅ぎつけている。

 

そういうアホなほどに才能が溢れている人々のアレやコレを、なんとかかんとか噛み砕いて『共通魔術』(コモン)に落とし込んでいるものを教えてきたのだ。

 

『うーむ。確かに一度『獣性魔術』を発動した時には、想子に『匂い』があるだなんて知らなかったからな』

 

「それと同じさ。一種の超心理能力……魔法師にはお馴染みのESP能力というのは、只人には見えぬ世界が見えているということが前提だから」

 

あちこちで学生主催の出店や展示物やらの様子を見ながら、通信してきたレオに告げる。

すると何かの『因果』でも働いたのか、ひびちかを発見したレオとエリカ。

 

悪質なナンパを受けて困っている様子だと聞き、こちらも向かうとしておいた。

2人でも問題ないかも知れないが、まぁ野次馬根性というやつである。

 

「行くぞ。仕事だぜ」

「ALRIGHT!」

 

ロボ研主催の古めかしい綿菓子製造機で作られた『綿あめ』をぱくついていたリーナと共に立ち上がると―――。

 

「またのご利用をお待ちしているのだにゃー!!」

「フハハハ。吾輩、このニボシ味の『わたあめ』とか、なかなかにデンジャラスな香りがして食うか食わざるか、迷いながらも―――ぐはっ!! こ、これはドクターの(トラップ)! はかったにゃー!!」

 

ネコアルクのロボット(?)を運用しているロボ研に一家言言いたいような気もしたが、とりあえず二人のアーサーのコスプレイヤーは、現場に直行するのだった。

 

interlude―――

 

風紀委員としては下っ端で新人ながらも、レオとエリカの周りでは特に事件が起きやすい。

 

というよりも、通常の魔法科高校の風紀委員というのは『魔法的なことを利用した事案』に対処することが主なわけで、雑多な……有り体に言えば、ここまで多くの人間が行き交う中でのある種の治安維持は、中々に混乱をきたしていた。

 

勿論、中にはある種の格闘技を収めて、魔法無しでも対処出来る人間は多い。

反面それゆえに対処が『受動的』になり、魔法を使用する輩であれば容赦なく使える魔法も、相手が『丸腰』の場合、少しの躊躇をするのだ。

 

「ましてや非魔法師であれば、そのことが殊更強調されて、『過剰防衛』として取り上げられちゃうものね」

 

「日本の警察官の銃所持と発砲以上に気を使っちまうからな……だが、だからといって―――魔法大学附属第一高校の風紀委員です!! 悪質な声掛け行為及び強要に対しては、即時の退去及び、従わない場合、警察への引き渡しを行います!!」

 

「レオくん!!」

 

仮面で顔を隠していたというのに、アーネンエルベの看板娘である日比乃ひびきは、一発で分かったようだ。

 

駆けつけた先では、見目麗しき少女四人が、六人ほどの大学生だろう人間たちに絡まれていた。

 

今どき見かけないほどに、実にDQNな連中だった。

 

「んだ、こいつら! やんのかぁ!!」

 

「オメーラがどこの連中だか知らないが、ここにはここのルールが有る!! 守ってもらうぞ!!」

 

「守れないってんならば、実力行使あるのみよ!! この非モテオーラ全開のチンピラ!!」

 

エリカの言葉で、ひびちかグループに絡んでいた連中の視線がこちらに集まった。

 

上手いやり方だ。さて、これであとは、自分たちがこいつらを制圧出来るかどうかだな。と思う。

 

魔法を使えば、何か負けた気分になるし、かといって人が集まる前に圧倒できなければ、それはそれで負けた気分だ。

 

流石に刃物などは持ち込めなかったし、凶器の類を持ち込めるようなセキュリティではなかった。

 

実際、2095年のセキュリティゲートは、半世紀も前の空港の検査官による逐一のチェックよりも優秀な結果を齎している。

 

もちろん……そういうのを『ちょろまかす』機器は存在しているわけで、しかし―――眼の前のDQNチンピラ大学生は、そういった『軍用兵器』じみた暗器を持っているわけもなく―――5分後には全員が地面に這いつくばるのだった。

 

「いてててて! ど、どういうことだ!? これは、いててて!!! なんだよこれ!?」

「断っておくが、別に魔法の類じゃあない。使い方を知らなければ、人体なんて急所だらけだ」

 

手首を捻り上げて、二人ほどを地面に這いつくばらせている刹那が冷静に言うのに対して、レオもまた同じくであった。

 

「く、くそが!! お前ら、覚えてろよ!! 俺の親父は都庁の職員なんだ!! ただで済むと思うなよ!!」

 

「お前の親父がどうだろうと知るかよ。そういう権力を笠に着たやり方は下劣に過ぎる」

 

その悪罵とも捨て台詞とも知れぬ言葉に、刹那は『キレた』様子だ。

 

同時に、極めていた腕を通して『何か』を放った様子をレオは見た。

相手のチンピラグループは、こちらがCADも持たず『魔法』も行使できないと思って油断していたようだ。

 

同時に、それは一般社会にも『ホウキ』の存在が平然と受け止められている事実。

魔法師は、『CAD』が無ければ迅速な魔法行使ができない。

 

もしくはもっと短絡的に、『CAD』ありきでなければ何も出来ない。

そういう考えを持っているのかも知れない。

 

だが、世の中には『例外』というものがあるわけで……その『例外』の一人が、レオたちのフォローに来てくれた刹那というわけだ。

非番とは言え、警察官である安宿先生の旦那さんの手配で、そのチンピラグループは、いとも簡単に近隣の警察署に連れて行かれた。

 

「ところで、何をやったんだ刹那?」

 

「何の話だい?」

 

「すっとぼけるなよ」

 

誰もが刹那のやった『トリック』を理解していない様子だが、レオとエリカだけは見抜いていた。

サイオンの流れこそ普通で術を放った様子も無かったが、それでも分かるものには分かる。

 

一種の『暗号術式』というところだろうか。何も見えないが、それでも……何かをやったことは分かるのだった。

 

「大したことじゃないさ。この会場はハロウィン・パーティーだからな。呪的要素に惹かれたのか、わずかなりとも『妖精』が蟠っていたから、使わせてもらっただけ」

 

前に聞いたとおりならば、妖精は『使い魔』に出来ぬほどに恐ろしく『格が高い』存在であり、使役している気分でも使役されているという状況になると聞いていたはずだが……。

 

「今となっては意味がないが、俺は200年以上は続く『名家』の生まれだ。時代を経たとしても、『貴族』として忘れちゃならん『道理』というものがあるわけだ。故に―――ちょいとした『粛清』だよ。

『領民』を搾取するだけの『人権』を無視した行いは、宗麟様の時代には無くなっていたわけだしな。驕り高ぶるものは即ち、悪徳にてゲヘナに落ちるが道理」

 

長々と語ったが、つまりは、あの都庁の職員が親父という男の言動に堪忍袋の緒が切れたのだろう。

 

 

翌日……留置所で一拍していたDQN大学生の一人。リーダー格の男は、枕元に立つ多くの『老女』の姿を見た……。

 

夜啼きのままに、ボロボロの衣服でこちらを睨んでくる老女の顔が―――自分が食い物にしてきた女性、破滅させてきた女の凄絶な顔に変化をして、耳元に絶叫を響かせてくる。

 

怨嗟の声が苛み、総身に響き渡る声が呼吸困難を招き、胸を掻き毟りながら、男は寝ることすら出来ずに一夜を明かした後は―――その顔は、明らかに一晩での疲労とは思えぬほどにどす黒く染まって、目もまた深い隈を刻まれていた。

 

夜泣き妖精の一つ『バンシーの呪い』は、女の恨みの声を聞いて、その怨嗟を呪詛として男たちに出し続けていたのだ。

 

明らかに魔法を使われたというのにそれを検知出来ず、そして警察の人間たちも、取り押さえた連中が『CAD』を持たないことから、盲言と一種の錯乱状態は、彼らが常用していた『薬物』ゆえと判断して、精神病院と薬物治療院への移送を検討。

 

その後も絶えず続いた『バンシーの呪い』の前には、己も非業を迎え、『因果応報』という言葉どおりになった―――。

 

 

ということを全く以て知らぬ、第一高校及びひびちかの面子は、お互いの無事を確認し、感謝をするのだった。

 

―――Interlude out―――

 

「いやー助かったよ。あのまま、ひびきにぶっ飛ばさせるのも悪かったからさ」

 

「確かに……ヒビキだったらば、出来そうね」

 

「そんなことないよー。この細腕じゃ、鉄鍋を振るうぐらいしか出来ないよリーナちゃん」

 

なんだこの会話と想いつつも、目線を向けた先では、ちょくちょく『ひびちか』の口から話題に出ていた『ウサミン』こと宇佐美夕姫さんが、赤らんだ顔をしてウルトラマンタイガ(西城レオンハルト)に眼を向けていた。

 

なんつうか、確かに先程の連中が声掛けしたくなるスタイルと美貌の持ち主だ。

 

だが、女を口説くのにあんな風なやり方があるわけない上に、多くの女の『殘念』が固まっていたので、『バンシー』に呼びかけて、悔い改めるか『女たち』が許すまでは、あいつらの精気は吸い取られ続けるだろう。

 

運が良ければ死なない。多分。(南無)

 

(普段使わない魔術系統を使ったせいか、何かものすごく背中が重い―――いや、マテ、本当に重い)

 

先程のシアを乗せた時よりも重いのは……まぁ年齢相応だからだ。

 

「おー、宇佐美にも春が来たかー。邪魔するのも悪いんじゃないか?」

 

「そりゃ分かるけれど、キミは誰だよ?」

 

「桂木と日比乃のふしぎフレンズ。栗枝クララってもんだ。よろしくー」

 

 

刹那の背中に乗っかりながら、顔を刹那の横に出してきた栗枝という女子。

ストロベリーブロンドの髪色に、眠そうでいながらも笑みを浮かべている少女は、こちらと口が触れ合いそうな距離でも何も感じていないようだ。

 

リーナの視線がキツイのも意に介していない。

 

「栗枝さ「クララって呼べや。あたしも『せっちゃん』って呼ばせてもらうからよ」―――」

 

何というか抗いがたいものを感じる『ふしぎフレンズ』の接触に、一応は従っておく。

 

「んじゃクララさんや。なぜに俺の背中に乗るんだ?」

 

「そこに背中があったから、フードがつかみやすい」

 

「そんな理由かい」

 

「まぁ案内してほしいところがあるんだな。桂木と日比乃を二人っきりにするのにも協力」

 

百合百合しすぎる二人を見ると、まぁ確かにそうした方が良さそうだ。

 

そして宇佐美さんは、レオに感謝していると同時に、怖かったから少しだけ側にいてほしいと頼んでいる。

 

邪魔するのは野暮すぎるし、何より一応の犯罪被害者なのだ。見捨てるのもアレで、色々と面倒見よすぎるレオは断りきれない様子。

 

そんなのを見て、半眼で『唇』を曲げているエリカに苦笑せざるを得ない。

 

(相棒を取られたからとか、そういうことじゃないよな)

 

「どうするセツナ?」

 

「……チカとひびきの案内頼むよ。栗枝は俺が案内する」

 

「そうした方が『ブナン』かしら?」

 

確かに『ひびき』の本領を発揮させれば、そうそう先刻のようなことは起きないだろうが、出せるものでもないだろう。

 

すると端末には……。

 

『感謝するよ。私の『最高傑作』が、このような雑事で世間に露見するなど、醜悪の極みだからね。

後で私なりの『お礼』をさせてもらおう』

 

などと送り主不明の『メッセージ』が送られており、どんな手を使ったのか色々と不明ながらも、死徒……それも自分の世界では『原液持ち』だった者からのお礼である。

 

きっと一夜明ければ、庭に撒いていた土から、モヤシのように宝石が『ざっくざっく』生る宝物とかに違いない。(願望)

 

そんなことを考えてから、リーナを安堵させるように、耳元で囁いてから別れるのだった。

 

真っ赤な顔をした自分たちに対抗するように、周りでもそんなことが起こったり、宇佐美さんが、背伸びしてレオの耳元に話しかけようとしたり色々だったが―――。

 

祭の中では、そんなこともあるとしてスルーされるのである。

 

「ヒビキとチカは何処に行きたいの?」

 

「うーん。特に無いんだけど、そうだ。リーナとセツナが、普段通っている教室とか見てみたいかも!」

 

「うんうん!! きっとフラスコとかビーカーとか、怪しげなヒュドラの標本とかケータイさんみたいに喋る杖が一杯なんだよ!!」

 

「期待値が上がりすぎ!!(ゲインオーバー)それはセツナの工房のラインナップよ!!」

 

何気に人の秘密を明かしてほしくないと想いながらも、刹那もクララに聞いておく。

 

「アタシは単純に明快だ。美術展示やっているんだろ? 『柴倉みづや』の作品を見たいんだ」

 

初めて知る友人の『雅号』に、少しだけ何とも言えぬものを感じながらも、ストロベリーブロンドの美少女と連れ立って歩く刹那の姿が、色々な人間に動揺を与えるのだった……。

 

祭りは段々と熱を帯びていく。



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第183話『カーニバル・ファンタズムⅣ』

数日前、お歳暮・早めのクリスマスプレゼントのように多くの高評価をいただいた結果、日間ランキング六位にまで浮上したことは、本当に感謝の限りです。

本当にありがとうございました。これからも精進していきます。


 

 

「ううむ、ステージ自体は、最高にいいものが作れた。まさしく歌うたい13使徒が旋律を奏でるに相応しいものだ。惚れ惚れするよ―――私の才能に!!」

 

自画自賛。そうとしか言えないレオナルド・アーキマンこと通称ダ・ヴィンチちゃんの言葉に、作業手伝いであり見学組でもあった廿楽は、ダ・ヴィンチちゃんが不満に思っていることが何となく分かった。

 

技術屋としては最高点を点けられたとしても、芸術家・美術家としてのセンスが彼女を満足させていない。

 

つまりは―――。

 

「客席が寂しいのではないですかな? レオナルド先生」

 

「ミスター・ツヅラ。それな!」

 

何年前の人間だ。としか言えないダ・ヴィンチちゃんの言葉。直近では半世紀以上も前。

 

だが『実際』は五世紀は前の『偉人』が、そんな若者言葉を使うことに少しだけ意外な想いを持ってしまう。

 

現在のダ・ヴィンチちゃんの職業上の立場は、第一高校の魔法講師。百舌谷のように主任講師ではないものの、エルメロイレッスンの『一級講師』であり、いずれは魔法工学科―――略して魔工科『アトラス』の主任講師を務める予定だ。

 

色々と問題児でありながらも、魔法社会を色んな意味で駆け抜ける『時代の快男児』遠坂刹那が連れてきたこの女性(?)は、当初は外部講師という立場だったのだが、いくらなんでもネームバリューが大きすぎる相手を、そんな『外様』に置きっぱなしでいいわけがない。

 

百山校長の大英断もあり、異例と特例づくめの講師職への就任が成された。

 

「まぁ元々は、ここの講師の大半は魔法大学の研究員だったそうじゃないですか。私のように、付きっきりの人間がいた方が安心できるでしょう?

ロマニも雪兎ヒメの動画さえ見れれば、その他の職はきっちりやるわけですし」

 

「なんか僕が単純化されすぎじゃないかなレオナルド!? ヒドイよ! その他にもMAAYAが好きなんだけど!?」

 

そんな着任の挨拶をされて、警戒心やらある種の対抗心とも敵愾心とも言えるものが霧散してしまうのは仕方がない話であった。

 

特に百舌谷教官は、その筆頭ではあったが、そんな風なコントを見せられては、どうしようもなかった。

 

「小生も、ここまで波乱に満ちた人生を送るとは思っていませんでしたな」

 

「魔法師が生み出されてから半世紀は経った、この時こそが変革期になるものだ。

エド・ショーグネイトの時代は270年。その270年間の全てが、安定をして混乱が無かったかといえば違う。

小さな揺らぎが徐々に社会に浸透していき、やがては―――ちょっとした不幸を以て、世界に変革は訪れるのだろう」

 

バタフライ・エフェクトというヤツにも通じる理論を言われて、廿楽も考えてしまう。

 

幕府の屋台骨が揺らぎ始めたのは、やはり天保の大飢饉からの老中『水野忠邦』の天保の改革が失敗に終わったことに起因する。

 

歴史家には諸説あるだろうが、廿楽としては、維新三傑や桜田門外の変が起こる前の『大塩平八郎の乱』こそが幕末の始まりだったと思える。

 

そこから水戸藩の独自教育『尊皇攘夷』が、他藩からやってきた門弟たちから各地に伝わっていき、そして倒幕運動に繋がった。

 

(そう考えれば、遠坂君こそが全ての起点ではあったか。ロマン先生の言葉通りならば、異世界からのストレンジャーによって齎された変革)

 

それを是とするか否とするかは賛否別れようが、そもそも『始まりの魔法師』と呼ばれる存在すら、『何者』であったか不明なのだ。

 

そう考えれば、時代の変化がどこから齎されるかなど、些事ともいえる。

 

そして、ステージ設営を行っていたダ・ヴィンチ先生は、どこからか飛んできた杖に話しかけられて天啓を得たようだ。

 

『ダ・ヴィンチよ! お主は受動で人を魅せることは得意でも、己から魅せることは苦手だな。余が熱唱することは出来なくても、舞台演出ぐらいは協力してみせよう!』

 

「流石は『黄金の劇場』を作り上げた皇帝陛下! ご見物(客人)も主役であることを理解させるための演出はお手の物か!?」

 

『オリンピアの聖火にかけて余が、主役を、舞台を演出するということを教えてしんぜよう!!』

 

そんな言葉を言い合っていると、杖の持ち主なのか一色家の令嬢がやってきて、ダ・ヴィンチと挨拶し合う。

 

ステージの仕上げは、まだまだ手の加えようがあったということだ。

 

現状に満足せずにただひたすらに『前』を見続けるその姿勢こそが、変革をもたらすものの特徴なのだなと気付いて、廿楽は甘菓子が食いたい気分になるのだった。

 

 

† † † † †

 

「あいつら、そんな風に俺のことを語っているのかよ」

 

「アタシとしては、随分と面白いやつなんだなーぐらいに思っていたぜ」

 

「魔法師の印象ってどうなんだろうな?」

 

「人それぞれじゃないか? アタシの中学にも、魔法師としての素質というか、想子を扱うことが出来る奴がいたけど、結局医療高校に進学したしな」

 

早々に己の才能に見切りを着けて、違う分野に進学することもありうるが、それを魔法協会が許すかどうかも問題点だろう。

 

組織としての問題点の一つに、魔法師の進路というのがとてつもなく『狭い』ということに長ずる。

 

魔法師の人権がある種限定されていることに加えて、魔法師が自立と独立を求められている一方で、一方的な仲間意識の共有を求められている『矛盾点』もある。

 

組織の中でも不和があるが、魔法師の権利が脅かされれば、彼らは一致団結するだろう。

 

―――それに『反発』する魔法師がいることもお構いなしに……。

 

仮に脅かしてくる側に親類・縁者がいるから、味方は出来ないとしても、それを捻じ曲げてこちらに着けと言うこともありえる。

 

仮定を重ねていけば、そういうこともあり得る。

 

「魔法を扱うことが上手くなければ、魔法師であることも息苦しいなんてのは、どんな世界でもありえるだろ。

置き換えるのが、芸術でもスポーツでもさ」

 

「そういうもんなのかもなぁ」

 

だが、その息苦しさから逃げなかった人を知っていた。

 

どれだけ『お前には才能が無い』と告げられたとしても、『魔術』を知ることが好きだった人を。

世間の人は無駄な努力をしていると笑ったとしても、彼を知る人間は彼を笑わない。

 

恩があるからではない。適切な指導を受けたからではない。

彼が知る懊悩は、いつか自分たちも感じるものだから。

 

そして、そこから逃げずに前を向ける強さが―――。

 

「ゴッホも生きている内は、全然評価されなかった。宮沢賢治だってそうさ。本当の意味で、己の求めるものを求めるヤツこそが『強い』のさ」

 

「生臭な連中ばかりだよな。魔法師は」

 

生きている以上は現世利益を求めるのが普通であり、別にゴッホも宮沢賢治も売れないでもいいなんて考えだったわけではないが、決して『売れ線』に迎合しなかったのは、やはり「これが書きたい」という想いがあったからだ。

 

そんなこんなで話し合いながらも、第一高校の美術部の展示場に辿り着いた。

 

魔法科高校において魔法を使用しない部活は下に見られるが、芸術、即ち美しきもの、胸躍るものは、時代を越えて人間の『心』を打ち震えさせるものだ。

 

「刹那くん。巡回ですか?」

 

「お菓子を持った手で触れることは無いから、安心してくれ美月」

 

「デートですか?」

 

「そんなところだぜ。柴倉センセー」

 

クララの言葉で、自分の画家としての腕前を見に来たのだと気付いた美月は、ついぞ見ぬ挑戦的な笑みを浮かべて案内すると言ってきた。

 

ちなみにいえば、美月のコスプレ衣装は、オーソドックスに魔女っ子である。

 

そんな美月の魔女のイメージに、何故かネズミの意匠がある。

 

まぁ魔女の帽子(ウィッチキャップ)にねず耳と、スカートから尻尾が生えているだけなのだが。

 

(所詮、ヤツはゴールドヒロインの中でも最弱のネズミー系アイドル、『声』(VOICE)的には七草先輩がやるのが筋な気もするが……ってなんだよ。この電波!)

 

内心の葛藤を押し殺しつつ、多くの画や彫刻、退廃的なイメージもあれば宗教画として厳かなものもあるギャラリーを横眼で見ながら、美月の先導に従い辿り着いた所にあったのは―――。

 

「まずはこれ、私達が入学したての頃をイメージして描いたもの。画題(タイトル)は『サクラキミニエム』。です」

 

満開の桜花が散る吹雪の中に、美月の知己の人間たちが歩きだしたり、天を仰いでいる様子。

 

その中で、八枚花弁の校章ではなく『蒼色の花弁』を持っている男だろう人間と、隣に寄り添う金色の乙女とが、逆方向に歩きだしている様子。

 

「成る程。そういうことか」

 

「どういうことだー?」

 

「簡単に言ってしまえば、この入学風景の中で、この二人の男女は『異質』ということを印象づけているんだよ。実際、歩き出しの方向も全員と違うだろう?」

 

「おおー言われてみれば、確かにそうだ。人物を印象づけた風景画に見えて、実は人物画ってことなんだな」

 

だが、そのモチーフに自分とリーナを選ぶ意図は少しだけ分からなかった。

 

現体制に対する反逆児という意味で言うならば、達也組の面子は全員がそうだろうに。

 

校門に素直に入っていく様子がないのがちらほらいるのだから。

 

「そうは言っても、やっぱり一番の反逆者は刹那くんとリーナじゃないですか。討論会での『アレ』が一番の転機になったわけですし」

 

言いながら美月は、次なる一枚絵を見せてきた。そこには、討論と言うよりも裁判所の法廷のごとき絵図があった。

 

「画題は『逆転Winner』。検事『セブンウッズ』でも導き出せぬ『真実』を突きつける逆転裁判の様子です」

 

「トゲ吹き出しに赤字で『異議あり!』とか、美術作品としてどうなんだよ? というか、こんな感じだったか?」

 

「せっちゃんは成歩堂クンだったのか!?」

 

「そんな所ですね。学内では『あかいあくま』と呼ばれるぐらいに、弁舌も達者ですからね」

 

「現代魔法師が舌の根を使わなさすぎなんだよ。言葉は声は、決して、相手を嘲弄したり追従したりするためだけにあるんじゃないんだから」

 

そういう点では、七草先輩も生粋の現代魔法師ということだろうか。

 

いくらある種の表層思考をやり取りできる連中もいるとはいえ、未だに人類の大半は、脳髄に電極を差し込んだり、そういった思考のやり取り―――SFに出てくるようなテレパシー種族に至ってはないのだ。

 

CADは便利なものだが、それゆえに失われたものは多いと刹那は思っている。

 

術式の深度や信仰の欠如などなど、言っていけばキリがないが、端的に言えば口舌を使用しないことで、『根源』から遠ざかっているとも言える。

 

まぁ魔法師がそれを目指す理由も意味も無いのだから、どうでもいい蛇足なのだが……。

 

そして美月の描いた作品は『連作』だったらしく、年中行事の如く、多くのものを思い出させていく。

 

『プリンセス・マナカ』

なぜかあの戦いに出た面子が、フランスの銃士のような格好で立ち向かう姿。

バックには眠り姫のような沙条愛華(ゾンビ女)の姿の更に背景に、わっるい顔をした愛華の顔が―――。

 

『MIX〜CROSS ROAD 風のゆくえ〜』

 

九校戦の様子を映し出したのだろうが、構図としてはバッターボックスに立つ一条将輝。

魔球ならぬ魔弾を手に腕を大きく振りかぶる(ワインドアップ)降谷……ではなく刹那。

それに対して、キャッチャーミットを大きく構える阿部ならぬ達也。そのバチバチの戦いの横に、多くの人間たちの様子。

主にファーストミットを持つレオ。外野から声を掛ける幹比古―――そしてネクストバッターズサークルにいる吉祥寺。

 

浅倉南役なのか、深雪とリーナに愛梨なども描かれている。細かく見ていけば色んな面子がいるのだが……ともあれ。

 

 

ものすごい『抽象絵画』である……。

 

何かを物申したいのだが、何も言えなくなるぐらいに力作なのだ。クララは、『魔法科高校ってスゴイな―』とか感心しているのだもの。

 

周囲にいる人々も感心しすぎである。

 

一高関連行事ではないが、続いては―――。

 

『宙のまにまに』

 

ポップな画風で、九亜や四亜たちが星々の積み木で遊んでいる様子に、ウサギのような宇宙人が見守る様子が描かれており―――。

 

『ロスト・ユニバース』

 

ライトセーバー的な武器を手に、ウサギ型宇宙人を利用するシラクサの数学者に立ち向かう面子の姿が描かれている。

 

普通であれば、これが真実―――ノンフィクションであるとは絶対に分からないだろうが……まぁギャラリーにいる皆さんが。

 

『いい仕事していますねぇ』『正しく心弾ませるものだ』

 

などと言うのだから、それは野暮というものだった。

 

「刹那くんは、どう思います? 私の絵を」

 

「いいんじゃないかな。人の心を弾ませるものは須らく芸術だよ」

 

「色んな意味で『歴史』を破壊していると思いますけど? それでもいいんですか?」

 

旧い価値観で魔導を操る刹那だからこそ、そこにも一家言があると思っていた美月のようだが、その様子に苦笑する。

 

「別に、芸術は貴族・宗教家・権力者だけに寄り添うものじゃないからな。芸術とは、まずその時代の人間の心を震わせるためのものだからさ」

 

ゴッホも、岡本太郎も、あのダ・ヴィンチですら、別に歴史に残る大作や、己が歴代を越えてどこにでも語り継がれる画壇になってやろうなんて思惑があったわけではない。

 

ただの一文、ただ一言、一枚の絵画だけでも誰かの心に残ったならば、それは創作者の『勝利』だ。

 

その一つ一つが誰かの心を震わせた時、美は完成する。

 

誰かの心に残った時に、たとえほんの瞬きであっても、存在したというだけで価値があるのだ。

 

「まっ、偏屈な評論家よりは余程好感が持てる、芸術家で陰謀家のBBAの受け売りだがね」

 

「前に言っていたお婆ちゃんの話でしたか? タバコも酒も控えないとも言っていた」

 

「そっ、イノライ・バリュエレータ・アトロホルムというクソババアだが……まぁ色々と眼を掛けられたかな。

オヤジの素質を見抜いていたフシもあるしね」

 

何の『研鑽』もなく、どんな『心得』を得ずとも、一振りだけで世界を滅ぼす魔剣。それを創造出来る才ある持ち主などと評していた―――。

 

まぁそれはともかくとして、美しいものと言えば目の前にもあった。眼鏡に隠れて見えないが、その美しさは、見るものが見れば見えるものだ。

 

(何か『近い』よな……)

 

誘惑するつもりではないのだろうが、どうにも最近の美月との距離が近い気がする刹那としては、気が気ではない。

 

既知の人間曰く、あの横浜事変のラストでのことの感想を又聞きしていた限りでは、熱に浮かされているだけだろうと思っておくのだった。

 

そして連作のラストは、衝撃的な作品だった。

対立する二つの陣営。大陸と大和が両極にて殴り込みをかけるような構図。

 

キャンバスを二つに割っての構図の作品『進撃の魔法師』の後には―――『無題』の作品があった。

 

「おおー、これセツナか?」

 

「ああ、そうだ……が、美月には『こういう風』に見えたのか?」

 

少しだけ緊張しながらクララの言葉に答えてから、美月に問い掛ける。

 

「みんなは蒼い少女騎士の『影』だけが見えていたそうなんですけど、私には『もうひとり』見えていたんです」

 

まるで幽霊を詳細に見ていましたと言わんばかりの美月の言葉。

 

本当に眼が良すぎると同時に、この構図はアレすぎた。

 

黄金の輝き―――エクスカリバーを振り下ろす和製の鎧甲冑の刹那を真ん中において、左隣には金髪の少女騎士『アルトリア・ペンドラゴン』

 

そして右隣には……白髪に赤外套の男。肌は浅黒い――どことなく『鋼鉄』を想わせる男の姿。

 

三者が三様に、黄金の輝きを手に振り下ろす様子。美月が力を込めて書いたと分かる。

本当に理解できるものだ。構図も練られたものなのだが……。

 

「なんで『親子3代かめ○め波』みたいになってんだか。オヤジ、余計なことすんな」

 

そんな風に『息子』からは悪態を突かれる作品がそこにあったのだった。

美月からタイトルを付けてくれとせがまれた結果、刹那が出したものは―――。

 

『約束された勝利の剣』

 

即採用されて、美術部の展示ギャラリーに大いに活況を齎すのだった。

 

 

 



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第184話『カーニバル・ファンタズムⅤ』

2019年も残りわずか。

新調したブルートゥースキーボードに難儀している今日この頃。

新話をお送りします。しかし城爪草先生と磨伸先生の同人誌(サンプル)……。

いやぁいい仕事してますねぇ。(え)


「いやー満足、満足。楽しめたぜ―」

 

「クララは芸術家を志しているのか?」

 

「そこまではな。このデジタル万能、CG全盛の時代に油画、水彩画で食っていけるとも思えないしな」

 

アンティークとしての価値などではなく、本当の意味で心を震わせるものであっても絵一つで食っていける芸術家などそうそういない。魔術師以上に世知辛い懐事情というのが、芸術家というものなのかもしれない。

 

永遠の求道。報われるかどうか分からぬ研鑽という意味では通じるものがある。

 

少しだけシンパシーを感じながら、学園出店の一つでチリドッグを食っていると、緑とオレンジが学校見学を終えて、こちらに合流してきた。

 

同時に宇佐美さんもエリカに連れられて、こちらにやってきた様子。

 

「おつかれー。何だか疲れた様子だな?」

 

ボディガードをしていたのだろうエリカの様子に対して、新たなチリドッグを注文してやってきた面子に渡す。

 

「全くよ。宇佐美さん狙いの男どもの多いこと多いこと、アタシには目もくれないとか『色々』と疲れたわよ」

 

「ごめんね千葉さん。何というか、私の場合どうにも注目を浴びちゃうんだ。西城さん。ううん。レオがいてくれればよかったんだけど」

 

その言葉を吐いている最中の宇佐美 夕姫の仕草は、『ごめんね千葉さん』のところで手を合わせて小首を傾げながらの片目瞑り。

 

『何というか』の辺りで頬に両手を合わせて困った様子を表現して、『西城さん』のところから顔を赤くして嬉しそうに口角を綻ばせる様子。

 

これだけの『モテ仕草』を自然と行えるほどに卓越した『役者』の類であり、感情表現が巧みに行える存在。

 

顔立ちは、いわゆる深雪のように『滅多にお目にかかれない美少女』に仕上がっており。

 

服の上からも分かるスリーサイズは『有り得ない』ほど整っている。

 

まぁ男ならば、どうにかこうにか関心を惹きたくなることは間違いない。真正の『モテカワ』である。

 

チリドッグを咥えて少しだけ不貞腐れるようなエリカでは、対抗しきれない。

自分のスペックを理解せず持て余している真正の『モテアマ』とは段違いだ。

 

とはいえ、それだけ整っているとなると一つの可能性を感じる。即ち遺伝子調整……ジーンテクノサイエンスの領域の存在だ。

 

(美しいということは、それだけで一種の共感呪術。美しいものをみるということは、自らを美しくすることだ。本人の魂や霊性が浄化される感覚。それこそが我々の感じる美しさの正体)

 

かつてのバリュエの流派の一つ。イゼルマにて行われていた黄金姫と白銀姫にも通じるが、宇佐美 夕姫という少女を見て感じることは、『冒しがたいほどの美』というよりも、まるで取ってくわれんばかりの小動物感である。

 

正直言って、そういう意味では深雪の方がそこに通じている。

 

話しかけがたいまでの美という意味があり、美しさとは暴力なのだと気付かされるものは、彼女にこそある。

 

(そう考えれば、A組の連中というのは、結構命知らずだったのかもしれない)

 

今更ながらどうでもいいことだが、ちなみに言えば、刹那は深雪以上に美しい人々を見てきた。

 

この世で一番美しいもの。美しい人とは『母 遠坂凛』以外に有り得ない。

 

次点か僅差で『アンジェリーナ・クドウ・シールズ』なのだが。

 

「で、なんでレオがいないんだ?」

 

「衣装合わせ。ダ・ヴィンチちゃんが、ステージ衣装の最終チェックとかで連れて行っちゃったのよ」

 

「リーナもそうだよ。ザンネンだったわねー刹那?」

 

別にそんなこたぁないけど。などと千鍵(みどり)に気のない返事で返しておきながらも、遠巻きにこちらを窺っている連中を見ながら、どうしたものかと思う。

 

「レオは何をする予定なの遠坂さん?」

 

「ミュージックオンザステージ。現代魔法師なんだけど、アイツいい声しているんだよな」

 

「レオが歌うの!? ぜ、絶対見るよ!! プログラムは最終の方なんだね!?」

 

興奮しっぱなしの宇佐美さんの様子に、どんなことがあれば、ここまで『夢中』になれるのか……。

 

というか既に『西城さん』から『レオ』なんて愛称に変わっちゃってるし。

 

そんな刹那の疑念とは裏腹に――――後日、更に深い接触をクリスマスに行う西城レオンハルトと宇佐美 夕姫なのだが、この時はまだまだ、お互いの顔と名前を一致させて、一方が焦がれている。そんな程度だった。

 

それが一変することに刹那とリーナ、ついでに言えば達也も関わるのだが、今のところはそんなものであり、刹那の頭では、彼女らの護衛をどうしたものかと思っていると―――。

 

「ますたぁあああ!!! お酒がのみたいのデース!!」

 

「キャラがぶれ過ぎた言動をするなー」

 

怒号と土煙を上げて、過去に生きた英雄というよりも、ネコの使い魔(擬人化)にしか思えぬお虎が、その身体能力をフルに発揮してやってきた。

 

お虎の格好は、ノースリーブの黒シャツに白いロングスカート。

要は鎧具足を剥いで、白い陣羽織(?)を脱いだ姿である。

 

この真冬にその格好はどうなんだ。と言いたいこと甚だしいのだが、サーヴァントであり雪深い越後の地にいた景虎からしたら、この2095年の気候など屁のかっぱなのかもしれない。

しかし、周囲の男どもの視線を存分に集めてしまう軍神殿であることは間違いないのだった。

 

「お虎、ここは一応学生―――昔風に言えば古刹の学寺なんだが」

 

そんなところで酒を出せるわけがないだろうと言っておく。

かつての直江兼続と上杉景勝とて寺にて学び、そのことが武将としての才覚に繋がったのだから。

 

茶の湯で我慢できんのかい。と言うも。

 

「何をおっしゃるマスター、寺といえば般若湯の湧き出る場所。浄域での禁酒なんぞ、平安末期には破られていたのですよ」

 

とんだ生臭坊主の集団である。ここがヘンだよ戦国時代。

まぁ、戦国の覇者『織田信長』を苦しめたのも、肉食妻帯飲酒オッケーの坊主であったことを思い出す。

 

なのにこの銀髪は、長いこと河内の坊さんとは相容れなかったのだから、最終的に人の行動を決めるのは感情なのだな。

と思いつつ、マスターの首をぐわんぐわん揺らすお虎に物申しておく。

 

「お、お前も歌うんだからと言っても聞かないことは分かる。よって景虎。お前が、こっちのラ・フォンの学生さんたちを見事護衛できたならば、一杯『スキル』で飲むことを許可しよう」

 

スキルって何だ?そういう疑問が全員に発生しながらも、それを満面の笑みで請け負う景虎。

禁酒のせいで、サーヴァントとの関係が悪化するなど前代未聞過ぎる。

 

「いいでしょう! 未熟な女人を守るのも武士の勤め。我が槍の勲にかけて、万事勤め上げてみせましょう!!」

 

親指立てての了承で勢い込む景虎に、計画通りとわっるい笑みを浮かべてから、エリカに問題ないだろうと言っておく。

 

「まぁ宇佐美さんの注目度はスゴイからね。景虎さんもそうだけどさ。今更ながら越後の軍神が、こんな人だなんて……」

「歴史なんてそんなもんだよ。家康の懐広いぜ伝説だって、どこまで信用あるか分かったもんじゃない」

 

概ね、東照宮にお参りに行くことが多い刹那が言えた義理ではないのだが、歴史などそんなものだ。

 

アーサー王が『女』という世界からやってきた刹那からすれば、そういう意識なのだ。

 

だから……。

 

「う、うさみですか、なんという忌み名。ですが、お酒の為ならば仕方ありません。そして字名は違うと見た!」

 

などと一人興奮している景虎を見て、駄目だこりゃと想いながら、まだまだ色々と遊び足りない女子グループを送り出すのだった。

 

「さて、俺はどうしたものかな……」

 

リーナは衣装合わせ。お虎がやってきたのは先んじて彼女の方が終わったからだろう。

 

あちこちにいる知り合いの挨拶に適当に声を掛けながら、ゲストに応対しようとした際に……ある人物からすれば、招かれざるゲストを確認した。

 

「まぁ別に密告する義理も何もないんだが……」

 

変装してまでやってきた『双子』の『まほう』の全てを解体するのも忍びないが、来るならば堂々と正門・礼門から入ってこい。

……ということで双子に接触をするのだった。

 

 

† † † †

 

(われ)ながら上手くいったものだと思う。

 

最終的にこっそり出ていくとしても、いずれは家令である二人、名倉と竹内にバレるのは間違いないとしても、姉のマルチスコープをどうやって偽装するのかであった。

 

能動的に発動させられるこの遠視の魔法を偽装するために双子がやったのは、一種の『コバンザメ戦法』であった。

 

魔法科高校の行事である以上、やってくるものの多くは魔法関係者が多い。

 

もちろん今回はそれにこだわってはいない。本当にオープンなものだが、やってくる面子の中に、魔法師がいないわけがない。

 

逆にサイオンを発することない非魔法師に『くっつく』ことでも良かったのだが、二人が見つけたのは10人ほどの塊となっている集団。

 

銀髪に赤眼の人外の魅力を発する人間を先頭にして歩いていく連中だった。その内の一人は九校戦で姉と死闘を繰り広げた女であったのを思い出したが、その連中がこれ見よがしに放つサイオンの『場』に自然と溶け込むことで、姉の眼を誤魔化した。

 

「そもそもお姉さまの『マルチスコープ』は、強烈な魔力の勢いの前では弾かれてしまいますからね。

あの幻影旅団のような方々も気づいていたでしょうが、まぁ何も言わずにいてくれたのは僥倖でした」

 

「けれどその後に、克人さんにちょっかいを掛けたのはいただけないよ。遠坂先輩と何かを『していた』後に、すぐさまだよ。あの女は敵だ!!」

 

「まぁそれは同意ですが、そもそもお姉さまと克人さんが本当にそういう仲になるかは不確定ですしね」

 

泉美としては、あまり見当違いな怒りを向けるのも疲れてしまいそうだった。とはいえ、この場合悪いのは克人の方ではないかとも思う。

 

(あれは九校戦で一高の覇道に土をつけたイリヤ・リズ。お姉さまの出ていない競技でしたから詳しく撮らずにいた、アイスピラーズとミラージで一位を取った人でしたね)

 

こんなことになっているならば、録画範囲をもう少し多めにしておくのだった。そう想いながら、イカ焼きをぱくついていた双子―――改めて見ると、この第一高校の規模はバカが付くくらいデカイ。

 

様々な魔法に関する実践から技術開発までやるのだから当然なのだが、そのキャパは3学年合わせても600人。途中退学者を出したとしても500人弱になるだろう生徒と関係者だけでも、十分にお釣りが出てしまうものだ。

 

「宝の持ち腐れだったんだろうな。けれど、こういうのボクは好きだな。普通の学生じゃないなんて意識でいてばかりだと、何かつまんないよ」

 

「私達も、別に処女の生血や生肝を食らって力を得ている訳ではないことを示すにはいいですからね。ただやっぱり「まだまだ」はっちゃけが足りませんね」

 

「照れがあるんだろ。今まで岩石みたいに内外のイメージ通りのことしかしてこなかったからな。中学までは普通の学生だったのに、ここに来た途端に極端すぎるが」

 

「それもそうかー。まぁ中学の文化祭なんて素人劇をやったり、合唱やったり―――ん?」

 

「ううん?」

 

双子の会話にヘンなノイズが入ったことを理解して、双子はお互いに顔を見合わせる。お互いに似たような顔を認識した後に、後ろを振り返ると色々と既知の人間がいた。

騎士風の衣装ながらフードがあるとか現代風の騎士(イマジネイトナイツ)とでもいうべき男の姿が。

 

「遠坂先輩!?」

 

「よう。香澄・泉美。しかし、驚いたな。この格好で俺だと一発で分かるのか?」

 

「普通の人ならば、その金色の髪で誤魔化されそうでしょうけど、私達はお互いの顔を見比べる時がいつでもありましたので。お久しぶりです、ロード・トオサカ」

 

驚きの声をあげた香澄に対して、理路整然というほどではないがネタ明かしをする泉美は一礼をしてくる。

 

その言葉に成る程と思う。眼の錯視や違和感の発見をするために、『視る』という行為は鍛えようと思えば鍛えられるものだ。

一流の外科医が、レントゲンを見ただけで患者の病理を発見出来るのは、彼らが多くのレントゲン写真を見ているからだ。

 

それは不健康なものは当然で、健康なものの写真を何枚も何十何百、何千何万という数の『身体』を視ることで、一見しては分からぬ違和感を感じ取ることが出来ると聞く。

 

(もっとも、既にこの時代の医療技術はレントゲン写真一つとってもかなりの精度を持って、患者の病巣を見抜くらしいが)

 

ロマン先生も、このシステムを利用した上で、多くの患者を死の淵から生き返らせてきたようだが……。

それでも最後に頼りになるのは『己の眼』のみ。最後にシステム頼りになりがちな錯視を補うためには、己の眼を鍛え上げることが必要なのだ。

 

「お前さん方が、受験戦争真っ只中だってのに、ここに来るということは聞いていたが、いいのかよ?」

 

「父さんは、首席・次席を取ることを期待しているけれどさ。七宝の連中がなんていうか『煩い』んだよね」

 

「香澄ちゃんの言う通り、下馬評通りいけば七宝家の琢磨さんが首席に立つでしょうね」

 

辟易するように頭を掻く香澄の言葉に、大仰な仕草こそないが泉美も同感のようだ。

魔法能力の試験というのが、予備校や模試にあるわけがない。

 

だが、公にそういうことが出来る訓練場が私設・公設問わず存在しているわけで、特に魔法協会は、この施設の活用を奨励している。

勿論、財力あふれる数字持ちの家では『私設』訓練場を利用することが当たり前だが。

 

「まぁ別にそこに関しては俺はノータッチだ。入学試験で『色々』あったからな。望む進路が取れるならば、『ごにゃごにゃ』言わんとこう」

 

「先輩のことは聞いていますよ。舐めた態度で入学試験を受けたってお姉ちゃん言ってましたから」

 

「ありゃ今の一年の学年主任がわるいんだ。付属物(CAD)なんざ要らないって言っても聞かなかったんだから」

 

「気持ちは分かる気はしますね。その学年主任の方の。どうせならば宝石でも出せば良かったのでは?」

 

こちらの顔を左右から覗き込むような双子。からかうように言われて苦笑せざるを得ない。

 

もっとも、最初っから『一科』に入れればいいだけ。という想いだったのだから、その言葉に特に痛痒を感じない。

 

とはいえ、達也が二科にいるならば、二科を糾合してキャピュレット家とモンタギュー家のごとく戦いを起こすルートもあったかもしれない。

 

そんなわるい考えを察したのか、双子から『やめといてください』と言われた。

 

「まぁ七草先輩も本気で止めようとはしていなかっただろうからな。というかお前らはギアス程度では止められない」

 

「いや、アレは本気だった! ボクたちが、この校舎内で魔法を使用すると思って、混乱の芽を潰そうとしたんだ」

 

混乱の芽になるつもりなのかよ。香澄に思うも、まぁそれは否定できないわけで、その前に自分が見つけたわけである。

 

「お前のことだから、十文字先輩にちょっかいを掛ける四高のイリヤ先輩に、蹴りでも叩き込むつもりだったろ。仮面ライダーアマゾンズのように」

 

「なんでそのチョイスなんでしょうか? せめてもっと蹴り主体のライダーにしてください。キックホッパーのように」

 

「ボク、そんなことしないもん!! パンチは入れるかも知れないけど!!」

 

そっちかよと想いツッコミながら、監視員だとして双子の後ろにいた刹那だが……。

 

ヘンな魔力の『匂い』を感じる。別に放っておいてもいいんかもしれないが、何事にも万が一ということはあり得るのだ。

 

セントラルヒーティングが効いている校舎ではないが、校庭や広場などが特別寒いようにも出来ていない。

 

暖気循環システムが効いてきたことを確認してから、それらがあまり効いていない場所に赴くことにする。

 

「校舎裏とかなんかワクワクしますね」

 

「一応、俺とリーナのイチャラブスポットなんだがな」

 

「ナニをやってるのさ!?」

 

「みなまで言わせんなよ……」

 

刹那の言葉にボッと一瞬で真っ赤になる双子だが―――もちろん真っ赤な嘘である。

 

とはいえ、こういう監視があまりされていない場所というのは、何かしらのあくどいことにも使われかねない。

 

定期的な巡回や一種の監視は行っているのだが……。

 

「ワザワザ『魔法』を使っているってことは、疚しいことしていますよってことだからな」

 

「なんだろね泉美?」

 

「なんであろうと面白そうですね香澄ちゃん」

 

追い返そうかなと想いつつも、ここでゴネられてもあれなので着いてこさせる。先程のナンパグループじみた連中が、またぞろということもありえるのだから。

 

そしてこの時代の最先端を行く第一高校の色々と、『昔』の高校らしくてらしすぎる場所に赴くと―――。

 

 

「このリヴァイアサンスーツすごいよぉ! 流石、暴竜タラスクのお母さん!!! 一高のエネルギーは全てもらっている!! サーヴァントユニバース!!!」

 

『『『『クエックエッーーー♪♪♪』』』』

 

どこから現れたのかは知らないが、多くの『ペンギン』たちの大合唱を受けながら、ペンギンパーカーを纏う少女が、舞い踊っていた。

 

香澄は口をあんぐり開けて、驚愕して全身が白くなっていた。

大まかに言えば、呆然であり驚愕したというところか。

 

反対に泉美は、その少女を見て眼をキラキラさせていた。

もう憧れの存在か天上の女神にでも会ったかのような反応である。

 

二者二様の反応を示しながら―――最後の一人、刹那は笑いを堪えながら……口を開く。

 

「上手く変装したつもりだろうが、お前のような深雪がいるか!! 魔術王ゲーティアの手し……ばぶっふぅうう!!!

ダ、ダメだ !! やっぱダメだ!! どうしても笑ってしまう !! ぶははは!! さ、最高すよ深雪さ―――ん!!」

 

盛大な笑いを上げる刹那。地面を叩いて笑いをこらえようとする様子に『笑顔』で深雪は―――グーパンを連発で叩き込むのだった。

 

その時の様子を後に七草香澄は、こう語る……。

 

『いやぁ、確かに遠坂先輩も悪かったとは思うんですけどね。普段の深雪先輩を知っているだけにギャップもひとしおだったんですよ。

ちなみに、あの時の深雪先輩は司波深雪じゃないっす。あれは間柴深雪っす!』(錯乱気味)

 

死神の如き深雪が落ち着くまで―――残り3分……。

 

 




最後のフォントに関しては、分かりにくいかもしれませんが、一路大マゼラン銀河を目指すアレを意識してみましたが、分かりにくいかなー。



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第185話『カーニバル・ファンタズムⅥ』

前半部分はいつぞや没った場面の再利用。

具体的にはバゼットとの訓練シーンとかそんな辺りをリライトしつつということです。

そして未だに手に入れていないのだが、知ってしまった新事実。

三田先生―――!!! 一年後かぁ(涙)

というわけで新話お送りします。


 

「げぷっ!!!」

 

 深雪にぶん殴られて、吹っ飛んで意識が飛ぶ。ああ、こりゃ今度こそダメかな。そんな予感の元―――意識が飛んでいき、見えたのは……見覚えある道場。

 これは夢か? それとも死後の世界とは、思い出深いところに行くものなのか?

 

 そんな想いで振り向くと、そこには―――見覚えある人が一人、かなり……訂正、『ちょっとだけ若い』容姿で着ぐるみを着込んでいた。

 もう一人は全然知らないが、自分の魔法の杖ならば、かなり既視感あるのではないかという人が、とんでもなく『エロい衣装』で立っていた。

 

「うかつな選択肢で即BAD END。このばかちんがぁ! と遠坂さんから罵られそうな刹那を助けるセーフティスイッチ。それこそが、このジャガーマン道場であーーーる!!! そして私は道場主であるジャガ村タイガーである!!」

 

「お、押忍! 自分は、ジャガ村師匠の一番弟子であるモーストデンジャラス・ビースト1号。気軽に『りーちゃん』と呼んでください『先輩』!!」

 

 布地が少ない衣装、何かの獣を模したらしきコスチュームから、ぷるんっと弾けるマシュマロに眼を奪われながらも、ツッコミを入れざるを得ない。

 

「紹介された名前から、その愛称が着く要素がどこに!? というか大河おばちゃんも、 バカなことをやってないで、ぶげっ!! 夢か死後の世界のはずなのに超痛い!!」

 

「うろたえるな小僧ーーー!! 時はまさに世紀末、されど正気でいられるなんて運がいいぜYOU!! 」

 

「先輩は、とんだtough boy(たっぽい)ですね師匠。ですが深雪さんの拳で倒れるとは、やはり武器を使った方が良かったのでは?」

 

「それじゃダメだよ、りーちゃん。拳を突き合わせてこそ分かるものもあるんだから、そんな刹那に足りないものは―――うーーん。特に無いかな? そういうゲームじゃないからね。これ」

 

「マルタリリスランテ丸も同然の深雪さんに対する配慮(デリカシー)は欠いていたのでは?」

 

「仕方ないんだよ。刹那は、かわいい子や気に入っている子はいじめたくなっちゃう遠坂人間なんだもの。遠坂さんの血と士郎の血がいい感じでMIXされれば良かったのに、梶くんと雄馬くんのごとく」

 

 何の話だよ。もう何だかツッコむ気力も無くなるほどに頭が痛くなる道場主(既視感あり)と、その弟子のマシュマロ(全く見覚えなし)。

 

 そんな二人から目線を外して見ると、現世への階段を見つける。胡散臭さ八割以上ながらも、こんな所にいつまでもいられない。

 

 そういう想いで、一歩を踏みしめると……。

 

「あれ? 帰っちゃうの刹那? もう少しここにいればいいのに」

 

 気楽な調子で言う大河おばちゃん(ヤング)に言われて、少しだけ立ち止まる。

 

「いいんだよ。あんまり強くなろうとしなくても。理想は尊いとしても、それを行うために自分を捨てることは、遠坂さんも望んでいないんだから」

 

「――――」

 

 背中に掛けられる言葉に、泣いてしまいそうになる。

 

 だが、それは許されないことなのだから……。振り返り甘えたくなるそれを打ち捨てて、それでも……。

 

「大河おばちゃ――――」

 

「ダメですよ先輩!! アナタは、BAD ENDコーナーから出ることを選んだんですから、ジャガ村師匠を見ることは許されません!!」

 

「結局、ここは何なんだよ!? つーか、あんたは、だれ――― うわっ! やわらかっ―――じゃなくて!! くそうっリーナと同格かもしれない胸とか卑怯すぎだろ、わぶっ!!」

 

「はいはい! お帰りはこちらですよ!! では―――頑張ってください。私も応援しています。アナタが幸せを掴むことを――――」

 

 そんな言葉と同時に薄紫色の髪をした少女は笑顔のままに―――刹那を現世への道を戻すのであった……。

 

 † † † †

 

「―――気は済んだか?」

 

 白昼夢のごときヘンな夢から復活すると、腕を組んで引き攣った笑みを浮かべる深雪の姿。

 

「普通に立ち上がっている!! 遠坂先輩は不死身なのか!?」

 

「ああ、別に『聖剣の鞘』を仕込んでいるわけじゃないが、それなりに『自動治癒』の機構は備わっているんだよ」

 

 間柴深雪も一頻り俺を殴って気は済んだようで、息を整えている。

 

 周りにいたペンギンたちも『落ち着け』と言わんばかりに羽をはためかせて、鳴き声を上げている。

 

「言っている意味は分かりにくいですが、納得しておくとして―――ロード、こちらの方は―――」

 

「そもそも! 刹那君が、あんな大笑するから悪いんじゃないですか!! 殴ったことに対して私、謝りませんよ!!」

 

 泉美の言を遮る形で威嚇するように腕を振り上げる深雪が近くに迫る。

 

 荒ぶる鷹のポーズならぬ荒ぶる人鳥(ペンギン)のポーズを取る深雪に、『しーしーどーどー』と落ち着けと言っておく。

 

 顔を真赤にするぐらいならば、そんな格好をしなければいいのに。

 

「いや、考えてみろよ深雪。お前は学内では超絶ブラコンの完璧超人の美少女で、魔法科高校の支配者(フューラー)と想われていて、影ではデーモン閣下の転生体、地上に降り立ったカーズ様とも言われているんだぞ。

 そんなお前が、こんなイロモノすぎる衣装を着て昂揚していたらば、知っている連中は誰だって大笑いするわい」

 

「後半が全然、賞賛・礼賛に聞こえない……」

 

 香澄の呟くようなツッコミを聞きながらも、その事を言われた深雪は少しだけ詰まる。

 

「そ、それはそうかもしれませんね。イメージって大事ですもんね。ちなみに聞きますけど、リーナがこんな格好していたら、どう思います?」

 

「愛しくて愛しくて俺も同じようなペンギンパーカー(ver ペンペン)を着るかな?」

 

「お前も氷人形にしてやろうかー!!!」

 

 デーモン深雪閣下のエターナルフォースブリザード(局所)をいなしてから、なんでそんな『霊衣』を着込んでいるのかを聞くことにする。

 

 いい加減、事情を聞いといた方が話が進む。何より先程から親の仇を視るかのようにしている泉美がイタすぎたのだから。

 

「そうですね。奇しくもこんな摩訶不思議アドベンチャーな現象を起こした衣装の発端は、アナタの専門でしょうからね。聞いてもらいましょう。では回想スタート。

 ホワンホワンホワンミユミユ〜〜〜」

 

 深雪の頭から煙のようなものが出てくる様子を幻視しながら、彼女からことの発端を聞くことになる。

 

 

 † † † †

 

 ハロウィン・パーティーの開始まで一週間と迫り、平日の放課後。休日の登校も費やしている現在において、衣装を作れるのは今日ぐらいだろう。

 

 パーティー前の最後の日曜日。これを利用して仮装衣装を仕立てるのだ。首尾よく兄を『ひん剝いて』寸法を手に入れた深雪は、意気揚々と馴染みのブティックに向かった。

 

 大きな袋。いわゆる衣装の生地に糸にと様々なものを入れたものを持っていた深雪は、誰にも邪魔されたくない思いを発しながら向かっていた。

 

 もちろん、美少女が一人で歩いていたらば声を掛けたくなるのが男の性というもので、そんなある種『鬼気迫る』深雪に声を掛けて、あえなく辛辣な言葉のオンパレードで轟沈をする。

 

 彼が浮上してくる時にはドM属性の深海棲艦(♂)になっているだろうが、まぁそんなことは深雪には関係がない。

 

 いざ、兄と自分の衣装を仕立てるべく進撃するのみだった。

 

 

「こんにちは、頼んでおりましたものですが、店長さんいらっしゃいますか?」

「おや深雪ちゃん。いらっしゃい。要件は窺っていますよ」

 

 ブティックの門を潜ると、思案顔で端末を弄る女性が気づいて、こちらに顔を向けながら声を掛けてくれた。

 

 ブティックには彼女以外のスタッフはいない。昔からの顔なじみで、更に言えば、この女性は四葉の息がかかった人物なのだ。

 

 だから深雪もここでは安心して買い物ができる。

 

 最近では、この手の偏執的なまでの隠蔽工作が逆に疑念を抱かせるんじゃないか? と四葉家中・一門衆全員が気づき始めたが、まぁそれでも、芸能人の髪の毛を『売り捌く美容室』が噂に上る時代もあったのだ。

 

 何から探られるかは分からない。特にここまでの情報化社会となると―――どこから情報が漏れるかは分からない。

 

「テーラーマシンの使用ですね。場所は分かりますか?」

「大丈夫です。ありがとうございます」

 

 多腕式の自動工作機械たるそれの巨大さは、家庭用のものであってもスペースは取るわけで、こういった専門ショップともなると奥のスペースなのだが――――。

 

「ふぅむ…………」

 

「……」

 

 何となく今日は、思案顔の店長が気になってしまった。本当ならば、早速兄と自分の衣装を仕立てて細かなフィッティングをしなければならないのだが……。

 

 端末を前にして考え事をしている原因を聞くことに。

 

「ああ、ごめんなさい。お客様が来ているのに、こんな顔をしていては接客業失格ですね」

 

「いえ、お構いなく。ですが、店長さんが悩んでいることは知りたいですね」

 

 ここは深雪及び母である深夜も安心して買い物をしていた店なのだ。思い出がある場所の主がこんな顔をしていれば、解決してあげたくなるのが人情というものだ。

 

 観念したのか店長は口を開いて、原因を話してくれた。

 

 ことの発端は、この店の端末にある衣装のアップデートをした時のことだ。

 衣装のアップデート……即ち、ここで深雪と同じくテーラーマシンを使って何かの衣装を作る人間のためのデフォルトの衣装の登録は月に一回。

 

 時には、大人気のVRゲームやライトノベルのキャラなど、2090年代の日本でもある流行り廃りの速さ次第で、店舗も様々な変化が求められるのだ。

 

 最近では葉桜ロマンティックのアニメ化と、SAOの第54期が放送されたことによる変化が起こったぐらいだろう。

 

 それはともかくとして、店長はそれらのアップデートと同時に送られてきた『不可解な衣装』が気になっていたのだそうだ。

 

「私も客商売を生業としている身。若者の流行りには敏感にアンテナを立てているつもりですが……この『ペンギンパーカー』には、本当に見覚えがないのですよね」

 

 そして簡易端末の画面をくるっと向けてきた深雪の眼に入ってきたのは、確かにペンギンパーカーであった。

 

 フードにつぶらな眼を描き、バイザーをクチバシに見立てて、必要以上にだぼついた袖がペンギンの翼腕に見立てられていた。

 白と黒と黄色でのみ構成された身体に、アクセントとしてなのか蒼いバタフライリボンがフードの側面に着けられている。

 

 なんてイロモノ極まる衣装であり、この真冬の時期に着るものでもないことが、事更に不可解さを招いていた。

 ペンギンがいくら南極に住んでいるからといって、この衣装では寒さも凌げまい。

 オマケにペンギンなのに『リヴァイアサンスーツ』という名称なのだ。

 

「私も見たことはないですね。どんなフィクション作品の衣装なんでしょうか?」

 

「達也様ならば、ああ失礼。深雪ちゃんのお兄さんならば、分かるかと思ったんだけどね」

 

 四葉としての敬称と荷物持ちをしてくれていた少年の姿を覚えてくれていた店長に苦笑しながら、更に話を伺うと頼んでもいないのに既に素材も注文されていたらしい。

 

「不正アクセスでは?」

 

「だとしたらば、そのハッカーはヘンな人間ですね。だってお金は既に支払い済みなんですから、不利益といえば精々在庫を圧迫するぐらいですし」

 

 何とも不可解な事態。しかし―――その女店長は気づいてしまった。

 

 そう言いながらも、深雪の眼は『がっつり』そのペンギンスーツに向けられていることに。

 

「…………ペンギンなのにリヴァイアサンですか……」

 

「み、深雪様?」

 

 四葉の家中に詳しくないとは言え、彼女の親のことも既知であった店長は、そういった敬称で気付けを行いたかったのだが、彼女は視線を端末から外さなかった。

 

 そして言ってのけた。

 

「店長さん! その素材から衣装インストールまで、私買います!! せっかくのお気に入りの店に不利益を醸すのは心苦しいですから!!」

 

「えええ―――!! これを作るんですか!?」

 

 普通のパーカーよりも『コスプレ感』ありすぎるものを作ると言って聞かない深雪に、ご乱心めされたか? と言いたいのだが、もはや深雪は止まらなかった。

 

 すぐさま己の端末を操り決済をしてきたことで、もはや店長としては、素材を渡さざるを得ない。

 

「では今度こそ、機械をお借りしますね♪」

 

 そうして店の奥に引っ込んだ深雪を見送ることしか出来なくなる店長。

 

 深雪が向かった先には、テーラーマシンの最上位機種たる12本のアームを備えたものがあった。別名『阿修羅弌霧銀』

 

 作業台の上に布地をセット。デザインエディターを立ち上げる。

 

 データをマシンに読み込ませる。

 

 兄のハロウィン衣装。深雪の衣装―――そして。

 

「どこの誰のデザインであるかはわかりませんが、この衣装、私の心の琴線に触れました。

 作り上げてみせましょう!! リヴァイアサンスーツverメルトリリス!!!」

 

 そして衣装は仕立て上げられていく。12本の腕が動き3着の衣装を作り上げるまで、時間は然程かからなかった……。

 

 ・

 ・

 ・

 

「といったことがありまして、女神と天使のような衣装でいると注目度がすごすぎましてね。B組の後藤君を見て、持ってきたこちらを機を見て着たらば―――」

 

「クエックエッ」

 

「キューキュー」

 

「ギエピー!」

 

 などと嘶きを上げるペンギンの群れが召喚されたということらしい。最後の一羽は違うような気がするが、まぁとりあえず危害があるわけではないようだ。

 

 しかし……。

 

「よくそんな謎な衣装を作ろうと思ったな。ちなみに言えば、その衣装は一種の魔術礼装『霊衣』というものになっているぞ」

 

「や、やっぱりそうだったんですね。なんてことなのかしら……けれどこのペンギンパーカーは、いいものなんですよね」

 

 偶然か意図してか、いや意図されたものなのだろうが、裁縫の糸の配置、縦糸と横糸の配置から偶然できた図形が『魔法陣』となってしまっていた。

 

 確かに時に縁起や霊相、地脈の関係で意図しない『霊障』が起こることはありえるのだが、そういうのは土地のセカンドオーナーが事前にコンサルタントとして色々やっているものだ。

 

 事実、大地主であった祖父・時臣は宝石商という表向きの職業の他に、経営コンサルタントとして土地を貸し出している商業施設に赴いては、さりげなくそういう風な災いを防いでいたそうな。

 

 もっとも後に母の後見人となった神父が杜撰な管理をしていたせいか、母の代ではかなりの実入りが減ったとかなんとか。

 

「とはいえ、封印するには強力すぎるな。この魔法陣」

 

「そんなものがあるんですか? ボクには見えないんだけど」

 

「よく目を凝らせば見えるよ。頭のつぶらな眼から背中に入る形でな。六芒星に繋がる糸筋が見える」

 

 香澄は『失礼します』と言ってから深雪の背後に回って、眼筋に魔力を込めて見抜いたことで「おおっ」と感嘆の声を挙げていた。

 

「好奇心旺盛なお嬢さんね……で、刹那君。この子たちは一体……」

 

 戸惑い気味な深雪の言葉に対して、ここぞとばかりに深雪の前に躍り出るコートを羽織った泉美。

 

 その眼は先程よりもきらめいている。

 

「七草家の一員である七草泉美です! あの深雪先輩、いえ深雪お姉さまと呼ばせてもらってもいいえしょうか! いえゴッデス深雪、ヴィナス深雪様と呼ばせてもらってもかまわないぐらいです!!」

 

 手を組み合わせて、深雪を憧れの眼で見てきたことで流石の深雪も引き気味である。

 

 確かに彼女は、多くの同級生から畏怖や畏敬の念、憧憬の目線で見られることが多いが、純粋に思慕の念で見るものはいない。

 寧ろ彼女の方こそ思慕の念を以て魔王長官総統閣下(刹那命名)を慕っているので、そうなるとは予想外だったのだろう。

 

 魔王元帥陛下長官(リーナ命名)曰く、深雪は同性からの評価は高いのだが、それでも『肌が雪女みたい』などと言われることもあるほどに、まぁ純粋に慕われたということはないそうだ。

 そんなわけで、そういう風に見てくる泉美に純粋に戸惑い気味である。一昔前の格式高い女学校の上級生と下級生のごとき関係であり、百合の花の匂いが何故か鼻を突くのだった。

 

「え、ええと。とりあえず七草さ『泉美と呼んでください。深雪先輩の知る七草は3人はいるんですから』―――そ、そうね……」

 

 正確に言えば深雪も御当主の若かりし頃のことを知って、彼女らの父親とのことも聞き及んでいるそうだ。

 

(こんな風に叔母様もアタックを受けたのかしら?)

 

(さぁ?けれど、であればまた『違った未来』だったんじゃないの?)

 

 考えるに、場合によっては眼の前の双子や前会長も存在していなかったかも知れないのだ。

 深雪からの短波の念話を受けて答えながら、とりあえずどうしたものかと思う。

 

「とりあえず何か疚しいことをしていたわけではないが、こいつらをどうしたものかと思う。ペンギンと双子」

 

「倒置法でペンギンと同列に扱われた!?」

 

『『『キュピーキュー』』』

 

 落ち込むなよブラザー(女だけど)と言わんばかりに、慰労のつもりか香澄をポンポン叩くペンギンたちのシュールな絵面を見つつ、とりあえずペンギンを『帰還』(リターン)させるように深雪に言うが……。

 

「やろうと思えば出来るんですけど、お兄様に『生魚』を調達してもらうように頼んでしまったもので」

 

「さっきから見えないわけだ」

 

 こんな状況になっても妹の前に現れない理由がようやく知れた瞬間だったが、状況は好転していない。

 

 というわけで―――。

 

「まぁとりあえず変装してはいるわけだし。ほれサングラス、俺もそろそろピザの方にいかなきゃならないんだが、お前を放っておくわけにもいかんしな」

 

「流石は男前のロード・トオサカ、いえ刹那先輩。お姉さまのために尽力するとはGJですね」

 

「お姉さまって―――泉美さん。とりあえずアナタのお姉さんを私は良く知っています。家族であるアナタの方が、更に知っていると思いますけど―――。

 自分という『姉』がいるというのに赤の他人を姉と慕うのは、先輩からすればあまり気持ちがいいものではないと思いますよ」

 

 突き放すような深雪の一言、それに対してうぐっと少しだけ呻く泉美。九校戦で見知った深雪は女神のようだったと礼賛する泉美は少しだけ落ち込むも……。

 

「た、たしか深雪先輩は、今年度の入学総代を勤めたとお聞きしております……」

 

「ええ。ただ私がトップを取れたのは、その時だけ―――中間や期末では、遠坂刹那に実技で頭を押さえつけられている状況です」

 

 なんの話であったかは分からぬが、それでもそれを確認した泉美が『笑み』を浮かべるのを刹那は見逃さなかったが、それ以上に恨みがましい眼を少しだけ向けてくる深雪に、舌を出して意趣返し。

 入学時は色々と特殊な状況だった。だが刹那の身には遠坂家二百年以上もの研鑽が詰まっているのだ。

 

 言っては何だが『ぽっと出』の半世紀程度の家系に負けるようでは遠坂の名折れである。

 何よりエルメロイレッスンの為にも、学業は疎かにしていないということを示さなければならない。

 

 元々の世界での研鑽も含まれているが、最終的には―――俺も遠坂人間ということだった。親父は泣いてもいいと思う。

 

 大きめのサングラスを掛けて、変装を完了させた深雪を見てから―――この双子はどうしたものかと思っていると……。

 

「よし! こっちも準備は万端ですよ!!」

 

「香澄ちゃん……その衣装はなんですか?」

 

「これ? さっき司波先輩が間柴深雪(?)になって、遠坂先輩を殴っていた時にどこからか現れたんだよね。

 これって『大昔』の女子用の体操服『紺のブルマー』と『蒼ジャージ』ってやつだとおもうんだけど」

 

 さっきの深雪の話(四葉云々はぼかし)を聞いていたというのに、この子は―――だが、喜色満面で着込んだ衣服を見せつける七草香澄のジャージの名札に『FUJIMURA』と書かれているのを見て―――。

 

(まさか、な……)

 

 と心底の苦笑を浮かべるしかなく、ジャージの背中に『○』という囲いに『虎』と書いてあるのは全力で見逃すことにするのだった……。

 



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第186話『カーニバル・ファンタズムⅦ』

さようなら2019年 こんにちは2020年。

だというのに、朝っぱらから眼鏡をぶっ壊す失態(涙)。

一応、予備の少し度が弱めのものがあったのですが、なんかダメそうなのですぐさま瞬間接着剤で直しました。(フレーム部分が真ん中から折れただけ)

2019年最後の厄がこれですぐに払ったならば、来年はいい年になると思いたい。今日、このごろ。

本年も、今作を何卒よろしくお願いします。


 

「何でだろうな。初めて訪れたはずなのに、『二週間』ぐらい通ったような経験があるように感じる……」

 

「既視感って恐ろしいですね。ちなみにいえば私もです。更に言えばその時に、セルナとアンジェリーナが同棲していることを知った気がします。」

 

二人して何を言っているのやらと同行者たちは思うも、何故かそれはそれで正しいように思えるのだった。

 

わざわざ休日に魔法科高校の制服を、しかも遠くの土地で着る必要も無かろうと私服で出てきた金沢の三高の面子は、その容姿の良さから来賓だけでなく一高の面子からも注目を浴びる。

 

「さてと、司波さんに挨拶して、デートに誘って、よし完璧だな!」

 

「穴だらけだよ。忍城攻めの石田堤ぐらい」

 

「ふふふ。ガーネットは『歌劇の匂いがする』と言って先行しちゃいましたが、その分私はセルナを誘ってデートに勤しみますか」

 

「どうやったらば、そんな計画が立てられるんだよ」

 

二人の『イチ』にツッコミを入れた吉祥寺としては、それにしてもここまで大規模なものになるとは思っていなかった。

 

魔法科高校。非魔法師の人々からは魔法大学附属と呼ばれるところは、若干の気取りがあるというのが大まかな評価だ。

 

それゆえ、こうしたイベントがあっても客入りなど然程ではないと思っていたのだが、ご覧の通りなのだ。

一色たち女子陣は、一高でも目立つグループたる達也組の面子がそういった交流があるという風に言ってきたが、彼らだけだろうと思っていた所にこれだ。

 

変革を求める心を発信して、魔法師全ての栄達を促し、その上で魔法師・非魔法師に関わらず多くの人を惹き付ける……時代の生んだ快男児。

司馬遼太郎著の『竜馬がゆく』における坂本龍馬像のごとく、彼にはしがらみが無い。精々、USNA所属の魔法師というところだろうか。

 

別に日本(他国)だから彼は自由なのではない。必要とあれば、国という立場を越えて動ける男なのだ。

立場が自由。己で立脚した男だからこそ、彼に多くの人間は魅せられてしまうのかもしれない。

 

つくづく―――『危険な男』だ。一条将輝を魔法師界のプリンス、グランドマスターにしようとしている吉祥寺からすれば、目の上のたんこぶなのだ。

 

「少しだけ時間が遅かったけれども、どうやら刹那くんのピザ焼きには間に合いそうだね」

 

「TRPGでいえばアヤツのクラス(職業)ってなんじゃろうな……」

 

「ルーンクッキングファイター」

 

色々混ざり過ぎな刹那の現状。ともあれ既知の人間とか様々な名士からの挨拶を場にそぐわないくらい受けてから―――二人を探そうとした時である。

横合いからハロウィンということを抜いたとしても面白おかしい集団が、三高1年集団の前を横切ろうとしていた。

 

「この弟子七号こと『せっちゃん』が一高に入学した暁には、このタイガーオブハートの名に懸けて、全てのトラブルシュートを行いますよ!!」

 

「そこは『なっちゃん』でよくね? 弟子ゼロ号で『ぜっちゃん』と同じベクトルにせんでも……なんでこんなことを知っているんだか……本当にSSF(そこまでにしておけよ藤村)だよ。大河おばちゃーん!!!」

 

「私が来年度の総代となれば、つまりお姉さまとは総代姉妹という絆色、ココロとココロ、繋がり合うわけですね。決めました! 新年度の入学総代に 私はなる!!」

 

「え、ええええー………」

 

若干だが引き気味の深雪。海賊王におれはなる!! と言わんばかりの宣言を受けてはそうならざるをえまい。

 

「クエックエッ」

「キューキュー」

「ギエピー!!」

 

そんな深雪を見て「ぽてぽて」という擬音が似合う歩行をするペンギン軍団が、『姉御がんばって』とでも言わんばかりに嘶きを上げる。

 

ハロウィンとはいえ色々とイロモノ極まる集団が、三高勢の前に現れた。

 

仮面の騎士にペンギンパーカーの少女。

 

そしてその二人に連れそうように、中学生だろう女の子2人が付いて回る。

いきなりな集団だが、しかしその集団に何故か見覚えがあるような気がした。仮面の騎士は素顔を見せず面頬を下げている。

 

ペンギンパーカーの少女は詳細には見えないが、大きめのサングラスを掛けて、青みかかった紫色の髪をしている。

仮装と言えば仮装だが……少ししか見えない顔立ちに、将輝は『ドクン』と心臓が高鳴るのを隠せなかった。

 

気づいた二人。素性を明らかにすれば面倒な上に、更に言えば珍しい二人(刹那・深雪)の取り合わせに、ヘンな疑念をもたらしかねない。

 

こんな時に限って面倒な連中に会ってしまった。と深雪とシンクロした結論を出していたのだが―――。

 

「セルナァアアアア!!! 会いたかったですわ―!!」

 

「なんか既視感ありすぎる! というか何で分かった!?」

 

コスプレ衣装ではあるが、アーサー・ペンドラゴンのブレストプレートに飛び込んできた一色愛梨を受け止めざるを得なかった。

 

「アナタの前では一色家の令嬢でも、ブラダマンテの騎士でもなく、ただ一人の乙女になれるこの瞬間が……大好き♪」

 

「分かった。分かったから離れてくれ。人の目もあるところで、これはちょっと……」

 

「リーナに言いつけましょうか?」

 

「おっまえね……」

 

ニッコリ笑顔でいいもん見たわ―。と画像つきのメールを送信しようとした深雪。だが、そのげんなりした顔の刹那(おれ)にだけやるいじめっ子な態度に気付くのは―――。

 

「もしかして司波さんなんですか!?」

 

「―――」

 

しまった。と言わんばかりに将輝からの指摘に動揺する深雪。別に拙い仮装行列(パレード)を仕組んだわけではない。

 

ただ、声帯の変化はある種の変声機のように複雑にならざるを得ないので、そこだけは本人に任せた。

 

だが、そこに気づいて声音を変えても変わらぬ『音程』やイントネーション、地域による訛り、親の出身地による方言の一般言語化……そういったものに気付いたのが将輝ということだ。

 

そもそも、声というものは声帯だけでなく『頭蓋骨』の形でも震える声が違ってくるのだ。他人・他国人に成りすますには、声というものは優秀な諜報員でもなければ、そうそう変えられないものと言える。

 

「お久しぶりですね。一条さん。息災のようで何よりです」

 

すぐさま取り繕って、そんな挨拶をするも……着ているものがペンギンパーカーでは締まらない限りである。

 

「司波さんも、変わらず美しくて、俺は心の底から嬉しいです。それにしても―――なんで刹那なんかと一緒で?」

 

なんかってどういう意味だ。と憤慨して言ってやりたくはあったのだが、将輝君の恋心を分かっているだけに、そいつは野暮だった。

 

「まぁ色々ありまして、このペンギンパーカーのことを分かっている人間に相談していたんですよ。先程までは『こんな衣装』で通していたんですけどね」

 

「是非、こちらに着替え直してほしいぐらいですが、司波さんがそのペンギンパーカーを気に入っている以上は、俺がそんなことを言うのは野暮でしょうね」

 

意外なことに、将輝はその衣装の真意を理解していたようだ。こういったマメな点が深雪の中でポイントとして積み重なれば、恋も上手くいくと思うのだが……。

 

ともあれ何かで撮ったらしき深雪の『ああっ女神さまっ』な衣装を見た『将輝くんに女神の祝福を』と願うも、少しばかり深雪は苦笑い。

 

(どうにも深雪と将輝は噛み合わないわけではないのだが……こういった歯の浮くようなセリフとまではいかずとも、褒め称えた言葉を苦手にしているよな)

 

下心があるのは分かりきっているがゆえとも言い切れないが、何というか―――合わない二人である。

 

後で易でも立ててみるかと思うも、そもそも深雪が『水気』で将輝が『火気』であることは明らかであり、魔法の相性の悪さがそのまま性格の不一致とまではいかずとも、合わせられない様子だ。

 

「それにしても、これが魔術衣になるとはな。刹那作か?」

 

「深雪曰く、かなり怪しい縫製データをインストールしたらば、こんな風になったらしいぞ。第一、これは俺の美意識に反する」

 

作るんだとしたらばリヴァイアサンよりも、女神イシュタルやアシュタレトをイメージした衣装を作りたいものだ。

そんな刹那の内心はともかくとして、三高の面子と出会った以上は、係員として色々と案内せねばならないなと思うのだが……。

 

「刹那先輩! あれって先輩が九校戦で『2タテ』したクリムゾン・プリンスの一条将輝さんだよね? 何か……強そうに見えないな―」

「まさかお姉さまの貞操を狙っているのが、ロードではなく一条の方だとは―――不潔ですね」

 

グサッグサッ! と心無い二言で一条くんを串刺しの刑に処する双子に苦笑してしまう。

 

決してプリンス=一条将輝は弱いわけではないのだが、考えてみるに、刹那との魔術の競い合いでは、どうやっても相性の悪さが目立った。

 

そして、達也との相性は―――最悪だった。

 

呼吸・間合い・『気』の使い様……全てが将輝にとっての退気となりえるのだった。

そんなことはともかくとして、双子のあんまりな言葉に彼の名誉回復を行うことにする。

 

「確かに俺は将輝相手に個人戦(早撃ち)団体戦(モノリス)で勝てたよ。けれど決してどちらも『楽な勝利』ではなかったさ。場合によってはどちらも、天秤の針が将輝に傾くこともあり得たさ」

 

「「―――おっぱいお預けはイヤだった?」」

 

「思い出させんなっ!!!」

 

赤くなりながら聞くぐらいならば言わないようにと双子を窘めつつ、そんな思い出もあったのだと、刹那も赤くなっていたのだが……。

 

「私はいつでもいいですよ。セルナ、戦いに疲れた殿方を癒やすものは、女の柔らかな身体と声だと分かっておりますから」

「ちょいちょい! アイリ、近い近い!! 吐息を耳に当てない!!」

 

そんな刹那のセクシャルな状態を加速するエクレールの電撃的なスキンシップに、双子の生ゴミを見るような視線が突き刺さる。

 

「お姉ちゃんから聞いていたとはいえ……」

「女性にだらしないですね。刹那先輩」

 

その言葉を同じく自分の父親に言ってみろと言いたいのだが、言えば本格的に七草家の家庭崩壊とかありえるので―――言わないでおく。

 

その辺りは弁えている男なのだ。

 

「それよりも遠坂! レオンハルトはどこじゃ!? 愛梨ほどではないが、わしとて一日千秋の思いで焦がれていたのだから……」

「レオならば―――あそこに」

 

衣装合わせが終わったらしく風紀委員としての活動に戻った顔見知りの姿を確認。

その隣には……深雪に勝るとも劣らぬ美少女の姿が―――。

 

「いや、アレはウルトラマンタイガじゃろ。ウルトラマンレオをやるのが名前的に筋ではないかの?」

 

「そういう判断!? レオ! 宇佐美さん!! 悪いがCome on!!」

 

魔力のパルスを伴う声でレオと宇佐美さんに気付いてもらった。仮面を上げて素顔を晒したゲルマン民族の特徴を持った顔が出て。

 

「三高の皆さんじゃないか。ようこそ一高主催灼熱のハロ『西城――――!! この浮気者―――!!』どういうこと!?」

 

気楽に手を上げて快活な笑みを浮かべての挨拶。

好漢としての好感を持たせるそれを中断させられたのは、胸に飛び込んできたというよりもタックルを仕掛けた沓子を受け止めざるを得なかったからだ。

 

「まぁ場面的にはそうとしか見えないよね……西城君の彼女?」

 

「今日が初対面のはずなんだが、どうにも相手の方が結構熱烈にアタックを掛けているんだ。女子は分かっていると思うけど、ひびちかの学校の同級生だ」

 

その言葉で、愛梨と栞は納得したようだ。問を発した吉祥寺は『顔が広いなぁ』と、呆れているんだか感心しているんだか分からぬ感想を述べてきた。

そうしていると、どこからか聞きつけてきたのだろうリーナが、怒号の勢いでやって来た。こちらも衣装合わせは終わったのだろう。

 

「こんの泥棒猫―――!! Don't touch Steady!!」

 

私の恋人に触れるなと強い英語で言いながら、刹那の首に巻き付く愛梨を引き剥がそうとする。

 

「フフフ、鬼女のいないうちにセルナの身も心も奪い尽くすこの計画を―――止めることは出来ないのですよ!! エクレール・アイリの冒険Ⅰは始まったばかり!!」

 

「そんなイカガワシイ冒険の書は消し去って(イレース)くれるワ!!」

 

「ちなみにアンジェリーナ、『おにおんな』とはタマネギの葉(ONION 菜)ということではないですからね? 日本語理解できてます?」

 

「ダレがそんなカンチガイするもんですか!! バカにしてぇ!!」

 

左腕と右腕とを取り合って刹那を境に睨み合う金髪美女二人に、衆目の注目が集まる。

 

痴情の縺れだと想われている。(事実)これは正直言ってマズイとは思うのだが、こんな時に限って助け船は入るものだ。

 

ああ、待ち望んでいた。この時を―――。このカオス極まり収拾がつかない場面を整える最強のトラブルシューターが!

 

魔法科高校の若き王者が帰ってきたッ!

 

どこへ行っていたンだッ チャンピオンッッ!

 

俺達(刹那・レオ・深雪)は君を待っていたッッッ!

 

「「「シバ・タツヤの登場だ――――ッッ!!」」」

 

「俺にマッスルポーズを強要するようなナレーションと掛け声を出すな。ほれ、ペンイチ、ペンジロウ、ペンゾウ。ご所望の生魚だ。イワシですまないが」

 

『『『キューキュー』』』

 

何かのアイスショーよろしくバケツ一杯の生魚を放り投げる度に、飛び立ち空中で丸呑みするペンギンたち。

 

角度を着けた飛び立ちを見せたり、深雪の周囲で歩きまわりながらのアイスダンス。更に言えばどうやって飛んでいるのか―――どうやら虚空に『水場』を作って、そこを泳ぐことで飛んでいるように見せていた。

 

人間様方の醜い争いを浄化してくれるリヴァイアサンの眷族たちに申し訳ない思いだ。

 

周囲にいる人々が、拍手喝采を上げる。

 

少しの収拾は着いたのだが、どうにも落ち着く時間が必要だ。

 

何より―――。

 

「刹那、そろそろ時間じゃないかな? 三高のみんなも旧知の人間と会えて嬉しいのは分かるが、色々と刹那が立て込んでいるんだ。分別着けて落ち着いてくれ」

 

「むっ。お前からそんな風に言われると、何か裏を感じるぞ」

 

「一条さん」

 

顔を膨れさせて一条に抗議する深雪。万に一つでも上手く行けば義兄になるだろう相手に、辛辣すぎた。

 

少し違うが、タッチの新田明夫も上杉達也に恋慕を抱く妹がいたとしても、バッターボックスでは容赦無しのライバルだったのだ。

 

(美月の絵画に影響され過ぎだな……)

 

そんなことを考えてしまうぐらいに、妙な関係性が見えてくるのだった。

 

どうでもいいけど。

 

「十文字先輩も銀と黒に引っ付かれながらも、竈に火を入れている頃合いだろう。

行かなきゃマズイんじゃないか?」

 

「ん。そうだな……と言いながらお前が食いたいだけか」

 

「俺を理解してくれて何よりだ。流石は俺の亭主役。いい(ピザ)頼むぜ」

 

無理矢理過ぎるルビ振りではあるが、どうやら達也も美月の絵画を見ていたようで、肩を組みながら言われて気持ちを切り替える。

 

「それじゃお集まりの皆さん!! まもなく特設ステージ一番の方で、第一高校有志一同による竈を使ったピザの実食会を行いますので、お腹に余裕がある方。そうでなくても興味ある方は、じゃんじゃんやって来てくださいね―――!!」

 

『『『私達が会場で待ってまーす♪♪♪』』』

 

『『『(ボク)達と会場で握手だ!!!』』』

 

キャンギャルよろしく横ピースとかでアピってくれた三高勢含めてのガールズのナイスなPR。

 

そして、一瞬にしてウルトラマンをやっていたレオはともかくとして、ブラッキー(ビーター)、イナ○マサッカー少年に扮装してくれた(リーナの手柄)三高男子勢もGJすぎた。

 

そして達也に急かされる形で大調理場に急ぐ刹那の姿を見た全ての人間たちは、こう思った……。

 

 

まるで、『ハーメルンの笛吹き男』のようだと……刹那を先頭に多くの人間がぞろぞろと着いていくさまを、そう評するのだった。

 

 



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第187話『カーニバル・ファンタズムⅧ』

マテリアルにてオルガマの凄い情報が出たことで、『アレ』は予想通り『アレ』だったのではないかとか、

おおっ。なんてこったぁ。おひたし熱郎氏のオルガマ愛が『ぐだ』と―――。

などと妄想しつつ、最新話どうぞ。


「すまん。遅れた」

 

「遅いよ。とは言わないけど、遅れは取り戻せる?」

 

言いながら調理室に入った限りでは、どうやら手はず通り大勢が準備を進めてくれていたようだ。

 

蛇口から水を勢いよく出して手を洗いながら、準備のほどをそれとなく見ておく。

 

見てから光井の質問に対する答えとしては……。

 

「―――容易い」

 

一言と同時に、それが呪文であったかのように料理人としての礼装を身に着ける。

 

「そ、それはゴルドルフコート!! セツナの最強のコックコート礼装の一つ!」

 

「知っているんですかアンジェリーナ!?」

 

ゴルドルフコート。名門錬金術の一門『ムジーク家』の跡取りにして、刹那の『料理の師匠』の一人が本気の調理をするときにだけ身に付けたという厨房の戦闘服。

 

『火を恐れるべからず! カリッとサクッとそれでいてパラッと! 万物に『変化』を与える上で火というのは基本的な属性なのだよ!!

お前が錬鉄の英雄の技を手に入れるならば、火を恐れるな!!』

 

メラメラと燃え盛るコンロの火、古めかしい竈と鞴を使うものを操りながら、金色の髭面の男(20代)から炎の極意を身に着ける。

 

―――これだ! この動きだッ! オレはついに火を支配した!!―――。

 

眼を見開いて、炎の極意を継承した後に―――。

 

『君に私のお下がりを授けよう。これぞムジーク家が秘蔵の技術を集めた『錬金調理服クッキングマスター』

本気の調理をする時にきっと役に立つはずだ』

 

恰幅が良すぎるムジーク家の長子(20代)から授けられたそのコックコートは――――、未だにローティーンの刹那にとっても「がふがふ」であった……。

 

「そ、そんな逸話があのコックコートに!?」

 

「ヒトにヒストリー(歴史)ありってやつよ。まぁ本人談なんだけどね」

 

「言いたかないが、手伝うならば、厨房にふさわしい格好をしてくれよ」

 

『『分かったわ』』

 

「決断の早い女の子って好意が持てるね」

 

言いながら、最後の詰めを行っていく。

 

腸詰め……ウインナーは確かな味。そして頼んでおいたチーズもばっちりだ。発酵が十分で焼き上げた時には食べやすい薄いドゥも完璧。

 

トマトソースの土台となる『ブイヨンスープ』も完璧だ。エビも新鮮なものが揃っている……。

 

具の方で未だに無いものは主に野菜だった……のだが……。

 

「園芸部だ! ご注文の品物を持ってきたぞ遠坂!!!」

 

調理室の扉を開けて、やってきた『ダッシュなヴィレッジ』(DASH村)の面子から野菜籠を受け取る。

 

魔法科高校では珍しく『魔法を何かの農業生産に活かせないか』と模索する面子が育ててきた野菜は間違いない輝きを放っていた。

 

「あざーっす。これで全ては完了するな―――」

 

言葉と同時に厳選された採れたてフレッシュな野菜を猛烈な勢いで切っていく。

 

今日の客入りからして、切り方は決まっていく。その作業量と速度は、何故か厨房にいた四葉家のメイド桜井水波が見ても、驚嘆するものだった。

 

新鮮なトマトは乱雑に切っているようで、実はエキスが出やすいような切り方をしてそれを寸胴鍋の中に入れていく。果肉が存分に絞られトマトソースになるように計算している。

 

しかし……。

 

「野菜の切り方が、随分と念入りというか、何かの意図があるので?」

 

「まぁ一高受験するかもって言うからいるのは構わないが、いきなり横から顔を出すなよ」

 

見られているのは理解していたとはいえ、かなり唐突な出方をした桜井水波という少女に驚く刹那。

 

「手伝います。達也兄様と深雪お姉様に、妙なものを食べさせるわけにはいきませんから」

 

何とも趣味あふれる『前掛け』を着ける桜井に少しだけ驚くも―――。

 

「奥様のお下がりです」

 

知りたくなかった情報を知ってしまうのだった。こんなフリルが一杯で胸部分が『ハート』を作る新婚エプロンを着けていた時代が、あの若作りの魔女にもあったとか……。

 

「アナザーディメンションだな……」

 

あまりにも異次元じみた想像図であった。それらの妄想を破却しながら、桜井に意図を話しておく。

 

「成る程。ただ単に学内外を見回って女の子を引っ掛けるナンパ男ではなかったんですね。大変失礼しました」

 

「全く以てその通りだよ。お前の妹分も食べるんだから切り方には注意しろよ」

 

そう言いながら、およそ1000人分もの食材を捌き終わる刹那と水波に注目が集まる。

 

この二人の料理人(パワー)。只者ではない!!

 

煮詰めていい味に仕上がったトマトソースともう一種類のソースを塗って、『ドゥ』の下準備は完了する。

 

その上に具を乗せて、チーズに関してもバッチリである。

 

あとは十文字先輩の竈の準備だけだが、どうやらそこも準備は完了しているようだ。

 

ゆえにやるべきことは……。

 

「どれだけのお客さんが来てくれるかだな」

 

「予想より多い(メニー)だと思う?」

 

「そこまで自信たっぷりにはなれない」

 

「安心して刹那。お父さんも『君の超料理は遍く全ての人を酔いしれさせなければいけないよ』って言っていたよ」

 

ただ単に留学する娘のために『加工食品』を輸出したい親ばかの言動にしか思えなかったが、それも親心というものだとは刹那も理解できた。

 

雫の言葉にそういうものかな。と思いながらもワゴントレーを外の竈に持っていく。

 

どうやら完璧に火は入っているようで、その付近で余った薪や煙突から上がる煙を制御している様子がある。

 

どうやら灰などを分離した上で温められた暖気を試食会会場全体に行き渡らせている。

 

それを行っているのは偉丈夫の側にいる銀と黒の妖精姫であった。

 

「修羅場だな……」

 

「お前がそれを言っちゃうか」

 

少しだけ砕けた口調の達也に苦笑しながら、お疲れさまですと一言声を掛けて、十文字先輩の近くに赴く。

 

「おう。こちらは準備万端だ。そして、それが例のピザか……ヤバいな。焼いていないというのに、食欲が湧いてしまう」

 

「腹壊しますよ」

 

会場設営も完璧であり、多くの来賓及び一般のお客さん達も第一陣の試食者としてテーブルに着いてくれている。

 

そんなわけで早速も腹を空かせた連中の為にも焼き上げることにする。

 

したのだが……。

 

『さぁ! 今でも目を瞑れば、瞑らなくとも鮮明に思い出せます2095年度の九校戦。

苦しくも熱い戦いの連続を色んな意味で持たせてきたのは、ホテルのシェフだけでなく、魔法科高校のシェフが、『いざ参らん魔法時代のキュイジーヌ』と言って厨房にて鍋を奮ってくれていたからです!

そして今、その実力の一端が我々魔法科高校の生徒以外にも披露される時です!!

特と御覧じろ! と言わんばかりの調理シーンもここで披露しておきましょう!!』

 

何故か実況アナウンサーよろしく九校戦でのアナウンス係たる水浦敏子こと『水トちゃん』が、マイクを持って場内アナウンスをしてくれやがった。

 

よく考えてみれば、三高以外にも来ているというのは当たり前の話だった。

 

「水波が手伝った様子も記録されているな」

「少し恥ずかしいです」

 

達也の指摘通り最後の方の食材切りの動画が、投影されたスクリーンに写し出されていた。しかもいわゆる新婚エプロン着用である。

 

ヘンな誤解されなきゃいいけど。

 

十文字先輩に手伝ってもらい、竈の火を利用したピザは2.3分で焼き上がった。

 

「速いもんだな」

「最新の電子オーブンならば、同じ様にも出来るんでしょうが、まぁこれを使った理由は―――」

 

木製のピザピールに乗せることで、窯から出したクリスピータイプのピザは十分に熱が通り、馥郁たる香りが出てきたのだ。

 

大きな歓声が響く。あとは、この味がどんなものなのかである。

 

『『『『速く食べたいでーす!!』』』』

『『『『刹那お兄さんプリーズ!!』』』』

 

「行儀よく待っていれば、速く持っていくよ」

 

「だって、了くんよかったね」

「うん。ミアお姉ちゃんも一緒に食べようね」

 

わたつみちゃん達の囃し立てるような声に答えてから配膳していく。配膳係を率先してやってくれた女性陣に感謝感謝である。

 

「達也、試食(どくみ)

 

「とんでもないルビ振りだが、まぁ頂くとしようか―――何も言えないぐらい、熱くてその上で……旨すぎる!!!」

 

「お兄様が、感嘆符の連続使用をしてしまうぐらいに、とんでもないピザ!!」

 

「こ、ここまでのものは市販では出せない味ですね……良く味わいたいのにすぐに1ピース分が、口の中に収まってしまう……! くやしい。けど美味しすぎる……!」

 

四葉関係者たちの反応を見ながら会場全体を見渡すと、説明するよりも先に焼き上げないと、すぐさま食い終わってしまうことを予測。

 

クラウン帽をかぶり直して、ゴルドルフ先輩の気持ちで挑みかかるのだった。

 

「手伝うわよ。と言っても、焼いていないピザのトレーを運ぶぐらいなんだけどネ」

 

「いや、それでも助かるよ。サンキューリーナ。十文字先輩も食べてていいですが……」

 

「後輩にすべて任せるわけにもいくまい。むぐぐ。うむ旨いが、もう少し落ち着いたところで食べたいんだが……二人とも」

 

両隣の銀と黒から強制的な『あーん』をさせられる十文字先輩を、多少不憫に思いながらも、刹那とともにピザを焼いていく。

 

『もはや無我夢中と言わんばかりに、鉄鍋のジャンの料理のごとく会場の皆さん食べている様子が全てを物語ります。

しかし、説明はほしい所。味にうるさく、刹那くんと関わり多いイケてるメンズの2人、一条将輝君と司波達也君に聞いてみましょう!!

お二人共、この料理は如何にして最高なんでしょうか!?』

 

マイクを向けられた将輝と達也だが、取り敢えずの説明は出来るぐらいには他よりも落ち着いているようだ。

 

よって説明が入る。

 

「このピザの要点は、1つ目は生地の薄さだな。焼き物は、なんであれ薄いほうがいいのは間違いない。

市販のものでも薄いのはあるが、それよりも目が細かい生地だ」

 

「第二に具のチョイスだな。一見すれば、シンプルに野菜とウインナーだけで占めているように見えるが、このメインのウィンナーの味と、焼いても残る野菜のシャキシャキした歯ごたえとが旨さを相乗させる」

 

いい声したイケメン二人の説明で女性陣のテンションがアップ。

ついでに言えば光井は、『これだけでお腹いっぱいだよ』と言わんばかりに天を仰いでいる。なんでさ。

 

(このウインナーは羊肉。通常ならばクセの強いマトンと食べやすいラムとの混合。合挽の比率も考えられた上にクセを残しながらも、それを旨さとして成立させている。輪切りにしたウインナーがサラミのように乗っかって、それを覆うチーズが―――――)

 

咀嚼をしながら解析をしていたのだが、はっとして気付いて九亜達を見る水波。盛大にお腹いっぱい食べている様子を見て、これが狙いかと思う。

 

「しかも、このチーズはあまり食べたことがないな」

 

「司波、お前もか」

 

「シェーブルチーズですね。これは―――マイスター・トオサカ」

 

達也と将輝の疑問に対して四葉のメイドにして、わたつみ達の姉貴分が答えるが、刹那としては苦笑せざるをえない。

 

「ロードと言われたり、マイスターと言われたり、俺の呼ばれ方はどうなっているんだ……」

 

「そんなことよりプリーズクエストミー!」

 

「英語はもうちょっと正確に香澄ちゃんや。

まぁ山羊チーズだよ。ヨーロッパのある地方で作られているものでな。地域ごとに特色があるんだが、今回のはあまり臭くないものを使用している」

 

「沖縄で山羊汁を俺も食ったことはあるが、ヤギって結構なクセが無いか?」

 

なかなかの食遍歴を持つ達也の過去に苦笑しながら、第四陣分のピザが焼き上がった。

立ちながら見ていた人に椅子が用意されていたのを見て、そちらにも渡すように言っておく。

 

そうしてから香澄と達也の疑問に答える。

 

「クセとクセを組み合わせることで、豊潤な味を出すことが出来る。『臭いもの』『匂いの強いもの』だからとそれを消さずに、蓋を閉めずに活かすことを考えてのもの―――などという哲学や説教臭いものがあるわけではない。

まぁ、俺の兄弟子の卒業祝いに使ったチーズなんだよ」

 

ケイオスマジックというとんでもな流派・門派を形成した兄弟子。

こんなものをミスティールも学派として組み込むわけもなく、ノーリッジの門派の一つとしてエスカルドス教室を開くことになったお人である。

 

「イタリア人なんですか?」

 

フラット(平板)なんて名前の割には、アホみたいにステータスがたっかい人だったよ。要するに高い位置に板が打ちつけられている人だったんだろうな」

 

「成る程、ではこのピザは如何にして中華ピザなんですか? 確かに羊肉は中国北方の郷土料理としては、ポピュラーですが、これでは―――あれ? もしかして……!」

 

「気付いたか水波。そうこれはただのトマトソースじゃない。ソースアメリケーヌをベースにしたエビチリソースだ」

 

「達也兄様……!?」

 

ピザを頬張りながら語る達也。そして料理勝負に負けた側のように頬を強張らせる桜井水波……。

 

この世界のジャンルが変わりかねない言動であるが、とりあえず話は続く。

 

「しかもエビ味噌を溶かし込んだエビチリソースで、身はそれとなく海老団子を輪切りにしてウインナーに偽装させている遊び心まである。そして更に言えば―――」

 

「カレーの味がしてきた!」

 

達也の言葉を引き継ぐ形で、安宿先生のお子さんである了くんが、気付いた。

 

「そうだね。濃厚なカレー味が最後の縁部分を美味しく食べさせるんだね」

 

三亜もそれに気付いて、了に笑顔を見せていた。

 

達也達と同じく……七割方を食べ進めたところでドゥの下からスパイシーだが、複雑な甘みを持ったテイストが現れたことに気づき始める。チリソース味からの変化を狙った遊び。

 

「これは金沢カレーの味だな。味の変化を『外側』ではなく『内側』に仕込むとは……」

 

どっかの料理評論家か審査員のごとく語る将輝と達也の言動で、全員がその遊び心に感嘆する。

 

「しかし、一点の疑問もあるな。刹那ならばチーズには、腐乳(フゥルゥ)でも使うと思っていたんだが」

 

「達也、お前が知っているかどうかは知らないが、あれ結構匂いがキツイんだぞ。発酵食品としては流石にシュールストレミングとかよりは劣るけどさ……まぁ、考えに無かったわけではない―――が、今日のお客さんの客層。特に了くんや九亜たちみたいなのがいる以上、そこに配慮せにゃならんだろう」

 

その言葉を受けて、達也も納得をする。

 

そして『若年層』が粉物として取っつきやすくオシャレなメニューとして、ピザにしたということか。

 

「納得したよ。同時にお前の子供は、健やかな食生活を送れるんだろうなと実感したよ」

 

「「「「「でっしょ―――♪♪」」」」」

 

……達也の言葉で五等分の花嫁(リーナ、雫、愛梨、栞、四亜)が出来上がるのだった。

 

自慢するように同意をする刹那のワイフ達を前にして、『パ、パクられたでござる―――!!』というB組の後藤の声が響く。

 

『なんとも深い考え。そして多くの女性から想いを寄せられる愛の深い男! しかし、このピザやあの九校戦での味わい深い食事が、ここでしか楽しめないというのも、何かアレな気はするんだよね』

 

実際、このデジタル及び機械技術万能の時代において、プロ並の調理やそれらの緻密極まる調理が不可能なわけではない。

 

冷凍食品一つとっても、20世紀から21世紀初頭にかけてのものよりも格段に進化を果たしているのだ。

 

遠隔地にいるからと、都内や他都市の有名店の味が楽しめないわけではない。

 

しかし五高にいる水浦からすれば、多少は思うところがあるのだろう。

 

そんな風な少しの不満に対して、この男が動いた。

 

「遠い所からご来場してくれている方々もいると知っていれば、大々的に言わなければならないな」

 

『あ、あなたは?』

 

「ここに通う生徒の父母の一人だ。ホクザンフーズに勤めている平社員だがな」

 

ウソつけという無言でのツッコミが、魔法科高校の殆どの誰からも入る。

 

おおよそよっぽど勘どころの鈍いやつでもなければ、雫が北山財閥のご令嬢だと気づけない人間はいない。

 

更に言えば、その父兄は人相こそ知れ渡っていないが、何となく程度に『デキる男』な部分が見え隠れしているので、朗らかな笑顔にどうにも裏が見えるのだ。

 

どうでもいいけど。

 

ホクザンフーズの平社員(偽)という肩書の男が語る所、『魔法科高校の料理人』シリーズというタイトルで、いずれ冷凍食品もしくは簡易食品がホクザンフーズから発売されるという話なのだ。

 

『それ本当!?』

 

「ああ、北山さ―――雫の父君の関係者が、ぜひ我が社の『超料理人シリーズ』のラインナップに加えたいって言ってきてな。まぁ別に秘密にするレシピが在るわけでもないんで、契約締結したんだ」

 

九校戦及び南盾島の一件で、『じゃんじゃか』宝石を気前よく使ってしまった刹那には、まさしく悪魔の誘いだった。

 

契約書面の『情報』を『魔術回路』の『精査』に掛けることで、その書面全てに瑕疵や重大な抜け道がないかなどなどを見た結果……契約書にサインをするのまでシークタイム40秒であった。

 

そして宝石箱に『宝石が一個もねぇ』。そんな研究一つ出来ない事態の前では魔眼が『¥』にならざるを得なかったのだ。完全に眼が曇っていた……。

 

話自体は、二学期が始まる前に持ってきていたこと。そして、時期的なものから察するに、目に入れても惜しくない可愛い娘が留学先(あちら)でもひもじい想いをしなくてもいいように、尚且つ美味しい料理を口にできるようにという過保護なまでの親心なのだろう。

 

そんな「いい父親」、そして『拍手喝采』を浴びている北山潮氏を見て少しだけ苦笑する。

 

『いいぞオッサン!!』『太っているようには見えないけど太っ腹だぜ!!』『よっ、大統領!!!』などと呼ばれているのを見てからピザを焼き続けるのだった。

 

 

(父親……か……)

 

先程の達也の発言を鑑みて、自分がそんな北山氏のような人物になれるかは、少しだけ不安に感じながらも―――祭りは、『最終局面』へと向かう。

 

 



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第188話『Carnival Phantasm-Ⅰ』

初の歌詞引用、本格的なものを行おうと思っていたのですが、現在検索システムがメンテナンス中らしく、レオの歌唱パートが地の文だらけになったのは、痛恨の極み。

あとで加筆しようかと思います。

同時に、今話。少し他の作品に関して深々と語っていたりします。決してFateと関わりないわけではないんですよね。

というかぶっちゃけバビロニアの前半クールで『小太刀右京』氏がめっちゃ批判されているのが、少し不憫に思えた。

以下 あとがきに続く。


追記 少しばかりフォントなどを改良。見にくければ変更予定。

追記 不評なので元に戻しました。




 祭りも遂に佳境へと映っていく。あったけ宣伝してきた『CARNIVAL Phantasm』の会場には多くの客が詰め掛けていた。

 

 ここに来るまでに色々あった。ボイスレッスンの限りで以て指導するダ・ヴィンチちゃんの鬼の如き様に泣いたり、その度に『ビタミンM』とかいう怪しげなプロティンを飲んでは回復をして、素人役者に何を求めているんだと言わんばかりの喧々囂々の様を見せながら―――ここまで来たのだ。

 

「いよいよレッツスタートなわけね。あーキンチョーしてきちゃった」

 

「君がそんなタマかよ。トップバッターはレオ。次が十文字先輩。次いで桐原・杉田のK'z(キーズ)……パクりやがって……」

 

 フォークなデュオの『きず』でも『うっず』でもない。たまげるほどにウルトラソウルな連中である。どうでもいいことだが。

 

「どうでもいいとか言っておきながら、ソーイウコト少し気にしてるでしょ?」

 

「第一案を蹴られて似たようなものを新案として『これでどうだ!?』とか言われりゃ誰だって思うだろ」

 

 今にも領土割譲を要求しそうな顔とヘアスタイルですり寄ってくるアイドル大統領に返す。

 

「パレードで変化したのが、その格好か」

 

「似合ってるでしょ? いつぞや桃色の髪にネコミミヘアスタイルがいいとか言っていたのは、ダレだったかしら?」

 

 アンジー・シリウスとしての変装。

 赤毛のざんばらな髪に鬼面など着けるよりはいいだろう。流石にリーナでは『天羽奏』で『江戸川コナン』にはなれないのだから。

 

 似合ってるよと言ってから髪を撫でる。幻術ではなく、本当のリーナの髪。金色の解かれた髪に指を這わせる。

 

 こんなことでリーナが安堵するというのならば、いくらでもやってあげるのが刹那なりの男意気というヤツだ。

 

「ン。少しだけ緊張(プレッシャー)がほぐれたかも……」

 

「リーナが髪に溜め込んでいた魔力を、少しだけ心身の緩和に向けただけだよ。今から緊張せずに他の人の歌声を楽しむぐらいの気持ちでいなよ」

 

「yes……I understand」

 

 そんな楽屋裏のイチャイチャは、あちらこちらで行われており、ラブい空気が霧のように立ち込める。

 

 開演の時間は―――一刻一刻と迫る。

 

 † † † †

 

 観客席のボルテージは、とんでもなく高まる。

 

 魔法科高校という世間一般で気取った学校が、まるで尋常の世の学生のように学芸会じみた演奏劇でもやっているかと鼻で笑おうと言う御見物から、純粋に父母親類として自分の縁あるものがどんなものを見せてくれるのかを期待したり、あるいはただ単に恋人や想い人がいたり、ミーハーな興味としてのものも……。

 

「芸人としての魔法師か。かつて『フーディーニ』は己の『奇術』を世間に魔法・魔術の類として喧伝することで、己を『マジシャン』としてきた……」

 

「先生も、そういうことを考えますか」

 

「案外、そういうのは珍しくはないからな。猿楽師―――観阿弥・世阿弥親子が室町の権力者・足利義満の保護を受けたことで、それが後々に後世にまで命脈をつなぎ、伝統芸『能』……『能楽』『狂言』として洗練を極めていく。

 ある意味、彼らと我々は同じだよ。そもそも昔は、神事に関わるものであっても『芸人』など下賤で耕す土地も持てず、放浪することで『おひねり』を頂く。そういう存在だったからな」

 

 白拍子……源義経の愛人として有名な『静御前』とて、天の機運を辿る舞を奉納したとしても、その立場や地位は、あまりにも低かったのだから。

 

「司波達也君のような技術者根性の塊だと、こういったことは『パフォーマンス』だとしか思えないかもしれないが、私はこういうことも必要だと思うがね。

我々も人類社会の一員だと、『文化』の担い手だとアピールすることはね」

 

「……修行時代に先生の秘蔵の倉庫で見つけて、見せてもらったSFアニメーションを思い出しますね。

 確かあれは第一次冷戦構造の頃に、『巨人種族』が使う『巨大変形戦艦』が地球に落ちてきたことで、東西が統合政府を作り出した世界で―――それでも、邂逅した巨人種族との間に軋轢を生み出して……星間戦争を起こすものでしたか」

 

 しかし、巨人種族は決して分かりあえない存在ではなかった。

 彼らは戦争に関わる文化のみを継承して、それだけをしてきた存在だったが―――ただ一人の歌姫の歌声に心を揺り動かされ、そして『自分たちの創造主』(プロトカルチャー)から守るべきもの、継承すべきものとは―――戦うことではなく、文化を、心を動かされる『美しきもの』を守るためだとして、彼らの一部は地球人類と合流することで、歌姫の歌とともに戦争だけを強要する首魁との戦いに勝利を果たした。

 

 もちろん、『その後』を描いたシリーズもあるわけで、巨人種族も全てが地球の文化に理解あったわけでもないし、更に言えば受け入れた地球人からの差別なども起こっていた。

 

 だが、それでもその後のストーリーにおいて歌はファクターであった。

 

 ――女の感情をエミュレートした末の人工知性の暴走。

 ――人の精神エネルギーを吸い取る異次元生命体。

 ――神格化せざるを得ないほどの能力を持つ『超時空生命体』。

 

 だが、これら全てと後の時代に人々は分かり会えた。

 

 人工知性は、後の時代に『姿・形』を変えて、想い人を死なせたくない想いを持つ一人の少年に寄り添い、最後は身を挺して、大気圏の熱から少年を守った。

 

 燃えるほど熱いハートを叩きつけるロックンロールヒーローに感化された形で、異次元生命体は自分たちにも『精神エネルギー』は生まれるのだと『進化』を果たして、銀河を去っていった。

 

 超時空生命体は、確かに人類と敵対していたが、彼らを理解することで、軋轢を産まないために違う銀河へと飛び立った。

 人類からすれば神にも等しい力を持つ彼らだからこそ、それは、ちょっとした『気遣い』でしかない。『子供や老人』に席を譲る……そんな程度のものだ。

 

「魔法師は確かに、唯人からすれば超越した存在なのだろう。均衡を、秩序を、とにかくあるべきまま、あるがままにしておいても良いものまで壊す。

 最大級の壊し屋だ。だが―――そうだからといって、その姿だけを強要するのも、何か違うような気がするな」

 

 老人―――九島烈は考える。考えるに、そのことまでも『スポンサー』達は考えていたように思うのだ。

 

 我が身の安寧と同時に、子々孫々、末代まで国体を護持するためには、兵士・兵器であることに疑念を持たない『防人』が必要なのだと。

 

 ものの見事に、その思惑に嵌りたくないとしても嵌ってしまった烈にとって、痛恨の極みだった。

 

「先生の計画では、真夜と深夜を世間に披露することもあったのですか?」

 

「計画などと大それたものはないな。ただ一つあるのだとすれば…………ラフ()なものだよ」

 

 烈は隣りにいる元・弟子である七草弘一に苦笑する。この男が己の全てを擲ってでも、真夜の元に寄り添うことを決めていれば、また違った未来だったのだろう。

 

 そしてそれは……。

 

「―――まぁ、『どちら』とヨリを戻すつもりかは分からんが、あまり年頃の娘をヤキモキさせるものではないな」

 

「……私は、真夜ともう一度……あの頃のように、気軽に話したいだけなんです。烈先生……」

 

 分かっているよ。とだけ言っておき、芸事をする人間の芸をちゃんと見ないことは、ショーマンシップを穢す行為だなと思って、ステージ中央に眼を向けるのだった。

 

 しかし、そんな烈とは裏腹に、弘一はどうしても聞きたいことがあったのだ。

 

「ところで先生、そのハッピと団扇とサイリウムは何なんですか? しかもプリントされている『推しメン』らしき『魔法少女ステラ・アンジェ』って、どう考えてもご姪孫であるシールズさんですよね?」

 

「質問が多いなお前。簡単に言えばあの子は、一度は全米に歌声を届けたことがあるらしい。健の娘。私からすれば姪っ子から届けられた荷物だ。

 あの子が軍人として育てられる前に、Jrシンガーとしてちょっとした『ジョンベネ』も同然になった頃のものだよ」

 

 とんでもない過去が明らかになるも、何というか最初の烈の言いように、少しだけ苦笑してしまう。

 

 面倒くさいヤツだと言われたような気がするのだから。

 

「そんな私の疑問を忌々しげに言わんでも……、まぁご家族は止めなかったんですかね? いくら兵隊徴募が頻繁な合衆国と言えども……疑問ですよ」

 

「彼らアンジーの両親からしても予想外だったそうだ。

 アンジーが、『歌うたい』としての道よりも、そっちを選ぶなど、な……」

 

 その頃のアンジーの両親は烈の弟である健の死去もあってなのか、少しだけ関係がギクシャクしていたらしい。

 

 そんな家庭の微妙な雰囲気を察して、そしてアンジーの美貌や魔法の異常なまでの才能に対する、家族が持つ『忌避感』を幼いながらに察したのか……彼女は十歳にして軍属の魔法師として生きていくことを決めたらしい。

 

「姪も当初は当惑したものの、健の理念を知っていただけに、それを必死で止めるのは『父親の生き方』に反するものと思ったそうだ。

これらは―――刹那から聞いたことだ。そして刹那は、アンジーの両親から聞いたんだろうな。

『何でリーナを軍人にしたんだ?』 。セリフとしては、そんなところだろう」

 

「本当に彼は―――」

 

「壁がない。どこまでも自由なんだよ……。『こうであるべき』というのを嫌っている人間なんだ。奇しくもその考えは、私の弟(九島 健)にも通じる」

 

 だからこそアンジーも惹かれたのかもしれない。

 

 当初の出会いこそ、ただの興味本位だったのだろうが、それが思慕に、恋慕に変わり―――猛烈なアタックを掛けさせることになった。

 

 そんな所だろう。当人たち視点ではまた違った見方もあるのかもしれないが。そういうことだった。

 

「ということで、弘一、お前にもこのハッピを着込み、団扇とサイリウムを持って応援してもらうぞ」

 

「断固辞退します」

 

 師の命令を絶対に聞かないという態度で望む。

 

「そもそも、『面』を割れさせないためにパレードで変装していれば、意味がないのでは?」

 

「……お前からそんな鋭い指摘を食らうとは、私も老人になったもんだ」

 

 その言葉で、弘一まで二昔前のアイドルの『追っかけ』のようなことをしなくて済んだのは僥倖であった。

 

 来賓席にいたダメおやじ二人の会話が切れると同時に―――この……『黄金の劇場』としか言いようがない客席からも見える場所。

 

 すなわちステージ中央に―――黄金と真紅を混ぜ合わせた少女が現れる。

 

 その姿―――見たものならば分かるのだが、横浜事変にて最後に見えた……蒼色の騎士に『瓜二つ』なまで面貌が似ていたのだ。

 

 唯一の違いは……。

 

「バカな……真夜と同格のバストサイズだと、しかも同じく大きく胸元を開いている……!!」

 

 弘一によって指摘されたが、どこに注目して比較しているんだと言いたい弟子の言動に、烈は……『駄目だ こいつ…… 早くなんとかしないと……』

 

 とりあえず、さっさと後継者を決めて代替わりしろと言いたい限りである。

 

 そうしていると、ステージ中央にてスポットライトを浴びて輝く黄金の美少女は声を張り上げる。

 

 祝祭が始まる……。

 

 

 † † † † †

 

 薔薇の花弁を振りまきながら、『カリスマ』溢れる黄金の美少女は、古めかしいマイク……深紅の花とリボンでデコレーションされたそれ(花束)を剣でも持つかのように、水平に構えた。

 

 そうしてから、瞑想するように眼を閉じてショーアップされた皇帝陛下は―――花束を口元に持っていき、マイクを使って声を張り上げた……。

 

『―――今宵、伝説が幕を開ける―――。皆のもの!! 伝説を見たいか―――ッ!!!』

 

 眼を見開いて、観客に『意』を放つ。その言葉に割れるような歓声が響く。正しく『情熱の皇帝』の面目躍如である。

 

 魔法師・非魔法師……どちらにも、少女に『見覚え』が無くても、その身が持つ『カリスマ』は、観客の心を揺さぶる。

 

 赤い舞踏服に身を包んだ皇帝は、その人ならざる身を使って、パッショーネを振りまくのだ。

 

「皇帝特権を使って、『カリスマ』を己の身に宿したか。流石は皇帝陛下だな」

 

「しかも、ここは「皇帝陛下」が形成した劇場か……完全に異界じゃないか」

 

 資料で何となく知っていたし『本物』の『異界』を持つ刹那からしても、少しばかり驚嘆してしまうのだ。

 

 とはいえ、そんなことは学園の名物教師となっている二人にとっては『思い出深い』ことのようだ。

 

「俗世に露出した最大級の神秘。『協会』に気づかれれば一発で封印指定だが、螺旋構造のマンションとか思い出すねぇロマニ?」

 

「刹那に影響が無いなら何もしないよ。大丈夫かい? レオナルドも魔力をカットしているとはいえ、辛いんじゃないか?」

 

 カジュアルな服装をしたロマン先生が刹那を気遣ってくれるも、無問題だと言っておく。

 

 そもそもダ・ヴィンチ(衣装は完璧)も、最近ではあまり刹那の魔力を使ってはいないのだ。

 

 流石は万能の天才なだけはある。まぁ感心してばかりもいられない。

 全ては俺が未熟ゆえだ。冠位指定ほどの実力、もしくは魔法を『完全』にものに出来れば……などと意気込んでいたのだが……。

 

「セ、セルナ―――!! 杖が女の子して、ガーネットが超力変身に―――!!!」

 

「うむ。混乱の極みだな」

 

 飛び入り参加したいという三高勢の為にプログラムを弄ったりもしたのだが、舞台袖付近に入ってきた愛梨に揺さぶられる。

 リーナと同じくピンク色の髪だが、ストレートロングである所がちょっと違う。

 

 そんな変装した愛梨は、自分の杖の正体を知って混乱しているようだ。

 

「まぁ何となくは分かっていたんじゃないか? ガーネットが何かしらの『英霊』の御霊分けであることは?」

 

「うぐっ。流石はセルナ。私の未来の夫は、全てがお見通しなんですね……」

 

 どんな人生の予定表が彼女に組まれているのか、ちょっと怖い思いをしながらも、少しだけのネタバレをする。

 

「ガーネットの正体は……『アーサー』ではないんですね?」

 

「まぁ美月の絵画や数々の証言から、エクスカリバーの英雄にも似ているかも知れないが、断じて違うさ。

 情熱の皇帝。今はそれだけ覚えておくといいよ。彼女は多くの演劇を情熱溢れる芸術を好んでいるんだからさ」

 

 確かに顔立ちはものすごく似ているが、見るものが見れば『明らかに違う』と言い切れる。

 

 MC役を今はやってもらっているが、俺も落ち着けば紹介をするべく出なければいけない。

 

「トップバッターはレオだな。緊張はしているか?」

 

「いいや、全然。こういう大舞台は慣れているぜ。演出作業頼むぜ。所詮は素人芸なんだからよ。少しでもプロフェッショナルに近づけてくれ」

 

 任せろということで、舞台演出をする全員、招集された平河姉妹や和泉先輩などとともに、ダ・ヴィンチちゃんは親指を立てるのだった。

 

『伝説は、この男から始まった!! 何が始まったんだかは余もよく知らないが、その類まれなる美声でウサギの娘でも引っ掛けたのではないかと想われる。あとは伝説のドラマー(りっちゃん)とかを』

 

 ネロ皇帝陛下の説明にどっ、と笑いが起こりながらも、舞台演出のために指定の位置に着いたレオは、その言葉に動揺もせずに、最後のコールを待つ。

 

『魔法科高校の光の巨人!! その名を勇気を持って叫ぶのだ!!! その名は―――』

 

『『『『ウルトラマンタイガ―――!!!!  レオンハルト兄ちゃ―――ん』』』』

 

 

 主に子どもたちの声が聞こえる前から平河はボタンを押して、レオを『射出』した。

 

 安全性に気を使っているとは言え、魔法やホログラフを利用した舞台上に、今日……様々なところで見せてきたウルトラマンタイガを想わせる衣装で降り立つ。

 

 見事な着地。身体に異常はない。バネじかけのそれからアクロバティックなものを終えたレオは、中央から居なくなったネロに代わり声を張り上げる。

 

「みんなー!! 今日一日の締めくくりのマジックライブのトップバッターは俺だが、他の魔法使いさんたちの歌も聞いていってくれよな―!それじゃ一曲目歌わせてもらうぜ!!

『Buddy, Steady, go!』」

 

 ナイスなMCだ。そして魔法科高校のうたプリの声が響いていく。そしてタイミングよく曲が掛かる。

 

 芸が三分で、裏方と段取り七分。というのが舞台(イタ)の演出における定義だが、それに則ればレオの入り方と平河たちの段は最上であった。

 

 放たれるその歌声とメロディは、会場を満たして周辺一帯を盛り上げるものだ。魔法のように全てが理屈ではない。

 

 ハートのビートを叩くことで、人の心は動く。共鳴して、その歌声に心地が良い想いを覚え、心を弾ませる。

 

 在りし日の、まだ何者でもない頃の、夢に溢れた頃の情熱を思い出させる歌がある。

 

 未熟な人間だからこそ、誰かに笑われても構わない。自分の道を進むのだという気概……レオの心にあるのは、あの日あの時、友人の一人が放った言葉の熱さだった。

 

 ―――誰に笑われたっていいさ、笑われても何度でもやってやる。それが出発点からでもな―――。

 

 友人からすれば何気なく放った言葉だったのかもしれない。けれども、その言葉はレオの心を動かした。

 

 その上で、この曲―――『Buddy, Steady, go!』は、自分の心情を表していたのだから。

 

 熱狂が伝わる。興奮が伝播する。レオの飾らない心が伝わる。

 

 そしてその心の旋律が―――三人の少女を揺さぶる……。

 

 全ての人間が、魔法師であるとか非魔法師であるとか関係なく、レオの汗を掻きながらも身体全てを使い切らんという熱唱に意識を奪われる。

 

 それは舞台袖で見ている自分たちも同様で、レオが作り出した空気を崩すのは少しだけ気が引ける一方で……。

 

「これは西城からの挑戦状だな。このボルテージを維持できるかどうか―――」

 

「十文字キングダムを展開できますか?」

 

「やってやるさ。バイオリンではセミプロ級の腕を持ち、オルガン奏者を駆ってくれた女子二人の意気を無下にするわけにもいかんだろう」

 

 修羅場だなぁと、勢いよく言う十文字先輩の後ろにいる二人の美少女を見ながら思う。

 

「リズ先輩。頑張ってくださいね!」

 

「あったりまえよ。私の演奏に聞き惚れなさいよアイリ」

 

 そんなやり取りを見てから、そろそろだなと思っておく。

 

 原初の魔法の一つとも言える『歌』のエネルギーは、まだまだ『頂点』に達していないのだった……。

 




ノベライズ版のマクロスFとかその後のライドとか30とか、劇場版のノベライズ―――レビューでは非難囂々(konozama)なんですよね。

私はアニメでは出来なかった補足及びSFとしての色々な面とかアルトのカブキ役者としての側面をよく活かした良作だと思ったんですけどね。

その後、EXTELLAのSF考証で型月及びきのこに関わったことが、こんなことになるなんて、ウロブチのZeroも確かに原作(初期PC)の頃の描写や設定を考えるならば、すごくアレなんですが―――まぁ何が言いたいかと言うと―――。

きのこ。月姫リメイクと2をはよ(マテ)

こういう風な所は、創作者としての悩みどころですね。(苦笑)



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第189話『Carnival Phantasm-Ⅱ』

我は放つ―――光の白刃!! 

ああ、この声をまたもや聞くことになるとは。

今さらながら眼鏡神の同人誌がようやく届いたが、アンタの身体には復元呪詛でもかかっているのか?(爆)

やはりシエルばかりを描いていたから呪いのビデオよろしく秩序回復の作用が原稿を通して(マテ)


そんなこんなで遅れて申し訳ありませんでした。新話お送りします。



十文字克人のバリトンボイスで唄われるカバーソングが、しとやかにそれでいて耳に残る声が全員に沁み渡る。

 

というか、達也が評した巌のような様子とかは、自分はこの男の擬態なのではないかと思うほどだ。

 

よく考えてみれば、この人のフェロメンボイスは、色んな声音を使い分けるのだった。

だが、元・会頭、否……十文字克人よ。なんでその曲なんだ!? なんでそのメドレーなんだい!? いや、観客は大喜びだが、こんな先輩は少しだけ見たくなかったが―――。

 

「それは勝手なイメージの押し付けなんだろうな……」

「まさか克人さんが、こんな人だとはなぁ……」

 

刹那の隣りにいた三高の将輝のように巌のような人だ、などと思っていた連中は全員、土下座すべきである。(魔法科生徒の約九割)

 

「ふたつのむねの〜〜ふくらみは〜〜! なんでもできる しょうこなの〜!」

 

俺たちの心に忍び込みっぱなしの、『魔法っ子カッちゃん』は、本当にシャランラすぎる(支離滅裂)

そして、そんな克人先輩の歌唱に完全に合わせて弾き語っている二人の女子は、本当に凄すぎた。

 

ララベルの曲までをメドレーで繋げた十文字克人だが、ここで終わりではない。

拍手喝采ながらも、それだけではない。曲の転調のように舞台演出が変わる。

 

着ていた服装が、ホログラフで変わっていく。マタドールの衣装に似たきっちりしたものが、克人を闘牛士じみたものに変えた。

ここに来て、どこからか飛んできたマイク型ドローンがリズと真由美の近くに来て、スイッチがオンになる。

 

『魔法のお兄さんはただ単に魔法少女の曲を歌うだけではない。ここでオレのカッコいいところと後ろのお姉さんたちのボイスを披露しよう―――声優ユニット『フェロ☆メン』の歌から―――曲名『禁忌の薔薇〜Aphorodisiac〜』―――』

 

先程までの『昔』の曲とは違い、今の世にも通用しそうな転調が特徴的な曲が、観客たちの耳朶を打つ―――。

 

 

† † † †

 

「まさか克人さんが、こんなに歌うたいの素質があったなんてなぁ。ビックリだよ」

 

「元々、お姉様から様々な場面で披露していたとはお聞きしていました。その美声で同級生たちを魅了していたとはね」

 

「けれど引っ掛けたい女子がいるわけでもなかった。いやいたんだけど、色々あって深い付き合いが出来なかったのか」

 

 

この大歓声の中、観客全員がスタンディングしているというのに双子のJCは、それらをシャットアウトしたように整然と会話を行えている。

ちょっとした『魔法』、双子特有の『交感』を行い脳髄で話し合っているのだ。

 

発声しているわけではないのだが、それでも口を開く動作をするのは、それが口語を発しているというイメージに重なり確実な会話に繋がる。

 

元々、双子や三つ子というのは、昔から遠隔地においても一種の『繋がり』を持っているかのように、互いの状況をそれとなく察するという都市伝説はあったのだ。

魔術世界・魔法世界の2つにおいて、それらは一定の解析を行われており、その意味で言えば七草の双子は、かなりの『繋がり』を持っていた。

 

 

「イリヤ・リズか、強敵だ……」

 

「しかしお姉様も気が多いというわけではありませんが、どうやら司波達也先輩とも、それなりに繋がりがあるというか、気にかけているそうですからね」

 

姉の恋路を邪魔する女を敵視する香澄と違い、冷静な判断を降す泉美。このバランスが双子のノーマルなやり取りなのだ。

 

 

「けど克人さんを『お義兄さん』と呼べる未来の方が、ボクはいいと思うけどなぁ」

 

「克人さんもフラフラしているわけではないんでしょうが、元々のあこがれの人物からアタックを掛けられて満更ではないのが、事態を複雑にしているわけですね」

 

 

結論・男も女ももう少ししっかり『立っていろ』。

 

そういう上から目線の結論を双子は出すのだった。

 

 

「泉美、どうやらお姉ちゃんが歌うようだけど……何さそれ?」

「見てわかりませんか香澄ちゃん。これはハッピに団扇にペンライト―――ずばり言えば、アイドルの応援衣装です。

昭和という『遠い時代』のアイドル、『おニャン子クラブ』の時代から受け継がれる応援衣装の中の応援衣装……もはや『ノーブルファンタズム』と言っても過言ではないですね」

 

 

香澄としては、鼻を鳴らすように自慢する泉美がそんな格好をするのはいい。

しかし、問題点としては……言いながら推しメンであろう司波深雪だけを応援しようという姿勢だ。

 

ペンギンパーカーの姿と九校戦のミラージの衣装を団扇の両面にそれぞれデカデカとプリントしたものが、彼女の気持ちを表していた。

 

「香澄ちゃん。優れたシンガー、ディーヴァを応援したいという気持ちは万国共通。そして私は深雪お姉様を応援したいのです。もちろん真由美お姉様も『義理』として声を挙げますが」

 

「ええー……」

 

 

なんとも真由美にとっては居た堪れない結論。己の半身が出した結論にげんなりとしてしまう香澄。

双子でもここまで違うとは、実は全然似ていないのではないかと思ってしまう。

 

香澄にとって九校戦(LIVE映像)で見た司波深雪とは、色んな意味で『人外』の存在に思えたのだ。

あそこまでの魔法力を行使するのに、どれだけの訓練と調整を行ったかを何となく理解して、風聞で聞こえる『十師族の落胤』『隠し子』というのも『虚偽』ではないかと思うほどだ。

 

 

(まぁどうでもいいんだけどね)

 

 

香澄にとって、憧れの存在なんてものはいない。

己が尋常の世人ではない魔法師であるならば、 独立独歩で生きていくべきなのだ。

 

そんな風に思いながら―――いい芸をやる人間はちゃんと見ていなければいけないと、ステージに集中するのだった。

 

 

「ふっ……繋げたぜ」

「やり遂げた男の顔をしていますけど、すっごい寒かったんですけど」

 

 

舞台袖に戻ってきたK'zの片割れ、どっちが松本で稲葉だかは分からないが、とんだバッドコミュニケーションをやり終えた桐原にツッコミを入れるが、彼は言い返してくる。

 

 

「バカ野郎! 俺がキレッキレのいい声で歌ってみろ。そんなのまだ『菅沼久義』がメイド服の天使たち(ロク・サン・サンで12人)にちやほやされている頃のS・Tさんになっちゃうだけだぞ!!」

 

微妙に反論しづらいことを言う桐原先輩だが、まぁ聖獣4匹(?)は、女子向けのコンテンツとして延命したのだから。

 

何の話だよと思いながらも、まぁいわゆる『次』を盛り上げるための弁当幕とでも言うべき段が、K'z(キーズ)の役割だったのだ。

 

 

「まぁ勘弁してやってくれ遠坂。次が『彼女』だから、桐原としては『盛り上げる』よりも、ローテンションからのハイテンションへと持っていくことを選んだんだよ」

 

そこまでの男意気を、同じく舞台袖に戻ってきた汗だくの杉田先輩から説明されては、これ以上は野暮だった。

 

そして―――。

 

『この少女は、知っているものは多かろう。余もアイリと共に様々な映像で見てきた。

剣を執らせれば武芸百般の古強者。その剣技の冴えと同じぐらいのボイスの冴えが、閃光のごとく輝線を刻む!!!現代のソードダンサー!! 「壬生紗耶香」!!!』

 

と紹介されると同時に、ステージ最奥の地下……奈落からせり出してきた壬生先輩の衣装は、赤ずきんのように赤いフードを目深にかぶった姿だった。

荒野に、突然一人で放り出された行き先知れない剣士……。

 

飾り気の無い細剣(マイク)を手に中央に進むその姿が段々と変化していく。

ホログラフスーツの変化よりも鮮明な変化に放浪の女剣士は、歌いながら前に顔を向ける。

 

フードを被り俯き気味に、世界と相対していたその姿の変化と同時に眩しいぐらいのスポットライトが彼女に当たる。

 

白い女騎士衣装に赤いラインがところどころに入ったその姿が、彼女の決意を示す。

 

『もっと先に見える希望だけ残した―――傷跡が癒えることはない。最低ナニカ一つ手に入るものがあったら―――それだけで何もいらない――』

 

魔法師としての栄達とまではいかなくても、自分が魔法科高校において掴めるものを得たい。

 

歌い上げながら遠くを見るように両手を伸ばす壬生紗耶香の心が響く。

役に酔わず、完全に演じている壬生先輩の舞台度胸はド級だ。

 

事実、今日に至るまでスパルタのようなダ・ヴィンチのコーチングを受けてきただけはある。

 

『剣は本来は祭器だ。荒ぶる魂を鎮めるために、人々は『舞』を捧げることを選んだ。菅原道真という怨霊の御霊が学問の神様となり、雷神として都を守護するようになったのは、即ち『反転』『鎮魂』なのさ』

 

怨念と悪に満ちたその御霊を慰め、鎮めるために、人々は『祭り』を行うことを選んだ。

 

『祭り』を行うことで善きものとなれば、悪しきものから人々を守る力となる。

 

日本に古来から根づく『御霊信仰(ごりょうしんこう)』というやつである。

 

どのような悪神であっても、そのように人々は願いを込めて奉ってきたのだ。

 

『君が過去を悔いる気持ちは分かる。未来が無いと押し付けられてきた過去にも同情しよう。

しかし―――『今』は違うだろう?

ここ、一高は既に『祭り』の中心地だ。ここにいることを幸運に思うべきだ。そして刹那が行う改革はまだ道半ば……私もロマニも、この時代を駆け抜けるよ。

ここでキミも―――、乱痴気騒ぎで己を変革させたまえ(霊基再臨)

 

(ダ・ヴィンチ先生―――ありがとう……!!)

 

 

自分の懺悔を聞いた上で、自分をこのステージにあげてくれた笑顔で語る先生の心が、この上なく紗耶香の心を上昇させる。

そしてその心に応じて衣装に変化してくれていた千鳥という生きる刀は、更に衣装を変化させて―――女騎士から姫騎士へと変化させるかのようだ。

 

多くのフリルとレースを多く混ぜたその衣装は、神がかったものを見せる。

そういう変化は『予想外』だったが―――それでもその衣装と共に震わせる喉が、呪文のごとく歌声を波及させる。

 

正しくここから『世界を作る』。創世という大業を為さんとする神の如く世界を作り変えていく……。

 

 

『本当の自分を受け入れてくれたあのヒカリを……ah on give for my way……―――』

 

 

色眼鏡では見えなかった価値観。間違いだらけの景色のあり方―――あの日々にあったそれらを消さず、それでも前を向いて歩いて行こうという一人の乙女の祈りが、何人かに涙を流させる。

 

詳しい事情こそ見えない。それでも壬生紗耶香という少女の心に宿ったものをイメージさせるには、十分に『威力ある』ものだったからだ。

 

壬生紗耶香の両親。特に親父さんも忙しい仕事の合間を縫ってやって来て、娘の晴れ舞台と同時に、彼女の悩みを聞いてやれなかったことに、少しの悲しみと悔いを持ちながら泣いてしまう。

それでも―――娘の晴れ舞台は全て見なければと、涙で歪んだ視界でも見て、そして耳に残していく。

 

最後のメロディが刻まれる。姫騎士の神姫にも上り詰めかねない魔力の高ぶりが、美として人々の意識を『高次』の世界に持っていく―――。

 

 

『―――on give for my way……』

 

最後の結びのフレーズ……余韻を残すように未来への祈りが刻まれていく。

 

手を上に差し出す……訴えかけるような仕草のままにスポットライトを浴びる壬生紗耶香の段は―――最高の盛り上がりを見せていた。

 

止む無く後事を全て託してしまった甲もその歌唱に込められた想いを感じ入り、惜しみない拍手を隣の元カノと共に降り注がせるのだった。

 

大丈夫です。私達は――――。

 

その甲に向けられた壬生からの言葉に、『ありがとう』と素直に心の中で感謝を述べた。

 

 

 

余韻と感謝を伝えたいのか、鳴り止まぬ拍手を見て情熱の皇帝は、更に場を盛り上げていく。

 

『惜しみない拍手を演者に!! これぞ観劇の妙味!! いい芸には、さらなる賛辞を、手を上げながらも去っていく彼女に大きな拍手を!! アリガトオオッ!! アリガトォ〜〜〜ッ!!』

 

『サイコーだ~~~~!!!』

 

『アリガトオオッ!!』

 

『アリガトォ〜〜〜ッ!!』

 

盛り上げが巧すぎて完全にネロ様にMCを持っていかれた刹那だが、仕事が無いわけではない。

 

戻ってきた壬生紗耶香の体調。ランナーズハイという状況から開放された彼女を緩やかに復調させつつ、タイムスケジュールを調整していく。

 

 

「んじゃ三高。エレガント・ファイブ頼んだぞ」

 

 

無理やりねじ込んだわけではないが、それでも紅白的な感覚で言えば、ここでアイドルユニットでも導入したかった刹那の要望に応えた存在である。

 

「任せろ。伊達や酔狂でエレガント・ファイブなんて呼ばれている俺達じゃないぜ!!」

 

親指を立てて自信たっぷりの将輝が意気揚々だが、他は違うようだ。

 

「僕がそこに入っているのが一番疑問だよ……」

「吉祥寺。そりゃ俺のセリフだぜ」

 

吉祥寺と中野の少しだけ落ち込んだ言葉に対して、他二人は違う。

 

「女子も出るんだ。何より西城には負けられないな」

「いい舞台演出。頼みましたよ皆さん」

 

九校戦での新人戦モノリスチーム。俗な言葉で尚武の三高一年のイケメン五人衆。

 

エレガント・ファイブの面子が、勢いよく出る準備をしている。

 

最後の藤宮なんて、平河先輩と和泉先輩を赤面させる魅惑のキラースマイル(死語)なんてやってきていたし。

 

ともあれ、捩じ込んだ以上は相応の芸を見せてもらう。というかリハで見たものが事実ならば、こいつら普段から何をやっているんだと言いたくなる。

 

黒赤の衣装。スーツの下に赤シャツだったり黒の上下に赤いネクタイだったり、コンセプトとしては随分とカッコつけたものだ。

 

心理学で黒は『罪』『恐怖』などをイメージさせ、赤は『情熱』『正義』などをイメージさせる。

 

その意味で言えば赤がフォーマルカラーの三高は少しばかり変化させてきたということだ。

 

 

「スタンバイ大丈夫だね?」

 

『オッケーです!!』

 

 

声を掛けたのは、平河小春であり、どうにもいい男に声を掛けたいだけにしか見えなかったが、ともあれ――――三高エレガント・ファイブ改め……。

 

 

『ここで! 第一高校ではなく余も関わりが深い魔法科高校の一つ、金沢の第三高校よりゲストを召喚しよう!!!

いでよ!! イケてるメンズの星に生まれし五人の若人よ!!!

汝らが名は―――『砂嵐』(すなあらし)!!  歌い舞う――其の曲名は『truth』!!』

 

何で『ビートルズ』に対して『ずうとるび』みたいなユニット名にしちゃうかなぁ、と思いながらも本家本元の曲である退廃感とどことなく無常感があるものと共に―――『砂嵐』たちのダンスが、始まる……。

 

 

 




歌詞引用

アニメ『魔女っ子メグちゃん』主題歌『魔女っ子メグちゃん』

アニメ『ソードアート・オンラインII』後期OP『courage』


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第190話『Carnival Phantasm-Ⅲ』

新イベントの発表。

なんでこんなピンポイントにとある作家大喜びのことをやっちゃうかな。

いやまぁ私も嬉しいですけどね。CEOは持っていますから。

短いですが新話、お送りさせていただきます。


 地下劇場。そうとしかいえない『場』に変更された上での砂嵐の踊りと歌声に対して、黄色い声援があちこちから届く。うるさいぐらいに

 

 無機質な灰色と黒で構成された『場』。その最前で砂嵐は芸を見せて、その奥……『魔王の玉座』としか言えない場所にはホログラフと作業用アンドロイドを複合して作られたオーケストラが演奏を奏でていた。

 もちろん実際に演奏しているわけではないのだが、それでもそういう演出が、彼らを魅力的に見せていた。

 

 バックオーケストラと前面の砂嵐と……全員が黒系統の衣装。曲もどちらかといえば、悪を犯してでも全ての咎に鉄槌を、仇を討つ……けれど、平穏な日々に戻りたいという願いがどうしても残る……。

 

(復讐鬼として、自らがどうなってもいいから恨みを晴らしたい。けれど、その為に泣く人々や自分を愛してくれた人の願いまで踏みにじりたくない)

 

 ピカレスクロマンの真髄というのは、『そこ』にある。

 アレクサンドル・デュマが著した『巌窟王』とて、どうしても全てを復讐に傾けようとしても人間性を捨てきれない復讐者であるエドモン・ダンテス。

 

 かつての恋人にして仇と結婚したメルセデス、仇の一人によって不幸に見舞われた亡国の少女エデ……。

 多くの人間の労る視線に、どうしても復讐をすることに何の悔いも残さずというわけにはいかなかったのだ。

 

 ……そんな刹那の述懐などお構いなしにイケメン五人衆の幻惑するような動きのダンスは妖しげなセクシーさを醸し出す。

 マイムを応用したような動きも、それに一役買っている。買っているのだが……。

 

「なんでアイツ『マサキ』なのに『アイバ』くんのポジションじゃないんだよ」

「もしくは『オオノ』くんのところが適切なんですけどね。なぜか『マツジュン』ポジション……というのは、我が校の一条親衛隊が求めたことなんですよ」

 

 舞台袖で次の出演を待つ愛梨と共に話すに、キックロールをする将輝に対して感想を述べた。

 

 三高エレガント・ファイブがこんな芸をやっている背景には、間近に迫るフェアウェルパーティー……俗な言葉で言えば『追い出しコンパ』の際の、三年を送別するための芸事が必要だという意見が出てきたからだ。

 

『戦国時代の武士も宴会を盛り上げるために一発芸を何かしら持っていたんだ。

 戦場で敵の御首級(くび)を取ることだけが、出世の道じゃなかったんだよ。

 さらに言えば、一高の遠坂みたいにお前たちに特級厨師レベルの料理人力を求めたとしても無理だからこそ―――』

 

 前田千鶴の字名通りに『鶴の一声』で決まったことに、2020年を境に一度は休止したアイドルグループの曲とダンスの完コピを命じられたのだ。

 

 食戟のマサキになれなかった一条君にちょっとだけ同情しつつ、その中に愛梨も含まれていることに今更だが意外な思いだ。

 

「そんなに意外ですか?」

 

「こういう大道芸(ジャグリング)みたいなのを嫌っていそうだったからな。ついでに言えば後ろから『本物』が出てくる『ものまね紅白歌合戦』的すぎるから」

 

「べ、別にそこまで私、カタイ人間じゃありませんよ。ただ本物に迫ろうとする気迫もなく、相手の上澄みだけを追う行為が嫌いなんです」

 

 

 意外な答えに驚くも、それを表情に出さず『分かったよ』と言っておく。

 憤慨している一色愛梨だが、緊張はないようだ。流石にマジックフェンシング競技の全国区。

 

 こういった大舞台での度胸はあるようだ。

 

「水尾先輩や倉沢さんなど三年生が快く卒業するために、鍛え続けてきた私のエンジェルボイス――――」

 

『イイ男たちの熱気あふれるダンスに婦女子の皆々酔いしれただろう!! 今一度、大きな拍手と―――』

 

『『『『『来客の皆さん。今宵は僕たちの魔法の声を思い出して、心地よい眠りに身体を預けてくださいね』』』』』

 

 サービスたっぷりすぎる砂嵐の最後の殺し文句に、一きわ大きな黄色い声援が飛ぶ。キャーキャーという言葉の大きさに圧倒されて、そして出番だとして注意をしようと愛梨に近づいたのが仇となり―――。

 

「今は―――アナタの為だけに歌い上げます―――私の愛しのロジェロ―――」

 

 舞台袖を見ていた愛梨が振り返り、気付けをしようとして手を伸ばしていた刹那の懐中に入り込まれる。

 

 制止することも出来ずに、そのままに少しだけの背伸び。朱いハイヒールを履いていたことで容易に刹那の唇に触れてきたのだ。

 

 横で作業していた演出組が呆然とするぐらいに、いきなりなイレギュラーキスの場面。

 

 ……触れてきた唇の熱さと痺れるような甘さが、刹那の総身を駆け抜ける。

 

『では!! 次にやってくるのは再びのディーヴァの歌声!!

 乙女の心意気を見せます!! 即ち女意気!! その歌声にはゼウスも魅了されよう!!

 赤き稲妻が世界を貫く『エクレール・アイリ』の登場だぁああああ!!!!!』

 

 大スクリーンで、可愛すぎて美しすぎる『ご尊顔』をどどんと見せているネロだが、そんな顔が、顔を赤くして眼を閉じながら刹那の間近にあったのだ。

 

 しかもマウストゥマウスは継続中―――が終わり、反論とかこちらの動揺を出させないように早足でステージへと向かう愛梨の後ろ姿を見送ることしか出来なかった……。

 

「自分の担当アイドルに手を出すってPとしてどうなのよ?」

「俺から手を出したわけじゃないのに……」

 

 意地の悪い笑みを浮かべながら魔女コスの平河(妹)が『イーヒッヒッヒ!』といわんばかりに言ってきたのに、そんなことしか言えなかった。

 

 頭を掻いてから赤面したのを誤魔化しつつ、将輝たちエレガント・ファイブにタオルを差し出して、『周囲の状況』はどうなっているのかを、それとなく達也に聞いておく―――どこにでも『不逞の輩』というのは現れるものなのだから……。

 

 

 † † † †

 

 

『カラフルな純情―――咲き乱れてくぅ――♪ ダイスキなんてアリガトウ! わたしも ずっと 『スキ』だよ♪♪』

 

 ヴァーチャルアイドルよろしく着こなした衣装で歌い上げるエクレール・アイリの姿に観客はヒートアップだ。

 一般の人でも『知っている選曲』に、一般の人でも『知っている魔法師』の登場が色々なものを集めるのだろう。

 

 国営放送でも準決・決勝戦を放送するぐらいには、マジックフェンシングこと『リーブル・エペ』は、一般的な『魔法競技』だ。

 剣道に魔法を組み合わせた魔法剣術が未だに一般化されていないのは、それが国防の要にもなっているからであり、その上であまりにも早く動きすぎてカメラでも追い切れないという点があるからだ。

 

 そもそも日本の魔法剣術の要が、そういった風に衆目に晒すことを嫌っているので、スポーツ競技としての魔法剣術は一般的ではないのだ。

 その観点で言えば、一色愛梨はかなりの有名人だった。

 

 

「私も若ければ、あのステージで歌っていたのに……けれど一色さんの姿は昔の私を見てるようだわ」

 

「「「何十年前の話だっけ?」」」

 

「そんな昔じゃないわよ!!」

 

 

 観客席にいる妙齢女子軍団。通称「グータンヌーボ会」(命名・刹那)は、寝言を抜かしやがる藤林響子にツッコミを入れてから、歌い続ける一色愛梨に集中する。

 

「まぁキョウコの年齢を抜いたとしても、あの赤い皇帝陛下とミス・アイリの声は「アナタ達」に似ていますよね」

 

「私にあんな胸元開いた服を着ろと!?」

「私にあんなヒナギクライブ衣装を着ろと!?」

 

 小野遥と藤林響子がシルヴィアの言動に驚愕をして問い返す。

 

 名指しされたわけではないのに一発で分かるとは、まぁ余程耳が悪いものでもなければ、声音が似ていることは分かる。

 超絶ロボットクロスオーバーものでは、様式美となったものだ。

 

 まぁそんなことはともかくとして、誰も別に着ろとは言っていない。年齢的にもキビシイことぐらいは、シルヴィアもミアも「よーーーく」理解(わか)っている。

 そんなわけで、話題はあの「赤い服のアーサー」に似た美少女は誰なのか? ということだ。

 

 シルヴィアとミアは理解しているが、あの時……刹那の隣に現れたアーサーは、厳密には「アーサー」ではない。

 

 だが、ダ・ヴィンチ=オニキスの説明によれば、いわゆる「アルトリアの顔」をした英雄というのは、かなりの「人数」が確認されているという恐ろしい話をされた。

 

『アレに関しては私の元・職場が『特殊』だったからかもしれないのだがね。

 ともあれアルトリアに似た顔が多いというのは、アーサー王伝説には数々の伝説・神話・伝承などなどが混合されているからだ。

 地域も時代も違う様々な神話英雄伝説(マイソロジー)が似たようなものになるのは、これら全てが「 」という原初の場所から流れたものを読みとったからともいえる』

 

 英雄の伝説は時代が経てば経つほどに様々なものが付属していく。だが、その『信仰』こそが、サーヴァントという人類史の影法師に様々な『色』を着けていくともえいる。

 

 そのパターンで言えばネロ・クラウディウスというローマ皇帝こそがアーサー王伝説の端緒となったからだ……という理屈じみた説明をしていても、うんうん唸るのは、その説明をしたダ・ヴィンチその人だったりするのだ。

 

 唸る理由は、結局……そういったセオリーだけでは説明が着けられないケースを多々見てきたからだろう。

 

 『創造主』(社 長)の趣味なのかもしれない。というワケワカメな結論を汗を掻きながら言ってきたときには、アビゲイルも困惑気味であった。

 万能の天才を自称して、その歴史的な事実が裏付けされていたレオナルド・ダ・ヴィンチですら思い悩むぐらいには、英霊たちの面貌というのは解明できないものなのかもしれない。

 

 そんな解析よりもミアとしては気になることがあった。

 

 

『―――本日、満開! オ・ト・メ・無限大、見ててね! ―――』

 

 

 歌詞の一番目を歌いきって二番目に移行する際の間奏にて、カンカンにも似たダンスを披露する。

 

 もちろん令嬢ゆえか合わないと思ったのか、足を高くあげたりスカートを翻すようなものは無かった。どちらかといえば、タップダンスにも似ているか。

 

 それを見てから―――何となく顔付近に刹那のサイオンが付着しているようなものが見えたのだった。

 

 それは、リーナがセツナとにゃんついたあとの様子にも似たものだった。

 

 セツナのサイオン……魔力というのは通常の魔法師に比べて濃すぎるのだ。魔術回路という疑似神経回路から精製される魔力は、通常は見えないはずのサイオンの色というものを多くの魔法師に認識させる。

 

 その上でミカエラ・ホンゴウという日系アメリカ人は……。

 

「そうだ! これだ!! リーナ・ロズィーアンとセツナ・ストライダーの物語には、ライバルキャラが必要だったんだ!! 荒廃したマッドマックスじみた世界でも、男どもをかしづかせる女版ラオウのような存在が!!」

 

「「「何の話だ―――!!!!????」」」

 

 勢いよく立ち上がり、エクレール!! というコールをするミア。

 

 いつもどおりのSF小説『パラサイト』を下地にした二次創作のアイデアに着想したのだが、その『着想の原因』に関しては、『気のせい』ということで済ませておくのだった。

 もっともミア以外にも遠目であっても、何かしらのそういうことを洞察出来る存在が、この黄金のステージホールには何人かいるのだから……無駄ごと過ぎた。

 

『―――ゼンブ咲ケ♪ 疾風(かぜ)吹くゴールへ!』

 

 客席から出る口笛を吹くような『Fu~~♪』という合いの手の後に……。

 

『本日、満開! ワ・タ・シ・無限大! 見ててネ―――♪』

 

 歌い上げると同時に白いドレスの少女が、腕をスポットライトの方に掲げた。その何かを掴もうとする所作に誰もが眼を奪われた後には―――彼女に仕組まれていたストロベリーブロンドの偽装が剥がれて金色の女神がステージに存在するのだった。

 

 魔法の作用かホログラフの剥がれなのか、それはオーディエンスたちには分からないだろうが、その神然とした佇まいに、誰もが言葉を一瞬無くす……。

 

 そして溢れ出るような歓声。溜め込まれたことでそれは一際大きなものに聞こえる。

 

 さながらヤカンから吹きこぼれる湯と同時に聞こえる沸騰音といったところだろうか。

 

 その声に後押しされながら一度は袖に戻っていく一色愛梨だが、湧き上がるアンコールの声で戻ってきた。

 

「残酷な天使のテーゼ」がかかるを見てから、『あちらの状況』はどうだろうかと? 響子は気にかけるのだった。

 

 

 




歌詞引用

アニメ『ハヤテのごとく!!』前期EDテーマ『本日、満開ワタシ色!』


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第191話『Carnival Phantasm-Ⅳ』

長らくお待たせして申し訳ありませんでした。

マイクロソフトの陰謀により(え)、夜中ほとんどPCが使えない状態に陥ったほどでして、10への無償アップグレードで当分は様子を見ます。

現在のPCもそこまで新しい型ではないので、ダウンロード版を買うかどうかは、今後次第ですね(笑)

というわけで最新話どうぞ。


 

『そちらの状況』という響子が気にかける場面において達也は、少しだけの落胆を覚えていた。

 

 流石に『呂』や『周』などとは相性が悪かったのだろうが、ここまでの手並みを見させてもらうと震天将軍という字名も伊達ではないと思うのだった。

 

「劉師傅、そちらはどうですか?」

 

「ああ、今しがた片付いた」

 

 かつての廃工場……。一高を一度は叩きのめした闇の女王とでも言うべき存在が作り上げた『神殿』。

 

 そこに集っていた『大亜のゲリラ』……特殊部隊を十分ほどで熨した劉雲徳は、手を叩きホコリを払ってから拘束された連中を見ながら呟く。

 

「人民軍の兵隊の質も落ちたものだ。私が将校ならば、全員海ならば甲板磨き、陸ならば基地施設のモップ掛けからやり直しだな」

 

 未だに中華の軍隊では、そんな前時代的なことをしているのかと思うも、軍隊というのは時にそういう『上下関係』にうるさい『理不尽な体育会系』なのだ。

 

 そんなことを思いつつ、ここに集った特殊部隊が何をやろうとしていたのかといえば、中華の道術体系と東南アジア系の土着信仰をハイブリッドさせたもので、ここにあった様々な残留思念を『ゾンビ』として使役しようとしたようだ。

 

 儀場に祀られている霊薬やシンボル及び、発動している魔法陣など、刹那が見れば―――。

 

『うわっはぁ♪ 緻密で繊細な喚起儀礼式。しかしながら、これだと面倒くさい想念付きで、術者に従順には従わ無さそうだなぁ』(達也想像)などと言ってきていたかも知れない。

 

 ともあれ『雑事』を終えて、何気なく劉師傅の手を見ると、あの戦いで失われていたはずの片腕が再生を果たしていた。

 

「? ああ、これかい? 宝石太子が『片腕で鉄鍋を振るえんでしょう』とか言って、何かの『球根』のようなものを植えてな。

 機械の義手よりは、まぁ悪くはないだろうな」

 

 意外なことというわけではないが、この時代のサイバネティックス技術というのは、そこまで発達してはいない。

 

 世界的寒冷化という恐怖から資源に対する管理が厳格化されたことと、一種の機械化してまで延命を図るという『無意味』さと『忌避感』を持つ世代とのせめぎ合いで、医療サイバネティックスの方向は『再生治療』の方向に向けられた。

 

 ある種の万能細胞の存在や、魔法師という『遺伝子改良』の人類の誕生が、それらに拍車を掛けた。

 

 特に儒教思想の強い中華大陸では、劉師傅はそういった世代の一人なのだろうと思えた。

 

 山中、柳、真田などがやってきて、捕らえた連中を連行していく様子。それを見ながら、お互いに手持ち無沙汰な劉に達也は問いかける。

 

「……劉師傅……現在の大亜、いや中国大陸はどうなっているんでしょうか?」

 

「それは―――キミの『本家』からの探りかな? 司波達也君」

 

「いえ、私の興味です。場合によっては大量虐殺の主因にもなっていたもんですから」

 

 やらなくて良かったと思う反面。自分が「ダメ押しの一撃」を旧・朝鮮半島、現・大亜細亜連合統治地区に叩き込んでいれば、今の内戦状態も起こらなかったのではないかという、小僧なりの生意気な結論だった。

 

 すっかり日が落ちたことで冷たい風が自分たちを撫でるも、自分たちの間に緊張が走る。

 

 既に戦略級魔法を失っていたとしても、先程見た手際ならば壊し屋、殺し屋としての腕前は落ちていないようだ。

 

 一触即発―――というわけではないが……首筋をお互いに引っ掻くようなそんな様を感じるのだ。

 

 老いたとは言え、戦略級魔法師にして震天将軍の殺し名すら持つ男だ。

 

 知らずに達也も緊張するが……。

 

 劉雲徳は、笑みを浮かべてその気の張りようを霧散させてきた。

 

「そう緊張するな。敵に相対したとしても、目に見えて張り詰めるようでは、忠実な猟犬であらんとしても野良犬と変わらんぞ」

 

「……」

 

「まぁ談笑している相手の顔を笑顔のままに掻き切れるようなタイプよりは、まだいいだろうが……現地との通信状況を鑑みるに、どうやら南北で分断しつつあるらしいな」

 

 そこまでの情報は、政府筋から軍部や『四葉』本家にも降りていたが……。

 

「だが、南北分断の背後で東南アジアも独立の機運を出して、チベット・ウイグル連合が、この混乱に乗じて分離独立を図ろうとしている。

 台湾も、これを機に福建省の一部以上を刈り取ろうと画策しているようだ」

 

「―――」

 

 その情報は、それらよりも踏み込んでいた。何かしらの道術を利用した通信方法があるのだろうが、そして劉師傅は更に踏み込んできた。

 

「呂が王貴人を使役していたところから察するに、『英霊』の『召喚』は、あの地で複数行われたのだろう。でなければ、ここまで組織だった独立活動が行えるわけがない――――」

「サーヴァントを使役しているマスターが中華大陸にいると?」

「あるいは―――『獣』が発現をしたか、だな」

 

 全ては『仮定』に過ぎない。だが、アレほどまでの強固な『結び』でどうにかなっていた国が崩壊する理由や原因は、考えて見るに、ある種の『チート』以外にはない。

 

 火縄銃という『チート兵器』が、鎌倉・室町から続く合戦礼法を過去の遺物としたように、現代魔法では辿り着けない領域。

 

 神秘領域の存在が、物理世界を、苦界を蹂躙しはじめたのだ……。

 

 

 地の底から吹き付けるような冷たい風が―――達也と劉師傅を再び撫でていた。

 

 冷たい風に熱を与えるように、魔法師に対しての戦いの嵐はまた吹き荒れるのだと理解できた……。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 愛梨のプログラムの終了直前に、『どこかの世界』ではマギクスアイドルプロデューサーだかマネージャーだかをやっている達也が舞台袖に帰ってきた。

 

 魔力の波動。流れから察するに、三分前に撤収したらしき達也が、先程まで切った張ったをやっていたなど分かるまい。

 

 敏腕マネージャーよろしく黒スーツにサングラスを掛けた姿に、なりきりすぎだろとツッコミを入れたい気分だ。

 

野暮用(・・・)は済んだかい?」

 

「ああ、問題なくな。一色の二曲目途中に間に合ったのは僥倖だ……が、刹那」

 

「うん?」

 

「口紅ごとキスマークが着いているぞ」

 

 バツの悪い顔をしながら、強引ではないが手の甲で口を拭いておく。

 

 この薄暗い舞台袖においても、それを見抜けた達也の眼力は伊達ではない。まぁ眼を使ったサイオンの流れで見抜いたのだろうが。

 

「やったのは一色か?」

 

「記録映像見る?」

 

「拝見させてもらおう」

 

 普段は技術者として鎬を削っているくせに、なんでこういう時だけはツーカーで言い合えるのか、疑問だらけな平河と達也のやり取り。

 

 そんな平河の近くに居たネコアルク……動物型ロボットである『アニマロイド』が、眼をライトのように輝かせて映像を投影する。

 

「うにゃにゃにゃ。少年の熱い青春時代をプレイバック! プレイバック!! 思わずヤケドしちまうぜ! 眼が焼けるようD☆A☆Z☆E」

 

 どんなエモーショナルエンジンを積んでいるのか分からぬが、多くのメディアに出てくるネコアルクよろしく妙ちきりんな言動と同時に―――薄暗い舞台袖の壁に、ばっちりその瞬間が写し出されていた。

 

 何かこうしてみると映画のワンシーンか、兄弟子たちが時折やっていた恋愛SLGのゲームCGにも見える。

 まぁ俺も時折混ざってやっていたわけだが……そんなふうにも見えるシーンが、舞台袖の人間たちに見られるのだった。

 

 それに嘆息をしてから、刹那は達也に後事を押し付ける。

 

「―――悪いが達也、光井と深雪はお前がマネージメントしたい方がいいだろう。俺は少し休憩する」

 

「損な性格だな。それはお前が言う心の贅肉じゃないか?」

 

「黙っているような不実はしたくないんだよ。そして、黙っていたことを詰られる方が心の贅肉だよ」

 

 背中を見せる刹那の姿に苦笑してしまう。

 

 リーナに黙っていたままにすることが何よりの『無駄事』とする刹那の時折見せる不器用さは、記憶の中で見てきた魔術師の姿とは全くの真逆だ。

 

 ただ、それでは少しばかり一色が可哀想じゃないかな? と思うも、ほのかの想いに応えられない達也が言えた義理ではなかったので、その背中を黙って見送ることにするのだった。

 

 そして戻ってきた一色愛梨は、そこに愛しのセルナがいないことを達也に詰ってきて、どうすりゃ良かったんだと嘆いてしまう結果は変わらない。

 

 

 † † † †

 

「あら? 刹那君、マネージメント作業はいいんですか?」

 

「達也が帰ってきたからな。押し付けてきた」

 

 その言葉にアイドル衣装の光井の眼が輝き、呆れるような半眼で見てくる深雪と対称的すぎた。

 

 深雪は、達也が数分前までかかずらっていた案件に関してを何気なく理解しての話だろうが、光井ほのかは単純に愛しのダビデ王がやってきたとか、そういった程度の感覚だろう。

 

「まぁ君ら二人が達也の翼なんだからな。よろしく頼んだ」

 

 自分を棚に上げといて何ではあるが、トライアングルという図形は宇宙でもっとも強固な図形であり、十字教の教義においても『三位一体』(主、御子、聖霊)などがある。

 光の三原色が混ざれば、その色は白。穢れなき魂の輝きとなりうる。

 

 よって―――、とりあえず行ってよしとするのだった。

 

 三角関係も場合によっては『いいもの』が出来上がるのだろうが、最終的には、この二人次第というところか。

 

 刹那は無理だ。もうリーナとアイリの2人は、アノ頃の実母と小母との関係のプレイバックでしかない。

 

 控室の一つ。リーナがいるところに深雪たちと入れ替わるように入室しようとする前に、ちゃんとノック(音声確認)をしておく。

 

「リーナ、いるか?」

 

「セツナ、入って入って(Come Come)♪」

 

 喜色をのぞかせる声音だが、怒るかな? と思いながらも入室をする。

 

 そこには出番待ちのSAKIMORIならぬお虎フルドレスバージョンと、愛しのエリーならぬドレスアップアンジーがいた。

 

「マスターどうかされましたか? 奥方と粗相をしたいのならば、私は霊体化しておりますのでご随意に」

 

 誰がこんな『本番前』に『本番』をするものかと思いつつも、先程あったことを話す。

 

 話そうとした時には……。

 

「言いたいコトはわかってるワヨ。アイリとキスしたんでしょ?」

 

「見ていたのか?」

 

「……ウン、グーゼンにもね……分かってるわよ、あっちからのイレギュラーだってのは。けどムカつくわ。セツナは気付いていなかっただろうけど、アノ時、バックステージの向こうにいたんだもの」

 

 いじけるようなリーナの声に胸が痛んでしまう。

 

 つまり、愛梨はリーナが刹那の後ろにいることに気づきながらも、キスを十秒ぐらい続けていたのだ。

 その後は、こちらの反論を許さぬようにステージに向かう段取り。とんでもない役者である。

 

「なんで俺みたいなどうしようもない馬の骨にちょっかいを掛けるかね」

 

「自分のアセスメントは、セイカクに出すべきだと思うワ」

 

 椅子に座って髪を梳けといわんばかりにブラシを出してきたリーナ。

 

 別に殊更、反抗することではないので、それをやることにする。いつでもサラッサラの金色の髪。

 いつでもロールを作りながら、解いて髪に指を這わせてもとまることなく、毛先まで梳ける髪に何となく母を思い出す。

 

 ロンドンに来てからは、ツインテールをやめてストレートにしていたという母(父親・談)の髪を弄ることも一種の教導だったが、それ以上に傍目に一通りは完璧な母が、刹那のような未熟者を頼ってくれることが嬉しくて、グレイ姉弟子やイスローさんに聞きにいった程だ。

 

「有り体に言えばマスターは、多くの人を惹き付けやすいのでしょうね。魔性を引き寄せると同時に、妖しさも身に着けるといえばいいのか―――アナタの記憶の中でそういう人いませんでした?」

 

 ちょー居た。(爆)要は、自分は遠野志貴と同じ類なのだった。

 魔術に関わることで人生が狂わされる『尋常の世人』という類だと思っていたが、愛梨はどちらかといえば、そんな自分に関わることを是とする。

 

 言うなれば―――。

 

『セルナァアアアア!! なんで出迎えてくれないんですかぁああ!? アナタの代わりに司波君がいて、絶望した!! 全然違うメンズがいて絶望した!!』

 

 ……やっぱただの諦めの悪い女の子なのかも。

 

 下手すれば地雷になりかねない愛梨との今後の付き合いを考えざるをえない金切り声に対処するべく、ドアの外にリーナと共に出るのだった。

 

 

 Interrude―――

 

 ドアの外に出ていくマスターとその奥方の姿を見ながら、景虎は笑みを浮かべておく。

 だが、その一方で少しの不憫さを一色愛梨なる令嬢にも覚える。

 

 この時代ではない。この時空ではない。されど、『此処』においてランサー=長尾景虎は、『あるマスター』と契約を結び、聖杯に関わる戦いに望んだ。

 マスターは、これまた呼び出された時空の人間ではなかった。擬似的な時間旅行を行い、合縁奇縁の撚り合わせの末に来訪した存在だった。

 

 茶色の髪に、短い履物……ミニスカートという南蛮の衣装を着ている子を、景虎は不憫に思った。

 彼女の運命は場合によっては、不浄の夜魔。物の怪の類の慰みものになることもあり得るのだった。

 

 というよりも、景虎があった時点で、彼女はそういう人外の存在だったのだが……。

 

 ともあれ、景虎は何かと泣いて泣いて、それでも立ち上がっては戦う少女と共に『帝都』を駆け抜けた。

 

 その記憶は座に還った後も景虎の中に残る優しい記憶だった。

 そんな少女の姿を再び見ることになるとは想わなかった―――。

 

『お虎さんは、シオンやリーズさんみたいに頼りになるけど、私だって何かしたいんだよ!! だって私とあなたは―――じゃないですか!!』

 

 その声と言葉を思い出す。そしてマスターの記憶の中にいた遠野志貴という御仁。

 その『知己の一人』は、渡された手紙を見て泣いていた……知己は、景虎も知っている人物だった。

 

 

「あなたの泣き顔をふたたび現世で見ることになるとは思いませんでしたよ――――『さつき』……」

 

 外にいたならば、風に攫われるような言葉を呟くお虎は、今は会えない『友人』を想いながら歌い上げることに決めた。

 

 今宵の風月は、『三日月』―――なんとなく夜魔のものとしては半端な彼女を思い出してしまうのだから――――。

 

 




最期まで読んでいただけた人ならば、なんとなく察するもの。来訪者編における伏線みたいなもんです。

我々は、さっちんが「ファイナルさっちん」として月姫リメイクを駆け回る時まで、信長さんと共に駆け抜けることを誓います!!(え)

というわけで今回はこの辺でしつれいします。


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第192話『Carnival Phantasm-Ⅴ』

ランキング上位にいる「ああっ女神さまっ(黒)」が、すごすぎる。

しまった。その切り口があったかと目からうろこである。

まぁ当たり前すぎる事実だが、ぐだおこと「藤丸立香」は、凛の男体化イメージだもんな。実をいうとウチの刹那もビジュアルイメージは――――。


そんなわけで次話をどうぞ。

追伸

最近、バトルを書けていないせいか、すごく反動が怖すぎる。レオ短編は暗殺計画の影響でバトルが多めになるかもしれない。

まぁ、web版における話を改定しても宇佐美とレオがにゃんつくだけなのを強化するだけになってしまいそうなんですよね。




―――ほのか、深雪、お前が、お前たちが、オレの翼だ!―――

 

刹那の入れ知恵なのかもしれないが、それでもその言葉は自分とほのかを高揚させた。

 

愛しいあの人を思うからこそ、真冬に作られし水上と氷上のプリマは、声を震わせながら人々に熱き舞を披露する。

 

野暮ったい黒色の衣装……袖が長くて、裾も長い衣装。

 

ただし『局所的』に露出度が激しいそれは修正された。

 

『流石に『原典衣装』じゃポリスメンがやってきちゃうからねぇ。槍のような『トゥシューズ』は、キミお得意の氷で作った方がいいだろう。『メルト』もそれを許すだろうさ』

 

メルトリリスという『人物』は、どんな人物だったのか。衣装から察するに、とんでもなくエロい人だったのではないかと思う。同時になんというかハリネズミのように刺々しさも感じた。

 

ダ・ヴィンチちゃんより渡された衣装は、それを想起させる……と同時に言い知れぬ『親近感』とでもいうべきものを感じたのだ。

 

『―――カタチもなくて 痛みもなくて―――ひと掬いの蜜を垂らした―――』

 

その歌詞が呪文であるかのように、深雪の衣装に変化が現れる。

 

バレエダンサーとしてのレッスンを『お嬢様教育』の一環として習っている深雪ならではの体幹と同時に切り替わる霊衣再編。

 

黒色の『みにくいアヒルの子』が、時を経て純白の『白鳥』へとなるかのような衣装の変更に誰もが息を呑む。

 

『『L(エル)O(オー)V(ブイ)E(イー)ー! MIYUKI―――!!!』』

 

観客席の一角で、二昔前のアイドルの追っかけのような衣装をした双子がペンライトを振りながら声を挙げていたのを確認したが、とりあえず気にしないでおいた。

 

妹に付き合うかたちなのか、やけっぱちも同然な香澄に少しの同情をしつつ、純白のプリマは氷で構成された槍のようなトゥシューズで脅威的なルルヴェ(爪先立ち)をしながら回転を行う。

 

現在のステージには水が満たされ氷が張ることもある。

 

深雪の魔法が意識の高揚と同時に発動しているのだが、魔法師ではない観客には、それが演出なのか、それとも魔法であるかはわからない。

 

だが、そんなことはどうでも良かった。

 

そこにいたのは女神のような美少女だけだ。それが分かっていればいい。その輝きに心を奪われていればいいだけなのだ。

 

(嗚呼、サイッコーのステージだわ!生身の肉体でなくとも、心を蹂躙する喜びが私を満たしてくれる!! 私だけが世界のプリマよ!たまらないわ!! エトワール―――アナタも輝きを見せなさい!!)

 

『誰か』の声が内側で響く。その声はひどく『深雪』に似ていて、己の声なのか、それとも他人の声なのかが判別できなくなる。

 

だが。

 

(当然です!! 私こそが世界の美少女!! お兄様の偉業を世に伝える愛の伝道師!! それだけは譲れませんからね!!)

 

その声は、深雪を持ち上げる。

当然だ。

自分の輝きは兄の魔法の輝きにも通じるのだ。

己が輝くことは―――司波達也の輝きを伝えることなのだから。

 

深雪の衣装が更に変わる。先程までは氷上のプリマの装い。アイスダンサーのようだったのに、現在は水上のショーダンサーに変わる。

 

水と氷の響宴が、深雪のステージを彩る。スポットライト以上の観客たちに熱さを伝えていく……。

 

ステージを華麗に大胆に滑走していく深雪の背中には、今にも飛び立たんという翼が見えるかのようなイメージが全員に焼き付いて―――。

 

『いつか届くように、 いつか解るように、小さな目印をつけて――――』

 

『まだ知らぬ 景色の中で』

 

『蹲って 怯えていても―――』

 

愛しき人。深雪の蕩けるような愛を捧げるべき人はただ一人、この世界にただ一人の『悲しき人造人間』

 

だが、その身は確実に悲鳴を上げている。心では泣けない自分をいつでも嘲笑いながら『シカタナイ』と自嘲するくせに―――人間ではない魔術師としての生き方をしながらも、情を持つ刹那を羨ましく思う心があるのだ。

 

親しい人間が『どこか』に行くたびに、慟哭できる刹那を羨んでいるのだ。

 

だが、そんな人に自分は寄り添いたい……世界の果てまでもついていく―――。

 

『どうか 甘く 踊りましょう この世界で……』

 

切なげな歌声と共に長い間奏が入り、終幕の、結びの一言を天上にいる神々に捧げるかのように吐き出す。

 

されどそれは兄への聖句としてのものだ。

 

『私の 全身(すべて) 捧げましょう―――』

 

この身一つで兄の安寧と兄が開放されるならば―――どこまでも困難を乗り越えてみせようという想いは、正しく観客全員に伝わっていく。

 

 

盛大なまでの拍手。割れんばかりの歓声と共に『水色の髪の乙女』は、ご見物全てに手を振りながら、舞台袖に戻っていく。

 

『溶けるような愛の旋律。そして旋転するかのような舞踏! 全てが規格外すぎた!! しかし、その向ける愛は重すぎて我が母を思い出す……とはいえ、演者が最高のパフォーマンスを見せてくれた後には、余も歌いたくなってきた―――!!』

 

MCのあまりにも『マズイ』宣言に、皇帝陛下の絶叫兵器(誤字にあらず)を思い出す面々が舞台袖に多くいすぎた。

 

彼女が戦姫絶唱するとき、世界は砕ける。固有結界と似て非なる大魔術というこの空間において、彼女の力は絶大すぎる。

 

『皇帝ファンタジー』で、ここいる誰もが意識を『あっちの世界』にはばたかせる前に―――。

 

『待て待て!! バビロン・マグダレーナ! この会場を『じごくえず』にするつもりか!?』

 

『むむっ! その声は――――ドコのドナタかな?

なんだか聞き覚えがあるようでないような。ゴエティア的な何かを感じさせるSONATAの名は!?』

 

『僕の名前などどうでもいいさ。いやまぁともあれ、キミの歌劇に対する想いは分かっているが、今回は、魔法科高校の面々が主役だ。

控えてくれると嬉しいんだが』

 

『心得た』

 

『物分り良すぎるな!? TANGE!!』

 

『仕方あるまい。余は感動に打ち震えている……この人理が極まったとも、腐りかけているともいえる世界。

ゴドーワード(統一言語)に遡ることも無くした『デミエルフ』が、自分の気持ちを喉を震わせて訴えかけているのだ……! 魔法師は言葉を、声を無くしたわけではない。

歌は―――時空(とき)を、宇宙(ソラ)を、世界(かべ)を超える!! さぁ『鳥の人』よ!!

―――人類も捨てたものではないと、『色んな人々』に伝えるのだ!! 魔法科高校の良心にして、なーんか『どっか』では、壮絶な死を迎えたはずなのに蘇った男。おおっテリブル!!

ともあれその名を叫ぼう『栗井健一』またの名を―――『ドクターロマン』!!! 曲名は『ミトコンドリア』―――!!』

 

ドクターロマンのファインプレーで、アナザーディメンションへの旅立ちを回避できたことに、刹那、ダ・ヴィンチ、リーナ、リズとが親指を立てる。

 

「かの情熱の皇帝は、自分が建てた黄金の劇場で自ら歌劇を執り行い、そして退屈なのか席を立つ観客たちを見て―――『余の公演を愛するローマ市民に最後まで見てもらうために―――扉をすべて閉めるのだ!(ニッコリ)』とか言ったらしいからな……つまりは、皇帝陛下は歌唱センスが壊滅的なんだ……」

 

「そこまで言えば、私にももう理解できました。まさかガーネットのパーソナリティが、暴君ネロだったとは……というかネロ皇帝って女だったんですか?」

 

「そういう風な『世界』もあるんだろ。ほら、日本って結構『昔』っから英雄とか豪傑を『女体化』する文化が多いし」

 

2010年代より隆盛を見せつつあった、様々な無機物の擬人化ゲーム。無論、それ以前から『三国志』の英雄を美少女にしたり、それより前には新選組が女なゲームもあったのだ。

 

日本人特有の『味噌ラーメン』的な思考とでもいえばいいのか、歴史モノも好きだが、美少女が一杯出てくるゲームも好きだ。

 

しかし、これは両立しない。

 

歴史物では『信長の野望』というガチガチにかたいゲームが市場にあり、それに類した作品ばかりがメインストリームである。

 

逆に美少女ゲームは、『絵』は最新に胸キュン出来る『萌え』なものが流行り、『シナリオ』においては泣かせにくるか、恋愛の王道もあれば、陵辱を尽くすものもある……が、どちらにかだけ偏っていても中々に売れない。

 

ならばどうすればいいのか?

 

答えは簡単だった。

 

『英雄たちを『美少女』化した上で、ものすごいシナリオゲームを作ればいい』

 

味噌汁とラーメンを一緒に食いたいという思いと同列であった。

 

もちろん、ラーメンに合う味噌と味噌汁の味噌とで違うし、ダシにしたってかなり違う。

 

だが、要点としてはそういうことなのだ。

 

「英霊というのは時に、人々の『信仰』によって形作られたものもあるからな。

アイリの血に流れる片方の母国の英雄ナポレオンだって、史実では『太っちょのチビ』っていうのが一次史料で証明されているけど、多くの人が思い浮かべるナポレオンといえば、白馬に跨り皆を先導する姿。

ジャック=ルイ・ダヴィッドの絵画だからな」

 

「―――『ベルナール峠からアルプスを越えるボナパルト』―――」

 

「多くの人が信じる可能性の具現であるがゆえに、そういう姿で再生されるんだ……が、まぁ……『誰』が望んだのかは知らないが、ネロ皇帝は女の姿なんだよな……」

 

在任中は、キリスト教徒だけでなく宗教家を徹底的に弾圧したバビロン・マグダレーナだからこそ、せめて美少女にしたかったというところなのかもしれない。

 

だが、その施政そのものは民衆から評判が良かった。

彼女の破滅の主因というのは、やはり周囲の環境の悪さゆえとしか言いようがない。

 

ネガキャンされまくったネロ・クラウディウスの本質とは改革者だったが、その改革が元老院からの多くの反発を生んだともいえる。

 

教師であり信じていた元老議員たる哲学者セネカの自刃が、彼女の孤独を深めた。

 

「………何か魔法師にもつながる話ですね」

 

「正しいことをしていたとしても、その理解者がいなければ容易く滅んじまう。

市民からの絶大な人気があれども、自分と同じ為政者に同志がいなければ、どうしても……『終わり』が早くなるよ。謀略と毒を親族や親しい人間に向け続けていれば、明日は我が身という恐怖を抱かせる」

 

魔法師は、色んな連中から疎まれたり好かれたり、やっぱり疎まれることが多くても、何かを『共有』しなければ、どこかで『魔法師』は『魔法師だけ』の『居場所』ばかりを求めてしまう。

 

それはネロ皇帝の孤立にも繋がるものだ。

 

そんな内心での感想を聞き取ったのか、念話が飛んできた。

 

―――余は、どうしてもローマ市民たちの愛が理解できなかった……余は彼らを愛した。伯父上……偉大なるカリギュラ帝がいなくなって親しい親類がいなくなった余は、往来にて笑い、怒り、泣くこともある顔が見える市民を愛した―――。

 

―――だが、それでもその愛が、どうしても市民の『幸福』に繋がらないことを知るべきだったのだな……―――。

 

―――余は、それでも己の生に悔やんではいない。しかし、余の前で同じような失敗を犯そうとする人間(現代魔法師)を見ると、どうしても口出ししたくなる。

セネカも、そういう気持ちだったのだな……。―――。

 

アイリと契約しているからか、その念話は刹那にも聞こえてきて、暴君と言われた人の心が解るのだった。

 

そうしていると、ロマン先生の演奏が終わりそうであった。

 

「流石はロマニ、一切のクレイジーさなどない安定的な歌唱だ。全く以て安心して聞けるな」

 

そんな感想を『ウンウン』と頷きながら言うダ・ヴィンチちゃんだが、一高全員は知っている―――。

 

ロマン先生が、『個性』を出そうと『安定感』を崩そうとした瞬間に―――。

 

『もっと―――『普通』でお願いします』

 

『なんで僕にはクレイジーが来ないんだよ……十文字もキレッキレの見せ場を用意されているのに―――!!』

 

『だまらっしゃい!! このイロモノ企画を本物に近づけるための演出プランのためにも、ロマニ、キミには『監獄学園』のシンゴのごとき普通さでいってもらうぞ!! ほら、ビタミンMを飲んで普通になれ!!』

 

『どういう理屈!?』

 

一番演出家であるダ・ヴィンチとやりあったのが、教師枠である栗井先生であることが印象的な限りであったが―――、何となく演出プランは解るような気がした。

 

ある種の緩急の付け方なのだろう。

最初にレオの曲でアクセルを踏んだ後には、緩めたもの歌唱として『十文字メドレー』と『桐原・杉田のコミックソング』が挟まれてからの、壬生先輩の名曲での踏み込み、三高エレガント・ファイブをつなぎに……アイリから続く、光井、深雪の『三人官女』のあとのロマン先生……。

 

この後はアクセル踏みっぱなしのラストオーダーになるはずだ。

 

―――Grand Orderの時は近づく。

 




今回の楽曲に関しては一応、かなり文字を変えたりして検索をかけたのですが、どちらでも出てこなかったので、結構悩んでおりますが、何かあれば一度、削除しようかと思いますので、とりあえず楽曲名などを挙げておきます。

Variety Sound Drama Fate_EXTRA CCC ルナティックステーション 2013収録

哭 / メルトリリス(CV.早見沙織)


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第193話『Carnival Phantasm-Ⅵ』

続きを書いているんですが、どうにも長くなるなぁと思い、分割投稿。




出番が近いことを悟ったのか、ふと見ると愛梨から離れて、刹那はリーナを呼び寄せた。

 

「リーナ、こっち来て」

 

「―――アア、『アレ』ね。久々につけるから少しドキドキネ」

 

刹那は小さな宝石箱のようなものを手に、少し離れたところにリーナを連れて行く。リーナもその意図に気づいたようだ。

 

逢引はもう少し前にやっておけと思いながらも、そういうことではないと気づけた面子が何人かいた。

 

舞台袖の人間が注目しているぐらいには、それは目立つ行動だ。

 

刹那が宝石箱を開けて見せたものはイヤリングだった。

 

綺麗にカッティングされた三連の宝石で連なるイヤリング……。

 

既にこの時代ではピアッシングという文化は無くなり、生体磁気吸着式の機構がある。

 

その最初の便宜的なピアスホール部分にはラディアンカットされた小粒のエメラルドがあり、短めのチェーンで繋がれた中間には、カボションカットされたスターサファイア―――そして最後に下がるのは、光の受け方、方向、当てられる光で『赤』『青』『緑』と様々に変化をするアレキサンドライトだろう宝石があった。

 

尖った所をぶつけないようにという配慮なのか、何かロケットのようなものに収められている。

 

「君のお祖父様が『お守り』にと、君のお母さんからそして君へと渡されたもの。合衆国のクドウ家の『歴史』に俺が手を加えたもの……畏れ多かったなぁ」

 

「グランパが、『アンジーにも好きな男の子が出来たならば、その人に頼みなさい』とか言っていたモノ。光栄でしょ?」

 

断片的な言葉のやり取りを傍から聞いていた達也が察するに、リーナの祖父、日本の魔法師の記録から半ば公然のごとく消された『九島 健』が娘に与えた『お守り』。それは、ある種の『宝物』だった。

 

専門的にはわからないが、相当な『魔宝石』(ソーサリージュエル)に見えた。

 

魔除けを主に精神安定、魔力増強、心身快気……あらゆる『永続魔法』(バフ)が、発動するように解析した。

 

しかし、それはおそらく最初は九島健が嫁―――リーナの祖母に、そしてリーナの父親が手を加えてリーナの母へという順番……一番下に吊られているアレキサンドライトは、刹那の仕込みだろう。

 

そちらは、達也の眼をもってしても見きれない。

 

だが、そんなことは瑣末事である。

 

そのイヤリングを付けることで、リーナの魅力はぐっと引き立つ。それだけでも意味があるものだった。

 

とはいえ……『アレキサンドライト』なんて、少し世情に詳しいヤツ、はたまた『おませ』な女子ならば即座にわかるほどに『宝石の王様』という異名を持つものだ。

 

「しかもキャッツアイ効果がある!! 恐ろしく金がかかる宝飾品を未来の嫁にあげますね……刹那くん!!」

 

「今から、嫁にそんな豪奢なもの与えて大丈夫かよ?」

 

ペンギンパーカー姿に戻った深雪と共に小言を言う達也に対して―――。

 

「兄妹バカップルが、お前をカネのかかる女と詰ってきているが、どう思うよ?」

 

「シツレイ極まりないワヨ!! ちゃんとイイ『母』(マム)『妻』(ワイフ)になるんだから!! コジュウトみたいなこと言わないで!」

 

「そもそも、そんな未来は未定ですよ!! 司波ズ!!」

 

憤慨の方向性が両極端な金髪2人(リーナ、アイリ)から言われてしまう結果。

 

ともあれリーナの耳たぶにそれを着けてから宝石を撫でた刹那の行動。何かの発動だったのか、少しだけ艶めかしい反応をしたリーナが見えた。

 

すかさずペンギンパーカーの袖で視界を覆う深雪。

 

違う。これは深雪が使役している『ペンペンズ』の翼のようだ。

 

深雪の意思に機敏に反応したようなのだが、改めて思うにとんでもない使い魔である。

 

(そう言えば深雪は、『つかうもの』で『こわすもの』って話だったな……)

 

刹那によって出された魔術系統の判定結果というものを思い出して、『使い魔』を使役することが、深雪にはかなり相性がいいのかもしれないが―――。

 

小鳥一羽飼うことすら難儀な世界では、ペンギンではどれだけのカネがかかるか分かったものではない。

 

世知辛い世の中ゆえの不便さを少しだけ嘆いていると、ロマン先生の歌唱は終わりを迎えた。

 

「いよいよ出番ですね。リーナ、準備はいいですか?」

 

問題ないわ。(ノープロブレム)おトラこそ呑まないでダイジョウブ?」

 

「戦場でも馬上杯を常備していた私ですが、多くの民草に声を届かせるならば、断酒は不可欠! 喉は傷めない!! 奈々さま(?)の心得!」

 

しかし、戦場でも敵味方の怒号が響く中で指示を出すならば、酒など飲まないほうがいいのではないかと思う。

 

しかも、長尾景虎といえば大将のくせに先陣を切って一番前にいることが多い武将だった。

 

同じような類として『朝倉宗滴』以上に無理無茶がすぎる。周囲にいたであろう家臣たちの苦労を忍ばざるを得ない。

 

ドレスアップした2人の姿は、どっかのギア装者のライブ衣装と髪色を思わせる。パレードによる変化を、ランサーにまで及ばせた理屈を知りたかったが……。

 

「それじゃ、行ってくるワネ♪」

 

全員に言っているように見えて、その実のところ『刹那』だけに向けているリーナの言葉に、刹那は即座に反応した。

 

「皆に聴かせてやれリーナ。キミだけの旋律を」

 

「ウン―――そしてアナタだけに捧げる歌を」

 

正面から向かい合い、言葉を、睦言を交わすかのような2人の唇が、どちらからかは分からないぐらい自然に……互いの間に引力でも発生しているかのように触れ合うのだった。

 

唇を交わすと同時に触れ合う肌身の柔らかさ。鼻孔を刺激する匂いとフェロモン。

 

唾液を交換する高揚感とを……周囲にいる全員に伝えるほどに、濃密なものだった。

 

その光景を間近で見るのは二度目なことが多い一高面子に対して、三高の一色愛梨は静止画でしか見たことがないのだ。

 

大丈夫か? と思って何となく達也が見ると、『ぐぎゃぎゃぎゃ! このだらぶちがぁああ!!』と金沢弁スラングを無言で言っているかのような鬼面で、飛びかかりかねない自分を抑えている様子だった。

 

もはや、電撃大王(?)のビジュアルというよりもチャンピオン(?)の顔になってしまった一色に、少しだけ同情してしまう。

 

少しだけ紅潮した顔のままに見つめ合いながらも離れた2人と入れ替わるように、ロマン先生が戻ってきた。

 

『さぁ!! 魔法師たちの歌唱もLAST Encoreが近づいてきたぞ!!! 皆、ここからはテンションがあがる曲ばかり!! 音楽と芸術の神『ミューズ』達も、ヒッポクレネの泉、パルナッソス山から万雷の喝采を降り注がせざるを得ぬほどのものだ!!

刮目して見届け!! そして最後まで聞き届けるのだ!! 我々は―――共に文化の担い手なのだから!!』

 

天上の神に手を伸ばして『応答』を願うようなネロ・クラウディウスのジェスチャーが、その言葉に真摯さを伴わせる。

 

ネロ皇帝の言葉の意味を半分も分かった人間は居ないだろうが、言葉を受けて割れんばかりの歓声が聞こえる。

 

ダ・ヴィンチ教官の演出プランを知らずとも、誰もが理解してしまっていた。この連作激唱の意図が……。

 

序破急。

 

ここから先は、急転直下の極まったステージが作られるのだろう。

 

唯一の心配事は、リーナとカゲトラのステージの後の大トリ、ダ・ヴィンチちゃんのステージが『おまけ』にならないかということだった。

 

「それでもいいぐらいさ。キミも知っての通り、私は過去の稀人だ。宝石の翁のサービスと、刹那の苦心の術式でこうしているが、杖状態でおもしろおかしく世の中を引っ掻き回すのも悪くないのさ」

 

短波の念話。それを受けて苦笑してしまう。

 

これが至高の天才レオナルド・ダ・ヴィンチの意識なのだなと思っていると……ネロ皇帝のMCが始まる。

 

『その美貌は、星々の瞬きにも引けを取らない。その歌声は、銀河を震わせる―――合衆国が生んだ奇跡の一つ、魔法少女『ステラ・アンジェ』の登場だ―――!!!』

 

バックの巨大スクリーンに金色の髪だが、幼少期のリーナの姿が映しだされて―――その姿が徐々にストロベリーブロンドのアイドル大統領に変化を果たし―――演出としてスモークが焚かれて、それを切り裂くようにバックステージから現れる『ステラ・アンジェ』の姿。

 

聴衆全てに手を振りながらステージ中央に進んでいくステラ・アンジェこと『アンジェリーナ・クドウ・シールズ』は、一瞬にして全ての観客を虜にした。

 

強烈なまでの心さえ凍るような美に対して、その表情は太陽のごとく輝き笑む。

 

それが観客の心を掴んだままになるのだ。

 

『日本の皆さん、コンバンハーッ!!』

 

ステラことリーナが陽気な挨拶を叫ぶ。リハから分かっていたが、このポンコツ(修正済)ノリノリである。

 

『一夜限りの復活とは言え、ワタシの歌を聞いてネ!』

 

本来であれば、可変戦闘機に乗って歌うロックンロールヒーローのようなセリフだったのだが、少しの変形をさせたようだ。

 

言うなればファイターからガウォーク形態になったかのように―――。そうしているとスクリーンのリーナと歩いているリーナとが連動したようで、蠱惑的なウインクをする。

 

その一撃で、観客席の男どもは心臓を撃ち貫かれたかのように叫声をあげていく。

 

本当にノリノリだよ。あの子(他人行儀)

 

達也がそういう感想を出したと同時に、二人目の紹介に入るMC。

 

『今宵のステラはデュエット相手がいる!! 出身不明・年齢不詳・性別は―――多分『女』!! しかして、その歌声は2010年代に紅白歌合戦にも出場した『声優歌手』にも似ている恐るべき天然の素材!!

いでよ!! 『ミズキ・カゲトラ』!!!』

 

格闘技の出場選手を読み上げるかのような巻き舌で言ってきたネロ皇帝だが、それでも同じくリーナと同じ様にスモークを割って出てきた『スマイルギャング』は、青色の髪の『SAKIMORI』を思わせる容姿をしていた。

 

『お初の方々が多いと思いますので、初めまして!!ミズキ・カゲトラです♪

今宵は、故と縁あってステラと相曲させてもらいますが、ステラほど歌唱に自信はないので、キーを少し外しても『ご愛嬌』くださいね?』

 

いつもならば、あまり『女』を感じさせないランサーのサーヴァント『長尾景虎』だが、この場にいる『ミズキ・カゲトラ』は、仕草も相まってか、ドギマギするほどの魅力を感じるものは多かった。

 

もちろん達也は何も感じない―――というほどではない……。恋愛感情ではないのだが、やはり人ならざる存在が着飾ると、達也の何かを揺り動かすのだろうか。

 

「―――お兄様?」

 

「達也さん! あれだけ私と深雪を翼だと言ってくれたのに、あっちの『翼』がいいんですかぁ!?」

 

そりゃ『ツバサ』違いが甚だしくはないだろうか。

 

呼びかけ一つで『ドス』を効かせる深雪と真剣に悲しむほのかとの両面攻撃を受けながらも―――2人がステージ中央に陣取ったのを確認して平河に合図。

 

「ポチっとな!」

 

古式ゆかしい掛け声と同時にステージの仕掛けが作動する。魔法と科学技術の融合といえばいいのか、黄金劇場が変化をする。

 

ドムス・アウレアというのは、舞台演出の為ならば、ある種の変化がありえるとのことだ。

 

その変化は全て歌劇を彩るためだけ……。しかし皇帝は―――。

 

『それでは聴いていただこう!! 新生ツヴァイウィングで『星天ギャラクシイクロス』!! ―――キミの銀河はきっと輝く!!!』

 

構わずにMCを行う。声は悪くないと思うのだが、ネロ皇帝に対して歌唱を禁じる面子を不思議に思いながらも―――ステージは続いていく。

 

リーナとランサーの足元に霧が蟠る。

 

その演出に気付くものは少ない。そして互いに等間隔で位置取りをした2人。明かりが消え去り―――そして音楽の始まりと同時に、スポットライトが2人に当てられる。

 

ステージ全体が暗幕に閉ざされたかのような演出からの光のシャワーである。必然的に2人に注目が集まる。

 

いい演出だ。そして歌のほうは―――。

 

『―――遺伝子レベルの―――』

 

『インディペンデント―――』

 

歌い出し。少しだけ眼を開けたままに歌い出す2人。

 

光に対して手を伸ばすような仕草、腕を一杯に振り上げながらの歌い出しは完璧。神然とした様子の演出が決まる。

 

知らずに全員が拳を握る。

 

「私や司波さんに変わってトリを務めるならば、演出を台無しにするようなザマは許しません―――」

 

「大丈夫ですよ。リーナは、やる時はやる子です。兎を二羽取ってこいと言われれば、三羽取ってくるタイプですから」

 

「実力と豪運を兼ね備えた女って意味だ」

 

「その豪運とやらでセルナを取られたならば、堪忍袋の緒が切れる……!」

 

 

舞台袖で見守る一同。心は一致していないが、ただ一つ共通するものとして、誰も彼女たちの失敗は望まない。当たり前だ。

 

リーナとカゲトラが得意として披露されてきた、世界を震わせる原初の魔法が―――紡がれる……。

 

 

 




歌詞引用
戦姫絶唱シンフォギアGXキャラクターソング「星天ギャラクシイクロス」マリア×風鳴 翼(CV:日笠陽子×水樹奈々)


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第194話『Carnival Phantasm-Ⅶ』

というわけで後半部分を投稿。

歌詞では、普通に「星天ギャラクシイクロス」なんですが、聞いていると一番目の段では日笠さんと水樹さんが合わせるためなのか「せ」の部分を一度か二度口にしてからなんですよね。

二番目は、普通に合わさる。要は直前の日笠さんパートの最後の母音の問題なんだと解釈。


追記
特殊タグなど追加

本当ならばリーナのパートとカゲトラのパートで色分けしたかったが、目が疲れる可能性も考えて、今はこれにて落ち着けようと思います。

さらに追記

ううむ。いろいろとすまない限りであった。意外と歌詞と連動して聞いていても勘違いしがちなのは―――歌が素晴らしいからだな(苦しい言い訳)


 身体が高揚する。気持ちが上を向く。

 

 見えぬ魔力の上昇気流に掴まったかのごとく、リーナの全てが高まるのを感じる……。

 

 

『絶望も希望も―――』『抱いて―――』

 

 

『あの頃』のリーナは、正直どうかしていたとも言える。

 祖父『ケン・クドウ』の死去で、ぎくしゃくした両親の姿。同時に、2人から感じた疎外感と隔絶感……敏に気付いてしまったからこそ、リーナは―――歌えなくなってしまっていた。

 

 特別、芸能プロダクションと契約していたわけでもなく、母の付き添いでステージに上っていたリーナは、母が付き添いに来なくなった時から……声を出せなくなっていた。

 

 日常生活に問題は無かったが、ステージで歌うことが出来なくなっていたのだ。

 

 ある種のイップスと診断された時には、何も感じなかった。

 当然だ。

 

 もう―――歌う理由も動機もなくなっていたのだから。

 

 そうなるのは当然だった。

 

 同時に逃げ場を求めた。幸いながらも、それは簡単に見つかった。

 日本の魔法師の名家の血を引き、幼いながらも魔法の才能を見出した軍のスカウトに応じるのだった。

 

 

『『足掻け 命尽きるまで』』

 

 言葉と同時に羽をはためかせる鳥のような動きからランサーとワルツを踊るように、ステージに歩みを刻む。

 

 付かず離れずのダンス―――その時には、観客たちも2人の足元の霧に気付いたが、それがステージ全体を満たす湖水にあると気づくものは少ない。

 

 幻影と思ったか、CGと思ったかは定かではない。

 

 しかし、背後の巨大なスクリーンが二つに割れていること、ちょっとした門扉のように真ん中でわれていることに気づき―――、そちらに注目した観客は、その門扉を両サイドから鏡合わせのようになぞるリーナとランサーを見た。

 

 そして――――『最後のトビラ』が開かれる―――。

 

 その演出は決まり、黄昏に沈む海辺の街が背後に現れた。

 

 見るものが見れば、それは『ボストン』であると気づける。

 

 ステージ上の演出は、先程の比ではないぐらいに目まぐるしい。だが、それを批判する心など誰にもない。

 

 最高の歌い手が、その段取りの中で輝くのは自明の理なのだから。

 

 鏡合わせのように祈りを捧げる乙女2人は水面に佇んでいた。

 

 曲が転調すると同時に2人は再び喉を震わせる。羽を休めることを知らない雲雀のように、二羽の金糸雀は囀りをやめない。

 

 

『『ヒカリと、飛沫のKiss……』』

 

 美少女2人の人差し指を使っての投げキス。決して下品ではないそれが、夕陽をもしたライトの中で映える。

 

 照準をつけるかのような仕草に誰もが息を呑む……。

 

 そして変化は突然現れた。

 

『恋のような―――』『虹のバースディ』

 

 吹き上がる海水のスプラッシュ。リーナとランサーを包み込むような勢いで水の柱がいくつも現れ―――。

 

 ステージに虹の橋が架かる。

 

 同時にリーナの心に虹がかかった日のことを思い出す。

 

 それは唐突にして偶然の出会いだった。偶然は神秘の法則を隠す隠語。

 ならば、その出会いは必然だったのだ。

 

 ボストンのストリートで手助けをしてくれた最初の触れ合い。

 そこから、海が見える場所で何でもない会話をしながら、自分のことを聞いてくれた日々。

 

 軍人としての栄達など、もはやどうでも良くなっていた。本当は―――歌えなくなった自分に対する八つ当たりも同然だったのだから。

 

 それでも軍人としての戦闘訓練で成果を出すことに少しの喜びを感じていた以上に……その虹色のバースディが嬉しかった。

 

(救われたと思っていたのはワタシだけだと思っていたけど、違っていたワネ)

 

 疲れきった求道者。追い求める度に遠ざかる彼の道程は、この世界への逃亡をさせていたのだ。

 

 それを聞いた時から……リーナは刹那という一瞬の輝きを逃さない「星」の傍にいたくなったのだ。

 

 彼に頼りにしてもらいたかった。魔法師としての「本当の目標」が出来た……。

 

『どんな美しき日も…』 『―――何か生まれ』

 

『『何かが死ぬ……』』

 

 刹那の人生は、出会いと別れ。魔導の道だからといって、ここまで過酷になるものかと言わんばかりに、美しき日々に何かを生み出し―――それでも何かを失いながらも突き進んできた。

 

 父を失い、母を失い、多くの人間との別れが刻まれながら、最後には養母との別れが彼をここに導いた。

 

『せめて唄おう―――』

 

『I LOVE YOUー!……』

 

 けれど別れだけを惜しんで自分を、リーナを見てくれない刹那は嫌だった。だから、飛び込んだ。

 

 ―――あなたの人生にワタシを入れてください―――

 

 懐に飛び込んだ時の暖かさと気持ちを思い出す。あの時から、本当の意味での始まりであった。

 

『世界が酷い地獄だとしても……』

 

 その後は苛烈な日々であった。多くの魔道の災害、刹那の世界でなくても目的の為ならば酸鼻極まる外法探求を行う魔法師たちとの戦いの日々。

 時に恐怖を覚えた。どうしようもない絶望を覚えた。

 

 それでも立ち向かうことを止めなかったのは、この世界に縁もゆかりもない刹那が、眼を逸らさずに、逃げ出すことをしなかったからだ。口では逃げたい、ラクしたいと言っても、最後には立ち上がることを選ぶから。

 

 ―――リーナは立ち上がり、マーチを歌い、レクイエムを歌いあげることができたのだ。

 

 水が満たされたステージ上で氷上を滑るようにして舞い踊る一対の翼の女神たちは―――対になる位置で身を反らした。

 

 まるで鳥だ。場違いながらも白鳥を思わせる女神たちは、再びの噴水を演出する。

 

 鏡合わせのダンスをしながら思いを伝えるヴィナスたちは声を張り上げる―――。

 

『せめて――伝えよう―――』

 

『I LOVE YOU―――!!!』

 

 観客(オーディエンス)たちの声も合わさった形でのそれに気分は最高潮。

 

 水上のリンクを滑るリーナとランサーの動きは正しくシンクロしていく。

 

『解放のときは来た―――』

 

 帆を張るように、風を受けたかのように体いっぱいで風を受けるかのような動きが、彼女たちの心も投影する。

 

 そして、風を切って一度だけ飛び立つヴィナスたち。

 

『星降る』『天へと』

 

『『響き飛べ! リバティソング―――』』

 

 水上を回るように移動するリーナとランサー。魔法を使っての移動だろうが、それにしても滑らかに動くそれは、一流のアイススケーターも同然だ。

 

 アクセルを決めながら進んでいく二人の軌跡を追うように水柱が吹き上がる。ステージの演出だ。

 

 水柱の中で何度もターンを決めていく二人は、互いにぶつからずに絶妙な位置取りをしていく

 

 それに誰もが見とれて、そして歓声をあげざるをえない。ここまで見事な観劇に対して、批評を述べることすら忘れてしまうほど。

 

 もはや誰もがステージに注目せざるを得ない。着いては離れるようなコマ回しの終着。

 何度ものターンを決めて静止した二人のヴィナスは、黄昏色に染まる噴水の中―――。

 

 世界を変えた。

 

 手を天空にかざす。振り上げた腕がクロスする。

 ヴィナスたちの指が黄金の劇場の真上を指差した。

 

 瞬間―――。見上げた観客たちの眼が奪われる。

 

『『―――STARDUST―――』』

 満点の銀河(ほしぞら)が創生されていた。

 

 ―――そこから星屑のステラ(流星)が会場全体に降り注ぐ。その演出の美が観客を幻想の世界にいざなう……。

 

 その『異常性』に気づいた人間が数人いた。その数人は―――『恋人の為ならば銀河を作り出すか』と苦笑気味の嘆息をせざるを得なかった。

 

 ステージを満たしていた水面(みなも)にまで『天の川銀河』が投影されていたのだから。

 その海辺から銀河へと変わった水面を、ヴィナスたちは滑走する……。

 

『そして―――奇跡は待つモノじゃなくて―――』

『その手で創るものと―――吼えろ!』

 

 フィッシュテールスカートに赤と青の輝きを映えさせながら、足先でステージに∞の軌跡を刻んでいく。

 

 銀河の全てが彼女たちのステージ。

 

 原始の女神に善悪があるように、彼女たちも両極へとなりて世界に己を刻んでいく。

 

 奇跡の世界に軌跡を刻みながらも、観客たちとの一体感を求めて、リーナは拳を振り上げてヒートアップさせる。いい盛り上げ方だ。

 

 シェイクさせられた観客もヴィナスと同じく声をあげていく。波のようにそれは寄せては返す潮騒の調(しらべ)にも似ている。

 

 ステラ降り注ぐ世界。眩いばかりの光の世界、星雲すら表現された世界。

 

 その世界でヴィナスは遂に見えぬ翼を手に入れた。

 

『涙した過去の苦味を―――』『レクイエムにして―――』

 

 歌いながらヴィナスたちは銀河を駆け回る。跳躍からの飛翔。

 

 昨今、実用化された2つの飛行術式を使って軽妙に、されど鋭く翔び立っていく。

 

 その軌跡を追ってヴィナスを彩るように、銀河の噴水が幾重にも上っていく。

 

 一瞬の交差。同時に前転するようにアクロバットな着地をする。

 

 静と動。緩と急。善と悪。光と闇。

 

 相対するものが斑模様に掛け合わさり、クロスを刻んでいく。

 

 着地を果たした女神は。

 世界に訴えかけるように腕を広げていく。

 祈りを捧げるように手を合わせる。

 

 それは全てを包み込むような大地母神をイメージさせる。

 

『『生ある全のチカラで―――』』

 

 終わりは近い。それを惜しむ気持ちと瞬きすら惜しい気持ちとで、混ざり合いながら、女神は相似のポーズを取る。

 

『輝けFuture World―――』

『信じ照らせ―――』

 

『『ギャラクシィクロォス―――』』

 

 女神の呪文が重なる。振り上げた腕がクロスを刻み、天空を指差した。

 

 そこには2つの銀河、赤輝と蒼輝の渦巻き銀河が隣接をして、そして完全に重なる寸前の場面。

 

 幻想の御業に誰もが見惚れる。それが、どういう理屈なのかは分からない。

 

 だが女神が腕を振り上げたと同時に、銀河が重なる。

 

 一層眩い光。宇宙創生の様子『ビッグバン』を感じさせる。

 

 そして言葉通りのギャラクシィクロスが出来上がり、誰かが―――。いや多くの人間が―――。

 

『『『『ユニヴァァァァァス!!』』』』

 

 と叫ぶぐらいに……凄まじいライブシーンであった。割れんばかりの歓声があちこちで響く。

 

 全ての人間を感動の渦へと巻き込みながら、ヴィナスの演目は二曲目へと入ろうとしている。

 

 その際に……ストロベリーブロンドのヴィナスが、舞台袖の方に秋波を寄せたと感じる視線があったが―――『誰』に向けられたかなど、今更すぎるのだった。

 

 

 




歌詞引用
戦姫絶唱シンフォギアGXキャラクターソング「星天ギャラクシイクロス」マリア×風鳴 翼(CV:日笠陽子×水樹奈々)


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第195話『Carnival Phantasm-Ⅷ』

前回はかなり恥ずかしい思いをしてしまった。

顔から火を噴くほどの羞恥とはこのことか、これが『IKIHAJI』!

というわけで新話お送りします。




 ステージは最高潮を迎えている。

 

 二曲目を望む観客の声に答えたい思いで舞台袖はせわしなく動く。

 

 ネロ皇帝ことカレイドガーネットのドムス・アウレアが『変形』を果たしつつあることは、極力知られないようにしなければならない。

 

 それを魔力でサポートしながら、刹那は先程の魔術に関して述懐をする。

 

 刹那が施した『天体魔術』の応用は、確実にステージを彩り、同時に自分の中で『ナニカ』が生まれたのを感じるのだ。

 

 具体的なものは分からないが、照応したナニカが自分の階梯を上げたと思える。

 

(まぁそんなことは瑣末事だな)

 

 七色に輝く魔眼を閉じて、銀河領域のイメージ投射を終えると、次の曲に相応しいのは平河とダ・ヴィンチちゃんのステージ演出である。

 

 仕事が完全に無くなるわけではないのだが。

 

 それでも一応の出番が終わった『演出家』は潔く台座から降りて、バトンタッチをする。

 

「お疲れさまでした」

「サンクス。が、控室で休んでいてもいいんだよ?」

 

愛梨から飲料水を受け取り口に含んでから、何気なく言っておく。

 

「ライバルの歌唱ぐらいは、最後まで直で聞き届けたいんですよ。邪魔だというのならば……去りますけど?」

 

 ここで上目遣いで『ダメですか?』とかやられて、それに『そうです』などと答えられるわけがない。

 愛梨のこういう時の小技が刹那的には弱いのだ。

 

 とはいえ、22世紀を迎えつつある時代の演出道具というのは、格段に進化している。

 

 もちろん機械仕掛けの大掛かりなドローン装置や低空飛行のエアキャリアなどが確実に動くかどうかのチェック要員を省けば、現在の三人ないし五人程度の技術要員で住むというのがなんとも憎らしいかぎり。

 幼い頃に見たアニメの中の『超時空アイドル』のステージも、この時代では再現可能なのだ。

 

 よって手狭ではないが、それでも邪険にするにはどうしようもない愛梨の宣言を受け入れるしかないのだった。

 

「思うにアンタが、『全て』受け入れれば問題解決な気もするんだけどね」

 

「そんなこと出来るかよ……ニホンの貞操観念云々の前の問題だろ」

 

 平河からの言葉に嘆息しながら答える。結局の所……それ(ハーレム)はおふくろの言いつけを破ることになるのだから。

 

「第一、エイミィと十三束の取り合いしているお前は、ハーレムを許容出来るのかよ?」

 

「あ、あたしのことはどうでもいいでしょ! 第一、明智さんと私とじゃ『戦う場所』が違うもの。問題は一色さんとリーナの戦う場所が同じだから―――アンタは今! こうなってんのよ!」

 

 意外と鋭い見識であった。来年度のアトラスこと魔工科の次席生徒になる予定の平河の言葉に、分かってはいたことだが、みんなも分かっていたようで少しだけ嬉しくはなる。

 

「ステージセット完了。MCどうぞ!」

『そなたに百万の感謝を―――』

 

 平河が口元のインカムに言い、返されるネロからの言葉でネクストステージが始まるのだと気づく。

 

「油断するなよ。次の曲は色々と曰く付きだ。見上げればそこには露出が激しい吸血鬼娘がいるかもしれない。上からくるぞ。気をつけろ!!」

『『『押忍!』』』

 

 ステージ衣装のままに、そんな事を言う十文字先輩の言葉。

 まぁ確かに、歌の後には大量の『ノイズ』がオーディエンスを虐殺しかねないものだが、それはどうなんだ。

 

 自分の彼女とサーヴァントの曲に対して、と言いたいことは山ほどある。

 が……むしろその『露出強』の吸血鬼娘を探したいという欲望丸出しの男たちへの女子から降り注ぐ冷視線でチャラにしておく。

 

 

 ともあれネクストステージに対する準備は整いMCが声を張り上げる。

 

 

『まだまだいくぞ!! 双翼は再び声をあげる!! 天幕を挙げよ!  いまこそ熾天の檻から解き放たれるとき!! 『Angelic Remnant』」

 

 そして双翼のステージが再び開かれる。

 

 多くの割れんばかりの歓声と、どこから渡されたのか分からぬペンライトとサイリウムで、双翼の帰還を喜ぶオーディエンスたちの声が―――。

 

 照明のもと照らされた少女二人によって一瞬だけ消える……。

 

『絶対に―――折れないこと……ここに誓う―――』

 

『歌を……』 『――歌を……』

 

『『―――大空、 、高く―――』』

 

 天上にて声をあげしアンジェロが地上に降り立つ―――。

 

 † † † †

 

 エンジェリックレムナント―――積極的な訳すれば『天使の残したもの』

 しかし、歌詞から分かることもある。

 

 スパンコールが散りばめられたドレスながらも、柔らかな翼持つ天使をイメージさせる衣装で歌う少女二人の激唱は、ネオンの光線の中でこそ映えていた。

 

 髪飾りも鳥の羽をモチーフにしている辺り、中々に製作者は洒落者だ。一流の芸人がどうやったらば、最高のパフォーマンスが出来るかよく分かっているようだ。

 

『赤と青』。対象的な色で飾り付けられた美の化身二人は、オーディエンス全員に訴えかけるべく、高台に設けられていたスライダー……滑り台から―――立ちながら駆け下りてくるのだ。

 

 ブーツの摩擦係数などを操作しているのだろうが、それにしても圧巻の体バランスである。

 

 降りてきたアンジェロ二人はアクロバティックな着地をきめる。

 一流のジムナスティックスでもそうそう出来ない演出を、軽々と決めてくれたことに感嘆の声が上がる。

 

 着地の衝撃も何のそので歌い出す双翼―――。様々な光のシャワーを浴びながらもその歌唱に淀みはない。

 

『たえ間なく吹く向かい風―――いくどもさらされながら……』

 

 喉を震わせながら、観客を流し目で魅了せんとする戦国の武将の姿に誰もが何かを感じる。

 歩き出すその所作一つだけでも、『何か』厳かなものを感じさせるのだ……。

 

 大歓声そのものを鬨の声も同然に聞いている長尾景虎。

 こうして見ていると、この女性が戦国において軍神として謳われた存在なのか? そんな疑問を『素性知り』の殆どが思ってしまう。

 

 だが、そうだとしても目の前にある美の限り、歌うたいとしての声音は常に人々の心を震わせている。それだけでも奇跡の御業と呼ぶに相応しいのだ。

 

『それでも、熱く咲いた夢が、、一歩二歩を、踏み出す勇気をくれるーー!!』

 

 代わってリーナの歌声。情熱と艶を思わせる赤と清純さは白羽根を以て意識させる。

 

 光を受けるとも遮るともいえる『しな』を作るアイドルポーズとも言うべき手振りを以て、リーナは色を振りまく。

 

 そうしながらも天使の片割れは、腕を振り上げてオーディエンスを盛り上げる。

 

 これと同じく軍配を以て『我ら越軍にこそ毘沙門天の加護ぞある―――にゃー!!』などと攻撃を仕掛けていたのか。

 

『この声に』 『この胸に』

 

『受け継ぐ愛の音は…!』

 

『羽撃いて』 『舞い散った』

 

『天使の名残羽根―――』

 

 歌いながら更に下界を目指すように、天上の天使たちはエデンの東から飛び立つ。

 

 CGとホログラムを利用した目に見えぬ階段を、1段1段踏み外すこと無く軽快に降りてくる。

 

 光り輝く階段を駆け下りた天使2人。翼ではなく己の『足』を用いて大地に降り立った―――。

 

『そして今、この背には宿るだろう……』

 

『逆巻くセカイを飛ぶツバサが―――!!』

 

 大地に降り立った天使は、人間世界(下界)に来たことで『堕天』をしてしまう。

 

 降り立った大地より光が吹き荒れて、天使からツバサを、白羽を失わせた……。

 

 眼を閉じて従容と受け入れる堕天使(アザゼル)

 

 だが、それでも―――。

 

 リーナとカゲトラが降り立った大地。人理の御業は彼女たちにソラを駆けることを失わせなかった―――。

 

 ホログラムではなく『魔力の羽根』が舞い散る中、大地は―――『飛び立った』。

 

『『翔け上がれー! 帰る場所がある限り―――』』

 

 飛行魔法をキャリア(運搬機械)に積み込んだものが発動を果たして、重力を無視して観客席の上方を飛んでいく。

 

 喝采が飛ぶ。大歓声が飛んでいく。

 

 おおまかには、『六角形』の『円盤』。矛盾した表現だが、そうとしか言えないもので観客たちを視界に収めていく。

 

 衣装から羽を思わせるものが『少々』剥ぎ取られただけだが、その変化に眼を奪われる。

 

『『夢への旅立ちは 怖くない―――!』』

 

 光が上がる中、羽が落ちる中、円盤に乗った2人はステージ全てを周回しながら、声を張り上げて身振り手振りで自分の高揚をオーディエンスに伝える。

 

 光のサイオン粒子を振りながら、別に必要ないのだが……『飛んでいます』という演出のための『噴射』用なのだろうそれが、『飛行している』という実感・体感を全員に与えていた。

 

『『百億の星たちも 同じものはない!』』

 

 合流を果たした円盤同士が再び彼方へと飛んでいく。

 

 天使は堕天を果たしたとしても、人の世を守護するために空を翔ける……。

 

 決して神々の領域を穢したいわけではないのだ。砂漠の悪魔になったとしても、恋した人間の娘のために生きる決意こそが尊いとしんじたいのだから……。

 

『―――「生きる」と云うことは?』

 

『鼓動が、』 『脈打つ!』 『その意味は?』

 

『『―――自分だけの色 のメロディで―――!』』

 

 再び合流を果たす円盤。重なり合う声。

 

 観客席の上にて浮かぶ円盤の上で、激しいライブパフォーマンスをしながら旋律を刻むリーナとカゲトラ。

 

 会場全体が黄金に輝く。下品ではない。輝ける富と栄光の色……二人が持つ黄金の魂が、ネロ皇帝の高揚が観客全員に『黄金体験』(ゴールド・エクスペリエンス)をさせる。

 

『『未来へ奏でる ことだから……』』

 

 芸術に高尚なものやメッセージ性ばかりを見出そうというのは、ある種の下劣な行為だ。

 

 すばらしいものはすばらしい。

 うつくしいものはうつくしい。

 

 一般的な美醜のあり方に則れば、2人のパフォーマンスは最高であった。

 

 この会場に、かつてのポップスターの『英霊』たちがやってきてもおかしくないものを感じる。

 

 その歌詞の一言一句は呪文だ。セカイを震わせ、ギンガに届かんとする祈りに満たされている。

 

 背中合わせになりながらも、視線はがっつりオーディエンスに向けている2人の天使―――。

 

『『輝け…… イノチを歌にして――!!』』

 

 手を広げ、振り上げて最後の聖句を唱えた。

 

 その言葉に応じるかのように、地上に落ちたはずの幻想の天使の羽が浮かび上がり、花弁のように世界を彩る……。

 

『ANGEL VOICE』が世界を祝福する。

 

 正しく夢と現の体現が、そこにあった。

 

 本当に夢見心地にも繋がりそうなその幻想芸術は、『繋がり』だった。

 

 縦軸と横軸の間柄とでも云うべきか。

 

 飛行魔法を用いて天使2人はいずこかへと立ち去る。

 

 その後を追おうとオーディエンスは眼を向けていたが、その前にステージが変遷する様に眼を奪われた。

 

 レオナルド・アーキマンが作り上げた『Venus Feather』で幻想の羽を撒きながらの退場も功を奏するカタチだ。

 

 見事な退場に、拍手、歓声!の大合唱だ。先程までありったけ焚かれていた照明が全て落ちたあとの暗闇。

 

 MCからの紹介もないことが、観客の期待を煽る。

 

 そもそも今回の魔法科高校のライブにここまで人が集まったのは、達也の巧妙な情報工作によって伝説のCGドールが復活するという噂がネットで流れていたからだ。

 

 ともあれ―――舞台袖に天女のごとく戻ってきたリーナとカゲトラ。

 

 カゲトラはともかくとして緊張から開放されたのかリーナの紅潮した顔を見て、水分を……。と思う前に腕を広げながら降りてきたのを見て観念。

 

 カラダを気遣う前に、ココロを気遣ってほしいという無言のメッセージを受けて、刹那も腕を広げて抱きとめる姿勢を取る。

 

『『『笑いの神が降臨しますように!!!』』』

 

 この場面をただのラブシーンにしたくない男子女子の真摯なる願いの下―――。

 

「お疲れ様」

 

「ウン。癒やして癒やして(キュアキュア)……♪♪♪」

 

 何も起こらないのだった。喜劇王チャップリン、榎本健一(エノケン)の英霊は、この舞台にはいなかったようだ。

 

 天より舞い降りた天女のようなリーナを受け止める刹那。

 先程の司波達也と司波深雪の抱き合いは、あまりにも鋭すぎるトウシューズを履いたまま抱き合おうとした寸前で流石に光井ほのかが止めた。

 

 ストッパーたるべき存在も、流石にこの場面では自重した。

 

 そうして秋田書店(?)の(フェイス)になった一色愛梨を除けば、誰もが喝采をあげたくなるほどに見事な退場をしてきたリーナとカゲトラのツヴァイウイング。

 

 次いで始まる演目。これこそがラストである。

 

 劇にせよ舞台にせよ全ての観劇の出来は最後のトリで決まる。

 

 喜劇、悲劇、不条理劇。歌舞伎で言えば、義太夫節、御家物、活歴物……新作歌舞伎であれ、『大詰』をしくじるわけにはいかない。

 

 

「ダ・ヴィンチちゃんは大丈夫なのかしら?」

 

「問題ないだろう。『彼』ならば、万事歌い上げるさ。

 それよりも、『二曲目』ではこれを使えよ。刹那」

 

「ワーオ。『ストラディバリウス』。ガメてもよろしい?」

 

 んなわけあるか、という想いなのか、ロマン先生から小突かれてしまうが、最高の演出道具を貰った以上は、それに相応しい演奏をする。

 

 とはいえ、まずは一曲目からだ。舞台袖にて光が落ちたステージを見ていると……そこに、光が差した。

 

 平河たち演出班の手際に感心する。

 

 月光の(かそけ)き光のごとき差し方の元にいたのは、かつて一世を風靡したCGドール『MAAYA』の姿だった。

 

「思うんだがアビーのお遊びも多分に含まれているとはいえ、あの姿はいいのかな?」

 

「イイと思うわよ。それにCGドール『MAAYA』と同じかどうかは歌でワカルんだから」

 

 このご時世において生身の『アイドル』と呼べるものはほとんど居らず、CGアイドル、もしくは先述のCGドールというものが隆盛を誇っているらしい。

 

 もちろん歌唱、声の質を生身の人間に近づける作業は当然のごとく行われているのだが……どうしても、VOICEというものの『肌感覚』というものは、未だに掴めていないのだ。

 

 それは、未だに人類が己の意思疎通に『口頭言語』を捨てきれていないことから解る。

 

 それはともかくCGドール『MAAYA』のウリは、ずばり言えばその歌唱力にある。

 

 ピュアな透明感ある声は、現在のバーチャルと編集作業で作られた『人工物』と違って、『生身』であることによる『ヒューマニティ』の体現だった。

 

 そして、鍵盤を叩くことで生まれる音が耳に響く。

 

 

 ―――ここではないどこか、ここにはいないだれか―――。

 

 その人へ向けたメッセージであると、ネットの人間たちは解釈をした詩が、朗々と会場を包み込んで。

 

 ―――祈りが……世界に満たされていく―――。

 

 

 




歌詞引用

アニメ『戦姫絶唱シンフォギアXV』劇中歌『Angelic Remnant』風鳴翼 (CV水樹奈々) x マリア・カデンツァヴァナ・イヴ (CV日笠陽子)


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第196話『clowick canaan-vail』(上)

というわけで、上、下で一応のライブシーン的なものは終わりです。

楽屋雑談的な『後始末』を加えて、文化祭編なものは終わり―――レオ短編をどうしようか考え中です。

ちなみに今回のタイトルは重度の型月ユーザーならば、とも思いますが、歌詞引用するとその話はドラッグコピぺ出来ないようなので、カタカナで『クロウィック・カナベール』と言って完全な造語です。

知らぬ人はググってちょーだい♪(爆)

届かぬ思いを届けたいという意味では、これだな。と青本を読みながら思った次第です。


「ネットとかあんまりやらないほうだったけ? ユウキって」

 

「そういうわけじゃないけど、まさかCGドール『MAAYA』が復活するなんてアングラ情報知るわけないじゃない」

 

 観客席にて作り置きでも美味しいピザを頬張りながら、ラ・フォンの面子は大トリで出てくるものを予想していた。実際、それは当たっていた。

 先程までのステラ・アンジェとミズキ・カゲトラのライブはなかなかの芸だったが、CGドールの素材たる宇佐美夕姫の『肥えた眼』からすれば、『再現できないわけではない』と思えた。

 

 一番の難点は、エアキャリアの小型化と『飛行魔法』という魔法師だけが持てる技術をどうやって再現するかである。

 

 サイバースペースならばその制限は無くなるが、現実においては無理だろう。そう考えると少しだけ魔法師はずるく感じられる。

 アイドルとしての『格』というものをどう考えるかにもよるが、芸事に対する競い合いというのは、どうやってもあるものだ。

 

 無論、夕姫も『生身』で歌い踊れる。そういうパフォーマンスが許されるならば、そうでありたい。

 

 しかしながら、『現代』のアイドルの事情というのは、若干昔に比べれば『窮屈』なものだ。

 かつては『握手会』や『総選挙』というファンと間近で会えるアイドルが多かったらしいのだが。

 

 様々な世情や人権団体や―――もっと言ってしまえば世界的な人口の減少を受けて芸能の世界にも『年少者保護』の原則が適用された。

 それまではグレーゾーンだった出演時間超過(オーバーステイ)など、深夜出演などは完全になくなった。

 

 さらに言えば、芸能事務所の契約に関してもコンプライアンスが徹底された。

 ……もっとも、夕姫からすれば、それは完全に『徹底』されていないと思える。

 

 結局の所、芸能の世界というのは観阿弥・世阿弥の前から、権力者と『懇ろ』になることが当たり前に行われているものだった。

 

 だから――――。

 

(私の先駆者。CGドールで一世を風靡したアナタの『芸』を私に見せて!)

 

「ゆ、夕姫ちゃんの眼が真剣だよ。チカちゃんクララちゃん!!」

 

「色々と思うところはあるんだろう。邪魔してやるなよ」

 

「ミドリーなかなかに気遣い出来ているじゃないか」

 

「誰がミドリだ! あのアホの呼び方を真似るな―――」

 

 いつもは見せぬ厭な笑いを浮かべたクララの言葉に返していた千鍵の言葉が途中で途切れる。

 

 先刻までは、快活なMCが演者の紹介をしていたのだが、それが無い入り方。何の前触れも無かった。

 

 いや『わけ』ではない。見えていた雲間から差し込んだ月光と同調するように、スポットライトがステージに一条……差し込んだ。

 

 そこにいたのは、金色の髪とも亜麻色の髪。どちらとも取れる髪に『和服のようなドレス』。決して和服ではない―――しかし十二単衣のように幾枚も重ねられていながらも、決して―――それは和服ではない。

 

『月の娘』。

 

 そこにあるのは決して『姫』ではない。それを思わせる黄色系統のドレスを着ていても、どうしてもそこから姫の印象は無いのだった。

 

 そしてMAAYAの名曲『色彩』が、ステージを震わせる。それは世界全てを震わせる歌である。

 

 ちなみにいえば、『色彩』は英題ではなく邦題であり、USNAで発表された時には、『Kyrielight』というタイトルであった――――。

 

 どこか悲しげな慟哭を伝えるようなオルガンの音が聞こえてくると―――合わせてMAAYAの歌声が聞こえてくる……!!

 

 それは伝説の再現―――。

 

 人々の真芯に響く呪文(うたごえ)が、観客の『何か』を貫くのだった。

 

 その様子を舞台袖で見ていた全員は、その圧倒的な存在感から発せられるボイスに―――イメージが飛んでくる……。

 

 それは、人の犯した業によって『焼灼』された世界を取り戻す『旅路』。

 

 そして、取り戻すのは人の犯した業によって『創生』された少女と、どうしようもなく力弱い少年。

 

 どこかで頓挫して、折れ果ててもおかしくない過酷な旅路。

 約束の地(カナン)を目指して奴隷となった人々を率いることを宿命づけられた聖人のごとく、彼ら2人は歩みを止めないでいく……。

 

 そこにあったのは、決してあるべき世界を取り戻そうとする意志だけではなかった。

 

 失ったものの意志。踏みつけられても進むことを止めなかった多くの人々の意志。様々なものが彼らを折ることを許さなかった。

 

 旅路は続く。やがて、彼らは七つの『異なる点』を修復し、世界を焼灼した首魁の喉元に食らいついたのだ。

 

 それは決して英雄伝承譚(ヒロイックサーガ)などと勇壮に言えるものではなかった。

 

 しかし、修復する作業をこなす過程で少女は文明の素晴らしさを、それを作り上げてきた人々の熱を、鼓動を、色彩を眼に焼き付けていく……。

 

 以前の南盾島で語っていた作られた少女の物語なのだろう。

 

 その醜くもあがき続ける只人の只者たちの『おとぎ話』が、明確なイメージとして全員に想起させていく。

 

 中でも刹那となにかと関わり多い連中は『シーン』が叩きつけられていくのだ。

 

 第一の■■点

 

『邪竜百年戦争 オル■■ン』

 それは怒りと祈りが向き合った救国の土地。

 ひとりの聖女の在り方を巡る、黒と白の物語。

 竜の魔女となりて、フランスを新たな脅威に陥れた救国の聖処女。

 しかし、邪竜を率いる竜の魔女の前に立ちはだかるは、本来あるべき『救国の聖処女』。

 

 救うという以上に深すぎる慈悲。例え、自分の運命があのルーアンでの火刑に定まっていたとしても、それを悲観せず恨まず―――自分の信じた道を貫く、救い続けたいと願う『彼女』の在り方に、『作られた少女』は尊さを覚える―――。

 

 第四の■■点

 

『死界魔霧都市■■■■』

 

 赤き叛逆の騎士と共に『ありえざる歴史』の霧の街の謎に挑む戦い。今まで見えてこなかった陰謀の正体に気づき、戦う決意を決める『ターニングポイント』

 

 人の歴史を『間違い』だと怒りと憤怒で『断罪』する魔■王の言葉に対して、だがそれでも―――『取り戻す』と叫び返す『只人』の『断言』が、魔■王との戦い―――『人理』を取り戻すという意味を再認させた。

 

 第六の■■点

 

『神聖円卓領域キャ■■ット』

 

 それは――それは、世界の果ての、最後の神話。

 或る人間の騎士の、長い長い旅路の終わり。

 

 女神と化して世界を『固定化』する王の似姿を殺すべく舞い降りた、銀の騎士の贖罪の旅。

 過酷な世界でも生き続ける人々の願いと笑顔に寄り添い、破滅が決まっていても、それでも終末を肯定してでも命を選ぶ、選別するという■■王に対して、それは違う、ヒトを、命を選ぶなという意思を、只人は盾を持つ少女と共に叩きつける。

 

 解放される――――真なる宝具、其の名は『いまは遥か■■の■』

 

 そして……最後の時、銀の騎士の『レ■■カ』により女神はヒトへと戻り、『最果ての来訪』は閉ざされた……。

 

 そして終局■■■―――冠位時間神殿■■■■

 

 明確には、達也たちには見えない。

 

 しかし―――そこにて行われる戦いが、2人の旅の総決算にして総力戦となりえていることだけは理解できる。

 

 それぞれの時代で『味方』をしてくれた『英雄』だけでなく、『敵』であり、時には裏切ることもあった綺羅星のごとき『英雄』たちが、主義も主張も、隣り合う相手の好き嫌いもかなぐり捨てて……微妙に捨てきれていない面子もいるが、それでもそこに集った。

 

 2人が歩んできた旅路の中の繋がりは、多かった……『多すぎて』、だからこそ歩みは止まらなかった。

 

『私が欲しい未来はここにある―――』

 

『はじめて寂しさをくれた人……』

 

『ただの孤独に、価値を与えてくれたの―――』

 

『私が視てる未来は一つだけ』

 

『永遠など少しも欲しくはない』

 

『一秒 一瞬が愛おしい―――――』

 

『あなたがいる世界に私も生きてる……』

 

 その言葉は、祈りと願いに満ちている。

 

 ―――かつて、試験管ベビーとして生み出され、されども一人の『少年』と共に破局を防ぐべく戦った『少女』がいた―――

 

 ―――少女の余命は18年……その破局が生み出された年には燃え尽きるはずの儚い命のはずだった―――けれども彼女は、それを悲観しなかった。

 

 破局を防ぐべく、多くの時代の事象に赴き、そこに生きる人々の鼓動が、厳しすぎる世界でも生き続けている人々の全てが、色褪せぬ『色彩』が―――彼女を生かした。一つの知性として、生命(いのち)として―――まごうこと無き『人間』としたのだよ―――

 

 

 ―――作られたものだからと、それを『当然』と考えるな。

 ―――作られたものには自由意志が無いわけではない。感情が無いわけではない。

 

 ―――熱を失うな。生きようとする意思。何かを成し遂げたいと考えた時に、紛い物は、ただ一つの知性となる。

 

 ―――知性は生きたいと思う。

 

 一秒一瞬が愛おしく思えるようになった時、この世界に生きている。自分も生きている―――そう叫ぶ権利があるんだ。

 

 ダ・ヴィンチが言っていたのは、達也と深雪の脳裏に明確な映像として入り込んできた大盾を持った少女のことだと思えた。

 

 紫色のスーツアーマー(完全鎧)

 

 しかし、兜はなく、それどころか、ところどころ太ももや腕が露出をしているものを着込んだ少女の容貌は、調整体魔法師以上に『作られた命』という念を抱かせた。

 

 その鎧と同じく少女は『不完全』な存在だった。

 

 だが、その不完全さを嘆かず、精一杯生きていこうとする姿は、正しく人間が持つべき情熱の在り方……それが非常に好ましいと思う一方で、止めたかった人にも『この運命』が訪れてほしかったという羨望が湧き起こる……。

 

 そんな感受性豊かな司波兄妹と同じく……その『メッセージ』を受け取ったものがいた。

 

 観客席にて染み入るように、妹分たちとその歌唱を視ていたのだが、先程のツヴァイウイングの歌とは違い、その歌は―――『作られたものたち』に響く。

 

 不意に―――受け取ったもの。桜井水波はよろめくとまでは、いかずとも少しの酔いを感じたところに受け止めるもの一人。

 

 受け止めたのは、一人の少年。水波が関わりある『男性』の中でも、あまり見ない……儚げな少年の姿。けれど黒羽の長男よりは幼くはない。どちらかといえば、達也、刹那よりの少年なのだが―――。

 

 人間離れした美形。達也や刹那のように『骨っぽい』ところがない。長身でありながらも必要ない筋肉はつけない。

 

 だが決して『優男』という印象は受けない。あえて言えば……先ほどまで水波の脳裏に明確なイメージとして焼き付いていた少女。

 

 盾持ちの少女の反転したような印象。とでもいえばいいのか。ともかく、その姿は一種の神秘性を醸し出す美にあふれていた。

 

 そんな少年に背中越しに身体を支えられた水波はどうしても緊張してしまう。

 

 それは―――もう一つの悲しい運命の出会い。

 

 作られし『被造の人工生命2つ』(レプリカント)の早すぎる邂逅であった……。

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 ・

(下)に続く……。

 

 




歌詞引用
スマートフォンゲーム『Fate/Grand Order』第一部主題歌『色彩』  歌手 坂本真綾


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第197話『clowick canaan-vail』(下)

ちなみにいえばあるパートでは、ようつべの弾いてみたアーティストの方の逆光をバイオリンで弾くとこうなるのかとヘビリピ掛けていました。

様々な人がいろんな楽器で『逆光』を弾き語る様子に感動ですね。


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「大丈夫ですか?」

 

「―――は、はい。す、すみません! 体重掛けてしまって!!」

 

「構いませんよ、全然軽いですから。伊達に男で生きてはいません」

 

 それは自分の線の細さとかマッスルではない印象(え)を理解している言動であった。

 

 だが、その片方で芯にある『力強さ』も感じて、そんなことはないと真っ赤な顔で水波は否定する。

 

 終始笑みを絶やさない―――まるで春の漫ろを歩くような人だが、どこかで『危うさ』も感じられる―――。

 

 そんな感想を内心で出していたのだが―――。

 

「水波おねーさん。ナンパされてるです」

「「「「「「ナンパだ―――♪」」」」」」

「水波さんみたいな重い女をナンパするなんて……」

「命知らず♪」

「けどカッコいい人だ……」

「了くんの方がカッコいいよ?」

 

 

 九亜の声を筆頭に、三亜と四亜を除くわたつみ全員が声を出す。

 

 そして四亜の言葉に噛みつきたくなるも、三亜がよそのお子さん(まだ小学生)とイイ感じな会話をしており、タイミングを失ってしまった。

 

「賑やかな子たちですね。親戚か何かで?」

 

「まぁ……そんな所です。それよりも四亜、誰が重い女ですか? 私、軽いです!! 『軽い女』です!!」

 

「えっ……もっと自分の身を大事にしてよ。水波さん……」

 

「私達のお姉さんが『B』に!? 止めなきゃいけないデンジャラスゾーン」

 

 四亜と九亜の連動した言動に思わず頭を抱えて、仰け反りたい気分の水波。

 

 だが、隣に座っている男性にあまり『醜態』をさらすのもあれなので控えるも、内心に潜む『マインド水波』(秩序・善)は、多くのマインド水波との会議の末に仰け反っていた。

 

「にぎやかで楽しそうで何よりです。兄弟、姉妹ってのは―――『違い』があっても、仲良くするべきですよね」

 

 笑みを浮かべていた男性が少しだけシニカルな言動をしたのに気付いて、四亜は片目を鋭くしたが、念話で九亜から『悪い人じゃないけど、決して善人とも言えないかも』と伝えられて……。

 

「それよりオニーサン。名前は何ていうの? アタシは海神四亜」

「名字は同じで九亜。です」

 

 そんな言葉で探りを入れることにした。

 

 すると、『君たちが……』と小さく思い出したかのように呟く『少年』。

 

 眠そうな八亜の言葉まで聴いてからそうなのだから―――何となく程度に『来歴』を察した。

 

 ヒューミント、コミントの類を『家中の人たちから』それとなく伝授させられてきた2人の探りに、他7人が耳をそばたてた。

 

 が、そんなことはともかくとして笑顔を浮かべながら少年は自己紹介をしてきた。

 

「―――僕の名前は『ヒカル』です。名字はちょっとゴメンね。今は―――多分、まだ言えないんだ。本当にごめん」

 

 良くわからない言動であったが、本当に申し訳無さそうに言う『ヒカル』を見て、水波が辛くて、見ていられなくて胸を押さえた瞬間―――。

 

『みなさん!!! グッドイブニング―――!!』

 

 その挨拶は、 CGドール『MAAYA』のものであり、誰もが『グッドイブニング―――!!』と大声で返す。

 

『さてさて、今宵の魔法科大学附属―――めんどうだから略して『魔法科高校第一高のマジックライブ』、長いなそれでも♪ しかし、ここまで楽しんでくれたかな―!!!???』

 

『『『YEAH―――!!!』』』と腕を振り上げて歓喜を示すオーディエンスたち。ついでに言えば『ヒカル』もその一人である。

 

『長い間、活動を停止していて申し訳なく。さらに言えば、このような形での復活、申し訳ない限り。

 来る日も来る日も『ビタミンM』を供給されながら、『今期のアニメは不作だわ―』などと言って惰眠を貪っていた私だが―――』

 

 とんでもないことが暴露されるも、それにツッコミ一つ入れられない。それが真偽どちらであってもCGドール『MAAYA』の中の人であることは間違いない声をしているのだ。

 

 ただ一つの事実があればいい。

 

『MAAYA』が再び、曲を発表してくれるという事実だけあれば―――。

 

『そんな私だが、『ここ』(一高)にいることを察している通りに、まぁ『魔法師』ということになるのかな? まぁ万能の天才は、魔術も出来るということだよ』

 

 MAAYAのパーソナリティは実は、アメリカ翻訳されているからこその意訳であったと思っていたが、どうやらそういうことではないらしい。

 

 それにしても流暢な日本語であり、ここの魔法師となると、生徒か講師か。ホログラフィテクスチャとかウィッグを剥いだ先にある素顔がどのようなものかを……誰もが興味を持ってしまうも、それは無粋であろう。

 

 今日はただ一つ。それだけを彼女に望んでいるのだから―――。

 

『本日の大トリを務めさせてもらう以上は、無様な芸は場を汚すだけだから―――最高の一曲、私の新曲で〆させてもらおう!!

 この曲は歴史に記録されない知られざる戦いを繰り広げた者たちの、『新たな戦い』へ手向けるもの。

 分からずともいい。

 ただ私は―――『彼ら』に届けたいんだ―――。

 ―――曲名は『逆光』(ぎゃっこう)――――』

 

 空の果て、(ソラ)の果て、時空(ソラ)の果てにまで手を伸ばそうとするような仕草の後。

 

 ステージ上に二条の光が差し込む。そこにいたのは仮面を着けたバイオリン奏者とキーボード奏者。

 

 見事な演奏への入り方。おそらくMCの間に入り込んでいたのだろう。

 黒子役というものの面目躍如である。

 

 イントロダクションの演奏にて最初に動いたのはバイオリンの方であった。何か急かすような音のリズム―――。

 

 同時に終末を感じさせる音の連想が―――弾ける。

 

 そこからキーボードの音が追いついてくる。見事な連弾演奏を前にして―――演奏に合わせてMAAYAことダ・ヴィンチが声を上げる。

 

 しっとりとした……どこか労るような声音が全員に伝わる。

 

『憂鬱だった―――いつも目覚めると―――』

 

『現実だって思い知らされる―――ここには出口がない……』

 

 どうしても絶望な歌詞だ。暗い。同時に、戦うことを嫌がるような心地の人間を思わせる……。

 

『もう運命が決まってるなら――――選べなかった未来は―――想像しないと誓ったはずなのに!』

 

 なぜ戦いは終わらない。どうして戦う。あれほどまでに過酷な戦いの果てに取り戻したものを、なぜ『白紙』に出来る? 

 

 そんな慟哭が全員の胸を貫く。

 

 真に迫った慟哭。

 

『まどろみの淵で―――』

 

『あなたに駆け寄って―――そして微笑みながら目覚めるの―――』

 

 慟哭は、そのままに。されど『これはいけないこと』だ。そう感じさせる危機感の元―――『誰か』は動き出したのだ……。

 

 それは『世界を取り戻す』のではなく『世界を滅ぼす』戦い……。

 

 再び……過酷な旅路が、白紙となった地球に刻まれていくのだ。

 

『本当に欲しいものがわからない―――』

『じっとしてたら過去に囚われる―――どうしても行くしかない……』

 

 送り出された。

 未来を託された。

 傲慢に『生き残れ』と言われた。

 後ろを見るな『進め』『征け』と言われた。

 

『ヒト』にとっての幸福な『不足ない世界』を潰してでも進むことを選んだ。

 

『輪廻の環』に捕らわれ、『暴神の裁定』で一人になった少女を残してでも壊れた世界を砕き、神殺しを行った。

 

 可能性を信じて、他の可能性(セカイ)を壊していった……。

 

『人は生まれながら誰もが平等って、簡単に言えるほど無邪気じゃない』

 

『痛むのは一瞬だけ―――そう割り切れたほうがずっとラクだった』

 

 一つの世界を『刈り取るごと』に、心は軋む。

 

 生きることが戦う世界で会った、好奇心旺盛な異端の狼人の声を思い出す。

 

 定められた命数しか生きられない世界で会った、花を編んでくれた少女を思い出す。

 

 恒久和平を達成した世界で今日とは違う日を求め、叛逆者(スパルタクス)となった少年を思い出す。

 

 暴走し、終わりが決められた世界で大事なものを無くしたことに不意の涙を流す少女を思い出す。

 

 鋼の心は持てない。

 

 ヒトとしての痛みが、旅路を刻む全員の総身を苛む……。

 

 だが、それでも――――。

 

『絶望のほとり 懐かしい人の名を叫ぶ――― それは遠雷のように!』

 

『まだ闘ってると 嵐の向こう側にいると あなただけに届けばいい……』

 

 ―――進むことを選んだ。

 

 どうしても、『この未来(さき)』『この世界(れきし)』は来てはいけないのだ。示されてはいけないのだ。

 

 たとえ『本来の歴史』が過酷で、そして平等でなく、競争の原理が時に多くを脅かしても、幾多もの苦しみがあっても、神が嘆きを聴いてくれなくても――――。

 

 それでも……ここまで走り抜けてきた『結果』(いま)を無にすることだけは出来ないんだ。

 

 ここにはいない『誰かの叫び』が―――観客席にいる全員を貫く。

 

 涙が溢れる。

 どうしても、知らないはずの世界を想像して、その渦中にいた人々の『心』に滂沱の涙が止まらないのだ……。

 

『沈黙を破り 障壁を越えて 眩しすぎる向こう側へ 走れ!』

 

『雨の洗礼と ぬかるんだ道 『逆光』浴びて―――泥だらけになれ!! 『私』はここにいる!!』

 

 ダ・ヴィンチの激しいシャウトと同時にバイオリンとキーボード。増えた楽器の音源とがその叫びを彩る……。色彩を加える。

 

 バイオリンを操る遠坂刹那が、その『過酷な戦い』を幻視する。

 

 幻視したイメージの元、作曲された音程を変えずに弦の震わせを調整して投影する。

 

 そして―――キーボードを操る達也は『必死』であった。

 

 何故ならば、何故かは分からないが、本当に何故かは分からない。

 

 なのに―――彼の行動原理たるものに『何か』があったわけではないのに、どうしても『涙」が止まらないのだ。

 

 涙で滲む視界を元に戻すべく、涙を『分解』せねば、もはやキーの一つも見えなくなるのだ……。

 

 誰かに共感することも出来ない。どうしても妹への愛情しか持てない自分が『幻視』したもの……。見えてきたものに、どうしても自分の中の何かが揺さぶられる……。

 

 そして弾き語る演奏が、誰の心にも、魂にも響き渡るのだ。

 

 歌は―――世界を震わせる。遠くの何処か。何処ともしれぬところでの戦いに『負けるな』と拳を握りしめてしまう……。

 

『あなたに駆け寄って もうすぐ指が触れる……そして選びたかった未来を―――』

 

『絶望のほとり 懐かしい人の名を叫ぶ それは遠雷のように―――』

 

 ダ・ヴィンチの腕が、眼が、天を、虚空に伸ばされる―――その先に戦っている『誰か』を求めて、それに届けたい想いが―――天へと上りつめる……。

 

 地上から『天空』……宇宙(そら)に届ける遠雷のごとく―――。

 

『―――まだ闘ってると―――』

 

『―――嵐の向こう側に、いると―――』

 

『アナタだけに届けばいい―――』

 

 歌唱が終わった後は楽器による演奏エンディングである。

 

 それはイントロにおいて弾き語られた『終末録音』とは違い、先を取り戻すために、誰かを癒やし、それでも進みつづけることを後押しする旋律……。

 

 終劇。終奏が刻まれる。

 

 いっそう激しく身を動かし弦を引く刹那と、身体を上下に動かして情熱ごと鍵盤を叩く達也の『未来福音』が刻まれた……。

 

 余韻で沈黙。ざわつき―――溢れ出す声と鳴り止まぬ拍手の元―――。

 

『それでは今宵の音楽劇はこれにて終幕―――またのご来客をお待ちしております』

 

 丁寧な一礼をするダ・ヴィンチに合わせて従者の様相でステージに上がった刹那と達也も姿勢を正して一礼をする―――そうして今までのことは夢だったかのように黄金の劇場ときらびやかな『ステージ』はなくなり、されど演者が消え去った舞台に未だに鳴り止まぬ拍手と歓声が響き、ほどなくしてスタンディングオベーションでの『アンコール』の大合唱が響く。

 

 戻ってきた早々にコレかい。と三人ほどはズッコケたくなったが、まぁ予想されていたので、今宵のステージを彩った演者全員で再びステージに上がることに――――大歓喜と大号泣したくなるほどに様々なものを感じるいい演目であった。

 

 決して現代にある『魔法』ではなく、されど古式魔法とも言えぬ――――歌は、言葉は……全てのヒトが持ち得る『奇跡』(まほう)なのだから……これは当然であったのだ。

 

 

『本当のアンコールは湿っぽくはいかない!! 誰もが歌えるだろうポップでカーニバル! ゴキゲンなナンバーで〆るぞ!!! 

 曲は―――『すーぱー☆あふぇくしょん』だ!!!』

 

 

 先程までは、どこかへと消えて黒子役に徹していた情熱の皇帝の声で、舞台は終幕に至る……。

 

 多くの人に様々なものを感じさせ、熱を残す『祭り』は、これにて本当の終わり(フィナーレ)を告げるのだった……。

 




歌詞引用
スマートフォンゲーム『Fate/Grand Order』第二部主題歌『逆光』  歌手 坂本真綾


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第198話『階位付与・祭位認定』

長らくお待たせしました。

なんでこんなに遅れたかといえば、別に新型コロナとかは関係ないです。(苦笑)

約三年ぶりぐらいに買い替えたスマホがぬるぬるうごく。やっさいもっさいならぬ『もっさり』動くFGO
に見切りをつけて、すごく『ぬるぬる』動くスマホに感動していたわけです。(爆)

コロナウイルス、恐ろしい限りだな。この作品、どうやら台湾の方も見ているようで、大陸からのイジメを見ていると、無性に応援したくなる。

というか、こういうことばかりやっているから民心が離れる。香港から何も学んでいないなぁと思いつつ、新話おとどけします。


 戦い終わって、日が暮れて……なんてフレーズの前からとっくに夜になってはいたのだが……。

 

 ともあれ、魔法科高校でも初の試みとも言える『文化祭』は恙無く終わり、今は全校生徒それぞれで駄弁りながらも、片付けをしている最中であった。

 論文コンペの頃から分かっていたことだがテント設営なども魔法を使えば簡単に、かつ安全に行える。

 

 まぁレオや十文字センパイなどの力持ちは、こんなことに魔法を使うなど無駄としてマッスルパワーで片付けを―――という試みは砕けた。

 というか演者が、更に仕事をするなどオーバーワークなので、気遣った後輩・同級生たちが、率先して片付けてしまった。

 

 そんなわけで生徒達だけとまではいかないが、まぁ関係者全員を集めての後夜祭という名の慰労会。

 この一年、色々とありすぎた大講堂にて、コスプレ衣装のままに集まった面子を前にして中条会長のシメの挨拶となった。

 

『皆さん、この後はそれぞれで自由にしてもいいのですが、ここに集まった以上は目当ては『分かります』。分かりますので、簡潔にいきますよ――――飲めや食えやで、本日はお疲れさまでした!! 乾杯!!!』

 

『『『『カンパーーーイ!!!!』』』』

 

 笑顔のままに持ち上げたアップルジュースと共に放たれた言葉で、あちこちで打ち鳴らされる紙コップの群れと乾杯の音頭。

 少しの飛沫がかかるも構わずに『ぐいっ』と全員が飲み干した後には―――。

 

「こ、これが九校戦で選手全員が食べてきたメニュー!! 旨い!! 旨すぎる!!! 絶対に来年は僕も出場してみせる!!」

「この蕎麦を作ったのは誰だぁっ!? あっ普通に拙者のクラスメイトでござった―――。ふむ。そば粉のつなぎに自然薯とは、正しく王道である……」

 

 十三束及び後藤を筆頭に舌鼓を打つ。絢爛豪華な料理の数々は―――。

 

「私達が作ったんですけどね」

「アタシ達の女子力ナメんじゃないわよ!」

 

 深雪はともかくとして、そんな言葉遣いで女子力も何もあったもんじゃない桜小路の言葉を聞きながらも、達也としては後夜祭に来ている面子の中に―――特に怪しいのはいないようだ。

 怪しいものといえば、まぁ……オレンジ髪で馴染みの喫茶店の看板娘ぐらいか。

 

「レオ、すっごくカッコよかったよ!!!」

 

「ああ、ありがとう。宇佐美さ『ユウキって呼んでよ。チカとビッキーみたいにフレンドリーに♪』―――、ありがとう。ユウキ」

 

 バッチーン☆とでも擬音が付きかねないウインク一つと共にレオに接近する宇佐美夕姫の姿に男子陣の嫉妬視線が届く。

 

 

「遠坂と近いヤツばかりモテモテになっていく!!」

 

「ヤツが放つMOTE粒子は、全ての男も女も構わず「モテのイノベーション」を開花させるのか!?」

 

「即ち !! モテベイター!! 人類を導く存在に昇華出来るのか!!」

 

 

 そんな存在ばかりが地球上で覚醒したらば、『異星人』次第では敗北確実。

 まぁ本物の『異星人』と西暦以前の人類が接触していたことは、夏の時点で確実なのだ。

 

 異星人の全てが、巨神アルテラのような存在ばかりなわけもないのだし、更に言えば刹那の記憶を垣間見た今となっては、なんとも危うい確率でこの世界は存続しているのだ、と思うのだった。

 そして、そんな与太話に感想を出してから、ふと幾つかの所に眼を向けると―――。

 

 

「リーナ、可愛くてカッコよかったですよ!! 流石は魔法の歌姫ステラ・アンジェです!!」

「アンジェリーナ! 新しい小説のアイデアのインスピレーションを頂きましたよ!!」

 

 などとUSNAの姉貴分たちに構われつつ―――。

 

「全く、私には何も教えてくれないのねリーナは」

 

 今度は日本の姉貴分に言われるのだった。少しすねるような響子に戸惑うリーナ。

 

「ソレに関してはソーリーです……だってジュニアシンガー未満の存在の過去を言うのは、なんかハズカシイですから……」

 

「本当の所は?」

 

 そこまで親類一同に知られたくないことだろうかという疑問に対して―――

 

 

「ワタシの歌はセツナへのラブソング……ソレに変わっていたんだもの」

 

「なんかもう。女として負けてる現状に私のライフはもうゼロよ……」

 

 赤くなりながら両手の人差し指を突き合うリーナの姿に、日米グータンヌーボ会は、全員が撃沈・轟沈・自沈するのだった。

 マリアナ海溝よりも深いところに沈みかねない四人の女性の気持ちに南無三と思ってから、件の刹那はというと……。

 

 

「霊媒・触媒としては本当に困った眼ではあろうな。詳細に見すぎて酔って、共感しすぎていたんだろう。それと……見えたものが『悲しすぎる』とはいえ、好きでもない男に不用意に抱きつかないでくれ」

 

「けれど私、ボンクラボーイズの中では刹那くん、結構気に入っていましたよ? 頼りになりますし、カッコいいですから」

 

「勘弁してくれ。幹比古の呪詛を受けるこっちとしては、心臓がいくつあっても足りない」

 

 

 そんなことしないよ! と少し遠くの方で幹比古が叫ぶ様子だが、魔女姿の美月のイタズラっ子なポージング。

 魔女っ子メグちゃんのオープニング一発目のごときものをされても平素で返す刹那。

 

 確かに前に聞いた限りでは、エリカ曰く『リーナが『べったり』でなければ、美月は刹那を狙いにいっていた』とのこと。

 入学当初……まだまだ互いに探り合う関係の中で、達也が刹那以外に驚異を覚えたのは美月の『魔眼』であった。

 

 そして、そんな美月に敵意を向けた際に守りに入ったのは刹那であったか。

 思い出すに、美月からすれば刹那は自分を守ってくれた存在、王子とも言えるか……とはいえ、そこまで関わりが無い―――ようで、実は結構あったりもしたのだと今更ながら気づく。

 

 

(が……、刹那の心に美月が忍び込む隙が無いから諦めていたわけだな)

 

 そこが一色との違いか。とはいえ、これ以上達也の周りがややこしい人間関係にならないでいることは僥倖だろう―――などと思っていると、エリカが不機嫌そうなツラで、レオと宇佐美との会話を見ているのを発見してしまう。

 

 こっちが解決すると、こちらが発生するとか勘弁願う。

 

「感受性が良すぎるのも考えものだな。あとで魔眼殺しを寄越すよ。ただ見えたもの、描いたインスピレーションは、魔道の端緒になるだろうから、そこは大事にしておけ。

 それは美月が安定させるべき『基盤』の定着に役立つから、キャンバスに描くならば『砂絵』で描くのが適切かもな」

 

「いつでも、そんなことを考えるんですね」

 

「そりゃ、我が家の宿業だからな。とりあえずまだ俺の代で止みには出来ないな」

 

 愉快そうに微笑みながら語る美月に苦笑して語る刹那。あいつの家の『宿業』。それは―――苦難の道ではあるが―――。

 

(お袋さん以上に金運ありすぎる刹那ならば、『完了』するんじゃないか?)

 

 でないと、『あの時』に見えた『双子たち』に繋がらないのだから。

 まぁ他人事ではあるが、あれほどまでに駆け抜けてきた友人がそろそろ『休んで』いる日が来てもいいのではないかと思うほどだ。

 

 ピザの素材の残りと春日菜々美がドジって炊き上げた『ご飯』を利用して作られた焼きチーズカレー(刹那作)に舌鼓を打ちながら―――。

 

 

「お前らは結局、何なの?」

 

 

 達也の足元近くにいたネコ型の『ナニカ』に声を掛けるのだった。

 

「なんだいボーイ? アチシの魅惑のボディの秘密でも知りたいのかにゃ―? けれど、それはダメよ! 

 アチシのボディは未だ見ぬメガネ男子に捧げるべき清い身体! 罪作りなネコアルクは、ドクターチアッキーの下にクールに去るのだにゃ―――」

 

 さっぱり意味不明であったが、いいたいだけ言って給仕係をやってくれているネコアルク(パチもん)はクールとは真逆の移動方法。

 

『バビューン』とでもいうべき『ハルトモムーブ』をかましてくれるのだった。

 

 そうして白いネコアルクがいなくなると……。

 

 

「ふふふ。しょせん『白』はただの恋する乙女。やはり時代は―――『黒』、そうは思わんかね少年?」

「いや、お前も誰なんだよ?」

 

 

 シケモクなのだろうか。よれよれのタバコらしきものを手に佇む黒色のネコアルク。

 しかし……外見といい声といい、何故にスカート姿なんだよと思ってしまうも、それが気にならないのだから恐ろしい。

 

 

「吾輩、最近どこぞのヘタレに最高峰の『黒魔術師』の役目を取られて、ちょっぴりショック。とはいえ時代は変わるのだと思い、恋しさと せつなさと心強さで『浪川』(チャイルドマン)に任せることを選んだのだよ」

 

 

 非常にメメタァなことを言っているはずだが、全く以て理解が出来ないわけではないのは、この世界のアーキタイプというか『参考』になったからだろう。

 なんだ。この電波な思考は……。思わず達也は頭を悩ませてしまう。

 

 

「まぁともあれ。喜べ少年。君の願いはようやく叶う――――実妹ルートが実装された俺妹もあるわけだしな。ヨスガノソラは近いんだにゃ―」

 

「F○CK」

 

 今すぐにでも蹴り飛ばしたい衝動を、刹那の記憶の中で見たロード・エルメロイⅡ世の言動を借り、言葉にして叩きつける。

 

 そうしてネコアルク・カオス―――略称『ネコカオス』と平河が命名したアニマロイドは去っていきウエイター作業に入るのだった。

 そんなところを見計らってか友人がやってくる。ようやく演奏時に『照応』したイメージを問いただせる時が来た。

 

「やれやれ、ひとまずはというところだ」

 

「美月の問題は解決したようで何よりだ―――ダ・ヴィンチは、『何処かの世界』であれだけの戦いを繰り広げてきたのか―――」

 

「まぁな……俺も色々と観測した中ではすごく辛かったんだよ。『アノ人』が―――幸せになれる世界が、こんなにか細いなんて」

 

 

 そう言ってあんまり話したくないという想いなのか、苦い顔をする刹那に悪い気持ちが出てしまう。

 ダ・ヴィンチが歌を呪文にしてイメージを投射した世界。その戦いは、刹那も何度か観測していたようだ。

 

 人理焼却という恐ろしいまでに極められた『世界破壊』の果ての戦いを。

 その序盤にて焼き殺された銀髪の刹那の『既知の女』の姿も垣間見た。

 

(流石に、俺とて歴史そのものを焼き尽くすことは出来ないな)

 

 だが、魔術王■■■■の放った『七つの楔』が、最終的に歴史を『どうやっても先はない』という結果を、修復するまで突きつけていたのだ。

 

(だが、もしかしたらば……)

 

 四葉の人間たちが達也に求めたのは、そういうことなのかもしれない。

 変えられない歴史という『運河』を、どうやっても『ある事象』にたどり着かせるための試み。

 

 それが自分の魔術系統たる『破壊と再生』の大本なのかもしれない。

 

(まぁただの妄想だよな)

 

 叔母におとずれた悲しい運命を変えるためだけに、自分が生贄に供されたというのならば、もっと上手いこと調整してほしかったものだ。であれば、世界の修正がどうあれやってやった。

 肉親を、つながりを持つ相手を捨てきれない心をもつ達也は、どうしても四葉の魔法師なのだった。

 

 

「嘆息して納得したところ悪いが、焼きチーズカレーだけでなく、あっちの深雪たち有象無象が作った九校戦の料理も食ってやれ」

 

「幸運なことに今年の九校戦に俺は参加出来たからな。参加出来なかった面子に優先的に食わせるべきだろ?」

 

 有象無象ってなんだ!? と叫ぶほのかを聞きながら―――。

 

 そう返すも、苦笑する刹那を見て達也も観念する。

 

「行って来い。女子陣、特に光井はお前に試食してほしそうだからな」

 

「―――分かったよ」

 

 そんな言葉で送り出されるのだった。もう少し話をしたくもあったが、そう言われたなら仕方ない。

 そして差し出された海鮮饅頭に『何点ですか!?』と聴かれて、『点数は着けられないよ。同時に刹那とも比べられない』と言って少しの優しさで返しておくのだった。

 

 ・

 ・

 ・

 

 ―――少し離れた所に向かう達也を見送ってから喉を潤していると、望みの人物が現れた。先ほどから話すタイミングを計っていた風の男は、絶妙な入り方で、刹那の側にやってきたのだった。

 

「こんばんは」

 

 仮装行列で変装した姿は、『普通』だった。

 変身魔法というのは幾つかあるが、ここまで周囲に埋没する系統となるとサーヴァントスキルにおける『気配遮断』『変化(潜入特化)』に該当するのではないかと思う。

 

「ああ、こんばんは。いくら身体の調子がいいとはいえ、こんな遠くに出張るなんて大丈夫か?」

 

 気軽に手を上げてから持っていた紙コップを打ち合わせてお互いに一気に煽る。(アップルジュース)

 

 リーナの仮装行列は『仰々しい変身』に系統が振り切れているが、正統な九島家のパレードは、九校戦の際のことを考えるに『闇討ち』専門のようだ。

 そうしてから喉を湿らせた九島の末子は、口を開く。

 

「動けるうちに動きたいんですよ。

 どこまで、どれくらいの時間『走れる』かなんて分かりゃしない。焼き付いてしまいそうなエンジンを積んで、どこまで走れるかを試したい。

 ―――望むのはそういう生なんで」

 

 パレードで擬装しているとはいえ、その姿を、『実像』を刹那の目は、確実に捉えていた。

 

 笑みを浮かべる儚げな―――それでも決意を秘めた少年。その姿が、刹那にはどうしても死徒殺しの殺人貴に重なるのだ。

 

 

「お前の親父さんやジイさんが何ていうかは分からんが、俺はお前の決断を尊重するよ―――『ミノル』……」

 

「当代最高峰の『魔宝使い』に、そう言われれば最高の証文ですね。ありがとう。

 だからこそ―――僕は2高に入って、刹那やここにいる人たちと戦いますよ」

 

 

 来年も、九校戦に参加出来るかどうかは分からない。と言っておくも、変身魔法を解いて後ろ姿だけを見せた彼は―――。

 

 

「戦いますよ。これは―――僕が始めた戦いなんですから、受けてくれなきゃ一生恨みます」

 

 そんな来年にしか果たされないはずの『果たし状』を叩きつけてきたのだった……。

 大講堂の入り口に向かって歩き出した九島 光宣と、入り口から入ってきた桜井が正面で向かいあっていた。

 

 一言、二言、三言―――もういいから普通に会話しろといわんばかりに長話の体になりそうな2人。どこで関わったのやらと想いながらも―――結局、離れ離れになる男女。

 

 何度か後ろを振り返るヘップバーンのごとき桜井を見て一言……。

 

私はさよならを(I don't know.)どう言えばいいか分からない。(how to say goodbye.) 言葉が出てこないの。(I can't think of any words.) ……と言ったところか」

 

「ローマの休日とは、シャレが利いてるわね」

 

「Is you, doing it does not say that I cannot live

 Surely I can live.

 But I do not want to live without you  って感じよネ。ワタシとの出会いは☆」

 

「全く以てそのとおりですよ。マインスター」

 

 

 先程まで話していた九島の係累が揃って刹那の近くにやってきた。というか、響子の場合はついていなくていいのだろうか。

 

 

「過保護にするべき時期でも、そういう身体でもなくなったわけだしね……ただ来ていたのは本当に知らなかったのよ。お祖父様に着いてきたのでしょうけど」

 

「ふむ」

 

 考えるにアノ頃に比べれば変わったものだ。服薬治療とある種の『調律作業』で何とか持ち直している九島光宣の気質から考えれば、それは人間としての劇的な『変化』だ。

 

 もっとも、自分の調律なんて『手妻』もいいところだ。

 

 メルヴィン・ウェインズの技術を全て複製できれば…………。

 

「ないものねだりは出来んな」

 

 

 高レベルの調律者がいればいいのだが、この世界ではCADの調整には気を使えども、身体及び魔力駆動における心身領域の調整には、『食って休んで寝る』程度なのだから……。

 などと想いつつ、少しは腹に入れとこうと思っていると、驚きの来客を迎えるのだった。

 

 大講堂の出入り口から入ってきたのは、魔法師界の名士であり、現在刹那の傍に引っ付く二人の女の関係者であった。

 

 

「こんばんは。今日は色々と楽しませてもらったよ」

 

「どうも。先程、『こっち』(響子)とは違うお孫さんが来ていましたが」

 

「ああ、別に家に縛り付けるわけではないのだが、今の九島の当主は真言だからな。勝手をするわけにもいかず、直ぐにお暇のとんぼ返りだよ―――だが、その前に一言、二言いいかね?」

 

 

 恐らく現在の当主から『勝手に息子を連れ出すな』とでも言われているのだろう。

 闇将軍も同然に家のことを仕切る妖怪でも、あまり現当主を無視しきることも出来ないのか。

 

 どうぞ。と一言だけ言ってから話の続きを促す。

 

「この一年。もう少しあるが、それでも君はここを拠点に魔法師社会に『風』を行き渡らせてきた。

 良かれ悪しかれ、その風は全ての人間を『変えてきたのだろう』。さて―――今回の文化祭と、何か繋がりはあるのかね?」

 

「特にはないですね。ウチのビッグ・ボスには、企画段階で大それたことを言いましたが、ただ単に自分が楽しんでお客さんも楽しめただけですね」

 

 

 片眼を瞑りながらおどけて言っておく。

 

 確かに最初は、結構大それた、誇大なものがあったはずだが、終わってみれば奏でようとしたものなど、遠くの彼方だ。

 

 けれど目的としていたものが、『良かったもの』かどうかというのは少し違う。

 

 終わってみれば、『こっちで良かったな。当初の目的など蛇足』となってしまった。

 

「別に俺は魔法師の社会が『普遍』(コモン)に傾くか『閉鎖』(ミステル)に傾くか、はたまた『学術的』(アカデミック)に傾くかには興味がないんですが―――とはいえ、長い人生なんだ。

『お祭り』という刺激があっても悪くないでしょ? 

『天秤の振れ』が一方にだけ偏って、その方向性にだけ突き進むなんてのは、『変化の拒絶』ですから。まぁ変化がないものは、『死んでる』のと同じですよ」

 

 答えになっているかどうかは分からない。と付け加えると、ジジイにとっては愉快なものだったようだ。

 

 

「いや、ありがとう。そう考えると……、いやここでは言わないほうがいいな。百山君から睨み殺さんばかりに眼を向けられている。ミス・カゲトラの酌もあまり功を奏していないぐらいに」

 

 なんやかんやと校長先生が還ってきたことで教職員の皆さんは酒を入れているが、生徒には飲ませていない。

 まぁ当たり前だが……そう言えば校長である百山 東氏はリーナのジイさんとも関わりが多かったとか何とか聴いたから『その辺り』のことなのだろう。

 

 

「システムを守るために肉親を見捨てた私には、(のち)を見守ることしか出来んな。何か手助け出来ることがあれば遠慮なく言え。ロード・トオサカ」

「とりあえず今のところはないかと。あれば老骨に鞭打たせてもらいますよ。マイスター・クドウ」

 

 

 老人虐待。と小さく響子からツッコミを入れられつつ、その後ろ姿――――

 

 

 

 

 リーナママから送られてきただろう『ステラ・アンジェ』の法被を着込んで推しメン団扇を手にした九島烈を見送るのだった……。

 

 それを見て先程から会話に参加せず真っ赤になって顔を覆っていたリーナを宥めるように髪を撫でながら、とりあえず腹ごなしにするのだった。

 

 祭りは終わり、2095年も残り僅かな月日を残しながら、その間の出来事は――――もう少しだけ続き、その間に3つの国は、極東に『魔術師』を派遣することを決めていき、そして中国大陸の騒乱は混迷を極めていく―――。

 

 

 



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美少女と野獣編―――聖なる夜に祝福を―――。
第199話『聖夜異変―――Ⅰ』


というわけで来訪者編に入る前の幕間。

文庫化されていないweb版における話。レオ短編『美少女と野獣』佐島先生のオフィシャルサイトの『暗殺計画短編』を下敷きにした話をお届けします。

こういう隙間を突いたような話をやりたがるのは悪いクセだと理解していてもやりたい。そういう心地。

季節感も何もあったものではない。ですが、まぁ読んでいただければ幸いです。

ただユーザーの中にどれだけレオ短編を知っている人間がいるか、戦々恐々というのもあります(苦笑)




 彼是と説明をしたが、最終的にそれがどういう話を理解したことで女は叫びだした。

 

 当然の反応を受けても雇われの辛い立場に理解を示してもらうべく、さらに説得工作を講じる。

 

「とにかくイヤなものはイヤよ!! こんなことパワハラ・セクハラ以外のなんでも無いじゃない!!」

 

「ただ単に酒宴の席で、酌をしてくれるだけでいいんだ。それすらダメなのか夕姫?」

 

「ダメです」

 

 その言葉にマネージャーである男はがっくり項垂れる。自分とて当たり前のごとく乗り気ではない。

 

 だが、芸能の世界の悪習にして悪臭漂うことの一つ。即ち『枕営業』という話がプロダクションの社長より舞い降りてきたのだ。

 こういったことが無いわけではないのが恐ろしい世界だ。

 

 まだデビューしたて、もしくはする前のシンガーが売れるための戦略の一つ。

 プロダクションの関係者……レコード会社、テレビ局、ネット配信の大手サイト、音楽協会の重鎮……etc。の『会合』『宴席』『接待』に参加させることである。

 

 こういったところに彼等・彼女等をイベントコンパニオンも同然に出席させて『顔を売る』。

 ようは見目麗しい、もしくはそれ以外でも話し上手な子に『酌』をさせることで、そういった『金主』にいい気分になってもらい、財布の紐を緩めさせる。

 

 そういうことは往々にして廃れない悪習である。当たり前のごとくセクハラの類も同然であり、それが未成年者であっても行われていた時代もあったのだから恐ろしい。

 

 そして―――宇佐美夕姫は当然のごとく『未成年』であった。『どういう意味』かはお察しである。

 

「危険はない。二人っきりにもさせない。それでもダメか?」

 

 差し向かいで、それなりに上質なソファーにお互いに腰掛ける夕姫とマネージャーは、平行線であった。

 

「その酌をするだけの相手というのが、グラビアアイドルや他のCGドールの子と「身体の関係」にある、なんて噂が流れていれば真っ黒でしょ!! アンタが止められるの!? 『アキラ』!!」

 

「なるだけ善処はする。お前が魔法大学付属で見て、やりたいと言っていた『エア・キャリア』―――『クロウィック・カナベール』を扱うにはお金が必要なんだ……」

 

「千秋ちゃんたちならば、協力してくれるもの!!」

 

「それじゃダメなんだよ……その魔法大学付属のライブは多くの芸能関係者を悩ませているんだ……」

 

 苦悩の色を出すしか無いマネージャーだが、それは芸事をすることで、お金をいただく全ての『芸人』に対する侮辱だろう。

 

 結局の所、魔法科高校……マネージャーとは違い、もはやこっちの方が通りがいいと思って夕姫は使っている。

 そこでの音楽祭ともアマチュアライブとも、まぁ歌うたいのステージが、今のネット界隈でのムーヴメントとなっているのだ。

 

 世間一般の魔法師の評価は、良くも悪くも『分からない』ということが多い。

 というよりも、閉鎖的すぎて何をやっているのかも定かではないというのが大方の意見なのだ。

 

 官公庁や芸能の世界というのは、隠そうとしても漏れ出るものがあったりするのだが、偏執的なまでに情報統制を敷いて、その上で現代社会にある存在。

 

 在り方としてはマフィアに近い。しかも政府主導で作られた『デミヒューマン』というのが徒党を組んでいるのだからたちが悪い―――とする人間が多いのが実情。

 正直言えば、九校戦や魔法運動競技などを見て、それだけで魔法師に対する好印象が出来上がるかといえば違っていた。

 

 そう―――『昨今』までは……! 

 

「一高主催のマジックライブ……魔法という『演出技法』を用いて『幻想』のステージを作り上げた彼等の『力』は、旧来の芸能関係者にとっては脅威だよ。

 もちろん……夕姫の言うように魔法技師などに協力を求めるのも吝かではないけど―――それ以上に、『純正の魔法師』が芸能活動に興じれば―――『キミの存在意義』が薄れてしまうんだ……!」

 

 分かってくれるはずだ。

 

 宇佐美夕姫のマネージャーである『尾上 アキラ』は、真摯な口振りで、深刻そうなポーズ、即ち苦悩を滲ませながら頭を垂れる―――そんなことまでやってから十分に時間を置き―――顔を上げた。

 

 この間、一言も声を発していないことから『ユウキ』も納得してくれたのだろう。そう考えていたのだが……。

 

「顔を上げるとそこは無人だった―――か―――」

 

 いつも通りの芸能事務所と、オフィスの半々の壁の様子と無人のソファーを見て、嘆息含めて一言。

 

 沈黙。

 沈黙。

 

 さらに沈黙を経てからアキラは……。

 

「ユ、ユウキ―――!!!! お、追え―――!! ウチの看板アイドルが逃げ出した――!!」

 

「何であれで、説得できると思ったんですか?」

 

「無理だとしてもさ! ユウキが乱暴狼藉されそうになったところで、『べべん!!』と脂ぎったあのレコード会社の専務とやらをはっ倒すぐらいのことは考えていたのさ!! 

 コレ以上のことは、警察及び関係各所に通達するぞとかいうツラネ叩きつきでさ―――」

 

「ユウキさんも可哀想に、こんなザンネンすぎる情けない男が兄貴分だなんて」

 

「うるさいよ!! とりあえず俺は弓場社長に連絡を取る。お前たちはユウキを捕まえてくれ。手荒にはするなよ!」

 

「はいはい」

 

 紳士服を着込んだ20歳ほどの男性が端末を手に連絡をするのとは別に、黒服を着た、いかにも堅気ではありませんを装う事務所タレントのガード数人は事務所の外に出ていく。

 

 時刻は既に10時に至ろうとして、尚且つ、今日は聖なる夜。恋人たちにとっての色々と特別な日に―――。

 

(((何をやっているんだろう。(オレ)たち……)))

 

 そんな気分を催す程度には、色々と考えてしまうのだった。

 

 雪も徐々にちらつく東京の夜。レトロな言い方をすればミッドナイトTOKYO。

 

 多くの人が行き交う街で、また一つの運命……どこにでもありそうな物語が――――幕を開けようとしていた。

 

 

 ☆

 ☆

 ☆

 ☆

 

 フェアウェルパーティの名を借りたクリスマスパーティ――というのは彼の主観だが――の後、レオはほろ酔い気分で街のざわめきに身を委ねていた。

 アルコールに酔っているのではない。そもそもパーティではソフトドリンクしか出ていないのだから、そういう意味では酔いようがない。

 

 彼を酔わせたのは、雰囲気。

 他愛もないお喋りと、どうということもないチョッとした笑顔。

 何の問題もない、平凡な日常。

 

(たまには悪くねーかな、こういうのも)

 

 怯えた目で見られるのではなく、蔑みの眼差しを向けられることもなく、拒絶の視線を浴びせられることもない、独りではない空間。

 

 自分があの友人たちに心を許していると自覚して、レオは今更のように意外感を覚えた。

 一年前には思ってもみなかったことだ。

 去年のクリスマスイブにもこうして街を彷徨っていたはずだが、一年前の自分が何を考えていたのか、レオは思い出すことが出来なかった。

 

 想像するのも、難しかった。

 

(……高校に行くとか行かないとかで、姉貴と揉めていたような気もするなぁ……)

 

 一応受験勉強はしていたが、高校に行きたいという気持ちは余り無かった。

 友達が行くから自分も、という感覚も希薄だった。

 

 そもそも中学時代の友人に合わせるのであれば、魔法科高校ではなく体育科高校に進学していた。

 

 高等教育の多様化の一環として、今では警察の内部にも国防軍の内部にも、高校に該当する教育機関が設けられており、中学卒業で早々に進路を決めた少年たちを受け容れている(残念ながら、男子限定だ)。年が明けるまで、レオはそちらへ進むことも考えていた。

 

 無事、第一高校に合格してからも、高校生活に期待はしていなかった。

 入学式の、翌日までは。

 

(考えてみりゃ、あれがターニング・ポイントだったな)

 

 運命の出会い、という言葉は気恥ずかしさが無意識に作用して思考からフィルタリングしていたが、レオの感じているものを正確に表現するなら、やはり「運命の出会い」となるだろう。

 授業という用途にすら必須ではない、単なる情報端末の置き場所としての教室で、五十音順という単純な偶然の賜物として席が前後になった同級生。

 あの偶然がなければ、彼の高校生活もこれほど波乱に富んだものにはならなかっただろう。

 

 そこから始まった多くの出会い。むずかしい言葉を使うならば『邂逅』してしまった運命。

 

 平穏を望んでいたわけではない。むしろそういった事からは遠いのがレオの『生まれ』だ。ただ求めていないわけではなかった。

 地元の女の子と結婚して、運命の一つ(遠坂 刹那)が語るご近所の任侠もの『藤村組』のように『西城組』を復興させても良かったかも知れない。

 

 だが、魔法科高校に入学したことからしても、結局、レオもまた乱世の人間であった。

 

(平穏を望みながら、心の底では波乱を求めていたのかも知れねぇな)

 

 色々言えるが、自由を求めて国を脱出した祖父のダイナミックな血が色濃く流れているのだ。

 

 でなければ、現在のような立場にいるわけがないのだから。

 

 山岳部三年の追い出しコンパを終えて街中で一息を突いていた西城レオンハルトは、粉雪舞う世界にセンチメンタルになっている自分を自覚して―――歩き出した。

 

 男のおセンチな表情は好きな女の前でだけやれ。などとケンカ友達の女子から言われそうなものだろう。

 

 そんな彼女とは、最近は少しヘンな距離感を覚えることもある。

 

 その原因は――――。

 

 などと考えていると原因である女子からの連絡が来た。

 

 通行人の邪魔にならないように歩道から外れて並木の間にあるガードレールを背にして確認。

 端末に入ったメッセージは――――。

 

『XYZ 助けて!! 悪い人に追われてるの!!』……喫緊なのか、それともフザケているのかは分からないが。

 

 ともあれ今の気分を払拭するにはいいだろうとして、寄りかかっていたガードレールから離れて、宇佐美夕姫の発信場所に向かう―――。

 

 向かおうとした時にすれ違う三人の『少年少女』。

 

 この『クリスマスの日』には『普通の格好』の少年少女だが、何となく眼を惹いた。

 

 その少年少女が―――今どき見ないようなパンクゴスロリの服装とレザーの赤ジャケットに鉢巻と、どこのストリートファイターと言わんばかりで―――極めつけは……。

 

(男の娘も許される。それが聖夜か)

 

 一番、女子らしい格好をした男子に最後の感想を出し、それらに対する興味を失せさせて、レオは走り出した。

 

 

 ☆

 ☆

 ☆

 

「まっかなお鼻のトナカイさんは〜いっつもみんなの〜わ〜らいもの〜〜♪」

 

 姉の調子外れの歌を聴きながら、弟としては先程すれ違った自分とは段違いに筋肉質の男が気になっていた。

 

 あの人は確か、『従兄』のクラスメイトにして九亜たちの恩人だった人間。西城レオンハルトだったはず。

 こちらは知っているが、あちらは知らない。それだけだが、都内に来ればというわけではないが、合縁奇縁というものを感じざるを得ないものだった。

 

「この聖夜の夜に惨めで哀れなクリスマスシングルを連れ出して、汚れ仕事とは……お前ら的にはアリなの?」

 

「父さんは、家族団らんを邪魔されたとして御当主様を恨んでいる節もあるけれど、都内に来れたことは一種のご褒美だと思うよ」

「ご家中の事に関しては、そちらでご解決を」

 

 白けた顔で返すも、苦笑するだけの雇い主に暖簾に腕押しだった。

 

「ヒドイ、まぁ早めに片付けてさっさと司波家に赴くのもありだと思うんだ」

 

 この聖夜にクリスマスシングルなど、『絶対にありえない』あの兄妹の所に行くなどお邪魔虫ではないだろうかと思う『榛 ユキ』の考えとは裏腹に、完璧な女装をした『黒羽文弥』にとっては既定路線なのだった。

 

 そんな津々と降りつづける雪の中を歩いていた一団。

 先頭で赤鼻のトナカイを歌っていた『ヨル』は、後ろに居た2人に振り返り告げる。

 

「そろそろ無駄なおしゃべりはやめておきましょう。It's Time to Work.というところですからね」

 

 今回の仕事。それは単純に言えば『政治』の世界と関わり多い『芸能界』に対する綱紀粛正であった。

 

 セレスアート社長。弓場大作(ゆば だいさく)。調整体魔法師『■』シリーズを作った研究所の理事であり、現在は芸能プロダクションの社長をしながらも、かつての調整体たちを芸能の世界に売り出している。

 

 それだけならばいいのだが。この調整体というものが作られた目的と、その作業進捗が芳しくないというのが問題だった。

 外部の協力者、アウトソーシングの雇われたるユキはともかくとして、黒羽の双子は、この命令が恐らく四葉の『出資者』ないし、その上位たる『存在』から出されているのを薄々感じていた。

 

(まぁどうでもいいでしょう)

 

 そんな愚劇を察してか、当主も双子が慕っている兄妹がいる都内に派遣して『終われば好きにしてどうぞ』と言ってくれたのだ。

 

 定宿たる都内のホテルではなく、司波家に行くのもどうぞという言葉はそういうことだ。

 

 そして予定通り。コミューターや様々な交通機関を使って目的地。

 

 古式ゆかしい料亭。多くの金主から資金提供させてもらっているだろうところにて―――血溜まりの池を目撃するのだった。

 踏み込んだ料亭の奥座敷。いわゆる『疚しいこと』をするのにうってつけの場所。

 

 そこで既に事切れている『弓場大作』の姿と、調整体魔法師を買った『レコード会社の専務』の姿を目撃した。

 

 なにが―――。

 

 踏み込んだ三人が瞠目するぐらいには異常事態。予想していなかったわけではない。だから、すべてが手遅れとなるのだった。

 

『アンタ達が、こいつらの『接待相手』? ……じゃあないね。まぁ『南無阿弥陀仏』―――目撃者は殺せってお達しなんだ!! 極楽浄土はいいところらしいぜ!!!』

 

 瞬間、どこから響いたか分からないが、告げられた言葉で室内に『入り込む』『割り込む』銃弾の乱舞。

 ただの銃弾程度ならば、『魔法師』として鍛えてきた自分たちならばなんとでもなる。

 

 そんな自信を、奥座敷と一緒に木っ端にされた上で撤退をするしかなくなったのだ。

 

 血まみれの身体を引きずって、黒羽の姉弟が言うナンバーに掛けるユキ。

 

 

 2095年東京都。12月 冬。天気は雪。

 

 多くの人にとって聖夜の夜に場違いな『Witch on the Holy night』が、幕を開けるのだった……。

 

 



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第200話『聖夜異変―――Ⅱ』

明日はバンアレン帯ならぬバレンタイン(爆)

なのに送る話はクリスマスの話だとか季節感ガン無視です。しょ、しょうがないんだ。

レオの話はクリスマスなんだから。というわけで新話お送りします。


2095年東京都。12月 冬。天気は雪。

 

多くの人にとって聖夜の夜に場違いな『Witch on the Holy night』が、幕を開けるのだった……。

 

そんな中―――。

 

「ふふふ。来年のサンタ枠は確定的に明らかな私にこのような衣装を着せるとは、マスターはとんだ助平ですね」

 

「俺は何も言うとりませんが!?」

 

「しかもサンタになったことで、ランサーからセイバーに霊基が変更されたような感覚まで覚えます。

というわけで―――赤鼻の馴鹿(となかい)をちょっくら見繕いたい次第」

 

その言葉に、主人とは違いちっちゃいままの白馬、放生月毛が『ショボーン』という顔を見せている。トナカイ役ぐらいやってやらぁ!という気持ちを無にされたのだ。しょうがない。

 

『ヒドイっすお虎様! こうなれば、ブケファラスさん、セングレンさん、赤兎馬(りょふ)さんと一緒にヤケ人参するっす!! 別世界から『ななこ』さんとかいう自分と同じ角付きが――――』

 

ショボーンの裏でのアグレッシブすぎる心の声を何故か刹那は受信してしまった。

 

受信してしまったので仕方なく、煮ていたキャロットグラッセに少しの変化をしてからキャロットスープを餌箱に満たしてあげるのだった。

 

『うぉおん。マスターありがとうございまーす!! 我が身に染み入る人参の味が、我が白毛を赤色に変える!! 私も霊基再臨をして、赤兎馬(りょふ)さんのように、(うま)型ユニットに変わりますぅうう!!』

 

涙を流しながらキャロットグラッセを添えたキャロットスープを飲む戦国の名馬。

 

ナンカ色々とカオスすぎる様子に苦笑してからリーナが声を掛けてきた。

 

「ワァ。セツナ―――!! 外を見て!! スノーよ♪」

 

「おおっ。いつの間に、ホワイトクリスマスだな」

 

この世界的寒冷化を体験した時代では、寒気というのは忌むべきものの一つだが、降り積もろうとする粉雪の美しさは誰もの眼を楽しませる。

 

ミニスカサンタドレス。クリスマスリースとベルの混合のアクセントアクセサリを着けた衣装は、カゲトラと同系統のものだ。

 

世の中の男どもが血の涙を流しそうな、美女と美少女とのクリスマスイブの時間を過ごしていたのだが―――。

 

魔術師の聖夜が、そのままに時を終えるわけがなかったのだ。

 

このしずやかな夜。リーナがいる縁側近くに行き、外の様子を見た瞬間に、少しだけ『感じる』のだった。

 

リーナも敏感に『何か』を感じ取り、少し身体を強張らせたが、それを安堵させるようにリーナのむき出しの肩をそっと触れてから抱き寄せつつ―――何事もありませんように、と願うも……。

 

「もうっ。ワタシが魅力的なレディであることは解るけど、少しハヤイわよ♪♪」

 

「今日は私もマスターに『特別な魔力供給』を受けたい気持ちです!! 魔力が足りないのです!!」

 

そんな提案で刹那の気遣いは無に帰するのだった。

 

「聖夜を性夜に変えるほどの3Pだなんて、セツナはやっぱりエミヤシロウの息子(サン)なのね。

ちゃんと女の子にはやさしくネ♪」

 

その言葉に少し驚愕。如何に人外の使い魔とはいえ、何か、恋敵とは対応が違いすぎではないだろうか。

 

そんな疑問をぶつける。

 

「リーナとしてはお虎と俺が致しても構わない一方で、アイリには敵愾心バリバリなんだよな。どういう違い?」

 

「ドーゾクケンオなのよね。磁石(マグネット)も同極同士が反発するように、アレとは相容れないのよ」

 

成る程。まぁそれでも、名家の令嬢であることを誇りに思うアイリと力こそパワーなリーナとでは、相容れざるものもあるのだろう。

 

そもそもフランス人とアメリカ人とでは、微妙な関係性になる。

 

「ふふふ。流石はリーナ。話が解る女は粋でいなせなイイ女。尾張のうつけも洛中洛外図屏風を送ってくれるなんて粋な計らいをしてくれましたからねぇ」

 

言いながら刹那の背中にしなだれるお虎。狩野永徳の屏風でもあるまいし、寄りかからないで欲しいのだが。

 

そんなこんなで2人の年齢の違う女(どちらも美が付く)の接近にイケない想いを抱いてしまう刹那は、酔っているのかも知れない。

 

いかん。落ち着け。冷静になれ。こういうときこそCOOLに、COOLになるんだ!!

 

「セツナ……」

 

「マスター……」

 

リーナはともかくとして景虎は、確実に状況に流されているだけだろうに……しかし、今日はクリスマスイブ。

 

聖なる夜ならば、なんでも許される。

繰り返される■日■でも、オヤジもサーヴァントを交えて3Pやっていたり―――。

 

瞬間、ノイズが走り、ああ、それは『無かったこと』なんだなと気付いて考えを破却すると―――コールが鳴り響く。

 

端末から響く音で相手が誰かを解る。こんな日、こんな時間には聴きたくはなかったが、火急なのだろう。

 

何度も鳴り響いて端末のスイッチを押す。

 

「達也か?」

 

『夜分にすまないな。ついでに言えば、リーナと景虎さんと『致す』寸前だったら更にすまない』

 

「問題なく。もう少しで流されるところだったがな」

 

『それは問題無しとしていいのだろうかな……。まぁともあれ緊急事態なんだ』

 

「ソレはどれぐらい緊急の事態(エマージェンシー)ナノかしら?」

 

端末の通話口に割り込んできたリーナの言葉。明らかに苛立っていることは、電話口の向こうにいる達也にも伝わっただろう。

 

同時に、景虎が気を利かせたのか、キャビネットから中継ニュースを流しているものを着けた。

 

『お前たちが今どんな『状態』なのかは知らないが、キャビネットを着ければ解るはずだ。全テレビ局の報道局が詰め掛けているからな』

 

見ると『赤坂の料亭』なんて言葉が似合いそうな場所がガス爆発だか火事だかで大騒ぎ。そんな様子だった。

 

この時代でもテレビ局が野次馬も同然に事件現場に駆けつけるのは当たり前らしく、けたたましいサイレンや消防隊のレスキューなどの音ありでも聞こえる声とアナウンサーの説明によると、今から1時間前の話らしい。

 

『詳しいことは、こっちに来てから説明したいんだが、緊急の度合いを伝えることだけを言っておこう。

―――下手人は『サーヴァント』の類と思われる。

『ウチの手の者』が、怪我をさせられたんだ。それも、死ぬほどのな……』

 

受話器越しに少しの怒りを感じる。ここまで不測の事態に対して、何も手を打てなかったことに、無力感を感じているのだろう。

 

歯軋りの音を聴いた気がするぐらいに、今の達也は平常ではないようだ。

 

「容態のほどは?」

 

『大まかな怪我は治ったんだが、穿たれた『銃創』が『再生』しきらないんだ……。血液も補充しているが、留めるのも厳しい状況だ』

 

「ありったけのお湯を沸かしておけ。それと銀食器とロウソク。科学塩。ないならば、水塩を作っておけ。お前はその患者の命を繋ぎ止めることに集中しておくんだ。いいな達也。直ぐに向かう――――」

 

俯いているだろう達也に指示を出しておきながら、その間にもリーナと景虎は、外出の支度を終えていた。

 

通話を切ってから『専門家』に一応の連絡を着けておく。

 

その間にも刹那が手を動かさずとも支度は済んでしまう。

 

「イッツアオールオッケーよ!!」

 

手早く着替えを終えたリーナは、蒼色のコートを羽織り、魔術礼装も完備している。

 

魔術鞄たる四次元トランクを手に持ち、聖骸布のコートを羽織り―――雪降る東京の街に出ることにしたのだった。

 

『どうやらかなりの事態のようだね。ロマニの所からパナケアとドルイドの秘薬をかっぱらってきたぞ!!

存分に使い給え!!』

 

薄い緑色の液体が満たされた瓶を2本持って帰ってきた魔法の杖に『サンクス!!』と言いながら、ブルームフォームを取らせる。

 

同時に、『ギリシャ火』という『推進機』を着けて速度アップを測る。

 

「隠形の維持は任せたぞ!」

 

「マッカセナサーイ♪ 大船(バトルシップ)に乗ったつもりでいなさいヨ♪ 舳先で抱き合うジャックとローズのようにシバハウスに向かうわよ!!」

 

沈没不可避(タイタニック)!?」

 

ともあれ、味気ない飛行魔法で飛んでいくよりは、まだ恋人たちらしい密着をしながらの飛行のほうがいいとして、刹那とリーナはウィッチーズブルーム(魔女の箒)に跨りながら司波邸に向かうのだった……。

 

 

「キャー!! タツヤとミユキの一大事で不謹慎(フキンシン)かもしれないけど!! サンタクロースの気分だワ――!!」

 

「メエェエエエリィイイイクリスマ―――ス!!!」

 

『クリスマスといえばカルデアでも定番の行事だった!!

アルトリア・オルタ・サンタにジャンヌ・オルタのリリィのサンタ(長っ)、人理を取り戻す旅にも息抜きは必要だったのだ―――!!!』

 

今年(2020年)(?)のサンタサーヴァントの座は、越後のドラゴンアイドル『長尾景虎』が貰った―――!!」

 

『ご主人! ドラゴンの気持ちになるですよ』(CV 久○美咲)

 

その箒から『ゴー!!』という擬音が付くだろう勢いの火を吹かす行為が、東京の夜空に赤の流星の尾を引きながらというおまけ付きだが……ともあれ5分で達也たちのもとに、やかましい一団は到着するのだった。

 

 

「ありがとうレオ。すっごく助かっちゃった♪」

「そりゃいいんだけどよ。あの人ら、本当に心配している様子だったぜ?」

「いいのよ!! 気にしなーい気にしなーい」

 

シティーハンターよろしく依頼(?)を受けてレオが向かった先に、確かに宇佐美夕姫はいた。

 

だが夕姫が言うところの『悪い人』とやらは……。

 

『宇佐美さん。気持ちは解るけど、とりあえず社長に談判を―――』

 

などと、少しばかり情実を持って懇々と説得している黒服の人間たちであった。

とはいえ、宇佐美にとっては嫌な話らしく、とりあえずその腕をつかんだ説得を辞めさせるべく声をかけた。

 

『そこまでにしておきな。嫌がってるじゃねえか』

 

『レオ!!!』

 

SPやボディガードの類にも見える人間だったが、夕姫に声を掛けた瞬間、喜色満面になる夕姫とは違い、面構えを一変させる黒服達。

 

『あぁ? 子供は引っ込んでろ!!!』

 

と定型通りの常套句。

 

こちらに対してチンピラな対応をしてくれた上に、殴りかかって来たので、まぁ鎧袖一触。

魔法無しでも体術の類に優れたレオの拳は、手加減した上で黒服たちに叩き込まれるのだった。

 

その後は、いまのように腕に腕を絡め取られて(感触は悪くない)夕姫と連れ立って歩くのだった。

 

そんな恋人ではないが、まぁそれなりに友人……というには、まだ一ヶ月も経っていない関係。アーネンエルベに行けば高確率で会える他校の知人になってしまっているのだが―――。

 

これはどうなんだという想いをしながらも、夕姫は嬉しそうだった。

 

『夕姫さん―――いえ、『月兎のお嬢』!! も、戻ってきてください!! 蓬莱の玉の枝でもなんでも、あげますか―――』

 

『行こっ! こんな人達、無視していいから。未成年者略取誘拐罪で捕まればいいのよ』

 

などと必死で畏まったことを言う黒服達(五体投地状態)を背に街へと繰り出すのだった。

 

そして、当たり前のごとく追撃というかある種の追っかけっこになるという予想を崩す形で、現在に至る。

 

周りから見ればレオとユウキは、クリスマスデートを楽しむカップルであろうが、内実は少々どころかかなり違う。

 

まぁ美少女に抱きつかれて嫌な人間ではないが、それでも明確な男としての『好意』を抱けていないのに、こうもアタックされると少し変な気分だ。

 

(多少は刹那の気持ちも分かるような気はするな……多少だが)

 

そこで複数の女子と交際しても修羅場にならないだけの気の回し方が出来る人間ではないから、一人を愛する。

 

そういうことだろう。

 

「まさかクリスマスの夜にレオと出会えるなんて、これはもはや運命。デスティニープランと言わざるを得ないね♪」

 

「お前が呼び出したんだろうが、仕組まれ過ぎな運命だろ?」

 

先程まで友人とのあれこれで『運命』を考えていただけに、安っぽい使い方は少々噛みつかざるをえない。

 

だが見上げてくる夕姫の赤く染まった顔は揺るがない。

 

「それでもさ―――来てくれたから、すごく嬉しいんだよ。私は」

 

言葉と同時に少しだけきつくレオの腕に腕を絡ませる夕姫。刹那が評した通り、確かに男ならば、どうにか関心を惹きたくなること間違いないモテカワな子だ。

 

しかし、その一方で不安があったと思える……心細さも感じる。『Take me』と言われれば抗しようがないかもしれない。

 

「まぁ助けられてよかったとは思うさ」

 

「また助けられちゃったね。お礼としてご飯奢ってあげるよ」

 

「いや、もう帰るところだったんだけど」

 

「じゃあ私がお礼ということで、レオの家に持ち帰られちゃうよ♪」

 

逃げ道がねぇ。観念してイタメシ屋。そこそこにレベルの高い店に入ることにするのだった。

 

「流石に遠坂さんレベルじゃないけど、ここも結構な美味しい店だよ。おすすめは―――今日はクリスマスだからか、メニューが特製のフェットチーネとリゾットだけだ」

 

「だがクリスマスオーダーか。悪くはないんじゃないか」

 

財布の中身(電子マネー)には、お互いに余裕はある。確認しあってから腹の音が鳴り響く。

よって寒空の下から温かい店内へと向かおうとした時に―――。

 

「うわぁ。流れ星だ……」

 

「あー……まぁ流れ星だな……」

 

赤い尾を引く流れ星。そして上空からでも感じるサイオンの発露に、誰であるかを悟ってしまう。

 

『姿』は見えない。というか、ほとんどの人間は『赤い尾』すら見えないはず。

だが、レオと同じものを見ている宇佐美夕姫に対して少しの疑念を覚えるのだった。

 

まぁ『流れ星』に願いを唱える真剣な彼女の前では、野暮天であるのは確実なのだから。

 

たとえその願いが―――。

 

『レオで処女卒業 レオで処女卒業 レオで――ああ、消えないで―!!』

 

不純極まりなく自分のDTを狙い撃ちにしたものとはいえ、言わぬが花である。

 

 

『『『『ここがあの女のハウスね』』』』

 

「よし入れ」

 

まさか玄関口で待っていたとは予想外であったが、電子ロックが外れ、セキュリティ上『安全』と判断されたことで入った司波邸は、この時代としては一般的な『日本家屋』であった。

 

「言われたものは用意してある。患者は三人。重傷2人に軽傷1人だ」

 

「確認させてもらう―――」

 

達也の先導で入ったリビングには、三人ほどの人間が安静状態であった。

 

(重傷なのは、こっちの少年と少女。そして軽傷は、こっちの女性か)

 

一目で確認し終えると、トランクから道具を出しておく。

 

「リーナは、そっちの女の子診て、俺はこっちの少年診るから」

 

『軽傷だろうが、キミも診察を受けておくべきだ。虚勢を張っても意味はない』

 

その言葉で腕を押さえていた女性が観念して、腕を魔法の杖に見せていた。

 

奇々怪々すぎる現象だろうが、それでもダ・ヴィンチの強い言葉にそれを止めたのだろう。

 

「すみませんね。恋人同士のひとときを邪魔してしまって……」

 

「死にそうなヤツがいて、友人が助けてくれというならば、疾く翔けるべきだ。打算だけで付き合うような関係は、友情とは無縁だな」

 

無理やり作った笑み。無理して起き上がろうとする黒髪の少年をそっと押し留めながら、患部、銃創の位置を診る。

 

深い。同時に打ち込まれた『弾』そのものも随分と根が深いものだ。

 

瞳孔観察をする医者のごとく、銃創の位置にペンライトを当てることで魔力の反応などを確認。打ち込まれたものが呪弾で概念武装の類であると確認出来た。

 

「セツナ、コッチの娘は身体に残る弾丸(バレット)七つ(Seven)。穿たれた銃創は、21箇所(Twenty one)

 

「分かった。早めに処置しよう。先ずは外科的処置からだな。ランサー、彼らの身体から『銃弾の摘出』を」

 

「心得ました」

 

こういう時にサーヴァントの並外れた身体感覚は役立つ。

 

景虎ではなく『ランサー』と呼ばれたことで、お虎はすぐさま戦に向かう心構えで細長い針を持つ。

 

本当に細い細い針であり、光の下でなければ見えないものだろう。

 

深雪に湯桶を持ってくるように言う。

 

正面から見る少年―――黒羽文弥は、まさかこんな原始的な治療だとは思わなかったことで、眼を瞑り痛くないように―――と少しの恐怖を覚えていたのだが―――。

 

「―――火縄銃の『弾丸』ですね。これは―――」

 

「ランサー、コッチもオネガイ!」

 

「承知」

 

その言葉で―――身を苛んでいた痛みの大半が取れたことを認識。

 

眼を瞑っていること10秒も無かったはずだが、その間に―――摘出された弾丸15発は文弥の横に転がっていた。

 

「よく頑張ったな文弥。偉いぞ」

 

「た、達也兄さん……」

 

注射を我慢していた子供をあやすかのような従兄の言葉と笑顔に、気恥かしさを覚える。

 

それで何となくそっぽを向くように、横を見ると自分と同じく眼を瞑っていた双子の姉『亜夜子』の身体から、瞬く間に身から弾丸を針で摘出しての作業を見るのだった。

 

血しぶき一つ、肉片一つもない見事な摘出作業は、一流の外科医でも到達するのにどれくらいかかるか分からぬ手際。

 

しかも衛生を考えて、深雪が沸かしたお湯に一回一回着け直すのだから、並大抵の修練ではあるまい。

 

針の輝きたる黄金の輝線と白銀の髪をまとめた姿に、神仏の後光を見たような気がする……。

 

「達也、弾丸から発していた呪いの解呪を行うから―――お前がやってみろ」

 

「俺が?」

 

「コノ子たちはタツヤの親戚なんでしょ? ディスペルに最適なのは、ファミリーの想い(エモーション)だからネ」

 

遠坂刹那とアンジェリーナ・シールズの言葉に、少しだけ安堵する自分がいた。

サポート付きとはいえ、自分が信じている魔法師にやってもらった方が安心するのは、当然なのだから。

 

(気遣ってもらったってことなんだろうな)

 

そう感想を出していたのだが。

 

解呪の際に……。

 

「達也さん。亜夜子に掛けられた呪いを解くために、その力を使って私を白雪姫のように救ってください―――!!」

 

「原典の白雪姫ね。亜夜子さん―――ほりゃあああ!!!」

 

「べぶっ!!」

 

『コラコラ、怪我人なんだから丁重に扱うんだよ。それとミユキ君、キャラを考えた言動を』

 

荒いが、それでもサイオンの『物理的な波動』で亜夜子の呪いは外れたのだから、魔法の杖も強くは言っていない。

 

ユキの方も腕に集中していた呪いを解かれたようで何よりだ。

 

「あとは普通にお前さんの『魔法』で癒やしてやれ。どうしても不安ならば、こっちに塗り薬もあるからな」

 

「パナケアか。助かる」

 

「アナタもだ。その『腕』は仕事道具なんだろ。自愛しておけ」

 

その言葉で、あまり話に加わっていなかったが、それでも気を使われていたユキがぶっきらぼうに拒否してくるも……。

 

「重傷なのは、文弥と亜夜子なんだ。アタシにまで使わなくても―――」

 

その言葉を遮るように、リーナは年上だろうが、ユキこと『榛 有希』の腕を取り、『軟膏』を着けた上でスパークの術式の応用で賦活を果たす。

 

「―――」

 

「ワタシのダーリンの言葉をムダにしないで」

 

その言葉。ユキの眼をみながら力強く言うリーナに気圧されたのか、とりあえず治療を受けるつもりは出来たようだ。

 

―――全員の治療が完了したのはおよそ20分後。

 

起き上がっても異常がないことを確認するのに30秒。

 

そして全員に深雪が淹れたコーヒーが行き渡るまで40秒。

 

リビングのソファーに腰掛けて―――四葉の関係者全員を眼に入れながら口を開く。

 

「さて、話を聞こう―――どんな事件(case.)だ?」

 

その言葉、ロード・エルメロイ2世に通じるものであり、言われた全員が緊張をしてしまうぐらいには『意』を持ったものである……。

 

―――聖夜の事件の解決は、1人の魔術師の手に委ねられたのだ。

 



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第201話『聖夜異変―――Ⅲ』

「おや? あそこにいるのは西城君と確か……」

 

「ラ・フォンの女子、宇佐美といったか。あからさまな程に西城に気がある様子だったが、まさかクリスマスデートをするとはな」

 

「積極的な女子には男子はやっぱり弱いのかしら?」

 

「……人それぞれじゃないかな?」

 

「自分を棚に上げない!!」

 

克人が抱いていた内心の葛藤は完全に見破られてしまっていた。

 

ともあれ、街頭の大型スクリーンにも何か剣呑なことが都内で起こったことが告げられている。

 

近いわけではないが、それでも年ごろの娘を持つ身として『七草 弘一』からの帰宅メッセージが入っていたのが、現在の七草真由美の現状だった。

 

「ホームパーティを拒否してまで男とデートしていることが、いいものだとは思えないんだろう」

 

「自分だって胸元ぱっつん開いたドレスを着た女に誘われれば、ほっぽって出向くくせに」

 

むすーっとふくれっ面をする真由美。

 

苦笑しながら考えるに―――。大人になっても想える人がいる弘一が少しだけ羨ましい一方で、それで家族が不和になるのは、よろしくないことだろう。

 

克人としては、そんな反面教師を覚えつつも真由美を家まで送り届けようという男気だけは見せるのだった。

 

「送り狼にならないの?」

「なれる状況じゃないだろ」

 

向かうのが実家である以上、無理筋な話を覚えつつ……何気なく克人は、遠くの方から後輩を見ておき、帰宅の途につくのだった。

 

 

「そう―――あれは悪どい芸能の世界の風習を正すために、赤坂の料亭の一つに赴いた時のことでした……ホワンホワンホワンヨルヨル〜〜〜」

 

何故か回想シーンに入る前の常套句になりつつあるものを口にする黒羽亜夜子ちゃん。

奇しくも刹那としては『母の親友』と同じ音の名前に少しだけ親近感を持ちつつも、この子が着ているような服が似合わない人であったらしい。(母・談)

 

とはいえ、刹那が見てきた『美綴綾子」という女性は闊達な気風の良い女性であり、まぁ母の言うようなところは知らなかったわけだが。

 

そんな子の回想シーンが再生される。

 

 

雪が深々と降り積もる世界。雪の質が『重い』からなのか、それとも寒冷化のせいなのかは分からないが、それでも靴の裏に感じる雪の感触が足音を消し去ってくれる。

 

「ここの奥座敷にいる助平親父2人を熨して脅しつければいいわけか」

「そういうことだね。とはいえ、調整体の魔法師がいる場面だと複雑だから―――」

 

しかし、自分たちよりも先に此処に張っていた黒羽の手の者たちによると、保護対象の月シリーズは入っていないようだ。

 

料亭の周囲―――隠れられるスペースにて丁々発止の時間を待つ自分たちは、桜田門外の変の水戸藩士の気分になる。

 

もっとも『大老』が乗った『駕籠』を待つ性分ではないのだが。

 

「よし、それじゃ奥座敷に一気に『転移』しようか―――」

 

いつもどおりにそれを行うことにした文弥と亜夜子だが、それに対して『待った』を掛けられてしまう。

 

「ユキさん?」

「少し待った方がいい。いや、どちらにせよ手遅れかもしれん。血の匂いがする……」

 

運動能力と知覚能力を引き上げるタイプのブーステッドソルジャーである榛有希が感じたものは、既にターゲットが殺されたのではないかという話であった。

 

「どういうこと?」

 

「わかんねぇ。ただ嗅覚(はな)を突くんだよ。いい料理の匂いとたっかい酒の匂い、座敷芸者の化粧の匂いに混じって―――濃密な『血の匂い』がな」

 

文弥の強めの質問に対して、鼻を押さえながら有希は答えた。

その感覚を疑うわけではない。修羅巷の場数で言えば双子に比べれば有希の方が若干多いほどだ。

 

もちろん『質』の良し悪しもあるだろうが、ともあれその言葉を否定できるだけの根拠も無い2人としては、そうだとしても『死体』を確認しなければいけないのだ。

 

よって順番に『疑似空間転移』を行い、三人は竹藪の中から奥座敷を目指すのだった。

 

足音は当たり前のごとく立てない。草擦れの音すら聞こえなくする『消音』を施しながら、『縁側』から入り込む。

 

恐らく上客が月明かりを下に酒でも飲む場所だろうか。風雅な場所から暗殺者三人は、事前に手に入れていた奥座敷の間取り図から、ターゲットがいる『松月の間』にたどり着く。

 

ここまで来れば、2人も有希の言葉を否定できない。板間を音を立てずに走り抜けた自分たちの前の部屋から漂う死臭。

 

意を決して。障子戸を開け放ち踏み込む。これで抜刀した攘夷志士でもいれば、本格的に『幕末劇』の体であろう。

 

(((御用(あらため)である!!! 手向かいすれば容赦なく切り捨てる!!)))

 

三人の内心の思考が合致したが、大捕物の体ではない。

 

高級そうな座椅子に身体を預けて事切れている肥満体の男2人。人相は間違いなく、ターゲットのとおりだ。

 

死後硬直などを確認しようとしたが、その前に―――。

 

「ッ!!」

 

死体の周囲で滑りそうになる。よく見ると、2人から流れ出たと思しき血がちょっとした池を作っていたのだ。

 

出血箇所の特定などはまだだが、見える限りでは『眉間』に一発ずつ。それで、こんな出血量など……。

 

(魔法……なのか?)

 

だが、それは合理的ではない。人間は脳によって生きている存在だ。

 

心臓を動かす命令も、呼吸・視界の情報も全て『脳』あってこそ活動・処理出来る身体信号なのだ。

 

よって、下手人が誰かは分からないが眉間を打ち貫いた時点で絶命しており、念押しするように、こんな出血をさせる意味もない。

 

更に言えば、これだけの出血をさせるためには、頭を吹き飛ばすほどの威力がなければ無理だ。

 

死体の程度から察するに、サイレンサー拳銃で打たれたかのように綺麗な弾痕が穿たれているのだから、ますますおかしい。

 

―――何故?―――。

 

フーダニット、ハウダニット、ホワイダニットが分からない。怨恨の線を考えた時に―――部屋の中に三人以外の『生きた気配』が生まれる。

 

思わず臨戦態勢と同時に、『逃げられる』ように心持ち重心を後ろに移した。

 

「幽霊……?」

 

『いいカンしているねぇお嬢ちゃん。今の『セカイ』で、そんな夢見がちな思考をするなんてねぇ。少しばかり嬉しくもなるかなぁ』

 

女の声。偽装している可能性もあるが、姿・形が見えない存在からの言葉に身体が緊張する。

 

『とはいえまずはお仕事だ。アンタ達が、こいつらの『接待相手』? ……じゃあないね。まぁ『南無阿弥陀仏』―――目撃者は殺せってお達しなんだ!! 極楽浄土はいいところらしいぜ!!!』

 

そして、叩き込まれる弾丸の乱舞を前に―――防御障壁を展開しても、それをすり抜けるのだった。

 

「なっ!? ぶっ!!」

 

久しく感じぬ肉体を苛む痛みを前に身体を『くの字』に折って、もんどり打つ文弥。

 

床を転がりながらも相手を探すべく目を凝らす。

 

「文弥!!」

 

『ははっ!! 中々に生き汚いなぁ!!!』

 

喝采を上げながら、次から次へとどこからともなく弾丸を叩き込んでくる下手人。

 

(姿が見えない!! 火線を辿っても、そこにはターゲッティング出来る存在が居ない!!)

 

現代魔法の難点が、亜夜子を苦しめる。CADを弄り、魔法を利かせようとイデア上の改変をやろうとしても、相手がどこにいるか分からない。

 

俗に言えば『認識の壁』というものが、魔法の不発動(エラー)を引き起こしていた。

 

これならばサイオン弾でも放っていたほうが、まだマシだ。しかし、そのサイオン弾を食い千切って弾丸はこちらに届こうとしている。

 

死体は、その余波で細切れになっていく。姿が見えない射手は―――部屋の中にいるかすら定かではない。

 

「撤退よ!! 文弥!! 有希さん!!」

 

玉のような汗をいくつも掻きながら亜夜子は、声を上げる。

もはや、自分たちには手が余る。何が起こっているのかすら分かったものではない。

 

女2人よりも重傷となった文弥を支えるのは、有希であった。

 

「文弥!! しっかりしろ!!」

 

『その手負いの状況で逃がすと思うかねぇ!? 三善、天、人、修―――ソワカ!!!』

 

瞬間、奥座敷全体が『圧縮』されているのを何気なく認識した。

 

何かの『壁』で徐々に包まれていくのを感じた。

 

死ぬ―――。明確な恐怖が自分たちを包んだ時に―――。

 

『一筋の閃光』が、奥座敷すべてに走った。

 

その閃光に包まれて、建材の病葉ごと吹き飛ばされた後は―――雪が降り積もる東京の路面に投げ出されていた。

 

料亭から火が上がっているのを遠くに確認して血まみれの己を認識……。

 

腕が上がらないことを認識した後には、まだ片腕が使える榛有希に、端末であるナンバーに掛けるように頼んだ。

 

「―――アタシだ。ああ、アタシも掛けたくなかったが―――文弥と亜夜子が死にそうなんだ。頼む―――助けてくれ司波達也……」

 

ぼろぼろと大粒のナミダを流すユキの姿に、申し訳ない想いだった。

 

そして了承の意を受けると同時に、周囲に控えていた『会社』の人間と『組』の者の手で司波家に運び込まれるのだった。

 

正規の医療機関ではまず助からない怪我の度合いと、そして達也でも匙を投げざるをえない事態を前にして、こういうことになったのだ……。

 

 

「以上が経緯ですわ。ロード・トオサカ」

「説明ありがとう。確定的だな。敵はサーヴァントだ」

 

亜夜子の説明を受けて司波家の天井を仰ぐ刹那。

 

『だねぇ。しかも『鉛の弾丸』から察するに火縄銃、初期の火薬銃器だろう』

 

コーヒーとは別にリビングテーブルに置かれた『丸い玉』。先程まで黒羽の姉弟と協力者を痛めつけていたものを検分していたオニキスの言葉で察する。

 

「敵はお前と同年代の戦国武将なのかもな」

 

「でしょうね。ただ『種子島』『短筒』を主武器として、『宝具』クラスに格上げ出来る英霊など限られています。

もっとも―――これ(鉄砲)が主武器であるという点は確定ではありませんが」

 

後ろに控えているランサーこと長尾景虎に声を掛けると、そこまでの推察をしてくれたことで推理も捗る。

 

「フーダニット……マスターの有無。その人物は分からないが、推測するにアーチャーないしアサシンのサーヴァントが下手人だな」

 

「ハウダニット―――センゴク時代の『チート兵器』。タネガシマと呼ばれるGUNが、『英霊の武器』に『ランクアップ』(昇華)されたことによる殺傷」

 

「ホワイダニット……何故そんなことをやったのか? それがわからないな……」

 

現代魔法の雄。流石に十師族本流との違いこそあれど、黒羽家の双子もまた『四葉』の後継候補。

 

四葉の分家制度とは、魔術士の『分家制度』に似ている部分もあれば、非なる部分も多い。

 

これは一般社会、特に閨閥を重んじる上流社会でも同じことなのだが、本家に跡取りたるものが居ない場合、分家から有力な人間を当主に据える。

 

しかし、四葉の場合は表向きはそういうことであっても、分家自体も切磋琢磨することで、いうなれば競い合うことで魔法を磨くと言える。

 

足の引っ張り合いにならないように注視せねばならない側面もあるが、それでも達也の目の前にいる黒羽の姉弟もまた四葉の当主になるだけの力量は備えているのだ。

 

そんな2人が手も足も出なかった以上、敵が刹那側の存在であることは明らかだろう。

 

そう達也は結論づけた。

 

「サーヴァント……英霊の分け身でしたか。悔しいですが、私達では何も出来なかった以上、何も言えません」

 

「意地悪な言い方に聞こえるかもしれんが、現代魔法師としてのプライドとかは無いのか?深雪なんていつでも『エンシェントがなんぼのもんじゃい!!』って感じだけど?」

 

「横浜でのフェイカー……王貴人と、そちらのランサー……長尾景虎殿との戦いは見せてもらいました。かくも旧き時代の武人・英傑は侮れぬと四葉家中全てが思ったぐらいですから……」

 

何処かに放たれていただろう映像機器で、あの騒乱は克明に記録されていたのか。

 

達也としても寝耳に水ではあった。一応、あの場面でムーバルスーツのフェイスヘルメットはつけっぱなしだったので面は割れていないだろうが。

 

(あるいは、『他家』も俺をどうにかするために、刹那の力を欲しているということか)

 

筆頭の容疑者は、双子の父親というところか。彼の当主の座に対する執着心は、隠しきれていない。

 

深刻そうに項垂れる2人の内心を察して、話をすすめることにした。

 

「それで文弥、亜夜子。お前たちは何故その芸能関係者に接触を持ったんだ? もちろん『仕事』であることは分かるが……」

 

そしてハウダニットが少しだけ明かされる。

 

芸能界の悪習。枕営業。肉体接待―――俗な言葉で言われることが、あそこ(奥座敷)であったのだと。

 

男娼の男色趣味ではなく普通に女によるものが、女性陣の機嫌をマイナスの底値に持っていく。

 

「女性陣には悪いが、まぁそんなことは、芸能の世界では日常茶飯事だろう―――あまり聞いていて、気分がいい話ではないがな」

 

「そこに何で君たち『CLOVER』が関わるかだ。まさか今更、慈善事業に傾倒したいわけでもあるまい?」

 

「たまには僕たちも慈悲を出しますよ。善きことも悪いことも相応にバランスを取らないと、均衡が崩れちゃいますよ―――と生意気言いましたが、接待のコンパニオンが問題だったんです」

 

文弥が刹那に返すように口を開く。その接待の相手というのは―――『魔法師』……その成り損ないのような存在だった。

 

調整体の魔法師。九亜たちのような存在の研究は未だに続けられており、それ自体は魔法研究の一つとして『是認』はされている。問題は、その魔法研究が齎したものだった。

 

『月』(ルナ)シリーズと呼ばれる調整体は、『衛星詠唱』という『非魔法師』を『魔法で強化した兵士』に変える技術を以て期待されていたのだが……。

 

「失敗したのか?」

 

「そのようです。概要は省略させてもらいますが、『月』と対照になる『太陽』の魔法師から放たれた魔法を、『月』が中継(ハブ)ステーションとなることで、多くの人間に投射するということだったらしいのです」

 

だが、それは失敗した。月の魔法師は予定されていた演算領域を獲得できず、太陽の魔法師も発現した魔法技能は不完全なものであった。

 

「んん???」

 

「それって『アレ』よね? 黄金姫(ゴールデンサン)白銀姫(シルバームーン)術式(コード)?」

 

「まぁ陰陽理論、相反考証というのは、どこの地域にでも似通ったものがあるから、その発想自体は誰でも考えつくものだが……」

 

顔を顰めた刹那の内心を読んだリーナによって、答えは暴露された。その術式の走りは、達也たちも聞いていたもの。九校戦の前にも講習があったものだと記憶している。

 

それに照らし合わせれば、月シリーズの理論は中々に『先んじて』『古い習わし』に基づいていた―――成功していれば、魔法師の方向性は、また違っていたかもしれないが。

 

「イゼルマの術式とやらは、私も九校戦の際に参考にさせてもらいますよロード……さて、問題は、この月シリーズの『失敗作』に関してです……」

 

かの調整体は、芸能プロダクション『セレスアート』が送り出しているCGドールないしヴァーチャルアイドル『雪兎 ヒメ』の『中の人』をやっている。

 

「我々、四葉としては魔法師の人権を蔑ろにして、そのような『魔法師』の『性的搾取』は容認出来ないのです」

 

「厳密に言えば魔法師ではないのに、か?」

 

刹那の突いた点。そこは達也と深雪も引っ掛かっており、当主である真夜の心情的な側面も過分にあるのではないかと想いつつ、そうではない面は推察しきれない。

 

『なんだかこんがらがってきたぞ。キミらの目的は芸能関係者への脅し。そして芸能関係者は調整体魔法師と『ヨロシク』やりたかった。―――では、アーチャーの『目的』とは何だ? そこが問題だ』

 

魔法の杖の整理によって、未だに見えてこない一本の線が示された。

 

しかし、それはまだ見えてこず、被害に遭う予定だった人、未遂で終わった人物の名前を聞くことにする。

 

コーヒーはすっかり冷めきり、レモン水のような味がするが今はこれでもいい。とコーヒー党の達也は我慢比べのように飲み干しつつ、榛からの報告を聞く。

 

文弥の秘書よろしく隣に立っていた彼女は投影スクリーンも併用して答える。

 

「現在は芸能関係者が多く通学しているラ・フォンティーヌ・ド・ムーサ女学院の一年として在籍。

研究所では別の名前だったんだろうが、現在の名前は『宇佐美 夕姫』―――お前さんたちと同じピチピチの16歳JKだ」

 

その揶揄したような紹介を聞いた瞬間、達也は思わずコーヒーを戻しそうになるも、それだけは『キャラ的』に出来ぬと逆流しそうになるコーヒーを分解した。

 

だが、妙なことに魔法を使ったからかむせてしまい、妹に心配させたことは失態である。

 

「It's a Jesus……」

 

「It's a Miracle……」

 

司波家の天井を仰ぐアメリカ人2人も、この合縁奇縁には色々な想いのようだ。

 

ともあれ―――。何が『終着点』なのかはようく分かった。

 

きょとんとした顔をする文弥と亜夜子につい先日の―――プレ・クリスマスパーティーとも言える雫の送迎会を加えたアーネンエルベでの様子を見せる。

 

端末に映し出された少女の1人(レオに密着中)は、榛が映した少女と同一人物だった。

 

「「ええええ――――!!!!!!」」

 

「随分と学生らしいことに興じているんだな……」

 

『おどろ木ももの木さんしょの木』な黒羽の姉弟とは対照的に、冷めた反応を見せる榛 有希の言葉。

 

そして聖夜の異変はまだまだ始まったばかりだった……。

 



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第202話『聖夜異変―――Ⅳ』

ショーウインドーの前で次々とポーズを決める美少女。

 

芸能コースの生徒だというのは馴染みの店員から聞いていたし、本人からも知っていたが―――。

 

イルミネーションの下、『ウサギ』のように飛び跳ねる夕姫の姿に眼を奪われる。

 

そのポージングは全てがプロ級。あのリーナとカゲトラのツヴァイウイングのように激しいものではないが、少女らしい色香を感じるキュートなものだ。

 

そしてそんな夕姫の踊っている向こうに巨大なプロジェクションマッピング…現在はLEDビジョンという新技術を投影する高層ビルがあり、その高層ビルに―――いつぞやロマン先生に教えられたCGドールの姿が映し出される。

 

白い髪と赤い瞳。しなやかな脚線美、もこもこした衣装と―――跳ね回るようなダンスとが重なる。

 

CGドール『雪兎 ヒメ』

 

その動きは『トレース』したかのように、宇佐美夕姫と重なるのだった。

 

「――――」

「――――」

「――――」

 

たっぷり30秒ほどの『リンク』で誰もが眼を奪われてしまうぐらいには、それは確かにヒメの動きだったのだ。

 

30秒ほどのショーダンスの後に少しだけ顔を青褪めた夕姫。そんな夕姫の腕を強引に取って、群衆が『爆発』する前に街中から去っていく。

 

「ご、ごめん。調子ノッていたわ」

 

「いや、いいんじゃないか? 無粋な言葉しかいえないけど、皆が見惚れるぐらいにスゴイものだったぜ」

 

「そういう時は、『キレイだ』『可愛かった』とか言ってよ」

 

ふくれっ面でダメ出しを食らうも、ローマの休日のアン王女と新聞記者のジョーのごとく―――2人は夜の東京を走り抜けていくのだった……。

 

 

一つの筋道は辿ることが出来た。しかし、そこから先が手詰まりだった。

 

(もう一度、考え直せ……何かを見落としている……)

 

魔術回路の演算を使って推理を入れ替える。見落としているものは―――なにかあるはずだ。

 

直感を信じろ。理屈はあとで付いてくる。

 

宇佐美夕姫

西城レオンハルト

黒羽の姉弟

榛有希

司波兄妹

セレスアート

雪兎ヒメ

アーチャーのサーヴァント

弓場大作

月シリーズ

調整体魔法師

 

「トレース、オン」

 

短く唱えて―――思考を没入させていく。『未来予測』の位置にまで『計算』を行っていく。

 

見落としているものが、何かないか―――。一つ一つを精査していく―――――。そして3秒後―――一つのサジェストキーワードが浮かび上がった。

 

「黒羽君、確かアーチャーのサーヴァントは、『アンタ達が、こいつらの『接待相手』? ……じゃあないね。―――目撃者は殺せってお達しなんだ!!』って言ったんだな?」

 

「はい―――一言一句、その通りです。四葉の諜報分野の後継として、我が耳が受け取った言葉は覚えております」

 

胸を張ってきっぱりはっきり答える黒羽文弥の言葉で全てがつながった。

 

「決まりだ。アーチャーないしアーチャーのマスターの目的は『宇佐美』だ。宇佐美の身柄を押さえようとしていたんだ」

 

「―――根拠としては少し弱くないか? 確かにアーチャーのサーヴァントがソウルイーターとして『力』を貯蔵するならば、眼の前の文弥と亜夜子―――おまけで榛でも良さそうだ」

 

アタシはついでか。と呆れるような怒るような口調のユキさんにドントマインドと想いながら、説明という程度ではないが、説明をしておく。

 

「違うんだな。サーヴァントに『厳命』をしてまでも『対象』と『目撃者』を分けた。ということは、やはり狙いは宇佐美だったんだ」

 

「言われてみれば、若干……不可解な言動ではあるな。つまり奥座敷で宇佐美の接待相手を殺したのは、後にやってくる『宇佐美』を『確保』する予定であったということか」

 

「死体に対して降霊術を使えれば良かったんだが、まぁ無理だな。そして―――その原因はコレだろう」

 

言ってから達也に示したのは、端末に送信されてくる学内連絡。

その中でも最近にあった『最重要事項』の一つを抜粋。

 

「当校の女生徒に対する声掛け事案……そう言えばエリカがごちゃごちゃ言っていたような気はするな……」

 

「B組ではエイミィがきゃあきゃあ話していたワ」

 

お互いのクラスの賑やかしの顔を思い浮かべた達也とリーナ。A組は――――。

 

「だから、なるたけ集団を作って、更に男子も入れて下校するようにと徹底はさせていましたよ」

「流石は優等生が多いA組、先んじている」

「真なる意味で『優秀なのが多い』B組には負けますけどね」

 

深雪からの半眼でのあからさまな皮肉に、刹那としては舌を出したい気分。

とはいえ、そういったことが周知徹底されていたからこそ、集団下校が多く。

 

それでも「小粒」な面子を狙った結果―――。

 

「エイミィ、十三束、平河、猫津貝、鳥飼―――フルメタルハーレムの面子を狙った結果」

「アベンジされたのよねぇ……」

 

リーナの呟き。限りなくグレーに近いのだが、エイミィ及び猫津貝、鳥飼は、数日前から自分たちを『狙っている』存在に気付いており、こちらを誘拐しようとしていることに気付いていた。

特に獣性魔術に傾倒を示して、その訓練を受けている猫と鳥は、そういった『匂い』を感じてエイミィと示し合わせていたそうだ。

 

「結果としてチアキが、往来にて強引に車中に連れ込まれそうになった瞬間……」

 

人を超え、獣を越え―――アバレ、アバレまくった結果。

五体投地してまで平伏をする、少なくとも20歳を越えている男五人ほど。駆けつけてきた警察官によって、男たちは掴まったそうだ。

アバレた数だけ優しさを知る……なわけもなく、アバレた数だけ強くなったわけである。

 

「まぁ過剰防衛を取られなかったのは、結局の所―――下手人が国のおエライサンの娘っ子にも手を出しているかもしれないからなんだよな」

 

末端の構成員とはいえ、『囮捜査』も同然の行為でとっ捕まえなければいけなかったのだ。

つまりは、警察も『容認』したのだ。エイミィたちのキリングバイツな行いを(間違い)

 

「非指定暴力団出多(デルタ)興業。そこにアーチャーの使役者はいるものと考えられる―――推測に過ぎないけどな」

 

だが、確証に近いものはある。もっとも、何故宇佐美でなければならなかったのか―――というところまでは詰めきれていない。

 

エイミィたちの拉致が失敗したことで、魔法師の少女という『狂犬』を『商品』とすることが不可能になったからこそ、宇佐美のような魔法は使えないが見目麗しい少女を―――という下種極まる思考に至るのは分からなくもないが。

 

「そのことに関してですが、遠坂先輩。その組織に関して僕たちが側聞していることがあります―――ナッツ。教えてあげて」

 

黒羽文弥の誰を指しているのかは良くわからない言葉だったが、その名詞で再び口を開くのは榛女史であった……。

 

((何故にナッツ()?))

 

そんな知らない連中の疑問を置き去りにしながら、話は進む―――聖夜の異変は、表側の人間にも知れ渡る。

 

 

「こ、殺されていた―――? 社長がですか?」

 

「死体の損壊と焼失は激しいですし、この後の科捜研での正確な鑑識を待たなければならないですが、最初に入った人間の見識によれば、火災の前から弓場氏は死んでいたようですな」

 

当然、接待相手であったレコード会社も同様であった。

現場に駆けつけてきた事務所の代表とは言えないマネージャーの男は、如何にもやる気なさげな『千葉』という刑事に説明を受けて、なんとも緊張してしまう。

 

「あんまり言いたくないのですが、あそこの料亭の奥座敷は、色々と『エラい人たち』が『気持ちよく飲み食い』する場所と言われているらしいんですよね―――そこでおたくの社長とレコード会社の専務ですからね……まぁあまり言いたくないですが―――」

 

「いえ―――弓場社長が死んでしまったならば……隠す意味も無いでしょう。お話します……」

 

20歳そこそこの男。見目はイケているほうなのだろうが、どうにもバランス良すぎて、ある種の『個性のない二枚目半』という感じに見える。

 

セレスアートのマネージャーをしている『尾上 旭』という男から事情を聞いておく。

聞き役を稲垣に任せてから緊急設営テントから出る『千葉 寿和』は、焼失して爆砕をした料亭の奥座敷―――ブルーシートなどで覆われた場所を見る。

 

これだけの大破壊を齎すとなると、大口径の火器か魔法でも用いなければならない。

それにしても、念入りな破壊跡だ……。

 

「やれやれ、クリスマスの夜だというのに騒がしいものだ」

「けれども、1人の少女が大人の慰み者にならなくなったことは僥倖では?」

「命に貴賤はつけたくはないですが、魂の潔癖さで言えば当たり前に、少女が助かったことには感謝すべきですかね」

 

いつの間にか隣にやってきた、コートを羽織った姿の響子に言われて、そんなことを言っておく。

 

仮に事件現場にいたのがエリカ()であれば、例えどれほどの上流の人間であっても斬り捨てていただろう。

組織の中にいて権力の浅ましさを知るからこそ、家族にそれとは無縁でいてほしいと思うのは、偽善なのかもしれないが、それぐらいのワガママは許されたいのだ。

 

「……『そちら』が関わる案件ですかね?」

 

「あら? 寿和さんも『縄張り』を気にするタイプですか?」

 

「それなりには。軍と警察が仲良しこよしってのも、あまりいいもんでもないでしょ」

 

それは癒着に繋がり腐敗の温床になる。今更すぎることではある。治安維持という側面で言えば、分別はつけなければいけない。

 

「フィリピン・マフィアの存在がチラつくんですよ。彼らの目的は、あまり看過出来ませんからね」

 

「それと接待相手(予定)だった少女がどう繋がるんですか?」

 

「―――大漢崩壊(ダーハンクライシス)

 

一言で緊張が走る―――。

ちらつく粉雪に鮮血が走ったかのような言葉に寿和も緊張せざるをえなく、長い夜になりそうだと予感するのだった。

 

 

「なんとも迂遠な計画。生み出された赤子が魔法師として使えるまで、大亜がどうなっているかとか考えないのかね」

 

「まぁ、そうなんですよね……ただ彼等からすれば、それが合理的な計画らしくて……」

 

ホムンクルス(自然の触覚)でも作ることに終始した方がいいと想えるな」

 

「魔術師 遠坂刹那」としての感想を述べさせてもらえば、迂遠なのだ。

 

拉致した魔法師の「因子」を持つ少女・少年に子を産ませて、それを育てて自国の魔法戦力に据える。

暗躍しているのは混乱している大亜を出し抜こうと躍起になっている東南アジア諸国の軍閥――の下知を受けたフィリピン・マフィアということだ。

 

そして、そんなフィリピン・マフィアが眼を着けたのが、入国管理・出国管理で「ザル」すぎて、人身売買の天国ともいえる日本であった。

 

「かつて「存在していた」自動車メーカーの雇われ外国社長、C・ゴーンの疑獄からの逃亡。中国で発生したコロナウイルス感染症によるウイルスキャリア入国制限の遅れ……日本が抱える問題だな」

 

しかし、こういった「悪どいこと」をやっていると「天罰」が下るというものだ。

 

壮士は去りて帰らず、江湖に義侠の志は潰え、されど「天意」は示される。

 

魔術師だからこそ、その辺りの均衡は考えねばならないのだ。先程の黒羽文弥の言葉ではないが、そういうことだ。

 

「何にせよ標的は定まった。ついでに言えば、そんなことでシノギを受けているようなヤーさんなんてのは、ご近所さん(藤村組)の名誉を汚すものだからな。潰させてもらうさ」

「外務省から、組長ならぬ「社長」たる三角健三(みすみけんぞう)氏の確保も依頼されていますので、殲滅はご勘弁を」

 

ゴスロリ少女。黒羽亜夜子のそんなさり気ない言葉で釘をさされたが、それはあちらの出方次第だ。

 

「チームを分けよう。宇佐美の安否確認及び安全確保をする組と、カチコミをかける面子とで」

 

「お前らも来るの?」

 

「元々は、ウチ(四葉)が請け負った案件なんだ。お前に任せっきりなのも寝覚めが悪い……何より、文弥と亜夜子、ついでに榛をこんな目に遭わせた連中を放ってはおけない」

 

アタシはどこまでいっても「ついでか」とやさぐれる榛氏を慰めるリーナと深雪。憧れの人物からの言葉で惚けるように達也を見る黒羽の姉弟。

 

騒がしい面子が揃うこのクリスマスは、さしずめ「Witch on the Holy night」―――「魔法使いの夜」は始まるのだった。

 

そして―――。

 

 

「す、杉屋!! お前、「親」を刺そうってのか!?」

 

「―――ああ、そうだ。アンタには分からないだろうな……四角四角に生きているわけでもない変節漢な三角野郎である―――アンタにはな」

 

「そんなわけでだオッサン。運がなかったなぁ。まぁ「下剋上」は世の常さ。見限られないだけの「義理人情」を通しとかなきゃ、あっちゅうまに死んじまう」

 

電子の要塞と化して、容易く侵入者を寄せ付けないでいた己の城が、こうも簡単に落ちるとは―――さもありなん。

内部から崩されれば、一巻の終わりだ。既に出多興業という社屋に「生きている人間」は、三角と眼の前にいる「杉屋」だけだ。

 

傍に控えながら時代錯誤な「短筒」をくるくる回す「女」は―――「生きては居ない」。そう説明は受けていた。だが、その実力は凄まじかった。

 

根来衆の末裔―――なんて看板は、「本物」を前にしては、穴だらけになる脆い張子の虎だった……。

 

暗い室内、全ての電気が落とされた世界で三角健三は己の死を自覚した……。

 

「やれアーチャー。社長との縁を切って―――俺は、この肥溜めのような世界から足を洗うんだ」

 

「承知。では「南無阿弥陀仏」―――」

 

「くたばれ―――!!!」

 

それでも最後の奇跡を願うべく、マホガニー製の机から飛び出すように拳銃を取り出した三角健三。

 

だが、連発した自動式拳銃(オートマチック)が、乾いた音で弾かれる。

 

「時代錯誤」な硝煙が棚引く短筒を握る「鉄砲傭兵」が―――全ての弾丸、33発を撃ち落としたのだ……。

 

「次弾はないようだな。南無―――阿弥陀仏」

 

驚愕する芸当の後に、34発目を放つ女の弾丸は過たず驚きを貼り付けた三角健三の眉間を貫いた。

その衝撃でもんどり打って、何度かキャスター椅子の上で無様なダンスを興じた男は―――それっきり動かなくなった……。

 

全てが終わると呆気ないものだ。だが、杉屋―――、否、杉谷にとっては、これが始まりなのだ。

 

「へへっ。マスター、これからどうすんだよ? 雇い主がいなくなればおまんまの食い上げだぜ?」

 

「仕事なんて幾らでもある。とりあえずフィリピン・マフィアは全て殺してしまおうと思う。

ドン・カスティーヨは商品を欲しているようだから、とりあえず「あること」だけでも見せなければ、乗船も出来やしないだろうな」

 

「んじゃ予定通りってことか?」

 

「そういうことだ。その後は―――まぁ考えがないわけじゃないな。どちらにせよ―――こんなヤクザな商売、胸を張って出来るもんかよ」

 

壮年の男は、若年の頃から20年以上も浸かってきた世界にうんざりしていた。だからこそ、自分の生まれにも多少は繋がりがある「英霊」を召喚出来た時から、これを考えていたのだ。

 

「ここの始末は任せる。仕立ててトラップタワーにするのは簡単だろう?」

 

「まぁな。台密の坊主から教わった俄仕立てだが、やらないでおく手はないか」

 

「頼んだ。俺は資金を出しておく」

 

その言葉で4階建てのビルを降りていく杉屋善人(よしと)を見送ってから―――アーチャーは苦笑する。

 

(下剋上か、馬鹿め。そんなことをしても何が変わるものか……)

 

遠い目をして過去のことを思い出す……結局、アーチャーにとって「最大の敵」は、一度も取れなかった。腹心たるものに託した銃弾が、敵の眉間ではなく「腿」を撃ち抜いた時に悟ったのだ……。

 

 

―――この戦いは負ける―――。と

 

天下布武の名の下、神秘のテクスチャ(領域)を剥がしていく「魔王」。その魔王の手下たちには敵わないのだと。

 

「アタシは時流を読んで、なんとか生きながらえたけどよ。……悔しかったなぁ……結局、『魔王』を倒すことは出来なかった」

 

誰もが熱狂していた時代。もちろん、いくつもの民草の躯が転がる屍山血河だ。

 

けれど―――誰もが天下を目指した。日ノ本の統一を祈願したのだ……。自分のやり方ならば天下万民を安堵させられると、『欲』を抱いて何が悪いというのだ。

 

「―――今はいいか」

 

生きてこその物種。全てはそこからだ。例え負け戦が常とは言え、銭をくれる相手はいい主なのだから。

 

ただ……今のアーチャーにとっての願いとは、あの頃「戦えなかった戦国武将」との再戦。

 

特に『第六天魔王』が出てくれば、ヨシマサでは届かなかった弾丸を眉間に届かせてやりたいのだ。

 




□久々のNG■

達也はそんなこと言わない
そういうNGです。





「ところで榛さんは、何で「ナッツ」なんだ?」

「特に名前(ネーム)にそれらしきものはナイのだけど、ワタシ気になります!」

「あー……まぁ隠すことでもないんだけど、実はな―――」

「榛 有希。彼女がナッツと呼ばれている所以は、こんな寒い日のことだった。街中で1人、「ナッツ、ナッツはいりませんか?」と道端でポン引きよろしく「ナッツ売りの少女(?)」としていたことに端を発する」

「オイマテ」

「『ハワイで栽培されたマカダミアナッツ、中華料理で有名なカシューナッツ、千葉のぼっち君も納得の味ラッカセイから、一粒食べれば超回復間違いなしカリン様(?)栽培のセンズまでなんでもありますよ――』という謳い文句でも誰一人として、彼女のナッツを買う人はいなかった………」

「まるで事実かのように項垂れるな!! 遠坂クンもシールズちゃんも真に受けてるだろうが!!」

「『ああ、ついに誰一人としてナッツを買ってくれる人はいなかったわ……そうだわ! ナッツを食べて飢えと寒さをしのぐことにしましょう』そういって彼女は一番最初に、禁断の豆実―――仙豆(センズ)に手を出して……」

「まだ続くのかよ!?」

「仙豆を食べたことでZ戦士クラスの戦闘力を得たナッツ売りの少女、榛有希は己の出生の秘密を知りながらも正義のために戦うワンマンアーミー・ニンジャとして、悪の組織『四つ葉のクローバー』に様々な手段を以て立ち向かうのだった……」

「微妙に当たってるようで外れてるようで当たってる解説!!」

「死闘の末、一度は四つ葉のクローバーに負けるも、組織の縁者でありながらも、それに対抗するトランクs……ならぬフミヤンクスと共に、悪の首魁『マヤブラック』を倒すべく抵抗軍のリーダーとして未来世界を彼らは駆け抜けるのだった……続きは―――」

「「続きは!?」」

「ホラ話に食いつくなアメリカ人!!」

「続きは――――劇場版「銀河ギリギリ!! ぶっちぎりの凄い奴』で公開予定だ」

何で劇場版だとしても、そのチョイスなんだろうと、四葉の縁者の誰もが表情をそれぞれで思ってしまう。

「安心してください。達也さん―――アナタの子供、『達飯』『達天』はちゃんと育ててみせます……!!」

「なんでアナタが『チチ』のポジションに収まるんですか亜夜子さん? この場合、フミヤンクスの関係であなたは『ブルマ』のポジションでしょうが!?」

「深雪お姉様ってば、畏れ多くも名優『鶴ひろみ』さんのポジションはそうそう襲名出来ません。深雪お姉様は諦めて、『ラディッツ』のポジションにいませんと」

睨み合う実姉と従姉とは対称的に―――黒羽の後継は、顔を真赤にせざるをえなかった。

なんでドラ○ンボールのキャラで、関係性を説明されるんだろう? しかも、自分がナッツこと榛 有希と『そういう関係』(トランクス×未来マイ)になるかのような言い方もされてしまった文弥としてはいたたまれない。

今更ながら榛 有希『さん』は年上の女性なのだと少し意識してしまう……黒羽文弥 15歳の冬の夜なのだった。



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第203話『聖夜異変―――Ⅴ』

 この寒空にも関らず、公園はカップルで一杯だったが、彼らは自分たちのことに夢中で邪魔にならない限りは他人に注意を払わない。

 

 ここなら注目を集める心配は無いと判断して、レオは夕姫を抱く腕を離す。

 レオの隣を小走りでついて来た夕姫は、彼の腕から解放されると自然に足を緩め、立ち止まった。

 そこは、偶々空いていた、ベンチの前。

 公園のベンチと言っても、半透明の壁と屋根が付いている簡易休憩所だ。

 レオは自分から腰を下し、夕姫に「座れよ」と声を掛けた。そうしてから、改めてロマン先生が好きなCGドールの真実を聞くことにする。

 

「ユウキって、もしかして、さっきのアイドルの『中の人』なのか?」

 

「―――うん、そうだよ」

 頷く夕姫の声には、観念したような響きがあった。

 

「あたし、『雪兎ヒメ』の――あっ、『雪兎ヒメ』って、さっきのCGドールのことなんだけど、その『素材』やってるんだ」

 

「ふーん……じゃあさっきのひれ伏した兄ちゃんたちは、さしずめプロダクションのマネージャーか?」

 

「飼育係よ」

 

 思い掛けなくドギツイ表現と、それに相応しい吐き捨てるような声音に、レオはまじまじと夕姫を見詰めた。

 

「……アイドルの『素材』ってのは、そんなにキツイ仕事なのか?」

 

「ううん、普通はそんなでもないんじゃない? 放課後のクラブ活動みたいな気分でやってる子たちも多いし」

 

 他人事の様な言い方が、余計に夕姫の抱えているものの根深さを感じさせる。

 

「プロデューサーとかディレクターとかのお手つきは結構いるみたいだけど、あたしみたいにスポンサー相手の枕営業を言いつけられた子は、少ないと思うよ」

 

 枕営業、という古めかしい単語に、レオは驚くより呆れてしまった。

 

「今時かよ……本人の代わりにドールを仕立ててるのは、そういうことを無くす為でもあったんだろ?」

 

 芸能界に疎いレオでも、その程度の知識は有った。

 本人の容姿が露出しなければ、実生活でストーカーに付き纏われることもないし、スポンサーに目を付けられることもない。それもまた、生身のアイドルがCGドールに置き換えられた理由だったはずだ。

 

「超大口のスポンサーには、プライバシーなんてお題目だけよ。

 ドールには素材の容姿が反映されるって、業界じゃ常識だから。

 素材に会いたがってるスポンサーは多いし、あわよくば、ってみんな思ってるよ」

 

 言われてみて「なるほどな」と、レオは思った。

 

 さっきLEDビジョンの中で見たCGドールと、コートを脱いだ夕姫の身体つきは、確かに良く似ていた。

 顔の造形も、そう言われてみれば夕姫を元にしていると分かる。

 

「でもそういうのは禁止されてんだろ?辞めちまえよ、そんな悪徳プロ」

 

 レオとしては、当然のアドバイスをしたつもりだった。

 

「簡単に言わないでよ!」

 

 だが、返ってきた言葉は、予想外に激しいものだった。

 

「ドールのモデリングは著作権の一種で、プロダクションの物なの! プロダクション辞めるってことは、芸能界から引退するってことなの!」

 

「べ、別のモデリングでデビューすりゃいいじゃないか」

 気圧されながらのレオの反論に、夕姫の激昂がいきなりクールダウンした。

 

「レオってアイドルのこと、何も知らないのね」

 

「……まぁ魔法師じゃない人も魔法師を知らないこともあるからな―――教えてくれよユウキ」

 

 突き放したような言い方をしたというのに『踏み込んできた』レオに少しだけ唖然として、咳払いを一つしてから授業をするように口を開く。

 

「同じ『素材』が別のモデリングでアイドルするのは、『ダブスタ(ダブル・スタイル)』っていって、ファンから一番嫌われることなの。

 熱心なファンだったらダブスタを確実に見破るし、いったんダブスタやってるってバレたらその時こそ永久追放よ」

 

 夕姫に言われるまでもなく、レオは芸能界のことなど何も知らない。それを自覚もしている。

 しかしそれでも、レオにはまだ、言うことがあった。

 

「だったら芸能界自体辞めちまえ。そんな思いしてまで、続けるもんじゃねえだろ」

 

 それは卑怯な言動ではあった。結局、レオもまた魔法師である自分を捨てようとしていたというのに魔法師であることを選んだのだ。

 

 ヒトの決断に、己は重ねられないとわかっていても、レオは―――そういうことで楽にしてあげたかった。

 

「ダメなの……あたしは――!」

 

 出会ってからまだ一月も経っていない関係、けれど―――慕っているレオに対する自分の剣幕が信じられないという顔で呆然としている夕姫を見て、彼女には何か普通ではない事情があるとレオも理解せざるを得なかった。

 

「あっ、あたし、その……」

 

 そこまでしか言えなくて、俯いたまましゃくり上げる夕姫に掛ける言葉を、レオは自分の中に見つけられなかった。

 

慰めあう2人は、不意に目の前の情報端末に目を走らせた。

 

公園にあるニュースキャビネットから『赤坂の料亭』が火災にあったことを知り―――そこが『待ち合わせ場所』であったことに気付いた宇佐美夕姫は、少しだけ喉を引きつらせた。

 

「ユウキ?」

 

「レ、レオ―――お願い―――私を連れて、どこかに……アナタの家でいいから、お願い………!!」

 

こちらの手を必死な様子で掴んで震えていることに気付いたレオは、そっと髪ごと頭を抱き寄せて―――。

 

(最低だな。オレは―――)

 

夕姫を慰めながらも、レオの脳裏に映った少女は赤毛の快活な顔。何かあるごとにバシバシと自分を叩く顔であった……。

 

自嘲してしまうレオは、それでも泣いている女の子を抱きしめることしか出来なかった。

 

 

「こら文弥、行儀が悪いぞ」

 

「達也兄さんこそ、血を流しすぎた僕達にもう少し遠慮してくださいよ。遠坂先輩。ゴチになりまーす」

 

「遠慮なく食っておけ。そして達也、お前は食いすぎだ」

 

どこの麦わらの一味の船長だと言わんばかりの食いっぷりに、コミューターの後ろに言っておく。

 

現在、助手席も運転席も人が乗った四人がけの大衆電動車を操る刹那としては、これからカチコミに行くには何とも緊張が無くていい限りだ。

 

『ちょっぱや』で夜食を司波家のキッチンで作り上げた刹那。

 

メニューはここ数日の祝い事で残っていた牛豚鶏―――その加工・未加工の肉を利用したドネルケバブサンドであった。

 

その味わいは、極上のものだった。深雪としては、自分の買ってきた肉がこうも変化することに……。

 

『牛さん、豚さん、鶏さん……申し訳ありませんでしたぁああ!!!』

 

と何故か、肉に謝りを入れるほどに追い詰められるのだった。

 

なんでさ。

 

「まぁ美味しく食われてこそ、食肉も甲斐はあるだろ。ミノタウロスの皿でもそうだったしな」

 

すこしふしぎ(SF)の例を隣で同じくかっ食らう榛有希から言われる。

 

とはいえ、後ろの男子2人に比べれば少食で済ますのは、『仕事』に差し支えると思っているからだろう。

 

大脳新皮質(じこほぞん)の働きを抑え、大脳辺縁系(じこはかい)の動きを活発化させるタイプの異能力者か)

 

ある種、『本物の超能力者』だろう。自分の世界の基準に照らし合わせれば……。

 

そう想いつつ、榛女史は何か聴きたいことがあるようだ。

 

「何か質問でもミス・ハシバミ?」

 

「取り敢えず、その畏まった言い方はやめろ。ただ単に有希さんとでも呼べ」

 

「さいですか、で質問事項は?」

 

クリスマスの夜。LEDで作られたネオンの明かりの中を進みながら、目的地に到着するまでの話題は出来たようだ。

 

およそ20分後には、出多興業とやらの社屋に到着するはずである。

 

「文弥や亜夜子お嬢から聞いていたが、サーヴァント……英霊の武器ってのはそこまでスゴイものなのか?

いや確かに、銃弾をあったけ食らって何も出来なかった以上……現実は認識すべきなんだろうけど―――」

 

「まさか『火縄銃』なんて前時代の銃器にやられるなんて、少し納得出来ませんね……」

 

榛有希の戸惑うような言葉に乗っかる文弥を見て、達也としてもその辺りの理屈は知りたかった。

 

確かに古代の英傑・武人が恐ろしいまでに『戦闘能力』に長けて、『魔力の扱い方』が凄まじいのも、この目で見てきた。

 

だが、達也が見てきたそういうサーヴァントの連中というのは、刹那が語る『旧きは新しきに打ち克つ』という原理に基づいている。

 

その流れでいけば……火縄銃なんて「魔力」で鍛造された武具でもない。しかも打ち込まれるのは現代の銃弾よりも原始的な……本当に『鉛玉』なのだ。

 

なのに負けてしまう。どういう理屈なのだと……?

 

『まぁ分からなくもない疑問だね。すこし解説してあげよう―――刹那、キミは運転に集中したまえ』

 

ほとんどオートのナビゲーションで動く車で、その理屈はどうなんだろうと想いながらも、刹那に代わってカレイドオニキス=ダ・ヴィンチちゃんからの説明が入る。

 

『確かに、火縄銃―――いわゆるマスケット銃というのは、現代の銃火器に比べれば、本当に原始的な物品だ。

弾の直進力の不安定、射程の長さ、暴発の危険性、不慣れなものならば発砲までの時間すら遅いものだ』

 

そう。そこまでは歴史をそれなりに学んできたものならば諳んじれる。

 

銃が『遠距離攻撃』『連発』という新たなステージに進むには、戦国時代からおよそ300年後の幕末にまで時代を進めなければならない。

 

では―――何故なのか? 疑問が三人に浮かぶ。

 

『しかし、だ。多くの歴史家などが言っている通り、この武器は、当時としては本当に『チートな兵器』『反則技』も同然だったんだ。

剣や槍がどれだけ鋭利であっても、当時の『鎧武者』『甲冑武者』というのは思うように倒せなかった。『有効な攻撃』(ちめいしょう)にするには、顔、喉、脇という隙間狙い―――あとは低い姿勢からの股間などが有効なんだ』

 

その言葉で思わず男性陣は内股にならざるを得なかった。

だが言っていることは何となく分かる。

 

 確かに信長公記などに示されている通り、東海三国を領地としていた大大名『今川義元』も、格闘の末に組み敷かれた上で、信長の直属『馬廻衆』に刀で首を取られたのだから。

 その際に義元も必死の抵抗で相手の指を噛み千切ったとも伝わっている。

 

 なべて―――戦国の世とは泥臭い戦いが主流だった……。そう、『鉄砲』が戦場に『頻繁に出てくる』までは―――。

 

『下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。その語源通り『束ねられた火力』というのは恐ろしいものでね。

どれだけの豪傑無双であっても、刀を振るえぬ距離、遠間から鎧を貫き肉を貫通する弾を射掛けられたらひとたまりもないわけだ』

 

戦国最強と謳われた甲斐の武田氏が滅亡した理由も分かるというものだ。

 

なべて個人の武力が勝敗に大きなファクターとなりえなくなる……時代の過渡期ともいえた。

 

『ゆえに、段々と当時の人間たちによって『信仰が固まる』わけだ。鉄砲とは―――『戦国最強の歩兵武器』であると』

 

「現に、いくら魔法師が打通戦力として有効でも、そんな魔法師が明確な魔法発動の補助具として、未だに『銃』をメインウェポンとして扱う以上、『最初期の銃』とは、『最古の銃』―――『サイコガン』として威力を発揮するわけだ」

 

『ハシバミ君。刹楽さんの座布団10枚とってやって』

 

「笑点か!?」

 

「変な名跡を襲名させるな」

 

 刹那のドヤ顔での補足を受けて、何気なく己のCADを見ておく達也。ホルスターに収まる銃器の由来を考えるに―――確かに何となくは分かる。

 

そして、自分が魔法を発動させるのに剣やナイフよりは『銃』が適切だと思えてしまうのは、攻撃のイメージが、そこに由来するからだろう。

 

『特に、この武器を好んで、数多くの戦場で使用してきた『大名』は、この日本でも最大級の知名度(メジャーヒストリエ)を持つ。

人の印象はそれぞれ……時代の風雲児・快男児として好感を持つものもいれば、宗教勢力を弾圧した魔王として嫌悪感を持つものもいるだろう。

しかし―――その全ての戦いには、この武器は有名すぎる。

『天下布武』を唱えて火縄銃こそ『最強の武器』という『信仰』(にんしき)を集めながらも、他の『信仰』(しんぶつ)を叩き潰すべく全国に覇を唱える……相反する存在(アンビバレンツ)として―――かの『魔王』こそが、火縄銃を『神性殺し』の『概念武装』として昇華させたわけだ』

 

そう考えるととんでもない話である。仮にもしも、『銃』を主武装とする英霊を無効化するならば、未だに現代人も多く持つ信仰、日本で唯一拳銃を持つことを許される警察官などが「いなくならなければならない」。

 

色々と考えるに泥沼である。そんな悩める達也にアドバイスが入る。

 

「ダ・ヴィンチに補足させてもらうならば、古代から『火』や『火薬』を用いた兵器というのは、『謎』が多すぎて神秘分野に直結しやすいんだ。

未だに実像分からぬ、東ローマ帝国イサウリア朝初代皇帝『レオ3世』が開発して、艦隊戦で猛威を奮った『ギリシャ火』『ギリシア火薬』とも言われるロスト・テクノロジーにあるとおり、未知の部分が、そのままに『神秘』として補強されてしまうんだよ」

 

その言葉で達也もなんとなく納得する。結局の所、天界から火を盗んで人間に与えた存在『プロメテウス』の失策が、世界を包んでいるのだ。

 

更に言えば、風はノーブル(高貴)、火はノーマル(凡庸)

 

転じて火を扱う特性というのは、世界に普遍のものとなってしまっているからだろう。

 

達也なりの補足を加えた上で、頭の中のコルクボードにピン留めしておくのだった。

 

『まぁそれでなくとも、戦国乱世から凡そ600年は時代を経ているんだ。火縄銃も『神秘の器物』になってしまうのさ』

 

そういう結論で終わると同時に、出多興業の社屋たる4階建てのビルディングが見えるのだった。

 

「お客さーん。目的地に着きましたぜ。起きてくださーい」

 

「お代はいくらかな? 運転手さん」

 

古く懐かしき『タクシードライバー』と『酔っぱらい客』のようなやり取りをしてからクーペから達也と刹那は降りる。

 

外の路面には雪がそれなりの厚さで積もっていた。踏みしめる雪の重みが少しだけ心地いい。

 

「時代錯誤な鉄砲傭兵―――『雑賀孫市』の首一つだ」

 

そうして、電子の要塞に魔法使いたち四人は挑むことになる。

そこが……既に人外魔境の巣窟だと知らずとも。

 

 

「うぉおおお。高校生ってば、大胆なんですね!! やはり私も達也さんに対して同じことをしなければ―――深雪お姉様には勝てない!!」

 

「まぁ亜夜子さんってば、この寒空の下で酸素欠乏症で世迷い言を吐いて、見苦しいことこの上ないわね」

 

(2人にハサまれてアタシはもっと寒いわ(コールド)。とはいえ、ユウキも確かに大胆ね……)

 

亜夜子の言う通り、少しだけ崩れた宇佐美夕姫を抱きとめるレオは、このままいけば時代錯誤なラブホテルにベッド・インするだろう。

 

 というより、遠くから読唇術と空気の震えで盗聴していたリーナは、簡易休憩所から出てきたレオとユウキが、ポケットの中での手つなぎ―――恋人たちの冬の定番『恋人つなぎ』をしている場面を見せられるのだった。

 

少し戸惑ってはいるものの、先程のユウキの様子から、それを邪険にはしないレオの優しさにリーナとしては、少しだけエリカと沓子が可哀想な想いも生まれた。

 

だが、宇佐美夕姫の『速攻戦略』は自分もやったことでもあるから、攻めるのはお門違いな気もする―――そんな風に遠くから2人を観察していた女子組であった。

 

が―――変化を感知する……。

 

カップルがホワイト・クリスマスを楽しんでいた都内の公園から人気(ひとけ)が消え去る。

 

外部の遠景から、そこを見ていた自分たちだけが感じられる異常。レオも気付いたのか、サイオンをほとばしらせる―――。

 

射手(ガンマン)なのに、眼の前(クロスレンジ)に出るなんて―――」

 

紫色の髪を長く延した姿。衣装は戦国時代としては―――なんというか『地味』だ。

 

どちらかといえば『忍者』(歩き巫女)をイメージさせる……。

 

唯一の装飾品は―――『マント』が目立つ程度だろうか。

 

現代では珍しくはないが、戦国時代では珍しいものだっただろう。

 

立ち上るサイオンが尋常ではない。はっきり言えば―――。

 

(バカなの!? これみよがしに殺気をみなぎらせてるわヨ!)

 

事実、レオは真正面に立ちふさがった『女』に最大級の警戒を以ている。

 

ユウキを後ろに下がらせて、守るようにしている。

 

男だ。と感心している暇はない。

 

「お虎さん。 敵の見立てはどうなんですか?」

 

『排除するのは簡単ではないでしょうが、互角以上に立ち会えましょう。しかし、敵マスターの姿が見えません。亜夜子―――。近くに任侠集団の構成員の姿は?』

 

「いえ、見えません……三角健三の姿も若頭の杉屋の姿も……私ならば、変装していても分かるはずですが」

 

最新型の『望遠鏡』と『遠見の魔法』を応用して敵の使役者を探そうとしている亜夜子だが―――見えないようだ。

 

アーチャーのクラススキルには『単独行動』がある。

 

如何に三流どころのマスターからのか細い供給とはいえ、自前の貯蔵魔力でそれなりの行動は可能だ。

 

近距離での供給とラインの確保しか出来なかった呂 剛虎と王貴人の例で考えてはいけない。

 

致し方ない―――。

 

まさか、こちらが『当たり』を引くとは思っていなかった四人の戦乙女と一頭の戦乙馬は、とりあえず……『人の恋路を邪魔するやつは!馬に蹴られて地獄へ落ちろ!!』という思いで、邪魔することにするのだった。

 

 

 




ちょっとした補足。

原作展開では、公園で休んだ後のレオとユウキ(webではユキ)は、ラブホにGOとなるわけなんですが、劣等生世界のラブホテルって、本当にレトロなものになっているようですね。(レオとユキの主観)

どうでもいい情報、失礼しました。


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第204話『聖夜異変―――Ⅵ』

「まぁ誰しも、超絶な力を持った存在を諸手を上げて歓迎は出来ないだろう。

クラーク・ケント(スーパーマン)が悪の道に走れば、ブランドン・ブライア(ブライトバーン)になっちまうんだからな」

 

「そりゃ分かるんですけど、父さんも津久葉・新発田の伯父さんたちも、達也兄さんを腫れ物に触るようにしているんですから……」

 

それゆえに、アイツは感情を『封印』させられたと四葉は言うが、全然封印が効いていない。

 

「感情を封印するということは、『人格』を封印するということだが、残念ながらアイツには『人格』が存在している―――唯一与えられたのが深雪(実妹)に対する偏愛だとしても、自己を顧みる『肉体』がある以上、その人格は変質する。どれだけ指向性を持たせたとしてもな」

 

「そういうもんなんですか……?」

 

刹那が胸の辺りを二本指で叩くジェスチャーに、まさか肉体のアプローチが必要だとは文弥も思っておらず話は続く。

 

「細かい説明は省くが、人は『精神』『魂』『肉体』という3つの事物で出来た生物だ。

精神は脳に、魂は肉体に宿る―――つまり『司波達也』という人間、人格、魂をカタチにするものは、遍歴を重ねた知性とその『カラ』である肉体―――知性を生む脳だけでは人となりを表す人格は作られないもんさ。

例えばだ黒羽君。キミは達也みたいなクールで颯爽として闊達に全てをこなす存在になりたいと思っているな?」

 

「はい……けれど、僕はこんな容姿ですし……背丈だけでもなぁ―――あっ」

 

刹那の質問で、沈んだ声音で話していた黒羽文弥も気づく。

 

(聡い子だな)

 

肉体が『人格』を作るならば、自分の姿形を好む人間であれば、外向的になるし―――大まかに言えば社交的になる。逆に己の姿にコンプレックスを持っていれば、内向的になる。内側に籠もる。

 

丁度―――達也と文弥の関係性と同じだ。どうして同じ『四葉の係累』で、こうも違うくなるのか。そう考えたことは多いのだろう。

 

―――女装が当たり前のように似合っているし。

 

「達也があんなんなのは、やっぱり色んなところで外的刺激を受けてきたからだろうな。キミや亜夜子ちゃんみたいに自分を尊敬するように見てきて、多分、普通学校でも運動も勉強もできるクラスの中心になっていただろうからな―――司波家での『教育』がどうあれ、アイツはああなっていたさ」

 

「達也兄さんの人格を構成してきたのは、僕たちが原因―――」

 

「ゆえにアイツは自分が好きなのさ。従姉弟たちに誇れる自分でいたいと思うからこそ、従者には似つかわしくない成績表だったわけだしな」

 

つくづく『隠す』ということに向かない男。そういう典型的な自慢屋ということである。

 

精神(のう)の中の感情を封印したところで、(にくたい)から発する『感情』は封じきれない。何故ならば、そこまですれば―――達也という人間が持つ『能力や人格』(司波達也)は失われるわけだからな」

 

四葉が持たない理屈を教えられて文弥も瞠目する。精神というものを研究してきた第四研究所のアプローチが雑に想える次第。

 

同時に、自分たちが達也を救ってきた、深雪の従者という立場から解放してきたことに嬉しさを覚える。

多くの人が達也を『司波達也』という大元に近づけてきたのだ、と。

 

「そんなわけでキミらの爺さん方のアプローチは少しアレだね。『どうやった』って、達也は己を好むさ。細マッチョの甘いマスクで女子を魅惑して、従姉弟や多くの人からそう見られている自分を認識するんだからな」

 

そんな人間が世界破滅の可能性に直結するだのなんだの、というのは大げさな話だ……。

 

あの海鮮饅頭ダイスキ男に滅ぼされる世界ならば、まぁそこまでの運命だったというわけだ。合掌。

 

(あるいは―――達也に対する『カウンター』として俺が存在しているか、だ)

 

赤い顔で頭を掻いて照れている黒羽文弥に見られないように、頭の中で少しの打算をしておく。

別に『抑止力』に突き動かされる感覚なんてものがあるわけではない。そもそも、あれは自動的かつ無意識に刷り込んでくるものだ。

 

ヒトの運命にすら時に介在するもの―――。

 

 

―――新しき■■を■■たものは―――。

 

「―――で、だ。そんな達也の名言の一つ。九校戦にて青空を見上げながらおセンチに一言『…こういうものは―――さすがに分解出来ないからな……』」

 

「た、達也兄さん……センチメンタルジャーニー!!」

 

何故か感動している文弥君。思考をぶった切る形で、そんなことを言いながらも遂に社長室らしき場所まで到着する。

 

別ルートで入ってきた達也たち―――『状況』は『理解』しているようだ。

 

「……電子の要塞とも言えるセキュリティの殆どが機能している。機能しているにも関わらず―――『何も起きない』……どうなってやがる?」

 

達也に少し遅れて有希もやってきたが、気味の悪いものを見たかのような口調だ。それは事実だろう。

 

外から視認できる警備機器だけでもうんざりしていたのに、中に入れば更に多くのセンサーカメラが存在していたのだ。

 

「ここのトップは臆病な性格だったんだろうな」

 

「まぁ、超常分野とも関わりないわけじゃないからな。魔法師の能力を過小評価していなかったんだろう」

 

しかし、その気になれば『他愛なし』『他愛なし』と言いながら、そのセンサー類を誤魔化して社長室に入り込むことも可能なのかもしれない―――だが……。

 

「御大層なセンサー類も、操る人間が『これ』では、な」

 

達也も『眼』を使って察しが着いたようだ。こうして部外者が堂々と動いているというのに、『社屋』にいる連中は何もしていない。

 

通常通りの活動を『無意味』に行っている。

 

「悪趣味極まるな……」

 

ホラーというものを分かっていない演出家だ。

 

ともあれ、臆病で小心者な社長、三角健三にアポ無しの営業活動を行うのだった。

 

―――『生きていれば』ではあるが……。

 

社長室に入ると、椅子の上にいた中年の男は、驚いたふりをして立ち上がろうとしていたが……手早く有希は拳銃を発砲して肩を貫く。

 

音はもちろん消されているが―――。

 

「て、テメェら!! どこの組のもんだ!? 名乗りっやがれ!!」

 

訛りではないが、少し発声がおかしいことに気づくも、四人の中で一歩進み出た文弥(女装済み)が告げる。

 

「出多興業の三角社長ですね?」

 

「カスティーヨの手のものか!? だったらば、もう少し待ちやがれ!! 商品ならばすぐに用意してやるんだからよ!!」

 

「………人身売買について洗い浚い喋ってくれたら、命だけは助けてあげますよ。もちろ―――」

 

「そもそも『男』でもいいならば、始めっから言っておけ!! しかも船でやってくるだと、ざけるなよ!! お前のせいで俺は二重の危険を踏み抜いたんだ!!」

 

「………」

 

「面子! 面子!! そんなものが重要か!? ふざけるなよ!! 南蛮野郎が!! んなに魔法師が欲しければ、テメーらの『教義』に抵触しようが、ジーンテクノロジクスでやれよ!!」

 

話が噛み合わない―――。その様子を察して、怪訝な顔を見せた黒羽文弥、榛有希。

 

まるで三角は、ここにはいない『幽霊』に話しかけているようだった。

 

壊れたレコーダーが意味不明の音声を繰り返し続けるかのように、この男は普通ではない。

 

それを見てから達也は文弥の肩を叩き、下がるように促す。

 

少しだけ驚いた文弥だが、それとは代わって繰り言が二週目にいたったのを確認した刹那は―――。

 

左手からガンドを発砲。この世界では馴染まない呪詛は、物理的な衝撃ごと三角にあった魔術的作用を消し飛ばした。

 

「なっ!?」

 

「死んだ―――いや、『死んでいた』!?」

 

「この腐敗の具合からしても、死後三日目だな。成程―――死体を応用したヒトガタ作りか」

 

刹那が検死していた死体の腕半分を分解した達也。血一滴流れぬ腕の断面には、古めかしい歯車や動線が埋めこまれていた。

 

「腕ごと歯車なども分解した。が―――俺が出来るのは、『半分』までだ」

 

「魔術の絶対法則。人間を越えるヒトガタは造れても、決して人間と同じモノは作れない―――」

 

人体構造というものは、どれだけ『模倣』をしたところで、人の手が加われば不出来にならざるをえない。

 

あのピクシーですら、血液の流れの代わりにサーボモータで駆動している限り、どうしても中身の構造はごまかせないのだ。

 

「作り物の身体は、血流から筋繊維の動きにいたるまで不出来なんだ―――」

 

「じゃあ、この社屋にいた連中も? 全員―――『人形』なのか?」

 

「だな。こんな『それなりの人形作り』なんて技能を、戦国の鉄砲傭兵が持っているなんて……」

 

魔術師・遠坂刹那の意識ではありえないぐらいに『高度』なものだ。

 

『ふぅん。成程ね―――こいつは悪趣味だ』

 

「……オニキス?」

 

『いや、何でも無いさ。さて、この悪趣味大賞のビルからとっとと出るとしよう。

結界の起点はその男だったわけだし、全て糸が切れた人形のように―――』

 

変な調子の感嘆をしたオニキスに訝しんだのだが、それは一瞬のことで次の瞬間には普段通りの説明役をしていたが……その言葉が途切れる。

 

刹那も察して、達也も気づく。どうやら悪趣味大賞はまだ続いていたようだ。

 

『ぬかったね。結界の起点は崩すべきではなかった。『囲い込む』べきだったんだ』

 

「達也、黒羽君、有希さん―――ここの情報……電子データやら吸い出せる限りのものを持ち出してくれ。時間は俺が稼ぐ」

 

どうせ、電子機器の扱いでは自分が一番の下手っぴだ。そういう刹那の無言での不貞腐れを察したのか、達也は笑みを浮かべつつ―――。

 

「五分で済ませる。ランサーを着かせているとはいえ『当たり』を引いた深雪たちが心配だ」

 

そういう『気遣い』をしておくのだった。

 

社長室から手早く出る刹那を見送って、達也は文弥及び外務省、ついでに言えば警察辺りが欲しがりそうなデータを洗い浚い奪っていくのだった。

 

個人端末の認証を突破するのですらナノセカンド単位でのハッキングを行っていく達也を、文弥は少しだけ恨めしげに見ておく。

 

―――僕らには、そんな表情しないのに―――。

 

そう思いながらも文弥もまた仕事に邁進するのだった。

 

 

社長室に通じるべき左右の通路からやってくる、死体を利用したと思しき人形。一昔前のデパートでは、ありったけあっただろうマネキン人形。

 

現在のARとVRを利用したものとは違い、『頭』まであるタイプ。無機質な白目と半開きの口を開けてやってくる。

 

元・出多興業の社員でありヤクザたちを遠坂刹那は―――。

 

左手に魔法陣と何かの文字……象形文字にも見えるものをいくつも組み合わせた『魔砲』を持ち、そこに魔力を通すたびに魔弾を解き放つ。

 

丁度30分ほど前の火縄銃の話ではないが、火薬の装填、弾込め、火縄への着火―――それらが一連で行われ、流れるように放たれる。

 

文弥の付き添いで九校戦の映像を見ていた有希としては、魔法使いならぬ『魔砲使い』という称号もあり得ると思えていた。

 

左手が、一般的な火縄銃……小筒、中筒の間断無い連射であるならば、右手には―――実体の『筒』が握られていた。

 

有希の拙い知識での認識でも、それは特化型CADとは決して言えないものだった。

 

もう本当にただの筒であった。ドラム缶半分ほどの直径とドラム缶半分ほどの長さ。

 

一応持ち手(保持具)はあったが、そんな原始的な『砲筒』から放たれる火箭は、文字通りの火球の連発だ。

 

時には火炎放射器以上もの火力を発揮して人形を一掃する様子。

 

『外側から見られる心配はないな。どうやら三角なる男はよほどの小心者だったようだ。周囲にこのビルよりも高い建物はない』

 

「PRESSのパパラッチ行為も遮断していたか、おまけにガラスも防弾及びマジックミラーの進化系」

 

偏執的すぎるぐらいに外側から異常が見えないということは、火災や停電などの災害が起きた場合、中々気づかれにくいということでもある。

このことが現在の状況に利していたが、まぁあまり良いことではない。

 

誰しも昭和時代という『レトロ』な時代におきたホテルニュージャパン火災なんてことは、まっぴら御免なわけである。

 

どういう理屈なのかは分からないが、『追尾弾』でもある火球の連発がしこたま火葬をやって、退けた後には―――消え去る灰の全て。

その様子を見てから有希は後ろの社長室を振り返る。

 

同時にドアから出てくるのは男子2人(1人は女装子)。

 

「終わったな?」

「ああ、引き上げるぞ」

 

言うやいなや、達也は眼前の総ガラス張りの壁面に対して『分解』を掛けた。

 

何かの手品の如く、大人が四人ぐらいは通れる穴が空き、そこに巨大なボードのようになった『魔法の杖』が一足先に出る。

 

「まさか―――これが『アシ』になるのか!?」

 

『そのトーリだ! カレイドオニキスの13の秘密機構の内の一つ!! リトル・シャドウ・ボーダー!! ちなみに燃料は君たちの魔力と外部のギリシャ火という『擬似太陽炉』で動くぞ!!』

 

有希の疑問に答える魔法の杖。どこかから誰かが操っていると思っていたのだが―――本当に、この杖が生きているかのように思えてならない。

 

疑問を持っていたのは主な雇い主であり、年下の男子 黒羽文弥も同様だったのだが。

 

ともあれ、他の男二人は疑問とかそういうものがないらしく、刹那の持っていた筒こそが『ギリシャ火』というものだったらしく、ジェット機のアフターバーナーよろしく『尾部』ともいえる石突部分に接続。

 

「文弥、乗れ!!」

 

「は、はい!! ナッツも!!」

 

「お、おう!!」

 

流石に四人乗りはきついか、何かの理由があるのか、遠坂刹那はボードの底部にある吊り具を掴んで姿勢を安定させた。

 

「流石に重力に対して『逆向き』(リバース)を発生させるのは、めんどいからな」

 

『飛ばす前にガラスを修復しておけ』

 

「Anfang―――」

 

短い呪文で、司波達也が分解したはずのガラス窓が修復されていく。

 

「気遣いありがとよ」

「俺の方でやるとしても、完全な分子分解のあとは無理だったからな」

 

短い会話。察するに、遠坂刹那が修復すると見越して、司波達也は分解の『細かさ』を下げていたというところだろうか。

 

ただ達也としては、あえてやることで刹那の術の限界値を図りたかった。仮に修復の魔術を行うとしても、それはどこまで可能なのか……。

 

とはいえ、いまは深雪の元に疾く駆けつけることの方が求められている。

 

ゆえに―――。

 

『『TRANS-AM(トランザム)!!!』』

 

―――魔法の呪文を唱えることで、現場に急行するのだった。

 

「達也兄さん!?」

 

驚愕の言葉を吐き出さざるを得ない文弥ごと―――魔法の杖は東京の夜空を再び駆け抜ける―――。

 

 



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第205話『聖夜異変―――Ⅶ』

 行く手を遮った女。それに対して―――明確な恐怖を後ろのユウキも感じた。

 

 怖い存在だと。雪降る公園にて雪兎の少女を守るべく、レオは決意をする。

 

 絶対に守ってみせる―――と。

 

「誰だテメェ……」

 

「誰でも良くないかな? とはいえ、単刀直入に言わせてもらうよ。そちらの少女を渡しなさい」

 

 

 こちらの威嚇を躱して要求を突きつける女―――。

 イメージとしては、エリカをキツくして鋭くした。そういう感じの女だが、何一つ心の琴線に触れない女だ。

 

 

「断る。ユウキ―――さがっていろ」

 

「レオ……」

 

 不安そうな夕姫の傍にいてあげたい気持ちがないわけじゃない。だが―――レオも気付いた。

 

 眼の前の卦体な格好の女の正体に―――。

 

(サーヴァント……どこの英霊だ?)

 

 自分の拙い知識では、類推することすらあやしいものだが、少なくとも目に見えて『直接戦闘』に長けたタイプには見えない。

 

 野暮ったい洋套(マント)で全身を包んでいる。防寒のためではあるまい。恐らくその下に得物がある。

 その得物が、刃物、投擲武器……暗器の類か……分からないが―――それでも―――先手必勝を期して動く。

 

「マグニ・ジークフリート!!」

 

 全身に強化硬化(フォルテストラ)を纏い、強化された蹴り足が雪を吹き飛ばしながら接近を意図する。

 

「―――なかなかの体術だ!!」

 

 サーヴァントもまた慮外の速度でレオの接近に身体を合わせてきた。その手に短刀を持っており、レオの手甲とぶつかり合う。

 

 刹那と達也が合作して作ってくれたこのCADでありグローブは、精密機器であると同時に『武装』としても使えるものだ。

 

 ミスリルとアカガネの合金は―――容易く白刃を叩き折る。

 白刃の細片にかまわず硬化された拳は、勢いそのままに霊体を叩く。流石に人間を殴った感触ではないが、……『手応え』はあった。

 

「へぇ。下間(しもつま)の武僧ぐらいの膂力はあるか!!」

 

「そのマント―――どうやら相当な防御物らしいな!!」

 

 『手応え』はあったが、まるで分厚いタイヤを殴ったみたいな感触であった。

 

 ノーダメージであることは察せられる。

 

 

「正解。まぁタネ明かしをするほど暇ではないのでな―――その命、浄土に送らせてもらう!!!」

 

 言うやいなやマントを脱ぎ去り、地面に落とす女。

 

 そしてマントの下には――――。

 

 多数の銃器。少なくともかなり古い(タイプ)のものが全身に鎧のごとく括られていた。

 

銃使い(ガンマン)!?」

 

「南蛮の言葉で、こういうんだっけかな? えぐざくとりー♪♪ BANG!!」

 

 

 気楽な調子で全身に括り付けられている銃を抜き放ち―――そのまま発砲。

 凄まじく速い『抜き打ち』にレオは―――避けることは出来なかった。踏み止まり、全身を強化して耐え凌ぐ。

 

「レオ!! 私に構わず!!」

 

 全身をしこたまうちつける銃弾が、ことごとくレオの身体に吸い込まれる。

 

 その様子を見て宇佐美夕姫は叫んだが、それ以前の話だ。

 後ろに夕姫がいるとか、そういうことに関係なく、レオの身体は大地に縫い付けられているのだ! 

 

(何だ!? 動こうとしても動けない!! 魔眼の類じゃない!! ならば―――何だ!?)

 

疑問が心をつくも、回答は得られないままに耐え忍ぶ。痛撃が、レオの身体を貫通していくが―――女としても、少しの疑問が残る。

 

(ただの妖術師もどき……にしては硬すぎる)

 

 銃弾の一撃一撃は、この世界の物理法則を蹂躙するもので出来ているはずなのだが……中々に硬いものを見て―――。

 

「ああ、成る程。―――『天魔憑き』か―――浄土に行けるかどうかは知らんが、南無阿弥陀仏―――」

 

 確信したことで、中筒()を持ち、身体を吹き飛ばすことを意図する。意図した瞬間―――。

 

 アーチャーのサーヴァントは、向かってくる『強烈な気配』に対して大鉄砲を向ける。

 

 (―――凶悪だ。こいつは―――!!)

 

 確信を持って言える。あまりにも強烈な魔力の塊。

 神仏の化身にも似たその気配の正体は―――自分と同じ(サーヴァント)

 

「その首!! 撥ね飛ばす!! にゃー!!!」

 

 流星のように角度を付けて天空よりやってきたものの言葉に反応。発砲! 連射!! 次から次へと大鉄砲も短筒も全て射撃する―――。

 

 降りゆく雪とは真逆の赤々とした『逆しまの流星』が空を染める。

 

 だが―――その尽くが、目に見えた凶相の面をした女に届くことはなかった。

 

「寒雪吹きすさぶも、『吉利支丹』たちの祭事である『でうすの御子』の生誕日に、このようなご近所様一堂にご迷惑極まる乱痴気騒ぎ―――許されるものか―――!! 

『でうす』に代わり、この『八華のサンタ』が、悪漢成敗してくれよう!!!」

 

「八華のサンタってなんだ―――!?」

 

「お前は―――!」

 

 飛びながらも槍を投擲。マントが貫かれる―――。地面に落ちたマントが貫かれたことでレオは―――自由の身となった。

 

 理屈はあと。だが、ランサーの正体に気付いたらしき女サーヴァントの瞠目した顔に一撃を見舞う。

 

「ごっ!!」

 

「しこたま撃たれたお返しだぜ!!」

 

 殴られた勢いで雪積もる大地を転がるように滑っていく女。

 

 しかし距離を取ったことで、バネじかけのように起き上がり発砲。

 

 火箭の群れを前に―――。

 

「つまり私が前に立てばいいだけ―――下がりなさいレオ」

 

 レオの前に落下の勢いで立ちふさがった『八華のサンタ』のおかげで、銃弾はあらぬ方向へと抜けていった。

 

 流れ弾がレオとユウキに入ることもないほどに、見事な逸しだ。

 

「八華のサンタクロース―――ここに見参!!」

 

 べべん! とでも擬音が着きそうな名乗り口上と幕入りの仕方の後には、次いで3つの気配が生まれる。

 

「レオ、Are you fine?」

 

「Yes, I’m fine―――問題ないぜリーナ」

 

 既に治癒のルーンを発動させて傷を癒やしていたレオを見てほっ、としてから下がらせる。

 

「すみません。西城くん。私達―――」

 

「構わねえさ。深雪さん―――未知の敵。それにマスターの姿も見えないんだ……警戒するのは、分かるぜ……」

 

 その言葉を受けて、本当に申し訳ない気持ちが三人の女子と戦乙馬に生まれる―――サンタの方は『斥候・先手がやられてしまうのは、戦国の常です』などと言ってのけた。

 

 うん、オニか。と思ってしまう。

 

 いや、まごうことなくオニではあった。

 

 ただし、サンタは指揮官にもかかわらず最前線に立っていた逸話持ちなので、本人の体験というよりも他家のことかもしれないのだが……。

 

 ともあれ、そんなことは『恋する乙女』には何の慰めにもならないのである。

 

「深雪ちゃんとリーナちゃんも―――レオを囮にしていたってこと!?」

 

「ソ、ソーリー……けれどユウキを守ろうとするレオのプライド(男気)を汚すのもどうかというせめぎ合いがあったのヨ……」

 

 レオの言葉で気付いた宇佐美夕姫の怒りの言動が届く。まぁ当たり前の反応ではあった。

 流石の深雪も、そう責め立てられては心苦しかった。

 

 だが―――レオがユウキを制止することで、とりあえず場は収まった。

 

 この間、クラスで言えばアーチャーに属するサーヴァントは景虎に睨まれて動けずにいた。

 

 ……こちらの会話が落ち着いたことでアーチャーは動き出す。

 

「まさか、『鉄砲嫌い』のアナタと相見えるとは思わなかったなぁ。けれど―――それこそが、この戦い(聖杯戦争)の妙味でもあるか」

 

「でしょうね。そして私は別に鉄砲キライじゃないです。むしろ、欲しかったほどですよ!!

 けれど『晴信』の鉄砲隊ですら『粗悪』なものしか手に入れられなかったのですから―――ああ、『サカイ』()が遠すぎる!!」

 

 西日本と東日本の境目とも言える軍事の違い。越後もそれなりに貿易は行っていたが、鉄砲・硝石・火薬・火縄―――それらをまとまった数で揃えるには、あまりにも越後には『金銭』が足らず、南蛮との輸入ルートが『遠すぎた』。

 

 事実、越軍が本格的に火縄銃を運用していくのは、御館の乱が終息し本能寺の変のあとに―――『信長の後継者』として動き出した『羽柴秀吉』に臣従してからだと伝えられる。

 

 その動きの首謀は『直江兼続』という武将であった……。

 

 そんな嘆きを剣を振り回しながら語るカゲトラだが、緊張を隠せないアーチャーのサーヴァント。

 

 時空を越えて激突し合う魔人と魔人。そのレベルの差は歴然としていた……。

 

「軍神、越後の龍―――負け戦は片手で数える程度の戦国最強の武将『長尾 景虎』殿……まさか拝謁の妙に合うとは思わなかった―――」

 

「見たことはありませんでしたが、私もアナタのことは聞き及んでおりましたよ。

 敵に回せば『災厄』味方にすれば『千人力』

 西国一の武士団『雑賀衆』を統率せし、砲術武将『雑賀 孫市』―――あの頃にアナタを雇えば良かったですかね?」

 

「貧乏な越後になんざ誰が行きたがるか。それに銃の補充も出来ないんじゃ、アンタのキライな兵糧攻めだ……寒い……寒さが爆発しすぎてる!!」

 

 吐き捨てるように言われて、それも道理だなと景虎は苦笑ごと納得しながら剣を構える。

 

「さきほどの通りならば私に銃弾は通らない。この身は毘沙門天の加護によって培われた自負心が、現象操作を及ぼすのだ。ゆえに―――快く―――その首よこせぇえ!!」

 

「「「「「こ、こええええ!!!!」」」」」

 

 妖怪『首おいてけ』。何故か達也に似た声で再生される御仁のようなことを言って、白雪を蹴りながら進むお虎(イイ笑顔)に誰もが恐怖を覚える。

 

「ふざけるなよ!! 武田や後北条みたいな鉄砲をロクに扱えない連中と私を同列にするな!! もってけダブル(双発)だ!!」

 

 言いながら短筒二丁拳銃の形で発砲するアーチャーのサーヴァント『雑賀孫市』。

 だが、そうなることが必然のように銃弾は『在らぬ方向』へと逸れていく。

 

 その間にも距離を詰めてくる景虎(イイ笑顔)に対して、アーチャーは士筒を持ち迎撃してくる。

 火縄銃にもいくつかバリエーションがあり、この士筒(さむらいづつ)は、その中でも単騎の侍が運用する内でも最大級のものだ。

 

 腰を落として理想の射撃フォームを取り―――放つ。

 

 当たるはずの『大弾』がそれていった後には歯噛みをしながらも、士筒の『機構』を展開。

 

 ―――今にも首を落とそうと迫る刃を迎撃する。

 

「!?」

「―――Bayonet(銃剣)!? 」

 

 驚愕の表情が、景虎とリーナに走る。

 

 確かにアーチャーだからと接近戦をしないわけではない。

 ライダーだからと騎馬での突撃だけをするわけではない。

 セイバーだからと聖剣をぶっぱするだけが能ではない。

 

 だが、まさか戦国時代に『あり得ざる兵器』を雑賀衆が持っていたなど考えるやつはいない。

 

 とはいえ、英霊のヒストリエは時に現代に生きる人間の想像を全て裏切る。夜の帳を消し飛ばす火花が咲き誇り、足元の雪は既に液体へと変じている。

 

「……リーナ、そんなに変なことなのかしら? 雑賀孫市が、銃剣を持つことは?」

 

常識的(セオリー)とは言えないワネ。

 従来のヒストリーの通りならば、タネガシマ(火縄銃)は『銃口からの火薬・弾込め』それを『カルカ』という槊杖で押し固めて装填(トリガーロック)するものだから―――銃口よりも遠いスタンス(位置)に刃物なんてあったらアブナイでしょ?」

 

 口頭で説明しながらも、リーナが手にしたカンショウ・バクヤ―――2丁拳銃タイプの特化型CADという『実物』でジェスチャーを加えての説明。

 それで深雪も頭に入ってくる。

 まぁ小中学校での歴史を思い出せば、確かにその通りであった。

 

「では、どうやって―――」

 

「よく見りゃ分かる。あの銃剣は『スライド』することで出てくるんだ。あんなデカブツを放りながら、そんなものを動かしているんだ。恐ろしい限りだぜ」

 

 亜夜子の疑問に答えたのは、その亜夜子による治療を受けていたレオであった。

 

 よく見れば、確かに銃床部分を動かして発砲後の大筒を銃剣としている。

 

 つまりは戦国時代驚異のテクノロジー。現地改修とでもいうべきものが、いまのアーチャーとランサーの拮抗を生み出していた。

 

 何丁ものサイズの違う銃を宙に浮かせ次から次へと手に取り発砲するアーチャー。

 ランサーの加護の前では何の意味もないのだが、直接打撃が出来なくとも擦過する銃弾の乱舞の前に必然的に機動が鈍る。

 

 しかし―――。

 

 40挺目の火縄銃を無為に帰したところで、景虎は―――立ち止まった。

 後退して距離をとっての発砲を繰り返して『時間稼ぎ』をしていた雑賀孫市にとっては休憩となれるが―――どういうつもりだと思う。

 

「いや、失礼―――西国一の武将との戦いを楽しみすぎていましたね。雑賀衆とはただの鉄砲傭兵集団ではない。

 彼らは縦横無尽に戦場を駆け抜ける『銃士』。従来の使い方(せおりー)ではなかったのですよね」

 

 一般的な戦国時代の『銃』の使い方とは、遮蔽物越しでの集団射掛けが主だ。

 

 野田・福島の戦い。長篠の戦い。小牧・長久手の戦い。大坂の陣・真田丸の戦い……全て主要な使い方は現代風に言えば『塹壕戦』での運用である。

 

 それに比べれば―――。

 

「カネがあって何丁も銃を、何発も銃弾を用立てられる大名連中に比べれば、雑賀の鉄砲は一発一発が大事であった……けれどな。それゆえに当てるための技術と集中を培ってきた。生きる糧は戦場の中にしかなかったんだからな」

 

 さみしげな顔を向けるアーチャーが語るは悲しき戦国の道理。

 

 そして雑賀衆とは―――。

 

「銃を持った軒猿衆(しのび)―――それが貴様らの本質だな」

「附子の毒すら利かないとか、お前―――本当に『人間』かよ?」

 

 呆れるように銃弾の合間に投げつけていた『石礫』を見せる雑賀孫市。

 

「あいにくこの身は毘沙門天の加護を受けている。

 戦神が定めた戦いの場において、そのような小細工は全て効かぬ!! 『宝具』を出せアーチャー……『雑賀孫市』―――でなければ、この戦いに汝が勝機はない―――」

 

「……殘念ながら、アタシはアンタみたいに一騎打ちを旨としているんじゃない―――それと、どうやら『用事』は済んだみたいだからな―――お暇させてもらうだけさ!!!」

 

 焦っている様子を見せながらも、告げられた『言葉の意味』を考えて誰もが宇佐美夕姫を見たが、大丈夫であった。

 

 身柄に変化はない。少し怯えているが、大丈夫だ。

 

 しかし、それが一瞬の隙となりて逃走を許した。

 

「リーナ!! 司波姫!!! 亜夜子!!」

 

 下知を受ける前から用意していたとは言え、アーチャーの言葉で『よそみ』をしてしまった。

 同時に『魔法』の照準を付けそこねる。この場にマスターとしての透視能力を持った人間がいれば、敏捷ランクでは『B』というステータスが見えているはず。

 

 早すぎて狙いをつけるとかそういうレベルではない。

 

 それどころか―――。

 

「―――不倶、金剛、王顕、」

 

「天台密教!?」

 

 短い呪文をランサーは聞きとがめた。

 再びの結界構築。こちらを縛り付けたことでその逃走は余計に捕らえられるものではなかった。

 

 こんどこそ地面に落ちていた『マント』を粉微塵に切り裂くランサー。

 

「……しくじりました。まさかここまでの結界を構築するものだと分かっていれば、槍で突き刺すのではなく切り裂いておくのだった」

 

『知恵役』がいなかったのが、若干の仇となった。

 

 ワザワザ、防御力があるものを脱ぎ捨てて戦いに赴いたことに疑義を持つべきだったが―――。

 

 ともあれ危機は去ったわけである。

 

 危機が去ると同時に―――古めかしいVTOL機のような調子でやってきた見知った顔に知らない顔。

 

 ボードのような杖のような摩訶不思議なものに四人乗り(1人は宙吊り)でやってきたことに誰もが気づく。

 降り立つ四者四様の姿。

 

 レオが覚えている限りでは、女装した少年は―――街中では見たことがある。

 あちらも気付いたらしく、丁寧な一礼をしてきた―――。

 

 そういうことで西城レオンハルトとしては一言申したいわけである。

 

「事情を説明してくれるか?」

 

 怒っているような笑っているような何とも言えない顔をしつつ口を開いた。

 

「「「「OF COURSE」」」」

 

 とりあえず付き合い長い顔見知り四人から了承を貰う。

 

 そして―――この時、警察は『重要参考人』を拉致されるという失態を冒してしまっていたのだった……。

 

 魔法使いの夜の終幕は近づきつつある……。

 

 

 

 



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第206話『聖夜異変―――Ⅷ』

とりあえず出来上がったのであっぷ。




「イヤ! アタシはこれからこちらにいる西城レオンハルト君の家に行って、大人の階段登る! 私はピンシャン(?)!」

 

「そんなお嬢、いや『ユウヒ』ちゃん! キミにとって『アサヒ』さんとの日々は、何でも無かったのかよ……!?」

 

雪降る街中で黒服三人が土下座をして懇願してくる。

黒服三人は、レオ曰く街中で張っ倒した人間で、ユウキ曰く所属事務所のタレントのガード。

 

黒服三人と宇佐美夕姫が主に喋っている様子を傍から見る形で、彼ら以外の面子はラーメンを啜っていた。

 

寒空の下、赤提灯の店で食うラーメンの味は格別すぎたが、こんな寸劇を見せられては、味も少しばかり色褪せたものに感じる。

 

こうなってしまった経緯を説明するには、時間を40分ほど前に戻さなければならない……。

 

ホワンホワンホワントオサカ〜〜〜

 

もはや様式美となってしまった回想に入る前のSEを口にしながら、遠坂刹那は思い出すのだった。

 

 

「ナルホドな。概ねは飲み込めた。ここに来るまでにユウキから聞かされた事情とかを聞けば余計にな……」

 

雪よけのベンチ(休憩所)の前で、腕組みして一応の納得をするレオの顔。疑問はいくつかあるだろう。

 

何でそんな危険極まる仕事を『達也のいとこ』がやっているんだ? とか、サーヴァントが絡むほどの事案に何で発展しているんだとか……だが、それ以上に聞かねばならないことがレオにはあった。

 

「ユウキ、お前……魔法師だったのか?」

 

「魔法師になれなかった『遺伝子調整体』……それが私なんだよ。レオ……」

 

自嘲するような笑みと己の身体を忌まわしく思うような仕草とが、彼女の魅力を引き立てる。

狙ってやっているのだとしたらば、かなりのモテカワではある。

こういうのを見せられれば、大勢の男子は何が何でもその顔を晴らしたいと思うに違いない。

 

この中で、その術中に嵌っているのは顔を赤くしている黒羽文弥だけなのだが―――。

 

「魔法技能を獲得出来なかった調整体魔法師の失敗作。(ルナ)シリーズの不良品。それがアタシ『宇佐美ユウヒ』なの」

 

そして宇佐美が語る言によると、望んだ魔法技能が会得できなかったのは、遺伝子改良における容姿のパラメーター値というものに『ポイント』を割り振りすぎた。

 

要するに宇佐美ユウヒという人間の『初期数値』は決まっていたのだが、その与えられていたポイントを全て容姿デザインに割り振ってしまっていたということだった。

 

その最初期のポイント数が『どれぐらい』なのか、分からなければ、こういったことは往々にして起こり得る。

ジーンテクノサイエンスの欠陥というやつである。

 

人間は本当の意味で『人間を意のままに出来ないのだ』。

 

「研究所で求められていた魔法技能が発現しなくて、それで―――しかも、私は『第1世代』で『親』なんてものはいないの。

試験管の中で『遺伝子を調整』されて、『機械の子宮』に満たされた羊水の中から出て、産声をあげて―――その後、容姿の良さだけを理由に今のプロダクションに売られて―――」

 

それ以上の言葉はレオが止めた。

何も言わずに腕組みしていた腕を開いて、泣きじゃくりそうな少女を抱きしめて、そのままに―――きつく抱擁をすると宇佐美夕姫は泣きわめいた。

 

聖なる夜。女の子にとっては色々と『特別な日』にもなるはずの今日に枕営業を強要された上に、事務所の社長は殺害された。

 

色々と限界だったのだろう。同時に、宇佐美夕姫が自分たち魔法科高校の生徒に対して向けていた感情も理解できる。

 

あの中には、自分と全て同じと言わずとも、『遺伝子調整』された上で生を受けた存在もいるはずだ。特に数字を持っている存在は、そういう存在だと―――見聞もしていたはず。

 

羨望と嫉妬―――そういう眼があったのだろう。

 

魔法師という存在は、『ナチュラル』な存在ではない。

 

この辺りで四葉は『魔法師は兵器』という考えを持っているが、それでも望んだ能力を持たずに生まれてきた上で、『人格改造』してまで『違う能力』を付与する非人間性と比較すれば、どちらが良かったのだろうと思うことはある。

 

どちらが『当人』にとっていいことなのか―――。

 

疑問に答えは出ない。

 

唯一分かることは――――。

 

「えーと、録画ボタンはどれだっけか?」

 

「これだ。沓子とエリカにも流すんだから、しっかり撮れよ皆の衆」

 

了解(ラジャー)!!』

 

―――機械音痴な刹那では、レオとユウキの愛のメモリーの録画はとちらざるを得なかったのだ。

 

「もーーーう!! 空気読んでよ!! 特に遠坂さんとリーナちゃん!! 司波さんと深雪ちゃん!!」

 

「だってなー。俺としては三高の四十九院と上手く行ってほしいしな」

「Me too。ユウキを無視するわけじゃないけど、トーコに対してちょっとフェアじゃないわ。アンフェアよ」

 

((どの口が、そんなことを言えるのだろう……))

 

同じく三高の女子(一色愛梨)に敵愾心マックスのリーナが言えたセリフではないと、呆れるように思う司波兄妹だが、事態に対する事情説明を終えると、彼女に選択をさせなければならない。

 

「宇佐美夕姫さん……西城先輩と抱き合っているところ申し訳有りませんが、アナタの身柄は狙われている……」

 

「私達ならば、とりあえずの身柄の安全を保証したいところですが……」

 

「サーヴァントは厄介だな。ご姉弟」

 

『『仰るとおりです』』

 

イタズラな笑みを浮かべて言うレオに、ため息と同時にそんな事を返す黒羽の双子。

 

結局の所。どこまで付け狙われるか分かったものじゃない―――のだが……。

 

「ランサーとアーチャーの会話を聞く限りでは、敵さんは宇佐美に興味なさそうな様子だったがな」

 

「そうですね……。まぁ略取誘拐に対する案件は続行ですが、宇佐美さんはもう大丈夫なのかな……?」

 

文弥君の不安げな疑問に答えたのは、達也でも刹那でも無かった。

 

『私との一騎打ちを拒否してまで『用事』の完遂を優先した。恐らくマスターの方で何かしらの『行動』を起こしたのでしょう。詳細こそ不明ですが、うさみんはレオに任せてもよろしいかと』

 

当て推量ではあるが、霊体化しているランサーの判断の正しさも理解できていた。

家という意味では、プロダクションの『寮』があるそうだが、『あんなこと』があった上では少し帰りにくい。

 

「んじゃレオ、家に連れてってやれよ。上手いこと誤魔化しとくからさ」

 

「ウソつくんじゃねーよ! 思いっきり『面白そうだから脚色して言いふらそう♪』って顔しているぞ!!」

 

一高名物。遠坂刹那だけが持つ『あかいあくまの笑み』

これを浮かべている間の刹那は、一切の精神的ダメージを受け付けないのである。(事実)

 

そんな『あかいあくまの笑み』を見た宇佐美夕姫は決意する。その脚色した事実の中に『真実』を含めてやろうと。嘘から出た真にしてやろうと。

 

「私は構わないよ―――むしろ―――レオには、私の『ハジメテ』を受け取って欲しい……」

「ユウキ!?」

 

達也以外の全員が色めき立つ宇佐美夕姫の言動。

ちなみに言えば、黒羽文弥は妄想力を逞しくしていたのか鼻血を出して、隣にいた榛有希に鼻を拭かれていた。

 

どんだけ純な男子中学生だよ。呆れつつも構わず事態は動く。

 

レオとユウキ。その決意と決断はどうなるのか―――。

 

「レオは気にしなくていいんだよ。私を愛するとか、恋人にするとかはまだ考えなくていい……。

ただ、私が好きな人に、私のハジメテを貰ってほしいからそう言っているだけ―――芸能界の悪習で、そんなことになるぐらいならば、その前に――――」

 

ずるい言動である。

傍から聞いている面子にしてみれば、宇佐美夕姫は狡猾だ―――ズルい女である。

 

レオが感じる重荷や責任を逃している片方で、自分とすることは『ボランティア』とは少し違うも『手助け』をしてくれと懇願している。

『情け』をくれと言う女の要求を断りきれるかどうかだ。

 

宇佐美が枕営業させられそうになっていたのは事実。

その重すぎる事実の前では、そういった風な願い事は通るかもしれない。

 

揺れ動く西城レオンハルトの気持ち。レオの実家がある草加市まで赴けば、自分たちも後顧の憂いはなくなるのだが―――。

 

そして何より友人のDT卒業は間近なわけで、先程までの三高の友人に対する義理立てが消滅せざるをえない。

 

えなかったのだが……。

 

そんな中、古めかしいチャルメラの音が鳴り響く。

 

カップルばかりが居た公園の様相が人外魔境になった後にやってきたのは、赤提灯の店。あったかそうな様子を見せる屋台を引っ張りながらラーメンおじさんがやってくるのだった。

 

芳しい香りが鼻を突く。同時に全員の腹がシンクロする形で鳴り響いた。

 

もはや俺たちの腹は『ラーメン腹』になってしまっている。よし決めた。今夜はあそこをオアシスにするのだ。

 

東京砂漠に開かれた荒野のオアシス。言うなれば荒野のグルメである。

 

「お腹空いたワ……アイムハングリー」

 

「あれだけケバブを食べたというのにお腹が減る理不尽……!! これがグルメ細胞の悪魔!!」

 

「女性陣、明日の体重計を考えなくていいのかい?」

 

しれっと釘を刺すも、わざわざ先程まで修羅巷だったところに来てくれたオヤジさんを素寒貧にするのは心苦しい。

だから、明日の体重計の心配はロマンキャンセルされるのだった。

 

「とりあえず―――どうするかは、食ってから決めてもいいんじゃないか?」

 

「……そうだな。ちなみに刹那も達也も戦いに向かうんだよな?」

 

「流石にこのまま放っておくのも寝覚めが悪いだろう。敵は英霊の分け身―――現代魔法師で対処可能な事案ならば余計な口出しはせんが、どう見ても『俺向きな』案件だしな」

 

『血の滾りを解消させない限りは、どうにも腰の座りが良くないですね―――』

 

戦闘狂のサーヴァントを引き当てた刹那の苦労を、レオも達也もなんとなく察しておく。

だが、そんな(イクサ)欲丸出しな景虎とは別に、今の男子も女子も―――『食欲』を満たしたいのだった。

 

雪を踏みしめながら椅子の追加と雪よけの傘、暖房器具を設置して待ってくれている店主の元に赴く。

 

「―――やってる?」

 

「ああ。適当に掛けな」

 

暖簾をのけてそんなことを言うと、口髭を蓄えた恰幅のいい店主は麺玉とスープの準備をしているのだった。

 

ここまで準備してもらって、食わずに帰るのは情がないな。そう思い―――注文10人分以上をこなす店主にちょっとだけ感激するのだった……。

 

そして点心(おかし)として刹那が『あんまん』を食べていた時に、彼ら―――セレスアートの『タレントガード』がやってきたのだ。

 

彼ら曰く、社長である弓場大作氏が殺害された現場で事情聴取を受けていた『尾上アサヒ』という宇佐美のマネージャーが連れ去られたらしい。

真夜中ではあるが白昼堂々の犯行に、駆けつけていた消防や警察は面目丸つぶれ。

 

だが、そんなことは今はどうでもいい。

やったのが、サーヴァントの手の者ということであるかどうかだ。まぁ十中八九『月シリーズ』のもうひとりを狙った以上、マスターの仕業だろう。

 

しかし、そんな大胆な行動をすれば、あっちこっちに『検閲』という名のソーシャルカメラの『警戒網』が展開される。

 

「何を考えているのやら……」

「抜き出した情報によると、フィリピンマフィアが港に来るそうだ」

「終点は取引場所か」

 

達也が端末に表示したもので全ては知れた。本牧埠頭―――再びの横浜にやってくる外国の怪しげな船に、もはや呪われているんじゃないかと思ってしまうほど。

 

「で―――宇佐美はどうするの?」

「………」

「聞いていると、マネージャーである尾上氏はお前の兄貴みたいなものなんだろ。俺らが救うだけならば難なくだが、ここまで尽力してくれた人の安全を確認しなくていいのか?」

「………」

 

男二人から責めるように言われて確かに薄情かと思ったのか、宇佐美は嘆息をした。

 

「兄貴分を気取っているけど、本質的には―――私に懸想しているんだもの。私は少し頼りないけど『お兄ちゃん』として見ていたのに……今回のことで―――幻滅しているんだよ!!」

 

それは分からなくもない。特に女性陣は深く深く頷いている。世間には様々な兄妹関係がある。まぁ普通に考えれば、年ごろの妹が兄に対する態度として深雪は異端だろう。

 

そこに枕営業の話である。兄貴分としての威厳は地に落ちている。

 

「マネージャーも苦渋の選択だったんですよ。魔法科高校のマジックライブ―――今の主流のサイバースペースライブを越えてきたそれに対抗して、雪兎ヒメではなく宇佐美夕姫として売り出したいって……もちろん、酌だけにして、他のことに及ぼうとした時には守る手はずだったんです」

 

本当にそれだけで収まるだろうか。というか、そんな大胆なことを出来る人間かどうかも疑問。

 

だがそれでも―――。

 

「お前とそういう関係になるかどうかは、まだわかんねぇけどさ……兄貴見捨てて『しけ込む』ってのはどうかと思う」

「レオ……」

 

ラーメン(3杯目)を食い終わり、ニットを脱いだ宇佐美の頭に手をやりながら、そんなことを言うレオ。

男気溢れている。

 

「だからさ―――まずはマネージャーさんとやらを助けてやろうぜ」

「うん……レオがそう言うなら」

 

その様子に口の中が甘くなる。頬に手を当てて真っ赤になる宇佐美夕姫。

 

砂吐きそうになる様子に―――。

 

「人生という名の列車はまだまだ走り続けるものだな。ということでそこのお三人。これから走り回ってお勤めに行くんだろう。

こいつ食ってからこの少年少女たちと行きな。時は金なりと言うが、急いては事を仕損じるぜ。男が動く時は―――色々と詰め込んでおかなきゃ吐き出せる気合も吐けないんだからよ」

 

言いながら土下座していた黒服達。夕姫曰く『サテライトキャスト』の『レセプター』という存在。

子機とも言われていたという、調整体魔法師の成り損ないに差し出される熱々のあんかけラーメン。

 

 

場を弁えた絶妙な合いの手。男三人を気遣えるマスターの男気溢れる対応に、誰もが驚愕する。

砂糖まみれだった口の中が一気に『固茹で卵』になるのだった。

 

(((((ハ、ハードボイルドオオオオオオオオ!!!)))))

 

((((マスターがハードボイルドォオオオ!!))))

 

「マスターじゃねぇ。目暮の親父とよべや少年少女。事情は良くは分からねぇが、家族みたいな存在は大事にするべきだぜ」

 

「夫婦がいつまでもラブラブになるには!?」

 

「そいつは色々あるが、長い時間を掛けて『燻す』ように真心を込めて接することだぜ。そしてたまには女房にグチこぼして、話聞いてもらって花もたしてやるのもコツの一つだな」

 

「「「「ハードボイルドォオオオ!!!」」」」

「「「「刑事コロンボなみのいぶし銀を感じるぅうう!!!」」」」

 

言われながら、燻製されたゆで卵を燻製した『塩』で味付けしたのを出されて、全員で誓いを立てるかのように食っておく。

 

「ハラは決まった(膨れた)ぞ! 目指す場所は本牧ふ頭。とりあえずレオのDT卒業のためにも後顧の憂いを無くす!!」

「まだ決まっちゃいねーよ!! というかオレがDTだと決めつけるな!! ごちそうさまでした!! またいつか食べに来ます!!」

『『『ごちそうさまでした―――!!!』』』

 

全ての勘定をすませて騒がしく出ていく、年齢にバラつきがある少年少女たちを見送る『目暮屋』の親父は―――全員の姿が見えなくなると同時に端末を開き、ある番号に掛ける。

 

「―――『チャップリン』より『ソード』へ。標的は、横浜本牧埠頭に移動をした模様。敵戦力は最大級。

歩調を合わせつつ、解決に導け―――抜かるなよ」

 

符丁を組み合わせつつも、要件を正しく言ってのけた。

 



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第207話『聖夜異変―――Ⅸ』

新規投稿に見えて、実はただの追記ということ。

前回、短すぎたので、今回の話に合体させることにしました。

よろしくお願いします。


「ソード了解。しかし再び彼らとはね……」

 

『こちらとしては、あまり歓迎せざる事態だが、致し方あるまい。彼ら向きの事案だ。我々は人身売買のルートの壊滅と少女たちの奪還に専念しろ』

 

「了解です。チャップリン……このコードネームの応答、なんとかなりませんかね警視?」

 

『あきらめろ寿和。由緒ある伝統を潰すのは忍びない』

 

 どんな『由緒』があるかなんてのは知らないが、まぁこういった諜報活動的な言い合いに憧れが無かったわけではない。

 パトカーの中で応答し合った年配の捜査官にはどうしても頭が上がらない。どうやら張っていた組が『怪しい』から『妖しい』に変わった時点で、それとなく『専門家』をこの案件に関わらせたのだ。

 

 その手際は、見事というほかない。

 

『現場での判断は任せる。抜かるなよソード』

「了解です」

 

 古めかしい無線機に見えるも、その実『電子の魔女』にすら盗聴されないシステムを使いこなした寿和は、パトカーの外に出てから今にも本牧埠頭を直撃しそうな朱色の光竜を響子と見るのだった。

 

「被疑者死亡で書類送検なんてことは勘弁願いたいですね」

 

「大丈夫ですよ。リーナも刹那君も首尾よくこなせます」

 

 信頼している響子とは対称的に寿和としては、色々と物申したいことは多いのだが……。ともあれ、事態が自分向きでなくなれば、任せることしか出来ないのだから。

 

 ☆

 ☆

 ☆

 

 

 クリスマスの夜空を駆け抜ける真っ赤な龍。寒風をさほど感じないのは、足場であり乗り物にしている龍が遅いからではなく、これを使役している魔術師が、何かしらの循環暖房をしてくれているからだろう。

 

 むしろ足場の温かさもあり、ぬくぬくとした思いすらある。あるのだが、とりあえず達也としては疑問を投げかけるのだった。

 

「んで? この邪王炎殺黒龍波のような火竜は何なんだ?」

 

「最近の変換機能ってすごいよな。『じゃおうえん』と打っただけでいくつものサジェストを出してきたからな」

 

「茶化すなよ刹那。まぁあの壺のような炉心が礼装なんだろうけれどよ。要はここまで派手な魔法を使っての攻撃をする理由が達也は知りたいんだろう?」

 

「ぶっはー! 夜空を近くに見ながらのお酒はサイコーですねー!!」

 

 達也からの疑問をはぐらかすとレオからツッコまれ、最後には関係ないやつが飲酒で締めてくれた。

 

 なんだこの微妙な幽白四人組は。

 

 ちなみに並びは、先頭に刹那、次に達也、レオ―――尾に器用に跨っているのが景虎である。

 

 達也が一番飛影っぽいのに。けど『邪眼の力をなめるなよ』とか言えるのは俺の方だ、などと思いつつ、レオに言われた通り『派手な魔術』で強襲をかける意図の説明を開始。

 

「アーチャーのサーヴァントが持つ『結界宝具』。恐らく『思想魔術』による三重の結界は、発動したが最後―――アーチャーが意図した相手を『静止』状態に追い込めるんだろうな」

 

『仏教における『六道輪廻図』……天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道―――これらの六趣、六界の様式を以て土地を縛り付けるという、いわゆる修験者が用いる験力思想による魔術だ。彼ら風に言えば法術だろうけどね』

 

 オニキスに言われてレオも思い出す。確かにあのサーヴァントがマントを脱ぎ捨てた後に自分の身は全て縛られた。

 

 既にランサーによってずたぼろになったマント。その裏地には、梵字に似た模様を『三重の円』でつなげたものがある。

 

『恐らくこの結界宝具は、いくらでも『作れる』んだろうな。相当に『腕のいい』結界師がいたんだろうけれど……』

 

「織田信長は取れなかったか……」

 

 信長の天下統一を10年遅らせたと言われる石山合戦の戦いの一つ。

 

 天王寺砦の戦いにおいて、信長は窮地に陥った明智光秀を助けるべく、集まるものも集まらない兵力で救援に向かった。

 

 最終的には光秀立て籠もる天王寺砦に精鋭ごと己も向かうことで、本願寺側の攻勢を挫いた。

 

 大雑把にはこんなところだが、この救援行動。特に敵からの銃弾が絶え間ないところを突っ切った際に、信長は脚に銃弾を受けることとなった。

 

 あわや大惨事ともいえるハプニングであるが、まぁ最終的には軽傷で済んだ辺り、悪運は強いのだろう。

 

「毘沙門天を信仰していないから、そんなことになるのです。私だったらば、砦の守備兵も出させて銃兵を壊乱に追い込んでいましたよ」

 

「そりゃお前(軍神)だから出来ること。つーかなに? お虎が前に出ると直江親子も甘粕景持や北条一門も銃弾をものともしないのか?」

 

「いやー、私がライダークラスで現界していれば、越軍八相車懸りの陣とか出来たんですけどねー。マスターのドジ♪」

 

 なんでさ。というか覚えている限りでは、『風林火山』がライダーで現界しているはずだから、己はランサーとして召喚に応じたとか言っていたような気がする。

 

 ともあれ、いまので分かったこともある。

 

「武将の指揮能力次第では、そのスキルや特性が自身の一門衆や家臣にも付与されるということか」

 

『察するに、あのアーチャーも結界を講じることで、魔王を倒そうとしていたんだろうね。実際、この時の信長及び光秀の関係性は良かった。

 そして、アーチャー……雑賀孫市は、丹波攻めが失敗に終わった明智光秀を救援するべく魔王はやってくると思っていたんだろう』

 

 神秘のテクスチャを引き剥がしていく信長を撃滅するべく、乾坤一擲の策として法力を用いて足止めをし、信長に銃弾を届けるべく―――しかし、現実に、信長の心臓を貫くことはなかった……。

 

「信長による『方面軍構想』か。十師族の現状にも繋がるものがあるな」

 

 達也の何気ない言葉。だが、あんまりこの構想は上手くいかなかった。

 

 鬼柴田……かかれ柴田を敗北させた『手取川の戦い』にしかり、やはりまだまだ『集合体』として有力武将が『方面軍』を動かすには、信長のトップダウン方式は、織田家に根強いものがあったほどだ。

 

 そんな刹那の頭の中での考えを呼んだのか、お虎ちゃん得意満面。

 

 だが、せっちゃん知っているよ。

 

 その戦いにノッブがやってきていると思って冬を越そうと城で待ち構えていたら、厠で力み死しちゃったこと。

 

 せっちゃんと歴史家、ウソつかないよ。

 

「にゃー!!!!!!!」

「うおおおお!! マスター殺しの危機!! ランサーからの理不尽な攻撃(不正解)が俺を襲う!!」

 

「まぁ手取川で鬼シバタ―――――!!!!!」

「にゃ――――!!!!!」

 

(達也も同じことを考えたか。オレは黙して語らず! 沈黙は―――)

「にゃああああ!!!」

「なんでオレまでぇえええ!!!!」

 

『男子諸君、デリカシーというものを学びたまえ♪』

 

 真っ逆さまに大地に落ちかねないところでの攻撃。

 朱龍のオーラを消しかねないランサーからの神速の打突を躱しに躱した後は―――。

 

「いいですか男子三人。戦国の軍神アイドル 水樹景虎ちゃんは、トイレとかいかない!!」

 

 ダイヤモンドは砕けない、みたいなフレーズを語る景虎に、何度も頷く男子三人(正座状態)。

 

 サーイエッサーと言わざるをえない軍神の勢いに気圧されながらも、本牧埠頭は見えつつある……。

 

「最初の疑問に立ち返るが、刹那はこの『ギリシャ火』という魔術礼装を何で作ったんだ?」

 

「それをいまさら気にするか。兄弟子の一人が『原始電池』―――バグダッド電池を模した礼装を作ったのを見てから、んじゃ『火』から辿ってみるかと思って文献もあやふやなギリシャ火を再現しようと思ったんだ」

 

 その時、刹那の顔が苦笑に歪むのを達也は目ざとく診てしまった。

 

 理由は分からないが、ギリシャ火という大筒から発生した『魔竜』は、正しく爆撃の為の準備を開始しつつある。

 

『さぁ終着点だ。準備は万端だな。刹那?』

 

「そいつはいいんだが、こういう登場が多いよな。俺って……」

 

 この世界に来てからの初仕事、リーナちゃんR-18危機一髪の瞬間といい……。

 

 空中から大爆撃と共に降り立つ。いわゆる強襲攻撃。

 

 錬鉄の英雄のようなスマートな攻撃とは真逆のそれを行う気持ちとは、つまり……。

 

『古今東西……魔女は星界を飛翔しながら求め訴えるシンデレラのために地上に降り立つ―――。況や『男魔女』(ウォーロック)もそうなのさ!! さぁ戦いの時だ!! マーチを鳴らせ!! 』

 

投影・重創(トレース・フラクタル)―――全投影連弾創射(ソードバレルマキシストライク)!!!」

 

 その言葉を合図に魔法使いたちは、降り積もる雪に混じる光のシャワーと共に本牧埠頭に降り立つ。

 

 ☆

 ☆

 ☆

 ☆

 

「首尾よくいくかね? アタシじゃランサーには手こずるんだが」

 

「それでもやらねばならないんだアーチャー。俺が表の世界で行きていくためにも……」

 

「まぁ気持ちは分からなくもないぜ。アタシも最終的には傭兵なんかで食っていけないってことで、土地持ちの武士になったからなぁ」

 

 雑賀衆の頭目。その人生はそれなりに波乱万丈であった。

 最後まで魔王に『協力』を出来なかった日々。雑賀衆全体ではないが……孫市自身は、『彼女』とは反対の極にいる人間であった。

 

 その中でも思い出すのは、『南無阿弥陀仏』と唱えることで極楽浄土に行けることを唱える宗派の総本山に着く前のことだった……。

 

 野田・福島城の戦い。櫓の上から鉄砲を放ってきた魔王に辛勝をした上で『石山』に付くことを決めた際―――。

 

 1人の辛気臭い坊主を見た。

 

 近隣の村の人々は石山に逃げ込んではいたが、それでも逃げ遅れたか、何か守らねばならないものがあったか、はたまた石山の決起で動いた宗徒か……どちらであるかは分からない。

 

 だが明らかに『武士』ではない『幼い屍』を前に経を唱える坊主を見た。

 

 そして(かばね)に脚がないのを見たのか、読経を終えると『義足』を与えて手を再び合わせる……。

 

『そんなことしたって、誰かが持っていくだけかもしれねぇぜ』

 

『それでも構わぬ。脚がなければ『浄土』で難儀することもあろう。せめて私が弔っている間に、事を終えるを願うのみだ』

 

 巷の坊主の殆どが、法衣も袈裟も数珠も高価な物に、あまりにも綺羅びやかなものにしている中、男は黒一色の法衣を纏うのみであった。

 

 巷の生臭坊主にくらべれば地味ではあるが、それでもそれは男にこの上なく似合っていた。

 

『アンタ―――石山の坊さんじゃないな?』

 

『然り。顕如殿の蜂起を受けて叡山より参ったものだ。名は名乗らないでおこう雑賀孫市』

 

 そのかたっ苦しい言いように、叡山の堕落した生臭坊主たちから『煙たがられていた』んじゃないかと孫市は思った。

 

 会話は途切れたかと思うぐらいに念仏を唱えていた坊主は、再びこちらに声を掛けてきた。

 

『顕如殿は、『南無阿弥陀仏』を唱え続ければ極楽浄土に行けると思っているようだが、お前もそうか?』

 

『まぁな―――この乱世で善行ばかりを行えているなんて胸張れるヤツはいないだろう。ならば、せめて―――死ぬ前には、イイところにいけるって信じたいじゃないか』

 

『私もそう考えたかったがな……』

 

『何かをしたかったのか?』

 

『ああ、私は人を救いたかった。報われぬ人生を全て正したかった―――だが、人は救うものではなく、終わらせるものだと悟って理解した』

 

 ―――人間(ワタシ)には、誰も救えない。

 

 絶望の果てに矮小さを悟った男の言葉が孫市を貫いた……。

 

 血煙漂う屍転がる戦場の跡に、その男の絶望しきった黒い顔が焼き付いたのだ。

 

 台密の僧。多くの人の嘆きと悲しみを真正面から受け止めすぎた男。

 

 その男のことを思い出してから、マスターの願いを聞いておく。

 

杉谷(スギヤ)。アンタの望みは何だ?」

 

「俺は弱体のマスターだからな。『力』を見せた後は、適当に『拾われるさ』。お前を『寄越せ』と言われたならば、くれてやる―――構わんか?」

 

 この場において誰か1人でもいれば、その会話の意図が分からなかっただろう。だが、アーチャーとマスターである元・出多興業の社員であり若頭であった杉屋(杉谷)善人ならば分かる会話である。

 

「身売りの宗旨変えはアタシの時代では当たり前だったんだぜ。今さらそんなことに阿るかよ」

 

 だが少しの寂しさがないわけではない。現世において呼んでくれた主人が、いとも簡単に自分を捨てるなど……。

 

「んで? 南蛮博徒どもはどこに?」

 

「商品の検分中だそうだ……しかし、最後にこんな泥仕事が待っていようとはな」

 

「直参しようってのに、何か成果が欲しいとは狭量な―――!! またかよ!!!」

 

 喚くアーチャーは、気づいたことで視線を上に向けた。釣られて杉屋も向けると、そこには驚愕すべきものがあった。

 

 蜷局を巻くように上空にいる巨大な生物。

 

 風雲を呼び従え、激しい雷雨を降らすと知られている幻想の生物……!

 

『―――龍!?』

 

 朱色の光。闇夜の中でも見えるその色は不吉を孕む。

 朱色の光龍という、あまりにも奇天烈すぎて、魔法を知るものからすれば仰々しすぎて無駄事すぎて―――されど、その造形は見事なまでに幻創を生み出していた。

 

 そしてアーチャーのサーヴァントは、その(ヒヒ)色の鱗を持った光龍の背に―――注目した。

 

 強化された視力は、蜷局を巻く龍に直立する男三人の姿を確認した。

 

 一人は見覚えがある。二人は見覚えがない。

 

 だが、強烈な(プレッシャー)が発生しており、只者ではないことは理解していた。

 

 咆哮に似た圧力がアーチャーと杉屋を吹き飛ばそうとしている。

 

 上空にいる巨大な魔力体が動いたことで乱流が発生しているのだ。

 

 横浜本牧埠頭とフィリピンマフィアが乗ってきた貨物船を標的に含めた巨大な龍。

 

 気づいた数少ないフィリピンマフィア雇われの乗組員たちも甲板に出てきて、その光景に恐れ慄いたり神の名を唱えている。

 

 意外なことというわけではないが、フィリピンという国の主な宗教はキリスト教。まぁ元々は現地人たちを勝手に未開と決めつけて、『改宗』させていった結果なのだが。

 

 ともあれそんな状況の下……闇夜に輝く朱龍は、蜷局を巻いていた身をほぼ一直線にして、雨滴にも似た落ち方、しかし紐状生物のように身を湾曲させながら落ちてくるのだ。

 

 

(あんなものがそのまま落ちてくれば、ここは発破されるだろうな……)

 

 こちらとしては、期せずして『人質』となっている『魔法師を作る腹』や『種袋』どもまで殺さんとする魔力の圧だが―――巨龍は―――。

 

 アーチャーが銃を向けた瞬間―――。無数に分裂を果たし、鳥のようなものに変化していく。身の全てが朱色の鳥のような有翼生物になったままに落ちてくるのだ。

 

 その威力は―――察してあまりある。

 

 

「この群雀(むれすずめ)どもがうじゃうじゃと―――!!!!!」

 

 叫びながらその身にある宝具『浄銃奉納百八挺』(バロックガン)を滞空させて、対空射撃を敢行。

 

 如何に『大魔術』の類とはいえ、アーチャー雑賀孫市の銃の一発一発はCランク宝具の攻撃に準ずる。

 

 もちろん口径によっても威力が上下する『歪み』を持ったものであり、港のコンクリート路面を足場にしてさかしまの流星を再び作り上げる。

 

「ど、どういうことだ!? ミスタースギヤ、話が違いすぎるぞ!!! ―――あばばば!!!」

 

「ドン!?」

 

 フィリピンマフィアの頭目。カルロ・カスティーヨでありドン・カスティーヨは、『コンテナ』に箱詰めさせられていた商品の移送を指揮していた。

 

 しかし、この異常事態の前に肥満体の男は飛び出してきて、彼にも見える魔術の攻撃、アーチャーが迎撃出来なかった『群雀』に、その身を貫かれて身を痙攣させた。

 

 物理的な威力よりも『精神的』なものに重きを置いていたらしく、昏倒する様子に瞠目する。

 

 その隙を狙って、今までどこに隠れていたのか、傾いた格好の少女と―――少年一人が埠頭に飛び出してきた。

 

 一方はアーチャーも知っている。もう一方は知らない。

 

 こちらが敵の爆撃を阻止している間隙を狙った見事な連携。

 

 アーチャーの手が回らないと思っての行動を前に―――バカが! という嘲りと同時に、『六道結界』で動きを止めてやろうという意図でマントを展開したが……。

 

「アーチャー!!」

 

 マスターの言葉でマントを翻し、地面に落とすことで展開される結界が発動しない。

 

 瞬間、あちこちで何かが爆ぜる音が響く。それはサーヴァントの宝具でいえばB〜Aランク相当に通じる威力の発破。

 

 どこからの攻撃かと探る必要はなかった。落ちてくる群雀に混じって―――多くの綺羅びやかな美と妖しすぎて見るものを幻創にいざなう魔力を両立させた武器が落ちてきていたのだ……。

 

 孫市に存在する三重の結界を砕くほどの武器が至近に落ちた。

 

 特大の雷電ごとの落着。思わず孫市もマスターごと飛び退くしかなかった。

 

「金剛杵!?」

 

 本牧埠頭が数10cmは全体で陥没したのではないかという圧が、結界をズタズタに引き裂き不安定にさせていた。

 

 闇夜の中で金色に輝き紫電を放つ武器だけが、闇夜を払うヴァジュラ()となりえる……。

 

 そんなことを連想していると―――四つの影がアーチャーたちと対峙する。

 

 

「群雀に混じって落ちてきたのか!?」

 

「そういうことだ―――さて、アーチャー『雑賀孫市』、そのマスター『杉屋善人』―――お前たちの引くべきトリガー(引き金)は、叩き壊させてもらう」

 

 聖夜の夜に『魔法使い』は幕引きを告げるべく『ラスト・クリスマス』を歌うのだった……。

 



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第208話『聖夜異変―――Ⅹ』

長らくお待たせしました。パソコン周りのあれこれで―――とりあえず申し訳ない限りです。

新話お送りします。

あと一話で来訪者編になるかなーぐらいに考えています。


派手な合図だな。

 

外側から加えられる絶え間ない振動がコンテナを派手に揺らす中、コンテナの『中身』は全員が何も感じていない様子であった。この寒空の中……浴衣に着替えさせられている少女たちに紛れた榛有希は、何かしらの薬と術で酩酊状態であることを確認。

 

同時にコンテナの中に珍しい男性を確認。深雪とリーナも確認したことで、近づいていく。

 

攫われてからさほど経っていないからか、男は周りの女の子たちをすこしばかり慰めている様子であった。

 

そんな男に近づくとあちらも気づいたようで、目線を向けられる。

 

「君たちは……」

 

「詳しい説明は省くが、アンタを助けるように依頼されたモノだ。セレスアート所属のマネージャー尾上旭でいいんだな?」

 

「ああ……」

 

「少し待っていろ。アンタの妹分も帰りを待っている」

 

 

その言葉に安堵を果たす旭氏だが、本当の所は……伝えないほうがいいのは目に見えていた。

 

それもまた処世術だろう。

 

そうしていると、ふとした時に一人の少女に眼がいった。

 

有希が注目していても、我関せず―――されど虚ろな眼をしていない。

 

白髪に赤眼。長い白髪を飾り気のない紐で一つに結わえた姿は、どこまでも似合っている。

 

不審感を覚えたのはリーナと深雪も同じだったが―――その間に戦端は開かれるのだった。

 

 

これにて二戦目。刹那と達也は初戦だが、ともあれアーチャーとの戦いに興じる景虎は、完全に獲るつもりのようだ。

 

あちこちで雪が爆ぜ吹き上がり、乾いた金属音が耳朶を打つ。

 

二戦目にしてアーチャーを獲る景虎だが、その勢いが躓きを産まなければいいのだが。

 

そしてアーチャーのマスター『杉屋善人』。出多興業の若頭という地位にありながら、『親殺し』をしてまでも―――何を狙ったか―――なんてのは興味がないとまでは言わんが―――。

 

「レオ、お前に任せるよ。今夜の主役はお前だからな」

 

「宇佐美でDT卒業のためにも、そこの男は倒すべき障害だな」

 

そんな風に友人の花道の首として献上するのだった。

 

下駄を預けられたことでレオは一歩進み出て、中年のスーツ男に立ち向かうことを決める。

 

そして完全にナメられた形の杉屋であったが、それでも3対1で勝てるなどと強くは言えない。相手は、魔法師の界隈にそれなりに詳しい面子ならば、理解できる強力な面子だ。

 

知らずに汗を掻いて……。

 

「夕姫のことは置いておくとしても、お虎さんを助けるぐらいはせにゃならんよな」

 

20mほどの間合いを以って構える剛厚な男―――ただのガキなどとナメられない相手に対して―――特化型CADが『火』を吹く。

 

起動式の読み込み、間髪入れずの発射。

 

魔弾を応用した3点連射。心の臓を確実に停止させるために磨き抜いたもの。

 

一発でも心臓を止めるに相応しい威力のそれを三射撃つのは、杉屋なりの願掛けであった。

 

かつて杉谷善住坊という杉屋の先祖として知られている甲賀忍者は、第六天魔王と称された織田信長を暗殺するという段において、それを失敗した経緯がある。

 

そして最終的には信長によって鋸引きで殺されたとも伝わる。

 

当時の火縄銃は、まぁ当たり前のごとく単発式であった。ならば、今―――、この時代において「殺害」の確実性を目指すならば、三点による確実なものを目指すべきなのだ。

 

確実に心臓を止めるべく放たれる弾丸。それゆえの行いであったのだが……。

 

放たれる魔弾。サイオン弾ともちがう魔力の弾丸は、過たず西城レオンハルトという男に吸い込まれるはずであった。

 

だが、それらの弾丸がレオに届くことはなかった。なぜであるかなど分からない。

しかし、はっきりと『弾かれた』ことを理解した杉屋は、近接戦用の得物を取り出す前に―――。

 

 

「ヤールングレイプル!!!」

 

白金の篭手の一撃で昏倒をするのだった。呆気ない勝利に驚いたのは何もレオだけではない。

達也もまたその力量に驚愕してしまう。確かにレオも、自分たちに付き合う形で様々な戦いに巻き込まれていった。

 

ある意味、実戦経験の濃度で言えば一条を超えているかも知れない。

 

雪を滑るように移動することで放たれたレオの攻撃の威力は、ヤクザもんでありながらも魔法師としても銃士としても優れていた杉屋善人という男を敗北させた。

理不尽な結果を嘆くように、杉屋という男から呟かれるは、恨み言の類であった。

 

「お、おれは、ようやく―――この掃き溜めみたいな世界から足抜けするんだ。上方(かみがた)に―――『京都の組織』に属することで……」

 

「そのために人身売買をやるっつーのは、なんつーかトンチキだなオッサン」

 

任侠団体として廃業届を出した実家を持つだけに、思うところは少しだけあるのか、ぶん殴られて雪で顔に霜焼けを作った杉屋を拘束しながら言うレオ。

 

嘆息するように言っているレオとは別に、達也と刹那は杉屋の言う『上方』『京都の組織』という言葉に少しだけざわつく思いだった。

 

だがマスターが倒されたことで動揺をしたのか、アーチャーの動きは精彩を欠く。

 

全く当たらぬ『弾』を前にして、銃弾の装填が遅れを果たし、次から次へと放たれていたはずの銃弾が遅滞を果たし―――。

 

その隙を見逃すランサー長尾景虎ではなかった。

 

今までは五分の捷さ(はやさ)であったものを七分の疾さに変えて、銃弾の距離を無にした。

 

「―――雷の―――」

 

振りかぶられる七支の槍。防御・回避・躱し―――全てがムダに終わる。その『直感』をもたらすほどにランサーの攻撃はアーチャーに死を予感させる。

 

百戦錬磨の感覚。同じ時代を歩いておきながら、ここまで違うのか―――戦慄が総身を駆け抜けた瞬間。銃剣を使って防御を―――火縄銃の全てが意志持つかのようにアーチャーの前面を壁のように閉じ込めながらも―――。

 

「呼吸―――壱の型―――雷獣一閃!!」

 

上半身の撥条と連動する下半身の強靭さとが、放たれた槍撃を地上に走る雷も同然に見せて、ブレが見えない一撃は一直線に銃壁を割り砕いて、雑賀孫市の心臓に入り込んだ。

 

その勢いごとの心臓貫徹は、物理的な衝撃で言えば巡航ミサイルによる発破力、破壊力を一点に集中させたようなもの。

 

勢いで槍を手放したランサー。期せずして投擲のカタチになったそれは、槍で雑賀孫市の身体を貨物船にまで飛ばして、七つの海を渡る頑丈な船体に磔にしていた。

 

勢いのほどは、3mほどは陥没したのではないかという雑賀孫市の背後の船体から察する。

 

そして盛大な吐血。普通の人間ならば即死だろう怪我のほど、心臓は破裂を起こしてもはや死に体だが、それでもサーヴァントの身体は、それでも生きていた……。

 

「終わりだなアーチャー。お前の霊核は潰させてもらった!!」

 

「て、敵に止めを刺す前から勝鬨をあげるなど、とんだ不心得者だな―――上杉謙信!!! がはっ!!!」

 

「殺す前にお前には聞かねばならぬこともあるからな。刀八毘沙門天の裁き、紅閻魔に裁かれる前に、吐くことを吐け―――」

 

「のぼせあがるな人気者……!!」

 

「悪態を突くなら、もう少し場面を考えるべきだな―――」

 

血塗れの雑賀孫市を冷たく見下ろして、もはや介錯仕るという態度を取り、手には「刀一振り」。

 

刹那が作っておいた数打だが……。気に入ってくれたようで何より―――と思っていると……。

 

刀一閃。

 

磔刑に処されていたアーチャー雑賀孫市の首が、ゴム毬のように跳ねながら雪原に轉がった瞬間。

 

「令呪を以て命ずる―――。アーチャー 雑賀孫市!! 我が身の縛りから自由となれ!!!」

契約解除命令(ディスペルオーダー)!?」

 

杉屋から発せられた命令。だが一瞬遅かったはずだとするも、再起動を果たすアーチャーの姿。

 

磔刑に処されたアーチャーが蠢いて、その後ろから新たなアーチャーが現れた。

 

まるで虚数空間からの出現にも見える―――ともあれ、それを景虎はどういうことなのか見抜いた。

 

「仏師の『ヒトガタ』か!!」

「スペアの身体にまで衝撃が及んだ!! だが――――。一矢は報いる!!!」

 

その時、死体となったアーチャーから『巨大な砲』が出てきた。

 

歴史に詳しくないものでも、それがどういうものかは知っている。そして歴史に詳しいものは、それがどういった由来の武器であるかを知っていた。

 

それは『歴史』を変えた『人理改定兵器』。

 

海賊提督『フランシス・ドレイク』に運用された大砲。

当時、植民地支配による莫大な利益と圧倒的なまでの戦力を有して諸外国を威圧していた『太陽の沈まない国』(スペイン王国)の『無敵艦隊』を沈め――。

 

城作りの名人。そして城落としの名手と称された『太閤秀吉』の戦国屈指の堅城として有名な大阪城。徹底的なまでに防備が考えられて正攻法では崩せぬその城を落とすまでにいたった―――。

 

火縄銃に次ぐ時代が生み出した『チート兵器』。

 

『カルバリン砲』が中空に浮いていたのだった……。

 

「お虎!!」

 

「―――」

 

もはや、銃の距離ではない。概念的には飛び道具だが―――それすらも無効化出来るのか―――。逡巡がマスターに走るが、それに頓着せずにアーチャーは必殺を備える。

 

「蛇龍邪道・大蛇砲!!!」(デミ・カルバリン)

 

砲口に魔力が溜め込まれる。宝具の出現で位置関係から一度だけ飛び退いた景虎の判断が、前進か後退か―――。

 

竜種のレーザーブレス。断続的魔力投射を思わせるものが火を吹く前に―――。

 

「後ろは死路! 前には活路有り!!!」

 

ランサーが選んだのは前進だった。4門も並べられたカルバリン砲が、今にも火を吹かんとする寸前に槍を突き刺す。

 

出来るか―――ブーストを掛けることすら、生粋の武人である景虎を狂わせる要因になることを危惧して、刹那はその一髪千鈞を引く戦いを見つめざるを得ない。

 

「BAAAANGGG!!!!!」

 

雪を吹き飛ばしながら接近するランサーに放たれる、アーチャーの最大攻撃。

 

降雪を溶かしてコンクリートの路面すらも溶かす熱量が解き放たれて、ランサーの逃げ場を失わせた。

 

先手を取られた。その驚愕の思い―――そして迫りくる光波の圧を前にしてランサーは―――。

 

スキル・運は天に在り A

 

スキル・手柄は足に在り A

 

保有しているスキル2つ デュオスキルとして自動発動(オートバフ)

 

ランサーは瞬間、光の速さを越えて、先んじて毘天の宝槍を一番左端から迫る光に対して真っ直ぐ投げ込んだ。

 

振りかぶりなど必要ないほどに真っ直ぐな投槍が、光を割っていき、砲門に入り込もうとしていく。

 

ぎょっとするアーチャー。そして、放たれる光を割っていく槍の軌道を追ってランサーは道を進む。

 

決していい道ではない。それどころか二叉に引き裂いた光の余波は、ランサーを強かに焼き付けていくのだ。

 

だが、それでも左端に至ろうとした段で、カルバリン砲を振り回して残りの火力を振り向けようとした瞬間―――。ランサーは反対方向に移動してのけた。

 

姿勢を低く低くしてのすり抜け。大蛇の如き長大な砲身を移動するために、船体に体重を預けていたアーチャーの失態である。

 

―――どんな体幹してるんだこいつは!?―――。

 

サーヴァントだからとか、軍神だとか言うレベルではない移動の仕方と速度。まるで猫科の動物のような身体の使い方だ。

 

そして左に進路を取っておきながらの右へのあっけない変更。

 

完全にしてやられた。明後日の方向に火力を吐き出すアーチャーに対して右半身に迫るランサーは、その走り出しの勢いのままに―――足元を狙った横薙ぎを―――フェイクとして、下から振り上げる形で刀を振り抜いていた。

 

下半身は前のめりになっていたのだ。そこから下半身の力を使わずに、腕の力だけで胸を切り裂いた。

 

その技は決して曲芸・棒振り芸の類ではなく、殺しの技として成立するものだ。

 

専門家(エリカ)がいなくても、それは男三人わかっていた。尋常な膂力ではないサーヴァントの秘技。時に『手打ち』の技でも殺しの技として成立する理不尽をおぼえながらも、詰みに至ろうとした時に―――。

 

深々と胸を切り裂いたそこから、トドメへと至ろうとしたのだが―――そこに走る、横槍ならぬ『横矢離』。

 

火を先端に灯した火矢が、次から次へと本牧埠頭に降り注ぐ。

 

「―――!!」

 

「レオ! その男を!!」

 

銀世界から一面が赤い世界に変じるほどの火力。まず間違いなくサーヴァントの宝具。

 

「船からだ刹那!!」

 

短い言葉を達也から受けて敵の姿を確認。そこには―――景虎と同系統だろう女武将の姿があった。

 

甲冑も最低限。張り詰めた弓を打ち鳴らして幾つもの火矢を解き放つそれに対して―――。

 

『ギリシャ火』を向けて炎の子弾を叩き出していく。追尾性能も持ったそれが火矢を迎撃していく。

 

周囲で延焼を起こす魔力の炎は――――。

 

「中々に強いが―――」

 

魔力の圧のことだろうが、それでも純粋な自然現象ではない魔力の炎を前にして、少しの苦心をしながらも、達也はそれらを消し去った。

 

先程まで冬であったことなど忘れさせる熱を受けながらも、自分の攻撃が無為に終わったことなどどうでもいいとして、貨物船の甲板から降りてきた。

 

特に魔術を使っている様子はないが、その人ならざる身の前では、そんなことも当たり前なのだろう。

 

 

「ご、御前!!」

 

バインドで拘束されていた杉屋が、その大弓と刀持ちの女に声を掛けた。

 

受けた『御前』という女は――――。

 

「どうやら生ぬるい戦いばかりをしてきたようですが、鍛えればそれなりに使えるでしょうからね。芋すないぱー、通称『芋砂』になれるぐらいはありますか」

 

「で、では!?」

 

「その身柄! この『御前』が預からせてもらいました!! 我が『夫』にして『主』は多くの志士を求めるものです!! 共に『朝陽』の元を歩みましょう!!」

 

言うやいなや、指先を向けてレオが掛けていたバインドの術式、拘束布を『燃やし尽くしてきた』。

 

まるでガンドを放ったかのように魔力の布は、燃えカスとなって地面に落ちた。

 

「―――さて、私の『正体』は分かっていましょう? ならば、この場で立ちはだかり、立ち向かう無謀も分かりましょう。立往生して矢玉を食らう義理もないでしょうしね」

 

サーヴァントであろう女武将は薄い笑みを浮かべながら、こちらを威圧してくる。

 

「手負いとはいえ、サーヴァント2体を相手にこの状況で強気に出られるかよ……」

 

だが勝とうと思えば『いくつかの手段』もあったのだが、アーチャーのサーヴァントの首に刀を当てているお虎も、どうするかを決めかねているのだ。

 

なりふり構わない手段に打って出られることが一番怖いのだ。

 

混沌とした戦況。リーナからの通信が入り、どうやら尾上氏の身柄は無事であることが分かった。

 

『それと船員たちは皆殺しだったワ。もうソッチに向かったと思うけど、サーヴァントが、ネ……』

 

短い言葉で、状況を察した……。

 

「このような細々とした状況で1大決戦など、間尺に合わんでしょう。

ここは退きなさい―――さもなくば―――」

 

さもなくばの次の言葉を聞くまでもなく、杉屋とアーチャー……雑賀孫市は本牧埠頭から消え去り、『御前』と呼ばれていた女武将も消え去った。

 

後は官憲任せだが、どうやら警察機構も彼らを追うことをしないでいる。状況は不可解極まりながらも―――戦いは尻すぼみのままに全てが終わった。

 

同時に……見え隠れしている『裏側』に『銀色の聖杯』がチラつくのは、連想してしまっているからではなさそうだ……。

 

 



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第209話『聖夜異変―――エピローグ』

 一夜明けた東京都。昨日まで降り続いていた雪は止んでいたが、積もった雪景色は人々の心を弾ませる。

 

 その一方で転びそうなものも出ていたのだが……。

 

「うわっ!? ワッ、ワッ、ワッ、とととっ……」

 

「運動神経いいはずなのに、こういうのは無理かぁ」

 

「言いながらもダキトメてくれるアナタがダイスキ♪ ウインタースポーツの時にはワタシを指導シテ♪」

 

 路面を滑りそうになったリーナを抱きとめてのやり取り。周囲の人は『バカップル』がいるという視線。

 

 気にしてはならない。というか、この辺りの人々は良く知っているのだ。

 

 喫茶店アイネブリーゼ。こここそが待ち合わせの場所であり、ここいらの界隈では刹那とリーナは既に有名人なのだった。

 

 あんまりうれしくない限りだが。

 

 ともあれ、冬の装いながらもシャレた服装をしたリーナと共に、雪をざくざく踏みしめながら進んだ先で扉を開くと、ドアベルが鳴り響き来店となる。

 

「いらっしゃい。遠坂君、リーナちゃん」

 

「どうもお久で、メリークリスマスです。マスター」

 

「Merry Christmas♪」

 

「相変わらずのアツアツっぷりで、オジサン嫉妬しちゃうねぇ。待ち合わせの相手はあっちだよ」

 

 その言葉でトレイを渡される。

 

 上には自分とリーナが良く頼むものが載せられており、分かっている対応に感謝しつつ、マスターが指定した大部屋とでもいうべき場所に向かう。

 

「よぉ。お互い夜明かしの後は疲れるな」

 

「全くだ。が、少しばかり話し合おう。今回の件に関してな」

 

達也とのやり取りをしつつ席に座っていく。会話は途切れない。

 

「レオのDT卒業記念じゃなかったか?」

 

「本人いないのに祝ってどうすんだよ。それにまだまだ未確定の―――おいリーナ。何だその目は?」

 

「イエイエ、何でもゴザイマセンヨー♪ 」

 

 空いている椅子に座りながら、にやけた顔をしているリーナの意味を刹那はよく分かっていた。

 

 まぁ夕姫もよくやったもんである。実際、全てが終わって尾上氏が保護された後に出てきた宇佐美夕姫。

 

 一応、毛布を掛けられていて少しだけ薄汚れた尾上氏は、妹分であり恋慕を抱いている少女が駆け寄ってきたことに喜色を出したのだが―――。

 

『レオ、大丈夫!?』

 

 その一声と向かった先にいる少年の姿。

 

 驚愕の表情と共に鼻水を垂らすギャグ顔を見せるマネージャーである尾上アサヒ氏は、少しだけ可愛そうだった。

 

 マンガ家 稲田浩司先生のタッチになってしまった尾上氏は、セレスアートの黒服たちに同情されながらも、結局―――とりあえずアレコレと事情は立て込んでいるからと西城家の屋敷、刹那の実家のお隣さん(藤村組)にも似た家に匿われるのだった。

 

『ウチの担当アイドルに手を出すなよ!!』

 

『アサヒうるさい!!! さっ、レオ行こっ♪』

 

『ユ、ユウヒ―――!!!』

 

 哀れな限りの叫びを挙げるも、唯一生き残ったセレスアートの『社員』としての役目もあったので、尾上氏は寿和さんと響子さんに連れられていったのだった。

 

 保護された女の子たちも落ち着き次第、親御・保護者の元に送り返されるとのこと。

 

 ほんとうの意味での重要参考人たるフィリピンマフィアの頭目の身柄は黒羽の双子が抑えていたので、そこから様々な人身売買のルートの壊滅に役立つだろう。

 安宿先生の旦那『ハクタロウ』刑事と―――赤提灯のラーメン店の人物―――『目暮警視』という名だと知り、担がれていたことを知るも、あそこまで見事なハードボイルドだと何も言えなくなるのだ。

 

 表向きの一件はそれにて終了した。当初の四葉に降された指令が官憲の手に渡った形だが、それでも予定は達成された。

 何もかもが予定からひっくり返ったが―――四葉のスポンサーはそれを良しとしたようだ。

 

 だが裏向きの事情を既に察していた……。

 

「神代秘術連盟―――イリヤ・リズは、多くのサーヴァントとマスターをスカウトしているのか」

 

「だろうね。あの人の目的は十師族よりも直線的だ。やり方は迂遠だけども、求めていることは一つ。『魔法師の山』を崩すことだ」

 

 表向きの権力を『口先』だけでは「求めない」と公言している十師族の『専横』は、多くの表向きの関係者たちを苛立たせている。

 単なる『政治屋』の汚職絡みの案件ではないぐらいに、血生臭い事案にも発展すること間違いない。

 

 だがそれ以上に、『魔法師の統括者』あってこそ国防がどうにかこうにかなっているという現状は、ジレンマであった。

 

「杉屋善人―――名前から察するに『杉谷善住坊』の子孫と思ったほうがいいんだろうな。嘘か誠かは分からぬが―――雑賀孫市を引き当てた以上、そういった血筋であることは間違いない」

 

 神秘領域から離れつつも、魔法師研究がある種の『聖杯』を擬似的に作り上げていた。

 しかし、その一方で『触媒』との絡みもある。

 

 考えるに、本来の目的は『中間』でやめておこうとしたのではないかと思う。

 遺伝子操作の不安定性は、宇佐美夕姫の例で分かっている通りだ。

 

 求め過ぎれば『外れすぎ』、かといって何もしなければ『真っ当なまま』。

 魔法師の遺伝子操作は、最終的には物理現象の操作に振り切ってしまって、本来の目的は南極あたりに『ブッ飛んだ』。

 

 結果的に、『亜種の霊長』として世界に認識されたのだ。もちろん、中には英霊の霊基と反応しやすい存在もいるが……。

 

「最終的に、呼び出せるもの宿すものは限定されちまってるんだろうな」

 

「俺ではムリか?」

 

「俺の見立てでは無理だな。お前ほど物理現象操作に特化した魔法師というのは、完全に英霊からは『外される』―――まぁもしかしたらば、どっかには『奇特な英雄』もいるかもしれないが」

 

(思い当たるフシがあるんだろうな……)

 

 無言で刹那に対して思ってからコーヒーを飲む達也。

 

 だが、刹那の見立ても分からなくもない。結局の所、達也にとって魔法なんてのは解明された現象操作術なのだから。

 

 しかし、サーヴァント相手に無力なのは、何とももどかしいものがある。

 

 刹那が何かしらの『付与』をした弾丸ならば効くのだが……。まぁ深雪が直接害された事案でないならば、専門家に任せておくのが適当だろう。

 

 とはいえ、達也としてはこの後の展開次第では、そうも言っていられないかも知れない。

 

「十師族以外の山を作り、その山を以て十師族を打破する―――それも恐らく、何の咎めだてもさせずにな」

 

「ソンナこと可能なのかしら? 神霊基盤の確立だけでも、かなりの功績のはずでしょ?」

 

 神霊に依った『魔法』のバージョンを作り出す。そここそが神代秘術連盟の意図であると刹那から説明を受けていたが、それはいうなれば『プロ野球の2大リーグ制度』程度だと思っていた達也だが……刹那はもう少し踏み込んできた。

 

「既に大亜―――中国大陸では内戦が勃発している。貧すれば鈍する。衣食住満ち足りていなければ、戦の機運が出るのは、あの国では昔からの話だからな―――問題は、戦場に『サーヴァント』が出没していることだ」

 

「……―――……!!!」

 

 刹那からの言葉を受けて一瞬だけ何を当たり前のことを―――と思っていた達也だが、『その可能性』を考えて戦慄する。

 

「お兄様?」

 

「今はまだお互いを傷つけることに必死で、地続きの国、インド連邦や新ソ連に手出しをしてはいないが……」

 

 覇権を狙うことが常の国是。どこの『地域軍閥』が国家樹立を宣言するかは分からないが、2020年の新型コロナウイルスによるパンデミック(世界的大流行)を、他国の軍事兵器だなどと面の皮が厚いことを宣う国なのだ。

 

 監視システムで、ちょっとばかり終息した風になった時にそれなのであるから……。どこが覇権を握っても面倒な話である。

 

「あるいは『火中の栗を拾う』ために、派遣されるかもしれないな」

 

 最初は、まぁ国防軍だろうが、何かの判断間違いで人道支援の名目とやらで陸戦部隊を送り込むことになれば、矢面に立つのは魔法師だろう。

 

「日中戦争の先例が生きていればいいんだがな……」

 

「―――『もう一回』潰しに行く?」

 

 にやけた顔で言う刹那に、達也は少しだけ憤慨するようにしてから言葉を返す。

 

「祖父・大叔父のような真似がいまの時代に出来るかっ。第一、お前サーヴァントがいるとか言っているじゃないか―――お前が協力してくれるならば、百歩譲ってそれでもいいが―――ああ、分かったぞ……そういうことか」

 

 権謀術数に通じているようで、微妙に通じていない達也の理解がようやく追いつく。

 周囲の面子も達也が口に出したことでようやくカンが働いたようだ。

 

「……十師族が尻込みする事態、サーヴァントの案件に奴等は出てくるのか」

 

「可能性の話だがな。実際、インストールを併用したところで真正の英霊とは比較にならない」

 

「アンジェリーナさんでも?」

 

「戦い方次第―――だけど、結局ワタシがフェイカーとの戦いでインストールしたゴーストライナー( 英霊)は、王貴人(オウキジン)を倒しきれなかったモノ」

 

 亜夜子の質問に、手を両側に開きながらの両肩竦めを見せるリーナ。演技ではないだろう。

 

 しかし達也及び刹那、深雪も知っている。

 

 彼女のインストールした中にはとんでもないドラゴンアイドル(?)がおり、エリリーナと化した時に、アルキメデスを狼狽させ、呂剛虎を倒してのけたのだった。

 

「ともあれ―――神代秘術連盟は、『どっち』に転んでも対処出来るようにしていると見たほうがいいだろうな」

 

「権力闘争とか生臭すぎるな」

 

 ショートケーキを食べていた榛有希の言葉に全くもってその通りだった。

 

 彼女の所属は、ある種のアンダーグラウンドな仕事を請け負う『会社』らしくて、現在『四葉』の庇護下にあるのも『色々』あってのことらしい。

 

 召喚学部が降霊科の下部組織になったようなものだろうかと身近な例を考えてから、『どう』転ぶかも分からない事態に戦々恐々としていたところでどうしようもない。

 

 

「天下国家の大計に関して、俺らがどうこう言える立場じゃないしな。行けと言われれば行くだけさ」

 

「そりゃお前みたいな余裕ある人間だけが言えることだ。その上で聞くが、あの時『火矢』を射掛けてきた女武将はサーヴァント。その来歴は分かるか?」

 

「ランサー」

 

 達也の質問に対して答えるために、刹那は適役を呼びつけた。

 

 頭の上にデフォルメされた姿で出てきたランサー景虎は、いつもどおりに酒を傾けていた。

 

『話は呑みながらも聞かせてもらっていましたよ。まず分かることを述べていけば、あの女武将は私の『時代』よりも古い英霊でしょう』

 

 安土桃山時代、戦国時代とも称される時代よりも古い時代となると、かなり絞られてくる。

 

「根拠は?」

 

『あのサーヴァントが弓弦を引っ張っていた大弓ですね。あれは、いわゆる『蒙古軍』が九州に襲来する前の武士のものです。

 あれほどの大弓は、よほどの武芸者でなければ弦を引っ張ることすら出来ないでしょうね。

 女だてらにそれを出来るなど、まだまだ『神代』の『幻想種』の血も濃い時代の武士でなければ不可能』

 

 前に八雲に聞いた限りでは、古代の日本には妖怪などの幻想の存在がおり、国の権力者・呪術師も通じていたという話だ。

 

『かつては『神』と交わることで、その超常の力を現世に残していた時代がありました。古事記などに伝わる天津神と国津神の伝説は、それなんですね。

 そして―――神ではなく『魔』と交わることで、その超抜能力を手に入れてきたのも武士や呪術師たちなのですよ』

 

「……『魔』と交わる……?」

 

『各地に残る伝説の中には、そういったものは多いでしょう。頼光四天王の一人、ゴールd……『坂田金時』とて、父親に雷神赤龍を持ち、人喰い山姥を母としていたと伝わっていますからね。他にもその源頼光とて、『丑御前』という牛頭天王の血を引く『姉』を持っていたほどです』

 

 それは魔法師にとっては、幻想どころか想像の中にすら存在していない話であったが、そうであるという確証は目の前にもあった。

 

 幻想の世界。まだ神・妖・人の境界が未分であったころの話というのは、達也と深雪にとってはもはや『当たり前』に受け入れられることであった。

 

 

『特に生粋の魔である『鬼』『鬼種』というものは、ヒトと生殖構造が似ていたので、かなりの異種交配が行われていたと聞きますよ』

 

「そうやって世代を重ねるごとに『混血』としての在り方―――『外見的』には見えなくなるんだな?」

 

『私の時代には、ありがちなイメージである『角』を生やした鬼の特徴を持った武将は見えませんでしたね。その頃には日ノ本からも、神代の『表層』(テクスチャ)は剥がれ落ちていましたから―――せいぜい『赤毛』のものは、『混血』の特徴として知られていました。『紅赤朱』とも称されていましたかね』

 

 混血、鬼種、クレナイセキシュ(紅赤朱)……現代魔法師の感覚としては俄には信じがたいものばかりだが、それを真実としてしまうぐらいには、そういったものを見てきたのだ。

 

『彼女が腰に携えていた『古刀の造り』から察するに、『鎌倉時代』の武士でしょう。その上でリーナ達がみた『首がもぎ取られた死体』の膂力―――伝説の通りならば『旭将軍』の愛人と見受けます』

 

「巴御前」

 

 その言葉で全員(刹那、リーナ除き)が索引して調べてしまう。確かに巴御前は、そういった伝承があるのだが……。

 

『まぁ白状してしまうと、私は彼女のことを知っているのですよ。あちらはどうだか知りませんが、『別の時間軸』での戦いにて、彼女と同じ旗の下で戦いましたから』

 

 そんなカゲトラスマイルの下、とんでもないネタバラシを受けて思わずズッコケてしまうのだった。

 

 英霊というのは本来、呼び出された後に『座』に帰れば、それまでの記憶や記録、様々な『変化』というものを消去された上で、再びの呼び出しに答えるそうだ。

 

 故にどこかの戦いで、刹那の父親(未来の姿)と縁が深い英霊―――アルトリア・ペンドラゴンなどと会ったとしても、双方が知らない可能性もあるとのこと。

 

 だが、刹那曰く『あの人の『原点』が、少女騎士にもあるんならば、親父の方は覚えてるかもね』などと素っ気ない言い方であった。

 

 ということを黒羽の姉弟と有希以外は考えていたのだが、なにはともあれ巴御前を従えているマスターも、現代魔法師の側と敵対関係にあるということだ。

 

『さらに推測させてもらえば、あのゲーマー未亡人は、正しい意味でのサーヴァントではないと思われます。『英霊が召喚する英霊』……インペリアル・サーヴァントとでも申しましょうかね』

 

「そんなことも可能なのか?」

 

「歴史に偉大なる『王』として君臨した存在、まぁピンからキリまであるが、集団・軍団を率いた存在というのは、時にその軍団そのものを『宝具』とすることも出来る。

 マケドニアから出て、多くの英雄を束ねながらオケアノスを目指した『征服王イスカンダル』

 アルゴー船の船長として、ギリシャ神話に轟く英雄たちをまとめ、大航海を成し遂げた船長『イアソン』

 ピスロトフス、ムステンサル、アリファティマ、パンドラス、ミキプサ、ポリテテス……数多の国の『王』を『将兵』として『指揮』し、あまたもの魔獣・巨人・魔術師という超常の存在を『兵器』として運用し、大連合軍を作り上げた大ローマ皇帝『剣帝ルキウス・ヒベリウス』

 呼び出されるクラス()にもよるが、軍団を組織したことが有名な英霊ならば、その軍団を宝具とすることも可能なのさ」

 

 その言葉に達也としては、言葉を発した『遠坂刹那』を見て『納得』しておく。

 

 ともあれ、巴御前を『サーヴァント』として従えるなど、もはや一人しか思いつかない。

 

「木曽義仲、源義仲か……」

「京都という土地ならば、かなりのマイナス判定を受けるだろうな」

 

 木曽軍の蛮行というのは義仲の旗本の指示ではなく、『勝手についてきた浪人崩れ』の行いだというのは多くの歴史家が言うことだが、『スレブレニツァの虐殺』然り、上が高潔な人物であろうと下にいる連中はただ単に獣欲を満たしたいだけの連中ばかりなのは、今更な話だ。

 

 有史以来、この問題は『軍隊』というものを作る上で付きまとうものだった。

 

「なんにせよ。明確なケンカを売られたわけでもないのに、あれこれ難癖をつけることも出来んか」

 

「けれどよ。杉屋って男は人身売買の主犯に成り下がってたんだぜ。お咎めなしって変だろ?」

 

 榛有希の言葉が割り込んできた。それは解決したようで解決していない表向きの事情。

 

「圧力だな。察するにご姉弟は、噛ませ犬に仕立てられたんだろう」

 

「スポンサーは僕らと京都を秤にかけたんですか?」

 

 静かな怒りが空気に満ちるも、その程度のことで怯む刹那ではない。少年らしい『誇り』を傷つけられたがゆえの悋気に苦笑しつつ、自分にもこんな時代はあったかなと思っておく。

 

「現代魔法師の最高峰たる四葉がどこまでサーヴァントに追い縋れるか、もしくは窮地に陥ることで『一化け』するか……そんな所だろう」

 

 そもそもサーヴァント及び神秘領域が極まった存在に対して、大方の魔法師が無力であることは既に理解されているはずなのだ。

 

 そのスポンサーとやらは、随分と『深すぎる見識』がある。

 

「何より、君の家『黒羽家』が『サーヴァント』を求めているのは分かっていたから、釘を刺すか、もしも手に入れた時には、何かしらの陰謀の道具にしようと思っていたんじゃないかな?」

 

「魔術回路による演算か?」

 

「いいや、思考のトレースってやつだよ。一種のヒューミントだな」

 

 陰謀家と陰謀に使われる駒。それは時計塔でよくよく見ていたものだった。

 

 四葉のスポンサーというのは、恐らく『イノライ』のババァのように幾重もの陰謀の網を張り巡らして、数多のものを奸計に利用する類だろうが、その精神構造はどちらかと言えば、愉快犯的ではない―――恐らく『高潔な存在』を気取っているのだろう。

 

 もっともそれは、『サンゴ礁』(生存社会)という環境を守るためならば、数多の『魚』(いのち)を『サンゴ礁』の一部だと考えるタイプだろう。

 

 あまり好きになれないタイプだ。

 

「見抜かれていましたか……けどサーヴァントを欲するのは僕と姉さんじゃないです」

 

「欲しているのは貢叔父貴か、そりゃ当主の座が欲しいならば、そういった力は欲しても仕方ないかも知れないが」

 

「もっと言えば、『色々』あるのですよ達也さん。当主の座には興味ありませんが―――」

 

 四葉の家中のことには興味ないが、後継問題というのは、色々と考えてしまうことだ。そういう意味では、頭の上にいるカゲトラの心を察しつつも、パフェをリーナと『あーん』しあって無視しておくのだった。

 

「いずれにせよ。別に文弥・亜夜子(おまえたち)の失点じゃないのは、叔母上とて理解してくれるはずだ」

 

「一筆(したた)める?」

 

「いや、今回はお前らには世話になったからな。これぐらいは俺と深雪からも言付けておくさ」

 

 そんな達也の心底の苦笑を以て、話自体は終わりを告げた。

 

 結局、未来の脅威になるからと手出し出来るような事態ではない。

 もちろん、このまま日本だけでなく世界各地に出現しているかもしれない『英霊』(サーヴァント)『使役者』(マスター)を陣営に引き入れていけば、十師族及び現代魔法師側は崩されるだろう。

 

 古式魔法師の側でも『極まった連中』は、いずれ現代魔法師を崩すべく動く―――分かっていても手出しは出来ない。

 

 その状況は徐々に……醸成されていくのだろう。

 

「ソレで、タツヤとミユキに伝えなくても良かったの? もう一つの目的『あの場に居合わせた』魔法師のガールズたちを利用した『ホムンクルス』(クローン・トルーパー)に関して」

 

「言って混乱させるのも悪いだろう。採血を受けていた目的が、それなのかすらも不確定なんだ」

 

「ソレもそうだけどネー……試している?」

 

 面白がるような顔をしてこちらを見てくるリーナ。

 それに対して、同じく面白がるような顔をしておく刹那。

 

「同盟相手にも明かせんこともあるさ。別にシスの暗黒卿(ダース・ティラナス)を気取って『ジャンゴ・フェット』のことを黙るつもりはないが―――」

 

「が?」

 

「あえて語らぬことで達也がどれだけ洞察出来るかを、少しは知ってみたいんだな」

 

 結論・友人に対するちょいとした意地悪であった。

 

 今ならば、ライネスがオルガマリーに『やっていたこと』の意味を何となく分かるのだった。

 

 ただやりすぎると、オルガ姉は『セツナアアア!! ライネスがいじめてくるわよ―――!!』などと、あまり帰っていない母国の『猫型ロボット』に縋り付くように泣きながら抱きついてくるのだった。

 

 アレで刹那の性癖は『狂った』ような気がするのは、押し付けられる『胸』の感触がとんでもなかったからに違いない。背が伸びるまでは顔に埋められていたのだから―――。

 

「甘やかすだけが、いい友人じゃないだろ? 時には、『してやったり』というので、相手に気付けをするのも一つだろうしな」

 

「ったくアクシュミ(悪趣味)ね!」

 

 そうは言うが、リーナも嫌悪感があって強くは言わない。深雪とのやり取りで、そういうのは何となく周知していたからだろう。

 

「さてと―――んじゃ家を出る準備は済んだよな?」

 

「of course! パパとママに会うのも夏以来だものねー……マゴの顔が早く見たいとか言われたらばドウしようかしら?」

 

「お前の親父さんは、『まだ早い』とか言いそうだけどな」

 

 嘆息しながら、まとめた荷物を持ち上げて真っ赤な顔をして頬を押さえるリーナに現実を認識させておく。

 

「モー! そこは夢見させてヨ――!!」

 

「さっ、早く行こう。リーナの無事な姿だけが、2人の安心材料なんだからさ」

 

 結局、親なしのオーフェンに出来ることなど、無事に預かっている娘さんを守ることだけなのだから―――。

 

 よって―――。

 

「……お嬢さんの出立は年明けと伺っておりましたが?」

 

「はっはっ!! まぁアレだね。雫も魔女の娘だけに、思い立ったが吉日で(ブルーム)を使って旅立ってしまうんだよ! 無論、古めかしい赤いラジオは持っていかないがね」

 

 北山潮氏の快活な笑みと同時の、アレコレと『光井』と『御母堂』から世話を焼かれている雫を見ながら、どうしたものかと思う。

 

「まぁ実を言うと、『匿名』の通報で君とアンジェリーナちゃんが帰郷するってのを聞いてね。そういうことだよ」

 

「途中までは案内できますが―――というかあちらの現地法人にも人はいるでしょうに」

 

 匿名の通報。それだけで『誰』の仕業か分かりすぎた。

 

 あんにゃろと呪詛を込めながら心中でのみ舌打ちをしておく。

 

 ともあれ、雫が向かう留学先であるバークレーは、リーナの実家があるシアトルと同じく西海岸である。途中まで案内するのは大丈夫だろう。

 

「最近の情勢では特に魔法師に対する『ネガキャン』は行われてはいないが―――親心というやつだ。頼むよ遠坂君」

 

「言われずともそこまでの護衛はやりましたよ。ご安心を」

 

 現地で何があるかはわからないのだ。年末年始を海外で過ごそうとする人々でごった返す中、現地の状況は『良くも悪くもない』。

 

 そこまで心配することでもあるまい―――そうしながらも雫に向けられるそういう親心は、少しだけ羨ましかった。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 Interlude―――Next order―――prelude……

 

 実験は成功したはずだった。

 

 その力は合衆国の新たなる力となるはずだった。

 

 だが違った。自分たちがやったことは地獄の釜を封じていた蓋を開け放った行為なのだ。

 

 震えながら、あちこちで響く悲鳴と何かが砕け散る音をやり過ごしながら、最期の平静を保つために、ペンと古めかしい紙を以て記録を付けている研究員。

 

 この紙すらも残らなくなるかもしれない。だが、この行為に意味があると信じなければ、自分は―――。

 

 分かったことを書き記せるだけ書き記していく。手に入れた紙は血と汗と涙に濡れており、判別を不可能にするかもしれない……それでも、最期の力を振り絞って見つけた頑丈な金庫に紙の束を放りロックを掛けておく。

 

 書いている途中で気づいたことだが、もはや老齢―――70を越えようとしている自分が、あの『化け物』たちの襲撃から、ここまで逃げおおせられたこと自体が奇跡的だった。

 

 ああ、今ならば分かる。もはや自分は、『奴ら』と『同じ』存在に―――。そして自分の『親祖』が近づいてくるのを感じて―――。

 

 そうして―――金庫に紙束という『証拠』を入れた男の『ニンゲン』としての『最期』を研究所内の記録映像で確認した『ベンジャミン・カノープス』もとい『ベンジャミン・ロウズ』は、最大級のイレギュラーを呼び寄せたと頭を痛める。

 

「デーモンを喰らう『ヴァンパイア』―――『死徒』か」

 

 異界知識によって犯人を見出したベンジャミンは、カメラに映る『一人の少女』を見る。

 

 半世紀以上は前のジャパンのスクールガールのような服装をして『地面に着きそうな長すぎる茶髪』を『ツインテール』にしている少女。

 その手が血塗れであり、血のように真っ赤な目で、こちら(カメラ)を見ていることに恐怖を覚えるのだった……。

 

 ……Next order―――prelude―――end.

 

 



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来訪者編~~Sixth order 真月譚・外典Actress Again~~
第210話『老兵たちの挽歌』


 



学生の一年間の終わりは12月でとはいかない。

 

入学及び新学期が始まったのが4月からならば、その手前ぐらいで終了となる。

 

当たり前のことを思いながら駒を動かしていく。

 

冬場は色々ありすぎた。

 

ハロウィン・パーティー、クリスマスのちょっとした戦い。その後に―――空港でのこと。

 

流石に新年明ける前に実家に帰した方がいいという進言もあり―――、まぁバッティングしたわけである。

 

雫の留学は既に伝えられていたことだったが、行くのが年明け前だとは知らず―――。

 

「北山くんにもう少し諦め心があればよかったのだろうな」

「見事に被ったわけですよ。俺の場合は便をずらしても良かったんですが……」

「それでも、シールズくんのご実家には早く行かねばならなかったよ。遠坂くん」

 

分かりきっていることを言われる。目の前にいる髭面の御仁。口ひげに顎髭にと豊かに蓄えた男の名前は―――知らぬわけではない。

 

「で、まさか俺と一局指したいがためだけに、ここに呼んだので? 校長先生」

 

「それもある。君ほどの指し手は中々にいないからな。ダ・ヴィンチ先生といい勝負だ」

 

ヒゲに着きかねない勢いで玉露を飲みながら盤面は動いていく。

 

「まぁ『目立つ生徒』、何かしら『色々な生徒』と一局指しながら『見る』というのも、校長の義務だよ」

 

「さいですか……じゃあ、いい機会だから聴きたいんですけど、校長と烈のジジイは仲悪いんですか?」

 

「悪いな。私はあの方が嫌いだよ。どれだけ理があちらにあり、合理であろうと『情理』が無いのが、あの人―――九島 烈だ……」

 

ただ単に十師族ぎらいだからというほどのものでもないようだが、それをどうやら話してくれるそうだ。

 

深いソファーに身体を預けて、思考を働かせるように言葉が紡がれる。

 

「昔の話だ。私―――僕には、仲がいい友人がいた。彼は、僕だけでなく色んな人と交流を持っていた人間だから烏滸がましいかもしれないが、僕は―――彼を親友だと思っていた。

そうだな……いまの―――キミと司波達也君との関係にも似ていたか」

 

校長室にある大きな窓。ソファーに腰掛けながらも、その光景は見える。

 

青空が広がる今日は、いい天気であった。

 

その天気を眩しそうに見ながら校長は口を開く。

 

「まだ十大研究所が、活発に動いている最中、魔法師研究というものが倫理性を無視していた頃。エレメンツのあとの世代が世に出ていた頃だ―――当時の魔法師の地位など現在に比べれば強烈に低かった。

今のように『携帯出来るCAD』もなく『魔法教育』すらも手探りであった時代―――魔法師の『人権』を得るための派閥は2つだった」

 

それは時代の生き証人の言葉であり、聞き逃してはいけないものだった。

 

一つは、研究所の目論見通りに『防人』『護国の戦士』としての功績で、国に魔法師を根付かせるというプラン。

 

これはかなり現実的なものである。移民政策が多くありしアメリカ合衆国においても、日系移民が『戦争』に赴くことで権利を得てきた時代もあった。

 

鉄血を国家に捧げることで、為政者の慈悲に頼るだけでなく、己の価値を示すことで同胞であると示す道。

 

推進していたのは―――九島 烈ということだ。

 

もう一つは、軍事分野における価値を認めつつも、それだけに拘泥しては後々先細る。『異能の戦士団』として見られるだけだ。

 

そうなるならば多様な教育を魔法師に受けさせることで、各分野にて少し、ほんの少しの『魔法』の手助けでの優位性程度で構わないのだ。

 

そうであれば多くの魔法師たちは人類社会に溶け込める。テクノロジーの進展だけでは、どうにもならない『隘路』ともいえる『点』を解消できる。そういう存在でもいいはず。

 

「魔法師だからと治安維持分野(軍・警察・保安庁)だけではない場所にいても構わなくしたい―――そう思っていたのが、九島 健―――シールズくんの祖父で、僕の親友だった男だ……」

 

懐かしい思い出に浸り、当時の気持ちに再帰している校長先生は―――本当に穏やかな顔をしていた。

 

正直言えば、着ている衣服と目の鋭さといい―――見様によってはヤクザの大親分にしか見えませんぜ、と誰もが口を揃える百山校長だが、こういう好々爺な面もあるのだと気づかされる。

 

「いい友人だったんですね」

 

「いやぁそうでもないな。僕が勉強している時、家の外から『オーイ!! モモヤマ――!! 街にナンパしに行こうぜ――!!』などと大声で言ったり。

『北海道まで古き善き自転車で行ってみよう!! ケイデンス上げていこうぜアズマ!!』などと、アホなことから無謀なことまで、本当に苦労させられたよ……」

 

おーい磯○、野球しようぜ。なノリで言っていたとか、破天荒すぎやせんかと思う。

 

「その苦労も―――いい思い出なんでしょうね」

 

「まぁな。あの経験があったからこそ、今の地位に齧りつくことが出来た。失敗もあった。決して良きことばかりが出来ていたわけではないが……それでも親友の言葉は裏切れなかった―――」

 

眼を瞑り当時のことを語りだす校長……歴史の秘話が明かされるが、当人からしてみれば、悲しい親友との別れであった。

 

 

『合衆国に行く!? 何で!?』

 

『色々あったとしか言えないな。パツキン美女とよろしくやるにはいい環境だしな。待ってろボインちゃんたち!!!』

 

『ケン』

 

『―――悪い。昔みたいに、そういったことでは誤魔化されないよな』

 

『当たり前だ。キミが戯けて言うときは、何かしらの深刻なことがあるんだ……』

 

川縁の草原に寝転がりながら語る2人の男たち。

 

少しだけ表情を改めた片方が語ることは、片方の男にとっては、想像の埒外ではなかった。

 

戦争において功績を持ち、戦果をあげてきたことで、巷では『魔法将軍』『魔戦将軍』とも言われている九島烈の主導のもと、十大研究所の魔法の有力家を選抜した上での合議及び相互監視制の『組合』を作るという話は―――多くの魔法師たちの耳にも届いていた。

 

『兄貴としては、政府筋には護国の為と地域防衛の為などなどと言って、有力家系には、恐らく『魔法師の地位向上のため』などと言っておくんだろうな。

団結の力で以て、国家・国民に自分たちの存在を認めさせる―――『悪くはない話』ではあるだろう』

 

だが東も健も、その話には抜け穴がある。あまりにも雑な落とし穴があると気づけていた―――。

 

現実に国際連合や国際機関の殆どが『金権化』して場合によっては、選挙運動の資金援助・ロビー活動などを受けて、その国家や団体の意見ばかりに振れてしまっては中立な立場での活動など無理なのだ。

 

第一、如何に相互監視を持つと言っても、何処か一つが出し抜こうとして強大化を図ろうとすれば、力の均衡(バランス)は容易く崩れる。

 

崩れてしまえば、その一つを止めることは難しくなるだろう。

 

『これは魔法師の平易化・一般化じゃない。『特権化』だ! こんなものを―――烈センパイはやろうってのか……!?』

 

電子ペーパーに記されたものを見て、東は慟哭する。やり方は違えど、求めているものは同じだと思っていた。

 

理想にたどり着くための手段は違くても、志は同じだと思っていたのに……。

 

裏切られた気持ちが渦巻く。

 

そして―――。

 

『この十大合議制度を通すために、お前を、ケンを―――実の弟を、国から追放する……。そんなこと、許されていいもんか……!!』

 

きっといずれ、魔法師たちは血を分けた親類……『親兄弟』との『骨肉の争い』をする。

 

団結を誓い、同じ血筋にあるものを大事にしてきたからこそ、緩やかな代替わりも出来ていたのだ。

 

特権化を果たせば、その家の主という地位は、欲深く求めていくものに成り下がる。

 

だというのに、その魔法師の先駆者が、自分の理想を遂げるのに邪魔な弟を政府と一緒になって国から追放する―――。このことは悪しき先例として、根付くに決まっている……。

 

『仕方ないさ。軍功をあげた兄貴に比べれば、俺なんてただの研究者で学生さ―――邪魔な考えを持っていれば、魔法師社会に相容れない2つの山、2つの天が出来ちまう』

 

『それでもいいはず。いいに決まっている!! 多くの先例が示す通り多様性を無くしたものは、なんであれ緩やかに死滅するだけだ!!

お前の考えは―――間違いじゃない……』

 

風が―――吹きすさぶ。東にとって、今の親友は見たことがない顔をしていた。

 

己の運命を自覚して、悟って―――諦めて―――、いや、その顔は消え去っていた。

 

何か―――『明日』を見ているかのような顔に、はっ、とさせられた。

 

『今はまだ―――兄貴の考えは間違いじゃない。その考えでしか魔法師は社会に溶け込めないならば、それでいいんだ。

その考えが不幸な人間を作り出すことも承知している……どうやっても詰め腹切らざるを得ない人間も出てくる―――けれど、長くは持たない。

固く考えるなよアズマ―――まだ魔法師が生まれて一世紀も経っていないんだ』

 

『―――ケン……』

 

『急いては事を仕損じるとも言うだろう……俺たちが幸せになることを望まないわけじゃないさ。

それ以上に大切なのは次の世代に可能性を託せるかどうかだ。

あきらめず最後まで見届けるんだ。これから生まれてくる魔法師たち―――それと関わる全ての人を―――』

 

先程まで降り注いでいた雨の下、『虹』が架かる空を見上げる親友につられてアズマも、それを見る。

 

そこに―――何を見ているかは分からずとも。『何か』があると……。

 

そしてその言葉を―――忘れてはならないのだと。

 

『魔法師が生きるには、まだまだしがらみが多すぎる。手助けをする人間が必要だ……。

堪えてくれ。その場に留まれ。俺はもうこの地に戻れないけれど―――お前ならば出来る。

決して成功だけを望むな。結果の善し悪しだけで成否を判断するな―――いつの日か来るんだ……。

日本の、いや世界の魔法師たちを巻き込んだ大きな変革の嵐が巻き起こる―――』

 

『ケン……』

 

『予感があるんだ。予言じゃない。明確じゃない―――だけど、何となく分かるんだよ……だから―――俺の『後輩たち』を見届けられる所に、兄貴とは違う『上』に行ってくれ。

あいつら(学生たち)が自由にやるためにお前も助けになってくれ―――これが外れたらば、お空より高いところで、お前に一番いい酒奢ってやるからよ―――ついでに言えば、弁天様かおユキちゃんみたいな天女かラムちゃんみたいな鬼美女をナンパしようぜ♪』

 

『お前は『どっち』にいってもそれかよ!? というか何でうる星やつら!?』

 

『るーみっくわーるど大好きだろう?』

 

『好きだけど!!』

 

完全に手球に取られる形ではあったが、それでも親友との別れが、湿っぽすぎるのもイヤだった東は、その後―――数日を経て空港にて『金髪美女が俺を呼んでいる!!』というアホを送り出すのだった……。

 

メールや連絡自体が出来るとはいえ、面を合わせて酒を飲み合う機会が失われることは、本当に辛くなることも分かっていたのだった……。

 

 

「その後は、キミも知ってのとおりだ……。僕は、設立間もない魔法科高校の教職員になり、その後、様々な転勤や転属などなどを繰り返して11年前に、この一高の校長に就いた。

ケンが言っていた予感が的中する日はいつになるか分からない―――もしかしたらば、そんなものはなく、いつかお迎えが来てケンと一緒に酒でも飲むか―――そう思っていた時に―――キミが現れた。まさか親友の孫と一緒にやってくるとは思っていなかったがね」

 

すっかり冷めてしまった茶を飲みながら語る百山校長の言に、少しだけ反論をしておく。

 

「リーナの『じいじ』が予言したのが、俺とは限りませんけどね。もしかしたらば、ダ・ヴィンチかもしれませんし、達也かもしれませんよ?」

 

「司波くんも一角の人物だろうが、彼は選民意識が強すぎる。本人に自覚があるかどうかは分からないがね。

彼の『革新』では、魔工を磨く科を作る程度だろうな。それでは、二科の―――伸び悩むものを掬い上げられない。笊の篩に掛けて、下に落ちたものから『原石』を見いだせるのはキミだろう?」

 

単純に現代魔法の基準における笊の目が荒すぎるだけだ。もう少し微に入り細に入り見ていけば、何かがあるのだ。

 

そういう意味では、降霊科の冠位指定のように、試練じみた『観察』は必要だった。

 

もっとも降霊科の……というより貴族主義派閥の考えはあまりにも現代魔法師の上層に似通っている。

 

骸骨ロード(クソジジイ)からすれば、『………たわけが、あのような……擬い物と、我らを同列にするな……』などと言ってくるだろうか。

 

「何はともあれ、そういった話は―――俺よりもリーナに聞かせたほうがいいですね。

結局、俺は九島の人間ではないんですし」

 

「シールズくん……アンジーちゃんと画面越しとは言え、私は会ったことがあるんだよ。

健のヤツが自慢げに抱きながら見せてきて……『あのヒゲの珍しい動物が、爺ちゃんの友達だよ』とか言ってきて、『ヒゲーーー!!』(Beard)などと笑って指差しながら言われたんだ……ちょっとしたトラウマだよ」

 

「今の分別あるリーナは言いませんよ。そんなこと」

 

俺の女を何だと思ってるんだ。そういう思いで『最後の駒』を動かして『詰み』に持っていった。

 

「むっ、ま―――」

 

「待ったを掛けても、逃げ道ないですよ校長」

 

「確かに……きっちり玉が詰まされてしまう―――やれやれ……まいりました」

 

「今度は飛車角落ちで相手してあげましょうか?」

 

「それは流石に『私』が情けなさすぎるので勘弁願う」

 

制服の上着を掴みながら言った言葉に苦笑を漏らす校長。

 

だから、まだ一年の終わりまで少しあるが言っておく。

 

「まぁこの一年……自分が不足なくあれこれ出来たのは、百山校長のお陰だと思っていますよ。

オレ一人じゃ―――ウェイバー先生のようなことは出来なかった」

 

「ロード・エルメロイ2世。彼ともう少し早く会えていればと思うよ……だが、キミを残せたことが一番の成果なんだろう」

 

半人前の自分で出来ることなど然程ないのだ。今更ながら、あの教室で学んでいた自分が、ここにて出来ることなど―――。

 

「リーナの爺さんの予言が俺かどうかは分かりませんが、精一杯これからもやらせてもらいますよ」

 

その言葉で満足したのか将棋盤を片付ける校長先生。

 

「北山くんの代わりにやってくる留学生だが、三名―――全員、B組に在籍させることにした。頼んだぞ」

 

「爆弾発言残さないでください」

 

「三名とも女子。しかも美少女だ。頼んだぞ」

 

「何を頼まれているのか意味不明になる言動!」

 

「アクが強い生徒は全てB組におしつけようという暗黙の了解が、職員室には存在している!」

 

「なにサラッととんでもねーこと暴露してんだ!!」

 

「最初っからキミとアンジーちゃんが、B組にいるのは必然だったのだ―――まぁそこは半分、冗談だとしても、三名はエルメロイレッスンを求めてもいる。A組にいる司波深雪くんよりもキミが適任だと思ったのだよ」

 

嘆息して、それが本題か。そう思って納得しておくのだった。

 

「それじゃ失礼します」

 

ソファーから立ち上がって一礼してから退室をすることにした。

 

「ああ、励めよ青年。まだまだ君たちの時代は始まったばかりだからな」

 

校長室の扉。前時代的ともいえる重厚な手押しのそれを退けて刹那は、これがエルメロイ先生の境地かと阿呆なものを考えるのだった。

 

 

再び1人になった校長室にて百山 東は、敢えて刹那には語らなかったことを思い出していた。

 

それは九島 健の言葉……。それは、予言を確かなものとしていたのだ。

 

『それとさ。俺は『見たんだ』……。

俺の孫娘―――とても可愛い子が、いずれ七色の宝石にも似た『魔法』を携えた少年と一緒に―――日本にやってくるってな。

そいつが挑むのは、日本だけでなく全ての魔法師の世界。変革は起こるぜ……親友(あいぼう)

一世紀を数えようとする時代に―――現代魔法、古式魔法に関わらずその『歴史』をすべて背負って―――この世界に戦いを挑むものが現れる……!!

俺の言葉、忘れないでくれよ―――アズマ……』

 

そうして堪えてきた。

後進の為に身を粉にしてきた。一科、二科の違い。校章のあるなしを是正しようと思えば出来た……。だが、それを越える人材が日本(ここ)から出てくることを期待した。

 

健の予言だけに頼らず誰かが疑義を持ち、何かを変えようとするということに……。

 

しかし、十師族の長男と長女がやってきても変わらないことに気づき、結局―――ダメなのだと気付いた。

 

そして―――運命の日が来たのだった……。

 

 

「ったく―――遅すぎるぜケンちゃん。けれど耐え忍んで、そして待った甲斐はあったよな……」

 

少年の頃のような笑顔と言動をしてから窓の外、眼下にていちゃつき合う2人の男女を筆頭に歩いている集団を見る。

 

変革はまだまだ続く。時代を動かす少年少女たち―――その側に、また3つの宿星が寄り添う時は近づくのだ……。

 

 



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第211話『季節を抱きしめて』

はい、というわけで新章突入。同時にロストゼロと劇場版ではないひよっちさんのリーナの声がようやく分かったわけだが、『ああ、ねこかぶってんな』と分かる演技であり、グッドだった。


 新年度を迎えた今日この頃ではあるが、年末年始はどうやら各自で、全員揃うということは無かったようだ。

 

 まぁ別に、何かある都度集まんなきゃならない決まりがあるわけではないが、友人との付き合いというのは、些細なことでも、誘ったりなんだりしなければいけないのだから―――。

 

 と、言いつつも三人ほどは既に異国の空の下だったので、日本でも幹比古とエリカは家の事情で三が日は集まることが出来なかったようだ。

 

 達也と深雪もまた『家』の方にお呼ばれするのではないか、とか考えたがそれは無かった。

 

 その辺りはともかくとして―――。色んな所から三が日に来いやという誘いは多かった。

 

 中でも……

 

『セルナ、金沢に一度来ませんか? 年始にお顔をみたいです。お父様も一度お話したいと言っていますから (*˘︶˘*).。.:*♡』

 

 いつの時代の顔文字だよ、と言わんばかりのものを添付しての愛梨からの誘いに対して―――。

 

『From USNA in the Angelina's house (ヾノ・∀・`)ナイナイ』

 

『ア、アンジェリーナァアアア!! というかそういうことはもっと早く言っておいてください!! ヽ(`Д´)ノプンプン』

 

『アンタに伝える理由は無いでしょ。

流石に近傍(ちかば)のフレンズには伝えるようだったけれど(。ŏ﹏ŏ)』

 

『しれっとウソつくんじゃねーですわ。このだらぶち―――!!ヽ(`Д´#)ノ 』

 

 そんな風なやり取り。姫初めを終えた後だったのでリーナの機嫌はマックスに悪かった。

 

 ついでに言えば階下のお義父さんの機嫌も悪かった。

 お義母さんの方は、『マゴはまだかしらー?』。気が早いのは、母親の方であった。

 

 だが、それだけではなかった。結局の所、この2人もリーナの「じいじ」。烈のジジイの弟に隠れて『にゃんつきあっていた』そうだから、『因果応報』であると伝えられるのだった。

 

『ファミリーのそういうナマナマしい話は聞きたくなかったワ……』

 

『ケンお義父さん―――いや、ケン先生は僕にとっても憧れだったんだ。そういう不純な動機ばかりじゃなかったんだよ。アンジー』

 

 とはいうものの、もはや手遅れであった。なのに娘の彼氏は邪険にするのか?

 

 そういう視線を女二人から一心に浴びるお義父さんに、若干気の毒な思いである。

 

 まぁ娘を持つ父親なんて、どこでもそんな風なのかも知れない。あくまで想像ではあるが。

 

 ともあれ、最期の方には結局―――

『アンジーのことは任せた。軍隊に行くと決めた時に、引き留めもしなかった情けない父親である僕が、あれこれと干渉する筋はもはや無いんだからな』

 

 後悔してはいるのだろう。本当はもっと傍で成長を見守り、一人の女の子として巣立つところを見ていたかった。

 

 勿論、その時―――彼女の隣にいるべきなのは、自分のような海の物とも山の物ともつかぬ馬の骨ではなかったはずだ。

 

 だが、それでも『そばにいる』。そう決めたのだから、それだけは貫き通すべきなのだ。

 

 まぁリーナパパの安心の為にも、それなりの社会的地位はエルメロイレッスンで得てきたつもりだが、まだまだなのだろう。と、己を自戒しておく。

 

 シールズの家の人々との交流を経て、フェニックス基地に行こうかと思ったが、その前にバランスから『こっちはそれぞれだ。日本に直行でも構わんぞ』。

 

 何か隠されている。汗を掻いて焦っている様子のバランスを見て、そんな気分を感じたが、追求は出来るはずもなく、結局シルヴィアなどに会えることも出来ずに、日本に帰ったわけである。

 

 そして日本に帰ったら帰ったで、多くの魔法関係者からの誘いがあるのだった。

 

 もっとも一番の関心事は達也からのコールであった……。

 

『深雪たちと初詣に向かった時、案内板に『開運 遠坂神社』なる寺社を見かけたんだが、お前の関係か?』

 

「行ったのか…!?」

 

『いや、何か『お賽銭』を『ガッツリ』取られそうな気がしたんで止めておいた。まぁ新年だから、そんぐらいは大らかになっても良かったかも知れないが』

 

 行かなくて正解である。赤貧のあまり、学生時代に巫女のバイトをやっていた母の『影響』が出てしまったのだろう。

 とはいうも、冬木市民は、神社よりも円蔵山の柳洞寺に詣でることが常なのだ。

 ある意味、戦国時代の寺社混合の名残が色濃いのだろう。

 

 冬休みの殆どを魔法の名家への外回りに費やされつつも、否応なく一学年最期の学期は始まろうとしていた。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

「―――つまりは勅命ということだ。理解しているか?」

 

「ハイハイ。分かってるってば。要は、何らかの形で『聖剣』を保有しているジャパニーズの特定をした上で、そいつを確保ないし、『聖剣』の奪取をしろってんだろ? 『陛下』から私掠船免状(プライヴェーティア)でも出ているんならば、問答無用で海賊行為出来るんだがよ」

 

「今の時代にそんなこと出来るものか!! ……とはいえ、王室の方々も関心を持っているのは事実だ……」

 

 今時珍しい。本当に珍しいぐらいに書類の山で埋め尽くされた部屋で、男と女―――否、少女は話し合う。

 

 少女の方は本当に気怠げな、というか人をナメきったような態度で、三人がけソファーに身体を預けていた。

 

 肘掛けに足を乗せるというチンピラスタイル。この冬場にも関わらず、ショートパンツで生足を晒した姿。

 

 性的興奮は覚えない。その少女の実力を男は良く知っていたからだ。

 

 少女はそんな体制からでも、『CAD』など用いずとも自分を『殺せる』。そういう手合なのだから。

 

「年明け前から、こんなことばかり言い合ってきたんだぜ。いい加減、意味ね―だろ。容疑者が高校生なのも今更だ」

 

「念押しというのはそれなりに意味はあると思いたいね。特に君のような無軌道極まる少女には、それぐらいは言っておきたい」

 

「寧ろヤル気がダウンするとは思わねーのか?」

 

「ヤル気など最初っから『あっただろう』? 君の一族にとっても、これは『悲願』のはずだ?」

 

 ソファーから身を起こして、ようやく男と正面を向いて会話をする気になった少女。

 

 その目はギラついた野生の肉食獣を思わせるものであり、その髪は黄金(こがね)に輝き、後ろの方でざんばらに纏められていた。だが、その一方で編み込まれた房が内側に存在もしていた。

 

 解けば、それなりの髪の量になるのではないかと思うも、それは彼女は好まない。

 

 活発な少女。そうであることを自他共に認めて、あからさまな女扱いを嫌うのだ。

 

 事実、『この機関』の一員、マギクスとしても優秀だった、最優良のエリートとも言える男が彼女を口説きにかかった。

 

 英国人のくせにフラ公(仏国人)のような真似をする男―――。

 

 それに対して、少女の反応は文字通りの『半殺し』であった。血塗れの身体を晒したその男は、もはや魔法師として再起不能であった。

 

 そんなことを思い出して彼女の評価はバックアップ要員すら必要としないワンマンアーミーだと再認識。言うなれば、本当にこの少女は扱いがむずかしい爆弾なのだ。

 

 下手をすればTOKYOが壊滅するぐらいは覚悟せざるをえない。

 

 噂にだけ聞くUSNAのアンジー・シリウスは、10代の少女とも20代の妙齢の『歌姫大統領』だとも、はたまた、何か行動をするたびにそれが深刻な騒動となり、とんでもないことになる『天魔の魔女』とも……。

 

 何とも言えぬ噂の拡散が拡散を呼んでいるのだが―――。

 

 どうでもいいことであった。ゆえに男は再度命じた。

 

「ラウンズNo.SIX()、オーダーを発令する。コーンウォールより失われし『聖剣エクスカリバー』の確保・奪取―――これを最優先とすべし」

 

「英国王室は、それなりにお得意さんだ。それにエクスカリバーと来れば―――」

 

 絶対に獲ってみせる。そういう気概で歯を剥ける少女は『行くぞ』と呼び、『オウ!!』と叫ぶ仔獅子型のアニマロイドを引き連れて、部屋を出ていくのだった。

 

「はてさて、果たして上手くいくのかね……」

 

 答えは神のみぞ知る(God only knows)。そんな言葉で占められるのだった。

 

 嘆息しながら次なる案件に取り掛かるべく、筆を取り出す『課長』であった。

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

「成長するということは、即ち枝葉を伸ばすということである。

 生命というのは、一つのベクトルであり、放っておいても技術や能力は発展する。もちろん、適切な環境と潤沢なリソースがあれば、成長は早い。

 そう考えれば、魔法師に関わらず全てのニンゲンは、立ち止まることはない。そもそも立ち止まるほうが難しいぐらいだ。

 何かしら過去に脛傷あったとしても、それを『克服』するか、もしくは『抱え込んだ』ままであっても、魂が生み出す衝動は人を衝き動かす―――。

 例え、それが無謀な試みであっても求めるものがあるならば―――人はそれを目指す。

 まぁ何かあって、そのベクトルを変える。即ち魂の根底から生まれ変わるニンゲンというのもいるが」

 

「それはどういったことがあれば?」

 

「一種の『悟り』を開くことですね。自分のダメさ加減にとことん向かい合うぐらいに『大きな人物』を知り、現実を知れば―――その魂は変質を果たす。

 はたまた巨大すぎる『怪異』に直面すれば、変異を果たす。

 まぁだからといって、そんなものに積極的に関わって命を落とすようなことになっては、元も子もないですが」

 

 そりゃそうだ。という苦笑の下、此度のエルメロイ・レッスンは、少しだけの物悲しさを含んでいた。

 

 それは、もうすぐ来るからだ。

 

「なんだよ。遠坂君、いやロード・トオサカ、センチメンタルかい?」

 

「そんなところですよ長岡先輩。オレはまだ、ウェイバー先生の教えを全てあなた方、三年生に教えられていない―――そう考えると、何とも中途半端をやってしまったことにとても後悔を覚えてしまう」

 

 そんな風に苦悩の嘆息をする刹那だが、今期の卒業生たち、通称『草の字』世代とも言われる彼ら、特に2科生たちは、感謝の極みであった。

 

 一般に魔法師というのは、広範囲にわたって『煌めくような才能』を持つ者が尊ばれて、ある特定の分野において恐ろしいほどに『深い才能』を秘めた者は、淘汰されていくのが常だ。

 

 というか、そもそも魔法師の教師の殆どが前者の典型ばかりで、後者のようなものを『どうやって指導すればいいのか分からない』という形だったのだ。

 

 そうでなくても、『魔力』の扱いと演算領域の浅深の相性などを測ることが出来ずに、『この分野』をちょいとやってみてくれということが出来なかったのだ。

 

 そもそもこなすべきカリキュラムが多すぎて、日々の課題をこなすことにだけ汲々としていた……。

 

 魔法を使えることに『楽しさ』など無かった日々に光を差したのが、宝石の魔法使いだった。

 

 遠坂刹那は、人の才能をズバズバと言い当てる人間だった。

 その上で『駄目だったらば、相性が悪ければ―――次の分野ですよ。誰しもどこかに『掘り当てるべき』ものはあるんですから』と言って適切な指導を出せる人間である。

 

 もっとも刹那の指摘は『的外れ』がなく、若干の修正をした後には、即座に『皆中』を出す恐ろしいものだった。

 

 そうして刹那のレッスンが始まって以来、2科生の中に退学者は出なかった。現代魔法のカリキュラムも万全にこなしていき、1科にすら迫るものすら出るほどだった。

 

「まぁ私は途中参加組だが、少しだけ悲しいね。もちろんいつまでも私や刹那が見ていられるわけじゃない。人生は長いから、どこかで独り立ちの時は来るんだけどね……本当に時間(とき)が足りなさすぎた……」

 

 未だに色彩が施されていないキャンヴァスにどうやって何を描いていくのか、そこで指導を入れる。

 もちろん指導がいらないならば、あとは本人の資質と感性だけなのだが―――それでも、全てを教えていれば―――何か『大きなもの』に辿り着くことが出来たんじゃないかと思う。

 

 それをエルメロイの二大講師は嘆くのだった。ダ・ヴィンチの言葉に、三年生の女子は目頭を押さえる。

 

 もはや卒業試験を終えて、自由登校となった身となってもここ(一高)にいる理由は、就職や進学関連だからではなく―――単純に、エルメロイレッスンをまだまだ受けていたいという気持ちがあるからだ。

 

 だが、いつまでも―――ここにいては後進の妨げとも成り得る。

 分かっていても、ここでの授業は、魔法科高校の中で一番にキツイが辛くはない。何より一番楽しかったのだから……。

 

 そんなしんみりとした空気の中でも、授業をその後、滞りなく終えてから、ロマン先生と刹那とダ・ヴィンチは話し合う。

 

「流石に『純正』は法律に引っかかる。まぁ千葉みたいな例もあるから、何か微妙な話なんだけどね」

 

「魔術師にとって一種のイニシエーション、メモリアル品なんですよ。オレは妥協したくない」

 

「そこは妥協しろ! 卒業生が銃刀法違反で捕まってもいいのか!? まぁ今はなき東急ハンズでも『光り輝くタイプ』が売っていたという噂もあるぐらいだからな」

 

『『それは初耳だ』』

 

 何がなんだか分からないが、三人の講師が喧々諤々の様子で言い争う。

 

 何なんだろうと思いながらも、その『タイガー』な『ころしあむ』のシナリオを依頼された『半同人半プロ』な作家たちのような様子に、誰もが興味を覚えながらも、それでも何かがあると思って、少しだけ楽しみにしておくのだった。

 

 

「それにしても―――雫の代わりにやってくる留学生が三人とはな」

 

「B組に寄越されたことから『お察し』ですけどね」

 

「嫉妬か?」

 

「いいえ。ただ今更ながらキナ臭いものを感じまして」

 

「叔母上曰く、刹那の秘術を狙ってUK、フランス……エジプトが動き出したらしいからな」

 

 サイオンもとい魔力によるページ移動―――もはや慣れてしまったものをさせながらオレンジジュースを飲んでいた達也は、『冥界の鳥オシリス』という項目で止めて深雪と会話をする。

 

「横浜での一件。最期に放たれた聖剣の一振りは、戦略級魔法のそれだからな。詳細を知りたいと思っても公式発表の必要もない」

 

 これで中国内戦が起こらず、『予定通り』艦船全てを達也が発破していれば、USNAは―――。

 

(別に動かないんだろうなぁ……)

 

 既にそちらに関わる楔は打ち込まれている。だからどうでもいいと思っているのだろう。

 

マネーデビル(金の悪魔)ならぬマジックデビル(あかいあくま)がやってきて、セツナ・ラインをやっているわけだしな」

 

「何でジョゼフ・ドッジも同然に扱われているんでしょうね……」

 

 深雪は唸るような言い方だが、刹那という劇薬が日本の魔法師社会に齎した衝撃はとんでもない。

 

 もちろん良き面も悪しき面もあることだが……。

 

(白黒つけなきゃならん世界で、『白』は『白』でよくて『黒』は『黒』でいい、はたまた逆に成りたきゃ『どうぞ』と言ったところか)

 

「一つに固まったものを嫌う。光と闇は分かれるべくして別れたのではなく、多くのものを内包出来るからこそ別れたのだ―――だったか」

 

 あらゆるモノは一つでは孤独なのだ。だから多くに分かれようとする。

 

 国家間の力関係が低俗なゼロサムゲームに転じて、魔法の価値や力学ですらソレになる中、そうなの(多様)だから―――。

 

「まったく、大したやつだよ」

 

 笑顔を向けながらの兄の言葉に、もはや深雪は諦めの苦笑を零すしかなくなるのだった。

 

 そうしていると、刹那とリーナを除いた面子が、休憩室にいる自分たちを見つけて駆け寄ってくるのが見えた。

 

 どうやら二人っきりの時間は終わりのようだ……。

 

 

 



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第212話『三国からの来訪者』

劣等生とは関係ない話だが―――PCゲームメーカー『ソフトハウスキャラ』が逝ってしまった……。

レベルジャスティスで、その存在を知りゲーム性に心動かされた私なので、『ええ、マジか……』と、かなりショックを受けてしまった。

日常生活のアレコレが変わればゲームをしている時間も少なくなる。そしてゲームを買うことも少なくなる。

分かっちゃいても複雑な話だ……。というわけで、新話お送りします。




「ふむふむ。つまりは、私が向かうニホンにて全ては変わるわけなのですね」

 

『そういうことです。今は表層にしか出れない私ですが、聖心の運命に従い貴女に宿りし聖痕(スティグマータ)は、正しき流れを取り戻します』

 

 正しき流れ―――そんなものを欲していたわけではないのだが、それでも『背中』に現れた聖痕が、奇異の目で見られることは多かった。

 フランスは西EU(WEST)の中でも中心にいるほうだ。東欧世界との狭間にあるドイツとは、同じ共同体に属しながらも魔法技術では鎬を削っている仲だ。

 

 現在の再構成世界においてヨーロッパの立場は極めて微妙だ。東に大国ロシアから発展した新ソビエト連邦というものがあり、その影響力は計り知れない。

 新たな西欧世界の構築は誰もが求めながらも、なかなかに上手く行かないのが現状だ。

 

 アラブ同盟とて一応は協力関係を保てているが、信じられている教義、はたまた宗派・民族の違いはいつ表面化を果たして瓦解するか分かったものではない。

 自分を送り出した父は、統一の象徴を欲していた。

 

 西欧諸国をまとめ上げる―――それは―――。

 

「まぁ、そんな堅苦しい目的なんて二の次です! 私はジャポンに行ったらばネオ・アキバに、ネオ・イケブクロは乙女ロードで、お父様の稼いだ『税金』をジャポンのサブカルチャーに捧げます!! これぞ主のご意向です!!」

『レティイイイイ!!! 都合のいい解釈をしないでください!! はぁ……取り憑く相手を間違えましたかね……』

 

(やっぱり悪霊ですか?)

(断じて違います!!)

 

 飛行機の中、用意されたエグゼクティブシートの中で一人で語っていた少女は、如何に個人スペースが確保されて機密性を持っていたとしても、フライトアテンダントの奇異な目を向けられるのだった。

 

(ニューメキシコ空港のフライトからこっちに回されたけど、バカップルの次は電波少女とか、昨今の我社のフライトには変な乗客が多すぎるわ……)

 

 妙なシンクロニシティを覚えながらもフランスからの来訪者は、UKからの来訪者と同じくニホンへの道をたどるのだった……。

 

 ・

 ・

 ・

 

「まさかグランパに、そんな時代と合衆国移住の理由があったなんてオドロキね」

 

「聞いたりしなかったの?」

 

「ワタシにとっては優しい『じいじ』だったもの、グランマに一目惚れしてママが生まれたからとは聞いたような気がするワ」

 

 日本が恋しいという気持ちを出さなかったのはリーナを気遣っていたのか。はたまた百山校長の言の通り、金髪美女に骨抜きにされていたからか。

 

 真相は定かではない。ただ、半々だったのだろうと思っておくのだった。

 

「セツナも帰りたい?」

 

「どこに?」

 

「言わなくても分かってるクセに……」

 

 不安げな顔を見せるリーナ。廊下を歩きながら、そんな会話をしていた矢先の不意打ち。

 

「そりゃ帰ってみたらば、天文台の封印指定が解除されている……――――いや、そうであっても、もはや帰りたくないんだな」

 

「ナンで?」

 

「言わなくても分かってるだろ……」

 

 のぞき込むように向けられていた顔。その頬に手をやる。柔らかな感触、何度も慈しみ、何度もその柔らかさに愛おしさを覚えてきた。

 

 それを捨てることは出来なかった……。

 

「嬉しいワ。セツナ……この後は顎クイからのキスを……」

 

「廊下の真ん中でそんなこと出来るかっ」

 

「やーん。セツナのアブノーマルな趣味が、ワタシのナイスバディを蹂躙するぅ♪」

 

 こちらの頬を触っていた手を逆にとって胸の上辺りに導くリーナ。

 

 そのイタズラっぽい顔に、『このアマ』と少しだけ苛立ちを覚えながら仕返しをすることにした。

 

「ほほぅ。そこまで言うならば―――いいだろう。こちらとしても遠慮はしないんだが、どうするよ?」

 

「え―――エエエ―――!? さっきまでのは準備運動!? いやいや! 待て待てマチなさい! (wait wait wait!)こ、これ以上やったらば、流石に板(?)をチェンジしなければいけなくなってしまう! 遂にPVが発表されたことで、ワタシのバストがすっごくアップしているような気がして、ついでに言えばタツヤに腕を取られるとか言うビジョンを塗りつぶしてほしかっただけなのに―――!!」

 

「長っ」

 

 何をメタなことを言ってくれやがるやら、とはいえ恋人を慰めるぐらいはせにゃ甲斐性なしだよなと思う。

 

「悪かったよ」

 

 と言って背中に回り込んで髪を撫でながら、腰に手を回す。

 

『あすなろ抱き』の変形とも言えるものをやって、リーナが体重をこちらに預けてくるのだった。

 

「ゴメンナサイ。ただ……少し甘えたかったわ」

 

「家まで待ってほしかったけどな」

 

「だって――。B組に来る来訪者は3人美少女とか、厄介事のニオイしかしないもの。その中にセツナを狙うレディキャット(泥棒猫)がいるわよ! 確実に!」

 

「ハニートラップがあるんだとしても、狙いは明らかだろ。達也とも話したが、他国の狙いは俺が持つ『聖剣』だろうからな」

 

「英仏の狙いはそれよね―――じゃあエジプトの狙いは?」

 

「さぁな。ただ俺が絆されそうになっても……」

 

 君さえいれば、どんな勝負(たくらみ)も打ち破れる。

 

『魔宝使い』が、この世界で得た唯一無二にして絶対の『宝石』が在る限り、男は―――最強の戦士になれるのだから。

 

 無言で告げた言葉。視線でのみ繋げた言葉にリーナは、綻んだような笑顔で理解してくれた。

 

「マッタク、なんだか心配しすぎて損しちゃったわよ」

「嫉妬されて悪い気はしないが―――もう少し信頼してくれ」

「ハーイ♪」

 

 抱きしめの姿勢を終えて離れ合う恋人どうし。

 

 再びの歩き出し―――その一方で、先程のリーナの言葉に懸念が疼き出した。

 

 ありえるはずがない。『居ない』と分かっていても―――何かの符丁を感じる。

 

(まさか、な……)

 

 何気なく左手にあるアトラスの礼装を見る。そこにあるのは思い出。

 

 エジプトという土地の過酷さに負けず、否―――その過酷さが生み出した『心』のもと、人類の終末に備え、滅びの後に立ち上がるものを作ろうとしていた『院』の錬金術師の顔を少しだけ思い出した。

 

「セツナー、エリカたちが呼んでるわ。行こっ」

 

 思い出してそれが直ぐに霧散する。

 

 あり得ないことのはずだから、それ以上考えることは蛇足だった。

 

 だが、それでも繋がりはあるのではないかと期待しておいた。

 

 ・

 ・

 ・

 

 翌朝―――留学生の噂はそこかしこに出ていて、様々な噂話で持ち切りであった。

 

 確実に言えることは―――。

 

 やってくるのは三名。

 (お里)は、英・仏・エジプト。

 そして性別は、女子―――。

 

 これで学年問わず男子のテンションアゲアゲ(死語)。

 そんな男子の浮つきを見て女子はテンションサゲサゲ(死語)。

 

 しかし、三名全員が『一学年のB組』に属するということで、1−B以外の男子のテンションが少し下がる。

 

 一学年でも『建前上』は最優秀の生徒ばかり集めたという『A組』。あの入学総代・司波深雪のクラスではなく『B組』ということで、『何か』を察する男子たち。

 

 だが、そんなことは当の1−Bにとっては、どうでも良かった。

 

 クラスの華が増えるということを喜ばない男子はいないのだ……約1名を除いて。

 

「留学生かぁ。雫が渡米しちゃったのは寂しいけど、新たな出会いもあるもんだよね」

「魔法大学のゴリ押しで決まったとも聞くけどな」

 

 雫自身は望んでいたとはいえ、交換留学というところまで踏み込む理由は、正直見えなかった。

 

 そして何より自分が三名のチューター(指導役)になれなど無茶ぶりにもほどがある。

 

 その三名がどこに行くにせよ一緒であるならば、まだなんとかなるだろうが。

 

「フォロー頼むよ名探偵」

「まっかしといて!! フフフ! アタシのクイーンズイングリッシュは、せっちゃんと同格以上!!」

 

 自分の机の周りで騒ぎ立てるエイミィにとりあえずのサポートを頼んでおく。

 

 顔文字で言えば(>ω<)というべき表情をしているエイミィ。若干、国際色豊かなB組だからこそ出来ることでもある。

 

 というかそれも狙いだったのではないかと思う。

 

 いや違う―――。百山校長は面白がっているだけに違いないのだ。

 

 とはいえ、その思惑に乗らざるをえないのは、性としか言いようが無いのだ……。

 

「みんなー席ついてー。HR始めるよ」

 

 自動式のドアが開かれ、そこからゆるふわの栗毛持ちの教師が現れた。

 

 教壇に端末などを置いた様子に、クラスメイトはそれぞれで『所定』の席に着く。

 

 この時代ともなると個人データを呼び出す端末は共用なので席順などあってないようなものだが、都合半年以上も同じクラスにいれば、それなりに『ここは誰某の席』ということが根付くものだ。

 

 1−Bのクラスに追加された席3つ。端末の感じは若干新しい。

 

「さてさて皆して浮ついてるね―。分かるよー。石を使って新たなる英雄たちを召喚するが如き高揚感に身を浸しているようだ。果たして『厩舎』が必要になる英雄なのか、意思疎通が可能なのか! ―――まぁそれはともかく」

 

 言葉を区切ってから咳払いして再び口を開くロマン先生。

 

「では古式に則り、言わせてもらおう。喜べ男子―――!! 今日は噂の留学生を紹介するぞ―――!!」

 

『『『『OH! YEAHHHHHHH!!!!』』』』

 

 バカばっかか!? そう言いたくなるテンションアップのスタンディングオベーション。

 男子一同(刹那除き)+エイミィの声に刹那は肘付きながらエイミィ除きの女子一同と同じく思う。

 

「では入ってきてくれたまえ」

 

『『はい』』『オウ!』

 

 2人ほどは礼儀正しい感じがするが、一人は威勢のいい感じだ。

 

 それに違わず入ってきた姿に誰もが眼を奪われる。

 

 見えてきた顔2つは、刹那・リーナには何ともデジャヴを感じるもの。

 

 そしてもう一つの顔に刹那は『他2つ』とは違うデジャヴを覚えた。

 

(シアリム!?)

 

 ベレー帽を被って、長過ぎる紫苑色の髪を一本三編みにしてテイルのように背中に下ろしている少女に、心臓を掴まれた気分だ。

 

「では自己紹介を」

 

「はい。ドクターロマン。ニホンの魔法師のみなさんはじめまして、フランスからやっていまいりました『レティシア・ダンクルベール』です。

 何かと分からぬこと・至らぬ点が多くてご不便お掛けしますが、よろしくお願いします」

 

 最初の自己紹介は、フランスからの留学生だった。

 金色のロングヘア。かなりのボリュームあるだろうそれを後ろの方は三編みにして、ベレー帽と同じくテイルのように垂らしている。

 

 若干くせっ毛なのか、テイルにしたもの以外は外側に跳ね気味である。顔立ちは――――『親父』ならば勘違いするかも知れない。

 

 その顔立ちは―――『アルトリア・ペンドラゴン』に似ていた……。

 

 そんな感想を除けばレティシアの顔は整いすぎたものであり、このクラスの金髪とは違い『気品』を感じた。(失礼)

 

 一色愛梨のような女騎士的な苛烈さゆえの高貴さというよりも、『深窓の令嬢』的な『姫君』としてのものだ。

 

 そんなわけで……世界のメジャーパーソンを『諳んじれる』刹那は、『ダンクルベール』という姓に来歴を察した。

 

「アタシはブリテン連合王国(U K)からやってきた『モードレッド・ブラックモア』ってもんだ。

 よろしく頼むぜ。ニホンのメイガスたち―――特に『トオサカ』とは、仲良くやりたいもんだな」

 

 快活な笑顔を向けられながら言われた言葉に、B組男子一同の視線は刹那に向けられる。

 

 だが、仔獅子のような印象を受けて、動きやすさを考慮したのか既に制服を改造しているモードレッドに対して……。

 

『『―――『名前』は『顔』の通りなんだな』』と教室にいる『男2人』は思ったが、レティシアに比べれば、何ともワイルドな男勝りの女子。

 

 この魔法科高校にはいなかったタイプの登場。あの千葉エリカよりも、男らしさを感じさせる少女に男子は色めき立つ。

 

金髪美少女(ブロンドヘア)2人のあとで何ともやり辛い限りですが、アラブ同盟の一国『エジプト』からやって参りました。

『シオン・エルトナム・ソカリス』と言います。現代に大量流布された魔法とは違うアプローチを持っているセツナには大変興味を覚えます。よろしくおねがいしますね」

 

 紫苑の華が綻ぶような笑顔、などと詩的な表現を思わずしてしまうほどの美少女―――に対して『作ってきている』と想えるのは、それが擬態なのではないかという懸念があるからだ。

 

(どうにも疑わしい眼を向けざるを得ないのは、『隠す気』が三人とも無いからだ……)

 

「私もセツナのエルメロイ・レッスンに関しては興味がありますので、ご教授お願いしますね?」

 

 分かっていたとはいえ、堂々と公言されるとどうしようもなくなる。

 

 レティシアの言葉で、『と、遠坂ぁあああああ!!!』という怨念籠もった思念があちこちから飛んでくる。

 

 俺に、どうしろというのだ。こんな半世紀以上前の仮面ライダークウガの俳優のCMのような選択を迫られるなど――――。

 

「ドウもしなくていいのよーー!!! 選ぶべきカードはいつでも『そばにいるANGEL』一択よ!! (オンリーワンオプション)

 

「ぐえええ! ヒトの思考に割り込みながら、第四の選択肢を提示されたあああああ!!!」

 

「コラコラ、恋人の首に抱きつくのはいいが、力加減はあすなろ抱き程度に抑えときなさい」

 

 後ろから抱きついてきたリーナを嗜めるロマン。だが、その言葉でレティシアは『まぁ』と顔を紅潮させていたが、他2人はリーナを刺すかのように見ていた。

 その意味は分からないが、あまり友好的とは言い難いだろう……。

 

「一時限目は、実習授業だ。早速で悪いが、刹那。色々と教えてあげなさい」

 

「分かりました」

 

 特に抗弁するようなことではない。よってHRは早々に終了となり、一時限目の準備のために奔走することに。

 

「おっ、早速も実習かよ! 滾るねぇ!!」

 

「別に殴り合いするわけじゃないぞ。ブラックモア」

 

「分かってるって、ただよ。競い合うってのは重要だぜ。まぁどういうことをやるかは分かっていないから、どうとも言えないんだがな」

 

 手のひらを拳で叩いて闘志を見せるモードレッド・ブラックモア。犬歯を見せてくるその姿に根っからのファイターかと思っておく。

 

「どうやらこのスクールでは、魔法能力の高低・上下でクラス分けが成されているようですからね。私たちの実力を皆さんに認識してもらうには、良い機会です」

 

「君もか、ソカリス?」

 

「隠すが4割、披露するが6割の『私の判断』。合理的に考えたまでです」

 

 ベレー帽をかぶり直しながら語るその言葉に、どうにも既視感を覚える。

 

 この女に対する符牒は示されすぎている。

 

「分かったよ。ダンクルベールもそれでいいか?」

 

「ええ、構いませんよ。私の魔法の腕を見てもらいましょう。……それにしてもセツナすごいですね。モードレッドのクイーンズイングリッシュに、シオンのアラビア語に、私のフランス語と……流暢に話しすぎです」

 

「翻訳機もある時代で、ムダ特技だと思っているぐらいだよ」

 

 レティシアの感心するような言葉に嘆息気味に返してから、出来るだけ日常会話は『日本語』で話そう。郷に入っては郷に従えだという諺を『それぞれのお国言葉』で云うと……。

 

 

『『分かりました』』『了解だぜ!』

 

「おおっ! せっちゃんの指導役としての本領発揮! リーナ、大丈夫?」

 

「だ、ダイジョウブに決まってるわよ!! けれど―――」

 

「けれど?」

 

「ウウン、なんでもないわ……」

 

 エイミィの言葉に少しだけ言い澱むのは、リーナも知っている人物。彼の記憶を追想した時に見た人物たちの中にシオンにそっくりな人間がいたことだった。

 

 アトラスの錬金術師。終末を回避するために穴蔵にて探求を行っている異端の魔術師に、彼女(シオン)は似ていたのだから……。

 

 そんなB組の喧騒とは裏腹に―――隣のクラスでは―――。

 

「雫を留学に出したというのに、我がA組の人気と言う名の戦力(?)の低下は由々しき事態。留学生は全員B組所属というこの状況―――! 逆転するには、奴らを叩きのめすしか無い!!」

 

「み、深雪!? べ、別に深雪の人気に陰りとかは出ていないわよ!! だからステイクール!! 実習授業はケンカするわけじゃないんだからーー!!」

 

「面白おかしい人材ばかりのB組を打つ時は来た!! いざゆかん!! 天下分け目の『桶狭間』に!!」

 

 関ヶ原じゃないのか!? というツッコミを入れたいのに入れられないA組の面子。

 

 司波深雪の思惑はともあれ、B組との合同実習授業となれば、噂の留学生は目にできるだろうという不純と好奇心の塊で第一高校一学年は動き出すのだった。

 

 

 



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第213話『アトラスの錬金術師』

日笠さんは声優じゃありません。

芸人です!!(真剣)


そんな風に思っていた中、訃報が一本、悲しい限りです。勝手ながら増岡弘さんのご冥福をお祈りいたします。




「刹那から事前に聞いていたとはいえ、とんでもない騒ぎだな」

 

「留学生三人いるならば、一人ぐらいはこっちに回してくれても良かったのにぃ」

 

 無茶言うない。不満そうな顔をするE組の切り込み隊長たるエリカの言に思う。

 

 第一高校という日本の魔法教育の最前線(フロントライン)にやってくる以上、相手にもそれなりの能力値は求められるのは当たり前の話だった

 

 そして、その中にスパイというか刹那の『聖剣』を求めるものはいるのだろう。

 

 本命は英国だろうが、後の二国はどうなんだろうか。

 

「ダ・ヴィンチ先生はどう思いますか?」

 

「個人的な意見を申させてもらえば、『魔工』技術特化の学科があれば、『一人』はそっちでも良かったかもね。

 エジプトからの留学生『シオン・エルトナム』は、そういうタイプだよ」

 

 美月の質問に教壇にて教師も同然、というか2科の講師を自主的に請け負っているレオナルド・アーキマン。もはや愛称としてのダ・ヴィンチ先生が定着してしまった御仁は言って退けた。

 

「まぁ少しばかり『早すぎた』か『遅すぎた』かは、彼女の主観次第か。

 さて―――我々も実習授業の手筈だが……。『見に行くかい』?」

 

 面白がるような声と言葉で言ってくる先生。

 

 端末に示した一学年のカリキュラム予定表。予約している練習室などで教室ごとのダブルブッキングが無いかの確認のためでもあるが、これが、今回ばかりはいい方向に働いた。

 

「ダ・ヴィンチちゃん。いいのか?」

 

「気掛かりを残したまま『実践』したところで筆先が乱れるだけさ。いい線を引くためには、まっさらな気持ちでキャンヴァスに向かわなければいけないんだしね」

 

 レオの言葉に更に面白がるような声で云うダ・ヴィンチちゃん。

 

「とはいえ何もしないわけにはいかないからね。『オプトメトリー』は、欠かさず行っていこう。『カーシュナーズ』は五月蝿いから『ビジュアルメモリー』をやりながらだ!」

 

 言いながら準備がいいなぁと思うぐらいに多くの図形の紙―――点と線で描かれたそれを何枚も出してくる

 ダ・ヴィンチ先生に少しだけ感謝である。

 

「さぁハリーハリー! F、G組の面子も待ちくたびれているぞ!!」

 

 まるでドラクロア作の『民衆を導く自由の女神』のように杖を振り上げるダ・ヴィンチちゃんの先導のもとビジュアルメモリー……歩きながらでも出来る『眼』と『脳』を鍛える特訓を施しながら一科の実習室に向かうのだった。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 実習室は騒然と混乱と驚愕に包まれていた。有り体に言えば、まぁ―――驚天動地の騒ぎだったのだ。

 

 A組との合同実習授業。バーサークフューラー『司波深雪』に率いられてやってきた面子曰く留学生の実力を知りたいとのこと。

 

「まだ俺たちもどの程度のものか分かっちゃいないんだ。時間を置いて少し練習してからにしようぜ」

 

 さすがに急すぎると深雪を窘めようとするも、その前に聞きつけた『赤騎士』が威勢よく言ってくる。

 

「いいぜ! セツナ、そいつらとやらせろよ!!事情はよく呑め込めないが、ちょっとしたケンカを売られているのは理解したぜ!!」

 

 桜小路とエイミィから授業の内容説明を受けていたモードレッドが、A組を振り向きながら言ってきた。

 

 その顔に光井と深雪は息を呑んだ。光井は、あの横浜にて『衛星写真』じみたもので戦場を俯瞰していたそうだ。

 

 感受性が豊かというか、誰かさんへの称賛と礼賛のバリエーションが豊富な彼女だ。見えてはいけないものを美月同様に見てしまうのだろう。

 

 深雪は、自分の記憶映像と横浜での一件を覚えていたのだろう。

 

 その姿は少女騎士にしてブリテン島の騎士王の姿に似ていたのだから。

 

「モードレッド」

 

「止めんじゃないなセツナ。オレはこのB組に世話になっている身だ。つまりは、オレのリーダーは、アカハかセツナってことになるわな。それを遠巻きに侮辱されて黙ってられっかよ!」

 

「随分と喧嘩っ早いですね。ミス・ブラックモア」

 

「そいつは認識の違いだな、『アイスドール』。

 民間・軍事の境を問わず、自分が認めた指揮者・指導者に対する侮辱は、イコール『自分への侮辱』だ。

 英国の船乗りたちが帆船を使って『星』を開拓していった時代から受け継がれた伝統さ。

 キャプテン・ドレイク(海賊船長)を頭に担ぐからこそスペインを打ち破れたわけだ」

 

 そう言われれば、深雪としては何も言えない。彼女にも自分が認めた『キャプテン』がいるわけで、それに対する無理解極まる言動に対しては怒りを向けるのだから。

 

 ともあれモードレッドの言動は深雪を敵視したもので、深雪を旗頭としているA組は気色ばむ。

 

 激突は不可避のようだ。

 

「まぁ居候(イソウロウ)の身分としては『オオヤ』に義理を立てなければいけませんよね」

 

「そういうことですね。そして何より私の解が間違いでない限り、私は私を変更することはない」

 

 ストッパーが誰一人いない。こんな危機的事態は、刹那も―――まぁ初めてではなかった。

 

 エルメロイ教室及びノーリッジの学派は出来る限り全ての学派と協調しつつ、様々な学科の『問題児』を伸ばしてきたのだが、それでもカレッジ総出での『カチコミ』が無かったわけではない。

 

 よって、深雪が戦いを挑んできた時点でこうなるのは、必然だったのだ。

 

「―――深雪は『行動』が直線的すぎる。もう少しタフなネゴシエーションってのは、どんな共同体でも必要だと思うがな」

 

「me too!」

 

 教室それぞれで『カラー』(気風)が違う以上、こうなることはいつでも在り得た。

 よって勝負に入ることになってしまうのは必然である。

 

「そもそも今日の実習は、二人一組でなければ出来ないからな」

 

 これで良かった反面、何をあいつはカリカリしているのやらと思う。

 

「勝負形式は?」

 

「5対5の星取り戦形式でいきましょう」

 

「セット数は?」

 

 その言葉に深雪は指三本を立ててくるが、即座に刹那は手のひらを出して五本に増やすと―――。

 

 手のひらに指2本を叩く深雪。対抗するように刹那が手のひらに指4本を―――。

 

「なんで二人して値段の吊り上げみたいになっているのよ!! 皆の実習時間が削られるから、3セットマッチの2セット先取でいいでしょ!!」

 

『『たわらばっ!!』』

 

 スパンっ! スパンっ! と小気味良くどこからか出したハリセンで叩いてくる光井に、深雪ともども頭を叩かれた。

 

 ともあれそれでようやく頭が冷える。

 

 というわけでメンバーの選出となっていく。お互いのクラスで寄り集まりながら、どいつがどの順番でという話し合い。

 

「『ラインクラッシュ』は、移動系魔法に長けた人間ならば、容易にこなせるというものじゃない。

 三人以外は言わずもがなだろうが、改めての再認識だ」

 

 刹那の言葉にB組一同は頷く。

 

「そこで俺が提案するのは――――」

 

 簡易な説明をして全員に納得をしてもらう。其の上でそばにある端末に「大将、副将、中堅、次鋒、先鋒」のメンバーを入力。

 

 あちらもどうやら決まったようでランプが点灯する。

 

『ラインクラッシュ』のレーンは7つ。どうやら最大級にやり合いたいようだ。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

「なぁ達也、あれはどういう実習なんだ?」

 

「有り体に言えば、相手陣地に置いてある『ターゲット』を倒そうとする、玉の押し合いで打ち合いだ」

 

 宙に並行に張られた『レーン』と云う名の『2本の糸』。

 

 もちろん普通の糸ではなく、ちょっとやそっとの魔法の影響を受けた程度では『断線』しない。

 現代テクノロジーが生み出した『蜘蛛の糸』。カンダタラインと呼ばれるものである。

 

 そういった2本の糸の間にビー玉サイズの硬球―――いくらかのサイズ変異はあり―――を流していき、相手側から放たれた硬球を押し出しながらターゲットを叩き落とすものだ。

 

「硬球そのものの移動力も重要だが、それに対する『情報強化』。同時にレーン自体もどのように自分の領域にしていくかも問題だ」

 

 レオの質問にさらなる補足をすると、次なる疑問は幹比古からだった。

 

「最終的には干渉力だけの勝負にならないかい?」

 

「一概にはそうも言えないな。強すぎてラインが切れれば、切った方の『ペナルティ』になるし、かといって弱すぎれば相手に押し切られる」

 

「張り手や頭からのブチカマシだけでは勝負は決まらない、『バチバチの相撲』なわけね」

 

 両国国技館の力士にまさか千葉道場の関係者がいるわけはなかろうが、エリカのわかってる発言が飛んできた。

 

「土俵に対する『力水』や『清めの塩』も重要なんだよ。様々なものに対する見極めと、干渉力の精緻なコントロールが要求されるいい実習だよ」

 

 ただ単に金属球を支配して相手側に押し出すという『押し相撲』よりも見応えはありそうだ。

 

 何よりやってきた留学生三人の実力を測るにはもってこいである。

 

 使うレーンは七つ。マルチに魔法を掛け合うことも要求されるとなれば―――。

 

 A組陣から出てきたのは『森崎 瞬』。相変わらずの面構え―――に見えるが、夏休みと横浜での一件で、まずまず何かを悟った風ではあるようだ。

 

 とはいえ、一科、二科の区別にこだわりが強いのは相変わらずだが。

 

「クックック、猪武者で有名な森崎が出てきたか、誰か相手をしてやるがよい」

 

「では私からいきましょう」

 

 何で三国志の軍師と武将みたいなやり取り?

 

 というか順番は既にコンピュータに打ち込まれているので、中2階の回廊状見学席にいる自分たち二科生にもオーダーは既に見えていた。

 

 エジプトからの留学生『シオン・エルトナム・ソカリス』。

 国が国だけに、肌の色は浅黒いと思いきや―――。

 

(まぁアラブ人というのは色んな血が混じっているからな)

 

 有名な世界三大美女にして、エジプトはプトレマイオス朝最期のファラオ『クレオパトラ』も、ギリシャ系の白人であったことは有名な話だ。

 

 とはいえ、熱砂の大地にいれば、段々と肌の色もそれに準じてくるのも環境に対する適合というやつである。

 

 軍師扇にて前に出たシオンが大型CADの前に立ち、森崎と同じく己の専用CAD、そのストレージだけを読み込ませている。

 

 登録されている術式だけでも問題ないはずだが、本格的にやるならば、それもありか。

 

 七つの並行レーン。そこにお互いにターゲットを置いた上で、初弾を置き石のごとくおいておく。

 

 補充の給弾は手元で操作できるので、場合によっては連射もありうる。

 

「ではお互いに準備はいいかな?」

 

 審判役のロマン先生の言葉。お互いが審判に礼をした上で、カウントが始まる。

 

 10カウントが―――ゼロになった瞬間、火蓋は切って落とされる。

 

 サイオンの昂りが、離れていても達也を揺さぶる。

 

 シオン・エルトナムというニンゲンのサイオン―――乾いたエジプトの大地を思わせ―――。

 

 

 ―――黒い、黒い大地(ブラックランド)―――

 

 ―――霊長が死に絶えた星で―――冥界の砂―――

 

 ―――仮定を思い続ける■■―――滅びきった未来像―――

 

「なっ―――」

 

「わっ、スゴイですよ! シオンさん、七つのレーン全てに干渉して、硬球を機関銃のように連射していますよ」

 

「しかも、森崎君の硬球の干渉力を精緻に測った上で、それを+10程度の偏差でレーンから叩き落としていくか。術式の組み立てが偏執的なまでに整っている……」

 

「―――?……」

 

 達也が見えたものは一瞬のことのようだ。その間にも勝負のシーンは展開されていたようで、美月と幹比古とが感心した風に言ってくる様子。どうやら白昼夢のようなものから現実に戻ってきたようである。

 

 ともあれ、見えてきた様子では、手を差し向けたエルトナムの干渉力は、確かに相当なものだ。

 

 森崎も何とか対抗しようと術の早撃ちが入るも、それを見透かしたように、エルトナムの硬球はより『硬いままに速度を上げて』レーンを滑りいく。

 

 それは七つのレーンで同じではなく、『それぞれ』で違うのだ。

 

 森崎の干渉力は一科としては及第点だが、しょせんは『及第点』なのだ。彼を超える事象への書き換えに特化した術者ならば、実は二科にも数十名はいる。

 

 もしも魔法の早撃ち勝負前に決着がつくようならば、彼は勝てないだろう。

 

 術式の深長を会得するには、森崎家はあまりにもCADありきの血統になりすぎているのだった……。

 

 つまり、森崎瞬の干渉力の限界を見極めた上で、七つのレーン全てで硬球の『力加減』を変えている。

 

 およそ『人間業』ではない。一科の人間でも、その事実に気づいているものは少ない。

 

 まるで『七つの独立した脳』でも持っているかのような芸当だ。

 

 森崎は進ませまいと、ターゲットを撃たせまいとレーンに干渉を仕掛けて進行を止めようとする。

 

 己の硬球だけは進めるようにと苦心しながら陣を仕組んだが―――。

 

『5番 破棄―――演算 再構成―――再演算開始』

 

 呪文、なのか? いや違う。達也が『強化』した聴力でエルトナムの言葉を読唇術込みで聞いた結果。

 

 その意味を斟酌する前。それと同時に硬球は七つのターゲットを打ち砕いた。

 

 森崎側の陣地に入り込んだ硬球は、ことごとく『城門』のごときターゲットを叩き壊していき、七つの門は砕かれた。

 

 パーフェクトゲーム。手加減したわけではない。そもそもそんなことをすれば、深雪がどうするやら。

 

 ともあれ、勝敗は決した。

 

『7−0』が刻まれたスコアボード。そして勝鬨の声は―――。

 

「高速思考停止―――全ては計算通りです」

 

 その言葉で終わりを告げた。

 

 その時、達也が注目していたのは刹那が何を言うかであったが、軍師扇で口元を隠したままで、何も掴めなかったが。

 

 近くにいたリーナは、刹那が呟いた『言葉』を正確に聞いていた……。

 

「巨人の穴蔵。アトラスの錬金術師か……」

 

 それは、この世界においてありえざる存在であったはずなのだから―――。

 

 



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第214話『異質なるものたち』

今更ながらrequiemとのコラボが決定していたとか。

なんか全然、騒がれていなかったから。収集があまかった。

ちなみに一巻はちゃんと読みましたよ。というかrequiem読んでいる人が少ないんだろうなぁ。


シオンが先陣をきってくれたお陰で次に弾みがついたわけだが、次鋒たるべき『後藤 狼』はといえば―――。

 

「伊達さん……オレ……オレ……伊達さんになれなかった―――よ……」

 

『『『『後藤クーン!!』』』』

 

何故かどっかのプロボクサーのようなていで倒れてしまう後藤君に誰もが駆け寄る。

 

担架を持ってくる連中まで出るとか、なんでさ。

 

A組の宮田が戸惑う様子にロマン先生が、戻って大丈夫だと指示をする。

 

「ツボにハマればゴトウもかなりスゴイんだけどね」

 

「いや、彼はあれでいいんだよ。安定性なんてのは二の次でいいのさ」

 

寧ろ、せっかくの魔術特性を殺す方が損である。

 

決して気分屋ではない。彼が目指すべきは、そういったものだからだ。

 

変幻自在のマジカルスター。そういった風なものでいいのだ。

 

「安定的に力を引き出すよりも、己の特性に沿ったものの方が、魔法のノリも違うものさ」

 

「セツナの指導方法は独特ですね。我が国の方針ならば、ゴトウは矯正されているはずですから」

 

感心したように言ってくるレティシア。今更ながらすごーくダ・ヴィンチに声が似ていて、何ともやり辛い。

 

普段から聞いている声が、少女らしいみずみずしさとクリアなものに変わると、変な気分になるのだ。

 

「俺の指導方針じゃない。先生方が求めている『お行儀の良い』生徒を集めたのがA組ならば、俺たちB組は、反逆していくのさ。

別にテストの点数だけはクリアしていれば、個々の得意術式の練達には何も言われないからな」

 

『刹那。その指導教員の前で、そんな堂々とした『不良宣言』しないように、百舌谷先生も胃をきりきり舞いさせながら、アレなんだから』

 

アレって何だよ? と誰もがロマンに思うもシオンが2セット速攻で先取した戦い。

それに比べれば、後藤くんの戦いはかなり『縺れた』のだからいい勝負であったのだ。

 

それぐらいは言うべきであろう。

 

「では中堅、後藤君の仇を獲ってもらおう」

「ようやく出番か。誰が来ても容赦はしないぜ!!」

 

レティシア、リーナよりもワイルドなブリティッシュヤンキーたるモードレッドの声に対して、A組から出てきたのは―――。

 

「お、お手柔らかに………」

 

悲しくなるほどに局部が巨大な小動物。矛盾した表現だが、そうとしか言えない光井ほのかが出てきたのだった。

 

「……どうする?」

「遠慮なく叩いてしまっていいわ♪ あの浮ついた無駄肉を叩く機会を待っていたのだから」

「モーちゃん。遠慮なくどうぞ♪」

 

流石のモードレッドも相手があんまりにも気の毒に思えたようだが、B組のフラットチェストコンビたる桜小路とエイミィがマーダーライセンスに判を押してくるのだった。

 

(まぁオーダーワン(一科生)にいる時点で、あちらさんも、それなりなんだろうけどな)

 

そんな風にモードレッド・ブラックモアは、一人思いふけっていたのだが、大型CADの前に立ち、魔力を叩き込む。『起こした魔力』は―――大丈夫だ。

 

どうやら壊れない。しかし念の為に、『10の秘指』(ソロモン)を嵌めておく。

 

別に『こんなモノ』は必要ないのだが、マイノリティであることを悟らせないためには、『平凡』を演じることも必要なのだ。

 

そして―――叛逆の騎士に『変わりつつある自分』を隠すために、モードレッド・ブラックモアは魔術式を展開するのだった。

 

 

仔獅子のような印象を抱く少女―――どうにも一高のフォーマルカラーたる緑が決定的に似合わず、制服規定をぶっちぎってインナーガウンとブレザーの代わりに赤いジャケットを着込んでいた。

 

着膨れしないのだろうかと思い、更に言えば、どうやって校章たる八枚華をジャケットに着けたのかとか、色々な疑問があるが……。

 

そんなことは些末であるぐらいに……。

 

「オラオラオラオラオラ!!突っ込め突っ込め(RUSH RUSH)!!」

 

「ぎゃーーー!!! ただの硬球のはずなのに、圧が凄まじすぎる!!」

 

朱雷を迸らせながらレーンを走るブラックモアが干渉した硬球。

 

そのサイズは、この実習授業でも最大級のサイズだ。卓球のピンポン玉ほどの大きさはあるだろう。

それらが、猛烈な勢いで20mの境を渡ってほのかの城門を叩こうとしている。

 

もちろんほのかも対抗するように硬球を移動させて進撃を頓挫させんとするのだが、そんなものは、なんのそので弾き落とされていく。

 

既に3つ。ほのか側のターゲットは砕かれている。

 

自分の陣地に置いたものは、ここから見える限りでは一高男子の制服らしきものを着た人形に見える。

 

フィギュアとかではなく、ぬいぐるみの系統だ。

 

……詳細は伏せたままのほうが良さそうだ。

 

何よりもはや、ほのかは一つの取りこぼしも許されない。

 

「モードレッドか……結構、けったいな名前だよな」

 

転落防止柵に身体を預けながら何気なく言うレオ。

だが、それはほとんどの人間が思っていたことでもある。

 

「アーサー王伝説に出てくる叛逆の騎士の名前ですからね。様々な創作物にも出てくる、それなりに有名ですし」

 

翻訳家の母を持つ美月は、その手のことに詳しい。

 

イギリス文学、フランス文学と西欧のものに、それらの単語は度々出てくるものなのだろう。

 

そう考えると『女の名前』に『モードレッド』は奇体だ。

……だが達也は、あまり気にしない。

 

アーサーという少年騎士王がアルトリアという少女騎士であった事実、何より眼下にてほのかを追い詰めているモードレッドという英国少女は、そのアルトリアに顔が似ていたのだから……。

 

4つ目のターゲットが朱雷の竜を思わせる硬球の突貫を受けて砕け散る。

 

『た、タツヤさあああん!!!』

 

……世の中には多くの『タツヤ』がいる。きっとアレは、一高の制服を着させられた『上杉達也』に違いない。

 

そう悲鳴をあげてぬいぐるみの綿とかが飛び散る様を悲しむほのかに対して思っておく。

 

「いや無理があるでしょ。遠目からでも誰のデフォルメぬいぐるみなのか丸わかりだもの」

 

ヒトの思考回路にツッコミを入れてきたエリカ。

 

呆れるような顔に少しだけ機嫌を察する。どうやらレオの個人端末に『宇佐美』から連絡が来たようだ。

 

困ったような嬉しそうな顔をするレオだが、とりあえず今はまだ授業中であるとして、携帯電話のメールタイプ、無音設定が出来るようなものが出てきた頃からある『授業中の私的通信』をやめておくように言う。

 

「すまん。確認程度だったんだが」

 

「機嫌悪いのがいると、アレだからな」

 

「誰が機嫌悪いのよ!」

 

十分に機嫌が悪いと指摘した所で、エリカは認めないんだろうなと思っていると、下の階で2セット目が始まる。

 

戦っているほのかは恐らく相当な重圧を感じている。自分の慮外の存在とでも言えばいいのか、未知なるものに対する不安感は、彼女は持ちやすい。

 

それをどうにかするために『個人崇拝』という遺伝子的な服従が強要された。

 

エレメンツに掛けられた遺伝子的な鎖というのは、ある種の脆さの裏返しだ。

 

誰か全面的に信じられる。信用を寄せられる相手がいれば、その力はとてつもないものだが、その信用を欠くことあれば―――力は激減する。

 

それは相手に依存していることの脆さだ。

 

人間誰しも独立独歩で生きていけるわけがない。

 

自分は自分などと言うが、誰かに過度の信頼を寄せすぎた存在がどうなるかは、言わずもがなだ。

 

一番の好例は宗教家たちが主だろう。彼らの信仰がいきすぎれば強固なものとして君臨する。

はたまた魔法師たちが誕生した時に『神の不在』を呪ったか。

 

どちらにせよ……『信じすぎて』はダメなのだろう。

 

(と、ほのかに言ったところでな。結局、エリカとの戦い、九校戦でのバトル・ボードでの敗因を告げきれていない)

 

そして何より、十大研究所よりも前に作られたエレメンツが、世代を超えても未だにそういった遺伝子を持っているのだから……何とも悩ましい。

 

そう思っていたが、2セット目で『ほのか』は根性を出してきた。

 

モードレッドの『ドライブボール』の勢いは凄まじい。レールを焼き尽くさんばかりながらも、焼くことはなく疾走を果たす。

 

ある種の情報強化というか焼けないようにする『何か』をしているのだろう。

それが何なのかは分からないが、ともあれその勢いを減じさせるべく、ほのかは強化したボールを叩き出していくことで、モードレッドのボールを止めようとしていく。

 

だが、『サイオンの質』が違いすぎるのか、圧倒的なまでの熱量。赤熱したようにも見えるボールが七つのレーンで飛んでいく。

 

規格外(EX)すぎるその力強さは、先程のシオン・エルトナムとは違いすぎる。

 

力任せの強引なまでの剛力を以て相手を叩きのめす。

 

「とんでもないわね。あの金髪……」

 

「現代魔法の能力評価値を、魔力の量と質で完全に覆したからね」

 

エリカが髪を掻きながら忌まわしそうに言って、幹比古が詳しいことを言ってくる。

 

「あれだけ豊富な魔力量ならば、ちょっとやそっとの『質の差』なんて完全に覆せるだろうな。

術式の質の差ではなく魔力の質の差で覆そうだなんて、土俵違いなんじゃないか?」

 

「確かにな。だが、結局―――何を以て『正道』とするかなんだよな。森崎に干渉力を高める術を修めようとするのが『畑違い』となるように、本人が描いたものがテーマに沿わなければ、どうしようもない」

 

古式魔法―――魔術とも違うかも知れないが、便宜的に同一としておくそれが、本気で牙を剥けばこうなるのだろう。

 

更に言えば、ダ・ヴィンチの黙って真贋を見抜くような目線がモードレッドに注がれている。

 

その目が見抜くものは何なのか―――。

 

ともあれ決着の時は来たようだ。盛大なまでの魔力量。原子力空母にも似た生成であり『精製』を以て―――。

 

いっそう力を込めるためか、手を向けて兵士たちに下知を、檄を飛ばすかのように、呪文のように威勢よく口を開くモードレッド。

 

『Take That, You Fiend!』

 

キングズイングリッシュともクイーンズイングリッシュとも言える流暢な言葉。

 

意味合いとしては『これでも食らいやがれ!!』。かなり口汚いものだが、実際―――最期の方には、ほのかの弟ご愛読の漫画雑誌(電子版)。

 

『コミックボンコロ』に出てくる低学年向けホビーの『ワザ』か『カード召喚』を思わせるもの。

赤龍のような『オーラ』を纏って硬球は走り抜けて、7体のタツヤが砕け散るのだった。

 

「タ、タツヤさ―――ん!!!!」

 

砕け散るタツヤというぬいぐるみを前にして、泣いてしまうほのか……。

 

その様子を痛ましく思ったのか、A組一同の目と顔が、懇願するような、一方で尊大な視線がこちらに向く。

 

マナ・コストを払わずに『シバ・タツヤ』を召喚しようとするその態度に、どうしたものかと思う。

 

「ほのかさんは、タツヤ人形を生贄にしたわけですから上級モンスターとして行ってあげたらどうですか?」

 

「A組からのご指名だ。行ってきたまえ♪」

 

美月とダ・ヴィンチ先生の言葉で、二階から簡易な魔術を以て勢いを殺しながら降り立つ。

 

そのヒーロー参上のような登場の仕方に、皆の反応は色々だったが―――、一階の実習場に降りたことで気づく。

 

(濃密な魔力―――こんな中、ほのかは硬球を動かしていたのか……!?)

 

実習場が全て『モードレッド・ブラックモア』で満たされた感すらある、それの前で刹那は―――。

 

公平を期すためか、気付かれないように宝石―――あれは月長石か?を数個ほどではあるが、机の上に広げて『吸収』しているようだ。

 

気になることをやっているようだが、今はほのか優先であるとして、A組の方に向かうのだった。

 

 

達也に抱きつく光井というイベントを見ながらも、副将戦は行われたのだが……。

 

副将として出した十三束とA組の北郷との戦いは、善戦したほうだが、やはり生来の資質、想子を飛ばしづらいということが災いしたのか―――。

 

北郷相手では分が悪かった。

 

「一学期から比べれば格段の進化なんだがな」

魔弾(フライシュッツ)を放てても、全身の装甲板(シャッター)はすぐに閉じちゃうのね」

 

魔術師ならば、それを応用して『んなもの学ばなくてもいい』と想える。

 

寧ろその性質を利用して新たな術式に昇華出来る。

獣性魔術など良さそうなのだが……。

 

「ご、ごめん。負けてしまった」

 

「気にするな。今日のB組は俺含めて男子一同、ブレーキになってしまっている」

 

「そ、そういうもんかな?」

 

言ったことで女子陣から半眼の苦笑いを受けてしまう。まぁ事実だし、と刹那は思いつつ、話を進める。

 

「放出自体に問題ない。如何に体質がサイオンを引きつけたとしても、人間であろうとなかろうと、全ての多細胞生物は『代謝』を行っている。

引きつけたサイオンそのものが、最終的にどう消費されるかを決定づけられる存在こそが魔法師だからな。

代謝行動という『変化』『変身』をどう制御するかだからな」

 

「―――うん」

 

「俺としては、どうせならば『鎧騎士』みたいなものをすればいいのにと想えるが、家伝の取得を目指すならば―――そろそろ、『次の段階』でもいいかもな」

 

次の段階。

 

刹那にとっては『児戯』であるとしていた『魔弾』を羨ましく思っていた時期から、もはや半年以上が過ぎていた。

 

その間、かなりの鍛錬を受けてきた―――そして次なる段階という言葉を受けて、鋼は―――高揚するが―――。

 

「と、その前にレティシア、君の番だ。俺たち男子の不甲斐なさがためにすまんな」

 

「気にせず。シオンが精緻さで、モードレッドが豪快さで魅せたならば、私も自分の力を皆さんに魅せたいです」

 

振り向いて見せた笑顔にB組一同が、顔を赤くする。それぐらいに魅力的な女子だ―――。

 

「これで声がダ・ヴィンチみたく聞こえなきゃなぁ……」

 

「me too!」

 

若干、2名ほど(刹那、リーナ)は違う感想を出していたのだが―――まぁともあれ、A組はようやく曹魏の大将とも言える『曹操孟徳』(しばみゆき)を出してきた。

 

「曹操を出してきたのならば、我が方も『劉備玄徳』を出すことで対抗せねばな」

 

「あんた孔明の役どころじゃなかったの?」

 

「時には中山靖王の末裔でも、将として扱わなければいけない我が身の非才がうらめしい」

 

桜小路に対して嘘くさい演技をしながら、軍師扇を口元に当てる刹那。

 

深雪とレティシア―――今まで、彼女と対称的な存在としてリーナが持て囃されてきた。

 

美貌と魔法力。この2つで比肩しうる存在。

 

だが、この2人も見れば見るほどに対称的だ。しかし―――。

 

(彼女のキャパシティがどれだけあるかだな……)

 

傍目だけでそんなこと分かるわけがない。しかし―――。

 

(何かはあるんだろうな……?)

 

最近では一高の名物講師ともなりつつある2人。

 

―――理屈のロマン。

―――感性のダ・ヴィンチ。

 

そんな風に渾名される2人が、こそこそ話しあっていたのだから。

 

何かはあるのだろう……このレティシアにも。

 

そもそも仏国人というのは、刹那にとって『突然変異』が出やすい環境にも想えるのだ。

 

あの『カレー』も、吸血鬼狩りをする前はただのパン屋の跡取り娘だったのだから。

 

コレに関して刹那は一度、ブリテン島からドーバー海峡を渡って『よろしくない因子』が漏れ出ているのではないかという論文を発表した。

 

むしろその『よろしくない因子』をどうにかするための抑止力という可能性にも言及したものだが、まずまずの評価をウェイバー先生からは貰ったものだ……。

 

などと述懐していると、2人の姫君の会話が始まる。

 

「お手柔らかに―――マドモアゼル・シバ―――」

 

「こちらこそよろしくおねがいしますね。ミス・ダンクルベール」

 

一見すれば、傍から聞けば、淑女同士の普通の会話にも聞こえるが、お互いに『ガッツリ』とレーンと対戦相手を睨みつけているところに、ケンカに対する意識を感じる。

 

「さてさて、どうなるやら―――」

 

勝敗の行方は分からない。だが、こちらから見えているレティシアの背中―――そこに走る魔力の『線』は非常に精緻なものを作り上げていたのだから―――蓋を開けるまでわからないだろう。

 

モードレッドと同じく、ソロモンを手にはめた上で大型CADを起動させるレティシア。

 

その実力がいよいよ披露されるときが来たのだった―――。

 

 

男は逃げていた。逃げざるをえない状況に追い詰められていたからだ。

 

この大都会において、男が明らかな生存に対する危機を覚える程度には切羽詰まっていた。

 

このままでは―――死ぬ。そして―――それは現実のものになろうとしていた。

 

「た、助けてくれ!! 我々と『アナタ』は協調出来るはずじゃないか!? なぜ我々を―――グールにしようとするんだ!!??」

 

路地裏に追い詰められた一人の男が叫ぶ。だが、追い詰めた人間は知ったことではないとして、手についた液体を舐めておいた。

 

「生きるために人間を捕食し、人間を乗っ取る。けれどアナタたちを完全に害する存在も、『多くない』みたいだしね。

それだったらさ―――『憑依』した後に、アナタを『支配』した方が簡単じゃない―――手駒も増えるしね♪ こういうのシオンならば、『合理的思考』ですとか言ってくれるかも!」

 

人間的な『死』への恐怖を持つ自分たちは、確かにこの世界では確固たる自我を持つために、人の身体、それもエーテルをそれなりに備えた『魔法師』という存在を求めている。

 

だが、それでもこの女に殺されることは本能的な恐怖を呼び覚ます。自分の有りようが変えられる様。

 

多くの同胞たちが、女の手下にされて『血袋』としての用にされているのを見た瞬間から絶望を覚えた。

 

「家畜を屠殺して自分たちの食料にするのと同じく、アナタたちも『魔法師』という『飼料』を食べて、肥え太ったところを私が食べる。食べちゃう。それだけだよ―――」

 

「い、いやだいやだ!! いやだいやだいやだいやだ!! こ、こんな死―――」

 

瞬間、服にあった抵抗力を素通りして、心臓を貫く五指を見た。見下ろしていた。あっけないほどに掴まれて五臓六腑を支配されたあとに首筋に―――噛みつかれる。

 

噛まれた瞬間から全身の穴という穴が開ききった感覚。

『血』だけではなく魂の一滴にいたるまでを飲み干す行為。痙攣した身体では何も出来ない。

 

だが声を発しておく。最期の呪詛というやつである。

 

「現象存在体……―――タタリ、ワラキアのよ―――」

 

呪詛の言葉は最期まで呟かれずに、男と男に『憑いていたモノ』は、あまさず全て―――眼の前の女の配下になりさがっていった……。

 



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第215話『三国からの探り合い』

前回投稿からの感想がすさまじすぎるぐらいに、色々と読んでくれているようで幸い。

ですが、感想返信は少しお待ちください。今回は投稿だけで力尽きそうなので。

その上で今回の話の感想は特に制限しませんので、ツッコミどころその他普通の感想などなどかまわずどうぞ。

ただ今日の感想返信は、しばしお待ちで、ご勘弁をということです(謝)


騒ぎは学年を超えて伝播して、もはや自由登校となっている三年すらも、実習室の観客席に詰め掛けていた。

 

その中に、前会長である七草真由美と前風紀委員長の渡辺摩利もいたりする。

 

 

「まさか深雪さんに伍する程の実力者が三人もやって来るなんてね」

 

「同じ年代で司波と拮抗する魔法技能持ち―――どうにもなぁ……『同じ土俵』で戦っているようには見えないんだが」

 

「まぁ―――『刹那君』系統の子たちよね」

 

こういう『レッテル貼り』は好かない真由美ではあるが、そうとしか言いようがないものを感じるのも事実なのだ。

 

要するに『現代魔法』とは別種の強さとでも言うべきか。本来的な価値観ではないところで『こちらの土俵』を荒らしている。そんな気分にもなるのだ。

 

だが、それが現代魔法においても変わらぬ強さを発揮すれば、外道(ASTRAY)王道(LORD)になる。

 

「古式魔法師が現代魔法を圧倒しに来たか」

 

少し違うが、そういったことを感じさせるものがそこには有り―――。

 

意地で以て2セット目を取った司波深雪は、少しばかり汗を掻いていた。

 

「対するダンクルベールさんは、普通ね。瞑想(メディテーション)をして調子を整えているぐらいだわ」

 

深雪の魔力の光波が雪のようで凍てつくようなものであるならば、レティシアのは光り輝く炎。我が身を燃やしてでも何かを願うような苛烈なもの。

 

奇しくも北風と太陽のような図式となってしまっている。しかし第三セット目がどのようになるかは、2人の様子からお察しである。

 

(ジャッジ役の2人も中止を進言する頃合いよね)

 

理屈のロマンと感性のダ・ヴィンチが話し合って2人を交互に見合う。テクニカルジャッジで言うならば、この場で終わらせても構わないはずだが。

 

「司波、キミがふっかけたケンカだ。まさかキミから降りるなんて、腑抜けた行為をするわけじゃないだろうね?」

 

「―――当然です。このままどっちつかずの敗北など要らないです!!」

 

存外、ロマン先生は厳しいヒトであった。

 

医者の立場であれば止めることが正解だが、教育者としての立場ならば、『人間的』な成長や矯正を目指すならば、この場で自分勝手に勝負を降りるなど許されない。

 

女子陣からは少しだけ非難するような眼を向けられるも、ロマン先生はそれを意に介さず『はった』と深雪を見ていた。

 

こういう時のロマン先生は厳しい。彼の過去に何があったのかは知らないが、それでも―――。

 

(あなたも謎の存在なんですよ―――ドクターロマン)

 

隠されていることが魔術の力の基本原則。『世界』に刻みつけられた理論を以て、現象操作を引き起こす御業。

しかし、完全に見えなくなっては、それは神秘の力として認識されない。

 

隠しすぎてもまずいが『知名度』を失ってもマズイ。

そういう矛盾したものだと教えられてきたが……。

 

「いずれにせよ……何か起きそうだわ」

 

何か。とは『そちら絡み』(神秘側)―――あの三人は、何かしらのエージェントにも思えたのだから。

 

そんな感想を真由美が出しているうちに、実習授業の勝敗においては、モードレッドとほのかの戦いがあったからか、ラインの耐久値を越えていたらしく、お互いに同時に切れてしまうという『水入り』で終わってしまった。

 

もっとも……『どちらの硬球』が陣の奥に入り込んでいたかで判定するならば、『勝敗』は完全についていたのだが……。

 

 

「うっまいなー!! セツナって魔術(マギア)の達人なだけでなく、クッキングマスターでもあるのかよ!?」

 

「ゴイゴイスーでしょ? ワタシのダーリンは」

 

何でお前がえばるの? そういう風にふんぞり返るリーナに概ねの人々は想う。

 

「確かに、この味は絶妙なバランスの上に成り立っていますね。正しくアクアヴィタエの作製の所業のごとき―――お代わりお願いします」

 

「我が国も食には一際こだわりを持っていますが、この味わいは『悪魔的』ですね」

 

「辛かったか?」

 

「いいえ、味のことではなく―――もう。はっきり言いましょう! すっごく美味しいですよ!!」

 

時刻は既に昼休み―――。いつもどおり人でごった返す食堂が、今日はまた一段と人でごった返していた。

 

原因は、三人の美少女留学生にあり。

 

三人の留学生が食堂の一角で食べているのは、この食堂の自動調理物ではなく『トオサカズスペシャリテ』であり―――邪推する連中は、『遠坂が美少女をまたもや『餌付け』している』などと言っているのだ。

 

「ヒドイ風評被害である」

 

「だが、今日に限っては鍋を振るわずここのメニューでも良かったんじゃないか?」

 

「激しく後悔中だが、お前がそれを言うならば、小籠包を摘む箸を置け」

 

「馬鹿め。小籠包のスープがムダになったらどうするんだ」

 

戒めてきた達也だが、それならば少しは遠慮しろと思うぐらいに、『おまいう』案件過ぎた。

 

ともあれ自己紹介もそこそこに会食となって重箱が空になり、食後のお茶を呑みながら皆が考えたことは、―――雫との交換留学だったはずなのに、何故に米国ではなく三国からやってきたのか。

 

そういうことである。聞きたがりのエリカの質問に対して―――。

 

「私たちは元々、ニホンへの留学を希望していましたからね。合衆国からの留学生は各校にもいると聞いていますけどね」

 

「そっちに回されたんじゃないか?」

 

シオンとモードレッドの言葉にとりあえず納得はしておく。

 

だが、こういった魔法師教育に関しての管轄をしている魔法大学にしては、何とも横紙破りがすぎるのではないかと思わなくもない。

 

他の魔法科高校に回された連中に、一高目当てがいなかったとも限らないのだから―――。

 

『あるいは、主要国関係からの『探り』を警戒したのかもしれない』

 

短波の念話を発する達也に成程と思っておく。

 

アラブ同盟の一翼を担うエジプト出身のシオンはともかくとして、西ヨーロッパの主要国というのは、22世紀を目前にした現在の世界では、ある意味世界の主流から『蚊帳の外』。

 

第三次世界大戦において、多数国家のブロック化が進められた現在に置いて、在りし日の「ヨーロッパ共同体」構想は、もはや『夏草や兵どもが夢の跡』であるのだ。

 

それでも未だにある種の武力による国家統合化が起きていないのは幸いか。

 

百年戦争、薔薇戦争などのようにドーバー海峡を挟んで魔法の打ち合いでもしていれば、それはそれで『面白かった』かもしれないが。

 

「いま、この国の魔法教育は転換点を迎えています。私達、諸外国から見てもそう見えるのですから、内部にいるアナタたちにもそう見えているのではないですか?」

 

アナタたちとか言いながら、刹那にだけ視線を向けるレティシアなので、とりあえず代表して刹那が答える。

 

「さぁ? 当事者意識って結構、主観的すぎてそうは思えないんだよな」

 

そりゃお前が主催だからだという視線が、あちこちから刹那に降り注ぐ。

 

どうやら答えのチョイスを間違えたようだ。失敗(テヘペロ)

 

「だからこそ、そのエッセンスを学びたいのですよ。もちろん、『現代魔法』の分野でも最先端を行くからこそ、そこも学びたいのですけどね」

 

「なんとも好評だな。ウェイバー先生は」

 

「自分の評価とは思わないんですか?」

 

「俺のエルメロイ・レッスンの殆どは、ロード・エルメロイ2世こと、ウェイバー・ベルベットの受け売りさ。ウェイバー先生が指導してくれたからこそ、我が身の枝葉を伸ばすべきところが見えた。

ならば、自分だけが伸びてたってしょうがないわけだ。一本の大樹(ユグドミレニア)だけが、大地に佇立していたってつまんない―――木を集めて森を作ることで、そこに多くの鳥獣は集まり、人々もそこから恵みをもらえる。

もちろん―――『森』を活かすには、時に間伐は必要だが、その間伐されたものは、割り箸や建材になりて後に大地に還元される―――そんなもんだよ」

 

色んな彩りを見せる木々を作り上げることが出来る、ロード・エルメロイ2世。

 

その一方で、その木々と同じ彩りを自分にも着けたいと思って、どうしても出来ない自分を嘆くヒト。

 

そういう人を知っているから、どうしても自分だけが熟達することが、出来なかったのだ。

 

 

「はー、とんだ大風呂敷野郎だなぁ。いっつもこんな感じか?」

 

「大体はこんな感じ。これで口先だけならば総スカンなんだろうけど、その口先から紡がれる呪文や、指導の言葉一つ一つが『魔道の深淵』なんだよね」

 

背もたれに体重を預けたブリティッシュヤンキーの言葉に幹比古が答える。持ち上げられても、なんとも言えぬ気持ちだ。

 

「シオンもそうなのか?」

 

「まぁ概ねそうですね。それ以外の目的もありますが、それは―――刹那と『仲良く』なってからにしましょう」

 

その言葉(リーナは超不機嫌)に対してアラビア語で刹那は口を開く。

 

『だったら、さっきから周りの連中に刺そうとしている『ナノフィラメント』を引っ込めろ。

邪魔するのもうざい『物騒錬金』だからよ』

 

『失礼、どうやら『私』と似たような存在とアナタは邂逅していたようだ。2番目の仮設番号が『正しかった』ようで何よりです。『魔法使い』―――』

 

出来るだけ気を押し殺しながらお互いに笑顔で言うも、何かしら剣呑な会話だと気づけたものは少ない。

 

「な、なんて会話しているんですか……?」

 

だが、ニコニコ笑顔で言い合う様子は多少の疑念を齎していたようで、美月が狼狽しながら問うてくる。

 

答えは―――1つだった。

 

『『逢い引きの約束をしていたところです』』

 

周囲の反応はエターナルフォースブリザードであった。

 

だが、その一方でこういった時に、あれこれとツッコミとか色々とするはずの深雪と光井が『ずずーん』と落ち込んでいたりした。

 

というか今日に至っては、自分たちの会食に付き合わず、『敗残の人』として違うテーブルで陰々滅々としている。

 

こういう時に限って口説こうとする人間が出てもおかしくないのだが―――あまりにも圧倒的な負のオーラの『円』を展開しており、そんな蛮勇を見せつけるものはいなかった。

 

「フォロー行ったほうがいいんじゃないですか? ムシュー・シバ」

 

「俺だけか。ちなみにレティシアは―――俺の妹をどう分析した? 魔法師としてだ」

 

「優秀な魔法師だと思いますよ。というか国際規格でも見かけない優秀なものですが……まぁ、私には敵いませんね」

 

「痛烈だね」

 

言われた達也としては、苦笑せざるをえない。現代魔法師としての優秀さでは古式の最優秀にはとうてい及ばないと理解していても、なんとも如何ともし難いものがある。

 

「―――彼女の『同居人』が、都合よく力を解放してくれていればいいんですけどね。

どうにも波長があっていないと思われます」

 

その言葉に―――達也は我知らず冷や汗をかく。ブラフか? いや、そもそもダ・ヴィンチの見立てでは、深雪の中に勝手に居付いた『聖女』の魂は退去したはず。

 

「レティシア、それはどういうことなんだ?」

 

「えっ? タツヤが彼女のCAD担当だと私はセツナから聞きましたよ。ずばり言えば、タツヤはご令妹の身を慮っているのでしょうが、もう少し―――ギリギリの調整をしてもよろしいのでは?」

 

……言われてみれば確かに、最近の達也は妹の調整をしていなかった。

 

色々と忙しい上に深雪自身も、本家にいかなくてもあちこちに顔を出さねばならず、そこを調整し忘れていたといえば、そうなのだが―――。

 

(どうにも上手く誤魔化された気しかしない―――)

 

腹芸がうますぎる仏国人。そもそも『国際政治の寝業師』という異名を第二次世界大戦頃から持っている国なのだ。

 

ならば―――『彼女』もそうであってもおかしくない。

 

「言われてみれば、そうか。刹那のポカミスとはいえ人の秘密を明かさないでくれ。大統領子女」

 

「おや? アナタも私のことを知っていましたか」

 

「フランスのローラン大統領は有名人だからな」

 

言ってから達也は、フランスの大統領一家に写る子女『2人』を見せた。

 

端末に写る外国のPRESSなどが撮ったであろう写真をレティシアに見せると、『その通りです』と言ってのけた。

 

観念したかのような言い方と、あまりにもセレブすぎる出自に驚天動地の食堂の面子。

 

「日本では魔法師に『投票権』だけの限定参政権が与えられているが、フランスでは違うのか?」

 

「どちらかといえば、魔法師の適正を持っていた母様から私とリリィが生まれたってだけなんですけどね」

 

どうやら北山家と似たようなものらしい。だが、レティシアの母親は特に魔法師としての訓練を受けていない。

 

つまりは美月と同じく第一世代の魔法師ということだ。

 

遺伝的な継承以外で、自然発生的に魔法師が誕生する原因は、やはり一種の先祖返りとも言える。

 

これに関して刹那は、『エーテルに似た物質が大気中に充満していれば何かが活性化するのかも』と持論を展開したが、彼でもまだ分からないことではあるらしい。

 

ともあれレティシアが政治家の娘で魔法師で―――美少女であることは間違いないわけで―――。

 

「まぁ私が誰それの娘であろうと、私は私ですしね。お気になさらず―――それよりも美月、先程から気になっていましたが、その手にあるものは―――」

 

「こ、これですか?」

 

「私、すごく興味あります! 伝説の作家『K・N』が書いたという『スクリーマー』ではないですか?」

 

「ええ、少し前にネオ・アキハバラで―――」

 

そして若干、美月と『話』が合うポップカルチャー好きであることが分かった。

 

意外な側面というわけではないが、まぁ大統領の娘がクラブやディスコ通いをするパリピみたいな人間であるよりはいいだろう。

 

勝手な他国への配慮をしつつ―――。

 

「セツナ―――エクスカリバーって持っていないか? それがオレは欲しいんだよ」

 

大爆弾を投げつけてきたモードレッドの言葉で、一同はコレ以上ない緊張を果たすのだった。

 

 

「どっ、と疲れたぞ……」

 

「スワッていていいわよ。ワタシが紅茶淹れてあげるから」

 

家に帰るまで、緊張に晒されっぱなしの1日であった。

 

分かっちゃいたことだが、三者三様の『事情』で刹那に絡んできたのだ。

 

そして明確に、かつ『直球』で踏み込んできたのがモードレッドである。

 

昼食時に質問に対して躱したが、その後も150kmの剛速球で、こちらを揺さぶる彼女は刹那にとって『やり辛い』相手だった。

 

「まぁ搦め手が苦手というか、裏表がないんだろうが、ありがとう。 諜報員としてはあまりにも稚拙だろうな 」

 

「それじゃあ『レッド』は、英国政府関連ではないと思っている……?」

 

言葉の途中でリーナから手渡されたカップに礼を言ってから、刹那の結論を求めるリーナに首を振る。

 

「いいや、モードレッドは間違いなく英国政府の間者(スパイ)だ。というよりも俺は知っているんだよ。

「ブラックモア」(黒鴉)という姓が持つ意味をな」

 

かつて自分の世界において『アーサー王』の再臨を願う狂信的な一団がいた。彼らは『村』というコミュニティを作り上げて、多くの思惑渦巻く腹の探り合いをしていた。

 

その村の象徴として、かつて真祖種族に仕え、そして上級死徒の名跡を受け継いで―――そして滅んだものの墓地が存在していた。

 

ちなみにいえば、その墓地に行くたびに……『黒いガッチャマン』が死霊として刹那の前に現れては、あれこれと助言してくるのはどうかと思えた。

 

ともあれ、その一族の中でも墓守の継承者たちは、英国政府との繋がりは深かったそうだ。

 

「彼女が俺の姉弟子と同じような『霊媒』としての処遇を受けているようならば、あの容姿にも説明は着く。だが――――」

 

「なんでセイバー=アルトリア・ペンドラゴンじゃないのかしらネ?」

 

「……俺も分からん」

 

まさか、この世界では『パンドラが箱を開けなかった』なんていう分岐した異世界のごとく、『カムランの丘』でアーサー王を殺したのが、モードレッドではない、とか妙な改変が成されているわけではあるまい。

 

一応、この世界に来てから『それら』の齟齬はオニキスと共に埋めておいたのだ。

 

致命的な抜け落ちというべきものはない。魔術協会が誕生していないこととか、それなのにアトラス院が実は実在していたとか―――今更ながら、本当にわけがわからない世界だ。

 

その上で魔法師という存在の誕生にホムンクルス技術が使われていたり、ほにゃらかにゃんともぎがが―――。

 

「ニャロメ―――!!!」

 

「セ、セツナが壊れたぁ!! アワワワ、ド、ドウしたら良いのかしら……!!」

 

「だ、ダイジョウブ。とりあえず自分の限界を超えた処理能力を強要されたから、一時的に赤塚不二夫のネコキャラに憑依されてしまった……」

 

ドウしたら良いのかしらとか言いながら、必死な様子で抱きしめてくれたリーナの柔らかさで何とか持ち直す。

 

色々と考えることは多いが、一先ずシオンからの誘いを何とかせねばなるまい。

 

「シオンからの逢い引きぃいいい!!! いたい痛い!! 抱きしめからのサバ折りとか、どういうこと!?」

 

「お道化た言い方で気を楽にしたんだろうけど、ステディであるワタシの前でそういう単語(ワード)を使うなぁぁあああ!!」

 

「OK、OK!! 了解したから―――まずはメシにしよう!!」

 

『夫婦喧嘩は犬も食わないとは、このことですねマスター』

 

今日の昼間は、来訪者たちを混乱させるだけだとして霊体化させていたお虎が呟く。

 

「出歩くならば私も出ましょう。どうにも不穏な気配がします」

 

「不穏な気配?」

 

「まぁちょっとした直感のようなものです。気には留めておいてください」

 

実体化を果たしたお虎が、うつむき加減でそんなことを言う様子。

 

サーヴァントとしての直感を疑うわけではないが、それでも―――。

 

それは、恐らく三人の来訪者たちにも関わらざるをえない案件なのだろうなと、嘆息を深めるしかなかったのだ。

 



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第216話『夜の一幕・blood』

というわけでエイプリルフール企画は消え去った。

同時に各社、本気度があるところと温度差があったなぁ。まぁ大変ですからね今は―――。

そんな中、シマライブは―――GJだったなぁと思いつつ、お詫びの新話お送りします。


シオンとの逢い引き……ではなく待ち合わせの約束は既に、エーテライトの交感で伝えあっていた。

 

「まさか、こいつを正しい目的で使うことになるなんてなぁ」

 

「霊子ハッカーだったかしら? それをくれた人は?」

 

「彼女曰く、『エルトナム』の名を受け継ぐものにこそ伝承されるものという話だ。まぁ要するに、人の中身(うちがわ)を全て覗き見れることからそう名乗っているらしいな」

 

歩きながらの会話。剣呑な内容を話しながらも、夜風の冷たさに身を縮こませてしまいそうになる。

 

「そして、そんな『より良い未来』を模索するアトラス院の錬金術師が、俺に接触を図る理由とはなんぞや? ということなんだよな」

 

「……魔法師を駆逐するために協力しろとか言われるんじゃない?」

 

「それはないかな」

 

彼らは霊長の世の末がどのようなものであれ、関与はしない。人類が終末を迎えたとしても、その滅びのあとに立ち上がるものを作るのが彼らの理念だ。

 

その為ならば、霊長がどのような『形』になろうと構わないと思っているのだ。

 

「今の世界で、もしも戦略級魔法の乱発で世界が砕けたとしても、アレはその跡に『星を滅ぼした愚か者共、此処に眠る』という『稼働する石碑』を造りかねないからな」

 

手段が目的に変わりかねない阿呆な連中なのだ。

 

そんなアトラス院が自分に関わる理由など……。

 

「アリすぎよね」

「あるよなぁ」

 

何だか分からないが、まぁとにかく―――妙なことに巻き込まれそうなのは間違いなかった。

 

待ち合わせの場所は、都内であればどこにでもありそうな公園の一つ。すこし前のクリスマスでレオと宇佐美を助けた場所にも似ている。

 

というか都内の公園なんて、どこもこんなものだ。都会の風情というか余裕を持たせるためか、変な緑化運動的なもので緑を増やしたことで、不貞の輩が屯するスポットにもなっている。

 

もっとも、今となってはあちこちにソーシャルカメラがあるわけで、大それたことは出来ないが……そこをどうにかすることも可能なのだ。

 

「んでやってきたはいいんだが―――」

 

「シオン、いないわね?」

 

気配を探ったところ、誰の気配もないことが分かる。

 

人払いの結界を張られることは予想通りだったのだが、それにしても誰もいなくなると―――。

 

「セツナ!!」

 

リーナの声の前から分かっていたことだが、前面を制圧する弾丸の列。音速を越えてやってくるそれを炎の魔法陣―――遠坂の家門を模したものは、焼き尽くして灰に返す。

 

手を翳した前から来たものは、それで封殺出来た。

 

前に敵がいる―――。それを理解して―――。

 

「Intensive Einascherung―――」(我が敵の 火葬は 苛烈なるべし)

 

魔法陣から弓弦を引くように魔力線を掴んで張り上げる。

 

そして解き放った時に、炎の矢は十数―――否、数十現れて猛烈な勢いで掃射を開始。

 

見えぬ敵を見つけ出すべくあちこちを発破する。地面が爆ぜ上がり、すり減り、樹木が叩き折られていく様―――の前に―――。

 

「SHOOT!!」

 

声を出さなくてもいいのだが、『声』に魔力を乗せることも習得しつつあるリーナ的には、最近では手動でのCAD操作込みで、音声出力的なものを含めると魔力の『ノリ』がいいそうだ。

 

そこまで来れば思念操作的な礼装の方がいいかもしれないと考えつつも、上空より降り注ぐ雷霆が、さらなる大地の発破を行う。

 

「がっ!!」

 

「ラニ!?」

 

「そこか!!!」

 

公園の路地から外れて脇の林に入り込める最初の場所に、下手人はいたようで―――即座に魔弾を叩き込む。

 

「―――」

 

放たれた一撃。しかし、それらは封殺された。ぱしゅん! という霧散するかのような様。

 

何かしらの防御礼装を用意していたということか。

 

そこにいたのは、何とも煽情的な姿をしたエキゾチックな女子2人であった。

 

熱砂の大地で日除けをすると共に、己の美貌を簡単に晒さないためのもの。目出しだけをするローブを纏っている。

 

ここで紳士的な男ならば、そのローブを剥ぐという無粋な真似はしないだろうが。

 

「生憎ながら、俺は祖父さんほど紳士じゃないんだな。

Die Flau steht vor dem Spiegel(女は鏡の前に真実を晒す)―――」

 

左手にある「月長石」の魔力を発動。魔術的な防御を持った衣類を『弾き飛ばす』術が、少女2人を『月光』のスポットライトの下に置いた。

 

一人は、同級生に今日なった子だ。衣装は、当たり前のごとく一高の制服ではないが、こちらも制服―――『軍服』じみたものを感じる。

 

だが、今の時代にはかなり流行りではない白のミニスカートに紫のニーソックス……絶対領域が眩しすぎる美少女がいた。

 

イメージカラー通りの紫系統の衣類が重ならずに美に映えるのは、一種の芸術であろう。

 

もう一人は、同級生―――シオン・エルトナムとは違い、矮躯と言っても良い少女だった。

 

衣装の系統としては、シオンと同じく『丈が短い』。そして露出『強』というぐらいに、色々と肌見せが多い女の子である。

肌の浅黒さは、エスニックを思わせるもの。熱砂の大地でもシオンがエジプトなのに対して、少女はインドの民族をイメージさせる。

 

髪はゆるくウエーブを果たしながら長く下がっている。

 

魔眼持ちなのかそれとも―――とりあえずメガネを掛けて、額には仏僧の修行の証たる『チャクラ』を思わせるものがあった。

 

―――簡潔に言おう。年齢的にアウトである。

 

「もしもしポリスメン? とかされたらば、一発でアウトだぜ」

 

「その場合、私達の衣類を剥いだアナタが官憲のお縄につくのでしょう」

 

そうだね、と心の中で同意するぐらいに正論を、インド系統の『錬金術師』がクールにメガネをくいっと上げながら言ってくる。

 

その間シオンは、刹那の放った魔弾で足を怪我したインド人を右にしながら治療をしていた。

 

「なんでこんな辻斬りバンザイみたいな無法な歓迎を受けにゃならんのだ?」

 

それを見ながら話を長引かせたいだろうシオンの思惑を察する。

 

「仮説一番、私達のような異能力者の出会いは、まずはお互いの力を確かめあってからの方が友好的になる。

仮説二番、ボーイ・ミーツ・ガールの基本は、銃火を交わし合ってこそ。

仮説三番、あなたは、このような出会いを何度か経験していると思われる」

 

図星と言えば図星ではある―――高度な演算で『未来予測』をするアトラスの錬金術師の面目躍如だが、あまりいい気分ではない。

 

「仮説四番、あなたがこの『並行世界』に来訪してから、真っ先に出会ったのがアンジェリーナ・シールズと推論。

仮説五番、そのアンジェリーナを助けるために、あなたはお節介を焼いた。ちょっとした『任務』の手伝いと思われる。同時に男女としても接近を果たす」

 

「エヘヘ、なんか照れるわネ。ワタシたちのラブラブな仲が察せられるなんて、どこぞのフランスハーフとはオオチガイだわ」

 

喜ぶところだろうか? 頭を掻いて顔が緩みきったリーナの気分を害するのも悪いと思いつつ、シオンの話の続きを促す。

 

「仮説六番、ゆえに刹那をNTRするには、こういった出会いの演出は必要不可欠。

仮説七番、長い仲ゆえに冷めつつある時は来ているわけで、少しだけ違う刺激を欲しがる男に、今の私の格好は目の毒の限り。ラニ=Ⅷというデンジャラスロリータもプラスすることで、刹那は私の掌中です」

 

「恐縮ですシオン師父」

 

「右ストレートでぶっとばす! 真っすぐいってぶっとばす!!!」

 

シオンとラニなる少女の不穏極まる言動に、数秒前の喜びは何だったのかと言わんばかりに、跳ね上がるリーナのサイオンオーラ及びオドの賦活。

有り体に言えば『アークドライブ』の状態に移行したことで、2人は若干後ずさる。

 

「演算開始――――。

一番 逃走

二番 逃走

三番 逃げちゃダメだ。だが逃げろ。(CV 蔵馬)

四番 言われなくてもスタコラサッサだぜ

五番 逃げるんだよォォォ――――ッ!!(CV ㈱AGRS社長)

六番、七番は回答を拒否―――」

 

「師父、明日なんですが私、中学で出来たお友達からお茶の誘いを受けているんです」

 

「ならば――――策は一つですね」

 

言ってからこちらに堂々と背中を向ける2人―――。くるり、とでも擬音が着きそうなターン。というかラニ=Ⅷの服の背中には、Ⅷとローマ数字が書かれている。

 

それを目にした瞬間―――。

 

「たった一つの策……それは―――」

 

「「それは?」」

 

思わずリーナと共に問い返してしまう。それぐらい次の行動が読めないシオンとラニの行動だったのだが……。

 

「逃げるんだよォ!! ラニーーーーッ!!!」

 

「逃げるは恥だが役に立つんですねシオン師」

 

本当に予想外の行動だった。

 

一瞬だけポカンとして、高速で自己加速でも使ったのか、それとも『リミッター』を外したのか分からないシオンとラニを見送っていたが……。

 

「ワタシがチェイサー(猟犬)になるからセツナはバックアップ! 頼むわよ!!」

 

「了解」

 

言いながら刻印を使った『天牛金弓』を携えて、妨害と同時に駆け抜けようとするリーナのフォローをする。

 

速いが、決して射抜けないわけではない。しかし、射抜くわけにはいかない。

 

手加減をするために―――停滞・束縛のルーンを刻んだ魔力矢を叩き込んでいくが、その時―――。

 

シオンとラニが『分身』を果たす。否、その術法を刹那は知っていた。

 

(レプリカント・イマジン)

 

エーテライトの『糸束』を投射することで、ある人物の『義体』を投影する術。

 

シオンがエーテライトを持っていたことからラニもとは予想していたが、いきなりの『デコイ』の放出に、リーナも戸惑ったが―――。

 

容赦ない弓射―――後ろから放たれたミサイル発射の如きものが、義体を全て吹き飛ばして縮れた糸へと返す。

 

「バカですかっ!? アナタは―――」

 

唇の動きから余波で凧のように吹き飛ばされたシオンの言葉を推測する。

 

「シオン師!?」

 

だが、そんなことを言っている内に、(くう)を舞うシオン相手にリーナは突っかかる。

 

空中にいながらにして拳を握りしめながらの滞空格闘戦。

 

蹴り技が主体のシオンに対して拳で突きを放つリーナ。

正しく人外魔境の戦いの最中―――強化した視力が見てしまう『しましまパンツ』に眼を奪われて―――。

 

「セツナ―――!!!」

 

こちらの思考を察したリーナの怒号の如き声。それを狙ってエーテライトで拘束を果たすシオン。

 

剛性はよく知っている。

 

「捕まえましたよ。アンジェリーナ―――」

「アッソ」

 

呆気ない拘束、刃物を首にでも突きつけるためなのか、密着させようとしたシオンに素気ない返答。

 

事実、密着を果たそうとした時に―――リーナは握り込んでいた拳を、シオンの脇腹に押し付けた。

 

一瞬のスキを突いて真正面を向かれたがゆえに―――コレ以上ない衝撃がシオンを襲った。

 

「――――」

 

肺が酸素を取り込まない現状を前にして、シオンの思考が高速で演算を開始する。

 

「シオン師!!」

 

「だ、だめだ! ラニ―――こっちじゃないんです!!!」

 

創造主を助けるためのホムンクルス特有の思考―――否、ラニの優しさに感謝しつつも、それではダメだったのだ。

 

「にゃああああ――――!!!」

 

シオンの中で解は出ていた。この状況、リーナが援護状況を容易に受けられない密着状態の中、刹那が弓を放つことはないのだと分かっていたから―――。

 

つまりは『第3勢力』の介入。新戦力を近場に投入すること。

 

それは、高機動を持ち打撃力を持ち、リーナを確実に救出出来る存在。

 

高位の使い魔。

 

精霊に格上げされた人間霊。

 

英霊―――境界記録帯による介入であった。

 

 

サーヴァント・ランサーの位にある霊体が、リーナを馬に乗せた上でシオンとラニを鎧袖一触していくのだった。

 

 

「俺もカンが鈍ったな」

 

「お兄様。どういうことですか?」

 

「簡単に言おうか。深雪―――お前の魔法力は、コレ以上なく『増大』している。英霊マルタの置き土産かもしれないが、ともあれ―――お前の設定を上限値に引き上げても―――」

 

「も?」

 

「……少々足りないんだよ。大型CADでの競い合いとはいえ、地力をそのままに『投射』出来るタイプの術者には、すごく相性が悪い」

 

今日の結果を考えるに、三人の留学生……恐らく三人が使っているマクシミリアンの『十の秘指』には、何か特殊な『感応石』が組み込まれている。

 

もしかしたらば、感応石ですらないのかもしれないが。

 

それらを用いて術式を解き放つ時、『魔法』は正しい形で世界に顕現するのだった。

 

しかし――――。

 

「今の深雪にとって『規格通り』のホウキは、はっきりいって鈍ら刀にしか為りえないよ」

 

いざとなれば、CAD無しでも『とっておき』を発動させられる達也が言えた道理ではないのだが、ともあれ―――難儀をしてしまう。

 

今の深雪は10の力で放出出来るものを4か5で打ち出している。

それも無意識で、だ。セーブを掛けているわけではなく、CADの規格に則って放出しているからこそ、悩ましい限りだ。

 

「リーナが持つ『星晶石』のようなものが必要ですか?」

 

「ああ、ソフト部分は俺でもアレコレできるが、ハード部分はどうしても、な」

 

だが、今まで達也としてもお座なりにしてきた分野であり、何とかしたいと思っているものだ。

 

ゴノレゴ13が刀剣の名工に愛銃『アーマライト』のパーツの最高位の研磨を頼み。

 

無免許の名医(ブラックジャック)が、己の使う手術道具、特にメスを神域の刀工に鍛えてもらうことで、最高位の腕を振るえるように―――。

 

一流の人間には一流の道具が必要なのだ。

 

魔法師の世界では、如何にホウキそのものは『容れ物』に過ぎず、入れる『ソフトの仕様と量』が重要とはいえ―――。

 

使う人間の作業の瑕疵になるならば、どうにかせねばならないだろう。

 

(レッドは、エクスカリバーを欲している。いま、刹那にそれ関連(魔具鍛造)で接触することは余計な疑念を持たせるだろうが―――)

 

それでも、達也にとっての一番の価値観とは、妹のために動くことなのだから……。

 

友人に煙たがられたとしても、そこは言っておこうと想うのだった……。

 

その裏で―――闇に蠢くものたちが行動を開始して、否応なく達也も深雪も巻き込まれていく―――。

 



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第217話『漂流者と定着者』

何気ないハエ叩きで首を一回転させて『絶命』と悩んだのだが、少しは森崎くん関連のキャラであることを認識させたくて、下記の結果になりました。

読めば分かる。読まねば分からない―――というわけで新話、お送りします。




 今夜も夜明かしかなと愚痴りながらも、鑑識が既に調べたあとの被害現場にいながら千葉寿和は考える。

 

「これで7人目か。どう思いますか?」

 

「吸血鬼……そうとしか言えない犯行だな」

 

「問題は吸血鬼じゃない。老若男女問わずの行方不明者の続発だ」

 

 今夜の現場である血吸いの被害者が出ている一方で、昨今の東京都内では『行方不明者』が続発している。

 

 その中には魔法師のメンバーも含まれていて、少しばかり各関係機関がピリピリしているという現状もある。

 

 クリスマスの人身売買組織『フィリピンマフィア』どもを解決したというのに、再び何かの策動を予期させるものを感じるが……。

 

「血吸いの犯人には、どうにも『意図的なもの』が感じられるが、行方不明者の方は―――なんといえばいいか、場当たり的な……快楽主義的なものを感じるな」

 

 安宿警視の言葉に、寿和も同意する。老若男女問わずと言ったが、主な行方不明者の年代は『中高年の男性』が多い。

 ようは『いい年したオジサン』方が主だったりする。

 

 その片方で未成年、成人の学生も見受けられる―――。

 大規模なギャンググループ……『悪い遊び人』的なものも一夜にして忽然と消えている―――集会所にある血塗れの惨状と、ところどころに散らばる肉片とが、犯行の『詳細』を物語ってもいるのだが。

 

「さてさて―――専門家に渡りをつけたいところですが……」

 

「十師族にまず話さず、『彼』に直接話を通そうとすると、途端に不機嫌になるんだよな」

 

 フリーランスの立場である彼を己の戦力と思っているのか、それとも何かあるのか、ともあれ―――。

 

 お巡りさんにとっては歯がゆいが、事態に有効な手を打てずに夜は過ぎていくのだった。

 

 † † † †

 

「くっ……男二人が女一人を左右から捕まえる。これが『嬲る』の文字の起源なんですね。ヒエログリフの解読よりも恐るべき語源!!」

 

「ナーンカ、どこかで聞いたような言葉だわ」

「me too」

 

 バインドという抗魔布で拘束されたエジプト娘2人。

 

 シオンの言動は入学直後に深雪とエリカに捕まったリーナが宣ったものだ。

 

 地面の硬さを存分に味わっているシオンとラニ。

 

 ともあれ――――。

 

「何がしたかったのさ。キミら?」

 

 結論はそこに落ち着くのだった。

 観念したのか、それとも何か思惑があるのか―――ため息一つ突いてから、シオンから口を開く。

 

「私としては、貴方がリーナを伴って来るとは思っていなかったのです。

 メイガス―――かつて、学問としての『魔術』を伝承させようとしても『させられなかった』者たちの『子孫』たる貴方が神秘を漏らさないためならば、ここに『魔法師』(ただびと)である彼女を連れてくるとは思えなかった」

 

 リバーブローを食らったからか、回復させたとはいえ、恨めし気な視線がリーナに届いていた。

 

「まぁ一般的な『魔術師』ならば、それが『正しい』な。だが、別に正しい道ばかり歩んだって、それが良好な結果になるとは限らんのだしな」

 

 魔術協会、アトラス院、彷徨海……魔術協会の三大部門の内、『神代回帰』(ゴッズターン)を目指すのが魔術協会以外の派閥だった。

 

 一般的に開かれていた魔術協会に比べれば、残り2つは閉鎖的にすぎた。

 

 それゆえの言動―――というわけでもあるまいが、と思いつつ続きを促す。

 

「その上で、私としては貴方のようなジョーカーの『無力化』ないし、『協力』を要請したかった。

 いざとなれば、か、身体を使ってでも―――どうにかしたかった……」

 

 顔を赤らめながら、『出来れば上手に、優しくしてください』とか言うシオンにげんなりする。

 

 それを見て、がしがしっと刹那のブーツを踏んでくるリーナ。ルーンの加護が効いた鉄甲入りのそれは、特に痛みを伝えない。

 

 そのうえで、穴倉に閉じこもるこいつ等が出てくるということの異常さを認識する……。

 

「……錬金術師が『協力』を求めるなんて、よっぽどのことだ。一つ聞きたい。

 あちこちに『魔術都市』を作っていた先達諸君らは、『教会』との諍いで死んだんだな?」

 

「そう考えてよろしいかと。だが、しぶとく生き残ったものも隠れ住んでいる。ブラックモアなどその典型でしょう?」

 

「まぁそうだな」

 

「真祖種族の発生もありましたが―――早々に衰退してしまったというのが現状です。原因は不明ですが、『死を徒に運ぶ輩』も、真祖側からの発生はありませんでした」

 

『人理の発展』が急速すぎたというのが、錬金術師の見解であった。

 

 それに対して、今は疑問は挟まないで、次の言葉を促す。

 

「そのせいか、一大信仰の総本山は魔術師との戦いに総力を傾けて、現世にある『神秘の分野』は殲滅されてしまったのです。

 魔法師及び貴方―――及びダ・ヴィンチが探ったとしても、痕跡一つすら跡形もなく無くしてしまえば、それで終わりです」

 

 自分が諳んじれる『時計塔の年表』を思い出すに、色々な『変化』が、懐かしきクロックタワーの成立を邪魔して、この世界を成立させた。

 

 その事実に少しだけ寂しい想いを覚えてしまう。

 

「しかし、それゆえに『教会』もまた衰退を果たしました。

 光と闇、聖と邪、神と魔のバランスが崩れたことで、彼らの教義の『加護』は崩れていきました―――そして『人の時代』(人理版図)の異常な進展・拡大が一つの『成果』を生み出しました」

 

 そこまで聞けば分かった。そして『子機』越しのダ・ヴィンチも『唸っている』ようだった。

 

 とりあえず言っていることに齟齬はない。隠されている事項はいくつかあるかもしれないが―――。

 

「と―――私の来歴に関する裏の世界史の話はいいんですよ。

 私が『アトラス院の錬金術師』であることは、間違いなく分かったでしょうから」

 

「ああ……そこまで分かっていれば、何も隠しようがないからな。もう一点―――詰めとかなければならないものもあるが」

 

「私も『漂流者』であるという疑問ならば、後で穴蔵に来てみればいい。というか確認しにいかなかったんですか? 彷徨海と違って見つけやすいと想うんですけど」

 

 呆れるような顔のシオンに言い訳させてもらうならば、別に確認しに行かなかったわけではない。

 ただアラブ同盟の中核をなすエジプトに『USNAの魔法師』が入るということは、色々と疑念をもたせた。

 

 それゆえ自由な調査も出来ず、シフトをやむを得ず欧州に向けざるを得なかったのだ。

 

『それ以外にも、色々とあの頃は忙しかったからね。砂漠を行くダ・ヴィンチロマンスカーの作製もまだまだだったから、余計に』

 

 遂に口出してきた、子機の向こうにいる一高の教師であり、魔法の杖の面白がるような言葉。

 

 それを聞いて少しだけ気を楽にする。

 

『それでウチの坊やに協力を願うことなんだ。よっぽどのことだろうから、先ずは私に話を通し給え。これでも自称・保護者だからね』

 

「それは―――『こちらの状況』を片付けてからの方が、いいかと」

 

 その言葉でバインドを解いて、2人を自由の身にしておく。

 空気がざわつく。乾いた空気に湿った空気の混ぜ合わせ―――。

 

 尋常の気配とは異なるものが公園内に充満する。

 

 22世紀を目前にするテクノロジーのはずの街灯が、チカチカと点滅をする。

 

『異常の気配』に耐えきれず、無器物も悲鳴を上げていたのだ。

 

 大気に『死』が混じる。自然に発動する魔眼。警告を放つ双腕刻印。

 

(セツナが、この上なく反応している―――間違いないわね)

 

 異端の存在が『都内』にいる。間違いなく『魔宝使い』が自ら動かざるをえないことなのだと気づく。

 

「リーナ、あんまり離れるなよ」

「All right」

 

 特に抗弁することではないので、リーナもそれに従う。

 

 現れるものが何であれ―――セツナの近くこそが、自分の居場所なのだから。

 

「―――Anfang(セット)

 

 魔術回路の叩き起こし、全力で回転を果たす。表面(すはだ)に走る精緻な樹形図を思わせる回路。

 

 迷宮のように入り組んだそれらに光が灯った時に、あちこちから平常ではない人体の群れがやってくる。

 

 暴徒のように一直線に、されど動きは理性を持たない獣のように、『食欲』だけを満たすために、掴みかかるような腕の動きだけ。

 

 完全に―――『食屍鬼』(グール)の類であった。

 

 その数、30鬼ほど。

 

(汚染度が深すぎる―――上級死徒クラスか)

 

『親』となったものの力量が、グールの『毒素』で分かる。こんなのが―――この『世界』にいるわけがない。

 

 そう理屈付けながらも、黒鍵を投影。先制打として―――投げ放つ。

 

 強化した身体で解き放たれる『投擲』。打ち込まれるは聖別された小剣。吹き飛ばされて、血を撒き散らしながら破裂を果たすグール8体。

 

 そして灰に変える様を見ながらも、干将・莫邪を投影。近づけることもなく斬りつけることで灰に返す。

 

 足さばきの軽妙さを上半身の撥条と連動させることで、短剣の捌きは殺しの技へと変わる。

 

 決して真正面に立たず、斬りつける時でも『斜』から入ることを心がけていく。

 

『―――君の得物を使っての戦い方は危なかっしいなぁ。まぁ、俺のような奇手頼みの戦い方でも覚えておけば、生き残れるかもよ』

 

 手慰み程度に暗殺術を仕込む、村での同盟相手を思い出しながらの殺撃。思わず他の三人が止まってしまうほどに見事な剣舞。

 

 そして、それ以上だったのは――――。

 

「不浄のもの、夜魔の眷属に成り下がりし骸よ。その身に与えし打擲、屍体に鞭打つことを許し給え。

 ――――南無阿弥陀仏」

 

 念仏を唱えながら、健脚の限り、身の動く限りを以て剣を、槍を、鉈を、直刀を振るってグールたちを仕留めていくお虎の姿だった。

 

(やはりサーヴァントは規格外ですか―――だが、これならば――――)

 

 確実に『出来る』。アトラスが起こしてしまった禁忌の実験……その不始末を着けられる。

 

「申し訳有りませんリーナ。私は貴女の恋人を屍山血河に送り込まざるをえません。

 そのことを貴女に一番最初に言うべきだった―――」

 

「シオン―――ナニが起こっているの……?」

 

 不安げな顔をするリーナ。その顔に謝罪をせざるをえないのは、彼女も義理を通さざるをえないことだからだ。

 

「『刹那の世界』では上級死徒でしかない存在。『観測された世界』では、死徒■■■祖が一鬼『■■■■の夜』。その討滅を依頼したいのです―――彼らは、北米大陸ネバダ州――」

 

 その言葉を受けて―――リーナは、今夜の予定にすぐさま、上官及び大統領補佐官とのオンライン会議を付け足すのだった―――怒りの文句と共に―――。

 

 そんな想いを受けながら―――公園に現れた食屍鬼は全て滅ぼされた……。

 

 

 † † † †

 

 

「ひ、ひいいいい!!! な、なんだ、なんなんだよぉおおお!!!!!」

 

「え? ただの『食事』だよ。アナタたち言ったじゃない。「私と気持ちいいこと」がしたいって、そして「私もあなた達と気持ちいいこと」がしたいって返した。ほら、ナニも『思い違い』はないよ?」

 

 マッスルアンプという、筋肉をトレーニングする装置をあちこちに着けて筋力を強化してきた男は、情けなくも鼻水と涙を―――尿と共に盛大に撒き散らしながら、絶叫をする。

 

 盛大なまでの恐怖を、最大限の恐怖を、在り得ざる現象に対する理解のなさから来る恐怖を―――存分に味わっていた。

 

 あれだけ鍛え上げてきた筋肉。厳つさで威圧するファッションも、何もかも意味はない。

 

 無頼少年集団(アウトローチーマー)という絶滅危惧種を他称・自認している『ウォリアーズ』の頭たる「タカ」は、どうしてこうなったかを考えていた。

 

 最初は、2096年という時代では見かけないファッションをした女子を引っ掛けたいという思いからだった。

 

 夏頃に、女子大生ほどの女を手篭めにせんと、魔法師の男子から奪おうとして盛大にやり返されたタカは、それ以来、そういった魔法師関連の相手には手を出さないと心に決めていた。

 

 そうでなくとも、その魔法師の高校生は、民間警備保障の世界では名の通った会社の『御曹司』だったらしく、更に言えば引っかけようとした女も『裏社会』関連の女だったらしく、官憲は執拗なまでに自分たちを目の敵にしてきた。

 

 適当な罪状―――微罪の類であっても、この上なく拘束された上に、拘置期間も延長に次ぐ延長。絶え間なく続く調書取り。それに付随する尋問。

 

 社会の闇というものをこの上なく味わい、うんざりして、更に言えば、接見する担当弁護士も次々に変わるということが『どういう意味』なのかを、血の巡りの悪い頭でも理解した。

 

 全身から冷や汗を流してから、全面自供をせざるをえなかった。

 

 もはや、こういう突っ張った生き方はダメなのだ。どこで地雷を踏んでもおかしくない阿呆な生き方。

 

 母ちゃんや父ちゃんに頼んで習わせてもらった空手の道を穢した行いの報いなのだ。

 

 そう悟りつつも、せめて―――自分たちのような存在を認めてくれる女性を見つけたい。

 

 その人に、最期の操立てをして―――こんな馬鹿なことは終わりだ。

 

 そうしてウォリアーズは、『女神』に会えたのだ。

 

 2000年代初期のJKのようなスタイル。

 ミニ丈のスカートに白いソックス。白ブラウスの上から黄色系統のカーディガンを着込んで『赤いタイ』を着けた人。

 

 本人曰く―――。

 

『私? いちおう18歳以上だけど?』

 

 女性に歳を聞くという無礼をしたにも関わらず、朗らかな笑顔で返してくれる。

 

 全員が90度のお辞儀をした―――。

 

 ■■■の姐さんと呼んでしまいたくなるほどに、女神なお人は「野外」でも構わないと言い、それではあまりにも―――ということで塒としている廃工場にて清掃装置を作動させて、全員で掃除をしていた時だった。

 

 ―――惨劇が繰り広げられたのだ。

 

 青山も、東出も、川谷も……全員が、足を一瞬で叩き折られて90度直角に曲げられたうえで、その首筋に噛みつかれたのだった。

 

 それだけで、全員が死んだ。

 

 そして最期に残された『タカ』もまた、足を叩き折られて這いずって、どうにか外に出ることも出来たはずだが……筋肉を持っていたがゆえに抵抗が強すぎて、それが出来なかった。

 

 惨劇を起こした少女は手と口元を真っ赤にしていく。

 

 舌先で吸い残した赤い液体を舐める仕草すら艶美なものだが、この場で唯一の生者である『タカ』にとっては恐怖のジェスチャーでしかない。

 

「さてと―――タカくんだっけか? キミだけを生かしておいた理由は―――ずばりいえばコレです!」

 

 さも面白いことのように取り出したのは、タカが持つ携帯端末であった……血塗れの手で持たれたことで、赤く染まるそれをどうしろというのだ。

 

「私の『時代』と違って、随分とケータイも進化したんだねー。まぁともあれ、これを使ってキミと同系統の、頭の血の巡りは悪そうでも、それなりに健康体の人間たちを大量にココに呼んで欲しいんだよ♪」

 

「――――」

 

 その意図を察せられないタカではない。この女が何者であるのかは分からない。想像することは出来ても、それを否定したくても出来ない。

 

 死んだはずの青山、東出、川谷の足が元通りになり、あらゆる傷が癒やされて―――そして自由意志のない人形のようになる様を見せられた。

 

「それさえやってくれれば、キミだけでも生かしてあげるよ?」

 

「う、ウソだ。ウソに決まってる!!!! ―――こ、こんなことをして、俺だけを生かす理由なんてあるわけがない。ないんだ!!」

 

「けどキミはこのままだと死ぬよ? 私が爪を立てた相手は、時間経過と同時にミイラにもなるぐらいカラカラに吸い取られちゃう。第一、その足じゃ―――長くないよ?」

 

 真っ赤な目が、笑いながら契約を迫る。

 

 自分たちが声を掛けたのは女神などではない。正真正銘の悪魔なのだ。

 

 気づいたところで、全ては遅かった。生き残るためには、この女の犬になって―――そんな生き方は―――。

 

「―――くたばれ!! このビッチが!!!」

 

 そんな逡巡の中、タカの頭に過ぎったのは、夏の日に出会った『森崎』とかいう小僧のことだった。

 

 魔法抜きであっても、鍛えているとはいえ体格で勝る自分を圧倒した小僧。

 

 最期には情けなくも、尻もちを突いたまま後ずさってものを投げつけていたが―――あの時の掌底を思い出して、上半身の力だけで打ち付けようとしたが。

 

 ごぎゃっ!! 

 

 そんな音で腕は真上へと向いた。

 ハエでも払うかのような腕の一振り。それだけで最期の抵抗は終わり、腕は情けない主を見捨てるかのように身体から離れて、宙を舞った。

 

「あっ、そろそろ死体にしないと」

 

 そのままに噛みつかれて、全てを吸い取られる感覚を覚えながら絶命を果たす。

 ただ単に、『死徒』という化け物の血袋にされるという運命が押し付けられていく……。

 

 ウォリアーズというギャング崩れの若人たちの頭目、『石橋鷹史』という男。彼の生には、最初っから最期まで何の意味もなかったのだった……。

 

 



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第218話『夜が来る!-ONE-』

久々の八千文字オーバー。前半の説明は、個人的解釈とTwitterなどで型月解説の詳細なものを投稿していることで有名なMenGさんなどのものを参考にしているので、何か齟齬などあれば一筆お願いします。
MenGさんに申し訳が立たないので、よろしくお願いします。


「バランスが言っていた通りならば、厄介すぎる……」

 

捕食者(イーター)被捕食者(ヴィクティム)とが、揃って現れるなんてネ。しかも、後者に至っても「EATER」になるんだから」

 

悩ましい限りである。コミューターの中で話し合う限りでは、恐らく―――『悪魔』関連だろう。

 

「映像に関しては、しばらく送信出来ないって言っていたから―――よっぽどのことをやったんでしょうね」

 

「合衆国の強みであり弱みだな。それぞれの思い描く合衆国の『利益』のために、己のショバ(管轄)を広げようとする……ドコでもお役所というのは」

 

融通が利かない『お利口さん』ばかりで、溜息が出る。

 

「セツナの背広組アレルギーも極まってるわね」

 

「所詮は傭兵待遇なもんで、渡り鳥のはぐれ鳥は、あちこちにクチバシを差し挟むもんさ」

 

「ソレじゃ、ついでだから無知なアンジェル(Angelina)のアタマにデーモン……アナタの世界で言うところの『悪魔』に関して教えてくれない?」

 

「オーライ。そんぐらいは安いもんさ」

 

人差し指を唇に当てて小首を傾げる、とんでもないモテポーズをするリーナに、観念しながら説明をすることに―――。

 

ことの起こりはエーテル……第五架空要素の『実証』より始まる。

 

神代の終わり。ソロモン王の死去から始まる真エーテルの消滅の代わりに『証明』された神秘実践要素は、その後の世界に多くの影響を与えた。

 

「BC世紀の頃に『悪魔』とされるようなものは殆ど在りえなかった。今現在の価値観で言うところの、『幻想種』としての『悪魔』ならばいたんだけどな。

シバの女王の母親は砂漠に住む『霊鬼』(ジン)。ジンというのは多くの創作物で精霊や『悪魔』としても扱われる。アラビアンナイトのアラジンの従者、「3つの願いを叶えるランプの魔神」―――『ジーニー』などのイメージが付け加えられるからな」

 

「けれど、ソレは例えるならば、ギリシャ神話の牧羊の神サマ『パーン神』のイメージを、勝手に「悪魔」のイメージに変化させたキリスト教みたいなモノでしょ? 土着の神サマを悪役として取り込むみたいに」

 

その通りと深く頷いておく。一神教に否定され、『善悪』の区切りで『悪役』として押し付けられた神々というのは多い。そういう定義で言えば、俗世に蔓延する『悪魔』というのは、人間の想像力や合理性によって作り出されたものともいえる。

 

「バランスが言っていたパラサイトと似て非なるもの、寧ろタチの悪さで言えば、こっちの方が厄介かもしれん。

魔術世界における『悪魔』。

それは即ち『第六架空要素』。

人々の願いを『歪んだ形』で叶える望まれぬ概念存在―――『これら』に明確な『意思』があるかどうかは、未だに議論の中にあるんだが、ともあれ『悪魔』は人の体を苗床にして『受肉』を果たそうとする。

だが、『受肉した悪魔』は『存在しない』―――」

 

「―――出来ないのね?」

 

「ああ、人間の精神―――魂と肉体を変質させられたがゆえの『己』に耐えきれずに、周囲に『魔』―――悪性情報を撒き散らして自壊するのが通例なんだ」

 

人間の願いを叶えるがゆえに、『悪魔』は『代償』()を求める。これが神であるならば、代償を払わずに恩恵を与える――――それが神と悪魔の徹底的な差異である。

 

「神は人間を理解し、人間は神を信仰するがゆえに『与える』(賜わる)が、悪魔は人間を分からず、人間は悪魔を理解できないがゆえに『変えられる』(奪われる)―――第六架空要素は、人々の願望を叶えるものだが、決して人の手でどうにか出来るものじゃない―――」

 

決して―――『宿命』は飼い馴らせない。AD世紀に現れた悪魔という概念は、人類全てに課された宿命なのだ。

 

「それを前提とした場合、パラサイトがただの『憑依霊体』である可能性もあるしな。ただ、現れた死徒が、取り憑いた人間を積極的にグールにしているというのは、ちとマズイな」

 

「マズイの?」

 

「マズイよ。違う霊体を取り憑かせた人間というのは、狐憑き、犬神憑きのような一種の獣性魔術の発動体だからな。

そんなものがグールになっているならば、元の人間の霊的資質にもよるが、少しばかり強力なものになっている可能性もある。

こちらは『魔人化』(デーモンライズ)の亜種ともいえるかな?」

 

「デーモンライズ?」

 

「キミが想像しやすい例で言えば、外宇宙神話の末、異星人の影響を受けたものたち―――巨大なイカを使役した魔法師がいただろう?」

 

その言葉に己の身体を掻き抱いたリーナ。青褪めた顔をしたあとには―――。

 

「セツナのイディオット―――!!!」

 

「何でスラングで馬鹿の表現!?」

 

対面の席から飛びかかるように抱きつかれて、説明が中断するが、ともあれ―――説明を最後までする。

 

「と、とにかく! その在り方は『真正』の方にも通じかねないんだが、異星人と化するようなもんで―――つまりは、あんまり心配するな―――!!!」

 

「ならばいいわ」

 

「いいんかい」

 

呆気ないやり取りだが、リーナは刹那に一家言ありそうなので促す。それは至言であった。

 

「けれどね。セツナ、アナタはそろそろ学習するべきよ。

アナタが『事態は大きくならない』『大した相手じゃないぜ』なんて言っていた連中は、その言葉を聞いていたかのように、ナニクソと思ったのか、『強大化』して災厄(カラミティ)を撒き散らすのよ」

 

そうだね。本当に割りかしそう想う。

 

少しだけ膨れるような変化をしながら耳元で語るリーナに心底同意する。

 

どうにもこの辺りの悪癖は母譲りだとも言える。物事を過小評価しがちというか、『ありえない』ことを想定しきれないというか。

 

ある種、これが自分の中の『うっかり』なのかもしれない。

 

イヤな結論だった―――だが、今回ばかりは最初っから本気にならざるを得ない。

 

「死徒なんて人喰い虎以上の災厄、こんな『大都市』に紛れているんだ―――見敵必殺。一も二もなく叩きのめす。アンカーを心臓に打ち込む」

 

そんな気概を持つと同時に、一高にいたるターミナルにようやく到着を果たす。

 

「降りるぞ」

 

「抱っこしたまま下ろして♪」

 

周囲にも一高生はいるというのに、朝っぱらから出来るか。そう言いたいのに、この笑顔の前には全てのワガママを聞かざるをえなくなるのは、『一つの魔法』だなと思って、ハズカシイことはやらざるをえない。

 

気概を持ちつつも―――事態は予想以上の速さで進行しつつあるのだった。

 

 

† † † † †

 

「んじゃ、お前ネクロマンサーなのか?」

 

「ああ、オレの住んでいた村ってのはソウルキャリアーの系譜だからな。幾つか仕込まれているのさ」

 

「だからか。エクスカリバーを求めるってのは?」

 

「さぁね。ミヅキの絵を昨日、レティと一緒に見せてもらったぜ。

―――偽物かどうかはともかく、オレの為に『一振り』鍛ってもらいたい。もちろん報酬は出すぜ。ドル支払いでいいか?」

 

「金の問題じゃないよ。俺の『剣製』は―――少し違うんだよ。レッド」

 

その言葉に「?」を浮かべながらも、まぁいいとしてくる。

 

納得したのか、それとも攻勢を一度やめにしたのか、それは分からないが、刹那との会話を終えてから他のクラスメイトとの会話に入るレッド。

 

モードレッドの性格は、現在の日本の女性の有り様からすれば、かなり異質だが、それでもそのどこか『ワイルドな女子』という女番長的な面が、かなり好評のようだ。

 

渡辺摩利とも違う点が、B組メンバーにはいいらしい。

 

「ど、どうしよう……スバルに対する情愛が薄れてしまいそうなモーさんへのこの感情―――まさしく愛だわ!!」

 

桜小路の少しばかりとち狂った言動を聞きながらも、放課後のクラスはそれぞれで動きが出てくる。

 

昨日のエルメロイレッスンで三人を交えた授業はいいものだった。

 

同時にシオンはともかくとして、2人の系統も見えたことは大きな情報だ。

 

とはいえ―――。

 

(まだまだナニかを隠されている感はあるか―――)

 

英霊の『霊媒』『触媒』と化しているレッドはともかくとして、レティシアは『何か』分からない。

 

ダ・ヴィンチは『正体』を察しているようだが、それを教えてはくれない……。

 

『膝を擦りむいて、転んで得た痛みだからこそ分かることもあるのさ。グールに対する、東京全領域に向ける索敵マップの完成は少しかかる。

今は地道に―――足と『眼』を使って探ってくれ』

 

と言ってきた。首っ引きというほどではないが、ロマン先生も巻き込んでのセンサー及びレーダーの開発が、進められているらしい。

 

それさえ済めば、活動も比較的ラクにはなる。

 

そう思いたいが、果たして―――。

 

「セツナ、今日は馴染みの喫茶店に連れてってくれるんですよね。エスコート頼みます♪」

 

「それはいいんだけど―――」

 

「アタシに構わなくていいぜ。サーベルクラブとやらの活動に興味があるんだ。外部コーチだっけか? ミス・カゲトラは、結構やるみたいだからな」

 

B組にいるレッド曰くのサーベルクラブ―――『剣術部』所属の男子・女子―――相津郁夫、斎藤弥生が軽く手を挙げる姿。

 

実を言えば我がサーヴァントは、あの論文コンペ前の出来事……渡辺摩利、千代田花音、壬生紗耶香を鎧袖一触した立ち回りの後に、剣術・道部構わず自分たちを指導してくれと言われたのだった。

 

『セツナの護衛がいらない時であれば―――まぁ私のマスターは、よほどの事態でもなければ危機に陥る人間では有りませんからね。いいでしょう』

 

そういう言動でランサー・長尾景虎は、了承するのだった。

特別抗弁することでもないので、それを良しとしたが―――『戦国時代』の『何でもアリ』な戦技たる剣の技が、今の時代の剣術及び剣道の『水』にあうのだろうか?

 

そういう疑問もあったが、今のところ問題は起きていないようだ。寧ろ―――。

 

『紗耶香。アナタの剣は真っすぐなようでいて、『濁り』が見えます。

その理由は分かりませんが、今も少しだけある『恨み』の所作を捨てなければ―――剣の筋は歪んでいきますよ』

 

そう言って『写経』をさせた上で、素振り千回。『毘沙門天への祈り』をさせた上でやらせていたとのこと……。

 

ここまで自分を伸ばしてくれた『武』への感謝をした上での素振り千回―――現代魔法師の感覚に慣れきっていた殆どの連中が、それを疑問に思っていた。

 

当然のごとく、剣術部部長たる桐原武明も疑問を懐き、『やんわり』と問うたのだが……暖簾に腕押し。

 

カゲトラコーチは聞かなかった―――。もう柏葉英二郎のごとき鬼コーチっぷりだったらしい。

 

そして2週間を過ぎた日に変化が起きる―――。

 

明らかな形で壬生紗耶香の剣速が増していたのだ。それは見間違いではない。

しかも、『南無』と唱え感謝を込めた一振り一振りの風切り音が違うようになっていたのだから―――……

 

『憧れを持つのは大いに結構ですが、それゆえにアナタ自身の剣が乱れては意味がありません』

 

渡辺摩利という女性の剣に追いつきたいと願う心を「憑き物」として落とした景虎は、色々とすごすぎたようだ。

 

戦国時代というのは剣を交えるだけが戦ではなかった。人を見るということが、一番の戦といえる。

後世の人間からすれば『愚策』にしか思えないことも、当時の人間からすれば当然のことだったのかもしれないのだから。

 

そんな風に考えていると、来客が現れる。確か、今日が風紀委員としての最期の『お勤め』であった達也だ。

 

「よっす。どうしたい?」

 

「少しばかり話がしたいんだが、構わないか?」

 

まさか『昨夜』のことがバレたわけではあるまい。そう考えながらも、緊張を押し殺しながら達也に呼び出されて廊下まで行く。

 

簡潔に言えば、『深雪専用の感応石』を用立てて欲しいということだった。

「市販品ではダメなのか?」

 

「それに関してはお前の方が『専門家』な気もするがな」

 

言いながら人のアクセサリー。お袋からの贈り物たるペンダントの鎖部分を触ってくる達也。

 

制服部分から見えているそれを引っ張る仕草に、レティシアは眼を輝かせて見てくる。

そういう腐っている人々を喜ばせることをするなと思いつつ、卒業生用のメモリアル品からレッドの剣の依頼に、千客万来すぎると想う。

 

「忙しいか?」

 

「正直言えば、少しな。ただ深雪のアレに関しては俺も気になっていたからな。とりあえず――――どうも」

 

「イエイエ、内助の功(ナイジョノコウ)ってこういうことを言うのよね?」

 

少し違うが、自分が『荷物』を取りに教室に行こうとする前に、自分の鞄を持ってきてくれたリーナに感謝する。

 

そうして『四次元ポケット』から小箱を出した。中身はここで開けるなと言っておいてから、中身の説明をしておく。

 

「ふむ。俺で扱いきれるか?」

 

「とりあえずやってみろとしか言いようがない……お前にだけは伝えておくが、俺も何かと手が回らなくなるかも知れない」

 

「厄介事か? まぁ詳細は聞かないでおくが」

 

平素な顔で言うも、達也の探るような言葉に―――とりあえず、気にするなという意味で手を振っておく。

 

「それが一番だ―――んじゃな」

 

「ああ、また明日」

 

その言葉を最期に、校舎から出る。もうすぐ卒業式を迎えつつある季節。そんな時に、恐ろしすぎる吸血鬼が都内に出つつあります、なんてバッドニュースは―――出来る限り穏便に済ませたいのだ……。

 

そして向かったアーネンエルベには、ラ・フォンティーヌの面子がいて、最近バーチャルアイドル兼生身のアイドル、2090年代の『シェリル・ノーム』などと呼ばれつつある『宇佐美夕姫』がいたのだが―――。

 

それは多分に蛇足である。例えFRIDAYのネタにされそうな魔法科高校の男子学生との密着シーンが繰り広げられても―――それをことさら騒がないぐらいの分別はあった……『エリカ』を除いて―――と付くのだが。

 

 

アーネンエルベでの軽食、そして家に帰ってからの外出。特に家の人間からはナニも言われないで、外行き用―――冬用の衣服を着込んで向かった先は再びの都内。

 

若者の街として混沌の猖獗を極める街。『渋谷』であった。

 

戦前、若者向けの繁華街として栄えた六本木、原宿、池袋……それでも今でも深夜に若者がうろつき、集まる景色が見られるのは、渋谷だけだ。

 

なぜ、そんなことになったかは定かではない。渋谷以外の各歓楽街には、群発戦争で行き場を無くした不法居住者による破壊活動及び、勝手な自治化を官憲及び地元の暴力団とで制圧したからとも言われているし、2020年の中国発のコロナウイルスによる外国人排斥運動の末とも言われている。

 

ただ明確なことは、何かしらの『大破壊』が行われ、結果として―――渋谷以外の繁華街・歓楽街は、窮屈な印象がある『遊び場』として再建されたのだ。

 

そんな渋谷を光溢れるマイホーム(我が家)として歩き回るレオは、己の悪癖を理解している。

 

この街にいる面子の中でも、かなりの巨体で高身長を有しているレオは、見るものが見ればかなりの注目の的である。

 

何かしらの当てがあるわけでもなく『彷徨』するレオであったが―――少しばかり街の様子が『不審』なのを感じる。

 

有り体に言えば……騒がしくないのだ。

 

原因は分かっている。あちこちで徒党を組んでいるギャング崩れ、チーマー連中の『チーム』が消え去っている……。その原因は分からないが、それでもいないことが不審な空気を作り出して―――。

渋谷を緊張させていた。

 

ゆえに―――スーツの上からトレンチコートを羽織る男性三人。若者の街には相応しくないのがいても誰も注意を払わなかった。

だが気づいたレオが声掛けをしたことで、一気に周囲の若者たちが警戒態勢に入るのは、仕方のない話であった。

 

明らかに捜査中だったらしく、まぁ悪いことをしたなぁと思いながらも、『BAR』と書かれた場所の二階部分。その密室に連れ込まれたことで、色々と察する。

 

「オレ、未成年なんだけど?」

 

「安心していいよ。俺も未成年に酒を勧めるほど馬鹿じゃない。なんというかクリスマス以来だね。西城くん。宇佐美さんとは、イイ感じかな?」

 

「その節はお世話になりました。千葉警部」

 

四脚の椅子に座りながら、取調室の(てい)を崩すためなのか、知り合いの刑事は崩れた姿勢でレオに向かい合っていた。

 

「まぁそれなりにいい付き合いはしていると思いますよ。別に一緒にいて気が重いわけじゃないですしね」

 

「羨ましい限りだね。そして同時に恨めしいよ。君の恋路は素直に祝福したいんだが……エリカがね……」

 

「はぁ……」

 

言われてみても『ピン』と来ないわけではない。

だが、それでもエリカが好意を抱いているのは、どちらかといえば『達也』の方な気がするわけで、なんというかトンチンカンな気がするのだ。

 

「修次が、摩利ちゃんと付き合い出した頃の態度そっくりなんだよね。だから触らぬ神に祟りなし―――といくほど我が家は『広くないんだな』……」

 

「思うに、アイツのスタンスが定まっていないのが問題だと思いますね。女扱いされたくないんだか、女扱いしてほしいのか―――まぁ女番長だからと、そういう面ばかりじゃないことは分かるんですけど」

 

「痛烈だね。けれど仕方ないんだ。『一人でも強く有りたい』と思う心と、『誰かに頼りたい、寄りかかりたい』という心との両面が、(エリカ)にはあるんだ。

俺は前者を鍛えることで恨まれたけれど、間違いではなかったと思う。

後者を修次が請け負ってくれていれば、ということだったんだけどね―――いや、長話して申し訳ないね」

 

何処の家でも『姉弟』『兄妹』というのは色々な関係性があるもんだ。そう思いながら、ここに連れ込まれた以上は何かあるんだろうな。

寿和の後を次いで口を開いたのは、一高の養護教諭の旦那であった。

 

「実を言うと最近、都内で不審な事件が起きていてね―――その捜査、特にここいらの繁華街を探し回っていたんだ」

 

鼻を利かせてね。そうお道化た調子で言いながら、鼻の部分を触る安宿警視に少しだけ緊張を解きながらも、不審な事件の詳細を聞いて、汗を掻いてしまう。

 

「変死事件ねぇ……」

 

「奇妙なことに、被害者全員は死因は衰弱死。七人ともかすり傷以上の外傷は一切無い。更に言えば、毒物の反応もなし……死因として考えられるのは、血液の『消失』―――つまり血液を抜かれたか、それとも本当に無くなったか―――どちらにせよ、総血液量から約一割もの血液が無くなったことによる死亡だよ」

 

稲垣という刑事が端末を操りながら、そんなことを言ってくる。

些かの誤差はあるのだが、人の総血液量は体重のおよそ13分の1だとされている。

 

体重が65kgなら5kgで、体積に置き換えると4,7リットル。

 

そして人間の身体に重大な異常をもたらす『失血量』は、総血液の3分の1の量である。

 

4,7リットルから一割。0.47リットルが無くなる……しかも外傷の類はない。そして被害者は、そんなことになるまで『何の抵抗』も出来なかったのか。

 

色々な疑問をぶつける前に―――、一番、ありえる可能性をぶつけた。

 

「……『魔法』による体内血液の消失ということは?」

 

「実を言うと、数日前まで、部署ではその可能性が一番取り沙汰されていたんだ。特に『一条の御曹司』(一条将輝)の『爆裂』は、佐渡ヶ島で轟いたからね」

 

だが、その可能性は既に消えていた。何故ならば被害者七人は『魔法師』ないし『魔法師の素質』を持ったものだったからだ。

 

「君に言うまでもないが、遠隔魔法を受けた場合、あるいは照準を着けられた場合、被術された側の魔法師は、それを外すために、照準位置から大きく離れようとする。

自己加速魔法でも何でも使ってね。あるいは君の友人のように『忍術』という純粋体術で―――エイドス改変の情報を無為に返す」

 

本当に言うまでもないことだ。だが、それを実戦で出来るヤツが多いかどうかということもある。

 

「そう。誰も彼もが―――そういう風に動けるわけがない。だがソレ以上に『技術的』な問題がある。

サイオンウォールという壁を『無為』にすり抜けて、血液一割を消失させたとしても、その一割分の血液が『何処に消え去る』のか、そういうことだ」

 

「まぁ間尺に合わないですね……」

 

その言葉に、九校戦のシューティングにおいて、ドライアイス弾の質量を加速云々カンヌンにおけることを思い出した。

 

つまりは、一条の爆裂はあれでかなり『割がいい魔法』だったらしい。

 

相手の血中酸素や水分を『膨張』させた上での体内四散は、エイドス・スキンの突破の難度を『無視』できるほどの干渉力を持っていれば―――。

 

「吸血鬼の仕業?」

「噛み付き痕はないんだけどね」

 

そういうわけで、レオの疑問は既に多くの論が交わされていたことの混ぜ返しだったらしい。そして、本当の意味での猟奇殺人事件だった。

 

「本当ならば、『専門家』に見てもらいたいところなんだけどね」

 

「刹那ならば、暫くは無理っすよ。三国からやってきた留学生の守り役をやっていますから」

 

「怜美が言っていた三人の美少女留学生全員を、彼1人で世話しているのかい……?」

 

「やっかみの視線が五割増しですけどね」

 

安宿警視―――眠りの『ハクタロウ』と呼ばれる男性の驚愕の視線に、苦笑しながら答えておく。

 

ともあれ、自分にも何か気づいたことがあれば、教えてくれないかと言われるのだった。

 

「協力ついでなんですけど、最近この辺を根城にしているチーマー連中も消えているんですけど、何かあったんですか?」

 

「こちらも現在、捜査中なんだが……行方不明になっていることしか分からないかな。知り合いでもいた?」

 

「いいえ、なんか気になっただけなんで」

 

こちらの事件(吸血鬼)とは無関係だろうと『決めつける』稲垣に対して、何ともいえぬ居心地の悪さを覚える。

 

繋がりは見えない。せいぜい、家族がかなり心配している程度だが……多発するワルどもの行方不明と、何かがあるのではないかと感じて―――肌がざわつくのを感じていた。

 

(俺も無関係じゃいられないんだろうな)

 

そんな予感を感じて、西城レオンハルトは、我知らず拳を握りしめるのだった……。

 

 

 

 



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第219話『夜が来る!-TWO-』

コロナが恐ろしすぎる。

不況の影響は、まだまだ出ないが―――今は、命を守ることが第一だな。

人が多ければ多いほど、感染者の率は高くなる。当たり前に確率の問題だが、大都市はそれが恐ろしいな。


「おはよ〜〜セツニャ〜〜。おめざのチューはなし〜〜?」

 

「猫化しとるがな。まぁ夜ふかしした上に、切った張ったが多いからな」

 

2階から降りてきた色々とはだけているリーナにハニーミルク一杯を渡しながら、自身も覚醒のために牛乳一杯を飲み込む。

 

そうしながらも目は、がっつりニュースサイトに焦点を当てておく。

 

「ダ・ヴィンチも仕事をしていないわけではないのですが、中々……吸血鬼のねぐらを断定できませんからね」

 

上級死徒の寝蔵となると、それは確実に妖精郷にも届く幻想の城だ。この東京にんなデカイ建物(りょういき)が出来れば、刹那ならば気付く。

 

ただ……。

 

「巨大都市であるがゆえの『影の部分』は、大きすぎるからな」

 

結局の所、この大きすぎる都市はあちこちに人の目の届かない場所を作っているのだ。

ソーシャルカメラは当たり前のごとく作動しているが、それでもそれが覆いきれない場所や、意図的にそういった場所も作り出している。

 

もちろん、当たり前の話で違法なのだが、ソーシャルカメラを物理的に破壊しているところもある。

 

特に『違法なサービス』ないし『違法すれすれのサービス』の提供は社会において、ある種の必要不可欠な面がある。誰だって人には出せない趣味があり、それを発散させたいところは必要なのだから。

 

そういった『場所』はどこにでもあるわけで、そこの住民たちは、脛傷持つものが多く、口裏合わせを行うことも多々ある。

 

つまりは、最期に当てになるのはニンゲンの目と足を使っての地道な索敵ということになる。

 

「まぁ例のブラックホール生成実験という『体』で行われたことは、よっぽどだな。異次元生命体と『死徒』を呼び出してしまうんだから」

「セツナと『同等のこと』を欲したわけよネ―――気持ちは分からなくもないけど」

 

だが、アプローチとしては『悪くない』。刹那の秘奥は、本当ならば『悪魔』『精霊』という存在が持ち得る『異界常識』なのだから……もっとも今となっては、意味のない話だが。

 

「……パラサイトが固着出来なかった死体が出てきたようだな」

 

「というか、元々それなりの数はいたとも聞くわよ。隠蔽しきれないと見たわけネ」

 

「悪いがパラサイトなんてのは、ある程度は黙殺しても仕方ない『小物』だ。しかし、これを狙って死徒が動く以上、警察や日本の魔法師とかち合うことは在り得るか」

 

場合によっては勢力図が混沌としてくるような気がする。あまり考えたくはないが、パラサイトとかいう『第五架空要素』の成り損ないを守るために戦わざるをえない可能性もある。

 

「カツトパイセンやミス・マユミは、こっちに接触してくるわよねー……なんて答える? ワタシ、腹芸(フェイク)が得意じゃないから、ある程度の模範解答がほしいワ」

 

「知りません。存じません。個々の事案に関してはお答えを差し控えます。でいいんじゃない?」

 

「なんて『カンリョーテキトウベン』!」

 

「どうなるかわからないんだ。そもそも接触があるかどうかすら分からん―――が、そういう時は念話で隠れて会話しとこうか」

 

そんなやり取りに対して、一応は『義の武将』と信じられているカゲトラは『やれやれ』という風に嘆息をしてくるのだった。

 

再びの朝。日は出ているが、『無惨』を行うものを前にして、『鬼滅の刃』を振るえない現状が嘆かわしかった。

 

† † † † †

 

登校してクラスに入ると、話題は当たり前のごとく都内を騒がす『吸血鬼』で持ち切りだった。

 

「おはよーす」「Goodmorning! むしろゴッドモーニングってのが欲しいところだけど」

 

平板な調子、いつもどおりの刹那に比べて、テンション高めのリーナ。ここで如何にも『寝不足』なんて感じで居たらば、何かしらの疑念を持たせる。持たせるのだが――――。

 

「ZZZZZZ〜〜〜」

 

思いっきり机に突っ伏す形で、眠り続ける錬金術師1人。肩を落として脱力せざるを得ない。

 

そんな錬金術師の紫苑色の髪は解かれており、おもしろがりの後ろの席のエイミィによって、編み込まれたりして弄られている。

 

それでいいのか、錬金術師。そんな内心でのツッコミを入れつつ、席に着くとこちらにも話題は飛んできた。

 

きっとE組の方でも、達也辺りにエリカが絡んでいるんだろうなと想えるタイミングでの、斎藤からの絡みであった。

 

「相津とちちくり合ってなくていいのか?」

 

「なんちゅーこと言ってくれてるんだこの男!

ただ単に連絡事項が多いから話し合うことが多いだけよ。相津君とは!」

 

一度だけ顔を真赤にした剣術部のボーイだが、その後には、斎藤―――剣術部のガールのにべもない言動で『ずずーん』と沈むこむ剣術部の純情少年。

 

がんばれやとしか言いようがない感じである。とはいえ、持ってきた話題が分からぬ刹那ではない。

 

「吸血鬼に関してならば、皆目見当がつかないな」

 

「魔術世界に、そういう存在はいなかったの?」

 

「現実的に考えれば、吸血を行う生物は自然界に多く存在している。真夏の夜の悪魔、『ザ・モスキート』()(ひる)もそうだしアメンボだって、血吸いで己の身体を維持している。ようは自己保存の為の行為だ。そういった連中の大型化とかあるんじゃないか?」

 

「けれど、そういう採血跡に当たる部位が見当たらないと、ニュースペーパーには書かれているけど」

 

わざわざ消す必要もないことだけど、そういう十三束に対して、その通りであった。

 

「オカルト過ぎて訳がわからんな」

 

「いや、アンタそういうのの専門家じゃない」

 

続いては桜小路からのツッコミ。まぁ言われてみればその通りだが、事実は明かせない。

 

「吸血鬼だとすれば、全身の血を抜かれているのが『通説』。そして死体はグールとなって動き出す。

一割だけで『お腹いっぱい』なんて、『マスターモスキートン』じゃあるまいしなぁ」

 

なんてレトロなネタ。誰もがそう思うぐらいに昔のアニメーションのネタを出されて苦笑い。

 

「刹那は、吸血鬼―――という存在がいるとは思っていないんですか?」

 

ふと―――その質問を投げかけてきたのはレティシアであった。思わず視線をそちらにやってしまうほどに、見事な入り方であった。

 

だが、それに真に入り込むことは出来ない。明らかに『催眠誘導』の眼を発動させていた。

 

一種の暗示だ。レジスト出来ないわけではないが、レティシアのそれを咎めるほどのことではないだろうと思う。

 

「まぁ居たとしたらば、この世は全て吸血鬼だらけのディストピアになってると思うが―――俗説である、吸血鬼に血を吸われたものは吸血鬼になるということを念頭に置けばな」

 

「そうですね。例えば一人の吸血鬼が一日一人の人間の血を吸って、『もうひとりの吸血鬼』が出来るとします。

これを吸血鬼になった人も繰り返すとなると、一ヶ月で地上は吸血鬼の楽園ですね」

 

それは決して埒外の想像ではない。近年では、未知のウイルスが驚異的な感染力で、死体を動かすことすら可能にする『ウイルス感染』というのは、近年の吸血鬼伝説の端緒ともいえる。

 

「けれど、こういう風にも考えられません? 発見されている『死体』の方たちは、『吸血鬼になれなかったから死んでしまった』。

吸血鬼になれる人となれない人とがいて、『なれる人』は吸血鬼に襲われても死体は発見されないんです―――『今』も、どこかで生きているから」

 

「……でも、それは『居たら』の話だ。吸血鬼は空想上の怪物だろ?」

 

そう返さざるをえないレティシアの強烈な言葉。

『飲まれている』ことを自覚する。このB組のクラス全体が、レティシアで満たされていることに今更ながら気付く。

 

「―――ええ、そうです。吸血鬼は現実に居たらとんでもない怪物です。

いてはいけない――怪物なんです―――」

 

その目に『聖印』が浮かんでいるのを確認して―――口を衝こうとした瞬間。

 

「はーいみんな、席について―――!! 世間の話題に敏感になるのは仕方ないが、何事もないように過ごすことも重要だ。

夜遊びはしない。なるたけ一人っきりにはならない。例え『魔法師』であってもどうなるかわからないんだからね―――それじゃ、ホームルーム始めるよ」

 

ロマン先生も色々と苦労しているだろうに、生徒に注意勧告を出してくれる辺りに感謝だ。

 

全員が一種の『催眠状態』だったが、それが解かれて『はっ』としたかのように着席をした。

 

とりあえず、これで『どっか』からの追求は止みかなと思いつつも、これで終わることは無いだろうなと感じる。

 

ただ、それで収まらない人も、この一高にはいるわけで―――。

 

そちらが……怖かった。いや、まぁ追求されてもどうにでもなるかもしれないが。

 

 

呼び出しを受ける。しかも秘匿通信での呼び出しであった。

 

宛名は『十』と『七』。来るように呼び出された場所が場所だけに、どうしたものかと思う。

 

『十師族から接見の申し出があった』

『ワタシも同行する?』

『キミがいなきゃ心細いな。そして何より―――留学生三人も連れてこいとのことだ』

 

短波の念話を送り合いながら、午前授業の終了まで残り七分であることを確認。

 

どうやって連れ出したものかと思いながら、百舌谷教師の授業を右から左に受け流す―――。

 

そして昼休みに入ると同時に、留学生三人に声を掛ける。

 

「ちょっとー! シアちゃんとモーちゃんとシーちゃんは今日、私達と予定あったのに――!」

 

「すまんエイミィ、前・会長と前・会頭とが、卒業前に件の留学生と話したいっていうもんでな」

 

「曰く『あーちゃんばっかりズルいわー! 私も外国の魔法師と話してみたいー』って言っていたから、もちろん三人次第だから無理強いは出来ないケド」

 

七草先輩のイメージを著しく毀損する言動だが、まぁそんぐらいは許してもらいたい。

しかし、三人次第なわけで……。

 

「ワリぃなエイミィ。一高の以前の『ロード』ってのは、日本の魔法師社会でもロードの子息・子女なんだろ。来なさいと言われて、挨拶一つもなしなんて不義理と無礼は出来ない」

 

騎士的な言動といえば良いのか、礼節を弁えた文言と片眼を瞑っての仕草に、エイミィも『うー……仕方ないかぁ』と渋々納得する。

ゴールディもまた『サー』の称号を持つ家だけに、その辺りは理の上で納得したようだ。

 

「シオンは?」

 

「エイミィとヤヨイには申し訳ないですが、無視するのはマズイでしょう」

 

苦笑するかのような言葉と態度。だが内心は―――。

 

『全面的な協力はムダな被害を出すかも知れませんが、それとなく警告を発することで人死を減らせるかも知れません。この会談―――拒否するのは合理的ではありません』

 

エーテライトを通じて放ってきた文言。確かにそれは一理あるのだが、あいにく『出てくんな』といえば言うほど、反骨精神ではないが、何か『お宝』があるのではないかと『でしゃばる』のが、日本の魔法師の特徴なので―――逆効果かもしれない。

 

そう一応は言っておくのだった……。

 

まぁシオンも礼節はあるらしく、そこを拒否は出来ないとしてきたのだが―――。

 

3人目は意外であった。

 

「モードレッドもシオンもそちらを優先するならば、私は皆さんとの友誼を尊重しましょう。確かに三人全員と話してみたい気持ちは答えたいのですが、あまり、こちらも不義理は出来ないでしょうからね」

 

レティシアの言葉にB組一同は、『せ、聖女サマ!!』『深雪が女神ならば、レティシアは本当に聖処女様だね!!』とか喝采を浴びせまくっている。

 

ただ本人は、刹那の放った『分かった』という言葉に、『引き留めてもくれない』と一瞬だけ不満げな顔であったのは黙っておくことにした。

 

「ウチの姉貴みたいなこと言うなよっ。まぁ……そういう考えもアリか!」

 

「では、行きましょうかセツナ」

 

「って二人してヒトのハズバンドの腕を取るな!!」

 

自然体な様子でそんなことをされて、どうにも抵抗する暇が無かった。特にレッドは、女を感じさせない引っ張りであり、その顔の風貌に『色んな人』を思い出して、ぐるぐると回るものを感じるのだった。

 

 

「それは、ステレオな見方ですよミスタ・カツト。

確かに英国はメシマズが共通した他国からの見え方ですが、2000年代初頭から始まった『モダンブリティッシュ』の運動は、食の世界にも及んでましてね。他国の技法を貪欲に学んで、料理の調味を向上させようと動いていたんですよ―――まぁ世界的な寒冷時代と、第三次世界大戦の影響で、ブリテン島も『食うや食わずや』の時代に逆戻りしたんですが―――今、再びそういう運動は英国にあるんですよ」

 

横から聞いていて思うことは―――『誰だ。コイツ?』である。

 

モードレッドの何とも紳士を思わせる応対。昨日までの印象を崩される……『織田信長』かと思わせる変化の仕方に、驚くばかりだ。

 

こちらでの食事とあちらでの食事。どうだろうか?という問いかけに対して、十文字先輩も少しばかり面を食らった様子だ。

 

初日の授業の様子や風聞で聞こえてくる人物像とは違うそれが―――色々だったのだろう。

 

「いや、不勉強で『すまない』な。

何せ、日本の魔法師は海外渡航が原則禁止になっているものでな。

海外の世情はネットや現地からのレポート頼みな点も多くて」

 

「お構いなく。私も他国のイメージは結構、ステレオな印象でしたから。流石に侍はおらず―――けれど『忍者』は生き残っているなどとは思っていませんでしたから」

 

(まぁ誰しもそう思うよな)

 

どうやら昨日の剣術部の教練で、達也が『忍者』(ハゲ)を師匠に持つことをどこかから聞いたらしい。

 

レッドの言葉に嘆息気味に考えてから、クラムチャウダーを吸い込んでおく。インスタント調理によるものだが、味は悪くない。

 

「ソカリスさ「シオンで構いませんよ」―――ならば、私もマユミでいいけれど―――私の妹たちがいる学校に転向してきたラニ・エイト・ソカリスって子は……」

 

「私の妹です。日本とエジプトの学位の関係上、こんな時期(受験シーズン)に転校してきて申し訳有りません」

 

ラニ=Ⅷが言っていた「友達」が、あのやかましい双子だったことが判明した瞬間だった。

 

「いえいえ、そんなことないわ。ただ『ラニっぱち』なんて変な岡っ引きみたいな渾名着けられて、嫌がっていないかな……とも思うわ」

 

江戸っ子かと思うも、どちらかといえば双子は江戸っ子であることは間違いなかった。

 

申し訳なさそうな真由美先輩に、微笑を零すシオンは『ラニが嫌がっていないならば』と言って安堵させるのだった。

 

そうして食事と雑談もそこそこに、2人は『本題』に入ってきた。

 

「四人は、巷で騒がれている『吸血鬼事件』をどの程度知っている?」

 

「報道されている以上のことは知りませんが」

「セツナに同じく」(me too)

「特に大使館などから連絡はありませんでした」

「私も同じく―――、しかし事実はともかくとして、吸血鬼とは興味深いですかね」

 

刹那から始まりリーナ、レッド―――シオンで終わった返答に対して、真由美は少しだけ神妙になって口を開く。

 

『吸血鬼事件』……血液消失での「犠牲者」は、報道されている数のちょうど三倍の二十四人。

 

犠牲者は東京都内、それも都心部に集中している。

 

そして犠牲者の半数以上が、七草家と関わりある「魔法師」であり、そうでなくとも魔法師あるいは魔法の資質を持っていた人間が犠牲になっているらしい。

 

「はあ。つーことは吸血鬼とやらは、魔法師を狙っていると?」

「私の家の方では、そう見ているわ。何より―――私の家と関連している魔法師が犠牲になっているならば、少しナーバスになるわね……」

 

言葉に一番、最初に反応したのは―――シオンであった。

 

「成程、その言葉の意味する所は、私達のような日本に縁故を持たない留学生が怪しい。

特にエジプトからやってきた私と妹が怪しいと睨んでいる。つまりマユミは私及び私の妹が、あなたのご令妹を狙っている―――そう言いたいんですね?」

 

「そ、そこまで言っていないわよ!! 確かにさっき十文字君との話し合いで、強化兵か魔法師、外国人である可能性が高いとは言っていたけど!!」

 

シオンの予想外に冷たい目線に晒されて狼狽する真由美を横にしながらも、十文字先輩は素知らぬ顔で湯のみ茶碗を傾けるのみだった。

 

「シオンが狙っているかどうかは置いておくとしても、七草先輩の家の魔法師(かんけいしゃ)が「狙われている」というのは被害妄想なのでは?」

 

「と―――いうと?」

 

刹那の言葉に、茶を飲み終えて喉を潤した克人が問いかける。それに対して自信をもって答える。

 

「先程、言っていたじゃないですか。犠牲者は東京都内に集中しているって、犯人が複数か単独かは議論の余地がありますが―――吸血鬼というからには犯行時間は『深夜』なんですよね?」

 

「そう聞いているな」

 

「だとしたらば、必然的に犠牲者に七草家の関係先が多くなるのは仕方ない。

『都内』にいる登録魔法師の中で、果たして『七草家』と『関わりを持たずに済む魔法師』が『どれだけ』いると思いますか?

そして何より、いくら交通機関が21世紀初頭から『発達』したとはいえ、深夜まで都内にて『元気』に動き回る魔法師が、出先機関含めて七草家関連と繋がりを持たずに済むわけがない。

お兄さん―――今でも『研究所住み』なんですよね?」

 

その言葉に『あ』と今更気づいたかのように声を上げる七草真由美。

 

こんなのは単に『確率の問題』であって『陰謀論』と絡めるものじゃないと告げると、顔を真っ赤にして手で覆う姿。

 

数秒前の自分の推理を恥ずかしいものだと思っているのだろう真由美は、横にいる克人に問いかける。

 

「も、もしかして克人君は、分かっていたりしたのかしら?」

 

「まぁ弘一殿が『手広く』色々とやっていることは分かっていたからな。我が家(十文字家)と違って子派閥・孫派閥も含めれば、『どこまで』を七草家と絡めて語るかの問題はあった―――『すまないな』真由美」

 

十師族の地域防衛の『理屈』と地域の『総人口』を考え、その上で『魔法師』だけが狙われているとなれば……何かの共通項はどこかに出てくるものだ。

 

「気づいていたんならば早くに言ってよ!! 赤っ恥掻いちゃったじゃない!!」

 

「す、すまない! 本当にすまない。何故か今日はこのフレーズが主に出てしまう日で、『すまないさん』であることが、本当にすまない」

 

びしびしと手で克人の肩を叩く真由美の打擲。それを一身に受ける様子に―――『漢』だぜ十文字克人、と誰もが思うのだった。

 

「で、この話の帰結は?」

 

「あ、ああ。十文字家と七草家は、この事件に対して協力することを決めたんだが―――遠坂、お前の助力を願いたいんだが、な」

 

いまだに叩く真由美を宥めながらの克人の言葉を聞く。

 

それに対して刹那の回答は―――。

 

「お断りします。というより、そちらの事件よりも―――『こちら』の方が重大だと思いますからね」

 

「……続発する『行方不明者』……魔法師ではないが、こちらが『重大』なのか?」

 

「それなりには。場合によっては『狙い』が重なることもあるかもしれませんが、俺とリーナ、そしてシオンは……このギャングスタどもの消息を追いますよ。USNAからも書面が届いちまったんで」

 

その言葉に流石の真由美も手を止めて、こちらを探ろうとする視線をしてくる。

 

「……一つ聞くが、かなりマズイことなのか?」

 

「まだ『確証』はありません。ですが―――場合によってはサーヴァント以上の脅威になるかもしれません」

 

「………俺と真由美が追う『敵』と、お前が追う『敵』は『違う』んだな?」

 

「それだけは断言しておきます。しかし、俺の追う『敵』は―――あなた方には手がつけられない。それだけは念頭に置いておいてください」

 

「……分かった。お互いの健闘を祈っておこう」

 

「克人君……!?」

 

その言葉を最後に会食は終わりを告げた。ある意味、どころか『かなり生意気な口を利いた』かもしれないが……ともあれ一年が退室した部屋に三年2人は残った。

 

 

「良かったの?」

 

「あそこで強気に協力を請うたところで、アイツが頷くとは思えんな……シオン・エルトナム・ソカリスが協力者だったのは、意外だったがな」

 

真由美と克人が考えるに、この事態は『サーヴァント』関連だと思っていたのだ。

クリスマスにも、それ関連の事件の一つに彼は首を突っ込んで、色々だったことは聞いている。

 

その上で、英国からやってきた『モードレッド・ブラックモア』と仏蘭西から来た『レティシア・ダンクルベール』の容姿は、横浜騒乱の時に見た『アルトリア・ペンドラゴン』という少女騎士の容貌に似ていたのだから……。

 

そちら(英霊)関連だと考えていただけに梯子を外された想いだ。

 

「とにかく俺たちは、『吸血鬼』の方を追っていればいいだけだ。そうすれば、『魔法師』の被害は止み、あいつらの方に世話も焼けるだろう」

 

「そうなればいいんだけどね……」

 

「ああ、言わんとすることは分かる。この一件―――完全に終息するのは俺達の卒業式前後までかかるかもしれん」

 

問題は長引く。それを何となく肌で感じて身を引き締めるのだった。

 



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第220話『夜が来る!-THREE-』

冷静に生きていきたい。

というか、根治のための治療手段さえあればいいんだ。楽観的な観測が悉く外れてるじゃないか。


 どうにも何かを隠されているような気がしてならない。

 

 何かと言えば、具体的には刹那の『吸血鬼』に対する態度だ。こういった心霊的分野においては、幹比古と刹那は専門家の類だ。

 

 幹比古は、巷を騒がす吸血鬼という存在に対して『妖魔』という呼称が正しいのかなどと思案するぐらいには、そういった事の知識が無いわけではない。

 

 だが刹那は違う。『世界』の違いはあれども彼は、人類史を否定する影法師とでも言う恐るべき超抜能力保持者(規格外のバケモノ)たちとの戦いに挑んできた人間だ。

 

 ただ達也が昨年の初冬に見せられた映像通りならば、その被害は今報道されているようなものとは桁が違ってくる。

 本物の『吸血鬼』というものがどれだけ恐ろしいかを、達也はとっくにご存知だったりした。

 

「お兄様、どうかなされました?」

「すまない。考え事をしていただけだ……」

「吸血鬼に関してですか?」

 

 妹にはお見通しというよりも、今日の話題の推移からして、当たり前のごとく察せられることだった。

 観念して肩を竦めつつ深雪に言っておく。

 

「期せずして、俺達は『本物の吸血鬼』を知ってしまった。もちろん、この世界にもアレと同等の存在がいるとは限らないが、今回の吸血鬼と―――『死徒』が同じではないことは、確認済みだ」

 

「ではどうして思い悩むので?」

 

「だからといって被害が拡大してからでは、後手後手になってしまう。目には見えない細菌、ウイルス罹患などなど、考えておいて悪いことはないからさ―――そちら分野ならば、栗井教官―――ロマン先生がいるから、何か出来ることがあるならば、とは思うけどね」

 

 思い悩んでいるのは、この一件に刹那が首を突っ込まないでいるからだ。達也たち以上の野次馬根性というか、騒動の方から刹那に擦り寄っていくとも言われる現状において、いくら留学生の世話役だからと、関わらないでいる理由はないはず……。

 

 あるいは―――。

 

「何か他のことでかかずらっている―――ということか?」

「関係があるかどうかは分かりませんが、今日のニュース―――センセーショナルな吸血鬼事件に隠れて、都内の『暴走族』や『半グレ』系列の『集団』が、行方不明になっているのを注目していましたよ―――森崎君が」

 

 意外な人物の名前に面食らうが、深雪に言われて検索すると、確かに『三面記事』的な位置に、そういったものが書かれていた。

 

 どこの地域にでも、こういった『チンピラ』というのはいるもので、どういった理由にせよ、無軌道で無計画なやる気の発散とやらで抗争をすることも多々ある。

 もちろん2095年の日本の法律でも、『決闘』『集団暴行』『私刑』は当たり前のごとく違法であり、場合によっては執行猶予無しで収監されることもある。

 治安機構がそれを断罪せずに許すということは、社会不安を招く一因だ。

 

 ……ただし、魔法師の分野においては、それが徹底されていないという後ろ暗い一面もあるのだが。

 

「行方不明―――集団失踪だとしても不可解だな……娼婦ではなくクソ不良(ワル)狙いのジャック・ザ・リッパーというのならば、吸血鬼事件と同じく死体が出てきてもおかしくないが」

 

『何か』奇妙な符牒を感じる。どちらかと言えば理論派な達也だが、この時ばかりは刹那のように直感を信じたくなる。

 

 閃きが先んじて有り、理屈や理論は後付で出てくるあやつのようなことを……。

 

「―――ともあれ、風間少佐の話によれば、十師族も動いているらしいからな。俺が関わることもあるまい」

「―――本当にそう思ってらっしゃいます?」

「無関係でいたいとは思うよ」

 

 リビングのソファー、隣にてジト目で見てくる深雪に苦笑しながら達也は返しておく。

 

 だが、直感が叫ぶ。この一件―――関わらずにはいられないものになると……。

 

 † † † † †

 

 

『アタシはアタシで動くぜ。お前たちが裏でナニをやっているかは知らないが―――TOKYOを管轄している『ロード』が困っているんだ。何かしてやりてぇじゃないか』

 

 そう言いつつも共同歩調を取るという考えはないレッドに呆れつつも、夜の街の徘徊は止まらない。

 

 なるたけの気配を『殺しつつ』の移動。『存在感』を消すとでもいうべき術を発動させながら、歩いて立ち止まり―――『白』の魔眼で見ておく。

 

 ―――………―――。

 

「ノイズは走りました?」

 

「いいや、この区画はいないのかもしれない」

 

 最初っから当たりを引けるとは思っていないが、これだけ多くの人が出回っているというのは少しばかり予想外だ。

 

 別に緊急事態宣言や都知事からの深夜外出要請が出たわけではないので、当然かも知れないが、恐怖を覚えていてもいいだろうに。

 

「次に行きましょう」

「ああ」

 

 歩きながら考えるに、この地道な作業が何とも―――ムダなことをしているように想える。だがそれが悪いことではない。

 別方向を探索しているリーナが不機嫌になることを考えなければ、紫色の美少女を連れて歩くことは……。

 

「こうして街をブラブラふらつくという行為は―――計算してみてもムダだと思っていましたが、実際にやってみると、こうも違うとは思いませんでした」

 

「時々思うんだが、アトラスの錬金術師というのは、どうして俗世を救いたいと思うのに、俗世を理解しようとしないのかな? 君達の生き方がひどく不器用なものに想える時がある」

 

「魔術師である貴方にそれを言われるとは思いませんでした。工房に籠もり神秘の追求に耽溺する貴方と違いがありましょうか?」

 

 違いはある。シオン相手に断言出来ることだが、それでも魔術師は、薄汚い俗世の『人間』の一人として『魔術師』であろうとしているのだ。

 

「矛盾はある。どうしようもない独善だってある。けれど―――どうしても、この世界で生きているんだ。だから、俺は『これ』でいいんだ」

 

 魔術師ならば、ムダごとは斬り捨て利己的に生きていくのが『正しい道』だ。

 

 だが、それは『寄り道』を忘れたものだから―――。

 

「楽しいことも、悲しいことも、怒るようなことも―――全部なきゃ『つまんない』……どうしても『機械』のように生きられないんだ。

 俺の父親みたいに―――」

 

「……私達、アトラスの錬金術師は魔術回路が乏しい。魔力による神秘の実行は出来ない。

 もちろん程度にもよりますが、それよりも唯一自由になる脳に依る神秘を実現させます」

 

 人を避けながら歩いていた歩幅を少し緩める。それを理解したわけではないだろうが、シオンもその歩幅を緩めた。

 

 急ぐ探索ではあるが、敵がどこにいるかわからない以上、見逃すことは在り得る。行き過ぎることを危惧して―――と言い訳しながら、ネオンが輝く街中を錬金術師と魔術師は歩く。

 

 不意に錬金術師は立ち止まり星空に眼をやる。

 環境保全意識の時代を経た東京では、既にコールタールの空はない。

 

『智恵子は東京に空がないといふ』

 

 そんな言葉も今は幻だ。

 

「私たちは星を詠み、風を詠み、人を読み、世界を読む……情報を揃えて『事象の系統樹』を作り上げる。

 その在り方は、刹那の世界でも変わりはないんですよね?」

 

「俺が知っているアトラス院の術者は一人だけどね。そう聞いているよ」

 

「……私は迷っています。呼び寄せられたものは、本当の意味で『この世界の異物』なのか、はたまた『修正力』なのか―――無限とも言える確率に干渉し、限られた展開式を『お膳立てし』―――未来を読んだ」

 

「……」

 

「アトラスの在り方に疑問を感じて外に出た一団。彼らが、やったことにも意味を持たせたいと思い、悩み、それでも否定しなければ―――」

 

「……思うんだが、お前ら(錬金術師)って本当に頭のいい「ばか」だよな」

 

「なっ、バカとはなんですか!? バカとは!!」

 

「計算している割には、なんというかツメが甘いんだよな。こないだの公園でもランサーの攻撃を予想できなかったからな」

 

「アレは、リーナのフェザー級日本チャンピオンのごときリバーブローの威力とか、ラニとの連携を崩すためにランサーを背後から吶喊させるとか……―――アナタの悪辣さを計算に入れるのを忘れた私のミスですが……納得いきません!!」

 

 悪辣さ。とんでもねーこと言いやがるこのアマ。

 

 公園での衣装から冬の装いに相応しい長袖のコートを着た美少女が、少年に噛み付く様子に少しだけ衆目を惹いたが―――。

 

 その時、魔眼に『ノイズ』が走る。

 

「あそこの耳にピアスを着けて黒ジャケットを着た男―――グールだ」

 

「―――」

 

 言った後は、即座だった。

 

 見られたことで気づいて『路地裏』に駆け出すグールに対して、『追跡』(チェイス)を賭ける。

 

 リーナとラニも合流しての追い込みは上手く行ったが―――その裏でとんでもないことが起こっていたことは、その時は知らなかった……。

 

 

 † † † †

 

(またもや『定着』出来なかったか……)

 

(この『世界』のソーサラス・アデプトにしては霊性が高まりすぎていますかね)

 

(だが、急がねばならない。あの『死徒』の『食欲』は留まるところを知らぬ―――このままでは我々の悲願、『シューティングムーン』が達成できぬ)

 

(私の悲願は『真なる永久機関』の完成ですがね)

 

 彼らの目的はそれぞれで違っていた。だが、共通するものはあった。

 

 それは『在り得ざる可能性』に到達するため……。期せずして、この世界に舞い降りた『悪魔』たちは―――。

 

(―――!! マズイ気付かれたぞ!!)

 

(……これは―――まずは、この『サンプル』を置いておきましょう……漁夫の利狙いで行きますよ。我々は今―――大変に不景気なんですから)

 

 空気が震える。

 そうとしか表現できない気配の増大に、悪魔たちは警戒をする。いや、警戒だけではない―――『恐怖』を覚えて『身』を震わせていた。

 

 だが、それでも狙いを外さないと言わんばかりに妙なことを提案する同胞の提案を良しとした。

 

 そして姿を隠すと同時に大柄な背格好の『少年』というべき容貌の男が現れた。

 

 ・

 ・

 ・

 

 大気が震える。プレッシャーを覚えて『都内の数少ない緑』が恐怖を発していた。

 その感覚を鋭敏に、生まれの遺伝子素養からか感じていたレオは、渋谷の公園に入り込んでから少しだけ後悔した。

 

(オレじゃ手に余るだろうな……)

 

 そう思いながらも『歩』をじわりじわりと、一歩一歩踏みしめながら周囲を探る。

 

 公園の舗装された路面から草木が生い茂るエリアに至る。昼間ならば森林浴にいい場所だが、夜間ではうっそうと茂った草木が不気味に感じる。

 草むらを踏みしめながらも、手早く昨夜のうちに貰っていた通信ユニットから寿和に連絡を入れた。

 

 これ以上は長居出来ないな。そう思った瞬間、見てしまったのはベンチにぐったりと倒れた若い女性だった。

 どう考えても、被害者だろう。そうでなくても、こんな夜中にここに意識があるかどうか不明では、どんな不逞の輩に晒されるか分からない―――。

 

 だが逃げるべきだ。そう発する『ブルク・フォルゲ』という調整体魔法師としての意識、野生動物としての『カン』を『心』でねじ伏せて、レオは女性に近づいた。

 

「おい、アンタ大丈夫か?」

 

 意識を発することは無い。うめき声一つもない。とりあえず脈をとるべく首筋に手を―――やろうとする前に後ろからの攻撃を受け止めた。

 止めていたのはレオの腕ではなく『文字』。北欧の原初魔術「ルーン」という文字の群れであった。

 

「―――」

「残念だったな。『以前』のオレならば体で受けていたんだろうが、『今』のオレは少し違うぜ! ソウェル!!」

 

 言うやいなや文字の一つを『転写』する。燃え上がる火炎が張り付き、火を上げていくが、さしたる痛痒はなさそうだ。

 

 しかし、動きは止まった。見敵必殺―――黒コートに奇妙な覆面。更にシルクハットで髪型すら見えないという存在は炎を嫌って―――レオの一撃を防御する暇もなく真正面から受けた。

 

(踵や足で自然にルーンを刻む。刹那と同じくはいかんか)

 

 すぐさま文字が掠れて消え去る様子を見て、レオは人知れず嘆息する。

 

 部活連から出す来年度の『風紀委員』のテストで相手役となった刹那が、『アリ・シャッフル』で足元に刻んだ技法だったが、アレに比べれば拙い限り―――。

 

 持っていた警棒を叩き壊す以上の威力で吹き飛ばしたが、すぐさま立ち上がり構えを取る覆面。

 

(こいつが吸血鬼か?)

 

 魔法師という存在を相手に、一切の抵抗をさせずに血液消失を行える相手―――というには変ではあったが、ともあれ手応えはあったのだ。

 ある程度の戦闘力を奪う目的で突っかかるレオ。

 

「ルーンセット!! ヤールングレイプル!!」

 

 白銀の篭手を輝かせて拳をぶつけていくレオに対して、相手は防御を主としている。

 回し受け―――空手の技の一つであらゆる打撃格闘技の防御の基礎中の基礎ともいえるものを以て、レオの打撃を流していく。

 

 だが体に圧は加えられている。後退しているのは相手側だとして気持ちよく攻めた結果―――崩れ落ちそうな倦怠感に襲われた。

 

(まさか、これが吸血鬼の『吸血』なのか!?)

 

 触れたものから『力』を根こそぎ奪う。今まで多くの魔法師が敗れ去っていった理由を知った。

 崩れ落ちそうな身体を動かして一撃を―――と思った。その力なく腰が入っていない一撃を完全に掴まれたことで、レオは脱力をしていく。

 

(やられ―――た―――)

 

 右拳から全てを吸い取られる感触を味わいながら―――『イッヒッヒ! だらしねえな厳ついニイさん!! しゃーねぇ少し『力』を―――ああん?』

 ……死の瞬間の『幻聴』だろうか―――を聴きながら、手刀が迫るのをスローに見ていた。

 

 

 そして貫かれる―――。

 

 血飛沫が吹き上がる。

 

 絶叫が上がる。

 

 貫かれた身体を嘆く声が上がる―――。

 

 

 

 

 

 

 それは全て―――。レオの前にいる『覆面の吸血鬼』から上がっていた。

 

 

 白い手―――女の手にしか見えない、白く華奢な一本の手が、血に塗れながら『覆面』の腹から生えていた。

 

「お、おおおおお!!!」

 

「あれ? イヌイ(・・・)君?――――なわけないかぁ……けど『似ている』かも……まずは、こっちからだけど♪」

 

「や、やめてくれぇえええ!!!」

 

 瞬間、声の主の顔がようやくレオにも見えた。後ろから出てきた顔は美少女といえる。

 その少女は茶色の髪に赤眼をした、妖しすぎる『魔性』を備えており―――。

 

 絶叫を上げる覆面の首筋に犬歯を突き立てた。

 

 絶叫が止む。それは『儀式』。

 血の一滴から魂の一粒に至るまで、全てを収奪する夜魔の者だけが持つ恐るべき行為―――その在り得ざる光景を見ながら、レオは―――。

 

 ―――キレイすぎて、可愛すぎるだろ……。

 

 そう思いながら意識を手放す前に―――『狼の兜』を被った騎士を幻視するのだった―――。

 

 

 



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第221話『夜が来る!-FOUR-』

巷で出回っているリーク画像…。

あ、あれがもし本当だとしたらば、おひたし熱郎さんの某キャラへの『愛』はどうなるんだー!!きのこ―――!! 武内社長―――!!

……などと思うも、タスクオーナ先生は、どれだけ時が経っても間桐ファミリー大好きだもんなぁ。(爆)

リベンジってそういうことなのか?(驚)



夜風に当たりながら、モードレッド・ブラックモアは瞑想を始める。

 

瞑想をしていると確かな感触が『内側』に触れてくる。その感触を確かなものとすべく、隣にいるものに話しかける。

 

 

「感じるか?」

 

『間違いねぇ。死体が動いている『ニオイ』だ。そっちには、あの魔法使いのあんちゃんが向かってるみたいだが、どうするよ』

 

「決まってる―――本丸を叩く! 悪魔だか『吸血鬼』だか知らねぇが、オレの手で全てを終わらせてやる!!」

 

『ははっ! いい気概だレッド!! 叛逆の騎士の霊媒なだけはあるぜ!!』

 

夜の東京を見下ろせる位置、夜風と高層であるがゆえの風を嗅ぐ―――死霊と瘴気が混ぜ合わさった風が肌身をひりひりさせる。

 

間違いなくいる。敵が、尋常の魔法師では対処できぬものが……。

 

ゆえに、隣にいた大型の犬か狼にも似た『アニマロイド』(動物型ロボット)と『周囲』には思わせているものの背中を一回だけ撫でてから、夜へと『飛び込んだ』。

 

モードレッド・ブラックモアが、高層ビルの屋上から身を投げると同時に、周囲には多くの器物が飛翔してくる。

 

意思持つドローンのように器物はモードレッドの身体に纏わっていき、明確な形を取る。

 

身を包むは鎧だ。

クロースアーマー(布鎧)を下にして上から金属製のプレートメイルが着けられて身の防御を完璧にする。

 

その上からマントとして何かの鳥―――どう見ても原生生物にはありえざる羽毛、鳥類系の魔獣のものを束ねて作られた『フェザーマント』が羽織られて、最期には―――狼か悪魔か。どうとも取れるアニマメット(獣性兜)を被り準備は完了した。

 

「飛ばせ! カイゴウ!!」

 

『オレには違う名前があるんだがね。まぁいい行くぜマスター!! びびんなよ!!』

 

「いまさらだろ!!」

 

呼びかけると同時に落下するだけであったモードレッドの身体に姿勢制御の術がかかる。急降下からの上昇。

 

上に身を転じて、気流を掴むと同時に、戦闘機がエンジンを吹かすように超速で―――目的地に向かうことにした。

 

(くう)を舞う―――。どころか空を掻っ切るような力づくの魔力での飛翔が、目的地へと駆け抜けさせるのだった……。

 

―――そして到着した先では、この国のホグワーツ(魔法科高校)に来てから出来たダチ―――というには、まだまだ付き合いは浅いが、それでも気兼ねなく付き合える類の男子が倒れ込んでいた。

 

「レオン!?」

 

どう見ても衰弱しているように息がか細い男子に呼びかけながらも、いま目の前にて吸血を行う『女』から目は切らない。

 

―――凶悪だ。こいつは―――。

 

一瞬で断じる。眼の前の女の『力』の程から、どれだけの人間がその手にかけられ、血を、魂を啜られたかを察した。

 

『気をつけろレッド! こいつは『上級死徒』のランクだ!!』

 

「ああ、野良にいる『もどき』とは違いすぎる―――」

 

「ダメか。この人は、グールになれない―――まぁ足しにはなったかな。それなりに美味しかった――――で、後ろのワイルドな男子はくれないよね?」

 

「ヨソを当たりやがれ!! ヴァンパイア!!!」

 

言うや否や、腰に帯刀していた剣を抜き払い、朱雷と共に斬りつける。

 

距離としては『間合い』ではなかったが、朱雷の『飛ぶ斬撃』は、腕を交差して防御した吸血鬼の衣服の一部を焼きながら身体を飛ばした。

 

「―――ッ!! 雷とはいったいなー!! けれど、そういうの私の『親』から『嚥下』済みなんだよね!!」

 

「ほざけっ!!」

 

草むらを尽く焼き尽くしながら迫るレッドに対して、爪で応じる女。

 

流石に『上級死徒』の膂力。乱雑な動きながらも一撃一撃が『重すぎる』。素人くさい攻撃だが、あったけのパワーを込めた攻撃にレッドは―――パワーで対抗する。

 

「このぉっ!!!」

「オラッ!!!」

 

直線よりも範囲上の攻撃。腕を振り回して『薙ぎ払う』ように、相手を近づけさせない系統の攻撃が多い。

 

意図してのものではないだろう。ただ単に本能に従ってそうしているだけだ。高速で動き回りながら、木々があちこちで倒壊を果たす。

 

森林伐採が自然と起こってしまう魔人同士の戦い。

 

変化が起こる―――。

 

「せいやっ!!」

 

掛け声一発。

根本近くで叩き折られた太い木の一本を、投石でもするかのように投げつけてきた。

 

丸太部分の直径は、レッドを包むぐらいはあるものを、枯葉がない素の枝ごとである。

 

普通に受ければ、勢いも含めてちょっとした槍衾のような様になるだろう。

だが、モードレッドが選んだのは横に躱すことではない。

 

全身から魔力放出をすることで、ベクトルを調整―――身を低くして丸太の下の軌道すれすれを通り抜ける。

 

兜の獣耳部分と幹部分が擦過するが構わずにすり抜け、通り抜けた。

真下に現れたこちらに瞠目する様子。だが構わず足を蹴り上げて、土煙と共に下から上に剣を突き上げた。

 

「がっ―――!!」

 

喉笛を突き破る剣、だが……そこで止まる。即座のハイキックで剣を離しながら、吸血鬼を蹴り飛ばす。

 

勢いで20mは吹っ飛んだが、すぐさま猿のように体制を立て直して、突き破った剣を掴んで『腐食』させ、喉から刃を無くした。

 

かかる『復元呪詛』。時間の逆行で修復(もど)された身体。

 

「痛かったよ―――いまのは……けれど『カレー』が投げる黒鍵ほどじゃないね」

 

なんのことやらと思いながら、次なる得物を構える。

 

先程と同じようなロングソード。だが……。

 

(通じる気がしねぇな……)

 

戦いそのものでは負けてはいない。だが、得物の非力さが恨めしい。本当ならば『魔剣』があるはずだが……それは既に―――。

 

『聖別された『剣』を持ってくるべきだったな』

(今更言っても仕方ねぇ! 最大級の魔力放出で『塵』と『灰』に返してやる!!)

 

『カイゴウ』からの念話に答えながら、壊れる寸前まで『赤い魔力』を剣に込める。赤いオーラが破壊の魔術となって迸りながら、光柱の剣となったそれを吸血鬼に振るう覚悟。

 

「おおおおおおお!!!!!」

 

裂帛の気合のもと振るう剣に対して、爪を振るう吸血鬼。

 

断、轟、轟、断、断ッ!! 轟ッ!!

 

音にしてそれが30以上も続いた時に、吸血鬼はこちらの攻撃モーションに対して―――止まった。

 

フェイントを入れられた形だ。

 

(やばっ)

 

轟ッ!! という勢いで首を掴まれた上で持ち上げられる。

 

こちらが、酸欠に至りそうなぐらいに力強い掴み。

 

『お嬢に気安く触れるんじゃないぜ。ブラッドガール!!』

 

その時、『生きる鎧』(リビングアーマー)たる機構が発動。鎧の各所から吐き出される呪弾が、吸血鬼に着弾。

 

しかし効いてはいない様子。数瞬の攻防。一髪千鈞を引く戦いの最中―――魔力で空中に投げ飛ばされる。

 

姿勢制御が利かない状態。最悪だ。ガードを発動させようとするも、この死徒相手に―――。

 

「砕けなさい!!!」

 

放たれたのは嵐のような拳のラッシュだ。暴嵐の中で成すすべもなく叩かれていく我が身―――が、無かった。

 

耳に届く音。受ける衝撃。ただ風圧だけがモードレッドを包む。

 

死徒の攻撃は全て盾によって阻まれていた。

 

20発目の拳を放った時点で、死徒も気づいた。拳が届いていないという事実に―――。

 

―――ガロもどき、そこから、あんまり動くなよ。―――

 

誰が魔戒騎士だ!!!

 

念話に答えながらも、『盾』の魔術を放ってくれた相手に感謝をしていたのだが、その場に止まって拳を放っていた相手が―――。モードレッドの後ろから突き抜けた槍、剣、剣、槍、鉄球に、女はしこたま叩かれながら吹き飛んでいく。

 

突き刺さる得物全てに推進力が加わっているらしく、鉄球ですら身体にめり込むようにしながら飛んでいくのだ。

 

地面に身体を引きずった跡が何メートルも刻まれ、いつまでも晴れぬほどの粉塵の巻き上げ、岩土と共に木々もめくれ上がる。

 

渋谷の公園が既に廃墟にもなりかねないそれが、ただの原始的な武器の『着弾』だなどと誰に分かろうか。

 

しかし――――。

 

「いいなぁ『盾』って……ううん。盾を構えて戦う『騎士さん』が必要なんだよね………」

 

ボロボロの身体を起き上がらせて、その身を復元させながら呟く言葉は不穏を孕んでいた……。

 

 

† † † †

 

「SHOOT!!」

 

音声起動で、黒鍵を操ったリーナの攻撃でグールが一掃されると、少しばかり息を吐く。

 

食屍鬼の数が、ここまで増えるとは思っていなかった。

 

そして、そのグールの体格や体型がかなりガタイいいものになるだけで、苦労も増える。

 

「持ち物や生前の身体から察するに、街のギャング崩れだったんでしょうね。カラーギャングとか前時代的なものがいるんですか?」

 

「まぁいるところにはいるらしいな」

 

出会ったことがないぐらい絶滅危惧種らしい。それぐらい、街の治安は安定化している。路上での犯罪は即座に検挙されるぐらい『眼』が届いているのだ。

 

そんな連中が、ここまで死体人形にされるとは……。

 

「件の上級死徒は、『女』か?……」

 

「タタリ……ワラキアの夜の大元の現象になりえるのは『男』のはずですけど―――」

 

「ふむ」

 

だが、現実的に考えれば、『誘い込まれて』『噛まれて』『死体』。

 

己の身体を誘蛾灯にして誘い込み、そいつらから血を徴収する……。単純ながら、それが可能なのは『女』だろう。もちろん、ゾッキーども特有の『男同士』の通じ合いならば『ありえる』かもしれないが。

 

「マァ、今夜もハズレなのね」

 

「夜ふかしばかりして、なんともなぁ―――」

 

「待ってください!! シオン師! マイスター・トオサカ、ミス・リーナ!! 強烈な反応を確認しました。ここから北東方向です!!」

 

ダ・ヴィンチとの連絡役であり『アンテナ役』を担っていたラニからの言葉。この路地裏の住人が起きるのではないかと思うほどの大声であったが、刹那もリーナも感じるものが―――ここから北東。

 

渋谷の方向に感じたのだ。

 

魔力針を持つ魔力計―――懐中時計にも似たものが、方向を指し示したのだ。

 

「跳ぶぞ!! ランサー、お前は『騎馬』で件の場所に迎え!!」

 

「了解です!! マスター!!」

 

云うと同時に飛行魔術とエーテライトによる空中移動……立体機動装置じみたもので東京という都市にある木々を用いて、高層ビルの類を駆け上がっていく。

 

片やランサーは、ライダースーツに身を包ませながら、達也改造の自動二輪―――バイクに跨り公道を駆けていく。

 

騎乗スキルがあるわけではないが、あれぐらいの機械装置ならば、たやすく操れるとのこと。

 

要するに現代の知識を与えると同時に、現代に合わせた形で生前の『技能』を調整しているそうだ。

 

完全に速度超過で走り抜けていくランサーを見送りながら、この区では一番に『高いビル』に登った一同。その中でも刹那は即座に攻撃を開始せんと「眼」を向けた。

 

 

「レオが倒れている――――」

 

森林公園。いまは冬場ゆえの枯れた木々、少しの草むらの中に倒れ込む同級生の姿を見た。

 

「ど、ドウイウこと!?」

 

「察するに、干からびた死体―――恐らくあれがデーモン寄生体で、それと応戦していたらば、いま―――鎧騎士と切り結んでいる『JK』が横槍を入れてきた。

そういう感じでしょうね」

 

「師は、どちらが「吸血鬼」だと思いますか?」

 

「完全にJKの方です。刹那、あなたの推理が当たりましたね。接続、切ります」

 

その言葉で、刹那の背中に手を当てて『回路』に接続して、『視覚』を共有していた女子三人が離れた。

 

名残惜しいわけではない。あまりこちらの強化した視力を見続けていては悪影響が出る。

 

だが……あの2000年代の女子高生ファッションの少女に『見覚え』があるような気がする。

 

誰であるかは思い出しにくい。そして刹那の母親の学生時代と姿がフラッシュバックする。

 

「まずはレオの回復からだな。その後に死徒を狙撃する―――」

「頼りにしてるワヨ♪」

 

ウインク一つにサムズアップをしてくる恋人に苦笑してから、距離にして5kmは離れている渋谷区の公園。

 

そこに横たわる西城レオンハルトの周囲に回復用の陣を、剣と魔弾で刻む。弓弦を張り、解き放ち…続々と着弾をしていくとそれらは刻まれた。

 

土地の霊力。木々が生い茂っているので、そこからの供給をしつつ「ヴィーティング」の術式を構築。

 

3分もすれば起き上がれるほどには精気と生気、そして傷の回復も済むだろうが―――……。

 

(目の前にある死体に吸われた『力』をあの吸血鬼に吸い取られたか……)

 

変な影響が出なければいいのだが、今は確認するすべがない。

 

「投影・現創―――全投影装填」

 

言葉で蒼金の弓に思いつく限りの吸血鬼殺しの武器を番える。

 

……そして魔戒騎士牙○じみた存在を援護したのであった―――。

 

「容赦ないですね」

 

どこからか出した巨大な望遠鏡じみたものを用いて、刹那の狙撃をスポッターとして観測したシオンが呟くも、刹那としては不満だ。

 

「再生の速度が速い―――赤月はおろか満月ですらないのに……」

 

空に浮かぶ輝く月の形は三日月。形は鋭いが幽き光のもとでは、奴らの復元呪詛はそれなりに劣るはずだが。

 

(啜られた魂血の量が知れる……ヒト蛭め―――)

 

毒づきながらダ・ヴィンチからの通信を待つ―――期待した声は、すぐさま聞こえてきた。

 

『波長パターンは取れたぞ。次はマーカーを打ち込んでやれ―――どうせ溶けるだろうけど』

 

そう思って探知の『刃』でも突き刺そうとした瞬間、盛大な『魔霧』を発生させて消え去っていく。

 

逃走―――。熱量も伴う強烈な『閃光弾』も同然のそれが、こちらの『センサー』すらも騙して、逃げ去った。

 

「……なんとも締まらないが、敵の姿は捕捉できた」

「イマはそれでいいの?」

「良くはない。良くはないんだが―――」

 

サイレンを鳴らしパトランプを光らせながら集まりつつある警察車両の数。フルフェイスの兜を着けた『騎士』もまた逃走を開始―――。

 

「これ以上は、マズイんだよな」

「協力を願うべきなんでしょうが、簡単に明かせるものではないですね」

 

状況の一つ一つが蜘蛛の糸のように絡んできて、こちらを想うように動かせてくれない。

 

全戦力を即時投入して殲滅を測れない。何より一番、刹那が恐れているのは―――。

 

「―――」

 

自分の親しい人間を殺さなければならなくなった時に、刃を向けられるか―――それがリーナであった時が怖いのだ……。

 

 

「撤退だ。ランサー」

 

遠くにいるランサー・長尾景虎から少しだけ『間』を置いた返答が響き、今夜はそれで終いとなった。

 

「明日の気が重いわね……」

「全くだ」

 

とりあえずレオの病状を確認しなければいけないだろう。

 

リーナから気落ちした声を聴きながら申し訳ない想いをしつつ――――。

 

見上げた月。

 

三日月の形でも――――。

 

 

―――こんやはこんなにも つきが、きれい――――だ――――。

 

 

 





そしてこれを書き終えて一分後のCM

ど、どうなるんだってばよ!?

ただそれだけだ。CMから読み取れる限りでは遂にマシュがバスターを手に入れて『マッシュマン』に

うん。すげぇなブラッ〇バレル。

という感じで―――楽しみだ―!!

全国が自粛ムードで不謹慎かもしれないが、全能の絶望を打ち崩すことは、銃神もやったことだからな。

打ち勝つとはそういうことなんだよな。


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第222話『夜が明けて』

地球国家元首かぁ―――。

まぁ逆光の歌詞は、『彼女』の歌なんだろうな。で■■は―――。そういうことか。

妄想した内容ならば、少し前の同人界隈での問題作『グランドオーダー/オルタナティブ』にも通じる内容かも

けど純粋に何かしらの『生存』の可能性があることが純粋に嬉しい。

やったね米ちゃん(米澤 円さん)。出番が増えるよ(爆)

というわけでコロナに怯えつつの新話どうぞ。




「順調そうだねー『シオン』」

 

「当然です。私の計算に狂いはないですよ『さつき』。とはいえ―――『さつき』を襲った人間は、かなり人の世の守護側(人理肯定派)のようですね」

 

「やっぱり、『この世界』でも私たちは生き延びられそうにないかぁ……」

 

「―――いいえ、そんなことはありません。『すべての人にすべてのものとの可能性を』、そのシミュレーションのもと、得られた計算式―――だからこそ『■盾の騎士』、私とさつきの元に、いまいちど帰ってきてください―――」

 

傍から聞けば、その会話は全てが意味不明であった。見ていれば、即座に発狂をするほどに醜悪な光景。

 

少女たちが会話をしているのは、暗い暗い『地下世界』。その周囲は、現代ではありえない趣をしていた。

 

林立する柱の数々は『神殿』を思わせる一方で、近代的な設備、多くの電子機器が置いてある。

 

立体投影型のキーボードなどは、錬金術師には必須のものだ。三角形のシンボル、五芒星を元にした魔法陣、六芒星の魔法陣……多くが宙を浮かぶ―――幻想をイメージさせるものの、それらを打ち消すものがあちこちに『食料庫』のように並べられていたのだ。

 

 

それら一つ一つは、あちこちに継ぎ接ぎだらけの死体であり、血袋の為なのか……鳥の血抜きのように宙吊りの状態。首の血管を切った上で、血を上水道のように一箇所に流している……終着点には「クリスタル筒」があった。

 

水晶(クリスタル筒)の中にある『銀色の騎士』は、復活を遂げるべく『力』を蓄えるのだった

 

災厄を招く日々は近い……。

 

その後ろで―――笑みを浮かべる『■』の姿を三鬼が知らずとも……。

 

† † † †

 

翌日、当たり前だがレオは学校を休んだことをエリカのメールから知る。原因は世間を騒がす『吸血鬼』に襲われたからだと言う。

 

(メールの届きが登校してから一時間後とは)

 

最初に達也辺りに「一報」を入れてから、行動を誰何したというところだろう。容疑者リストに自分も入れているのか、あるいはただの探りか、ともあれ―――。

 

面倒なことには変わりなかった。

 

そこから時間は早くも通り過ぎるわけで、今日の授業は全て終わりを告げた。

 

「今日の講義は私とロマ二で(おこな)っておくよ。キミは西城の見舞いに行き給え」

 

「分かったが……」

 

放課後になったことで、予定をどうしようかと思っていたところにこれである。

 

願ったりかなったりといえば、その通りだが―――。

 

「私は行かないほうがいいでしょう。病室のキャパはどれだけかは分かりませんが、あまり大量に寄せても悪いでしょうからね」

 

「分かった。妹さんによろしく」

 

「はい」

 

シオンの綻ぶような笑顔に救われながらも、状況はよろしくはない。

 

「―――オレも見舞いに行きたいんだが、やめといた方が無難だな……」

 

次に見えてきたのは、嘆くように苦笑をするレッドの姿であった。

 

魔力の質からして、昨日の魔戒騎士もどきはコイツだと想うのだが、確証はない。

 

「レッド―――お前は『エクスカリバー』がほしいんだよな?」

 

「ああ、そうだ」

 

「その『理由』とはなんだ? 正直に答えてくれ―――ソレ次第だ」

 

夕焼けが出来上がりそうな教室で、朱金の少女を真っ直ぐに見つめながら、刹那は問いかける。

 

殆どの面子は先程、ダ・ヴィンチの先導で大講義室に向かっていった。

 

それゆえ2人に注目する人間は―――B組には殆ど居なかったのだが……。

 

窓際に立ちながら『堂々』と聞き耳を立てるレティシアの姿があるぐらいか。

 

それを知ってか知らずか―――レッドは答える。

 

「オレ―――いや、アタシはかつて『ある英雄』の霊媒に、再臨の道具として運用されていた……結局、それは為されず、ロンドンに叩き出されたわけだが―――アタシは『故郷』に帰りたい……。

何より―――この身に宿る『竜の魔力』を制御するためにも―――エクスカリバーは必要なんだ」

 

答えになっているか、信じてくれるかはわからない。と苦笑するレッドに刹那の中で答えは決まる―――。

 

 

「ガリア支配を象徴する『宝剣』―――持っているか?」

 

「!! ああ!! いまは―――とてもじゃないが、『使える』状態にはないんだが、アタシの使い魔が「保管」している。力ある『地金』(じがね)が必要ならば、使ってくれ!!」

 

「分かった。俺としてもいい経験になるはずだ……あとで日にちを決めて鍛え上げる―――お前の剣を、お前だけが持つ『約束された■■の剣』を」

 

眼を輝かせて刹那を見てくるレッドに宣言する。

 

久々に『エンチャンター』として「いい仕事」が出来そうな人間が出てきたもんだ。

 

「まぁ英国政府からも、エクスカリバーを獲れと言われていたんだが―――伝説の剣は使い手とセットじゃなきゃいけないよな?」

 

「いざとなれば、俺も連れて行く所存だったか?」

 

「生憎、オレのバディじゃリーナに勝てねぇ。あのヤンキー娘、育ちすぎだろ!!」

 

一因を担ってしまった刹那としては何もいえなかった。ともあれブリティッシュヤンキー娘の来歴を正確に察してしまった。

だが、彼女の戦力も利用させてもらう。この事態に絡む神秘領域側の存在であるならば、それは必定なのだから―――。

 

「んじゃな! レオンによろしく!!」

 

彼女はレオのことをそういう風に呼ぶ。別にどうでもいいことだが、その呼び方は、少しだけ意外なものだった。

 

半年以上も友人でありながら、それを思いつかなかった自分たちは、アレであった。

 

「友達甲斐のないヤツなのかも」

 

教室から出ていくレッドを嘆息気味に見送って―――自分も、そろそろ中野の病院にいこうと荷物をまとめた瞬間。

 

「いやいや! 何でそこで私を丸っと無視するんですかね!! レティはものすごく怒っていますよ!!」

「いてててて!! 肩を思いっきり掴むんじゃね―!!!」

「フフフ!! これぞ正罰の痛み! 刹那の中にある心の疚しさが、その痛みの根源ですよ!!」

「普通に筋力と握力のミックスだと想うけど!」

 

マッスルパワーをまるで神秘の力と同列に語るのはいかがなものかとレティシアに抗議しながら、君は何の用だ? と視線で訴えると、赤い顔をしながら一度だけ咳払いをして口を開くレティシア。

 

「モードレッドは、どうやら私と同じようなタイプのようです。

ですが、私はもう少し切実です―――刹那……私の背中を診てくれますか?」

 

「―――後日にしてくれ」

 

どう考えても厄介ごとのニオイのレティシアの背中。

 

『初日』から分かっていても、あえて突っ込まなかったのは、人それぞれ『秘密』があるからだ。

 

明かせぬことは色々あるし、探られたくない腹はいくらでもある。

 

要するに―――下衆の勘繰りは好かないのだ。しかし、今日のレティシアは退かなかった。

 

むん! という擬音が着きそうな勢いで、こちらの眼前に迫るレティ―――豊満な胸が少しばかり刹那の身体に当たることに性的興奮を覚える。

 

狙ってやっているんだとしたらば、恐ろしい。

 

フランスの大統領は娘の胸に『核ミサイル』を装備させているようだ。

 

だが、そんな軽口もたたけそうにはない。

 

「いいえ! 今でなければなりません!! 主の御加護を以て、『災厄』を打ち払わなければ―――来てはならぬものを『来臨』させかねません!!」

 

「なに?」

 

「私が何も知らないとでも思いましたか? 刹那、私は感じているのですよ。

この街にはびこる『死を徒に運ぶ者』のことを!」

 

瞬間、こちらに背中を見せたレティシアの衣服の一部が裂ける。

 

魔力の放射で制服の上―――上着からインナーにいたるまでを破き、紙吹雪ならぬ服吹雪として舞い散った。

 

「―――お前―――」

 

「これが―――私の『覚悟』です。我が身に宿りし英霊ジャンヌ・ダルクの『力』―――それを正しくするためにも、刹那……この身全てを貴方に預けます」

 

預けられても困る。後ろを向きながらも、豊満な胸……リーナ、美月、光井クラスのものが垂れずに形を維持しながら横に広がる様子に―――とりあえず嘆息。

 

「お前のスタイルがすごくいいのは分かった。とりあえず―――リーナ、入ってきなさい」

 

「え!? な、なんでこの場面でいるんですか!?」

 

刹那は背中―――つまり廊下側に声を掛けた。レティシアは窓側を向いていたわけだが、刹那の言葉の意味に気づき少しだけ振り返った瞬間―――うん、見えたわけである。

 

手で隠せと思いながらも、自動ドアが開け放たれた先には―――能面のような顔をしたリーナがいた。

 

正直に言おう。

 

おっかない。

 

「セツナ。レオの見舞いの時間は迫ってきてるわよ? そんな女―――放っておきましょう」

 

「むむむ。聞き捨てなりませんよリーナ。その発言は著しく貴女の人格を損ねるものです!! それに第一、刹那は了承してくれたんですから」

 

「してない」

 

「魅力的なパリジェンヌの柔肌を見た時点で、契約はなされたようなものです」

 

なんつう理屈だ。とはいえ、刹那の頭の中に、先程から『レティを助けてあげてください』『主は申しております。死徒を倒すために『聖女』を使え、と』

 

精神感応(テレパス)を通じて、こちらに訴えかけてくる言葉に辟易しながら、そして刹那を取り合うように腕を引っ張り合う2人の金髪に更に辟易しつつも―――。

 

(要件が立て込みすぎだろ……)

 

事情が色々とある女子留学生三人。だが、いずれも集約すべきところは決まっていた。

 

 

―――人理否定世界『ブルーグラスムーン』―――

 

そこより舞い降りた『吸血鬼』に刃を突き立てるだけだ――――だから……。

 

 

「いい加減! 服を着ろ!!!」

 

そう言うことで場を収めたのだった。いや、収まるかどうかはわからないのだが。

 

ともあれ、これがレオの入院している病院に行くまでの一幕であった。

 

 

「というわけで、色気より食い気なレオには華よりも何かメシの方がいいかなーとか思いながらも、結局、見舞い花にしたわけだ」

 

「ふむ。何かそのラインナップには意味があるのか?」

 

「『吸血鬼』にやられたんだ。 茜と山査子の花はデフォルトだろ?―――もちろん棘がないから純粋に魔除けとしては意味がないけどな」

 

セルビア地方の吸血鬼除けとしても知られている二輪の花をメインにして、多くの種類で束ねられた花は、美意識というものに乏しい達也でも見事なものだと想えるのだった。

 

それを感心しながら見ていると、エレベーターに乗り込む前に、何か売店で買い物でもしていたのか、見知った顔、エリカと合流する。

 

中野の警察病院とはいえ、何かと入用な人間は多いのだろう。そして心配するように、メールとは別に口頭での確認をする美月を見ながら、エリカの言葉には特に不審な所はない。

 

刹那は―――まぁ普通であった。傍目には、何の動揺も出していない風だが、エリカと美月の会話を細かく聞いている印象はあった。

 

(シロではないが、クロでもない―――何か隠しているな)

 

だが、いまこの場で追求するのは如何にも無粋すぎた。

 

ともあれ、友人を見舞ってからでいいだろうと思いつつ、レオの病室に向かうことにした。

 

当たり前のごとく、患者の容態が急変した時を除けば作動している入室確認機能で確認を取ると―――「おう! 大丈夫だぜ!!」

 

存外、元気な声が響いてきた。

 

(案外、宇佐美が見舞いにやってきており、あたふたするもんだと思っていたんだが)

 

達也のそんな『お約束』を予想したものは、一時間前に行われていたりする。

バーチャルアイドルでありながら生身のアイドルとしても売出し中の人間は、レオを『献身的』に看病した後に、マネージャーに連れられて出ていったりしたのだ。

 

あまりにもニアミスした事案、エリカ曰く一応の付添人としてレオの姉貴もいたそうだが、着替えやらを取りに行くために、一度家に帰ったそうだ。

 

「酷い目にあったな」

 

「みっともないとこ見せちまったな。まぁ自信過剰だったってことだな。用心用心」

 

ただレオなりの正義感に基づいて、エリカの兄『千葉警部』に協力したのだ。それを笑うことは出来ない。

 

しかし―――。

 

「怪我はないように見えるな。サイオンの循環にも澱みは見えない」

 

達也としては『モノホン』の『吸血鬼』を想定して、そういう診断結果を下した。こんなことは、ここの魔法医でも違うドクターでも下しただろう。

 

レオ曰く『一人……覆面の黒ずくめを殴っていたらば、そいつに触れただけで『力』が抜けたとのこと』

 

最期には攻撃していたナックルを掴まれて力が抜けた。

 

その言葉で接触型の吸引魔術、収奪・略奪系統のものを、エルメロイレッスンより学んでいた達也は即座に思い浮かべた。

 

しかし、次の言葉には耳を疑った。

 

「手刀を繰り出されて、もうダメか、と思ったんだがよ。その瞬間―――覆面の後ろから腹を突き抜けて『女の手』が生えていたんだよ」

 

「い、いいの? そんなこと喋ってしまって?」

 

「同じことを刑事さん、そして七草、十文字(草の字)の両先輩にも話したしな。今更だ」

 

ほのかは、話の機密性よりも、話の不気味さそのものに怯えているような印象だった。

ここ最近の現代魔法の『不景気』っぷりと来たらば、あり得ないぐらいにとんでもない低迷期なのだ。

 

もちろん古式魔法の側がいいというわけではないのだが、ともあれ―――レオの語る所……レオの見えた限りでは茶髪ツインテールの少女が、そうして血飛沫をあげながら五臓を『止めたのか』、動けなくなった覆面の首筋に噛み付いて『吸血』(BLOOD DRAIN)を行ったとのことだ。

 

「―――『あいつの行く手に茜と山査子の棘があるように』―――レオ、花活けてくるよ」

 

「ああ、頼んだぜ。それと―――『サンキュー』な。助けられたよ」

 

「―――魔除けの花の礼にしちゃ大袈裟すぎだろ」

 

花瓶を手に病室の外に出ていく刹那とリーナ。あれで誤魔化せたとは刹那も思っていないだろう。

 

ともあれ、容疑者第一号を除いての会話が始まる。

 

「―――その後に、『狼を模した鎧騎士』が現れて、多分……覆面を殺害した「女の子」と戦いを演じたんじゃないかな?」

 

レオが『回復陣』の中から起き上がった時には、渋谷の森林公園は戦闘機の爆撃と暴乱暴風に晒されたかのように滅茶苦茶になっていたそうだ。

 

「……美月、悪いがレオの言う人間たちの『姿』を作ってくれないか?」

 

「はい。わかりました!」

 

達也からのお願いに、九校戦の時に刹那から貰ったスケッチブックを取り出して、レオから詳細な情報をもらいながら現代の『モンタージュ写真』を作ってくれる美月。

 

その片方で達也は、幹比古に問いかける。この世界の古式魔法の分野にも吸血鬼……『死徒』の情報があるのではないかと期待してのことだったが―――。

 

幹比古が出してきた結論は、達也にとっては肩透かしを食う結果となった。

 

「パラサイトか……」

 

ヒトに取り憑くことで、その人間の性質を変化させる超心霊的存在。

 

しかし、それは――――。

 

「それは『英霊の魂』が被術者を『適応化』させることと何が違うんだ?」

 

深雪を見ながら達也は幹比古に問いかける。

 

英霊マルタ―――聖女の魂が司波深雪(いもうと)を守るためとして『取り憑いた』ことを考えるに、その手のことは決して無知ではない事象だった。

 

「その辺りは古式魔法の国際会議でも色々と紛糾はしているんだ。刹那やリーナを見れば分かる通り、一定の術式を知っている人間は、その身に過去の偉人・英雄のスキルや武具を『降ろす』『借り受ける』ことはインヴォケーションという術式として定義されてしまったからね。

一概に『悪い』ことではないとされてしまった面はあるんだけど―――勝手に悪意を持って人間に取り憑くものは、あまりいいものじゃないよ」

 

それはその通りだった。

 

やはり死徒の情報はないと見たほうがいいのだろうか。

 

受肉した精霊『真祖』の力を吸血という自己犠牲(サクリファイス)で得てきた超常の能力者というのは、飛躍した想像のようだ。

 

「達也はどう思っているの? 何というか今日の君は、僕から『特定の情報』を引き出したがっている風に見えるから―――考えを聞いておきたい」

 

「―――」

 

一瞬だけ沈黙して、あからさますぎたかと思いつつ、自分の『推測』を語る。

 

「パラサイトとやらが何かのコミュニティ……同じ者同士集まって、サークル活動でウェ~イとパーティーピーポーでもしているかどうかは知らん」

 

緊張を解すためにお道化た達也だが、あまり効果はないのを見て少し残念に思いながら、後半は真面目に行く。

 

「しかし、レオが最初に交戦したのが『世間で知られる吸血鬼』―――だとするならば、次に現れたのは『ちがう吸血鬼』だと思っている。明朗な言葉ではないが、色々と『力』の略奪手段とか違いすぎるからな」

 

「英霊―――サーヴァントという可能性は?」

 

「……断言は出来ないが――――素の手で胴を背中……分厚い背筋から『貫通』出来る英雄なんて聞いたことがないな。第一、その姿はこれだぞ」

 

説明の途中で美月が書き上げたスケッチの絵を全員に見せる。

 

そこにあったのは確かに可愛い女の子であった。

 

みんなから愛される系の女の子だろうか。少しばかりほのかにも似ているが、髪の量が違いすぎる。

そしてその明言は他でも為されていた。

 

† † † †

 

「つまり、我々が追っている『吸血鬼』以外に、その『吸血鬼』を『餌』とする『吸血鬼』がいると?」

 

七草家に存在している秘密会議の部屋。真由美に言わせれば『生臭陰謀部屋』という場所にて、十師族2家の主要メンバーによる会議が行われていた。

 

弘一の問いかけに、検死を行ったお抱えの学者が答える。

 

「前者を仮に『吸血鬼A』と呼称させてもらうとしまして、症状に関しては、前回の説明及び手元の資料を参照してもらえれば分かるのですが、数日前から出てきた後者を『吸血鬼B』と仮称させてもらいます――――」

 

学者の説明によると、『A』のことは前よりどういったものかは研究されてきた。

七草家が独自に回収してきた『死体』の検死で分かったことだが、『A』の脳髄には、人間としては在り得ざるものがあったとのこと。

 

詳しい説明……脳科学と外科分野をざっくりと掻い摘めば、『脳髄に寄生するかのような物体』が存在していたとのことだ。

 

それが生物なのか無機物なのか、はたまた何かの『プシオン』情報体なのかは不明だが、本来の脳髄にはない『何か』が存在していたというのだ。

 

「そら恐ろしいものだな。子供の頃に読んだ怪奇小説ないし、それを『題材』にしたライトノベルを思い出す…」

 

「私見ですが、あながち間違いではないかもしれませんね。Aによって『吸血』されて『死亡』した人間の脳にも、同じような空洞が見受けられましたので」

 

「……己と同じモノを増やしている?」

 

「あるいは、従来からいる『寄生虫』のように『乗り換え』を行いながら、移動をしているのかも知れません」

 

科学者の私見は『いずれにせよ。想像の域は出ません』という言葉で締めくくられ、問題の『B』に関しての話となる。

 

「今回吸血鬼Aの死体を作り出した『B』。これのおかげで、Aの目的や行動を類推出来ましたが、こちらは単純です。

Bは『捕食』のために『A』を襲っています」

 

―――捕食。如何にも聞き慣れない単語に怖気が走るのを止められない。

 

単純な人間社会であれば、まず当たり前のごとく『ヒト』を食べるなど根源的な恐怖を発する考えだ。

 

眉唾ではあるが、日本ではなくどこかの国では、地球寒冷時代に『食用人類』というおぞましい研究がされていたとも聞く。

 

極度の飢えと寒さは真っ当な倫理観を全て捨て去るのか。もちろんゴシップかもしれないが……。

 

そんな真由美の埒もない考えとは別に、科学者は最期の言葉を言ってのけた。

それはあり得てはならない『人の世』にあらざる者の一つだ。

 

「数週間前から続いていた街の不良グループの連続失踪―――いえ、もはや『連続殺人』に該当する案です。

残っていた『首筋』、頸動脈にある噛み跡が完全に一致しました……お伽噺かもしれませんが、状況から察するに、こちら『吸血鬼B』は、本当の意味でのヴァンパイアです」

 

奇しくも仮称とされていた吸血鬼Aは、ある種の意味合いを持ってしまった 『Absurb Crisis』(不条理な危機)という名付けが似合い―――。

 

吸血鬼Bは―――『Blood Drain』(吸血鬼の夜)という単語が似合いそうだった。

 

単純に、大スクリーンに映し出されている英単語を組み合わせたものだが、それが大当たりとなり。

 

『東京最悪の夜』を迎えることになるなど、真由美も克人もこの時は予想だにしていなかったのだ……。

 



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第223話『心に暗雲がかかる』

こちらのリフレッシュとしての新作投稿でしたが、まぁこちらも書いていましたよ。

もはや「さすおに」なんて古いな。時代は『さすがキリシュタリア様』。略して『さすキリ』だ。(爆)

ええ、本当に。よく考えればAチーム全員、何かしら『わかってしまう』ストーリーがあったんだよな。
第五章に来るまで―――。

そういう意味ではリーダーたるキリ様は……本当に、荒耶宗蓮ならば絶望して『人類を全滅』と考えるのに―――いや、本当に深いな。ネタバレになるので新話どうぞ。


盗聴(パパラッチ)の調子は順調ですかね?」

 

「―――まさかエリカではなく、君が来るとはね……」

 

「たまにはお巡りさんとコネを作っておくのも悪くないと思いまして」

 

病院の事務室、一種の入院患者という『被害者・容疑者』から何かの『情報』を取ろうとアレコレの機器を入れた場所に堂々と入れたのは、機械オンチの刹那でもナノセコンドでセキュリティを突破できる礼装があったからだ。

 

積極的に使おうとは思わないが、この場合はかまっていられない事情が多すぎた。

 

「一つだけ忠告を。ご令妹を死なせたくなければ、本気で止めるべきですね。今回の一件からは手を引いた方がいい」

 

「……君に言われた所で、これがオレの職務だしねぇ。何よりエリカがオレの言うことなんて聞くわけないしな。

言えば言うほど、頭を抑えつけられれば、何としても喉笛に噛みつかんと頭を上げてくる子なんだよ」

 

何より千葉の門人たちの間―――多くの治安関係者の中でアイドル的な立ち位置にあるわけで、あまりとやかく言うと、後々にとんでもないことになる。

 

長男なのに立場がなく、師範としても門下生にアレな態度を取られる。

 

時々、『シバレン』先生の作品に出てくる剣侠を作るのがウチ(千葉道場)なんじゃないかと思ってしまうほどだ。

 

「だとしても―――死んでからでは、なんもかんも遅いですよ。忠告だけはしておきましたんで」

 

そんな軽い口調ながらも、事態の裏側を知っている刹那を引き留めて根掘り葉掘り聞くことは出来なくなっていた。

 

だが、その言葉の深刻さだけは寿和でも聴き逃がせない旋律を伴っている。

 

知らずに汗をかいた自分を自覚して―――とりあえず盗聴に専念することにした……。

 

 

† † † †

 

―――レオの幽体を調べる。そうすることで吸血鬼の正体を探ってみせるという幹比古。

 

そう言ってのけて幽体というものの説明もしてくれた幹比古だが、達也としても突っ込まざるをえないところがある。

 

「幹比古、レオが戦っていた吸血鬼が、レオの精気を吸い取った。

だが、その精気は血液ごと『ツインテール美少女吸血鬼』に吸い取られたんじゃないか?

うまい事言えないが、正体を探る時に混線・混信の類にならないか?」

 

左手に何か――『玉』のようなものを持つ達也が、それを右手にお手玉のように投げ渡す仕草ごと、それを言うと―――。

 

「あ―――」

 

今更気づいたかのように、呪具たる『札』を落としそうになる幹比古。

 

そしてそれとは違い『美少女吸血鬼』という単語に『むっ』としたような深雪とほのかの顔。

 

どうしようもないぐらいに男子2人の『うっかり』の類だったが、そこにタイミングよく『専門家』がやってきた。

 

「幹比古が脳内処理の『イメージ』で見えてきたものを、美月が『眼』で照応させればいい。要は霊媒だ。

この場合、幹比古がかき分けたものを、美月が正しく見ていけばいいんだが――――」

 

「が?」

 

自動ドアが開かれて入ってきた男の、いつもどおりの『魔術師』としての『知識』(ウィズダム)の披露であったのだが、最後の方には歯切れを悪くする刹那。

 

「個人的には奨められない。恐らくだが要らないものまで見る可能性がある。代わりに俺がやるが―――」

 

「いや、刹那の手は借りない。達也もそうだけど、今回の君は―――隠しすぎだ。信用できないよ……」

 

「幹比古……」

 

最期に呼びかけたのは刹那ではなく、レオである。

 

恐らくレオは、何かしら刹那の『助力』を分かってはいたのだろう。だが、それでも幹比古の懸念というか言わんとすることも達也は理解できる。

 

(俺にだけは明かしてくれると思ったんだがな)

 

色々と秘密をしりすぎているからこそ、この事態。上手く回すには達也の手も借りたいと言ってくれると思っていた。

 

いや、刹那はもしかしたらば、『自分』(司波達也)すらも危険に巻き込みたくないからこそ話していないのかも知れない……。

 

(なんだか―――バラバラだな……)

 

友情の崩壊。なんておセンチな単語を使いたくはないのだが、それでも見えぬ亀裂が走るのを達也は幻視する。

 

「―――分かった。「隠し事」をしている俺だからこそ、本当に要らん世話として最期まで忠告しておく……見えないはずのものまで見ようとするな」

 

それが忠告であって美月が少し不安そうにしていても、最期には意を決したようだ。

 

最期に美月が選び取った手は、小指に赤い糸がぐるぐる巻きの男子ではなく、自分とそれなりに同じ視点で『もの』を見れる頑張っている男子であった。

 

幹比古を信頼するその『眼』が光り輝く。メガネを外して札を額に当てて幽体を『見る』幹比古。

 

幹比古に『魔眼』の焦点を当てて―――霊媒と化した美月の脳裏にイメージが飛んできた……。

 

瞬間―――美月の脳裏に『映像』が再生される……。

 

―――わたしがピンチになっちゃったら―――。

―――その時は助けてくれるよね?―――。

 

夕焼けの空、ただの帰り道での約束。

果たされぬヤクソク。

 

―――■塚。俺は、お前を助けられない―――

―――けどな、それでも約束したから。―――

―――俺は別の方法で、おまえを助けてやらなくちゃ―――

 

月光の夜空、いつかの約束を思い出す。

果たさなければならぬヤクソク。

 

メガネを外して『蒼い眼』をした『死神』は、赤い目をした少女を殺すべく、『殺人■』となる……なろうとした。

 

けれど無理だった。彼女を殺すには、あまりにも『死神』は人間で優しすぎた……。

 

■沌を『殺した』時のような心構えは持てない。

人間としての理性や道徳心がどうしても―――そして彼女は怒っていた……。

 

ヤクソクを果たせない殺人■を―――。

どうしようもなく『無力』な己に―――。

けれど終わりの時はやってきた……。

 

―――それじゃあ、わたしは家がこっちだから。―――

 

―――そろそろお別れだね―――

 

―――うん、ばいばい■■くん―――

 

ありがとう―――それと、ごめんね

 

 

美月の見ているものが切り替わる―――。

 

 

それは真夏の夜の夢幻の再演―――。

 

うだるような暑さの中にある数多の出来事。

 

町の正義の吸血鬼少女として動き、人類を救済する『装置』となった友人を助ける姿もあれば―――。

 

黒猫の頼みを聞いたり、黒いナマモノと会話している想い人の姿とその変な言動に涙したり―――本当に薄幸の美少女だなと思えた。

 

路地裏に三人で住んで―――色々とアレだったり、コントをしたり、ゴールドヒロインとなるべく十二宮を攻略していったり―――。

 

そして―――……。

 

「――――っ……」

「美月……?」

 

何も言わず少し俯いてからスケッチブックに筆を走らせる美月を誰も止められない。

 

「レオの精気は―――その茶髪の子に行っている。達也や刹那の言う通り混線してしまったけど」

 

「レオ自身は大丈夫なのか? 吸血鬼に血・精気を吸われたものは、食屍鬼になるという話だが」

 

美月と同じく少しだけ陰鬱を含んだ幹比古の言動に達也は見識を述べたが―――。

 

「そっちは大丈夫だと想う。レオの霊的資質と肉体的資質は高いからね―――何かの『混血』にも思えるよ」

 

「混血?」

 

「面倒くさい説明を省けば―――鬼や妖怪との『混じりもの』のことだよ。彼らとの生殖が可能だった頃の力を有している連中は多いんだ。G組の猫津貝さん、鳥飼さんなんかは、そういったルーツを持っていると想う」

 

その話は、以前―――レオ関連のクリスマスの時に『ランサー』から聞いたものだ。

 

まさか、そちらに関する情報が補足されるとは思っていなかった達也だが……友人の安全が保証されたことは確かだ。

 

「まっ、オレの秘密ってやつだ。あまり探らないでくれ」

 

「ごめん」

 

誰も探られたくない腹はあるわけで、そういうことだった。

 

そうしていると美月のスケッチは終わった……。

 

断片的な情報だが、『吸血鬼』の正体に繋がるものがあるかと全員が、何十枚も描かれたそれらを好きに手に取る。

 

一枚―――達也は手に取る。そしてそこにいた『人物』に眼を疑った。

 

思わず刹那に問いかけたい衝動を押し殺して、目線だけで訴えるも―――取り付く島がない様子。

 

だが、これで確定的な面はある。首筋に噛みつこうとしても出来ない相手。

 

ナイフを持ち―――レオの言う茶髪の少女の真ん中を刺し貫いたもの―――。

 

間違いなく―――相手は刹那の世界の吸血鬼『死徒』であった……。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

レオの見舞いの後―――刹那とリーナはまだ話し足らない達也たちと分かれて帰路に着いていた。

 

こちらの対応に色々な反応だったが、それでも話せることは少ないのだから仕方なかった。

 

「気付かれないわけがないんだよな……」

「ドウするの?」

 

どうしようもない。コミューターの中でリーナと話し合いながら、今はダ・ヴィンチとロマン開発のミディアン・レーダーが稼働することを願うのみだ。

 

東京はあまりにも広すぎる。そして死徒の反応はサイオンレーダーでは測れない。奴等は容易に『人』に紛れられるのだ。

 

皮肉なことに、デミ・ヒューマンとも言える『魔法師』よりも『人間に近い』存在だというのだから、始末に負えない。

 

「リーナ、この後の展開を予想してみてくれ」

 

「ウ〜〜〜ン……考えるにエリカはレオの『仇討ち』に出るわよね。トシカズ警部が、フェイカーにやられた時ですらそうだったもの」

 

「けれどレオは別に『千葉流の門下』であったわけじゃないぞ?」

 

「そうは言うけどブラザーであるトシカズさんが、レオを巻き込んだんだもの。何かしらの責任を感じるわよネ」

 

その言葉に、一応『修次』さんの方にも一報を入れて、エリカの行動を封じることを一計した。長男の言では止まりそうにないならば、次男も使うのみだ。

 

「で、連れ回すのはミキだけ―――もしかしたらばミヅキもあるかもしれないけど、戦闘力に欠ける彼女を連れて、レオを倒した『吸血鬼』には向かないわよね」

 

兵法家としては小兵を以て勝利を得んとする気概は買うが、まぁ無理だろう。

 

「さらに言えば、その捜索は『七・十』(Seven・Ten)とは協調しないでしょうね。もちろん『ワタシタチ』とも」

 

そして吸血鬼―――幹比古の言うパラサイトと鉢合う前に、本命の吸血鬼『死徒』とかち合う。

 

最悪の結論であった。

 

「一応、『一匹』ぐらいは就けておきたいが、知覚にすぐれた幹比古が見つける。見つけた後は舎弟よろしくエリカにご注進、態度は硬化。

結果として、吸血鬼退治は難航か……」

 

そして正直に話しても、どうなるか……。

 

「―――要は首さえ落とせばいいんだ。エリカと幹比古には悪いが、鼻先に吊らせるエサの役目をやってもらう」

 

「い、いいの?」

 

「どうせアイツラの武器や魔法じゃ死徒には『無効』(キャンセル)だ。適当な所で介入して確実に首を落とす。夢幻召喚は、北欧の『セイバー』と『ランサー』だ」

 

その意味は―――刹那とリーナにとって一番『力を引き出せる英霊』だ。つまりは……本気で行くということである。

 

リーナは軍での階級の序列を考えから除いたうえで、我知らず息を呑んだ。

 

「吸血鬼とグールが『複数』『数カ所』で出る可能性を考慮して、チームは分ける。後でお虎とシオンたちには伝えておく」

 

「これで終わると想う?」

 

「―――それが分かればなぁ……あの『黒の姫君』との『契約内容』すら分かりゃしないんだからな。正直、ここまで生き汚い存在だとは思わなかった……」

 

シオンの語る所『招かれた死徒』は、数代前のアトラス院長の『可能性』(IF)であった。

 

『人物』自体は、刹那も人伝(ひとづて)ではあるが、知っている。そいつも刹那の世界では『死徒』と化していた。

だが、姫君―――『アルトルージュ・ブリュンスタッド』との契約で死徒になったなど聞いたことはない。

そんな『死徒化』になっていれば、目くじら立てて教会は殲滅作戦を実行していただろうに。

 

 

「何にせよ。こちらの戦力で片がつくならばいいさ」

 

あいつらは尋常の世の人間だ。サーヴァントという『人理』側の存在ならば、『まだ』接触はいいが……。

 

『人類悪』側の存在と接触をすれば、運命に見えぬ『瑕疵』はつくだろう……。

 

そんな風に他人に必要以上の気遣いをする態度が、のけ者扱いを加速させている。

 

そうリーナは考えて、そんなことを刹那も理解していないわけではない。

 

そう理解しているだけに心苦しい。

 

そして、それが最善と判断している2人は互いに自己嫌悪を覚えて―――お互いの手を握りながらも、窓の外。流れる風景に眼をやるのだった―――。今している顔は互いに見せたくないほどにひどいものだったのだから……。

 

 



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第224話『逢魔ケ辻Ⅰ』

またもや名優がいってしまったよ……。

藤原啓治さんのご冥福をお祈りいたします。

そして遂に私の住んでいる都道府県にも緊急事態宣言が―――。

個人的には東京はネズミが多いので黒死病よろしくネズミが媒介となっているのではないかと思う。

殺鼠剤を大量に散布すりゃいいのにと素人考えで思いながら、新話お送りします。


レオが襲われてから2日が経ったその日の夜、遠坂邸に集まった面子は全員が、それぞれに訳ありであった……。

 

「とりあえず―――モードレッド。お前さんの『クラレント』を鍛え上げる日時は、もう少しかかる」

 

「そうか。専門家がそういうならば、アタシに異論はない。ただ吸血鬼退治のための『代わり』はあるんだろう?」

 

「代刀として、こいつをやる。お前の全開の魔力を叩き込んでも得物は自壊しないはずだ」

 

狼のような獅子のような『アニマロイド』―――に見えて、その実は『アッド』のような自律した意思持つ礼装が、刹那の差し出した剣を受け取る。

 

口で咥えて―――。

 

『ほほう! 中々の業物じゃねぇか少年!! 含有されている鉱物にアカガネとはな。しかも木目、柾目のような刃紋―――ダマスカスブレードとはな! いい仕事してるぜ!!』

 

などと、『いい仕事してますねぇ』と一級鑑定師のようなことを言う、狼のような獅子のようなアニマロイドに見える礼装に言われて何とも言えぬ気分だ。

 

というか、この「獅子狼」(シシロウ)の声を聞いていると、どっかの黒ジャケットを着込んだ男。

顔に爪痕のような傷持つ大柄マッチョの『ネクロマンサー』を思い出すのだ。

 

レッド曰く『んー。気づいた時には、なんかこんな人格が宿っていたんだよな。村の誰かにこんな喋りのやつはいないから、『どっか』からやってきたとオババは言っていたが、―――まぁいいんじゃねぇの?

結構使えるし、ある程度の戦闘行動もしてくれるリビングアーマーなんて一級品だろ!!』

 

サムズアップしながら『バチーン』とでも擬音が着きそうなウインクをするレッドに軽すぎると思いながらも―――確かに『アッド』とは別系統の『生ける礼装』であった。

 

参考にしようと思いつつ、レッドに『危険はないぜ。お嬢』と差し出す獅子狼、手にとって一振り―――二振り、三、四、五―――二十も目にも留まらぬ内に振りつくしたレッドは、満足そうに息をつく。

 

―――『渇き』は癒やされたようだ―――。

 

「スゴイ風切り音でしたね……思わずこちらも斬られるかと思ったほどです」

 

「斬るものをちゃんと選んでこその騎士さ。段平振りかざすだけで口上も述べないのは、ただの餓狼だろ」

 

満足したかのように斬る方向を幾重にも変えての剣舞は、シオンを感嘆とさせた。

 

作ったものの維持(メンテナンス)が主のアトラス院とて収蔵していないものもある。中にはもはや『復古』することも出来ないロストテクノロジーもあるはず。

 

その中の一つが、モードレッドに渡した『ダマスカス剣』である。

 

決して狭くはないが、女子が四人も五人もいることで『陰性の魔力』が溜まりすぎている工房を少し『換気』。

 

そして次なる『施術』を行う。

 

「刻印の修復率は七割、今日で完了させる」

「もうすこし長めのスパンでやってもよかったのでは?」

 

上着を脱ぎながら言ってくるレティに、嘆息しながら理由を話す。

 

「数日で完了出来る作業を、引き伸ばすメリットがどこにあるんだよ?」

「私の柔肌にそれだけ長く触れられます!」

 

ふんす、と鼻息を突きながらドヤ顔をするレティにツッコミを入れるのも面倒くさい想いで、背中に回る。

 

椅子に座らせたレティの背中に転写されている『刻印』の、繋がれていない箇所を『縫い合わせていく』

 

そここそが、レティと聖女『ジャンヌ・ダルク』の霊基を一致させていないところだった。

 

「今更だが、お前…よく『身体』を貸す気になったよな。怖くなかったの?」

「まぁ正直言えば少し怖くもありましたよ。私は少しばかり魔法が使えるJKでしたから―――こんな超常現象じみたことは―――もう『魔法』の世界にはありえないことも分かっていましたから……余計に……」

 

分かっていても『寂しい』想いはあったようだ。

いわゆるマジカルフィクション系統の世界。言うなればハリー・ポッターの世界もなく、ナルニア国物語もないとか―――夢が無さすぎた。

 

「現代魔法は、確かにすごい『技術』ではあると思います。それは聖処女様が仰るとおり、人理の成した御業で決して否定せざるものではないと―――。

ですが……なんでも『ヒトのもの』にするという行為の『果て』が、私には恐ろしく感じられました。

天に坐す主(光あれ)を否定して、御子の行い(奇蹟)をただの技術へと転換して、果ては世界を守護する聖霊(みたま)をただの『情報の塊』だとする心の果ては―――」

 

いずれ剪定の時を齎す……。言葉にしなくても、それを理解していた。

 

「だからこそ、刹那の授業は嬉しかった―――。これは私の本心ですよ」

 

「必要以上に持ち上げても何も出ないぞ」

 

「じゃあ私がおっぱい出しましょうか? 豊満で柔らかいと自負してますよ?」

 

『しな』を作るように振り向くように目線をやってくる、レティシアの猫のような眼を見て―――

 

「―――FUCK! THE SHIT!!」

 

――思わず先生の『よろしくない口癖』が出てしまうぐらいには、問題児のレティシアに頭を悩ませていたのだが。

 

「―――始めるぞ」

「お願いします。ロード・トオサカ」

 

切り替えて、彼女の背中に溶かした宝石を付けた指を這わせていく。

 

「Anfang―――」

 

魔術刻印を発動させた手がレティシアの背中に張り付いたことで、やるべきことを開始。

 

―――再検索開始。

―――再検索終了。

 

―――■■適合。

修復開始。

―――霊格適合。

 

―――■■適合。

修復開始。

―――魔力適合。

 

―――■■■別■■付与失敗。

修復開始……。

―――クラス別能力付与成功終了。

 

―――必要情報挿入完了。

 

―――適合作業終了。

 

以降を被術者及び付与霊体の選択に移譲。

 

 

「おおっ!!」

 

思わずレッドが声を上げるほどに、今のレティは『充足』している。

 

「いままでつっかえていた部分が取り払われた気分です……」

 

魔力の充足もそうだが、傍目にも『人間』として『一段階上』へと上がったことがわかる。

 

「―――この身に宿りし力をお借りします。聖処女様」

『ちがう『場所』(セカイ)でアナタと同じく身体をお借りした時には、私が『前』(おもて)に出ていましたが、アナタがそれを望むならば―――お願いしましょうレティシア』

 

聖処女の声が刹那の『耳』にも届き―――。

 

レティシアは神妙なジャンヌ・ダルクと同じく口を開くと思ったのに……。

 

「よーし!! 早速行きましょう刹那!! 今日からは私も、ミッドナイトトーキョーのマジカルソルジャーとしてがんばっちゃいますよー♪」

 

「言動がユル軽い!! そして服を着ろー!!!」

 

「りーすっ!!」

 

べちん!! という音がするほどに勢いよくレティシアに「正面」から投げつけた衣服。

 

勢いよく立ち上がった時に『とんでもないミサイル』を見たことに対する反応である。というかどういう叫び声だよ。色々と頭を痛めつつも―――全ての準備は完了した。

 

 

地下にある工房から出ると、すでに支度を終えて自分たちの為の一服の飲み物を用意してくれていたダ・ヴィンチとリーナに感謝する。

 

「状況は?」

 

「良くはないね。警察も十師族も―――『彼ら』も『寄生体』を追う過程で、そろそろ「死徒」と接触しかねないよ」

 

刹那には良くはわからないが、万能の天才たるレオナルド・ダ・ヴィンチが見せているマップによると、どうやら死徒は『寄生体』を追い詰めて、同じく寄生体狙いの他勢力は、その修羅巷に集まりつつあるようだ。

 

「死徒の反応が増えているところから察するに、『霊体適正』が高い人間もいたのかな? シオン、君の方で観測した『ズェピア・エルトナム』の資料をよこしてくれないか?」

 

「こちらです。ミスタ・ダ・ヴィンチ」

 

何の逡巡もなくダ・ヴィンチに資料を渡したシオンを見ながら、今回の一件―――特にレオを間接的にとは言え『助けた少女』のことを思い出す。

 

(髪型がちがっていたからな……)

 

遠野志貴からの手紙を受け取り『泣き崩れる長髪の女性』の姿。

 

志貴の学生時代だろう姿を見て、そこに関わったヒトの姿を見て―――ようやく刹那は気づけたのだ。皮肉なまでに自分に関わりあることが多すぎる。

 

だが―――何とか終わらせねばなるまい。死徒を滅ぼし、そしてパラサイトを―――。

 

「ううん? つまり―――あれ? となると、だ。『この御仁』が求めた『不老不死』というのは―――ふむふむ……」

 

「ダ・ヴィンチ?」

 

決意をした刹那とは反対に、何だか一人で納得しているダ・ヴィンチに呼びかけるも、思考の渦に嵌まり込んで、そのまま閃くまでは動かないと思われたが、あっさり動き出すのである。

 

「成程な。これは私達は大いなる『勘違い』をしていた可能性がある……」

 

「勘違い?」

 

聞こえてきた不穏な言葉に問い返すも、紅茶を一啜りしたダ・ヴィンチは、少しだけ『深刻な顔』をしていた。

 

「だとしたらば、この事態―――『終結』に至るまでは、イタチごっこにならざるを得ない可能性がある―――とはいえ、みすみす『完成』を待つ必要はないな」

 

「オニキス」

 

魔法の杖のマスターとしての言葉を掛けることで、気付けをすると―――何とかこちらに顔を向けてくれた。

 

「すまないマスター。うっかり思考に没頭してしまったよ。

だが、私の推測が正しければ―――。

いや、今はいい。『見えている敵』は、吸血でグールを介して都市に毒素を撒き散らす死徒だ。これを倒すことに専念したまえ」

 

 

そうは言うが、そこまで言われて気にならない人間がいるだろうか。何より―――。

 

(この闘争の真っ只中に行こうという面子の中で、一番やる気が無いのが軍神閣下なのだ)

 

予想外のアクシデント。死徒が数体、グールが百鬼現れたとしても、『神性』持ちのランサーならば確実に有利を獲れたはずなのだ。

 

彼女の一撃一撃が『悪性体』にとっての致命となるはずだったのに……。

 

サーヴァントとの関係において、意を決する時である。

 

「お虎―――事情はよく分からないが……戦いたくないならば、お前は来なくていい」

 

「そんなっ!? マスター!!」

 

「ただし俺は、全力の戦闘に臨むようだから、出来ることならば魔力陣で待機してくれていると嬉しい」

 

「―――……」

 

短いやり取り、俯くランサー。

 

「それでもお虎がいてくれれば、頼もしかったし―――何より嬉しかった。君の戦いぶりは―――時に足踏みせざるをえない俺を動かしてくれていたからな」

 

結局、自分の剣製を生かしてくれる。自分の作ったものを最大限使ってくれる戦士というのは、『付与魔術師』『魔剣鍛造者』においてありがたい存在だ。

 

特に景虎やモードレッドはいいお客である。

逆に千葉道場の人々は、残念ながら『アウト』というのが刹那の評価であったから……。

 

「刹那、私は……『彼女』を止めなければいけないのに―――」

 

後悔の念がどうしても切っ先を鈍らせる。その想いが経路(パス)を通じて伝わる。

 

鬼滅の刃(デモン・スレイブ)を振るうには、あまりにも今の彼女は弱々しかった。

 

「―――戦場(いくさば)で待っている―――」

 

―――聖骸布のコートを羽織り出陣をするのだった。

 

出るのは『玄関』からというのが、しまらない限りであり、もはや10時を回ろうとしている時間、寝ていてもおかしくない近所の下田さん家のおばあちゃんから『風邪引かないようにねー』などと縁側から言われて、『はーい。気をつけて行ってきまーす』と全員で合唱しなければならなかった。

 

本当に、こういう人たちが犠牲になるかもしれないことを考えると、気合を引き締めるのだった。

 

 

レオが襲われて2日。その間、幹比古とエリカは真夜中の東京を歩き回っていた。

 

もちろん何か色気のあるようなことじゃない。レオを襲った下手人を捕縛ないし打倒することを目的とした、勝手な自警団気分。

 

不揃いな『同心と岡っ引』は、友の仇討ちと同時に街を騒がす存在を何とかしようとしていた。

 

「……ミキ、あんたが見たものって美月のスケッチしたものだけ?」

 

「―――あえて、あの場では言わなかったけど。美月さんが描いて、恐らくレオを襲ったツインテールの吸血鬼の『膂力』は凄まじかった……見えたものだけならば、男性の首をもぎ取って―――身体を投げつけていたんだよ。眼鏡の少年に―――」

 

「本物の化け物ってことね」

 

しかも、それは『魔法』を伴わない純粋な体でのみなされた凶行。

 

正直、レオが見たものを半信半疑であったが、あれを見ればそんなことは言えなくなる。

だが、だからといってエリカを一人でいかせるわけにはいかない。

 

真っすぐ路地を進んでいくと、進行方向が3つになる。

 

正面と左右―――どちらを選ぶかは、幹比古の『ダウジング』……に似た術式を刻んだ木の棒。

卜占(ぼくせん)の類とも言えるそれで方向を選ぶ。

 

棒を道の真ん中に突き立てて、術を発動。右が『幹比古』が望んでいる道のようだ。最悪、恐怖で『安全な道』を『選んでいる』となるかもしれなかったが……。

 

(どうやら僕も少しばかり頭のネジがイカれているようだ)

 

危険である。死が迫る。

そう言われても、事態の核心すら確認できずに終わるなどあり得ない。

 

そして、何より『吸血鬼』なんていう最大級のオカルトを確認せずにはいられない。

かつて存在していた鬼種の末裔たる『混血の王』たちの中には、『吸血』を行う『鬼』もいたらしい。

 

その超抜能力は様々だったらしく、さらに言えば、それは『魔法』とは異なる理によって成されるものだった―――。

 

思考が途切れる。進んだ先は『路地裏』。しかし、かなりの広さ―――ビルとビルの狭間はかなり取られてる場所にて……あからさまなまでの『死臭』が漂う。

 

(闘争の気配―――違う、これは狩猟の気配……)

 

幹比古が感じた、プシオンが『腐った』匂いとは別種のものを、肌感覚の第六感で感じ取ったエリカは、我知らず同心の装備『十手』ではなく『刀』を握りつつ状況を見据える。

 

路地裏―――その奥に眼を凝らす。こちらとはまだ距離はあるが、遮蔽物の類は無い。

 

少し外れればレオが襲われた場所と変わらぬ小さな森林公園がある。が、そこが戦場となりえるだろうか。

分からないが位置関係と距離を測りつつ、2人は路地裏に至る入り口左右に身を寄せた。そうしつつ『耳と目』を峙てる……。

 

 

(覆面が3,4,5―――8人……)

(それに対して、こちらに背中が見えている人は1人か)

 

戦力的には、エリカと幹比古に背中を向けている1人が不利。

だが、位置関係的には入り口から近い所に陣取る1人の方が有利。

 

どちらも追い詰める要素はあったのだが……。明らかに追い詰められているのは、覆面たちの方だった。

 

黒いコートを血飛沫に似た模様で染め上げて、銀髪を後ろでまとめた―――男とも女とも見える細身だ。

 

覆面よりはまだ人間らしいところが見えるが、背中からでは、そんなものだ。

 

グリーブ(脚甲)ガントレット(手甲)は、並の魔法では砕けまい。

 

 

「―――諦めてくれないかな? キミたちとて『目的』は同じのはずだ。『さつき』も『シオン』も、キミたちを『仲間』にしたいだけなんだよ?」

 

「巫山戯るな……『盾の騎士』! 貴様らの目的は『タタリ』を成すことではあるまい!! 我らはもはや『砂』には帰らぬ!!」

 

「だからと―――『悪魔』に『憑かれた』ままで目的を成そうとするなど、下策。『元・教会所属』としては、見ていられないなぁ」

 

聞き分けのない子供に言い聞かせるような言葉のあとに、『盾の騎士』と呼ばれたニンゲンの筋肉が強ばるのを見た。

 

明らかな戦闘態勢。そしてそれに対して8人の覆面たちも、『及び腰』になりながらも迎撃を試みるようだ。

 

「死ね!! 『リーズバイフェ・ストリンドヴァリ』!!!」

 

言葉と声だけは威勢がよく―――放たれる『魔法』も景気がいいものだ。

 

炎の帯が鞭のようにしなり、落雷の連続、冷気の叩きつけ、土塊の隆起―――あらゆる自然現象の破壊の連続が、路地裏を包み込み、エリカと幹比古もビルから一時的に離れなければいけなかった。

 

「ムチャクチャね!」

「けれど―――これでッ……!!」

 

小声で言い合いながら、衝撃と熱のプラス・マイナスの烈破が収まった所に使い魔を放ち―――幹比古は衝撃的な光景を見る。

 

「やれやれ―――『手品大会』は終わりかい?」

 

煙が晴れたところに平然と立つは、銀髪の―――『女』だった。あれだけの魔法を食らった。間違いなく何の防御手段も講じていなかったというのに、その身に一切の瑕疵は見えなかった。

 

「―――ばかな!! ガマリ―――」

 

叫ぶ一体の覆面を黙らせるように拳を叩きつけた。

ノーモーションからの拳の叩きつけ。それを見たエリカは驚愕する。

 

現代魔法に『依る』武術というのは、たとえ得物に『ホウキ』と同様の機能を持たせて、常人を超えた速さと膂力を「技」に備えさせても、どうしても「CAD」を「操作」するという動作が必要になる。

 

それは、武門によっても違うが、エリカの場合は『構え』の『予備動作』によって『加速』を果たしている。

得物そのものを『強化』する場合は、叩き込みの時に実行しているが―――それをこの『男』は「実行」していない。

 

何のサイオン放射もなく、己の身体の『性能』だけで、覆面の身体を『上下』に砕いたのだ。

 

(サーヴァントのような『魔力』によって編まれた存在ならば、その不条理も分かるけど、こいつは違う!!)

 

絶えず千葉流以上の速度域で稼働し続け、その速度とは別種の『筋力』で『山津波』と同等かそれ以上の圧で拳と蹴りを叩き込んでいく。

 

山津波が斬撃として上から下へと落ちるのとは違う直線上の衝撃―――レオのように拳の技もなく、不条理極まるベアナックルで、覆面たちの身体を次から次へと紙でも引き裂くかのように砕きのけた。

 

その間、エリカと幹比古の耳には『ドゴン!!!』『どごっ!!!』『ゴワシャッ!!』『ひゅごぎっ!!』

実に……頭の悪い擬音表現でしか表せないものが届いていたのだ。

音が一つ響くたびに、覆面たちの身体は池に注がれる鹿威しの水も同然に『血』を注いでいた。

 

「―――『回収』を頼むよ―――ああ、ありがとう。もう少ししたらば帰るよ――――」

 

屍山血河をありったけ作り上げた銀髪は『誰か』と話しているようだが相手は見えない。

その不気味さ――路地裏の壁のあちこちに出来た血肉のオブジェに『怖気』を覚えていた2人だが―――。

 

「もう『2人』ほど、『食糧』を『調達』してからね―――」

 

その言葉の意味と、目線だけを後ろにやってきたことで―――理解して飛び退いた瞬間、エリカ側のビルの壁面を砕きながら、『女』はエリカに襲いかかるのだった。

 

豆腐でも引き裂くかのようにビルの壁面に爪を立て火花を散らしながら、こちらまでやってくると同時―――エリカに降り注ぐコンクリート瓦礫の飛礫……というより投石。岩落としも同然の行為に反応が遅れた。

 

「―――幹比古!! 逃げるよ!!」

 

「言われなくても!!」

 

猫のように飛び跳ねながら、エリカの胸ほどの高さで撒き散らされた投石を避ける。

避けながら全力の逃走。だが、このままでは終わらない。

自分たちにとって有利なフィールドへと移動する。森林公園へと逃げ込むのだ。

明らかにブルファイターな戦士を相手に、開けた土地で戦うなど愚策。とにかく遮蔽や障害があるところで戦うのが上策だ。

 

だが―――、

 

((この化け物『女』()の追跡を躱して、そこまで自分たちが公園まで行けるのか!?))

 

悩みはそこだった。それに対して、足だけでなく、色々な術式を知る幹比古は対策を講じる。

 

(目くらましの手段はいくらでもある!!)

 

呪符型のCADを持ち、光を放つ精霊に呼びかける。

 

夜闇の中であっても活性化をしている、西洋風に言えば『ウィル・オ・ウィスプ』たちは、幹比古の周囲に集まり、現実の世界を照らし尽くす。

 

前面から入る光を遮るように腕を出す『女』。

 

よく見れば、胸郭を防御するためのブレストプレートには、葉脈か血管を思わせる赤い線が走っており、血のような赤眼と相まって不気味さを演出する。

 

ともあれ、足止めは出来た。一瞬の間隙を縫い森林公園に逃げ込む。諦めるか、追ってくるか―――。見えぬように式紙を飛ばして相手を伺っていたが―――。

 

―――逃さない―――。

 

口の動きだけでそう発音した女は、幹比古の式紙を何かの『魔力干渉』で消滅させてきた。

 

遠見の視界が奪われたことで決意する。ここで一戦を交えるしか無いのだと。

 

(好材料と言えば、あの8人の覆面がいなくて、2対1の構図が出来ていることだけど……)

 

その程度のことが有利になるだろうか、その8人の覆面を拳と蹴りだけで抹殺してのけたのが相手なのだ。

 

現在、女は草場に隠れている2人を探している様子だ。先手を仕掛けるならば、こちら。

 

死角からの一撃を狙ったエリカの攻撃。右後ろ斜め―――面倒だが、そうとしかいえない角度から攻撃を狙ったエリカ。裏拳、ヒールキック―――なんでもありだが、それでも狙った角度―――斬線は入ってくれた。

 

 

「―――」

「驚いたな。確かに『左右』のバランスを考えて鍛えてはいたんだが、『右側』に少し頼りすぎていたか」

 

エリカが狙った好機とは、即ち身体のバランス。『男』の身体は確かに相当に鍛えられていたものだが、『右側』が若干、傾いている印象があった。

 

推測だが、恐らく本来のこの『男』の手には大型の得物―――想像するに肩を固定したハイパワーランチャーなどがあったと思われる。

 

だから―――バランスを欠いているようにエリカには見えたのだが。

 

「篭手は分かっていたけど、肘部分まで!」

 

「正確には鎧甲の一種、名を『灰錠』という装備さ。人によっては、聖書の紙片に擬態させたり、手袋などにしておくんだけど、私の場合は肉体鍛錬のためにも、普段からこの重い装備を着けていた」

 

エリカの剣は確かに、入っていたがそれは『男』の突き出した肘部分で止められていた。エルボーブロックという技術である。

 

「別に食らっても大したことはないんだけど、シオンの負担は減らしたいからね。悪いけど―――死んでもらうよ」

 

猛烈な勢いで腕を振り上げることで、エリカの態勢を崩した『男』は、剣を最上段に持つ形となったエリカの心臓を叩くべく拳を握り込む―――放たれる轟音と同時のブローパンチ、少しだけ遠くにいる幹比古にも、その威力は察せられる。

 

だから―――。

 

「助かったわミキ」

「礼はあと!! 来るよ!!」

 

『綿帽子』という気流運動を利用して遠ざかり、近づきを行う術でエリカを『女』から遠ざけた幹比古だが―――ボクシングのような構え。正確な名前は幹比古には分からないが、標準的な構えをしながらエリカに拳を次から次へと突き出していく。

 

その速度と移動角度が図抜けて速すぎて鋭すぎるのだ。

 

必定、エリカを『女』に近づけることは不可能。逃していくだけで精一杯だ。それどころか―――。

 

(疾すぎる!! なんなのよコイツ!?)

 

幹比古のコントロールは狂ってはいない。それどころか、女の速度に合わせて上げているのに、一向に衰えない。

 

だが、それでも轟風のスピードは増すだけ。

 

(こちらの風に乗るわけか、けれど別に『倍速』で動く『行動の加速化』ではない。ならば―――)

 

いずれは捕まる。こちらの発する風があちらを越えた時―――。

 

あちらが遠ざかる風が澱む。相方の不調を察した少女がようやく「剣」を振り下ろす。それは、風に乗られる中で十全の威力を伴っていたが―――。

 

「捕まえた―――」

 

その剣を真正面から片手で鷲掴みした女。

 

「死徒」と化した超常能力者の前では、緩慢なものでしかなかった……。

銃弾を『見てから避ける』―――そんな『生物』がいるなど―――非常識!

 

同時にもう一方の手は固く握りしめられており、姿勢を低くした態勢からのストレートパンチが五臓六腑を止めんかという勢いで放たれて―――。

 

エリカの胸に吸い込まれて血反吐と何かの吐瀉物を吐き出しながら―――30mは後方に吹き飛ばされる。

 

終点と言える木に当たっていなければどこまで飛んで行ったか……。

 

あまりにも常識はずれの現象を前に、幹比古は意識を無くしてしまった幼なじみの名前を大声で叫ばんと、気付けをせんと目を切った瞬間。

 

「君は珍しい血の匂いがする。ここで飲み干してシオンと『さつき』に分けてあげよう」

 

まるで営業先で見つけた珍しい美味―――例えば期間限定のケーキを娘や妻のために買っていく『父』や『夫』のような言動で狙うは幹比古の首。

 

術を使う間もなく首を掴まれる。酸素が取り込めない苦痛の限り。

 

鍛えているとはいえ、『女の腕力』で成すすべもなく掴まれるという醜態。

 

掴み上げられたその状態―――月明かりの元、酸欠で死にそうな幹比古が考えるのは……見上げた月のように綺麗な女の子。

 

自分がきっと恋してしまっている女の子。

以前は刹那に気があったとか告白されて、落ち込んでしまうぐらい焦がれてしまった子は―――今頃寝ているかな―――ということだった。

 

(美月さ―――)

 

もう会えないだろうと、悲しみが―――幹比古を包もうとした時―――。

 

「HO!HO!HO!!!」(ホー!ホー!ホー!!!)

 

現代では『野生』で見られなくなったミミズク、フクロウという鳥をイメージさせる声が頭上から響く。

ミミズク、フクロウも図鑑と映像でなければ、特殊な施設でしか見られないものだが、それでもそれをイメージさせていた。

 

同時に幹比古は知っていた。あんな面構えとずんぐりした体型で、あの鳥は―――『猛禽類』の類なのだと。

 

鳥の声をしたものは、『何か』を放出しながら急降下してきた。その何かは幹比古を掴んでいた『女』にとって脅威だったらしく、幹比古を投げ捨ててでも回避しなければいけないものだったらしい。

 

そして幹比古と『女』との狭間に降り立つ―――レオの言っていた魔戒騎士のような全身甲冑の人間。

 

後ろ姿だけだが、その姿に守護者としての矜持を見てしまうのだった……。

 



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第225話『逢魔ケ辻Ⅱ』

前回のアンケートは色々と不手際があった。

まずは募集期間を定めなかったことである。そこを何とかしてからだったのだが―――。

ただ賛否両論である以上は、リメイクはやらない方向で行こうかと思います。

竹箒日記によるときのこがFGOシナリオのリテイクをやっていたみたいなんで、まぁそういう方向で行こうかと思います。

話の大筋は変わらないかと―――主人公をスリムアップさせる方向かなーぐらいと考えつつ最新話どうぞ。


 誰かが手招きしている様子を見る。

 

 誰だか分からないが、そちらに行くのはとてもいいことに思えた。甘美なまでの『楽』を約束された事象の彼方。

 

 そこへと連れて行ってくれるような気がしたからだ―――。

 

 誰かの髪が自分と同じようで、同じような顔立ちであることを晴れていく霧の向こうに見える……。

 

 ―――ああ、あれは―――アンナお母さんの―――。

 

 であれば手招きされているのは……当然のはずで―――。

 

 

 その瞬間、「いい加減起きろ」という冷たい天の声が響き―――。

 

「しどぅりっ!!!」

 

 妙な奇声をあげざるをえない頬の痛みを感じた。

 

「なにすんのよっ! って―――あれ? 達也君?」

「ようやく起きたか、正直このまま起きないんじゃないかと思っていたぐらいだ」

 

 無表情クールに見えて、自慢屋の自信家のイケメン魔法師。一高及び日本が誇るかもしれないイレギュラーマギクスの顔が目の前にあった。

 

「なんで達也くんがここに? 確か私は――――」

 

 瞬間、少し離れたところで盛大な爆発音が響いて、魔力を孕んだ土煙がこちらにまでやってくる。

 

「達也、僕の結界もそんなに保たないよ!!」

 

 土煙は有毒なものでもあるらしく、見ると木に上半身だけを寄りかかっていた自分を守るために、幹比古は高度な防御陣を敷いていたようだ。

 

 そして爆発音を響かせている現場には――――。魔力と霊気の化け物が次から次へと闘いを行っていた。

 

 まるで昔に流行ったドラマなどで描かれた新選組の大捕物『池田屋事件』のように、入れ代わり立ち代わり相手に斬りかかっていく様子だ。

 よく見ると、それはきっちり分かたれた集団であった。

 

 片方は、エリカをふっ飛ばした女騎士と同じような衣装をした集団であった。それらは一様に女騎士と同じく禍々しい魔力を放ち、鮮血を思わせる有様―――。

 髪型は一様ではないが、持っている『楽器』にも似た武器は、全部が『弦楽器』であることが共通点か―――。

 

 その集団を統率していたエリカをふっ飛ばした女騎士も、ヴァイオリン―――あのサイズはチェロかコントラバスか―――という、巨大にして禍々しい武器を片腕に盾のように保持していた。

 

 

「なによ……あの闘いは―――」

「既に15分以上も決着が着いていない。膠着状態に陥っている……」

「無限の再生能力を持った相手と、最大の攻撃能力を持った相手とで一進一退なんだ……」

 

 幹比古の言葉で見ると、魔性の弦楽騎士団に相対するは、重装鎧の騎士2騎と空を飛ぶ槍持ちの乙女を先頭にして、旗を持つ金色の乙女が援護をして、その後ろにて『砲台』を用いて援護射撃を放つ2人の乙女―――。

 

 そのうち2人ほどは見覚えがあった……。

 

「レティシアとシオン―――どういうことよ……!?」

 

「恐らく鎧騎士の片方は刹那で、槍持の乙女はリーナだ。完全に変装までしているが、意味はないな……」

 

 夢幻召喚でその身に英霊のチカラを宿すまではいいのだが、何故に変装をするのか―――それにしても凄まじいチカラで強引な突破を果たそうとするも、騎士団の壁は分厚いらしく、鼻先に食いついてもすぐさま押し返される有様だ。

 

 光り輝く短剣を拳で打ち出し、動きを縫い付けたのちに光り輝く大剣で斬り裂く。

 その武たるやなんと完成されたものだ。縦横無()の言葉が似合うぐらいにとめどないものだ。

 

 そしてそれとは違って荒々しくも魔力を盛大に使って相手を切り裂き、それでいながらも徒手空拳も使う狼騎士の姿が―――。

 

「くそっ……このまま観客席にいるわけにはいかないわよっ……」

「言わせてもらうがエリカ、お前は死の寸前だったんだぞ」

 

 それでも向かうのか? その言葉と周囲にある巻物(スクロール)を前にしてエリカは――――。

 

 ―――Interlude―――

 

「やってきたはいいが、とんでもないピンチだ。大丈夫かい? ミキ」

「ぼ、僕の名前はみきひ―――」

 

 と言おうとしたのだが、喉を掴まれていたことと相手の素性の不明さに言葉が出なかったのだ。

 ともあれ援軍であることは間違いなく、その木板と間違えてしまいそうな剣の切っ先を銀髪女に向ける様子だ。

 

「エリカは―――マズイ状況だな。こいつを掛けてから魔力を通しな。とにかく回復呪法を掛け続けるんだ」

「わ、わかった」

 

 そういって何本もの巻物を渡される。どうやら術を刻んだスクロールらしく、幹比古は幼馴染がマズイことから、早く駆けつけることにした。

 

 

 その背中を追おうとした銀髪の騎士の行く手に、剣で遮断機が作られた。

 

「―――待ちな。ここから先は通させない」

「ならば力づくで通るのみだな。貴様はそうそう吸血を許さないのだろうな!!」

「ヴァンパイアが!」

 

 踏み込み。振り下ろされる剣。魔力放出を自在に操るレッドの攻撃が、ヴァンパイアのガントレットとぶつかり合う。

 軋む灰錠。素手でやり合うのはマズイなと感じた吸血鬼は、驚異的な体術で飛び退く。

 

「待ちやがれ! コラ!!」

 

 当然、レッドとて追い詰める。奴が狙うは得物、こちらとの打ち合いに相応しい武器を狙うつもり。

 その手に持たれたのは―――エリカが持っていた刀型CADであった。

 

「呪われろ―――生成・怨讐片刃(チェンジ・アヴェンジャー)

 

 手に持った後に唱えられる呪文で怨嗟の呪いを孕み、魔剣、邪剣の類となりうるエリカの剣を見て、兜の向こうで眉を顰めてレッドは怒りを灯す。

 

「テメェ!!」

 

 少なくともその剣は、あの赤毛の少女の持ち物なのだ。それをよくも―――。

 

「匹夫め!! その手癖の悪さで以て、オレの剣戟を受けられると思うなよ!!」

「キミこそ私が先ほどと同じと思うなよ!!」

 

 現代の付与魔術師が作り上げた魔剣と吸血鬼の手で呪われた邪剣の叩きつけが、空間全てを揺るがし、魔力のぶつかり合いが情報世界ごと現実世界すらも蹂躙する。

 

 突きの五連続。受け手は、上から叩きつけるべく力を込める。

 突きのベクトル全てを真下に向けられることを恐れて、接触を止めて剣を引いた瞬間、返し技のように身体全てを使って捩じ込むような突きが放たれる。

 

 圧はとんでもなく、すんでの躱しでショルダーアーマーの破壊だけに留まったが、一瞬―――肩を持っていかれたような錯覚を盾の騎士―――リーズバイフェは覚えた。

 

「とことん力任せだな!!」

 

「技巧なんざ後付だ! 力こそパワーだぜ!!」

 

『お嬢! 重複表現だ! ここは一つ『マッスルはパワー』にしとこう!!』

 

「マッスルはパワーだぜ!!!」

 

 言い直したあとのモードレッドの攻撃は確かに力任せだ。だが、その『力任せ』が何より恐ろしい。

 

(死徒となった今だからこそ分かるが、これほどの『力』ならば、確かに全能感は覚えるだろう)

 

 そしてその闘いが力任せに成り、教会の騎士たちにとって陥穽となりうる隙を生み出す。あの『直視の少年』もそういう隙を狙って連撃を叩き込むのだ。

 肉体の全能性を超えた超人運動。その前では、吸血鬼は混乱に陥るのだろう。もちろん『ナナヤ』という一族の持つ能力も一助だが―――。

 

「死徒である私にパワーで勝るか!!!」

 

 剣に付与した黒い魔力はジリジリと消え去る。対してレッドの持つ銀色のダマスカス剣は、刃こぼれ一つしていない。

 得物自体の性能が段違いであるのだ。この結果は当然であり、横薙ぎの一撃を受け止めた剣が砕けると同時に―――。

 

「胸がある……なんだ匹夫(オトコ)じゃなくて匹婦(オンナ)だったのかよ」

 

 少し斜めに傾いだ一文字の傷が胸鎧に走り砕けると、そこには明確な膨らみが存在していた。

 眼の前の騎士の性別を勘違いしていたエリカと同じく、モードレッドも間違えていた。

 

「よく間違えられるから然程傷つくことはないが、そういう貴様こそどちらなんだか分からないな」

「女か男か……はたまた両性具有なんて可能性もあるぜ」

 

 戯れる狼牙騎士(フェンリルナイト)の言葉に『レズっ気』を持つリーズバイフェ・ストリンドヴァリは眼を輝かせる。

 爪でその鎧を剥いでやろうと五指を立てて向かおうとした時に―――。

 

「実に―――興味深い!!! ―――ッ!!」

 

 上空から降り注ぐ―――『黒鍵』の群れ、威力は教会の代行者では標準的な深度(2m程度の陥没)の突き刺さり。

 躱しながらも、その強烈な圧を放つ得物を獲って強烈な圧を弾いていく。放たれる剣矢は30本は下らなく、弾くと同時に―――。

 

「―――壊れた幻想(ブロークンファンタズム)―――」

 

 聞こえた声が、リーズから両腕を失わせて周囲に散った剣から起こる魔力の爆発が、総身を痛めつけて焼きあげる。

 

「リーズ!!!」「リーズさん!!!」

 

 その言葉のあとに身に巻き付く糸を察知―――。

 ナイスなフォローだ。こうして戦えていれば、ルーマニアでの『あの時』のような失態も無かっただろうな。

 

 思いながらも、その親友からの救出に身を預ける。

 

「助かったよシオン、さつき―――」

「すぐに再構成をする。さつき、警戒を頼みます」

「うん!! 任せて!!」

 

 吸血鬼3鬼の登場と同時に―――モードレッドの仲間も現れた……。

 

 

 上空より放たれた援護射撃の元が、地面に軽やかに降り立つのを見て、本気ではない悪態を突いておくのはレッドである。

 

「ったくいいとこどりか?」

「仕留めきれていない。どうやら相当に強いな」

 

 こちらが作り上げた炎壁が一時的な遮蔽物になりながらも、炎を嫌ったリーナの中にある英霊が消し去り、向こうにいる死徒の姿を確認する。

 

 確認した瞬間にぎょっ、とする。その中に見えた姿もそうだが―――『やっている行為』に誰もが眼を見開いた。

 

 月明かりの下、怪しげなまでに深い深い接吻を銀の騎士にやるのは紫苑色の吸血鬼。そしてその2人を守るようにツインテールの茶髪の―――時代遅れのJKの姿。

 あちらも、こちらの姿に気付いたようだ。

 

「な、ナニをやっているの? あのKISSに何か意味はあるの?」

「分からん―――シオンは?」

 

 接吻の片方の相手―――恐らく『遠野志貴』と『関わり』を持ったのだろう『シオン・エルトナム』の姿に、こちら側のシオンに尋ねる……。

 

「仮定を述べさせてもらえば、彼女は何かしらの『人体構築技術』を得ているはずです。サーヴァントともまた違う技法なのでしょうが……しかし、私よりも高度なシオン・エルトナムが、『並ぶ川の過去流』にいたとは複雑です……」

 

 対抗心というほどではないが、どうやら彼女としては自分こそが最優秀のシオン―――そう考えていたようだ。どうでもいいけど。

 あちらが此方に気づき、『シオンが2人いる!!』と騒ぐ、一時の出会いしか無かった遠野志貴に泣かされた女性の一人に、少しだけ苦衷の想いだ。

 

「―――律儀に、こちらの準備が整うまで待っているとは、随分と甘いのですね」

「甘くはないさ。そこのツインテールが一番怖い人だ。いざとなれば、そこいらに散らばる巨大な質量を、メジャーリーガーの投手並のスピードでガンガン投げつけてくるだろうさ」

 

 それは現代魔法の理屈なんて簡単に超越した、人間能力の発揮である―――そして刹那の魔眼が、強烈に『弓塚』に反応するのだ―――あれは『異界』持ちだと……。

 

「成程、さつきの力量を正確に見抜くとは―――どうやら、アナタは私たちと同じく『敵地』(アウェー)来訪したもの(ビジター)たちなのですね。親近感が湧きます」

 

 あちら側のシオン―――仮称吸血鬼(Vampire)シオンとでもしておく―――からの言葉にリーナが反応する。

 

「セツナをアンタたちみたいな人喰いのヴァンパイアと一緒にしないで欲しいワ!!」

 

「事実を告げられると少し辛いね。けれど―――私達も期せずして、この地にやってきたんだ。来たくて来たわけじゃないとも違うけどね。

 ここでしか生きられないならば、あとは戦うだけだよ。

 生きるために人間から血を吸い上げて、生きるためにこの地にいるソーサラスアデプト―――確かマギクスというんだったかな? ―――を倒し、生きるために『欠片』を集め、『未来』を掴むために戦う。

 私達の行いが悪であるというのならば、そう断罪してくれて構わない。

 だが―――私達の未来のために、戦うと決めたのだから―――」

 

 深遠な―――まるで出来のいい説法を聞いたような気分になりながらも、呼び出したこちらにも原因はあるだろうが……それでも、この吸血鬼たちはUSNAの研究所の人間たち、都内の人間をありったけ殺戮してくれたのだ。

 

 人間の命に貴賤をつける積りはないし、それでも人が分かりあえる生き物なんて御高説を信じたためしもない。

 

 けれど――――。理不尽な力で歪められた運命のツケだけは、支払わせなければいけないのだ。

 

「ああ、そうかい……こちらとしては、エリカを張っ倒してくれた時点で敵性確認だ。―――上級死徒(・・・・)ズェピア・エルトナムの『娘』、お前たちを封印する!!!」

 

「成程、アナタの『世界』を理解しましたよ魔術師。リーズ!! お願いします!!!」

 

「シオンの願いは私の願いだ!

 来たれ! 夜の中、深き山の中に囚われし、高潔なる同胞の魂! 我が楽団員たちよ!! その魂が贖罪を求めるならば、魔宴のあとに昇華されよう!!」

 

 意気高い詠唱の後に幾つも地面に現れる魔法陣。

 知らない魔法陣―――恐らく聖典系統だろうものから煙が立ち上り、聖堂教会の騎士団の衣装―――神と御子の敵を討つために誓いを立てただろうものが、魔と鮮血の赤に染め上げられてる。

 

 それを着込むのは恐らく生前の騎士たち―――。

 銀髪の女、リーズとかいうのが統率していた連中なのだろう。背景こそ分からないが―――何かしらの災厄に巻き込まれ―――こうなるか。

 

「人の正しき道を説く騎士たちが、こうなるとは嘆かわしい限りだな。俺が言えた義理ではないが」

 

 生前の騎士たちも『再生』させる技法。確かにネクロマンサーならば、不可能な領域ではない。だが、その場合必要な肉や骨―――ようするに取り憑かせる身体が必要だったり、情報量などなど―――『死者蘇生』の領域にあるものだが、完全なる死者蘇生ではない辺り―――ナニカが引っかかる。

 

「考えるよりもイマは行動することが必要でしょ? チガウ? ―――」

 

 そんな思考の迷宮に陥りそうであった自分を戻す、戦乙女のリーナの言葉。

 言われて剣を構える刹那。

 

 臨戦態勢を取っているあちらに対して、こちらも時間稼ぎをしていたところにようやく『バイクライダー』がやってきた。

 参戦は期待しない。ヤツに臨むはエリカの回復である。

 

 そうしてから用意しておいた結界を張り――――。

 先程までとは打って変わり、言葉もなく、ぶつかり合いは盛大な轟音を響かせながら始まるのだった

 

 



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第226話『逢魔ケ辻Ⅲ』

待たせたなっ

イメージはスレイヤーズにおける『ベゼルドの妖剣』の口絵一枚目のガウリィで一つよろしくお願いします。


夜の帳に響き渡る人外魔境のオーケストラであり、血飛沫があちこちで舞う恐ろしすぎるミュージカル。

 

何を発破すれば起こるか想像もしたくない轟音と大爆音をBGMに、金切り声の限りを以て絶命する不死者たちのそれをバックコーラスにして―――、演者の中でも主役である戦士たちと吸血鬼たちは、それらを聞きながらも勇猛果敢にも相手を抹殺するという意思のもと、血に塗れながら進み続けるのだ…。

 

「―――その後は、「この通り」だ」

 

達也の詳細かつ様々なものを「隠した」状況説明に対して、エリカとしては憤懣遣る方無い思いだ。

失態を演じた以上に、この戦いは自分が始めたものだというのに、すでに主役の座はあちらに移っていたのだ。

 

このまま奴らだけに任せておくなど、エリカの中の気持ちが納得できない。

 

「―――ミキ、あんたはどう思う?」

 

「えっ!? い、いきなりだねエリカ。君が僕に意見を求めるなんて…」

 

「いいから答えて」

 

有無を言わせぬ声に、なにかに「脅えていた」幹比古は、固く結んでいた口を解いて言葉を発する。

 

「僕としては完全に撤退をするべきだと思うよ。エリカの気持ちは僕も同様だ。こんな化け物相手だと分かっていれば、神器だって持ってきたんだからさ―――いや言い訳だ。とにかく……君は死んーーー死にかけたんだ。この夜は逃げっ!!」

 

長口舌を途中で終えざるを得なかったのは、修羅の庭から一鬼―――幹比古とエリカを殺そうとした銀髪の女と同系統の衣装―――しかし髪は青い女が、こちらを見ていた。

そして、その手にヴァイオリンにしか見えない楽器とそれを弾く弓とが見える。

ガントレット越しでも握られるように作られたそれが、ただのヴァイオリンなわけはない。

 

既にその弓が弦を引くものではないことなど当たり前。

 

『達也!! 2人を連れて逃げろ!!』

 

「そうは言うがな。簡単に逃がしてくれる相手でもないだろうな」

 

いきなり3人に対して向けられた念話。

誰の声であるか、一瞬分からなくなるぐらいに海馬社長(?)と言いたくなるボイスであったのだが、その後には高速で挑みかかる騎士の姿。

 

禍々しい衣装の割には、その攻撃には確かな「技」があり、真っ先に狙われた達也は、弓と銃剣を通わせる。

 

シルバー・ホーンのバレルウエイトの下端に仕込まれていた刃。超高水圧でタッピング(鍛造)されたものは、たしかに受け止めた。

 

「面白い得物を持っているものだ。だが、音楽家の腕力! ナメるな!!!」

 

 

力任せの弓の振り回しに逆らわず、達也は体を受け流しながら魔法の照準を着ける。

鎧・武器そのものを分解することは中々に難儀するが、その身を包む霧のような魔力を消すことで、いくらかの優位性は持てるようだ。

 

「音楽家の腕力ってどういうことなのかしら……」

 

『チェロやコントラバスなんかの巨大さを見てりゃ分かる通り、弦楽器の中にゃ肩に担いで、立てていたとしても弦を弾くことすら難儀するものがあるんだ。

ある意味、吹奏楽部が体育会系とされているのは、筋トレは当たり前で、肺活量を鍛えるための呼吸練習もあるからだ。特に音律騎士団ってのは、聖歌(チャント)を朗々と歌い上げながら戦うことも求められているから―――それよりエリカ。お前こそ今まで「学んできたこと」を出して戦え』

 

こちらにアドバイスを掛ける刹那とて、どうやら目前の戦いに集中せざるを得ない状況のようで、言葉が不自然に途切れた。

知識披露が中断してから、向けられた言葉に「ムッ」とする。

 

今まで学んできたこと。確かに2科生としてかなり上までいけたのは、エルメロイレッスンのお陰だった。全てを出して戦えば―――。

 

―――対抗しきれない相手ではない。そういうことを失念していた。

 

「忘れていないようでいて、忘れていたわね……あの「ひたむきな我武者羅(がむしゃら)」を……」

 

八王子クライシス、九校戦、南盾島事変、横浜マジックウォーズ……その全てにおいてエリカが捨て身で挑めたのは、自分に失うものがない2科生であるという建前があったからだ。

どうせ自分が功績を積むことなどありえないのだから、そういう心が無心の勝利を掴ませてきたのだ。

 

「全く、いつから守りに入っていたのかしらね。sword―――advance……」

 

呪文に従って『風鋼水盾』が展開される。手にあるのは音声認識型のCADであり、自分が今日にいたるまでチャージしてきた魔力の水が、鎧として全身を纏い覆う。

そして、空より飛んできた刀。勢いよくエリカの眼前の地面に突き立つ、2尺3寸の素っ気ないほどに飾りがない刀を手に取る。

 

 

「腹を決めたよ。エリカ―――僕ももう少し、踏ん張ってやってみようと思う」

 

「ありがとミキ、今日の武勇伝はちゃんと美月にも報告してあげるよ」

 

「生き証人は必要だからね……」

 

 

勢い込むエリカに着いていく幹比古だが、今日一日で色々と知りすぎて頭が追いついていない部分もある。

騎士がよこしたスクロールでも回復しないエリカ。もはや半死半生どころか既に死人も同然の彼女を回復させたのは―――。

 

(達也だった……確かに、刹那はそういった指導をしてきたけど、こんな死者蘇生も同然の回復現象を起こせるなんて)

 

 

普通じゃない―――。そういった友人に対する恐怖感を押し殺す思いで挑みかかるしかなかったのだ。

放たれる風の刃、達也が消去した魔霧の向こう側に届かせられるそれが、吸血騎士の従者(?)を切り裂きながら、エリカの突撃をサポートするのだった。

 

 

† † † †

 

 

「やるじゃねーかアイツラ! てっきり戦意喪失したもんだと思っていたんだがな!!」

「まぁこんな戦闘を行って戦意を保てるほうが、おかしいとは思うけどな」

 

すでに顔にまで掛けていた偽装(パレード)は剥いでいる。余計な部分に力を入れてリソースを費やす必要はないという判断で、刹那はシグルドのチカラを借り受けながら戦闘をする。

一進一退の攻防ではあるが、魔盾の騎士の指揮する―――おそらくヴェステル弦楽騎士団だろう再生騎士たちは、徐々に再生が追いつかないでいく。

 

綻びは見えつつある。力任せの戦いであちらも余力が無くなりつつあるようだ。

考えの間にもマントを翻しながら光剣を巧みに操り、大英雄シグルドの剣技が魔性の極みを叩き斬っていく。

 

黒髪の聖堂騎士の両腕を上下から断ち切った上で、両袈裟に「X」を刻むように斬撃を走らせる。

 

「がぁっ!!!」

「流石に魔剣と言えども概念武装。効くらしいな!!」

 

言うと同時に首を刎ね飛ばす。一度は消え去った騎士。だが直ぐに魔盾の騎士の近くで霧のように集まり―――。

―――再生は出来なかった。

 

(大体は分かったぞ。騎士たちはあの盾の騎士の呼び出したサーヴァントのようなもの。同時に盾の騎士もVシオンによって再生させられた存在……)

 

大凡のことがわかってきたが、それにしてもとんでもない能力値だ。

だが、それでも戦いの趨勢は傾けられるはずだ。

 

 

「ブリュンヒルデ・ロマンシア!!!」

 

「ぎょわー!! シオーーン!! 助けてぇええ!!!」

 

「さつき!!」

 

 

巨大槍を両腕で抱えてロケットミサイルも同然に突撃したリーナの「教本通り」の攻撃に、相手も壊乱を来す。

公園のコンクリートが溶けながらあちこちに吹っ飛ぶ宝具の一撃に本陣への間が開けた。

 

 

「突っ込むぞ!!」

「オーライ!!!」

 

がら空きとなった「弓塚」氏と「Vシオン」への道、それを見た刹那はレッドとともに駆け出す。

その背中に朗々とした聖歌(チャント)の加護が響く。

 

ある種のバフ(強化)が掛けられたことを意識しながら、「弓塚さつき」に剣を向ける。

 

「させるかぁっ!!!」

 

 

もうあと五歩で刃を振り下ろせると思った瞬間、大盾を振りかざして防がれた。

聖なる盾。戒めの音律を以て魔性と邪悪を打ち払うはずのそれは汚されて、盾の曲面にはビッシリとあらゆる『眼』が象嵌されていた。

 

少し違うが、戦神アテナがペルセウスより返却されたイージスの盾にも思える。

 

石化の視線ほどではないが、『邪眼』の類ではあるらしく、そこから発する魔力が盾を殴打武器であり―――。

 

「―――光あれ(Flat lux).」

 

―――光線兵器として存在させていた。

細かな光条を数多の目から吐き出す恐るべき盾へと変わっていたのだ……。

 

「死徒が神の天地創造を象るか!!!」

 

 

怒りを覚えたが、ゴルゴーンの首の視線の如く、その光条は絶え間なく刹那とモードレッドに吐き出される。

進んだはずの距離を無に返されそうになるぐらいの圧を弾きながら、周囲に群がろうとする吸血騎士たちも近寄らせないでおく。

 

 

「退くこともまた一つの戦いです!! 我が陣に帰りなさい勇者たちよ!! 後ろに向かって前進するのです!!」

 

 

後方より掛けられる言葉。レティシアが旗を掲げながらそんなことを言う辺りに、押し込まれそうなのだと気づき―――三人は勇気を持って後退するのだった。

再び30mほどの距離でにらみ合う一団と一団。

 

 

「せ、攻めきれない……!」

 

焦るリーナの気持ちは誰しもが同様であった。

 

「決して倒せない敵じゃない。けれど、戦い方が……『巧すぎる』」

 

 

上級宝具。それも対軍、対城クラスの一撃ならば滅殺出来る。

それを使えばどうにでもなるかもしれない。

 

―――だが、それを使わせない状況が、ここにはあった。土地ごとの消去を許さない状況が―――。

 

あちらは吸血鬼を集団で倒すことに長けた連中。それは同時に、単騎で圧倒する相手を倒し、拘束する術に長けているということ。

 

(己が死徒になったとしても、それを実行してくるとはね、雀百まで踊り忘れず。かよ……)

 

有り余るパワーを使って戦闘が雑になってくれれば、こちらにも付け入る隙は出来るのだが―――。

 

「令呪を使ってでもお虎を引っ張ってくるべきだったかな……」

 

その場合、今までの信頼関係が崩れ去ることだけは間違いなかっただろうが。だからやらなかった。しかし、今では後悔ばかりだ。

そんな刹那の考えに挟まる一つの念話。レティシアからのものであり―――。

 

 

「―――セツナ、まだこの場には勝利のカードが揃っていません。先程、私は啓示を受けました……赤薔薇の剣士に聖剣が生まれる時に、不滅の夜魔のものたちへの再殺の1手が生まれると」

 

 

その言葉に目を向けるのは、三鬼であり三騎もの戦闘鬼に襲われている『エリカ』であった。

 

もちろん達也に幹比古も戦っているが、彼女の出自を考えれば、赤薔薇というものが意味するところが分からないわけではない。

 

だが―――。

 

(手助けするべきか、否か―――)

 

こういう時に明朗な未来視ではないことを言われると、刹那としても判断に困り、再びの激突へと至る。そうしようとした時に―――。

 

 

「刹那、エリカたちに雑兵が向かおうとしているぞ!!」

「レッド、お前が向かってくれ!! いざとなれば、目の前の連中は俺とリーナだけでもいい」

 

 

あちらは方針を転換して、エリカたちを狙うことに決めたようだ。失いすぎた力を補充するために、魔法師を食う……。

 

分かりやすすぎる思考に、刹那はもはや「異界創造」を繰り出すことも考えて動く。

 

全員が慌ただしく動くさなか、啓示で示された赤薔薇の剣士の領域内で、「一つの奇跡」が鍛造されていく……。

 



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第227話『逢魔ケ辻Ⅳ』

佐島、劣等生やめるってよ。

……何のネタか分かる人いるだろうか。ともあれ最終巻が出るそうで。

しかし卒業の集合写真を見ると、やはり深雪より、リーナの方がボインちゃんであって劇中の描写と相反するなぁ。まぁ石田先生のお気に入りだからな。リーナは。

あらいずみるい先生もリナが貧乳の設定なのに―――まぁ盛りに盛られる。

↓後書きに続く

新話どうぞ。


 凄まじいまでの魔力の発露を感じる。

 

 七草真由美のナビゲートで走り抜けてきた十文字克人だが、ここまで来れば、もはやナビゲートなど要らない。

 

 それぐらいに修羅巷を感じた……。

 

『私もそっちに行く?』

 

「いや、感じる限りでは知っている『気』が幾つか混ざっている。深夜徘徊を諌めるのに3年2人では、あちらも気まずかろう」

 

『克人くんって、そこまで知覚系統に応用が利いたかしら?』

 

「鈍いだけでは、何事にも遅れてしまいそうだからな……」

 

 そんな風な(おど)けた返答をインカムのマイクに返しつつ、公園に張られた『結界』の向こう側に踏み込もうとした瞬間……。

 

「止めときなさい。ここから先は本当の修羅巷―――食われたくなければ、少しだけここで止まっておきなさい」

 

 先程まで何も感じていなかった。だが、確実に「いた」と思えるような軽やかさで、銀色の少女がそこにいた。

 

 眼前に突如、本当に唐突に現れた少女は、既知の人間であった。

 

 今までに見たことがない服装。白い。真っ白な雪色のコート。

 首元のファーマフラーとロシア帽ともファー帽子ともいえるものも白色であった。

 

 夜闇の中でも輝く銀色の髪と相まって、コウノトリのような赤い眼がアクセントとして映える。

 

「グーテナハト、カツト。こんな夜中に学生が出歩くもんじゃないわよ」

 

「リズリーリエ……」

 

 呆然と名前を呟くしかなくなるぐらいに衝撃的な邂逅。

 

 淑女らしくコートの裾を上げて挨拶するその姿に新鮮さを覚える。当然だ。彼女とはこういったプライベートな場での出会いはなかった。

 

 いつも見るリズの姿は、制服、九校戦のジャージ、それ以外ではピラーズのコスプレ衣装。

 

 そんなところだった。こうしてプライベートな服を着た彼女―――フェミニンな装いというのは、本当に新鮮な気持ちで見れる……。

 

 いつもは纏まっているおさげの髪も解かれているのだから―――。

 

「結界の中の戦いは、あなたが追っている吸血鬼とは『別口』よ。しばらくの間、ワタシとデートしていなさいな♫」

 

 銀色の髪をかき上げてからの手での誘い。笑顔のままにダンスを求めるようなリズに、チャームの魔術でもかけられたかのような気分……。

 

「む、魅力的すぎる提案―――『ちょっとー!! 克人くん!! 今、そこに誰がいるのよ―――!! 映像も途切れて声も聞こえないのだけど、ちょっくらそっちに行くわよ!!!いやな予感が―――』―――」

 

 ここぞとばかりに、なんでこういうときにだけ『カン』が鋭いのか、と嘆きたくなる真由美の声と言葉を聞きながらも、『MIDNIGHT TOKYO』に現れた妖精から『事情』を聞けるのか、それが肝要なのだった。

 

 だが、そんな公的な事情を抜きにしても、リズはとても魅力的な少女で、どうしても克人は巌に徹することができなくなる……。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

(想定外であったわけではないです。計算違いがあったわけでもありません。しかし―――)

 

 よく見れば見るほど、死徒と化したシオンの目には、鎧姿の少年に何かがフラッシュバックするものがある。

 

 置換魔術で、シオンたちの『世界』には起こり得ない境界記録帯(ゴーストライナー)の力をその身に降ろしている少年。その中に……。

 

 その動きの中に「誰か」を思い出す。懐かしき記憶。今となっては思い出すことも稀になるくらいに、それでも知らないわけではない男の影を見る。

 

(志貴……アナタがそこにいるのですね?恐らく彼は『交じる世界』の出身、どちらかといえば『アラヤ』寄り…されど、七夜志貴が遠野志貴になる運命も用意されてしまった―――混線した世界で、アナタはその少年と関わった…その世界では、多分、私は―――)

 

 ―――アナタと関わることはなかった―――。

 

 ―――そもそもいなかった可能性もある―――。

 

 心中でのみ出した結論に胸がうずく。だが、それでも今の自分は……。

 

「さつき、リーズ。全力で戦いましょう」

 

「うん!! ようやくシオンが決めてくれたならば―――」

 

「―――私達は盾であり鉾となろう!!」

 

 日陰(ろじうら)でしか生きることを許されなくなってしまったがゆえの縁を大事にするべきなのだ。

 

 銃のスライドを上げて発砲準備をしておきながら―――。

 

「エーテライトの使い方が雑ですね。霊子ハッカーもここまで質が落ちるとは、此処のアトラス(古巣)の現状は、嘆かわしい」

 

「アナタの世界ほど危機的な状況が生まれていれば違ったのですが、この世界の穴蔵は少しだけ研究に没入出来ているんですよ」

 

「それはウソですね。あなた達は滅亡に瀕している。魔法師などというデミ・エルフ、ホムンクルスの成り損ないが世界にのさばる現状は、「どん詰まり」(DEAD END)でしょうよ」

 

 言いながら紐状武器の典型として、「しなり」、「湾曲」させながら相手を縛ろうとしていく鏡合わせのような2人……刹那の見立てでは、Vシオンの方がバストサイズは上な気もする。

 

「それは年齢による違いです刹那! 私には「未来」があります!!!」

 

 エーテライトを差し込まれているわけでもないのに、なぜわかったという疑問はさておき、向かい合っていた同じく紫髪のシオンは―――

 

「お前の「未来」など知ったことか!!!」

 

 なにかの逆鱗に触れたのか、怒涛のごとく拳銃を放ってくるVシオン。射撃を妨害するように、炎の魔法陣で封殺する。

 

 異能者を相手にするのだから何かが付与されているかと思えば、普通にただの弾丸。しかも、この時代では廃れたともいえる口径の大きさ、弾丸の形状……。

 

 それを認識しながらも、遠坂の家門を模した魔法陣は弾丸をシオンに届けない。防御陣を目くらましにして、接近を果たす。

 

 死徒の膂力に対抗できるかどうかは分からないが……。

 肉体制御に適した錬金術師は、意図的に己のリミッターを外し、肉体性能を上げて戦いに挑める。

 

 ホモサピエンスが持つべき制限を取り払い、大脳辺縁系を肥大化させているのだろう。

 

「爪に気をつけろよ!!」

 

「―――イエッサー」

「ラジャー」

 

 身を低くして駆け抜けたシオンとラニの2人が、Vシオンと取っ組み合いをする。

 

 エーテライトを駆使して体で挑むのを見ながらも……。

 

「よそ見をしている暇はないぞ!!!」

 

 大地を叩く大盾の一撃。寸前で躱してから光剣を振るう。首を刈り取ろうとした一撃。

 当然のごとく躱される。大盾を持っていない方から攻め込もうとするが―――。

 

「させない!!!!」

 

 腕をブンブン振り回したあとにゲンコツを落としてくるJKに邪魔される。

 

 どういう経緯で死徒になったのか分からないが、明らかに強すぎる。

 知らぬ顔ではないことを思い出したことを苦衷に思う。

 

 拳を剣で受け止めたものの体が沈み込む。コンクリートの路面が隆起して持ち上がる。

 

 心が決まらないところもあるが、全てを呑み込んだ勢いで、足を陥没から脱して腕を斬り飛ばした。

 

 同時に、その胸に真っ直ぐな槍のごとき蹴りを叩き込んで、10m以上は吹っ飛ばす。

 

「力はすごいが! 動きが素人なんだよ!! 弓塚さん!!!」

 

「――――」

 

 如何に復元呪詛があるとはいえ、今の刹那の身には大戦士シグルドが宿っている。

 破滅の黎明(グラム)は、魔剣とはいえ吸血鬼の天敵たる太陽の属性を持つ新生魔剣(リライフオーダー)

 

 更に言えば神性掛かりの攻撃は、中々に難儀するはずだ。失った腕に嘆きながらも、真紅の目がこちらを睨むように見てくる。

 それは明らかに人食いの吸血鬼の特徴だ。

 

「さつき!!! おのれぇ!!!!」

 

 明らかに雑極まる突撃だが、槍鍵の切っ先をこちらに向けて放たれるものに、刹那はマントを翻して背中を向けた。

 

 その奇異な行動に歴戦の騎士も戸惑った。

 

 だが―――数秒後には理解をした。

 

「上か!!」

 

 マントは外されてなお、張力を保ちながらリーズバイフェの視界を奪っていた。かつて九校戦という戦いで、見えざる弾を防ぐために友人が使った手だ。

 

 月を光背にして忍者のように身を弛めて、逆手にダガーを持っていた刹那の姿を確認した瞬間。

 

 『死がふたりを分断つまで!!!』(ブリュンヒルデ・ロマンシア)

 

 真正面から大槍を構えて飛び込んでくる2人の乙女。

 

 リーナとレティシアによる双槍撃である。

 

 ブリュンヒルデを降ろしているリーナはともかくとして、レティの場合は有り余る魔力と『旗』を槍に見立てての聖槍突撃(ロンギヌス)でしかないのだが―――。

 

 それでもマントを割り砕き、寸前で気づいて盾で防御しようとしても、それをも砕いて吸血鬼の心臓に鉄杭が打ち込まれた。

 

「リーズさん!!」

 

 盛大なまでの血を吐いた盾の騎士に対して心配する声を上げた既知の顔に構わず、刹那はダガーを降らせて体を縫い付けた。

 

 さらなる苦痛に身を捩らせる銀髪の騎士に対して、体を落としながらの大剣による真っ向唐竹割りが炸裂。

 

 ぞぶん!! という音で左右に分かたれた騎士が塵と灰になりて消え去る。

 

「さつき、リーズならばまた『再生』できます!! 今は目の前に集中して!!!」

 

 轟音とともに振るわれた剣戟は、空間をも切り裂くと錯覚させたはずだ。恐慌する弓塚さつきに対しての連続させての攻撃は―――空振りに終わった。

 

「悪いが!!」

 

 しかし、刹那もその一撃だけで終わらせるつもりは無かった。踏み込んでの一撃が振るわれようとした時―――。

 

 

 † † † †

 

 

「達也、マズイよ! 刹那が首魁だろうあの三人を倒そうとする前に、僕たちが押しつぶされる!!」

「踏ん張りなさいよ ミキ!! DTのまま死んだらば、怨霊になっちゃうわよ!!」

「そんな俗説、初めて聞いたよ!!」

 

 言い合いながらも、幹比古もエリカも死徒の従者相手によく粘る。達也もまた分解と神秘解体を用いて数鬼を倒す。

 

 次にかかってくる一鬼は難物であろう。

 

 金髪のバイオリン弾き。バイオリンからは『ミサイル』が飛んできたりする。

 

 その威力は―――、公園の路面を盛大に砕き、黒色に染め上げるだけの威力はあるようだ。

 

 どれだけの火薬を詰め込めば、こんなことになるのか。

 

(教会の戦闘信徒の中には、近代兵器で異能者を罰するものもいるんだったな)

 

 達也も軍人ではあり、ハイパワーライフルなどの歩兵兵器はそれなりには諳んじれる。魔法師を害するだけの威力と速度を持ったものに対しては、知識として持っている。

 

 だが……およそ2000年代初期だろう時代に、これだけの発破兵器があるなど、驚異的だ。

 

(むしろ世界的な寒冷化で生活物資窮乏に陥ったこの世界は、知らずのうちに兵器技術も退化しているのかもしれないな)

 

 かつては月に行くほどの宇宙開発技術と魂を持っていた世界も、いつの間にか地べた(地球)でゼロサムゲームをすることが当たり前となっていた。

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 ミサイルも驚異だと気づいた達也は、それを分解する。

 如何に吸血鬼殺しの火薬量が搭載されていて、少しばかり変なもの(水銀?)が入っていたとしても、それを塵以下に返しておくことで、脅威の排除。

 

 しかし、そのミサイルが不発に終わったことは、バイオリン弾きにとっては別になんともないらしい。

 

(思わぬ飛び道具を前にして、混乱したところで―――)

 

 バイオリンから槍のような杭が飛び出る。

 

 つまりは、そういう戦術ということだ。

 速さはかなりのもの。忍術を修めている達也であっても、この出足の加速には窮する。そうなったところで『杭打機』が発動。

 

 飛び出た杭は、数秒前まで達也の顔面があったところを貫いた。

 

 身を低くした達也だが、圧はこちらにも影響する。

 

 吹き飛ばされそうになりながらも、まずは鎧を消し飛ばす。神秘解体と物質分解の間断ない発動。

 

 これで鎧を消し飛ばす―――が。

 

「妙な魔術を使う!!」

 

 消し飛ばそうとした鎧は、硬すぎるエイドスの情報の前に無為と化して弾かれた。

 

(至近距離から放っても無理か)

 

 現代魔法の理屈ではないが、ほとんど接触状態のままに放った術は、無駄に終わる。そして放たれる蹴り。

 

 真上に突き上げるかのような見事な蹴撃を躱してから魔弾を解き放つ。

 

 躱したと思ったが、腕に痛みが走る。どうやら死徒の膂力は予想以上だ。

 

 風圧だけで、こちらに痛撃を与えるとは。

 

 同時に結論を出す……。

 

(決して戦えないほどじゃないが、こちらには『決定打』がない―――)

 

 サッカーで言えば、ゴールエリアまでボールを運んでもシュートが出来ず、ボールを奪われる。

 

 野球で言えば、毎回のように2人はヒットを打っても続くものが出なくて、本塁に戻れず点は入らずで終わる。

 

 つまりは、ストライカー、ファンタジスタがおらず、スラッガーとも巧打者もいないからこその「膠着状態」。

 しかし、あちらは決してこちらを打ち殺すもの(概念武装)が無いわけではないことが、いずれの決着を付けてくる。

 

 悪循環だ。このままでは―――。

 

 誰かに概念武装があれば……。こいつらの持つような銃盾とでもいうべきものさえ―――……。

 

 その時、全ての物事において理論派であり、魔法に関しても理屈だったものを好む達也に終ぞなき直観が働いた。

 

 記憶の片隅に置かれていた事物。それは―――。

 

 閃きが走った……。

 

「エリカ!! プリドゥエンだ!!! 『聖盾』を『聖剣』として使うんだ!!」

 

 閃光のような閃きが走ると同時に、言葉を紡ぐ。

 

 言葉を受けて水流を纏わせて戦っていたエリカが、気づいたのか驚いたのかはわからないが、表情に変化が現れる。

 

 それでも達也の言葉に対して、彼女が持つCADが起動式を解凍。

 現代魔法の理屈では明らかに遅いのだが、それでも10数秒を掛けてエリカの眼前に形成された黄金の盾―――そのレプリカを前に―――。

 

「アーサー王の盾だと……! 偽性の宝具鍛造!!」

 

「異端だ!! 殺してしまえ!!」

 

「その御業! 悪魔の技法!!!」

 

 見せつけられた聖盾を前にして、明らかに狼狽した吸血騎士たち。

 だが、それにエリカはいつもどおりに悪態をつける状況ではない。

 

 なんせこの『魔法』は、エリカのサイオンを『ごっそり』持っていく。

 あの九校戦以来使ってこなかったのは、その利便性に疑義を覚えていたからだ。

 

 何より疾さで動き回ることを旨とするエリカにとって、これは最後の防御手段なのだ。

 

「あいっかわらず使い所に困るわねぇ!!」

 

 身体にのしかかる倦怠感から大粒の汗をかきながらも、持ち上げた大型のカイトシールドの突端を切っ先に見立てて、振り上げた時に―――。

 

「他人の努力をよくもそこまで悪し様に言えたな!! ヴァンパイア共が!!!」

 

「――――――」

 

 絶句してしまうほどに力尽くでの突破を背後から掛けてくる騎士一人。もちろん吸血騎士ではない。

 あちこちで岩土が魚のように飛び跳ねるほどのチャージを掛けてきたのは…レオを助け、幹比古の危機にも入ってきた魔戒騎士のような人物だった。

 

 その狼のようなフルフェイスの兜には罅が入っており、高速移動のせいなのか、徐々に真っ二つに亀裂が走りながら、割れていき―――その向こうにある顔を知らせた。

 

「騎兵隊の到着だ!! がんばれ モードレッドが参ったぞ!!!」

 

 セリフの通りならば、中華の戟でも持って馬にでも跨っていて欲しいものだが、頼もしい援軍の存在であることは間違いない。

 

 いきなり油断していた背中を突かれた吸血鬼たちの狼狽は計り知れない。

 

 先程まで、とんでもない強打者としてブンブンと剣を振り回していたのは、モードレッドなのだから。

 

 そんなモードレッドがやってきたことで『変化』は起こる。

 

「ぐっ――――――あ、あ、ああああああああああ!!!」

 

「エリカ!?」

 

 吸血鬼の毒でも残っていたか? と思った達也だが、違った。明確なものではないが、精霊の眼が見たものは―――エリカの内側(なか)で何かが荒れ狂う様子であった。

 

 それは『なにか』を生み出そうとするものに見えた。

 

『なにか』は生み出した黄金の盾と反応しあって……何であるかはわからない。だが、荒れ狂う魔力の塊を見た吸血騎士たちは、一斉にエリカに襲いかかろうとする。明らかにターゲットを絞った動き。

 

 マズイと思って男子2人が駆け出す前に―――。

 

「カイゴウ!!!」

 

『オウ!!!!』

 

 モードレッドの纏う鎧が、いくつものパーツに分裂を果たしてエリカの周囲に浮遊。結界を作り上げた。

 

 その早業もそうだが、キャストオフしたモードレッドの姿は、どこのレースクイーンだと言わんばかりに肌色部分が多すぎて、幹比古が鼻血でも流すんじゃないかと思うほどだ。

 

 衣服としての意味があるのかわからない、赤色の紐なしチューブブラジャーのようなものに、アームウォーマーではないが、これまた赤色の腕当て。

 

 首元には金赤のネックガード。

 下は赤色のスカートに正面に降ろされる腰布―――。

 

 はっきり言えば―――昔のファンタジー作品でのビキニアーマーを纏う女戦士もいいところだろう。

 

 冬場にその格好は無いのではないかと思う達也だが、鎧が無くなった効果は確実に出ていた。

 魔力放出の勢いがダンチであがり、膂力で優れなかったことで吸血騎士たちの進撃は止まる。

 

「いまさらながら力任せの限りだね。モードレッドの剣は……」

「ああ、とりあえず鼻血を拭け」

 

 取り繕うとした幹比古の努力を無に返しながら、地面を叩くことで石の礫を弾丸としているモードレッドに合わせる形で、達也も分解魔法を叩き込む。

 

「レアな魔術使うじゃねぇかタツヤ!! エリカが『生み出す』まで持たせろよ!!」

 

 その様子を見たレッドが、ヒュウ♪と器用に口笛を鳴らす。それにブリティッシュヤンキーめと思いながら、達也はレッドに並び立つ。

 

「お前は分かるのか? エリカに何が起こっているのか?」

 

「詳しいことは分からねえさ。けれどな。さっきレティが言っていたんだ。赤薔薇の剣士に『聖剣』が生まれる時が来るってな」

 

 もう少し踏み込めば、モードレッドはエリカが『ローゼン』であることを承知済みであった。

 

 達也は髪色からして、たしかにエリカはそうだろうなと思いつつも、察しが良すぎないかという疑念と、なぜモードレッドが近づくと同時に、そんなことになったのか……。

 

 色々な疑問は多くとも、少し遠くの方、で刹那たちは上手いこと死徒一鬼を消滅せしめて、残るものにかかろうとしている。

 

 そして結界の内側にてエリカの中にあるものと、黄金の盾は反応していき……一つの結果を結実させんと光を増していき……。

 

 黄金の光に赤色の粒子にも似た眩い魔力光が螺旋を描いて―――意識を取り戻したエリカが眼前にあった『光』を勢いよく掴んだあとに、光は明確な形となって、全員の眼に焼き付いた。

 

 振り上げた光は―――剣。詳細に言えば『刀』であった。

 

 しかし、ただの刀ではなかった。かつて彼女が使っていた大刀『大蛇丸』のようなものとも違う。

 

 長尺すぎる刀。エリカの身長と比較しても大蛇丸はデカく長い刀であったが……これはそれ以上であった。

 

 柄の長さも相当。鍔から柄尻までの感覚が長すぎる。それに比して刃の部分も切っ先まで長すぎる。

 

 奇想兵器。その類だろう。

 曲がりなりにも、修次の太郎太刀が戦国武将の武器であったことを考えれば、かなり扱いに窮するのではないかと想う。

 

(だが、その剣に込められた魔力は強烈だ。眼が眩まんばかりだ)

 

 ―――刹那が作り出す『聖剣』の如きものだ。

 

 結論を出した達也と同じく、エリカを明確な脅威と見た吸血騎士たちの突撃が始まる……。

 

「ありがとレッド! 試し斬りしたいから、結界解いて!!」

 

 鎧の結界が解かれると同時に、水流のジェット噴射で飛び出る。

 檻から解き放たれた肉食獣の如き俊敏な動き。先程以上の動きに惑わされた吸血騎士の動揺。

 

 そして刃はたやすく真一文字に振るわれた。

 

 刃の軌跡は黄金と蒼を混ぜたものであり、その剣がプリドゥエンという『魔法』が変化したものであると、その時に気づいた。

 

 よく見れば刃は―――聖盾の色合いと意匠を全て写していたのだから。

 蒼金の刃を持つ刀は、吸血騎士を一刀のもとに斬り伏せて、塵と灰に返す。

 

 聖()()。夜闇の中でも燦然と輝くエリカの魔法が、開眼したのだった―――。

 

 

 

 





↓前書きの続き。

大学編に移行するからこその一度の話閉じなんだろうなぁ。

そうでなければ、広げた風呂敷を畳み切れていない。

ジュビロのように『たたみきれない』などと血の涙を流さなければならない。

流れ星のようなスタンスもありかもしれないが、まぁ―――結局、達也の四葉バレに対する一高の諸人の反応が見たかったのに、何も無しかぁ。(泣)


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第228話『逢魔ケ辻Ⅴ』

 

 明らかに大きすぎる波動。これほどの『力』の激突を完全に隠蔽している時点で、あまりにも異常であった。

 

「リズ……君の言う『吸血鬼』の情報が本当ならば、即座に殲滅を図るべきなんじゃないのか?」

 

「カツトの言うことは単純明快でいいわね。けれど、人手を増やして囲いを作ったところで、『死徒』は囲いの人間を『手下』にして、あっという間に包囲網を腐らせる……刹那が人員を選抜してことに当たっている以上、その可能性を危惧しているのよ」

 

 全ての事情を聞かされて半信半疑ながらも、結界の内側の光景を見てしまう。

 宙に浮かぶ水晶球……魔女の占い道具のようなものから見せられた光景に、十文字克人は事実と真実を認めて、この場で加勢すべきではないかというも―――

 

「アナタが吸血鬼の『子』になってしまったらば、転化を止めきれないわよ。ゾンビがどうやって出来るかぐらいはフィクションで知っているでしょ?」

 

 そう言われてしまえば、何も言えない克人。数日前の七草家での会合を思い出してしまう。

 

 リズリーリエ、遠坂刹那……そして、留学生たちは、その正体を知っている。

 知らなくてもいいと言われて、それを納得できるほど……今の克人は物分りが良くない。

 

「私と戦う気?」

 

 戦闘に入る先触れを感じたのか、眼を鋭く、されどおもしろがるように聞いてくるリズに緊張する。

 

「いざとなれば、な……」

 

 そもそも勝負になるかどうかすら分からない。

 側に控えている執事風の大男…サーヴァントだと断定した相手にすら勝てない。

 

 そう確信しながらも、大気が震えるとでも言えばいいのか、とんでもない圧力が公園から届く。

 

 植えられている木々も自らざわつくように、風に煽られていないのに、震えと怯えを枝葉を用いて表現しているようだ……。

 数少ない枯れ葉が大地に落ちていく様子が不吉さを催す。

 

 そして―――。

 

「―――――――――」

「『下がる』わよ。巻き込まれたくないわ」

 

 結界を超えて『何か』が、こちらを侵食するかのように克人とリズの肌身を細かく突き刺してきた。

 

『何か』の正体は判明しないが、それの影響なのかリズの映し出していた水晶宮の映像は完全に途切れた。

 

 その時には、半ばリズに引っ張られる形で結界の境界から下げられてしまう。

 部外者である自分が関われないことが悔しくて合流してきた真由美。七草家の人間だろうものを連れての登場にバツが悪い思いだ。

 

 というのは克人だけで……克人の手を握っていたリズの姿は無くなっていた。

 

「何があったの……?」

 

 不安そうな眼差し、首を少しだけ傾げながら見る仕草は、なんとなく程度だが、彼女の名前の由来となった女性を思わせる。

 

 だが、そういう仕草の時に見せている感情は百八十度違うものだ。

 答えに窮するわけではないのだが―――。

 

「お嬢様! 十文字殿! 上を!!!」

 

 懊悩を切り裂くように、侍従の一人が指差した先。

 

 夜空に赤い流星が走っていた。赤い流星は何かが通り過ぎたあとの飛行機雲のようなものだ。

 しかし、それを作ったのは、決して航空機及び戦闘機に類するものではないことは明らかだ。

 

「ナニあれ……?」

 

 その赤い流星の『先』には、鉄の塊があった。夜空の闇の中に紛れそうなぐらいに巨大な鉄塊は……車輪を備えている

 

 車両なのだ。空飛ぶタイヤならぬ空飛ぶクルマが眼に入った。

 

 ここから推し量った形状やサイズから察するに、似通ったものとしては多輪で動く装甲車両。

 

 直立戦車(人型ロボット)が開発された現在では時代遅れ感が満載の代物ではある。

 

 軍事に詳しくないものでは、そういったことは分からないだろうが、ともあれ……そういうものが虚空を自在に飛びながら一点に向かおうとしているのが見えていた。

 

「何だ……あれは?」

 

 先程の真由美のつぶやきのリプレイとなってしまったが、そんな克人の声に対して、自分よりも先に疑問を呈して推測していた真由美が答えを出してきた。

 

 もちろん。それが『正解』であるという保証などないのだが。

 

「可能性の一つだけど……。

 ダ・ヴィンチちゃんが平河さん(妹)と開発していた、飛行魔法を応用したエア・キャリア。それを利用しているんじゃないかしら?」

 

「クロウィック・カナベールか」

 

 数ヶ月前ながらも去年の出来事となってしまった一高主催のマジックライブ。

 

 それにおいて使用されたライブパフォーマンスの為の機材。あの時は人間1人とサーヴァント1騎を飛ばすので精一杯だったというのに、随分な進歩である。

 

「あくまで私の推測なんだけどね……」

「だがお前の当て推量ぐらいしか俺も思いつかんな。問題は、『どこに降り立つ』のか、だ」

 

 それは10メートル先にある結界が張られた都の自然公園だと思える……。

 

 次の瞬間、魔法師であるならば大体の人間は知覚出来る情報次元の異常。大質量のものが衝突して、あっちこっちを撹拌するかのような勢いが発生―――。

 

 宝具級の魔力が着弾した様子。結界は完全に砕け散って、中から漂う陰性どころか漆黒に塗りたくられたとしか表現できない『魔力』。

 公園内全てに充満する血煙の匂いに、七草家の侍従数名が鼻に手を当てながら眉を顰めた。

 

「十文字殿、まずは我々から行きましょう。お嬢様に見せるには、よろしくないものもあるかと…」

「承知しました。名倉殿」

 

 特に抗弁することでもなく、こういうことは男が率先してやるべきだろうという『今の時代』の価値観に照らし合わせた行動原理で、克人と七草家の執事は『少し待て』と告げてから公園内部に先乗りするのだった。

 

「こ、これは………!?」

 

「先程まで行われていた戦闘の様子が、自然と『予想』できますね」

 

 七草家は、自分がリズと接触をして水晶球で覗き見していたことは知らない。

 背信からしらばっくれるわけではないのだが、とりあえず黙っておくことにしたのは、克人なりの心の動きである。

 

 要は、真由美の悋気を恐れたのだ。

 ヘタレと言われてもしょうがない克人の決断。

 

 そんなことは知らずに名倉は、公園内の惨状に最初の驚愕だけで言葉を失っていた。

 

 名倉の元々の巣は国防軍であり、魔法師の業界、巷の噂に登る101旅団の『大隊』ほどではないものの、七草家からスカウトを受けるほどには、軍部でも『名』の知れた『壊し屋』であった。

 だからこそ魔法師が『戦闘』をするという行為における惨状というのは、嫌になるほど分かっていた。

 

 現状のCAD技術においては、余程の制限事項や特殊な状況が想定されない限りは、魔法を早くに発動できる方が、当たり前のごとく『戦闘』の勝利者となる。

 

 最初に入る一撃(ファストブレイク)がどのようなものかにもよるが、とりあえず一対一で向き合った場合、一撃を入れた後はタコ殴りというのが大概の魔法師戦闘のセオリーであった。

 

(だが、この惨状は明らかにおかしい……確かに体術に優れたものが、魔法の照準捕捉を外した上で反撃に出ることもあれば、数撃の『ハズレ』はあるだろうが……)

 

 それにしたって、『普通』ではないのだ。

 並木にある木々の多くは、太い幹の半ばから『くの字』に砕けた様子で折り重なるように上部が倒れている。

 

 言うなれば、物理的障害に慣性力を損しない衝撃物が、連続で順番にあたったことによるような破壊。

 同時に衝撃物も『くの字』になりながら当たっていっただろう。

 

 おそらく……『人間』がバトル漫画の表現技法のように飛んでいったのだ。胸郭にあったけの衝撃を食らって『くの字』になりながら。

 

 その他には、地面に刻まれた同心円状の破壊痕。蜘蛛の巣、木の年輪のように規則的に見えて、浮き上がり飛び上がっただろう路面の欠けと、3mは沈み込んだといえる『凹み』が、名倉に戦闘の過激さを知らせた。

 

 あちこちに見える破壊痕は、魔法師が戦闘をしたというよりも、魔法師とは『別種』である超常の存在が戦闘を繰り広げたかのようだ。

 そして名倉とは違い、克人はその惨状を幾度か目撃していた。直近で見たのは『横浜』でのことだろう。

 

 さらに言えばリズに見せられていた限りでは、その惨状を催したのはCADや『近代火器』などではなく、原始的な剣や槍。少しだけ卦体な『弦楽器』に模した『杭打機』などもあったが、概ね今の世の中、『現代』にあふれた兵器に比べれば、本当におもちゃのようなものが、これだけの破壊を行った。

 

 

 改めて克人は、先程まで園内にいた『魔人』たちが織り成した破壊の痕跡を見やった……。

 それはあまりにも無造作で、無秩序で、方向性が定まっていなかった。

 

 何かを破壊しようと悪意を抱いて壊したのではなく、戦闘における単純な余波でしかない証左だ。

 そう、単純な余波だけで、木々は嵐の中に放り込まれたように倒壊し、大地は隕石でも落下したかのようにクレーター状となっていた。

 

 轟風を巻き起こし、砲弾の如き刺突を放つ槍兵(ランサー)

 風を割り、闇を切り裂く光剣を振るう剣士(セイバー)

 

 そのどちらもが克人の後輩(リーナ・刹那)であった……。

 

 あの2人が動き、そこにクローバーの誰かさんが首を突っ込んだ時に、騒ぎの規模は大きくなりすぎて手がつけられなくなるのだ。

 

 だが、その騒ぎそのものを解決するには2人が動かなければならないという。彼らだけが問題の解決手段を持っているというジレンマに頭を悩ます……。

 

「名倉殿。どうやら下手人の類は見受けられません。逃げられたみたいなので、確認の意味も込めて七草殿を呼んできてくれますか?」

「承知しました。それと、私に気遣っての敬称ではなく、下の名前で呼んであげたほうがお嬢様は嬉しいかと想いますよ」

 

 そういうものかな? と内心でのみ想いながら、名倉が踵を返した後に再び惨状を見やる。

 

 凄まじい破壊痕。これが人間の集団が行ったことだと想うと、魔法師であっても恐ろしい想いばかりが胸を占める。

 

 そして―――。

 

「遠坂が最初から全力で迎え撃たざるをえない相手。それは最大級の脅威ということだな……」

 

 公園の遊具、安全性を最大限考慮しつつも周囲に迷惑にならず、その上で楽しめるようにと……2010年代から高まっていた公共のマナーなどを考えた上で開発された遊具。

 

 それら全てが何十年も誰にも使われなかったかのように、風化、錆だらけになってしまったのを見る。

 そこだけが異質な魔力を感じさせていた……まるで『異界』だ。

 

 その原因は……およそ十分前に遡る……十文字克人が預かり知らぬ結界の内部での戦いの終幕……。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 エリカが聖剣を開眼し、刹那が大剣を弓塚さつきに振り下ろそうとした時。

 

 

 ―――明確な変化が起こる―――。

 

「!!!!!!!!」

 

 声にならない叫び。とてもではないが、人間の発声器官では出せないだろうものが、弓塚さつきの喉から震えて出てくる。

 

 真正面にいた刹那は、その『叫び』の圧にやられて吹き飛ばされた。

 

 魔力の音圧。こちらの魔術回路をかき乱す音は、スヴィン・グラシュエートの『犬吠え』と同位。

 

 ……強制的にインストール(強制召喚)が外されて、聖骸布のコート姿の遠坂刹那に戻されてしまう。

 

「セツナのインストールを強制的に外すなんて……」

 

 時間切れ(タイムアップ)も近かったのが災いしたのだが、リーナの驚愕の声。

 そこまで信頼してくれていたのかと嬉しがる前に気付けをして、攻撃を……言う前に―――。

 

「滅されよ! 不浄の者!!!」

 

 御旗であり旗槍でもある宝具を大鎌(サイス)のように振り回すレティ。

 風車のように振り回すのは音圧を散らすためか……。

 

 高速で動くサーヴァント憑依体の攻撃が決まろうとした瞬間……首が刈り飛ばされんとした時に……。

 

「さつき!!!!」

 

「世界卵を『すり替える』(リバーシブル)……! 固 有 結 界(リアリティ・マーブル)だと!?」

 

『弓塚さつき』を中心にして『世界が塗り替わる』。『世界が入れ替わる』。

 

 その感覚には覚えがある……『馴染み』のものだ。

 だが、『正体』を見抜いたことで汗を掻く刹那の驚愕を理解できたものは少ない。

 

 唯一、少ない理解者は、モードレッドの鎧犬たる『カイゴウ』であった。

 

『オイオイ! マジかよ!?』とリビングアーマーにあるまじき驚愕を口にしながらも、明確な対策はないらしく。

 

 だが、段々と広がる『風景』を前に、自分たちが大魔術に縛り付けられると感じたメンツが、超速で移動を果たし刹那を中心に固まる。

 

 それすら本来の速度とは段違いにおそすぎたのだが、近づく刹那が合わせる形でなんとかなった……。

 

「か、体が重い!! …… 寒い、とんでもなく寒い!! なんなんだこれは!? 刹那!!」

「落ち着け幹比古。その感覚は全員が同じなんだ。取り乱すな。女の前だぞ……」

 

 身を縮こませて歯をガチガチと何度も噛み合わせ、寒さに震える体を抱きしめる幹比古を宥めようとするが、それは不可能だった。

 

 全員が恐慌とまではいかずとも、少しばかり冷静さを保てない……。

 

 ゆえに今の自分に出来ることなどただ一つ……。

 

『世界』を入れ替えようとするならば、己の『心象』で全てを変えるというならば……。

 

(世界を『変質』させる大魔術があるというならば、己の領域を『固定』させることも出来るはず。大規模な式を相手に対抗できるか―――)

 

 だがやらなければ全てが枯れ果てる。その予感だけは間違いなく外れない……。

 

 「魔眼、開放」(オープンアイズ)

 

『黒』の魔眼が発動をして『固定』をしてから、『七色の虹色』に光り輝く眼が、刹那の両目に嵌め込まれる。

 

 その数秒の変化。それすら見逃さないはずの目敏い達也ですら、この大魔術の前では、身体機能の麻痺を起こしていた……。

 

 それどころか―――。

 

(何なんだコレは……あちこちに『黒線』や『黒い塊』が見えてくる。飛蚊症―――網膜剥離でも起こしたか?)

 

 だとしたらば、『自動回復』されるはずの身体なのだ。己の『異常』だけに囚われて、刹那の魔眼の変化を見逃していた。

 

 転輪する虹色の魔眼……その効果は多くの人間には分からないが、それでも枯れ果てようとする現実を認識して全てを託すのだった。

 世界が完全に違うものに変化をする。闇に染まっていたはずの空が青空へと変わり、公園は美しき庭園へと変わる……。

 

 だが、そんな美しい風景は一瞬だけであり、その様子が徐々に荒れ果てた荒野へと変貌していく。

 同時に、身体からあらゆる『力』が、『魔力』が抜けていく感覚が全員を襲う。

 

 対抗不可能の強制的な『脱力』『放出』……あらゆる意味で、抜け出ていくものを留められないのを自覚。

 

 しかし―――。

 

「! 先程よりは楽ですね。とはいえ、完全ではないのでしょうが……!? シオン師父! マイスターの眼を!」

「『事象』を固定(ピン留め)する『遷延』の魔眼ではなく、『時間』そのものを固定(後付け)する『刹那』の魔眼……!?」

 

 そういうこと。と何とか作った笑顔で、魔眼に気付いたラニとシオンの推測に返事をした。

 

 黒の魔眼から変化をさせた七色の色彩変化を見せる魔眼が、固有結界の侵食から数メートルの直径を『違う世界』に『固定』させていた。

 

 完全な固定ではない。というか、弓塚さつきから放たれる『異界常識』が、刹那の展開した『時間』と『世界』を食い破ろうとしているのだ……。

 

「どうやら、この固有結界は―――あらゆるモノから『力』を放出させるようだ……有機物・自然物であれば、最初は『魔力』から、次いで魔力生成が出来なければ生命力。やがては『老いる』『衰弱』―――無機物・人工物であれば!!!」

 

「セツナ!! ワタシのオドもサイオンもがっつり与えるわよ!!!」

 

 歯を食いしばりながら、異界常識を押し留めんと手を広げて耐えていた刹那に助力が入る。

 背中に抱きついてきたリーナから『力』が渡されて、魔眼に回す魔力が出来上がる。

 

「どうやら事象を改変するスキがない。本当に世界が塗り替わっているんだ!!」

 

 事態の深刻さを受け止めた幹比古が、魔力をチャージしておいた呪符の全てを開放して刹那に渡す。

 このまま刹那の言う通り、異界常識によって呪符が枯れ葉のように朽ちるならば、魔力が抜き出されるならば、その前に―――有用な使い道としておいた。

 

 幹比古の即断が、達也、エリカを動かす。

 

 だが……。

 

「達也君?」

 

「……直接触れなくてもいいだろう。どうせ女性陣の手で刹那の身体はいっぱいなんだからな」

 

 横浜論文コンペでは、フェイカーの攻撃を見るために、刹那の魔術回路に相乗りしていた達也らしからぬ様にエリカは疑問符を覚えたが、とりあえず詮索は止しておいた。

 

 事態は喫緊なのだ。であるならば、直接『手渡し』た方がいいというのも道理のはずなのだが……。

 

 ともあれ何人もの魔力を渡されて、『小島』を形成していた刹那に余力が生まれる。

 

 その余力を用いて刹那は『連絡』を取る。念話の相手は……。

 

『―――40秒で支度する。私の『車』がやってくるまで粘れよ刹那(マスター)!!』

 

 40秒を保たせる。しんどい話ではあるが、よく見ればあちらも暴走状態なのか、Vシオンすら行動不能になっている。

 

(というより制御出来ていないんだろうな。暴走状態のトリガーは腕の喪失。盾の騎士の消滅……真っ当な魔術行使ではないことは明らか)

 

 内心で結論を出す。それは間違いない話だ。

 

 第一、力を『略奪』出来ていない。

 もしもこれが完全な『魔を操る術』であるならば、こちらの力は、弓塚さつきに還元されているはずだ。

 

(だが、そんなことは気休めにしかなりえないわな。どちらにせよ未熟すぎる術で、こちらは窮地に立たされているんだから……!)

 

 世界の法則を維持しようとする意思。食い破ろうとする意思とがぶつかり合い。

 

 限界を迎えつつあるのは―――刹那の方だったが……。

 

「賭けには勝ったな」

「な、なんですかあの空飛ぶ車は!? ハリーとロンが乗っているんですか!?」

 

『空飛ぶフォード・アングリア』なんて古典的なものを言うレティシアだが。そんな風ないいものではない。

 

 どちらかといえば装甲車、輸送車にも似たゴツく無骨なものが、無理やり固有結界を割り砕いて『空』から入り込んできたのだ。

 唐突にコメットフォールしてきた装甲車。当然、それを侵食せんとする弓塚さつきの心象なのだが……。

 

『無駄無駄無駄ぁ!! この不世出の天才、ダ・ヴィンチちゃんの設計した世界を渡る車は、何人にも脅かされない―――まぁどっかでは色々と悲惨な目にあっていそうだけど……マシュー!! 車は大切に!!!』

 

 誰に向かって言っているのやらと言わんばかりのダ・ヴィンチちゃんの声を聞きながらも、刹那たちの目前に着陸した装甲車の後部ハッチが開け放たれる―――。

 

「殿は私が務めます! さぁ早く!!」

 

「お虎……!!」

 

 開け放たれた場所から出てきた白武者の姿に驚愕する刹那。

 

 だが、今はあれこれ言っている場合ではない…。

 

「乗れ!!」

 

「お、押さないでくれ刹那!! 急ぎなのは分かるけど!!」

 

 幹比古を半ば押し込むように乗り込ませると続々と、入り込む面子。

 こういったときの緊急避難行動は流石に弁えているのか、手早く奥に詰めていく。

 

 最後まで残らざるを得ないのは、魔眼を輝かせて侵食に拮抗していた刹那と……背中に抱きつくリーナ。

 

 そして―――。

 

「さつき……アナタは―――」

 

 金色に輝く眼を悲しげに細めながらも、最後にはその眼を拭ってから、真剣な眼差しを向けたランサー長尾景虎を見た。

 

『刹那!! そろそろ!!』

 

「お虎!!」

 

 言われるまでもなく、引っ掴むように後部に押し込まれた刹那とリーナ。

 

 ハッチは閉ざされた後に『虚数域』へと潜航を開始する装甲車両。外の様子は伺い知れないとはいえ、鋭敏な感覚を持つ人間たちは、再び『世界』が違うということを認識してしまう。

 

 そんなことを考えなければ……。

 

「ちょっとミキ! どこ触ってんのよ!!」

「せまいんだから仕方ないだろエリカ!! それよりも、エルトナムさんの妹さん? 君、『下』は…!?」

下着(アレ)は無駄で無用の長物です」

 

 ラニの言葉を受けて鼻を押さえる幹比古。

『位置関係』は少しばかりお察ししてください。である

 

「この女子多めの空間ではやってられないよなぁ。達也」

 

「ちゃっかり1人だけのスペースを確保するとは抜け目ない! 」

 

 人聞きの悪いことを言うな。と言わんばかりに疲れ切った顔をしている達也。どうやら今宵の仕儀は彼にとっても疲労困憊になるものだったようだ。

 

「中途半端に逃げてしまったが、良かったんだろうかな?」

 

「流石に今夜は奴らも寝蔵に戻らざるをえないだろう。如何に『食糧』を欲していたとしても、俺達が派手に戦ったことで街の警戒レベルは爆上がりだ。

 そこまで大それたことは出来んさ」

 

 達也に話していないことの一つとして、血袋及び子分となっているグールが市内に出て『血集め』を行う可能性もあるが、今はどうしようもない。

 

 そうであるならば、もはや魔法師たちの尽力を願うだけだ。

 

「今夜は―――俺も疲れすぎたよ……」

「言いながら『ムネマクラ』をナチュラルに行うとか、セツナのドスケベ♪♪」

 

 自然と倒れ込んだ先にあったリーナの柔らかな枕を堪能しながら、刹那は少しだけ眠りに就くことにした……でなければ、コレ以上は、本当に動けないのだから―――。

 

 

 



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第229話『夜が明けて……Ⅰ』

ネコ・カオス『うーん。そろそろ。吾輩の出番も近くね? 
7月に三つ巴の決戦の予定のはずなのに、ドクターアンバーが、チャイナ気分でハイテンションのままにBUKANにて撒いただろうネコロナウイルスで、来訪者(インヴェーダー)編が先延ばしのように―――『白』の出番は当分ないだろうな。
ちなみに言えば、ネコの言動はウソが100パーセントというのがドクターの研究成果だそうな』


新話どうぞ。


―――事情説明とか諸々に関しては週明けでいいだろう?―――。

 

本当ならば今すぐにでも色々と問いただしたいことはあった。だが、達也だけでなく誰もが疲労を果たしていた……。

 

あの好戦的なブリティッシュヤンキーたるモードレッドとて、『ボーダー』なる輸送車に乗り込んだあとには、身を縮こませて脱力していた。

隣にて器用に位置取りをして主人を労る、鎧犬だか狼が少しだけ印象的ではあったか。

 

明確な意図を持たずに、不意の巨大魔人(比喩)どうしの戦いに巻き込まれたエリカと幹比古も同様であり、週明けとはいえ月曜日に来れるかどうかは微妙なところだった。

 

ケロッとしているという意味では、リーナとレティが一番普通に見えた……。

ただ2人も時にため息を突くぐらいはしていたところ、疲労は当然あったのだろう。

 

見たままの姿が、本人を示しているわけではなかったのだ……。

 

全員を自宅近くまで送り届けてくれるダ・ヴィンチ女史の気遣いに感謝しつつ、最後に送り届けるのが達也になったのは、偶然ではないだろう……。

 

「ここで構いませんよ。降ろしてくださいレオナルド先生」

 

『了解。まぁ家の前まで行くと、君の妹からのアレコレが長そうだからな』

 

自宅から20mほどは離れている路上に止まるごつい車輌。完全に路上駐車だが、認識阻害の結界を展開しているらしく、どの車も平然と通り過ぎているのだ。

 

そもそも走っている車両は、ほとんど見えないぐらいの時間であるのだから。

 

後部ハッチが開け放たれて、再びの現世に対する帰還を果たす達也。別に最初っから最後まで刹那曰くの虚数域に潜航をしていたわけではない。

ようは思い込みなのだった……。

 

夜空に浮かぶ月を見る。その月には―――『黒い点も線』も見えずに平常通りの三日月が達也の視界に収まる。

 

「………」

 

「何か悩みごとか?」

 

「まぁ悩みといえば悩みだな……だが、今は疲れを取りたいんだ―――話してくれるんだよな?」

 

「俺も全容を把握しきれていないんだがな。まぁ分かってることぐらいは話すさ。隠すこともあるけど」

 

後ろから声を掛けられて返すと、予想通りのことを言われてしまう。

 

「今回の一件、予想以上に複雑だ。元を正せば『同根』なんだが、それにしても……なぜ、舞台を『東京』に移さねばならなかったかが不明瞭なんだ」

 

「……四葉の家中も騒ごうとしている。抑えたほうがいいか?」

 

「達也のいとこの双子(ディオスクロイ)が、グールになる現実はいやだろ? 始末するのはお前だぞ」

 

「分かった。抑えられるかどうかは分からないが、一応は言っておく……」

 

疲れ切った声と言葉を聞きながら、刹那としては大丈夫か? と想いながらも、足取りは何とか保てているようだ。

 

そう思いながら、達也に『おやすみ』とリーナと共に声を掛けて『おやすみ』と返されて、一応は安堵しておくのだった。

 

第一……。

 

(セツナももう少し自愛して! 『魔眼』の使いすぎでオドが八割以上失われているのは分かってるのよ!!)

 

今にも身を乗り出して、達也に起こっただろう明確ではない不調を取り除こうとする刹那。

 

そんな刹那のコートを引っ張ってでも阻止するリーナがいたのだから……。

 

 

―――少しばかり夜風に当たりながら歩いた家までの道。どう言ったものかと思いつつ、自分が『司波達也』である実感が浮ついている。

 

あの時……弓塚さつきという女の『世界』に取り込まれた達也に……どこからか『声』が響いたのだ。

 

その声はとてつもなく既視感を覚える声……。

 

だが、どうしても『今』の自分とは相容れないようなものを感じる。

その直観を信じてみることもいいのかもしれないが。

 

「おかえりなさいませ。お兄様」

「―――ただいま深雪」

 

いつの間にか無意識で家の前までたどり着いていた。明確ではないが、深雪は深雪で何かを感じ取っていたのかも知れない。

 

夜の東京を震わせる超人たちの激突。それが、この時間まで深雪を起こさせていた原因だと想うと責任を感じてしまう。

 

だからこそ―――。

 

「うにゃっ!!! お、おにぃしゃま!?」

 

「むっ、すまない。思わず引っ張ってしまった」

 

「おもわじゅっ!?」

 

深雪が淑女らしからぬ呂律が回っていない喋り方をするのは―――達也が両の頬を引っ張っているからだ。

 

当然、本気ではない。

女性の肌に痕を残さない力加減だったが、発声に影響が出るのは仕方が無かった。

 

腕を振り回して抵抗(?)をしている深雪を開放してから、家に入るよう促す。

 

「まぁ、あれだ。心配してくれるのは嬉しいが、早く寝た方が身体と美容のためだぞ」

 

「むう。分かりました。……何があったかは、今は聞かないほうが良さそうですね」

 

「ああ、このままベッドに寝転がりたい……」

 

「―――私のですか?」

 

自分のに決まっているだろうという意味で、額を指2本で軽く小突いておく達也。

 

やられた深雪は特に抗議するでもなく、少しだけ呆然としてから、そういう気安いことをしてくれる兄の様子に嬉しさを覚える。

 

あのどこまでも恭しく深雪のためだけに何かをこなそうとする兄の様子ではなく、どこか……刹那と一緒にいる時の兄に似ていたのだから……うれしいのだ。

 

 

―――翌日にはいつもどおりの兄になってしまっていて非常にガッカリする深雪。

本当の兄妹のように『イタチ突き』をしてくれる兄がいないことは、非常に残念であった―――。

 

 

「いや、あのなリーナ。俺は別に風邪とか引いたわけじゃないんだか―――」

 

「あーーーん♪」

 

古式ゆかしい『土鍋』より茶碗に小分けされて、十分に熱を冷ました上でレンゲに乗せられたもの……(長い)。

それを差し出すリーナに、風邪ではない。と言うも完全に聞いてくれる様子じゃない。

 

休日登校もある魔法科高校ではあるが、流石にこの時期になれば、よほどの人間でなければ進級単位の取得は『概ね大丈夫』という風にはなっている。

 

とはいえ定期試験、いわゆる期末試験が2月の中旬には迫っている……。

迫っているだけで、準備をしていないわけではないのだが。

 

「土曜は午前授業とはいえ、俺の身体のことで君を縛り付けるというのも、なんかなぁ……あぐっ」

 

「たまにはワタシにもお世話させなさいよ。いっつもセツナはワタシの面倒を見て、主導権(コントロール)も取らせてくれない。たまには……マ、マウスで『お世話』したいわ!! ある意味、いつもワタシ『TUNA』(マグロ)よ!」

 

そういう生々しいことを、食事の場で言ってほしくはない。刹那が半身を起こしているベッドでの昨晩のことを思い出してしまうのだから。

 

怒るようにして口に放り込まれたレンゲには『お粥』があった。その味わいは結構美味しいわけであって―――。

 

「―――オイシイ(VERY TASTE)?」

 

上目遣いで不安そうに聞いてきたリーナの言葉に、深い首肯一つを笑顔とセットで返してから、再びお粥が口に近づけられる。

 

親鳥から餌を与えられるヒナの気分になりながらも、それが悪くないと思えるのは、綻んだ笑顔のままに近づく大好きなリーナがいたからだ。

 

 

「それにしてもタツヤ、少しヘンだったわね…何があったのかしら?」

 

食事を終えて一服、魔女の大釜で作成・常備しておいた頓服薬を飲み終えた刹那を見計らって聞いてきたリーナに、一考しつつ答える。

 

「おそらくだが『魔眼』が進化―――いや、違うな。『元通り』になったんだろう。眼軸を中心にして盛大な魔力の漏れがあったからな」

 

「……ダイジョウブなの?」

 

「不完全な覚醒だ。まぁ恐らく今日には元通りの『エレメンタルサイト』になってるだろ。

死徒という最大級の魔性に触れたことがトリガーになったと考えるべきだが」

 

リーナが淹れてくれた『緑茶』を飲みながら考えるに、あの男に『可能性』はあると分かっていた。

殺人貴こと遠野志貴の目も、違うものから変化を果たした様子があった。

 

だが、達也の場合は『変化』というよりも『退化』『復元』という感じである……。

 

「四葉がこの事実を知っていたかどうかにもよるが……まぁあいつの持って生まれた能力(タレント)なんだ。封じたいならば魔眼封じを作るし、伸ばしたいというならば適切な方法を教えるさ」

 

「ホント、世話焼き気質というか、他人を見捨てられないところは、アナタのお母さん(マム)に似たのかしら?」

 

呆れるかのように苦笑しながら言うリーナに、何も言い返せない。結局、心の贅肉だと分かっていても、刹那はそういう人間なのだから。

 

「そういえばお虎は?」

 

「……昨日のことにセキニンを感じて、九重寺(ハゲの寺)に行ってミソギ(禊ぎ)をしてからお経を読むって言っていたワ」

 

「あの忍者寺に、まともな仏像があるとは思えないんだけどなぁ」

 

毘沙門天の化身が行くにはどうなんだろう?という寺だと個人的には思いつつも、サーヴァントの判断を是とするぐらいには、刹那も甘い男ではあった。

 

・ ・ ・ ・

 

―――お寺にやってきた達也と深雪は、ほとんど訪れたことがない、というか『入るべからず』と言われていた本堂にて、特大の魔力が渦巻いていることに仰天するのだった。

 

閉め切られているとはいえ、兄妹が感じる圧は覚えがある気…。

 

「お虎さんですか?」

 

「うん。いきなりやってきて読経をあげたいと言ってね。特に断る理由も無かったから、まぁご覧のとおりだ……」

 

お経をあげているだけで、これだけのサイオン…いや、エーテルが渦巻くとは……。

 

いつもどおりの薄い笑みを浮かべる八雲も、これには苦笑いを浮かべるしか無いようだ。

 

「師匠には聞きたいことがあったのですが、日を改めた方がいいですかね?」

 

一応は、先達を気遣うぐらいの心は達也にもある。

ここの坊さんたちは、なんやかんやと長い付き合いなのだから。

 

だが、そんな気遣いを八雲はいらないとしてきた。

 

「いや、場合によっては僕の方から赴こうと思っていたほどだ。君たちの『上位』の存在は、現在の東京で行われていることに病的な『嫌悪感』を持っている。

ただ僕としては拙速なまでに『清く』なってはいけないと思っているんだ。何事も『水清ければ魚棲まず』ともいうからね……」

 

昼間にも関わらず、その声はひどく夜の闇を含んだものに聞こえていた。

 

目の前の僧侶は分かっているのだ。

 

死徒という化け物(フリークス)、その眷属が東京の街で全力で激突していることを……。

 

加速度的に強まる嫌な予感―――死を徒に運ぶもの。

 

その災厄はまだ続くのだ。と……。風に乗って聞こえてくる経が少しだけ不気味に思えた―――。

 

 

 

息も絶え絶えに、ねぐらに戻ってきた死徒2鬼は、回復もそこそこに次なる手を打つことを画策せざるを得なくなっていた……。

 

「大丈夫なのかな?」

 

「分かりません。ですが、今は方法はありませんから……リーズを再生させるには、時間がかかります。その間の防衛機構を、連中の『鼻』を違う方向に向けさせる必要がありますから」

 

タタ■の機構を奪って再生(リプレイ)された死徒など多くの戦闘者のパラメーターとは、その術者、この場合はシオンが持ち得る情報量に左右される。

 

今から再生させる『存在』と多く関わったのは、恐らく殺人貴と真祖の姫だ。

 

シオンでは果たしてどこまで出来るかは分からないが―――。

 

(絶対に未来を取り戻してみせる……あのような『結末』は許せるものか……!)

 

クリスタル筒の中で再生されつつある『混沌』の姿――――それは……。

 

 

「なんで半分機械みたいな身体しているんだろうね……?」

 

サイボーグだかアンドロイドのようなメカメカしい部分が見える『混沌』の姿に、さつきも困惑気味である。

 

既視感というほど明確ではないが、さつきも『再生された夜』において、目前の相手と戦ったことがないわけではなかったのだ。

 

そんな風に弓塚さつきは、狼狽えてしまう。

 

―――だが錬金術師であるシオンはうろたえない。

アトラスの錬金術師はうろたえないのである。

 

「私達の時代とは人理の発展が違いますからね。その影響なんでしょう。

……アキハもどこかの『軸』では巨人化していたような、そんなことは無かったような。

そしてジャイアントになっても相対的に見れば、胸の大きさは変わっていません(ナ イ ム ネ)でしたね」

 

「え、えええ―――……? シオン、遠野くんの妹への評価低すぎない?」

 

「ともあれ―――全ては計算通りです。さつきの『髪が延びる』ことも、私にとっては計算通りです」

 

「そ、そうなんだ。うん、信用するよ!シオン!!」

 

作り笑いで以て自信満々なシオンのドヤ顔に返したさつきだが……。

 

内心では『その計算。当たってるといいね』とツッコむことだけは忘れないでおくのだった……。

 

―――尋常の魔法師たちでは対処不可能な惨劇が、再び幕を開けることは『確定』した。

 

 



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第230話『夜が明けて……Ⅱ』

お虎『ふふふ! 私の中の人が遂に結婚しました!! いやーめでたいめでたい!! 
めでたい日で酒が進む進む! ポプテピピックのイベントで中村(?)に能登(?)の結婚と絡めて弄ってきてから数年。これを機に私の新クラス、新霊衣とか実装されてもいいでしょう!!
個人的にはセイバークラスの『カゲトラ・ザ・ブライド』。白無垢でも南蛮のドレスでも可!
社長の新規書下ろしならば、更においしすぎる!! 水着景虎も捨てがたいですが、ここはこの案も進めて――――』


七夕の日に届いたニュース。
ツダケンさんも正式発表という形で既婚者であることが、判明。

いやーめでたいめでたい。水樹奈々さん。津田健次郎さん。おめでとうございます。

そんなこんなでビッグニュースの最中、新話どうぞ。 


 

 

 

 分かりやすく荒れている。そうとしか言えない剣戟が『野外』道場にて吹き荒れている。

 

 一種の『乱取り』。柔道でも次から次へと立ち代わり入れ替わりで相手を変えていくことで、自由に技を掛け合うことで実践感覚を掴む稽古方法。

 

 一対一を何回も行うこの練習方法は、多くの格闘技系『スポーツ』においては名前と少しの差異はあれども行われている。

 

 絶え間ない戦いの感覚が己を磨くのだ。

 

 だが、日本の魔法武術の一つ、というか殆ど代表格、オーソライズ(伝統化)した魔法剣術・千葉流派。

 

 俗称『千葉道場』においての乱取り・地稽古は、どちらかといえば『天然理心流』『柳生新陰流』に近い。

 

 『魔法』も含めた総合武術(アーツ・オブ・ウォー)としての練度を高めることを目的としているだけに、こういう実戦想定の稽古は稀にやる。

 

 その稀な一回にて……。

 

「ううっ師兄……仇ををを!」

「なぜに僕らがこんな目にぃいい……」

 

 30人近くの師範代クラス……千葉エリカ親衛隊に属する連中が地面に倒れ伏して戦闘不能に陥っていたのだ。

 

「……君らからすれば、ご褒美だろ? 新たな生贄に俺を供するような言動はやめてくれ」

 

 ぎくり!! とあからさまに表情は見えないが背筋をビクつかせる門下生たちに、寿和は頭を掻いておく。

 分かりやすすぎる誘導に引っ掛からなかった寿和に、誰もが少しだけ評価を改める。

 

「オレが言うのもなんだがな。エリカ、やりすぎだ」

「へっへっへ……アタイをこんな悪い女にしたのは、どこのどなたでしたかねぇ?」

 

 俺だな。と苦笑しながら胴着を纏った寿和は剣を抜き払った。

 遠坂刹那によって打ち鍛えられた魔力剣。剣より漂う蜃気楼にも似た魔力が、その剣の威容と異様を教えてくる……。

 

(エリカが手にしている剣は、間違いなく既存のCAD一体型の武具とかそういうものではないんだろうな……)

 

 事実、門下生と礼をした段階でエリカは無手であった。そこからは早業一閃。

 現代魔法ではあり得ざる理屈だが、即座に『剣』を作ったとしか思えぬぐらいに、どこからともなく抜き放った剣。

 長尺の業物が、エリカの手にあったのだ。

 

(ある程度の自在性を持った物質を『変形』させることで無手(てぶら)を装って、奇襲を仕掛けるなんてことも不可能ではない)

 

 どっかの魔法師の一派は、予め術式を『紙の本』に設定しておき、その『紙』を幾枚もの紙片に分裂させた上で、切断力を保ちながら打ち付けるという話だが……。

 

 そもそもデジタル化万能となった時代に『紙の本』などあまりにも異質すぎる。

 しかも、その本とやらはハードカバーほどの厚み……2000年代初期に流行ったファンタジー小説の最初期『日本語翻訳版』程はなければ意味がないというのだから、奇襲するにはなかなかに難儀だ。

 

 更に間抜けた話だが、その魔法師の一派の『お坊ちゃん』は、自信満々にその術で当代最高峰の使い手『遠坂 刹那』に挑んだらしいが―――。

 

 遠坂 刹那は、炎の魔法陣を展開しているだけで殆ど封殺したという『うわさ話』が流れてきた。

 

 最後の方には―――『めんどくせっ。D/P/W/ Schöpfung』という呪文で終わらせたとか何とか……。

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 結局の所、道場の秘剣の一つたる薄刃蜉蝣のようなある程度の『形』が定まったもの、傍目には柄だけの剣しか持っておらず、定形式に則った形になるならばともかく―――。

 

 エリカの剣は、本当にどういう理屈で生み出されたのかが分からないのだ。

 

「これでも和兄には、それなりに感謝してるわよ。どういう理屈かは、まだ完全には知り得ないけど、八王子クライシスの後にウチのボンクラボーイズを殴ったお陰で、『これ』があるんだから!!」

 

「オレは自らの手で最強の剣客(しかく)を生み出してしまったのかぁ……」

 

 ホロリと涙を流しながらも、長尺の得物、もう剣とかいうレベルじゃない『兵器』染みたそれを前に寿和は覚悟を決めるのだった。

 

 

 

 ―――翌日。

 

 部署にやってきた寿和の姿は、服の上からでも分かるぐらいあちこちがボロボロすぎて、同僚刑事及び上司・部下全てから『何があったんだ?』と問い詰められてしまう始末。

 

 それに対して寿和は―――。

 

「―――『大熊』と戦った名誉の負傷です」

 

 むしろこのコンクリートジャングルTOKYOにて、大熊と戦わざるをえない状況の方に疑問が向いたが、それ以上を問うことはできなくなる。

 いつもならば飄々としている、妹からはヘラヘラしているなどと『侮らせる』ことを良しとしている顔ではない。

 

 ものすごい真剣な顔に、それ以上の問いは野暮というものであった……。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 午前の授業は終わり、予想通りに呼び出しを食らう。

 

 呼び出してきた相手は、十文字克人。リーナには連絡が無い以上、恐らく自分一人で来いという意味だろう。

 

「ダイジョウブ?」

 

「別にとって食われるわけじゃないんだ。先にみんなと食べてろ」

 

 不安げな眼差しをするリーナを安心させてから、昼食たる重箱を預けて呼び出した相手の言う『部室』に向かうことにした。

 

 クロスフィールドの第2部室というのは、訪れたことはないが、場所そのものは分からないわけではなかった。

 

 数多の人間の(厳しい)指導の元、おっかなびっくりではないように使えた学内端末を使って向かった部室。そこには先客がいた。

 

 電子施錠を外された上で入室したところにいたのは達也であった。

 

 気楽に『よう』とでも言われたかのように手を挙げる達也に、同じく返しておく。

 

「司波にも聞いたが、1人か?」

 

「まぁ1人ですね。『お虎』も別場所にいることは確認済みでしょう?」

 

 十文字克人の重厚な声に平淡に返しながら、達也の隣になんとなく陣取る。正面には椅子に座る十文字克人。

 

 その左隣に、社長秘書もしくは政治家秘書のごとく佇む七草真由美という位置関係である。

 

「休みを挟んでおいて何だが、お前たち金曜日の晩に外出しなかったか?」

 

「ええ、しましたよ。バイクで」

 

 なぜ倒置法? と思わなくもない達也の言動だが、思惑は知れた。

 

 あの後の『現場』に入ったのは、警察より先に十と七の捜査隊であり、現場には回収しそこねたバイクがあったことを思い出して、正直に白状したのだろう。

 

 そんな風に刹那は結論を出してから目線をこちらにも向けられる。

 

「同じく。ただ俺の場合は明確な『意図』がありましたから」

 

「―――『吸血鬼』に関してだな?」

 

 首肯一つで返しておく。今は詳細を語るべからずだからだ。

 この場には協力者たるシオンはいないのだから、俺の一存では決められない。

 

「俺もまた『吸血鬼』に関してです。レオ―――1−Eの西城を襲った吸血鬼を探す、同じくE組の千葉のバックアップとして就いていたE組の吉田に連絡を入れられていましたから」

 

 幹比古の用心が役に立った形ではあるが、達也としては、正直何もできなかったような気がするのだ。

 

 だが、そんなことは眼の前の元・上役にはなんの意味も無いだろう。

 

 そして、刹那は……。

 

「仰っしゃりたいこと、聴きたいことは分かりますが、私の口から言えることは少ないです。

 前にも言ったように、俺たちの狙いは『ギャングスタイーター』とでも言うべきものです」

 

「既に俺たちもそちらに『狙い』を移動させつつある。それでも、か?」

 

 その言葉で事態の深刻さを悟ったことが、刹那にも伝わる。

 

「……分かりました。シオンの方にも少し伝えておきます。ただ全容はまだ不透明です。

 放課後に主要なメンツを集めて、話せるだけのことを話しましょう」

 

「「「―――」」」

 

 刹那の言いように、三者三様の沈黙とも絶句とも言える反応を見せる。

 

 だがそれは、刹那にとっても織り込み済みである。

 

(交渉のやり方が『雑』なんだよな。結局の所、ネゴシエーションの基本は、どれだけ多くの『手札』を持っているか、だからな)

 

 時計塔の権力闘争。その中で学んだことの一つに、多くの情報……外情・内情―――はたまた個人の人間関係等々、それらを多く入手しておくことで相手より有利に立つ……。

 

 かつて、ロード・エルメロイII世と呼ばれていた頃のウェイバー先生も、政治に疎くてもライネス先生と共に様々な三大派閥の中を渡り歩き、ノーリッジに自由の気風を奪わせなかったらしい。

 

 まぁ……生々しい事情を察するに、ライネス先生にとってはノーリッジの全てはエルメロイにとって生命線だったのだから、必死にならざるを得なかったのだろう。

 

 とはいえ、それこそが『エルメロイの弟子』たちを生臭い権力闘争から外して、自由闊達に魔術を極めさせた原因なのだ。

 だが、それゆえにノーリッジの出身者は妙な連帯感を持っている。

 

 そこに嵌りきれないスパイ連中も心動かされることは多かったのだから。

 

 そんな風に刹那が胸襟を開いたことで三人はやられた想いだ。

 別に今回の事件で『功績』をあげたいわけではないのだが、どうにも主導権が後輩に握られた感は拭えないのだから……。

 

 ―――してやられた。

 そんな思いばかりである。

 

(手詰まりである。という風を出しすぎたな)

 

 だが、実際に十文字も手詰まりではあった。いや、本当ならば『証人』を呼んできて証言してもらいたかったのだが、彼女は妖精のように姿を消してしまった……。

 

 仮に十文字が、自分が知ってしまった事実を素直に話しても、他の人間が確かな裏付けをしてくれなければ、どうなるか分かったものじゃない。

 

 

 なにより……。

 

(なぜ、そんな化生の類が東京に現れたのかを俺たちは知らないのだからな……)

 

 原因の判明・事態の究明に必要ならば、主導権の一つや二つくれてやる。

 面子に拘るような心地は、十文字克人には無かったのだ。

 

「ならば放課後に、此処で構わないか?」

 

「まぁ大丈夫でしょう。集める面子は多いでしょうが、ここはそこまで手狭ではないですしね」

 

 クロス・フィールドという『サバイバルゲーム式魔法競技』は、その当たりの強さから選手は男子が主で、部室もそれに応じて作られている。

 

 要は、むくつけき男子が大勢集まる部屋ならば、女子が数人多くても大丈夫だろうということだ。

 

「分かった。ならば、放課後に待っているぞ」

 

「了解。達也、お前はどうする?」

 

「俺だけ仲間はずれか?」

 

「いいや、そんなことはない。ただ、もうちっと『芝居』は上手くなれよ。中村悠一のごとく」

 

 後半は良くわからんが、部室から去りゆく刹那の言葉に、達也は『やられた想い』ばかりだ。

 

(2人に対する言舌を以て、刹那に譲歩を引き出させたかったんだが、見抜かれていたか)

 

 いつもの自分ならば、2人に対して、もう少し回りくどく情報の開示などに関してアレコレとあったのだろうが。

 

 最初から腹を割る形で臨もうとしたのは読まれていたようだ。

 

「……当初、俺達は世間一般で騒ぎに、ワイドショーにまで発展している方の吸血鬼を追っていた」

 

「けれど刹那くんは私達には加わらず、三面記事染みた不良やらギャングの失踪を追うと語っていたわ。そして徐々に……こちらも巷で騒ぎになりつつあるもの」

 

 それは達也も理解している。昨今のワイドショーの話題は、巷で続発している『夜の街』の若者失踪事件が大きくクローズアップされていた。

 

 数日前までの『犬歯の無い吸血鬼』の話題は小康、下火になっているが、そちらもあまり話題になることは好まれない。

 

「今はまだ発見された若人や中年の『変死体』は、警察発表で伏せさせているが、時間の問題だろうからな……」

 

 如何に若人があちらこちらに夜な夜などころか。昼夜を通して家に帰らない不良ばかりだとしても、中にはそうじゃない人間もいるわけで、警察としても、そういう連中を一応は『捜索』しているフリをしなければならない。

 

 後々に死体となって見つかれば警察の初動の不手際も云々言われて、人権派及び反権力主義的な『弁護士』たちは、こぞって警察を攻め立てる。

 

 警察機関に影響力を持つ十文字家でも、これ以上の隠蔽は無理と見える……。

 

 そんな気苦労を察しつつも、達也としてもようやく事態の核心に迫ることができそうなのだ―――。

 

(……アイツにだけ苦労を背負わせてしまったのは、已むを得ない話にしてはならなかったんだよな)

 

 予想はあった。予感もあった。予測は―――いくらでも立てていた。

 

 だから今日の放課後は最初の答え合わせとなる……

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

「仕方ありませんね。攻めきれず滅しきれなかった私達に問題があったわけですから。

 彼らがこう来ることは予測済みでした」

 

「すまんな」

 

「お構いなく。ダ・ヴィンチと首っ引きで『計算』をし直していた最中にも、2日がかりで恋人同士にゃんつきたい刹那の気持ちは理解していましたから」

 

『『スミマセンでしたぁ!!!!』』

 

 シオン先輩。容赦ないわー。

 こちらのことを完全に理解してくれて非常に申し訳ないわー。

 

 リーナと一緒に必死の謝罪をしながらも、受け取った情報は予想の『上』をいっていた。

 

こんな不老不死(・・・・・・・)のあり方も、セツナの世界の吸血鬼の在り方なのネ」

 

「限定的な不老不死である以上、どうやっても吸血によって古い遺伝情報を新しいものにしていかなければならない」

 

 人理が惑星全体に版図を拡大していくたびに、『死者』が『生きている』などという『事実』は世界からの反発を生む。

 

 それゆえに死徒たちは、現世に生きている霊長の情報を得る。

 もちろん、それでも『追っつかない』時には幻想種―――下っても野生動物を腹に収めることで、生命体として上位であるとして『存在維持』をしている。

 

 不完全な不老不死……。

 

 幾人もの生ける死者を殺してきただけに、その有り様には嫌悪感を覚える。

 

 魔術師としては、求めるべき到達点の一つなのかもしれないが、正味、魅力を覚えない『転位』である。

 

「どこまで話します?」

 

「並行世界からの来訪者というのは、付け加えなければ矛盾点が発生してしまうからな。そこだけは(たが)うことなく説明しよう」

 

「ソコは説明するのね」

 

 恋人の正体に関して踏み込みかねない分野だけに、デリケートなものだと理解していたリーナは驚いたようだ。

 

「リーナは、USNAで行われた『実験』の説明役だ。他事(ほかごと)は正直、ボロが出そうだ」

 

 苦笑してリーナの髪を撫でて宥めながら言う刹那。

 

「ぐぅ……言い返せないワ……」

 

 悔しそうに眼を瞑り、手を握りしめるリーナ。(髪撫では続行中)

 流石に自分と出会ってからの数年で、自分が腹芸がうまいタイプでないことは自覚したようだ。

 

 結局、陰謀を好む・得意とするマキャベリストタイプではなく、真っ直ぐ行って相手を正論で言い負かすタイプなのだ。

 

 ―――奸智に長けた人間ではない。

 リーナの居ない所で、主要なスターズメンバー全員で『結』を出したあとには、そういうこと(諜報工作活動)には使わないでおこう。という判断が全会一致だった。

 

(まぁ、そういう風なところが『魅力』なわけだが……)

 

 結局、世の中の『状況』に彼女は合わなかったのだ。

 

 これが仮に、悪の組織・敵対的異星人(インベーダー)……世界滅亡や全人類支配などを目論む連中が蔓延る世の中ならば、彼女はアイドル大統領ならぬ、アイドル魔法師としてやっていけただろうに。

 

 だが、現実に『ブラザーフッド』も『ディセプティコン』も存在しない世の中なのだ。

 

 そして、見方次第では自分たちが『ヴィラン』(そちら側)にならざるを得ない儘ならない世界では……。

 

 仕方のない世界に苦笑をしてから、三人と一騎の霊体は夕焼けで染まる世界を歩き出した。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 殿様出勤というわけではないだろうが、クロス・フィールドの第2部室には、刹那たち以外の主だったメンバーが勢揃いしていた。

 

 大方の予想通りと言えば、そうなのだが、まさか―――『光井ほのか』まで連れてくるとは……。

 

 恐らく達也に泣きついてでも着いてくるといった深雪を見て、仲間はずれを嫌がった光井が付いてきたというところか。

 

(スプラッターな映像に耐えられないだろう)

 

 その可能性を考えてしまう辺り、窮屈な話ではある。

 だが説明せねばなるまい。上座に近いところに陣取るようにダ・ヴィンチちゃんに手招きされて赴く。

 

 うす暗い室内。別に悪の秘密結社じゃないんだから。視力が落ちたとかで眼科に行きたくないんだから―――そう思いつつも、会議は始まる……。

 

「さて――――どこから話せば良いのかわかりませんので……まずはどこまで知っているかお聞かせ願いたい」

 

 単刀直入に口火を切ったのはシオンからであった。

 

 ベレー帽を直しながら放たれた言葉は確実に伝わる……。

 

 その言葉は十文字と七草に向けられたものであり、2人は特に動揺も見せずに話し始める。

 

「当初は、ワイドショーで騒がれていた『噛み跡』の無い吸血鬼を追って、捜索チームを編成した。

 被害規模は、その時点で数日前のワイドショーの倍以上の数が存在していた。

 この吸血鬼が主に魔法師を狙って犯行を行っていることから、魔法師に対してだけ網の目を張っていた」

 

「けれど、その内に被害の中に非魔法師の人たちが出てきた。そしてそちらは噛み跡があり、もっと言ってしまえば……ミイラのように干からびた死体もあれば、家畜の屠殺場のように、バラバラになったものもあったわ……」

 

 克人の言葉を継いだ真由美は、顔を青くして答える。

 

 演技ではあるまい。死徒による『死体遊び』は、いつでも凄惨な様を与えて、あいつら好みの新鮮な恐怖を人々(血袋)に醸造させるのだから。

 

 そういう現場や写真を2人とも見てきたのだろう……。

 

「そして『噛み跡の無い吸血鬼』を追っていく内に、『噛み跡のある吸血鬼』の手駒……八王子クライシスでの主敵『グール』……だが能力値はかなり上だろうものとバッティングするようになってきた。

 丁度、西城が襲われた翌日ぐらいからだな……」

 

 その言葉で大体は分かったのか、シオンは手を顔の高さまであげて言葉を制した。

 

「そして、金曜日の戦いに繋がるわけですね。大体は分かりました。そして、みなさんが殆ど何も分かっていないことも予測通りでした」

 

 シオンの何気ない言葉に『むっ』とする面子が多いこと多いこと……。

 

 だが実際にそのとおりなのだから、どうしようもあるまい。

 それに対して表情を変えない達也と深雪は、疑惑を持たれかねないことを自覚してほしい。

 

 だが、ここから話すことは全て自供である。これを真実とする調書を取るか否かだ。

 

「まず最初に言っておきます。今回の事態の根本は、私の所属している『組織』の一員が、USNAの一勢力と結びついて起こしたことです」

 

 その言葉でざわつく一同。まさかまさかの話の急展開。そして少しばかり睨むような視線がシオンに向けられるも、構わずにシオンは口を開く。

 

「……ここから先の話は、概ね事実を述べるものですが、あなた方魔法師という存在が理解できる範疇の話ではないと思われる。

 恐らく荒唐無稽なものと判断するものも出るでしょう。だからこそ、今から話すことを事実だと思えないならば構いません。その時点で、この話は聞かなかったことにしてください」

 

 前置きと言う名の『逃げ』を用意しながら、シオンは自分が出した結論を口にしていく……。

 

 

「現在、東京都を中心に続発している『吸血鬼』事件の大元、それは『現象』に成ることで限定的な不老不死を体現した、『徒に死を運ぶもの』―――『死徒』。

 それらの災厄こそが顕現しているのです」

 

 シオンの口の中が乾く想いで放った言葉が、どれだけ届いているかは分からない……。

 

 だが、それでも説明は続く。続いて聞いたことで、誰もが『心胆を寒からしめる』話は続く……。

 



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第231話『夜が明けて……Ⅲ』

眼鏡神お気に入りの、沙条綾香役の『花澤香菜』さんと『小野賢章』さんとが結婚。

まぁ前にも週刊誌にすっぱ抜きされていたからなぁ。おめでとうございます。

ついでに言えば三期が決まった『おそ松さん』声優の誰かも―――。


キグナスの乙女たちという魔法科外伝を読みながらの新話どうぞ。


 

 

 

 ……始まりは、星が生み、受肉させた精霊種族の『欠陥』(エラー)からだった。人間を罰するために人間に似せて作られた超越種。

 

 受肉した精霊―――真祖種族は、その始まりから一つのボタンの掛け違えがあったのだ。

 

 吸血衝動。

 

 人間を罰しながらも、人間を寵愛するために設計された存在は、その相反する性質ゆえに『人の血』を欲するようになっていく。

 

 地球(ほし)の端末として生み出された彼らだが、その致命的な欠陥は、徐々に大きな傷跡となっていき……人の血を求めるだけの『堕ちた魔王』となっていく真祖も出てきて、やがて真祖に仕えていた人間たち……一定の『血袋』として要されてきた存在は、『転位』を果たす。

 

「それが、吸血鬼……『死徒』か……」

 

「超越した種族の血吸い役であった彼らは、真祖との体液接触と同時にその『力』の一端を受け入れるわけです。それこそが『死徒』。

 ただ、その事を利用して真祖の力だけを持ち逃げしようとする輩もいましたが……」

 

 無論、そのような勝手を許さないように、『血盟』とでもいうべきもので真祖たちは血袋たる死徒を支配下においていたが……時が経つに連れ、真祖の支配から脱して野に散らばり、好き勝手行う輩も出てきた……。

 

 そして真祖が血を吸った人間が『死徒』に。

 死徒が血を吸った人間は『屍食鬼』(グール)に。

 

 そして『屍食鬼』(グール)『屍食鬼』(グール)を増やしていき、その血は親たる死徒に還元されていくのである……。

 

「ですが、これはあくまで『別世界』……まぁ俺の研究テーマの一つであり、家系の宿願というやつですね。『並行世界の観測結果』にすぎません」

 

「同じく我がアトラス院も『観測』を行うことで、その『事実』を認識してきました。同時に、私は私の祖先が『そういった道』を辿ることも承知していましたので、今回のことを何とかしたいと思っていたのです」

 

 刹那とシオンの言葉が部屋に行き渡る。

 一番印象的なのは、腕組みをしてこちらの話を聞いていた十文字先輩の表情―――彼は唸るようにしてから汗を掻いていた。

 思っていた反応とは少しだけ違う……。

 

「にわかには信じがたいけど、今のところ『齟齬』はないわね……けれど当初の犠牲者と、その『死徒』とやらの吸血方法が違うんだけど……」

 

「それに関しては簡単です。言うなれば方針の違いなのですよ。ミス・マユミ」

 

 方針の違い―――。その言葉に誰もが疑義を覚える。

 

 疑義を覚えるも、それを予期していたように、魔法科高校の教師となったレオナルド・アーキマン……もはやダ・ヴィンチちゃんという愛称で知られる性別不詳の存在が立ち上がり、口を開く。

 

「そこから先は私が引き継ごう。観測された異世界吸血鬼、あるところでは『上級死徒』、または『死徒二十七祖』とも称される存在。

 ワラキアの夜、タタリと言う『現象昇華存在』のチカラゆえなんだ」

 

 死徒のことだけでも許容量いっぱいいっぱいだったところに、更に『現象昇華存在』なる新しいワードが出てきたことで、こんがらがるものも出てきたが、とりあえず話は進む。

 

「この死徒の特徴は、不老不死を体現するために、己を『現象』……そうだね、毎夜街に立ち込める白霧(はくむ)をイメージしてくれればいい。その白霧の粒子一つ一つが、『タタリ』といえる。

そして如何に霧を別のものに『分解』したとしても、再統合を果たす。霧の全てが分裂した『タタリ』と言えるからね」

 

 その言葉で何気ないイメージが出来る。だが、現代魔法の理屈ならば―――。

 

(いや、無理か……そもそも俺の分解魔法は、霊子そのものを消滅させることは出来ない……)

 

 達也の出した結論。およそ『現実的』ではない仮定で出したものを、更に否定する理屈が出てきた。

 

「加えて言えば、その範囲は街一つを包み込む。大規模な『結界』と言えるかな。

そして、規模と同時に『タタリ』の能力が問題だ。その結界の効力は、人の持つ『不安』、『恐怖』を具現化するものであること。

今はまだ『完成形』には至っていないが、どうやら再結合を模索して、魔法師の情報を抜き取り肉体情報も支配している……最終的な目的は、やはり『タタリ』の駆動式を展開することにあるだろう」

 

「そう言えば、あの盾持ちの吸血騎士に追い詰められていた覆面吸血鬼が叫んでいたっけ? 『貴様らの目的は『タタリ』を成すことではあるまい』って」

 

「だね……」

 

 ダ・ヴィンチちゃんの言葉に思い出したエリカが、目を上の方に向けながら言って、修羅巷の惨劇を思い出したくない幹比古が俯きつつ同意をしている。

 

「まだまだ『観測』出来ていないところはあるが、2人が言うところの吸血鬼Aの目的は一つ。この世界で『適応』しやすい『魔法師』の情報を使って、確かな形で顕現を果たそうとしているんだろうね」

 

「Aの正体は―――『形なき霊体』が誰か……魔法師の肉体を乗っ取って動いている。そういう認識で構わないのでしょうか?」

 

「概ねは、その理解で構わない。更には、この後に見せる『映像』で、納得してもらえればとは想うよ」

 

 十文字克人の疑問に対して嘆息気味に答えるダ・ヴィンチちゃん。

 

 Aに関しては、何とか理解が追いついた。

 

 次なる問題は―――。

 

「ならば吸血鬼B。西城くんを狙い、千葉さんが遭遇した本物のヴァンパイア……『死徒』、連日連夜『人食い』を行っていると思しき女性三人……確か名前は…『リーズバイフェ・ストリンドヴァリ』『弓塚さつき』……『シオン』というこの三人組に関しては……?」

 

 そう聞かれることを予期していなかったわけではない。

 口の中が乾きっぱなしで舌が歯茎に貼り付きかねないままでも、何とか声を出した真由美に誠意を以て答える。

 

「こちらに関しては、単純だろう。彼女らは何かしかの要件で『死徒』になった類だ。それがタタリによるものなのか、それとも『他の吸血鬼』によるものなのかは断定出来ないが、ともあれ彼女たちは、タタリに成り代わろうとしている。そういう表現が似合うだろう―――」

 

 タタリに成り代わる。その意味合いは良くは分からなかったが、それが犠牲を増やすこととどう直結するのか?

 

 疑問に再び答えるのは刹那にバトンタッチされる。

 

「死徒たちというのは、カタチはどうであれ『不老不死』を得た存在です。1人の死徒が子飼いの死徒を増やすとなると、当たり前のごとくそれは吸血行為によるものですが、それは血を吸っただけではなりえない行為です。よほどの霊的・肉体的スペックが高いものでなければ『死亡』します」

 

「干からびたミイラみたいにか?」

 

「ええ。まぁ詳しい説明は省きますが、吸血行為で生まれるのは大概はグールのみです。グールになれる時点でもとんでもないんですが、まぁそこから『自意識』を保つにいたるまで、本来ならば長い年月が必要。そして、自意識を持ってこそ初めて吸血鬼と言える存在になります」

 

 ここまで概ねフィクションなどでも語られている通り……。この世界でも人の想像が幻想に届いていた証左だ。

 

 まぁモードレッドやレティシアによれば……。

 

『『たまには出てくる』』

 

 とか言う辺り痛すぎる失態だ。恐らく地場産(この世界)の吸血鬼は『流水一つ』も乗り越えられないのだ。

 

 閑話休題(それはともかく)

 

「そうして成り上がった吸血鬼でも、親の支配は絶対的であり、それから逃れるために、あらゆる手段で力を手に入れようとする。一番手っ取り早いのは、ヒトに対する吸血行為ですけどね」

「それが惨劇を起こしている原因か……己の身体維持と、そして成り上がるための行い―――」

「下劣にすぎるわ」

 

 表情と言葉で嫌悪感も顕な上役2人に対して、ヒトとしての倫理観を持つには、魔法師という存在も『どっこい』な気がするのは自分だけだろうかと想いつつも、省くところを省いてあの三人の美女集団の目的を語る……。

 

「まだ推測ですが、彼女たちは『タタリ』の能力値の幾らかを強奪しており、自分たちが延命するために、この東京都全てを何かしらの『装置』にすることを画策しているのでしょう……」

「それはあくまで『推測』なのね?」

 

 嫌な想像を打ち消してほしいのか、念押ししてくる七草先輩の言葉に、一応は神妙にして口を開く。

 

「ええ、『推測』です。しかし、戦ってみた感触ですが、彼女たちの目的はタタリの残滓よりも直線的で好戦的です。自分たちが生きる『死の都』を作り上げるためだけに、血吸いでグールを作り上げているんですから」

 

 予想以上に想定が甘かったらしき十文字先輩の顔が渋面となりて、天井を見上げさせていた。

 

 あるいは、想像力の限界を突破して許容しきれなくなったか、だ。

 

「対策に関しては後にして、『何故そんなものが発生したか?』 から説明しましょう。リーナ」

「わかったワ。この事件の根本は、言ってしまえば、USNAの軍部及び軍産複合体などの一部の実験から始まり――『ネバダ州北部』―――AREA■■の空軍……」

 

 リーナの話を耳に滑らせるようにしながら達也は考える。

 事件の原因などどうでもいい。まぁ迷惑料金・慰謝料請求なんかは自分が考えることではない。

 

 問題は先程の話、ダ・ヴィンチの言っていた人の持つ不安や恐怖を具現化するという文言である。

 

(お前は知っていたのか? 『タタリ』という吸血鬼に関して?)

 

 上座付近の椅子に座る男を一瞬だけ見てから、不安や恐怖を具現化する……その『不安』や『恐怖』の中に……

 

(これまで戦ってきた『根源接続者』『シラクサの数学者』『玉石琵琶精』……『人喰い虎』などが再生されることもありえるのだろうか?)

 

 そんな達也の思考の終わり、リーナが映像再生機器を操作している場面で話に戻る。

 

「ワタシは恐怖したわ。セツナの『力』を不遜にも模倣しようとして、こんな地獄絵図(ジゴクエズ)を作り出しただなんて―――では再生(リプレイ)するわ……。アトラスの秘蔵礼装『アクトレスアゲイン』とマイクロブラックホール生成装置を併用した……疑似サーヴァント召喚実験の詳細を……」

 

 心底恐怖しているのか、汗を拭うリーナの姿が印象的。

 

 ピッ! という擬音がキャビネットから響く。別に何かのボタンを押したわけではない。

 

 現代の映像機器は音声認識で様々なことをしてくれる。

 もちろん、VR機器やある種のヒトに言えない『趣味』の映像などに入れ込んでいる場合は、音声認識が『アレ』なので、身振り手振りなどでも可能なのだが……。

 

 ともあれ再生された映像……。遠景から撮られている詳細な映像に全員が見入る。

 

 近すぎると実験の邪魔になるのではないかということだが、強大にして巨大な加速装置。

 

 それらを血管や神経節に見立てて、一つの巨大な魔法陣に接続している様は、まさしく科学と魔術が交差する時であった……。

 

 うごめく『管』の全てが一つの魔法陣だけを駆動させるためだけだと思えば、それで行われるものは……正しく―――強力な『力』だ。

 

 実験装置の前には三人の研究員風の男と、実験の責任者らしき男が少し高いところにいた。

 

 壇上に上がっている男は、装置を動かすパネル端末を動かしながら、実験の成果が結実するさまを見過ごさない様子……。

 

『『………』』

 

 有り体に言えば『マッドサイエンティスト』の男の様子に、ダ・ヴィンチとロマンは苦々しい表情をしている。

 

 ダ・ヴィンチに関しては殆ど『にらみつける』様子だが、ロマンは……『複雑』な様子……。

 

 そして力が収束し、巨大なエネルギーが『場』に集まると、自然と魔法陣の中央に召喚される『門』。

 実体化を果たしたそれは、『門扉』として映像に記録されている。自分の目がごまかされているわけではない。

 

 少し古めかしいが、取っ手が一つ。恐らく押し引き方式の扉……。

 

 その扉には、レリーフ…文字が刻まれたものが付けられていたが、達也の眼には遠すぎて何と書かれているかは分からない。

 

 自動で開け放たれる『扉』から続々と出てくる―――霊体の群れ……。

 

 特殊な眼を持っていなくとも、あれだけの『情報量』ならばエリカにも見えているだろう……。

 

 細分化された霊の群れは次から次へと、そこかしこにいる人間たちに『取り憑いていく』……。マッドサイエンティストも、この状況は想定外。物質的破壊を避けるためのシールド装置も、すり抜ける『情報体』の前では病葉も同然。

 

 だが―――『本命』は、この次だった……。

 

 研究所の『職員』だろう相手は霊体から逃げ惑う…。だが、取り憑いた霊体たちもまた逃げようとしていたのだ。

 

 肉体を得たことを喜んでいるのか、嘆いているのか……大声をあげている職員……元・職員たちが、扉を勢いよく開けて入り込んできた2人の『女性』に注意を向けた。

 何かの束縛を砕いて、鎖を引き千切るようにして出てきた2人の女性に対して―――あからさまな絶叫を上げる。

 

『ひ、ひひぃいいいいいいいいいいいいい!!!!!』

 

 悲鳴だ。画面越しにも拾っていた音が、耳朶を震わせる。

 人に真なる恐怖を伝えるキーニング……。

 

 入り込んできた女性の内の1人は、息も絶え絶えながらも驚くほどの疾さで瞬発して、一番近い場所にいたマッドサイエンティスト風の男に向かう。

 

 近くであれば、人間の動体視力で辛うじて影が捉えられる速度。

 

 そして女性は無造作に手を奮った。それだけで果実を木からもぎ取るような気楽さで―――首が宙を舞ったのだ。

 

 首下から噴水のように吹き出る血のシャワーを恵みの雨のように浴びる女性の姿が見えたあとには、カメラが揺れたのか画面が不安定になり、安定した時に……真っ赤な画面。

 

 そして吹き飛んだ首の顔―――死相に染まったものが画面を覗き込んでいた……。

 

「――ひっ――――きゃあああぁあああああああああ!!!!!!!!」

 

 あまりにもスプラッターなシーンの連続に、隣にいたほのかが達也の右腕を痛いぐらいに掴む。

 

 胸の谷間に挟まる腕に性的興奮は覚えない。というか、まっとうな神経を持っているものであれば、この場面でそれは無い……。

 

 そして……『長いツインテイル』を持つ少女の殺戮は、この後も映し出されることを察して―――。

 延髄打ちで『ほのか』を眠らせてから、その体を保護するのだった。

 

 ―――たとえそれを左隣にいる深雪(腕は確保済み)に険悪に見られたとしても……。

 

 今は画面に集中せざるをえないのだから……。

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「泉美さんが勉強中なのに、いいんですかね?」

 

 申し訳無さそうな言葉を吐く少女は、隣りにいる参考書とにらめっこしている少女がとても気になっているようだが―――。

 

「いいのいいの。泉美が勉強の虫になっているのは入学総代を取るためなだけ。余裕ってほどじゃないけど、今からそこまで根を詰めなくても、ダイジョウブだよ」

 

 ケラケラ笑いながら手をふる少女の言葉。参考書とにらめっこしている少女とは瓜二つだ。

 

 だが、その言葉には色々と物申すものは多いだろう。

 

 世の中には、魔法科高校に入学したくて必死に理論整備をして、実技訓練に邁進している人間もいるというのに、この言動はどうなんだろう?

 

 事情に詳しいものがいれば、そう言うところだが、周囲にそういうものがいなかったことは幸いだろう。

 そもそも、魔法科高校という単語すら出していない時点で、そんなことは論外だったのだが。

 

 丸型のテーブル。そこに三人の美少女が居座りパンケーキをぱくつきながら話し込んでいた。(1人はルーン文字の暗記中)

 

 七草香澄と七草泉美―――ラニ・Ⅷ・ソカリス。都内の中学に通う魔法師の卵3つは、JCトークの真っ最中だったのである……。

 

 そもそも七草の双子が、ラニと知り合ったのは人為的なものであった。

 

 この色々と忙しい時期に転校してきた『エジプトの人間』。日本語は堪能であるが、色々と『特殊なケース』と『能力者』であるだけに、担任教師も自分たちに世話役を頼んできた。

 

 担任教師は俗物ではあったが、かつての『赤色』の『教職員組合』のような思想的偏向もなく、その授業も、クラス全体に対する統制もしっかりしていた……。

 

 娘を溺愛してあらゆる『危険』を遠ざけようとする弘一(ちちおや)の意向が多分に反映された教職員人事であったが、この事態に関しては―――『同じ魔法師』で、なんとかしてくれと言われたようなものだ。

 

 その事に弘一も一度は聞いてきたが、それ以上とやかく言うことはなかった。

 

『仲良く出来るなら仲良くしなさい―――』

 

 それだけであった。必定、面白がりであり女ガキ大将みたいなものである香澄は、率先して世話役を買って出て、それに付いてくる泉美も受験勉強があるとはいえ、それなりの責任感とでラニのチューターをすることになったのだが……。

 

「ホント、ラニっぱちってば、見ていて飽きないなー。なんていうか、赤ん坊に色々と教えているような気分で新鮮♪」

 

「それっていいことなんでしょうかね? まぁ私の目には、東京の街並みは色々と眩しい星々の煌めきに見えます……同時に、香澄さんも泉美さんも眩しいです」

 

「真に輝ける一番星は、シバミユキという星のみ! その真下の星であれば、私はそれでいい!」

 

 勢いよく言うほどのことか? そう唖然とする香澄とラニだが、勉強が一段落したのか泉美もまたこちらの会話に入り込んできた。

 

「―――ラニさんのお姉さんも一高にいるんですよね?」

 

「ええ、お二人のお姉さんとも少しお話したと伺っていますよ」

 

 それはラニにとって師父から教えられたことだ。

 特に隠し立てすることではない。

 

 そして、十師族が今回の事態をどう思っているかも知らされた。

 

 それに対して『思考』を幾重にも張り巡らせた結果として、現在の事態に陥っているのだ。

 

(シオン師ならば、今日あたりに全てをお話するでしょうね。『アクトレスアゲイン』の流出も含めて―――)

 

 ならば、2人がこの後『聞くこと』も自ずと知れた……。

 

「お姉さん。ミス・マユミは香澄さんと泉美さんを危険に巻き込みたくないのです。

『気遣い』、無駄にしないようにしましょう」

 

「「うぐっ!」」

 

 シンクロして呻く双子をにこやかな笑みで迎えるラニ。

 

(時々ラニっぱちってば、『鋭い』んだよね……まぁ私達よりも事情に詳しいからかもしれないけど)

 

 なんだかすごい『ネタバレ』を食らっているみたいで、少しやるせない。とはいえ、それで収まるほど、今日の2人は物分りがよくない。

 

 受験シーズン真っ只中とはいえ、ことは自分の姉のことにも関わる。

 何より姉もまた魔法大学への進学を目指している身。

 

 ―――家族を助けたい―――。

 

 その真摯な願いを双子から吐き出されて、生後■年のラニとしては苦渋を浮かべざるをえないのだ。

 

 2つの話し合いが交錯する時、運命に一つの交差線(クロスライン)が生まれていく……。

 

 



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第232話『北山雫の華麗なる食卓』

今回、若干の短さ―――というよりも続きを書いてはいるんですが、テンポが良くないなと思い、前半部分だけを投稿。

後半に関しては加筆してから投稿しようと思います。むしろ、これを後にすれば良かったんだけど、描きたかったんだよなぁ(苦笑)


 

 留学すれば何かの心機一転になるかもしれない。

 

 そう考えていた時期が雫にもあったのだが、どうにも……想いは募るばかりだ。

 

 いっときは彼への想いを断ち切ろうと考えたこともあった。

 特に自分の母は、あまり刹那にいい感情を持っていなかった。

 

 それは、達也に対してもそうなのだが、刹那の方に好意があると言った時の母の顔は……正直、雫にとっては思い出したくないものだ。

 

 時差の関係で、日本は週明けの月曜日、米国では未だに日曜日の時間……、雫は何気なく外でご飯が食べたくなり、レストランに入ったのだが……。

 

「刹那の作った『かつ丼』(カツドゥーン)の方が美味しいかな……」

 

 決して『テレビディナー』の類を出すような店ではないのだが、どうにも味気なさを感じるのだった。

 

 割り箸を手に丼を持っていた雫だが、反対側の席に誰かが座ったことを意識して丼から顔を上げた。相席を嫌がるわけではないが、席は余っているのに―――。

 

 相席してくる理由は―――留学先で知り合った男友達(?)だからだ。

 

「やぁティア。グッドイブニングだね。夕食だと見受けるけど、ご相伴しても構わない? 日本からのゲストに孤独な食事を供するのは忍びないからね」

 

「グッドイブニング。レイ―――カツ丼食べてる粗野な女で悪いけど、大丈夫?」

 

「全然、僕もここの日本食(ジャパン)は好きだからね」

 

 向けてくる屈託のない笑顔に少しだけ警戒心を和らげながらも、何の用向きなのやらと想う。

 

「君と食事を一緒にしたかった。それじゃダメかな?」

「それは嬉しいけど、私はあまりお喋りが得意じゃないから」

 

 かつ丼をモリモリ食う女子に顔を近づける男子のことを少しだけ思い返す。

 

 レイモンド・S・クラーク。金髪の髪に白く透けるような肌。言っては何だが典型的なアングロサクソン系の白色人種の男は、何が面白いのか雫とたびたび接触を持つ。

 

 積極的な口説きではないが、まぁ好意を持たれていることは分かっていた。

 

「そうかい? けれど君はセツナ・トオサカのことになると多弁になるよね。少し―――いや、かなり嫉妬してしまうけど……決して口数が少ないわけじゃない……」

 

 明らかに表情を曇らせるレイに少しだけ申し訳ない思いだが、想いは当分の間、消えそうにないのだ……。

 

「彼と、彼の私的な助手であるアンジェリーナ・クドウ・シールズもそうだが、彼らはアメリカの魔法学生の間でも謎の存在だよ」

 

「そうなの?」

 

 意外な話題の振り方に雫は問い返す。アメリカの魔法教育も日本とほぼ変わらない。

 ジュニアハイスクールまではそういう教練は学校ではなく、よくて私塾に通う程度なのは日米共通。

 

 同時に魔法師教育はハイスクールからというのも共通だった。だから2人を知らない人間ばかりでも雫は特に驚かなかった。

 

 十師族、二十八家、百家、千家のような意味合いの姓も無いのだから、来歴などさほど分からなくても当然だと思っていたのだが。

 

 そんなレイは典型的なアメリカ人らしいトークで雫に話題を向けてくる。

 

「うん。ただアンジェリーナの身元割り出しは簡単だった。何せ彼女のお祖父さんは、日本の魔法師の名家で米国に来た方だからね。彼が開いた魔法の私塾は、結構評判だったんだよ」

 

 それは雫も既知の事実だった。そして余程、魔法師の世情に疎い人間でもない限りは、九島の『お家騒動』は知らない話ではなかった。

 

「―――問題は、『トオサカ』だ」

 

 一拍置いて話し始める前に、レイはテーブルに届けられた『かき揚げ天丼』の蓋を開けてその香りを雫にも届ける。それが一種の儀式であることは分かっていたが……。

 

 演出が過ぎると思わざるを得ない。

 

「彼は、公式・非公式―――どちらで『検索』を掛けても、3,4年前にいきなりこの米国に現れたとしか思えない足跡なんだ。まさしく謎の人物なんだ」

 

「……それで?」

 

「詳しい話とか疑念を省けば……僕は彼がある種の『Cheater』だと思っている」

 

「……刹那は、別に『チート』をやっているわけじゃないと想う……」

 

 レイモンドの言葉に『ムッ』とせざるを得ない。

 

 如何に一度はフラれたとはいえ、それでも友人ではある男子なのだ。まるで何かの怪物でも語るかのようなレイモンドに噛みつきたくなるのは仕方ない。

 

「怒らないでくれよティア。疑いの眼を向けたくなるのは仕方ないんだよ。

 なんせ僕たち、米国人(アメリカンズ)には確固たる『歴史』がない。積み重ねた伝統というものが無いんだ。―――なのに『彼』だけは、アメリカ国籍を持ちながら、そういう『歴史』と『伝統』を持って魔法師の世界を変革しているんだから」

 

 雫の険相に、一度だけアメリカ人らしい大仰な降参のポーズ(ホールドアップ)をしてから、天丼に箸を入れるレイモンド。

 魔法師としての嫉妬と男としての嫉妬が混ぜ合わさって、最近の彼はいつも以上に『情報収集機器』にのめり込んで、過去のあらゆる『蓄積』された情報を精査して嗅ぎ出していった。

 

「このかき揚げ天丼の上のかき揚げのように様々な具材を混ぜるかのごとく、彼はあらゆる魔法……魔術に傾倒している。異常なことだね。ダンブルドアとヴォルデモートを混ぜ合わせたような存在だ」

 

「―――それで? あなたの結論はなんだったの?」

 

 お道化た答えだが、雫は聞いていて愉快ではない。

 

 小海老と三つ葉が見えているかき揚げの部分を見せているレイモンドに、心底のムカつきにも似た思いを覚えながらも、答えを促す。

 

 それに対してレイモンドは、自信満々な様子……で自分の出した答えをひけらかす。

 

「彼は―――『異世界からの来訪者』ないし『外宇宙からの訪問者』という表現が正しいと思う」

「そう」

 

 あからさまに興味が無さそうな声を作ってレイモンドに返す。少しだけ驚きながらも彼は引かなかった。

 

「……怖くないのかい?」

「全然」

 

 即答すぎて、レイモンドは少しだけ『トオサカ』に対して恨みを覚える。

 

 こんな話……若干の荒唐無稽さはあれども、女の子だったらば少しの恐怖を覚えるはずなのに……。

 

 レイモンド・S・クラークの誤算は、雫のこれまでの経験によるものだからだ。

 有り体に言ってしまえば、感覚が麻痺しているのだ。

 

 根源接続者、人類悪(ビースト)、境界記録帯、捕食遊星ヴェルバー、セファール……。

 

 自分たちの世界は、かなり脆く出来ているのだ。そういう認識があるのだ。

 

 そして刹那の理論などを鑑みるに、『過去時代』の人間である可能性も考えられる……。

 

 あるいは、純粋に別次元でも異世界とも言える魔法の国からやってきた魔法の王子様……メルヘンすぎる想像だが、そんなことを考えた場合、相手役はあの金髪ツインロール娘になるので、そこは考えないようにした。

 

「僕としては、こういう話をすることで君からトオサカを引き離したかったんだけどな……」

 

 苦笑して返すレイモンドだが、そういうのは逆効果である。

 

「そんなことで怖がらないよ。私は―――そして他人の悪評を吹き込むことで、人の心を動かそうとしても無駄。私は、刹那がどれだけの心で……いろんな人々に関わってきたかを知っているから」

 

 だからこそ、『エルメロイレッスン』などという『望む山』に登りたくても足掻いている人々に登山ルートを教えて、道案内をして登頂するという達成感を教えてきたのだ。

 

 魔法であっても魔術であっても優れた技法や技術は『独り占め』。

 それが本来的な生物、生命としての在り方とも言える。

 

 だが、それではままならない部分もあるのだから。

 

「私も商売人の娘だからね。刹那のやり方は、かなり『合理的』だと思っているんだ。

 近江(オーミ)商人(マーチャント)っていう昔の商人は、『三方良し』っていう考えで商売をやっていた。これが今の経営哲学にも通じるものがあるんだよね」

 

「聞いたことがあるよ。売り手(カスタマー)買い手(バイヤー)にとって満足がいく取引……本当の意味で相手の求めるところを提供することで、『世間』にも顔向けできる商売としていくってヤツだね」

 

 物知りであることをすかさずアピールするレイだが、その考えに深さはないとして少し否定をしておく。

 

「それだけじゃないよ。本当の意味するところは、自分ひとりだけが富めていても、他も豊かにならなきゃ何の支払いも出来なくなってしまう……。本質的な豊かさは他のもの……個人、企業、国家……魔法師全てからちゃんとした支払いがあってこそだから」

 

 一見すればコミュニズムにも通じるかもしれない理屈だが、大いに違う。この理屈は、WW2で勝ちすぎた合衆国が陥った貧困状況から導きだされたものだからだ。

 

 勝ちすぎてあちこちで経済市場・基盤も壊しすぎた合衆国は、他国からの支払いが期待できなくなってしまったのだ。

 

 つまり支払うべき『金』が無くなっていたのだ―――。

 

「だから、刹那を私は信じるよ。私が好きになったマジックキッド(魔法少年)は、魔法社会を豊かにするために生きている……時代が生んだ快男児だって分かっているから」

 

 その言葉に悔し紛れにレイモンドは、かき揚げ天丼を掻き込む。真っ直ぐな眼で見てきた(ティア)にどうしようもなかったのだ。

 

 このかき揚げ天丼のように様々な具材(そくめん)を持つ『トオサカ』に、色んな人を虜にする男に、『絶対』に負けない、負けたくないという想いを持ちながら、飲み込むのだ。

 

 雫はその様子に少しの男気をレイモンドに感じておくのだった。

 

 そうしていると、レイは箸を箸置においてから片手で机上の端末を軽快に操る。

 こういうことは刹那には無理だったなと感じつつ、送られてきたデータを拝見する。

 

 画像データであった。

 

「君の友人も不安がっていた事項、ニホンのTOKYOを中心に起こっている吸血鬼騒ぎだが―――『これ』が原因だと思う。

 出処(でどころ)は明かせないけど、ネバダの『空軍基地』で行われた『実験』のあとに撮影されたものだ」

 

「実験?」

 

「詳しいことは、『トオサカ』辺りならば知っているはずだけど」

 

「刹那はレイほど機械端末を操るのは達者じゃないから、どうだろう……?」

 

 その意外な言葉にちょっとした優越感を持つレイモンド少年だが、既に雫はその画像に注目していた。

 

「それは先程の嘲りの弁償金だと思ってくれていいよティア。

 それじゃ―――グッドナイト、ティア。僕が今夜の夢に出てきてくれると嬉しいね」

 

「グッドナイト、レイ―――よい夜を―――」

 

 支払いをすませて颯爽と立ち上がり店を出るレイモンドを見送ってから、それなりに気を利かせたのか画像処理した画像の殆どを見てから一番に眼を惹いたものは、一枚だった。

 

 

 研究所なのか基地施設なのか……南盾島での経験からでもよく分からなかったが、それでもその基地施設から多くの人間たちが逃げ出す(?)としか言えない様子の中―――遠景ではあるが、メタリックな衣装を纏った女性が月明かりを施設の屋上で浴びていた。

 

 画像を拡大すると、その眼は金色に輝き一筋の涙を流していた……。

 

「銀髪の女性………」

 

 一房だけまとめ上げた銀色の髪が前に流れる美人の姿に眼を奪われた……。

 

「誰に見せればいいんだろう……?」

 

 順当に考えれば、達也か刹那……だが、この2人に正直に見せるのは『致命的』に思えた。

 

 なぜだか分からないが、そんな予感がしてから……言われたとしても、この画像だけは見せないでおこうと思うのだった。

 

 そんな雫の心とは裏腹に、日本では重要な分岐点が決まろうとしていたのだった

 

 

 



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第233話『夜が明けて……Ⅳ』

 

 ……明らかにスプラッター極まる映像は、画像加工やモザイク処理などもされていない強烈なものであり、室内に集められた人間に苦い顔をさせていた。

 ゆえに途中で再生は停止されて、あとは各人でほしいならばコピーをどうぞ。ということになった。

 

「死徒……確かにその力は脅威だ。画面の中での様子だと対策などあるのか?」

 

 十文字の唸るような声は当然だ。

 

 実際、実験施設・基地にはスターズではないものの、先鋭の魔法師部隊が存在していた。

 映像の中にいた連中を見る限りでは、一部のスキルではスターズにも優るかもしれない連中だった。しかし、殺傷ランクAもの現代魔法を見事に手早く起動して迎撃するも、分子ディバイダーで切り裂こうとするも、それら全てが無為に帰していたのだから。

 

「人理がどれぐらい『脈動』しているかにもよる。だが、基本的な法則(ルール)として覚えておいてもらいたいのが―――

 英霊とは人類史を肯定するモノ。人間世界の秩序を護るもの。

 彼ら死徒は人類史を否定するモノ。人間世界のルールを汚すためにあるもの。

 そういった前提条件があるんだ」

 

 人理という言葉は刹那の授業でも何度か出てきたが、かいつまんで言えば人がどれだけの発展をしているかによる指標みたいなものだ。

 だが、それ以外の意味もあるのではないかという疑念もあるのだが、達也的にはとりあえずダ・ヴィンチの言葉を黙って聞いておくのだ。

 

「人が作りし宝具、あるいは神が人の為に用意した宝具の加護を、彼らは否定する事ができる。神が神の為に作った宝具……君たちの言う所のレリックでも、使うのが人ないし魔法師では、どうやっても相性の悪さが出てしまう」

「けれどあの時、エリカの……「あの剣」は何なんだ?」

 

 吸血鬼が使役する使い魔(?)らしき女騎士を切り裂いたエリカの剣は、どういう理屈だったのかである。

 

「いや、アタシに聞かれても、それが聞きたくて、ここに来たんだし」

 

 疑問が口を衝くカタチだったが、さらなる疑問が出てくるのだった。

 

「それに関しては、後で説明しよう。ただ、あの場では高レベルの聖人の加護をレティシアが発して、吸血鬼のルールに対して『否定』をしていたからという不確定要素がある」

 

 その言葉に対して、別の席にいたレティシアが懐から『御子の十字架』を見せて示すのだった。面白がるようなその顔になんとも言えぬ気持ちになりながらも、ダ・ヴィンチの説明は続く。

 

「ある程度の位階(ランク)に達した死徒には、聖別された専用の武器を使うか……特殊な魔眼や獣化の『特異点』持ち、あるいは純粋に高位の魔術師でも無い限りは対処できない……そして何より、これが重要なんだが、ズバリ言えば死徒との戦いにおいて、君たち―――特に現代魔法師の大半は役に立たない」

 

 その言葉に顔を顰めて、眉を潜めるのは―――十文字、七草、司波兄妹、千葉といったところだ。(光井は気絶中)

 

「それは何故ですか……?」

「信仰心の欠如、神や高次の存在に対する『尊崇』の念を持てない存在では、どうしても行いに『尊さ』が無い……自らの力のみを頼みにする限りは、彼らに刃一つ届かないんだ」

 

 深雪の問いかけに対して冷然と答えるダ・ヴィンチ。

 芸術史に残る世紀の大作、芸術に造詣がない人間であれど、何かで誰もが一度は見たことがある宗教画の傑作『最後の晩餐』を描いたのは、この御仁なのだと達也は気付いた。

 

「だが、そんな言葉だけでは君たちも納得は出来ないだろう……だからこそ、そこの少年少女たちは、夜な夜なグール殺しに徘徊していたんだからね」

「秘密主義がすぎるだろ……グールってことは―――」

「当然、灰は灰に。塵は塵に。だ」

 

 達也の言葉に呆気ない『殺人の告白』をする刹那に、『訳知り』などを除けば色々な感情が渦巻く。グールというものの脅威判定が既に終わっている十師族の2人や、留学生たちはともかく……。

 

「……治すことは無理なの?」

 

「自意識を持つにいたるまで待てば、あとは輸血でもすれば、と言いたいですが―――その前に人喰いの化け物としての衝動を抑えきれませんよ。家の腕自慢の筋肉自慢辺りが圧倒されたのでは?」

 

 真由美の言葉に返す刹那。実際、そういった報告は受けていた。今の所、吸血行為をされて『同属』になった人間はいないが……。

 

「国防陸軍で腕利きの壊し屋であった名倉殿が、体術で遅れを取ったのだ。遠坂の対応が間違いであったわけではない―――そして、俺達は八王子クライシスで、そんな連中を殺してきたんだぞ、真由美?」

 

「あの時は、色々とエキサイトしていた上に、おまけに吸血行為なんてなかったじゃない……」

 

「そう言われれば否定は出来ないな……」

 

 諭そうとして逆に言いくるめられる十文字先輩に、男としての悲哀を感じてしまう。

 

「……何か、手段はないのか?」

 

 一縷の希望を抱いて刹那に問う十文字先輩だが、刹那の返答は望んだものではなかった。

 

「先程言ったように、『英霊の宝具』を『ヒト』の身で振るったとして、有効な手にはなりません。その身に神性……神からの加護を受けた身でなければ、魔力の籠もった武器で攻撃したところで死徒にダメージはありません。

 彼らには復元呪詛という時間逆行現象があり、例え物理的に腕を切り落とされても即座に回復をしてしまいますから」

 

 その言葉に、八王子クライシスのゾンビ女を思い出す面々。腕を切り飛ばして新たな腕を構築していた様に怖気を思い出した。

 

「……刹那、死徒には十字教の『唯一神』の加護だけが有効なのかい?」

 

「いや、そんなことはない。インド神話の軍神でも、仏教八部衆なんかの加護でも構わない。どんな土地でも、そういう人喰いの怪物を調伏するのは神の加護を得た存在という『セオリー』が存在しているからな」

 

 幹比古の言葉に明朗に答える刹那。いつぞや話した『神話の類形性』(アーキタイプ)というやつは、転じて全ての土地で破邪・破魔を可能とするのだろう。

 

「さて、ここまで話しといて何ですが……この件の一切合切から手を引くべきです。最初に警告しておくべきでしたが、レオが狙われたことで、もはや事態は退っ引きならないものになっています」

 

 それは刹那なりの優しさなのだろう。

 魔導の修羅巷に誰よりも身を置いて、その度に地獄に入場を拒否されてきた男は心底の危険性をこの場で訴えた……。

 

 握りしめる手―――長い袖越しでも見えてしまう両腕の刻印が自動発現しているのは、恐らく……。刹那の呪文が紡がれる……。

 

「あなた方が吸血鬼になれば、それを処分するのは俺だ。俺に―――『これ以上』、友人・仲間・先達を殺させないでくれ」

「けど刹那くん……」

「仰っしゃりたいことは分かります。まずは家の当主に判断を仰ぐべきです。こんな映像を見れば、いくら何でもあなた方を危険に晒そうとは思えないでしょ?」

 

 真由美の言葉に手で制してから、コレ以上の介入に関してのジャッジは親御に任せるべきだ。として行動を封じてきた。

 

 それがUSNAへの賠償などになったとしても、この件に関わる以上、刹那の魔術師としての判断は違えるわけにはいかない。

 

(第一、儀式の『結末』に至るまで、確かなカタチでの『決戦の日』を定められないなど悪夢でしかない……)

 

 そして『タタリ』の駆動式が『何』を目指したものかは、目下調査中。

 どちらの『死徒』が完成形にいたっても……この東京に惨劇が広がる……。

 

「にしても、なんでUSNAで『招来』された存在が、海を渡ってまで東京でそんなことを……?」

「それは俺も疑問に想っている……」

 

 あの吸血鬼三人娘の意思決定には、主導的なところはVシオンが担っているのだが、最終的には『弓塚さつき』の意思を『尊重』しているように見えた。

 関係性としては……まぁ百合百合しいものが見えるのだった。肘を突きながら考えるに、情報が足りなさすぎる……。

 

 それは能力値的な面ではなく情実的な事実確認。

 そもそも村で『観測』していた『院長』が、何故にそんなトチ狂ったことに及んだのか……。

 

(タタリを成そうとしている方を捕らえるなり出来ればいいんだがな)

 

 それは即ち、魔法師ないし人間に取り憑くという前提条件がなければ成されぬ事実。

 如何に利己的でエゴイズム丸出しの魔術師である(と自称している)刹那でも、それを積極的に行おうとは思えない。

 

「―――最後の確認なんだけど、シオンさんは、自分の所属するところから流出した機器で起こったタタリの解決ね?」

 

 目線をシオンにまっすぐ向けて口を開いた真由美に、うなずくシオン。その姿勢に乱れはない。

 

「そしてレティシアさんは、ある種の啓示?を受けて、死徒退治に留学にやってきた、と?」

「ニホンのポップカルチャーにも興味はありますけどね。目指せサバフェス(?)の壁サークル!!」

 

 この場には似つかわしくない明るい声を上げる大統領子女に対して、同じ令嬢として何か思うところはあるのだろうか、真由美は微妙な表情をしていた。

 だが、それはすぐさま失われて、最後の問いがモードレッドに向けられる。

 

「アタシの目的ならば至極単純。セツナにエクスカリバー鍛えて打って欲しい。それだけですよ」

 

 そのことは留学初日に公言していた通りだ。肉食獣のような笑みを浮かべて、その為ならば吸血鬼狩りに従事しているというレッドに、魔法師の上層は疑問のようだ。

 

「政府や魔法師協会に対して箝口令などを布いていたんだがな……遠坂の『必殺技』に関しては、何処で知ったんだ?」

「情報の出処を教えるスパイがいるとお思いか、 ロード・クロス(十文字)?」

 

 ちょっとカッコいい(あざな)で呼ばれて頬を緩ませる克人先輩に、即座に物理的ツッコミを入れる真由美先輩。

 答えは足を組んで椅子に座っているレッドだけが知る。だが、信頼関係構築のためか、結局レッドは口を開くことにした。

 

「日本の魔法協会は機密を守るのに適した組織ではないんですよ。歴史が浅すぎてね。違法建築物と同じで思わぬ『穴』が開いているわけですよ」

 

「むぅ……普通は逆ではないのかな?」

 

 ロード・クロス(十文字克人)の言葉に首を振ってから、再び説明を続けるレッド。

 

「例えば、中国の幇会や香港の三合会を考えれば分かります。あの手の伝統ある犯罪シンジケートは、その長い歴史ゆえに鉄の結束を誇り、その独特の嗅覚で巧みに異分子を嗅ぎ分ける―――それ故に、西欧人たちは牙城を切り崩すよりも、『取り込むこと』を選んだんですよ」

 

 いつもどちらかと言えば、エイミィと一緒になって騒ぐタイプのモードレッドからこんな『学のある発言』を聞くと、『モヤッと』した気分になってしまう。

 

 だが、そこまで言えば情報の『出処』も自ずと知れた。

日本の近代化に尽力した維新十傑も関わりが長くあり、第二次大戦後の日本の政治家にも影響力を持ち続けた存在……現代に生きるコングロマリット。

 

「―――ジャーディン・マセソン商会か」

「正解だ。セツナ」

 

 意外な名前が出てきたことで瞠目する一同。

 

 まさか魔法関連の団体や組織を予想していただけに、その名前はあまりにも意外だったようだ。(達也ですら驚いた顔をしていた)

 結局のところ、魔法協会の前身が政府主導の研究所由来である以上、そこの組織構造には、政府筋で出てきた『出資者』の根が入り込むものだ。

 

 如何に政府筋が入り込ませないようにとしても、そもそも今生きている有力政治家の中に、ジャーディン・マセソンなどのグローバルカンパニーと繋がりを持たずにいられる人間はいない。

 

 いるとしたらば、それは本当に生え抜きの実力者だろうが……。

 

(末は田中角栄ほどに『やり返される』可能性もあるからなぁ……)

 

 切れすぎる刃はいずれヒトから嫌われるものだ。その切っ先が誰に向くかわからないのだから。

 

「英国政府の意向・意図は、基本的に『イナカモノ』のアタシには分からないが、このニホンの魔法事情を色々と気にしている。それ故に、『商売相手』からその手の情報が上がってくるらしい」

 

 一般的に魔法師というのは、通常の経済活動における役割を担っていないと思われがちだが、魔法師とて人間であることは当然なわけで、様々な『つながり』から、そういった『痕跡』は残ってしまう。

 同じ十師族でも財力に違いがありすぎる家もあるとか。

 そうであるならば、恐らくだが、市原鈴音プレゼンの核融合エネルギー炉の情報も、事前に察していたのかも知れない。

 

 ジャーディン・マセソンやロックフェラーなど古豪の財閥の歴史と財力というのは、この時代においても衰えず、その影響力と情報収集能力は、魔法師などのように電子機器による盗聴だけで事足りると想っている輩には追随出来るものではない。

 

 彼らは廊下で一言二言話しただけで、符牒を見抜き、地球の裏側にいる『上流階級』の私的な買い物の情報だけでも多くのことを察する……。

 

 わずか30分前のそれですら……情報の網の目を張り巡らしているのだ。

 

「人の世はどこかしら繋がっている。隠そうとしても隠しきれない痕跡が、全てを物語るんだよ」

「お前の口ぶりだと、英国は魔法が上達する『アヘン』でも大亜の軍閥に売りつけたいように聞こえるんだがな」

「笑えん冗談だ」

 

 内戦状態になっている大亜の状況では、そういった思惑も見えてくるとした刹那の言葉に憤慨するロード・クロス。

 これで話は打ち切りかと想っていた矢先、モードレッドは更に踏み込んできた……。

 

「麻薬なんざクソ喰らえだ。……しかし―――魔法が上達する『物品』に関しちゃ興味がある。

 我が英国にある『白竜の遺骸』から出土する『呪体』、一枚噛ませろやセツナ。今までの『盗掘』に関しちゃお目溢ししてやっからよ♪」

 

 猫、もしくは子獅子を思わせる犬歯を見せた笑顔の下、放たれる言葉は―――イメージするならば……。

 

 時速160kmの豪速球で刹那が振った木製バットを粉々にした瞬間であった―――。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

「どっと疲れたぞ……」

 

「ナンカ前にも言っていたような気がするワ」

 

 そうだね。あのブリティッシュヤンキー娘が初日にやってきた時にも、こんな感じだったことを思い出す。

 

「ネゴシエーションとしては、これ以上無いぐらいに『正道』だからな。くそぅ。悪いことはそうそう出来ないってことかぁ……」

 

「マァ、それはアナタの経験上、シカタナイわよ。だからこそ―――イロイロと教えたのでしょう?」

 

「……限界だったんだよな。うん、独り占めしようとまではいかないが、本当に『アルビオン』に潜るのは『ギャンブル』なんだ。なるたけスキップ(省略)出来るところはしといて、舗装しておきたかったんだがな」

 

 そんな刹那のため息まじりの言葉に、微笑を添えながらリーナは刹那の顔を見ている。

 

 そんなに面白い顔をしているだろうか? そう思いながらも、目下の問題はアルビオンじゃない、死徒に関してだと切り替える。

 

「レッドによって少し場は荒らされたが、殆どの家は脅威判定を上げたようだな」

「夫への電話を取り次ぐ、古き良きニホンのリョウサイケンボ(良妻賢母)の気分でした♪」

 

 ヴィジホンが何度も鳴り響いた我が家の数時間前の様子は、そんな感じだったが、全ての家に出向くのは不可能なので……。

 

「一、二日ほど様子を見てください。手負いの獣ほど怖いものはありませんので、身の保証は出来ません」

 

 リーナから代わって出ると、最後にはそんな言葉で、とりあえず打ち切りとしておいた。

 

 金曜日の戦闘の様子も映像で提出済みだ。これを見てそれでも立ち上がるようならば、仕方あるまい。

 

「座長は他に任せるとしても対応策を授けるようだろ」

 

「ホント、お人好しというか大風呂敷(オオブロシキ)オトコといえば良いのか……」

 

「死徒を滅するには、どうしても『周期』ってのが鍵になる。満月・赤月が浮かぶ日には、教会の代行者とて狩り出しを控えるほどだ。そういうのを全てひっくり返せるものは……」

 

「白い吸血姫と退魔の純血のみ―――」

 

 リーナの言葉に頷き、考えてみるに、『あの村』でよく俺は生きていたものだと思う。

 そして、あの時とは状況も居並ぶ連中も格段に見劣りする。

 

「暫くは、ランサーに斥候を任せる……その間に、俺達は何としても敵の正体を掴む」

 

『やれやれ。まぁこれが本来のサーヴァント運用の基本ですけどね。何というか味気がない』

 

「お前が弓塚女史との関係を素直に吐いてくれれば何も言わんよ。それと最低限のポーズは必要だ。最大級の戦力を運用していなければ、『うるさいの』が多いんだからな」

 

 聞こえてきた念話の主は、現在―――都内のどこかで霊体化をして、街を彷徨うグールを見つけ出し、狩り出している。

 

 そう命じた時に、苦笑と共に……。

 

『さつきの事を滅するには、私自身少し『覚悟』が必要です。だから―――その間、彼女の『ツケ』は私が払いましょう。私こそが『彼女の抑止力』とならなければならない。マスター刹那、私の我儘をお許しください』

 

 眼を伏せて、そのままに霊体化で去ったランサー。

 

 その顔は―――

 

「笑っていたわよね……」

 

「ああ、嗤っていた……」

 

 言ってからハニーミルクと紅茶を啜る夫婦。

 

 結局の所……軍神『長尾景虎』にとって、弓塚さつきに対する悲しい想いはあるのだが……。

 それ以上に後顧の憂いなく『人斬り』が出来ることが嬉しいのかもしれない。

 

 お互いに青い顔をして、あの虎を街に解き放って大丈夫だろうか?と今更ながら考えるも―――

 

「あっ。エリカの剣に関して説明するの忘れていた」

 

 本当に今更なことを思い出すのだった……。

 

 その頃の千葉道場では……。

 

 

「結局、アタシのこの剣は何なんだ―――!?」

 

「どわあああ!!! エリカ、そんな力任せに剣を振るなんて教えた覚えは、というかめっちゃ重い!!! 沈む! 沈む!! 和兄貴!! いまこそ秘奥義たる兄弟拳バイ○ロッサーモードで、 大地のエネルギーを引き出して助けてくれ!!」

 

「お前のほうが宇宙のミラクルパワーとか、納得いかない……」

 

 言いながらも警官の長男はすくっと大地に立って、軍人の次男は魔法で宙に舞う。

 

 双剣双侠が、魔刀太后の気を鎮めるべく間合いを取って剣を構える……。

 

 そんな様子を見て、招かれた客人である女性は―――。

 

「ご兄妹、仲がいいですね」

 

「「「いつもこんなんじゃないです」」」

 

 力いっぱい手を振って否定する三兄妹を見て、やっぱり仲が良いと内心でのみ感想を出す。

 

 いつの間に淹れられていたのか分からぬ熱いお茶を飲む藤林響子は、この東京で行われている事変に彼らも関わるのかと考えを巡らすのだった……。

 

 



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第234話『フルマジック・パニック‐Ⅰ』

100万UA突破ありがとうございます。

皆さんの有形無形の応援のおかげだと思っています。

ただその一方で、この話数で100万突破というのは、あまり誇れる結果じゃないんだろうなとも考えますよ。私よりも少ない話数で、その数字を取っている人もいるわけですからね。

同人の世界とはかくも厳しいものです。

無駄口はここまでにして、新話どうぞ。


 

「と、まぁそんな感じです。USNAに責任追及したところでお金が入るだけじゃないでしょうかね?」

 

 延々長々とまでは言わずとも、かなり時間を費やした達也の説明。画面越しのリアルタイムでの受け取りをすべて終えて、映っている妙齢の女性は、小首を傾げながら深いため息をついた。

 

『地球を一つの生命(いのち)に見立てた場合に現れる超越種族『真祖』……随分と、私たち魔法師は『お上りさん』なのね』

 

 この世には解明されきれていないことは多すぎる。

 現代魔法師は、全ての物理事象を再現出来ると豪語する集団だ。それゆえ『世事』の森羅万象を解明出来たとしがちだが……。

 

 そもそも『現生人類』(ホモサピエンス)の祖先と『旧人』との間には繋がりがないとされている。

 

 人類史の始まりからして我々は不明なのだ―――。

 

(もっとも、その原因を知ってしまったがな)

 

 セファールという異星より来る白い巨人が、先史文明全てを滅ぼし尽くした。その際に、古代ギリシャの神々は抵抗をしたが、戦神すら討ち果たす巨人の前に、命乞いしてでも生存を願ったものがいたとか。

 

『霊墓アルビオン……刹那さんは、そこで盗掘を行っていたというのは事実かしら?』

 

「事実ですね。とはいえ、ヤツからしたら先鞭をつけていただけですよ。白竜の遺骸は、掘り進めていけば、地球の深層にまで達するらしいですからね。先乗りをして道路舗装……いずれ『チーム』を組んで発掘作業をしたいそうです」

 

 だが、その舗装作業も順調にいったのは、所詮は浅層を漁っていたからにすぎない。

 

 だが、『この世界』で初の『アルビオンの侵入者』にして『生存者』(サヴァイバー)なのだ。

 得られたものは多かろう。なんだか考えれば考えるほど少しのムカつきを覚える。

 

(まぁ迷宮の中には、ありったけの幻想種がいただろうからな。その苦労を考えれば、それぐらいの利益はあってもいいんだろう)

 

 如何にサーヴァントインストールを用いても、幻想種の脅威ぐらいは、達也も認識しているのだから。

 

『―――分かりました。ならば、そちらは『そちら』で対処しなさい。不安や恐怖を具現化する吸血鬼と、可能性の別世界からやってきた吸血鬼。どちらも私たちには手が余るでしょうから』

 

「―――承知しました」

 

『ではよい夜を』

 

 ヴィジホンに映る妙齢の女の姿が消えるまで頭を下げていた司波兄妹だった。

 

 そして、先程の言葉の中に、聞き捨てならない言葉が紛れていたのだ。

 

「そちらは『そちら』で、か」

「叔母様は、動かすのでしょうか?」

「流石に貢叔父貴が止めてくれれば……と思いたいが、無理だな」

 

 アルズベリ・バレスティンで見たような吸血鬼たちの謝肉祭が東京で繰り広げられるならば、達也と深雪も既知の双子も無事ではすまない……。

 

 というより確実に死ぬだろう……。

 

「―――」

 

 その可能性を考えて、我知らず拳を握りしめてから……深雪にこれからのことを話していく。

 

「刹那は魔術的な方面から『削り』と『探り』を行っているようだが、シオンの話通りならば、錬金術師の『工房』は、魔力だけでなく『電力』も大量に必要らしいからな」

 

「エネルギーの使用率からの拠点探しですか?」

 

「ああ、吸血鬼女が、グールを保管しておくところが必要だからな。陽光を避ける『路地裏』であっても、ソーシャルカメラはあるわけだ……東京都内に絞ったとして、被害者の状況等々から『ねぐら』を探れるはずだ―――……はずなんだがな……」

 

「お兄様?」

 

 居間に戻りソファーに座り込みながら考えるに、そちら方面での探りを入れていないわけがない国防軍ないし情報部隊の類が、未だに『連絡』一つ入れていないことが、気がかりだ。

 

「響子さん及び独立魔装の隊員は完全な味方ではないが……この事態に何の動きも無いのは気になるな」

 

「……『出資者』のご意向なのでは?」

 

 深雪がおずおずと、どこか恐れているように言ってくる。八雲の言う所によれば、確かにそちら側からの圧力もあり得る……。

 

 だとすれば、出資者は最初から死徒の脅威判定を分かっていたことになる。

 それはそれで謎なのだが……。

 

「刹那に泥を被せて全ての解決を望む。まぁ無くはない話だ」

 

 だが、据わりが良くない話ではある。あまりいい気分にはなれそうにない。

 

「刹那は、敵の正体を明かして、目に見える全ての家に『停戦命令』を出した。従うかどうかは各家次第だが……」

 

 刹那の忠告という名の『停戦命令』を聞かなかった、『目に見えない勢力』が刹那の邪魔をすれば、それは致命的な事態に近づくのではないか……?その懸念こそが、『引っ掛かり』となる……。

 

「魔術師ならばともかく、吸血鬼……死徒なんて魔法師には手にあまるぞと言ってやりたいんだがな」

 

「それを額面通りに受け取る人間ばかりじゃないですからね。お兄様のように、他人の魔法を見ては、それを『魔法カスタム大好きー♪』なんて人間もいるのですから」

 

 実妹から毒(?)を吐かれて、自分こそが、首突っ込み、茶々入れ……それらの筆頭であることを自覚する。だが、今回に限っては無理だろう。

固有結界(リアリティ・マーブル)なんて規格外は何も見えなかったのだから、登録も無理だろう。

 

 更に言えば、吸血鬼の復元呪詛は、場合によっては『塵からでも復活できる』などと言われては……。

 再成の上位概念であると考えてから思考を打ち切り、深雪と私的な話をする。

 

「で、お前は何か用があったんじゃないか? 叔母上の連絡で中断してしまったが、言っていいぞ」

 

「あっ、そうでした。頼んでおいた特注CADの調整の程をお聞きしたくて」

 

「既に出来上がっているよ。いままで放ったらかしにしていてすまないな」

 

「お疲れなのは分かっていましたから」

 

 刹那から渡された『感応石』以上に反応数値がいい『基材』を利用した深雪のCAD。バージョンアップさせたそれは幾度かの試験を経て、ようやく完成していたのだ。

 

 笑顔で言ってくれる深雪に申し訳ない気持ちを持ちながらも、工房に赴くまでもなく、手元にあったケースから恭しく汎用型の礼装を取り出す。

 

「こちらがご所望の品物です。ご確認を。お姫様?」

 

「もう! お兄様ってば!! さっきの深刻な空気台無しですよ!!」

 

 オーダーメイドの高級アクセサリー、高級な縫製服を渡す『クチュリエ』の気分で深雪に差し出したのだが、真っ赤な顔で笑いながら怒るという高度なことをされて、こっちもどうしようもなくなる。

 

「にしても、これを使う機会がないな……」

 

「お兄様は、私を戦いに連れて行かないのですか?」

 

「……考え中だ……」

 

 上目遣いで言ってくる深雪に頭を縦に振れないのは、此度はかなり不味いからだ。

 

 正直言えば、深雪は自分よりも『戦力』になるだろう。

 新たに登録した『甲星竜』と『人鳥』の術式は、確かに神秘領域の存在を脅かすだろうが……。

 

 深雪がゾンビになった場合のことが、どうしても嫌で戦場に出したくないのだ。

 

 自分の『逆行』で『元の状態』というのを定義出来るかどうかも疑問だ。

 

 というか多分ではあるが、『出来ない』。

 

 死者でありながら『生きている』という矛盾状態に対して、自分の『再成』が効くならば、その際の『ペインバック』(逆流)は、どのようなものか。

 

 それは即ち『達也』は死んで、そして生きるという永劫状態になり、術者たる達也のその状態から、魔法そのモノが矛盾状態を解決出来ずに砕け散るかもしれない。

 

 死徒のゾンビ作りではないが、死体を動かす技術というのが中国大陸にはあるらしい。

『僵尸術』というやつらしく、刹那がこの世界に来て最初の外道働き(本人談)で、叔母の腹を切った中華系アメリカ人の魔法師……大漢の方術師が、そんな術を使っていたそうだ。

 

 人伝手であり詳細こそ詳しく知れないが、新ソ連の生体兵器『コシチェイ』『ヘカトンケイル』とも違うらしいが、想像の上ではそんな理屈展開だった。

 

 死んでいるのに『動いている』ではなく。

 

 死んでいるのに『生きている』……そういうことになれば、達也の再生は通じまい。

 

 そもそも『魂魄』というものの実証すら不確かなのだ。

 

「俺の再成では、お前がゾンビになった場合に元通りにならない。『稀』にだが、そういう過程をすっ飛ばして吸血鬼(死徒)になれる才気あふれる存在もいるそうだが―――とにかくお前が此度の戦場に出るのは……俺は不安だ」

 

 妹が生ける死者になることに不安を吐き出すも、妹は退かなかった。

 

「分かっています。だから……私が『勝てたらば』、それを許してくれませんか?」

 

 その言葉の意味を斟酌するに、誰と勝負をするのか一瞬分からなかった。

 そもそも何の勝負……まぁ魔法だろうが、誰と魔法の質と差を測ることで、自分からの許可を得られると想っているのだろうか。

 

「レティシア・ダンクルベール」

「この前の勝負に、こだわっているのか?」

 

 別に魔法実技で決して深雪が最強無敵というわけではない。

 刹那とて『手打ち』で『組み立てる』ならば、深雪に10回に1回は負けることもある。

 

 そう考えれば、その手の勝敗にこだわるなど、『らしくない』と思えた。

 

「あの時の敗北は、深雪の心に深く傷跡のように刻まれました。日本の魔法師として、このままにしておけません……」

 

「そんな、お前が代表格だと誇示せんでも」

 

「私の名前にもある『雪』という言葉には、『(そそ)ぐ』『洗い流す』との意味がありまして、受けた恥をそそぐことから『雪辱』という―――やるからには完全に勝ちますよ」

 

 握り拳を作ってまで言うことなのだろうか。静かな闘志を燃やす深雪に対して、戦う場を設けられるかどうかだろう。

 

(完全な私闘を許可することが出来るだろうか)

 

 そして、それをレティシアが受けるかどうかである……。

 

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 

「あれから丸3日が立ったわけダケド、何か分かったかしら?」

「ああ、君が何故か『しばらく自分がいるときキッチンに入るベカラズ』なんて言うから捗ったよ」

 

 その言葉に『ギクリ』とした後には、バツが悪そうにしてからテーブルにある『おひたし』に箸を伸ばすリーナの姿。

 

「あっ、リーナ。今日のおひたし味付けしてないから、醤油かけたほうがいいよ」

「いいわよ。この青々とした野菜臭さが口に新鮮なのっ!!」

 

 まぁかつお節は上にまぶしてあったから、それでいいというのならば、何も言わんが……。

 

 口の中が『甘ったるい』のだろうと、一応は察しておくのだった。

 

「私は遠慮なく掛けますよー! ああ、やっぱり「おひたし」には味がありませんとね!!」

 

「お前は、もう少し塩分を考えて摂れ!」

 

 醤油をかけ過ぎている『しょっぱいもの』好きなサーヴァント(お虎)に、ツッコミを入れてから話の続きをすることにした。

 

「人理否定世界『ブルーグラスムーン』のズェピア・エルトナム・オベローンが見たものとは、やはり歴代のアトラス院長と同じのようだ」

 

人類の滅亡(アルマゲドン)だっけか?」

 

「そう。結局それを『覆すための方策』を、アトラスの錬金術師たちは希求している。こちらの『シオン』も概ねそんな感じらしいがな」

 

 だが、その為に作られたものは、世界を惨たらしく焼き尽くす封印礼装であった。

 七度焼き尽くしても足りないほどの『兵器』。

 

 ―――アトラスの封印を破るな。

 

 苦言を呈する先達の提言を少しだけ甘く見ていたが、それも今では身に染みて分かっている。

 

「つまりは……今の状態というのは、ズェピアにとっては『緊急避難的な状態』なのではないかという話だな」

 

「ミストみたいな状態での不老不死が?」

 

「ああ、何かの緊急の案件で、『一度死んだ』死徒『ズェピア・エルトナム・オベローン』は、保険として備えていた式でタタリという現象に昇華……いや没落したんだろう」

 

 焼き魚から器用に骨を外して身だけを食べる景虎を見ながらそう言っておく。

 

「死徒とて無敵ではないから、それはワカルんだけど……そんな死亡する『事態』ってナンなのかしらね?」

 

「予測はある。『推測』にまで落ちるけどな」

 

「ソレは教えてくれないノ?」

 

「リーナが混乱するだけだから、イマは言わない♪」

 

「セツナのイジワルー♪ あくまっこ♪」

 

 顔を近づけて言ってきたリーナに卵焼きを与えながら言うと、更に返される卵焼きを嚥下したあとの早口である。

 

 そんな様子を傍で見ていたお虎は……。

 

「そういう言葉だけが剣呑なイチャイチャパラダイスしないでくれませんか? いいかげん『点穴』を突きますよ」

 

 長尾は日ノ本にて最強……覚えておかなければ、容易く死んでしまう。

 

 尚、次世代主人公の妹が最強格とかとんでもない。サイコパスな眼で言ってくる景虎に『はい』と心を一致させながら同じく言う刹那とリーナ。

 

 カゲトラちゃん、目怖っ! などと考えつつ、朝食は恙無く終わるのであった。

 

 ・

 ・

 ・

 

「監視者を派遣しているとは思いますが、これ昨夜の戦闘の様子です。家中の方々とご検分を」

 

「助かるわ。名倉さんも『長尾殿の韋駄天のごとき瞬脚に追いつくには、老体に堪えます』なんて言っていたし」

 

 記録用メモリを苦笑する七草先輩に渡しながら、ふと妙な取り合わせではあるなと思い立つ。

 入学して以来、割と関わりはあったほうだが、この人と対面で2人というのは無かった。

 大体は、リーナか達也が横にはいたような気がする。

 

「グールに関しては任せているから問題ないんだけど、こっちは吸血鬼αの対処が難しくなっているのよ……」

 

「一応ローテーション組ませて、エリカと幹比古も動いているでしょうに……―――学習してきているな。もしかしたらば、近日中に『何か』が起こるかもしれません」

 

 廊下で話しながら今後の展開を予想して、警告しておくのだった。

 

「何かって…?」

「ついに明確な『存在』のカタチを取るかもしれないということです。ダ・ヴィンチが言っていた通り、『不安』『恐怖』……それを『再現』しようとしてくるでしょうね」

 

 明確な能力値にするべく『魔的な人間』の情報を収集してくるはず。つまりは、具現化しようとしている存在の情報はそろそろ貯まりつつあるのかもしれない。

 

「それは……戦えば戦うほど、あちらは強力になっていくのよね。そこまでは分かっていたわ」

 

「だから、俺は『吸血姫β』の方だけに専念していたわけですが、まぁ―――エリカも幹比古も、克人先輩も……情報を盗まれていたんでしょうね」

 

 だが、これは仕方ない話だ。寧ろ被害が増えて取り入れた体が多ければ多いほど、強力な存在に成り上がるのだから……。

 

 だが逆に言ってしまえばチャンスでもある。

 

 タタリが明確な体を取るということは、情報が『固定化』されるということだ。その霊子の総量がどれだけあるかは知らないが、まとまったカタチになるならば、それだけの霊子を消滅させる機会になるのだから。

 

(問題は発生・再生する『噂』が、何であるかだよな)

 

 一番あり得るのは……あのヒトが再生される可能性だよな……。

 スペックは明らかに劣るだろうが、それでもあり得ざる可能性として論外には出来ない。

 

 そんな風に1人考えていると、七草先輩は不意に話の話題を切り替えてきた。

 

「そう言えば私と刹那君って、こういう風に2人だけってことは無かったわね?」

「そういやそうでしたね。まぁ入学してすぐに俺はアナタをいじめたわけですからね。対面なのが俺は気後れしていたわけですよ」

 

 十数分前には刹那が至っていた結論に、ようやくたどり着いた真由美に対して原因を明らかにする刹那。

 

「ホント、あの頃はエキサイティングしすぎていたわ……私の理想は、間違っていたのかしらね?」

 

 こちらを覗うようなポーズに探るような目と顔が刹那の視界に入る。特に何も感じないが、そういうことを気のある男以外にはしないほうがいいだろうと思えた。

 

「さぁてどうでしょうかね、今では先輩がそういう風になった経緯(いきさつ)ってのも、分かる気がしますよ。しかし、それで救われる人間は、この学校には殆どいないってだけです」

 

「……その推理はどうやって導き出したの?」

 

「―――数字落ち(エクストラ)

 

 その言葉に眼を見開いて、怒りとも悲しみとも何とも言えない表情を浮かべる七草真由美。

 

 先程の話にも出てきた名倉氏。そして生徒会の同級生である市原鈴音……そして関係者の間では、手勢が多いと称される七草の家。

 

 その手勢の殆どが、そういった風な分家筋とも没落家系とも言える人間ならば、この人がある種の『名誉回復』『地位復帰』を後押ししたいという気持ちを持つだろうことは、なんとなく程度には推察できた。

 そういう人間に囲まれていれば、そんな考えを持つにいたるだろうけれど、『そこ』(没落家)『ここ』(候補生)を混同したのは明らかな誤解だろう。

 

 そういう旨を伝えると、天井を仰ぐ真由美先輩の姿が見える。

 

「ズルイわ。そんな風に私の心情まで解体するだなんて、それを言われたらば、私には何も出来ない……」

 

「アナタの理想が間違っていたわけじゃありませんよ。……けれど、そのために大事なものを見落としていたんじゃないですか?

 先輩が欲しかったものは、魔法師全てが団結するために、一人一人に『備わってある能力』に『相応しい役割』を与えることだったんですか?

 それとも、魔法師一人一人に『これからどうなるか』を『選択する権利』を与えることだったんですか?」

 

 言うたびに天井を仰ぐ角度が着いていき、ついに廊下の壁に頭をぶつける七草真由美の姿。

 

 前者は権力者によって能力開発されてきた末に、『必要ない』『力足らず』と考えられた時に上から出てくる下劣な考えにも通じる。

 

 もちろん、社会に出れば、そんなことは否応なくあるものだ。本人の望んだ進路に進めるとも限らない……けれど、だからといって最初から『希望』を持つことを無駄事とするには、あまりにも拙速すぎた。

 前者が真由美の考え……もちろん慈悲が無かったわけではないが、それでも少し無情に過ぎたからこそ、後者を刹那は示したのだ。

 

「明日がどうなるか分からないからこそ生きていける。もしかしたらば、不幸なことが起きるかもしれない。いいことなんて無いかも知れない。けれど―――『何か』があると思えるからこそ、『ヒト』はどこまでも進めるんですよ」

 

 箱に封じられた最後の厄『前知』…未来を知る力が与えられなかったからこそ、ヒトは明日を信じられる……だが、『先』(みらい)を『知ってしまった』ならば、それはアトラスの院長とおなじになるのだろう。

 

「まったく……時々、刹那君の年齢が分からなくなるわよ。アナタ、本当は年齢を詐称しているんじゃないかしら?」

 

「まさか、そんなメリットが何処にあるっていうんですか」

 

 余談で、本当に余談程度であるが、東北を統括する魔法科高校の一つ、『第5高校』には、数年前に年齢詐称した『卒業生』がいたのではないかと少しの話題になったが、明確に『何某』(なにがし)がそうであるとは分からなかったので、既にこの話題は都市伝説となっていたのだ。

 

「あるいは、2010年代から2020年代―――平成時代から令和時代にかけての過渡期に流行った転生憑依英雄(リボーンヒーローズ)という可能性も!」

 

「アタマ大丈夫ですか? 実は脳みそに蛆か蟲でも埋め込む魔法実験でもしました?」

 

「埋め込まれていないわよ!! な、ならばどっかの光の巨人の協力者だったりとか―――」

 

『ご唱和ください 我の名を』―――なんてのは、レオと服部会頭の新部活連の主要メンバーに任せるべきだろう。

 

 などと頭の中で出した結論を言う前に……。

 

「セツナァアアア!!! 私を助けてくださあああい!! 雪の魔女が、ありのままの私の点穴を突かんと迫ってきますよ―――!!! 明日の朝刊に『ドッキリ! 極東の地で聖女陵辱!』なんて見出しが―――!!!」

 

 半分泣き叫ぶような声をあげながら、三年の教室棟に猪突猛進ガールよろしくやってきたロングの金髪。レティシアに勢いのまま抱きつかれて、そのまま拘束される。

 

 長く編み上げた三編みのテイルが刹那の右腕を拘束してきたのだ。移動魔法系統の『念動力』なのだろうが、意思持つかのように『生物的』に動かされると、キメラの尾か、バジリスクの蛇身のようにも感じる。

 

 刹那の一高制服のシャツ部分に『ぐりぐり』と顔を埋めるレティに、何がなんだか分からない気分。

 

 だが一つだけわかることもある。

 

 ずどどどどど……凡そ大人数が群れを成して、三年の教室棟に駆け上ってくる音が響く……。

 

「ここは、直に戦場になる……即時退避を」

「何でかしらね。こう…元凶に言われると素直に従えなくなるわー」

 

 気持ちはよく分かる。だが―――決意の時は来るわけで―――。

 

 遠坂刹那は、この世界に来てから何度目になるか分からぬ、種の存続を掛けた戦いに挑むのであった。

 

 ……もちろん、例えその中に未来の伴侶がいたとしても、という間抜けなオチが着いたとしてもだ。

 



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第235話『フルマジック・パニック‐Ⅱ』

 

 

 

 机の上、素材はなんだか分からない。まぁ多分『木』だろうものを人差し指で叩きながら、聞いた話を整理する。

 

「なるほど、話は分かった。深雪は魔法戦がしたい。けれどレティはやりたくない。断ったのに首狩り族よろしく迫ってくる深雪他数名の追手から、逃げて逃げて―――俺のところまでレティはやってきて、まぁその後の『ひと悶着』に関してはどうでもいいな―――」

 

 ため息を突いてから騒動を起こした連中を見ながら言う。

 

「諸君らは、フランスとの間で外交問題を起こしたいのか?」

 

 ぎくっ! とばかりに背筋を正す面々。流石にレティも、それはちょっと困っていそうな辺り、被害者側の立場としてはヘンであると思えた。

 

 話が大きくなりすぎた。そういう気持ちなのかも知れない。

 

「本人が嫌がっているのに無理強いはいかんだろ……」

「まさかそんな正論を刹那君に吐かれるなんて思いませんでした」

「俺は基本的に正論しか言いません」

 

 不貞腐れるような深雪の言動に返しながら、周囲からは本当かよと言わんばかりの疑わしい目線が届く。いや、本当である。

 

「レティはどうなんだ? 俺も一応、君の指導役で、ここの外交官みたいなものだから、やりたくないことは無理強いは出来ないかな―――そもそもどういう形式の戦いにするつもりだったんだ?」

「ノータッチルールによる魔法戦だ」

「エリアアラートなしの即時停止戦か?」

 

 達也からの言葉に疑問を付け加えると、首肯一つを返す達也を見て、それでそこまで避ける理由が分からない。

 

「―――まぁ深雪が鬼のような形相で怖かったのは分かるが」

 

「刹那くん!」

 

「明朗な理由が無いと、この雪女様はこの学校の男どもを氷漬けにしかねない。とりあえず、嫌なことは耳打ちでいいから言ってみてくれ」

 

「セツナ!!」

 

 我が校が誇る双璧の美少女2人が違う理由で憤怒しているのは、ある意味男冥利に尽きるが―――内情は全然違う。

 とはいえ、我が校に現れた『ジャネット』に、あんまり不快な想いもさせたくないのと同時に、ここで深雪と戦わない理由の良し悪しも判定したいのだ。

 

 以前、九校戦前にて『リーナと婚前旅行したいので、欠場します』などと言った手前、こういうことはきっちりせねばなるまい。とんだ『おまいう』案件だとしても、刹那が預からなければならない。

 

「フランス人として決闘(デュエル)が決してイヤというわけではないのですが、私としては……いまの時点で『ミユキ』と戦うのは少々、『よろしくないもの』があるかと思います」

「よろしくないもの?」

「―――cauchemar(コシュマール)に関してです」

 

 最後の方は耳打ちをしてきたので、重要事項なのだと感じた……。レティシアもタタリの詳細を知っているだけに、何か『ある』と気づけた。

 

 啓示とはある種の『未来視』だ。起こり得るべきこと、結末を見せることで相手に覚悟を決めさせる。

 時にそれは自分の未来だけでなく、他者の運命すら見透すものだ。

 レティが見たものは明確ではないそうだが、それでもイヤな予感がするとのこと……。

 

 だが―――。

 

「フォローぐらいいくらでも入れてやる。お前がやりたいことやって誰かに迷惑かかったとしても、俺がなんとかしてやる。我慢している方がどうかと思うぞ」

「セツナ……よろしいんですか?」

「今更だ。それに『いま』の深雪と戦うことは、君にとっていい経験になると思うけど?」

 

 チャンスを逃すこともあるまい。そう言って笑みを浮かべると、苦笑気味の観念がレティに溢れる。

 

「仕方ありませんね。指導役(チューター)であるアナタからもそう言われては、この勝負受けないわけにはいきません―――『御旗のもと』に戦うことを約束されたこの身ですが、この戦い改めて受けさせてもらいましょう」

 

 先ほどとは違い晴れやかな笑顔を取り戻したレティが手を差し出す。

 

「よろしくおねがいします。レティシア」

 

 握手しあうレティと深雪。よけいな事に巻き込んだことで無駄な心配をさせてしまったようだ。

 

「予測するに―――レティに『似た』ものが『再現』される可能性がありますよ?」

 

「それこそ今更だ。レッドもレティも似たような顔(ナルキッソス)で、美月の絵画が共通幻想(コモンファンタズマ)を形成して、この学校に色付けされてしまっているんだ。現れたとしても、それが予想通りの存在ならばやりようはある」

 

 神秘の秘匿―――この世界においては縁遠い言葉だったが、刻みつけられた『基盤』次第では、こうも面倒なことになるとは。

 

 だが出来るもの、やれることをやらないほど意地腐れにはなりたくない。

 

 シオンの的確な『未来予測』に手を気軽に振って、『竜殺し』の概念武装を用意することは忘れておかないことにした。

 

 そんなこんなで、中条会長(ビッグボス)から許可を貰って魔法決闘の手はずは整ったのだが……刹那の秘書官よろしく隣にいた錬金術師(シオン)は聞きたいことを口にした。

 

「ところでレティ、そこまでミス・シバから逃げた理由とは何なんですか?」

「単純に怖かったからだろ?」

 

 そこまでゴネるようなことだったろうかという質問に対して、深雪の『敵』としての理解者の意見を刹那は先んじて述べると―――

 

「ダ・コール! 魚眼で見てくる『ジル元帥』のごとく凄く怖かったです!!」

「ど、どういう意味ですか―――!?」

 

 そんな風に言われるほどには怖かったことを自覚してほしいものだ。被害者その2としての見識を述べたあとには、皆して動き出すのだった。

 

「今日はレッスンが無かったとは言え、騒がしい限りだ」

「お前がそれを言うか」

 

 生徒会室の机にて少しだらけながら言う刹那にツッコミを入れる達也。どうやら自分が動くまでは、こいつも動くつもりはないようだ。

 

「―――歩きながら話そう。一つ所で固まっていると勘ぐられる」

 

 このまま石のように不動の達也というのも悪くはないかもしれんが、色々なところから抗議が来そうなので立ち上がることにした。

 

「刹那、お前に聞きたいことがある―――」

「お前はいつでも質問と疑問だらけだな、達也?」

「お前のせいで俺は常に疑問を持たざるを得なくなった。アンサー(答え)を出すには、情報が少なすぎるんだよ」

「そいつはすまない限りだ。で、聞きたいことってのは―――」

 

 深刻そうな顔をする達也に対して気楽な様子で歩く刹那。渡り廊下を歩くその姿すら注目を浴びるのだが、いまのところ、誰とも擦れ違わないことにイヤな予感しかない。

 だが、達也を急かすのも悪いので歩く速度は合わせていく。

 

「―――いや、やっぱりいい」

 

「歯切れが悪いな。言いたくないならばそれでいいが……」

 

 刹那の言葉に結局、意を決したかのように口を開く達也。

 

「―――『実家』が動き出そうとしているんだ」

「……師族会議から通達は出されたんだろ?」

「そういう時に動くのが『実家』なんだ……そして、現地で動くのはお前も知っている双子だ」

 

 まぁ無くはない話という感想を刹那は出しておきながら、使い魔を七羽放つことにしておいた。

 

「お前や響子さんが電子分野から探れないのは当然だ。アトラス院の礼装、一般的ではないが作れる人間は作れる『エーテライト』……正式名称『エーテル・ライト』は、『あらゆるもの』に『強制接続』(ジャックイン)することで『情報』を抜き出すことが出来る、『霊子ハック』の道具なんだ。

 あちらにも、錬金術師でありながら『半死徒』と化したシオンがいる以上、何かの端末から、都市の『眼』から己の姿や怪しい痕跡を消すことが出来るだろうな」

 

「だが、ただの情報端末に『霊子』があるのか?」

 

「俺の時代ですら、もはや地球上を網羅する勢いで情報の『投網』は放たれていて、その中にはある種の『集合無意識』とも、都市伝説的な『自我を持ったアーティフィシャル・インテリジェンス』なんかも『あり得る』なんてされていたんだ。俺の兄弟子が発表した論文なんだがな。まぁ頭の固い教授陣には理解し難いものだったようだが。

 ともあれ、『広範』に『星全て』を網羅せんばかりに広がった『情報体』というのは、『一個の生物』と考えた方がいい。それを霊体ある『生命』と捉えれば可能だろうよ」

 

 怒涛のごとく吐き出された言葉に呆然とした達也。その理由は……。

 

「機械オンチなお前から、『アーティフィシャル・インテリジェンス』(A I)なんてユビキタスな横文字を聞くことになるなんて……なんというか世も末だな」

 

「オイマテ」

 

「ああ、世界の破滅はすぐ側にあったんだな……」

 

「ナニを感慨深げに言ってるのかな!?」

 

 心底、絶望したかのように眼を閉じる達也に胸ぐらを掴みかねない勢いで返す刹那だが、かなりの誤解がある。

 

 そもそも刹那とて、2010年代から2020年代にかけての情報端末のレベルならば、何なくではないが、それなりに出来るタイプだ。

 

 達也がやるような『ブラインドタッチ』とて習得出来てるわけだが……ともあれ、そんな風に機械端末を操る息子(刹那)を見た()は、異星人とのファーストコンタクトでワーストコンタクトを行ったかのような表情をしていたのだった。

 

 責任者はどこか!!

 

「まぁとにかく……この時代になれば、大体の電子機器には『コレ』と同じもようなものが常用されているだろうからな」

 

『コレ』という言葉で刹那にとっては無用の長物たる『CAD』を示すと、『なるほど』と達也もうなずく。

 

「―――感応石に類する、ある種の『思考読み取り』型のプロセッサは、多くの端末に導入されている。そう考えれば、霊子ハックも可能なのか……」

 

「細かく言っていけば、簡易のAIなんかに霊魂はないとしても、論理思考(アシスト)の類は常備されている。そこからなんだろう……対策に関しては、とりあえず錬金術師は、どんな魔術的、科学的な機器・器物であろうと、『維持』(メンテナンス)から入るという『クセ』がある。路地裏付近にあるソーシャルカメラの『精度』『性能』の向上が見られるものが、近日中にあるはずだ。

その付近が犯行現場であり、その付近は消されていても、『遠距離』『遠望』で少し遠くにあるものに関してから探れば……見つかるはずだ」

 

「こっちのシオンが協力してくれれば容易くないか?」

 

「あちらもこちらの素性を分かっている。錬金術師は高度な予測を幾重にも張り巡らして、論理的思考で最適解を選択しつづける存在だ……こっちのシオンが明確に動けば、『あちらのシオン』がそれで動きを変化させる可能性がある」

 

 出来る限り変数の値を抑えておきたいというシオンの考えを伝えるも、達也は苦い顔。

 確かに、それは刹那も想ったことだが……。

 

(何かを隠している。恐らく背信者(ユダ)はシオンだな)

 

 疑いたくないが、『何か』を隠されている。そしてそれが、動きの鈍さに繋がっているのだ。

 

頼んだ(・・・)

「ああ、任せろ(・・・)

 

 そんな言葉で伝え合い、何とかシオン…ないし、その裏にいる『ナニカ』を出し抜くべく達也を頼りにする。

 

 そんな会話をしながらも、魔法戦闘の場所として指定された第二演習室に到着する。

 

 去年の入学初期に達也と服部が相対した第三演習室より縦に長い。中距離魔法を想定した教室だ。

 

 床は青と黄色で前と後ろに色分けされており、前後の壁から一メートルのエリアは赤く塗られている。

 

 そんなことを思いながらも気づくことが幾つかあった。

 

「観客多すぎないか?」

「別に極秘というわけでもなかったからな。そもそも深雪がB組に赴いて、手袋投げつけたようなものだったんだ」

 

 そりゃなんもかんも筒抜けだわな。と苦笑と共に思いつつ、審判役及び制止役(タオル投入)としての立ち位置に赴く。

 

 青側に立つのはイメージカラー通り深雪。

 黄側に立つのもイメージカラー通りレティ。

 

 その境界線に赴くと分かることもある。青側の壁際に主にいるのは、深雪の信奉者の多いA組などの面子。

 

 黄側には当然、B組やその他の面白がりが多い。

 

 

 その狭間に立つ刹那や達也は『マーブル』(まだら)『幻想』(ファンタズム)といったところか。

 

 そんなことを考えながらも、戦いの時まで残り時間は刻一刻と消費されていくのだった……。

 

 



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第236話『フルマジック・パニック‐Ⅲ』

EXTRA―――リメイク決定。

もはやPSPも骨とう品となってしまったこの時代においては―――いいものである。




観客席……と言えるものはないので、殆どの連中は壁に寄りかかりながら、格闘ゲームの背景のようになっていた。

 

しかし両者の力量を考えれば、魔力の余波で破壊が起こりかねない。それは、背景のモブも同然の全員に届きかねない。

 

よって―――。

 

「―――Anfang(セット)―――」

 

魔術回路を立ち上げてから左手に持っていたトパーズとエメラルドの混合鉱石を地面……演習場の床に落とす。

 

変化は一目瞭然であり、丁度……長方形の箱の内側に同じ形状でも少しだけ小さい『型枠』が入り込んだかのように四辺に防御式が刻まれた。

 

壁からすれば3mほどの余裕はあるが、それでも安全かどうかを不安視してか、それとも『見えにくい式』(光の壁)に面白がって手を伸ばし、超えられるか?と考えたエイミィが―――。

 

「ぎょわ―――!? 手、手が消えたぁ!?」

「空間を歪曲させてるから。引けば元通りだよ」

「―――あっ、ホントだ」

 

エイミィの体を張った実験の結果、少しのざわつきが聞こえる。

 

「ちなみに全身を入れるとどうなるのかしら?」

「フフフ、それは異次元空間を彷徨うパラサイトのような存在に成る―――な訳はない」

 

桜小路に面白がって説明する前に不安そうな顔をした面子が多いので、真面目に説明することにした。

 

「もしかして外の空間と繋げたのかい?」

 

「そんな所だ。演習室が安心安全ってわけでもないからな。緊急避難措置だ」

 

式紙を飛ばして『向こう』の空間に到達させた幹比古の言葉に頷いておく。

 

「随分とハイレベルな術を簡単に使う……」

 

空間歪曲の類は『魔法』に近いものだが、ある程度のセンスがあるものであれば、出来なくはない御業だ。

 

もっともこの場合は、繋げた先が所詮は『演習室の外』…渡り廊下いっぱいに広げただけなので、戦いの余波次第では流れ弾が来る可能性もある。

 

なんてことを言うと呆れるように達也は口を開く。

 

「それを防ぐために俺とお前でジャッジするんだろうが」

「わーってるよ。時間は―――大丈夫だな?」

 

両者に聞くと―――十字架を胸に掻き抱いていたレティが瞑想から帰ると同時に眼を開く。

そして深雪も瞑想から帰ってきた。

 

その『深度』は互角だろう。両者が準備完了となっている。

 

「双方、既に知っていると思うが、一応ルールについて説明しておく。色分けされたエリアの外に出てはならない。相手のエリアに入るのも、赤のエリアに出るのも失格となる。相手の身体に触れるのも禁止だ。武器で触れるのも失格となる。ただし」

 

そう言って達也はチラリと深雪の顔を見た。

 

「魔法で遠隔操作する武器・『使い魔』は違反にならない」

 

達也はすぐに双方を等しく視界に収めるポジションへ視線を戻した。

 

「最後に、致死性の攻撃、治癒不能な怪我を負わせる攻撃も禁止する。危険だと判断した場合は強制的に試合を中止するからそのつもりで―――」

 

その辺りの匙加減は、テクニカルジャッジにもかかる。

次に達也が視線をやったのは、反対側のセンターラインに立つことにした副審役の刹那であり、見られたことで制服の両袖を捲くって刻印の励起状態を示す。

 

緑色の輝きと赤き輝きを見たことでうなずく達也。どうやら安全は保証されたようだ。

その後には審判の指示もなく定石通りにお互いのエリア中央に移動する2人。

 

改めて両者の礼装を見ると深雪は、いつもどおりな汎用型CAD。腕輪型ではなく携帯端末のようなものは見慣れすぎたものだ。

 

逆にレティのは特化型に似ていながら、汎用型規模のストレージを備えるもの。

 

10の秘指(ソロモン)という『ソロモン王の宝具』を模したダ・ヴィンチが主に制作をしたCADである。

 

この国ではあまり一般的ではなく、更に言えば刹那も入学当初は使っていたのだが、やはり『術』の『キレ』が悪くなるという感覚が出てきたので、早々に『イラネ』としてしまった経緯がある。

 

結果として、自分の『異常性』は多くの人間に知れ渡ったわけだが……。

 

ともあれ、そんなことはともかくとして…ソロモンというCADは稀代の発明家レオナルド・ダ・ヴィンチが、同じく開発者アビゲイル・ウィリアムズと共に作り上げた逸品だ。

 

その希少な生産数とハイエンドな性能からアメリカ政府ですら露骨に他国への供給を嫌がったという顛末まで残されている。

 

達也もその辺りに興味津々らしいが、その一方で深雪の敗北も求めてはいまい。

 

面倒な男だ。

 

だが戦いは否応なく始まる。主審の腕が『始め』の言葉と同時に、断頭台のように落ちて魔法戦が始まる。

 

 

―――先手を取ったのは深雪の方だった。

 

直情径行型の彼女のことだからインフェルノやニブルヘイムだのを初っ端から使ってくると想ったのだが。

 

そういった意味では意外な『空気弾』(エア・ブリット)の連射であった。

 

連射といったが、20数発もの空気弾を一斉に打ち放したのだ。

 

それに対してレティはそれを受け止めるように腕を前に伸ばして忙しなく指を動かしていた。

 

レティの周囲に形成された障壁がそれらを掻き消した。

 

その結果が―――深雪を『焦らせる』。

 

だが障壁とて全方位を同じ密度でカバーしているとは思えない。空気の塊がレティの全周囲を飛び交い蟻の一穴を突かんと動き回る。

 

そうでありながらもレティは防御だけでなく攻撃を開始する。

 

「トルナード!!」

 

音声認識システムを常備しているソロモンは、術者の声に応じて術を起動させる。

 

打ち込まれるのは横に発生する『竜巻』2本。

 

その圧は離れていても全員が感じるほどだ。等間隔で深雪の左右を通り過ぎる大気の渦。

 

決して運痴というわけではないが、それでも身体的バネがあるか? という深雪にしては珍しく魔法を使わず踏ん張っていた。

 

(レティシアの狙いを見抜いていたんだな深雪)

 

達也は称賛混じりに深雪の踏ん張りの理由を察していた。

 

(左右の竜巻流は、深雪を害するためではなく逃げ道を潰すためにあり、どんな魔法でも使っていれば、その一手遅いところに切り込まれていた)

 

竜巻流がもしも深雪の真正面に放たれていたならば、当然打ち合いか防御されるのが筋。

あくまで狙いは深雪を『動かさず行動不能』にすることが目的だったのだ。

 

同時に左右の気流による吹っ飛ばしを回避しようと『魔法』を使えば、その間隙にレティは叩き込んでくる。

 

ゆえに本命の一手。

レティシアは、五指を一杯に開き、腕を伸ばしてもう片方の手は肘部分を上から包んでいた。

 

―――力ある魔弾が装填されて深雪に狙いを着けていた。

 

もしも魔法を使って竜巻を何とかしていれば、その一手遅いところに叩き込まれていたのだが……。

 

(俺の魔弾(フライシュッツ)ブルー(アオザキ)マリー姉(アニムスフィア)のを見て、磨き上げたものだ)

 

それに追随するかもしれない『人間』が―――いま、目の前にいる。

 

腕を既に上げて発砲準備を終えているレティに対して深雪は、先程の攻撃で踏ん張りながらも端末を前に構えていた。

 

((負けん気が強い))

 

呆れ(刹那)称賛(達也)を内心で上げる男2人に構わず―――激発の瞬間はやってきた。

 

深雪の指が動き、レティの腕が撓み―――。

 

―――双方の弾丸が放たれる。

 

氷の魔弾よりも早く光球の弾丸が放たれる。当然、応じる深雪の氷の魔弾。

 

魔弾には術者それぞれの『クセ』が投影されるものだ。

魔術師的には初歩の技であり『魔術』ですらない『手業』と揶揄されることも多いが、初歩なだけにその『破壊力』も人によってキャパが跳ね上がるのだ。

 

(互角以上、深雪はこういう単純な『殴り合い』(ステゴロ)に持ち込まれたらば弱いんだよな)

 

圧倒的な魔法力があるからこそ、その有り余る現象改変力で相手を封殺出来ることこそが深雪の強みともいえる。

 

(刹那の魔弾は既にインデックスにも『登録』され新術式だ。それゆえに深雪のような『絶対者』にも通用するものだ)

 

いざとなれば相手の魔法を己の改変力で封じることも出来る深雪にとって刹那のもたらした魔弾は、相性が悪いものだ。

 

体の内側から放たれる『マックス・カスパーの魔弾』は、絶対的な力を持つ魔法師を倒す術の一つだ。

 

(そもそも高位の存在が持つ『呪的防御』に対して、唯一の対抗手段とは『己の肉体』のみ、己の肉体を介して直接『チカラ』を叩き込めば)

 

悪魔、魔神、天使、神霊……程度によりけりだが、討ち果たすことも可能なのだ。

 

CADという器物が持つ最大の弱点。

 

それはどう言い繕ったところで、中継基地の役割として存在している以上、己の『内側』から放出される魔力とは相性が悪いのだ。

 

情報が2次3次と複製される度に劣化するのと同じく、目には見えぬ『劣化』が、どうしても『差』として出る。

 

破壊力や規模としては『同格』にしか見えなくても、そこには『目には見えぬ差』が出る。

 

光球の他に光線を吐き出しているレティの攻撃が、深雪の防御障壁に着弾していく。

 

片や深雪の魔弾はレティの魔弾で迎撃されていく。

 

(口径と銃口の数ではレティの方が上だ)

(―――そこからどうする深雪?)

 

光線……エネルギーの矛が、深雪の障壁を壊すかと想った一瞬、レティは思いっきり飛び退いた。

 

バックステップ。ラインを超えることはないもののその行動に誰もが驚いた。

 

その時、数秒前までレティがいた場所から飛び上がるものがいる。白煙を棚引かせながら飛び出たものはミサイルかと見紛うものだが、出てきたものは空中でアクロバットな飛行を終えると深雪のエリアに『着地』を果たす。

 

そこにいたのは―――。

 

『『『『『キュピー!』』』』』

 

白と黒のにくいあんちくしょう。

 

黄色は成鳥してから入る色……。

 

ペンギン目ペンギン科オウサマペンギン属……。

 

コウテイペンギンの雛鳥がいたのだ。

 

まだまだヒナだが、荒ぶる鷹のポーズを取ってレティを威嚇する様子は………。

 

 

「「「「か、かわいいいい―――!!」」」」

 

 

随分と女子たちに人気なのだった。目がハートマーク(想像)になるぐらいには、深雪が呼び出したのはファンシーな召喚獣(?)だったのだ。

 

「か、かわいいですが、どれちょっと触ってみま―――どわぁ!!」

 

手を伸ばそうとしたレティに対して冷凍ブレスを浴びせるペンギンたち……如何にかわいかろうと、リヴァイアサンの眷属は、そうそう敵に懐柔されない怪獣なのだ。

 

「お、おのれ! この ペンギン目ペンギン科オウサマペンギン属コウテイペンギンのひな鳥が!!

当方に迎撃の用意ありですよ―――!!」

 

わざわざ学名の和名を言わんでもいいのに律儀に説明したレティが、容赦なく魔弾を叩き込もうとするも……。

 

「ノッてきたわね!! さぁいくわよいくわよ!!」

 

『『『『『キュピー!!!』』』』』

 

テンション高めの深雪の指揮の下、ペンギンたちは飛翔をして魔弾を躱していく。

 

そしてレティの展開している障壁に啄みという突撃を四方八方から打ち出していく。

 

「私の展開したカテドラル(聖堂結界)にリヴァイアサンの眷属をぶつけるとは対処が早い!!」

 

「私の打ち出した空気弾の風圧すらアナタには届かないと分かれば、すぐに対処しますよ!!」

 

最初の攻防の時点で深雪は、レティの『防御力』を段違いなものだと位置づけた。

 

(確かに空気弾みたいな圧縮された『現象』というのは、魔法としての『カタチ』を崩されたあとには、自然現象としての『カタチ』を取り戻して世界に還元される)

 

(レティの周囲四方八方……特にあまり意識が向いていない下方にも放っていたのは、どこかにあるかもしれない死角から相手に現象の圧でも届かないかと探っていたのか)

 

主審と副審の出した結論は、全員に伝わらずとも何人かは見抜いてそれを周囲に説明していく。

 

結果として『そよ風』一つすら届かないことを悟った深雪は、『メルティ・リヴァイアサン』の術式を投射する準備をしていた。

 

魔弾の撃ち合いは、それを隠すための偽攻(フェイク)

 

(深雪にしては、随分とはっちゃけた技を繰り出したもんだな)

 

ケンカをする上で頭数なんざいらないとして動き出しかねないのが彼女だったと思うのだが……。

 

「忍法『口寄せの術』を使うとは、深雪! 私はアナタを少し見縊っていましたよ!!」

 

忍法・忍術にそんなものはない。と返したい達也だが、深雪のリヴァイアサンで食い破られそうな結界を保持するレティは、興奮して言いながらも深雪のニブルヘイムにまで防御を張り巡らしている。

 

(―――やりすぎか?)

(だが防御は出来ている。流せ)

 

達也が懐に手を伸ばしたのを見て、ハンドサインで刹那は返す。

 

「モンジョワ! 流石は私の指導役(チューター)にして、マリアージュの相手として相応しいですよ!! セツナ!!」

 

勘弁願うと言いたいレティの言葉に壁の向こうにいるリーナが今にも襲いかからんとしていたが、瞬間―――。

 

「さぁ私もそろそろいっきますよ――!! とっておきのクルーズ(七海周航)をアナタにお届けしちゃいます!!」

 

快活に余裕を持って戦うレティに対して、笑みを浮かべる深雪……。

 

輝きを増すレティの指輪。

軽快に深雪も端末に指を滑らせる。

 

どうやら決着は近そうだ―――。

 

 

 



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第237話『フルマジック・パニック‐Ⅳ』

 

 

「夏のイルカサマー♪♪ 私のイルカは勇敢ですよ―――!!!」

 

 ペンギンの次はイルカかよ!?

 誰もが驚愕するビックリ術の応酬。

 床面を海面(うなも)のようにして出てきたイルカは『キューキュー♪』と鳴きながら、レティの手招きに応じていた。

 

「さぁ行きますよ!! リース!! 集いし星が絆を繋ぎ、祈りとともに未来へ駆ける!! リース・ホーリーレイ!!」

 

 レティシアが展開した光輪。巨大なものが幾つも頭上に展開して、そこからシロイルカの突撃が始まるのだった。

 

「イルカ突撃隊!! レッツゴー!!」

「くっ! かわいいイルカさんを使って攻撃するなんて!卑怯な!!」

 

 ペンギンを使っているお前に言えた義理かよ。そんな目が届くも、構わずペンギンとイルカが突撃しあい、そうしながらも2人は魔法を打ち出し合い、相手を穿とうと蒼光と白光が交錯する。

 

(領域干渉においては深雪は勝っている。だが、レティの形成する『結界』は並の強度ではない)

 

『敵が能力を出す前に叩け』というのは魔法師の間では正論だ。

 だが、それを覆すように、圧倒的なまでの干渉力を元に後出しジャンケンで勝ってきた深雪にとって、こういったひりつく戦いというのは経験が無いだろう。

 

(そこで『脆さ』が出るかどうか、だな―――ああ、けれど一つだけあったか)

 

 九校戦におけるリズリーリエとの戦い。彼女との戦いで何を得られたかにもよるだろう。『減速領域』を展開することで、イルカを止めようとするが……。

 

「ぶべっ!!」

 

 ビーチボールがどこからか飛んできて、『減速領域』をもろともせずに内部にいる深雪に叩き込んでくる。

 イルカが空中で跳ねながら叩き出してきたボールは、『強烈な魔力』を伴った『飛び道具』として深雪に襲いかかる。

 

 『減速領域』(ディセラレイション・ゾーン)とは対象領域内の物体の運動を減速する魔法である。

 

 だが深雪がこの魔法を使ったならば、減速対象は気体分子に及ぶ。

 気体分子の運動速度と気体の圧力は正比例の関係にある。

 閉鎖空間内の気体の圧力は気体分子の運動速度の二乗に比例する。

 分子運動を強制減速された領域内の気圧は下がり、圧力勾配に従って周囲の空間から空気を取り込む。

 

 しかし―――そういった理屈を全て覆すのも魔導の儘ならぬところだ。

 

(確かに物理法則の面、『人理』という側面では、その法則は紛れもなく『正しい理屈』である……しかし―――)

 

 突き詰めれば、魔術にせよ現代魔法にせよ、魔導における『式』というものを魔力(チカラ)で作り上げて、限定された空間に解き放つことで、自らの理想の事象を起こすことだ。

 

 だが、その一方でインチキ臭すぎることに、限りなく『直接的な手段』で『奇跡』を起こせるのも魔導の理屈ではある。

 

 世界を作り変える感覚。それを持つものこそがソーサラス・アデプト全ての条件だ。

 己が願った『奇跡』(りそう)を叶えるために世界は『層』を成す。

 

 その際に地球全てに張られた『テクスチャ』が問題となる。

 

 世界は二層となり、不要となった『層』を排斥して現象を世界に打ち付ける……。

 

(その際に現代魔法師の場合は、打ち付ける理想が、どうしても『地球表面』にある人理版図(テクスチャ)から抜け出れてはいない。ここが神秘層―――『星の理』を『介して』現象を発動させる魔術師との差になる……)

 

 とはいえ、現代に残る『魔術』の大半は、そこまで『星』に寄ってはいない。彷徨海バルトアンデルスのように、神代の理にまで遡りはしないのだが……。

 

(どうしても質のいい魔力を相手にすると、如何に現代魔法で優秀でも、『物理法則』で対抗できないチカラなんだよな)

 

 巨人が投げた投石(岩)ですら、巨人という神秘の塊が投げたという『事実』から、強烈な魔力を帯びてしまう。

 

(減速領域にしても、仮に深雪がもう少し暴風の魔神『テュポーン』に関しての知識があれば、効果も違ったんだがな)

 

 知識(ウィズダム)という意味では、物理現象に偏った女である。

 

 刹那がどうでもいいことを考えている間にも戦いは転換する。

 『小技』ではレティシアに食い破られると分かった深雪は、受けに回らず果敢に攻めに回ることにした。

 

 直径にして3mはあろうかという氷柱を虚空に作り上げて、それを一気呵成に叩き出す。

 

 その数12本。氷のジャベリンというには、あまりにも巨大な尖頭砲弾は、レティシアのカテドラルを揺るがす。

 

 着弾すると同時にこちらの要塞を揺るがしたことに、レティシアも瞠目する。理解したならば、こちらも打ち据えるのみ。

 

 エンジェル・ハイロゥ(御遣いの光輪)を展開することで打ち出す光線の威力を上げる。

 

 決着はそろそろ着きそうだった。

 

 ・・・・・

 

「マクシミリアンからのセールス及び講義の受講要請? なんでまたこんな時期に?」

 

「まぁ色々ありましてな。どちらかと言えば、代議士からの要請という方が正しいでしょう」

 

 事の発端は、中国での内戦勃発であった。

 まるで開戦日時を示し合わせたかのように、第一高校が文化祭という遅れたハロウィンパーティーを開いていた時に起こった国際的なビッグ・トラブル。

 今となっては、大亜細亜連合との間に外交的繋がりはない。もちろん有形無形で様々な情報収集や潜入工作はあったのだが……。

 

「共通で国交を結んでいる第三国で、外交筋からの情報収集は行っているし、接触とて行っているだろうに」

 

 言葉でダ・ヴィンチは桂馬―――2方向に飛び越えが出来る駒を動かして、百山の本陣前に陣取らせた。

 

「おっしゃる通りです。だが―――あちらも『混乱』をしているようでして、確かな情報が入ってこない……」

 

「成程、彼の国は2020年に起こしたコロナウイルス流出騒動において、自国の不満を逸らし、暴動に起こさせないために『他国への軍事行動』をエスカレートさせた……狙われた香港は溜まったものではないからね」

 

 思い出すに、その時には刹那も香港在住の魔術師を保護するために狩り出されたことがあった。

 天体魔術の一門にいた死霊魔術師『フェルナンド・李』の要請もあり、向かったことを思い出す……。

 

「もっとも、そんなことで民衆を宥めすかせるはずもなく、中国大陸は『分裂状態』に陥ったからね」

「貧すれば鈍する。余裕がなくなれば社会不安は現実のものとなり、豊かなところから奪おうとする……人類の悪性ですな。ともあれ、そういった危機不安から『万が一』の場合に魔法師の戦力化を目論んでいるようです」

 

 ダ・ヴィンチの歩を飛車で取る百山のさばきを当たり前のごとく理解して金将(きん)で取る。

 

「その政治屋の俗物が何を企んでいるかは知れないが、まぁマクシミリアンはそれなりにお得意さんだ。便宜を図らなければ、マズイでしょう」

 

 その言葉を最後に全ての決は整ったのだ。

 

「感謝します。ダ・ヴィンチ先生」

 

 深々と頭を下げる百山校長に、頭を上げてくれと言うダ・ヴィンチちゃん。

 勝負ごとをしている際に、それは不味かろうという想いもあったのだが。

 

「ウチの坊やの勝手を許してもらっているんだ。それぐらいはお構いなく。ちなみに、その政治屋の名前は何でしょうか?恐らく、ハロウィンパーティーの際に妙なちょっかいを掛けてきた人間だと思いますけど」

 

 ちょっとした興味もあったダ・ヴィンチは問いかける。

 自分が、後世にはルネサンス期などと呼ばれる時代に活動できたのは、当時のローマの支配者でもあったミラノ公がパトロンとなってくれていたからだ。

 

 いつの時代も芸術家というものは困窮しており、出資をしてくれる相手を何が何でも欲するのだ。

 狩野永徳(エイトク・カノー)とて、足利将軍家(アシカガショーグネイト)から金を貰って大傑作を作っていたそうだから……並べてお金あってこその芸術大作なのだった。

 そんな興味からの問いかけだったのだが……驚きの答えが出てきたのだ。

 

「野党勢力の一つに過ぎませんが、反魔法師ポピュリズムを利用して、現在注目されている政党『民権党』の代議士―――『■■■■■・■■■■■■神田』という人間です」

 

 聞いた瞬間にダ・ヴィンチは―――それは本当に『日本人』なのか?と疑問を持ちながらも、少しだけ考え直す。

 日本の政治では覆面レスラーや芸能人がリングネーム、芸名の『その名前』のまま議員になることも、『アリ』なのだった。

 もっともそれは『地方議会』だからこそまだ許されていることだが、流石に国民議会の議員まで、そんな名前とは……。

 

(死徒なんてものが暴れまくる都内でコレ以上の混乱は避けたいんだがね。とはいえ、最大級の問題は『シオン』だ……彼女は何かを隠しているな)

 

 敵ではないが味方ではない。なんて『単純』な関係ではない。そこを詰めきれていないのだ。

 百山校長の『玉』(ぎょく)を詰みに持っていきながら、ダ・ヴィンチは考える。

 

(ズェピアが『現象』になった原因……やはりそこが問題だ)

 

 再び負けた百山校長(15連敗中)は、『今度こそ勝つために!』などと言いながら棋譜並べをしているのを見て、インスピレーションが走る。

 

(―――今度こそ、か)

 

 死徒となって『永遠』を生きる連中が、そういう情熱に走ることなどあり得るのか?

 

 情報が必要だ。とにかく深く深く探らなければ、手遅れになってしまうかもしれない。

 そうしてレオナルド・ダ・ヴィンチという英霊は、先程から放たれる強大な魔力のぶつかり合いを、少しだけ呆れつつも懐かしく思う。

 

 あの頃……カルデアには多くの英霊たちが集っていた。『探偵』に言わせれば、システム・フェイトが呼び出す英霊は、あまりにも野放図であり、有り得ないものばかりであると断じてきた。

 

 いま考えれば、アレはかなり異常なことだったな……確かに英霊をあるクラスに嵌める上で、必要な作業は分かる。

 だが、多くのクラス適性を持つ単一の英霊(そんざい)が、百貌のハサンのように『霊基分裂』しないで、それぞれの人格と自我を持ちながら『全盛期』の姿で現界していたのだ。

 

 例をあげれば、クー・フーリン。

 

『彼』は『ランサー』『キャスター』『バーサーカー』としての側面を持った英雄であることは分かっていたが、カルデアに召喚された英雄クー・フーリンは少なくとも『四騎』。

 

 いずれも『我こそが英雄クー・フーリン』という自我を持った存在である……。

 

「―――いかんな。少し考えが逸れた。にしてもミユキ君とレティシアの戦いは―――昔を思い出させるな」

 

 首を振って頭に浮かんだことを消しておく。理論、考察を思い出すことはいつでもできる。

 ただ……いまは少しだけ遠い眼をしながら、あの頃のことを思い出して―――職務に戻る前に……。

 

「ロマニのところに行くとしようか、『シバのレンズ』を作成してもらっている手前、茶の一杯でも淹れてあげよう」

 

 面白がりの性分を、思う存分発揮することにするのだった―――。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

「―――Adramelec―――Aladiah―――」

 

 今にも戦術級魔法を打ち出す寸前だった2人のうちレティの方を打ち消したのは、刹那の方であった。

 深雪の方は達也の担当ではあったが、最終的には―――。

 

「術の余波を喰らわずに済んだのは僥倖か」

 

 発動速度では若干上回っていた深雪のニブルヘイムの凍気・冷気の類までも、『魔力』に還元して吸い取ってくれたのだから。

 

「も、申し訳ありません! お兄様!! お怪我は!?」

「無い。どうやら―――現象全てが魔力として、あの2つの宝石に『吸収』されたようだ」

 

 見ると、刹那の手の中には赤橙の『日長石』と青白『月長石』が握られており、そこに魔力を封じたのだろう。

 

「勝負は引き分けでいいだろう。戦術級魔法の撃ち合いにもつれた時点で、終了だ」

「私の『ヘミソフィア』を皆さんに披露したかったのですが、仕方ありませんね」

 

 恐らく魔法の名前なのだろうが、何というか……色々と『アウト』な気がする。ただ興味を覚えるのは開発者としての(さが)としか言いようがない。

 

 インデックスにも登録されないEU方面で開発された魔法……。

 それに興味を覚える前に、深雪に告げる。

 

「余裕綽々なレティに比べれば……などとは言わない。だから―――手を借りたくなった時には借りるさ」

「はい―――ただレティとの『チカラの差』は、少し悔しいですね」

 

 負けず嫌いの深雪の言葉に苦笑しながらも、戦うものは―――『剣』は揃えられていても、チェックを掛けることが出来ないもどかしさが、どうしても募る。

 別に博愛主義というわけでも、極端な人道主義というわけでもない達也からすれば、どこで誰が死のうと構わない―――だが、足元に人喰い虎がいるという事実に、どうしても『不安』があるのだ。

 

(……刹那以外の情報源が必要だ。ことの発端たるマイクロブラックホール実験においての『ナマの情報』が……)

 

 だが四葉の情報源は、所詮は国内に限られる。当主である叔母は、どうやっているかは知らないが、遠くからも『情報』を得ているようだが……今回は当てには出来ない。

 

(―――雫だな……)

 

 雫のいるカリフォルニアバークレーとネバダ州はかなり近い。

 

 USNA軍とて事態を全て隠蔽出来たわけでもあるまい。ならば巷間に出回る噂があるはずだ……。

 

(雫からすれば、刹那に連絡を貰った方が嬉しいんだろうけどな)

 

 だが、昨今のアイツは、ハードワークが終わらなさすぎる。

 

 全てが終わった後に、何かの連絡を着けさせればよかろう。

 もしくは無理やり引っ張ってでも雫と連絡させるかだ。

 

 そんな風に考えながら達也は、現在―――レティシアに引っ付かれて宝石をむしり取られそうで、それを見たリーナが怒るという様を見ながら……。

 

(やっぱり無理やり引っ張るか?)

 

 と、少しの苛立ちを覚えるぐらいには、ハーレム野郎だったのだ。

 

 だが、ヤツの地獄はここからだ。なんせ10日ほど後には、例の日がやってくる。

 

 それは聖人バレンタインの没した日であり、日本のお菓子メーカーにとって最大級に力を入れていく日……。

 どこでこんなブームが作られたのか知らないが、一世紀以上も前のお菓子メーカーと癒着した広告代理店の広告戦略を、未だに『時代遅れ』とは断じない。

 古臭い習慣とは誰かが言っても同調しない日。

 

 ―――セント・バレンタインデーがやってくるのだから……。

 

「ホワイトデーのお返しはアイツにとっちゃ地獄だな」

「お兄様も少しは血の池地獄に浸かる必要があると想いますけどね。中学時代のことをお忘れで?」

 

 言いたいことも言えないこんな世の中に、ポイズンブレスを盛大に吐くデーモン深雪閣下なのだった。

 

 他校の女生徒が行うかもしれない出待ちの対応・対策なんてのが生徒会メンバー(女子のみ)で行われて、疑心暗鬼を生じて三高の一色たちの動向を確認していたなんて噂も聞こえているのだ。

 

 ……お疲れ様、及びご苦労さまという意味を込めて達也は苦笑しながら、それが真実だった場合と仮定して、妹の頭を撫でるのだった。

 

 例えその耳に……。

 

「まぁアーサー王とフランスというのは縁が深いからな……『傷知らずのアグラヴェイン』が最後まで渋っていたランスロット卿の円卓就任も、フランス(国外)との貿易を彼が仲介することで円滑になったぐらいだからな」

 

「ランスロットはアーサー王伝説終焉の引き金を引いた元凶でありながら、アーサーにとっては無くてはならない存在だったからな」

 

 刹那とモードレッドの会話。そしてそれを興味深そうに聞いているエイミィ―――。

 一頻りアーサー王伝説に関して話したあとには、同時に同じ方向を向けば、いたのはレティシアであり……。

 

「「「おのれフランク王国」」」

 

「3人の英国人が私を攻め立ててくる!! 美食で知られる我が国土に挑みかかるか、粗野な食事のイングランド!!」

 

 何の戦いだよ? そう突っ込まざるを得ない会話を聞きながら、やはりモードレッドとレティシアは、アルトリア・ペンドラゴン(アーサー王)に似ているんだよなと達也は結論を出すのだが……。

 

『似ていませんよ!! 特に胸とか、全然違いますからね!!』

 

 などという幻聴を受信するも、それを気の所為として達也は歩き出す……今日の夜に向けて―――。

 

 




next……『Farce/melty blood』 start


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第238話『Farce/melty blood‐1』

今回からのタイトル。

往年の型月ファンは良く知っているもの。多くのMADムービー作者たちが封印指定され、今で言えば冠位指定もありえるという作品の数々。

そんな頃を思い出しながらのタイトル付けでした。

新話どうぞ。


 

「吉田くん、東京タワー公園にシグナルを確認したわ。現在、飯倉交差点方向へ移動中よ」

 

『了解。こちらの現在位置は桜田通り虎ノ門交差点付近です。飯倉交差点へ急行します』

 

 そんないつもどおりの会話となってしまった剣呑な夜の戦い……。そこに刺激が欲しくなってしまった真由美は、何となくの遊び心を発揮することにしたのだ。

 

「3分間待ってあげるから可能な限り早く来なさい♪」

 

 心のなかのマインド真由美が舞い踊りながら、そんなことを後輩に言うのだったが、戸惑う後輩へのアシストゆえか、十文字克人が代わりに応対に出るのだった。

 

『お前は、どこの『お空の王様』だ?』

「言葉を慎みたまえ。君は魔法師の王と口を聞いているのだぞ。敬いたまえー」

『問答無用で切るぞ』

 

 そんな言葉で通信が切れる。どうやら程よく緊張感はほぐれたようで、真由美はホッと息を吐いた。

 

 終わりのない闘争などとは言わないが、明確な戦略目標が建てられない戦いほど気が滅入る話はない。軍事的な言い方ならば『策源地』すら分かっていないのだ。

 家が所有している通信中継車の中で、真由美とて気鬱を吐きそうなのだ。

 

 ……敵は霧のように発生して霧のように霧散する。

 

 明確な実体を持たない『霊体』とでも言うべき存在は、現代魔法師にとって難敵であった。

 サーヴァントのようにある種の『実体』を伴って酒でも飲んでくれていれば、なんだかホッとするのだが……。

 

「お嬢様、こちらを」

「ありがとう竹内さん……」

 

 執事の1人から渡された紅茶を飲みながら考えるに、考えても答えは出ない。

 

 ダ・ヴィンチ経由でネットワークに流れてくる『霊子増大確認図』で、東京全域の反応は一目瞭然。更に言えばグールの反応との区別は着いている。

 グールの反応に関しては、いち早くランサーのサーヴァント『長尾景虎』が対応して、マップで確認してから名倉を向かわせる前に消滅しているのだ。

 

「都内での行方不明者も、『この前の騒ぎ』以来増えてはいませんからね」

「穴熊を決め込まれても困るのだけど、これ以上動く死体が増えても困るものね……」

 

 だが、この死徒による吸血騒ぎが招いた影響は大きすぎる。

 

 明確なものは、まだ発表にはなっていないが、それでも夜毎に街に繰り出して夜遊びをしている『若者』が人知れず消えて、接待型の性風俗ではなくとも居酒屋など広義の意味での『風俗店』への客足は自然と絶えていく。

 

 2020年における中国発の新型コロナウイルス大量罹患騒ぎ……日本で最大の人口密集地であり、多くの意味で表沙汰には出来ない『裏向き』のサービス業も充実している東京は、多くの罹患者を出した。

 

 

 その際の都知事や政府の出した『自粛要請』のごとく、客足は自然と絶えていった。

 

 

 人々はウイルスという見えぬ『敵』に恐れて、『誰』から伝染るのかと疑心暗鬼を生じて、社会不安は顕在化して、多くの人が貧すれば鈍するとなっていく。

 

 

 社会の悪循環である……。

 

 

「ひどいものでは魔法協会が国家転覆の為に、人体実験用の検体を大量に捕縛しているとも言われていますからね」

「あながち間違いではないのが、我が家の失策よね……」

 

 捕縛していた死体を殺処分したのは、刹那から説明を受けてからだ。更に言えば、『教会』の奇蹟とやらで浄化まで掛けられたのだから……我が家のは、マズイ手際だったのだろう。

 

 だったのだろうが……。

 

(確かに『ホトケ』を警察に引き渡さず、バチ当たりにも隠匿していた私達も悪いけれど、もうちょっと説明が早くても良かったと思うわ!!)

 

 魔法師だからと『菩提寺』が無いわけではないのだ。

 当たり前のごとく、そこにいずれは自分たちが収まることも考えれば……ようは、嫌悪感があったのも事実だ。

 

 

(この恨みはらさでおくべきか……! 達也君ともども、あの一年男子2人には積年(一年未満)の恨みを込めて、とびっきり『苦いチョコ』を与えて、(にが)くて苦くて目が回りそうな『ピーナッツ&ビターステップ』を千鳥足で演じてもらうんだから……!!)

 

 

 暗い情念を持ちながらも笑顔で画策する『ご令嬢』の姿を確認した中継車にいる執事一同は、考えを何となく読んで『よしときゃいいのに』と思うのだった。

 

 そもそも七草真由美と遠坂刹那とでは、何というか『役者』が違いすぎるのだ。

 そんな呆れを覚えつつも……。今日も滞りなく終わってしまった。

 

 だが、鋭敏な感覚を持つ現場にいた幹比古は、何かが変だと思えた。

 

 逃げ込むべき魔法師の肉体が無くなっていけば、『タタリ』というものは、徐々に存在濃度を下げていくはずだ。

 だが最後の一手で、ナニカに『具現化』することは既に規定事項……。

 

(刹那やダ・ヴィンチ先生は、沙条愛華やルゥ・ガンフー、王貴人が再生されると想っているらしいが……)

 

 そんな机上の空論だけで上手くいくだろうか?

 

(あるいは、ナニカを隠しているよな……不安や恐怖を具現化するというのは間違い無いかもしれないけど―――)

 

 その不安・恐怖の定義というのも『曖昧』だ。

 

(日本妖怪に出てくる『くだん』に似ているよな)

 

 一般的な『くだん』は、多くのヒトにとって起こってほしくない凶事・不幸を『予言』することで『実現』させてしまう妖怪だ。

 

 この妖怪の『噂』が出てきた当初は、物質的な豊かさがあまり保障されない時代だったので、凶作・飢饉・流行り病などの食えぬ・癒せぬでの『死』を誰もが恐れた。

 

 もちろん、『実現』(けっか)が先にあって『予言』(こうどう)があるのか。

 はたまた『予言』(こうどう)をするから『実現』(けっか)があるのかは議論の余地はある。

 

 だが、インスピレーションが働いた結果とはいえ、幹比古は何となくそんなことを考えてしまう。

 

 何故ならば、有り体に言えば『ヒマ』だからだ。

 

 エリカの魂魄から出来上がった擬似的な『概念武装』―――『心器』『心具』とでも言うべき剣は、恐ろしいほどに霊体を切り裂いていく。

 それを持ったエリカの抗魔力と身体能力が向上しているよう見えるのは、ある種の『起源覚醒』(よびさまし)でもあるからだそうな……。

 

「ただエリカに黙って施術しているってのは、どうなんだろうか?」

「どうせ千葉が言うことを聞かないと思って、栗井教官と共同で時限式の術式を刻んでいたそうだな」

 

 贄となったのは、エリカの『毛髪』。女性の魔術師……魔女にとって己の髪の毛は最高位の触媒であり、それらを介した術式は多い。

 九校戦において一条将輝がやったのもそれだったことを思い出す。

 

 どういうカラクリなのかは分からないが、エリカの毛は生え変わるのが速い。

 

 実際、美容室に通うのは月に4~6回だと言うのだから、新陳代謝がいいとかいうレベルではないのかもしれない。だが、その切られる髪、生え変わる髪……『生まれ落ちる髪』の全てから3割ほどが、自動で発動する魔法陣の中で贄として消費されていたのだ。

 

 そして丹念にエリカの『領域』で鍛え上げられた剣は、モードレッド・ブラックモアとの『接触』で確かな形で顕現したのだ。

 

「プライウェンというのは、アーサー王の盾だからな。いわば英霊の宝具だ。擬似的にとはいえ、『現代魔法』にまで落とし込んだ遠坂の無茶な仕事が、こうして結実したんだ。

 ―――殴られた甲斐はあったな……」

 

 言いながら厳しい岩のような頬を擦る先輩に、苦笑する。

 

(そう言えば十文字先輩も寿和さんに平手で殴られたんだよな……)

 

 ただの防御魔法としては規格外すぎるが、妹の安全を願う兄の心を理解した刹那の努力であった。

 とはいえ、そういった風な適正違いの術なだけに、どれだけ修練してもエリカには、どうにも発動が速くなることはなかった。

 

(だが、いまは―――)

 

 剣は盾から変化したが、盾としての『機能』が無くなったわけではない。

 

 自爆攻撃―――エーテルの破裂という攻撃パターンは最近になって出てきたものだが、エリカの至近距離での爆発。

 

 宿主ごとのそれを前にして、エリカは剣を垂直気味に立てながら片手を柄に、片手を刀身の半ばに添えて―――念じた。

 

 念じると実体ではない魔力盾が剣から発生して、爆発の勢いと発破の熱をやり過ごすだけのことが出来た。

 

 障壁魔法を張っていても身を縮こませるべきそれは、エリカにとって脅威ではなかった。

 

 手早く鎮火を果たして、黒煙が上る前に証拠を隠滅する。

 幹比古は即座に霊体に干渉しようとしたが、その干渉は―――振り払われた。

 

(強大化、もしくは学習している?)

 

 術を組み立てる間に思考した幹比古だが、霊体は光速かと見紛うばかりの速度で一帯から消え去った。

 

「吉田」

 

「すみません。ロストされました……」

 

 不甲斐ない限りであった。刹那ならば、霊体そのものを掴み離さず消し去るだけのことは出来たはずなのだ。

 悔しさをにじませていたが、気にするなという言葉で若干、救われつつも――――十文字はエリカに話しかける。

 

「千葉、戦ってみた所感はどうだ?」

 

「いつもどおり―――としか言えませんが、ただ気になることが」

 

「気になること?」

 

「タタリの霊体が憑依した存在にも確かに感情はあるんですよね。あのスプラッタームービーで確認した限りでは……」

 

 個人を特定させないために覆面を被っていた彼らだが、それ以外にも分からなかったことは表情の如何である。

 攻撃が効いている効いていないの類を確認するに、一番なのは表情が見えることだ。やせ我慢をしていたとしても、『何か』が見えるのが、感覚神経がある存在ゆえん。

 

 変化が見えるかどうかなのだが……。

 

「今日は少し違いましたね……今までは『仕方ないから自決する』という、目が死んだところがあったんですけど―――」

 

 言葉を区切って、エリカは少し汗をかき緊張した面持ちで、それを告げた。

 

「今日のパラサイト(タタリ)の目は違いました。死を目前にしてギラついている……まるで獲物をせしめて、まんまと逃げおおせて勝ち誇る『こそ泥』のように―――『キサマラは要らぬ』……そんな言葉を吊り上がる口角で言ってきたような気がするぐらいでした」

 

 その言葉に男2人は、表情を渋いものとせざるを得ない。間近で戦っていたエリカだからこそ分かる変化……。

 

 ―――キサマラは要らぬ―――。

 

 その言葉は、今まで魔法師の肉体をさんざっぱら利用してきた寄生虫のような連中が、本格的に動き出そうとしていた宣言に聞こえたのだった……。

 

 起こっている事態に対して本格的な対処が出来るはずの『魔法使い』は………。

 

「打ち鍛えるには魔力を込める以上に心を、魂を込めなければいけないんだ!!

俺の剣製っていうのは、剣を作る事じゃないんだ。そもそも俺には、そんな器用な真似はできっこない。

そうだ。俺に出来る事はただ一つ。自分の心を、形にする事だけだった!!」

 

「はい師匠!!! 力を貸してくれ!! クラレントの担い手! 叛逆の英雄!! モードレッドォオオオ!!!」

 

 高温どころか極・高温の鍛冶場、サウナよりも暑くて熱い場所……立っているだけで、汗どころか塩粒すら体に浮かび上がるところにて、槌を力の限り振り上げて振り下ろす作業を繰り返す2人の男女。

 

 剣製の術を、刹那はただ『便利な魔術』としか想っていなかった時期があった。

 

 だからこそ一振り毎に魔剣を鍛え直す作業に執心する。雑念は剣の形を歪める。

 それではいけないのだ。右手の刻印が最大励起を果たして、赤い溶鉱炉のような部屋でも輝きを増す。

 

 魔剣を聖剣に鍛え直す……。とんでもない作業。

 

 その様子を固唾を呑んで見守り、時に鍛え直した剣を入れる水の温度をしっかりと見るリーナ。

 

 最初は刹那も追い出していたのだが、それでも『見る』と聞かぬリーナに与えた仕事。それもまた肝要ではあったので気を抜くことは彼女もない。

 

 三位一体の工房……鍛冶場。エンチャンターとしての腕が冴え渡る。

 

 そうして『外』の時間で『丑三つ時』まで続いた作業は恙無く終わるも……。

 ―――『■■■■■■■』にするその作業は―――『六割』の工程をようやく踏むのだった……。

 

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 ふあああああ〜〜〜。盛大なアクビが、四時限目の授業が終わったB組の教室に響き渡る。

 

 その数は『3つ』。

 

 3つのアクビを一つに合わせれば『大魔王の娘』も召喚出来そうな気がするが、それはともかくとしても3人が同時にアクビをするとは、余程の夜ふかしだったのだろう。

 

 だが、その『組み合わせ』が、色々なものを想起させる。

 刹那とリーナがアクビをすれば、『こんちくしょう』と大体の男どもは嫉妬を思い患う。

 

 だが、その中に今回含まれていたのは、B組の留学生の1人、英国よりやってきた金髪の乙女『モードレッド・ブラックモア』である。

 

 まさか、まさか……。誰もが否定したいが、それでも真実を聞きたくない思いでいながらも、誰かが聞き出すことを願う。

 

 今日は、いつもとは違い大きめの『製図ケース』 『アジャスターケース』だろうものを担いでやってきたモードレッドは、違っていた。

 

「随分とお疲れみたいだねー。どうしたのモーちゃん?」

 

「ああエイミィ……いやぁなんつーか。昨日、ついに『ヤッてしまったんだよ』。すっごい『タイケン』だったんだぜ」

 

 寝ぼけ眼を擦ってから赤い顔のままニヤけながら言うモードレッドの様子に、B組の面子の表情が色々になる。

 

「―――だ、誰とヤッたの!?」

 

 そこを聞きに行くか―――!? 探偵勇者エイミィの命知らずの行いに、B組の誰もが拍手喝采! 粉砕玉砕大喝采! な未来もあり得るのだが、ともかく詳細を語ってもらわなければならない。

 

「そりゃセツナに決まってるじゃないか。とてつもなく『熱い所』で、『汗だく』になりながら延々と『打ち付けあって』。リーナの『協力』ありで、明け方近くまで『ヤッてたんだぜ』……」

 

 男どもがワナワナと震えて、女子が一部を除いて生ゴミを見るような目で刹那を見るのだが、当の刹那は、半覚醒の状態のままに同じく机に顔を預けているのだ。

 

「―――いい加減、弁明しないとアレじゃないですかセツナ? 私とレティは分かっちゃいますが、分かっていない面子も多いのですから」

 

 そんな刹那に話しかけるは、後ろの席にいるレティによって髪を弄られていたシオンであった。

 

 前にもエイミィの手で弄られていたが、今度はレティである。

 確かに紫苑色の髪というのは珍しいから分からなくもないが―――。

 

「ツインテールにメガネっ娘なシオン……超萌ゆる……」

 

「死んだ魚のような目で言われても嬉しく感じてしまうこの気持ち……まさしく『マイフレンド』(マンドリカルド)!!―――まぁ私から聞きましょう。モードレッド、アナタは『何』を打ち付けていたんですか?」

 

「そりゃ『金槌』(スミスハンマー)に決まってるじゃないか。ニホンでは、大槌(オオヅチ)小槌(コヅチ)って言うんだっけかな? 頼んでおいた最高の刀剣作り―――ウヘヘヘへ! いま思い出しても凄い『大剣』(クレイモア)だぜ!!」

 

 言いながら製図ケースに頬ずりするモードレッドの姿に、B組一同、若干引き気味である。

 顔が崩れっぱなしで、もはや『変態』したヤンキーだが、その言葉で何人かが思い出した。

 

「エクスカリバーのこと?」

 

「……まぁな。とはいえ、モノホンは作れない。当たり前だが、『湖の妖精』ニムェが作ったものを、現代の鍛造技術では再現は不可能だ」

 

「そりゃそうだよね」

 

 エイミィの呆れるような納得の顔が見える。

 

 そもそも『本物』のエクスカリバーは現存していないのだ―――。

 

 という『虚言』で刹那はエイミィを躱していく。

 

(聖剣は星の内部で生まれ、星の手で鍛え上げられた神造兵器―――いわば、この惑星が作り上げた星を滅ぼす『外敵』(セファール)を想定して作られたもの。容易に振るえるものではない)

 

 そんな謂れは殆ど誰にも話していない。

 

 しかし、エクスカリバーを使った際の『揺り戻し』は、人理版図(テクスチャ)が打ち付けられた惑星の地表では耐えきれないものであるのかもしれない。

 

「紙一枚」ほどの見えぬ境界で成り立つ危ういもの……それが我々の生きている星の真実なのだから。

 

 閑話休題(それは兎も角)

 

 モードレッドに対して鍛えると約束したものは、錆びついた『支配の魔剣』を『星の聖剣』と同格に鍛える―――言うなればオヤジからの挑戦だった。

 

(元カノ未練剣がなんぼのもんじゃい! オレはオレの手でアンタを超えてやる……!)

 

 アラヤとガイアの両方から『承認』されるその剣は―――。

 

「しっかし、鍛冶仕事を終えた後にシャワーを借りたんだが、リーナ、お前育ち過ぎだぜ。 どんだけセツナに躾けられてんだよ?」

 

「チョットー!! た、確かにもはや周知で公然の秘密とはいえ―――こんな真っ昼間から、そんなワイダンするんじゃないわよー!!」

 

 頬杖を突き、猫のように笑みを浮かべながら言うモードレッドの言葉。

 

 ソレに対して顔を真赤にして猛烈に抗議するリーナの姿。

 だが、周囲にいる男子一同が鼻を押さえて妄想したのは―――この金髪美少女2人は、一緒にバスルームに入っていたということだ。

 

 ようは―――モードレッドも妄想の世界で登場していたわけで、ちょっとした百合百合しい世界が展開されていたりする。

 

 ということは―――昨夜……凡そ午前2時半にバスルームで騒ぐ女子2人の嬌声(?)を聞いていた刹那でなくとも、当然想像出来るものだった。

 

タスケテー(Help me)!! セツナー!!

 ボーイズたちにエッチな想像(イマジン)されちゃウー!!」

 

「ガンド打ってもいいならば」

 

 もはや見慣れてしまうぐらいに、禁断の兄妹カップルと同じく一高の様式美となりつつあるリーナの「HELP!」という名の抱きつき(ハグ)

 

 ビートルズ……作詞家であるジョン・レノンのように、「誰でもいいから」ではない特定の個人(遠坂刹那)に対して求めた助け。

 

 遠坂刹那というオノ・ヨーコと共に歩むリーナの図であったのだが―――。

 

 

 ――――びくんっ――――。

 

 世界が。

 震えた。

 

 そうとしか言いようのない感覚が一高にいる霊感(・・)強い連中を貫いた瞬間。

 

 ふいに刹那の目が「虹色」に輝く様、リーナも気づき抱きついていた首を更にしっかり掴む。

 姿勢保持のためだ。同時に刹那も背中と足に手を回しておく―――。

 

 ……姫抱きに変更をしてB組の教室窓を開け放ち飛び立つ。

 

 まさしく全員が唖然とするような速度、脱兎の如く駆け抜けた2人は直感の信じるままに赴く……。

 

(確かに死徒と違って霊体に昼も夜も無いだろうが―――)

(このタイミングはバッドよ!!!)

 

 心中でシンクロさせた2人の言葉は現実のものとなり、噴き上がる魔力の元へと急行させる。

 

 先行して景虎も赴いたが、即座に霊体化を指示。

 

 何故? という疑問が明朗ではないが刹那の中に伝わるも、説明している暇はないとして『温存』を強行する。

 魔力をカットしての強制的なものに、景虎の不満が溜まるが―――『最悪の場合』を考えての行動なのだ……。

 

 曇天のもとでの暗闘が望まぬ形で始まる―――。

 

 

 

 



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第239話『Farce/melty blood‐2』

いやー躍動する運命ですなー。

モルガンもリファインされるのだろうか?  色々と考えられるop映像でしたねー。

というわけで続きは書いているのですが、ちょいとテンポを考えて途中うpということにしておきます。


(この程度の魔術式ならば、感づかれずに『儀式』を遂行することも出来よう―――だが、それでは完璧な『情報再現』には成り立たぬ)

 

(然り、我らが目的には確固たる『情報』が必要だ。知る者・知ろうとする者・知らぬが知ってしまった者……)

 

(多くの情報があってこそ、我らは真なる意味で『タタリ』を実行できる―――真祖の姫は望むことは出来ずとも……最良の体を手に入れることは出来る―――狙うは……)

 

 

 ―――魔宝使い。その記憶(レコード)の中にあるもの―――。

 

 マクシミリアンという『魔道具』企業の社員の体を乗っ取った霊体たちは、遂に己の真の姿に『孵る』ことを望みだす。

 

 それは、『第■法』への再びの―――……。

 

 混乱の第一歩は、やってきた2人の教諭の血を―――、啜ることは簡単では無さそうだ。

 

 やってきた男女……とは明確に言えないものを感じる教諭たちは、こちらを確認するやいなや警戒心を出してきたのだ。

 

「おや? キミたちは―――ははぁ、そういう事か。まぁ悪くはない手だったね。ウチの坊やに人知れず接触を果たすならば、その『擬態』は悪くない」

 

 ニヤリとでも言うべき擬音が着きそうな笑みを浮かべる女(?)の教諭は、こちらの狙いの大半を看破してきた。

 

 面白がりとでもいうべき言動に汗をかかざるをえない。

 

「……成程、狙いは『刹那』及び『この学校に蔓延する噂』―――雑な一手を打ったもんだね。血飲鬼」

 

 受けて男の教諭も、全てを納得して―――戦闘態勢に入った様子。

 

 表向きの出迎えである教師2人の正体は何であるかは分からないが、あまりにも高すぎる『霊格』に唯者ではないことを察して―――。

 

(((ここで始める!! 周囲の同胞たちにも連絡を飛ばすぞ!!)))

 

 三人が同一の思考を果たしたあとには、同じく三人が同時に『悪性情報の塊』を叩き出すことで―――開戦のゴングとなるのだった……。

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 達也は食事を済ませた後、校舎の屋上に来ていた。

 昨日の雫への連絡の関係で、達也・深雪・ほのかの三人のランチだった。

 別にエリカや退院を果たしたレオの快気祝いをハブにしたかったわけではないが、その快気祝いになるはずの『料理』が無いことで、それは次の機会に持ち越された。

 

 そんなこんなの『彼氏彼女の事情』で傍から見れば、両手に花だ。

 いや、実質面でも両手に花だ。何せ、深雪もほのかも達也に対する好意を隠そうとしないのだから。

 隠す気が無いのではなく、隠すというアイデア自体が彼女たちには無いように見えた。

 無理のないことかもしれないが、周りからチラチラと向けられる視線が、達也の鋼の心臓をもってしても、居心地悪過ぎた。

 という訳で、食堂から逃げてきたのである。 第一高校主校舎の屋上はちょっとした空中庭園になっていて、瀟洒なベンチも置かれた校内の人気スポットになっている。

 だが真冬のこの時期に、屋外の吹きさらしのこの場所で過ごす猛者はほとんどいない。

 

 だが、いまはこの寒さが何より有り難かった……。

 

 両手に花でも暖かさは一つも無い。本来ならば寒気をシャットアウトするはずの深雪の魔法も中断された。

 

 つまりは深雪も驚いていたのだ……。

 

 雫からほのかに送られた画像。幾つもあるそれは、あのダラスの空軍基地騒動……事の発端の写真。多くの職員や軍人たちが中での殺撃で逃げ惑う中での画像データの全て、ドローンや基地内・外部のカメラに侵入してか撮影されていたもの。

 

 出処は雫の留学先の「男友達」から。

 

(そいつがどうやって、これを手に入れたかは分からないが、最大級のバッドニュースじゃないかな?)

 

 メタリックな衣装? それとも体皮?とでも言えばいいものに身を包んだ銀髪の美女……その姿を達也も深雪もよくご存知だった……。

 

 (ソラ)を見上げる金色に輝く目からは涙が一筋―――。

 

 引き伸ばされた画像は、鮮明なものだ。2090年代の動画及び静止画撮影技術は、この女性の表情を鮮明にしていた。

 

「ありがとうほのか。雫からの内緒話を教えてくれて」

 

「いいえ、達也さんのお役に立てたならば、最初は雫も渋っていたけれど、許可はいただきましたから」

 

 パタパタと赤い顔で手を振って否定してくるほのか。だが人の秘密を暴き知ったという苦さは忘れてはならない。

 

「けれど、雫にこんな機密も同然の画像を寄越すだなんて、その男友達って雫に気があるのかしら?」

 

「そうなのよ深雪!! 聞いてみると、かなりアプローチされているみたい!!」

 

 男一人を境にして恋バナをして欲しくないのだが、そういう抗議を込めて、きゃっきゃと騒ぐ2人の間で紙パックのホットコーヒーを飲む達也。

 

 ―――達也が屋上で飲むコーヒーは苦い。

 

「ほのかは、雫が刹那に懸想しているのは、良くないと思っているのか?」

 

 不意に、その恋バナの盛り上がり具合に水を差すように達也は質問をした。決して、2人を嫌気したわけではないのだが。

 

「中々にストレートな質問ですね達也さん……」

「ただの興味だけど」

 

 たじろいだ顔をしてから表情を改めるほのかだが、答えはどうやら決まっているようだ。

 

「私は、雫に脈があるならば、それでもいいと想っているんですよ。けど刹那くんって……雫に『触れよう』とはしないじゃないですか、他の面子と比べても『線を引いている』とでも言えばいいのか」

 

 そう言われると確かに否定できないところはある。

 だが、その理由を達也は良く知っている。

 

 魔術師として生きるならば、人としての幸せなど求めるな。

 そういう訓告をよく聞いてきた以上に、刹那は他人の『家族』を気にする。

 

 それは彼が、そういう生き方を実践することの他に……自分が異端であり、他者の人生を歪めてしまうということも理解しているからだ。

 

 もちろん、それを徹底するならば、刹那は例えここ(一高)に居たとしても、他人に深く関わらず隠棲するようにしていれば良かった。

 たとえUSNAからの依頼があったとしても、それをリーナに任せて裏方にいることも出来なくは無かったはず。

 

 そこは置いておく。

 

 としても……刹那は両親を既に亡くしている。

 

 人と関わり合う時点で、もしも気持ち……懸想されていると分かれば、刹那はその気持ちに素直には答えられない。

 

 どうしても、『相手の家族』のことを慮る。

 

 どうあっても幸せな家族が妬ましくて、その上で自分の修羅道に巻き込みたくないと思う心情の持ち主なのだ。

 そういったことを雫からも聞いていたほのかは頷きながら答える。

 

「うん。私が言えた義理じゃないんだけど、やっぱり紅音さん……雫のお母さんの言う通り、あまり刹那君と関わることは良くないと思うんだよ。

 男女のもつれもそうだけど、経歴(PD)の異質さがね……」

 

『そういう事』ならばオレもそうだろうな。と達也は内心で嘆息してから北山夫人は、自分がほのかに近いことを『善き』とは想っていないだろう。そう感じるのだった。

 

「……お兄様はどう想いますか?」

 

「―――分からないな……『刹那』の立場に立てば、雫の家族を心配させたくないから、そういった風に『線引き』をしていることは理解できる。

 逆に『雫』の立場に立てば、他の連中にあれこれ言われるのは不愉快。

 個人的には……アイツはもう少し人と深く関わるべきだと想うけどな」

 

 魔術師としての『ジレンマ』も理解できる。

 人としての『幸せ』よりも希求すべき理想を知っている。

 だが、雫と恋仲になれはせずとも、もう少し自分(刹那)を知ってもらわなければ―――彼女は、あきらめも着けられないのだろう。

 刹那が理解すべきことは、人の心はそう単純ではないということ、だ。

 

(俺も分かっていなかった組だからな。お前も、そういうことを理解してくれれば―――)

 

 その時。

 

 びくんっ。 

 

 世界が。 

 震えた。

 

 

 そんな表現でしか言い表せないものが、達也と深雪に駆け巡った瞬間。ついで肌身を突き刺す不快感が、全身を苛む。

 

「深雪? 達也さん? どうかしました?」

 

(ほのかは、先刻(さきほど)の『震え』を感じなかったのか?……)

 

 心配してこちらの顔を見上げてくるほのかに、『なんでも無い』としながらも原因を探る達也。

 

 魔法師全てが持つ『知覚領域』に対する干渉ではないのか? 疑問は突きないが、それでも次いで噴水のごとく立ち上る『エーテル』の柱……恐らく良くない『陰性の魔力』が、校内の一点から出てきたのだ。

 

「お兄様!!」

 

 妹からの呼びかけに答える暇もなく、紛れもないタタリの魔力波動(ウェイブ)を捉えて、それの排除に動き出すのだった。

 屋上の柵を乗り越えて、そのままに飛行魔法を発動。

 だが、その飛行は開発者である達也ですら思いもよらぬことで、安定したものとは言えなくなっていた。

 タタリの波動が、本来ならば固定された事象であるはずの飛行魔法に過干渉を果たして、飛行を不安定なものにしようとする。

 

 言うなれば、上空に上げた凧が糸で以て安定させようとしても、不意の風で煽られて滞空出来なくなっているようなものだ。

 

 あまりにも強烈な魔力の波動(かぜ)は、現代魔法の理を捻じ曲げ、達也の飛行を煽り、やむを得ず安全装置を発動。然程の飛行ではなかったが、とりあえず距離を稼ぐことは出来た。

 

 大地に足を付けると同時に駆け出す。向かった場所は、学外から訪れる来客ないし、関係者を迎える通用門。

 

 中でも今日はCADメーカー『マクシミリアン・デバイス』の社員たちが来訪するはずだったなと思い出し、向かった場所では―――ダ・ヴィンチとロマンの2人が立ち回っていた。

 

 スーツ姿と作業着姿の人間たちが、2人を襲っていたのだ。

 

「先生!!」

 

 呼びかけるも、どうやら戦闘に集中していて、視線だけが一度だけ達也に向けられたが、通用口……資材搬入棟での戦いは壮絶なものである。

 

 見えるだけで10名……13名いるマクシミリアンの社員全てが、タタリ・パラサイトに身を侵されていたのだ。

 

「お兄様! まさかこの方たち全てが!?」

「タタリの宿主だ」

 

 いつの間にか追いついてきた背後の深雪に答えながら、持ち出している(CAD)を向ける。

 

 宿主である生身の肉体をふっ飛ばしても、自由な霊体が出来上がるだけだ。

 

 しかし、肉体に囚われている内は、肉体的な行動に限定される。

 

(痛覚はあるか? 吸血鬼―――)

 

 13鬼もの吸血鬼全てにターゲッティングは出来ないが、放たれる魔弾。神秘解体の魔法が、向かってくる中年の作業着の腕を吹き飛ばす。

 

 塵以下の原子に帰ったはずのそれが―――瞬く間に再生を果たす。

 

「「復元呪詛!?」」

 

 考える間もなく死徒崩れは達也に襲いかかる。

 

 双手の五指全てが鋭利な刃物も同然に振るわれて、制服の上着が切り裂かれた。

 

 寸前で躱したとしても、黒い爪痕のようなものが飛んできて達也に痛みを与える。

 

「カット!! リプレイ!!」

「―――!!」

 

 攻撃はまだ続く。死徒の攻撃というのは、あの路地裏にでも住んでいそうな連中で既知で、刹那の記憶でも存じていたが……。

 

「爪の一撃が、攻防一体の(アーツ)になるか」

 

 ズガガガッ!! 削岩機のような音で大地が削られていき、吹っ飛ぶコンクリート塊が目の前を圧倒する。

 

 全てを分解することで前面をクリアに出来たが、そこに突っ込んでくる吸血鬼2鬼。

 

「無礼な!」

 

 相手を凍結させる魔法を解き放つ深雪。凍気と冷気の混合が場を圧倒するが―――。

 

「貧弱貧弱貧弱ッ!!」

 

「もはや貴様らの魔導の(うつわ)は知れた!!」

 

「飛び散って果てろ!!」

 

 随分と感情豊かになったものだ。これが今まで、あの路地裏の三人娘(18歳以上)たちに必要以上に怯えていた連中と同じとは思えぬ。

 

 言葉だけでなく攻撃手段もかなり強烈だ。

 

 搬入された資材トラックから出てくる貴重なCAD関係の機器を、鈍器として振るってくる。

 

 機器とはいったが、その殆どは大型の筐体の部品であり、そんなものを小型の鈍器かナイフのように扱ってくるので、非常に恐ろしい『現実』だ。

 

 通常、大型の武器は一撃必殺か後の先を狙うものだが、不死者の膂力と技量は、両手持ちの大型鈍器(CAD機器)に、ナイフ並みの交戦点を与えていた。

 強大な質量にモーメントを上乗せし、その運動エネルギー自体を破壊力とするドンキーヴァンパイアは、その特性をフルに生かすべく、まるでそのスピードを落とさない。

 

「深雪、下がれ!!」

「は、はい!!」

 

 凍結の冷気術が意味を成さなかった時点で、深雪を下がらせることを決意。

 

 ソレ以上に、そんな風な眼の前で暴れまわる怪物に恐怖を覚えていたことを察した。

 

 自分とて、こんな現実は認めたくない。こいつらの膂力は全て天然自然のもの。魔力的な強化もなしにこれだけの身体能力を得られるなど、サーヴァント以上に認めたくない現実だ。

 

 だが―――。

 

「!!!」

 

「はっ! 面白い術を使うものだ!! しかし所詮は手妻(てじな)程度だな!!」

 

 機器を分解する達也は、その後に体で吸血鬼に挑みかかる。

 応じて爪が迫る。恐ろしいほどの速度だ。

 

 一般的な肉体の合理的な使い方ではない。『手打ち』でも、これだけのことが出来る事実に恐ろしさを覚える。

 

 肌を擦過した真っすぐ伸びた爪。黒い魔力の爪痕が達也を切り刻む。完全な致命傷。

 

 だが―――。

 

 懐に飛び込んで銃口を心臓に押し付ける。同時に立ち上がる光の刃。

 

 夏休みに開発していた『バリオンの刃』が、杭打ちのように吸血鬼の心臓を消滅させた。

 

「―――!」

 

 至近で放出された陽電子の力場で己の身も無事では済まないが、くの字に折れた体が吹っ飛びながら急速に灰に帰っていく。

 

「―――」

 

 己の体の復元を―――と思ったときには、残りの2鬼が危険度を上げたのか挑みかかる。

 

「爪で斬りかかるのは、どうやら危険なようだな……」

「ならば魔術・超抜能力でやるのみだ」

 

 血塗れになった達也に対して呟く中年と青年の姿の吸血鬼。

 

 何度でもやってやる―――その意思でいた所に、強烈な魔力の気配。

 

「ったく『遅いぜ』―――」

 

 もちろん、実質校舎外にいた達也との違いかもしれないが―――飛び来る黒鍵の群れが吸血鬼たちにとっての脅威。

 

 コンクリートの床に次から次へと墓標のように突き立つ刃を吸血鬼は嫌悪して、一塊となりてこちらと対峙していた。

 

「すまん。遅れた」

「ヒーローは遅れてやってくるものなのよ!」

 

 リーナの言葉通り、美少女を姫抱きでやってきた姿は確かにヒーローと呼べるかも知れない……。戦いは第二幕へと移る。

 

 



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第240話『Farce/melty blood‐3』

加筆した後半部分の投稿なのだが―――正直、ものすごくごちゃごちゃした感はある。

長台詞でも、すっと読めるような改行やらなにやらというのが、どういうものなのか、いまだに分からない。

ともあれ新話どうぞ。


 

 ――――そんな少しの小康状態になった瞬間、ダ・ヴィンチは服についた泥や土を払いながらタタリ・パラサイトを見すえて、口を開く。

 

 それは断罪であり解体の言葉(まほう)である……。

 

 

「気をつけろよ刹那。連中の狙いは『キミ』だ。少しばかり推理が遅れたが、彼らの目的がようやく分かった。ズバリ言えば、彼ら……タタリ・パラサイトの目的とは、『魔法』に挑むことだったんだよ」

 

「「「「――――」」」」

 

 

 ダ・ヴィンチの言葉にあからさまな沈黙を果たすタタリ・パラサイト達。

 この場で押し黙ることは肯定の意味を発したも同然。大根役者極まれりであった。

 

 

「こんなボロボロの姿での推理なんて、サマにならない限りだがね。ともあれ言わせてもらおうか―――元のタタリ、言葉遊びだが、タタリの『元』となったズェピア・エルトナム・『アトラシア』の目的とは『第六法』を手に入れることだった。

 その経緯は割愛するが、顛末に関しては、ご覧の通りだね。キミたちは『魔法』に挑んで敗れたんだな?」

 

 

「ここでのネタバラシなんて、あまりに滑稽ではないかな。全智の賢者よ?」

 

 

「別に誰かが脚本を書いているわけじゃないしね。人生とは筋書きのないドラマという言葉を私は愛するよ。ゆえに今はウチの坊やに全容を教えておくのが一番だ」

 

 タタリの1人が、代表するようにダ・ヴィンチに抗議するが、人類史に名を刻んだ万能の天才は聞く耳を持たない。

 

 

「魔法に挑んだ際に、恐らく『抑止力』はキミたちを殺したが、事前に蘇りの方法を設定しておいたことで、キミたちは現象として蘇り、そして度々―――ある種の『条件』を得て顕現。多くの死都を作り上げていた。

 ある種の『条件』とは、魔的な要素が溜まりきった場所であり―――『噂』や『都市伝説』、人々の『口端』に登るほどに、決まりきったイメージが蔓延した市町村……昔はまだまだ未開な場所は、あちこちにあったからね。様々な『カタチ』になったんじゃないかな? 

 更に加えると、具象化するのは『強力な存在』であればあるほど『いいこと』なんだろうね。呪いのビデオやチェーンメールによる『怪異』なんてのは、今の時代に流行らないが、それでも―――形を変えてそういった都市型怪異は生き残った。『現代』で言えばインターネットのあらゆる媒体に存在している。SCP財団なんかがいい例だね」

 

 

 一息に吐かれた説明を、言われる度に噛み砕いて理解できたものは少ない。

 

 そんな数少ない1人である達也も、それならば、何となくの理解が出来るのだった。

 

 

 そしてそんな『倒せない怪物』を『具象化』するならば、それは―――決して倒せない存在だということではなかろうかと想う。

 

 如何に達也の分解が、あらゆるものを素子以下の存在に『細断』するとはいえ、『現象』……を分解することは出来ない。

 更に言えば、それを構成しているものはそこに住まう『人々』―――タタリは、その姿を変幻自在にさせてしまうのではないだろうか? 

 

 

「人間が持つ恐怖のイメージを具現化することで、災禍を撒き散らす存在。出来の悪いホラーだな……」

 

 

「出来が悪いとは聞き捨てならないな。『魔宝使い』。

古今東西、怪物とは正体不明でなければならない。

一つ、怪物は言葉を喋ってはならない。

二つ、怪物は正体不明でなければいけない。

三つ───怪物は、不死身でなければ意味がない」

 

 

「三つ全てを打ち破ったとは想うが?」

 

 タタリを代表して前に出てきた若い男。金髪の男の声に返した刹那だが、途端に目をこする様子が不可解だ。何か見えてはいけないものをみたかのような様子。

 

 だが男の言葉は続く。『劇場の役者』(アクター)のように語りは続き、その間にこちらの戦力も整いつつある。

 

 だが、嫌な予感が達也と刹那に走りつつあった。

 

 

 

「四つ、怪物の不死身とは―――――再誕・転生・憑依・変化・変生、あらゆるものを以て『再現』(リテイク)されるべきなのだ!!」

 

 

 

 その言葉で、達也は己が殺した吸血鬼を見る。

 

 再生はしていない。 しかし取り憑いた霊体とでも言えるものを『妖精眼』で確認した。

 

「刹那!!!」

 

 達也の呼びかけと同時、刹那は手を翳す。

 

 現代魔法では『魔弾』一つ干渉できぬところにいる霊体に対して、最速で刹那は術を解き放つ。

 

 5つの自然属性を模した光線。有り体な言い方で言えば、マジックミサイルの類が直撃したはずだが―――。

 その前に幾何学的な魔法陣が、それらを封殺した。

 

 明らかに『霊体』が行使出来る術のレベルを超えている。もしかしたらば魔術的には苦界から解脱することは能力値を上げることなのかもしれないが……状況は動く。

 

 

「しかし、後付設定も同然に……天然痘ウイルスと同盟結んでまでやりたかったことが、まさか『自分を捨てた母』と『選ばれた弟』への『復讐劇』だったなど―――ホラーのなんたるかが、分かっていないとは思わないかね? まぁどんでん返しをするには、些か時間が立ちすぎて、鮮度が落ちたワインにも似ている……」

 

 

 そんな言葉を残して、ダ・ヴィンチに抗議していたタタリ・パラサイトの代表者は崩れ落ちた。

 誰かがなにかしたわけではないならば、それは自発的な憑依の終わりなのだろう。

 

 

 そんな遺言(?)を聞き、見ながらも達也にはちょっとした驚愕があるだけだ。

 刹那の魔術は、殆どの現代魔法の壁を無視して突き刺さる術としての深度があるものだ。それが通じないなど明らかな異常。

 

 霊体が次から次へと増やしていく魔法陣は、達也の対抗魔法でも、刹那のガンドでも崩れ去らない―――。

 

 

「カバラ数秘紋―――雷霆術! 上面防御!!」

 

 

 術の分類と起こり得る結果を予測した言葉に従い、全員が頭上に対して『壁』を作り上げた―――同時に閃雷(さきいかずち)が、猛烈な勢いであちこちに蜘蛛の巣状に放たれる。

 

 一定の法則で空に亀裂を入れていく様子から、大地に対して放たれる落雷の勢いは、この中では一番の堅固な壁であった十文字克人をふっ飛ばした。

 

 ゼウスの雷霆、雷神トールの槌撃も同然に放たれたそれを前にしては、防壁など意味はないと言わんばかりだ。

 

 

「お兄様!?」

 

 

 同時に達也も『放電現象』そのものの『分解』を試みたが不可能であった。というよりも硬すぎて『疾すぎた』。瞬間の判断で、魔法の道具でありながら電子機器でもあるシルバー・ホーンを上空に放って避雷針としたが……。

 

 避雷針(CAD)からの漏電……流れていく雷は、先刻まで避雷針を手にしていた達也の腕を容易く炭化させた。

 

 

「バックアップで回復するよりも先に、周囲の状況を――――」

 

 あちこちで、人が倒れ込んでいる。マクシミリアンの社員たちは……既に体を無くして、服だけが世界にいた証拠として残るのみ。

 どうやらアレはこの近辺にいたタタリ全てが衆合したもののようだ。

 

 状況としては、あれだけ強烈な雷霆を食らっても立ち上がれているのは数名のようだ。

 

 

 

 その中の稀有な1人である遠坂刹那は―――真っ直ぐに『一点』、膨大な量の『プシオン』……霊子の塊が集う場所を見ていた。

 

 通用口での騒ぎは、既に学校中に伝わっているが、先程の雷霆によって起きた電子機器の突然のフリーズは、ソレ以上の騒ぎとして校舎内を混乱(シェイク)させている。

 

 

 ソレに動じず、いつでも飛びかかれる用意をする刹那を見る。

 同時に刹那が見ているものに達也も目を向けた。

 

 

 

 光の粒子は、一点に集中して形を模る。

 その姿が明確な輪郭を伴って、現実世界に『帰還』を果たそうとしていた。

 

 姿は―――横浜の最終戦に見たもの。刹那の刻印……衛宮士郎の記憶でも何度か見たもの。

 

 

 その姿は、少女騎士。

 

 赤竜の化身として神代残る島(ブリテン)にて剣をふるった最後の王。

 

 可憐な顔を血に塗れさせてでも、最後まで戦った栄光の王にして―――最後のブリテンの王。

 

 アルトリア・ペンドラゴンの姿がそこにあった。

 

 だが、その全てが歪んでいく。

 最初に見えていた姿が幻であったかのように、その顔は白蝋のように真っ白に。されど、病身の類ではない覇気に溢れる。

 

 戦化粧の極みであった蒼銀の鎧は黒く、(くろ)く、(くろ)く塗りつけられていく。

 

 

 ペイントイットブラック。

 

 

 そんな言葉が似合う騎士の眼は、深い深い森の中にある『緑色』ではなく『金眼』に変化する。鮮やかな金髪もまた少しだけくすんだ金髪になっていた。

 その手に持つべきはずの黄金の輝き持つ聖剣は、黒と赤で禍々しき輝きを放つ魔剣になっていた。

 

 達也では詳細が知れない騎士王の『異質な姿』が足元まで構成されたあとには、大地を確かに踏みしめる様子だ。

 

 

「ふむ、この肉体の実感、路上に影を落とす確かな輪郭……猛り狂うような魔力の波動……紛れもなく『私』だ。英霊召喚の類ではなく、このような穢しの影法師の御業で成り立つとは、明確なイメージを作り上げたのは―――」

 

 ぐるりと、周囲を見回す『黒い騎士王』は、その金眼に誰かを視界に入れようとする。

 

 それだけで、全員が面持ちを新たにして緊張せざるを得ない『威』と『圧』を感じてしまう。

 

 明らかに矮躯で短躯ながらも、その視線は明らかに睥睨したものであり、王者としてのものを感じる。

 

 

 人ならざる王……滅びに瀕した島を栄光に導いた最後の王の視線は、それだけで一つの魔眼に思えた……。

 

 

 そして―――『一点』。1人を視界に入れた瞬間、王眼と魔剣を向けて口を開いた。

 

 

「―――問おう。お前が私の『想像主』(マスター)か?」

 

 厳然たる口ぶり、虚言はおろか、言い間違いすら許さぬ王者の言葉に対する返答は―――。

 

 

「ランサー!!!」

「承知!!!! 謎のヒロインXオルタ(?)!! その首、頂戴する―――!!!」

 

 一切の躊躇なし。最大戦力の開放であった―――。

 

 

「―――まさかのジャポネスクランサーとは、しかし、それは私の『想像主』だ。その首、貰い受ける!!」

 

 

 聖剣……反転した聖剣と刹那が読んだそれを両手で構え直して、突っかかる景虎に応じるアルトリア。

 毘天の槍と『反転聖剣』(アンビバレンツ)とがぶつかり合い、颶風を巻いて攻撃の応酬を入れていく。

 

 その激突の勢いたるや、タタリたちの『来訪』の表向きの理由である運搬トラックが原型を留めないぐらいに潰された様子からお察しである。

 

 時に貨物部分を遮蔽にして槍衾を放ちある一点。

 

 

 恐らく内部にある鈍器として使われなかったCAD機器(大型)の中で、お互いの刃が噛み合った。

 

 本来ならば、得物を『引く』ことで仕切り直すところだが、この魔人2騎のやったことは……。

 

 予備動作無しでの肩と手首の『ひねり』で、突きの状態のまま得物をひたすらに回転させていくことだった。

 

 

 

 回転斬りの亜種とも言える……。本来ならば殺しの技にもなりはしない棒振り芸、曲芸の類が、CAD機器をフードプロセッサかミキサーにでも掛けたかのように粉微塵にしていき、お互いに突き出していた切っ先が寸分違わず噛み合う。

 

 

 (キン)ッ!! 金属と金属とが打ち合う嫌な音。その応酬は、押し合いを数秒続けてお互いに壁を盛大に貫いて相手の頬を擦過させ合う撃となりえる。

 

 

 お互いの身体を押し付け合いながら、得物を動かさないようにする押し相撲。

 

 

 互いの顔を至近に見ながら、最初にその接触を嫌ったのは、アルトリアからだった。

 

 

 肩から入る体当たり。鎧のショルダーガードの硬さを存分に味わうそれで押し付けられながらも、景虎は身体の間に捩子入れた槍の柄を回転させて防御。

 

 

「―――」

 

 

 『風車』に弾かれて距離を取るアルトリアは大仰に構える景虎を見ている。

 

 戦いが一時停止している……。

 

 そんな様子をギャラリーとして見ていた達也と刹那は……。

 

「ああいうのを見ると、本当に自信が無くなる……」

「落ち込むなよブラザー。とはいえ、こちらとしても少しばかり予想外だったな……『再現』『再演』するのが、反転した『アルトリア・ペンドラゴン』だったなんて」

 

「予想していたのか?」

「半々だな。とはいえ、今は……恨めしげにこちらを見ている十文字先輩及び他の人間たちの回復を優先だ。レオ、棍棒の『片端』使って回復をやってみせろ」

 

 その言葉で、意外な相手がヒーラーとして使われるものだと思った達也の考えを切り裂くように、激突は再度始まり―――爆音が校舎内に響く。

 

 

「まさか飛び道具までお持ちだとは恐れ入る!!」

「飛ぶ斬撃―――それすら貴様の加護は打ち消すか?」

 

 

 

 高密度の魔力の『霧』で覆われた剣士を相手に槍兵の槍撃は果断無く突き刺さる。中にいる剣士に突き刺さんと毘天の宝槍が霧を打ち払っていく。

 

 その様子を見て回復役の1人たるリーナが、ダ・ヴィンチに疑問を挟む。

 

 

「想定外など想定内の人生(マイライフ)とはいえ、少し解説がほしいところね。ダ・ヴィンチ?」

 

「マスターの将来の奥方に言われては仕方ないね〜」

 

 

 

 雷霆術を食らったものたちを回復させていく面子は、この場においては多い。

 

 ロマンを筆頭に手早く術を掛けていく様子が、魔法師の本来的な活躍の場を教えているような気がする。

 

 そう考えながらもダ・ヴィンチの言葉を聞く態勢は崩さない。

 

 

「タタリは確かに、人が持つ不安・恐怖を具現化する。私が観測した限りでは、刹那がよく知る殺人貴が、『666の獣』を内包する『吸血鬼』を不安に思い、『条件』が揃ったことで再現されていたよ―――」

 

 

 その言葉だけで脅威度など分かるわけはないが、それでも……その666匹の獣に『まとも』な原生動物が果たしてどれだけいるのか。そういう考えを巡らすぐらいには、達也も何となく『理解』してきた。

 

「だが、この『不安』や『恐怖』というのは酷く曖昧でね。例えば普段から『死』や『異常』に近いものにとっては、『そうではないこと』の方が怖いと思えるかも知れない。

例えるならば、そうだねぇ……いつでも朗らかに笑う『割烹着の家政婦』―――彼女がいつでも笑みを浮かべながら『毒』を、『悪企み』をしているならば、そんなことをしない『家政婦』を恐ろしく想うかも知れない。

 梅サンドを作り、『あなたを犯人です』などと理解不能な『メイド洗脳探偵』が普通だったり―――ソレに関しては、まぁいいか。蛇足だね失礼。

 身近な例で言えば、刹那が達也君クラスに『機械』に明るければ、みんなどう想うよ?」

 

 

 指先を『くるん』と回して、そんなことを言うダ・ヴィンチ―――。

 

 その言葉に全員が想像力を働かせる。働かせた結果……。

 

「人類滅亡」「最終戦争勃発」(アーマゲドン)「Welcome to this crazy time」

 

「オイマテ」

 

 なんだか前にもあったような会話である。皆からさんざっぱら言われて落ち込む刹那だが……。

 

 

「―――機械に明るい『刹那』に変化しない?」

 

 景虎が立ち会うのは、変わらず騎士王アルトリア(2Pカラー)の姿である……。

 

 タタリの条件が合わなかったのだろうか?解説は、つづく。

 

 

「その通り。『残念』ながら、刹那は2020年代ぐらいの機械端末ならば、難なくとまでは言わずとも、それなりに扱える。特に達也君、キミの指導もあってブラインドタッチの精度もあがったからね。つまり―――全員が知りうる刹那のイメージとは違う、『機械をそれなりに扱える刹那』を数名、もしくは十数名ほどが知ることで、このイメージは消える……不安も恐怖もある種、人それぞれなわけだ。

 そこを煽るのがタタリの役目ではあるのだが、ユビキタス情報社会はそれを受け入れない、強固なものとなっている……情報ソースの裏取りはネットリテラシーの基本だからね」

 

 

 今回のダ・ヴィンチはかなりの説明役である。それが悪いわけではないのだが、この辺でオチを入れてくれないと反応に困ってしまう。

 

 

 そして―――結論が出る……。

 

 

 

「タタリは最優良かつ最優秀の『素体』を欲している。だが彼らに出来るのはいまではたった一つ、不安を煽って『怪物』を出現させようなんて不可能ならば―――それは……」

 

 一拍置いてから、再び指先を向ける万能の天才。全智の賢者にして畢生の芸術家レオナルド・ダ・ヴィンチの真理の言葉は……。

 

 

 

―――まんじゅうこわーい。だ!」

 

 全員がズッコケたところで、景虎と相対する黒いアルトリアが、3騎に『増えた』。

 

「にゃああああ―――!! マ、マスター!! あなたどれだけ私に不満があったんですか―――!? 千影(?)もいいですけど亞里亞(?)だってかわいいじゃないですか!! 

お父上と同じくアルトリア・ロマンスに興じたいので―――!?」

 

 んなわけあるか―――!! という言葉を発するより前に、刹那はお虎の援護に向かうのだった。

 

 その背中には……。

 

「英霊の影とはいえ、それがアーサー王だってんならば、この叛逆の騎士の似姿!! 戦うに値する!! 開帳するぞ! クラレント!!」

 

 喧嘩上等! と書いていそうなインナーガウンを翻しながら駆けるモードレッド。

 

「ああ、何故に主は、このような試練を与えるのでしょうか? まぁ―――適当に倒せばいいんでしょうし、フランスの血が真っ赤に燃えて、ブリテンの王を打ち倒す!!」

 

 ジャンヌブームは、そこにアリ!! などと言うレティシアがくっついて、戦場は混沌の様相を見せるのだった……。

 

 

 



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第241話『Farce/melty blood‐4』

実をいうと今回の話のオチは色々と迷った感はありました。

当初の案としては、刹那がタタリに自分の不安という『理想』を実現してもらおうと、色々と言ったりしているうちに……。

「コラ! 刹那! 付き合っている女の子を悲しませるなんて、母さん。そんな子に育てた覚えは内臓一発!!!」

「ぶごぉ!!」

「達也、あなたもよ。私も『一端』を担っているとはいえ、そこまで無情なことをするようにした覚えはないわ。反省なさい」

「―――おふくろぼぉっ!!!」

以下 あとがきに続く……。


 ──それは、今は昔の再現であった。

 

 最初の始まりは、棒立ちとなっていた『相手』をこの世から無くさんばかりの攻撃が炸裂することからだった。

 

 まさしく木端微塵、粉微塵にしてもまだ飽き足らない一撃は、何度も何度も繰り返されていく。

 

 赤、緑、緑、と弾け飛んでいく様子が凄まじい。

 

 回転する棒が、白雲を撹拌するかのように繰り出され、さらなる大白雲を作り上げる。

 

 そしてそれらに繋げるは、ただ一つの炎の魔法。

 

 灼熱の化身を振るいて、それらを焼き尽くす……寸前で活かす。

 

 そう、焼き尽くしてはいけないのだ。全ては生きていてこそ始まるのだから。

 

 ああ、即ち──。

 

 

 

「火を制するものは料理を制す!! 中華の基本とは『火』にこそあり、全ての食材を繋げて作られるは──」

 

 大皿に盛り付けられる赤・緑・緑の具に包まれた白米とゴマの野菜チャーハン。その上には、餅つきで言うところの合いの手よろしくメレンゲを焼き上げたものを出してくるリーナ。

 

 一高学食の厨房を使って行われたのは……遠坂’sキッチンであった。

 

 それを主に食うのは……。

 

 

「よもや庶民の作った料理などで王の舌を満足させられるとは思うまいな……」

 

「まさか御主人様にお世話になるとはこのメイドオルタ(騎のアルトリア)、何度目かの不覚……かくなる上は、夜伽で満足させるしかあるまい」

 

「くだらんことを言っているな『騎』と『剣』(私たち)。マスターが作ってくれた料理なのだ。冷めぬ内に食うぞ」

 

 

 同じような顔が3つ。1人は若干年齢ゆえか、スタイルに超絶な違いがあるが、ともあれ同じような顔が同時に『同じような声』で唱和しあう様子に誰もが興味津々といったところか。

 

(ダ・ヴィンチもといオニキスによれば、ジャンクな食事の方が、黒の騎士王は好みのようだが……)

 

 ジャンクな食事。いわゆる自動配膳機で出来たハンバーガーやフライドポテトでは満足出来なかったことから、鍋を奮った刹那とリーナ(夜伽云々で不機嫌)だが、ことの発端は30分ほど前に遡る。

 

 それはいざ鎌倉ならぬ、いざ騎士王と、刹那プラスαが、3体に『増えた』騎士王アルトリアを倒すべく景虎に加勢した瞬間であった…………。

 

 

 ぐきゅううううう〜〜〜

 ぐきゅるるるるる〜〜〜

 GUーGUーGUー〜〜〜

 

「「「…………」」」(アルトリア's)

「「「…………」」」(刹那除きの女子's)

 

 

 盛大な腹の音。互いの魔力の波動(おと)にも負けじと周囲に響き渡るそれを前にして、眼前にて停止状態。

 

 沈黙を破るのは──ー刹那の手にあるようだ……。

 

 こういう時のパワーワード。

 オヤジの記憶から、どんな言葉(じゅもん)がいいのかを光速検索(サジェスト)

 

 

 そして導き出された答えは──ー。

 

 

「……腹ペコ騎士王」

「「「ぐふっ!!!」」」

 

 

『どこか』で『誰か』に言われたのか、はたまた打たれ弱いのか、それは分からない。

 

 ただ一つ言えることは……。

 

 言葉一つで騎士王(?)三騎がノックダウンされたということである。

 

 バターン!と地面にぶっ倒れる様子が中々にシュールであった。

 

 そんな様子に右腕の刻印が明滅する。

 

 なんか親父が、『女の子には優しくしろ』と怒っているように思えるのは気のせいだろうか?

 

「お、お腹が空きました……。ブリテン風に言うならば、アイムハングリーというやつです」

 

 古いブリテンの言葉が、そこまで砕けた腹ペコ発言をしているのだろうか? そう想いながらも黒アルトリアたちの言葉は続く。

 

「おのれサクソン人、奴らは我々の作物を奪っていく人の姿をしたイナゴだ! この伝説のモップで粉砕してくれる!!」

 

「ラムレイ……もう疲れました。お腹と背中がくっついてしまいそうです。されど、今ならば馬好きとしてやってはいけない馬肉食もやってしまいそうですから、私に近づかないように」

 

 メイドアルトリア、槍(?) 騎(?)アルトリアの言葉に、なんというか居たたまれない気分である。

 

 

 なんか、悪いことをしたのがこっちのように思えるのは、後ろからの視線がイタイからだけではないだろう。

 

 

「兵糧攻めは戦乱の世に生きたもの全ての苦しみですからね。──ーマスター、ご決断を」

 

『獅子兜』に戦場で対峙しながらも、『塩』を送ったランサー景虎の真剣な言葉と、近くにいる女たちの視線が、こちらに届く。

 

 

「セツナ……お父さん(ユアファーザー)のことは理解できるけど」

 

「──―分かってるよ……」

 

 一番、こちら(刹那)のことを理解しているリーナからの言葉。予想外など予想内の人生たる刹那の人生において、まさか霊基(クラス)違いとは言え……。

 

(オヤジの元カノを『身請け』することになるなんて、人生は分からないもんだ……)

 

 とはいえ、タタリが構成した『情報体』が、『サーヴァント』も同然に機能しているのは極めて興味深い。

 

 何より──―この場で戦えば、今以上の被害が齎されることは間違い無さそうだ。校舎が無くなり、明日から時代錯誤な『青空教室』なんてのも『場』が悪すぎる。穏便に済ます手段があるならば、その方がいいだろう。

 

 そんな自己に対する納得の後に、令呪を励起させながら近づくと、驚くべきことに彼女たち三騎に『経路』(パス)を繋ぐべき場所が存在していた。

 

 一昔前の情報端末で言えば、外部情報接続は規格違いの『USBポート』かとおもいきや、端子の変換も無しに接続が出来る。

 

 そういう驚きであった。

 

 

「“──―告げる!

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に! 聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら──―”」

 

 水面に波紋を作るような右腕の令呪が紅く輝き、新たなサーヴァントとの『ダブル・コントラクト』(重複契約)に対応して荒れ狂う。

 

 痛みが全身を苛むも、構わずに呪文を唱える。

 最大励起を果たした魔術回路が生命力をオドに精製して、呪文のエネルギーに換えていく。

 

 ──最後の2節が唱えられる。

 

「──―我に従え! ならばこの命運、汝が『誇り』に預けよう……!」

 

 

 繋がった──―。感覚を確かなものにするために、右手を伸ばして立ち上がった三騎と手を合わせる。

 

『騎士王の名に懸け誓いを立てる……! 其方を我が主として認めよう、刹那(セツナ)──―!』

 

 

 三騎ものサーヴァントとの新たな契約。恐ろしい勢いで刹那から魔力が抜け出ていき、半年分の『備蓄』、本当に本当の「へそくり」も開放せねば、ミイラになると思えた。

 

 

 結果として、『魔力不足』から髪の毛が『赤』……オレンジ色に変化を果たして、周囲にいる皆を驚かせるのだが……。

 

 

シロウ(・・・)……!』

 

 こちらの髪の変化とよろめきに素早く対応する騎士王。支えられてあれではあるが、男として情けなさ過ぎた。

 

 そして先任のサーヴァントは何もしてくれなかった。

 

「いや、私はアレですよ。刹那との絆値はそれなりに上がっていますから、ここは『あるとりあ殿』に譲るのが『徳』だろうと思えただけですよ。ぷっはー♪ 戦のあとのお酒は美味しいですね──ー!!」

 

 

 絆値って何だよ? とか その手に持つ洋酒だろう瓶は何なんだよ? 疑問は多すぎた。

 

お虎(NANA)に渡したのは、いつぞや『金ぴか』の蔵から強奪した『神代の猿酒』だ。奇奇神酒ほどの神威はないが、中々の逸品だと思うぞ」

 

「つまり?」

 

「──―お仕えする以上、御主人様(マスター)の先臣に賄賂(まいない)を渡すのは当然だろう」

 

 

 何が当然なのかは分からないが、モップ持ちのアルトリアの……オルタナティブ──―反転したものだろう顔が、小首を傾げながらこちらに近づいてきた。

 

 疑問に答えたというのに不満なのか、少しだけ膨れる顔が可愛らしい。

 

 ──―親父が未練たらしくなってしまうのも、少しは理解してしまいそうだ。

 

「セツナ?」

 

 ──―などという心の感想を読んだのか、近場にいるブロンドが、怒りのオーラを発しながらこちらを威圧する。

 

 ともあれ状況は混沌としている。曇天の空の下でも、大まかではあるが黒と金──―白のコントラストをカラーとして持つ三騎の英霊に対して、みんなの反応は──―。

 

 

「とりあえず刹那君、色々と事情(オハナシ)は聞かせてもらえるのかしら?」

 

 最前列に居た眼を輝かせるエイミィをずいっと横に退けてから出てきたのは、若干どころか、かなり頬を引き攣らせた七草真由美が言ってきたのだが──―。

 

 

『『『お前は、12宮の一つ玄人門(プロトモン)にいるネズミー系ゴールドヒロイン!! マスター(ご主人様)をチョコレートで呪殺するつもりかー!?』』』

 

 すかさず得物を構え、表情を強張らせて真由美を威圧するサーヴァント三騎(カゲトラ リタイア)。

 そんな『王の声』に対して七草真由美は、びくびくもんであった。

 

 ぶっちゃけ玉座にて奸計を看破された謀反人の気分なのだった。

 

「な、何の話ですか──!? 身に覚えは何一つない、ないですよ!!」

「その割には大声で否定するな……」

 

 腕組みをして横にいる同輩であり友達以上恋人未満というめんどくさい関係の克人は、少女の内心と企みをなんとなく察するのだった。

 

 そうしてどうすりゃいいんだと誰もが思いながら、何となくの戦闘準備もしていたのだが……。

 

 

 ぐきゅううううう〜〜〜

 ぐきゅるるるるる〜〜〜

 くぎゅぅうううう〜〜〜

 

 若干のバリエーションチェンジを経て、再び鳴り響く空腹の音……。

 

 

「飯を食わせてからでいいですか?」

「ああ、その方がいいだろうな……」

 

 嘆息混じりに十文字先輩が肯定の意を示して、顔を赤くしたアルトリアズを引き連れて、一路食堂へと向かうこととなったのである……。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

「大変美味であった。大儀であるマスター」

「メイドとして負けてしまう──―やはりサンタ(?)になるべきか。ともあれ、ご馳走様でしたご主人さま(マスター)

「有難う御座いますマスター、お陰で空腹が満たされました」

 

 鷹揚に王者の如く言う剣トリアに対して悔しげながらも感謝を述べる騎トリア、そして霊基としては若干ながら年齢が上なのか、大人な言い方で感謝を述べる槍トリア……三人姉妹という言葉が似合いそうな様子に対して……。

 

 

「ご満足いただけたようで何よりだ。親父とダ・ヴィンチのデータが何一つ役に立たなかったのは、あれだったが」

 

 こちらが作ったご飯を残さず食べてくれた人間は、誰であれ歓待すべき存在だ。

 

 色々な疑問は多いが、そこだけは遵守すべき衛宮家の家訓である。

 

 まぁ刹那は遠坂家の人間なのだが、そのぐらいは受け継いでもいいだろうと思えるものだ。そして、なるたけ親父のように『笑顔』を向けていたのだが……。

 

 次の瞬間には、3人全員が──―顔を隠していた。

 

 剣トリアは、バイザー状の仮面を着けて目鼻を隠している。

 

 騎トリアは、顔全体を隠すフェイスベールをメイド服のヘッドドレスから出している。

 

 極めつけの槍トリアは、黒くて『ゴツい』フルフェイスのマスクメットで顔を全て覆っていた。

 竜を思わせる兜が一瞬で装着されていたのだ。

 

 

「……なんでこんな平時に武装化(一部のみ)をするんでせうか?」

 

「うむ。マスターの顔はどうやら私たちにとっては、魔『顔』(まがん)の類らしく、意図せぬ不調を覚えた……」

 

「有り体に言えばドキがムネムネ、ハートがドキン。微笑みの爆弾全力投下中──―ア・リ・ガ・ト・ウ・ゴ・ザ・イ・ます!」

 

「貴様、王たる私に精神魔術(チャーマー)を掛けるなど不敬だぞ。マスターでなければ義姉上(モルガン)と同じように斬り殺していたところだ」

 

 

 3人の言葉を訳するに──―笑顔一つで、何か『情動』が発生した。そういうことらしい。

 

 

 それが──―親父、衛宮士郎との関わりであるからこそなのか、それとも自分の魅力ゆえなのかは判断がつきにくいところだ。

 

 ただ……後者であればいいなと思うのは、男としての意地でもあった。

 

 

 とはいえ、『事情説明』は色々とほしい所だ。正しい意味での英霊召喚ではない。

 

 ある種の『願い』じみたものも実現させる駆動式ゆえに、彼女たちが自分をどう『認識』しているかにもよるのだが。

 

 

「アルトリア・ペンドラゴン。ブリテンの騎士王よ。あなた方を『このような形』で現界させてしまったのは、私のミスだ。

 ただ、それでも……あなた方が自分をどう『認識』しているかを教えてほしい」

 

「殊勝だなマスター。健気といってもいい……魔術師ならば有無を言わさず、私の中身を見ればいいだけだろうに」

 

 

 年上のランサーアルトリアの慈しむような声に、赤面しつつも、そんなことは出来ないと返しておく。

 

 

「確かに懸念と推測通り、この学舎にいるメイガス? たちの持つ共通幻想(コモンファンタズム)と、マスターの持つアルトリア・ペンドラゴンという英霊に関する知識とが反応しあい──―私達(アルトリア)を『再生召喚』させることになった」

 

「それ自体は私達も予想はしていた。タタリの駆動式が、魔的な人間の不安や恐怖などのイメージを再生させると同時に、ある種の『逆張り』的に『願いじみた』ものも再現するだろうことは。だが──―キミたちの最終的な召喚の決め手となり得るのは、やはり刹那だ。

 如何に、ここに『英雄の霊媒』(モードレッド)『デミサーヴァント』(レティシア)として『似たような顔』(アルトリア顔)がいて、美月君の絵画が多くの人にアルトリアの姿を『認知』させたとしても──―、道理に合わない」

 

「そうだな。けれど、私達はセツナの『呼びかけ』によって、『タタリ』のリソースの大半を奪って現界した──―。セツナの『中』に『登録』されていない英霊だからこそ、ある種のジャックインが出来たんだ。それで──―私を『どうするんだ』?」

 

 

 ダ・ヴィンチとの長話の末に──―ボールをこちらに渡してきたアルトリア達。

 

 当初考えていたことは、再生したアルトリアという英雄には『タタリ』の自意識が芽生えて、自分たちに本格的な『敵対』をしてくることだった。

 

 一度は干戈を交えたとはいえ、それはお互いのディスコミュニケーションゆえだった。

 

 最初に剣トリアが『マスターか?』と聞いてきたのは……そういうことなのかもしれない。

 

 彼女たちは──―もはや、タタリ・パラサイトから独立した一個の『いのち』なのだから。

 

「……温情を出しすぎじゃないか?」

「そうは言われても、難儀している女性を放っておいて何もせずにいたらば、『あっち』に行った時に親父とお袋から叱られる……」

 

 達也からのクールなツッコミ。どうやら刹那の考えていること・やろうとしていることを察したようだ。

 

 だが他人に言われたからと言って、意見は曲げない。

 

 しかし、1人だけ確認を取らなければならない相手がいる。

 母及び目の前の腹ペコの正統系(オリジン)が、大河おばちゃんに同居の許可を貰うことを願ったときのように、そこは俺が──―。

 

「いや、ソコをワタシがゴネるわけないでしょ。ワタシがセツナに促したのよ。サーヴァント契約をしなさいって」

 

「まぁそりゃそうだけどさ……」

 

「そもそも、それらの『契約』のメモリが多いのがセツナじゃない? なら問題ないわよ」

 

「──―魔力供給に『ヒエロス・ガモス』を使えば?」

 

「セツナ殴っ血KILL」

 

 そちらはBADEND一直線。再びジャガーマン道場に召喚されることになりそうだ。

 

 強烈なオーラに晒されながら分かった。と何度もうなずくことで怒りを鎮めるのだった。

 

 そんなこんなで上役の聞きたいことに話は移る。

 

 タタリ・パラサイトは──―英雄アルトリアに全て『集約』されたのか?

 

 

「いいえ、私たち合わせても総体の三分の一といったところだ。残りの三分の二は、それぞれに動き出していると言ったところだろうな……」

 

 その言葉に七草と十文字の眉が跳ね上がる。槍トリアの語るところによれば、一高の様々な『情報体』に接続した結果、その姿形はどのようなものになるかは、推測不能となっているとのこと。

 

「マスター・セツナがもう少し我慢強ければ、他の『アルトリア顔』たる面子も召喚出来たのだがな。

 原典の中の原典(アルテミット・ワン) 騎士王アルトリア・ペンドラゴン(オリジン)。

 花と純潔を象徴とする少女騎士アルトリア・リリィ。

 女神ロンゴミニアドと化した獅子王アルトリア・ランサー(オリジン)。

 渚の少女騎士、水鉄砲を『弓』と言い張るアルトリア・アーチャー(水着)。

 平成時代に生まれしポニーテールは振り向かない、セーラー服美少女戦士マスター・アルトリア。

 サーヴァントユニバースからも続々と、アルトリウムとオルタニウムの導きによって、新たなるアルトリア顔が出てきたはずなのだ」

 

 

 ……剣トリアが言うところがいまいち分からない。前半は何となく分かる。

 だが、水鉄砲云々のところから徐々にカオスが広がっていった気がする。

 

 極めつけは『サーヴァントユニバース』である。そんな世界が広がっているなど初めて聞いた。

 

 何となくダ・ヴィンチとロマンに眼を向けると、「うーん」と唸っている様子。

 

「僕が体調壊した際に、マシュが藤丸君とピクニックに行って、そんなところからの来訪者と知り合ったとか、何故かその後、カルデアの中に体操着姿のアルトリアがいたりしたこともあったような、なかったような……」

 

「結構あいまいな存在だよね。まぁ私も『神殿』で観測していた限りでは、いたような、いなかったようなー……ああ、私の真綾レーダーが『いたぞ』とは告げてるけどね!」

 

 こっちはこっちで謎な会話を繰り広げているのだった。

 真綾レーダーって何だよ。

 

 ともあれ、こちらの会話を聞いていた十師族が、眼鏡キラーン! とはならずとも、眼が、キュピーン!と光り輝くのだった。

 

「場合によっては、刹那くんの仮面ライダー王蛇(?)なみの過剰契約によって、タタリの総体を全て英雄アルトリアに変えることも可能なのかしら……?」

 

「ムリムリムリムリ! あんた俺に変に過剰なポテンシャル求めすぎだろ。そんな『強烈な霊基』が、この上最低でも5体以上常態化していれば、死ぬぞ!!!」

 

 その身振り手振りの言葉を受けて何人かは──―。

 

 

『『『『『本当に──―無理なのか?』』』』』

 

 達・深・エリ・レオ・七・十 の『意味深なメンバー』の言葉に対して再度考え込むも──―。

 どう考えてもロクなことにならないだろう。

 

「俺がミイラのようになってもいいならば……」

 

「そもそも流石にコレ以上の美少女サーヴァントの常駐は、ワタシが認めないわ!!

 そんなどこかのシスターなプリンセスで6・3・3で12人の天使たちな生活はロマンキャンセルよ!!」

 

「何かあるごとに首に抱きつくな──―!!!」

 

 その言葉を最後に、この場での話し合いは終わりを告げて──―。(この間アルトリア達は、追加のチャーハンをかっ喰らっていた)

 

 こうして一高を襲った怪異は、御霊会のごとく調伏された……。

 

 されど別の場所では新たな動きが出てくる。

 

 一つは感情持たぬメイドロボ。

 

 もう一つは、受験間近の中学生の下。

 

 新たな物語は紡がれつつあるのだ……

 




前書きより続き。

などと、タタリが願いじみたものを『再現』することで、凛と深夜が生前の姿で再生されて、色々と今回の話以上のカオスが展開されるのと、若干迷った節はあります。

その際のセリフを思いつく限りで書くのでどんなシチュエーションかをご想像ください。

「いえ、私は司波深夜などという艶あるマダムではなく―――お助け女神事務所よりやってまいりました女神ミヤダンディー(17歳)。なんでもお望み叶えますよ? 弘一さん(ニッコリ)」

「ぎょわー!! 刹那、リーナさん!! この機械どうやって使うの!? なんか喋っているし! ば、爆発とかしないわよね!?」機械音痴 ランクEX

「……私を恨みに想い、殺しにかかるならば、それも良しとしました。どうであれ、アナタには高い能力があった……『心』ではなく『体』の人格、本当の達也がいることが……―――それを私は分かっていたのだから……」

「孫の顔を見るまでは死なないなんて言っておきながら、こうなっちゃったのは残念だけど、いい感じに一人前になっていてうれしいわ。ただ危険なことに首を突っ込みすぎなのは、ちょっと不安ね。けれどしっかりやんなさい。アンタは―――私が愛した男との間に出来た自慢の息子なんだから」



とまぁこんな感じで遠坂家と司波家で色々だったんですが、さすがにこのタイミングで四葉バレというのは、アレだなと感じて、更に言えば凛が出てくるとリーナに対して姑根性を発揮するのではないかという懸念もあり―――ただ、この流れは流れで書きたかったんですよね。

何かの機会と余裕があれば実現させたいですかね。


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第242話『Farce/melty blood‐5』

 

「今日はとにかく疲れたな。表向きも裏向きも―――とにかく大事になりすぎだっ」

 

『表』の仕事で横浜に出張していた黒羽貢は、ホテルの部屋に帰ると同時に、ネクタイを緩めながらそんなことを言うしか無かった。

 

 次いでベッドに背中から倒れ込んで、大きく息をつく。

 

 現在の都心部は、あらゆる意味で『魔都』であった。ある種の社会不安が顕在化しつつある前段階。そんなことになった原因を貢はよく分かっている。

 

 クリスマスでのことだ。

 

 あの時、簡単な任務であろう。どうせ息子と娘の手を汚させるならば、社会的に不道徳な相手……要するに下劣な権力者、犯罪者を殺させた方がまだ気は休まる。

 

 如何に貢の子供……双子が大人びているとはいえ、達観しているとはいえ、あの『化け物』とは違い心も魂も柔らかなもので出来ているのだ。

 そういう温情を出したのが仇となった。

 

 倒すべき敵。極道者の中には人外魔境の『魔人』を従者として従えているものがいたのだ。

 結果として、双子は大怪我を負いミッションは二転三転して、妙な結果となってしまった。

 

 状況への見通しが甘かったといえば、その通りだったが、思わず机を叩いて怒りを発散しなければならなかった。

 誰を責めればいいのか分からぬ結果。情報を精査しなかった当主である真夜か? それともそんな甘い判断を下した自分か? はたまたそんな―――魔法師では追い縋れぬ力をこの世にもたらした存在か? 

 

 ぐつぐつ煮えたぎる不満とも、怒りとも、何とも言えぬ感情のままに、今回の死徒騒ぎにおいて率先して動いていた貢だが、ソレ以外の思惑もある。

 大凡の魔法師全てを無力化出来る『使い魔』。時代が生み出した英傑・英雄・奸雄・梟雄……そういった存在を自分のものに出来れば、自分がなれなかった四葉の当主という地位に息子を就けることも出来るはず。

 

 親族が互いに食い合い権力を求めていく構図は世間からすれば生臭い限りだろうが、そもそも『十師族』などという制度が出来なければ、こんなことにはならなかったのだ。

 蛇足的な思考を終えて、貢がベッドから身を起こすと同時に鳴り響く室内の電話に首を捻った。

 

 彼がここに宿を取るということは仕事相手には伝えていない。

 ワイヤレスで何時でも連絡を取れるのだからホテルまで教える必要は無いのである。

 また同じ理由で身内から有線の電話が掛かってくるということはない。裏の仕事関係なら、ホテルのフロントを通す電話など尚更無い。

 

「はい、もしもし」

 だが居留守を使う必要も感じなかった。

 音声のみの電話に、念の為こちらの名を名乗らず応える。

 

『貢さん、今、よろしいかしら』

 

 受話器から流れ出た声を聞いた途端、貢の背筋は意識せず緊張でピンと伸びた。

 

「真夜さんですか……ええ、構いませんとも」

 

 四葉の当主を前にして声に緊張が表れていない自制心は、大したものだと誰もが口をそろえる。その一方で、自分の面従腹背などは見透かされている節はあるだろうが。

 

「お急ぎのご用なのでしょう? どうぞご遠慮なく、何なりとお申し付けください」

『ねえ、貢さん……その芝居がかった言い方、何とかなりませんの?』

「おお、麗しの従姉殿。芝居などとは心外ですな。私は常に大真面目ですぞ」

 

 昔は美人の親戚がいることが誇らしくて、そんな人と一緒になる東京近辺を司る『あの人』を、兄貴分として純粋に慕えていたときもあった。

 

 だが、それが無くなり、なんで来てくれないんだ? という怒りで殴りかかった時に、唯一『見える眼』を瞑って避けようともしないことから白けてしまった。

 

(どうにも僕の人生は、我慢してばかりだな……)

 

 何かとそういうものを呑み込んでしまう性格なのだろう。

 そんなこんなで真夜からの要件を聞くと、随分とアレなことであった。

 

「つまり現在、死徒という吸血鬼が狙っていた寄生霊体タタリ・パラサイトは、宿主など必要とせずに東京都内に漂っている、と?」

 

 それだけならば、現代魔法ではもはや『お手上げ』となるだけなのだが―――事態は予想外の方向に転んでいったようだ。

 予想外の方向を告げられて、貢は受話器を落としそうになるほどのショックを感じるのだった。

 

『最初に『依頼主』(スポンサー)様から受けたものは、それらが寄生している宿主を全て抹殺することで一旦の事態解決に向かわせる―――そういう手はずだったのですけどね……お話した通り、こちらの血腥い思惑を崩す形で、刹那さんとリーナさんがウルトラマンZならぬウルトラCを決めてくれちゃって……』

 

「ランサー長尾景虎の他に三騎のサーヴァント、それもアーサー王の暗黒面(オルタナティブ)を配下に加えたですと……!?」

 

 

 如何な諜報役として、冷静冷徹にして几帳面を貫いてきた貢とて、素っ頓狂な声を出さざるを得ない。

 

『達也さんと深雪さんの大まか(大雑把)な説明でしかありませんけどね』

 

 悩ましげな声から電話口の向こうにて頬に手を当てているらしき真夜を想像したが、とりあえず詳しく聞くと、さらなる混乱が襲うことが予想されたので、書類での転送を願うことにするのだった。

 

 貢は真夜とは反対に額を押さえて、苦虫を噛み潰す。

 

 

「……『チカラ』を持ちすぎですな。彼は―――」

 

『最強のチカラ』を手に入れた者は、何処へ向かい誰と戦うのか?

 現状、魔法師という『人間兵器』として『最強』だろう『甥っ子』を止めえる可能性として、彼には存在していてほしいのだが……という貢の本音はともかくとして話は進む。

 

『貢さんも横浜マジックウォーズでのNANA様…ではなく、景虎さんの戦いぶりは見ましたでしょう? 独自の『カメラ』でも?』

「はて? 真夜さんが、あやしげな伝手を辿って手に入れたものしか、私は拝見していませんよ」

 

 バレていないとは思っていなかったが、あからさまに言ってくる従姉に苦笑してしまう。

 

『まぁいいでしょう。郷土愛というほどではありませんが、四葉が本拠に置いている山梨・長野(甲斐・信濃の国)にとって、景虎さんはある意味『仇敵』ですが……その力はとてつもないものです』

 

 言われて思い出すと、四葉の拠点からすれば、越後の龍は完全に敵の武将であった。

 

 思う所―――と言えるほどはないが、貢とて信州そばも『ほうとう』も昔から食べていたソウルフードであった。

 だから何だという話ではないが、それに付随して真夜は驚きの提案をしてくる

 

 

『ともあれ、刹那さんが霊体を使ってサーヴァント3体を手にしても、まだ3分の2は東京にいるそうです―――』

「それはそれは……で『何をしろ』と仰るので?」

 

 予想はついていた。だが、それは『冗談』であって欲しかった。

 如何に力を持つことが四葉の本懐とは言え―――。

 

『亜夜子さんでも文弥さんでもいいですが―――呼び寄せて『契約』してください。英霊の触媒―――『鉄製の軍配』もお付けしますので―――『特訓』はさせていたのでしょう?』

 

 全てお見通しか、という言葉を呑み込んでから、貢は気を落ち着かせてから口を開く。

 

「………分かりました。では東京に蔓延る霊体を消費させるために、我々『黒羽一門衆』は、サーヴァントを手にしましょう」

『お願いしますね』

 

 その言葉、ある種の親族抜けも辞さないという覚悟を決めた言葉にも、平素の対応をしている真夜からの通信が切れた。

 

 ツーツー…という古めかしい電子音を聞きながら貢は呟く。

 

「分かっているのですか真夜さん。武田家の滅亡は、武田勝頼の無能ではなく、武田勝頼を後継者として本当の意味で家中に示さなかった信玄の二枚舌と―――それに伴う、勝頼に対する不信ゆえの親族衆の離反が原因だったのですよ……」

 

 

 それと同じことが、今の四葉に出ないなどと強弁出来るほど、全ては盤石ではないのだ。

 

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

「んじゃ展開してみてくれ。科学と魔術が交差する、天災(誤字にあらず)すぎるダ・ヴィンチちゃんの発明品には、『失敗』が付き物だからな」

 

「失礼な。流石に『霊衣』を展開する程度の礼装で、『テラフォーミングされた月世界』やニュージランド沖の深海にルルイエな名状しがたきグランドオーダー開始なんてこともないから」

 

 そんなことが、『どこかの世界』で起こっていたようだ。まぁ前に観測した世界だろうが……。

 

 

「まぁここはマスターとリーナのセンスに期待するとしよう」

 

 と、アルトリアオルタは言いながらも、「当世風のファッション。あれは良いものだ」とか言っている。

 

「私はメイド服のままでもいいのですが」

 

 その格好で外に出ようというのかメイドオルタリア(略称)。そういうのは勘弁してほしい刹那である。

 

「私の最終降臨は、青少年たちには眼の害でしょう。他にもバロールの女性に……怪奇乳出し馬女とか呼ばれたくないですからっ」

 

 何かあったのだろうか? そう言いたくなるも、ラントリアオルタ(略称)の真っ赤な顔に、ソレ以上はいけないと思うことにしとくのだった。

 

 ともあれ、霊衣を極小のレイヤーとして被服させる魔術礼装が起動。

 ある種のホログラフィスーツとも言うべき『霊基』にたいするハッキングで、現代風ファッションに身を包む騎士王たち―――。

 

(……美人は何を着ても似合うって本当だよな)

 

 前からわかっていたことを再認識させられてしまう事実。

 

 光に包まれた裸体の上に霊衣として普通の衣装を展開させていた。

 

 その衣装の内訳ーーー。

 

 アルトリアオルタは、『胸元が大胆に空いた黒のキャミソール』に、同じく黒いサマーパーカーを羽織り、これまた下は黒のホットパンツに膝まで延びるロングブーツを履いていた。

 この冬場に寒くないだろうかとは少し思う。

 

 オルタリアは、白のブラウスに赤系統のチェック柄のネクタイに青、黒、灰色を合わせた同じくチェックショートパンツ。その下には黒タイツ。羽織るのは裏地が赤だが表は黒のロングコート……若干、英国の学生服を思わせるデザインだ。

 

 ラントリアは―――。

 

 

「……その竜兜は必須なのか?」

 

「兜というほどではないはず。ただの髪飾りだと思っていただきたいマスター」

 

 ある種のアイデンティティなのかな? と思って容認する考えを持ったのだが……。

 

()よ。頬に『牙』を生やしては、マスターに頬ずり一つ出来ない。唇をつけるつもりでその兜を着けているのだな?」

 

「身体のグンバツさ同様にイヤらしい女だ。こんなのも自分(わたし)だと思うと、嫌気が差すぞ」

 

 小さい方2人からさんざっぱら言われるラントリアは、もはや涙目。

 

 余は悪くないもん! と言わんばかりに刹那に擦り寄るのだった。ケンカはやめなさいと言っておき、下の2人を宥める。(確かに頬部分が、ちょっと痛い)

 

 とはいえ、ラントリアの格好もかなり決まったものだ。

 身体のラインが出るのは仕方ないとはいえ、男装した雰囲気の格好は『デキる女』を思わせる。

 

 だが、実際は『こんな風』(刹那の胸IN)なのだから、手心は必要なんだろう……。

 

 

「いいねーいいねー。流石は私の発明品。そのうち『アルトリアフラッシュ』とか言って、様々なコスチュームに身を包ませることも私には不可能じゃない!!」

 

 その場合、全員がサイボーグ化されているんだが。

 

『メカアルトリア・オルタの逆襲』―――変な電波が流れた。

 

 だが、刹那にはオルタの言う『サーヴァントユニバース』には、『蒸着した』メカアルトリアがいるという風景が見えていた。

 

「それじゃ、今日から新しいメンバーも着けて、何とか事態解決に挑もうか。タタリ・パラサイトという『情報収集体』の霊子総量が大幅に減ったことは僥倖だ。

 けれど、タタリを我がモノとしてこの街を『死都』に変えようとしている路地裏トリオは、現在も何処かに潜伏中。気を引き締めていくとしよう」

 

 夜の巡回―ーー気取った言い方をすれば夜警(ナイトウォッチ)の業務も、かなり慣れてきたが―――そろそろ終わりの道筋が見えてきてもいい頃なのだが。

 

「あれ? シオン―――ラニはどうしたんだ?」

 

「留守番です。確かにホムンクルスとしては魔術的に優秀ですが、肉体機能は14,5歳の少女をベースに作られていますので、すみませんセツナ」

 

「そこは謝らなくていいよ。夜中に連れ回しているのは事実だしな」

 

 シオンとしては、自分のポカミスでこの事態を引き起こしたと思っている分、そういう自責の念はあるのかもしれない。

 

 それならば、『隠していること』をそろそろ教えてほしいものなのだけど、それは中々に難しそうだ。

 今日のメンバーは新規加入の『アルトリア』たちを除けば、シオン、リーナ、景虎、モードレッドである。

 

「レティはお休みと―――己が受けた啓示がものの見事に外されたもんな(?)」

 

 本人としては、ただでさえ自分の容姿が美月の絵画に描かれていたアルトリアと似ていることから、『悪性』の騎士王が呼び出されることを危惧していたのに―――こんな感じになってしまったのだ。

 少し違うが『不貞腐れている』。そういう表現が似合いそうだ。

 

「レティ曰く『その可能性が高かったのに覆された』とか言っていたしな。おまけに……

『何でセツナのイメージでジャンヌ・ダルクやシャルルマーニュを再生しないんですか!? ピンク髪の騎士(?)とかちっちゃいおじさん(?)とかでもいいでしょうに、セツナのバーカバーカ!! スケコマシ―――!!』

 という泣きながらの捨て台詞―――思い出したか?」

 

 犬歯を見せて面白がるように笑うレッドに、思い出したよとは返しておく。

 

 そんなモードレッドは、いつも以上に『ノッている』雰囲気だ。

 まだ6,7割程度の出来のクラレントで試し斬りが出来るからかもしれないが。

 

「しっかし錚々たるメンバーじゃねぇか、英国にいる姉貴や故郷の連中が見たらば、崇め奉る光景だぜ」

 

「やっぱりお前の村ってのは―――アーサー王を1人の人間に再現させようとするところだったんだな?」

 

「ああ。とはいえそういう先祖帰りをするには、もはやサクソン人(大陸人)の血はあっちこっちに入り込んでいる。血を純化させることで、古代ブリテン民族の力を復古させようという試みは難儀をしたもんだ……まぁ結果的には、あんまりいい結果が出なかったわけだ。アタシも―――アーサー王とは似て非なるものみたいだしな」

 

 快活にとんでもないことを暴露するも、最後の方に少しだけ寂しそうな顔でアルトリア達を見るモードレッド。

 名は体を表す。日本の故事に照らし合わせれば、モードレッドは最初っからモードレッドとして作られていたということになる。

 

 刹那は詳しく知らないのだが、日本の退魔組織―――七夜以外の連中の中には、そういう『望んだ万能の人間』を長い年月をかけて作り出そうとしている連中がいたそうな。

 それが報われたかどうかは知らないが、考えてみればフラットさんは、そういうのに『近かった』かもしれない。

 

 親御さんから暗殺者を差し向けられるとか、ちょっと『解釈違い』だった節もあるのだが。

 そんな刹那の内心は口に出さずに、モードレッドのリビングアーマーにして犬か獅子のようなゴーレム『カイゴウ』を犬のように腹をくすぐり『カヴァス3世―――!』などと喜色満面で言っているアルトリアズを呼ぶのだった。

 

『た、助かったぜ少年。まさか誇り高き獅子である俺様、あんな娘っ子たちに絶対負けたりしないという気概だったんだが―――』

「騎士王には勝てなかったか……」

 

 項垂れるその姿に、やはり黒いダウン・ジャケットの獣面(ししめん)を思い出すのだった。

 

「そのアブナイネタはダウトよ!」

 

 リーナのツッコミで、()二人の会話は終わりを告げて状況に対する説明に入る。

 

「カードは揃ってきた。今夜から本格的な死徒の城への攻略を開始する―――」

 

 その言葉に誰もが注目をこちらに寄せてきた。

 遠坂家の居間にピリピリとした空気が走る―――。

 

「これまでの景虎の行ってきた『探り』と『削り』で、包囲網は絞られてきた。今から示すポイントに戦力を配置。徐々に範囲を狭めて奴らを追い詰めていく」

 

 数日前の一高を襲った、怪異と言う名の強烈な魔力の波動はあちらも認識しているはずだ。

 

 ならば、何かのアクションがあるはず―――。

 

 

「キツネ狩り―――いや、ジャパンで言う所の『穴熊狩り』ってところか?」

 

「ああ、ただ『城』に籠もられる可能性もあるからな」

 

「―――その場合は?」

 

 モードレッドの言葉に答えた後に、あがる疑問は当然だった。

 

「宝具による『破壊』を行う。ここいらのロードたる七草家からは言われるだろうが、寝蔵一つぶっ壊すことぐらいは許してもらう!」

 

「おおっ、何たる力強い発言。力こそパワー。やりたいことやったもん勝ち 100%NP(勇気)、でやりきるんだね刹那?」

 

「うん色々とアウトだよ」

 

 とはいえ一々、事前の同意や承諾を取っていたら後手後手になることもあり得る。

 

 ルヴァレが代行者に追い詰められても、結局しぶとく生き残っていたことを考えれば、そういう危惧はあり得るのだ。

 

「マスター、城攻めをする時はサーヴァントを集結させろ。この布陣で言えば、どこかで『円』が重なり合う。

 そこで全戦力を投入すれば、吸血鬼など容易く仕留められるぞ」

 

 ダ・ヴィンチが電子マップに示したものによれば、確かにそうなるはずだ。

 

「サーヴァントの魔力発露を利用すれば、それに敏感に触れたものが何者かを感知できる。そこにて卑王の如き輩を倒すとしよう」

 

「頼もしいなアルトリアオルタ」

 

「だが、現世は人があちこちにごった返している。それはそれで喜ばしいことだが、戦をする上では少々―――厄介だ」

 

 その可能性は、事態が起きてから何度も考えていたことだ。だが、いまはそこを考慮している暇はないのかもしれない。

 

「ソレと、セツナがアルトリア達を手中にしたのは『あちこち』に伝わっている―――作戦に何処かの勢力が介入してくる可能性は大きいわよ」

 

「それもまた懸念の一つだ。正直に話しすぎたことで、一高にいた人間たちの親兄弟にも伝わってる可能性は大きいよな」

 

 別に箝口令を敷くつもりもなかった。

 一番あり得る七草家は、娘が『自主的』に『お口にチャック』している。いずれはバレるだろうけど。

 

 十文字家は、いつぞやの当主との取引ゆえに、手控えてくれる可能性は高い。代わりに春休みに『北海道』に行く予定が立ってしまったのは、出てくれば反故に出来る……。

 

 問題は『四葉』であるか、もしくは―――『九島』……。

 

「まぁ出てくれば、申し訳ないが遠慮なく倒させてもらう」

 

「オー、ジーザス! レツ大伯父様には、深夜徘徊を控えてもらいたいわ」

 

 要介護状態の老人認定はどうかと思うが。リーナにとっては親族に当たるが、この場では、自分の判断を優先させてもらいたい。

 

「では―――開戦と行きましょうか?」

 

「ああ、手筈通りに行こう。慎ましくなっ」

 

 シオンに言いながらも、何かしらの『不確定要素』が、どうしてもこちらの計画を狂わせるだろうことは予想できていた。

 

 先程言っていた魔法の名家という一大勢力以外の『何か』が、起こるのだろうと思えていた……懸念は的中する―――。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

「香澄さん、 泉美さん。こちらです」

 

「サンキューラニっぱち!」

 

「こんな深夜に家を抜け出すとか、ちょっとドキドキですね」

 

 月明かりも幽き家の外に友人の『手引き』で出てきた双子の姉妹は、服についた汚れを手で払ってから、家の庭からも完全に出る。

 

「しかし、大丈夫ですか? 家の人が心配するのでは?」

 

「そんなことは今さらだよ。それに―――数日前、多分3,4日前に都内の何処かから放射された魔力の波動の原因―――ボク達も知りたいんだよ」

 

 香澄が興味津々に言うその原因を、ラニはよく知っていた。

 だが、正直には言えない。

 

 そもそも信じられるかどうかすら分かったものではないのだが……。

 

(まぁ適当にその辺りを散策すれば無聊も収まるでしょう)

 

 出来れば何事もありませんように、と思いつつも、被っていたベレー帽から『アミュレット』を取り出して渡しておくことは忘れなかったのだった。

 

 そんなラニの格好に対してコート姿の双子は言いたいことがあった。

 

((デンジャラス……デンジャラス・ビースト!!!))

 

 衣装の際どさと言えばいいのか、ラニ自身が持つエキゾチックエロス(爆)が炸裂しているとでも言えばいいのか、まぁとにかく――――。

 

((ウパニシャッド―――!!!))

 

 と双子は、インド哲学の一つを声高に叫びたい気分だったのだ……。

 

 てくてくと歩いていくJC3人の向かう先が何処であるかは―――『運命の風まかせ』なのである―――。

 

 



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第243話『Farce/melty blood‐6』

キャスター・アルトリア キマシタワー!!(誤)バサスロをお供にとりあえず一枚ゲットだぜ!

いやぁfgo運営は太っ腹ですねー。なにより川澄さんが豪運。はたまた実は、あの風船紙吹雪はどれをさしても(邪推)

そして今年の水着鯖及び霊衣―――バカな! ましん先生は昨年、利き腕を折られたのだぞ。
運営はそんな先生からありったけの銭を奪おうというのか――――!!(笑)

えー、ましん先生がマジ歓喜だろうラインナップ。第二弾のピックアップでは、果たして東出祐一郎の逆襲はあるのか?(胸熱)

そんなこんなで祭り! お祭りである!!  と一人だけ盛り上がって申し訳ないですが新話お送りします。


 中継車の中、2人っきりでいる男女、その2人の表情は、特に色のあるものは無いが、それでもお互いに見ているものに輝きは灯るのだった。

 

「……四騎ものサーヴァントを維持できるならば、こっちにも一騎貸してくれてもいいのにー」

 

「魔力供給のライン―――は距離には関係が無いという話だったな……とはいえ、タタリ・パラサイトが『具象化』しなければ、サーヴァントの力は過剰すぎる」

 

 憑依する程度ならば、まだ魔法師でも対応できる。寧ろそんなのにまでサーヴァントの力を使うなど、少々大人げないとも思える。

 羽虫を殺すのに、殺虫剤で済むところを火炎放射器で『汚物は消毒だー!』とでも言えばいいのか……ともあれ、克人としてはそういう気分であった。

 

「そりゃ分かるんだけどー……」

 

 緑茶を飲みながら不満たらたらの真由美を収めようと言葉を重ねる克人だが、確かに―――少しは気持ちも分かる。

 

「具現化するタタリ・パラサイトが明確な形となるには、やはり遠坂ほどの魔的な現象に多く関わってきた人間が一番だろう。しかし、ソレ以外にも―――俺たちの不安が具現化する可能性もある」

 

「―――例えば?」

「司波辺りと接触すると仮定して、アイツが不安に思えば『アケロン川の女王』が出てくるかもな」

 

 レテ川とアケロン川とはギリシャ神話では少しばかり違うが、どちらも『冥府』『死者の国』に通じる河川である。

 そう言われれば、真由美もそれを少しだけ不安に思う。

 

 

「さてさて、どうなるのかしら今夜は―――バレンタインも近いのだから、そろそろ何かの終局の道筋が見えてもいいと思うのだけどね」

 

 終局。その言葉は時期尚早に思えたのは克人だけだった。

 

 将棋のタイトル戦などは、余程の実力差があれば4タテで決まる可能性もある。プロ野球の日本シリーズとて、セ・パで実力差があれば簡単に決まる―――。

 とはいえ、どちらも自分にとって『本拠地』での戦いでは有利を引き込めるというのもあるのだが。

 

(何であれ勝負事というのは、ホームタウンディシジョンというのもあるからな……)

 

 だが、いま自分たちが戦っている『敵』は、あらゆる『盤外戦術』も駆使してこちらを翻弄している。

 

(あるいは、奴らの好きなようにさせておくように、何らかの邪魔をしている連中がいるのか?)

 

 言葉を交わさずに死徒と同盟を組んでいる連中がいる。それが動きの鈍さに繋がっているのではないか? 

 

 そんな妄想をしてしまうぐらいには、流石の克人も疲労が溜まってきた。だが、見えぬ足を引っ張っている相手がいる―――それは………。

 

 不意に銀髪の少女が脳裏に過ぎった。彼女は自分たちよりも知りすぎている。

 その目的は全容が知れないが、それでもあの時に出会ったことに意味はあるような気がするのだ。

 

 と、結論づけた時に、血相を変えて中継車に飛び込んできた御仁が1人。七草家の執事の1人、名倉である。

 どうしたのだろう? と疑問を口にする前に、執事は衝撃的なことを口にした。

 

「お嬢様! 大変です!! 泉美様と香澄様が―――屋敷から出たようです!!」

 

「発信機の方は?」

 

「ダメです。連れ戻されることを嫌ってか切っておられます」

 

 なんてことを。双子の狙いが真由美には分かった。連日連夜、夜中に『何か』をやっている姉のことを助けんと、同時に数日前の強烈な魔力の波動を感知して、この夜中に彼女らは魔が満ちる東京都内に繰り出したのだ。

 

 当人たちからすれば新世紀のダーティペアぐらいの気分なのかもしれないが、事態は甘いものではないのだ。

 

「如何にこちらからの探知を『切った』としても、何かしらの記録や『短波』は出ている。それを探ろう」

「分かったわ」

 

 現代の携帯通信端末というのは、昔と違ってGPS機能や電話会社からの『おっかけ機能』をオフにしておいても、何かしらの移動記録が『ビッグデータ』に残るように設定されているのだ。

 

 当然、これはある種のプライバシー保護の観点から問題にはなったが、それでも警察が裁判所からの許可をもらい、犯罪被害者や犯罪容疑者の通信記録の開示をもとめられるように、そういった声は徐々に消えていった。

 

 それ以上に、犯罪抑止―――ようするに、何処に誰それがいるということが『周知』されてしまえば、そういったことは中々に起きないということになる。

 2020年時点ですら東京都内のあちこちには監視カメラ……現代で言うソーシャルカメラが敷設されていたのだ。

 

 要は―――、どこかしらに双子の痕跡はあるはずなのだ。

 

 そんなわけで、七草真由美が端末を操作して十文字克人が出かける準備をした段階で、双子と鉢合わせしているのがいたのだった。

 

 ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 

 

「やはり食の好みが変わった……昔はマスターが食べるようなハンバーガーを好んでいたのだが、もぐもっきゅ。―――この蒔寺屋の鯛焼きの方が実に美味しく感じられる」

「どっちもジャンクフードな気もするけどな。まぁ好んでくれてるようで何よりだ」

 

 散策しながらの買い食い。アルトリア・オルタと並びながら、あちこちを見て回り、同時に―――何かを探る。

 

 グールの反応があれば、それを潰し徐々に包囲網を狭める。

 

 そんな作業である。だがジャンクフードを好んでいたアルトリア・オルタの嗜好の変遷は気になる。

 

 

 きっとどっかの聖杯戦争では―――。

 

 

『バカ野郎! オルタ!! お前はまだ俺の特製ハンバーガー食べていないじゃないか! お前は俺の―――!!』

『いいえ、もういただきました。アナタの愛情の籠もった料理(スペシャリテ)で……ハラァ……いっぱいだ』

 

 などというやり取りの末に、消滅を果たしたのかも知れない。

 

 ちょっとだけ涙が出てしまう。

 

「むっ、マスター。何か気になることでも?」

 

「いや、ハンバーガーをいっぱい食べさせていた、君の『いつか・どこかのマスター』との絆にちょっと嫉妬」

 

「そんなマスターが想像されている『獣の槍』を巡るような闘争じゃないと思いますけどね」

 

 見抜いてらっしゃる。

 

 とはいえ、こんなやり取りですら、刹那はちょっとした『変化』を覚える。

 

 アルトリア・オルタ―――。正調の騎士『アルトリア・ペンドラゴン』が反転した姿というには、随分と礼儀がただしいというか、暴君的側面が若干和らいでいるように思えるのは、どうしてなのだろうか? 

 

 まぁいいやと思いながら散策していると―――。オルタから警告される。

 

「マスター、微弱だが魔術師の気配がする。こちらの気配を伺っている様子だ」

 

「気配探知ほどではなくとも、そういうのは分かるか」

 

「ああ、ちょっとした直感の応用だ。どうする?」

 

「……知り合いだが、関わらせるのもあれだから脅かして帰そうと思うよ」

 

 こんな夜中に出歩くJC3人。というか1人は体調不良を訴えていたというのに……。

 

(友達と夜遊びしたいってんならば、パジャマパーティーでもしてろよ……)

 

 と、少しだけ文句を付けつつ、素知らぬ顔で歩き続ける。

 

 ―――こうした方がいいか? ―――と小声で言いながら、腕を絡めてくるオルタ。いつも感じる感触とは違うが、それでも、血流の速度が上がるのを感じるのは―――

 

 取られたのが右腕(エミヤ)だからに違いない。そう自分を納得させておきながら、魔術回路を使って現象を組み立てるのだった。

 

 ・

 ・

 ・

 

 往来にて知り合いの男性にしなだれかかる情婦のような格好をした……外国女性。その姿を見た瞬間、完全に浮気だと感じた泉美と香澄は、色々な感情が渦巻く。

 一応は自分たちも入学予定の学校の先輩。赤いコートに身を包んだ姿は九校戦で目に焼き付いた―――ヒーローの姿であったのに……。

 

 その後には、今も付き合っているだろう金髪美少女アンジェリーナ・クドウ・シールズと抱きしめ合うシーンは、昨年度の話だが九校戦におけるベストショットに認定されている。

 当然、一条将輝との戦いは早打ちにおけるベストバウトとも称されていたというのに……。

 

「むぅ、やはり浮気なのかな?」

 

「かの一休宗純のテーマソングとて、『すきすきすきすき』と連呼した挙げ句、愛してると続くわけですし、更に言えば男の人はいくつも愛を持っていて、あちこちにばら撒くそうですからね。仕方ないかと」

 

 いつの時代のアニソンから引用しているのか、とラニが言いたくなるぐらいに妙なことを口走る22世紀を生きる双子だが、ラニとしてはさっさと帰りたい。

 シオン師から、このルートはマズイとか聞いておけば良かった。ズル休みしただけに、それを問えなかったことが今回の事態に繋がったわけである。

 

 草むらに隠れながら監視するのが、今夜抜け出した最終目的であるとか、少しばかり『しまらない』。

 

 そんな2人の推測とは裏腹にラニは、女の正体をよく分かっていた。

 

(あれがアーサー王……そのオルタナティブ―――とはいえ……)

 

 霊基・霊格ともに『この時代』においてはありえぬ総量を有していると、ラニは眼鏡を上げながら観測する。

 若干の歪みに関しては衣装としている『霊衣固着』(レイヤーエクステンド)が影響しているのだろう。

 

 そう思いながら、古式ゆかしく枝を両手にして草葉にまぎれているつもりの泉美と香澄を横にしていたのだが……。

 

「そこな少女たちよ―――。こんな夜更けに外出するもんじゃないぜ」

 

「「へっ? ―――え、ええええ―――!!!!????」」

 

虚像の幻像術(ファントムミラージュ)……。恐れいりますね。全然気づきませんでした」

「まぁお前がアルトリアの方にだけ眼を向けていたからな。俺1人ぐらいを幻像(ミラー)として見せるぐらいは容易い」

 

 引っ掛けられたことを悔しく思うラニだが、双子はまだ混乱しているようだ。

 

 すると、とつぜん振り返り、刹那の幻像を崩して爆速で駆けてくるアルトリア・オルタの姿。草むらをぬっと覗き込んでくる(かんばせ)にキレイなものを感じるも、若干の恐怖も感じる。

 

 挟み撃ちの目にあったことで窮地を悟る双子―――きっとこの後は、一般板では出来ないようなR-18指定で「イヤ〜ン」な感じのことをされてしまうに違いない。

 

 間違いなくそうであるに違いない。

 

 ―――と思っていたのだが……。

 

「えーと……七草先輩のナンバーは……」

「これですよ導師(マスター)セツナ。というか本当に機械苦手なんですね」

「なんとかしたいとは思っているんだけどね。たどたどしくて(もう)し訳ない限り……」

 

 保護者に通報するという無情な態度に七草香澄は食って掛かる。

 

「ちょっとー!! 遠坂先輩ってば何を普通に保護者に引き渡そうとしているのかな!?」

「いや、至極当然(しごくとうぜん)の対応だろう。なんぞ文句でもあるのか?」

 

「ありますよ!! 私達は、今まさに電話をつなごうとしているお姉さまを助けるために、ミッドナイトトーキョーに降り立ったガーディアンエンジェルなんですから!!」

「遊○王カードかデュ○マカードみたいに横文字ばかりを使うな。日本語(ジャパニーズ)でどうぞ」

 

 泉美の腕を振り上げての言葉に、そう返しつつようやく繋がる電話。

 

『刹那くん! もしかしてそっちに!?』

 

「お察しのとおりです。御令妹(ごれいまい)2人とその同級生1人が―――あーーー!! 逃げるな―――!!」

『『奥歯の加速装置、発動!!』』

 

 完全に自己加速魔法で草むらから出て逃げの体勢に入った双子。ラニは置いてけぼりかい。無情な、と思いつつも―――。

 

 そんな双子の背後に回り込んでから猫のように持ち上げるは、オルタであった。

 

「ぐえええ! この人、魔法の発動もなしにボク達の背後に回り込んだ!!」

「この異常な身体能力―――まさか!?」

「知らなかったのか? 大騎士王(アーサー王)からは逃げられない」

 

 首だけを振り向いた先にある騎士王に向けた双子が、驚愕する。

 

「キャスター・アルトリアの実装で、遂にグランドスラムを達成した私を舐めてもらっては困るな!」

 

「「「「どういう意味!?」」」」

 

 

 自信に満ち溢れたアルトリア以外の四人が驚愕するセリフ。本当にどういう意味だよ……。

 そんなこんなで通話口を抑えていた刹那だが、七草先輩と再びの通話。

 

『どうやら捕まったみたいで助かるわ。執事達をそちらに向かわせるから、引き渡してもらえればと思うわ』

 

 その言葉に、その間に包囲網の狭めは中断するということだなと、耳元の宝石を震わせて短波の念話を放つ。

 

 こちらは緊急事態・包囲作戦は一時中断―――という程度の明朗とは言い難い単語のぶつ切りみたいなものを放っておきながら七草先輩と通話をしていたのだが、途端に通話が不安定になる。

 

 ノイズが、断続的に発生してあちらとこちらで通話が不可能になっていく。

 

「先輩! ―――ッ!!」

 

 瞬間、自動発動する魔眼。途絶する電話連絡。

 

 死徒か? と緊張するも、魔眼の反応が強烈ではないことから結界探知(アラート)の類であると気付き、アルトリアとラニを加えてフォーメーションを組む。

 

「な、何が起こったんですか遠坂先輩!?」

 

 異常事態が起こっていることを察した泉美が喚くも、答えている暇はない。

 

「死徒じゃない。セツナ、囲んでいるのはメイガスたちだ」

「狙いは、サーヴァントに関して―――」

 

「そう考えるのが妥当だな。ラニ=Ⅷ、結界の向こう側に(ここから)こいつら連れ出せるか?」

「破ってくれればと豪語したいですが、その前に交戦状態になります。敵は戦闘に長けた魔法師(猟犬)です」

 

 自分一人ではどうしてもガードに不安が残ると、冬場にも関わらず汗を掻きながら言うラニ。

 アトラスの錬金術師は、卓越した思考速度で敵の行動を予測。変動する確率密度(乱数生成)を解析し、最適と統計を競わせる。

 

 つまり―――彼女の読みは正しいのだ。

 

 足音を消して展開していく人間たち。だが連中(見えぬ敵)は、少々甘く見過ぎである。

 そうして公園のあちこちに展開した連中を魔眼で睨みつける刹那。

 

 刹那には見えなくとも、こちらの眼を覗き込むと、明確な照準を着けられないことで『呻き声』があちこちで聞こえる。

 見かねたのか、たまらず『仮面』を着けて『ぞろり』とした衣装を纏った人間が3人出てきた。

 

 容姿は判然としない。背丈と姿勢だけで判断すれば、成人男性1人に未成年2人―――未成年は男女の別は分からない。

 

 

「………どちら様かな?」

 

 重心を心持ち前かがみにさせながら、踏ん張りを利かすことを念じてから問いかける。

 

『答える必要はない。遠坂刹那―――我らが『英霊召喚』の御業を得るために、その身体、蘊蓄(ちしき)―――全て貰い受ける』

 

「具体的には?」

 

『殺す』

 

「随分と昔の『斧 定九郎』もいたものだ。『50両』とだけ言うならば、毛皮の股引を着て、腰に山刀を下げた山賊衣装で言うべきだぜ」

『歌舞伎を交えた戯言には興味がないな。あいにく中村仲蔵(なかむらなかぞう)ほど悩んでもいないのでな―――』

 

 そんな言葉を相手が『弛緩』したその瞬間を狙い―――。

 

「セイバー!!!」

「蹴散らす。貴様らは魔術を使う野盗だ。首を全て刈り飛ばしてくれる」

 

 先程まで着ていた霊衣を吹き飛ばして、胸元と背中が開いた黒色のドレスを纏う様子に誰もが息を呑む。

 

 その手には黒色の聖剣がある。

 規格外の魔力を備えた魔人の圧に全員が、気圧されていた。

 

(とはいえ、マスター。殺すのはマズイか?)

(適当に痛い目に遭わせてくれればいい。当たり前だが『宵闇の星』レベルの魔力放出は禁止、宝具の開放も禁止だ)

(心得た。刃は寝かせて、飛び来る飛び道具は『打ち返して』みせよう。そして―――『片手持ち』(ワンハンド)か?)

 

 窮屈な戦いですまないと言うと、オルタはオーダー通りに魔力と剣圧の複合斬撃を薙ぎ払う形で放って『野盗共』を壊乱させる。

 そんな片手間の一撃ですら、公園の木々を丸太に変えて大地(アスファルト)を抉り削った上で紫炎をあちこちに吹き上がらせるのだが……。

 

 ともあれ、その際に―――。

 

『どわー!! と、遠坂先輩! 容赦ない!! そりゃ術者そのものが『最強』である必要はないなんてのが、エルメロイレッスンでの口癖とはいえ!!』

 

『騎士王アーサーを使い魔にした上でぶつけて来るなんて大人げないですね!!!』

 

 半泣きで、逃げ躱しているいつぞや知り合った双子の声が聞こえたりするのだった。

 

 



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第244話『Farce/melty blood‐7』

躍動―――ヘビーリピートで聞いていました。いやぁいい曲ですねぇ。

ただamazonから買ったものはすごい文字化け状態であった。

まぁちゃんとプレーヤーは認識してくれたんですけどね。

多くのFGOユーザーが欲しくてほしくてたまらないキャストリアを手に入れたからには

慎まねばならない。慎まねばならない……(うろ覚え劉備)

というわけで新話どうぞ。


 

 人間だれしも、その状況に至ってみなければ分からぬことは多い。

 

 外野から見れば、何でここで上手くやれないんだ? もうちっと賢くなれよ。

 そう言えることは多い。

 

 例えばそれは野球、サッカー、テニスなどなどのプロスポーツのプレーヤー達に対する野次として多い。

 

 次点としては、昔にあった低俗なクイズバラエティ番組などで『〇〇大卒』と呼ばれている人間が、初歩的な問題をポカミスで間違えると、うるさい野次が飛ぶこともある。

 

 歴史で見れば、日露戦争における旅順攻略の責任者『乃木希典』に対する散々の敗走を受けての日本国民からの批判。

 越前攻略の是非で、信長陣営から離脱して盟友 朝倉家のために動いた『浅井長政』ーーー後に浅井家は妻娘を残して滅ぼされる。

 

 その『判断』の是非は後世の歴史家たちにアレコレ言われるも、彼らも様々なことを考えて懊悩して、決断を下したのだ。

 

 ―――現地に立ち、彼らと同じような世情でものを見ていなければ本質は見えてこない。

 

 遠くから、外野から見れば―――何とかなりそうな光景であっても、実際にその現場に降り立たなければ分からないことはある。

 

 

 つまりは……。

 

 黒羽貢及び黒羽一門衆は、横浜での戦いを『遠景』で『動画越し』に見ただけで、サーヴァントというものの実力を『見切った』と思い込んでいただけの『阿呆』なのだった。

 

 何もかもが見当違いの戦いが絶望感をあおる……。

 再びの轟音が、鼓膜を破りかねない勢いで破壊をもたらしていく……。

 

 

 

「ハアアアアッ!!!」

 

 気合一勢。大上段に構えて振るわれた剣から放たれる『飛ぶ斬撃』が、部下たちに襲いかかる。

 

 魔力と物理の複合攻撃……現代魔法においては魔力で起こした『物理現象』というものは、それ即ち『魔法攻撃』として処理されている。

 

 防御を展開する上で対物障壁及び情報強化こそが要となるのは、魔法を相手に透す(とお)上で、どちらかを突破されなければダメージとはならないからだ。

 

 特にサイオン光が『物理的な切断力』を持つことなど『殆ど』有り得ない。だからこそ、それを真正面から防御しようとすれば、どちらにおいても規格外のものが必要だということだ。

 

 要は……ただのサイオン弾を当てられた程度では、魔法師には何の痛痒もないはずなのだが、その理屈を軽く無視していた。

 

「もはや魔力斬撃(スラッシャー)というレベルではないな。ビームカッターも同然だ……!!」

 

 大地を揺るがしながら地を這う系統の斬撃もまた脅威。

 

 あちこちで舞い上がる粉塵すらも紫炎で焼き尽くす攻撃は、一切の抵抗をこちらにさせていなかった。

 

「父さん……! あのサーヴァントはまだ2割も力を出していないよ……」

 

「その場に『とどまり』飛ぶ斬撃を放っているだけです……!! 術ですらない!! ただの魔力光で私達は封殺されているのです!!」

 

 息子と娘の悔しそうな声が斬撃の轟音に邪魔されながらもはっきりと聞こえる。

 

 攻撃と防御を『一手』で行えるという理不尽。だったらば、魔法師なんて何のためにいるのだ? 

 

 そう作った連中(研究所)に文句を着けたくなるほどに隔絶したスペックの違いが、絶望感を醸し出す。

 

 攻撃(爆撃)が少し止み、少女剣士の声が黒羽の全員に通る―――。

 

 

「どうしたマギクスとやら? 私にかすり傷一つ着けられないのか? ローマ皇帝『ルーシャス』が擁した大陸魔術師団は呪殺、破壊術を行使し、スワシィの谷の霊力全てをシーザー・ルーシャスに渡した恐ろしい連中だったが―――貴様らからは何ひとつ怖さを感じないな」

 

 あからさまな嘲り。ローマ皇帝ルーシャスというのが何なのかは知らないが、それでもアーサー王という英雄が戦った中では『強かったのだろう』。

 

 そう思える口ぶりであった。実際の所、こうしている間にも長距離用のCADで測距をした上で術を放っている連中もいたのだが、それら全てが発動一つしなかったのだ。

 

 移動魔法だろうがなんだろうが意味を成さない。移動魔法で動いた木石も、届く前にサーヴァントの周囲4m以内で力を失ったかのように落着するのだ。

 

 黒羽の人間、部下など全員が奥歯を噛み締めて怒りと悔しさを押し殺す。

 

「父さん……どうするの?」

 

「―――第2段階に移行。マスター殺しをする」

 

 その言葉に、双子は眼を伏せる。別に遠坂刹那への攻撃や殺傷を躊躇したわけではない。

 

 これだけ強力な『使い魔』を相手にマスターへの殺害など、容易な話ではない。

 

『決死の覚悟で足止めをする雑兵』が必要なのだ。

 

 ちょっと違うが殿(しんがり)としてサーヴァントを翻させないようにするために、黒羽の黒服……家の部下たちに『死んでこい』というほかないのだ。

 

 慈悲がないと思われても仕方ない。それでも、それしか方法はないのだ。

 

 目的を達成しようとするならば―――。

 

(そもそも、どういった人間ならば召喚を果たして契約を結べるかすら、なんもかんも理解していないってのに、こんな無茶なことをやっても意味がないはずなのに!!)

 

 絶え間なく続く攻撃の間、既に身体のあちこちに打撲の跡が出来て、火傷での水ぶくれも出来ている文弥は嘆くような気持ちでいた。

 

 もちろん、ここに至るまで黒羽の家も何の調査もしてこなかったわけではない。

 

 横浜以来、自分よりも上位の霊的『情報体』を使役するということをもとめてきたのだ。

 

 古式における『召喚術』という眉唾なものの資料や魔導書―――リーガルな手段と、イリーガルな手段、硬軟交ぜて、その手の知識を洋の東西を問わず集めて、可能な限り噛み砕いて実践してきたのだが―――。

 

 望んだ結果は得られなかった……。精緻に素早く手早く描いた魔法陣から出てきたのが、カエル一匹であった時点で絶望したりした。

 

 昨年の11月初旬から始まった黒羽家の試みは―――

 

 出来ませんでした。という一言に集約されるのだった……。

 

 

(数ヶ月の試みが無駄ということではなかったからな。最終的には、現代魔法師にはその手の『センス』は無かったという『結論』を得られたのだから)

 

 その一方で英霊の力を得られるという別側面はあったのだが……それは、決して『普遍』のものではないのだから、現代魔法師としては、あまり受け入れざるものだった。

 

 

 よって―――今回の事となり、タタリの霊体とやらも見つけ出せないことから、こうなったのだ。

 

(ランサー・長尾景虎よりも何というか隙が無さすぎる。あの越後の龍は、剣や槍から『ビーム』を放つことは無かったけれど、こっちのサーヴァントは、構わずに飛び道具を放ってくる)

 

(もしも、この方が全力の斬撃……魔力と膂力ともにフルパワーで放てば、防御も回避も無理でしょう―――あまりにも、隔たりがありすぎる)

 

 だが、それでも父が、家の繁栄のために、自分たちの為に何かをしてくれるならば、それを手助けしたいのが子の心だ。

 

 同時に部下達も、この時点で裏切れるような心地になれるほど、ボスである貢から冷遇されてきたわけではない。

 

 だからこそ―――。

 

「全力射撃!!! 撃って撃って撃ちまくれ!!!」

 

「ボスがあのオカルト小僧を殺すまで、俺達が時間を稼ぐんだ!!!」

 

 いつもは黒服にサングラスという出で立ちの家人たちが、目出し帽にアーミージャケットを羽織って軍人のような服。

 

 ―――その心は一つ。恩義ある家の為に戦うのだった。

 

 そして放たれるハイパワーライフルの弾丸が、七草及びインディアな女の子に向かったのを見て、オルタが立ちふさがる。

 

 同時に打ち出される銃弾を―――剣で『打ち返した』。

 

『超』・神速の神業。『剣の腹』を使って超スラッガーの如く打ち返した打球(弾丸)は、意図したピッチャー返しとなるのだった。

 

 打ち出した銃弾と返された銃弾がぶつかり合って跳弾となり、それでも、引き金を引くのが遅かった人間のハイパワーライフルが弾詰まり(ジャム)を起こす。

 

 悪いものでは暴発をして大怪我をする。

 

「くっ―――!! ひ、怯むんじゃねー!!! ボスとお嬢達が作戦を完了させるまで撃ち続けろ!!」

 

「いつまでもその『器物』を扱わせると思ったか?」

 

 瞬間、ゾッとするほどに優しい死神の声が聞こえた。

 

 ―――声の美しさに、死を実感してしまう。

 

 その嫋やかな指を竜の(アギト)のごとく縮めてこちらに伸ばす英霊アルトリア。

 

卑王竜息(ヴォイドブレス)

 

 そしてその口中(掌中)に闇光が灯り、指を開いた時には―――、一帯に闇が広がり、次には熱く滾った溶鉄に投げられたかのように、紅く溶けて崩れるハイパワーライフル。

 服すらも溶けていくような気分。闇は明らかな熱を持って苛む。呼吸すら出来ぬ……火災現場における黒煙を吸い込んで逃げ惑う避難者のごとく、今の黒羽の家人たちは無力化されてしまった。

 

(だが、これだけの時間が稼げたならば、若とお嬢―――ボスならば……!?)

 

 薄れいく意識の中で黒羽の若頭補佐(自称)である硯樹春隆は、仰向けで倒れるのを拒否しようとして、それでも倒れてしまう様子を見てしまうのだった……。

 

 ・

 ・

 ・

 

 サーヴァントが戦う様子に比べれば、刹那と黒羽の親子との戦いなど地味なものだった。

 

 公園を広く駆け回りながらも用意しておいた術を解き放つ戦い。

 

 現代魔法の大半は、刹那には効かない。その伝承防御とでも呼ぶべきなのか、はたまた何なのか、魔力を充足させた遠坂刹那には効かないはずなのだが―――。

 

(魔弾の煌めきが、弱い?)

 

 こちらを穿とうとする魔弾は、何というか『へっぴり腰』なものにしか思えなかった。

 

 勢いが足りないというか魔力の光が弱いといえばいいのか。

 

(サーヴァント四騎の運用は、この人でもやはり『腰』に来るものなのか?)

 

 文弥なりの下世話な想像ならば、魔力供給のために五人もの美女に『ヒエロスガモス』で魔力の直渡しをしているかもしれないのだ。

 

 そう考えると何かムカつきを覚える。許せないとまではいかなくとも―――。

 

「やっぱり許せるかー!!!!」

「ヤミ!?」

 

 真正面から挑もうとする文弥()を見て、亜夜子()は少しだけ瞠目する。

 魔眼対策として特殊な仮面を着けている姉弟だが、真正面から挑みかかるなど愚策。

 

 だが、これは文弥なりのフォローであった。この男で一番の脅威は、魔弾でも『転送』で出す魔剣でもない。

 

『見た』だけで相手を呪える(縛れる)魔眼なのだ。それを分かっていただけに文弥は、姉と父の捨て石となるべく真正面に立つことを選んだのだ。

 

「男だねぇ。けれど―――」

 

 それでも身を低くして足さばきだけを見て対処しようとした文弥の目に照準を合わせるべく、刹那はバックステップ。

 

 カツンッ! と一際大きく響くブーツの音、瞬間文弥は足元が濡れるのも構わずにピーカブースタイルで挑みかかる。

 

 ―――つもりだった。

 

 『水』で濡れたことと姿勢を低くしていたことで理解をする。

 

(水たまり―――しまっ―――)

 

 月光で詳細に見える―――覗き込む遠坂刹那の顔が、水たまりに写っていた。

 

『緑色』に輝く魔眼の魔力が、『水たまり』という触媒を介して文弥の目に入り込み―――全ての活動が止まる。

 

 黒羽文弥という人間が『止まる』(停滞)ことを認識して、己を留められなかった。

 

 

「―――ッ!!!」

 

 崩れ落ちた少年の身体を受け止めて、それを瞠目している姉の方に乱暴に投げ渡す。

 

 流石に意識を失った弟を躱すつもりはないのか、受け止めた瞬間。いつの間に仕掛けていたのか、文弥の身体からルーンの縛鎖が出現して、亜夜子すらも縛り付けていた。

 

 

(文弥を受け止めると同時に、ルーンを仕込んでいた? 疾すぎる。そんな予兆、どこにも無かったのに……)

 

 だが、それはルーン魔術に関して亜夜子の知識が半端すぎるからであった。

 

 バゼットから教えられたルーン魔術の応用で、マンナズを利用してルーン文字を『増やしていた』のだ。

 

 あとは、時限式爆弾となるように、亜夜子のもとに送ったのである。

 そうして、相対するのは黒帽子を被った男だけである。

 

 仮面で顔は見えないが、怒りを覚えているのが分かる。

 遠坂刹那が一番『やり辛い』相手だ。

 

 

「君には現代魔法が効かないというのは本当のようだな?」

 

「さぁ? 効くものもあるかもしれませんよ」

 

 それを調べている内に、敗れ去るのがオチだろう。

 

 そう続ける前に―――。

 

「アンタたちお得意の精神干渉魔法(チャーマーエンパシー)ならば効くかもしれないがな」

 

 あからさまな挑発を聞く前に、貢は動き出していた。暗殺者として鳴らしていた貢の足さばきは音を出さない。

 

 本来ならば相手に気づかれる前に刺し貫くことが、肝要なのだが。

 この男の眼法は普通ではない。阿修羅のように三面六手を用いて、どこに逃げても貢を真正面に見据えるのだ。

 

(軸足を変更することで、スイッチしているのか―――プロボクサーならば世界チャンピオンにでもなれるだろうに)

 

 自己加速魔法でも放とうとすれば、『魔眼』という『ボディブロー』でこちらを痺れさすだろう。

 

 ―――已むを得ない―――スマートに勝ちたかったが―――。

 

 コートの肩口を引っ掴み、それを目眩ましとして遠坂刹那に投げつける。その間に貢の双手十指の間には、小さいラペルピンのようなものが握られていた。

 

 合計で八本のピン、それを遠坂刹那の心臓に突き刺す。

 

 本来ならば、四葉の秘伝ともいえる『リーパー』を使えれば、それが一番なのだが……。

 

 

「―――Anfang(セット)―――」

 

 そんな言葉が聞こえたような気がした。貢の耳に入る文言。

 その後には―――貢のコートを突き破って黒弾がやってくる。

 片腹ぐらいくれてやる。一撃を耐えた後に、見えない位置から突き刺してやる。

 

 などという思惑は、簡単に崩される。頬に黒弾が掠った。それだけで貢の身体に言い知れない倦怠感が襲った。

 

(な、んだこれは―――)

 

 身体の不調からではない。『精神』(こころ)に対する干渉が『身体』()を苛んでいるのだ。

 

 自分の『毒蜂』以上の干渉を、肌身を持って体験した貢に追い打ち。コートを突き破って飛んでくる黒弾が十発も当たった時には、息子と娘の声を聞いても、貢は倒れるしかなかったのだ……。

 

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 呆気ない勝利を終えて、これからどうしたものかと考える。

 

「一体全体、どういうことなんでしょうか……?」

 

「もしかして、こいつらが連日都内を騒がせている吸血鬼なの!? だとしたらば―――」

 

「それはないな。とにかくもうじきお前の姉貴がやってくる。それまでおとなしくしていろ。そして、ラニを置いて逃げようとしたことを謝りなさい」

 

 その言葉に、痛いところを突かれたみたいに呻く双子。

 だが結局最後には謝るところ。気にはしていたようである。

 

 

「マスター、雑兵達は全て制圧したが、どうするんだ?」

「とりあえず後詰めとして、七草家の人々が来るまで陣地を維持していたいんだが……『無理』か?」

「ああ、囲まれつつある」

 

 なぜだか分からないが、日本という国では『公園』というのが、魔導を心得るものたちの決闘場所になることが多い。

 

 特に示し合わせたわけではないが、そういうことは多い。

 

 まぁ魔術戦をする上でそれなりの広さを持ち、尚且つ隠蔽するにも都合がいい場所。それが公園というものなのだろう。

 

 そう考えてから、あちらにも通信を飛ばす。すると結構な窮地のようである……。

 

『スマン、セツナ! こっちにもグールが現れた!! 槍兵の騎士王殿と迎撃する!!』

 

 モードレッドとラントリアのチームが答え……。

 

『セツナ! こっちも同じくよ! アシストはいらないけれど、そっちには出せない!!』

 

 リーナとお虎の『ツヴァイウイング』(マリア&SAKIMORI)からも答えが返り―――。

 

『こちらDチーム。メイド・オルタさんと一緒なのですが、『巣穴』から燻されたようで、グールが大挙―――ただしV シオンと弓塚さつきの姿は確認されず 』

 

 明瞭かつ明朗な念話が放たれたのは、最後のシオンからであり、その通信に、こっちがババを引いたということかもしれないと考える。

 

 何よりここまでのグールをよく溜め込んだものだと思える。

 

『推測ですが、電脳街網(インターネット)を通じて、そういった『自粛行動中』の若者たちを『路地裏』などに誘い込んだものかと。ここに来るまでに街路カメラの映像を見てみましたが』

「ラミアか、エキドナみたいなやり方だな……」

 

 つくづく、こちらの狙いを崩してくれる。そしてなによりそれだけの『攻勢』に出る機会を願っていたなど普通ではない。

 

(なんかありやがるな……何を以て穴倉にいながら、ここまでの筋書きを書けたんだ?)

 

「包囲網の一角を崩す。その間に全員を脱出させろ」

 

 ラニの肩を叩き耳元に小声で話す。これが最上かどうかなど分からない。だが、足手まといをこの場において死徒と血戦を演じるなど下策だ。

 

「導師はどうなさるのですか?」

「シオン達が合流するまでの時間稼ぎだから、何とかそれまでは、粘ってみせるさ」

 

 こちらを心配そうに見るラニに出来るだけ笑顔を作っておく。

 

 100鬼以上の食屍鬼の群れ。どうやら下級死徒程度にまでなったのもいる。

 魔法師か魔法師の素質がある人間が犠牲になったのだろう。

 

 魔眼のセンサーが敵の数と脅威度を示してくる……。

 完全に押し込まれるまでは時間があるが、そろそろ立ち上がってもらわなければならない。

 

「呪いは全て解いた。部下も回復させている……申し訳ないが一時的に七草殿の幕営にまで走ってもらいましょうか。黒羽殿」

 

「―――手際がいいと言えばいいのか、それとも好き勝手やっておいて……と文句を言えばいいのか……分からんな」

 

 スーツ姿の中年男性は息子・娘に肩を貸されながらも、こちらに声を掛けてきた。

 だが、今は身の安全が優先されるのだ。それをあちらも分かっている。

 

「遠坂先輩―――」

 

「いまは何も聞くな。ただ命を守ることを優先して動け」

 

 香澄を冷たくとも黙らせながら、呪刻させた宝石を六種類手に持った上で、タイミングを図る。

 

「―――ボス、お嬢と若も無事で……」

 

「春隆、どうやら我々は蛇の巣穴に手を突っ込んだようだ。すまない―――私の無能でお前たちを犠牲にすることを許容するところだった」

 

「いえ、自分たちは黒羽の家に拾われた身です。先代からのものも、ボスに助けられたものも……」

 

 頭を下げる後ろの黒羽の一門衆のやり取りを聞きながらも、刹那は呪文に集中する。

 

 気配で察する。コレ以上は無理だ。

 

 

「―――セイバー! 『焼き払え』!!」

 

「御意」

 

 黒赤の光を放つ『超大剣』と化したエクスカリバー・モルガンを手にしたアルトリア・オルタは、刹那の合図で―――。

 赤い魔力光を叩き出した。扇状に放射されたそれはもはや大口径のレーザービーム砲と称するに違わない。

 それがただの『剣』。原始的な武器を用いて放たれたなど、現代魔法の理からすれば受け入れられないだろう。

 

 とりわけアビゲイルは、頭を抱えて『だったらばコロニーレーザー級の魔法を』などと意気込むかもしれないが。

 

 全員が眼を眩むほどの圧倒的にして暴力的な(ことわり)(ふぶんりつ)もない魔力の吐き出しは、公園の一画を焼き払い、撹拌し、何もかもを破壊し尽くした。

 

 その様子を見て、安全圏までの道のりにルーンの加護を作り出す。

 

「行けっ!!! この道の先が安全圏だ!!」

 

「七草さん。あなた達が前を、殿は我々黒羽が勤めますので、春隆など使用人たちのことお願いしますううう!!」

 

「問答する前にとっとと行け、ハリーハリー! だ」

 

 言葉を続けていた亜夜子ちゃんのケツを叩いてルーンの道路に叩き出したアルトリアに、色んな視線が届く。

 だが、問答をしている暇はなくなる。それを理解したらしく、亜夜子ちゃんが双子と共に先導していく。

 ドラクロア作の『民衆を導く自由の女神』のように旗を振り上げているかのようだ。

 

「若! ボス!! お早く!!」

 

「ああ……遠坂君―――」

 

「いいから行ってくれ。文弥くん―――親父さんに孝行しなよ。あとは―――『親不孝者どうし』で何とかしておくから」

 

 こちらに助けをもたらしたのか『ご親族』に対してなのかは分からぬが、パチもんのスパイダーマンのような格好をした御仁が空中より刹那の近くにやってきた。

 

 素顔こそ知れないが、その姿こそが黒羽文弥にとっての憧憬すべき最強の魔法師なのだから、それに安堵するのは当然だった……。

 

「捕らえられて辱めを受けても仕方ないというのに、重ね重ね、かたじけない―――……よろしくおねがいします」

 

 その言葉を最後に黒羽の一門は去っていった。

 

 去りゆく背中を見送ってから、スパイダーマン(司波達也)は口を開いた。

 

「迷惑をかけたな」

 

「気にしちゃいない―――が、魔法師にとっては随分と魅力的に思えるんだな。サーヴァントの力は」

 

「―――『これだけのこと』を『剣一本』でやれるなんて知れればな」

 

 あちこちで炎が爆ぜて草木と土塊を焼き尽くす様が広がり、その向こうより食屍鬼たちの唸り声が聞こえるかのようだ。

 

 同時に達也の唸り声も仮面の向こうから聞こえてくるような気がした。

 

「ぐだぐだ言っている暇はないぞマスター、来る」

 

『直感』が働いたようで、アルトリアの言う通り数秒後には、一斉に押しつぶすかのように食屍鬼の群れは手を振り上げながら襲いかかってきたのだ。

 

 

「たかだか五十鬼ばかりで我がマスターを害そうなど、騎士王アルトリアの勇名、舐められたものだな!!」

 

 魔力放出の猛りの限りで、突進してきたグールの群を壊乱させるは、黒竜魔竜の顕現であった。

 噴きあがる魔力がそのままに暴虐の限りとなりてグールを壊す。

 

 例えるならば、飛行機のジェットエンジン。その回転ファン部分に鳥が吸い込まれる現象。

 バードストライク現象のようにグールの群れには何も出来ないのだ。

 

 回転ファン……専門用語でエアインテークという部分の回転力は、動き出せば近場にいる人間であっても容易く吸い込み―――『大惨事』となる。

 

 それこそが、現在目の前で行われているアルトリアとグールの戦闘だ。アルトリアの猛烈な魔力の回転は、一切の抵抗を許さずグールを吸い込んでズンバラリンと切り裂いていくのだ。

 

 まさしく『嵐の王』―――ワイルドハントである。

 

(ウチの先生も、そりゃ参謀役としてステゴロにははっきり加わらないタイプだったが……)

 

 グレイ姉弟子と先生の関係のようなものだと思っていたのは大甘だ。はっきり言えば―――。

 

「俺たち暇だな」

「俺は魔力供給という仕事があるけどな」

「暇人仲間になりやがれ」

「断る」

 

 男子2人ヒマであった。しかし、これぞ最良の策である……。

 

 暴走列車に踏み潰される哀れな犠牲者を見かねて、十人には満たないが死徒に成ったものたちが出てくる……。

 

 ―――仕事(狩り)の時間である……。

 



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第245話『Farce/melty blood‐8』

HF第三章公開されたそうですが―――ご存じの通り見に行けてません。(泣)

アクセス悪いんだよなぁ。我が家は―――まぁアクセスが良すぎてもコロナの伝染なんて問題もあるわけだから―――。

気楽にブルーレイを待とう。主演が間桐だけに(爆)

そして投稿日の18時よりイベントが開催! ”待”ってたぜェこの”瞬間”をよォ!(古)

そんなわけで新話どうぞ。


(なんたる鳴動だ……。アーサー王が戦うとなると、ここまでの戦いに発展するのか?)

 

 明確ではないが都内3箇所ほどの地点で強烈な魔力の発露を感じる。

 

 近場にいれば、その圧を情報次元だけではなく肌身にも覚えていただろう。

 

 全ての魔法師が感じ取れるというわけではないが、それでも克人とて、どちらかといえば知覚能力が高い人間ではない。

 

 そんな克人ですら感じ取れる時点で、尋常の理屈ではない。

 まぁ魔法師の理屈を尋常の世人が理解できるとは限らないので、正直言えば独りよがりな理屈なのだが。

 

 ともあれ名倉氏と共に、双子の保護の為に車を動かしてきた克人は一点で止まる。

 

「十文字殿?」

 

「泉美と香澄のようです。他にも……色々な人間がいるようですが、とりあえず向かいましょう」

 

 名倉の疑問に答える形で、公園の入口付近で立ち竦んだり座り込んでいる集団を見る。

 

 成人男性―――どこか、軍人にも見える連中が一番疲労困憊している様子。一番元気なのは双子のように見える。

 

「泉美、香澄!!」

「克人さん!!」

 

 公園付近で停車させた車から降りた克人に気付いた香澄が、手を振り回して呼びかけに応えた。

 

 様子から察するに何か乱暴をされた様子ではない。服がボロボロで身体も怪我をしているのは、黒服に仮面など卦体な格好をした連中が主だ。

 

「何があったんだ? 遠坂は?」

 

「そうだ! 遠坂先輩が、何か恐ろしい……邪気とでも言うべきものを放つ連中に襲われる前に、私達を逃してくれたんですよ!!」

「イヤなサイオンの感覚でした……あれが吸血鬼なのでしょうか?」

 

 緊急を告げるように言う香澄に対して、疑問をぶつけつつも恐怖で震える泉美を安堵させるように頭を撫でてから―――。

 

「そうか。分かった」

 

 と、一言だけ安心させてから、公園の向こうを睨みつける克人。

 

 双子を気にしながらも、恐らく遠坂の秘術を狙っただろう集団を少し気にする。

 その内の双子と歳が近いだろう―――同じく双子の姉弟の(容姿)を気にする。そこにあったのは、どことなく知り合いの兄妹の片方を思わせるもの。

 

 特に女子の方は、師族の会議―――モニター越しにちょくちょく見ていた『魔女』に似ていたのだ。

 

(四葉の分家―――詳細は分からないが、そんなところ、か?)

 

 何となくの推測を含めつつ、そう結論づけて―――事情を聞こうとした時に、猛烈な勢いで路肩に留まる車がある。

 

「香澄、泉美! 無事か!?」

「お父さん!」「お父様!?」

 

 兄貴の最速理論(?)を用いて峠の走り屋よろしくのドリフトできっちり止めた男は、顔見知りの人間であった。

 

「無事でよかった。ラニちゃんもすまないね。2人が無茶を言ったみたいで……」

「いえ、悪だくみに加担した時点で私も同罪なのでお構いなく」

 

 弘一は双子を抱きとめつつインド系の美少女にも気遣いをするも、少女は手で制しつつ、振り返って見えない『修羅巷』に目を向ける。

 

 そして、ラニとは対照的に、当然のごとく弘一の眼は妙な集団に向けられる。

 

「彼らは……」

「私の部下と子供たちですよ。手荒な真似は控えていただきたい」

 

 ハードボイルドを気取ろうとしただろう男が立ち上がって、仮面を外して素顔を晒した。

 

 その顔に弘一は心底の驚愕をする。

 

「―――「ミツグ」君……!?」

 

「お久しぶりですね。弘一さん」

 

 顔見知りである大人2人の様子に興味津々である双子2組に対して面倒な想いを覚えた瞬間、結界が張られた場所―――公園中央から『黒い光の柱』が上った。

 

 強烈な力の発露。この波動は横浜でも確認したものだが、感じるものは少し違う。

 

 あれが正調な『流れ』にある『力』。ヒトを守るために使われたものならば―――。

 これは外法の『流れ』にある力。星を守るためにヒトを害するもの。星の絶叫とも感じられた。

 

 そんな克人の疑問に対して、ラニ=Ⅷは答える。

 

「エクスカリバーとは元々、湖の妖精ヴィヴィアンが星の『内海』において鍛造せし、星の外敵を抹消するための防衛機構。しかし、星の外敵を倒すための力とは、決して『ヒト』の世界を守るために存在する力ではない。

エクスカリバーの極光は、星を守るためならば大地を焼き尽くすことも厭わぬ力。その大地に在りし『ヒト』が焼き払われたとしても構わない。そういう無慈悲な力なのです」

 

 どこか寓話・神話の類を読み聞かせるような、滔々としたものを感じさせていた。

 

「英雄の多側面(マルチアングル)と同じく、英雄アルトリアにも秩序の守護者、聖王としての側面もあれば、悪政を行う暴君としての側面もある―――見方しだいなんですよ。

 ヴィヴィアンにも星の守護者としての側面と、人の世を混乱に陥れる邪妖精としての側面がある。ソレ故に、エクスカリバーにも『聖』と『魔』、どちらの属性もあり得るのですよ」

 

「英雄アルトリア……アーサーのオルタナティブとはなんぞやと思っていたらば、そういうことか……」

 

「そういうことです。どうやらお迎えが来たようなので、私は戻ります」

 

 ベレー帽をかぶり直してから『お迎え』とやらを待つ姿勢を整えるラニに対して、疑問符を覚える全員。そしてお迎えというのは……時代錯誤なモーターサイクロンの音を高らかに響かせながら、先程まで弘一と克人が駆け抜けてきた道路に黒い影が赤い残光を残しながらやってきた。

 

「モーターバイク!?」

 

「おかしいですね文弥、私の目には乗っている方の1人が水着にメイド服を着ている……全裸メイドの半端版にしか見えないのですけど……」

 

 驚き顔を赤くした弟とは対照的に姉の方は、その衣装に頭を痛める。

 

 四葉のファッションリーダーを自称する黒羽亜夜子からすれば、何とも『負けた気分』になる衣装であった。

 

 衣装もさることながら、それを着る人間がヒトを超越した『美』を持てば、纏う衣装がなんであれ下品さなど無いのか? 

 そういう嫉妬心を持っていたのだが、亜夜子に構わずエンジンを吹かすことで加速する女性は、真剣な眼をしていた。

 

 ハンドルを握る女性がスロットルを開く度に、恐ろしいまでのバイクの咆哮が響き渡る。

 

 そのバイクのカスタム具合は、もはや機械の乗り物というよりも機械の魔獣(マシンビースト)であった。

 

 同乗して腰にしがみついていた紫髪の女性が同じく紫髪のラニ=Ⅷを捕まえて(糸のようなもので)引っ張り込み、三人乗りという過去・現在―――未来においても許されない交通違反を行いながら、ウイリー走行からのジャンプで公園内に入り込んだのだ。

 

 続いて馬蹄を道路に響かせながら駆け抜けてくるは黒馬と白馬。どちらも知らないわけではない馬と跨る連中だ。

 

 そいつらもまた結界が張られた公園内に容易く侵入を果たす。

 

「―――弘一殿、ここはお任せしました。自分は中に入って、全てを見届けたく思います」

 

「頼んだ」

 

 手勢をつけようかとしていた弘一を制してから、克人は先程の騎馬軍団に比べれば、実に『のろま』な自己加速で公園内部に入らざるを得なかった……。

 

(見届けねばなるまいな)

 

 例え何が出来なくとも、それが人外魔境の戦いで足手まといだとしても……一高の先達として向かわなければいけないのだから。

 

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

「これが『力』か―――ははっ! 素晴らしい!! もっと多くの血をのめばぶぁあああ!!!」

 

「マスター!!」

 

 剣の腹で思いっきり『ぶっぱ』された元・魔法師であろう相手が地面に倒れ伏して、そこに黒鍵が十本は突き刺さる。

 

「火葬式典発動―――主よ。この不浄を清め給え!」

 

 絶叫して焼かれ、そして灰と塵に還る様子に絶命を確認。

 

「疾ッ!!! 爆吐()触葬!!!」

 

 地面を両手で叩いて、目に見える形で毒の沼を波濤のごとく押し寄せてくる死徒に対して、毒の沼を分解する達也。

 

 こちらに押し寄せれば、地面が溶けるだけではすまなかったか。と思って、死徒に対して分解を仕掛ける。

 

 既に動いていない心臓。それがなくても『生きている』という事実に対して、総体全てを分解してやる。という想いで見透した上で轟く音。

 

 もちろん実際に轟音が響いたわけではない。情報次元を圧倒する想子の質量がハンマーのように振り下ろされたのだ。

 

「―――!! がぁ―――――」

 

 断末魔の絶叫すら分解されたのではないかという勢いで、世界から『消去』されるヴァンパイアの姿。

 

 正直言えば、達也からすれば『霊体憑き』たるタタリ・パラサイトに比べればやりやすい相手だ。

 

 そして技量も、あの騎士団連中よりも格下なことも幸いしている。まぁこんなことで安堵するなんて男子としては失格だろうが。

 

「方術と『爪』を複合させて戦うんだ!! マヘーシュヴァラに魔宝使いを我らが配下に加えさせられたならば!!」

 

「―――『親抜け』を画策するには、実力が足りねぇよ!! 冠位(上級・祖)を目指すならば、もうちっと外法・魔導を探求しやがれ!!!」

 

 言うやいなや、横浜での戦いで『登録』したのだろう魔礼青の青雲剣を振り下ろして、幾重もの斬撃を遠間から放つ刹那の攻撃が、死徒たちの身にダメージを与える。

 

「ッ!!!」「―――」「う、腕が再生しないいい!!」

 

「流石に後には仏教四天王にも数えられる仙人の剣。お前達にも相当に効くらしいな」

 

 ただ達也も後に見て聞いただけだが、本来の魔礼青の剣よりも上級(?)になっていた。

 

 太極を示すように刀身の真ん中を狭間にして、黒と白に色分けされた剣が起こす現象は強烈なものだった。斬撃の全てが不治の呪いとして死徒たちを切り刻んだのだ。

 

 そのスキを見逃すアルトリア・ペンドラゴンではない。死徒となって以来の万能性。達也とは別種の『不死性』を利用した雑な戦い方を見抜かれていたようだ。

 

 成人男性サイズの身体を左右に割り砕く大剣の一撃。

 

 矮躯というほどではないが、それでも深雪やリーナと殆ど背格好が変わらないアルトリアの一撃が、そう易易と入る理屈は、黒と赤の魔力が光の刀身を形成、刃渡りを延伸していたのだ。

 

 それゆえに、あの剣ならば3m、いや10mもの巨人であっても『真っ向唐竹割り』を存分に行える―――。

 不死の怪物でも、これだけの魔力で刻まれれば消滅をせざるを得ない。

 

 つまりは―――。

 

「今夜は吸血鬼たちの夜ではなかったということか?」

 

「お前にしちゃ随分と楽観的だな」

 

「暇だしな」

 

 達也が少々嘆息気味にならざるを得ないのは仕方ない。グールも死徒(成り立て)も全て、病葉も同然に斬り裂かれたからだ。

 

 自分たちの出番などあってないようなものであった―――。

 

 だからといって―――。

 

 あからさまな隙に食いつく『間抜け』に後れをとることなど有り得ないのだった。

 

 林の奥よりやってくる弾丸の如き爪撃を、神仙の剣は受け止める。

 

「弓塚さん……!?」

 

「強いなぁ。強すぎるよぉ……けれど―――私も強くなればいいんだぁ!!!」

 

 神仙の剣がギチギチと爪と拮抗する。相変わらず死徒というのは理不尽の限りだ。

 

 魔法師が掴めば少し剣を動かしただけでズバッ! と指を切れるというのに。

 

 やむを得ず胸郭に蹴りを叩き込む刹那。コレ以上の接触を嫌った形だ。

 

(危うかったな……)

 

 吸血鬼の膂力全てに対抗しようとすれば、強化は密にしなければならない。

 

 だが―――今は……違う。

 

「セツナ! 我がマスターに対する狼藉!! 許さぬ!!!」

 

 魔術師的な原則に立てば、己が『最強』である必要など無い。

 

 直接的な戦闘は『使い魔』に任せて、後方支援というのも一つの選択肢だ。

 

 もちろん刹那は、そこまで『学者肌』の魔術師ではない。外法狩りに何度も狩り出されたバリバリの執行者だった。

 

 だが、そんな刹那でも『サーヴァント』という使い魔を得てしまうと、そちらに対する魔力供給で、中々に一杯一杯な部分もある。

 

 ある程度の『倹約』はしているのだが、それでも四体同時契約……どこぞのチビっ子魔法先生のように見目麗しき女子生徒を従者に―――。

 

 それはともかく(閑話休題)、一国の王であった『大食らい(二重の意味)』のトップサーヴァントを基にしたオルタナティブサーヴァント3騎、時代によって評価はまちまちだが概ね『義の武将』という評価が多いサーヴァント……。

 

 四騎ものサーヴァントを運用する以上、刹那も変わらなければいけないのだ。

 

 

「リーズさんよりも騎士らしい格好の女の子!! けど、なんだか『世界観』が違いすぎる!!」

 

「タタリが成した情報体。人理肯定世界の影法師を再生出来るのか。気をつけてください、さつき。彼女の能力値は、真祖・代行者にも迫るものがあります」

 

「ええっ!? シエル先輩やアルクェイドさんレベル!! 勝てないよ!」

 

「―――総力だけならば、真祖には劣りますが、攻勢能力に関しては遜色はないということです」

 

 

 喚くさつきさんに比べれば、Vシオンは随分と冷静だ。一見すれば、こんな風な人たちが連日人喰いをしているなど思えないのだが……どうしても魔眼に見えてしまう吸血の『痕跡』が、甘い対応を許さない。

 

「オルタ!!」

「承知した!!!」

 

 

 魔力をいっそう供給することで、セイバーの攻撃能力を高める。

 

 同時に宝石による縛呪で相手を縛り上げようとする。

 

「ッ!!!」

 

 ここで仕留める。その気迫が伝わったのか、達也もまた妨害するように分解魔法で絶妙なアシストをしてくる。

 

 反転聖剣の魔力斬撃は、とにかく容赦がないものだ。

 

 如何に、2人が死徒として『それなり』であったとしても、『英霊』には勝てない。

 

 一時間後に船が沈没すると分かっていても、船に乗っている人間には、それをどうこうすることは出来ない。

 

 打ち込まれる銃弾の軌道を予測できていたとしても、それを回避するだけの運動性能がない。

 

 尚且つ―――。

 

 

「あの剣! どう見ても私達と『同系統』なのに、なんでこんなに痛いの!?」

 

「元々は聖剣ですからね。如何に『アラヤ』側とは明確に言いきれませんが、それでも人々の幻想(ねがい)を注ぎ込んだ剣でもありますから、私達にとっては毒なんですよ。さつき」

 

「言っている意味はよく分からないけど、とりあえずシエル先輩の黒鍵以上であることは分かったよシオン!!」

 

 シオン・エルトナムは、エーテライトを駆使して『レプリカント』をこちらにぶつけて来る。

 

『糸』で構築された人形は、本物と遜色ない挙動と『機動』で以て、こちらとぶつかり合う。

 

 再生されたのは、リーズバイフェ……『遠野秋葉』『アルクェイド・ブリュンスタッド』―――刹那にとっても既知の人間ばかりだ。

 

「そんな傀儡ごとき」

 

 だが、如何に機動だけは遜色なくパワーも再現されていたのだろうが、決定的に魔力量の圧が違いすぎた。

 そして魔力放出で刃圏にまで踏み込んだアルトリアの光剣が、Vシオンの腕を切り飛ばした。その勢いを借りて、横殴りの一撃が入ろうとする。

 

「させませんっ!!!!!!」

 

 長い足を振り上げて、残った片腕を用いて勢いよく言うシオンの格闘が一撃を器用に防ごうとして、光剣に焼灼される腕と足という結果。―――吹き飛んだ。

 

「―――!!!」

 

 暴風に抗う術を持たぬ板切れのごとく吹き飛ぶ様子。そして、ソレを見た吸血鬼の仲間が、怒りの『投擲』を開始する。

 公園内にある大質量・大重量―――木々を引っこ抜き、片手で持ち上げてぶん投げてくる様子。

 

 街頭も投げ槍も同然にぶつけて来る様は、恐怖を催す。

 

 だが……、そんな鈍重な『砲弾』を食らうアルトリアではない。

 

 鈍重とは言ったが投げたあとに『ドンッ!』という音が遅れて響くということは、亜音速程度の疾さはあるということだ。そんなものを飛礫でも撃ち落とすように弾いている、アルトリアの技量と膂力は並ではない。

 

 ゆえに―――。

 

「強力な宝具は使えないけどな」

 

 吸血鬼に対して有効な武器の一つや二つは作れる。

 Dランク程度の不死殺しの武器を励起状態で叩き込む。

 

 朱輝、蒼輝、黄輝、緑輝、白輝の短剣が殆どダルマとなっているシオンに向かう。友人と同じ顔をしている人間に対して、こんなことをするという心を塗りつぶす。

 

 地面を叩く勢いが、そのままにシオンを血塗れにする。身体のあちこちに突き刺さる刃が、何も知らなければ痛ましさを覚えさせる。

 

「魔宝使い……!!!」

 

 怨嗟の声を憎悪の眼と共に吐き出してくるシオンだが、決着の時は近い。

 

 近いからこそ―――。

 

「セイバー 聖剣に魔力を溜め込め!!」

 

 互いの直感がリンクした形で、サーヴァントに指示を出した。

 

 今まで飛び道具を迎撃していた位置から、半歩を退き聖剣をいつでも振り抜く構えで待つセイバー。

 

「刹那―――!?」

 

 達也の疑問が口を衝く前に―――次の瞬間、あちこちの木々や遊具―――未だに残っていた『止り木』から多くの鳥・鳥・鳥―――数多のソウルキャリヤーが飛び立つ。

 

 眠らない街『東京』。俯瞰風景ならば、煌々と文明の火が灯る街の一画が完全な闇に閉ざされた……。

 

 文明の光を閉ざした場所にて先程まで行われていた『魔人』たちの戦い。

 

 人工衛星をジャックして、その様子をつぶさに上から『見物・見学』していた連中は、思い想いの感情を浮かべながら次の展開を予想していた。

 

 その中で、オートボット(サイバトロン)ディセプティコンズ(デストロン)の戦いでも見ているような気分でいた米国の少年は―――。

 

 ズームインした瞬間、黒赤の魔力の柱―――光の柱が、東京の一画で吹き上がった。

 

 常人であっても視認が出来る巨大な光の柱は、七色の光輝の帯を交えて放たれて、闇を打ち払った。

 

 東京上空に噴き上がる光の柱は、

 

 網膜が焼き付くのではないかという強烈な閃光の圧は、自分が食らった、消滅したという錯覚に陥るほどに凄まじいものだった。

 

 思わず『昼間』にも関わらず大絶叫を上げて、椅子から転げ落ちてしまうほどに、衝撃的だった。

 

 汗が止まらない。動機が静まらない。

 

 既に機能停止をしたヘッドマウントディスプレイを退けて、どういう『理屈』かは分からないが、完全にクラッシュをした大型端末だけが、最後の目撃者となった事実に歯噛みする―――それは他の『オペレーター』も同様なのだが……。

 



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第246話『Farce/melty blood‐9』


そろそろバレンタインに入らねば……。

あと、高評価付けてくれた方が多かったからかランキングにも載ってているのは確認しました。

ありがとうございます。これからも見捨てないで読んでいただければ幸いです(必死)


 

 

 

卑王鉄槌……ヴォーティガーン。正しくブリテンの化身たる魔竜の吐息も同然に、夜の闇を更に漆黒に塗りたくった鴉を屠り、夜空を更に暗黒に染め上げた……。

 

その様子を終始にいたり至近で見ていた刹那と達也は、その原因を探る。

 

網膜が焼き付くほどの『黒光』の光量全てが晴れると、いつもどおりの夜の闇―――そして周囲が荒野のような様になっていた。

 

斬り上げたのが上空だったから大丈夫というレベルではない。

アルトリア・オルタを中心に、すり鉢状に5mは沈降した公園の路面が威力の程を物語る。

 

範囲としては直径10mはあろうか……。

 

(分かっていたことだが、戦略級魔法のレベルだな)

 

単純な威力を零角度水平に打ち放てば、その途上にあるもの全てが『消却』されてしまう。そんな想像ができる黒光の『破壊現象』であった。

 

もっとも……『宝具』の『名前』を叫ばなかったことが達也に少しの疑念を持たせたのだが、ともあれ石の剣……無骨な巨剣―――確か、刹那の記憶というよりも衛宮士郎(父親)の記憶で見たアインツベルンのバーサーカーが持っていたものが、遮蔽物・防御壁として機能していた。

 

 

「………マズイな。あんな大物を『再演』(アゲイン)させられるなんて―――」

 

「お前のその手の発言は聞き飽きたよ。手練れか?」

 

「君のその眼で見てみろ。規格外だよ」

 

「――――――――――――」

 

アルトリアと『ふたりはロジウラ』の狭間に立つ、コートを着込む巨漢の『男』。

 

冬場に相応しいとはいえ、それでも違和感ばかりが先立つ外国人……。

 

刹那が汗をかいて、そう返す。そうして言われたとおりにした達也は後悔した。

 

長い、本当に長い絶句をしてしまうほどに強烈な『モノ』を見てしまった。

 

今までサーヴァントや幻想種、はたまた『異星人』なんてものを、ありったけ見てきた達也だが、その巨漢は、鋼の心臓を持つ―――と他人から思われている達也でも、思わず目を背けたくなるような、あらゆる『得体のしれないもの』の集合体だった……。

 

あえて名付けるならば『混沌』。そんなものが終始、渦を巻き斑模様(マーブル)を作り上げて、それが溶けると再び違う斑模様(マーブル)を作り出す。

 

それら全てが『眼』を持ち、『牙』を見せつけ、『爪』を研いで―――こちらを見ていた……。

 

マーブリングは全て……『ケモノ』の姿に見えてしまう。ヘルメットの面頬を上げ吐き気を堪える。新鮮な空気は無くとも―――それでも達也は、そうしたかった。

 

 

「なんと面妖な対面となったものだ。私と貴卿は、本来ならば苦界・現世にて相見えることのないものだ。もっとも、『数多の世界』の中にはそういったものもあり得るのだろうが、その場合の『私のカタチ』は、少々違ったのだろうな」

 

「感傷に浸るのはいいが、吸血鬼。お前の事情など私はどうでもいい。その身を『消滅』させることに、私は何の感慨もない。

お前のその身はヴォーティガーンに似て非なるも、『キャスパリーグ』にも通じる『獣』の『業』。この剣で捌かせていただこう……」

 

脅し文句に対しても銀髪の巨漢は臆すること無く、されど敬服を持って騎士王に話しかける。

 

「成程、そう言ってもらえるとは、一つの解を得た気分だ。

いや私も半信半疑だったのだよ。希求するものが神代の叡智。神代の御業。

―――神代にあり得た『回帰』……こうであろう。そうであろう。そう『考える』のは容易く、されど『実物』を見たものなどいないからな。まるで考古学の見地に立つ気分だった」

 

 

地層から発掘される恐竜の化石は、多くの痕跡を残すが、その殆どは骨組みだけなのだ。

 

故に、考古学者はその骨の『用途』から多くの内臓器官を類推し、更に言えば『どのような皮膚』をしていたかも考える。

 

一昔前には、『羽毛恐竜』なんて眉唾であったが、多くの発掘例と最新の解析技術で化石の中に羽毛を見出し、鳥類が恐竜の子孫であることは、児童書にも明記されている。

 

そういった風な『不確かなもの』(未源)『確かにする』(実現)をもとめているという発言に、刹那だけはこの男が、『神代回帰の総本山』出身だと気付いて汗を流す。

 

「本来ならば、交わらない。だからこそ互いの『知っている』ものを『見せ合えない』。

―――『答え合わせ』が出来ない。予測は出来たとしても、所詮ソレは想像の類だ。

私はお前の中に渦巻くものを、良く知っている。かつての『戦い』で私を変質させた混沌嘯(ケイオスタイド)……侵食海洋、混沌の海……『聖杯の泥』と呼ばれるものだ」

 

その言葉を聞いた時に、何かに気付かされたかのような表情。

混沌渦巻く胸……と言っていいのか分からない所、心臓があるかどうかすら不確かなそれに手を当てて感じ入る魔術師上がりの『上級死徒』……。

 

「感謝する。騎士王アーサー・ペンドラゴン……」

 

貴人に対する敬意をもって一礼をする男。されど、丸めたその背中が蠢く様子にアルトリアともども警戒をする。

 

「故に―――その身を食し、己の不確かな体を補充することにしよう。始原の竜の魔術炉心(ヴォーティガーン)……我が身に取り込むのは骨だろうがな」

 

明らかな戦闘態勢に入ったことで2周りは膨張する身体。『混沌なる海』からナニが出てくるか分からぬ。その不確かさに恐怖を覚える……。

 

「名を聞いておこうか。死徒」

 

「我が名は『フォアブロ・ロワイン』―――彷徨海に学び、そして死徒へとなったことで、十番目の冠位を継いだもの。教会通称―――『ネロ・カオス』。お初にしておさらば、だ」

 

そんな『上級死徒』なんていただろうか? という疑問の念を持ちながらも、刹那も戦闘態勢に入ろうとした。

 

宝石を両手に持ち待ち構える姿勢。混沌とした『胎内』から出てきたのは―――。

 

御主人様(マスター)をお守りするのは、メイドの務め!! ヴェスパー(?)最強のバトルアンドロイドをなめるなぁ!!!」

 

―――その前に、台無しにするセリフ。

横っ面を引っ叩く形で現れて、単車に乗りながら往年の西部警察・あぶない刑事のようにライフル銃を撃つメイドオルタの姿。

 

「消音の魔術を敷いていた私も褒めてください」

「師に同じ」

 

バイクに3人乗りの曲芸師よろしく銃撃を放つ三者に対して、ネロ・カオスは、横っ腹から『犀』『アルマジロ』『センザンコウ』―――もしやと思えるのだが『アンキロサウルス』のような『動物』が出てきて銃撃を阻む。

 

「騎士王アーサーが2人だと……!?」

 

使い魔……らしき動物を出していたネロが、驚愕して眼を吊り上げる。

 

その様子に満足したのか、オルタリア()は勝ち誇ったように口を開く。

 

「私が1人などと誰が決めつけた? 騎士王アルトリアは分裂する―――プラナリアのように!! 英霊の座に多くの霊基霊位を持つのだ!」

 

「え゛ええー………?」

 

ナニソレこわい。親父の元カノがそんな恐ろしい貞子(原作版)みたいな存在だとか、息子として受け止めきれない。

 

握り拳を振り上げて意気をあげるオルタリア()にそんな感想を持ちながら、いつぞやのあの言葉は事実だったのか、と驚愕する。

 

そう思いながら、次に響くのは馬蹄の乾いた音。そして馬の嘶きである。

 

戦場の『モダンストレンジカウガール』がやってくる……。

 

「今度は何だ!? この馬の嘶きは幻想種クラスはある……! 手綱を握るジョッキーはユタカ・タケのように巧みだ!!」

 

なんでそんな事が分かるんだ。そう問いかけたくなるネロ教授(?)の、真面目なのだけどボケた発言の後には黒馬が林から飛び出る。

 

「マスターの元に疾く駆け抜け ラムレイ!!! モー孩児!! 『砲撃』を合わせろ!!」

「クラレントにこんな魔砲少女な機能があるなんて聞いてねーぞ、セツナーーー!!!」

 

文句を言いながらもクラレントの七大機能の一つ『大砲』に変形させたモードレッドは、巨大な口径を持つそれからビームと実弾の双方を叩き出して、ネロ・カオスに叩き込む。

 

不意を突かれつつも、数多の『獣』を出してそれらで防御する様子。先程のように硬い獣ではなく、本当に犠牲を強いるように多くの獣を肉の壁としたのだが……。

 

(何か妙だ)

 

爆風に煽られながらも、観察を止めない。相手の手の内を読まなければ、『解体』せねば、真実にはたどり着けないのだ。

 

体内(からだ)に飼っている使い魔を、『混沌の魔力炉』から出してくる吸血鬼。

 

果たして、その認識は『正しい』のか? インスピレーションが働き会話を思い出す。

 

(待て、セイバーは何と言っていた? )

 

侵食海洋、ケイオスタイド、混沌の海……聖杯の泥。

 

それがもたらすものとは『神代回帰』―――。

 

などと考えている間にも『使い魔』たちは、こちらにやってきた。

 

イヌ科の動物。多分、狼だろうものが、こちらに噛みつかんと駆け抜けてくる。

 

「大きいな。恐らくまだ『人狼』が頻繁に人里に降りてきた頃のものか」

 

「野生動物が寒冷化で激減したこの世の中では、溶け込んで欲しいぐらいだがな」

 

刹那の解析に達也が被せてくる。そう考えると、北海道の獣医とやらは、畜産及び乗馬などの患畜ありきであっても経営は上手くいっているのか、ちょっと疑問に思う。

 

ガンドを放ち、魔弾を放つと穴だらけになり崩れ去る『狼』

 

蟠る『泥』―――土に還らず、風に攫われない。

 

その意味―――。

 

「そういうことかっ!!!」

 

蟠る泥に対して攻撃を仕掛ける。単純なまでの破壊術は、泥を細分化していき―――そして―――『鳥』へと変じる。

 

啄みを行おうとしているそれを再び砕く。

 

確信すると同時に―――。今の装備・戦力でも十分に『打破』は可能。

 

寧ろ野に散っては困るものだ。ここで仕留める―――つもりではいる……。

 

「見えたぞ。ネロ・カオス―――お前の正体がな。お前は『オレ』と同じだ!!」

 

「ほぅ。希少な魔眼を持っている。だが少々―――無邪気がすぎるな。嫌いではないが、ぬぅう!!!」

 

こちらの言葉と眼の輝きに反応したネロ・カオスだが、サーヴァント3騎とデミサーヴァント1騎の圧力は無視できるものではない。

 

公園のあちこちを振動させる戦いの余波が、こちらにも伝わる。

 

勢揃いしたアルトリアズは、鬼か竜かという勢いで、ネロ・カオスの『使い魔』(からだ)を削りとっていく。

 

その圧が強まり―――それでも完全には『消滅』させられない。

 

(やはり『総体』を一瞬で消し飛ばさなければならないか。ということは志貴さんが倒した『原生』(プリミティブ)の上級死徒というのは、こいつの『成り損ない』ってことなんだな)

 

混沌と原生。

 

この2つは若干似ている。多くの土地を問わない創世神話において、原初の世界とは『混沌』であるとされている。

 

『そこ』に降り立つ始祖が、切り払い、掻き回し、手で押し固めて……光あれ。そういう『創世』を以て―――『世界』は、形作られたと伝えているのだ。

 

(だとしたらば、こいつはある意味では、彷徨海そのものと同じ性質を持っている。俺より上位の『世界』保持者と言えるか)

 

その魔術比べをしてみたい気持ちはあったが、今は抑えておく。

 

「オルタリア、メイドオルタ、ラントリア!! 『頼む』!!」

 

短いオーダーを入れたことで、更に攻撃の圧を強めるアルトリア達……。

 

防戦一方というか、『移動』出来るほどの質量がアルトリアの敷いた輪の外に出せないのが原因なのだ。

 

不意打ちのように腕を振り上げて出した巨大な鹿角(スタッグホーン)を持つ魔獣―――バイコーンの突き上げも、身体を半ばから出した時点で身体を後脚と前脚の中間で断ち切っていた。

 

返し技のような斬り上げが、下がる歩数を見極めたことで鮮やかに決まる。上昇した身体を下ろすことで斬り下ろしがバイコーンの身体を合計で四分割した。

 

「勝てる……のか?」

 

「そう願いたいが―――」

 

メインフォースとなっているアルトリアたちを、足元や背後から狙おうとする地面を這う蛇や鼠など、『大型』になれない泥の変生を穿つ。

 

これはこれで重要な役目なのだが―――。そう考えてロールスイッチ(前後交代)することも視野に入れた時に、シオンから緊急通信(念話)が入る。

 

(変ですよ。刹那、リーナとランサー・景虎の姿が先程から駆けつけてきません。私達とほぼ同時に公園に入り込んだはずなのに……)

 

「!?」

 

その言葉に寒気を覚える。最大級の悪寒が走った瞬間―――。シオン達が駆け抜けてきた林の中で閃光が輝き、雷鳴が轟く。

 

明らかに景虎の魔力放出ではない轟雷の後には―――。

 

「明日への緊急脱出!!!」

 

林の中から泥に汚れた白馬が、同じく衣装に汚れが見える景虎と共に飛び出してきた。

 

「ミスタークロスJr! しっかり!!!」

「シールズ……お前までその字を使うか。別にいいけどな……」

 

白馬の後ろに乗っていたのは、それなりの怪我を負った十文字克人と少しだけ汚れたリーナであった。

 

「何があった?」

 

即座に3人と1頭を回復させつつ、3人の内の1人に問いかける。

 

「マスター風に言えば、上級死徒がもう一鬼現れました。対魔力を持つ私に雷霆を届かせるほどの魔術師の死徒です――――――無駄ですよ。さつき。アナタが刹那に投擲をしようとしても、私が阻みます」

 

注意を怠っていたか。回復した弓塚さつきとVシオンが立ち上がっていた。

 

恨めしげな眼をする2人の美少女の視線に、降馬した軍神は眼を返す。

 

 

緊迫感あふれる戦場において、どこからともなく声が響く……。

 

『主催者シオン・エルトナム―――これ以上は我が盟友も持たんよ。即時の撤退を推奨する』

 

「―――『欲しいもの』は得られたんですか?」

 

『ああ、よもや『女身』に変化してしまうとは、予想外だった。だが変化をした身体に極上の魔力が貯蔵されていることは間違いない―――。

このチカラをはやく利用したいのですよ』

 

言葉の調子に『男』と『女』が同居したような様子を感じて、林の奥からでも『狙い撃つ』という考えを感じて―――。

 

「ラントリア!!」

「承知 カゲトラ殿に代わり、死徒の迎撃に向かう!! モードレッド!! 頼んだぞ!!」

「おうっ!!!」

 

黒馬ラムレイに跨り林の奥に引き返すランサーアルトリア。その位置に入り込むのはデミサーヴァントも同然のモードレッド・ブラックモア……。

 

振り回すクラレントの圧は、朱雷のほとばしりを見せながら吸血鬼に突き刺さる。

 

「オラオラオラオラオラ!!!!!」

 

その力任せの剛力の限りで宝具を叩きつける攻撃手法に、ネロ・カオスも防御に徹してしまう。

先ほどから見ているに、体躯の大きさの割には肉弾戦は、不得意な印象を持つ。

 

「――――調子に乗るな!! 小娘が!!!! 英霊のチカラを『全て借り受ける』など、あり得ぬ!! 道理に沿わぬ!! そこまで人理の脈動が我らを圧迫するのか!?」

 

雄叫びの限りで叫ぶも、明らかに存在情報に欠損が見えつつあるネロ・カオスの焦り。

本来ならば、こちらが絶望するぐらいの『実力』はあったはずなのだが、この場における―――世界の主役は『英霊側』であることが、やはり『退気』(マイナス)となって……。

 

(倒しきれないのか? ここまで万全を期しても、影法師を倒すには、足りないのか!?)

 

 

宝具の圧を受けても立ち上がり、混沌より復活を果たすネロ・カオスに焦りを覚える。

 

まるで出来の悪いホラー映画のような『不死性の演出』に吐き気を覚える。

 

歯ぎしりをして、右腕をフルドライブ、左腕をフルドライブ―――。

刹那の秘奥中の秘奥。―――『無限の■■』を転か……

 

『焦るな刹那(坊や)、分かっていたはずだ。この死徒は『生物』としての『吸血鬼』じゃない。『第一の亡霊』と同じく、存在濃度によって発生しているものだ。

確かに犠牲が出ているのは紛れもない事実、それを抑えるために尽力したい気持ちは分かる―――。

だが、君がここで全てを擲てば、『揺り戻し』が効かなくなる―――。堪えろ! 『時』は来る! 今は、なるたけ削れ!!!』

 

いきなり刹那に響く緊急通信。幼い頃から魔法のステッキとして、最初の使い魔としてある『人工精霊』であり、英霊のパーソナリティは、刹那を強く戒めた。

 

その声が聞こえたわけではないだろうが、胸の前に手をやり、大きなものを包むようなポーズをした刹那を見て―――。

 

誰もが止まっていた。ネロ・カオスに至っては、明らかに大きく『後退』をしていた。その事実に今さら気付かされたように、足元を見て―――。

 

「―――――――!!!!」

 

雄叫び。凄絶なまでの絶叫の雄叫びの後には―――逃げ去っていった……。

 

脇には、ロジウラをしっかりと抱えた状態でのことが、『力関係』を示していた。

 

そして足元の『ロケットブースター』なんて機構が発動したのを見て―――。

 

―――空を駆ける様子に頭を抱える……。

 

 

「どんな死徒だよ……」

 

決して油断できる相手ではない。刹那には見えていた混沌の中で『咀嚼』された人間の残念は、その食事の凄惨さを物語っていたのだが……。

 

どうにも調子が狂う……。カウンターを絶妙に外されているとでも言えばいいのか、そんな感じである。

 

『マスター、雷霆魔術を放っていた死徒が逃げました。何というか、本当に恐怖を覚えた様子で、『冗談ではない!! アレは『逆光運河』ではないか!』とか言ってから脱兎のごとく去りました……追いますか?』

 

「いや、いい。戻ってきて……」

 

本当に疲れた。完全に自分のせいで―――好機ではないが、それでも死徒を逃してしまったのは事実なので……。

 

 

「達也、俺を一発殴れ」

「理由は察せられるが、文弥と亜夜子―――叔父貴と部下達を殺さずに済ましてもらったんだ。俺には、不義理出来ない」

「んじゃシオン」

「私も計算上、それは不合理と判断します。それとラニを守ってくれたので、感謝はあれど、怨みは無いのですよ」

「……レッドは?」

「同じようなもんだ。『ここ』では決着は着けられない。そう考えれば、あの時点で切り上げたのは決して不合理ではないだろう? アタシも全力の振り抜きなんてしたらば、公園だけでなくて更地の面積が、あちこちのビルにも及ぶ」

 

レッドの踏み込んだ結論に髪を乱雑に掻いてしまう。優雅とは程遠い仕草は、自重できない。

 

縺れて縺れる……現在の状況はとにかく焦燥感ばかりが募る。

 

だが、それでも自棄になれば、先程のごとく危険を察した獣のように逃げられる。

 

(教訓にせねば、な……そして、奴らの『協力者』の姿も見えた)

 

方術・道術使いの『死徒』。灰と塵に還った身体でも衣類と―――『呪具』は残っており、来歴を『はっきり』と示していた。

 

(地下に潜った大亜の連中、真祖の血袋よろしく『進んで下僕』になりさがるか)

 

僵尸(キョンシー)にでもなりゃいいのに、と愚痴ながら、刹那は拳を握りしめて心中で宣言する。

 

絶対に、不老不死の御業(永遠の灰色)を否定してやるのだと―――。

 

 

 

―――よもや、ここまで縺れるとはな。魔宝使いでも難儀する相手か?―――

 

 

―――左様、そも『魔』と『魔』を食い合わせれば、それだけでは『決着』は遠い。『夜魔のモノ』は、純度が強いのだ―――

 

―――『両儀』『巫条』『浅神』……『七夜』、この四つの『韻』を用いて本来ならば、我らは『退魔』を成し得たはずなのだ―――

 

―――今さら愚痴た所でどうにもなるまい……。しかし、何故だ? 北米で発生した『タタリ』が日本に呼び寄せられた理由とは何だ?―――

 

 

―――いずれにせよ。このままでは江戸東京が、穢土凍京になり得る。『力』は欲す、だが怪異はいらぬ。この世界に摂理を乱す化物(ケモノ)はいらんのだ―――

 

 

締めくくりのように大きな声で宣言をした老人。されど、その声には『剛』とした『圧』を感じる。そして、老人は―――。

 

「遠坂が現代魔法師に協力する以上、状況は変わらぬ。『乱数』を入れる。『賽の目』を増やすのだ。

頼めるかな 竜の長よ?」

 

「東道閣下の御意向とあらば、このリズリーリエ、喜んで大聖事として拝命いたしましょう」

 

天使と悪魔が同居する『聖杯の娘』が纏う、赤い『聖骸布』のコートが翻る……。

 

そのコートの赤が、東京の地図に重なり不吉を予感させたが、老人たちは黙っておく……。

 

例えどれだけの日本国民に犠牲が出たとしても、国土と国体の護持こそが、彼らの第一義なのだから……。

 

たとえその血溜まりに自分たちが入っていたとしても、彼らは、それを『良し』とする怪物なのだから―――。

 

 





Q,仮に教授がFate世界にて積極的に活動していれば、どうなるか?

A.多分、抑止力で死んじゃうもしくは滅びが早まる可能性大かな(推測)

まぁそもそも教授に対してロアがアドバイスできるかどうかも不明ですからね。

何代目かのロア辺りでは『この世界じゃ、長く持たない』とか言っていそうかなーぐらいに考えています。

死徒に対して英霊がどれだけの優位を保てるか、嘘つきのこの『ネロには対軍・城宝具ならばイケる』というのも、今では眉唾(疑心暗鬼)な感じもしますからね。

そんなこんなで、何かあれば一筆、感想欄にお願いします。


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第247話『ビフォア・バレンタイン』

 キャビネットのニュースサイトは忙しなく、昨夜のことに関して報道をしている。

 

 魔法攻撃の類であることは分かっているが、詳細は不明。

 

 ―――という事後処理の程は知れた。

 

 同時に、破壊の痕跡に対して様々な見識が披露されて、その上で魔法師にとっては『左巻き』な発言をするコメンテーターがわちゃわちゃと言ってくる。

 

 それを聞きながらも、会合場所には重い空気が纏わり付く。まるで海に潜っているかのように呼吸が上手く行かない―――とでも昔の自分ならば思っていただろうが、優雅にティータイムを楽しむぐらいの余裕はあった。

 

「結局、黒羽殿は、英霊を使い魔にしたかったということで?」

 

「……そういうことだ。ある『情報筋』から、タタリ・パラサイトを君が英霊召喚のリソース―――とでも言えばいいのか、にしたのを知ったからな……四葉の分家筋としては、宗家に成り代わりたかったんだよ」

 

「力で以て、主従交代を成す。まぁ過去・現在・未来を通じて、そのやり方の善悪は問いません。ですが、少々『過ぎたもの』を求めすぎかと思います」

 

 刹那の言葉に黒羽貢の眼が鋭くなり、同席している七草家の人々―――弘一、真由美、名倉はそれぞれの表情だ。

 あの後、色々あって黒羽家の人々は七草家の所有する都内の施設で手厚い『おもてなし』を受けて、今日の時点で完全に復調したようだ。

 

 もっともそれは、諸葛孔明が、南蛮の孟獲大王や同じ南蛮の諸将を手厚くもてなすことで、懐柔をしようという風な透けた考えも見えていたが……。

 十文字克人がいないのは、怪我の程度がそれなりに深かったからである。

 

「過ぎたもの、か―――仮に僕らが英霊をサーヴァントとして使役すると、どうなると想う? そもそも契約出来るものなんだろうか?」

 

 弘一の疑問に対して答えるのは、刹那(じぶん)では適当ではないだろうと思えて、『小体化』していたランサー・アルトリアを呼び出す。

 

「ランサー」

 

「話は聞かせてもらっていたが、余としても明言出来かねるところはあるぞマスター」

 

「それでもいい。俺が言うより説得力あるだろ」

 

「承知した―――私見と『死霊』を操りて探らせてもらったのだが、残念ながら令呪による(しるし)の有無とかではなく、単純にアナタ方の『チカラ』の総量では、余を戦闘に赴かせることは不可能だろう」

 

「――――――契約するのが、1人でなくて2人であっても、ですか?」

 

「同じだ。仮に使役者が何かしらの『生贄』(Victim)や『人柱』で不足分を補おうとしても、然程の変化はないだろう」

 

 英霊を現界させて繋ぎ止めているのは、どこかに設置されている『聖杯』。しかし、そこから令呪―――マキリのシステムに似たものを配布している。

 

 そのシステムに魔法師……現代魔法師は選ばれない……のだろうか?

 色んな疑問が衝いてくるも、能力値的な面で言えば魔法師が選ばれる可能性は限りなく低い。

 

 英霊マルタも人の身に憑依することでしか、現界出来なかったのだから。

 

「不確かなものを明らかにしてきたからこその現代魔法なのですから、少々難しいかと。加えて―――英霊一騎とてその人生は、あらゆる国が常在戦場だったころの武人ばかりです。

 クラスによる『逸話』に『差』などもありましょうが……黒羽家が呼び出そうとしている武田信玄=武田晴信なんて、ご存知の通り『武人の中の武人』(最強の戦国大名)にして『謀略家』にして『最高位の為政者』ですよ―――『いい関係』を築けるかは少々疑問ですね」

 

 刹那とて、今のサーヴァント達と上手くやっていけてるかは自信がないと付け加えておくのだが。

 

 そこを言われると、渋い顔をする黒羽 貢。

 

 戦乱があちこちにあり、下剋上を良しとして、今日までの親兄弟が、明日には殺し合う関係すらもあり得る時代の覇者の1人。そんなものが素直に黒羽家の戦力として動いてくれるか分かったものではない。

 

 苦悩する貢氏に少しだけいい情報でありながらも、諦めを与えておくことにする。

 

「いずれにせよ、タタリ・パラサイトは憑依ないし、『何か』に具現しようとしている。それを英霊ないし高位の使い魔として使役出来れば―――というのは分かりますが、中々に難しいかと思います」

 

「君のアドバイスありでも、か?」

 

「私も偶然と幾ばくかの幸運で、騎士王アーサーと契約を結べました。重ねて申しますが、それは本当に幸運なものでしかありません」

 

 横浜でのエクスカリバーの使用。

 そして多くの人が見たアルトリア・ペンドラゴンの影。

 美月が描いた横浜騒乱での絵……アルトリアの姿。

 

 ブリテン島よりやってきた英霊霊媒(キャタリスト)たる『モードレッド・ブラックモア』。

 フランスよりやってきた英霊憑依のデミサーヴァント『レティシア・ダンクルベール』。

 

 多くの『無形』と『具体性』を伴わない噂が蔓延していた一高だからこそ、顕現するのは英霊アルトリアであろうと……。

 

 

「どうにも全てが君に都合良く動いたものだね」

「別に裏で三味線弾いちゃいませんよ」

 

 笑いながらも、言葉だけは痛烈な弘一氏の言葉に返しておく。そう言われれば、幾らでも疑念は持てることだ。魔的なものを引き寄せやすい、そういう人種なのだ。遠坂刹那は。

 

「霊体の方の敵は―――残り三分の一を残して、死徒側に持っていかれた。あの『雷の魔法を使う相手』は、どの程度のものなの?」

 

 真由美からの質問。少しだけ考えてから口を開く。

 

「鉄壁で知られる十文字先輩が展開した壁を貫いて、雷電が身を灼いたんです。少なくとも、マスタークラスはあるでしょうね」

 

 冠位指定級の魔術師―――刹那は知らないのだが、かつて聖堂教会・埋葬機関には、そういった『手合』がいたらしく、そのカバラ数秘術による雷霆は、封印書物として貯蔵されていた。

 パン屋の娘であった『エレイシアさん』は、教会にスカウトされると、それを教えられたそうな。

 

『もしかしたらば、『どこかの世界』では私に『取り憑いて』いたかもしれませんね。この術は相性が良すぎますから』

 

 苦笑しながらアルズベリで自作したカレーパンを頬張る女の顔を思い出す。

 埋葬機関のドラクルアンカー・弓のシエルに、『具現化した女』は似ていたのだから、つくづく何か因縁というものを意識してしまう。

 

 だが―――。

 

(あのカレー眼鏡に『裸マント』なんて趣味があったなんて知りたくなかった)

 

 とはいえ、刹那の知らない未知の死徒が2鬼も現れたのだ。

 

 用心するに越したことはない。

 

 

「以上でよろしいですかね?」

 

「ああ、色々と隠されていることは分かったが、我々のような凡俗では 、英霊とはいい関係を築けないことは分かったよ」

 

「英霊と言ってもピンキリですからね。私のような一国の王や救国の英雄だったものもいれば、市井の侠客、農民、看護()。―――『犬』や『馬』なども座にはいますから、あなた方の呼びかけに応えるものもいるかもしれません」

 

 フォローというわけではないが、ラントリアの諭すような言葉と柔らかな笑顔に、男全員(刹那除き)が少し照れくさそうにする。

 

 一方で、この客間における唯一の女子である真由美は―――。

 

(侠客とか農民は何となく分かるけど、ナースってナイチンゲールとかだとしても……イヌにウマってどういうこと?)

 

 英霊の座にいる『けものフレンズ』に対して、頭を悩ませるのだった。

 そうしていると話題は『家どうし』の交渉ごとに切り替わる。

 

「刹那くん。君は……私に対して、何かの賠償などを求めないのかね?」

「まぁそういうのはあなた方にとって普通なんでしょう。倒すべきものは倒せる時に倒す。溺れる犬は棒で叩けとでも言えばいいのか」

 

 貢氏の探るような言葉に、そうジャブのように返してから口を開く。

 

「が、それは自分が何かの門派、閨閥を組織していればの話ですよ。所詮、根無し草の『はぐれ魔術師』なわけですからね。アレコレと多くを求めはしない方がいいでしょうね」

 

 縄張り……『シマ』があるというのならば、下にいる連中を食わせるためにシノギを―――藤村組の影響を受けすぎだが、組長たる雷画じいちゃんが、如何に孫が気に入ったとはいえ、あんな明らかに普通じゃない『人間』……刹那の血縁関係が無い祖父の所に通うことを許すだろうか?

 

 きっと嗅ぎ取っていたんではなかろうか、衛宮切嗣という男の人生における血の匂いを……憶測でしか無いけど。

 

 そんな雷画じいちゃんと、各派閥に食い千切られないように踏ん張ってきたウェイバー・ベルベット先生のことを刹那は思い出す。

 

「派閥を持たない私は多くを求めはしませんよ。腹蔵無く言わせてもらえば、妙な憶測は呼びたくはありませんから」

 

 独立独歩でいかせてもらう。その態度は好漢侠客の類だが、一歩間違えば、各勢力から袋叩きにされかねない。

 

 ―――お前は『何処の味方』なんだ?―――

 

 そんな風にも見られかねない。例え大義大志を抱いたとしても、それを良く想うべき人間ばかりではないのだ。

 そういうことを先達たる大人3人は、良く分かっていた……特に軍部から除隊処分を受けた名倉三郎は、危うい少年と想うと同時に……。

 

(上手い渡り方だな……)

 

 派閥抗争の末に軍を追われた名倉からすれば、この少年のようでなくてもそれ相応の頭を回していれば、何とかなったのではないかと想う。

 思わず拳を握って苦笑が出てしまう。

 

「まぁ一つ小さな貸しってことにしといてください。実際、召喚の触媒として見せられた信玄公の軍配を、ウチのお虎が『こんなものが晴信の軍配なわけないでしょうが!!』とか言って叩き折りましたし……いや申し訳ない。お宅の資産をぶっ壊してしまって」

 

 

 景虎ちゃん『激おこ』の顛末を思い出す。

 

 武田信玄、武田晴信を呼び出したかったと告白した黒羽貢に対して、サイコな笑顔で『触媒』を見せるように迫る景虎に、若干怯えながら軍配を見せた貢氏だが……。

 

 上記のようなことがあったわけである。

 

「イミテーションだったんだ。構わないさ。

 息子から聞いたんだが、年月を経た武器や武具、英雄が扱っていたモノは、それだけで魔力を帯びると、ね……真夜さんから『送られた』アレには、確かにそういったものは感じなかったからね」

 

 ティーカップを持つ手が少し震え気味の貢氏。お虎曰く『ミツグ殿は、私の兄上に似ていますね』

 いい評価でないのは確かだった。

 

「アレは真夜から『贈られた』ものだったのか……」

 

 刹那が申し訳無さゆえに出した『痛み分け』の提案に、そこは気にしていないとする貢―――そして最後には、『年下』に嫉妬の念を持つ弘一という構図。

 

 送られた。贈られた。

 

 聞こえ方次第なのだが……。何というか未練がましいものを娘に見せないでほしいものだ。

 

「弘一さんは、何かありますか? アナタの娘2人に怖い思いをさせた負い目が私達にはあるんですから……」

 

「泉美と香澄が襲われたこと自体は、ウチの監督不行き届きもあるからな。ただ少し怒ってはいる……。

 だがこちらに、不実があったのも事実だ。隠せば噂は広がる。洗いざらい話して理解を求めるべきだった……」

 

 腕組みして少しだけ唸るように嘆息する弘一。

 

「その辺りはお父さんの失策よ」

 

「面目ないな、情けない父親で。受験時期にこんな事が起これば、何となく心配かけさせたくない気持ちもあるだろ」

 

 ここぞとばかりに父親を攻める娘。先程のやり取りを不満に感じているのだろう。

 

 それを感じた貢は少しだけ苦笑する。2人の妻を貰っても、その心には未だに―――従姉の姿があるかと。

 

「これ以上は2家で話し合った方がいいでしょうね。ぶっちゃけ―――貢さん。あとは『本家』に『下駄』を預けてしまえばよいのでは?」

 

 少年の『あくま』な言葉の『裏』を読んだ黒羽貢は―――眼を輝かせて、刹那の提案に乗ることにした。

 

「それもそうか。弘一さん―――これ以上は当方では決められない話です。

 あとは、私を東京に送り込んだ本家当主であり私の従姉殿と決めてください」

 

 面白がるよう、黒羽貢は『爆弾』を投げつけてから椅子から立ち上がった。逃げ支度である。

 

「―――なっ!?」

 

 驚きの言葉をあげたのは弘一ではなく真由美であり、言葉の意味するところを良く分かっていた。

 

 つまりは、昔の男女で決めなちゃい(爆)。ということである。

 

「番号ぐらいは分かっていると思いますけれど、まぁこれがナンバーですので、掛けて話してください。しばらくは僕らも東京にいますので、その間に済ませられることならば、こちらにもご連絡を―――」

 

「貢くん……」

 

 感極まるのか、かつての弟分を隻眼で見上げる弘一。

 

 からかわれているのは分かるが、そんな風な理由付けでもなければ、スキな女の子にTEL(古っ)することも出来ない情けない男に対する温情であったのも事実。

 

 だからこそ長女があんぐりと口を開けているにも関わらず、おせっかい焼きのスピードワゴンズはクールに去るのだった……。

 

 

 その後の七草の家でどんな事があったかは知らない。

 

 双子達に関しては、黒羽家が四葉の関係者とは知らずとも、遠方よりやってきた『魔法師の家』をエスコートする。

 

 ―――ぶっちゃけ遊びに出るのだった。事が起こった数日後とはいえ、タフな双子である。

 

 最初は、貢氏から『娘と息子を東京観光によろ』と言われたが、生粋のシティーボーイではない刹那とリーナは即座に司波家と七草家に連絡をして、グループデートじみたものを行うことに。

 

 遊びたいざかりの中学生。いや受験シーズン真っ只中でどうなんだ? と想うも、その手の歓待を行わないでいるのは家の度量が知れるという結論で、泉美と香澄の誘いに刹那・リーナ・達也・深雪も付き合うことになるのだった。

 

 

 追記するならば、まぁ楽しかったことは間違いない。

 

 しかし、泉美が深雪に『べったり』すぎて、深雪は疲労困憊であったことは書いておかなければなるまい―――。

 

 そんなビフォアバレンタインデーの一幕がありつつ、『期日』は迫る―――。

 

 金沢の地では……。

 

「遂に出来ました―――待っていてくださいセルナ! お姉様と一緒にアナタに最高の愛を与えますわ!!」

 

 金髪の乙女が鼓動を上げる……。

 

 

 一高の一室では……。

 

 

『ピピピ―――主動力稼働開始。自律行動モード二移行。命令ヲ、サーチ、サーチ、サーチ。

 ドクター、コノ男ヲ殲滅―――………不合理ナ命令ヲ受諾。コレヨリ、フルアーマー二移行スル。Aランクノ追加武装ヲ―――■■さまは、ワタシが守ります』

 

 古きよきメカメイドの魂を宿した存在が、産声をあげる……。

 

 

 バレンタインの第一幕が開演準備を始める―――。

 

 



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第248話『バレンタインパニックⅠ』

 

 

「……しばらく見ない間にすごい女所帯になったわね……」

「色々ありましたから」

「サムシングありましたので」

 

女子寮『衛宮荘』などと、口さがないものから呼ばれていた頃の実家を思い起こさせる姦しさではあろう。そんな風に刹那は考えてしまう。

 

とはいえ、やってきた女性は、初めてリーナと刹那の家にやってきたのだ、色々と各所から聞いてはいたのだろう。藤林響子の訪問の目的は如何様なものかと、刹那とリーナの座るソファーの後ろにヤクザの用心棒よろしく立っているサーヴァント達。

 

抜け目なく響子の一挙手一投足を見ているそれが、緊張感を齎す。

 

「ヤクザの事務所に案内された気分だわ……」

 

「みんなスティだ」

 

その言葉で座布団に座り、用意されていた煎餅を四人一斉に齧る音が実にシュール。というかリーナも真似して正座せんでもいい。

 

「んで、なにか御用なんですか響子さん? 多分、ここに来る前か後には司波邸に赴く用なんでしょうけど」

 

「達也君の方には外交上のアレコレ。まぁ特に報告することも無かったから、義理チョコ渡しが主だった気もするけど」

 

USNA側から暴露されたマイクロ・ブラックホール実験、それによって出現した異次元存在『プロトデビルン』が、現在の日本を騒がせている事態だとする―――公式発表。

 

プロトデビルンは多くの人間を渡り歩く寄生生命体のようであり、パラサイト・デビルとも言われている云々。

 

ソレに対してコメンテーターは『うんうん』唸る。こんな荒唐無稽な話を丸っと信じられるわけがないとして、専門家である『七草 孝次郎』氏の解説を取り敢えず無視して、魔法師は厄介であるというイデオロギー論に持っていく番組を見ながら、どうなんだろうとは想う。

 

 

「……騒動は段々と隠しきれなくなってきてるわね」

 

「別に俺が望んだわけじゃないんですけど」

 

「それを望まない『老人』たちが嘴を差し出してきた……。次に大きな『変化』があれば、たちまち現在の魔法師勢力に歪みが生じる―――」

 

言葉の意味するところを分からないほど、刹那も無垢ではない。しかし、己の描いた『絵図』の通りにいかないからと、こちらの『作業』に茶々を入れるのはどうかと想う。

 

「とはいえ、少々長引いているのは事実か……」

「マァ勢い込んで出たわりには、結果が出ないものね……」

 

夫婦2人してため息。前回とて『もう少し』だったのだ。それなのに、いきなり『無限回復』『無限物量』というチートな死徒を出された上に―――カレー眼鏡の出現。

 

悩ましい限りだ。叩いたチカラで響く音が変わる鐘楼のようだ。

 

だとしたらば、刹那が動くことは逆効果なのでは……。

 

悩ましい考えを見透かしたように、リーナが刹那の頭を抱えて、抱き寄せてきた。

 

柔らかな感触に、癒やされながらも―――。

 

「もう少し場所と状況を考えて……」

「ムリー♪ そういう陰々滅々(インインメツメツ)としたセツナの考えを消して、戦いに赴かせるのがワタシの役目――♪」

 

それはどうかと想うも、顔が見えないものの響子の引き攣った様子を幻視しつつ、返答する。

 

 

「烈のジイさんや、その『上』に言っておいてください。あえて『選択肢』を狭めたいならば、そちらの召集にも応じる。と」

 

「……分かったわ。本当、アナタほど食えない人間はいないわね」

 

「ロクでなしばかりに囲まれて生きてきたもんで」

 

「リーナの胸に顔をうずめながら皮肉を言われてもねぇ。とりあえず少し早いバレンタイン。義理チョコだけど置いておくから」

 

―――毒が入っているのだろうか?―――

 

―――サゲ○ンのオーラが込められているのか?―――

 

刹那とリーナが、真剣な顔で、失礼千万なことを考えているのを察した響子は、額を抑えながら『アンタ達も不幸になれー!!(泣)』で家から出ていくのだった。

 

 

「ちょっといぢめすぎたかな?」

 

「というかキョーコが、さも親戚の家に様子見に来たと見せかけて、『コレ』だもの」

 

リーナが呆れるように『コレ』と言った後には、『監視用の霊体』が、サーヴァント達によって粉微塵にされた。

 

痛みなどのバックフィードがあったかもしれないが、まぁそれぐらいは勘弁願いたいものだ。

 

 

「―――封印礼装『アクトレスアゲイン』……ほんとうの意味での詳細を聞くのを忘れていたな」

 

「可能性の世界を再現する―――ってことじゃないの?」

 

「シオンの説明も結構漠然としたものなんだよな。確かに『タタリ』=『ワラキアの夜』=『ズェピア・エルトナム・オベローン』という死徒の残滓が、あらゆる可能性を再現する。呼び出されたものが、舞台に上がり全てを完遂するまでは、演目が完了しない―――」

 

本来の『タタリ』とは違うなどと言われても、刹那もダ・ヴィンチも『観測』しただけで、『タタリ』なる死徒と対面したわけではないのだ。

 

何も知らないのと変わらない。限定されたコミュニティで流れる『不安や恐怖』を再現するとか言いながらも、残念ながら成功例がある意味『アルトリア』だけなことが、どうしても妙ちきりんな想いを抱かせる。

 

それだけ情報の拡散が『上手くない』ということでもあるのだろうが、何かがおかしいのだ。

 

 

「……もう一度、バランス辺りに聞いてみるか。何がどうなって、ああいった実験を行ったのかをな」

 

 

とはいえ、ある意味では感謝しなければならない。結局、そのお陰で『家族』が増えたのだから―――。

 

(ただし、こんな大食らいの家族が3人も増えるのは予想外だったかも)

 

「セツナ、茶請けが欲しいです。ズバリ言えばお煎餅が」

 

ズバリ言い過ぎなぐらいに空となった皿を見せてくるオルタに、すぐさま歌舞伎揚げをチャージ。

 

三人が歌舞伎揚げを手にして『ボリボリ』と食らう様子に、少しだけほっこりする。中々の大食漢ぶりで何よりである―――。

 

だが。

 

「オヤジと違って、魔力供給は滞りないはずなんだけどなぁ」

 

「魔力だけでも確かに空腹は抑えられる。だが……俗世の食を知ってしまった以上、どうしようもないのだ。申し訳ないマスター」

 

メイドオルタ、オルタリアよりも年上のラントリアはそんな風に言ってくるが、気にはしない。

 

「まぁ昔のブリテンの食は、どんなものか知っているからな。そこに目くじらを立てることはしないさ」

 

「だが、セツナ、我らの食事と違い、奴ら(死徒)の食事は多くの災禍を齎す。早急に対処しないとマズイぞ」

 

「分かっちゃいるんだが、どうにも―――状況がそれを許さない。どこかに引き込めればいいんだがな」

 

結局、この東京という場所は、かなり魔法戦闘がやり辛いところなのだ。一般人に被害を齎さないようにとなると、その戦闘も規模を縮小せねばならなくなる―――。

 

結果的に力は弱め弱め…となることで相手への敗走を許してしまう。そういう理屈は、彼女自身が良くわかっているだろう。エクスカリバーの振り抜きを相手に真正面からとなれば、諸共に高層ビル群が吹き飛ぶ。

 

卑王ヴォーティガーンを倒すために城塞都市に攻め込んだ彼女と言えども、最初っからエクスカリバーを使ったわけではないのだ。

 

 

「君に相応しい戦場を作るのもマスターとしての役目、か」

「その通りだ。頼んだぞ」

 

歌舞伎揚げを噛み砕く竜の姫の不敵な笑みに応える。色々とあったが『策』はあるのだ。

 

『そこ』でならば、この都内でも思う存分に『超常』の戦いを行えると―――。

 

手元にある『カード』を利用して戦域を作り上げる。

―――それだけなのだ。

 

「さて―――話も一段落したことだ。セツナ、特訓をするぞ」

 

「え゛」

 

「数日前の戦いで分かったことだが、お前は戦闘に慣れはしている。私たちのように人間以上の存在との戦いも相当のものだが―――少々弛んでいる。

もう少しいい援護をしてくれなければ、倒せる敵も倒せん」

 

剣のアルトリア(黒)のとてつもない提案。それに簡単に乗るわけにはいかない。

半人前のオヤジ―――衛宮士郎は、甘っちょろい考えで、セイバー…アルトリア・ペンドラゴンを前に出して、後ろにいることを良しとすることが出来なかった。だから、実家(衛宮邸)に併設されている道場にて、何度も竹刀を用いての剣の特訓を受けていた。

 

だが刹那は違う。少なくとも執行者として恐るべき外法魔導と対峙してきた経験値は、いまだに衰えているものではないはずなのだ。

そういう自負をするも、サーヴァントたちは首を縦には振らない。

 

「確かにそれは分かる。だが、誇りも過ぎれば驕りとなる。この世界のメイガス達と比べて満足しているようでは、鍛え上げた名剣も錆びる一方だ。

それは、マスターが良く分かっていることではないか?」

 

図星―――という訳ではないが、確かに『そういう所』はあったかもしれない。

異常戦闘能力者との戦いの多くで前に出てきた刹那だが、あの頃の自分―――横浜マジックウォーズでの戦いの後に、達也と深雪に見せた記憶映像。

 

それとの差異は理解していた……。

 

 

(俺は―――弱い―――)

 

 

『執行者』、『猟犬』としての『遠坂刹那』は確かに『鈍くなっていた』。

 

「ゆえに我らブリテンの騎士王がアナタを鍛え直す」

 

頼もしい一言を発するオルタリア。

 

「セツナ、大丈夫です。エクターから教えられた武技でアナタを鍛え直した後に―――」

 

安心させる年上スマイルなラントリアに安堵をした上で―――。

 

 

 

「我らアルトリア・オルタズ(一名未加入)が、疲れ切った御主人様を快楽の坩堝に落とすぐらいの夜伽をしてやろう。心配するな。殿方の喜ばせ方は、ちゃんと知っている」

 

 

……色んな意味で命の危険を感じるメイドオルタの言葉に、戦慄を覚える。

 

ふんぞり返ってドヤ顔をする黒騎士王たちに、マズイ思いを抱く。

 

「何一つ安心できない」

「照れるな。リーナでは出来ないようなことも存分にしてやろう」

 

言う度に、リーナの不機嫌は上がっていく。というかこんな風なのが、騎士王アルトリアなのだろうか?

 

「と、冗談はそれぐらいにしといて―――」

「騎士王も冗談を言うんだな……」

「私達は反転しているからな。少々、本来の自分(わたし)の欲求とかに素直なのだ」

 

少々……これで? リーナの不機嫌マックスを宥めつつ、まぁ訓練するのはいいだろうと思えた所に……。

 

「―――こちら遠坂邸、御主人様はご在宅だが、今から夜の交合があるので、明日に来てもらいたい」

 

現代の知識が付与されているからなのか、メイドオルタはインターホンに軽快に出て、そう応えた様子に玄関にいる相手は喚き立てている様子だ。

慌てて、メイドオルタから受話器を引ったくると、相手はエリカとエリカブラザーズ(寿和&修次)であった。

 

曰く―――他流試合をしにきたとのこと。随分と急な訪問だが、予想していなかったわけではない。

 

「どうする?」

 

「構わんさ。マスターのついでだ。軽く揉んでやる」

 

「お手柔らかに頼むよ。俺はオヤジと違って、そこまで身体をいじめる趣味はないんだ」

 

あの人のように『鞘』が埋め込まれているわけではないのだから―――。

無理無茶も程度を考えなければならないのだ。

 

 

浮かれ気分のバレンタインデー。あちこちでピンク色の魔力が飛び交っている様子を幻視しながら、甘ったるい空気に嗚咽を覚えそうになる。

 

「アメリカのバレンタインでは、男が女にランジェリーを送ることもあるそうだけど……刹那くんは、そういうことやった?」

 

「普通に日本の風習に則りましたよ。リーナは不満げな顔でしたけど」

 

食堂にて今日の『戦果』を苦い心地で見ながら、『お返し』をどうしたものかと想う。

 

「卒業式のフェアウェルパーティー……略称『追い出しコンパ』での豪勢な料理で勘弁願うしかないな」

 

「あーちゃん言っていたわよ。フェアウェルパーティーを別々の会場でやらせたくないのに、妙案が無いとか頭を唸らせていたのに」

 

「2科生に親しい友人がいない七草先輩からすれば、そっちの方がいいのでは?」

 

「話の腰を折らない。……ともかく『一言』で解決しちゃうだなんて……」

 

そんな話をするためだけに、カフェに呼び出したんかい。そう言いたくなる七草先輩の言動に、あのことかと想う。

 

延々と他の生徒会が唸る様子に、刹那が出した提案とは―――。

 

『―――別々の会場に、『給仕』とその後の『授与』するの『メンドクサイ』んで、一箇所で同時にやってください』

 

調理主任及びエルメロイ講師(末弟子)の呆気ない一言は、『コロンブスの卵』であった。

その後には、保健所の衛生管理スタッフの手配から諸々が決まっていく。結局、そこでまごついていることが刹那には『アホ』に思えて、そうであるならば、優先すべきは『2科生』であると宣言したからだ。

 

「魔術師の感覚で言えば、『第3階位』級の人間がチラホラ出たのが2科生の方だったんですよ。

この功績に対して『祭礼儀式』を執り行わなければ、俺は先生に申し訳が立たない」

 

「長岡君に幸田さん、桐山君、高瀬さん、などなど―――現代魔法って何なのかしら……?」

 

「私が出せる答えではありません。探しものは見つかりませんから」

 

七草先輩が頬杖を突きながら出した名前は、全員エルメロイレッスン以来1科のラインに入り込んできた2科の3年生たちであり、刹那も請われるままに教えてきた人間。

ウェイバー先生が羨望の想いで自分の生徒の背中を見送ってきた気持ちも、少しだけ分かる。

 

その中の1人だった刹那は、彼の功績を―――偉業を伝えるためにも、英霊となった彼が、いつか征服王イスカンダルの陣容の中に―――仏頂面の講師の姿を見るまでは―――。

 

「まぁ俺はロード・エルメロイII世の覇業を伝えるために、現代魔法に一石を投じただけです。同時に、先生がオケアノスを目指す大王の陣にいるようにしたかっただけなんで」

 

「本当に―――大風呂敷野郎とか罵ってやりたいわよ」

 

「全然、罵倒じゃない。そしてお嬢様がそんな言葉使うもんじゃないですよ」

 

とはいえ刹那の母親もお嬢様だったが、アレな人でもあったので、とんだおまいう案件でもあったのだが。

 

「で、もう行っていいすか?」

 

「まぁ待ちなさい。本命は―――実を言うと―――これを渡すためだったのよ♪ 先程、巡回中の達也君には食べてもらったので、今度はグルメでスーパー料理人たる刹那くんに食べてもらいたいんだけど」

 

丁寧にラッピングされた箱を机の上に差し出してくる七草先輩。ソレに対して笑みを浮かべながら答える。

 

「この通り、多くのチョコを貰ったのに先輩を贔屓して最初にいただいたらば、何とも間尺が悪いんですけど」

 

この通りという言葉で、紙袋に収められた多くのチョコ、名前ありでのチョコレート包の全てを示したのだが、先輩は退かなかった。

 

「たまには私を贔屓しなさいよ! 何かといえば、私をやり込めて、いじめて―――うぉおお! なんだこの後輩!! ファーストコンタクトはワーストコンタクトすぎたことを思い出すわよ!!」

 

重症だな。と、紅茶を口に含んで、頭を抱えて嘆く七草真由美を見ておく刹那。

受験のストレスもあるのかもしれないが……。

 

と、思いつつ、差し出された『宝石チョコレート』の数々、箱の中、フィルムシートの上に丁寧に収められたそれを見るに、随分と手の混んだ『擬装』を施したものだと想う。

 

「さっ―――食べてみて♪」

 

あくまの笑みを浮かべて促す七草真由美に対して、刹那は―――。

 

「あっ、結構イケますね。ジュエルチョコって、俺にとって愛すべき宝石を食べるという背徳感がたまらないんですよ。センスありますねー先輩♪」

 

―――何の苦もなく嚥下していくのだった。もっとも宝石に似せているだけに、本当に背徳感を感じていたのだが。

 

「―――え゛……お、美味しいの?」

 

「ええ。何で作った本人が、そこまで驚いているんですか?」

 

眼を見開いて、ありえないものを見たような様子の先輩に『素知らぬ顔』で問う刹那。そんな刹那とは対称的に、狐につままれたような気分になる真由美。

 

どういうことなのか? まさか真由美の『計略』に気付いた双子が、気を利かせて真由美の作るものを教えていたのか。それともすり替えていたのか?

 

様々な疑惑を覚えつつも、真由美は『一つ』と言ってから、ケースからルビーチョコをいただく。

 

手に取り、これは自分が作ったチョコレートだと確信する

 

眩暈がしそうなカカオともコーヒーともつかぬ臭いが、先程の妹に対する失礼な妄想を許さなかった。

 

だが、何事もないように食べる刹那の様子に『好奇心は猫をも殺す』となった真由美は、口に含み、噛み砕いた瞬間―――舌の上に広がる苦味に戦慄を覚える。

 

これが人が作りしものなのか!? 明らかに人が許容できる苦味を超えている!(自業自得)

 

『この世全ての苦味』と称するに相応しいものであった。カカオ95%にエスプレッソパウダーを加えたことで、フルパワー100%中100%の苦味を真由美に与えていたのだ。

 

「ネタバラシしますが、俺ってば、悪くなった食材……傷んだものを食えるようにする『スパイス・マジック』とでも言うべきものを修めていましてね。まぁ苦味を甘味に『孵る』程度は簡単なわけですよ」

 

「お、おのれ、 (はか)ったな! 遠坂刹那!!」

 

「最初にヒトを(たばか)ったのは先輩の方じゃないですか。まぁ宝石チョコの造形に免じて、少しだけ苦味は抑えておきましたけど」

 

真由美としては、何の力の発露も無いようにしか見えなかった。気楽に手にチョコを取って口に放り込む様子しかなかったのだから、色々と相手が悪いとしか思えなかった。

 

(思い出したけど、刹那くんの両腕の魔術刻印は、様々な魔術を一工程で発動させられるんだったわ……両袖の腕は輝いているんでしょうね!!!)

 

内心でのみ憤慨を果たしてから、リンゴジュースを即座に配膳機から選択して飲み干す真由美に構わず、刹那は嚥下をすべて終えて手を叩く。

 

「ごちそうさまでした。まぁお返しは、追い出しコンパを期待しておいてくださいよ」

 

「そりゃどうもお粗末さまでした……全く、達也君は表情筋の変化もなく口に放るわ。アナタは見えない所でズルイことをして―――……2人に関わったことで、何か私は色々とやられっぱなしで、どうしようもないわよ……」

 

やり返すには『年季』が足りない。そう言ってやるのは、簡単だが―――はっきり言えば、そういうのが合わない性分なのだろう。要は謀略家になりきれない。

 

多分、父親に似ているのだ。そう言えば憤慨するだろうから言わないでおくのだが……。

 

そんな風に、そろそろ退席しようと思い、疲れ切って机に突っ伏した真由美に声を掛けたところに―――。

 

 

盛大なまでの爆音が響く。

 

 

「な、なにごと―――!? 刹那くんが、またなにかしたの!?」

「俺はここにいますけどね」

 

とんだ悪評であると抗議してから、騒動の原因のもとに早駆けのルーンで赴くのだった。

 

そこはロボ研の部室の辺りであると―――辛うじて分かる爆心地の辺りにて、刹那の家には無いが、それなりに裕福な家にはあるホームヘルパータイプのロボット……俗にメイドロボ『ピクシー』が、姿勢良く待機状態にあった。

 

だが―――。

 

「何がどうなってこうなったんだ……達也?」

 

「さぁな―――とはいえ、大丈夫か?ほのか―――」

 

「は、はい。それよりもアレは―――」

 

察するにあのメイドロボが、この惨状を生み出したようだ。

 

幸い(?)にも人的被害は、『すす』で汚れた達也と光井のみであり、だがメイドロボは―――。

 

『ピピピ 殲滅スル ――― ソノ武器ヲ捨テロ』

 

明らかに殺意あふれる言葉で、誰かをターゲッティングして―――緊張に晒される刹那たちに対して――――。

 

 

 

 

エプロンドレスの『スカート』をたくし上げる。

 

 

ぎょっ、とする行動の後には、スカートの下からミサイル(ドクロマーク入り)を発射してくる様は―――。

 

 

「南米に住んでいる殺人メイド(革命ゲリラ)か!?」

「喜んでいる場合か―――!!!」

 

刹那が達也にツッコんだ後には、再びの大きな爆発が一高の校舎を揺るがすのだった。

 

 

 

 

 



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第249話『バレンタインパニックⅡ』

難産でした。

予定ではもう少しピクシーに『はっちゃけ』をさせる予定でしたが、収拾がつかないなぁと思いつつ、こんなオチに。まぁレオと美月の『片鱗』を書けたので、これで一先ずは良かったと思いつつ、久方ぶりの新話どうぞ。


「イタタタタ……あー……手加減された上で筋肉痛だなんて、情けない限りだわ」

「サーヴァント相手に無茶するね」

「―――安全圏に居たならば、掴めるものも掴めないからね」

 

E組の机に突っ伏しながら、ボヤくエリカ。俗に『どうしようもないことに不満を募らせるエリカちゃん状態』となったエリカを一同見ながら、なんとも言えぬ気分だ。

 

「あっ忘れていたけど、ミキ、レオ―――これ義理チョコー」

「すっげぇぞんざいな渡し方だな。まぁ貰うけどよ」

「いいじゃない。どうせ放課後の校門前にはウサミンの姿があるんだからー。一高初の出待ちが行われる男子生徒という名誉をありがたく受けときなさいよ」

 

名誉なんだか不名誉なんだかよく分からないが、それでも逆に出待ちされているかもしれないヴァーチャルアイドル雪兎ヒメの中の人こと「宇佐美 夕姫」が、そんな大胆なことをするだろうかと想う。

 

とはいえ、アホなことに現生徒会メンバーの数名は、金沢の三高よりやってくるかもしれない『稲妻』の動向を気にしているとか何とか。

 

まるで使徒の来襲に備える特務機関のような様子に、何ともアホばっかりかと想う。

 

「実際、どうなのかしらねー?」

「現代の交通事情は昔に比べれば簡便なものだけど、まさか手渡しするためだけに刹那に会いに来る……やりそうだよね……」

「ホントだよな」

 

幹比古とレオの男子2人は、そんな風に納得していて、この後の展開を予想していたのだが―――。

 

「―――ううん?」

「美月? どうしたの?」

 

眼鏡をあげて眼をこする美月の様子に、エリカも机から顔を上げて見る。

 

そして眼―――刹那が言う所の『魔眼』の効果が発動。

 

瞳孔の黒目を少しだけ残して殆どが『銀色』になったことを受けて、4人が警戒をする。

 

その時……。いきなりな端末の震えでレオがその通信に出る。

 

『スマン西城、病み上がりで悪いがヘルプ頼む!!』

 

「何かあったんすね?」

 

端末から聞こえる声は、服部会頭のようだ。映像はノイズだらけで見えない。

 

『ああ、ロボ研のピクシーが、なんと言えばいいのか……『機械の反乱』が起こったんだ。ターミネーターが、シュワちゃんがあああ!!! 機界昇華が始まる!!』

 

完全に錯乱状態の服部会頭の言葉が途切れたあとには、盛大な爆発音が響くのだった。

 

方向としては、部室棟の方だろうか。そう感じた面子が飛び出す。先刻の『アルトリア・パニック』の際の達也と深雪のように、飛行魔法での飛び出しではないが、それなりに疾い動き出しに周囲の眼が向くのは仕方なかった。

 

爆心地たる場所はロボ研だろうか。もうもうと立ち込める煙をかき分けて、たどり着いた面子の前に見えたのは……。

 

 

『ピピピピ 貴女ヲ犯人デス(DEATH)

 

ジェットを噴射して飛んでいるメイドロボが、目からビームを放ちながら、光井ほのかを抱いて逃走する司波達也を追っている絵図であった。

 

「狙いは、ほのかさん?」

「達也を狙っているのか、どうなのか?―――ともあれなんとかするぜ!!!」

「仕切るんじゃないわよ!!」

 

美月の疑問に考える間もなく、自分たちよりも先に来ていた、違う方向から爆心地を見ている刹那と真由美が動き出す。

 

真由美が攻撃の術―――ドライアイスの弾丸を編んで誰よりも速く放ち、幹比古は、飛んでいるメカメイドに対して拘束のための術式を編んでいる。

 

誰もがやることを理解している。本来的には校内でCADを常備していないとはいえ、それでも放課後となっただけに、半ば当然の如くそれらは解禁されていた。

 

先日の『アルトリア・パニック』も、ある種の規定の緩さに繋がっていた。

 

追い回されている達也とほのかは、反撃の糸口を見いだせないようだ。

 

真由美のドライアイス弾が、四方八方からメカメイドを叩こうとするが、メカメイドは周囲に球状のバリアー……薄紫のものを発生させて、ドライアイス弾を無効化する。

 

封殺されたことは予想外だが、次手を打つためにすかさずCADをなぞろうとした真由美に対して、メカメイドは赤い子弾をスカートの裾から解き放つ。

 

赤い子弾―――恐らくフレア弾かチャフのような役目を持っていただろうそれは、恐ろしい『追尾弾』として真由美の周囲数メートルを覆う。

 

回避するには、術式のキャンセルを行わなければならない。物理障壁で耐え抜くことは不可能だ。

 

それを察した―――わけではないだろうが、用意していた術式を解き放つは―――。

 

 

「パンツァー・ルーンブルグ!!!」

 

 

相撲取りの張り手のように、五指を一杯に広げて真由美の方向に向けた西城レオンハルトの術。円状の壁―――いや、盾が真由美を追尾弾の脅威から完全に封じた。

 

展開された積層型の(まほう)の姿に、助けられた真由美は驚く。そんな真由美に構わず状況は動く。

 

攻撃を封じられたことで論理思考に一瞬の隙が出来たことを悟った幹比古が、メカメイドを拘束するべく魔法的な拘束を掛ける。

 

地面から直立して伸びていく鎖が、縦横無尽に伸びていく。

 

「捕縛―――!」

 

身体に食い込む鎖が、メカメイドを衣服ごと動きを止めようとしたのだが。

 

『チェーンソー展開』

 

言葉で全身から回転刃を展開するメカメイド。術の鎖が森林伐採の工具で斬り裂かれる様子は、幹比古にとってショックだった。

 

そのままに上昇をして、こちらの攻撃がそうそう当たらぬ位置に移動をする。

 

『ビーム、ビーム、ビーム』

 

言葉の意味はあるのか。目から放たれるビーム。ブライトバーンないしスーパーマン、サイクロプスのような攻撃が地上を襲う。

 

「空対地攻撃!!!」

 

「これが服部会頭を叩きのめした攻撃か!?」

 

言いながらもレオの防御盾は、それらの攻撃を届かせていなかった。

その様子に何人かは舌を巻く思いばかりに囚われる。

コレほどまでの防御術を複数、そして多面的かつ立体的に構成して防御しきれるとは……。

 

とはいえ、攻勢に転じるには中々に難儀なものを放ってくるメカメイドだけに、防御に集中するのだが、そんなフレアビットを封じきるレオが待つのは―――。

 

最大攻撃力を持つ存在の反撃(リベンジ)があると信じているからだ

 

 

刹那が遅れたのは、その魔術構成がひときわ複雑なものだったからだ。全員が息を呑んだ。

刻印神船。九校戦でその力を見せつけた砲門が、キッチリとメカメイドに照準を合わせて対空砲を放つのだった。

 

幾重にも地面から噴き上がる光柱は、メカメイドの逃げ場を失わせて―――されど機敏に3次元的に動く原因、ジェットスクランダーが、メカメイドの逃走を手助けする。

 

しかし、その逃走は不意に止まる。

 

上空より飛来する光柱。刹那の放った術が反射されてメカメイドを撃ち抜こうとしたのだ。

 

よく見ると上方に『鏡』のような円盤が多数展開されており、それらが刹那の攻撃を反射したようだ。

 

バリアを展開して反射攻撃を防御しようとしたメカメイドだが、魔力の圧が物理的な圧としてバリアを歪ませ―――数瞬後には、ガラスが砕けるかのごとくバリア機能が不全となった。

 

『想定外ノ物理衝撃。『最終自爆機構キカクイチジン』ヲ発動―――タツヤ様、アナタガイル世界二私モ生キテル―――アナタノ眼ハ■■様二似テイル』

 

ジェットを潰されて飛行が不可能となったことで、地上に落着したメカメイドが、不穏当な言葉を発する。その言葉通りにメカメイドが力を充足させていく。

 

「ダメコンが不能になったメカが自爆するのは、ロマンか?」

「んなこと言っている場合!?―――ミキ、拘束しておいて!!」

「今度こそ!!」

 

言葉通り、動きを束縛した幹比古の拘束布。力さえも抑え込もうとする術。だが―――『触れた感覚』から、メカメイドがタタリ・パラサイトの類だと気づき、それでも駆け抜けたエリカの剣がメカメイド―――『ピクシー』の動力……『ムネーモシュネーエンジンがぁあああ!!!』と嘆くようなロボ研の部員+シオンと顧問のダ・ヴィンチ女史の言葉で―――エリカの剣の切っ先に突き刺さる動力源の名称を知り―――。

 

『自爆装置不全。次世代エンジン『ヘルメス』に移行―――』

 

まだ戦う気か!? と全員が瞠目するぐらいに、再び眼に光を灯らせたピクシーだが……。

 

次の瞬間、何かが起きたのか、ありったけの武器を身体から落としていく様子。手を向けている達也がいるからには、達也が何かをしたのだと数名が気づけた。

 

無力化されたピクシー。それは糸が切れたマリオネットのような様子。

 

何かのコントのように次から次へと、どこにこれだけの武器と弾薬を備えていたんだという不条理の後には―――。

 

ピクシーの衣服……エプロンドレスのみだが、それすらも破られて下着姿のメカメイドの姿があった。

 

(そこまで徹底することもなかろうに……)

 

ロボ研の部員の趣味か? と想うも―――その姿になったことで顔を『真っ赤』にしたピクシーは……。

 

 

タツヤ(シキ)様のエロ学派―――!!!!』

 

「ぶごぉあああ!!!!」

 

メカメイド―――否、『メイドロボ』の最終武器『掃除道具』、その中でも古めかしい『竹箒』を手に達也をぶっ飛ばすのだった。

 

往年の王〇治も同然の一本足打法で吹き飛ぶ達也の姿に……。

 

 

「一高の2大魔神の一柱が吹き飛んだ………」

「これぞまさしく―――」

「科学の勝利ね。シオン……」

 

感極まったかのように泣きながら、全員がハイタッチをするロボ研の面々。

完全にスクラムを組むかのような有り様に、何だかなぁと思いながらも、ロボ研の女子部員平河千秋は、ピクシーに替えの衣服を与えるのだった。

 

「流石は我が終生のライバル。アンバーが作り上げた最高傑作!! しかしあれにゃ。お主アンバー的な面もひろいあげてにゃいかー?」

 

青狸のポケットよろしく、その衣服がネコのようなナマモノの口から出していなければ、色々と納得出来たのだが―――。

 

ともあれ―――事態を聞きつけたらしき生徒会の面子に軽く手を上げながら、刹那は色々と吹き飛んだ施設の復旧に取り組むのだった。

 

ある種の現実逃避であるのは、まぁ間違いなかったわけである―――。

 

だって……。

 

「刹那君、なにがどうしてこうなったのか、キッチリと説明してもらえませんか?」

 

「いやー俺は特に何もしていないし、むしろ騒動を収めた側ー。詳しく聞きたければ、アシモフサーキット(ロボット三原則)を軽く無視したメイドロボにぶっ飛ばされたお前の兄貴に聞けー」

 

「お、お兄様ーーー!!!」

 

親指で示すと、瓦礫の中に埋まる達也の元に駆け寄る深雪の姿。

 

それを見ながら、今後のことを考える……魔眼が自動発動。家庭用メイドロボの姿に―――いつぞや手紙を届けたことで、泣かせてしまった双子の片方に似たメイドロボ(?)らしきものを見る。

 

な、何を言っているんだか分からねーとは思うが、降霊術だとか獣性魔術だとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねぇ……。

 

(仮にこれもタタリ・パラサイトだと仮定して、サブカル的(武内・奈須 風)に言えば『メイドロボ』―――専門的に言えばガイノイド、メカメイドなんて開発出来るほどの技術力なんてあっただろうか?)

 

一度だけしか訪れず、一度だけしか会っていない混血の王『遠野』の家―――あとで調べてわかったことだが、遠野グループというのは表経済でも、かなりの勢力を持っているらしく―――。

 

(2020年代ならば、メイドロボぐらい作れるのか……?)

 

そんなもんが家の中にいたり、家の外で吸血鬼たちとズンバラリンしている街―――三咲町……。

 

世界が違えど、相当な地獄にいたのではなかろうかと、少しだけ遠野志貴を見直すのだった。

 

 

「あっ、ピクシーの中にタタリ・パラサイトの霊体が憑いている。しかも、ほのかさんにパターンが似ている」

 

刹那としては断言してほしくなかったとんでもない事実。

 

ほろりと涙を流す一方で、瓦礫の中から出てきた会頭など2年生数名を癒やすレオの姿を『じっ』と見ている七草先輩の姿を見る。

 

「助けてもらっておいてなんだが―――西城、お前なにか七草先輩とあったのか?」

 

「いや、達也とかと違って、そこまで接点が無いはずですけど……」

 

服部の質問に、見られている方も困惑しているのは当然だった。とはいえ、刹那も思い当たる節がないわけではない。

 

だが、この場での騒ぎを大きくするわけにもいかず黙っておくことにした。

 

「「「まふたー、もぐもぐ―――無事か―――!?」」」

 

明らかに遅すぎる登場(チョココロネ嚥下済み)でやってきたアルトリアズに頭を痛めつつ―――。

 

「「オートスコアラー(?)を従えた魔法少女(?)がいるのは、ここか―――!!!???」」

 

やってきたギア奏者(?)に、更に頭を痛めつつ……。

 

 

(まさか―――『彼女』まで来ていないよな……)

 

一高の校門前に行くのが、本当におっかない限りだが、今はタタリ・パラサイトを優先すべきだと思っておくのだった―――。

 

現実逃避と言うなかれ。と、誰ともしれぬ相手に言い訳をしつつ、物語は―――再動をする……。

 

 



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第250話『バレンタインパニックⅢ』

……騒動の全てが終わり、何とか『修復したロボ研の部室』にて、とりあえず落ち着いたらしきメイドロボ(非武装状態)から事情聴取をするのは、五十里先輩が色々と期待をするエンジニアである達也に任せることとなった。

 

達也としては、刹那を利用したかったのだが、ともあれ被害者である達也の事情聴取に、メイドロボは、特に口ごもることもなく返答をしていく。

 

その返答は色々と問題ありすぎたのだが……。

 

『アナタの従僕(サーヴァント)になりたい―――』

 

『英霊のように超絶な力を持っていれば、アナタの隣にいられるのに』

 

『多くの『念』を『あの時』に受けたワタシは―――その心に従って、群体の中から動き出したのです―――』

 

あの時、というのはアルトリアが一高に現れた日だろう。その際に、飛行デバイスで颯爽と『兄妹』二人で騒動の元に駆けつける様子は羨望をもたらし、少しの仲間外れ感を一人の少女に与えていたのだ。

 

「……つまり、タタリ・パラサイトが顕現を果たして、英霊アルトリアになったのとは別口で、お前は無機物に憑依したのか……」

 

問答全てを達也の横で聞きながら、刹那はカードを宙に並べて星を見ておく。

 

どういう意味があるかは達也には分からないだろうが、まぁ『光井ほのかの強い想いを受けてメイドロボに取り憑きました』なんて公開処刑を、達也と同じくマジマジと聞かなくてもいいだろう。

 

そういう『やさしみ』………。

 

だが光井は、色々言いたいのに深雪とエリカに口を塞がれて、嬲るの漢字の通りになっているのだった。

 

なんでさ。

 

とはいえ、タタリ・パラサイト・ピクシー……長いのでTPピクシーとでも、内心でのみ名付けてから、彼女の告白を聞いておく。

 

『私は、(司波達也)に対する彼女(光井ほのか)の特別に強い想念によって覚醒しました』

 

『私は貴方に従属します』

 

『我々は強い想念に引き寄せられ、その想念を核として「自我」を形成します。その後の目的は種々で違います』

 

『貴方に尽くしたい』

 

『貴方の役に立ちたい』

 

……次から次へと出てくる出てくる、光井の深層心理にあった『願い』を吐いてくるTPピクシー。

 

ある種の公開処刑は続いていく。その一方で、達也も掻き出せる情報を掻き出そうと、質問は明朗かつ闊達―――だが、正直無駄な部分もあるような気がする。

 

ともあれ、その矢継ぎ早の質問が光井を動揺させていたとしても、お構いなしなのはどうかと想う。

 

とはいえ、思いっきり竹箒でぶっ叩かれただけに、危険性を出来るだけ除きたいのかもしれない。所詮は希望的観測でしかないのだが。

 

「だが、それならば俺やほのかを攻撃した理由が分からないんだが……」

 

『オリジナルの『光井ほのか』と『いちゃつく』貴方を『見て』から、私の中に『名状しがたき感情』が生まれました―――これは一種の『嫉妬』というものなのでしょう。ドクター・千秋とアルケミスト・シオン―――アーティスト・レオナルドの開発した―――対『魔人司波達也兵装』を用いて―――襲撃を仕掛けました』

 

なんて無軌道な若者的発言。むしゃくしゃしたからやってしまった。後悔はしていない。

 

そんな所か。だが達也としては、ビームだのレーザーだの、ホーミングビットには興味津々。しかも動力源もかなりの小型で高出力。

 

しかし、いま優先すべきはタタリ・パラサイトとしての彼女(?)の在り方だ。問答は続く。

 

「お前『たち』は―――何を為したいと思っているんだ? その目的がいまいち俺たちには見えてこない」

 

ダ・ヴィンチの推理と観測だけでは証拠不十分とした達也の言葉を受けて、TPピクシーは言葉を紡ぐ。

 

『それには、まずタタリ―――ズェピア・エルトナム・オベローンの自動蘇生式が、何故あるのかを説明しなければならない』

 

野次馬やら様々な人間が、少しだけざわつく。エルトナムという名字が出たが、シオンは変わらずだ。ここで無闇に動揺しても意味はない。むしろ疑念を抱かせる。

 

そういう合理的な考えであると察した。

 

『魔術師上がりの死徒ズェピアが、祖の十三位を受け継ぐ際に、第九位『アルトルージュ・ブリュンスタッド』との間に交わした『契約』に端を発する―――』

 

思わぬ人物の登場に、刹那がやっているカードの捌きに乱れが生じるも、話は続く。

 

『死徒二十七祖第九位『死徒の姫君』『血と契約の支配者』アルトルージュ・ブリュンスタッドとの『契約』の内容は、『千年後の朱い月の時まで現象として存在し続ける』というもの―――元々のタタリの駆動式を補強する形で、ズェピアは限定的な『不老不死』へと到達したのです』

 

周囲の人間は意味不明な単語や人物名の連続で混乱しきりだが、TPピクシーの言葉を遮ろうとは想っていないようだ。それ自体には感謝をしておく。

 

「―――………………」

 

口の中が乾ききったのか、唇を開くことが叶わないでいる達也。深雪も素気なく語られた衝撃の事実に、ほのかを抑えることを忘れた。2人の様子の変化に関しては流石に目聡い連中は気付くが、話の腰は折られぬまま、語りは続いた。

 

『ズェピアでありタタリという現象の目的は、『第六法』へと挑むこと。その為に、かつて第十位が滅び、番外位が滅んだ土地―――極東の一都市『三咲市 三咲町』にてタタリを展開……その土地の最強の存在である『真祖の姫君』『白の満月姫』

 

―――アルクェイド・ブリュンスタッド。

 

彼女の身体を構築することで―――再度、『魔法』へと挑もうとした』

 

「―――失敗したのか……?」

 

深雪が気を利かせて、ウォーターサーバーから出した飲料水を口にした達也が短い質問を発する。

 

『はい。真祖の姫が持つ超抜能力、『空想具現化』(マーブルファンタズム)によって『千年後の朱い月』を無理やり呼び出し、その契約内容を強制的に終結させて、タタリは―――『一応』の終結を見せました』

 

一応。

 

その言葉通りならば、まだ続ける余地はあったということか。

 

こちらの疑念を理解したのか、TPピクシーは補足をする。

 

『しかし、完全に滅んだわけではありません。最初の死徒ズェピアが死んだ際に、タタリとなった霊子が膨大すぎたのです。その後もタタリの残滓が、様々な現象を齎していきました―――』

 

「……今のお前たちの目的は何なんだ?」

 

『タタリは他者に依存しなければ(いき)ることが出来ない存在です。それゆえに、簡単に(いきかた)が決まってしまえば『吸血鬼』としての行為(ゆえつ)を行えない。特にここまで『人理』が発展してしまった世界では、如何に魔的な存在から情報を吸い出したとしても、その在り方は決められてしまう―――吸血鬼タタリにはならないのです』

 

先程からチョココロネを食べているアルトリアズに、最後の方で目線を向けたTPピクシー。

 

『それゆえに、今までこの世界のソーサラス・アデプトである魔法師の脳髄から情報を抜き取り、仮宿とすることで存在してきましたが、現在の状態は―――良くも悪くも『自律的』に動き出しそうなのです』

 

「具体的には?」

 

『最強の『素体』を自律的・自発的に構築する。そしてその霊子を利用できるだけの『高位の術者』がいれば、霊子を思い描く形にも出来ます―――』

 

「……ある意味、刹那が英雄アルトリアの様々な姿が顕現するまで待っていれば、それはそれで事態は収まったか……?」

 

霊子全てを消費するチャンスであったのが、数日前のアルトリア・パニックであったのか、と気づく達也だが……。

 

「千載一遇の好機を逃して申し訳ないね」

 

術者である刹那は不機嫌を隠そうともしないのだ。

 

言葉だけでは謝意を伝えながらも、強い口調で言われたことで、かなりの『失言』であると気づいた達也が軽く手を挙げる。

 

「……それじゃ―――『君』は、ほのかの想念、俺を守りたいという想いだけで、ピクシーに取り憑いたのか?」

 

本当に『それ』だけで? という疑念は達也から拭いきれるものではなかったのだろう。再度の確認、羞恥心から顔を真赤にして、いたたまれなくなったのか、明後日の方向を向いている光井に構わず、達也は疑問をぶつけるのだった。

 

それに対して、TPピクシーは、少しだけ姿に『ブレ』を生じさせながらも、ハッキリと応える。

 

『私の意識の過去……かつてドクターアンバーこと巫浄(ふじょう)琥珀(こはく)が、自身の双子の妹 巫浄(ふじょう)翡翠(ひすい)を模して作り上げたガイノイド―――名を『メカヒスイ』と言います。それも一つの発端です』

 

「メカヒスイか………俺は『君』―――『貴方』が想っていた『遠野志貴』とは違うんだが」

 

『ですが、それでも『光井ほのか』(マインダー)の想いが私をタタリの中から覚醒をさせて―――アナタへの守護の意識へと向かわせた。それだけは紛れもない事実です』

 

あくまでも『この気持ち…まさしく愛だッ!』という立場を貫くTPピクシーに対して、達也も若干ながらたじろいでいる。

 

「……刹那、どうすりゃいいと想う?」

「光井的に言えば、自分が達也のサーヴァント(使い魔)になりたいと想った結果だろうが、何とも妙ちきりんな話になったもんだ」

 

頭を抑えてヘルプを求めた達也に対して、カードを選び終わった刹那はそんな感想をもらしながら、カードの角を人差し指で球のように回していた。

 

そして面白がるように口を開く。

 

「―――使い魔としての隠形は難しいだろうが、ある種の契約を結んでおけばいいんじゃないだろうか?」

 

「つまり?」

 

「使い魔契約をしろということだ」

 

その結論を出してほしくなかったらしき達也の、心底の苦い顔を見る。

 

「仮にも吸血鬼の分け身、俺の魔力量と格で自分より高位の存在を従えられるかよ。お前だって4騎ものサーヴァントを運用してキツイんだろ?」

 

「そうでもないな。使い魔との契約ってのは、術者が必ずしも相手より『上』であるという条件でなくてもいいんだ。使い魔が『欲するもの』や、主が『大切にしているもの』を『贄』に捧げることで、上位存在の力を借り受ける。ある種の儀式魔術ってやつだからな―――」

 

言われて、達也としてもどうしたものかと想う。この場で拙速な結論は出せない。

刹那と使い魔たちとの関係だけならば、飲食に関わることだけを十全にしていればとも考えられるが、TPピクシー……前歴『メカヒスイ』なる『別世界』のメイドロボが達也に求めるものとは―――。

 

意を決して問いかける達也。ただ守りたいというだけでは、こちらとしても答えにくいと言うと―――。

 

『ドクター達の尽力で、私にエネルギー補給は多く必要とはしていません。2つの動力炉を動かす『ツインドライヴシステム』を搭載しておりますので、魔力はいりません』

 

その言動をした後にはロボ研メンバーの平河、シオン、ダ・ヴィンチ(ナマモノまでも眼鏡着用)が、ドヤ顔で眼鏡キラーン!とレンズを白く輝かせてくるのだった。

 

達也としては若干ウザいと想いながらも、魂宿るメイドロボの言葉は続く。

 

『ですが、マスターから何かを頂けるならば、やってほしいことがあります』

 

「それは?」

 

メイドロボの意外な要求に、達也は面食らいつつも問い返すと―――。

 

 

『―――SE○です―――』

 

 

……衝撃的な言葉が出た気がした。部屋の中で全員が沈黙する中、騎士王の咀嚼音だけが殊更大きく響く。

 

 

「……プリーズ、ワンス、モア」

 

頭脳明晰な達也にしては、随分と拙い英語発音が出たが、それだけ混乱をしているということなのかもしれない。

 

ともあれ受けてメイドロボは―――。

 

 

『セ○クスです。私にはそういう『機能』が着いているので、不可能ではないはずです。光井ほのかの究極的な要求とはそれであり―――何より巫浄の家系は』

 

「「大却下に決まってるでしょうが! 何、とんでもない野望持ってるんだこのメイドロボは―――!!??」」

 

深雪と光井の怒りのアブソリュート・デュオでメイドロボの言は途中で断たれたが、メイドロボとて一歩も退かない。

 

『馬鹿な! 22世紀を迎えようとしている時代ともなれば、メイドロボと人間が結ばれるなんてことは常識となっているだろう昨今で、何を怒られることがあるというのですか!?』

 

「「そんな道ならぬ恋が当然の『昨今』は到来していないんですよ!!! 」」

 

喧々囂々の言い争い。メイドロボにガチギレする美少女2人の様子に全員が何も言えない。

 

「……止めなくてイイの?」

 

「俺が何を言えるってんだか、ともあれサーヴァントクラスに収めるならば、出たカードはあるんだがな……」

 

「マッタク仲裁には使えないわネ」

 

「言わないでくれよ」

 

横に来たリーナからのジト目での言葉に頭を掻きながら、不機嫌の理由を察する。察したからこそ―――。

 

 

 

―――生身のくせに生意気な!『人間狩り』(機械伯爵)で剥製にして暖炉の上に飾ってくれる!! ―――

 

―――迷惑千万な『苦悩回路』(ロックマンX)を取り外して、アシモフサーキットをつけてくれる!!―――

 

繰り広げられる惨状に沈黙。

 

そして―――。

 

「―――逃げるか」

「理解してくれて嬉しいわ。マイダーリン♪」

 

もう俺では止められないことを察して、リーナの手を取り修羅場からの逃走を図ることにしたのだった……。

 

例え、達也が大声で『待たんかコラーーー!!!』などと、キャラに合わない叫びをあげていたとしても、それを振り切ってでも……。

 

俺たちは走り始める。長い、長い校外までの道を。

 

 

……そこに例え出待ちをする知り合いの女子がいたとしてもである。

 

 

 



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第251話『バレンタインパニックⅣ』

最終巻、出ましたねー。

ですが、まだ読めていません。ただ聞こえてくる限りでは―――何となく賛否両論―――どちらかといえば私の周りでは否が多めな感じも。

からくりサーカス並みに風呂敷広げたから、やっぱり畳むとなると―――。

うん。佐島氏は、藤田先生のようにはなれなかったのである。


「ったく騒がしいものだな。魔法科高校とは」

 

「まぁまぁ神田先生。今日は『パーティー』があるのですから、そう気を立てないでおくべきでしょう」

 

言われて、『今日の予定』を思い出した神田という代議士は、にやにやと笑いながら今日のホテルでのパーティーを想像してから、『それもそうだな』と『秘書』である男を宥める。

 

「支持者の方々は、私が魔法師というものと対決する『絵』がみたいのだからな。まぁ遠坂とかいう小僧と接見出来なかったのは、残念だが……」

 

現在、都内を騒がせている吸血鬼騒ぎ。それに伴う魔法戦闘だろうものの続発は、大きく取り上げれば、支持者の受けはよろしい。

 

マスコミ―――最初は昔懐かしい『スポーツ新聞』系の、有り体に言えば下世話な大衆新聞(ゴシップ)にて、陰謀論などを書き立てればいいだけだ。

 

もちろん、神田としては魔法師と『全面対決』をすることで国の主導権を取り合う……などという思いはない。

 

要は『バランス』なのだ。

 

適度に魔法師の在り方に対してネガキャンを行い、その一方で『その程度』に収めておくことで、魔法師側に対する批判を『抑えた』という『蓋』の役目で魔法師側に恩を売る。

 

俗物根性ではあると自覚はしている。だが、政治など妥協と折衝の連続だ。

 

青臭い理想論など掲げても、絵に描いた餅では誰一人として腹はふくれんのだ。

 

「ともあれセッティングは任せた。来場者の録画録音機器のチェックは密にしておけよ。魔法師に保守的なメディアから突き上げられたくはないからな」

 

「分かりました」

 

恭しく一礼をして、議場へと向かう神田を見送る秘書は、その姿が全て見えなくなると同時に―――『一報』を入れる。

 

「閣下、『エサ』は用意出来ました。運び通りならば、今夜―――『混沌』は現れましょう」

 

『ご苦労だった。手筈通りにタイミングを謀ってこちらに合流しろ。場合によっては、『逃走』が得意なものを送ろう』

 

御意と一言を言ってから通話は途切れる。自分の本当の主である男に報告を終えると、W・P・神田という男の為に奔走するのだった。

 

その変節ぶりを見ているものがいれば、いっそ見事というほかない変わり身であることは追記しておく。

 

 

 

「逃げ出してきたはいいが……」

「校門前が完全にアナザーディメンション! 見た顔がいっぱいいるワー」

 

効果音に『ドドドドド』『ゴゴゴゴゴ』などと、新たなスタンド能力者が出てくる前触れにしか思えないものが、見えて、聞こえているかのようだ。

 

顔見知りがお互いに牽制し合うとまではいかずとも、バチバチと火花を散らす様子に、どうしたものかと想う。

 

(愛梨はともかくとして沓子と宇佐美が完全に睨み合っているかぁ……)

 

出待ちをする中に、明らかに遠方の高校の人間がいるのはどうかと想う。如何に授業終わりと同時に高速輸送システムを利用しても、この時間に校門前は有り得ない。

 

(その女意気に答えたいところだが……)

 

左腕を引っ掴むリーナを相手にしてはどうしようもない。

しかし、校門以外から出るというのは、何というかアレな気分だ。

 

悪いことをしている気分になる。いや、実際その通りではあるのだが。

 

髪型をポニーテールにして物憂げな表情をしているところに悪いが……。

 

エクレールからは逃げられそうにない……。

 

愛梨の他にも、『誰狙い』なのかは分からないが双子がやってきたり、宇佐美の様子を見に来たのか、ラ・フォンのJK―――響と千鍵がやってきたり―――。

 

(いつまでもここにいると、アイドルの出待ちみたいになるわよ!!)

 

もはや覚悟を決めて出るしかないか、もしくはパレードで変装をするか―――。

 

「よし、変装せずに、真正面から堂々と出るぞ!」

 

「マァ、なんか簡単に見破りそうだもんね―――」

 

特に日比乃ひびき(ビッキー)の眼は良すぎる。おそらくだが彼女のような存在はあちこちの世界にいる。

 

―――アーネンエルベは遍在する。どこにでもいるし、どこにでもいない―――

 

そう言える『魔法使いの匣』なのだから、その店員もまともなわけがないのである。

 

嘆息気味に出した結論。だが、ここで恐るべき提案がなされる。

 

「それならば、ポケットの中での手繋ぎプリーズ!」

 

冬のカップルの定番。恋人つなぎの一つ。10月の横浜にて衆目の中でやったせいなのか、一時期は若者のトレンドにもなったことを……。

 

(このバレンタインデーにやれというのか!?)

 

何で火に油を注ぐようなことをしちゃうのだろうか。そう想いながらも、それを「まぁいいだろう」と思ってしまうのは惚れた弱みというやつなのかもしれない。

 

そう考えていたことが甘くて―――。

 

リーナがイタズラな笑みを浮かべると、背後に回る。

 

そして―――恐るべき『列車』が、一高の校門を出るのだった。

 

 

魔法大学付属第一高校。一般的な世間様の呼び名では魔法大学付属と呼ばれる高校の校門前に、ここまで他校の美少女たちが詰めかけるなど、はっきりいって異常事態であった。

 

もちろん、制服から同じ付属でありながらも土地が違うと気付ける人間もいるのだが、そんなことは今のこの場ではなんの意味もない。

 

お互いの恋バナに話題を咲かせたり、いがみ合ったり、牽制したり、傍観したり……校門前が完全に魔境と化していたことを理解できたものは少ない。

 

「サプライズ演出で一言も連絡していなかったのは、少々拙速だったかしら……?」

 

麗しき顔を少しだけ悲しげにしながら頬に手を当てる美少女の姿に、遠間にいた男子たちは、そのため息に当てられたかのように、顔を赤くする。

 

「ううむ。レオンのやつも出てこないし、金沢からやってきた甲斐がない!!」

 

「待つこともいい女の条件。トーコちゃんみたいなお子ちゃまでは、レオは射止めきれない」

 

「ならば待とう!!」

 

宇佐美の言葉に即座に返す沓子の様子に、金沢は三高の面子は苦笑い。

 

三高とラ・フオンティーヌのJKたちが揃い踏み。しかも全員がそんじょそこらの学生モデルなど安っぽく見えるほどのものがあるのだ。

 

約一名は……バーチャルアイドルで、最近ではナマでの仕事も増えて『銀河の妖精』よろしくなのだが。

ともあれ、そんな集団の目的は大方の一高生にとってわかり易すぎた。

 

だから―――。

 

「さぁレッツ&ゴー! ワタシとセツナのミラクル☆トレインは、大江戸を走り抜けるのよ!!」

 

「待て待て待て! 何でこのカタチだー!!??」

 

「メカメイドの真摯な想い……種族の違いも超越して、『無機物』と『有機物』の間でも『愛』を発生させようという意思(エモーション)に当てられちゃいました☆」

 

 

目の前(距離としては結構離れている)を通り過ぎようとした『列車』に思わず一瞬だけ呆然としていた。

 

日本だけでなく世界の魔法師たちが注目している遠坂刹那。ある人はロード・トオサカなどと呼んでいることもある御仁の背後に回り込んでいたのは、同じく世界が注目するブルーサファイア、アンジェリーナ・シールズである。

 

そんな彼女が、背後に回り込んで何をやっていたかと言えば、刹那の真っ赤なコート(洒落たもの)の両方のポケットに腕を入れていた。

 

左右のポケットの中に収められた刹那の手を中で、ぎゅっ、と強く握りしめてきているのだ。

 

「あれは恋人繋ぎの究極系。Choo Choo TRAIN!柔らかな身体を押し付けつつ、手を強く握り合うことで最大級の愛を伝えるアルティメットフォーム!!」

 

いきなり横から声を掛けられたからか、びっくりする2人。十七夜 栞の拳を握っての力説を聞いたリーナは―――

 

「イイエ、違うわよシオリ。これは世界全土を駆け抜ける魔性と愛情の魔術列車―――魔眼蒐集列車『レールツェッペリン』よ! 」

 

言うや否や完全に、連結するように背中に密着するリーナ。

 

何かまた『大きく』なったなと感じる刹那としては―――。

 

「後部連結は無理でも先頭車両への連結は可能です!! セルナの胸板は、私のものです!!」

 

「俺の身体は俺だけのものですが!? というか金沢から来て早速これかよ!?」

 

前後から金髪の美少女に挟まれて―――ハッキリ言えば、嬉しさ100倍ではあるが、のちのあれやこれやが怖くなること間違いない状況ではある。

 

「ともあれ、まぁ久しぶり愛梨―――、正月三が日は悪かったな。1月4日はリーナの誕生日だから、流石にその日まではUSNAに居なきゃな」

 

「その際のやり取りは、スゴく不満でした! アンジェリーナにすごいイジワルされました!!」

 

あっちを立てれば、こっちが立たず。何とも言えぬ状況ではある。

 

「愛梨、刹那くんに会いに来たのは、アンジェリーナさんといがみ合うためじゃないでしょ? 久しぶり」

 

「どうも、お互い元気そうで何よりだ」

 

軽く手を上げた栞の取りなしで離れる愛梨。同時に、リーナも取り敢えず離れてくれた。

 

「何となく要件は察せられるけど、ああその前に沓子、宇佐美―――レオならばもう少しかかる。ステイだ」

 

栞を遮り、いまにも食って掛からんとする両極端な2人にストップを掛けた。

 

何とか落ち着いたところで、栞曰く―――。

 

「はい。本命に近い義理チョコ。今年は色々とお世話になったからね。感謝の気持を込めてるよ」

 

「ありがとう。大切に食べさせてもらうよ」

 

「日持ちするようにはしているけど、早めに食べてもらえると嬉しいかな。もちろん、一人で食べ切れなんて無茶振りはしないから♪」

 

やばい。いい子すぎて、ちょっとばかり心が揺れ動く。

 

とはいえ、そう来ると―――。

 

「はい。遠坂さんにも義理チョコ」

「勘違いしてはならんぞ?」

 

宇佐美と沓子のからかうような笑顔からの義理チョコ渡しに『Thank you』と返してレオはまだかよ。と想う。

そうしてから、エクレール……稲妻の異名を持つ少女は、その字とは違い、ゴロゴロならぬモジモジしていた。

 

一色愛梨という華に焦がれる男が多いというのに、自分が彼女を焦らしているという事実に申し訳無さを抱く。

 

「ご用件は、エクレール・エトワール?」

 

「もうっ!! そういう言い方―――大好きです……。そしてこれが『私の気持ち』です。受け取ってくださいセルナ!!」

 

「ありがとう愛梨。けれど―――その為だけに金沢から来たのか?」

 

「そうです!! 千鶴校長との血で血を洗う戦いに勝利した上で、午前授業の『公欠』を勝ち取り―――こうして11月以来、3ヶ月ぶりにセルナに会えました……」

 

流石は己の意思は腕力で押し通せの三高。考え方が、あまりにも力づくすぎる。

 

そして何より……。

 

「自然と胸板に身体を預けないでくれよ」

「イヤですか?」

「ソコはワタシの指定席(リザーブ)!」

 

その為だけに東京まで来たことを嬉しがるべきか、どうなのか……。

 

「とりあえず開けてみてください。七草さんも『同じチョコ』を作っていたそうですが、私のは自信作ですよ」

 

香澄と泉美が教えただろうその情報どおりに、豪奢な包みを開けて見ると、そこには宝石チョコが形よく置かれていた。

 

「おおっ、凄い造形美♪」

 

「お姉様のジュエルチョコは完全に嫌がらせでしたが、一色先輩のは全然違いますね」

 

そりゃあんな苦味の塊なんざ嫌がらせ以外の何だというのだ。

ひょいっとここぞとばかりに覗き見のごとく顔を見せてきた双子に無言で答える。そうして手を胸の前で組んでこちらを見つめる愛梨の姿に―――。

 

「いただくよ―――普通に美味しいな……」

 

「色々と試行錯誤しましたので♪」

 

恥ずかしがるように眼を伏せて、赤くなった頬に手をやる愛梨。正直、あの七草チョコの苦味は抑えて『変えて』いたとはいえ、全てが変換できていたわけではないのだ。

 

だから、純粋に舌に感じる甘味に喜色を出していたところに―――。

 

ドドドドド! と研究所のケンタロスの群れ。カロスリーグ準優勝、アローラリーグ初代チャンピオンをゲットした如き勢いで、一高側から多くの人間たちがやってきた。

 

土煙を上げてやってきたケンタロスの群れならぬ、魔法師とメイドロボの混合集団。

 

メイドロボは再びジェットスクランダーじみたもので空中を飛んで、先頭を走る達也に深雪と同じく並走している。

深雪もメイドロボに負けじと速度を上げている様子に……。

 

「エスケープは悪手だったか」

 

「いつかのグラデュエーション(卒業式)(?)ではタツヤもやっていそうなんだけどね」

 

メタな未来視をしたリーナのつぶやき。しかし、その民族大移動の中に見知った顔を見た一部が顔を輝かせるも、大方はビックリした顔をしていた。

 

「レティシア!?」

「アイリス 久しぶりですねー! そこの赤コートと青コートを逃さないように拘束しておいてくださーい!!」

 

意外な知人関係が知れたが、ともあれ逃げるは恥だが役に立つという状況でないことに諦めを着けて……。

 

「チカとビッキーがここにいるってことは、『エルベ』は休店か?」

 

「ううん。今日はジョージ店長が先に入っているからね。私達はそこまで急ぎでなくてもいいんだ」

 

普通は学生アルバイトが出勤するまでは店長が店を開いておくべきなのではないかと想うも、喫茶店と言っても半分は『道楽』と『場所の提供』程度でしかないのだから、余計なお世話だった。

 

「来るの?」

 

日比乃ひびきとの会話に入る千鍵に苦笑しながら伝える。

 

「悪い、大人数を捌かせることになるかもしれない。手が足りないならば、無給でいいんで俺も手伝うよ」

 

「そういう訳にいくかっ、まぁどうしてもってんならば、そんときは頼む」

 

気楽に背中を叩きながら眼前にチョコを持ってきた千鍵に『ありがとよ』と返す。

 

「チカちゃんのあとで何だけど私からも、チョコじゃなくてモンブランケーキなんだけどね」

 

「気配り出来る女の子ってポイント高いよな」

 

そうして、夕日の中を強烈な形相で駆けてくる一団を、やんわりとアーネンエルベに連れていけるかどうかを考えるのだった。 

 

いや、本当に。不安しかないのだ。

 

 



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第252話『バレンタインパニックⅤ』

OKSGさん(もしくはAYSGさん)の、あのノリを俺はコピーできなかった。

きのこを半端にラーニング出来ても、あれは無理である。そしてキシオの怪演あってこそ映えるのだと気づく。

何のことかは分からないでしょうが、最後まで読むと分かります。ズバリ言えば、スタママのエンディングあとの『アレ』みたいなもの。

読んでいただければ幸いです。

ついでに言えばマンキンの葉をひよっちさんがやるみたいで―――まぁ佐藤ゆうこさんも悪くはないが、今は無理かぁ(苦笑)


 

 

「やぁいらっしゃい皆―――、お初の方も見えるけど、ようこそアーネンエルベに」

「どうもお久しぶりです。ジョージ店長」

 

 

 ドアベルが軽快な音を立てながら迎え入れた若造たちの顔に、全体的にはコワモテながらも好漢を感じさせる店長の笑顔が見えた。

 

 

「ご注文は? ―――ひびき君ありがとう」

「いえいえ、道中で聞いておいただけですので、お構いなく」

 

 

 ビッキーが店長に昔懐かしのハンドターミナルじみたものを渡す様子を見ながら、『いつも』の定位置に着席をする。

 

 

「にしてもとんでもない数だな……」

 

 レオとて、何やかんやと十の位が『3』である数を貰っていたのだが、それを超えた紙袋を見て、汗をかく様子に苦笑を浮かべる。

 

「予想していなかったわけではないんだけどな。いまから虫歯を予防しなければいけない」

「流石は、魔法科高校の跡部様」

 

 

 変声期を迎えたとはいえ、自分の声質が父に似る気配は一向にない。むしろ跡部様みたいな声は十文字先輩だろうに。

 エリカのからかいの声と刹那の内心に反応した七草真由美が深く頷く。

 

 

「確かに克人くんの声はアトベ様に似ているわよね。本人は、鬼十次郎みたいなコワモテだけど」

「彼氏に対する評価が辛い人だな」

「褒めてるのよ! そんな克人くん絡みで聞きたいことが 私はあるのよ!!」

 

 

 連れてきた面子の中では、最年長(戸籍上)たる真由美の勢い良い言葉で向けられた視線はレオを射抜く。

 

 

「西城くん。アナタがあの時に展開した魔法盾(シールド)って、十文字家のファランクスよね?」

「まぁそうでしょうね。本家本元とは違いますが、ノウハウを教えてもらいましたから―――教えたのは十文字先輩じゃないですけど」

 

「誰に?」

「妹さんと弟さん―――年下に教導をされるのは新鮮でしたけど」

 

 

 レオのそんな説明に何人かの耳目を引いたが、ここには非魔法師もいるわけで、その説明をしなければならない。

 

 

「ファランクス?」

 

 一番に疑問を呈したのは宇佐美であった。

 

「大雑把に言ってしまえば移動型の結界だ。あれだな。現代の二重三重四重ものセキュリティロックの末に、重要書類などが収められている部屋に入れるとか、そういうもの」

 

「ふむふむ。そのセキュリティロックは当然―――」

 

「そうそう簡単に外れるものじゃない。外すのも面倒なものだ。ファランクスという名称は、古代ギリシャで有名な槍衾による多段長槍部隊の突撃陣形からも来ている」

 

 

 宇佐美の疑問の言葉で刹那は分かりやすく、エーテルを透すことで変化する粘土のようなものを机に置いて、形状を変化させることで説明をした。

 

 ミニチュア克人氏の周囲に年輪のように周円を刻むドームを見せたことで何人かは気づく。

 

 

「特に先程の説明に出てきていた十文字氏―――文化祭で魔女っ子メグちゃんやフェロ☆メンを歌っていた人は、多段多層のセキュリティを展開出来る人なんだよ」

 

 思い出したかのように『ああ』と声を上げるラ・フォンの女子たち―――エルベの制服に着替えたひびちかと宇佐美が、誰であるかを思い出す

 

 

「ちなみに普通の魔法師ってのは、そういうこと出来るものなの?」

 

 その言葉が出た後には、魔術師 遠坂刹那の言葉は無くなり、他からの言葉を待つ。

 

 

「一枚の壁―――専門用語では『障壁』を張る程度ならば、ナンナク……多層展開するほどのキャパシティは、殆どの魔法師はデキないのよ」

 

「専門的なことはあれこれ言えるが、銃弾を防御する魔法よりも、『魔法を防御する魔法』を展開できる方が、スゴイ魔法師なんだ。宇佐美、お前の彼氏はスゴイ魔法師になったんだよ」

 

 リーナの分かりやすい説明に、補足するように達也が言葉を足してくる。

 

 

「いやー照れるなー……我が事じゃないけど」

 

 そんなカレシ(?)を『褒めちぎる』言葉に、朱い顔をしてレオの腕に巻きつく宇佐美夕姫。沓子作のチョコクッキーを食べていただけに対抗心を燃やして……。

 

 

「レオン、アーンしてくりゃれ? 先程まで酷使しただろう腕を、わしが癒やしてやろう♪」

 

 両腕を取られて、嬉しさよりも恥ずかしさが先立つのか、レオも朱い顔をして「どうも」とだけ言うのが精一杯だった。

 

 

「リーナ、アイリ、分かったかい? 君等がああいうことをした際の俺が今のレオだよ」

 

『『嬉しくないの?』』

『『嬉しいわよね(じゃろ)ー?』』

 

 身近な例で、2人を諭そうと思ってレオを窮地に陥らせたことは完全に失敗であった。

 

 怖い笑顔で刹那に詰め寄る金の悪魔2人。同じように怖い笑顔で両側から睨まれるレオに申し訳ない想いでーーー。

 

 

「結局、七草先輩が聞きたいのは、どうして十文字家の術をレオが学べたかってことですよね。単純に言えば、俺が克人先輩の父親である和樹師との間で『取り引き』をしたわけです」

 

 逃げたな、という周囲の無言での言葉を少し無視しながら話を戻したが―――話を振られた真由美も、それに乗っかることにしておいた。

 でないと、話が進まないのだから。

 

 

「まぁそこよね。取り引きの内容は?」

 

「詳細は教えられませんが、師傅の『個人的な依頼』をこなす代わりに、レオに『ファランクス』の手解きをお願いしたいということでしたから。最初は克人先輩も、個人的に教えたい想いで前のめりだったようですが」

 

「古臭い言い方だけど『家伝』だもの、簡単にはいかないわよ」

 

「ご尤も」

 

 

 真由美の納得したような顔と嘆息気味の返答で、あとはレオに『その手の適正』があったということで、ソレ以上の追求はなかった。

 

 しかし―――。

 

「タツキくんとカズちゃんが言っていた面白い相手ってのは西城先輩だったんだ。確かに肉厚な所が克人さんには似通っているか」

 

「肉体的な資質で魔法の資質があるとは限らねぇだろ?」

 

「何にせよ、西城先輩を鍛えることで二人もどうやら高まっていたみたいですからね。一手試合たいものです」

 

 七草の双子の好戦的な笑みに、レオも辟易というほどでなくても、少しアレな気分なのだろう。

 

 因みに香澄が『十文字和美』のことをカズちゃんと微妙に男の子の名前っぽく言うのは、自分の名前と字面が似ているからだろう。

 

 

「科学的な見地に基づかない、北欧の魔術基盤ルーン文字を用いた西城レオンハルトの新たな魔法様式ってやつなんで、これ以上のツッコミは勘弁を」

 

 そう言って手を挙げる刹那に対して達也が考えるに、ルーンと言えば北欧もしくは『ドイツ』のトゥーレ協会だ。

 レオの素性はすでに達也も内密に手に入れており、その出自を知らないわけではない。ゆえに、そこから適したものを作り上げたわけだと気づけた。

 

(よく考えれば、レオの構成する巨人体もルーンの連結体による義骸だ)

 

 もしや、レオ自身気づいていないかもしれないが、こいつのポテンシャルは高いのかもしれない。

 

(もっとも―――そんな『事実』は、両腕に引っ付く華 二輪には関係ないだろう……)

 

 

「まぁそう言われたらね。何も言えないわ……」

 

 その言葉で真由美の追求は止みとなる。そしてこれ以上の追求は、『一応の一般人』である宇佐美や桂木、日比乃の前では出来ない。

 

 死徒二十七祖、ズェピア・エルトナム・オベローン、アルトルージュ・ブリュンスタッド、朱い月、空想具現化(マーブルファンタズム)……第六法。

 

 巫浄 琥珀。

 巫浄 翡翠。

 

 ……遠野志貴。

 

 真祖の姫―――アルクェイド・ブリュンスタッド―――

 

 一部の単語は真由美も聞いていたが、あまりにも『聞き覚えのない単語』の連続に頭が混乱していたのと―――。

 

 

『俺は『君』―――『貴方』が想っていた『遠野志貴』とは違うんだが』

 

 並行世界からやってきた存在の人間関係に関して、なぜ司波達也は、『明朗なこと』を言えたのか。

 

 そういう疑問が真由美に渦巻いた。もしかしたらばダ・ヴィンチや刹那と同じく、どっかで何かを使って『観測』を果たしたのかも知れないが……。

 

 もっと直接的な考えが思い浮かぶ。

 

 

(もしかして、『どちらか』が―――パラレルワールドの人間ということなの?)

 

 

 最有力は刹那だが、そもそも達也も四葉の魔法師という触れ込みの割には、その能力値や系統が『四葉』らしくない。

 考えるほどにドツボにはまりそうな思考を浮かべながら、二人の男子を睨むように見る真由美の視線に双子は勘付き……。

 

(お姉ちゃんってば、克人さんと付き合っているのに、そんな熱い視線で後輩二人をみつめて……)

 

(多分、香澄ちゃんが考えているようなことではないと想いますけどね)

 

 双子で違う考えを持っていたのだが、追求するには色々と間尺が合わない。

 それは、この喫茶店に入った時点で気づいていたのだが……。

 

「ところでアイリとレティシアは、どんな関係なんだ?」

 

「簡単に言えば親戚ですね。レティの母親と私のお母様が、イトコ―――ハトコに当たる風な感じですね」

 

「日本の魔法師制度ゆえとはいえ、直接会うことも少なくなりましたから」

 

 案外、世界は広いが世間は狭いものだ。そんなことは自分たちの界隈では当たり前の認識だったのだが……。

 

 そんなこんなできゃぴきゃぴした会話が続いたり、四方山話をしたりと騒がしい中、その中から抜け出した愛梨が刹那だけに聞こえる声で問いかける。

 

「ところでセルナ―――昨今のTOKYOは、随分(・・)と騒がしいようですね?」

 

「結論だけ述べさせてもらうが、一枚噛もうとしたところで、噛みつき返されるだけだぞ。この件には関わるな。俺とて―――どうなるか分からないんだから」

 

 即答するも不満顔だけが残る。金沢から来た理由は、これもあったのだと―――少しだけ『安心』する。

 

 ―――決着を着ける時は来たようだ―――。

 

 血なまぐさい話をするには、色々と『知らない人』も居た中では出来ずに、一部の人間にはいろいろな不満が溜まっただろうが……。

 

 ☆

 ☆

 ☆

 

「達也くん、分かっているんでしょうね?」

 

「ああ、刹那にしてやられたな。けど知ろうとしなくていいこともあるだろ。宇佐美がいるところで血なまぐさい話をしなくてもいいじゃないか」

 

「そりゃそうだけどさ……」

 

 達也の取りなしの言葉に対して『むっすー』という不機嫌を隠さないエリカだが、そこは弁えている。

 

 アーネンエルベを出て少し歩いている中、一番目立つ集団から逸れて後ろにいた達也とエリカは、そんな剣呑な会話から入る。

 

(まぁ俺も若干、口を滑らせたからな。『遠野志貴』の名前は出すべきではなかったか……)

 

 先程の険しい視線を向けてきた七草真由美を思い出す。

 

 もっともエリカの不機嫌の原因は、宇佐美と四十九院に構われているレオにもあるのだろう。

 

 一応、入院していた時に看病もやっていたというのに、チョコだってあげたのに―――。

 そういう『不満』を察していてもレオに女の子女の子して『甘える』ことが出来ない面倒くささが垣間見えるのだった。

 

 そんな風にしていると―――。

 

 

「ごめ―ん!! 刹那くんストップ―――!!! 『忘れ物』あるから、戻って―――!!」

 

 とんでもないスピードでアーネンエルベから出てきた『日比乃ひびき』が、刹那だけにアーネンエルベにカムバックしろと言ってくるのだった。

 

「―――すまん、先に行っといてくれ。少し『時間』がかかりそうだ」

 

「……仔細は教えてくれない?」

 

「―――場合によりけりだ」

 

 達也の問いかけに答えながら戻る刹那の後ろ姿を、最後まで見送る。

 

 神秘を秘匿するのが魔術師の当たり前だが―――。

 

(それが友人に対しての秘密事にも直結するから、アイツは真正の魔術師じゃないんだな)

 

 ―――そんな納得をした達也とは違い、ひびきによって再びアーネンエルベに入店した刹那は―――明らかに雰囲気を(たが)えた店内に入り……千鍵もジョージ店長もいない無人の店内。

 

 カウンター席にあった『レトロな携帯電話』。刹那の感覚でも骨董品といえる携帯電話が無造作に置かれているのを見て、そこに向かって歩を進める。

 

 不意に電子音を甲高く鳴り響かせる携帯電話。バイブレーション機能もあるようで、カウンターから落ちる前に着席。取り決め通りのごとく通話ボタンを押してから耳に当てる。

 

「もしもし?」

 

 問いかけ―――。そして。

 

『キミにとっては初めて(・・・)じゃあないかもしれないが、初めまして小さな魔宝使いさん。ボクにとっては初対面なんだ。いや、申し訳ないね』

 

 聞こえてきた声に汗を流さざるをえない。魔法使いに近いとされる死徒の声に上擦らないようにせねば、『飲み込まれる』……そういう予感があるのだ。

 

「お構いなく。貴方ほどの魔術師となれば、私も礼節は弁えております。お言葉をいただけることありがたく想う」

 

『こそばゆいね。ボクの同胞をさんざっぱら殺してくれたキミならば、この『こそばゆい言葉』だけでも殺されそうだよ』

 

「お戯れを。『後ろ』に控えているものは、アナタの『最高傑作』―――アナタの力の総量ではありませんか」

 

 傍から聞いているものがいれば、何のことかはわかるまい。

 同時に、後ろの『日比乃ひびき』という少女が『違う姿』になっていることを何となく認識する。

 

『持ち上げてくれるものだ。我が『思想の終着』『世界に唯一つの奇蹟』を正しく評価してくれるとはね』

 

「世辞や世間話はここまででいいでしょう。マスターアルカトラス(・・・・・・)。我々には、可及的速やかに時間(とき)がない」

 

『やれやれ、久々に見込みのある若者との会話をしたかったんだがね。だが、それも事実だ―――。

 結論から言おう。私は『犯人』ではない。そんな事実は分かりきっているだろうが、前置きは必要だ』

 

「それで?」

 

『醜悪な様を見せる騒動はそろそろ終わらせて欲しいものだ。『ここ』はボクのお気に入りの場所なんだよ。騒々しい様はキライだ』

 

 あからさまに嫌悪と嫌忌を見せてくる死徒の圧が、電話越しでも刹那を貫き、緊張をさせる。

 

「―――ですが、タタリは存外しぶとい……」

 

『だねぇ。しかし―――終着駅(ラストスティション)は見えつつあるはずだ。起こっている事象は複雑に見えるが、一歩引いてみれば単純な図式が見えるだけだ。そこをキミはもう一度『見つめた方がいい』―――そうだな。魔術師としてではなく魔法師としての価値観で、もう一度見てみたまえ―――自ずと見えてくる世界は違うと想うよ』

 

 薫陶のような言葉。その意図は読みきれないが―――。

 

『混沌と蛇身の始末に関しては手助けをしよう。結界とは迷宮なり、迷宮とは―――『世界』と『人』の縮図なり……。

 トライテン、そこのヤングメンに協力しなさい。

『鍵』を守ろうと思えば、今は―――私もキミも動かざるを得ないよ?』

 

 協力を確約することは出来た。

 

 声はない。だが、後ろで『にっこり』と微笑む様子を何となく幻視する。

 

「感謝します。マスターアルカトラス」

 

『いやいや、あんまりボクらみたいな人食いに謝意を示すもんじゃないよ、魔宝使いくん。それじゃ―――またあとで、キミの運命に良き月と星の調(しらべ)がありますように、吉報を待っているよ』

 

 その言葉を最後に、迷宮の死徒との会話が終わる。

 

 緊張極まる会話を終えて、携帯電話をカウンターに置いて振り返る。

 

 そこにいたのは―――オレンジ色の髪をした、ツンデレのBBC(バカブロッコリー)を構う日比乃ひびきの姿であった。

 

「はい、これ。展開する時に地面に投げろって言われたよ」

 

「錠前とは、古風な―――ただこれだけじゃ開けられないんじゃ」

 

「鍵はボクが持つよ。大丈夫、都内のどこであろうと開け放つから」

 

 その言葉を信頼する。生ける魔術礼装。至高の聖典であり何より……。

 

「チカのためにも頼んだよ」

「任しといてよ♪」

 

 軽く手を振りながら言ったその言葉を最後に、再びドアベルを鳴らして、刹那は『外』へと出る。

 

「絶対に外に出ない相手の小間使いとは、何とも皮肉が効いている……」

 

 もっとも『本人』の語る通り、村での戦いで邂逅があったのだから……。

 

 長々と話をしていたつもりは無かったのだが、あまり現実時間とリンクしていない『まほうつかいの匣』なのだ。

 無情な時間経過を少しだけ恨めしく想いながらも、(ソラ)に眼を向ける―――。

 夕焼け空はすでに無く、浮かび上がるものは夜空に翳ろうとする雲と、地上に輝きを注ぐ月と星―――。

 

 それを見て想い、呟く言葉はただ一つ。

 

 ああ―――気が付かなかった。

 

 こんやはこんなにもつきが、

 

 きれい―――――だ――――。

 

 

 

 時刻は午後5時30分―――既に帰宅しただろうリーナからのメールが、数分刻みで送られてきていた。件数にぎょっとしながらも―――アーネンエルベの『範囲外』に出ると同時、鼻孔を突いた明らかな『血の香り』に、魔眼が反応する。

 

(あの錠前吸血鬼……!!)

 

 

 この『展開』(まくあけ)を読んでいやがったな。と、心でのみ悪罵を叩きつけてから走り出す。

 

 その姿を見つめる銀色の星巫女がいることも知らずに……魔法使いは夜の東京を駆け抜けるのだった。

 

 

 





■■久々のNGシーン■■

ifストーリー

もしも、携帯電話で、まほ箱レベルで岸尾さんのはっちゃけがあったとしたならば……。







『ついでといってはあれだが、トライテンに続いてボクの迷宮にいるガーディアンたる機械獣を出してあげよう。強力なゾ○ドで、キミの手助けバッチグー♪♪安心したまえ、押し迫る世紀末をこえて、ぼくらはゆく!!』

「―――は?」

『やはり帝国の技術をパクったとはいえ盾の獅子(シールドライガー)は鉄板だ。そこから進化した刃の獅子(ブレードライガー)なんかもいいんじゃないですかー!?』

「―――はい!?」

『やっぱりNE〜〜〜、たかだか2年でさ、軍隊生活シックスパックとか、マジありえない。ビリーもちょービックリ!!―――惑星Ziには驚異のプロテインとかあったりするー!? 時には全裸でボクのことを追いかけてくれた不思議ちゃんが、むっちむちのナーーイスバディ!! 塩コーヒーに秘訣があるのか!? そんな今こそ摩訶不思議アドベンチャーもありえる惑星Ziに行ってみたいんだYO〜〜!!』

「(唖然の沈黙)」

『しかも、だ。なんといっても―――『一番の相棒』だった白い子竜が、まさか、まさか、まさかの!!!』

「(タメがなげぇ! )」

『―――女の子、メカニカルガール!すなわち『ジーク』(♀)だったなんて、このパケシ! 一生の不覚!! そうだと知っていれば、あんなこといいな☆こんなこといいな♡で色々出来たというのに!!』

「というか……」

『うん?』

「シールドライガーとかブレードライガーって何ですか? 『ワイルドライガー』『ビーストライガー』ならば知っていますけど、そんなゾ○ドいるんですか?」

『(唖然の沈黙)』

「まぁ、兄弟子たち(スヴィン、フラット、カウレス)からは、『オメガレックス』及び操るハンナ・メルビルへの萌えというものを教えられて―――」

『キャノンぶるぁぁぁあああああ!!!!』

「ふぃーねっ!!!!!」

『ファック!! オマエは最低のニホンジンだ!! ボクの協力を得たければ、無印ゾ○ドのガーディアンフォース編まで見てから、もう一度出直してこーい!! トライテン!! ソルト撒いときなさい!!』

「……そういうことだから、『これ』。それじゃまたね魔宝使いさん」

店から叩き出されて、『これ』と言われて渡されたもの、刹那の手には分厚い箱物。ご丁寧にも、ブキヤのキットまで着いたブルーレイボックスがあり……。

色々と理不尽な想いをしながらも……。

「ジェネレーションギャップってやつか……?」

その結論は間違っていなかった―――。そして、混沌との戦いにおいて、機械の獣に跨る『リノン・トロス』ならぬ……『アルトリア・ペンドラゴン』が、トリガーハッピーに―――。

ご主人様(マスター)。その考えはアリだ。私が乗るキュイラッシェ・オルタに、ありったけの弾と火薬(ユメ)を掻き集めてくれ―――海賊王への道を切り開いてやるぞ』

そんな未来を読んだメイドオルタからの通信を受けてから『リーナの不機嫌マックス』という言葉で進化開放(エヴォブラスト)で駆けることにするのだった。




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第253話『Fate/stay night(1)』

そもそも来訪者編というのは『上・中・下』の三巻構成なのだ。

その殆どが達也によってめちゃくちゃにされる(誤字にあらず)リーナと四葉によって草臥れるUSNA軍だとしても、それら全てを改変していけば、長くなる(泣)




 

―――どういうことだ。これは何なんだ?―――

 

あまりもの理不尽に、神田という代議士は、机の中に隠れて震えることしか出来なかった。

 

既に電気は供給されていない。暗闇の世界、大型のホテルの全てが暗黒に包まれたことで、神田は己がどれだけ無力なのかを察していた。

 

先程からどういった『トリック』なのかは分からないが、通信機器も全てが不通なのだ。そして、分厚い扉の向こうにて広がる光景と、荒い息を吐きながら徘徊している獣の姿を想像して震える。

 

震えが止まらない。寒さが底なしに神田という男を捕らえてくる。

 

 

「こ、これは悪い夢だ! げ、現実じゃない! この衆院議員の私が死ぬわけがない!! 夢だ! 夢だ!! バンザイーーッ!!」

 

冬山で遭難した人間のように現実逃避をする神田は、その言葉で既にオートロックが解除されていた扉から出る。

 

扉から出ると、多くの獣はおらず、『ラバースーツ』―――身体にフィットして媚態を表すものを着込んだ女がいた。

 

極上の美女だ。羽織るマントも洒脱で、青い髪は月夜においても映えるもの―――そしてコウノトリのように『赤い眼』が真っ直ぐに、こちらを突き刺してきた。

 

「きさま何者だぁ―――!! 魔法師だとしても、わしに、こんなことをして許されると想っているのかぁ―――!!!!」

 

こんな状況でなければ寝台にて心ゆくまで悦楽に耽りたくなる美女だが、今はそんなことは出来ない。

 

(そうだ。許されるわけがない!! たとえ自分より上の人外の『老人』どもであろうと、この私に対して、こんなことをしていいはずがない!!)

 

内心での自信は底なしに上がっていく。

神田という男を支えているものは、殺された支援者や党員たちへの仇討ちなどではなく、ただの安っぽいプライドであった。

 

(高校・大学と成績は一番で卒業した! 大学ではアメフト部のキャプテンをつとめ、タックルで相手選手を十人潰してきた!! 社会に出てからも、皆から慕われたからこそ政治家になれた。ハワイに千坪の別荘も持っている25歳年下の元モデルの美女を妻にした! 税金だって他人の50倍は払っている! どんな敵だろうと私はぶちのめしてきた!! いずれ日本の主席宰相(プライムミニスター)にもなれる!! 私は―――)

 

 

「ウィルソン・フィリップス・神田衆議院議員だぞ――――!! いいか聞け! このイカレタ女め!! 終身刑など生ぬるい!! 貴様は警視庁管轄の特殊刑場で誰にも知られずー―――――」

 

人差し指を向けて言い放っていた、ウィルソン・フィリップス・神田という米国の血混じりの男の言葉が途切れた。

 

「―――あれ?」

 

「うるさい玩具だ。血袋としては魅力的ではないが、しかしネロが食いまくったせいで、『数』が足りないのだ―――」

 

そんなW・P・神田の予定など埒外の女は、人差し指を向けていた腕を、雷刃で半ばで切断してから―――。

 

「まぁいい。その血を飲み干してから『形成』するとしようか」

 

そんな言葉で、ウィルソン・フィリップス神田の血を頸動脈から飲み干していった。

 

その際に神田の眼に入ったのは、女の後ろにいくつもの歩く死体がいるという事実だった。

 

死体の全ては、神田に関わりがあるものたちだった。パーティーに呼んでいた支持者、政党の党員。後援会の名士や資産家たち……出身大学の女子大生。

 

そしてその後ろには、パーティーを終えた後の『楽しみ』として秘書に用意させておいた『美女』たちが、血塗れの死相で神田を睨むように虚ろに歩いているのだった。

 

 

―――その恐怖を味わうと同時に失禁しながら死に果てた神田は、自分が違うものに変わることを認識しながらも、抗えないことを覚えていた……。

 

 

「揃った人柱は、二十四か―――」

 

「いいや、『二十七』だ」

 

 

数の合わないことを嘆いていた時に、駆けられた声。

 

同時にここまで拘束してきたのか、恐怖に震えた『生きている血袋』をホテルの床に投げられる。

 

 

「―――これはこれは……趣を少しは分かっているようで、助かるよ朋友」

 

「貴様に『ダンナ』などと呼ばれるのもアレではあるが、朋友と呼ばれるのも少々違う気がするな」

 

「違いないね。まぁ女身での再生だなんて、私としても少々不本意なんだよ。どうせならば、シキ=トオノという異能力者で再生してもらいたかったが、あのお嬢さん的には―――こっちが良かったんだろう」

 

言いながら、己の豊満な肉体に妖しく手を這わせていく蛇を見て、薄く笑みを浮かべる混沌。

 

 

「お互い再生された身とは言え、いずれは(じぶん)を無くす身だ。ならば、最高位の仕儀を行いたいではないか」

 

「それはいいんだけどね。予想外にこの国の官憲たちも、気付くのに疾い。周と『■■■』に言われて、ここを襲撃したわけだけど、ここで一戦やらかすのも仕方ないかもしれない」

 

むしろ『やらかす』ことを企図して、血袋を吸い尽くすミハイルを見てから―――身体を強めておくのだ。

 

錬金術師によって『再生』された所以、はたまた違う要因なのかは分からぬが、『予感』があるのだ。

 

(いないと分かっていても、何故だ―――我が身を貫いた『死』の予感が、傍に近寄っているような気がする……)

 

真祖の姫、白き執行者『アルクェイド・ブリュンスタッド』を追ったがゆえにたどり着いた『極東』。その一都市においてネロに死の運命を縫い付けたもの。

 

蒼き眼をした死神―――その姿を思い出す。

 

「あり得ぬことがあり得る。それが我らの世界だからな」

 

備えをしておくべくネロは、己の食事を再開するのだった。

 

「もっとも霊性が低すぎて『食いで』が無いのは難点だが、粗食もありったけ食えば腹六分にはなるか」

 

背後に己の獣(じぶん)を引き連れながら、ネロ・カオス=彷徨海の鬼子『フォアブロ・ロワイン』は、ネクストセンチュリーホテルの全てを蹂躙しにかかった……。

 

 

早駆けのルーンと身体強化の合せ技で、ビルとビルを二段飛ばしで飛び越える刹那の姿を捉えられたものは、殆どいない。

 

駆け抜けながら『呼びかける』。呼びかけに最初に答えたのは。

 

『今日こそは決着を着ける!!! 『呼び込んで』倒すんだな!?』

 

「そうだ! 協力も取り付けたから、そこで『世界』を展開する!!」

 

『―――分かった―――』

 

飛んできた魔法の杖の応答に少しの淀み。当然だ。魔法の杖は、刹那の保護者でもあるのだ。大魔術の展開は、刹那の命数を大幅に削る。運命に瑕疵をつける行いなのだ。

 

出来ることならば、やらせたくない。

 

「転身!! プリズマキッド!!!」

 

久々の魔法少年姿となった刹那。その一見すれば不真面目にも取られかねない行動に意味はあったのだ。

 

事実、既に巨大ホテル―――全ての明かりが堕ちたバベルの塔のごとき場所に警察は規制線を張って、野次馬共を押し留めていた。

 

ここに学生魔法師―――色々と『業界』で知られているとは言え、自分がここに来ても素直に入れてはくれなかっただろう。ならばUSNAの魔法怪盗としてのネームバリューを利用する。

 

 

月夜をバックに魔法怪盗が、混乱の中に降り立つ―――――――。

 

 

「あっ、アレは―――!?」

 

「レディースアンドジェントルメン!!! 今宵は予告状もない推参で申し訳ないが、喫緊の事態ゆえ―――この場における対処―――この私が請け負った!!」

 

 

『『『『プ、プリズマキッドだ――――!!!』』』』

 

警察車両のパトランプに靴を乗せてオーディエンスに一礼をする。よく見ると近くには見知った顔が大勢いたりしたが、全員が呆然としている。

 

「ニッポンのオーディエンスの皆さん、ミナミタテシマ以来ですがお変わり無いようで、このキッド―――嬉しい限りです」

 

『『『『―――――!!!!』』』』

 

最後の方の言葉で流し目の動作にちょっとした『誘惑』(チャーム)の魔術を掛けたことで、女性陣から黄色い声援が、とてつもないサウンドで届く。

 

だが『規制線を超えるな』というギアスも目線で混ぜていたことが功を奏して、群衆が雪崩込むことは無かった。

 

 

「キッド!! このネクストセンチュリーホテルはどうなったんだ!?」

 

「先程から入れないんだ!! それどころか……」

 

「電気が落ちると同時にとてつもない振動が―――……」

 

「娘が!! 中にいるんです!! 政治家を目指して今日、神田議員のパーティーで勉強して、くるって……」

 

嗚咽混じりで叫ぶ中年の女性がいた。その言葉を聞いた時に苦衷が胸を疼かせた―――。

最初は警察に訴えていたのだろうが、何も動いてくれないことに業を煮やして叫んだのだろう。

 

「―――このホテルに他に家族がいると思われる人々は、他にいますか?」

 

明朗な言葉を掛けると、見える限りでは十人ばかりが手を上げた。その数に謝罪をする。

 

「―――――すみません。恐らく、このホテルには、もはや生きている人間はいません―――ご家族は―――亡くなられたと思われます」

 

「―――――――――」

 

とぎれとぎれの言葉に絶句する。頭を下げた刹那(キッド)を見た瞬間、崩れ落ちるご家族の多く。

 

恐らく携帯端末に緊急を知らせるメール、もしかしたら音声や動画添付があったのだろう。

 

その泣き顔を見ながら、モノクルを外してORTの仮面を被る。今の自分は人々のために何かをする快活なヒーローとしては振る舞えない。ただの殺人者だ。

水晶蜘蛛の仮面の冷たさが、沸騰しそうな血管に冷気を届けてくるようだ。

 

「ですが、こんなことをした連中に少々、落とし前をつけなきゃならないな。凶報を先に知らせて申し訳なかったが―――」

 

言葉の合間に、仮面やヴェールという素顔を見せないものを着けた十数名の男女、背格好から少年少女としか思えない連中が多く現れたことに誰もが驚くが、その背中(せな)が語る。

 

ここから先は鉄火場でありカタギを巻き込んだことを悔やみきれない―――。そういうものを感じた。

 

言葉など無い。

 

そしてその背中に、全てを託すことしか出来なかった。

 

 

パトカーの向こうにあるホテルの扉に進んでいく。ご丁寧にも『結界』を張っている様子に、苦笑する。

 

「冥府地獄を作り上げておきながら、ツェルベルス(三頭犬)を置かないとは―――」

 

俺を招き寄せたいんだろうが。そう無言で言いながら右手で振るった歪な短剣は結界を切り裂き、そして自動ドアの機構を無くした扉に盛大な魔弾を叩き込む。

 

高級ホテルらしい贅を尽くした硬化ガラスと豪奢な枠の全てを叩き潰しながら、出入りの人間のように入るのだった。

 

瞬間、再びの結界による遮断。

 

冠位指定(グランドクラス)の魔術師の腕は伊達ではないか」

 

「虎口に飛び込んだか?」

 

「でなきゃどうしようもなかった。いざとなれば、グール共をここから吐き出すぐらいはしていただろう」

 

あちら側の招待に、今は黙って応じるしか無い。

 

だが、それは―――。

 

 

「俺だけで良かったんだぞ」

 

やってきたお節介焼き(スピードワゴン)たちを横目で見ながら、そんな聞きようでは突き放した言葉を言いながら、仮面から銀粉を撒いておく。

 

代表して、鎧武者の面頬のようなものを着けている達也が口を開く。

 

「足手まといか? 俺たちは」

 

その言葉に少しだけ沈黙。再度、口を開く。

 

「……今日、俺がやることはお前たちの理解を崩すはずだ。何故ソレだけの力を持ちながら? そう考えるときもあるはずだ」

 

無人のエントランスホールに刹那の言葉が大きく響く。

それは刹那の力の源泉。容易に触れることは出来ない―――ものだ。

 

その詳細を知っているわけではないが、その凄まじいまでの『力』、『起こった現象』を知っている達也・深雪は緊張をして―――そして『本当の詳細』を知っているリーナは、魔法の杖を見てから胸の辺りを掻き毟る。

 

「リーナ……」

 

「ワタシの未来のオットが決めたことだモノ―――ワタシがソレを否定するわけには行かないのよ」

 

再度、面子を確認すると―――。

 

司波兄妹、リーナ、エリカ、レオ、幹比古、美月、ほのか、TPピクシー、愛梨、レティ、レッド……意外なことに七草真由美もいたのだ。

 

シオンがいないのが、『少々』気がかりだが―――。

 

「お虎は、オルタリア(剣の私)と共に外の警戒として残している。準備は済んでいるぞマスター」

 

「こんな時になんだが、エイミィから献上されたチョココロネはまだあるのか?」

 

ラントリアが惨劇の現場で平気な顔でチョココロネを食べている様子に、少しだけ物申す。

 

「やらないぞ」

 

王への意見具申は、意味がなかった。

 

口一杯にチョココロネを頬張るラントリア。

いらないとは言わないが、何か複雑ではある。

この日のために、B組の賑やかしである明智エイミィがバレンタインデーに合わせて準備してきたチョココロネ。明智エイミィは、とんでもない数を騎士王アルトリアに献上していたのだ。

 

―――王よ。こちらをご賞味していただきたい―――。

 

B組の教室に収まりきらない『トラック一台』分のチョココロネを持ってきたエイミィを思い出す。

 

王に対して拝跪をするエイミィ。

 

本人としては、王に対する敬意を示したかったのかも知れないが、ともあれ―――それらは全てアルトリア達の胃袋に収まりそうだ。

 

(同じく、ここにいた人々も『死徒』どもの胃袋に収まっちまったようだな)

 

老若男女問わずの惨劇。同時に血の跡はそこかしこにあるものの、肉片一つも見つからない。

 

混沌は、どちらかといえば食屍鬼の類。暴食ともいえる性質なのだろうが―――。

 

「食い足りてないんだろうな―――達也、チームを分けよう」

 

「各個撃破の好餌にならないか?」

 

「だが、サーヴァント級の瞬足を持つ人間ばかりじゃない。分けるとしても2つだ」

 

そう言ってから頭の中で考えたチーム分けを発表する。

特に異論は出なかったが、意図の説明がエリカから出る。

 

 

「チームワーク」

 

その言葉に、誰もが懐疑的な眼をする。言っている刹那も、あんまり信用はしていない。

 

だが、気心の知れた相手と組んだ方が、不確定要素にも対処しやすい。

 

具体的に述べれた達也、深雪、エリカ、レオ、ほのか、TPピクシー、レティシア、愛梨―――そしてメイドオルタという分け。

 

もう1チームは、刹那、リーナ、真由美、幹比古、美月、レッド―――そしてラントリアという分け方だ。

 

あまり集団が密集して攻撃行動を取れば『詰まる』可能性もある。しかし、突破力を持つものがいれば、自ずと道は切り開かれる。

 

 

「意外ね。一色さんは、こちらに入りたいとか言ってくると想ったのに」

 

「ここまでの修羅場ともなれば、ワタクシとて節度は弁えています。レティシアから教えられたことが事実ならば、合理的な判断なのでしょうし」

 

七草先輩の言葉に返しながら、後半では挑戦的な笑みを浮かべる一色愛梨。闇の中でも見える煌きに「ああ」と返しておく。

 

「どの道、終着点は同じなんだ。油断せずに行こう」

 

物見遊山ではないことは理解できる。しかし、出来ることならば関わらずに東京観光をしてもらいたかったのに―――。

 

そんな逡巡を切り裂くように、『空間』に揺らぎが走る。

 

これ以上の問答をしている暇はなさそうだ。

『神殿の主』は、案外我慢弱い―――。

 

 

「達也!!」

 

呼びかけると同時に投げ渡した『歪な短剣』と『頑丈な短刀』が司波達也の手元に渡ると同時に、2つに分かれた道を互いに進む。

 

 

「死ぬなよ」

 

「そっちもな」

 

その言葉を激発の合図として、不敵な笑みを浮かべる一高2大魔人が先導する正罪進撃(ガンパレード・マーチ)が始まる―――。

 

 





実をいうと初期の構想では。トーコ宇宙要塞のようにロアが張り巡らせた魔術的トラップをルルブレや破魔のルーンで切り裂き、砕きながら寿和、響子など官憲の連中と進んでいく。

イメージとしては踊る大捜査線の劇場版第二作での警報ワイヤーを辿りながら『素人』の犯人を追い詰めるというものにしようかと思っていたのですが―――。


『サーヴァント四騎も運用しておいて、これは無いな』

力の節約とか、そういった『状況』に置くことも考えたんですが、事件簿見ていれば分かる通り、フェイカーさんには幻創種とか苦戦する相手じゃないということは明朗になっちゃったので、ネロの獣やゾンビの大量発生もあんまり。
しかもグランドクラスである橙子の魔術(年季という意味では対象外だが)も、効いていない(対魔力B)ということなので。

シエルならば、サーヴァントでも防衛戦―――色々考えるとあれですが、まぁこんな展開になりました。(苦渋)





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第254話『Fate/stay night(2)』

ムニエルをカーマちゃんで叩く聖杯戦線。

バニー師匠が、これをやらせるとは、すなわち―――裏切者はムニエル!?

なんてこったぁ……カルデアから続く管制官の1人たるムニエルが―――そんなことだったなんて!

つまり師匠がムニエルを仮想敵にしているのは―――『いざという時に心の揺れなく倒すため』


―――まぁあり得ざる結論だな。

だが、きのこのことだ。何があっても驚きはしない―――

そんな感じで新話どうぞ。


 現代社会―――その中でも眠らない街と称されるほどに真夜中でも煌々とした、きらびやかな明かりが衛星写真(うちゅう)からも見える街中で、ここまでの暗闇は異様に映る。

 本来ならば、夜の闇は人々を眠りに就かせるものだが、この街においては、暗闇の中にも灯る明かりにこそ安心感を覚えるのだ。

 

 それこそが文明の明かりなのだと、人の心から不明なものを無くすのだと―――。

 ゆえに、暗闇に覆われた世界にて灯りを絶やさぬものは、その不明なものを無くそうとするものに他ならない。

 

 その者たち―――。

 

 

「パンツァー・ルーンブルグ!!」

 

 

 ―――魔法師という新たな開明の文明を世界に打ち立てるものたちである。

 

 高級ホテルの廊下はどこもかしこも横も縦も広々としすぎていて、逆に客間が手狭にならないかと想うほどのそこを圧倒する『壁の波』。

 前面にしか展開出来ないとは言え、多層型の壁は襲いかかるゾンビたちを通さない。

 

 

(九校戦でやった刹那のロー・アイアスによる進撃だな)

 

 

レオの戦術に、そんな感想を出しつつ発想を飛躍させると、食屍鬼ないし死徒の攻撃に定石はない。

 レオの壁波ごとの進撃は、こちらに『殆ど』の攻撃を通していないが……。

 

 

 ―――天井と壁の隙間―――

 

 僅かな覆いきれていない所。天地を逆さにして外壁を這う蜥蜴か、部屋の上隅に巣を張る蜘蛛のようにしている食屍鬼がいた。

 

(ウィルソン・フィリップス・神田議員のパーティー出席者に魔法師はいないという触れ込みだったが、幾らでも偽装することは出来るな)

 

 

そもそも、そういう反魔法師を標榜する俗物とはいえ、監視をしておくのは忘れないのが魔法師の裏側だ。

 他の食屍鬼とは違い、小器用な真似で四つの手足を使っている連中の目論見はわかり易すぎた。

 

「上から来るぞ! 気をつけろ!!」

「言われるまでもないわ!!」

 

 

その状態から襲撃をかけようとしたゾンビにエリカが対処する。蒼金の刃の刀を持ち、横薙ぎに剣を振るったことで、『飛ぶ斬撃』がレオの壁のギリギリを通り抜けて、天井に這うゾンビを大地に落とした。

 勢いよく廊下に叩きつけられるも、エリカに付けられた傷、分断された腕を復元呪詛で戻そうとするのを前にして、分解と神秘解体を放つことで塵へと返す。

 

 

「流石ですお兄様」

「レオとエリカのことも称賛しなさい」

 

 

 棚ぼたも同然にトドメ役を得ただけなのに、それは無いと想いつつも、現在5階層目。

 エレベーターは不起動・不通電なので当然使えないとは言え、趣のためなのか設計されていた長ったらしい階段を上っていく都度、なんとか五階に到達。

 

 その間に殺した食屍鬼の数は、両手の指ではすでに足りない。

 

 

「センチュリーホテルは、ちょっとした大規模ショッピングモールのように、巨大施設2つを連結通路で繋いでいるような構造だ」

 

 

 それによって、東西だか南北だか分からないが、『2つの塔』が、各々の階で行き来が出来るようになっている。

 

 その辺りの構造は、ショッピングモールとは、また違うのだが―――ある種の『迷子』が発生しないようにはなっている。

 問題は、その各階層の行き来を簡便にする通路が現在は―――

 

 

「ですが、その連結通路は巨大な結界式で『仕切り』をされているかのように不通です。恐らく16階層の大会場にて死徒は待ち構えている」

 

 

 何気ない呟きにレスとして、達也に告げたのはレティシアだが。そんなレティシアの様子はいつもと違う。

 

 瞬間、旗を畳んだ状態とはいえ槍を手に前に出てきたレティシアの姿は、以前に見た野暮ったい紫紺色系統の衣装とは違う。

 

 白銀の鎧はそのままだが、紫紺のローブ、ガーブとも言えるものを脱いで、ショルダーガードがなく、ブレストプレートがない―――英霊―――サーヴァントにはありがちの『不合理』な『露出』がある防具。

 全体的に白銀色の衣装のレティシアは、これ以上無く力が高まっているようにも見える。

 

 

「レティもそんなことになっていたとは。フフ、これもセルナの導きですかね?」

 

「私はそんなもの望んじゃいないんですよ。それなのに、ステゴロ聖女やリヴァイアサンと弁天様のミックスサーヴァントの力を得るわ……」

 

 

 面白がるように刹那との縁を快いものであると言う一色愛梨に、不満顔で抗議する深雪。

 そう言いながらも達也が苦心して登録したものを纏うぐらいには、妹もこの場で頑迷なまでに己の主義主張だけを押し通さないようだ。

 

『白無垢の花嫁姿』の美少女3人が前に出てきたことで、ロールチェンジとなるようだ。

 

 

「五階までの踏破ありがとうございますね。レオ」

「もう少し押し込みたかったんだがな。無茶は禁物か」

 

 

 笑顔での労いの言葉をレティから掛けられて、顔を赤くするレオが術を解いて下がる。

 競争しているわけではないが、どうやら刹那たちは既に七階まで到達しているようだ。

 

(力を蓄えているんだろうな―――俺の浅い推測では、現れた死徒の能力値やパラメーターが分からないが、それでもなにかを狙っていることは分かる)

 

『なにか』

 

 曖昧な表現ではあるが、そうでなければ、ここまで大それたことは出来まい。

 

 

「では行きますよ! アイリス!! ミユキさん!! 御旗のもとに!!」

 

 

 奥の廊下から押し寄せようとしてきた食屍鬼たちが怯むほどの、黄金の光輝を纏うレティに合わせるように、一色愛梨、司波深雪とがオーラを発して進撃を開始する。

 その様子は正直、言葉が出ないものだった。白無垢の花嫁たちは、天井や横の壁にも張り付いてやってこようとする相手たちに一切の攻撃を許さない。

 

 何故ならば―――旗槍を、炎雷の剣を、脚甲槍を―――『位置』を『回転』させながら振るっていたのだ。

 

 

「なんて力尽く。ゴーインすぎる……というか三人が『回転』することで発生するエネルギーが、竜巻も同然……」

 

 

 同然にして呆然としか言えないのだろうエリカの感想。ちょうど、銃身のらせん構造のように、斜め下―――ちょうどホテルの窓側の壁や客間の壁を蹴り上げるように上に登っていき、頂点に達した段階でその逆の機動で下がっていく様子。

 

 それの連続で食屍鬼の眼を惑わす思惑を含めて武技だ。廊下全てに破壊跡を残しながら、そのエネルギーに巻き込まれて病葉も同然に砕かれていく。

 

 超スピードと超パワーを持つサーヴァントの力を使うからこそ出来る芸当だ。それでいながら、その力で床も壁も、強化ガラスも完全には砕けていないのだ。

 

(もしかしたらば、この辺りは吸血鬼の城作りゆえの効果かもしれないが)

 

 

破壊跡、移動や武器の影響で抉られたところが、元の形へと戻ろうとしていた。具体的には、床に落ちた建材や剥がれた床が、自動的に元の位置に戻ろうとしていたのだ。

だが、そんな事実は血塗れの花嫁衣装に身を包む三人には関係がない。

 

 

「この剣舞!! 遠坂刹那に捧げる!!!」

 

 

 時に天地を逆さまにした状態でも剣戟を放つ一色愛梨。食屍鬼たちがまとめて吹き飛び、消滅。

 

 

「主よ! この不浄に正罪を!!!」

 

 

 床に降り立っていたレティシアが、逆袈裟に払った槍の奇蹟(軌跡)に従い、壁に張り付く食屍鬼を身体の半ばから消し飛ばす。

 

 

「アン・ドゥ・トロワ!!! 切っ先から逃れられるかしら?」

 

 

 上方―――殆ど、頭上から脚の槍を繰り出す深雪の攻撃は、ステップを踏むように食屍鬼たちの霊核を砕いていく。

 

 死体とはいえ、妹に人殺しをさせたくない達也の甘い考えなどお構いなしに、空中を舞うアイススケーターは、その勢いのままに―――。

 

 

「どっせえええい!!! 皇帝ペンギン!!!」

 

 

 口笛も吹いていないのにどこかから現れたペンギンたちが、深雪の脚槍―――『一直線』に廊下を貫くものに着いていき、食屍鬼の他に『獣』らしきものも一緒に吹き飛ばしていた。

 

 鎧袖一触とは、このことか―――。七階に行くまでの障害が取り除かれると……。

 

 

「後ろからの敵はやって来ていない。構わずに進め」

「分かりました」

 

 

 真正のサーヴァント。英霊アルトリアの別側面が―――趣味感溢れるメイド姿で後方から追いつくなり言ってきた。

 モップと水鉄砲を手にしたミニスカメイドの姿に何かしら想うところがあるのか、TPピクシーは『じーっ』と見ている。

 

 ともあれ道は開かれたわけであり、レティシアの先導に従い吸血鬼の城を登っていく。

 上がりながら考えることは刹那の吸血鬼殺しの鬼札(ジョーカーエース)のことだ。

 

 

 (刹那……お前のオヤジさんが残した『魔法』は、お前を―――)

 

 

 羨望の想いを抱くのは―――その魔法が、描く『奇蹟』がどんな魔法よりも――――。

 

 

 ―――キレイだからだ―――。

 

 

 そして自分がお袋より受け取ったものは、どんな魔法よりも―――。

 

 

 ―――おぞましく思えるからだ―――。

 

 

 † † † † †

 

 

 14階までやって来た時点で、鼻を突く据えた血の匂いは、この上なく不快感を増す。

 

 だが、そんな空気ごと撹拌するかのように赤金と蒼黒の疾走は止まらない。

 

 

「オラオラオラオラ!!! そこのけそこのけ! モードレッド様のお通りだ!!!」

 

 

 鎧を獅子型ゴーレムにして、それに跨るモードレッドは時に重力や慣性を無視した機動で襲いかかる獣―――主に、絶滅した狼目を張っ倒していく。

 朱雷を巻きながら振り抜いた一撃は、轟音と共に14階全体を揺らしたようにも思える。

 

 だが、それと同じぐらい常識を(はず)した機動をするのは、『黒馬』を駆るランサー・アルトリア・オルタことラントリアである。

 

 

「モードレッド、如何にここが吸血鬼によって『強化』された城とは言え、万一がある。マスターのプランと足場を崩すなよ」

「も、申し訳ないロンゴミニアドのアーサー王。セツナ!! ワリーな!!」

 

 

 狂犬のようなレッドも、ドリルのような槍を持つアーサーに対しては平伏するようだ。いや、まぁいいけど。何というかアーサー王のファンが刹那の周りには多いような気がする。

 

 

「刹那君、さっきのモーちゃんの攻撃とかで発生した魔力、浄めますね」

「頼む」

 

 魔眼と月鏡を用いて澱んだ魔力を浄化(はんてん)する美月に感謝をしつつ、ある意味では、彼女の身体を穢すことに幹比古に申し訳無さを感じる。

 

 だが、今は―――『この充填』が鍵を握る……。握ると分かっているからこそ―――。

 

 

「―――気負いすぎると、マタ逃げられちゃうわヨ?」

 

 

 ―――雷系統の術で、こちらに襲いかかるグールを焼却したリーナが内心を見透かして言ってきた。

 その言葉に少しだけ詰まってから、反論する。

 

 

「……そりゃ分かるんだけどさ、みんなが粉骨砕身しているってのに、俺が動かずにいることに焦燥感を覚えるんだよ」

 

 それに反論するも、どうしても尻すぼみになるのは仕方ない。どうやっても刹那は後ろでじっとしていられない存在なのだ。

 

 

『人ってのは最善策が、必要不可欠である。どれだけ犠牲を伴うものだとしても、中々受け入れられないんだな。それは人が持つ性であり、どうしても切り離せぬ社会性だ。特に自分に『全てを解決する術』があるとすならば、尚更だ』

 

 

「分かっちゃいるんだが」

 

 

『分かっていないから、こうなっているんだ。自覚したまえ』

 

 中々に厳しい言葉が魔法の杖から飛んでくる。苛立つのも分かる。

 今からやることは、刹那の運命を、星の理を脅かす異界現象だから。この魔法の杖は、そこまでのことを考えているのだ……。

 

 

「なんというか、魔法の杖が保護者だなんて刹那くんらしいのかしら?」

「オニキスさん、ダヴィンチちゃんは刹那君のお母さんですね」

 

 

 真由美と美月の感想に苦笑してしまう。この魔法の杖は、色々あって自分に寄り付いてくれたが、それ以上に色々と心配を掛けすぎているのは確かではある。

 

 

『まぁそれは仕方ない。なんせ私こそが刹那が初めて契約した使い魔だからね。どうしても親心というものを抱いてしまう』

 

 

 歴代のカレイドステッキにはあるまじき、なんというか面白がる性根が無いのは少しばかり嬉しいが……。

 

 

『全ては、後に生まれる刹那の娘2人に契約を迫らんがためにあり! 私と契約してさくらカード(?)を手に入れよう―――とか言うために、いわば天災ダヴィンチちゃんの五カ年計画というやつだ』

 

 

 強く生きるのだ。未だ見ぬ我が娘よ……(涙)。日本刀とか弓矢とか継承させれば、どこぞの夜叉姫のごとくなれるだろう。

 カレイドステッキはどこまでいっても、こういうのばかりなのだ(涙)

 

 とはいえ緊張がほぐれたのは事実だ。ここまでたどり着けたのもある種の僥倖だ。

 あちらがどんな手を打ってこようと倒せるはずだ。

 

 

「見せてもらうよ刹那。あの時、八王子クライシスに直接迎えなかった僕と美月さんが見れなかった秘術を―――」

「そのつもりだ」

 

 呪符を用いて突撃突破する2人が残した残敵(死に体)を倒す幹比古に言いながら、歩を進める。

 

 15階まで来れば強力なガーディアンが一体でもいるかと思えば何もなく、血と澱んだ魔力の混合の颶風(かぜ)が鼻を突き、身を突き刺してくる。

 

 ―――誘っている。

 

 分かっていたことだ。壁に染み付いていただろう『血の跡』を見て美月が息を呑んだが、それを呑み込んで手を握りしめている。

 霊感が強すぎる彼女にとってこの空間は、気分の良くないものだろうが―――。

 

 

「美月!」

「エリカちゃん!!」

 

 

 15階まで来た時点で合流は必定だったが、予想外のハイペースに驚く。見知った顔で一番親しい女友達(番長)が見えたことで、美月に喜色が交じる。

 

 精神清涼剤がやってきたことに安堵しつつ、反対側の『塔』の攻略を任せていた全員の無事を確認する。

 

 

「場合によっては渡り廊下の結界を砕いて、こちらに呼び寄せるつもりだったんだがな」

 

「そこまでの子守はいらんな。俺たちの獅子奮迅の勇戦をお前にも見せたかったぐらいだ」

 

 

 ソレに関しては『覗き見』が勝手に録画しているだろう。抜け目のない『女』だ。リーナの『はとこ』のサ○マンを思い出しながら達也の言葉に返した。同時に最後の階への階段が見える。

 

 全員が固唾を呑んで、その上階から濃く匂ってくる(・・・・・)血の香と邪悪な魔力を睨みつける。惨劇の主を睨み殺す勢いで―――。

 

 

「―――――――ここから先に行くのか?」

 

 

 その様子に、しつこいかもしれないが、再度の警告。受けた達也は呆れた顔をしてから口を出す。

 

 

「足踏みして留まることも必要だろうけどな。ここでソレはないだろ―――たとえ、ホテルの外にグールを出さないための両棟攻略だったとはいえな」

 

「俺やお前はともかく光井や美月は、どう考えても―――気を遣わなければいけないだろ」

 

「そうだな。いまのお前ならば、帰路の安全確保のため、サーヴァントを就けて外界に送り返すことも出来るだろうが―――」

 

「が?」

 

「ここまで来た以上、全てを見る―――美月もその心なんだろ?」

 

 強く頷く美月、次いで光井ほのかは……。

 

「正直言えば怖い思いは一杯ある―――けれど、いまは……達也さんの傍にいたいから」

 

 それだけではないだろうということは、刹那には分かった。きっと、これからやることは、北米にいる雫にも伝わるだろうことも……。

 そして、その事実は―――雫のご両親にも伝わる。

 

 

 それを嘆くわけではないが、少しの『寂しさ』を覚える。

 

 しかし決断の時はやってくるのだ。

 

 

 ―――階段を登る……その一段一段を踏みしめるたびに、『運命』と出会う予感を覚えさせながら―――道程を刻んでいく。

 

 

 



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第255話『Fate/stay night(3)』

 今宵の政治家―――ウィルソン・フィリップス・神田議員のパーティー会場は、既にかつての様子を無くしていた。

 

 死徒の遊び場。『遊戯』の一貫として、眼も口も縫い合わせられた屍があちこちに転がっている。衣類は当然のごとく無くしており、四肢の欠損すら行われていた。

 

 この塔は既に自分の作り上げた『異界』。そこにて優位は覆らぬ。再生された身。進みすぎた時代。あまりにも霊性を損した血袋たち。

 

 だが、それでもミハイル・ロア・バルダムヨォンは諦めない。

 

 永遠の希求を―――。そして……。完全なる姫君を―――。

 

 

「―――起き上がれ―――纏え―――」

 

 その言葉は『呪文』。二節程度の呪文が繰り出されると変化は瞭然であった。

 

 うつ伏せ、仰向け、横向き―――あらゆる寝姿を晒していた屍が、そのままに起き上がる。糸人形のような立ち上がり方、起き上がり方に尋常の様子は何一つない。

 起き上がったものたちは、力なく立ち上がりながら、身を震わせる。悲鳴を上げたいのに上げられず、涙滴を落としたいのに落とせないでいる――――。

 

 この世のものとは思えない苦痛が全身を包んでいき、その身―――二十七の屍が違うものに変生するのだった。

 

「ネクロマンサーの真似事とは、神に仕えていた身を少しは顧みないのかミハイル?」

 

「そうかい? だが私のかつての死将(デュラハン)たちと会いたくなったからねぇ―――」

 

 出来ることならば、朱き月のシステムを模倣したかったのだが、自分の記憶を映写機のように写すことでしか、出来なかったのだ。

 

 

「来るぞ―――」

 

「ああ、極上の魂を持った連中がな。しかし『余計』なのも着いてきたものだ。まぁいい、どのような秘術を用いようとも、このロアに敗北はあり得ぬ―――」

 

 そういう慢心が、自分と同じ死神によって殺された原因だと、ネロ・カオスは想っているのだが―――。

 

 

(真祖の姫の力を使いて配下に加えた多くの死徒たち。かつて死徒の姫アルトルージュ・ブリュンスタッドすら退けたミハイルの軍団か)

 

 道化師のような姿の男女。

 

 小猿に似た幻獣を引き連れた男。

 

 巨人のような槍を持ったこれまた巨人のような大男。

 

 少女―――もはや幼女・童女のような姿をしたものもいれば、豊かな髭を蓄えた富豪のような男まで―――。

 

 中には『人』とは言えないカタチをした連中までいた。

 

 吸血鬼―――広義の意味で吸血種にも様々なものがいるが、ここまで無節操な軍勢を作り上げていたとは、少々ネロも面食らう。

 

 二十七鬼もの超常の軍団―――これを前にして……。

 

 

(それでも来るというのか)

 

 

「アンファング!!!」

 

 ロアの復元すらも効かせぬ魔力の奔流―――『星の鼓動』とすらリンクさせたものが、豪奢な扉を砕いて2人の吸血鬼にも攻撃として届かせていた。

 

 ロアの構築した復元式が効かないところを見るに―――準備は万端のようだ。

 

 

「失礼、敵拠点につき少々威嚇させてもらった―――」

 

 少々。その言葉どおりならばどれだけよかったか。傲岸不遜にも砕かれた扉跡からやってきたのは、魂の輝きが人一倍以上な連中。

 しかしやっていることは、完全にヤクザの出入りだった。

 

「階下を見下ろすはずの硝子板が、全て『内向き』に壊れているか。この時代の『新技術』なのか、それとも貴様の能力なのか……」

 

「―――どちらでもいい。ようやく極上の好餌がやってきたのだ。

 ここで全てを食らい付くしてくれる……」

 

 死徒二鬼の言葉を聞きながら、一番前に出てきた魔術師は口を開く。

 

「悪いが、その汚濁しきった魂―――微塵も残さず砕かせてもらう。そして、お前たちのご同胞からの言伝だ―――」

 

 言いながら二鬼の間に、『錠前』を投げ込む魔術師。

 

 古めかしい錠前だ。だが、一瞬ではあるが―――ぎょっとする様子があった。

 

 錠前から―――声が聞こえる……。それは異界に生きる貴公子がいれば、こういうものではないか? そう姿かたちを想像させるにふさわしい存在感を備えていた。

 

 ―――第一声は、物憂げなものであった。

 

『どうにも美しくないね―――元々、異端は孤立するからこそ異端なのだが、それでも……『蛇』とつるむなど、前の十位が聞いたらば嘆くよ。―――フォアブロ……』

 

「これはこれは……予想外の御仁が出てきたものだ。とはいえ、交友関係の云々を貴様に言われたくはないな。なんせ白翼であろうと、翁であろうと『通信機』越しにしか話せないそちらと違い、出席はいい方だ」

 

『それを言われると何も言えないがね。だが、キミたちの行いを許すわけにもいかないのが、今の僕の『立ち位置』だ――――――』

 

 声の一つ一つで広々としたパーティー会場が揺れているような気がする。まるで深淵の中の深淵から聞こえるかのように……。

 

 声の全てが反響する……。

 

『だからこそ―――キミたちを迷宮へと案内することにした。まぁ迷宮といっても―――――――』

 

 

 錠前が恐ろしくなるほどの魔力を発する。それが行うことを止めたくても、死徒二鬼は、魔法使い一歩手前の魔術師の大魔術に呑み込まれている。

 

 千年錠の言葉が縛り付けていたのだ。

 

 そして―――。

 

『迷宮といっても『鏡面界』(ミラーワールド)への強制招待でしかないんだがね』

 

 謀られた。死徒が気づけたときには七枚のカードが錠前の周囲に投げ放たれて―――。

 

 

『―――開ける(・・・)よ!! お兄さん!!!』

「オーライ!! 行ってくるぜ!!』

 

 声に呼応して、部屋全てに構築された『反射炉』という名の『魔法陣』が張り巡る。存在全てを『あちらがわ』に反射させ、写すための世界移動の秘技。

 

 ようするに―――。

 

「「―――接界(ジャンプ)!!」」

 

 ―――後顧の憂いなくどんなに破壊しても許される―――本当に気兼ねなく戦えるバトルフィールドへと赴くのだった。

 

 愛梨と刹那の呪文で、死徒たちごと全ての人間がパーティー会場から消え去る―――。先程まで剣呑な殺気と魔力で満たされていた空間は無人となっていた……。

 

 無人となったそこには蛇……ミハイル・ロア・バルダムヨォンが構築した結界は機動を果たさなくなっており、念入りに隠されていた血塗れの惨状が顕になっていた。

 

 

 そこに錠前を通して現れる白の衣装を纏った白の王子―――コウノトリのような赤い目が特徴的な『男の子』は、場違い極まる形で現れた……。

 

「やれやれ、それなりに大仕事だったけど―――まぁ異界でならば、チカちゃんにも迷惑かけずに戦えるよね」

 

『そうだね。だが騒動自体は終わらないだろう―――今回のは中盤戦というところだ―――』

 

 うんざりするという風な声が聞こえてくるも、白い鳥の王子様は薄く笑みを浮かべるだけだ。その心は、主である錠前であろうと容易に知れるものではない。

 

 だからこそ『タニマチ』よろしく魔法使い見習いに力を貸したわけなのだが……

 

『というわけで、そろそろお話をしないとマズイかな……トライテン、そちらの『男運』なさそうな『お嬢さん』に、僕との通信を繋げてくれたまえ』

 

「分かりました」

 

 置いてけぼりを食らった形で、部屋に残された『低級』の使い魔に話しかける『最高位』の使い魔。

 

 その挙動にびっくりして逃げ出そうとしたところで、『力の限り手づかみ』をしたトライテンによって逃げ出せなかった。

 

 

『知らなかったのかい? ―――『千年錠』からは逃げられない』

「捕まえてるのボクですけどね」

 

 先程の剣呑さとは別の気楽な会話。しかし、捕まえられた方は未知の存在に対する恐怖を覚えてしまう。それぐらいに唐突なものであったのだから。

 

 ・

 ・

 ・

 

 鏡面界への強制転移。それ自体は成功したから良かったのだが、まさか―――。

 

「空中に投げ出されているとはなぁ」

 

 風圧で変形しそうな口でも発した言葉は―――。

 

 

『『『『『呑気に言ってる場合か――――!!!』』』』(怒)

 

 

 ―――明朗に刹那の周囲にいる自由落下状態の面子全てに届いた。

 

 

 とはいえ、言われながらも既に対策はとってある。何より、ある意味で、これは『優位』を取れる状況だ。

 

「ラントリア! レッド!! 宝具解放!! 眼下の連中に向けてぶっ放せ!!」

 

「とんでもない曲芸を強いやがる!! けれどよ!! このクラレント! スゴイ剣なんだからな!!!」

 

「承知したマスター、あなたの道行きを阻むもの、その全てを打ち砕きましょう」

 

 快活で豪気なレッドとは違い、冷静にかつ淡々と槍を振り回すラントリアが、眼下にいる連中―――羽を生やして飛ぶことぐらいはできそうなのだが―――

 

 そんな吸血鬼たちに対して、遠間から大剣の振り下ろしと、巨槍の突き一閃が放たれる。

 

 明らかに、その武器の間合いではない。だが英雄が持つ宝具―――ノーブルファンタズムは、その理屈を覆す。

 

 それ即ち―――奇蹟の成就。

 

 聖神、精霊、魔神、邪霊……様々な幻想の存在が鍛え上げた剣の名前はそれだけで、一つの奇蹟を世界に打ち立てる。

 

 その事実を―――達也他数名は何度も見てきたのだ。

 

 ゆえに―――。

 

「輝きを放て!! 我が祈りは『黒き聖母』(ブラック・マリア)に捧げるもの!! 

 ―――『時空を超えて我が敬愛する(クロノス・クラレント)王への憧憬(シャイニングアーサー)』!!!」

 

「此れなるは、人の世に振るいし嵐の顕現―――回せ、廻せ、螺せ、捻せ!! ―――『最果てにて輝ける槍』(ロンゴミニアド)!」

 

 2つの奇蹟が重なった時に、世界を揺るがすほどの『超奇跡』としか言えないものが炸裂。

 

 朱雷をジリジリと発生させながらも放たれた黄金の光線と、『黒赤』の光線が、螺旋を巻きながら地上にまで猛烈な勢いで叩き込まれた。

 

 その途上にあった高層ホテルはその圧を喰らい、塵芥(ちりあくた)の一つも残さず消滅した。

 

(分かっていたことだが、完全に戦略級魔法の破壊力だな)

 

 

 波動砲を連撃で食らったようなもので、その圧が吸血鬼の内の六鬼を消滅させたようだ。達也の眼ではそう見えただけで、塵からでも復活出来るという伝説の吸血鬼ならば、それもあり得るかもしれないが……。

 

 自分たちと同じく自由落下の状態だった連中は、こちらの攻撃に危機を覚えたのか、方向転換を果たしていく。

 

 コート姿の大男は、その背中にコウモリのような被膜付きの羽―――巨大なものを生やしながら、両腕を伸ばしてこちらに向けてきた。

 

 その手から―――多くの『鳥類』が飛んでくる。

 

 言葉だけならば手品師・奇術師が使う鳩の出現マジックのような印象だが、飛んでくる鳥類はそんな優しいものではない。

 

 猛禽類は当たり前だが、殆ど始祖鳥―――羽生やしの羽毛恐竜のようなものまでいるのだ。

 

 それに対して当たり前のごとく迎撃行動。どうやって姿勢制御をしているのか、刹那の弓射―――宝石を用いたものが雨あられと降り注ぎ、大男の使い魔を泥に変じさせる。

 

 

 あとは自由落下の法則に還る。回収するにはヤツ自信も地上に戻らなければならない。

 

 そして既に地上と空中からの攻撃の応酬は絶え間なく続く内に―――先程まであったホテルの階層で言えば4階程度まで堕ちてきた時点で、達也は心配を覚えて飛行デバイスなどの力を持たない連中を見たが―――。

 

「―――ほう……」

 

 全ての人間が『自力』ではないが、独自の方法―――他者との協力ありで、安全を確保していた。

 

 中でも特徴的なのは、ヒポグリフという羽持ちの幻馬に跨る一色愛梨。どっから現れたのか『ヒトコブラクダ』(飛行中)に幹比古とタンデムする美月(男女逆)―――。

 

「レオのあれは……『スプーン』か?」

 

「なんだか魔女の箒も同然に飛んでいますね……」

 

 どんな法則が働いているのかは分からないが、レオにそのスキルがあったことに、妹ともども驚く。ともあれ、吸血鬼の集団とは距離を離した位置に落着することになりそうだが―――。

 

 

(『結界』の展開範囲を超えて広範囲に広げられたらば、マズくないか?)

 

 勢いある弓射で相手との距離をジリジリと後退させていく刹那にそんな杞憂を―――。

 

(意味はないんだろうな―――)

 

 所詮、そんな心配は無駄ごとなのだ。簡易な浮遊魔術でも発生させたのか、それでも若干つんのめる形で落着した刹那に続いて、他の面子も無事に落着した。

 

 

 黒いラバースーツの美女―――刹那の話によれば、『転生』する吸血鬼という話だが……。その女は怒りに震えているようだった。

 

 

「―――やってくれたな。否応なしに決戦を挑ませる形にするとは、ケルトの戦士か貴様は?」

 

アトゴウラ(四肢の浅瀬)のルーンは、教えられたが、今回は使ってない―――まぁお前達に『逃げられない』状況を作る必要があったからな。『俺を殺す』以外に、ここから出る『手段』はない―――例え、冠位指定の使い手であろうと。全ての状況は分かったはずだ」

 

 ―――夜の状況すらも再現された世界―――。

 

 吸血鬼(ヴァンパイア)と相対する怪盗姿の戦士。

 

 ケレン味を覚える英雄の決闘の場面を感じさせる。それは伝説の具現―――。

 

 

「マスター・アルカトラスの手筈で、今のお前は俺に戦力を集中しなければならない。そして俺はお前の意を汲んだ手下から、魔術―――牙も爪も、全て払い除けて、お前たちを封印すればいいだけだ」

 

 単純な作業だと言う刹那だが、それが出来るのはお前ぐらいだろうに。

 

 一番前の刹那の横に、『当たり前』のごとく立つ魔法少女姿のリーナが口を開く。

 

 

「セツナ、アレやって! ア・レ!! 『あいあむざぼーんおぶまいそーど』♪♪」

 

「日本語英語で、急にやる気がなくなること言わないでくれ……」

 

 

 リーナの気が抜けるようなセリフを聞いて、『嬉しそうな苦笑』を浮かべた刹那の横顔を位置関係で見てしまう達也。

 

 言いながらも当初のプラン通りに、両腕の魔術刻印を最大励起(フルドライブ)させる刹那の姿にデジャヴュ(既視感)

 

 

 ならば、自分がやるべきことは『連合』を作るまでの時間稼ぎだ。

 

「時間を稼ぐぞ。刹那の呪文詠唱を邪魔させなければいいんだ」

 

 

 副官よろしく達也が声を掛けると、全員がやるべきことを考えて位置につく。

 

 その後ろでは世界に一人だけの『魔法使い』が、集中をしている様子であった。その『入り込み方』に誰もが息を呑む。

 

 

双腕刻印・直列接続(ダブルドライブ)―――双腕基盤・並列接続(ツヴァイファンタスト)

 

 

 両腕の五指を開き、前に出して何かを押し止めるような動作。そのあとには、刹那の全身から出る余剰の魔力がスパークとなって周囲を照らす。

 

 両腕の刻印。既に衣服の袖を破ききった刻印は更に輝きを増す……。

 

 刹那の両親が託した遺産―――次代(つぎ)へと繋いでいくものが、刹那を活かすべく荒れ狂う。

 

 

(記憶映像の中で見たが、『生』で改めて見ると―――印象が違うな……)

 

 

 それを見ていると、明確な脅威を感じたのか吸血鬼たちが動き出す―――。

 

 何一つ、攻撃は通させない。しかし後ろで行われていることは達也と深雪―――リーナには分かる。

 

 

 そこには、仏教、神道などで見られるもの―――。

 

 勢いよく合わせられる掌。

 

 柏手、合掌。

 

 違いはあれども、そこにあるものは唯一つ。

 

 

 ―――『神仏』への祈りの所作―――『心』の作法なのだと―――。

 

 

「―――I am the bone of my sword.(身体は剣で出来ている)

 

 

 遠く遠く、はるか遠き彼方から聞こえるような呪文(ことば)が世界を―――変えていく……。

 



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第256話『EMIYA--Unlimited Blade Works--』

前書きでの告知。

次話は、今話の雰囲気少し『ぶち壊し』のギャグ的要素があり得ます。

今から言っておくことでダメージを軽減するのだ。リジェネを打つことで―――。

というわけで来訪者編も遂にスタートーーーという日に投稿なのだが……まぁ佐島氏が特典小説をつけてくれれば売上は―――何とかなるかもね。

某うた系アニメ2つに押しつぶされるぞ(爆)


 

 

「―――I am the bone of my sword.(身体は剣で出来ている)

 

 

 その言葉を聞きながらも、刹那に攻撃一つ通さないように動く全員。接敵云々を前に先制攻撃をしたのはレオだった。その手に持つ白銀の棍棒は―――無骨さよりも機械的な印象をもたせるものだった。

 

 白銀の棍棒は、光を放つとそのままに大地を強烈に一打。瞬間、盛大な土の盛り上がり―――土砂崩れが『平地』で起きたのだ。

 

 土砂の勢いは凄まじく、吸血鬼共を土葬せしめんと何度も繰り返されるが、その中でも巨大な大男が―――怒りと共に前に出てきたが、大男を留めんとモードレッドが朱雷を剣に纏わせながら切り結ぶ。

 

 

「―――Steel is my body, and fire is my blood(血潮は鉄で、心は硝子)

 

 

 クラレントという最高位の武器を得たことで、文字通り水を得た魚のように剣戟剛撃を繰り出すモードレッドのフォローとして、ドライアイスの弾丸が―――大男の『脚』を直撃。

 

 分厚い鎧越しでも脚から下を凍結せしめた攻撃は、大男を止めた所に真っ向唐竹割りが入り込む。

 

 大男に比べれば小さな体を、目一杯バネを生かして飛び上がったモードレッドの一撃が、寸分違わず左右に割り入る。

 

 しかし―――消滅はしていない……。

 

 

「――― I have created over a thousand swords.(幾つもの戦場を越えて不敗)

 

 

 その間隙を塗って小猿が引き連れた黒色の猿―――類人猿の群れ―――キングコングを思わせる巨大なものまでいる。

 

 猿の惑星(PLANET of APES)を思わせる進撃を前にして、ペンギン軍団とイルカ軍団とシロナガスクジラの軍団が、都会のアスファルトを海に変化させて猿たちに挑みかかる。

 

 さながら『イルカ(クジラ、ペンギン連合軍)がせめてきたぞっ』とでも言うべき様相を作り上げたのは、達也の妹とフランスからの留学生である。

 

 怪獣大戦争も同然の戦いの中で、小猿に―――幻獣だと断定したリーナの言葉を聞きながら、攻撃を集中させる。

 

 

Unknown to Death.(ただの一度も敗走はなく、)

 

Nor known to Life.(ただの一度も理解されない。)

 

 

 吸血鬼たちも刹那の呪文に何かを感じ取ったのか、攻撃の圧を広範囲かつ高威力で強めようとしてくる。

 

 ―――邪魔はさせないという想いで、黒馬ラムレイを出したランサーアルトリアオルタが、包囲の外側に単騎で駆け出して、押し寄せる吸血鬼とその『分体』の『横っ腹』を突き刺していく。

 

 それに対応しようと翻したところで、けたたましい、否……猛々しいモーター音を響かせて黒いバイクを駆る戦闘メイドが、同じく横っ腹を突こうと駆け出して、反対側の横っ腹を突き出していく。

 

 黒いバイクをスロットル全快で駆け出すメイドが横を叩き出す。

 

 左翼右翼に『呂布』(無双状態)が出てきたようなもので、軍団は壊乱しようとする。

 

 

「―――With stood pain to create live weapons.(担い手は此処に独り。)

 

 

 だが吸血鬼としての慢心か、それともそういう集団行動を取るには『我』が強すぎるのか、混乱した軍団が更に混乱した所に―――

 

 モードレッドとエリカが、息を、呼吸を、鼓動を合わせる形で、飛翔する斬撃―――十字を刻む軌跡のものが飛んでいき、軍団を更に混乱させる。

 

 しかし混沌と呼ばれた吸血鬼の泥が砕かれたとしても、油断なく様々な『カタチ』に変化して、足元から這い寄る混沌をピスピスと穿つことで奇襲を許さない。

 

 最前線で戦う連中に比べれば地味な作業で、120体目の小動物を砂粒以下に返して―――それでも、混沌に戻ってしまう作業を繰り返したところで―――

 

 

「―――cutting and create many weapons.(剣の丘で数多の人の生を識る。)

 

 

 大地に刻まれる『魔力の紋』、魔術回路と魔術刻印の転写(げんぞう)の一筋が達也の足元に絡みついた瞬間……。

 

 一体の獣に何かの『線』を―――子供のラクガキじみたものが走るのを見た。それだけでなく万物全てにすら見えるそれが……。

 

 

 

「―――I have no regrets. This is the only path.(ならば我が生涯に意味は要らず、)

 

 

 

 最大級の魔力の猛り―――明確な危機感を持った転生する吸血鬼の下知を受けて、正面の圧を強めたところで―――夜目が効くはずの吸血鬼の眼を眩ませるほどの閃光弾が、『空中』から幾つも投下―――同時に、ビームやレーザーなど未来兵器、バルカンやガトリング砲の近代兵器の乱舞が、空中から飛来する。

 

 出足を挫かれたところに、幹比古と美月の連撃が炸裂。

 

 幹比古がコノハナノサクヤビメからの魔弾を……。

 

 美月が鏡からネコっぽい(厳密に言えばネコではない)使い魔を出し、その矮躯のネコっぽい使い魔がボクシングパンチ。吸血鬼の集団を押し返す。

 

 あり得ざる光景だが、刹那が何かを指導していたことは知っている。

 

 そして吸血鬼との『境界』を刻む形で、地面から虹色の光の柱が間欠泉のように吹き出てくる。

 

 

 長い詠唱……現代魔法では打ち捨てられた無駄さが決して無駄ではない。

 

 世界を変えるほどのその『呪文』(ことだま)が世界に響いた時に、世界はひっくり返る―――!!! 

 

 

My over soul was(躍動する魂は)

 

 

 その事実を司波達也は、再認識する―――――――。

 

 祈りの所作が解かれ、手を一杯に広げ、腕を鳥の翼のように伸ばした刹那の『魔法』が解き放たれる。

 

 

 

「―――So as I pray, UNLIMITED BLADE WORKS.(きっと『無限の剣』を喚び醒ました)

 

 

 

 

 全てを亡くし、1人で泣いていた少年の『奇跡』が世界に具現化する―――。

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 眩いばかりの『逆光』を受けたミハイル・ロア・バルダムヨォンの再生体は、ようやく見えてきた光景の見事さに、時間こそ『月夜』ではないが、あの日に見た『奇跡』と重なったが―――。

 

 

 すかさず嘲りの笑みを浮かべる。こんな大それた魔術で、これだけしか出来ないのか―――と……。

 

 

「何を出すかと思えば、『固有結界』―――リアリティマーブルとはな。自分の心象で世界を塗りつぶす異界創造の秘術……美しい光景だ。ああ、確かに『色彩』豊かなものだ。

 太陽が浮かぶ時間―――とも言い切れないが、さりとて月が浮かぶ時間でもない―――。

 雲海が近い―――まるで浮島だな……。ああ、だがやれることは、この空間で―――墓標のように突き立つ『名剣』を使う程度か!!」

 

 

 知識欲があり、かつ洞察力にも優れた冠位指定級の魔術師の言葉が届く。位置関係としては固有結界の性質上、思いのままの配置を取れた。

 

 ある種の運命改変すら行える固有結界の特性ではあるが、しかしながら―――遠坂刹那は、その言葉に薄く笑みを浮かべるのみだ。

 

 

「貴様は知らないだろうが、このミハイル・ロア・バルダムヨォンは、都合17回の転生を行い800年間の世の移りを見てきた。―――貴様と似たような思想に行き着いた魔術師の1人や2人、見てこなかったとでも思うか?

 例えその剣が、どれだけの魔力を溜め込み―――何千、何万と降り注ごうと―――『人の身』では、この私を倒すことは出来ないのだ」

 

 

 ああ、それは真実だ。

 

 程度の差はあるが、如何なる奇跡を起こそうと、人の身では決して『死徒』を消滅させることは出来ない。そういう『ルール』が『完全適用』された世界は、とっくにご存知だ。

 

 だが……。

 

 

「―――ステージ(舞台)が違いすぎたな吸血鬼。不老不死の定義で他人の(ありかた)に寄生する貴様は、何もかもを違えていたよ」

 

 

 その言葉の返事は、虚空に幾重にも刻まれるカバラ数秘術である。

 

 既にその魔法陣からは閃雷が迸っており、放出された時の威力は察してありあまる。

 

 小癪な若造に対する叱責の打擲としては大人気ないが、それでも齢にして半世紀も超えていない若造が、『ここ』に至ったことに対する称賛も込めて―――殺すことにした。

 

 浮島の見事な草花を吹き飛ばす雷霆術の威力は―――存分に発揮されて距離はあれども威力を減することはなく、直撃しようとした瞬間。

 

『盾』が現れる。無数の盾だ。拵えは黄金。カタチは『円』

 

 黄金の円盾は―――次から次へと増えていき、猛烈な雷の全てを防ぎきった。

 

 

「他愛もないものだ。クセルクセスの用意した魔術師たちは、ゼウスに由来する言葉一つでこれ以上の雷を発動できた」

 

 黄金の円盾の向こうから声が響く。確かに剣だけではなく『盾』もあるだろうことを失念していた。小癪な真似を―――。

 

「まてミハイル、あれは―――」

 

「震雷!」

 

 魔法陣を重ねることで、雷をもはやレーザービームも同然に解き放つ。

 

 その光条の数は、10や20では足らないビームの連装砲だ。

 

 横に立つ同胞が何かを言っていたが、構わずに連撃を解き放つ。

 

 

 ―――しかし―――

 

 現れる影が、それらのレーザーを『斬り捨てた』。恐るべき早業。

 

 五月雨のごとしビームの勢いを五月雨斬りに捨てた『神域の剣客』が、盾の前に躍り出てそれを行ったのだ。

 

 

「雷を斬るなんて、結構無茶だが―――」

「レオニダスに無茶を強いるほど無情にはなれんよ」

 

 金髪を持つ美男の騎士と、紫赤(マゼンタ)の髪が鮮やかな女闘士が言う。

 

 2人は微笑を浮かべて、後ろを振り返り―――この世界の創始者に呼びかける。

 

「さぁマスター。もはや幕開けの時だ!!」

 

「数多の英雄たちの総覧―――お前が持つ奇跡!!」

 

 

 ―――『無限の剣()』を披露する時だ!! ―――。

 

 同調して言われた言葉に応じて、遠坂刹那という魔術師の四方八方に数多の人間が現れる。それは時代を超越()えた英雄たちの大集結。

 

 神代・古代・中世・近世・近代……それらの時代で名を残し、人類史に確たる歩みを刻んだ―――人間全ての集結なのだ。

 

 草原の世界に―――『星』が集う……。

 

「確かに俺が『単体』であれば、ここにある武器全ては俺という中途半端な担い手で、チカラを発揮出来なかっただろう―――だが、俺は―――ヒトリじゃない!」

 

 刹那の力ある言葉に応じて、また霊子の強烈なほとばしりで、『英霊』が召喚される。

 

 草原の世界に強烈な圧がまた1つ2つ―――もはや数え切れないぐらいだ。

 

 ―――目眩がするほどに、輝かしき星が降るユメのごとき軍勢の集結。魅せられた既知のものも、未知のものもそれを見た時に、どうしても感情に揺さぶりを覚える。

 

 

 その集団を前に、無限転生者ミハイル・ロア・バルダムヨォンは、驚愕と恐怖しか無かった……。

 

 月蝕姫の配下たる白騎士の心象―――『幽霊船団パレード』とは似て非なるもの。

 

 気づいたときには遅すぎた。これは―――詰みだと……。

 

「―――英霊の座より多くの英雄たちを、俺の身魂(さんみ)にある『縁』(えにし)を元に呼び出す。

 固有結界『無限の剣聖(無限の剣星)』―――俺の『エミヤ』の魔術としての最果て(極み)だ」

 

 

 居並ぶ輝きは吸血鬼の天敵である『太陽』をイメージさせる。属性的には『月』や『夜』など『陰』の側のものもいるだろうに、それらすらも『人理の守護者』としての『位置』に達すれば、こうも忌々しくなるのか―――。

 

 

「………ば、化け物め………! 『時間』(とき)から隔絶された英霊の座からの『一斉召喚』など、 貴様のそれはヒトとしての限界を超えた! 『魔法使い』であっても、いや―――お前は―――」

 

 狼狽したロアが、生前から持っていた全ての価値観(信仰)と共に勝ちの目すら消し去った少年におぞましさを覚えていたその時、ロアの(まなこ)に映った魔術師の姿が『違うもの』に見えた……。虹色に輝く目は―――稀少な魔眼。

 

 だが、『そこ』から辿れば―――。見えた姿に……『恐怖』を覚えた。

 

(あの時、私が見た『逆光運河』のカタチは間違いではなかった。だが、そこから―――)

 

 

 ―――何故、『これ』になるのだ!? ―――

 

 

 恐怖が身を凍らせる。 全身の毛穴が開ききったかのように、あらゆる危険を知らせる。

 

 

(魔術師ならば、『魔法使い』になればいい! これにはその『資格』があるはずだ! おのれの『影』を残して違うものを持ってくることも不可能ではない!! だというのに―――)

 

 

 だが、そんなロアの驚愕と懊悩混じりの考えとは裏腹に、『魔宝使い』遠坂 刹那は遠くからでも聞こえるように盛大に声―――いや、呪文を発した。

 

 

 既に100以上もの『英雄』たちが揃い踏み、その眼はロアとネロたちを完全に敵と認識していた―――。

 

 

「これからお前達がその腐った眼で見るものは、無限の剣()! 輝きを以て現れし、時代を問わぬ数多の英雄たちの剣戟乱舞! その武・魔・闘の絶技の絶技! 極致の極値―――その身で存分に味わうがいい!!!」

 

 

 虹のような輝きを持つ剣を振りかざした刹那。全ての英雄たちの総指揮者(グランドマスター)の如きポーズが決まった時。

 

 その言葉に、英雄たちの意気が上がる。

 

 

 声を上げるものもいれば、無言のままに、身にチカラを貯めることで、魔力の充足で―――絢爛豪華なオールスターは応える。

 

 

 戦闘準備完了であると……。

 

 

「―――いくぞ死徒二十七祖(ヒトヒル)、啜った命に対する懺悔と鉄槌の時間だ―――」

 

 

 

 傲慢にして傲岸不遜極まる宣言。たかだか二十年にも届かない魔導を修めた身でありながら、このロアに対してその物言い―――。

 

「こ、殺せぇええええ!!!」

 

 

 恐怖と憤怒―――割合としては前者が多い中で、『英雄たちのUNION』が、人類史を否定する影法師を滅するべく戦いを開始するのだった。

 

 

 

 




今回のNGシーン(?)


刹那から教えられた霊鬼(ジン)を使って格闘させていた美月は、刹那のチカラが最大級に膨れ上がっているのを感じて、思わず振り向いた。

魔眼―――。全てを見通すとまでは言わないが見えなくてもいいものまで見てしまう系統の魔眼が後ろの刹那を見ようとした時。

近衛兵よろしく刹那を守ろうと不動のリーナと愛梨をその途中で見ながらも―――その他の女の姿を見た。


銀髪の女性だ。長い銀髪はストレートに伸びずに外側に跳ね気味の若干のくせっ毛。だがその美貌は衰えない。

己のカラー()を認識しているのか、金色の眼に合わせたオレンジ色のファッション。女性らしさと少女らしさを複合させた衣服が眼にも鮮やか。

そのヒトが虚空に浮かびながら刹那の首に巻き付き、そっと慰撫している。あるいは慰撫されているとしか思えない所作をする。


(誰―――なんだろう?)

刹那にも見えていない。ましてや近くにいるリーナと愛梨も気づいていない。

美月だけが見てしまった守護霊、もしくは背後霊のような銀髪の美女の姿に―――少しだけ『寂しい』ものを感じてしまう。

そのぐらいに『儚い印象』を思わせる女性であった……。




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第257話『Fate/stay night(4)』

 ―――固有結界。

 

 自分の心の()り方で世界を塗りつぶす禁呪。禁呪と称されるだけに、エルメロイグリモアには当然載っていなかった。

 

 ここの面子で、詳細を識るものは少ない。刹那から教えられたものとて、それを完全な形で教えられるものはいない。

 

 だが、効果のほどは自分たちに見えているもので一目瞭然だった。

 

 

「死徒か! しかも人理否定世界からの稀人とは、いつでもマスター刹那の戦いは、とんでもないな!!!」

 

「シャルルー、あんまり声を上げるとバレちゃうよ」

 

「そんときは、雪崩込むように戦いの一番槍をいただくまでさ。リナルドもローランもブラダマンテもいる―――オレたちパラディン騎士団が勲をあげるときだぜアストルフォ!! 可愛い女の子(オーディエンス)も多いことだ!! カッコよく決めるぜ!! 」

 

 現・一高会頭の声に、ちょー似ている少年騎士が、明朗快活に意気を上げる。

 

 その後ろに控える多くの綺羅びやかな『魂』を持つ騎士たちも、その言葉に笑みを浮かべる。しかし……。

 

「アーちゃん! 私のヒッポくん、そろそろ返してよ!! ロジェロとタンデムしたいんだからさー!」

 

「そうしたいんだけど、いまのブラダマンテ、ランサーじゃないか。僕がセイバーとして召喚されてうさぎのメイド服を着ていれば、返したんだけどねー」

 

 悪意を感じない笑みを浮かべる『アーちゃん』こと『アストルフォ』……女にしか見えないが、伝承では『男』と伝わる騎士に対して、『貸していたゲームソフト返してよ』というノリで詰め寄るはーーーブラダマンテという世にも珍しい伝説の『女騎士』である。

 

 だが、その姿をマジマジと見ることは出来ない。

 

 そう、その女騎士は―――かなり卑猥な衣装をしていたのだ。俗にハイレグと呼ばれるキワドい衣装の上に、儀礼用の騎士衣を羽織っている―――。

 

 更に言えば金髪をロングのツインテールにしている―――恐ろしく『伝説の騎士』という名目を著しく損するものだ。

 

 だったが―――

 

 1人の少女にとってはそうではなかったようだ。

 

「ア、アナタがシャルルマーニュ伝説12勇士の1人、愛生と勇努の騎士『ブラダマンテ』ですか!?」

 

「うん? そうですよー。みなさんの安全は私達が―――……むむむ? むむむむ?―――デサンダン(子孫)?」

 

 一色愛梨が勢い込んでハイレグ騎士に問うと、問われた方は危険に巻き込まない風な言い様だったが、何かに気づいたのかフランス語で簡潔に問うた。

 

「伝えられるところによると、私の母はエステ家の末裔だったそうです!! お会いできて光栄です!! シュヴァリエ・ブラダマンテ!! シュバリエ・ロジェロ!!」

 

 興奮しきりの一色に対して、シャルルマーニュの伝説の騎士たちは、何故か感涙をしていた。

 

(((な、泣いている―――!?)))

 

 

 伝説に知られる『架空の大王』シャルルマーニュを筆頭に、パラディン騎士たちは滂沱の如き涙を流していたのだ。

 

 

「いやー、すまないね。なんせこの結界をマスターが展開すると、巻き込まれた人々の大半は、『誰ですか?』(フー・アー・ユー)とか言ってくるんだよ。オレたちの知名度は、そこまで地に沈んだのかと、ちょっとどころか悲しかったからね……」

 

「この世界でも私とロジェロの愛の結晶が家を繋いでくれていた。その事実にナミダナミダですよ!! モンジョワー!!」

 

 そんな風なパラディン騎士団と一色のやり取りは、『あちら』には見えていないようだ。

 

 先程から刹那は、吸血鬼に対して歌舞伎役者のように見栄斬りをして、はったと睨みつけている。

 

(しばらく、暫く、しばら〜〜く!! といった所か……)

 

 達也たちは舞台袖で、出番を待つ役者に対して声掛けをしているようなものか……。

 

 そんな結論を出しつつ、他の面子を見るとーーー。

 

 

『『『『ローマ!!! 我が愛しのローマ!!!!』』』』

 

 体全体で大樹を思わせるポーズ、『Yポーズ』をしている集団の姿を見る。X-LAWSならぬ『Y-ROMA』と言った所か。

 

 ローマを讃えよという賛辞。そしていつぞやの一高文化祭『季節外れの灼熱のハロウィンパーティー』で見た赤い衣装のアルトリア顔(Yポーズ)を見る。

 

 つまり―――あそこにいるのは全て『ローマ皇帝』(大シーザー)ということになる。

 

「カオスすぎるな……」

 

 現れた英霊のチカラをマスターとしての透視能力では見えずとも、達也の眼であれば、それは大まかに分かる。

 

 

 獅子の毛皮を被る半裸の女性。

 

 小太り……いや、完全に肥満体な剣士(?)。

 

 青髪に赤い目をした一番『ローマ』らしい格好の筋肉質な男。

 

 先にあげたものとは逆に、赤髪に青い目をした獣のような男。

 銀鎧の上に羽織る皇帝としてのガーブは装飾が凝っていながらも、強壮さを損なわせないものだ。

 

 その衣装と脇に差している大剣には見覚えがあった。

 

(あのサーヴァントは入学時に刹那がインストールした『剣帝』か)

 

 そして、一番見たことがある小野 遥のようなボイスの美少女剣士は、一際大きく「愛しき我がローマ!」と叫んでいるのだ。

 

 

「なんだか全体的にローマ陣営は赤いですね……」

「アレをローマ陣営と認識できるのがオレの妹か……」

「思いっきり口で言っているじゃないですか」

 

 不満顔な妹に謝罪しながらも、その軍団には更に強力なサーヴァントが招来されていく様子だ……。

 

 

「おおっ! 顕現してくださるのか!」

 

 肥満の皇帝が、ローマの中央にて黄金の粒子が集まる様子に感激をしている。

 

「どこに行っていたのですか、我らが始祖。我らが父君!!」

「雷の中に消えたと伝わるアナタを待っていた!!」

 

 ローマ皇帝たちの拍手喝采の声の後に、黄金の粒子が全て集まると、明確な姿をとった。

 人の姿だ。いや、人と言うにはあまりに常軌を逸したオーラを放っていたのだが。

 それは青い長髪を伸ばした偉丈夫であり美丈夫であった。

 

 筋肉質というか、筋肉の塊を適正に詰めた戦士の1つの究極系。

 

 その肉体を動かす上で苦にならない『黄金の羽根鎧』。武器らしきものは見えないが、その肉体だけが武器といっても過言ではない。

 

 そしてその『黄金神闘士』(ゴールドローマ)もまた―――。

 

「ロ―――――マ!!!!!」

 

 と、恒例のポーズとセリフを決めてくるのだった。

 

『『『『神祖ロムルス=クィリヌス(我らが愛しきローマ)の登場だ―――!!!』』』』

 

 ローマ陣営の盛り上がりと同様に、他の陣営も揃い踏みつつある……。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 

 

「フハハハハ!! ローマの皇帝方は中々にアットホームだな! 余もそういうのには憧れるぞ!」

 

「大王、『ヘタイロイ』揃いまして、皆―――『軍馬』に乗っております」

 

「うむ。大儀であるエウメネス」

 

 書記官の報告は、巨漢の大男―――重複した表現でなければ表現するに足りない男を満足させた。

 

 しかし、ちょっとした思いつきが発生する。それは大王ならではの稚気であり、いつまでも見果てぬ夢を抱くからこその『遊び』でもあった。

 

『ローマ軍が、あのようになるというのならば、我らも、もう少し軍団を増やそうではないか!」

 

 その言葉に黒髪ロングの書記官、エウメネスは嫌な予感を感じる。軍団を増やす。それ即ち『スカウト』ということだ。

 

「……我らはイスカンダル大王に忠誠を誓っておりますが、他の方々は……」

 

 諫言というには、少々弱いエウメネスの言葉。だが、目の前にいるのは征服王イスカンダル。その溢れるばかりの大望と、見果てぬ夢で多くのものたちを魅了してきた男なのだ。

 

 だからこそプトレマイオス、チャンドラグプタ、セレウコス、メレアグロス、ヘファイスティオンも、その遠征に着いていきたいと思えたのだ。

 

 だが、他の連中がどうであるかは、少々どころかかなりの賭けであると思えた。

 

 我が強すぎる古代ギリシャの英雄たち……。その筆頭でもあるイスカンダルだが……。

 

 そんなイスカンダルが呼び出された大地にて抱いた野望―――それは―――。

 

「古ギリシャ軍団の創設―――手始めに、あそこでペンテシレイア殿に鉄球投げつけられているアキレウスにさそいをかけよう!

 おーい!アキレウス、余と共に戦にゆこうぞ―――!! もちろんペンテシレイア女王も、ご同道せぬかー!?」

 

 無茶な説得フラグを発生させる大王に、家臣一同ハラハラ・ドキドキ!!

 

 イリアスの主人公たる人物に『遊びに行こうぜ』という体で話しかける大王なのだ。

 

 ―――しかし、王ならば! 我らが王ならば!!

 

 不可能を可能にしてくれるはず!!

 

 ……などという皆の期待を背負った大男を見ていた七草真由美は、あれこそが『小国マケドニア』から出て一大帝国を築いたアレクサンドロス大王……別名イスカンダル王とは―――と驚愕の思いに囚われていた。

 

「ウチの父さんも、あれぐらい大きな器だったら良かったのに……」

 

 もう人間としての『格』が違うのは当然だとしても、せめて人物だけでも大物として振る舞ってくれればと思うのは、娘としての過度な期待なのだろうか、とちょっとだけ途方に暮れる。

 

 途方に暮れていたところに……。

 

「とはいえ、アレが死んだ後にディアドコイ戦争などという継承戦争があったことを考えれば、襟度の広さを少しは狭めておくことを覚えてほしかったのだがな」

 

「―――つまり?」

 

 いきなりな『美女』の出現に驚いたが、これも英霊であると考えれば、受け答えは少し緊張した。短い問いかけは、緊張を出すことは弱みになると思えた……。

 

 もっとも、そんなことは現れた絶世の美女からすれば、お見通しに思えたが。

 

「お前の父親とやらとて、色々と考えているのかもしれん。自分という大黒柱が倒れることの意味をな」

 

 目尻にまで掛けて引かれた濃いめのアイシャドウ。同色系統のリップ……衣装は赤系統、へそは出ているし、肩は両側露出している。

 

 だが下品さが見えないのは、全身を締め付けるような赤色のバンドと腰に刺した短剣ゆえか……。

 

ヘテロクロミア(異彩瞳輝)……)

 

 金銀の眼をした古代ギリシャ系統だろう英霊は、背丈の差があるからか、いとも簡単に真由美に化粧を施した。

 

 

「どうにもお前は『良くないもの』を引きつけやすいというか、『不運』気質のようだ。化粧とは、女だけでなく、全ての『生命』(いのち)が生き抜くためのものだぞ―――覚えておくといい」

 

 そう笑みを零しながら言う美女はイスカンダルの陣に入り込んだ―――どうやらあのヒトも大王の臣下らしい。

 

(アレクサンドロス大王の女の臣下か……聞いたことはないけど、アーサー王が『女』の世界もある以上、そういうのもあるのか)

 

 妙な感心をしつつ、真由美としては今日のアーネンエルベで出しつつある『仮説』が『真実』に近づいていると思えた。

 

 因みに言えば、今にもアキレウスという緑髪を殺しそうだったペンテシレイアという半裸の少女を宥めたのは、彼女とケモミミの弓使いだったりする。

 

 

「うむ! これにて古代ギリシャ連合軍は作られた!!

 不肖ながらもこの、征服王イスカンダルが指揮を取らせてもらう―――だが、我ら全て一角の英雄ばかり―――余は、全員を兵士としては扱わん!! 我らは全て―――勇者なり!!!」

 

 

 自らの影に怯えて人を乗せることを拒んでいた猛馬ブケファラスという黒馬に跨りて宣言したことで、ギリシャ陣営の意気が天を衝かんばかりだ。

 

 

 そんな風な刹那の用意した『天幕』にてチカラを蓄える様子に、やはり無性に身体がうずくものたちも多い。

 

 その片方で、どういう英霊であるかを興味深くしているものもいた……。とりわけ―――

 

「グレンデル―――!! アタシたちもマスターの世界でビートを刻むわよ!! 至高のドラゴンデュオをここに結成!! ブラド小父様から決まった衣装を作ってもらっちゃったんだから♡」

 

「エリザベート、私はそこまで騒々しいのは好きじゃないんですけど、デンマーク王の居城がいつまでもうるさくて、人を食い殺していたんですから……」

 

 ポップなアイドル衣装の女の子に対して、今ではほとんど見られなくなっている『ミニスカート』のブレザー制服の女子は、見た目よりも楚々とした性格のようだ。

 

「そんなオソロの衣装も用意したというのに……アタシたちこそが欧州暗黒連合軍(ダークユニオン)の旗頭になれると想ったのに……そんなミニスカJK姿で、はっちゃけたくないだなんて―――」

 

「そ、そこまで落ち込まれると私も、色々と心が痛みますが、うううっ……! 分かりましたよー!!

 私たちの『DRAGON VOICE』を響かせて、ヒプノシスマイクも倒してみせましょう!!!」

 

「いやアレはラップバトルだから……」

 

 泣き落としに弱かったグレンデルというドラゴンJKに、今度はドラゴンアイドルが弱る番であった。

 

 とはいえ、英雄というよりも怪物じみた存在まで幕営に入れているのかと、幹比古はその竜少女たちを見ていたのだが―――。

 

 

「―――舞台(ステージ)が違いすぎたな吸血鬼。不老不死の定義で他人のありかた()に寄生する貴様は、何もかもを違えていたよ」

 

 どうやら、こちらに背中を見せている刹那の方では佳境に入っているようだ。

 

 そんな風に、幹比古が感心と驚愕で正直おしっこちびりそうな状況にて、刹那の背中を少しだけ遠くから見ている存在がいた……。

 

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 居並ぶ『有象無象』の『英雄』たちの集合。自身も呼び寄せられた『一騎』―――否、『一王』ではあるが、それでも、言うべきことは言う。

 

「ふむ、雑種が徒党を組めば、ここまで凄まじいものになるか。とはいえ―――そういう『ヒト』のチカラを(オレ)も何度か見てきたからな。侮らん」

 

「いい経験だったかい?」

 

「王の従者としての『経験』を積ませたのだ。(オレ)は何一つ変わらん」

 

 王の隣に『対等』に立つ、端正な顔をした『神造の人形』の言葉に、笑みを浮かべて応える『至高の賢王』だが……。

 

 1つだけ気がかりはあった。

 

 今にも開戦の号令はかかるだろう。その場合、くだらなさ満載で言うのもはばかられるぐらいだが、『バビロニア連合軍』において戦力である2人の『女神』が、日陰の女よろしく号令者(マスター)の背中を木陰から『そっと』見ているのだった……。

 

 

「何なのだあの駄女神は、いつもの傲岸不遜さがなく、慈しみを持った真正の女神のようにしおらしくなりおって、調子が狂うぞ」

 

 忌々しく言う王に対して、苦笑気味に人形は推測を述べる。

 

「自覚が出てきたってことじゃないかな? あるいは―――『親心』―――『母心』ってやつかもね」

 

「―――『母心』」

 

 恐ろしい単語が出てきたが、それでも神がただ1人の人間に肩入れすることの『揺り戻し』は大きいのだ。

 

 ここにいる連中―――中でも『神霊適正』があるものたちで、それを分からないものなどいないはずだが……。

 

 

「まぁどうでもよいわ。あの化け物―――死徒とやらは、このどこまでも醜悪な庭(人理世界)を穢す魔物・怪異だ。手ずから―――滅殺する」

 

 黄金の石版魔導書を開いて殺意を滾らせる賢王―――。

 

 

「キミが戦うと決めたならば、僕も戦おう―――ギル」

 

「フンババ退治以来の大仕事だな。 頼りにするぞ(エルキドゥ)よ」

 

 

 トップサーヴァント『2柱』の意気が上がると同時に、号令者―――魔宝使いと縁を結んだ『セイバー』と『ランサー』が駆け出す。

 

 

 雷を『斬り裂いた』あとには、今まで自分たちを隠していたカーテンが開かれる。

 

 

 戦の鐘が誰かの手で鳴り響く……。

 

 




もう少し色んな陣営を書きたかった。

具体的には、中華陣営とか日本陣営(コハエース風)とか、特に日本陣営を見たエリカとの絡みを書きたかったのだが、あんまりごちゃごちゃ書いていてもあれであるし。

モデルとしては刃牙の『全選手入場』、同人界隈では鉄板ネタ。

まひろがアレで同人誌一冊書いたのは伝説だろう。


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第258話『Fate/stay night(5)』

多くの高評価及びお気に入り登録をいただき一番上位のランクでは日間ランキング8位にあがっているのを確認しました。

感謝の極みです。ありがとうございました。これからも精進します。

偶然だとは思いますが、いや本当に偶然でしょうが、その時の7位は、シンフォギアのマリアをメインヒロイン(というより『嫁』)にした作品で(ちょくちょく拝見させてもらっていました)、当作品のメインヒロインたるリーナとは声優さんが一緒。

これはもしやひよっちさん(日笠陽子さん)の神通力は働いたか(え)

そんなたわ言を考えつつも、新話お送りします。どうぞ。

2020年10月10日

追記という形で文章を足しても良かったのですが、文量を考えて新規投稿という形にさせてもらいました。

混乱される方もいると思いますので、ここに文章追加の旨を書かせていただきました。




 ―――後ろに立っている『役者たち』の準備が整い、最大になった時を見計らって、幕を上げた刹那。

 

 

 激高した吸血鬼と、冷静なのか驚きすぎているのか分からぬ吸血鬼を見ながら、宣言した。

 

 

「―――DUEL GO!!!」

 

 あくまでもこれは『決闘』であるという宣言を以て、英雄たちが進撃を開始する。宣言をした刹那たちを置き去りにして、怒涛激闘の勢いで突っ込む英雄たちの意気であり『息吹』(ごうおん)は、全員の鼓膜をビリビリと打ち鳴らす―――。

 

 呆然としたままに残された面子もいるが、どうやら英霊たちの戦いに着いていったものたちもいるようだ。

 

 大半がそうで行かなかった方が少数なのだから。

 

「マスターの友人は豪気なのが多いな。『我が国』で鍛えてやりたい輩ばかりだ。うむ、人理が発展していても武を極めたいものは多いようだ。悪くない。悪くないぞ」

 

 女の身でありながらも、重くて長い朱槍を持つ闘士は、笑みを浮かべて得心をしておく。

 

「巻き込んだ形で申し訳ないが、君たちもいつ狙われるか分からない。ここは戦場であると用心をしていてくれ」

 

 黄金の大剣を持つ金髪の美男子……闘士と合わせて、入学初期の一件で見たことがある顔であった。

 見間違えようがないほどに強烈な印象を与える存在……深雪も、見るものを魅了するバランスを持っているが、この人間たちの前ではどうしても『格』が違いすぎた。

 

 未だに神秘が色濃く残り、幻想が近かった時代と世界で生きてきた人間たちの前では、深雪は『人工物』という印象が拭えないのだ……。

 

 その面貌には見覚えがありすぎた……。だが、その格好には物申したい……。

 

 美男子―――男の可能性の『アーサー・ペンドラゴン』の服装はまだ分かる。いわゆる社交界などに出る際の礼服。洒脱な白スーツ姿、青色をアクセントにしたものは、どのような女子も虜にするだけの面貌の前では似合いすぎていて、剣の代わりに白薔薇の花束でも持っていても不思議ではない。

 

 だが、問題は女闘士―――刹那の記憶で真名は分かっている『影の国の女王スカサハ』に関してだ。

 

 

 その姿―――。

 

 

「なんでバニーガールコスチュームなんですか……?」

 

「―――セツナ(マスター)の『趣味』だ」

 

 質問をした深雪にドヤ顔を浮かべながらキッパリと言うスカサハ。渡辺摩利よりも竹を割ったような姉御肌の女性の返答に―――。

 深雪のエターナルフォースブリザード(生ゴミを見るような眼)が炸裂。結界の創設者に対しての暴挙だが、『今さらだ』としか思えない顔―――苦笑をした刹那だが―――

 

「で、本当のところは? スカサハ師匠」

 

 冷静に己のサーヴァントに問いかけるのだった。聞かれたことで、少し申し訳無さそうにしてから、スカサハは口を開く

 

「……お主に喚ばれた時には、この格好であった……まぁアレだ。どっかのフォックスでキャットな『陽神』のお節介が、時空を超えて、私の霊衣として固定してきたのだろう。『汝、バニーとなりてご主人の目の保養と自分へのご褒美とすべし、キャットとの約束だワン!』というタグが付けられていた。うむ説明終了!」

 

「そうか。てっきりバニーのルーンでも開発したと想っていたのだがな」

 

「そんないかがわしいものがあるか。とはいえ、常在戦場の英雄英傑とて『遊び心』はあってもいいだろう?」

 

 その美女のイタズラっぽい言葉を皮切りに、刹那の周囲に、もう2騎の強烈な反応が生まれる。

 

 黄金の粒子を引き連れての登場……―――というよりも、強烈なまでに圧が強い霊子によって肉体が構成された(マテリアライズ)のだが、傍目にはそうとしか見えない。

 

 現れたのは、赤毛で薄着の―――女性。武人的というよりも狩人を思わせる利発そうな女性。

 詳しく語れば……年頃は、16歳から18歳前後と言った所だろうか。少なくとも達也の眼には20歳を過ぎているようには見えない。まぁ、昔の人々の生活や食糧事情を考えればどうだかは不透明だ。

 

 その上で長い髪が後頭部で綺麗に纏められており、快活的な肌色の身体を、柔らかい布地と革が合わさった独特な衣装―――裸で生活はしないが、狩猟を主に行う未開の部族を思わせるものに包み込んでいた。 全体的に活発な印象を周囲に与えるその少女は、スカサハと同じような印象を受ける―――。

 

 少女は周囲を見回して、スカサハを見ると、おもむろに口を開く。少し―――呆れているかのようだ。

 

「女王、お言葉ではあるが―――お歳を考えていただきたい。同じ女王として些か見苦しい」

 

 その忌憚なき言葉(?)に怒りのオーラがゆらりと揺蕩う。死の具現―――そうとしか言えないものだ。

 達也の眼からすれば、スカサハとて20代前半程度にしか見えないのだが……見た目ではない年齢を英霊は重視するのかもしれない。

 

「んーそうか、そうかんー、死ぬか。ここで死ぬぞ。『ヒッポリュテ』?」

「死ぬ前にとにかく抵抗させていただこう。アレスの娘である私は、そう簡単に死なないぞ。スカサハ」

 

 同族嫌悪とでも言えばいいのか、そんな風なにらみ合いをする女戦士2人(一方はバニーガール)を、刹那も止める気はないようだ。

 それどころか、赤毛の美女と共に現れた直立歩行する小さい熊(人形サイズ)に、肩に乗られて話を振られているぐらいだ。

 

 

「いやぁ美女同士のガンつけあいと、同時に起こる胸のむにゅむにゅん空間。あそこに挟まれたいよなー、マスター?」

 

 くまというモデリングなのに、なんともスケベなことを言い絡んでくる棍棒(ちっさい)持ちに、汗をかくのは刹那である。

 どうやら緊張をしているようだ。何故に緊張をしているかといえばーーー後ろを向けば一目瞭然だった。

 

「男として同感したい気持ちもある―――しかし、悪いんだが、『くまクマ熊ベアー』、お前のせいで、後ろにいるオレの彼女と同期して、月女神がとんでもない表情しているぞ」

「へ?」

 

 マスターからの言葉に後ろを振り向く『くま』は、そこにいた2人の美女に明確な悲鳴を上げた。

 

「ギャー! 神霊すらも『霊基限定』で呼び寄せるマスターのハイスペックさが仇となっているーー!! しかもマスターの彼女に憑依合体してオーバーソウル!! ま、待てアルテミス!! 嫉妬なんて醜いから、俺の(はなし)を聴け―――!!」

 

 名言に対するとんでもない引用と、無茶振りにも程があるルビになんとも言えない気分になりながらも……熊の言うアルテミスという人名ならぬ神の名前と、嫉妬をするなという発言から『熊の正体』を達也はなんとなく察した。

 

 神話や伝説に明るいわけではないが、『星座』の成り立ちなどは『エルメロイレッスン』でとにかく聞いていた。天体魔術は刹那にとって縁深く、いつもより通る声で説明していた記憶がある。

 

 

 が―――。『星座』となった『熊』の運命は、一刻一刻と削られていくようだ。

 

 正しく『PLANETDANCE』、愛を無駄にしてしまった男の残念な末路が刻まれつつある。

 

 

「やっぱり人生の先達としてさ、男としての在り方を教えなきゃいけないじゃーん。1人の女に添い遂げるとしても、少しは遊びも知らないと、俺みたいに浮気するんだから、マスターには訓告として、俺は教えていたんだ―――あっ、やっぱりダメ? ぎゃー!! お願いマスター!! 『むんず』と掴んで、明後日の方向に放り投げないで―――!!」

 

 説得工作が効かなかった時点で、刹那はくまを投げることで、アルテミスの怒気をあちらにだけ向けさせることに成功。同時に、リーナからもアルテミスの霊基が離れたようだ。

 

「いいのか? あの熊がお前の呼び出したアーチャーなんじゃないか?」

「いいのさ。どうせ戦いになれば合流する―――でスカサハ師匠、そろそろ『お召し替え』を」

 

 刹那の稚気溢れる言葉の意味は、先程から蟠る黄金の粒子がいつまでも現界しないことを目線でも示した。

 

「ふむ。『ゴールデン』には刺激が強すぎたか―――というか少しは耐性を付けなければ、いつか誘惑系統の女性サーヴァント(露出強)とガチで戦った時に、マスターを危険に晒すぞ」

 

 刺激が強すぎたか、という嘆息ぎみの言葉の間に、ランサー・スカサハの衣装は違うものに変わっていた。

 

 先程とは違って肌の露出は減ったが、逆にその神がかった絶妙のスタイル(黄金比のプロポーション)を強調するような全身タイツ―――髪の色と同じ紫色のそれに小さめのショルダーガードを着けた姿は―――達也の目には一瞬しか映らなかった。

 

 なぜかと言えば、実妹によって眼を閉じられたからだ。 

 だから、新たに現れたサーヴァントは言葉だけが聞こえているのだった。

 

「助かったぜ瑠璃丸(ほうせき)の大将。頼光サンも『たま』にはっちゃけるんだが、まさかスカサハの姉御まで、こんなことになるとは、な」

 

「ゴールデン殿、日ノ本のサーヴァント軍団の中にいる頼光殿(御母堂)が、手を振っておられるぞ。(吸血鬼根切り状況)返して差し上げると良い」

 

 前半は少しだけ嘆く調子だが、声量があるのか小さめの声でもかなり届く―――。巨躯を誇る男の声だ。

 

 後半は、柔らかな女性の声だ。母を思わせるその声に対して、気になったのはカメラレンズの倍率収縮運動のような『キュイイイン』という低い音が聞こえたぐらいだ。

 

 どんなサーヴァントなのか、本当に興味深いのだが……。

 

 

「深雪、いい加減離してくれないか?」

「刹那くんが、サーヴァントを連れて本丸崩しに行けば離します」

 

 呆れた妹だ。怒らずにはいられない。だが、そんな深雪か自分に対して、刹那は苦笑気味に『長居しすぎた』と言いつつ言葉を残す。

 

「ここも安全とは言えない。なにかあれば『思念波』で俺を呼べ。それと、前に出たいならば、気をつけて進めよ。護衛が必要ならば、寄越す―――」

 

 その最後までこちらを気遣った言葉を最後に、深雪の目閉じは終わりを告げて、同時にいままで遮音結界も張られていたのか、戦場の轟音が達也の耳を再びつんざく。

 

 その眼に映るは、草原を駆ける1人の魔宝使いとその運命に着いていくと告げた少女―――。

 その周囲に同じく駆け出す英霊という『戦士』『勇者』の姿を見る。若干、前のめりに走り出すその姿に胸が熱くなるのを隠せない。

 

 魔力の光波が砲弾のように周囲を打ちのめしながらも、それよりも早く走り出す。理屈ではない。意気と勇気を以て戦う姿を見せるそれは―――人間讃歌は「勇気」の讃歌!

 

 人間のすばらしさは勇気のすばらしさ! ということを身を以て示しながら戦っているのだ。

 

 当然、それを挫くべく人間否定の徒(人類史を穢すもの)は、手勢を寄越す。あれだけの英霊たちに打ち負かされても残されていた吸血騎士が大剣を振るい草原の土塊を跳ね上げて妨害する。

 何十メートルも跳ね上がった土の壁を前にして、寸前でそれよりも高く飛び上がっていた刹那達は、着地すると同時に騎士たちに斬りかかる。

 

 絶望感はない。生きる。戦うと願ったがゆえの運命に身を投じるのだった……。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 

 ―――Interlude―――

 

 そんな刹那達が出陣する前から戦いは始まっていた。

 

 蛇……ミハイル・ロア・バルダムヨォンが再生したかつての死徒軍団の再現。ネロは死霊術(ネクロマンシー)と語ったが、ある意味では『人体の投影魔術』といっても差し支えない。

 

 当然、投影魔術の原則には縛られて『永遠』ではない。

 ある程度の時間制限はあれども、普通の投影魔術の比ではない『再現時間』『再現能力』で作られた死将(ヴァンプジェネラル)たちであったが、ここに来て『死体』を利用したことが仇となった。

 

 即ち『知能』の問題であった。如何にロアが手を加えたところで、元々の資質が低いものたちでは、どうやっても頭が足りないものに成り下がるのであった。

 個々の状況判断能力が著しく欠けたものとなっているのだった。

 

 ゆえにその力押しでありながらも巧緻を極めた進撃に対応するには、頭が足りなかったのだ……。

 

 

「フランスの騎士は、不死者なんかには負けないぜ!! 何より―――アンタ達をエデンに送るためにはハンパは禁物! 今日の戦いは並じゃない!!!」

 

 最初に接敵したのは、英国風に言えば『フランク王国』の聖騎士たちだった。

 

 指揮官・大将・王でありながらも、先頭をひた走る黒髪の少年騎士シャルルマーニュの言葉に応じて、輝剣という特徴的な剣が、シャルルの周囲を飛び回り意に従い、様々な攻撃を行っていく。

 

 俗な表現で言えば『思念誘導兵器』とでも言えばいいものに強烈な光を纏わせて振るう度に、自分たちが完全な消滅をさせられなかった不死者たちが、灰と塵に還っていくのだ。

 

「シャルルに負けてられないよ!! ボクだって12勇士なんだ!!」

 

 どう見ても女にしか見えない桃色の髪の聖騎士が、騎兵槍で周囲を引っ掻き回すように壊乱させたところで、ロングソードを用いた剣戟が決まる。

 

「ふっふーん♪ 確かにボクはパラディン騎士団の中では最弱かもしれないけどね―――」

 

 自信満々なのか卑下しているのか分からぬ言葉を言いながら、振るう槍撃と剣戟は、なかなかに多くの敵を倒す。

 

「12勇士の中でもっとも多くの困難極まる冒険探索行(クエスト)をこなしてきたんだ! 巨人殺し(ギガントバスター)の名はダテじゃないんだよ!!」

 

『武』での実力が劣っていることが、問題なのではない。最後に勝利を得られるor目的を果たすだけの『能力』があるかどうかが問題なのだ。

 

 特にアストルフォは、その宝具の多彩さから、困難を『突破』するだけの『知恵』と『機転』を利かすことが出来る。手持ちの札を最大限に活用して『戦う』ことが出来るのだ。

 死将の一鬼。恐らく巨人化(タイタニアライズ)の秘術に特化したものが立ち塞がるも―――。

 

 

「ボクの伝承を知らないのかい? ならば、その身で味わうといいよ!! ――――恐慌呼び起こせし魔笛(ラ・ブラック・ルナ)!! ボクの演奏聴いていけー!!」

 

 腰元に挿していた角笛を取り出して、『呪文』で巨大化・複雑化させたものを手にするアストルフォ。

 今にも飛びかかり、岩でも投げてきそうな巨人を相手に、息を溜め込み巨大なトランペットないしホルンなどにその息を吐き出したーーー。

 

 瞬間、とんでもない爆音がトランペットから吐き出されて、巨人が持ち上げた岩が細粒へと代わり、爆音を受けた巨人が行動不能となる。

 

「シャルル!!」

「アルミューレ・リュミエール!!!」

 

 呼びかける前から走っていたシャルルマーニュの剣は巨大な光を蓄えていた。

 

『光の魔力放出』で白光と化した剣。

 

 それを目にも留まらぬ疾さで十字に振るった。結果として断末魔の絶叫を残すこともなく『焼却』される死徒巨人。

 

 

 ーーーその様子を近くで眼にした一色愛梨は、歓喜で胸が震えるのを隠せない。

 

 

「これがパラディン騎士団……」

 

 呆然とした愛梨に対して、先ずはマスターのつもりなのかブラダマンテが発言する。

 

「頭が色々と『アレ』な人間しか入れないことで有名な集団です♪」

 

 その言葉を受けて―――。

 

「常にカッコよさを求める集団です!」

 

 王様(シャルルマーニュ)が白い歯(シャイニング)を見せながら決めたポーズで言うと。

 

「愛を求めて駆け出し続ける集団ですよ!」

 

 ブラダマンテの兄、魔剣使いにしてバヤールの英雄リナルドが言うと……。

 

「常に全裸の気持ちよさを求める集団!」

 

 それを受けて全盛期(HOT LIMIT)のT.M.西○アニキのような状態になっている『逃げ傷なしの騎士』ローランが言った後には―――。

 

「―――以上♪ ボク以外、変態バカり(誤字にあらず)の、フランク王国が誇る最強の騎士団なのだー♪」

 

 どう考えても女装しているようにしか見えない男の娘が筆頭だろうに、そんなことを言ってシメとするのだった。

 

「因みに言えばブラちゃんなんて、『ロジェロの残り香』がないかと、ヒッポくんに頭ごと突っ込むこともあったぐらいだし♪」

 

「アーちゃん!!!!」

 

 ロジェロの前で言うんじゃねー! という言外の言葉を受けてもピンク髪は意に介さない。

 とんでもないお調子者という伝説は、変わらないようだ。

 

 しかし、そんなことを聞いた一色愛梨は……。

 

 

「ブラダマンテ様……大丈夫です。私もセルナから手製のレイピアを送られた時には、それを握りしめながら2ヶ月は就寝をして、柄に対して頬ずりすること100回は超えていますから」

 

『『『『『―――合格(ヴィクトワール)―――』』』』』

 

 この場に12勇士が揃っているわけではないが、呼び出された面子は満場一致で、現代の聖騎士(パラディン)として『アイリ』を認めたのだった。

 

 

 ―――そんな集団を遠巻きに見ていた、木剣を持ち、目が死んでいる系の『マンドリカルド』(比企○八幡)は………。

 

 

「こんな連中に俺は勝ったり負けたりしていたのかよ……つーか、騎士叙勲の基準が、そんなんでいいんすかねー……まぁ、そういうのが英雄の条件なのかもしれないですけどねー」

 

 などと、やさぐれた言動をしつつ、魔獣を熨していた。

 

 魔獣たちは、最終的に『魔力』としてこの世界に還元されているが、少しの嫌な予感がある……。

 

「……マスターならば気づいているかもしれないけど、一応連絡しておくか」

 

 念話は戦いながらでも通せる。しかし、基本的に陽キャ系統のマスター・刹那との会話は、少しだけ緊張する。

 

「行くぞ、ブリリアドーロ。俺たちは遊軍だ。戦場の抜け道を塞いでいくんだからな。重要な役割だ」

 

 馬に乗りながらであれば緊張も紛れるかもしれないと思いながら、タタールの王にしてフランス軍を四人で壊乱させた伝説を持つ『英雄』は、草原の戦場―――自分のような存在を呼び出してくれたマスターのために駆けるのだった……。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「ロ――――マッ!!!」

 

『『『『ロ――――マッ!!!』』』』

 

 あらゆる意味で恐ろしい光景である。ローマ軍団に現れし開祖であり、彼ら(皇帝たち)曰くの『神祖』ロムルス・クィリヌスの掛け声に承応して、攻撃が繰り返される度に、前面を壊乱させる攻撃となるのだ。

 

 もう何というか『通常攻撃が全体攻撃で二回攻撃の皇帝さん達は好きですか?』という具合なのだ。

 

 

 そんな攻撃を一身に受けながらも、何とか踏ん張ろうとする猿の首魁、死徒『ピエール・セード』は、あまたの猿たちを操りながら、己の身を段々と獣性―――否、先祖帰りさせていく。毛むくじゃらの白い巨猿―――当然、周りにはネロ・カオスが出してきた猿の集団(大中小)がいるのだが……。

 

 その中でも異彩を放つピエールを狙って、赤き皇帝たちは戦いを続ける……。

 

「あそこにいるのが、親玉と見た!! シルバーバックとは、珍しいものを!!」

 

「ムステンサルが似たようなものを送りつけていたことがあったな……とはいえ、今はコロッセオの獣殺しではないのであれば―――行きましょうかネロ皇帝(姉帝殿)!!」

 

「うむ! 委細心得たぞルキウス皇帝(孫帝殿)よ!! 我らが剣技―――」

 

「―――その眼でしかと焼き付けよ!!!」

 

 

 火の化身たる外連味溢れる拵えの赤剣と、雷を内包する拵えは正統派の紅剣とが頭上で打ち合わされる。

 

 皇帝の連撃技。無論シーザーであれば、先後の帝の違いはあれども、二人には時代の差はありすぎる。

 

 だが、同じローマに栄えあらんとして生きてきたシーザー(皇帝)に余計な言葉はいらない。ただ……『ローマの呼吸』を合わせるだけだ。

 

 同じ動作として剣を一回転させてから互いに違う構えを取る両者。空気が張り詰めて、明確な攻撃行動を猿たちも取れない。

 下段と上段。腰だめと肩がけと言ってもいいその構えから走り出す二騎。

 

 高速で並走しながら猿の集団を割り砕く剣戟二閃。そこからの振り下ろしと振り上げの剣戟二閃。

 

 

「「―――童女謳う華の帝政(艶女謳歌する俺の帝政)!!」」

 

 

 そして技の名前を告げると同時の交差斬撃。

 都合、六閃。火と雷を巻きつけながらの大斬撃が盛大な爆発を引き起こして、猿―――魔獣を壊滅させて、シルバーバックに膝を突かせた。復元呪詛でも完全に治りきらないのは魔力が独占されているからか。

 

 否、違う―――!!!

 

 

(―――神性が付与されているのか!!!)

 

 再生された中では『おつむ』が良かったピエールは、英霊の中でも『黄金の神気』溢れる存在が鍵だと気づいた時には―――。

 

「神祖よ! ご覧あれ!! これが私の―――射殺す百頭(ナインライブズ)羅馬式(ローマ)!!」

 

 獅子の毛皮を纏った半裸の女がピエールの懐に飛び込んできて、持っていた無骨な打剣をとんでもない圧力と速度で『百回の攻撃』を振るった。

 

 一切の抵抗も出来ない爆打の限りが、ピエール・セードという再生された死徒を消滅させた。

 

 

 その身体の『残り滓』が、密かに―――『養分』にされていることに気づかずに、ローマのサーヴァント軍団は進撃を再開した……。

 





FGO―――卑弥呼サマー!

CMだけを見た時には斎藤一だとは思わなかった。二刀流だから土方の小姓であり、北海道まで付き従った市村鉄之助だと思ってしまった。


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第259話『Fate/stay night(6)』

 英霊からのいきなりの『通信』。念話という形で、こちらと明朗にやり取り出来るのは、戦場の『中心』が自分にあるということなのかもしれない。

 

 その責任を十分に認識する……。

 

「分かっちゃいたが、お前の見解は?」

 

『俺の考えですが、後ろに置き去りにしている人たちがマズイでしょうね。俺は孤軍でも何とかなりますし、死んだとしても霊子に変えるだけですから、いいんすけど』

 

「ヘクトールに合流してくれ。いざとなれば後ろに転進することも考えに入れておいてくれ」

 

 英霊進撃の最中に飛んできた、タタール族の王マンドリカルドからの少しだけやさぐれた通信内容と見解に答えながら考える。

 

 こちらの指示に『ちょっ、マスター!?』などと狼狽するのを、通信を打ち切ることで、有無を言わせないのだった。

 

 形骸なき混沌の泥。まるでパニックホラー映画のように、見えぬように進んでくることも出来るだろう。

 

 具体的には、『ザ・サンド』の訳の分からない生物のように、砂浜の下からの捕食行動も出来る……。

 今は『ネロ・カオス』という死徒は捉えることが出来ている。―――その姿は、何故かメカメカしい。俗に言えば『松本零士』的なスコープでこちらを見据えているのは如何なものかと思う。

 

 

「観測した限りでは、アレは『総体を消し飛ばす一撃』か『会心の一撃』でも食らわせれば、倒せるんだろうけど」

「まぁ中々に難しいね。下手に対城・対界・対星なんて使えば、ここ(セカイ)の維持は出来ないからね」

 

 

 その対城宝具を持つアーサー王が言いながら、ネロ・カオスの欠片たる蟹のような蠍のような魔獣を細切りにしながら言う。

 

 

「―――ならば、どうする?」

 

「簡単だ。あの裸マントの死徒―――エドモンに引っ付かれている死徒を先ずは倒す」

 

 何かの因縁があるのか、単騎で突っ込んでいったエドモン・ダンテスというサーヴァントは、途中にいた死将たちの攻撃も紙一重で『分身』して躱しながら一気に王手を掛けたのだ。

 その際の会話は………。

 

『すまないマスター。私には、この男が生きていることが、この上なく許せない……! 我が師……第二の父である『ファリア神父』を己が欲で監獄塔(じごく)に入れたこの男が、私に『殺される』こともなく、生き延びた世界など―――心が許せないのだ!!』

 

 いつになく激情を以て語るアヴェンジャー・エドモン・ダンテスは、レイピア2本を要求して無茶な進撃を開始したのだった。

 

 実際、エドモンの暗黒のビームに対して、ミハイル・ロア・バルダムヨォンも雷で対抗する。

 

 肉体的な性能では、サーヴァントであるエドモンに分がある。時に空中戦にすら移行する戦いの中で、如何に死徒であろうと……。

 

(エレイシアさんが、あそこまでのステゴロを得られたのは、教会でのとんでもない『修行』『苦行』ゆえだ。魔術回路による肉体強化をしたところで……)

 

 元は大航海時代に未知の世界を目指して(星の開拓者)船を漕ぎ出すマルセイユの船乗りにして、シャトー・ディフの監獄にて、10年間を『代行者ファリア』によって人知れず鍛えられてきた男だ。

 

 性能差は元々にあるのだ。

 

 だが、そういったものを覆すのも我らが世界。

 

 呪詛を操り、多重結界という秘技を用いてエドモンに対抗していく。

 

 己が身を燃やして結界崩しをするエドモン。その恩讐のほどは深いものだと感じる。

 

 再びの激突を繰り返す復讐者と転生者。

 その戦いは激しく、血沸き立つものだが……。

 

「―――とはいえ、このまま見ているわけにもいかないな。スピードアップだ。ランサー、ライダー、前面の敵を『磨り潰せ』」

 

 ただの『命令』ではあるが、その言葉は呪文のように2騎のサーヴァントを高揚させるのだ。

 

「敵将めがけて一陣の矢となるか。いいぞ。そういう戦い方も、また1つだ」

 

 

 槍の美女が笑みを浮かべたあとに―――。

 

「我が身を掛けて活路を切り開く。アマゾネスにもその戦いは有る―――来いカリオン!! ではマスター! 我が駿馬に跨るが――――――ん?」

 

 

 アマゾネスの女王が地中より強壮な駿馬―――現代のサラブレッド種よりも3回りは体躯が大きいものを出した時には、マスターの姿は、ライダーの前から忽然と消えていた。

 

「ヒッポリュテ、セツナは、スカサハに連れて行かれたよ。『大将一騎駆けの心得をお前に教えてやろう!!』とか脇にマスターを抱えてね。いや、いくら自分の『養母』に似ているからと、アレを己の近衛(ガード)に据えるセツナは―――ドMだね」

 

 

 なんでも無い顔で『毒』を吐くアーサー王を筆頭に……。

 

「ゴールデン、あっちの方でママンが、『母もあれやりたいです♡』みたいになってるぜ」

 

「リトルベアー、見なかったことにしやがれ。オレのサングラス越しに頼光サンの姿は見えていない(必死)」

 

 いつの間にかバーサーカーの肩に乗っかっていた子熊との会話。

 

 だが、英霊たちは、普通通りだ。ライダーもアーサー王の言葉を受けた後には超速、否―――神速で駆け出した。

 

 神気を操りて人馬一体と化したアマゾネスの女王は、すぐさまスカサハに追いついたのだ。

 

 当然、その進撃を食い止めんと、黒色の獣達は四方八方から迫りくるも―――。

 

 

「「させるかぁ!!!」」

 

 双槍を風車のように―――もちろん勢いは、風車の速度ではない。

 

 それでもそのような尋常ではない武術が、殺しの技として成立するほどに、2人の美女の技は極まっていた。

 

 黒色の獣たちは、身をさんざっぱらに砕かれて蟠る泥に還っても、それが次に『ナニカ』へと変性するものであることは分かっていたので、2人はそれを細粒以下にまで砕いていく。

 

 

 そこに道化師(クラウン)のような姿をした双子の『死徒』が邪魔をしに現れる。白粉が塗りたくられた顔でもそう『断じれた』のは、魔力の流れが『完全』に同期していたからだ。

 

 

「―――恐らくだが2人で1つの存在だ」

 

「成程、面倒な吸血鬼だな! マスター下がっていろ」

 

「しかし、我々の前に出るとは―――大いに! 自信満々と見た!!」

 

 朱槍を手にするスカサハは、槍をなぞることでルーンを発動。ヒッポリュテはアレスの軍旗から発する神気を魔力で構成した槍に宿す。

 

 

 力の発露を眼にしたジェミニの死徒は、ある意味では血分けをした自分たちの『チカラ』の総量など意味を成さないことに瞠目した。

 

 

「お前達には魂の安寧もないだろうが、永劫の苦悶に灼かれ続けるは忍びない」

 

「不死者に永遠の眠りを与えるために―――」

 

 言葉を合わせ、前に進み出る2人の美女が言葉を合わせて―――。

 

 

『私達が―――ダン・スカー(タルタロス)だ!!』

 

 ―――要は『地獄』ということを示したいらしい。

 

 分かりづらいことこの上ない表現だが、魔人にして魔神でもある2騎にとっては、そうではないらしい。

 ・

 ・

 ・

 

 ―――そんな激突の様子を遠くから見ていた達也組の面子は、少しだけ呆然とする。自分たちがあれだけ苦労していた連中が、サーヴァントにとってはなんてことのない相手なのだ……。

 

 理不尽極まりない差。もしかしたらば、こういう風なものが常日頃、魔法師ではない人(非魔法師)たちが魔法師に抱いているものなのかもしれない。

 

 

 如何に自分たちが少数派だのマイノリティだの言おうと、人々からすれば魔法師は均衡を、秩序を、とにかくあるべきままにしておきさえすれば良かろうというようなものを、とにかく壊すのだ。

 

 スコップを振るう要領で大地を斬り裂き、拳銃程度の口径しかない銃ですら人体全てを圧潰するものに変化出来る。

 

 それだけの事ができる『辛い訓練』をしていると、自分たちが抗弁、強弁しても、それが明確に分かることは少ない。

 

 肌感覚でも、中々に分からない。

 

 行きつけの店のウェイトレスにサイオンの受け取り、そして魔法式を展開する云々、座標設定やらあれこれ説明すると……。

 

 『『なんか電波を受け取っている人みたいだ(ねー♪)』』(BY ふたりはヒビチカ♪MaxHeart)

 

 刹那とリーナを除いて全員が、ずずーんと沈んだのを覚えている。あの鉄面皮、司波達也ですらそうだったのだから。

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 

 エリカ、幹比古―――ついでに言えば失神した美月が紛れたのは、恐らく『日本の英霊集団』であった。

 

 というよりも、美月が眼鏡でも抑えきれないほどの魂の輝き―――サーヴァントたちの一斉召喚。そこに居並ぶ連中を見た後にそうなってしまったのだ。

 

 その際に、美月を介抱したのは―――。

 

「ふむ。刹那くんが西洋の医神どのを寄越すようだ。まぁ一種の処理能力のオーバーヒートなんだろうけど、お竜さんの膝枕というのがいいのか悪いのか分からないからね」

 

「リョーマ、カエルを煎じて呑ませるとかどうだ?」

 

「そういう前時代的な医術はやめなさい。「ミナカタ」先生がいてくれればねぇ」

 

 などという息のあった掛け合いをする奇妙な夫婦であった。男の方は、今でも式典などで見られる白色の海軍制服に身を包んで軍帽ではない帽子を被っており、女の方は長い黒髪に赤い目―――そして着ている衣服は、黒い恐らくセーラー服だろうものを思わせるものに身を包んでいた。

 

 

 黒白の対照的な衣装に身を包んだ英雄。

 

 自己紹介されたとおりならば、幕末維新を駆け抜けた風雲児。ある意味では、ジャーディン・マセソンだかグラバー商会の『スパイ』とも言われる人物なのだが……。

 

 

「あの『坂本』さん―――あんまり『土佐弁』を話されないんですね?」

 

 幹比古が素朴な疑問を呟くと、苦笑しながら近代の英雄『坂本龍馬』は語る。

 

「うん、ああ、確かに『創作上』の僕は江戸でも京都でも訛った土佐弁を使っているけど―――何というか、あれは下級武士たちの間での砕けたものなんだよ。第一……今も昔も『よそ』に行ってジモティーな方言を使うこともそうそうないでしょ?」

 

 それはその通りだった。一色愛梨も、金沢弁が出るのは本当にキレた時とかばっかりなのだし。

 

 そんなわけで司馬遼太郎先生などには悪いが、龍馬の真実を自分たちは眼にしたのだった。

 

 ―――ちょっとだけ感動である。

 

 

「で、あそこでいがみ合いながら、銃撃したり、神速で剣を振るっているのは……?」

 

「銃撃しているのは、安土桃山時代の魔王『織田信長公』―――、そして神速の剣を振るうは幕末京都の人斬り剣鬼『沖田総司』さんだ」

 

 一同沈黙(美月は治療中)。

 

 特にエリカは、アレが? と言わんばかりに口を開く。

 

 

「まぁ歴史なんて結構、いい加減なものだっていうのは分かりますよ……けど―――」

 

「なんで両名とも『女』なんですか……?」

 

 既に長尾景虎やアーサー王が女であったという『世界』を見せつけられた2人だが、どうしても、この2人が女ということには納得がいかないのだ。

 

 曰く、『解せぬ』。実は、女体化(TS)は刹那の趣味とか言われたほうが、まだマシな気がするのだ。

 

「うーん。中々に真面目だね。『世界の認識(アングル)』ってものに、もう少し遊び心ってのがあってもいいと思うよ」

 

「そういうもんですか……?」

 

「そういうもんさ。でなきゃ、歴史に名を残す英雄なんてものは生まれない。そして名を残した英雄は、大なり小なり常人とは考えも、生き方も、在り方も違うものさ」

 

 確かに、そう言われればそんなものかと思える。

 

 そもそもエリカと幹比古が話している人物とて、時代が佐幕か勤王かという舵取りをしている時代に、日の本全ての事を考え、その果てに『争い』を無くして―――

 

『全ての力を合わせて『列強』と『力』でも『口』でも『商』でも渡り合おうじゃないか』

 

 ―――と、想ったのだ。

 

 その中には、旧来の宗主たる徳川を政権運営に携わせることで、武力衝突(内乱)を回避する狙いもあったのだから……。

 

 もっとも、その目論見は外れて時代は、武力倒幕へと向かっていったのだが……。

 

 このヒトが近江屋で殺されなかった場合の日本の姿は、もしかしたらば、『かなり違った』のではないだろうか……。

 

 

「美月ちゃんの調子もいいようだからね。そろそろ僕も前線に行こうと思うよ。いつまでも以蔵さんを1人にしちゅうなかきに、すまんな」

 

「―――坂本さん……」

 

「土佐弁出ちゃうんですね……」

 

 その言葉に笑みを浮かべて、坂本龍馬―――幕末の快男児は口を開く。

 

「日の本のわらしが戦場に出ること、人を殺すことを是としてしまう。この世界の『人理』がワシは気に入らんきに。そういう話し方しちょったんじゃ。

 おんしらも、確かに武人として鍛えていたとしても、それをワシは許せんのじゃ―――。子供が戦場に立つ―――その『当たり前』に怒って、マスター刹那の『親父さん』も出てこんのじゃろうな」

 

 そう言って遠い目をする坂本龍馬の言葉を、甘ちゃんの言葉などとは言えない。このヒトが目指したものとは、刹那が、魔法師社会に対して目指したものと似ているのだから……少しだけ親近感を覚える。

 

「リョーマ。そろそろ―――」

 

「ん。では行こうか―――」

 

 下半身が幽霊のようになった、坂本さん曰く『お竜さん』とやらが促す形で、維新時代の風雲児は吸血鬼との戦いに向かっていく。

 

 その姿を見ながら―――それでも、自分も坂本さんのような2人の時代を動かす存在の一員、一欠片でいたいのだと想って―――前を向く。

 

 躍動する魂が―――ギャラリーでいることを、守られているだけなのを許さないのだ。

 

 メガネが似合う銀髪美男子に介護されている美月の姿に、若干思う所が幹比古はあったが、それでもこの場で留まるというのは無駄ごとなのだ。

 

 だからこそ医者のサーヴァントに任せて戦場へと向かうのだった……。

 

 

「それにしてもレオは何処行ったんだか……」

 

 達也たちの周囲にいないということは、どっかの英霊軍団に巻き込まれるか、自発的に着いていったかなのだが、果たして何処へ―――そういう想いにエリカは囚われるのである―――。

 

 

 

 




当初考えていたのは、ノッブと沖田さんがケンカしながらも、吸血鬼軍団に立ち向かい。

「わしらの攻撃効いてなくネ!?」

「いやーやっぱり神秘が薄いですからね。私たち。というかノッブの場合、そういうのを駆逐する立場では?」

「神秘といってもあ奴ら、完全に人理否定サイドじゃからな。人の身では中々に厳しいのじゃ!」

などという経験値先生的会話をする連中にエリカたちを紛れ込ませるのは―――無理と判断。

若干、説教臭くなりましたが坂本さんで一つ関わらせることにしました。


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第260話『Fate/stay night(7)』

なんとかかんとか あの日書いた話の内容を僕は思い出せない。

略して『あの話』状態から脱却したが、うーみゅ。ちょっと違うような気が、大筋ではこんな感じだったんですが、ここまでパロディを増やしてはいなかった。だが思いついてしまった以上は、書いてしまいたくなるのが作家の心意気(え)

というわけで今回は
平成(最後期)・令和ウルトラマンネタが多いです。まさかあの悪のウルトラマンが生首魔剣になるとは―――いいネタもらったぜ。(爆)

そんなこんなで、新話お送りします。




 英雄たちの進撃。その中に紛れ込まず、されど一騎の英雄に導かれた―――、否―――取り憑かれていた西城レオンハルトは、その声の導くままに進撃していた。

 

「んじゃお前、あの南盾島の時から、俺に取り憑いていたってのか?」

 

 歪な双剣を残して消え去ったシャドウサーヴァントとの奇妙な歩みが、刹那の世界に刻まれていた。

 

『まぁな! どうやら波長があってるみたいだからよ。こそっと『座』への『帰還』を誤魔化して、どこぞの『光の巨人』よろしくチカラになってやろうと思ってな! 本当、待ちくたびれたぜ『相棒』!』

 

 勝手に自分の体に居候されていたレオとしては何とも微妙な気分だが、快活に言ってくる英霊も一度は出ようとしたことがあるという。

 

『あのツインテール吸血鬼。2000年代初期のJKみたいな格好をしたのに精気(オド)を間接的に吸い取られただろ? あん時、オレなりに助けてやろうとしたんだがな』

 

 あの時、聞こえていた幻聴だと想っていた声の持ち主はそう言ってくる。

 そう言ってくる英霊だが―――本人曰く『最弱の英霊』とのことだ。

 

『逆にやられちまったかもしれないが、腐ってもオレもサーヴァントだからな。『誰かを守れずに果てる』なんてことはしたくねぇんだ』

 

 何かの後悔があるのか、言葉の調子では分からぬシニカルなものを感じる。

 それを感じてレオは、己を最弱の英霊と卑下するものに問いかけた。

 

「なぁ、『アンリ』―――助けてくれるのは嬉しいが、お前はどういう英雄なんだ?」

 

『女の過去と同様に、男の過去も知りたがるもんじゃないぜ相棒―――だがナイスバディのウサギ娘でDT捨てた際のピロートークを聞かせてもらった恩に免じて教えてやっかー♪』

 

『あくま』な笑い声―――ケケケ! というものを含めながら、プライバシーの侵害を披露するも嫌なものを感じないのは、お互いが『同じ』だと感じているからか―――。

 

 そしてアヴェンジャー(復讐者)のサーヴァント『アンリ・マユ』の過去が語られる。

 

 

 ―――彼が生まれたのはどこにでもあるような『村』だった。高い山の上に佇む一つの村。

 

 その村では、日々の過酷で貧しい生活に耐えるために、村全てに一つの教えを徹底した。

 

 それは現代ではある種の生贄信仰。未開の一つともいえるもの。

 

 村人の中から『悪魔』を選び出し、その『悪魔』を捕らえ、縛り付けてあらゆる責め苦を与えることで、己たちの溜飲を下げていた……。

 

 

 ―――自分たちの生活が楽にならないのは、原因となる悪がいるからだ―――。

 

 

 贄としての『神子』などと取り繕うことすら出来ない、人の卑しき所業……。

 

 

『最初はオレをこんな目に合わせた連中全てを憎み続けた。指を切り落とした親兄弟も、眼を抉った親しかった隣人も、オレを呪うことで日々の平穏を得ていたからな』

「――――――」

 

 その在り方に、少しだけ共感を覚えるのは……家の中で『ただ1人の魔法師』として『居場所』がない自分にも、覚えがあるものだったからだ。

 

 アンリの過去は、自分とは比べ物にならないほど傷ましく凄惨なものだ。比べることすら烏滸がましいかもしれない―――。

 

 

『ああ、そうだぜ相棒(レオ)。オレはお前の人生に惹かれたんだ―――』

 

 レオの内心と来歴を読んだのか、そんな照れくさそうに言うアンリに何も言えなかった。お互いにシンパシーを覚えれば、それ以上は野暮というものだ。

 

 

『とはいえ、同時に妬ましい心もあるんだな。お前にはオレと同じ『素質』があったんだが、まぁいい―――いまは、オレが『タロウの息子』のようにチカラを貸してやるぜ!! 四の五の言わずについてきな!! 英霊のチカラの使い方を教えてやるぜ!!!』

 

 

 最後の方には、皮肉げなセリフと同時に『チカラ』とやらを開放するアンリに驚愕する。

 英霊の力を宿すということは、刹那やリーナの技術(インストール)で良く見てきたが、ここまでとんでもないとは……。

 

 常日頃、通常の術のように使っていただけに、2人に今更ながら感心する。感心しつつも、一点だけ疑問が残る……。

 

 それは―――。

 

 

「おいアンリ、お前、マジで『最弱の英霊』なのかよ!?」

 

 

 英霊の自己申告とは真逆の力の奔流に関してであった。

 

 レオの中を変革していく。いや、『置き換えていく』感覚が怖気以上に、高揚感を与える。

 

 人間がどれだけ努力しても辿り着けない高みまで、一瞬に連れて行かれる感覚。これに呑み込まれては―――レオという『個』が無くなる感覚を覚えて……。

 

 

(ざけんなっ!!!)

 

 

 自我の消失を受け入れてなるものかという信じがたい精神力が、術理でいえば『精神制御』がレオに英霊の力を『取り込ませた』。

 

 一度は、タタリ・パラサイトという存在に己の力を奪われた際の経験が生きた形である。

 

 その様子に『ヒュウ♪』などと口笛ではない言葉を吐くアンリが見えて、聞こえた気がした。

 次いで、アンリはレオの質問に答える。

 

 

『―――言っただろマスター(相棒)。オレは、未知と疫を恐れた時代の未開の村で、『悪であれ』と蔑まれた凡俗だってな!!!』

 

 

 アンリに悪気は無いのだろうが、こんな風になるならば、言っておいてほしかったレオであるが……変化は一目瞭然であった。

 

 全身に走る刺青、額に巻かれる赤いバンダナ。武装にすら何かの変化が走る。

 そして全身を覆いつくすような呪詛の鎧がいっそう硬い防御として存在している。

 

 

「これがお前の力か……?」

『我が名は猛々しくも『怨天大聖アンリ・マユ』拝火教における悪神の名を纏うものなり―――』

 

 

 その言葉を聞いて何かが目覚める感覚を覚えながら、レオは『棍棒』を持ち構える。

 

 

『―――などと見得切ったがよ。オレの力ってよりもあの『魔法使い』の施術込みだな。善神(まぎゃく)でないだけ相性は良かったけどな』

 

 

 オレ(自分)の力だけじゃないことに不満を持つ英霊の小者ムーブに、若干ながら親しみを持ってしまう。

 

 

「なんとなくだが分かったぜ相棒(アンリ)、要は今のオレの英霊憑依は『フュージョンライズ』『ウルトラフュージョン』ってことだな!!」

『察しが良くて助かるぜ相棒(レオ)! 話はここまでだ。さぁ戦いに赴こう!!!』

 

 

 ここまでの会話で完全に吸血鬼の手勢に眼を着けられたレオとアンリ・マユ。

 

 吸血鬼なのか、それとも別種の新生物なのかは分からないが、宝石なのかガラス玉なのか―――そんな大小合わせた宝珠(オーブ)だけで『人体』を模倣した存在が、のっそりのっそりやってきた。

 

 巨大な身体を球体だけで構成したヒトガタが、全身から光線を放ってきた。オーブに溜め込まれた魔力を放出しているのだが、その勢いたるやとんでもない。

 

 だが……。

 

 

『「行くぜ相棒!! Buddy―――GO―――!!!」』

 

 

 最上段に構えた棍棒―――刹那曰く『豊穣神の棍棒』を模したもの(贋作神器)を振り抜いた。その圧は、空中に拡散していく光線をかき消しながら、オーブの身体をした巨人を直撃。

 

 

『膂力のケタがチガイスギル!! 圧のカケラに触れただけでオーブ(我が身)が―――』

 

 

 大地全てが鳴動したかのような圧が虚空を通っていき、オーブで出来た身体が砕け散っていく様は凄まじくて―――。

 

「……手加減が難しいな―――」

 

『相手を選んで使おうぜ。タイガトライブレード、ベリアロクとか必殺武器はフィニッシュで』

 

「どっちかと言えばギガバトルナイザーな武器だけどな」

 

 

 感想と反省を互いに出しつつ、何気なく刹那の構築した世界の空を見ると、数騎のサーヴァントが地上に対して砲撃をしていた。

 

 その中にリーナの姿があるのを見て、妙だなと感じる。

 こういう場合、刹那の傍にはいつでも、場所は近くであれば左右上下斜め問わずに彼女が控えているというのに、こんな時に限って上空にいたのだ。

 

 何であるかは分からないが……。

 

 

 そんな疑問を持っていたところに欧州暗黒軍が駆けつけてきた。何故に『暗黒軍』なのかは―――。

 

 その来歴が欧州暗黒史とでもいうべき血生臭さを漂わせているからだが、本人たちはそれとは別の境地にあるかのようだ。

 

「YEAH――!! 怪獣倒してキメた光の巨人のEDは私達が担当するわよ―――♪♪」

「私達DDガールズがお送りする『熱情の律動』Ver.ファイアブレス で勝利の凱歌を歌い上げます!!」

 

 ケモミミっ子ならぬドラゴンガールたちの『珍騒音』に聞こえて、その実、とてつもなくいい音が、絶唱が世界に響き渡る。

 

『あ、あれ―――? あの『ドラゴンボイス』が、とても聞こえるものになってる―――。どういうことだー?』

 

 心底困惑しているアンリを他所に―――。

 

 戦いの園は佳境を迎えているのだった。そんな中、上空では『一つの戦い』が繰り広げられているのだった。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 思わず気づいて駆け上ったはいいが、ここまで緊張感ある対面になるとは想っていなかった。

 

 これならば、刹那と一緒に来ればよかったと想ったのも後の祭り。まぁつまりは―――。

 

 

「そんなに緊張しなくていいわよ。別に取って食おうとしているわけじゃないんだから」

 

 

 ―――『義母』『姑』との対話だったのだから―――。

 

 緊張を解そうとしている女神イシュタルという神霊サーヴァントだが、緊張してしまうのは仕方ない。

 

 何せ刹那の記憶や写真でも度々見ていた、あの伝説の『遠坂凛』の姿がそこにあったのだから。

 容姿が明らかに刹那の母親で、その姿がサーヴァントとして現界している道理は、リーナには皆目見当がつかない。

 

 だが、それでも女神イシュタル(自己申告)は―――どうやら『遠坂凛』としての意識と自我を持っているようだった。

 

 

「ソ、ソウは言われても、ワタシにとっては義理のお母さんに当たるわけですから、嫁としては緊張せざるを得ませんヨ……」

 

 

 なので、ウチの立派な息子に集る毒婦め! とか罵られたら、どうしよう(妄想)という風なのを感じるのだ。

 

 焦りはどうしても出てしまうのだが、やはり刹那の母親は、刹那の母親であった。

 

 

「そういうものかしらね。まぁ私としてはリーナちゃんに親近感湧くわよ。私の若い頃と同じく、自分の意に反する『魔法少女』をやったり。完璧そうに見えて、実は意外と抜けてたり♪」

 

お義母さん(マム)!?」

 

 

 とんでもないことを暴露されて焦るリーナだが、そのこちらに見せていた『あくま』な顔を引っ込めて、少しだけ神妙になった顔をするイシュタル・リン。

 

 

「……自分の才覚で何とか出来ると思えても、失敗して傷ついたりする……『下』にいる実子よりも親近感湧いちゃうわね……」

 

 

 その何かを慈しむような声と顔は、リーナに対してというよりも……本人の語る実子に対してが適当であった。

 

 

「親子なんですネ。セツナもそんな感じですから―――」

 

 

 無言でおくのも一つだったが、それは情がないと思えてリーナはそう言ったが……。

 

 

「けれどなー刹那ってば、私と『アイツ』の息子にしちゃ『ハイスペック』すぎよ。ちょっと我が子とは思えない」

「ダイナシだぁ」

 

 

 本人が聴けば大号泣するかもしれない。とはいえ、凛も本気で言っているわけではないだろう。

 

 ただ魔術回路の本数を一本でも増やしていき、魔力の質を澄ませていく魔術師の本道において、衛宮士郎が相応のパートナーだったかと言えば、遠坂家の立場に立てば、アレかもしれないが……。

 

 生まれた一粒種は、紛うこと無く『遠坂家』の道を繋いでいく人間だ。

 

 血の繋がりを感じて、その成長に笑みを浮かべながら眼を細めているのだから―――。

 

 

「そ、それじゃお義母さんから見たワタシは、相応しい相手なんでしょうか!?」

 

 そんな立派なご子息の隣に自分がいていいのかどうか、ズバリ言う。

 姑、義母に嫁、義理の娘として認められたいリーナは必死だったが……。

 

 

「それは私が決めることじゃないわね。あの子にとっての私は既に故人だもの。ここにいる私は―――仮初の『遠坂凛』なのだから、あの子の決めたことにアレコレは言えないわ」

 

 

 少しだけ淋しげな笑みを浮かべながら、そんな事を言う神霊イシュタル……。

 本来的な疑似サーヴァント及び憑依サーヴァント。特に神霊クラスの存在(力持ちすぎる魂)が現世で力を行使する際には、『相性がいい人間』を依り代にして半ば強引にサーヴァントとして顕現する……。

 

 その際に強力な神の霊子に対して人間の霊子。刻印(れきし)が10世紀を経た魔術師であっても逆らえないものだ。

 

 

 そして依り代の殆どは『聖杯』に縁あるものたちが殆どだ……。

 と、いうのがあの『線』での常識であったと、イシュタル・リンは思い返す。

 

 

 このサーヴァントが、そこまで憑代たる遠坂凛の意識を『表層』に出している理由。

 それは単純に召喚者との縁があったことで、召喚された際に刹那というマスターの記憶の表層を可逆的に覗いてしまったことに端を発する。

 

 結果として、遠坂刹那という人間が歩んできた人生と『同期』を果たして、イシュタルの意識は、若干追いやられた形なのだ。

 

 しかし、それをイシュタルも悪いとは想っていない。

 

 

(とんだ『Phantom Joke』(亡霊たちの狂騒)ね )

 

 

 自ら(遠坂凛)もまた刹那(マスター)にとってはイシュタルと同じく亡霊であることが、少しだけおかしなことに思えたイシュタル・リンは、笑みを浮かべながらリーナに言っておく。

 

 

「刹那の記憶を垣間見た限りでは、リーナちゃんがいることで、戦えているフシはあるわね。きっと―――オルガマリーでも、ライネスでも、バゼットでもなく―――刹那(あの子)の隣にいて前を振り向かせるのはね……」

 

 

 その微笑のもとでの言葉の意味が分からなくはないリーナだが、自分がいてもいなくても、刹那は訪れた『何か』に立ち向かうと思えていた。

 助けているというよりも、助けられているのは自分な方な気がする―――けれど……。

 

 

「そう言ってもらえると―――ワタシは、嬉しいです……。 あの人(セツナ)を好きでいてもいいって言ってもらえたことが」

 

「人を好きになるって誰かの許可とかいることじゃないでしょ。あなたの愛は、私の息子に届いているわ」

 

 

 そんな言葉に不意に涙が出そうなリーナだが、次の瞬間には別の意味で涙が出そうになった。

 

 

「―――それにしても、『あなたの人生に私を入れて』か、随分と2090年代のJCは進んでいるのねー♪」

 

「チョットお義母さん(マム)―――! どんなところまでノゾイちゃっているんですか―――!?」

 

 

 ここまで来れば流石のリーナも、目の前の疑似サーヴァントが刹那の記憶を覗いているな。と気づいていたのだが……。

 

 そこを見るかー!? 元祖『あかいあくま』の所業にリーナは涙目。しかも、『あかいあくま』はソレ以上のことを知っている風に言ってくるのだった。

 

 

「私としては、『あのシロウ』の息子たる刹那が、リーナちゃんに『ご無体なこと』をやっていないか気になっちゃうのよ。『はぐれ勇者』までのレベルならば、とりあえず許容するけど」

 

エステティカ(鬼畜美学)!? そんな何ていうか、どこぞの『偽悪的なニヒリスト勇者』みたいにセツナはオラついてませんよ! ああ、けどチョット『こんなこともするんだな』って、意外な一面も―――ナニ言わせるんですか!? お義母さん!」

 

「いや、私はナニも言っていない。アナタが自白しただけ『ちょっとイシュタル―――! さっきからズルいのだわ―――!!』―――むっ、出たな冥界の根暗女神」

 

 

 顔を真赤にしてお義母さん(セツナ・マム)に食って掛かった時に、分かってはいたのだが、先ほどからこちらに関与してこなかった『金髪の遠坂凛』が赤い槍(?)を手に、やってきたのだった。

 

 イシュタル・リンが、白と金黒で纏められた印象の露出激しい格好なのに対して、金髪の遠坂凛―――エレシュキガル・リンという疑似サーヴァントは、脚部の露出はともかくとして、赤いマントに黒色の服で極力肌を見せない格好をしていた。

 

 髪の色は置いておき、衣装の印象だけならば、こちらの方がセツナの母親に近いエレシュキガル・リンは、イシュタル・リンに文句を言う。

 

 

「私だってリーナさんに『刹那の心を癒やしてくれてありがとうね』とか『ふつつかな息子だけど、これからも、よろしくお願いしますね』とか、ちゃんと言ってあげたいのだわ! イシュタルだけが刹那(マスター)の母親扱いはズルいのだわ!」

 

「なに言ってるのよ! いつぞやの『冥界下り』の問答のごとく、刹那(マスター)も一番美しい母は『イシュタル・リン』と明快に答えるに決まっている!! ゆえに私こそが刹那の母親!! 以上、証明終了!」

 

 ドヤ顔で胸(ない)を張りながら言うイシュタルだが。

 

 

「どんな帰納法で演繹法なのだわ! こんな全身の肌の殆どを見せるような母親、思春期の息子にとって恥ずかしい限り! 対する私は、霊基再臨するたびに衣装は落ち着いたものに変わっていく! これぞ母親の鑑なのよ!!」

 

 ドヤ顔で胸(ある)を張りながら言うエレシュキガルだが。

 

 

「ゴスロリドレスで何を言うか―――!」

「ハレンチな格好で何を言うのだわ―――!」

 

 最後には角(頭の飾り)を闘牛のように突き合わせながら、四股を固定して空中でがっぷり四つ手を組ませて押し合う様子。

 とんだ女神2柱の押し相撲(空間がぎしぎし軋む)を見せられていたリーナだが、どうやら自分のせいで聖杯戦争でも『正妻戦争』でもない―――。

 

 

()(ハハ)戦争』がおきてしまったようだ。焦ってしまう。

 そんなわけで―――。

 

 

「ならば刹那の将来の嫁にして、絶賛学生ラブラブカップル!―――」

「―――謳歌中のリーナさんに、『どっちの姑』といい関係を築きたいか? を聞くしか無いわね!」

 

 

 とんでもないナックルボールを投げつけられた。クソボールといってもいいが。

 がっぷり四つの状態で必死な顔をこちらに向けてきた2人の姑からのボールは、残念ながらリーナには捕球しきれないもので、『禁』を破り刹那を呼ぼうとしたのだが―――。

 

 

「醜い争いはそこまでにするのだわ。地球(ホシ)の女神たちよ」

 

「マスターの母君を核にしての狼藉は許されない。ぶっちゃけ五月蝿い」

 

 

 次いで虚空より召喚がなされたのは、赤と青の衣装を纏った美女2人。当然『サーヴァント』だ。

 

 20世紀か21世紀初頭のSF映画でよく見られた未来人か宇宙人を思わせる、身体のラインにフィットした服の上から、複雑なコートともマントとも言えるものを羽織っていた。

 

 そしてその容姿は髪の色こそ、エキセントリックにもピンク(赤)とブルー(青)のロングツインテールだが、やはり容貌(かんばせ)は、遠坂凛に似ているのだった。

 年齢は若干低め。こういっては何だが、刹那(恋人)が見てきた『母親』としての『遠坂凛』の姿で顕現することはないようだ。贅沢な悩みで寂しい想いをしていたリーナだが……。

 

 

『『あ、あなたたちはサーヴァントユニバースにいるというスペースイシュタルR/B(ルーブ)!? マスターを変な色(自分色)に染め上げ―――』』

 

 

 新たなる母親(しゅうとめ)の登場にリーナがあたふたしたその時―――。

 

 

 後方……丁度、進軍に加わらず滞陣していた達也たちの辺りから、『柱』がいきなり伸び上がった。

 黒色の柱は恐らく『円錐』の類らしく上へ伸びるほど円周を狭めて先端を鋭くしていた。

 

 上空だからこそ、その様子を俯瞰で見えていたが、他の面子は何が起こったかすら定かではないだろう。

 だがリーナは位置関係で、それをはっきりと見た……その円錐の先端から少し下がったところに貫かれた『身体』があることに。

 

 

 まるで古典的なトラップである古城の落とし穴の底にある槍床、ベトコンのゲリラ戦法『パンジステーク』のようなそれに身体の真ん中―――五臓六腑を貫かれたのは……。

 

 

 黒い錐に貫かれて、だらん、と四肢をぶら下げ仰向けに果てていたのは、司波達也。

 

 殺しても死なないと誰もが思わざるを得ない無敵のイレギュラーマギクスが呆気なく死んでいたのだった……。

 

 

『お兄様ぁああああああああああああああああ!!!!!!!!』

 

 ―――瞬間から今宵の悪夢(HOWLING)にまで尾を引きそうな絶叫(HOWLING)戦場に『こだま』する。(HOWLING)

 

 

 



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第261話『Fate/stay night(8)』

連休中、疲れ風邪なのか『どっ』と熱を上げまして、その後色々とあって、まぁ書けるものも書けませんでしたよ。

今回のアップも書きかけですが、いつまでも更新しないのもあれだと思い、アップしました。

一応、達也サイドの話を書いて完成なわけですが、長くなりそうだからとりあえずということです。

いつもより少なめですが読んでいただければ幸いです。


 

 それは予想外ではあったが、『予定通り』ではあった。

 確かに聞かされていたとおりならば、『無事』なのかもしれないが……。

 

 天空に突き立つかのような柱から振り落とされた達也は、勢いよく草原に『その死体』をバウンドさせてから寝転がる……。

 あまり遠目でも見ていて気分のいい光景ではない。

 

「おいおい。ありゃ神獣級だぜ。一本角の『巨牛』か、恐らくグガランナ(天の牡牛)の亜種だ」

 

 肩に乗っているオリオンの言う通り、柱の正体は魔獣の一種であった。

 今まで地中に隠れていたかのように、混沌の泥から―――否、その混沌の泥を『身体』として這い出たのは雄々しき牛であった。

 

 ドスンドスンという草原を蹄で踏みしめる音が、英雄たちの進撃の中でも聞こえるのはとんでもない。

 

 通常の牛のように短角ではなく、さらに言えば双角ではない奇態な牛―――ちょっとした小山、小規模な古墳ほどの大きさをした体躯の()角牛の背中に―――下半身を背中と同化させたネロ・カオスの姿を見る。

 

 完全に『こちらの思惑』通りに後方に奇襲をしたネロ・カオスの姿に―――奥歯を噛み締めてから言っておく。

 

 

「―――達也は、己の『死』を契機にすると俺に語って、あそこにいることを選んだんだ。本当ならば、そんなことせんでも良かろうに―――いや、けれど……くそっ、こんなことならば、見せるんじゃなかったぜ。遠野志貴とのやり取りなんて」

 

 

 言いながらも攻撃と歩みは止めない。本当ならば振り返って赴きたいというのに……。

 

 

 ―――本当の『シバタツヤ』を知りたいんだ―――

 

 

 いつぞや寂しげに語る横顔を見たから、それは止められない。

 

 なので―――。

 

「レッド、レティ! 頼めるか!?」

 

 念話を即座に繋げるのだった。

 

『Yes sword 「Meister」!! タツヤめ! こっからでも見えていたぞ!! なんか『意味』があるんだとしても妹を泣かせてんじゃねーよ!!』

 

『私にも妹はいますからね。ミユキさんほど大人しい子じゃありませんが―――』

 

 

 ―――英仏連合軍に後ろへの救援を望むのだった。ここからでも探知できる逆進する魔力の塊2つ。

 ソレに寄り添うのはラントリアとメイドオルタの2騎。強者(つわもの)と組んでいると、こういう時に明朗な指示がなくとも動けるから心強い。

 

 なお強者でありキワモノでもあると言えるのだが……。

 

 

「主殿。奥方が上空から戻ってこられるぞ。出迎えてあげるとよい」

「そうさせてもらいたい……が―――」

 

 強烈な神気を伴いながらやってくる『アレ』は何なんだ?

 

「タツヤがやられたようね?」

 

 言葉とは裏腹に、聞く態度があまり心配していない風に聞こえるのは、信頼の証だろうか。

 

 

「心配はしているが、アイツが『干渉、手助け、一切無用』とか言ってきたからな」

「それならばそれでいいんじゃないかしら?」

 

 

 心情的には全然、納得できないのだが……ともあれ友人の意思は尊重する。同時に目の前の敵への圧力を弱めることも出来ない。

 

 

「まぁいいわ。それよりも頼りになる助っ人―――天・地・星の三女神を連れてきたわよ」

『『『天・地・星の三女神!?』』』

 

 

 確かに恐るべき神気を放つ3騎……否、3柱の神たちだ。3者が面貌を隠す『仮面』を着けていなければ、何もなかったのだが―――。

 

「金星の女神にして、豊穣と戦いを司る女神『イシュタル・マザー』」

「どうも。よろしくねマスター♪」

 

 露出が激しい女神(ナイムネ)が、お袋に似た髪型と髪色で言ってきた。

 

「冥府の管理者にして、あらゆる魂に死後の安寧を与える女神『エレシュキガル・マザー』」

「よろしくなのだわ。マスター♪」

 

 反対に露出は少ないがイシュタルと魂が似ている女神(アルムネ)が、髪型は似ていても金髪で言ってきた。

 

 

「別宇宙からやってきたというか先史古代文明の女神という……もはやワタシの理解力では説明がつかない『SイシュタルR/B(ルーブ) マザー』」

「ちょっと待ちなさい。なぜ私だけそんな扱いなのかしら? まぁいいわ。はじめましてマスター。コンゴトモ ヨロシク」

 

 リーナの紹介が少しだけ雑なのを気にするスペースイシュタルルーブさん。

 どこぞの『メガテン』系統の挨拶をされてしまったが、俺はあの大魔王(ルシファー)の息子な『セツナ』ではないわけで、まぁともあれ―――。

 

 

「―――ご婦人3人、何故に仮面を着けてらっしゃる?」

 

 女神に対して擬人化した表現が適切かどうかは分からないが、奇態な仮面を着けた3人に問うが。

 

「「「レディだけが持つ企業秘密です(なのだわ)」」」

 

 仮面で見えないが『ドヤ顔』で言っているだろう『懐かしい声』『懐かしい調子』の持ち主に、コレ以上は突っ込むことは出来なかった。

 

「さいですか……まぁ四の五の言わないでおく。何だかあなた達の声を聞いていると、不意に泣きたくなってしまいそうだ」

 

『『『セツナ……』』』

 

 カルデアという機関があった軸での『疑似サーヴァント』の法則を思い出して、その面貌をもはや予測してしまっていた……。

 その事実に気付いてしまったからこそ、後ろを振り向くことは出来なかった。

 

 

「―――『俺のダチ』も無敵の超人ってわけじゃないんだ。同時にエドモンだってな―――行くぞ。無限転生者の輪廻を叩き潰す」

 

 それはどちらかと言えば、『母親』に対しての言葉とも聞こえる言い訳じみたものであった。

 

「セツナ―――」

「―――リーナ、ありがとう。それだけだよ。何も気に病むことじゃないさ」

 

 少しだけ悲しげに呼びかけられたことに背中を見せながら、刹那は言う。決して悪いことではない。

 当たり前だ。そんなことは―――。

 

 言外に言ってきたセリフをリーナだけは分かってしまって、嬉しくて少しの涙が出た。

 

 ―――俺の会いたい人を連れてきてくれてありがとう。

 

 

 それが分かってしまったからだ。

 

「水を差すようで悪いが、マスター。そろそろ前が開くぞ」

 

 アーサー・ペンドラゴンの言葉で気づき―――。

 

「ゴールデン!! 段蔵殿!! 頼んだ!!」

 

 檄を飛ばす。そろそろ佳境というところだ。

 

 

「おう!! 死ぬんじゃねぇ!! まってろよ!! エドモンド―――!!!」

「ゴールデン殿! それだと『えどもん殿』が、赤い隈取を着けた力士になってしまう!!」

 

 真っ赤な剛体をいからせながら駆け抜ける、ゴールデンこと坂田金時の斧が唸りを上げて、大地を雷霆で削り取りながら、不死者の軍勢を消し飛ばしていく。

 

(―――ネロ・カオスの総体は分割することも出来るのか、だとすれば―――)

 

 達也が『蒼の眼』を持ってくれたならば、それが『ジョーカー』になるはず……。

 カラクリ仕掛けの武器を飛ばしていく忍のサーヴァントと剛力無双のゴールデンが最後の壁を砕いた時に―――。

 

 

「エドモン!!! 令呪を以て命ずる!! 戻れ!!」

 

 見えてきた光景、巨体のゴーレム7騎にエドモンを拘束して、雷の手刀剣で刺し貫こうとする様子を見て即座の判断であった。

 

「っ―――ここまでの壁を総て越えてくるとは!!」

 

 獲物を奪われたことに対する恨みの眼を向ける半裸に告げる。

 

「エドモンがお前を自由にさせなかったからだ。マルセイユの船乗りは知っていたのさ! 『船長』がいなければ、『船』は動かないってな!!」

「―――――――」

 

 無論、副長ともいえるものが次席として指示を取っていればであったが……。そういうものはなかった。

 所詮、死徒(ヒトヒル)なんて魔術師の上位種、我が強すぎて、そんな連携行動なんて取れないのが本来だ。

 

 

「十七回も別人の生に寄生(パラサイト)しときながら、将帥の才気・器量を得る人生が無かったのは、実に―――『巡り合わせ』が悪い限りだね」

 

 怒りが充満する。あからさまな侮蔑だ。

 

「いいだろう……このロアが12回めの転生において手に入れた秘術―――東洋のチャクラ秘術『影分身』―――いまこそ見せてやろうではないか!!」

 

 残像ではない。己の身体を『分ける』秘術に、段蔵の眼が細められる。完全に忍術の類であり、50鬼もの姿を晒すミハイル・ロアだが。

 

 

「上等だ! 冠位指定!!!―――貴様の魂を破壊する!!」

 

 エドモンの力を譲り受けながら握りしめるは、軍神の剣。

 

 戦いの号砲は―――――――。

 

『『『『『母親としての力を見せてやる―――!!!』』』』』

 

 

 三女神+段蔵、源頼光の一斉攻撃の飽和攻撃―――俗称『ビッグマム砲』(刹那 命名)が、ミハイル・ロア・バルダムヨォンを叩きのめしていく。

 

 段蔵のカラクリ機巧から放たれる横に発生した竜巻を先駆けに、大轟撃がミハイル・ロアを打倒していく。

 

 そして―――。

 

 

目覚(・・)めたか……」

 

 後ろの方から漂う圧倒的なまでの死の気配。二度と嗅ぎたくなかった匂いを発するものは―――。

 血の池地獄から起き上がるは、蒼き眼をした『バロール』!

 

 

「―――ああ、いいぜ。オレもお前も異端だ。だから―――久しぶりの生の実感を覚えさせてくれよ……つまり―――」

 

 肉声が情報として届く。『司波達也』の精霊の眼はそういったことも出来るらしいが、刹那では少々無理だ。

 

 つまり―――。

 

(俺に声を届けているのか?)

 

 今の『シバタツヤ』の表情が、刹那にはよく分かっていた(想像出来ていた)

 

 

「―――俺を殺してみせろ。ネロ・カオス(吸血鬼)―――」

 

 

 言葉の後に神牛が吼えたける。盛大な前肢の振り上げ、振り下ろし遠くからでも分かるそれが―――世界を揺らす。

 スタンプされた足の威力は――――減じていた。

 

 何故ならば―――。

 巨大な前肢の一本。ちょっとした成木ほどの直径のそれが、虚空を飛んでいたからだ。

 

 

『狙うは両鬼相殺! 合わせろよ!!刹那!!!』

『―――はいはい、存分に現世を楽しめや!!!』

 

 

 空気を震わせて、こちらに声を届けた器用達者な『シバタツヤ』の声に返しながら、こちらも戦闘を開始する。

 

 

 



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第262話『DEATH(1)』

 Interlude―――side DEATH―――

 ・

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 ・

 

 死は唐突なものだった。明確な兆候があったわけではない。だが、TPピクシーから離れたほのかを狙っての殺気ではないが―――『何か』を感じ取った達也は、突き飛ばすことで襲撃から守った。

 

 否、利用した。

 

 やろうと想えば、ほのかと自分の安全を確保してからの離脱ぐらいは出来たはずだ。それをやらなかったのは―――。

 

 

(四葉が追い求めてきた解答。すなわち三位の関係……まさか『肉体』にそれがあるとは思わなかったな)

 

 クリスマスの事件の後。魔宝使い『遠坂刹那』の理論を従弟から聞いた達也は、その時から考えていた。

 

 今の自分は、母親が改造した『司波達也』であって、本来の『司波達也』ではない―――。

 

 

 ―――人は『精神』『魂』『肉体』という3つの事物で出来た生物だ。―――

 

 ―――精神は脳に、魂は肉体に宿る―――

 

 ―――つまり『司波達也』という人間、人格、魂をカタチにするものは、遍歴を重ねた知性とその『カラ』である肉体―――

 

 ―――知性を生む脳だけでは、人となりを表す人格は作られないもんさ。―――

 

 

 これが四葉の求めてきた『正答』であるという確証はない。だが、それでも一つ分かることが在る。

 

(……今の改造された脳で出来た人格が俺であるならば……)

 

 

 本来『あり得ただろう』シバタツヤの人格は何処に行く。言うなれば、今の自分によって居場所を追い出された本来の『シバタツヤ』は―――。

 

(肉体に、『人格』が宿る……、いや、本来的な自分が持つべきだった知性は、肉体に追いやられているはずだ)

 

 それとの『邂逅』を達也は望んだ。それが、どんな変化を齎すかは分からない。あるいは、そんなものは自分の妄想でしかないのかもしれない。

 

 だが、1人の好例を達也は見たのだ。

 

『遠野』という混血の一族の手で、『七夜』という退魔の一族であった自分を消し去られた……哀れで『誰よりも強い』騎士のことを……。

 

 ―――あんたが語るとおりならば―――俺は―――。

 

 地面から勢いよく突き出てくる円錐に、胸の真ん中を貫かれる。五臓六腑全てを不全に陥れる感覚。

 

 これは―――『再成』では完全に治りきらない。上位の神秘による圧倒的なまでの磨り潰しの押し潰し……自分が『死んだ』という事実を認識して、達也の世界は暗く、黒く、(くろ)く、(くろ)く塗りつぶされていくのだった……。

 

 Interlude DEATH out……。

 

 ・

 ・

 ・

 

 その様子を鮮明に見た。見たことで出てきたのはあらん限りの絶叫であった。叫び続けるそのHOWLINGが刹那の世界に響き、それでも兄は叫びに答えない。

 

 死相を見せながら草原に力なく横たわる姿。胸に大きな空洞を作って口端からは血が一筋流れている―――。

 沸騰しそうな血液。しかし己の属性故か、深雪は落ち着くのだ。

 

(五体の内、頭一つあれば、兄は『蘇生する』―――流石に身体まるごと、総体全体を『消滅』させられれば、無理だろうが―――)

 

 少なくとも、『サーヴァント』の真名開放での焼灼攻撃を受けたわけではない。まだ身体は在る。

 

 兄は生きている(・・・・・・・)。そう信じるしかない。

 

 問題は神秘強度、幻想の域にある存在に致命傷を食らって無事なのかどうか、だ。

 こういう時に専門家を呼びたいのだが―――。

 

「よくもお兄様を!!」

 

 ともあれ、これ以上の狼藉は許されないとして、黒い沼から身を晒した巨牛の進撃を食い止める。

 

 サイズの差はあるだろうが、それでも―――。

 

 まずは足だ。鋭い蹴り足を叩きつける。

 

 ごがんっ!!!

 

 ―――大きすぎる岩に剣でも叩きつけたように、メルトリリスのトウシューズ(槍脚)が弾かれた。

 続いて連撃。振り上げる蹴撃は、岩に対して殆ど無意味だ。小山のような体躯の牛は、こちらの攻撃を一切、意に介していない。

 

 

「―――ピクシー! ほのか!! お兄様を連れて遠くに逃げて!! 出来ることならば、刹那くんたちの方まで―――」

「深雪っ!!」

 

 

 こちらの指示を了承するでもなく、何かに気付いたらしき言葉が届く。同時に理解する。

 自分に影が差す。頭上にあるおぼろげな明かりをかき消す原因。

 

 それは―――振り下ろされる巨大な脚。超質量による踏みつけ攻撃。

 意図を行為(アクション)で分かった時には、ブロッサムスタッフで受け止める。

 

 当たり前だがサイズが違うわけで、深雪の中に『居残る』聖女マルタの膂力を発現しておかなきゃどうなるか分かったものじゃない。

 杖を滑らせて力を受け流すも、体の芯まで痺れるような威力があった。身体が潰れていないのは一つの奇跡だろう。

 

(こんな連中と渡り合っていた遠坂刹那は、本当に化け物ですね!!!)

 

 そう胸中でのみ言う深雪だが、横浜魔法戦争において、炎の鳥をステゴロで殴り飛ばしていたことはすでに忘却されている事実だ。

 そもそもあれは英霊マルタが主体となった形なのだから。

 

 とはいえ動き出した巨牛、正しく神話に謳われる神の獣と形容するに相応しいそれが、不動のままなわけが無かったのだ。

 飛行デバイスで飛び上がろうとした時に―――直感が働く。上空は不味いのだと。

 

 

「ほぅ……狐のように逃げ惑うならば、教訓をくれてやるところだった」

 

 

 小刻みに突進をして深雪に突きかかる神獣の背中に、上半身だけを出現させて見下ろしてくる『ネロ・カオス』という獣の吸血鬼が言ってくる。

 

 

「しかし、別にここからでも『獣』を放つことも出来よう」

 

 

 不定形の泥と化した概念の沼―――そこから出てくる獣は、ある程度はネロの意図通りの獣として攻撃してくれる。神牛グガランナの亜種とでもいうべきものを取り込んだ時は、流石のネロことフォアブロとて死ぬかと想ったが、こうして取り込んでしまえば―――。

 

 

 だが、意図したよりも『凶暴』なものだ。いざ混沌から出したはいいが、あまりにも『自意識』が強すぎるグガランナ(亜種)に対して、やむをえない思いで半同化しながら、戦いを敢行する。

 

 狙いは少女二人と機械仕掛けの人形、そして屍体からも聞こえる命の脈動放つ少年だ。

 ご同胞ではないことは確認済みだ。ならば、やるべきことは決まっている。

 

 

 ―――その身を喰らいて我が身の補完を果たす。

 

 

 あまり屍体を損壊させないとしていた『気遣い』をやめて、ネロはグガランナに怒涛攻勢をさせる。

 攻撃の圧が強まったことで擬似英霊の少女が顔を歪ませていく様子は実に愉悦であったが、草原を土気色にしてしまう戦いを演じていく。

 

 

「ミユキ様、援護いたします―――」

 

 

 TPピクシーの援護が巨牛の横っ腹に突き刺さる。

 兄を襲ったロボ研とダ・ヴィンチの忌々しいトンデモ兵器だが、こういう時には役に立つことこの上なしだ。

 

 レーザービームやホーミングミサイルの飽和攻撃が、巨牛の岩の如き肌を焼き尽くしていくが―――。

 

 

「攻撃箇所全てにヒット―――しかし敵性にダメージ無し」

「あれだけの火力を受けたというのに……」

 

 

 岩肌を火で焼いたところで、それがいかほどのものかと言わんばかりに、平然としているグガランナにほのかは驚く。

 

 

 単純な物理的火力では、どうやっても生命体として『上位』に存在しているものを害することは出来ない。理屈としては教えられていても、肌感覚ではどうしても納得出来なかったことが、ここにてようやく理解できた。

 

 

「推論:ネロ・カオスの身体は無数の獣の素で構成された身体。同時にネロそのものが『一つの世界』―――己の身を固有結界としていることで、ネロを害する外的干渉のレベルは、世界全てを『一撃で砕く』ほどのものでなければ、完全消滅は不可能と推測―――」

 

 

 その困難さが今ならば分かる。恐らくエクスカリバーなどの総体消滅系統の武装ならば、ネロ・カオスを倒すことも出来るのだろう。

 

 だが―――。

 

 

「――――――ぐっ!!!!!」

 

「能力不足に着ける良い策はなかろうよ」

 

 

 その暇を与えてくれるかどうか、だ。そう想っていると援軍がやってきた。

 

 

「ミユキ―――!! がんばれ!! モードレッドが参ったぞ!!」

「―――遅くなりましたが、騎兵隊の到着です!!」

 

 

 ドイツ第三帝国以来のドーバー海峡を越えた英仏連合軍の存在に、深雪は感謝。圧倒的感謝! それだけだったのだが……。

 

(モードレッドのアレは、何なのかしら?)

 

 

 単純に考えれば、魔剣クラレントの機能なのかもしれないが、控えめに言ってもそれは強化外骨格―――俗な表現でパワードスーツ『インフィ○ット・スト○トス』や『フ○ーム○ームズ・ガール』としか言えないものを纏っていた。

 もしくはパワーローダーかもしれないが、ともあれ伸張した五体を元にモードレッドは……。

 

 

「どわらっしゃあああ!!!!!」

 

 

 牛に対してステゴロを挑むことだった。猛烈な勢いでやってきたギガント・モードレッドの一撃を受けて、たたらを踏む巨牛。

 

「へっ!! 流石にかてぇな! けれどよ!!」

 

 神像が神牛を叩こうと取っ組み合いを演じる。図体で言えばまだ《牛》の方に分があるが、《巨人》も負けじとインファイターのように、牛の下に入り込んで、ボディを叩いていく。

 

 痛痒があるのかどうかは分からないが、それでも同サイズの敵の出現に頭を低くして単角を槍のように向けて高速での打突。連続して行われるそれが、頭を振ることで角度を微妙に変えつつ、《巨人》に叩き込まれる。

 

 当然、応じる《巨人》の方も、剣や盾を使ってその攻撃に対応していく。

 戦いは一進一退。変化を齎すには―――。

 

 

「とおぅ!!!」

 

 

 巨人の肩に乗っていたレティが、巨人が角をつかんだ一瞬を狙って、《牛》の背中に飛び移るように乗り込んだ。

 狙いは上半身だけを晒しているネロ・カオスか。闊達に滑り出して走り出すレティシアの身が光り輝く。

 神罰を下すべき不浄の輩がいるのだから、当然といえば当然なのかもしれないが。

 

 

 牛の背が沼のようにわだかまり、そこから蛇やネズミなどが湧き出る。女性ならずとも嫌悪感を覚える様子であっても、レティが振るう旗槍(フラッグスピア)に淀みはない。

 

 踊るように、舞うように、路上の汚れを箒で払うようにレティは、不浄を祓いながら進んでいく。

 確かな歩みを刻んでいく姿は聖女のそれだ。

 

 その攻勢に合わせるように、モーターバイクと馬にまたがった騎兵が《牛》の側面と背後に襲いかかる。

 

 ライフル銃からの水流と槍から放つ魔力放出の圧とが襲いかかる。

 

 図体が仇となった形だ。

 

(もしも、これが『戦術的』なものであるならば、自分たちなど放っておいて、進撃する英雄軍を背後から叩けばいいだろうに)

 

 愚痴るように言いながら、深雪も水晶の脚で攻撃しつつ、干渉するには『重苦しい空気』だが《牛》の頭上、空を無数の氷槍で埋めた。

 広範囲に生じるソレに対して―――。

 

 

「墜ちろ!」

 

 

 命ずる言葉すら不要な現代魔法だが、それでも意思を明朗にすることで『何か』が宿ると信じる心は失われてはいない。

 天から無数の氷柱が、極点におけるサスツルギのように虚空を擦過して降下してくる。

 

 

「うわっととと! マドモアゼル!!! ちょっと私のことも考えて攻撃を!!」

 

 ひゅどどどど! 鋭い音で《牛》の背中に突き立っていく氷柱だが、さしたるダメージはないようだ。

 

 

「当然か。コイツにはもとより『カタチ』なんて無い『いのちの集合』。今は一定のカタチを保っているけど、同時に無限のいのちを内包しているようなもんだもんな!!!」

 

《牛》と取っ組み合いをしている赤い《巨人》の操者たるモードレッドの言葉が響く。

 

 巨剣の一撃一撃が、あちらの霊子・魔力を減じているならば慰めにもなろうが、まるで斬れぬものを斬っているかのように、ダメージが無いことが分かるのだ。

 レティが上半身だけのネロ・カオスを砕いた後には、頭部に同じ用に出現する様―――不死身の怪物。

 

 真正面で相対する形のモードレッドは、怪物の言葉を誰よりも正確に聞いた……。

 

 

「―――出口(おわり)などない。ここが貴様達の終焉だ」

 

 眼を真っ赤に輝かせて凶相をたたえた怪物に恐怖を覚えた瞬間……。

 

 

 ―――まごうことなき《死》が訪れた―――。

 

 



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第263話『DEATH(2)』

 

Interlude DEATH2―――。

 

 

其処は暗く、底は昏かった。

 

自分の周りにあるのが闇だけと知って、自分は死んでしまったのだと受け入れた。

 

光も音もない海の中に浮かんでいる。

 

裸で、何も飾らないままで、『司波達也』という名前のヒトガタが沈んでいく。 果てはなかった。

 

いや、はじめから墜ちてなどいなかったのかもしれない。

 

何もかもがない世界。確かな感触すらあやふや。墜ちていくという感覚ですら錯覚と思いかねない―――。

 

無という言葉さえ、形容するには卑小すぎる―――其処(はて)

 

だが、そこに『自分』以外が現れたことで世界に輪郭が出来上がる。自分は墜ちていた訳ではなかった。

 

ただ単に立っていただけなのだ。自分以外の存在は―――達也に声を掛けてきた。

 

『全く以て、お前はバカだろ。『望んだもの』を手に入れるために死にたがる奴がいるか?』

 

不機嫌マックスとしか言いようがない『聞き覚え』のある声に笑い顔をしてしまう。

 

心底、こちらの身を案じているというのに、どうしても笑ってしまうのだ。

 

『―――『マミー』が、お前に施したことぐらい知っていよう。分かってんのか? 場合によっては、限定不死の能力をお前は失うんだぞ?』

 

嘆息混じりに、こちらの反応に応じる様子に笑みを浮かべざるを得ない。

 

だが―――。

 

「分かっているさ。分かっていないで、こんな所に来れるかよ」

 

―――ここから先は、笑うことも出来ないのだ。

 

相手に『肉体』があれば、すがりつきたい気持ちだった。今回の事態ほど、自分の無力さをこれほど思い知らされたことはない……。

 

膝をついて頭を下げて、顔を歪ませるほどに懸命な気持ちが生まれる。

 

「お願いだ……『世界』を救ってくれ……」

 

タタリという存在は、すでに自分では手に余る存在だ。このままいけば、タタリを滅ぼしきることは出来ない。

 

何より―――妹の窮地―――ソレ以上に、親友の危難に何も出来ないことが苦しかった。達也に力が無いからこそ、刹那に必要以上の苦労をさせてしまったのだ。

 

「本来ならば、あんたがいるべき位置に、居座ったのは俺だ。やったのはお袋か、それとも英作大叔父かは分からない。けれど……そのうえで、あんたに頼るしかないんだ。俺はまだ、この世界を滅ぼしたくはない。身勝手なこととは承知しているが……頼む―――『司波達也』……!」

 

達也に今まで話しかけていたのは、(達也が今まで話しかけていたのは、)―――『司波達也』であった。

 

己の姿を前に自問自答するかのような訴えかけは……。

 

『……俺は『ここ』が気に入っているんだ。『外』なんて、あやふやで壊れやすい『場所』に誰が往きたがるか』

 

「達也……」

 

そっぽを向くように明後日の方向……なにもない虚空を見つめる自分に、絶望感を覚える。

 

これが、本来の俺なのか……。だが、気持ちが何となく分からなくもないのは同じだからなのだろうか。

 

『俺じゃお前みたいにはなれない。立派じゃねえか。現代魔法では『不可能な領域』を覆していくお前は、正しく常識に囚われた世界の『破壊者』で『変革者』だ。誇れよ。そして―――カエレ』

 

こちらの功績を讃えてから、にべもない対応。

 

やさぐれた言いようだが、言っていることは真剣だ。

 

『だが、居心地いい『ここ』から開放されるために、お前を死なせるのも悪い、か……ままなんねーな』

 

「――――――」

 

自分が死ぬことに何とも思っていない『司波達也』に、少しだけ驚くも構わず話は続けられる。

 

『今のお前は『死』に近づいている。それは偽性の魔眼たる精霊の眼を『究極の未来視』に近づける禁忌だ。マミーも、この事実に気付いていたからこそ、改造したんだ。結局の所……セツナの言う通り、本来的な俺が『肉体側』に追いやられて、こうしていたわけだが』

 

「自分の人生を―――取り戻したくないのか?」

 

『不便すぎて申し訳無さすぎる俺の身体を使って生きているヤツに、感謝はあれど、恨みはねぇよ』

 

厭世的……とも違うが、その精神性は何かに似ていた。まるで―――超然とした神々の如き言いようだ。

 

だが、これが歳6つを数える前に分岐した司波達也なのだと……本能的に自覚した。そしてその眼が―――『蒼く輝く』のを見た。

 

 

『だが、このままじゃ死んじまうか……なぁ達也、お前は―――俺をどうしたかったんだ?』

 

「―――アンタに俺を譲りたかった」

 

『そいつは無理だ。俺とお前は同じ―――だから安っぽい表現だが、人格の統合が発生するだけだ。あるいは、『どちらかが死ぬ』だけ。阿摩羅の先達(リョウギ シキ)ほど、俺達の身体は『万能』じゃないからな―――まぁ講釈はあとだ。

今のお前は死に近づいている。同時にネロ・カオスもセツナじゃ倒しきれない―――』

 

長話に飽きたと言わんばかりに不愉快げに頭を掻く姿。

 

「ならば?」

 

『……サービスだ。『眼』の使い方を教えてやる―――』

 

言うと『シバタツヤ』は、苛立たしげに『シバタツヤ』の顔面を覆うように手を伸ばしてきた。眼の険相の割に、不快感は無い。

 

そして重なった瞬間に―――達也の意識は一時的にシャットダウンした。

 

 

 

覚醒の瞬間は何か劇的なものがあると思えていた。6歳の頃に自らを沈ませて生きてきた『達也』だが、こうして再び『外』に出ることになるなど―――。

 

「達也さん! しっかり!!」

 

「―――――ああ、ありがとう。『ほのか』、いや『光井さん』って言ったほうが適当か?」

 

「―――……え?」

 

「肉体は―――ああ、くそっ肋骨が数本折れたままじゃねぇか。相変わらず不便なんだよな。『オレ』の方になると」

 

草原から起き上がり、衣服に着いた汚れを払いながら絶不調の己に愚痴る。こういう愚痴っぽいところは、『兄妹』揃って似てしまったものだ。

 

こちらの背中を見ている光井ほのかには、オレは『シバタツヤ』みたいな別人として映っているのかもしれない。もしかしたらば、ここで本来の『達也』ならば何かあるのかもしれないが―――。

 

「――――ッ!?」

 

「目覚めて一発目に吸血鬼退治とは」

 

すでに達也愛用のCADは砕け散っている。手元にあるのは、ホテルに入った初期に刹那から投げ渡された歪な短剣と、頑丈な短刀のみ。

 

前者はともかく、後者はこれといった魔力付与もない。だからこそ気に入った―――。

 

殺到する黒い獣の群れ。生き返ったオレか光井を食らうつもりなのか。どちらなのかは分からない。だがどちらであってもやるつもりだった。

 

黒い犬狼の群れ、大型の集団を前にして『達也』は、魔法を使わずに『線』をなぞることで群れを解体し尽くした。

 

「―――」

 

少しだけ遠くにいる《牛》の動きに動揺が走る。

草原に積み重なる遺骸の全てが、結果を物語る。

 

 

ネロ・カオスの『意識』がこちらに向く。同時に、刹那に声を通しておきながら宣言する。

 

 

「―――ああ、いいぜ。オレもお前も異端だ。だから―――久しぶりの生の実感を覚えさせてくれよ……つまり―――」

 

 

ネロ・カオス及び刹那の驚きの『感情』が、悪趣味にも達也の心に心地いい。

 

犬狼の血の雨が降りしきる中を歩き、駆け抜けながら『司波達也』は宣言する。

 

 

「―――オレ(バケモノ)を殺してみせろ。ネロ・カオス(バケモノ)―――」

 

咆哮を上げながら、モードレッドの巨人鎧を吹き飛ばして巨大質量での圧殺を狙う《牛》。振り上げから振り下ろされる前脚。

 

その巨大な前脚に走る『線』を短刀で斬りつけた。剣士が狙う斬りやすい線、斬線とかいうレベルではないほどに、『死にやすい線』が《牛》から前脚を失わせていた。

 

土煙を上げる草原。圧自体は殺しきれなかったが、それでも―――半ばから失っていた前脚では『殺人』には程遠かった。

 

死にかけの身体を動かせるように治癒が働くも、やはり痛い。

 

『二度も―――我が前に―――現れるというのか?』

 

驚愕し、驚いたネロ・カオスに気を良くしながら、笑みを浮かべる達也は―――。

 

『狙うは両鬼相殺! 合わせろよ!! 刹那!!』

『―――はいはい。存分に『現世』を楽しめや!!』

 

『親友』にだけ届く言葉で言うと、『自分』を理解してくれる言動に、更に気を良くする。

 

ふと頭上の《牛》を見上げると、顔を厳しくしたネロ・カオスが見えていた。

 

直死の魔眼(バロール)、」

 

「その通りさ畜生界の化身。化生変化の限りを尽くしたところでオレには通用しない」

 

『達也』の目に見える『死の線』、今まで『司波達也』の『精霊の眼』にフィルターを掛けていたのは、こんなものを見せたくなかったからだ。

 

(モノを殺す『線』と『点』―――セカイにすら視えやがる。だからイヤなんだよ……)

 

こんなものしか視えない世界(そと)なんて出たがるものか―――。

 

だが、それを今は利用する。《牛》というものに密度を割いていたネロ・カオスだが、どうやら巨大怪獣の無意味さを悟ったようだ。

 

「さて、殺し合おうか、ネロ・カオス―――」

 

目線の高さまで降りてきたネロ・カオスに対して、不敵極まる言葉を掛けてから構えを取る『達也』。

 

その言葉を以て死の宣告は定まる……―――。

 

 

 



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第264話『Fate/stay night(9)』

とりあえず新しいテレビを買いました。

大画面で色々と見れることのありがたみを感じております。

具体的には、魔王城でおやすみとか(爆)


 大剣と雷爪とが激突する。

 

 赤き魔宝使いが軍神の剣を斬りかかる。

 

 蒼黒の魔人が爪に雷を纏わせ襲いかかる。

 

 赤き魔宝使いは、目の前の相手の実力を察する。紛れもなく上級死徒の位階。同時に冠位指定の魔術師であることは紛れもない―――だが―――。

 

「ケンカの仕方が分かってねぇんだよ!!」

 

 刹那の言葉に答えるように、巨漢の中の巨漢―――。

 金色の毛皮を羽織る半裸が筋肉の限りを以て打撃を行う。その男、ギリシャ神話を知らずとも星座の逸話に出てくる男……。

 

勇気凛々(ユウキリンリン)元気溌剌(ゲンキハツラツ)! 興味津々(キョウミシンシン)意気揚々(イキヨウヨウ)!!」

 

 その言葉は、歌は、死徒にとって、聖歌(チャント)ではないというのに鼓膜を揺さぶるものだ。あらゆる意味で生への讃歌を歌う『英雄オリオン』の攻撃は、加速に次ぐ加速を果たして吸血鬼を痛打する。

 

「膂力のケタが違いすぎる! 触れただけで肉がちぎれる! 骨が砕ける!!」

 

 如何に復元呪詛を持つ死徒とはいえ、神の加護を受けた強靭なる肉体の元では、病葉も同然だ。

 神の加護……。それは―――。

 

「ダーリーン♪♪ 浮気は許さないわよー♪♪」

 

「いつでも首を締めあげられる位置で加護を与えられる我が身の解放のために、不浄のものよ!! 貴様は滅する!!!」

(上記意訳:他の女サーヴァントに迂闊に目も向けられない現状から脱却するために、お前には死んでもらう!(涙))

 

 常人の身体能力なんぞ余裕でぶっちぎったオリオンの一撃一撃が、死徒を穿つ。

 

「まぁその死徒が女身であるからこそ、アルテミスはああなのだろうがな。だがもはや終わりは近い―――」

 

 分裂した死徒たちが、雷撃の束を放つも、雷で構成された剣を振るうも……。

 対魔力Aを持つ連中が前に出て、『盾』として雷撃を無効化して、その後ろから出てきた他サーヴァントが、『矛』としてカウンターアタックを決めていく。

 

 英雄同士の何も言わずとも以心伝心の上での絶技が披露される。

 

 

「オラァ!!!!!」

「絡繰忍法! ガマ油地獄!!!!」

 

 

 金時の雷戦斧からの雷撃が。段蔵の出す機械仕掛けの大蝦蟇の灼熱が。

 雷の剣を砕き、雷撃を放っていたものを焼き尽くす。

 

 そして―――最後の一体となった―――エレイシア=ロアは、すでに『半欠け』の状態だ。

 それを見たアーサーが駆け出す。眼では決して追いきれない超スピード。黄金の剣の輝きが虚空に無ければ、どんな斬撃を放ったかすら分からなかっただろう。

 

 縦横に一閃ずつ―――十字斬りの軌跡を残して最優の剣士は、死徒を消滅させた―――。

 だが……!! 

 

「ヴォーティガーンもそうだったが、人類史を否定する側というのは―――」

 

 消滅させたはずの『肉体』が寄り集まっていくようだ。肉体とはいうが、それはどちらかといえば『幽子質量』を介した復活に思えた。

 あちこちで倒された死徒軍団にもあった『楔』を利用して、虚空に浮かび上がる全裸のエレイシアの姿。

 

「―――この身体(エレイシア)でなければ、このような復活を遂げることは出来なかっただろうな。星の聖剣による『十字鉄槌』(スレッジハンマー)での死など貴重な体験だった」

 

「遠慮するな。一度と言わず二度、三度と叩き込んでくれる」

 

 聖剣を構えなおすアーサーだが、容易に飛びかかれはしない。そのぐらい―――死徒の様子は変貌しつつある。

 

「―――成程、人理脈動の英霊たちを束ねた軍勢による殲滅魔術―――だが、本気の本気で戦えば『世界』が崩れるのだろうな。『上位魔術』程度ならば、恐らく世界が『負荷』として耐えきれるのは対軍程度が関の山か―――」

 

 看破された事実、上位宝具がどんなものかを知らずとも、分かることもあるのだろう。流石は冠位指定の死徒ということか。

 そして、その『秘術』が披露されようとしている……。

 

「―――13回目の転生(ワタシ)が手に入れた奥義『魔神化』(デーモンライズ)、魔術王ソロモンの力の一端の顕現、72柱の魔神を使役する術のカケラ―――だが、私自身はこれを使おうとは思わなかった―――魔術師たちに与えられた冠位指定の中に潜むことを良しとした魔神共の力は、容易に私を砕くだろう。そして―――我が身を『真正の怪物』と化す」

 

「お前は最初っから怪物だと思うが?」

 

「ああ、そうだ。私は怪物だ。だが、このまま死ぬよりはいい。魂まで焼却される可能性が、敗北する可能性があるならば―――我が身をソロモンの魔神に捧げることで、真正の怪物となることで、貴様らを――――――――」

 

 そこまで聞いた時に、『七色の魔眼による束縛』を仕掛けた上で、周囲にいる英霊たちに突撃を命じる。

 

 刹那の魔眼を初めて見たらしきロアは、驚愕してその顔のままに真正面、両側面、背後―――脳天から多くの得物に貫かれる。

 

 全裸のエレイシアさんの姿が血塗れになり、涜神の聖像を想像させるぐらいには、禁忌的なものを想像させる中……変貌が始まる。

 地に力なく堕ちたエレイシア=ロアの身体を起点に、巨大な霊子が、魔力が、幽子が集まり凝固しつつあるのを確認。

 

 即座にアゾット剣を取り出して駆け寄るリーナが、柄尻に『宝石』を装着させてきた。

 

 瞬間、変身完了(トランスフォーム)寸前でエレイシアの身体に突き刺さるアゾット剣。その柄尻にある『宝石』を見た三女神が驚くのを感じながらも変貌は続いていき―――明確な形で出現してきた。

 

 それは『肉の柱』。いつぞやの『触手』を思い出したのか、リーナが左腕に腕を絡めてくる。

 頭足類(イカ・タコ)の節腕を想像させる巨大な『肉の柱』が、数多の眼を備えながら刹那のセカイに佇立したのだ。

 

 それは人類への悪意だけを備えた最悪の存在。直感だけで分かる脅威を前に―――

 

『魔神()とはね。ゴキブリかと思うぐらい、あちこちに出てくるもんだ! ―――とはいえ、これがラストだ! 魔宝使い『遠坂刹那』! 』

 

 魔法の杖が、刹那の手元にやってきたことで『仕掛け』は終わったことを理解する。

 これならば、『全力』で戦える―――。

 

 

『私は、七十二柱の魔神が一、序列七十一に属するもの、知識魔神(ナレッジデーモン)ダンタリオン。転生せし吸血鬼の中に潜みて、数多の知識に触れし者なり―――』

 

 口上を述べる肉の柱。眼の全ては恐らく魔眼だろう。

 巨大な果実かルビーにも見える眼は何度も瞬くを繰り返す。『皮膚』ともいえるものは大量の人間が折り重なって構成されているようにも見える。

 

 全てが規格外のバケモノ。だが、そんなダンタリオンは―――こちらを見た瞬間、びくんっ!! と柱ごと震えたようにも見える。

 

 それは恐怖か歓喜か……判別できたのは―――。

 

『数多の知識に触れたので―――実に怖い。ミハイル・ロア・バルダムヨォンめ。私にこいつらの相手をしろと? 無茶振りとはこういう事態を言うのだ―――ならば、全てよこせ。まだだ。もっとよこせミハイル!!』

 

 その言葉に応じたのか、『皮膚』の中から苦悶の表情で上半身を晒したエレイシアの裸体が出てきたが、即座にそれが石像か蝋人形のごとく固まるのを見た。

 胸の中央にはオブジェのように突き刺さっているアゾット剣を確認―――。力を増した魔神柱。

 

 そして―――。

 

「ミハイル・ロア・バルダムヨォンの消滅を確認。志貴さんの敵が、こんなにあっけなくいなくなるとは、皮肉だな」

『それがマスターの器量というものだ。オレや殺人貴などのように、死力を振り絞ることでしか倒せない敵ではなかったんだよ』

 

 称賛・慰めのつもりか、取り込んだエドモンからの言葉に更に嘆息してから、その強烈な魔性を前に英霊たちが集結してくる。

 最後の戦いの園に居並ぶ万夫不当の英雄豪傑たちに命じることは一つだった。

 

 

 「魔神柱を滅ぼせ(DAEMON SLAVE)!!!」

 

 

 その言葉を待っていたかのように、猛者たちの遠吠え・咆哮が上がるのだった……! 

 怒号とも砲声、馬蹄の音―――全てが常識外の英雄たちの進撃の中で、一番槍を取ったのは―――

 

「フハハハハ!! いつぞや元帥殿の大海魔とやり合った時を思い出すわ!! いざゆかん!! 見様見真似!『トロイアス・トラゴーイディア』!!!」

 

 ―――先頭に飛び出したのは、『先生』が憧れた英雄であった。

 二頭の神牛と一頭の神馬に牽かれた戦車の英霊―――征服王イスカンダル陛下が、重力を無視した走法で魔神柱の身体を駆け上がる。

 

 当然、その際に強壮な馬蹄と牛蹄とが皮膚と魔眼を踏み潰していく。幻想種による強烈なまでのスタンプを前に必死に光線を放ち、障壁を張ることで防御しようとしても―――その4×3の攻撃を受けた後には、幻想種が牽くに相応しい戦車の車輪(チャリオットホイール)が轢殺の追加を行う。

 

 ご丁寧にも、戦車のサイドにある鎌刃(ギロチン)も皮膚に突き立てた上でのこと。肉を深々と斬り裂き、砕いていく様子。流石に抵抗はあったはずだが、その程度の抵抗もなんのそので駆け上っていくイスカンダルの姿に、幾多もの『英雄』たちが続く。

 

「―――余に続き!! そしてあっぱれな勇者ぶりを見せよ!!!!」

 

『『『『『AAAALaLaLaLaLaie(アァァァララララライッ)!!!』』』』

 

 殆ど直角の柱を登りながら語るイスカンダルに続き、ヘタイロイの面子も、何と馬を駆りて上っていくのだ!

 

 確かにこの空間では、ある程度は普通の馬とて魔術的な側面を持つが、皮膚に突き立てた長槍や剣を支点もしているのだが―――。

 

「鵯越の逆落としの反対バージョン……」

 

 だとしても結構衝撃的なものだ。いや、普通はできない話なのだが……。

 

「主殿! 拙者もあれをやりたい!!」

 

「一応、オレは西国武士の家系だからダメです」

 

「おのれ! 桓武平氏!!」

 

 いつの間にかやってきた深雪みたいな声をした源氏の若武者に返しながら、自分たちも動いていく。

 如何に王の軍勢がすごくても、規格外のバケモノたる魔神柱の再生能力は高い。その再生を終えるためにも! 

 

「根本から刈り取って行け!! 征服王陛下! 少し揺れるがよろしいか!?」

 

 魔神柱の制覇ともいえる登攀であり登坂を続ける征服王に問いかける。今からやることは、彼の覇業の邪魔になるかもしれなかったからだが―――。

 

『構わん! グラニコス川の戦いを経験した我が軍団は馬の扱いは随一!!! 遠慮なくやってくれ! 我が臣下(ウェイバー)の弟子よ! 』

 

 1からスタートして(王位簒奪)足し算を飛ばして掛け算(ガウガメラの戦い)でギリシャ及び東方世界を駆け巡っていった覇者は、この戦いですら、ただの挑戦でしかないのだ。

 

 強大な敵がいて自分の邪魔をする。ならば倒そう。

 

 戦術・戦略・武人としての強さ・英雄としての在り方。全てにおいて自分(オレ)たちの方が『強い』。そう示すためだけの戦いなのだ。

 

 その在り方に眩しさを覚えて、同時に言われた言葉に涙が出る。あの征服王は―――『先生』のことを憶えているのだと。

 魔術回路の励起に力が入る。今までは英霊たちの気分を害さないようにあまり前に出なかったが―――。

 

「行きなさい。いくらでも私たちが援護してあげるわ。友達が心配ならば、そちらを助ける―――」

 

 ―――あなたの行きたい(生きたい)ところにいきなさい。

 

 その言葉が刹那を後押しする。母親から今際の際に言われた言葉でもあったからだ。

 

 だから!!! 

 

 

「シュナイデン!!!!!」

 

 木を伐採するように魔力による斬撃を放つのだった。飛ぶ斬撃は、魔神柱の根本で炸裂。

 

『一気に行くぞ!!!』

 

「そのつもりだ! 空中戦が出来る連中はそのままに、地上戦だけの人間は、根本付近から攻撃だ!!」

 

 手短な指示だが、それだけでも良かった。その指示を受けて魔神柱に対する攻撃が苛烈を極める。

 

「マスターの意気に応えるぜ! オリオン!!!」

「ゴールデン! 俺の棍棒に雷を借りる!!! ―――アルテミス的にこれはセーフだな!」

 

 衆道・男色という判定はされなかったのでホッとするオリオンに、馬にまたがるヒッポリュテが追いついて言う。

 

「懸命な判断だ。私の神気を貸してくれとか言って首が折られる未来を予期していたのだが」

 

「コワイこの娘! 流石は、腰帯と交換でヘラクレスに子供をねだる女!! テリブルッ!!」

 

「若気の至りというやつだ。あまり言わないでくれ―――マスターの開いた穴を拡張する!!! 神気よ!! 赤き剣となれ!!!!」

 

 苦笑したヒッポリュテが腰帯を手に声を上げると、その帯が明確な形を取る。布というものではありえぬ硬度を以て風に吹かれることもなく、直立を果たして剣のようになる。

 

 そしてその赤き大剣を―――ジャベリンのように投げ入れた。魔神柱の魔眼から放つ光線が妨害に動くも、その赤き大剣は魔神柱に直撃。

 その瞬間を狙って巨漢2人が、大きく振りかぶった斧と大剣をそのままに飛びかかった。

 

 振り下ろしの一撃は落下と同時に叩きつけられる。最上段から力任せに振り下ろされる攻撃。

 

「ゴールデンスパーク!!!!!!」

「アルテミスインパクト!!!!!」

 

 連携というほどではないが、月と雷の魔力を込めたパワーの限りの轟撃が、どおおおおん!!! という盛大な音の限りでセカイを揺らしたほどだ。

 そして穿たれた『孔』は、悍ましい惨状を見せながらも大ダメージとして認識できるもの。当然、復元をしようとダンタリオンも魔力を充足させようとするも……。

 

『再生式・復元式・全てが不全―――何故だ』

 

 言葉のとおりに巨大な肉の全てが再生することはない。あの大海魔ですら、宝具の一撃一撃を食らってもアメーバのように再生していたことを考えれば、生物としての機能ではかなり劣っている様子だ。

 

『そりゃそうだ。キミ、廃棄孔に統合されていて直接手合わせしていないとはいえ、一度は敗れたことで、こちら(英霊)はキミらに対する対策はあるのさ』

 

 そんなダンタリオンの疑問に対して攻撃を続行しながらも、刹那が持つ魔法の杖(ダ・ヴィンチちゃん)は語る。

 その言葉に絶句した雰囲気を見せてから予測を出してくるダンタリオン。

 

『―――『神殿での戦い』が、天地の退気で天敵の分を得ているのか?』

 

『なんじゃない? とはいえ、そんなことはどうでもいい。キミに代わったのはミハイル・ロア・バルダムヨォンの失策だね。このセカイで人理側にとって『圧倒的』に有利な相手である『魔神柱』なんて魔術王の『宝具』に全てを委ねれば、こんなことにもなる。まぁ所詮はタタリが構成した偽性の死徒崩れだ。間抜けな結末でも当然と言えるね』

 

 当人の魂は崩れ果てて、既に無いのだが、それにしても無常な結末だ。

 そんな無常な結末を許せないとして、魔神柱ダンタリオンは嗤い声を上げる。

 

『成程、既に我が身は―――『霞』も同然のものであったか。それでは―――霞すらもかき消せる輝きの前では―――』

 

 言いながらも攻撃は続く。既に8割以上の身を砕かれた魔神柱。オーバーキル気味に英霊たちの宝具が叩き込まれていったからだ。

 

 

 アマゾネスの女王が燃える身体で振り回す双鉄球が。

 カラクリ忍者による絡繰忍法の秘技『火遁一号』が。

 仮面を取って素顔を晒した三女神の対星宝具が。

 戦国時代を終わらせた火縄銃(チート兵器)の乱打。

 そこに走る誠の旗を持つ剣客3人の攻撃が魔眼の尽くを砕いていく。

 輝きを放つパラディンたちの聖罰突撃。その中に友人の姿が混じっているのを見た。

 巨大な黒蛇に跨りて幕末の風雲児と共に戦う剣士と法術士の姿を見る。

 

 

 輝ける軍勢の中に在りて彼らは異質だ。力は脆弱。ガイアどころかアラヤの加護すら程遠いだろう。

 

 けれど――――。

 

 戦おうとする意思、生きようとする意思、紛うことなき輝きは―――人理を肯定する英雄たちが認めたものなのだろう。

 

『ならば、このセカイを作っている貴様を狙う!! ハナからそうしておけば良かったのだ。復活式(・・・)駆動―――ムルムル、グレモリー、オセ、アミー。アンドロマリウスに集いしものたちの欠片を消費・燃焼ーーー時間の狭間に捨てられしものたちの無念を使用して新たなる肉を構築する。霊子集積・情報演算―――魔宝使い、お前を最大の障害と断定―――排除ス―――』

 

『―――約束された勝利の剣(エクスカリバー)!!!』

 

 口上を遮る形で、セイバーであるアーサー・ペンドラゴンが振り上げる形で聖剣を抜き放った。

 

 剣に蓄えられた黄金の光は、黄金の閃光となって魔神柱の体積全てを焼灼すべく放たれたのだ。

 

 ある意味、達也並みの卑怯剣(偏見)ではあるが、これだけの英雄たちが勢揃いしている場で七面倒なことをやっていた魔神柱の油断である。

 これが4〜5名程度のパーティーであるならば、それでも良かったかもしれない。あちらが口上を述べている間にこちらも回復できたのだから。

 

『だが、こちらは無限の兵力を持つガーディアンユニオンだ。状況が悪かったよ……若干同情するが、ともあれ作戦のシメは、我がマスターだ! 『逃げ場』は無いぞ!! ミハイル=ダンタリオン!!!』

 

 根本から八割ほどの体積を失った魔神柱だが、まだ死んでいないことはわかっている。

 

 だからこそ、刹那とリーナは飛行魔術で空へと駆け上った。虚空を力なく漂う先端部分の肉塊。その中心にいた人間の身体……エレイシアの蝋人形に生気が宿り、眼を魔神柱の魔眼にしてこちらを見てきた。

 

「このニンゲンどもがああああああ!!!!」

 

 カバラ数秘術の極みなのだろう四つの極大魔法陣―――回転式まで加えているものが、雷を溜め込む。

 同時にエドモンに対して放たれていた結界術式が、刹那とリーナを拘束しようと放たれていく。

 

 恐らくこの強力な結界で相手を縛った上で、魔法陣からの雷霆を食らわす。そういう意図なのだろうが―――。

 

「パンツァー・ルーンブルグ!!!!」

 

 雨あられと飛んできた結界術を阻むのは、下から障壁を飛ばしてきた西城レオンハルト。

 どうやら進化を果たしたようだが、遠坂家とバゼットにとって曰く付きの『サーヴァント』が力を貸しているのを、何となく察した。

 

 そのうち、『我は装甲悪鬼―――善悪相殺を世に敷くものなり』とか言うんじゃないだろうかと、ちょっと不安になるレオの進化を見てから、突き進む。

 

 結界の魔法陣と障壁では魔法陣の方に分はあるのだが、それでも次から次へと展開される大壁(ビッグウォール)は、決してこちらに通らない。

 打ち合いの不毛さに痺れを切らしたのか、四つの大魔法陣が力を吐き出す準備をしていく―――。

 

 来る―――。わかっていたが、いざ目の前にすると結構、怖い―――だが……。

 ソレ以上に怖いのは、リーナを失うかもしれないことだ。そして、リーナもまた刹那を失う不安で何かをやりたいと思うのだ。

 

 

「―――四つの福音を以て、汝を聖別す。怒号をもって神意を示せ!!」

 

 瞬間契約(テンカウント)の術式、高速起動を旨とするゲマトリアを使用しているからか、十小節(テンカウント)にしては短い気もしたが―――それでも放たれる雷霆は紛れもなくテンカウントの威力。

 

 カウレスの使う原始電池よりも強烈な雷圧は、すでにレーザービームの威力を再現していた。

 

 ―――『躱す』ことなど考えていない。その雷圧に真正面から突っ込む。リーナを抱き抱えながら互いに片手を前に突き出す。

 

 接続されたお互いの力のままに放つは―――。

 

 

『ミスティック・メタルバースト!!!』

 

 ―――投影された宝具を媒介にして放たれた光波は、途上に在る『偽性の武器』を力にして倍増しながら直進していく。

 ―――七色の光が雷圧を真正面から打ち消した。

 

 

「―――馬鹿な。蛇の秘奥の一つを!!!」

 

 驚くダンタリオンに七色の光は直進を果たして、アゾット剣の宝石に直撃。

 

「――――!!!!!」

 

 拘束するように七色の光は輪となりて縛り上げる。終わりの時だ。

 

「セツナ!!!」

「受け取れ!!!」

 

 この戦いが始まった時から我が身を炉心として鍛造していた最強の破魔・破邪の剣―――。

 

『干将・莫耶スペリオールアマラ』

 

 あらゆる怪異を討ち滅ぼす人造神剣が此処に開帳……。

 

 金色に輝く陽剣をリーナに渡し、銀色に輝く陰剣を刹那が手にした。英雄のように巨大な剣を構える姿に『トオサカリン』たちは大興奮。

 

(やばい。ウチの息子も嫁も超絶にカッコ良すぎるわ)

 

 

 頭の悪い表現だが、そんな感想しか出ないのだ。

 

 

(士郎、アーチャー……見なさいよ。私たちの求めた宝石剣は、あの通り咲き誇ったのよ(鍛造されたのよ)……)

 

 

 この場に絶対に現れないという意地を張った男2人に対して、嘆きながらも息子夫婦が持つ陰陽の巨大剣は、上下から魔神柱の身を割り砕いた。

 天使の天中殺のように、上から金陽剣を振り下ろしたリーナと、下界から天上への反抗のように銀陰剣を振り上げた刹那の攻撃は紛うことなきトドメの一撃。

 

 

 虚空で斜めにずれる肉塊と、それに埋まっていた女の身体。寸分違わず霊核を斬られたことで、あらゆる霊子が消滅していく様を見ながら―――イシュタル・リンは、向こうの方で―――。

 

 獣が死んだのを察するのだった―――。同時に、それが、このセツナの世界でだけ在り得た奇跡の終わりだと―――。

 

 少しの悲しさを覚えるのだった……。

 

 




当初の予定では、大魔王バーンの『鬼眼王』状態のごとく、心臓に突き刺さるアゾット剣で真っ二つなんてことを考えていたんですが、あれはダイが孤独な戦いに挑んだから、同じく士郎もコトミーに対して『ラスト』『レスト』でやれたのも、そういう孤軍であったからこそと考えて―――、とりあえずこちらはこういう風な終わりになりました。
達也の方は、もう少しお待ち下さい。


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第265話『DEATH(3)』

長らくおまたせしました。

新話です。


―――彷徨海の鬼子『フォアブロ・ロワイン』

 

教会名称『ネロ・カオス』

 

その正体とは、己の体を『固有結界』(異界常識)にすることで、『決して滅ぼせぬ体』を作り上げた存在であった。その為に使用されたものは多くの『獣』。特に、幻想種のランクに位置するものを身に取り込むことで、『存在』を強化することが出来ていたのだ。

 

取り込んだ獣ないし『生命』は、全てネロの中で混濁したものとして、『自我』をなくしてネロと合一していく。人間のように意識が『溶けやすい』ものならともかく、獣の多くは形あるものとしてネロの中に存在しているのだ。

意識はネロと一体化しているのだが。そして固有結界『獣王の巣』から出てくる獣は―――ランクはあれども、どれも強壮なものだ。特に『世界的寒冷化』で絶滅、そうでなくても野生の力を失い人間に飼われている中では、ただの野生の獣であっても『幻想種』になっているようなもの。

 

だからこそネロ・カオスは、この世界でこそ我が身の終着を見届けられると想っていた―――。想っていたからこそ、機械の半身を与えられたとしても、それを克服出来ると想っていたのだ。

 

だが―――。

 

「動物園で見たものとは運動性能がダンチだ。生き残っている野生ともまた―――違う」

 

一匹、一羽、一頭の獣達が斬殺解体されていく様は何の冗談かと思う。サーヴァント(英霊)のように音速で動き回っているわけではない。

 

だが、それでも群れなす獣の速度は尋常ではないはずだ。人間では出せぬ疾さ。四足を使った筋力からの爪。あらゆるものを噛み砕く強靭鋭利な噛牙。

 

それらが――――。

 

白刃が煌めく。蹴撃が放たれる。『手刀』が解体をする。げに恐ろしきは、その眼だ。蒼く輝く眼は、先ほどから獣どもの『死』を見抜いているのだ。

 

記憶であり記録を思い出す。

 

真祖の使い魔。神秘のセカイにおける僻地『極東』に現れた特級の異能『直死の魔眼』を持ちし少年。その力がネロに最後を齎した。だが、ただの『魔眼持ち』の存在であれば、まだどうにでもなった。

 

あの少年―――後の神秘のセカイにて『殺人貴』と呼ばれるものの恐ろしさは、ネロが相対してきた埋葬者や魔術師の戦いを越えたところにあった。

 

東洋の武術『バリツ』などとイギリスの小説家が名称したように、極東には我々が知らぬものが多すぎたのだ。

 

即ち『ありえざる角度』からの攻撃の連続。四方八方あらゆる角度から繰り出される攻撃に、自動的に獣で迎撃できるネロとはいえ、人間態を基礎としている以上、視界はやはり正面の方が見えやすい。

 

その『正面』に容易に入らない。斜め、斜めに常に入り込んでくる足さばきが幻惑を生むのだ。

 

だからこそ―――。

 

「ぬぅうう!!!」

 

『殺人貴』よりも荒々しく、似て非なる戦闘法がネロを斬り裂いていくのだ。あの少年よりも苛烈な戦い方だ。

 

「―――殺す! バルト・アンデルスの名を背負う以上、二度、三度も神秘の僻地たる『極東』に負けるわけにはいかぬ!! 我が身にある系統樹に恐れおののけ! ニンゲン!!!」

 

「どんなものが出てきたって構わないさ。もっとだ。もっとお前のバケモノ(規格外)を見せろよ。ネロ・カオス!」

 

―――咆哮する獣に挑発の言葉を投げる『司波達也』は、生の実感など覚えていない。要は、こいつが細分化されていけばいくほど、『弱る』ということだ。

 

機能を失った獣達は、同時にただの『生命の欠片』と化す。ネロ・カオスの残骸は、己の生命強化に使える。

 

びゅるん。っと素早く動いて戻るはずの獣の残骸は全て『死んでいる』のだ。

 

屍肉を食んで生きながらえる―――こんな『生き方』なんてまっぴら御免だ。

 

次にネロが、コートの『中』から出してきたのは、恐らく『竜種』か『恐竜』。どちらにせよ、はるか昔に『星』からいなくなった生物種だ。

 

その体躯に相応しき膂力が、爪と手で叩き潰さんと振るわれる。魔力による身体強化などは出来ているが、竜種は全部で6体。難儀する数だが。

 

「手助けするぜ!!!」

 

流石にここぞという時に来てくれるボンバーキュートガール(死語)である。

 

モードレッドが、その魔力放出で竜を抑え込んでくれた。魔剣クラレントが竜の腕力を抑え込んで、押し相撲の状態となる。

 

「Thank you!Cute Girl!」

 

「お、お前、本当に『タツヤ』なのか!? イメージと違いすぎて、すごくチャラいんだが!! 車を買った中村(?)か!?」

 

「いいからトカゲを抑えておけよレッド。―――『死点』を貫く!!!」

 

如何に強壮な体躯をしているとはいえ、どんな生物にも弱所はある。死の線を束ねられた点は、それとは関係ないところにある。

 

ゆえに―――モードレッドからすれば全くもって不可解な所に短刀が突き刺さり、そして『竜』が霞のように消えたのだ。

 

不意に押し相撲をしていた相手がいなくなったことにバランスを崩したが、騎士としても百戦錬磨。すぐさま腹筋のみで起き上がり、モードレッドは構えなおす。

やってくる竜―――どれも鱗から目まで黒く塗りたくられたそれを、『司波達也』は次から次へと『抹殺』していく。恐るべき手際だ。

 

体格の大小も、そもそも正常な動物であるかどうかなども、この男には一切関係なく殺害対象なのだ。

 

「―――殺す。貴様の眼は―――私の死だ!!!」

 

「そいつはいいことを聞いた―――とはいえ、この数は!!!」

 

明らかなまでの人海戦術ならぬ『獣海戦術』―――数多の生物たちがネロの羽織ったコートの中―――というよりもその体の中から出てくるのだ。

大中小関わらず、生物としてのカテゴリーも雑多な動物の群れ。堤が決壊した河川の氾濫のように混沌が溢れ出てくる。

 

流石にこれを一体ずつというのは難儀な話だ。死点は見えていると言えば見えているが……。

黒水の全てが明確な形を取ってしまえば、それは一つの命だ。一つ一つ殺していくのは、『出来ない』わけではないが―――可能だからと言って、それを実行する道理もないのだ。

 

つまりは―――めんどくさい。

 

(だからお前(達也)でいいんだよ。こうなれば、こいつら無視してネロを狙う―――)

 

と、想っていた所―――『司波達也』の後ろで剣を振りかぶる、モードレッド・ブラックモアを認識する。

 

「さっきは曲芸も同然の振り下ろしだったが、『空間の強化』が終わった今ならば―――!!!」

 

クラレントの最大級の振り抜き。収束する魔力の輝きはかつてのエクスカリバーを思わせる。

 

確かなる大地に足を置き、剣戟に相応しいスタンスを取ったモードレッドは、朱雷と黄金の光を混ぜ合わせながら、剣を真っ直ぐに掲げる。

 

対『城』宝具の一撃の予兆に、ネロ・カオスも緊張を隠せない。教会の用意する概念武装の中には、『天変地異』クラスの現象を起こすことが出来るものもある。

それらの内の幾つかを降して、混沌と化すまで『放っておけ』という判断を下されたのが、ネロなのだった。

 

だからこそ――――。

 

(人理肯定世界の概念武装―――我が身で凌ぎきれるか!?)

 

好奇心の方が勝ってしまったのだ。否定世界ならば、ヒトの手にある限り、それらは死徒に対して非力の限り。

だが、このセカイならば……!

 

「輝きを放て!! 我が祈りは『黒き聖母』(ブラック・マリア)に捧げるもの!!―――『時空を超えて我が敬愛する(クロノス・クラレント)王への憧憬(シャイニングアーサー)』!!!」

 

『密度』を高めて、その光撃に備えるネロ・カオス。

 

魔獣・幻獣・神獣―――ランクの高い『獣』(おのれ)を燃やして、『獣王結界』と化して耐え抜く。

 

化物と化した己の姿は、術理戦とは真逆の姿。『武装999』というものに似ているが、非なるもの。攻撃よりも防御に性能を割り振ったものは、真祖の姫『アルクェイド・ブリュンスタッド』の空想具現化が、こちらの『予想』を超えていた場合を想定してのものであった。

 

最終的には、ミハイル・ロア・バルダムヨォンと研究をしていた創生の土による『取り込み』を優先したがために、これを使うことはなく―――。

 

されど放たれる光撃は、大地を削り飛ばしながら強烈な圧をネロの『身体』(セカイ)に与える。

 

(我が身は全てを呑み込む『混沌』。光も闇も我が前では等しく脆弱なる輝きにすぎん!! 深淵に沈むが―――)

 

後ずさりはしたものの、それでも『呑み込める』と確信した刹那の瞬間。『横』に体を広げようとした時に―――。

 

「―――『最果てにて輝ける槍』(ロンゴミニアド)!!!」

 

黒赤の魔力光線(レイビーム)が、横っ腹を貫く形で放たれるのだった。

 

「私を忘れてもらっては困るな混沌―――」

 

ニヤリという表現が似合う顔で、離れた場所から言うオルタのアルトリア・ペンドラゴンに、完全に抜かった気持ちを持つネロは、両側から加えられた圧に―――。

 

ゅぐおぉぉぉぉぉぉおぉぉおおおぉぉぉぉっ!

 

もはやヒトが出せる声域ではない悲鳴で絶叫が上がる。それは、ネロ自身かネロの中にある獣のものかは『達也』には分からなかった。

 

だが、確実に弱体化を果たしていくネロ・カオスだということだけは分かった。それを前にして、レティシアの『聖句』が響く……。

 

光がネロの体を突っ切り『交差し通り抜けた』(クロスオーバー)時には、半身を維持するのもやっとなネロの姿。

 

十字に刻まれた大地の削り跡の交差点に立ちすくむネロの凶眼が達也に向けられる。

 

「―――!!!!」

 

最後の振り絞りのつもりか、絶叫とともに体を変成させるネロ・カオス。2m―――いや3mはゆうにある身長と、それに違わない筋肉の付き方は、まさしく灰色の体を持つ異形の獣だ。

 

刹那に付いていったクマの姿をしたサーヴァントの真の姿。アーチャー『超人狩人オリオン』といい勝負だろうか。

そんな感想を出しつつも達也は駆け出した。当然迎え撃とうと爪を前に出して掴みかかる態勢を取ろうとするネロ。

 

「――――ぬっ!?」

 

だが、その動きが緩慢となる。旗を手にして聖句をとなえて聖歌(チャント)を歌うレティの戒めの術が、ネロを金縛りに掛けていた。

 

「小賢しいわぁぁぁぁぁぁッ!」

 

咆哮がレティの戒めを無理やり斬り裂いた。その勢いで旗を持つレティに―――何事もなかった。

 

彼女の中にいる『ジャネット』の魂が、掲げる旗(フラッグ)を下ろすことを許さなかった。その聖句を止めることを許さなかった。

 

尊き御業が、神意を語るものの声がネロを戒めて―――その間に死神はネロの『死』を直視した。

 

「……狙いさえ分かれば! 貫かせん!!!」

 

視線の向かう先から『死点』の位置を見抜いたネロの防御行動。如何に数多の体を削り取られようと、死の点というべきものを崩されなければ―――。

 

緩慢な体を動かして、腕を交差させて『達也』の直死を避けようとする。しかし―――。

 

その腕を邪魔な枝木でも砕くかのように横から走った光線―――ライフル銃から放たれたそれ(セクエンス・モルガン)が砕き―――。

 

達也の直死の魔眼が見抜いたネロ・カオスというセカイの終焉――『極点』―――『2つ』を達也の手にある獲物は貫いていた。

 

―――混沌が終焉(おわ)る。

 

 

『死』を与えられたネロ・カオスは、『何度目』になるか分からぬ自分の消滅を実感する。

 

足先から黒い塵のようなものに還っていく我が身。

 

「まさか、な」

 

あり得ぬことを与えられた、告げられた気分のネロ・カオスは、それでも呟く。『あの時』と同じく―――。

 

その『青い眼』を眼下に収めながら呟いた言葉は。

 

 

「――――おまえが、おまえたち(・・・・・)が、私の死か」

 

霧のように体全てが霧散しながらの言葉を、達也は聞き届けた。

 

―――おまえたちというのが、何処の『誰』を差すのかは分からない。

 

だが、それでも『ネロ・カオス』という畜生道の化身―――再生されたタタリの現象の一つは消えて、そして刹那の築いたセカイが砕け散ろうとしていた。

 

「―――向こうも同時に決めてくれたか。流石だな刹那、もっとも―――それを期待しなきゃ、こんな無茶を『達也』もやろうとは思わなかったんだろうが」

 

大地に落ちた短刀。ネロ・カオスという死徒を殺した武器を手にしながら『達也』は呟く。

 

その呟きに応じるかのように―――。

 

「お兄様……」

 

呆然とした様子の深雪がやってきたことで、『達也』ならば絶対に浮かべぬ自嘲気味の笑みを浮かべながら口を開く。

 

「畏まった呼ばれ方は、『俺』は好きじゃない。どこぞの妹のように『兄貴』とか『お兄ちゃん』とか呼ばれていたほうが、まだいいんだがな、深雪―――」

 

その言いようと、未だに『傷だらけ』どころか、かなり重篤な怪我を直せずにいる『達也』を見て、深雪は息を呑んだ。

 

目の前にいる人は―――もしや………。深雪の疑念と疑問が解消される前に、セカイが終わろうとしていた。

 

 



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第266話『母親として』

ちと短いです。合計しても4000文字ちょいぐらいでして、ただ続きが場面転換多いので、これはこれで独立した話として投稿しようと思いました。

新話どうぞ。


 

 

 

「―――お別れね。まぁどういったところで『私達』は亡霊にすぎないもの。いつまでも、ここにいるわけにはいかないわ」

 

多くの英霊たちが霊子と魔力に変換され、その御霊が得た情報が座へと送還(かえ)っていく。

 

黄金の柱があちこちで出来上がっている。その輝きは全て―――英霊たちの魂の輝きだ。

 

その中で―――一柱(ひとり)、霊基を統合してマスターの一番知っている『母の姿』を取ったトオサカリンは、目の前に立つ息子を見る。

 

意志の強い瞳。生まれた時から、こうなることは予想できていたかんばせ()。きっと自分たち(両親)と同じく多くの異性を振り回してしまう罪深さ……。

 

成長すれば、(時臣)に似たものも得てしまう―――まぁつまりは、本当に色男に育ちすぎたものである。

 

悩ましい限りだが、それが本人にとって何かの足しになっているならば、自分が口出しする義理はなかろう。女の子を大事にしているといえばそうなのだが、背後からグサリとアゾット剣でも突き立てられる刃傷沙汰にならないように祈るだけだ。

 

いや、本当にそこだけはちょっと不安な点である。

 

「そうだね……本当にそうだよ―――けれど」

 

一拍置いて刹那は続ける。

 

「大丈夫だよ。ご飯はちゃんと食べている。この時代、この世界はメチャクチャ機械技術が進展していて、手作りなんてあんまり意味がないけれども、それでも、さ―――それじゃ俺の知っている『味』に行き着かないから、手作りしているよ」

 

「―――刹那」

 

「あそこで封印指定されても、根性見せてどっかで隠者をやれなくて、それは怒られると思う。ごめんなさい―――」

 

「そんなこと思うわけ無いでしょ」

 

自分の息子がよくて冷たい牢屋に入れられるか、悪くてホルマリン漬けにされるところなんて、誰が見たがるものか。静かな怒りを込めて刹那を見ながら言うリンに―――淋しげな笑顔を見せながら刹那は言う。

 

「けれど、俺は―――オヤジと同じく、母さんが繋げてきたものを切ってしまった。

冬木の管理者としての責務、そこにいた人々―――大河おばちゃん。子虎兄ちゃん。雷画じいちゃん……一成さん。綾子さん、氷室市長、詠鳥庵の楓さん、ユキカさん……色んな人の前から消えてしまった」

 

それは、本当に自分の繋がりだった。それを切ってしまったことを『悪いこと』をしたかのように言う刹那は、それでも―――。

 

「そのことは申し訳ないとは思うけど―――あんまり後悔しないことにするよ。もう、俺は―――この世界に根ざした1人の男だからさ」

 

決意を込めて見てくる顔は、男として決意したものだ。その顔に喜びながらもいい含めたいことは多くなる。

 

「―――『男子三日会わざれば刮目して見よ』というところかしら? まぁ甘ったれな部分は抜けきれないけど、そこはしょうがないかもね。心の贅肉を背負いながら生きるのが、私達の生き様なのだから」

 

「……母さん―――」

 

遠坂の魔術師は、やはりどうしてもそういう所がある。要は魔術師としても人間としても甘いのだ。完全なる魔術師・魔女にはなりきれない。そうであるならば、どの世界でも『遠坂桜』との関係は断ち切れていたのだから。

 

 

「どんなことでも半人前は許さないわ。教え導くことを決めたならば、最後までエルメロイ講師―――ウェイバー先生みたいにやってみなさい。今はアーカイブっていうんだっけか?授業内容の『ビデオ再生』とかも出来るらしいし、それ以上もね。

神秘の流布とか、元の世界ならば色々と言われるかもしれないけど、私は何も言わないわ。アンタは色んな人から色んなものを託されすぎなのよ。少しは他の人にも『何か』を持ってもらいなさい。

遠坂家も元々は武士の家。時に徳政を行うべきなのよ。それが高貴なるものの務め―――貧乏お嬢だった私には望めなかったものだけど、刹那ならば出来るわ」

 

 

どうしても小言が多くなってしまうのは、やはり教えきれなかったことが多すぎたからだろうか。トオサカリンの魂が、多くの言葉を残してしまう。若干レトロな表現なのは仕方ないのだが。

 

「―――隠すことが当たり前だった魔術師としての私はあんまり望めるものではなかったけれど、いい友達を持ちなさいよ。生涯に1人ぐらいは腹を割って本心を明かせる友人がいるといいわね。あっ、お酒は体がハタチを越えてからにしなさいよ。家でちびちび舐める程度は許すけど、私も良くやっていたからね」

 

酒を飲みながら腹を割って話せる友人という言葉。まるで昭和の政治家『佐藤栄作と池田勇人』のような関係―――その小言に息子は―――。

 

「母さんにとってのルヴィアさんみたいに?」

「その発言は減点1よ!」

「どういうこと!?」

 

あり得ざる人物の名前を出したことで、息子の答案にマイナスを付けておくことにするのだった。

 

―――咳払いしてから話を戻す。

 

「それと『女』の問題ね。アンタはお父さんや時臣お祖父ちゃんみたいに女にモテすぎよ。オルガマリーとの関係はお互いに火遊びの類と思えていても、他はどうなのか分からないんだから、変な女に引っかからないように―――これは、どちらかと言えばリーナちゃんに任せるべきことなのかもね」

 

「大丈夫です!! リン・マム!! ワタシがセツナの下半身を絶対に制御下に置いていきます!!! あちこちに血は残しません!!」

 

「だってー♪ よかったわねー。スタイルが抜群でこんなにカワイイ子が、アンタの青い情欲の限りを今後も受け止めてくれるんだって♪当然、リーナちゃんを泣かせたらば、私が呪うわよ♪」

 

息子(苦笑い気味)の左腕に巻き付いた、未来の嫁に安堵した矢先に―――。

 

「いいえ! セルナのお母様! 何でここにいらっしゃるかは存じませんが、それでも、セルナの嫁として相応しいのは私の方です!!」

 

右腕に巻き付く、ちょっとだけ『親友』に似ている少女。

記憶を探った限りでは、息子に横恋慕している女の子が現れるのだった。

 

座に帰りつつあるフランスの騎士たちの後押しを受けながら、やってきた真正のお嬢様―――どっかの誰かさんに似ている少女に、リンも少しだけ戸惑う。

 

「ええっと―――、愛梨ちゃんだっけか? 刹那がいつもお世話になっているみたいでありがたいけど、何というか、やっぱりウチの息子はどこに出しても恥ずかしい馬の骨だから……アナタのような名家の人間には合わないと思うわよ?」

 

「馬の骨って―――まぁ、愛梨のお袋さんにも、そうは言ったけどさ……」

 

自分で言うのと、親から言われるのとではダメージが違うのだろう。呻くような様子の刹那に苦笑するも―――。

 

「そんなことはありません!! セルナは魔法社会の変革者! マジックイノベイター!! アナタの愛息は、この世の奇跡の一つなのですから!!大人物です!!」

 

「殆どはウェイバー先生の受け売りなのにねぇ……」

 

「いいかげん泣くぞ!!」

 

半眼で見る母親に若干涙目になりながら言う刹那は、リーナに頭を撫でられて慰められている。ホンマにこいつは……などと想いながらも、どうやら帰還の時は近いようだ。

 

黄金の霊子に還元される自分と不安定になる刹那の世界を認識する……。

 

「それじゃ小言が長くなっちゃったけど―――もうそろそろ帰るわね。イシュタル・エレシュキガル神も結構、いいところあるわね。当然か、両柱は地球のグレート・マザーなのだから……ごめんね刹那。―――お別れよ」

 

その乾いた笑みを浮かべたリンに、刹那は必死で言葉を掛けてきた。

 

「大丈夫だよ。繰り返すようだけど飯はちゃんと食っている。魔術の鍛錬も怠っていない―――宝石も何とか賄えている。当然、他のこともやっているさ。遠坂の魔術の先へと俺は進めているから、バゼットから託されたものも……全部がうまくいってるとは言えないかもしれない、全てで一番を取ってきた完璧な母さんから合格点を貰えるかどうかは分からない。

けど―――そこそこガンバっている。

ウェイバー先生やライネス先生みたいにはなれなくとも、あの教室にいた同級の椿や兄さん(カウレス)姉さん(イヴェット)たちみたいな人たちを見捨てきれずに始めたことも―――オヤジみたいなヘッポコを教導してきた母さんみたいに、どうしようもなく心の贅肉を切り離せなかった。

けれど―――もう、一人(こどく)は嫌だったから―――」

 

「分かってるわよ」

 

必死の長言葉。一息に語られた言葉は、まるでテンカウントの術のようにリンに響く……。

 

笑顔を向けながら、既に自分の身長を越してしまった息子に近寄って抱きしめたい想いを押し殺す。

 

駆け寄って抱きしめられない我が身が辛い……。

 

「友達だっていっぱい出来た。色々な人間ばかりで飽きないんだ。宝石のように眩いんだ―――オルガマリー姉さんを結果的には捨てた形でも、彼女も出来たんだ。一緒にいて嬉しいんだ。楽しいんだ。

本当ならば、俺みたいなどうしようもない男の人生に巻き込みたくなかった。大事にしたかったのに―――それでも、着いてきてくれるといった―――女の子(リーナ)に、遠坂家伝来の『星晶石』をあげたんだ―――だから―――」

 

「わかってるわよ。いい子を見つけたわね。一生大切にしなさいよ――――――全てを『士郎』か『アーチャー』あるいは両方にも伝えておくわ。アナタは元気に、心配なく、しっかりやれてるって―――」

 

「………母さん―――」

 

全てを理解している。そうとしか安堵させられない。我が身が恨めしい。

もっと言いたいこともあるのに、もはや流れ出る涙を止めることも出来ない。

それでも言わなければならないことはただ一つだけあるのだ。

 

「愛しているわ刹那、こんなに健康で丈夫に育っただけでも私は嬉しいのよ。一度ぐらい、こんな『運命』を押し付けた(母親)を恨みに想っても良かったのに―――それでも、アナタは変わらないから、だから―――」

 

 

―――今からでも、自分の運命に許しを与えなさいよ―――。

 

その言葉が伝わったかどうかは、分からない。

 

しかし『トオサカリン』という憑坐が維持できている時間は終わり、遠坂刹那の世界が終わりを迎えるのだった―――。

 

 



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第267話『終幕に向けて―――』

 

 

固有結界の展開が終わる。維持していたセカイの終わりは呆気ないものだ。幻想的な光景は途端に霞のように消え去り、浮島のような大地も無くなり―――昔からのコンクリートジャングル『TOKYO』の反転世界(鏡面界)に帰還する。

 

「―――オニキス、死徒の反応は?」

『消滅を確認。同時に現在時刻は、7時30分―――何とも派手な勝利だな。揺り戻しがあるだろうから負担を分散したまえよ』

「お袋の小言の後には、お前からかよ」

『何はともあれお疲れさまだ。―――とりあえず涙は拭いといた方がいいね』

 

オニキスに言われて眼を乱暴に拭った刹那は、全員の無事を確認する。とりあえず一番の重傷者は―――。

 

「達也君! 大丈夫なの!?」

 

世界から刀の業物をちょろまかしたのか、それとも譲られたのか分からないが、4振りほどの刀を持ち、ガシャガシャという音を立てながら、エリカが達也に近づく。

詳細は知らないが自動治癒を持つはずの達也だが、今の状態では『使用』することは出来ないようだ。

 

エリカはまだ気づいていないことを悟ったのか、『司波達也』が口を開く。

 

「いや、結構ヤバい。血が足りないのもあるが、というか今の俺には近づくな」

 

「―――うん?」

 

『疑問』『不審感』を感じたのか、駆け寄る犬のような足が寸前で止まり、エリカは達也の2m前で停まるのだった。

 

「刹那、お袋さんと話したおセンチな感情の直後で悪いが、魔眼封じあるか?」

 

「今は無いから、聖骸布でも巻いておけ。つーかやかましいわ」

 

風に乗せて魔眼封じの聖骸布を寄越すと、初めて会った頃の志貴さんのように眼を封じる達也。数言程度のやり取りではあるが気付いた―――。

 

「お兄様………」

 

「―――今『代わる』。すまないな―――アイツの体を『そんなことを言っていません……!アナタは、お母様に押し殺される前の』―――やめろ」

 

「――――――」

 

大声ではない。だが、それでも言い募ろうとする深雪を黙らせるだけの圧を感じるものだ。

言ってはなんだが、本当に兄貴として妹を嗜めるような言い方だ。どちらかと言えば、寿和さんに通じるものがある。

 

「俺は失われた司波達也だ。それ以上は言わせるな」

 

兄さん(・・・)……」

 

意味が分からない会話という訳ではないが、刹那の魔眼が達也の中で『人格』が切り替わるのを見届けた。今の達也は―――自分たちがよく知る司波達也のようだ。

 

「――――――フラレてしまったか」

 

「詳しい事情は聞かない。が―――無茶をやったな」

 

「『俺』に切り替わると『あの世界』は無くなる。それが……お前の両腕と同じく、これが『親の愛』なのか?」

 

自嘲気味の達也だが、事態はそこまで悠長にしていられない。

全ての事態が終わったからか、あの錠前吸血鬼は、この空間の維持をやめつつある様子だ。

 

空も大地もひび割れて、レッドが砕いた高層ビルの殆ども、形を虚ろにしていく。

そんな予感の元、帰還のための反射炉を形成することに―――。大地に刻まれた光り輝く魔法陣に集った面子―――今日の戦友たちは、色々と聞きたいことは多そうだ。

 

「セルナ―――司波君も、後で色々と教えてくれますか?」

 

その中でも、意を決して話しかけてきた愛梨。先ほどは色々とエキサイティングしていて、諸々の疑問を押し退けていたのだろうが……。

 

「……まぁ俺は構わんが、達也は?」

 

「話すさ―――もっとも……少々長い話になりそうだぞ?」

 

「構いません……チョコレートとホットミルクを肴に一晩でも付き合って、その後はセルナの部屋にベッド・イン」

 

「アンタのその野望はもう打ち止めにしなさいよ! リンお義母さんは、ワタシにセツナを託したんだから!!」

 

「アレはズルすぎや(チート)しませんか!! あの場に擬似サーヴァントとして、セルナのお母様が現れるならば、一も二もなくご挨拶に向かったのに―――!!」

 

「言葉と同時にラッシュ(突き)の速さ比べをするな―――!! オニキス! ジャンプ(接界)!!」

 

肉体言語で会話をする2人の金髪美少女を窘めつつ、帰還を急ぐことにする。

 

『キミにライネス嬢のような『快眠! 安眠! スヤリスト生活』が来るのは、まだまだのようだね〜』

 

ライネス先生も政治的立場が安定するまでは、ロクな食事も出来ないし、ロクな睡眠も取れなかったらしい。その所為か、母がロンドンにやってきた時には、15〜6歳にしては随分と小さかったらしいが―――。

 

そんな蛇足をしつつも、戻ってくるとあの血塗れの惨状のホテル内部であった。

 

忘れていたわけではないが、ここが『現実』なのだ。

 

「―――『こんなこと』しか出来なかったが、後始末としては上々だと思いたい―――思いたいだけだな……父と子と聖霊の御名において、Amen」

 

パーティー会場。名も知らぬ政治家が主催した今日のホテルが惨劇の場になったのだ。

 

「手伝おう。刑事さん達は怒るだろうが、それでも此処を安置所にするならば、場を整えることは必要だろう」

 

「悪い。そっちは頼んだ」

 

こちらの意図を読んだ達也がパーティー会場を『整地』した上で、簡素なベッドごと『犠牲者』の遺体を配置していく。

 

『固有結界内』で医療系サーヴァントに集中的に行わせていたエンバーミングによって、この『ビル内部』の犠牲者たちは、『投影再現』できた。

 

日本の葬儀儀礼に則れば―――まず納骨までは、何とかなるはず。宗派の違いはあるが、基本的に土葬は厳禁の日本なのだ。ご遺体(仏さん)の姿は火葬が済むまでは何とかなるはずだ。

 

「神田議員の政治パーティーだったのね。ここは……」

 

ベッドに横たわる女性の仏さんに、納棺師ほどではないが化粧を施していた七草先輩が、合掌一礼してから神田というご老人の方にも合掌一礼をするのだった。

 

見ながらも、ホテルに張られた結界の綻びは魔法師でも突破可能なものになっている。タイムリミットだろう。

 

「―――そろそろ安宿先生のダンナさんや寿和さんがやって来る頃だな。申し訳ないが、あとは彼らに任せるしかないな……言ってるそばから中途半端は、お袋に八極拳で殴られそうだが」

 

十分すぎるほどのことをやったと思うのだが、それでは満足しない刹那に苦笑しながら、変装用の服を纏わせられる。

 

リーナのパレード(仮装行列)含みのその手際が行われると同時に、ホテルに電源が入っていく。そして、スーツ姿の刑事たちを筆頭に警官たちが、突入してきたのだった。

 

そして見えたものを拝見して、こちらに一礼をしてきた―――。

 

「詳しくは分からないが、だが―――感謝をするプリズマキッド」

 

「今宵の私はただの死神です。何も盗めなかった上に取り戻せるものもなかった。礼を言われるもんじゃないです」

 

宝石剣を握りながら、安宿伯太郎氏に言っておく。

 

「ですが、此処にいる方々の菩提を弔えるようにと少しの手助けをしたとは想っています。一度は吸血鬼に魂を吸い取られた犠牲者です―――丁重に、ご家族との対面をお願いいたします」

 

「――――――承った。警視庁警視正 安宿 伯太郎の全てを以て行わせていただく。感謝する―――それと、夜ふかしは程々にしとけよ。マジカルステューデンツ」

 

バレバレなのは分かっていたが、ここから先は官憲が仕切るべき場面だ。いつまでも居残るわけにもいかず空間転移で移動をするのだった―――。

 

 

 

その顛末。全てを見届けたかった少年は地団駄を踏みそうな衝動で、端末の前に座っていた。遠坂の秘術を見届けんと、そして東京で行われている怪異に対して―――自分が演出することで、最良の結果を、自分が見たいものを見たかったというのに……!

 

(何なんだ―――この爛熟しきった情報社会において、僕は上位の存在のはずだぞ!? その僕を差し置いて、こんな乱痴気騒ぎを起こして、干渉することも、鑑賞することも出来ないだと―――)

 

 

「ふざけるなっ………! ふざけるなよトオサカ! 貴様がパラレルワールドからの『来訪者』(ビジター)であることなど、僕はお見通しだ! 僕の許しを得ることもなく、この世界で好き勝手するなど! 礼儀を知らぬ極東のサルめ!!! こうなれば、あらゆる欺瞞情報などを用いて、ヤツを社会の表裏から追い詰めてや――――」

 

 

内心でのいら立ちが遂に肉声を通して振るわれた瞬間、そのタイミングを見計らったように変化が訪れた。

少年の眼前にあった情報端末―――フリズスキャルヴという、巨大データベースであり世界中のネットワークへと接続していたものに異変が走る。

 

既に技術革新で駆逐されたはずの映像画面のノイズ―――ちらつきというものが断続的に走り、寄せては返す波のようなそれが終わると―――ブラックアウト。そしてふたたび立ち上がる端末、その画面には―――。

 

奇怪な笑い顔を浮かべるものが現れた。それは一見すれば、『スマイリーフェイス』という米国発のシンボルにも似ていたが、受ける印象は大違いだ。

 

 

笑い顔は、丸い両目と三日月を描く口―――その3つから赤い血を滝のように流していた。

 

 

安手のホラー映画にも似た演出。魔法師ならば鼻で笑うこともありえる、ましてや『米国人』にとって馴染みがあるとはいえぬ―――怪異を思わせて―――少年―――レイモンド・クラークは引き攣った悲鳴を一度だけ上げる。

 

 

 

『どんな劇の演目でも、あまり他人の脚本(ホン)に対して、私はアレコレと口出しする手合ではないのだがね。しかし、だ。力量に合わぬ題材を扱ってストーリーが破綻しては、実に滑稽無残諧謔笑劇!―――』

 

 

悲鳴を上げた少年を認識している『泣き笑い顔』は、そんな言葉でレイモンドを嘲笑う。逆らえない。その言葉の重みは明らかにレイモンドよりも格上の演出家である。

 

バケモノの類であると―――認識して身体は固まったままだ。

 

 

『ともあれ、だ。茶番の道化芝居とはいえ、それはそれで場繋ぎという側面もあるのだ。だが、キミ程度では『現在』の舞台演者たちに、望みの劇芝居を要請も出来ない。かといって、『我々』ではない『異次元生命がやって来た』と『銃神』に吹聴して、それをどうこうするというのはマンネリズムがすぎる。ありきたりだ。使い古された手だ。たまには違う行動をとってみたまえ。

舞台の上手(かみて)下手(しもて)すら分かっていない二番煎じから脱却できなければ、それはキミに訪れる『悲劇』の『質』が少々変わるだけだ』

 

 

バケモノの言葉は、まるで演劇やシネマのレビュアーか、一流のショーマンシップ持つ演出家のように、次から次へとダメ出しばかりを出してくる。

 

全ては―――『キミは稚拙なのだよ』という結論を違う言葉で表現しているだけなのだが……。

 

 

 

『つまるところ、キミが干渉してしまえば演目は『原典』(オリジナル)と同じだからな。実につまらない限りだ。マンネリだよ。キミたちのいる線は『外典』(アポクリファ)と認識しておくべきだった。それを知っていれば違うものもあっただろう。

―――今更な話だがね。それを認識しきれなかった時点で、いや気付けることも出来なかっただろうが、それがキミの脚本(げんかい)だ』

 

 

何なんだ。何なんだ。何なんだ。

 

馬鹿にされている。虚仮にされている。足蹴にされている。

 

数多の屈辱の文句がレイモンドに浴びせられている。だが、それでもその話は超然としていて、されど明確な反論が出来ないほどに一息に浴びせられる―――『正論』であった。

 

理解してしまう。レイモンドが話している相手は―――自分以上に計算の権化、情報の蒐集者であり、自分以上に望んだものを『演出』する術に長けた一流どころだ。

 

 

『まぁキミの能力が不足していたわけではないよ。とどのつまり、あの魔法使いは全ての運命を捻じ曲げるのだ。それは良かれか、悪しかれか、あるいは『両方』かは分からない―――しかし、ようやく終着にして終幕が見えつつあるのだ。舞台ジャックが出来るほどではないだろうが、プロデューサーとしては、万が一にでも演者やストーリーに負担がかかる改変は迷惑でね』

 

 

 

言葉と同時にレイモンドの部屋全てがぐにゃぐにゃと歪んでいく。魔法による攻撃であると理解していても、対抗出来ないほどに強力なものだ。

 

逃げ出せば―――その時はどうなるかすら分からない。

 

そして―――。

 

 

『まぁ―――率直に言うと、シャットアウト(接触禁止)だよ。荒野の賢者になりきれぬ道化師くん』

 

 

呆気なく言われた後に―――画面から3D映像のように浮かんできた泣き笑い顔。

 

『それ』を真正面から受けてしまったレイモンド・S・クラークは、帰宅してきた父親に発見される形で、外傷が一切ない『意識不明』の重体となり、病院に運び込まれることとなったのだ。

 

 

 

 

「さてさて、六情の渦に塗れた仕儀もそろそろ終わりか。果たして―――『誰』が『誰』の『敵』になるのか―――。一番いい席は無理だとしても、演者からは見えぬ特等席に座りながら見届けさせてもらうよ。シオン、そして魔宝使いくん―――」

 

 

 



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第268話『恋人たちの夜』

BS11でもMXでもこの番組構成なんだよなー。

鍋の次は炒飯かぁ。

そして我が方のゴールデンはようやく宝具レベル2になってくれた。
ツナ・トスの英雄、渡辺綱も来てくれた(マテ)

あとは―――俺がユガを越えてアトランティスを超えるだけだ(泣)

そんなわけで新話どうぞ。


 

 

―――色々と騒がしい街中に降り立つと同時に色々と聞きたい面子は多いだろうが、それでも今夜はお開きにしておいた方がいい。

そんな説得が面々に通じた後には、無事に家路や宿泊場所に着いたことを確認しなければならない面子を送って、自宅に戻った時には9時を回っていた。

 

「そういう時こそ、私のようなサーヴァントを使いっぱしりにして送らせれば良かったでしょうに」

 

「結果的に、何人かの家は夜中に家の娘さんを連れ回したことになったんだ。不義理はおかせないよ」

 

 

お虎の苦笑しながらの言葉に返すも―――。何となく目の前のサーヴァントの『不満』を理解してしまった。

 

「……暴れたかったのか?」

 

「当たり前です!! 古今東西の英雄たちが集結する乱痴気騒ぎの固有結界(りありてぃまーぶる)となれば、この景虎―――、彼らと覇を競いたかったのですけどね。マスター?」

 

だから監視役に置いといたのだ。ハッキリ言えばあんな場に、この戦馬鹿(ウォーモンガー)を投入すれば、そりゃもう泥仕合確定である。

 

だが凶眼を向けてくるお虎相手に『やべっ』と思いつつも、どうしたものかと思う間もなくその眼が引っ込んだ。

 

「まぁ、私としては『さつき』がマスターの秘術で消滅されなかっただけ、まだマシですかね。今夜の仕儀に彼女たちがいなかったことが救いです」

 

「……ホテルに近づいた中にそういったものはいなかったか?」

 

穏やかな笑顔で語るお虎だが、監視役としての務めを果たしてくれていたのかを問う。

 

「吸血鬼の類はいませんでしたし、流石に状況が状況だけに名倉殿や魔法師の関係者はいましたが―――マスターが聞きたいことならば、察せられます。紫苑(シオン)がホテルの近辺に来て、すぐに帰りましたよ」

 

その言葉に、眼を閉じてから深呼吸一つ。別室で通信モニターでのバランスから『報告』を受け取っていたリーナの驚いた言葉がこちらにまで響く。

 

どうやら『決まり』のようだ。しかし迂遠なことをしたものである。

 

「―――では、私とアルトリア殿たちは別室で『戦国炒飯(イタメシ)テレビ』を見ていますので、存分にリーナと企みしながらイチャイチャパラダイスしていてください♪」

 

「余計な気遣いせんでいい」

 

「では襖を音を立てて開けながら見てもよいので?」

 

なんたる黒い小姓(サーヴァント)だ。にやにやという表現が似合うお虎だが、もはや「うつけ坂49」でも見ていなさいという表現で追い出すのだった。

 

「それでは失礼いたしますね。刹那」

 

霊体化して部屋まで行くという横着を見てから、『弓塚さつき』との関係を問い質すのを忘れてしまうのだった。

ここまで来たらば話してほしいが、おおよその予測は着いていた。だが、それを知った所で対処は変わらないわけだが……。

 

「それでも、何であんなことになったかは知りたいもんだ」

 

どこかの世界で志貴さんが救えなかったのだろう少女。その原因を知りたがる自分は変なのだろう。

 

ソファーに深く腰掛けながら目をつむり、息を吐く。今日一日で随分と寿命が縮まったかもしれない。もっとも、使わずに勝てたかどうかは怪しかった。

 

そう―――所詮は『愚連隊』でしかない自分たちでは『そうするしかなかった』のだから―――。

 

自嘲気味になっていた刹那の思考に割り込むように、ホットのカップが頬に当てられた。

熱いというわけではないが、温くもない―――絶妙なカップの温度に眼を開けて上を見ると、片目を閉じながら笑みを浮かべていたのだった。

 

「ハイ、今夜もお疲れ様の一杯、ドウゾ♪」

 

「ありがたくいただくよ―――」

 

黒い液体。まぁまだ話さなければいけないことも多いので、紅茶よりはこっちの方がいいかと思いつつ、軽くカップを一度だけ合わせてからコーヒーを含んだ時に―――その舌に感じる甘味に、少しだけ驚いて『もらっていなかったな』と思い出すのだった。

 

「コーヒーじゃなくてホットチョコか」

 

「ウマく出来て良かったわ。ミルクたっぷりめでもセツナから一本取れたもの」

 

そんなイタズラゴコロも含めてのことだったとは。負けましたと一言だけ言ってから、そのリーナの気遣いを受けるのだった。

 

「HAPPY Valentine♪ 最後のほうで―――セツナのお義母さんに会えたのはスゴくいいことだと思えたわね」

 

「修羅巷の真っ只中で死んだお袋に会うとか、これが俺の運命か……」

 

笑顔で言うリーナには悪いが、ちょっとばかり『シニカル』なことを考えてしまう。それに対してフォローが当然の如く入る。

 

「アレよ! 某ニンジャマンガだって、一大戦争開始前に自分の精神世界でお母さん(マザー)に会って、戦争終了の際には魔界転生(リボーンズ)させられたお父さん(ファーザー)に自分のことを語ったみたいに―――ダメだった?」

 

「―――そんなわけあるかよ。キミが気付いてくれなきゃ、引っ張ってきてくれなきゃ、俺もお袋も会うことは出来なかったんだからさ」

 

ソファーの隣に座ったリーナの不安げな眼差しに、頭に手をやり体を抱き寄せながら、そう言って素直に正面に顔を見ながら感謝をする。

 

「ありがとう。リーナ、俺のお袋に会わせてくれて」

 

「ワタシこそ感謝しているのよ。アナタだけが、ワタシの両親に挨拶出来て、ワタシが出来ないことが心苦しかったんだもの」

 

「そういうもんか?」

 

「ソウイウモノよ。男には分からないこのセンチメンタリズム溢れるエモーション……これが『エモい』という感覚なのネ」

 

絶対に違うと言い切れないのは、その状態に最大に陥ったのが 、当の刹那であるからだ……。

 

それにしても、抱き寄せたリーナの衣装はいつになく決まっている。ふわもこなセーターにミニスカートという『いつも』の部屋着なのだが……。

 

 

「ドウしたの?」

 

「いや、何ていうかいつもより……」

 

「イツモヨリ?」

 

 

何か誘導されているのが分かる。というか、セーターの『裏地』とか大丈夫なのかよと思いながら……。

 

 

「……せっかくのナイスバディが崩れるぞ」

 

そんな言葉で窘めつつも密着状態は維持するのだった。

 

「そんなヤワなものじゃ―――いや『ヤワ』なものだけど、簡単に重力(グラビティ)には負けないわ!!」

 

鬼気迫る顔で言ってくるリーナ。ダメだこいつ。はやく何とかしないと……。

 

言いながらも、腕を刹那の首に回して見つめてくるブルーアイズと、紅潮しながらも柔らかな笑みを浮かべてくる様に逆らいきれない。

 

 

「今夜は、本当にオツカレサマでした。戦に疲れた勇者たるダーリンを癒やすのは、ハニーたるワタシの役目なんだから♪」

 

「キミだって戦っただろ? ならば、俺の無茶な戦いに着いてくれた守護天使サマは、俺が癒やすよ」

 

 

お互いの顔を至近に収めながら語り合う言葉は拙い睦言だ。グツグツに煮立ちそうな位に頭が、身体が熱くなる。

 

理性が無くなる寸前での言葉、そしてそのままに体は重なり合い、口づけを交わした後にはお互いの身体に手を這わせるのだった―――。

 

そんなリビングでの『事及び』に……。

 

(しまった―――!!! 刹那の秘蔵のお酒を取るに取れない状況です!! 不覚! 塩も梅干しも『きっちん』に置きっぱなしですよ!!)

 

(チョココロネでも肴にどうだ?)

 

(合うんですかねソレ? 仕方ありません。ここは洋酒で我慢しましょう!)

 

―――などというサーヴァント達の一幕があったのだが、『事』に及んでいる2人には全く感知出来なかったのだ。

 

 

 

「―――無限の剣星―――アンリミテッドブレイドワークス、か。八王子クライシスの際の将星召喚の原典とはここだったのか……」

 

「恐らく、ね。洋の東西を問わず、数多の英雄たちを『英霊の座』から自分の心象世界に呼び出して、一斉攻撃をさせる―――刹那くんの『何枚目』か分からぬ切り札……」

 

隣に座る真由美からの口頭での詳細な説明を聞いて、それがどれだけの『範囲』で『展開』出来るかなど、はたまた『発動条件』『呼び出せない英霊の有無』『弱点』……全てが不透明だ。良く考えると、サジョウマナカを殺すために何騎かのサーヴァントが固有結界の外に出てきたことを考えると……『範囲』という意味では、あまり意味がないのかもしれない。

 

エクスカリバークラスの範囲攻撃の宝具を持つサーヴァントを揃えれば、それだけで戦略級魔法の連発と変わらない。

 

逆に周囲に対してあまり被害を出したくない上での対人攻撃という意味では、長尾景虎のような宝具持ちを呼び出していけばいい。

 

 

現在、キャビネットにて放送中の番組『戦国炒飯(イタメシ)テレビ』のコーナーでは、武勇自慢の戦国武将―――という『役』を演じている役者たちが小芝居を演じていた。

 

そういうことも『本物』で出来るのが刹那ということだ。

 

「……まさしく『無手勝流』の極みだな。ヤツには我々、現代魔法師が持つような『型』がない」

 

「まぁ、ある意味、羨ましい限りよね。一枚切り札を切ったとおもいきや、更に奥の手を持つ―――」

 

汗をかいて溜息を突く真由美の心は何となく分かる。

 

カウンター(抑止力)という意味で言えば、十師族の総力を結集しても刹那には勝てない。もちろん遇し方次第なところはあるが……。

 

戦力評価で言えば計り知れない。単体で一国の戦力と渡り合うことも―――『不可能』ではないかもしれない。

 

そう……『不可能』ではないかもしれない。

 

「この『どこまで出来るか分からない』―――可能の上限が不確定なところが、アイツに対する全てを『あやふや』にするんだな……」

 

苦笑して、どうでもいいことだと克人は考えた。ハッキリ言えば、四葉のご落胤で分家扱いでありながらも『軍人』としての職務にも就いている司波達也に比べれば、まだ『交渉』のしがいはある。

 

どちらも克人にとっては気に入りの後輩ではあるが、何というか『交渉』のしがいがある刹那の方がいいのは、見立てが正しければ、どちらかと言えば『我の強い』達也は引くことはない気がするのだ。

別に物分りの良さの有無とかを基準にしているわけではないが……要するに『融通』しあえるものを持ち合っているというのが、刹那との違いだろう。

 

身も蓋もない言い方をすれば、こちらが提示する『金銭・宝石』次第では折れることもある刹那の方が、交渉しやすい存在だ。

要するに相手の面子を徹底的に潰すことをしないタイプだから、この辺が『限度』であることを理解している。

 

―――そういうことだ。そういう風な克人なりの人物評なのである。

 

「ところでお前は、どんな英霊に構われたんだ?」

 

そんな内心での後輩に対する講評を詳しく言わずに話の転換を図ると、少しばかり悩むような顔をする同輩がいるのだった。

 

「ええっと……アレキサンダー大王の影武者と言える『女性』だったわ。便宜的に『ヘファイスティア』という名前を名乗られたけどね」

 

「もしやヘファイスティオンの女性名か?」

 

「わっかんないわー……ただ『彼女』の駆る骨の竜(ボーンドレイク)に牽かれた戦車に乗って、戦いには参加したわよ。現代魔法師の価値観、バッキバキにぶっ壊されまくりだわ」

 

髪の毛をガシガシ乱しながら言う真由美に、再度嗜める。

 

「……便宜上、形而上は、お嬢様の言葉と行動じゃないぞ真由美、むぐっ!」

 

その言葉は最大級に癇に障ったのか、克人の口に突っ込まれるは、わざわざ療養中の身であるために家に届けてきたバレンタインデーのプレゼントである。

チョコクリームが内包されたシュークリームの味は、ふわふわのシュー皮と相まってかなり美味しいのだが、その食わせ方はどうなんだろうと思えた。

 

「……事態の解決は振り出しに戻った形だが、『終結』には近づいているだろうな。何を以て『終わり』と結びつけるかは、明確には分からないがな」

 

「政府筋の意向は単純。この『東京都』から『危険生物』である『死徒』の駆逐のみ。ただ、別の動きも出てきたから『少々』、ね……」

 

「死徒……不完全ながらも不老不死を体現した、『並行世界』で繁栄を得た存在―――……。まぁ遠坂が入学した初期の疑問に解答は得られた形か」

 

「あの頃、克人君には『アホなことを言うな』と言われたわ」

 

 

覚えていやがったか、と苦笑しながら二個目のシュークリームを口に運ぶ。だが『並行世界』からの『来訪者』……それを『事前』に予測・理解していた人間は多いのではないかと思う。

九島老師のエルメロイレッスンの承認や、政府筋の迅速な対応。そして、あの『四葉』があまり『やんややんや』と首を突っ込まないところに、裏を感じるのである。

 

 

「ともあれ、明日には俺も登校しよう。事態の終息―――せめてそこだけは見届けなければならんからな」

「そう……ならば、今夜は朝まで看病してあげるわよ」

 

 

その言葉に克人が張っていた遮音の結界が崩れて、私室のドアに聞き耳を必死で立てていた腹違いの弟と妹が、何事だと思う。

 

「いや、真由美。それはマズイ。俺にも男として『やんごとないこと』があるんだ。それに看病は、もはやいらんよ。回復はしている」

 

「だからといって、こんな真夜中の東京に『か弱い女の子』1人放り出そうなんて無体じゃないかしら? およよ……」

 

ウソ泣きをする真由美だが、迷惑かもしれないが名倉氏を呼び出すことも出来るだろうに。ただ十文字家の家人にその手の便利屋、執事など諜報役がいないことが、この事態を回避する手立てを無くしている。

 

自分が気軽に動けるならば、送ることもやぶさかではないが……。

 

「―――制服類はちゃんと畳んだ方がいいだろう。和美、真由美さんに着替えなどを用意してあげなさい」

 

ドアを自動開閉すると、少しだけ『つんのめる』も姿勢良く入り込んだ妹と弟が、他家のご令嬢に挨拶をしてから、案内する様子を見ながら……。

とりあえず、覚悟を決めるのだった。

 

 

「今日は話に付き合え。しばらく動けなくて話し相手に飢えていたんだ?」

 

「……口説いている?」

 

振り向きながら、少しだけ膨れるような面で言うのだが。

 

「さぁな」

 

笑みを浮かべながらそんな言葉ではぐらかす。

どうにも遠坂の主催した『祭り』に参加出来なかったことが若干恨めしくて、真由美に事細かに語らせることにしたのだった―――。

 

たとえそれが同輩の少女と一晩を過ごすことになったとしても、だ。

 

 



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第269話『アクトレスアゲイン―Ⅰ』

 

 

夜は人ならざるものの生きる世界だ。かつて、まだ未開と未知とが蔓延り、人間の領域が狭かった時代では、そういった『畏れ』を抱き、人間の領域に踏み込んでくる『魔』と『妖』を祓う生業が隆盛を誇った。

 

すなわち―――退魔師というものが、人の領域を守っていた。

 

この22世紀を目前に控えた時代であっても―――彼らの業務は変わらないほどに、世界には魔が溢れていた。

 

この大都市、眠らない街『東京都』においても変わらなかったのだ。

 

「追え。大物を遠坂殿が始末してくれた以上、我らは他の吸血鬼の首を確実に落とす」

 

『『『『御意』』』』

 

手勢を率いて都内を闊歩する人間たち……その集団の動きは、現代の山狩りとでも言うべき組織だったもので、追われている人間たちは追い詰められていた。

 

「―――鬼は鬼でも、まさか『夜魔のもの』を狩り取れとは、少々畑違いだな。マスター」

 

「不服か? セイバー」

 

「それこそまさか、だ。人を斬るよりもよっぽど気が楽だが、かといって鬼を斬ることが気が楽というわけではないが」

 

「やはり不服ではないですか」

 

呆れるように苦笑する今生での主に、申し訳ない想いがある。

 

結局の所、セイバーにとって生きとし生けるもの全て殺したくはないのだ。人食いをしてしまえば、それは斬らなければならない『魔』ではある。人が食肉をする云々などと言う理屈が語られるが、この世界は人間の世界であり、やはり人間を食らうものは生かしてはおけない。

 

だからこそ生前のセイバーは、『主』と『弟分』など、『混じり物』であったとしても、変わらず接した。

 

武士として通さねばならないものはあるのは理解している。それでも『剣』は好きだが、『殺し合い』は好まないというのが、セイバーであった。

 

「――――――ご配下を下がらせた方がよい。いるぞ」

 

「全隊、下がれ―――護法術式を展開してセイバーを支援するのだ」

 

「感謝する」

 

とある路地裏にて、追い詰められてあちこち薄汚れた黄色と紫苑の吸血鬼2鬼。服の意匠と髪色だけでイメージしたのだが……どうにも生前に関わった『人食いの鬼』を思わせるのだった。

 

両側には現代の建造物。あの時の橋の欄干ではないが、何気なくそれを想起させるもの。

 

たんなる既視感(デジャヴュ)でしかないのだが、それでもセイバーは『鬼切』の武器を手にして九字を唱える。

 

「では行くぞ―――」

 

発動した宝具。炎を纏って鬼切をすべく駆け出したセイバー……。

 

しかし、鬼切の機会は訪れない。何故ならば―――。

 

建物の両側。決してサーヴァントならば、対応出来ない高さの場所ではない。

 

そこに『弓兵』とでも言うべきものが整列して、こちらを見ていたのだ。

 

味方―――であるならば、後ろで戸惑うような気配が生まれるわけがない。

 

ならば『敵』と一旦は判断しておく。

 

そして敵は、どれだけの力を持っているかは不透明。

 

更に言えば―――古来より攻めるに難く、守るに易い高所を、頭上を取られたことが、セイバーに少しの躊躇を生んだ。

いつの時代でも高い所から『ナニカ』を射掛けられて、投げつけられることは恐ろしいのだ。

 

ゆえに―――――。

 

「撤退を推奨する!! マスター!!」

 

「分かった。退くわよみんな!!」

 

瞬間の判断で夜中の路地裏から脱出したセイバー諸共に、並列斉射された光線の柱が現代の路地を砕いていく。

 

砕かれ灼かれた粉塵が視界を覆って、吸血鬼の動きを分からせていない。良くて撤退。あるいは混乱に乗じて、こちらを取りに来るか―――。

 

 

「幸運を拾ったか……」

 

驚異的な身体能力で去っていく鬼二匹と、それに追随する10人ほどの集団を夜空に見る―――。

 

だが、既に追い込みは掛けられる。この東京都内に『神代秘術連盟』の術者たちは勢揃いしているのだ。

 

すぐさま次の集団が敵に追いすがる。

 

「りず殿に報告した方がよろしいでしょうな」

 

「敵はレーザー攻撃が出来る集団、はっきりとしたものは言えないけど、そういう存在であることは教えとかないとね」

 

現代の通信機器ではない個人間の『念話』。ある種の思念ネットワークとでもいうべきものを形成しての通信は―――このデジタル万能の時代においては、秘匿性の高いものとして重宝されている。

 

無論、現代魔法師もある程度は『それ』を認識出来るらしいが、『盗聴』するまでには到っていない。

 

例え、裏切り者の『藤林』と盗人の『九島』であってもそれは分かるまい。

 

通信を受けたリズ率いる本隊―――死徒が食い散らかしたグール共を掃討した所に、この通信。

 

すぐさま『高台』に移り、アルケイデスに狙撃をさせる前に、指鉄砲を作り―――。

 

覗き見(ピーピング)をしているものに一発放つのだった。

 

 

「リズリーリエの戦闘記録映像が失われました……」

 

愕然と呆然の2つを混ぜた孫娘の言葉に、慰めることもなく老人は思案する。

 

「ふむ。まさか古式魔法による使い魔は、無力化されその上、電子戦による目すら壊す……神代秘術連盟……我々に対抗するために組織された集団、か」

 

物憂げな声を出してしまうのは仕方がない。

 

あまり公にされていることではないが、現在の関西・近畿地区は、幕末京都か昭和東京のようにテロが横行している。

特に現代魔法師の名家の指導者を狙ったものだ。

 

それを行っている連中が『何処の誰』であるかは既に公然の秘密なのだが……。

 

「―――サーヴァントに対して魔法師では、ロクな対抗は出来ません……正直言えば、政府筋が『不戦』を命じていなければ、どこまでやっていたか……」

 

響子としては気が気ではない。一応、藤林家は古式の名家ではあるが、その一方で古式の極みたる人間たちからは大層恨まれている。

 

事実、父からは『しばらく京都には戻ってくるな』と言われて、実家に戻ることも出来ない状況だ。

 

「だが、彼に全面的な協力を申し込むのも、関西圏の魔法家がいい顔をせんからな。筆頭は真言(まこと)だが……」

 

九鬼家、九澄家、()留生家など多くの第九研を元とする家は、既に被害を出しているが、それでも容易に遠坂刹那を頼りに出来ない事情がある。

 

元々、第九研の研究テーマは「古式魔法を現代魔法に『嵌め込んだ』魔法師の開発』というものだ。

それゆえに、詳しい事情を省けば、古式魔法師との協調路線から対立路線へと入ったことが大きな溝となっている。

 

つまり第九研出身者としては、『自分たちは古式魔法師の技術を全てモノにした』『必要ないもの、不合理なものを切り捨てて効率化・合理化を果たした』という自負心を持っていたのだ―――。

 

そんな中、いざ22世紀へと至ろうとしているこの時代に、その結論に『暫く! 暫く!!』と見得斬りをした上で、第九研の自負心を粉々にするぐらいに『理論の再発掘』と『合理では測れぬチカラ』を持ち出してきた遠坂刹那は、苦虫を噛み潰すような存在だった。

 

だからこそ、エルメロイレッスンにおける恩恵を素直に喜べないという面があったのである。

 

「ただ真言が、素直になれない理由も分かるな。こればかりは私の失策だが……健の孫と一緒になっている事が瑕疵なのだろう」

 

響子もリーナも光宣など、今の『孫世代』にとっては現代魔法師の黎明期の話でしかないのだが、お家騒動と言えるもので実の弟を追い出したことが、現在の出足の鈍さに繋がっているとのことだ。

 

昭和・平成の政治史・経済史にも関わる西武グループの『堤家』のお家騒動の如く、兄弟の対立こそが、巨大な父親の築いた勢力を砕くことになったわけでもある。

 

(図体のデカさを受け継がせるには、真言ではチカラが足りていなかったからな)

 

その下の孫たちも、確かに凡百の魔法師に比べれば、上級の力は持っていたが、真言は子どもたちの資質に満足出来ずに―――――。

 

そうして出来上がった子供の資質は、身体の弱さを除けば真言を満足させたが……。

 

 

(そこに叔父の孫と孫の恋人が出てきたことが、決定打になったか……)

 

そして烈にとって『姪孫』の恋人は、あの頃の弟を思わせるものがあった。それは第一高校の校長である百山 東の態度からも理解が出来た。

 

「お祖父様は、ケン大叔父様に日本に居てほしかったのですか?」

 

「返す返すも後悔ばかりだが、な。しかし、あの頃に白洲次郎のようにどこかで農業をやっていてくれと言っても、アイツの影響は大きすぎた。悪ければ、西南戦争の西郷隆盛のように、担ぎ出されていた可能性もあった」

 

どちらにせよ『従順ならざる存在』であり、烈としては追い出すしかなかった。殺すまでいかなかったのは明確な咎・罪科が無かったのもあるが、兄としての情けが働いたからだ。

 

国から出ていけ。端的にそう告げた時のケンの顔と言葉を思い出す。

 

『―――ブッ飛ばしてやりたい所だが、『今』はやめとく。ただこれだけは頼む。『みんな』を頼む。それを破ったらば、海を渡ってでも、アンタを殺しに行くよ。兄貴―――』

 

そうして、弟を追い出した烈の中にあったのは、空虚な伽藍堂であった。それを埋めるために多くの繋がりを持った。

 

独裁ではなく、寄り合える何かを得るために、人類社会に力ではなく、団結による組織の力で以て、社会における魔法師の正当な地位を主張しつづけてきた。

 

しかし、その為の社会基盤と環境が『軍事偏重』になったのは、烈の失策であった。『互助』の精神を無くし、一つが突出することを容認した愚策である。

 

 

「……真言を説得するべきだな。『いざ』となれば、奴の名前で刹那を召喚するべきなのだから」

 

「リーナのことはどう納得させるおつもりで?」

 

「遠坂リーナになるだけだと、響子の口からあの2人のバカップルぶりを説明させる」

 

(巻き込まれた!!)

 

 

だが、老人の懸念は当たる。超常分野での戦いは、日本という島国を2つに割るほどの凄まじいものとして記録されていく……。

 

「ミスター・コーバックの提案はどうしますか?」

 

「―――今はまだいい。一先ず、この騒動の果てがどうなるかを見極めてからでも遅くはあるまい。結局、タタリ・パラサイトがいかなるものなのかを、まだ我々は知らないのだからな」

 

その言葉に、後ろにいるコウノトリの王子は微笑むだけだった。真意は分からない。だが、コーバック・アルカトラスもまた死徒であるならば、安易な協力体制はマズイのではないかと想いながらも、響子の思惑など無視して―――その日の夜は終わりを迎えるのだった。

 

 

『―――というわけで、今日は魔法科高校全校で緊急の休校だ。とりあえずは、明日明後日の土日合わせて三連休ということになっているから、みんな『今日』はゆっくり休みなよ』

 

第一高校から届いた連絡。ロマン先生のボイスで再生されたボイスメールは、主にB組連中に届いていたらしく、エイミィなどからは『やったー♪休みだー!!』などという囃し立てのレスが付いているのだった。

 

だが理由としては、あまり喜べるものでもない。不謹慎ではないかと思うも、学生にとってはそういうのは二の次なのだろう。

 

ベッドから少しだけ起きつつ、寝ぼけまなこでその端末画面を2人して見ていた刹那とリーナは……。

 

「早起きなんかしなくてもよさそうだな」

「アナタとお昼まで眠れるSHAKEな日ネ」

 

おどけるように笑みをこぼし合う。

 

お互いに殆ど全裸の体を薄い掛け布団で隠した状態のままに、ふたたび互いの熱さを交換し合う抱擁しながらの就寝をするのだった。

 

「セツナ……」

「リーナ……」

 

抱き枕の腕枕。後頭部を抱きしめるように髪を撫で梳く。その行為だけでも蕩けきったリーナの表情を見つつ、再び唾液交換をしようとした矢先。

 

端末に学校以外からの連絡が次々と入る。それは主に自分たちの友人・先輩―――2日前に家にやってきたというのに、荊州返してほしい魯粛のように孔明のもとに再びやってくるリーナの親戚の『サ○マン』まで。

 

「………」

「………」

 

2人揃って唖然の沈黙。昨日の切った張ったからのこの安らぎの時間を――――。

 

「リーナ……」

「―――なぁぁに?」

 

微妙に伸ばした語調と前髪をかきあげながらの様子が、彼女の気持ちを代弁していた。まぁ気持ちは分かるというか、完全に同意だったのだが。

 

それでも―――言うべきことを言うことにした……。

 

「現在7時―――3時間半後に家に来るように返信よろ」

「いいわね。正しくワタシとアナタのダイミダラータイムの延長を謳歌出来そうだわ」

 

刹那の要求に対してリーナは、出来る女系の声(マジメ日笠)で答えるも、内容はとても人には聞かせられないものだ。

 

高速タイピングで打鍵して一斉送信。

 

それで納得したのか、それっきりメールは来なかったが―――ともあれ……。

 

「何を聞かれるのやら―――分かりきっている面子も多いんだけど、な」

 

「やはりタタリは顕現するのね……?」

 

「出来ることならば、それがアルクェイドさんや、アルトルージュさんみたいな存在じゃないことを祈るばかりだ」

 

この数週間で東京に蔓延する『不安・恐怖』は最高潮に達している。

 

残された時間は多くない。そして―――。

 

(他者を犠牲にしてでも成すべきところを成す―――それが魔術師という怪物だが……)

 

ここまで迂遠なことを行った意味は―――あったのだろうか?

 

既にこちらから連絡通知することも出来なくなった少女の1人。

 

シオン・エルトナム・『アトラシア』

 

それを思い出した。思い出した瞬間に―――。

 

「ワタシがそばにいる時に、他の女のことを考えないでほしいワ」

 

「ごめん」

 

自分の胸板に擦り寄りながらも、膨れ面をするリーナに謝ってから抱き寄せる―――それだけでもお互いに満たされるのだから、ずいぶんと心の贅肉が付いたものだと自分の堕落を認めておくのだった……。

 

 

 



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第270話『アクトレスアゲイン―Ⅱ』

家に集まった面子。リビングにて茶菓子を頬張るものたちの顔ぶれは、魔法関係者が見たならば、

 

『戦争準備でもしているのか!?』と邪推するに相応しいものがあった。

 

べつに皇道派を気取るほど愛国心豊かな人間もいないし、慰霊碑に挨拶をすることもない。

 

本当に邪推ではあるのだが―――。

 

「―――まぁ二・二六事件の前日は、魔法大学の受験日ですからね。あんまり騒がしくはしたくないんですけどね」

 

「しかし騒動は大きくなりすぎたな。終結(フィナーレ)は見えてきたか?」

 

「まぁ一応は……こんな『単純な手』に引っかかっていたかと思うと、つくづく自分がアホらしく思える」

 

緑茶を啜る十文字に答えながら、刹那は嘆息する。

 

(舞い上がっていたんだな。姉貴とは違った意味で、『同郷』と言える人間がいてくれたことで……)

 

最初っから『誘導』されていた。そういうことだった。だから落とし前をつけるためにも、 戦うべきなのだ……。

 

「下手人に関しては、なんとかすればいい―――ソレとは別の『本題』に入りたいんだが、遠坂、構わないか?」

 

主に話を聞き出していた十文字克人が、ぐるりと周りを見ながら刹那に問いかけてきた。

 

居並ぶ面子を上げていけば……。

 

十文字、七草の十師族直系の先輩2人。

 

一高の同級生であり友人たち、エリカ、レオ、美月、幹比古……。

 

三高の友人―――愛梨、沓子、栞……。

 

外国からの留学生―――レティシア、レッド。

 

珍しい所では、国防軍から藤林響子と……秘書役なのか愛梨の姉貴(一色華蘭)が同行していた。

 

司波兄妹に関しては既に知られていることを考えれば、ノーカウントでいいだろう。

 

その上で、あそこまでのヒントを出せば、先輩2人は気づくだろう。

 

そして気付いたことに関する答え合わせをしてきたということだ……。

 

殆ど全員が緊張を果たす―――例外は、争うように大量の茶菓子(どら焼き、きんつば、スコーン、バッテンバーグケーキ、鳩の血ゼリー……etc)を頬張るレッドとアルトリア’sであるのだが……そこだけスレ○ヤーズのような様子だ。

 

 

「それを『想定』していなければ―――こうして、聖徳太子の逸話のごとく一斉に話を聞こうとは想いませんでしたよ」

 

「刹那くんとリーナさんが、ベッドの中でイチャコラしているモーニングタイム延長の為だと思っていたわ」

 

びくんっ!! と背筋を張らせることで、あからさまに反応するリーナに、この娘に腹芸は無理だなと思いながら、そういう素直に感情が出やすいところも好ましいのは、惚れた弱みというだけではないだろう。

 

ただし、この場においてはちょっとは隠してほしかった。カップを持つ手を震えさせる面子がいるのだから。

 

そんなわけで話をすすめるのは、十文字克人から七草真由美に代わっていた。

 

「あなたが昨夜、死徒2鬼を倒すために展開した『固有結界』―――『無限の剣星』―――Unlimited Blade Works……すさまじい魔法だったわ。もはや私たちの頭では理解がしきれない―――こんな術を前にして―――現代魔法の価値を値崩れさせられっぱなし―――当然よね。アナタは、タタリ・パラサイト、弓塚さつき、シオン・エルトナム・アトラシアなどと同じく『並行世界』(パラレルワールド)からの『来訪者』なんだもの」

 

インチキだ。とでも断罪しているかのような真由美の言葉だが―――。

 

「そうですよ。いまさら気づきましたか」

 

などと刹那は、平然と返すのだった。

 

返された言葉に『虚』を突かれてしまった真由美は二の句を継げずに、なんとも肩透かしを食らうのだった。

交渉事におけるポーカーフェイスが出来ない彼女は、ちょっとはレディー・ガガの名曲を聞くべきではないかと思うのだった。

 

 

「そ、そういう人って多いのかしら?」

 

なんとか取り戻して聞いた質問だが、どうにも肩透かし感は否めない。だが、一応は答える。

 

「人―――というカテゴリーに当てはまるかどうかは分かりませんが、今回の事件の関係者を外した上で、とりあえず俺を含めて推測ですけど『6人』ほどになりますかね。

1人は皆さんもとっくに御存知の『沙条愛華』になるわけですから、実質は『5人』になるかと思います」

 

並行世界からの来訪者……刹那が確認出来たのはそれだけだが、もしかしたらば他にもいるのかもしれない。そいつが何処にいるかは不明な限りだ……。

 

「ある意味では、TPピクシーのように魂魄だけの存在も含めてもいいかもしれませんね。彼女には、元の世界でのガイノイドとしての意識もあるんですから」

 

「………私の認識力を越えているわね―――根源接続者、英霊、死徒、真祖……宇宙人―――ロマンはあるのかもしれないけど、なんとも……」

 

「心中お察しします」

 

「あなたが言わないでよ」

 

頭を抑えて呻くような様子。受験間近なのに知恵熱起こしそうな七草先輩に返されてしまうも、話は続く。

 

 

「何故、今になって教える気になったんだ? やはりピクシーの言動が原因か?」

 

「それもありますけどね。犠牲者は諸々合わせても1000人単位になってしまった。そして―――オレ自身が『最初』に謀られていた人間だから、その責任を取りたいんですよ」

 

十文字の言葉に、昨日の事件『血のバレンタイン』と命名されたものを報道するキャビネットのニュースサイトを見ながら言う。タタリがしぶといとしても、明らかに攻撃を透かされていた想いは大きい。

 

『誘導』されていたのだ。そして、その結果がコレだ。

 

「お前1人の所為でもないだろう。我が家と七草の家も、一山当てようと山師のごとく動いていたのもあるのだからな」

 

「だが、それでも―――この際だから秘密を暴露しようと思いましてね……特に愛梨は聞きたいだろうからな」

 

昨日の一件の異常性は彼女の中で処理しきれるものではなかっただろう。一夜明ければ、色々と吹き出すものはあったはずだ。

 

「聞いて、見たならば、アキラメテ(give up)ほしいわね―――アナタにセツナの過去(ウルズ)は受け止めきれない。そして託されたものからつなげる現在(ヴェルザンディ)からの未来(スクルド)への福音も……」

 

 

リーナの脅すような言葉に息を呑んだが、それでも上着の胸辺りを掴んでから、それでも告げる言葉。

 

 

「―――教えて下さい。セルナ―――アナタの全てを―――」

 

その言葉に、内心でのみ『嘆息』しておく刹那。同時に周りを見回すと―――心の内、思惑などはそれぞれだろうが、取り敢えず『謎の人物』として知られている『遠坂刹那』の全てを知る機会だと思っていたのだろう。

 

ここにいる全員が閲覧できる刹那の経歴というのは、殆どはUSNAから送られた虚偽のものと、日本に来てからのものでしかない。

 

USNAでは3年前からセイエイ・タイプ・ムーンであり、魔法怪盗プリズマキッドとして、その名前とチカラを世界に刻んで、日本においてはそろそろ1年前になろうかという時に『ロード・エルメロイII世の末弟子』として日本にその名前と能力を披露した―――今では彼の名前を知らない魔法師は、『モグリ』『世間知らず』などとも言われてしまうほどの人物。

 

 

彼が語る15年間ないし16年間の軌跡―――それが外から『完全』な形で見えないことに『もやもや』していた面子は多いのだ。

 

だからこそ……。

 

「事象・意識固定。―――捕捉対象を認識―――転遷・遷移開始―――私は、その心を彼方に()ばす」

 

―――いつぞやのアーネンエルベの時と同じく魔眼が輝き、刹那の過去へと全員の意識は飛んでいくのだった。

 

一時間半後……。

 

衝撃的な過去を全て見せた後に、最初に覚醒したのは―――。

 

 

「セルナ……私がアナタの子供を産みます――――!!! 賑やかな家を作るためにも夢いっぱいの大家族を―――!!」

 

「なんでソウなるのよ!!!」

 

飛びかかるように抱きついてきた一色愛梨の姿であった。

 

下手に押し留めようとすると、怪我させかねないので何もしなかったが。それはそれでマズかったかもしれない。愛梨の体の柔らかさとかは、心地いいのだが……それに甘えているわけにはいかない。

 

「いや、よく考えてくれよ愛梨。先ほど見た通り、俺の運命は望むと望まずとも修羅道だ。戦いに満ちている―――だから、君みたいにご両親が普通にいる家庭のお嬢さんを巻き込む訳にはいかないよ」

 

「美少女魔法戦士プラズマリーナ(笑)は違うと!?」

 

「(笑)ってドウイウ意味ヨ―――!?」

 

「そのまんまの意味です! 」

 

喧々囂々の様を見せる金色の美少女2人とは違い、司波兄妹と『一部例外』を除けば、重い顔とか少しだけ顔を抑えて、眼を時々拭いている様子とかも見えていた。

 

 

(怖がってくれるぐらいはあった方が良かったんだけどな……)

 

 

自分など魔道の中の魔道を歩む『魔人』だ。この世界にあっては確実に異端の類。現代魔法師ともまた違う非人道性の産物こそが、遠坂刹那なのだ。

 

もちろん、刹那の周りにいるのは、できるだけ『世間様』に御迷惑かけないでいきたいと思う連中が多かったが、それでも魔術師なんて利己的な人間ばかりだ。己がのし上がるためならば、他者なんていくらでも犠牲に出来る存在なのだから。

 

そう説明すると、スコーンを手元にジャム、サワークリーム。どちらでいくかを悩んでいた十文字克人が口を開く。

 

「だが、お前はそういうのとは少々毛色が違うようだな。お前の世界の魔術師の酸鼻極まる所業は色々と、見ていられないものはあったから余計に、な―――当然、現代魔法師とて、かつてはそういう面(非人道的行為)もあったわけだが」

 

刹那の世界での『魔術師論』の中には現代魔法師にも通じるものはある。しかし、それを積極的にやるかやらぬか―――そこなのだ。

 

克人の言葉に、そんないいものじゃないと言っておく。

 

「俺は自分ひとりで全てやってきたなんて『烏滸がましく』て言えやしないですけど、それでも……他者を犠牲にしてまで『何か』を求めることが、馬鹿らしく思えたんですよ――――――」

 

それだけですと言っておく。その胸に去来しているものが、たとえ―――家族を捨てて、戦火の中に飛び込んだ父親への反発心であると悟られていても、それを指摘することは誰もしなかった。

 

「―――お前の過去は壮絶だな。正直言えば、そんな風な言葉しか浮かばない……遠坂刹那という男に対する多くの疑問も解決したが―――何故、最初の『世界転移』の先が、USNAだったんだ?」

 

その質問は今更ながら中々に鋭かった。

 

刹那の年齢と容姿の変化(江戸川コナン)よりもそちらが気になるとは、少しだけの着眼点の違いを感じる。

 

まぁ今回は達也と深雪も『解説役』に回ってくれたからこその視点なのかもしれないが……。

 

「そうですよね!! 流石です十文字先輩!! 慧眼です!! ブリテン島にいたセルナがたどり着くのは同じ島国であり、神秘が満ちる第二の故郷たるべき『日本』。それも『うみ』と『りく』で美味しいものが一杯採れる『金沢』が相応のはずですよね!!!」

 

「べつに一色への援護射撃のつもりは無かったんだがな……」

 

両拳を握りながら語る愛梨の満面の笑顔での言葉に、頬をかきながら苦笑いを浮かべる克人は、スコーンにサワークリームをたっぷり乗せる派のようだ。

 

「理屈はいくつか考えられますが、単純に星に走る霊脈の管理の不備とか、小氷期の到来による『ズレ』が、転移先の変動に繋がったと思います。流石に『魔法使い』である大師父(キシュア)が『ちょっかい』を掛けるとしても、そこは捻じ曲げられませんから」

 

もっとも霊脈の関係が無くても、最初の転移先であるボストン―――マサチューセッツ州は魔法研究の一大集積地だ。

 

『ナニカ』はあったかもしれない―――まぁ何であるかは分からないが……。

 

だが、そんな理屈じみたものよりも、リーナにとって重要なことは―――。

 

「そんなロジカルなものよりも端的に説明するならば―――世界と時の境界を越えてワタシとアナタから延びる小指の赤い糸が繋がれた(JOINT)ダケよ♪ これが二ホンの『ムスビ』というラブエモーションなのね♪」

 

「リーナ、皆がコレ以上の『砂糖』はいらないと言わんばかりに見てきてるよ」

 

小指を立てて刹那に見せつけてきたリーナの赤い顔に頭を撫でながら、それも一つかと思っていたのだが……。

 

「この『だら』が、いじっかしいことばかり言って、そんなにまでもセルナを独占したいんか、はがやしいじ!!」

 

「ちょっ! 愛梨ちゃん!! とんでもなく訛った金沢弁が出ちゃってるよ!!!」

 

「姉ちゃんはだまっててね!!」

 

「はいぃ!!」

 

国防軍の女性軍人すら涙目で退かせる愛梨の剣幕。

 

正直、ここまでになるとは―――。正直、生きてる世界が違うから諦めることも選択肢の一つだろうに。

 

そして時間を置いたせいか、刹那の過去を見たことに対する言いたいことが何人かに出てくる。

 

(美月は、どうしたんだ?)

 

美月は刹那に何かを言いたい気分でいるかのように、胸の辺りを抑えて、それでも口を開けないようでいるので、気遣うように喧々囂々の様を見せる金髪美少女2人から離れた瞬間―――家のインターホンが鳴り響く。

 

「刹那、他にも来客の予定があったのか?」

 

「いや、ここにいる全員のはずなんだがな。第一、そうだとすればかなりの遅刻だ」

 

べつに仲間はずれにするわけではないけど、と付け足して、きんつばを頬張る達也に返しておく。

 

インターホンを操作して玄関口に『誰』が来ているかを確認する。

 

見覚えは―――少しだけあった。

 

入学初期―――諸々を終えた後に横浜での秘密の接触。その際に四葉真夜の従者として同行していた人だ。

 

見間違えなければ―――四葉の従者、古臭い言い方で言えば執事、バトラーと呼べる人物である。

 

何気なく達也と深雪を見ると、驚愕したような眼で画面に映る人物を見ていた。

 

彼らからしても、これは予想外だったようだ。

 

どちら様で、何用なのかを礼儀正しく問い質す。

 

 

『突然の来訪で申し訳ありません。遠坂殿―――『あの時』は挨拶出来ませんでしたが、私は四葉家の執事を務める『葉山』と言います』

 

あの時、というのはやはり横浜での御仁であったかと思いつつ、それだけで思い出しているというのは早計ではないかと思うが……誰がいるのか分からない以上は、それぐらいにボカした方がいいという判断だろう。

 

―――とはいえ、四葉の関係者がやってきたという事実にビビる面子は多いのだが……。

 

こちらの面子を知ってか知らずか葉山氏は礼儀正しく一礼をしてから口を開く。

 

『火急の案件につき、一先ず要件を述べさせていただきます。昨夜、午後9時頃において当家の当主『四葉真夜』が意識不明の状態になりました。原因は未だに不明ですが、私の見立てでは、あなたが、この事態に近いと思っております。

なにとぞ当主様を回復させるためのお力添えをいただきたい。遠坂殿』

 

困惑が形を作ったような顔をしている。―――とは絶対に見せないバトラーの鉄面皮に感心する。

 

だが、それを互いに見て・聞いたあとには、どうもよい状況ではないことだと察して、自分の傍に顔を寄せてきた(リーナ)と困惑した顔を見合わせるのだった……。

 



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第271話『アクトレスアゲイン―Ⅲ』

平安京に続き、クリスマスでも遊佐さんのセクシーボイスがfgoのCMに流れる。お耳が幸せだぜ〜。

そしてエルメロイの冒険も間近ですねぇ。ワクワクしてくっぞ。

そんなこんなで新話どうぞ。


「中々の大所帯ですな。若人たちの集まりにお邪魔して申し訳ない」

 

「いえ、その辺はお構いなく。私個人もそうですが、我が家に現在いる魔法師たちも、十師族の一翼を担う四葉家の危難の一助になりたいぐらいの心はありましょう。悪評が立てども、この国の防衛にロード・クローバーのお力は必要不可欠です」

 

「持ち上げますな。ただ―――今はどのような不利な条件を呑んででも当主様の回復を優先したいのです」

 

客間にて対面に座る葉山という老執事―――正しくバトラーの鑑と言うべき人は、部屋の外で傍耳を立てている七草・十文字に聞かれても構わないともしてきたのだ。

 

先ほどまで全員が揃っていたリビングとは違い来客用の客間―――刹那が手ずからオーダーした畳の部屋はかつての衛宮邸を思わせる。

 

用意した座布団に座りながら出された紅茶に手をつける葉山氏は―――目を見開いてからこちらを見てきた。

 

「職業柄、淹れる側が主だった私ですが、たまにはこうして他人の淹れた茶を飲むのもよいですな……」

 

「気に入っていただけたならば何よりです。フィンランドの貴族より賜った『いにしえの技術』ゆえと言っておきます」

 

紅茶の淹れにも色々とあるものだな、と周り(客間の外にいる)が感心してから、執事らしいスーツ姿の老人が落ち着いた所で、話を伺う。

 

オブザーバーとして、魔法医療のスペシャリストであるドクターロマンと映像でつなげた上での会話。

 

あまり外部に知られるのは好まなくても、この場ではそれは致し方ないものと判断したのだろう葉山氏は言葉を続ける。

 

 

全てを聞き終えて―――考慮するに……。

 

「何か普通のアラフィフ女性の日常に思えますが?」

 

女子力皆無な気もしなくもないが、まぁどうでもいいことだ。資産家の令嬢で未婚というものを想定すれば納得できる。

 

若いツバメの1人や2人見繕うには―――まぁそこはどうでも良かったが、前後において何も不自然な点は無いように思える。

 

犯人を想定すれば外部犯が一番に考えられる。

 

現代魔法の『有効射程距離』というのは、時に恐ろしく遠隔で作用出来るが、あそこまで来ると呪殺(カースドマジック)の類であり、術者次第では呪い返しぐらいは出来るだろう。

 

しかし、当然ながら四葉のセキュリティは深く硬いものであり、そうそう簡単に遠隔での魔法を通さないようになっている。

 

第一、術者そのもののレベルも高いのだから、そんなものが簡単に通るわけがない。となれば―――。

 

「内部、というか親族関連では?」

 

四葉真夜を害するほどの術者がいるとすれば、そちらが一番に疑われるだろう。

 

しかし――――。

 

「その可能性も考えましたが、四葉のルールの一つに、当主に求められるのは『魔法師の性能のみ』というのがあります。真夜様を害するほどの分家筋であれば、先代の後の後継者はそちらになっていたでしょう」

 

息を吐いて、でなければ日本という島国にて最強最凶などとあだ名されるわけは無いだろう。そういう結論を葉山氏の硬い言葉で出しておくのだった。

 

「ふむ………」

 

『バトラー・葉山、ウチの坊やをあまり困らせないでほしい。それだけの情報では、私もロマニも何も掴めない―――そこにいる魔術探偵も同様にな』

 

画面上にロマン先生の横に現れた万能の天才の姿に一度だけ驚くも、『情報』が少なかったかと、自嘲してから深度の高い情報が上がる。

 

「関係があるかどうかは分かりませんが、奥様が倒れた時に、傍で稼働していた端末があるのです。名前はフリズスキャルヴというものでして―――」

 

曰くエンロンシステムが云々、ハッキングがバックドアがエトセトラ……葉山さんの語る言葉が刹那の右の耳から左の耳に突き抜けていく―――よって!!!

 

専門家であり解説役を『召喚』することにした。別にダ・ヴィンチちゃんに任せてもいいのだが、とりあえず―――ご親族を呼ぶことにするのだった。

 

カマーーーン(Come on)!!、司波達也!!」

 

指パッチン一つで客間を仕切る襖の一つを自動で開ける所作。結果として聞き耳を立てていた―――その気になれば目で言葉を情報として見ることも出来るくせに、まぁともあれ―――達也が最初に客間に崩れるように入ってきて、その上に深雪が折り重なる形となった。

 

「「なっ……!?」」

 

彼らからすれば、どんなトリックだ?と思っただろうが、この家はそもそも刹那の工房なのだ。魔術師にとって工房とは秘術を最大限に発揮できる場所であり、ある程度はこういった『仕掛け』は存在しているものだ。

 

「我、古よりの盟約に基づき、忠良たる汝に求め訴えん!! 『解説よろ!』」

 

「威圧的なんだか友好的なんだか分からない懇願(めいれい)はやめろ―――!!!」

 

「というかそんな『古よりの盟約』とやらが、何で付き合い一年未満の友人でしかない刹那くんとお兄様の間にあるんですか!? 意味不明です!!」

 

ズビシッ! とガンドでも撃つように人差し指を向けながら放った言葉は、中々に司波兄妹の面の皮を剥がすに足るものであったが、そんな様子に四葉の家人たる葉山さんは驚いているようだ。

 

「―――中々に快活な『ご友人』ですな」

 

「見ていて飽きない一高での友人ですので」

 

「四葉家執事 葉山と申します。以後お見知りおきを」

 

取り繕った言動をしつつも見えぬところで、兄妹に一礼を入れる執事の鑑に『悪いことしたかな』と思いつつも、咳払いをした達也からの解説をもらう。

 

「……簡単に言えば、超巨大な情報検索システムであり、巨大データベースだ。全世界を網羅する巨大なネットワークで、存在が疑われる都市伝説的なものだったんだが―――」

 

「奥様は、その端末に選ばれたようです。ある時、『本家』に届いたそれは達也殿の語るような機能を有していました」

 

フリズスキャルヴ―――北欧神話の主神オーディンがミッドガルド(地上世界)を眺め、エインフェリア(猛き勇者の魂)を集める際にワルキューレたちを効率よく派遣するために用いられた神々の主座(スーロン)……。

 

またオーディンは、魂の簒奪のため地上世界に不和を齎す際にも活用された……二羽のカラスを用いて……。

 

全ては神々の最終戦争に勝利するために―――。

 

浮かび上がるイメージ。そして連想される……。

 

情報、魂の簒奪、不和への誘い、世界の操作、全ての情報を蒐集するもの……導き出される結論は―――。

 

『ミスター、ウチの坊やも気付いたと思うが先んじて言わせてもらおう。いますぐ家に連絡して、その端末を有線は当たり前だが、無線でも繋がれないよう物理的に隔離した上で、家にある端末をあらゆるウイルスチェッカーに掛けるべきだ』

 

「ミス・ダ・ヴィンチ、それはどういう意味で?」

 

「口幅ったいこと言わせてもらいますが、そんな何処の誰から、『何の目的』で送られたかすら不明瞭なものを『あの四葉』が使う気になりましたね―――恐らくですけど、『あちら側』にあなた方の情報は筒抜けでしたよ」

 

「あちら側……?」

 

「恐らく設置したのは別の誰かでしょう。そいつの目的も情報窃盗ですが、『大本』は違う―――」

 

刹那の言葉の意図するところが分からず、誰もが固唾を飲む。しかし緊張感は増すのみ。その全ての意図が糸として繋がっていたのだ。

 

「アトラス院のオーパーツ……『疑似霊子演算装置トライヘルメス』。地球(ほし)観測(みる)する記録・記憶・記述―――数多の『しるべ』を刻む錬金術師たちの墓標だ」

 

その言葉を横で聞いた達也は、自分こそ『古よりの盟約に基づき、『解説4946(シクヨロ)!』と言いたくなるのだった―――。

 

 

「では、アナタが―――フリズスキャルヴの製作者であり、尚且つ『七賢人(笑)』のオペレーターであると?」

 

「ミスタ・ベンジャミン、一つ訂正させてもらうが、あなた方に情報を流していたのは、そこで眠る私の息子だ。勝手に七賢人(seven sages)などという恥ずかしい名前を付けていたのも、な……」

 

むっ、とした顔でベンジャミン・ロウズに抗議する様子だが、それが息子の恥をさらす結果になっていることに気付いているのだろうか。分からないが、娘を持つ身としては―――何故、こんな愉快犯じみたことをやらせていたのかと詰りたくなる。

 

ただ年頃の息子・娘に干渉することの是非とか、友達付き合いや趣味のあれこれに首を突っ込むことが過干渉になるとか―――今から考えてしまうのだ。

 

「そこはどうでもいいでしょうな。問題は―――そのようなシステムを、『何故』作り上げられたのかということでしょう―――話していただけますね?」

 

とはいえ、今のベンジャミンは、USNAの軍人『アンクルサム』だ。

聞くべきことは聞かねばなるまい。

 

息子が運び込まれた病院。その集中治療室(ICU)が見える場所―――長椅子に腰掛けながら項垂れるように―――USNAでも稀代の科学者『エドワード・クラーク』は口を開き始める。

 

彼が、フリズスキャルヴという巨大情報システムを構築する発端は、己の妻を失ったことに端を発する。

 

研究一筋の人生……などと息巻くには青すぎた学生時代に出会った……後に妻となる女性は、エドワードにとってどんな発明や頭の中にある数式や理論よりも―――とてつもない発見であった。

 

夢中になった。世界が一変して日々の光景の見え方が、三度変化するぐらいに眩い出会い―――。

 

結果として辻褄が合う形で『結婚』『妊娠』『出産』となったのは、エドワードにとっては掛け替えのない宝を作った。

 

仕事も時間に都合が着くものにした。家族との時間を大切にする。世の中を良くする研究にも意味はあったかもしれないが、それでもエドワードは―――そういった『席』から立ち上がり、『夫』で『父親』としての義務を果たそうと思えたのだ。

 

「だが……幸せというのは長続きしないものだ……」

 

悔いを残した顔でエドワードはつぶやく。妻の急な他界。何が原因であったかは不明。しかし、急な病に倒れたことでエドワードは己を責めた。

 

何故気付けなかったのか。数多の自責で窶れたはてにエドワードが向かったのは―――ガンジス川ならぬ……熱砂の大地『エジプト』であった。

 

最初は、学生時代に妻から薦められたジャパンの小説遠藤周作(シュウサク・エンドウ)『深い河』(ディープリバー)に影響されて―――黒人霊歌『深き河』にも繋がるそれを目指そうと思った。

 

だが、それと『交換』する形で、エドワードが貸したジャパンのカートゥーン……それが頭に引っ掛かる。

 

『エジプト』のファラオ(太陽王)を巡る少年少女の群像劇、時に博徒じみた遊戯を行う物語から、死と生が交差する土地に行けば……冥府に連れて行かれた妻ともう一度会えるのでは……。

 

元・科学者にあるまじき子供の夢想じみたものに突き動かされて、エドワードが辿り着いたのは―――。

 

 

「彼らは星と霊長(ヒト)(おわり)を観測するもの―――アトラス院……そこに所属する錬金術師(アルケミスト)だと名乗ったのです―――」

 

恐ろしいものと会ったことを思い出しているように、汗を流して、顔を青褪めるエドワード・クラークの独白は続く。

 

彼自身は、魔法師でなければ、ある種の神秘や異能持ちの能力者ではなかった。そして魔法師であれば『オカルティズム』の権化と思い込む彼らの言動は、エドワードの心を的確に突いてきたのだ。

 

『死んだ妻女に会いたいか?』

 

『私たちならば』

 

『声も』

 

『姿も』

 

『温もりも』

 

―――再現して(Actress again)あげられるのだがな―――。

 

それが悪魔の囁きであると分かっていても、見上げた先―――見えてしまった妻の姿……煙がエドワードを包んだ時には契約を結ばざるを得なかったのだ。

 

「アトラス院……彼らは、恐るべき技術者集団だ。現行の科学技術の2世紀―――もしくは3世紀は『先』の『未来』に生きていると言える人間(怪物)たちばかりだ。彼らの希求する目的……『人類の滅亡の回避』(クライシスヘッジ)の為に作られた全ての制作物は、アビゲイル・ステューアットのFAE理論ですら、児戯と嘲笑うものだろうな……」

 

科学者として先に到った存在。ただの名誉と金銭を欲するだけの俗物ならば、それをモノにしただけだろうが、だがエドワードにとっては、そうではなかった。

 

科学者として、『禁忌の領域』に恐れもせずに手を突っ込めるアトラスの錬金術師に対して、『恐怖』を抱いているのだ……。

 

「そして、アナタは奥さんとの『再会』の為に、彼らからすれば『外の世界』に巨大情報システムを作り上げた。彼らから渡されたフォトニック結晶という『賢者の石』を用いて……そして、数多の情報操作―――もはや大亜と繋がった『ジード・ヘイグ』などを操って、ロズウェルにて彼らの言う可能性世界からの稀人―――死徒二十七祖『タタリ』を呼び寄せた」

 

会話の相手はヴァージニア・バランスに代わっていた。上官が聞き役であり尋問官となったことで、エドワードも少しばかり口が回りそうだ。

 

「ジードもまたアトラス院と接触を持っていたようです―――アトラスは、私がジードをオペレーター(利用者)にすることも『計算』していた上で、そうしていたとしか思えない……」

 

ジード・ヘイグもまた『アトラス院』によって間者となっていた1人。

 

 

(そしてネバダ州北部エリア51にて、与えられた『アクトレスアゲイン』という観測空間を生成する仮想実験の『シミュレーター』を起動。アトラス院の『意図』したとおりに、タタリはこの世界に舞い降りたということ、か……)

 

タタリに関わりが強く深い存在、もしくはアクトレスアゲインに設定されたパラメーターがゆえにか、『実体』を持った吸血鬼も世界に現れた。

 

ある種……二次元の存在が、三次元世界に現出するかのように。災厄は際限なく広がり―――。

 

シミュレーターに設定された『数値』との齟齬・矛盾を解消するために、『日本』へと彼ら……タタリの霊体と実体化を果たした吸血鬼は渡っていった。

 

(しかし、アトラス院はこの『暴走』すらも読み切っていたのか? もちろん、我々では『アクトレスアゲイン』が御しきれないという確証があるならば、当然だが……)

 

一度は『ビースト』という人類悪に立ち向かったUSNAだけに、此度の一件はどうにも『制御』がされすぎていると思えるのだ。

 

まるで、昔20世紀後半から21世紀初頭まで、合衆国でも行われていたビルの爆破解体のように、整然としたものに思えてならない。

 

考えれば、考えるほどドツボに嵌りそうな中、一先ず―――こちらが得た情報を、日本にいるメイガスに送ることにするのだった。

 

「大佐、ドクター・クラークのご子息に関しては……」

 

「心配要らない。護衛も付けている。君も心配ならば付いていても構わない。アンジー、セイエイに対する報告は私の方でやっておこう」

 

父親であるがゆえにか、ベンジャミンが若干ドクターに同情的なのは分かっていた。だからこその気遣いをしてから―――。

 

 

(私も結婚していれば、今頃は娘、息子がいた歳かな……)

 

別に晩婚が忌避されている社会ではないが、バランスが、『ジニーお嬢ちゃん』などと周囲から言われて遊びをせずに頑張る一方で、同期の女性軍人たちが殆ど結婚していく現実に、今度こそ寿退役してやる! という反発心を持ちつつも―――『今日』に到ってしまった。

 

そんなわけでヴァージニアは、ちょっとだけ自分の身の世知辛さに涙しつつも、レイモンド・クラークの同級生だろう短躯のガール―――日本人だろうか?と病院内ですれ違いつつも、つつが無く仕事に赴くのだった……。

 

 

 



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第272話『アクトレスアゲイン―Ⅳ』

はい。2020年最後の更新です。

フフフ、今日のfateは―――きっと月姫の『初アニメ化』を発表してくれるはず。

fateじゃねーじゃんという意見は分かる。けども期待せざるを得ない。

EXTRAとCCCのハイグレード移植と同時に月姫ををを。

と思いながら来年は、多くの人が健やかに暮らせるように、健やかな気持ちで私の作品を暇つぶしに読んでいただければと思いつつ、本年はありがとうございました。来年もよろしくおねがいします。


『―――以上が現在のUSNAでの状態だ。ジード・ヘイグを捕縛せんと、現在は関係各所が動いているところだ』

 

「まぁ『お役所』のショバ争いで取り逃がさなければいいんですけどね」

 

『抜かるなよ―――とは伝えておいたがな。まぁいい。キミの意見を聞きたい。何故、アトラス院は、こんな『大掛かり』をやったのかをな』

 

「それは容疑者を確保してから吐かせることですね。ただ一つ言えることは、エドワード・クラーク氏の言う通り、彼らにとっては『人理』の進行こそが主題であって、各々が見てしまった『滅び』を覆すために、とんでもない研究を進めているはずなんですけどね……」

 

時計塔の魔術師が『魔法』を手に入れることで、霊長の滅びを覆すべく努力している一方で、アトラス院は、人体改造・人造人間の製造・星を焼灼するほどの兵器……etc。様々なもので滅びを否定していこうとする集団だ。

 

その在り様は、魔術師というよりも科学者と言える。

 

「シオンが語ったこと―――アトラス院の研究や理念に変化が無い限りは、彼らにとってこの大掛かりな実験は、この世界の人理を『進行』させるために不可欠な行為のはず。犠牲者をこれだけ出して―――いや、もしかしたらば、その犠牲者の中には、『未来』(さき)において、『何か』を成していた人物かもしれない。良かれ悪しかれ―――だがアトラス院―――もしくはシオン・エルトナム・『アトラシア』にとっては『悪しきもの』として排除したのかもしれない」

 

『全ては未定か。だが、アトラスが全てを『読みきった上』で、ここまでをやったことは間違いないのだろうな……今回ばかりは、手のひらで踊らされたなセイエイ?』

 

「別に俺は、盤面を動かすプレイヤーであった時なんて無いですよ。来た敵を、見据えた敵を叩くのみ……まぁ対処療法でしかないのは理解できます」

 

画面の向こうで苦笑するジニーお嬢ちゃん(ヴァージニア・バランス)に言いながら、そちらは任せるしか無いと言っておくのだった―――。だが、ふと……考えるというか色々とやっていないことがあったなと感じて問う。

 

「今更ですが我々の『任務』は未だに続行中なので?」

 

『どうだろうな。うっかり書類上のミスで『退役処分』『契約終了』なんてことになっているかもしれないぞ?』

 

笑いながら言うジニーお嬢ちゃんに、刹那の隣にいたリーナが『え゛』と顔を青くする。

 

退役処分―――除隊処分。不名誉除隊とまではいかないが、言葉尻をとらえるならば『お前クビ』と言われたようなものだ。

 

組織に切り捨てられてきた刹那にとっては慣れたものだが、リーナにとっては初の体験だろうが―――。

 

「……そういう『予定』なんですね?」

 

ヴァージニアの言葉の裏を読むと、苦笑しながら様々な事情が暴露される―――。

 

 

『そういうことだ。昨今のUSNAでは、『皮肉』な話だが『FEHR』が、若年の魔法師が軍に強制徴兵されることは、明確な人権侵害であるという主張をしている―――元々、現役・退役軍人の中にもそういう勢力はいたのだがね』

 

そもそも刹那からすれば、ベトナム戦争を契機に国民の徴兵制に変化が出た米国で、再びの徴兵軍人が出るなど、いささか不可解な話であった。

 

世界的な寒冷化で、食うに困った国の人間たちが国境を犯して襲いかかることもあるが……。

 

(まぁ第三次世界大戦というものが、それだけ人的資源を消費する恐ろしいものであったということなのだろう)

 

……だが、その結論もちょっと妙な気分だ。自分の前の世代―――大凡2000年代前の90年代後半には、武器のハイテク化は当たり前であり、歩兵派遣、陸上部隊の投入とは本当に最終手段。

 

その陸戦とて、刹那の生きていた時代ですらドローン兵器が戦場で使われていたのだから、ロボット兵器が出てくるのはいつになるかと内心ワクワクしていたのだが―――まぁその前に世界から逃げ出していたわけだが。

 

(改めて考えると、如何に『汎人類史』とは違う事象が多くあったとはいえ、ちょっと『道理』に沿わないことばかり起こってるよな……)

 

まるで誰かによって『都合よく』改竄された世界を見ている気分だ。

 

(だが剪定事象にならない程度には、これもあり得た歴史の一つとして、『宙の理』から認識されているんだろうな)

 

何気ないことを考えつつ、もしかしたらば―――それこそがシオンの『目的』に繋がるのかもしれないと、考える刹那であった。

 

 

『なにはともあれ、今は健闘を祈るとしか言えんな。マクドナル大将やペンウッド元・中将などは、シリウス、いいや……アンジェリーナちゃんを戦場に置きたくなかったんだからな』

 

 

その2人の老将は刹那もよく知っていた。自分のようなプライベートアーミーなんぞを呼びつけるなんて、何者だと想っていたが……。

 

 

『―――2人はキミのお爺さんと共に戦場にいた存在だ』

 

 

結局の所、九島健ことケン=クドウも、WW2の日系人部隊のように合衆国に渡った直後は兵隊として徴用されてしまい、その後に合衆国市民としての永住権―――昔で言えば『グリーンカード』と呼べるものを発行してもらい、ようやくであったそうだ。

 

鉄血を捧げることで生きる権利を勝ち取った先人の苦労は、浅くとも想像するしか出来ない。

 

 

『若年の魔法師徴兵制度なんて、本当に有名無実化していたんだ。何せ、魔法師としてのスジを伸ばすには、相応の教育機関に入れなければならなかったんだからな。言っては何だが日本の十大研究所のように、遺伝子に手を加えたり受精卵に変容を促したり―――強烈にそこまでやりたがる人間はいないんだよ。合衆国はプロテスタントの教書を読み上げる国なんだぞ』

 

 

本能的な恐怖を覚えているヴァージニア大佐。この人が『四葉』の関係者と面会したらば、『どうなっていたこと』かと思う。

 

 

「そこに―――リーナが現れたと?」

 

『……運命の皮肉だな。そして、やってきた娘っ子は予想外に兵隊になるために、『やる気満々』すぎた』

 

「……やる気満々過ぎて訓練施設を全壊させたりもしましたねー……」

 

「セツナー!!!!????」

 

『……ああ、それも除隊処分の理由に入れとこう……』

 

大佐(カーネル)ー!!!???」

 

完全に涙目どころか泣きながら叫ぶリーナに、何も言えねぇ。

 

パトレ○バーの太田が実在すれば、こんな感じだろうなどと『皆』して言い合いながら……。

全員からストッパー(香貫花クランシー)として期待されるのだった。

 

なんでさ。

 

 

『まぁもう少し先の話だ―――それに、アルビオンの盗掘が各所でバレつつあるらしい』

 

「流石にあからさますぎましたかね」

 

『そういうことだ。その際にキミの所属がUSNAの兵隊―――傭兵待遇とはいえ、それはマズイ。そして、そこに『シリウス』が着いていたなども更にマズイ―――その辺りも、だな』

 

 

総合して考察すると……。

 

 

―――USNAは、そのうちアルビオンの盗掘で各国から袋叩きに合うかもしれないから、今のうちにトオサカをフリーランスにしてしまえ―――。

 

 

そういう思惑だ。政治の世界の腹蔵ありすぎるもの。

 

権謀術数渦巻きすぎだが、何となくは理解できた。ただそれだけでシリウスまで手放すというのも、何とも大盤振る舞いな話だ。

 

予備役扱いで手元にあった方が、色々と面倒はなさそうだろうに……。

 

 

『では通信を打ち切る。兵隊の上下の関係ではなく、ただの知り合い同士で話が出来る時を待つよ』

 

 

その言葉で通信は終わるのだった……時刻は現在3時すぎ―――。

 

現在時刻に至るまでにあった話。特筆すべきことは―――。

 

 

「まさか本当に四葉だと宣言するとはな……」

 

「アラ? タツヤとミユキのイキナハカライ(粋な計らい)を侮っていたの?」

 

「いや、せいぜい『分家筋』程度、『お家騒動に巻き込まれたくない』とか、お茶を濁しておけばいいのにとは想った。まさか深雪が次期当主候補とまで宣言するとは―――」

 

笑みを浮かべて問いかけるリーナに、そう返しておく。事実、達也にしては随分と明け透けに語ったものだと思う……。それに対する反応は―――。

 

 

「幾人かはそれほど衝撃は少なかったな」

 

 

あれだけ色々とあったのだ。

特にエリカとレオは、若干ながら正体を看破していたのだから、秘密などあってないようなものだった。

 

「―――今夜、『何か』が変わるのかもな」

 

予感でしかないが、『何か』は変わる。それが後々の重しとなるだろうことを予感してしまう。

 

「シオンは本当に何を目的にしているのかしら? いいえ、ソレ以上に―――」

 

「ソレ以上に?」

 

「チアキやエイミィ達に見せていた、アノ姿は(fake)だったのかしら……?」

 

「………」

 

気鬱を混じらせたリーナの問いに、答えるべき言葉を刹那は出せない。

 

魔術師としての本道で言えば、シオンの対応は至極『真っ当』だ。だが、それが人間として正しいかどうかは別である。

 

 

ロボ研の面子と積極的に交流して、ピクシーを戦闘用ガイノイドにする手際。

 

対魔人『司波達也』専用兵装の開発に邁進した姿……。

 

B組の色んな面子と交わり、その長い紫苑色のおさげを弄られていたりしていたその姿……思い出せば、彼女は―――短い期間で既に『友人』と思えていた。

 

そして、刹那にとっては吸血鬼退治における『戦友』であり―――元の世界との縁を感じさせる子だった。それだけに―――まだ何かを信じたいのだ。

 

 

(甘いな。俺は……)

 

 

魔術師ならば、『これ』(人倫)は捨て去らなければならない『贅肉』だ。心魂にこびりついたそれは、削ぎ落とさなければならないものだ―――けれど……。

 

どうしてもそこには至れないのだ……。

 

そうして思い悩む面子は他にもいるのだった……。

 

 

 

「僕は―――少しだけ寂しいな」

 

「ミキ……」

 

 

千葉道場に集まりながら呟いた言葉は、この上なく寂しいものを感じさせた。

 

だが、それは大半の人間が共有している感情であった。並行世界からの来訪者(ストレンジャー)という衝撃的な事実以上に、その友人と秘密を共有していた友人―――。

 

あの四人だけが秘密を共有していたのだ……という事実にショックを受けた。

 

刹那や達也絡みでこの千葉道場に集まったのは、横浜マジックウォーズの後と同じく。

 

道場にいる面子に少しの違いはあるものの、あの時と殆ど同じだからこそ、その言葉は寂寥感を持っていた。

 

 

「けれど幹比古くん……」

 

「分かるよ。柴田さんの言わんとしていることも―――………けれど、知り合った時点で打ち明けられるのが、ただ2人だなんて」

 

 

慰めるように美月が声を掛けてきたが、幹比古は少しばかり納得できない。

 

友人だと想っていた。

 

掛け替えのない繋がりだと想っていた。

 

一高卒業後は、もしかしたらば会う機会が少なくなるかもしれない。

確かに昔からの通信機器の進展で、言葉を交わすことは容易いかもしれない。

 

だが、それでも直接の顔を合わせてこそ分かることもあるのだ…ようするにセンチメンタルなのだ。

 

それなのに、最初っから……。すべての秘密を暴露しろとは言わないが、せめて―――達也は、自分の家のことを―――。

 

 

「まぁ色々あったのはミキでも分かるでしょ? 四葉の歴史は血風驟雨の歴史だもの。あんまり語りたくないってものもあるでしょ」

 

「けれどあそこまで命を預けあったというのに……」

 

「その気持ちは分かるけどな。けれどよ―――本当に達也と深雪さんが、『有力魔法師』の家系じゃないなんて、誰も想っちゃいなかったろ? 特に一色さんは、ナンバーズの落胤ぐらいに推理は進めていたんだし」

 

 

レオの取りなした言葉で話は違う方に向けられる。向けられたのは三高の一色愛梨である。

 

 

「そこは司波さんたちの失策ですよね。市井から出てきた強烈な『第1世代』というには、容姿が整いすぎていますしね。

要するに『平凡』を装えていない。せめて織田信長のように『傾いて』『本質』を悟らせないぐらいがいいはず―――もしくは、セルナのように開き直って目立ちまくるぐらいが良かったんですよ」

 

「いやー、あれはあれで結構、問題はあるような気がするぜ……」

 

何故か自慢げになる一色愛梨に対して、レオは少しだけ苦笑しながら考える。

 

結局の所、刹那のやったことは世界全てをペテンにかけた行為……大掛かりな詐欺も同然だ。しかし、この世界に『痕跡』や確かな足跡が無かっただけで、その『歴史』を確実に刹那は見聞きしてきたのだ。

 

だからこそ、この一年は一日一日がカーニバルも同然であった……。

 

エルメロイレッスンの主催―――。

 

全ての魔法科高校に目覚めよという大鐘楼(大合唱)を鳴らしたニューエイジビッグバン……。

 

……刹那の記憶に出てきた『ナマ』のロード・エルメロイⅡ世の言葉が、全員の脳裏に蘇る……。

 

 

―――そうしたいならば、そうしろ。

 

―――『その方がいい』などと『妥協』するような生徒は、私の教室には置かない。

 

―――ライネスにもそれは徹底させている。

 

―――刹那、それは願望(ねがい)じゃない。

 

―――ただ、楽な方に身を任せて(漂流して)いるだけだ。

 

―――覚えておけ、それは『私の生徒』には最初に禁じていることだ。

 

―――私の教室に籍を置くからには、自分がなすべきこと、やるべきことは嫌でも考えてもらう。

 

―――たとえ、その結果が私やライネス、もしくはフラットと反目するものであったとしてもだ。

 

 

その心に、同じくして声を張り上げたエルメロイⅡ世の弟子の言葉が蘇る……。

 

 

―――みんな……平河も、レオも、エリカも、やりたい事あるんだろう?

 

―――だったらば、その為の指針ぐらい、俺はだしてやるよ。

 

―――大きな事は言いたくないが、着いてくる気があるならば、道は俺が切り開く。

 

―――誰に笑われたっていいさ、笑われても何度でもやってやる。

 

―――それが出発点からでもな。

 

―――何も確かめずに、掴めるものがないまま、熱を生まずに過ぎ去る人生なんてイヤなんだよ。

 

―――俺もお前たちも。

 

 

思い出して、あの言葉はロード・エルメロイⅡ世こと、ウェイバー・ベルベットからの言葉を胸に刻みつけてきたからなのだと思えた……。

 

……そして『アルズベリ村』という吸血鬼の謝肉祭(カーニバル)に赴き。かの『魔宝使い』は、この世界への来訪の道筋を辿ったのだ。

 

 

「……壮大なものよね―――両親を『失った』吉祥寺君や、私みたいな両親から『逃げた』存在とは違うことを思い知らされた―――」

 

 

自分が世界で一番不幸だなどとは思わずとも、少しだけ可哀そうな子であると思っていた栞は、見せられた遠坂刹那の半生から己を恥じていた。

 

 

「栞……」

 

「立ち向かうべき運命とか、そういうものがあるかは知らない。今となっては、お父さんやお母さんが佐渡ヶ島での戦いを避けたことを私は責めないし、責められない―――けれど、何か出来るのならば、私はそれを為したいと思う―――正直言えば、おしっこチビリそうなぐらい怖いけど」

 

「安心せい! ワシも同じじゃ。だが、人の願望を嫌な形・望まぬ形で再現するタタリという死徒は、ワシの心根が許せん。それは伊吹童子の所業も同然。だから戦う!!」

 

女の子としては少し汚い軽口を叩き、少し眼を伏せつつも前を向いた栞に対して、沓子も同じく激励をする。

 

千葉道場に集まった面子は、最後の方に遠坂邸にて話していたことを思い出す。

 

 

―――昨日以上の惨劇の修羅場が待ち受けているかもしれない―――

 

 

―――ついてくるかどうかは、己で考えてくれ。その判断に俺は何も言わない―――

 

「着いてきてくれ。とは言わないんだよな……」

「ナメられてるねぇ私達は……」

 

それを優しさと取るかどうかは人それぞれだが、しかし―――。

 

「まぁ、達也くんにも事情はあるんだろうし、あんまりカリカリしないでおきましょうよ。二年の頃にはどう考えても『バレていた』と思えるもの」

 

現代魔法師は、秘密主義を魔術師と同じく是としているが、あの2人の場合―――『隠しきれぬ異常』を常々発揮していた。だからこそ、言わずとも気づく時は気づいただろう……。

 

「それに一色さんの場合、『おまいう』すぎるでしょ?」

 

「そうですわね。お姉様をお兄様として国防軍に入れていたからには、司波ご兄妹に掛けるべき言葉を持てませんわね」

 

エリカのからかい半分の言葉を風と流す愛梨。

 

何はともあれあの兄妹や家に対して『恐怖心』をもたげるには、ちょっとばかり『異常』に慣れすぎた感はある。

 

四葉は大漢という中華大陸の半分を廃国、国家としての体を完膚なきまでに潰したが……。

 

根源接続者、サーヴァント、死徒、ビースト、セファール、ヴェルバー……これらが元気いっぱいで一体でも大陸に紛れ込めば……想像に難くない結果だ。

 

つまりは―――そういうことだ。何か正直、四葉のやったことが矮小化されてしまうぐらいに、この世は広すぎて深すぎるのだ……。

 

(刹那の説明と坂本さんの言葉によれば、世界には破滅を止める機構が自動的に具わっている。それが英霊などだという話だけど……)

 

ソレ以外にも、抑止力に後押しされた現世に生きる『只人』『只者』というのも存在している……。それは、自覚症状なしに、そういうことを行う。ひょっとしたらば、四葉達也、四葉深雪という存在に対する抑止力とは―――。

 

「――――――」

 

自分で出した仮説だが、それが真実であるという確たる証拠はない。だが―――。

 

(『どうでもいい』とか言ってきそうだよな)

 

結局の所、幹比古が小者なのだ。それを自覚しつつも―――どうしても小者としての生き方しか出来ない相手の代弁者になってやろうと思うのだった。

 

出来うることならば、幹比古もあの四人のように大立者になりたいという願望を持ちながら―――時間は進む……。

 

 



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第273話『アクトレスアゲイン―Ⅴ』


大晦日から元日にかけては、個人的には本当にお祭りであった。

こんな日をずっと待っていた。

ジョナサン・グレーンの気持ちも分かってしまうぐらいに待ち続けていたのだ。

ああ、コロナで色々とダメな日々でも、いい話題があると、それだけで世界は色づいてしまう。

志貴が月の美しさに見とれたように我々も――――――――

とりあえず絶賛値上がり中の青本を売るか売らぬかを検討してしまう(マテ)


 

 

居並ぶ面子―――オンラインでのリモート会議。それに出席することが多くなってしまった克人だが、今回ばかりは少々事情が違う。

 

つまりは、色々と起きたことが大きすぎるのだ。

 

『四葉殿が外国の魔法機関からの攻撃で人事不省とは―――』

 

『アトラス院の錬金術師が用立てた情報機器。まさか我々の盗聴にも使われていたのではないだろうか?』

 

『いや、そもそもそんな怪しすぎるものを、あの(・・)四葉真夜が使っていたことの不可解さこそが、この事態をややこしくしすぎているのだ』

 

『背信・背任とまではいかずとも、これは一種の疑獄事件だぞ。ペナルティは免れん―――』

 

以上は四葉の影響力をあの手この手で削ぎ落としたい人々の声であり、まぁ『本来』は『筆頭』たるべき人間は、現在参加していなかった。

 

『―――真由美嬢 お父上はどうなされたのかな?』

 

やはり聞かれるか。分かっていたとはいえ、後輩の思惑に腹立たしい想いだ。あんちくしょうめ。などと内心でのみ言っておきながら―――答える。

 

「父は現在、意識不明の状態にある四葉師の病院に居ります。ご承知の通り、四葉の家人を含めなければ四葉家―――継承為された四葉真夜女史には、『諸事情』ゆえに頼れる『親類』は居りませんので、かつての九島老師の兄妹弟子として父が看病している状況です」

 

『『『『………』』』』

 

事実をありのままに語っているだけなのに、嘘くささと怒りを感じる真由美の長広舌に、全員が沈黙する。

 

七草弘一がいない理由―――それは―――。

 

 

数時間前 東京都内 遠坂邸

 

全てを聞き終えて『宣言』されて、やるべきことが定まりつつも……。

 

「刹那君、どこに電話しようとしているのかしら? なんだかウチの狸親父のナンバーが見えているんだけど? というかこの登録されている名前の『元カノ未練マン2号』ってのはどーいう意味だ!?」

 

「いや、要するに今のミス・ヨツバは、『眠り姫』なわけでして、俺の師匠の1人(ライネス)と違って理想の眠りを求めている(快眠!安眠!スヤリスト生活)わけじゃないならば、やっぱり傍らには『王子様』の1人でもいないとマズくないですか?」

 

「なんでその役目に、既婚者で妻(別居中)子持ちをあてがおうとする!?」

 

ぎゃーぎゃー言う七草真由美だが、現状―――確かに四葉には多くの親族がいるということが『自分たち』には明らかになっているが。

 

表向きはアラフィフで独り身の女性というのが、四葉真夜のプロフィールだ。もちろん昔の四葉家の代からの家人たちもいるだろうが、まぁそれでも誰か『昔からの知り合い』が居たほうがいいだろうという―――表向きはそんなところで。

 

裏の事情は―――『面白そうだから、そういうことをしてやろう』という話である。

 

この『まっかなあくま』め。と、真由美だけが『怒』の感情で思うのだった。

 

「まぁ実子の感情としては納得出来ないでしょうが、この事を師族会議でいきなり言い出せば―――ようは『遅いか早いか』でしょう」

 

「うっ……アナタだって、第五次聖杯戦争のセイバー=英雄アルトリア・ペンドラゴンと父親が懇ろであることに、複雑なクセに……」

 

恨めしげな顔で刹那に言う真由美だが、それを刹那は風と流す。

 

「オヤジが妖精郷に辿り着ける可能性はかなり低いでしょう。ただ、その辺を呑み込めなければ、オルタ達と契約しようとは想いませんでしたよ……それだけです」

 

刹那の過去と衛宮士郎という男の過去を見たことで、真由美も反論の内容にバリエーションが出てきたが、そんなことは織り込み済みの刹那の反論に―――『『『夜伽をするか? マスター?』』』

 

などと、あんこを口に着けたアルトリアオルタズが言ってきたが―――。

 

「オヤジと『兄弟』になるのは、ちょっと……」

 

「「「「「―――――!!!」」」」」

 

その言葉に全員が、赤くなるのだった。

 

ともあれ、対策と言えるほどではないが、その言葉を以てお開きとなった。

 

今夜、タタリ・パラサイトは完成を見る―――。その言葉が決戦の宣言であると、理解しないものは居なかった……。

 

 

「そして、私と十文字君は十師族関係へのメッセンジャーとして扱き使われるということね……」

 

「まぁ仕事があるということはいいことだと思うがな。俺の家は、そういう『持ちつ持たれつ』を考えなければならない分野だからな」

 

「これが持ちつ持たれつなのかしら?」

 

「それぞれの戦場で戦う。そしてその役目を放棄したければ、どうぞご勝手に。そういうことだろう?」

 

その言葉に結局、刹那は何も『強要』していないのだ。着いてくる気があるならば、それに対応したものを与える。それだけなのだ。

 

 

「シオンさんの目的―――それは何なのかしらね?」

 

「それこそが謎だ。アトラス院が今回の事態の元凶だ。だが、それをするだけの『理由』が、この『世界』にあるのか?」

 

現代魔法師、もしくはこの世界に生きる人間としての視点を申せば、かなり歪なものがこの世界にはある。

 

魔法師研究も突き詰めれば、あらゆるものを焼き尽くす米国のマンハッタン計画、ナチスドイツのロケット開発計画と変わらぬものであった。

 

エドワード・テラー、ロバート・オッペンハイマー、フォン・ブラウン、ヴァルター・ドルンベルガー………魔法師研究者もこれらと変わらなかったということだろうか。

 

尋常の世にある生命倫理を侵してでも行ったことの是非もあるだろうが―――。

 

それでも世界に『人』は生きているのだ。例え、見せられた遠坂の『汎人類史』とは違ったとしても、この世界も未来の姿なのだと……。

 

そう叫ぶ権利はあるはずだ……。

 

「―――ソカリスの考えはわからない。ただブラックモアもダンクルベールも、タタリともこの国とも縁がないというのに―――戦う。そう言ってきたんだ。俺がアレコレと尻込みするわけにも行くまい」

 

そんな克人の言葉だが、刹那が横で聞いていれば、とりあえずブラックモア村という場所は、『関わり』はあったと内心でのみ言っていただろう。ともあれ決戦という段取り……。

 

そこに至るまでに―――何が出来るか―――。

 

それを考えるのだった。

 

 

 

「―――『誰か』は欠けるだろう」

 

「でしょうね。刻限は示され、そして集まる魔力の量、不死者の吐き出した瘴気は、既に江戸を穢土に変えています」

 

言いながらオルタリアに酒を注ぐ景虎。

戦いの前の最後の腹ごしらえというヤツである。

 

遠坂邸に設置された魔法陣の部屋で四者会談を行う―――刹那のサーヴァントとなって日が浅い三人とも景虎は、こうやって酒を酌み交わしていた。

 

だからこその戦士の礼儀を欠かさないでいた。

 

「我々、アルトリア・オルタズなど、サーヴァントよりも虚ろな存在だ。一応は、マスターである刹那から明確な像と魔力を与えられてこうなっているが―――どうなるかは分からん。所詮はタタリによる再生体だからな」

 

「卑下するな槍よ。それは我々が抱いてはならぬ悩みだ」

 

「分かっているさ。しかし、いざとなれば、マスターである刹那を守るために身を挺する覚悟ぐらいは持っておきたいのだよ」

 

明確ではない。しかし、マスターの顔を見ていると―――不思議と懐かしさがこみ上げるのだ。

 

マスターの過去に付随して見せられた―――父親である少年の姿も、『オリジン』でなくてもなぜか『何処か』で見たような気がする。

 

そちらに関しては若干ジジくさい喋りをしていたような気がするが―――。

 

ともあれ……。

 

「これは明らかに『人理の危機』―――いや、もしかしたらば、危ういバランスで『何か』をやろうとしているのかもしれない―――だが、それでも目の前で人死がアレだけ出たのを放置しておくわけには行かない」

 

「同感だが、お前が仕切るな槍」

 

「剣よ。どうにも貴様は突っかかるな。その貧相なボディゆえに、何か思うところでもあるのか?」

 

「違う可能性の私は邪推が過ぎるようだな。サーヴァントの性能にそれに何の価値があるというのだ。我らは娼婦ではなく騎士なのだ。身体を自慢されても何とも思わん」

 

若干、多弁な剣トリアにまだ勝ち誇っていた槍トリアだったが、そこに騎トリア(メイド)が援護射撃を出していた。

 

「何よりラムレイが鈍足なのは、貴様の無駄な乳のせいだというのが界隈の声だぞ」

 

「どこの界隈だ!?」

 

「ラムレイも可哀想な限りだ。乗り手が重くては、あのように駿馬に相応しくない足捌きなのだ。

知っているか? 今世の乗馬競技というのは、ジョッキーに過酷な体重制限を施すというのだ」

 

「やはり第三の馬『スピュメイダー』が最強か? むしろ我々にラムレイを返還するが良い。もしくは、軽量化のためにロイヤル・アイシング(ドスケベ礼装)でラムレイに跨がれ」

 

弱りきったラントリア相手に、畳み掛けるような剣トリアと騎トリアの口撃が炸裂。

 

事実の一部を言われて、言い返す機をのがしてしまった。ぐぬぬという顔で他国―――ジャパンのサーヴァントに援護を求める。

 

「お前ら好き勝手に言いすぎだ!! ランサーでありながら馬を扱う同士カゲトラよ!! この赤くないくせに暴君過ぎる2人から私を守ってくれ!!!」

 

「いやー、傍から見ていて仲が良いご姉妹(?)ではないですか♪ 私に構わずどうぞ遠慮なく。ちなみに宝生月毛も厩舎で『ラムレイさん。大人の(オンナ)です! マジ尊敬っす!!』とか言っていますよ」

 

「それで何を安心しろと言うんだ水樹(?)―――!!! ダメだ。このスマイルギャング、当てにならない!!……そもそもラムレイが鈍足なのはアーケード(?)の開発元のせいであって……余は……余は悪くないもん!!!」

 

完全に酔っ払った、出来上がっているお虎から、寸劇・喜劇としか見られていないことにラントリアの絶望が増した瞬間―――。

 

「HEY! 出前一丁お待ち!! 美女四人で密談の会食なんて随分と華のある場だ」

 

「ぶっちゃけキョーコとシルヴィの『うらぶれ女子会』も同然だけどね」

 

日米グータンヌーボ会も、女の眼からすれば、そうとしか見えないようだ。

桃○かおりとかは泣いてもいいと思う。そう想いながらも部屋に入った刹那は、作った料理を広げるのだった。

 

「マスターからの差し入れか――― ありがとう」

 

「その気持ちに感謝だな。ありがとう御主人様」

 

「う、うむ。ナ、ナイスなタイミングだ。ありがとうマスターセツナ……」

 

「ぷっはー♪♪ やはり戦の前の酒はいいですねー♪

戦の最中に飲む酒もいいもんですが♪ 感謝ですよますたー♪」

 

1人一際酒臭いサーヴァントがいたが、構わず刹那はサーヴァントたちに差し入れとして食事を提供するのだった。

 

だが、やってきたのがマスターであったことに、ちょっとだけ安堵しつつも先程の会話を聞かれていたのではないかと、ちょっとだけ不安を覚える―――。

 

「今日が決戦となるわけだが、今まで聞くに聞けなかったことを、打ち明けてもらいたい」

 

その刹那の顔を見たアルトリア達は、眼を瞑りながら口を開く。

 

「ほほぅ。策士だなマスター。自分の過去を見せることで、皆に一蓮托生、連帯感を持たせた上、自陣のサーヴァントにまでとは―――」

 

「そういうのは意外とバカにならない。我ら(私達)も分かっていれば、な……」

 

人理守護の探索行(Grand Order)我ら(私達)はそれを知った」

 

その言葉に―――いつの間にかやってきたダ・ヴィンチとロマンが、サーヴァント部屋を見て笑みを浮かべていた。

 

 

それを見たお虎は観念した想いで語りだす。

 

 

「―――分かっていますよ。皆さん―――全てをお話しましょう……と言っても、あの『さつき』に関して話せることは多くないんですけどね―――あれは昭和時代―――南蛮の合衆国とやらの参戦で徐々に敗戦を色濃くしていた頃でした……」

 

そして、語られることは―――むかしばなし……。されど、少しだけ『いま』を近くに感じさせるもの……。

 

 

そんな時に―――別の場所では……。

 

「そろそろアチシらも出番じゃにゃいかー?」

 

「ふむ。まぁ頃合いではあろうな。ドクターの下から離れるというのは、少々心苦しいが」

 

「まぁチアッキーには世話になったしにゃー。だからこそあのエジプトニーソには、もうちょっと『可能性』を信じるよう言わにゃーならんのよ。どぅーゆーあんだーすたん?」

 

「このニボシの黒鍵(パチモン)にかけても、それぐらいはしてみせよう―――」

 

白と黒の同盟が成立したのだっ―――

 

「2人(?)とも、そろそろご飯だよ―――。今日は真黒カルカンのユッケ仕立て♪」

 

「うにゃにゃにゃ!! さすがはコハッルー♪ アチシの好みをわかってるにゃー」

 

「ふふふ。ミス・コハル―――食前酒には生ぬるいミルクをお願いいたします。このカオス、それなりに食には拘りがあるもので」

 

―――ったが、食欲には勝てず、今宵の晩餐に心を奪われるのだった。

 

 

……あらゆる生物(ナマモノ)の頂点に立ち、新しい生命(メタ)を産み続け増やしていけるもの……汝の名は、『ネコ』なり!!

 

 

妙なナマモノの参戦も決定して、東京の最後の一夜、その混沌の様相は深まる―――。

 

 

 

 



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第274話『アクトレスアゲイン―Ⅵ』

「そうでしたか、そんなことが……」

 

 遠坂邸から司波家に移った四葉家の執事 葉山は、一連の達也と深雪の『越権行為』に対する釈明を聞いていた。本来ならば、そんなことはしなくてもいいはずなのだ。

 

 何故ならば、この兄妹こそが四葉の全てを受け継ぐべき次期当主候補なのだから。

 

 公表をするというのならば、それはそれで―――と言いたいが拙速ではないかというのが、葉山の考えであった。

 

 しかし、それでも兄妹は決断したのだった―――。とりあえず友人一同に対してだけはスジを通すべきだと……。

 

「叔母上を意識不明にした直接の原因が、アトラスのヘルメスコンピューターなのかは分かりませんが、それでもシオンを捕縛しなければならない―――」

 

「変わられましたな達也殿……以前のアナタならば、シオン嬢を殺すことを前提とした捕縛を提案したというのに」

 

「……『殺す』だの『消す』だの……正直、最近怖くなりましたので……」

 

 だからといって最終的な判断を揺るがすことは無いのだが、それでも自分の中の本物の達也―――便宜的にアレを『和也』とでも名付けておき、彼の視界にタダ乗りさせられた時に―――。

 

(ヒビ割れそうな頭で見たセカイは全てが壊れかけで崩れそうだった……目眩どころか吐き気を覚えた―――)

 

 確かに、達也の分解は全ての構造物質を見た上で細分化するものだ。だが、『直死の魔眼』で見たセカイとは、それとは本質的に真逆だ。

 

 アレはただ単に全ての死を『見抜いている』だけ。

 老いも若きも、男女の区別も、無機有機、人であるか魔であるか、現象であったとしても―――何の区別もなく『全て』を殺せる―――。

 

 そんな『死にやすいカタチ』を見たせいか、今の達也は分解を使うことに若干の『忌避』をしている。

 いずれは死ぬものを何故、態々―――『そんな風』に殺す必要があるというのだ……?

 

 死を速めることに何の意味がある。

 

 マテリアル・バーストとて、今では十全に使えるかどうかは自信がない。

 

 もはやマインドセットが上手くいかない。その魔法式を解き放てないのだ……。

 

 

 ―――死んだ人間は生き返らないんですよ―――

 

 

 ―――魔■王の攻撃から『彼』を守った『彼女』の気持ちがいまならば分かる―――

 

 

 ―――第四の獣の奇跡は『いまの私』にはいらない―――

 

 

 ―――少年、君の力はいずれ『人理』を崩壊させるだろう。あるいは腐食させる―――

 

 

 ―――それが『世界の選択』にならないことを祈るだけだ―――

 

 

 ―――再び会う時に、君がどうなっているか。それ次第だな―――

 

 

 沖縄での戦いで守護者として四葉に作られた人と、世界に召し上げられた錬鉄の英霊の声が、達也の中で木霊する。

 

 その声が自分を苛んで、そして見えた世界の脆さに戦慄を覚えたのだから。

 

 

「―――直死の魔眼。発現されたのですな」

 

「葉山さん……!?」

 

「今は詳細にお伝えは出来ませんが、私は四葉に送り込まれたスパイのようなものです。四葉家の『未来』を『予測』した『とある組織』から、いずれその可能性を『引き当てる』ということを言われていたのです―――それがどういう結果になるかを見届けよ。と、ね」

 

 深雪共々沈黙してしまう達也。祖父や大叔父の時代から四葉に仕えていた篤実忠良という形容詞が似合うこの人が、よもや外部のイヌだったとは―――。

 

「―――私を消しますか?」

 

「それをするほど実害を被ったわけではないので、やりませんよ……そもそもやりたくないですし」

 

 ただどういう『予測』をしたから、そういう風なことになったかは少しだけ知りたかった。

 

 今は話してくれないだろうが……。それ以上に葉山を殺す・消すなどという恥知らずな行いは出来ないのだ。彼がいたからこそ四葉という家は回っているのだから。

 

「分家連中も、まさかこれを失点に当主の座を狙おうとは思えませんが、とりあえず我々は、当主・四葉真夜への攻撃に対する報復・及び回復の手を得るため、遠坂刹那に協力する形でアトラス院錬金術師『シオン・エルトナム・アトラシア』の身柄を抑えます―――これを四葉分家全てに流してください」

 

「―――……承知しました」

 

 その意図を分からないわけではないが、そんな『ギャンブル』に手を突っ込んで大丈夫なのか? そう葉山は達也に視線で問うが……。

 

「―――」

 

「―――よい友人をお持ちになりましたな」

 

 男として決意したことがある。そう無言で言う達也の姿を見て、葉山はもはや何も言えなくなった。

 

 そも四葉の管理地というのは、歴史を知っている人間からすれば、あまりゲンが良くない。第四研の本拠地がそこだったからだが―――。

 

 だが、もしもそのことを理解していたならば大いなる皮肉だ。

 

(甲斐源氏の名門『武田氏』の如く、滅ぼされることも織り込み済みだったならば……)

 

 悪趣味の限りだ。だから四葉の男子―――かつての当主たちを思わせる司波達也が、『武田勝頼』をなぞった運命に、ならないように。と祈りながら、老人は舞台から去る。

 

 状況の全ては―――若者たちに委ねられたのだ。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 ―――おめでとうございます。シオン・ソカリス。

 

 ―――あなたの業績は、歴代のアトラスにも刻まれるべきものです。

 

 ―――ロンドン時計塔が無い『線』を選んでしまった世界(われら)にしても、素晴らしいものだ。

 

 ―――であるからこそ、我々は魔法師たちから『取り戻さなければ』ならない。

 

 

 ―――魔宝使いはアナタと我々の計算(よてい)通りに、かの新興国に訪れるでしょう。

 

 

 ―――アナタの働きに『期待』しています。

 

 

「―――くそったれが」

 

 

『貧乏くじ』を引かされたことを思い返して、終ぞなき悪罵が口を衝いた。

 

 これ以上の星の『退化』『退行』は、『奴ら』を星の彼方から呼び醒ます。

 

 魔法師たち(デミヒューマン)の『危険な遊び』を止めるために呼び寄せたものは、1000人以上もの生贄を以てして全てを打ち砕く。

 

 ただでさえ『獣』が発現したのだ。まさかあのような形で顕現するとは思わなかったが、それを倒すのは、魔宝使いであるとは計算出来ていた。

 

 つまるところ。予定違いは起きていないということだ。

 

 ただそれでも……。

 

 ―――別に正しい道ばかり歩んだって、それが良好な結果になるとは限らんのだしな―――。

 

 

 正しい道。そう言われて全てを計算した所で、そんなものがあるとは思えない。

 

 ただ、これが『良』であると、シオン自身の『天秤』で量っているだけだ。

 

 結局の所、それは傾きが強すぎるのだ。だからこそ、アトラスの連中は『我の見たもの』だけが『滅び』の道だと思って、それぞれで勝手な解答を出していく。

 

「―――馬鹿げたものだ」

 

 魔術とは違う現代魔法―――それがもたらすものとは、即ち……。

 

 思案をしていた時に気配を感じる。殊更に音を立てて、ブーツを鳴らしながらやってきた存在を感知する。

 

 シオンに正面を向いて相対する姿。

 

 ……お互いの距離は徐々に近づく。

 

 時刻は午後7時45分……。約束通りの刻限。

 

 星夜の月光を受けた赤い聖骸布を纏いし、この世界で唯一の魔術師(メイガス)がいたのだ……。

 

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 

 辿り着いた公園の中には、幽き月光と弱い街灯のみが差し込んで、彼女の姿を晒していた。

 

 それを見ながらも、言葉をかわす。

 

「―――デートの時間には少々、遅いと思いませんか?」

 

「君の指定通りの時間だと思うんだが……まぁ男の方が先着しておくべきだったかな」

 

 誘われて、それに乗ってやってきただけだというのに、目の前にいるシオンは、それを不満に思っているようだ。

 

 錬金術師は、いつもどおり過ぎた。だからこそ、拍子抜けする。

 

 

「―――世の中には、決戦の時には、悪役は高笑いを交えつつ、事情説明をしなくてはいけない、という法律がある。……あったはずだ。

 崖っぷちに追い詰めた訳ではないが―――お前の話を聞いておきたいもんだ」

 

 (おど)けて言うことで、会話のテンポを速める。

 

「そんな法律が日本にあったとは知りませんでした。ですが、こういう場合、『探偵役』であるべき人間は、自分の知ったことを開示した上で『答え合わせ』をするべきなのでは?」

 

 言われてみれば、その通りであった。

 こういうのは先生の領分であって俺がやることではない。そう刹那は思いつつも、まぁいいだろうと思う―――たまには『探偵』をやるのも悪くない。

 

「シオンはシオンが見た『滅び』を覆すために動いた。それは間違いなく事実だろうな。錬金術師達は、『それ』ばかりを求める」

 

「私が見た『滅び』。それは何であるかお分かりで?」

 

 

 呆れるような刹那の口ぶりに対しても、微笑をこぼしながらシオンは促す。答えが合っているかどうかは分からない。

 

 だが、それでも突きつける―――。

 

「お前が見た滅び―――それは即ち『魔法師による星への蹂躙』。あるいは『剪定事象への進みの回避』だな?」

 

「こういう場合、『Excellent!』(すばらしい)とでも言うべきなのかもしれませんが、私のキャラではないので止しておきましょう。わかり易すぎましたかね?」

 

 

 大仰な米国人か生徒の『満点』の解答を見た『教師』のような言いざまは、シオンには少々似合わないなとは思うも、話は続く。

 

 

「そも、俺のような『外側』の視点を持った人間でなければ、こんなことには気づかない。

 魔法師達の破壊能力は極まった連中(戦略級魔法師)ならば、10万人都市を一撃で葬り去るからな。こんなもんがボカスカあっちこっちで放たれれば、即座に色んなものが『衰える』。星のテクスチャこそ剥がれないが……いや、それでも人理版図に歪みは生じる、か」

 

 だが、ロンゴミニアドやエクスカリバーなどを使ったような弊害が―――あるのだろうか? そんな口に出さない疑問にシオンは応える。

 

「そもそも、刹那―――アナタは疑問に思わなかったのですか? 魔法師の使う『現代魔法』(ぎじゅつ)は、明らかにおかしいと」

 

「ああ、等価交換の原則からは外れている。だがサイオンがエーテルとも違うし、真エーテル……後の世界に『ジン』などと称されるものとも違うのは、とっくの承知の上だ」

 

「ならば、彼らの使うサイオンだけでは賄いきれない破壊や現象構築のためのエネルギーは、果たして『何処』から来ているものかお分かりで?」

 

 その言葉に、周りの草木に葉擦れとは違う『ざわつき』が生まれるのを感じる。

 

 だが、それに対する答えは―――。

 

「さぁな。推測はあれども結論はないな。ただこれだけは言える―――――この世界に現れた《獣》は、魔法師に成りえる可能性がある人類全てを抹殺するために生まれた存在だ。

 ということは、魔法師がもたらす発展はある種の『歪み』なんだろうな……」

 

「ならばその推測を述べろ『魔法使い』。貴様が受け継いだ『魔法』とは、その為にあるものなのだ」

 

 急に居丈高な物言いになったシオン。月光と公園の灯りで映し出される影に―――正面のシオンとは違うものを見る。

 その姿は学者というよりも、古代エジプトの神官を思わせる姿の影絵だ……。

 

 その姿に『悲しい想い』を抱きながら口を開く。

 

「―――宇宙終焉の加速(ミズガルズソルムル)。恐らく戦略級魔法に代表されるものは、そこからエネルギーを得ている……ラインの逸脱分は、そうなんだろうな……まぁ確証はないけど」

 

「正解だ。宇宙の因果を崩すことで、現代魔法―――特に魔術王の細片を用いたものは、それを果たす―――」

 

 言葉の後に冷たい風が吹き荒ぶ。初めて錬金術師としてのシオンと出会った時―――こんな結末を予期できていたか?

 

 無理だ。

 

 無理なのだ。

 

 だって―――――――。

 

 

「私の目的は、アメリカネバダ州で『意図して暴走』させた『アクトレスアゲイン』の力……タタリという存在因子を以て、現代魔法に『楔』を打ち込む」

 

 

 ――――――それは霊長(にんげん)にとってすごくいいことなのだから。

 

 

「噂が、都市伝説が……『現象』が擬人化を果たすという『魔術基盤』を打ち付けることで、星を灼き尽くす業を全て封印する―――。

 代価を得ずに宇宙終焉を約束する『文明』など、間違いでなくても正解ではないのだ……!

 人類史の異物が既に排除不可能ならば、制限を着ける。その力を『正常なもの』へと移行させる。その上で―――全ての人間(霊長)に『上位存在』に登れる階梯を与える―――神霊を据えた魔術基盤の創設を画策する者達もいるならば、私はそれを実現しよう……」

 

 

 けれど――――――。

 

 

「その為に―――1000人以上もの死者をこの街で出した上に、この街の住民すべてを―――『賢者の石』に錬成する、か―――」

 

 視線をシオンから背けて、高く聳える街並みに目を向けながら呟く。その呟きさえも彼女は、予想済みだったのだろう。

 

 

「獣の『殻』が地下に存在している以上、 それを無視することは出来ない。

 そして、来訪者『弓塚さつき』『シオン・エルトナム・アトラシア』『リーズバイフェ・ストリンドヴァリ』―――彼女たちへの対価として『一つの世界』を構築する―――この街を狂った異聞歴史帯への制御盤、楔へと変換……これ以上の星と宇宙への蹂躙を止めるための、最後の墓標を打ち立てる」

 

 

「―――――――」

 

 ざわつきが聞こえながらも、宗教的情熱を感じる語り口調のシオンに苦衷を覚えながらも―――。

 

「―――その中に平河、エイミィ、紅葉なども含まれているのが分かっているのか?」

 

 ―――その言葉を『楔』として打ち込む。

 

 

「……分かってないと思いますか?」

 

「―――無いな。魔術師は目的の為ならば、手段は選ばない。その行為の善悪もな」

 

 恨めしげな心を感じて、刹那は微笑を零しながら『宣言』をする。

 

 

「まっ、後々のための『保険』としてならばありだが、やっぱり俺としては、今のところ、その動力源となるモノと、その『プラン』は見過ごせない―――」

 

 

 吐き出す言葉を予備動作として魔術回路を叩き起こす。呼気にすら魔力を伴わせる『魔法使い』の様子にシオンは緊張をするようだ。

 

 表情には見せないが、それでも―――いざ戦うとなると、そういうことだろう。

 

 それでも――――。

 

「―――シオン・エルトナム・『ソカリス』。お前の示した人類(ニンゲン)航路図(みちしるべ)は、ここで一枚残らず破り捨てる」

 

 

 ―――霊長の守護を宿命づけられたならば、言うべきなのだった。

 

 

「その前に、アナタの魔法を破却する。宇宙の可能性を取捨選択するだけの、無情で無慈悲な力など―――始めから有ってはならなかったのだ――!」

 

 

 返す言葉で、アトラスの錬金術師としては在り得ざるほどの『魔術回路』の露出が見える。

 

 ……それはまるで乾いた大地、草木すら生えぬ場所に走るひび割れのような亀裂の連続だ。

 

 

Anfang(セット)―――」

 

「星よ。大地よ。」

 

 神秘の理を浸透させる合図。そして同時に―――。放たれるは神秘の御業。

 

 刹那の五指から放たれたガンドが、幾度も分裂し、螺旋を描く。

 

Pseudo-Edelsteine. (疑似宝石)Sieben,(七番) sechs,(六番) fünf,(五番) Spiegel, Blume, blühen und stolz sein!(鏡よ。華よ。咲き誇れ)

 

 美しい万華鏡にも似たその魔術は、全方位から尋常の相手を取り囲み、掠っただけで数日は昏倒させるだけの呪いを込めて殺到した。

 

 それを受けてシオンの『鎧』が自動防御を果たす。

 魔力甲冑(マジックガーダー)ぐらい用意してくるとは分かっていたが、それでも『これ』を出してきたことに、刹那は驚きながらも次手を打つべく駆け出す。

 

 ルーンの輝きを見せる拳と脚を見る。その激突の予感に―――。

 

「迎え撃て!! ラニ『シスターズ』!!」

 

「セツナ! いま加勢するわ!!!」

 

 公園の至る所から、今日の夜の決闘者たちが戦いの中心点に殺到する。

 

 東京を襲った戦いの結末が、今宵刻まれる……。

 

 

 



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第275話『アクトレスアゲイン―Ⅶ』

 明確に響く魔力の波動と一帯を振動させる轟音。体内のサイオン波動が自然と放射されてしまうぐらいに恐ろしい兆候が、身体を緊張させてしまう。

 

「始まったか……」

 

「しかし警部―――よろしいんでしょうか?」

 

「外国の魔法師やバケモノじみた連中が、この日本の東京で好き勝手やるというのは、確かに良い気はしない」

 

 シガレットケースからタバコを一本取り出して火を着ける。警察車両に寄りかかりながら寿和は言う。

 

「だが、それでも十師族経由での『要請』でもある。そして、我々には手に余ることはよく分かる……」

 

 言いながらも納得しきれていない寿和の吐き出す紫煙が夜空に上がっていく。その紫煙にどうやら、寿和の不満が含まれているようだ。

 

「とはいえ……そんな所に入り込んだらば、膾に切り刻まれるだけでは済まされないんだろうな」

 

 だが、それでも周囲半径10kmで、完全に人やモノをシャットアウトさせられる公的機関というのは警察だけなので、その辺りは職務に忠実であった。

 

 都内の公園一つが灰燼になっても飽き足らない闘争劇の中に、弟妹が入り込んだことに対して心配もある―――もしくは嫉妬も。

 

 そんな感情を飲み下しながら寿和は、職務に邁進するのだった。聞きたくもない轟音が立て続けに起きて、今にも東京が崩れ去るのではないかという予感を持ちながらも―――。

 

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 現れたラニたち―――髪型とか服装に若干の違いはあるが、それでも―――同じような顔立ちに推測を出す。

 

「クローン型ホムンクルスだったのか。まぁラニⅧなんて名前ならば、何となく予想は着いていたがな」

 

「その通りですロード・トオサカ。同時に私達は、『九人姉妹』と言える―――つまりは」

 

『『『『ラニ松さんと言えましょう』』』』

 

 受け答えをしたラニ=Ⅷの言葉に追随する四人のラニ達は、全員が『鎧』を着込んでいた。

 

 そしてその鎧は、明らかに強力無比なものだ。逆立つ棘を思わせる『鱗』で構成されたスケイルメイル。そしてその鱗に葉脈のように走る魔力光は『赤』。

 

 カラーこそそれぞれで違うが、それでもその『鱗』の由来を良く知っていた。

 

 それが何を由来とするマテリアルであるのか。どんな幻想種(いきもの)を素にしたかを。

 ラニの1人。青色のスケイルメイルを着込んだものが腕を掲げる―――放たれるは―――。

 

 

 じゃうっ!!

 

 

「ウワワワワ!!! れ、レーザー!? いやビーム!?」

 

 腕から放たれたのは、俗に『閃光の息吹』(レーザーブレス)と呼ばれるものだ。

 都立公園の地面を範囲にして700mは灼き尽くすほどの威力に、リーナの出足が止まるのは当然。

 

龍鱗魔鎧(ドラゴンシュラウド)か」

 

「正解です。本来ならばアルビオンにでも潜らなければ、竜種関連の素材(こういうもの)は手に入りませんが、まぁ色々ありまして」

 

 色々の中身は興味がないわけではないが、その威力は驚異的だ。

 

 見える限りではラニ9人に同じようなものを着込み、そしてシオン自身も灰白色の似て非なるものを着込んでいる―――つまりは―――。

 

「撃て!!!」

 

 十門以上のビーム砲台による並列斉射であった。

 

「うっひゃあああ!!!」

 

 水平射撃されていく熱線ビームの威力は、勢い込んで出てきたメンツを驚かせるに足りるものであった。

 

 

 しかし―――。

 

 

 そのビームを迎撃するものは当然いるのだ。

 

 剣で、槍で、槍で、剣で、モップで(!?)―――五者による剣戟の軌跡が閃光をかき消した。

 

 

「「「「マスター(ご主人さま)はやらせない」」」」

 

「だぜ!」

 

 アルトリア・オルタ、お虎、ラントリア、モードレッド、メイド・オルタの登場で、ラニたちの攻撃は無為に終わった。

 

 だが―――。

 

「サーヴァントが出ることを予期しての装備だったのですが、成程。―――やはり足りませんかっ!!!」

 

 そんなことは予測済みであるかのようにシオンは叫ぶ。

 

 瞬間、公園の横合い―――草むらの茂みから出てきたのは、弓塚さつき、Vシオン―――リーズバイフェ……完全に蘇った形で、サーヴァントに襲いかかる。

 

 だが、それでも手が足りないだろうが―――。

 

 

『『『『■■■■■■――――!!!』』』』

 

「生前は名のある騎士だったのだろうが、不死者の傀儡に成り果てたか。聖別されし武器の全てが呪われている……」

 

 

 咆哮を上げし不死者の騎士たちに憐憫を抱くアルトリア・オルタ。

 リーズバイフェ・ストリンドヴァリによる聖堂騎士たちの魔界転生で、サーヴァントの抑えをするようだ。

 

 それもあるが――――。

 

 

(弓塚さんの『チカラ』が増している―――上級死徒クラスにまで上り詰めているのか……?)

 

 

「私が覗き見していたとは知らなかったでしょう。ネロ・カオスに存在せし『機械機構』は、私が仕込んでおいたものです」

 

「ああ、つまりはそういうことか。魔術師の手練手管を忘れていたよ―――」

 

 再生されたとは言え、仮にも上級死徒を監視カメラ付きの使い魔も同然にして、更に言えばそれを、誰にも悟らせなかったとは―――。

 

(裏で一から十まで三味線弾きすぎだろ!)

 

 言い合いながらも、ラニたちによるレーザーブレスの一斉射が始まる。

 あまりにも開けた場所。アルトリアの能力を活かすためにもこの場所は良かったが、同時にあちらもそれは織り込み済みだったようだ。

 

 

「投影開始―――投影幻創!」

 

 

 ドラゴンの膨大なエーテルを利用したブレスは、それだけで上位宝具も同然だ。刹那の魔術回路が魔盾の鍛造に特化して、花弁と鳥羽を組み合わせたような大盾が眼前に出来上がる。

 

 刹那の背後に居た連中ごとすっぽりと全員を防御しきる―――。

 

「ぬう。高出力レーザーとはな。すでにビームも同然だな」

 

「しかも収束してやがります。とはいえ、穴蔵に籠もっているだけでは意味がない―――」

 

「大まかな威力は理解できた。あれが出力最大ではないことも分かる。だが―――」

 

 

 十文字会頭も驚くが、それでもこのままでは意味がないということで―――。

 

 

「剛体剛力を意図して作られた十文字の名は伊達ではないのだよ!!!」

 

 盾を分散して花弁も同然に散らしてから、再びの突進。内側にいたメンツが最初に見たものは―――。

 

「―――」

「―――」

 

 

 無言でビームを撃つのは、2人のラニ。他は―――。

 

(上か)

 

 すでにサーヴァント(疑似サーヴァント含め)達は、死徒たちと交戦しにかかっていた。

 

 その上で戦闘集団を分散させるならば、有効な手だ。

 

 浮遊しているラニとシオンを発見して狙いが分散するが―――。 中距離で打ち合うだけだ。

 

 

「ビームに関しちゃ、ワタシの方に一日の長(イチジツノチョウ)があるわよ!!」

 

 意図を理解したリーナが星晶石を変化させて手持砲へと変化させて、ビームを打ち出す。

 

 シン・リナラの面目躍如である。熱線ビームによる水平射撃が、ラニ達の攻撃を乱す。

 

 高速思考を果たす錬金術師にしては、かなり驚いている様子、理由は察する。

 

 ……結構むちゃくちゃな攻撃だからだろう。

 

 ラニたちも、ここが大都会東京であることを察してそれなりにセーブしていたところに、遠慮も躊躇もなくの全力攻撃なのだ。

 

 ホンマ、おっそろしい女やで(爆)

 

 しかし、この展開も読んでいたのか、シオンはこちらを睥睨しながら口を開く。

 

「アビゲイル・ステューアットの理論など、既に我々が2000年前に通過した場所だッッッ」

 

 光の槍が虚空より降り注ぐ。固形化したエネルギーの矛に対して、今度こそ―――。

 

 頭上を貫けると思ったシオンだが―――――――。

 

「パンツァー・ルーンブルグ!!!」

 

 シオンからすれば眼下、刹那からすれば頭上に盾が生まれた。

 

 盾は、攻撃を封殺した―――と言い切れるものではないが、それでも間隙は出来たわけで、そこを狙って盾の範囲から抜け出て弓から矢、剣の矢―――カラドボルグを打ち出した。

 

 射角としては真芯を狙えるものではなく、シオンの翼を撃ち抜く。

 

 竜翼を模したらしきそれの強度は相当だったろうが、それでも上位宝具の攻撃で皮膜を貫くと同時に骨格が歪んで、竜翼は千切れ飛んだ。

 

 地上から奔る流星を食らったことでバランスを崩したシオン。不時着していく様子。

 

 そこを狙って弓矢による連射。シオンを無事に落着させるためにラニたちも圧力を強めていく。

 

「お、重てぇ!!」

「踏ん張れレオ!!」

「俺にも激励をくれ…!」

「ファイト! 克人くん!!」

 

 その嵐のような攻撃に、防御壁(ディフェンス)を維持している2人の大男たちが、目に見えて辛くなる。

 

 2人以外の連中が、ラニ達に対しても直接射撃を敢行。

 

 しかし鎧の防御力は並外れており、現代魔法は当然だが、刹那の打ち出す宝具も『気合い』を入れれば防御出来るようだ。

 流石に無防備に喰らい続けていれば、弊害は出るだろうが―――

 

 連中も当然動き回る。よって打ち合いが、かなりとんでもなくなる。遠距離、中距離での打ち合いが続く。

 

 その状況に変化を齎さなければ、レオも克人も楽にはならない。

 

 誰もがそう思った瞬間―――。

 

 

 じゃうっ!!

 

 

 先ほどの初撃と同じレーザーブレスの音が、『こちら』から響いた。

 

「―――ぐっ!!!」

「ラニ=(シックス) !?」

 

 空中で浮遊していた1人のラニ。青色のシュラウドを着込んでいた子が呻く。

 その名前も判明したが、今は何が起こったかを理解する。

 

 レーザーブレスが『反射』されたのだ。そして反射先であるラニ=Ⅵの鎧は、その圧力に耐えきれず穴が空いたのだ。

 

 反射したのは―――。

 

「う、上手くいきましたぁ……」

 

『鏡』を操る柴田美月(脱力状態)。

 

「適切な位置につけたからね。柴田さんのコントロールは的確だったよ」

 

「ワシとて水を相乗させて、屈折に一役買ったんじゃが」

 

 ドヤ顔の三高一年トリオの2人、十七夜 栞と四十九院 沓子とがそれを成したようだ。

 

「察するに『反射鏡』を使える美月に、適切な反射・屈折位置を『魔眼』で見抜いた栞が伝えて、そこに美月でも受け止めきれない圧を沓子が『水』で和らげたというところか……」

 

 恐ろしいほどに歯車が噛み合った反射攻撃である。花マル満点くれてやりたい。

 しかし美月は本来ならば、こういう荒事に向かないニンゲン。

 

 幾らかは覚悟出来ていても、魔獣やシャドウサーヴァントなどと違って、自分が『人』を傷つけたことに少々放心しているようだ。

 

 だが、レーザーブレスの圧は止まらないわけで、彼女も何とか、それに対応していく。

 

 そんな奮闘を見た『おんな城主直虎』のような2人が突撃を開始する。

 

 

「美月が慣れないことで金星上げてくれたんだ!! 私がそれに臆していられるか!!」

コントルアタック(反転攻勢)!」

 

 

 赤毛の剣士と金髪の剣士が前に出て、リーナとビームを打ち合っていた2人のラニに突っかかる。

 

「ちょっ! フタリとも―――!!」

 

 リーナが嘆くのも分かる。正直に言えば、あのままならばリーナの勝利というか鎧を星晶石の魔力砲は砕いていたはずだ。

 

 砲撃の真っ只中に入り込んだ2人に、流石に中断せざるをえない。

 

 そのプランを崩されたことで嘆くリーナに声を掛ける。

 

「切り替えろ! シオンを叩く!!」

「―――オーライ!! その子達はマカセタわよ!」

 

 刹那の言葉に逡巡したリーナだが、それでも最後にはCHANGE出来たようだ。

 

「アナタに言われるまでもないですわ!!」

 

 言葉に返したのは愛梨だけだが、それでもまさか、こちらの砲撃に恐れず接近戦を挑むものたちが現れるとは―――しかし、同じく切り替えたラニ2人は、持ち手から打撃部分まで光で構成された得物で応じる。

 

 剣か槍か棍棒か―――どうとでも言える武器を手にした褐色の肌の娘たちが、剣士たちと戦いを演じる。

 

 まるで砂漠にて剣の舞踊(ソードダンス)をする踊り子のようだが、それでもそこに振りまくような色艶はない。

 むしろ周囲の人々に挑みかかるような激しい舞で剣戟は刻まれていく。

 

 ―――魔力の迸りが、煌めきとなって夜の闇を照らす。

 

 

 それを後ろに刹那は落着したシオンを目指す。当然護衛よろしく、手負いの(シックス)ごとラニたちも降りてくる―――。

 

 

「シオン師を守れ!!」

 

 声を発したのは、恐らく刹那も見てきた(エイト)だろう。龍鎧がチカラを増すのが魔眼でなくても分かる。

 

(サーヴァントとやり合うことも想定していたんだろうな。しかし―――)

 

(どうやら昨夜の固有結界の損失は埋まりきっていないようですね)

 

 こちらの内心の苦悩に対して返されているような気がするシオンの目。だが、無理無茶無謀なんてのは若い内にしておくべき特権。

 

「安全策なんて取るかよ! クラスカード『セイバー』、セット(装填)!! 竜殺しの大戦士王『シグルド』!!! インストール(夢幻召喚)!!」

 

「クラスカード『ランサー』、SET(装填)!! 悲運の戦乙女、シグルドの愛『ブリュンヒルデ』!!! INSTALL(夢幻召喚)!!」

 

 クラスカードを介した英霊召喚で、2騎の英霊を宿す刹那とリーナ。本来ならば、人間相手にやるものではないが―――龍鎧相手となればやるしかない。

 

「ラニ=Ⅵ、龍鎧を私に渡して、後方でエーテライトでの支援と自分の回復を」

「了解デす、マスター・シオン。そしてお気遣いアリガトウございマす」

 

 

 日本語が少したどたどしいラニⅥは、その指示を受けて後方に下がる。

 腹を押さえているところから察するに、傷は浅くないのだろう。

 

 

「恨むなよ!」

「恨みませんよ!!」

 

 

 しかし、ラニⅥを狙うと見せかければ、他を釣れる。そんなことはシオンも計算しているだろう―――だからといって本気の攻撃をしなければ見透かされる。

 

 そういう言葉の応酬の間にも、レーザーの雨が『一直線』に飛んでくる。

 シグルドの技量と手にもつ魔剣とが、自動的に刹那にそれを成し遂げたのだ。

 

『神速どころか光速の矢とは、狩猟神ウル、スカディ殿に勝るとも劣らぬものだ。しかし―――』

 

『あの『ご夫婦』に勝るのが私達ですからね。同じ夫婦としてマスター夫婦にも力添えいたしましょうシグルド』

 

『我が愛よ。当然だ―――』

 

((人の体を介していちゃつかないでほしい))

 

 

 まぁ無理だけど。全て終わったらば刹那もリーナも、サルのようにさかりながらいちゃつきたいから、しょうがないけど。

 

 ともあれ、英霊の魂を『オーバーソウル』しきった刹那とリーナが、アトラスの錬金術師たちに挑みかかる。

 

 その最中、閃光を打ち合い、閃光のような剣戟をぶつけ合う……そんな激しい戦いを演じながらも、錬金術師たちは計算する。

 

 

 

 ―――技量はかなり上、歴戦の戦士――神代時代の戦術認識―――

 ―――魔力量の資質に関しては本人に50%依存―――

 ―――しかし、英霊魂魄による上乗せもある―――

 ―――彼我の差を埋めるには―――

 

 ―――私の妹たちをやらせはしない―――

 

 

 ―――ラニ達の思考を受け止めたシオンが動き出す。

 

 

 そして、その戦いの中で……タタリ・パラサイトは指向性を持った『最強個体』を生み出しつつある。

 

 シオンが感じて、他数名も感じる霊圧に緊張を果たす。

 本来ならば、この世界にはいない存在。刹那の線でも『偶然』によって生み出されたもの―――。

 

 シオン・エルトナム・ソカリスの『意図したもの』が生み出された時に、全ては変わる。

 それまでは『防御』の戦法を取るしか無いのだ。

 

 

 ―――Ⅰ〜Ⅲまでは手はず通りにⅤ,Ⅶ,Ⅸは竜牙兵の大量召喚を―――

 

 ―――御意―――

 

 ―――シオン師(マスター・シオン)、私達は?―――

 

「私の直援です。お願いしますよラニⅧ、ラニⅥ」

 

 それだけは肉声で言われたことで、チカラが入る。

 

 9人のラニたちは、シオンの為に動き出す……。

 

 そして、刹那もシオンの『狙い』が理解できた。姿かたち、……能力を知るためには縁のある存在を呼び寄せる必要がある。

 

 ある意味、迂遠なまでのやり方だ。

 

 だが―――。

 

(やれるというのならば、確かに再現は出来るかもしれないが、『あの人』がお前に御しきれるもんかよ)

 

 どっかピントがずれた結論だ。しかし、仮に『あの人』が現れたならば、確実に打ち付けられるだろう。

 

『白』でも『黒』でも、どちらが来ても嫌なものだが―――。

 

 

 

 

(まぁ『白い吸血姫』の方が、まだマシかも――――おっぱいデカいし)

 

 幼女(見た目だけ)が人外魔境のチカラを振るって、こちらを滅殺しに来るよりも、B88W55H85(超ナイスバディ)の姫君の方がいいや。そういう気楽な思考の元―――刹那は、ラニ=Ⅱという少女の龍鎧を病葉も同然に砕くのだった。

 

 

 そんな思考はありったけリーナに筒抜けだとは知らずに……。

 

 ―――夜は続く―――。

 



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第276話『月姫-ONE』

 

 

 

後方に位置された幹比古ではあるが、それを不服に思うことはない。

 

手ずから作られた櫓仕立ての『舞台』。護摩行の如き炎を炊き上げながら、公園全てに『神意』を響かせる。

 

明らかな邪気。そしてあまりにも強すぎる『血の匂い』。正しく吸血鬼―――死徒のそれだ。

 

刹那の記憶で見て『嗅いだ』それが、離れたここからでも分かるのだ。

 

またレティシアも、刹那が作った大聖堂(カテドラル)聖歌(チャント)を歌い上げて、神威を示していく。

 

2人の『戦場』に対する干渉は充分だ。

 

そんな幹比古が、刹那に対して不服に思うのは―――。

 

(何で達也と一緒にしたんだよ……)

 

こういう時に、ガンマンのくせに前に出たがる達也と深雪の四葉の兄妹―――そしてTPピクシーと光井ほのかが舞台にいたのだ。

 

別に独り身の悲哀とかそういうことではなくて、今の幹比古はあまり、平静を保てないのだ。

 

「吉田くん、『調和』が乱れていますよ」

 

「すまないレティシアさん……」

 

 

余計な考えが入り込んだことで、力が乱れていた。それを『十字教』の信徒であるレティシアに見抜かれてしまったことに、少し集中をする。

 

今は―――余計な考えを入れないでいくしかないのだ。

 

 

そんな幹比古たちとは別に、達也とTPピクシーは話をする。タタリは『何』になりえるのか?を。

 

「あれが、タタリという魔術式の最終形態か―――」

 

「見れば見るほど気持ち悪いです……」

 

口を抑えて、吐き気を覚えた様子のほのかが先ほどまで見ていたものに、達也も眼を改めて向ける。

 

漆黒の球体。紅のヒビ割れ、肉割れのごとき跡が走ったそれは、月と地上の中間に位置しながら戦場を俯瞰しているようにも見える。

 

大玉ころがしの玉のような巨大さは、意志があるのかどうかすら不明だ。

 

だが―――。

 

 

「間違いありません。アレこそはタタリの最終形態。夜の最後に現れし、人々の不安の具現。人々を呪う最悪の具現。人々を歪な手段で救う災厄の悪鬼―――」

 

TPピクシーがそう証言したことで、違えようのない事実であると認識。そして更に驚くべきことを口にする。

 

「……どうやら我々、タタリの分体を取り込もうとしています。地上(した)で戦うオルタさん達はあまり感じていないでしょうが、私は主無し(やどなし)なようで引っぱりを強めています……」

 

確かに見ると、ピクシーの『プシオン』とでも言えるものを取り出さんと、球体の一点にそれらが流れ込んでいようだ。

 

力の流れを感じた達也は―――最後の確認をする。

 

「お前は……生きたいんだな?」

 

戦場の血風混じりの風が棚引く中、振り返って達也は問う。

 

「―――はい。私の『魂』がどこにあるかは分かりません。正しく私の『意思』は誰のものであるかも分からない。混ざり込み、屠殺された家畜の肉の混合も同然かもしれない―――」

 

言葉は続く。

 

「それでも、それでも―――私は生きたい」

 

ここにいたい。と叫んだ意思に達也は応える。

 

「“──告げる! 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に! 『世界』のよるべに従い、この意、この理に従うのなら──”」 

 

「――我に従え! ならばこの命運、汝が『忠節』に預けよう……!」

 

令呪など無いが、それでもピクシーとの間に魔力の径路(パス)を繋いだことで、もはや彼女は達也のサーヴァントとして、世界に在る(生きる)こととなったのだ。

 

「ありがとうございます。タツヤ・マスター。私はもはや、タタリに取り込まれることはないでしょう」

 

ガイノイドの表情豊かな笑みを見て、思わず笑みを返しながらも達也は問いかける。

 

「だが、タタリは顕現するんだな?」

 

「はい―――そして、契約の際に私はタタリの完成図を見た。あれは間違いなく―――『真祖の姫』を再現します」

 

 

来訪者の中でも異質な現象吸血鬼は、―――絶望的な存在というものを想定してしまったのだ。

 

全員が、その言葉で一人の女性を想像してげんなりする……

 

 

 

「さつき! アナタは街の正義吸血鬼を目指しているのではなかったのですか!? ゴールドヒロインへの道は、こんなものでなるわけがないんだにゃー!!!」

 

「な、なんかあの人怖い! 紅白に5度くらい出場した声優歌手の小宇宙(コスモ)で私を狙ってくるよ!!!」

 

「―――お前の相手はこの私だ!!」

 

さつきを狙って、進撃していたお虎の間に割って入るは盾の騎士。魔眼を盛大に見光らせた『魔盾』を持ってお虎と張り合う。

 

「眼よ! 穿て!!!」

 

盾にある魔眼から飛んでくるは光線。飛び道具に対して自動的な回避手段がある長尾景虎ではあるが、光線は魔眼から投射されている。

 

ゆえにそれらは、景虎に届く。魔眼はただ『視ている』だけなのだから。

だが―――。

 

「――――!!」

 

光線が景虎の身体を穿つことはない。その手に持つ七支の槍。毘天の宝槍が、光を斬って捨てたのだ。

 

「光を斬り捨てるか、恐るべき武技―――そして―――」

 

感心とも驚嘆とも言える言葉を吐いたリーズバイフェは、ガマリエルを構えながら、同じく銀髪の槍兵と対峙しあう。

 

槍の他に剣も持つ無節操な相手は―――なぜか少し苛立つ。

 

「日本の武将。それも英霊(ブレイブ)だろうが、貴殿の名を聞いておこう」

 

「ランサーのサーヴァント『長尾景虎』! 南蛮の女騎士どの。同じ髪色どうし、そなたの名前も聞きたいものだ!」

 

「―――路地裏同盟の守護騎士、さつきとシオンの友人であるリーズバイフェ・ストリンドヴァリ! あなたの存在は、さつきを怖らがせる!! ご退場してもらうぞ!! カゲトラとやら!!!」

 

「―――別にそんなつもりは無かったのですが、ともあれ『人食い』をしたのであるならば、それは許されない―――討たせていただく」

 

少しだけ落ち込むお虎―――かわいい女の子(?)に罪悪感を覚えながらも、リーズの盾は鉄杭を相手に打ち込む。

 

「ケレン味ある武装。中々の武人と見受けるが、その身は血の香と魔性を纏わせすぎている!」

 

その鉄杭を迎撃するお虎も激しい戦いに応じる。

 

モノホンの死徒どもとの戦いに投入したサーヴァント級の力持ちたち。戦闘の舞台は分割されており、絶対にこちらに死徒たちを通すなと厳命したが、どうなるかは分からないわけで―――。

 

吸血騎士の一騎がラニか、それともこちらか分からないが―――。

 

「血袋よこせぇえええ!!!」

 

コントラバスを鉄杭打ち機にした一人がやって来るが、狙われたのは―――エリカか愛梨か―――あるいは切り結ぶラニ達か―――。

 

どちらにせよ―――。

 

「生き血は乙女がいいんだろうが、行かせるかよ!」

 

投影した『黒鍵』が頭上から雨あられと降り注ぎ、『ぎうっ!!!』という苦悶の(おと)を最後に、吸血騎士は消滅を果たす。

 

小剣の墓標と血溜まりだけを残した最後に、シオンは瞠目する。

 

「私と戦いながらも、それだけ出来るか魔宝使い―――」

 

「まぁそういう戦いが多かったからな」

 

気楽に刹那は言いながらも、シオンはレーザーブレスの束でこちらを制圧してくる。

刹那に戦いの術を本格的に教えてくれたのは、養母であるバゼット・フラガ・マクレミッツだ。

 

レーザーブレスの全てをグラムの光剣は迎撃する。ダガータイプの緑光を放つ刃は、光速の攻撃を後の先で迎撃する。

 

「けれど―――それでも―――」

 

射角の変更。こちらを光で制圧しながらも飛ばしていた『端末』。竜首を模したらしきものが頭上から光線を撃ってきた。

 

だが―――。

 

「―――背中を預けられる人間がいるってのはいいもんさ」

 

直上に浮遊していた戦乙女が魔銀の大槍を風車のように回転させて、光撃を封殺した。

 

大槍は蒼炎を吹き散らしており、その勢いのままに端末全てを薙ぎ払い焼き尽くす。

 

「そしてそのパートナーが、パブリック()だけでなくプライベート()でもサイコーのヒトで、異性ならば余計にいいってわけよね♪」

 

「まったくもってその通り」(perfect exactly)

 

刹那の言葉を聞いていたリーナの言葉が頭上にて聞こえる。勇者を守護する戦乙女の体で応える。

 

「成程、アナタはいつでも『一人』で戦ってきたと思っていましたが、違うようですね。いや、アナタの心象風景が、「多くの星」を呼び寄せる。

それこそがあなたの『弱さ』の象徴―――それは、『孤独』を紛らわせるための術だ」

 

「言っていろよ!!!」

 

言いながらも攻撃の応酬は続く。近づかせれば、竜殺しの宝具が鎧を切り裂くと分かっているシオンは、絶対に近づけまいとレーザーを放つ。時に奇襲的な攻撃も放つが、概ね中距離での戦いに徹している。

 

その上で―――。

 

「GAAAA!!!」「GURUUU!」

 

各ラニたちが吐き出す竜牙兵―――たかが『雑兵』とはいえ、竜の歯牙をマテリアルにしたゴーレムだ。砕いていけば、自ずと『こういったもの』も生まれる。

 

「ドラゴンゴーレム、ボーンドレイクか―――細粒にするまで砕くべきだったな」

 

そんな歪な骨竜に相対するのは、レオと克人である。

 

骨竜の体躯は少なく見積もっても全長は10mほどはある巨体。翼はないことから、ヒュドラやワームなどの『水竜』『土竜』系統のものが二体。

 

それに対して果敢に挑む巨漢2人。ドラゴンゴーレムは、火を吐き出した。

 

流石にレーザーブレスは無理なのか、それでもその火力は人間一人を骨一つ残らず灼き尽くす熱量。

 

離れていても、こちらに火炎の熱気が伝わる。

 

だがソレに対して2人は冷静に対処する。レーザーブレスほどの圧力でないならば、ジャストディフェンス(防御陣)を敷いた上で、攻撃を果たす。

 

言うは易く行うは難し。当然だがゴーレムとて火を吐くだけが能ではない。振るわれる尾は骨がむき出しの棘鞭(スパイクウィップ)も同然だが―――。

 

ぼうぅん!!!

 

まるでシンバルでも叩いたかのような音を立てて、尾の打擲が弾き飛ばされる。

 

レオの防御陣が、それを成し遂げた上に『尾』を腐らせていた。

 

振り回した尾の影響で、態勢を崩された一体のドラゴンゴーレムの隙を見逃すレオではない。

 

その身に巨人のオーラを纏わせて、幻腕にして幻手のナックルを形成して、馬乗りになる形で背からドラゴンゴーレムを割り砕いていた。

 

「ヒュウ〜♪」(HYU〜♪)

 

「呪腐の魔法陣? 神格展開の術式か―――」

 

ただ単に感動と感嘆で口笛を吹いた刹那とリーナとは別に、術式の理を読もうとするシオン。

 

だが、その間にも戦況は動く。タタリの再演まで時間稼ぎに徹するつもりで戦っていたアトラスの錬金術師たちだが、ここに来て『計算通り』といかない事態・変数が計算を狂わせている。

 

砕けたドラゴンゴーレムの素材がどっかの誰かの手で『分解』されたのを見ながらも、動きは続く。

 

「悪いが、動かないでもらうぜ!!!」

 

ドラゴンの背から飛び出したレオは、竜牙兵を作り出しているラニたちに向かう。

 

「ラニⅤ 迎撃行動を」

「ラニⅧ 計算結果を」

 

棍棒を手に駆け出すレオの体躯に対してラニは小さい。だが先ほどの再現ならば、体格の大小で勝敗は決まらない。

 

光剣―――形状は円月刀(シミター)を手に持ち向かってくるレオに対して迎撃をする。

 

だが―――――。

 

「これが刹那の言うエーテライトってやつか! けれどよ―――――」

 

「拘束しきれない。成長した城塞(ブルク)の筋肉量と魔力量。計算したはずの拘束点がズレている、違う! ズラされている―――」

 

見えぬように、エーテライトという神経糸を使って拘束しようとしていたラニⅧの糸を切り裂くレオの幻手は、その手に歪な短剣―――タルウィ・ザリチェ。

 

狙われたラニⅤは、細かなレーザーブレスを放って迎撃しようとするが、もはや距離としては銃撃出来る距離ではない。

 

やむを得ずに、シミターが振りかぶられて、計算した上で更に計算し尽くした攻防を崩す形で、光剣はレオの棍棒を受け止めきれず散り裂かれて―――。

 

「悪いが、鎧を砕かせてもらうぜ」

 

女を殴るということに躊躇をするレオだが、それでも無力化はすんなり終わる。

 

如何に竜種の鎧―――とはいえ、所詮は『生きていない』。死しても魔力を発する幻想種の鎧ではあるが、レオの身体はそれとは別種の『神の身体』を構築しているも同然。

 

即ち――――。真正面からの幻手を使った打撃で鎧は砕けるのだった。

 

「神性付与による打撃。砕けるか、計算通りです」

 

鎧とラニⅤの神経は繋がっていたのか、木っ端微塵に砕けた鎧越しでも苦痛を覚えたか、少しの苦悶を見せながら―――ラニⅤが地面に――――。

 

「いや、なんつうか……おかしいな。Ⅵちゃんは普通に服を着ていたのに―――」

 

「ミスタ・レオンハルトの一撃は私の衣服ごと鎧を砕いたのでーす。これはもう責任を取って、結婚してもらうのが当然でーす」

 

―――真っ裸で放り出されるのだった。

 

褐色の肌に紫苑色の髪で、インド系の少女の裸体に、さしものDT捨てたレオでも、直視しづらいものがあるのだろう―――しかし、巨大な幻手でしっかり拘束しているのは流石であった。

 

「ウソついてそういう事言わない。アナタ普段から、裸こそが至高の姿、夕日に向かって『神よ わたしは美しい…』とか言っているじゃないですか」

 

ウソかよ。ラニ=Ⅷの言葉で、あっさりと看破された事実。とはいえ―――。

 

「私の姉を返せ! この変態!!!」

「誤解が過ぎる!!」

 

ホムンクルスにしては感情豊かなラニⅦが、巨大な『砲』を持って、『ごん太』なレーザーブレスを放ってくる。

一応、レオの幻手は拘束しているラニに及ばせないよう、聖火を持ち上げる体にしているのだが……。

 

「くっ……!」

 

「硬い! 固い!! 堅い!!! 擬似神格とはいえ、接近戦ならば!!」

 

そう豪快に言って、ラニⅦは巨大なバスタードソードを―――光で構成されたものを振るうことを意図してきた。

 

「フォローするわ!!」

 

同じ七の名前をもつゆえか、真由美が対抗心でも出したかドライ・ミーティアを繰り出す。

 

放たれるドライアイスの弾丸―――、ラニⅦは。

 

「効くものかぁっ!!!」

 

全身から迸る『気』とでも言うべきものを盛大に放ち、ドライアイスの軌道が封じられる。

 

力任せの戦いではあるが、有効手段ではある。

 

「やらせはせんよ!」

 

狙いをレオから真由美に切り替えたラニⅦの前に立ちはだかる克人。

 

その巨大な城のごとき防御陣に対して―――。

 

怒涛の如き剣戟の嵐だ。光のバスタードソードに質量は無いのか、それとも何か秘密があるのかは分からない。

 

だが、素人のような剣筋でも無茶苦茶に叩かれていくことで、ゆらぎは生じる。

 

「西城ほど強烈なものではないが―――俺にも意地というものが在る!!」

 

「魔槍を装填するか!」

 

魔力壁から飛び出る槍かスパイクか、それらが勢いよく飛び出してラニⅦに襲いかかる。

 

その為にラニⅦは、距離を取らざるを得ない。

 

「気合を入れれば弾けるが! 容赦なく頭を狙うか!? ロード・クロス!」

 

「悪いが手加減は出来無さそうなんでね―――そして、俺はアタッカー役じゃない」

 

「―――しまっ」

 

最後まで言えなかったのは、ラニⅦに襲いかかる幻手が吹き飛ばしたからだ。

 

「助かりましたよ十文字先輩」

「こちらこそ助かった。どうにもファランクスなどでは火力不足だな……」

 

嘆くように言う克人だが、ファインプレーであることは間違いなかった。

 

レオが狙われているのを察して攻撃を集中。しかし真由美の攻撃は当たり前のごとく通じず―――苛立たせた上で、克人が防御―――その間にラニⅤを捕虜として、『保護』して美月たちの側に置くことに成功。

 

そして攻撃に転じれたということだ。

 

「ラニⅦ。アナタは、それでもシオン師の弟子ですか?」

 

苛立たしげに言いながらも、エーテライトの『網』で公園の林に吹き飛ばん勢いのラニⅦを救い出したラニⅧに対して、吐き捨てるようにラニⅦは返す。

 

「黙りなラニⅧ。アタシはクリエイター・シオンから『直感型』の高速思考を与えられているんだ。計算してもしきれぬ、『裏側』にある見えぬ事実を『導き出す』のが、アタシの役目なのさ―――」

 

同じような顔で言い合いながら、それでも情報を交換し合った2人。

 

それによって『事実』が見える。

 

「時間稼ぎはもう充分だ……最強の素体が『再演』、『再現』されるぞ」

 

「―――――来ますか。TYPE-EARTH……」

 

 

 

―――誰もが大詰めを迎えつつあったその時。―――

 

サーヴァントたちが死徒たちに対して宝具で殲滅を意図した時。

 

その気配を鋭敏に感じた弓塚さつきが、『固有結界』を展開しようとした時。

 

一色愛梨のホーリーレイピア、千葉エリカの刀が、ラニたちの鎧を砕いた時。

 

シオンの持つ巨大な竜砲(ドライグバレル)が展開を果たして、刹那とリーナを穿とうとした時。

 

それを受けて先んじて、2人がカウンターとして魔剣・魔槍を叩き込もうとした時。

 

事態の大詰めを感じて司波達也が、飛行デバイスで戦場のど真ん中に現れようとした時。

 

 

 

―――その渦中に―――。

 

―――この世界においてあり得なかった黄金(こんじき)の月姫の『到来』が、叶った―――

 

 

 

 



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第277話『月姫-TWO』

ショタ時代の兄貴……3匹のホモォが荒ぶっておられるわ。(爆)




『ソレ』が来臨した時―――。

 

 

びくんっ!

 

世界が。

震えた。

 

そうとしか言えない感覚が、極東だけでなく、世界全ての超常感覚(ハイセンス)を持つ異能者にもたらした。

 

日本の裏側である南米はブラジルにいる連中ですらそうだったのだから、至近距離にいた連中の殆どは、『星の鼓動』を鋭敏に感じ取れたはずだ。

 

中にはあまりにも強烈過ぎる神秘に『眼』をやられたのか、『頭痛』 にまで至って頭を抑えているニンゲンさえいる。

 

美しい女性だ。短い髪の色は金色。

 

その眼こそ今は閉じられているが―――刹那はその目の色を知っていたが、そんなことはともかくとして、それでも見える睫毛の長さと顔のラインが、面立ちを知らせる。

 

全てにおいて常軌を逸した美女だ。刹那の映像では分からない『圧』がそこにある。

 

天然自然の暴力的な美しさ―――魔法師というデミヒューマンには絶対に持てない『美』が、女にはあった。

 

真祖種族―――とりわけニンゲンに対する懲罰を担当したものたちは、何を考えていたのだろうか。

 

アルクェイド(あーぱー吸血鬼)と会うたびに刹那は思ってきた。

 

何故、戦う者(死神)にこのような美しさを与える。無論、『アーキタイプ』がそうだったからとも言えるが―――それでも、戦うのならば、人々に、不死者に、悪魔に、忌み嫌われるような容姿であれば良かったはずだ。

 

 

……もしかしたらば、真祖たちは分かっていたのかもしれない。

 

どんなものであろうと、どんな瑕疵があろうと、それは同じ星に生きるもの―――その全てに断罪を突きつけて処罰し、殺すというのならば……。

 

(その最後に見るものが、真っ白な美しき月の姿ならば、死出の道も安らかになるかもしれない)

 

真祖が例外なく『美しいもの』を愛でるからこそ、そんな考えだったのかもしれないが……。

 

腕を一杯に開いて翼のようにして、降り立とうとしている姿は御使いを思わせる。

 

そしてそれは、まるで磔刑された主の御子のようでもあったのだから。

 

本当に鳥か天使のように緩やかに地上に降り立つ絶世の美女―――。

 

アルズベリでは何度も見た。うんざりするぐらいの性能差を見せつけられ、そのついでに、うんざりするぐらいの『殺人貴』(志貴さん)とのバカップルぶりも見せつけられた……。

 

 

―――アルクェイド・ブリュンスタッド―――

 

真祖が用意した処刑人にして、最後の真祖種族。

 

白いセーターに『黒のミニスカート』。『黒いタイツ』で覆われた素足に―――『頑丈そうなブーツ』を履いた女は―――この世界に降臨した。

 

 

誰もが緊張せざるを得ない登場。タタリという魔術式が作り出したのが、これならば……。

 

「――――」

 

無言で眼を開いていくアルクェイドに緊張をする。緊張をして―――。

 

「死徒二十七祖13位 タタリ!! その現象を破壊させてもらう!!!」

 

それに耐えかねたのか、腕試しなのか、何なのかは分からないが、モードレッドが聖剣を手に持ちながら、アルクェイドさんに突っ込んでいく。

 

感情や心が見えない赤い目。だが、それが敵を視認したことで迎撃行動が出てくる。

 

勢いよく振りかぶられる―――手。本当にただの『素手』なのだ。当然、吸血種としての特徴で爪が鋭く伸びるのだが―――そんな素手が何回も打ち込まれる聖剣の一撃一撃、素早く重い攻撃を跳ね返して、かつモードレッドの姿勢を崩させているのだ。

 

現代魔法師は当然ながら、唖然・呆然としか言えない顔をする。如何に刹那の記憶映像から、そんなことが『真祖』の最大の攻撃手段だと分かっていても、中々に現実を思い知るには、色々と心構えとか『理』が欠けていた。

 

「レッド!!」

 

一撃一撃が大気を撹拌してあちこちに颶風を巻き起こし、ぶつかり合う力の余波が足元の土砂を発破していく。

 

聖剣の魔力と鋭い切れ味、それら全てが女の爪手で封じられているのだ。

 

「っ!!!」

 

兜の向こうでレッドが驚愕しているのが分かる。

 

しかも、余波だけでレッドの鎧にも『ガタ』が来ているのだ。

 

空間を揺らすが如き威力は、聖剣の刀身で真正面から受け止めたはずのモードレッドの体軀に衝撃を走らせて、踏み締めた大地をひび割れさせる。一瞬遅れてからの周囲へと放たれた圧力が、鎧にも伝わる―――。

一撃一撃ごとに発生するショックウェーブ(衝撃波)が、相手との間に横たわる絶望的な膂力の差を知らせるのだ。

 

『やべぇな! お嬢、あちらは星のバックアップが完全じゃねぇが、それでもこっちと互角以上だ!!』

 

鎧の意識が話しかける言葉に、レッドは脅威判定を上げる。

 

「マジかよ……! だが、退けるかよっ!!!」

 

無機質な『戦闘機械』。それを思わせるアルクェイドさんは、刹那が知る『姿』とは違う。

 

それは処刑人時代のアルクェイド・ブリュンスタッドを思わせた……のだが―――あちらも、『こちらも』―――予想外だ。

 

「刹那、レッドを鉄砲玉にしといていいのか?」

 

先ほどから発生している颶風・豪風の中でも、はっきりと聞こえる達也の声に、こちらも魔力を込めて返事をする。

 

「いいや、こちらとしても予想外なんだ。再生されたアルクェイド・ブリュンスタッドは、タタリ・パラサイトの意識で俺たちを抹殺ないし、血袋として食ってくると思っていたんだからな」

 

だが、これは―――ある意味では、チャンスだろう。

シオン達は、アルクェイド・ブリュンスタッドをこちらへのカウンターとして『呼び寄せて』『戦わせよう』としていたのだが……。

 

予定違いというか、思惑通りではないことに安堵とも拍子抜けしたとも言えるが―――。

 

「アルクェイド・ブリュンスタッドを『保護』する。当然、あちらは抵抗してくるだろうが―――幼児も同然の知能しか無いならば、如何な真祖の再生体とて―――」

 

「エーテライトで『支配』される、か」

 

「それを『アトラス院』は意図しているぞ。再演算と再計算が終わったならば―――」

 

動き出す。真祖を自分たちの使い魔にすべく。達也にその意図を伝えてから―――。

 

「レッド、一旦下がれ!!」

 

「時間稼ぎ完了ならば―――休ませてもらうぜ!!」

 

斬り合いを終えて後方へバックステップしたレッドを、アルクェイドさんは『追わない』。

 

偽性(フェイク)だが、受肉した精霊種族・真祖を支配する―――!!」

 

「甚だ不本意だが、あのお気楽ゴクラク吸血姫を保護せざるをえない!! アトラス院の邪魔をしろ!!!」

 

 

シオンの言葉に被せる形で、こちらの戦略目標を伝える。

死徒連中を抑えるようにサーヴァント達には伝えておく。

 

だが、死徒も『何か』を狙って、アルクェイドに対して動き出そうとしていた。

 

一応、アトラス院のシオン達とは『同盟関係』にあると思っていただけに意外なものだ。だが、所詮利害の一致以上の『何か』が出来た時に、裏切りというのは発生する。

 

 

そう。厄介きわまりない人だ。

 

(この人は、そこにいるだけで『中心』になって、ついでに言えば、無邪気であるだけで『周囲』に集まる様々な人を様々な感情に導く……)

 

いるだけでトラブルメーカー。死徒でなくても『白い吸血姫にはかかわるな』という言葉が、忌み事として実感させられ、言霊となって響くのだった。

 

その赤色の眼が―――『金色』に輝き、アルクェイドは、砲弾のようにこちらに飛び出してきた。

 

「せつ―――――」

 

達也の言葉を置き去りにして、アルクェイドの膂力と速度によって後方の公園部分に、連れ去られる形となる。

 

首を掴もうとするアルクェイドの爪との境にグラムの刃を置いて、身体を預ける形の連れ去りで引き離すことは出来たが―――。

 

「―――――――」

 

グラムごと刹那を上方に撥ね上げるアルクェイドの恐るべきパワー&スピードは、刹那をここぞとばかりにシェイクする。

 

「容赦なしかよ!! アンタの中に俺の記憶か記録があるかも分からないけど―――」

 

なんか色々と複雑だ。その感想を抱きながら、光剣と爪が叩きつけ合っていく。先ほどのレッドとの戦いの再現にはなりえない。

 

爪が剣に叩きつけられる度に、身体が震える。文字通りの馬鹿力で、こちらを打ち倒そうとする吸血姫の表情が変わることはない。

 

妖精が舞い踊るように軽快に、鮮やかに、華麗に、舞踏を刻むようにその爪は命を散らすのだ。

 

いざ敵にすると分かるとんでもなさ。

正しく武の正道すぎる。

小手先の技などいらぬ。

 

シンプル・イズ・ベストな戦闘者としての理想形がそこにあるのだが―――。

 

(本人がそれを望んで持ったかどうかだろうな!! 映画(シネマ)でも見せれば覚醒するか!?)

 

乾坤一擲の攻撃で真祖の姫を弾き飛ばしてから、剣の変形を命じる。

 

(グラム・変形仕様だ! マスター、我が剣を預けるぞ!!)

 

シグルドの言葉で緑に輝く光剣を『逆手』に持って『構える』。

 

片手での逆手持ち。

反対の腕は緩く開かれたまま。

されどどこからでも最短で鋭く―――急所を狙えるもの。

 

時に交差することもあるその『暗殺者』の構えに――――。

 

偽性の真祖の動きが止まる。

 

(警戒しているってところか……あとは俺が七夜の動きをどれだけ出来るか、だ)

 

志貴さんの退魔衝動が発現した時のマックススピードと身体の使い方は、真似ようとしても真似できるものではない―――。

 

しかし、それだけがこの人への有効手段だ。極東の武技こそが、この人の陥穽なのだから。

 

「正攻法じゃ無理なんだから、とんでもない」

 

 

言いながらも待つのではなく、こちらから挑みかかる。上下に身体を波打つかのような動きからの―――瞬発。

 

紙一重で迎撃できた。逆手に持った魔剣(短)が爪を受け止めた。それだけで踏みしめた地面が砕けたが―――これではダメだ。

 

(力に力で対抗するな。太刀筋を一定にするな。変化を常に考慮するんだ)

 

膂力では上位に位置する相手たち『魔』を屠ってきた七夜の技を―――今だけはこの身に宿す。

 

あの夜に一緒に駆け抜けた眼前の姫の騎士の技を―――。

必死な思いで食らいつく刹那に対して、アルクェイドの無機質な殺傷が連続していく。

 

その激突だけで、もはや公園の全てが原型を留めなく成っていた。

 

 

 

「そこを退くんですね。それが最適解でしょう」

 

「断る。アイツ(刹那)の記憶の中で見たアルクェイド・ブリュンスタッドでなくとも、アイツの邪魔はさせない」

 

ちょうどよく刹那とアルクェイド(真祖の姫)を背中に庇う形で、シオンたちアトラス院の錬金術師と死徒たちと向き合う。

 

背後で聞こえる盛大なまでの爆音轟音に、内心のみ汗を掻きながらも達也は、その要求を蹴った。

 

 

「ならば、死ぬだけだ」

 

返事はエーテライトという糸による攻撃であった。

 

蜘蛛の巣よろしく放射状に放たれるそれで移動を制限したところに―――レーザーの射出。

レーザーの威力を減じる分解魔法を放ち、できるだけ無力化をしてから近接戦を演じる。

 

(アトラス院の錬金術師は、高速思考とあらゆる要素を計算することで、最適と統計を競わせる)

 

相手の行動が全て読まれているならば、その攻撃は『不発』に終わる。

 

言うなれば、ポーカーやカードゲームなどで相手の手札も山札も丸見えの状況。麻雀における鬼読み&口三味線とかいうレベルではない。

 

だが――――――。

 

「所詮は学者レベルでの空論だな」

 

「あなた方に追随できるだけの運動性能が無ければ、波間に漂う船でしかありませんからね」

 

達也の思考を読んだと思しきシオンの言。拳銃の発砲。そして、そこに放たれるレーザー。

 

二重の連撃。中々に考えたものだ。達也でなければどうなっていたか分からぬ。

拳銃を躱さずに表皮(いふく)で受け止めた上で、レーザーによる射角を見きった上での突撃。

 

接触を嫌って、後ろに飛ぶわけでもなく前への前進。体での戦いを選んだのは、サーヴァントインストールした刹那よりも組しやすいと睨んだからだろう。

 

それは正しいが―――。

 

(ナメ過ぎだろう)

 

シオンの体術と達也の体術とが組み合う。堅い鎧の前に拳をぶつけることは愚行だが、元来、鎧など可動箇所を得るためには隙間を作らなければならない。

 

鎧の性能を頼みに竜の魔力ごとのナックルをぶつけてくるシオンに、血を吐きながらも好機を狙う。

 

達也とて身体強化を掛け続けているのだが、それを容易く超えた運動性能と魔力だ。

 

だが―――。

 

(追いつけないわけじゃない。素のシオンの体術はそこまでじゃないな)

 

狙うは一つ。喉元を狙った手刀を突き刺すように放つ。

 

「それは予測済みだ―――タツヤ・シバ」

 

そうかよ。無言で思いながら、連発するレーザーを食らって出る血煙を纏いながら、達也は突貫して―――。

 

正面からサイドステップ。側面に躍り出られたことで眼を見開くシオンを見ながら―――再度、逆側に身体を反転させた。

 

そして切り裂くような蹴り上げがシオンの脇に炸裂。

そこからそれが連発。蹴り上げた勢いで空中で回転しながらの連蹴り(ダブルキック)

 

 

―――九重流忍術が一つ。『空走・水月』

 

 

脇を思いっきり蹴られたことで呼吸困難に陥る身体を自覚しながらも、シオンは、倒れた状態からよろめきつつ、立ち上がりながら迎撃姿勢を取ろうとした時には―――

 

何かの魔力光を両掌に閃かせながら、やってくる司波達也。レーザーブレスによる射撃。近づかせないように意図して―――

 

だが、そのシオンの攻撃を受けながらもバク宙の要領で突然―――シオンの前から消えて『背後』に回った。

 

とんでもない体術。だが、今の達也ならばできそうな気はしていたのだ。そして、シオンの背中。

そこにある鎧部分―――『葉っぱ』のような『紋章』が刻印されている場所に、直接接触型の『分解術』を打撃。

 

背骨にすら浸透する打だが、流石に幻想種の鎧。達也の手が血まみれになる。

 

掌の皮膚が裂け、血が飛び散るも構わずに二撃目も炸裂。

 

叩きつけた勢いでシオンが吹っ飛ぶ。そんな中でも意識があったのか、すぐさまエーテライトによる保護。地面に穿たれる幾本もの糸束が、空中での姿勢を取らせる。

 

しかし―――重苦しい鎧は全て破棄された。周囲に重々しい金属音を立てながら落ちていく鎧のパーツ。

 

そして、少し向こうでは逆手に持ったグラムで真祖の爪撃を受けている刹那の姿―――。

 

そのことに、自己回復をやっていた達也に寒気が走る。まさか―――。

 

(かかったなタツヤ・シバ、これが我が真祖の『確保径路』だ……アナタはこのシオン・エルトナム・ソカリスとの知恵比べに負けたのだ!!)

 

糸束はちょうど地面に固定され、スリングショットの要領で、シオンの身体を引っ張り射出準備。

 

気付いた時には他の連中と戦っていたラニシスターズが、シオンの後背を守るために攻撃の圧を強める。

 

達也より遅れて気付いた全員が、その壁を砕こうと動き出す。

 

「――――――」

 

「――――――!!!」

 

全員が声にならない声で叫びながら、その圧をなんとかせんとするが……。

 

 

「ソコを!!!」「お退きなさい!!!」

 

魔銀の大槍を持ったリーナと、聖鍛細剣(ホーリーレイピア)を持つ愛梨とが、『壁』に穴を穿った瞬間―――シオンは射出される。

 

自意識が無い真祖。それを支配するための礼装を手に錬金術師は飛んでいく。

 

そしてそれを認識して、刹那が叫んだ時。

 

「アルクェイドさん!!!」

 

「真祖アルクェイド!!」

 

 

意外な声が死徒の方から聞こえてきた。いや、刹那が観測した限りではそれは『当然』のはずだが―――。

 

それでも、その『懐かしき声』に真祖アルクェイドが反応した時。

 

シオン・ソカリスの方から人格に接続する(ジャックイン)ためのエーテライトが放たれた時。

 

達也がTPピクシーと共に邪魔をしようとした時。

 

 

―――その渦中に―――。

 

―――この世界にあっても不条理の化身たる金色のナマモノの『落下』が、終わった―――

 

 

落下地点は―――真祖アルクェイドの頭の上。

 

とてもではないが、一応はネコほどの重量が落ちてきたとは思えない落着をしたのだが……。

 

「うにゃにゃにゃ! 銀髪幽霊少女(宇宙人系統)に導かれるままにここにやってきたが、結果オーライ。発射オーライで投げてよこされるとか正直、あちしでもおどろいたにゃー。

というわけで――――――――」

 

ナマモノは――――。

 

「真祖フラッァアアアアアシュゥウウウ!!!」

 

むんずと頭を掴まれてもなお元気に、眼を輝かせて眼前に引き出してきたアルクェイド・ブリュンスタッドにビームを当てるのだった。

 

その効果は一目瞭然であった。

 

「―――うおっ、まぶしっ! ちょっ、いきなり何すんのよ!? このナマモノ!!」

 

「かつおぶしっ!!!」

 

どんな悲鳴だよ、という感想を抱きつつ、公園の路面に思いっきり叩きつけられたネコアルクという謎のナマモノに少し同情しつつも―――。

 

自意識を取り戻したらしき真祖アルクェイド・ブリュンスタッドは、目の前にいた人間を認識して―――。

 

ぱちぱちと幾度か『瞬き』をして、再認識を開始する―――。

 

 

「んん? ん――――――? ちょっと、いや『色々』と変わってるけど――――なんだ刹那じゃない。久しぶりー、『村』以来だけど元気してた?」

 

先ほどまでとんでもない殺し合いしていた相手に向ける言葉とは思えない、『かっるい』言葉で挨拶してくれやがるのだった。

 

「って、なんでいきなりズッコケるのよ? 何か私、変なこと言った?」

 

力が抜ける。本当に力が抜けるとしか言えないやり取りをする星の触覚に、頬をひくつかせながらも、応える。

 

「いいえ、何も……ご息災そうで何よりですよ姫君……」

 

ズッコケた刹那に目線を合わせるためか、しゃがみこむアルクェイド(小顔ポーズ)に振り絞るような声で応えつつ―――――どういうことだってばよ、と言いたい気分であったのだが…。

 

とりあえずミニスカートから見える黒タイツ越しの下着(白?)を記憶の底に沈めながら、刹那は立ち上がる。

 

立ち上がったことで、再びの状況に対する認識を改める―――アルクェイドは、周りを見渡してから呟く。

 

「それよりも、どういう状況なのかしら? まぁ『帰る』前に色々と『やっておくこと』が多そうだけど―――うん、そうね。こういう時に言っておくべきなのよ」

 

「あっ、もうイヤな予感がビンビンです。些事は我々、下々の者で何とかしておきますからお帰りを―――――――」

 

 

眼を瞑りながら、うんうん頷いて、何かを納得したような顔をするアルクェイド・ブリュンスタッドにイヤな予感を感じた刹那の肩を―――ぐわしっ!!!! と、叩きつけたネコアルク以上の力で掴んで、言ってくるのだった。

 

 

「―――私を()び出した責任、ちゃんととってもらうんだから♪ それにあなた一人じゃ多分、事態を解決できないわよ。大丈夫。遠慮なくおねーさんに任せなさい!」

 

その満面の笑みを浮かべて言われたならば、殆どの男は言うこと聞いちゃうんだろうなーと思いつつも―――

 

俺だけは絶対に言われるがままにはならんと、刹那は硬く誓うのだった。

 

例え『任せなさい!』と言った時、そのビッグなバストを手で叩いて盛大に揺れたとしても―――

 

イヤ、ホント、マジデ。ゴーホームプリーズ(汗)帰れるんならば、とっとと『城』に帰ってくださいと思うのだった……。

 

 

 

そうこうしている間に3名ほどの闖入者。

 

シャットアウトされている状況でどうやって入ってきたんだというものが、『舞台』に上がる―――。

 

カーテンコールまでは、まだ遠い……。

 

 

 

 



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第278話『月姫-THREE』

本日、俺は――――カレンを引き当てられるのか!?

あるいはラントリア時を狙うべきか!?

なにはともあれ新話お送りします。


全ての人間たちが沈黙・動きを止めざるを得ない状況に陥った。

 

あるものは恐怖から。

 

あるものは信仰から。

 

あるものは親愛から。

 

だが、全ては些事だ。結局の所、この真祖の姫一人の登場で全てが停止させられたのだ。

 

真祖の姫『アルクェイド・ブリュンスタッド』は、『既知』の人間である遠坂刹那から全ての事情を聞いて、何度か頷きながら、とりあえず最後まで聞き届けた……。

 

「ふむふむ。ようするに、『この世界』のシオンたちアトラス院の錬金術師は、『魔法師』という存在が進める宇宙終焉の加速を止めたい。そのためにタタリという現象が擬人化を果たす事象を打ち付けることで、現代魔法とやらを使った場合の『パラドックス』を引き起こしたい―――。

で、『私たちの世界』寄りのシオンたちは、自分たちが『安寧』を得られる場所が得たい―――分かりやすいわね……」

 

前半の興味深げな声音とは逆に、後半の方では少し冷たい声音が聞こえる。

 

真祖の姫は、死徒に対する断罪者。吸血行為で『生者』を手に掛けたものに対しては容赦はしない。どれだけ狂わされても、その芯にブレはないのだから。

 

 

「で、刹那―――あなたはどうしたいの?」

 

「シオンの実験を阻止したい」

 

さっちん(・・・・)とシオン、リーズは?」

 

「……殺すしかない。もはや彼女たちはこの世界で人喰いをしたんだ……グールをいくつも作り上げたんだ。分水嶺は超えている……」

 

「正当ね。そして私もそれ(吸血行為)をしたのならば、許すわけにはいかないもの」

 

「アルクェイドさん……」

 

弓塚さつきの苦しげな呼びかけが、聞こえる。そういった『人間らしさ』さえ無ければ、もっと早くに決着は着けられた。

 

弓塚さんやその周りにいる連中が、血に狂った吸血鬼(ブラッドドリンカー)であれば、それだけで終わっていたというのに。

 

風が肌を撫でる。現在の事態に対して真祖アルクェイドは、どういう沙汰を下すのか―――。

 

誰もが緊張をする……。

 

「我、此処に星の意思を伝え、裁定を下す」

 

瞬間、『空気』が変わるのを認識―――。

 

アルクェイド・ブリュンスタッドの発した声と言葉で、脳髄に警告が走る。あまりにも強烈な死の匂い。

 

そして、真祖アルクェイド・ブリュンスタッドに強烈な存在が『乗り移る』。

 

自然と七色の魔眼が発動して、その人物を認識。

 

あまりにも唐突な登場だが。それでもわかる。

 

アルクェイドさんの中の『朱月』が目覚めているのだと。

 

―――『ARCHETYPE:EARTH』……『朱い月のブリュンスタッド』の口が開かれる。

 

『この星、この宇宙(そら)、この世界(ライン)には、イマに至るまで培ってきた『理』があるのだろう。

『私』がそこを脅かすわけにはいかない。残念ながらこの『星』はもう夢を見ていない。(ちきゅう)子供たち(いとしご)は同じ夢を見ない。自分たちのことは自分たちで決めてもらわなければならないな――――――』

 

「ば、ばかな―――!? それが『星』の決定だというのですか!? TYPE-EARTH!!」

 

『不服か? 星見の錬金術師よ』

 

「当たり前です。それが、本当ならば―――この世界の未来は閉ざされる! 何のために星は(おのれ)を凍らせたのだ!?」

 

『未来、か。それは別にお前達が導くものではあるまい。ましてや『粗悪な魔術師』たちが思い描くものでもあるまい。さりとて『魔法使い』が示すものでもない―――』

 

ぐるり、ぐるりと―――三人ほどの人間に眼を向けたアルクェイドさんだが―――、どうやら、シオンの『計画』こそが『破棄』されるべきものだと『裁定』を下したようだ。

 

だが、それでも―――まだシオンが『やる』と望むならば、それはそれで『良し』とする心象のようだ。

 

つまりは――――。

 

(ヒトまかせか!)

 

『左様、ヒトが望むのならば、この星は如何なる扱いがあろうと『とりあえず』は許す。実に寛容なものだ。『限度』もあろうが―――まぁ人任せだな。その辺は許容してやれ』

 

こちらの思考を読んだ上での言葉に、正直ビビる。

 

薄い笑みを浮かべながら言われる度に、戯れに殺されるんじゃないかと―――――。

 

「そんなことするわけないじゃなーい! なんか刹那ってば、刹那すぎるわー、もうちょっと私を信じなさいよー。具体的には『ぼっち』を何とかしようとする現国教師のごとく」

 

「言ってることが意味不明です。そしていきなりな人格交代(CHANGE)をやめてください」

 

ぷんすか腕を振り回しながら、こちらに抗議するアルクェイドさんに言いながら―――どうするのかを問う。

 

「まぁ結論を出すには、ここにいる面子だけじゃ不足よ。

だから連れてきなさい(・・・・・・・)―――大丈夫。アナタの姿は見えていないから」

 

アルクェイドさんが『誰』に言っているのかは分からない。だが、手招きしつつ呼びかけた公園の一画。

 

まだ木々が残っている部分から三人と一匹(?)が出てきた。

 

その人間たちの登場は予想外であった……。

 

泉美ちゃん!?(泉美さん…!?) 香澄ちゃん!?(香澄さん…!?)

 

七草真由美とラニⅧの言葉が重なる。冬用の装いをした双子の登場だが……。

 

「お、お姉ちゃん! それにラニっぱち―――が多すぎる!?」

 

「ラニさんは『影分身の術』の使い手!?」

 

明らかにピントがズレた発言ではあるが、まぁ気持ちはわかる。しかし、見えているだろう都の管理公園の惨状とか気にならないんかいとも思う。

 

そして真っ当な意見を述べたのは―――。

 

「にゃんと、ここまでの状況とは吾輩ビックリ。飛び込んだ先はログアウト不可能なオンラインゲームの世界! 税金対策した『創造主』のせいで、シーズン2の放送が野比のび太!……いや、延びに延びた!!」

 

最後の方では、やけに語感がいいことをダンディボイスで言う、寸胴体型な猫。

 

ネコカオス(仮)であった。なんか違うネコ科の要素も含まれていやしないだろうか、という感じもするが。

 

そもそも、あれをネコと呼んでいいのか未だに刹那は判断出来ないのだが、くさった魚を連想させる瞳が見開かれる。

 

―――片目だけだけど。

 

「ドクター。あなたのニューフレンド、ミス・シオンが、どうにも吾輩の毛を逆立たせて『怖い』ですな」

 

カオスからマジメな警告がなされて、最後の闖入者たる人物を見る。双子とは一つ違いだが、背丈は遜色ない―――というかむしろ負けているだろうか?

 

赤毛で短い三編み2つを作って左右から垂らしている。鼻の辺りに薄いそばかすが浮いている少女はよく知っていた。

 

「―――シオン……」

「チアキ……」

 

訴えかけるような視線でシオンを見る平河千秋の言葉に、シオンは苦しげだ。先ほどは、『それでもやる』と豪語していたとしても、いざこうして相対すると、色々な想いがあるのだろう。

 

考えてみると、シオンは夜の活動以外ではロボ研に入り浸っていた。最初はダヴィンチちゃん目当てだったのだろうが、それでも―――。

 

「シオン師……」

「やめろラニⅧ……私は、それでも―――」

 

ここに来て遂に苦しげな顔をするシオンに対して―――。

 

 

「―――アトラスの先達としては、少々嘴を挟みたい気分ですね。

どうにも私達の意見や意思は無視されているようなので―――真祖アルクェイド、いいでしょうか?」

 

「ええ、構わないわ。言いたいことがあるならば言ってあげて」

 

吸血鬼シオンが口を開き、発言をしてきた。許可を出したアルクェイドの後にシオンに近づき口を開く。

 

一応は死徒なのだから少しだけ警戒をしておく、重心を入れ替えつつ、いざとなれば―――という気持ちでいたが―――

 

「―――、この世界の『別の可能性』を辿った『私』―――アナタの思考は随分と『狭い』のですね。アナタの頭はバブルヘッドも同然です」

 

……志貴さんと知り合いの『シオン』は、随分と容赦ない物言いをするのだった。

 

「なっ!?」

 

「アナタの計画を聞かされて協力をした時から計算していたのですが、それはあまりにも狭すぎる結論です。私の『父』ならば、こう言うでしょう。『六情の渦に塗れよ』とね―――」

 

「何を……!」

 

錬金術師としては珍しく激高するシオンに、『シオン』は更に口を開く。

 

「確かに魔法師という人種の使う『現代魔法』は、宇宙の滅びを加速させるかもしれない。

文明そのものを滅ぼす可能性もあるかもしれない。

世界の未来を滅ぼすかもしれない。

星を荒廃させるかもしれない。

ええ、本当に『かもしれない』でしかないんですよ―――」

 

「それでも! 私の計算に間違いはない!!」

 

「ええ、『そうかもしれない』」

 

仮定ばかりを述べる『シオン』だが、それでも言葉は槍のように突きつけられる。

 

「しかし、それは『万人』の可能性を制限した狭い結論でしかありません。

かつて私も、同じような『問い』を投げかけられて、アナタと同じような『懊悩』をしていた女の子を見ました。

だからこそ、言いましょう。問いましょう。

―――アナタの『両手』。それを共に携えるヒトはいないのですか?」

 

「―――――――――」

 

瞬間、シオンの眼は平河に向けられた。

 

答が出つつある……。

 

「さつきもリーズも、『穴蔵』に篭って狭かった私の人生において、『仲間』ではなく私を頼りにしてくれた、数少ない親友だ。

彼女たちの『未来』は私の『未来』。自分の『未来』を守るために全霊を尽くすのは、極めて合理的な結論だ!」

 

「そんな……ことが、アナタの結論だと!?」

 

驚愕したシオンが問い返す。

 

「ええ、そこまで不可解ですか? アナタは『自分の未来』を守り、彩りあるものにしたいとは思わないので? 私は―――もう、そういうものを『切り捨て』たくはないんです。結果的に……この世界にご迷惑をお掛けしたのは、申し訳ない限りですけどね」

 

最後の方で乾いた笑みを浮かべた『シオン』を労るように、弓塚さつきとリーズバイフェが、両手を取る。

 

―――やったことは許されない。

 

だが、『勝手』に呼び出されて、そして今まで居たところから追い出されたことは、少しは同情できるか。

 

今更ながら考えると、ただ単に『死徒』である、『危険』であるというだけで追い回していたのは悪手だったのかもしれない。

 

まぁそれでも―――いや、交渉するぐらいは出来ただろう。

 

刹那は、限られた『答え』に拘泥していたのだ。

 

 

「一人だけでは限られたものにしか行き着けない。誰かに出逢えば、それだけ『可能性』は広がってゆく―――それは、刹那……アナタが一番分かっていることだったわよね?」

 

「ごもっともです。アルクェイド・ブリュンスタッド―――けれど、俺は……失うことが怖かったから、誰かの『未来』を閉ざしてしまうかもしれないから、此処に来てしまったんだ」

 

「そうね。アナタの気持ちは私にも、何となく浅い理解かもしれないけど分かる気がする。一人ぼっちはイヤだもんね……」

 

どれだけ繋がりを断ち切ろうとしても、どこかで縁は結ばれてしまう。

 

刹那の左手に抱きつく女の子も―――最初の出会いから『関わらず』にいることも出来たのだ。

 

けど出来なかった。例え、その果てに再びの『喪失』が起こり得るかもしれないと分かっていても、不幸に巻き込む可能性を認識していても―――。

 

「―――離したくはなかったから、だから繋いだ手はそのままなんだ」

 

少しだけ赤くなりながら微笑と共にリーナを見る。同じ想いが去来していたリーナは口を開く。

 

「ウン♪ 違う世界(トコロ)では、『色んなワタシ』がいるかもしれない。もしかしたらば、セツナと関わりにならない方が良い人生かもしれない。悪い人生かもしれない。幸も不幸も両方ありえる……。

けれど―――今のワタシならば、全ての世界の『アンジェリーナ・クドウ・シールズ』に対して、セツナが育てた胸を張って言い切れるわ」

 

 

―――ワタシは、いま十分に幸せなのよ!―――

 

―――そっちの『男』がセツナよりもいい男だとしても、ワタシにとっての『サイコーのダーリン』は『遠坂刹那』だけ―――

 

―――酸いも甘いも、苦しさも楽しさも、幸も不幸も、全部知らなきゃ、なんにも面白くない―――

 

―――平坦な人生(マイライフ)なんてマッピラゴメン! 起伏に富んだ生き方。それを教えてくれるセツナと共にあることが、ワタシの生き方―――

 

―――ドーヨ! このベリーハッピーなマイライフ!! それをアナタタチにも教えられないのがヒジョーに残念だわ―――

 

 

―――これが、ワタシの生き方(アンジェリーナ・クドウ・シールズ)よ!―――

 

 

異論反論は認める。だが、これだけはゆずれない願いであり想いとして、いだき続けるとしたリーナに顔が真っ赤になるのを隠せない。

 

そんなリーナの告白、色んな可能性(並行世界)を視る魔法使いの隣にいることを選んだ言葉は―――。

 

シオンを結構な赤面にさせるのだった。

 

「た、確かにアナタの可能性世界は、どちらかと言えば『悲惨』なものが多い。いえ、主観でしかないけれど、それでも……」

 

それをお前は認められるのか? 怯えるように目で問うシオンに、リーナは快活に笑みながら語る。

 

ポップスター(歌手)になれば、最終的には売れなくなってドラッグのオーバードーズ(過剰摂取)で死亡なんてこともあるかもしれない。『軍人』に徹していれば、押し付けられるウエットワークスに心が死んでいたかもしれない。

けれど、そんな色んなワタシをワタシは認められる。例え結末は悲惨だとしても、抱いた願い、刻んできた日々は―――きっと尊いモノよ……」

 

「お前が全人類のことを考えて行動できる、立派な人間であることは理解できている。けれどさ、終わりの悲惨さと凄惨さだけを『想像』して『仮定』して―――幕を引くことを嫌がっているだけじゃ、何も出来ないよ。

世界は―――エイエン(・・・・)には生きられないんだからさ」

 

それは不死のシステム。あってはいけない腐食の原理なのだから―――。

 

 

『世界は、そこまでか弱きものではない。数多の可能性を許容するがゆえに、人理・人情に流れるものではない。

しかし、礫のごとき人々の意思が、いずれは『滅び』を打ち倒し、はたまた『滅び』のあとに立ち上がるものを作り上げる――――――』

 

再び、アルクェイド・ブリュンスタッドから放たれる、世界の意思としての声が全員に届く。

 

『足掻け。藻掻け。倒れてでも進むものにこそ道は開かれるのだから―――しかし倒れて『本当』に進めなくなった時には』

 

―――誰かの手が汝らを立ち上がらせてくれる―――

 

―――共に進み続けろ―――

 

その言葉のあとに、カオスの先導でシオンの近くにやってきた平河が声を掛ける。

 

「突然、銀髪の幽霊?に連れてこられて、正直ワケがわからないけれど……シオンが困っているならば、今度は私が助けるよ。

対司波達也兵装ピクシーの改造を手助けしてくれた時のお礼だよ」

 

「チアキ……私は―――」

 

力なくぶら下げていた手を取って労るように言う平河の言葉に、シオンは涙をこらえきれない様子だ。

 

「ラニっぱちってば、私達よりも姉妹多いんじゃん! なんで教えてくれなかったのさ!?」

 

「色々と事情がありまして、というか厳密には姉妹じゃないというか……」

 

「何と呼べばいいんでしょうね?」

 

完全に空気を読んでいない双子の会話を聞きながらも――――。

 

「いいとこ取りですねぇ……」

 

結局、タタリの再現体でやってきた真祖の姫が全てを解決してしまった。ジェバンニか。(爆)

 

そういう恨みごとを言うと、苦笑しながらアルクェイドさんは口を開く。

 

「私の存在って、そんなもんでしょ。それに私が言うのもなんだけど、後世に託すべき遥かな未来の救済なんて、気が遠い話よ」

 

「けれど見てしまったならば、それを何とかしたいと想っちゃうんでしょ。アトラスの人々は―――まぁ長期に渡る問題を、未来に先送りすることがいいことだとは言わないですよ」

 

いつでも世界は微妙なバランスで、生存と滅亡の両端を行き交っている。現代魔法の存在がその天秤を揺り動かすというのならば―――。

 

(生存へと繋がるものもあるんだろうな)

 

そんなことを考えつつ、この状況に対する疑問を解決することにした。

 

「色々と疑問が多すぎるんですが―――」

 

「なに?」

 

目を向けられたことでその魅惑的な目を返されつつも、刹那は口を開く。

 

「一点だけ。なんでアンタ、普通に自意識を持っているんだ?」

 

「―――そりゃ、刹那が私を喚びだしたからよ。言ったでしょ。私を喚びだした責任をとってもらうって」

 

「―――意味は何となく理解できた。というか、この世界でアルクェイドさんに対する『正しい認識』を持っているのなんて『限られている』から、俺のイメージ『ちっがうわよ。にっぶいわねー』――――え?」

 

ぷんすか怒っているポーズを取る真祖の姫。

 

どういう意味であろうか。

 

「アナタが、私を『サーヴァント』として喚び出したのよ。ちょっと『事情』や『引き金』(トリガー)は違えど、あっちの『シオン』たちも、アナタと『もう一人』の人間を触媒にそうなったのよ。つまりは『英霊召喚』ってやつよ」

 

「どういう意味―――」

 

驚愕する刹那が次いで詳しい事情を問いただす前に――――――。

 

「―――刹那の女の子の好みって、昔は『そっち』の娘や私みたいに金髪じゃなくて――――『銀髪の女の子』がスキだったでしょ?」

 

何の話だよと内心でのみ言いながら、顔の紅潮が隠せない。

 

こういう時に刹那の昔を明け透けに語る知人がいると、何とも間尺が合わない。

 

だが、ソレ以上にその言葉の真意が理解できない。分かることは―――――。

 

虚空の一点。そこにあるものに『気付いて』それ(・・)を見てから、いつもよりも『きつく』左腕に抱きつくリーナがいるだけ。

 

眼を力いっぱい瞑った状態でいるリーナの頭を撫でつつ、疑問が夜に渦巻き―――そこから『破滅の意志』が出てくるのだった。

 

 



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第279話『月姫-FOUR』

カレン爆死!

それどころかガチャにおいて、去年のキャストリア以来、星5サーヴァントを手に入れていないことに唖然。愕然。

運営はどんだけ無課金者に渋いんだ。一応、今回はなけなしの金を出したというのに。
そう。このコロナ渦でのお金は貴重だと言うのに、以前の通りの課金なんて出来るわけないってのに。

というわけで新話、どうぞ。


 

 

「何とも肩透かしを食らってしまっているが、このまま何事もなくいくかな?」

 

敵であったものが敵対を止めて、更に言えば事態の落着が随分と安易になる。

 

それ自体は好ましいが―――ロマンとしては、苦笑せざるをえない状況推移だ。

 

「そうだといいけどね……刹那の場合、最後のツメが大事(おおごと)になるからなぁ―――霊子の急激な増大を確認。この反応は―――」

 

「オイオイ、まだ(・・)いたのかい!?」

 

一日前にも、とある吸血鬼の中に潜んでいたものを『消滅』させたばかりだが、想ったよりも生き汚い存在である。

 

「魔術王の執念。いや、産み出されたものとしての生存本能か……」

 

『管制室』、かつてのフィニス・カルデアの作戦室を模したドクターロマンの『工房』にて、此度の事態を全て見通していた2人の教師は―――。

 

「まぁ『コード』を出しておきたまえ。話したんだが、九島のご老人もアレには出会ったそうだからね。幾らでも協力してくれるはずさ。」

 

「ああ……分かっている」

 

言いながらも、現れつつあるものの『波形』が『若干』ながら以前に観測したものとは違うことに、イヤな予感を覚える。

 

それはダ・ヴィンチも同様であり、ロマンは胸中でのみ話しかける。

 

(ここが最後の踏ん張りどころだよ。刹那、リーナ―――みんな。戦って、勝って、そして―――)

 

未来(あした)を取り戻すんだ。

 

ある時には、何度もモニター前で、必死にスタッフたちに声を張り、指示を出しながら願ってきた言葉だ。

 

その言葉が届いても、どうにもならなければ―――。

 

(僕も出るしか無い。もう見ているだけの僕ではダメだと気付いているのだから)

 

 

そして夜の終わりとして最後の『魔神』が出てくるのだった―――。

 

 

「はぁ。つまり―――『月の聖杯戦争』とやらで、超者降臨! でマッパしそうな僧侶(?)から『超神降臨!』の扱いを受けていたが、神扱いに嫌気が差し、僧侶から逃れて、なんやかんやと『彷徨っている』内に、タタリの式から出てきた、と?」

 

何というか、志貴さんが、この人のことを『バカ女』と言ってしまう根源を見た気がする。

 

『とんでもないこと』を『なんでもないこと』のようにやって退けてしまう、このハイスペックさ。マジ勘弁願うわ。

 

「そうよー。まぁ魔力は要らないし、契約しているわけじゃない。アナタの『固有結界』に『引き寄せられて』呼ばれたようなものね」

 

「セツナの必殺技は、磁石(マグネット)のS極N極も同然!」

 

「引き寄せる砂鉄が、こんなんばかりとかご勘弁願うわ」

 

リーナの言葉に心底ゲンナリしてしまう。俺の人生はこんなんばかりかい。

 

「まぁ、その後にはバーサーカー状態で悪かったわね。私と縁ある『ネコ精霊』のおかげで正気には戻れたけど」

 

「うにゃにゃにゃ! 隣接して『説得』コマンドを発動させるには、時にHPをいくらか削らにゃいと。ただし乗っていた機体ごと自陣に加わった時には、50000はあったHPは、確実に半分以下に減っている。この絶望感!! 思春期を殺した少年かっ!」

 

いまいち意味不明な事を言うネコアルクなるパチモンネコ。ともあれ、アルクェイド・ブリュンスタッドは、世界の綻び、破れを修正するために現れた。

 

そして『シオン』、さつき、リーズの路地裏同盟とかいう連中は―――。

 

「■■◆◆■■との接触で、そうなった。というよりも、アクトレスアゲインとかいう装置と『彼女』が共鳴して、そうなってしまったのね……」

 

「―――なんて言ったんだ?」

 

アルクェイド・ブリュンスタッドの言葉。最初の言葉。恐らく『人物名』が呟かれたはずだが、刹那の耳には『ノイズ』でしか聞こえなかった。

 

何かの名前が告げられたはずだが、刹那には、なにも聞こえなかったのだ。

 

まるで、何かの呪いのごとく何も聞こえないのだ。

 

「―――まさか、セツナ。見えていないの!?」

 

「……ああ、今も霊視しているんだが、リーナが見たエリアには、濃い魔力の残滓ぐらいしか見えないんだ―――いや、正確に言えば…」

 

リーナだけでなく全員が見ている。見上げている箇所。ちょうど『人ひとり分』が収まるだろう。

 

そこには、地球上におけるあらゆる反応が無いかのように、『空白』なのだ。

 

だが、逆に言ってしまえば―――そこには『何か』があるということだ。

 

刹那だけ見えない。その事実に―――。

 

「ほ、本当に見えないんですか刹那くん!? あそこに■■◆◆■■さんがいるというのに!? 刹那くんの✕✕✕✕✕✕―――」

 

「ま、待て! 美月!……そんなに勢いよく近づかなくてもいい―――」

 

眼鏡を外して魔眼―――『淨眼』を輝かせながらも、その悲しそうな顔と眼に罪悪感が生じる。

 

ついでに言えば、遠くの方に配置された幹比古から圧倒的なプレッシャーを感じる。

 

ようするに嫉妬だ。だが、みんなが見えているものが、どうしてもわからないのだ。

 

「刹那、いきなり何だが―――本当に今更すぎるが」

 

美月の後は達也がやってきて、プリントアウトされた写真を見せてきたのだが……。

 

刹那の目には特筆すべきものが何も見えない。

 

「雫から送られてきた画像データだ。雫を好いている留学先の男子からの―――見えていない(・・・・・・)んだな?」

 

「ああ」

 

見せてきた写真の中に、空洞というよりも、とんでもない『ジャミジャミ』(砂嵐)が一点を埋め尽くしている。

 

刹那にだけ掛けられた『防護』(プロテクト)に、『シオン』は『まさか』と思う。

 

(『あの時』、私が迷い込んだフィニス・カルデアにて、『彼女』は私を視認出来る位置を測定した。あれは本当の私ではないが、シアリム・エルトナムの構成した『データ』に私が乗り移った形であった……しかし―――)

 

彼女以外に『シオン』の姿は見えなかったことを考えるに、そもあの『人格データ』に憑依出来たのも、今では『■■◆◆■■』との接触があったからこそだと理解できる。

 

(あの時とは『サカサマ』(逆さま)だ。多くの人間に視認出来る『彼女』―――いや、1人かあるいは数名が、何かしらのファクターで見えない。認識出来ない。もしくは―――)

 

『本人』か『誰か』が彼女を視認させていないのではないだろうか?

真祖アルクェイドならば、それを『可能』としているはずだが、彼女でも―――。

 

(お手上げのようですね)

 

気付いたシオンの視線に対して、掌を見せながら肩をすくめて『お手上げ』だというポーズをするアルクェイドに、真祖でもどうにもならないようだ。

 

恐らく『魔法使い』の学友であろう人物たちが、口々に言うがそれでも―――。

 

「ま、待ってくれ―――」

 

手での制止をしてから、しばしの沈黙。魔法使いは困ったように、頭痛を抑えるように、片手に頭を置いて、

 

「ほら! このヒトの名前は、■■◆◆■■―――」

 

「いや。今、なんと言ったんだ、美月」

 

見えないことに苦悩する男と、全員から詰め寄られるほどに、それが『大事なもの』であると理解していても―――。

 

今の響きは(・・・・・)俺にはよく聞き取れない(・・・・・・・・・・・)。本当にすまない―――」

 

―――酷く、何か、歪んだ声をあげた。

 

その言葉に、誰もが悲しい顔をした瞬間―――。

 

「話を変えて申し訳ないが―――あの人達はどうするんだ?」

 

「今の彼女たち『路地裏同盟』は、ある種の人形に憑依している状態。『起こってしまった』ことは変えられないけど、これ以上この世界に留まらせないわ。

それが私が呼び出された第一の原因だしね」

 

「―――そうですか」

 

十文字克人に答えるアルクェイドの物言いは、超然的であり、しかし、それでもアルクェイドは十文字の不満を見抜いた。

 

「納得いかないって顔ね。確かに何が何でも『懲罰』を加えたいって想いは、何となくだけど理解できるわ。ヒトの価値観として、それは正しい気持ちよ―――けれど……呼び出され、勝手に作られて、そのように『運用』することを是とされるのは―――アナタたちとしても、『納得いかない』でしょ?」

 

「………結局、多くの『思惑』が絡んだ結果か。いいでしょう。不満は『呑み込みます』。これ以上の騒動・吸血騒ぎを起こさないでくれるのならば、それだけで構いません……」

 

魔術師としての価値観で動いたものたち。

 

魔法師としての価値観で動いたものたち。

 

双方の思惑が絡み合い、ここまで動いてしまったのだ。

 

(錠前吸血鬼の言っていたことってのは、このことなんだろうな。USNAは『力』を欲した。同時に日本の魔法師たちも、『力』として利用しようとして、その思惑をも利用して、シオンたちはタタリを己が物にしようとした。だがそれは、全員にとって『失敗』に終わった―――)

 

考えてみるに随分と雑な計画だ。結局の所―――。

 

「他人の上前を撥ねる。そのことにだけ終止して、結局のところ全員がズタボロか」

 

刹那が皮肉げにそんな『結論』を出すと、大半が呻く結果に―――。

 

何かを手にする。何かに挑戦する。ということは結局、始まりにおいてはとにかく『我武者羅』さが必要なのだ。

 

とりあえず最初はそれでいい。けれど、その後は努力するだけじゃダメだと悟り、悪魔でも天使でも、とりあえず『とんでもないもの』と契約して『知識』を掠め取る。

 

あるいは誰かの門弟になる―――。

 

様々だが、ヒトの努力に無駄なものは無いだろう。出来ないことを知るのもまた知識の蓄えであり、もしかしたらばある時には、そこまで努力してきたことが役立つこともある。

 

「―――結果(result)だけを求めすぎなのよね?」

 

「だと思うよ。まぁ―――色々と、タタリの魔術式から『英霊』を呼び出してしまった俺の言えたことじゃないと思うけど」

 

リーナの言葉に苦笑交じりの嘆息をする。そうしてから―――。

 

「―――もしかして、『そこにいるヒト』が―――」

 

こうしたのだろうか? 何も見えない。写真や画像を見ても、どうしても刹那にだけ認識できない―――そのヒト。恐らく美月や達也の口ぶりから察するに―――。

 

(俺も知っている人物。同時に美月や達也も知っている人物―――)

 

アルトリア・ペンドラゴン、アルクェイド・ブリュンスタッド、多くの知らないわけではない人物が出てきた。

 

ならば―――それは―――。

 

空白を見つめながら、推理を進めようとした瞬間、リーナは無理やり刹那の顔を自分の方に向けさせた。

 

決して力強いものではないが、有無を言わせぬそのやりように、刹那は困惑する。

 

「リ、リーナ?」

 

「見えない。聞こえない。触れないとしても―――アナタのステディは、ワタシなの! ワタシ以外の女性に目を向けないで!!!」

 

「……それは、その通りだけど、どういう―――」

 

必死な想い。泣きそうな顔をしながらそんな事を言うリーナ。愛梨の時とは違いすぎる反応と、その悲しそうな顔に罪悪感を覚えていたのだが―――。

 

「痴話喧嘩はそこまでにしなさい。そろそろ出る(・・)わよ―――」

 

アルクェイド・ブリュンスタッドからの警告。

 

この上、何が出るというのか?

 

それでも変化はすぐさまであった。鳴動が身体を震わせる。

 

『―――ここまでのお膳立て・仕込みをしておきながら、それをあっさり崩されるとは、我が身はこの上ない怒りで震える』

 

振動が地面を伝ってこちらを揺らす。ただの自然現象ではない。強烈な『魔震』を伴うものであり、刹那の内部がかき乱される。

 

『だが、もはや『計画』などどうでもいい。

既に我が身は、《理》を手に入れた。

偶然、否―――必然だったとはいえ《獣》に寄生した『ゼパル』の愚を我は繰り返さない」

 

言葉は重々しさを伴って、ここいら一帯に響き渡る。

 

『―――この世界を起点に我が『解答』を証明する。ニンゲンよ。亜霊長よ。枝打ちの時は来たのだ。お前達の人理は―――ここに終焉(けつまつ)を迎える!!』

 

そして―――地面から突如起き上がる―――柱の数々。

 

東京の地面を砕きながら巨大な柱は林立する。

 

そこらの高層ビルにも負けぬほどの高さを伴うそれらは、何かの文字―――ヒエログリフだろうかが刻まれたそれは―――。

 

「「ヘルメス!?」」

 

あれがアトラス院に名高き、超級記録媒体『ヘルメス』なのか。

 

シオン2人の声に、そんな感想を内心でのみ漏らすと同時に、そのヘルメスという四角柱の外壁が崩れていく。

 

まるで蛹の脱皮か、ヤドカリの引っ越しのように四角柱の中身が現れる。

 

四角柱の中身は円錐とも言える巨大な化け物である。その姿を最近―――つい一日前にも見た。

 

そう―――。

 

「魔神柱……」

 

誰かが発した呟きに誰もが、そうだと確信した。

 

巨大な肉の柱。頭足類の触腕を思わせるものが、大地から生える……。

 

大中小で合計9柱―――しかし、夜空の星々を飲み込まんとも見える伸び上がった先端には『竜頭』『蛇頭』のようなものがあり、ロアが変化した魔神柱『ダンタリオン』とは少々、ビジュアルに変化は出ている。

 

 

だが、力は明らかなまでに高まっている。このマナが不足しがちな世界で、これだけの霊子濃度、巨大霊基を保持していけるとは―――。

 

 

『我が名は『歴史侵食 ハルファス』。ニンゲンよ。お前達の『未来』は全て違えたのだ』

 

厳然とした言葉と同時に、夜の東京に竜蛇の咆哮が響き渡る。

 

これが此度の騒動のラストバトルとなるのだと、誰もが予感し、そして―――世界は動く……。

 

 

 

 



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第280話『月姫-FIVE』

とりあえず投稿。

カレンイベントで思ったことだが、神霊擬似鯖でも『主人格』がメインになることも在り得る。

つまり! ちょっと前の拙作のイシュタル・エレシュキガルイベントは、ありえない話ではなかったということだ!!(汗)

まぁ―――程度としては振り切ってしまっていたしなぁ。ちょっとカレンとは違うか。

感想返信は、後にやりますので、まぁ今話の感想も、返信なくても書いてどうぞです。


ガシャガシャという金属がすれ違う音が響く。まるで赤穂浪士の討ち入り、本能寺に赴く前の明智軍の如き様子が東京のいち剣術道場で行われていた。

 

「急げ! 戦いはすでに始まっているのだぞ!」

 

「「「はっ!!」」」

 

師範代であり、現在―――この『剣士隊』の総代表となっている国防軍士官『候補生』である千葉修次は、焦燥してしまう心を『門弟』ではあるも、自分よりも軍歴が長い『上官』にぶつけてしまったことを恥じる。

 

だが、それは仕方ないことではある。そう周りは想っていた。だから何も言わずに戦支度をやっていた。

 

それを見てから、修次は家の庭に出て遠くを見た。

 

遠くと言っても都内であることは間違いないのだが。

 

ここからでも見える―――常人でも視界に入れてしまう強大な魔力のドーム。それは不吉なまでの『結界』として、東京を混乱に陥れていた。

 

「……現場のモニタリングは出来ないんだよな?」

 

「ええ、『遠く』で観戦していた藤林さんの作業車でも何も捉えられていない―――あのドーム……魔力の壁の向こうでどんなことが起こっているかは、皆目見当がつかないわね」

 

修次の疑問に答える金髪の美麗騎士。

以前まで、その姿は多くの女性軍人を魅了するニッポンの聖騎士などと言われていたのだが、『女』であることが分かってからは、ニッポンの姫騎士などと呼ばれている……どちらにせよ人気は高いのだ。

 

一色楼蘭(ローラン)あらため一色華蘭(フローラ)は、色々と考えるのだった。

 

「愛梨ちゃん大丈夫かしら……?」

 

「僕も妹が心配だ」

 

本当であれば、今すぐにでも自分たちはあのドームの向こうに飛び込みたいのだ。飛び込めるかどうかはとりあえず置いておくとしても。

 

だが、ことは既にそういった気侭を候補生2人に許してはくれなかった。

 

正式な国防軍の作戦という『認可』が降りた以上、修次もランもそういうふうには動けなかったのだ。

 

ともあれ集結した人員の装備確認は終わり、そこに実姉である早苗と家人たちが『握り飯』を大皿に乗せて道場内に持ってきた。

 

本格的に赤穂浪士の討ち入りも同然だが、流石に酒は出せないので、水分補給は各自で『適宜』、あちらでの排泄も考えねばならないからだ。

 

「修次さんもフローラさんも、どうぞ」

 

「ありがとうございます姉上」

 

「ご馳走になります」

 

まだ戦いにも出ていないというのに、腹が減っていたことに修次は苦笑する。緊張しているのだろう。

 

一際大きな『おむすび』を片手で取って腹に入れる。同じくフローラ……ランもまたかっ喰らって腹に収めた。

 

コンディションはお互い同じなようだ。そして―――少しだけ中にいる人間たちを慮って修次は重い口を開く。

 

「姉上、これから赴く戦場には多くの若人たちが戦っております。彼らのためにも―――」

 

「既に、『保存が利く』ように握った『握り飯』(おむすび)は大量にあります。エリカさんもいらっしゃるのでしょう? お届けお願いしましたよ」

 

余計なことは言わず、ただ武家の娘として礼節を正した一礼と同時に姉の言葉。後ろには最新型の弁当容器に収まったものを確認。

 

道場から出ていく早苗が見えなくなると同時に、ランは『いいお姉さんじゃないか』と言ってくるが―――外面(たいめん)を気にしただけかもしれないと想っておく。

 

だが、それでも……早苗とて本気で(エリカ)がいなくなればいいとは想っていないのかもしれない。

 

そういう希望が―――弁当にある大型おむすびなのだから。

 

 

結ばれた縁は、断つことは容易いが、再び繋ぐことは難しいのだ―――。

 

 

と、おセンチに想っていたらば、状況に変化が現れる……。

 

「ナオツグ! あれ!!」

 

ランが指で示す空に人型の飛行ユニットを確認。

それは『一点』を目指して夜空を翔けていく。

 

「空を飛ぶユニット―――独立魔装じゃない……」

 

「白鳥の羽と槍を持つ乙女、ヴァルキリーなのか?」

 

ランの言葉で一つの報告を思い出す。それは兄と妹が関わった南の島での最後、実験体の少女たちが纏った英霊の姿だったはず。

 

乱痴気騒ぎの様相のレベルが、想定よりも高いのだと知れた瞬間であった―――。

 

 

 

『驚いて声も出ない―――そういった所か。だが、そちらの都合にこちらは関知しない。しかし、一言だけ申せば―――アトラスの錬金術師、お前たちの尽力には感謝しよう。

お前達には世話になった。我々はこの『ヘルメス』に潜み、この日のために営々と力を蓄え続けていた。この巨大な霊子記録媒体は我が身体のよき隠れ蓑であり、記念すべきこの日を迎えられたのも、諸君らの愚鈍さのおかげだ』

 

「こんなものが……我々のヘルメスに存在していただと!?」

 

驚愕するシオンは、目を見開いて状況に解を求めようとする。

 

『然り。だがお前達が気づかぬのも無理はない。何故ならば、我ら魔神柱が潜めたのも1999年―――そう。貴様たちの歴代でも特筆すべき院長『ズェピア・エルトナム・オベローン』が、『ヘルメス』の素体となった瞬間からだったのだ』

 

「―――どうやら1999年というのは、この世界にとっての『分岐点』だったそうですね……」

 

 

1999年―――そこからこの世界の人類史は『変容』を遂げた。

 

終末を叫ぶ結社の核兵器テロを防いだ『超能力者』のコピーを作ろうと、生命倫理を侵していった。それこそが、アトラス院長の絶望を加速させた―――多分、『早すぎた』というところなのだろう。

 

『―――未来の惨憺たる『カタチ』に絶望していたズェピア・エルトナム・オベローンが、己をただ一つの生体頭脳として院の装置に供してから、遥か彼方の未来に影響を残す道を選んだ。しかし、ズェピア・エルトナムも理解していなかったのだろう―――(ハルファス)という存在が身の内に潜んでいなかったことを』

 

こちらを置いてけぼりにして会話は続くが、何となく理解出来た限りでは―――。

 

 

―――アトラス院ザマァ―――

 

などと言いたくなる。いや、人の不幸を喜んではいけない。そもそも、あいつらには何の害も及んでいないことを考えれば、やられた限りだ。

 

『しかし、こちらとしても全てが意のままだったわけではない……ズェピア・エルトナムも、霊子分解される中で私に気付き、ある種の『リライト』も行ってきた。つくづく忌々しい限りだ……一秒もない内に私の邪魔をするとは……アトラス院の錬金術師―――』

 

『前』にも錬金術師に『やられた』らしき発言をするハルファスだが、こちらとしてはわからん限りだ。

 

『魔法師―――亜麗百種の出来損ないが世界を固定化するというのならば、『変化』の種子をこの世界にもたらすべく、多くの『干渉』がなされた……私や私以上の破滅意志を根絶するべく―――まさしくせめぎ合いの限りだったが、しかし―――私は勝った……』

 

感慨深く語る魔神柱ハルファスだが、何一つ同意も共感も出来ないままに、話は続き―――。

 

 

『そして! 今日!! この時を以て私の仕事……いいや、違う! 私のやろうとしていることは仕事などと言えるものではない!! そう……これはまさしく―――人類史に対する反逆(ヒストリーリベリオン)―――人類全てに対する粛清……それが完成する―――』

 

その宣言とも言える言葉を最後に魔力が高まる。明らかな攻撃準備に対して、こちらも準備万端―――とは全くいっていないのに……。

 

「遠坂、一旦引き上げることは出来そうか?」

 

「無理でしょうね。魔神柱は、こちらを敵視しています。同時にあの高さでは、攻撃の全てが東京の建物を薙ぎ払いますよ。水平射撃のブレスの効果範囲がどれほどかは分かりませんが……」

 

十文字の退却可能かどうかの言葉に対して、そんな説明をする。

 

あちらとしては、ここで最大戦力を逃すまいと攻撃をしてくる。背中なんぞ見せようものならば、9つの柱がどっからか現れて不意打ちを食らわせてくる。

 

それでもダメならば、東京全てを巻き込んでの『家探し』を実行するだろう。

 

「まぁオレ一人を殿にして、皆さんが装備万端で戻ってくるというのならば、やりますが」

 

「ソンナ事デキるわけないでしょ!! そもそも、それで戻ってこれたとしても、最大戦力がロストした時点でこっちのルーズ(敗北)よ!! 第一……ワタシはイヤよ!! 絶対に残るわ!!」

 

「俺もリーナに同感だ。この世界で、お前以外にこの事態に対処出来る存在はいないんだ。お前を失う、お前の能力を損なうことが、最大の敗着の一手だ」

 

情理含めて、それを否としてきたリーナと達也にほぼ全員が同意をする。

 

ちょっとどころか、かなり嬉しくて涙が出そうだ。

 

「……まぁ正直、魔法協会が総力を挙げても石礫投げほどの効果すら無理そうだが」

 

「それぐらいは、やらなきゃ―――本格的に路傍の石になりかねないわよ」

 

殆ど全員が戦うことに前向きだが、その一方で戦える力に乏しいものたちもいる。

 

(守りながらも攻める―――やれるさ)

 

『この私を倒すために、因子(ファクター)になりえし存在を『この決戦の場』に集めたまでは、さすがの手並みだなオルガマリー。しかしながら、その為に力弱いものまで『この場』にはいる……。人理焼却の手始めに――――――――』

 

明らかな攻撃意思の表明。させない。として阻止行動に入るも……。

 

「ずべらっ!!」

 

「進撃は少し待ちなさい。初撃の対処は私がするから、アナタのターンはその後(NEXT)

 

足先を引っ掛けられて盛大に転ぶ刹那。やったのはアルクェイドである。

 

そうしている間にも、竜の鎌首よろしくなハルファスのチカラは高まり―――。

 

『貴様らの後ろにいるものたちから滅してくれよう』

 

竜の顎が開かれ、そこから盛大なまでの空気と魔力を吸い込むハルファス。

 

ドラゴンブレスの威力は伝説に語られている通り。それを再現するのがソロモンの作り上げし伝説の魔神であるなど―――。

 

鎌首を銃身砲身のようにして、遠くに向けている様子が不吉な限り。

 

「熱量急速に増大」

 

その言葉―――誰が放ったものかは分からないが、言葉のあとには放たれる渦巻く火線。

 

遠くを一直線に狙ったとしても、こちらにも届く熱波熱風とが圧となって周囲を掻き回す。

誰かの悲鳴が聞こえるが、誰もが己の身を守るので精一杯だ。

 

まるで天変地異のそれは、『あの戦い』でも終ぞ見なかった火術の威力―――。

 

全てが終わる前から刹那は放たれた方向。咆哮をあげながら放たれた火線の終点を見届けた。

 

目が乾ききるかのような痛みを覚えつつも、途上の草木を焼灼しながら放たれた場所は―――。

 

 

幹比古とレティシアが呪文を唱えていた『舞台』だ。そして広がっただろう惨状に血の気が引き、すぐさま怒りで血が上る。

 

 

「―――アルクェイド・ブリュンスタッド!!!」

 

「ん? なにー?」

 

この状況を演出した一人である女に掴みかからんと近寄るが、彼女は何一つ意に介していない。

 

ふざけるな―――と言う前に―――。

 

「――――セ―――ツ―――ナァアアアア!!! 抱きとめて!! 銀河の果てまでぇええええ!!!」

 

……今日は何かと落下する連中(ナマモノ、司波兄妹)が多い日だ。そう想いつつも上空から淑女よろしく、パラソルでも広げているように、聖旗を広げながらやってくるのはレティシアであった。

 

そのレティの後ろからやってくるは、飛行するピクシーに乗る光井と、そのピクシーから延びたアンカーに必死にしがみつく幹比古の姿。

 

それに比べれば、レティの姿勢は、膝を曲げながらのその着地フォームは令嬢らしいものだが―――。

 

「自分で着地出来るだろ……」

 

と、想いつつも、一応の指導役として、レティシア(英霊武装)を空で受け止めてから地上に舞い戻る。

 

「いやー危機一髪でしたねー。何とか『忠告』に従って『飛んだ』はいいですが、もう少しでウェルダンで焼かれるところでしたよ」

 

「忠告?」

 

レティの気楽な言葉に、聞き捨てならないものを覚えて問い返すと―――。

 

「初撃に最大威力を出す。それが『私』みたいな『力持ち』の典型でしょ? 申し訳ないけど、測らせてもらったわ」

 

返してきたのはアルクェイドであった。そうして何となく探ると、どうやら彼女なりの『気遣い』が見て取れた。

 

「それだけじゃなくて、空想具現化(マーブルファンタズム)で、ここいら一帯の『位相』をずらしたか」

 

アルクェイド・ブリュンスタッドの言葉で、東京都内の一画が完全に異界と化していることを認識。これならば、固有結界に取り込まなくても全力で戦闘はできそうだが……。

 

「そういうこと。けれど、これの維持だけで私もしばらくは精一杯よ。実働は任せたわ」

 

最大戦力が使えなくなった瞬間だった―――。だが、少しだけ汗をかいて苦しそうな笑みを見せた姫君だからこそ、刹那は戦おうと決めた。

 

地球側(ガイア)にここまで肩入れされるとか、志貴さんに妬かれそうですから―――ありがとうございます。アルクェイドさん―――これ以上は俺たちで決着をつけます」

 

「いい顔ね。ただそこは、アルクェイドさんみたいな美人に構われて、妬かれそうだからと言う方がいいわね♪ なんと言っても、今の私はディードリットみたいなものだし」

 

爪で戦う血なまぐさい『永遠の乙女』とか聞いたことがない。ともあれ、アルクェイド・ブリュンスタッドのサポートも長くはないはずだ。

 

東京都内のどこかが焦土と化すのも、寝覚めが悪い。ここで終わらせる。

 

『よもや、私と戦うという決断を下すとはな―――しかし、ここで貴様たちを打ち漏らすという判断は私にもない。『一縷の望み』。残されたか細い希望(モノ)が、我らの『計画』を覆してきたのだからな。

人理焼却の手始めに―――貴様を倒し、その『魔法』を咀嚼するのみだ! 無惨に果てろ『魔法使い』!!』

 

 

あちらとしては決戦を挑まれることは半々であったらしいが、こちらとしては明確な黒幕が出てきたことで、矛先を全て向けることが出来るのだ。

 

ここで終わらせる―――。退却などするものか。

 

刹那は、その心に従い夢幻召喚を解いて、赤い聖骸布のコートを纏いながら、ルーングローブを嵌め直しながら口を開く。

 

「――― 人理焼却を求める意思の具現。ソロモン王の欠片『魔神柱ハルファス』。貴様を『永久封印』する!

どっかの『ピーターパン』と同じく、『宿主』が生きてりゃ永久復活なんだろうが、生憎その手のトリックは、俺には通用しない」

 

 

 

猛々しい言葉の応酬。

 

その間にも戦闘準備は完了していた。

 

魔神柱9体―――と呼称するのが正しいかは分からないが、恐るべき魔力炉心―――『サイズ』に違いはある―――それを持った存在がいるのだ。

 

恐怖はある。

 

だが、それでも世界全てを巻き込む危難がそこにあるというのならば、それに立ち向かうチカラが多少でもあるのならば、立ち向かわざるを得ない。

 

そういう心が、全員から伝わる。

 

確認を取るべき人が数名いる―――。

 

 

「アンタたちも戦うのか? 路地裏同盟」

 

死徒との共闘というのは、無かったわけではないが、それでも少しばかりの遺恨を感じて、問い返す。

 

 

「当然です。少なくとも、あのような低俗かつ下劣な存在の策略で『呼び出された』など、不愉快極まる―――多くの思惑があったのでしょうが、アレに使われていたなど許せませんね」

 

拳銃のリロードをしながら、魔神柱に対して心底の嫌悪感を以て語る錬金術師。

 

「人理の正しい進行こそが、我らが共通の理念―――違うかな少年?」

 

言葉少なに、ただ戦うとして魔盾を構える銀髪の聖堂騎士。

 

「よ、よく分からないけど! 私がやったことに、いまさら取り返しはつかないけど―――アレは―――悪いものだって分かったから!! だから、いつかピンチで震えていた私を助けてくれた遠野くんだったら、この場でどうするか、分かるもの!!」

 

多弁で、少しだけ落ち込みつつも、それでも惚れた男のことを思って震えつつも決断する―――巻き込まれし少女。

 

 

ならば、もはや言葉はいらない。全ては戦いの中で決するのみなのだ―――。

 

重々しい幕引きの時は始まる。

 

 

 

 



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第281話『色彩-Ⅰ』

どこで区切ろうかと悩みましたが、あんまり長く書いているのもあれだと思い、そんなわけで新話及び300話達成(何もないですが)ということで、遅ればせながら投稿します。


そしてガチャはオルタニキも時貞(CVワンサマー)も来ず、ガチャ爆死太郎状態です。




 魔神柱。その姿を確認したのは今回が初めてではない。だが、それにしてもその姿はあまりにも『異様』であった。

 

(アカシャの蛇とか言われる死徒の内側(なかみ)にいたものとは、形状が違いすぎる)

 

 まるでワーム竜のように地中から長い体を這い出して、こちらを睥睨してくる姿。

 

 竜頭、蛇頭を備えたその敵の直径だけでも、その辺の高層ビルの外周のサイズと遜色ないだろう。

 更に言えば、その身体に張り巡らされた防御呪壁はとてつもなく分厚く、通常の魔術師や魔法師がダメージを通すには、中々に難儀するはずだ。

 

 よって、全員の攻撃を通す上で最初に有効な対応策は―――。

 

「セングレンの四肢、マグニの身体、『セタンタの武芸』―――硬化(Z)強化(T)加速(R)相乗(ings)―――」

 

 ―――自分の躰を用いての肉弾戦である。

 

 呪文と同時に全身に走るルーン文字の循環。最大強化された肉体は大地を一歩ごとに砕きながら砲弾の勢いで魔神柱に向かっていく。

 

 そして―――――――。

 

「歯を! 食い縛れ!!!!」

 

 遠坂刹那が、やったことは―――魔神柱の肉体が『たわむ』ほどのマッハパンチでパワーパンチであった。

 

 人間の肉体で言えば脇腹に突き刺さるボディブローの一撃が、防御呪壁をすり抜けて魔神柱に痛みを覚えさせる。

 

 のたうちまわりたいのに出来ない直立体の魔神柱の明朗な悲鳴が、空気を震わせてこちらに伝わる

 

「あれは、痛いんだよな。悶絶モノだよ」

 

 入学初期に戦った際に食らったものを思い出して、達也は苦笑する。如何に自身が回復可能とはいえ、何度も食らっていて面白いものではない。

 

 マイク・タイソン。トーマス・ハーンズ。それに類するほどの威力を感じる。

 

 食らったことはないから達也の想像でしかないのだが、ともあれ―――いきなり『ステゴロ』で挑まれるという驚愕の事態に、ハルファスも面食らったようだ。

 

 その動揺に―――。

 

「パンツァー!!!!!」

「ふん!!!!」

 

 肉弾戦組(レオ、克人)が追撃を駆ける。三者三様の拳の技が、ハルファスの身体を根本付近から柔らかくしていく。

 

『き、貴様ら!!!』

 

「魔神柱って割には皮膚に出ている魔眼がないんだよな。だったら懐に入って打つべし打つべし、だ!!!」

 

 言うが早く、刹那はワンツーではない無呼吸での連続パンチをお見舞いする。

 

 至近距離どころかゼロ距離での連続パンチ。

 頭を押し付けながらワンワンワンワン!! という言葉と同時にリズミカルに恐るべき回転で、魔神の身体を叩いていく。

 

 さすがにたまらず首を振り回そうとしたが、懐に入られた時点で、そんなものは足元に集る『サソリ』の前には意味がない。

 

 ―――これが狙いか!―――。

 

 防御壁をすり抜けて直接的な魔力を通す以外の意味を、達也は見出した。

 

 竜殺しの極意というわけではないが、それでも、その弱所を場数か本能か、とにかくこういう戦闘では、『理屈』ではない刹那のヤマカンが当たってくれる。

 

 首を振り回すハルファスに対して―――。

 

「フルファイア!!!」

 

 号令一つ。離れたところからラニとシオン達が放つレーザーブレスが、ハルファスの身体にヒットしていく。

 

 流石にその強靭な外皮を貫通してまではいかずとも、ダメージはあるようだ。

 

 分厚い防御呪文が刹那のボクシングパンチで崩れているならば、あとは生物的な強度だけが問題だ。

 

「OPEN FIRE!!!」

 

 単体火力でしかないが、それの後を追うようにリーナから『ごん太』なレーザービームが飛んでいく。

 

 ビリビリと鼓膜が震えるほどの電圧が周囲に響き渡り、ハルファスに直撃。

 

 これは流石に痛かったのか、龍鱗のような外皮を貫き内蔵(なかみ)が抉れた。

 

 焼きながらの貫通だったからか血は流れなかったが、それでも異臭が、離れたこちらの鼻孔を刺激する。

 

投影開始(トレース・オン)―――投影幻想(トレース・フェイト)

 

 そこを狙って刹那は、宝具級の武器を撃ち出す。真下から角度を着けて放たれた武器が、連続して突き刺さる幻想武器が、魔神柱にダメージを与える。

 

『この―――調子に乗るな!!!』

「真上に大きく飛べ!!」

 

 苦痛からの怨嗟の言葉を聞いた刹那の端的な指示。振り返りながら、こちらにも言われたことで、何であるかは理解した。

 

 魔神柱の反撃。垂れていた首を垂直に夜空に延ばした魔神柱が咆哮を上げる。

 

 次の瞬間には咆哮が呪文で術だったのか、魔神柱を中心にして、周囲に広がる黒炎のオーラ。少なくとも平均的な日本人の身長はたやすく飲み込み、灼き尽くすものが、寄せて返す大波のように襲いかかった。

 

 刹那の指示を受けたことで全員が無事を拾ったが、それにしても―――。

 

「いいえ、未来予知していたわけではありません。恐らく予兆を読み取っただけでしょう」

 

「それでも攻撃の種別を判明させるとは」

 

 飛んだ位置の関係で近かったシオンの言葉に、未来すら読む見聞色の覇気かと思うが、そういった能力というのはある程度、現実世界でも鍛え方次第では『人間に備わっている能力』だと実証されている。

 

 ともあれ、魔神柱の攻撃をやり過ごしたあとには、地面に勢いよく身を沈めていくのだが―――。

 

「逃がすかぁ!!」

『ガンドが痛すぎる!!』

 

 そんなハルファスを潔く見送るほど、刹那は甘くない。地中(?)に潜ろうとするその身に対して呪いの弾丸が連射される。

 

 軽機関銃の勢いで放たれるガンドはハルファスを痛めつけているようだ。

 

 しかし、それでも土煙を上げながら逃げた魔神柱。

 

 だが、その巨体が入っていった割には、地面に『巨大な穴』は無い。

 

『恐らく、虚数空間に逃れたんだ。もしかしたらば、『移動』すら行っているかもしれない―――となれば、出現位置はどこになるか分からないぞ』

 

 観測役で探知役であるドクターロマンからの言葉で答は簡単に出たが、対処はかなり難しいものだ。

 

「極力固まるな。集団のど真ん中に下から出てきたら大損害だ」

 

「それでも連携が必要なものたちは、注意して探知役からの受信を密にしろ」

 

 虚数空間からどこかに出てくる魔神柱。それは、こちらにとって奇襲であり恐ろしいものだが―――。

 

 

『創造・偽造・建造せし魔神柱たち。我が身の分体よ。奴らを攻撃せよ』

 

「地上に残った八本の柱の方も捨て置け無いか」

 

 どこからか―――虚数空間から響いた言葉を受けて、他の魔神柱が動き出す。

 

 既に迎撃行動を取ろうとする先手(さきて)だった刹那、レオ、克人だったが―――。

 

「攻守交代!! 次は私達がいくわよ!!!」

 

「剛毅な限りだが、一人で突っ走るなよ!」

 

「セルナ! 私の活躍、とくと御覧じろですわ!!」

 

「ますたーがあそこまでやった以上、次は私達の番です!!」

 

いつ(・・)どこ(・・)で見ても醜悪な姿だ。ハーゲンティのようにケーキの材料にして食いたいとも思えんな」

 

 三人を置き去りにして、勝手に言いながら五人の女が駆け抜ける。

 

 エリカ、レッド、愛梨、お虎、剣トリア。

 

 血気盛んな五人が駆け抜けてきたことに、魔神柱も応じる。

 

『ハルファス様によりカタチを与えられた我々は、偽性とはいえ魔神柱。侮られては困るな』

 

 ハルファスよりも一回り小さい魔神柱が、エリカたち『ガーディアン・エンジェルス』(命名 達也)の前に立ちふさがる。

 

 外皮には魔眼が幾つも煌めく。ハルファスよりも攻撃に特化した蛇のような頭を持つ柱は、当たり前のごとく火力を一斉に吐き出す。

 

 魔眼から光線を、蛇頭は4つに割れて、口中の奥から魔力球をシャボン玉のような勢いで打ち出してくる。どれもこれも人体を消滅させる勢いどころか大地を削り飛ばすものだが―――。

 

 エリカとお虎は、その攻撃の着弾よりも早く動き―――。

 

 レッドと愛梨は、猛烈な魔力放出で着弾の軌道を変更して―――。

 

 

「「「「魔神! 覚悟!!!」」」」

 

 2つの方法で剣の間合いに無理やり踏み込んだのだ。

 

 踏み込まれた魔神こそたまったものではないが、すぐさま迎撃を開始―――する前に、剣士たちの『伐採作業』が始まる。

 示し合わせたわけではないのだろうが、円舞(ロンド)でも刻むように、位置を変えて、動きの疾さの遅速を変えて、魔神柱の身体に刃を入れていく。

 

『―――――不可解、不可能、不愉快。感知出来ない疾さに非ず、されど、こちらの攻撃手段が次々と潰滅していく――――魔眼破壊54、58―――』

 

 各々で込められる全魔力と膂力を込めた攻撃が、魔神柱の身体を穿っていく。

 当然、魔神柱ケドウィンも抵抗するように身から魔力波動(ウェイブ)などを放ち、彼女たちを穿とうとするのだが、それでもちゃちな攻撃だ。

 

「高まる闘気、魔力、瞬足の捌き。それらがある種の『場』を生み出している。あそこに近寄るものは、たやすく切り刻まれるだろうな」

 

「黒騎士ヴラドと遠野志貴との戦いでも見たな……」

 

 説明をしてきた刹那の記憶越しではあるが、そんなことを思い出す。

 

 そして、そんな状況にたまらなくなったのか、魔神たちの統合司令から『命令』が与えられて、こちらにも伝わってくる。

 

『魔神柱ケドウィンを援護せよ。クラアサ、トゥーサ、起動せよ。機動せよ。掩護せよ。援護せよ』

 

 己は地下に潜りながらの口頭命令とか、どんだけズボラなんだ。と、想いながらも、ケドウィンとかいう中型魔神柱の付近に移動してくる小型魔神柱2柱。

 今更ながらテレパシー(念話)での命令とかしないのだろうかと、純粋に疑問に思う。

 

「虚数空間だから、こちらの状況が分からないのか?」

 

 そうは言うが、残された魔神柱どもは、付かず離れずな距離。遠間(とおま)から確実に、こちらに攻撃を繰り出している。

 

 迎撃は絶えず行われているのだ。当然、外れる攻撃もある。

 魔神柱に残されたある程度の自律行動なのだろうが、それにしても―――。

 

「かも―――なっ!!」

 

 ―――実に下策(・・)である。

 

 瞬間、ケドウィン+2に対する『必殺攻撃』への魔力供給をした刹那。

 

 5騎の御遣いが走ったはずなのに、攻撃していたのは4騎。

 

 つまり―――――――。

 

「1騎はとどめ役ってことだ」

 

 少し離れたところで息を潜めていた、剣トリアの持つ反転した聖剣が暗い輝きを放つ。

 

 十二分な魔力を溜め込んだ聖剣を構えて、抜き払うタイミングを見計らっていた―――そして動き出す。

 

「時の流れ、屍の山に沈め魔神柱! 約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)!!!」

 

 黄昏よりも昏き赤を混ぜながら暗黒の極光が、一人の女の剣から奔る。

 

 その時には、4人は魔神柱から離れていたが、かなり際どいタイミングだった。

 

 両手持ちの大剣を振り上げて放たれたそれは、偽性の魔神柱3つの身体を覆い尽くす攻撃範囲とその身体を灼き尽くす熱量を持っていた。

 

 ―――ぎおおおおおおおおおおおおっ!

 

 当たり前だが、魔神柱も防御せんと様々な防御手段を講じる。

 

 エクスカリバーで焼き尽くされながらもあげる人ならざる絶叫は、それ自体が何かの呪文なのだろう。

 

 だがそうであっても無常なるかな。

 

 反転した聖剣の攻撃力に普段と損することはなく、極光の走り抜けたあとに残っていた3柱の魔神柱の身体が八割も失われると―――残ったものは、身体を維持できずに魔力と霊子と―――真っ白い雪のような灰に還り公園に散りゆくのみ。

 

 その時、達也の目には魔神柱の身体から―――人間の肉体……有り体に言えば『幽霊』のような存在が、3体ほど出てきた。

 

 その中でも金髪の優男―――白いスーツを着込んだ青目の少年とも青年とも、どちらとも言える存在が一番、達也の眼を惹いた。

 

(刹那を睨んでいるのか?)

 

 どういう繋がりなのかは分からないが、それを認識した後に、刹那を見ると、優男のことなど気にならないかのように、アルトリア・ペンドラゴンの方を見て―――少しだけ驚いた顔をして、それに気づいたアルトリアは、自嘲するような笑みを浮かべて、刹那から顔を反らした。

 

 愁嘆場(?)でも見た気分になった達也だったが、それでも戦いは続き―――。

 

『―――回復したぞ』

 

 刹那の真下に出現するハルファスの宣言。盛大な土煙、土埃を上げながら再出現したハルファスの奇襲は―――。

 

「ご主人さまを食わせるか―――!!!」

 

 ―――アルトリア・オルタズというサーヴァント達によって、無為に帰すのだった。

 

 メイドオルタが、刹那を保護して両顎によるファングバイト(牙噛み)を回避。

 

 その後には、返す刀で『モップ』による打撃。

 

 それに追撃するように、剣トリア、ラントリアによる攻撃が現れたハルファスにダメージを与えていくのだ。

 

『人間で言えば足元に集るヒアリのように、入り込まれると弱いことはもはや理解した。ならば―――――!!!』

 

 その言葉のあとには―――。

 

 アルトリア・オルタズの攻撃を受ける存在が現れる。

 

 影のような黒いガス状のヒトガタが幾つも現れる。

 

『雲霞のごとき英霊の影(シャドウ)を『召喚』するのみだ。確かに我が身では、魔法使いのような真似は出来ないだろうが……それでも英霊の影を呼ぶことは出来る―――』

 

 ここに来て『物量作戦』『人海戦術』に至ったハルファスの思考。

 

 シャドウサーヴァントの群れが、魔神柱を護衛するように出現していく。

 

 一体一騎は、大した霊基を有していない。宝具の使用も不可能だが、それでも再現される『武芸』と、尋常の術では打倒しきれない『魔力』があるので油断はならない。(by 遠坂刹那)

 

 如何に輪郭だけの雑魚のような存在だが、ここまで群れられると溜まったものではない。

 

『ベアーノーブル。リバーノーブル。集結せよ。合流せよ。衆合せよ。我らが力を見せつける時である』

 

 呼びかけると同時に、ハルファスは竜頭の口から再び強烈な火炎放射を浴びせてくる。

 

 火炎放射の熱量は、術でシールドしていても熱気を伝えてくる。しかも首を回しながら広範囲に火を吹かせているのだ。

 

 自然と発散し切れぬ汗が、不快指数をあげて術の発動に難となる。

 

 直接的な吹きかけでなくても、場に溜まりこむ高熱。かつてはヒートアイランドと呼ばれた東京都を感じさせる。

 

 冬場でこの熱気―――下手したらば、如何に頑丈な機器であり様々な耐久テストもこなしているとはいえ、高すぎる寒暖の差から精密機器であるCADにすら不調をもたらすかもしれない。

 

 

「深雪」

 

 ならば、そうなる前に、少しでも熱気を抑え込む必要があるということで、妹に短く呼びかけた。

 

「はい。お兄様!!」

 

 言われずとも準備していたのか、延焼する火炎を抑え込まんと深雪の干渉が入る。

 

「――――」

 

 術式の深度とでも言えばいいのか、それとも領域の違いなのか、中々に難儀する魔力の火炎のようで、汗を掻く様子に達也も前へと出る。火吹きをする魔竜に対して何が出来るかは分からないが―――。

 

「香澄ちゃん!! 深雪お姉さまを援護するよ!!」

「分かった」

 

 JCの双子(片方だけやる気満々)が、深雪と同じく困難極まる消火作業に従事しているのだ。

 

 何もせずにはいられない。

 

 眼筋に魔力を込めて魔眼を輝かせる。あの時、自分の『本来人格』にレクチャーを受けた限りでは半端なものだが、それでも―――。

 

 蒼く輝く魔眼が導き出した滅びの線が、シャドウサーヴァントたちに見える。

 

 その一方で、『魔神柱』には何も見えない。

 

 それを認識しながらも、達也は小刀一つと銃型CADを手にシャドウサーヴァントの群れの中に飛び込むのだった。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 ―――マスターとの別れの時は近い―――

 

 約束された勝利の剣を放った後に感じたアルトリアオルタの不調を前に、放たれた念話を前に何を言えばいいのか分からない。

 

 サーヴァントとの『絆』が深まっていなかった。そうとしか言えない。けれど―――。

 

 それはダメだ。

 

 そう思えるものが、何故かあったのだ。

 

 違う姿とはいえ、親父の元カノであるなのだから。それでも……自分のサーヴァントなのだ。

 

 分かり合い傍にいる努力を欠いていたと言えば、その通りだ。

 

「セツナ! アルトリア殿たちに、いつまでも、おんぶに抱っこされてるなよ!!」

 

 そんな刹那の内心に気づいたわけではないだろうが、元気いっぱいに魔力放出で駆け抜けていくモードレッドの姿と言葉に気付けを果たす。

 

「あ、ああ悪いレッド。―――アルトリア、少し下がっていてくれ。あなた達を失うのは今は

 得策じゃない」

 

「私の剣をアサッシン(暗殺者)の暗器も同然に扱ってくれておいて、それは無いんじゃないかマスター?」

 

 膨れた面でこちらを見てくるアルトリア(剣)。つまりは―――どんな結果であろうと受け入れるから戦わせろ。そういう事だ。

 

(頑固な女性だ)

 

 だからこそ救国の英雄として選定の剣を抜いたのだ―――。そして、その在り方を最後には受け入れた親父の心が分かる。

 

 

「最大限にバックアップしてやるアルトリア・オルタズ―――!! 令呪を以て命ずる!! 騎士王アーサーよ!! 必ず魔神柱を打ち倒せ!!

 ―――重ねて命ずる!! 絶対に生き残り、再び俺の作る料理を食べてくれアルトリア・ペンドラゴン!!」

 

 呪文ですら無い願いによって、2画の令呪が刹那の腕から消え去る。

 

 明朗ではなく具体性に欠いた命令は、令呪の無駄遣いにしかならないかもしれない。

 

 だが、それでも変化は一目瞭然であった。

 

 

「ご主人様のおねがい……」

「我らが心内に幾度も返すように響いた……」

「シロウとは違うが、感じるものはあったぞ。セツナ……」

 

 衣装や武器に変化を果たしていくオルタたち。それと同時に霊基を最大限に引き上げて、聖杯戦争ルールで言えば、全ての能力値(ステータス)を2ランクアップさせたアルトリア・オルタズ。

 

 そして得物を構え直した後には、先行していたモードレッドに追いついて、振るう剣と槍が冴え渡る―――。

 

 そして響く声は――――。

 

「「「服を脱げ!!! モードレッドォオオオ!!! 我ら円卓の騎士が力を発揮するには、鎧などいらないのだ!!! 着込むな―――!!!」」」

 

「ど、どういう意味ですか!? アーサー王―――!?」

 

 困惑するモードレッドを尻目に、露出度・強となったアルトリア達の突撃が始まる―――。

 

 



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第282話『色彩-Ⅱ』

今年こそは公式サイトの方で

『シン・ネコアルク』とかいうネタでもあればなーと思いつつも、そっちかー(爆)

そして今年のエイプリルフールの顔は……。


奴だ。

そう――――マフィアだ。

マフィア梶田出すぎだろうが―――!!(歓喜)
確認しただけでもマヴラブオルタネイティブにグッスマのプラモ。

梶田さん―――GJ。それしか言えない。そんなことを思いつつ新話お送りします。





 アルトリアたちの突撃に追いつきつつも、刹那は思考を巡らす。

 

(処理できた魔神柱は3つ。残り6つだが……)

 

 まるで、ヘラクレスの十二の難行のヒュドラ(多頭蛇)殺しの如く、刈り飛ばした首の根を焼かねば復活するのだろうか。

 

(あるいは―――)

 

炉心供給開始(ドライブスタート)制御弁13解放(バレルオープン)、全てを承認せり―――焼灼されるが良い―――』

 

「I am the bone of my sword.―――」

 

 明らかに魔力を溜め込んで高まるハルファスを見てから刹那は、呪文を唱えて―――。

 

 魔術回路が一つの「宝具」を作り出すことに特化を果たして―――。

 

 ―――歴史侵食 ハルファス―――

 

 言葉はない。だが、そんな名前の攻撃を認識(・・)した。竜種のファイアブレスというには勢いが強すぎて魔力が濃すぎる火線が放たれた。

 

 深雪と双子の干渉など受け付けない『溜め込まれた火炎』は、一切の物理現象の軛など振り切って、世界を焼き尽くしていくはずだったが……。

 

「―――熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!!」

 

 刹那が右腕を眼前に突き出しながら紡いだ言葉で、七枚の巨大な花弁が花開いたあとには、層を成していく円盾。

 

 トロイア戦争におけるヘクトールの槍撃を防いだ大アイアスの盾が―――。

 

「―――夢の終わりを祈る聖母(プリドゥエン)!!」

 

 左手を翳しながら言った言葉でアーサー王の盾、精霊刻印と精霊文字―――そして祈りを捧げる聖母の模様の蒼金の盾が出現をする。

 

 今更ながら、それが刹那の大魔術の根源の一端であることを理解したことで、後ろにいた全員が、ある種のインチキ具合(チート)を感じる。

 

 だが、その盾の効果は歴然であった。あらゆる熱気を妨げるように、精霊が作った神造兵装は水のヴェールを次から次へと発生させて、熱線の圧は水によって減衰させられたあとには、アイアスの盾を通過することも出来ずに、焼灼を断念させられた。

 

「ワンパターンなんだよっ!!!」

 

 魔神柱を嘲りながら、刹那は持ってきていた製図ケース(に似た魔導容器)を叩き割って、3つの硬球を宙に浮かべながら、閃雷を迸らせる。

 

 相互干渉を果たす硬球3つの『正体』を、何人かはわかっていた。

 

 だが―――。

 

 

(あの時は硬球一つで十分だった。3つアレば威力は3倍なのか?)

 

 達也のずれた結論。

 

 そしてリーナだけは、理解する。

 

 それは、刹那のもうひとりの母親から託された『秘術』(おくりもの)であるのだと―――。

 

魔神柱(デーモン)に『楔』を打ち込むのね。それにしても、ケドウィンとかいう魔神柱が消滅した後に出てきた幽霊?の顔は、ベンが送ってくれた資料でのフリズスキャルヴのオペレーターの一人であるレイモンドとかいう人だったわね)

 

 年齢ならば、自分たちと同じぐらいだったことを思い出しながら、その幽霊?を思い出しながら刹那を見守る『幽霊』にリーナは―――。

 

(アナタには渡さない! セツナはワタシの、そしてこの世界のソーサラスアデプト全てにとっての『スパダリ』なんだから!! 彼は、いま『変革』していく魔法師世界の先頭に立つべき人なんだから!!)

 

 そう勝手な宣戦布告をしながらリーナは駆け出す。

 

 確かに『幽霊』からすれば、刹那の行状は『嗜める』べき『魔術師としての堕落』なのかもしれない。

 

 けれど、そのお陰で進むべき道を見つけられた人は多いのだ。

 

 たとえ世に認められた王道、正道(Noble Path)ではなくとも、人によっては邪道、逸道(ASTRAY)としか見えないものが、多くの人を―――。

 

 そんなリーナの憤りとは真逆に幽霊は語る。

 

『ごめんなさい―――そんなつもりはないの。そして……安心してっていうのもなんだけど……』

 

 ワタシはあの子(刹那)と関わらなかった世界のワタシだから……。

 

 そんな悲しげで寂しい独白が、リーナの耳朶を打つ。そんな風に言われたならば、どうしようもない。

 自分にとって刹那を巡る恋のライバル―――その最大の敵は……死人であるなど……。

 

 認められなくても、それでもリーナは刹那に追いつくべく駆け出す―――。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 静かな病室―――真っ白に染め上げられた部屋に2人の男女がいた。

 

 男は椅子に腰掛け項垂れるように手を組み合わせて、祈るような、後悔するような顔をしていた。

 

 女は寝台に横たわりながら静かな寝息を立てていた。自発呼吸は問題ないが、それでも点滴を打たれた姿に痛ましさを覚える。

 

「………僕は何をやっているんだろうな」

 

 応えるものはいない。だが、それでも答えは既に出ているようなものだった。

 

「―――いま、君はここにはいない。君がいるのは―――あの騒動の中だ。またもや君は―――捕らわれたんだね……」

 

 組み合わせた手を握りつぶさんばかりに、強く握りしめ合う。後悔が身体を包む。

 

 あの日と同じだ。今でも鮮明に思い出せる……弘一にとって終わりの日であり、始まりの日……。

 

 だからこそ、ここで項垂れているだけではダメなのだ。

 

『正義の味方』は、この世界にいないのかもしれない。しかし、だからと自分こそがなろうとも思わない。

 

 けれど―――。

 

「真夜だけの正義の味方にはなれる。今更すぎて、遅すぎる決断だけど―――」

 

 これからは、そうさせてくれ。

 

 卑怯者と罵られても構わない気持ちで、頼りなく動く唇に弘一は、自分の唇を合わせた。

 

 その口から自分のことに関しての文言が出る時こそが、望むものなのだから……。

 

 ―――金に糸目を着けずに入れた個室の病室から出ると、そこには9人の似たような顔が勢揃いしていた……。

 

 もっとも、似たような顔とは言うが、似た者同士の顔を幼い頃から見分けてきた弘一からすれば、誰が誰なのかは髪型や仕草以外からも読み取れる。

 

 夏に南の島から救い出された星を呼ぶ少女たちである。

 

「ココアちゃん……みんなどうしたんだ? ここは僕に任せてホテルにいても良かったんだよ?」

「それじゃダメなのです」

「真夜先生を助けるためにも、私達は行かなきゃならない」

 

 弘一の言葉にハッキリと自分の意志を示す九亜と四亜の2人に少しだけ面食らうが、その言葉の頼もしさで分かることもある。

 存外、真夜はいい先生であり母親代わりをやっていたようだ。その事を嬉しく想いながらも、葉山さんやその他の四葉の家人たちは、この子たちを止めなかったのかと思う。

 

 そして―――その言葉に想うところを出す。

 

「行かなきゃならない?」

 

「先生を囚えているのは、魔神―――いいえ、魔獣の化身……キッドが戦っているところにこそ、そこにいる」

 

 シアちゃんは、言葉と同時に窓の向こうに見える巨大なドームを見た。

 

 それは事態の中心点。ここ数週間、都内を騒がせていた騒動の終局点である。

 

 真夜を意識不明にした原因は、それだと理解できていたが……。

 

「いつでも先生は、弘一師父を待っていた―――だから―――」

 

 ―――真夜先生を迎えに来てくださいね。

 

 そう九人全員から言われた気分で少しだけ茫然自失していたらば、既に九人の女の子の姿は消えていた。

 

 その言葉を疑うわけではない。それでも―――。

 

「最初から行くつもりだったさ」

 

 決意だけは変わらない。そう断じた男は歩み始める。決意した男の後ろ姿、その歩みに『一尾の狐』が気づかれずに帯同していく……。

 

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 神出鬼没な出現をする魔神柱を前に、一度は距離を詰めて肉薄したはずの刹那たちを、いまは中距離から滅多打ちにしている。

 

 盛大なまでの火力係数の増大。

 

 殆どビームも同然の熱線。

 

 四方八方に撒かれる巨大な魔力球(スフィア)

 

 全てが驚異的だ。ここまでの戦いの中で、何とか対抗出来ている事自体が奇跡だ。

 

 その理由の一つは―――。

 

「リーズ、騎士団に『爆発』を」

 

「分かった」

 

『シオン』の言葉を受けて銀髪の騎士は、己の配下たちに命じたことで、教会式の怪異討伐方法が披露されていく。

 

「魔神柱なる存在は初めて見ますが、どれほど強大化しようと、幻創種・死徒よりもまだまだ『生物』(いきもの)でしかない。ならば―――」

 

 空間爆発を起こして五感を奪ったあとに――――――。

 

「写本展開!!」

 

『『『エル・ナハト!!』』』

 

 空間歪曲によって相手の情報を『曲げる』。

 

 胃界教典と呼ばれる教会秘蔵のアーティファクト『上級死徒エル・ナハト』の(ストマック)

 

 当然、『原本』ではない。写本とはいえ、教会の騎士たちの数名はこれを使用する。

 

 死徒・及び怪異がどれだけ頑健・不死・不朽になっても無視できない要素がある。

 

 特に上級幻想たる死徒は、それぞれで不死へのアプローチ、そして、己の偏愛ゆえに形貌(なりかたち)が違えど、一つの捨てきれないものがある。

 

 それは、彼らがまだ生物(いきもの)であるうちは、生物的特徴は捨て切れないということ。つまり感覚器で情報を取り入れ、中枢神経で情報を判断し、末端神経で身体を動かすということだ。

 筋力がモリモリになり、軽い平手で成人男性の首を一回転させる能力値になったところで、彼らはその性からは逃れられない。

 

 つまり―――。

 

 完全に狙いを着けられない攻撃となったのである。

 まるで見当違いの方向に攻撃が放たれていく。

 

(しかも、魔神柱たちはかなり密集していたわけで―――)

 

 己の見たものを正しく認識できずに、同士討ちとなりえる。

 

「エル・ナハトによって奴らは混乱している。火力を集中させろ」

 

「ならば、一番弱っている小型からだな」

 

 刹那の言葉に反応した達也だが、当の本人は攻撃に参加せずに、雑兵であるシャドウサーヴァントの掃討に向かう。

 

 仮にもしも使い魔であるシャドウの視界をジャックする形で、魔神柱たちが、こちらに対して正しい像を結んで攻撃してくるかもしれない。

 

「時間は然程ありません。有効に」

 

『シオン』の言葉が全員に伝わり、攻撃術が小型の魔神柱2柱に殺到する。

 

 誰よりも早く術を構築して解き放ったのは、スナイパーである真由美である。

 

 彼女の得意手である『フリーズドライ系列』の術ではかすり傷にもならないことを察して、九校戦以来―――密かに研鑽を積んできた『カレイドバレット』―――対消滅弾の連続投射。

 

 同時にそれを『螺旋魔弾』(スペルヘリクス)として、打ち出す。

 真由美が覚えた術式の中でも、これがサーヴァントなど神秘強度が高い存在に対する有効手段である。

 

 効果の程は―――覿面というほどではないが、巨樹のごとき肉の柱の体積を削ることは出来ている。

 

 穴を穿っていく作業に次いで放たれたのは。

 

「吉田、合わせい!!」

「やらせてもらうよ」

 

 沓子と幹比古による術であった。

 

 沓子は、いつの間にか手に持っていた強弓(こわゆみ)に魔力の矢を番えて。

 

 幹比古は呪符型CADから術を読み込んで『掛け合わせる』。

 

 古式魔法に『基盤』を置く2人だけに、放った術は相乗された術式(もの)となって、魔神柱に襲いかかる。

 

 幹比古:「迦楼羅炎」

 沓子:「蒼龍水撃」

 

 迦楼羅―――インド神話の主神インドラの乗騎にして鳥の神獣ガルダの吐く浄化の炎を模した―――否、それを再現したといってもいい劫火が形を持ち襲いかかる。

 

 蒼龍―――四神守護の信仰でいう東を守る神獣『青龍』の放つ大瀑布のごとき水流が、魔神柱の身体を砕いていく。

 

 一見すれば、打ち消し合うような術の使い方だが、火と水の術は重なることはなく、魔神柱にダメージを与えていく。

 

 現代魔法の感覚で言えば『独立情報体』。魔術的な感覚で言えば『高度な使い魔使役』での攻撃。

 

 それが一過性で終わるものかと言えば―――違っていた。

 

 「幻月万華鏡」(カレイドムーン)

 

 美月が魔神柱の根元付近、地面に水たまりのように展開させていた『月鏡』が、下り飛竜のごとき火と水の攻撃を吸い込んだあとには―――。

 

 「解放」(リリース)

 

 身振り手振りで、鏡を操る美月の手練で吸い込まれた迦楼羅と蒼龍が、鏡から出て、今度は天を目指して駆け上がる。

 

 迦楼羅は、その伝説の通りに母をナーガ族から開放するため天上に不老不死の妙薬『アムリタ』を取りに行くように。

 蒼龍は、その身をそれ以上の存在にするべく二度目の登竜門を駆ける昇竜へとなる。

 

『―――――』

 

 凄絶な絶叫を上げる魔神柱―――名前は知らない。だが、そうして叩かれ、焼かれ、解された大質量を前に―――。

 

「大トリが俺とか滾るぜ」

『外すなよ相棒!』

 

 大棍棒を振りかぶるレオの姿。同時に姿が少しばかり変わっており、英霊憑依の状態である様子。

 

 それを理解して、誰もが西城レオンハルトという『真』なる意味で『魔法科高校の劣等生』である男が辿り着いた集大成を見届けた。

 

「―――原初の世界震え崩す神槌!!(トゥアハー・デ・ダナン)

 

 颶風ごと裂くように虚空に対して振るわれた大棍棒。レオのような大男がそれを振るっただけでも、離れているこちらに圧を感じさせた。

 

 指向性など無いかのような攻撃。だが、それが現出するまで時間はかからなかった。

 

『神霊2―――否、三柱(・・)降ろした存在―――それは彷徨―――』

 

 狙われた魔神柱(小)は、その身にいくつもの罅を入れていき、それが自らの崩壊に繋がると分かっているのか、それとも魔神柱としての性なのか、最期まで測定をし続け―――。

 

 身を爆裂四散させる形で弾け飛ぶのだった。魔力と霊子となりて世界に還元されていく魔神柱を見ながらも、驚くべき成長をしたレオにほとんど全員が仰天していた……。

 

 

 

(エルゴさんやグレイ姉弟子(ねえさん)は自分が変わることを嫌がっていたけどな―――)

 

 レオが、それを是としたから『そうなるように指導』したのだが……。

 

(これ以上は先生が居てほしい、ウェイバー先生に指導してもらいたいんだよな…)

 

 神代の術式に通じる降霊術・食神術の類の先を識るには、ロード・エルメロイII世(我が師)が必要であった……。

 

(とはいえ、泣き言を言ってもいられないか。俺もバゼット(母上)から神代刻印を受け継いでしまった身だ)

 

 ある意味では、『人の生』を食らって生きているようなもの。魔術師らしいおぞましい行為だ。

 

 けれど――――――。

 

 指の間に挟んでいた宝石を輝かせ、解き放つための呪文を紡ぐ。

 

Vierzehn, neun, acht. (14番、9番、8番)Drei Schwerter und Zerberuss ,(三連獣の魔剣) Synergie, (相乗)eine Mulde!(抉れ)

 

 刹那の打ち振られた『両手』から、螺旋のごとく重なった光が、魔神柱を直撃する。

 盛大なまでの光が通り過ぎたあとは、地面を焼き付かせた効果なのか、それとも違う魔術的効果なのか、砂礫の全てが様々な色に染まっていた。

 

 だが、そんなことはともかくとして……魔神柱にヒットした結果は―――。

 

「大穴を貫通させるとは―――」

 

 誰の驚愕の声かは分からない。しかし、根元付近の幹の太いところに巨大な穴を穿った刹那の宝石魔術。

 

 その結果を見たレティが―――。

 

「セツナ、昨日の大魔術といいムチャしすぎですよ!!」

 

「ムチャせずに勝てる相手かよ」

 

 言いながらもトドメ役をレティに譲る辺り、やはり『ダメージ』が抜けきっていないと思えた達也。

 

(そもそも刹那に頼りっきりなんだよな)

 

 

 想いながらも達也は強化術で縦横無尽に走り回り、駆けながらシャドウを切り裂いていく。直死の魔眼―――というものではない。

 専門家の言い方ではないが、偽・直死の魔眼といったところに『達也』では成り下がってしまう。

 

 

 しかし―――これを使いこなせれば―――。

 

 

(その時、俺の身体の支配権は『司波達也』のものになるのか?)

 

 

 それを嫌だと思わないのは、今の自分が本来の自分ではないと思えるからだろうか。

 

 かつて、刹那の母親はマラッカ海峡の辺りで『神を喰らった男』を拾った。その男―――青年は、三柱の神をその身に取り入れたことで、ある種の変質を果たした存在だったとのこと。

 

 レオに施術されたものは、それと同じらしいが……ある種、お袋(深夜)の達也に施した改造のアプローチと少しばかり似ている。

 

 それを考えれば、自分も―――ホントウの―――。

 

「達也さん!!!」

 

 思考の渦(ヴォーテックス)に取り込まれていた自分に気付けをする存在。

 

 光井ほのかだった。

 

 眼を輝かせて邪眼―――魔眼の類ではなく、ある種の現代魔法のそれを使って、達也を背後から斬りつけようとしていた存在を縫い付けていた。

 助かる想いと、あまり無茶はしないでほしいという両面の気持ちが発生する。

 

 シャドウサーヴァントの攻撃ぐらいならば、自己の回復でなんとかなる。

 

 しかし――――――。

 

 

「すまない、ほのか―――だがあまり無茶はしないでくれ」

 

「だ、大丈夫です! 達也さんのサポートがしたいんです!!」

 

「―――ピクシー! ほのかの守護を頼む!!」

 

「YES MASTER」

 

 

 嬉しさよりも、どちらかといえば心配が上回った達也の心情が、己のサーヴァントに下知を飛ばした。

 

 その時、正確無比な火炎放射と『鱗弾』とでもいうべき攻撃が魔神柱から放たれる。己の皮膚を飛び道具にするとは、と想いつつも、どうやら位置撹乱も意味を為していないようだ。

 

「対応が早すぎる。学習しているのか?」

 

『否、貴様らが脆弱すぎるだけだ。如何にヒトにあらざる能力を具えようと、その身がホモサピエンスの領域から逸脱・『解脱』出来ないならば、それは人理版図を揺るがすチカラでしかないのだ』

 

 瞬間、ハルファスが発動させたのは、魔術式ではなく『現代魔法』の式であり、達也の本来の眼にそれは視えたのだ。

 

 その魔法式は――――。

 

『ゆえに、貴様ら『擬い物』(まがいもの)に教えてやろう―――『流星群』というものがどういうものか』

 

「「流星群(ミーティアライン)!?」」

 

 

 瞬間、公園の夜空から星々も輝ける月もなくなった。漆黒に塗りたくられた夜空を前に、司波兄妹の声が響く。

 

 夜の帳に更に深い夜の帳が落ちて、そこに―――星の輝きが穿たれる。

 

 場違いなプラネタリウムから絶対必中の『穿穴光線』が飛んでくる。

 

 夜空に隙間なく輝く星が光線を吐き出そうとした―――としか言えない視え方。その実、既に穿穴光線が放たれて穴だらけになったという『事実』が再現されるはずなのだが……。

 

「―――後より出でて先に断つもの(アンサラー)……」

 

 刹那の背後にて浮遊して、回転の円運動を繰り返す『3つの球』が、盛大なスパークを開始する。

 

 下段に構えた拳に呼応して帯電する球が放つ『奇跡』を、夏の夜に自分たちは見ていた。

 

 そして―――。

 

 星輝(シャイン)が落ちてくる絶望的な光景(一部は対魔力でなんとかなる)を前に―――。

 

「―――斬り抉る戦神の大剣(トゥール・フラガラック)!!―――」

 

 アッパーのように伸び切った刹那のパンチングで、打ち出された球。

 

 ―――逆光剣の軌跡が築かれた。

 

 一筋のレーザービームは距離を進むごとに、攻撃範囲を広げていき、同時に途上にある硬球にかち当たるごとに巨大化していく。

 

 

 巨大化していくと同時に、それは『枝分かれ』もしていく。数学の確率で言う所の樹形図。

 それよりも凶悪な『拡散レーザー』が―――団子状に連なった球剣から上昇していく。

 

 さながら田舎に越してきた『姉妹』が出会った、クスノキの森の主の手助けで植えた木がどんどん成長するような様で―――。

 

 

『戦光樹』は、魔神柱たちに下から突き刺さるのだった。

 

 

 絡め取られて、突き刺さる樹の枝の一本一本が鋭利な槍として魔神たちに苦鳴をあげさせる。

 

 誰もが驚愕する結果。魔神が放つ流星群すらキャンセルした上での行為。

 そして、そんなことをやって退けた男の凄さに感嘆した時に―――――――。

 

 位置の関係上、刹那を見るべく振り向いた達也は―――――――。

 

 ―――盛大なまでの『吐血』をして崩れ落ちる刹那(しんゆう)の姿を見てしまった。

 

「――――――!!!!」

 

 リーナが何かを叫んでいる。

 

 それは明朗な名前を言っているわけではない……ように達也には聞こえていた。

 

 聞こえていただけで違うのだ。刹那の名前を絶叫(ハウリング)も同然に叫んでいるのだ。

 

 戦場に木霊するかのようなリーナの吠えたけるような叫び(HOWLING)をバックに戦いは、変化を果たす―――。

 

 

 

 



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第283話『色彩-Ⅲ』

なんかHFの特典で驚くべきことが分かったみたいですね。

うむ。並行世界に『個』として干渉するとはなんだったんだろう。

そんなこんなで新話どうぞ


「藤林さん!!」

 

「―――っ、寿和さん……」

 

闇の中にいたとしか思えない自分の意識が浮上する―――その切っ掛けをくれたのは、既知の警察官であった。

 

何となく人事不省となっている自分を感じて、何がどうなったかを痛む頭でも思い出す。

 

先程まで自分は軍の指揮車、様々な電子機器を満載にした車の中で、祖父『九島烈』の指示の下……様々な観測を―――。

 

そうだ。自分は車中にいたはずなのに、ここは車外、夜空が視えていた。

 

「――――思い出した! そうよ―――お祖父様は!?」

 

同乗していた祖父の顔が見えないことに、焦燥感を覚えた響子は起き上がり、寿和の面の近くで言うが、それを遮るように―――五指を真正面に見せながら寿和は話し出す。

 

「落ち着いてください。九島老師は、『吹き飛ばされた車』から救出しました。流石に歴戦の魔法師らしく、車に結界を張ったようですが……」

 

「それごと魔神柱の攻撃は押しつぶしたんですね……」

 

思い出したことで、頭が傷んだ響子だが……。周囲を見回すと、一台でちょっとした戦闘ヘリ一機分の値段をするものが、廃車コース一直線の有りさまで横転していた。

 

それを見てから最期に観測出来ていたことを思い出す。タタリの最終形態『アルクェイド・ブリュンスタッド』の擬体が意思と意識―――本来の自我を以て、そこから途切れ途切れの映像受信―――最期には地中から生えてきた魔竜のブレス。それの影響を受けて完全にやられたのだ……。

 

(アルクェイド・ブリュンスタッドは、私達を守らなかったのかしら……)

 

吉田幹比古、レティシア・ダンクルベールなど『舞台』に陣取った連中が無事であったことも理解しているが……。

 

黒いドームを作り上げて外部からの干渉をシャットアウトした真祖の手並みに恐ろしさを覚えつつ、これ以上はどうしたものかと思う。恐らくあの黒いドームには簡単には入れない。そもそも入れたとしても、あんな人外魔境の戦いで何が出来るというのか。

祖父である烈は負傷しながらも、その黒いドームの最前で睨むようにして眼を開いていたのだ。

 

そんな気持ちでいた所に……。

 

「アナタと九島の御老体に危難が及んだのは私達からのペナルティよ。もっとも、恐ろしい怨念返しは、これ以上続くんだけどね」

 

「―――――――」

 

冷たい。鋭利な氷の刃を思わせる言葉が、響子の後ろから響いた。ともすれば、意識どころか魂すらも持っていかれそうな声を発したのは―――。

 

現在、関西圏の古式魔法師たちを糾合して、第九研究所関連の魔法家にテロ行為を発している集団、その首魁の一人と見られている少女である。

 

「ア、ナタ―――」

 

声が出そうで出ない圧力。遠坂刹那の記憶で見たおぞましき魔術師(メイガス)特有の酷薄さ。まさしく血の香を纏う異端の存在に響子は呑み込まれた。

 

そして、その姿。衣装。それらが示すことが、一つだけある。

 

遠坂凛が第五次聖杯戦争にて召喚せしサーヴァント、『英霊エミヤ』のものにそっくりだったのだ。

英霊エミヤを『女体化』したならば、こうなのではないかというもの。

赤い外套。マルティーンの聖骸布を用いたコートは刹那でもご存知だが、彼女はそれを着ながらも、脚絆に黒のミニスカート、黒のニーハイブーツで脚線美を見せて艶美さを演出している。

 

ヒトならざる魔性の美しさを引き立てるその姿に、響子を心配していた寿和も一度だけ眼を奪われた。そのあとには、兵法家として警察官としての意識で、少女の介入を拒もうと口を開いたのだが……。

 

目を向けられただけで……。

 

「どうぞ……ご、ご自由―――n……」

 

「まさかレジスト(対抗)されるか。ああ、その首元の護符か……セツナ」

 

歯を食いしばって、最期の口舌を言わないように『反抗』している寿和に対して、少しだけ苛立たしげに吐かれる冷徹な一言。

 

そのあとには魅了の魔眼が輝きを増して―――寿和の心を自在にしようとしたのだが。

 

「―――ご、ご自由―――n―――なるわけねぇだろ!!!! 刑事(デカ)の意地をなめんじゃねぇ!!!」

 

十手を脚に突き刺した痛みで耐えしのぐ寿和が、魅了の魔眼から脱して、現場(げんじょう)に対して無断で入ろうとする素人相手に対して叫んだのだが……。

 

『構わん。入れてやれ寿和―――『うえ』からのお達しだ』

 

「ハクさん……!?」

 

いきなり飛んできた通信に寿和は驚き、しかし―――回線の向こうにいる安宿警視も、怒りを以て口を開いたのだと分かり、それでも何をするのかを『イリヤ・リズ』に尋ねる。

 

「愚問。中で戦う戦士たちの手助けですよ。まさか、私がこの場で『何』を標的にするかを間違えるとでも?」

 

「―――……信用していいのね?」

 

響子は関西の古式魔法の家として、この乱痴気騒ぎの中で、関東圏の現代魔法師の家にも『牙』を剥くのではないかと懸念した。何より十文字、七草、司波兄妹……そして自分の再従妹(はとこ)にまでも。そんな懸念をまとめた響子に対して、錬鉄の英雄を思わせるリズは、呆れた顔を見せてから告げる。

 

「アナタにとっては義弟に当たるだろう相手は、私にとっては実弟なのだから、当然――――それでは―――」

 

その言葉の後に、寿和と響子に背中を向けて黒いドームに正面から相対するリズの姿。

 

そこに三人の美女が后妃付きの女官よろしく、後ろに控えるように現れる。

 

「サーヴァント……」

 

霊体化を解いたサーヴァント三騎。当然、響子には気配一つ感じ取れなかった。恐ろしい存在だ。

気配遮断というクラススキルを持つアサシンでなくても、こういったことが出来るのが、反則である。

 

(霊体行使の家である藤林家でも、ここまで隠密性の高いものを使えない……)

 

そんな風に考えつつ、目の前に現れたサーヴァントは、男女問わず誰もの眼を惹く。そして何より……。

 

「とっくにクリスマスは終わったんだがな……」

 

それに一番、寿和が注目してしまうのは仕方ないとはいえ、響子にくさくさした思いが生まれてしまう。

 

「良かったですね。『小麦色の肌』『金髪』『ケモミミ』の属性たっぷりの『ミニスカサンタ』が見れて」

 

「ちょっ、いたいですよ! そして声が冷たい!!」

 

寿和の怪我の手当をきつくしてしまうのも仕方ない。確かに現れた三人の美女の中でも『彼女』だけが異質なのだから。

異質云々以前に、あまりに媚態を強調した―――つまり響子は、少しの嫉妬というか、あれぐらいの衣装は―――。

 

(年齢的にキビシイわよね……)

 

再従妹であるリーナが、度々ではあるが、彼氏の為に『夜な夜な』コスプレをしていることとか聞いたときから、もうなんと言えばいいのか……。

 

「こちとらもう若くてピチピチじゃないんだよ―――!!!」

 

いろんな感情を爆発させて、叫ぶしかなかった響子であった。

 

「死語! 完全に死語ですよ響子さん!……そんな無理して若さを取ろうとしなくてもいいんじゃないですか。まぁ女性は違うかもしれませんが、お互いに正しく歳を重ねませんか?」

 

「む、むぅ……まぁいいですけどね……」

 

寿和に窘められて落ち着く響子。そんなやり取りの間にも、イリヤ・リズと三騎のサーヴァントはドームの中に呆気なく入り込んだ。

かつては世界最高の魔法師と呼ばれた祖父や、他の高位魔法師たちでは進めない壁を、何事もなく進んだ連中に、何とも言えないものを感じつつも、状況が知れないのがもどかしかった―――。

 

そんな響子が案じたドームの中での状況は、『最悪』ではないが、それでも『良好』とはいえないものを孕みつつ進行していったのだ。

 

 

刹那の口から鮮血が飛び散ったあと、それを遅れて見た面子の中で、飛び散ったその血を即座に分解したのは、達也なりの判断であった。

死徒たちが血の香に惹かれてバーサーク状態になるのではないかという懸念である。

 

「―――助かりました。幾らかは衝動を抑えきれますが、それでも魔法使いの血は魅力的だ……」

 

『シオン』がそんな風に言って、こちらに感謝を示すも顔は真っ青だ。

 

「我々の難儀な点だな。そして―――」

 

どうやら、ここまでだ。

 

そんな言葉が聞こえつつも、どういう意味だと聞きたくなるぐらいに、吸血鬼集団は、その身を霊子と魔力に換えられていた。ようするに―――『分解』されているのだ。

 

「―――そんな、なんで!?」

 

だが、そんな中で『弓塚さつき』だけが、その分解の中から取り残されていた。どういう意味なのか。何故、刹那が倒れた瞬間に、そちらにまで影響が及ぶのか―――。

 

『――――我がことなれり! ここまでいい気分で我が身を叩いてくれたのだ。『地道な作業』であったが、その代価はきっちり頂いたぞ!!』

 

戦光樹―――北欧神話で言うところのユグドラシルのようなものに絡め取られながらも、魔神柱は哄笑を止めようとしない。

 

『説明を求めているようなので、言ってやろう。ハッキリ言えば、そこの男は無茶をしすぎたのだよ―――連日連夜の魔術回路・魔術刻印の酷使。通常の魔術師ならば、全てが壊死していてもおかしくはないはずだが、よもや固有結界の展開をしても、いまだに五体満足とは―――だが、今夜(トゥナイト)が限界だったな』

 

魔神柱の説明は分かりやすかった。原因は察せられる。

これは単純に刹那の特異性だろうということだ。彼の生家・故郷は、周期こそあったが、魔術師七人、英霊七騎の『戦争』が起こる土地だった。

起こった後の決戦・決着までの期間はまちまちだが、それでも平均して十日間以上の戦いが続く、正しくバトルロイヤルなのだ。

いまでこそ離れてしまったが、その『戦争』にて連綿と培ってきたDNAが、今日までの激戦、そしてアルズベリで戦わせてきた原因だろう。

 

だが、それでも――――。

 

(ここまで、いきなりなノックダウンなんてあり得るのか?)

 

現在、『3つ』の魔術刻印。左右の腕、背中―――背中は、少々事情は違うかもしれないが、それでもそれらが刹那を回復させようと必死で輝いている。

その様子。完全に意識を無くして倒れた刹那の様子に、荒ごとに慣れていないほのか、七草の双子は、顔を蒼白にさせている。

 

(あるいは、この三人も刹那がそんなことになるとは思っていなかったかだ)

 

この間、自ら死に向かった達也だが、もしかしたらば、あの後のほのかの様子はこんな風だったのかもしれない。

 

魔術刻印は確かに、刹那を回復させているが、当然、それだけに頼っていては回復が覚束ないことは自明の理。何も言わずとも、回復術を得手としている人間たちが、術の重複をしないように、順番に刹那に掛けていく。

 

「レオ、次はワタシがやるわ!」

「……頼む!」

 

レオの棍棒―――ダグザの復活神としての側面を介した回復術が刹那の臓器を治した後には、リーナが割り込むように言ってきた。

 

それをレオは非難する気持ちにはなれない。仰向けに倒れた刹那の頭を腕で抱え込みながら回復術―――魔術回路の瑕疵(キズ)を直しながら、心肺の安定を図るリーナの眼からは、涙が止めどなく流れ落ちていた。

 

「ワタシには分かってる。セツナが、死ぬわけない! ここで終わるわけないのよ!!」

 

我慢をしようとしたのか、青色の眼(ブルーアイズ)にいっぱいの涙をためながら、それでも溢れ出る涙が刹那の顔を濡らしていく。

 

直接的な魔力の注入が、刹那を回復させていくのだ。悲しみの乙女の涙すら、昏倒させた魔術王(ウィッチキング)を癒やすかのようだ。

 

(―――俺の再成で幾らかは治せそうだが)

 

その役目はレオが代行してくれた。魔術回路や刻印の損傷に関してなど諸々は、リーナに任せればいい。

 

達也がやるべきは―――。

 

「お前は、刹那に何をしたんだ?」

 

―――魔神に問いかけることであった。答えてくれるかどうかは賭けであったが、己の勝利を確信して饒舌になっているのが、今の魔神柱ハルファスの状態だ。ならば、答えるはず。

言葉の一片、断片だけでも相手を出し抜くことを見いだす。それが今の自分の役目だ。

 

『呪術―――というのを知ってるかねデストラクト? はたまたコンピューターウイルスというものを』

 

バカにしてんのか? と想いつつも、言わせるがままにしておく。

 

『この男は、確かに肉体的なスペックにおいては、この『魔獣嚇』のボディを叩きのめす威力はあった。だが如何せん、我が身に触れるということは、それだけ『呪波』を浴びるということだ。神鉄のルーングラブでの打撃とはいえ、あちら(刹那)が攻撃を加えると同時に、こちら()あちら(刹那)を呪っていたのだよ。そう接触型の汚染術式、はたまた感染呪術といえるだろうな』

 

お前はゴンズイ・オニカサゴ(海の毒魚)か、ヤマウルシ・イラクサ(山の害草)か。などと言いたくなるのだが、『妙な話』だ。

 

「そんな! セツナは呪い(カース)への抵抗力は強い!! カレの使うガンドは、『この世全ての悪』(アンリ・マユ)を加工したものなのよ!!」

 

リーナの言う通り、遠坂家の秘術 俗称・遠坂流ガンド術奥義『極死無双』。それを使う刹那は呪術を得意としているわけではないが、というか現代魔術では呪術は『魔術』でないとかいう話を聞いたが……。

 

ともあれ、そういったものを『聖杯汚染』の泥から作り出して、親子二代で作り上げた刹那の家の歴史を感じるものを―――そんな簡単に?

 

そんな達也の疑問に答えが出てきたのは意外な所からだった。

 

『すまねぇ相棒!! どうやら俺の概念霊基が利用されてしまった!!!』

「アンリ?」

 

レオに憑いているサーヴァントが嘆くように言ってきたのを全員が聞いてしまう。

 

『―――『遍く示し記す万象』(アヴェスター)。ゾロアスター教の聖典から『報復』の要素を抜き出した偽典 『偽り写し記す万象』(ヴェルグ・アヴェスター)

原呪術という最古の呪詛を、そこの男(レオンハルト)に憑いている怨天大聖のチカラを反転させることで、呪詛を定着させたのだよ』

 

『攻撃されると同時に、こちらの攻撃を反転して呪詛としていたとは、随分と器用な真似をする……ね』

 

『即効性のボディブローをありったけ食らったのだ。それぐらいの代金は置いていってもらわなければな』

 

専門的なところこそ細かくは分からないが、ダ・ヴィンチとの会話で分かったことは―――刹那は、相手方からカウンターを食らっていたようだ。

遅効性の恐ろしく見えない『毒手』。そして友人を攻撃するために利用された形のレオの怒りが場を圧倒する。

 

『だが、何故―――坊やが契約しているサーヴァントだけでなく、弓塚くんを除いた死徒集団まで不調に陥っているんだ?』

 

『これ以上のネタバレは止しておこう。だが、我らの仇敵にして盟友レオナルド・ダ・ヴィンチ―――もはや詰み(チェック)だとは思わないか?』

 

勝利を確信して馴れ馴れしくダ・ヴィンチちゃんに話しかけるハルファスだが……。

 

『いやーそうでもないんじゃないかなー。こういう時ってさ。大概どこからともなく助けが来るもんじゃないかな?』

 

通信機越しの言葉とはいえ、笑みを含んだ言葉(だろう)を掛けるダ・ヴィンチに何かの援軍の予定があるのだろうか?

 

そう問いかけたいが、それを許さない環境・状況。そして昏倒している刹那の姿……。

 

(うん?)

 

疑問を持ちながらも状況は動く。魔神柱との彼我の距離は空いているとはいえ、安全圏ではない。

 

動けないでいる刹那を狙うように鎌首をもたげる魔神柱―――予想される攻撃は―――。

 

 

―――歴史侵食 ハルファス―――

 

先程は刹那の宝盾二層で食い止めた最大攻撃。それが戦光樹の網に絡め取られながらも放つ様子だ。

 

しかも生き残っている首や、首が無くなったはずの柱すらもワイヤーフレームのような魔力の線でで擬似的な『首』という名の砲身を作っていくようだ。

 

強烈なエーテルの高まり。マズイ。放たせるわけにはいかない。

 

そう考えた瞬間……刹那と経路(パス)が繋がっているサーヴァント達が、重々しそうに立ち上がり撃たせまいとした時に……。

 

『きひひっ! 絶体絶命のピンチに颯爽と戦場に現れる英雄の気分とはこういうものかっ! 体験する側になるとは思わなんだぞ!! だが、それもまた遊興よなぁ!!』

 

『人の世は騒がしいわねー。けれど、それはあんな『蛇』もどきによって起こる騒動じゃダメよ~。やっぱりね。『災厄』ってのは、私達みたいなのが起こすべきよ!』

 

『ちょっ! アンタら、その中に私を入れるなし! ワタシはどっちかっつーと善良寄り、あっ、だからって、お前の属性は中立・悪だろ なんてツッコミはナシナシ!!』

 

騒がしい声が聞こえてくる。同時に、魔神柱たちに盛大な攻撃がヒットする。

 

多くの豪雷纏う槍―――否……。

 

「「金剛杵(ヴァジュラ)!?」」

 

幹比古と沓子の言葉が重なったことで、名前の通りならば法師の法具というには尖すぎる(スパイク)が伸びた武器の名称が分かった。

 

地上に奔る閃雷。落ちてきたヴァジュラの裁きが、地表を蹂躙する。そして、その後を追って緑光の波動とでも言うべきものが、それを追うかのように放たれる。

どれもこれも『サーヴァント』にしては苛烈すぎる攻撃能力。

 

「フィニッシュは私でキマリ♪ とはいえしつこいなー。まだまだ霊基が有り余っているし」

 

両剣(ツインブレード)、あるいは両牙槍(ツインタスク)とでもいうべきものを颶風、暴嵐の勢いで振るう女が空中を跳びながら魔神柱を斬りつけた。

 

それを終えると地上に落着する姿に一瞬だけ天使を感じたが、それは思い違いな気がした。

 

だって―――サンタなのだから。

 

「此処から先は!」「わえたち!」

 

色黒な肌でそのボディの媚態を強調した女性二人、前者は腰に勾玉の飾りをつけた―――強烈な衣装に角をい四本ほど生やしている。

 

後者は、スカートの丈が短い黒のドレス。黒いファーをつけたものを着込んだ女性だ。

 

名乗り文句の締めは―――季節感を完全に無視した『ミニスカサンタ』衣装の女性で、……その姿とかメイクの在り方とか達也は若干頭が痛くなりながらも、それを聞き届けた。

 

「CYBER SERVANT DANCERS に任せるし!!」

 

ダブルピースをするサンタを筆頭に三人全員が決めポーズをして、こちらに見せつけてくる。

 

サイバーサーヴァントダンサーズ……謎の黒ギャル(2090年代では絶滅危惧種)サーヴァント集団の登場に―――全員が疑問に思うこと。

どこに『CYBER』な要素があるのか分からないが、それでもその集団を見た瞬間、幹比古が盛大な『鼻血』を出したことは、ちゃんと記しておくべき事実であろう……。

 

 

 



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第284話『色彩-Ⅳ』

「リーズ……申し訳ありません。どうやら、ここまでのようです……」

 

「いいさシオン……正直、刹那くんとの連続の戦いで限界が近かったんだ。あっちのシオンの申し出は……最期のチャンスだったね」

 

いい夢を見させてもらったよ。そう言わんばかりのリーズバイフェの微苦笑を見て、弓塚さつきはボロボロと涙を零す。

 

「なんで、ふたりと一緒に……もういちど――――」

 

あの路地裏に帰りたかったというのに……。そして、いつの日か……再び日の下を歩ける生活を三人でしたかったのに。

 

「さつき、どうやら我々は『強制排除』されるようです……アナタだけは、『この土地』に縁があったようですね―――不覚です」

 

「シオン、シオン!!」

 

「泣かないでください。私まで……泣いてしまいそうになる……」

 

「そうだな。女の子を泣かせてしまうなんて騎士として、音楽家として失格だ。最期の音色が、これだなんて」

 

「リーズさぁん……!」

 

涙をためる錬金術師と聖堂騎士に駆け寄る制服姿の死徒の少女を、二人は抱きとめる。その眼から涙が溢れる―――三人の少女が泣きはらすその様子に景虎は―――何も言えない。

 

離別。人が死ねば、それは当然の話だ。

弱ければ殺されるし、食われる。それは摂理。

 

だが……。いま『さつき』と二人の少女は弱いから負けたのか? 違うはずだ。

 

こんな道理も筋も通っていない敗北など、あっていいわけがない。そう感じるのは―――きっと、それは……。

 

 

 

―――アンタに必要なのは、ヒトと繋がることだ。神仏だけに身を預けたとしても、それは苦界に生きる人々を何も助けない!!―――

 

―――長尾景虎! アンタの国をアタシが奪って、越の人々に、人の世の幸せを、本当の意味でアタシが教えてやるんだ!!―――

 

―――アンタも、その一人にしてやりたいよ! 温泉入って、美味しいもの食べて、そして―――生きていることを楽しませたい!―――

 

―――こんな世の中だからこそ、生きるのを諦めるなッ!!!―――

 

 

そんな自分勝手な言葉ばかりを言いながら、何度も殺し合った相手は、呆気なく他国で死んでしまった。

 

時の将軍の要請を受けて、上洛しようとする途中でのことだった。

そんな獅子兜を被った武将のことを……お虎は何故か思い出してしまった。

ナゼかは理解できない。だが一つ言えることは―――。

 

「さつきは、私がお守りします。安心して浄土か『ぱらいそ』か……はたまた何であるかはわかりませんが、憂いは解消してみせます」

 

言葉と同時にさつきの側に寄って肩に手をやる。そうすることが『正しい』のだと、何故か思えたのだから。

 

「ああ、安心した―――だが、『影』だけは残せる……さつきを守るために『使ってくれ』―――人理の守護者よ。頼んだぞ!!!」

 

「リーズさん!!!」

 

持っていた弦楽器であり槍であるものを握りしめて『魔力』を込める、リーズバイフェ・ストリンドヴァリの消滅が加速する。

 

「どうやら、私も覚悟を決めるときのようですね……魔神柱、いいや『大淫婦の使い魔』―――アナタの好きにはさせませんよ……」

 

奥歯を噛み締めて『シオン』は、四方八方にエーテライトを飛ばしていく。その放射された『糸』の軌跡がかろうじて見えるだけであり、何をしているかは、よく分からないのだが。

 

だが、その行為が消滅を間近に控えた彼女の負担でないわけがないのだ。

 

「生きてください。さつき―――そして、アナタの街。■揶の街へと必ず帰ってくださいね」

 

「シオン!!」

 

涙を流しながら、光の粒子に還る『シオン』を掴もうとしたさつきではあるが、その笑みを浮かべたシオンから全ての感触が無くなった瞬間……その手は空振ってしまった。同時に、今までのことが嘘であったかのように、死徒たち……リーズバイフェの騎士たちも、団長であるリーズバイフェともども消え去ったのだ。

 

まるで夏夜の幻霊、一夜だけの奇跡のように。

 

「………!」

 

空振った腕の中になにもないことを嘆くさつきに対して―――。

 

『厄介な死徒崩れどもには、『意味消滅』が利くものだ。しかし、一匹余計なのが残った―――貴様はこの『TOKYO』に縁を持つようだな……魔宝使いもろとも―――貴様もこの場で消し飛ばす!!』

 

「さつき!」

 

崩れ落ちた弓塚さつきを抱えて、砲撃合図をする魔竜から逃れようとした景虎ではあったが―――その前に闖入するものが、一人と五騎(・・)のサーヴァントの存在を景虎は感知する。

 

(マスターの運命は、随分と苛烈なものがあるようですね)

 

だが、勝利の二文字を手にするには、何かが足りないのだ。

 

補うべきなのは―――なんだろうか。もはや出かかっているにも関わらず―――『さいばーさーゔぁんとだんさーず』なる集団の過激な攻撃でもまだまだ消滅しない魔獣を、景虎は『にらみつける』のだった。

 

 

「ずいぶんなザマね。セツナ、まぁ私を邪険にしてきたバチってところね」

 

「イリヤ……」

 

「リズ―――」

 

CYBER SERVANT DANCERSなる黒ギャルサーヴァント(爆)たちの背後から現れたのは、それとは真逆の、この季節に沿いすぎている雪のような肌をした―――「ハーフホムンクルスの娘」。刹那の記憶……というよりも『衛宮士郎』の刻印が見せてきた記憶だけならば、魔法師とは似て非なる魔導の被造物と人間のハイブリッドである。

 

赤い衣。マルティーンの聖骸布を元にしたコートを着込んだ彼女の姿に『英霊エミヤ』……克人に似た声のヒトを思い出した真由美は、そんな言動をするリズに食って掛かる。

 

「アナタにとっての実弟(おとうと)でしょ!? なんでそんな態度が取れるのよ!?」

 

「さぁて、どうしてだろうね?」

 

おどけた態度を取るリズだが―――。

 

「イブキ、ヴリトラ、スズカ。魔獣嚇を抑えておいて」

 

「かしこまっ♪ アンタの頼みを聞くように、カズ君からも頼まれているからね♪」

 

「むしろ、そこの『脱皮途中』の美少年を食べたいんじゃが……」

 

「きひひっ! 死の淵から立ち上がろうとする勇者を守護するために、強敵でありライバルとして、時には仲違いもしてきた人間たちが決死で悪漢敵役(ヒールヴィラン)に立ちふさがる。わえが好きなシチュエーションよな―――もっとも、わえは悪徳側になったり、それを見て楽しむ側なんじゃが」

 

「アンタの某海賊漫画好きに関しては、何も言わないでおくわ……」

 

小麦色の肌のミニスカサンタが横ピース+ウインクをしながら了承してくるが、他の2騎は少々違うようだ。

 

物欲しそうに刹那を見るノースリーブの縦セーターを着込んだ女性―――尋常の存在ではない証として角や尻尾が見えている。ただあまりにも、この戦場においては媚態を強調しすぎているともいえる。

 

ヒト(ではないだろうが)の悪い笑みを浮かべる黒いドレスにブロンドの美女は、そんな風に長々とこの状況に対する感想を述べてきた。

 

だが言っていることを要約すると。

 

『少年漫画的展開燃える!!』

 

それになってしまうのだった。

 

なんなんだこのサーヴァント達はと思ってしまうのだが―――。

 

それでも、刹那の戦線離脱に一時的に不明になっていた自分たちが立ち上がる余裕は出来たとして、克人は立ち上がり、声をあげる。

 

「心強い援軍だが、俺たちもこのまま座しているわけにはいかんな」

 

「こういう時に率先して行動出来る男子って、私 好きよカツト」

 

そんな克人に、ウインクひとつと共に魅了の呪文でもかけるように言葉をかけられた克人は、うめいてしまうのだった。

 

「う、うむ……遠坂を頼めるか。リズ?」

 

「直に目覚めるけど、少々手助けしてあげるのが道理でしょうね。私を邪険にする弟だけども……それでも家族だもの―――ね」

 

言葉と共に、高密度の魔力結晶を『いくつ』も出現させるリズ。

 

それを観測していたレオナルド・ダ・ヴィンチが驚く。

 

『大気中のマナを凝集させた魔晶石……随分と大盤振る舞いだね。イリヤくん』

 

「あとでアトラス院や魔法協会もろもろ、関係各所からふんだくるための先行投資ってものなので、アーティスト・ダ・ヴィンチ」

 

この女に何を要求されるのか分からないが、それでも限界が近かった連中も多い中、サイオンとは似て非なるエネルギー源だが、心身に活力が戻ってくる。

 

「どれぐらいの時間を稼げば?」

 

「40秒で十分よ」

 

端的なやり取り。達也とリズの間には特に交友関係は無いからだが、この場ではそれが幸いした。

 

リーナの膝枕で頭を預けられていた刹那に近づき、刹那の魔術回路に己の回路を繋げるイリヤ・リズ。

 

そして、魔力結晶を手にしたまでを見たあとには、戦光樹に捕らわれた魔神柱あらため魔獣嚇が動き出す。

 

40秒間の時間稼ぎ。その前に確認すべきことが一つ。

 

「幹比古、刹那が吐血したんだ。お前の鼻血は大丈夫なのか?」

 

なにかよろしくない『呪い』を食らったのではないかという疑念を吐き出したのだが……。

 

「だ、大丈夫だ達也、問題ないよ。僕自身に不調はないから」

 

それならばいいが、という言葉を吐き出す前に、魔獣嚇は攻撃を再開する。

 

それを前にして、幹比古は鼻血の原因を思い出していた。

 

(あのスズカとかいうミニスカサンタ―――『はいていない』!!)

 

いつぞや狭い車内でラニⅧの『はいていない』を目撃した幹比古だが、耐性はそんなものではつかない。

 

ようは―――助平なのであった。

 

そんな幹比古の事情など知ったこっちゃない魔獣嚇は、魔力攻撃ではなく肉弾戦とでも言うべき攻撃を開始して、鎌首ごと地面を叩く。

 

俗にヘッドバンギング的な行いで大地を叩いてくるのだ。

 

巨大な質量による打撃の影響はスタン効果すら及ぼし、こちらを停滞させる。

 

だが……。

 

「カズくんの為にも、アンタたちの首を刈り取らせてもらうし! 首よこせー♪」

 

「あんなふざけた格好の英霊に負けられない!」

 

「同感です。ミス・エリカ。同じような声の持ち主として負けられません。MASTERタツヤが望むならば、私もパンツは穿きませんが」

 

……ピクシーだけは若干違うが、ともあれ英霊に対抗するように、エリカと駆け抜けていく。

 

スズカ……恐らく伝説にある鬼女『鈴鹿御前』であろう黒ギャルサンタ(爆)は、エリカ以上に軽快に得物を振るって魔獣の外皮に裂傷を負わせていく。

 

「……手で『操っていない』?」

 

槍だろう武器を左右で大車輪させての斬りつけ。高速で動き回る裁断機を思わせるそれを、鈴鹿御前は手で振るってはいない。

 

「恐らくだけど、鈴鹿御前はどちらかといえば『キャスター寄り』の英霊なんだと思う。刹那がいないから、当て推量だけど、かの鬼女に剣士としての逸話はあまりないんだ」

 

「どちらかと言えば、のちの奥州、出羽などの地域を治めることとなった、坂上田村麻呂の『助力役』としての逸話の方が有名じゃからな」

 

あまり伝説・伝承に詳しくない達也だが、幹比古と沓子からそう言われれば何となくは理解できる。英雄というのは、その武勇だけでなく『持っている武器』によっても固定されてしまうものなのだろう。

 

(しかし、キャスター寄り。エリカから見れば『雑な剣術』でも、サーヴァントの身では、どれもこれも魔法師では対抗しきれない殺しの技だ)

 

となると、ヴリトラ……イブキというのも何となく程度には出自を理解する。

 

理解しながらも、攻撃は続行。離れたところから魔弾を細々と放つもさしたるダメージではない。

 

やはり刹那のように直接的な魔力を叩き込む方法が、彼我の戦力差を覆すのだろう。だが呪いが還ることを考えると、武器による『間接的直接攻撃』がいいはずだ。

 

「セツナ!!!」

 

離れたところ、轟音がとめどなく響く真っ只中にいても、リーナの声を『情報』として『精霊の眼』で受け取った達也は、その声に安堵があることで、こちらも少しだけ安堵する。

 

だが、魔神柱改め、魔獣嚇に対する手段()があるのか?

 

眼を―――『直死』に変える―――『あんなもの』は見たくないが、それでも、これだけが、達也の―――。

 

「きひひっ! 待て、そこのヤマ(閻魔)の眼を持つ小僧よ!! その眼を使うのは止めはせんが、使い時というものがある。百倍返しをする時というのを見定めい!!」

 

そう考えた時、ヴァジュラという法師の法具を達也の足元に紫電と共に投げ放たれたことで、発動はキャンセル。

同時に聞こえてきた快活ながらも面白がりで、愉悦を求める言葉に、むっとする。

こんな危急存亡の秋だというのに、そんな悠長なことしていていいのか?

 

そう邪龍ヴリトラに対して反感混じりに思っていたのだが、状況に変化が現れる。

 

「なんだ?」

 

後ろに集う連中――――その中でもレティシアの『力』が高まるのを感じる。

 

『フィアジカマター!!!』

 

危機を覚えたのか、鈴鹿御前やエリカにズンバラされている真っ最中でも、構わず多くの魔力球(スフィア)を放ってきた。

 

巨大な魔力物質。まだこれだけの力を蓄えているとは……どこに力の根源があるんだ?

 

疑問を懐きつつも、あちこちに着弾する前に分解を仕掛ける。

 

これ以上、東京の土地を崩されては困る―――。

 

などと思っていたのだが……。

 

『―――ようやくこの窮屈な地面から飛び立てる……』

 

達也が魔力球を分解したことが契機であるかのように、魔獣嚇は、土砂を退けて土煙を上げながら、その身を空中に飛ばした。

 

その際の体積の急激な移動から戦塵が、とんでもない勢いで吹き荒れる。

 

全員が眼を覆って、吹き荒れる戦塵から眼を保護する。まるで西部劇にある荒野のように、既に公園は荒れ地へと化していた。

 

ついに東洋龍よろしく長い胴体を空中に踊らせた魔獣嚇を、誰もが見上げる。

 

『まさか飛行能力まで有するとはね。しかし魔力の供給源からは離れたようだな』

 

『魔獣嚇は、東京の地脈と地下にある『遺骸』から力を吸っていたようだ。こちらからの観測では何も見えなかった……何か『他の供給源』があったのか?』

 

『いい推理をありがとう。レオナルド・ダ・ヴィンチ、ロマニ・アーキマン。しかし、それはまだ『先の話』だな。

だが、供給源ではなく『楔』という意味での人物ならばお見せしよう』

 

訳知り、まるで既知の友人同士のような会話が終わったあとに、荒野に吹き荒れる戦塵が収まったのを見計らって、魔獣は見せてきた。

 

予想していなかったわけではない。

予期できていないわけではない。

予見は、示されていた。

 

とぐろを巻くような体から光り輝く球体が出る。その中心に女の姿を見る。

 

達也と深雪にとっては、よく見知った人だ。亡母とは瓜二つ―――魔術世界では鏡合わせの自分であるとも言える存在。

 

司波深夜の双子の妹、『四葉真夜』の精神体だかアストラル・バディなんだか知らないが―――それは裸体のままに、魔獣嚇という邪竜・魔竜に囚われた姫のようだった……。

 

 

時は少し遡り、刹那の治療にかかったリズは、これならば『荒療治』でいいだろうと思えた。

 

「……リズ先輩、セルナは治るんですか?」

 

「問題ないわ。どうやら呪いがある種の魔力の循環を留めているようね。それが生命維持に澱みを生じさせている」

 

愛梨の言葉で説明すると、思い出すことがある。リズリーリエの母親が『父親』を拘束した際に、『父親』は強烈な魔力の奔流で暗示を洗い流したそうだ。

 

強心剤も同然の魔力結晶を使いながらも、細心の注意で魔術回路に処置を施していく。

 

アトラス院のエーテライトで保たせていてくれたことに感謝すると―――魔術刻印が急激に活性化、魔術回路は今まで堰き止められていたところを取り除かれたせいで流れを取り戻す。

 

(これだけのことがあっても魔術回路に変成することもないか。随分と強靭……)

 

そう思いながら手を離して、見下ろすような形で刹那を見ていると、意識を取り戻すように大きな呼吸が吐かれた。同時に少しの吐血も起きる。

代替呼吸をしていた刻印の効果が切れたようだ。

 

「―――がはっ!」

 

「グーテナハト、気分はいかがかしら? トオサカ」

 

「さいs『セツナ!!』ぶっ!!!」

 

恐らく自分に悪態をつこうとした刹那だが、その前に膝枕をしていたアンジェリーナ・クドウ・シールズの乳袋に顔を埋められて、こんな状況下でも愛梨の怒りが有頂天。

 

少しだけ頭を痛めながらも―――。

 

「やるべきことは『理解』しているわね?」

 

確認は怠らない。

 

「―――ああ、それを俺に『やらせよう』ってのが、あんたの考えなんだな?」

 

女に抱きしめられながらも、理解は及んでいるようだ。

 

そのために神霊級のサーヴァントを『連れてきた』のだ。自分(リズ)のサーヴァントではないのだが、今の『連盟』において、この状況で何もしないでいるわけにはいかないのだ。

 

「その為に結んだ協定だったはずよ。刹那、あの場―――九校戦でつけた話は、いうなれば『アインツベルン』と『遠坂』の盟約確認も同然だったはず―――違えはしないわね?」

 

内心では『ぐずっている』弟を看破した言い分。周囲の連中は、訳が分かるようで分からない想いでいたのだが、状況は既に予断を許さないものになっていく。

 

リーナの抱きしめから離れて立ち上がる刹那は、まっすぐにリズを見ながら告げてきた。

 

「―――いいだろう。どの道、どう転ぶかなんてわかりゃしない。『運命』に対して改変を仕掛ける。馬鹿げたことを、俺が積極的にやると思うなよ姉貴。仕方ないなから―――やる。でなければ、ただ一人にしか支えきれない世界になるだけなんだから」

 

淋しげな、寂寥感を宿す言葉を吐き、そして大きく息を吸い込む。

 

決意するべき時が来た。魔獣嚇は遂にソラにその巨大な蛇身をくゆらせてきたのだ。

 

 

―――迷ってはいられない。

 

 

「―――『レティシア・ダンクルベール』=『ジャンヌ・ダルク』。力を貸してくれ!!」

 

刹那が『右手』を差し出して、声をかけた相手は、それを承諾した。

 

「心得ました。この時こそが、英霊ジャンヌ・ダルクが、私に憑いていた理由。理解しましたよ―――すべての運命を、あなたに、そしてこの世界の『アラヤ』に預ける時……!」

 

その右手を取り、聖女が霊基を最終降臨にした瞬間、背中にある『赤色の四枚羽』の刻印が大きく展開した。

 

何かが起ころうとしている。

 

明朗ではないが、それでも理解したものたちは多い。

 

 

そして……。

 

ソラを駆けていく何条もの流星が、見えた時……『奇跡』は一瞬にして始まるのだ。

 

 





おまけ『そのころ、ネコはのたもうた』


「もしもしコトミー? 吾輩覚えてるかい? そう。汝がペンフレンド ネコアルク・カオス・サード〜。HF出演おつかれ〜残虐無道なステゴロ堪能させて え? サードはついていなかった気がする。そいつは些末な鯖つ(?)だ。
まぁそれはともかくとして、現在進行系で吾輩を助けてほしいんだが―――何ぃ!? 『娘』が、行方不明になっただとぉ!? こいつは事件のニオイがぷんぷん魚粉のように漂うぜ!! ほうほう。現在TOKYOにいるわけね。で、『はいていない娘』は、いきなり荷を解いてどっかに行ってしまった、と――――――そのうち帰ってくんじゃね?
いずれにせよ、吾輩は現在謎の紙袋仮面によって――――――――」


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第285話『色彩-Ⅴ』

全く関係ない話だが、ようやく我がカルデアにも通常のジャンヌダルクちゃんを呼ぶことが出来ました。

今まで個人的な印象だが渋かったガチャが、緩くなったような気がする。まぁ今回だけかもしれませんが。

やはり『外側のウマ』と『内側にいるウマ』とで、DWもアレになっていると思われる。

革命が失敗に終わった以上、次はどんな一手を放つのか―――とりあえずNotes.及びTYPE-MOONの方に迷惑を掛けないでほしいというのが、正直な気持ちである。



 

「アーサー王、アルトリア陛下!」

 

刹那とのパスが回復したとはいえ、不調の真っ只中にいる三騎のオルタズを心配するのは、英国の騎士。

 

大変であるとして、三騎を引き連れて戻ろうとする前に引き止められた。

 

「ダメだ。モードレッド! いま、我らが後ろに下がれば、魔獣嚇に回復の暇を与えてしまう。他の誰かが後ろに戻ろうと常に前に出て、圧を掛けるべきなのが、我らの役目だ!」

 

「け、けれど……!」

 

はっきりとした視線。意志の強い瞳を向けられて、英霊モードレッドの触媒として生きてきた少女は戸惑う。

 

憧れてきた黒い聖母。故郷で崇拝されていても、この時代に至ったことで『再臨』を半ば諦めつつある本物のアーサー王。彼女ら曰く、反転した姿だとしても、それをアーサー王だとモードレッドは認識出来ていたのだから。

 

『お嬢。曲がりなりにも、故郷が崇拝してきた王様の言葉だ。従った方がいいぜ―――親が死を間近にしてでも言おうとする小言(ことば)は、聞いとくもんだ』

 

「カイゴウ……」

 

傍に控える獅子型の鎧が、低く戒めるように言ってきたのだ。そしてその中でも、聞き捨てならない言葉が出てきたことで、はっ、とする。

 

『死を間近に』。それはどういう意味だと言う前に、霊子変換が始まる三人のアーサー王の姿に、理解をする。

 

「タタリを呼び寄せた理由とは、そういうことだったのだな。この世界に生まれた『災害』とは、この世界に生きるものたちの手で決着を着けさせなければならない」

 

「しかし、それではチカラが足りない。あらゆる意味で、世界に存在する『輝き』を研磨するには、外部(そとがわ)から呼び寄せるしかなかった」

 

「今まで、チカラを着けさせてきたマスターの手並みだけではどうにもならないことを、何とかするためにも、多くの人間たちは、『この時』を作り上げたのだな」

 

滔々と何かを述懐するようなアルトリア・ペンドラゴンたちの一言一言を、モードレッドは聞き逃さなかった。

 

つまり、この状況全てが―――何者かの思惑通りであり、ここでのアルトリアの消滅すらも、そうなのだと言うことに怒りが出てしまう。

 

刹那は、父親の過去に思うところがあれども、アルトリアを保護したというのに―――。

 

(こんな終わりだなんてヒドすぎるじゃねぇか……)

 

陽炎のように消え去りつつありながらも、霊基から放出される霊子を『武器』に込めているアルトリア達を悲しげに見る。

 

その行為に対する理解が無いわけではない。だからこそ――――――。

 

「いらない! それは―――アタシには過ぎたものだ! ブリテンの王たるアナタが持つべきものだ!! 私なんかが持ったって意味はないんですよ! アーサー王!」

 

ほとんど泣きながら語る言葉に、首を横にふるアーサー王たち。

 

「―――それは違う。今、世界の人理は、この上なく『変質』している。シオンの言うことは、一面においては正しいのだ」

 

「セツナ曰く、お前は聖剣を求めて、ここまでやってきたのだろう。ならば背負え『モードレッド』。お前が、ブリテンに『打ち付けねば』ならないのだ」

 

「私の場合は槍なのだが、それでも私のチカラも使ってくれ。本来のロンゴミニアドほど強力ではないが、嬉しいかな……」

 

アルトリア・オルタが、敢然と言い放ち事実を告げ、メイドオルタが、モードレッドに対して使命を意識させる。

 

最期のラントリアは、苦笑とはにかむような笑みを混ぜながら、遠慮するように言ってきた。

 

そして消滅は加速していく……。

 

「ありがとうセツナ。私達(アルトリア)を確かな形でこの世界に残してくれて」

 

「ご主人さまの作った料理は美味しかった。私達(アルトリア)が、愛した男の味に似ていて、すごく穏やかな気分になれたよ」

 

「それでも、マスターセツナ……お別れの時が来たようです。―――御武運を……!!」

 

『―――さらばだ』

 

苦しげになりつつあるアルトリア・オルタ達が声を掛けたのは、マスターたる遠坂刹那。そしてその声―――離れたところにいる聞かれないはずの念話が、モードレッドにも届いたのだ。

 

厳しくあろう。何かの情を見せないようにと努めようとする声に、モードレッドは少しだけ怒りを見せるも……。

 

『かつてアーサー王伝説を求めて、その英雄譚に己をなぞらえて、その一生を冒険譚に捧げた『中世のアーサー王』がいた。お前もその伝説に焦がれたのならば、かの英雄と同じくなってみせろよ―――神話と歴史の境界を彷徨う王。リチャード一世の姿のごとく―――俺の親父の想い人にして、俺のサーヴァントの力と想いを……頼むよ。モードレッド・ブラックモア』

 

その言葉に何も言えなくなってしまう。

 

受け止めるべきは、もしかしたらば刹那の役目でもあるかもしれないからだ。

 

そのことを認識していても、それをするには『容量』が足りないのだろう。

 

―――だから。

 

「いいぜ! アタシが受け止めてみせる!! 故郷をピクトやサクソン! そして数多の怪異、魔竜ヴォーティガーンからも守ってみせた伝説の王―――!」

 

その全てを自分が受け止めてみせる。素肌をあちこち見せるこの衣装だからこそ、至れた境地なのかもしれない。

 

赤色のチューブトップブラごと胸を叩いて、『来いや!』と言ってみせたモードレッドの前に立つのは、霊基統合したアーサー王。

 

黒でも紫でもない―――刹那の記憶で見た『正統』のアルトリア・ペンドラゴン。蒼銀の鎧に身を包んだ、自分の顔や髪色と瓜二つの存在に、遠くで観測している刹那ともども息を呑んだ。

 

 

『―――』

 

何かを言っている。だが、その言葉はモードレッドには届かない。もどかしさを覚えながらも、光の螺旋を巻く槍(ロンゴミニアド)を手にしたアーサー王は、数言言葉を吐いたあとにはモードレッドに向かってくる。

 

伝説によれば、その槍はカムランの丘で、アーサーの不義の子にして円卓の騎士モードレッドを殺したと伝わる。

 

その通りになるか。それとも……。

 

鎧をがしゃがしゃと音を立てながらやってくるアーサーは、その槍を振りかぶっている。待ち構えつつも少しの恐怖もある。

 

焦がれたアーサー王の姿。それがもたらす物は……。

 

(ぶっつけ本番でもダイヤモンドは砕けない!! アタシをなめんなよアルトリア・ペンドラゴン!!)

 

意思を込めて永遠の王を見つめ返す。

 

そしてロンゴミニアド―――黄金の螺旋が、モードレッドを貫いたあとには、変化は劇的となる。

 

全てがこのときの為だったと言われれば納得してしまうぐらいに、その身に霊基が自然と定着する。

 

そして、その姿は――――――。

 

(まるで変化していない………)

 

見た目(外身)だけならば、何一つ変わってはいない。しかし、どういう変化を遂げたかを刹那は良く分かっていた。

 

そして、その手に持つ『剣』に変化が現れたことを―――。

 

西暦2100年を数えようとするこの年に、様々な縁を頼りに、永遠の王は決戦の地に舞い降りた。

 

 

「―――聞け! この時代(とき)、この人理(ほし)、この領域(だいち)に舞い降りし一騎当千、万夫不倒の『英霊縁者』たちよ!!」

 

刹那の手を取りながら朗々と詠うように、されど叫び叩きつけるかのように、レティシアは旗を掲げながら、世界全てに届かせんばかりに、言葉を歌い上げる。

 

「―――本来ならば表れぬ力、本来交わらぬ線上(・・)にあれども、いまは全ての力を集結させよ!!」

 

言葉は力を与えていく。その言葉が言霊のようになりて、真祖が作りし閉じられた結界に、『資格』を持ち、『意思』を掲げ、『決意』をしたものたちが現れる。

 

「―――人理焼却を防ぐためだけではなく、各々の御心と魔宝使いが繋げてきた縁が紡ぐ糸を頼りに……」

 

刹那の右手を介して、『召喚式』が続々と発生していく。

レティシアに預けた『基盤』と唱えられる呪文が、それを為していく。

 

それは正しく現代に打ち付けられる英雄譚の再現である。

 

「我が真名はジャンヌ・ダルク! 主の御名のもと、貴公らの盾となろう!!」

 

瞬間、ソラから表れた九つの流星たちは、その手に持っている『光槍』を上空から下にいた巨大魔竜に対して放った。

 

光の軌跡を夜空に残しながら放たれたものは、魔竜を穿ち貫いていく。

 

大神宣言(グングニル)!? 贋作ではあるが、中々に利くものを!!』

 

『『『『マヤ先生を離せ―――!!!』』』』

 

「ココアたちがキタの!?」

 

「予想通りではあったがな」

 

リーナの言葉に思うところ、現在、四葉家の関係者は都内に集結している。その中でも一番の縁者は彼女らだったのだろう。

 

偽・大神宣言をその身に九つ突き刺された魔竜だが、それでも飛行する能力も損なわれていない。圧で沈んだ体もすぐさま持ち直したほどだ。

 

「キッドー!!! アナタの呼びかけに応えたよ―――!!!」

 

「四亜!」

 

虚空に浮かびながら手を大きく振って、こちらに呼びかける少女。知り合いの女の子が、戦乙女の衣装で刹那に声を掛けてきた。

 

それを煩わしく思ったのか、魔竜が『飛び道具』でわたつみ達を狙っていく。

 

竜の真上に放たれる対空砲火が、わたつみ達に襲いかかる。

 

「―――シア「ダメです! セツナ、いまアナタがすべきことは、『呼びかける』ことです!!」―――っ」

 

援護、何かしらの手助けをしようとする前に、右手を強く握るレティシアが、それを否としてくる。

 

呼び続け、叫び続ける人の声を此処に導く。それだけなのだ。だとしても、それだけに拘泥は出来ない―――。

 

『だいじょーぶい♪ キッド―――刹那お兄さんが私たちを頼ってきた時のために』

 

『わたしたちは修行をしてきたです』

 

『だから安心して見ていてください。魔宝使いさん』

 

vサインをしながらのシアの言葉に続いてココアが言い、続くミアがそれを締めとして、魔竜の飛ばす魔力弾や鱗弾を躱し、撃ち落としながら術を放ち、槍を落としていくワルキューレシスターズ。

 

『落ちろカトンボめが!!』

 

魔竜は対空砲火の効果のなさに苛立ったのか、天候魔術を投射。

 

魔術で召喚されたのか、夜空の中にあって更に黒い雷雲を呼び寄せたようだ。地上から放たれる魔力弾よりも天空から飛来する魔雷は、わたつみ達を難儀させる。

 

辺り一帯を稲光が照らして、盛大な轟音が鳴り響く。

 

更にその魔雷は、魔竜には意味がないのか構わずに、その巨体を魚のように左右に振れながら、わたつみ達に体当たりを仕掛ける。

 

「ココア!!」

 

如何に魔竜に比べれば小さい標的たる人間、しかも女子中学生程度のわたつみ達だが、その攻撃範囲の広さが、彼女たちを追い詰めていく。

尾を躱せば、(あぎと)が迫り、それを躱したところで魔雷が迫る。

 

「―――――ッ!!」

「ッ!!!」

 

思わず飛び出そうになった刹那をいかせないと、力強く手を握りしめてきたレティシアを睨むも、レティシアも顔を厳しくして首を横に振ってくるのだ。

 

分かっちゃいる。あの魔獣嚇を倒すためには、ただ英霊の力を召喚するだけではダメなのだ。

 

―――この世界に根付いた英霊の力、及びそれに類する力を持つ存在を呼べるだけ喚ぶ―――。

 

(力押しでは倒せない存在、けれど……!)

 

「―――レティと喚ぶことに専念してくださいセルナ!! 私が時間を稼ぎます!!」

 

「ワタシのダーリンの手を握りしめていることは、イマは置いておくわよ!!」

 

刹那の逡巡を理解したのか、愛梨とリーナが勢いよく言ってきて、翼を背中に生やして斬魔飛翔の準備をする―――。

 

「感謝します! ふたりとも―――ですが、またもや勇者(イデアル)がやってきたようです!!」

 

「「「え?」」」

 

―――が、その言葉で飛翔が止まり、同時に魔獣嚇の雷雲を打ち払い切り裂く『黄金の雷』が、クモの巣状に広がった。

 

『ぬうう! 制御された雷霆術……これは! 宝貝(パオペエ)か!?』

 

「善善哉哉!! こんな乱痴気騒ぎにワタシが入らないわけがないよ!!」

 

「一色! お前、いつまで東京に居るんだよ……って、まだバレンタインから一日しか経っていないんだよな……」

 

「もう半年以上も会っていない気分なのはどうしてなんだろうねぇ……」

 

金銀の鎧を纏うリーレイの放った雷公鞭だと気づけたあとには、一条と吉祥寺が―――――。

 

『イヌヌワン!』

 

などと特徴的な鳴き声を上げる目付きが鋭い白犬と共にやってきた。

 

そんな3人(+1匹)に対して掛ける言葉は―――。

 

「あ、ちーっス。お元気ぃ?」

 

「「カっルいな お前(刹那)!!」」

 

愛梨と同じく何ヶ月ぶりかの登場を果たしてくれた連中に掛ける言葉は、それであった。

 

既知の人間がやってきたことで動きは加速する。

 

「大丈夫よマサキ、アナタの大学時代の取り巻き(ガールズオンリー)は、ノシ(熨斗)つけて帰してあげるから♪ GO HOME KANAZAWA」

 

「アンジェリーナ! 意味不明なことを満面の笑顔で言うんじゃないですよ!!!」

 

そんな少女2人の言い争いを横に、結界の中に多くの人間たちが、やって来るのを感じる。

 

次いでやってきたのは、銃という武器が戦場の主役となった時代でも、手には一刀、倒すは悪鬼。そんな心構えを旨にした、古めかしい武士(もののふ)であろうという人間たちであった。

 

「―――どうやら戦いには間に合ったみたいだな。―――日本国国防軍剣士隊、到着!」

 

「次兄!?」

 

「刹那くん遅くなってごめん! 愛梨ちゃん! 怪我はない!?」

 

「お姉様!?」

 

千葉修次と一色華蘭を先陣であり大将とする集団……影のように足音を立てずに近寄ってきた剣士たちが、戦場に集結してきたのだった。

 

次いで――――強烈な力が召喚される。

 

「遅かったわね」

 

ガイア(真祖)の作り出した結界を通る資格を得るのに難儀したからね」

 

「だが遅れた分は、働かせてもらうさ」

 

『ミニ魔術師』とでもいうべき鳥を使って魔獣嚇を牽制していたリズが声を掛けたのは、関西方面で絶賛テロルをやっている集団。

 

古式魔法師の極まった戦闘集団『神代秘術連盟』(タカマガハラ)―――その戦力がサーヴァント含めて剣士隊よりも圧を増して集結していく。

 

 

『小賢しい! サーヴァントの集団を召喚するならば、いざ知らず、そのような雑兵崩れを集めたところでなぁ!!!』

 

こちらの狙いを読んだ魔獣嚇ハルファスの大音声が、空からこちらに響く。

 

同時にそれが呪文であったのか、カマイタチの刃が大地に向けて放たれる。

 

それも大量にである。視覚情報だけならば、三日月状の気圧の刃が耳鳴りを覚えさせながら飛んでくる。

 

しかし―――。

 

「一刀如意―――」

 

命の危険の狭間にて聞こえた言葉、同時に何処(いずこ)より振るわれる飛ぶ斬撃が、カマイタチの刃を全て迎撃した。

 

「―――へぇ。あの時よりも強くなったわね。今度やりあえば、どうなるか分からないわね」

 

その魔力と攻撃―――共鳴を利用した振動衝撃波を覚えていたらしきリズの感心するような言葉が、再び聞こえてきた。

 

「あんたとの戦いは縺れた結果だったのか……」

 

「余裕で勝てるような戦いではなかったつもりだけど」

 

土埃を避けるためなのか、あの時は解いていた三編みで口と鼻を保護していた。

器用な真似をすると想いつつも、次いでやってきたのは―――。

 

「魔法科大学付属第一高校愚連隊 見参!! 真由美! 十文字! 受験も間近だってのに、こんな乱痴気騒ぎをやっていていいのかよ!?」

 

「摩利!?」

 

友人の快活な言葉が聞こえてきたことに驚く真由美だが、それ以上に一高の在校生たち―――選抜したとしても50名以上を引き連れてきたことに驚く。

 

先程のカマイタチを迎撃した壬生紗耶香など、武者鎧―――あの固有結界の中でみた女武者『源頼光』のものと同じ鎧を纏っていたのだから。

 

それに気付いた真由美とは違い、克人はそこではなく摩利が此処に来た理由を誰何することにした。

 

「渡辺は―――ああ、『大学受験』しないんだったな。とはいえ……本当のところは何だ?」

 

「三巨頭のうちの一人たる私をのけ者にして、お前らが内緒でこんなことをしていると理解してから、独自にメンバーを招集して参戦する機会を待っていたんだよ!!」

 

訳すれば―――『私達もケンカに参加させろ』ということだ。

 

その決意表明に剣士隊の隊長でもある修次が仰天していたが、いまは置いておくべきことだろう。

 

確かに今回の事態に関することを積極的に摩利に聞かせていなかったとはいえ、間接的に様々な情報が渡っていく可能性はあったか。

 

特にTPピクシーの『告白』は、色々な意味で『妄言妄想』というには、確かなイメージをあの場で聞いていた全員に与えていたのだから……。

 

「警視庁魔法警官隊到着。と、見栄斬りして言っても、他に比べれば小勢の限りで、カッコがつかないね」

「ですが入れただけでも、今は良しとしておきましょう」

 

警察のボディアーマー……魔法戦闘用に改良されたものを着込んだ姿の寿和さんと、軍人である響子さん含めても―――20人足らずの小勢の到着。

 

大勢の縁が、ここに集まってくる。

 

そして……。

 

「大トリで登場とは、まぁ『お大尽』というのはそういうものですけどね」

 

「俺にも君みたいに軽快に動いていた時期はあったんだがな。それこそ、自分が魔法世界の坂本龍馬か、白洲次郎のごとく闊達に世を良くするための存在になりたくてね……」

 

その志を遂げるには、最期に登場した元カノ未練マン2号は多くを失いすぎて、家に縛られて『自分』を捨てすぎていた。

 

「だが……いつか捨てた自分を拾いに来た。手助けしてくれるかい?」

 

散切り頭というわけではないが、丁寧にセットした髪をわしゃわしゃと崩してサングラスを外した七草弘一は、そんなことを言うのだった。

 

「いいでしょう。とはいえ、あの居るだけでセクハラの女史のヌードを見てしまうことはご勘弁を」

 

「積極的に見ない限りは―――許す」

 

別にアンタの許可が必要なこととも思えんが、と思う面子が幾らか出たが、拳を握って断腸の思いだろう七草弘一に着いてきたのか……見えぬようにやって来た『キツネ』を感知しながらも―――。

 

―――役者は全て揃った。

 

―――そう確信したのだった。

 

そのことを告げるように、終末のラッパを吹くように、頭上に浮かぶコウノトリを思わせる赤目をした白髪の王子様系女子が登場。

 

『―――さぁお兄さん。全ての決着を着けるために、叫び―――呼ぶんだ』

 

聖典であり喫茶店の看板娘からの言葉に刹那は、ここに至るまでやってくれた『元凶』に対して最期通告を発する。

 

 

「俺が持つ異界由来のチカラじゃ、お前を打倒しきれない。ならば、この世界にある多くのチカラを束ねて、お前に対抗する―――――――」

 

レティシアが離してくれた手―――左右の手をようやく重ねる。

 

ツナガリを以て

左右の指を組み合わせる。

 

交差しなければ

何も変わらないのだから。

 

『貴様……』

 

手組みのモーションごとにチカラが高まるのを感じたのか、こちらの不遜な物言いに苛立ったのか、魔竜が唸り声をあげる。

 

「古式ゆかしく言わせてもらおう。――――これぞ『汎魔法師連合軍』(ウィザードユニオン)……の術だ!俺が使う『Unlimited Blade Works』(無限の剣聖・剣星)なんかよりもイカした、この世界でたった一つの最高の魔法(キセキ)だ! 冥府に落ちるまでに覚えておけ! 獣の尖兵―――『大淫婦の使い魔』(ハーロットサーヴァント)よ!!!」

 

刹那が放ったツラネ、見栄きりの言葉が―――唸り声を上げていた魔竜に、この戦いの中で一番、獣らしい咆哮を上げさせた。

 

それは怒りの咆哮(ウォークライ)

 

笑わせるな。自惚れるな。信じるな。

託すな。持つな。行動するな。

 

望んだ末の一切の行いが、全てを終わらせる。

 

貴様ら人間、そして亜人(まほうし)であろうと―――全ての人類は―――。

 

『抹殺されるべき悪徳なのだ!!』

 

 

 



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第286話『色彩-Ⅵ』

ああ、GWが消えていく。

コロナで遠出なんてできなかったが――――ウマ娘をやりたくて仕方ない自分が芽生えつつある(爆)

これが逆境というものか!!(間違い)


 

「まさか、一条君がリーレイを迎えに来たことすら『予定調和』だったのかな?」

 

「分からぬが、そも偶然とは隠された神秘の法則を指し示す言葉らしいからな。そういうこともあるのだろう」

 

廃車コース一直線の車。それなりの大きさの車両は、ルーフに老人2人が乗っていても余裕の広さがあり、そこにて酒盛りをしていたのだった。

 

劉 雲徳と九島 烈。生まれた場所は違えども孫子(まごこ)を想う老人という共通点を持ち、かつては多くの干戈を交えて殺し合った2人は、既にお空よりも高いところにいった人間たちを仰天させるはず。

 

「あの時のことを考えるに……資格が無いと言われては悔しい限りだ」

 

「だが仕方あるまい。仙人のように老いることが出来なかった。俗物のままに、人間のままに生きていたことは原因ではないのだろうが……若人に既に世界のキャスティングは託されているのだろう」

 

「時代を動かせ。その言葉で私も若人を焚き付けてきたのだ。時代を、世界を作るのは、若い力だ。個々の若さは弱けれど―――合わせることで時をも動かす強さを産む―――その真理に辿り着くまで、回り道の連続だった」

 

だが、それは烈にとって仕方のない話だった。己の弟―――自分と意見を異にしている。それだけで、国外追放を行ったことを考えれば、ある意味、こんにち(今日)に至るまでの日本の魔法社会の歪みは、烈の先見の明の無さとも言えるだろう。

 

「人種の境は言わずも、その力の多寡、能力の優劣、魔法師・非魔法師であろうと誰隔てなく隣にあることを許すその度量・襟度の広さこそが――――本当の意味で我々が求める『魔法』だったのかもしれない」

 

悔しい話だが、それを持っていたのが並行世界の魔術師であったという事実が、烈を打ちのめして、苦笑ばかりを漏らさせるのだった。

 

「だが、それをするには俺達の時代は国家間での戦いが多すぎた。貧すれば鈍する。衣食住満ち足りぬ世界ばかりでは、自ずと『戦国時代』にならざるをえんのだろうさ」

 

老人たちとて夢見なかったわけではない。

多くの国の魔法師と和する日々。

 

同時に、魔法の使えない人々の異種族を見るような眼を解きほぐす術を持つ時代。

 

だが、それを夢見るには血を流しすぎた時代であった。

 

言わずともそういったシニカルな気持ちをお互いに理解していた老人2人は、献杯をしてから盃を打ち鳴らす。

 

後始末は自分たちで着ける。そこに若人をかかずらわせることもあるまい。

 

その気持ちだけは共有しておくのだった……。

 

 

絶叫混じりの宣言と共に放たれた蒼炎のブレス。全員を焼却するに相応しいその威力の火炎は―――。

 

「熱気すらも受け止めろレオ!!」

「おう!!」

 

巨人の幻手を展開させたレオの『巨盾』が、全ての火炎をシャットアウトさせた。

それどころか―――。

 

「返すぜ!!」

 

火炎を火球に加工して投げ返すのだった。器用な真似をすると想う。

 

『ッ!! 先程の意趣返しのつもりかな!?』

 

「そんなところだ! よくも俺のゲンコツを、刹那への攻撃に使ってくれやがったな!!」

 

『だが、飛行する我に対して貴様の意趣返しはそれだけだな』

 

言われて殆どの連中が呻く。

 

巨大な(でかい)上に飛行能力まで有して、更に言えば飛び道具まで持った存在。ココアたちのように、常時飛行して魔法を使える存在ならばいいのだが。

 

「飛行魔法が使えない……!」

 

当然、それを行い有利なフィールドで戦おうとした深雪の悔しげな声が聞こえたことで、全員が不可能を感じながら、牽制するように魔弾などを撃つが、大した効果は期待出来ていないようだ。

 

『あの魔竜が飛行しているだけで人理版図を圧迫しているんだ。恐らく『飛行』の『権能』を独占されている。となれば―――千秋くん、シオン。予定通りだ!!』

 

「「はい!!」」

 

多くの立体型の魔法陣を指先で操っていた2人が、ダ・ヴィンチちゃんの号令に声を合わせる。

 

何をやるかは分からないが、ともあれ刹那にも指示が飛ぶ。

 

『刹那、キミのやるべき事は、もう一つある! 『力を伝播させていく』。そうすることが求められている』

 

「言われずとも―――と言いたいところだが、その力を―――」

 

どこから捻り出すか。第二魔法の真似事で並行世界から魔力を引き出すこともできるが、それでは―――。

 

「アタシを使えセツナ!! アルトリア様から譲り受けた魔力を全員に受け渡す。それができるのは―――お前だけだ!!」

 

最前線で朱雷を剣から迸らせて攻撃しているモードレッドが叫ぶ。

 

その言葉の意味を間違えない。

 

だからこそ『前』に出るしか無いのだ。

 

と、歩もうとした際に、頬に何かが触れるのを感じる。同時に『何か』が伝うのを感知する。

 

どうやらレティシアが、頬に口付けすることで『こちら』に力を渡したようだ。

 

「本当ならば口に『ジュテーム』したかったのですが、今は喫緊ですし、アイリスに睨まれたくないですからね」

 

「冷静な判断ありがとう」

 

ウインクしながら言われた言葉に感謝しか無い。そして彼女は旗を掲げながら聖歌(チャント)を歌い出す。

 

その効果は、この戦場にいる全員に対する防護・攻撃・耐性強化(オールバッファー)として機能していく。

 

まるで戦士を守護する歌であるかのように……。

 

刹那が走り出すと同時に、起こる変化。

 

空中に鎮座する魔竜に対して難儀していた剣士連中。魔力の波動を大剣から放ったり、ノーパン(!?)で飛び回り跳ねたりしながら魔竜の身に槍撃を放つ非常識極まりない連中に比べれば、『正しい』意味での剣士たちは難儀していたのだが……。

 

『『clowick canaan-vail Ver Gabrielle』』

 

瞬間、千秋とシオンによって唱えられていた呪文が結果として結実する。

全ての地面に効果を発揮した『魔法』が、彼ら剣士隊及び『例外』を除いた全ての魔法師たちを『浮上』させた。

 

「これは!?」

 

決して浮遊術(レビテト)という風な不安定なものではなく、まるで虚空そのものが大地のような感覚を覚えるぐらいに、虚空(ソラ)に確かな足場を感じるのだ。

 

剣士にとっては有り難いが、魔法師としては、この現象に色々な疑問を覚えてしまう。

 

『詳しい説明をしている暇はないから手短に言わせてもらうが、キミたちは現在―――『虚空』という大地に立っている状況だ。『飛行』でも『浮遊』でもない。あえて言えば、この場を『空間歩行』(エアウォーク)といえる現象で縛っている』

 

「―――理屈は分かりませんが、何気なく理解は出来ました。ですが―――あの竜までは―――」

 

如何に同じフィールドに立てたとはいえ、まだまだ遠いわけだ。ドラゴンスレイヤーをやるからには、もう少し魔法の援護がほしいのだが―――。

 

『そりゃ徒歩(かち)だ。ある程度は己で自由な『足場』を設置できるが、現実的な距離まで覆せないんだ。気張りたまえ青年』

 

―――中々にスパルタな事を言われた修次。諦めて、ようやく剣の間合いに入れたことには、感謝をしておく。

 

「全軍抜刀!! 神速で以て接近して斬りつけろ!!」

 

号令を掛けられたことで全員が、デバイスであり、鋭利な武器を抜き払う。中には千葉道場の秘剣である薄()蜉蝣を立たせて持つものもいる。

 

それらを持った人間たちが、四方八方より自己加速魔法を発動しながら、魔竜に斬りかかる。

 

仮想敵として対人・対戦車などを想定している抜刀隊及び剣士隊とて、こんな巨大な生物を相手にするとは思っていなかった―――だが、それでも狙いが着けやすく、鋼の体を持っているわけでもないならば、見える限りでは生物的な肉でしかない。アーマーなどで保護された人体を斬るよりも容易い。

 

現に、斬り裂いているものたち(ミニスカサンタ、黒いドレスの女)がいるではないか。

 

そんな浅い考えを持つものは少なくない。そんな訳で―――。

 

「なっ!?」

 

数名の例外を残して、殆どの人間たちの剣がガラスよりも容易く砕け散る。薄刃蜉蝣など、刀身に厚みが無かったからか、細切れになって空中に攫われたほどだ。

 

(やはり得物の差が大きすぎる! 生物的な強度・魔的な硬度が高すぎるんだ!!)

 

その様子を見届けた数名の例外である修次と華蘭は、魔竜の肉を切り裂くも、瞬時に塞がる様子に歯噛みする。

 

同時に反撃が来る。至近距離から放たれる呪波が、剣士たちを呪おうとしたが……。

 

その刹那、10名程度を襲おうとした呪波が霧散する。

 

達也の放った術式霧散ではあるが、それでも剣士隊全員ではないわけで―――。

 

―――禍津祓い―――

 

神代秘術連盟の術者。仮面と野暮ったいが魔力を秘めたローブを着けて面貌は分からないが、それでも放った術が達也の足りない分を補ってくれた。

 

それを確認した後には達也は小刀を抜き払う。

 

(手応え、感触ぐらいは確かめなければな)

 

飛行魔法では姿勢の不安定さから出来なかったろうが、平河とシオンのサポートで確かな足場がある。今ならば出来ないこともできるはずだ。

 

乱戦混戦の最中で、達也の眼が蒼く輝く。達也の『同居人』が、警告を発してくる。

しかし、脳が焼ききれるかもしれないような負荷の元でも、直死の魔眼は魔獣嚇の死線を見抜いた。

 

巨大な胴体を浮かせた魔獣を解体するべく、達也は接近する。

 

『小賢しいなぁ!!!』

 

別に達也の接近を嫌ったわけではないだろう。粗野な言葉と共に、魔力球に魔力光線が全身から雨あられと放たれる。

 

「ちぃっ! やんなるし!!」

 

やはりサーヴァント(鈴鹿御前)は、その攻撃を非常識にも武器の大回転で霧散させていく。

 

一発一射が戦術級魔法の威力を持っているものを放つ方も、防御する方も人外魔境のそれだ。

 

その中を達也は接近していく。高速で飛来する魔力球を『殺しながら』―――アサシンの如く接近する。

 

認識されたのか、クルミの実ほどのエネルギーボール10発ほどが、誘導されているのか、ゆったりと達也にやって来る。

 

このまま進んだ所で、不規則な散弾に変化―――ということまで考えるも、今はカンに頼るしか無い。

 

(ダ・ヴィンチの説明によれば、ある程度は己で『自由な足場』を設置できる。それは―――恐らくこちらのイメージ力に依存するんだろうな。ならば―――)

 

達也の進行方向―――エネルギーボールを中心にして両側に壁が存在している。高層ビルの路地裏をイメージして……。

 

「―――――そういうことか!」

 

『そういうことだ』

 

ダ・ヴィンチの言葉が聞こえてから、左右の『壁』を足場に交互に蹴り足で進んでいく。殆ど駆け上るようなそれをしながら、エネルギーボールを躱して神速でボールの後ろに躍り出て、魔獣嚇に刃を突き立てられる位置に出た。

 

「その竜身、殺させてもらう」

 

魔獣嚇は理解していないようだ。先程の剣士隊のように魔力付与をしているならばともかく、ましてや概念武装ですらない小刀で、自分を切り裂く道理など無いのだと―――。

 

そう高を括った時に、その身が輪切り寸前にまで斬り裂かれたことで、凄絶な絶叫が上がる。

 

のたうち回る魔獣嚇だが、即座に反撃される。

 

『貴様!!』

 

憤怒の言葉を血まみれの体で聞きながらも、迫りくる壁のような竜身による体当たりを―――。

 

「……!」

 

躱そうとして、身体に動きを命じれないことに気づく。

 

『達也君!?』

 

ダ・ヴィンチの言葉が遠い。此処に来てオーバーヒートを起こしたのは自分の番だった。

 

直視の魔眼を使うことで、ここまでになるとは―――。

 

迫りくる龍尾返しを前に、しびれる体から力を捻り出そうとする前に。どこからともなくやってきた闘士の技が決まるのだった。

 

「―――パンツァー!! あっ、これいいですね。なんていうか殴る前の掛け声としても最適です!! 西城君が使う理由が分かりましたよ!」

 

「いや、俺の代名詞でありCADの起動鍵語を何だと思ってんだ―――!!」

 

達也に迫っていた壁を押し返すように、妹と友人がステゴロ合わせのダブルパンチをするのだった。実際、尾による打擲は押し返されたのだが……。

 

「またもや聖人マルタの霊基が憑依しているのか……」

 

横浜以来の『俺の妹がこんなにマルタなわけがない』状態になったことを、色々と嘆いてしまう。

 

「フフフ! 基本に立ち返ったワンツーこそが世界王者になる『はじめの一歩』! この拳一つでリカルド・マルチネスすらも倒すべし!!」

 

堂に入った構えで常人には見えないワンツーパンチを放つ深雪の姿は、色んな意味でびっくり仰天ものである。

 

「と、まぁさっきからそんな感じなんだな……」

 

スパーリングパートナーかチーフセコンドよろしく、ミット持ちでもしかねないレオに対して返す言葉は―――。

 

「リカルドを目指すのはいいが、深雪の体型的にはストロー級がベストウェイトだと想う」

 

「いや、達也。ズレてるズレてる」

 

器用にも幻手を使って『ちゃうちゃう』とするレオを見るに、ここに来るまでの努力が垣間見える。

 

「お兄様、もはやガーディアン制度は崩れっぱなしな上に、本家の当主は真っ裸(マッパ)を晒しっぱなし!今後は落ち目になること確実な四葉の為にも、私は拳で世界を取る!!」

 

「司波さんが四葉!? ど、どういうことなんだ!?」

 

一番、説明がめんどくさい相手(一条将輝)に聞かれたが、そんな一条の攻撃は尽く魔獣嚇を発破していく。

 

その発破に合わせて深雪は、攻撃(ナックル)を当てていく。先程の刹那の攻撃と同じくだが、『何か』が違うのか魔獣嚇は心底の苦鳴を上げる。

 

「一条、あとで色々と説明してやるから―――今は、深雪とのコラボを楽しんでおけ!」

 

「た、達也お義兄さん!」

 

お前に喜びいっぱいな面でお義兄さんと呼ばれる筋合いは無い。と言ってやる余裕も無いわけで、とりあえずさせるがままにしておく。

 

そして―――来たるべきものを待ち構える。少しだけ待っていると、ようやくやってきた魔宝使いに苦笑する。

 

「―――すまん。遅れてしまったが、クレバーなお前が無茶するもんだな……」

「お前の無茶に比べれば、そうでもないだろ―――そして……」

「うん?」

 

やってきた刹那は何かの霊衣だろう鎧を纏った状態で『力』が充足していた。だが、それ以上に気付いてしまった点がある。

 

「―――唇と頬に、レッドとレティの『濃い魔力』が残っているな」

 

その言葉に明らかにギクリとする刹那を見て、いい加減コイツ背後からアゾられる(?)んじゃなかろうかと思いながらも、その行為こそが逆転の一手になるのだと信じつつ、差し出された手を取る。

 

そして受け取った『力』が、達也を駆動させる。この力は―――。

 

今まで刹那が、この世界で繋いできた縁ゆえんのものだと気づけたのだから。

 

 

―――Interlude―――

 

「―――成った(・・・)ようだなモードレッド」

 

最前線にまで飛んでいったことで、会えた留学生から溢れる王気は、譲り受けた力以外に、彼女が本来持っていたものが呼び覚まされたとも言える。

 

「将棋で言うところの歩の『と金』、チェスで言うところのポーンの『プロモーション』……人間ってのは随分と変化するもんだな」

 

己の手を何度も握りしめて己の体を確かめるモードレッドに、苦笑しながら語る。

 

「成長・進化。なんとでも言える。人間は、孵変る(かわる)生き物さ―――

長話はここまでにしておこう。始めるぞ。告げる―――汝の『メンドクセェ! これで十分(enough)だ!!』は?」

 

コントラクトの為に呪文を紡ごうとした時に、首の後ろに腕を回されて、顔を近づけてしまう。

 

背丈(たっぱ)に差があるとは言え、モードレッドの膂力はサーヴァント級だ。逃れられない急な行為と近づくその顔に動悸が高くなる。

 

「昔、何かの日本漫画(カートゥーン)で見たぜ。魔術師と従者が契約する時はマウストゥマウスだってな」

 

「半世紀以上前の漫画を参考にするn―――」

 

ネコのように眼を細めて言ってくるモードレッドだったが、すぐさま閉じた眼のまま口付けが為される。

 

そして――――――経路(パス)が繋がると同時に。

 

剣の丘に腰を降ろしている一人の男。その背中(せな)で語る姿を幻視する。

 

 

―――凛から聞いてはいる。その世界に私は降り立てない。桜井というマ■ュに似た子を助けた時点で干渉は不可能となった―――

 

 

背中を向けながらでも声が聞こえる。その声を全て聞き逃してはいけない。

 

 

―――さぁ受け取れ刹那。これがオレに出来る精一杯だ―――

 

立ち上がり振り返る錬鉄の英雄。その顔は詳細には見れない。記憶の中での彼は良く見れていたはずなのに……。

 

―――かつて月世界の『戦争』にて、マスターの為に纏った魔鎧―――

 

―――2人の『リン』(イシュタル、エレシュキガル)からの霊子魔力調整(ちょっかい)もあったが……ぶっつけ本番。着てみるがいい―――

 

そんな刹那の戸惑いを、更に加速させる不穏な言葉を聞いた。何、実験動物よろしく、俺にとんでもねーもん寄越そうとしているんだ。

 

―――神話礼装(オーバーコード)顕現(EXTRA)―――

 

 

文句を言う前にビジョンは終わり、レッドとの接触契約は10秒程度であったが、変化は起こる。

 

精神世界(?)とでも言うべき場所から受け取ったものが、身に纏われていた。

 

「セツナ、それは?」

 

「……オヤジとオフクロとが夜なべして作ってくれたものようだ―――とにかく! 『力』を渡していくぞ!!」

 

レッドの疑問に応えつつも、やるべきことは分かっている。

 

「OK! 存分に全員に渡していけ!! アーサー王3騎分の魔力と、レティの魔力―――そしてお前の『虹色の魔力』を混ぜてな!」

 

その言葉と満面の笑顔を受けて、宝石剣を左手に、軍神の剣を右手にしながら刹那は駆け出す。

 

まずは―――。

 

「毎度おなじみ遠坂工務店の到着です」

 

「―――セツナくん!?」

 

最初の攻撃が不発に終わったことで退いた、意気消沈している国防軍の剣士隊に向かうと、反応するように声を上げてきたのはランさんだった。

 

魔剣フルベルタを手に少しだけ途方に暮れていた日本の聖騎士(パラディン)を見てから、やるべきことをやる。

 

「というわけで、武器と魔力のお届けに参りました。投影・現創(トレース・オン)―――投影・現像(トレース・オフ)

 

その言葉で宝石のようなきらびやかな魔力を持つ刹那の分身体たちが、『手渡し』で魔法剣士たちに魔力を届けて、その硬さに絶望感を感じていた最中に剣を目の前に突き立てるのだった。

 

「こ、これは!?」

「今まで使っていた剣よりも馴染む(・・・)……!」

 

手にとった瞬間に理解してしまう。地面(こくう)に突き立てられたその剣は、純粋に、その剣士のために鍛えられたものだった。

 

重さ、バランス、柄の太さまで指の長さにきっちり合わせて作ってある。刃の曲線、厚みも、その剣士が最も好んだ太刀筋を最大限に活かすよう設計されていた。

神域に達した名工でも、一生に何度出来るか分からぬ、『剣士一人』(にんげん)に対して作れる最高位の一振りがそこにあったのだ……。

 

「申し訳ないが、獣性分身(ミラージュウルフ)で触れると同時に、身体情報をスキャンさせてもらいました。存分に護国のためにズンバラリンしてください」

 

「相変わらず。スゴイことをするもんだな―――アルトリア殿たちは……いや、言わないでおこう」

 

修次さんもハッキリと見たわけではないが、どうなったかぐらいは分かったようだ。余計なことを言わずにいるぐらいは弁えているようで……。

 

「―――手を」

「ああ、力を受け取るよ」

 

千葉修次の剣客として磨いてきた『ゴツい』手―――本人の顔の甘さにはない硬さを感じてから、次は一色華蘭(フローラ)さんに対してと思ったのだが……。

 

「―――あの、顔が近いです……」

 

手を差し出せる距離ではない。接近し過ぎな華蘭にたじろいでしまう。

 

「この絶体絶命の状況で、男とキスも出来ないまま、死んだりしたら怨んで祟って出てくるかもしれないよ♪」

 

こわっ。しかしTPOぐらいは弁えてほしい刹那としては、その満面の笑顔での脅迫にどうしたものかと考える。

 

「ラン」

 

短く嗜める修次の言葉も、遠いようで―――。手の甲に口付けをすることで収めてもらうしかない。

 

「―――家門のため、愛妹のために性別を偽ってきた愛深き花神と同じ名前を持ちし姫騎士よ。アナタの愛と騎士道が戦場を駆ける戦士たちを慰撫し、戦わせる―――私はアナタ自身の御武運を(évangile)祈ります。『アムルー』・フローラ」

 

その言葉が通じたのかどうかは、分からないが、それでも長居は出来ない。

 

「それでは」

「刹那くん、これ―――僕の姉から、エリカたちにも渡してくれ!!」

 

踵を返して去ろうとした自分に渡される保存ケース。いわゆるお弁当箱が一纏めにされて、修次さんから投げ渡されるのだった。中身は握り飯だろうと察知してから

 

「どうもです!いただきます!!」

 

受け取りながらも跳ぶように駆け出しながら四方八方に分身を飛ばして、魔力補給の算段を着けていく。

 

―――目指すべきものは最初っから分かっていたのだ。

 

 

快活に戦場を駆け抜けていく後輩を見送ってから、剣士隊の隊長である修次は、ふんどしを締め直す気分で向かうことにする。

 

(魔竜の身は全てが魔力の塊で、その気になれば、どこからでも攻撃できる)

 

となれば、以前にやったウツボの捌き方。暴れるウツボの頭に釘を打ち付け、尻尾を切り落としておとなしくさせてからの腹開き―――なんて方法は早々できない。

 

如何に足場の自在さで高所というアドバンテージは無くなったが、それでもそんなことは出来そうにない。

 

(となれば、大まかに言って筒切りの要領で切っていくのが最善だな)

 

しかし、それも至難の業だろう。だが……。

 

「―――今日のわたしは、もう負けんもん。好きな男の子からあいそらしい勇気をもらったじ! ほやさけ今日のわたしは羅刹(ラクシャーサ)すら凌駕するがいね!!!」

 

(思いっきり金沢弁が出てる……!)

 

同時にテンションアップしたのか、魔剣フルベルタの刀身に描かれた百合の花紋が浮かび上がり、両刃が真っ赤に染まり、雷光を纏うのだ。

 

「護国のために集いし全剣士たちよ!! 私に続け―――!! 我が魔剣フルベルタの輝きを灯明にして進むのだ!!」

 

……エリカもそうだったが、男所帯な共同体では、実力が同格ならば、やはり女の方が人気が高いのか……。

 

そんな風に考えてしまうぐらいに、とんでもない意気を上げて剣士隊は突撃するのだった。

 

 

―――Interlude out―――



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第287話『色彩-Ⅶ』

とりあえずふじのんとアビちゃん水着を一枚ずつ手に入れた。

特にふじのんは、恐らく今後手に入れづらくなるとおもっていたのでうれしい。

そして全く関係ない事だが、シンフォギアアプリが遂に『聖闘士星矢』とコラボ。

とんだアナザーディメンションである。(爆)




 

「っ! 達也君が前に出ていく!?」

 

「お兄様!」

 

俗称・達也組の面子が驚くのも仕方ない。そんな面々の前に『蒼金の魔力鎧』を纏った刹那が到着する。

 

ビックリ仰天しているだろう面子だが、掛ける言葉は少ない。

 

「説明はあとだ。先ずは補給しろ。ナオツグさん曰くエリカの姉御からのおにぎりだそうだ」

 

「……あのヒトがね……」

 

エリカ自身は、何とも言えぬ微妙な表情をしながらも、保存ケースを開けていく面々。腹が減っては戦はできぬというやつである。

 

何人戦っているかすら分からなかったというのに、その量は全員に渡るだろう。

 

防御盾を展開。安全圏を作りながらも他の分身達を通じて刹那は全員に『混元魔力』を渡していく、そんな中、先発組は空きっ腹に握り飯を入れていく。

 

ふざけている、とは言うなかれ。 

人間おなかがすいていると、力も出ないし考えかたも暗くなる。

 

特に今日の事態はとびきりに魔的すぎる。心身の不調はよくない魔力を発してしまうのだ。

 

多くの人間が遠距離砲撃で牽制するが、大した効果は発揮できていない。それでも、今はそれが均衡を生み出している。

 

均衡を崩すには―――。

 

「さぁて! 私のゲンコツ(鉄拳)が唸りを上げますよ!!! 魔神柱を模した『大淫婦の使い魔』を倒すべし!!」

 

―――サーヴァント(人理守護)の『チカラ』を宿した上での『ぶちのめし』であるのだ。

 

深雪がさり気なく行った空を切るワンツーパンチの速度と威力はダテではない。

 

刹那の魔力を受け取ると同時に、変化をした深雪の姿は既知でない人々はかなり動揺をしていた。

 

特に泉美などは、『み、深雪お姉さまがモハメド・アリに!? いや、シュガー・レイ・レナード!?』などと、かなり濃いプロボクサー名を出して動揺しきっているが……。

 

(その泉美が、この中では一番色々な英霊に『取り憑かれそう』になっている……?)

 

何か霊媒として惹かれるものがあったのか、どこぞのバーロー声の奏者よろしく取り憑きたそうにしているのだった。

 

(もっとも魂の片割れたる香澄の方がいるからか、微妙に入り込めそうにないようだが)

 

そんな風にしてからいざ出発と至ろうとした時に。

 

「―――刹那!! お前の分身体から魔力を受け取ったジョージが―――『変身』したんだ! もう理解が及んでいるんだが……!」

 

「だったらいいだろう。もはや問答している暇はないぞ。質問は後で受け付ける!! 今は持てる力で―――深雪を支援してやれよプリンス!!」

 

平素とは違い、きちんと整えられた髪を逆立てて衣装も完全に違うものとなった吉祥寺真紅郎(真っ赤な顔)を伴ってきた将輝に掛ける言葉は今は少ない。

 

そうこうしている間にも達也にも危難は迫りつつあるのだ。

 

「司波さんも英霊憑依している状態―――聖女マルタなんでしょうが……うっ……」

 

「マサキさん! 紳士は女子の艶姿をジロジロと見ない!!」

 

「す、すまない! シャオちゃん!!」

 

深雪の水着姿(霊衣だが)に興奮しすぎたのか、鼻を押さえた将輝を嗜めるリーレイ。

 

そんなやり取りをしつつも達也の切り開いた道は見えている。

 

全員を見渡すと、首肯一つだけを返してくれた。一から十まで全てを言わなくとも、全てを『理解』した面子に頼もしさを覚える。

 

結局、乱暴な言い方をしてしまえば、細かい指示、指図などというものは下級な連中だけが必要とするものだ。

 

全員が望んでか望まなかったか、それはともかくとして一端の戦士としてのツラを身につけたものであるとして、達也の後を追うのだった。

 

 

「直死の魔眼―――俺では線を見るだけになってしまう。『点』が見えればいいんだがな」

 

達也の回復をしつつ状況を見るに、混迷の一途―――というほどではない。むしろ『どうやって』あんな怪物を倒せるのかがわからなくなるほどのタフネスなのだ。

 

「その為にスマートじゃない接近戦を挑むなんてお前らしくない―――が、嫌いではないな」

 

飛翔する魔竜との相対距離は縮まったが、どこぞの最強生物のごとき強靭さは達也が刻んだはずの死線を即座に回復させてしまっていた。

 

直死の魔眼による『線刻』は確かに不可避の死を与えるが、()を回復することが出来ないわけではない。

 

「死者蘇生の類じゃないな……。アンカーを外して、楔を打ち込めば、あれも『ただの魔竜』になるわけだけど」

 

(スピアヘッド)自体は、既に打ち込まれている。フラガラック3つを使って作り上げた枝槍(しそう)は未だに魔竜を苛んでいる。

 

ヤツに無限の回復力を与えているもの、それは――――。

 

「刹那君!達也君 頼む!! 僕を―――真夜の所に連れて行ってくれ! 僕がやるべきことは―――分かっていたんだ……! 分かってるつもりで行動していなかった……」

 

四葉真夜の存在。

それが、アレの不死性の原点ということか。

 

どういう「理屈」であるかは、未だに詰めきれないが、それでもやるべきことは分かった。

 

「まぁいつまでもあんな姿晒しっぱなしってのもマズイでしょうからね」

 

「ああ、全くだ。ここまで大勢がやってきて真夜のフルヌードが見られるなど腹立たしい限りだ……!」

 

歯ぎしりするほどに、はがゆいならば、何故に離してしまったのやら、という疑問を飲み込みつつ考える。

 

自主的に集まってくれた愚連隊の面々も、こんな事態(46歳のフルヌード)は想定外だろう。ともあれ、いつまでも眠りっぱなしのあのBBA(ヒト)を叩き起こすには、このヒトや―――。

 

「―――その言葉、お待ちしていました七草師父」

 

―――親族たる人間の言葉が必要なんだろう。

 

魔法(引き金)なんて使わなくて(弾かなくて)いい。今は愛しい女性の為に呼び続けてくださいよ。エスコートは俺たちにお任せを」

 

叔母(真夜)までの水先案内人は、この俺たちが引き受けましょう」

 

今でも砲声や雷鳴が轟く中、魔竜の至近距離まで近づく、難儀な話だが、やらざるを得まい。

 

だが、この元カノ未練マン2号の言葉が届かなければ―――。

 

(そんなことは考えるまでもないな)

 

それは『ありえない』と刹那は思えたからだ。

 

若者2人―――あの頃の自分よりも強く、されど『行動』することの意味を理解しているのに弘一は、少しの嫉妬心を覚える。

 

走り、駆け出さなければ、取り戻せないこともある。

その事実に気付いた時には、取り戻せない所まで来ていた。

 

けれど―――――。

 

今、この場で取り戻すべきものは分かっているのだから。

 

走り出す。駆け出す。躍動させなければいけなかったのだ。

 

取り戻したい。失う前に―――そうしていくべきだったのに―――。

 

「真夜―――!! いまからそっちに行く!! 君を抱きしめたいんだ!! 銀河の果てまで!! 君を愛している!!」

 

走りながら眼を向けながら、七草弘一が、その言葉を発した後、明確な『変化』が起こる―――四葉真夜を囚えていた魔力の球体。

 

そこに―――ヒビ(・・)が入った。それが原因であるかどうかは不明。しかし、それは―――現在の戦況において信じるに足るものだ。

 

『っ!! この世界で、明確に人理焼却の意思を持っていたというのに、よもや男一人との交わりで、変節するならば―――――』

 

貴様らを殺す。

 

明確な意図で殺意を向けてくる。放たれるはドラゴンブレス。止まらなければ防げない―――という状況は。

 

 

「パンツァー・ルーンブルグ!!」

「ふん!! ファランクス!!!」

 

2人の巨漢によって防がれた。移動型の絶対防御を敷いたことでブレスは意味をなくすのだった。

 

「一点突破だ! 振り向かずに進めよ!!!」

「愛の言霊を叫び続けろ! 元カノ未練マン!!」

 

レオはともかくとして克人の言葉を受けても、弘一師父の歩みに澱みはない。

 

『今さら、このような穢れきった女に固執するか。この女が世界の破滅を願ったがゆえに、世界は滅びる! 滅ぶべくしてな!! その原因は貴様だコウイチ・サエグサ!!』

 

嘲りの言葉を上げながらも、逃げるどころか、こちらに体当たりをブチかまそうとする魔竜。巨大な質量が唸りをあげて迫る様子は、恐怖を覚える。

 

避けることも、躱すこともしない。

 

「ああ、俺は一も二もなく! 己の身を捨ててでも走るべきだったんだ!! もう片方の眼を失ってでも、彼女の側に、助け出した時に、覚醒めたその場にいるべきだったんだ……!!」

 

後悔ばかりの人生を歩んできた男の独白。ああすればよかった。こうすればいいんじゃなかったか。

 

たら・ればだけを考えて、動かなかったツケが、ここに来て支払いを強要してきたのだ。そもそもツケはいつか支払うものなのだが。

 

「だから!! もう離れるのはイヤなんだ!! 側にいたいんだ!! 真夜の側に俺はいたいんだ」

 

罅は変化を着けながら断続的に入っていく。真正面から来る巨大な竜頭。

 

先程は深雪がぶん殴りまくっていたが、それでも怖いものは怖いので―――――。

 

景虎(ランサー)!!」

 

「委細承知!!」

 

越後の龍に対処を任せるのだった。

 

自分たちと竜の境界に立ちふさがる姿に安堵したのだが……いつの間にか越後の龍がオルタナティヴな霊基になっていたりした。

 

何やってんのマイサーヴァント。そんな言葉を飲み込みつつも、景虎は情けない男に一家言あるようだ。

 

「―――おなごへの愛を叫ぶは戦国時代でもありました。それを惰弱とは想いません。生き残る上でそれは、必要なもの―――が忍愛(しのびあい)はほどほどにしておいたほうがよろしいかと」

 

身分の違いゆえの恋―――というわけではないが、微妙に織田信忠と松姫の恋にも似ているか。

 

そんな景虎の言葉に、弘一氏も顔を赤くするばかり、しかし迫りくる竜は頓着はしないだろう。

 

『その女は甲斐源氏の地に生まれたものだ。そしてその女の『類縁』が、『中華の大地』で、貴様の『宿敵』を召喚したのだ!! それでも助けるのか!?』

 

「―――特に関係はなし! むしろ『晴信』を召喚してくれたというのならば―――感謝の念のみだ!!」

 

牙を開いて迫りくる竜を槍一本で抑え込む景虎。槍と竜の境界で黒雷が迸っている。

 

その出来た間隙を見過ごすわけにはいかない。

 

「達也!!」

「ああ!!」

 

激突で生じたショックウェーブでたたらを踏みそうになった身体を動かして、竜が掴んでいる球体に近づく。裸身を晒した女が入った―――ヒビ割れだらけのそれを―――。

 

「真夜叔母さん。アンタはもう『家』に囚われない方が―――いいかもなっ!!」

 

親戚としての言葉を掛けながら達也は、竜が物理的ではなく魔力的に掴んでいた四葉真夜との『縁』を直死の魔眼を用いて断ち切った。

 

自由の身というには、まだ球体だらけだが―――それを。

 

「―――今度は、どこにも行かないように離さないでいてくださいよ!!」

 

簡易な物体移動術で弘一氏の側に寄越す。景虎と押し相撲をしているせいか、不動だが明らかに動揺したように思える。

 

そこを見逃す刹那ではない。

 

「―――再動()!」

 

樺の小枝を意味するベルカナのルーンを虚空に刻んだことで、呪詛が動き出す。

 

一度は、刹那の意識不明と四葉真夜という縁で抑え込まれていたフラガラックの枝槍が再び魔竜を締め上げる。

 

 

『 一度は抑え込めた神代の秘剣を再び動かすだと!?』

 

「その短剣三振りによる秘術『射し穿つ戦神の枝剣』(ベルカナ・フラガラック)は、俺と養母バゼット・フラガ・マクレミッツとの絆だ! そう簡単に抜けるものか!」

 

背中にある刻印。血縁が無くとも、刹那に受け継ぐように調整されていた魔術刻印の消費は凡そ6割。

 

残量4割だが、しかし……。

 

「「「―――あ、あっついいいいいいいいい!!!!」」」

 

後ろの方で光井ほか純情女子組といえる連中が拗れた中年2人の抱擁シーンを見て、興奮していた。

 

「―――しまった。どんな愛の言霊であの球体を砕いたのかを聞き逃した」

 

「きっとド○ン・カッシュ、花本○司みたいな愛の言霊が吐かれたんだろうな」

 

親戚としては、そんな場面を直で見なくて、聞かなくて良かったと思っていると見える達也を見つつも、状況に対して見ておく。

 

「総体を消し飛ばせば、だがここは都内の『ド真ん中』だ……エクスカリバーなんて使えない」

 

王貴人の妖怪変化が海上で復活を遂げたのは、本当に運が良かったとしか思えない。

 

「固有結界なんて大魔術展開するなよ。お前でも連日2発目なんて無理だろ」

 

「気遣いありがたくて涙が出るね」

 

だが、いざとなればそうせざるをえない。そう思っていた時に待望の通信が入る。

 

『長らくお待たせしたね。状況は理解している―――その前に一色くんをガーネットごと呼んでくれたまえ』

 

 

ダ・ヴィンチは説明ではなく要求を出してきた。

 

その間にも、魔竜の頭を自由にしないと、抑え込むべく、景虎と交代する形で続々とサーヴァント及びサーヴァント憑依者たちが追いすがり、うねるように暴れまわる蛇身―――巨大な質量に国防軍を中心とした剣士達が、己の得物を力いっぱいに振り下ろす。

 

土煙の中に血煙が混ざる様子に焦燥感を持ちながらも、愛梨を呼び出す。

 

リーナと共にやってきた愛梨。そしてその手から今までチカラを貸し与えていたカレイドガーネットが離れてきて、ダ・ヴィンチと通信し合う。

 

『―――何を言いたいのかは『理解』しているね?』

 

いきなり吐かれる剣呑な言葉。それに対して『皇帝』は答える。

 

『うむ。だからこそ『責任』を取ろう―――しかし……それは我が契約者であり奏者たるアイリを……』

 

少し項垂れるような返答(杖なのに)。しかし、ダ・ヴィンチは許さない。

 

『しかし、キミの分け身が招いた事象とも言える―――キミが告げなければいけないんだよ。『バビロン・マグダレーナ』?』

 

『―――ふっ、流石は余が主役(?)を務めた国営放送アニメの主題歌を歌った芸術家よな。全くもって因果とは忌々しいものだ』

 

観念したのかなんなのか、意味不明な言葉の羅列だが、それでも最後の一手は穿たれる。

 

『我が奏者エクレール・アイリよ!! いまこそ余のチカラの全てをそなたに与えるとき! 魔宝使いの右手に持つ剣―――マルスの剣を持つのだ!!』

 

「こうですね!? ガーネット!!」

 

疑問も何もなく即座に刹那の右手を握ってくる愛梨に、決断早すぎであり、握り方がアレであった。

 

「なにナチュラルに恋人つなぎやってくれてんのよ!! だったらば、ワタシはコッチよ!!」

 

左手―――宝石剣を握っていた方に手をやるリーナ。剣を握っている状態だというのに器用な真似を、と想いつつもキミらもうちょっとTPOを弁えてなどと刹那は思ったが――――拗れた中年2人が一番のKYではあったが。

 

そんな様子すらガーネットには良いことであるようだ。

 

『うむ。正しく深い愛! 深愛!! 大いなる愛を持つものへの多大なる愛の力が余にも伝わるぞ! アイリ、リーナ、そしてセツナ―――3つの愛! トライアングルを刻んだ愛は、宇宙の真理にもつながる! 余たちは全力で未完成。しかしてそれは至高の美を作る!! ハンパな所で満点なんぞつけずに、いざ突き進め!! 』 

 

杖の言葉と共に三人のオーラと魔力が、混ざり合う。光の三原色が混ざる色は、白。汚れなき、魂の輝き。

 

色も、欲も、あらゆることを乗り越えて、三人の魂の歌が、響き合う。 

それはトライアングル。宇宙でもっとも強固な図形。ふたりがひとりを、ひとりがふたりを、それぞれに想い、愛する素敵で刺激的な形。

 

ガーネット=ネロ・クラウディウスが、軍神の剣を介して呼びかけた愛の神『ヴイナス』。オリンポスの神々の一柱は応える。

 

この世界に愛を遍く与えよという啓示。

 

その波長を受け取った瞬間、何かが解け落ちる……。

 

「―――なんやかんや言っても、アンタがいたからワタシは、セツナへの愛を殊更、自覚して行動出来たのかもしれないワネ……」

 

「それは奇遇ですわね。セルナの記憶で見たルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト女史とマダム・リン・トオサカ―――アナタとの関係にそっくりだったもの。合縁奇縁を感じたわ」

 

リーナは、ある意味セツナと同類のお嬢さま(セレブ)であるアイリの登場に危機感を覚えて、アイリは自分よりも先に出会った年月で絆と家族愛(ひみつ)を共有出来ていたリーナに嫉妬を覚えた。

 

「―――俺は一人で生きていこうと思っていた。もうお袋やもうひとりの母親と同じく、出来た繋がりが断たれて悲しい想いをするのはイヤだったから」

 

しかし、それは無理だった。分かっていても、それでもそうしようとして無理だと分かってしまった。

 

つまるところ。

 

それが遠坂 刹那の性分なのだ。

 

「狭い世界を変えてくれた。だから来てくれ、リーナ! アイリ! お前が、お前たちが、オレの(せかい)だ!」

 

「そしてアナタはワタシたちの(みらい)―――」

 

「世界の見方(アングル)を変えてくれたヒト―――」

 

それだけは変えられない事実(ホントウ)なのだから―――。

 

 

そして……。

 

(完全に俺は蚊帳の外だな……)

 

光の奔流から取り残されて一人内心でのみ愚痴る達也だが、変化は一目瞭然であった。

 

『来たれ! セツナに縁を結びし金星の女神(ヴィナス)よ! そなたのチカラを与えるときだ!! 神体形成(かたちをなして)!! 神格再生(かたちをさいげんし)!! 神核付与(たましいをあたえよ)!! さぁ―――この愚かしくも、様々な演者を惑わした大戯曲に閉幕を告げるのだ!!』

 

神のチカラを宿した『3人』の『ニンゲン』たちが走り出す。その疾走は、忍者の歩法であっても、かなり難儀するものだが、それでも達也は『白い翼』を生やした三人の背中を追っていく。

 

『まずは、『槍の竜インウィディア』の霊基を分割する!! 魔力の塊となったお前をレリーズしてくれよう!!!』

 

『お、お前は!!いや、『アナタ様』は――― 今まで隠れていた(・・・・・)のか!?』

 

この闘いの中で一番に動揺した声をあげる魔獣嚇。ガーネットの存在を『いまさら』認識したらしき言葉に、何かの因果を思い浮かべた達也だが、詳細は分からない。

 

『ふははは―――!!! 主役は遅れてやってくる!! この場で退散したならば、貴様の主人に伝えておけ!! いつか『決着』をつけにいくと―――な!!』

 

言葉のあとには、天上より光が降り注ぎ、巨大な魔竜の身がいくつかに『等分』されて、小竜へと変化する。

 

霊基分割とでも言えばいいものだろうか、それに変化したことは魔竜にも予想外だったのだろう。

 

 

しかしながら、これによって―――倒しやすくなったのは事実であり、それぞれの戦闘集団が近傍のデモンズヘッド(巨頭小竜)へと襲いかかる。

 

 



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第288話『色彩-Ⅷ』

勝手ながら、こっちの方の感想返信は一旦ストップさせていただきます。

一応、目は通させていただいてますので、これは答えなければならないな。というもの以外はネタバレを避けるために一旦ストップしていこうかと思います。

ご了承ください。


 

 

 

「ハッ! ようやく斬りやすくなってくれたな!! その身を―――この剣でたたっ斬る!!!」

 

ズガン! という明らかに剣を振り下ろしたとは思えぬ音が響き、大上段から振り下ろした斬撃が迸る赤雷と共に、巨頭小竜の一体を斬り砕く。

 

同時にモードレッドを最大級の危険と察知したのか寄ってくる小竜たちを―――。

 

「―――雷爆鉄槌(ストライクフレア)!!!」

 

振り下ろした大剣の一撃、その振り下ろしで太陽のフレア放射のごとく『剣』から熱線が吐き出されて、夜の世界が一瞬だけ昼間のごとく明るくなった。

 

そしてその熱線が放たれたあとには何一つ残らない。現代日本の技術で舗装された道路をアメ細工のように溶かしてその下にある埋め立てられた岩土をマグマだまりのように溶かしていた……。

 

放たれた熱量は推して知るべし。

 

『お嬢! テンションが上がるのは理解しているが、射線には気を遣えよ。ジャパンのアーミーと問題起こしたらば、『こと』だぜ!!』

 

「そんなこと気にしていたらば、敵なんざ倒せねぇよ!! ―――と言いたいところだが、流石にガン無視はダメだよな……」

 

注意喚起するほど暇ではないが、相手のチカラを削るチャンスを逃すほど戦場でのカンも悪くないので―――。

 

「そこ退け! そこ退け!! モードレッド様の進撃は、エレン・イェーガーのように止まらないぜ!!」

 

―――言葉で注意をすることにした。

 

吠えたけ叫ぶ美少女。

朱色の光刃を大剣に纏わせながら突き進む英国の騎士。

 

……その様子に国防軍の剣士隊は、色々と複雑な気分だ。

 

最近の事務方。特に背広組及び魔法師に対して微妙な戦術的理解しか無い将校及び兵卒からこんな言葉が出てきたりする。

 

 

剣士(セイバー)なんだから剣からビームぐらい出せるでしょう?』

 

頭痛が痛い。などとアホな表現で返したくなる言葉だが、そんな風な論調になったのも無理はない。

 

遡ること去年の春に非公式ながらも『アーサー王』のエクスカリバーから放たれたビームを観測。無論、当時は『何だこれは?』という程度で、魔法師も遠坂の説明に半信半疑であった。

 

そして夏―――九校戦のアイスピラーズブレイクにおいて、USNAの魔法師の少女と共にアゾット剣を重ねて持ち(巷ではウェディングケーキの術と呼ばれている)、とんでもない色彩豊かなビームを放ったことが、更に――――。

 

『ところでキミ、出せるビームの色は何色?』

 

そんな言葉が吐かれること多すぎる現状に国防軍の魔法剣士たちの胃はキリキリ舞いのリンボーダンスを踊る始末。

 

そして極めつけは、横浜マジックウォーズでのこと……。

 

件の少年 遠坂刹那が出した黄金の剣―――伝説のアーサー王が振るったと伝わる剣から出る黄金の閃光が、大妖狐を消滅させたことで……。

 

『千葉館長。こんな風な術を国防軍ないし警察の魔法剣士たちに教えていただけますか? これも魔法剣術の一種であるというのならば、教えるのは容易いのではないですか?』

 

『はっはっは。我が道場のお得意様たちは無理難題をおっしゃる―――』

 

件の映像を見せられたことと娘・息子たちの伝聞を聞いた後。

千葉丈一郎氏は、バターンとぶっ倒れて、うなされるような様子で三週間近い静養を余儀なくされた。

 

人間、理解力を越えた事象をさも『当たり前』のことかのように語られる。しかも、それが自分の近似のことと同列に語られると、頭を痛めるしかないのだ。

 

結果として、

『ビームを出せない魔法剣士(セイバー)は、魔法剣士じゃない説』

 

……というのが日本の治安維持機関で定着してしまった。

 

これは偏に遠坂刹那が『古臭い』人間であるからこその誤解。

 

現代魔法の発端の一つに古式魔法があるというのならば、現代の魔法剣士にそれが伝わっていないはずはない―――。

 

往々にして人というのは誤解と偏見を備えるものだ。特に自分の専門分野外だとどうしても夢見がちな想像をしてしまうのだ。

 

結果としてこんな風なことが起きてしまうのだった……。

 

(けれど―――刹那クンが、ビームを剣から放つのを私は間近で見てしまった。あの輝き―――夕焼けの中で燦然と輝く黄金の剣を)

 

一色フローラの眼に焼き付いたあの輝きを再現したくて今までやってきたのだ。

 

それを―――。

 

「むっじぃことカンタンにやってくれてるんじゃねー!! えんじょもん(余所者)が―――!!!」

 

「うおっ! セツナの家に来たジャパンアーミーの女軍人(WAVE)さんかよ!?」

 

いきなりモードレッドの横に並走してきた金髪の女子大生程度の年齢だろう相手に驚くのは無理もない。

 

「あなただけがビームを撃てる剣士じゃないことをわたしが証明してやるね!金沢剣士はふりむかんじ!!」

 

「に、日本語なのか!?」

 

大まかな意味は何となく通じるがスゴイ訛り言葉にモードレッドは少しだけ驚く。 だが、そんなモードレッドに構わずフローラは、フルベルタの雷光を収束させて、上段に構える―――そして―――――。

 

「雷火よ 集え!! これぞリナルドの魔剣!! 伝説を束ねし一振り――――波打つ烈華の魔剣(エタンセル・デ・オルドル)!!」

 

振り下ろす前の口上、知る人ぞ知る宝具の真名開放を以て振り下ろした剣に連動して放たれる赫い爆光が──魔竜3体を包んだ。赫光が、魔竜と東京の大地をことごとく灼いた。

 

あとに残るは、灼かれた大地と―――。

 

 

『『『『ビーム撃てるんかーい!!!』』』』

 

剣士隊の皆さんの同僚もしくは隊長に対して嘆くような叫びばかりであった……。

 

 

そんな様子を見ていた一高愚連隊の総代表たる渡辺摩利は、アレが今春から入り、そして正式任官の際に着任を希望する剣士隊、抜刀隊の姫騎士『一色華蘭』かと―――少々ビビっているのだった。

 

「ううむ。刹那君のせいで魔法剣士=ビームを放つ。なんて公式が定着しつつあるぞ……どう思うよ壬生? 私も国防軍に入ったらビームを放つように頑張るべきなのか?」

 

「は、はぁ……まぁとにかく渡辺先輩とか千葉OBの愛の力で剣士の定義を変えるべきなんじゃないですかね?」

 

いきなり話を振られて、返すように言いながらも壬生は遠間から放つ剣戟を絶やさない。

 

その都度、剣戟の軌跡に応じて青色の閃光が魔竜を穿っていく。

 

振り上げた軌跡に応じて地面から波濤のごとき閃光の柱が吹き上がり、横薙ぎの剣戟では扇状に矢のような閃光が同時打ちされていく。

 

その様子はまるでショットガンである。

 

遠間から放たれる蒼い閃光の乱舞が、魔竜の硬い鱗を穿っていくのだ。

 

「バ、バカモノ! そ、そういう風なことを平然と言うな!! 大体にして先程の真由美のオヤジさんといい、刹那くんといい愛ってそんな安い―――うん?」

 

「どうかしました?」

 

「ああ、いやなんでもな―――――――いわけがあるかぁ!! 壬生、何だそのビームソードは!?」

 

遅れて気付いた驚愕の事実。壬生紗耶香(後輩)がいつの間にかジェダイマスター(間違い)になっているのだった。

 

「どうしちゃったんだ壬生? まさか刹那にエッチな改造手術されたついでにビームが出せるように改造されたのでは!?」

 

如何に先輩とは言え、かなり失礼な言動ではないかと思うも、とりあえず紗耶香は少し遠くから耳ざとく聞いていた桐原の安堵と己の名誉のために口を開く。

 

「違いますよ。まぁ詳しく話すと長くなりますから手短にいいますけど。

『アナタのような女との出会いを待っていたわ―――さぁ!! 私のビーム攻撃をラーニングして、宇宙戦艦の異名を受け継ぎなさいハルカちゃん(?)!! 』と私の夢に出てきた赤毛の女性との地獄の特訓を終えた時に―――私はビーム攻撃(?)ができるようになっていたわけです」

 

呆れるように摩利に言う壬生、全然手短ではない言い分ながらも剣からビームを飛ばすことは忘れていない様子だ。

 

聞かされた摩利としては唸らざるを得ないものがある。刹那が何かをしたわけではない。ただこの話を友人である真由美が聞いていれば、その御仁が、何者であるかが一発で分かった。これもまたすれ違いであった。

 

渡辺摩利―――色んな意味ですれ違う女でありそんな少女の様子に不憫を覚えた『ご先祖』は、少しだけ自分の炎を貸すことで戦場で戦えるようにしてあげるのだった……。

 

 

「倒しやすくなったのはいいんだが、それでも火力不足か……」

 

一条将輝の爆裂によって、龍鱗を発破するもさしたるダメージに見えない魔竜。目眩ましとネコがひっかく程度のダメージはあるのだが、最後に必要なのは―――。

 

「というわけでジョージ頼んだ!!」

 

「無茶振りじゃないかなマサキ!」

 

泣くように言いながらも、いつもの印象ではない吉祥寺真紅郎は、いつもならば持っているはずの汎用型デバイス(武器)を持っておらず、代わりに手にあったのは……。

 

棒、杖―――というよりも『棍』という表現が相応しい直径と長さを携えた武器を持っていた。

 

―――戦い方は、オレが教えるさ。安心してくれよ赤の従者さん―――

 

先程から真紅郎にだけ聞こえている少年の声。恐らくこれこそが英霊からの声なのだろうが……。

 

(なんで僕に取り憑くのかな……)

 

正直言えば、現代魔法に通じた真紅郎は遠坂の理論をそこまで有意にしてはいない。

 

確かに現代魔法では及ばない領域のチカラというものがあるのも理解しているし、物理法則だけに作用されないルール、隠された法則こそが『魔』というのも理解はしている。

 

だが、それは真紅郎が目指す頂にあるべきものではない。

 

 

そして望んでいないというのに、オカルティズムの究極たる『憑依魂魄』。つまりは英霊の力を降ろしてしまったのだ……。

 

「イヌヌワン! イヌヌヌヌワワン!!!」

 

これは英霊ではなく現実の『犬』の声。現代の世界では珍しい野良犬―――目つきはどちらかと言えば鋭い方で何かの狩猟犬を思わせるが、丸っこくて白い身体が愛らしい……。

 

そんな白犬が叫んで語った言葉が、恐るべきことに真紅郎には理解できた。

 

『お前は、この国の霊峰の膝下で多くの同胞たちを屠ってきた。その縁とセタンタの縁とが、繋がった結果であるのでお前はワン(わたし)をお世話する義務があるのだワン!!』

 

その言葉で真紅郎は思い出せることが多すぎた。

 

九校戦新人戦スピード・シューティング。

準決勝の相手。

解き放たれる獣性のインタラプトマジック。

そもそも相手に対抗するためにCADに仕掛けたルーン文字。

 

『デタラメだが、ワンカウントの術としては成立している』

 

完全に遠坂刹那のせいでもあったが、その言葉のあとにもう少し聞いておくべきだった。

 

そして、そんなルーンが施された魔導器で犬狼を撃っていった事実。

 

全てが繋がり―――ルーン魔術と言えばケルト神話ないし北欧神話。

 

いくつか考えられるが、少年が犬の『世話』―――という単語で思いつくは―――。

 

「なんで、犬の一人称が沖縄弁なんだよ!? クー・フーリン殿!!!」

 

『あっ、オレまだそちらの領域に達していないから幼名のセタンタでひとつよろしく』

 

「イヌヌワン!!」

 

真名を当てた真紅郎だが、状況はそんな真紅郎の嘆きを聞いてくれる状況ではない。

 

「ジョージ!!」

 

将輝の警告。しかし、それ以前から強化された知覚は、敵の存在を認識して棍は巨頭魔竜に打撃を開始する。

 

 

棍は英霊の武器、巨体を震わせるほどの威力を備えているらしく、いまは『手打ち』だが、腰を入れて打ったならば……。

 

「せいっ!!」

 

正面から鼻腔を打つ形での衝撃が、魔竜を後方に仰け反らせて吹っ飛ばした。

 

(今のは……!?)

 

魔竜と棍は当たってはいなかった。

 

モーションだけは確かに直線打撃のごとく一直線に放ったはずだが……。

 

―――そう、キミの開発したという作用力だけを対象物に与えるものは、オレのようなエリンの戦士にとっては手妻なんだ。―――

 

それはまだまだ神代の影響が強すぎる大地であるがゆえの戦いの技法であった。

 

例えば触れただけで肌身を溶かす毒を持った魔獣。

 

当然、その毒はドワーフ(土妖精)が作った頑丈な武器ですら打ち付けた瞬間に容易く溶かすとなれば、それに対抗する手段が必要となる。

 

あるものは魔術で、あるものは毒にも負けぬ「聖銀」(ミスリル)仕立ての武器の鍛造に―――。

 

そして戦士たちも対抗策を講じることになる。

 

 

―――鱗が強靭すぎる竜、利刀を容易く溶かす毒を持つ魔獣、そもそも存在すら不定形の粘液状生物に悪霊(ゴースト)……―――

 

 

―――人外の魔を相手にすることがエリンの戦士たちには求められた。例え利器や叡智が無くとも、相手を打ち倒すことを―――

 

武器や拳を相手に接触させることなく『死の衝撃』を与える術。

 

魔術などならば容易いが、それでもエリンの戦士たちはそれを目指したのだ。

 

どれだけ人間の能力が退化して、便利な道具に頼ろうとも―――戦士は己の身で『魔』と渡り合えるということを多くの人間に、示さなければならないのだ。

 

 

「―――!!!!!」

 

らしくもなく熱くなる。

 

そもそも魔法師の敵は魔法師であり、そうでなくとも鍛え上げられた軍人ばかりというのが、常だった。

 

しかし、遠坂と関わったことで、理外の存在と敵対することが多くなってしまった。

 

それは元々、世界が抱え込んでいた闇であり、自分の知識が通用しないものばかりだった。

 

そこに将輝を連れていくためにも―――自分の専門外だからと理解を拒んでいてはダメなのだ。

 

 

 

「がんばれ吉祥寺! お主がいまはメインフォースなのじゃぞ!!」

 

僕はジョ○子か!? と言わんばかりの言動を四十九院から掛けられるも、言われるまでもなく―――真紅郎は前に出るつもりだった。

 

「そのつもりだよ!!! いくぞクラン!!」

 

『イヌヌワン!!』

 

魔犬の幼生を引き連れて、魔竜に挑む真紅郎。いつにないプレデトリーな戦いぶり。棍を振るって魔竜を叩きのめす姿にいつもとは違いフォロー役をする将輝は笑みを浮かべる。

 

(いいぜジョージ……いや真紅郎! その気迫! 戦いに対する意志の強さ! 俺はそいつを待っていた!!)

 

別に親友がNo.2でいることに甘んじているわけではなかっただろう。しかし、参謀役ということで自分の後ろに控えている親友を前に引っ張り出すことは、将輝では出来なかった。

 

佐渡ヶ島にて助けたことで、彼を庇護する立場が板についてしまった将輝は、そんな厳しいことは言えなかったのだ。

 

だからこそ、遠坂刹那・司波達也という存在が現れたことは僥倖だった。

 

彼らとの差を感じれば感じるほどに強まる・燃え上がる吉祥寺真紅郎という男の意気と意地。それこそが、新たな戦いの姿を作るのだ!!

 

「リーレイちゃん!! 金と銀を!!」

 

(はい)!!」

 

短い指示だが将輝の意図を理解したリーレイによる攻撃というよりも魔竜の足止めが決まる。

 

『これは!?』

 

驚愕した魔竜。足元に蟠る流体の金属沼に動きを止められたことに驚いたところに―――。

 

(ジン)(イン)―――ダオダオダオ(刃、刀、剣)!!」

 

『『かしこまりました。シャオお嬢様』』

 

リーレイの言葉に従い鋭い刃が林立して、魔竜を足元から貫いていく。

 

流体のゴーレムたる金と銀のゴーレムは、そういう奇襲攻撃も出来るからだ。とはいえ、やられた方はたまったものではない。

 

「―――いけっ真紅郎!!」

 

「将輝!!」

 

棍の片端―――石突ではない方に紅い宝玉を出現させた真紅郎は、膂力や威力を補って魔竜を叩き伏せていく。当然、魔犬たるクランもまた牙と爪を使って、魔竜に痛撃を与えていった。

 

合わせる形の絶妙なコンビネーション。喩えるならば餅つきのように合いの手として爆裂・偏移開放・魔渦竜を入れる将輝の魔法が魔竜たちを倒していく―――最高のバッテリーのごとく……。

 

その一方で珍しいコンビが、この戦場に誕生していたりした。

 

 

 

 

「いきますよレオ君!!」

(ステゴロ未経験だろうに、とんでもない女……)

 

口の上では『あいよ!』と言いながらも内心では、そんなことを思うレオは幻手

を器用に操りながら、魔竜を叩きのめしていく。ある時には魔竜を『投げ飛ばす』ことで事態に対処していた。

 

確かに殴りやすくダメージも通りやすくなったのはいいが、今度は数が脅威となる。昔に比べて贅沢な悩みかつ、傲慢な考えだが――――――。

 

―――あのままやっていれば、いずれレオの『神杖』は魔竜を貫けていたはずだ。―――

 

確たる証拠があるわけではないが、レオの中にある直感が、告げる限りならば、出来たはずなのだが……。

 

(考えてんじゃねぇ! 動け!!)

 

そんなことを振り払うように魔竜の攻撃を幻手で遮断しつつ、敵性術式を打ち砕く。

 

レオが構成する幻手は、その特性上、放出された魔法式・魔術式を砕ける。原理こそ『不明』なれど、その手からも魔法式を放出出来るのだ。

 

今も幹比古と美月の辺りに襲いかかろうとした雷撃を幻手は防いだ。

 

そうした後にレオの拳と同時に振るわれる幻手は、魔竜の頬桁をひったたく。

 

速度を上げて接近しながら拳を使って有り余る膂力で魔竜を粉砕していくレオ、八面六臂ならぬ八腕潜航(ハチワンダイバー)するレオによって魔竜の数が減っていく……。

 

しかし―――。

 

「速すぎる! かといって、足を抑えろとか言えない!!!」

 

その速度は完全にサーヴァント級になった深雪とレオに援護が届けられない。

 

動体視力こそ魔法師ゆえそれなり以上に鍛えられている幹比古でも、それは追いつかない速度だ。完全に伴奏者たる後方を置き去りにした死の舞踏を刻んでいく

……。

 

そこに……。

 

「―――フィッシュ&リリース」

 

気の抜けた声、されど声の主は『可憐な乙女』としか思えないものが聞こえた。

 

聞こえた後には、魔竜たちを頭上から撃つ砲弾が炸裂。

 

こちらにも粉塵と熱と―――妙な気分を届けてくる。

 

そんな攻撃を行っただろう『可憐な乙女』は、ポーンと幹比古の上方を翔んでいくようにして前に出ていく。

 

軽快な動き、軽やかな足さばきに見とれつつも―――幹比古は本日2度めの『はいていない』を目撃してしまい、鼻血を出してしまった。

 

隣の美月に心配されながらも、砲撃を行った存在―――真っ赤な衣服を纏った 乙女は―――レオの下まで翔んでいく―――。

 

 

それを腕の振動で感知したレオは―――。

 

夜空を振り仰ぎ、そこにいるは上品なブラウスを着て、ミニスカート―――かなり丈は危ういものを履いている女(?)だろう人物がいたのだ。

 

「そこのマッスルなお方! 私を抱きしめて!! 銀河の果てまで!! いえ、むしろ

ロックスターのように銀河の彼方まで愛し合いましょう―――!!!」

 

その女は飛びながらもとんでもないことを言ってきた。マッスルなお方―――十文字先輩は離れたところにいるので違うと見当しつつも……。

 

「どういう意味だ―――!?」

 

叫ぶも言いたい意味は分かってしまう。要は誘われているのだ。当然、恋人がいるレオは、その言葉に頷くわけにはいかずに、幻手を使って着地場所を作ってあげるのだった。

 

「――――着地成功。グラッツェと言いたいところですが、私 言いましたよね。

『愛の限り抱きしめて』(アッブラッーチョ)と。耳が遠いんですか? それとも私の声が小さかったんですか? 前者でも後者でも使えない犬だわ」

 

「いやいやいや! お前いきなりムチャクチャ言っているな!? 相手にも色々と事情はあるし、そもそも着地成功とか言った時にポーズを決めている女が言うセリフじゃねえぞ!」

 

「見事な着地を決めたもので、ついうっかり取っちゃいました―――あふれるほどパッション! 震えるほどブルチャーレ!! そんなわけで納得してください」

 

言葉と同時にレオの幻手というお立ち台から降りてきた少女は―――。

 

レオの真正面に立ち―――背丈の差があるからかこちらを伺うようにしていた

 

「んで名前は?」

 

「私の名前は―――ひとまず、マジカル紙袋Ver.3とでも覚えておいてください。マッスルのお方」

 

マジカル紙袋―――名は体を表すを地で行く通りに今では殆ど見かけない大型の紙袋に両目の虚を穿ち口元を描いたものをすっぽり被った少女は―――。

 

「……まぁ、ハイジャックで金を要求するカボチャマスクよりはいいと思っておこう」

 

「チャリティーは必要なものですけどね。でなければ、明日食べるマーボーに入る豆腐の量が減ってしまいます……!!!」

 

紙袋から溢れる『銀髪』から考えて、どういう食生活しているんだろうと想いつつも……。

 

「助太刀してくれるのか?」

「そのつもりデス」

 

その言葉を受けたあとには、もはや言葉はいらなかった。

並ぶようにして駆け出すのみだ。

 

「―――ヴァレンティヌスの聖骸布」

 

言葉で身体に羽織っている紅白の布が、魔竜たちを拘束していく。

 

「今ですマッスルの人! 少しだけ先を行く聖女ムーヴな人!!」

 

締め上げるように拘束したあとに声を掛ける紙袋の言葉を受けて―――。

 

「おうよ!!!」

 

「ヴァレンティヌス? あなた―――とにかく!!!」

 

―――即席ステゴロコンビの打撃が魔竜たちを抹殺していく。

 

「やはり暴力…!! 暴力は全てを解決する…!! 動けない敵を一方的に殴るのはどうかと思いますが」

 

「いや、お前がやらせているんだろうが!! おまいうすぎる!!」

 

「なんだか随分と個性的な子ですね……マルタさんは、『記憶にある』とか言っていますけど――――――」

 

紙袋に抗議するレオと苦笑する深雪―――言葉が途切れた。

 

少しだけ上方に出来上がる巨大な魔力の存在。

 

三者の魔力を循環させて出来上がる魔戦艦。横浜マジックウォーズでも主力を努めた三人が揃って前に出てきたのだった。

 

決着の時はすぐそこである――――――。

 



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第289話『色彩-Ⅸ』

今日はアヴァロンこーうへーん♪

うふふ無料石はいくつくれるのかしら? 無淵たのしみー(爆)

そしてそろそろ水着イベント。そしてぐだぐだも待っている。

個人的にぐだぐだは、今年のトレンドであるウマ娘とかけて武田騎馬軍団が登場して。

そして待望の武田晴信には、高山みなみさんを――――難しいか? 

ボイス当ててもらうギャランティだけで、イベント製作費吹っ飛ぶかも(爆)

いや、それでも経験値先生と社長と奈須さんの心意気さえあれば―――一子や天道なびきのような蓮っ葉な姉ちゃんが好きだと言っていた奈須さんの(以下略)


色々と暴走して申し訳ない。そんなわけで新話お送りします。


 

Anfang(セット)―――投影、現創(トレース・オン)―――全投影幻創装填(マキシマム・セット)

 

全身の表面(すはだ)に奔る魔術回路の輝きは、それだけで一つの巨大な術式の如く様々な力を発する。

 

あたかも霊気を帯びた呪文を駆け回らせながら高速で新陳代謝し、光、炎、電気、冷気、暗黒、星……──知識の及ばないものもいるだろうが、見るものが見ればあらゆる要素(エレメント)をほとばしらせていることを理解する。

 

事実、刹那の身体は確実に進化(しんちんたいしゃ)を果たした。

 

その成果は―――――。

 

「Kaleidoskop―――全投影連弾奏者(ソードバレルフルストライカー)!」

 

流星の如く降り注ぐ宝具級の武器の連射で理解できる。

 

弓聖。

 

刹那の戦略級魔法師としての称号を、ここぞとばかりに目の当たりにする。

 

弓と弦を己の身体として、番えた矢弾―――魔力武器の数々を手をかざすこともせず、されど見抜いた先、感覚で知覚した先に打ち出していくのだ。

 

照準器(ガンサイト)の役目は『虹色の魔眼』が成しているのだろう。

 

(確か、遠坂の世界でいうところ第五の魔法使い、『蒼崎青子』ことミス・ブルーの『覚醒状態』に似ているか……)

 

そんなことを想いながらも、克人は前に進んでいくしかない。

 

例え弱体だとしても、自分が前に立つということに意味があるのだ。そう信じてきた―――そして……。

 

(俺には頼りになる後輩が多かったな……)

 

みんなを守っているつもりで、本当のところは、みんなから守られていた。

 

その事実に苦笑しながら、濃いめのアイシャドウやリップの明るさなど、イメチェンしすぎた同級生を迎える。

 

「……いつでも反抗期が、ついに最大反抗期か?」

 

かなり昔に流行ったギャルメイクとまではいかないが、サイバーサーヴァントダンサーズ……略してサイババ(爆)のようなアヴァンギャルドな様相になった真由美は……。

 

「おだまりっ!!」

 

そんな言葉で克人を一喝してくるのであった。

 

ともあれ、渡辺など一高の面子が駆け寄ってきたことを見て、ただ頷き何も言わずに向かう……。

 

事態の終結に対して―――見届け人を選定するのだ。

 

 

全員が獅子奮迅、破軍奮闘しているのだが、それでも限界は来ようとしているのは理解している。

 

飛翔しながらも、魔剣・妖刀・聖剣・神剣……槍、斧、短剣を、分け身の魔竜に打ちはなっていく。

 

強烈な神秘圧は、恐ろしいほどの圧力で魔竜を倒していく。

 

(八割―――いや九割の分体は消せた。みんなが奮闘してくれたおかげだな)

 

だが残り一割は、とんでもない力を持っているだろう。ビーストの尖兵にふさわしい力を持っている―――。

 

考えた瞬間、魔眼に強烈な反応。

 

狙われている。

 

飛んでくる一条の閃光(フラッシュ)。威力にして荷電粒子砲。それも超集束されたものが、見えない場所から飛んできた。

 

(―――――)

 

死ぬか? いや――――。

 

「「死なせるわけがないでしょ!!」」

 

金色の翼と白色の翼を持つ天使2騎が、その翼を最大展開して、防御壁として正面から来た荷電粒子砲を防いだ。

 

そして射点を暴露した長距離砲持ちに対して、カウンターとしてビームが決まる。

 

『ぐぅううおおおお!!! この超集束荷電粒子砲 通称『ビースト砲』をよくも防いでくれたな!! このリア充どもが!!』

 

ゼネ○ス砲みたいなネーミング付けるんじゃねぇと言いたくなるが、残り一割の巨頭小竜というには少しばかりデカイ魔竜は、怒り狂いながらステルスを解いた。

 

そこには首が九つのヒュドラのような存在がいたのだった。

 

『死ねっ!!!』

 

「もはや口上もいらねぇかよ!!!」

 

『急ぎなさい!! 私の結界もそろそろ限界よ―――って、手助けしてくれるのかしら?――――――』

 

「?アルクェイドさん?」

 

いきなり思念で割り込んできたアルクェイド・ブリュンスタッドだが、彼女は誰かとの会話に入ったようだ。誰であるかは分からないが、ともあれ―――。

 

猶予は出来たようだ。

 

「ソラを飛ぶ俺達だけに気を取られてていいのかね! 図体を細かくしてやったのに、再びデカくなってさ!!!」

 

言葉で引きつける。

 

だが気づいた時には時既に遅しだ。

 

「大山鳴動!」

「一意専心!」

「一刀両断!」

 

三人の魔法剣士の掛け声、こちらの腹に響くほどの肺活量で放たれた意。貫かれるは、魔竜。

 

おおきく振りかぶった構えを取って並列で整列している剣士たち、おおよそ剣の間合いで無い距離から放つは―――――。

 

『『『『これぞ和式の『えくすかりばー』じゃああああ!!!』』』』

 

 

圧倒的なまでの光による斬撃。ビームが放たれたのである。千葉道場の剣客三人。

 

兄妹による掛け声のもと、振り下ろした剣より放たれる光線は、束ねられて光柱となりて、首の一つを直撃。根本から焼却せしめた。

 

(モードレッドの剣が地脈上に突き立てられている。一時的なものなんだろうが、魔術基盤を打ちつけたな)

 

本来ならばブリテン島にて打ち付けるべきものだったのだが、いまは緊急事態だということが頭に入ったと見える。

 

剛毅な女だ。

 

とはいえ言いたいことはある。

 

「……まるでエクスカリバーのバーゲンセールだな……」

 

「ソレをセツナが言っちゃうとか……」

 

「とんだおまいうのバーゲンセールですね」

 

金髪の天使2人から言われて、いや全く以てその通りとしか苦笑出来なかった。

 

とはいえ、エクスカリバーという名前は一種の言霊である。古今東西において、あらゆる創作物にこの銘を着けられた武具は登場する。

 

武具だけではなく時には何かのシステムだったり、武具よりも近代的な『兵器』にも名前が使われたりもする。

 

そして過去には、自分の使う武器や自分の使った食器にまで『エクスカリバー』という名前を着けた王様がいたのだ。

 

リチャード獅子心王―――ライオンハートと呼ばれた、神秘と歴史の境界を彷徨ったブリテンの王。

 

その人物がサーヴァントとして呼ばれた時に、かの王が持つ全ての器具はエクスカリバーとしての機能を発揮出来るのだから……。

 

―――永久に遠き勝利の剣(エクスカリバー)―――

 

その魔術基盤が、いまここにはあるのだ。

 

誰もが世界破滅を前にして、破滅を回避する聖剣を手に入れたと持ち寄ってきたように……。

どれが本物かなど些末なことだ。聖剣は、終末を倒すという決意そのもの。

 

ヒトの想い一つで偽物(Fake)本物(Origin)に変わるのだから。

 

『本当ならば、ブリテン島のコーンウォールに突き刺しておくまではやんない方が良かったんだろうが、緊急事態だ。いいよなセツナ!?』

 

「その辺りはモードレッドに任せる。地脈・霊脈は星を巡る血管だからな!! 何処に刺したって、いずれは基盤(キセキ)は世界を巡るもんさ!!」

 

『気前良すぎていい男だぜ!! さすがはオレのマスターだ―――というわけで!!! 仕事をこなして疲労したジャパンのセイバーフォースに代わって、オレの一撃を喰らいやがれ!!!』

 

一人、もはや荒野も同然となった公園のド真ん中に立ちふさがり、朱金の粒子を集める大剣を掲げるモードレッドの姿。

 

後ろにはエクスカリバーを放ったことで疲労困憊、ぴくぴくと足を生まれたての子鹿のように震えさせている国防軍の皆さんの姿。

 

内心でのみ『お勤めご苦労さまです!』

と言いながら――――。

 

モードレッドの激発は早かった。

 

「―――『永久に求めし新たな勝利の剣』(エクスカリバー・クラレント)!!」

 

振り下ろした大剣から、国防軍の剣士隊と千葉兄妹とで放ったものよりも太い閃光が、魔竜を直撃。包み込み――――

空想樹とでもいうべき光の柱が出来上がる。

 

横浜でのエクスカリバーの顛末ではあったが。

 

『まだだ! まだ 終わらんよ!!』

 

全身を灼かれながらもしぶとく生き残る魔竜。

 

流石に無事では済まず、2つの首が灰のように崩れ落ちたのだが……。

 

大地を鳴動させるほどの咆哮。明らかにファイアブレスの前段階。口蓋に灯る光に対して―――――――。

 

「――――束縛もまた(ラブ)なのデェス」

「エーテライト・バインド!」

 

夜闇でも見える白布と、見えにくい糸とが魔竜の首を全て縛り上げた。喉仏を縛り上げられたことで、ブレスを発射不能にさせられた。

 

「シオン! と、誰だ!?」

 

紙袋を被った銀髪の―――恐らく七草の双子と同じぐらいの年齢だろう少女は、煩わしそうな声でこちらに念話を届けてきた。

 

『私の名前などどうでもよろしい。爆撃をしばし止めなさい、そこのブロンド大好き魔法のスパダリ―――』

 

口悪そうな言い方に、何だか村で会ったシスターを思い出した。何でもオヤジやお袋の古い馴染みだとかいう話だったが……。

思い出(ノスタルジー)に浸っているうちに、何かが飛んでくるのを感じる。

 

紙袋が縛り上げている白布とは別の赤布が投石器(カタパルト)の動きよろしくこちらに飛んできた。

 

その赤布に包まれていたのは、岩石満載の樽とか岩石そのものではないが―――岩石も同然の男女であった。

 

「覚悟完了する前に飛ばされたああ!!! が――――やることは、分かっている!!!」

 

「アムール! アナタの献身に応えましょう!!!」

 

即席ステゴロコンビの空中殺法が決まる。

 

―――神核装填。

―――神格展開。

―――神殻纏繞。

 

空中にて神降ろしの三大工程を経ていくレオ。

 

そして勢いよく魔竜の首の根元、でっぷり太った腹に降り立った時に、世界を壊す拳が決まる。

 

―――原初の世界震え壊す神拳(ダグザ・アヴェスター)―――

 

両手を重ねた殺人打法で魔竜の体が打ち震える。

 

魔竜から伝わる振動が荒野を震わせて、そこに追撃が入る。深雪マルタのお通りである。

 

「どっせええいいい!! 悔い改めろっての!!! 魔獣赫(大罪人)!!!!!」

 

『ウボァー!!!』

 

第二撃目のレオとは対象的なステゴロ殺法、技巧もクソもないラッシュパンチで、荒野が何度も揺れていく。

 

ホンマ、英雄宿すと変わりすぎやでこの子(CV 植○佳奈)

 

それを好機と見た、暴れん坊将軍ならぬ暴れん坊関東管領が、走ってくる。

 

「さつき!! 安全圏にいてもいいんですよ!!」

 

「私だって戦うよ!! リーズさんやシオンを消去した―――トカゲっぽいものに、報いを与えてやるんだ!!」

 

怖いことを言う人だ。三咲町で会った時には、本当に普通のヒトとしか思えなかったのだが……。

 

「何が彼女にあんな運命を与えるのやら………」

 

そう呟いた瞬間に、でっぷり太った腹から新たな首を生やしてきた。ちょうど地を駆けていったお虎と弓塚さんの真正面に――――。

 

「男は全員―――バカばっかか―――!?」

 

『ルリルリ!!!』

 

思いっきり大岩を投げつけられて、頭が潰された首が大きな奇声を上げたが、構わずにランサーは突っ込む。

 

「神と仏の習合。いまいちど現し世、苦界、下界に姿と威光を―――されど光の下に、汝ら暗黒、帰るべき処はなし―――」

 

経文・念仏というよりも聖句にも聞こえる文句のツラネを叩きつけながら、お虎は光速の光の塊となりて魔竜をすり抜けた。

 

否、それは違った。

 

光速に至ったお虎……ランサーは、魔竜を真っ二つに切り裂き、首を全て薙ぎ払ったのだ。

 

圧倒的な早業。その宝具名は……。

 

「―――黄泉路の救生主(よみじのみさや)!!」

 

ステータスが更新されたことに気づきながらも、これがチャンスだと気づく。

 

様々な人々が作ってくれたコレを―――逃すわけにはいかない。

 

考えるよりも先に軍神の剣を振り上げて魔力を溜め込む。

 

フルチャージに至った時に振り下ろさんとした刹那の手に―――柔らかくも、魔法や武道で努力を重ねて節くれだったものもある手が重なる。

 

「―――チャリタス」

 

「―――ドムス」

 

守護天使2人の言葉を受けて、最後の呪文を刹那は唱える。

 

3人の白翼の天使たちは、この夜で最後の天罰(テスタメント)を放つ!

 

「―――アウローラ!!!!」

 

繋げて―――”掲げ蕩ろう極光劇場”(チャリタス・ドムス・アウローラ)―――。

 

九校戦においては刹那とリーナの愛のチカラで放たれたロストファンタズム―――されど今回は、3人の愛のトライアングルで、多次元魔力放射が眼下の魔竜に放たれる。

 

 

幾重もの複雑な幾何学魔法陣を通過して放たれた虹色の極光(ひかり)は、前代未聞レベルの威力で存在していたという『残滓』すら残さぬレベルで、魔獣赫―――否、槍の竜インウィディア―――マザー・■■■■■の使い魔は消滅していく……。

 

そんな様子を見てガーネットは自慢げに口(?)を開く。

 

『我が奏者エクレール・アイリとそのライバル、プラズマリーナ、そして―――その2人から愛されるプリズマキッドの愛の攻撃!!! ズバリ――――――これぞ愛の勝利だ!!!』

 

『愛!? 愛だと!! 愛など粘膜の創り出す幻想に過ぎん!!』

 

『だがそれに―――貴様は敗れるのだ!! 滅びろ!! 獣の尖兵! より良き人の世を望んだものに寄生した貴様の終着点―――それは定まったのだ!!』

 

『ーーーーーーーーーーーーーーーー』

 

『あえて言わせてもらおう!! 愛の―――斬撃皇帝であると!!』

 

もはや言葉も声もなく、巨大な総体が消し去っていく様子は、幻想と暴力と……何かの厳かなものを感じさせる……。

 

そして―――真冬の夜の悪夢は終わりを告げた……。

 

 



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第290話『色彩-Ⅹ』

注意としては、とりあえずまだ分からない点もあれども、それでも『こうだろう』というシーンが含まれていますが、その辺はご了承いただければとは思います。

あとで反省会的なものでも活動報告にあげようかとおもったぐらいです。

本当に長くしすぎた。申し訳ない限り。


戦い終わって日が暮れて―――そもそも、戦いが始まった時点で既に夜中であったことを思い出して、水平線の向こう側を見るとすでに薄明が登りつつある……。

 

戦場と化した場所の中心に降り立つ。

 

対星宝具を受けて完全に陥没した大地に、一人の男が立っていた。

 

名前も顔も存じていない。だが、伝え聞く所によれば―――この男こそが……。

 

「感謝しておく筋合い―――なのかな?」

 

「いいえ、どうせ―――楽しんで(・・・・)いたでしょ?」

 

問いかけとも確認ともどちらとも取れる言葉に、刹那はそんな返しにしておくのだった。

 

「ふむ。予想通りとはいえ、ここまで簡素に言われると、実に不愉快と愉快の中間で、何とも言い難いな。しかしトレビアンな闘劇は―――楽しませてもらったな」

 

古めかしい貴族の服にマントを羽織った、眼を閉じた美麗の男。

 

その正体は――――。

 

「ズェピア・エルトナム・オベローン―――」

 

「やぁシオン。ヘルメス越しではない対面での話というのも実に新鮮だな。肉声を使って対話することに、少しばかり感動しているよ―――」

 

先生も出会ったことがある、アトラス院の歴代院長の一人であった。

 

そんな院長様は、『娘』との対話を早々に切り上げて、違う話を切り出してきた。

 

「しかし、元凶である私が言うのも何だが、乱痴気騒ぎ(演目のテーマ)が二転三転というのは忙しない限りだったな。君たちが見ていないところでの、多くの諸君ら(マルチアングル)の活躍を見せてもらっていたので―――まぁ良しとしよう。縦軸の演目だけでなく、横軸の演目もまた観客を楽しませるものだ」

 

何か今回のことでダメ出し食らっている気分にもなる。とはいえ、言わんとしていることは理解できる……。

 

「シオン、キミのやり方は決して間違いではない。

間違いではないが、少々拙速が過ぎた。もう少し―――人の世を知ってから、より良き未来を見出すべきだったね―――と、この世界では会えなかった真祖の姫君からもアレコレ言われていたわけだし、私まで言わなくてもいいだろう。これでも私は娘想いなんだ」

 

娘―――シオンに対して講評は止そう。自愛しなさいという態度であるズェピア……。

 

目は開いてはいない。その言葉の後にその美麗の貌が向いた先にいたのは―――、一人の男だった。

 

「さて、アレコレと思い悩むのは演者たちでいいだろう。いま必要なのは大演劇に対する閉幕の合図。本当の意味でこの夜にフィナーレを刻むためにも、タツヤ・ヨツバ君―――キミの眼で私を殺したまえ」

 

「父さん……!」

 

悲しさなのかそれとも孤独を恐れたのかは分からないが……少しだけ前のめりになるシオンを見て、達也は口を開いた。

 

「……理由をお聞かせ願えますか?」

 

「タタリの駆動式をこの時間軸に留めているのは、オリジナル(二十七祖)と同位たる私、ズェピア・エルトナム・オベローンが、この軸にいるからだ。その私に獣の尖兵やそれに混じった魔神柱の残滓だのがくっつき―――ああ、我が身はアダムダム固守卵の如き様だ。実に不愉快極まりなかった―――だからこそ、最後の死は―――同じ眼で安らかに逝きたいのだよ……」

 

 

長広舌をぶっている。訳が分かるようでわからないようで、されど重要なことは何気なく「分かる」。

 

「私が消滅すれば―――彼女(・・)の姿をようやく魔宝使いの眼にも写すこともできよう。色々と理由はあるが―――いい加減、死なせてくれ」

 

―――端的に言えば介錯人の要求であった。

 

「―――俺とアナタには何のゆかりもないんですけど……」

 

「しかし、キミの叔母の不幸の原因となった『フリズスキャルヴ』―――またの名をヘルメスは、ワタシの発案だ。残骸は好きに使い給え―――」

 

「俺のダチが言っていた通りならば、アンタたちの武器は――――――『オレ』は使いたくないよ」

 

世界を焼き尽くす武器なんていらない。

 

そういう想いで、『達也』(かずや)の持つ短刀はズェピアという『死徒』の肉体を消去していた。

 

「人格を任意で変えられるわけではないようだが―――まぁ及第点としておこう……ああ、どうやらとうとう天から迎えが来たようだ……私は『英霊の座』にいかなければならない……」

 

先生曰く『稀代の演出家』という名に恥じぬ(?)ショーで、多くの天使たちに連れられて天(?)へと登っていく姿が見える。

 

ズェピアが滂沱の涙を流して昇天しているところ悪いが、かなり衝撃的なことを口走られたような気がするのだが……もうその辺りは何も言わないでおくことにした。

 

なんせ真祖までサーヴァントとして召喚しちゃう聖杯戦争まであるのだ。

 

しかし、それ以上に物申したいことがある……。

 

「……なんでアイツだけ昇天シーンがゴージャスなんだ?」

「C公明か?」

「ブチャ○ティか?」

 

半眼で呻くような『和也』の言葉に、思わず同調して2人ほどが呟いた。

 

そして―――。

 

「ちなみに魔宝使い『遠坂刹那』くん。シオンとラニたち―――残された私の娘たちのことは任せたよ!! よろしく!!」

 

「ま、待て! とんでもないことをサラリと託して逝くんじゃなーーーい!! 英霊の座よりカムバ――――ック!!!!」

 

手を伸ばしても無理だということは分かっていたが、好青年のような一言を最後にズェピアは―――本人の申告通りならば、英霊の座に召し上げられたようだ―――いや、本当か?

 

嘘か真か分からぬ自己申告を聞いて―――そして、他の自己申告…… 自分にだけ見えない『幽霊』の存在を示唆されていた。

 

何となくズェピアが佇んでいた場所を見ると、そこにはメタリックな姿をした美女がいた。

 

服なのか肌なのかは分からない―――全身が硬質で、されど伸縮性はありそうなもので包まれた―――女性。

 

伸びる髪は―――『銀色』。

 

美女は自分を見つめていた。

 

「――――――」

 

「――――――」

 

 

言葉は―――ない。だが言いたいことは理解できていた。

 

何故かは分からない。魔術師としての第六感としか言えない。けれど――――。

 

「アリガトウ。アナタの記憶にいたワタシは―――すごく幸せそうだった。その『未来』を見れただけで―――ワタシは……もう一度戦える」

 

「―――ダメだ。戦うな……アンタは……」

 

戦える人じゃないはずだ。

誰であるかはもはや察した。

察したからこそ直視することは出来ない。

俯いて、言葉を続ける。

 

そんな刹那に対して、言葉は続く。

 

「セツナ、アナタのためにやったことは―――結果的にアナタを苦しめてしまったわ。ワタシはいつもそうね……こうしよう。ああしよう。こうしたい。ああしたい―――そう思ったことが、いつも裏目に出てばかり……願望(ねがい)なんて持つものじゃないって思った」

 

柔らかな声だ。あの頃には、いつでも聞いていた声だ。

 

どれだけ世界が過酷であって、魔道の災害が人々を苦しめたとしても、そこだけは柔らかな庭だった。

 

刹那が和らげる庭園……。

 

「―――――」

 

思い出して涙が溢れそうになる。

 

「………セツナ―――ワタシと共に戦ってくれる? アナタの手助けがワタシには必要なの―――」

 

俯いていた刹那の心が揺れる。きっと彼女は、『どこか』へと行く。その旅路はきっと……辛いものだ。支えてあげなければならない。

 

いつでも泣いていた人を、姉さんを助けるために―――差し出された手を取るなんて簡単だったはず。

 

それでも―――伸ばした手が、その手を取ることはなかった。

重なろうとしていた手を、寸前で握りしめて拳を作る。

 

「……」

 

「―――――」

 

その拒絶を見ても、柔らかな笑みが消えることはない。ようやく顔を上げて見た

姉さんの顔は―――いつも、刹那が困っている時に、少しだけ手助けをしてくれる時の顔だった。

 

「オルガマリー……」

 

「アナタが見ていたオルガマリーは少しどころか、幸せそうで嫉妬してしまいそうだった。現代魔術科のミス・ライネスと交流したり、降霊科のファムルソローネとか、色んなヒトと繋がることが出来た―――そういうヒト……」

 

銀色の髪が朝陽の中で映える美女―――恐らくハタチほどの歳のオルガマリーの姿があった。

 

着ている衣服は、好んで着ていたディグリーローブではない。しかし―――それでも……。

 

「けれど今は―――ちゃんと他の人達と繋がること! アナタがやるべき事は、ウェイバー先生の教えを繋ぐための触媒としての役割。そして―――ちゃんとした……カノジョと一緒になって……が、がんばるのよ!! あなたの―――前途を祈るわ―――ありがとう……ワタシではないけど、私が嬉しいと思える想い出をくれて―――」

 

「姉さん!!!」

 

もはや俯いて見ないでいることなど出来ずに、涙を流しながらも喜色を見せる姉の顔。その頬に手をやるも―――そこに確かな感触は無かった。

 

消滅。いや、何処かへと転移しようとしていることを理解した。

 

「――――――アナタに最後の希望を与える。忘れないで、大切なのは、ただ一人による救済ではない」

 

「必要なのは、絶望から解放されること……それは絶望をなくすことじゃない」

 

「利益ならみなで分け合える。けれど責任は誰ひとり引き受けない。そんな単純な原理を―――アナタは間違っていると言える人よ。それでも最後にはぐれる(・・・・)としても――――」

 

「俺は、みんなから託されたものを理解している―――大丈夫さ。己の身の丈で責任を果たす。手の届かないところを、手の届かないまま怒るのではなく。それだけだ。俺の身の丈は、思っているよりも高くて太いらしいからな―――しばらくは超人として―――戦うさ」

 

いつまでも続くものではない。

いつかは終わるものだ。

 

永遠に生きられるわけではないならば、その戦いにも終わりは来るだろう。

 

「――――ありがとう。それが分かっている人で良かったわ……迷惑を掛けたお礼だけど、ダ・ヴィンチとロマニの方に預けておいたわ。あとで迎えにいってあげて――――私も時計塔で、講師職にでも就いておけばよかったなー……南極なんか行くんじゃなかった……」

 

その「線」では、行かざるを得なかった状況だと思うが……この人にとってその講師職が一番の状況だったというのが、なんとも……。

「なんかどこのアンタでも愚痴っぽいつーか、まぁ……その調子ならば、大丈夫そうだな」

 

そういうのが一番、マズイと思う心情もあるのだが………見えてきた線、ダ・ヴィンチからも言われてきた通りならば、きっとそこには―――。

 

「それじゃあね。がんばりなさい。セツナはきっと――――――どこでも一生懸命になれる男の子だって私は理解しているから」

 

笑顔を見せながらも、どこか淋しげな顔をする義姉の輪郭が徐々に溶けていく。

 

最後の呼びかけ。何を言えばいいのかは分からない。それでも―――。

 

「オルガ」

 

名前を呼ぶことに意味はあるはずだったのに……。

マリーと続ける前に、朝陽の中に消え去る銀髪の美女。

 

……思わず泣き出したくなりそうだ。

 

先程から背中の衣服をきつく掴んで、顔を埋めながら離さないでいるリーナに悪いが、それでも涙が出てしまうのは―――懐かしすぎる顔で、昔の恋人だからだ……。

 

朝陽の光で、涙を融かしていた刹那の前に現れるは―――。

 

 

「で―――次はアンタか。アルクェイドさん」

 

「彼女の願いは達された。それは私がいなくなる予兆よ……」

 

ミニスカートの金髪美女。冬らしい装いである吸血姫、その姿を見たあとに『弓塚さつき』は、手招きに応じてアルクェイドさんの側に行く。

 

「シオンとリーズが消滅したのは『舞台装置』の変更よ。恐らく私とさっちんの『世界』が少しだけ変わったの。だからあの2人がああなったのね」

 

「何となく理解できた……そう考えると、アンタ規格外すぎやせんか?」

 

「それが真祖の姫たるゆえん―――なんて偉ぶるつもりはないわ。けど、ここいらで舞台を降りるわ―――その前に、刹那―――今回の事件解決のお礼に、キスしてあげようか?」

 

「いやー結構です。もう色んな意味でお腹一杯なんで、それどころかお腹一髪な状態です………」

 

ギリギリギリと腹を後ろから締め上げるリーナから、サダイジャのような締め付けをこれ以上食らうと、なんか色々と危険が危ないのだ。

 

オルガマリーまでは『セーフ』でも、アルクェイドは完全に『アウト』判定のようだ。

 

どうでもいいことだが。

 

そんな様子に満足したのか、アルクェイド・ブリュンスタッドは眼を閉じてから破顔して、こちらに踵を返すのだった。

 

「冗談よ。私の唇は安くないからね―――それじゃ帰りましょうか。志貴の待つ『総耶』の街にね」

 

ソウヤという聞き覚えの無い単語。自分の記憶を垣間見た連中も、遠野家という混血の魔がいるのが『三咲町』であるということは分かっていただけに、驚愕しているようだ……。

 

(このアルクェイド・ブリュンスタッドには、2つの軸での記憶が存在している……)

 

恐らく、新たに観測された新しい『枝葉』(世界の形)といったところかもしれない。まぁあのジジイが観測した時点で、それは確定した事象なのだから、さもありなん。

 

「刹那――――――また会うことがあるかどうか知れないけど、それでも―――私との縁も多少は気にしなさいよ。いつか気がつく―――アナタの生には意味があったのだと」

 

アルクェイドが捨て台詞ともイヤな再会の予感とも言える言葉を告げた瞬間、『手はず』を最初から整えていたかのように、刹那の手の中にある『宝石剣』が自動に起動をし―――、吸血姫と吸血鬼をどこかへと飛ばすのだった。

 

 

 

―――夕焼けに染まる世界。人の気配が殆どなくなっていた校舎に……一人の少女の姿を発見した。

 

いつも通りに保健室から帰ってきて、教室には誰もいないと思っていたのに、まさか―――。

 

いるとは思っていなかった少女は、机に突っ伏して少しだけ魘されているようすだった。

 

よってやるべきことはただ一つであった。

 

「弓塚さん。弓塚さん―――」

 

起きてとまでは言わなかったのは、最近自分が『メイド』によって起こされている立場になってしまったからかもしれない。

 

要は―――気後れしてしまったのだ。

 

「うん? ううんん――――わわっ!! と、遠野くん!? ええええっと!! ど、どうしたの!?」

 

「いや、どうしたのは、こっちのセリフかな? 俺は悲しいことに、いつもどおりの保健室帰り。カバンを取りに来ただけなんだけど……居眠りしている弓塚さんを見たからね。起こした方がいいかと思って」

 

仮にもしも、このまま『夜中』まで気づかない―――なんてことはなくとも、部活での夜帰宅も無い彼女が『万が一の危険』に晒されるのは忍びないのだ。

 

「あ、ありがとうね……夢見は最悪―――ううん。よくも悪くも変な夢だったなぁ」

 

「どんな夢を見ていたの? 話したくないならばいいけど」

 

予想に反して嬉しそうな顔をする弓塚さつきに言うと、すると少しだけ焦る様子。

 

「そんなことないよ。ただ……荒唐無稽かもしれないから話半分に聞いてね。ブログとかSNSとかにも書かないでね!」

 

「大丈夫」

 

もはや『有間』の家とは違い、現在の住居にはインターネット関連の環境は無いのだ。

 

何だか『割烹着』の方の使用人の離れにはありそうなのだけど―――。

 

(せめてなぁ秋葉にはスマートフォンを持たせてくれるように、直談判すべきかなぁ)

 

しかし、そうなった場合、容易に秋葉が『兄さん! いまどこでどなたと一緒なのですか!?』などと連続コールをして、夜ふかし不可能状態になりかねない。

 

ついでにいえば隣りにいるだろう金髪吸血鬼が『志貴ー、誰からー?』などと気楽に話してくれやがる。

 

色んな意味で難儀な『じっかぐらし』なのだった。涙がちょちょ切れそうだ。

 

「ええとね……なんていうか私が吸血鬼になっちゃう話だったんだよ」

 

「――――――――――――」

 

自分の世知辛さなど一発で吹き飛ぶ話であった。弓塚さつきの話は続く…。

 

「それで、長い三編みおさげで―――紫色の髪をした物凄い美人な女の子、銀髪をポニーテールにしたこれまた男装が似合いそうな美人さんと―――――――」

 

「と?」

 

「ろ、ろ、路地裏で生活しちゃっていたんだよ……もうワケわかんないよね。しかも本格的なホームレス生活で」

 

人差し指を突き合わせて、都会のJKにあるまじきそれを恥ずかしがっていたのだが……。

 

「それでも……」

 

「それでも?」

 

「楽しかったんだ……最初はそのおさげの女の子と2人だけだったんだけど、そのうち、銀髪の子とも一緒に路地裏生活するようになって―――うん。色々ドタバタした日常を暮らしたり、ヒドイときにはおさげの子の計算間違いで変な話になったり、旦那様みたいな銀髪の子と空を飛んだり――――言い尽くせ無いなぁ」

 

「俺は弓塚さんが魘されているように見えたんだけどね」

 

「そんなことはないよ。多分―――ううん。とにかく、どこかでまた出会えたらなぁとは思うよ」

 

その言葉を、晴れやかな笑顔とともに夕焼けに吐き出す弓塚さつきの姿を見て―――。

 

「家まで送るよ。最近は、総耶も何かと物騒だし、今にも夜になりそうなのに、一人はマズイだろ?」

 

「いいの? なら―――遠野君にエスコートお任せしちゃいます」

 

「はい。任されました」

 

女学生らしいイマドキなバッグを肩に担ぐ弓塚に戯けて応えながら、遠野志貴は家路に就くのだった。

 

その際に志貴の眼に一瞬だけだが、弓塚が言うところの『おさげの子』と『銀髪ポニー』が見えた。

 

弓塚の後ろ―――教室の窓辺辺りに立っていた2人の姿は、見間違えだったかのように、ふっ、と煙のように消え去るのだった。

 

ただその眼は弓塚さつきという少女を労るかのようで、決して害意がないことは間違いないのだった……。

 

 

 

「は―――どっと、疲れた! 何だか一ヶ月程度の騒動だったのに、一年と半年近くも騒動が続いていた気分だ!」

 

まるで作者が利き腕を骨折。連載漫画がストップして、作中の人物も三ヶ月間は驚愕の顔を取り続けて固まっていたかのように―――本当に騒動が長すぎた。

 

いや、そのように感じるだけで凡そ一月の騒動だったわけだが……まぁ色々とありすぎたことは間違いなかった。

 

伸びをして固まった身体を解しておく。でなければ、また……泣いてしまいそうだったからだ。

 

「ダイジョウブ? 無理してるのわかるワ」

 

「……まぁ多少はね。問題ないさ」

 

後ろからしがみつくようにしていたリーナが、労るように背中を擦っているのが分かる。

 

朝陽の中に消えていった様々な顔が、どうしても眼に焼き付いてしまう。けれど進まなければならない。

 

そう。戦う。進む。けれど―――。

 

時には後ろを振り返り、自分を見てくれていた人、支えてくれた人を労り―――そして抱きしめ合い瞳を見つめることも必要なのだ――――――。

 

 

 

それが―――7人分もあるとは予想外ではあったが。

 

「チョット―――!! あの場面(シーン)では、ワタシがセツナの背中に抱きついていたんだから、ワタシが抱擁されるのがスジでしょうが!! 何で割り込む!?」

 

「おだまりなさい!! アンジェリーナ!! やはりシンクロゲイザーよろしくマルスの剣を振り下ろしましたが、私こそセルナを癒やすべきオンナなのですわ!!」

 

「キッド〜♪ ほめて ほめて〜♪」

 

「私だってがんばりましたよ! セツナ!! もう一回本当のジュテームを!」

 

「アタシは既にアンタのサーヴァントだからな……けれど、何かリーナとだけ抱擁するのは納得いかないぞセツナ!!」

 

胸の前に殺到する五人(シアは飛びながら首に抱きついている)とは違い、シオンと栞は、セツナの腕に抱きついている。

 

恐るべき策士である。似たようなところでは、レオが同じような目にあっている。宇佐美に見られたらば大目玉だろう。マジカル紙袋と沓子が抱きつき、ラニ=Ⅴとが抱きつこうとしている。

 

 

「なんというかしまらない(閉まらない)オチですね……」

 

刹那の腕の中が『しまらない』と掛けた、達也会心の掛詞だったのだが。

 

「うむ。愛とは尊いものだな」

 

座り込みながら言う達也の愚痴るような言葉だと思ったのか、ズレた返答をする十文字克人。

ともあれ、これにて一件落着で『解散』を指示してほしかったのだが―――。

 

「解散指示で帰りたいだろう気持ちはわかる―――しかし、悪いが、まだ事後処理が残っているぞ達也」

 

克人よりも年上の男からの言葉が戦場跡に響く。

 

「少佐?」

 

独立魔装部隊では上官である風間玄信の出現は、特に変ではないのだが、その言葉の不穏当さに、ちょっとだけ冬の寒気(かんき)とは違う寒気(さむけ)を達也は感じるのだった。

 

「考えてみろ。事情を知らない人間から見れば、『きのう都内の公園で『何か』があって、園内から数kmが更地になった』だ。このままほうっておけば、まっ先に怪しまれるのはお前たちだぞ」

 

『……あ……』 

 

思わず同時に声を上げる当事者たち。

 

言われてみれば、騒動が大きくなりすぎて、あらゆる関係機関が動き出すのは当たり前だった。しかも前日には、代議士主催のパーティーを行ったホテルでとんでもない大虐殺があったのだ……。

 

「とりあえずそのあたりのことは、私及び国防軍がなんとかするが── いずれにしてもお前たち―――特に『主要メンバー』たちには、いろいろ証言してもらわなければならんからな。まずは魔法師協会を通してあちこちに連絡して──事情聴取に現場検証。

多分、ひと月くらいはかかるだろうな。受験生もいる中、悪いとは思うが、乗りかかった舟だ。つき合ってもらうぞ」 

 

言って、にまりっ、と、ひとの悪い笑みを風間は浮かべた。 

 

その言葉に、十文字や七草も含めて騒動に最初っから参加していた連中は、真っ白になるのだった。

 

──かくて──東京都内を襲った死徒二十七祖『ワラキアの夜』の脅威は去った……。 

 

このフレーズが使えるのは、どうやらまだまだ先のことになりそうである……。

 

結局なにごとも、事態を解決するよりもその後の処理が肝要なのだから―――。

 

 

 

 

 

「ところで少佐……風間さん。不機嫌そうですけど―――仲間外れがイヤだったんですか?」

 

「達也―――そういうことは察していても、あえて言うな。言わぬが花だ」

 

そんなオチもついたりするのだった。

 

 

 

 

 

 




長かった……ともあれ来訪者編のエピローグは、『卒業編』という形で書いていこうかと思います。

まぁ達也たちの卒業編ではないんですが、そういうタイトルを付けたかったということで。


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卒業編~first season~
第291話『その後の話Ⅰ』


優等生はあっちの方向に振りきれてるなぁ。

それでいいのか……と思いつつ、今話での最後の方の愛梨の扱いは正しくアニメに対して逆行中。

そしていつも通りの情報局。りーちゃんさんは持ってるねー。何と言っても5倍5ヴァーイになったわけだし。何故か、ハズレという面が出た気がするが気のせいだ。

白昼夢というやつである。放映時間は昼じゃねーけど


 

待機生活(カンヅメ)2ヶ月目

 

食料切り詰める。

 

朝 スープ

 

昼 チーズ一切れ ビスケット3枚

 

湯だけはたっぷりと飲む。水分は補給し過ぎということはない――――。

 

 

「いや何でアルプスに挑んだ男たちの漫画のようなことを言っているんですか? ついでにいえば2ヶ月も経ってませんよ」

 

幻聴が聞こえる。これがいわゆる小泉八雲が作り上げた伝説の妖怪『雪女』なのだろうか。

 

この声に誘われて多くの登山者や山中行軍訓練を行った軍人たちはマッパになってしまうのだ。恐るべし雪女。

 

一高にいる雪女は、『兄を返せ〜兄を寄越せ〜兄を認めろ〜』と日々、校舎内を彷徨い歩くのだが……。

 

 

「まぁともあれ―――現実に戻るとするか。カンヅメ生活七日目。そろそろ終わりが見えてきたか?」

 

「そうでしょうね。報告書は九割方終えてきたかと思います」

 

「君の高速思考や分割思考を用いれば、もう少し早く終わりそうだったが……」

 

「年頃の男子と2人っきりというシチュエーションが私に限りない変数を与えました。風呂上がりにバッタリなどもありましたしね」

 

さいですか。と嘆息気味に納得した。

 

魔法師協会所有のホテルの一室にて相部屋の相手は、そんなことを言いながら仮想型のタッチパネルを操り、報告書を上げていく。

 

今日にいたるまでの七日間。近くにある魔法協会とホテルを行ったり来たりという、昨今の小○館の漫画家たちでもやらないような生活を続けていた原因は偏に、東京魔導災害102号―――世間での通称『TOKYO102』にあった。

 

改めて書き上げた報告書の内容を添削するために読み上げることにする。

 

ロード・エルメロイⅡ世ことウェイバー・ベルベットにはよくよく言われたことだ。場合によっては時計塔の司書にも聞けと言われてきたそれを行う。

 

頭の中で読み上げる……。

 

報告書 記載案件 東京魔導災害102号について。

 

1,事件の発端

 

当該事件の発端、本当の最初を除けば、直接的な原因はUSNAの軍事基地にてマイクロブラックホール実験の体で行われた異界生命体召喚こそが発端と言える。

 

詳細は省くが、その実験においてUSNAが当初目論んだものは、次元論の外より召喚出来る存在―――人類史に大なり小なり名を刻んだ『受肉した精霊』とも言える―――英霊―――その分身『サーヴァント』を望んだようである。

 

しかし、実験はとてもではないが、成功とは言えない大いなる災厄を招き寄せた。それこそが『タタリ』及び『死徒』並行世界における吸血鬼たちの招来であった。

 

2,事件の推移

 

死徒及び吸血鬼、並行世界などの説明に関しては別レポートたる『エルメロイレポート』を参照。本項では詳細な説明を割愛させていただく。

 

招来したタタリ及び死徒は、吸血鬼の異名の通りに行為の深度はともかくとして多くの吸血行為を繰り返していき、やがて実験場所であった施設は惨劇へと化していき、終えた後には――――――多くの『組織』『人物』『機構』『星の自衛装置』などの干渉・過干渉を以て吸血鬼たちは海を渡り極東の首都『東京』に集まることとなった。

 

タタリ―――在来生命、おもに霊長寄生型の吸血鬼と、死徒 不死者へと転化した真正の吸血鬼―――弓■さつき、シオン・エルトナム・■■■■■、リーズバイフェ・ストリンドヴァリとは敵対関係にあり、各々で食い合い争いあい―――その片方で何も知らぬ人々を闇夜に誘った上で人食いを行い、結果的に東京が騒然・混沌・唖然となったことは間違いなかった。

 

しかし、これらの状況に対して最初から『明朗な見地』を持てなかった多くの魔法家、治安機関など、それぞれでスタンドプレーが発生し、統一した解決に至るまで長き時間を要した。

 

3, 事件解決に至る道筋

 

本件は先に述べた通り、多くの事象・人物・組織など公私の区別なき欲求が、複雑に絡み合い、相手方に対する戦闘がどうしても散発的にならざるを得なかった。だが、それは当然であった。

 

本件に最終的に関わってきた。いや、最初のはじめからタタリや死徒を招来すること、あるいは世界の破滅を先送りにすることを目的としていたエジプトに本拠を置く『最古の錬金術機関 アトラス院』によって事態は二転三転の様相を見せていた。

 

そして現・アトラス院院長『シオン・エルトナム・アトラシア』によって、東京を贄とした現代魔法制限(マギクスギアス)が開始されようとした時に最後の災厄が訪れた。

 

 

 

「……」

 

ここまでを読んでふと刹那に疑問が浮かぶ。最後の最後……いきなり東京の地下から現れたヘルメスコンピューター。その素体となったズェピア・エルトナム。

 

最後にシオンとの間に交わされた会話を考えるに―――。

 

「シオン。お前―――本当はズェピア院長の『願い』を分かっていたんじゃないか?」

 

「―――まさか。私が院長になる前から、あの人とはヘルメスなどアトラスの端末越しに会話をしてきました。当然、彼がどういう存在であるかも理解していましたからね。殆どの解ではそれはありませんでした―――ですが思考の四番に揺らぎと共に可能性は存在していました」

 

一端区切る形でコーヒーを含んだシオン。口が開かれる。

 

「そもそも生体頭脳としてヘルメスに変換されたはずのズェピアの自我があった時点で私は、これは異常事態であると理解していました。ゆえに錬金術師として観察しつつ利用してやろうという考えだったのですよ……当初は」

 

「賢者の石に、そういったものはないからな。そしてズェピア院長は、血縁たる君を娘も同然に扱ったということか」

 

「はい。そして私がアクセスして、色んなことを倣う内に、ふと気づきました。ズェピアが教えてくること―――これは全て『獣及び尖兵』に対する対処方法なのだと。当初は、それこそが人類の破滅の加速原因ゆえ―――なのかと思いましたが、違いました。

いずれ現れし『カレイドライナー』に対して、それに互いするだけの力を向ければ、ソレ以上の力を出してくる。周囲もそれに引きずられて、力を増してくる。その果てに自分の身を焼き尽くすような戦いの熱の中でしか、自分のような人造不死者に永遠の眠りはもたらされないと――――――」

 

壮絶な自殺幇助をさせられた気分だが、ズェピア公は最後まで、この闘争劇を楽しんでいた様子だった。

 

ヘルメスの外部端末『フリズスキャルヴ』を多くの魔法師たちに渡していき、その魔法師たちの魂だか精神体だかを魔神柱もとい魔獣嚇の生け贄に供して―――そして最後には―――。

 

『ああ、好きさ! 大好きだ!! お前が―――真夜が欲しいぃいい!!!!』

 

50のおっさんが言うセリフではないと、世間を、人物を斜に構えた講評するような賢しい人間ならば言うかも知れないが、いまでも人々の心を震わせる希世の作家『永井荷風』は、そんな連中にこう応えるだろう。

 

『日本人は30の声を聞くと青春の時期が過ぎてしまったように云うけれども、情熱さえあれば人間は一生涯青春でいられる』

 

肉体的な衰えは仕方ない。だが精神を老いさせてはならない。絶つもの作らず、色んなものを勃たせて一生を駆け抜けていけ。

 

そういう力強い言葉だ。

 

正しく老いる生き方も一つだろうが、心に燃え立つものがある人間ならば、何歳になっても燃えているなら、それを絶やしてはならないのだ。

 

「ロード・サエグサは、随分と情熱的な方なのですね……」

 

「一人の女を求めてアレコレとやる。それをどう評価するかは人それぞれだが……俺はそれでいいと思うよ」

 

「刹那も昔の女性を求めてしまうタイプですもんね」

 

シオンが笑いながら元カノ未練マン認定してくるが、吹っ切れた部分もある。

 

オルガマリーが、何事もなく―――とも言い切れないが大きな波乱無く生きていられる世界線にいた刹那。そんなオルガマリーの前から姿を消さざるを得なかったことが……あのヒトにとっての最大の波乱になってしまったことは申し訳無さばかりではある。

 

「けれど、もう決めたのさ―――俺は、この世界に生きていく。リーナの側にいるって決めたからな」

 

「……決意だけは立派ですけど、あのオルガマリー・アニムスフィアが何かしらの要件で『サーヴァント』として召喚されたらば、どうするんですか? 観測した事象次第ではそういうこともありえますし、アナタだってダ・ヴィンチの工房で見たはずですし、そして『講師』として登録したのでしょう?」

 

「ロマン先生の自宅が完全に占領されている状況が無視されているのはともかくとして、マリー義姉さんの残したものは―――俺にとっても大事なものさ」

 

ダ・ヴィンチ曰く、どんな世界であっても冬木の大聖杯こそが英霊召喚という規格外のルールを構築する大本であって、ロード・マリスビリーが聖杯戦争にて勝利した世界線では、大聖杯を主とした英霊召喚システムを構築して―――人理保障を開始したとか。

 

「真面目なこと考えて現実から眼を逸らさない。アナタがオルガマリーと接触している間、色んな面子が―――まぁ言わんときましょう……『白いアルバム2枚目』(WHITE ALBUM2)なことが第一高校を舞台に吹き荒れてもどうしようもないのですから」

 

イヤな未来を予測してくれやがる錬金術師である。けれど―――それでも、オルガマリーを助けたいという想いを抱くぐらいは許してほしいと思いつつ、添削作業を続ける……。

 

 

 

4,最終的な事態打破に向けて

 

吸血鬼による被害が増していくほどに惨劇の様相も凄まじいものになっていた本件だが、中でも二月十四日 バレンタインデーという日に行われたウィルソン・フィリップス・神田議員の政治パーティーを襲った惨劇は筆舌につくしがたいものがあったが、都内、もしくは都内にゆかりある遠方の魔法師たちの活躍によって、事態は収拾する。

 

その際の詳細に関しては『七草レポート』を参照していただきたい。

 

明けて二月十五日 都内の喧騒や混乱も収まっていない内から最終決戦は始まる。

 

東京都内の公園。霊脈上の要所とも言える場所にてアトラス院錬金術師 シオン・エルトナム・アトラシアからの企みの暴露。東京に打ち付けし現代魔法に対する制限機構『封印基盤』の設置を告げられる。

 

その目論見は却下され、同時に前述されていた獣の尖兵『魔神柱』に擬装せし『魔獣嚇』の出現、諸勢力がこの戦いに集結して、最後にはヘルメスコンピューターの元となったズェピア・エルトナム・オベローンの死亡を以て、事態は終結を見た。

 

 

5,その後の処理

 

魔神柱の生け贄とも言える存在の核として捕えられていた日本人『四葉真夜』USNA人『レイモンド・クラーク』中華系米人『ジード・ヘイグ』……他、フリズスキャルヴのオペレーターたちは、それぞれで身の安全が確保されたが、使用されていたものがものだけに、それぞれが各所で『保護』されていることは、関係機関を参照。

 

戦場跡に残った様々なもの―――有り体に言えば『戦利品』は、気づかれない内に幾つかの組織・魔法家が、奪取したものと思われる。

 

特に神代秘術連盟は、多くのものを奪っていった可能性があり、今後この組織の動きには要注意願い――――。

 

 

……最後の方の記述を読みながら、刹那は頭を抱える。3日後に開かれる師族会議の前に『あること』を聞いて、全員が陰謀の虫を疼かせすぎであり、九島家が過日の『エルメロイ家』の姿にも重なるのだ。

 

 

「……この国の神秘超常分野は東西に分かれますかね?」

 

「可能性はある。ここまで見事な調略がなされると、な」

 

拳(にゃんこ手)を口元に当てて考え込む刹那。それはリーナがいれば、本当に深刻な時などに見る刹那特有の思考ルーティンだった。

 

元祖は母 遠坂凛だったりするが……。

 

「……まぁ出ざるを得ないだろうな。奴らが抑えているのが、千年王城『京都』である以上、いずれは闘いは始まる」

 

日本の最大級の霊脈を抑えられると、ちょっときついところもある。

 

そして、それは九島家の行末を決める闘いであり、リーナを婚約者としている刹那にも無関係ではいられないだろう。

 

 

「――――――まぁどうするかは、あちら次第だ。俺はどっちに舵取りしても手助けする道を取るしか無い」

 

ここまで来て九島 真言から何の要請も無いならば、それはそれだ。

 

……取り敢えず、戦場あとで火事場泥棒をやっていただろう九島烈が『何を』やるのか次第だろうが……。

 

未来への不安を振り払ってレポート作成。相互添削などを用いて、ようやく最終稿へと繋がるのだった。

 

当然、重要な部分や秘するべきところはボカしている――――他の連中がどんなレポートを出してくるのかは未知数だが、あんまり考えないようにしておく。

 

「あー……肩凝った―――」

 

「お疲れさまでした。しかし、私が云うのもしまらないですね」

 

「まぁ元凶だからとか、そんな意地が悪いことは言わない」

 

「言ってるじゃないですか」

 

細い目で呆れるようにするシオン。だが差し出されたコーヒー。アラブの風を纏う彼女が淹れると、ここまで違うものかといういい香りがするのだった。

 

(大航海時代に国を挙げてでも、この嗜好品を取り合った理由が理解できるな)

 

しかし、その一方で不器用なのに自分の為に精一杯淹れてくれる女の子のコーヒーの方が嬉しいと思える――――などと女の子を比べるなどという下衆な思考を考えた時点で破却する。

 

「仕方ありません。私とラニたちは、刹那によって身請けされたようなもの。正妻であるリーナと比べられるのはしょうがない話です」

 

見抜いてらっしゃる。などと言いつつも、前半に関しては反論しておく。

 

「手助けはするが、キミたちをどうこうする権利は俺には無いよ。する気もないしな」

 

アトラス院の恐ろしさは尾ひれ背びれ付きで、『先生2人』(two teacher)に伝えさせた。

 

下手に手出しすれば、どうなるか分からないということは既に伝わっている。

 

そもそもそんなことが鎖国状態の日本の魔法師たちには出来ないだろう。鉄砲玉を送り込んだとしても返り討ちにあうだけだ。

 

「キミはキミの好きなようにしろよ。未来は―――誰にも品定め出来るもんじゃないさ。同時に自分たちのこともな」

 

それだけなのだ。

 

「そして俺の未来は既にリーナと共にある。七日間も触れてないからか禁断症状が現れそうだ……」

 

(そこで私に手を出さない辺りが、この男を示していますよね……)

 

項垂れて、性欲減退の魔術で抑えていただろう刹那に苦笑しつつ思う。

 

そんな訳で世話焼きなシオンとしては、路地裏同盟のシオンには負けたくなくて先程から室外の扉にいた面子を入れることにした。

 

「―――――――セツナァアアアアア!!! もうアレコレ言わないわ!! ハガネのマムにレポートを提出したらば、ハリーバック スイートホーム!!

メンドクサイミーティングまでの三日三晩(ミッカミバン)!! 神魂合体(新婚合体)で永遠の愛を契り合い! 身も心も重ねるわヨ(フルユナイト)!!愛の巣篭もり需要がバク上がり中!!」

 

「何か色々と焼き尽くさんとんでもない愛に殉じてしまいそうな文言!! ちょっとリーナ! 落ち着いて!!」

 

落ち着けない(NOT COOL)!! もう、あの銀髪年上美女が出てきた時点で、ワタシは―――」

 

本当に泣きそうなリーナを抱きしめる。自分に抱きついて涙を一杯に貯めながらそんなことを言ってきた気持ちとか分かるから、もはや抱きしめることでしか気持ちを伝えられないのだ。

 

「もう離れないさ。君が俺を繋ぎ止めておく最後の港だよ。―――帰ろっか家に」

 

「ウン――――」

 

少しだけきつい抱擁の中でも聞けた短い返事に満足してから、刹那は空間転移の術式を選択。

 

「というわけで道すがら十三塚の母さんにはレポートは提出しておくから、あとはヨロシク!」

 

「シオン、後は頼んだワ!!」

 

気楽な手上げを以て後事に関して言ってきた2人。

 

何かの魔法陣。そして生滅する文字の円環の中にとらわれた刹那とリーナの姿が―――少しの空気のざわつきと空間の歪みを以て消えるのだった。

 

……呆気なくそれだけの術を発動させたことも驚きだが、ソレ以上に驚くべきことは――――。

 

 

「三日三晩も猿渡―――ではなくサルのように『さかる』とか……」

 

すっかりぬるくなってしまったコーヒーを飲みながらシオンが思うことは―――。

 

 

(刹那が干からびる可能性は、まずないでしょうが、子供が出来る可能性も―――『まだ』大丈夫か。流石にそこは考えているんですね)

 

計算してみると、まだ『そうなる』とは限らない。

 

早すぎるだけ。ただ、ただ、ただ……

 

 

(なんか腑に落ちませんね! 不愉快ですこの思考は!! 師族会議が、どのようなものであるかはまだ測定出来ていません。その対策だってあったというのに!!)

 

メラメラと嫉妬の炎がシオンの中に湧き上がる。リーナを『素直』に入れていなければ、シオンが誘惑してそこにリーナ・愛梨・レティとがやって来たりしてスラップスティックな展開だってあり得たが、それを素直にやると色々と不都合があって―――ああ、つまりだ。

 

 

「シオンさ―――」

 

「刹那とリーナならば、家です! 空間転移で一足先に帰っちゃいましたよ!」

 

機先を制するようにひょっこり顔を出した一色愛梨に告げると。

 

「な、なんですって!? こ、こうしちゃいられません! ワタシも―――」

 

慌てふためいて踵を返そうとしたときに一条将輝が、一色愛梨を抑えるように現れるのだった。

 

「はいはい。残念だけどタイムオーバーだ。俺とて四葉の係累と知ってしまった深雪さんと話したいのだけど、金沢から離れ過ぎだ。帰るぞ一色。んじゃシオンさんもお元気で!」

 

「セ、セルナ―――!!!」

 

といった塩梅で三高生たちが帰る『未来』を選択したシオンであり、その結果に不満はないが、どうしても嫉妬心は貯まる。

 

いっそけしかけるような展開を選べばよかったと思いつつも―――。

 

「これが人の世にまみれるということなんですね。ズェピア・エルトナム・オベローン……」

 

悪くないな。こういう『たられば』がある人生を生きていく。

 

後悔はあれども、それこそが人間としての生き方であると理解できたのだから……シオン・エルトナムは、もう少し俗にまみれることを良しとするのだった―――――――。

 



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第292話『その後の話Ⅱ』

いやー、あんな経緯でエクスカリバーを作られたとか、『奈須きのこマジ菌糸類』とか造語を作りたくなる。

しかし、それ以上にウミノクマの描く男キャラと言えば、やっぱり黒髪だよなーなどと思った私は重症である(爆)




「きっと今日だけなのね。この大学の学食で食事を摂るのは……連日の魔法協会でのレポート作成でロクに受験勉強出来なかった私は、ニー子として実家ぐらしすることになるんだわ……」

 

「午前の実技でとんでもない点数を出した女が、どの口で言っているんだ」

 

最後の方で『およよ』などとウソ泣きをする、二人掛けの机の対面の女に返す克人とて、不安が無かったわけではなかった。

 

しかし、存外に遠坂の荒行に付き合ったことで、地力がアップしたのは事実で、レポート作成という『休暇』を取ったことと、合間合間に時折やっていたメディテーションが、いつになく克人と真由美を高めていたのだ。

 

魔法大学受験は何事もなく上手くいく―――と思いたい。所詮は過程の話だ。

 

そして真由美の話。「家庭の話」に首をツッコむことに、のちのちアレコレ言われないための予防線である。

 

「第一、実家ぐらしと言ったが、お前分かってるのか? 実家に今後住む同居人のことを。お前、大丈夫か?」

 

「……一人暮らししようかしら……」

 

(遠坂のように自立出来るならば、いいのだろうがな)

 

基本的に七草真由美という女の本質は、自堕落的だ。家では妹や父親という目があったからか、母親代わりをしていたからか、それなりに『しっかり』している風だったが……。

 

竹内や名倉の目から見れば、真由美の『しっかりした姿』など外面だけで、ある種、そういう風に見せているだけだというのが家人たちの評価だった。

 

もっともその遠坂とて、自室というか工房である場所はとんでもない様相だと、シールズから聞かされていた克人は、何となく場合によれば、二人がナニカあった可能性は―――。

 

(無いな……)

 

頭に浮かんだ妄想を打ち消しながら、克人は、自分ももしかしたらば、暫くは家から離れられなくなり、かつ真由美にも構えなくなる可能性を考えた。

 

(西の騒乱と、北にいる庶子……)

 

西の騒乱はまだ時間はある。所詮は―――九の不始末・不手際だ。だからといって『九島家縁故のもの全ての首を差し出せ』などという要求は突っぱねるつもりだが。

 

それこそが事態を円満に解決する術にもなりかねないのが、現在のイリヤ・リズ及び古式伝統派改め『神代秘術連盟』の勢いである。

 

「………」

 

 

こうなることは避けられなかったのだろうか?

何かもう一つあったのではないか。けれど、今の克人の立場ではどうしようもないのだ。

 

そしていま、克人が考えるべきは『北』にいるという庶子に関してだ。

 

なぜ、親父が自分ではなく遠坂に対して依頼を出したのか……それはやはり『ジャッジ』が自分では偏ると思えたからだろう。

 

魔法師の名家で比較的世間様から見れば暖かな家族を持つ自分と―――この世界、元の世界で孤児(オーフェン)として2つの家の魔道を受け継いで幼い頃から自分の人生を決めてきた遠坂とでは……やはり、遠坂に委ねたいという気持ちは克人も分かるのだが……。

 

「釈然とせんな」

 

「なにが?」

 

「今の自分がだよ」

 

「変なことを考えるわね。克人くんってば、私と同棲するチャンスを棒に振る気?」

 

「ものぐさ2人がそろって生活してもなぁ。アレでクドウと遠坂はバランス良く家を廻しているのだし。俺たちだと早々にどちらかが家を出るぞ」

 

結論としては、十文字克人にそこまでの決断は出来なかったということだ。

ましてやオヤジの恋バナ(過去)を聞かされたあとでは、本当にそう思うのだった。

 

永井荷風先生にあやかり、『カツ丼』をかっくらって午後の理論テストに挑むのだった。

 

そんな様子を見て真由美は思う……。

 

(ちなみにカツ丼は3杯目……永井荷風先生のように情熱的に生きるのもいいけど、もうちょっと身体を自愛してもいいんじゃないかしらね)

 

 

そして午後の記述テスト―――座学においても特に波乱もなく、滞りなく終わり―――そして、二月二五日の魔法大学受験日程は終わりを告げるのだった。

 

ただ一つ、いつもと違う点を挙げれば……受験生には見えていないところで―――。

 

グレートティーチャーサーヴァント(G T S)がばっちり見ているのだった―――。

 

「ふむ。あいつは「それなり」の授業を施していたようだな……いつでも度し難いほどの「才能持ちすぎバカ」だと思っていたが……他人へ教えること(ティーチング)は、まだまだだな」

 

「そこはリンの悪癖をそのままそっくり受け継いでしまったな。とはいえ、荒削りなまま「上げた」後には自力で「磨けていける」だろう―――という態度は、義兄上の教導の成果だろうな?」

 

「――――場合によりけりだ。ここまで競争が激しく俗世の荒事に「魔」を扱う世界ならば、伸ばせる部分は全て伸ばしていくべきだろう。「パラメーターを伸ばせます」という表示(マーク)があるのに、いつまでもそれを伸ばさないでいるのは如何にも無駄だろう」

 

まるでゲームのプレイヤーデータ。そのステータスに対する数値振り分けのような物言いをする男は、懐からいつものを吸おうとした。

 

ブルーデビルのニヤケ顔に対してそういう風に反論した軍師。勝利の一服としていつものタバコを吸おうとした時。

 

「義兄上。ここは禁煙だ。よしておけ。そしてトリムも灰皿を出さない」

 

「SORRY my master」

 

「喫煙者に優しくない社会になったもんだ……」

 

口さみしい想いをしながら、これならば遠隔での観察でも良かったのではないかと想いつつ、これならば問題ないだろう。しかし、それにしても――――。

 

(私も理屈や論理を重視するタイプだが、それは「正答」を補強するための「理由付け」でしかない。しかし、この世界のソーサラス・アデプトは、若干どころかかなり頭が硬すぎる……)

 

人間の脳や「心身領域」をコンピューターも同然に扱っての術行使を是とするやり方。これでは、出来るものと出来ないものとの間でアホほど差が出来るだろう。

 

必要なのは、世界の根本に「自分」を置くことである。確かに魔術師は己の身体を魔術を行使するための歯車とする執念の塊だが、魔法師の在り方は、少々難儀なものだ。

 

要するに、あまりにも自分を『蔑ろ』にしすぎているとでも言えばいいのか……自己に対する理解が限りなくお粗末に見える。

 

「……まぁいい。こういう風な人間たち(窮屈な思いをいている才人)を教えてきたのが私だ。刹那が本質的な力を引き出すことに終始してきたならば、私のやるべきことは「現代魔法」を達者に使うための方策だ」

 

「プロフェッサー・カリスマとしての手腕、その覇業、楽しみに(見学)しているぞ義兄上♪」

 

「お前もやるんだよ! 何で『ボク』だけに丸投げしようとしているんだ!?」

 

「折角2090年代のTOKYOスイーツを堪能したい妹がいるというのに、その為に身を粉にして働いてくれないというのか我が義兄よ……およよ。これでは夢のスヤリスト生活も夢のまた夢。我が弟子「セツナ・トオサカ」も『お師匠は街中で遊んでいてもいいかと』とか言っていたというのに」

 

あんなもの社交辞令に過ぎないだろうが、とはいえ憑依元が『研究畑』の人間なので、実戦的な―――というか荒事向きの人間の指導には向かないだろうが。

 

まぁ教職としてこき使うことは決定である。

 

「それと、この世界は一度地球規模の寒冷化を起こして、食糧難の時代もあったそうだ。流石に今生では嗜好品が無いとまでは言わんが……」

 

「味覚レベルの変化は起きているか。まぁ時代が進むにつれて、人々の食の多様化及び舌の嗜好も変わるからな」

 

唸る女性。英国人として日本の食文化を堪能したかったというのに……。

 

「そういうことだ。要は―――――」

 

「あの繊細で、懐に熱い石を入れてゲストを暖めてあげた懐石料理も、いまは昔ということか……」

 

日本人の『舌のレベル』が下がったという事実に、プチデビル(若干アダルト)戦慄。実際、刹那(弟子)の話によれば、やはり2020年代の人間の舌の嗜好では『合わない』とのことだ。

 

「―――まぁそうだな……。3日後ぐらいに行われる、グランドロールならぬ氏族会議(・・・・)とやらにて出してくる料理でもリクエストしてやるか。師匠でサーヴァントである私の腹を満たすのも弟子の務めなのだからな」

 

それは執事の領分ではないかと思いつつも、早速、現代機器である携帯端末を操る義妹に嘆息しつつ、『恋人同士のいちゃつき』を邪魔するなよと窘めつつも、義兄は『イイ笑顔』で送信している義妹を努めて見ないようにするのだった。

 

 

「それにしても、随分と状況が変わっちゃったわよネー。まさかグランパの生家が、そんなことになるなんて……」

 

「まぁ、しゃあないさ。結局のところ、ある程度は利益を分け合う関係で呑み下せるところはあったんだろうが、そこにガブリと噛みつかれたんだろう。最終的に人の行動を決めるのは、好き嫌いなんだろうな」

 

醤油と砂糖で甘く炊いた『アゲ』を使って、『お師匠』からのリクエスト品を作っていく。

 

ノーリッジでの宴会で多くの先輩・同輩・後輩に振る舞うことを是としていたためか、こういう時に多めに作ってしまう辺り、刹那のクセである。

 

「リーナ、そろそろ『裏返し』の方も作るから、次の酢飯の用意よろしく」

 

OH(オー)、『ウライナリ』ってやつね。セツナの和食スキルもアップしたのか、最近のワタシは色んな意味でシ・ア・ワ・セ♪(MORE HAPPY)

 

なんでそんな風に云うのやら、とはいえ色々とリーナを不安定にしてしまったのは事実なので、そんなことでシアワセになるならば――――――安すぎる心の税金。そして多大すぎる将来への投資である。

 

エプロン姿でキッチンに立つ姿は他者が見れば――――まるで夫婦と呼べるものであり―――。

 

「こらお虎! つまみ食いはこっそりしなさい!!」

 

そこにちょっかいがかかるのは自明の理であった。

 

「堂々とやってこその軍神スタイル! 私は私を恥じません!! すっかり夫婦空間を作った2人に対する―――これは、嫉妬なんだにゃー!! 何か妙な監視があるので排除してきますので!! おいなり増産お願いしますよ!!」

 

口にいなり寿司を突っ込みながら、去っていくSAKIMORIならぬINAMORIに少しだけ苦笑する。

 

「無理してるな……」

 

「ソレは仕方ないわよ。大切な人だったんでしょうし……」

 

「ああ、俺の秘蔵酒を毎夜飲んでる量が五割ほど増えてる……」

 

「ソレも無理に入っちゃうのカシラ?」

 

考えてみるに、この広い家に一週間前までは多くの人間が住んでいたのだ。

 

形を変えて取り込まれたものもいたが、それでも失われてみて分かってしまう寂しさに、涙が溢れてしまいそうになる。

 

結局―――人生そんなものだ。

 

「刹那、下手人を捕えてきましたー。ついでに来客ですよー♪」

 

などと思っていると、お虎が大手柄(?)を挙げてきた。来客と言うのは英国の留学生と仏蘭西の留学生。

 

モードレッド・ブラックモアとレティシア・ダンクルベールである。

 

「オーッス! 色々と書類仕事(デスクワーク)やってからの久々の対面だな!! ご夫婦そろって元気にサカッてたかー!?」

 

開口一番とんでもないことを言われるが、それをリーナは風と流すように堂々と返す。

 

「昨夜は魅惑のバニーガール姿でいたしたワ!! 我が家が一夜限り(ワンナイト)のプレイボーイ・マンションになったわよ!!」

 

「さ、流石はプレイボーイ発刊の地の娘!! 天然プレイメイツなその心意気と女粋! パリジェンヌとして負けられませんね!!」

 

「お、お、お前ら!! 学生としての領分を守れよ!! とはいえ……アタシも―――いやいや!! そんな肉体関係からだなんて!!」

 

金髪少女3人による、かしましくも色々とアダルトな会話に、居たたまれない気分になるよりも先に―――。

 

「で、そっちの君らよりも若干年齢が高めの女性は何者?」

 

カイゴウというリビングアーマーにして獅子型のゴーレムによって、首根っこを咥えられた人は目を廻していて、何とも無残な様子であった。

 

「さぁ? ただ古典的にも隠れてこの家を監視していたので、軒猿(しのび)の一つではあるでしょうね」

 

気絶している様子であり、これならば簡単に暗示が出来るだろう。久しぶりに魔術師らしい『ワルイこと』が出来ることに喜ぶ

 

「ふむふむ……国防軍の曹長さんね。面倒な女だが―――『仕事は終わって』『仕事先に帰ってくださいね』」

 

「はい……」

 

エーテライトで情報を抜き出したあとに、単純な暗示で所属部署に戻るようにすると、普段どおりの足取り(?)で帰っていく様子だ。

 

「イイの?」

 

少し不安そうに問い返すリーナに苦笑してしまう。

 

「目的は今日の会議の仔細を伝えてほしいとか、そんなところだった。要は裏工作の情報収集だな」

 

そんなもの、口の軽い協会員にでも鼻薬を嗅がせればよかっただろうに、なぜに俺に話を通そうとするのか。

 

冠位決議などに通じる情報収集は、根掘り葉掘り様々なところに及ぶ。それもまた政治工作というやつなのだが、どうにも刹那の肌に合わないことだ。

 

「バッチリ化粧を決めていたところから察するに、刹那を色仕掛けで籠絡してやろうという気持ちだったのでは?」

 

なんて安い手を使ってくれやがる。そして侮り過ぎである。

 

ああいう『法政科』系統の女とは、つくづく反りが合わないのである。俺を籠絡したければ『残念な年上美人(実は有能)』を用意しろと言いたくなるのだ。

 

この家を監視していた女性「遠山つかさ」、またの名を「十山つかさ」。どういう出自であるかは何となく程度ではあるが理解しつつも、随分と『自己』というものがない危うい女性であると思いながら―――今日の師族会議は始まる。

 

今日はたっぷり話すことが多すぎて、そして関係する人間たちも国籍無秩序状態なのだ―――当然、刹那は全ての議題に参加せざるをえないので色々と気が重いのだが―――そこは今日の議長役である十文字和樹 氏の手腕が問われるところである。

 

「俺たちゃ何も悪いことはしちゃいない。やるべきこと、なすべきことをやっただけさ。まぁ確かに奸策、謀略とまではいかずとも、色々あったが―――やんなきゃならないことだったのさ」

 

「それは分かっていますよ。まぁいざとなれば、この大統領令嬢としての手腕を発揮いたしましょう」

 

権力ってコワイナーなどと思いつつも、何を代価として要求されるか分からない。よって政界の寝業師と呼ばれるフランスの手は、あまり借りたくないのだ。

 

その気持ちだけは持っておきながら、留学生2人―――1人はちょいと事情ありで協会直行と聞いているので、チューター(指導役)としての務めを久々に行う―――そういう気構えを持つのである。

 

「ところでセツナ、いなり寿司美味そうだなー食っていいか?」

 

流石に目ざといバイキング国家の女、保存ケースに入れる前の昼食に気がついたようだ。

 

こういった時のことを考えて、刹那は多めに作るクセがついたのかもしれない。

 

蛇足でしか無いが。

 

「つまむぐらいならいいぞ。ただ一応、みんなに昼時に振る舞う予定であるから、今からだと感動半分だぞ?」

 

「いいって、オマエの作った料理はいつ食べてもサイコーだからな♪」

 

八重歯を見せる快活な笑顔にバッチーン☆とでもいう擬音表現が似合いそうなレッドの言葉に、笑みを浮かべながら諦めるのだった。

 

きっと―――アルトリア・ペンドラゴンと一緒に住んでいた時の親父は、こんな風な境地だったのだろうから―――。

 

何はともあれ、そうして『師匠』リクエストのいなり寿司をキャビネットに乗せて、いざ出発となるのであった。

 

ご近所さんからすれば、「遠坂さんちの坊っちゃんってば、外国人の美人YOUを3人も連れてどこに行くのかしら?」などと思われても仕方ない(被害妄想)

 

ともあれ、そうして三日ぶりの横浜魔法協会に赴く―――――――。

 

画面での参加者もいる師族会議だが、今日は近畿地方にいる九島を除けば全員が参加しているようだ。

 

ことが事だから。というところだろうが……。

 

 

「――――――来たか」

 

協会に入って最初に見えた知り合いは、十文字克人であった。数日前に受験戦争を勝ち抜いた巨漢は恨み言の一つもなく、こちらの手上げの挨拶と吐いた『受験お疲れさまです』という言葉に笑みを零すのであった。

 

「もしかして俺たちが最遅ですかね?」

 

「いいや、司波たちがまだだ。家中(かちゅう)が定まっていないんだろうな。とはいえ、受け入れなければ―――まぁそれはそれだ……」

 

決めたスーツ姿でも着ていると予想していたというのに、自分たちと同じ魔法科高校の制服姿をしているところを察するに、「今日は十師族の十文字克人ではなく一高生徒としての十文字克人だ」という主張に思えるのは、邪推ではないだろう。

 

あるいは、もう着る機会も少ない制服を着れる時間を惜しんでいるのかもしれないが……。

 

そして、今回の会議に招集された知り合いの面子が続々とロビーに集まってくる。

 

「歴史的な場面に立ち会うんだね……何だか殆ど話すことは無いだろうに緊張しちゃうよ」

 

「後の世で『その時―――吉田は―――思った……』とか田口トモ○ヲ風のナレーションで心情が語られるかも知れないから、存分に緊張しとけ」

 

「とんだ無茶振り! 国営放送に取り上げられる!! モノクロの静止画像でボクが映し出される!?」

 

 

幹比古の鮮明に作り込み過ぎな未来予想図に誰もが苦笑しつつも、そう言われても仕方ないところはある。

 

それだけ話し合うことは多すぎて、『大きすぎる』のだ。

 

「セツナ、オレたちも聞いていていいのか?」

 

「当事者だろ? お前たちも証言しなきゃ意味がないだろ。『地元』から何か言われたか?」

 

レッドに返しつつも、問うたのはレッドだけではないことを理解してレティが口を開く。

 

「特に無いですね。何ならば高めの『貸し』を作れぐらいは言われましたよ―――父から」

 

フランス大統領の娘の発言―――挑戦的な言葉に笑みを浮かべつつ、最後の到着者がやって来た。

 

司波兄妹である

 

てっきりこの2人は礼服でも着てくると思っていたのだが、予想に反して一高の制服であった。

 

 

グランドロールというには少々締まらないが、決めねばならないことは多い。

 

日本の冠位決議は始まろうとしていた……。

 

 

 



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第293話『その後の話Ⅲ』 

「……念のために聞くが……この報告書には間違いないんだね?」

 

「間違いはありません」

 

「ふむ……そうか…………しかし正直言って……素直に信じることができん、というのが本当のところだよ……話が途方もなさすぎる……」

 

「ですが『生き証人』は多いわけですからね。それとも、全員が口裏合わせしてフカシこいているなんて考えます?」

 

「まぁ分かった……現実にあの戦いの映像は既に観させてもらった……」

 

納得せざるをえないという五輪師の言葉と表情に、少し同情しておく。

事件の原因やその為に起こった騒動の規模だのは、もはやあれこれ云うのも烏滸がましい。

 

単純に大亜や新ソ連から攻め手が寄せてきたという方が、まだ彼には分かりやすかっただろうから。

 

「……過去のことをアレコレと穿ったり、責任追及だのは止しておこう。いま近畿地方が危機的な状況で、君をぐずらせるのも得策ではない」

 

「九島師から、要請とこちらの要求を呑んでいただければ、即見参いたしますけどね」

 

『無用な話だ。五輪君、十文字君、議題を進めたまえ』

 

この中では唯一肉声ではなく、電子的な音声の伝播である九島真言の言葉で、刹那は会話から外れた。

 

用意された席に着きながら議題の進行を見守る。

 

「では、四葉家に対する話をしたいと思います。報告書に上げられている通り、現・四葉当主 真夜殿がある類の『覗き見』端末を使っていたことに対するペナルティに関してですが……」

 

十文字和樹の言葉に、挙手をしてから立ち上がるは司波兄妹である。

 

「それに関しては自分と妹がお話します。これで納得いただければ……と思いますが……ご寛恕願いたいものです」

 

「司波達也、司波深雪―――ご両名を四葉家の名代として認めた上での、公式の発言と捉えてよろしい?」

 

六塚温子の言葉が兄妹を射抜いたが、それに臆すようでは先はない。

 

「構いません。その為に私達は自らの出自を隠すことをやめたのですから」

 

「……分かりました。ではお聞かせ願えますか?」

 

深雪の言葉、その容貌に、今更ながら憧憬を寄せる女性との『血の繋がり』を見た六塚師は、先を促す。

 

一礼をしたあと、深雪は懐から『血判状』なのか、紅い指紋らしきものが何人分も押されたものを取り出して開く。

 

そして読み上げる姿は―――次期当主といえるかもしれない。

 

語られたことを全てまとめると……。

 

1,現当主 四葉真夜は当主を引退。また今回のことの責任を取り他家にて蟄居。

 

2,四葉家は第四研究所関連の親族全てを公表。これによって次期当主は、親族から選ぶことにする。

 

3,今回の賠償請求は、一括して四葉及び四葉の関連会社の資産から出すゆえ、個人請求に関しては破棄を求める。

 

4,次期当主は黒羽 貢―――改め 四葉 貢を推挙する。

 

 

「―――以上です。ここに書かれていることは四葉の分家全てで話し合い、また親族総出で血判を押したものです。ご確認を。コピーを取ってもらっても構いません」

 

「拝見させてもらうよ」

 

その言葉で深雪が最初に渡したのは三矢師であった。似た年頃の娘がいるからか口調が柔らかい。

 

廻し読みする形で全員が読み終わるまで10分もかからなかったのは、予め伝えられていた面子もいたからである。

 

そしてここからが弁論の時間である。

 

心のなかで逆転○判のBGMを流しつつ、十師族からの追求にたいしてダンガン○ンパする心構えを持つ。

 

「まず第一に四葉家が、多くの魔法師を有しているのは理解できました。今まで大漢に対する『落とし前戦争』では、四葉親類たちだけでここまで出来るのかと思っていましたが……となると、四葉家の総戦力というのは侮れないのでしょうな」

 

「あまり探られるのは好きではありませんが、祖父、大叔父などだけでなく、四葉に忠義を尽くしてくれる執事・家宰などもおりましたから、彼らも希望あれば我が家の墓に入ってもらいますよ。そして大漢で亡くなられた家人たちは、子々孫々の英雄として我が家で丁重に弔っております」

 

「なるほど、ですが―――この黒羽貢という真夜殿の従弟である魔法師の『チカラ』を、我々は知り得ない。そこは四葉の弊害ですな」

 

深雪はその言葉に―――。

 

「ごもっともですね」

 

同意して四葉の秘密主義こそが弊害とすることで、ジャブを躱すのだった。

 

スウェーバックも同然だが、問題は次である。

 

「ですが、貢叔父上とて表に出てこなかったわけではありません。当然、魔法師として修練を積んできたのですから、証拠というわけではありませんが―――」

 

「失礼、リトル・ミス司波、それに適したものは僕が提供しよう。まさか……黒羽君の名字は『クローバー』から来ていたのか」

 

嘆くかのように口を挟んできたのは、この会議では異質ではないが、それでも自分たちのような学生よりは相応しい相手―――師補十八家の当主の一人、七宝 琢巳氏であった。

 

魔法師の世代としては、弘一氏などより1世代違う人間で、どうやら学生時代の黒羽貢のことを知っている人物だった。

 

当然、これはある種の政治劇である。予め予定されていたことである。

貢氏は自分が四葉の『代理当主』になることは承諾した。もちろんその後も自分の子女子息に引き継いでいくのならば、何か権謀術数あるだろうが、ひとまず代理当主―――本人は『武田勝頼の気分だよ……』と嘆いていた。

 

本心かどうかはわからないが、まぁともあれ現在のことに話を戻せば、自分が当主になるためのチカラ―――魔法師として、どれだけのものであるかを示すための証人として、旧知というほどではないが、繋がりを持っていた同世代で、魔法家としても有力な七宝家に証言してもらうことにしたようだ。

 

こういった裏工作というのが政治の妙であり、『お師匠』からは、否が応でも習ってしまったことであるのだが……。

 

そして再生された、何年度かは分からない九校戦の映像。

 

相対し合う2人の青年。その狭間に立つものは、氷柱――――その映像を見ながらも予定を詰めていく。

 

誰にも聞かれないように念話での秘匿通信。―――次の段階に移行する。

 

 

「……成程、七宝殿と互角以上に渡り合えたならば、実力、そして保有している戦力においても問題は無いのでしょうな。しかしご家中は定まっているのですかな?」

 

その八代雷蔵の言葉に即の反論をするは、達也である。

 

「その辺りは、いざとなれば山梨(地元)の英雄『武田信玄公』に倣い、何が何でも安定させましょう。ですが、いまは家全てで貢叔父貴を支えることで合致しています。ご理解いただきたい」

 

「―――ふむ。跡目争いは、特に我々が首を突っ込む話ではないですからな」

 

九州地方を監視している八代師は、その地域(地元)の特性上、そういったことの『難儀さ』を理解している。

 

もしくは技術者肌として、そういったことの煩わしさを覚えているのかもしれない。そういう意味では、達也と同じタイプと言えるかも知れないが。

 

そんな訳で黒羽氏の当主就任は了承された形になる。そもそもは、四葉の方の家督相続の話であり、特にそこまで十師族が介入することではないのだが―――。

 

(問題はここからだな。頼みますから激発しないでくださいよ)

 

(別にここで大人気ないことするほど、私は分別が無いわけじゃないわよ)

 

念話で通した相手は、とりあえず不機嫌ではあるが、抑える気持ちはあるようだ―――。などと懸念していたのだが……。

 

「では真夜殿の人質先は……七草殿でいいですかね?」

 

「―――構いませんよ。この場に七草師がいない理由も分かっていますしね」

 

「叔母様、リハビリ中ですからね」

 

そんな懸念は議長である十文字和樹のファインプレーで、さらっと流された。

 

あとは家族で話し合いな。そんな所だろうか。十文字氏も色々だもんなーと思っていた所にーーー。

 

「―――――セツナ!?」

 

突如、魔眼が虹色に明滅する。

 

隣の部屋では、『師匠』が燃えるような色をした魔眼に苦慮しているだろうが―――こちらも、余裕はない。

 

「大丈夫だ。それより―――」

 

『『『『『!!!!!』』』』』

 

この中でも感覚が鋭敏な魔法師たちが、セツナに次いで気づく。

 

この議場にろくでもないものが入り込んだのだと―――。

 

あまりにも強烈な圧に、全員が緊張を果たしたその時―――、先程まで深雪が立っていた場所に、術式が展開されて―――そこから一人の『女』がせり出してきた。

 

突如、床から出てきたように見えるそれは、正しく単独顕現、空間魔術の極みだ。

 

現れた女―――――『美女』は、扇子で口物を隠しながらの登場で、何ともサマになるものだった。

 

そんな美女は遂に口を開く。

 

「全くもって、ご主人さまに対する温情ありすぎて、ワタシってば涙がほろりはらりと滝のように流れますわ。ア・リ・ガ・ト・ゴ・ザ・イ・ます!」

 

どう考えても滝のような流れ方には思えない表現だが、今にも微笑みながら談笑相手の喉元を切り裂きそうな女が、議場の中心に現れるのだった。

 

「よいこもわるいこもみんな大好き。ナインフォックスファウンデーション(N F F)サービスの、タマモヴィッチ・コヤンスカヤの登場ですよ―――♪」

 

ぞわっ、とするようなプレッシャーを浴びせながらも、現れたのは―――下乳丸見えの桃色旗袍(セクシーチャイナドレス)を着たケモミミ眼鏡。

 

誰が差しているのかは分からないピンク色のスポットライトを浴びながら(会議場は真っ暗)ポーズを取る女は、血の香をこちらにも届けるほどの『劇毒』だ。

 

「サーヴァント界の峰不二子を自称するこのワタシが、少々ばかり議場ジャック!!!

不躾ながら、話の前に魔法師の皆さんに聞いてもらいたいことがあります♪―――そう、ワタシはかつて玉藻の前と呼ばれていたことがあり、またナミとナギとの間に生まれし陽神アマテラスとも言われていたものだ!!」

 

「こ、コヤンスカヤくん! キミが―――サーヴァント!?」

 

心底驚いた風の三矢師に、こちらも驚く。

 

(兵器ブローカーなんて生業上、業務関係を持っていることは前から疑っていたが―――そうか、横浜での戦いでのレポート、響子さん経由で、こっちに渡ったアレは国防軍にしか伝わってなかったのか……)

 

迂闊と言えば迂闊だが、タマモヴィッチ・コヤンスカヤ―――。

 

よくよく考えて、この事態に出てこないわけがなかった。

 

もはや刹那の中で確信はある。この女は―――。

 

―――四葉真夜のサーヴァントなのだ……



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第294話『その後の話Ⅳ』 

―――あまりにも強烈な存在の登場に、オルガマリーから頼まれていた2人の教師は即座に議場に乱入した。

 

隣室に詰めていたはずの2人が音もなく入ってきたことに、気づけたものは多くはない。だが稀有な気づけた一人である刹那は、議場に立つ前の『先生』から肩を叩かれた。

 

 

「―――陽神あらば陰神あり。物事全てに光と闇があり、それらは調和もとい均衡を保つことで、この世界は成り立つ。

お前は《獣》ではあるが、同時に『太陽神』という側面も持つ、己の性質に強すぎる『光』を持つがゆえ、愛玩の獣になるために、どうしてもそれを切り離さなければならなかった―――しかし、古来より光と闇はやはり表裏一体。万物全てに欠けてはならぬもの」

 

「ジャパンのメジャーカートゥーン『DRAGON BALL』とて、最後に『大魔王』と『神』は元の一人の『地球に生きる宇宙人』に戻る。これは実に興味深い一例だ。物語を綴るものは誰であれ、大なり小なり―――陰と陽を理解しているということなんだな♪」

 

本来の予定よりも少々登場が早い2人に、気づいていない人間たちが面食らう。しかし、今の刹那にとっては、百人力どころか万人力を得た気分だ。

 

「おやおや、まさかここで登場とは、随分と―――出しゃばりがすぎませんかね? 『孔明先生』『司馬懿さん』?」

 

扇子で口元を隠しながら鋭く2人を見据えるコヤンスカヤ。まだ何かをするつもりはないようだ。

 

「お前が十師族を懐柔・誘惑する気配を見せなければ、隣で静かに見ていたさ―――しかし、刹那―――お前ならば『全力』でやろうと思えば、このデビル・ザ・フォックスを即時抹殺出来ただろうに」

 

冗長な。と言外に言ってくる『先生』に、ぎくり!としつつも言い訳をする。確かに『結界』に捕らえれば、殺せたかもしれない―――いや、その可能性を論じたとしても五分五分どころか7:3で少しばかり分が悪かった。

 

という説明が通用するかどうかは分からないが、言っておく。

 

「それをさせてくれる状況じゃなかった。言い訳になりますが、『先生』と『菱理』さんみたいな関係だったんですよ……。こちらに線を踏み込ませないように、上手く立ち回られていた」

 

実際、ここまで好き勝手されてきたのは、コヤンスカヤの影響力が、この世界では『大きすぎた』のだ。下手に殺せば、『どんなこと』が起きてもおかしくない。

 

その言葉に呻く『先生』は、それならばと納得したようだ。単純な力自慢だけでなく、そういう搦手は、師弟そろって弱い相手には弱い。

 

などとシンパシーを感じていた時に―――。

 

「なんだ。それじゃ義兄上と同じく『相性バッチリ』ってことじゃないか」

 

「「ふざけんな(FUCK)!」」

 

イイ笑顔をする『お師匠』『義妹』からの言葉に、そろって反論するのだった。それはともかく―――。

 

「弟子の代弁ではないが、話すことはない。カエレ」

 

「冬場だからな、人ん家(ひとんち)の縁側サンダルを、エサだと想って持っていくなよ」

 

こいつと交渉事をするなんて、それだけで悪手だ。話に乗った時点で、どんな代価を要求されるかわからないのだ。

 

「師弟そろってなんたる塩対応! およよ……これではご主人さまである真夜様の為になる話が、ここで何一つ出来ないではないですか。地獄の閻魔大王とて、「沙汰」を下すにまずは話を聞くというのに。地蔵菩薩の化身も、これには激おこぷんぷん丸でしょう!!」

 

その話に出てきた人物の名前に、殆どの耳目が惹かれる。

 

「あなたが……伝承にある大化生『九尾の狐』が―――四葉殿のサーヴァントだと?」

 

「はい♪ と言っても、ご主人さまは何一つ自覚していないでしょう。何せ私ってば、そういう所は日陰の女よろしく見守るタイプなので」

 

一条師の硬質な声に、甘ったるさを覚える声音で返答をするコヤンスカヤ。

 

まずい。全員が話に乗る構えだが―――とりあえず――――。

 

「全員、レジスト(対抗防御)誘惑さ(呑まれ)れていますよ!!」

 

「「「「――――」」」」

 

その言葉、魔力を乗せた言葉で『気付け』(覚醒)をさせると、全員がコヤンスカヤの『チャームブレス』に対抗するようになった。

 

「あ、危うかった……すまない遠坂君」

 

「お気になさらず一条師―――ですが……話を聞くんですね?」

 

議場に突如現れた無礼者。だが、あまりにも訳知り・物知りだろう相手を前に、十師族が前のめり、そして幹比古に介抱されている気絶中の美月と頭痛を起こしてレオに寄りかかる沓子を除けば、全員がこの女からの情報を求めるようだ。

 

見回して見渡して、刹那は少しだけ嘆息する。

 

「……お前が根っからの『観客』で、筋書きを正すために、筋書きを混乱させるためだけに、必要量をよこさない、商人の風上にも風下にも置けない害獣であっても―――いま、何か四葉師に関して何か知っているならば、それを言え。サーヴァント界の喪黒■造が」

 

「随分と嫌われましたね。よほどニューヨークでアルトマとのことを恨まれている……というか喪■福造呼ばわりはご勘弁を。私、そこまで悪辣じゃあありません。藤子不二雄A先生に謝っていただきましょう」

 

「恨まれていないって考える方がオカシイとおもうケド」

 

げんなりした、としか言いようがないリーナの言葉。この狐が、あの被害を拡大させた。そう言えるのだから

 

「おやおや、アンジェリーナさんまで私に塩対応。こうなれば、いつぞやのお礼として、となりの殿方を誘惑しまくりの『 スーパーセクシー』な衣装でもあげましょうか?」

 

厭な笑みだ。こんな風な顔をして、善意がありますなんてのは無理筋すぎる。

 

「ソンナモノなくても、セツナはココロもカラダもワタシにメロメロだもの。ノーサンキューよ」

 

という自信満々の言葉で、心動かされずに返してくれたということに感動する。

 

もっとも……後ろの方から感じる視線がトゲトゲしすぎるのだが……。

 

話す相手は再び変わり、次は達也が食って掛かるように口を開く。

 

「お前こそが、叔母上の不幸の原因なんじゃないかと想っているよ。刹那の話だけならば、マスターが知られぬ内に契約するようなサーヴァントもいるそうだからな……寄生型の霊体というところか」

 

それは以前から達也などに伝えていたことだ。もっとも誰が契約者であるかは不確定だったのだが。

 

「まぁそれは正解ですね。ですが、同時にご主人さまを守ってきたのも私であることも、理解力あるものには分かるはずですけどね―――とくに……ドクターロマン、レオナルド・ダ・ヴィンチ―――あなた方ならば、分かるはずです……四葉 真夜という女性の『異常性』が」

 

問われた2人は少しの渋面を浮かべつつも、周囲の期待に応える形で知見を述べる。

 

「彼女を私もロマニもよく知るわけではないけど……まぁ確かに芸術家として、『この被写体』は、ちょっと変だとは思っていたよ。けれど、この時代の医療技術ならば、特にその辺りはどうにでもなるだろう」

 

「実際、肥満を不摂生ではなく病理として、切除も可能にしているんだから無くはないんだろうが……四葉の侍医である芦家くんからも聞かされていたんだが―――『代替機能』を会得することは……分かった。聞かせてもらおうか。医者の僕としては、本当の意味で治せる患者がいるというのならば、何も躊躇わない―――今の僕は……不感ではいられないんだから」

 

その長いセリフから読み取れたものは―――そう多くない。だが、それでも神剣な眼差しどころか射抜くような眼で、コヤンスカヤに虚言を許さないという態度でいたロマン先生に、誰もが気圧される。

 

「―――ドクター。少し抑えたまえ。今の(・・)アナタは、私と同じ教師でもあるのだ。生徒を怯えさせては本末転倒だ」

 

「……すまない孔明―――いや、『ロード・エルメロイII世』と言うべきかな?」

 

「どちらでも構わないさ。もっとも私は、あなたをドクターと呼ばせてもらうがね。『ロマニ・アーキマン』」

 

古い友人、それを思わせる2人の会話に気絶していた美月が復活。何かの衆道臭(BL臭)でも感じたのだろうか。

 

ともあれ、コヤンスカヤに口を開かせようと促すように全員が見たのだが……。

 

「ところで刹那さん。私―――かなりお腹が空いているわけでして、少々あなたがお持ちのきびだんごならぬ『いなり寿司』でも所望するわけなんですが、いかが?」

 

なんて図々しいキツネだ。一方的に会議に乱入しておきながら『メシを出せ』と言う態度。

オレの知っている図々しい女の代表格である黒豹でもこんなことはしない。

 

 

「刹那、私という師匠の為に作ってくれた『おいなりさん』だが、別に『それは私のおいなりさんだ』などとは言わん。振る舞ってやれ」

 

「そのネタはシモすぎますが、まぁ『ライネス師匠』がそういうならば……」

 

「うんうん。そういう時に気前よく対応出来る弟子だと私は理解しているんだ。トリムマウ、玉露(ギョクロ)を淹れてやれ。口を湿らせれば余計なことまで口走ってくれるかもしれんからなぁ」

 

デビルスマイルでコヤンスカヤに流し目を送る師匠の姿だが、コヤンスカヤはそれを風と流す。

 

「おほほほ。なんという奸計。これが司馬懿の有名な『混元一気の陣』というものでしょうか―――それはさておき、チャイナドレスでこれを食べるのも如何なものかと存じますので、タマモチェェエエ―――ンジ!!!」

 

どういう理屈であるかは分からないが、ぼわん! という間抜けな擬音の後には、その衣装を和服―――それも友禅染に変えたコヤンスカヤの姿。そして、どこから出したのか分からないが座卓を出して、議場の中央にて大胆にもいなり寿司を食う姿勢を取る。

 

着物の女にいい印象を持っていないウェイバー先生の『いやな顔』を見ながらも、時間は昼には少し早いが、それでもいいだろうという思い(ヤケクソ)で、食う人間には今からだが、お腹いっぱいな人間はあとで持たせると告げるが―――。

 

「きっと今は食べたくなくても、みんなが食べているのを見ていると、絶対にお腹が空くだろう」

 

「そうですか。ではリモート参加である九島師を除いて全員実食ということでよろしい」

 

少し早めの昼食会は、恐るべき獣との会食へと早変わりするのであった。

 

『いなり寿司は地方によって違う。君に西の方の出身である二木君や五輪君を満足させる―――』

 

仲間はずれが嫌だったのか、それとも何かの負け惜しみであったのかは分からないが、『俵形』だけと見た九島真言の言葉だが。

 

「まぁまぁ九島師―――郷に入っては郷に従えですから、私は関東風のうなぎの蒲焼も――――おや? ほう!! 中々の心配りだね!」

 

「まぁ客人に合わせるのも一つでしょ。俺も五輪さんと同じく西の出で、関東の『真っ黒なかけうどん』を見て一瞬は躊躇ったわけですし」

 

美味しかったけど、中々に土地それぞれで食の文化とは違うんだなと、しみじみ実感させられたのだから。

 

三段のお重ケースに入れられた一段目は三角稲荷。二段目に俵稲荷――― そして三段目は……。

 

全員が『おおっ!』と言うものであり、少しだけしてやったりという気分になるのだ。

 

「ほほう……三段目はフナガタ(舟形)―――『彩いなり』とは思い出深いな。シロウがニホンで作ったのは、これなのかな?」

 

「まぁ残されたレシピと作っていたものを参考に、『現在』ある食材で出来る限りを作ってみたわけです―――ご賞味ください」

 

「ふむ。彩りも中々に考えられている。色相関図で言えば、アゲの色味にあう鮮やかな大きめの緑豆がいいものだ。シロウが、グリーンピースでは不服を申していたのが理解できる」

 

「ロンドンでも枝豆が栽培できれば良かったんですけどねー」

 

師匠2人の言葉に苦笑しながら、冬木に戻った際のことを思い出す。

 

『夢か現か分からないが、そうだな。葛木宗一郎っていう俺の学生時代の教師―――その『奥さん』に教えたことがあるんだ。一成の寺にいた人なんだが』

 

その少しだけ口ごもる様子から刹那は察した。ともあれ、作った三段重のいなり寿司は全員に大好評であった。

 

『それでは皆さん。由緒あるゴーレムメイドとして、ゲスト(お客様)の為に思わずため息を突くようなお茶を淹れるのですよ』

 

『『はい。トリムお姉さま』』

 

水銀メイドに従う金と銀のメイド。カートを器用に動かしながら、狭い議場の全てに湯呑を置いていくのだった。

 

尋常の世にあらざる魔法師であってもかなり驚く光景が広がりながらも、全員してそれを受け入れる。

 

そのぐらいには、既に見慣れてしまった風景になってしまっていた。

 

そんな様子に水を差すわけではないが、性悪キツネは、ついに口を開く。

 

「さてさて、美味しい食事を楽しんでいるところなんですが、とりあえずお話しましょう。あの大漢崩壊に繋がる四葉真夜拉致事件の―――その裏側を」

 

ごくり。

 

誰が鳴らした喉の音かは分からない。しかし、キツネの声は存分に議場に伝わるのであった。

 

 

「始まりは、まず大陸にいる『仙人』『神仙』ともいえる存在の考えでした―――それは、神代回帰への試み――――」

 

厳かな声を出しながらも―――いなり寿司を頬張る口と手は動かしっぱなしのコヤンスカヤは語る。

 

 

大陸の奥深く、いまだに人の手が及ばぬ秘境にて、会議、話し合いとも言えぬ茶席が設けられていた。

 

居並ぶ面子は全て神秘の巨塊にして、仙域の巨魁。

 

しかして、その数はわずか五仙。されどその中で大いなる話し合いは持たれている。

 

―――1人の仙人は、おもむろに口を開いた。

 

 

これは我らが思い描いた『世界』の『風景』(かたち)ではない。これはあり得ざる未来だ。

 

―――もう1人の仙人は茶で潤した口を開く。

 

ならば、どうするというのだ。野にのさばる『亜霊』を殺し尽くすのか。我らならば不可能ではないだろうが、少々面倒だぞ。

 

―――反論された仙人は笑みを浮かべながら語る。

 

徐福の赴いた「島」―――大八洲でも日ノ本でも構わないが、あの国の幼子どもを招く宴席が、『台湾』で開かれるそうだ。

 

そこにおいて、虞とは字違いの幽幻道士が亜霊の一人を攫うそうだ。アタシの火眼金睛で、一番『素養』のありそうなのを見てほしいそうだ。

 

当然、陽神(ぶんしん)だけを寄越すつもりだけどな。

 

 

「以上がご主人さまに起こる悲劇の前に行われた『ろくでなし』どもの『アメトーーク』といったところでしょうかね」

 

「――――続けろコヤンスカヤ。あの人の身体の『秘密』を語っていないぞ」

 

「はいはい。せっかちなメンズはガールにキラワレますよ―――」

 

達也の言葉に戯けるコヤンスカヤ。どうにも声が叔母と『同じ』に聞こえて、達也としては如何ともしがたい気分なのだろうか。面相がかなり険しいものになっている。

 

 

 

―――見つけた……。ははぁ、成程ね。となれば大漢の術士たちは、とんでもないものに手を出そうとしている。

 

―――だが、あの娘っ子の中にある『受精卵』は中々に面白い。

 

―――うまくいけば―――

 

 

―――神代への緒を繋げることが出来そうだ―――

 

 

―――そこまでです。山嶺法廷 十官が一仙。無支奇―――

 

―――そこないたいけな少女に手を出すは、例え世界や大地が許しても、お天道様の名のもとに好きにはさせませんよ!!―――

 

 

 

―――おやおや。こいつは随分と懐かしい顔を見たもんだ。殺生石から化けて出たわけじゃなさそうだね―――

 

―――道士連中はあの娘の『子宮』機能を欲しているようだが、目論見なんざ破綻だ。あの娘がそういう事態になれば、虚数領域に沈むだけ―――

 

―――しかし、先程目ン玉くり抜いてやった、あの小僧っ子との『仙卵核』は、もらっていく―――

 

―――さらばだ。仙年妖狐妲己、貴様との因縁はまだまだ先のようだ―――

 

 

 

「―――以上が私が裏方で大活躍した話ということです。残念ながら当時の私は、増やせる尾が2つで、ご主人さまを全面的にお守り出来なかったのは痛切の極み。おのれムシキ……」

 

話し言葉だけでなく、どっから出したのか人形劇―――台湾伝統芸能たる『布袋劇』のものを用いて、当時の様子を語ったコヤンスカヤ。

 

どれもこれも『当時』の人物を模したものであり、想像は簡単にできた。

 

器用な真似をしたことに、感心しつつも少しだけ口を開く。

 

「―――なんともまぁ……確かに『虚数魔術』と言える分野の門派は存在していなかった。転送(アポーツ)が現代魔法の不可能領域である以上、そうなんだろうけど」

 

「刹那、つまり―――『どういうことだってばよ』?」

 

思わず崩れた言葉を使っちゃうほどに、混乱しきった達也。

 

簡潔な表現を優先するならば―――。

 

「つまり、お前の叔母さんの、あのナイスなバディの根源たる子宮・母胎機能は失われていない。恐らく、体内にある虚数領域にそのまま残っているんだろう」

 

「―――叔母上の悲劇は知っていたが、それが―――ただの勘違いだったと?」

 

あの大漢で悪名を背負った四葉の大戦争が、そんな『勘違い』で起こったなど、少しばかり達也も肩透かしを食らった様子だ。

 

 

「開腹された手術跡を見れば、誰しもそう思っただろうな。ただ御存知の通り、生物の雌性と雄性を決定づける最大級の違いであるはずの生殖機能が喪失していたのに、真夜さんは随分と育っていたじゃないか。当初、俺はこの時代の医療技術ならば、適切な女性ホルモンを注射することで、そういう代替機能を補填することも出来たんじゃないかと疑っていたぐらいだ―――が、四葉の侍医殿は、そういうことを行っていなかったようだな」

 

推理を進めるに、恐らく『定期的』に、四葉真夜の子宮卵管などは、虚数空間から『戻っていた』と思われる。

しかしながら、その事を認識出来なかったことが不幸の始まり。そして『虚数魔術』という、魔法師にとって未知の領域の術式が天然自然で行われていたことが、すれ違いだったようだ。

 

そして―――あんな風な女性が生まれたということだ。

 

椅子に深く腰掛けて、ため息を突いて天井を仰ぐ達也。演技ではなく、家の男子の一人として、色々と考えているのかもしれない。

 

「ある意味、ウチのオフクロは余計な手出しをしたようなもんかな?」

 

「記憶を経験に変えたんだっけ? まぁ、その事が若干の不感症に陥らせたのかもしれないが……当時は、しょうがないだろ。乱暴されたってのは事実らしいからな」

 

子宮機能を穢されたということとイコールでないからと、それで納得出来るわけではあるまい。

 

ある意味、すれ違いではあったろうが……。

 

「ドクターロマンならば可能ですか?」

 

何が可能かなど言わずもがなであり、達也に問われたロマンは厳かに口を開く。

 

「虚数空間に『現在』ある、子宮と消化器官との縫合は可能だ。だが、本当の意味で必要なのは、彼女が自分の意志で、虚数空間に存在している『自分』を取り戻せるかどうかだよ」

 

次いで応えるは、レオナルド・ダ・ヴィンチ。

 

「無理やり出して固定化するのも一つだが、それだとちょっとね。虚数魔術は 「ないものをある」として定義する魔術だ。女性としての最大級の特徴たる『生命誕生』(地を満たせ)を、彼女が思い出すことが肝要なんだよ」

 

理屈のロマン。感性のダ・ヴィンチ・

 

一高の名物講師である2人が結論付けたことをやれば―――叔母の辛い記憶を呼び覚まし、下手をすれば人格とてどうなるか……。

 

そう達也は考えている様子だったが、決断は早かった。

 

「刹那、破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)を……もう少し、強力にしたものはないか? 破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)でも構わんが……貸してくれると助かる」

 

「渡すのは、弘一さんか?」

 

「ああ」

 

その辺は四葉と七草のことなので、どうぞとしか言えない。今回に限って刹那が関わらざるを得ないのは、どちらかといえば九島の方のことなので、 そこはノータッチで行きたい。

 

「美味しい食事の割には、中々に痛く悲しい話だったね……しかし、それが真実だとすれば、快い話だと思うよ」

 

五輪師の話題の転換を図るような言葉。仙人の実在の真偽とかはともかくとして、議題を先に進めたいということもあるのだろう。

 

一番の喫緊は―――『近畿』でのことなのだから。

 

「ご馳走様でした刹那くん。竜樹や和美たちにも食べさせたいんだが―――」

 

「一応、まだ予備というか『おみや』の分とかレシピもあげますので、後で奥方様にどうぞ」

 

その言葉に安堵したのか、議長役である十文字和樹は、四葉殿をお頼みしますと、ロマンなどに言ってから議題を転換した。

 

コヤンスカヤは、いつの間にか議場の中心からいなくなって、ダ・ヴィンチ特製の檻に入って、看守役なのかお虎が笑顔で槍を突きつけている。

 

「ふふふ。まさかこの後に、奈々さん(?)と悪魔合体させられて虎と狐の狂気のコンビ! TIGER & FOXTAIL! 略してタイフォク!! 瞳を開けて見る夢だけ強く抱きしめる、とんだデイドリームジェネレーション!! 2つマルを付けて、ちょっぴり大人の時間をア・リ・ガ・ト・ウ・ゴ・ザ・イ・ます!」

 

「このキツネ。時空管理局(?)の法に従って、捌いてやりたいですねぇ♪」

 

「さばいてやりたいのニュアンスが絶対に違う!! マジヤバで尾っぽが思わず立っちゃいます!! けどくじけちゃダメよコヤンスカヤ(ワタシ)!! いつか愛玩の獣になるまで、ワタシは生き続けるのだから!!」

 

うるせぇな。と、怒鳴りたくなる気持ちを刹那は抑えながら、同じ気持ちだったのか咳払いをした十文字師の言葉が議場に響く。

 

 

「―――次は、近畿地方における、昨今の神代秘術連盟の活動に関して、話を進めさせてもらいます。九島師よろしいですかな?」

 

定型通りのやり取りであり、報告義務をこなしてくれると思っていただけに―――――。

 

『不要だ。私は議会から退出させてもらおう。あとはキミたちだけで話し給え』

 

その言葉はあまりにも唐突すぎた。

 

画面に映る人物。もはや老齢ともいえる白髪の御仁は、この会議の前提すら崩してきた。

 

絶句する面子は多いが、『予想通り』と判断していた面子もいて、この後の展開に両者とも頭を痛めてしまうのだった。

 

本当ならば引き止めるべきだろう。他の師族たちが、喧々諤々の様で殆ど口汚く罵る様子を見れば、当たり前。

 

 

もはや、関西方面における支配力を失っているも同然なのは、周知の事実であっても―――。

 

この場で礼を失する退場などしたらば、十師族としての立場が危うくなるのだが……それでも―――。

 

『失礼をする』

 

光宣の親父さんの意思は固すぎた―――。

 

「待て九島師!」

 

「気でも狂ったか!九島真言!!」

 

議長役である十文字と、豪快な一条師の立ち上がりながらの制止など聞かずに、画面から消え去った九島真言のチャンネル。再度の接続を試みようとしても繋がらないことに、頭を痛める面子は多い。

 

詳しい事情を知らない者たちは、動揺しておろおろしているとも言える態度を取らざるを得ない。

 

(会議は踊る、されど進まず―――か……)

 

出来うることならば、派兵を要請してもらいたかった。別に家の継承権に(リーナ)を入れたいとか、そんな思惑なんて無かった。

 

だが、力を持ちすぎていたこととか、彼らの神経を知らずに逆撫でしていたこととかあって、その言葉を出すための話し合いを怠っていたとも言えるか。

 

「セツナ……」

 

「―――分かっている」

 

結局の所、人の行動を決定づけるものは損得勘定ではなく、そいつを『好悪』のどちらで見れるかなのだと。

 

横から不安げに見てくるリーナに返しながらも、難儀な話だと思い、それでも―――『意地』だけで突っぱねたわけではあるまいと、九島本家の人間たちが画策している『逆転の手段』を―――信じておくことにするのだった……。

 



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第295話『その後の話Ⅴ』 

月姫リメイク、現在プレイ中。

ネタバレは出来ない。だが一つだけ言えることは磨伸先生とハルトモ先生は、すごく喜んだであろうということだ。序盤でアレは―――うん。なんていうかね。

型月同人作家たちの中でもキレッキレだったいのふるの『たぽ』さんとか今どうしてるんだろうなーとか思いながら新話どうぞ。


追記
アレクサエルさんの感想から察するに試みは意味が無かったかと思い、本編は元通りの降順投稿に戻そうかと思います。

混乱を招いて申し訳ありませんでした。


時刻はまだ昼前。いや、あと数分もすれば昼になる時間。

 

何気なく室内……巨大な空間に存在している文字盤時計を見た九島 烈は、息子がどういう決断をするのかを何気なく予想していた。

 

愚かな息子。それでも自分の種を受けてこの世に生を受けたのだ。

その前途を明るいものにしてあげたいと想う親心はあった。

 

(だが、これが報いともいえるか)

 

しかし、親の心子知らずとは良く言ったものだ。真言は、力だけを求めた。それはかつての烈も歩んだ道だったが、烈と違ったのは、それがコンプレックスから来ているものであったということだ。生存率が低い強化措置を受けて強力な魔法将軍へと成れた烈と違って、真言はそんな左道外法に頼らずとも十分な力を持っていた。

 

だが、真言はそれを不服とした。父の言葉を、力足らずの自分に対する慰めの言葉と受け取ったことが原因だった。

 

(思えば、あの時点で説得の方向性を改めておくべきだった。己に無いものならば、誰かに補ってもらえるようにする。他者・他家との協力を模索するべきだ。と)

 

十師族という制度もそういった理念があったのだ。烈の考えにはそれも含まれていたというのに、息子にそれを教えられなかったのは―――

 

『未来永劫にわたり九島家が繁栄していく。魔法師のトップリーダーであり続ける』

 

……頭のどこかで、そんなありもしない未来を期待していたからかもしれない。

 

だが、時既に遅し。もはや取り返しがつかないところにまで、事態は踏み込まれていた。

 

何気なく上に目をやる。

 

懺悔をしたい気持ち。信心深くはない烈だが、それでも神がいるという気持ちは捨てきれない。

見上げたそこに、聖母や御子のステンドグラス、はたまたその木像・石像があるかといえば、大いに違った。

 

広い空間は、ある『実験装置』の為だけに存在していた。

 

円筒形状―――ヒト一人、はたまた猛獣一体が身を縮ませずとも収まるだけの直径をしたケースが天井に繋がり、床に設置された『装置』で固定されていた。

 

遙か古代に建てられた神殿の石柱のごとき立派なものだが、当然この『研究所』を支えている梁の類ではないことは明らか。

円筒形のケース。透明なガラスに似たクリア素材の筒には、三人の『乙女』が眠るように収められていた。

 

それが棺であるならば、乙女は死んでいるはずだが、乙女は生きていた。

ケースの中に満たされている液体、羊水に成分が似たその中で、彼女たちは『調整』を受けていたのだ。

 

烈にとって、それは救いであるべき存在だ。真言と一緒になって邁進した『実験』、その成果は九島家にとってのメシアであるべきものなのだ。

 

(そう信じたいものだがな……)

 

すぐさま、上ではなく下に目線を向けて溜息をつく烈。実験は恐らく『成功』している。だが、それを御しきれるかどうかは賭けだ。

 

乙女三人はそれぞれで容姿が異なっていた。巨大なおなごもいれば、幼童のごとき体躯のものもいる。

その中間に当たるものが、まず通常サイズといえるかもしれないが。どちらにせよ烈には全容は分からない。

 

意図した実験の通りではあるが、ケースの中から出てくるまで、彼女たちは『何者』であるかは分からないのだから。

 

 

『デミサーヴァント創成(クリエイト)

 

一年前の四月時点から画策していた九島家の秘密プロジェクト。真言にとって最大級に警戒をしていた、姪孫の婚約者にして九島家の秘術を滅多斬りにした、恐るべき魔導の実践者。

 

遠坂刹那によって暴露された事実からの成果は、ようやくカタチになってきた。

 

(千年錠の死徒……あの御仁が何を考えているかは分からないが、ブレイクスルーをくれたことには感謝する)

 

東京での魔導災害の決着地点。そこで火事場泥棒をした魔導器を使った影響が、彼女たちを作り上げたのである。

 

烈の肌感覚では、刹那が契約している長尾景虎よりも『剛力』な存在ではあると想う。だが、サーヴァント戦とは得てして、魔法師による戦いよりも複雑な駆け引きが存在しているだけに、その肌感覚ですら信用ならないという有り様だ。

 

つまりは……魔法師誕生と同じことをしているのだ。

 

「現代魔法師も、このようにして作られたものもいるのだろうなぁ。そして、望んだ力を持たずに生まれてくれば……」

 

歴史の皮肉である。自分たちが同じことを他者にしている事実。

自分が追い出した実弟は、この現実を正しく理解していたからこそ、違った理想を持っていたのだろう。

 

それでも烈は決めたのだ。

 

例え息子が、孫が、どれほど愚かであっても、それをむざむざ殺させるような真似はしたくないのだから。

刹那を頼れないならば―――こうなるのは必然。

 

「それでも―――キミたちの人生がより良きものであると願う『愚かさ』は―――許しは請わなくても、願っておくよ」

 

烈の懺悔にも似た告白を聞いていたのか、どうなのかは分からないが、少しの変化が起きた。ただ単に時折起こる自発呼吸ゆえの気泡なのかもしれない。

 

だが確かに3人ともが、口を開いたのを烈は見届けた……。そのことに驚いて立っていると、リモート会議を途中退席しただろう真言が、この地下研究所にやってきた。

 

「―――会議は終わったのか?」

 

「いいえ、先代。途中退席してきましたよ」

 

姿勢を正して息子に問いかける。先程までの気持ちを押し殺しながら問うたが、予想通りすぎた。

 

「ですが、いまや関西圏の現代魔法師の代表は、我が九島家のみです。他の師族家に何が出来ますかね」

 

国替え。領地替え。なんとでも言えるがそういうこともありえるだろう。そういう言葉を呑み込みながら、今後の展望を真言に問う。

 

「完成しつつあるデミサーヴァントを『増産』した上で、息子・娘たちと契約を結ばせます。そして、神代秘術連盟との決戦ないし暗闘を再開させます」

 

「出来るかな。お前も見た通り、彼らの契約しているサーヴァントと供給している魔力量―――サイオンとは別種のエーテルも、かなり充溢していた」

 

あの戦場で猛威を奮ったサイバーサーヴァントダンサーズ。誰が略したか『サイバ(ヴァ)』の実力は特一級。

 

衣装の卦体な連中ばかりであったが、鈴鹿御前・伊吹童子・ヴリトラ―――恐るべき尋常ならざる魔人どもの力だった。

それを支えるだけの『魔力量』というものがそこにはあったのだから、真言の熱を帯びて狂気も孕んだ言葉に素直に頷けない。

 

「ですが、先代。我々がこの調整体に与えた変化の元は、あの戦場の残滓です。そして作られたものを―――」

 

「分かった。今の九島家の当主はお前だ。お前の好きにしろ―――ただ、雑兵というものも必要なのは理解できているのだろうな?」

 

うんざりした気持ちと同時に疑問も吐き出したのだが……。

 

『そちらは抜かりなく』

 

烈の疑問に答えるものは、烈が持つ端末から聞こえてきた。真言ですら予想していなかったところからの割り込みだが、割り込んできたものは、こちらの心情になど構わずに話をしてきた。

 

『トライテンのコピーなどあまり創りたくはなかったのですが、まぁその辺りは僕なりのサービスとさせていただきましたよ。姫君もやることが凄まじすぎる……その影響がいずれは出てきましょう』

 

「真祖の影響は……この世界に発生しますかね?」

 

『あれは吸血鬼世界での厄介の種みたいなもので、まぁ正直、いなくなった後にもろくな事に繋がらないんだよ』

 

響子からの伝聞でのみ聞いた『並行世界』―――刹那が本来いた世界。その世界の凄惨さ。世界の『裏側』で行われていた闘争は、この世界の比ではないということ。

 

戦略級魔法による『破壊の規模』など、比ではない。生物・生命としての強弱こそが、破壊力(ちから)すらも無力化する現実。

 

響子が見たものが何なのかは詳細に知れない。ただ一つだけ言えることは、どんなデタラメにすら立ち向かい、果てが見えぬ闇わだかまる深淵(あな)に落ちていくことすら躊躇わないからこそ、刹那は―――『ああ』なのだ。

 

 

(健……お前が生きていれば、私を笑っただろうかな。それとも殴りつけて怒ってきただろうかな……)

 

どちらにせよ―――。

 

もはや、この道を選んでしまったのだから……。

 

再び烈は見上げた。

 

九島の軍神・守護神として創造されたものたちが、果たしてどういう道を選ぶのか―――それが、よきものであることを祈る―――。

聞き届けるものなどいないかもしれない祈念をしながら烈は、せめて末孫の未来だけは何が何でも守りたいと想うのだった……。

 

 

「つまり現状、近畿地方の有力な魔法家は……神代秘術連盟に『寝返った』ということなのかね!?」

 

「中国・四国地方から送り出した『諜報役』によれば、そういうことのようです……今まで九鬼家・九頭見家・()隆家なども、同じくターゲットにされていたはずなんですが……」

 

それら全てが九島家寄りの姿勢を改めて、現在―――連盟に属している事実。掴んだ情報が正しいことを示すように、提示された様々な写真と映像―――大型スクリーンに映し出された……料亭政治やヤクザの会合のごときものを見せられては、納得せざるをえない。

 

京都にある魔法協会本部も、これらの証拠を掴もうと躍起になったが、あいにく―――こちらは完全に「やられて」しまっているそうだ。

 

(サーヴァントの仕業だな。何か洗脳系の術で、やられているんだろうな)

 

キャスターかアサシンか。はたまた『催眠洗脳・人身操作・人心掌握』に関する逸話持ちがいるのだろう。

 

そうでなくても『魅了の魔眼』を持った英霊は、クラスに関係なく多い。それらを用いて、協会員たちを全て洗脳している―――そんなところだろう。

刹那の値踏みとは違って、十師族はざわつく。明らかなテロ行為。そして、思った以上の大事(おおごと)に、どうしても声が大きくなるのは仕方ない。

 

鋼のお母さんも、少しだけ戸惑っている様子だ。やはりこういうことには慣れないんだろうなと思える。

 

どうでもいいことだが。ともあれ、助け舟は出す必要はあるだろう。

 

「議長、神代秘術連盟のやり方を非難するのは、当然ですが―――今は、何故―――他の九研に欲する魔法家が裏切ったのか、『調略』されたのかを問うべきだと想いませんか?」

 

「ふむ。確かにな―――何か思い当たるフシはあるのかね?」

 

「事件経過、及び最終的な犠牲になっている人間たち―――言っちゃなんですが、殆どが老齢の方々、前・後期高齢者、下がっても50代後半ほどの方々ばかりですよね? ここにヒントがあるかと思います」

 

「……つまり?」

 

「九島家を除けば、現在の近畿の魔法家の当主はどこも若手です。高くても30代後半……ワザとそこだけを、神代秘術連盟は標的にしたのでしょう。敵対組織の寄越したヒットマンのカチコミで、頭を潰させ家の権力を掌握しやすくする。マフィアがよくやる手ですね。特に、血気盛んな若頭や副頭が下にいるところではね」

 

その言葉に全員の血の気が引く。

 

北米の麻薬組織連合(インフェルノ)かよ」

「ドライ・ファントムみたいな声の人間が言うことじゃないだろ」

「ちげぇねぇ」

 

ケッケッケと笑うモードレッド。だが、この場においては分かりやすすぎる表現ではあった。

話を続けようとする前に、この手の話に詳しいライネス師匠が口を開いた。

 

「その後、如何にも『力に屈服しました』な体を装って、敵対組織に合流するか。まぁ代替わりすれば、なんとでも言えるが……そこまで九研は、家と家の仲が悪かったのかね?」

 

「所見ですが……まぁ……かもしれないですね……」

 

あえて言葉を濁す。刹那としても確証のないことは言えないので、この対応は間違いない。

 

だが――――。

 

「想うところがあるのならば吐いておけ。どんな些細なことであっても、推測を重ねることでしか真理であり真実に辿り着けんのだ―――もっとも、何気なく理解出来るがね」

 

ウェイバー先生は結構容赦なかった。孔明の霊基を取り込んでいるからか、人心の機微にもどうやら感づいているようだった。

 

(そもそも、この人は魔導に関わる事件が起こると、動機から解明していく人だった)

 

老翁を廃して当主になるという顛末は、サスペンスの領域であり、正しくホワイダニットの分野だ。

 

「―――九島の血筋たる藤林さんがいる所で何ですが……どうにも真言師の子供たちは、横柄というか、自儘なところがあると言えばいいのか―――つまり『イヤな人間性』を感じたわけです。初対面時に」

 

 

言っちゃ何だが新興の貴族家。成り上がりものという印象を持ってしまう人間たちが、九島家の人々だった。

力だけを信奉している人間というのは、そうなのだろう。まぁそれはそれでやりようはあるのかもしれないが、マクダネル卿ほどの剛力を感じなかった。

 

「動機としては、無くはない―――いや、けれど……それでも九島家との協調の方が旨みはあると思うんだが……」

 

コヤンスカヤとも取引していたらしき三矢師が口をはさむが、それは大甘な見立てだ。

 

「そうですね。けれど、それとていつ『お迎え』が来るか分からない前・現当主が倒れたあとには、ご長男か次男か、分かりませんが……どのみち、次代と協力することは出来ないというのが、近畿の魔法家の次期当主筋の気持ちだったんでしょう」

 

もしかしたらば、学生時代に同級生ないし下級生だった人間もいたのかもしれない。学生時代に舎弟も同然に扱われて、もしくは煮え湯を飲まされるような想いとまではいかなくとも、腸が煮えくり返るようなとまではいかなくとも……。

 

そういった風に、九島家こそが近畿地方の君主であるかのように振る舞われたことに、腹立たしさを覚えていた他家の人間もいるかもしれない。

 

「……確かに、連盟のテロで落命した人間たちは、どちらかと言えば、烈老師や真言殿に協力的だった人間だな……」

 

「邪推ですが、親・祖父母同士があまりにも近すぎたからこそ、抱いていた不満や不平を『呑み込め』と言われて、我慢したこともあるかもしれないですね」

 

そこに連盟は調略を仕掛けた。

 

恐らく文言としては……。

 

『―――自分たち連盟にとって怨念返しをするべきなのは、九研初期の魔法師で秘術を盗んだ九島烈などの世代』

 

『―――君たちにとって、親であり祖父母ではあろうが、もしもこのままいけば、九島家の当主はあの玄明や蒼司だ』

 

『―――僕たちも奴らの悪辣さであり、横柄極まる態度は『2高の時』から存じている。奴らが当主になった場合、九頭見、九鬼、久隆に対して家来も同然に、ろくでも無い要求を出される可能性もある』

 

『―――その時に遠坂刹那やアンジェリーナ・シールズなどが、私兵として九島側に着いていたならば、どうなる?』

 

『―――やるならば、今だ』

 

 

やや修辞的表現とか過剰な装飾表現もあったかもしれないが、刹那の想像した調略の文言は概ねそんな所だろう。

 

結果として―――連盟を信用しているわけではないが、それでも近畿地方を支配しているのが九島家であるという現状は、容認出来ないという心を突かされて翻意したということだ。

 

全員が全員そういう気持ちではないだろうが、それでも家来か家臣のように扱われるのがイヤな心があった。

 

そして、真言師もその子供たちも―――周りの家との協調を忘れて横柄になってしまっていたということだ。

 

「これは藤林さんに聞いたほうがいいですね。実際同年で、特に近畿地方に拠点を持つ魔法家の、九島家縁故の人間に対するものが、どんなものだったか? 2高時代の若い頃をプレイバック」

 

話を振られると思っていなかったわけではないだろうが、それでも寝耳に水程度の表情を見せた響子は立ち上がって口を開く。

 

「刹那くんの言うとおりよ……私と一番年齢が近いのは、蒼司君で、その上の玄明さんとか、白華姉さんとかの世代とは、人づてにしか聞いていないけど……まぁ悪評ばかりね……私が2高に来た時も、あまり歓迎されていなかった―――あと、まだ私は若い。2高からすればOGだけどまだ若い」

 

最後の方のサゲマンの必至な訴えを聞きながらも、すみませんと言うが、響子は納得出来ないものがあったようで、刹那に問いただしてくる。

 

「刹那くんの見事な推理が当たりか外れかはまだ分からないけど……、けど『そんなこと』で、簡単に家と家の繋がりを断てるものなのかしら?」

 

「まぁそれだけじゃなくて、他にも賄賂(まいない)つーか、『贈り物』攻勢もやったんでしょうね。如何に義はこちらにあるとはいえ、食えなきゃ意味はない―――けれど、最終的なヒトの行動を決めるものって、損得勘定じゃなくて、『好きか嫌い』かだと思いますけどね」

 

 

実際、後世の人達からすれば、『なんでそんな行動に至ったんだ?』と、歴史上の偉人・英雄たちの思考回路はとことん不可解かつ難解なものである。

 

 

二心(にしん)殿と民衆から揶揄するように呼ばれた、鳥羽・伏見の戦いの最中に行われた徳川慶喜の大阪城脱出。

 

朝倉家に対する侵攻に端を欲する、北近江の大名 浅井長政による織田家との縁切り及び敵対。

 

そして、未だに戦国の歴史家を悩ませる『本能寺の変』。

 

 

なべて英雄たちの選択とは、ときに現代に生きる人間たちにとっては、奇妙奇天烈摩訶不思議なものに映る。

だが、それは彼らをある意味、超人的な存在として勝手に崇めているからこそ起きる陥穽なのかもしれない。

 

「これはお虎に聞いたほうがいいかもな。結局お前は―――越後及び主家である上杉氏のためだけを想って戦ってきたのか?」

 

「いえ全く―――とまではいきませんが、それでも私とて『私心』というものはありましたよ。響子姫や他の方々は、さも合理的な考えばかりに拘泥していますが……家と家の関係なんて、代替わりすれば、簡単に変わってしまうものはあるでしょうよ」

 

「そういうものですか景虎さん?」

 

姫呼ばわりが嬉しかったのか、問い返す響子に対して、景虎は口を開く。

 

「そういうものです。例えば晴信など、父である信虎公の時代では良縁を保っていた諏訪家を滅ぼして、当時の諏訪家の姫である諏訪御料人を妻とした―――なべて、人間同士の関係性が変わるように、家もまた変わるものです」

 

そこに至るまでに諸説色々なことがあったとはいえ、今までの縁を切るということは、諏訪家も考えていなかったのだろう。

 

「戦国の大名とて、合理的な考えだけで生きていけるわけではありませんよ。本当に合理的に考えるならば、晴信は上京など目指さず関東制圧を目標とすべきでした。美濃・尾張まで兵を伸ばした所で、進軍は停止すると―――分かっていても、色んなところに『来てください』『助けてください』と言われたらば、行かなきゃならなくなるんでしょう」

 

その言葉に……誰もが感じ入る。先人たちも、合理だけではままならない人生を生きてきた。人間らしい情を以て家を国を運営していたのだと。

 

だが、マスターとして刹那はちょっと言わなければならないこともある。

 

「お前のことだ。どーせ三河・岡崎辺りを分捕って『帰ってきたらば』、また戦いを挑んでやろうとか考えていたんじゃないか?」

 

「それはもちろん♪ 当時の私は信長との同盟関係を結び、徳川とも結んでいましたからね―――ただ、予想外だったんですよ。損得で戦うあの子が、そんな風な理由で戦を仕掛けるだなんて……瀬田に旗を立てるなんて無理だと分かっていたんでしょうに」

 

後半の方では少しだけ暗い顔をするお虎。生涯の宿敵にして、自分に生きる実感を与えてくれていた存在が、そのように道半ばで死ぬなど考えていなかったのだろう……。

 

(そして、その後にはお虎も『踏ん張りすぎて』―――南無であった)

 

「にゃ――――!!!」

 

「うおっ! あぶねっ!! アーチャーではないというか、飛び道具が使えないはずのサーヴァントからの攻撃!!」

 

「戦国のアイドル軍神お虎ちゃんは日々進化する!! 日進月歩ならぬ秒進分歩で進化を続けているんですよー! まぁともかく、どうしますかマスター? 晴信も出来なかった瀬田に旗立てに行きますか?」

 

眼を輝かせて、第二の人外魔境へとなった京都・奈良に敵を倒しに行きたいと言ってくるお虎に、頭を悩ませる。

 

「……九島家の現状を招いた元凶の俺が行ってもなぁ。俺は武田信玄みたいに、上洛要請が来ているわけじゃないし」

 

史実では、本当の意味で足利義昭も、信玄にそういった上洛要請ないし信長討伐の大義名分は出していなかった。ただ密書で、義昭や本願寺、浅井家とやり取りしていた結果、包囲網最大の戦力たる信玄は動くことになったのだ。

 

だが、今の俺が勝手気ままに動いて手助けしたとしても、九島家の人々―――一部を除けば感謝などされないどころか、背中を撃たれる可能性とてあるのだ。

 

「九島家はこちらの救援の手を払い除けた―――サーヴァントを多数有して現代魔法師の家に対して圧力を掛けてくる連盟に、対抗する手段はあるのか?」

 

「無いわけではない――――――そう想っておきましょう。実際、俺も認識の甘さが此度の事態の悪化を招いたわけですから」

 

意外と何かとんでもない一手を狙っている可能性はある。実際、彷徨海では幻想種や神を食らうことで、それらの超抜能力を有するという試みが為されていたとのことだ。

獣性魔術ならぬ食獣魔術とでもいえばいいのか―――考えてみれば、その究極たるものが、達也が直死で殺した『ネロ・カオス』なのかもしれない。

 

もしくは、母が、モーレツパイレーツ、ミニスカパイレーツしていた頃に見つけたエルゴさんだったのかもしれない―――。

 

……ついでに言えば、当時の母は違った『意味』では、まだルヴィア、サクラに対抗できる『パイレーツ』ではなかっただろうと子供心に想うと、左腕に痛みが走るのだった。

 

「ふむ。だが、刹那―――本当にそこまで現代魔法師でも叩けないものなのか?

いや、まぁサーヴァントには対抗できないだろう。私も昔の話だが、冠位指定の魔術師とサーヴァントが戦う場面を見たんだが……まぁ確かに『そこ』は叩け無い。だが、マスターである契約者を狙うことも不可能ではないはずだがな」

 

母親に内心でのみ謝っていると、鋭いところをライネスが突いてきた。

 

「まぁそれに関しては俺よりも適任がいますかね。というわけで幹比古よろしく」

 

ここで話を振られるとは想っていなかったのか、幹比古が動揺しながらも、立ち上がるようだ。

 

「ぼ、僕がかい!? えーと、つまり刹那が求めたいのは、京都・奈良の霊脈及び魔術基盤に関してってことなんだね?」

 

「ああ、頼んだ」

 

察してくれている幹比古に端的に頼む。この男、今回の事件全てで、友人たちから明かされたことにナイーブになっていたことは、既に聞いている。

 

折り合いがついたのか、何なのかは分からないが、あまり表には出していなかったが、―――それでもこちらは信頼していることは間違いないので、この場での説明を任せることにしたのだ。

 

目線を向けて信を寄せていることは間違いないと伝えると―――それに力強く頷き、十師族の面子を前にして、堂々と古式の神童は説明をしていくのであった……。

 

 



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第296話『その後の話Ⅵ』 

電撃大王2021年10月号を読んで……。

愛梨(以下 愛)「遂に!! ついに!! アンジェリーナだけに独占されていたセルナのお母さまとの誌面での同席・コラボ(?)が、ようやく私にも訪れましたわ! しかも構図的にカウガールで刀を構えるお母さまと同じ位置!! これはもはや、嫁と言っても過言ではありません!! 嫁を読めという―――」

凛「リーナちゃん。愛梨ちゃんのこのスタイルって盛ってると思わない? いや、それがイマドキのJKスタイルだというのならば、しょうがないんだけどね……ちょっと『パッド』入れすぎじゃないかしら?」

リーナ(以下 リ)「me too! そもそもセツナはbig boobs大好きなオトコノコなんです! こんな偽乳じゃあとにはdepressionするに決まっています!!」

愛「アンジェリーナ!! セルナのお母さまにとんでもないフェイクニュースを発信しない!! 森夕先生と森山先生の奇跡のコラボにケチつけるんじゃないんですよ!!」

リ「いや、アンタ設定上はミユキ以下のフツウスタイルなはずでしょ! どう考えても、これは『盛ってる』ワ! もしくは目の錯覚! パレードを使っている!! 森先生の見栄!! QED!!」

愛「アンジェリーナ!! この『だら』!! 誌面を華やかにせんとした森先生の努力をなんだとおもっとるがいね!!」


凛(ウチの息子も父親と同じように罪深いロメオね……)






今月の大王の表紙を見て思いついた寸劇。漫画の女キャラのスタイルはどんどん増していくか減っていくかのどちらか! 読者サービスならば前者、作者の労力削減ならば後者!

そんな定説を述べつつ新話をどうぞ!


「つまり吉田君、九島の術式が古式を大本に持つから、あちらの『現代魔法師』は無力化されているということなのか?」

 

「ライネスさんの疑問に一番近いのは、それかと思います。魔術基盤への『割り込み』(インターセプト)。行われた術式の特定は分かりませんが、古式を改変した現代魔法の大半を封じられた上で、サーヴァントをけしかけて―――」

 

制圧作戦の常道ではある。相手の生命線を断った上で攻撃を開始する。

 

バルトメロイの楽隊もやっていたことだ。……もっともバルトメロイ本人は、それを『愚策』としてしまうお人だったが。

 

院長補佐ですら懐かしい顔となってしまって、その懐かしい顔が違う姿で現在も出ている(このとき)は、まだタタリの劇中なのではないかと錯覚する。

 

愚考を打ち捨てる。京都・奈良の現状は良くはない。しかし、九島の領域に無遠慮に踏み込むことも出来ない。

 

(だが、いくらなんでも冗長すぎないか?)

 

血気盛んで地域としてはあまり離れていない北陸の一条や、同じく近隣である中国地方の五輪などならば、我が身の危機として受け入れてもおかしくないのだが……。

 

「―――あまり言いたくはありませんが……『上』の方々に進言すべきですね」

 

幹比古(若僧)の緊張したのか上擦った声を聞きながらも、それに首を縦に振れない面子ばかりであった。

 

『上』―――という言葉に、何となく研究所の出資者達、お袋が良く語っていた実戦派の法術士連中とやらだろうとアタリを着けておく。

 

最終的には―――不戦命令が下っているということだ。

 

(前と同じく、腹黒い連中は高みの見物か、はたまた日和見主義の棚ボタ狙いか)

 

どちらにせよ、あまり刹那が好きな話ではない。より良き未来を目指す―――その形が各々で違えば、こうなってしまうのだ。

 

幹比古の解説は、総じて聞きやすく全員に通じたものだ。証拠も上がっている。

 

しかし、行動を起こすには至らないことばかりであった――――――。

 

近畿地方の話は『何も出来ない。静観しろ』という結論で締めくくられた。本当ならば、九島からの救援派兵要請あれば、動くことも吝かではなかったのだろうが……当の被害者たちが『来るな』と言えば、それで終わってしまう話であった。

 

 

檻の中に入っているコヤンスカヤの笑みは、実に厭なものをはらんでいる。あえて言えば邪悪な笑みと言えるか。

 

それが求めているものは何なのか、そもそも人類抹殺を計画している獣の一匹が、四葉真夜の心変わり程度で変わるだろうか。

 

そして、その後の話し合いは細々としたものばかりになっていった。

 

ロード・エルメロイ2世という『サーヴァント』が一高だけの教師に落ち着くのは不公平だの、此度の一番の被害となったホテル虐殺被害者及び遺族への対処、そして―――仏蘭西と英国の反応伺い。

 

挙げていけばきりがないが、概ね―――満足いく結果にはなった。

 

魔法科高校への願書が既に提出されてしまっている現状だが、それでもここで一高受験者だけが恩恵を受けるということに、あまりいい表情ではない面子ばかりになり――――――。

 

「その辺りは、後々にダ・ヴィンチと共に解決していく所存です。性急になるのも分かりますが、私はしょせん『使い魔』『サーヴァント』です。そして現代魔法に対する大まかな知識だけを与えられている現状では、私の教導が皆さんの後裔にいいものとなるかは分かりませんよ」

 

そんな言葉で牽制がなされるのだったが、これはウェイバー先生なりの保険でもあるのだろう。

 

一高の総責任者である百山校長も、その点は懸念していたが、それでも……。

 

「学ぶべき機会を奪われた『生徒』がいるというのは、私としては容認し難い―――ライネス共々『消滅』するまでに、どれだけの『時間』が残されているかは分かりませんが」

 

 

―――それでも、最後までやらせていただきましょう―――

 

その言葉で、中途半端な教導を行っていた刹那は恥じ入るしかなかったのだ。

 

今度、卒業される3年2科の先輩たちに対して申し訳無さばかりが先立つ。

 

だが、それでも先生はそれを咎めない。

 

その理由は良く分かっているから。

 

全てに議決及び裁可が下されて一段落した心地で、横浜の協会支部から出て外に―――。

 

「シャバの空気はうまいなー」

 

「ムショ帰りのようなセリフやめてよー。似たようなものではあったケド」

 

 

伸びをしながら放った言葉は恋人に不評の限りであった。協会支部から出るや否や、達也と深雪は受け取った『イレーサー』(破魔の邪剣)を手に即座に、都立病院行きのコミューターに乗っていった。

 

次いで、何が起こるか分からないので、自前の『車』―――ボーダーを支部前に付けて。

 

「私達はあの車を追う! 真由美くん。キミはどうするんだい?」

 

カーチェイスの前段階のようなことを助手席から言うダ・ヴィンチに―――。

 

「乗らせていただきます」

「自分も同行します。よろしいですかドクターロマン?」

 

決断をした真由美と克人が答えて、病院行きの面子が決まる。

 

ドライバーズシートに納まるロマンは、後部座席を親指で示すのだった。

 

「それじゃみんな。道中気をつけて帰るんだよ。あと孔明、時間を忘れてゲームばかりするなよ」

 

生徒に注意したあとに、サーヴァントである存在―――数カ月後には同僚教師に『分かっている注意』をするのだった。

 

その注意に長い髪を掻きながら、ウェイバー先生は答える。

 

「暫くの間は、首っ引きで魔法科高校で担当する授業でカリキュラムの作成だ。取り敢えず、刹那が色々やってくれたお陰で、『起源指定』(ルーツオーダー)に関しては大部分が理解してくれていると前提した上で―――私とライネスがやるべきなのは、現代魔法を『達者に出来ない』人間をどうするかだな」

 

まさか先生が、そっちをやるとは想っていなかっただけに、刹那としてはぎょっとする。

 

その間にもロマンが操るランドクルーザータイプの車は出たのだが。

 

新設される現代魔術科は、どちらかと言えば力の『本質』を極める科であり、時計塔で言えば、全体基礎科(ミスティール)個体基礎科(ソロネア)の部門であり、そこから現代魔術とも言える分野を学んでいき―――となれば、少なくとも現代魔法という擬い物を使用するのに難儀しないという方針でも良かったのだが―――。

 

「私が弟子の功績を奪うわけにもいかないだろう。どう言った所でお前が、この世界のルーン・マイスター(神秘発掘者)なんだ。それを誇れ―――刹那」

 

刹那の懸念を一発で砕いてきた先生に、もはや降参せざるをえない。この人がそういうのならば、てこでも動かないのだから。

 

「とはいえだ。私自身、この世界に召喚されてから日が浅い。オルガマリー・アニムスフィアは、私を教師として呼び寄せた。―――手助けしてもらうぞ」

 

「―――承知です。ロード・エルメロイII世」

 

教師補という職務に就くことを要請してきた学校側と、自分の師匠2人を手助けすることに否も応もあるまい。

 

「この世界でも、『伝説の魔術師』としてアナタは喧伝されてしまっているんです。その手腕を期待しています」

 

同じ分野側だろう古式魔法師として、ウェイバー先生からの教導を受けたいと語る幹比古に対して、懐から葉巻を出して、シガーカッターで切ってから火をつけようとするウェイバー先生は誤解を解くようだ。

 

「刹那から聞いたんだが、吉田君、キミは来年度から1科生側だと聞かされているんだがね」

 

「―――えっ? そ、それが何か? ロード」

 

「うん、まぁ後で分かることだが……百山校長も、そこに強弁を出せなかったんだろうな……私は基本的には、ノーリッジに入る『旧2科生』たちを指導することが規定されているんだよ」

 

殆ど全員が唖然とした顔をする。苦笑気味のすまなそうな先生の顔は、確かに全員が唖然とするものだ。

 

だが、これは予想されていたことでもある。しかし、ここから『どうなっていくか』であるのだろう。

 

「キミたちは刹那の記憶を見て、私が名物講師みたいに扱われている講義の様子しか見ていないからね。だが、初期のエルメロイ教室の講義も『そんな感じ』だったよ」

 

寂寥とも懐古の念ともいえるものを覚えている先生は、紫煙を吐き出す。

 

「一部では師匠殺しとも言われている悪名高い『ウェイバー・ベルベット』の授業なんて、受けに来るものは興味本位と、自分も『師匠殺し』狙い、魔導書の閲覧すら渋られる―――要は本当に『はじかれもの』ばかりだった。エリート教室なんて言われたのは、その創成期の生徒の格段不断の努力と、それを私の手腕と勘違いした生徒たちがこぞって集まってきて、そいつらが順調に魔導の階梯を上げていけたからだ。

私の手柄じゃないさ―――――――上れる力を持っている奴は勝手に上るもんさ」

 

最後の嫉妬混じりの言葉に刹那は苦笑してしまう。

孔明と「天神さま」の霊基を入れられたとしても、生来の気質が上回るのは憑坐としての意地だろうか。

 

まぁ自分の母もそんな感じだったので、そういうものなのかもしれないが。

 

「そして刹那。お前もだ。今回の事態が長引いたのはお前の未熟もある―――お前が、『冬木聖杯魔術式』(ヘブンズフィール)を展開して、七騎の英霊(アンチビースト)を張っていれば、どうにでも出来たはずだ」

 

「うぐっ……」

 

先生からの厳しい言葉。アルズベリから帰ってきたことで得られた秘術を教えたことから、『それを延ばせ』と言われて今まで怠っていたことをなじられてしまった。

 

「一応、弁護させてもらえるならば、アルビオンや様々な迷宮(ダンジョン)に入った際には『オープン』(展開)していましたヨ」

 

「そういうことならば、このCity Tokyoを迷宮に見立てて、やるべきだったな。すなわち東亰ザナドゥだ」

 

その表現はどうかと思うが、まぁ分かりやすかった。同時に、それを伸ばしていくということが……怖かったのだ。

 

「まぁ―――クドウ君の弁護も分かる。お前が内心で患う懸念も分かる……だが、そうだとしても―――お前が動かなければならない状況で半端は許されんぞ」

 

喪失の起源に近づく行為だと思っていた。そうなると思えていた―――けれど、此度の戦いで再会できた人々が、『そうではない』と告げるのならば―――それを極めていくのも吝かではない。

 

仮にどんな形であれ、京都・奈良に赴き『参戦』するならば、常時召喚展開(マルチスタンバイ)出来るサーヴァントは多いほうが良いに決まっているのだ。

 

「―――――――Yes,lord elmeloy」

 

自分が、極まっていた、極めていたと思い上がっていただけの半端者であることを突きつけられて、恥ずかしさよりも嬉しさが湧き上がるのは、どうしてもこの先生の願いに直結しているからだろう―――。

 

「Ⅱ世を着けろ。ついでに言えば、お前が教室に属していた頃には、ライネスがロード・エルメロイだったろうに」

 

「そう言ってやれば、先生は絶対そう言って一言二言あるからと―――メルヴィンさんとかフラット先生が言っていたもんで」

 

そういう風な教師に対する親愛表現は、たいそう不評で―――。

 

「FUCK!」

 

―――NGワードが飛び出すのだった。そんな義兄の言葉に、義妹であるライネスは一言あるようだ。

 

「義兄上、あんまり往来でNGワードを連発するな。ここは既に2090年代の地球。恐らく不謹慎な言葉(Fワード)の規制はネット上だけではなく現実世界にまで及び、犯罪係数オーバー300でポリスの抹殺対象になってしまう世の中だぞ」

 

「むぅ。なんというPSYCHO-PASSな世界。気をつけねばな……」

 

少しだけ震えながら、あちこちに展開してるモニターを探す兄妹に対して―――。

 

「「「「アンタら! 2090年代をどんだけディストピアな世界だと想っているんだ―――!!!」」」」

 

2090年代人の叫びが炸裂。

 

深刻そうな顔で考え込む一高の新任教師2人の2090年の世界観に対するツッコミが為されたあとには、どこからともなくヘリコプターの音が聞こえてきた。

 

この横浜では何度か聞き慣れてしまった異音だ。

 

見上げると、そこには機体をド派手にもピンク色に染め上げた、予想通りのヘリコプターが旋回しているのだった。

 

そんなヘリコプターは縄梯子を放り出して、何かを迎える準備をしている様子で―――。

 

次の瞬間―――協会の窓ガラス―――およそ五階に相当する場所のが割れて、そこから何者かが飛び出した。

 

何者であるかはもはや理解している。

 

「勝利への脱出!! このタマモヴィッチ・コヤンスカヤはあきらめない!! 具体的にはご主人さまに一目お会いしてから大陸にいるご主人さまの御子をお守りしに、いま―――会いに行きます!!」

 

一瞬ではあるが凶悪な目つきをした狐の姿が見えたが、すぐさま全身黒革のボディスーツ―――ボディラインが瞭然で媚態を強調した―――有り体に言えば『峰不二子』をフィーチャーした衣装のコヤンスカヤは縄梯子に手をかけて、次には脚ではなく尻尾を巻きつけることで、起用にも姿勢を保持していた。

 

 

「ではでは、みなさん!! 特に刹那さん! また会う日までシー・ユー・アゲイン♪♪♡♡」

 

最後の言葉の際に蠱惑的な投げキッスをしてきたコヤンスカヤ。強烈な神秘の塊ゆえなのか、ピンクでハート型の何かが飛んできた。

 

「高密度の魔力結晶! 己の中の小源(オド)と大気中の『大源』(マナ)とを凝集させたものか!」

 

「呑気に解説している場合か!?」

 

「心配いらんよ西城君、どうやら―――彼女の置き土産のようだ」

 

先生の言葉で爆弾の類ではないと理解したので、落ち着くレオだった。

 

落ちてくるハート型の魔力結晶を刹那は取ろうとしたのだが―――。

 

「セツナは、Don't Catch You! Don't Catch You! Waiting(待ってー)!!」

 

「名曲に対する冒涜! いや、あれはたまになくなっちゃう身体のバッテリー(魔力)になるもので、空をマラソン、夢をユニゾンしたい時に有用なものだぞー!!」

 

「お前まで乗っかってどうする……まぁいい。今からやることは、パワードスーツを着ていても玉子(ギョク)を取るかのような繊細さが求められる作業だ。ライネス、刹那、それぞれをサポートしてやれ」

 

呆れつつも、この状況を利用してある種の『授業』を行う先生だったが、それに対してライネス先生は、遠くに飛び去るヘリコプターを見ながら呟く。

 

「了解だが義兄上―――これはある意味、義兄上がよくやるアクションゲームのボーナスステージみたいなものじゃないか? 落ちてくる『ひよこ』を頭の上のザルで取るアレに」

 

ライネスの言うゲームに関しては刹那もよく存じていた。あの時代としてはレトロなカセットタイプのゲームソフトで、春夏秋冬の日本の祭をモチーフにしたステージを登場作品の枠を超えたヒーローたちが、祭を取り戻すべく悪の手先と戦うものだった。

 

「黒いひよこはいないだろうが気をつけろ―――それと、アレを買ったのは……刹那、お前の『姉』と関わる事件があったからだ」

 

「はぁ……」

 

意味分かんないですと返しつつも、懐かしさに眼を細めている先生に何も言えずに、とりあえず刹那はリーナたちに魔力結晶の取り扱い方を伝授していくのだった。

 

その様子はまるで家の骨組みを作ったあとに行われる上棟式―――――現代では完全に失われた神事を思わせて、刹那はそれに違わぬぐらいに目出度い気持ちを持った『卒業式』で、いまの三年生を送り出してやろうと決意するのだった。

 

もっとも……刹那の担当は調理係なのだが。ともあれ祝賀料理は、滞りなく作れるだろうと思いつつ、今やるべき手作業は違う。

 

落ちてくる魔力結晶―――を取ろうとするリーナの少しだけ雑な手つきに、後ろから自分の手を添えるのだった……。

 

 

赤くなった顔を少しだけ向けて膨れるも、次には破顔して、2人の手が虚空を漂う魔力結晶を掴み、そして2人の手は上下で重なり合うのだった。

 

 

((((ゴースト ニューヨークの幻か!?))))

 

ろくろの代わりにそんなことをする恋人に……。

 

 

(一色さんがいなくてよかったぁ……)

 

千葉エリカを筆頭にそんなことを想う。

 

そして舞台は―――移っていく……東京の災厄を乗り越えて、旅立ちの月に巡る―――。

 

 

 

 

「君の名前を教えてくれるかい?」

 

ケースの中から現れた少女。既に満たされていた液体は乾き、幼い裸体を貫頭衣に似た服に包まれながら、少年は見上げてきた少女に問いかけた。

 

「ごめん。マスター……それは、分からないんだ。ただ一言だけ覚えている名前がある……」

 

真名が分からない。自分の後に契約した2人の兄のサーヴァントもそれを言っていた辺り、不完全な召喚のツケとも言える。

 

「それは?」

 

「―――『オーロラ』。それが僕の真名なのかは分からない―――けれど、それだけを覚えているんだ……大切で大事なそんな『名前』……」

 

目をつむり長いまつげが生え揃う、感じ入る少女に尊いものを覚えた少年は……少女に『名前』を与えてあげることにした。

 

オーロラ……日本語に訳せば『極光』と言えるものと、己の名前との符号を覚えつつ、彼女に名を与えた……。

 

「ならば―――いまから君の名前は『九島 ヒカル』とさせてもらうよ。いつまでもランサーなんてクラス名で呼ぶのは……ちょっとね」

 

「……ヒカル―――うん! いい名前だ!! よろしくねマスター・ミノル!! キミと僕は―――、異心同体だ!」

 

「そ、そういうものなのかな? サーヴァントとマスターとの関係ってのは……」

 

戸惑う少年、そんな少年よりも小さい銀髪(桃色かかった)少女は、ぴょんぴょん飛び跳ねながら喜ぶ。

 

なんだか『妹』が出来た気分になる光宣だったが、少女―――九島ヒカル(仮名)からすれば、『弟』が『蘇った』気分だったのだ。

 

名も顔も知れぬ『弟』―――その面影を、少女は九島 光宣(ミノル)に覚えていく……―――。

 



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第297話『卒業Ⅰ』

レジライリリィか……。

そして煉獄のボイスが! たとえ『レンちゃん』と呼ばれていても、エッチな夢は見せられないはず(多分)

ちなみに今話の後半パートで、九島家のご紹介があったはずなんですが、その辺りの部分が吹っ飛んでしまった。

まぁ主題は『三年組』の卒業だから、いいやと現実逃避しつつ次話をお送りします。

これは言うなれば月姫をやれという啓示と思うのだから(妄想)


「―――無明を漂う彷徨い子よ (まえ)へ」

 

「―――汝 現世に示す己が名を答えるべし」

 

星などを象った杖を手にしたダ・ヴィンチが、『卒業生』に前に出るよう促し、大きなエメラルドを象嵌された杖を持つロマン先生が、前に出た生徒に名を告げるように促した。

 

厳かな言葉が講堂に明朗に響く。それに応えて卒業生は口を開いた。

 

『我が名は長岡早雲。 草木の叡智(ユミナ)によりて新しき地を開拓するものなり』

 

見るものが見れば分かる時計塔の授与式。階位付与の式典。

 

大講堂を使って行われた『第二の卒業式』……一高の卒業証書授与のあとに行われたこの式典の意味は―――誰にでも分かる。

 

これこそが、本当の意味での『旅立ち』なのだと……。

中央の壇上に立つ『ロード』は、前に出た『先輩』に対して神秘の呪文の如く言葉を震わせた。

 

「汝、星の仔よ、今このときを以て 汝は違う大地に一歩を踏み出す。その新たな生に、我、光明を与える――――――」

 

 

髪型・衣装どちらも『正装』した女子であり助手から『記念品』を受け取り、学年では先輩であるも、自分の講座の生徒の卒業のために最後の呪文を刻む。

 

「我はロード・トオサカの名において汝、長岡早雲に『開位』(コーズ)の位を授ける―――」

 

その時、記念品に最後の『仕掛け』が発動して、それは唯一つの『神秘礼装』へとなるのであった。

 

「卒業おめでとうございます―――」

 

一仕事終えた心地で、厳かな言葉を切り、親しみを込めて言うと―――。

 

「ありがとう。なんでだろうな……3年間も、ここ(一高)に通っていたのに、一番思い出せるものが―――君の授業なんだ……」

 

記念品を持ちながら、泣きそうな顔をする先輩が出来てしまった。

 

「それこそ俺の方が、ありがとうと言いたいぐらいです。皆さんが、俺の拙い指導で、己の魔道を伸ばしてくれたからこそ、俺の授業は、潰されず、多くの教えを教授出来たんです。

ですが、まだまだこれからですよ。俺も早雲先輩も半人前から脱却するために『あちらの御仁』から最高のアドバイス(ベストコーチング)を受けてください」

 

泣きそうになっている長岡。

受け取った『記念品』は重要ではある。だが、それ以上に、刹那が手で示した先にいる『本物のロード』の教導が必要なのである―――。

 

明日に続く最後の大判授業を受けさせなければ、心より申し訳ない。

 

「―――遠坂君ありがとう。感謝しか無いよ……」

 

深々と一礼をしてから、記念品を手にして壇上から降りる長岡。

講堂の脇の方に設けられた遮音結界のスペースにて待つ、『ロード・エルメロイII世』のもとに赴く。

 

制服の袖で乱暴に涙を拭った生徒を見送ってから、次の人間たちを呼び上げていく。

 

ここから先は若干の省略はあれども、100名以上もの卒業生たちへの位階付与だ。

 

全ての人間の旅立ち、巣立ちとなるべきイベント。

 

例えどれだけ疲れようとも、全霊を込めるのは当然であった―――。疲れて倒れるならば終わってからだ。

 

(今から気を張っていてダイジョウブ?)

 

刹那のそんな気合を心配するは、この授業にて助手をやってくれていた恋人である。

 

(問題ないさ。キミこそいつもとは違う衣装とかで疲れたならば、控えているレティやレッドに代われよ)

 

(ゆずらないワ。この立ち位置はネ♪)

 

念話で会話しながらも、次の卒業生に対する対応は恙無く行う。

刹那が主催する授業。その殆どにおいて助手役であったリーナが、気合を込めてそう言うのならば何も無かった。

 

「我はロード・トオサカの名において、汝、幸田綾子に『開位』(コーズ)の位を授ける―――」

 

そして、階位付与の儀式は続く。その様子に誰もが拍手を与える。

 

現代魔法師としてのランクではない。それでも、それは確かに『ここ』で行われた授業の『成果』なのだと誰もが誇れるものだ……。

 

―――誰に笑われたっていいさ

 

―――笑われても何度でもやってやる

 

―――それが出発点からでもな

 

そう言った男の全ては、この授業であらゆる熱を生んできて、この日を以て新たなステージに進んでいくことが決まるのだった―――。

 

 

 

「俺としてはカフェテリアで、優雅にコーヒーブレイクでもしながら、端末でも操っていたかったんだがな」

 

「ぼっちになりたかったのか?」

 

「お前と一緒だと手持ち無沙汰にならなくて、俺としては悩みどころだ」

 

「人生の楽しさを教えてやっているんだ。感謝しろ♪」

 

笑顔で言ってくる同級生にしかめっ面を返す、その人生の楽しさとやらが、一ヶ月間の乱痴気騒ぎの大魔道戦争とか頭が痛くなるが―――。

 

(そんなのも悪くないとか想っている俺は、もはや戻れないのかもしれない)

 

麻薬のような男である。危険だと分かっていても、そのそばで歩くことが、どうしてもやめられないのだから。

先程まで大講堂にて、エルメロイレッスンの受講者にして卒業生たちに『位階付与』を行っていた、ロード・トオサカ=遠坂刹那。

 

彼は、この後の卒業生歓談パーティーの料理を用意するはずだったのだが、それは流石にいつぞやの『灼熱のハロウィンパーティー』の時のように女子陣のプライドを煽った。

 

よって今回作るのはメインの卒業祝賀料理だけらしい。調理にかかるにはまだ早いので現在は達也と雑談中というわけだ。

 

「仕事が少ないのも、またいいもんさ」

 

「お前はあれだけのことをやっている中でも……『コレ』を作っていたのか」

 

あれだけのことというのはいまいち分かりにくいが、刹那は達也の言わんとしていることは理解できた。

先日まで関わっていた東京魔道災害に関してのことだろう。

 

だが、そんな問いは愚問である。むしろメモリアル品の方が優先事項だったのだから

 

「刃物はいつでも必要なんだな。電子技術万能の時代とはいえ、紙が無くならないのと同じく」

 

刹那が卒業生たちのメモリアル品として、作り上げたもの……そのサンプルを達也は手に取る。

 

「アゾット剣のペーパーナイフか……一本一振りごとに、お前が鍛造したのか」

 

それは以前、魔術師の見習い卒業の証として渡されるものと、説明されたことを思い出しながら問うと、事もなげに魔法使いは答える。

 

「執刀手術のためのメスを、山奥の刀鍛冶に頼む闇医者もいるんだ。俺もそういうのになりたいものだ」

 

レッドのエクスカリバー・クラレントを作りながらも、これを作っていた―――というよりも、あの三学期最初のレッスンでの講師3人の言い争いを思い出すと、そういうことかと納得する。

 

「で―――何か聞きたいことがあるんじゃないか達也?」

 

「別に用事が無きゃ話さない間柄でもないだろ俺たち」

 

「そういう美月が興奮しそうな言葉はやめろ―――……結局、四葉真夜女史は普通だったわけか」

 

硬い話は、刹那から切り出さざるを得なくなった。刑事ドラマならば、互いにタバコでも咥えながら話す内容と雰囲気だろうか。そんな想像をしながら、会話は始まる。

 

「ああ、俺の予想では幼児退行するんじゃないかとか考えていたんだがな。お袋の掛けた術式を解いた結果は……」

 

聞くところによると、達也が弘一氏に剣を渡して、最初は躊躇するも……首筋に傷を付けたあとには泣き腫らすばかりであったとのこと。

 

35歳の少女(柴咲コウ)にならなくて、良かったのか悪かったのか……」

 

お袋(深夜)に改造されてからの自分(真夜)のことを全て覚えていて、一時は混乱するも……」

 

―――ごめんなさい―――

 

その一言がうつむき泣きながら吐かれた時に、もはや色んな感情や言いたいこととかは吹き飛んだそうだ。親族御一同の心中はお察しする。

 

「……貢叔父貴も大変な舵取りを任されたもんだな。ただ、もはや隠して生きていくことが辛かったからな」

 

家が『軋み』をあげていたと言う達也に同情をしてから、好んでいるコーヒーを淹れてやることにした。

 

「研究所の出資者が、どう考えているかは知らないし、俺も知らないけど―――何も言われないということは、『そういうこと』なんだろうか?」

 

会議室に備えられているコーヒーカップを渡すと、それを飲みながら刹那は口を開く。

 

「全てがそいつらの掌の上だとしたらば、それはそれで恐ろしいな。まぁ四葉家のことはお前たちで解決すべきだろうさ。戦争(跡目相続)するにしたって、今は無理だろ?」

 

「ああ……正直言えば、お前に裁定してもらいたいぐらいだが……それが権力闘争のあるべき姿だな」

 

達也と深雪がある意味、『隠れながら』(意味ない)生きていた生活は終わりを告げた。当初こそ四葉家の直系であることに、一高及び全ての魔法師たちが混乱したが、最後にはあっけなく静かに収まってしまった。

 

その理由は―――おおむね誰もが『それなら納得』と想ったからだ。

一年間であれだけ披露されてきた魔法力の根源を、そういう風に説明されたならば納得をして、そして隠さざるを得なかった理由も、それなりに呑み込めたらしい。

 

このことでたいそう混乱したのは、達也と深雪の親父さんである龍郎氏。連日、マスコミ関係者が再婚相手と住まう家に押し寄せて、やんややんやであったようだ。

 

「まぁその事はいいんだよ。俺が刹那に問いたいのは別口だ」

「ふむ」

 

親子関係が微妙なことは聞いていたから深くは突っ込まない。

広げた話題に対して手を振り打ち切る達也は、少しだけ耳目を惹くことを言ってきた。

 

灼熱のハロウィンパーティーで会った、桜井水波の『今後』に関してらしい。

 

本来ならば、桜井は深雪の『守護者』として、今年度から一高に入学する形で、寄り添う予定であったらしい。これは『前の四葉真夜』が考えていたことのようで、葉山執事もその方面で調整していたそうだが……。

 

「……後夜祭の会場で水波が気にかけていた男子、刹那が話していたのは―――九島 光宣だったんだな」

 

「言ってなかったけ?」

 

うなずく達也。失態を少し戒めていると、そこは重要ではないとしてきた。

 

「水波は、文化祭のあと九島光宣とちょくちょくやり取りしていたようでな。昔風に言えば『メール恋愛』。さらに昔風に言えば『文通恋愛』をな……」

 

「ふむ。で、何? 『ナニカ』の『おねだり』『おねがい』の実験の犠牲にしようっての?」

 

「本家は確かに山梨なのに山ばっかりの土地だが、ゾルディック家じゃねぇ」

 

そんな呆れるような言葉が会議室に響く。いるのは刹那と達也だけだが。

場の空気に対して咳払いをしてから達也は口を開く。光宣が桜井に対して持ちかけた提案、それは―――

 

「―――同棲(ふたりエッチ)か」

 

「いや、相手方の『妹』も住むらしいから、その表現は正確ではないな。そして妙なルビを振るな」

 

達也のツッコミを受けながらも、詳細な説明の中で疑問点が浮かんだ刹那は考えこむ。

 

(ミノルに妹? 九島真言の庶子か?)

 

追い詰められて、そんな人間までどっからか出してきたのか……。

真言氏の年齢は、おおよそ容貌から誰もが察せられる。光宣の年齢からするに、かなり「遅め」の子供だったのに、その「下」にもいたとか、ちょっと『アレ』すぎる。

深雪に対する桜井のように、光宣に着けた私設護衛であれば、そこまでたいそうな仮初の身分を与えなくてもいいはず。

 

疑問を一旦置きながら、達也の話の続きを聞く。

予定通り地元の『二高』に進学する予定の光宣が、そんなことを言って桜井もまた自分が四葉の従者の家だから、そんな自儘なことは出来ないとして、一旦は二高に進学すると同時の『同棲提案』を断ったのだが……。

 

「叔母さんとかは、許しちゃったのか」

 

「……いや、俺も深雪も許してはいない。クドウ・ミノルという(うじ)だけならば、いや、(うじ)だけがご立派な(馬の骨)に水波を簡単に任せるわけにいかない! 第一、近畿は『危険すぎる』。現在は現代魔法師にとって、カラカス、アムステルダム、ティフアナのようなものだ。簡単に行かせられるかよ……」

 

髪をがしがし掻く達也。頭髪痛めることも厭わない様子。察するに桜井は喜んだのだろうが……。反対意見を出したのが、ご兄妹だけということだ。

 

「難儀な話だ。ただそろそろ願書提出もやばい時期だろう? むしろ本来の高校受験ならば過ぎているぐらいだ」

 

「……ああ」

 

昔から日本の高校は、『受験』しても1次で『落ちた場合』の2次募集なども用意されているし、その前に滑り止めもあるが……そもそも「魔法科高校」は、色々と今年度、来季から特殊な制度に変わる予定だったのだ。

 

そこにさらなる「最優秀講師」の登場、そのトリックは色んな意味で半信半疑だったが、ともあれ偽物の類であっても、まずは遠坂の授業は始まるのだ―――。

 

そう納得していたのは分別ある「大人」たちだけで、学生たちにとっては違ったらしくて、願書提出は混乱を極めた。

 

既に地元校に提出した願書を、あらゆる手段で取り消してまでも一高受験者があふれかえるという事態が起こっている。

 

しかも、それは現在進行形であり、色んな混乱が沸き起こっていた。

 

だがそんな事情を全て考慮したとしても、刹那の答えは決まっていた。

 

「……桜井を行かせてやれよ。賢しい選択よりも、時には無理無茶無謀をやることの方が、良きものをもたらすこともあるぜ」

 

「―――水波を近畿介入の「端緒」にしようとしていないか?」

 

「無い。ただ、近畿の現状を正しく認識している上で、「そうしたい」(九島 光宣と同棲)ならば、それは個人の自由として尊重すべきものだろう? それでも、どうしても……桜井が出戻りになってしまうならば、お前たちが快く出迎えてやれよ」

 

刹那の説得の言葉に達也は眼を瞑って熟考―――というよりも、出したくない言葉を出そうと捻りだしているようだ。

 

口をへの字に結んでいる姿はかなりのレアなものであった。

 

達也には悪いが、刹那は「ミノル」との付き合いが長いのだから、ジャッジが、どうしてもそちら寄りになってしまうのだ。

 

そうしながらも、達也から見せられたミノルの妹とやらの姿を再度見る。

端末に映された画像に見える少女の美貌は人間離れしたものがあって、『正体』を少しだけ推察出来た。

 

(「英雄」か「幻想種」か……はたまた「吸血種」かは分からないが、光宣に「強力な使い魔」を着けたか)

 

正解かどうかはまだ分からないが、議論と思考の時間を終えて、そろそろタイムアップであることに気づく。

 

「桜井の進路に関して俺は多くは言えない。先程言った言葉が全てさ」

 

考えてみると、四葉の屋敷に同じく住まう九亜や四亜も、姉貴分が高校進学して離れるかもしれないのに、刹那やリーナにそのことを伝えてこなかったのは、意思を尊重したいという想いがあったからであろう。

 

考えている達也の横で端末を使い、本人たちにショートメールを送ると。

 

『寂しいけど、巣立つときは、いつでもやってくるのです』

『私もキッドと同棲したい♡』

 

などと返ってくる。四亜には悪いが、それは不許可だ。ともあれ―――答えなど一つだろうに。

 

「んじゃそろそろパーティー会場行こうぜ。流石にメイン料理の仕上げと行かなきゃならない」

 

「長々とすまんな。ついでにいえば、祝賀料理は俺たち在校生にも振る舞われるんだろ?」

 

そっちがメインかと苦笑しつつ、美味しいものを食べれば、少しは機嫌が良くなるかも知れない。光宣が桜井と同棲する支援策としよう。

 

そうしてメインパーティー会場に赴くと、入ると同時にとんでもない熱狂が響く。

 

熱狂と同時に打楽器と弦楽器が最大に鳴り響く音が聞こえてきた。

 

「おおっ、やってるねぇ!ガルティー。一時は音楽性の違いから空中解体の危機だったが」

 

Girls Dead Teatime(ガールズ・デッド・ティータイム)―――混ざりすぎだ。どっちかにしろというツッコミも今は昔だな」

 

決まらなければ『Λucifer』(リュシフェル)か『ザ・マッドサタン』にするぞと言っていたガールズバンドは、ツインボーカルに金髪2人と、ベース、ギター、ドラム、シンセサイザー……1科も2科も関係なしの有志の生徒たちによって、その演奏を止まらせないでいた。

 

刹那は目線と念話で、ツインボーカルのモードレッドとリーナに秘密の合図を送ってから、調理室に達也と同時に入る。

 

誰もがこちらに気づかないように、卒業生を盛り上げた2人に感謝である。

 

その勇姿を見ておきたいところだが、今は―――こっちを優先だ。

 

「んじゃ最終工程に入りますか―――」

 

調理室にはかなり多くの女子がいた。どうやら自分の祝賀料理がどのようなものか興味津々といったところだろうか。

 

それに特に緊張することもなく―――。

 

セイロを用意してやるべきことをやるのだった。

 

(ルヴィアさんが、時計塔を卒業して『領地』に帰る時にオヤジとオフクロが作った料理……)

 

それ以来、エルメロイ教室を卒業する生徒たちや祝い事(階位付与)の際に振る舞われるようになった伝統の一つ。

 

そして何より―――その伝統(むかし)を覆して新たなる地平を開拓する。その精神こそが―――人を飛翔させるのだ。

 

ゴルドルフコックコートを着て、衛生に気をつけながら―――刹那の手は美味なる料理を次々と作っていく…。

 

(まさしく魔法科高校の料理人……色んな異名を持ちすぎだろ……)

 

もはや魔術師とか魔法師とかいうところにはいない友人の姿に苦笑をしながらも、調理で香る芳香が達也の胃袋と感情を刺激する。

 

卒業式のフィナーレは近づく……。

 

 

 



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第298話『卒業Ⅱ』

前半でボツった文章はシリアス。
後半でボツった文章はギャグ。

対極的でしたが、少しはしんみりさせようと思ってこんな感じ。

渚という単語で語り合ってオガエツ先生を赤面させてしまった杉田さんと中村さんのネタでも入れようかと思いましたが、これもボツ。

あれこれ試行錯誤でしたが。新話お届けします。


有志在校生たちによる余興も一段落して、ダンスパーティーに入っていく。アルコールがあるわけではないのだが、用意された飲み物とか、雰囲気が何かしらの高揚感を齎す。

 

ゆえに口も軽くなるとでも言えばいいのか。それぞれの進路に関して、会場で言い合うことになる。

 

「それじゃ長岡は『教師』になるのか?」

 

その内の一人である十文字克人は、2科の同級生―――例年通りならば、ここで会話すらなかっただろう相手と話をしているのだった。

 

「まぁそれを目指しているよ。魔法大学で『教育課程』を取ったからと、魔法科高校の教員になれるわけではないが―――考えは色々だよ」

 

苦笑しながら語る同級生に対して、克人は思考をめぐらす。

 

魔法科高校の教員になれる・『なっている』人間というのは様々だ。魔法大学で研究していたが、諸々の事情で出向したような人間もいれば、退役した魔法師の軍人を採用したところもある。

 

要は―――明確な教員資格というものが『定まっていない』のだ。

 

これが世間一般の『専科高校』、例えば理科高校であれば、医師免許や看護師免許などを取得して、かつ現場で実働していた人間が、一線を退いたあとに、その技能を教えることが通常だ。

 

一昔前の『看護学校』や『医科大学』などのマイナーバージョンが一般的。

 

これが魔法科高校となると、教官役というものの『定義』は定まっていないのである。

 

これでは、教員や教官になってやろうという人材が少なくなるのも仕方ない。同時に、魔法技能を喪失した人間のセカンドキャリアとしての道であるかも不透明。

 

しかし―――。

 

「だからこそ、俺は自分が高まることよりも、『次』に続く人間のために自分を使いたいんだ」

 

―――同級生は、その後進のために身を埋めることを選んだのだ。

 

「……自分が磨かれることを望まないのか?」

 

長岡が遠坂の授業で得た固有スキルと現代魔法師として高まった魔法力は、一科にいる人間たち―――上位にも迫ったのだ。少しだけもったいないどころか、すごくもったいない想いがして、克人は変節を促そうとしたのだが、それに首を振ってくるのだ。

 

「それも一時は考えた。けれど、魔法師としては『短い人生』なんだ。苦労して得たものを、次に渡していく。そんな人生も悪くないだろ―――なれるかどうかはまだ不透明ですが」

 

最後こそ戯けた調子だが、長岡早雲のその言葉を聞いた時に、十文字は自分の矮小さを思い知らされた。

どう言った所で、人間は―――己の欲に生きる人間であったからだ。優れた魔法師が時に語る、

『自分たちは命がけで魔法の訓練をしてきたからこそ、その高度な魔法能力をどう使うかを、他者にあれこれ言われる筋合いはない』というものが、何故か卑小なものに思える。

 

それだけを考えて、『後ろ』を見ないでいる人生に意味はあるのかとも、少しだけ気付かされるものもあった。

 

「まぁ遠坂君の授業が無ければ、こんな風には考えなかったかもしれない。俺の場合は、なりたい自分が超人的なものよりは、そっちに落ち着いただけだよ」

 

その言葉の後には呼びかける友人に応えて、『それじゃ』と2科の同級生は克人の前から去っていった。

 

(魔法師としては短い人生か……確かに、身につまされる話だったな)

 

いくらかの治療の目処は立てども、十文字家の人間にもそれは、人よりも早期に訪れる話だ。同時に、それは最悪の場合―――魔法師だけでなく生物、生命としての死にも直結するもの。

 

そう考えると、自分も何かを、あとに続く人の為に残したいと思えてくるのだった。

 

そんな中、自分ひとりだけが、自儘でいようとしている女に声を掛けた。

 

「……で、いつまでお前は仏頂面してメシを嚥下しているんだ?」

 

「そうだぞ真由美。まぁ色々と家が混乱しているのも分かる。私が防衛大に入るのを隠していたことに不機嫌なのも分かる―――が、折角の『はれの日』に、それは無いだろう? お前は我々世代の生徒会長だったんだぞ?」

 

「わ、分かってるわよ!! 別にそんな意地になってご飯を食べていたわけじゃないわよ!! ……ただ、今日でこの一高を卒業するとなると、しんみりしちゃうのよ」

 

お前はしんみりすると、爆食しちゃうのか? 無言で摩利と克人が想う。

 

友人2人の無言の表情を見た真由美は、深く嘆息してから白状する。

 

「……しんみりしていたのはホントウよ。けど、それ以上に、目の前に広がるこの光景が……私の目指していたものが、一人の『魔宝使い』によって齎されたことに、どうしても悔しさがね……」

 

そういうことかと、三巨頭の内の二つは納得する。現在の一年生が新入生として一高の門をくぐったばかりの頃に、衝撃的なことが行われた。

 

いま考えれば、あれは……確かに真由美にとって、色々な気持ちを思わせるだろう。だが、真由美の演説がいいものだとは、今となっては思えないのも、二人の率直な気持ちだ。

 

「案外、お前も未練がましい女だな」

 

オヤジさんと同じくという無言での付け足しを、『お前も』から読んだ真由美の少しだけキツイ目が飛ぶも……克人は意に介さない。

 

「お前の演説を何度も聞いていると、分かることがあった。お前は、この魔法科高校で生活することを、良きもの、人生の1ページとして、ちゃんと刻んでほしいという願いの下で、ああ言ったんだな?」

 

改めてあの公開討論会で放たれた言葉の意味を、克人は問いただす。

改革案とか真由美が『諦めた部分』を省略して骨子だけを抜き出すと、それだけが彼女のやろうとしたことであろう。

 

「……そうよ」

 

不貞腐れながら肯定する真由美。一拍置いてから克人は言葉を発する。

 

「別に俺もそれを否定するつもりはない。魔法技能を持った人間でも、普通の高校生のように生きる、青春したいという願いはあるだろう―――けれど、それは『持つもの』『懐に余裕があるもの』だけが、抱ける『理想』だな。

そんな気持ちの持ちようだけで、1科も2科も同じ風景を見れるとは、遠坂と同じく思えないな。日々のカリキュラムをこなすことに、1科以上に汲々としなきゃならない2科が、『持たざるもの』『貧するもの』が、あの言葉でお前に啓蒙されるとは思えんよ」

 

「――――――分かっていたわよ……。けれど、ズルいわよ……あんなの……」

 

遠坂が並行世界からの来訪者……魔術師の用語で言えば『カレイドライナー』であることの意味もある真由美の言葉。

だが、この魔法師の学校に出来上がった制度の硬直化を砕くには、『外部』からの強烈な力が必要だったのかもしれない。

 

情けない話だが、克人も真由美も、魔法師の名家に生まれながら、そういった考えを持てなかったのだから。

 

遠坂刹那のように強烈な気持ち……。

 

『最果てを目指すならば、道は俺が斬り開く』

 

……その意思がこの学校を変革したのだった。

 

「けれどさ、真由美。お前は―――自分の名誉や功績のために『1科も2科も違わない』なんて―――あの演説を放ったわけじゃないだろ? 実際、どうだよ? 長岡や綾子だけじゃない。みんな―――いい表情をしている。作り笑いなんかじゃない。見出すべきものに勇往邁進してきた、これからも進んでいける人間だけが出来る表情だ」

 

防衛大学校に進学する摩利は、このままの感情でここを出ていく真由美を気遣って、そんなことを言う。

 

摩利(しんゆう)に言われなくても真由美だって分かっている。これは本当に『いい未来』だ。誰もが勝利したわけではないし、誰もが栄誉に至れたわけではない。けれど―――。

 

(すごく悔しいわ)

 

この中である意味、敗者である真由美は悔しさばかりが出てくる。

 

(けど、もう大人げない態度ばかりは取れないわよね)

 

みんな明日(みらい)に対して目を向けている。将来が、その通りになるとは限らない。それでも――――――。

 

真由美とて、このまま終わるわけにはいかない。魔法大学に行ったあとの自分に何が出来るかは分からない。

 

ただ一人暮らしをすることで変わるものがあるのだと、少しだけ『家』から離れて『真由美』という女一人で何が出来るかを見つめたいのだ…。

 

そんな余裕ある考えはお嬢さんの甘っちょろいものだとしても、いまの真由美は少しだけ自分を追い詰めたいのだ。

 

『ーーー卒業祝賀料理が出来上がりましたので、卒業生の皆さんは予定されていた場所への移動をお願いします』

 

調理室に詰めていたと思しき深雪のアナウンスによって、パーティーに入る前の案内通りに中庭へと赴く。

 

「む。どうやら遠坂の大作のお披露目だな」

 

「リクエストは十文字君がしたのよね?」

 

「まぁな。『全員のリクエストに答えるのも無理だから、親分として一発オナシャス!』 などと言われて、ストレートに『鯛』を使っためでたい『麺料理』をお願いしたよ」

 

『鯛』を使った『麺料理』なんて、なかなか出来るものじゃないと思えるのだが。

 

克人としては期待したい。そもそも遠坂の料理で初めて口にしたのも―――麺料理だったのだ。

 

あの時の感動をもう一度……。

 

その心に従い桜が舞う中庭に出ると、テーブルがセットされていた。用意されているものは全て選んだ人間のセンスが光る風雅なものだ。そして配膳を担当する人間たちは―――。

 

(サーヴァント……なのか?)

 

人間離れした容貌を持った二十人ほどの男女混合の集団が、中庭にて待っていたのだった。

 

緑色の目を持つ金色の美男子を筆頭としたウエイターたちに、マゼンタカラーが印象的な美女を頭に据えたウエイトレスたち。

 

どちらも洒脱な印象を持たせるレストランサービスの格好は、この場において実に似合っているものであった。

 

古典的なウエイトレス服では、場が白けたかもしれないからだ。

 

『『一高のみなさん。ご卒業、おめでとうございます』』

 

正体を理解している一人である真由美は、『……人類史の英雄をウエイターに……』などと、若干引いている風だが。

 

当人たちは割りかし楽しんでいるのではないかと、こちらに一礼をした英雄たちに克人は思いつつ、サーヴァントに先導されながら着席をする。

 

「あ、ありがとうございます……アーサー王……と呼べばよろしいのでしょうか?」

 

「レディ、いまの私はただの『ウエイター』のサーヴァント。ウエイターと呼んでいただければ幸いだよ。しいて言うならば、櫻井ウエイターとでも呼んでくれ」

 

椅子を引かれてそこに着席した真由美は、美麗のサーヴァントに緊張している様子だ。そんな真由美になにか『思うところ』があるのか、櫻井ウエイターは、優しげであった。

 

「食前酒など出せるわけがないから、水で申し訳ないが、メイン料理が来るまで喉を潤していてくれ」

 

グラスコップに注がれた透明な液体。ただの水なのだが、全員が感嘆の息を漏らすほどに美味かった。

 

卒業式からパーティーまでの、疲れが取れていくのを感じた。

 

そうして弛緩、身体が解れた所にメイン料理を大型のカートで運んできた、遠坂たち在校生を見る。

 

しかし、それは十文字が予想した所から少しだけ外れたものであった。

 

「セイロ」

 

「麺なんだよな……?」

 

摩利の声を聞いたのは隣に着席する十文字だけでなく―――。

 

「ご心配なく。十文字先輩のリクエスト通り、鯛を使っためでたい『麺料理』ですよ。セイバー、ランサー頼んだ」

 

「「かしこまりましたマスター」」

 

やはり金髪の美麗セイバーと赤紫(マゼンタ)の美女ランサーがメインの給仕役だったらしくて、2人を筆頭にサーヴァントたちは静かに、されど速やかにセイロが次から次へと卒業生たちの前へと運ばれていく。

 

あっという間にカートが空になり、誰かに指示を出したのか、カートが調理室に戻るようだ。

セイロは三重に積まれて何かの塔を連想させる。

 

底にはいまでも熱を発する焼け石が敷かれた大皿があり、湯気が上がるたびにセイロの中から香るえも言われぬ芳香が鼻を突くのだ。

 

「これは……心して食べなければならなそうだな……」

 

セイロの頂上にあるものが、何であるかはまだ分からない。まだ見えない。

 

だが、誰もが、思う。

 

これもまた遠坂の使う『魔法』の一つなのだと……。

 

「そう緊張せずに、全員で蓋を開けて楽しんでください―――料理はまず『色彩』からとも言えますし」

 

「ならば―――開けさせてもらおう!!」

 

いたずら小僧の顔をする後輩。少しだけ負けた気分になった克人は、意を決して上部のセイロの蓋を開けた。

 

その克人の行動に誰もが追随して一瞬遅れるも、取っ手に手をやってからセイロを開けた瞬間――――。

 

 

……中庭に―――『虹の橋』がかかった。

 

卒業生全員が驚嘆、感嘆、呆然―――なんとでも言える感情に囚われて空を見上げたあとには、セイロの中にあるものを見る。

 

「七色の―――『麺』!!!」

 

「色鮮やか……刹那くんのことだから、合成着色料とか使っていない自然物なんでしょうけど……」

 

「解説とかもういいよ!! 遠坂! この脇にあるつけ汁に漬けて食べるんだな!?」

 

「どうぞ、渡辺先輩。料理は食べてもらってこそ完成しますから」

 

三巨頭それぞれの反応を見せる中、一番反応が良かった渡辺摩利を促した刹那。

 

つけ麺と言えば殆どにおいて、『茹でた麺』を冷水で『冷やして』、水切りをしてから『温かいつけ汁』に漬けて食べるのが、概ね―――フォーマルな日本のつけ麺である。

 

しかし、刹那の作ったつけ麺は、温かい蒸し麺を温かいつけ汁で食べるスタイルだ。

 

(エントロピーの関係上、麺に味を染み込ませる、つけ汁の味を際立たせるということならば、前者は科学的な原理に基づく―――それの真逆を行くか)

 

味変のための『小鉢』を用意しながらも、司波達也は卒業生たちを羨ましがる。はやく自分たちも食べたいと思える調理工程を思い出す。

 

調理場で、『さぁ、おまえ様(マスター)!一世一代の祝賀料理やるでちよ!』とか言う『サーヴァント』

 

『行くぞご主人! 阿吽(unknown)の呼吸で麺を作るのだワン!』とか言う『サーヴァント』

 

この2騎と共に作り上げた七色の麺(虹 色)。セイロの頂上で渦を巻くかのようになっていた麺を豪快に箸で掴みだす摩利―――だけでなく全員はつけ汁の椀に虹麺をダイブさせる。

 

ごくり。

 

誰が鳴らした喉の音かは分からない。

 

しかし、存分に浸したあとには麺を啜る音が響く。

 

味の感想を在校生の誰もが求める。しかし―――。

 

再びの虹麺のダイブ。啜る音。またもや虹麺を掴みだす箸。そしてダイブ。『どぷん』という着水音が、やけに響く。

 

誰もが黙っているからこその現象。再び啜る音。そして、その繰り返し。

 

もはや理解できる。

 

卒業生たちは、その虹麺に魅了されている。

何人か、いや半数以上は―――涙まで流す始末。アレルギー反応か?と思う間もなく再びの咀嚼音。

 

涙を拭いながらも、麺を食べるのは止めない。

 

その中でも落ち着いたのか、一高の元・親分が声を上げる。

 

「美味い……旨すぎる……遠坂、お前は俺の意図を理解していたのか?」

 

「大人しい料理ばかり作るなというメッセージは――――――受け取ってましたよ。まぁ予想以上に美味しく感じられて何よりですけどね」

 

克人の言葉に返す刹那。途中で追加分のセイロを受け取って、おかわり希望らしき人を見てから味変組を動かす刹那は、まさしく料理の指揮者(マエストロ)だ。

 

「―――解説ぅ……お、お願いできる?」

 

涙腺崩壊状態ながらも麺を啜ることは止めない真由美に対して、苦笑しながらも刹那は解説をする。

 

「麺に関しては、色を着けたのは練り込み麺にしたからですね。赤麺はトマトと唐辛子、黒麺は黒胡麻とイカスミみたいな塩梅で、つけ汁に合うようにバランスは考えました」

 

「うむ。そこまでは俺も察している……問題は、つけ汁の旨さだ。単品でも一品料理として成立するが、麺を浸けた時に麺も汁も『高まる』……これは一体―――」

 

「鯛を使ったつけ汁だからですよ。身の方は、味変に使いましたが」

 

その言葉通り、在校生たちが持ってきた味変用の『ヅケの身肉』『たたき』『チャーシュー』らしきものを確認する。

 

だが、それにしては鯛の旨さが濃く感じられるのだ。

 

……鯛の身など然程食ったことがない面子も多いかも知れないのだが、この中では食通な方の克人は舌先に神経を集中させる。

 

「アラで出汁を取ったのか? いや、それにしては味が濃い……ううむ……分からん。何なんだ?」

 

「あらかたの『身』を取ったあとの残った頭や骨、内臓―――アラをまとめて特注の圧力釜に入れ熱を加えてから、肉挽き器で全てミンチにしたものを野菜出汁で溶かしたわけです」

 

あっさりと答えとして吐かれたその言葉に、卒業生たちは驚く。まさか鯛丸ごとを使った麺だとは……。

 

ただ、それだけで卒業生たちが『感動』し泣き腫らすとは思えないのだ。

 

「鯛のミンチペーストで足し算。麺で掛け算をした驚異の料理だな……ただ、それだけじゃないんだよな……なんていうか―――こう……どうしても『郷愁』を漂わせるものがあるんだ」

 

「摩利がノスタルジックなこと言ってるけど、私もそれを感じるのよ……どういうことなのかしら?」

 

「―――それは秘密です♪」

 

お前はどこの『なぞの神官』(後ろ姿はG)だ。と言わんばかりのセリフとポーズだが、案外こういうことは簡単に見抜かれてしまう。

 

「―――……桜チップの燻製―――セイロの底に敷き詰めてあったか」

 

「ちょっ、十文字先輩、まだ熱いですよ!」

 

火傷を危惧する刹那だが、構わずその分厚い手でセイロの最下部を持ち上げた十文字によって、そこにあった燻香が理解できた。

 

「察するに、この一高の桜の木から燻製用のチップを作っていたな……最初から『これ』を狙っていたのか?」

 

「それは無いですね。春夏秋冬の木々の枝葉は触媒としても有用だから、折れてしまったものを見つけて使ったあとに、それでも余ったものを燻製のウッドチップにしようと想っただけです」

 

中庭にて舞い散る桜の木々を見てから、笑みを浮かべて言う十文字先輩に、先程のような歯切れの良さを見せない刹那。

 

そんな友人を見て達也は思う。

 

こいつ、照れてやがるな。と―――

 

初めからこの場面(卒業料理)を狙っていたわけではない。ただ単に手元にあったから使っただけです。

 

そういう『言い訳』を、付き合い長い人間たちは苦笑とともに理解してしまった。

 

「どうあっても、この校舎に通う以上、ここの『匂い』は、覚えてしまうものなのね」

 

「一高に通っていた人間たちにノスタルジーを覚えさせる最高の料理だな……ああ、三年間の思い出が蘇って、懐かしさを覚えるよ………」

 

「鯛のミンチペーストが濃い旨みと共に渋み、苦味も提供する……麺の味もまた絶妙だ。甘い南瓜麺もあれば、しょっぱいエビ味噌麺もある―――人間の五感全てを満足させる……それが、この虹色麺の正体か、まさにアオハル回顧録……」

 

魔法科高校の春夏秋冬。

全てに刻まれたものを思い起こさせる――――これが、刹那が卒業生を送るために作った料理の正体なのだろう。

 

もっとも、彼にとっての不覚は、思惑・狙いを先輩方に見抜かれたということだろう。要は恥ずかしがっているのだ――――。

 

「モウ! ワタシのダーリンってばシャイボーイなんだから!! むしろシャイなナイスガイ―――シャイガイね!」

 

「その表現は色々とアウトだ」

どっから出したのか懐かしい『○×ピンポンブー』が取り出されて、ブーという音でOUTがリーナに宣告される。

 

どうやら遠坂の壁は超えられなかったようであるが、リーナが、刹那の首に喜色満面で抱きつく様子に、なんというか『ああ、いつもどおり』と全員が想って、卒業生は『日常の風景』からこれが無くなっていくのを、いまさら実感する。

 

卒業式が終わろうとしていく……。

 

 

 

 



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第299話『卒業Ⅲ』

月姫リメイク、まだクリアできていないが、ようやく中ボス撃破。

勝敗を分かつ一発の選択肢で、正解を選べた私だが、んなこたぁどうでもいい。

もうアルクェイドの可愛さにやられ放題だよ。ちくせう、これが真祖の姫君か。

そして中ボス……うん。確かに昔から魔剣ニアダークとか、リアル・オブ・ザ・ワールドとかあったけど。ようやく死徒でも武器を使うことが分かって―――いや良かった良かった。

そんなこんなで新話お届けします。


 

 

終わってしまえば後片付けとなるわけだが、卒業生たちの手を煩わせるわけにもいかず、かつ在校生……特に2年生とて二次会に向かう3年生の最後の見送りが残っているわけで――――――。

 

「お前も行ってこい。特に三巨頭には世話になりっぱなしだろ? 最後の見送りは、お前は行くべきだぞ」

 

特に七草に関しては、『これから』もあるかもしれないのだからと無言で付け加えるが。達也は不動でいようとした。

 

「それならば、お前もだと思うが」

 

椅子を保管場所へと持っていく前の消毒作業をしていた達也に、苦笑しながらも言葉を返す。

 

「俺なりの見送りは、『階位付与』と先程までの『卒業料理会』で終わっているさ。いつまでもしつこく顔を出さなくていいだろ? 行って来い達也」

 

テーブルクロスをクリーニングに出す前のたたみ方をしながら、刹那は渋る友人を校門前に行くよう促す。

 

最終的には深雪が腕を引っ張る様子を見せたことで苦笑しながら、頼むと言われて「先輩によろしく」と軽く返すと駆け出す様子だ。

 

見送ってから片付け作業を続けると、流石にサーヴァントを運用したからか、普段の4倍以上もの速度で終わりは見えつつある。

 

 

「―――よし。これで以上だな?」

 

「ああ。しかし、マスターよ。まさか給仕役として召喚されるとは思わなかったぞ」

 

「これも俺なりの訓練さ。それに、あんまりお前さんたちを『出し渋り』するのも悪いかと想ってな」

 

話しかけてきたのは、影の国の女王『スカサハ』。刹那の『心象世界』を介して召喚出来るサーヴァントの中でも、『出現頻度』は高い。

 

「ようやく―――儂たちを積極的に出すことにしたか。よいぞマスター。手札を全て使い切ってこそ戦いというものは決する―――言うなれば、リーグを制してポケ○ンマスターになるためには、6OO族を活用せねばな」

 

何度もうなずく女王の言葉に考える。

 

カ○スリーグは、もう一歩だった。旅の仲間にカワイイ彼女(?)もいるし、ロリもいるし、そのロリの兄貴はジムリーダーだった。

 

ある意味、手持ちだけでなく、フレンドたちもガチパであったのに。

 

愚考を打ち捨てて、スカサハに答える。

 

「流石にな。獣や獣の眷属相手に単体で挑むにゃ、少々無茶がすぎてきたからな」

 

だが、あまりやりすぎて、この世界が許容できる『ゆらぎ』を超えてしまうのが、怖かったのも事実。

 

しかし、それに足踏みしている場面は終わっているのだ。

 

「つまりスカサハ女王とキング・アーサーは、刹那にとってのヌメ○ゴンとカイ○ューみたいなものですか?」

 

などと決心した所に、ひょっこり刹那の横からレティが出てきた。

肩に手を置きながら、刹那を遮蔽物にしてのスカサハとアーサーに対する問いかけ。

 

何の意味があるかは分からんが、レティの、たいへんご立派なお胸が背中に当たっているので、勘弁願いたいものだ。

 

「せめて僕はリ○ードンの方がいいかな。これでも赤龍の化身だしね」

 

テント○ンみたいな声をしているのに、ポ○モンをイメージさせるのは、如何なものかと想いながら、とりあえず説明をする。

 

「確かに2人は、俺の固有結界から出てくれる頻度は高いな。何の縁があるかは分からんのだけど」

 

こういった風なことを考えると、アルテラという存在と縁を持っていた世界線の遠坂刹那がいたというのに、俺はフン族の王であり、セファールの化身を呼べなかったのだ。

 

「俺のオヤジはスカサハの弟子、アイルランドの英雄『クー・フーリン』に一度殺されて、屋敷にて二度目の襲撃で殺されかける。そしてその時、戦争の参加者となっていたオヤジが呼び出したのが、『女』のキング・アーサーたる『アルトリア・ペンドラゴン』……物騒な話だ」

 

推理してみると、オヤジの縁が『反転』しているとも言える。クー・フーリンが女である『世界線』というのは―――まぁ無いのだろう。数多の女性との間に浮名を流しまくったケルト神話のスパダリに、それはありえない話だ。

 

「ふむ。つまり儂とアルトゥールスがジョグレス進化すれば、アルテラが生まれるという道理なのかもしれんな」

 

「なんでさ」

 

得心をしているスカサハに言いながら、そんなことがレティシアの聞きたかったことなのだろうか? そんな風にも感じた。

 

「いえ、そこが主題というわけでもないのですが、いきなりスゴイ術を出してきたので興味津津なんです」

 

略 『お話したいです』 そういうことであった。別にいいけど。

そんな訳で、刹那としても少しばかり話したいことを話すことにした。

 

「レティの内側(なか)にいる聖処女は、まだ離れてはいない?」

 

「そうですね。人理のほころびは取りあえずなんとかなりました。ですが、まだまだ事態全ての解決には至っていませんからね」

 

「いやじゃないの?」

 

「全然、確かに刹那の既知の人間は、己が『違う存在』に書き換わるの(リライト)を厭う人が多かったようですが、私は……なんと言えばいいのか、魂の深部でジャンヌ・ダルクと同じなんだと理解しちゃってますから、『同居人』を邪険にすることはありませんよ」

 

華が綻ぶような顔で、感じ入るように言うレティ。

ある種の転生者とも言えるのが現在の彼女ではあるが、そのことを特にどうとも思わないようだ。

 

「昔っから転生者(リボーン)なんてそんなものでは? ほら破壊神の司祭が、転生したらば大地母神の司祭の家系に生まれたあとには、紆余曲折あって暗黒の島の女王になって―――」

 

「その後には死産しそうな曾孫に転生して……この話題についていける俺は、どこまでも現代魔法師じゃないな……」

 

苦笑しつつ思ったことは、それであった。

 

「―――母国は、アナタを招きたいようです」

 

「無茶なことを言う」

 

話題の転換を感じる文言だが、レティもそんな固い話をしたいわけではないようだ。

 

「ええ、そんなことは『無茶』だと分かっているようです。だから次善の策を用意しています」

 

「……ああ、そういうことか。けれど、いいのか(・・・・)?」

 

「別にお友達との今生の別れでもないんですし―――それに聞きましたよ。リーナも、『ただのアンジェリーナ』になったということを」

 

その隠喩が分からぬほど頭は鈍くない。それよりも知られていたことに、恐るべきフランスと思う。

 

だが―――――――。

 

「無茶があったんだよ。あの娘に銃を持たせようなんて考えがさ」

 

「その心は?」

 

「合わないガラスの靴を履いたって、違う存在にはなりきれないんだ」

 

とどのつまり。『兵隊としては向かない』という判断を、軍上層部は下したということだ。スーパーマン(クラーク・ケント)インビンシブル(マーク・グレイソン)を、兵隊として運用しても無理ということに、ようやく気付いたようだ。

 

あまりにも卓越して、通常の魔法師ではカウンターテロをすることも出来ない存在ならば、どうしても放っておかざるをえない。

あるいは、遺産相続が絡む湯けむり殺人事件でぽっくりやられるとか、嵐のため孤島となった山荘を襲う殺人鬼に殺されるとか……。

 

「どれもこれも現実的じゃないな。まぁなにはともあれ……」

 

「ナニハトモアレ?」

 

「離れてくれない?」

 

「残念ながらそのオーダーに答えることは出来ません! 私は刹那に背中を預けたので、代わりに刹那の背中は私が預かると決めましたので!!」

 

節度を弁えられないのかと思うも、後ろに目をやると肩から覗く顔は喜色満面で、背中に抱きついてくるレティを無理やり引き離すことも出来ない。なんせフランスに帰ることは決まっているのだから。

 

などと想っていた所にシャッター音。ドキリとするような音で振り向くと―――。

 

「スズ先輩……!?」

 

ドキリンコ! とでも表現すべき状況に陥った刹那は、なんでここに? とか、まだいらっしゃったんですか? とかそういう言葉を吐くことを忘れてしまわざるを得なかった。

 

この状況は……色々と不味い!

 

南の方の血が混ざっているのか、褐色の肌が眩しいクールビューティを地で行くお方―――市原 鈴音は、その表情を平素と変えずに、口を開く。

 

「中々に後輩の楽しそうな場面でしたので撮ってあげたのですが……ダンクルベールさん、ちょっと遠坂君お借りしていいですか? 校門での見送り人を彼に頼みたいので」

 

前半の言葉に関しては、『嘘だっ!!』などと、漫画で言えば見開きで、アニメならば絵コンテの枚数が通常以上の、『鬼のような形相』で言ってやりたい衝動に駆られながらも自重する。

 

「どうぞどうぞ♪♪ 刹那、いってらっしゃーい♪♪」

 

こんにゃろと言いたくなるのだが、もはや撮られた写真で生殺与奪の権は握られているので―――。

 

「荷物、お持ちします」

 

平身低頭。侍従よろしく鈴音に帯同するのだった。

 

「はい。ではお任せしますね」

 

昔懐かしの紙袋。刹那が生きていた頃よりも頑丈なものに収められた、卒業証書が入った筒、花束、そしてペーパーナイフの箱……それらを見ながらも、恭しく受け取ったあとには、スズ先輩と連れ立って歩くことになった。

 

校門までの道で、まだまだ満開ではないが、桜の花弁がそれなりに散っている道を歩いていく。

 

(考えてみれば、三年の先輩では一番あれこれと交流が多かった人ではあるか)

 

生徒会の仕事関係というか、リーナが市原、中条といった枠内に入れられて仕事をしてきた関係とか、国外の魔法学校との交流……。それに関わってきたのがこの人なのだから。

 

「スズ先輩には世話になりっぱなしでしたね」

 

そんな感想を述べるも、薄い笑みは変えずに、先輩は自分と関わったことの感想を述べてくる。

 

「そうでしょうか? 寧ろ、私としては仕事が増えて、生徒会役員としてハリが出てきましたからWin-Winというところでは」

 

「……ヒマだったんですか?」

 

その意外な言葉に、少しだけ驚いて聞き返す。

 

「魔法科高校の会計なんて、支出計算で必要になることは、せいぜい論文コンペですからね。部活の予算関係は、部活連の方でどう回すかが決まりますから、同じく九校戦も同様に」

 

バランスシートを見る機会など、そんなに多くないという言葉に苦笑してしまう。両親が通っていた冬木の学校、穂群原でも生徒会だけがそういった予算関連の議決権を持っていて、ある種の騒動もあったらしいが、詳しい所は分からない。

 

ただ寺の住職たる父の親友、一成さんが苦労したというのは聞き及んでいる。

 

「……私はアナタが同じ人間だと想っていました」

 

話題が転換した。少しだけ重い話をする女の顔を見せた鈴音に、心を構えてから問う。

 

「同じ人間?」

 

「遠坂というのは十坂という名前の隠し名だと想っていましたから」

 

その言葉に苦笑を漏らす。確かに魔法師で言うところの、数字落ちの家を思わせたかもしれない。

 

けれど、その正体は―――ただの異世界の『魔法使い』ということである。

 

詳細はまだ全員に知られずとも、それなりに伝わっている部分はあるだろう。そう想いつつスズ先輩に声を掛ける。

 

「期待?させて申し訳なかったですが、それでも……俺は俺ですしね。己の人生を姓名で左右されたくはないですよ」

 

「強いですね。遠坂君は」

 

「スズ先輩だって―――兵隊としての道ぐらいしかない魔法師に、他の道を作りたいんでしょ。それはアナタが求めた強さじゃないですか」

 

「私のはある種のやっかみ・ひがみ根性もありましたから、実技においてアシスタンツたるCADを使うことが常用とされた時代で、私の狂おしい渇きを癒やしてくれる潤い水はありませんでした。ある意味、私は1科にいるよりも2科にいる方が相応しい人間でしたよ」

 

触媒なしでの術。己の身体を使って『高精度』な魔法を行使するスズ先輩は、その反面、CAD使用の魔法が平凡という域に定まっていたのである。

 

CADの本義たる『高速発動』『大規模出力』が、彼女の演算領域とはマッチングしなかったのだ。

 

魔術師としての感覚ならば、すごい話のはずなのだが……魔法師的な感覚では欠点とされるのが、如何ともし難い。

 

改めて考えると妙な話である……本来的なテクノロジーの意義で言えば、市原鈴音のような演算領域が一芸特化の人間でも、その『スキル』を広範囲・高出力で発動出来るように、調整されているべきだったのだが……。

 

「俺が1年疾く入学できていれば、三巨頭じゃなくて『四天王』とか『四皇』とか呼ばれていたかもしれませんね」

 

結局、指導できる人間がおらず、CADにしても簡便なものを用立てられなかったことが原因だった。

変わらず薄い笑みを浮かべながらスズ先輩は答える。

 

「ええ、とはいえ……これで良かったのかもしれませんね。遠坂君は、私の道を悪いものとは思わないでしょう?」

 

「良きも悪しきも俺に判断出来るものではないですから、ただ一つだけ言えることは、出来ることを埋もれさせておきたくないってだけです。勿論、当人がそれを望むかどうかですけどね」

 

「―――大きすぎますね。意外と……『俺の女になれ』とか言われたらば、いまの彼氏を捨てて応えちゃいそうです」

 

まさかスズ先輩にそんな気持ちがあったなんて、おどろ木ももの木さんしょの木ですよと、無言で想う。

 

「大事にしてくださいよ。スズ先輩の今の関係を」

 

「両親以外ではアナタだけですからね。私のことを『スズ』と呼ぶのは」

 

リンちゃんと元・会長が呼んでいるのを聞いてからの意固地な想いだったのだが……意外とこのエキゾチック・ジャパンな女性の琴線には触れていたようだ。

 

そうして校門前へと至ると、そこかしこで最後の別れというわけではないが、別れを惜しんでいる様子だ。

 

その一方で、イケてる先輩メンズの第二ボタンを貰おうとする後輩女子もいたりする。

 

そんな様子を見ながら、自分も鈴音先輩と別れの挨拶となる。

 

残るものと去るものとの境界が刻まれて、並んでいたスズ先輩は、自分と正面で向き合う。

 

「―――『刹那くん』。お元気で……ここ(一高)を頼みましたよ」

 

「っと、……ええ、俺なりに出来ることはやっていきますよ。ご安心を『鈴音さん』―――頼りになる後輩(うしろ)は俺だけじゃないですから―――お元気で」

 

持っていた荷物を受け取る際に、少しだけ抱きつかれるような様子になったが、それ以上はなく、刹那の答えにいつもどおりに微笑を浮かべて―――満足して離れて、そして一高三年のクールビューティーは卒業していった。

 

深い一礼をして鈴音先輩を見送ると、その旅立ちを祝福するかのように桜吹雪が一度だけ彼女を隠すと―――既に姿は見えなくなっていた。

 

顔を上げて何となく感じる違和感。制服の前を探ると、そこには―――。

 

「―――最後に一本取られたかな?」

 

一高制服の前ボタン。その2番目がなくなっているのを感じた。

 

第2ボタンに誓いは無いが、それでも……鈴音先輩は最後まで、刹那にとって侮れなくて抜け目ない先輩だったようだ。

 

苦笑してから遠坂 刹那は校舎側へと戻る。託された側は―――やらなければならないことが多いのだから……。

 

 

「一大イベントとはいえ、あれこれ動きすぎたかなー」

 

「ソウは言っても、やってくれと言われればハンパはやらないでしょ?」

 

そりゃそうだ。家の居間のソファーに深く座りながら、今日のことを考えると、アレやコレやと多くありすぎたのだ。

 

「まぁみんなして等しく疲れたのだから、コレ以上は言わないでおこう」

 

「ワタシは楽しんだほうヨ。レッドとのツインボーカルはそれはそれで楽しめたし」

 

そいつは良かったと想うと同時に、少し硬い話が切られる。始まりはリーナからだった。

 

「先程、軍令部から正式(オフィシャル)な命令が来た。本日を以てアンジー・シリウス及びアンジェリーナ・クドウ・シールズという軍人の軍籍は消滅しました。トーゼン、ちゃんと先日までのお給料とかそれまでの慰労年金なんかは支給されているんダケドネ」

 

少しばかり寂しい想いがあるのだろう。リーナの声は少しだけ低く聞こえている。USNAスターズの面子が全員、シリウス隊長に靡いていたわけではない。

 

小娘が! という悪態をウラでもオモテでも突く人間がいたのだが、それでもいざ除隊(クビ)と言われると、色々と想うところもある。

 

そして現在、最大級にリーナがおもうことは……。

 

「ただナーンカ、すごーく『少ないような』気がするわ……」

 

怪訝な顔をするリーナ。何が少ないのかと考えるに……。

 

お給料(wages)が?」

 

「Yes」

 

それに関しては何となく理解してしまう。退役させるにしたがって、スターズに正式任官してからありったけ軍の備品や施設を壊してきた、クラッシャーリーナの代金を請求してきたのだ。

 

今までは経費として落ちていたものは、ある意味十三使徒のアンジー・シリウスとしてお目溢ししていたからであり、若干はいままでのことを精算してもらおうという米軍全体のケチくさい思惑である。

 

転じて――――――。

 

「ついに無職(ノージョブ)になっちゃったわけダケド……セツナ……」

 

「全部言わなくてもいいさ。養ってやるよ。というより、無職でいた期間は俺のほうが長いくらいだぞ? あんまり気に病むな」

 

「……ウン、アリガトウ……」

 

顔を赤くして、刹那の胸板に頭をあずけるリーナ。その髪を優しく撫でる。

 

―――隣の男に養ってもらえ。という老将軍たちからの老婆心なのだろう。

 

しかし、深く考えるとリーナの両親は、もしかしたらば頼りにしてほしいとか考えているかもしれないので、一報入れておけと伝える。

 

「うーん……パパとママにね……負担かけちゃうのも悪い気がするんダケド」

 

「それでも……キミの両親なんだ。軍を除隊させられたこと。今後も一高に通うこと―――俺との同棲継続。もろもろ伝えておかないとな」

 

「ウン……ちなみに、イチバン重要なのは3つの内のドレかしら?」

 

『にやにや』という表現が似合うリーナの顔に、こやつ……と想いながらも……。

 

「当然、3番目に決まっているだろうが♪」

 

深く抱きついて答えとするのだった。

 

「きゃー♪ オカされるー♪ ゾンビが蔓延した世界で、食料の代価(COST)『抱かせろ』(DO FUCK)と言われたヒロインのごとく、養われる代価にオカされるー♪」

 

「リーナはいつもそうですね……! オレのことなんだと思ってるんだ!?」

 

「最初のセリフはちょっとオリジナルに寄せてるわね♪ 女言葉に聞こえるワ」

 

うるせ、と想いながら、このまま行こうかと見つめ合って想った所に―――。

 

『『『『『刹那くん、リーナちゃん。あーそーぼー♪』』』』』

 

などと、夜の7時にも関わらず魔力を伴った声で来客―――外に友人たちが来たことを理解する。

 

「………まぁ、俺達の二次会がまだではあったか」

 

「ソウネ……入れる?」

 

「―――人との繋がりはなんであれ重要だろ」

 

一応、家全体で遮音などはしているから、ご近所迷惑にはならないようにしているが、それでも―――。

 

「夜中なんだから大声は勘弁してくれ」

 

玄関先で迎えた友人一同に、とりあえず忠告はしておいてから、全員を迎える。

 

 

達也を筆頭にアルコールこそ無いが、様々なものを買い込んできたことに感謝しつつ、夜は―――更けていく……。

 

 

 

『ではお主は受け入れていくべきだと思うのか?』

 

『誠に勝手な推測ですが、遠坂刹那を利用すれば、それも可能かと思われます』

 

『……リスクが高すぎるとは思わんか?』

 

『それはそうとしか言いようがありません。だが、それを承知しなければ―――『事態』は動かないでしょう。そして何より……この国を贄にして『再来』を願うものは多いのですから』

 

『……よかろう。『ソウマ』を入学させるには、まだ年齢(よわい)が足りておらぬ。いざとなれば―――お主で何とかせよ『黒子野』……』

 

『はい。御前……』

 

―――闇の中での談合は始まり、世界は一変していくのだった。

 

 

 

 



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第300話『一年の部エピローグ』

そんなこんなで、とりあえず一区切り。

あとで活動報告辺りにでも一年次のことをアレコレ書こうかと思います。

何というかこんなに長く書くことになるとは。反省ではある。

ただ、本編と似たり寄ったりでそこに妙な改変で済ます程度だったり、殆ど本編と同じような文章がだけを綴る2次創作にはしたくない。というか完全に規約違反だし、それは。

何やかんやと、私はこっちの方向―――要するに劇場版パトレイバー的な押井テイストで行きたい気持ちがある。

というわけでどうぞ。


東京湾海上国際空港。

 

かつては羽田・成田とも呼ばれていた空港は、現在ではこのような味気のない名称で呼ばれることが普通になってしまっていた。

 

(思えば、此処こそが、この一年の始まりだったな……)

 

ちょくちょく『里帰り』をしていたとはいえ、本格的に日本に帰り、定住するとまでは考えていたわけではない。

 

実際問題、合衆国筋から離れるにたる動機というのも見つからなかったし、並行世界からのストレンジャー(よそからの来訪者)なんて存在を拾いあげたことからしても、恩義はあったのだが……。

 

「果たして追い出されたのか、それとも本当に温情からだけなのか……」

 

「ジャッジはムズカシイところネ」

 

だが、気持ちとしては後者であると願いたい。人と人との関係は、決して打算的なものだけに拘泥していてはならないのだから。

 

多くの人でごった返す中、ハイティーンの男女10名ほどの集団は、少しだけ奇異に見られつつも、時期が時期だけに、『見送り』という想像は行き交う人々の頭の中に出来ていくのだった

 

だが、『出迎え』という単語が無いのは、また仕方ないことなのかもしれない。

 

「大統領の娘ってわりには、SPとかいなかったよな」

 

今更な話題を振るレオに苦笑しつつ返す。

 

「彼女に取り憑いていたジャンヌ・ダルクとの会話を見聞きされたならば、『アレ』だと想っていたそうだぞ」

 

その事を周辺警護の人々に正直に話したわけではないだろう。ただ、父親辺りには正直に話して理解を求めたというところだ。

 

「お前の中のアンリマユはどうなんだ? タロウの息子『タイガ』の依代になった、警備会社新入社員のごとくならないのか?」

 

二重の意味で『メタなネタ』を振られたレオは、刹那が剥いてやった甘栗を口に入れてから、苦虫を噛み潰すような顔で語る。

 

「説明がなげーよ。まぁ……基本的にアンリは眠っている。呼びかければ何か答えてくれるのかも知れないけど」

 

本人曰く『最弱英霊』とやらは、取り憑いた相手のレベルゆえなのか、それとも気を遣っているのかは分からないが、ともあれ……必要とあれば出てくるらしい。

 

どういう時が『必要』なのかは分からないが、英霊も引きこもりたい時があるのかもしれない。推測だけど。

 

「しかし、お前はこの春休み、過密スケジュールだな……」

 

そうこうしていると、レオの視線は、人間離れしたモノを見るかのように目は細められている。

 

その先にいるのは、刹那である。

 

事前に話していたことではあった。

 

米国から雫の出迎えをすると同時に、すぐさま『北海道』に行くことが決まって、その後には『渡欧』という手筈になっているのだ。

 

「いつものことさ。仕事が無い期間があると、己が鈍る」

 

だからといって、修羅巷にばかり身を置きたいわけではないが……。

 

「―――――で、来るのか?」

 

「ああ、お前とリーナに遅れるが……俺たちも初の『海外旅行』だ」

 

問いかけたのは対面に座るレオではなく、その後ろの座席に座っていた達也である。カッコつけなのか、振り向くようにして返答してきた達也に観念する。

 

「霊墓アルビオン……この世界のソーサラス・アデプト達が掘り返さなかった場所。人跡未踏のダンジョンなんてロマンがあるじゃないか」

 

「ネットアイドル大好きなロマンはいないけどな。けれど実利を考えれば、達也たちは、飛騨高山地方に向かっても良かったんじゃないかね」

 

軽口を叩くように話したが、それに達也は同意しながらも、進んだ答えを提示してきた。

 

「確かに―――だが、『あそこ』は既に西の『キッショウイン』だか『セッショウイン』と繋がりを持ったと幹比古から言われたぞ」

 

「――――――ふむ」

 

精力的に動くものだ。それだけ現代魔法師を駆逐するだけの『何か』を得ているということなのだろうか。

 

サーヴァントを運用する。

各魔法家に調略を仕掛ける。

魔術基盤を占有する。

呪体の産出地を抑える。

 

これだけでもかなり『詰み』とも言える。ある種、戦国の革命児『織田信長』なみに戦略の常道ともいえるやり方だ。

 

これを姉貴一人でやっているとは思えないが、それでも……中心人物の一人ではあるだろう。

 

「イマではリズお義姉さんが、鉄血宰相にしか思えないワ」

 

リーナにすら腕組みさせて唸るように、オットー・フォン・ビスマルクを感じさせる姉貴の最終目標が、現代魔法師全てを屈服させることならば―――。

 

(その覇業を止めるだけの大義名分は欠けている……)

 

そも外側から見ている連中かすれば、現代魔法師連中もあちこちで記録に残らない暗闘を行い、時には他家と戦うこともある。

 

ようは内ゲバにしか見えない人間もいるだろう。だが、それでも止めなければならない線というのもあるのだから。

 

「リズリーリエ及び連盟が抑えるべきところで抑えてくれるならば、いいんだが、そのための保険は必要だ」

 

そのためにもアルビオンでの発掘は急務。そう考えていた時に―――。

 

「みなさ―――ん! ボンジュール! いやー今日もいい日和ですねー♪」

 

「レティ?」

 

旅行カバン一つを手に軽い感じでやってきた少女の姿と出で立ちは、言動同様に本当に軽いものだった。

 

「―――行くのか?」

 

「ええ、『先乗り』しておく必要があるでしょう? それに、私なりに父母の許可を取らなければいけませんから」

 

自分たちの近くに寄ってきた明朗な彼女に話しかけるのは、一番に事情が分かっている刹那からだ。

 

「―――指導役としてそこまで出来ていたわけじゃないから、それは僥倖だが……」

 

「大丈夫ですよー刹那。何せ来年度からは、私とはもっと濃密な付き合いが始まっちゃうんですから。一度は引き受けたチューター役、覚悟しておくことですね♪♪」

 

一学年の最優秀生たる深雪を真正面から破っておいて、俺の指導なんて要るのかしら? そんな疑問を持ちつつ、それでも一時の別れを惜しむように、手を差し出される。

 

「アナタは私にとって、刺激的すぎる日々を与えてくれるスパイスのような男子でした。もう少し日常でも色々とお話したかったんですけど――――」

 

「それは君の言う通り来年度からでもいいだろう……当然―――リーナが許してくれるならばだけど……」

 

「そうですよ! なんでリーナは私と刹那の愛のシャンゼリゼ通りを阻むように、刹那と私の間にいるんですか!? 壁か!?」

 

事実、刹那がレティシアに手を出した瞬間に、リーナはその間に割り込んだのだ。

 

握手自体は、問題なく出来ているわけだが……。

その奇異な様子に、あちこちから奇異な視線が飛んでくるのだ。

 

それにも関わらず、腕組みをして勝ち誇ったかのようにヤンキーガールは言う。

 

「フッフッフ! ワタシもこの一年学んだのよ! マイダーリンは、アチコチにいくつも愛を持っているオトコ!! ソレを完成させないためには、物理的な接触を断つ必要がある! ズバリ言えば、レティの従姉妹がやったイレギュラーキスを阻止するにはコレなのよ!!」

 

もうちっと他にもやりようはあると思う。俺の前に障壁張ったり、何かリアクティブアーマー的な空気の守備壁を形成したり―――。

 

そもそも、レティシアがそんなことを考えているという前提は――――。

 

「アンコワイヤブル! なんで私の狙いが分かっちゃったんですか!?」

 

ブルータスお前もか。

 

従姉妹(アイリ)と同じことを狙う辺り……これだからパリジェンヌは……。

 

「この筋力Bの有り余るスペックを利用して、本当のジュテームをしたかったのに!巴里華撃団だって大神華撃団の一員なんですよ!!」

 

「いでででで!!! 有り余る膂力で腕を思いっきり引っ張るな!! このばか力女!!」

 

「戦場での旗振り役というのは、現代のカラーガードとは違って過酷なものなんですよ――!!」

 

「ぎょわー!! 真正面ではなくてセツナの方に向いていてヨカッタ! ワタシ、そういうシュミないもの!」

 

男子高校生と女子高校生たちのそんなわちゃわちゃとした争いは衆目を集めており、幹比古はどうしたものかと達也に問う。

 

「達也……」

 

「なんだ?」

 

「刹那をめぐる『ああいったこと』を止められるのって、エルメロイ先生以外じゃキミくらいだと思うんだけど……」

 

「そうなのかもしれんが、俺はこんなつまらんことで自分の生命健康を危険にさらしたくない。第一、人の恋路を邪魔するやつは、武装運搬車両(ウマ娘:ななこ)に轢かれるというからな」

 

「そう言うと思ってたよ……いや後半は若干、意味不明だけど」

 

結論としては、達也もこの手のことに関して仲裁することは、不可能と断じているのだった。

 

(四葉達也に遠坂刹那……全くもってスゴイ人間たちと知り合ったもんだよ)

 

あの東京魔導災害時点では少しばかり不貞腐れていた幹比古も、もはや自分の中で決意は着いていた。

 

この2人に追いつく。レオとてその心でアルビオン探索に追いつくのだ。

 

などと想っていた矢先……。

 

「―――暫しの別れの挨拶だ。受け取っておけ。我が愛しき剣製の王よ」

 

刹那のフロントを取ろうとした米仏の争いの中、バックから刹那の首に巻き付き、顔を自分の方に傾けさせて唇を奪う―――赤の剣士。

 

英国の騎士が一瞬にして刹那の唇を奪ったのだった。

 

あまりの早業。レティの引っぱりで体が沈んでいたとはいえ背丈(タッパ)に差がある刹那の唇を奪うとは……。

 

密かに女子陣がモードレッドのその不意打ちキス(イレギュラーキス)に―――

 

―――これは使える……!―――

 

などと妙な天啓を走らせていたのは、ご愛嬌というやつである。

 

「――――――」

「――――――」

 

あんぐりしてしまうほどに、見事な奇襲を食らったリーナとレティであり。

 

「この泥棒猫がぁあああ!!!」

 

「いやーゴチソウサマー♪ 私掠船免状に基づきセツナの唇を頂いた―――!!」

 

「この海賊国家が!!」

 

その言葉を挑発と受け取りレッドに掴みかからんとしたリーナ。その行動が、正しく隙と化して、レティというファンティーヌ(健気な美女)に行動を移させた。

 

「―――――」

「―――――」

 

英仏のドーバー海峡に派遣されたボルチモア、エンタープライズが両側から砲撃を受けて轟沈するかのような様相である。

本来ならば、守られるべき金剛型戦艦は、もともとの出身が『英国』だからか、被害なしでポーツマスに寄港するような形である。

 

「むぅうううううう!!!」

 

「いや、怒りは分かる……俺が隙だらけなのも分かる……いたいいたいいたい」

 

胸をぽかぽかという擬音表現が似合うもので叩くリーナを従容と受け入れる刹那。

 

確かに隙だらけだとは想うが、あえて隙を作っているフシはあると達也は思えた。

 

(その理由は―――まぁあえて言うまい……)

 

基本的に、刹那が女の子大好きなタラシ野郎であることは周知の事実。

 

その上で、そんな『諸星あたる』系列の刹那がそうしている理由は―――。

 

(各国とのパイプ作りというところかな?)

 

結局、アルビオンの開発にせよそれを運び出すルートなどの確保などでも、欧州各国に『良い風』は送り込んでおきたいというところだろうか。

 

(表側の政治筋、各国議会では、欧州に太いパイプを持つ政治家たちに任せて、刹那は裏側の財界や魔法師筋に働きかけが出来るようにしておきたい)

 

そんな所だろうか……まぁそんな陰謀論を抜きにしても、自分に好意を寄せる女子にあまり冷たい態度も取れないのが、刹那の本質かもしれないが――――。

 

などと想っていると、欧州方面行きの飛行機が出るとアナウンスがされていく。

 

 

「んじゃな! セツナ、お前が鍛えて、アルトリア・ペンドラゴンたちが託してくれたもの―――『黄金の輝き』を刺す時までには、ブリテン島に来てくれよな!」

 

手を振りながらの出発、色々と肌色が多い服装の上から赤いジャケットを羽織ったモードレッドの快活な笑みと言葉に……。

 

「―――ああ、俺も伝説の立会人の一人にはなりたいからな」

 

剣が突き立つ瞬間は、魔法師にとっての一大イベントになるはずだ。

 

「刹那、あなたと共にシャンゼリゼ通りを歩いて凱旋門まで行くことを夢見ていますねー♪

オ・ルヴォワール(また会いましょう)♪」

 

ウインクしての投げキッスをしながらのレティの言葉だが……。

 

「リボルバーカノンで巨大な樹木にでも突入しそうだなー」

「me too!!!」

 

そんなオチを着ける形で、彼女のこれ以上の秋波寄せを躱す辺り、刹那も分かっているオトコであった。

 

そのやり取りを最後にゲートの向こうへと英仏の留学生たち……黄金の輝きは消えるのだった――――――。

 

 

「まぁ来年度から、正式に編入する形で一高に入学するんだけどな」

 

まずは、ドイツのフランクフルト国際空港へと向かう欧州方面行きの飛行機が飛び立つのを見ながら、刹那は呟いた。

 

「多くの変化が日本の魔法科高校に出来上がるな……」

 

「変わらないものが欲しいかい?」

 

「いいや、全然……この一年で俺も理解してしまったからな。変わらずにいられるものはないってな」

 

己のことも含めてと、自嘲気味に達也が想っているのを見ながら口を開く。

 

「全ては不変ではいられないよ。まぁ……今が絶頂であり、寧ろ変わらないでいてほしい。この状態でいたいって人には、迷惑な話だろうけどな」

 

だが、世界というのは不思議なもので、『どこか』だけが一人勝ちすることを許さないように、プラスマイナスゼロになるよう、帳尻を着けてくる時があるものだ。

 

経済・社会情勢・教育・国際政治……etc。

 

それは傍からするとただの『偶然』だと思われがち、妄想主義とも取られかねないが、それでも……。

 

「―――かの江戸幕府だって、260年間もの安定は奇跡的だったが、それでもその間、平穏無事だったわけじゃないしな」

 

歴史書には小さなもの程度に書かれているが、『天一坊事件』『由比正雪の乱』など、本当の所はどれだけのことであったかは分からない。

 

「滅びに抗い、永遠を求める心は邪悪に堕ちるともいえるし、不死の仕組みは、終わりの約束を違えるモノ―――譲れぬもの―――『己』を持ちながら流れ流れて、生きていくしかないのさ」

 

「大変タメになる教訓だな」

 

世界は変わる。同時に自分たちも変わらざるを得ない。

 

流転するように全てが廻り始めた世界で―――どのような結末になるかは、まだ分からない。

 

だが……それを楽しみに想うことにはしておいた。

 

そして目下の悩みはといえば……。

 

(雫が連れてきたあの男子―――恐らく同年だろうオトコは、フリズスキャルヴのオペレーターだったか……)

 

叔母と同じく囚われていた男がこちらに何を言ってくるのか、こちらに対して剣呑な様子に苦笑しつつも――――、魔宝使いと魔王は全員にわちゃわちゃ対応されている友人と、その彼氏(?)に対して足を向けるのだった。

 

 

一つの旅路が終わり、新たな旅路が刻まれる―――などとカッコつけるわけではないが。

 

 

「なにはともあれ―――やることやんなきゃ進むも退くも出来ないわけだ」

 

 

結局の所、一番正しいことはそんな程度の決意なのだった。

 

 

 

 



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幕間4
春休み編『騒動の前日譚』妖精騎士●●●●●


実をいうと今話……

合計して2回ほどデータが吹っ飛んだ。というかGoogleドキュメントに保存がされずに妙なことになってしまったのだ。

いつぞや言っていた九島家次男の話なのですが、ここまで来ると劇中に出てくる鯖の呪いなのではないかと思うほどであった。

供養の為に今日第三降臨したのだが、それでも一度保存されなかった事態が発生、戦々恐々としながらの執筆であった。こまめにアップロード、バックアップをしていきましたが―――ともあれXDでプリヤコラボあったり、セイバーさん参戦賛否両論だったり、ゴルゴのさいとう先生の訃報―――ご冥福を祈りつつ、本話をどうぞ。

個人的には、人間どうなるか分からないので、奈須さんががんばっているのは理解していても、それでも―――四年後、自分や世の中がどうなっているか、ちょっと考えてほしいなと思ってしまいました。


 

 

昼間の大阪、その中心街に異質な男女が現れた。

 

多くの人間は往来を興味なさげに歩いていくも、それでもあまりにも異質な女に振り向かざるを得なかった。

 

男は、言っては何だが普通の青年であった。傍目では、その人種が魔法師という存在であるとは、多くの人には認識されず、両手には抱えきれぬほどの袋と箱が持たされていた。

 

そんな青年を供にして意気揚々と歩くのは……紅いゴスロリ服を着こなした、赤髪が眩しい美少女であった。

 

人によっては『どぎつい』、赤色の重複ではあるが、尋常の人ならざる美貌を持つ少女にとっては、それはこの上ない美を持っていた。

 

そこに……どれだけ血の香りを感じさせる酷薄を見たとしても……。

 

「ソウジー、はやくはやく(hurry hurry)ー♪」

 

笑顔でお供の人間を呼びかける姿は、紛れもなく『この世の美』なのだから。

 

「こ、こんなに、君には色んな服や生地を買う必要なんてあるのか? 」

 

「アタシの趣味に合わないクソダサい服なんて、着れるわけないじゃん♪ そういう『女心』の機微が分からない辺り、ソウジってばホント、クソ雑魚よね♪」

 

女心というのにアクセントを加えた赤い美少女―――『紅のアーチャー』の邪悪な笑みと悪罵に九島蒼司は耐える。

 

「魔力供給もおぼつかないマスターなんだ。そんぐらいの楽しみがないとマジやってられないんだぜ♪」

 

自分が三流のマスターであることを認識させられる一言に、蒼司は腕だけでなく体全体が重くなった気持ちで、こうなった経緯を思い出すことで現実逃避するのだった。

 

とある日のことだった。九島家の男3人、現当主 真言の息子がある場所に集められた。

 

九島家所有の秘密研究所―――既に自分たちの『故郷』ともいえる旧第九研究所が『連盟』の攻撃によって破壊されてしまった今、ここだけが九島家の魔法研究の場所ともいえる。

 

しかし、そこで行われているものは、現代魔法師からすれば眉唾なものばかりだと、噂程度のレベルであったが、真言の次男の九島蒼司はそう聞いていた。

 

そして、それが現実であり、行われていたのが疑似サーヴァント製造であると聞かされた時には、遂に連盟に対抗する剣が磨がれたのだと、年甲斐もなく喜色を出してしまった。

 

説明をしてきた祖父・九島烈は厳重なセキュリティをパスしながら、遂に孫3人をサーヴァントに引き合わせた。

 

『3騎の中から1騎を選んで契約を結ぶのだ』

 

昔懐かしの携帯怪獣ゲーム。関西圏でも有名なゲーム会社が世に出したことで知られるもの。

 

その有名なセリフを引用した祖父に、この人も遊んでいたのかと男三人して驚いた気持ちになる。

 

いわゆる『御三家』を選ぶ際の言葉を連想させる言葉で紹介された、『真名知れず』のデミサーヴァント3騎は……女性であった。

 

男としてはちょっとばかり気恥ずかしさを覚えてしまう。

 

手術着に似た簡素な衣服を着た3騎は、虚ろな眼をしていたが、確かに『御三家』を連想させた。

 

簡単な説明をすれば、大中小のサーヴァントで、赤青黄のカラーを持っていた。

 

『黄色』はこの中でも一際巨大な体躯をした―――いわゆる『巨女』と呼べる。

身長だけでなく体躯も一際スゴイ筋肉の塊と言えるが、それでも顔は美女のそれだ。

 

対象的に、『青色』はこの中でも『小さい』。蒼司の生半可な知識だが、こんな幼女が人智を凌駕した英雄の力を発揮出来るのかと不安になるほどだ。

 

そんな2騎に比べれば、『赤色』はこの中でも普通の体躯だ。普通と言うが、2人に挟まれた形では『中』という評価になるが、ぱっと見では身長は170cmはあるだろう。

 

素性が知れぬサーヴァント3騎。その力を感知することは出来ぬ現代魔法師3人。

 

それでも―――信じるしかないのだ。この状況を打開するために。そのための刃に手を伸ばさなければ、九島家は滅ぶのだから……。

 

「光宣、まずはお前から契約したいサーヴァントを選べ。俺と蒼司はお前のあとでいいから」

 

「玄明兄さん……!?」

 

長男ゆえの心なのか、それとも何かあるのか……ともあれ、先に選ぶのが光宣になった。ここであえて抗弁することも出来たが、それは次兄としてみっともないなという、ある種の『プライド』が邪魔をして、結局のところ、一番手である光宣は『青のサーヴァント』を選んだ。

 

個人的な(ゲン)担ぎではあるが、自分の名前と共通した青を選びたい心があったが―――それでも二番手は、蒼司になり……蒼司は『赤のサーヴァント』と契約した。

 

 

契約すると同時に、徐々に自我を覚醒させていく赤のサーヴァント……。

 

クラスがアーチャーであることから、『紅のアーチャー』と仮称しておくことにしたアーチャーだが……。

 

『ワタシを選んだ理由が、恋敵だった男と同じ色だから!? キャハハハハ!! 女々しすぎて、歪みすぎてクソ雑魚すぎるぜ ソウジ!!』

 

『別に恋敵だったわけじゃない……ただ、アイツにやられた過去を呑み下すためにも、キミのマスターとして振る舞いたいだけだ』

 

『そんなんで過去が拭いきれるかよ! けど―――いいじゃない。ワタシ好みのマスターでいてくれて、こちらとしてはやる気がアガるぜ!』

 

邪悪、凶悪、極悪……なんとでも言える笑みで、蒼司がアーチャーを選んだ理由を結論付けてくる。

だが、蒼司にとって古き鬼の王『紅赤朱』を思わせる男は、自分が焦がれた女の子を奪っていたのだ。

 

始まりは、光宣が渡米から帰国した時に見せられた写真でだ。大叔父の孫……疎遠となったもう一つの九島の系譜。

 

見せられた時からある意味、心奪われた。

同時に、光宣より説明を受ける……アンジェリーナが腕を取って顔を寄せている『赤い外套の男子』は何者なのかを……。

 

『ソレで闘いを挑んでガンド一発でやられるとか、ウケる~! 笑いが止まらなくてお腹いたーい!! マジでワタシのマスターってばサイコー!!』

 

完全に悪罵の類だが、ここまで笑われると、もはや色んな意味で、せいせいしてくる。若気の至り。蒼司も既に二十歳過ぎ……この位は呑み込めている。

 

そして、下の弟の方が魔法の腕がいいことも、既に認識出来ている。

 

そんな訳で紅のアーチャーの言葉に心乱されることはない。ただ……心乱されることあるとするならば……。

 

「さーてと、そろそろ家帰って縫製しなきゃね♪ ヒールももっといいものを作らないと。子鹿のように―――」

 

アッシー、メッシー、ドレイドンな蒼司を引き連れての帰還。それを意図したアーチャーが蒼司を振り返った瞬間……。

 

―――周囲から人が一斉にいなくなってしまった。

 

「結界……見事な括り方だな」

 

「ふふん♪ 」

 

感心しながらも警戒をする蒼司とは対象的に、アーチャーはオモシロイことを見つけたかのように、笑みを見せていた。

 

同時にその体に魔力を充足させていくのを感じる。半人前のマスターとはいえ、アーチャーの手助けになればということで、溜め込んでいたものを供給しようとしたのだが……。

 

こちらを向いていたアーチャーの柔らかな指、されど鋭い赤い爪が、蒼司の顎を少しだけ引っ掻くように撫でてくる。

 

絶妙な力加減と、見上げるような笑みが挑戦的なものを作り出す。 背中がぞわっ、と震えるものだ。

 

「いいわよソウジ。多分だけど、この結界の内側には『サーヴァント』はいないわ。出てくるのは恐らく魔獣系統のエネミーね。ワタシの自前魔力(ちょぞうぶん)でナントカするから……ワタシの手助けしたい?」

 

その言葉に、男としてならば助太刀するべきだが……。

 

「手助けはしない。キミの強さを僕に見せてくれ『紅のアーチャー』」

 

「イイじゃない! サーヴァントの端くれとして、その言葉に報いてみせるぜ!!」

 

蒼司が掛けていたパレードで偽装させていた、エルフのような耳が見えるほどの魔力の発露。

瞬間、どすん!どすん!! 大阪の路上を揺るがすように深い震動があたりを沸かしていく。

 

自分たちが歩いてきた方向から追うかのように、巨体が続々と続く。

 

「……牛鬼……!?」

「ビッグオーガー」

 

どちらともいえる判別。ともあれ、現れた巨体は玄明が契約した黄で大のサーヴァントと同格か、それ以上の巨体を揺らしていた。

 

でっぷりとした腹部は力士を連想させるが、それを覆すようにそれ以外の上半身の部位(パーツ)は、筋肉のコブで覆われている。

 

もりあがった筋肉の鎧を支える下半身も太く剛力なものだ。注連縄(しめなわ)付きの回しで股間を隠した―――『大鬼』

 

被り物なのか、それともそれが顔なのかは分からないが、大双角を持つ巨牛の頭を持って荒い息を吐いていた。

 

それが十数体も現れた。本格的に連盟の攻撃が蒼司にも向けられたことに恐怖を覚えるも、それよりも……。

 

「んじゃ―――その身の魔力、全て奪い尽くしてやるわよ!!!」

 

サーヴァントの力を拝見出来ることに興が湧いた。

 

アーチャーの名の通り、弓ないし何かの遠距離武器、はたまた放射攻撃をするかと想っていたのだが……紅のアーチャーは、その予想を裏切って距離を詰めた。

 

瞬発の神速。まさしく音を置き去りにした移動に、蒼司が眼を横から前方に向けた時には―――。

 

「―――ブタ!!!」

 

ぞんぶっ! そんな音で牛鬼の筋肉の鎧を貫いていた。それが鋭利な武器であるならばまだしも、ただの『手刀』。魔力による保護・強化(ブースト)は掛けられているが、それでもその結果に蒼司は驚いた。

 

赤いドレスが血に塗れていく。アーチャーの手刀は正確に、牛鬼の心臓を貫いていたようだ。

 

「ハツもーらいっ!!」

 

心臓を無理やり抉り出す様子。気の弱い一般人。魔法師であっても眼を背けていてもおかしくない光景が目の前にあって、蒼司はそれを『平然』と見ていた。

 

呆気ない死を迎えたことで響く悲鳴は、今日の悪夢にも出てきそうなものだ。

 

血に塗れながらも脈動する心臓を取り出した紅のアーチャーは、()のままのそれを喰らうのか……高く掲げて、滴り落ちる鮮血ですら、彼女のまとう『紅赤朱』の前では、粗悪な色に映る。

 

しかし、蒼司の予想に反して心臓は何かのエネルギーに分解されていく様子がある。その様子から察するに、サイオンよりも純度の高い、サーヴァントの主エネルギーたる『エーテル』であると見た。

 

心臓を喰らったことで完全に絶命したのか、牛鬼の力士4人分はあろうかという自重が、大阪の路上を揺らす。

 

「足りないわね……」

 

食い足りないという意味であることは即座に理解した。それが契機なのか、身体もまたエーテルに分解されてアーチャーの胃袋(そうこ)に収まる。

 

貯蔵魔力を増やすという意味ではいい方法だ……。

 

(サーヴァントがソウルイーター(魔魂喰らい)であることは理解していたが……)

 

どうにも少々『毛色が違う』ように思えるのだ。蒼司が持つハンパな知識でしかないのだが……。

 

とはいえ、そんな闘いぶりが後ろにいる牛鬼たちに戸惑いを生んだのは間違いない。同時に蒼司も見抜く。

 

こいつらは、化生体のような『幻術』ではなく、生物としての『魔獣』なのだと。

 

身すらも食い尽くして、残るは大鉈のような無骨な武器である。

 

それを手に取るアーチャー。重々しく落ちていたそれを、ナイフでも持つように『ひょい』っと軽々と持ったことで、蒼司の現実が少し揺らぐ……しかも持ったあとに響く素振りの『轟々』という風切り音で、見た目通りの重量なのだと気付かされる。

 

牛鬼の丸太のような腕で持たされていた大鉈は、新たな主人を迎えても、その力を発揮することに何の問題もないようだ。

 

「イイものもらっちゃったわ―――♪、しかし一刀じゃカッコがつかないわね」

 

そんな重量物を、その細い腰と腕でどうやって保持しているのか、疑問を覚えた蒼司を置き去りにして、アーチャーは次の牛鬼たちに狙いを着けた。

 

「あのブッ壊れた弓兵(セイギノミカタ)と同じく二刀流になるためにも、アンタの得物を奪ってやんよ!!!」

 

明確に狙いを着けられた牛鬼たち。怯えるもその巨体に似合わない速度で向かってくるのを見て。

 

「串刺しにしてやる!!」

 

アーチャーは空き手から赤い水晶を何十と打ち出す。

 

水晶というがどれもこれも、リットルサイズのペットボトルの大きさ。

色は赤といったが、ルビーというにはあまりにも鮮血を思わせる。

 

血晶魔弾(ブラッドバレット)とでも言うべきものが牛鬼の肌を貫いていく。

 

牽制射撃というレベルではない弾幕。怯んだところに、大鉈を構えながら瞬発するアーチャーは一番手前にいた牛鬼の腕を切り落とした。

 

筋肉のコブが浮き出た丸太のような腕だ。速度も瞬発の超速ならば、そのままに振るわれた剣から発する轟音は、まさしく物理法則の断末魔。

 

「鬼の武器もらったわよ!!」

 

そして、その腕が保持していた大鉈を、もう片方の手に中空でキャッチしたアーチャーは、大鉈に赤い魔力を纏わせる。

 

恐らくこれこそが心臓貫きの攻撃の正体だと察した蒼司は、その後の全ての攻撃を見抜けなかった。

 

膂力と速度。ともに規格外。魔法師ではとてもではないが追いきれぬ速度領域で、爆肉鋼体のもとで赤い大鉈を振るうアーチャーは、その勢いのまま3分もかからずに牛鬼たちを滅殺してのけた。

 

アーチャーはああ言ったが、このあとに本命のサーヴァントが来るのではないかと考えるよりも先に、牛鬼たちの死骸から魔力を吸収しているアーチャーに目をやった。

 

雨のように降り注いでいく鮮血すらも己のものとしていく、鮮血令嬢(エリザベート・バートリー)だけを見てしまった……。

 

アーチャーの血肉へと還元されたのか、牛鬼がいたという痕跡一つ残さずに消え去る。

 

戦利品なのか大鉈―――十数本を、己のものとしたアーチャーは、それを小さなアクセサリーのように『小型化』を果たす。

 

やはり現代魔法とは違った理屈を彼女は内包しているようだ。それらを繋げてネックレスか何かにするつもりなのか、己を御髪(みぐし)を抜いて束ねて、紐としたのだった。

 

「どう? ソウジ、似合っている?」

 

首から下がるそのソードアクセは、首元のリボンよりも、彼女に似合う……アーチャーの魔力を受けたからか、紅く輝く宝石にも似ている。

 

「ああ、似合っているよ。ただ肌を傷つけないか?」

 

「そんなヤワな肌はしちゃいません♪ しかし、初めてサーヴァント(ワタシ)の闘いを見たってのに、ソウジ―――荷物は落とさないのね」

 

「怖がって、怯えていれば、嬉しかったかいアーチャー?」

 

その言葉に挑戦的な笑みが、少しだけ鳴りを潜める。何か彼女に、繋がるものを刺激してしまったのかもしれない。

 

だが―――。

 

「生憎、キミの戦う姿に見とれてしまったよ。正直、怖さよりも、その技も何もない暴力的な闘いにね」

 

何よりアーチャーとしての宝具を出さずに、あれだけ巨大な鬼に立ち向かう姿に―――どうしても目を離すことが出来ずにいたのだ。

 

「アーチャー、キミは僕が知っている女性の中で一番、苛烈で可憐で残酷で■■だ。僕はマスターとして弱体だが、キミが望むことを出来る限りこなそう」

 

それが自分から離れたいということに繋がったとしても、それを受け入れそうになる自分が、嫌になるのだった。

 

聞いたアーチャーは……。

 

「……まぁ及第点としておくわ。けれど、ワタシは真名すら知らぬ不完全なサーヴァント。そのことは覚えておいて」

 

どこか不貞腐れるような、嬉しがるような言葉を言うアーチャー……に蒼司は聞こえたが、本当の気持ちは分からない。

 

それでも少しだけ嬉しかったのは間違いない。

 

「分かった。っと―――」

 

両手に荷物を持っていた蒼司の腕が取られる。アーチャーが自分の腕を絡めてきたのだ。

 

「今回の報酬よ。アナタの片腕分の重みは私が代替してあげるから」

 

その言葉が呪文であったかのように結界は崩れ去り、元々の大阪の路上に復帰した2人。

現実感を無くした戦いの舞台はなくなり、街中に復帰した2人を見る目は―――。

 

 

―――リア充爆発しろ!―――と変化を果たして、主に男の視線が多いも、そんなふうな意味合いの視線に晒されるのだった。

 

「ほら、行くわよソウジ」

 

「うん……」

 

服越しとはいえ、アーチャーの胸部は随分と豊かであり、蒼司は己の腕になりたいと切実に想いながらも、エルフのような耳をした小悪魔系美少女の笑顔を見ているこのポジションも、捨てがたいと想う―――。

 

そんな気持ちで一杯になった蒼司は、既にこの重さを持っていくことに、何の呵責もなかったのだ……。

 

 

 

そんな様子を『鳥の使い魔』を通して見ていたハーフホムンクルスは、どう見ても九島蒼司の契約したサーヴァントが『正調の英雄』には見えないことから推理した。

 

 

(あの魔術、どう考えてもウィッチクラフト系列。だが純度が高すぎる。更に言えば、あの特徴的な耳……純正の魔女(マインスター)の血を惹くものならば、男女問わず場合によっては、発現するものだけど)

 

宝具や固有の武器も使わずに、素手とオオナタだけで全てに決着をつけたアーチャー(?)は、恐らくこちらの遠見(監視)を理解していたと思われる。

 

ハーフホムンクルスとして、およそ魔法師や一般の魔術師からも一線を画す自分に抵抗できるなど、限られている。

 

見えてきたステータスと、スキルから察するに……。

 

「……『妖精』か……。クドウ家も下手を打ったものだ。よもや自分たちが抱えたショッカク(食客)が、毒持ちの存在であることなど分からぬか」

 

妖精の価値観と人間の価値観は相容れぬ。その齟齬がいずれは破滅の一端となる。

仮に御することが出来たとしても、こちらには、相手方を打倒する手段が残されているのだ。

 

だが余裕ぶってもいられない。今のうちに潰せるところは潰しておく。

 

「―――キアラに連絡を、おはぎのフルコースは勘弁だけど、会食には応じると伝えて」

 

『天衣』を着込んだ女は、侍従である側仕えのメイドホムンクルスに頼んでから、畳の上から立ち上がる。

 

 

戦いの時は―――近い。いや、もはやリズリーリエの闘いは始まっているのだ。

などと覚悟を決めた時。その瞬間――――。

 

「さてさて、盤上の遊戯ほど優雅ではないけど、そろそろ窮地よセツ―――――なぁああああああああ!!!!!!????????????」

 

先程までのシリアスをふっとばす素っ頓狂な声に、侍従であるセラスが、おどろ木ももの木さんしょの木で問い返してくる。

 

「お、お嬢様! 如何なされましたか!?」

 

「あ、ああああああ!!! キアラと会食後! 即座に英国に渡るわ!! 準備は頼むわね!!」

 

驚愕の表情と声を上げながら縁側に赴いたリズは、虚空を睨みながら矢継ぎ早に指示を出してきたのだった。

 

「しょ、承知しました! ですが、お嬢様―――何故そのようなお声を上げられたのですか、無知蒙昧なこのセラスにも教えていただければ―――」

 

「……そうね……セラスは、私の分身とはいえ、そちらの因子は持っていないものね。感じ取れなかったのも無理ないか……けど私もまだ明確ではないの―――」

 

なのにあんなに驚かれていたのですか。セラスびっくりです! とでも言うべき『念』を感じて、ジト目を返すとあたふたする侍従。

 

仕方なく返す言葉を繋げていくと……。

 

「――――――セツナはアーサー王の『魔術基盤』を、ブリテンの大地に敷いたわ……」

 

その意味を知るにはまだ時間がかかる。分からない人間ばかりだろうが、これだけは言える。

 

「あの子は……どうやっても私に歯向かう気構えらしいわね」

 

今までは血の繋がりある『姉弟』として多めに見てきたが、今度ばかりは容赦しない。

歯ぎしりしながらも、思考は冷静に、結論は―――。

 

魔宝使い『遠坂刹那』とは、一度、本気でぶつかる必要が出てきたのだ……。

 

 

 



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春休み編『アルビオンからの帰還者』

眼鏡っ娘係数オーバー300! 磨伸先生の執行(課金)対象です!!

はい。まさかのエリちゃんシンデレラにてメガトン級メガネが実装。

シエルルートを堪能しまくっているだろう先生に対するとんでもない課金の圧力である。


この世界でも発掘者、探索者と呼べるものたちはいた。

 

多くは、それは『表層』に出来た古代人たちの文明を探る……端的に言えばピラミッド、マチュピチュ、モヘンジョ・ダロ、始皇帝陵……。

 

ただし、こういったものは大抵、敵対国の略奪や入植者によって、即座に荒らされるものだ。それでも、探られていない隠し財宝という一攫千金を求める、トレジャーハンター的な職業もかつてはあった。

 

エジプトに至っては、難解極まる迷宮のような王墓を探るという罰当たりなことが多かった。副葬品は盗掘者たちの収入源となっていく。

 

時が進み、植民地支配で得てきた土着の民俗文化財などが、各国の『博物館』で並べられていった。

 

そのことを文化・文明に対する侵略と定義することも出来る。大航海時代の負の側面と言える……。

 

そして現代 2096年……未だ人跡未踏の新たなる『遺跡』であり、『発掘』に挑んだものたちがいる。

 

いや……それは正確ではない。何せ盗掘まがいのことをして、遺跡であり遺骸……白龍の骸『霊墓アルビオン』に先乗りしていた愚か者がいたのだ。

 

だが、その愚か者がいてこそ、この世界に新たなる風が吹いたことは間違いない―――。

 

名を『遠坂 刹那』またの名を『魔宝使い』……。

 

現代におけるアルビオンの解明者であり、私の不肖の弟子にして、魔法師たちにとっての『天使と悪魔』……そのことは、此処に正しく記しておく―――。

 

 

――――――『現代における魔導の変遷とその仕組みについて』(著/ウェイバー・ベルベット)………第5章『霊墓アルビオン』より抜粋。

 

 

 

朝の五時。まだまだ人々は目覚めの時とは違う時間に、英国の首都……ロンドンの郊外にて……一つの異常が発生した。

 

それを見ているものがいたならば、こう評しただろう。

 

地上にいきなり現れた洞窟のような『穴』から、アジア人と西洋人の混在した少年少女の集団が、ぞろぞろと出てきた。

 

仮にそこに明かりを投げても、様子が判然としないぐらい深い洞窟から、それぞれの様子は違っていたが、それでも集団の先頭にいたアジア人……日本人の少年と、西洋人……アメリカ人の少女は、伸びをしながら、後方集団よりは気楽な様子で声を上げた。

 

 

「いやー……なんというか、『地上の日の出』というのも久々だな―――!!」

 

「シャバの空気ってこういうのを指すのねー。空気(AIR)はある。むしろオイシイ!」

 

陽の光を浴びながら、『鶏鳴』のように叫ぶ2人だが、後ろの方はそういうわけにはいかなかった。

 

「どうでもいいが、お前ら元気だな……」

 

「まぁ何度か潜ったからな」

 

「タツヤでも疲れるのね。アナタもヒトの子だって分かって安心するわ」

 

気楽な言いようと、人を何だと思っていると言いたいカップルの発言に、『あのなぁ』と言い咎めたい気分だったが、それを言う気力も、いまはない。

 

刹那とリーナや後ろの方でわちゃわちゃやっている面子に比べれば、もはや達也の方はすっからかんの素寒貧である。

 

名も知らぬ草が生い茂る草原に出たことで、もはや恥も外聞もなくへたり込むことにしたのだ。

 

今はこんな草の匂いでも、達也にとっては安心できるものだ。

 

「お疲れさん。お前さんみたいに神経質なタイプに、ダンジョン探索はかなり削られることのようだな」

 

言いながら刹那は、古めかしいタイプのタブレット端末に何かを記入している。

 

帳簿だろうか? そう見上げながら想うことは、先程まで『潜っていた』場所に関してだ。

 

「ある意味、神経の図太さが要求されることだと理解できたよ……その一方で、『力』が高まることも理解できた……」

 

陽の光に手を掲げながら浮かぶ『線』の数々―――血管ではない。光り輝く線は、可視化された『演算領域』とも言えるものだ。

 

刹那の持つ魔術回路と違って無意識領域から魔法を展開する魔法師に、こんなものが発現するとは―――。

 

(よく考えたら、九校戦でリーナは脚を触って、刻印とも回路とも言えるものを出現させていたな)

 

アレは霊墓アルビオンに潜ったがゆえのものだったのかと考えたあとには、達也を睨みつけるようにしながらも刹那に抱きつくリーナの姿が。

 

「タツヤからセクシャルなプシオンを感じるわ」

 

「お前ね。そりゃ色々とスリリングな脳内スキーマ出まくりで、あれだろうけどさ……」

 

「何の話だよ。九校戦で一色相手に発言させたガルバニズムの刻印。アレはアルビオンに潜ったがゆえの副産物だったんだなと想って」

 

これ以上誤解を招くのもアレだと想って、正直に話した達也だったが。

 

変態(HENTAI)

 

どっちにせよ、やぶ蛇だったようだ。

 

考えを切り替えて、後ろの方からやってきた連中に視線を向ける。

 

後方の組は、資材運搬のための『巨牛』の上に乗っているものもいれば、闊達に歩いているものも要る。

 

要は、まちまちということだ。

 

巨牛の上……はたまた巨牛が牽く運搬車。丈夫でかつ魔術的な保護布で覆われた資材を下にして寝っ転がるものたちは、それが固くないのだろうか。

 

中世的な世界観でまれにある、畜産牛に食わせるための干し草―――山のように積まれた馬車の上に寝転がるかのようだが……。

 

「硬い土の上で寝転がることが多かったならば、呪体の上が天国に感じることもあるんだろう。達也もどうだい?」

 

「遠慮しとくよ。祟られたらばイヤだしな」

 

白骨ではない。昨今まで生きていた竜の骨、魔獣のそれを思い出すに、本当にアルビオンとは幻想の塊なのだと気付かされるばかりであった。

 

「―――………」

 

先程から忙しなく動く刹那を見ながら達也は想う。今回の探索は、自分たち―――未踏者たちには、とてつもないものだったのだが……。

 

刹那とリーナの感覚からすれば、『いつも』とは違うと思えたらしい。確定ではないが、

 

その所感が『良き』なのか『悪しき』なのか分からないし、更に言えば……。

 

(なにか企んでやがるな……)

 

その想いは、アルビオンに潜る前の『コーンウォール』における聖剣固定(湖底)、モードレッドが故郷の人間や英国の多くの関係者の見守る中、行われたことから始まっている。

 

あの時、確実に『アーサー王』に関係する魔術基盤は打ち付けられた。

 

その感覚は、恐らく時間を置いて多くのソーサラス・アデプトに伝わるはず。

 

事実、近傍にいた自分たちにもそれは感じられたのだから、まず間違いないだろう。

 

だが、それ以上の思考は不可能であり、刹那が気を利かせたのか、草木から柔らかな活気が疲れた身体に染み込み、寝息を立ててしまうのはしょうがないのだった。

 

 

達也の疲労を理解していた刹那は、寝息を立てるのを容認しておくのだった。

 

同時にピクシーが清潔なブランケットを達也に掛けて、枕近くに座するのだった。

 

(志貴さんのメイド……翡翠さんも、こんな感じだったのだろうか)

 

何となく程度に考えつつも、状況を整理すると同時に通信状況を整える。

 

すると―――すぐさま望みの相手と通信が繋がった。

 

『どうやら探索は上々だったようだな』

 

現れた顔は、少しばかり疲れているようにも見える。後ろの方では『置いてきた』サーヴァント達―――特にキャスタークラスに類する連中が、どたどた動いている様子。

 

それを見ながらも、報告事項を頭の中でピックアップしておく。

 

「まぁ概ねは―――というか、内部状況はリアルタイムでお知らせしていましたよね」

 

『冒険というものは、最後には何かの報酬があってしかるべきだからな。まぁ我らの知るアルビオンは、近代に入ってからのものだからな。採掘都市もない、まだまだ原初のアルビオンの風景はそれなりに興味深かったな……では、刹那。お前なりの所感を聞かせてもらおうか?』

 

ロード・エルメロイⅡ世は、吸っていた葉巻を灰皿に置いてから、こちらをまっすぐに見つめながら聞いてくる。

 

画面越しとはいえ、その顔を覚えている。自分の知る先生の顔よりも若いが、それでもその顔に自分の感じたところを素直に申すことは、当然だった。

 

「―――いつになく『活性化』していると思えました。俺がアルビオンの墓荒らしをしたのは、この世界に流れ着いてから一年経とうとしていた頃ですが、あの頃は―――存在しているわけがないとすら思えていました」

 

『だが現実にアルビオンは存在していた。そして人理版図から完全に隠れるようにして、今まで開かれることは無かった。入った当初―――お前はどう感じた?』

 

「全てが化石化しているか、未踏ゆえにこの時代まで『人理の浅瀬』で生き残った幻想種が蔓延っているか―――まぁ結果的には『大して変わらない』と思えましたよ。当然、入るまでに倒されていなかった幻想種は、倒すまで苦労しましたが」

 

結論としては、元の世界の先人たちはすごかった。まぁそもそも、アルビオンを見つけた時点では、まだまだ神秘が『完全衰退』傾向を見せていない時代だったから、『いい勝負』を出来ていたかも知れないが。

 

現代の魔術師―――2020年代という時代の生まれである刹那に、それは難儀な話であった。

 

……もっとも、その難題に挑むのに『剣製』と『剣星』を使ったのは……。

 

『別に『チーター』だのとは思わんぞ。そもそも、我らのような存在こそ人類社会では、そういうものだしな』

 

「スターロード通っての、『城』までのショートカットを嫌がっていた先生ですからね。怒られるのではないかと想っていました」

 

『それならば、もっと早くに言っているさ。出来ることをやらないでいる―――それこそが、私の弟子の不条件だ。話を戻そう―――今回の探索に関しては、どう想った?』

 

その言葉に少しだけ心臓を掴まれた気分になるが、それでも答えるべき所を答える……。

 

「繰り返しますが、アルビオン全体が『活性化』している……そう思えました。冠位決議(グランドロール)の際の、『心臓』の『火入れ』とも違うんですが―――」

 

浅層にも拘らず『地面』(たいない)に走っている魔術回路が、いつになく脈動していたのだ。

 

『クドウ君はどう思ったかね? キミも刹那と一緒に何度かアルビオンに潜っていた人間だ。所感を聞かせてもらいたい』

 

「ワタシも初期と違って、ステータスや経験も付いてきましたカラ……ハッキリと言えませんが―――幻想種が弱く(・・)感じました」

 

リーナが率直な意見を出してくれたことで、師弟揃って確信する。

 

『やはり、か……確かに時代が未来に進むにつれて、そのチカラは弱まる。しかし霊墓アルビオンは、人理版図から隔絶された領域だ―――つまり……』

 

「―――アルビオン。原初の白竜に由来するサーヴァントが、現世にありて『力』を吸い出している……」

 

過去の存在であるサーヴァントだが、現世に存在している自分に縁あるものが、何かを齎すこともある。

 

事実、恐らく衛宮切嗣から『聖剣の鞘』を埋め込まれていた親父は、アルトリア・ペンドラゴンからの逆魔力供給で、『即死』も同然だろう状態からの復活が何度かあったぐらいだ。

 

そういう親父の危機一髪な場面を見るたびに―――……何故か、刹那は道着姿の大河おばちゃんとブルマを履いたロリっ子の幻を見るのだった。

 

いや、本当になんでさ。

 

マズイ(BAD)かしら?」

 

そんな刹那のアホな思索を切り裂くように、深刻そうに聞いてくるリーナに、少し考えながら刹那は答える。

 

「目的が分からないのが、マズイんだ(HARD)。何より……これが連盟側のサーヴァントの行いだとすれば、俺たちゃアルビオンそのものと戦うことになりかねない」

 

敵か味方か知れない、アルビオンに由来を持つサーヴァントの存在。そのサーヴァントが、何者なのか―――ソレに関しては……。

 

 

「とりあえず直接(・・)聞けばいいだけだろう。連盟にいたとしても、どうとでもならぁ!!」

 

「モウ!セツナってば、発言が強気でオオモノすぎて感動しちゃう!! ステキ! 抱いて、ぎんがのはちぇまれ!!」

 

喜色満面で抱きついてくるリーナ。その髪を撫でながら、対面の師匠を見ると―――まぁ苦虫を噛み潰したような顔をしていたのである。

 

『……まぁ、お前の場合は、時に考えるよりも、出たとこ勝負の方がいい出目なんだよな』

 

『インテリジェンスを重視しつつも、直観に優れた打ち手だからな。羨ましいか義兄上?』

 

『分かりきったことを聞くんじゃない。とりあえずミス・シルヴィアもやってきたようだからな。積み上げ作業を終えた後は、『次のフェーズ』に備え給え―――『風』は動いているのだからな』

 

その符丁を聞いたことで、流石に感受性が高いなと、妙な感心をしてから―――周囲を見渡す。

 

今回の探索は、小規模チームを組ませることで、より『広く』『深く』動けるようにした形だった。

 

基本的にアルビオンの探索というのはチーム単位だが、今回はそれに少々手を加えることにした。

 

刹那の『無限の剣聖』によって『召喚』出来たサーヴァント達。

 

通常時はちびきゃら状態(霊基限定)として、各チームに帯同させておいた彼らが、非常事態ではメインフォースとして前線に出る。

 

そういう役割であった。刹那が生まれる前、まだ母が入学する前、というか『第五次聖杯戦争』時点で、フェイカーなるサーヴァントがアルビオンにて、幻想種相手に八面六臂の大活躍で最深層まで辿り着こうとしていた云々を聞かされていた。

 

あまりいい話題ではないのだが、エーテル体たるサーヴァントにとって、真エーテルで活動する幻想種は同じフィールドにいる存在と言える。

 

ソレ故の『サポートサーヴァント』を、直掩として寄越したわけだが。

 

(思いの外、ハマったもんだ)

 

特に三高の吉祥寺と一条の組は……。

 

「さぁ立て! シンクロウ! マサキ!! お前たちにある全ての伸び代を発揮させてこそ、真なる戦士となれるのだ!! 今までの経験なんぞ全て捨てて、一人の見習い戦士となるのだ」

 

「こ、これがケルトの戦士・英雄たちを鍛えた、女王スカサハのケルティックトレーニング!!」

 

「しかし、スカサハ殿……流石に、疲れが――――」

 

体を休めるということを知らないマゼンタ色の美女を相手に、進言する一条将輝だが……。

 

「セタンタもフェルグスも、これでやる気を出したものだ(ウソ)」

 

一瞬にしてバニーの霊衣を纏ったスカサハに対して、腰砕けだった2人が、2人が(アイツが アイツが)立ち上がる。

 

バカばっかかと感想を出して、白い目で一条将輝を見る深雪を見ながら―――。

 

「訓練もいいが、そろそろ迎えが来る。キリのいいところで切り上げとけよ」

 

迎えの『トラック』がぶっ壊れる事態だけは避けときたくて、そう声掛けをしておくのだった。

 

(さて、あとはどうやって決着を着けるか―――そして……)

 

英国観光の時間が取れるかどうか、それが一番重要であった―――。

 

 

 

 

 



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春休み編『キグナスの乙女たちとおいしい食事』

エリちゃんハロウィンイベントでまさかの、「あ、貴女様は!!」

な存在らしきものを確認。皆鯖版にてエロスの権化だったかのお人がやってくるのか!? アーケードだけでなくアプリ版にも来てほしいな。

というわけで新話どうぞ。


―――俺の経験など、キミに活かされることはないかもしれない―――

 

―――だが、最後に選ぶのは自分自身だ。―――

 

―――自分で自分を決められる宝石(こころ)は、ただ一つだ。―――

 

―――後悔のない人生なんて有り得ないが、それでも選ばなくちゃならないんだ。―――

 

―――個人的な意見だが、命の危険が云々だけで選んだところで、いいものはなにもないよ。せめて東京に来る時は、こっちの厳つい人のオヤジの顔面ぶん殴る気持ちで来たほうがいい―――

 

 

―――安全や安定なんてのは、油断したところで、あっちゅうまに食い破られる。落とし穴はどこにでもあるんだからさ。だったらば―――

 

 

―――自分で選んで後悔するべき。誰にも自分の舵輪は渡すなよ。人生の航海はまだまだ続くんだからな―――

 

 

先週まで『自分の家』を訪れていた、現代の魔法社会だけに留まらず、多くのメディアにしばしば口端に登る少年―――高校生だが、とりあえず『アリサ』もよく知っていた人の言葉がプレイバックする。

 

アリサに教えられた話、その全てを聞き終わった後に、遠坂刹那の語る言葉は―――驚くほどに、アリサに染み入る話だった。

 

父親を殴るかどうかは別だとしても、一度は自分のルーツの一つを辿るというのもいいだろう。

 

腹違いの兄の言うように、『魔法師』としての訓練を受けるかどうかは、ともかくとして―――何より……。

 

「私は……私のことを知りたいんだよね」

 

このまま北の大地で、遠上家の人々にお世話になりながら、その後……義兄とも呼べる相手と結婚して獣医を受け継ぐというのも、一つの道だ。

 

けど、その道を選ぶならば、本当の意味で遠上夫妻の養女になっているべきだった。

茉莉花と遼介と兄妹になっているべきだった。

 

それが出来なかったのは―――。

 

「遠坂さんも……同じだったのかな?」

 

自分のことを知りたい。自分の父親・母親のことを、辿った道筋を知りたい―――そういう気持ちだから、あの人はああなのかもしれない……。

 

「アーシャ……どうするの?」

 

一人だけの思索に思えて、部屋の中にはもう一人がいて、アリサに問いかけてきた。遠上茉莉花……アリサにとって妹も同然の幼なじみに対して―――意を決して答える。

 

「ミーナ……そうね。決めたよ―――魔法師になるかどうかは分からない。 けれど……自分の起源(はじまり)には、一度……真正面から向き合おうと想う。もちろん―――私も死にたがりじゃないから、それなりに自分の力の制御はしていきたいんだよ」

 

「―――けど、東京に……十文字の家に行けば、間違いなく―――『そうなっちゃうよ』……」

 

泣きそうな茉莉花の言わんとする所は、傍から聞けば事情を知らん輩には分かりにくいが、アリサには理解できた。

 

十文字の魔法師になって、結局の所―――妙な権謀術数の世界の姫君になってしまう。そういう未来を危惧しているのだ。

 

貴種流離譚的な観点で行けば、アーシャこと伊庭アリサが、その家の魔法師であり子女になることは、ある種のシンデレラ・ストーリーなのだが……。

 

そんな気持ちはアリサには全く無い。周囲がどう見るかは、別だが。

 

そんな周囲の一人として抗弁する遠上茉莉花は、どうしても納得出来ないのだ。

 

自分とアリサは姉妹も同然に育ってきた。髪の色こそ違うが、それでも半身がいなくなるような気持ちを抱いてしまう。

 

「そうなのかもしれない。けれど―――いざとなれば、同じ『孤児』(オーフェン)として手助けしてあげるって、遠坂さんも言っていたから」

 

「あの男! あんなボインすぎるアメリカンをカノジョにしておきながら、アーシャのスラブ系美女(予定)のボディにまで食指を伸ばそうなんて!!」

 

「ミ、ミーナ……」

 

そりゃ邪推すぎないかと苦笑しながら思うも、義兄たる十文字克人ではなく遠坂刹那に突っかかっていったミーナは、その隔絶した実力に、歯ぎしりして負けを認めざるをえなかったことがあったりする。

 

それ以来、自室にあるサンドバッグには刹那の顔写真を貼り付けて、どこぞのド根性忍者よろしく再戦にむけてのシミュレーションは欠かしていないらしい(無意味)。

 

などと言っていると、何か―――魔法師的な知覚能力とでも言えばいいのか、強烈な『チカラ』を上空に覚えた。

 

ふたりして眼を見開いて、部屋の窓を開けて寒風に晒されながらも、北の大地の空を見上げる。

 

「うわぁ……オオハクチョウの飛去かな……? そういう時期だけど」

 

「確かにミーナの言う通りそろそろ春先だけど……けどあんなに大量に?」

 

いずれは獣医師になろうと想っていた云々以前に北の大地に住まう人間の一人として、少しばかりアリサは疑問を覚える。

 

確かに、越冬のためにオオハクチョウとコハクチョウが『渡り』を行うのは、時季の風物詩である。

 

そして再び元の場所へと帰る姿を捉える……。

 

しかし、それは―――まだまだ地球寒冷化が本格的に行われる以前の話。

 

この時代になると、野生生物の生態も、少しばかり20世紀時代とは違っていた。

 

要は―――こんな大量の野鳥による飛去というのは、『ありえない』のだ。

 

そして、アリサと茉莉花が感じた『チカラ』の発露から……。

 

それでも、白い鳥たち……かつては、不老不死の存在として崇められ、多くの神話伝説において神秘を持ったものとされてきたものたちは、彼方へと消え去った。

 

その姿は道内あちこちで見られて、超常現象ミステリーとして語られるのだが……その中でも興味深い証言の一つとして、その白鳥の群れの中に巨大な『船』の姿を見たと語るものや、そもそも白鳥の群れなどなく、『銀細工が鳥の形を成していた』という摩訶不思議な証言まで出るわけで―――その末のことは、遠くの英国にて結実するのだった……。

 

 

 

地下外出における肝要なことは、つまり心を乱さないことだ。

 

そう、そのために大事な一食は外してはならない。

 

この米国・英国管理のアルビオン監視施設『サタネル』にて、鍋を振るう刹那と料理サーヴァント……一高の卒業式でも見た『若女将』と『ネコ女将』とが作り上げる、アルビオンのサヴァイバー回復のための料理は―――。

 

「出来たぞ。オムレツライスだ」

 

オムライスと言えばいいものを、なぜオムレツライスなどと呼称する。

 

そんな文句は言えないぐらいに、今は空腹状態であった達也など、食堂に集まった一同は……。

 

「「「「なんだと……」」」」

 

オムライスではなく『オムレツ』と『ライス』のみ―――日本食の体をとったのか、味噌汁や香の物(つけもの)もあるのだが、全体的に質素な学生食堂の定食を思わせるものを見て―――なんだかなぁ……と想いつつも、腹はペコちゃんなわけで、いただきますと手を合わせてから、箸をつけるのだった。

 

よく見ればオムレツは、かなりのボリュームであり、そして何より絶妙の半熟具合。

 

玉子を割った瞬間、見えてきたものはチャーシューと長ネギに見えて―――。

 

(竜肉のチャーシューとダンジョン(アルビオン)で取れた野菜か…)

 

しっかりと炒められたそれが、この上なく半熟の卵と絡まって美味い上に―――味付けには……

 

(Zeroウェイバー(味覇)、原点回帰の味! この自動調理が主流となった時代でも覇を唱える、中華調味料の王様!)

 

半練りタイプのそれがたっぷり混ぜ込まれて、実に箸が進みライスが進む。

 

しかもライス―――というかご飯も、少しのだし醤油で炊いた上に白ごまと大根の細切りが混ぜ込まれていて、なんとも心憎い演出だ。

 

それゆえにか、ご飯が味変の役割を果たして巨大なオムレツを飽きさせない。

 

恐らく『若女将』の提案なのだろうが、それにしても、それぞれで一見しただけでは分からない微細な工夫がなされている。

 

「旨すぎるだろコレ……。何だってこんなに微に入り細に入る料理するんだ?」

 

「そりゃダンジョン探索したあとに、味気ない食事じゃイヤだろ。紅閻魔ちゃんやキャットもいることだから、その程度の手間は惜しまないよ」

 

ご飯粒を頬にくっつけたモードレッドに何気なく返すと、厨房から『追加』(おかわり)を持ってきた割烹着姿の少女サーヴァントが、それに対して説明を着ける。

 

「疲れた旅人を心身(ごたい)の芯まで癒す。それこそが、雀のお宿『閻魔亭』のおもてなしの心でち。当世風に言えば『ほすぴたりてぃ』というやつでちね」

 

『『『『若女将!!』』』』

 

『『『『若女将!?』』』』

 

舌足らずな少女の登場と言葉に、一高と三高で反応が別れた。

 

「セルナ、この児童労働違反ギリギリな少女は? 腰に帯びている太刀からサーヴァントなのでしょうが……」

 

いまも、しゃもじを達者に使ってお櫃からご飯をよそっている少女に、知らない三高勢は驚きを隠せない。それゆえにか、早速使役者であり愛する人に問う一色の姿を見る。

 

達也も、あの卒業式の際に「いつの間にこんなサーヴァントを?」と驚いたが、一高女子陣が心酔するが如く、その少女を『若女将』と呼ぶぐらいには、少女は―――やはり若女将なのだった。

 

「セツナ、簡単に真名(NAME)を明かすのはマズくない?」

 

「そういう小姑みたいなイジワルどうかと思うよリーナ。とはいえ、いつまでも『キャプテン・セイバー・スパロウ』と呼ばせるのもアレだしな」

 

なんでキャプテン・ジャック・スパロウ(イケオジボイスな平田広明さん)みたいな呼称なんだよ、とツッコむ前に、ご飯のおかわりをセイバー・スパロウに求めた達也は、ある意味……いままでの英霊の中でも、かなり異質な経歴といえるのではないかと思うのだ。

 

「あちきの名前を知りたいんでちか? 物好きさんでちねー。まぁ隠すことでもないのでおおしえしまちゅが」

 

何というか全体的に舌足らずな言葉遣いと、スキルなのか宝具なのか分からないが、少女の周りで給仕の手伝いをしている、それぞれで色違いの前掛けを着けたデフォルメ雀(巨)で何となくの想像が着くだろうが。

 

「あちきの名前は、『舌切り雀の紅閻魔』。人々に伝わる民話『舌切り雀』をベースとした伝承を元にして『作られた』、ある種の『童話系サーヴァント』でちね。『なーさりー』ちゃんと同じようなものでち」

 

「紅閻魔―――という名前から察するに、閻魔大王に由来するのかの?」

 

(ようじょ)にしてもらったでち。詳しいことはあまりあちきも話したくないのでちゅが、まぁ色々とあちきもあったんでちよ」

 

その(くるわ)言葉と、死んだ年齢がこの容貌通りならば、それは色々(・・)と察することは出来るのであった。

 

沓子の言葉に答える紅閻魔の周りの雀(っぽいもの)たちは……。

 

『チュチュン! あの強欲婆にこき使われてもめげなかった紅閻魔女将には、頭が下がる思いだチュン!!』

 

『宇治拾遺物語に語られる『山中にて人を助ける怪異』。その伝承こそが閻魔亭の原型(アーキタイプ)だチュン!』

 

『存分に英気を養うチュン』

 

などと言って補足をするのだった。

 

そういっている内に、一高での正妻戦争(食戟戦争)を思い出した深雪が、わなわなと震えながら口を開く。

 

「若女将、いえ紅閻魔師匠は恐るべき料理の達人!! 愛情あればそれでいいなんて文句は許さない!! 正しくクッキングサージェント!! おおっ! 正しく食戟のスパロー!」

 

「深雪さん……何があったんでせうか?」

 

あまりにも変わりすぎた愛しき人に、若干引いている将輝が問いかける。

 

「ノーコメントです一条くん……ああ、私は、並行世界に無限にいるだろうお兄様軍団を、皆殺しにしてしまったのです!!」

 

「だからどういう意味なんだー!? ……若女将」

 

嘆きの言葉とは別に、『そっ』と茶碗を差し出す将輝の姿を見たあとには……。

 

「アンジェリーナは、紅閻魔ちゃんの特訓(トレーニング)を受けなかったんですか?」

 

「ソノ時のワタシは、モードレッドとツインボーカルの特訓中だったモノ……まぁグラデュエーション(卒業式)の為の祝賀料理の予行として、『どんなもの』を作るかで、ミユキやレティシアがデプレッションしているのは見ていたワ」

 

「良かったですね。アナタならば『来世からやり直せ』とか言われていたでしょうし」

 

「とてつもないイヤミ!!」

 

一度はリーナを労ろうとするかのような一色であったが、いつもどおりのやり取りに、何か安心感を覚えてしまう。

 

わいわいがやがやの食事風景。

 

そんな中、ようやくのことで刹那に話しかけることが出来た達也は、率直に尋ねるのだった―――。

 

 

「刹那」

 

「なんだ?」

 

「――――――なんでオムライスじゃなくてオムレツライスなんだ?」

 

そこかよ!! と、達也と同じような『疑念』を抱いていた連中がツッコみたい気分を呑み込んで、会話をそれとなく聞いておく。

 

「紅閻魔ちゃんの得意に合わせたのと―――あと単純に俺が、オムライスを作りたいのはリーナだけにしときたかった。そういう個人的な事情だ」

 

「まぁ確かに男から『オムライス』を振る舞われるというのは、料理店ならばともかく友人では―――なんともアレな感じがするか」

 

真実の斜め上ぐらいは突いているかもしれないという、達也の俗っぽい言動に苦笑しつつ、刹那は口を開く。

 

「聞きたいことは分かる。何を企んでいるかってことだろ? お前さん風の邪推の言葉に合わせれば」

 

「茶化すなよ。んじゃ何かの企みが今も走っているんだな?」

 

「まぁな―――ただ予定通り動いてくれるとして、『どこ』に来るか、だ」

 

その言葉で何のことか分からない面子は多いが、それでもアルビオンから出ると同時に、日本から届いたメール(起床後に確認)で理解していた達也は問い返そうとした矢先―――――。

 

食堂の電子扉を蹴破らん勢いで、USNAの軍人……というよりも、刹那とリーナのお姉さんという風情のシルヴィア氏が、荒い息を吐きながら、やってきた。

 

「シルヴィ!? どうしたんですか?」

 

リーナの心配そうな声にも、手を上げてから『大丈夫だ』として口を開くシルヴィア。

 

「―――『船』がやってきました。現在ドーバー海峡を横断して、ここブリテン島へと猛進しています……!」

 

「やはり、か。少し行き違いになったが、海戦系統―――海賊系サーヴァントを展開する許可は『英国政府』から降りなかったが、上陸される前に叩き出せば―――」

 

「ち、違うんですよ! 刹那くん!!」

 

「「??」」

 

すっかり動転したシルヴィアに気圧されるも、疑問は尽きない。

 

どうもそういった状況ではなさそうだと察して、リーナと顔を見合わせた。

 

 

―――同時に、管制室にいた博士は、食堂の連中に状況を伝えるべく、キャビネットに現在の英国―――――『上空』の様子を映し出して、全員を呆然とさせるのだった……。

 

 

 



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春休み編『決戦前の説明』

ぐだぐだイベント……そろそろお虎を掘り下げるためにも信玄ちゃんとか直江兼続とか出してもいいと思うんだけどねー。

経験値先生、ウ○娘が流行っている今だからこそ武田騎馬軍団に絡めてワンチャンスありますか?(必死)

などと宣いつつ、立ち絵でのエリちゃんシンデレラの腕なげーなと今更気付く。

新話お届けします。


「いやー懐かしいねぇ。キミとリーナの初めての共同作業で出てきた敵も、こんなんだったからねぇ」

 

ケラケラ笑いながら言うアビゲイル・スチューアットに対して、刹那としては若干笑えないものがある。

 

ドーバー海峡を横断してやってきた『空船』は、距離がまだあるとはいえ、サタネルという施設からも既に観測できている。

 

その空船は、かつてボストンにてプラズマリーナと知り合った初期、最後のイベントとして出てきたものであったと記憶している。

 

最終的な出どころは、新ソ連など東欧諸国で開発された『航空戦艦』という代物と判明はしていたが……。

 

「まさか、こんなものを所有していたとはな。さっすっがっにこれは予測してなかったからって責められないよな」

 

強調するように、文字を区切って言ったが、責められるだろうという、達也などからの無言での圧力を感じる。

 

「まぁいいや。どうせ、こうなることは織り込み済みだったからな」

 

いじけるように言うと、そこに食いつくは達也であったりする。

 

「お前は……神代秘術連盟を無理やり闘争の場に引っ張り出すために、今回のことを利用したのか」

 

達也の『信じられない』という言外の言葉を感じつつも、刹那の返事は明朗だった。

 

「そうだ。横浜の会議室でリモートの人間含めてとはいえ、生産性のない話や糾弾をしながら、消極策でおざなりに終わらせるぐらいならば―――『あちら』から『こちら』に出向いてもらう環境にするだけだったということだ」

 

手を振りながら、嘆息と同時に企み・謀略を語る刹那の顔は、ハレバレとしている。

 

全員が呆然とする―――とまでは言わないが、それでも理解力が高い連中は……この作戦の有効性は高いのだと思えた。

 

結局の所、サーヴァントを多数召喚している連盟の本拠……京都・奈良などの地域で穴熊を決め込みながら、あちこち(中国・北陸地方)に攻め込まれたらという予測がキツかった。

 

そもそも論として、九島家が頑迷になって、派兵及び救援要請を出さなかったのが原因でもあるのだが……。

 

(外の道、裏技ばかりの禁じ手なんだろうが、『こうすること』でしか連盟を穴熊から燻り出す方法は無かった)

 

恐らくアーサー王の魔術基盤を打ち付けられたことが、連盟にとって何かの致命打。楔を打ち込むかのごとき事であったのは推測できる。

 

達也には詳しくは分からないが―――それでも―――。

 

「まぁそれでもこいつはラッキーだと思うぜ。わざわざ居城(安全圏)から出てまで、こちら側の手の届くところまでやってきてくれたんだ―――」

 

ドーバー海峡を横断して―――悠々とブリテン島の空を『飛行』する船……。

 

その船の周りには多数の銀糸細工の鳥の群れ……操るは、刹那にとって腹違いの姉だが―――。

 

 

「―――ようやくだが、直接『魔法』(ちから)でぶん殴れるじゃねぇか」

 

 

―――端的かつ挑戦的に、『敵』を叩き潰すという宣言をしてのけたのだった。

 

その言葉に滾るものたちは多い。

 

ただその一方で……。

 

(セツナ、アナタに……リズお義姉さんと殺し合う覚悟はあるの?)

 

リーナにはその事を問うことが出来なかった。

 

やってきた戦力次第では、殺さずというのも不可能ではあるまい。寧ろ、サーヴァントを倒した上で、刹那が固有結界に『登録』してしまえば、よほどの『裏技』を使われない限り、同じクラス、同じ真名、同じサーヴァントの召喚は不可能だ。

 

そうなれば戦力的には減ずる。寧ろ、これがいい手段であることは理解できるのだが。

 

「なんて考えていてもショウガナイわよネ。アナタが考えたことにワタシはついていくもの―――けれど……アナタのお父さんは悲しむワ」

 

「だろうな。けれど―――俺は姉貴のやりようを認められないんだ。リズリーリエのやり方は『王道』じゃないんだから」

 

家族を求めていた男の敵になったのが、他ならぬ半親を同じくする女であるならば、苦衷もあるのだろう。

 

恋人に悲しき選択をさせてしまった、自分の不甲斐なさだけは覚えておくのだった。

 

そうしてから刹那は矢継ぎ早に指示を出す……。

 

「アビゲイル、シルヴィア。悪いが居残り組は残していくから、万が一があれば、必ず無事に返してくれ。発行しておいた英国王室の特権証と、合衆国の外交特権証を、モーニングスターのように振り回してでも出国させてくれ。ついでに言えば、今回の米国の取り分に関しては、すでに纏めている。仔細はロードえるめろっ!!!」

 

言葉が途中で途切れたのは、別に刹那が舌を噛んだりしたわけではない。

紅閻魔ちゃんのように舌を切られたわけではない。

 

「セルナ……この期に及んで、そのように仲間外れや己が失敗したあとのことなど考えないでくださいっ!! 確かに戦うことに忌避感を持つ人間は仕方ありませんが―――それでも、前回のようなことはごめんですよ!」

 

激高した一色愛梨が刹那を引っ叩いて、言葉を途切れさせたのだった。

 

相変わらずの刹那の無用な気遣いは、色んな人に妙な気持ちをさせていく。

 

「刹那の考えは分かるさ。だが、いま……お前だけが犠牲になってなんてのはナシだろ。それに俺としても、四葉の人間として、少しは『失点』を取り返しとかないと、あっちに行った時に、お袋に怒られそうだ」

 

「司波の言う通りだ。連盟が近畿地方を攻め終えれば、その矛先が今度は北陸か中国地方に向く―――その前に戦うチャンスが来たことは、僥倖なんだよ

 

 

「まぁ君ら(達也・将輝)がそういうのは織り込み済みだったさ……まさか愛梨から引っ叩かれるとは思わなかったが」

 

頬を擦りながらも、現状に対して戦うものたちを見た刹那は戦略目標を述べる。

 

「正直言えば、俺もどこまで戦えるかは分からん。だが、それでも―――あちら側が取りすぎた勝ち星を、少しは取り戻しておきたい。そんなところだ」

 

「ここで完勝することは、不可能だと想っているのかい刹那?」

 

アルビオンで『調整』した礼装をチェックした幹比古の発言。それに対して頷く。

 

「そもそも、魔術師の戦い、英霊を使役しての戦闘となると、己の持つ原理(セカイ)の優劣と、生命(イノチ)としての強弱が勝敗を分かつからな」

 

「魔術師としてはリズリーリエの方が優秀なのかい?」

 

「そう見たほうがいい。九校戦の時に他者の衣装を一瞬で変更した手際を思い出すと、あれは真祖の御業に近かったからな。そして、使役しているサーヴァントは、ギリシャ神話で有名な『ヘラクレス』あるいは『アルケイデス』だ。当たり前だが、世界的にもメジャーすぎる英雄だから」

 

真祖という言葉に『あーぱー』を思い出した連中の中に、『ぞわり』としたらしき人を見た。

 

だが、それでも戦うと決めた連中ばかりなのだった。

 

「そもそもなんだが、英国としてはここで戦闘を行われることは了承済みなのか?」

 

達也が向けた疑問に答えるに最適なのは―――モードレッドであり、カノジョも重々しく口を開く。

 

「まぁな。裏向きの事情というわけではないが、英国政府としては、あまり『連盟』が日本の魔法師界で台頭することをよく想っていないのさ。ことは、セツナが来訪する前からの話なんだが、元々、英国は《獣》の招来を理解していたんだよ」

 

達也の疑問に答えるモードレッドの顔は、暗いが真剣なものだ。

 

「連盟の工作活動というのは大掛かりなものだった。日本の政治筋にも関わっている人間が多い上に、更に言えばその影響は海外にまで及んでいたんだからな」

 

ブランシュやエガリテだのよりも巧妙に、彼らは外国にシンパサイザーを作り上げていき、その影響は、あまり日本政府及び世界の主要国が関心を向けていない欧州にて、大きくなりすぎていた。

 

「オレが日本に派遣された理由は、アーサー王の聖遺物たる『エクスカリバー』を手に入れることだったが、その他にもあった。それは、連盟がどれだけ《獣》―――真正悪魔を育てあげているのか。それに抗するだけの『チカラ』を、セツナ・トオサカが持っているのか。その調査もあったのさ」

 

モードレッド曰く、ここまで連盟が大きくなれたのは、日本の官公庁の役人の中には、そういった連盟のシンパないし古式魔法師が所属していたということだ。

 

彼らは『魔法協会』が関知していないモグリの魔法師であり、政府が実施している日本の魔法師の海外渡航の自粛要請を、『公的な理由』であっさりスルーしていったのだ。

 

「外務省や防衛省など国家の安全保障に『ダイレクト』に関わるところでなければ、その辺りの採用基準はかなり緩い。これは軍人さんであるミス・キョーコやミス・フローラも耳にはしていたんじゃないかな?」

 

おどけたように、からかうようにレッドはこの中でも珍しい大人2人に話しかけるのだった。

 

「ええ……農水省や経産省……厚労省……特に医療部門というのは、そういう方針という噂は聞いていたわ」

 

今回の渡航の同行者であり地上からのバックアップとして動いてくれていた響子が苦々しく言う。それは外国人の少女に見透かされていたある種の敗北感もあるのだろうが、今はおいておく。

 

結局の所、どれだけ魔法師の就業規制を縛り付けたとしても、その辺りの緩さはどうしても出てしまう。

 

というよりも……。

 

「日本の魔法師協会及び十師族は、政府に従順な態度を取っているという名目で、『組織』としての存続を許されている。

そうなると、海外での護衛役として『魔法師』が必要な状況でも、簡単に連れていけない。かといって、縦割り行政の日本のお役所仕事じゃ、防衛省や公安当局、警察庁に要請を出してから、魔法師の護衛を連れて行くまで時間がかかる」

 

「ならば、最初っから『魔法師』としての能力を持っている人間を職員として雇っておけば、問題は無いということか……」

 

日本の魔法師が海外渡航を禁じられているという状況であっても、別に日本国が鎖国状態というわけではない。

 

魔法師が籠もっていても世界情勢は日々動いている。変化をしている。そして、日本にいれば、非常事態でも魔法師のガードがある。

されど海外に行けば、海外の魔法師の脅威からは無力となる……。

 

かつて20世紀に政情不安な南米にて、ビジネスを起こそうと海外赴任をした日本の企業戦士たちが、地元の反政府ゲリラの手で殺されるなんて、似たような事態はありえる。

 

「そうして古式魔法師(エンシェント)の一派……『シンゴンタチカワリュウ』という連中が、まるで新興宗教のように、とある『女』を教祖のごとく敬うようになってから、役人の渡航で自由を利かせて布教活動も盛んとなり、海外にも信者が増えていくようになったのさ」

 

溜息を突くようにしてから、レッドも戦闘態勢を取るように英霊武装(フュージョンライズ)をした。

画面によると、どうやら連盟の航空戦艦は真っ直ぐに、このサタネルという施設付近に進出しようとしてきていることからの臨戦態勢。

 

「十師族たるアンタたちがここまで―――『キアラ』を始末しなかったのが原因なんだよ。アタシとレティが来た目的は、刹那よりもあの女を始末することだった……」

 

誰もが息を詰まらせ、それを見たレッドは間を置いてから言い直す。

 

「あの女と、真正悪魔(ビースト)など人理破綻現象を再び呼び込もうとするヴァンパイア(人間主義)教徒どもだ。……もっとも、最初のメサイアは刹那の手で抹殺されたわけだが―――」

 

それだけのことを話しただけで疲れたのか、肩を回して、やれやれと溜息を突いた。

 

「―――以上を以て英国政府の立場は明瞭さ。そもそも、あんな『空飛ぶ船』に好き勝手やらせるほど、オレも郷土愛が無い人間じゃねえんだよ!!」

 

結論・さっさと戦いたい。

 

そういうことだった。掌に拳を何度もぶつけている辺りに、とんだウォーモンガーであり、女は全員ファイターであることを認識する。

 

「んじゃ杞憂は無いな―――ならば行動しようかい」

 

全員の反応を見てから、日本の魔法科高校愚連隊は動く。

 

その陣容は……。

 

一高

遠坂刹那、司波達也、司波深雪、アンジェリーナ・クドウ・シールズ、西城レオンハルト、千葉エリカ、柴田美月、吉田幹比古

 

三高

一条将輝、吉祥寺真紅郎、一色愛梨、十七夜栞、四十九院沓子

 

留学生組

モードレッド・ブラックモア、レティシア・ダンクルベール

 

 

以上で動き出すのだが……。

 

「正直言えば私も同行したいんだが……」

 

金髪の美人ハーフ……もはやサゲマン(響子)の副官みたいになっている一色華蘭が、不安そうに言ってくる。

 

「フローラさん、正式任官も近いでしょ? 今回の『日本の魔法師の学生たちによるアルビオン探索』でのお目付け役というキャリアを汚させるのは、少々気の毒ですよ」

 

「むぅ……」

 

少女のように膨れる一色家の長女。色々と気苦労が多いというよりも、妹を心配している女性を安堵させるには、今の自分は何も言えなかったのだ。

 

そして―――闘いは始まる……。

 

 

 

 

……サタネルから出発。『神牛』に乗って『超特急』でやってきた愚連隊は、相手が『開けた土地』にて待ち構えていたことに、正直どうしたものかと思う。

 

 

「まさか、『ここ』を決戦場所に選ぶとはな……」

 

「ナニカいわくがあるの?」

 

神牛の背中に乗りながら姉貴の意図など考えていた刹那に、リーナは話しかけてきた。

 

今回の彼女は自分の企みにあまり積極的ではない。それは当然だろう。

 

血を同じくする姉弟が殺し合うなど、いままで刹那がリーナに対して言ってきた『かぞくだいじに』とは真逆すぎる対応だからだ。

 

だからこその『心変わり』を誘発せんと、色々と語らせようとしているのは理解していた。

 

 

 

「ここは緯度経度、地脈の状況から、俺の世界では『スラー』があった場所なんだ」

 

ノーリッジの懐かしき故郷。何一つ痕跡など無いし、築かれたものなど無いのだが―――それでも吹き付ける風が、郷愁(ノスタルジア)を誘う。

 

「さて、勢い込んでやってきたが、どうしたものかな―――」

 

郷愁から現実に戻り、対策を考えようとした時に……。

 

『天牛から降りてきなさい。言い訳ぐらいは聞いてあげるわよ』

 

再び、同族であることを利用したテレパシーが放たれて、刹那の頭を刺激した。

 

当然、周囲には聞こえていないのだが、それでも変化はすぐさまであった。

 

三重の魔法陣―――立体構造で繋がれたそれが地上に現れて、そこから明確な像が生まれる。

 

薄く桃色がかった銀色の髪。その量は、恐らく後ろにある編み込まれた『おさげ』の位置が腰を超えて、膝辺りまであるところから察する。

 

その容貌は正しく人間離れしたものだ。

造形の確かさという意味では、非の打ち所がない。そう表現することしか出来ない。

 

なにかひとつを足してもいけないし、なにかひとつを欠いてもいけない。

 

人の領域を超えた、自然にして自然ならざる黄金分割の美に包まれていた。

 

向けている双眸も澄んだ水面を思わせながらも、落陽の光にも似た真紅の瞳―――吸い込まれそうだ。

 

(当然か。彼女はそういう存在なんだ)

 

その有り様は受肉した精霊に近い。いまさらながら、とんでもない美女だ。

 

着ている戦衣装(ドレス)が、赤原礼装を基調としながらも、黒のミニスカートに、黒のニーソックスという……なんとも『アレ』なものでなければ、呑まれていたかもしれないのだから……。

 

 

だが、そこには―――英霊エミヤに連なる存在という証があったのだ。

 

感想を述べながらも草原に降り立った刹那は挑発的に口を開くことにした。

 

「英国に不法入国の上に領海侵犯・領空侵犯……そこまでして、どうしたんだ姉貴。俺の顔でも見たかったか?」

 

挑発的な言葉を受けたリズリーリエは、片目を跳ね上げて、刹那を睨みつける。

 

「うそぶく男になるんじゃないわね刹那。要件は一つよ―――アーサー王の魔術基盤の打ち付けを停止させなさい」

 

その言葉に、予想通りにして計画通りと感じる。同時に、観測班から思念で見えている戦力を聞かされて、叩き潰すことを決定した。

 

「断る。ビースト現象を解決する上で、俺が採った次善の策は、人理破綻の解消となる。同時に、俺にとっても有意義な魔術基盤を作れて大満足なわけだ」

 

「アルトリア・ペンドラゴンに思うところがあるメンドウな男の割に、そういうことは平然とするのか」

 

「まぁね。俺という人間を見誤っているだけさ、アナタは―――神霊基盤設置を邪魔すれば、こうしてやってくると見越していたけれどな」

 

ふぅ……どちらが、あるいはどちらもが吐き出した溜息が、草原の風に溶け込む。

 

姉弟の会話の割には、傍から聞いている限り他人のようにも聞こえるのは、血の繋がりよりも育ってきた環境ゆえだろう。

 

 

互いに眼を瞑っている。少し俯き気味に構えたそれは、まるで撃鉄を起こす前の銃。

 

倒すものと倒されるもの。

 

その境界を刻むべく、互いは互いを正面から射抜(つらぬ)いた。

 

互いの眼球に変化が現れる。

 

魔眼―――最速のシングルアクション(一工程)、視線による術式投射が相手を穿とうと、相手の像を正確に見ようとしている。

 

リズリーリエの魔眼は、本来のものよりも禍々しい深紅色―――に金色の線が走っている。

 

希少な魔猫眼(キャッツアイ)。魅了に特化したそれは、平均以上の魔術師を戒めるのに間違いなく十分すぎるものだ。

 

しかし、刹那もまた魔眼持ち。

 

その眼が様々な色彩を持ちながら変化をしていく。

七輝の魔眼(アウロラ・カーバンクル)

 

次から次へと真っ白なキャンバスに色が塗りつけられるがごとく、眼球が多彩な変化を見せていき―――。

 

衝突する視線(まがん)。お互いを縛り上げようとする視線は交錯しあい。

 

やがて決着を見る。

 

「―――!!」

 

苦衷に歪む女の顔。

 

戒めの鎖は……リズリーリエに掛けられた。

 

胸に矢を穿たれるがごとき感覚が、徐々に身体の末端にまで及んでいく。

 

刹那の眼は既に異質なる変化をしていた。

 

(片目に(ペンタクル)、片目に円環(サークル)……ミクロコスモスとマクロコスモスを作り上げている!!)

 

リズリーリエの驚愕。この弟は、女神の権能の如きものを魔眼に作り上げていたのだ。

一つの小宇宙にも匹敵する圧力がリズリーリエに掛けられる。

 

リズだからこそ耐えられているだけであり、他の人間であれば、このヴィナス・ドライバー(銀河級女神)の圧の前に、廃人どころか、一瞬にして『塩の柱』になること確実だろう。

 

しかし、視線での穿ち合いで終わらせられなかったことは、刹那にとっても予想外。この魔眼はある意味、刹那の『とっておき』であった。

 

バロールの魔眼よりもスマートではないが、それでもこの圧を前にして崩れない姉を見て決意する。

 

このまま打ち合いに徹していれば、どこかで『横槍』が入る。滞空している船の連中も介入する隙を伺っている。

 

その前に―――――――。

 

「遠坂流ガンド術奥義『極死無双』!」

 

絶対死の呪いを叩き込む―――のだったが!

 

「リズお嬢様を、これ以上害させるわけにはいかない!!」

 

視線の交錯する狭間。ガンドの軌道に現れた2mを優に超える巨漢―――ヘラクレスだかアルケイデスが現れた。

 

霊体化を解いたサーヴァントが、地面と『空間』に振動を与えながら現出を果たした影響で、地面が割れる。

 

魔眼とガンドの連射をその『衣服』で受けきったアルケイデスは、割れた地面、隆起する大地をものともせずに、こちらに向かってくる。

 

「お虎!!!」

「――――――承知!!!」

 

瞬間、こちらも霊体化を解いてサーヴァントを現出させる。体格差は歴然の女身のサーヴァントだが、そんなことは何の脅威にも感じないウォーモンガーが向かう。

 

その一方で、自分の中からライダー……アマゾネスの女王が。

 

『出せぇっ!! 出せっ!! 出せっー!』

 

……と狂ったように言っている気がする。

 

まぁ因縁は分からなくもないが、あまり『ノスタルジー』で戦わないで欲しいと思うのであった。

 

『だまれっ! アマゾネス!!』とランサー……影の国の女王と言い争う様子が。コンマゼロ秒以下の刹那の世界(固有結界)で展開されている内に――――。

 

 

御首級(みしるし)―――いただく!!!」

 

「貴様に取られるほど易いものではないぞ!! 人心解さぬ、仏虎よ!!」

 

巨大な石剣を上段から振るう大英雄と、お虎の下から突き上げるような槍が激突しあい。

 

異次元の武芸者の武合が何かの合図であったかのように、船から連盟の戦力が地上に転移して、巨牛―――グガランナの背の上から愚連隊が降りてきて、乱戦へと縺れ込む……。

 

 



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春休み編『冬木御三家の末裔』

衝突する魔眼と魔眼―――打ち勝ったのは―――刹那の方であった。

苦衷に歪む女の顔、次いで―――魔術戦に移行するはずの戦いが……全く始まらなかった。

それどころか。

「ど、どうしたんだ刹那は、全く動かないぞ?」

「いつまであの魔眼投射のポーズを取っているんだ?」

横ピースのような仕草で魔眼を開いている刹那に後ろの「うし」に乗っている面子は全員、疑問符を覚えるのであった。

そして止まっている刹那は刹那で色々と大変だったのだ。

(ううっ、動けん! 魔眼投射を終えたいのに、一ヶ月間もこのポーズのままだったから身体が固まってまるで動けん!! 魔眼が開いたままで眼がしょぼしょぼマンだ。恨むぜ無淵玄白のむぶち(?)のヤロー )

そう汗混じりに考えていたのだが、固まった身体でも何となく、後ろにいるリーナを見ると……。


「はふーん♥ ワタシたちのしましょしましょ♥はじめて♥しましょ! を客観的に見ると、こんな風に見えちゃうのネ♪ はじめては夜闇の中、やさしく抱きしめてくれたネ♥」

「くぎゅっ!! 戦闘の真っ最中になんちゅーもん見ているんだ!! つーか、なんでお袋憑依サーヴァント揃い踏みになっているんだよ!?」

端末に映し出された映像をガン見しているサーヴァントのビジュアルが全員、刹那の母似であることに、もう居たたまれない。

息子として母親に情事を見られるこの恥ずかしさ。嬉しさなんて無いのが普通なのに……。

「血は争えないってことかしら? 全く、親子揃って『こう』なんだから」

どんなことが若き日の両親にあったのかは知れないが、そういったことの集大成が、自分なのだ。

眼を細めつつもガッツリ息子の情事を見ているのに、呆れ返るような言動をする母 遠坂凛(×4)に問いたい気分を抑えつつも、振り返りリズリーリエを見ると……。

(真っ赤っか!!)

しかも鼻血を出している所を見ると、こういう系統―――猥談とかはだめな人なのかもしれない。

「ふふふ、まさかこんな精神攻撃をしてくるとは思っていなかったわ……けれどもそんなことを言っている間に! 身体は解れて目はロートの目薬でも差したかのように、回復してるわよ!!」

「ホ、ホントだ!!」

鼻を押さえているリズ義姉に指摘されて、それを認識したあとには―――。

「では改めてかかってきなさい!! この前書きのバカ話を忘れつつ!!」

「うおおー!! この半端な『天衣の聖女と魔宝の後継』〜4.5〜とでも言うべき話はなかったことにしてください!!」







というわけで往年のキン肉マンネタ。銀魂の『二年後にジャボンディ諸島で』と迷いましたが、まぁともあれ少々短いですが、新話お送りします。前書き含めればそれなりなんですけどね(苦笑)


 

サーヴァント戦に移行したことを理解した刹那は、即座にマスター殺しを行うべくリズリーリエに突っかかる。

 

魔眼による戒めは、まだハーフホムンクルスを苛んでいるのか、少しだけ辛そうな様子だが、そこで情けを持つわけにいかない。

 

「投影幻創」(トレースオン)

 

生み出されたるは、柄から穂先まで水晶のような透過物質で鍛造された、さしずめ『クリスタルスピア』とでも言うべきもので、うつむき加減のリズリーリエを刺し貫くべく―――。

 

寸前でその顔がスピアの穂先に見えたことで、スピアを引いた瞬間、細い光条のレーザーがリズリーリエの胸元から何本も放たれる。

 

「不意打ちとは何とも―――!!」

 

近寄る敵を一掃する勢いで放たれるレーザースプレーとでも言うべきものを、スピアを風車のように回転させることで跳ね返す(・・・・)

 

「―――エミヤ的だな! 義姉さん!!」

 

「アンタこそ! コレを予想してそんな武器を持ったんでしょうが!!」

 

リズの胸から何かの奇術よろしく鳩を出すならぬ、髪仕立ての鳥―――エンゲルリート。複雑な綾目を紡いで作られた小鳥が、羽ばたきながらリズの豊かな胸から大量に出てくる。

 

そして、その小鳥はレーザーを次から次へと吐き出してくる。同時に全身に奔る魔術回路が、恐ろしく精緻に魔力を精製する。

 

その様子は完全に人間離れしており、地力を察する。

そして、更に術が行使される。

 

「トレース・オン!」

 

こちらの意趣返しなのか、クリスタルで鍛造された双剣を手にするリズ。

 

魔法師風に言えばマルチキャスト、パラレルキャストなものだが、魔術師ならば特に思わない。特に道具・触媒もなしにそういうことが出来る連中は多い。

 

だが紡がれた魔力量や多数使用する術式の難度次第では、それは驚嘆する並列作動術式として瞠目する。

 

「行くわよ!!!」

 

レーザー鳥に援護射撃させた上での突っかかり、すでに魔眼の影響は脱している様子だ。

 

しかし―――。

 

「―――『グガランナ』!! 援護してくれ!!」

 

ぶぉおおおお!!!!

 

呼びかけに応じて、後ろにいた小山ほどの体躯はある巨牛が叫んだ。

 

まるで大地を鳴動させんがほどの圧が『空間』を揺らして、一直線に走る蒼雷が、リズの鳥たちを焼き尽くした。

 

「アルビオンで契約した魔獣か!?」

 

「そ、その通り! アンタに言うまでもないが『神秘』はより強い『神秘』の前に屈する!! 封印指定のアオザキも、一時期は『金狼』と契約していたらしいからな!!」

 

リズの驚愕混じりの質問に対して、少しだけ動揺しつつも応えた刹那は、クリスタルスピアを投げつける。

 

「壊れた幻想」(ブロークンファンタズム)

 

いきなりな武器爆破、水晶の双剣で打ち払おうとしたリズにとっては不意打ちだったはずが―――。

 

「セツナ! 上!!」

 

リーナの警告を受けると、そこには跳躍で眼前爆破を躱していたリズの姿が。

 

必殺のタイミングであったが、動揺は少ない。

 

返すように落下軌道にあるリズから双剣が投擲される。踏みしめる足場もないというのに、次から次へと剣を打ち出す。

 

強烈なスローイング、放たれる魔力剣の威力に、たまらず回避及び防御。同時に剣を作り出す。

 

地面を陥没させて盛大に土煙をあげさせるそれを前にして無手ではまずい。作り出した長剣で弾きながら落下軌道にあるリズを狙う。

 

下着が見えることもお構いなしなのだろうが、少しだけ気になる。

 

そして落下の勢いと同時に振り下ろす剣がーーー。

 

「ハアアアア!!」

 

裂帛の勢いで向かうそれを前にして、迎撃の刃を振り上げる。

 

一髪千鈞を引く激突は―――振り上げた剣の破断で知れた。

 

落下してきた体重を受け止めたことで、しびれる身体を引きずるように後退。

 

その手に握る得物を見せびらかすように、リズは構えてくる。

 

これ(・・)が何であるか、理解できる刹那?」

     

「天下に仇する無双の剣にして、エミヤの到達点の一つ。千子村正(せんじむらまさ)……」

 

ビーストを抹殺した際に、『神域鍛造投影』で何とか手にすることが出来た『宝具』……鍔も柄もない。素のままの刃を持つリズ。

 

それを見ながらも、魔術回路の回転を止めることはしない。

 

「アナタにはアルトマ・ビーストを倒した際のみに造れたものも、私にとっては、こういうことよ―――さて、それでも刃向かうの?」

 

「あたり前田のクラッカー。力に屈したらば漢の生き方じゃないんだよ。そしてこの闘いは、オレ一人の私戦じゃない―――白旗をあげるには早いんだ」

 

言いながら干将莫耶の陽剣の方を持ち、陰剣の方をリーナに渡す。

 

「―――何より、アンタがエミヤの一つの到達点を手にしてくれて嬉しいぐらいだ。外敵に打ち勝つべき幻想を投影しても、己自身が作り出した『最強の幻想』に相対は出来ない―――オヤジを超えるために鍛ち出してくれる……オレが親父を―――衛宮士郎(剣製)を超えるための……刹那(オレ)幻想(ほうぐ)で!!」

 

それは私戦じゃないだろうか? と苦笑しながらリーナは想うも、刹那の人生で最後まで超えられなかった壁としてあったものが、目の前に出来たようなものだろう。

 

そう理解したからこそ――――。

 

「アナタだけじゃないわ。『ワタシたち』ででしょ?」

 

「―――全くもってその通りだよ♪」

 

刹那が構えていた干将にリーナは己の持つ莫耶を当てて、気付けの金属音が響いた。

 

「リズお義姉さん! 悪いケレド! この場で倒させてもらいますヨ! 主にワタシのハトコたちの安寧のためにも!!」

 

「そう言えば、アナタも九島の人間だったわね。主力を引きずり出したからといって、『居残り戦力』が弱体だと思われるのは心外ね」

 

「「―――」」

 

その言葉に2人して心臓を掴まれた気分になるも、今は目の前のことに集中するしか無い。

 

「さて―――ではさっさとインストールなりポゼッションするなりしなさい。素の状態で私に勝てるとは思っていないでしょ」

 

それは当然だ。だが、その言葉が放たれた瞬間、刹那の魔眼の色が灰色となりて、リーナを『変身』させる。

 

事前情報―――九校戦やその他の戦闘において、彼女が使用してきた英霊を諳んじれていたリズリーリエだが……それに少しばかり変な想いを覚える。

 

(この子は単体でも『夢幻召喚』などもこなせる子だったはず。そして使うのは、ランサークラスが主)

 

ならば、何故―――いまこの場で、刹那による灰かぶりの術式を使う必要がある?

 

常ならぬ危機感がリズに走り、優雅とか闘いの作法とは程遠いが、剣を振るい衝撃と魔力の混合波を浴びせたが。

 

「オレの嫁のドレスアップを邪魔するなよ!!」

 

同じく剣を振るって相殺されてしまう。その間にも、リーナのドレスアップは完了していき、そして―――。

 

「リズお嬢様の手を煩わせるわけにはいかない!!」

 

周囲にホムンクルス兵が寄ってきた時に―――リーナは。

 

「ワタシに不用意に近づくと、冥界送りにしちゃうんだから―――!!!」

 

―――持っていた『槍』であり『牢獄』を地面に突き刺す。

 

そして、赤雷が辺り一面に地面から吹き出す。

 

ホムンクルス兵とて、それなりどころか尋常の魔術師・魔法師などぶっちぎった力を持っていたはず。遇しかた次第ではサーヴァントともやりあえたはずだ。

 

しかし、リーナに掛けた『霊基』は、そういった枠組みにはなかった。

 

「冥界の神……エレシュキガル!! 神霊サーヴァントを宿したのか!?」

 

「モトモト、ワタシはブリュンヒルデとか、ワルキューレなど『格落ち』のカミサマとかに協力されていたからネ!

セツナのマム! リンさんから、縁を譲り受けていたのよ!! 言うなれば―――嫁入り道具!! スピリットオブアース!!」

 

ズルい!!! という数名のオーラを感じる発言だが、言葉通りに変身したリーナの姿は、あの時に見たエレシュキガル・リンのものに似ている。

 

そして霊基も違わないものだ。

 

「ケレド……セツナが「灰の魔眼」を使って、ようやく出来るんですよネ」

 

「ぐぉおおおお! し、しびれた!! お嬢様! このセラスの仇をどうか取ってください!!!」

 

苦笑しながらネタバレするリーナ。しかし放たれたメスラムタエア(宝具)の威力は、周囲にて地に伏せた従者たちから、お察しである。

 

ホムンクルスがぴくぴくと、生体反応よろしく動いているのが生々しい限り。

 

「面白いことをする……だが、それだけではね!!」

 

数多の剣群を一斉に自分の周囲に展開するリズ。それら全てが宝具か、それに準じる概念武装だ。

 

応じるように刹那も―――。

 

投影、弦奏(トレース・オン)――――全投影弦奏待機(シンフォギアソード)

 

魔術回路の猛りのままに、武装展開を果たす。

 

数ではリズに分があり、各武器の質でもリズに軍配が上がる。

 

だが、それでも―――――。

 

(見せてやるぜアインツベルンのエミヤ。オレが体得した剣製の秘奥を!!)

 

手を振り上げる/手を振り上げる

 

互いの手に応じて、剣が射出の態勢を取る。

 

相手を見据える/相手を見つめる

 

そして――――――衛宮の魔術を受け継ぐ魔術師2つの剣製が――――――――。

 

「Shoot!!!」/「Fliegen!!!」

 

振り下ろした手に従いて撃ち出された!

 

激突する剣、槍、斧、槍、剣、剣、大剣、長剣、小剣、細剣、大剣、大剣――――数えるのも馬鹿らしくなるほどに、一つ一つを吟味するのすら阿呆らしくなる魔力の猛りを持った数多の名工が一回の生涯で鍛造できるかどうか分からぬ業物がぶつかりあい盛大に爆裂四散していく。

 

そんな砲撃・爆撃の戦禍の中をものともせずに突っ走る影―――剣製の魔術師は、英雄王のように不動で武器を打ち出すだけではない。

 

その身体をフルに駆動させて相手を切り捨てようと走り出す。

 

撃ち出される剣とは別に自分にとって握りやすい剣を手に―――。

 

「アインツベルン!!」

 

「トオサカ!!」

 

―――冬木御三家の末裔にして、エミヤの姉弟のかなしき剣戟は始まる……。

 

 

 



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春休み編『冬の少女』

型月業界がいろいろ動いている。

ぶっちゃけティアマトがアーケードではサーヴァントになるとは

まだマザハは来ないんだろうかと思いつつ新話お送りします。


追記

かなりの修正を入れました。


魔術師の闘いとは時に、魔法師よりも『大味』(おおあじ)なものに見えるのは、結局―――相手に魔法(じゅつ)が通じないという状況が殆どにおいて存在しないからだ。

 

極まった魔法師が干渉力を全開にすれば、周囲にいる低級の術者が封殺されるという現実と、仮にそうでない状況であっても、どんな『人間』にでも一発当てれば、それだけで『積み』とも言える闘いが主な以上、先制攻撃(ファストブレイク)が、肝要である。

 

だが魔術師同士の戦いとは、そうではない。相手の術理・原理を上回るために、数多の打手を投じる戦い。

 

先程から盛大にクラッシュしまくる名工の業物の爆破の色彩の最中でも、刹那とリズリーリエは互いの防御を崩さんと、魔剣、聖剣、妖刀、神剣……etcをぶつけ合う。

 

どちらも尋常の術者がまともに喰らえば、身も魂も一撃必殺、完全必滅を約束するものだが、2人にとってはそれが致命傷とはならない。

 

(何か強力な防御が敷かれているのか?)

 

明確ではないが達也の眼にも『それ』は見えていた。

 

いつの間にか纏っていた魔術衣は、東京事変で見たものだ。

 

軽鎧とローブを組み合わせたようなそれは、刹那のカラーである赤を基調としながらも、青と金を取り入れたもので、有り体に言えばカッコいいものだ。

 

鈴鹿御前の『槍』……ツインブレードともう一方の赤柄の長槍を手にして挑みかかる。

 

その姿に―――

 

『あのヤロー! さっそくもパクってるし!! これだから贋作屋はイヤなの!! アタシの一品モノ『両通連』『顕慕連』をなんだとおもってるんだし!!! 』

 

と少し遠くの方から声が聞こえて達也の耳に入り、宝具の名が知れるのだったが。

 

「そこにいたか! 鈴鹿御前(スズカゴゼン)!!」

 

「ゲェーッ! スカサハ!!」

 

 

サーチしていたのは影の国の女王スカサハ……先程まではバニースーツであった妙齢の美女の衣装は……金色の肩章やブローチの前留が着けられた、サーコートをきっちり締めたスタイル。

 

ただ上半身はともかく下が黒のミニスカート、黒のニーソックス白のニーハイブーツ……と軍服とみるならば改造がモリモリされているのに、それが似合ってしまう。

 

野戦服ではない『軍服らしきもの』『カラーガード』らしき衣装…霊衣を着込んだスカサハが、鈴鹿御前(サンタ)に挑みかかる。

 

あえて言うならば魔境のサージェント(教導士官)……一条と吉祥寺を鍛えていた様子から、そう達也は内心でのみ称するのだった。

 

そうこうしていると、達也も乱戦のさなかに巻き込まれる。

 

(オーン)!」

 

遠くの方から明確に達也を狙った攻撃が放たれる。

 

呪詛の類。それが明確な形を持ってこちらを穿とうとしてくる。影絵の犬狼―――そうとしか言えないものが大量に駆け出してくる。

 

同時に達也の行動を阻害する呪詛。身体どころか演算領域にまとわり付くようなそれを感じながらも―――

 

「まだまだだな」

 

決して侮れるレベルの術ではないが、解呪を自動的に行い、同時に犬狼に対して分解術を発動。召喚した獣がディスペルされたことで―――。

 

次に出てきたのはシャドウサーヴァント。見た目だけで判別できぬが、それでも名のある英雄の影。今までの達也ならば迂闊に飛び込みはしなかっただろうが……。

 

「雑だな。もう少し―――マシなのを連れてこいよ」

 

シャドウサーヴァントの原理及び強度は、どうやら術者のイメージ(りょく)にも依存するらしく、神代秘術連盟の術者でも、そこまで強力なものを運用できない。

 

(更に言えば、あのアルビオンで戦ってきたダンジョンモンスターに比べれば、何とも弱体だ)

 

サイオンを込めた手刀が抱き込んだシャドウサーヴァントの首を折ることは、アルビオンで戦ったスケルトン(骸骨騎士)デュラハン(死霊騎士)に比べれば、いとも容易い。

 

「俺の方にホムンクルス兵を差し向けないのは、舐めてるのか? それならば―――」

 

容赦することもなく、分解術を向けて―――。

 

脅しが効いたのか、サーヴァントが一騎やってくる。

 

連盟の魔術基盤を考えるに、東洋系のサーヴァントだろうが……。

 

(さて、ガチンコでのサーヴァント戦か。刹那のように概念武装を用立てられるわけじゃないが……)

 

それでも、やれるかぎりはやってみようと想うのだった。

 

アルビオンに潜ったがゆえに進化した達也の能力。それを試したいのだ。

 

そしてやってきたサーヴァントは弓を持つ白衣装の男だ。

 

インドの王族を思わせるその衣装は、闘争の場には相応しくないっようにも思えた。

 

「―――魔法師の割には随分と自信が満ちていると見える。マスターにけしかけられたとはいえ、一手士合いていただこうか」

 

目だけでも射抜くような力を感じる。言葉が完全に達也との戦いを決定づけていた。

 

「……アーチャーのサーヴァントか?」

 

「その通り。この得物を見れば一目瞭然ですけど」

 

微笑を零す黒髪に黒い肌の男―――人種としてはインド系と見受ける男の登場に、達也は緊張を隠せない。

 

(かなり上位のサーヴァントなんじゃないのか? それこそ『神』の御子を出自とするような)

 

知らず汗を流す達也。しかし、それでもこれは嬉しい展開だ。

 

接近戦の術が無いわけではないだろうが、それでもセイバーやランサーでは、まだまだ対抗策がなかった。そんな中でのこの戦いは―――。

 

(俺が、いままでの俺から脱却するための戦いだ)

 

闘志を燃やして―――それに反応したピクシーから武器を受け取りながら、達也は戦いに挑むのであった。

 

 

 

そんな風に達也が絶体絶命(?)の中にありながらも、各々の戦いは絶え間なく続いていた。

 

「いくでちよ―――!!! 狙うは糸細工の鳥たち!! 啄むでち!!!」

 

『『『『『チューーーン!!!』』』』』

 

相手の母艦を叩き潰すべく、大空を飛んでいく雀たち。

『燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや』などという故事成語などなんのそので、英国の上空に佇む浮遊戦艦の直掩たるエンゲルリートを叩き潰していく。

 

狙われた浮遊戦艦のクルー、神代秘術連盟のメンバーたちは溜まったものではない。

 

大まかな操作は船乗り系のサーヴァントたちに任せているとはいえ、徐々に対空砲火が削られていくのは心臓に悪い限り。

 

「そうそうやらせんよ!!!」

 

当然、こういった事態に備えて、アーチャーのサーヴァントないし鉄砲持ちのサーヴァントが、目障りな敵方サーヴァントを落とすべく奮戦する。

 

当然、その行動に飛行していたサーヴァントたちは対応する。

 

紅閻魔に対となる白色のサーヴァント。石像が魂を得たといえる存在が、戦術的行動に入る。

 

「推進機構を潰す。当然、向こうも必死に防備するでしょうが―――」

 

「わかったでち、(べに)が援護するでありんす。『がらてあ』は、心置きなくその『ノミ』を振るって仏ゾーン(?)をつくるんでちよ!!」

 

一見かみ合っていないように見えてかみ合った会話をこなす紅白のサーヴァント。

 

一騎当千の強者どうしに余計な指示は必要ないのだ。

 

「助かります。仏師系サーヴァントとのコラボ……いつか実現させてみたい」

 

背中の卵型推進機構をひときわ強く吹かせて、白い美少女が浮遊戦艦を大地に落とそうと画策する。

 

 

「ピグマリオンの皇后がこちらに向かってくるぞ!!」

 

「確認している。こちらも飛行系のエネミーを出す。対地砲火を当てるなよ」

 

戦艦のクルーの一人である男が、言葉通りにドラゴン型を多量に召喚してのける。

 

(やはり京都・奈良よりも、ブリテン島の方が竜を召喚するのに、適している……)

 

そんな感想を述べながらも、自分のサーヴァントも『蛇龍』ゆえに、影響を受けているだろうかと想う。

 

 

「それなりの戦力を持ってきたようだが……」

 

「地の利はアタシたちにあるぜ!!!」

 

金色(こんじき)の青騎士、金色の赤騎士が敵中のど真ん中に居座り、次から次へとホムンクルス及びゴーレムなどを倒していく様は、紛れもなくナイツ・オブ・ラウンドの面目躍如である。

 

「アーサーと疑似サーヴァントを止めろ!!」

 

「止められるかよ!!!」

 

焦った様子で手勢を差し向ける連盟員の術者だが、言葉通りに召喚したエネミーの全てが紙切れのように斬られる光景は、悪夢も同然だろう。

 

如何に京都・奈良など関西圏で猛威を振るい、現代魔法の家を絶望させてきた軍勢だが……。

 

 

「所詮は神秘のド田舎! ファーイースト(極東)だな!! このブリテン島では好きにさせないぜ!!」

 

「い、一応、そのファーイーストの出身者が大半なんですけどね」

 

レッドとしては、『アタシの縄張り(シマ)で好き勝手させない!』程度の文言だったのだが、味方の大半を少しだけテンションダウンさせる言葉であったのは間違いなかった。

 

とはいえ、その言葉を聞いて、頬を引きつらせた深雪が金棒だか棍棒だかの一撃でゴーレムを粉砕した後には、雑魚敵とでもいうべきものは一掃されていた。

 

散発的な戦闘は各地で起こり、リーナと刹那がリズリーリエ及びホムンクルスたちと戦い、一条将輝と吉祥寺真紅郎が、スカサハに引きつられて最前線に突貫していくのを全員が見ている。

 

そして景虎とヘラクレスとの戦い―――若干、景虎に分が悪そうだ。刹那由来のサーヴァントの何騎かは、助力すべく明朗な言葉はなくとも、その戦いに向かった。

 

「まさか私達がメインフォースになるとは……」

 

「予想通りだと想うぜ。刹那が大ボスを受け持つ以上、こういうことになるのはな」

 

金棒を担ぐ深雪と大剣を担ぐレッドが言い合う。この後に出てくるものは予想通りだ。

 

連盟が召喚したサーヴァントたちの軍勢。

 

刹那が召喚したサーヴァントの中でも血気盛んな連中は、すでに刃を噛み合わせているのだが……。

 

「マスターセツナからの指示だ。申し訳ないが、一時的に君たちを指揮させてもらうよ」

 

「伝説の騎士王アーサーの配下になるなんて光栄だぜ!」

 

「どんな敵でも寄越しちゃって!! タッグでもデュエルでも問題ないわ!!!」

 

一高が誇るウォーモンガー2人がそう言ってきたことを契機に、霊体化を解いたサーヴァントが草原に現れる。

 

さながら魔界転生のごとく……。

 

それを見た騎士王アーサーは伝説の剣を掲げながら、カリスマ溢れる草原によく通る声で言い放つ。

 

「全戦士、騎士たちよ!! 構えろ!! 君たちの戦う理由が何であれ、今この場において、我らは一つの運命共同体だ!! 互いを信じ、互いが掲げる誇りを尊重し、互いに背中を預け―――運命に打ち克て!!!」

 

『『『『『『オウッ!!!!!』』』』』』

 

気の抜けた応答など出来ぬ。それぐらいに魂が揺さぶられる言葉であった。

 

あるいは、このブリテン島に打ち付けられた魔術基盤が、彼の言葉を必要以上に拡大(エンハウンス)しているのかもしれないが、それでも―――構わない。

 

闘いは激化する……。

 

 

「バースト・スパーク!!」

 

「稚拙な!!!」

 

「投影・重創―――全投影連弾奏射(ソードバレルマキシストライク)!!」

 

「抜け目ない!!!」

 

リーナの出した雷撃が、直接効かずとも聖骸布の上で弾けたことで、遅滞が出来る。

 

そこに刹那は、剣弾20発を放つ。それぞれで射出角度を変えた攻撃を前にして―――。

 

「Habgierig―――熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)

 

投擲に対する絶対防御が『七つ』展開された。

 

恐らく最初に差し込まれたドイツ語の単語が、この結果をもたらしたのだろう。

 

強欲(ハープギーリヒ)。その単語一つで投影物を倍増させたってのか)

 

驚愕ではあるが、それ自体は驚くべきことではない。

 

トランベリオの長は、その卓越した魔術回路を用いて、魔術一つを媒介に、持続する限りは何度でも大魔術を連発出来た。

 

それを考えれば……。

 

しかし―――。

 

「リズお義姉さん!!」

 

「気安く呼ばないで!!」

 

メスラムタエア―――巨大な両大槍(ビッグツインタスク)。更に巨大な棘付きの円輪となったそれを、アイアスのラウンドシールドに叩きつけるリーナ。

 

投擲物に対する概念的な守りだからと、近接攻撃でたやすく壊れるわけではないが、それでもメスラムタエアという冥界神エレシュキガルの槍檻(ぶき)に対しては、そこまで防御が通じなかったようだ。

 

病葉よろしくガラスを砕くようにアイアスの守りを砕きながら接近するリーナに対して、リズリーリエが窮する。

 

しかし――――。

 

「リーナ!!!」

 

慌ててその追撃に対して、守り手として横に就く。

 

「セツナ!?」

 

何事かと驚いたリーナだが……。

 

「展開・熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!」

 

即座に多層型の円盾を展開して、横合いから走ってきたドラゴン型ホーミングレーザーをシャットアウト。

 

ヒュドラの矢(ストライクハイドラ)!!」

 

魔力の盾が徐々に溶けていることに気付いたリーナが正体を見抜き、それでも防御は確実であり、盾を消去しながら即座に2人そろって飛び退く。

 

「へラクレスからの横槍ならぬ横矢ってところカシラ?」

 

「お虎からの警告が早かったから何とかなったが……」

 

危ないところであった。

 

だが―――ここまでの戦いで、既に6分方で勝利を収めつつある。

 

あとはサーヴァントを潰してしまえばいいだけだ。

 

「――――と、想ったところで、何かの隠し玉を出すのが俺の敵たちなんだよな……なんだか俺をびっくりさせることに終始しすぎじゃないか?」

 

「勝ち戦でテンションいいところに仕掛けたいんでしょ?」

 

マジか。とリーナの真剣な声に想うも……今のところは強力なサーヴァントとの連携を崩されたことが、彼女の敗着の一手になっている……。

 

(姉貴……)

 

だが、ここで仏心を出すとロクなことにならないことは分かっていたので、ヘラクレスからの矢に気をつけつつも、刹那は決着をつけるべく動きだす―――。

 

その時……肩で息をするリズの目前に霊子が蟠る。それを見過ごすわけにはいかなかった。

 

 

「姉貴!! 悪いがルールブレイカー1発いっとぶはぁ!!!」

 

「セ、セツナ―――!!!???」

 

刃物としても切断力を増したルールブレイカーを振りかぶった刹那が吹き飛ばされる様子をリーナは見届けざるを得ず、そんな刹那を受け止めるは、『うし』であった。

 

鼻息で器用にも、刹那を保護してその上で背中に載せた『大牛グガランナ』にホッとしたのも束の間。

 

攻撃を行った存在は遂に現界を果たした……。

 

「コラー!! お姉ちゃんをいじめるなー!! 例え今は敵味方に分かれていたとしても、弟である以上は節度を弁えなさーい!!!」

 

『クマクマクマベアー!!!!』

 

腕をブンブン上下に振って怒りを表現している少女と、巨大な熊らしきもの―――サーヴァントとその騎馬が出てきた。

 

「ホワイトベアー!? そして、アナタは―――!?」

 

「……まぁお袋が『疑似サーヴァント』の依り代になっている以上、『そういうこと』もあるとは理解していたけどさ……」

 

あまりにも突然の出現。しかし警戒は緩めず、すぐさまリーナをグガランナの背中に乗せるべく、『縁』を利用して引き寄せることにした。

 

「セツナとタンデム♪タンデム♪ こんな時にフキンシンかもしれないけどモアハッピーだわ♪♪」

 

「牛の上だけど、嬉しいならば何も言わない」

 

跨りながら笑顔で腰に手を回してくるリーナに、苦笑しながら言う。

 

別に手綱を握っているわけではない。ただそれでも『グガランナ』は……刹那の意に応えてくれるのだ。

 

「―――シトナイ(・・・・)!! 精霊強化!!」

 

「分かったわ。アナタもシロウに乗って、リーリエ!!」

 

あちらもどうやら熊を巨大化させて戦いに挑むつもり。

 

それは、つまり……。

 

「―――怪獣大戦争か」

 

「GO○Z○LLAでもKI○G KO○Gでもないんだけどネ」

 

言いながらも、大熊と大牛はお互いを倒すべき敵と認識したのか、鼻息を荒くして戦いに挑もうとしている。

 

その様子に苦笑していると不意に――――――。

 

(なんだ。これは……)

 

―――刹那の頭の中に一枚の設計図が浮かんだ。それは……。明確なものではないが、それでも……。

 

(いまは考えている暇はない)

 

立ち向かうべきものに立ち向かう。それがいまは求められているのだから……。

 

 

 

 



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春休み編『超銀河級グレートマザー』

お虎「2022年は寅年……虎縞ビキニのヒロインのアニメがリメイクされ、TIGER & BUNNYの2期が発表された今! FGOに求められるのは虎に対する大プッシュ!!
夏のイベントでは虎ビキニ衣装の私の実装! M樹さんが思わず『まいっちんぐー!』と叫ぶような過激なものを社長絵で書き、そして―――ぐだぐだイベントでは、遂に私の宿敵、みなさん待望の『甲斐の虎』武田晴信の実装を―――」


などと夢がふくらむ寅年の一年が始まりました。

今年もよろしくお願いします。


 

英国、ブリテン島で戦いが行われている中、極東においても一つの戦いが始まりつつあった。

 

刹那のやることを詳しく理解していなかったものの、神代秘術連盟から戦力が出たことを理解すると、十師族を中心とするナンバーズは西への進軍を即座に決定。

 

九島家と粘り強い交渉を続けた、三矢及び一条の尽力が報われた形である。

 

結果的にではあるが、こういった事態を含みをもたせて伝えられていただけに、行動は早かった。

 

そして何より、攻略目標を2つに絞ったことが動きを円滑にしていた。していたのだが……。

 

「当然、リーダーたるは俺に決まっているだろう! 俺の指示でビシッ!と協会を奪還してやるよ!!」

 

「寝言は寝て言ってくれよー♪ 紙を飛ばすだけでなくて、そのチリチリパーマも飛ばすのかい? 笑かしてくれる」

 

「んだとぉ?」

 

「なんなんだい?」

 

ゴゴゴゴゴゴ! という擬音が響きそうな2人の男子の睨み合いに『仲悪っ!』と周囲の人間たちは想うのだった。

 

「まぁまぁ落ち着いてくださいよ。2人とも」

 

そんな2人の男子を仲裁するべく、同じ年頃の男子が動き出した。

 

「ここは一つ、黒羽君をリーダーにしましょう。今回の攻略戦において、戦力を一番に連れてくれたのは彼ですから」

 

「九島くん……それでいいのかい?」

 

「構いませんよ。今、我々がやるべきことは、協会員たちを支配下に置いているサーヴァントとマスターたちを打倒することです。そのためならば、主導権などくれてあげます。僕を―――兵隊として上手く使ってくださいよ」

 

「……甲斐・諏訪の男子として期待に応えよう」

 

いがみ合う2人の男子を、上手く仲裁したものだと想う。

 

要するに、この戦いがただの主導権を握り合うだけではないということを、理解させたというところ。

 

七宝には、今回の主戦力が四葉の家人たちであることと、四葉とて成功するとは限らないということを認識させて、その上で四葉―――黒羽のふんどしを締め直させたというところだろう。

 

柔らかな笑みを浮かべる割には、随分とキツイことを言ってくるものだ。

 

そんな男同士の会話を尻目に女性陣は、もはや目と鼻の先にある関西魔法協会を見ながら会話する。

 

セイバー(・・・・)、どうなのかしら? サーヴァントはいる?」

 

「おりますね。亜夜子姫、まごうこと無く気配を出しています。誘ってますね」

 

「そう……女なのか男なのか知りようがないけれども……自信があるのね……」

 

セイバーのサーヴァントから亜夜子姫と呼ばれた黒羽亜夜子としては、あのクリスマスの夜に『手痛い失敗』をしただけに、慎重にならざるをえない。

 

本来ならば仕事着として着ていたゴスロリ服―――パンクゴスな衣装ではない。

 

父・貢が、大枚はたいてまでも『魔宝使い』に用立ててもらった魔術的『重装備』……赤黒のコートに、動きやすさを意識しつつも胸部などを保護するために特化したボディアーマー。

上半身はそれでありながらも、下半身は何かの紋様――金色で描かれているタイツパンツとでもいうものを履いていた。

 

髪飾りもまた少々凝ったものであり、角のような突起が幾つも着いたリボンで髪を纏めている。

痛くはないのだが、何となく周囲に気を使ってしまうものだ。

 

「亜夜子様、先陣は私とヒカルちゃんで務めますので、あまり気を揉まなくてもよろしいかと」

 

「全面的に頼りにしたいけど、私も行くからね」

 

水波に返しつつ考えるに、この『作戦』はいうなれば、四葉の名誉回復の為の戦いともいえる。真っ裸の当主が行った国際的ピーピングゆえのあれやこれや。

 

つまりは最前線に出て、戦いを演じなければいけないのだ。弟である文弥は次期当主候補なのだから、姉である自分が前に出なければならない。

 

多くの資産を魔宝使いに出して、ようやく召喚出来たサーヴァントは……。

 

(どういう素性なのかが分からないだなんて……)

 

セイバーは『若武者』ではあろう。最初は『武田信玄』の若き頃『武田晴信』とか、改名前のそれなのかとか考えをめぐらしたが―――。

 

『分かりませぬ!』と勢いよく言われて、どうしようもなくなるのだった。

 

ステータス数値は教えてもらったが、恐らく貧弱な方なのだろう。日本という国においては、大層な補正はかかるのだろうけれど―――――――。

 

「ご安心なされ姫! 拙者、これでも諏訪大社にゆかりのある武者ゆえ! 都での戦いも経験済みなのです!」

 

「……頼りにするわセイバー」

 

小さな体の胸を叩く、女とみまごう容貌のセイバーに対して、どうしても命を預けられるのか難儀をしてしまう。

 

(けれど、遠坂先輩はセイバーを見て、何かを気付いて『若君、黒羽殿たちをよろしくお願いいたす』などと笑顔で言っていたわね)

 

それが、どういう意味であるかは分からない。しかし、それでも運命の時間は来るのであった。

 

「―――行こう」

 

流石に協会から届く『意』を受けて、文弥が号令をかける。これ以上の滞陣は、こちらが逆に襲撃をかけられかねない。

 

端的な言葉。それを合図に若武者たちは歩きだすのであった。

 

 

「ヤールングレイプル!!!」

 

白銀の拳の一撃―――巨大化されたレオの拳の一撃が放たれたが、サーヴァントなのか、受け止めたカラクリ武者はそのままにレオと力比べをしてくる。

 

『フィアマカジィイイイタ!!!』

 

「何の呪文か分からねぇが言葉喋れるのか!?」

 

しめ縄で脇を固定して(用途不明)、日本の鎧武者の装甲を持つ青いカラクリ武者は、とんでもない膂力でレオと取っ組み合う。

 

『相棒! 英霊憑依だ!!』

「ああ、Buddy GO!!!」

 

即座にその相手を脅威と見たアンリ・マユを、レオは憑依させる。

 

「力比べでは負けないぜ!!!」

『呪いが効いていない……こいつはサーヴァントじゃない。サーヴァントの武装であり『宝具』だ!!』

 

押し返すようにカラクリ武者を退かせたレオ。正体を見抜いたアンリの声を聞いたが――――――

 

「斬ザブロー! そのまま赤い隈取り男を抑えていて!!」

 

ここに来て、自分の芸の『仕込み』が暴露されたことを悟ったサーヴァントが、動き出した。

 

『ワシャッガーナ!!!』

 

レオの側面。横っ腹を狙おうとして、オレンジ色の髪をした短躯……それでも160あるかないかだろう身長の少女が、長物を手にしてやってくる。

 

(疾い!)

 

音速というほどではないが、脚の捌きが一歩一歩素早いのだ。

 

もう一対の幻手を展開して追い払うように動かすも、軽快な捌きと、宝具ほどではないだろうが業物の刀が、こちらの『手打ち』の攻撃をいなしてくる。

 

エルメロイ先生や刹那の言う彷徨海の『エルゴ』という青年―――ある意味では、自分にとって兄弟子のような達者な腕使いは、まだまだ不可能のようだ。

 

何より……。

 

「斬ザブロー!! 押して押して押しまくれ―――♪」

 

『ラ・ムゥウウウウ!!! アターールゥウウウ!!!』

 

「ちっ!!!!」

 

指示を受けたからなのか、正面の圧力が増えてくる。先程は押し返せたが、今度はこちらが押されてしまう。

 

生半可な術を使ったとて、このカラクリ武者『ザンザブロー』とやらには効くまい。

 

「そのお命、頂戴いたーーーす!!」

 

命のやり取りをしている割にはカルイ口調だが、決して不快ではない声で刃物がレオの首に回ろうとした時。

 

「そうはさせないわよっ!!」

 

「おっと!!! ここで助太刀推参とは! なかなかにいい出入りだ!!!」

 

邪魔されたというのに、楽しそうな様子を見せて助太刀―――千葉エリカの介入を『歓迎』するサーヴァント。

 

そして、それを受けてレオはカラクリ武者を押し返した。

 

カラクリ武者だけならば、幻手全てを使えばどうにかなった。気合いの声を上げて、押し返すと。

 

「合流だぜ! 斬ザブロー!! アタシの『芸』はまだまだだ!!! 気合入れろよ!!」

 

『カブキファンクション』

 

エリカとの切り合いを終えて、あっさりカラクリ武者と合流をする。侍というには少しばかり硬さが無く、かといって陰陽師というには、衣装が色彩豊かにすぎる。

 

様々な柄の布を合わせた外連味溢れるものに、少女に不釣り合いな丈の大野太刀……。

 

正体はまだ不明だが、それでも―――

 

「エリカ、あのサーヴァントの実力の程はどうなんだ!?」

 

「弱くはないけど強くもない。けれど倒しきれるイメージが出来ない―――多分、目標としている敵が私とは違うんだと想う」

 

そのやり取りでレオも察する。彼女の主敵というのは、戦国時代の武将や武者の類ではない。生きていた時代はまだ割り切れないが―――少なくとも幕末明治頃の存在ではないのだろう。

 

「ふふん! 神速を謳う鳥居強右衛門(すねえもん)どのを倒してまで私に相対するとは、恋人どうしかね?」

 

「いいえ、ただコイツを慕う女の子が多すぎて、手助けしないとあとが怖いんです」

 

からかいの言葉を掛けられても、平素で対応してくれるエリカに苦笑しながらも、サーヴァントの一騎を倒した事実に少しだけ嫉妬心を持つ。

 

「だが、この軍団戦で強右衛門どのを倒すことは、失態だったかもね?」

 

「そうね。死ぬことで自軍全体にバフ(強化)が掛けられるなんて、流石は落城寸前の長篠城に『援軍は来る!』 と叫んで士気を上げさせた豪傑だわ……」

 

消滅することで真価を発揮するサーヴァント。そういうのもいるのかと思いながらも、幻手に力を込めて―――相対する。

 

「さぁて―――、異国での初公演は英吉利。しかし、やることは変わらない!! 私の神楽で黄泉路を安らかに進ませよう!! 真名を明かせずとも、この戦いを人々の目に焼き付ける!!! 目に物見せる英霊英傑歌舞伎(さーゔぁんとかぶき)の始まりだァ!!!」

 

「あいにく敵役(かたきやく)隈取り(けしょう)はしていないのよね!!!けれど倒させてもらうわよ『真打ち』!!」

 

歌舞伎用語で言うところの『見栄きり』をしてくる女剣士に、同じく女剣士が返す。言葉の叩きつけ合いが、すぐさま剣の叩きつけに変わるまで時間はかからなかった。

 

 

「「剣弾、全装填、全力射出!!!」」(マキシマスロード・フルストライク)

 

お互いの魔術回路を全力で回転させての戦い。奇しくもその光景は、九校戦におけるスピード・シューティングでの、一条将輝と遠坂刹那の戦いに似ていた。

 

お互いが撃ち合う剣弾

―――投影武器の魔力は五分五分。

―――お互いに乗り込む『大怪獣』の格も互角。

 

この均衡を崩すためにも―――。

 

「切り札を切る時だな」

「つ、ツイにセツナのジョーカーが切られる時……けれど―――」

「ああ、どういう『結果』になるかは分からない。フォローを頼むぜ」

「代わりにお互いの身体(ボディ)が蕩けそうなS○Xを要求するワ♥」

「そんなことは、いつでもやってやるよ」

 

その言葉を受けて真っ赤な顔をしつつも―――。

 

「我が世の春が来たァア!!!!」

 

月の御大将のようなセリフを言いながら、リーナは朱色の短剣を打ち出す。狙ったのはシトナイというアイヌの神霊。

 

氷の矢を先程から撃ってきた彼女の攻撃はかなり厄介であり、下手に接近戦を挑んできていないのは、機動力を『シロウ』なるシロクマ(?)に依存しているから―――

 

(などと断じるとろくなことが起きない)

 

油断大敵。

 

両目の魔眼を最大回転。

マクロコスモスとミクロコスモスを展開。

 

左腕魔術刻印圧縮(ルートセット)右腕魔術刻印解放(ルートダイレクト)

 

その呪文をシロクマの頭上にいたリズリーリエが聞いていないわけがなく、それを邪魔せんと攻撃に苛烈さが出てくる。

 

しかし――――――。

 

「グガランナ!! 揺らせ!!!」

 

「―――!!!」

 

天空より降りそそぐ剣の雨という脅威を前にしても、シロクマと押し相撲をする巨牛は構わず『神獣』としての権能を10分の1程度ではあるが披露をして、投影武器を蹴散らす。

 

それはあちらの魔術回路も揺らし、停滞を齎す。

 

とっておきの宝石を虚空に浮かべた上で―――。

 

霊基銀河開放(ゲートオープン)――――」

 

太陽系の並びを以て、一つの結果を齎す。

 

とっておきの秘術が虚空を書き換えていき―――。

 

「―――原始宇宙に輝く宝冠(エディン・シュグラ・クエーサー)―――」

 

最後の呪文口決―――真名開放を以て、刹那の身体は光り輝いていき、『善の女神』を喚び出した。

 

 

「リンは、あの子に何を託したのよ!? あっ、違うわ! リン(自身)が『成る可能性』があるものを『時限式』で組み込んでいたんだわ!!!」

 

旧知の女の名前を叫びシトナイ―――シトナイの『憑依元』となったものは、いつぞや『城』で『剣』を振り回してくれた末のことを思い出して、頭を抱えたくなる。

 

っのアマ―――!!などと思いながら、どっかで会ったならばアインツベルン48の殺人技『グーパン』をお見舞いすることを心に秘めつつも、現れた巨大な―――ヒト型を前にして、これは不味いと想うのだった。

 

 

巨大なヒト型は―――刹那の後ろにて対空しながらもこちらにその眼を向けていた。

 

その眼は―――『6つ』

 

黒髪を巨大な大河のように解いて、■■ヤが知る『遠坂凛』よりも少しだけ年を重ねた『大人』な彼女が、白を基調としたドレスを着込んで揺蕩っている。

 

その凛よりも若いが、それでも見知った顔が『女神』のように、刹那の背中を守るようにしている。

 

銀髪と金髪―――どちらも、ドレス姿の美少女だ。

 

そのモデルは……。

 

「セツナにとってワタシは女神だったのネ!! 今日はなんてイイ日なのカシラ!!!」

 

ハッピーな気分1000%の当事者を除けば……。

 

「オ・ノーレ! セルナ!! 電撃大王(?)でコラボした私だってセルナのお母様と同じく女神になりたい!! マジカルセンセーション!! ミラクルレヴォリューション!!」

 

(銀髪の方は、オルガマリー・アニムスフィアがモデルなんだろうが……刹那はオヤジさんや弘一さんのことをアレコレ言えないな)

 

愛梨が怒りながら、召喚された原始の女神に怒りを示し、達也は内心でのみ元カノ未練マン3号に呆れを覚えながら戦う。

 

だが、そんな女神の出現は、達也が相対していたインド神話(リグ・ヴェーダ)のサーヴァントを戦かせていた。

 

「宇宙規模の攻撃というのは、我々の十八番のはずだが、しかし―――」

 

力が高まる。刹那の『女神』たちが最大攻撃をする予兆を見て―――。

 

「まさか、こんな攻撃を仕掛けてこようとは!!」

 

『超必殺!!! 究極女神ビーム!!!!』

 

光が草原に降り注ぐ。その様子は差し詰め『天からふりそそぐものが世界をほろぼす』といった様子であり、結構とんでもないものなのだが―――。

 

 

達也たちには害を及ばさないようであり、戦局は確実にこちらに傾いている。

 

(気合い入れなきゃな)

 

ここまであれこれと秘術を展開した刹那の支援があって、戦略目標を達成できなければ、男として、ダチ公の一人として情けなさすぎる。

 

弓を上にしてバリアーを張っているサーヴァント……炎矢をありったけぶつけて刺してきた相手に、魔眼を輝かせながら向かう。

 

簡単に貫ける相手ではないだろうが、それでも、腕の一本でももらわなければ割には合わない。

 

狙われたことを悟った―――アルジュナからの攻撃が苛烈さを増していく。

 

そんな中……同じくサーヴァント……鬼のように強い―――というか鬼であろう特徴を持つ短躯の子を相手取るレティシアは……。

 

 

(セツナは、面倒見の良い兄貴タイプに見えて、その実体はどちらかと言えば『弟』的だ。甘えさせるよりも甘えたい派でしょうね)

 

彼の過去映像。そしてブラックホールを生み出しているオルガマリーという元カノに対する態度を考えるに―――。

 

 

(必要なのは『姉』なるもの―――つまり私が会得すべきものは!!!)

 

「―――姉ビームか!!!」

 

「戦いのさなかに何を考えとるんじゃ!?」

 

くわっ!! という勢いで眼を見開いたレティシアに、鬼はちょっとどころかかなりビビってしまう。

 

人間怖いというよりもジャンヌ怖いという感情で、茨木童子(イバラギン)は巨腕の右手を飛ばそうかどうかちょっと考えつつも、ホーミングレーザーの類を処理していくのだった―――。

 

 

 



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春休み編『終息する戦い』

何となくfate関連ではない魔法科高校モノを書きたいと思っている現在。

オリ主ではなくクロスオーバーの転生憑依ともいえるものを構想してはいる。
頭の中だけにあるものなのだが、まぁ暇見て書くかどうかを検討しています。

ただ、『コイツ、こんなこと言ったりやったりするかな?』とかも考えてしまう。
あと『とらのあな』でフェアやっていたからか永遠神剣モノが、何となく気になる。あと、propellerの新作は『はるはろ』を出してからにしろと言いたい。


戯れ言はともかく新話お送りします。



日本・京都――――PM 09:30

 

 

亜夜子たちが入り込んだ魔法協会内部は―――光で満たされていた。

 

時刻的に言えば夜ではあるので、この光は有り難いが、それにしても……。

 

(自信があるということかしら……)

 

真正面から迎え撃っても構わない。そういう気持ちを感じる。そして、洗脳されている協会員たちは―――。

 

「探しても無駄。既に全員、ご就寝にござる」

 

こちらの心を読んだかのように、声が上から掛けられる。

 

上り階段の上―――2階フロアからの声。建物の主かなにかのように現れた人物に、誰もが注目せざるをえなかった。

 

その霊基を察した味方のサーヴァントが、魔法師たちを下がらせるべく声を上げる。

 

「―――亜夜子、下がって!!!」

「ミノル、ミナミも同じく!!」

 

現れた人物……口元から上だけの狐面を被り、面貌を容易に教えない存在が、そこにいた。

 

烏帽子を被り、武装をしていない姿は平安・鎌倉の頃の武者の服を思わせる。

 

だがそれ以上に―――唯一見える口元に引かれた紫色の化粧が妖しさを魅せてくる。

 

完全に人外の存在……サーヴァントだ。入り込んだ全員が緊張を果たす。あちらは、こちらを完全に敵視しているのだ。

 

「―――アヴェンジャーのサーヴァント『平景清』だ。九島の人間も見えるところから察するに、救出作戦か」

 

「そうだ……悪いが、僕たちの任務はここの奪還だけだ」

 

光宣の言葉だが、それに失笑を零すアヴェンジャー。

 

「退いてもらえるならば見逃すとでも言いたげだが―――お前達こそ、虎口に入り込んだことを認識した方がいいぞ」

 

もはや存在と敵意を隠すこともしなくなったアヴェンジャーが、武装化を果たす。鎧を纏い、二振りの抜き身の日本刀を手にする。

 

「――――では、行きますぞ!!!」

 

太刀を手にして二階から飛び降り―――いや、滑空するようにやってくる狐面の武者。それを前にして―――。

 

両手に大型の盾――豪奢でありながらゴツく緻密な紋様を描いたものを出現させてた蒼のランサーが―――。

 

「ふっ!!!」

「せいっ!!!」

 

―――その二刀流を迎撃した。盾は見ようによっては、『鞘』にも見える。だが現在の用途はナックルガード。殴打武器として使われているようだ。

 

「でやぁ!!!」

「むっ!!!」

 

返すようにしてカウンターを決めようとする蒼のランサーこと『九島ヒカル』の攻撃が、アヴェンジャーを防衛に移す。その一撃一撃がとんでもない魔力と膂力で空間を揺らす。

 

(つ、強いなヒカルちゃんは……)

 

九島光宣から『疑似サーヴァント』として紹介された文弥は、ここまでプレデトリーに立ち回るサーヴァントとは思っていなかった。

 

黒羽家で召喚できたセイバーと同じく、その短躯でそんな風に立ち回れるとは思っていなかっただけに驚きだ。

 

しかもその短躯―――140cm後半の身長は、アヴェンジャー平景清の170cm前半の身長に対して有利に働く。

 

(懐に入り込んでの超至近戦か、勉強になる)

 

小回りを利かせずに至近距離での打撃戦に持ち込む。

リーチの長さを生かさせないための戦いだ。一撃ごとに関西協会の建物が揺れているように――――。

 

(ゆ、揺れている! なんて膂力なんだヒカルちゃんは!!!)

 

事実としてサーヴァント2騎の力任せの激突は、2090年代の建物でも受け止めきれないものになっていた。

 

当然アヴェンジャーも、その戦いに真っ向から付き合うわけにはいかないとして、剣戟に工夫を凝らしていく。単純なパワーを相手に技で以ていなしていく。

 

更に――――。

 

「『怨』の焔を食らうがいい!!!」

 

「魔力放出に紫の炎が―――」

「お主の膂力! それは幻想種―――魔獣に由来するものだな!! ならば容赦はせん!!!」

 

怨の焔と称するものが、アヴェンジャーから発生する紫色の魔力炎であるならば、それは蒼のランサーにとって厄介なもののようで、その攻撃は五分となっていた。

 

そこに―――。

 

「本性見たり!!!」

 

言葉と同時に、アヴェンジャーと同じく日本刀―――文弥と亜夜子には分からなかったが、魔宝使い曰くの『古刀』で斬りかかる黒羽のセイバー……仮称『黒のセイバー』の横から放たれた一撃に、アヴェンジャーは瞠目する。

 

セイバーの一撃で狐面が断ち切られて、その顔を全員に晒す。

 

不意打ち気味ではあったが、アヴェンジャーを縦一文字に断ち切らんとする一撃であっただけに、アヴェンジャーは距離を取ってセイバーと相対し合う。

 

「―――ふん、怨を持たぬ稚児か。貴様、儂と同血にありながら、何故に『坂東武者』を怨まぬ?」

 

「さて、どうしてでしょうね? まぁ何はともあれ―――蒼のランサー、この者は私が相手をする。アナタは、奥にいるサーヴァントを相手にしてください」

 

「セイバー、いいのかい?」

 

2人がかりならば、ここでアヴェンジャーを仕留められるだろうというランサーに苦笑しながら、セイバーは語る。

 

「アナタとアヴェンジャーに全力で暴れられては、協会の道士殿たちに流れ矢が行きそうなので―――さぁ行ってください!! 私とて死にたくはありませんから、お早く『こと』を済ませましょう!!」

 

戦略目標を見誤らない。そのことを再認識させられて―――。

 

「行くぞ!! 人命第一!! 一人の命を救うことは無限の未来を救うことだ!!」

 

「行かせ―――」

 

「アナタの相手は私だ!!!」

 

水を伴う魔力放出で、景清の攻撃を阻害するセイバー。

 

「セイバー!!」

 

「行ってください亜夜子!! そして心配など無用―――私は坂東武者でありながら■げ■手の若■―――なので!!」

 

何と言ったのか判別できない、それでも快活なセイバーの声を聞きながらも、ヒカルに引っ張られる形で奥に連れて行かれた亜夜子。

 

せめてマスターとして、何より……姫としてお守りしましょうと言ってくれた相手とともに―――。

 

しかし、無情にも協会入り口への通路が封印されたことで、しばらくの間行き来は出来なくなる。

 

「―――囚われている協会員たちを助けることを優先しましょう。ランサー、生体反応はサーチ出来るか?」

 

「うん!! どうやら一箇所―――大広間。大宴会場というべきところに集められているようだね!! ただサーヴァントの反応もある!!」

 

「操り人形にしたとしても、排泄や食事は必要だからな。殺さずにいたのは、何かの利用価値があったんでしょうけど……」

 

推理しながらも、セイバーと無事に合流するために神速を心がける。セイバーを弱体などと早合点した自分を戒めるべく、亜夜子は、蒼のランサーに追いつくように脚を早めるのだった。

 

 

恐れ多く(?)も究極女神ビームなるものの影響は、草原の趨勢を決めていた。

 

ここぞという勝負時に向けて加速したアーサーの剣戟。黄金の剣が、サーヴァント数騎を切り裂き、霊基に回復不可能なダメージを与えていた。

 

大物―――とも言える槍使い『宝蔵院胤舜』が、これ以上はやらせないとして迎撃したが―――。

 

「がふっ!!!」

「……残念だよ。和のランサー、ブリテン島でなければ君と互角以上の戦いが楽しめただろうが」

「ははっ……優しいな金のセイバー。まぁ俺は軍団戦というのは、とんと縁が無かったからな。戦が終わって太平の世での武芸ゆえに、お主の巨竜・巨人殺しの刃撃の前では――――――」

 

和のランサーの真芯を真正面から貫いたセイバーは、軍団を指揮しての勝利を目指したとしても、これは武人として少しばかり心残りがあり、されど霊基が崩れていくのは止められなかった。

 

末期の言葉を聞いた後には、すぐさま次なる相手を狙う。

マスターのオーダーは戦力の削減である。

 

流石にこの剣を、古式魔法師(尋常の世人)に向けるまではいたらない。マスター殺しまでは行わないという、刹那の清廉さとも合理判断ともつかぬが、それには感謝しておく。

 

次なる相手は――――――。

 

「真名は分からないが、纏う神気はただものではないな。士合うてもらおう!! 和の狂戦士!」

 

面貌が判然としないが、衣服以外で見える剥き出しの丸太のような腕などが赤くなっており、隆起しているようにも見える。

 

強敵だなと判断してから、アーサーは気合を入れ直すのだった。グガランナ―――マスターが契約した魔獣の類があげる咆哮に似たものを狂戦士から聞きながらも、アーサーの剣は狂戦士に振り下ろされる……。

 

 

そんな戦いとは別に、エリカと歌舞伎サーヴァントとの戦いも継続する。

 

 

「伸びろ!!」

 

「うわっと!! 西遊記の如意棒かい!?」

 

「さぁ―――ねっ!!!」

 

エリカの心念武装……千葉エリカという女の魂たる剣は、かなり変幻自在だ。付けられた銘は、至極単純に『エリカの剣』である。

 

形状変化は剣、大剣、双剣、槍、盾、銃といった風なものだ。

 

その長さもかなり自由自在であり―――。

 

「せやぁ!!!」

 

槍の用途のとおりに「叩く」ことに特化して、歌舞伎役者を襲う。

 

時に柄から穂先まで総金属製であったりする西洋の長柄武器と違い、日本の長柄武器……槍というのは穂先だけが金属製で、柄部分は木であるのが多い。

 

「ぐっ!!! イタ(舞台)を支配されるとは不覚だぜ!!」

 

それは、従軍する兵士の大半が農兵であるからという扱いやすさという利点もあるし、島国である日本において金属……特に鉄というのは、農具に使うことも有るので、そのような豪華なものをそうそう造れなかった。

 

だが、それゆえに日本の槍は……西洋の突撃戦法のように、集団で突く(ファランクス)という用途よりも『叩く』『薙ぐ』という機能に特化した。

 

遠間から重心を利用したその攻撃は、集団戦において、多くの武将を苦しめた器物であることは間違いない。

 

(応仁の乱の頃の武将『朝倉孝景』も、名刀を一本持つよりも百本の槍を買うように、家中に指示したんだっけか)

 

歌舞伎サーヴァント……キャスターはそう想い出して、遠間から叩かれつつも大野太刀で対応していたが。

 

「これでも英雄、『阿国さん』をなめるんじゃないよ!!」

 

「オクニ!?」

 

「ってことは『出雲阿国』!? こんなカラクリ武者の逸話なんて聞いたことねえぞ!!」

 

だが、それこそが『歴史の真実』か『知らない側面』とも言える。エリカとレオがそれでも、気を引き締める。

 

ともあれ、相手は真名を告げたことで吹っ切れたのか、動きにこれまでに無い素早さが出る。

 

一対多だからこそ活かせる『足軽の槍』ではないだろう。

 

しかし、キャスター阿国は歌舞伎役者特有の『足さばき』を以て仕掛ける。

 

後に坪内逍遥によって『舞踊』と称される三次元の動きは、平面ではなく奥行きを持ったものとして、エリカに眼で負わせない。

 

更に言えば、出雲阿国の眼は『儀ッ!』という擬音が聞こえそうなぐらいに、距離を挟んで相対するエリカを見据えて離さないのだ。

 

俗に『人の目を見て話せ』ということを歌舞伎役者は昔からやっていた。自らが踏んだ舞台(イタ)の上から、その舞台を見ている『ご見物』(観客)全てに自分を見てもらうために、どんな役者でも眼を養ってきたのだ。

 

同時にそれは、相手を支配することにもつながる。

 

眼は、多くの人間にとって外部の情報を取り入れる窓口であり、それを鍛えてきた医者と芸術家―――そして役者は、まさしく眼のエキスパートと言える。

 

ゆえに―――。

 

「このっ!!!」

 

「短筒とはまた卦体なものを」

 

役者の玄妙な接近を阻むべく、槍からエリカが一番持ちやすい剣にした上で、鍔部分を銃に変化。

奇想兵器『ソードピストル』というものであり、訓練次第では振り下ろすと同時に銃撃をするということも出来るのだが、中々にこれが難儀であり、そもそも正当な剣士であると『自称』しているエリカからすれば、これはどうなんだ? ということも考えてしまうのだ。

 

だが、英雄との戦いとは、尋常の理屈で計れぬ人外魔境の領域での戦い。

 

超えなければならないものだ。

 

「斬ザブロー!! 『槍』で押し返せ!!!」

 

『ラ・ジ・オーシャン!!!』

 

巨漢のカラクリ武者と戦っていたレオを圧倒するべく、遂に背中に担いだ槍が抜かれようとした時―――。

 

閃光が降り注ぎ、斬ザブローと出雲阿国は気付いてから、連盟が築いた本陣に神速で返した。

 

何があったかなど斟酌しない。マスターの危機になったからこその逃走であり―――。

 

 

「エリカ! レオン! 乗ってけ!!!」

 

カイゴウというリビングアーマーを巨大な『獅子』にしたレッドが、追撃作戦に参加するように促してきてきた。

 

既に幹比古、深雪など他の面々も乗り込んでいることから―――。

 

「なら遠慮なく乗らせてもらうわよ!!」

 

「邪魔するぜ!!」

 

―――、一も二もなく赤の騎士の『船』に乗り込み、閃光のシャワーをバックに駆け出すのであった。

 

 

そして―――。

 

「終わりだ!! リズリーリエ・アインツベルン!!!」

 

「セツナ!!!!」

 

既にお互いに乗っていた大怪獣はなくなり、高さ30mから落下しながらの攻撃。上をとっている刹那は、グガランナの弓で宝具を打ち出すことでリズリーリエを攻撃する。

 

肩に乗った黒と黄色の縞模様をした見ようによってはミニブタにも見えるそれがグガランナという魔獣の幼生であろう。

 

そう考えながら、リズが考えることは……。

 

(ここで終わりかしら……?)

 

無論、リズとて全身の魔術回路を脈動させて、迎撃はしている。だが、既に趨勢は決まったようなものだ。

 

敵味方識別型の大規模宝具。こんなものを『覚醒』させていたとは―――。だが、それ以上に……攻撃に覇気を出せないでいたものがある。

 

迫る顔―――そこには……髪を白くして、肌を浅黒くさせていく……『父』を思わせる弟の顔が……。

 

悔しい。こんな形で、ノスタルジアで、自分を縛るなんて……。

 

けれど刹那は必死になって戦っただけだ。その『運命力』が、自分との決定的な違い。

 

腕を貫く破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)……それを攻撃的(せんとうよう)にしたものや、多くのディスペルウェポンがリズに突き刺さっていく。

 

魔力の循環に滞りが発生。宝具を投影することも不可能。

 

展開したエンゲルリート……銀細工の鳥たちが落ちていく様子が不吉。誰かが自分を呼んでいる。誰であるかも理解できない―――それでも真芯を貫いたのが、黒白の太極剣であることを理解しながら、勢いよく地面に落ちるのであった。

 

落ちた先には緩衝のためか、深い雪……魔力を込めたものが存在しており、誰のおかげか分かるが、その相手は刹那が召喚したサーヴァントなのか……誰かと戦っている。

 

(逃げて―――『シトナイ』(おかあさん)……)

 

未だに契約状態なのか分からないが、サーヴァントに声を掛けられずに想うのみとなる。雪が紅に染まる中、リズに続いて落ちてきた弟。

 

着地の勢いで振動が起きて、雪上から少しだけ跳ね上がる自分の体。……自分を苦しそうな顔で見下ろす刹那の顔に『父』の面影を見る。

 

投影された選定の剣―――カリバーンを喉元に突きつける弟に、ようやく言葉を掛ける。

 

「殺しなさい―――」

 

端的な言葉に、更に再び苦しそうな顔をする弟に後悔が沸き起こる。

 

「そうする理由が無い。というよりもアンタには前に命を助けられたからな……けれど、これ以上は許せない。だから、これ以上、人死を出すな……!! 怨念返しをするのもいいが、それでも―――やりすぎれば次は、お前たちがやり返されるだけだ!!!」

 

「この世界に転移してきた時、私を受け入れてくれたのが日本の古式の人々だった。彼らは―――九島の連中に秘術を取られ、何より矜持を穢されてた……エレメンツとて、彼らがいたからこそ出来ていたものなのに!! コインの表と裏なのよ! アナタと私は―――」

 

激高するような言い合い。所詮はそんなものなのだ。付いた側が違ったから、それを裏切れなかった。

 

 

姉弟は、表裏比興の者―――真田家のごとく……別れたのだから。

 

 

瞬間、上空を染め上げる白い光。白光が、光の大柱が―――空中戦艦を消滅させた。

 

放たれたのは、カレイドアロー。『()込め』をしておいたそれは、リーナによって十全に結果をもたらした。

 

乗員などは無事である。かつてセイレムで行ったことの再現である。そして―――帰る手段を失った今となっては……。

 

「―――最後だ。このギアススクロールにサインをしろ。今を生きて、後に復讐する機会を望むか。それとも―――この場でめったくそにやられるか、だ」

 

「……っ!!!!」

 

気流操作で寄越したスクロールを一読した、リズリーリエの表情が一変する―――。

 

全面降伏(くだれ)とまでは言わない。一度の封印(ギアス)ぐらいでは、彼女を止められない。

 

魔術師の階梯は、姉の方が上なのだから……何よりガーネットより明かされた《獣》。

 

妖妃(・・)の討伐のためにも、力は必要なのだ。

 

そうして最後の心を折ろうとした時に……どこからか鬨の声が上がる。

 

声のする方向を見ると、そこには――――。

 

「きひひっ!! さぁリズリーリエを取り戻すぞ!!! 一度の敗北で全ては決まらんのだからな!! ああ、見るだけでなくやってみる方も、これはこれでたまらんのだなぁ♪ 絶体絶命のピンチに颯爽登場! 正義のヒーローとは、こういうものか!!!」

 

サーヴァント・ヴリトラが、連盟の1隊を率いて横合いから襲いかかろうときていた。

 

全員が黒竜とも黒蛇とも言えるものに乗ってやってくる様子は、さながら竜騎兵の突撃を見て、刹那は――――。

 

 

(ここいらで『分け』かな?)

 

などと、打算的なことを考えておくのであった……。

 

 

 



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春休み編『終結する戦い』

 

 

「重要な役目ね―――キチンとこなさないと!」

 

『意気込むのはいいが、君の場合、全力でやるよりも八割の力で十分だから』

 

あんまりはりきりすぎると、斜め上の結果を齎す女。それこそが、アンジェリーナ・クドウ・シールズなのである。

 

その軌道修正をするのが、刹那の役目だったりする。

 

カレイドアローという状態になったオニキスを手に、空を滑空していたリーナは、遂に最上の射撃ポイントに着いた。

 

「イマサラながらとんでもないわよネー……全ての無機物を消滅させるが、有機物ーーー特に生物に関しては、その消滅の対象外だなんて」

 

『まぁ魔法の一端だからねー。さて、おしゃべりはここまでにしておこう。見えてきたぞ』

 

空中にて滞空しながら船を狙うべく、弓弦を引っ張る。その行為の果てに、戦闘の終息・終結があると信じたい―――。

 

(何より、セツナのお母さん(マム)……泣いているのよね……)

 

某忍者漫画の義像巨人のような三柱の女神の内の一柱……刹那が信奉するそれの眼からは、涙が流れているようにリーナには見えた。

 

こんな悲しすぎる戦いを何とか終わらせてほしい。その気持ちで、リーナはきつく絞った弓弦を解き放ち、ブリテン島の蒼穹(そら)に、―――光の柱が生み出された。

 

 

「氷雪八卦!!!―――」

 

巨大な棍棒……九校戦、横浜戦争など大きな『場』で、度々使っていた桜色の棒杖(ワンド)を改良したもので、シャドウサーヴァントをぶっ叩く司波深雪が、草原にて一際目立つ。

 

棍棒を振るう度に吹かれる桜色の雪という風雅なものが、ジャポニズム溢れるサクラフブキ(桜吹雪)と多くの欧米人に誤解されながらも、先陣を切る深雪に数名の魔法師たちが続く。

 

「命は取らねぇ!! が、少々大人しくしてもらうぜ!!」

 

威勢のいい言葉で連盟の陣に入り込んだレッドの剣が、朱雷をまとわせながら、相手の呪符など触媒を叩き切り、防御礼装を病葉に変えていく。

 

「ミヅキ、ミキヒコ頼む!!」

 

「はい! 大人しくしてもらいますよ!!」

 

珍しい組み合わせだが、それでも後衛としての役割を忘れていない柴田美月が鏡から『鎖』を出したあとには、鎖自体が意志を持つかのように自動的に拘束していく。

 

「くそっ!! 簡単にやらせはせんぞ!!!」

 

サーヴァントの維持だけで精一杯な面子もいたが、それでも手練れはいるわけで、サーヴァントたちを戦わせつつも術行使をしてくる術者もいた。

 

美月特有のバインド(拘束)が協会員たちを無力化してくる中、細やかな術で対抗してくる。

 

「させません!!!」

 

美月の邪魔をさせまいと幹比古は術を行使する。迦楼羅の炎を召喚しての細やかな火炎球(ファイアボール)が、幹比古の周囲を飛び回るように出現してから、高速で移動。

 

しかし連盟の術者も対抗術で何とかするも、ここまで踏み込まれた時点で敗着も同然だ。

 

「主よ!! この地を穢す魔を清め給え!!!」

 

更にレティシアの浄化術で、連盟が地面に敷いていた魔力補給陣が破却される。

 

あちこちでガラスが崩れるような音が響き、体内魔力(オド)が頼りになるも、連盟はそれでも崩れない。

 

踏み込んだ自分たちを相手に『粘る』。彼らの意志を手折るには、遠いようだ。

 

『船』の沈没ならぬ落着。そしてリズリーリエの敗北。それが必要だと思っていると―――。

 

『キャバルリィ―――ドゥルヒブルフ ウント ロース!!』

 

特徴的な格好をした……恐らくメイドだろう集団が、各々の武器を手に、魔法科高校愚連隊の側面に展開した。

 

距離は離れているが、横っ腹に付かれたことに少しだけ瞠目する。

 

「アインツベルンのホムンクルス……リーナが戦闘不能にしたはずなのに!!」

 

自動治癒(オートリジェネ)でもあったのか、整列して各々の武器を構える様子。

 

弓または弩を手にしているものが複数いることを確認。それがただの『矢』を一、二本飛ばすならば、まだ何とでも成るが、魔術師の常識は魔法師の常識を覆すもの。

 

自分たちの知識だけでは測れない。

 

決断は、敵の方が早かった。指揮官を担うホムンクルスが、よく通る声で弓隊に指示を出した。

 

並列での一斉射撃。いつぞや同じくホムンクルスたちから受けたレーザービームよりは、威力は劣るだろうが。

 

(数が多い!)

 

打ち込まれた矢弾の数を数える前に、レオは側面から降るものに対して防壁を張った。

 

巨大なカイトシールドを思わせる魔力の盾が、攻撃をシャットアウトする。

 

十文字家の多重防壁『ファランクス』のようにしずやかなものではないが、視覚的に敵を威圧することで、メンタルダメージの効果も期せずして与えているレオの攻撃。

 

ある程度は矢をコントロールできるとはいえ―――。

 

レオのシールドパリィングは、達者な方だ。

 

その防御力の下……。

 

「やれっ! レッド、エリカ!!」

 

「任せとけ!!」「了解!!」

 

剣士2人に『遠距離攻撃』を担わせる。言われた剣士2人はレオの左右に展開して、魔力を剣にチャージ。振り下ろしたことで、斬撃に合わせた光波と光条がホムンクルス集団を直撃。しかし、あちらも防御陣を展開している。

 

全てを防がれたわけではないが、中々の硬さであり、すかさず―――サーヴァント達が展開しようとした瞬間。

 

 

「―――お嬢様!!!!」

 

ホムンクルスたちの中から悲痛な声が響く。その声の原因は―――。

 

「勝ったのか刹那……」

 

少しだけ安堵する幹比古。雪上に落ちるリズリーリエの姿。血に塗れて、全身に刃物を突き刺されたところを目撃。

 

次いで遅れてではあるが、刹那も落下。その容貌は―――第五次聖杯戦争のサーヴァント。彼の母が召喚したアーチャー(英霊エミヤ)に似ていた。

 

ここからでは聞こえにくいが、何かを言い合っている様子。敗北を認めろ的な言葉だろうか―――。

 

そして―――。更に連盟を窮地に陥れる事態を幹比古は見た。上空で広がる白光(びゃっこう)

 

空中にいたリーナによる艦船に対する破壊行動。

光は違えることなく、空中戦艦を破壊して―――船員たちを無事に済ませていた。

 

事前に説明を受けていたとはいえ、非常識すぎる結果に頭を痛めつつも、連盟にとっての敗着の一手となるはずだと思えた。

 

帰る手段をなくした訳ではあるまいが、それでも……。

 

と―――思っていると、『魔法』による保護を無理やり引きちぎった男が、黒竜の頭に乗りながらやってくる。

 

「あれは確か……霧晒―――」

 

古式魔法の中でも聞いたことがある、龍という属性の扱いに長けた家の男。モノリスコードでは十文字克人と一騎打ちを演じた男。

 

そして、九校戦の前の騒動でも刹那とちょっとした戦いを演じた男が、地上に落ちてくると同時に―――。

 

「リズを助ける!! そいつらを足止めしておいてくれ!!」

 

こちらなど眼中に無いように声を張り上げて、その言葉で、連盟員たちに力が戻るかのようだ。

 

そして―――刹那の方にサーヴァント・ヴリトラを伴いながら進んでいく。

 

その進撃する姿に、傷を負いながら着いていくものも増える。どうやらあの男が連盟の副官とでもいうべきもののようだ。

 

瞬間の判断が要求される中で、刹那はこう言っていたことを幹比古は思い出す。

 

―――あちら側が取りすぎた勝ち星を、少しは取り戻しておきたい―――

 

完勝することは不可能だと言っていたのは、こういうことなのだろう。いわゆる『天運』が、リズリーリエ及び連盟にはまだ存在しているのだと……。

 

それならば、いまの幹比古達に出来ることは……。

 

「申し訳ないが、しばらくの間の術行使を不能にさせてもらいますよ!!!」

 

「吉田幹比古!!!」

 

「名前を存じていただき何より! 天地玄宗、万気本根、万精駆逐」

 

言葉に従い、数多もの霊符を召喚しながら、それを拘束した人間たちに貼り付けていく。霊符はたちまち連盟員の手や顔に張り付き、何枚も何枚も重なって、黄色いミイラのようにその体を縛り上げてしまった。

 

ただでさえ身体と魔力活動を拘束されていたところに、術式の一定期間封印をこなしたところで、刹那の方で戦いが始まる……それこそが、終結の合図となる……。

 

 

 

突撃(Los)突撃(ロース)!! 突撃(Los)――――!!! 蹴散らしなさいバーサーカー!!!」

 

『■■■■■――――!!!』

 

いつの間にかシロクマから2m以上の巨漢―――半裸のマッチョの肩に乗っかっているシトナイというサーヴァント。その姿は正しく第五次聖杯戦争のサーヴァント。

 

ヘラクレス=バーサーカーの姿。

 

迫りくるそれを見ながらも、それよりもはやくこちらにやってきたお虎が傷だらけの姿で語る。

 

「申し訳ありませんマスター、仕留めきれませんでした」

 

「アルケイデスは、大英雄の武技を体現したクラス。そしてヘラクレスは、大英雄の凶暴性を体現したクラス。―――お虎にゃ荷が重かったかうわっぷ!!」

 

こちらの言葉に抗議するように、行人包という面相を隠すもの(ズタボロ)を投げてくるが、それだけでは終わらないのが彼女である。

 

「私とていずれは、ぱわーあっぷ(超霊基変更)する時が来ましょう。その時が来た場合、刹那は私にドッキドキですよ―――!!」

 

なんて単純な未来予想図。振り向いた笑顔で『ダブルピース』をしたお虎に―――。

 

「余所見をしていてええのかえ?」

 

鋭い金剛杵―――雷を纏うものが、背中を見せているお虎に対して撃ち出された。

 

「中々の奇襲ですが―――少々、気負いがすぎますねぇヴリトラ!!」

 

しかし金剛杵を撃ち落とした『4つ』の得物、景虎の背後に突き立つものを振り向きざま掴み取った景虎は、立ち向かう。

 

「セツナ!!」

 

「よくやってくれた。これで何とかなるさ」

 

「な、ナルの?」

 

「ああ」

 

不安いっぱいの顔で降りてきたリーナを安堵させておきながら、念話で景虎には『牽制』だけを指示する

 

軍略上手の戦国武将だけにその『意図』を理解したらしく、朱と蒼で色分けされた両穂槍、黄金の穂先を除けば、柄から留め具付近の意匠まで紅で出来た槍を持ち、ヴリトラと戦う。

 

その様子は慣れ親しんだ得物を使うかのように軽快なものだった。というか刹那も使ってみたのだが、かなり使い勝手がいい武器であったことは間違いない。

 

突くというよりも、薙ぎ払うことに特化した槍が『回転』させやすい。

 

「アタシの宝具がパクられた上に、JKとは真逆のガチガチの女武者に使われてるし! 三明の宝剣を好き勝手使わないでほしいんだケド!!」

 

その様子に物申すは、当然のごとく黒ギャルサンタであったりした。同じく双槍の使い手たるスカサハに追い回されながらも、そういうツッコミは忘れていない。

 

「私、『今年』は水着☆5(?)だけでなく『さんたくろーす』も狙っちゃってます! 鈴鹿御前!! アナタの宝具から『ねくすとさんたくろーす』への足がかりを私は掴む!!」

 

「「野望がデカすぎる!!!!」」

 

バックにがびーん! という擬音でもつきそうなツッコミを入れるは、当の鈴鹿御前だけでなく、何故か遠くの方で盛大に豪快に棍棒を振るって大和魂見せてやるな深雪もであったりした。

 

なんでさ。

 

そう想いながらも、猛烈な勢いでやってくるヘラクレスに対して、女神の巨大手(ビッグハンド)が、ヘラクレスを止めた。

 

どがん!!! という盛大な音で止めたあとには、指でヘラクレスを掴もうとする女神の姿。

 

五指で確実にヘラクレスを掴み取ってやろうとする姿を見ると、あれだけ巨大だったヘラクレスも、小人にしか見えない。

 

「あんのツインテール!! バーサーカーに腰を掴まれて拘束されていたことを根に持っていたな!!」

 

「おふくろがそんな小さい女なわけあるか!」

 

怒り心頭のままに、おふくろの『たおやかな巨大指』を剣で切り裂こうとするシトナイに返しながら、魔弾で防ごうとする。

 

「お前はまだリン・トオサカ(貧乏お嬢)を知らない!!!」

 

こちらの攻撃を脅威と見たのか、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンの疑似サーヴァント。シトナイと呼ばれるアイヌの神様が、無骨な屶剣で切り裂いた。

 

その間隙を狙って、リーナがレーザービームを放つ。

 

「このっ!!!」

 

斬り終わりの隙を狙ったそれが直撃せんとしたが、流石はサーヴァントとでもいうべきか、身体を無理やり振り回したそれで切り裂かれた。

 

しかし、返す刀を振り下ろすことで氷列が波のように発生する。

すかさず防御陣を展開。炎の魔法陣は氷を消滅させた上でその勢いを殺した。

 

「――――ッ!!」

 

しかし、流石にここまでの大魔術の展開に、魔術回路が悲鳴を上げる。

 

女神体が不安定になりつつあるが……。

 

『マスター!! キミの魔力供給タンクがやってきたぞ!』

 

「そりゃ助かるが……もういいんだな?」

 

魔法の杖がやってきたことが決定打になったのか、リズリーリエは、刹那が寄越したギアススクロールにサインしていた。目線だけで問うと、疲れたかのように声を届けてくる。

 

「ええ……これ以上、みんなを傷つけさせるわけにはいかないもの―――……全員、これ以上の戦闘は終わりよ。撤収準備に入りなさい」

 

ギアススクロールにサインすると拘束していた破魔武装が無くなり、それでも五体満足とはいえないリズを回復させるべく、霧晒という男が駆け寄る。

 

「……無念です」

 

だが、ここでの戦闘終結は彼としても不本意ではあったが、それでもこちらが追撃してこないということが、今は判断材料になったようだ。

 

「私達は九島など現代魔法師……十師族の連中に負けたわけじゃないわ。刹那……アナタ一人に負けたのよ」

 

「そうかい」

 

負け惜しみではあるだろう。ただ恨み言でもあるので、とりあえずは受け取っておくことにした。

 

「戦力を残してきたとはいえ、カラになった京都・奈良にも攻略組が来ているのでしょうね……」

 

その通りだった。琢磨や光宣がどれだけ上手くやれたかはまだ分からないが、ともあれ……。

 

あまりこちらも、優位を保てているわけではなさそうだ。

 

「二隻目の航空戦艦……!?」

 

再び、この草原に大きな影が差した。先程リーナが消去した船と同じタイプのものが、悠々と飛んできたからだ。

 

これにもサーヴァントが乗っているか、それともサーヴァント級の実力者がいるかは不明だが……。

 

「回収部隊ぐらいは―――進発させておいたのよ」

 

その言葉だけで『賭け』には出れないのだ。

 

抱き上げられながら不敵な笑みを浮かべるリズリーリエ。戦力予測としては、少々……こちらにとって甘かったようだ。

 

「―――この敗北はいずれ濯ぐわ。遠坂(トオサカ)

 

「ああ、その時を待っているさアインツベルン。霧晒さん。その人のこと、お願いします」

 

その言葉を恥知らずなものと思ったのか、それとも何か別の感情があったのか……一礼だけをしてから、神代秘術連盟は撤収を開始するのだった。

 

 

戦い終わって後始末を終えると、すっかり夜となってしまった。今ごろ、アビゲイルとオニキスは、戦場跡から回収できたものを相手に色々と議論を白熱させているだろう。

 

そんな中、男2人して内緒の話をしながらロンドン散策となったのは……まぁ色々と説明しなければいけなかったからだ。

 

「文弥たちは何とか作戦を完遂出来たようだ。あの若武者セイバーも無事だしな」

 

「ん。そりゃ良かった」

 

端末からの連絡を受けた達也の言葉に返す。そちらの結果は分かっていたからだ。

 

夜のロンドン市内を散策しながら達也と男2人で語り合う。

日本の魔法師にとっては異国の地。まさしく異郷……気分は伊達政宗の遣欧使節団の少年武士たちかもしれない。

 

刹那にとっては、そうでもないのだが。

 

結局の所、戦いの結果は痛み分け―――どちらかと言えば、こちらが少しばかり優勢を取れた感じでは有る。

 

倒せたサーヴァント(獲った武将首)は六十騎ばかり。

 

連盟のマスターたちが、ロストサーヴァントを再召喚(リポップ)させるとしても、それには時間はかかるはず。

 

彼らの大半が召喚の基盤(よるべ)としていたリズリーリエ・アインツベルンが、ああなってしまったのだ。

 

「しばらくは大人しくしておいてもらうさ。九島家も、今回のことでしばらく大規模に動くことは出来ないだろうよ」

 

光宣は大丈夫だろうが、蒼司さんと玄明さんは、恐らくキツイ戦いになっただろう。先生の報告によれば、奈良方面は修羅巷の戦いが繰り広げられたそうだから。

 

そんな再従姉弟だか従姉弟だかの安否よりも、達也の重大事項は違う。

 

「戦いの顛末はいいんだ。俺が聞きたいのは、あのお前のお袋さんとか、モトカノ、イマカノを女神像のごとく模した術だよ。リーナが言っていたとおり、何というか某ニンジャ漫画の攻防一体の術(須佐之男)みたいだったんだが……」

 

「ふふふ。実を言えば―――俺も良くわからない!!」

 

自信満々に言い切ったその言葉に、怪訝な視線を見せる達也。だが刹那としても、何であんなものになったのか不明なのだ。

 

嘘をついているわけじゃない。と前置きしてから説明をする。

 

「刻印神船マアンナ……遠坂家の魔術刻印を外部展開した上で、それを『加速器』として宝石魔術を相乗発動させるというのは、お袋の十八番だったんだ」

 

「その辺りは聞いていたかな」

 

「で、俺の場合はあんな風に緻密な術式を維持しておくことは結構得意なんだ。巨大な術式を保持しておけるとでも言えばいいのか」

 

言っていて『ふわっ』とした説明だなと、己で想いつつも話を続ける。

 

「その形は時々で違う。ただ何かしらお袋辺りの縁が、直接的に俺の刻印展開の形を変えていくんだよな」

 

「お前自身では制御出来ない?」

 

「ある程度は、ただ今回のことは『直観』が働いたんだよ。文化祭の時の魔眼を使っての星空の演出、東京魔導災害時での固有結界内で『遠坂凛』の疑似サーヴァントとの出会い―――そして、アルクェイド・ブリュンスタッド、オルガマリー・アニムスフィアとの再会……まぁ何というか、色んな意味でそういった閃き(フラッシュ)が走ったんだ。

理想魔術は『現代』では不可能な領域……しかし、色々とあれこれ工面すれば……出来るんじゃなかろうかと思ってね―――」

 

なんてこと無いように言う刹那に、達也としても頭を抱える。

 

直観、あるいは直感。結局の所、真なる天才とは『理論・理屈』ではなく、まずは『答え』が先んじて出てくる。

 

それを思い知らされる。一見すれば全然、関係ない事象を関連付けて、一つの結果に集約させる。

 

刹那はそういうタイプなのだと分かっていても、何というか敗北感を覚える。

 

「今回使用した『女神術式』は、お袋からのある種の『宿題』というか、親心かもしれないな……蒼輝銀河のバウンティハンター・イシュタリンとか、諸葛凛とかカレイドルビー、マジカル八極拳士、英霊トーサカに……もう遠坂凛(お母様)という存在は、パブリックドメインに思えてきたよ……」

 

見えてきた可能性世界の遠坂凛の中でも『キワモノ』と呼べるものを見てきたことで、刹那としては疲れた様子で、そんな結論に至った。

 

それでも……『当人』が幸せならばとやかく言わないでおこう。そういう心地になるのだった。

 

子心というやつを理解したのか、肩に乗っかる遠坂家の第2のペットたる幼体グガランナ(自称)という、アルビオンで契約した『仔うし』(?)が頬ずりしてくるのだった。

 

ロンドンの空を見上げる。すっかり夜中になったことで、いわゆる『霧の街』としての姿とは違っていたが、それでもあの頃は飽きるぐらいに見てきた星空を見上げた。

 

つられて達也も見る。

 

「とりあえず一件落着とはいいきれない。しかし―――大きな問題を解決するには、どうしても必要なことなのさ。アーサー王の魔術基盤も……連盟の戦力も」

 

「その判断には、歴史の是非が問われるだろうな」

 

そう釘を差しつつも達也としては、それもまた一つかと想いつつ……新学年への移行と、新入生を迎えるべき時期は近づいていた。

 

異国の夜空のむこうを見ながら二人は想う。

 

 

 

 

 

新しい春は―――――すぐそこまで来ている―――。

 

 

 

 

 

next order……

 

 

『ロード・エルメロイⅡ世の授業―――副題 Rental Magica 』

 

 

 

 

 

 




というわけで春休み編は、これで終わり。

次回から原作における『ダブルセブン編』なわけです。

色々と説明不足なところがあったりしますが、それはまぁネタバレ回避なこともあったりするわけで、まぁあとで秋田先生方式で説明するか―――疑問点あればよろしくお願いします。

では、次編もよろしくお願いします。


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ダブルセブン編~Seventh Order ロード・エルメロイⅡ世の授業 ~
第301話『春一番の嵐』


ひむてんのぱれっとが休刊……なんてこったい!!

タイミングが、悪すぎる。磨伸先生も言っていたがタイミングが……。

まぁ何はともあれ移籍先はすでに確保されているようで、我々はひむてん、行進曲を追っていく所存でありながらも、冒険3巻の発売を間近にしている事実を胸に新話お送りします。


 始まりはダヴィンチちゃんの何気ない一言から始まった。

 

 

『何かとお騒がせの(Great)(Teacher)(Servant)三銃士を連れてきたよ』

 

 

『『『GTS三銃士!?』』』

 

 

 

 三年生の魔法大学の受験、その他、国防及び治安維持部門への進学・就職など、それとは関係ない『てんやわんや』の―――進路相談や進路状況の把握で忙しかった職員室にやってきたのは、驚きの人物であった。

 

 

『どっかのロード(君主)を依り代に現世に現れし、最強軍師にして教え上手な諸葛孔明』

『ロードとして呼ぶ時は、Ⅱ世をつけていただきたい』

 

 

 仏頂面の男が、そんなことを言う。

 

 

『どっかのロード(プチデビル)を依り代に現世に舞い降りし、孔明のライバル 司馬懿』

『兄上ほどしゃっちょこばらなくていいので、一つよろしく願おう。最新のマギクスたちよ♪』

 

 

 仏頂面の男とは対象的に、人を惑わす笑顔で言ってくる少女だが……職員室の面々は、それで油断はしない。

 

 

『この女戦士より数多のケルトの英雄は生まれた。同時に死んでしまった戦士も多すぎるマッドサージェント。影の国の女王スカサハ』

どこか(……)で召喚された私ほどではないが、鍛えられる戦士ならば、存分に鍛えよう―――死なない程度にな』

 

 

 赤色のスーツの男。青色の洒落た服を着た少女―――最後に現れた小豆色の髪に、黒色の外出着を着た美女の登場。

 

 

 特に最後の美女に至っては、先の2人と違って、本当の意味で驚愕すべき魔性だ。だが、そんなGTS三銃士の出現に対して声を上げるものが一人。

 

 

『まてまてまってくれ! レオナルド!! キミが、そういうことをするのは理解していたが、『この時期』に唐突すぎるだろ!!』

 

 

『なんだいロマニ? 私は何か間違ったことをしたかい? 外部から講師をスカウトしただけだよ〜?』

 

 

『いや分かる! 分かるぞ!! が、あえて問う!!』

 

 

 ドヤ顔で言うダヴィンチちゃんに、退かない気持ちで言を放つ。教員として、というよりも百山校長が選定した条件にバッチリあう人材だと宣う……確かに来年度から新設される2学科において、この人材は是非ともスカウトしたい人間たちだ。

 

 

 もっとも……現在の時季が時季だけに、後々でも良かったのではないかと、来季の新学科の責任者たるロマニ・アーキマンこと栗井健一は考えていたのだが……。

 

 

『私がレオナルド先生とともに決めたことだよ。ロマン先生、キミの負担を私は減らしたいんだ。何より……彼もいてこそ、本当の意味での改革が行われると、私は信じているよ』

 

 

 

 次いで現れた百山校長の言葉にロマンは、苦い顔のままに返す。

 

 

 

『刹那もアンジェリーナもまだ生徒でしかありませんよ。それなのに……』

 

 

 ロマンの懸念が分からない人間はいない。昨年度は随分とあの2人に負担を掛けてしまった。

 

 

 当初こそ、教師の領分に無断で踏み込んでくる礼儀知らずという想いもあった。無論、2科生を指導できないという現状に対して突っ込まれて、痛い想いもしたからであったが。

 

 

 しかし、そういう当初の想いは薄れていく。

 

 

 自分の授業を聞きに来た相手を無下にしない。果てを目指す。自分が行き着ける・行ける場所に対して適切なアドバイスをしていく、学年を問わずただ真摯にその人物に向き合う姿に、一高の教官たちは恥というものを覚えた。

 

 

 結局の所……自分たちがやっていたことは、ただの責任の放棄でしかないのだと、まざまざと思い知らされたのだから。

 

 

『ともあれ、生徒であるとしても、少しは『上の役職』に就いてもらい、下級生の面倒を見てもらわねばな』

 

 

 校長の言葉にロマンは反論をすることを諦めた。

 

 

 そして、まずはⅡ世に魔法社会の『常識』とかを学んでもらってから、その後でどうするかを決めてもらう。

 

 

 そうするべきだろう。そんなロマンの提案に、ロード・エルメロイⅡ世は、仏頂面のままに答える。

 

 

 

『百山校長にも教えたが、私の『存在年数』など、どうなるか分からない。とはいえ、キミにとっての元上司が残していったのが私だ。刹那のサーヴァントとして動く時もあるだろうが、それまでは……『弟子の尻拭い』ぐらいはやっておくべきだな』

 

 

『……それでいいんだね孔明?』

 

 

『時代を問わぬゲームと葉巻。それこそが私の報酬だよドクターロマン』

 

 

 そんなやり取りありつつも、結局の所……ロマンも折れざるを得なかったようだ。

 

 

 変革の種はこうしてばら撒かれたのであった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 

「ワタシたちがいないところで、そんな話があったのネ」

 

 

「まぁ、ロマン先生が言っていたようなことには、ならなくなってしまったけどな」

 

 

 言いながら、ダヴィンチちゃんから送られた『服』に身を通して、お互いに語る。

 

 

 確かにロマン先生が生徒会長選挙の際に言っていたとおりに、俺たちは1科の方の在籍だが、それでも新設される学科―――新古・現代魔術科(アルス・ノーリッジ)とは無関係ではいられない。

 

 

 

「総隊長の役職から開放されたのに、今度は『教師補』(SubTeacher)とは……大丈夫? リーナ」

 

 

 

 面倒くさい軍人としての籍を抜けて『身軽』になった彼女に、再びそのようなものを着けるなど、非常に心苦しいものも刹那にはあった。

 

 

 だが、エルメロイの教えとも言えるものを直に受けていたリーナをその職に就けるのは、妥当ではあれども、納得はいかないと思っていたのだが……。

 

 

 

「アナタ風に言えばモーマンタイ(無問題)よ♪ それに―――中途半端は許されないんじゃない? リンお義母さんの性格からしてもネ」

 

 

「あんまり姑に気遣って、疲れてもしょうがないと想うけど?」

 

 

 そういうことならば、仕方ないなと、からかうように言うが――――。

 

 

「その分、アナタと一緒にいられる時間は増えるんだもの。それは一番の宝物(ジュエル)よ」

 

 

 そんな返しをされてしまうのだった。満面の笑みで、おニューの制服を見せびらかすように『くるっ』と一回転してから、もう一度のスマイルを魅せてくるリーナ。

 

 

 そんなリーナの腰を抱き寄せて、その美しい顔を間近に見る。

 

 

「アッ……セ、セツナ……おニューの制服が、シ、シワになっちゃうワヨ……?」

 

 

 言いながらも押し止めるのではなく、刹那の背中に腕を回す辺り、言行不一致であるが、嬉しさが優る。

 

 

「大丈夫。ちゃんとクリーニングはする。今のキミを抱きしめたいんだ」

 

 

「しょ、ショウガナイわね……ワタシもチョットだけそんな気分になって――――」

 

 

 そんな風にリーナのウエストを掴んでいたのだが……。

 

 

「まだ未成年の学生が!! 休日の真っ昼間からイチャついてるんじゃなーーーーい!!!!」

 

 

 いきなりな来訪者がリビングにいたる通路から飛び出てきて、そんなことを宣う。現れたのは……。

 

 

響子(サゲマン)さん!?」「キョーコ(サゲマン)!?」

 

 

「二人してとんでもないルビ振りをするんじゃないわよ!! そこになおれー!! 歯を食いしばれー!!!」

 

 

 何をする気なのやらと思いつつも、怒りの面相で指差ししてきたことで、からかいすぎたかなとか思いつつ、響子の後ろに控えている面子(2人ほど顔が真っ赤)にも語る。

 

 

「何か用事があったのは、3人……いや、2人の方かな?」

 

 

「ええ……何というか色々と教えていただきたいものでーーーってヒカル! ヨソのお家でいきなりモノを食べようとしない!!」

 

 

「けどカゲトラが、『どうぞ遠慮なく、お煎餅からおはぎにいたるまで、食べちゃってください♪』って言っていたよミノル?」

 

 

 言うやいなや、茶請けから煎餅を食べようとする、短躯・幼童の姿なれども、超絶な美―――妖しさも孕んだ女の子に目をやる。

 

 

 遠坂家のリビングに入り込んできた九島家の面々と、四葉家の家人の姿。そしてその後ろにいる門番であったサーヴァントに眼をやる。

 

 

「番犬代わりも出来ないのかい?」

 

 

「それはヒドイ発言ですね。そもそも、蒼のランサーは、下手に刺激してはマズイことは分かるはず」

 

 

 お虎にそういうと苦笑しながら返されて、どうしようもなくなる。

 

 

「そりゃそうだがね。人としての倫理と■としての倫理は違うからな……来客応対もあるし、着替えよっかリーナ」

 

 

「ソウネ。始業式こそ終えたけど、コレを着るのは入学式からだし、関西(ウエスト)の情勢に関しても何かあるんでしょう」

 

 

 でなければ、こんなメンバーで家に押し寄せてくるわけがない。もしかしたら、蒼のランサーを連れてきたのも、ここに押し入る目的もあったのかもしれない。

 

 

 ……これに関しては邪推だろうが、まぁともあれ―――。

 

 

「茶を淹れるよ。座って待ってろ」

 

 

 そんな言葉を皮切りに、身体を休めていた春の休日は、少しだけ慌ただしいものになるのだった。

 

 

 

 † † † † †

 

 

 

 関西の騒乱はあらゆる意味で痛み分けとなっていた。

 

 

 刹那がロンドンに招き寄せた連盟の主力。しかし、それでも、カラではない戦力は十師族及び数字持ちの家でも『拮抗』に持ち込むのが精々であったとのこと。

 

 

「僕たちが協会で戦ったのは、平景清なる平氏武者でありました。史実とは違い、女性の姿をした……という意味では、上杉謙信殿と同じくなんでしょうが……」

 

 

 今まで中学までに習ってきた歴史教科書及び、興味を持った時代の『偉人』たちなどの話を鑑みると、色々と混乱を招いているだろう光宣の心情。

 

 

 しかし、最後には持ち直して口を開く。

 

 

黒羽さん(亜夜子)のサーヴァント……セイバーが平景清を抑えている間に、僕たちは内部に侵入。協会員たちを昏倒とも洗脳とも言い切れない状態においた、キャスターのサーヴァント『道鏡』を撃退したあとに、協会員たちを救出したのです」

 

 

「その辺りは聞いている。問題は、奈良の方の攻め手になったお兄さん2人の方だな」

 

 

「「はい……(ええ……)」」

 

 

 その言葉に沈痛な面持ちで答える従姉弟どうし……その顔に若干の『類似』『相似』を見たような気がするが、それは、血が近いならば、まぁ当然だろうということで納得をしておいた。

 

 

「手勢を率いて攻め上がったんですが、こちらに戦力がいまして―――」

 

 

「30騎ばかりのサーヴァント。元気いっぱいなのにやられたか……」

 

 

 楽な作戦ではないと九島家も認識していたはずだ。しかし、予想以上に戦力がいたことが、彼らに苦戦を強いた。

 

 

「サーヴァントありで、生きて帰れただけめっけもんだろ。膠着状態……持久戦を強いられれば、苦しくなるのはあっちさ」

 

 

「そうだといいんですけどね……」

 

 

 虎の子の疑似サーヴァントを擁しても、いい戦果をあげられなかったことは、光宣としても少々心苦しいようだ。

 

 

「関西では現代魔法師の協会を他所に設定したわ。そこの協会長に玄明さんが暫定で就いたところ。どれだけ協会員が集まってくれるかは分からないけどね……」

 

 

 サーヴァントたちが戦い、崩壊寸前になった建物。しかもどんなトラップがあるか分からない。そんなものを使うわけにもいかず、大阪の方にある空きテナントを使って、暫定の現代魔法協会として発足させた。

 

 

「傍から聞いていると、南北朝の動乱ですか」

 

 

「言い得て妙。けれど、別に天皇陛下が2人いるわけじゃないしね」

 

 

 お虎の言に返しつつ、この状況こそが、政府にとっても望んでいることなのかと想う。どっかが『調停』するべきなんだろうけど、どこも動いていないというのが、なんか引っかかる。

 

 

「で、それが本題か?」

 

 

「いえ違うんです……その何ていうか、お願いしたいことがあるんです」

 

 

 光宣と水波。ふたりして申し訳無さそうにしているところを見る。そして本題は……中々に難題だった。

 

 

「達也に光宣を認めさせたい、か……けれど、もう前・現当主2人がお前たちの同棲を認めているんだろ」

 

 

「ど、同棲だなんて卑猥な表現、……困ります遠坂先輩」

 

 

「そうですよ! ヒカルもいますし、場合によっては響子姉さんもやってくるんですから」

 

 

 それが何かの言い訳になるのだろうかと思うぐらいに、どうでもいい話ではある。

 

 

「ワタシたちの生活形態って、一般的に何ていうのカシラ?」

 

 

「同棲だろ」

 

 

 再従弟とその恋人の生活スタイルに物申したいだろうリーナに、返しながら深く考える。

 

 

「外野の勝手な見識だけど、達也の許可がいることではないと想う……が、それでも桜井は、ちゃんと達也に関西での同棲を認めてほしいんだな?」

 

 

「はい―――本来ならば、私は深雪さまのガーディアンとして一高に通う予定でしたから、これは当主様なりの親心とも言えますし、目立ちすぎたお2人を、不測の事態からお救いするためもありました。結局の所……お二人共、隠しきれない魔法能力(タレント)で世の衆目を集めたことは、間違いありませんから」

 

 

 後半の言葉は、『迂闊なこと』をした兄妹に対する恨み言にも聞こえたのは気の所為ではあるまい。使用人の立場としては、あまり言いたいことではないだろうが、護衛としてならば、一家言ある。そんなところだろう。

 

 

 

「けれどなぁ。付き合いの長い響子さんや、可愛がられている桜井の説得にも耳を貸さない以上、俺が何か言ったところで達也の意見が変節するかね?」

 

 

 卒業式でもその事に対して、少しばかり話したが、この件に関しては、達也に頑なな印象を刹那は覚えた。

 踏み込みたくはないが、桜井が昔の想い人に似ているからこその拗れた話なのだろう。

 

 

「けれど……アナタの方が付き合いは濃いと想うけど? 何とかならないかしら」

 

 

「ここに来る前に司波家の方には?」

 

 

「アポを取っていなかったのもあるけど、留守だったわ」

 

 

 響子のその言葉に沈黙。察するに、明後日の夜に招かれている『パーティー』の礼服合わせというところかもしれない。

 

 

 イブニングドレス、イブニングスーツぐらいは持っているだろうに、もしかしたらば……こうして顔合わせすることを嫌がったかだ。

 

 

 娘の結婚相手に会うことを嫌がる父親かと思いつつも、引き合わせるだけならば、手はなくはなかったりした。

 

 

 一週間前までならば。

 

 

「……まさか、織田信長と斎藤道三の顔合わせのように、会うわけにもいくまいしな」

 

 

「何か当てはあるんですか?」

 

 

「あるといえばあるんだが……何というか出席の断りを入れちゃったからなぁ……」

 

 

「ソーネ……」

 

 

 ホクザングループ開発の新型高層ビルの落成式というお呼ばれしていたのだが、それに対して『欠席』を表明したのは、色んな理由があった。

 

 

 具体的には……雫の新たな恋を邪魔したくなかったからである。昔想っていた男が、そんなホイホイと傍にいてはマズイと想っていたのだが……。

 

 

「とはいえ、ミスタ・ウシオからは、来てほしいと直電(DirectCall)来ていたものネ」

 

 

「まぁ、冷凍食品開発で『おぜぜ』を貰っている身としては、行かなきゃ不義理だよなぁ……」

 

 

 レイモンド・クラークなる少年と、空港で剣呑だったことは見ていただろうに……。

 ビジネスという戦場で戦う、海千山千の狐狸化生の思惑は見えきれないが……。

 

 

 今更ながら行くこと(GO AHEAD)を表明するのだった。最終的には、弟分のために色んな辛苦を飲み込むことにする。

 

 

 釈明の言葉を頭の中で組み立てつつも、潮氏との電話を何とかこなすことに。

 

 

「達也と深雪が、お呼ばれしているのは既に確認済みだ。そこでお前たちが話すだけでは……中々に許しは得られるか分からないな」

 

 

「そうですね……けれどありがとうございます。少なくとも切っ掛け作りは出来たんですから」

 

 

「達也様の機嫌が直るような、何かがあればいいんですけどね」

 

 

 妹夫婦、弟夫婦……どちらとも言える2人の沈痛な表情に、少しだけ辛い気分になっているところに……。

 

 

「ど、どうしたのかな? ヒカルちゃん?」

 

 

 銀髪の妖しい魅力を称えた幼女―――もはや『妖幼女』とでも造語を作ってしまいそうな疑似サーヴァントが、刹那を見つめていた。

 

 

「ここにあるお菓子は、全部セツナが作ったの?」

 

 

「まさか。煎餅はここいら千束のフォーマルなお菓子だからな。それ以外は俺が作ったものだけど……おかわりか?」

 

 

「うん♪ おいしいからちょーだい♪」

 

 

 カラになった茶請け皿を出してきたヒカルちゃんに、『しょうがないなー♪』という気分で、台所に向かうことにする。

 

 

 後ろにいるリーナから冷視線が届くも、とりあえずお客さんに提供するのは吝かではないのだ。

 

 

「さっきから脇で聞いていたけど、そのタツヤとかいうの随分と強情だなー。交尾し合いたい雌雄がいるならば、一緒の巣にいさせるべきだと思うんだけどなー」

 

 

「なんたる自然界の法則に則った男女の在り方。この2人が致したら、『こいつら交尾したんだ!!』と我々にお伝えしてくれ」

 

 

「「交尾っていわんといて(いわないで)!!」」

 

 

 同棲カップルから勢い込んで反論されてしまう。片方は関西弁が思わず出ちゃってるし。

 

 

 とんだイケメンなにわ男子である(爆)。

 

 

「美味しいものでも食べれば、誰でも気分は良くなるのになー♪ いまのボクみたいに」

 

 

「そんな単純な男であれば、光宣だって苦労は―――」

 

 

 その何気ない一言に―――刹那は、思った―――。

 

 

 閃きが走ったといえばいいのか、司波達也が九島光宣という男に対して下している評価を聞いただけに。

 

 

「……そういう手もあるか」

 

 

 ―――――――それは良策とも思えた。

 

 

「えっ!? 達也様たちを料理で懐柔しようというのですか?」

 

 

 

 料理上手なメイドとして対抗心を燃やしていることは刹那は知っているが、ここでそれを出すとは水波は思っていなかった。

 

 

 

「まぁ、そういうことになるか……考えるよりも行動しろだな。よし、決めた。落成式の祝賀料理という名目で、一鍋振るわせてもらうとしよう」

 

 

「お菓子よりも美味しいものを作るのかいセツナ!? ボクも食べたいな!」

 

 

 食い意地が張るサーヴァントに絡まれるのが、我がさだめかと思いつつも、作るならば早めにしなければならないと考える。

 

 

「刹那、何を作ればいいんですか? 四葉達也さん、四葉深雪さんに認められるためならば協力は惜しみませんよ。響子姉さんも大丈夫ですよね?」

 

 

 眼を輝かせて響子を見てくる弟分に嬉しい苦笑をしながら、自分の出来ることなど、その辺りだろうと思いつつ、疑問を呈する。

 

 

「ええ。私は、その出席するパーティーで着るみんなのイブニングの仕立てかしらね。けれど、そんな都合のいい料理があるの?」

 

 

 どこの料理漫画だと言いたくなるのだが、達也と一年未満でも付き合いの濃い刹那がそう言うのだから、何かあるのだろうが……。

 

 

「達也は、光宣の『色々な情報』を知っていますからね。要は、海の物とも山の物ともつかぬ男が、桜井を奪っていったと思っています」

 

 

「でしょうね」

 

 

「となれば、海の物とも山の物ともつかぬ『料理』を作ることで、ヤツに少しの納得させるだけだ。あとは君たち次第だな」

 

 

 刹那のやることは、切っ掛けのみ、最後の鍵は―――どれだけ桜井……水波と光宣が、よきパートナーとしてやっていけるかである。

 

 

 それを言外に含んで視線をやると。光宣は決心したかのように、桜井に向き直って言葉を紡ぐ。

 

 

「水波さん……ちゃんとお義兄さんに、祝福してもらって関西で一緒に暮らしたいです。ヒカルとともに居られる―――あの生活を続けていきたいんです」

 

 

「光宣さん……私も同じ気持ちです。自分には、四葉の家人として生きていく。そういう道に疑問を持てなかった私に―――違う道を教えてくれたアナタと共に生きていたい……」

 

 

 それは、もしかしたらば『どちらの家』とも決別した生き方なのかもしれない。イバラの道ではある。

 

 

 だが、それでも選んだ生き方なのだから……それを刹那は後押ししたいのだ。

 

 

「トーゼン、ワタシも同意見よ♪」

 

 

「よろしく頼むよ。俺の愛しきマインスター」

 

 

 そんな恋人への言葉を最後に、ホクザングループのパーティー。

 

 

 東京オフショアタワー落成記念パーティーへの参加は、決定するのだった。

 

 

 ただ一番の懸念事項は……。

 

 

「ちなみに……雫へはお前から言っといてくれないかな?」

 

 

「ソーイウ、日和った発言はドーかと思いまーす♪ 」

 

 

 そんな風に言われてしまうも最後にはリーナは、色々とやってくれている女の子なのだった。

 

 

 

 そして、この時は理解していなかったが、このパーティーにちょっとした陰謀が絡むことになるなど、知る由もないまま……事態は進行する。

 

 

 

 

 

 



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第302話『ハチミツとクローバー』

冒険第3巻――――――いやー。そういうことかーと思いつつ、さすがはタイプムーン、さすがは三田先生。

そこにしびれて、あこがれつつ、新話お送りします。


とんでもない喧騒。政財界の名士から何かしらの協会の長に、この『超高層建築物』に大なり小なり関わった人々が招かれてのこのパーティーの中に、未成年の姿は珍しい。

 

だが、政治家の息子……寺社の跡継ぎなどが、社会経験の一貫としてこういった場に連れてこられる例はなくはない。

 

とりわけ後々(・・)のために『顔を売っておく』という行為は、家の存続にも関わる重大事項だ。

 

氷室市長という母の妙な友人。

柳洞寺住職という父のアッー!な友人。

 

この2人もこういう場に出ていたとか、何とか聞く。

そんな現実逃避をしつつ、窓際にて男2人が固まりながら話をすることに。

 

「一度は欠席を表明したと聞いたが?」

 

スゴイ嫌味なジャブを食らって、少しだけ呻くも、しっかりと言葉を返す。

 

「かかる恥を濯ぐ機会はまたあと、ということで。分かっているくせに、そういう嫌味は止めろよ」

「悪かったよ………」

 

夕焼け空に染まる地上360階の景色のもとで友人と語り合う。この夕焼け空の中で埋没してもおかしくない赤いイブニングスーツを洒脱に着こなす刹那に、達也は苦笑する。壮観な景色を眺めている姿すら画になるズルい男……同輩に達也は諦観の念を持つ。

 

「九島光宣……か……」

 

名前だけは知っていたが、こうして少し遠くから見ていると、たしかに整った顔立ちだ。筋肉を着ければ骨っぽい美形と言えるだろうが、今の彼は長身ではあるが痩身であり、その姿からやはり水波を預けるには……。

 

「九島光宣は病弱というか身体が弱いと聞いていたんだが、随分と健康体に見えるが?」

「魔眼使ってるわけじゃないよな?」

 

男でも女でも無遠慮なピーピングをしかねない友人に釘を差したが、そうではないと返される。

 

「傍目の感想だよ。何というか……ふむ……どういうことだ?」

「俺にも分からん……ただ疑似サーヴァント『蒼のランサー』=『九島ヒカル』と契約してからは、あんな感じらしい」

 

そう達也に語る刹那だが、概ねの推測はあった。それはかつて『衛宮士郎』という男が、アルトリア・ペンドラゴンというサーヴァントと契約したがゆえに起きていた現象と、同一なのだと。

どっかの聖杯戦争では、ホムンクルスが竜殺しの心臓を譲り受けたのと同じく。そういうことである。

 

「話してみないか?」

「……何を話せばいいんだ?」

「聞きたいことは色々とあるだろ。それだよ。具体的には桜井を悲しませないのか、とかな」

 

もはや父親の領域の話ではある。現在、深雪と光井が話している光宣と桜井だが……男2人で話したいと誘えるかどうかが、達也の器量となるわけだが。

まぁ頑張れとしか言えない。その間にどうしたものかと想う。

 

(しかし、今更ながらデカイ建物だよな)

 

かつて東京は地上での開発を終えたあとに、来るべき22世紀への礎として『地下開発』を推し進めてきた。

俗に東京リボーンと呼ばれる開発プロジェクトは、もはや開発困難となった地上部分を諦めたが末の話であった。

その弊害として、高級住宅街の地上部分に影響を及ぼすこともあったが。

日本という国家の心臓部であり大都市は、刹那の生きていた時代には大手術を必要とするぐらいに、物流・交通・通信……あらゆるインフラ整備を必要としていたのだ。

 

新型ウイルス……一歩間違えれば国家が終わる規模のエマージングウイルスにもなり得たものの、流行がネットショッピングからの物流を加速させて、それ以外でも国際港を備えている東京は、あらゆる『流れ』の『発端』であった。

 

(明治政府が、最終的に首都を『東京都』に定め、御所の遷都を決定したのは、徳川家康時代の物流及び情報網が、未だに日本という国には必要だったからだよな)

 

「歴史をひもとけば分かることがある。

それは領土・国家の規模に関わらず、流通と情報を掌握したものが勝つということだ。

メソポタミア、ローマ、秦、モンゴル帝国、徳川幕府、大英帝国、そしてアメリカ合衆国。その時々において覇者となった国家は、必ず流通網を整備し、その勢力圏下における情報の風通しをよくしていた。そうすることでしか、広大な領土において心理的な同一性は確保できないからね」

 

自分の皮肉混じりの考えを見透かしたかのように、隣にやってきた友人の父親が、そんなことを言ってきた。

 

「成程、そう考えると―――これはミスタ・北山なりの現代の『バベルの塔』ということですか?」

 

返す言葉が皮肉気味になりつつも、財界の匠は笑いながら答える。

 

「天上におわす神様たちに怒られないように、気をつけたいね。ただ僕なりに、魔法師との融和を考えたんだ。どちらかと言えば天を目指すというよりも、『地下』に意識を向けたというところだね」

 

(うえ)(した)―――バビロニアにおける神のどちらにも縁がある刹那としては、色々と思うところがありながらも…。

 

「―――1度はお断りを入れておきながら、此度の変節からの出席の受け入れ。ありがたい限りでも、勝手な言い分申し訳ありませんでした」

 

深々と頭を下げることで、仁義を通すしかなかった。

 

「いやいや、構わないよ。少し話したが司波達也…四葉達也くんは、今のところは随分と頑なだからね。こういった場で無ければ、『あの少年』の望みは叶いそうにないからね」

 

「そう言ってくれると気が楽になります」

「僕も紅音と結婚する際にはひと悶着あったからねぇ。ちょっとだけ後押ししたい気持ちはあるんだよ」

 

魔法師と非魔法師……魔術師とそうでない人間と同じく、そういう例での結婚というのは無いわけではない。

ブルー(第5の魔法使い)の師匠にして友人にあたる第一魔法に近しい魔女も、大魔女の母親と大財閥の父親の間に生まれたとのこと。

なべて『異能』を持たない、知り得ない存在との婚姻は、何かの弊害を齎すこともある。だが、それを超えるものは、当の2人だけが持つ想いの丈だけなのだろうから。

 

「―――………」

 

そんなロマン溢れる考えを切り裂くように、潮さんに連れられてきた航くんは、少しだけ機嫌が悪そうな顔をしていた。

 

「どうしたのかな航くん―――と言いつつも、理由は分かるんだな。何というか申し訳ない」

「いえ、その―――遠坂さんが謝る筋じゃないのは理解しています。けれど……姉さんだって―――ぐちゃぐちゃですよ。僕自身……レイモンドさんが、姉さんの恋人とか言われても―――なんか当てつけのようにも思えますし」

 

スゴイことを言われているが、本年度から北山航―――雫の弟も中学生になるわけで、そういった機微も理解してしまったのだろう。

 

「悪い……けれど、俺の進む道は、あんまり世間様に認められるものじゃないよ。雫は、俺のようなオーフェン(孤児)とは違う。そんな風な、俺も憧れてしまうような家族のお嬢さんを巻き込みたくないんだよ」

 

かつて、自分の祖母も聖杯戦争という『異常』にて死んでしまった祖父のことがあって、後を追うように早々と死んでしまった。

直接的な害が及んだわけではないのだが、日常の中に生きる人間には、異常・異端の全ては害になってしまう。

 

先に述べたこととは逆に、そういう不幸な見地に立った時に、刹那の場合は、どうしても雫を巻き込みたくない気持ちが優るのだった。

雫は、ある意味で―――刹那の祖母に近い存在だと認識していたのだから―――。

 

不公平な限りではあるが、似たようなシチュエーションでも、好例ばかりが世の中の道理ではないのだから……。

そんな刹那に対して、まだ言い足りない航くんが口を開こうとした時に――――刹那の後ろに白銀の妖精が舞い降りた。

 

「セツナー、お願いがあるんだけど大丈夫ー?」

「どうしたヒカルちゃん?」

「食べ方が分からないものがあるんだよ。ミノルもミナミもお話し中で、邪魔するのも悪いからさ」

 

桃色がかった銀髪の少女。その外見をした疑似サーヴァントが、そんな風に言いながら刹那にまとわり付く。

偽造されたとはいえ戸籍上の従姉である響子に仕立ててもらったドレスは、彼女の幼い容姿とは裏腹にエロスなものも掻き立てる。

ノースリーブの白系統のワンピースドレス。各所に青薔薇をあしらい、波打つようなスカートの裾と白いニーソックスとの狭間が色々とあれである。

この集められたセレブ達の中に、そういう趣味の人間がいたら困るというぐらいに『際どすぎた』。

 

九島ヒカルのリクエストいわく『もっとセクシーなのがいい』……マセてるなぁと想いつつも、まぁ良しとしよう。

折角だから、航君に紹介しようかと正面を向くと―――。

 

惚けたような顔を赤らめている航君がいた。刹那がようやくのことで、振り向いたことも認識していないようだ。

真っ直ぐに―――ヒカルを見つめる。その視線の意味を理解した。

 

ああ、そうか。

 

 

(ヒトが恋におちる瞬間を―――はじめてみてしまった)

 

まいったなと想いながらも、視線を近くにいた潮パパに向けると、この上ない笑顔で、親指を立てて『4946!』(シクヨロッ!)(古っ!)などと、無言で言っていることが理解できた。

 

「航くん。ヒカルが食べたいものの食べ方を教えてあげてくれないか? 俺はちょっと話さないといけないし、こういう席でのマナーもちょっと拙いからさ」

 

そんな取り繕った言い訳も、今は彼の恋を少しだけ手助けするものとして許してほしい。まぁ当人はそれどころではないようだが。

 

「は、はい……北山航です。よろしくお願いしますっ」

「九島ヒカルです。こちらこそエスコートお願いします―――僕のことはヒカルでいいよ。よろしくね」

 

スカートの裾を少しだけ持ち上げながらの丁寧な一礼。見えちゃわないか少しだけ不安になりながらも、言葉の後半では砕けた調子になるヒカル。

 

「それじゃ頼んだよ」

「任せてくださいっ。それじゃヒカルちゃん案内して」

「うん。こっちだよっ♪」

 

男と見込んで頼んだことが、食事の世話など何となく間尺が合わない気もする。おまけに北山財閥の御曹司に対してなんて―――。

 

「なかなかの男っぷりだな。やはりキミとは―――いい付き合いをしたいものだ」

「恐縮です」

 

息子を小間使いも同然に出されたというのに、肩を組んで再び親指を立ててくる父親の姿に言葉を返しつつも、本題があるのではないかと問いかける。

 

「うん。実を言うとだ―――このタワーの概要は知っているかね?」

「通り一遍程度でしかありませんし、技術的な詳細は微妙な理解で申し訳ありませんが」

「いや、それで構わない。僕が問いたいのは、『地下』に関してだ」

 

四本の柱で2,000mもの巨大構造物を支える『状態』と、そこにある『非常手段』に関して問われると……。

 

「今はまだ大丈夫でしょうが、時を過ごしていけば、少々マズイでしょう」

「ほぅ……詳しく教えてくれるかな?」

「簡単に言えば4つの柱というのは、構造上の問題ではなく縁起が悪いということです。いや、構造上でもあまりいいものではないはずです」

 

魔術。あるいは風水的な力学で言えば、4つの力というのは『内側』に向けるものではなく、『外側』へと向けるものだ。千年王城に代表されるように、昔からの『場』作りにおいて、4つの力―――四神などを配置するようにしてきたのは、それが外敵に対する一つの守護の形であると分かっていたからだ。

 

逆に建築物を支える力とするならば、むしろ四神思想よりも仏教建築に代表される『五大思想』

五重塔に代表されるような、『地』『水』『火』『風』『空』による重石を掛けての安定性。つまり『思想』的な仕組みが必要となるはず。

 

「まぁけど現代日本の建築技術が、技術者たちが、中央部分のフライホイール込みの『それでいい』としたならば、私の見解は見込みハズレでしょうけど」

「……そのフライホイールが止まるという非常事態を想定して常駐している、地下の魔法師たちに関しては?」

「いずれは緩やかな『シフト』を組むために、増員を検討していると見ていますが、それでも……今のままは、ちょっとマズイかもしれません」

「待遇はいい方だと想うのだがね。待機中も、ある程度の飲酒も可とはしている。当然、飲みすぎれば職務に対する怠慢だが……アルコールを即時分解するタブレット錠剤も完備している―――いや、そういうことではないのだね?」

 

そうは言うが、言葉を聞く限り懸念そのものは北山氏も持っていたようだ。

 

「仰るとおりです。地下にいる魔法師たちの業務の内訳は分かりませんが、概ね―――保守業務と言えるものなんでしょうね。総合警備保障とも言えますが……まぁ彼ら全員を地下に押し込めるのは良くないでしょう。勿論、人権的なことを言っているわけではありませんよ。彼らも今の所は、それが職務だと納得しているでしょう」

 

全員ではないだろうけど。と内心でのみ言いつつ、問題点を上げる。

 

「問題点は、やはり地下に『数多のヒト』を常時入れておくという点ですね。業務上致し方ない点があるとはいえ、これが一番マズイです」

「詳しく」

 

言葉少なに話を促す北山潮氏に話す。

 

「どんな集団でも、人間一つどころに集まれば、『好き嫌い』『派閥』というものが生まれるものです。確かに職務を遂行する上で、気の合う合わないを無視出来るものもいますが……これが『陰の気』を生み出す。特に地下という閉鎖空間では尚更です」

 

如何に現代のネットワーク技術が、様々な情報をあらゆる場所へと届けられるとはいえ、外界と隔離された場所というのは、マズイ。

ある程度は、いずれは時間制勤務でのシフトを組めるのかもしれないが……。

 

文明社会から隔離された環境下で、どんなことが起こるかは―――アナタハンの女王事件、ひかりごけ事件……創作ではあるが……ウイリアム・ゴールディングの『蝿の王』など、どれだけ言っても……やはり閉鎖環境というのは、人心に対してどれだけの影響があるかわからないのだ。

 

「いま言ったようなことは、多少はオカルティズムも混じってはいますが……北山さんも、どっか(部下の進言)から耳にして存じていたのでは?」

「その通りだよ。ただ、増員しての緩やかなシフトを組ませることは、後々の解決方法だ。申し訳ない限りだが、今はまだ第一次のメンバーで『回してもらう』しか無い」

 

それは北山潮なりの渾身の掛詞であった。人員の勤務シフトと、フライホイールを、『回してもらう』。

そういう意味だと理解したので、まぁ一応は『洒落てますね』と返すと、少しだけ得意げな顔。一転して真面目な顔もする。

 

「だが前者の方はどうしたものかと想う。実は、地鎮祭(起工式)から新室祭(竣工式)までを取り計らってくれた神社の神主、禰宜、宮司とも言える方も、『あまり土地の気がよろしくないでしょうな』とも言われたよ」

「まぁ東京都の前身『江戸』というのは、神君家康公があらゆる埋立工事をしたから陸地が増えたわけですし、そこから離れた海側に建てたとは言え―――そういう感覚はありましょうね」

 

中々にいい感覚を持った寺社の方だと想いつつ、こればかりはどうしようもない。

とはいえ、ここが地脈の上にあるということは商圏としては、かなり実入りがいいことは確かである。

ここを選んだ北山氏の先見は間違いない。

 

「まぁ何かあった場合、地下が水没しないことが肝要ですね」

「埋立地に安定性はないからね……遠坂君は、何か出来るかね?」

「ちょっとした『嘘くさい』経営コンサルティングぐらいでしたら」

「時折でいいんだ。リーナちゃんとデートするついでぐらいでいいから、キミの言う『気』の調整をしてくれるかい?」

「分かりました。北山社長には、色々と便宜を図ってもらっていますから、微力ながらやらせていただきましょう」

 

地脈の整備をする。地元にて祖父が、商業テナントの地主として、土地代だけでなく、経営コンサルタントとしてテナントのアドバイス―――風水的なものをすることで金銭を得ていたことは、よく教えられた。

または見えぬところで地脈の整備も行っていたのだろうということは、容易に理解できた。

大地主として、それはある種の『貴族的な労働』ではあるが、まさかこの時代の此処(2090年代東京)に来てそういうおはちが回ってくるとは思っていなかった。

 

「それじゃ、謝罪として作ってきた料理―――楽しみにしているよ」

「はい。ただあまり過度な期待をしないでいただければとは想います」

「ははっ、謙遜をしなくていいぞー。なんせ担当の料理長から『伝説の再現を見ましたよ』とか、汗混じりの驚嘆を聞いているからね」

 

耳が早いなと想いつつも、そんな言葉の次には、他のセレブたちに声を掛けていく姿を見送る。

そうしてから喉を潤すために、飲み物を取ろうとパーティーの中心に行こうとしたのだが―――。

 

「ハイ、ドウゾ♪」

「ああ、ありがとう」

 

その前に、自分にグラスジュースを渡してくるリーナ。別にパーティーの中心に行こうというわけではない。

むしろ窓際にいる方が、自分はふさわしい。リーナはちょっと別ではあるが。

真っ赤なスパンコールドレスを着たリーナは、今日はトレードマークのツインテールを下ろして、ストレートヘアにしていた。

 

「お虎は?」

「ヘベレケに酔っぱらっちゃったから放置してきました♪」

 

護衛の役割を何だと思っているんだとしつつも、それなら仕方ないと想っている。

こうして窓際にいると、このパーティーの全図が見える。

 

達也は終始、光宣に話しかけられ、かけていき、それに参加しつつも、深雪と水波はちょっと離れたところで話しつつ、そこに雫と光井が話しかける様子。

そんな雫が、ちょくちょくこっちに眼を向けていることは分かっていたが、何を言えばいいのかわからないのだ。

 

レイモンド・クラークは―――

 

『いずれ、もう一度、ジャパンに来る。ティアを―――シズクに相応しい男になってから―――アイシャルリターンだ』

 

―――などと言っていたことを思い出す。まぁ俺がどうこう言えることではないと思えたのだが、周りは薄情だと感じたかもしれない。

思索を打ち切ってから、他の場所へと眼を向けると……。

 

ヘベレケに酔っ払って、テーブルで酒とツマミを飲み食う戦国武将。一応、あんなんでも美人の類なので声を掛ける男もいるのだが、あやつの酌を受けて酔わずに済む男などいないわけだ。

ライトブルーとホワイトの『鳥』か『天使』をイメージさせる装飾が為されたドレスを着込む、SAKIMORIならぬSAKAMORIである。

 

「そしてスコシ離れたところでは―――……」

 

リーナが刹那に寄りかかりながら、誘導するような視線移動。

それにしたがって見ると、実年齢は恐らく違うのだろうが、同じような背丈ゆえに何か気が合うのか、はたまた光宣と同じくお互いが『保護者気分』なのか―――。

 

「ズイブンとイイ雰囲気(ムード)じゃない?」

 

ニヤついて言うリーナ。自分が後押ししたとはいえ、九島ヒカルこと『蒼のランサー』と、北山 航の2人は、何というか思春期の少年少女らしいやり取りをしているのだった……恋慕と言えるものをハッキリと抱いているのは後者だろうが。

 

「ヒカルを擬似サーヴァントたらしめている英霊って、何者なのカシラ?」

「さて、あんまりレディーの秘密を暴き立てるというのは、俺はしたくないかな」

「アナタはそういうヒトよね。どっかの美少女魔法戦士の正体がバレバレだとしても、それを告げないヒトだもの」

「怒るなよ。っていうか自虐になっちゃってるし」

「ワタシが感じていたヤキモキした想いを、ワタル君にまで味あわせたくないの」

「まぁそれは俺も同意だけどさ―――ヒカル自身もよく分からないらしい。嘘か真かは―――不明だけどね」

 

オレンジジュースを飲み干してから、それでも推測はあるとする。その前から遮音というか言語を乱しての会話をしていたのだが。

 

「渡された映像から察するに、どうにも人間霊が昇華した存在とは思えない。かといって神霊よりも、察するに魔獣や聖獣に近しい存在かもしれないな」

「魔獣、聖獣……グガちゃんみたいな?」

 

今日は家でお留守番しているとはいえ、遠坂家の新たなペット。子豚ならぬ子牛の(てい)で存在しているものを連想したリーナだが、それよりも凶悪なものだろうと推測する。

 

「先生がいれば明確なものが分かるかも知れないが、俺の見立てじゃ、ヒカルは『竜』もしくは『龍』に由来する魔獣・聖獣―――神獣の類だろうな」

Dragon(ドラゴン)……」

 

呆然としたような声を上げながら、ヒカルを見るリーナ。

 

石化の魔眼で有名なメデューサ。マキリ家が冬木で存続していた世界での、桜叔母さんが契約したサーヴァントを思い出したりした後には……。

 

(まぁ太祖竜テュフォンというわけではないだろうな)

 

どうにもヒカルから受ける印象は、ギリシャ・インド系統の存在色(カラー)ではない。どちらかと言えば……。

ブリテンないしフランスなど西欧系統の匂い……。

その正体はいまだ分からないが、ワタル君の慕情のゆくえはどうなるか――――。

 

「とはいえ、ワタル(・・・)と言えばドラゴン使いとして有名だからなぁ」

「ソウね。トラオー(虎王)ウミヒコ(海火子)もいればパーフェクトよね」

 

そっちかいと思いつつも、ユーモラス溢れる彼女に、笑みがこぼれるのが抑えきれない。

そうしてから空腹を覚える。

 

「何か腹に入れておこう。流石に話しっぱなしで空腹だよ」

「それじゃアッチに『小豚の丸焼き』があるから、ワタシに食べ方を教えて♪ 」

「カオルウチュウとは、随分とスゴイもの作ったもんだな。どれ、肉の甘さを引き出せているか検分させてもらおう」

 

そんな上階の喧騒とは裏腹に―――下ではちょっとした暗闘が始まりつつあった……。

 

 



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第303話『under the fight』

今年のバレンタインは何だろう

ツイのトレンドはバゼットが来ているが……まぁそれはともかくとして我が方にはモルガン陛下もメリュ子もバゲ子もトリ子もいる――――――つまりバレンタインが楽しみだということだ!!

というわけで新話お送りします


 

 

 

何事にも予定違いというものはあるものだ。それは、どんな職業、事業、計画、企画でも起こり得るもの。

 

計画通りにことを進めていたとしても、不測の事態というものはある。

人間のやることに、絶対などという『手形』はありえないのだ……。

 

人の意思や人の状態が関わることである以上、免れないもの。

 

そんな訳で――――。

 

「父さんから言われたことは、進人類フロントなる魔法師優生思想に傾倒した団体、その中でも強烈な連中を捕縛することで、資金・人の流れを知りたいということだったんだけど」

 

それを吐かせるために、近くにあるハイパービルディングたる東京オフショアタワーへの送電施設を張っていたのだが……。

 

「どう考えても、ここには末端の工作員しか来ないよなぁ―――なんて考えていた時期が、僕にもありました」

 

今夜起こるだろうテロを利用してメンバーを捕縛する。そういう作戦であったが……電源喪失のためにやってきただろう工作員たちは……。

 

明らかに一人ばかり、毛色(・・)の違うものがいて緊張せざるを得なかった。

 

「文弥ってば、楽なオシゴトしたくないからと困難な仕事を望むだなんて、その心に私ってば涙がちょちょ切れそうよ……」

 

「姉さん」

 

「冗談よ。セイバー、あれはサーヴァントなの?」

 

文弥(おとうと)の恨めしげな声に返してから、亜夜子は、自分が契約しているサーヴァントに問いかける。

 

霊体化をしていても、自分の傍にいる時代錯誤な侍は、その言葉に思案をしながらも、違うと返事をしてきた。

 

(私のような存在とは似て非なるものと言えばいいのか、京都で出会った九島の男子たちが契約したという存在に似ていますかね?)

 

疑似サーヴァント。憑依サーヴァント。その手の類だとして、工作員2人に帯同している黒スーツの赤毛を評した。

 

「霊体化は出来ないとは言え、そのチカラは間違いなくサーヴァント級か……」

 

厄介だ。工作員だけをふん縛れればいいのだが、恐らく手出しをすれば、間違いなくあの赤毛は、妨害をしてくるだろう。

 

遠くから離れているだけでも分かる。アレは隠すこともなく自分の存在感を出して、敵を誘うタイプだ。

 

「んでお嬢、坊。どうするんだ?」

 

「有希さんこそ何か妙案はありませんか?」

 

「アタシごとき脳みそで、そんなもの捻り出せるかよ……とはいえ―――無いわけじゃあない」

 

非合法の暗殺組織……伝統的なTTRPGならば『盗賊ギルド』とでも言うべき会社の一員たる榛有希は、驚くべき提案をしてきた。

 

「要は文弥とお嬢が、工作員2人を捕縛するまで、あの化け物を引き離しておけばいいんだろ? なり格好から察するに、アレはアタシと同じ雇われ身分…用心棒とかそんな所だろう? 『でかい花火』を焚けば、そっちに向かわせるんじゃないか?」

 

一考、二考、三考してから……アリかと想う。だが、ただのブラフでは意味があるまい。

 

「セイバー。頼めますか?」

 

相手に脅威と思わせるだけの気迫と逃げの当てがなければ、この役目は果たせない。

 

「やれやれ、再び足止めの囮役ですか。まぁ『戦闘続行』『仕切り直し』のスキル持ちの私だからこそ出来ることでしょう。承りました」

 

「一応、お聞きしますけど『諏訪の若君』、あの赤毛の御仁を倒せませんか?」

 

亜夜子の言葉に苦笑しながら答えたセイバーに対して、文弥は、少しだけ期待をしつつ問うが。

 

「生きるが、勝ちでございます。文弥殿……。弱気・弱虫と誹り、死ぬ気で戦えと仰るならば、亜夜子姫の令呪の一画を頂戴しましょう」

 

「「「……」」」

 

その言葉に、ほか三人は寒気を覚えた。

 

こうして間近で話していると分かることだが、セイバー……自分たちと同年代程度の背格好をしているものが、本物の乱世の武士(もののふ)であると分かる『圧』であった。

 

「とはいえ、今宵はここの霊気が、私のような『坂東武者』を持ち上げてくれますね。まぁ何かの弾みで首を落とせるかもしれません」

 

あまり期待せずに任務を遂行してくれという若君の言葉。散歩のついでに『熊』でも殺すかのような気楽さで腰に帯びる刀を持ち上げるセイバーを見て、遂にツバを飲み込むのだった。

 

 

「では、皆々様方―――ゆめゆめ油断なさらずに(めい)を遂げましょう」

 

 

その笑顔の下での言葉を前に、何故か心がやすらぎつつも、適度な緊張感を持って事に臨むことが出来そうだった。

 

―――真夜中の東京での戦いは繰り広げられるのだった。

 

 

「はい。セツナ、あーんして♪」

 

「ちょっ、こういう場でするべきことか?」

 

焦る刹那だが、言われたとおりにする辺りに、こいつらは……と少し離れたところにいた同級生・下級生一同は、想いながらも……。

 

「ワタル君、あーんして♪」

 

「ヒカルちゃん!! いただきます!!」

 

まねっこのつもりなのか、琥珀色の瞳をした銀髪の美少女が、同じぐらいの背格好の男子の口元に、子豚の皮を挟んだパンを持っていく。

 

高校生とは違って微笑ましすぎる一場面をみてほっこりする。

しかし、女子の方が魔法師の名家『九島』の子で、男子が日本が世界に誇る大財閥ホクザングループの長男では、色々と勘ぐる人間も出てきかねないが………。

 

お互いに食べ合いっこをしている二人の年下を前にして、それは野暮天すぎる考えであった。

 

そんな光景を見つつもリーナと刹那はいつも通りすぎて、遂に一人の女が動き出そうとしていた。

 

「オイシイ?」

 

「言わなくてもいいだろ。ビロード色の皮肉を包んだパンをくれる赤色のドレス美女。最高のコラボだ」

 

「それはつまり――――今夜、ワタシも食べたいという意思表示と受け取ってオッケー?」

 

空気振動を利用したシルヴィア得意の魔法で伝えてきたリーナに、「はいはい」と窘めてから、どうしたものかと思っていると……。

 

「刹那。こんばんわ」

 

挨拶していなかったなと、いまさら気付いて気不味さを覚えつつも、なるたけ平静を保ちつつ返事をする。

 

「こんばんわ雫、1度は断ったのに急遽の出席で悪いな」

 

手を立てつつ、父親とは違ってフレンドリーさを装いつつ返す。

 

「ううん。何となく『理由』は分かるから、そこはいいよ」

 

主催の娘がそんな風に言うものの、刹那としてはドキドキものだ。正直、彼女をフッた時から少々、距離感が掴めないところがある。

 

臆病な心だが、それでも今は色々と話す必要はあるだろう。

 

肝心要のこと。つまり空港での雫の恋人との諍いから会話をすることに。

 

「レイモンド・クラーク……まぁ彼とて東京で起こったことと無関係ではなかったからな。一発は甘んじて受け入れたよ」

 

「レイは言っていたよ。『ティアの心は未だにプリズマキッドに囚われている。僕がきっと取り戻してみせる』ってね」

 

おのれこそ囚われの身で、雫を心配させたというのに―――正体不明の端末を使うという自業自得ではあるも、原因の一端を担ってしまった刹那としては、あれこれ強くは言えない。

 

だから、一発は甘んじて頬に受けたのだ。

 

「……ほのかから聞いたけど、いない間に色々とあったみたいだね」

 

「ああ、まぁ別れもあったが出会いもあった。須らく人生とは、その連続だったかな……雫だってバークレーでは、色々だったろ?」

 

「そうだね……レイと私は―――うまくいくかな?」

 

「それは俺が言えることじゃない。ただ一つ言えることは、キミの両親が安心できる相手ではあるだろうね」

 

「……お母さんだけじゃないかな」

 

「――母親は大事にするもんだよ」

 

そんな少しだけ切ない会話の後に、遂にこの宴席のメインを飾る料理がやってきた。

 

多くのカートに乗せられてやってきた

 

「色々とご迷惑をお掛けしたのでね。俺なりの謝罪の料理だよ。あっちで達也と会話している年下イケメン、モテカワたちと苦心して作ったものさ」

 

「す、すごい匂い―――美味しい匂いがする……」

 

「セレブのキミが、そう感じるということは、これは成功だな」

 

カートに幾つも乗っている酒甕。少し小ぶりの壺ともいえるものから香る匂いは、このパーティー会場にいる人間たちの注意を全て惹いた。

 

最後の仕上げをこのパーティーの厨房総責任者に任せたのは、衛生管理者としてのあれこれがあったのも一つだったが……それ以上に、ここの厨房でも食べられるようになれば、別に問題はなかった。

 

「まぁコンソメのアク抜きも自動でやってくれる辺り、技術の進歩に万々歳だしな」

 

結局、時には食うだけに徹するために、都心の料理のレベルは、もう少しあがってほしいと切実に願うのだった。

 

「けれど、それらが使えない時……大災害に直面した時のために『手』を使うことが重要とは、よく言っていたワ」

 

「電源が喪失して、文明の光が消えた世界は見たくないが、そういうときが来ると考える。そうして想像だけは絶やさずにしておきたいんだよ。俺は」

 

リーナの言葉に言いながら『手こそは神』と言い放った男のことを思い出しながら……『下』で起きている騒動は、カンの鋭い連中には、そろそろ隠しきれないかと想いつつも―――とりあえず壺の料理たる『佛跳牆』の説明をするために、雫からマイクを手渡されるのだった。

 

なんでさ

 

 

―――動いた。

 

有希のチームが打ち出した魔力のパルスが、東京オフショアタワーの電源喪失を目論む工作員たちの『触覚』を刺激したあとの行動だった。

 

釣り出された工作員たちの護衛だか用心棒が、魔力のパルスに引かれて明後日の方向に出ていった。

 

電源管理の施設にいる工作員は、予想通り魔法師であり、用心をしていたが、それでもいつまでも何もせずにはいられないと思ったか、内部での破壊活動に移行する様子。

 

 

黒羽の双子が作戦を開始、疑似瞬間移動で施設内に侵入。まだ感づかれてはいない。

 

即座にCAD……有希からは『メリケンサックにしか見えねーよ』と揶揄されるものを起動させて、工作員たちを外から制圧。施設内部での工作活動は無為に終わった―――。

 

 

「え?」

 

仕事を終えたことで一息ついたと同時に感じた変化。

間抜けた声が女装した文弥から出た。

 

次の瞬間、意識を失った工作員たちが起き上がる。起き上がった工作員二人は……。

 

意識が無いにも関わらず、サイオンを異常活性化。

 

明らかに一個人が出せる量ではない。自分たちの親族『司波達也』なみのサイオン量だ。

 

そして、その工作員達に明確な変化が出る。

 

「――――!!!」

 

雄叫び。ただの雄叫びにしか聞こえないそれで、生気を失った眼のままに、こちらを見てくる工作員2人の肩から大蛇が生えてきた。

 

暗がりでもそれが見えたのは、日頃の訓練の賜物だが、こんな時にはその見えすぎる眼を恨んでしまう。

 

「遠坂先輩だったらば、これだけでアレコレと察するものがあるんだろうけど―――つまり……」

 

両肩から生え出る大蛇。化生体のような幻ではない以上、つまりは……何かしらの憑依術。

 

拙い知識ながらも理解したあとには、答えを詳らかにする。

 

「蛇王ザッハーク!!!!」

 

『『!!!!!!!!!』』

 

咆哮する蛇が顎を一杯に開くと、口中の奥から何かが放たれる。

狭い密室に充満する何かの気体。少し吸い込んだだけでも感じる喉の痛み。鼻孔を突く刺激臭。

 

(毒か!)

 

気付くと同時に室外に出る。姉の覆った極散は既に崩れている。

 

漏れ出した気体……ポイズンブレスが、姉の形成した場を崩したようだ。その異常を察したのか、思念が通じる。

 

(文弥!どうしたの!?)

 

(工作員たちが気を失うと同時に何かの魔術処置が発動。 肩から大蛇を出して毒の息を吐き出してきた)

 

姉…亜夜子側から届く思念は明確だが、文弥が出すとなると、どんな風に聞こえているかは不明だ。

 

前に聞いた通りならば、単語のぶつ切り……舌っ足らずな聞こえ方だったらしい。とはいえ、次にそちらに向かうかという言葉に。

 

(ダメだ。 来るな。 伏兵にも同じ処置がされたならば、姉さんの方にも同じくなる可能性がある。セイバーと合流してくれ)

 

電源施設の扉を蹴破るように出てきた異形の存在は、遠くから見ている亜夜子にも見えたはず。

 

不安を覚えつつも、それでも最後にはセイバーに合流するように駆け出すのだった。

 

すぐに戻ってくるという亜夜子の言葉を疑うわけではないが、この位の窮地は、これから幾らでもある。

 

別に、父のように四葉の当主としての地位に興味があるわけではないが―――。

 

(達也兄さんの前に現れる敵は、これからこんなのばかりになるんだ!! 手助けするためにも、『独り立ちした強さ』を持つ。持ちたいんだ!!)

 

兄と慕う相手を助けるためにも、いまの文弥に必要なのは、そういうチカラだった。

 

ナックルダスター型CADを捨ててから集中する。観月法による瞑想が違う力を引き出す。

 

「ヘアシュテルング」

 

正式な発音ではないだろう。カタカナ発音でしかないだろうが、それでも……。呪文による変化は劇的であった。

 

先程のお返しのごとく、「文弥」の身体を石の殻とでも言うべきものが覆っていく。有り体に言えば『鎧』

しかし、その鎧はあらゆる部分から『スパイク』とも『突起』とも言える鋭い部分が伸びており、防御というよりも攻撃に特化したものに思える。

 

展開が終わったことを示すかのように、文弥は、腰に帯びていた鈍い銅色に赤い血のような刻印が為された剣を抜き払う。

瞬間、文弥を脅威と断定したのか、先程まで姉がいた辺りにいた人間たちが、加勢に来た。

 

伏兵を釣り上げたことに喜ぶこともなく、文弥は瞬発。

 

魔力放出の要領で、大蛇を生やした男に接近。左を狙うと見せかけて体を右に切り替えしての一閃。

 

大蛇を切り落したが―――。

 

(再生するか。拙い知識だけど、そういう伝承だったような気がする)

 

神話や伝説に対するインテリジェンスが足りていないことを嘆くも、とりあえずいまの感触で分かったことがある。

 

(寄生型の術式が深部に存在しているか―――しかも)

 

加勢に来た連中も、腕を蛇にしたり、同じく肩口から大蛇を生やす。これがセイバーの相手サーヴァントの術なのか、それはまだわからないが……。

 

「ダインスレフ―――赤呪剣化」

 

赤く発光する魔剣を手に文弥は動き出した。

 

「「シャァアアアアア!!!」」

 

「「シュアアアアア!!!」」

 

蛇の攻撃は毒霧だけではないようだ。その口からは羽虫……というよりも『刃虫』とでも称するものが吐き出されていき、その他に毒蜂、毒虫の類が雲霞のごとく吐き出される。

 

全くもって悪趣味極まりない。そんな感想を出してから、その制圧攻撃の中を赤剣を振るいながら進んでいき―――。

 

赤剣を蛇人に突き刺す。ぞんっ!と肉を切り裂き、しかしそれで『術式』を砕いた感触を覚えると、肩口の蛇が消え去り、倒れ込む男。

 

死んではいない。魔剣による攻撃が影響を及ぼす可能性もあるが、まぁその時は運が悪かったということだ。

続いて隣りにいた蛇人に斬りかかる。身体を振り回して袈裟斬りに捨てる。再び砕く感触。

 

遠坂刹那によって渡された魔剣……ダインスレフを用いて行われる『新たな術』……『ダイレクト・スレイブ』

 

黒羽及びその本家ともいえる四葉家が得意とするものは、精神に対する干渉であった。しかし、昨今の魔法社会において、精神干渉というものが『効かない』相手が多くなってきたことが、少々色んな意味で苦境に陥らせていた。

 

他家も似たようなものだが、あらゆる手段を講じてサーヴァントないし、それらに準じるチカラを得た『存在』に対して、対抗手段を手に入れようとしている。

 

その一つとして、現代魔法師に協力的な、遠坂刹那という魔術師にして並行世界来訪者(カレイドライナー)に協力して完成を見たものだった。

 

説明をされながら凶悪な魔剣を渡された時には怪訝な気持ちであったが、今となってはこのとんでも魔剣が、黒羽の暗殺魔法にしっくり来ると思えていた。

 

精神ではなく魂へと干渉を果たすためのもの。

 

何より、父や姉が、その剣から漂うオーラから恐れおののくのとは別に、文弥には随分と手に馴染んでいた。

確かに鍔部分と柄の無骨さ……岩、石……もしくは何かの『骨』を直接削り出したようなそれとは別に、剣身の見事さはアンバランス。

 

(だが、心惹かれるものがあった。破滅をもたらす呪いの宝剣。妖刀・魔剣の類であっても―――)

 

それを見た、魅入られたかもしれない文弥は軽快に、ニーベルンゲンの魔剣ダインスレフを振るって―――後に判明するが、キャスターのサーヴァント「ザッハーク」の傀儡となった魔法師を、数秒もしないうちに倒すのだった。

 

 

 



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第304話『災厄の導火線』

ライブアライブ―――リメイク発表。

やったー!!すごいうれしい。アオイホノオでも、この話題を取り扱ってくれることを祈りつつ、新話お送りします、


 

「確かに俺は、九島 光宣のことを海の物とも山の物ともつかぬ男と称したが……だからと高級スープ。フランス料理のコンソメスープに対するような中華の最高峰『佛跳牆』を作るとはな」

 

「お前がそんなこと言うから、山海の珍味を山のように入れたスープを作ったんだよ。肉は―――チョット前に知り合った北海道の獣医家のおすそ分けだがな」

 

とんだ魔法科高校の料理人である。

海鮮乾貨と山の菜をじっくりと煮詰めた上に、動物系の味まで足した最高のスープ。

 

これだけでもお腹いっぱいになりそうな深い琥珀色のスープであったが。

 

当然それだけで終わるわけもなく、厨房の方で用意されていた玉子麺が入ったドンブリ。一般的な日本風の麺玉がカートに乗ってやってきたり、はたまた『おじや』か『中華粥』風にするための混ぜご飯がやってきたことで、まぁ大宴席料理になってしまった。

 

「―――俺がこの佛跳牆で言いたいことは、頭のいいお前ならば分かるはずだよ? 同時に、今年度の新入生を迎える一高だって、これと同じだ……光宣と水波の関係だってそうだろ?」

 

言いながら佛跳牆麺とでもいうべきものをすする刹那。戻されて解されたフカヒレが麺に絡んでいたり、柔く煮戻されたアワビ、椎茸の戻しをチャーシューよろしく噛みちぎったり……。まぁ美味そうに食うものだ。

 

だからこそ分かる。

 

信長の○ェフよろしく、料理で伝わるメッセージが達也を貫く。

 

多くの食材を煮詰めるがごとく、時間を掛けなければ見えてこない景色が有るのだと。

 

改めて―――学校こそ違えど、今年度からの後輩に向き直ってから達也は言葉を紡ぐ。

 

「九島君……いや光宣、そして水波……俺は刹那とリーナのことをこの一年間よく見てきた。高等学生同士が一つどころで同棲する以上は色々とあるだろう。だが、好き合う時も、喧嘩することもあるだろうが……まず一緒にやっていけるかどうか、やってみろ。だが水波を泣かせることあれば、悪いが我が家で保護させてもらう。例えそれが九島家と『戦争』をすることになってもだ」

 

「はい。気が早いかもしれませんが……水波さんは、僕が幸せにしてみせます」

 

本当に気が早い宣言だと、麺とおじやを食べながらその様子を見守る連中が想う。

 

特に九島ヒカルは『愛を与えることを知らないものに従うことは出来ない!!』などと、ちょっとズレたことを言ったりしている。

 

いやそれは、ある意味では正解なのかもしれないが……。

 

(まぁ一件落着かな……?)

 

なんやかんや光宣と水波の同棲に端を発する達也の悋気は、落ち着いたようだ。その一方で、刹那の魔術回路にビシビシと響くような圧が、下界の方で起こっている。

 

さりげなく窓の方に移動して視力を強化。同時に魔眼を発動。

 

―――知り合い……というか司波兄妹のご親族とが戦っている様子だった。

 

セイバー……■■■■も戦闘中のようで、どうにもいやな予感がするのであった。

 

とはいえ、敵さんは『撤退』に入ったようで、戦闘が終了状態へと移行していったのは間違いなさそうである。

 

 

「先程、刹那は見なかったかもしれないが、葉山さんが来ていてな。ちょっと『色々』話したんだよ」

 

「ほー。達也のご実家の業務に関しては俺はノータッチでいきたい。今回は本当に例外だ」

 

色々の中身に関しては聞かない方が良さそうだ。そんな風な防衛策を講じたのだが。

 

「なんてドライなフレンドだ。まぁ……お前だって分かってないか?」

 

「わざわざ火中の栗を拾う真似も、ついでに言えば栗が弾ける様子を見なくても済むならば、その方がいいだろ」

 

遮音結界をしているとはいえ、中々にとんでもないことを言ってくる友人。男二人で外を見ながらラーメンを啜るという、石原プロの映画のようなワンシーンに、女性陣に変な妄想をされたりしたところで―――。

 

「―――!」

 

何やら騒ぎというほどではないが、パーティー会場に似つかわしくない人間たちが、平身低頭しながらやってきた。

 

スーツの上着などを脱ぐも、ワイシャツとネクタイだけはきっちり締めている『勤め』らしき人間たちと……まごうことなく綜合警備保障の警備員(じゅうぎょういん)のような格好をした一団が、何やら申し訳無さそうな顔でやってきたのだ。

 

代表者なのか、一際大きな体格をした……多分だが退役軍人だろう人間。ヒゲがあれば似合うだろう厳つい男性が、代表して北山 潮に言う。

 

上役だったらしく北山氏も

『どうしたかね? 東郷くん? まぁ理由は分かるけれどね』

 

などと堅苦しくないが、それでも何処か戒めるような声で誰何する北山氏……。

 

『申し訳ありません社長、この部屋から異様な匂い―――いえ、かなり……鼻孔と胃袋を刺激する匂いがしまして、オペレーター部の人間たちと一緒に、ここまで―――職務に戻らせていただきます』

 

端的に言えば、腹減ったと宣う東郷とやらではあるが、最後には理性を取り戻しつつも、腹の音は途絶えない。

地下からここまで来ていてそれは、ちょっと無情に過ぎると思えたのか。

 

「刹那君、大丈夫かい?」

 

「まぁ問題は無いでしょ。今回のパーティーの規模がどれだけなのか分かっていなかったので、司波達也くんに同棲を認めてもらいたい九島君の祖父殿から余分に材料は貰って、その分は作っていましたしね」

 

北山さんの言葉に説明するように答えながらも佛跳牆―――ファッチューションの通りに、階層を超えて多くの人を魅了出来るものが出来たことが少しだけ嬉しいものだ。

 

即座に厨房に連絡を入れた北山氏によって、追加分がやってくる。

 

 

「作った分が無駄にならなくて良かったですよ」

 

「本当に伝説の『佛跳牆』を作っていたんだな……この上階から地下にまで匂いが伝わるとは、いやはや……感心してしまう」

 

行い澄ました僧侶すら現世との垣根を超えて食べに来る福建名菜 伝説のスープの効果をいまさら認識した北山潮の言葉に苦笑しつつ―――。

 

「―――『ガスマスク』でも着けなきゃ、匂いの遮断は出来ないでしょうね」

 

そんな言葉で締めくくりつつ、料理長が持ってきた追加。何か聞きたいことがあるのか呼んでいるので、向かうことに―――。

 

上階での大宴会とは別に、地下ではちょっとした野望が進行しつつあったのだ。

 

 

地下三十五階・魔法師控室

 

緊急時に備えて待機している魔法師達。現在時刻での担当は、班長の名前から『ミサキ班』と呼ばれている面子は、『地上』での企てが上手く行かなかったことを知る。

班長である岬 寛(みさき ひろし)から伝えられて、どんな野望も実行段階では、そんなものだなと感じる。

 

「何事も上手くいくとは考えていません。僕たちの企ても、『どこか』から漏れていたんでしょうね」

 

「みっちゃん……呑気に言っていていいのかよ」

 

リーダーであり昔なじみである男の言いように、部屋にいた男性魔法師はそんな風に言うも、涼やかな笑みを浮かべて『みっちゃん』こと『岬 寛』は言葉を返す。

 

「そう聞こえたか? シュウ」

 

「ちょっとだけね。けれどやることは変わらないんだろ」

 

「当然さ。ここでのことを手土産に『教主』さまからお言葉をいただく―――拝謁を得るんだよ。そして僕たちの時代を始めるんだ」

 

意気揚々・意気軒昂……何とでも表現できる言葉で、立ち向かうことを決める岬とその面子ではあるが……。

 

「―――そんな簡単に上手くいくと想う? どこにでも見込み違いってあるもんだよー」

 

そいつらに冷や水を浴びせるかのような言葉を発する女が一人。

 

バーカウンターの一番端の席にて、ちびちび『バーボンウイスキー』を呑んでいた女。岬もまたカウンター席に座っていたのだが、彼女の存在は……この場では異質だが。

 

バーカウンターで酒を飲む姿は誰よりも似合っていた。

 

「何が言いたいんですかアーチャー(・・・・・)?」

 

リーダーである男性をバカにしたとしか聞こえない言葉に、面子の内の女性魔法師の一人が不機嫌を隠さずに問い詰めるのだが。

 

「うーん。まぁ、あなた達の計画が漏れている時点で、これはBad beatへの一手だと想うんだけど、それでもやるの?」

 

西部劇でもそうそう見かけない『女ガンマン』―――カウボーイならぬカウガール……しかも溢れ出るばかりの色気を惜しげなく露出でさらす美女は、そんな言葉で警告を意味してくる。

 

だがそれでも……やると決めたのだ。現状に大きな不満があるわけではない。しかし、それでも―――こんな塔をそのままにしておきたくはないのだ。

 

「アウトローになる覚悟ってのは、本当に強い気持ちを持たなければならない。賞金首として荒野を彷徨うその覚悟を―――それでもやるの?」

 

その言葉の真剣さに女性魔法師が少しだけ後ずさるも、代わってカウンターから立ち上がった岬 寛が語る。

 

「―――ええ、アーチャー。アナタとて西部開拓時代に多くの艱難辛苦を超えて、そういう人間を『原住民』『開拓民』―――両者に見てきたはずだ。ならば……これは、僕なりのフロンティアスピリットなんですよ」

 

私は厳密にはそっち(・・・)の『災厄』じゃないんだけどね。などと呟くアーチャーという美女は……。

 

「いいでしょう。わたしも『相棒』を見つけるまでは、君たちにお世話になっちゃってるからね―――仮宿の恩は返すわよ。それも荒野の掟だからね」

 

「ありがとうございます。では―――始めましょう」

 

微笑を浮かべつつも、災厄を起こすと決意する男の言葉を皮切りに、この夜の最後を締めくくるビッグトラブルは起こるのだった。

 



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第305話『貫く意志は星へと至る』

 

「そう言えば、フライホイールの運転とかって大丈夫なんですか?」

 

「流石に多少のオート作動機能は存在しているよ。とはいえ物理的に壊されてしまえば、どうにもならないけど」

 

「そういう時に備えて我々がいるということだ。まぁその他にも、企業テロに備えての企業軍という側面もあるのだがね」

 

その言葉の後に、電力管理部門の主任と警備部の主任とに おじやとも中華粥ともいえるものを『お疲れさまです』と言いながらよそうのだった。

 

最後の一杯なのか、『湯漬け』のごとく掻き込んだ後には北山潮の近くに行き、『仕事に戻る』旨を伝えた時に―――『変化』が訪れる。

煌々と灯りを点していたパーティー会場に暗闇の帳が落ちるのだった。

 

「停電―――」

 

「すぐ戻ります。アンダールートを使うぞ」

 

ゲストたちを必要以上にパニックに陥らせないために、静かに事態を招集しようとするプロフェッショナルの姿に感心するも、事態は更に切迫する。

巨大な電子画面。様々なインフォメーションを知らせる画面に、とんでもないエマージェンシーが発生したことを伝えてきた。

 

「フライホイールの停止……!?」

 

「バカな。姿勢制御用機構の電力供給は最優先のはずだぞ」

 

もはや、これがただの自然的な事故(アクシデンツ)の類ではないことは、彼らも理解した。

人為的災害。何者かの悪意を持った仕業が、この塔を覆う。

 

「セツナ」

「ああ、分かっている」

 

リーナに言われてから、紅いイブニングスーツのインナーポケットに収めておいた宝石袋を取り出す。

 

しかし、まだ―――いまは事態の推移を見定める。

 

「これがただの事故でないならば、何者かの犯行声明なりアジテートがあるはずだろ」

 

「そりゃソウヨネ」

 

刹那の左腕を取りながら言うリーナ。そうしていると、遂に犯行声明を読み上げるためなのか……モニターに『ガスマスク』を着けて、ここにいる魔法師警備員たちと同じ服装をした、画面に見える限りでは……五人ほどの集団が映し出された。

 

『――――――電源管理室に誰もいないと想っていたらば、こちらだったとは……しかも―――東郷主任まで、こちらにいたとは……』

 

「岬、そんな格好をして……何を―――」

 

嘆くように言葉を吐く正面中央にいた青年(?)らしきガスマスク付きを誰何する東郷だが、次の瞬間には犯行声明が告げられる。

 

 

『宴席の最中に申し訳ありませんが、我々の話を聞いていただきたい。我々は進人類フロント―――魔法師の権利回復を目指す団体です』

 

その言葉を聞いた瞬間、居並ぶ面子の中で何人かはその団体の名前に覚えがあったのか、少しだけ硬い顔をするが、すぐさま『馬鹿者』どもを取り押さえるべく、東郷主任がハンドサインで部下に命じようとしたが―――。

 

『東郷主任、動かないでいただきたい。我々がいるのが地下であり、我々のやろうとしていることを『いざとなれば』『即時実行』することも考慮してもらいましょうか』

 

「やろうとしていること……?」

 

『タワー内部に居る人間全てに危害を加えるつもりはありません。ただ、今日―――ここで起こる出来事の証人になっていただくだけです。しかし、妙な行動……邪魔立てをすれば、どうなるかは分からないとだけ言っておきましょう』

 

「―――何をやるつもりだ?」

 

『このタワーを破壊します』

 

端的な言葉。そして現在の停電状況という『光が途絶えた』中では、この上なく現実的な言葉に聞こえた。

 

その後のアジテートの言葉……岬寛なる男の考えなのか、それとも誰かに吹き込まれたのかは分からないが、要約すると――――。

 

・地下労働している魔法師達に対する人権侵害は許せない。これは現代の奴隷労働である。

・しかも万が一のことが起きた場合、生き埋めになれと言っているも同然。

・こんなことは文明社会の一員として、許されざる暴挙だ。

・よって抗議の証として、このタワーを破壊する。

 

『皆さんがタワーから退去するまで我々は何もしません。ただし! 我々の行動の妨害をすれば即刻ビルを破壊します!!』

 

センセーショナルすぎるアジテートであり、暗いパーティー会場にいるゲストたちが恐慌して卒倒するんじゃないかという時に―――。

 

「暗いと不平を言うよりも、すすんで灯りをつけましょう―――ってヤツだな」

 

それが呪文であるかのように、『パッ』とパーティー会場の照明全てが灯されるのだった。

 

『なっ!?』

「ええっ!?」

「むっ!?」

 

画面にいる岬寛一同及び、パーティー会場にいる人間たちが驚くのも当然だ。

 

停電が復旧したかのように、灯りがともされたのだ。不安と恐怖に満ちていた人々が、驚きつつも少しだけ平静を取り戻す。

 

『バカな! 電力供給は絶ったはずだ!! なぜそこだけ明かりが灯る!!』

 

驚愕を声とガスマスクの向こうの視線で表す岬。それを見て上手くいったと想う。

 

「暗いのは苦手だし、何より俺の佛跳牆を美味しく食べていたヒトたちを、恐慌させるのはイヤだったんでね。少々―――『自家発電機』を設置させてもらったよ」

 

聞こえているかどうかは分からないが、進み出た刹那withリーナの姿に注目したあとには、自家発電機とはなんぞやと思っていると……。

 

「お身体は大丈夫ですか、光宣さん?」

 

「僕ならば―――それよりも、ヒカル―――キミは大丈夫なのかい?」

 

「セツナが供給ルートを絞ってくれているからね。ミノルこそ身体を自愛しなよ」

 

「僕は幸せものだなぁ―――恋人と愛妹から身体を心配されるなんて……」

 

どちらかといえば『もやしっ子』な身体を心配されていることを理解しながらも、そんな言葉で己を慰める美形少年に誰もが注目をした。

 

少年は、何かのリングを手首に装着しながら、この会場の手動電源スイッチ付近で何かをやっていた。

 

「CADじゃない。エーテライト系列の礼装か。それで光宣は何をやっているんだ?」

 

興味津々すぎる達也の質問に、特に拘ることもなく説明をする。単純な話だ。

 

「スパークの応用で、電気供給だ。流石にフライホイールまでは回せないけどな。暗い室内じゃ冷静な判断なんて出来ないだろ」

 

傍に寄ってきた達也に『佛跳牆粥』を渡しながら説明をするも、『なるほど』と納得はしたようだ。

優れた魔法師であれば、部屋の規模と術式の応用次第ではあるが、フロア一つ分のエネルギー量を賄うことは出来る。

無論、電圧を掛け過ぎれば壊れてしまう可能性もあるので、細心の注意が必要なのだが。

ともあれ、こういった時に『自家発電機』を用立てられるのは、神秘技能持ちの特権ともいえる。

 

「―――エネルギー源は、九島ヒカルちゃんか」

 

「達也が子供相手に『ちゃん付け』とか……」

 

ちょっと新鮮と思いつつも、光宣には少々踏ん張ってもらいつつ、その間に……。

 

「茶化すな。んで―――この後の展開はどうするんだ?」

 

「お前がここから端末で、電源を完全に復旧させられるならばいいんだけど―――まずは『話し合い』だな」

 

 

そうしてから、通話用のレシーバーらしきものを受け取って、中央付近まで進み出る―――。

 

「―――こんばんワンリキー♪」

 

―――と、フレンドリーに挨拶をするのだった。場の空気を考えろ。という無言での圧を感じたが。

 

『こんばんワンリキー!……いや、何というか……のせられてしまった!!! 魂が震えるような言霊を感じたんだ……』

 

意外でもないが、こちらのおどけた挨拶にノッてきた岬寛は、彼の周囲の面子が白けるとまではいかずとも、『みっちゃん、どうしたんだ!?』という驚きの声を上げた。

 

そこを狙ってすかさず刹那は声を差し込む。

 

「あー……岬さんでしたっけ? どうもお晩です。ちょっとばかり先程、北山社長に経営アドバイスとも言い難いものをさせていただいた。しがない魔法師の学生です」

 

その言葉に胡散臭い、疑わしい眼をする岬寛だが。その後には誰であるかを看破されてしまう。

 

『……――――しがない魔法師の学生が社長と話せるだと? ウソをつくな。君は遠坂刹那(ロード・トオサカ)だろうが! しがない魔法師の学生などと、よく平然と(うそぶ)けるものだな……!』

 

こちらの正体がバレるのは、まぁ分かりきっていた。そんな刹那に怒りも顕だが、感情を高ぶらせたことで、話に乗ってきた。よって『交渉』を進める。

 

「先程のお話、全て聞かせてもらいましたが―――まぁその通りですね。如何に待遇がよけれども、避難施設が地下に設定されているとはいえ……いざというとき、『東日本大震災 』クラスの災害規模が『起こる』という前提に立てば、そうなる可能性は否めませんからね」

 

『むっ……』

 

まさか『同意』をされるとは想っていなかったのか、少しだけ呻くようになる岬。

 

「更に言えば北山社長も地下に常駐しているということは『不健全』であると認識して、増員計画もあると言ってましたよ。無論、その際のローテーション勤務での給与体系は、少し違ってくるでしょうが」

 

『……本当なのですか、北山社長?』

 

そのタイミングで、受け答えの相手を変える。

 

マイクを北山社長に渡しつつも、視線は岬寛を見据える。

 

まだ彼から『眼』を離すわけには行かない。

 

「ああ、元々そういった安全性及び地下常駐という不健全性は、遠坂くんより前から部下などにも言われていたからね……勤務シフト及び、ここの商圏としての活用は色々と変わっていくだろう。

だが―――僕としては、先程遠坂君が述べたように……何かの大災害が起きた時、ここを不倒不沈とまではいかずとも、それに近いものにしたい」

 

『……どういう意味でしょうか?』

 

「どんなに、ヒトが絶望的な状況になったとしても―――ここにだけは、灯りを点していきたいんだ。例え街の中から光が消え去ったとしても、この東京オフショアタワーを目印に、人の輪を再び繋げていければと想う」

 

その考えは、商人として随分と先を見ている考えだった。

 

だが、その時……大災害を超えるために、東京都を復活させる際に―――最後の砦になってくれればいい。

 

その際の一助として、魔法師たちはこのタワーを支えるため。人々の最後の砦の守護者となってほしいということだ。

 

「もっとも、さきほど語ったことも未知数だ。自然災害からの危難に耐えられたとしても、人為的な……例えば、他国からの軍事的策動で、ミサイルの直撃・範囲攻撃など受ければ、そんなものは一発で吹っ飛ぶ計算だ。

まぁ何にせよ………労働状況に関しては応相談だよ―――だが、せめてそういういつ起きるか分からない『危難』の時、はたまた何かの予想もつかない事故で、このタワーが安定をしなくなった時のために、君たちを警備員及び機構安定員として雇わせてもらったんだ。全てを語っていなくて申し訳ないね」

 

『わ、私は……』

 

戸惑いの声をあげる岬。だが、それでもこの話の突き詰めたところとは……。

万が一の時なんて、当然来ないほうがいいに決まっている。

一瞬にして世界がひっくり返るほどの日常の崩壊なんてのは、無いほうがいいに決まっている。

 

そういうことだ。

 

だが、無情なことに、人の世とはいつなんどきでも、そういう危機(クライシス)とは隣り合わせなのだ。

 

「本当に、暗いと不平を言うよりも、すすんで灯りをつけましょう―――だな」

 

「岬さんは、元々、地下にいるということが耐えられなかった人なんだろ」

 

何かドリルなロボをカッキー(?)と使って天元突破するように。

ヒロCたちと一緒に監獄を脱出することを画策するように。

 

まぁそういうことだ。達也に返しながらも考えることは、そんなことだった。

 

そうして、そんな説得工作の間にも『作業』は完了させていた。

 

あとは―――――このまま何事もなく、彼が銃を置いて此度のことを穏便に済ませてくれることを祈るだけだ……。

 

しかし、相手も譲れないものがあった。それは交渉を全てひっくり返す案件だ。

 

一息ついてそして、いい加減ガスマスクを脱いだ岬寛―――は、決意を込めて語る。

 

『北山社長の深謀遠慮な考えと先見の明には感服しました。ですが―――私はすでに決めたのです。

私は進人類フロントの代表―――教主レナ様の字名を用いる『カン・フェール』を名乗っている。このタワーを現代のバベルの塔として、砕くことを決めたのです!!

私を倒し黙らせたとしても、私の意志を継ぐものは、いずれ現れる!!! ここで行動を起こすことこそが正道であると信じているのです!!!』

 

バカ野郎が! と内心でのみ怒鳴りながら、それでも行動を起こそうとする男を止めるには、これしかないのかと想う。

 

そして―――そんな岬寛ならぬ『カン・フェール』を名乗った男の横には、先程例に出した天元突破しそうな作品のアニキよろしく、露出強な女ガンナーがいたのであった。

 

いつの間にか現れた女ガンナーは、ガスマスクも着けていないことで、視線が分かりやすく明らかに刹那に視線を向けていることが分かり……ネコがネズミを狩る前の視線に似ていて、居心地の悪さを感じる。

 

「そうか……ならば、僕はそれを阻止するためにロードにご依頼するしかないな。僕としても、ここを崩されては困るからね」

 

『ゲストの皆さんの命と引き換えにでもですか?』

 

「年若いキミに教えてあげようか―――『取引の鉄則』とは、まず第一に〝誠実〟であること。そして──相手の〝不実〟に対する備えを怠らないことだ」

 

ビジネス世界の戦士『北山潮』の発した言葉で、刹那は魔眼の投射を終える。

 

すると、岬寛もとい『カン・フェール』は既に……パーティー会場から殆どの出席者がいないことに気付いたようだ。

 

『どうなっている!? 私の眼は、確かにそこにいた人質たちを捉えていたはずだ!!』

 

「生き証人じゃなかったのかよ―――なんて揚げ足取りはせんが、こうやって交渉している最中に、生憎ながらゲストの皆様方にはタワー外に避難してもらったよ」

 

『みっちゃん! 遠坂の言うとおりだ!! 既にタワーの外。離れた臨海エリアで―――二次会を続行中だ!!』

 

モニター役と思しき相手の言葉を受けて、どういうことだと言わんばかりの視線を受けて説明する。

 

「ちょっとした手品ですかね。去年の九校戦で、最近―――心労たまり過ぎな爺さんのやったことを真似た。

魅了の魔眼を弱状態にして、岬さん。いやカン・フェール。あんたの視線を誘導したのさ」

 

そして、その間に『正常稼働』しているエレベーター全機を用いて、ゲストたちを迅速に外へと誘導したのだ。

 

幸いなことに、荷物を預けたのが一階のインフォメーションセンターであることも、避難を迅速にした要因である。

 

もっとも……こんなとんでも落成式に来る人達である。そんじょそこらのセレブではなく、正装したまま自宅から直で、自家用車なり所有しているコミューターで、こちらに来た人間ばかりであろう。

 

『会話に集中させられたのも、そのための仕込みだったのか……流石は『魔宝使い』―――教主様が、最優先で首を獲れと仰せの意味をよく理解できた』

 

「俺の特技は、あんたみたいなもったいぶった輩をギャグの世界にひきずりこんで、三枚目として葬り去ることさ」

 

「それは特技としてどうなんだよ?」

 

だが、効果は覿面である。一番マズイのは、逆上して一切合切を壊されることだった。

 

「さて、それでどうする? いま、ここで矛を収めれば罪状はそこまで重くはならないと想うが―――まぁ破壊活動準備罪、騒乱予備罪ってところかな? どうする?」

 

『どうするも、こうするもない―――私の考えは変わらない―――私を止めに来るか?』

 

「そうさせてもらうよ。色々あるが、そういうことされると、世話になった皆に顔向けできないからな」

 

あんただって雇われた礼とか無いのかと思っていると……。

カン・フェールを押しのけて、カウガール姿の美女がずずいっと画面の前に出てきた。

押しのけられたカンは、その力の前では無力であったらしく。それが女の出自を明らかにしていた。

 

『やれやれ、蒼輝銀河で正義のバウンティハンターとして鳴らした腕も、今じゃテロ屋の手先か。とはいえ進人類フロントにたいしては、一宿一飯の恩義だからね……それじゃイシュタりんの息子〜〜♪

わたしの前に来なさいよ(COME HERE)―――!! 友人の息子との禁断の関係、インモラルなワンナイトラブとかやってあげるからね〜♪』

 

前屈みで胸を寄せた仕草のままに、魅惑の投げキッスをしてくるカウガールの姿のあとには画面は映像を映さなくなり――――。

 

「……大変だな達也。ちゃんと避妊はしろよ」

 

「どう考えてもお前だよ。イシュタりんの息子とか俺が一番合わないだろ。ベル○ンディーの息子とか言われれば、まだ分かったけど」

 

どうやら、カン・フェールだけでなく、達也に対するごまかしも無理があったようである。

 

ともあれ事態の解決は言葉ではなく、拳任せとなってしまったのは間違いなかった。

 

 

 



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第306話『俺にはさっぱり判らねえ!』

今回のバレンタインイベント(2022年)を見て、刹那の過去編のバゼットは解釈違い――――――とまではいわずとも、少し修正を入れるか考え中。




交渉で退くことを望まなかった従業員。一応、ホクザングループの警備保障部門の責任者の一人として、東郷という男は頭を深々と下げた。

 

「部下が大変な失礼を」

 

「いや、キミだけのせいじゃないだろ。そもそも……社員の思想信条にまで規制を掛けるなんて一世紀以上前のようなやりようは、今の社会では出来ないんだからね」

 

「ですが、奴は雇用主であるアナタの顔に泥を塗った……本来ならば、私が地下に赴いて引きずり出すのが筋なのでしょうが」

 

東郷という魔法師は、岬寛と同じく『数字落ち』の家系だ。それが原因というわけではないが、どうにも岬に『不穏なもの』を覚えている様子。

 

かつては、国防軍の一員として戦っていた人だが……色々あって自主退役。そしてホクザングループの警備保障会社に雇われたということである。

 

そして……現在に至る。

 

「あのカウガールが、一番マズイ敵だと思います」

 

「見える限りでは、CADよりもオモチャみたいな形の銃を持っていたが……マズイか?」

 

「蒼輝銀河、イシュタりん……この単語さえ無ければ、放っておいたんだがな」

 

サーヴァントユニヴァースなるものの観測はまだまだではあるが、かなりへんてこな宇宙であることは理解している。

 

そんな所から来た女ガンマン―――……どういう英霊であるかは、まだ分からないが……。

 

「刹那、大丈夫?……」

 

「ああ、ヤケになってタワーを壊させるわけにはいかないからな」

 

雫の不安そうな言葉に応えながら、考えることは―――岬が狂信的に語る『教主』と呼ばれた『女』の事だ。

 

死の教主、獣の再来を願うもの……それを許すわけにはいかないのだ。

 

「そうじゃなくて……あんなとんでもない美女とワンナイトラブとか大丈夫なの?」

 

「やるという前提でそういう話をしないでくれよ……」

 

社長令嬢には流してほしかった話であった。実際、北山夫人は生ゴミでも見るような眼を向けているし。

 

「マァ、そういうダーリンなのよね♪セツナは―――で、どうするの? あのカウガールとワンナイトラブするの?」

 

恋人からも意地悪されて辟易しつつも、対策を発表する。

 

「しないってば―――とりあえず……面子を分けよう。このまま施設爆破とかされたらいやだからな。地下に行くのは俺とリーナ。そこで泥酔しているお虎―――達也と深雪はどうする?」

 

「お前がロックされたタワー施設の機能を取り戻せるならば良かったんだが、無理だろ。一緒に行くさ」

 

「頼りにさせてもらう。光宣たちはエレベーターを動かす上で重要だ。主催者である北山家の皆さんの護衛だ。

ヒカル―――いざという時、キミならばエレベーターを破って、エレベーターの箱ごとみんなを地上に下ろすことも可能だろう」

 

「バッチ。けど僕が下に向かわなくていいの?」

 

親指を立てて、自信満々に『ぼくちからもち』と言わんばかりの九島ヒカルだが、そっちに関して考えなかったわけではない。

 

如何に1基のエレベーター稼働とはいえ、光宣が干からびる。そんな予測をしておく。

何よりこっちのドラゴン(りゅう)では、戦闘の余波でビルが崩れるという本末転倒にもなりかねないのだから。

 

「航くんを守るナイトが必要だろ。頼んだぞ」

 

「了解」

 

そんな言葉でメンバー分けは完了する。特に思うところも無いほどに妥当な話であり、こちらの監視の眼を消してから、エレベーター組とそれ以外で地下へと赴く組とに分かれて動き出すのだった……が―――。

 

「とりあえずいい加減起きろ! このだめトラ!!」

「ふふふ〜。念願の星5サーヴァントになれました〜我が世の春が望月のかけたることもなし〜〜〜〜」

 

なんか色々と混ざっている寝言を聞きながらも、お虎を(むりやり)起こして地下へと向かうことにするのだった。

 

 

飛翔したり徒歩(かち)で赴いたり、その果てに難なく地下施設へと入り込んだのだが―――。

 

(てっきりブービートラップ的なものでも設置されていると思っていた)

 

暗い地下空間で、うっかり引っ張ってしまうように、足元か頭上にワイヤーでもあるものかと思っていたのだが、そういった罠が設置されていない。

 

「なんだか拍子抜けだな」

「軍事的なものが無いならば……」

 

魔的な罠が存在している可能性は高い。などと思っていると―――。

 

「油断しきったところに颯爽登場☆ 銀河美少女カラミティ・ジェーン! 地獄の沙汰もQP次第!!! お呼びとあらば、即現金」

 

狭い通路の向こうから銃撃してくるサーヴァント。持っている得物は、達也が評した通り『おもちゃ』のような銃だが。

 

Anfang(セット)―――」

 

吐き出される銃弾に無防備でいるわけにもいかず、防御呪文を張る。

 

六重の障壁。様々な幾何学模様が何枚も貼られたそれだが……。

 

 

「威力が半端じゃない。サーヴァントの武器だ!」

 

吐き出される弾丸の一発一発が高密度のエーテル塊であり、重ね合わせた防壁がいまにも砕けそうな圧を感じる。

 

有り体に言えば『重い』のだ。

 

「戦場でのスカウト(偵察)は、わたしビッグに得意―――♪ ついでに言えば、将来ビッグになる男の横にいることも得意だよー」

 

「カラミティ・ジェーンって、アメリカ西部開拓時代(ウェスタンフロント)の女ガンマンじゃない!!」

 

流石に『地元』のことだけに、リーナは知っていたが―――。

 

「そんな食料も豊富じゃなかった時代に、そんなビッグな胸をした開拓民(フロンティアン)がいるか―――!!!」

 

「そっちですかリーナ!?」

 

深雪が驚愕。

 

「ついでに言えば、セツナの視線の集中の八割は、あのビッグバストサーヴァントの胸に向いているワ!」

 

「嫌な観察するなよ!!」

 

刹那が戦慄。

 

「更に言えば、タツヤも六割ぐらいはビッグバストに向いているワ!!」

 

「俺も男なんだよ…!」

 

達也が自供。

 

そんなセクハラによる動揺を狙ったのだが。

 

「イシュタりんの子供、セツナくんって言うんだ。よろしくね―――♪♪ 私の事はジェーンおばさんとか呼んだらば、眉間に一発(殴ッ血KILLL)だよー♪」

 

全く動揺していない、ニコニコ笑顔のカラミティ・ジェーンに少しだけ驚く。それどころか、自分がここで『消滅』することすら考えていないようだ。

 

「生憎ながらよろしくされたくないな!! アンタはここで果てろ。西部の『災厄』!!!」

 

「言ってくれるねェ! けれども!!!」

 

こちらの挑発が効いたのか、アーチャー(?)が、弾丸を撃ち出しながらも、一際魔力を溜め込む様子を見た瞬間。

 

「――――!!!」

 

奇襲の要諦で天地を逆さに、通路の天井を足場にしてアーチャーに迫るは、お虎。

 

ある種、ホラー映画のような絵図だろうが、サーヴァント戦では、こんなことはふつうだ。

 

重力の軛から逃れた神速のランサーに狙われたことで、動揺を果たすアーチャーだが、相手も百戦錬磨の古兵(ふるつわもの)

 

固有スキルか、宝具なのか分からないが、どこからともなくカード……アーチャーの周りを高速で周回するトランプが現れた。

 

防御用と見たお虎は、無理やりに吶喊をしようと画策する。

 

「推して通らせてもらう!!!」

 

「させないよー! ばきゅんばきゅん!!」

 

気楽な調子のアーチャーが知らぬことではあるが、お虎には飛び道具は通じない。彼女が毘沙門天から受けた加護は、あらゆる銃弾を逸らすのだ。

 

そしてその弾丸は―――正しくお虎を穿たなかった。

 

銃弾が逸れた。しかし―――。

 

「今夜のカードはベリーラッキー! 極星は私に輝く!!!」

 

虚空に浮かぶアーチャーのトランプカードが、Jの4カードを表す。

 

そして銃から打ち出される弾丸(現在)が、打ち出された弾丸(過去)が――――「撃ち抜かれるランサー」(未来)という結果に収束する。

 

「―――ッ!!!」

 

跳弾ではない。無理矢理に軌道を変更された弾丸が背後からお虎を襲い、正面から来た弾が―――再び背後から襲おうとしているのを見て。

 

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)極小(ラクリマ)

 

お虎の背中と正面に極小の宝具盾を投影。弾丸が封殺される。

 

撃たれたお虎は、少しだけうめいており回復術を開始。すぐさまサーヴァントの霊基が補われていくが。

 

「そこを狙うのが、わたし! 悪いけど倒させてもらうよー☆」

 

「このぉ!!」

 

お虎の苦境に対してリーナは、ビーム砲で牽制射。

 

油断していたわけではないが、まさか飛び道具がお虎に通じるとは―――。

 

「ぐぅうう、油断大敵! 侵掠すること火の如し!! まさか『避けられない弾丸』なんてものがあろうとは!!」

 

「カラミティ・ジェーンで、トランプカード……恐らくゲーム内容はポーカーだ。更に弾丸の軌道が現実(リアル)を脅かすと来れば、再現された逸話は「ワイルド・ビル・ヒコック」の死に際のことだな」

 

「平原の二挺拳銃(トゥーハンド)。西部の伝説か」

 

達也もその辺りは知っていたらしく、魔弾を吐き出し牽制しながらも言ってくる。

 

だとすれば、間違いなくあの銃弾はお虎に当たるということだ。なんせ伝説を丸呑みすれば、『ダック・ビル』は、興奮しきったテキサス人どものの一斉射撃から、一発の弾も当たらなかった伝説で有名だ。

 

そんなダック・ビルに最後を与えたのは、背後から放たれた一発の銃弾である。

 

だが、恋人の死に際を宝具化するとは、少し悪趣味な気もする。

 

そんなカラミティ・ジェーンは……。

 

「ウエイトウエイト! 待てー!! このドロボウネコーーー!!!」

 

待て(wait)と言われて待つガンマンはいないよー。バッソーと同じことをしていることに、少しだけ嫌悪を持つんだけどねー☆」

 

この狭い地下通路で思ったように魔法が使えないリーナをあざ笑うように動いていき、そして逃げられた……。

 

地団駄を踏まんばかりに悔しがるリーナだが……。

 

「大丈夫だ。どうやら威力偵察だったみたいだから……最奥部で俺たちを迎え撃つみたいだからな」

 

「それってマズくないかしら?」

 

「マズイね。いざとなれば、フライホイールや主柱を『爆破』出来るところでサーヴァント戦だなんて」

 

このタワー内部にいる魔法師ならば、誰でもとまではいかずとも、多くの魔法師が破壊できるだろう。

 

もっとも、それでも最深部での戦いを望む心とはーーー。

 

 

「進むしかないか」

 

なんだか上手いこと誘導させられた気分だが、進むことしかいまは出来ないのだった。

 

 

「達也さんたちは大丈夫かな……?」

 

「大丈夫だよ。一高の四天王を信じようほのか……」

 

女2人が不安になるのは当然だった。いつでも、どんな時でも自分たちに安心を与えてきた達也・刹那が、この場にはいないのだ。

 

彼らはおらず、稼働するエレベーターの中にいるのは、九島の男女の末子とその内の男子の恋人である。

 

出自だけで言えば、頼りになる存在なのだが……。

 

中でも九島ヒカルという女の子は異質だ。殆ど航と変わらぬ背丈だというのに、彼女は今年高1として二高に入るというのだから、驚くべき話だ。

 

「大丈夫だよ。ワタル君、僕は最強だからね。キミを守るよ」

 

胸を叩いて自信満々なヒカルに誰もが苦笑する。

 

「こ、こわくないよ! 大丈夫!!」

 

反対に明らかに怯えている航だが、好きな女の子の前では虚勢を張っていることに苦笑をするJK2人。

 

自分たちが乗り込んだ最後のエレベーターは、遅滞なく地上一階まで辿り着く道をたどっている……のだが。

 

「―――ヒカル、1階外に反応あり」

 

不意に九島光宣が、そんな言葉を発する。恐らく警告なのだろうが……。

 

「銃器を持っている。それと変な魔術式が付与されてるね」

 

同じく本来ならば『見えぬもの』を見ている九島の兄妹に、全員が驚いてしまう。

 

だが、この2人にとっては日常のようだ。

 

「対応出来るか?」

 

「―――たやすいよ。けれど、このエレベーターの扉が開くのを待っていたらば、先制打を加えられちゃうけど?」

 

「今は北山家やホクザングループの社員さん、関係者の身の安全が最優先だ。というわけで北山社長、少々『手荒』になってしまいますが、よろしいですか?」

 

魔法師が手荒にするというのは、色々な意味で怖いものだが、それでも―――今は彼らの言うことを否定する材料もないことが、潮に決断させた。

 

「かまわん。壊れたならば―――『直せばいいだけだ』」

 

3という表示が見えた瞬間に放たれた言葉で、九島ヒカルがエレベーターの扉前に立つ。

 

立ってから、その身に纏う衣装を変化させていく。

 

メタリックブルーの鎧。鋭角的なショルダーガードが特徴的で、ところどころの鎧に走るライトグリーンの線が目に映える『姫騎士』が現れたのだ。

 

「ヒカルちゃん……キミは―――」

 

呆然とした様子になる北山航だが、最後に盾と鞘を合成したもの―――エスカッシャンナックルとでもいうべき武器を、両手甲につけて完成と成る。

 

「伏せていて、ミノル、ミナミ―――頼んだよ」

 

何を頼んだのか2人に言ってから、フロア表示が、1となった瞬間―――九島ヒカル=蒼のランサーは『エレベーター』の扉を『ぶち破って』、レーダーに表示されていた敵を打ちのめしにかかった。

 

扉の向こうにいた人間たちは瞠目した。探知系統の魔法が使われたのか。いや、そうだとしても自分たちが敵であるかどうかなど分からぬはずだった。

 

進人類フロントの別働隊。外部で撹乱をするはずだった隠密部隊をこうも簡単に―――。

 

とはいえ、エレベータードアの盛大な炸裂音と共に、高速の物体が300m先にいた自分たちに向かってきた。

 

 

何であるかはわからない。だが、それに対して銃弾を吐き出すのに躊躇はしなかった。

 

もっとも……躊躇しなかったからと、それが効くとは限らないのだが。

 

強烈なマズルフラッシュがハレーションとなって、暗い一階フロアを照らす。

 

しかし、それが余計なことだと知るのは早かった。時代錯誤に見えて未来世界を思わせる―――『鎧』を纏った姫騎士が吶喊してきたのだ。

 

銃弾をものともしない魔力の壁。弾丸が、そこに触れた瞬間に消滅する現実。

 

壁が迫ってきて――――。

 

「あぶないものを向けるんじゃないよ」

 

カービン銃が拳の一撃でひしゃげて、発射不能になる。

別働隊のメンバーは、全部で8人。

 

しかし、ほとんどが動揺するメンバーの内に切れ者がおり、『化け物』を無視して、エレベーターの中にいる連中に銃口を向けた。

 

発砲!! 本来の計画とは少々違うが、最後の面子―――北山一家には、魔法師の権利を侵害したレイシストとして喧伝するのみだ。

 

などという目算は―――簡単に崩れた。

 

「なっ!?」

 

迫りくる壁の他に、エレベーターには壁役が存在していた手を前に翳して、サイオンの壁で銃弾をシャットアウトしたのは――――。

 

「やれやれ、ゲストの方の手まで煩わせるなど、警備員として失格だな」

 

「夷狄から守るのに、壁は分厚く高くて問題はないかと」

 

少女と中年の2人が、シャットアウトをしてきたのだ。

 

ハイパワーライフルならば、もしやだが……生憎、そんなものはなく―――自分以外の七人を熨して制圧した姫騎士が、振り向いてこちらに接近。

 

拳の一撃を横っ腹に叩きつけられたことで、気絶を果たして、終わりを告げるのだった。

 

 

 

地上での騒乱と同時に―――遂に地下組は進人類フロントたちが待ち構える場所に入り込んだ。

 

達也が壁の向こうからでも相手を倒せるというのならば、それでいいのだが。どうやら達也でも魔法を透せないように、地下室に何かの改良が施されているとのこと。

 

「さて鬼が出るか蛇が出るか……」

 

そんな言葉を言いながらも、内心では『開けゴマ!』(オープン・セサミ)と唱えながら、部屋に入り込む。

 

 

ハイパービルディングを支える縁の下というのは、薄暗いものかと思っていたのだが、予想外に明るさを湛えていた。

 

レッドアラートを表示していてもおかしくない現状において、そこは妙なほどに明るかった―――。

 

 

「ようこそ、ここまでおいでくださいました。遠坂師傅、そして四葉のご兄妹―――」

 

パチパチパチ、音にすればそんな風な拍手を以て、こちらを歓迎していますと言わんばかりの声が聞こえてきた。

 

こちらを睥睨するように、主柱、支柱(シャフト)への操作を行うだろう階段付きの高台に居るカン・フェールは、まるで王か教祖か―――どこかの支配者かのように思わせる。

 

あからさまな演出の限りに『大根役者』と思いながらも、衣装の変更を見る。

 

聖服―――十字教の神父を連想する衣装である。

 

 

「別に来たくて来たわけじゃないさ。はっきり言うが……勝てると思うか?」

 

「勝算が無ければ、このような広い所で戦うと思いますかな?」

 

誘い込まれたことは理解していた。これは一種の避けられない戦いである。

 

岬たちとしては、このタワーを最終的には発破したい。

 

刹那たちとしては、そんなことは許せない。

 

だが、岬たちが『電源管理室』付近でこちらを止めにかかれば、作戦は失敗に終わる公算が高かった。

 

正面からの戦いとなれば、どう考えても分が悪い。更に、本来ならば東郷など自分たち以外の魔法師を昏睡状態にした上で、彼らの演算領域を『間借り』、『いざという時』は、傀儡として共振破壊などをシャフトに放つ予定だったのだが……。

 

「高級スープ……佛跳牆で、私の思惑を全て狂わせるとは……!」

 

「今ならば、出頭前のシャバでの食事として提供できますが?」

 

「この期に及んで、まだ説得が通じるとでも?」

 

「戦うとなれば、手加減は出来ない―――」

 

言いながら刹那が『手袋』を嵌めた瞬間。岬の嘲るような態度と表情が止む。

 

人を撲殺するための準備。刹那がこの一年間で日本に流布してきた『情報』が、岬に緊張を強いる。

 

この男にとって、拳もまた戦闘の為の利器なのだと気付かされるのだった。

 

「進人類フロント代表 カン・フェール―――お前の野望を封印する」

 

そうして魔術回路を叩き起こした瞬間、刹那の背中……養母からゆずれられた魔術刻印から妙な痛みが走ったが、構わずに刹那は動き出す―――。

 

 

 



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第307話『事件解決……そして―――』

らっきょを見て阿頼耶識というものを信じていた私には衝撃的なこの時代。

出来ることならば、『霊長の抑止力』というものが、働いてくれて、そういう存在を抹殺してくれればいいのにと想わんばかり。

私は和田 竜 氏の書いた『のぼうの城』は好きだ――――しかし、相手が『国とは民あってこそ』と考える礼節と人徳を重んじる石田三成だからこそ抗戦したとはいえ成田家は過酷な責任(切腹、斬首)を取らされることもなく、領土を安堵されたのだが。

話が通じない相手ではこんなことにもなる。


本当に……夢想ではあるが、『アラヤ』の意思が、破滅を食い止めないかと思ってしまう。


「とりあえず死ねぇ!!!」

 

「ワン、ツー!!」

 

 思わず『正気か!?』と刹那とリーナ以外の誰もが驚く行動。岬がいた『お立ち台』を、拳でぶっ叩く。

 

 やられた方も驚きの行動ではあるが、振動を与えられたことで態勢が崩れた。そこに――――。

 

「止まってもらいますよ!!!」

 

 深雪の氷結が、全員を凍てつかせようとしたのだが―――

 

 現象がキャンセルされてしまう。相手のエイドスを改変しようとしたというのに、それが無為に帰したのだ。

 

「最近、現代魔法の掛かりが悪いですよね……」

 

 深雪の現代魔法師としての干渉力は、超一級のはずだが。最近では対策されっぱなしだ。

 これは、皮肉なことに刹那が主催したエルメロイレッスンにおいて『マジックレジスト』(魔法防御)の授業こそが、原因の一つとも言えた。

 つまり相手よりも『強い干渉力』を持とうだなんて無理なのだから。相手の術に対して『相性勝ち』をするなり、何かの『護符』(アミュレット)を持つことで、相手の攻撃を防ぐべし。

 

 そう述べてきたのだ。これはCAD頼みであった現代魔法師にとって、かなり画期的なものであった。

 あきらかに干渉力が高い魔法師と『直接対決』(殴り合い)という戦いになった時に、これがかなり厄介だった。

 

 深雪(いもうと)にとっては―――。

 

 

「こうなれば、直接殴ってあげますよ!!!」

 

 

 こんな行動に出る切っ掛けになっていた。ドレス姿の美少女がナックルガードをどっからか出して殴りかかる光景は、ちょっとしたサイコホラーではあろう。

 

 スリットを入れたのか、蹴り技も入れてくる。かなりの魔力を込めた攻撃なのだが……。

 

 赤髪を複雑にまとめた気の強そうな女性、ショートパンツ姿がそれに対応する。

 

 ステゴロで挑む深雪に対して、逆手に握った二刀のナイフとダンシングブレイズとも移動魔法とも言えるナイフ乱舞で撹乱する。

 

 深雪が展開した防御障壁の前では、打ち落されるのだが……。

 

(硬いな)

 

 魔法師だからと全てが戦闘に特化しているわけではないが、それでも深雪が相対している相手は随分と硬い様子で拳に対抗する。

 

 何かが変だ。だが明朗なものはなにもない。重要施設を壊さないように『肉弾戦』で挑んだだけに、少々……窮屈な戦いではある。

 

(エレメンタルサイトならば何か分かるか?)

 

 深雪に迫る刃物の群れを分解しながら、達也は進人類フロントの面子を『スキャン』する。

 

 すると……。

 

「そういうトリックか」

 

「気付かれましたか、四葉達也どの!!」

 

 こちらの『スキャン』を理解したのか、岬がこちらに襲いかかる。あちらは、そもそも『ここ』(タワー)を叩き壊すことも企図しているからか、何の呵責もなく大規模魔法を使ってくるので、先手を打ってそれを術式解体で消していく。

 

 イタチごっこである。

 

「お前たちは『単体』ではなく、『一丸の集団』となってサポートしあっている……『わたつみ』の亜種、もしくは三研の魔法か」

 

「我々は『アルゴス』と称していますよっ!!」

 

 百眼の魔人を自称するに足るだけの魔法だ。人間の集まりによって通常では敵わない相手にも対抗しようという―――互助ともいえる魔法ではある。

 

 これならば、条件付きとはいえ格上の相手とも戦うことは可能だろう。

 

 なるほど。これならば、自信満々にここで迎え撃った理由も分かる。

 

 だが―――。

 

(アーチャー……ガーンディーヴァの持ち主、アルジュナとの戦いでも試したことだが……)

 

 それをこの場で行う。あの時は刹那が終戦をリズにさせたことで終わったが……。

 

 あのままいけば、インドラから譲られたという炎神の弓を『分解』出来たはずだ。

 

 全身に走る『魔力線』を叩き起こす。同時に自らの身体を……『一つの魔法』と化す。最近では、もはや無用の長物と化しつつある『戦略級魔法』を自身に装填(ロード)する。

 

 その様子に危機意識を持ったのか、岬は無差別な攻撃魔法の繰り出しをやめて、距離をとってから―――『螺旋』の『剣』だろうものを取り出した。

 

カラドボルグ(虹霓剣)!?」

 

 剣製の魔術師としての刹那が即座に、その武器の名前を告げる。本人は、メンバーの男をガンドで風邪を引かせたようにしてから、バインドで拘束していた。

 

 負けてられないという想いで、加勢しようとする刹那を手で制して岬に相対する。

 

「たとえ気絶させて拘束したとしても、私とシュウのリンクは途切れることはありませんよ」

 

「ああ、一人以上の魔法師の演算領域や魔力容量のようですね……しかも、持つのは英雄フェルグス・マック・ロイの剣か」

 

 どこでそんなものを手に入れたのか……そういう疑問は多いのだが、穿孔(ドリル)するつもりでいる岬―――。

 

「おおおおっ!!!!!」

 

 裂帛の気合と共に、宝具を手に突きかかる岬寛。

 

 とてつもない圧だ。足さばきも一級品。剣さばきもとんでもない。

 軍人など、治安機関の職業としての教練をした人間特有の動きだ。

 

 そして持っている得物も一級品。もっとも……ただの人間では……どれだけの魔力容量(キャパシティ)があろうと―――

 

(真名開放は不可能……)

 

 だが、通常の武器として振るうならば、コレほどまでに脅威の武器(えもの)はない。

 

 魔力の圧が、そのまま空間を圧迫する物理破壊力に転化する。コレ以上はマズイと想いながら、達也は前進を果たした。

 

「死に場所を定めたか!」

 

 巨大な螺旋剣。それが回転しながら達也を貫こうとした時に、達也の手はそれを掴みとっていた。

 

 本来ならば、そんなことは出来ない。だが―――。

 

「!!!!!」

 

 マテリアル・バーストの本質とは、莫大なエネルギーを少量の物質から作り出すことだ。有る意味では、世界に対する最大のペテンだ。

 

 魔術師の等価交換の原則からは外れている。

 

 東京魔導災害で、シオンがこれを最大の禁忌と称した理由も、今では分かる。だが―――。

 

(己の中にエネルギーを留める。要するに全てを自分の体内に留めておくならば、それを単純な肉体駆動のエネルギーに転化出来(まわせ)るならば!!!)

 

 サーヴァント級の実力者ともガチンコで戦える。

 

 岬の宝具は達也のエネルギーハンドを無力化してはいる。だが、無力化すると同時にほぼコンマゼロ秒程度の誤差ですぐさまエネルギーが充填される。

 

「くっ! ただの肉体強化でここまで!!」

 

「終わらせる」

 

 強烈なエネルギーの総量をカラドボルグの抑え込みに使いながら、眼を『直死』に変更して、線をなぞりカラドボルグを『殺した』。

 

「バカな……レナ様から賜りし宝剣の一振りが……がはぁっ!!!」

 

 手の中にある重量を失い呆然としていた岬の胸に、掌底を打ち込み気絶させる。

 

 それと同時に、進人類フロントという集団の全てが打ち倒されたのだった。

 

 残る戦いは――――。

 

「獲ったあああああ!!!!」

 

 ドレス姿のSAKIMORIが、アメリカンなカウガールに突っ込んだが―――。

 

 「アイムフォールド!!!」(全面降伏)

 

 として、首の皮一枚の所で槍を突きつけられた上で、戦いは止まった。銃を落としてホールドアップするカウガールは、恐怖を覚えていないのか、ランサーを真っ直ぐに見ている。

 

「どういう意味ですか? アーチャー?」

 

「言葉通りの意味だよ。タイガー・ロングテイル。私はただの『雇われ』だもの。雇用主が倒れた今―――私が意地を張る意味は無いってこと☆」

 

 不敵に笑うアーチャーことカラミティ・ジェーンに、異様なものを覚える。

 

 当然だ。先程まで、戦いをやっていた相手をいきなり見過ごせと言われて、見過ごすほどこちらも暇ではないのだが……。

 

「この後に、お前はどうするんだ?」

 

「そうだねー……他の魔術師や組織に雇われてもいいんだけど、私の相棒は『正義のバウンティハンター』を自称する女の子だから、岬くんみたいな人間にはもう雇われたくないナー」

 

 そこで刹那に眼を向けたカラミティ・ジェーン。受けたことで、刹那は……。

 

「アナタと仮に契約したとして、何か利益はあるのだろうか?」

 

「タイガーほどじゃないけど、ワタシもサーヴァント♪ 強いよー☆役に立つよー☆おっぱい大きいよー☆ Jカップだよー♡」

 

 言いながら、胸を持ち上げてセックスアピールするサーヴァント。

 どんな自己PRなんだよ。リクルーターとして、どうなんだと思っていると―――。

 

「ソーユーのは間に合ってるわヨ! セツナが大好きなのは、ワタシに(アイ)を込めて育て上げた、ワタシのビッグバストのIカップ!!」

 

 憤慨するように言いながら、刹那の首に必死に巻き付くリーナ。身体を密着させる辺り、本当にコイツは……

 

「男というのは移り気なもんだよー。ほら、ハンバーグデラックス弁当ばかり食べていると、ハイパーデラックス弁当を食べたくなるというか。まぁ―――私と契約してくれない?」

 

 そうして、少しだけ縋るような、淋しげな視線を刹那に寄越すカラミティ・ジェーン……。

 

 その言葉の後に刹那は、ひと悶着ありつつも、カラミティ・ジェーンという英霊と契約を果たし……岬及び進人類フロントという団体の野望は終わった。

 

 その様子を知られずに見るものが、そこにいた……。

 

 

「サーヴァントユニバースが、この時空に関与するとは……まぁ、それはどうでもいいでしょう。ですが―――このセカイを正すア■■■ア属の召喚の為の礎が、彼にある以上―――セツナ、アナタの運命はまだまだ落ち着きませんね……」

 

 長い小豆色の髪をして、それが愉快なことであるかのように語る美女は、近傍の『海』という依り代からそれを見て『くすくす』と笑みを浮かべる。

 

「いずれ私もアナタの運命に帯同するでしょうが、いまは……ちょこっとだけ、お母さんの一人として、ティーンエイジャー生活を送るセツナを何も言わずに見守りましょう。けれど、あんまり節操ないことしないようにね〜」

 

 聞こえているわけが無いのだが、そんな言葉を掛けつつ、見えてるはずが無いのに、ひらひらと手を振って、地下室から霧のように消え去るのであった――――。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 後日談的ではあるが、結局の所『岬寛』及び彼に同調したメンバーたちは、全員が逮捕された。

 

 情状酌量の余地もないほどの脅迫及び恫喝行為を行ったので当然だが、それでも寿和さんが『ワッパ』を掛ける前に食べさせた佛跳牆麺・佛跳牆飯を涙を流しながら食べる姿に……出来ることならば、更生してほしいと想うのだった。

 

 彼が、FEHRとの関わりがあったかどうかと言えば、正直―――無いというのが事実らしい。

 

 岬曰く教主様の『使い』という存在が、進人類フロントに接触をしてきて、あの剣を寄越したとのこと。

 

 当初は、『教主様』が自分のことを見てくれていたと思っていたそうだが……正直、あの女が事を起こそうとする手駒(捨て駒)に、そこまで思い入れを持っているとは思えない。

 

 というのが刹那の率直な感想だが、そこはどうでもよくて……カラドボルグの出どころだけは何とか知りたいところだったのだが……無理な話であった。

 

 

 春先の縁起の悪い事件は、特に大きな騒動に発展することもなく、ちょっとしたアンラッキーなこととして都内を賑わせつつも―――。

 

 

 時は進んでいき……。

 

 

 満開の桜が咲き誇る歩道を歩く男女があった。

 

 2人の男女は、静かに歩を進めていく。その先には巨大な学舎がある……そこを目指して、それでもそこにあるものを目に焼き付けながら……。

 

「一年前は、ここを色んな想いで通ったんだよな」

 

「ええ、本当にエブリデイがカーニバルみたいな一年間だったわ……」

 

 万感の想いをきっと数時間後に、ここを通る『新入生』(ニューエイジ)たちも抱くのだろう。

 

 桜並木の中、落ちていく桜の花弁を身に受けながら、木々の狭間から差し込む陽光を一身に浴びながら感じる。

 

 

「今年も平穏無事だなんてことにはならないだろうが、それもまた人生だな……」

 

 自分の『喪失』の起源が最後に残すものは何なのか分からないぐらいに色んなものを得て、失ってきた一年間だった。

 

 怒涛の日々とも言えるし、スラップスティックな日常とも言える。

 

 だから―――。

 

「ダイジョウブよ。イマのアナタは―――ただ一人の魔宝使いじゃないんだからネ?」

 

 一番、喪失(うしない)たくないものの笑顔を横に見ながら、笑みを浮かべてその言葉の意味を考えて……

 

「頼りにさせてもらうよ。リーナ」

 

「存分に頼りにしちゃって♪ セツナ」

 

 そうして―――1年前とは違い、新入生を迎える『入学式』に『在校生』として、参加するのだった。

 

 そこにどんな存在がいたとしても、どのような障害となり立ちふさがろうとも……。

 

(越えていけるもんさ)

 

 ケ・セラ・セラ。

 

 そういう心地も悪くはない。

 

 どんなことでも―――あまり大げさに考えないほうがいいのだ。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

「入試の時に見たな」

 

「ええ、不器用なエスコートありがとうございました。おかげで、試験には間に合いましたので、とりあえずは感謝を」

 

 なんだか素直に感謝していますとは言い難い物言いに、レオとしては苦笑してしまう。

 

 まぁどうでもいいことだった。一高の入試日。

 アルビオンに入る前に山岳部に荷物を取りに行こうとしたレオの前に、彼女がいたのだった。

 

 最初は何かの宗教の勧誘なのではないかと想うほどに、『女学生』という衣装ではなかったシスター服の少女が駅前にいた。

 

 最寄りのコミューターに乗ろうとした際に……。

 

 

『もし、そこの方―――魔法大学付属へと向かわれる?』

 

 そう言われた際にシスターの持ち物としては、似つかわしくない電子端末での受験票を示してきた。

 

 そうして少しの問答ありつつも、銀髪のシスターを同乗させて、一高に向かうのだった。

 

 女の子と同乗して学校に向かう。友人2人ならば、殆ど毎日そうなのだろうが、レオにとっては少しだけ新鮮なものであった。

 

 

「あの時は、野獣のような体格をした先輩にいつ襲われるのだろうと、内心ワクワクしていたのですけどね」

 

「うん。感想が180度違うと俺は想うな」

 

 とはいえ、どうやら銀髪のシスターは一高に合格出来たらしく、今年度よりレオの後輩となるとのことだ。

 

 彼女の制服……少し改造されているが、確かに一高の制服だ。校章は……紛れもなく一科のものであり、レオの着る『ノーリッジ』の校章とは違う。

 

「私としては、アルス・ノーリッジに入って、ロード・エルメロイⅡ世の授業を受けたかったんですけどね」

 

「刹那の授業ではなく?」

 

 何となくではあるが、この娘も刹那狙いかな?という思いで言ったレオではあったが……。

 

「度し難い勘違いですね。決して同じモノだなんて思わないでください」

 

 その言葉の意味する所は、刹那狙いの『浅い女』はたまた『軽い女』と一緒にするなという物言いだと理解できた。

 

 悪かったなと軽く言いながら―――ふと名前を聞いていなかったことを思い出す。

 

「俺は西城レオンハルト、とっくにご存知だろうが、キミの一年先輩にあたる人間だ」

 

 よろしくと快活に言ってから……。

 

「―――西城先輩―――というのは、なんかフレンドリーさが感じられないので、ここは一つ『レオン先輩』とでも呼ばせてもらいましょう」

 

 とは言うが、『もしくは『ダケン』で』という、どういう漢字を当てるのか分からぬ呟きを足す銀髪に金眼の少女は……。

 

「―――コトミネ・カレン。と申します―――以後お願いしますね。セーンパイっ♪」

 

「うわっ、すっげぇ似合わねぇ」

 

 わざとらしく乙女チックな調子を出してきた女子に対して、レオにしてはとても『口汚い』言葉が出てきた。

 

 気心が知れたエリカなどであれば、分かることだ。だが、殆ど知らない相手に対してこんな調子になるなど―――。

 

 ニコニコ笑顔(作ったもの)でいるカレンに驚愕していたのだが……。

 

「入学式まではまだ時間はありますので、お相手願えますか?」

 

「いや、これでも役員の一人だから、すぐに見回りに戻らなきゃならない」

 

「では、それに着いていきます。私のように、少しばかり道に迷った子羊を導くレオン先輩の巡礼に着いていきましょう」

 

 祈りの所作のように、手を組み合わせて目を閉じるシスター少女。

 どうしても退かないカレン後輩にどうしたものかと想うも、コレ以上の問答は彼女を退かせられないだろうと結論づけて、連れ立っていけばどこかで気の合う新入生(同級生)と意気投合するだろうと楽観視してから、レオは銀髪の美少女を伴いながら学内パトロールをしていき……のちに色んな噂を掻き立てられるのだった。

 

 そして―――その少女が、本年度の主席でありながら次席である『七草泉美』に答辞を譲った人間であることなど、露ほども知らぬ事実であった。

 

 

 

 



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第308話『ROOKIES―――入学』

四月八日、国立魔法大学付属第一高校入学式当日の朝。

 

入試スケジュールの変更及びその前から起こっていた恐るべき東京魔導災害などの諸々の影響を受けて、在校生の始業式は、何と入学式の後ということに相成っている現在、あちこちが、本当にてんやわんやであった。

 

よって当日になっても混乱は収まらなかったのだ。

 

「私の祝辞など要らんだろう。優先すべきは別にあると想うが」

 

「けれど、ノーリッジの主任教師として一言いただきたいのですけど……」

 

「その為にキミのスケジュールを圧迫するわけにはいかないな。ミス・中条」

 

そうしてから懐から葉巻を出そうとした仏頂面の教師を制止する。

 

「先生、ここ禁煙です。吸いたければ無煙タバコで」

 

「喫煙者には世知辛いな……」

 

 

生徒会室にてプログラムの変更というか圧縮を試みていた面子であったが……最大級の問題は―――。

 

「んじゃ泉美。今日こそは、うちのボスに何も言われない答辞の文章を書いてきたんだろうな?」

 

―――今年の総代を務める女であった。

 

「ふっふっふ! なめてもらっちゃあ困りますよ刹那先輩!! 女子三日会わざれば刮目して見よ!! これが私の全力全開です!!!」

 

 

答辞の文章に全力全開とか、今年の総代は大丈夫なのか?と、そんな疑義の視線が飛んでくるが―――。

 

刹那にとって顔見知りの女子は、お構いなしにドヤ顔を改めてから行動に出る。

 

「ではビッグボス。こちらを検めてください」

 

折りたたまれた紙を恭しく平身低頭しながら中条に差し出す泉美。

 

机にいながらそれを受け取った中条ボスは、両手を使ってそれを広げて読み進めていく。まるで戦国大名が使者の(ふみ)を読むかのような所作。

 

横からその文章を覗き見する刹那だったが……。ようやく胸を撫で下ろすことが出来そうだった。

 

中条ビッグボスも同じだったのだが。

 

「はい。大丈夫ですよ―――いやー……添削2回の効果がようやく出てくれましたか」

 

「今度から、こっちで適当に用意した文章を読ませた方がいいんじゃないですかね」

 

「それじゃ味気なさすぎますよー……」

 

だが、今年度の総代である『七草泉美』が最初に提出した文章はとんでもなかった。

 

文章のセンテンスを抜き出すと……。

 

『深雪お姉さまとのこれからの学校生活』

『胸のタイを直してもらうような日々』

『めくるめく甘やかな匂い』

 

大体は、上記のようなもので埋め尽くされていたのだ。

 

全文読むだけでも一苦労。特に中条会長など―――。

 

『……うっぷ』

 

などと吐き気をこらえるような仕草をしたのだった。

 

いや、気持ちは分かる。現代魔法とか古式魔法とかとも違う『真正の魔導書』を読み込む刹那ですら、その難解な文章を読み込むのとは違う……。

 

形容しがたい不快感と謎の羞恥心が、色々とまぜこぜになって、恋とかじゃないのに胸が張り裂けそうであったのだ。

 

「まぁ入学式では……頼むからおとなしくしてくれよ」

 

心の底からそれを願うも、イタズラを思いついたかのように、泉美はにやにや笑いながら反論する。

 

「総代としての意気込みを語りたかったんですけどねぇ。

―――『誰に笑われたっていいさ、笑われても何度でもやってやる。それが出発点からでもな。』とかぐらいに、強烈なものを」

 

「俺の若気の至りをほじくり返すな」

 

泉美を窘めるも、考えるにまさか姉貴をめったくそにしたことに対する意趣返しかと想うが、そういう後ろ暗い感情ではないようだ。

 

ともあれ……。

 

「泉美だけじゃ不安だ。やっぱり先生も祝辞を述べてください。なんつーか、ノーリッジの生徒たちを安堵させるためにも必要ですよ」

 

ひどいっ! という泉美の言葉を聞きながらも、無煙タバコを呑む教師に言ったのだが。

 

「やはりいらんな。ああ、残念ながらいらぬことをやるほど暇ではないしな」

 

「そうでしょうか?」

 

新入生を安堵させたい想いは同様であった中条ボスの疑問の言葉に、ウェイバー先生は苦笑しながら答える。

 

「私が来る前に、刹那がそのように『道は俺が切り開く』などと言った以上、繰り言はいらんだろう。私が生徒に言いたいことは授業の中で伝えていくさ。

男の生き様で、時には言葉よりも背中で語ることも必要だろう―――まぁ言うなれば、私とライネスは刹那のサポートサーヴァントだからな……『周回』(くりかえし)することもあるまい」

 

なんだか苦笑するように、なにか思い当たるフシがあったのか、笑みを浮かべる先生は―――。

 

『いやぁ、術クラスの『彼女』ならば、私もぞんざいに扱えんよ。『彼女』が現れてからというもの、休みが増えたからな』

 

などと、最終的にはかんらかんらと笑うあたり、なんのこっちゃと一同想いながらも、入学式は始まるのだった。

 

 

大講堂は在校生及び新入生で埋め尽くされていた。当たり前の話ではあるが、今季の新入生たちは色んな意味で特殊である。

 

その理由はいずれ分かるとして、刹那としては『おまいう』すぎることを感じていた。

 

(あれが、入試成績だけならば『主席』である新入生……カレン・コトミネ……か)

 

今回、『総代答辞』を辞退した主席生徒の姿を舞台袖から見ていた刹那は、その容姿に『度肝を抜かれた』。

 

考えを巡らすに、『似たような名字』ぐらいどこにでもあるかもしれない。

 

刹那が知らないだけで『言峰』というものは、どっかの地方では『鈴木、佐藤』ぐらい普通のものなのかもしれないのだから。

 

だが、名字と符合するかどうかはともかく……その容姿は、少しだけ見覚えがあった。

 

もっともその人の姿は、『村』で見たとてつもなく歪な変化を遂げたものしか無かった。元の姿を知るには、親父やお袋のアルバムに写真の一枚でもあれば、違ったかもしれないが。

 

(バゼットによれば、『アナタも随分と変わりましたね』とか言っていたしな)

 

あの姿(・・・)から僅かに推測できる容貌を考えるに……間違いないのだろうが……。

 

(何故、言峰姓なんだ?)

 

埋葬機関の第六位『真正悪魔祓い』の片割れ『カレン・オルテンシア』……その姿を思わせていたというのに、母の兄弟子の名字を持つ女子。

 

(母さん、父さん……バゼット―――どういうことなんだ?)

 

親族関連のことに関しては筆まめだったくせに、その辺りを書かなかった親たちに少しだけ恨めしいことを言わざるを得ない。

 

でないと――――――。

 

(先程から耳をつねる未来の妻からの怒りを躱せないんだけど……)

 

きっと後ろには怖い笑顔があるに違いないので、どうしようと思いつつも、入学式は滞りなく行われるのであった。

 

その新入生の面子の中に、七宝家の長男……俺に何度か挑み、噛み付いてきた生意気な小僧っ子がいないことに気付くのは、数日後であった。

 

 

 

 

 

「―――というわけで、こちらでお世話になりますので、よろしくおねがいします」

 

深々と頭を下げる天然パーマの男子……今年度の三高入学総代を迎え入れた三高生徒会はどよめくも、この男子が真に挨拶を入れているのは、一条―――そして一色であろうということは理解していた。

 

 

「お前さんは一高に通うと思っていたんだがな。まぁブリテン島から帰ってきて、聞かされた時には驚いたぞ」

 

そんな意図を理解していたので、仕方なく一条将輝は他の先輩方に代わり、生徒会室の代表として、男子―――七宝琢磨との会話に興じることになってしまった。

 

「そこまで変でしょうか。俺が三高に通うことは?」

 

「親元から離れて暮らすってのは、如何に昔に比べれば『楽』になったとはいえ、大変だろ……」

 

レトロな感覚かもしれない。将輝も、その親も『そういった世代』ではない―――しかし、家事全般が機械とネットワーク技術による自動化で簡便になったとはいえ、最後に必要になるのは『人の手』だ。

 

流石に極端なまでの『汚部屋』というのは、レアケースだとしても……まぁ自堕落にならなければいいだけだ。

 

一人……機械音痴すぎる男の部屋を思い出してしまったのだが、そんな将輝の内心など知らない七宝は口を開く。

 

 

「それでも、俺は三高であれば自分を高められると思ったんです。それに―――ここは、ある意味では『最前線』ですから」

 

その挑発的な言葉に、それなりに責任ある家の子たちは耳をそばだててしまう。そして……そう言うからには、そうなった場合ももはや想定しているのだろう。

 

「蛮勇を示したからと、家格の上昇につながるわけじゃないぞ。そして、北陸地区は常に注視している『近畿地方』に、何かあれば動き出す―――いいんだな?」

 

「はい。そうなった場合は、一兵卒としてでも動きます」

 

そう言うからには、三高の気風からすれば、もはや何もない。これ以上の問答をした所で、意味はあるまい。

 

そんな訳で、退室を促す。

 

促した後には、在校生だけの生徒会にて考えると、どうにも今年度の新入生は『野心家』的な面が多いと思ってしまう。

 

「それもこれもセルナのお陰ですね。ある意味では階級社会。階層社会的に魔法師のランクというのが、下剋上を許さないものだと『弁えさせてきた』……そんな淀んだ空気に風穴を開ける存在は、『俯いて生きてきた人々』の顔を、前に向けさせたんでしょう」

 

上ばかりに道があるわけではない。

前を向くことで見えてくるものもあるのだと。

 

荒野を。道なき道を進む。

 

目的地である『カナンの地』を目指す道程にて、たとえそれぞれが『独立独歩』とはいえ、目指すべきものを見据えて進むことで、見えてくる景色もあるのだと。

 

荒野には、決して乾いた土だけでなく、砂もある。

地下を探り当てれば地下水だってある。

そこから水を吸い上げてきたサボテンなどもある。

 

見上げれば―――晴れ渡った青空とてある。

 

それを言葉と身を以てみんなに教えてきた―――。そのエネルギーが巨大な渦となって、日本だけでなく世界中を熱狂させてきたのだ。

 

……などという、一色愛梨の『ヨイショ』は概ね同意であっても、この生徒会には、それに意見するものもいたわけで。

 

「アンタの遠坂くんに対する『かさだかな』こころは、もう諦めとるけど。あんまり他校の男子に熱をあげて、三高の男子をおざなりにするってのはどうなん?」

 

「ほんな、ごたむくなま……。別にうちは、三高の男子を軽くは見とらん。ただ単に……セルナの方がイイ男と見ているだけやさけ!」

 

「それを改めんかい! と言ってるんよ!! 将輝くんふくめて三高男子が、いとっしゃ!」

 

かなり崩れた金沢弁で言い合う美少女2人。もはや罵り合いになろうとしているのを見て、やむを得ず仲裁が入る。

 

「まぁまぁ……落ち着けよ翠子……別に男子一同は、一色に軽視されているわけではないことぐらい分かっているからさ」

 

そう女子を宥める将輝とて、男子の心が一律でないことぐらいは分かっている。だからと、一色愛梨に対してよろしくないことをしようなどとまではいかないのは色々だからだ。

 

前田校長が、タイトルホルダーであった『天魔の魔女』を襲名したともいえる一色愛梨は、名実ともに将輝に並んで三高のエースなのだ。

 

(翠子は、別に一色本家を継承したいわけではないだろうが……まぁそれでも色々(・・)なんだろうな)

 

どちらも将輝にとってはお袋の方の親戚筋の同年(おない)の娘であり、対応に苦慮するのだ。

 

(俺だって、司波さんへの恋慕をあまり表に出さないように振る舞っているというのに……)

 

そんな一色愛梨への恨み言を呑み込んでいる将輝であるが、そんなことは既に周知の事実であり、正直に話さない分、将輝もまた女子・男子どちらからも、妙な感情を抱かれており―――最大級に『不機嫌』を患っているのは、宥められた一色翠子であったりする。

 

そんなこんなありながらも、三高もまた新入生を迎え入れていくのであった。

 

 

どこの魔法科高校でも春は―――ひとしく始まりを告げる。

 

 

 

 



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第309話『ROOKIES―――転科』

いやぁ。エイプリルフールは強敵でしたね。

特に『ケロQ 枕』のアレは、嘘か真か。本当に判断に迷いましたから。

ただ……ニトロ+は、もうエイプリルフールに参加しないんだなぁ。ちょっと悲しいと想いつつ、新話お送りします。


入学式を終えて、新入生の大半があれこれ教室に向かったり、はたまた帰ったり、去年の自分たちを見ている気分でありながらも、何となく新鮮な気分でもある。

 

「遠坂先輩、お疲れ様でーす♪」

 

「入学おめでとう。君たちもお疲れ」

 

校舎への道のりにて新入生。女子の一団から言われて返した。この一年で顔も知れた刹那だけに、こういう対処は普通だ。

 

時計塔でも、自分より下の基礎科に入ったばかりの後輩たちの様子を思い出してしまう。

 

手を挙げてそう言うと……。

 

「「「アンジェリーナ先輩と仲良く―――♪」」」

 

「キミらのせいで怒り心頭気味だけどね―――!」

 

刹那の左隣で腕を取る少女が、一際きつく締め付けてくることで伝わる感情があるのだ。

 

そんな囃し立てるような後輩女子の一団から十分に離れた所で。

 

「よかったわネー。ベリーキュートな後輩女子から挨拶されてー♪(怒)」

 

「モテモテの彼氏で、ごめんねごめんね~」

 

「ぎにゃー!! ナニも言えないこのリフジン! まさしく、ギャッキョウ!!」

 

などとネコのように言いながらも、刹那の腕に巻き付くことはやめないでいるリーナ。その2人を先程から見ている男子が一人……。

 

「やっぱり、僕は一人でB組に向かった方が良かったんじゃ……」

 

呆れつつも、このバカップルを見ているのはなんとなく目の毒だと思いつつ、そんな風に言うが。

 

「我がB組のニューカマーたる吉田幹比古を紹介する役目を仰せつかった以上、それはダメだ」

 

「もしかして、ミキも女の子にキャーキャー言われたかったのかしら?」

 

こういう風な時には、心を共にしてくるバカップルに、何か言い返したい気分。

 

「妙な持ち上げ(ヨイショ)をして、B組のみんなに変な印象を与えないでくれれば、それでいいよ」

 

その言葉に「つまんね」という表情をした2人を前に、幹比古は『釘を差しておいてよかった』と想うのだった。

 

だが、そんな幹比古のB組編入など、一瞬にして消え去るほどの『ビッグ』が飛び込んでくる。

 

それによって幹比古の影は薄くなり……。

 

『なんたるFLOWERSな展開』などと言われてしまうのだった。

 

 

 

「というわけでB組の新しい仲間たる吉田 幹比古くんだ。

既知の人間や知り合いもいるだろうが、新しい仲間を歓迎しよう!」

 

『『『『OH! YEAAHHH!!!』』』』

 

『『『『WELCOME TO B-CLASS !!!』』』』

 

一同揃っての歓迎の挨拶に面食らう幹比古。

 

「いつも、こんなノリなのかいB組は!?」

 

おどろ木ももの木さんしょの木な幹比古は、同じく途中組たるレッドとレティに問う。

 

「アタシとレティが来た際にはもっとすごかったぜ」

 

「廊下で待機していても聞こえてきましたからね―――刹那だけは、男子に混ざって声を上げてませんでしたけど」

 

すっかりレッドもレティもB組に馴染んでそんな風に言う辺り、いいことだと思いつつも、割と切実にこのB組は、転科してきた幹比古を歓迎しているのだ。

 

「いやー吉田殿が来てくれて感謝感謝でござるな。なんせ新学科たる魔工科への転科者が、一科では最多の4名出たでござるし」

 

「そうなのかい?」

 

「ああ、シオンがそっちに移ったのも含めてなんだけど、十三束も、そっちに行っちゃったしな」

 

後藤くんの少しだけ嘆くような説明に対して、詳細なことを言っておく。

 

「何よりほか二名は女子じゃなくて『男子』だから……こう勢力図的に女子の意見に押されがちになっちゃいそうというか、なんというか」

 

相津の汗を掻きながらの言葉に、男子一同同意である。

 

こんな時に限って、女子と男子で別れてにらみ合うのも、このクラス特有の現象でもある。当然、リーナと刹那もその陣営に与する。

 

なんなんだろうなと思いつつも……。

 

(中々に楽しいことになりそうだ)

 

E組にいた時とは違ったものを覚えつつも、少しだけE組にいたときの郷愁を覚えて、それでも……A組よりも、有る意味では『伸び』を持つこのクラスでやってやろうという気持ちになるのだった。

 

 

そんな時に教室の前部ドアが開かれる。どうやら担任がやってきたようだ。

 

 

「全員、揃ってるね。席についてくれ。いやーてんやわんやすぎて申し訳ないね。吉田も、こんな形で転科させて申し訳ない」

 

言葉の前半で生徒全員が席に付き(幹比古の指定席は当然ある)、教壇にいるロマン先生を見る。

 

東京魔導災害などでも見ていたはずだが、何だか久々に見た気がするのは、魔法医としての彼と魔法教師としての彼が違うからだろう。

 

 

「新しい仲間を加えて、またこの一年をこの面子で過ごすことになるわけだが、前年の『色々』で、この一高が良くも悪くも今年も魔法師社会の耳目を集めていくことは間違いないわけだ」

 

その言葉に色んな意味を持った視線が主に刹那に飛ぶ。

色々の内訳に刹那が含まれすぎだからだろう。

 

「しかし、だからといって己の修養を疎かにしてもダメだし、かといって後輩の面倒を見ていかなければならない立場に君たちも上がったわけだ。自他ともに出来ることは、力を惜しむな。自分や自分に親しいものたちだけが、上がることだけでは―――ダメなんだからな」

 

『『『『『ハイ!!!ロマン先生!!!』』』』』

 

去年は色々ありすぎた。その中でも、突き詰めれば騒動の主題は―――。

 

 

―――分け合うもの、分かち合うものなくば、『誰とも分かり合えない』のだ―――

 

そのことを心身に刻まれてきたのだから。

 

 

「うん。男女がある意味では仲良すぎるこのクラスが、その先鞭を着けてくれればと願いつつ、実を言うと……知っている人もいると想うが、僕はノーリッジの学年主任になった上に、刹那とアンジェリーナは、教師補として時折、エルメロイ兄妹のサポートに入るわけだ」

 

周知の事実というほどではない。知らなかった人間もいるわけで、ざわめきも起こる。

 

「もちろん主に授業を行うのは、ウェイバー・ベルベット、ライネス・エルメロイ・アーチゾルテなんだが……それでも僕も主任だからね。いざという時はノーリッジ側にいかなければならない」

 

ロマン先生の言う『いざという時』……というのは、実は既に想定されている。

今のところは静かなものであり、刹那に比べれば2人の存在がいかなるものなのか、未だに不確定な他の魔法科高校はまだ何も言っていないが……。

 

 

「だからといってB組のことを無視するわけにもいかない。これは当たり前だ……しかし、急遽の異例ではあるが―――『副担任』を着けることが決まった。僕が不在でカリキュラムをやる時は、彼女が実技授業のコーチングをしてくれるはずだ」

 

その言葉に刹那も『誰だろう?』と思った。彼女ということは女教師か……魔法科高校の教員資格というのは、結構曖昧なものであるが……。

 

(今後、どうするかは疑問だな)

 

真面目にそんなことを考えつつ、ロマン先生の招きに応じて少しだけ聞こえた声の質。

 

聞き覚えのある声が聞こえたと思いつつ、入ってきた女性の姿に誰もが驚きの声を上げた。当然ではある。

 

昨今まで秘密主義の塊として、その容姿は……まぁ知る人は知る程度であった。

 

だが、もはや全てが晒された(色んな意味で)とも言える女史の姿に驚きが出るのは、当然―――変装ぐらいしとけばいいのに。という真っ当な意見もあっただろう。

 

隣のクラスの『姪っ子』がどう考えているか―――なにはともあれ。

 

 

 

「今年度からとりあえず一年間、皆さんを指導していくことになりました。副担任の『四葉 真夜』です。

私も教職に就いたのは初めてなので、至らないこともあると思いますが―――皆さんが至りたいもの、なりたいものの一助になれればと想っていますので、よろしくおねがいします」

 

 

((((ベッキー(ぱ○ぽに)ベッキー(の○りん)ベッキー(ゲス不倫)が来ちゃったよ―――!!!!!))))

 

 

一礼をしたスーツ姿の美女に思わず4人ほどが吹き出しながら、ベタフラッシュトーンでも背後に作りそうなのだ。

 

もうどういうことなんだってばよ。ということで『ご親族』に緊急メール。

 

「と、遠坂くんがいつになく凄いタイピングでメールを打っている!!」

 

「明日は槍でも降ってくるのか!?」

 

相津と斎藤がなにか言っているが、構わず刹那はメールを送った。数秒の待機の後に……。

 

『すまん。俺も今日になって知ったんだ』

 

魔工科の主席生から、そんな簡素な言葉の返信であった。

 

「あらあら、出席番号18番の遠坂君。一応、まだ私の話は終わっていないんだから、そのように他ごとをやるのはどうなのかしら?」

 

そんな自分の行動は分かっていたらしく、初対面の人間を装いつつ、そんな風に戯けて言うベッキー(正)に謝りつつ、疑問を呈することに。

 

「これは失礼。ただ……四葉先生が、ここにいる理由を、ご親族に確認を取っていたんです。あなたの処遇に関しては私も関わりになっていただけに、疑問がありますので」

 

一応は人質身分なだけに、その辺りはどうなんだろうという気持ちで、こちらを見てくる四葉真夜に返した。

 

「まぁ確かに私は人質ですからね―――ただ、あのまま家猫のように七草家にいるのも……なんというか居候として肩身が狭かったんですよ」

 

八ツ墓村の井川鶴子のような扱いは受けていないだけマシだが、四葉の家にいた時とは違い、まぁ色々と思うところはあったのだろう―――。

 

「それに……籠もっていると、弘一さんに昼でも構わずに『求められちゃう』んだもの。悪い気はしないんだけど、こちらから離れることでちょっと節度を保ってほしいのよ」

 

―――などという、こちらの懸念とか心配をあっさりブレイクしてくれるのだった。

頬を抑えながら、困っている風に見えて、全く困っていない四葉先生の言葉の意味を理解して、大半の生徒は真っ赤。

 

一人だけ―――。

 

分かります(Understanding)。ティーチャーマヤ。ワタシも何もなければ、昼でも夜でもセツナには、カムカムエブリデイですからネ」

 

うんうんと目をつむり頷くリーナの言葉に、更にB組一同真っ赤。

 

ツッコむにツッコめない空気の中。

 

「あー……ミス四葉。あんまり青少年にアダルトな話題を振らないように」

 

―――勇気を出したロマン先生に感謝するしかなかった。

 

「あら、ごめんなさいドクターロマン。けれどこのクラスは『ちんちんかもかも』な魔法科高校でも珍しい学級という話でしたから、私も同じですよと親近感を出したかったんですけどね」

 

「おもいっきり裏目ではないが……まぁとにかく、知っている人は知っている通り、四葉先生は僕の患者でもあるからね。何かあった時のために、という措置だ。当然、七草前会長の父親からも了承済みだ」

 

その言葉で、そういえばそうだったと思いつつ、そして十師族の七草といえば前代の生徒会長。今代の新入生総代を想って―――それならば納得と想っておくのだった。

 

それゆえに。

 

「はいはーい!! 新任のマヤ先生に質問でーす!!」

 

「はい。えーと……出席番号2番の明智英美さんですね。

私が答えられることであれば、答えますけど」

 

にぎやかしのエイミィが、収まりかけた空気の中にそんな混ぜっ返しをするのだが……。

 

「ズバリ……そのナイスバディの秘訣を知りたいです!! や、やっぱり四葉は精神だけでなく肉体改造の秘術でもあるのでは? このクラスのフラットチェスト代表として、私、気になります!!」

 

「え、ええー……そんなものはないんですけどね……けどよく考えてみれば『双子』でも、私の方が姉さんよりも大きかったわ」

 

出産を2度も経験している『姉』のことを考えて、なんか言っているが……それでも伝えることに。

 

「月並みだけど、牛乳を飲むことかしら? というか、そういうことならば……アンジェリーナさんには聞かなかったの?」

 

「「「「リーナの育乳なんて、女子の大半は実践出来ませんよぉ!!」」」」

 

エイミィと桜小路を筆頭にした血を流さんばかりの主張にB組女子の半数が同意して、これ以上この手の話題は『ナシ』だとして、仲裁を図った相津郁夫によって、一応は収まるが……。

 

「四葉先生の登場で、僕の1科デビューが完全に奪われちゃったなぁ……」

 

「「「「ドントマインド」」」」

 

慰めの言葉を掛けられるも、ほろりと悲しき涙を流す幹比古の状態は、正しくFLOWERSの『ヨハネ』なのだった。

 

そんな賑やかなB組の様子は、超絶な能力者が多すぎるからか、声がチカラを持っているのか、防音壁を越えて隣のクラスにも伝わっていた……。

 

 

(B組)はにぎやかですねぇ……」

 

「男女も特色ある人材がいるもんね……」

 

「一人ぐらいは刹那の周りから女子がいなくなればいいのに」

 

防音壁越しにも何故か聞こえてくる隣のクラスのにぎやかな声に恨めしい想いを抱くA組の女子3人。

 

百舌谷教官の、A組こそ2学年のトップであるべきだという、演説なのか説得なのか分からない言葉を右から左に聞き流しつつ、進級してからの初顔合わせは……なんとなく味気ないと思いつつ、その担任教師の『頑なな態度』こそが、のちに大きな混乱となるのであった……。

 

 



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第310話『ROOKIES―――始動』

「なるほどね。しかし、その現場にいなくて良かった。俺がいると絶対にアレだったもの」

 

「俺としてはお前に懐柔してもらいたかったんだがな」

 

それは無理だろ。と、揚げ焼売を食らう達也に想いながらも、達也の語る今朝の顛末というのを考える。

 

曰く、風紀委員としてあれこれ学内警備の手配をしていた達也だったが、そして新入生の誘導でもと外に出たところで―――。

 

「七草OG(職業(ジョブ):JD)が現れたと?」

 

「ああ、そして少しばかり話していたんだが、そこに七草双子が―――」

 

「真夜さんを連れてやってきたと」

 

すごく修羅場だったろうなーと感じながら、エビ餃子を口に入れる刹那。

 

そして、魔工科にいつか『生徒・四谷真夜子』としてやってくるとかアウトすぎて、その未来が回避されたことをよく思うべきかも知れない。

 

「ああ……泉美から聞いていなかったのか?」

 

「まぁ深雪に近づくのをディーフェンス、ディーフェンスしているだけだったしな。あいつから言わない以上、知りようがない」

 

そもそも生徒会の役職として刹那はそこまで高くない。新入生総代答辞の添削や注意事項なんてのは、副会長の役目のはずだったのだが……。

 

まぁ、彼女の深雪に対する想いの強さは色んな意味でアレなので、自分が代行せざるをえなかった。

 

というか、寧ろ深雪が「かわってください」と涙ながらに言ってきたのだ。文化祭の時から彼女に対する危険性を認識していたのだろう。

 

そんな感じで、刹那になったわけだが……。

 

「つまり七草家では―――子息子女で意見は異なると」

 

「そうらしいな。一番、強硬なのは真由美先輩だが」

 

そうして双子に連れられてか、連れてきたのか、真由美と鉢合わせした真夜女史。

 

硬質なやり取りに、甥っ子であり後輩であった達也は胃がきりきり舞いする寸前だったとか。

 

「泉美はともかくとして、香澄まで懐くとはな」

 

達也から聞いた以上、まだ確定ではないが、どうやら後妻(未定)に一番硬いのは真由美だけのようだ。

 

「叔母は仲良くしたいようだがな……まぁそっちはいいさ。出戻りを受け入れないほど、実家は硬くはないさ―――で、まぁそんな我が家の事情にも繋がることは、いいんだ。因果にも叔母の生徒になったレティとレッドは相変わらずのようだな」

 

「まぁな。騒がしいB組にAとCは『うるせぇ』とか考えてるかもしれんが」

 

笑うように言ってから蟹焼売(蟹卵入り)と共にチャーハンを食いながら考えるに、これも政治というヤツなんだろうと思えていた。

 

端的に言えば、英国・仏国、どちらにとっても、一高の、特にトオサカ・ラインなるものに関わり続けることは生命線なのだ。とのこと……。

 

要は、『ニホンだけでなく世界中が注目するセツナ・トオサカに張り付かせろ』

 

公然のスパイという矛盾した存在だが、そういうのに仕立てたようだ。

 

ある意味、犬猿の仲でもあるブリティッシュとフレンチを共に学舎に入れた理由というのは、そこにもある。

ブレグジットでEUを離脱した歴史を持つ英国は、それ以前から伝統的に大陸の価値観というものを嫌う性質があり、それがある種、権威主義・独裁主義に対するカウンターとして機能していることが多い。

ナチスドイツの欧州席巻から赤軍ソ連の西進政策、そしてその赤軍ソ連の遺物、亡霊とも言えるものの暴虐からも……。

 

「まぁ、魔法師の国際化は避けられないだろ。色々あったから立ち消えになったが、人の世はいずれにせよ繋がっている。誰も―――1人じゃ生きられないんだから」

 

もしかしたらば、リーナの祖父は、そのことが分かっていたのかもしれない。

今さらながら、彼が合衆国に渡りリーナのグランマと恋に落ちて、リーナママからリーナが出来て……。

 

(もしかしたらば、この『繋がり』が無ければ、『手遅れ』になっていたんじゃなかろうか?)

 

ケン・クドウ=九島健……既に故人になっているとはいえ、自分を手助け・後押ししてくれることに感謝の限りだ。

 

会えるものだったらば、一度は会いたいものだ。無理だけど。

 

「で―――お前が聞きたいことは、そんなことか?」

 

「いや、今年度の新入生『主席』に関してなんだが」

 

その言葉を達也が吐いた瞬間―――。

 

「この麻婆茄子、ちょっと香辛料が足りませんね。申し訳ありませんが、そこの花椒を取っていただけますか?」

 

「あいあい―――ん?」

 

「んん?……―――」

 

自分たちが食事をしていたのは花桜が散る校舎外の中庭である。最初は、食堂で食おうかと思っていたところだが、何となく満面の桜の中で昼食を取るのも乙だろうとして、互いのパートナー(妹、恋人)が来るまで……食っておくかと想っていたところに。

 

不意の闖入者あらわれる。

 

思わず普通に対応してもらうぐらいに自然と入り込んできた―――女子に瞠目する。

 

「―――新入生だな。わざわざ、この時間まで学校に残っていたのか?」

 

「家に帰っても良かったのですが、これから通う学び舎を詳細に見ておきたかったもので」

 

理由としては正当ではある。筋は通っている―――。

 

が―――。

 

「ここまで堂々としたつまみ食いをされるとは想っていなかったぞ」

 

「あら? 魔宝使い『遠坂刹那』は、自作の料理で世の女性達を虜にして、現代の酒池肉林を堪能する人間だと側聞していたのですが」

 

「どんな噂だよ……」

 

「当然、私はそんなものに引っかかりませんが」

 

丹精込めて作った麻婆茄子に、花椒や山椒を山盛り掛けていればな! と無言で言いながらも、この料理人泣かせの女はなんなんだと思う。

 

だが……その趣味嗜好は紛れもなく、あの地獄の中に現れたモンスタートラックに納められていた『聖女』のそれであった。

 

「新入生『主席』の言峰花蓮だな。入学おめでとう―――だが……まぁいいや、食いたいやつには食わせてやるのが、俺の主義なんだしな」

 

「グラッツェ。ですが、男として好きにはなりませんので、期待しないでくださいね遠坂先輩」

 

このアマ! といい加減言いたくなっていた所に―――。

 

「何処に行ったのかと思いきや、ここだったか……ネコのようにいなくなるなよ。カレン」

 

珍しい男が現れた。今回の入学式から始業式において、八面六臂の活躍をしていた今季の部活連副会頭の姿が出てきたのだった。

 

「よっすー、おつかれちゃーん」

「かっるいな刹那」

 

(せん)の言葉通りならば、言峰後輩はお前の庇護下か?」

「堅っ苦しい言い方だな達也」

 

互いに感想を述べられてから、どういうことなのかを詳細に聞くと……。

 

言峰とは、一高入試の日に知り合う。

 

その後に今日の入学式で再び知り合う。

 

彼女こそが『今期の主席』であることを知る。

 

そして会長(ボス)から()り役を任ぜられた。

 

端的に言えば、我が校のウルトラマンタイガ(正)は、色んな意味でモテモテである。

 

 

「刹那が泉美のお守りで、レオが言峰のお守りか……大変だな。上級生」

 

「「お前もだぞ!」」

 

我のことを棚に上げた達也の言いように一斉のツッコミが入るのだった。そんな男同士の会話の片方で言峰の食事は終わるのだった。

 

ハンカチで口元を拭きながら、料理審査のように言峰は再度、口を開く。

 

「遠坂先輩、今度は、もう少し『辛味』を効かせた料理を所望します。ごちそう様でした―――では……レオン先輩、案内お願いします」

 

お前だけはメシを食って、レオには即座に案内を許す辺り、ちょっとなーと思えて、適当に『まとめて』歩きながらでも迷惑かけずに食えるものを、タッパにして渡すのだった。

 

「ダンケだぜ。刹那」

 

「気にすんな。下級生の美少女とデートを楽しんでこい♪」

 

「と、言われましたのでレオン先輩。いきましょう♪」

 

桜が舞う中、戸惑うレオを引き連れて銀髪の後輩は去っていくのだった。

なんとも勝手な女であり、その正体を少しだけ不思議に想いながらも、そのことをいまこの場で問いただすほど無粋ではない刹那は気にせずにいた。

 

一番、気になるのは―――。

 

(セツナん、なんかすごいDTっぽい男子がアナタをみつめてるよー)

 

(俺とは限らないだろう。達也かもしれない)

 

霊体化しているジェーンが、警告してくる前から分かっていた。離れたところから、こちらを見てくる眼鏡をかけた男子―――几帳面な性格を想起させる……父の親友であった寺の和尚さん、柳洞一成の若い頃を思わせた。

 

少し見ただけだが、どうにも仏教系の空気を感じる少年。

 

閉鎖された世界と俗世を行き来しながらも、克己心を養ってきた存在。そんなイメージの少年が、こちらを見てくるということに、どうしたものかと想って……。

 

(坊主を堕落させるは、いつの世も妖艶な美女だよな)

 

(マスター、毘沙門天の化身がいることもお忘れなく)

 

流石に失言ではあったのだが、男子にいつまでも熱い視線で見つめられる趣味は、刹那にも達也にも無いので―――。

 

(よし、キミにきめた! 行け、アーチャー! 『あまえる』からの『まきつき』だ!!)

 

(オッケー! マスター!!)

 

念話でのみその指示を出して校舎の裏から覗き込んでくる男子に、アーチャーことカラミティ・ジェーンを向かわせる刹那の行動を達也は黙認した。

 

その少年……下級生の男子は、それなりに調べは着いていた。どう考えても西の方から送り込まれた間者であり、何らかの目的があって一高に入学したことは分かっていた。

 

(目的か……文弥と亜夜子も、アレコレと言われているんだろうな)

 

四高に入学した双子の親戚。彼らがどうなっているのかを少しだけ考えてしまうのだった。

 

 

 

すでに自分たちが、四葉の係累であり、昨今―――父親が正式に四葉の当主となった以上、こうされるのは理解していた。

 

だが、当初の『一高に入学』という目的を蹴ってまで、ここに来た目的を目の前の生徒会長及び役員に話した所……ため息が溢れてきた。

 

(そりゃ悪名高き四葉だもんな)

 

(この反応も当然ですね)

 

と双子が想っていたのだが……四高の会長『角隈白野』は、予想外のことを宣ってきた。

 

「キミたちが来ることは、四高全体を考えると、正直言えば大歓迎だ。しかし―――キミたちが学ぶに相応しい学校かと言えば、それは違うと思える」

 

「……技術志向の四高ですからね」

 

「そうだ。当然、だからといって今年度から一高に新設された魔工科(アトラス)に負けるつもりはない」

 

その目にライバル心とでも言えばいいものを見た。アトラスにいる親戚のことも念頭に置かれているのかもしれない。

 

だがそれ以上に角隈会長は……懸念事項を吐いてきた。

 

「だからこそ、ここではキミたちを輝かせられない。分かっていて入学したのか黒羽君? 僕たちは……」

 

魔法大学付属の中で『最弱』であると言外に言う角隈会長に―――。

 

「だからこそ、私達はここを選んだんです」

 

堂々と言い放つことにした。

 

「なに?」

 

「確かに魔法実践という意味では、他校に後塵を拝している四高です。けど、その環境こそ僕たちが活躍する上では必要なんです」

 

「弱小校に天才が一人二人入ったらば、一挙に全国出場……なんてストーリーは、魔法の世界では適用されないんだが」

 

だが学生スポーツの世界では、まれにそういうことはある。特に野球・サッカーなどはそうだ。地域によっても事情は違うが―――。

 

地方の公立校に時速150kmのストレートを投げ込み、打っては長打を連発。そういう目立った『個』を持った選手一人がいるだけで、甲子園に出場することも可能だ。

 

サッカーにおいても、とある選手のワンマンチームであっても国立へと進出することも出来る。

 

もっともそれはある意味、強豪校がひしめく都道府県以外の場合のみ、野球なら関西圏の殆どではまず無理だし、サッカーならば有力なJクラブが無い都道府県だろう。

 

越境入学の強豪私立が幅を利かす学生スポーツの中でも、そういうのはありえるのだ。

 

「僕たちも四葉の中では、下級です……表に出せないような後ろ暗いこともやってきましたよ」

 

「善良な魔法師なんてものはいないと想うね」

 

俗っぽいことを言う角隈会長。

 

双子は苦笑しながらも返す。

 

「だからこそ―――ここから僕達は、上がっていこうと想っているんです」

 

「四高の弱点はよく分かっています。皆さんに必要なのは、自分の立案した作戦と技術を実行してくれる魔法師がいないことです。先程、会長が仰った通り、強烈な『個』が無くても勝てるようにしたい……中々、フォア・ザ・チームでは九校戦でも勝てませんからね」

 

「その通りだ。去年はリズ先輩が最後の年だったから、ここぞと思っていたんだがな」

 

だが、目論見は水泡に帰した。強烈な『個』―――あまりにも強すぎる『個性』を持った存在が一高にいたことが、全てを覆した。

 

総合力でも決して、負けてはなかったはずだ。

 

「私達を存分に兵隊として利用してください。あなた方に必要なのは、自分たちの考案した魔法や技術の理想を実現してくれるデバイサー(実践者)です」

 

「去年の九校戦、作戦立案などで相手校を確り見て、その陥穽(じゃくてん)を突いてきたアナタの『目』で見た指示で戦うのも悪くはない……四高が勝ち星に恵まれないのは、実践的な人間が少ないだけですから」

 

「………」

 

沈黙しながら、こちらを見てくる角隈会長は、短く息を吐いてから答える。

 

「いいだろう。そこまでの意思を以て、ここに来たならばこれ以上言うのは野暮だな。ただ一点……、先に語った通り、実践的な人間が少ないとはいえ、キミたちだけでは勝てないからな。九校戦ばかりを念頭に置くのも如何かと想うが―――四葉姉弟、キミたちの手で僕達を鍛えてくれ」

 

しかし、どれだけ公立高校に全国区の天才・天稟がいたとしても『チーム』で戦う以上、どうあっても他の選手が脚を引っ張るわけにはいかない。

 

自主的に猛練習をする時もあれば、その全国区がスパルタ練習を強要する時もある……。

 

ならば、こちらから積極的に動こうとした角隈会長の要請に、快諾する黒羽姉弟。

 

最初は自分たちの尊敬する達也がいる一高の受験を志していた。

 

だが……色んな『政治的判断』と、姉弟なりの考えで達也と……遠坂たちと戦う道を選んだのだ。

 

弱いところならば、自分たちで強くすればいい。

 

どれだけ極まった個がまとまった集団であろうと、チームとして戦うことで、それを覆す。

 

それを目指したのだ。

 

打算的なところでは……七草姉妹や色んな意味で注目の的である現在の一高に行ったらば、元々は『裏仕事』が主だった自分たちでは、目立てないという考えもあった。

 

―――才能は分散したほうが、輝けるもんだ―――

 

ある程度の繋がりからまとまっていた方がいい事例もあるが、それでも姉弟は、四高から自分たちの王道を進むことを選んだのだ。

 

(ただ……ロード・エルメロイII世の授業……直接指導は受けたいよなぁ……)

 

この四高にも2科制度が作られたが、その授業がオンライン方式でしかないことは、文弥は少しばかり残念に想うのだった。

 

その懸念が解消されることなど知らずに、その部分に憂鬱を患っていた……そんな一高では一つの出逢いが成されていた。

 

 

 

「刹晶院 霧雨(きりう)と申します―――」

 

先ほどまで受けていた肉体的スキンシップから、赤い顔で『羞恥心』を押し殺している眼鏡男子の自己紹介。

 

お白州に引っ立てられたならぬ、桜舞う中庭にジェーンによって連れてこられたその下級生を見た2人は―――。

 

「「委員長(ティエリア)って呼んでいいか?」」

 

「どういう意味なんですかねぇっ!?」

 

そう言いたくなるビジュアルをした霧雨後輩との出会いは、何かを予感させていたのだった。

 

 



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第311話『つかの間の休息……そして』

 

どっと疲れたという訳ではないが、入学式と始業式の連続強行スケジュールは中々に凄かった。

 

全員がアレコレと動いていたとはいえ、疲労はそれぞれの肩に乗りかかった。

明日、明後日が休日で本当に助かった気分だ。ただリモートで先生方と話し合うことも有り得るだろう。

 

「今さらながらお互いに進級おめでとう」

 

「オメデトー♪ 」

 

テーブルの中央でグラスを打ち合わせながら、お互いの顔を見る。

 

((疲れが見えている……))

 

何とか作っている笑顔に、そんなことをお互いに想っていると―――。

 

「セツナん、リナりん! オメデトー!!」

 

「少年老い易く学成り難しとも言いますしね。おめでとうございます2人とも……というわけで晩酌させてもらいますよー♪」

 

二騎のサーヴァントが、祝いの言葉と同時に呑もうとしているのだった。いや、いいけどさ。

 

「ありがとう。ジェーン、お虎……お虎はともかくとして―――ジェーン、いやアーチャー……リーナがあげた服を着てくれないか?」

 

露出()のチアガール姿。今日、ティエリアな霧雨クンを捕まえた時のカウガール姿とは違って刺激的な姿に流石に、物申したい気分だ。

 

「けど今日は祝杯(celebrate)を上げるべき日なんでしょ。だったら、この姿でいないと」

 

「ジェーン! もう応援(エール)はいいノヨ!」

 

恋人を惑わすHOTSEXYすぎるアメリカンに対して、同じアメリカンが、理を用いてストップを掛けたのだが―――。

 

「ナルホド、今日のエールはベッドの上が適切―――」

 

一言返せば、二言目には、この顛末。ダメだ。この金剛型戦艦……はやく提督(?)に引き取ってもらわなければ。

 

「いらんわっ! 疲れているんだから普通に―――………寝せてはくれなさそう―――ですかね?」

 

言葉を紡ぐ都度、恋人リーナと二騎のサーヴァントの眼が『輝く』のを見た気がする。ヤバい。なんか色んな意味で『食われる』未来は確定した気がする。

 

いやまぁ、魔力供給が必要なのは分かっているが―――。ただアーチャークラスもランサークラスも、燃費という意味では、そこまで必要なのかとか、色んな疑問符は尽きないまま―――。

 

「と、とりあえずご飯にしよう。グガランナも月毛も『いただきます』を待っているしさ。なっ?」

 

逃げの一手を打つことで、とりあえずエロスな空気を回避するのだった。

問題の先延ばしとも言う。ともあれ、今日起こったことをお互いに言い合う。

 

「セツナはイズミの面倒を見ていたわけだけど、なにか変わったことは……ないわよね?」

 

「いつもどおり、あの子は深雪にべた惚れ状態だからな。ただ気づけたこともある。琢磨のヤツが一高を受験しなかったらしいからな」

 

何気なく生徒会役員の候補―――主席ではないとはいえ、総代を務めた泉美にお鉢が回るのは当然。

 

だが、何となく一年生の名簿をざっと流し読み、同時に魔術回路で名簿の名前を精査したが、あの天パ男の名前はなく、何処に行ったかは予想外のところから齎された。

 

「タクマ・シッポウ―――あのボーイに何度も挑まれていたセツナとしては不服?」

 

「特にないかな。アイツが親御さんと考えた上で三高にいったというのならば、俺がアレコレ言うことでもない。何より―――『サイノウ』というのは多少はバラけていた方が個別に輝けるもんだ」

 

一概に言えることではないのだが、一年からエースを張れるような能力(タレント)を持った人間であれば、自ずと輝けるものだが。

 

同じ学校に十人以上もエース級がいれば、埋没してしまう可能性は高い。

もっとも、琢磨の考えには『四葉、七草、九島のいるところでは俺は輝けない』というある種の『逃げ』的なものも見受けられる。

エース、トップを奪い合う争いも、また一つの考えだ。

 

多くのサイノウを押しのけて自分こそが『頂点』に立つ。そういうガッツある考えもあったのだが、琢磨の場合は完全に逃げである。

 

そう結論づけた刹那に対して、西京焼き(サバ)を食べていたリーナは口を開く。

 

「ケド、ソレってエルメロイ教室にいた『アナタ』からすれば『おまいう』すぎないかしら?」

 

「ご尤も。少数精鋭を誇るエルメロイ教室だが……まぁ結局の所、生徒それぞれで『専攻分野』が違うのに、そいつら全員を「まとめて」指導できる先生がヘンなんだ」

 

「嬉しそうに言うわネー……」

 

各学部にいれば、『トップ』を張れる才能の塊。そこから放り出されて、指導を放棄された原石たちを導いてきたのだから、先生の手腕は凄すぎる。

 

ある意味、エルメロイ教室においてサイノウは『バラけていた』。

 

「要するに各専門学部が、魔法科高校の1〜9の区分で、そこで『指導しきれない』あるいは『水に合わない』として出された、出てきた連中の受け皿としてエルメロイ教室があったんだな」

 

もっともこれに関しては草創期の頃の話であり、刹那の親世代の入学者……ルヴィア、綾香なんかは最初っから指導を願い、先生の元に集ったりしている。

 

「……とんだティーチャーアンザイ(安西先生)ね……」

 

「全く以てその通り」

 

実際、ロンドンでも日本の『MANGA』は知られており、スラダンの名監督に準える生徒も時計塔にはいたのだ。

 

「ケド、そんなアンザイセンセーを一高だけで独占しちゃってていいのかしら?」

 

「ソレに対しても既に腹案は出来ている。ただ、それを各校が受け入れるかどうかなんだよな。まぁいいさ。あんまり今から考えすぎても―――ハゲるだけだ」

 

刹那の言葉に、『考えすぎてる男』を想像したのか小さく吹き出すリーナ。

 

「教育を行う場としては、色々と足りていませんでしたからね。エルメロイ師の登壇は色々と不足を補いますかね」

 

「だろうな。お前も武道系の連中を教導してくれや」

 

「やりすぎないように、加減せざるをえませんけどね」

 

お虎も昔は『寺』で色々と学んでいただけに、そういったことは考えてしまうようだ。

 

「セツナん、ワタシは―――?」

 

「ジェーンは……まぁ普通で」

 

森崎や滝川、そして他の魔法スポーツクラブならば、それなりに重宝されるかもしれないが、こんな『バインバイン』なスパロボ演出しかねない女、サークルクラッシャーにしかなりえないので、ちょっと自重してもらうことにしたい気持ちの刹那である。

 

「ノーマルでってどーいうイミー!? 大体マスターは、ワタシのポテンシャルを分かっていないよ!」

 

だが、そんな刹那の心を解してくれないのは当たり前で、怒るようにジェーンは言いながらもイカの腑煮込みを掛けたご飯を頬張る。

 

「ポテンシャルって……別に頼りにしていないわけじゃないって」

 

実際の所、ジェーンのアーチャーとしての能力値は高い方なのだろう。サーヴァントユニヴァースなるよく分からん所から来ただけに、『本物のカラミティ・ジェーン』ではないのだろうが。

 

それでもそのチカラは紛れもなくわかるのだ。

 

「そうじゃなくて! ワタシと絆を深めていけば、違った霊基のワタシに出会えちゃうんだよ♪ 例えばセイバークラスの霊基を得れば、切り裂きジェーンなソードカラミティに!」

 

「「それ違うカラミティだろうが!!」」

 

そしてジェーンは、白鯨の方である。どうでもいいことだが。

 

「ビーストの霊基を得れば、マシュマロ以上のデンジャラスビーストなビーストカラミティ(バクミティ)に! ブルーの霊基(?)を得れば、通常の二倍の攻撃力を持ったブラウカラミティに!」

 

「銃ではなく、乳房が4つになるとか物の怪の類になるつもりか、ジェーン」

 

お虎の中でのブラウカラミティ(魔改造災厄)のイメージはとんでもないものであることが暴露された瞬間であった。

 

「そして―――飛行及び飛翔を可能とするサーヴァントが多数在籍するランサークラスの霊基を得れば!!」

 

ジェーンの演説はとてつもない熱を帯びていき、夕飯を食べる速度もフェステニア・ミューズ(?)並になる。

喋りながらメシを食うな。と嗜めるべきかと思いつつも、この際だから最後のカラミティを聞こうと想って、そのままにしといた。

 

そして―――。

 

「マスターをバリバリ応援しちゃう。最強にCUTE&SEXYなチアリーダー♪ エールカラミティになっちゃうんだからネー♪」

 

「「「前フリが何一つ掛かっていない!!」」」

 

どっから出したのかポンポンを持つジェーン。『YEAHー♪』と言ってくる。確かに『跳んでる』が『飛んでない』。どうでもいいトンチを考えてから思考を巡らす。

 

今さらながらこんな風な英霊までいるとか、サーヴァントユニヴァースってなんなのさ。そこにいるお袋っぽいサーヴァントとか、色んな意味で刹那を困惑させるのだが……。

 

「そんなにまでもダメ? マスターセツナんのことを応援するのは迷惑?」

 

いきなり『うるっ』という眼で見てくるジェーンに『弱くなる』。俗にうるうるポーズという拳を2つアゴ近くにやるものをしてくるのだから……。

 

「め、迷惑じゃないです……色々と応援オナシャス」

 

「ナンデそこで、強く出れないのよっ! けれど―――本当にソンナこと出来るの?」

 

「ソレは後々のお楽しみ。そしてユニヴァースの脅威……スペース新陰流のあとに出てきたプロフェッサー・スペースエレガントとの対決のためにも……」

 

「ためにも?」

 

何だか脅威の存在を語るジェーンを促すお虎。戦の匂いに敏感な武将であるが。

 

「マスターにはワタシと絆を高めて、霊基を強化してほしいのデース!!! 具体的にはチアリーダーのキング。チアキングになるぐらいに!」

 

「きみのぞっ!!」

 

「中の人が変わっているではないですか」

 

普通はクイーンなんじゃないかと想うも抱きついてきたジェーンを押しのけられず、その柔らかさに酔ってしまう。お虎のツッコミも何だか遠い。

 

「うにゃー! セツナの酒池肉林の相手は、妲己な声(?)のワタシだけよ―――!!」

 

言いながら背中に抱きつくリーナ。頼むから黙ってメシぐらい食わせてくれと思いつつ、それでも……その柔らかさに癒やされるのだった。

 

 

 

そんな騒がしい夕飯時とは違い、静謐を宿した場所においても夕飯は行われていた。

 

そんな言葉少なな家族団らんの中で衝撃的な発言が飛び出した。

 

 

「好意を抱く男性を見つけました」

 

その言葉で父が呻き呑み込んだマーボーを吹き出しそうになり、母が『あらあら』と少しだけ嬉しそうな顔をするのだった。

 

「その男……共産主義者ではないだろうな?」

 

「特に私の信仰に対して物申してはいませんよ」

 

「そうか、付き合うのか?」

 

「さて、付き合えるかどうかはまだ分かりません。何せ、彼女持ちらしいので」

 

「パパはそういう恋愛はよくないと思うな。クラウママとて同じ意見だろう?」

 

「カレンちゃんが好きだと言うならばいいと思うわ。キレイさん。ダメかしら?」

 

笑顔を向けながらの妻の答えに『言峰綺礼』は悩む。娘の恋愛という父親にとっての難事が、赴任地である日本……綺礼の故郷で発生するとは想っていなかった。

 

(これならば女学校に通わせるべきであった)

 

上の方から下された命令の性質上……仕方ないのだが……

 

「まぁいい。カレン―――パパは積極的に応援出来ない。そのような恋愛は―――。だが……例え付き合えることになったとしても多くの人を悲しませないようにしなさい」

 

そんな風な戒告をするも。

 

「お父さんには、私のダーリンは紹介しません」

 

そんな言葉で、少しだけ邪険に扱われるも……。

 

「ただ、それでも本当に連れてきたときには、ちゃんと向き合ってくださいよ」

 

「カレン……」

 

少しだけ赤くなった頬のままに、将来のことを語る娘に―――。

 

(絶対に我が友『ジェームス』の如く、『キミのような男に娘はやらん』と言ってやろう)

 

そして、そのままに『絶招』を叩き込んでやる。黒鍵を撃ってくれる。

 

娘を持つ父親が陥る悩みに至っていた神父は、今回の任務を下賜してきた枢機卿を少しだけ恨みに思うのだった。

 

「カレン、その男の子の名前はなんて言うんデスか?」

 

「西城レオンハルト先輩です。お母さん」

 

西城レオンハルト(エンチャンター・シロエ)―――その名前、例え地平線の彼方に消えたとしても、しかと覚えたぞ!)

 

無言での宣言に埼玉住まいの男が少しだけ『ぶるり』と震えたりしながらも―――各々にとって貴重な2日間の休日の後―――遂に、魔法科高校の授業は始まりを迎えて。

 

 

 

「それでは―――授業を始める―――」

 

 

伝説の教師の授業も、この世界にて始まりを告げるのであった……。

 

 



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第312話『ロード・エルメロイⅡ世の授業Ⅰ』


前話は、色々と計画通りであった。(ニヤリ)

いずれクラウディアさんも、何かの縁で英霊化してラスプーチンな夫を止めるなんて展開で

エミヤ一家に対抗する意味でコトミー 一家も。カルデアに集結してもらいたい

タイころ、タイころアッパーをやっていた身としては、本当にそう想うわ。全くハルトモ先生と菌糸類の偉い人には頭があがらないぜ(え)

そしてジョージさん……今は、ちょっと真綾さんはパワーを出し切っているので、きっと『守ろう』と必死なんですよ(必死)。その結果、ジョージさんにダ・ヴィンチが当たらないという――――――何を言っているんだ。俺は(爆)

何はともあれ、遅ればせながら、本当におめでとうございます。


そんな感じで、新話――――――ではないですが、お送りします。



 

 

 

 

その日は全てを変えた日だった。

 

一人の生徒が魔法の学校の制度に疑問を持ってから動き出した記念日(アニバーサリー)。能力主義制度という網目の粗い「篩い(ふるい)」にかけられて、編み目から落ちた人々を、石ころとしてきた現状に疑義を持ち、『磨き上げることで』玉にするという狙いから「大教室の個人授業」を行って―――一年も経たない内に、またもや「変革」は行われた。

 

生徒……遠坂刹那の授業が入学から凡そではあるが一ヶ月後だったのに対して、その「変革」は、入学初期から始まった。

 

魔工科という魔法のテクノロジストを新設した魔法大学付属第一高校に作られた、もうひとつの学科。

 

『現代魔術科』=アルス・ノーリッジ。

 

英語で知識・叡智・学識・認識。はたまたイギリスのノーリッジ地方を冠したともいえるその名前が、入試まで凡そ一月もない魔法科高校の受験に『大きな影響』を与えることとなった。

 

 

「思うに、たかだか『一人の講師』の有無程度で、ここまで妙なことになるならば、いっそ中央集権的にやってしまった方が良さそうなのだがな。そもそも、有力魔法師の子女・子息の大半は、『領地』がどこであれ『TOKYO』の魔法大学に進学するのだろう?」

 

時計塔式の授業ではないことが、先生としては大いに不満なようだ。そもそも学びたいと思っている連中を『制限』したい気持ちはないのだが、先生個人や学校にしてもキャパは定まっているのだ。

 

「まぁ不合理極まることだとは思いますよ。ですが、その辺はお国柄としか言えません。言うなれば、領主たちはローマの策略によるサクソン人の民族移動を防がなければならないわけです」

 

「そう言われてしまえば、納得せざるをえんな……だが―――」

 

「別に『先生』のせいで混乱が起きたわけじゃないでしょ。気に病まなくてもいいと思いますね」

 

「むぅ……やはり複合霊基に『天神さま』がいるからか、気にしてしまうのかもしれんな」

 

それ以上に『生来の気質』だろうなと『生徒』は考えて、2月の1件にて『召喚されたサーヴァント』に苦笑してしまう。

 

結局の所、『生徒』……遠坂刹那が、この世界にて流布しまくった目の前の『サーヴァント』の尾ひれ背びれつけまくった伝説(概ね事実)の全てが、受験生たちを混乱に陥れたのは事実だ。

 

結果的に、刹那の『大先生』が1高で教鞭を執るという、どこから漏れたかわからぬ情報の全てが、一高に志願者を集中させて、既に他の魔法科高校に志願書を提出していたものですら、そちらに志願書を提出すべく、あれこれと混乱が起きて―――。

 

刹那の授業を受けて、人材育成のために九校全てで新入生を200人を常数として、それ以上の定員を設定していたというのに、魔法教育史上前代未聞の一高以外『定員割れ』という事態が起きたのだ。

 

2科制度を導入している1・2・3で言うところの『1科』に入れる能力値の人間ですら、『ノーリッジ』に入るべく、一高に志願を出してきたのだから、その混乱たるや驚くべきものだ。

 

わざわざ『希望学科』という記入欄がないというのに、名前の横に『ノーリッジ志望』『エルメロイ教室希望』という記述まで出てきたときには、刹那達95年生の学年主任である百舌谷は胃をきりきり舞いさせて、魔工科の主任であるダ・ヴィンチに至っては、腹を抱えて『ゲラゲラ』笑う始末。

 

結果的には、一高で弾いた生徒を、定員に達するまで、二次募集、三次募集―――ところによっては四次募集という形で拾い上げなければいけなくなり、全魔法科高校の在校生、教職員が『ひーこら』したという顛末なのだった。

 

そして今日、その多くの人間たちにとって狙っていた授業が始まりを告げるのだ。しかし、今のところ(now time)受けられるのは一高の『2科生』のみというのが、違う魔法科高校の面子から不満をため込む。

 

「まぁ、今日の授業でなにかしら成果が出なければ、総スカンでしょうけどね」

 

「だろうな。だが、ここに至るまで見てきた入試の様子。CADという魔導器と『人間』との整合性。現代魔法という術式の特徴……同時にお前が今までやってきたことを踏まえれば―――問題ないだろう」

 

その言葉は自信に満ちている。というよりも、『なんでそんな訳のわからん道程を踏んでいるんだ』という憤りと呆れにも似たものを感じる。

 

(ルヴィアさん、カウレス(あに)さんも、そんな感じだったらしいからな……不便そうにしている生徒は見捨てておけない)

 

そんな感想を内心でのみ漏らしながら、かつての『執務室』の内装を模した部屋。机にてキーボードをタップすることで様々なデータを精査した『先生』は、それを閉じて、立体的な画面を全て消す。

 

―――『時間』であると認識したようだ―――

 

「ライネスとクドウ君は―――」

 

「義兄上――! 時間だぞ―――!! 今日から数週間は私との合同授業共同作業だ!! 石を玉に変える孵ると時計塔で言われてきた、我らの真骨頂を披露するぞ!」

 

テヘペロなどと、時代遅れも甚だしいものを作りながら迎えに来たあくまの一人と、その後ろにいるリーナの姿に師弟は諦めた。

 

「だそうです……」

 

「そうか……」

 

もはやあきらめムードで、プチデビル(若干、年齢高め)の来訪にため息を突いた先生は立ち上がる。

 

「―――行くぞ」

 

端的な言葉。だが、どこに向かうかは今更な話。そして紡がれる言葉は、多くのものを高みへと誘うもの。

 

無論、どんな人間でも―――なんて言葉は使えない。ただ一つだけ言えることは……。

 

(『先生』の教導は、出来るやつでも出来ないやつでも、『窮屈な思い』をしている連中の頭を解きほぐすものなんだから)

 

固定観念を突き崩すとでも言えばいいのか、そういった風な人間である。

そんな中、リーナは少し面持ちがこわばっている様子だった。

 

「ナンダか、ワタシの方がキンチョーしちゃうわね……」

 

「まぁ教師補なんて役職は、初だし。それに関しちゃ俺も同じだよ」

 

「ソーじゃなくて! 何ていうか……人類にとって偉大なる一歩の生き証人になるというか」

 

アームストロング船長みたいなことを言うリーナだが、まぁ気持ちは分かる。

 

一向に増えない魔法科高校の講師という職業に対して、百山校長が、あちこちの役所(文部科学省、防衛省)を丸め込んで、都議会や国会議員に様々な『忖度』をした上で放った手は概ね3つである。

 

ある意味、禁じ手ともいえるものは大別すれば3つ。

 

1つ目は、魔法技能を持ち実技及び理論に精通した人間であれば、魔法科高校の講師として登録することが出来る。

 

これは、ダ・ヴィンチや『ウェイバー先生』『ライネス先生』など、『どこからともなく現れる存在』を講師として登壇させるための一手であった。

防衛省としても、今のところはないだろうが、戦場恐怖症などPTSDになった魔法師の軍人の再就職先として、そういった保険は欲しかったようだ。

文部科学省は、少々事情は違うが、利権がらみのことだろう。

 

2つ目は、昨年度から始まった遠坂刹那の主催するレッスンによって魔法能力の開花が見られたものたちが多い。

特に適性検査を受けた上で中学時期において魔法塾で伸び悩んでいたものたちが、刹那のレッスンで『なにか』を見出していったのだ。

 

―――すなわち生徒総数の拡充であった。

 

これは、魔法師の人的資源を多く持ちたい日本政府としての意向にも沿っていたのだが……同時に、遠坂刹那という外国人によってそれが齎されたことが、色々と疑念をもたせていた。

 

2つ目に掛かることが3つ目の手によるもの。即ち―――。

 

「生徒によるコーチング制度。まぁ郷中教育だよな」

 

実技優秀者による下位生徒に対する教導。これは本当に『早期』にやるべきことだったと思う。それをする前に、妙な制服の校章の有無による差別の常態化が起きてしまい、そうなったのだ。

 

「アリだと想う?」

 

「魔術師的な考えで言えば、権謀術数による裏切りもありえるんだろうが……」

 

どちらかと言えば、魔法師は研究者・探求者として極まってはいない。同時に、その方向性というのはアスリート的なものがある。

 

「時にプロのスポーツ選手が子供たちに指導を行い、私塾などを開設するのは己の銭を増やし、競技人口を増やすということもあるが、それ以上に己の中での基礎を見直すという点もあるからな」

 

「つまりクセを矯正するということ?」

 

「特に陸上・競泳選手は、そういうことが多い。1分1秒を地道に縮めていく過酷な競技だからな。フォームチェックはセルフだけじゃなくて、他人に教えることで気づけることもある」

 

リーナの質問に返しつつ、その他にも囲碁・将棋の研究会や門弟制度もまたそういう点がある。結局、魔法も未だに手探りでの発掘が成されているならば、そういったことは必要なのだ。

 

ちなみに刹那はゴキゲン中飛車派なので、居飛車穴熊の達也とは、すこぶる戦型で意見が合わなかったりする。

 

「要は、一人前・プロフェッショナルになるには、どちらかだけが一方的に甘い汁をすする関係であってはならないんだね。持ちつ持たれつというのは、世の中を円滑に動かす原理なのさ」

 

こちらの会話を聞いていたライネスが、振り向きながらそんなことを言ってきた。まぁその通りなのだが……。

 

「先生をロードの地位に縛り付けたアナタが言うか」

 

面白がるような笑みを浮かべている、刹那の『直接の師匠』に言っておく。

 

プラス『借金』と源流刻印の修復―――なんか奪いっぱなしのライネス先生が言うとアレな気分である。

 

まぁ刹那の生きていた時代には、概ねの目処が着いていたような気もするのだが……。

 

「仕方あるまい。そしてそれを見事、成し遂げた暁には―――義兄上の魔弾を放つ時はへっぴり腰の下半身の、熱いリビドーが私に向けられて―――だ、だめだぞ義兄上! シロウの料理で、発育不全気味だった私の体が年相応になったからといって、あんなことそんなことしようだなんて!!!」

 

真っ赤な顔で自分抱きをして、恍惚の顔で身悶えするライネス(司馬懿)の姿を見て―――。

 

「さっ、ライネス先生が、自分一人だけの世界にイッちゃってる間に行くぞ。教師補2人」

 

「「Yes Master Elmelloi」」

 

「無体に過ぎるぞ義兄上―――!! も、もしや現在、義兄上に憑いている孔明は、クラブハウスで踊ったり、レコードディスクをスクラッチしているパリピな孔明なのではないか―――!?」

 

そりゃどんな孔明だと思いつつも、『はわわ〜ご主人さま、敵が来ちゃいました!』という可愛らしい孔明もいるのではないかと『夢想』した時点で、刹那の隣の『恋姫』が、満面の笑顔で足を踏んづけてくるのだった。

 

ともあれ、そんなこんなありつつも、今年度の新入生、去年までならば俗に2科生と称されていたものたちが集まっている大教室に向かう。

 

一高の採ったノーリッジ新入生は400人、1科定員100名というところを変えずに、それだけの数を採ったのは、やはり最前線であるという自負と、2年次での魔工科への転科人の確保も見据えてのことだろうか。

 

大教室にいる400人の新入生全ての顔を見る。不安・期待・疑念………全てが綯い交ぜになっているそれは当然のものだ。

 

そして、400人の新入生以外に『監視役』が最後列に居たりする。

 

その内情としては、他校の教師や魔法大学関係者。

 

(俺ならいざ知らず、先生の授業でこれを寄越すとはな)

 

内心でのみ嫌悪と敵意を示しつつも、それでも羽織っている制服、かつてのエルメロイ教室が『誇り』と掲げたものを汚すことは出来ない。

 

壇上に上がる『先生』の、その厳かな態度に誰もが息を呑む。決められた位置に全員が就くと、先生は口を開いた。

 

 

「さて、自己紹介は必要ないと思われるが、セカイにおいて個人を認識する上で、挨拶というのは必要なものだ。ここにいる400人、全ての『名前』を電子的に認識出来ていたとしても―――そんなものは上っ面にすぎないな。真に人を認識する上で、セカイに己を『照応』させる上で、名前は―――必要なものだ」

 

その言葉の意味を、深い意味を、まだまだ全員は認識出来ていない。

 

己を照応させられていない。だからこそ、誰もに言わなければならないのだ。

 

『ご唱和ください 我の名を!』と。

 

それが分かっているのが、先生なのだ。

 

 

「―――改めて名乗らせてもらおう。私が『ロード・エルメロイII世』こと『ウェイバー・ベルベット』だ」

 

 

その言葉に少しのざわつきが出るも、真っ直ぐに全ての『生徒』を見ている視線が、それを収める。

 

 

「キミたちの教導役を仰せつかった以上、私の生徒になった以上、最初に言っておくことがある」

 

 

やはりこのヒトも自分たちを劣等生と言ってくるのか―――そんな不安を覚えていた人間たちは、直ぐに破顔させられてしまうのだった。

 

 

「私の教室に籍を置くからには、自分がなすべきこと、やるべきことは嫌でも考えてもらう。

たとえ、その結果が私と反目するものであったとしてもだ。例を上げれば、1科生に繰り上がりたい。アルビオンの発掘人になりたい。他を圧倒する超人になりたいだろうと、『歴史の英雄』たちに肩を並べたいだろうと……」

 

その言葉に誰もが、『ハッ』とさせられた。だが、そんなことを夢見るほど、魔法塾ではいい扱いを受けてこなかったのだ。どうしても『劣等感』コンプレックスを感じてしまっていたのだ。

 

しかし―――。

 

「やりたいこと、成し遂げたいことがあるならば、私でもライネスでも、そちらの先輩2人でもいい。誰かに聞き、そして学べ。惰性で楽な方に身を任せているだけならば腐るだけだ。そして覚えておけ。無気力な選択(それ)は、私の生徒には最初に禁じていることだ」

 

その言葉は魔法の呪文のように、400人のノーリッジ生徒たちに染み透るのだった。

魔法師であるというのに、そんなことを考えてしまう現実に何故か涙が出てしまう。

 

それらを見たあとに……ロード・エルメロイII世は言葉を紡ぐ。学ぶ機会を失ってきた人々に『魔法』を掛ける時が来たのだ。

 

「それでは―――授業を始める―――」

 

 

そして、魔宝使いが訪れた世界の『Grand Order』が始まる―――。

 

 

 



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第313話『ロード・エルメロイⅡ世の授業Ⅱ』

 

 

 

「私も刹那も『古い』人間であるとは自覚している。そのうえで忌憚なく言わせてもらえば―――――――」

 

 

都合50分間もの濃密なまでの講義を一段落させる意味で最後に放たれた言葉。

それは『現代魔法師』たちには痛烈なものとして受け止められたのだ。

 

 

「―――キミたちは特殊なバカなのかね?」

 

平素の顔で言ってくるロード・エルメロイII世。ぐさり!! と突き刺さる言葉の剣。それが生徒だけでなく、監視役として寄越されていた他校の教師たちにも突き刺さる。

 

ぐうの音も出ないとは、このことか。

 

50分間の授業の内容は正しく、『現代魔法師』を解きほぐすものであった。

 

正しく現代魔法を『爆破解体』してきたロード・エルメロイII世の授業……それは―――。

 

 

「まず初めに言っておくが、私は諸君を観察させてもらっていた。入試時点からね。そのうえ1科生との差など―――『何処にもない』ということも理解できた。よって、キミたちを1科生相当の魔法能力に上げることは然程難しくはないと思えた」

 

「ほ、本当でしょうか?」

 

一年生の一人。女の子が疑問と期待半分半分で問いかけてきたが、先生は『当然』だと言わんばかりに言ってくる。

 

「ああ、本質的な『力』の希求というものは刹那の担当だからな。そちらではないが……まぁ先ずは座学からだ」

 

そう言ってからロード・エルメロイが手元にある端末を操り出してきたものは、いわゆるエイドスに対する改変論理であった。

 

「諸君らにはお馴染みだろうが、魔法師及び魔術師であろうと、その『式』が打ち込まれるのは、この世界の『表層』ともいえる次元だ。名称に関してはイデアでもテクスチャでも何でもいいが、ともあれ―――我々はその表層に『己の望むもの』を実現するために術式を打ち込む。しかしながら、その際に―――諸君たちは、どうしても「認識」が硬い様子があるな」

 

「と、言いますと?」

 

「自己と他の対象を認識した上での感応力が浅いんだ。意識を集中させることでサイオンが充足する。そこまでは良くとも、サイオンを目的に沿うようにコントロールする際に『対象』に対する意識が拡散している」

 

そこまで言われると何となく理解できることがある。現代魔法というのは、要するにアホほど多くの工程を『対象』に求める『煩雑すぎる術』だ。

 

ただの車輪付きの台座を動かす上でも、摩擦係数やら、停止する際の速度調整だのを考えなければならない。

 

だが、それこそが『超能力者』と呼ばれてきた存在のスキル・アビリティを『マスプロダクツ』する技法だと信じられてきたのだ。

 

「だがそのために、根本的なことを失念している。作業工程は、それはそれで重要なことだが、端的に言えば、『こうなれ』と『念ずる』ことの重要性を無視している」

 

「「「………」」」

 

そう言われても、やはりそれこそが『真理』と言われてきた面々は多いわけで、どうしても受け入れることが出来ないところもある。

 

それを理解したのか、苦笑しながらエルメロイⅡ世は、刹那に手振りで指示を出してきた。

受けて刹那は、どこからかともなく『用意しておいたもの』を教室に出した。

 

出した瞬間―――とんでもない臭気が鼻を突いてきた。それに全員が鼻を抑えてしまう。

 

「く、臭い!! そ、それは、な、なんなんですか刹那センパイ!?」

 

『缶詰』と『壺』を教壇に出した瞬間、生徒からの悲鳴混じりの質問に刹那はイイ顔をしながら答える。

 

「缶詰の方は、現在の世界でも有名な『世界一臭い』と言われている『発酵』食品シュールストレミングというやつだ。壺の方は、俺が自作して『腐敗』させてしまった鮒ずし風調味料だ。へっへっへ! スメルが立ち込めるぜぇ!!」

 

「キャラがヘンよセツナ、というかナンテものをツクっているのよ!?」

 

「いつか食いたいと思って、やはり使うべきはネズミハタだったかな」

 

「それはワタシとの食卓にもノボルのよね!? 食べたくないのダケド!」

 

臭気が立ち込める中でも平然とラブコメをする先輩2人(鼻はつまんでいる)に対していろんな想いを抱く新入生たちだが、その片方で気づくものもいる。

臭気に鼻をやられてしまったからこその閃きとも言えるか。生存本能が導き出した結論が出てきた。

 

 

「発酵と腐敗。この似て非なるものの結果とは――――」

 

「食えるものか否か……つまり―――」

 

「ああ臭い!! つまり同じように『熟成』するという工程を踏んだとしても、起こる結果は『真逆』になるということ! ああ、臭い!!」

 

悲鳴の中でも出てきた結論に満足して、先生の合図で、刹那はそれを『魔眼』で作った『虚数空間』に閉じ込めた。

 

「臭気を取り払ってくれるか?」

「「了解です」」

 

流石に、このまま授業を続けるのは嫌だったのか先生の指示に従う。

 

「ご覧の通り。仮に『魔法』を使ったとして、果たして望んだ通りの結果を出せるのかというのは、甚だ疑問だ。発酵と腐敗の差など『専門家』であれば微生物云々であるなど言えるだろう。しかし『素人』である我々では知り得ない『理屈』だ。転じて私が想うに、四系統八種の区分けなど、ただ単に煩わしいだけな気がする。『起こすべき作用』で『術式』を設定するならば、それを想起させるべきイメージは、もう少し単純なものから『連想』させるべきだ。何一つ『照応』しない理屈だけを詰め込んだとしても起こる事象は、本人の力任せなものでしかない」

 

それはつまり―――。

 

「優秀な現代魔法師は、形を変えただけの『超能力者』でしかないんですか?」

 

生徒の一人の質問にエルメロイ講師は答える。

 

「私はそう思うよ。術式の簡易大量生産という観点を志したというのに、作用させたい現象が、煩雑になればなるほど本人の力任せにしかなり得ないならば本末転倒だろう」

 

だが、時に魔術世界でもそういった存在は出る。今、苦虫を噛み潰したような顔をしている先生の脳裏には『天才バカ』の阿呆面が映っているはず。

 

そうしてから―――。

 

「だが術現象を発動させる上で、本人の『地力』が重要になるというのも真理の一つだ。しかし、認識力とサイオンのコントロールを効率よく、無駄なく『感応させる』ことが出来れば、自ずと『結果』は違ってくる。世界と己は照応するはずだ」

 

その言葉を一旦のシメとしてから、役目が若干入れ替わる。

金髪の美人女教師―――見た目通りならば新入生たちと歳は離れていない青色の洋装の人が出てきたのだ。

 

 

「というわけで、座学は一端ここまで、次は実践に入ってみようかー。刹那クン(山田くん)、例のものだして」

 

「はい♪ かしこまりました―――って無理矢理なルビ振り! そして笑点知ってるとか、アンタ本当にイギリス人か!?」

 

「実は歌って(歌手)喋れて(ラジオDJ)、連続テレビ小説にも出演できる超有能声優『INORI MINASE』(いのりん)かもしれんな♪」

 

ドヤ顔で髪をかきあげるライネス先生に誰もが何も言えないでいると。

 

「ワ、ワタシだって歌って(歌手)喋れて(芸人)、高垣彩陽(?)に良く声真似される超マルチボイス声優『YOKO HIKASA』(ひよっち)かもしれないわよ!」

 

「張り合うなよ……」

 

もう、俺の恋人ってば、やんちゃでおちゃめさんなんだからぁ(爆)などと心の中でのみ刹那はフォローを入れてから、ニヤつくライネスの指示通りに中央に用意された大型の机に『それ』を置いた―――魔術的な『通り』を良くするために、木製のそれに魔法陣を描いた後に、実践用の『スフィア』を置いていくのだった。

 

「はい。みんな集まれー! 寄って寄って!!」

 

ライネス先生の言葉と手振りで400人もの新入生。流石に全員が教壇近くに寄れるわけではないが、それでも多くの人間がやってきた。

 

そして全員が木製の机に展開された球体(スフィア)とその下に描かれた魔法陣に注目する。

 

そしてスフィアには全て何かのカラーとシンボルが描かれていた。

 

 

「では、兄上に続いてキミたちの頭をほぐすライネス先生のはちみつ授業を行おう。現代魔法は確かに『属性』としての『色』が無い。有り体に言えば物理作用全てに『シンボル』を無理矢理付着させているようなものだ。

しかしながら、我々はこの地球という星に生きて、地球という『環境下』にいる以上、全ての事象・現象には何かしらのイメージが存在している」

 

ライネス先生の言葉を継いで刹那が言葉を紡ぐ。

 

「例えば『緑色』を見た時に、『樹木』『草』『森林』を思い浮かべると同時に『安らぎ』『守り』『風』を感じる。逆に『(にび)色』を見た時に『鉱物』『砂』『石』『岩』をイメージするのと同時に、その作用を『頑強』『防御』『硬質』と感じる――――――」

 

この時点で気付いたものも出てきた。魔力を扱ってスフィアを輝かせて浮かせた時点で―――己の頭の硬さと、何故―――物理的な作用を『その通り』に発動させることに拘泥していたのかを。

 

「一概にアニミズム(霊的信仰)もバカに出来たものではないだろう? 何せ我々は宇宙人じゃないのだからな。地球(ほし)にあるものから世界の認識は広がるのだ」

 

「ライネス先生、では我々が現代魔法を達者に操るために必要なのは、イメージの固定化なのでしょうか?」

 

「それも一つだが、それだと単一的な術式だけが達者になってしまうよ。まぁ今はそれでいいが、『拡張』『複合』させるためのものもあるんだ。しかし、今はそれで意識の集中が容易になる―――とだけ覚えておいてくれ。そうすることで術の方向性が定まるからね」

 

言われてみると、確かにCADから起動式を読み込んで魔法式を構築する上で、意識がそれだけになるが……果たしてその際に自分の想起するイメージがあっただろうかと思う。

 

物理現象を正確に淀みなく発動させることに拘泥して、けれどその物理現象には『何かしら』の『イメージ』があるはずなのだ。

 

ものの熟成が『正負』で『発酵』『腐敗』になる。

どちらも現象的には、ものが『熱』を発していくというのに結果は間逆なのだ。

 

食えるか食えないか。という点を除けば同じ現象(熟成)だが、それでも……そこにこそ現代魔法師たちが患っていた陥穽があるような気がしてきた―――。

 

ノーリッジ生徒全員が、ここに来るまでに『予習』して、無為を突きつけられてきたことの取っ掛かりが見えてきた―――その瞬間だった。

 

「いい感じに頭が煮えてきたようだな。手にとるように分かるぞ! キミたちの考えが―――!!『早く実習をしたい』という気持ちがな!!」

 

「「「は、はい!!」」」

 

プチデビルの強い言葉に気の弱い生徒が思わず頷き、昔を思い出して刹那は苦笑してしまう。

 

よって―――次の段階に入る。

 

「一年生の実習というのは、カリキュラム上では、かなり単純なことをやるそうだが、まぁ単位に直結しないならば、ここでやることは―――――好きに魔法を使ってみろ」

 

 

今年度からCADや魔術道具の所持に関しては、一般生徒でも、あまりあれこれ五月蝿く言われなくなった。

 

というのも、去年の4月の大騒動と今年度の2月の『大騒乱』とが、色んな意味で父母たちを緊張させたのだ。結果的に『自衛手段』を携帯させておくとして、それを持つことの特殊性や特異な事情というのは若干薄れた。

 

代わりと言っては何だが、一高全体の土地基盤を利用した『強制法規契約』を施した。

 

霊脈を弄った上で、『一高での魔法・魔術の使用は一定の権限を有する人間の執行判定票を投じることで可能となる』

 

といった趣旨の契約結界魔術を展開することとなった。

 

当然、ガチガチに縛ったものでは、いざという時にフレキシブルに対応できないので―――まぁこれは置いておくとして、ともあれライネス先生、ウェイバー先生、刹那、リーナの『判定票』が投じられたことで、400人の新入生たちに掛けられていたギアスが、この大教室で一時的に解除された。

 

「さてと―――では、思い思いの現代魔法。とりあえず単一基礎系統の魔法を、このスフィア上で起こしたまえ。当然、順番は守りつつ。とりあえず六人ぐらいかな。もう少し広ければ良かったんだが―――さぁ実践だ!」

 

単一基礎系統の魔法。いわゆるコモンマジックの類を発動させろという言葉に、少しだけ戸惑いつつも、六人の男女混合の集団が出来上がり『六角形』の机のそれぞれの角で、重複しないように―――。

 

スフィアを移動させたり、机に圧力を掛けようとしたり、振動をさせたりしようとした―――その時。

 

「―――これは……!?」

「え!? ええっ!?」

 

刹那の用意した『魔導器』、全てに『感応』したことで『応答』を理解した六人全員が―――。

 

考えるな(no thinking)感じろ(feel it)。―――それこそが、キミたちに足りないものだ」

 

―――ロード・エルメロイⅡ世の言葉を受けて、首肯をしてから、その魔導器の上でだけだが……とんでもない事象が起こっていた。

 

「そんなバカな。違う魔法式、干渉の強弱、種類全てが違うものが机の上と空中で『重なっている』のに、それぞれの事象が、独立して『起動』をしている……」

 

本来的に強い魔法式が場にある場合、それと位置で重なる弱い魔法式は『起動停止』になるのが普通だ。

 

エイドス―――最近では『人理版図』(テクスチャ)という単語も出つつある『情報次元』とも『世界の表層』とも称される次元で起きる事象ではありえないはずだ。

 

そう―――現代魔法は、この定義を超えられないはずなのだ。

 

三高から出張する形でやってきた新人女教師 前田 京音(けいと)は、そんな驚愕の言葉を発してから汗を拭っていたのだが―――そんな『常識的な考え』をする大人とは別に子供であるノーリッジ生たちは……。

 

(楽しそうだな……)

 

実際、遠坂刹那が用意した机であり、恐らく魔導器は、どれだけ様々な現象を打ち付けても、『壊れないし』『変化もしない』

 

いや、それは正確ではない。ようは、あらゆる事象を具象化する魔法を放って、現象は起こっているというのに、次の瞬間には机は普通になっているのだ。

 

ノーリッジ生たちは笑顔を零しながら、魔法を掛け合っていく。現代魔法というものが持つ『法則』という煩わしさから解消された様子に京音も、やってみたい想いが出てきたが、親戚であり校長でもある前田千鶴から『勉強してこい』及び『どんなもんだか見てこい』と言われただけに、授業に綻びや瑕疵があるかどうかをチェックしなければならない。

 

……難儀な出張だと想いつつも、400人のノーリッジ生が、講師陣からアドバイスを貰いつつ「ナニカ」を掴んだ様子で得心している風なのが、普通の魔法授業とは違うのだと京音にも理解できた。

 

何であるかは、やった人間にしか分かり得ない。そのことが、もどかしいのだが。

 

―――質問や疑問はあとで受け付けます。授業中の質問は、『生徒』だけのものですので―――

 

強い口調ではないが、それだけは頑として譲らないエルメロイⅡ世の言葉。

 

ついでに言えば……。

 

―――私を呼ぶ際にロードの称号を着けるならば、『Ⅱ世』は必ず着けていただきたい―――

 

それもまた譲らないものだった。難儀な師弟を思い浮かべながらも、全員を席に戻るように促すエルメロイ教室の教師たち。

 

ざわつきながらも全員が着席をして静かになると教壇に戻ったエルメロイ講師はふたたび生徒達に『魔法』を掛ける……。

 

 



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第314話『ロード・エルメロイⅡ世の授業Ⅲ』

 

 

未だに用意された『コクバン』を使わずに口頭と実践だけで授業をしているロード達に、他校の教師たちは少しだけ羨望を持つ。

 

 

 

「今日のところは本格的な実習授業ではなかったが、しかし、私なりに現代魔法を噛み砕いて、その『やり方』を君たちに教授出来たと思っている」

 

アレですらまだ本調子ではないことに、もう驚くしか無い。だが、刹那やライネスなど知っている人間は知っている。

 

ロード・エルメロイⅡ世の本質とは『人間』を見る『鑑定眼』にあり。

ここにいる400人全てが、特筆すべきものを持っているとは限らない。しかし、それでも『人の根底にあるチカラ』を引き出すことは確実に出来るはずだ。

 

隅守(スミス)賢人くん。今日の我々の授業でキミが感じたことを思う通りに語ってみたまえ」

 

「は、はい! ロード・エルメロイII世!!」

 

いきなり名指しと目を向けられたことで驚いた明らかに外国人の血が混じっている男子生徒。三高基準では『なよっ』としたという評価を受ける男子が、立ち上がって語り始める。

 

「僕自身は、魔法技術者を志していて、今まで理論(ロジック)に精通することが、現代魔法の全てだと思っていました……実際、達者に扱える技能者もそうだと思っていましたが……けれど違った。現代魔法の要点とは―――、その上手い表現じゃない。頭の悪い表現かもしれませんが……」

 

前置きが長いな。と思うも、エルメロイⅡ世を筆頭に、講師陣はその辿々しい隅守賢人という男子の言葉を聞き続ける。

 

採点しているわけではない。ただその言葉を聞き届ける―――その態度に少しだけ感心をしていると男子は結論を告げた。

 

 

「現代魔法とは、『勝利条件』や『攻略条件』を達成するために様々なことを『計算』するコマンド選択型の『シュミレーションゲーム』じゃない……選択ないし用意された『ステージ』を『コントローラー』で進み様々な『行動』を取ることで『ゴール』に到達、『ボスキャラ』を倒す―――『アクションゲーム』だと想います……」

 

その言葉を聞いたあと――――――。

 

 

「「「「”正解”(エサクタ)!」」」」

 

講師陣全てが指差しながら、何故かスペイン語で言った瞬間、全員がズッコケるのであった。もう『ズコー』と120年前のリアクションを取らざるを得なかったのだ。

 

「ちなみに言えば隅守賢人(けんと)くんのお母さん(ママン)は、ここの教員だが―――別に『サクラ』ってわけじゃないからいじめるなよ―――♪」

 

「「「はーーーーい♪」」」

 

ライネス教師のおどけた言葉に女生徒を中心に声が上がる。

 

時折、ユーモラスなことを混ぜつつの授業……魔法科高校の教員にはないものであると思えた。

 

(同時に『正答』を得ていた生徒を見抜いていたのか)

 

その手腕に京音を舌を巻く想いだ。そして現代魔法に対する回答が出てくる。

 

「メカトロニクス―――いわば機械工学が、古き時代の手作業技術を簡便にすることは時代の摂理だ。かつてはマニュファクチュア(家内制手工業)と呼ばれてきたものが、徐々に大規模工場に人を集めての労働に変わっていく―――しかしながら、どうしても普遍のものがある。

それは、最後には、どうあっても『人の手』が必要だということだ」

 

現代社会(2096年)においては、ある程度はAIなどに任せてもいいところもある。しかし、それを起動・作動・させるには、人の手が必要であり、人の目で不具合があるかどうかを見なければならない。

 

要は、世の中の産業がどれだけ便利になったとしても、一定程度の人の手が無ければ、不測の事態には対処出来ないのだ。

 

「同じく現代魔法もそうだ。如何に多くの触媒を必要としなくなったとはいえ、CADなどアシスタンツに調整を施したところで、『ヒト』は機械(マシーン)のようにはなれない。どうあっても『ゆらぎ』を持った存在―――それがヒトだ」

 

沈黙。だが、その言葉は重さを伴いながら続いていく。

 

「各々が持つ内部世界―――すなわち魔術用語で言うところの『心象風景』が、違うならば、そこで展開した現代魔法の作用もまた『ゆらぎ』を含むものだ……その『ゆらぎ』を無駄なものとして、捨ててしまったことが、不幸の始まりとも言えるか」

 

ため息を突きつつも、次いでライネスがⅡ世の後を次いで説明をする。

 

「量子力学の世界でいう量子のゆらぎに代表されるように世界は全て『揺蕩っている』。同時に物理学ではこんな言葉もあるだろう。

『世界は人間に見られることで、生み出されている』

魔術師的な価値観で言えば『第二』に通ずる理屈だが、まぁともあれ―――ここまで言えば分かるかな?」

 

ここに至るまで、さんざっぱら言われてきたことを総括すると―――。

 

「現代魔法において、本当の意味で重要視すべきものは、理論・理屈ではない。ましてや術式構築の速度・強度でもない。自己と世界への『認識力』の強化。これに尽きるんだ」

 

「け、けれどロード。それが―――そんな簡単に出来れば、何も苦労はしていません―――」

 

簡単に言うが、それが出来ないからこそ自分たちは2科生でしかないというのに……。生徒の一人―――何だか委員長的な男子が、焦った様子で問う。

 

だが再び明朗な答えが返る。見学にきていた他校の教師達は「かんにんしてつかぁさい」という言葉を言いそうになる。

 

「だからこそ―――先に語った『シンボルとカラーが要点となる。仮に『四系統八種』の物理現象にコントロールしやすい『イメージ』が、あるというのならば、それをすればいい。それは―――各々で『違ったもの』があるはずなのだからな」

 

「―――あ」

 

質問をした生徒が絶句する。

 

そうなのだ。つまりはそうなのだ。

 

世界はもっと――――――多様性(ダイバーシティー)多種性(バラエティー)を以て当然なのだ

 

 

「―――移動魔法という言葉を受けてそれが即座に『人体や物体』を指定座標に『吹っ飛ばす魔法』である。などと『理解』が及ぶものばかりだろうか? 試しに魔法に明るくない一般の人々に聞けば『術者が超スピードで移動する魔法』などと仰られるのもいるだろうな。

言葉・言語上で分類された『物理作用』に対して、果たして『誰しも』が、そこまで詳らかなイメージ―――特に共通したものを持てるだろうか? 無理だろう。人の感性とは、それぞれで違うのだからね」

 

こんなことを言われては、どうしようもない。一端、言葉を句切ってからロードは話を続ける。

 

「同時にキミたちもまたそこまで、世のことを知っているわけではないように思える。例をあげれば、蜃気楼の発生のメカニズムを一切分からない不明な人間に講釈出来るか? だがそういう魔法を発生させる上で、現代魔法師たちは、さもそれを全知したとして発生させようとする……達者に出来る奴だからと、果たしてそこまで理論を分かっているのか、少々疑問だね」

 

 

反論の言葉はもはや出ない。先程の魔法実践で、魔法式の重複が『無かった』ことを考えれば、もはや―――理解は出来る。

 

「ゆえに先程、ライネスが行わせたシンボルスフィアと魔法陣によるイメージからコントロールする道標が重要となる……―――あれこれ詳しいことは次回に回すとして結論だけを述べれば―――現代魔法に必要なものは、『認識力』(アワーネス)『想像力』(イマジネーション)。そして最終的には、機械からではなく己の体から魔法式を投射するという観点から、『身体支配』。(じぶん)を自覚した上での魔法式の発動が重要となる。

観念的な結論だけでは分からないだろうが、あえて言わせてもらえば―――CADからの直接的な式の投射でないならば、最後の要たる己の身体(ねもと)を理解する必要がある―――機械に己の全てを任せるな。その手で、指を操って魔法を放つというのならば、やはり生身の体は重要なファクターなのだ」

 

全員が絶句して、そしていままで『こんなこと』を言ってきた教師・講師はいなかったことにも気付かされた。

 

市井に開かれている魔法の公立塾。多くの魔法師としての適性が見られた子たちが通い、はたまた裕福な家庭の子供ならば、優秀な魔法の家庭教師なども小さい頃から着けるだろう。

 

だが、その全ての魔法教師たちが……。

 

『こういった『公式』だから、この結果だけ(・・)を導き出せ。この『結果』以外は認めない』

 

『この物理現象は、■■■だから、こうなる。このことを『再現』しなさい』

 

『理屈を無視した現象は合格に値しない。魔法は理屈・理論を正しく引き出せるものだ』

 

そういう文言ばかりを『念仏』のように言ってきた……まるで、魔法師は魔法を発動させる『機械』であれと言わんばかりに、理屈と理論だけを詰め込まれて、それが『どうしてそうなるのか?』がお座なりになっていたのだ。

 

明確な現象を知らないのに、言葉上での作用―――移動、加速程度ならばともかく吸収・発散・収束が『どんなものであるか?』それすら不明瞭な人間ばかりなのに、それをやれと言われたところで、不透明なままに魔法が発動してしまう。

 

結果的にそれらは、優れた人間からすれば劣ったものになり、ここにいる人間や卒業生・在校生のノーリッジ生たちは劣等生扱いになってしまったのだ。

 

「私も刹那も『古い』人間であるとは自覚している。しかし、その術の根源は閃きと術に対する理解力・想像力であると理解している。

普通いちばん最後に、理論構築(理屈詰め)をするものだが……そのうえで忌憚なく言わせてもらえば―――――――」

 

一旦区切ってから全員を見回してくるロード・エルメロイII世は―――。

 

 

 

「―――キミたち(現代魔法師)は特殊なバカなのかね?」

 

 

 

ぐさり! と『現代魔法』を主に使う人間達の心に言葉の剣が突き刺さるのだった―――――とはいえ大ダメージを食らったのは、この授業の見学である他校の教師や魔法大学からの人間であるのだが……。

 

その様子に苦笑してからロードは再び語り始める。

 

「だが……そういう『バカ』ばかりを私は見てきた。私が羨ましくなるほどに、喉から手が出るほどに輝かしい才能を持ってるくせに、妙に格式張って、己が作った狭い檻の中で、窮屈な想いをしている連中(バカ)をな……」

 

『『『………』』』

 

昔を述懐するように、同時にどうしようもない劣等感を告白するエルメロイⅡ世に全員が沈黙した。この人も最初から、そうだったのではない。

むしろ、自分たちと同じだったのだと……。

 

「全ての人間が望んだ通りになれるとは限らない。だが、やれること。やりたいことをやらないままでいる人間を私は許さない―――。

何かに流されるな。最果ての海へと続く道を手にオールを持って己で漕ぎ出せ。光の中に隠れたヒカリを探す旅は、まだ始まったばかりなんだ。

そのための羅針盤程度には私の授業が役に立てばと思っているよ……では今日の授業はここまで」

 

きっちり50分間でノーリッジ新入生たちの頭を解した先生の言葉で予鈴が鳴る。

 

「「「「ありがとうございます!! エルメロイ先生!! エルメロイ教室の先生方!!」」」」

 

昔ながらの『起立! 礼!!』の如く全員が席から立ち上がり、深い一礼をしたことに苦笑しながらも、ロード・エルメロイII世とその補佐役は教室から余韻を残さずに去るのだった。

 

その後には大教室には大きな声が響いていく。『あれだけのこと』をやって生徒たちが浮かれ騒がないわけがない。

 

今までどんな熟練の魔法講師ですら明確な指針が出せなかった人間たちに出したものが、歓喜の声を上げさせるのは当然だ。

 

「………」

 

そんな生徒たちとは別に、驚愕ばかりをしていた関係者たちは、その生徒たちを避けながらエルメロイ講師の教師控室へと向かうのだった……特に先頭を走る三高講師である前田京音は聞きたいことが山ほどあったのだから……。

 



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第315話『SPY×STUDENT』


色々とスゴイ鯖たちが勢揃い!!  なんたる領域!! なんたる僥倖!!(え)


まぁまだ入れていないんですけどね。あと今年はきっと島本先生がシン・ウルトラマン関連でまた同人誌を三冊ぐらい新刊出すと読んだ!(憶測)

けど島本先生はウルトラマンよりもライダー派だから、そうでもないのかな?

なんか夏場を想像しつつ久々の新話お送りします


 

 

職員室とは違う講師室に戻ってきたエルメロイの一派だが、戻ってきて一番に主任講師たる男は、懐のシガレットケースから葉巻を一本取り出して、咥えてから火を点けた。

 

煙を吸い込んで、そして馥郁たる芳香を満たしてから吐き出した講師『ロード・エルメロイII世』は……。

 

「授業が滞りなく終わるということが、ここまで健やかな気分をもたらすなんてなぁ……」

 

しみじみとそんなことを感慨深く言う先生に…よほどお袋世代は問題児ばかりで、先生の手を煩わせていたんだなと感じてしまう。

 

「いや、アナタだってそんな感じだったと記憶から知っているわヨ」

 

「セツナ、クドウくんにそんな所まで見せているのか? カッコつけのお前の割には、随分とさらけ出しているな?」

 

自分の時計塔時代というのは、色々とアレだったことを知っているライネス先生のツッコミに対して至極真面目に答えるのだった。

 

「自分の最愛の人には、全てを知っていてもらいたいんですよ」

 

さらけ出さずにいることが、どういうことを招くのかを理解しているので、そういったことは避けたかったのだ。USNAでの一件……『プラズマリーナ触手の危機』で、それを思い知らされた。

 

という説明を詳しいところを省きつつ、ライネス先生に言ったのだが……。

 

「その割には、お前。クドウくん―――リーナ君に、オルガマリーという年上の彼女がいることは長々と伝えていなかったそうじゃないか」

 

「そんな生々しいこと初対面時に言えるかっ!!」

 

「アーア、ワタシってば、ダーリンからカ・ク・シ・ゴ・トされちゃっていたわけネー、色々とショック~」

 

話から察するにこの『あくま』―――わざとらしく落ち込むリーナに余計なことを言ったなと察する。打ち合わせしたかのような、女同士のやり取りに頭を痛める。

 

おにょれ。ライネス・エルメロイ・アーチゾルテ!

初弟子の身分ではあるが、色々と憤慨せざるを得ないのだ。

 

とはいえ、先生に今回の授業の所感を聞くことにする。

 

「先生、今期の2科生はどう思いましたか?」

 

受けて、ウェイバー先生は少し考えつつも答える。

 

「そうだな。まだまだ見えていない生徒は多いし、あからさまに『異常』な面子もちらほら見受けた。だが、どの生徒も何かしら非凡な才能があると見えな……」

 

「ソウナンですか?」

 

「オールマイティであることを優先される魔法師の世界とはいえ、己の得意手(スペシャル)が無ければ、どうしてもどこかで躓く―――逆に言えば『得意手』から他の分野への持ち越しも出来る」

 

リーナの素朴な疑問ではあるが、それはどんなプロフェッショナルでも一度はぶち当たる壁だ。

 

スランプとか新たなる自分を導く。そういう時に、自分の分野ではないことをちょいとやることで、何かの『気付き』『ひらめき』を得られるのだ。

 

日本のプロ野球選手が、シーズンオフの際に習った合気道の心得を投球術に利用したり―――。

 

「古武術の動きを利用したテニスプレーで、レギュラー陣に対する下剋上を狙ったり」

 

「伝統歌舞伎の動きを利用した可変飛行機(バルキリー)乗りが、銀河の危機を救ったり」

 

「幼い頃の新人類訓練が究極のモビルスーツ拳法を生み出して、赤い土偶モビルアーマーを倒したり」

 

なべて、道は一つとは限らないのだ。

 

「こ、これがエルメロイクオリティ……いやいや、それでいいのかしら?」

 

とはいえリーナからすれば、そういうことよりもレスのユーモラスさの方が驚きのようだ。

エルメロイ教室の面子が一言発すれば、すぐさま面白いレスをいっぱい着ける連中なのである。

 

「ちなみに義兄上は、若かりし頃にビームマグナムならぬフェロモンビームで、マリーダさん(?)のような女子を射抜いていたという話もある」

 

「その『事件』の際にヤングな先生を見て、ライネス師匠は赤面していたとも聞いていますが」

 

ドヤ顔で誇っていたライネス先生が無言でスネを蹴ってくる。思い出させんなという文句を赤面から読むも―――。

 

早速も変化が訪れる。

 

「皆さま方―――楽しそうな歓談中失礼しますが、門前に一人居ります」

 

トリムマウ……水銀メイドが、自分の指を触覚センサーにして来客を察したようだ。

 

「ドアベル、というか来客を告げるインターホンぐらいあるぞ。何故だ?」

 

先生と同じく自分たちも疑問は多い。流石にあの書類と魔導書だらけの執務室を再現したとはいえ、現代の最新機器はあったのだが……。

 

「ふむ。確か第三高校の前田教師だったか……さて何用だと想う? マスター」

 

「普通に話を聞きに来たんじゃないですかね?」

 

手元の端末を利用してモニターに映し出された美女の姿を見ての、先生―――サーヴァント・キャスターの言葉に推測をした。

 

実際、見学者の中で彼女は一番に眼を輝かせていた気がするのだから……。恐らく個人的に話を聞きに来たのだろう。

 

そこから会談・面談の類だと理解した先生は――――。

 

「よし。刹那、リーナ―――キミたちは次のカリキュラムの準備に行き給え。如何に教師補とはいえ、キミたちも魔法科高校の『生徒』なのだからな」

 

―――長くなると思って、そんな風に気遣われるのだった。どれだけ経験があろうと術を達者に出来ようと、学生の本分は違えてはならないのだから。

 

「師匠の世話ばかりがお前の仕事じゃないぞ。修養しろ。そして導き出せ。この世界での刹那のありよう(トーサカ流)をな」

 

その言葉に少しだけ照れつつも、リーナが袖を引っ張るので―――。

 

どうやらその方が良さそうだ。

 

「じゃあアダルトな話題はお任せしておきますよ。何か不明なことがあれば、ダ・ヴィンチやロマン先生と合議してください」

 

「それでもダメな点、不明な点があればお前に一報入れさせてもらおう。まぁ半ば、前田女史の会談理由も分かるのだがな……」

 

無理難題というか妙な依頼を受ける前の先生の表情だ。と想いつつも、それでも任せることにするのだった。

 

「どうぞ。お入りを。ウェイバー先生、ライネス先生の時間は有限ですので、無益なさらないように」

 

「ありがとう。友人であるフローラが言っていた通り、キミはいい男だな―――私のシュミじゃないけど」

 

女教師が言う言葉じゃねぇと内心でツッコみつつも、入れ違いとなる形で美人教師を部屋に入れて、そのまま刹那とリーナは部屋から出ることにするのだった。

 

 

少しだけ歩いてから伸びをして、身体を解すリーナは、教師補としての仕事の感想を述べる。

 

「ウーン、なんだかキンチョウしていたのがバカみたいだったわね」

 

「まぁ400人もの大講義だからな。初回はこんなもんだろ。徐々に適正に応じて―――同時に彼らが受講するカリキュラム次第では、分裂していくだろうけど……」

 

先生の言うとおり、中々に『尖った』人材ばかりである。

 

確かに現代魔法においては2科レベルであり、他校次第では1科に入れる面子もいたが……概ね、去年まで刹那が教えていた2科生の面子レベルだ。

 

他の八校のレベルはまだ分からないが、それでも問題ないはず。そもそも、現代魔法の笊の(ふるい)が荒すぎるのだから、これは当たり前なのだ。

 

「もしかしたらグランパが見たかった光景は、こういうものだったのかもしれないワ」

 

「そうだといいね。君の祖父殿はそういうヒトだったらしいからな」

 

廊下を歩きながら、そんなことを言い合う。穏やかなやり取り。廊下に響く靴音だけがいいBGMだ。

 

「―――セツナ」

 

「ん」

 

不意に立ち止まったリーナ。振り返るとその瞬間に合わせてリーナの柔らかな唇が、刹那の唇と重なり合う。

 

不意打ちのキスに少しだけ驚くも、その柔らかさはどうしても刹那を惑わす。そのキスの意味はなんとなく分かりつつも、少しだけ酔いしれていたのだが。

 

「あの先輩方―――、こういう公共の場で、そういうことをやるのは……どうかと想いますが」

 

「むっ、無粋だな刹晶院(ティエリア)

 

「妙なルビ振りはやめていただきたい」

 

真っ赤な顔でそっぽを向いていた刹晶院。いきなり現れたわけではない。実を言うと最初っからいるのは分かっていたりした。

 

「で、ピーピングトム(出歯亀小僧)していた理由は?」

 

「胡乱な言い方しないでくださいクドウ先輩」

 

美人の先輩からそんな風に言われて、流石のクールボーイ(笑)も違った意味で真っ赤になる。そういう意味合いでの羞恥心である。

 

「その内、トオサカになるからアンジェリーナ先輩とかでヨロシク♪」

 

「善処します……で、このちびきゃらヨロシクな使い魔による、ちょっいたいいたい! 一寸法師作戦は、ちょっ、そこは私のおいなりさんですが、いたっ―――やめていただけるんでしょうか!?」

 

「ストップだ。お虎、ジェーン」

 

その言葉で、使い魔2騎によるピーピングトムに対する『おしおき』は終わる。使い魔を自分の近くに戻しながら、几帳面な委員長タイプの下級生に話しかける。

 

「で、何用だ刹晶院? 入学式の日も俺と達也を物陰から見ていたな―――これ(・・)なのか?」

 

いわゆる同性愛者なのかというジェスチャーを取るが、それは少年のセンチな心に触れる行為であった。

 

「誠に心外な限りですよ!……ただ―――……何故、僕を受け容れたんですか?」

 

「? お前は普通に一高の入学試験を合格したんだろ?」

 

「茶化さないでください。僕が……スパイであることは理解出来ているでしょう……」

 

戸惑いと怒りを以て問う刹晶院という下級生に少しだけ苦笑してから言う。

 

「そうだな。けれど―――それがどうしたんだ? 生憎ながら俺に学校の合格者名簿を云々出来る権利なんて無いし、試験合格出来た人間を失格にするなんてことを、先生方がやっているとも信じたくないしな」

 

「………」

 

「まぁここを不合格になった上で、どこかの魔法科高校の1科で学びたかったってならば、当てが外れたな。そういう意味じゃ、陰謀家・策謀家ではなかった俺を恨んでくれ」

 

ありとあらゆる可能性を提示して、刹晶院の反論を潰していく。

 

「とはいえ、今の魔法科高校、特に一高の体制はかなりリベラルだ。お前も知っている通り吉田家の次男坊、鳥飼、猫津飼なんてのも上がってきたしな。チャンスはあるさ」

 

反応から察するに、そういう事ではないようだ。恐らく―――。

 

「僕は……」

 

――――――自分は此処にいていいのか? こんな敵地のど真ん中で、自分が置かれている状況が分からないのだろう。

 

達也ならば何か『排除』するなりしたのだろうが、刹那の対応は違う。 

 

「一つだけ言っておく。お前がスパイだとしても、俺の内情を調べるために派遣されたとしても、これだけは守れ。お前がノーリッジの、エルメロイ教室の生徒である以上、――――――『ウェイバー先生だけは裏切るな』」

 

「―――」

 

戸惑っていた刹晶院が、緊張するのを理解した。言われた瞬間に、背筋を伸ばす所作に脅しすぎたかと想う。

 

しかし、言わなければならない。これだけは、刹那が言わなければならないのだ。

 

「いまは詳しく語らない。だがいずれ分かる。教え導くということは、そういうことであり、ウェイバー先生の懊悩も、な」

 

一種の謎掛けをしてから、 刹晶院 霧雨という男子の前から去る。

 

煙に巻く言動と取られたかも知れないが、ともあれ今は―――。

 

「ハリーハリー!! 次の授業に遅れちゃうワヨ!!」

 

「まったく以て同意だ!!!」

 

 

そんな言葉で廊下を『速歩き』で移動していくのであった。去年はさんざっぱら走ったことで傷んだかもしれない廊下への気遣いであった。

 

そうしつつも、途中で見た2年A組の様子が少しだけ……疲れているように見えたのは少しだけ気掛かりであった。

 

 

 



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第316話『食戟のセツナ』

 

 

「―――さて、では続きを誰かに朗読してもらおうか……柴田くん。お願い出来―――……む、むうう。まさかまさかの居眠りとは、ダ・ヴィンチちゃんショック!」

 

「いや、そういう意味での居眠りではないと想いますよ。美月は、希少な魔眼を持っているとはいえ、身体スペックは並の人間ですから」

 

体力モリモリ(爆)のレオやエリカとは違い、流石に彼女では、強行スケジュールには対応しきれなかったようだ。

 

猫の手も借りたいほどの忙しさの中、美月も頑張ったわけであるが―――。

 

まぁ動きが少ない魔工科の授業では仕方ない気もする。さりげなく、『精霊の眼』でエルメロイ教室の様子を少し覗いていたらば。ダヴィンチちゃんに怒られもした達也である。

 

「とはいえ、私とて講師であり教師だ。居眠りは許せないぞ。というわけで千秋君、頼めるかい?」

 

了解(ラジャー)デアリマス」

 

何故かロボットのような返事をする平河が、この科では数少ない女子生徒の一員として、美月に接触を果たす。

 

「ミヅキチャン、ミヅキチャンオキテ―――」

 

やはり設定はロボ娘のようだが……少しだけ揺するようにした平河に対して。

 

「うふふ。ごめんね〜それは義理チョコなのよ〜♪ 」

 

「―――」

 

そんな寝言が返されて平河絶句。聞いたクラスメイト全員も絶句。

 

「可哀想、本気にしちゃったのね。私ってとっても罪なオンナ♪」

 

「え゛ええ……」

 

完全にSAN値ピンチな状況に陥った平河。更に美月の寝言は続く。

 

「あっ、もうコンサートの時間ね。ファンの皆が待っているの。私の高速ドラミングあってのザ・マッドサタン(放課後ティータイム)だから〜♪」

 

((((((どんな夢見てるんだ(ですか)?……)))))

 

全魔工科生徒が驚愕しつつも、腕輪から先端にプラグ(接続口)を着けた糸を出したシオンが、美月の頭頂部に突き刺した瞬間。

 

「ぶふほぉっ!!!」

 

かなり『スゴイ』映像を見たらしく吹き出す始末。果たして彼女は何を見たのか!?

 

そして――――。

 

この魔工科(アトラス)の責任者たるレオナルド・ダ・ヴィンチの英霊―――イタズラを思いついたような『イイ顔』のダ・ヴィンチちゃんが美月に近寄っていき……。

 

耳元で囁くように声を…掛けてきた。

 

「帰れ、還れ、カエレ、カエレ、帰れ――――」

 

とたんに『夢見心地』な美月の表情が苦悶に染まる。

 

クリアなボイスでとんでもない武力介入(夢)。ダ・ヴィンチちゃんの悪意が見えるようだ。

 

「ヒ、ヒドイ! 今日はみんな私のために集まってくれたんじゃないの……!? あんまりよ!!」

 

何故にドラマーのために、そこまで集まると想っているんだか。

Y○SHIKIのパフォーマンスのように、ヘッドシェイクがすごくてドラムを破壊するようなことでもありえるのか?

 

……美月の夢には色々とツッコミどころが多かったが……。

 

「「「「「情け容赦ない仕打ちだ……!」」」」」

 

何はともあれ、主任講師は厳しいということに気付かされた魔工科一同は、気を引き締めるのであった。

 

そして美月の夢にジャックインしていたシオンは……。

 

「ヤック・デカルチャー……!」

 

何を見たのやらというゼントランの言葉で驚愕を表すと同時に、チャイムが鳴り響く。

 

「―――などとやっている内に予鈴だな。では、午前はここまで、日直、号令を」

 

美月のイン・マイ・ドリームなドリーム・ゲームを引き裂くように、昼休み時間は始まるのであった―――。

 

 

 

 

―――食堂―――

 

学生たちが屈託なくメシを食べて他愛ない話に興じながら、午後の授業や、その先の話題に華を咲かせる場所。

 

多くの生徒達が交わる場。

 

本来ならば、それが正しい姿なのだが……。

 

「先日は俺の料理人としてのプライドが傷ついたからな。リベンジだ。言峰カレン」

 

「そこまで私を己のハーレムに入れたいとは……呆れた下半身の節操の無さですね。助けてくださいレオン先輩♪

NTRされる前に、私を身も心も虜にして」

 

戦いの場が出来上がっていた。料理マンガならばありがちな展開に、何人かはなんだコレ? と想いつつも、訳知りの人間に事情説明を求めていた。

 

「始業式・入学式の日に俺と刹那が昼食を食べていたところに、一年主席の言峰が現れて、さんざっぱら食っていき、そして『私の好み』ではないとして去っていったんだよ」

 

辛い料理が好みなんだろうとして『山椒』『花椒』山盛りに掛けて食べていたよと、エリカに説明した。

 

「というか私、あの子に見覚えがあるんだけど……気のせいかしら?」

 

「多分だが……魔獣嚇との最終決戦の際にやってきた―――マジカル紙袋だな……やたらとレオと接触(スキンシップ)を取っていた辺りに、何か感じ入るものはあるんだろうな」

 

他人の恋愛ごとにあれこれ言いたいわけではないが、レオがラ・フォンの宇佐美夕姫―――バーチャルアイドル『雪兎ヒメ』と付き合っていることは周知の事実。

 

こんな横恋慕を友人として見過ごしていいのだろうかと想いつつも、人の恋愛に口を出すほど暇ではないので、そこは置いておく。

 

―――と、しておきたいが、それはそれで無情だなと想いながら、刹那が言峰を満足させるために作った料理、おそらく中華だろうというものを楽しみにしておくのであった。

 

「ちなみに、ワタシも今回の調理には参加したワ。マイダーリンの料理をけなした借りは返す。倍返しヨ!」

 

「ご夫婦の愛が私の味覚に影響を及ぼすとは思えませんが、とりあえず期待しておきましょう」

 

何を作ってきたのやら。というかリーナが手伝ったということは―――どんな料理になるのやら。約一部を除いて一高生徒たちは、戦々恐々とする。

 

いつもどおり弁当箱を取り出して、そして―――。

 

「待て、最後の仕上げが残っている」

 

最後の仕上げ。言いながら、刹那は弁当箱を持っていき―――。

 

 

 

「えーと……温めはこれでいいよな」

 

一高生徒で弁当組には御用達な電子レンジを作動するのであった。そんな刹那の少しばかり辿々しい様子を見て。

 

「セツナ、あんまり温めてもカレンが即座に食べられないかもしれないから、これぐらいがベストよ」

 

横から密着する形でリーナが、タイマーを調整するのであった。

 

「そうか。まぁ細かな点はまかせ」

 

「ノンノン! こういう場合は、意中の男子から『ふーふー』してもらうことを意図して、若干熱めにしておくのがセクールですよ!」

 

刹那の言葉が途中で遮られたのは、フランスからの留学生レティシア・ダンクルベールが、刹那の背中に乗っかり、身を乗り出すようにして加熱の設定を変えてきたからだ。

 

「ぶっ! ちょっ、レティ! いきなり背中に乗っかるな!」

 

「私の胸の感触を刹那に覚えてもらおうと想いまして〜。ちゃんと味わってくださいよ〜」

 

流石に鍛えているだけに転ぶことこそなかったが、それが余計にレティとの密着状態を作ってしまっている。

 

毎度思うことだが、どうにも刹那の周りには積極的な女の子ばかりが集まる。それが、このワンサマーな騒動を作り出す。

 

日本の大和撫子的な価値観とは真逆のそれが―――モードレッドが右腕に抱きつこうとした瞬間。

 

「刹那! そういうの真っ昼間からやらない!! 私、今年度から風紀委員だから、そういうのは許せないよ!! いや、今は活動時間外で権限があるわけじゃないけど……女の子を何人も侍らせる!! そういうのは―――良くないよ!!」

 

「すみません! けど俺が主犯じゃないってのに……ちょっとなぁ」

 

まぁ刹那からすれば理不尽な気持ちであろう。そして注意した雫も、その辺りは分かっているからか、注意も厳しくはない……実際、雫も自分の言葉が、半ば嫉妬の類であると理解しているのだろう。

 

「侍らせていたわけじゃないと思うがな。第一、セツナはオレやレティのチューター(指導役)であることは継続中だからな。教師補で指導役―――そんな風なセツナに対するオレ―――アタシたちなりの癒やしなんだぜ」

 

しかし、レッドから思わぬ援護射撃が入る。

 

「そ、そんなことをしなくても……」

 

「ソレ以外にも、刻印や回路を連結させることで、ある程度の情報のやり取りもしている。色々とセツナには世話になんなきゃならないからな。赤軍の暴虐に対抗すべく、東欧の民主主義国家にエクスカリバー(精密誘導兵器)を提供したかつての英国にならっているだけだ。悪いなシズク―――」

 

ちょっとだけレッドの言動がズルくも感じた雫は、完璧に膨れっ面だ。

英国にて、聖剣エクスカリバーの『魔術基盤』を打ち付けた話は、魔法師界隈でのちょっとしたニュースであった。

 

おおっぴらに報じられたわけではないのだが、それでも『何か』を感じ取ったものは多いのだ。

 

そういう意味でも刹那とレッドは色々と関わりを持つ必要がある。それが積極的なスキンシップにまで至るという理由にもつなげるという……。

 

(中々のキレ者だな)

 

それが『真実』でなかったとしても、確かめようがないのだから―――。と達也は考えつつ、そろそろご相伴に預かる頃だと気づいた。

 

「待て待て、雫も職務を遂行しようとしているのは分かっている。俺の仕事の忙しさからこんなことになってしまったのは、申し訳ない。だが、とりあえず今は昼食を摂ることにしようじゃないか。何かA組の連中がボロボロで雫もだからさ。早めに食事にした方がいいよ」

 

「知らない人が傍から聞けば、完全に浮気男の取り繕った言い訳ですね」

 

「ダマレ、後輩」

 

近づいて『ボソッ』と呟く言峰の言葉に刹那は返しつつ、『チーン』という古典的な通知音で、温めが完了したことを理解する。

 

この間、電子レンジを使いたい人々の邪魔になっていたことを考えれば、厨房で鍋を振るって、全員分を作った方がいいのではないかと刹那は想いつつも―――。

 

 

「言峰カレン、これが今の俺とリーナが作れる全力の麻辣中華!!――――ラー油の炒飯だ!!!」

 

弁当箱を開けた瞬間、飛び込んでくる湯気! そして湯気!! 美月や刹晶院の眼鏡が曇るほどにとんでもない熱気。

 

それが晴れた時、その向こうに広がる光景は―――――――。

 

 

「「「「「真っ赤っか!!!!!」」」」」

 

 

一般的な味覚の持ち主ならば、まず恐れおののく『あかいあくま』(真紅の炒飯)が、存在していたのであった………。

 

 

 



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第317話『鉄鍋のセツナR』

おやま先生は本当に偉大で先進的だったんだと思いました。食べるラー油が出てきたときには。


 

 

一高及び魔法科高校全てにおいて名を轟かす『あかいあくま』が作った『あかいあくま』(レッドアリーマー)

 

炒め油の代わりにラー油を使ったという『炒飯』。それは辛味を好む偏食シスターのために作った代物だったのだが……。

 

「全くとんでもないものを作りやがる。美味いから余計に悔しい……」

 

この食堂中を席巻するほどのとんでもないものになっていたのだった。というかヤツの一挙手一投足が、とんでもない騒ぎになるからこそなのだが……。

 

「こういう時に、遠坂君の料理を食べると自分が回復するのが分かるよ。―――言わなくていいのか、森崎? A組の授業内容を何人かは怪訝に想っている。それでなくても司波君みたいなシスコンマッドボーイの耳に入れば、百舌谷先生がどうなるか……」

 

その言葉に森崎も考える。現在の一高は色んな意味で教導の在り方が違っている。

 

当然、カリキュラムというか『試験科目』をパスする上で覚えなければならぬことは多いのだが、そのアプローチが個々で違うのだ。

 

一番には1科のA組の教導。学年を問わず、ここでは最優秀のエリート教育が施されていると言ってもいい。

 

他のクラスのカリキュラムの進捗の5歩は先んじていると自負するだけのものはある。

 

1科はA〜Dまでで各々でクラスのムードというのは違うのだが……その中でもA組は、最優秀という自負を担わされることが多い。

 

実際、学年主任が担当講師になるのだから当然だ。

 

 

しかし―――。

 

最近では、この価値観が揺らいでいる。

 

本当に揺らいでいるのは生徒ではない。教師たちだ。

一年前までは、まだ良かった。

教官たちの中には、遠坂刹那という魔術師の『手法』を半信半疑―――所詮は、異端の古式魔法師の術理なり。

 

……という程度で済ませていたのだが、その手法が着実な結果を残し、惑っていた人々の手をつかみ、しかと地に足をつけさせる。確かな足跡を残していく度に、人々はそれを『外道・邪道』(ASTRAY)ではなく、『王道・正道』(LOAD ASTRAY)と称えていく。

 

そして、それを認められない筆頭が現2年の学年主任なのだ……。

 

「今は―――まだいいだろ。そもそも、俺達が言ったところで、そしてエルメロイ講師たちとて何か出来るわけじゃないんだ……」

 

そして、そんな学年主任の無茶な指導というか、かなりのスパルタ方式な実技指導に、クラスリーダーたる司波深雪が、少しばかり『疲れた』風ではあるが、ケロリとしていたのも一つ。

 

四葉家の魔法師という触れ込みは間違いないようだ。

 

そして、少なくともクラスリーダーが、それに追随している内は、森崎たちも何も出来ない。

別に犬のような忠節心を持っているわけでも、四葉というネーミングに恐れているわけではない。

 

第一、森崎たちは司波・遠坂派閥からはあんまり好かれていない。

 

当然、森崎―――だけが、敵愾心を持っているわけではない。是々非々でやっていくぐらいの気持ちはある。

 

しかし……この『香り高い飲めるラー油』という『古の調味料』を簡単に作り、それを有効に使う手管……。

 

同時に魔道というものを、真なる意味で『解釈』していくその在り方がどうしても……。

 

 

「どちらにせよ、百舌谷先生のやり方に我慢が効かなくなる連中だって出てくるだろう。それからさ」

 

結論としては、『熱いサウナに居続ける』ということだった。

 

だが、それが良好なものなのだろうか。我慢し続けて、倒れた時点では手遅れにならないだろうか?

 

様々な疑問を懐きつつも……この一年間で凝り固まったエリート意識を持ってきたA組の面子は、そんな簡単に遠坂やそれに関係する人間を頼ることは出来ずに―――。

 

その判断が、時計塔にて略奪公と呼ばれたロード・エルメロイII世の『最大級の介入』を招くことになるのだった。

 

 

 

 

「肉は熟成肉。野菜もまたいい感じに切られていますか。この食材の不均一性が、このラー油炒飯を飽きさせないアクセントになっていますね」

 

ただの辛味大好き人間ではなかったのか。そも自分が見てきた『カレン・オルテンシア』というシスターは、あまりにもひどい霊障のために味覚が『極端』なのは分かっていたが……それを踏まえると彼女はどうやら違うようだ。

 

「なんというか、天下に料理上手と知られる遠坂先輩のわりには、遊びがありますね?」

 

「んなことまで分かるのかよお前は」

 

どこの料理マンガの審査員だよと想いつつも、ネタバラシをしておく。

 

「如何に『飲めるラー油』を使ったとは言え、味を単一にするのは、俺の好みじゃなかったんでな。となると、歯ざわりの不均一性―――具材の食感で変化を着けたんだ」

 

「察するに、アンジェリーナ先輩に発破をかけて、妙な気合い、いえ気負いから乱雑な包丁捌きの具材を炒めたというところでしょうかね?」

 

「スパークを使って肉を熟成(エイジング)もさせたわヨ!」

 

まるで料理下手だと言われた気分のリーナの反論。魔法をそんなことに使うとは……。

 

達也としては納得行くようないかないような。まぁどうでもいいことである。

 

この炒飯の味の前では全てが瑣末事。

 

「辛いことは辛いんだが、ソレ以上に香りと旨味がすごすぎて……」

 

「食べるラー油はすでに『失われた調味料』ですからね……」

 

深雪の言葉に達也は少しだけ考える。

 

刹那は何気に作ったものだろうが、この2090年代において、中華料理の大半の技術は日本人から失われている。

 

いや、中国大陸でもそうなんじゃないかとおもう点もあるのだが……。ともあれ世界的な気象変化。要は寒冷化によって、収穫すべき商品作物が厳選されて、特に穀物に作付けが集中された結果、唐辛子や胡椒……香辛料の類がお座なりになった面もあるのだ。

 

当然、気象条件が比較的穏やかだった南国とかでは、少し事情も違ったのだが……ともあれ、そういった風に『嗜好食品』というか『調味料』の類が、『単調』というか『大味』なものになったのは否めないのだ。

 

当然、食材が無く作ることが出来なければ、自然と技術も失伝する。ペストの大流行がヨーロッパ地域の伝統芸能や技術を失わせたのと同じである。

 

「まぁ、それはともかくとして……言峰カレンは生徒会入りを断ったのか?」

 

達也も副会長ではあるのだが、言峰カレンという成績だけならばトップである彼女との面通しが出来ずに、他の面子に任せてしまった。

 

原因としては魔工科での諸々が大きかったではあるが。

 

「ええ……総代答辞を断った時点でお察しでしたけど、本人は教会()でのお勤めがあるとのことでしたので」

 

コーラス部でもあれば入ったとは言う言峰カレンのその姿勢だが……少しだけ分かることもある。

 

(現在、刹那と―――自意識過剰かもしれんが、四葉である俺と深雪を巡って、妙な思惑持ちの一年生たちは、動き出している)

 

特に何かするわけではないが、それでも何か危害を加えようとするならば―――。

 

(この最大級の中華料理を失わせるならば、万難を排してくれようぞ。下級生!)

 

「……お兄様、何か私たちの危難よりも、自分の美味礼讃のために戦っていませんかね?」

 

「そんなことよりも深雪、ということは、次席である泉美が生徒会入りだな……邪険にするなよ」

 

そんなこと扱いされたことで、深雪は少しだけ不満を貯めるも、レンゲで炒飯を食らうことで不満を消す。

 

「しませんよ……ただ、なんというか―――慕情がすぎるというか、節度を保ってほしいというか……身の危険を感じるというか」

 

同性に対する憧憬というには、それがすぎる七草泉美という少女の接し方は、性的にはノーマルな深雪にとって、少しばかり戸惑うもののようだ。

 

もっとも泉美とて、別に同性に対して本気なわけではないはず。

 

実際、度々ではあるが、刹那とリーナが仲よさげに歩いているのを恨めしげに見ていたのだから。それがどういう意味なのかはまだ定かではないが……まぁそういうことにしておく。

 

「話は変わるが、深雪……A組の面子は何か……『地獄の特訓』でもやっているのか? 実は百舌谷教官のデスマーチ指揮者だったりする?」

 

「―――お気になさらず。お母様の『厳しい訓練』に比べれば、然程のことではありませんから」

 

平然と、しれっ、とそんなことをのたまう深雪に苦笑せざるをえない。

 

「そりゃお前ならば、そう言えるだろうけど……」

 

妹の言い分は実に自分基準なものではある。だが、刹那もその辺は疑問に想っていたのか、A組の胃袋のためなのか、炒飯を少しマイルドにするべく動き出す。

 

(べに)、厨房に入らせてもらうが構わない?」

 

「問題ないでち。 ますたーが作る紅玉炒飯をマイルドにする『めれんげすくらんぶるえっぐ』も作るんでちね?」

 

「ああ、そっちは頼めるか?」

 

「任せるでち! 」

 

自動調理が主になった時代で、時代錯誤も同然だが、今季よりの一高の食堂担当者である『若女将』の了承のもと、厨房に入る刹那。

 

追加の紅色炒飯―――その上にふわふわの卵白……白いスクランブルエッグとも言えるもの乗せる紅白炒飯(オムライス)を作っているのを見て―――。

 

「刹那、おかわりだ」

 

「とりあえず、いまのところはA組優先だ」

 

配膳場所に皿を出した瞬間、ブルペンキャッチャーを拒否られた気分ながらも、そこから見えた厨房の様子。

 

中華鍋(大)を軽快に振るう刹那に合いの手を入れるかのように、若女将が軽快に調味料を入れる。

 

「でち―――でち! でちでち!!!」

 

横からの作業だが、片手で卵(エッグセパレーター要らず)を割り入れたり、予め作っておいた調味料を入れる手際の速さ。

 

それを見て―――。

 

「やはり料理人としての相棒は、リーナよりも(べに)の方が最適か?」

 

「「「「そりゃ若女将と比べりゃね!!!」」」」

 

何気ない達也のつぶやきに、一高女子全員の怒りの言葉が響き渡り―――。

 

「なんとも騒がしいな。ミス・前田、ここでよろしいのですかね?」

 

「はい。ウェイバー先生、スカサハ先生ともども、ご指導お願いします」

 

「私に出来るのは、バニーのルーンを教えるだけなのだがな、ケイト」

 

「刹那、私にも『紅玉炒飯』を頼む!!」

 

それが合図であったかのように、今度は教師陣の食堂への到着。更にざわめきともどよめきとも言えるものが広がり―――。

 

(アイツは新たなる四皇のように『ヒトヒトの実』モデル:ニカでも食べているんじゃなかろうか?)

 

騒動と言うか、ただの昼食―――料理バトルがあったとはいえ、それがとんでもない火となって、こんな大騒ぎになるとは……。

 

 

「―――もはや慣れたことだな」

 

穏やかな日常など達也にはすでに無い。レオが言っていたことではあるが、乱世を求めてしまう性。

 

それこそが、自分たち遠坂刹那の『仲間』なのだろう。

 

そんな風な結論であった。

 

 

 

……という達也のセンチメンタルな考えの裏で、どうしたものかと考えるナイーブな少年が一人。

 

聞いていたとおりに恐ろしく色んな人間に構われている。それどころかサーヴァントを当然のごとく運用している男だ。

 

この男一人を何とかすることで、連盟の運命が変わる。それを理解してしまっていた。

 

 

だが―――――――。

 

(僕では、勝てない……それでも……)

 

挑みたい。戦ってみたい。頂点との『差』。それを知りたいのだから……。

 

 

懐に忍ばせてある紙を持ち、どうしたものかと想っていたら……。

 

「果たし状って、随分と時代錯誤なことをするんだね。キミ?」

 

「――――――何か御用ですか? 七草さん」

 

少しだけドキリとした霧雨ではあるが、それでも平素とにこやかな笑みを装い応える。

―――七草香澄。自分の学年の三席にして総代の姉。この辺を縄張りにしている十師族の一人。

 

およそ挙げられるだけの情報を頭の中で出した霧雨だが、本当に何の用なのかと思う。

 

「うーん、まぁキミが連盟のスパイなんだよね?」

 

「仰るとおり。神代秘術連盟が『東京』に寄越した間者。それが僕ですが……御父上の命で僕を消しにでも来ましたか?」

 

誤魔化しても仕方ないので、その辺りは暴露しつつ何用かと問う。

 

「剣呑な。ボク、そういうつもりで話しかけたんじゃないんだけど」

 

不満をあからさまに漏らす七草香澄に、どういうことだろうと思う。まぁ本音とは限らないので『眼鏡』を掛け直しつつ、話を促す。

 

黒白(コクビャク)のリボンでサイドの髪を結っている―――見た目と言動とが一致したいわゆる活発な女子。されど、サバサバ系とも言い切れないか。

 

そんな風に想っていたのだが、そんな活発系女子である七草香澄は、思わぬ提案をするのだった。

 

「ボクも遠坂先輩―――いや、魔宝使い『トオサカ』とは戦ってみたい―――だからさ……」

 

 

―――ボクと共同戦線を組もうよ―――

 

 

顔を近づけながら秘め事を囁くように耳元で言われたことで、刹晶院霧雨という男子は、どうしてもドキドキして、その言葉にYESと頷かざるをえなかった。

 

そんな一幕は、双子の妹(炒飯実食中)にバッチリ見られていたりするのだが……。

 

「香澄ちゃんは本当に、色んな男子を引っ掛けちゃうんですから、魔法科高校でも変わらないとか」

 

何故、こうも姉妹で性格が違うのか、少しだけ思い悩むぐらいには、事態の深刻さは伝わっていなかった……。

 

 

 

 

 






ネタの一つにリーナの包丁さばきが乱れたのは

『セツナが昨晩7回も、腰を合わせてワタシを『イカせた』からヨ!!』などと言って五十嵐辺りに鼻血ブーさせて、真っ赤な炒飯が更に真っ赤に――――――などというネタは、食べ物を粗末にしてはいけない精神に反するのでボツにしました。

まぁあんまりにもお下劣すぎるかと思って自重。いまさらすぎますが


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第318話『それぞれの思惑』

 

 

都合、新学期であり新年度が始まってから一週間が過ぎようとしていた。

 

そして、この辺りで遂に『あること』が始まることを、上級生たちは認識していた。それは高校生活においては、それなりに重要なものであり、そして場合によっては勉学以上に何かを自分の中に残すものである。

 

要は――――『新入生部活勧誘週間』が、一高において始まろうとしていた。

 

 

「副会頭、コンバット部と射撃部が、部活勧誘の順番で不満を漏らしています」

 

「それならば、同じような『部活』で競合を避けるために、バイアスロン部と共同で、プレゼンの時間帯順番で『連番』にするか、『バラける』か―――バラけるで、そして1,2,3の順で決着着いたはずだろ?」

 

「それが今さらながら、3部でいがみ合いが発生しています……」

 

同級生である男子の戸惑う言葉に『止まりそうにないな』と考えたレオは……。

 

「よし、刹那に連絡してアーチャーを派遣してもらう。『荒野の災厄』に『射撃』で、プレゼンを強さ順で決めてもらおう」

 

「なんて単純明快な……まぁジェーン特別講師ならば適任か……」

 

「それでも収まらないならば、アミダでもじゃんけんでも、自分たちで『穏便』に決めるように言ってくれ。この間に『出た目』をひっくり返すならば、後腐れないように決めさせるだけだ」

 

副会頭という役目に就いた2年F組の西城レオンハルトだが、まさかここまで部活間で、立て続けに『トラブル』が発生しているとは思わなかった。

 

だが、さもありなん。魔法科高校では魔法競技の関係上『似たような競技種目』がかち合うことが多いのだ。

 

山岳部で、基本的に他の部と競合することがないレオは、少しばかりカルチャーショックを受けた。

 

硬式野球と軟式野球の違いとか、同じ硬式でも高校野球前の小中学生時代には『シニア』『ボーイズ』『ヤング』『ポニー』などという風に区分けされていた時代があったように……。

 

というかその区分けが、そのまま『高校』でもあるのが、魔法科高校だったりするのだ。

 

格闘系部活とて『マジックアーツ部』も『クロスフィールド部』もある……要は―――『面倒』なのだ。

 

「随分と大変そうですね」

 

「そりゃ大変さ。我の強くて自己主張ばかりが激しい魔法師が集まり、高校生活を送るんだからな。ぶつかり合いはしょっちゅうさ」

 

「ですが、矛を収めるべきところで収める辺り、まだ理性的ですね。汝の隣人を愛せよとは、主の教えですので、デミヒューマンが信仰に目覚めることを祈ります」

 

布教活動かな? と想うぐらいに、いつの間にか入り込んでいた女子。お家が十字教であることは知っている。

 

銀髪、金眼の美少女―――何故か、自分に構うその理由は……。

 

「アモーレというやつなのでしょうね。レオン先輩に対する感情は」

 

「人の心を読まんでくれ……で、何用だよ言峰?」

 

「ズバリ言えば―――お手伝いに来ました」

 

その端的な言葉に、『どういうことだ?』と聞くと。

 

「ホワンホワンホワン~コシミズ~~~(?)」

 

魔法の言葉で回想シーンが始まるのだった。

当初、総代答辞こそ断ったものの、一学年主席である可憐で可愛い超絶美少女のカレンちゃんは、パパであるファーザーキレイから……。

 

『カレンちゃん。パパの手伝いは嬉しいし、有り難いが、 スクールで任された仕事も重要だ。リセイおじいちゃんも、それを願っているはずだ』

 

そう言われた世界の美少女マジカルシスターカレンちゃんは、『生徒会は泉美で決定だから、部活連でレオを助けてやれや』

 

そう、魔法師界のスパダリ(駄犬)に言われたことで、ここまでやってきたのである。以下――――――ここまでカレン・コトミネナレーションでお送りしました。

 

「ということなのです」

 

「な、なるほど……事情は分かったし、手伝ってくれるなら大助かりだが……」

 

いまのところ、実力行使が必要な事態も起きていない。風紀委員も順当に活動できているわけであったのだが……。

 

 

「心配いりません。その内、騒ぎは起きますよ♪」

 

「起こさないようにするのが仕事だ――――――」

 

何かの確信を以て、語る言峰カレン―――レオの傍に近寄る彼女。彼女が近づく度に、レオの『同居人』が――――――

 

『ちょっ、マスター(相棒)! そのオンナ激ヤバだからな! もう善意がトラブル起こす系統の、未必の故意をバリバリ起こす系統だからな!!』

 

などと喚くのだ。何か前世からの因縁でもあるのだろうか。そんな風なことを考えながらも―――事態は、裏で進行しているのだった。

 

「では、その前に書類仕事を完了させましょうか。チャリティーはあって悪いものではありませんからね」

 

言いながら、後輩女子と一緒に、書類精査というか予算分配及び各部で要求された予算が適正かどうかを見ていくのであった……。

 

 

 

「ばきゅーん☆ これが最後のワイルドカード!!」

 

金髪の美女から放たれた魔弾が、最後の相手……森崎のシュート・ターゲットたる頭皿を撃ち抜いた時に勝敗は決した。

 

「よし、コンバットシューティング部が1番目、バイアスロン部が2番、操弾部が3番手―――これ以上順番で揉めることがないように」

 

「「「はい!!!」」」

 

「おねーさんとの約束ダゾ☆ 守ってね!」

 

「「「は、はいっ!!」」」

 

刹那の言葉に応えたのが滝川などの女子部員ならば、ジェーンの言葉に応えたのが男子部員、森崎・五十嵐などである。

 

レオの要請に従った結果であるのだが……これで収めてくれやと想う。

 

生徒会役員である泉美から解散を指示されたことで、めいめいの体で去っていく。

 

「それじゃセツナん。離珠化(小人化)しておくよ☆ 用事とあらば呼んでねー☆」

 

「はいはい。ありがとう」

 

ぽん! という軽快な音で、マスコット化したアーチャー=カラミティ・ジェーンが、セツナから離れてどこかに行く。その様子を見ていた泉美は……

 

「なんというか刹那先輩のそういうの(・・・・・)見ると……真面目に生きているのが馬鹿らしくなりますね」

 

「……真面目?」

 

これは異なことを言うお嬢さんだこと。思い悩むようになる泉美に、苦笑気味にそう感想を述べつつ、巡回に入る。

 

「エルメロイ教室は随分と盛況ですね」

 

「そりゃ当たり前だろ。ウェイバー先生の指導は誰だって受けたいもんさ」

 

この部活勧誘週間前の日々は凄かった。それなりに、事前勧誘だってあると想っていたのに、それを無視して放課後には、一年生の殆どはエルメロイ先生の執務室に向かうこととなったのだ。

 

それも1科も2科も関係なく、また2年も3年もあり、やむを得ず整理券を発行することになってしまった。

 

例外なのは、『3年』であるために、魔工科の授業を受けられないことに嘆いた中条会長が、『ダ・ヴィンチちゃんの工房』に赴いたとか、その程度だ。

 

「んで、何か聞きたいことがあったんじゃないか?」

 

「おや? 可愛い後輩女子と放課後の学校廻りが出来ることに、嬉しさはないんですか?」

 

戯けた言い方に苦笑しつつ、こんな風に見回りをしている原因を言うのであった。

 

「お前が無理やり『同行者は刹那先輩でお願いします』と指名したんだろうが」

 

その時のリーナの表情たるや、見れないものであった。

 

「愛が深いと考えるべきか、それともヤンデレ一歩手前と取るべきか……」

 

「男としては冥利に尽きるんじゃないですか?」

 

「まぁそうとも言えるか……だが、こういうことはもう勘弁してくれ」

 

フォローを入れられない後輩の立場なのだからとは言わずとも、言外の言葉を受け取った泉美は……。

 

「やれやれ。これだから一途なモテ男は、女子にとって困りますねぇ」

 

「普通じゃないか」

 

大げさなポーズを半眼でやる泉美に、『昔はアナーキー』だったことを考えると、色々とウソはついているかと考える。

 

「で、結局なんなんだよ?」

 

「実を言うと香澄ちゃんが、最近……エルメロイの男子『刹晶院』って言うヒトと頻繁に会っていまして……」

 

「他人の恋愛にアレコレ言うつもりは無いんだが、ふむ。少しばかり相手が相手だからな」

 

ナーバスな話ではあるが、別に一年前のように『誘導』『洗脳』されているわけではないだろう。

 

少し前に「保健室」に行った際に、カウンセラーのCCさく―――もとい小野遥より『三席の方の七草さんを『風紀委員』やってみないと言ったんだけどねぇ』

 

当人は風紀委員では自分の『目的』が達成されないなどと宣っていたとのこと……。

 

「まぁ刹晶院に何か感じたのかもしれない」

 

「何かって?」

 

「運命とか。ひと目見てピンと来たのかも知れない。決して分かたれることの無い運命があるんだって」

 

「え゛え゛え゛……?」

 

刹那が熱弁を振るう度に、泉美の『怪訝な顔』は深まるばかり。しかし語るべきことは語らなければなるまい。

 

「感情が語るのは未来への約束!

心が囁くのは永遠の愛!!

血が騒ぐのは―――全細胞の意思!!!」

 

 

おおおっ―――!!!

 

言葉を放った瞬間、歓声と拍手が上がる。なんでさ

 

何故か、生徒たちが聴衆となって聞いていたわけで、まぁともかく……。

 

「お前の親父さんだって、30年越しの大恋愛を成就させたようなものだぞ。そういうことだってあり得ないわけないだろ」

 

「それを言われると反論出来ません。けどそうですよね……。ただなぁ香澄ちゃんが……ですか―――」

 

己の半身に対して疑義を持つ七草泉美は、天を仰いで何かを言うのを堪えている様子だ。

 

「まぁ時々は真正面から聞いてみろよ。ただ刹晶院と本気で付き合いたいならば、そん時はお前の親父さんの領分だな」

 

「ええー……何かサポートしてくれないんですかぁ?」

 

「こんな後輩の恋愛沙汰で、俺に何を言えるというんだ」

 

世間一般には美少女である泉美が、とことん崩れた表情をしていることに、彼女のファンたちに申し訳ない気分だが、よくよく考えたらば十文字家の『アレコレ』に関してのことで、介入というか何かを求めているのかもしれない―――。

 

(だが、あれは最終的には十文字の翁と、和樹当主とが自供したからだしなぁ……)

 

アリサとのわだかまりが、実は『単純明快な恋愛の綾』であると竜樹君が理解した時に……。

 

『これ以上ごねたってしょうがないでしょ。第一……なんていうか遠坂さんやレオさん……その周囲の恋愛模様とか見ていると、大人げないって思えたんですよ』

 

大人になっちゃったんだねなどと言うと、少しだけ不満げな顔をする竜樹君なのであった。

 

そんな中、遂に件の人物が現れるのであった―――。

 

「ふふふ!! まさかボクの半身たる泉美に手を着けようだなんて、さすがは魔法師界のスパダリ!! 今宵(午後)! お前の命運は決まったぞ!!!」

 

「やはり打倒すべきは遠坂刹那か……いつ戦います? 僕も協力しますよ」

 

「「刹晶院」」

 

第一高校の制服が学ランでないことが悔やまれる登場。

 

七草香澄と刹晶院霧雨の登場。そして―――。

 

 

「ほら。やっぱり騒動が発生していたじゃないですか。私達、そうどうの面白いところに一番乗りですよレオン先輩♪」

 

「いや、それより何でこの運び方なんだよ!?」

 

「あいにくながら、私は魔法能力だけは達者な虚弱なガールなので、お父さん並みに筋肉質(マッスル)な男性にお姫様抱っこされるのが、夢だったのです♪」

 

「「「「理由説明になっていない!!!」」」」

 

思わずツッコミを入れてしまう言峰カレンの言い様に、誰もがツッコミを入れるのは当然であったが―――。

 

「まぁなにはともあれ、刹晶院君、七草さん―――いまやるべきなのは……」

 

どうやら顔見知り(?)らしく、2人に話しかける言峰。

 

その言葉に気付かされたかのように2人は―――。

 

「そ、そうだね! というわけで遠坂先輩!! 果たし状だコラ――!!!」

 

「受け取れや―――!!!」

 

叩きつけるように書状を刹那の胸に押しつける一年2人。

 

なんて失礼な後輩、とかは思わずとも……。

 

「やれやれ。この辺で俺が育て上げた心の贅肉を刈り取るのも一興か。いいぜ。食戟ならぬ魔闘戟 開幕だ」

 

果たし状の内容を一読してから、それを燃やして挑発的な笑みを浮かべる。

 

この辺りで、機を見るに敏―――というわけではないが、連盟が送り込んだスパイとやらのチカラを測ることにするのであった―――。

 

 



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第319話『スクラッチ-Ⅰ』

サテライトキャノンがツイッターのトレンドに入っている。

まさか大泉洋の叔父が機動戦士だったとは(え)

暑さに負けそうになりながらも頑張って生きていこうと思いつつ、新話お送りします


泉美によって刹那が連れ去られた生徒会室にて作業を続ける面子は、少しだけムスッとしたリーナに気を遣わざるをえなかった。

 

だが仕事は滞りなくやる辺り、流石と言えるか……。

 

教師補として刹那の傍にいられることが多くなったとしても、二人は求め合うのだろう。

 

その絆の深さなのか、そういったものに物申したかった深雪は問うことにした。

 

「今さらだけど、本当に刹那君は人気者でモテ王ですよね……リーナは、そんな刹那君から離れようとは思わなかったんですか?」

 

要は嫉妬心とか呆れから、そういう風な考えになったことはないのかという深雪の問いに対して―――。

 

「ないワ。絶対に離れないと想ったモノ」

 

なんたる絶対の自信。それはどこから来ているのか、そう考えて更に問いかける前に―――。

 

「プリマス港で一目見た時にホントウに想ったモノ。彼こそ生涯のパートナーだと♪ 決して分かたれることのないウンメイ(Destiny)が存在しているんだって」

 

立ち上がって、演説をするように赤い顔で語るリーナは、目立ちまくりである。

 

ライネス先生と一緒のエルメロイレッスンでもこんな調子だとも聞いている深雪は、とりあえず語らせるだけ語らせることにした。

 

「感情が語るのは未来への約束(Future Promise)

心が囁くのは永遠の愛(Eternal Love)!!

血が騒ぐのは―――全細胞の意思(All BODY MIND)!!!」

 

それでいいのか米国人とも考えたが、偶然にも生徒会会計たる五十里に会いに来ていた千代田花音が思わず『メモ』するぐらいには、〜spiritual message〜(愛の言霊)ではあったのだが……。

 

その直後―――。

 

端末に緊急連絡が入る。その内容は―――

 

『―――部活連承認の下での魔法戦闘が承認されました。魔闘戟成立です。2−B 遠坂刹那は、1−C 七草香澄、1−E 刹晶院霧雨との戦いを承認しました』

 

端末に表示されるピクシーの読み上げたアナウンス。

 

ロボ研の、ダ・ヴィンチちゃん特製のアナウンス室より発せられたそれを聞いてから―――。

 

 

「ゼンサイボウノイシ―――!!!!????」

 

 

驚愕を声と言葉、そして全身で表しながら、リーナは生徒会室から脱兎のごとく出ていくのであった。

 

 

残された面子は、何が何やら分からぬが―――。

 

((((とりあえずっ―――部活連に急げということか!!))))

 

全員が『火事と喧嘩は江戸の華』という粋を分かっている人間であったのだ。

 

 

 

「確かに魔闘戟……凝った名称だがある種の公式の魔法戦闘の申し込みは、今年度からの新制度であるが、積極推奨された制度というわけではない―――が……やるのか?」

 

「ここ最近の一高の空気はどちらかと言えば、『闘争を求める』ものが漂っていましたからね。入学して2週間ほどが経ったことで、新入生は上位術者に対して「腕試し」をしたがり、そして何より上のチカラが『どれほど』のものかを知りたい―――その空気に当てられたのか、マジックシュート関連の部活が再戦したぐらいですし」

 

副会頭の言葉は会頭である服部も些か感じていたぐらいだ。だが、まさか大恩ある七草真由美の妹が、ここまで喧嘩っ早いとは……。

 

「服部会頭も一年の頃はそんな感じだったと聞いておりますが?」

 

ジェネラル・服部の一年の頃の武勇伝は現二年にも伝わっており、わざとらしい咳払いをしてから言葉を紡ぐ。

 

「西城、あれは若気の至りだ……が、他人のことはとやかく言えんか」

 

苦労性の人間2人の判断は「是」。そして会長である中条あずさも「是」。意外なことにビッグボスも了承してきたのだ。

 

「意外ね。中条会長がこれを良しとするなんて」

 

「全面的に賛成は出来ませんけど、学内の空気がそれを望むならば、この辺でガス抜きは必要でしょうから」

 

風紀委員長の言葉に、少しの諦め顔で息を吐く様子が印象的だ。

 

「勝負形式まですでに決まっているんですか……」

 

刹那は『心の贅肉』を刈り取る作業と言っていたが、刹晶院は……彼にとって無駄事ということなのだろうか?

 

少しだけ達也は考えつつ……挑戦を受けた際に発したその言葉の真意を読み解こうとしたが、無駄なのでそうそうに諦めることにした。

 

どうせ。万事が上手くいく。

 

問題は……その果てに何を得ようとしているのか。だ。

 

「エルメロイ先生は、どう考えています?」

「「エルメロイ先生は二人いるが? どっち?」」

 

部活連の部屋内にいた講師二人。一人は黒髪。一人は金髪―――金髪は『ヘアブラシ』を使って黒髪の髪を撫ですいている。拙いというほどではないが、黒髪的にはあまり満足していない様子。

 

そんな達也の質問にパトレ○バーよろしくな返答されるも―――。

 

「ウェイバー先生の方でお願いします」

 

金髪小悪魔の表情を見て、刹那の大師匠の方に返答をお願いするのであった。

 

「戦闘を行うという意味では、特に私がどうこう言うことではないな。かつては時計塔において奨励されていたし、刹那の母親など積極的に競っていた―――主な相手は、遠縁の親戚とも恋敵とも言える相手だったな。研鑽するのに研究だけでは、どうしようもないこともある」

 

四角いジャングルで殴り合う二人の美女の姿が容易に想像できた。特に刹那の過去を知る人間は、そう考えた。

 

「この戦いの意味ということでは、恐らく『特に何も考えてはいない』。色々と絡んでくる生徒であり後輩と、一度は魔術を交えたかった……そんな所だろうな」

 

弟子に関して、そこはノータッチで行くということだが……エルメロイ先生の話題は違う方向に飛ぶ。

 

「私が気になっているのは、現2年のA組の生徒に関してだ。明確に私も全員を知っているわけではないが、どうにも全員が『いい調子』というわけではなさそうだな」

 

流石に職員室でも、この手の話題は挙げられているのだろう。しかしながら、百舌谷教官はこの学校でも古株であり、年齢で言えば廿楽教官よりも下なのだが、大学出向の廿楽よりもキャリアは長い。

 

そんな訳で……2−Aでありながらも(失礼)アドバイスを受けに来た面子がいたらしく、ウェイバー先生は、そこを気にしているようだ。

 

「―――エルメロイ先生にとって……生徒とは何ですか?」

 

「難しい質問だな。だが端的に言えば、『対等な協力関係』とも言えるかな?」

 

その言葉は意外なもので―――言葉を発した2-Aのほのかが少しだけ瞠目したが……。

 

『―――魔闘戟開戦まで、残り二〇分前になりました。観戦者はお早めに来場してください』

 

「どうやら、陣地作成スキル持ちのサーヴァントを総動員したようだな。我が弟子ながらいい手際だ」

 

「ライネス先生は、随分とこういうことに前向きですよね……」

 

魔法に対してどちらかといえば穏やかな利用を模索していきたいほのかは、エルメロイ教室の金髪先生―――、一昔前のサブカルではよく用いられた『天才ちびっこ教師』という御仁に、少し引きつつ想ったのだが……。

 

「いやぁ私はカスミ君の姿勢を買っているんだよ。女とは須らく、ファイターだからな。魔術だろうが―――恋だろうが、戦ってこそ女というのは、輝くものなのさ」

 

「―――」

 

その言葉に、ほのかの眼が輝いたのを全員が目撃。同時に『計略通り』と言わんばかりの顔をしたライネス先生を見て……。

 

「達也さん! さぁ!! 行きましょう!! 刹那君と新人たちが何を見せてくれるか、私楽しみでしょうがありませんよ!!」

 

さっきと180°態度が違う光井ほのかを誰もが苦笑気味になる。例外たるは、深雪のように達也に好意を抱いている存在だ。

 

そんな中、闘争の準備段階をしようとしている人々にも、ちょっとしたトラブルは起きているのであった。

 

「むぅうううう!」

 

控室というほどではないが、戦いをする前に用意された室内にて、不満の空気が充満する。

 

その原因(モト)に苦笑しながらレッドは少しだけ懐柔を試みる。

 

「あんまりぶーたれるなよリーナ。考えてみろ。お前とセツナはエルメロイ教室の教師補として、双子(ジェミニ)はともかくとして、セッショウインの力量やら特性を理解している。不公平だと思わねぇか?」

 

「レッドみたいなマッスラー(筋肉女)が相手だと、有利不利とか関係ないじゃない」

 

「ああ、筋力のレッドに、腕力のレティ―――間を取り持つは、触媒のセツナ。理屈めいたことを言ったが……たまには譲れ、セツナと共闘(ダンス)する権利をよ」

 

快活な笑みを見せるレッドに対して、リーナは頑なだ。

不貞腐れるリーナの心は刹那にも理解できる。恋人だからこそ、そこは当然なのだが……。

 

前述した通り刹晶院の力のほど……何かを隠しているということを理解しているだけに、それを引き出すためのチーム編成なのだ。

 

「それでマイマスター、なにか指示はありますか?」

 

コスプレ衣装を纏うレティの質問。――――――本人曰く『神風魔法少女ジャンヌだワン!』という、あざとイエローな衣装の彼女に答える。

 

「今回の戦いは刹晶院霧雨という不詳の魔法師の実態を探ることにある。基本は好きにやって構わないが、多少は戦いを引き伸ばすようにして動いてくれ」

 

どれだけのチカラを出せば、どこまで『対応』出来るか、それを知りたいのだ。レティの言葉にそう伝えておく。

 

「双子はガン無視か?」

 

「まさか、片方はどうやら此処に来るまで刹晶院と訓練してきたからな。隠し芸ぐらいは見せてもらいたい」

 

次いでレッドからの質問に答えて、全ての『準備』は完了した。羽織る衣装は―――とても印象的なカラーであった。

 

「エッ!? セ、セツナ!?」

 

「レッドが赤で、レティが黄―――だったら、俺はそうしなきゃバランス悪いだろ?」

 

準備を完了させて立ち上がった姿に、リーナは驚いた様子である。だが、これこそが自分の想いなのだから……。

 

「モウ……しょうがないんだから♡今夜はシャネルNo.5でベッドインして、バスカーモードのオルゴンマテリアライゼーションで、エクストラクターマキシマムなんだからネ♪」

 

赤くなった頬を抑えながら滔々と語るリーナに、『がんばらなきゃな』と苦笑気味に想う刹那。

 

((意味不明な言語が多いも、言わんとすることは理解できたが、コイツラはホントウに――――))

 

砂吐きそうな気分になったレッドとレティだが、それを呑み込んで、自分たちも『そっち側』になりたいとリーナを羨みながら―――『蒼と金』のマジックローブを羽織った魔宝使いと共に、戦いに赴くのであった……。

 

 

サーヴァント達によって用立てられた闘技場は、いわゆるコロッセオに見られる円形のフィールドであった。

 

石作りの闘技場は、当然のごとく『場外判定』すらありえる仕様。こちらの要求を全てこなしてくれた皆に感謝しつつ、先に待っていた後輩諸君に対して―――。

 

「待たせてすまないな」

 

「構いませんよ。宮本武蔵よろしく焦らしたわけではないことは理解していますから」

 

香澄は言いながらも不敵な面構えだ。よほど俺に挑戦したくて仕方がなかったのだろう。

 

片割れである泉美の方は苦笑気味ではある。巻き込まれた形、3対3形式を取るために、無理やりそちらの組に入れられたのだから当然か。

 

そして刹晶院霧雨は……。

 

(もはや隠す必要は無くなったということかな?)

 

霧雨に充足するチカラの流れが理解できる。

 

ここに来て隠し立てする必要が無くなったというところか……。

 

集まった観客を収納する客席とは離れているが、それでも歓声が沸き起こり、降り注ぐ。

 

(九校戦を思い出すな)

 

まだ一年も経っていないというのに、あの時に感じた熱さを体に覚える。芯が燃えるのを感じるのだ。

 

『ルール説明をする。変則的ながら今回の魔闘戟は、コロッセオでのノータッチルールで行う』

 

戦いの主催者たるダ・ヴィンチちゃんの声が朗々と響く。本来的な魔法戦闘演習におけるフィールドは、特殊な緩衝材を敷き詰めた演習場。そこに範囲を決めた上で、場外失格ありの戦いが主。

 

使える魔法は、当然のごとく遠距離魔法のみで、武器を使っての近距離戦などは以ての外。しかし、ある種のパペット、使い魔、ファミリア……etcなどを使っての相手への攻撃は有効。

 

そして、これが重要なのだが……。

 

「半円全てが動ける範囲、場外失格は円の外か半円を超えて出てしまった瞬間……」

 

「力士の土俵のようですね」

 

「昨日の夕黄龍関の戦いは横綱の品格を下げるものでしたね」

 

一年三人の会話。どうやら春場所の取組を泉美はチェックしているようで、意外な気分だ。

 

戦いがスタートするまでの寸暇の間に、泉美は霧雨に問いただすことにした。

 

「刹那先輩に挑むためだけに、香澄ちゃんと『一緒にいた』だなんて、私の半身をなんだと想っているんですかっ」

 

ジト目と不満な声で言われると、霧雨としても困ってしまう。とはいえ、誤解は解かねばならないとして、言うべきことは言うことに。

 

「姉君をお借りして申し訳ありません。けれど、本当ならば僕一人で挑むつもりだったんですよ?」

 

そこの誤解は解いておく。そして何より霧雨は、香澄に対して恋心のようなものを抱いているわけではない……と想う。

 

相手の方は、どう考えているかは分からないが。

 

「まぁ今はそういう詮索は止しておきましょう。私としても2年トップ、いえ……魔法師界のベスト10に入るかもしれない相手とは、戦いたいと想っていましたからね」

 

どいつもこいつも喧嘩っ早い。普通の学生スポーツの世界ならば、自分が地方でブイブイ言わせても、全国区の相手を前にして、何か一つでも通じるものがあるか、はたまた萎縮するか……胸を借りて思い切ってぶつかっていくか。

 

そういう心での戦いは多い。だが―――。

 

1年3人の心は違っていた。

 

―――遠坂刹那に勝つ・勝ちたい・勝ってみせる―――

 

その心で戦うのだ。一つでも勝っているものがあるならば、頂点との差を知りたいと思う。そういうファイターが、この三人であった。

 

 

「ところでキリウ君―――その眼鏡、やっぱり……」

 

「ああ、泉美さんも気付かれましたか、実は―――」

 

「全ては計算通りです。予測の範囲内です。とか、そういう知性派キャラの定番アイテムなんですか?」

 

思わぬ言葉にキリウはずっこけるしかなかった。いや、まぁそういうことにしておけば対面にいる―――人々(2年生)は既に看破しているだろうが、それでも秘密はバレない方がいいのだ。

 

「ふふふ。泉美ってば、キリ君を侮りすぎ。私は知っているよ。教えられた時には、己の(あざな)に『刹』の文字を持つものの宿命なんじゃないかと想ったほどだし」

 

そんな大層なものではないのだが、ともあれ戦いの合図は、そろそろ鳴り響こうとしていた。

 

相手は強い。なんてレベルではない。

 

充足する魔力が眼鏡を挟んだとしても見えてくる。だが、それでも戦うと決意したのだ。

 

エーテルとサイオンの光が互いの間で交差する。両者がその2つのチカラを形あるもの(術式)にした時、開始のブザーは鳴った。

 

 

―――始まった瞬間、戦いの主導権は、どちらにも無かった。それは至極当然の話であった。

 

刹那はもはや彼の定番となった『魔弾』をありったけ吐き出す。弾幕の形成―――バレットシャワーとでも言うべきものが吐き出されて、およそ500m先の1年3人を穿たんとする。

 

対する1年組も、それに負けじと魔法を吐き出す。

 

香澄が放っているのが風の弾丸であるエアブリットならば、霧雨が放つのは水の弾丸―――アクアブリットとでもいうべきものだ。

 

水を使った魔法という意味では、中々に懈怠なものだ。

 

水は氷と違い、固体としての質量物ではないので、弾丸として放つならば、前年までいた双子の姉のように氷にした上で放った方が効率的なのだ。

 

だが―――――。

 

(成程、香澄の風の弾丸をサポートするためでもあるのか)

 

霧雨の考えを少しだけ読めた、観客席の達也は感心する。

 

「流体制御か、ケイネス先生の十八番ではあったが、こういう相互で制御することも、また一つの考えだな」

 

ウェイバー先生に『ぽつり』と言われたことで、達也も理解が捗る。

 

風の弾が水の弾に接触すると、水の弾はちょっとした水圧レーザーとなりて、襲いかかる。

 

香澄が100の弾を放ち、霧雨の放つ200の弾を加工する。

 

餅つきの阿吽の呼吸のごとく、それらは刹那に向けられていた。

 

もっとも……それが届くかどうかはまた別の話ではあるのだが……。

 

当然、それらは刹那の放つ魔弾とかち合う。砲弾と砲弾の打ち合い。当然、それらが通じるのは……どちらが多くの(たま)を撃てるかにかかっており―――。そういう判断では、軍配は刹那にあがるのだった。

 

(重っ! やっぱり刹那先輩の魔弾は強い!!)

 

(こちらが200発打つ間にあちらは400発―――)

 

単純な物量差であることを感じて、歯噛みする。更に言えば……。こちら(1年)は2人がかりであるのに対して、あちら(2年)は、1人でこちらを抑えつけているのだ。

 

「レッド!」

 

「了解だぜ!」

 

更に言えば、その最中でも余裕綽々というわけではないが、前線を金髪の2年―――モードレッド・ブラックモアに譲った上で、刹那は後方射撃に移る。

 

モードレッドのスキルは『赤雷』を操ることにあり、同時に、この場においては最大級に不味かった。

 

「キリくん!」

 

「ええ!!」

 

水の弾丸を出すのをやめて即座にスイッチしたが、放たれた弾丸と「閃雷」が触れた瞬間、フィードバックが走る。

 

痛痒は一瞬であったが、それでも痛みは痛みである。動きに微細な淀みが生まれた。

 

「―――Bow and Arrows(BaA)!」

 

無論、その隙を見逃すレッドではない。全身から迸る朱雷を『矢』に換えて、弓弦を引き絞るかのような体勢を取る。

 

理想的な射撃フォーム。現代魔法において、そういう所作を取ること、狙い撃つぞ! という合わせは隙にしかなりえないはずなのだが……。

 

(レッドの全身から奔る雷と刹那の魔弾とが、1年組の攻撃を通さないでいる……)

 

対魔力でも上のはずなのだが、その辺りは抑えているのかもしれない。

 

ともあれ、ノーガードでの撃ち合いという大歓声沸き起こるド派手な魔法戦は、思わず息を呑む速射戦へと移りそうだったのだが……。

 

「そうはさせませんよ!!」

 

放たれた矢―――高速のそれをガードするべく、泉美が前に出る。領域干渉ではそれを抑え込めないのは理解できている。

 

放たれた矢の威力は相当なものだ。

 

魔力の密度。圧縮された電圧のエネルギー量。放たれた運動エネルギー。

 

全てが彼女では抑えきれないことが理解出来ていた。ゆえに――――――。

 

(上空へと逸らす! 下手に湾曲障壁で逸したらば観客席に直撃する!!)

 

それだけは避ける。そういう泉美の意気が通じたのか、それとも元々だったのか、レッドの放った矢は、沈むようにフィールドへと落ちる。

 

速いが沈む矢。物理法則の通りと言えばその通りだが……ともあれ着弾点が考えていたところとは別になると察した時点で、刹晶院霧雨は―――。

 

「散ってください!!―――『抑えます』!!」

 

「おう!!」

 

「―――」

 

刹晶院の言葉に応えた香澄とは違い、泉美はその言葉に疑問符を持ちながらも、香澄に引っ張り連れられるままに、着弾の影響範囲から逃れた瞬間。

 

「飛雷審」

 

呪文を唱えた霧雨によって、着弾と同時に炸裂するはずであった雷のパワーは全て消え失せた。

 

一瞬だけ破裂しそうなほどの圧が泉美と香澄を襲おうとしたが、それらが、あっという間に消え失せたのだ。何をされたのかは、分からない。

 

だが、それが刹晶院霧雨の力の一端であることは理解できていた。

 

「――――やるじゃねぇか!」

 

モードレッドの素直な称賛。強化した聴覚が、それを聞き届けながらも……反撃のチャンスだ。

 

「お褒めに預かり恐悦至極!! 香澄さん!!」

 

「準備は出来ているよ!! 泉美!!」

 

「大丈夫!! いけるよ!!」

 

阿吽の呼吸で言い合う霧雨・香澄とは違い、泉美は少々戸惑いつつも、香澄と同調しつつ気圧の魔法を解き放つ。

 

それは本来ならば、かなり殺傷性の高い魔法として存在するものだが……。

 

 

「ふぅむ。窒息乱流でしたか。『ふたりはジェミキュア』は、随分ととんでもない魔法を使いますねぇ。ですが、この神風魔法怪盗ジャンヌの前は素通りさせませんよぉ!!」

 

ここに来て『あざとイエロー』なフランス美少女が、手を掲げて障壁を発生させる。奇跡を願うようなその所作だけで、現代魔術をも超えた術理が展開される。

 

障壁……というよりも、半円の殆どを覆うものは大聖堂(カテドラル)

ナイトロゲンストームで範囲を圧迫するも、それを吹き飛ばすほどの巨大壁(ビッグウォール)の発生。

 

焦る七草双子(ダブルセブン)。しかし、その魔法に『違う術式』が『相乗り』してくる。

 

巨大な魔法陣。上空に描かれている紋様は現代魔法のそれではない。

 

だが、そこから放たれるは―――。

 

「雷霆!!」

 

先程のレッドの朱雷を拡大したような落雷の雨であった。

 

次から次へと迸るそれに対して。

 

Anfang!(セット) Pseudo-Edelsteine.(疑似宝石)Sieben Sterne im Umlauf!(巡る 七つ星)

 

七色の光源を携えたオーブが出来上がって、そこに落雷の雨は吸い込まれていく。同時に、窒息乱流の術も吸い込まれていく様子だ。

 

「ええっ!?」

 

「うそーん!!!」

 

「……これが遠坂の魔術()……!?」

 

三者三様の驚愕の言葉を吐く一年の眼前には、七色の『宝玉』を自分の周囲に滞空させる蒼金の魔術師がいた。

 

 



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第320話『スクラッチ-Ⅱ』

リロメモ、とりあえず水着リーナをゲット。
まぁキャラゲーなんだから、こういうのでいいんだよ こういうので(輸入雑貨商)




 

 

魔法大学付属第三高校に入学した七宝琢磨は、現状に様々なことを想っていた。

 

当初こそ、色々とタレント揃いな一高に入学することは、自分が埋没するという危機感とか、七草との競争を避けたとか思われても、なんとでもいえという捨鉢な気持ちと、少しの反発心を以て金沢までやってきたのだ。

 

一人暮らし……かつての学生の一人暮らしというと、かなりアレコレと手間がかかるものであったが、現在はそうでもない。

 

自動調理器。自動掃除機。自動洗濯機。自動乾燥機。

 

部屋に備え付けてるそれにモノを放り込んでおけば、簡易でこなしてくれる。

琢磨の生活を実家と同じくしてくれた―――しかし、やはりその辺りの前準備も家人にやらせていただけに、手間は感じる辺り、自分はまだまだだと想えた。

 

そう考えると、入学当初から『恋人』と同棲していた上に、家事全般をある程度己だけでこなしていた―――。

 

 

(意識する必要があるかよ……)

 

琢磨にとってその男は、どうしても険相を浮かべてしまう存在だった。

 

数字持ちはおろか、エレメンツですらなく、あえて言えば古式なのかもしれないが、古式の界隈でも聞いたことがない相手だとのこと。

 

なのに、そいつは魔法師界の最前線に立ち、多くの変革を行い、さりとて無用な敵対を発生させず、事態の中心にいつでもいる……トラブルメーカーにしてトラブルシューター。

 

孤狼にして万軍を得るもの……だからこそ、琢磨は遠坂刹那から離れたのだ。

 

自分は(あのひと)には迎合しない。その幕下には入らないという意思を以て三高に来たのだが……。

 

(マキさんには申し訳ないことをしたかな……そのうち、設定の上は、京都府警なのに誰一人京都弁を話さない刑事ドラマよろしく、石川県警なのに誰一人金沢弁を話さないドラマ撮影をやるとか言っていたけど)

 

勘弁願いますと想いつつも、戦いには集中する。

 

風紀委員の職務とは別に『部活動』にも入っていた琢磨。

 

マーシャルマジックアーツ部という魔法戦闘を主とする部活は、流石は尚武の三高というだけに、とてつもない気迫のものであった。

 

時にはOBである一条剛毅がコーチとしてやってきたりして、多くの未熟な学生たちを笑いながら蹴散らして、惜しげもなく技を披露していくのだから、学生たちはそれを見て、学び……技を練る。

 

そういうものであったのだが、今日は違った意味で注目するものがあった。

 

隣の武場で練習をする魔法戦闘系の部活である。

 

マジックフェンシング部―――剣術競技としてオリンピック種目にも選ばれたフェンシングに魔法技術を加えた、アーツ部のように米国海軍の体術に合わせたのとはまた違う成立経緯を持つ魔法競技で、2人の少女が剣を合わせていたからだ。

 

ちょうどよくアーツ部が休憩時間に入ったので、タオルで頭部を満遍なく拭いていた時に、それを見させてもらうことにした。

 

アーツ部と同じく魔法戦闘を行うためのスーツ。体のラインが出るタイプのそれを着ながらサーベルを振るう2人の少女。

 

それだけでも絵になり、見応えというものを覚える。

俗な話だが、女性アスリートには時に『魅せる』というショーマンシップ的な面が、男性アスリートよりも求められる。

 

それは協賛スポンサーとか、画面の向こう側の人々への『受け』をよくするためでもあるのだが……

 

「やってるねぇ。一色の姫騎士サマは」

 

「上級生に対してそういう言い方、どうなんだよ伊倉?」

 

「褒めてるつもりだったんだがな」

 

同部の同級生。伊倉という男子の言葉に少しだけ窘めながらも、琢磨もその姿を見る。

 

剣戟を振るう女子たちの中でも、やはり彼女は目立ってしまう。

 

日本の魔法師界では珍しい金髪。

そしてモンゴロイドではない顔立ちの少女は―――確かに姫騎士であった。

 

一色愛梨―――『第一研』出身の一色家、その本家の次女である。

 

一時期は様々なスキャンダルに晒されたものの、気風のよさを持つ三高では特に波風立たず、寧ろその後に起きた横浜マジックウォーズ、東京魔道災害における『長女』と『次女』の獅子奮闘の賜物で、名誉回復どころか家名向上したほどである。

 

白系統のスーツに身を纏いながら、サーベルを振るう少女。高速のラッシングからの薙ぎ払い。

 

凄まじい攻撃だ。魔法を使っているからこその迫力ある攻撃。されど、そこには荒々しさではなく優美なものを感じる。

 

そんな少女の攻撃に対するものもまた、尋常の剣術競技者ではない。

 

こちらは純日本人と言える人間だ。カラスの濡羽色とでも評すべき髪を振り乱しながら、姫騎士の攻撃を受けていく。

 

どちらかといえば防御主体な剣腕だと気づくが、決して返し技を決めていないわけではない。

 

最硬度の『盾』のような魔法で守りながらも、カウンターを決めていき、ポイントを獲得していく。

 

実力伯仲と呼ぶに相応しい戦いの結末は、経験で勝る姫騎士―――、一色愛梨に軍配が上がる。

 

相手である一年生『光主タチエ』は、敗北しながらも無表情のままに終了の礼をするのであった。

 

 

(一色先輩と互するなんて、あの同級生……何者だ?)

 

日本の十大研究所が様々(・・)な実験を経て作り出した『現代魔法師』。そんな自分たちの祖先が得てきたチカラは、そうそう簡単に覆されるものではないはずだ。

 

時には世間一般の倫理・道徳観から見れば、非人道な実験を経てでも得た魔法能力が、ぽっと出の家系に追い抜かれる事実を、最近殊更認識しているのが、師補の家として十師族を目指している琢磨などなのだが……。

 

光主という名字から『光のエレメンツ』とも感じるが……。詳細はわからない。何だか本当に『生きている人間』なのかと思っていたのだが……。

 

「おいおい琢磨。あんまり汗かいた女子をジロジロと見るなよ。セクハラだと思われるぞ」

 

伊倉の言葉に、そういやそうだなと思って、紳士的ではない行為を終えて後ろを向くと。

 

「寧ろ、見ている時点でセクハラ成立だがな七宝」

 

「―――将輝さん」

 

この三高の王子が立っているのだった。遠くにいる女子のマジックフェンシング部が色めき立ち、近くにいるアーツ部女子も、汗を気にして、今さらながらあたふたする。

 

何用かと思ったのは、当然自分だけでなく遠くの一色愛梨も同じだったらしく、サーコートを肩に羽織ってから、こちらにやってくる。

 

「覗きにでも来たのかしら?」

 

一色の詰問するような言い方にも聞こえるが、傍から聞く限りでは平素な調子だ。

 

「まさか。様子を見に来たのと……ちょっとした『お節介』だな」

 

後半で少しだけ面白がるような声を出した将輝に、誰もが『?』を頭の上に発生させるも―――。

 

「どうやら一高で『イベント』が発生したようだ。一高以外の魔法科高校でライブ配信中。かなりスゴイことだから、ここの大画面モニターを使って視聴しようかと」

 

何が起こったのやら、という一年が疑問を呈する前に。

 

「セルナなんですねっ!! ああっ、流石は私のモナムール!! 魔法師界のトップオブトップス!! 今度はどんな覇業を成したのでしょうか!?」

 

どんな推理が成されたのか、簡単に正解を導き出すのであった。瞳の中にハートマークが出来上がった様子の一色愛梨(想像)を見て、蚊帳の外であった琢磨は『脈がないかな?』とか、考えてしまう。

 

先程まで苛烈に華麗に果敢に剣を振るっていた姫騎士から、恋に恋する乙女への変貌に一年の殆どは呆然としてしまう。

 

とんでもない変わりようであったからだが……。

 

「伊倉はあんまり驚いていないんだな……?」

 

例外はいたりするのであった。

 

「まぁ地元民ですし」

 

苦笑するような伊倉には、新潟の方に越した親族がいる。歳は少し離れているが、名字との関連で『おもしろい名前』の近い年代の従弟がいるとか言う話を聞いた。

 

当初は、琢磨の同級生たるこちらの伊倉家も新潟に行くことが検討されていたが、『色々』あって『国替え』はしなくなったとのこと。

 

「一色先輩が、あそこまで一高の遠坂先輩に熱を上げているのは、ここいらの魔法師の間では有名な話だ。かなり情熱的なアプローチしているみたいだし」

 

「けど―――、俺も東京にいた頃に少し見たが、どう考えてもシールズ先輩との関係が深すぎるように想えたぞ?」

 

割って入るのは無理なんじゃなかろうか? という東京モンの意見に苦笑しながら、伊倉はわざとらしく人差し指をふりながら『チッチッチ』とでも言わんばかりのポーズを取って持論を語る。

 

「それは確かに『わきまえた意見』だ。けれど、あそこまで『女』として自覚させたならば、責任持って『浮気』『不倫』するのもある種の甲斐性だと思うぞ」

 

マジかよとカルチャーショックを受ける琢磨。しかし、仮に一色愛梨が他の男と一緒になれるかと言えば、少々それも難しいぐらいには、何となく分かる。

 

学生時代の淡い想い出として忘却するには、遠坂刹那が、完全に一色と直接対面せずに済むぐらいにならなければいけないが……。

 

(生憎、魔法大学はこの国には一校しか存在していない)

 

完全に離れ離れになるのは難しいか? と想いつつ、将輝はイベントとやらが再生されているのだろう端末を、武場の大型スクリーンに表示されるようにつなげた。

 

そして最初に出てきた場面は……。

 

『いま必殺の姉ビーム♡♡♡ さぁセツナ、私をお姉ちゃんと呼んで、マロニエに歌を口ずさむような愛のユニゾンマジックをしましょう!!』

 

『なんで俺は味方から攻撃を受けているんだ!?』

 

『奴ら混乱している!!』

 

『火刑だ!! 火に包まれろ!!!』

 

『『真面目にやれ―――!!!』』

 

3対3の最新(?)のリローデッドな対戦形式の中で、高度な術を放ちながらも、戯けるような調子でいる見知った顔と見知らぬ顔の混成であったのだが……。

 

「レティシアあああ!! セルナと愛の合体攻撃『ペガーズ・エール』を使うのは、この私なんですけどぉおお!! というか、こういう時に怒るべきアンジェリーナは何をやっているんですかぁあああ!? あざとイエローすぎるこの衣装とか―――妨害せんかいぃいい!!」

 

(愛が深いか……)

 

今にも巨大スクリーンをぶっ壊しかねないエクレールを止めるべく、タチエも抑えに回っているのを見ながら―――。

 

(七草……)

 

自分にとって目の上のたんこぶであった双子が、最大級の強敵に挑戦できることを少しだけ羨むのであった。

 

琢磨以外の誰もが、三高の女子エースのこの様子が今後に影響しなければいいなと思いつつ、校長先生と新任の京音先生を呼んでくるように誰もが動く―――。

 

そして今年度の九校戦にて、この『深すぎる愛』が、最大級の波乱を巻き起こすのであった。

 

 



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第321話『スクラッチ-Ⅲ』

やはりプラズマリーナ収録も出るか。

ふふふ。ようやくちゃんと出版社から出るリーナの魔法少女。

そして新作ガンダム――――――うむ。境界戦機の二の舞だけはやめよう。
鉄血ほどじゃないんだが、それでも何というか……。

フィクションというもので企業間闘争という面を前面に出すとダメな気がする。
これで半沢直樹みたいに『倍返し』するような反逆物語ならば、いいんだけど。

まぁプロローグだけを見て判断するのはダメだな。

というわけで駄文、申し訳ないながら新話お送りします。


 

 

 

 

驚きばかりの術の撃ち合い。しかし、現在は刹那の『七色光線』で一年は少しばかり防戦気味。そこに至った原因であるもの―――発端たるものを知りたくなった。

 

「エルメロイ先生、刹那が使ったあの『吸収術』のようなものは何なんですか?」

 

「単純明快に言えば、宝石魔術だ。彼の家伝であり受け継いでいくもの……あの術式に関してならば、まぁ秘密というほどでもないな。単純な話ではあるが、放たれた術に『相性勝ち』しているだけだ」

 

術に相性勝ちしている。その理屈がいまいち理解できなかっただけに、詳しい説明がほしいところだが。

 

あまり魔法であろうと魔術であろうと探らないという原則があるだけに、マナー違反であることは確実なのだが……。

 

「まっ、元々は私が刹那の母親に教えて『実践』させた術式だからな。教えるのは吝かではないさ」

 

そう破顔するように言ってから、ロード・エルメロイⅡ世の課外授業が始まる。

 

「結論から言えば、ヤツのやったことは、七草君たちと刹晶院の術を『後出し』で無力化したということだ。

刹那が五大属性すべてに適正があるということは存じているな?」

 

「ええ、出会った当初はそれの凄さが実感出来ていませんでしたが、今となってはそれがとんでもない才能であることが理解できています」

 

そんな少しだけ『げんなり』した達也の言葉を聞いた時に、一瞬ではあるが、同じように苦虫を噛み潰したような顔をしたウェイバー先生が見えた気がする。とはいえ、説明は続く。

 

「五大属性全てに相応した『疑似宝石』とでも言えるものを『創り出し』て『円環配置』。その上で―――放たれた術に対して、相性で上回れる宝石からレーザーとでもいうべき波動を打ち出して無効化する。呪文詠唱の是非に関しては、まぁ諸君らには割愛しておくが―――、ともあれそういう風な術なんだ」

 

神秘はより強大な神秘に打ち負かされる。

 

魔術師側の理屈ではあるが、魔法師にもそういった風な原則はある。

 

干渉力の『強弱』によって、魔法が相手に透るかどうかが決まる。総じて言えば『速さ』勝負以外での戦いともなると、こういう理屈も存在する。

 

もっとも、魔術師側の神秘に関しては『地力』だけではないということが、魔法師の理屈とは違うのだが……。

 

「この術の利点は、『どれだけ』の規模の術式構築であっても、確実に相手の術を『打ち砕ける』という点にある。実際刹那の母親は、『霊脈』を抑えた『数十人規模』の術者たちで組んだ術を『後出し』で砕き貫いて、相手方を攻撃していたよ」

 

段々と理解が追いつくにつれて、その非常識さが身に沁みてくる。

達也の『術式解体』『術式解散』などにも繋がるものだが……。達也の術が相打ち狙い(パリイング)ならば、こちらは『カウンター』にも繋がるものだ。

 

「けれど、それをするには相手の術の特性を―――あっ……」

 

「中条君の疑問は当然だな。だが、あいつは発動する術が何であるかが先行(さきよみ)して分かる。魔眼という触媒の反応でも―――あるいは、展開した宝石円環に、フラガラックよろしく相手の術に反応するようにしておいても構わないな」

 

なんたるインチキ。

 

相手が『どの術』を使おうとも、カウンターを合わせてくる理不尽。

 

そういうことだ。

 

ズルい。

 

単純な悪罵が口を衝きそうになる。

 

「けども、そんな緻密な術式は、あんまり刹那使っていなかったような気がしますよ? 今回が初見です」

 

レオが発した疑問の言葉に一高生全員(リーナ除き)がうなずく。なんというか刹那が『遠坂の宝石魔術』を『戦闘』で使う際には、どちらかと言えば「刻印利用」の大砲連射が、主だったはずなのだから。

 

そのさま――――まさしく人間戦艦。

 

「だろうな。結局のところ神秘の強弱による打ち合いは、真正面からぶつかった場合の話だ。そして、先程の術式は回り道や裏道の話。つまるところ、相性の良さ悪さは、神秘の勝敗において大いに影響する――――――だが、刹那の場合は、殆どにおいて『強弱』の勝敗だけで決着を着けられる。大雑把ともいえるし、面倒くさがっているともいえるが―――大概の敵に対しては、真正面から打ち倒せるのさ」

 

その言葉に、刹那の『事情』知りたちは納得する。

 

偽物であっても『本物』に届くほどの宝具(しんぴ)を『鍛造』出来る刹那にとって、確かに『無駄事』ではないが、あえて『やらなくてもいい』術なのかもしれない。

 

先生があえて言葉を濁したが『疑似宝石』というのも、恐らく『投影魔術』によって作り出したものだろう。

 

武器とは違って、疑似宝石とやらがどれだけの時間保つものかは分からないが……。ともあれ―――。

 

「けれど、最初は吸収していましたよね? 今は、エルメロイ先生の言う通り、一年三人の魔法に対して出す前に合わせてカウンターを食らわせてますけど……」

 

―――最初の疑問はまだ解消されていなかったのである。

 

「これに関しては私も不明だな。凛に教えたのが五大属性を基点とした術式だが、刹那の場合は『七つ星』だ。恐らく自分なりに『術』を進めたんだろうが―――」

 

「リーナはなにか知っているんじゃないかい? キミの元々の『所属』。そして、セツナの『過去』―――まぁ後者から何となく分かるがね」

 

リーナを見ながらニヤつくライネス・エルメロイ。この小悪魔講師は、こういうことをする。刹那の人格形成に、多大な影響を与えた『師匠』であるこの御仁に言われて。

 

「ぐぬぬ! オノレいのりん(?)! BBAと言われるのは容赦できるが、それでもコノコトはワタシの口からは言いたくありません(NO SAY)!」

 

遣る方無い想いを持ったリーナは不機嫌よろしく、明後日の方向を向きながらそんなことを返す。

 

「―――だそうなので、みんなでちょっと推理してみ? 七という数字から思いつくものを出してみよう。キミたちのインテリジェンスを試すぞ―――!!」

 

受けてライネス講師は、周囲にいた生徒たちへとQUESTIONを出す。思考のBREAK THROUGHを行うべく、口頭で思い思いの『七』に関することを言っていく。

 

七本槍、七歌仙、七つの大罪、北斗七星、七支刀、七支槍……。

 

とりとめのない回答が続いていく中、遂に正解が美月の口から出てきた。

 

「あっ、わたし分かったかも知れません。ライネス先生、照応しているのは『七大惑星』じゃないですかね?」

 

気付いた美月がそんな風に言うと、面白がるようにライネスは指を鳴らすのだ。

 

BINGO(アタリ)ー♪。ミヅキくんの魔眼は私のと同じタイプだから―――……関係ないな。2つの胸の膨らみは、何でも出来る証拠なだけだ……」

 

「どこを見て言っているんですか―――!?」

 

成長した姿でも、若干この学校の『巨大』たちに負ける事実に、小悪魔ロードは不機嫌というか呆れながら、解説を義兄にパスした。

 

「にしても七大惑星をミス・ミヅキに―――ああ、成程。だからキミの魔術は『反射』に適しているのか」

 

「前に刹那君に教えてもらったんですけどね。それで覚えていました」

 

照れるように言う美月に、達也もそのことを思い出す。

 

七大惑星。いわゆる天文魔術における理論の一つである。

グノーシス思想ともいえるが……。

 

まぁリーナが不機嫌になるのは理解できる。天文魔術は、カレシの元カノ関連なのだから。

 

だが、移動してきた世界で会えた少女も『星』に関する人間だったのだから、色んな意味で『縁』なのだろう。

 

「魔術にせよ現代魔法にせよ。バイオリズムというのは、決して無視できない構成要素だ。その点で言えば、五大属性と『魔眼』を使って、円環をある種の天体運行に見立てたセツナのそれは、正しくパーフェクトにして」

 

「エクセレントだ。あれは、相手の術も、各惑星が受ける太陽光に見立てて『受け止めて』『吸収している』そして―――この一手を指した以上、一年組には2つの道しかないな」

 

講師2人の手放しの賛辞の言葉。

 

この王手からの道とは……。

 

「退くか―――『新たな自分を曝け出す』か。だ」

 

 

防戦一方としか言えない状況だ。観客たちは、ここからの逆転劇でも求めているのか、それとも……このままの降伏をするか。

 

「冗談じゃない!! 私はまだ全てを出し切っていない!!」

 

「このまま負けるには、少々……女意気に欠けますね!」

 

双子の方は、絶えず打ち付ける熱波、業風、水流、放電を躱し、防御しつつも戦意は絶えていない。

 

(遠坂先輩のこの1手は『さぁ、窮地だ。お前はどうする?』といったところか……)

 

挑戦状を叩きつけて、こんなカッコの悪いことをやるなんてあり得ないだろ? と嘲りの声が聞こえるかのようだ。

 

香澄が横目で霧雨を見てくる。なんやかんやと一緒にいた女子から、そのように『期待している視線』を向けられると、どうしても応えなければならなくなる。

 

「刹晶院くん……?」

 

疑問を浮かべる泉美にかまわず、眼鏡に手を掛ける。

 

双子の献身に答えるべく――――――

 

魔眼・封印解除(ブレイカー・アイズ)、私の眼は霧を架ける―――」

 

――――――魔眼殺しの眼鏡を外して、外界へとその眼を晒す。

 

その眼は―――灰色の中に『煌めく蒼』の瞳孔が存在するものであり、思わず泉美も見とれてしまうものであった。

 

「―――」

 

すでに半円の縁まであと五歩というところまで押されていた一年たち。

 

離れた安全圏から攻撃していた二年たちは、少々面食らう。

 

(眼鏡をしているところから察していたが、魔眼とはね)

 

おまけに自分が知らない魔眼。それが煌めく度に、魔力を含んだ『霧』……『魔霧』とでも言うべきものが視界を埋め尽くす。

 

 

それらがあらゆる意味で情報を遮断している。

 

(古式魔法師にとって、現代魔法師への最大級のカウンターだな)

 

霧の向こうにいる存在への干渉を全てシャットアウトする。恐らくこの濃霧の前では、達也の『眼』も相手を見通すことは出来まい。

 

かけるべきエイドス改変が出来ないならば―――。

 

「レッド! 最大出力!! ぶちかませ!!」

 

放出系の術で霧を吹き飛ばす。それが出来るかどうかの見極めに、モードレッドほどいい相手はいない。

 

「お、おう!! しかし……『魔霧』かぁ、貫けるかね―――」

 

不安そうに戸惑う理由は何となく分かる。だが、いまはやってもらわねばならないのだ。

 

十指を用いるCADを使って、術を構築するレッド。

 

「―――アーサー王の魔術基盤、その中でも使いやすく貫通力もある――――カルンウェナン!! 霧を吹きとばせ!!」

 

緑光あふれる魔刃の羽がレッドの周囲に滞空する。

 

「GO!!!」

 

指の指示によって霧へと向かうレッドの術だが―――。

 

霧と接触をした瞬間、消え去る結果が見えた。

 

(あの霧は、よほどの威力でない限り、突破は難しいか……)

 

だが、そんな『殺傷性』あふれるものを使えるわけもなく―――と思っていると、『窒息突風』なのか『風槌』なのかは分からないが、魔霧を孕んだ颶風(かぜ)を、こちらに飛ばしてくる。

 

その魔霧の人体への効果は―――。

 

(毒ではないが、魔力の循環を滞らせる、か)

 

長時間吸っていていいものではない。

 

「結界張りますよ」

 

「頼む。にしても、こんなものをあっちは吸っていても大丈夫なのかね?」

 

レティの言葉に言いながらも、攻撃は続行。一応、試しに『ガンド』を一発打ち込む。

 

呪いも威力も弱だが、それでも痛痒ぐらいはあるだろうか……。

 

「なし、か―――」

 

実験の結果はあまり芳しくない。攻防一体の魔眼。相手への強制的な『介入』ではない以上、魔眼とは少々違うかもしれないが……。

 

(いや、ある意味この霧に『囚われた』時点で、魔眼としては上級か)

 

しかも、現代魔法というキャリア(乗り物)を霧がこちらに飛んでくる。

 

泉美はともかく香澄の方は色々と練習してきたのかもしれない。

風槌による魔霧は、大玉の魔弾として結界を穿とうとしている。

 

「むぅ、マズイわけではないですが……中々に難儀なものを展開されましたね」

 

「霧がフィールド全てを満たせば、どうなるかわからんな。ならば、ここは一つ―――」

 

レティの少し悩むような顔で考えるに、あちらもそろそろ決着に急いているだろう。

 

となれば……。

 

霧を払う魔術―――霧の巨人に対抗した神々の領域にして最大級の『現代魔術』。

 

北欧神話における神性領域を再現しようとした瞬間―――。

 

「あちらもユニゾンアタックしてくるならば、こちらもそれに対応した攻撃を披露しましょう! 仏日連係攻撃ですよ!!」

 

レティがなんか言ってきているが、無視しながら神性領域を―――と思った瞬間。

 

「いま必殺の姉ビーム♡♡♡ さぁセツナ。私をお姉ちゃんと呼んで、マロニエに歌を口ずさむような愛のユニゾンマジックをしましょう!!」

 

手でハートマークを作ってウインク一発してから、ハートマークの波動が、あほらしい限りだが、ホワンホワンという音と共に刹那を直撃しようとしていた。

 

「なんで俺は味方から攻撃を受けているんだ!? つーか、こんなアホな術でもある種の精神干渉作用が働いているだと!?」

 

観客全員がざわつくのも当然だ。精神干渉の大家と言えば四葉家。それをフランスの魔法師がやっているのだ。

 

全員が『シェー!』とかやっていてもおかしくないかもしれない。

 

そんな様子を霧の向こうから察したらしき一年たちが、気勢をあげる。

 

「奴ら混乱している!!」

 

「火刑だ!! 火に包まれろ!!!」

 

『『真面目にやれ―――!!!』』

 

香澄、霧雨、そして観客の声が響いた時―――勝負を決する。

 

魔霧は、その特性とは裏腹に『可燃性ガス』の面というか燃焼する要素があったらしく、泉美と香澄はすかさず気体を燃焼させる術である『ヒートストーム』をキャストする。

 

燃焼させるべきものは大量にある。例え結界に阻まれたとしても―――酸素が無くなれば、口舌を使う魔術師たちには、痛手のはずだ。

 

これで終わらせるべく―――。

 

「キリく―――」

 

「僕に構わず!!! 香澄さん!!」

 

そんな風に焦点をすでに2年勢に向けていた泉美とは別に、香澄は少しだけ、魔霧の発生因である刹晶院を慮った。

 

だが急かされるように、言われたことでヒートストームが発生。

 

「―――ASGARD!!!」

 

聞こえてくる呪文なのかそれともなにかのキーワードか、それは分からない。

 

しかし―――それでも勝敗は刻まれる。

 

爆発が続く2年側の陣営。爆風と爆熱の余波がこちらにも届く。それだけ、刹晶院霧雨の魔眼からの『魔霧』が可燃大気として優秀だということだ。

 

これほどの大爆発の連続の前では、あちらも防戦一方のはず。そして勝敗が決まる!!!

 

「風王鉄槌!!!」(ストライク・エア)

 

泉美や香澄が驚くほどの颶豪風(かぜ)が吹き荒れて魔霧を吹き飛ばす。

 

自分たちが触媒として使ったせいで魔霧の防御が弱まっていたようだ。やったのはモードレッド・ブラックモア。

 

視界がひらける。そして向こう側にいる―――2年生が見える。

 

見えてきたその姿は、とてつもなく高くそびえる山のように大きな存在だが、決してノーダメージでないことを確信出来る様子だ。

 

決して負けていないことを理解した1年3人だが……

 

そして―――。

 

『it's GAME OVER WINNER 2年生チーム』

 

ダ・ヴィンチちゃんの言葉で勝敗が刻まれた。

 

 

「「「ええええ!!!!!?????」」」

 

戦っていた1年3人が驚くのも当然だ。しかし、観客全員は大拍手の嵐。健闘を祝われていてなんか複雑すぎて、狐につままれた気分であったところに―――。

 

「刹晶院、眼は大丈夫か?」

 

近づきながらも、こちらを心配する刹那―――その姿が高かろうと、決して負けて―――。

 

「ううん?……」

 

「……あれ?」

 

「―――まさか!?」

 

気勢を上げて、再び魔法をと、一歩後退した瞬間に理解する。

 

踏みしめた足元の感触が違う。明らかに視点が―――低すぎる。

 

先程までいた円形の闘場の感触ではない。

 

これはつまり……。

 

「場外負け!?」

 

ぽっかり半円が失われた闘場を遂に認識して、驚愕の声を上げる香澄。

 

「こちら側の陣地を―――消滅? 分解? どちらにせよ『ロスト』させたのか……!?」

 

どんなトリックであったかは、当事者である1年3人には分からないが、それでも―――。

 

(上を見るのはいいが、足元を疎かにするなってことかな……?)

 

地に足を着けて一歩ずつ着実に進んでいけ、あるいは……。

 

どちらにせよ……。

 

保険医であり魔法医としても有名な、この学校の教官であるロマン先生がやってきた。

 

「医者としては勘弁願うがね。だが、時にぶつからなければ見えてこないこともあるか。とりあえず診察室に来なさい。歩けないならば、こちらのガルゲンメンラインに連れて行ってもらうが?」

 

「「「いいえ、自分で歩きます」」」

 

きっぱりと、自力直立歩行をする無農薬戦士に連れて行ってもらうことを断るのだった。

 

ちょっとだけ怒っている様子の先生に申し訳ない思いを持ちながらも―――事態は動き、そして―――。

 

勝利したはずの2年生組の方で少しの動きが出てきた。

 

「刹那、何ていうか色々と―――とにかく!! 女の子にだらしなさすぎるのは―――………」

 

2年生組―――勝利を収めたはずの遠坂刹那に詰め寄る風紀委員『北山雫』の姿が―――そして何故か、糸が切れた人形のように崩れ落ちた瞬間。

 

刹那は抱きとめながら名前を呼び、喫緊であることを理解したロマンもまた、一年を小野遥に一度任せて駆けつける。

 

その様子に誰もが……ざわつきながらも、それでも2年A組の面子は……遂にこうなったかと、苦渋の顔をしてから―――全てを打ち明けることにするのであった……。

 

 



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第322話『わかりきっていたこと』


やはりFGOは神か。アーキタイプ・アースを2枚手に入れた。

無くなる無料石――――本当の意味でプライスレス(爆)

そして我が作品はこの展開を読み切っていた。だからあーぱーをEXTRA以来の鯖に(嘘)

やはり俺にはましん先生並みの予言力がある(んなわきゃない)

てっきり冒険は夏コミではお休みかなー?とか思っていたらば三田先生は侮れない。

きのこは――――――まぁ、C100を楽しみにしてまーす。


というわけで新話どうぞ


目の前で起こったことはかなり衝撃的であった。

 

何だかやんややんやと……いつぞや見た九校戦での勝利のあとのように、多くの人が集まって刹那をあれこれしていた。主に友人がほとんどだった。

 

何かをしていた中……その内の一人……北山雫が、ナイスバディな女子に引っ付かれている刹那に、激高とも注意とも言える言葉を吐いた数秒後―――様子を異にして崩れ落ちた。

 

とっさに支える刹那。呼びかけに答えることはなくとも、少しだけ苦しげに頭を抑える雫を見て、大声はマズイと思ったのか視線だけでロマンを呼び寄せる刹那。

 

ロマンも一年を無視するのは気が引けたが、安宿先生や小野先生が来たことで即座に雫の方へと向かう。

 

意図した結果ではないが、自分たちが刹那に挑戦したことで、先輩が体調を崩したのではないかと香澄は震えてしまう。そんな香澄を気遣って霧雨が少しだけ慰めようとする前に―――最初っから観戦していたのだろう一人の女教師が、こちらにやってきた。

 

「大丈夫―――というわけじゃないけど、あなたたちのせいじゃないわ。北山さんの不調は……きっと―――ありがとうね刹晶院クン。2人を守ってくれて」

 

香澄が安心するような声で、背中をさする四葉先生に少しだけ安心する。

 

「四葉先生……北山先輩はなんで……」

 

「――――――無茶『させすぎた』ということね……とりあえず―――……今は一服しなさい」

 

「「「はい」」」

 

一服ということで、軽食を若女将から渡されて立ち食いしながらも、ここからの少しだけ波乱を予感するのであった……。

 

 

Interrude―――。

 

「―――ASGARD」

 

発動させた術は、ターゲッティングを間違えていない。

 

この霧は厄介だ。貫こうと思えば色々と面倒なことになりかねない。ならば、ヤツラのバトルステージを『消滅』させることで試合終了とする。

 

達也並みの『卑怯攻撃』ではあるが、とりあえず問題はない。

 

かつての太古。神代欧州の概ね半分が、主神オーディンを始めとする北欧の神々に支配された世界。

 

その知識は魔術世界の定説では、こう述べられている。

 

九つの領域で構成されつつも、その領域全てに枝葉を伸ばす世界樹ユグドラシルが中心に存在する―――そんな世界……。

 

オフェリアからそれを聞かされた時、何となく自分の『魔眼』との共通点などを感じていた。

 

しかし、それをあまり『深くは考えないでいた』。というよりも、こういう外連味のある術というのは刹那の肌に合わなかったのだ。

 

だが、現代魔法師との戦いにおいて、刹那も少しは考えた。別にあちらの流儀に合わせようとまでは思わないが、『脆すぎる術理』の前では、自分の『幻想原理』が、ことごとく致命傷になる可能性もあった。

 

競技種目用の術と殺傷目的用の術―――その境界をつけるべきだった。去年はあれやこれやと制限を着けられて、苛立った面もある。

 

今年は選出されるかどうかは分からないが、それでも―――

 

その際に切られる切り札を、全魔法科高校にお披露目するのであった。

 

霧では覆い隠せぬ『足元』。そこから仕掛けた意味消失―――否、『収縮』魔術が半円を改変していき、大掛かりな光も、目に見えた変化も無い。

 

ただ、それでもガラテアが作り出したフィールドを消すのは少々心苦しくて、それでも最後には虹の橋(ビフレスト)が彼らには見えない上空にかかり―――勝負は決まった。

 

 

「コングラッチュレーション!!! まさか、こんな術で勝負を決めるだなんて!!! やはり刹那は私が見込んだ通りの魔術師です! 惚れちゃいます!」

 

その言葉通りに、刹那に対する称賛を身体で表現するレティシアの発言。

 

その後には色々なメンツからアレコレ言われる。そんな中でも―――。

 

「刹那! 何ていうかそういうの良くないよ!! 女の子にデレデレして!! 風紀を乱さないで!!」

 

「いや、俺も拒絶しようとはしているんだよ!? けども、無理やり『HANRERO』とか出来ないよ!」

 

「パリジェンヌは確かに恋多き人種ではあるんだろうけど、ここは日本だよ! レティシアさんは節操を学んで!」

 

「それは出来ません。私は刹那が大スキなので、その心に準じるまでです」

 

「リーナと付き合っているのに!?」

 

「シズクの言うとおりよ!!」

 

「リーナは左腕から離れる!!!」

 

「ここは、ワタシの定位置(スタートポジション)よ!」

 

おまいうすぎるリーナの言葉に噛み付く雫。どうしたらいいのか……正直、皆目検討がつかぬ。

 

「モテ男の宿命だな。というか……雫をフッたのは悪手だったのでは?」

 

そんな刹那の現状に物申すは、副会長である司波達也。そんなこと今さら言われても―――。

 

「べ、別に私は、フラれた腹いせとかそういう私怨で言っていないよ! ただ……リーナと付き合っていることは公然とした事実だってのに――――……」

 

―――少しやさぐれそうだった刹那が気付いた事実。

 

「雫……?」

 

「―――」

 

更に何かを言おうとしていた、雫の目の焦点があっていないことに気付く。いわゆる酩酊状態になっていることに気付いた後は。

 

「ッ!!!」

 

その様子を見た後に、糸が切れた人形のように倒れ込もうとするのを咄嗟に支える。

 

「だ、大丈夫……ちょっとばかり頭が重くなっただけだから」

 

「完全な体調不良だろ……」

 

顔を赤くして熱を発している雫をスキャンするような無粋は侵さない。しかし、目線だけでドクターロマンを見た刹那。

 

呼びかけに応じて、こちらに走ってくるロマン。

 

「とりあえず保健室に。これで『六人目』か―――」

 

「―――どういう意味ですか?」

 

「いまはまず北山を保健室に連れてきてくれ。刹那、キミ一人で、だ」

 

それに抗弁するわけではないが、頭を揺らさないようにするには、一人より二人、三人の方がいいのではないかという疑問を視線で呈する。

 

「長丈のスカートとはいえ、そういうのを嫌うかもしれないだろ? キミが連れてくるんだ 」

 

そう言われては仕方ない。雫を速く、されど揺らさずに、繊細な幻想種の卵を運ぶように、刹那は歩いていくのであった。

 

 

そうして目覚めたあとに見た顔は、頬に少しだけ赤く腫れたものを付けていた刹那だった。

 

何かの魔導書を読み耽っているのだろう。しかし、見下ろしていた書籍から顔をあげて、すぐさま起き上がったこちらに気付いたようだ。

 

清潔なシーツに清潔な掛ふとん。真っ白な印象を持つ世界。ここは保健室であった。

 

「気がついたようで何より―――、起きれそうか?」

 

「うん。けれど……今は―――7時……」

 

あの戦いが集結したのが、およそ3時30分前後だから、都合3時間以上も寝ていた計算になる。

 

「外線3番―――はい。今目覚められましたので、そちらまでお連れします。はい、失礼します」

 

「誰?」

 

「黒沢さん。当たり前だが雫が倒れたあとに、すぐさま北山家に連絡を入れて……」

 

「そのほっぺの紅は……お母さんが―――」

 

「俺が原因の一端だったからね」

 

少しだけさするのは、痛みがあるからか、それともその平手を打った際の紅音の表情を思い出しているからか。

 

だが、その平手のあとに病院に連れて行かずに、救急車を呼ぼうとしなかったのは、ドクターロマンの手腕を信頼していたからなのだろう。

 

それはつまり……紅音()は、この事象が痴情の縺れとかではなく、魔法的な『無茶』をしたからだと理解しているのだ。

 

「……いまはどうなっているの?」

 

「雫に必要なのは、頭と身体を休めることだ。いまはゆっくり休んでくれ」

 

「―――刹那……」

 

そういう関わらせない態度は取ってほしくない。そんな雫の抗議が通じたのか、あきらめて刹那は口を開く。

 

「――――――ウェイバー先生が、百舌谷教官を問い詰めている。キミで六人目の魔力疲労(テイクオーバー)した人間が出たんだ」

 

例え受け持ちが違えども、コレ以上は見過ごせない話であったようだ。

 

どんなことになるかは、まだ定かではない。しかし、変革は起こる。

 

そうしていた時に、北山家のメイド黒沢がやってきた。航と―――何故かここにいるヒカルちゃんに驚く。

 

「ワタル君がお姉さんが倒れたって言うから、急遽大阪(オーサカ)から飛ばして、ここまで来たんだ。ミノルとミナミの許可は取っているよ♪」

 

「そ、そっか……」

 

何気に凄いことをやっていたりするドラゴン娘に驚愕しつつも、どうやら何かしらの『薬』を持ってきたらしく―――検分することに。

 

「へぇ、竜血丸薬(ドラゴンハート)か。こりゃまた随分と珍しいものを」

 

魔眼を通して成分を解析した結果を言うと、自慢気になって九島ヒカルは口を開く。

 

「種別としては精力剤だから、呑み過ぎちゃダメだけど、こういう風な疲労状態になった相手を回復させるのは、やっぱり強壮な存在のエキスだからね」

 

「昔から血の料理はありましたからね。今でもそれは伝わっていますし」

 

夏休みに北山家の別荘で披露した、鳩の生き血グミとでもいうべきものを思い出した黒沢の言葉で手形は着く。

 

「まぁ用法用量を守って呑んでくれ。シズクさん」

 

「うん。ありがとうヒカルちゃん。早速一個もらうね。出来れば私以外のA組の人にもお願い」

 

そうして呑み込んだ丸薬の効果は抜群であり、身体が漲るものを得た雫の姿がそこにはあった。

 

「あとは美味しいご飯としっかりした休養を摂ることだね。それじゃセツナ―――案内して」

 

「そりゃ構わないが……えーと……」

 

ワタルくんが少しだけ寂しそうな顔をしている。姉と同じような病人を治すためとはいえ、ヒカルと離れ離れになることは少し嫌だったようだ。

 

「……俺の方でやっておくから、ヒカルは北山家にお世話なってなよ」

 

「うん、分かった。明日には帰るようだし、学校に行ったらば、ミノルとミナミがにゃんついた証拠を晒して、『こいつら交尾したんだ!』とか2高のみんなに言ってやるんだ!」

 

(ナイ)胸張って『えへん』とばかりに言うヒカルに対して……。

 

「交尾言うな。それ以前にそういうことはやめなさい」

 

そんな窘めしか出来ないのだった。

 

2高ではヒカルは超人気者であり、騎士的なカッコよさで女の子からきゃーきゃー言われながら、お人形さんのような可愛さで、着せかえ人形よろしくで、女の子からキャーキャー言われていると聞く―――。

 

(あれ? どっちにせよ2高ガールズの人気独占してね?)

 

まぁ光宣が彼女持ちということで、若干諦めている部分があるのだろう……推測だけど。

 

ともあれ黒沢さんと光井が保健室にやってきたことで、後を任せることにした。

 

「刹那」

 

「お大事に。悪いな。何か色々と……」

 

「うん―――私こそ……もう刹那は―――とんでもないモテ王だってことを、自覚しなくちゃならないんだね」

 

「………なんて返せばいいのか分かんない」

 

「がんばってね」

 

刹那からすれば煙に巻かれた言葉を最後に去っていく雫を見送ってから、違うところへと向かうことにする刹那。

 

ヒカルから渡された丸薬は紅玉のように真っ赤なものであった。

 

そして――――刹那が赴いた場所では……。

 

「アナタは自分の生徒をなんだと思っているんだ?」

 

「ロード・エルメロイII世―――あなたが求めている言葉が私には分かるよ。―――何より手間暇をかけた、貴重な自分の出世の道具だ。この言葉が聞きたかったんじゃないかな?」

 

場は、完全に討論ではなく闘論の類に代わっており、ジャッジであり議長役である八百坂教頭は、もう顔面蒼白で、どうしようもない状態に陥っていた。

 

 

ウェイバー・ベルベット=ロード・エルメロイII世。

 

第一高校2学年主任にしてA組担任である百舌谷 鳥彦。

 

この2人が、こうなることは分かっていたのだ。

 

わかりきっていたことなのだ。

 

 



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第323話『どうしようもない人たち』

原作イベントは、あんまりやんなくてもいいかなーと思いつつ、別に改変するべきところもにゃーし、と想いつつ箇条書き程度で書いておくかとも想える。


 

「つまり百舌谷教官、これは……!! 何故、そのような無茶な教導をしたのですか!? 確かに、国と協会とで国際基準を突破すべく策定したカリキュラムを『クリア』出来ていれば、問題はありません……。しかし……」

 

教頭、あるいは副校長とも言える八百坂が、これまでに2−Aを中心に行われてきた実技指導の実態に震える。

 

「ウェイバー先生、ライネス先生はご存知だったのですか?」

 

質問は、この事態を見てきていただろう他教室の教師に向けられた。

 

「A組の生徒にも義兄上や私にアドバイスを求める人間はいましたからね。その中に、今回の被害者も含まれていたということです」

 

だが、そこまで突っ込んだことも言えなかった。それぞれの教室や教官たちのやり方を貶めるのもあれではあるし、何より2人は本当の意味で外様なのだから。

 

言うなれば赤壁の戦いの前に呉に協力する諸葛孔明も同然……一人は敵方の司馬一族だったりするのだが。

 

閑話休題(それはともかく)。ウェイバーとしては、少々もの申したいこともあったのだ。

 

「今年度より特別な事情により本校へと赴任させてもらっている私ですが、教えを求める生徒を限定したいとは想いませんよ。当然、私自身のキャパを越えた教導は無理ですが――――――」

 

刹那が下地を均してくれていたことで、ウェイバーの仕事は、かなり楽になった面がある。一度は頭を痛めた弟子による魔術理論の布衍だが(本人曰く『先生の覇業を伝導しているんです』)、ここまで『ウィズダム』が置き去りにされて、『インテリジェンス』だけで術行使を行うなど、意味が不明なのだった。

 

「自分の為したいこと、成し遂げねばならないことが行き詰まった人間に手助けをするのは、先達の誰もが持たなければならない使命のはず。そこに強制はあってはならないと思いますが」

 

「最優秀の生徒ばかりを集めたとはいえ、性格も方向性も全て違う人間たちにA+だけを取れなんてのは、無茶苦茶な話です。

――――――何のために『才能』とやらの恣意的な判定で入れる科、『指導を受けられる』ヒトを区分けしていたんですか? アナタ方が認定した優秀な人間ならば全てを達者にこなせると? 優秀な人間は全て同じような能力値を誇っていると、全員が同じだとでも思っておられるんですか?」

 

ウェイバーの後を次いだライネスの皮肉を込めた言葉に、去年以前から百舌谷以外の『1科』側の指導教官だった人間が呻かざるを得ない。

 

「しかし、私達は国立魔法大学への入学者を、九校合わせて1000名は毎年送り込まねばならないんです。その為にも……指導が厳しくなるのは……」

 

「国にせっつかれて無茶をすれば、最終的には、生徒が持つ魔法能力の喪失にもつながる。別に『今』が成績優秀だからと、最後にどうなっているかは分からない―――そもそも、その考え方が好かないんですよ。近田教諭」

 

言われた近田藤野は、ライネスの言葉に虚を突かれた気分になる。

 

「使命感を持つのは結構な話です。それは尊いものでしょう。ですが、あなた方と生徒は果たして同じものを共有出来ているのでしょうか? 同じものを見れていますか?」

 

「それは……」

 

「言葉だけならば、最優秀の生徒としての自覚を持てとも言えましょう。しかし、それはどうやっても強制出来ませえん。何故ならば、教師と生徒は『違う人間』なのですから―――その『心』まで操る『精神干渉』(チャーム)を使ってでも『同じ』にしますか?」

 

沈黙。流石にそれは、教師としてあり得ない。先達として考えてはいけないことであった。ロード・エルメロイII世の『解体』が、ここぞとばかりに魔法科高校の教師を追い詰める。

 

「ですが、ある意味ではあなた方が羨ましいですね。明確な目標があるというのは、そこに邁進していけるのですから」

 

「ウェイバー先生は違う、と?」

 

「私はいつでも悩んでいますよ。自分自身も、生徒への教導も、ね」

 

苦笑するように、22世紀にいたろうとする時代のテクノロジーの産物『無煙タバコ』、嫌煙権と愛煙家の狭間で作られたものを口に加えた。

 

それを魔術的に改良した・改良させたものを吸いながら、真夜の質問に答える。

 

「他の方々がどう考えているかは存じませんが、私は生徒が『達者にこなせる』ことを積極的に推し進めようとは思えません。まぁ本人が『それでいい』『これでいい』というならば、それで構いませんが……達者にこなせることが、『自分のやりたいこと』と乖離しているならば、そこで私は生徒に対する助言を戸惑う。それは自分を無くすということですから」

 

ウェイバーの言葉はどうしても、ここの人間たちには響いてしまう。

それは実感を籠もっているからだ。

どうしても懊悩が込められているからだ。

 

一度は……考えたことだったからだ。

 

「達者に出来ることを生業に出来れば、それは当然()入りがいい人生が送れる。よほどのことが無い限りは安泰でしょう。堅実な人生を歩むならば、そちらの方がいいに決まっている。誰だって貧しい想いをするのもイヤですし、そうなってしまった生徒を見れば後悔も生まれる」

 

『………』

 

覚えがあるのか、中年の教師の中には少しだけ苦衷を覚えた表情をしているのもいる。

 

「私は確かに多くの生徒達を教導してきました。『その本』が示す人物たちは、私の拙い指導を受けて―――そして『自分の家』の魔道を受け継いできた人間たちだ」

 

その本というのは、昨年度に遠坂刹那が魔法科高校に投げつけた爆弾であり、先達たちの歴史。

 

昨今では『エルメロイの書』などと俗っぽく言われる魔導書である。机の上に置いてあるそれの重さが増したように感じた。

 

「しかし、その裏でそれを嫌ったものたちもいた。

自分にとって『達者に出来る』ことを推し進めることが、自分を無くすことだと分かって、自分の『面』(かお)を取り戻したいと思った人間がいた―――」

 

ウェイバーの言葉は、遠くて、そして想像するには情報量が少なすぎたが、それでも、『作られた人間』として、その手のことを言われてきた家系もあるだけに、少しの想像も出来た。

 

そしてダ・ヴィンチとロマンは―――。

 

『マ、マシュ……』

 

などと、そういうヒトが身近にいた人間は、涙を、嗚咽を零せないでいた。

 

「そして何より達者に出来ないことだからと、諦めずに没入すれば、深く重い、狂おしいほどの懊悩の果てに『境地』『悟り』に達することも出来るかもしれない。

―――そうであると『僕』は信じたいんです。早咲きで早々に散っていく才能よりも、遅咲きでも、長く努力したがゆえに気付ける境地にも、価値があるのだと、ね」

 

生徒の未来を考えるならば、適正にあったことを学ばせる、それで将来を食わせていく道筋が『正道』だ。

 

だが、それを生徒が望むかどうかはまた別の話なのだ。

 

 

―――才能。

 

 

それは成功を約束するギフトではあったのかもしれない。だが、それを求める人間だけではなかったはず。

 

たとえ他の人間に喉から手が出るほどに狂おしく求められるものであったとしても……当人の『心』を『生き方』を無視することは出来ない。

 

「才能の研磨だけに明け暮れて、生徒の心を蔑ろにすれば、たちまち違う分断が襲う。そして世の人々からはこう言われるでしょうな。

『魔法大学付属は、魔法師という人間を育てているのではなく、魔法師という魔法の部品(パーツ)を育てている』とでも、もうちょっとセンセーショナルな文言もありえるかもしれませんがね」

 

「………私の不義を問うのは結構だがね。ならば、どうしようというのだ?」

 

「アナタが指導する生徒全てを私かライネス―――あるいはスカサハ殿に委ねる」

 

「それは―――アナタの言う生徒の自由意志を尊重した発言とは思えないな……」

 

「アナタのもとで能力喪失者が生まれるかもしれない事態を座視するぐらいならば、それぐらいの強権は発動させますよ」

 

ここまで百舌谷とウェイバーだけが舌戦を繰り広げていた。そして何より、その強権―――百舌谷を排除するということは……決して不可能な話では無かった。

 

ここも教育行政の庇護下にある『専門高校』の一つであることは間違いなく、私立高校のような『雇われ教員』とは違い、みなし公務員という立場なのだ。

 

当然、懲戒処分ということも可能なのだ。しかし、それは今まで行われることはそこまで無かった。

何故ならば、国の思惑としては、どれだけ人格や経歴・素行に問題がある―――そんな人物は当然、採用段階で弾くのだが、それでも魔法の実技指導を行える教官というのは貴重なのだ。

ある程度は、その指導方針の違いに関しては見逃すという生臭さもあった。

 

当然、だからといって生徒に行き過ぎた指導を行った人間は懲罰の対象である。自校から排除を求めることも出来る。

 

どちらも退かない事態に、八百坂としては不味いと思っている。

 

どちらが悪いかといえば、当たり前のごとくカリキュラム上の安全装置を外し、術式の不安定な状態でも実技指導というか魔法実践をさせる、百舌谷の指導方法が悪い。

 

だが流石はA組というか、それとも何かの強迫観念からなのか、ここまでは一応、そういう不幸は起きていない。

 

とはいえ、六人もの生徒がサイオンオーバーによる酩酊状態になったことは間違いないのだ。

 

何故、こんなことをしたのか……それが八百坂には理解できていた。だからこそ、ソレは諌めなければならないことなのだが。

 

そんな風に青褪めていた場面に、一人の生徒……現在の争議の大元などと言いたくないのだが、どうしても言いたくなる男子が入ってきた。

 

彼の起こしたものが、年寄を焦らせた。それは別に年寄りを貶めようという考えではなく、ただ単に、今の世界で息苦しい想いをしている人間たちと共に歩きたかっただけなのだ。

 

だが、どうしてもそれを、数字持ちとして、階級社会の一員として生きてきた人間たちは受け入れづらいところもあったのだ。

 

「―――アナタは自分の生徒をなんだと思っているんだ?」

 

「ロード・エルメロイⅡ世―――あなたが求めている言葉が私には分かるよ。―――何より手間暇をかけた、貴重な自分の出世の道具だ。この言葉が聞きたかったんじゃないかな?」

 

その言葉に―――多くの教師たちの軽蔑した視線が届く。

 

だが、しかし数名は―――平素であった。その理由とは―――

 

 

「どうやらもはや止まらぬようだな。忖度するわけではないが、北山くんの親は有名企業の社長だ。そこのお嬢さんをこのような事態に陥らせた以上、本来ならば即刻、百舌谷くんを謹慎させるのが筋ではあるが――――」

 

刹那の後に入り込んできたヒゲの校長が、ここまでの会議を聞いていたような口ぶりで、裁定を下そうとする。

 

「しかし、エルメロイレッスンの端緒であるロード・トオサカの個人レッスンを去年許して、エルメロイ先生の方法論を『是』とした私が、百舌谷くんの教育手法を『否』とするわけにもいかないのが実状だ」

 

「出ている魔法過労者に関しては、どうします?」

 

「魔法教育に安全・安心などあり得ぬよ。細心の注意を払っても、そういうことはあり得る……そもそも、その細心の注意を払わなければならない人間たちを放り出していたのが、去年以前の現状だったのだからな」

 

ダ・ヴィンチの疑問の声に、そう答えた百山校長は、会議室内にいる数名を見てから宣言をする。

 

「そこで、だ。エルメロイ先生―――アナタには1週間ほどA組の生徒を指導してほしい」

 

「……自分がですか? ですが、私が抜ければ―――」

 

「義兄上が抜けた穴ぐらいは我々で何とかするさ。ただ、そろそろ義兄上にも他の霊基で顕現してもいいぐらいだな。具体的には、プリテンダーのクラスで『DJフロアのマスター・パリピ孔明』とかで」

 

FUCK(ふざけんな)!」

 

何人かはその様子を想像して吹き出すのだった。

 

小悪魔ライネスの言葉は空手形ではない。そもそもロード・エルメロイII世は、度々巻き込まれるとんでも事件で教室にいない時が多い人物ではあったのだ。

 

「百山先生、私は――――」

 

「キミは暫く私と共に校長室のモニターで、エルメロイ先生の手腕を見学だ。いいな鳥彦くん」

 

「は、はい……」

 

自分の思惑を外された訳ではないが、それでも戸惑う百舌谷教官とは別に、ロード・エルメロイⅡ世ことウェイバー・ベルベットは、『才能のある奴なんてあまり見たくない』という想いに囚われていくのであった。

 

 

そして翌日―――。

 

「軽いな」

 

自信満々で放ち、それでも通じなかった術を評された時に、どうしても悔しさが出たのだが……。

 

「だが、まだちょっと重い」

 

「―――」

 

顔を上げて聞かなければならない言葉が出てくる。

 

「魔術の世界で『重さ』(WEIGHT)は、確かに全ての決するファクターだ。しかし、そう簡単にそれが身につくならば、諸君たち優秀生の間でも差がつくことも無いだろう」

 

そうだ。それを補うために、自分たちは―――苦しんでいる。

 

「しかし、だからといって一朝一夕で身につくわけではない。だが、重さに対抗するために作った己の武器なのだろう。磨いてきたのだろう。これで重いだけの鈍重な連中を倒すことを狙っていたのだろう」

 

自分を理解されたことに少しだけ森崎駿は喜色を出して、それでも……このヒトは―――。

 

「―――身軽さ・疾さが信条とみえる。ならば最後まで貫き通せ―――」

 

 

―――迷うな。

 

それは、生徒への教導や自分の進んだ道に迷うこと多けれど――――――それでも生徒が望んだ道・願望(ねがい)を後押しすることだけは忘れていない。

 

偉大なる王の臣下になりたいと、並び立ちたいといつまでも願う男の、迷い無き助言であった。

 

 

 

 



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第324話『どうもしない人たち』

ちょいと予定変更、前話で言っていたアンケートはナシにしようかと想います。

書かなきゃならないと想ったので急遽変更。大して気にしていないとは想いますが混乱させて申し訳ありませんでした。

数々の名優の訃報が相次ぐ中、それでも僕らの夏は――――――通販でしか買えないよ。

ちくせう。盆で色んな方々がお帰りになっている中での新話お送りします。


 

「先生、大丈夫かな……?」

 

「フツーは、逆なんじゃないかしら?」

 

心配をするベクトルが違う気がするリーナは恋人にそんなことを言うも、恋人は真剣な限りであった。

 

「先生は、何かあるごとに命の危険に巻き込まれるか弱いお人だからな。弟子一同はいつでもハラハラドキドキだ」

 

一番心配していたのは、墓守のヒトであった。自分が物心ついたときには、もはや夫婦同然の関係であったのだから、いっそのこと結婚してしまえと何度も思ったほどだ。

 

「ケドその後は、セツナが一杯心配させちゃったのよネ」

 

「俺も色々と考えていたんだ。指針たるお袋が死んじまったからな」

 

これからの遠坂をどう切り盛りしていくか、そもそもやっていけるのか……まぁ無謀すぎた点もあったかもしれないが―――。

 

「一人前になるために、色々と知りたくなってしまったんだ」

 

それで母親ではなく父親の足跡を辿る辺りに、刹那の心をリーナは理解してしまう。そういう所はオトコノコなのだ。

 

(ロード・エルメロイII世、あなたの心がA組の人間たちに伝わることを願っていますよ)

 

その言葉の後には教師補として、教室に赴き―――。

 

「もうライネス先生から聞いていると思うが、一週間ほどウェイバー先生は違うクラスに行っている―――そして、この一週間を利用して―――俺は君たちに格段のレベルアップを施そうじゃないか!」

 

「「「「「OH! YEAAAHHH!!!!」」」」

 

「今日は君たちにかっちょいい術を教えてやるぜ。カムカムエヴリバディ! ……と言ってやりたいが―――」

 

教壇に立つと同時に、見えてきたメンツに物申したい。いつもと後輩諸君の調子が違うことを認識した刹那は、机には座っていないが、それでも授業を受けに来たメンツを見ながら言う。

 

「あー……何で2B組のメンツがいるわけ? しかも四葉先生まで含めて……」

 

メンツは親愛なる我がクラスの同輩たち一同であった。

 

「いやー、私ってば教師になってそんなに日が経っていないから、こういう風な他の先生の教育手腕を見て学ばなければならないのよ」

 

ココアたちへの教導とやらは、何だったのかと思う。

 

その辺りを刹那かリーナの表情から読んだ四葉先生は。

 

「アレは九亜ちゃんたち『わだつみ』ちゃんたちが、魔法の教導よりも、一般教養を学ばせることを重視したから―――まぁ『真夜先生は悪の組織のエロい女幹部』とか、妙な勘違いもしていたから必死だったの!」

 

必死な形相の四葉先生には悪いが……わりかし的確な表現なんじゃなかろうか、と九亜たちの鋭い感性を内心でのみ褒めてしまう。

 

「で2−Bのメンツは何だ? 俺とリーナがいなくて寂しかったのか?」

 

「んなわきゃあるかっ! あ―――いや、確かに無くはないよ。ただ、ソレ以上に興味もあるし、何より……エルメロイ先生がいない中で、遠坂がノーリッジ生にちゃんと教導出来ているかを知りたかったのよ」

 

ツンデレすぎる桜小路の言葉に『そうかい』と笑みを含めつつ、ならば、これを利用しない手はない。

 

今日やることは、魔力の収束・拡散運動に関してである。

 

質量物質や気体などに対して干渉を行う際に必要となる術理ではあるが、これを行うためにはまず『サイオン』をそのように『加工』する技術が必要になる。

 

物体や気体に干渉する前に、己のチカラがどう作用するかを知る必要があるのだ。

 

「優秀な先輩方も多いわけだ。実演及び聞きたい人とかに聞いておけよ。部活での先輩もいないわけじゃなかろうし」

 

まぁ魔法競技系の部活部員が多いわけだが、それでも―――いい感じにバラけているのを見つつ、全員に用意したエーテル塊―――半透明な粘土のようなそれで、思うままにやらせることにした。

 

「―――あまりやり方は指導しないのね?」

 

「人間それぞれで『感性』って違うでしょ? 先生が、初っ端の指導の説明の際にあえて『精神系統』を省いたのは、各々のリアリティイメージに余計なものを与えたくなかったからなんですよ」

 

結局の所、魔法師とて人間であるということだ。例えば、『葛飾北斎』の『富嶽三十六景』を見せた時に、その絵を『ダイナミック』と感じるか、『リアリズムではない』とか―――『北斎はミクロ秒の水の動きを見ていた』とか感じるかは別なのだ。

 

ヒドイ時には、ヒトに『楕円形』を説明する際に『三日月』とか表現するような人間もいる。とはいえ、本人がそうならばそうなのだ。

並べてヒトの感性が導き出すイメージに、共通したものとは無いのだ。

 

そこを『矯正』しようとは思わない。上記の楕円を三日月と称するように、流石にあからさまに『アレ』であれば、少しは物申すも……それでも個人がイメージしたものが、そうであるならば、そこから『拡大』させるか『収束』させるかは、それぞれなのだ。

 

五感が感じたままの精神(こころ)を曲げるようなことはしたくないのだ。

 

「やれやれ、四葉の人間としては物申したいけれどもね」

 

「ケド、先生だって別に何か『マインドジャック』されたから、マイスター弘一を好きになったわけではないノデショウ?」

 

「そ、そうね。何せ私も姉さんも山梨・長野の「田舎モノ」、特に私は都会な空気を纏う弘一さんにメロメロだったわ。いうなれば、伊豆に遠流されていた源氏嫡流に恋する地元のお嬢といったところよ」

 

どこの鎌倉殿と13人だと思う。とはいえ、リーナの言葉に意地になって返す辺り、愛が深いのは間違いないようだ。

 

「ともあれ気付いたことがあれば、よろしくおねがいします。気になるならば刹晶院でも見ていればよろしいかと」

 

「あら? 気が利くわね。では香澄ちゃんと泉美ちゃんを拐かす男子を注視しましょう」

 

刹晶院霧雨(ティエリア・アーデ)を生贄に、四葉真夜(ルイス・ハレヴィ)を召喚。ぶっちゃけ色々と話させるのであった。

 

「遠坂先輩、ヘルプ・ミー!」

「どうしたんだ?」

 

そのタイミングを狙っていたのか、一人の女子がサポートを願い出たのであった。当然の如く、女子であることがリーナの心をざわつかせるのか、着いて来るのだが……。

 

「ふふふ! やはりお2人の恋愛模様は、見ていて面白い限り!! こりゃ私の創作が捗りますよ!!」

 

羽海乃の狙い通りだったことに少しムカついて、少々レベルの高いことをやらせるのであった。

 

そしてA組では――――。

 

 

 

「キミが刹那に指導を求めなかったように、刹那もキミを指導したくなかったんだろうな。まぁ理由は分かる」

 

「ど、どういうことですか?」

 

「これを言えばキミを解体することになるからだ。リトルミス・ヨツバ」

 

遂にクラスリーダーたる司波深雪にエルメロイ先生の指導が入ることになったわけだが、辛辣な言動がエルメロイ先生から放たれる。

 

護衛役(SP)としてなのか、お虎がスーツ姿のエージェントよろしく、エルメロイ先生を守っている中での指導は―――。

 

「キミは、運動を止めること。即ち『停止』させることに長けた術者だと、周囲から見られているだろう。事実、それに準じた術を使えるようだしな。恐らく、ちょっとした小島の全土ぐらいは、氷漬けにしたことがあるんじゃないかな?」

 

「そ、その通りです。何故……そこまで分かるのですか?」

 

「カンというわけではないが、出来る範囲というのが分かる。いわゆる歳入と歳費の出入りで国家が戦争できる年数が決まるが如く、私には分かるのだよ。まぁそれはともかくとして―――その停止させようとしている根源には、恐らく『何か』を自分のもとに留めておきたいという想いが根本にあるのだろう」

 

あえて詳細は言わないがねと言う、教師が言わんとするところの『何か』は……一高生ならば、自明の理だからだ。

 

「だが、その一方でキミは案外というか、見たままに『激情家』だ。刹那やアンジェリーナのように、決して熱弁を振るうタイプではないが、その本質は燃えるような『想い』を抱く性格だ。このミスマッチというか、相反するものを取り込んでいるところが、どうにもな」

 

それを言われて何となく分かる。淑女然とした様子を見せる一方で、私心……要するに司波達也という少年を嘲る態度を見せた相手には、制裁を加えたいとする心だ。

 

だが、それは冷たく笑うようで―――。

 

(激情を持った怒りではあるか)

 

そこであからさまに、『ウタってんじゃねーぞ!! この見る目が無いクソ野郎が!!』とかヤンキーよろしく言っていれば、また違うのだが……。

 

「だが、キミが誰かを『そのままの姿』で留めたいと願っていても、キミと誰かは別の人間だ。

自分の周囲や誰かが、変わらぬままでいることは不可能だ。『変わらないでいてほしい』という願いが、凍結であり、停止であり、停滞させんとする術理に反映されている。

しかし、その片方で熱を持っている。自分の宝物を自慢して周囲に称えてほしいという、ある種『ゲッベルス』じみたところはあるな」

 

何という解体だ。その人物の術理の源泉を簡単に言い当ててしまうというエルメロイ2世の解体が、司波深雪を斬り裂いていく。

 

「で、では……私は、どうすればいいんですかね?」

 

「どちらも『一度』に使おうとしないことだ。使う際には『どちらか』に振り切れ。遅いギアと速いギアを両方とも使うことは不可能だからな。

そして『熱』を怖がるな。全ての文明は火を以て切り開かれた。火とは、即ち―――ヒトの進歩、人理なり」

 

「―――」

 

「寒冷化を果たしたこの世界において、火は貴重なものだ。

そしてキミが持っている火は、誰かを認めてくれない世界への『怒り』だ。怒りを正しい意味で発露させなければ、溜め込まれていくものだな―――キミはもう少し『己だけの自主性』を持ち給え。キミと兄は違うのだから、その人生に寄り添うのは結構だが、離れてくれと突き放された時に、どうするかだ」

 

結論としては、『術理を養う前に己を見つめ直せ』。そういうことであった。

 

だが、それを受け入れづらい考えの深雪がいた。そもそも、今回百舌谷が実施した教育手法を『黙認』したのは、深雪であった。

 

黙認どころかある種の『精神操作』まで行い、森崎たちなどの『臆病者』どもに『告発』をさせないように仕向けていたのだ。

 

かつて、四葉所有の島において、母親である深夜から強烈なまでの魔法訓練を強要されていた深雪からすれば、百舌谷の実技訓練は、まだまだであったのだ。

 

 

だが、それでもこれを利用しようと思った。

 

兄を、司波達也を、四葉達也を―――世間に認めさせるために。

 

兄は恐らく、今後―――新たなる魔法を開発していくだろう。それは恐らく、戦術級ではなく『戦略級魔法』の類。

 

しかし、簡易な魔法具を持ってしても、未だに戦略級魔法は『使用者』が限定される魔法なのだ。1万人のA級魔法師から篩いにかけて、ようやく一人、二人出来るかという話。

 

だが、魔法教育というものは一変した。

それは、大勢の中から選び出された強烈なまでの『選民』だけが『伸びる』『上昇する』という風な、今までの方針を転換するものであった。

 

それぞれが『やりたいこと』『やらなければならないこと』を必死で考えて、そしてそれに邁進する。

 

当然、カリキュラムでのテスト内容はクリアしなければならない。だが、それを簡易にやっていく方法を伝授していったのだ。

 

そして己の術理を磨いていく。己という原石、それぞれの輝きは自ら発していくものだと、銀河美少年のごとき男は訴えていった。

 

それは―――深雪にとって好ましからざるものであった。

 

それでは兄の持つ輝きが失われる。彼の開発した理論や魔道具の価値が無くなる。

 

『強力な術者』にしか、彼の理論であり結果は再現できず、理解が出来ない。

 

実技が出来ないくせに理論を理解している、司波達也という男の本質を発揮できないのだ。

 

――――誰も彼を認めてくれない。

 

『それはイヤだ!』

 

そういう無意識の『精神操作』のサイオンが迸り、そしてA組という深雪にとって都合のいい『生け簀』か、『養鶏場』にいる『魚鶏』(うおとり)を徹底的に育てることを企図するのであった。

 

そして、それをウェイバー・ベルベットは見抜いた。

 

だが、彼女の誤算は、それが早くも見抜かれたことだ。

 

同時に昨年度に刹那の教導を受けていたものたちのレジストを発揮させて、何かおかしいという感覚を付けさせたのだ。

 

人の口に戸は立てられない。

 

異常は簡単に見抜かれたのである。メビウスの輪にするには、少々……オープンな場所だったのである。

 

「では……ウェイバー先生は……そのように自分から離れていくものを―――快く見送れたのですか?」

 

これは教導ではなく、糾弾の場であることを理解した深雪の声は硬い。

 

「……私はいつでも見送る側さ。卒業していく生徒、とある事情から時計塔を去っていった人間―――、最初に見送ったと思えたのは、母か―――それとも偉大なる王であったか」

 

人生の厚さを知らぬ小娘がと言わんばかりに、煙に巻いた言動にも聞こえるが、ウェイバーの言いたいことは違った。

 

「だが、私が見送ってはいけなかった人間が2人いる。止めるべきだった人間がね。

1人は、『正義の味方』になるべく戦場に向かった男だった。その男は最初から壊れていた。己の為すべきことを勘違いして、人間としての幸せを教えていた私の弟子から離れていった……本当に、大馬鹿者だよ」

 

その悔恨が深いものであることは表情から見える。

 

「そしてもう1人は、その男の息子だった。素質は抜群、長じれば伝説を刻み、魔術世界に変革をもたらしただろう。だが、その息子も大馬鹿者だった。己の資質に眼が眩んだわけではない。だが―――男と同じく、彼もまた血煙漂う戦場へとその足を踏み込んだ。

男と違い、彼は生きて最後まで私に顔を見せ続けてきたが―――それでも、最後には私の元から消え去った」

 

誰のことであるかは深雪には理解できた。このヒトもまた―――誰かを見送ってきた。

 

このヒトの悔恨を理解できないほど、深雪は情がないわけではない。あの記憶映像を見て何も思えない女ではないのだ。

 

「私と刹那はキミが望む世界を壊すものなのだろう。だが、それでも刹那(弟子)が、オルガマリー(義妹の友人)が、私を教師としてこの世界に招聘したのならば、申し訳ないが、全力でこなさせてもらうよ」

 

それは宣戦布告というヤツなのかもしれないが、もはや深雪は、自分と達也が完全に違う道にいるのだと気付いている。

 

それはどんな関係の家族であってもあり得る話でしかないのだが……。どうしても深雪はそれに寂しさを覚えるのだった。

 

しかし―――。

 

「よろしくご指導ご鞭撻、お願いします。そして―――申し訳ありませんでした。ロード・エルメロイII世」

 

一礼をして深々と頭を下げる深雪の姿。

 

それでも、自分が総代答辞の時に述べたことを覆すわけにはいかず、そのような変節激しく卑しい女になることも出来ない辺りに、深雪の本心があるのであった。

 

その後は、A組全員に謝罪をして、魔力疲労を起こした同級生たちにも全てを打ち明ける。

 

結局―――それで万事は解決するのであった。

 

だが、『最後の答え合わせ』は残っている……。

 



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第325話『春色逢瀬』

色々と買いたい本が多すぎる!! 

流石は記念すべき100回目のコミケ!! 作家の皆さん気合い入れすぎ!!(嬉しい悲鳴)

とはいえロード・エルメロイⅡ世の冒険もあることだし――――――

買わずに後悔するなら、買って後悔しろという島本先生の格言もあるほどだ。(え

というわけで新話お送りします。


 

 

「しかし疑問点もありますね。そもそもの発端、深雪が利用した百舌谷教官の魔法訓練の『動機』、本当の意味でのホワイダニットが分からない」

 

「それならば簡単だよ。彼こそが―――『ロード・エルメロイII世』であり『ロード・トオサカ』になりたかった若造だったからだ」

 

将棋のルール自体は理解しているものの、アドバイザーは欲しいということで、リーナ対百山校長の対局に連れてこられた、というよりも百山校長は着いてくるように指示してきたのだが。

 

最後の答え合わせ――――――そのための会話がこの部屋での会話であった。

 

「彼は私の教え子でな。利発で、かつ多くの魔法師を、数字持ちと同じ領域にあげていきたいと考える人間だった」

 

当時の魔法教育のカリキュラムとは、今とはまた別なもので、十大研究所の策定した方針論によって培われていた。

 

それは確かに、魔法師という種族を生み出した連中からすれば、『これぐらいは出来るだろう』という風なブラック極まるものであったらしい。

 

一部では、どこぞのカルト宗教が売り捌く、ありがたみなどクソほどもないブラック戒律教典などとも揶揄されていたそうな。

 

研究所由来ではない魔法師や、チカラ足らずだと認定され放逐された魔法家からすれば、本当にブラックなものだったのだろう。

 

「だが、これをなんとかやろうと、様々な方法論を読み漁って実践させていたのが鳥彦君なんだよ。彼の心は好ましかった。彼の気持ちは―――健が望んでいた世界を実現してくれると想っていた」

 

言葉の間に、リーナの『飛車』が校長の『角行』 によって取られた時に、話題は転換する。

 

「だが彼は失敗してしまった。多くの挫折を本人だけでなく、他の魔法師にもさせてしまったことで、彼は……本当に、一時は自殺するのではないかとすら思えた」

 

「ひょっとして去年の四月で、セツナに対する反論で練達の術者150人が50人に―――っていうハナシは実体験だったんデショウカ?」

 

「ああ、結局の所、彼の考案した方法は、肉体と精神の対比をお座なりにしたものであった。演算領域が『身体』か『脳髄』か、そもそも脳髄にあるとするならば、それは肉体に対するアプローチなのではないか―――詳細は省くが、これはかなり画期的だったんだ」

 

だが、その画期的な手法には穴があった。それも致命的な―――。

 

「精神―――『心』が感じる疲労とは、存外重いものだ。普段ならば何気なく出来ることも、その場に立たなければ分からない緊張感や伸し掛かる重圧とが、魔法の使用にすら支障を来す……まぁアレだな。彼は―――ちょっとばかり神経質だった……そして、自分が思ったより他人(ひと)から好かれていないことを、自認出来ていなかったのだろうな」

 

あれは神経質とかいうレベルではないと思う。ヒステリーと呼べる類である。もっとも、それを黙らせるだけの結果を出せばいいだけなのだ。

 

「ウェイバー先生の仏頂面は、才能ある人間を見るのが嫌な仏頂面。百舌谷教官の仏頂面は、才能ある人間が何故これを出来ないのかという、無理解からの仏頂面。

吐き気がするぐらいに天地がひっくり返るほどの差です」

 

転じて百舌谷からすれば、現状の評価基準で『才能のないとされている人間』など、路端の石も同然なのだろう。

 

「そう悪意的な見方をしないことだ……ただ、少々―――理想を打ち砕かれてナンバーズの選民主義に『かぶれていた』彼にとって、キミとエルメロイ先生は、己の顔面を切り裂きたくなるほどに―――『理想形』すぎたんだな」

 

苦笑しながらも百舌谷を少しだけ養護する校長先生。結局の所、そんな話だった。同時に、その深い思惑も見えていた――――。

 

「本当の所、彼は自らを失職(リタイア)させたかったとも見える。だが、その一方で、自分もロード・エルメロイになれるのではないかという願望もあった」

 

相反する願いが、今回の顛末に繋がった。

そして後者が無理だったことで出された『辞表』が、投了した(負けリーナ)将棋盤に出された。

 

「まさか受け付けるつもりじゃないでしょうね?」

 

「当然だ。4月にいきなり学年主任を辞職するとかあり得んだろう。彼の進退は―――この一年で決めさせるさ」

 

その後のことは、全てウェイバー先生に丸投げされては困りものである。

 

しかし、何故こんな話をしてきたのか……それを何気なく問う。

 

「彼の苦悩を少しは分かってほしくてね。かつての教え子に対する弁護だよ」

 

「―――、一つ聞きたいことが出来ましたよ。百舌谷教官の能力訓練で、喪失した人々は―――後悔していたんですか?」

 

「後悔もあった。恨みもあっただろう……ただ、それでもあの時、魔法が達者に使えることを喜び、笑顔を向けあえた日々を……ウソにはしたくないんだ」

 

そんな老人の後悔は、色んなものを孕みつつも、それでも……昔のような不幸を回避出来たことは、僥倖であったのである。

 

 

 

夕焼け空に染まる春色の季節。風雅なものを見ながら何となく伸びをする。

 

事件というほどの事件では無かった。最大級のアクシデントは回避出来た。

 

「やれやれ、一件落着かな」

 

「ミユキが元凶とか、色んな意味で予想通りというかなんというか……」

 

だが彼女の心を考えれば、これは予想通りであった。全ての人間が望んだ通りの道を進めるわけではない。

 

そんなことは、分かりきっていた。

 

ここから旅立っていた人たちの中に、そういう人もいたはずだ。

 

けれども―――。

 

「セツナ、アナタが責任を負うべきことではないと思うワ。ソレはアナタの言う心の贅肉だモノ」

 

「……顔に出ていたか?」

 

屋上にて、フェンスの向こうに視線をやっていた自分の心を読んだらしき、少しだけ呆れ顔のリーナの顔が、フェンスに頬杖を突きながら見てきた。

 

「イエス、イエス。そして、ソレを打ち消すには……」

 

すかさず刹那の胸の中に飛び込んできたリーナを受け止めた。いつでも感じていた柔らかさ。いつまでも抱きしめていたい柔らかさに抱き返す。

 

「しょうがないさ。達也みたいにある種のシニシズムな人間になれないんだよ。こればっかりは心の贅肉さ」

 

「モー! そういうことじゃないんだけど! つまり!! ミユキのナイーブなハートなんかにドウジョウしないでってコト!!」

 

「あっ、そっちなワケね」

 

転じて『他の女のことなんか考えるな』ということであった。しかしながら、そこを割り切れないと想うも―――。

 

(まぁどうせ達也から慰めてもらっているだろうし、俺がヤキモキする必要もあるまい)

 

結論としては、魔大陸で見捨てるということにするのであった。

 

「ウン……ナンカ今日のセツナはアツく抱きしめてくれるワ……気持ちイイ」

 

「最近、こういうのしていなかったからな……まぁ夜は別枠だけど」

 

「ソレだけは欠かさないとか、セツナのベースケ〜♪」

 

言いながらもリーナの髪を撫でることは忘れない。疲れはそれなり、言ってもお互い様とか言われそうなので、そこは言わず相手の身体を労るように魔力の循環をする。

 

「うんっ……ソンナにしちゃうと、我慢(wait)出来なくなりそうヨ」

 

見上げてくるリーナの瞳が潤んでいる。不安げにしつつも期待しているその眼を見ながら、密着する身体は深く近くとめどなくなっていく。

 

「リーナ」

「セツナ」

 

屋上にて見つめ合う男女。なんとも感動的なシーンであり、画になるワンシーンだ。

 

そして口づけが交わされる。

 

その口づけは――――――。

 

(((ディ、ディープキスゥウウウウウ!!!)))

 

出歯亀をしていた一年3人は、衝撃的なシーンを見せつけられて、色々と混乱の極みである。

 

「ま、まぁ分かっていたことだけども、まさかガッコーでこんなことを……」

 

「……泉美さん。大丈夫ですか?」

 

「え? 大丈夫だけど? もしかして霧雨くん、妙な勘違いをしていない?」

 

「違うんですか?」

 

度々、今期の総代が遠坂刹那と一緒にいるのは、そういうことだと思っていたのだが……

 

「違うよー。まぁちょっとは『いいかなー』とかは、考えたこともあるけどー」

 

あるんじゃないかと、双子片割れと関西からのスパイは呆れつつも、思ってから……。

 

「ヤバい! 先輩バカップルが来ちゃうよ!!」

「流石に『合体』まではしなかったか……」

「キリくんフケツ!!」

 

そんなやり取りをする2人の傍で、ちょっとした慕情を砕かれた七草泉美は、涙を払う。

別に知らなかったわけではない。あからさまに知っていたのだが……それでも、こんな場面を見ても諦めない三高の一色愛梨などは、随分とタフな女なのだと、妙な感心をしてしまうのであった。

 

 

 

「放ったのはいいが、予定通り行くか?」

 

「問題はないと思いたい。だが、彼女の『つがい』となるべき『サーヴァント』は、まだ召喚されていない。あの男の内側にいるならば、どうとでもなるかもしれないが」

 

「なんにせよ。これにて仕事は終わりか―――」

 

「……『ナイン』。ここはアナタの故郷だろう? 感慨とか無いのか?」

 

銀色の乙女に言われて、ナインと呼ばれた男は、苦笑をしながらも、そんなものは無いと言ってのけた。

 

「あやふやな記憶だからな。妻の記憶は確かにある。だが、ソレ以外となると途端に、な―――キミと同じだ。アーチャー。ある意味……俺は『時間を飛び越えた』存在のようだ」

 

神話時代に生誕を果たしてから、ある種のコールドスリープ(人工冬眠)を経て、西暦時代に足を踏み出したアーチャーの伝説は、良く存じている。

 

そして、その力も……。

 

「マリアの為にも、ちょいといい魚でも買っていくかね」

 

「私の『竪琴』を、密輸入のための冷凍庫みたいに使ってほしくないんだけど」

 

 

セーラー服姿の異国の少女が、学ラン姿の少年の嘆きに答えるように、そんなことを言ってからその姿は消えた。

 

そうとしか言えない様子で、消えたあとには……。

 

 

「匂う、匂うわ……あの唐変木のニオイが!! 誰であろうと構わない! 竜のニオイが私の鼻を捻じ曲げるとしても!! 私は―――アナタに復讐させていただくわぁ!」

 

1人、1人―――斬っていくことでヤツに辿り着く。

 

白蝋のような肌をしながらも、その美貌が何一つ損なわれないものと、ゴシック調の喪服の如きドレスを纏う美女は、その眼を炯々と輝かせながらも暗い情念を吐き出す。

 

「待っていなさい!! ジィイイイクフリィイイイトォオオオオ!!!」

 

その叫びは今宵の悪夢にまで尾を引きそうな復讐の女の絶叫であった―――。

 

 

 

 

 

 

 



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幕間5
『クリームヒルト様は探したい 1』


そんなわけで、九校戦に入る前の幕間です。

この話の前半は私の脳内設定とか妄想も含まれていますが、ただ随分とこの手の話題に辛辣すぎる他作が多いので少々、やんわりとさせることにして、姉弟の関係も少しだけ変えることにしました。

まぁ大前提として『父の勧める縁組を断れなかった』としていたので、ちょっとこのヒトにも責任を取ってもらう形で出演させました。

原作がどうなのかは、これからですけどね。

長々しましたが、どうぞ。




 

 

 

いつぞや以来の魔法家への個人的指導。七宝が三高に逃げたことで、刹那の教導範囲は、色々と『ラク』になってしまった。

 

こういう風な施設を持つ辺りに、流石はブルジョワジーとして、ちょっとした恨み言も持ったりするのだが……。

 

それを飲み込みながら訓練を行う。

 

昨日は三矢家であり、今日は十文字家……基本的には、家の指導方針に対して口を出すわけにもいかないので、刹那の方で術を放ち、それに対する『対応力』を鍛えさせるという塩梅である。

 

「どうやら低位の魔力武器に対しての『障壁』は硬くなってきたな」

 

「当然です……!」

 

汗を拭いながらも、なかなかにスパルタすぎたかと思う。だが、これこそが竜樹君が求めたことだ。

 

彼が考えた十文字の魔法師としての道とは『移動形の城塞』。その移動城塞で攻撃を繰り出すことであった。

 

鉄壁・不動・剛体・無双のどれでもなく―――瀑圧……造語でしかないが、それを求めるのであった。

 

とはいえ、そうは言うが攻撃型ファランクスの要点は、相手の攻撃を『弾き飛ばせるだけの力』が無ければ無意味となる。

寧ろ、密集して盾による『陣』を敷くよりも難易度は高い。

 

盾そのものを殴打武器として接近していく。そして『鎧』と化した身体で『ボンバータックル』を行うのが、彼の理想らしい。

 

「いや、そんな愛の力で場外にふっ飛ばされかねない術は使いたくないですけど」

 

ジト眼で見てくる年下にちょっとだけ苦しくなる刹那。

 

「俺の心の内に分け入らないでくれ」

 

「ただ……レオさ―――西城先輩みたいな『アレ』は取得したいです」

 

そんなやりとりの中で、竜樹君の理想が知れるのであった。

 

「レオの幻腕、幻手はセンスの産物だからなぁ。あれは固有魔法に近いし……」

 

その素質としては、確かに十文字家の障壁に近いモノはあるが、似て非なるモノとしか言い様がない。

 

「君だけに出来ることなんて言っても、所詮は誰かの上塗りだ。オリジナルというのは、先人ありきだしね。レオのあれだって、元は俺の兄弟子のものでしかない。今は、焦らずにやっていくことだと想うけどね」

 

十文字竜樹は流石は十師族の血で、当たり前のごとくセンスの塊だ。

魔法の発動速度が速い上に、その威力も高い。

何より、魔法式の展開速度自体が他の魔法師の比ではない。

 

それでは満足できない『贅沢な輩』が増えたのは、俺の所為なのだろう。

 

「ただ、あえて言わせてもらうならば、強力な外皮()を武器に突進するというのは、ヒト型というよりも『獣』の類だからな」

 

「鎧竜とか剣竜……まぁ言われてみれば確かに……」

 

「キミの名前は特に『起源判定』をしての名付けではないから、関連があるかどうかは分からないが、その内に出来るかもしれんな」

 

ナーガールジュナに値するだけの『力』が―――。

 

などと思いながらも―――。

 

 

「次は、剣から放たれる遠距離攻撃だ。どれもこれもビーム攻撃だから、多様な攻撃を防御するファランクスと違って力任せで防ぐしかないが、そこは頑張ってくれよ?」

 

「了解しました。 ご指導よろしくお願いします」

 

結局、従来通りの教導に落ち着かせるのであった。だが何気なく刹那が放った言葉は少しだけ、竜樹に明朗なものを覚えさせていた。

 

それはとある朝陽の中に見た姿……日課の早朝ランニングを行っていた時に、飛行機のジェット音のごとき音を耳が拾い、何気なく空を見上げた瞬間に見えてきたもの。

 

甲高いソニックブームを響かせながら、大空を飛ぶ漆黒の『機体』。朝の光を浴びても黒く光るそれに、国防軍の新型機かと思ったそれは……機械的な印象の他に、生物的なものを覚えた。

 

まるで―――『竜』のように見えたのであった。

 

その竜のように成りたい。その強壮な姿こそが竜樹の目に焼き付いている……。

 

あのような存在になりたいと想うほどに焼き付いた憧れ。

 

―――朝日の中に消え去っていく竜のように見えた、戦闘機の姿を追うことに決めた。

 

 

しかしながら結果は無情にも彼を勝利へと導かずに、次の段階たるオールレンジビーム攻撃というものをしこたま食らって悔しく想うのであった……。

 

 

 

「竜樹さんはあれですね。私の親友と同じぐらい無茶しますよね」

 

「防御では姉さんが勝っている。攻撃においては俺が、伸ばすべき分野が違うんですよ」

 

(茉莉花の猪突猛進とは違うと想うけどな……北海道に猪はいないのに)

 

訓練終わりと同時に、回復術を受けてもまだ心配な弟を労るアリサ。獣医である養父母の影響ではないだろうが、彼女は怪我人に対する処置が随分と達者であった。

 

違う『線』では、どうにもすれ違う姉弟であったこの2人だが、ここでは違った結果になる。

 

整理して考えるに、全ては―――『お節介』と『信用不足』であったということであった。

 

ことの発端は―――現当主である和樹の父親にあたる十文字 (ガイ)氏のお節介であった。

 

当時、初孫ともいえる克人を溺愛していた(現在も継続中)鎧は、克人の母親、和樹の妻女を亡くしてからの十文字家を少しだけ憂いていた。

 

和樹には弟もいて、そちらも結婚をし、息子がのちに出来ていたりするのだが、それを差し引いても、このまま和樹が子を作らないのはどうなのだろうという考えと同時に、まだ3歳程度の克人に『母』を作ってやらない和樹の態度に少しだけ懸念を覚えた。

 

後妻が、克人をどう扱うかは分からないが、それでもこの年で母がいないというのは少々寂しいではないかと想い、仕事と克人の魔法訓練にだけ没頭する和樹に業を煮やしたのが、鎧氏の立場であった。

 

―――だが、鎧氏も知らなかったこと、それは……十文字和樹も一角の人物であり『男』であったということだ。

 

どうあっても妻を亡くして寂しい思いをしていた和樹は、仕事の関係だか、それとも密かに『デートクラブ』にでも登録していたのか、その辺りは不明だが、その頃には既にアリサの母親―――伊庭ダリヤことダリヤ・アンドレエヴナと男女交際をしていたということだ。

 

彼女との交際を大っぴらに出来なかったのは、喪に服している期間での世間体とか、彼女の素性が色々とナーバスになるかもしれないという、そういう『気遣い』をダリヤから言われて、それをあまり表に出していなかったことが、後々の『信用不足』を引き起こした。

 

喪に服すること数年―――克人が六歳頃に大きな転機が訪れた。

 

『和樹君―――先代 十文字当主であり十研の意思として伝える―――十の魔法師の繁栄のため、君への縁談を用意した。受けてくれ』

 

その言葉に愕然としたのは和樹であった。

 

その時の鎧は、よほど亡妻のことが忘れられないのだろうと思い、この縁組を成功させるべく、ワザと権威的な物言いをしたのだが……。

 

この時に血の繋がりある『親子』としての腹を割った会話をしていれば、また違った結果があったかもしれない。

 

そんな風に秘密の交際を続けていた女性がいるということも打ち明けられず、それを断ることも出来ないほどに、当時はまだまだ研究所及びその『上』の意向は、魔法師の自由意志を縛り付けていた。

 

だが、それでもまだ一縷の望みはあった。そもそも和樹は、自分のような大柄でゴリマッチョな男が、世間一般の女性から好かれる容姿ではないことは理解できていた。

 

ダリヤはそういう意味では、稀有な女性であった。

こんな無骨に生きてきた男の拙いデートプランにも不満を漏らさないどころか、喜んでくれた人……。

 

言ってはなんだが、父である鎧が組んでくれた縁談。あちらにも自分の写真は寄越されているだろう。きっと幻滅しているに違いない。

 

自分も相手を見た―――確かに美人であり、少しだけ亡妻を思わせる顔立ち。しかしながら、相手のプロフィールは、確かに魔法家として見るならば、十文字にとって遺伝子的に良いのかもしれない。

 

だが、育ちは―――昔風に言えば『山の手のお嬢様』。

 

こんな女性が自分との縁談を良しとするわけがない。

 

よって破談するという冷たい計算が働いた。話によれば、十文字家の『上』などが頭を下げて申し込んだこの縁組―――断る権利はあちらにあるのだから……。

 

そんな打算と計算に塗れた心は……。

 

『和樹さんを一目見た時から思っていました。ナイスでグッドなマッチョウイルだと!!』

 

乙女の意外な男の好みの前では無益なものだった。

 

『それ以外にも、あなたと私は幼い頃に会っていましたから……』

 

照れながら語られる慶子との出会い。それはただ単に年上として年長者として、手助けした程度のことだったのだが……それでもそんな風に言われては和樹としても、情を持たざるをえなかった。

 

この時の和樹は付き合う内にきっと幻滅するだろうということも考えていた。幼い頃の思いは、所詮、幼い頃のことでしかないのだから……。

 

だが、そんな和樹の変化を敏感に感じ取った人物がいた。

 

男女の関係にあったダリヤであった。

 

知己である遠上及び軽部などに頼んで調べさせたところ―――上記のような事実を知ってしまったということだ。

 

ダリヤとしても、和樹の元を離れるのは辛かった。あれだけ情を交わし合って将来も誓った仲であったが……。

 

日本の婚姻とは家と家のツナガリ、ムスビ……そんな古くさい理解をしてしまったが為に、ダリヤは遠上家の方を頼って北の大地へと向かうのであった。

 

そんな『逆さ舞姫』な状況に陥ったダリヤさんではあるが、この時……和樹もダリヤも理解していなかったことがある。

 

すなわち『懐妊』をしていたのであった。

 

(その後の追加調査だが、ダリヤさんも自分が子を為せる身体だとは思っていなかったフシがある)

 

べゾラゾフのクローンにして調整体魔法師。いつぞや達也が言っていた魔法師の合鴨、ラバ……次代を残せぬ悲しき宿命は既に打ち破られていたのであった。

 

そして、その事実を知らぬまま、身を引いたダリヤに後ろ髪引かれつつも、それでも慶子との婚約は順調に進んでいき、そして―――事の次第は一年ほど前に至るのであった。

 

これらの事実を、鎧は後に和樹から話されて、そして……涙を流しながら鎧ジイさんは3人の孫と和樹の後添えたる慶子に謝罪したそうだ。

 

ある意味では……本当に……すれ違っていたのだ。

 

(隠し事というか『本心』とか『本音』を隠しすぎなんだよな)

 

鉄壁というよりも『鉄面皮』の十文字とかに改称すべきではないかと刹那は感じつつも、和樹氏も鎧氏を父親と尊敬するならば、もう少し―――腹を割って話しておくべきであったかもしれない。

 

そういう……お互いを気遣う親子関係であっても、少々刹那としては羨ましさを覚えてしまうのであった。

 

そんな風に考えたことが召喚の呪文になったのか、この魔法練習場に克人が現れた。

 

「今日のレッスンは終わったか?」

 

「まぁ俺の方でのものは、この後の竜樹君やアリサ君の予定は知りませんが」

 

「ならいいんだ。遠坂、少々話をしたいことがある。いいか?」

 

その言葉に何やら不穏なものを感じつつも……。

 

「ええ、魔法大学のこととか教えてほしいですからね。克人先輩のキャンパスライフ―――教えて下さいよ」

 

それを弟妹に感じさせない対応で、気遣われたことを悟った克人は―――。

 

「ああ、お前のバラ色スクールライフほどではないが、魔法大学の女子たちと戯れる俺のキャンパスライフを教えてあげよう」

 

自信満々な笑みでそんなことを言った克人だが……。

 

「ちなみに言えば我が家に兄さんが連れて来たのは、ここ一ヶ月ほどは七草真由美さんだけです」

 

「他の女性の顔を見る日はいつになるやら……」

 

弟妹からさんざんなことを言われた、克人の意気消沈した顔に同情しつつも……。

 

克人の案内で来客用の応接室に案内された。

茶を濾す克人を見ながらも、『失礼します』といって客席の方だろうソファーに腰掛けて、湯呑の茶を互いに呑んでから、一息吐いて―――言葉を発する。

 

 

「卒業式以来だな」

 

「そういやそうでしたね」

 

あの後はお互いに怒涛の日々であったのだ。何となく聞こえてくる話によれば、魔法大学に入った先輩方も色々だったらしいのだから。

 

同時にこちらのこともあちらには伝わっていたのだろう。

 

「まさかロンドンと京都で連盟に一大決戦を挑むとは……気遣ったのか?」

 

「まぁ一応、大学入学前に乱痴気騒ぎで式に出られないとか、あれでしょう」

 

意味合いとしては仲間はずれすんなよ、という言葉に対して返す。

 

「怪我をするという前提で進めるな……まぁ感謝しておく筋ではあるか」

 

「―――リズリーリエは既にギアスを解いています。俺の階梯では、あの人を縛り付けることは無理ですから、これが聞きたかったことでは?」

 

「見透かすなよ……」

 

年下に一枚どころか二枚も取られて、克人としても反撃出来ないことに、苦笑せざるを得ない様子だ。

 

本当の意味で家に連れてきたい女は、克人にとって本当に『高めの女』であった。

 

「だが、今は彼女のことではない。本題に入ろうか。

我が十文字家に警察経由で妙な依頼が入った。当然、魔法や魔術関連のことだ」

 

その辺りの心を押しのけて克人は、ソファーの向こうにいる刹那に対して、話をしてきた。

 

「昨今、都内で喪服のようなドレスを着込んだ美女が、『突如』ふいに『眼の前』に現れるという話が出ている……それだけならば、ただの怪談話の類、都市伝説なのだが……」

 

「その女が『とんでもない刃物』で、男を斬り殺しに掛かるなんて話でしたね」

 

「知っていたのか?」

 

「詳細は知りません。ただ、そんな話をエリカが話していたので」

 

情報源は長兄だろうが、と推測を交えながら言うと、『そこまで分かっているなら』と克人は備え付けの映像機器を操作して、件の下手人を示してきた。

 

「いまは情報管制を敷いているが、そろそろ限界だからな……この美女の早急な確保の協力を願いたい」

 

映像機器の画面には、犠牲者相手に身の丈にあわない大剣を今にも振るおうとしている美女―――イイ笑顔をしてる。

 

そして、振るおうとしている剣の正体は、目にした瞬間に理解しても―――少しだけ不可解な想いをする刹那が出来上がるのであった。

 

 

 



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『クリームヒルト様は探したい 2』

克人から事件の詳細が伝えられていく。現在、斬りつけられたのは、およそ15人―――その全員が例外なく……。

 

「―――斬られたあとに『五体満足』の心身健康体になる……どういうことですか?」

 

「そうとしか言えんのだ。つまり切り裂き貴婦人の被害者はおれども、『犠牲者』は出ていないと言える」

 

被害者たちは一様に、確かに一度は斬られる。死んだわけではない。死ぬような痛みを食らうわけではない。

 

ただ斬られた事実が無くなるかのように、全員が健康になるなんて……。

 

「本当に復讐したい相手以外は殺せない剣、あるいは、間違えて殺してしまった相手は回復させる剣―――ないし、この貴婦人のスキルとかかもしれませんね」

 

「サーヴァントで間違いないか?」

 

「お虎、ジェーン」

 

その言葉に、ちびキャラ化していたサーヴァントは答える。

 

『まず間違いなく。ただ、この姫君、どうにもこういう荒事向きではなさそうですな。大剣も己のものとしている感じには見えませんな』

 

『タイガーに同じ、まぁサーヴァントって武技に長けた存在ばかりじゃないしねー☆ 伝わる逸話の中に『どんな形であれ、英雄を害した』というものがあれば、それだけで昇華されちゃうものだし』

 

二人の言葉を受けながら刹那は考える。

 

「この貴婦人の持っている剣は、英雄ジークフリートで有名な『バルムンク』です。悪竜ファーヴニルを殺した竜殺剣」

 

「ふむ。ワーグナーは俺も好きだから多少は分かるぞ。となると―――この貴婦人は、クリームヒルトか」

 

「まぁその可能性は高いですね。騙された戦乙女のブリュンヒルドだかブリュンヒルデだったらば、もう少し達者な剣捌きでしょうから」

 

案外、今回は簡単に終わるかもしれない。

 

しかし、やはり影響は出ていた。

 

タタリ。死徒。魔神柱。真祖。ARCHETYPE:EARTH。

獣の尖兵。星の巫女姫オルガマリー……。

 

そして固有結界―――1月の末ぐらいから2月の第二週ぐらいまでは、もうお腹いっぱいなぐらいにとんでもイベントの連続。

 

こんなとんでもイベントの連続で、地脈やそれに類する魔的な現象が後を引かないわけがないのだ。影響は、どこかしらに出ざるを得ない。

 

あるいは……それを利用して何かをやられた可能性もあるのだ。

 

「霊障の類としては随分と具体的で微妙すぎますが……、まぁこの後に不幸な犠牲者が出ないとも限りませんしね。どうにか解決してみせ―――」

 

『若大将! 富士の方で少々トラブルが―――、ああ、失礼しました……来客対応中でしたか……』

 

業務用のホットラインとでも言えばいいのか、そんなものがここにはあったたしく、十文字建設の社員らしき人が克人に連絡を入れてくるのであった。

 

「すみません。東のオヤジさん、恐らくですが―――」

 

業務上のあれこれを聞くわけにも行かず、どこからともなくデカイヘッドホンを出して、刹那はその音をシャットアウトする。

 

気遣いというわけではないが、まぁ積極的に聞くものではないだろうとしてそうしていたのだが、会話を終えると同時に、取っていいぞというジェスチャーが伝わる。

 

「すまんな。話途中であったのに」

 

「いえ、お構いなく。インサイダー取引に繋がりかねないことは聞かないようにしておきます」

 

「それは僥倖だが、少しは興味を持ってもらいたいものだな」

 

自慢したいという気持ちを克人から感じるも、推測出来る情報は幾つかあった。

 

「多分ですが、今年の九校戦―――その会場設営やら競技施設に至るまで……会社で請け負ったとか、そんな感じでは?」

 

「察しがいい後輩を持って俺は幸せものだな。とはいえ、ウチの一社だけで、そこまでの体力はない。合同プロジェクトと言う形で参加させてもらっているのさ」

 

「―――先輩、大学生だったのでは?」

 

もはや会社役員……現場にバリバリ出るタイプの課長・部長クラスにしか見えないと伝えるも。

 

「去年まで学生であり生の九校戦に参加した経験を買われてのアルバイトだ。もっとも、お前も知っての通り、今年の競技種目は変更が多いわけだが、色々と求められるところが多いんだ」

 

成程と思いつつ、学生バイトにしちゃ密度が濃すぎるし、職場での異性とのときめきメモリアルな出会いもなさそうだと想うも、言わぬが花にしておくのであった。

 

「まぁ例年通り、国防軍の工兵部隊がたのご活躍だけでは、手が回りそうにないんだろうな。どこも国防関連で『受注』を貰っていた企業ばかりだ」

 

北山家の関連会社もあるぞなどと、妙なことを言われつつも、話を戻す。

 

「それじゃ被害者たちに何か共通する点はあるんでしょうか?」

 

それ次第では『誘い込む』ことも出来るはずだ。というより猟犬のように追い立てるやり方が、前回は最大級の混乱を生み出したのだから、今回はやり方を変えることにするのは当然だ。

 

そのことを問うと、何かを言いづらそうな顔をする克人。

 

「ううむ……あるといえばあるんだ……」

 

歯切れ悪いその様子に、言いたくないならば次善の策を―――と思ったのだが……。

 

「いや、待て。分かった―――話そう。その前にこれを聞いてくれ」

 

そう言ってから端末を操った克人は音声データの再生。

 

聞こえてくる音に耳を澄ませる。澄まして、そして『解析』―――導き出せるものとは……。

 

「―――これ被害者たちの声なんですよね?」

 

「ああ、そうだ」

 

「いま、克人さんが出した声と似ていますが」

 

ステレオな音声の反響。悲鳴とも命乞いとも言える(おと)と、硬質だが、少しだけ焦るような(おと)とが混ざり合う。

 

つまりは――――。

 

「犯人―――仮称『喪服の貴婦人』または、サーヴァント・クリームヒルトの狙う人間は―――」

 

認めたくないが、認めなければならないことを、眼を瞑りながら克人は明確な(おと)で示した。

 

 

「往年の名声優『諏訪部順一』(アトベ様)のようなボイスをしているということだ」

 

 

「で、私を頼るわけですか」

 

「こういう場合、観測と計算に長けた君の方が適任だろ」

 

私服姿のシオンは、いままで何をやっていたのやらと思えるような様相であった。

俗に裸ワイシャツ姿だが、色気も何も感じないのは、それが煤とかホコリに塗れているといってもいいからであった。

 

「頼むシオン! コレも君のとんでも実験の後始末だ!! この通り!!」

 

「び、微妙に断りづらいことを……!! 懇願するように言うなんて―――刹那はド外道ですね!!」

 

相手に罪の意識を出させた上での、事態解決の願いを出す。

 

それを受けたシオンの顔は、眼を釣り上がらせてギザ歯を見せて怒りを表現している。

 

「この思考は不愉快です!! とにかく中にどうぞ!! ちなみにラニたちは全員でシネマ鑑賞です!! 題名は『スカディ様は北極に来てほしい』!」

 

無駄な情報が頭に入れられたわけだが、とにかく中に招き入れられた以上は、それに従うことにする。

 

「さて、シオン、改めて頼みがあるんだが……」

 

「貴方には恩義もあるし、借りもありますからね。 こんなことで返せるとは思えませんが」

 

「いやぁ~ホントに助かるわ~♪」

 

「その笑顔を殴るべしと、思考5番が囁いていますよ」

 

怖いことを言うお嬢さんだことと想いながらも、手っ取り早く事情説明をすべく――――――人差し指で自分の頭を何回か叩くと。

 

理解したシオンは呆れるようにしながらも、腕輪から先端に小さい接続端末が付けられた糸を引っ張りだした。

 

「脳神経に介入しての情報のやり取り―――刹那がこんなSFチックなことをやるとは想っていませんでしたよ」

 

「霊子ハッカーたる君には分かりやすいものだろ?」

 

もっとも刹那とてあまりやりたくは無いが、外部資料として何かを持ってくるというのは、今回は出来なかった。

 

今度ばかりは内々に済ませたいという警察とのやり取りを、克人から感じ取れたのである。

 

「まあ、貴方の事だからロクでもない事なんでしょうけどっ」

 

言いながらも効率を優先する錬金術師の読み取りが開始された。特に意識的にプロテクトが出来ることではないのだが、それでも読み取りはツーセカンズで終わりを告げた。

 

「―――成る程。地脈の異常は使われたのでしょう。ポータル……魔法陣の設置場所としてはそうなのでしょうが―――」

 

偶発的な怪異(イレギュラー)ではない。そうシオンは断じた。

 

「誰かが東京の異常霊脈を利用して、クリームヒルトを召喚した?」

 

「ジェーンのように蒼輝銀河なる場所からやってきた『はぐれ』とは違い、彼女ははぐれに見えて、何者かに召喚されて放置された『野良』……そうとしか言えません」

 

「『野良』だと? そんなものがいるのか?」

 

聖杯戦争というカテゴリーに立てば、マスターを失ったサーヴァントが貯蔵魔力で何日か現界を果たしているという事例はあったらしい。

 

特にアーチャークラスの単独行動スキルは、1日、2日の全力戦闘行動でも尽きることは無いというとんでもないものだ。

 

だが、彼女は……行動と言動から、その手のクラススキルを持っているようには思えない。クラススキルではなく固有スキルならば別だが。

 

「ええ、そういう存在もいるんですよ。貴方だって『人理継続』というカテゴリが『主題』(メイン)として存在する世界を観測したことがあるはずです」

 

その世界はダ・ヴィンチにとって一番縁がある世界だった。そして、その世界の『主役』と『ヒロイン』は、そういうのと協力し合う存在だった。

 

「そして召喚主の目的は、彼女の性能実験である可能性も高いです。そして、我々―――というよりも『アナタ』のチカラを測るために」

 

確信を以て語るシオンだが……少しだけ疑念を覚えた。何となく『何処』の『誰』がどんな動機であるかを理解しているような言い方だ。

 

そんなジト眼の魔眼(自己命名)で見ると、苦しそうな顔をするシオンの姿が――――――

 

「ど、どうしたのですか刹那? いまさら私の半裸に、嬉し恥ずかしドッキドキになっちゃいましたか? せめて夜まで――――――」

 

「シオン」

 

「すみません。こうなることは予想していました……」

 

ごまかしが通じないと分かると、すぐさま謝る辺り、本当この子といいシアリムといい、直線的すぎてあっけなく引っかかる。

 

「実を言えば、アトラス院がアクトレスアゲインを用いて北米で使えた経緯には、実験班の中に『FEHR』の人間がいたからなのです」

 

最大級の厄ネタが近づいてきた気がする。シオンから伝えられるところ、あの実験において当初の段階から、FEHRおよびFAIRのメンバーが関わっていた。

 

そもそも北米大陸において神秘分野は馴染まないとされがちだが、ウィルバー・ドミトリィの一件からしても、『何か』に目覚める要素はある。

 

また移民国家であり、先住民たちとの確執も抱え込んでいる。

 

つまり、それぞれの『風習』『土着の信仰』を持ち込んでいるのである。

 

その事は多分に蛇足ではあるが、ともあれそういった連中が、実験のあとに様々な思惑で、こちらにちょっかいを掛けてきたということだ。

 

「―――まぁ犯人の背後関係は分かった。あのクソ女が背後にいるとしても、やることは変わらない。サーヴァント召喚のあれやこれやはまず置いておくとして、今は事態解決のための計算をしてくれ」

 

「それに関しては既に計算済みです。実を言えば、刹那が来るまでやっていた作業を応用しましょう」

 

何をやっていたのだろうと思いつつ、説明を受ける。

 

「私とラニたちが纏っていた竜鎧……それの殆どはあの戦いで失われましたが、復元作業と同時に他の『武装』にも使おうかと研究をしていたのです」

 

エヘン! とでも言いたげに胸を張ったシオンだが、その格好では色々とアウトであった。見えてはいけないものとかが見えたわけで―――。

 

「昨日、リーナと8回もしたというのに、私にも性欲を覚えますか」

 

妙なところまで読み込まれていたらしく、そんなことを言われたが、ダイヤモンドの如き刹那の心には何一つ響かないのである。

 

「更に言えば『ランサー』『アーチャー』とも三回ずつとか……とんだ性豪ですね」

 

そこに関しても読まれているとは、恐るべし錬金術師! 人体錬成と同時にハゲろ!! と内心でのみ言っていたのだが……。

 

「ですが私にも性欲を覚えたのなら仕方ありません。解消してあげましょうか?」

 

「結構だ」

 

赤い顔でワイシャツの前を更に開けさせようとするシオンを制止してから、その対策を聞くことにする。

 

それはズバリ―――。

 

「灰かぶり姫です」

 

 

解決のための方策は、その日の夜の内に行われることになった。

 

毎度おなじみの夜の公園。超常能力者たちが対峙し合うことでフォーマルな場所において、戦闘準備は完了する。

今回ばかりは、シオンも刹那に付き合って、戦闘用の霊装を身に着けている。

とはいえ、霊子ハッカーたるシオンは別に霊装など無くても十分に戦える。とはいえ、相手はサーヴァントである。

 

情報だけならばあまり戦闘が得意なタイプではないだろうが……油断はしていない。

 

いつも通りのベレー帽に、紫色のカーディガンの上から紫紺のジャケットを羽織ったシオン。

下半身は、流石は砂漠の少女と言うべきか、いつでも絶対領域がまぶしいミニスカートと白のニーハイソックス。

 

スラリと伸びた脚はそれだけで一つの凶器も同然で――――――。

 

「ってナニを講評しているのヨっ!!」

 

「後ろにいろと言われたから手持ち無沙汰だったんだ!」

 

同じく、刹那からすれば前にいたリーナから蹴りを入れられてしまう。

別に口に出していたつもりはないのだが。

 

ともあれ軍人教官な―――思わず『エルトナムさん』とでも呼んでしまいそうなシオン、リーナ、刹那は……。

 

「ここまで完璧な作戦になるとは恐れ入りますね」

 

「ああ、自分の才能が怖い。豪華なドイツ料理(故郷の味)も用意したからな。これに釣られないドイツ圏のサーヴァントはいないぜ」

 

「エ゛エ゛エ―――……」

 

錬金術師と魔術師が眼を輝かせて、少し離れた所にある状況に対して満足げではあるが、魔法師であるリーナとしてはちょっと物申したい。

 

自分たち三人がいるのが、公園の茂み。そして離れたところには―――。

 

(木の枝を利用して、布と糸で芋虫のように宙吊りにされているカツトOB……)

 

その顔が、どことなく後悔しているような表情にも見えたのは、間違いではあるまい。

 

克人が『俺は、なにをやっているんだろう?』と妙な気持ちで鬱になっていた時……遂に件の貴婦人は現れたのだった。

 

 

 



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『クリームヒルト様は探したい 3』

前話時点で既に読み終わっていたのだが、冒険4巻を読み終えての感想。ネタバレ無理

まさかエルゴが、そんな人物だったとは……となると、10月辺りに発売のロストエインヘリヤルにも少しかかるネタだなー。

そしてスーパーマケドニア人(!?)であるエルゴは――――――多分、ガルマ・ザビ的な人物というか『役目』だったと推測。私の最寄りの図書館とかドキュメンタリーなんかでは、イスカンダルは結構、ネガティブな言いようばかり。まぁゼロが発売されていた頃からそんなんでしたけどね。

あと、今回前半にワケわかめなネタもありますが、まぁ片方だけようやく再販なりましたからねー。買っておこうと思いつつ新話どうぞ。

いや、本当に見たときびっくりしましたから



 

 

「ワタシも行くわよ!!」

 

開口一番、宣言をするリーナ。予め教えていたとはいえ、シオンが来ると同時にそう言うリーナだが――――――

 

「たまには(ワイフ)として、家を守っていようという態度にはならないんですか?」

 

―――シオンとしては一家言あるようだ。

 

ダンナ(husband)が外で別の女と密会すると分かっていて、家に籠もっているヨメがいるか!?」

 

まぁそれも至極道理ではあるので、シオンとしてもソレ以上は言えなくなる。

 

だが、刹那とのデートを邪魔される形なので、やり返したい気持ちで思考七番の反論を返すことに。

 

「なんと的確なツッコミ。流石は2022年8月21日のメ○ンブックスの同人誌(ファンジン)売上ランキング『一般』部門でフルヌード(戦維喪失)を晒した女の言うことは一味違いますね! 流石はプレイメイツ軍団の本国出身者!!」

 

むむぅ! などと重々しく唸るシオンだが、リーナからすれば……。

 

「ナンノハナシよ!?」

 

全くもって意味不明な話である。

 

「しかも作者(?)が確認した時には、ワダアルコ先生の上、社長武内の同人のケツに着いているという状況!惜しむらくは、その後の予約や再販無しなので、一夏の夢と化した。まぁお気になさらず、まったく異質の多世界解釈ということで―――私としてはひよっちが演じたキャラは全てひよっちになると信じています」

 

「び、微妙に反論しづらいことを最後に付け加えられた!」

 

そして全てが日笠になる……。

 

そんなことを想いつつも、このメタメタな感覚。どうにもいつものシオンじゃないのでは? なんて考えつつも―――時間は既に夜8時……そろそろ良い時間だ。

 

 

「ミスタージュウモンジは了承してくれたのでしょうか?」

 

「大丈夫だ。本人も『声』を利用しての誘い込みに同意してくれた」

 

「アナタの『心象世界』にバルムンクの英雄はいないのですか?」

 

それは一番安易な解決方法ではあったのだが、刹那も理解していない『無限の剣星』のルールがあったりする。

 

それでも判明したのは……。

 

1,円卓の騎士―――男のアーサー王を呼び出すことは出来ても、その他の円卓勢に関しては武器情報など人物を知ったとしても『全く呼び出せない』。

 

2,ケルト系のサーヴァントは―――やはり影の国の女王『スカサハ』を除いてあまり召喚出来ない。

北欧・ゲルマンの区切りで言えば、『シグルド・ブリュンヒルデ』は、『召喚』には応じないが、サーヴァントのクラスカードでの夢幻召喚には応える。

 

雑な区分けではあるが、そんな感じだ。

 

武器を登録しているから『召喚』出来るわけでもなく、来歴などを知っているから『自動召喚』されるわけでもない……。

 

この辺りの不明さも、これを積極的に使わせなかった点である。

 

「さてさて、どうなるやら……」

 

そして―――公園での一幕に繋がるのであった。

 

 

(全くもって)

 

色々と言いたいことは多かった。待ち合わせ場所に女2人も連れて(霊体化サーヴァント含めれば4人)やってきた後輩のいつもの調子。

 

リア充爆発しろなどとレトロに言いたい気分。

 

そして披露された作戦にどうしたものかと考える前に、竜の魔粉とやらを掛けられて、ジークフリートという英雄を模したと称する2人(エジプトニーソと宝石の後輩)によって吊るし上げられて、絶賛貴婦人を食いつかせる撒き餌になっているわけだが―――。

 

(こんなんで本当に―――)

 

などと、諦め気分で美味そうなドイツ料理のニオイでお腹が空きそうな克人を――――――――。

 

―――見上げる美人がいたのであった。

 

(ほ、本当にキタ―――!!!)

 

若干、当惑・困惑しているらしき視線。ぐるぐると克人の廻りを歩きつつ見てくる……美人。

 

こんな時にあれではあるが……。

 

(今日見た女性の中で、ここまで俺に視線を向けてくれた人はいなかったからな……)

 

殆ど全員が遠坂に注目する中で、ぐぬぬ感を覚えてたところに、妙な感覚ではあるが、ちょっとだけ嬉しくなる克人。

 

少年ハートを持つ男子大学生に、美人サーヴァントの視線はクリティカルヒットなのであった。

 

「うーん……何なんでしょうか? 遂にアタリらしき匂いと声を信じて向かったのに、このあからさますぎる罠は」

 

「す、すまない。ご婦人。このような格好で失礼するが、自分はこの辺りの都市の領主を務めている十文字と申します」

 

撒き餌がしゃべるというのもあれではあるが、遠坂から「先輩! 自己紹介!!」などと合コンの合図よろしく念話で指示を出されたのだが―――。

 

「ま、まぁ。ユンカー、いえレーンヘルシャーだったのですね。異国の事に疎くて失礼いたしました」

 

―――なんだか少しだけ驚いた様子のサーヴァント。一礼をされてちょっと拍子抜けだ。そして自分で説明しておいてなんだが、ちょっと話を『盛りすぎた』感はあるだろうか。

 

克人は少しだけ後悔していたが、とりあえず話は通じるようなので―――。

 

拘束布からようやく地上に降ろされて、用意されていたテーブルにあるドイツ料理。

 

どこからともなく現れる椅子―――よって―――。

 

「アナタは竜殺しにして竜身の英雄の妻であった姫―――クリームヒルト殿で間違いないですか?」

 

話を通すことにするのであった。

 

「はい。ジー……ええと、ジュウモンジ卿の言う通りです。というか―――なんで吊るされていたので? そのような罰を受けていたのでしょうか?」

 

「―――アナタと話すためです」

 

くすんだアッシュブロンドの髪を持つ美女は、その言葉に虚を突かれつつも。

 

「では、こちらにある料理でも食べながら話しましょう。話したいことは、恐らく、私がこの『カイロ』と『アレクサンドリア』をごっちゃにしたような都市でやってきた、人斬りに関してでしょうから」

 

「ご慧眼で」

 

くすりと笑うクリームヒルトに、克人も心を和らげさせる。相手は東京を騒がせる人斬り貴婦人だとしても、美人であることは間違いないのだから……。

 

 

「計算通りです。十文字OBの、ある種のオンナヒデリ(女日照り)なキャンパスライフも一役買いましたね」

 

「やめてさしあげろ―――と窘めたいが、まぁ作戦に乗ったのは俺だしな。あんまり言わないでおこう」

 

とはいえ、まさかこんな穏やかな交渉に就くとは思っていなかった。英雄ジークフリートに十文字克人を似せることで、ある種の囮に出来た。

 

しかし、偽物であることは間違いなく、そしてクリームヒルトも、それを認識しているというのに……。

 

(今まで切り捨て御免してきた相手とは違うということか……)

 

流石は前年度まで一高の大親分であった人間、こういう時に、彼の男気は女性を惚れ込ませるのかもしれない。

 

「マァ、あんなムタイなことしていたらば、女の子は『大丈夫ですか?』とか聞きたくなるわヨ」

 

それもまた一理あり。女性に興味を惹かせるという意味では、ナイスだったのかもしれない。

 

「ワタシも、ソウイウ経験あったから、夜中にコスプレ捜査官で『逮捕しちゃうぞ』なことをしていた矢先に、夜遊びばっかりしている少年に手助けされて、その後に正式に知り合った直後には『魔法怪盗』なんて、どこのタキシード仮面様(マモちゃん)な存在が頻繁に現れるようになつたモノ」

 

「いや、あれは―――まぁ……今考えてみれば、リーナを手助けしつつ、リーナの気を惹きつつ―――なんていうか、そういうこと」

 

言葉少なに名古屋稚空で地場衛をやった理由を言うと……。それでも伝わるのは以心伝心のラブテレパシーゆえか。

 

「モウ……大好き♪」

 

「俺も大好きだ」

 

「―――私の横でいちゃつくとは、このバカップルめ」

 

スナハクワーという顔をするシオン。少しだけ牽制をしたリーナ。そんなにまでも信用ないのかなーと想いつつ、偵察であるジェーンに念話を放つ。

 

『こっちに動きはないねー……待って。なにか近づいてくる―――』

 

アーチャー=カラミティ・ジェーンの視界にジャックインする形で、見ているものを共有する。

 

どうやらジェーンは、離れた木の上から物見をしているらしく、その何かが……上から見下ろす形で見えた。

 

 

白いコートを着た……自分と同じ年頃の男。

 

その顔立ちは『既視感』を覚える。どこで見た顔だったのかは分からない。精悍さと意志の強さ。

 

自分を鋼として、立ち続けることを選ぶ……親父を思い出させる男がいた。

 

だが、ジェーンの言う危機的な『なにか』とは、恐らく隣を歩く『少女』と『狼』に関してだろう。

 

「痴女」

 

思わず言うほどに、衝撃的な格好と人間離れした美貌の少女だったのだ。

 

現代で言えばジョークグッズ的な薄布を秘所にだけ纏ったセクシーランジェリー、マイクロビキニ―――そのクロスデザインともクロステディとも言えるものに、短いマントを羽織っていたのである。

 

ちなみに刹那が、なんでそんなことを知っているかと言えば、リーナがUSNAに居た頃の姉ちゃん方一同からそんなものを貰ったからであり、それを着たリーナから説明を受けたからである。

 

全体的なカラーイメージとしては『蒼銀』

 

そして少女の姿から、ある英雄がすぐさま連想された。

 

だが―――。

 

『食べ物を粗末にするのは良くない。けれど―――覗き見は許さない』

 

生の玉ねぎを齧っていた(!?)少女は、それを樹上に投げる。とんでもないスローイング。

 

だが玉ねぎをブツケられた程度、たとえ魔力を込められていたとしても―――。

 

その軌跡を追って光の矢が飛ぶ。早業一閃! 気づいたジェーンが抜き打ち(クイックドロウ)しようとするも―――。

 

「『しみるっ!!』」

 

ソレよりも早く玉ねぎはクラッシュされて、空中に散布されたアリシンが、眼を直撃するのであった。

 

感覚までリンクさせていた気は無いのだが、予想外に強い。

 

すぐさま魔眼に変じて、相手を捕捉する。若干の眼の不調はなんとか回復した。

 

 

「―――――――さて、こっちは交渉の余地はあるかな?」

 

「無いでしょうね。あれこそがクリームヒルトを召喚したサモナーです」

 

正式な契約を結ばず、放っておいた意図は見えるようで見えないが―――。

 

「リーナ、キミはここに残れ。克人さんの護衛は任せた」

 

「エッ!? ナンデ!?」

 

「頼む……とりあえず今は―――ここに居てくれ」

 

「――――分かったワ。ケド、ワタシがシビレを切らすまで時間はそう無いからネ!」

 

真摯な説得は功を奏し、リーナを『あの男』と接触させることを防げた。

 

「グガ、お前はリーナの護衛だ。頼んだぞ」

 

『グガガワン!』

 

家から連れてきた子豚とも仔牛ともいえる使い魔が、何故かイヌヌワン(一条家の白犬)の声真似をして、そんな応答をしてきた。

 

その返事に満足して駆け出すと同時に―――。ズボンが擦れる草摺れなど構わずに、シオンと共に行く。

 

後ろで何かを言いたげなシオンだが、それでも自分の直感を信じた言葉に間違いはない。そう信じて駆け出したところに、少年はいた。

 

「―――七色の邪眼、いや『魔眼』か……」

 

「ナイン、気をつけて。もう一体サーヴァントがいる」

 

物珍しいものを見たように呟く少年。そしてその少年を守るように立ちはだかる少女は、衣装を戦闘用に変えていた。

 

「失礼ながら、この先は男女の密会場所、しばしこちらでお待ちいただきたく想います」

 

「公園は公共の場所だ。そのようなシャットアウトをするなど、少々マナーがなっていないんじゃないか?」

 

ごもっともな意見だ。だからといって通すわけには行かない。

 

「要件はひとつなんだ。サーヴァント・クリームヒルトを回収したい。どいてはくれないな?」

 

再度の確認をしてくる少年。

 

それは全うで正しいことだ。

 

しかし――――――。

 

「彼女の意思は無視か?」

 

「―――それを言われると苦しくなるが……だが、こちらにも事情はある」

 

言いながら何かの『筒』―――金属製のものを懐から取り出した男。それが戦闘用の道具であると、気付かぬバカがいないはずがない。

 

手に干将莫耶を投影する。最初っから強力な宝具はマズイ。だが……。

 

(セイバーのクラスカードが少しだけ揺れている気がする)

 

懐の中のクラスカードに設定してあるシグルドが―――。

 

だが、それより先に男は動き出した。金属筒―――それは『レーザーナイフ』いや『レーザーブレード』の類であり、実体のないエネルギーの力場剣を刹那に叩きつけてきた。

 

「二刀流か!!」

 

しかし、その剣を二刀の(かさ)ねは受け止めた。

 

同時に反撃。リーチではあっちが圧倒的に有利だが、こちらには魔眼がある。動きを止めた瞬間に―――。

 

「イヌヌリル(仮称)、ナインを助けてあげて!!」

 

『GAUUU!!!!』

 

―――魔狼が咆哮をあげて、縛ろうとしていたこちらの魔眼を無効化した。

 

(犬狼の遠吠え! 本物の獣()魔術か!)

 

そもそも、これがサーヴァントの従者ないし宝具である可能性もあるのだ。

 

つまり―――。

 

「刹那、手伝います!!」

 

「頼む!! お虎!! ジェーン!! そっちは頼んだ!」

 

完全にサーヴァント戦・マスター戦に移行しているのだが、サーヴァント戦は少しばかり旗色が悪かった。

 

任された二騎は、ただ一騎に対して数的有利を取れたとは思っていない。

 

「神代のサーヴァントかぁ……タイガー、勝てそう?」

 

「敗色濃厚そうな相手にも臆せず……と言いたいところですが、まぁ打ち合ってみれば分かりましょう!!!」

 

霊格・霊基の違いとでも言うべきものを敏感に感じ取る。

それでも……戦うのみだ。

 

「援護を!!」

 

「前は任せた!!」

 

「オーソドックスな戦略。けれど―――そういうの打ち破るよ」

 

武器の形状は『弓』とも『槍』とも着かない。

 

弓でもあり槍でもある―――そういう宝具か武装なのだろう。生意気な言い方ではあるが、サーヴァント同士ならば、来歴由来・伝承伝説―――それをしれずとも見抜けるものがある。

 

それは、英霊というよりも『武人』としての格である。

 

ある程度の武芸者となれば、見ただけでそいつの力量が分かる。マスターには眉唾な話だと少しだけ笑われたが、それでも―――。

 

「おおおおっ!!!!」

 

「はっ!! てりゃっ!!!」

 

武器を打ち合わせれば分かることがある。常人では見きれぬ攻撃の打ち合い。

 

そして―――。

 

「せやっ!!!!」

 

こちらを後方に押し出すと同時に槍は『弓』へとなり、間隙無き弓射は三―――いや六連!!

 

達者すぎる攻撃。しかし―――。

 

「むっ!?」

 

「おおっ!!!」

 

尋常の相手であれば骸にしても抉り足りぬ『超』達人の弓射であったが、ランサー=長尾景虎にとっては、致命にはならない。

 

必中の矢が逸れるという不可解さを覚えた隙を突いて、景虎は七支の槍で攻撃を再開。

相手が弓を構えて呆然としているところを狙った攻撃。

 

流石に弓とて神域の鍛造。1合では壊れぬ。ならば2合―――と狙った景虎の狙いを外して、相手は―――天空へと舞い上がる。

 

「飛行能力持ちのサーヴァント!?」

 

分かってはいたが、神代の域のサーヴァントであることは間違い無さそうだ。自在な飛行を行うもの。

 

天与の能力を惜しげもなく晒すその姿に―――。

 

「撃たせてもらうよ!! ワルキューレちゃん!!」

 

カラミティ・ジェーンの銃弾が吐き出される。

 

必中必殺の銃弾の全ては、再び乙女の手に戻った『槍』によって封じられるのであった。

 

風車のように振り回された槍。それを手に―――『戦乙女』の特徴を持ったサーヴァントは滑降するように降下してくる。

 

狙われたのは、景虎―――その攻撃を受け止めるべく、槍を構えたのだが、その眼が見たのは―――。

 

(剣!?)

 

「ワノ国のランサー!! 討ち取る!!」

 

天与の能力で単独飛行という、物理法則を破っていたサーヴァントの放つ、自由落下の物理法則というエネルギーごと剣戟を受けた景虎の持つ七支の槍が砕け散り――――――景虎を袈裟懸けに斬り裂いた。

 

 

 

懐かしき匂いがする。

懐かしき鼓動(おと)が聞こえる。

懐かしき感触(まりょく)が触れてくる。

 

『―――』

 

それは魂が呼び合う証。

どうしても捨てきれないほどのツナガリでありムスビ。

 

何故、この世界において、自分たちは現界ままならぬ身としてマスターたちの元にいるのだ。

 

今は我が身の不自由さが恨めしい。

今はこの姿しか取らせられないマスターたちが恨めしい。

 

マスター・セツナの懐にある『我が夫』は、あの子を感じている。

 

―――アスラウグ(・・・・・)……我が娘―――

 

悲運の戦乙女がリーナの懐にて涙を流して悲嘆に暮れていた。それを感じ取り―――。

 

「行きます!!」

 

『―――リーナ!?』

 

声は聞こえている訳がないはず。それでも聞こえたからにはリーナは駆け出すしかなかった。

 

草の茂みから立ち上がり、そして魔力の鳴動を感じた方向に駆け出す。

 

「クドウ、俺とクリームヒルト殿も行くぞ」

 

「ラジャーです!!」

 

別に拘るものはなかった。断る理由もなかった。

 

だが、この時のリーナも気付けなかったこと―――。

 

肉親との対面を果たすのは……他にも現れるということを。

 

―――まだ分からなかったのだ。

 

 

 

 

 



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『クリームヒルト様は探したい 4』

今回の幕間は少し失敗だったかも。

展開的には、ここで入れとかないと古都の方でちょっと唐突になっちゃうんですよね――――――と釈明をしてから、三輪先生の同人を見つつ、9月になったばかりなのにはやく10月にロストエインヘリヤルが待ち遠しいと思う所存。




 

 

剣戟と同時に、相手の力量が分かる。

 

雷剣とでも呼ぶべきものは高圧縮されたビーム粒子の虚剣ではあるが、それを扱う相手は一流の剣士であった。

 

戦型としては……どことなくカノープス大佐を思い出させる。

 

一撃、一撃ごとに煌めく魔力が相手を削る。

 

一撃、一撃ごとに双剣の魔力が削られる。

 

「なかなかの使い手だな。だが、剣が荒いことこのうえない!!」

 

「生憎、人間みたいな外見(サイズ)巨人(タイタン)のような馬鹿力を発揮するような連中ばかり相手にしてきたんでな!」

 

結局、刹那には正調の剣というものは得られなかった。

邪剣、亜流の剣としか昇華出来ない双剣の奥義。だが、それは仕方ない。

 

確かにオヤジの技法を『模倣』(トレース)すれば、無銘の技は会得できる。だが、それはやはりイヤだった。

 

―――お前の剣はやはり俺とは違う―――

 

―――人外の死徒や幻想種と立ち会うことが多い、お前の剣―――

 

それは、豪剣の類だ。

だがその一方で、妙な小技も使うことも指摘された。

 

ならば、それで構わない。それで俺を越えてみせろ。

 

―――そもそも、オリジナルの干将莫耶は怪異殺しの神剣だからな。アマラとして使えるお前さんの剣戟の方が先祖返りだよ―――。

 

 

少しだけ淋しげな背中を見せる心は硝子で出来ている弓兵(疲れた父親)を寂しく見る刹那なのであった。

 

手数ではこちらが多い、そのことを理解してか、バックしながらもう一本の筒を出す男。朱光の雷剣を二刀流から―――

 

「両剣……」

 

懈怠な言い方をすればツーブレデッドソードと呼べるものに変化させた男。見れば見るほどに―――。

 

(光宣に似ているが、同時に……)

 

リーナにも顔立ちが似ているような気がする。

 

やり辛いわけではないが、それでも―――。

 

「投影・幻創―――全弾射出!!」

 

「これは―――英霊エミヤの魔剣生成か」

 

「―――」

 

何故、そのことを知っている。疑問よりも先に射出を待つ砲弾のように整列を果たしていた剣は、放たれる。

 

低ランクの魔力武器。しかし50数本もの剣は―――。

 

『イヌヌワン!!!!』

 

横合いから獣声を響かせた犬狼によって少しだけ勢いが削がれた。

 

しかし、ある程度の制御は出来るわけで。男に剣弾は向かってくる。

 

だが恐るべき事に、男はソレに対して前進を果たす。

真正面から飛び来る剣に対して、恐怖を感じないのかと思った。

 

だが、それは男が『戦場』で培ってきた一つの教訓でありテクニックであった。

 

「見えている弾は当たらない弾であり、当たる弾は見えていない弾だ」

 

同胞にならんと、同胞にならなければ生きていけない。そういう心で戦場に送り出された少年は、多くの前線軍人から多くのアドバイスを受けた。

 

その中でも、一つのアドバイスを受けた。

 

『K、戦闘において一つの助言をしておこう。『流れ弾は臆病者に当たる』有名な話だから知っていると思うけどな』

 

確かに知っていた。古い時代のアメリカ南北戦争時代から、そう言って戦争を怖がる兵隊を笑うことがあったそうだ。

 

『だが、これは少し違うと俺は思っている。流れ弾っていうのは要するに『見えない(タマ)』だ。当たらない弾は見えている(タマ)。要するに、全神経を張り巡らせとけば、自ずと分かるものさ』

 

当たるタマ。見えていない弾(ブラック・ブレット)が―――。

 

かつては戦闘機乗りとして、巨大なまでの自機を操り大空の四方八方どころか上下にすら眼を凝らして敵機を見つけることに全神経を注いでいた男の戦訓が伝わる。

 

 

そうして生き残ってきた。戦場において実兄と同じく、ソレ以上の戦果を残して軍に慰留してほしいということを願ったが―――――――

 

「ッ!!!」

 

「―――壊れた幻想(ブロークンファンタズム)

 

記憶が混濁したところ、相手の見えない弾を避けきったところで、爆発が自分を襲った。

 

そして片方では自分のサーヴァントが、相手の2騎のサーヴァント相手に優勢を取っていた。

 

「弱体のマスターでは終われんよ!!!」

 

自己回復の術式で己を回復。同時に――――。

 

「セツナ! 加勢に来たわよ!!」

 

「リーナ!?」

 

「クドウの言うとおりだ。このままクリームヒルト殿抜きで終わらせるな!!」

 

グガランナ(大化)に乗ってこちらまでやってきた三人―――そして、その姿を見た瞬間……固まって驚愕した顔を抑えている人間が居た。

 

刹那と相対していたはずの、男が固まっていた。

 

「K・ナイン!!」

 

マスターの不調を悟ったのかこちらを押し退けるようにして、割り込むサーヴァント。

 

魔力放出の猛りが物理的な圧として刹那を後ろに押し込んだ。

 

「バカ! なんでここに来たんだよ!?」

 

「ダッテ! ランサーのクラスカード!! 戦乙女ブリュンヒルデが!! 泣きそうだったんだもの!!」

 

『私もだぞ! マスター!! 我々の姿を!! 彼女に!!!』

 

セイバーのクラスカードから明確な声が響く。

 

見せたい相手とは即ち――――。

 

「服の下にりーず殿の盾を仕込んでいなければ即消滅でしたね!」

 

いや、ユーじゃない! 立ちふさがる戦乙女。

そして―――。

 

守護されながらも、こちらを見てくる少年。その眼は、リーナを見ていて……

 

「―――リーナ…クドウ…Angelina=kudou=Seals…」

 

うわ言を呟くように雷剣を携えた少年は言う。

 

「―――え?」

 

フルネームで名前を呼ばれたことで、驚くリーナ。

 

「Rainbow Magi―――七色の宝石……魔宝使い……」

 

刹那を見るその眼が輝いているのを見た瞬間。彼らの後ろから巨大な圧が迫ってきたのだ。

 

「おおららららぁ!!!!! 助けに来たぜアーチャー!!」

 

「ラ――……バーサーカー!!」

 

克人よりも2周りほどは 縦横に『分厚い』男が双戦斧を携えてやってきた。

 

霊体化を解いたのが、いつからだったのか分からないが……。

 

夜の闇を引き裂くようにやってきた男は油断なくこちらを見ながら告げる。

 

「サーヴァント・クリームヒルトは、この場に置いていく。俺たちのマスターの雇い主(クライアント)の目的は、お前さんの戦力評価と竜殺しのジークフリートを呼び出せるんじゃないかってことだったんでな」

 

「随分と腹蔵なくさらすな。ヴァイキング」

 

「この場での決戦を俺たちは望んじゃいない。それだけだ。そして―――本当にやるんだったらば、俺たちだけでやるさ」

 

剛毅な男……着ているファー付きのレザージャケットに『獅子劫界離』という男を思い出すが、目の前の男は獅子というよりも、灰色の熊を思わせる。

 

そんな男が言う言葉。それで逃がすにはちと無理があるかもしれない。だが、それでも……。

 

「―――いいだろう。こちらとしては『人斬り貴婦人』であったクリームヒルト殿をなんとかしたかっただけだ。何処へなりと消えてくれ」

 

―――十文字克人の大岡裁きが下るのであった。あちらとしても、これは僥倖だったのだろう。依頼主が、そうであるというのならば、刹那たちとしても―――。

 

「感謝するぜ。いかつい肉体のダンナ、ナイン帰ろうぜ。マスターがアンタのニホン料理を待っているんだ」

 

「ああ……すまないバーサーカー……」

 

いきなり現れた巨漢に支えられる男。だが、その姿に居たたまれないものが1人。

 

「待って! アナタ……ケー・ナインって―――もしかして……アナタの名前は―――」

 

『『我らが愛の結晶 アスラウグ!!!』』

 

被せんなよ。とツッコミたくなるタイミングで声を掛けたクラスカードの英霊2騎によって蹴出されるように、そいつらは去っていった。

 

虚空を飛びながら去っていくその姿は正しく幻想を身に宿した存在。

 

そんなサーヴァントよりも気になるのは……K・NINE(ケー・ナイン)と呼ばれていた存在。純日本人としか言えない容貌。そして、その姿に九島家の面影を見るならば―――。

 

(答えは一つしかない)

 

だが、刹那にも疑問が残る。ネクロマンサーの術というには、あまりにも自意識が残りすぎているし、何より……。

 

(……土葬が基本の合衆国とはいえ、そんなことを許すのか?……)

 

組織や国家というものの生臭さは分かっているのだから、その可能性を除外するわけにはいかない。

 

そして死体操りの幽幻道士というものを知らないわけではないのだ。

 

同時に『霊魂』を操る魔法師も……とはいえ、今は少しだけ泣きそうなリーナを慰めるように軽く髪を撫で付ける。

 

その繰り返しだけで、想像したことを口にしないのはまだ結果ではないからだ。

 

だがいずれ知れる。彼―――『K・NINE』が……どういう存在であるかは、分かるのだから。

 

 

「では……ジークフリートは、まだ召喚されてはいない?」

 

「確証はないがね。ただ刹那の固有結界内にもかの竜殺しの英雄は存在しない。

あるいは、既に召喚されているか……どちらにせよ―――キミが復讐すべき相手にジークフリートはいないのではないかな?」

 

「そ、れは―――」

 

翌日

 

ダ・ヴィンチちゃんの工房にて、診察を受けていた貴婦人―――というよりも少女としか言いようがない人は、少しだけダ・ヴィンチの言葉に詰まってしまう。

 

「……まぁ気長に待つことだね。君を召喚したのは、例の連中だとしても、寄る辺ぐらいは自分で見つけられたんならば、そこにいてもいいんじゃないかな?」

 

「ジークフリート様を慕いながら、他の男性に養われる。そのような節操のない私でもよろしいんでしょうか?」

 

「さて、ここならばかつての『カルデア』のように魔力の心配はない。維持にかかるのは電力ぐらいか―――どうする?」

 

沈黙。沈黙―――しかしながら―――。

 

「自分は色々と大雑把な男です。出来ることならば、色々と自分を管理してくれる『秘書』が、必要です……ジークフリート殿を見つけるそれまで、そばに居てくれませんか?」

 

巨漢の男、その申し出と共に契約は成るのであった。

 

「ですが克人殿では魔力が足りませんので夜伽は定期的に行いましょう。恥ずかしながら私も生前では1人、2人しかお相手したことがないので拙くても、ご容赦くださいね♪」

 

秘め事を囁くように、耳元で克人にそんなことを言うクリームヒルト。

 

「―――こちらから遠隔で供給出来ないんですか?」

 

真っ赤な顔で直立不動になってしまった十文字克人が、ダ・ヴィンチに聞く。

 

「ムリだとは言わないがね。君は伝承世界の姫の覚悟を見くびっている。君と共に戦う使い魔なんだ。少しは自分との繋がりを深めようとし給えよ」

 

伝わることだけを信じるならば、アッティラ王……正しくはアルテラを夫にしていたこともある人なのだ。

 

いや、それは本当なのか? 少しだけ驚きつつも……。

 

「まぁアレだよ。この際だからキミもウチの坊やぐらいには女に慣れときたまえ。その際に『あの世で俺に詫び続けろ!!』『サラマンダーより、ずっとはやい!』とか言ったり、言わせたりするぐらいはしたまえ♪」

 

克人の後輩が『闇堕ち』して『最強の独り』となり、もう一方の後輩も『ブリキ召喚(イメージ)』ならぬ『サーヴァント召喚(イメージ)』で『最強の独り』を倒す……。

 

「色々とアウトですよ! その未来は!!」

 

明らかにバッドエンドすぎる

 

「何を想像したんだか分からないが、まぁ……がんばることだね。何であれ……克人君が難儀している女性を見捨てられるような人間では無いことを私も坊やも知っているんだよ」

 

その言葉と不安げな顔をするクリームヒルトを見た克人は色々な想いを飲み込みながらも、サーヴァント契約を交わしたクリームヒルトと共にダ・ヴィンチちゃんの工房―――『悪役令嬢眼鏡ミラーアイ』から出ていくのであった。

 

「さて、こちらのケアは出来たわけだが……あちらはどうなのやら……?」

 

考えることは、もう一方。自分たちに内緒で事件解決に動いたのは、まぁ許すが……。

 

「まさか、そんなことを可能と出来るのか? いや、そもそも―――『他者』による施術なのか? もしもそれを間違えたならば……」

 

 

今後の戦いに、『彼ら』は関わる可能性は高い。

 

そして、それは――――――。

 

 

「巨大な戦いを引き起こす……そのためのキーが揃いつつあるのか?」

 

その中心に坊や、我らがマスターたる『遠坂刹那』はいる。確実に。

 

「見たかったのか? 魔法師の変革、いやこの世界の変革を……」

 

 

 

百山 校長から譲り受けた写真。

 

そこには若年の頃の百山など多くの若者が写っていた。

 

レトロにも画像データではなく『現像された写真』に……数日前に見た少年の姿があった。

 

百山よりも少しだけ年上、それでも一緒に写っていても問題ない少年を指差して校長先生は教えてくれた。

 

―――アンジェリーナ君、この誰よりも快活な少年こそが、キミの祖父 九島 健(クドウ・ケン)だよ―――

 

昔話を読み聞かせるような声音で九島 健の様々な伝説が語られていく。

 

そして、その特徴からしても間違いは無さそうだ。

 

だが――――。

 

何故、いまこの時代に……。

 

「ヤ、ヤッパリ、毎年ニホンのお盆の伝統に沿わずに迎え火(welcome flare)送り火(Send flare)をしてこなかったから、グランパは迷って戻ってきちゃったのかしら……」

 

「んなことをシールズ家では考えていたのか?」

 

結構驚きである。まぁ九島家の菩提寺の宗派に沿って弔うべきなのだろうが……それは、あの国ではなかなか難しい話であったろう。

 

少しだけ悲しそうな顔をしているリーナを宥めるために思考を巡らす。

 

「現実的に考えれば、幾つか可能性は考えられる。一つには九島健のクローンという可能性」

 

遺伝子的な弊害など多くリスクや問題点は考えられるが、それでも『やってやれないわけではない』。

 

もっともこの手の問題提起は20世紀時代からアホほど米国では盛んに行われており。

 

『出来るかどうかに心を奪われてすべきかどうかには考えを回さない』

 

生命の創造の奇跡に手を出そうとしても、人は神の御業には遠く及ばない―――ガキの頃に吹き替えではないジュラシック・パークを見た頃を思い出す。。

 

「だが、この可能性は低いな……あの少年ケンの様子はどう見てもリーナの事を知っている様子で、俺のことも何かで知っている様子だった」

 

「グランパは未来視の能力者だったって言っていたわよね。そこまで明確なものを見ていたのかしら?」

 

「そうらしいな……俺が来訪することも読んでいた節がある」

 

可能性は除去するべきじゃないかもしれないが、これは低そうだ。

 

バランスに連絡をしたところ、どこから嗅ぎつけたか老将及び退役軍人会などが総出で『俺たちの友達を穢すことなど許さん!!』と騒ぎ立てているそうだ。

 

結果はその内に出るだろう。

 

「第二にはネクロマンシーによる秘技……死体再動の秘技だが―――」

 

「それだと随分と自意識を持っているように想えたケド?」

 

「ああ、けれど『死体再動』は降霊術以外にも創造術で出来る面がある。魂・精神の宿らない死体を、かつてそれらが宿っていた頃と同じスペックで動かせる魔術だ」

 

これは基本的に『生者への妄念』を原動力とする死霊術(ネクロマンシー)とは別物。

死体にネジを巻いてスイッチをオンにするだけだ。

 

「だが、こういうのは本当に特殊な術式だ。俺も執行者時代に若作りのクソメガネ相手に見ただけだしな」

 

「じゃあ他には――――」

 

「魔術的な人工冬眠……コールドスリープを用いて、現代に蘇ったとしか言えないな」

 

「―――ボウキョウタロウ(望郷太郎)にでもなりたかったのかしら……?」

 

祖父の事を少しだけロマン溢れすぎな存在にしているリーナだが……意外とコレが当たりなのかもしれない。

 

「実際、そういう存在をサーヴァントとして従えているからな……アスラウグ―――神代欧州の時代に戦乙女ブリュンヒルデと半神の大戦士王シグルドとの間に生まれし娘」

 

そんな彼女が歴史の表舞台に出てくるのは、神代が終わり、エーテルの霧散が叫ばれる西暦時代の北欧だ。

 

その原因はアスラウグという英霊にある。『ヘイミル』という王によって『竪琴』の中に隠された彼女は、仔細に違いはあれども、『時間』を飛び越えて、9世紀時代の北欧にて目覚めることになったのだ。

 

「けど、そうなると『若返り』が引っかかるわよ。そりゃ魔術世界にはソウイウのもあるんでしょうけど、ワタシのジイちゃん……九島 健は、死んだ時にはかなりの高齢よ―――ワタシがまだ小学2年生頃だったけど」

 

その頃の色々な辛いことを思い出したのだろうか。手を握ってあげて少しだけ慰めてから未来への展望を語る。

 

「どちらにせよ。ケン=クドウ氏らしき人との接触は増える。その際になんとか探ってみよう―――」

 

「ソウネ……色々と手助けしてくれたランサー・ブリュンヒルデ……いえ、ブリュンヒルデさんとシグルドさんのためにもね」

 

いずれ自分たちも『父』と『母』となり『子』を持つのだろう。ならば、娘に自分のことを知らせたい親御さんのために尽力するのもありなのだろう。

 

少しだけ懐に収めたカードが、暖かく感じる。

 

握りしめた手はお互いに汗ばんでいる気がする。

 

そんな気がした季節は初夏―――。

 

 

あの夏が待っている―――。

 

 






というわけで次回からは二年次九校戦編へと突入。どんな展開にするかは――――――私の頭の中にだけあること。

気長に待っていただければ幸いです。

あと仮面ライダーブラックサンが、何というか魔法科高校的な世界観に近い気がしてしまう。今回のゴルゴムの怪人は拳銃でも倒せちゃうのか……。


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スティープルチェース編~Eighth Order CROSS GAME~
第326話『老若の境界』


 

 

西暦二〇九六年六月二十五日、月曜日。日本魔法界の長老にして国防陸軍退役少将の肩書きを持つ九島烈は、国立魔法大学付属第二高校へと赴いていた。

 

その主な目的とは、何のことはない……孫2人とその内の男孫と付き合っている四葉の従者に会いに来たのだ。

 

(いつになく活気に満ち溢れているな)

 

当然である。近々……いや六月に入った時点で、この学校だけでなく全国の魔法科高校はそうだったのだろう。

 

その若く励まんとする空気を吸いながら、気配を殺しつつ進んでいたのだが―――。

 

「九島老師、こんにちは」

 

「九島閣下、いらっしゃいませ!」

 

などなど、校門に入った時点から校庭まで多くの学生達に烈の姿は看破されていった。昨年度の九校戦で、自分が見せた『手品』はどうやら今年からは通用しなさそうだ。

 

その『成長』を喜ばしく思いながらも、少しだけ寂しい思いを持ちつつ生徒の1人に声を掛ける。

 

用向きは、端的なものだったので、生徒も特に拘ることも無く教えてくれる。

 

「光宣君ならばヒカルちゃんと一緒に体技場ですね。出来ることならば、『新人戦』で確実に戦ってほしいんですけど……」

 

光宣たちが、どこにいるか?その疑問に答えてくれた女子生徒の言葉に『ありがとう』と言いつつ、烈は体技場という『何度か』来た場所へと赴く。

 

蒼司や玄明―――そして響子の時代から変わらぬとおりならば、同時に烈の眼にも見えている『猛り狂う魔力』に間違いないならば―――。

 

(やはり、な)

 

多くの見学者たちは、入り込んだ烈の姿に気付かないほどに、その『戦い』に見惚れていた。

 

それぐらいに常識を逸した戦い。

 

「敵機の姿を眼で追いすぎ! 肌感覚で感じたものを頼りに戦うことも重要!!」

 

「なかなかに言ってくれる!!」

 

「このおっ!!!!」

 

第一の言は九島ヒカルと称させているサーヴァント。

 

今日の彼女は蒼黒の軽鎧、鎧の線が、ところどころライトグリーンに光るものを着ながら、盾砲とでも表現すべき得物を振るっていた。

 

盾は近接武器としての特徴もあるようで軽快にその『重量物』を振るいながら二高の俊英を追い詰めていく。

 

(ガ○ダムTR-6 ハイゼ○スレイⅱラーのような霊基最終降臨(フルバースト)の姿を見たが、あんな形態にもなれるのか?)

 

つくづくサーヴァントというのは常識はずれだ。自分たちの常識を尽く砕いていく『最古にして最強の存在』。驚きばかりが烈の心を占める。

 

デミサーヴァントであってもそれは同様であって、他の孫たちが契約したサーヴァントも同じくであった。

 

(ただ、蒼司の契約した紅のアーチャー……紅子(あかこ)ちゃんは、ちょっと怖かったな……)

 

ゴスパンクとでもいうべき衣装になった彼女は病んでいるとしか言えない印象だったが、蒼司はそんな彼女にどうやら『お熱』らしく―――。

 

『や、やっぱりさ! こっちの方がいいよなソウジ!?』

 

と動揺して赤色の典型的な魔女っ子衣装に『変奏』する紅子ちゃんを見た蒼司は……。

 

『君にふさわしい衣服を僕が作り出す! この赤い唐傘に似合う衣装を!!!』

 

どの紅子も超カワイイ! としながらも、蒼司は真剣さを増して猛烈な勢いで『魔装衣』(ドレス)創りに邁進するのであった。

エルメロイの書の『衣服』の欄などを熟読。ブリシサンの裁縫術・魔力糸の作成というものを懸命に行い、二高生徒が主導して作ったヒカルちゃんの『お雛様衣装』と同じ時期に完成を見たのだ。

 

そんなことを思いながらも孫たちの様子、そして二高生たちの熱狂しながらも、技を盗もうと、自分の糧にせんと眼を凝らす様子に満足して―――九島烈はクールに去るのであった。

 

(老人があれこれ言うことでもあるまい)

 

場所を教えてくれた生徒と光宣の様子から察することは多かった。

 

彼は1年生でありながら―――『本戦』で戦うことを望んでいる。烈の心としては、『新人戦』で確実な『実績』を残してほしいというものがあった。

 

決して新人戦が容易い相手ばかりで『優勝』を獲れるなどとは思っていない。

 

しかし、今年度の『九校戦』、その本戦は正しく『天外魔境』の『大混乱』である。

 

それを少しだけ『和らげる』ために、烈は大会委員に働きかけて、横紙破りをした。

 

もっともらしい上奏文を添えての意見陳述の『真意』を理解できるものもいただろう。

 

だが、それこそが―――。

 

(健ならば、どうしただろうか?)

 

実弟ならば、つまらぬ策略など捨てさせて、全ての学生魔法師が戦う場を設けただろう。

 

学校(お国)の威信など全て捨てさせて、学生たちを、ただの一人に戻して、ただのケンカをさせていたはずだ。

 

つまらぬ策略を捨てさせて、一個として力を試し合う場を……。

 

ここ最近、実弟のことを思い出すのは自分も先が長いとは思っていないからか、それとも近畿地方全ての魔法家で孤独になったからか……。

 

どちらにせよ―――後悔しているのだ。

 

二高を後にして、止めていたリムジンタイプの車に乗り込む。車中には同乗者がいた。

 

「お待たせして申し訳ない」

 

「いえいえ、ただ随分と早いお帰りですな。お孫さんと歓談でもしてくればよろしかったでしょうに」

 

「真剣勝負に水を差すわけにもいきませんからな。出してくれ」

 

その言葉に応じて古めかしくもドライバーは、ハンドルを握り同時に後部座席との間に遮断用のシャッターが降りた。

 

走り出して少ししてから烈の対面の座席に座る男は、口を開いた。

 

「重ね重ね、我々を受け入れていただき感謝しております。九島閣下」

 

「……正直に言えば、君を受け入れるのは真言と同様に少々迷ったのだがね」

 

「ご当主とは違い、閣下の方は少々ではないのでは? ですがその狂おしい苦悩の果てに我らを受け入れていただき、本当に感謝しております」

 

丁寧な一礼、感謝をしながらも、こちらの心を見抜いた美麗の男―――その皮を被っているだけの男に少しの嫌悪を覚えたが、話を進める。

 

「私は劉の要請を受けて君たちと戦った中華街の魔法師たちに便宜を測るようにした。そんな私が、如何に真言の考えとは言え、君たちを受け入れるなど節操なしと誹りを受けても仕方ないことなのだよ」

 

「劉大人(ターレン)との間に確かに行き違いがあったのは間違いありません。そこは認めておきます―――しかし、私も時流・時節を読み間違えていたのです。運が悪く、天意に逆らいすぎた……まさか、呂と陳―――どちらもが死に絶えるなど、正直予想外すぎた」

 

あげく中華大内戦という混乱状態になるなど予想していなかった。沈痛な面持ちで語る周公謹……。

 

それはどういう感情であるかは、まだ分からないが、それでもイメージだけならば、味方の無能を嘲っているかのようだった。

 

話は続く―――。

 

「ですが、一度は不義不忠の限りで逃げ出したとはいえ、私の同胞たちがいま……素直に投降したところで、両国どちらであっても簡単に許しはしないでしょうからね」

 

時節を見誤った。その考えや気持ちは分からなくもない……。

今の関西における自分たちの状況が正しくそれだからだ。

 

「だからこそ、今の関西の状況に一石を投じるべく、私は九島老師に一つの重要な情報を教えたいのです」

 

「それは真言には教えられないことなのかね?」

 

「ええ、まずは烈殿の胸の内だけに納めていただきたく思います。その前に一つ身内の恥をさらす次第で羞恥の極みですが、腹蔵なく申し上げたいことがあります」

 

言いながら、この車に内蔵してある冷蔵庫から貴腐ワインを出す周。

彼が半壊した店から持ち出した秘蔵の一本だとして差し出したもの……毒が混ざっている可能性をいつでも疑う一本をグラスに注いでから周は話を続ける。

 

「今、我々―――山嶺法廷の道士たちは大変な混乱を呈しております」

 

「ほう。流石に(あしもと)の混乱は本国の人間たちも揺さぶっておりましたか」

 

「ええ、それだけでなく実を言えば我々のリーダーたる()老師が、現在USNAにて拘束されている現状なのですよ」

 

大漢の仙老師……あまりいい思い出はない。時間上では彼らは、自分の弟子たちの悲劇には関係はないが、それでも……蟠りはある。

 

「ですが、それに関しては仮宿を提供してくださった九島家の皆様に感謝して、この話は、そこで終わりです。本題はここからです」

 

周が語る所、顧傑(グ・ジー)ないしジード・ヘイグと呼ばれる存在はUSNAに亡命をして、現地魔法組織・団体とも交流を持っていたそうだ。

 

当然、彼が主導して設立した団体もあったりする。

 

「その際に、一人の男と知り合ったそうです。その男は、何とか時代を飛び越えられないか、タイムワープが出来ないかと考えていたそうです」

 

「また奇態なことを考える人間がいたものですな……」

 

「彼は、言っていました。『世界が変革する時”七色のマホウ”が来訪する時―――その時を自分は見届けたい』とね」

 

「――――――」

 

緊張が走る。優雅に貴腐ワインを揺らす周に、どうしてもやられた気持ちがある。

 

「その人が”何をやられたのか” ”何を行われたのか”は分かりません。ですが、東京に置いていた部下たちがあるものを撮影しました。ジード・ヘイグが、『アトラス』の策略で精神拘束されてから『彼ら』は動き出したようです……」

 

言いながらメモリーデータの類を胸ポケットから取り出す周公瑾。

 

「合成などしていない動画であることは存分にお調べください。もっとも『本人』たちに問い質せばいいことだと思いますがね」

 

何なのか。何が映っているのか……。

 

 

そして、それを見た時に息が詰まった。衝撃が総身を突いていくのを感じた。

 

「……そんな…これは……いや、まさか……」

 

「私も既知の人物というわけではありません。ただ、我々にもそれなりの情報ネットワークはありましたからね。我々が見せられた暗殺対象の魔法師に、あなた方『ご兄弟』の若い頃の顔写真もありましたよ」

 

周の言葉など烈には入っていない。

 

再生した端末の映像には、陰陽の双剣を振るう少年と、ビームサーベルと呼ぶべきものを振るう少年がいた。

 

少し離れたところでは、サーヴァント戦も演じられているようだが、俯瞰で撮られた映像の中でもどちらかといえば少年どうしの剣戟が引き伸ばされていた。

 

問題はビームサーベルを持つ少年だ……。

 

「―――ケン……」

 

様々な感情を混ぜ合わせにして、その名前を告げる。追い出さざるを得なかった弟の名前だ。

 

少しだけ呼吸を浅くして、最近色々と気遣うようになった身体の一部の鼓動を落ち着かせてから周に問いただす。

 

「これを見せて……私にどうしようというのだね?」

 

「一つに食客として入れ知恵をさせてもらおうかと思いまして、現在の近畿地方の混乱の原因は、もはやあなた方、九島家の烈様方の系譜を信用できないでいることです」

 

「……続けてくれ」

 

「ですが、古式の方々には未だにケン・クドウ=九島健さまを慕う方々が多い。九研の人間たちは憎いが、それでもケン様を個人的に慕っている古式の名家は多い……」

 

その言葉に素直にうなずくことは出来ない。だが、それもまた一つの妙案なのだと―――しかし……。

 

「……これが顧老師の用意した僵尸(キョンシー)ないしクローンではないという証拠はありますまい。そもそも健は、北米に渡った時点でこのような歳ではなかった」

 

ここで乗せられるわけにはいかないのだ。

活発な光宣とでも言うべき顔……あの孫に覚えていた輪郭が弟であることを今更ながら烈は実感していた。

 

「ごもっともです。詳細に関しては私も教えられていませんし、何が為されたのかも不明です。しかし、ケン・クドウ様が、自ら『何か』をやった上で後事を私の師などに託した上で―――このようになったのです」

 

当然、その中には烈の言う通り死体を弄んだ末の僵尸もいるのだろう。だが否定をするには、出された選択肢は重すぎた。

 

「九島家が存続する上でならば、近畿の魔法師を1つにまとめるならば、彼を『御旗』にすることも選択肢ではありませんかな?」

 

その上で自分の系譜、真言や光宣は支える側になるということだ。それを……。

 

「外様でありながら差し出がましい口を叩きました。いずれ、この事は他の方々にも明かされるだろうと思いましたので、当事者の関係者として先んじて明かさせていただきました」

 

「成程、不義不実だと思われる前に、己の疑いを晴らしておこうということですか」

 

策士め。という顔で睨むも周は涼しい顔のままだ。

 

「ええ、そういうことです。その映像は存分にお確かめください。そして後に『魔宝使い』にも確認をすればよろしいかと」

 

真実は対面した時に分かるか、それとも……。

 

「では、私はこれにて」

 

そう言われて、周のねぐら、九島家が用意したアパートメント。当然、盗聴・監視機器は完備のそこ周辺に到着したことが分かる。

 

ビジネススーツを着て『勤め』らしき風体の男が、社長に送られたリムジンから出る……という演技をする周。

 

もはや烈は車から出た周の姿を見ようとは思えなかった。

 

「因果―――いや、宿命なのか?」

 

弟は何を見たくて、現世に舞い戻ってきたのか……?

 

これで自分への復讐を果たすためならば、まだ分かりやすかった。

 

しかし――――。

 

全ては絡まった糸のように何も見えない。糸口は只一つ。

 

遠坂刹那という少年を手繰るしかないのだ―――。

 

 

 

 



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第327話『全魔法科高校の受難』


というわけで変則的な九校戦のはじまりはじまり~~




 

 

 

日差しが眩しい午前中。この天気、この時間に外で体育をやるなど尋常ではない。

特に野外系の部活に所属しているものでもない限りは……。

 

そんな中でも特に運動系部活に所属しているわけではない。さりとて何か外で運動をやっているわけでもない。

 

2人の男子が、距離を離した上で、やり取りを行う。

 

―――頼んだぞ刹那。ここだぞ―――

 

―――打たれたら責任取れよ―――

 

―――お前がな―――

 

無言での以心伝心。そして大きく振りかぶった末で投げ込まれた白球は、達也の構えたコースにあるキャッチャーミットに吸い込まれた。

 

三球で仕留められた沢村は―――。

 

「ぐぅうう!! 進塁打すら出来ないなんて!!」

 

地団駄を踏まんばかりに、悔しがる様子。塁上に残るランナーは一人。2塁にいる幹比古は、まっすぐ3つで仕留められた沢村を少し気の毒に思う。

 

(まぁ、刹那の速球は表示が正しいならば時速150kmとか出しているからね)

 

この時代の高校授業、その中でも体育は昔に比べて高度な器具を用いることが多い。電子的な得点板に、速度表示機器に、人の目によらないアンパイアジャッジ。

 

塁審・球審・主審―――全てがビデオ判定を取り入れていたのである。これは偏に人間能力の進化があった。

 

160km以上もの速球をポンポン投げ込むピッチャーが出てきて、更に言えば、そいつが緩急付けてくるとなると、打席に立つ打者以上に審判の眼も慣れないものだ。

 

(更に言えば刹那も二刀流だ……!)

 

世にも珍しいスイッチピッチャー。

 

左で投げたときは、とんでもない速球。

右で投げたときはキレのある変化球。

 

どちらでも投げ込める投手だ。こんなピッチャーであれば、キャッチャーはリードしていて面白い限りだ。

 

よって少しだけキャッチャーマスクを被る達也を羨ましく思うのであった。

 

『さぁ! 円卓ライオンズのピッチャー 遠坂刹那!! 絶好調の限り!! このままKの山を築けるか! だが、しかし立ち塞がるはここ一番で頼りになる男!! 半神タイガースの主砲!! 西城レオンハルトが、今―――打席に向かう!!!』

 

煽り過ぎなダ・ヴィンチの実況。どこのパワプロだと言わんばかりだが―――。

 

『『『『『レオン先輩!! ファイト―――!! 好球必打!!!』』』』』

 

何気に後輩女子からの人気が高いレオに若干の嫉妬。言峰なんて、どっから出したのかチアリーダー衣装を着ていたりする始末。

 

つーか君ら授業は? そんな事を考えつつも対抗するようにリーナも応援してくれるならば―――。

 

(応えてみせるのが男の道ってもんだ!)

 

(ここまでレオにはストレートをライナーで打たれている。とはいえ、空振りもストレートなんだよな)

 

勢いはいいが、それでも組み立ては考えなくてはならない。

 

(となると変化球か?)

 

(タイミングを外すためにな。最後にはストレートで決めるぞ)

 

(あいよ!)

 

キャッチャーミットの大きさと達也に信頼を置きながら刹那は、カーブを投げ込む。

 

内側のストライクゾーンを掠める一球だが、腕を畳んで対応したレオ。

 

大ファールだが、やべぇなと感じる。

 

(流石に高すぎたか、いやレオの対応力がスゴイんだ)

 

(外低めだ)

 

要求された通りのコース。しかし、ボール球の判定。レオは振らない。

 

正直に言えば三打席目で遂にレオを三振に斬ることは出来ないだろうとバッテリーは見ていた。

 

かといってボール球で逃げようとしても……。

 

((腹を括るしか無いか!!!))

 

意を決して達也はサインを出した。同時にシフト指示を出す。

 

外野手……特に十三束と後藤がそれを察知して重心を後ろにおいたのを見た。

 

あからさまに動けば球が何であるかを知られる可能性は消す。

 

そして「右手」で投げた一球。それは左手に比べれば遅いがストレート。ただし、140km前後の球。

 

前打席で打たれた150kmのボールの残像を活かした一球。

 

(伸びがありやがる!! けどよ!!!)

 

レオもそれに錯覚しそうになる。落ちない錯視のストレート。だが、それに対応すべく腕と身体は自然と動き、丸いバットはストレートを捉えた。

 

フルスイング―――レオほどの体格のバッターが放った打球は当たり前のごとく飛距離を伸ばす。

 

だが、それでも差し込まれた上で押し戻したことでフェンスを越えないことが分かる。

 

「走れ!! 幹比古!!」

 

「うん!!!」

 

タッチアップじゃないのか、という疑問は一年以上の付き合いになる友人の力強い言葉で氷解した。

 

レオは走れと言ったのだ。つまりフライ性の打球じゃない。捕球出来るようなライナー性でもないということだ。

 

事実、外野まで飛んでいった打球の行方を追うべく十三束と後藤は猛ダッシュしていた。

 

フェンスに当たる軌道。その前にキャッチするには高すぎる。

 

選択(・・)していた『魔法』が、『跳躍』などであればアウトに出来るのだが……。

 

「バックホームは十三束氏に頼む!!

 

「よろしくされた!!」

 

クッションボールに対応するべく飛び込む後藤君。フライトして取れたならば―――しかし……。

 

「がっ!!!」

 

後藤君が顔からフェンスに直撃。ボールもフェンスに直撃。バウンドしてくるボールが十三束のグラブに入り、

 

「後―――」

 

「投げるでござる!!!」

 

「―――後藤クーーーーーン!!!!!」

 

心配した十三束の言葉を遮っての意気に振り向きながらの十三束のレーザービームがホームへと返っていく。

 

『魔弾』の応用で放たれたそれは放出系魔法が不得意だった十三束鋼の努力がホームまでの軌跡を描く。

 

「幹比古のホームインは仕方ない!!」

 

「落球への対処は任せろ!!」

 

「コースを塞ぐなよ!!」

 

キャッチャーの後ろに回り、逸らした場合に備えるピッチャー。そんな2人にホームインした幹比古は声を掛ける。

 

十三束の返球とレオのラン―――三塁コーチャーに入っている相津君の判断は―――。

 

「GO!!!」

 

―――レオの走りに掛けた。十三束の返球も見ていた。後藤くんに対する気遣いが一瞬のラグを生んだのだ。

 

そして―――ギリギリのタイミングとも言えるバックホームとホームランの境。

 

ホームへのタッチを目論むレオ。タッチアウトを狙う達也。

一髪千鈞を引く攻防。そして……。

 

「タッチダウンは決めさせないぞ! レオ!!」

「そりゃアメフトだ! 達也!!」

 

落球はない。しかしランニングホームランを決めようとするレオに達也のミットが迫る。

 

そして驚くべきことに、幻手を使ったタッチが迫る。

 

この為に登録していたのだと気付かされる。

 

達也の横をすり抜けるように幻手は伸びていく。

 

その幻手に応じてレオの身体は避けていく。このままではタッチアウトは無理。そして、達也は後方のピッチャーである刹那にバックトス。

 

投げ渡される前から走り込んでいた刹那はグローブに球が入ると同時にレオの幻手にタッチするべくグローブを落としていく。

 

(デカくした手が仇になったな!!!―――)

 

だが、そんなことは先刻承知。デカくした手、面積が上下に広がっているその分―――。

 

(早くホームにタッチできる寸法さ)

 

 

土煙あがるクロスプレー。判定は―――。

 

 

『SAFE! HOME IN!!』

 

魔力仕掛けの手すらもタッチ判定にしたことで2年混合野球チーム試合は、半神タイガースに軍配が上がるのであった。

 

「やられたな……」

 

「ああ、野球試合とはいえレオに一本取られるとはな」

 

ナメていたわけではないが、相津がGOを示すとは……。

 

それに応えたレオのランは、見事見事、日曜朝の左巻きな報道番組のスポーツコーナーではないが、アッパレ!を付けたい気分だ。

 

「ひみつ道具を使ってのドラベース的野球。その魔法版、中々にエキサイトしたものだったね」

 

実況役であり、責任教師であるダ・ヴィンチの登場。

それに対して答えておく。

 

「まぁ今年の九校戦の弾みぐらいにはなったのではないかと―――」

 

「今度はウィッフルボールでもやるか?」

 

「くくく! この俺にさらなる魔球を開発しろといいなさるか?」

 

「キャッチャーである俺に感謝しろよ。立花走一郎のような俺に」

 

「松平孝太郎じゃなくて?」

 

「それならば俺がピッチャーやってる。まぁ何が投げ込まれるか分からん球も面白いもんだ」

 

お互いがお互いを信頼し合う。まるで正反対だからこそ友人になれた2人。そんな2人を見て腐った妄想をする面子がいる一方で、この2人がいる以上、今年の九校戦も安泰なのだと安堵する面子がいたのだが……。

 

そんな安堵を一挙に崩されることが、起こることなど誰に予想出来ようか。

 

そう、そんな通知を受けたのは八高への出張授業を終えて帰還したエルメロイ兄妹であった。

 

「お疲れ、ハードスケジュールであることは理解していたが、キミの鉄人ぶりも健在だな」

 

「仕方あるまい。元々一高だけで私の授業が受けられるというタレコミを引っ込ませるためには、全魔法科高校(・・・・・・)にエルメロイⅡ世を派遣することだからな」

 

リモート授業だけでは、どうしてもダメな点を解消するためにやはり専門講師の派遣は譲られるものではなくて、結局のところ、こうしてロード・エルメロイII世こと諸葛孔明ことウェイバー・ベルベットは、2090年代においても、あちこちに顔を出す羽目になったのだ。

 

霊基分割及び分身の術で一高以外の八校へと赴く羽目になったのは上記の理由以上に授業進捗の関係上、どうしても順番制で持ち回りというわけにはいかなくなった。

 

要するに―――「一高ばっかりズルい! 私達だって根詰まり起こしているんだ!!」……分からないところを分からないままにこなさせるのはマズイわけで、ただそれでも時間は有限であり、こんな反則技を行う羽目になったのである。

だが、それでも……出来ることを出来ないままにしておけなかったのだ。

 

「魔法科高校の教師方に特別なマニュアルがあるわけではないが、どうにも自分の中での理屈ばかりを押し付けがちというか……」

 

生徒が何を見ているかが、分かっていない。生徒がどういう風に世界を見ているかに想いを馳せられないから、こういう差が出来るのだ。

 

物理学的な見地を知る前に、上野美術館にでも行った方が彼らは良さそうだ。

 

「まぁ三と九はスカサハ講師の方が人気ではあったかな」

 

それは仕方ない話である。地政学的な関係で、この2校は実戦向きな講師を招集したがる傾向があった。

 

 

事実、九高では近くの国防軍基地の軍人たちが直接指導しているということもあるのだから。

 

……ちなみに三高では。

 

『山のツインバニー!! いや、トリプルバニーだ!!この三匹のうさぎが貴様ら未熟モノ共をホップ・ステップ・ジャンプだぴょーん!の勢いで一人前のケルトの戦士にしてやろう!!!』

 

などとスカサハ先生と前田千鶴、前田京音とが、バニースーツで三高の普通科生徒たちを鍛え上げているとかなんとか……。

 

「女は誰でもファイターだが、アレは色々と『アレ』だな……」

 

先年まで女子大生だった京音ならばともかく……前田校長は、最後の方には―――。

 

『ではチヅルには、この魔境のサージェントの衣装で教練してもらおう』

 

などとバニースーツよりは『ややマシ』な服装を供与されたが、あの歳で履くスカートの丈でなかったことは間違いない。

 

まぁ一部の男子生徒には『奇態な趣味』(BBA結婚してくれ)があったようで、色々と人間の奥深さを味わった次第ではある。

 

そんな他八校へと出張授業をしてきた面子をモニタリングしていたドクターロマンこと栗井健一は、エルメロイ二世というよりもエルメロイ教室に届け物が来ていたことを思い出す。

 

「ほほう。これが皆が噂していた九校戦とやらの案内か。しかし……何故に私達宛にこんな分厚い『メール便』が来るのやら、どこぞの同人誌通販会社ならば、メール便ではなくて宅配物で済ませる厚さだな」

 

「九校戦か……まぁ、世界が違うし、時代も違うから仕方ないが……」

 

「神秘の流布とかは気にしなくていいんだろうさ。兄上が気に病んでいるのは、こういう競い合いの場が殺伐としないか。そんなところだろう?」

 

義兄の思う所というのをライネスは察していた。この戦いが聖杯戦争のような殺し合いにならないかと。

 

突飛な発想ではあるが、去年に起きたこととやらを知ってしまっただけに舌鋒は鋭くなる。

 

多くの才ある学生たち、彼ら一人一人が我のことだけでなく、自分以外の全てを守ることが出来れば、危難ある所にそれを防げるだけの力と意思を以てことに臨めば、自ずと世界は良くなるはずだ。

 

などと考えていたロード・エルメロイII世たちGTSの面子を驚愕させる内容がそこにはあったのだ。

 

そして、それは他の『九校』も驚愕させる内容であった。

 

 

SIDE 四高

 

「これをどう思う?」

 

「逆転の芽が出たと思うべきか、それとも混乱を助長するだけになるか」

 

「いずれにせよ。備えましょう―――私達、四高には秘密兵器もあるのですから」

 

角隈の質問に答えた黒羽の姉弟は、魔法練習場で鍛え上げられていく四高生徒たちを見る。四葉方式のトレーニングで着実に力を着けていく様子が、そこにはあった……。

 

 

 

SIDE 七高

 

「ふむ。かの三銃士からは隠形などで逃れることが出来ましたが、これは……覚悟を決める時ですかね」

 

波の音を聞きながら、海辺で魔法実践を行う生徒たちを見ていた女教師は考えていたのだが。

 

「羽瀬先生―――!! 海のゲットライド! ウェイヴ(・・・・)を教えて下さい!!」

 

「真奈先生!! その魅惑のバディをこの卑しい豚たちに見せてください!!」

 

男女の生徒の囃し立てるような言葉を聞いてから―――。

 

「では―――そろそろやらせてもらいましょうか!! 準備はいいですね!?」

 

そう言って男女の言葉に応じて羽瀬真奈というどう見てもアジア人には見えない女教師はケルトの戦士衣装を白日の下に晒して海辺の女神へとなるのであった。

 

 

SIDE 三高

 

三高に激震走る!! 三高校舎激しく揺れる!!!

ぶっちゃけおっかない限りである。

 

だが、それでも退避というか避難する人間がいないのは、尚武の三高の精神ゆえか……。

 

ゆえに、今も掴みかからんとして挑んだ一年 伊倉がサーベルの連撃を喰らい傷一つもなく、戦維喪失された上でふっ飛ばされた。

 

「なんじゃとてーーー!!!」

 

「愛梨の怒りは(金沢の)大地の怒りじゃ……」

 

あの女は腐海からやってくる巨大甲虫なのかと言いたくなる言動。だが、一報を生徒会役員として来た!見た!怒った!の流れで、恐るべき事態が進行したのだ。

 

なんでこんなことを大会委員はやったのだ。こんなことをすれば、絶対にこういう事態を招くと分かっていただろうに……。

 

「くそっ!! 一色!! 俺だって気持ちは分かる!! だが、お前は三高の一員なんだ!! 水尾先輩の言葉を!!」

 

「一条先輩、下がって」

 

無機質な言葉。説得の言葉を吐く一条将輝に容赦ない炎雷の魔力波。もはや、一色愛梨を止めることは出来ない。

 

ラウンドシールドで将輝に向けられた光波を受け止めた光主タチエ。その手に聖槍を持ちながら―――。

 

(こんなくだらないことに使いたくないな)

 

アホすぎて何も言えないこの状況に人知れず嘆息しながらも……。

 

「光主さん、合わせて!!」

『イヌヌワン』

 

色々と世話になっている『先輩』が、犬を引き連れてやってきたのでタチエは、一色愛梨制圧作戦(?)に従事するのであった。

 

 

戻って 一高では……。

 

 

「まさかここまで一高にデバフを掛けてくるだなんて……変更された競技種目が、他校に有利程度だと思っていたんだけどね」

 

「けど、これが大会側からの正式な通知なんですよ。五十里会計……」

 

もはや『あきらめた』のか、眼を座らせて九校戦運営委員会からの通達条項に『ぎろり』という擬音が似合いそうな睨みつけをする中条会長に『変わっちゃったなぁ』などと、五十里は『ほろり』と涙を流すのであった。

 

「お疲れ様でーす。呼び出されたから来ましたが……」

 

「どうも刹那くん。急な呼び出しで悪いね」

 

五十里がやって来た二年の後輩に言いながらも、今のこのひっきりなしのメール要請の限りだとオンラインで全魔法科高校と話し合わなければいけないだろう。

 

そんな刹那に続いて、ひょこり、ひょこりと多くの……とは言うが4人から5人ほどの生徒が、後ろからやって来た。

 

彼女たちは当事者であった。

 

「内容は分かっているんだよね?」

 

「まぁ聞かされましたからね」

 

言いながらも刹那にしては達者に端末を操り、問題の一文を提示した。

 

本年度の九校戦運営委員会から送られた内容の中で、一番の問題がそこであった。

 

『本年度の九校戦は『特別ルール』を採用した上で、十校による戦いを演じてもらう』

 

『なおこれは特定の学校に対する『恣意的な策動』ではなく、あくまで全魔法大学付属高校の生徒たちの競技平準化のためのものである』

 

『国立魔法大学付属第一高校所属の以下の生徒に対する通達』

 

『遠坂刹那、アンジェリーナ・クドウ・シールズ、モードレッド・ブラックモア、レティシア・ダンベルクール、シオン・エルトナム』

 

『以下の五名は、外国籍であることや『その特異性』を鑑み、『日本の魔法師』ではないことから一高選抜チームからの出場を不許可とする』

 

『しかし、五名が魔法科高校で修練をして、一高及び多くの魔法科高校でメジャーパーソンと化しているのは明らか―――』

 

『よって特別チーム『学生選抜連合』を編成した上で、そこからの出場を許すこととする』

 

『なお、詳細及び選抜に関する事項に関しては、下記にも記載してあるが不明な点に関する受付は電話など運営委員会は随時受け付けている』

 

 

概ね、この文言が全てを受け付けている。

 

 

すなわち―――。

 

 

「ウチの主力が『ごっそり』いなくなったあああああ!!!!!!」

 

中条会長の嘆きの言葉が生徒会室どころか全校に響き渡り―――今年の九校戦を波乱に導くのであった。

 

 

 



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第328話『おれはキャプテン』

武田信玄もとい晴信は出てこないんかなぁ

とか想いつつも犯人の犯沢さんのアニメ化―――すごいなぁコナンは(え)

コナン役が信玄を(爆)

妄想垂れ流しつつの新話お送りします。


 一日明けての第一高校。本日は朝から授業は休講の上で、SHRだけを終えた後には全生徒が、大講堂へと移動していた。

 話される内容は、よほど噂に疎いものでなければ、既に側聞しており、それぞれで大小は違うも、全校生徒に衝撃が走ったのは間違いないのだった。

 

「なんで、こんな仲間はずれみたいなことを運営委員会はやりたがるんだろう?」

「容疑者は、運営委員会というよりも国防軍及び退役軍人会を疑うべきでしょうかね」

 

 双子の何気ない会話。だが、それは正鵠を射るものであった。今年度の九校戦の運営に口出ししているのは、防衛省及び魔法師の軍人たちであった。

 彼らの思惑こそが、今回の事態を招いていた。

 

(少し前に行った『炉の実験』『天空農場』。これは特に関係ないか……)

 

 双子の側にいながら刹晶院霧雨という少年は、そんなことを考える。そして、シオン・エルトナムも何かを狙っている。

 相変わらず『乱』ばかりを起こす男だ。

 だが、彼だけが原因とも言えないのが、今回の九校戦である。

 

「キリ君は、今回のルール変更をどう思う?」

「立場が違うから公的な観点では何とも言えませんが、僕はいいと思いますよ」

 その言葉に香澄は少しだけ驚いたが、理由をすぐさま問うてくる。

 

「端的に言えば、今年の各魔法科高校は図体が大きくなりすぎました。その図体を少しばかりスリムにしたい。見えていないものを見ておきたいというのが軍の考えなんでしょうね」

 

 謎掛けのような言葉、図体……それは入学者の数か、それとも2科を全高校に設けたことか―――。

 ともあれ、中央のステージに中条会長など多くの一高の実力者たちが、やってきた。

 それに合わせるように中央ステージには、9つの通信映像装置……物理スクリーンタイプのものが上方に設置された。

 まずはじめに映し出されたのは、運営委員であり国防軍の士官。知らない顔ではない藤林響子が出てきた。

 そして―――此度の九校戦に関して話し合われていく。

 ・

 ・

 ・

「つまり運営委員会としては、全魔法科高校から『自校選抜』されなかった選手たちの実力を見たいから、箱根駅伝や出雲駅伝などで見るような『学連選抜』を遠坂君たちに率いさせたいと?」

『大意としては、それで間違いないですよ。もちろん、一高で選手選考から漏れた人も当然、登録可能です。出来ることならば、多くの魔法科高校から選抜してほしいものですけどね』

 

 舌鋒鋭くというほどではないが、こういう『代表選考』に一家言ある陸上部の千代田風紀委員長の言葉が、スクリーンに出てきた藤林響子に届けられた。

 だが、響子の言葉は事務的だが裏側の事情を知らせるものであった。

 

「質問なんですが、各校で何かしらの事情があり、欠員や競技辞退が発生した場合、出場してもらいたい選手が『学生選抜連合』に登録されてある場合、優先すべきなのは―――」

『それは不可能です。今回の九校戦では出場選手・登録エンジニア―――補欠人員も含めて、予め運営委員会に提出してもらいます。その人員を欠場選手の枠に収めるのは可能ですが、学連選抜に選ばれた場合、そちらで競技継続となります』

 

 中条会長の質問を途中でぶった切る形で非情かつ無情な結論を告げられる。

 

『当然、これに違反した場合、相応のペナルティが発生すると覚悟するように』

 更に追い打ちを掛けるようにして、そんなことを『サゲマン』は言うのだった。

 

「……藤林委員に聞きたいのですが、大学駅伝などで見る学連選抜の類はいわゆる本戦出場枠を取れなかった大学の優秀選手を集めたものです。ですが、今回の遠坂君とシールズさんを中心にした学連選抜は……ちょっと状況が違うんじゃないでしょうか?」

『つまり?』

「仮にこれで―――僕たちが選ばなかった『あぶれ者』たちが、学連選抜で『好成績』を残せば、それは僕たちの見る目の無さと見られ、彼らも……元の学校であまり良く思われないんじゃないかと……」

 

 五十里の戸惑うような質問は未来を先んじたものだ。だが、その可能性は無きにしもあらずではあろう。

 

「見る目の無さに関しては、これから起こり得るかもしれない僕らの無能・見識の無さということで、この際構いません。ですが、後者は――――」

 

 再びこのような分裂を生み出すことの悲しさを五十里啓は訴えた。大画面スクリーンに映し出された響子は……。

 笑っていたのだった。本当に心底の『あざ笑い』が、そこにはあったのである。

 

『流石は五十里家の長男、所詮はゴジュウリ程度の先まで見えていませんね。何とも浅い結論です』

 その若輩とはいえ他家の長男を笑う姿勢に、というよりも婚約者で彼氏をバカにされたことで、千代田委員長が食って掛かる。

 

「啓は真面目に考えましたよ! それのどこに浅さがあるんですか!?」

『主にあぶれ者云々というところですかね』

「―――え?」

『私も九校戦の参加者であり、優勝経験者です。だからこそ、この視点に気付けなかった―――どんな形であれ力試しをしたい魔法師は多いということです』

「―――つまり……愛校精神よりも、そちらを優先する人間もいると?」

『そういうことですね。これは九校戦そのものの宿痾とも言えますが、九校戦は他の高等学校競技大会に比べて『甘すぎる』ということがあります』

 

 藤林曰く、他の魔法競技にしてもそうなのだが、競技人口に対して設けている大会規模がデカすぎるということだ。

 

『野球・サッカー・バレー・硬式テニス・卓球・柔道……サッカーとテニスに関しては外部のクラブ優先ということもありますが、文部科学省としては、地区予選などを勝ち抜いてからその上で全国区の大会に出場出来る他の高校スポーツに比べて、魔法科高校のそれはぬるすぎるという意見が大意なんですよ』

 

 その言葉に憤りとも怒りとも、はたまた悲しさとも取れるものが渦巻く。

 だが冷静に考えれば挙げられたスポーツは、『特異な才能』がなくても、腕と足さえあれば、誰でも出来る。

 義足・義手の選手も時には出てくるぐらいには、誰でも出来て、けれど熟練するには確かに不断の努力と何かしらの才能は必要だろう。

 

 だが、魔法科高校の『魔法競技』というのは、『魔法』が使えるという前提条件に立たなければ、そもどうしようもないという面があるのだ。

 魔法は、『才能』ありきという現実にしか立たないものだから、結局……見ている人々にとっては腕と足で再現できないものとしか映らないのだ。

 

『文部科学省としても、まさか設立から30年以上も経ちながら、一校も増えないなんて思わなかったのでしょう―――それだけ魔法科高校の教員というものが、魅力的な就業先でなく、右肩上がりで増えなかったということでもありますが』

 その言葉に教職員の方々は恥を知ってしまう。

 

『ですが、私とて国家公務員とはいえ、魔法科高校のOG。このまま嫌味な文科省のクソ野郎から『魔法師はホグワーツでカエルチョコレートでも食わせとけ!』などという増上慢な言動を許せるわけもなく、このような次第となったわけです』

「キョーコ、それはムリがありすぎるような……」

 

 この場では唯一のご親戚が、そんなことを言うが……刹那は、その裏側を見抜いた。

 防衛省としては、出場チームを増やすことで、実戦的な場で多くの魔法師を見てスカウトしたい。

 文科省としては魔法師関連の『癒着』『甘い汁』を継続したくて、学校を増やすことは出来ずとも……。

 チーム数を増やすことで、『外』からの批判を躱したい。

 そういう『裏』を見抜き、そして何より―――この事態、裏側で三味線弾いている存在を見抜いた。

 

(響子さんのこの言い様じゃあ、決定が覆りはせんだろうな……)

 

 昨日も家で考えていたことだ。そして、一高としては、自分たちを引き止めたいというか、戦力削小なんて冗談じゃない。

 そういう話である。まぁ当たり前だ。

 だからこそ……。

 

(ヤルのね?)

(ヤルんだな!)

(ヤルんですね?)

(ヤリますか!!)

 

 米、英、埃、仏からの念話……一番血の気が多いのが仏であることに、少しだけ恐ろしさを覚えつつも、こうなれば覚悟を決める。

 遠坂刹那、一世一代の大演技! こなしてみせようぞ!! 

 

『で―――私としては刹那くんの心を聞いておきたいわね? アナタに選抜チームを率いる覚悟がある?』

 

 そんな覚悟を決めたタイミングで響子の面白がるような質問。そして何故か三高だけがノイズを映して、他の魔法科高校と通信が繋がった。

 居並ぶ面子を前にして―――刹那は……。

 

「ここまで仲間外れにされると、いっそのことせいせいしてくる……いいだろうさ。今から俺はこの国全ての魔法科高校の敵となってくれる!!!!」

「せ、刹那!!??」

 

 驚愕の声を上げたのが、達也であることが少し刹那的には驚きだが、ここで感情を見せるわけにはいかない。

 その後には大講堂の全員から『どよめき』が湧き上がる。

 これが俺を後押しする。

 

「あんたらお役所の思惑で、俺たち『外国籍』の魔法師を諸共に、『はぐれさせる』『外に追い出す』ってのならば、いいさ。俺たちは俺たちなりに九校戦の台風の目になってやる!!!!」

『そ、そんなにまでも怒らなくても……私の考えは伝えたじゃない―――』

「発端はどうであれ、その端緒として俺たちを『違うもの』だとして、ひとまとめにして一高から追い出すってんならば、くさくさした想いも溢れる。目的が崇高だからと、手段が外道の下策だとするならば、それは途端に腐臭を放つものだ」

 

 刹那の言葉は確かに『その通り』であった。一度は響子の目的意識や文科省の思惑に、それなりの『納得』をしていた人間は多いが、そもそも……通達された内容が、あまりにも『無情』なものだったから、こういう話し合いの場が設けられたのだ。

 

「箱根駅伝やニューイヤー駅伝で走る外国人ランナーの区間記録を登録しない程度のことならば、まだ黙認したんだがな」

『そ、そういうわけじゃないんだけど!!!』

「俺が怒っている理由が、響子さんには分からないんだろうな……アンタ、俺が誰の恋人なのか分かっているだろうに」

『リーナに決まっているでしょ! だから―――』

「アンタのやったことはリーナの祖父を日本から追い出したことと同じだと言っているんだよ!! アンタそれを一度でも考えなかったのか!?」

 

 その言葉は最大級の『口撃』であった。流石の響子もそれにはたじろがざるを得なかった。

 

「公的な理由があれば、そういうことが出来るとは……流石は九島烈の孫だな。アンタも」

『……いけずなこというわぁ……』

 

 もはや響子もグロッキーであった。

 思わず京都弁が出ちゃうぐらいには、疲れ果てていった。

 しかし、ここからが刹那の真骨頂であった。響子と刹那だけが舞台を作り上げていく。その『意』が全員を引き込む。

 

「だが、選考から漏れた『はぐれもの』が出て、それの真の実力を知りたいという考え……同調は出来ないが、考えそのものは面白い」

「面白いってお前……」

 服部会頭の愕然としたような声を聞きながら、刹那はそこで告げた。

 

「俺としてはここいらで、ちょいとナンバーワンというのを決めたいと思っているんですよ。ガッコーでのナンバーワンじゃない。(パーソナル)としてのナンバーワンだ。その為には、一高という枠組みから出て戦う。全ての九高のテッペンと争う―――その機会が欲しかった」

 

 傲岸不遜。そんな言葉が似合う刹那の宣言。確かに、刹那は魔法科高校においてナンバーワンというに相応しい。

 いや全魔法師の界隈においても、こいつに『サシ』で勝てるものなど、そうはいない。

 そんな男が遂に……誰かの下ではなく、個として立ち上がる。

 その事に様々な感情が呼び覚まされる。だが大意としては―――。

 

『どんな形であれ、こういう場を求めていた』

 

 鼻っ柱が強い魔法師ばかりの世界、その中でもこの男と戦うことを望んでいた面子は男子では多い。

 女子はちょっと違うだろうけど。

 

(まぁそれ以外にも―――そういう風に言っておかなきゃならないんだろうな)

 

 これからヤツは『はぐれもの』たちを束ねなければならない。

 ―――弱気では務まらないことだ。

 ボスの器である。望まれれば、そういう風なことも出来るのだろう。とんだ役者でありファイターだ。

 

『ならば、この提案でいくのね?』

「ええ、昨日の夜にルール等々は熟読させてもらいましたからね。了承します―――他の4人からも同意は得られました」

 

 その言葉で4人の美少女は椅子に座りながらも親指立ててGJと無言の笑顔で、刹那に着いていくことを了承していた。

 雫の不機嫌が増す……。

 

「ただ一点―――学生選抜連合なんてダサい名前はよしてもらいましょう」

『ならばなんてチーム名にするの? 出来るだけ分かりやすい名前にしてね』

 どんなチーム名なのか……まさか遠坂華撃団なんて名前では―――。

 

「チーム名はエルメロイ教室、またの名をチーム・エルメロイで通させていただきましょう」

 その名を告げた時に、懸念が消えると同時に、どこからともなく大きな鐘が鳴り響く音が聞こえた気がした。

 

「そしてエルメロイ教室のキャプテンはおれです。おれがキャプテンです」

 親指を自身に向けて、そう宣言した刹那。もはや決は出てしまった。

 そして何より、この事態……決まった時点で、こうしようと思っていたなと気付かされる。

(色々あるが……どのような形であれお前と戦えることを俺は望むさ)

 一度だけ面白がるような視線をこちらに向けてきた刹那。

 それに苦笑する達也。

 チーム・エルメロイの戦力がどうなるかは分からない。

 千両役者(ドラフト指名)だけでいいチームが出来るとは限らない。しかし、自分たちが選ばなかった連中を選んで、勝ちに来る―――それを楽しみにするのだが……。

 

 その前に最大級の問題が降りかかる。

『なんやっかあああ!! どういうことねんて!! うちかてまざりたか!! ぐっすいけええええ!!!!』

「アイリス、言いたいことというか、何を考えているかはは分かりますが、もう少し明朗な日本語で」

 

 ようやく繋がった三高のモニターいっぱいに映し出された金髪の美少女の泣き顔に、もうなんていうか全員して居たたまれない。

 一応、親族であるレティが少しだけ戸惑うように嗜めるも、あまり効果はない。

 これが残っていた最大級の問題だ。

 

 たとえ、刹那本人が『はぐれもの』を自称して、あぶれものを束ねるとはいえ、自校の勝利よりも自分の気持ちを優先する人間がいるのだ。

 つまり―――、刹那を個人的に慕う人間がいれば、それが、他校のエースであれば、こうもなる。

 決戦よりも、共闘したい。その想いを持つ筆頭がこの金沢の姫騎士なのだった。

 

 響子との話し合いが終わると同時に第二ラウンド。 各魔法科高校との話し合いが始まる……。

 

 



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第329話『Answer Must Be Somewhere』

まさかぐだぐだイベントが……なんちゅーか、そろそろお虎を掘り下げてくれてもいいだろうに、どうにも―――更に言えば、この寅年時代にイヌヌワンをフューチャーしすぎな運営。

あとがきに続く……。


 

 

 

 金髪の姫騎士の言葉が、大講堂に響き渡る。

 

『大体、こんな提案!! 大却下に決まってるでしょうが!? こういうことはもうちょっと前もって決めて通達しておくべきではないですかね!?』

『そ、それを言われると私も苦しいわ。けれど、そんな前に決まっていたらば、それはそれで今以上の抗議が広まっていただろうし……もう噂の東京マガジンの噂の現場案件も同然だけど……』

 

 流石は、弁が立ちすぎるおフランスのハーフ。まぁ誰でも思うことではある。もっとも六月二十一日……定期試験もまだなこの時期に、というのは『遅い』とは思わない。

 しかし……試験と並行して選手選考をしようと思っていた全魔法科高校にとっては由々しき事態だ。

 

『お上が決めたことだからと、今更このようなことをするならば、軍に行きたがる魔法師も出ませんよ!!』

 

 それはかなり痛烈な言葉ではあった。しかし―――。

 

『だとしても、これが決定事項です。時に不祥事を起こしたことがフライデーされて地区予選優勝校に代わり、準優勝校が繰り上げ全国出場することもあるように、不測の事態に備えることも、競技選手として、魔法師として必要不可欠な素質です。受け入れなさい一色愛梨』

 

 高圧的な物言いだが、決定は覆らないことを言われて愛梨も口を噤むが……。

 

『ならばせめて! チーム・エルメロイに対して何名かの優先指名枠ぐらいはあってもいいんじゃないですか!?』

「それが設けられたとしても、三高の女子エースであるキミは指名できないだろうし、仮に出来たとしても、そんな節操のないことはしたくないぞ」

『セルナ!? 私の気持ちを知っていながら、このいけずうぅぅぅう!!!』

 

 そのセリフは中々に来るものはあったが、三高の為にも刹那は説得の言葉を吐く。

 

「君が三高の代表に選ばれないなんてことはありえないだろうし、仮にここでE川の『空白の一日事件』みたいなことになったらシャレにならないだろ」

 

 理屈の上では正しい。しかし、情がある人間には中々に厳しいことだ。E川も巨人に入りたいからこそ、そうしたのだ。その後のプロ野球ドラフトというのは、職業選択の自由を著しく侵害しているという批判も飛び出てくるのは。

 

(同じか)

 

 そもそも、指名してくれた球団で自分が『プロ野球』選手として大成出来るかどうかは分からない。

 監督が、選手全員の人生を背負っているという『責任感』を持っているならば、それなりに指導も熱があるものだが……。

 色々な意味で、その状況は現在の魔法科高校にもリンクしてくる。

 

(時に非凡な人物というのは、恵まれた環境よりも、逆境から出ても来るからな……)

 

 全てが、因果な話ではある。

 高校スポーツは、『この監督の下』で学びたいということで志望校を選ぶこともある。現在の魔法科高校がそれなのだ。

 

『け、けれども……』

「本音を言えば、確かに居てくれれば頼もしいし、嬉しいだろうけど、昨年の先輩方の心を知っている君にそこまでの不義理はさせたくないんだ。理解してくれ」

 

 そんな言葉で、一応は一色愛梨は引っ込んだ。不承不承という感じではあるが、彼女が西武ライオンズに入ったKKコンビの片割れたる『K原』よろしくならなければいいなぁというのが、全魔法科高校の心であった。

 三高の代表としてなのか、一色に代わって出てきた一条は―――。

 

『……俺たちは去年の雪辱を果たすために気張る!! けれど―――……だから一色はそちらには渡せないぞ』

「念押しされるまでもない」

『ただ……! お、俺だって司波さんとぶべぇ!『はいはい。そんじゃ他校に渡すわよ!』―――翠子ぉ!!』

 

 未練がましいことをいった一条くんに対して容赦のない扱い。一色翠子という、愛梨とは別の一色の子が、他校に発言権を渡す。

 三のあとに、発言したのは―――。

 

『ウチは特に無いんやけど、エースたる九島君が一言あるそうやから、代わるで』

 

 今まで出ていた二高会長 植田 由宇に代わり画面に出てきたのは、美形の男であった。

 

(少し骨っぽくなったな)

 

 やさ男という印象がなくなりつつある御仁を眼にした刹那。一高の講堂に沸き起こる黄色い声を聞きつつ、何を言うのかを少しだけ予期していた。

 

『まずは申し訳ありません。此度のことは―――』

「謝んなくてもいい。起きてしまったことならば最大限に活かすさ」

『……あなたは本当にウォーサーフだな……だからこそ、サーファーという民族でもある魔宝使い遠坂刹那に僕は挑ませてもらう―――』

 

 その言葉にざわつきの『色』が変わった。

 

 美形の少年の放つ言葉は―――。

 

『僕と水波さんは、男女混合ダブルスのアイスピラーズに出ます―――しかも本戦です』

「―――」

 

 ざわつきが途端に混迷を帯びていく。まさかここで予告先発みたいなことをしてくるとは。

 

『あの一高で催されたカーニバル・ファンタズムの中でも出した果たし状の一つ。改めて突きつけますよ刹那』

 

 真剣な目で見てくる光宣。それに刹那は真摯に応じる。

 

「いいだろう。ただし、トーナメント表次第では俺とお前に対決の機会が訪れるかは分からない。俺のいる場所まで来い―――2人揃ってな」

 

 挑戦が出来るかどうかはお前たち次第。それは釘を刺しておく。組み合わせ次第だが……運命を信じる。

 

『昨年の九校戦の伝説、遠坂先輩とアンジェリーナさん……そして達也様と深雪様が作られたものを私達が塗り替えます』

 

 桜井も光宣の横に現れて『ご夫婦』で、宣戦布告をしてきた。しかし、こんな風に……作戦の一つを晒していいのかと思ったが……。

 

『粋というのは、こうでなきゃアカンからな。男ならば誰かのために強くなれ! 女もそうや! ぶつかり合ってこそ見えるものもある!!』

 

 メガネをキラーン! と輝かせながら二高 植田会長は、そんな風に言うが―――。

 

『まぁ九島君と水波ちゃんの魔法力は全学年でも群を抜いとるからな。アンタとガチンコでやり合える相手をこっちは用意しただけや。しょっぱい戦いなんかでお客さんしらけさせるわけにいかないやん』

 

 プロレスじゃないんだからというツッコミは野暮だろうが言いたくもなる。しかし、関西圏の人間にとってはそうではない。

 

『流石はナニワの商人(あきんど) 由宇さん!』

『それでこそ俺らの会長や!』

 

 囃し立ての言葉に、それでいいのか第二高校!? と思うが―――。

 

『大丈夫! 僕も本戦で戦う!! 僕が皆の勝利の女神さ!!』

『当然、目指すんは優勝ただ一つ。取るべきイスは全て奪う……!! ウチと勝利の女神たるドラゴンに黙って従いっ!』

 

『『『『『『会長―――!!!!!』』』』』』

『『『『『『ヒカルちゃん!!!』』』』』』

 

 これが今年度の2高の布陣か!! そう戦かせるものがあった。デミ・サーヴァントたる九島ヒカルという存在が2高を格段に上げていく。

 その様子に呑まれるわけにはいかない。そう感じた他校が声を上げる。

 

『フフフ! 2高の皆さん方、西の人々は剛毅の限り、しかし今年度の優勝は私達! 4高が貰い受けます!!』

『僕たち姉弟は新人戦出場ですが、僕たち四葉の一族が鍛え上げた4高精鋭たち『月海原騎士団』―――その腕前を存分にお見せしましょう』

 

 言うや否や、いつぞや用立てた魔術衣を着込んで『黒』という―――4高の制服のカラーではない色で威圧してくるは、黒羽の姉弟。

 全体的に黒色の……かなり昔に流行った『ビジュアル系バンド』のような衣装であるが、そのチカラはかなりのものだ。

 

(まさか―――リズリーリエのドレスの技術を応用したのか?)

 

 技術志向の4高だからこそそれが継承されていたのだろうが、それにしても……。

 

「亜夜子、まさかその格好で、九校戦を戦う気なのか?」

 

 ご親族からツッコミが入るのは当然だった。

 

『アインツベルン先輩はいいものを残してくれました。この天衣の遺産を用いて、4高を勝利に導き―――』

 

 一拍置いて、黒羽亜夜子は口を開いた。

 

『そして達也兄様を私のはんr―――』

 

 その言葉を断ち切るように、4高との回線がブツリと切れた。切ったのはブツリとキレた副会長殿であることは、暗黙の了解なのであった。

 

『ではこれ以上は、後々ということで―――選考選手のエントリー締め切り、それ以後のチーム・エルメロイの選考などは、書面で書いてある通り』

 

 その4高の宣言を中途で終わらせたことで会議はお開きムードになりつつあった。

 締めのつもりなのか、響子の宣言の後には全ての魔法科高校との通信が断たれ、そして―――。

 刹那は胸元に忍ばせている家宝の宝石。英霊エミヤの召喚の触媒にもなったものを握りしめていた。

 

(九島光宣……遠坂刹那……魔宝使いと戦うか)

 

 その前途は多難。そして賞金首たる刹那を狙う輩は多い。

 

(俺とて……戦えるならば)

 

 だが、今年の俺の役目は完全に『後方廻り』である。そう言われていただけに、少しだけ恨めしく思う……。

 

 

 

 ―――大講堂での全魔法科高校を巻き込んでの超会議を終えると、その場で刹那や留学生たちへの質問は出てこなかった。

 

 というか、自分たちが意識を外していた一瞬の間に退場をしていたようだ。

 それに対して抗議というか反意的なものも出そうだったのだが……。

 

『遠坂君たちは、所用で出ていきました。そしてチーム・エルメロイの責任者はウェイバー先生方、ノーリッジの先生たち。彼らとの戦いがある以上、こちらも負けていられませんよ!』

 

 四葉真夜先生の言葉でそれは抑え込まれるのであった。

 

 

 

 そんなこんなありつつ今日も達也たちは放課後の定番、少し早い時間であるが昼食も食べれるということで、行きつけの喫茶店「アイネブリーゼ」に寄り道していた。

 

 メンバーは達也たち二年生八人と、一年生が三人。

 レオにべったりな言峰カレンと、深雪にべったりな泉美。そんな二人とは別に少しだけムスっとした香澄という塩梅ではある。

 

 そんな香澄を心配したのかマスターが、料理に不手際あったかと聞いてきたが。

 

「そんなことないです。マスターのエビピラフ大変美味しいです。ごめんなさい―――仏頂面でご飯を食べて……」

 

 料理を食べる時は、美味しければ笑顔を。食の基本ではある。

 

「一緒に来る霧雨君がいないことが原因かな?」

「しょ、しょんなことないですよ!? プリンパフェ注文します!」

 

 明らかに動揺したらしき香澄の言葉だが、追加注文を貰えたマスターはそれ以上は言わずに厨房に引っ込むのであった。

 それを機会に、話を始める。

 

「まさかこんなことになるとはな……」

「けれど、こんな規約を設けてまで刹那君やリーナを排除したいのでしょうか?」

「色んな組織の色々な人々の思惑が重なり合った。そうとしか言えないかな……表向きは響子さんが語った通り、その裏側も見え透いていたが……」

 

 色々な思惑が学生大会に重なった。だが、好意的に考えれば、成績では良いものを持つが、能力値が競技種目と相反している。もしくは一芸特化では出場させられないなど、学校・作戦都合で出場機会の無い魔法師が出れるのだから、それはそれで良いことだった。

 

 そして香澄は、そんな『学校都合』で出場選手の選考候補にすら乗っていない男子のことでくさくさ(・・・・)しているのだった。

 恐らく大半のノーリッジ生たちは、キャプテン・セツナが率いるチーム・エルメロイに所属することになるだろう。

 仮に刹那やエルメロイ先生が一高側にいるならば、そのチカラのほどをどうやって活用するかを説けただろう。

 

 だが、残念なことに現在の一高首脳陣は、ノーリッジ生……一年の活かし方を理解できていない。

 例外なのは、ノーリッジ生でありながら現代魔法的領域での分かりやすさを発揮している現・2,3年だけなのである。

 

「香澄ちゃん。そんなロベルトに置いてかれた翼くんみたいな調子にならなくても……」

「だって、ボール1つにキリキリまいならぬ遠坂センパイ1人いなくなるだけで、あいつのウワサでチャンバも走るなんて……」

 

 美月の慰めだかなんだか分からぬものを受けて香澄も返す。だが、まぁ言わんとすることは分かる。

 他校に比べて大変な混乱を来しているのは、一高なのだ。

 

「現状に不満を漏らしても決定は覆らないのだから、明日に対して眼を向けるべきだな」

「随分と……切り替えが早くて、無情ですよね司波先輩って」

 

 香澄の言葉に、少しだけキレながらも説得の言葉を発する。

 

「アイツがああいう風に強気張ってでも、『はぐれもの』を率いることで勝利を目指す―――そういう『気持ち』を表明したんだ。いつまでも未練がましくいられるかよ」

 

 それが本心か、虚勢を張ってなのかはまだ不明ではある。

 だが、刹那が現状に対して『正対』して立ち向かう以上。

 

 これ以上はないのだ。

 

「そうですね。あのスパダリがいなくなれば、それだけ司波先輩の活躍も増えます」

「同時にレオの活躍もな」

「正しく天佑―――主は見ているのですね」

 

 この子はどこまで本気なのか……言峰の言葉に返しながら、今年から『変更』・『追加』された競技種目に眼を通していく。

 

「なんていうか実戦的なものが多いわね」

「国防軍の思惑だろうな」

 

 エリカの言葉は紛うことなく響子の語るところを意味していた。

 

 消えた競技は。

「バトル・ボード」

「クラウド・ボール」

「スピード・シューティング」

 

 変更、追加されたのは。

「ロアー・アンド・ガンナー」

「シールダー・ファイト」

「セイバー・アンド・ウィザーズ」

 

 ……そしてまだある新規追加4種目目は――――。

 

「なんだこの『???』とかって競技は?」

「詳細不明、現地に行ってからようやく分かるものなんだろうな……」

 

 書類上ではそんな簡素なものだが……。昔懐かしの雑誌の『袋とじ』よろしく、電子端末における開けないページが存在していた。

 その袋とじページの正面には―――『名人X』なる巨漢にして覆面レスラーのような姿をした男がいて―――

 

『確かみてみろ!』

 

 ―――などと、トゲ吹き出し付きのセリフを言っているのであった。

 

 名人Xなる、児童漫画雑誌のホビーコーナーでたまに見る、ホビー会社社員ないし編集者のコスプレ姿……総じて言えばジョイまっくす(爆)のような御仁の正体は……。

 

 

(((((何をやってんだ。十文字親分!?)))))

 

 去年までの一高の大親分を知っている大半の人間が内心で驚愕のツッコミを入れるほどに、名人Xとやらに言ってから、袋とじページを開くべく端末にパスワードを入力すると、そこには……。

 

『2096年夏から新スタート』

『出た!』

『つくえの中から飛び出した』

『何が?』

『その名は?』

『正体は?』

『すごーくおもしろいんだ!』

『すごーくゆかいなんだ!』

『でも、どんな競技かは、当日までのお楽しみ!』

『夏は富士演習場で僕と握手だ! よろしく!』

 

 

 昔懐かしの勉強机の引き出しから飛び出てきたハリ吹き出し。驚いて逃げ出す1人のSDキャラ……これはデフォルメされた真由美先輩だろうか。

 

 それを見て誰もが一言――――。

 

 

 

「こんなんで何が分かるんだよっ!? 十文字OB!!」

「藤子不二雄の藤本氏に対する冒涜ですね」

 

 お客いっぱいのアイネブリーゼならともかく、若干ながら閑古鳥が鳴いているアーネンエルベでならば、このような大声をあげてもさして何も言われない。

 

 代わりに―――。

 

「ミドリ、チョコパフェ5つプリーズ」

 

 ―――迷惑料金代わりに、追加注文をするのは当然だった。

 

「ミドリと呼ぶんじゃねー!!!」

 

 抗議しつつも注文を承る辺り、千鍵ちゃんはウエイトレスさんの鑑であったりするのだ。そしてチョコパフェを奢ってもらえる女子4人が、喜色を出すのであった。

 

「勢い込んで宣言したが、負けるつもりは無いな。そして俺と共に戦う人間に弱気も見せられん」

「ホント、ソーイウところはボスの(CLASS)よネ」

「嫌いになった?」

「ますますダイスキになっちゃいました♪♪」

 

 そんな風にリーナと言ってから、現状に対する問題点を洗い出していく。一番にはどれだけの『人間』が集まってくれるか、だ。

 こうして自分が戦うことを表明して、かつ『集え!チーム・エルメロイへ! 行こう!! 九校戦!!』などと言った所で、愛校精神がある人間は中々に動かないだろう。

 

「一応、自薦もありますから補欠選出すら無い人間はやってくるでしょうね。そこからエルメロイ先生のデータも」

 

 参謀役である錬金術師たるシオンからの言葉。まぁ話はそこからになるのだろうが……。

 

「そうだな……ん?」

 

 そんな風に考えていた時に早くも自薦がやって来た。それは刹那の個人的な交友関係からのものではあるが……。

 取り敢えず『選ばれる可能性』が無きにしもあらずなので、まだ希望は持っておくようにとしておくのであった。

 

「アナタの無限の剣聖(禁呪詠唱)のようには、上手くいきませんね」

「最大級の皮肉をありがとよレティ」

 

 レティシアの言葉に返しながらも、今から考えられるのは、自分たち5人の出場種目程度だろう。

 だが、自分たちよりも適任がいるならば、そいつに任せることも吝かではないのだ。

 

(さてさて、どうなるやら……)

 

 組織からはぐれて戦うということが、自分の本道であることは今更だ。

 

(俺は失うことに慣れすぎているのかね……)

 

 今更ながら、自分がやり過ぎたことが再びの『喪失』を招いた。そうとも取れる―――だから、この四人を勝利に導くのは、忘れないでおくことにするのであった。

 

「ハーレムを作った男の責任だねー♪」

 

 内心で思っていたことにツッコミを入れるオレンジこと『ひびき』に苦笑しつつも、五人分のチョコパフェを受け取り、その甘味に舌鼓をうつことは忘れない。

 そんな甘さは、自分の中に生まれていた苦さを打ち消してくれる『魔法』であった……。

 

 




続き

まぁ寅年時代に、とらのあなのアキバ店舗が閉店しちゃったし――――――験が悪いといえばそうなんですが……ううむ。ちょいと考えていることとしては、お虎を一度、蟻編の『ノブ』さん扱いにしようかとか考えちゃっています。

経験値先生が悪いわけじゃないんですが、まぁそんな感じで。



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第330話『Unknown Must Be Somewhere』



刹那・泉美『煉獄オルタマンかぁ……』

達也「オイ待て」

刹那・泉美『ごじゃっぺ沖田TSマンかぁ……』

達也「ま○ぐが付けたあだ名なんてレトロなものを出すな」


そんなわけで、色々と衝撃のゆーきゃんさん久々の鯖。プロトガメッシュとダビデ王以外に何かは来るか――――――と想いつつ新話お送りします。


 

 

 明けない夜が来ることはない。

 多くの魔法科高校生徒を大混乱に陥れた超会議。その翌日の朝日を浴びながら刹那は思う。

 

「セツナ〜〜大好き〜〜♪♪ アイ・ラブ・ユ〜〜〜♡♡」

「セツナんってば、ケダモノ〜〜クラス:ビースト〜〜〜♡♡」

 

 寝言にしちゃ随分と明朗なことを言う金髪の美女2人。

 

 その豊かなバストが、薄い掛けシーツの下で呼吸とともに動くのを見る。4つのたわわ……その魅力プライスレス。

 ベッドに横になりながらのそれを耳目に入れながら夜明けの一杯(牛乳)を飲んでから、刹那は問うべきことを問う。

 

「お虎」

「はい。なんでしょうかマスター?」

 

 霊体化を解いて実体化をしたサーヴァントは、傍目にはわかりにくいが、刹那の見立てでは少しつらそうであった。

 

「……お前、霊核に大ダメージ食らっているんだな」

「はて? なんのことやら」

「とぼけるな。アスラウグ、そして恐らくあの大男、神殺しのヴァイキングだろう相手と打ち合って、行動に影響が出ないなんてあり得ないんだ」

 

 その言葉に銀髪の武将はついに沈黙をした。そうして少しだけ経ってから重い告白をしてくる。

 

「―――おっしゃる通りです。座に退去するほどのダメージではないのですが、死徒騒ぎ時にも少々―――無茶をしすぎましたからね。ただ……しばらくは持つかと思っていたんですけどね」

 

 ここまで無茶をさせすぎていたということが分かるほどに、痛ましいお虎の発言。流石の軍神と言えども、少々疲れているようなのであった。

 

「……まぁ別に今生の別れというわけでもないのですし、暫くはダ・ヴィンチやロマンの設置した『霊基回復所』で安静にしていますよ。ただし―――常駐サーヴァントとしての契約は解除しておいてください……あの斧持ちの大男とあすらうぐの攻撃……呪詛ともなりえるものも見受けましたから」

 

 北欧といえば呪詛の筆頭たる『ルーン文字』の本場である。攻撃一つにすら、そういったものが自動的に付与されていた。紛うことなくトップサーヴァントの類だろう。

 

(そういやレミナが言っていたか。人物としての属性・クラスによる相性だけでなく、その英霊の出自次第ではコンビネーション抜群の攻撃力を発揮できると……)

 

『アンタのお国風に言えば仮面ライ○ーW! もしくはウルト○マンR/B(ルーブ)! みたいなものよ』

 

 たいそうご立派な双胸を揺らしながら語るその表現はどうかと思えたが、まぁ分からぬ話ではなかったりする。聖杯戦争というものの発端たる遠坂の後継者としてご先祖たちも、その手のことは考えてはいたようだから。

 もっとも第三次に参加したエーデルフェルトが同一サーヴァントの2側面を個別に運用していたことと、似て非なる結果にしかなりえないのではないかと刹那自身は思う。

 

「申し訳ありませんね。刹那」

「ここまで戦い好きな君を満足させる戦場だったかい?」

「ええ、そこは違えなく。ただ……帝都にて共闘した『さつき』の似姿との共闘で、私の戦いは一時休止ですね」

 

 それだけは間違いなかったようで何よりだ。

 

「まぁ私ってば一度は国を捨てて出家するべく、高野山を目指したりしたんですけどねー」

「それ途中で止められたじゃないか」

 

 おどけたようなお虎の発言には若干物申しておく。

 おまけに定説では家臣たちの不仲を諌めるために『仲違いばかりするならば出ていく』。いわゆる狂言であったという説が多数を占める。

 

 人心を掌握するには、時に『いなくなった場合』の混乱を―――。

 

(俺も同じか……)

 

 もしかしたらば、お虎はマスターである俺の『不忠』の態度にも怒っているのかもしれない。だが、今の俺は……はぐれものを束ねなければならないのだ。

 

「次に出る時には、刹那の戦いに晴信がいることを願っていますよ」

「敵としてかい? それとも共闘相手として?」

「前者ですね」

 

 その『スマイル』を見て思うに、まだまだ枯れきっていない行者武将なのであった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

「それではお願いします」

「了解したが……キミの戦力ダウンは避けられないか」

 

 サーヴァントは通常1騎が原則運用だ。というよりも魔力食いたるゴーストライナーたる存在を2騎も同時に運用出来ていたのが変なのだ。

 霊基回復の為の『リビングルーム』へと移されたお虎は、深刻なダメージ一歩手前だったらしい。

 

(戦士であり武将であれば、イクサバこそが死に場所と位置づけるが)

 

 お虎は、まだ『ここ』こそが最後とは思っていないようだ。

 

『武士であれば、後世に語り継がれるようなデカイ戦い(イクサ)で果てたいものですねぇ』

 

 二度も厠で終わるのは嫌だという願いを聞いていたので、まぁそれぐらいのことを聞かないほど刹那は無情ではない。

 そうは言うが……。

 

「ジェーン1人じゃ、アスラウグとあのヴァイキングには勝てないからな」

「ごめんねー☆マスター、火力不足でマッスル不足の柔いおんにゃのこで☆」

 

 言いながらヒトの首に巻き付くジェーンに苦笑しながらも、適材適所というものだろうと思う。となると……自分の中にあるリソースを用いて、1騎召喚することだろうか。

 それぐらいは、やっておかなければ難しいだろう。

 

 何より……。

 

「紅閻魔だけに負担を掛けさせるわけにはいかないからな」

 

 タマモキャットも給仕係としてはいい人材ではあるが―――。

 

(やはり料理人が必要だ)

 

 九校戦において、実を言えば刹那は他の事も担当せざるを得ない。それは全魔法科高校共通にして必須の事項。

 即ち『食事メニュー』である。

 去年の九校戦においてある種の『麦わらの一味のコック』よろしく様々な料理で舌鼓を打たせ、尚且つそれが一高の躍進に繋がったと見られたのが運の尽きであった。

 ただ単に、運動生理学に基づいて調味を施しただけであり、それでいながら現在の世界では再現不可能な『キュケオーン』ばかりだったからこそなのだが―――。

 長ったらしい言い訳を無しにすれば、確かにホテルの飯だけでは、どうにも調子は上がらないだろうと見たからこその調理介入(ぶりょくかいにゅう)であったのだ。

 

「だからこそ―――俺は呼ぶ! 伝説のクッキングマスターにして抑止の英雄―――英霊エミヤを!!」

「マスターは、あちきの調理力をなめすぎでち!!!」

「いてぇっ!! 紅っ、どっから聞いていたのさ!?」

 

 本当にどっから現れたのか、エルメロイの教務棟であるここに給仕担当である紅閻魔が現れた。

 しかも頭の雀王冠(スパロウクラウン)が啄み攻撃、紅の額の頭襟(?)を嘴に見立てて頭突きをしてきたのだ。

 

「伝説のクッキングマスターというあたりからでちよ。お虎様が、長い休養に入られるというので肝臓を悪くしないように、それでいながら戦線に復帰できるようにと、癒やしのお食事を―――『青空レストラン』な料理をもってきたのでち」

 

 なんといい子なのやら。ナレーター(?)であるお虎も感無量だろう。しかし、そんないい子を10日間以上も富士の方に連れて行くなど少しアレなのだが。

 更に言えば場合によっては二食・三食となるかもしれないのだ……。

 

「児童労働法に違反しちゃう……」

 

 今更な懸念をするのであった。

 

「だから俺はオヤジをメシ使いとして召喚してやるんだ―――!!! 紅への最大の支援はここからなんだ!!」

「ますたー!! その御心は嬉しいでちが、それは最大級によけいなおせわでちよ!!」

「おもしろそー! セツナんのお父さんって、どんなヒトなのか見てみたーい!!」

 

 ドドドド!! と走り去っていき、施設内に敷設しておいた召喚サークルを使うことを意図するマスターとそのサーヴァント達を見送ったダ・ヴィンチだがーーー。

 

 

「どわあああ!!! こんな大実験をポケ○ンボックスでの交換をするように行うなー!!!!」

 

 最近ではポケセンに行かなくても入れ替えが出来るようになっているのだが、そんなことはともかくとして、ダ・ヴィンチは急いで刹那を追いかけるのであった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大師シュバインオーグ。 降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

「告げる。 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

「星宝の誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者──」

 

「──汝、星見の言霊を纏う七天、遠き彼方の輪より来たれ、天秤の守り手よ───!」

 

 祭壇には干将莫耶とお袋の形見たる宝石。

 完璧だ。

 

 ここまでの布陣でオヤジを、オヤジの未来の姿を呼び出せなければ―――その時は……。

 

(よっぽどの親不孝者ってことなんだろうなー……)

 

 もはや召喚による痛み。魔術回路の締め付けなど刹那にとっては忘却の彼方だ。

 そうして『繋がり』が出来る。お虎には悪いが、彼女よりも上位の霊格を感じる。

 

 ―――まて、そうだとしたならば、これから召喚される英霊は―――。

 

 召喚陣より浮かび上がる輪郭。

 

 日に焼けた褐色の肌。

 白色の髪。

 

 それだけを見れば、そうだと思えたかもしれないが……詳細なものが見えてくる度に違うと思えた。

 

 白色に見えた髪は……桃色がかった銀髪。その眼は、何かが渦巻く魔眼。

 チャイナシニヨン一つで髪を少しだけ束ねた『美女』は、その髪飾りと同じく全体的に白色の意匠と細工が凝ったチャイナドレスで身を包んでいた。

 スリットが完全に足を晒すとかいう目的以上に上げられており、その足のタイツにも様々な意匠が凝られていた。

 

 説明するのも疲れるぐらいにとんでもない美女が立っていた。もう言葉で表現するのは難しいかもしれない。

 

「―――なんだかんだと喚ばれたからには、あえて問うのが浮世の情け!! 什麼生! (問いましょう) あなたが私のマスターね!?」

 

 快活な笑顔で問いかけるサーヴァントに対して。

 

説破(そうです)。しかし……なんでだ?」

 

 刹那の狙い通りならばオヤジをメシ使いにして、バンバンジー(爆)であったというのに……。

 

「おや? 私が喚ばれて不服? ふふふ、今回のマスターは可愛いところもあるけど少しだけ大人な所もあって、新境地を開拓しそうなんだけど―――」

 

 刹那の鼻をツンツンと人差し指で突いてくる褐色の美女サーヴァント。距離を取ってから改めて問いかける。

 

「いや、そんなことはない。ただ……まぁいいや。とりあえず戦闘系のサーヴァントを欲していたのは間違いない。アナタのクラスと真名を教えてくれるか?」

 

 この肌の色。しかし、干将莫耶に関するとなれば中華系の英雄だろうか? 南方系の英雄となれば―――。

 

「クラスは、剣士であり狂戦士(Saber & Berserker)。どちらでもいけるマルチロールクラス♪ だから私は両刀遣いなんだ♪」

 

 ぎょっ、とするような事を言われた。

 

 だが、既に刹那はその手の驚きを飲み込むことが出来る。

 聖杯探索の世界線において、とんでもないスーパーヒーロー大戦じみた事象を見ていたのだから。

 だが、それは詳細なものではない。どちらかといえば『曖昧な観測』。その中に……『このような英雄』を見たことはない。

 

「分かった。では真名は?」

「―――真名は、……真名かぁ……うん? ううん? あれ?」

 

 次の質問を発した後の彼女……チャイナドレスの美女は、途端に不安定になる。今まで自分のことを自信満々に語っていた美女が不安定になる。

 

「ご、ごめんなさいマスター! ど、どうしても……ソコに突っ込まれると……私は私が分からない―――何処の英霊なの……? 私は一体、誰なの?」

 

 自問自答をして、己の手を見つめて焦る美女に……駆け寄り、その手を握る。

 

「―――武人の手だ。無駄のない一振りを一念一心の限りで振り抜いてきた剣士の手―――」

「マスター……」

「今、あなたに鏡を見せても意味はないだろう。何処ぞのウィツァルネミテア(うたわれるもの)の仮面を着けてるわけでもないんだし」

「一応、私も出演者(?)なんだけど……」

 

 妙な電波を受け取ったらしきサーヴァントの言葉を無視してから、刹那はその身を確かなモノにするためにも。

 

「俺は数多の武器を創造できる―――言わば鍛冶師だ。その中に、あなたの全てを満足させるものがあるかもしれない。その刀身に映る姿に、真名を知る手がかりがあるかもしれない」

 

「マスター……」

 

 言いながらも刹那は、サーヴァントの手から察するものを得た。

 

(中華刀のタコの付き方じゃない……どちらかといえ日本の刀剣だな……)

 

 ますます分からない。そして後ろにいる面子の反応を見ようとした時に―――。

 

「アガートラーム!!!!」

「えくすどらいぶっ!!!」

 

 いきなりな攻撃が刹那を襲う。

 やったのは、まぁ昨夜に色々と『戦った相手』である。

 

「まさか、お虎(TSUBASA)がリンカー切れからの早速の浮気とか!! 見損なったワヨ! アリーナにおける絶属性キャロルの時代(?)が終わった時のように、ミンナが、違うキャラガチャを回すかのごとく―――キャラの新陳代謝が早すぎるエクスドライブっ!!!」

 

「言わんとするところはスゴイ分かるが、ライネス先生に超ダメージすぎるその言動はやめいっ!!」

 

 この場にいないが、何かとお虎と『カラオケ』に行きたいとせがむライネス先生である。

 ちょっとアレすぎるかもしれない。というわけで―――事情説明に移る。

 

「リーナ、落ち着いて聞いてくれ。かくかくしかじか」

「まるまるうまうま―――ナルホド、お義父さんを呼んでベニのお手伝いをさせたかった。と、しかし現れたのは―――チャイナドレスで褐色の美女サーヴァントであったと……」

 

 そのことにウンウンと頷いていたリーナだが……。

 

「ソレだけで納得できるワケないでしょ―――!!!」

「ですよねー……だが、お虎を欠いた状態で、あのアスラウグと『バーサーカー』と相対するわけにはいかないからな」

 

 固有結界から出せるサーヴァントでも対処出来そうだが、どうしてもこちらは『大魔術』ゆえに、ワンテンポ遅れる。

 大戦闘や、困難が待ち受けるという状態ならば……出来るのだが。

 

「だからってナンデ―――ワタシに相談もなしにしちゃうカナー」

 

 それに関しては申し訳無さ過ぎた。不満タラタラのリーナの表情。

 

「セクシーなチャイナドレス着てほしいならば、ちゃんと言ってくれれば対応したワヨ!」

「そっちかよ」

 

 だが、その不満は予想外だった。真っ赤な顔でプンスカ怒るリーナに苦笑する。だが、確かにリーナには何でも似合うが、時には刹那が選んだ服を着てもらっていたのだ。

 まぁこういう押し付けがましいのは嫌なのだが、たまにはそういうこともしてほしいということなのだろう。

 

 そんなやり取りを見ていた真名不明のセイバーサーカーは……。

 

「なんと、ちょっと育ちすぎだけど、チョー好みのおんにゃのこ♪♪ マスターの恋人と見たけど、安心して♪ 三刀流もオッケーだよ♡」

 

 眼を爛々と輝かせてリーナを見てくるサーヴァントに、リーナは刹那の後ろに隠れるのであった。

 リーナにそっちの趣味は無いのだ。多分……だが、何かの切っ掛けで「ナイわよ!」だそうだ。

 

「うーむ。何というか『じぇーん』には、あのサーヴァントどう見えていましゅか?」

「念願のソードカラミティになる前にソードな存在がーーー冗談はさておき。何だか、一度見た後には、すぐさま……どんな顔だったのかを『忘れてしまう』わね」

「やっぱりでチュか。あちきもそんな感じでち」

 

 確かにサーヴァントの霊基を感じる。マスターやリーナには、その姿が確かに見えていて、そして確かに触れられるようだが……。

 自分たち同種のサーヴァントには、どうにもあやふやなものに想えるのである。だが、戦闘行動は間違いなく取れるだろう。

 

 問題なのは、日常生活である。

 

(なんだか粗相をしたらば、出禁にしたいお侍でちね)

(ユニヴァース界の剣客にこんなのいたような。確か、ギアゴッド・スレイヤーズの天魔―――)

 

「さ、更に後ろにはおいしそうなおんにゃのこが2人! このマスターに喚ばれて私! 心底良かったって思えてる!!!」

 

 まさか自分たちにも食指を伸ばすとは―――リーナに対する先の言動から、ジェーンは紅閻魔以上に衝撃を受けながらも―――。

 

「ちょっとマッテ、ソードカラミィ。ワタシたちはセツナんのサーヴァントだから素性が知れない。宝具も不明―――そんな相手を受け入れられない」

「お虎様の後任となれば、やはり力試しはしたいのでちゅん!! ちなみに料理のスキルは?」

 

 ―――サーヴァントとしての役目は忘れない。

 

「食べる専門!!! 特にうどんとか大好き!!!」

「あっ、それならばあとは戦闘スキルだけでちね」

 

 若女将の懸念の一つは、あっさり砕けた。

 そしてその言葉を聞いた褐色の美女は、目を輝かせる。

 

「腕試し!? おけおけ!! 記憶、生まれどころか、氏も名も知れぬ我が身と言えど、この身に修めた武の心会は間違いなく発揮できる!! マスターにも私がどれだけのサーヴァントかを教えるためにも―――、一手! 試合ってもらいましょうか!」

 

 その言葉を聞いた後には、ここではマズイということでトレーニングルームに移動してから―――という段取りになるのだが……。

 

「達也、どうしたんだ。その全体的に色黒になったり、赤っぽい服を着て長太刀持って、魔神人パワー全開か?」

「イメチェンにしちゃアナーキーネ」

 

 道中にて出会った友人の姿に感想を申すと――――――。

 

「俺が聞きたいぐらいだよ!! コンチクショー!!」

 

 どこぞのエステティックT○Cにでも通ったかのような変わりっぷり、これで声まで変わっていたらどうしようかと想いながら―――何をやったんだドチクショウ! と言わんばかりの達也に追求されるのであった。

 

 

 



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第331話『名を失った英霊剣豪』

バッカーノ! デュラララ!!に続き、fakeアニメ化。

成田先生バンザーイ!!! いや、まだ完結には遠いんでどうなるやら……。

というわけで新話です。


 

地下室―――霊廟のような場所を拵えていた男は、少しだけ疲れたような表情で見回してから、その霊廟の主人も同然の屍体に対して跪いた。

 

海の彼方の出来事に目を凝らし耳を澄ませ、混沌の種子を常に探し回っている勤勉な人種も存在する。

 

周公瑾の主は、まさにその種の人間だった。ある魔術組織によって殆ど精神と『魂』を拘束されている状態でも、稀に通信が周には入ってくるのだ。

 

(生き汚いお方だ……)

 

でなければ、不老不死などという奇跡を追い求めはしないだろう。その精神性を少しだけ尊敬しつつも、本質的には嫌悪しておく。

 

『公瑾』

 

死霊術で動かされる人間の剝製が、跪く周公瑾の名を呼ぶ。

 

『調子はどうだ?』

 

死体の口を通じて太平洋の向こう側から語り掛けているのは、「七賢人」の一人、ジード・ヘイグこと大漢軍方術士部隊の生き残り、顧傑だった。

 

その殆どの肩書を魔宝使いの介入によって崩されて、斬り捨てられた老人は、その声音からは分からないが、復讐心に凝り固まっているようにも思う。

 

「上々にございますかね。ただ店を失い―――殆ど無一文になったのは痛手でしたが」

 

暗に『お前のせいで冷や飯食わされた』ということを含むと、暗い地下室にある死体通信機は、くぐもった笑いを上げる。

 

『九島家に取り入ったのは幸いだ。奴らは『錠前』吸血鬼に『利用されて』、数多の疑似サーヴァントを『鋳造』しておる』

 

「左様ですか」

 

それは周も既に掴んでいた情報だ。これみよがしに、長男である玄明が『秘書』としている巨女をサーヴァントとして紹介してきたのだから……。

 

金髪の巨女。それを思い出してから用向きを聞くことに。

 

『その疑似サーヴァントの一体を我が元に……我がチカラへとする―――』

 

どうやって? という周の疑問に応えるように死体―――方術士の衣装を纏ったそれの口が開き、そこから何かが出てきた。

 

取れということなのか。それを手にとった周は、その透明なカプセルにあるものを凝視した。

 

「―――虫ですか?」

 

人によっては生理的嫌悪感を催す形状の虫類が、冬眠しているのか、微動だにせずカプセルの中に収められていた。

 

『左様。かつて我が盟友『M』が作り上げし『支配の蟯虫』。それを用いることで汎ゆる上位存在を己の支配における……それには私の魔法印が刻まれている―――』

 

成程、それを聞いて周は得心した。だが、どこまでの接触ならばよいのか……既に、疑似サーヴァントの製造工程は理解している。そして、その場所も……。

 

『案ずるな。それが解き放たれたあとには、私の意思が込められたそれが、サーヴァントに取り憑くであろうよ』

 

変な言い方ではあるが、この虫は『顧』の脳を『切り身』にしたもののようだ。ならば、円筒形のカプセルの前でこれを解き放てばいいだけだろう。

 

問題は、そこに到れるかどうかだ。

 

『では健闘を祈るぞ』

 

このことも織り込み済みだったのではないかと思うほどに、できすぎた状況。

だが周としても、傀儡のままでは終われない。

 

通信が切れた死体を前にして、周公瑾もただでは終わらないとして、決意を新たにする。

 

九島家に気づかせないように……それが出来るか―――。

 

「やってみせよう。私とて螺旋館の術士―――」

 

利用されているだけだと思っては困る。それだけであった。

 

そして同じ頃、九島家……ここに至るまでに世の人々には決して見せられない暗闘を繰り返して、ようやく取り戻した九の『故郷』たる『第九研究所』……。

 

そこにて魔導実験を繰り返していた九島家類縁の研究者たちは、その変化を前にすぐさま―――当主達を呼び出した。

 

「これは!?」

 

「―――」

 

疑似サーヴァント実験、四体目の変化は……やってきた真言と烈を絶句させた。円筒形のカプセルに収められた浮遊する人間の容貌は知りすぎて、そして何度も見てきた。

 

このサーヴァントのどれか1側面だけでも、自分たちの戦力に出来れば―――そう、血の滲むような想いで実験を繰り返してきたのである。

 

「先代……!」

 

感極まった真言の声など遠い。老人が既に忘れ去った兵どもが夢の跡から、全てを取り戻すことが出来るのではないかと思ってしまう。

 

だが、それと同時に少しの不安もあるのだ。

 

(そもそも、ここを連盟は何故壊していないのだ?)

 

彼らの主体たる古式魔法師たち連中からすれば、ここは忌むべき場所のはずだ。ある意味では禁足地とでも言うべき場所。

 

そこを壊していかずに、ご丁寧にも……『実験』をしてくださいとばかりに、このようにしているなど―――……。

 

何かの罠を疑いながらも―――。

 

円筒形のカプセルに収まる女性―――ブリテンの永遠の王……アルトリア・ペンドラゴンを思わせる存在は確実に存在していたのだから……。

 

 

 

「ふむふむ。まぁつまり……泉美とペアルックなのは、そういうことか」

 

「いやいや! 納得の方向性がおかしいですからね! そもそも、私は刹那先輩から借りたアゾット刀―――略してアゾッ刀を返そうとおもった際に、道中で出会った司波先輩に」

 

「刀を持ちながら建物をうろつくのは、どうなんだ?と言って預かろうとして、断るなどと押し問答をして……お前のサーヴァント召喚に巻き込まれた形なのか、何なのか……こんなことに……」

 

しくしく、しくしくとワザとらしく泣き真似をする同級生と下級生。どうしたものかと想うが……。

 

「まぁ一時的なものなんだろうさ。ちょっとした感染呪術にかかったようなものだ」

 

あえて、『お前ら2人に刀を介した縁があります』などと言って、深雪の不興を買うこともあるまい。

 

「実際、姿が通常通りになっているだろう」

 

「あっ、ホントですね。―――もしかして、この英霊衣装が解けた時に『マッパ』なんてことは!?」

 

徐々に薄らいでいく身体などの変化を、視覚的に認識した泉美の懸念は無いとしておく。

 

「気になるんだったらば、何か着ておくか?」

 

「いいえ、信じますよ♪」

 

妙な信頼を寄せている泉美だが、おもしろイベント自体にはついて来る様子だ。

 

着いた先は空間を湾曲させて作り上げた特別演武場。

サーヴァントが十騎ぐらい全力で戦っても問題ない場だ。

 

「ノーリッジの学習棟の地下に、こんな場所があったとはな」

 

「何かとこういう荒事とか、実技演習の為の場所は必要だからな」

 

「生徒は多いからね。場所は必要なのさ」

 

達也の今更な言葉に、苦笑しながら言う。

 

今回の主役は自分ではない。喚び出したサーヴァントがどれだけ出来るか、だ。

 

「勝負形式は3vs1。こちら側は、セイバーに武器を供給していくから、お前たちは遠慮なく打ち掛かれ」

 

「イエスアイドゥー、お虎はお酒が大好きなサーヴァントだったけど、こっちはロウニャクナンニョ(老若男女)ならぬニャクナンニョ(若男女)ばかりが大好きなリスキーすぎるサーヴァント!!」

 

「そういうわけでソードカラミティ! 私とリナりんのミッドナイトライフのためにも、その資質!! 見極めさせてもらう!!」

 

「色々と欲望ダダ漏れすぎるおふたりでちが、あちきも閻魔流の剣士! 見極めさせてもらうでちゅん!!」

 

生々しすぎる会話に着いてきた面子の中でも『おぼこい』のが真っ赤になる。そんな三人を受けて―――。

 

「三人のかわいくて強そうな女の子が私の相手をしてくれるとは、これは女武士冥利に尽きる!! 喜んでお相手しましょう!!」

 

言いながら構えるのは、刹那がよく持つ干将莫邪。

 

しかし、その褐色の女武者が持つと少し変化するのか、柄尻からは白毛と黒毛の下げ緒があり、太極図も少しだけカラフルだ。

 

「それではルールは特に無いが、それでも終了の合図は刹那、キミが出してくれ」

 

「ラジャー」

 

ダ・ヴィンチの言葉。そしてリーナがブリュンヒルデをインストールしたことで準備は完了する。

 

 

あえて、この戦いに題を付けるとすれば―――。

 

『英霊剣豪七番勝負』

 

『勝負、一番目』

 

『名無しの旗袍(チャイナドレス)剣士セイバーサーカー』

 

 

『愛に生きるヘビメタアメリカンガール ランサーリーナ』

『享楽主義に見えてシニカルに決める災厄の銃士 カラミティ・ジェーン』

『極楽天国提供、しかしお残しは許さない閻魔流舌切り抜刀斎 紅閻魔』

 

―――いざ尋常に―――勝負ッ!!―――

 

野太い声でナレーションが入りそうな戦いは始まった。

 

いきなりな連携戦とはいえ、リーナと紅、そしてジェーンは呼吸を合わせられないわけではない。

 

寧ろ、一騎当千にして百戦錬磨の戦場を駆け抜けてきただけに、その合わせ方は絶妙であった。

 

リーナが持つロマンシアの槍は回転からの薙ぎ払いが主であり、魔力放出が炎を発生もさせている。

 

そんなリーナの攻撃に合わせる形で、紅の攻撃は横からの斬撃が主だ。抜刀術を修めた紅閻魔の攻撃は、鞘走りからの扇状の斬りつけが主だ。

 

匕首を滑らせる度に神速―――いや鳥足(ちょうそく)の攻撃が走る。

 

縦軸(リーナ)横軸(紅閻魔)の斬払撃の応酬。

 

その縦横無()の攻撃を受けながらも、褐色の剣士はそれを楽しげに、しかし真剣な眼でその攻撃をいなしていく剣士。

 

立ち位置を変えつつ、されど後退だけではなく、時には前進しつつ、相手の攻撃に対応していく。

 

それらが連環の攻撃に澱みを生んでいき、そして縦横無刃が少しだけ崩れる。

 

完璧な連携(パーフェクトシンフォニー)なんてムリだと分かっていたケド!)

 

(この御仁! 眼だけで『後の先』を取ってばかりでち!!)

 

崩れた連環の間隙を突き、攻勢を掛ける。その際にこの剣客は、『眼』が辿ったルートを最適な力とベクトルで斬撃を叩きつけてくるのだ。

 

だが―――。

 

バキンッ!!! 甲高い音を立てて砕ける得物。それは、干将莫邪が砕けた音だ。

 

しかし『投影、装填』―――マスターである刹那から即座に次の武器が渡される。後ろから飛んできたわけではなく、サーヴァントの空の手に即座に収まる得物。

 

阿吽の呼吸での武器の渡し。握った瞬間に覚醒する。

 

「いい剣だわ! これならば!!!」

 

握らせたのは虎徹と菊一文字。幕末京都において、壬生狼と恐れられたサムライたちの刀である。

 

その刀を使うセイバーサーカーは、水を得た魚のように攻撃を開始。

 

しかし、そんな前線の戦いに対して後方から援護射撃。

ジェーンからの攻撃。必中銃弾という脅威を走らせる。

 

普通のセイバーならば、その銃弾を躱すなり、撃ち返すことも出来る。しかし、今のセイバーサーカーは、前を2人に圧されている。

 

どう出るか?

 

「せやっ!!!」

 

「なんとぉーーー!!!」

 

ジェーンの驚きの声。当然だ。セイバーサーカーの軽快極まる斬撃。鎌切りのようなその剣撃が銃弾を撃ち落としたのだ。

 

リーナと紅を一刀で制しながら、ジェーンの銃弾をもう一刀で対処する。その剣撃の繚乱さに見惚れるが―――。

 

ばきっ! ばきんっ!!

 

流石にサーヴァント3騎分の圧を前にしては、如何に名刀と言えども破断を余儀なくされる。

 

だが、これで分かったことがある。

 

(セイバーサーカーは、幕末の剣士じゃない)

 

次なる剣を与えながら刹那は結論づけた。となると。

 

(戦国期か……)

 

だが戦国時代と言えば一本の名刀よりも百本の槍を兵に与えよ。という室町時代から続いて『火縄銃』が戦の主流となった時代だ。

 

正しく火力の勝利というに相応しい時代であった。

 

だが、そんな中でも『剣豪』と呼べるものがいなかったわけではない。

 

「マスター!! もっと奇態な剣でもいいわ!! ジャンジャンいっぱい寄越して!!!」

 

んな大食いを生業とするものかのように、剣を要求されるとは―――ならば。

 

「俺の答えはこれだ!!」

 

セイバーサーカーの少しだけ上方に剣の円環を作り上げる。

 

ラウンド・オブ・ファンタズム―――。

 

そして、多くの剣を自分で手に取り、そして戦いに挑むこと―――三十分以上、その間に……どこからか戦いの匂いを嗅ぎつけたエリカ、モードレッド、レオなどが加わったりして、Rantiki騒ぎがとんでもない規模になったりした。

 

結局の所―――。

 

「どこの英雄であるかは分からなかったな……」

 

ずぞぞぞと、紅閻魔が用意してくれた『うどん』を啜りながら、呟くのであった。

 

「ごめんねーマスター。いや私も何か掴めるものがあるんじゃないかと思っていたんだけどねー」

 

宝具として登録した武器すら不明ながらも、セイバーサーカーは、申し訳無さそうな笑みでも人懐っこいものを感じさせるのである。

 

「ただ、生前の私は二刀流で一刀流の剣士であると理解できました。刀は一刀よりも二刀で振るったほうがいいわね♪」

 

「そっか。で―――その2振りで大丈夫なのか?」

 

同じくうどんをすする(4杯目)セイバーサーカーは、帯刀する得物に『ガンソード』『ガンブレード』『ソードピストル』と言えるものを採用するのであった。

 

何でこんなものを投影出来たのだろうと、刹那も思い悩むほどに懈怠な武器であった。

 

世の中にはテーブルテニス(卓球)のラケットにもガンラケット、ハンドソウラケットとでもいうべきものがあったりする。

 

それと同じ系統と考えれば、問題はないだろう。

 

「イエース! コイツはナイスでゴキゲンなブレードよ!

これでマスター……そう言えば名前を聞いていなかったわね」

 

今更過ぎることではあるが、確かに名前を教えていなかった。

 

「俺の名前は遠坂刹那だ。呼び方はお好きに」

 

「刹那か……何か引っかかる言葉ね。こう、私もそういうのを求めていたというか―――……」

 

「キミの方は何と呼べばいいのやら」

 

真名知れず、されどクラスだけで呼ぶのは少々味気ない気がする刹那は、そんな疑問を呈したのだが。

 

「二刀流の使い手って、有名なのいるかしら?」

 

「この国ならば、やっぱり二天一流で有名な『宮本武蔵』じゃないかな? ただ当たり前だが『男』だぞ?」

 

女で二刀流の使い手というのも、もしかしたらいるかもしれないが。だが、女性が名乗る名前ではあるまい。

 

そう想ったのだが、少しだけ笑みを浮かべた彼女は。

 

「―――そう。ならばその名前いただくわ♪ 仮の名前とは言え、真名が判明するまで私のことは武蔵ちゃんとでも呼んで、よろしくね刹那くん」

 

その様に名乗ることで『己』を規定するのだった。

 

(名前を自分で付ける―――記憶がないからこそなんだろうが、まるで……)

 

ガキの頃に冬木の衛宮の屋敷にて読んだ、オヤジの買っていた漫画。

その中に出ていた伝説のボーカリストにして、再びロックの神を目指す主の御子のクローンのようだった。

 

(まぁ聖堂教会が圧力を掛けたんじゃないかと想うぐらいに、とんでもない内容だったけどな)

 

苦笑しつつも、とんだ春日露魅王(ジェーン・ドゥ)を抱え込んだと想いつつ、そして―――7月を迎え、本格的な九校戦準備期間に入り―――。

 

 

「特別コーチの浪川愛流二郎(エルメロイ二世)だ。お前たちに言っておく。私はお前たちと仲良くするつもりはない」

 

グラサンに付け髭を着けたロン毛の鬼コーチを迎えて、明青学園野球部ならぬ『チーム・エルメロイ』は、他の九校に遅れても始動するのであった。

 

 



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第332話『踊る大魔法線』Ⅰ

ひろやま先生お身体お大事に! 

ツイでは既に書かれていたようなのですが、コンプエースで知りましたよ。

いや、本当にご自愛してください。そんなわけで新話です。


 

 

北は北海道から、南は九州―――とはいえ沖縄出身者もいるだろう。そんな人々が集まる魔法協会横浜支部。

 

そこにて対面した人々は、顔見知りがいたり、全然居なくて人見知りしたり人見知りせずに馴染もうとしたりして……まぁ色々だった。

 

だが、一つだけ言えることがある。ここに来たはぐれもの達は、戦うことを求めているということだ。

 

(しかし、三年生が来なかったのは、ちょっと予想外だったな)

 

最後の年ぐらい節度を保って自校で戦いたいということかもしれない。

 

そういうことかな?と想いつつも―――孔明の宝具『出師表』によって集められた連中の中には、去年に見た人間もいたが……今回の『本戦』では出られなかった連中というところか。

 

「正しく下剋上等な面子が揃ったものだ」

 

そいつらを束ねる自分のキャプテンとしての資質も問われる。

 

そんな訳で早速もチーム・エルメロイの為に用意された魔法協会の一室―――結構な広さの所に集められた面子の前に、刹那は姿を出すのであった。

 

ざわつきが広がる。

 

『ヨッ! 待ってましたキャプテン!!』

 

これはモードレッドの囃し立て。拍手と共に行われるそれ、まぁいいけど。ちょっと違うかもと想いつつ壇上に上がる。

 

全国津々浦々からの面子の視線を集める位置に来たことで、少し緊張するもとりあえず言うべきことを言う。

 

「まず、今回このような形とは言え、九校戦に参加するために集まってくれたここにいる全員に感謝をしておく。ありがとう」

 

「いやいや礼には及ばない」

 

「別に遠坂の為に集まったわけじゃないし!」

 

そう言ってくるのは一高の生徒、刹那の同級生にして同クラスメイト 相津郁夫と斎藤弥生である。

 

「そう言ってくれると感謝だね。そう言うからには、あぶれ者として自校とも戦う意思を持ってくれているということだな?」

 

「まぁ少しだけ戸惑うものもあるけどね」

 

「ただ、自薦してから要請されたならば、来るのが道理でござるよ!!」

 

これは桜小路紅葉と後藤狼。今回、集められた中に一高の2B組の面子は多い。

 

これは単純に刹那が安堵できる面子であるというのもあるが、『まさか』。こいつらを『採用』しないとは、補欠でもエントリーしておけば、というこちらの考えを壊してきたのである。

 

要は温情でありながらも、不採用になった面子を拾い上げた形なのだ。

 

よって―――。

 

「よし! それじゃまずは自己紹介をしてもらおうか!! 名前と顔を一致させていくにはまずはそれからだ!!」

 

そんな訳で一年・二年問わずに自己紹介となるのである――――。

 

知っている人間ばかりではない以上、これは当然だ。

 

「第五高校 二年 坂神一人だ。選ばれたからには全力を尽くす所存だ」

 

一高とは違いライトグリーンを基調として白をアクセントとしている東北圏の第五高校生徒、どことなく『カドック』を思わせる人間が、まず最初に挨拶をしてきた。

何だか制服よりも大正時代の青年将校の服でも着ていたほうが似合いそうだ。

 

「第三高校 一年 尼利ミサオでーす♪ ウチのエクレア先輩がベタぼれの遠坂先輩に呼ばれてマジ優越!もうなんか魔法女子として一歩先んじちゃってますね。コレ!」

 

知らねぇよ、と思いながらも、古典的なギャル?とも言える明け透けな態度を見せる少女。染めてるのか、地毛なのか明るすぎるピンク色の髪だが、髪型自体は特に遊びもない。

ストレートロングヘアな辺り、彼女の『地』をなんとなく察するのだ。

 

だが、ポーズ自体はキメッキメの横ピースな辺り、教室に居た魔眼のスパイ(OG)を思い出させる。

 

「第九高校の一年 六導レイと申します。誠心誠意、このチームのために尽くさせていただきます」

 

年齢詐称していない? と言いたく成るほどに自然と媚態を強調してしまう女子の朗らかな笑顔。

一番普通の挨拶なのだが、何というかこの中では一番『ヤバい女』な気がして刹那のセンサーが、先程からアラームを鳴らす。

 

だが……それを余って補うチカラも感じるのであった。果たして彼女をどうしたものか……。

 

(まぁ何とかするしかないな)

 

刹那の人生には、そういう危険きわまりない女はいくらでもいたのだから。

 

「第六高校 二年 二三草(ふみくさ)七郎丸です。今回、選ばれたことに光栄を覚えながらも―――刹那君とは仲良くやっていきたいもんだ。よろしく」

 

これまた美形で、何というか……ある意味この中では、一般的な魔法師としては優秀だろう『数字持ち』の男子が挨拶してきた。

 

だが……その視線に少しばかり―――ぞわりとするものを覚える。俺、ノーマルなのでご勘弁を。

 

「女ってめんどうな生き物なんだけど、何人も上手くやれている刹那くんは、マジ尊敬する。リスペクトの対象だよ」

 

女子全員から反感を買いそうな言動をする二三草くんにちょっと懸念を持ちつつも。

 

「あーら、聞き捨てならないわね。このお坊ちゃん! 乙女のHeartは繊細なものなのよ。アナタの言動はマイナ〜〜〜ス」

 

何故、伸ばす? そう言いたくなるが、その人物は、乙女心を持つ人間ではあったようだ。

 

大袈裟なジェスチャーと共にバツを付けるその人は―――。

 

「ええと、妙漣寺 鴉郎(あろう)くん―――」

 

「ノンノン! 刹那センパイ、いいえセツナちゃん―――私のことは、そこに書かれてある通りスカンジナビア・ペペロンチーノ! ぺぺと気軽に呼んでちょーだいっ!!」

 

「ええ……」

 

第二高校の一年生(・・・)。長身のモデル―――スラッとした体型を持ちながら、それが外連味無く似合っている「日本人」

 

妙漣寺鴉郎くんことスカンジナビア・ペペロンチーノという御仁は―――俗な表現で言えばオカマ、またはゲイと呼べる存在なのだった。

 

奇抜な髪型に髪色……奇妙な冒険でも繰り広げそうな人物は、驚くべきことに一年生であった。

 

だが、能力値はスゴイものだ。実際、集められた面子の中――――――いや2高ですら恐るべきものだ。

 

「ヒカルに次いで一学年で2位なのに……何故選考漏れ?」

 

端末に表示されている二高から寄越された資料だけならば彼のタレントは、決してエントリーから漏れるものではないはずなのに。

 

二高の判断にミソがつくものではないかと想う。

 

「うふふ。それに関してはヒミツなんて言うのも不興を買っちゃうからね。詳しくは言わないけど、私のお家というかお寺はデリケートだから、二高の父母会からせっつかれちゃったのよ♪」

 

それだけで何となく察せる部分はあった。ぺぺの実家は連盟の中でも比較的高い地位にあるのだろう。

 

当然、二高の選抜メンバーにそれらの家の子女子息がいないわけではないだろうが、その中でもぺぺだけがハブにされた理由は。

 

示しがつかない。というところか。

 

軽い感じで言っているぺぺだが、それなりにショックを受けたのかもしれない。

 

「私の本質は根無し草なの。そういう意味では、アナタには興味を覚えるわ。魔宝使い殿、アナタもそういうのじゃないかしら?」

 

「かもね。だからこそ『同類』どうし頼りにしてるよペペロンチーノ」

 

「任せてちょーだい♪ キャプテン」

 

その言葉を聞いてから、5分ほどで全ての人間の自己紹介が済んだことになる。

 

予備メンバーも含めて全部で80名……この形式だけは、全校一緒なのだ。練習メンバーもここから出す必要がある。

 

「さて、自己紹介が終わったところで、まずは競技種目に関して説明していこう。自校で既に受けている人間もいるだろうが、申し訳ないが改めて説明させてもらう」

 

宴もたけなわではないが、既存競技・新規競技、それらに関する説明が為される。

 

そして刹那は、この競技選出において他校とは違う方式を取ることに決めていたのだった。

 

達也を含めた生徒会役員、プラス部活連会頭の服部が見ている資料は九校戦の選手選考用に実技成績を纏めたものだ。

種目が今年も変わらないという前提で使用した物だが、実技テストの全データが網羅されているので新種目の選手選定にも使えるはずだった。

 

もっとも……それを加味したとしても、色々と難ありだろうなのが、今回の九校戦だ。

 

「セイバー&ウィザーズ―――略してSAWか」

 

「運営委員としては最後の頭文字に『O』を使いたかったようにも感じますが、この競技は……かなり独特ですね」

 

「だな……」

 

だが、これはある意味で分かりやすいほどに『英霊戦』を意識したものである。

 

ざっくりしたイメージを申せば、昔に流行って今でも違う形で『ゲームセンター』に存在している『ビートセイバー』なものだ。

 

一定の距離を挟んで相対するセイバーとウィザードの2組。

 

ウィザードは『放出系魔法』を繰り出して敵ウィザードに事前に設定してある六枚のシールドを砕かなければならない。

 

六枚のシールドは、ウィザード側に固定位置として存在している。ライフポイント制ではないカードゲーム。ガードブレイク制のカードゲームと同じだ。

 

当然、最後にウィザード(プレイヤー)へのダイレクトアタックを決めて終了というわけではない。

 

六枚のシールドを砕くことが基本的な勝利条件。

 

ただこれでは魔法の打ち合い、砲撃戦だけになる。そこでウィザードはパートナーたるセイバー……剣に防御・護衛―――運命を託すのである。

 

「敵ウィザードのシールドを破壊する魔法は、かならずや敵セイバーのソード・アートフィールド―――ウィザードの前面にある『場』を通らなければならないという規定があります。そもそもシールドは、そういう位置にあるわけですけどね」

 

「どちらもハードだな……」

 

「そうとも言えないかもしれませんよ」

 

「どういうことだ?」

 

主な会話相手である会頭たる服部が疑義を呈する。

 

ここまでの会話で『剣』も『杖』も、とんでもない労力になると思えたのだが、司波達也はそうではないとしてきたのだ。

 

「セイバーの持つ『得物』次第では―――ということです」

 

「? 武器に関しては特に規定は無いのか、まぁ刃引きされて危険性や殺傷性に関して、ううん!?」

 

改めて端末を見つめた服部は、この競技のキモを理解した。

 

「気付かれましたか?」

 

「ああ、これは……『名剣』を―――もっと言えば、ディスペルウェポンをガードであるセイバーに持たせれば容易くなる!!!」

 

そう。この競技は『規定で共通の得物』というものは存在していない。寧ろそういうのがあるのは、ウィザードの方だ。

 

「セイバーが持つ得物に予めそういう『魔法』を付与していても、どうしてもこの分野では先んじている人間がいます」

 

「遠坂の独壇場じゃないか!! あいつならば、破魔の槍剣でも、波濤を発生させる槍でも、あるいは、綺羅びやかで豪奢な剣を宙に浮かぶファンネルのように『ジュワユーズ・オルドル』とか言ってブルーフレームDみたいなこともしかねないぞ!!!」

 

正しくその通りなのだが、最後の文言に関しては随分と具体的なイメージを語るものだ。とはいえ服部の言葉に同意する。

 

「やっぱり、これも国防軍の思惑なんでしょうか?」

 

中条会長の不安げな言葉に、達也としては首肯せざるを得ない。

 

「恐らく、ヤツの持つ魔力武器(マナウェポン)あるいは、英霊武器……宝具にも準じるものを鑑定したいのでしょう」

 

あわよくば、それをコピーしたい。そういう思惑だ。贋作屋のさらなる贋作とかシャレにならん。と考えつつ、だからといってここを諦めるつもり、捨て勝負にするつもりはない。

 

「俺の考えでは、ここの本戦『セイバー』に任ずるべきは、副会頭です。レオに刹那の用立てた武器持ちセイバーと拮抗してもらいましょう」

 

その達也の考えに待ったが掛けられる。

 

「西城に、か―――シールダー及び、モノリスで頑張ってもらいたかったんだが……」

 

「千葉先輩じゃダメなんですか?」

 

服部及び泉美の疑問はもっともだが、それでも応える。

 

「最終判断は会長にお任せしますが、レオの六手神腕を用いればただの鉄剣ですら最高位の得物に変じます―――」

 

ルーンを用いれば、ソレ以上にもなるだろう。

 

「まさか司波くん……西城くんに『八刀流』として戦ってもらうんですか!?」

 

「別に持ち込む得物と使う得物の『本数』に関しては書かれていません。寧ろ、魔法の防御で壊れた場合を想定して、その辺は遠慮なくどうぞと書かれてますからね」

 

ストックしておくべき武器は多くていい。という考えのようだが―――。

 

刹那がどんな得物を用立てたとしても、ソレ以上の手数で押す。そういう考えは―――。

 

「―――わかりました。例えルールに注釈が着いたとしても副会頭の神腕幻手ならば、どんな状況にも対応出来るでしょう」

 

―――了承されるのであった。副会頭には存分に苦労してもらうことにした。

 

「ご英断感謝です」

 

「ただ西城君など選手の負担を減らすように、出来るだけいい得物を出してくださいよ。新人戦に出る一年生のためにもそういうのは必要なんですから」

 

「本家にそういうのあったかな……」

 

「四葉家になくても千葉家でも、どの家でも『コレ』は『業物』と言えるものを供出してもらいます。これは会長命令です」

 

そのやけっぱち気味の言葉に、役員室に居た誰もが思った。その命令はズバリ。

 

「つまり中条会長の――――」

 

「「「「「刀狩り!!!!」」」」」

 

「最初にやったのは弟である豊臣秀長なんですけど!」

 

歴史の豆知識を入れながら、横浜ではどんな会議が行われているのか興味を持つのであった。

 

 

「―――以上なわけだ。質問はあるか?」

 

特に無いようだが、この中の殆どは九校戦未経験の人間たちばかり、ここに来て具体的なイメージを持たされて緊張も覚えている様子。

 

変わらない面子を見ながらも、喝入れなんて性に合わないので―――。

 

「それじゃ、全員―――やりたい競技があるならば、いや……これならば俺はこんなことが出来るというプレゼンをしてくれ!」

 

その言葉にざわつきが生まれるのは、当然だった。

 

「遠坂君! そんな決め方でいいのか? 九校戦ってのは、それぞれの魔法適正に応じて競技担当を決めるんじゃないのか?」

 

「相津、考えてみろよ。突き放す言い方だが、お前たちは、その競技適性外だと言われたから、自校選抜から漏れたんだぞ?」

 

その言葉に詰まる人間は多い。

だが、続けて言う。

 

「別に勝利を目指さないわけじゃない。だが勝ち負けに必死で拘るつもりはない。がむしゃらにやることで結果を着かせるだけさ」

 

だからこそ、自分ならば『こう出来る』というものを見せてほしいと刹那は言った。

 

他の魔法科高校とは違う逆張りのやり方だ。だが、刹那は知っている。世に出た傑物は、譲れぬ信念を持ったからこそ傑物なのだと。

 

そして、モチベーションの問題もある。やはり自校を出てまでここで戦う以上、その動機はチームの為というよりも、『自分のために戦え』としておいた方がいいはずだ。

 

その言葉を受けて―――。

 

「ならば、僕がSAWのセイバーになる。パートナーであるウィザードはまだ未定でも、僕の身体強化と『身体狂歌』で襲いかかる魔法を全て斬り捨てたいと想う」

 

「分かった。まずは相津が1つ立候補―――ナニカ要求があるんじゃないか?」

 

シオンが端末に入力したことでSAWの選手枠、そのセイバー枠に相津が収まった。その後で問うべきことを問うことに。

 

「わっるい顔してるわねー」

 

「分かりやすかったからな。お前の剣術部のご同輩は」

 

からかうような斎藤に答えながら眼は相津に向けると。

 

「見抜かれすぎていて申し訳ないが、俺は魔法鍛冶師ともいわれる遠坂くんに―――」

 

その言葉を皮切りに、多くの要求が出て、もはやタイころ(?)のシナリオ担当を決める会議のように、多くの要求が怒涛のごとく出てきたのである。

 

 

(なんだ。皆してやる気はあるじゃないか)

 

そんな風に安堵していたのだが……。

 

「セツナ! 今年はリーナではなく私と一緒に石破ラブラブ天驚拳を放ちましょう!! 去年と同じだとお客さんもアンニュイな気分になっちゃいますよー!」

 

「刹那! 今年はアタシと一緒にダブルカリバーン入刀しようぜ!!!」

 

「技術屋ですが、別に一高の規定は私達には存在していませんし、ここは1つアラブの風に乗せてすごい戦いをしましょうか」

 

「ヤダわー。寝言は寝て言ってよネ。ミノルとミナミが求めたのはワタシとセツナのコンビと戦うことなんだから、オヨビじゃないのヨ!」

 

(欲望の権化さん達め―――!!!!)

 

思わず罵りたくなるぐらいには、紛糾する会議となるのであった。

 

 

 



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第333話『踊る大魔法線』Ⅱ

108星集めて、多くの条件をクリアしないとナナミが……。

「おれは!!! おれが想うまま、おれが望むまま!!!! 邪悪であったぞ!」
「ブタは死ね!!」

もうルカ様は……ね。バックストーリー知っちゃうと、アレなんですよ。ただ、そういうルカ様の心を癒やす誰かがいれば、また違ったのかもしれないね。

そしてかつての幻想水滸伝スタッフが集まっての最新作とリマスターは買う。

ただ直の続編出ないとハルモニアとの決着が全然着かない。

などと、若人置いてけぼりのこと(プレイ動画で今は知れるけど)を言いつつ、新話お送りします。


その日、一高教諭である紀藤は横浜の魔法協会支部に赴いていた。

 

(此処に来るのもいつ以来だろうな……)

 

別に想い出といえるほどの深い何かがあるわけではない。

 

だが、それでも思うところはある。そして、現状に対しての分析を進めていた。

 

(御前は九島老師の思惑を良しとしていた。チーム・エルメロイが、結成されて多くの魔法師……既存の権力構造で家名を上げる機会を与えられていない魔法師達を見つける上では、最良の結果だ)

 

場合によっては、有力家で飼い殺しにされている『庶子』の魔法師をスカウトするためならば、その相手を『ヨイショ』する奸策も行うつもりだったようだが……。

 

その上で御前は、自分の『手中』に収まらない『はねっ返り』を嫌っていた。

 

藤林響子が対面した文科省の役人などは、実は御前の息がかかったものである。

これ以上、並行世界からの来訪者に自分たちが築いた魔法師社会を崩されたくない、乗っ取られたくないという思いから、あのような追放劇になったのだ。

 

(もっとも、色々な思惑を持った人間は多かったから、御前が手を下さなくともそうなった気配はあったが……)

 

そして、チーム・エルメロイはとてつもないハンディキャップを持っていた。コレに関しては御前の奸策である。

 

如何にエルメロイⅡ世―――ウェイバー講師が、最優秀のコーチング技術を持っていたとしても。

 

如何にダ・ヴィンチちゃん講師が、最優秀の魔導器製造技術を持っていたとしても。

 

如何にエルメロイⅢ世―――ライネス講師が、悪魔的ないのりんボイスで紀藤を惑わしたとしても。(爆)

 

各自でそれぞれの高校で授業が行われたのち、日本の津々浦々から集められた人間たちに集中した教導など不可能なのだ。特に九校戦の競技種目に即した訓練など、出来ようはずもない。

 

―――時間という制約を掛けた。

 

運営委員会から『全ての魔法科高校の競技訓練施設の使用禁止―――及び使えるのは魔法協会及びその他の訓練施設のみ』という通達を出すように仕向けた。

 

―――場所という制約を掛けた。

 

 

これでまた『人数』『人員』という制約を掛ければチーム・エルメロイなど波にさらわれる砂城のごとく瓦解したはずだが……。

 

そもそも、数多のアビリティ持つ魔法師を見たいという発端だったので、そこまでやると本末転倒であった。

 

遠坂刹那には土を着けたいが、多くの魔法師のスキルはみたい。ある種の二律背反の状況に陥っていたのだ。

 

そうして思索を終えると目的地に到着していた。

 

「で、言われた場所まで来たはいいが……」

 

チーム・エルメロイは、この大会議室を根城にして何かをやっている。実技演習場などを使っていないというのは知り合いの協会員から聞かされた。

 

理論教習だけでどうにかなると思っているのだろうか? そんな思いでいたのだが―――。

 

『何か御用でしょうか? ティーチャー・キトウ』

 

電子施錠を解こうとした時に、ドアの隙間から紀藤も知らないわけではない水銀ゴーレム―――メイド姿のそれが出てきたのだった。

 

殺人アンドロイド映画の第二作目を感じさせる登場に面食らったのだが、気を取り直して『トリムマウちゃん』に用件を伝える。

 

「ある種の視察なんだ。エルメロイ先生たちがどんなことをしているのか、少々気になっている魔法科高校及び協会員が多くてね」

 

『スパイですか』

 

「人聞きが悪い―――と言いたいが、その通り。そして実技演習場も使っていないから」

 

『そう仕向けたアナタ方が、いまさら気にしますか。と、少々イヤミを込めて言わせてもらいます』

 

その言葉に鼓動が速くなる。アナタ方というのが、どこまでの人間を差すのか不明瞭だが……それでもエルメロイの至上礼装という彼女が何かに気づいたのかと想う。

 

『ですが、メイドとしてゲストを主人の居館に招けないというのも少しばかり心苦しいですね。というわけでメイド通信を開始―――』

 

メイド通信とやらが何なのかは分からないが、何かの波動……エーテルウェーブとでも言えばいいものを放つ水銀ゴーレム。数分後には―――。

 

『どうぞ、主人の許可が下りましたので部屋の中へ』

 

そして、入った部屋には誰もいなかった。魔法協会の備え付けの机と椅子のみ―――その中で煌々と輝く魔法陣とその上に存在しているミニチュアアートを閉じ込めたらしき水晶球が、いくつか存在していた。

 

六芒星の魔法陣の点にそれぞれ配置されているそれは、強大な魔力を発しており……。

 

「一体どこにチームエルメロイのみんなが……」

 

その時、理屈屋として知られている紀藤の中に閃きが生まれる。

 

まさか!?

 

考えた時には、紀藤は―――。

 

チームエルメロイの人間たちと同じく、協会室内から消え去るのだった。

 

 

 

そんな紀藤の帰りを待っていた一高陣営。

 

スパイという訳ではないが、近傍にある一高の練習場を使わずに、何故……チーム・エルメロイが九校戦の練習を出来るか? その端的な疑問を解消しようと彼を派遣したのだ。

 

紀藤とて『腐っても』(失礼)一高の教師。自分が受け持つ生徒も招集されたわけで、この疑問に回答を得るべく、国防軍及び魔法協会からエルメロイ教室に用意された施設へと向かうことになるのだった。

 

「紀藤先生によれば、各種魔法練習施設にも顔を出していないらしいから、最後には横浜の魔法協会会議室に赴いたようだね」

 

細かな報告を紀藤から受けていた会計の五十里の言葉で、よほどの『秘密訓練』でもしているのだろうか……そんな想像もしていたのだ。

 

だが、状況から考えてそれぐらいはしなければ、はっきり言って、チーム・エルメロイの成績は惨憺たるものになるかもしれないのだ。

 

「まったく! 一言「貸してください」って言えば貸さなくもないのに!!」

 

「ですが時間の問題もありますし、そもそもそんなかつての定時制高校の夜間部活のようなことも、今は出来ないでしょう」

 

千代田の怒りに論理的なことをとりあえず申しておく。

 

第一……全国からキャビネット及びコミューターなどを使っても、北海道の八高などは空港を使わなければ来ることは、まず無理だろうし……。

 

よく考えてみればメチャクチャな話である。そしてその中で連携せねばならない競技もあるというのに……。

 

ハンデがありすぎる―――のだが……。

 

 

(こういった懸念があったとしても、アイツはそれを容易く越えていくからな)

 

謀略・謀計・奸策・奸計……言葉は何でもいいが、とにかく魔宝使い遠坂刹那に、その手のことは通用しないのである。この一年以上もの付き合いの中で、達也もようやく理解できた。

 

そんなものを向けた瞬間にそれと正対することで王道・正道―――といずれは言われる『邪道』な方法を倍返しでぶつけてくるのだ。

 

全くもってとんでもない男である。

 

だからこそ……。

 

「ただいま戻ったよ……」

 

意気消沈・疲労困憊とでも言うべき紀藤教諭が戻ってきても、『ああ、刹那のウルトラC が決まったな』としか思えなかったのである。

 

職員室ではなく生徒会役員室に直でやってきた紀藤は差し出されたコーヒーを飲みながら全員に告げる。

 

「はっきり言うが彼らにハンデはない。もはや彼らチーム・エルメロイは、同じステージに立つ強敵だ」

 

ざわつきが生まれる。大半の人間は、彼らの練習進捗を気にして、そういう視察派遣を行ったというのに、それが意味をなしていないというのだから、疑問ばかりになる。

 

 

どういうことなのだと?

 

その疑念と疑問に答えるべく、紀藤教諭は生徒会備え付けのキャビネット端末に、自分の端末を有線接続―――ファイル操作を行い、読み込まれる動画。

 

最初に出てきたのは―――。

 

『潮風薫る渚が私を待ってるわ〜〜〜♪♪』

 

女物のワンピース型水着を着た長身の―――筋肉質の――――。

 

男子であった。

 

モッフ〜〜〜ン!という擬音が似合いそうな程に男臭すぎる乙女の登場に。生徒会室にいた全員が大なり小なり衝撃を覚えるのであった。

 

中には絶叫を上げるような生徒もいるほどだ。

 

「だ、誰ですか!? このドライな三日月さんにして、ナイーブな天才少年棋士みたいな声の人は!?」

 

正反対なイメージの人物像を語る中条会長だが、言わんとすることはわかる。

 

確かに衝撃的過ぎる。そして検索でヒットしたのは、彼が第二高校の生徒であるということだ。

 

だが、そんな彼の映像の後には場面が切り替わる。

 

『レェエエエッッッツゥウウ!! ケンゴウバッットオオオ!! イッツアセクシー!! マイネームイズ ムサシミヤモトォオ!!!!』

 

ジェットスキーに乗って猛烈な勢いで海を駆けめぐるアメリカンな水着を着た武蔵ちゃん(仮)の姿が映る。

 

波しぶきをあげながら駆け回った末に出来上がった水の壁をガンブレードで斬り裂いて、その上で海上にあったターゲットは、全て砕けていたのだ。

 

そして次には

 

『プリティリトルなケンゴウ推参!! マイネームイズ ヤヨイサイトウゥウウ!! レッツブレィイイド!!!!』

 

同じ様に結構際どい格好をした斎藤弥生が、ジェットスキーで同じく出てきたターゲットを叩き切っていく。

 

『OH!! イェェス!!!! 最高のライドとブレイドだわ弥生ちゃん!!! この調子でバッチリやっていきましょう!!!』

 

『ありがとうございます! 武蔵ちゃん!!!』

 

GJ!のジェスチャーを取って斎藤を持ち上げる様子。どうやらこれはロアー&ガンナーの練習風景のようだ。

 

だが、ロアガンは無動力のボードを動かす競技。ソロとペアがいるから、斎藤がどちらで出場するかは分からない。ジェットスキーが、どういうものかにもよるが―――。

 

(ヤバい! 思考の渦に巻き込まれそうだ!!)

 

全容がわからないからこそ、この映像に対して色々と深読みをしてしまいそうになり―――。

 

武蔵ちゃんと同じく気勢を上げて斎藤(クラスメイト)を称賛しているエイミィを無下にするように、場面が切り替わる。

 

『ほんじゃ、いいんだな?』

 

『ああ、ばっちりやってくれ!』

 

『レッドも思いっきり打ってくださいね? 防御しがいがありませんから』

 

『ドーバー海峡を越えてフランス国土に打ち込むつもりで撃つさ!』

 

先程までは渚のシンドバッド(爆)な場面ばかりだったのだが、今度は近代的な……というよりSAWのステージを再現したフィールドが映し出されていた。

 

「う、うちと殆ど同じっていうか……寸分違わぬSAWの戦闘フィールド……」

 

「どうやって用意したんだ?」

 

実を言えば、今回の最大のキモたるソード&ウィザーズの訓練施設というのは、『九校』にしか存在していないのだ。

 

国防軍だか文科省だかから肝いりで入れられたそれは、少しだけ『氷柱』にも似たものだったが……。

 

これこそが、自分たちが気にかけていたことだったのだ。

 

そして、映像を見るだけならば代表選手は、『相津・レッド』と『刹那・レティ』の2組にも思えるが……。

 

『くくくく、紀藤センセー。ちゃんと撮っといてくださいよ。大方、達也辺りは俺が破魔の武装を用立てると思っているんでしょうが――――――――』

 

『実を言うとその通りなんですよねー』

 

『イクオ、アタシの前衛は任せるぜ』

 

『もちろんだ。任せてくれ』

 

四人揃ってのその言葉を真正面から受け止めきれない。なんということだ……。

 

「看破されてるなぁ」

 

「まぁ予想通りですけどね」

 

剣術部の後輩が登場したからか、桐原が言ってくる。

 

「しかし『渚』かぁ……」

 

「渚……」

 

今さらながら、二高一年 妙漣寺鴉郎くんの発した言葉に2人でちょっと想う。

 

「俺、渚って言葉、人生で使ったことありませんね」

 

「俺もだ」

 

沖縄にも言ったことがある達也の言葉に桐原も同意する。

 

「オシャレだ……」

 

「渚かぁ……」

 

妙な所に感心をしてしまい、そのあとには……。

 

「そういう小川悦司先生をアフレコ現場で真っ赤にするようなやり取りはやめなさい」

 

どういう方面に気を使った発言であるかは分からないが、まぁ中条会長に窘められたことで、とりあえず会話を終了させておく。

 

「では最大級の疑問なんですが、このどう考えても南国のビーチにしか見えない場所……チーム・エルメロイは、どこかの海辺で特訓をしているので?」

 

転移魔法などで刹那が買いきった秘密の島に赴き、バカンスと同時の特訓……そういうことなんだろうか? 現に刹那はお袋がサルベージ出来なかった鄭和の船団のお宝をガッポガッポガメたという話しではある。

 

だが、その後にはそれらで協力してくれた赤道付近の人々を束ねて天空農場を作り上げて、大地に依らない食料自給だけでなく『商品作物』の供給に、大金を投じたというのだから……。

 

『リターンは色々貰ったさ』

 

そう言って晴れやかな顔をする刹那。彼の調理で時々ではあるが、現代では不可能なものが出てくるのは、これが原点なのだと理解できた。

 

蛇足を終えてから―――本当に、どういうことなのかが理解できない。

 

映像はまだまだ続く。表示されているバーではまだ六時間近くもあるようだ。

 

チャプタースキップで、今度は浪川愛流二郎(爆)監督の談話らしいが……。

 

「―――何だと?」

 

ようやく理解した。この動画の異常さを……。

 

「お兄様?」

 

「紀藤先生が横浜の協会支部に着いたのが、2時50分……今は4時30分……これが紀藤先生が―――」

 

「司波くんの疑問に答えよう。騙しているわけではなく、紛うこと無く私が直に撮った映像だ。ウェイバー先生にインタビューする私がいるだろう?」

 

「ええ……どういうことなんですか?」

 

映像の中に確かに紀藤はいる。暑かったからなのか、スーツの上を脱いでワイシャツ姿で浪川愛流二郎という、どこの柏葉○二郎みたいな出で立ちのウェイバー先生に話を聞いている。

 

『簡単に言えば、精神と時の部屋みたいなものですよ。ミスターキトウ、かつて『擬似天球』というものを作成して世界の未来を観測しようとした一門がいましてね。それと関わりを持っていたのが義妹と弟子なのです―――――』

 

ネタバレは、都合よく映像の中から聞こえてきた。

 

『その副産物として『テラリウム』……本当の意味での『地球』(テラ)を創造させるような擬似環境シミュレーターを作ったわけです。当然、私一人でそんなもの作れるわけもなく、多くの弟子たちと『世界卵』という魔術により近きものと……まぁ私が若い頃に『色々』あった女性の『外殻投影技術』を発展させて作り上げたわけですが』

 

言葉の後半で口ごもるように言って、明後日の方向を向いて紀藤先生のインタビューを受ける辺り、その『色々』はあえてツッコまないことにしといた方が良さそうだ。

 

だから紀藤先生もそこには何も言わないようだ。

 

『色々と疑問は多いですが、私達は現在……一体どこにいるのですか?』

 

『正しい表現かどうかは諸説あるでしょうが、『時間流が遅い地球に似た環境の亜空間』と言えるでしょうね。支部に置いておいたあのミニチュアは、入り口と出口の意味と、外部からの『観測』のために置いてあるのです』

 

恐ろしいようで、とんでもないことで、そして―――なんと言えばいいのか分からなくなる。

 

画面の中にいる紀藤と心が一緒になる。

 

『その一門の最終目的は、ニホンのノベルライター『コウジスズキ』(鈴木光司)の作品のようなシミュレーテッドリアリティ(ループ世界)を用いて、人理というものを観測しようとしたのですが……そこは蛇足ですな』

 

そんな独り言をつぶやいた後には―――。

 

『アナタ方の思惑など私の生徒―――特に刹那は簡単に食い破りますよ。今回、時間が足りない。場所も足りないと知ったアイツの心が、この『テラ・トレース・カルデアス』を持ち出させたのですから」

 

『……まるで私が陰謀論者のような言い方は失礼すぎませんか?』

 

『だが、よく調べていけばアナタが全ての起点と言ってもいい。誘導したのでしょうが……私も刹那も特にあなた方の権力闘争などには興味は無いですが―――あまり、誰かの居場所を奪っていけば、そのしっぺ返しは重いものに成りましょう』

 

『あなたは違う。と?』

 

『私は元々、そういう『精神的支柱』を失って塞ぎ込んでいた連中に居場所を作っていった人間ですよ。私自身がそういう人間でもありましたからね……だから何度目かのペナルティですな。この映像を編集させることは『許さない』。全てを克明に撮ることは制限しませんが、恣意的で悪意的な編集は『許さない』―――その上で、見学・撮影は存分にどうぞ、ごゆっくり』

 

その言葉と『術』の後に、浪川愛流二郎という鬼コーチは、呼んできたライネス先生の招きで部屋から出る様子。

……こちらもヒゲとサングラスを付けて、ジャパンにおける監督像を完全に誤解している英国人にして中華人の魂を宿している2人。

 

そして、この場面を見ただけならば……。

 

『ウェイバー先生、完全に怒っちゃってるじゃないですかぁああ!!!!』

 

「すまぬぅううう!!!!」

 

紀藤に少しだけ抗議が行くのだった。もしも他の先生だったらば―――。

 

(いや、無理か。そもそも今回の視察も、紀藤先生が行くように手回しされていた感じだからな)

 

仮に叔母にして教師である真夜は―――、現在多くの一年生のピラーズ未経験者たちを相手にトレーニングを施している。

 

無理だろう。もしも寄越されたならば水着でも着て浜辺に行きかねん。

 

(今はとにかく、無茶なスパルタ特訓で経験を積ませてもらう方がいい)

 

野球で言えば『特打ち』のバッティングピッチャーよろしく、鍛えてもらわなければいけないのだ。

 

紀藤先生の所属がどこなのか、少しだけ気になるも、そこは今はどうでも良くて……。

 

「特訓及び買い出しやってきました〜。紅閻魔女将がいないと食事がどうにも味気ないようn―――」

 

『キリウくん♪ 男女ペア新人戦の絆を高めるためにも、お互いを知ろうよ♪』

 

『あ、尼利さん!? そんなに近づかなくても声は聞こえてますから!!』

 

『ワタシー名字で呼ばれるのキライなんだよ。余り物って聞こえそうで。だから『ミサオ』って呼んで』

 

 

何ともバッドタイミングで生徒会室に入ってきた女子は、その光景に肩を落として、絶望したかと思いきや……。

 

「なんだこの淫乱ピンクな女はぁああ!!?? ぼ、僕の―――私のキリ君に色目使いやがってええ!!」

 

魔法科女子は、どいつもこいつも『意気消沈』する前に相手(恋敵)に食って掛かるという性質があるようだ。

 

一色愛梨といい七草香澄といい……そんなことを考えつつも、ここまで相手の戦略というかメンバー表など推測できるものを明け透けに晒されると、作戦参謀たる達也は色んな意味で混乱してしまうのだった。

 

相手の特徴などを含めず地力だけで勝負させる道を整備されている気分になりながらも、世界は急速に動くのだった。

 

 



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第334話『踊る大魔法線』Ⅲ


きっと今回のエリちゃんは、『子ブタ(子ジカ)は生きろ!!』


『アタシは!!!アタシが想うまま、アタシが望むまま!!!!歌(ジャイアンソング)を歌ったわよ!!』

とか……いや天微星であるエリちゃんではルカ様にはなれない。

なんてこったい!(マテ)

幻想水滸伝に頭をやられたあの時代が色々と……そんなわけで、少し尻切れトンボですが新話お送りします。

後の話が長くなりそうなんですよね。だから、ここまでの投稿ということなのです。


 

一高がそんな大混乱に陥っている中、チーム・エルメロイは訓練に邁進していた。

 

そんな中でも刹那は……。

 

「くっ!!!!」

「強いでござるなっ!!!」

「弱音は吐けないなっ」

 

本戦モノリス出場を内定した坂神、後藤、二三草に訓練を施していた。

 

グガランナの低出力バージョンの(ワンド)を用いて、様々な魔法を使って『対応力』を上げさせる。

 

「後藤君! 僕がバックアップする!! 前に出るんだ!!」

「了解だ! カズトくん!!」

 

その言葉に応じて後藤くんは、その手に持つ特化型CADを用いて刹那に向かう。

 

「今度こそ一本取らせてもらう!!!」

「受けて立とう!!!」

 

特化型CAD『カレトヴルッフ』より魔弾を解き放つ後藤君。ソレに対して、刹那は体で躱す。

 

身体強化の限りを施したそれを前にして、後藤くんの眼は四方八方で鋭くなりつつ―――。

 

「後ろだ!! 狼くん!!!」

 

二三草の言葉に反応したことで、後藤の魔法が刹那にヒットする。しかし、障壁が無為にする。

 

「流石に硬い!!!」

 

当然、一発当てただけで倒れるとは思っていなかったのか、二三草が細かな魔法を放ってくる。

4つもの魔法……小規模ながらも、かなりとんでもないもの同時に放ってくる二三草。

 

有り体に言えば火炎球(ファイア)降雷(サンダー)、そして大地棘(グレイブ)風圧(ウインド)までも発生する。

中々にレアな魔術系統である。数字持ちの家の面目躍如だが―――。

 

「悪いなっ」

 

擬似宝石を投影することで、それらを無力化。その手際は、これまで見せていたが、まさか会心のタイミングで無力化されるとは思っていなかったのだろう。

 

対抗術(アンチスペル)!」

「カウンターから!!!」

「逃げる!!!」

 

刹那がモノリス、というより戦闘において重要視していることがある。

 

それは『口頭連絡』を密にするということだ。

 

全員が魔法などである種の秘密会話を使用出来るといっても、近くでのやりとりに言語を使うのは、それが結局もっとも早く、かつジャミングを受けづらい情報伝達手段だからだ。

 

とっさに考えているまとまりのない思考など、受け取ったところでノイズにすぎないし、わざわざ魔法を使って会話するぐらいならば、口舌を使ったほうがよほどに早い。

 

魔法師は、SFに出てくるテレパシー種族ではないのだ。

 

そして何より『符牒』を紛れ込ませることも出来る。その利便性である。何より『動揺』していると見せかけることも出来る。

 

「カウンターは放つんだけどね!!」

「天珠防陣!!」

 

聞こえてきた言葉。坂神の術が後藤と二三草を守り切る。

 

黄金の短剣。魔力で構成されたものが、前に出現して円環の鎖の防御を展開。刹那の術を防御しきる。

 

これも見てきたことだ。そして、再びの戦闘。

 

今度は刹那も戦法を少しばかり変える。今までのが『司波達也』スタイルならば、今度は『一条将輝』スタイルというところか―――。

 

そうして非常に実戦的な戦いの中で、三人を鍛えた。フィールドも、変化させていき……。

 

結果、3時間(休憩あり)の訓練のあとには―――。

 

「「「おかわり!!!!」」」

 

失った体力を補給するために、飯食いに入るのであった。

 

「よっぽどスパルタなことしたのねー……」

 

後藤に1.5倍ほど余分に用意されていたご飯をよそいながら、桜小路紅葉は言うのであった。

 

「確かに練習はキツイ」

「けれどツラクはない」

「男が一度決めたことでござるからな」

 

配膳役である桜小路が、呆れるように言ってくるのに対して三人は、そう言っておく。

 

「けれど何でアイツ(遠坂)は出ようとはしなかったんだろうね?」

「そこは俺たちも思った。昨年の勇姿はちゃんと知っているだけにね」

 

本戦モノリスにて最強を冠するにたるのは、やはり刹那だ。

 

だが、今回の彼は余程のことが無い限りは『男子ソロ』『男女ペア』の本戦『つらら』で戦ってもらう予定なのだ。

 

「ある意味、後藤か二三草は譲られた形じゃない?」

「だったら尚更がんばっちゃいますよ」

「俺と二三草君で何とか遠坂君一人分にはなろうと想うさ」

 

桜小路の少しだけからかうような言葉に、二人は揺るがずに決意を表明する。今回の反省点は分かっている。

だが、敵が誰になるか分からない以上、それを想定したところで不測の事態には対処出来ない。そういう考えでの訓練は間違いなく個々の力量を上げていく。

 

「しかし……刹那の教えたこの『戦術』……マジでやるのか?」

「俺はいいと想うけど」

「けれど坂神君の負担がスゴイでござるからなぁ」

 

個々の力量上げだけに終始するかと思えば、遠坂刹那はこの三人で取れる最適戦術を見つけ出していた。

 

その先見にはある意味感謝である。地力だけで勝てる勝負ばかりでないことは既に認識しているのだから。

 

「で、そんな遠坂君はどちらに?」

「尼利さんと霧雨くんのペアダブルスの指導、当然実戦形式でね」

 

2vs1……三時間の特訓のあとにこれなのだから、超人マッソー(爆)ということか。

 

なにはともあれ精神と時の部屋じみたこの場所。殺風景どころか色彩豊かなのは魔法師・魔術師限らずそこにヒトの営みや感受性を増させる何かを配置する意味はあるのだろう。

 

(一応、外の季節は夏だからか、殆どにおいてこのサマメモアイランドなるところで皆して生活しているわけだけど……)

 

何というかちょっと早めの夏休みを毎日『三日間』は、過ごしていると―――色々と時差をボケてしまいそうになる。

 

(外とあまり通信出来ないけど……外は何かあれば、トリムちゃんが対応出来るらしいからな)

 

そんな風に桜小路紅葉が考えている一方で、外では少しの騒ぎが起こっていた。騒ぎというほどではないが、大人たちの事情である。

 

 

「つまり、九島家は大亜の周を匿っているというのか?」

『そのようです。これが老師か真言殿の判断なのかは私も分かりませんが……』

「だが、そのぐらいのことならば別に後で不義を問い質せばよいのではないかな?」

 

まだまだ当主としては浅いな。と思いつつも、後輩である貢の懸念の真実を改めて聞く。

画面越しの彼は少しだけ焦っているようだ。

 

「―――ふむ。つまり九研のデミサーヴァントを周は手に入れようとしているのか……」

『私としては、これはマズイのではないかと思っています。しかも周の手中にあれば……それは』

「大漢の連中にもそれらが渡りかねないか……」

 

どれだけの研究進捗なのか、そもそも定着した英霊の魂がどこの英霊様なのかにもよる……。

 

まぁつまり……危険の度合いは分からないが、それでもニホンで生まれた『兵器』を勝手に大陸の連中に使わせるわけにはいかない。そういうことだろう。

だが、それならば何故黒羽の手勢を動かさないのか? 彼の子供たちとてサーヴァントと契約しているマスターであるというのに。

 

『その……なんといいましょうか……危険が危ないと言えるか……亜夜子と文弥をこの重要な時期に動かしたくないというか』

「率直にいい給えよ」

『すみません! 息子と娘の安寧を優先したいのです!!!』

 

口ごもるように言っていた貢が、ようやくのことで心情を吐露したので全ては理解できた。

 

「だが、僕が話を通したからと刹那くんが動くかどうかは分からないんだが」

 

それでも、貢的には今は話を着けたくない相手なのだろう。直接のホットラインが無いわけではない。

しかし、あの東京での一件から色々と借りを作ってしまった。あの時点では自分が当主になると思っていなかっただけに、これ以上は……ということか。

 

かといって手下や子供たちを使うことも出来ない。

だからと、甥姪とも言える司波兄妹に積極的に話を通すことも出来ない。

 

(難儀なことだ)

 

少しだけ貢に同情するのは、今までそういった立場で動いていたのは、弘一の方だったからだ。

だがだからといってそこで謀略を遠坂刹那に積極的に見せなかったのは、彼がどこか自分の昔の姿を思わせたからだ。

 

「色好い返事が来るとは期待しないでおくべきだ。だが……要求されるものがあれば、供出しろよ」

『りょ、了解です』

「それと司波達也くんにだけでも話しておけ。四葉の案件であるというのに、刹那君にだけ働かせれば怒るぞ。彼は」

『でしょうね……』

 

ぶっちゃけ色んな所(双子、後妻(予定))から達也が友人と遊べなくてイライラしているというのは聞いている。

 

よって、大人2人は、四葉の若君と並行世界からの魔法使いに全てを丸投げするのだった。

 

 

「で、周と直接会ったのはお前だけだからな。どんな人間なのかを知りたいんだ」

 

「俺も直接、矛を交えたわけではないからな。ただまぁ……いろんな店を経営しているスマートな青年実業家って感じの人間だな―――見た目通りの年齢じゃないだろうけど」

 

刹那としても教えられることというか見知ったことというのは、その程度でしかない。

実際の所、自分たちが来た際に、周は大亜の魔法師―――あのルゥ・ガンフーと共に特級厨師にして震天将軍たる劉師傅の片腕をもぎ取った場面でしかない。

 

「まぁいいじゃないか、アイツが大亜の間者でロクデモナイ奸策をやろうとしているのは事実なんだ。止めるだけさ」

「だが、場所が場所だからな……」

 

達也としてはこんな難事を振った貢に少しだけ感謝と同時に恨みをぶつけたい気分だ。

 

連盟から奪取した第九研究所にて大々的な実験を開始した九の数字持ちたち。というか、九島家類縁のものたち……。

 

「機械的な美少女のガード達が、施設を防衛しており簡単に近づくことは出来ない」

「機械的ってなにさ?」

「恐らく感情の揺れが見えないということなんじゃないかな? お前の記憶映像で見たホムンクルス兵とかに似ていないか?」

 

端末に映し出された画像の少女たちを見て、刹那としても『成程』と思わざるを得ない。

 

しかし、こんなものまで作り出していたとは……恐らく『錠前』が協力しているのだろうが……。

 

「ここにいるデミサーヴァントを手に入れようとしている周を捕縛ないし、術使用不能にする」

 

改めて考えるに無茶な話だ。そもそも周が、今夜それをやるとも決まっていないというのに……。確度の高い情報とも言い切れないのではないだろう。しかし、黒羽という諜報分野のものがそういうからには……。

 

「どうでもいいんだけど、よくも私を無視してそんな会話出来るわね。あなた達」

 

まったくどうでもよくない言い方で噛み付いてくるのは、「金牛」の背に同乗している七草真由美である。

 

「父さんが素敵な男性2人が真由美を夜中のドライブにエスコートしてくれるよ。とか『胡散臭い』ことを言うからロクでもないことだと思っていたけど……」

 

「関西地区までグガランナでひとっ走り! まぁ仕事が終わった帰りに道頓堀で串揚げでも食べていきますか?」

 

「合間合間にキャベツを食べることで胸焼けを防ぐべきだな」

 

悪魔超人(サンシャイン)か!! ……まぁ何というか今年の九校戦は色々と変則的な変化球すぎるって聞いていたけど、あなた達は変わらないわね……」

 

変わらないわけではないのだが、まぁそれでもこんな時に戯れ合いの1つも出来ないのは、どうかと思いつつ、仕方ない話だ。

 

「望まざる戦いに思えたけど、どうやら合意の上らしいわね」

「馴れ合いより刺激を。何にせよ戦える機会は利用すべきでしょうよ」

 

ただどうせならば、ただのケンカをしたかった。学校(お国)なんかぬきで。

ただ一人の個人となることでナンバーワンを目指して、そいつが大将となるような戦いを。

 

「だが、お前は軍を率いて戦うことを選ぶんだな」

「そりゃ神輿が揺らいでいたらばマズイだろ」

 

ただ、ソレ以外にも理由がある。魔術師における称号の1つ。

 

魔道元帥と呼ばれた大師父の伝説にちと肖ろうと思った。西暦300年頃に起きた魔術協会と朱い月との戦争。

利己主義にして個人主義者で人格破綻者の集まりである魔術師たちのがん首おさえて統括して朱い月と戦ったかの大師父……本人曰く『あれが儂の決戦の日だった』とかなんとか。

 

とはいえ、それでは面白くない。というか魔法師は魔術師に比べてあまりにも『全体主義的』すぎる。その理由は分からなくもないが、というわけで刹那は、適正云々ではなく自分が『やりたい』と思っていることをやらせようと思った。

 

大師父とは逆に『枷を解いた』のだ。どうせ一度限りのドリームチーム(あぶれもの)。

やりたいことやったもんがちの青春なのだから。

 

「俺たちがセオリーに従う中、逆張りの勝負師だから、俺としても対策が取れないんですよ」

「達也君に博打打ちの才能は無さそうだものね」

 

理詰めの男である達也にとって、コレほどまでに『読み』を外される男はいない。

敵に回ると分かる刹那の恐ろしさ。それを実感していたのだが……。

 

「今回の博打は当たるかな?」

「さぁな。下手をすれば俺は九島家から何か言われるかもしれないぐらいにデリケートな案件だな」

 

周が研究所に入る前に決着を着ける……公的には周は大亜の軍人を手引した男だ。

つまり大亜の協力者ということ、これに対して魔法協会は、WANTED!を付けている。

 

ならば……公然と始末を着けられるかと言えば、これも少しばかりデリケートな問題だ。

 

「黒羽が今日(こんにち)の今夜といった以上……何かあるんだろうな」

 

恐らく『決行日』という表現でいいだろう。それを覆すべく動くわけだが……。

 

(こういうのは大抵は手遅れなパターンがあるんだよな……そもそもだが…)

 

如何に九の家にとって故郷ともいえる九研だが、一度は連盟に奪われた『城』をもう一度使おうと想うものだ。俺だったらば、埋める。沈める。砕く。その上で建物(工房)を建てる。

 

などと考えていると、グガランナの足が止まった。

 

ぶるるる!と鼻を鳴らすグガランナが『停車』したのは巨大建造物……『第九研究所』を見下ろせる場所―――山の中腹だった。

 

「マスター、あそこが第九研究所かな?」

「ああ、間違いなく。助かったよアーサー」

「グガランナは君に手綱を握ってほしかったようだから、精進しなよ」

 

そうするさ。と無言の笑顔で答えてから朱いシャツの上から黒い薄手のコートを羽織るセイバー・アーサーに、戦闘に入るかも知れないと言う。

 

「一番にはそちらの女性の護衛だ。頼めるか?」

「御意。騎士としてそれぐらいは当然だ」

「ここから周だけを狙い撃てればいいんだがな」

 

牛車の後ろにて遠くに見える九研を眺めながらそう呟く。

 

不可能を可能にする男 ゴルゴ13のような神業狙撃で―――その前に『周』の所在を達也に確認してもらう。

 

「狙撃するなら今だ―――九研の門前に停まったスポーツカーに周公瑾の姿があるぞ!」

 

ぎょっ!とするような報告の後に『鷹の目』で確認。透視(クレアボヤンス)というほどではないが、周の輪郭を見た。

同時にグガランナが器用にも『天牛金弓』をよこしてくれたことで狙撃の準備が整う。

 

いきなりなことに正直、面食らいながらも魔術師及び魔術使い遠坂刹那の意識は、ただ一点に集中する。

 

周の狙撃。ヤツを殺してしまえば咎になる。

 

―――術式魔弾・束縛呪を採用

 

かといって、ヤツに何かしらの術を行使されては木阿弥。

 

―――重複術式・防魔呪を採用

 

同時に腕の一本ぐらいは、貰い受ける。

 

―――破壊術式・青魔砲を採用

 

三種を揃え、束ね、一矢にして装填。そして―――。

 

達也と真由美の驚愕の視線を浴びながらも、刹那は―――その音の壁を破る一矢を解き放った。

 

 



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第335話『踊る大魔法線』Ⅳ

型月稿本のパケシ及びケータイさんの項目を読みながらスタママなどを聞くと。
ああ、そういうことねと気付かされることは多々ありつつも、まほ箱の完結編が聞きたいと思いながら――――――。

知ってしまった衝撃の事実。

ダイヤのAが連載終了になるとのこと――――――いや、act3は!? というか雷市との再戦というか雷市の復活とか……。

まぁ、果たしてどういう形になるか。意外と新連載として薬師視点での西東京大会が橋の下のバットマンのリメイクなど考えると青道が負けることもあり得て……まぁそもそも沢村も不穏な感じで……今週は要チェックだな。


 

 

乗り慣れたスポーツカー。九島家所有のリムジンに乗ってばかりだった周公瑾にとってそれは、昔なじみの『自動車』であり、懐かしい感覚を覚えるのであった。

そのケツの振動とハンドルの感触を楽しんでいた周は、ようやくのことで目的地に着いたことを少々残念に思いながらも……。

 

(九島真言の手勢を排除しながら、何とかデミサーヴァントに『蟲』を着ける、か)

 

これからの困難を考えると、どうしても不安がよぎる。

いざとなれば、50年以上もの寿命で手にした僵尸を開放して……。

 

などと決行前の不安に陥っていた周は、己に迫る脅威に無頓着であった。

それに気づいた時には遅かった。

 

音速の『矢』―――、放たれたそれを前に、洒脱なスーツの裏に張り巡らされていた呪符が即座に反応をして自動防御―――大陸式のそれを発動させようとするも、矢は周の『魔力』に触れた瞬間に、それらを無為に帰す。

 

同時に矢は周の身体を痛めつけるだけの破壊力を備えて、懐から出そうとした呪符の類が出せないかのように体の自由が奪われる。

 

一矢にして三つを奪われた。片腕が全て破壊されたあとに衝撃が総身を駆け巡る。

 

周はそれを知らなかったが、魔術世界では『魔術師殺し』と呼ばれる男の放つ、『魔術回路』そのものに瑕疵(キズ)を与える魔弾と同種のものであった。

魔術刻印でもあれば即時の身体回復もあり得る。マナ澱みとでも言うべきものから体を動かすことも出来た。

 

だが、次弾が来ないという前提に立てるわけもなく、周はとっておきを出すことにした。

 

「コードNFF!!! コードNFF!!! 保険の適用を要請しましょう!!!」

 

その言葉は最後まで言いたくなかった禁忌の言葉。だが、この窮地を脱するためには、これしかなかった。あの狐―――妖狐妲己ともいえる存在を呼び出すことが出来る言葉は―――。

 

「ご契約いただいて、使われないと思っておりましたが、ご使用いただきありがとうございまーす。ナインフォックスファウンデーションのCEO自らやってまいりましたー♪」

 

言葉のあとに強烈な圧と共に現れる『コヤンスカヤ』。その衣装は、インドの女性が良く着る民族衣装『サリー』を羽織っていた。

 

「あらあら周さんってば、随分とピンチな状況。何を為さりに、こんな辺鄙な賑わい1つもない場所にやってこられたので?」

 

こちらの怪我の度合いと呼び出された場所に疑義を呈する狐に、苦笑いを返しながら答える。

 

「この建物の中にいるモノを奪いたいのさ……だが、どうやら何者かに私の行動は読まれていたみたいでね……」

 

「さらに言えば、建物のガードマンならぬガードガールたちも警戒態勢に移っている様子……これはピンチ!! イッツ・ア・ピーーーンチ!! そんな状況も私どもにかかればいっちょ解決!! ではでは、護衛を付けてあげますので、いっちゃってくださいな♪」

 

ご料金は貰っておりますので―――という付け加えられた言葉に一抹の不安を覚えながらも、応急処置的に回復をした体を動かして、九研へと突っ込むのであった。

 

 

 

 

一矢で仕留めきれなかったのは非常に残念ではあるが、出てきたのが特級の獣であるというのならば容赦はしない―――としたいが、今回の行動は隠密作戦なだけに、あまり大規模なことはしたくないのだが―――。

 

「何を止まっているんだマスター! コヤンスカヤを突破して周とやらを止めるんだ!!」

 

セイバーからごもっともすぎることを言われて、刹那は動き出すのであった。

 

「行くぞ!!」

「お前と一緒に行動すると、隠密作戦とやらが大作戦になってしまうんだな」

 

たまには静かに終わらせたいのは俺だって同じだと言いたいが、ともあれ、獣が現れたのならばやることは唯一つ。

 

「飛ばせグガランナ!!!」

 

言葉に従って、グガランナは自分たちを九研まで飛ばした。結構乱暴な手際ではあったが、文句は言えない。

 

「刹那、どうする!?」

 

飛びながらも意思疎通は可能であり、達也から言葉がかかる。

 

「お前と真由美先輩は中へ入れ!! アーサー!! お前は彼らの護衛だ!!」

「承知したが、中にいる周と接敵する前に九研の人間たちとも接触するが!?」

「極力戦闘は避けつつ! 周を倒せ!!!」

「かなり無茶を言うな!! ただ困難を乗り越えてこその最優のサーヴァントというものだ!!!」

 

言いながらも真由美先輩を姫抱きしているアーサーは、それを困難だとも思っていないようだが。

 

「セツナん! 私達は当然フォックス相手ね!?」

「そういうことだ!!! 武蔵ちゃんも頼んだぞ!!」

「オッケー!! サーヴァントとしての初仕事こなしてみせるわ!!」

 

九研の入り口に降り立つ前に、武蔵ちゃんは剣を両手で『下』に掲げながら飛んで行く。

 

狙いは―――コヤンスカヤ!

 

ミサイルのようなそれを前に、コヤンスカヤは防御するように桃色のミラーコートを展開。剣撃を防ぐも、それでコヤンスカヤは拘束された。

 

「行けっ!!!」

 

降り立つ前に先制攻撃を掛けられたことで、コヤンスカヤは武蔵ちゃんの攻撃に対応せざるを得ない。

その間に、達也たちは九大研究所に入り込んでいく。周に対する仕事の態度は……。

 

(あまり良くないようだな)

 

達也達を見逃すその態度から察するに、周のやろうとしていることをそこまで守ろうとはしていないようだ。

武蔵ちゃんの剣撃は確かに苛烈なものだが、やろうと思えば、何か出来るだろうに。

 

「ならば、ここで仕留めるだけだ!!」

 

セイバーのカードをインストール(夢幻召喚)。再現されたのは、大戦士王シグルド。光剣を手にして武蔵ちゃんへの支援を開始。

 

「おのれっ!!!」

 

桃色に輝く尾が巨大化して軟鞭のように振る舞われるも、光剣はそれを迎撃。斬れることはないが、それでもダメージはあったようだ。

 

「ナイスね!マスター!!」

 

二刀流✕2で四刀の凶器の脅威を前に狐は苦慮するも。

 

「―――燃えろ!!!」

 

呪術という『魔術』とは別種の『ソーサルプログラム』が、武蔵ちゃんと刹那を焼くも。

 

「炎なんかに負けるかっ!!!」

「なんですって!? この剣士っ!!! 相当な耐熱処理が為されている!!」

 

チャイナドレスの剣士は、コヤンスカヤの火炎などものともせずに、距離を詰めて剣撃を放つ。

 

「俺とて同じだ!! シグルド殿の耐久力は伊達ではない!!」

「まぁそちらは理解していましたけど」

 

すげない返答を受けながらも刹那は、大剣に変化させたグラムを振るって攻撃を再開。

 

距離を踏み込ませまいと細かな攻撃が再開。

魔弾とも何とも言えぬ桃色の光弾が高速で放たれる。

迎撃、そしてその身に刃を食い込ませようと剣を振るう。

 

光速の挟撃がコヤンスカヤの前後を襲う。

 

そして――――――上から弾丸が襲う。

 

飛翔(・・)するジェーンが、狙い撃ち(クイックシュート)を放っていたのだ。連射されたそれがコヤンスカヤの注意を惹いた。

 

「このマアンナストライカーすごいよぉ!! さすがはイシュタりんの『弓』にして『船』! マアンナ号のような速力と砲力を再現している!!」

 

カラミティ・ジェーンが何か巨大な推進浮遊機構を背負いながら、コヤンスカヤの上方(あたま)をおさえていた。

 

「厄介なものを!!!」

「GOGO!! ムサしゃん! セツナん!!」

 

エールを送るようにそんな事を言うジェーンからの支援砲撃。

 

「マカリオスくんからの支援砲撃を思い出すわ!! じゃんじゃんやっちゃって!!!」

「意味はわかんないけどラジャー!!」

(記憶を思い出しているのか?)

 

武蔵ちゃんの何気ない発言に注意しながらも、地中から戦車のようなものを召喚したコヤンスカヤと対峙する。

瞬間、九研で巨大な魔力が発露するのを認識したあとには―――。

 

「伏せろっ!!!」

 

現代魔法の研究所。多くの魔道を研究して、時に遺伝子すらも弄り、古式の魔法師達を騙してきた悪徳の城が―――。

 

内側から爆裂した。

 

その(さま)、正しく―――。粉砕!玉砕!大喝采!(CV シグルド)

 

…と言うにふさわしく盛大に破裂を果たし、その破裂に巻き込まれまいと身を低くすることしか出来なかったのである。

猛烈な瀑圧に晒されながらも、破裂の中央に眼を向けていた刹那は――――そこに誰かがいることを見つけた。

 

そして、誰かもこちらを見ていることに気付いた。

 

 

 

 

 

そんな九研大爆発の事実を語るには、達也たちの視点が必要になる。

入り込んだ九研は完全に『異様』だった。こんな場所を連盟から奪ったあとにも使っていた『事実』に怖気を覚える。

 

「醜悪だな……」

「えっ? 何か見えているんですかアーサー王?」

「いや、レディ。僕の勘違いだった―――気にせず進もう……高速で、ね」

 

達也以外に櫻井アーサー(?)も気付いたようだが、真由美先輩を気遣ってか必要以上のことは言わずに済ますようだ。

乱闘をしながら進んでいる、周と九研のガーディアン達。あちこちでその痕跡が見られながらも、それを追っていくことでしか目的地にたどり着けない。

 

コヤンスカヤの用意した傀儡が相当に強力なのか、それとも何かの狙いがあるのか。それは分からないが、奥に進むにつれて―――。

瘴気―――とでも言うべきものが強くなっていく。

 

間違いない。連盟はここをブービートラップにして九島家に明け渡したのだ。

 

「ど、どうなっているのかしら?」

「周が奪取しようとしているサーヴァントは、恐らく施設の深奥にあるんでしょう。そこに歩みを進めていますが―――」

 

ズガンっ!!!! がガンッ!!!!

 

もはや明確な戦闘の音が聞こえてきた。この九大研究所の警備部隊の数がどれだけいるのかは分からないが、それでも―――。

目の前に死体こそないものの、あちこちで行われただろう戦闘の後のとんでもない破壊跡を見れば、良く分かる。

そして最後の関門というわけではないが、周かコヤンスカヤか分からないが、誰かが閉じただろう魔術扉(マギスロック)が存在していた。

 

「あの封印扉。壊せるかい?」

「何かのトラップを考えなければ」

 

視覚的な視え方では多面体をいくつも積み上げて出来た扉。レゴブロックを使用して出来た作品のようなそれに対する懸念を、達也はアーサーに伝えた。

 

「分かった。レディ、少しだけ降りていてくれ」

 

ここまで姫抱きで走ってきた真由美先輩を下ろしてからアーサーは、姫抱きの最中にも手放さなかった剣を両手で持って―――。

 

「―――龍王鉄槌(ドラグストライク)!!!」

 

赤光であり灼光の斬撃を放ち、扉を割り砕いた。

 

瞬間、視えてきたのは……。

 

(オーン)(オーン)!! 溫溫溫(オーーン)!」

 

大陸式の術を繰りながらも僵尸を殺到させんとする道士。それに抗するべく、少女のような姿をした―――というより少女にしか見えないガーディアンたちが、防衛をしている姿であった。

 

防衛をしているものは―――。

 

「ゲェーッ!!!」

 

柄にもなくアーサー王が驚いてしまうのも無理はない。

 

ガーディアン達が守っていたものは―――アルトリア・ペンドラゴンの顔をしたデミ・サーヴァントだったからだ。

戦いの激しさを感じていないのか、円筒形のカプセルに満たされた液体の中で浮遊する女は、眼を閉じたままだ。

 

そんな達也の推測とは違い、アーサーの驚きの原因は少々違っていたが、事態は動く。

 

「どちらに加勢するの?」

「当然、少女の方でしょ!!」

 

「―――四葉達也! 七草真由美!!」

「お見知り置かれていたみたいで何よりだっ!!」

 

分解魔法を掃射することで、僵尸たちを塵に返していく。だが―――。

 

「侵入者」「コロス」「ターミネート」

 

ガーディアンの方からは味方と認識されなかったようだ。鳥のような衣装を身に纏う彼女らの攻撃が達也達を襲う。

 

「もう! 本当にいきあたりばったりでこんなことに!!」

 

真由美が嘆くのも無理はないぐらいに、広い室内―――ちょっとした講義室ぐらいはあろうかという場所で炎が襲い、氷結させんと現象がこちらに襲いかかる。ガーディアンガールたちに対抗するも……。

 

達也はその少女を見る度に、誰かを思い出す。

 

(日比乃に似ているような気がする……?)

 

魔力弾を放つガーディアンガールに対して妙な印象を覚えてしまう。達也はアーネンエルベのオレンジメイドに似ている気がするのであった。

だが、その攻撃が圧していたはずの周への圧力を分散させてしまう結果になり……。

 

「これぞ天佑! 天運!! 機を逃さず、情に縛られず、初志を貫くものにこそ天運は転がり込んでくるのだ!高祖 劉邦の志を私は覚えているのだ!」

 

周という名字から華南地方の人間だと思っていたのだが、それはともかくとしてカプセルに足を早めて進んでいく周は、懐から何かを出した。

それは、達也の目には虫―――芋虫のようなものを収めている筒に見えた。

 

それがカプセルの傍で解き放たれて―――アルトリア・ペンドラゴン(?)だろう姿のデミ・サーヴァントに向かおうとした瞬間。

 

―――カプセルの中のデミ・サーヴァントは眼を見開いた。

 

その眼が憎々しげに嫌悪に染まっており、そしてその虫ごと―――周の腕が焼失した。

 

「―――!! 火眼金睛で―――ぎゃああああああ!!!!」

 

レジストする間もなく片腕を失い、そして悲鳴を上げた周、そしてその後には……カプセルの中のアルトリアは魔力を最大級に溜め込む。

 

「ま、待ってくれ!! 姉上!!! いや、本当に姉上なのかどうかは分からないが、その魔力の高まりは―――」

 

――――はや辿り着けぬ理想郷(ロードレス・キャメロット)――――

 

そして、九研を内側から炸裂させる「大爆発」が起こるのであった。

 

 

 

 

 

「―――あなたが私の夫と見受ける。ルーラーのサーヴァント 『モルガン・トネリコ』ここに憑坐を借りて現れました―――」

 

「では、まずはここに、すごく大きくて豪華な城を建てましょう。ここにある瓦礫の山と、周囲にある森の木々と、山々の土を利用すれば可能でしょう」

 

「……ふふふ。腕が鳴ります。そして何よりこの身に充足するブリテンの魔力……きっと我が夫は、色々とやってくれたのだと気付けます」

 

そうして……好き放題言ってくれる御仁……本人の自己申告どおりならばサーヴァント・ルーラーの言葉を受けながらも……。

 

「とりあえず―――逃げるぞ!! 『幼女』よ!!」

「むむっ、どういう意味ですか?」

 

心底の疑問を持っているサーヴァントに答えつつ、アーサーの反応を瓦礫の山から感知して呼びかける。

 

「今の君はサーヴァントとしては確実に弱体化しているんだ!!! 戦略的撤退だ!!」

 

瓦礫を押しのけて現れた内部突入組のそれなりの無事を確認してから、なんでこんな大事(おおごと)になったのかと、驚きながらも―――。

グガランナを山から呼び寄せて、全員を乗せるのだった。

 

「逃げ出していいのかしら?」

「まぁマズイでしょうが、周の目的だったサーヴァントがこちらに渡り、同時に九研が大爆発……申し開きのしようがない」

「四葉所有のホテルが奈良にあるし、予約は取ってあるからそちらに先ずは行こう」

 

達也の言葉で、とりあえずの行き先は決まるのだった。そんな若人たちの活躍のほどは、既に奈良に入っていた黒羽の人間たちにも筒抜けであった。

 

各所から送られてきた映像の中に映る―――遠坂刹那の背中に『抱っこ』されている『幼女』こそが件のサーヴァントであると気付きつつも……。

 

騒ぎの大きさに黒羽貢及び七草弘一、そして九島家の関係者達(一部除き)は、烈を筆頭に卒倒してしまい、事は事後処理に移る……。

 

 



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第336話『妖精皇女(ふぇありーぷりんせす)モるがーン・る・フぇ』

安定の型月クオリティ――――なわけもなく。

遂に10月も今日一日だけになって――――――極光のアスラウグはまだなのかぁ!?(涙)

何か続報が欲しいところです。もしも体調不良ならば、それはそれで知らせていただきたい。そんな想いを抱きつつ新話どうぞ。


 

 

たどり着いたホテルで待っていたのは、意外なことに藤林響子と黒羽貢であった。

当初の依頼筋の中年と、九研に関係のある若い女性の組み合わせ……見る人次第では不倫関係かと勘ぐってしまうだろう。

だが、この2人が説明を欲しがっていただけに、ロビーのソファではなく閉め切りの談話室に案内されて、そこにて説明とするのだが……。

談話室の面子が面子だけに、たとえ四葉の息が掛かった場所(ホテル)とはいえ勘ぐらせることは間違いない。

通常業務で訪れている客の中に、こちらの素性を知るものがいたら、どうしようか? そんな疑問を抱けない辺りに、物申すほどヒマではないので、とりあえず貢と響子の求める事情説明を行うことにした。

ちなみにもう一方の依頼者である七草家は「SOUND ONLY」と表示された端末からのご参加である。

十五分程、説明者を変えたり質問を挟まれたりしながら全てを説明し終えると……。

 

「最初っから君に頼み込まなくても周は排除出来たのか……」

「それは結果論でしか無いのでは?」

「まぁ連盟の策謀……九研に仕込まれていた『災厄招来』の術を知らなかったわけだしな」

 

とどのつまり、どちらにせよ周公瑾は失敗することが約束されていた。九研で達也とアーサー王が見た呪詛の印……何かの血で以て刻印されていたそれが、モルガンという妖妃を呼び寄せた。

 

「私達は最高位の使い魔を招来した気分でいたけど、実際は……完全な上位存在を―――私達を破滅させるものを作っていたわけね」

「連盟が仕組んだ呪詛は、私にとって一番見覚えがあるものだった。あれは『島』の呪力を呼び寄せるものだ。かつてヴォーティガーンの配下の魔術師が使っていたものですよ」

 

卑王ヴォーティガーン。アーサー王のブリテン島統一の上で、最後に立ちはだかる強敵。

『人理』を殺してでも島を『神代』の時代に止めようとする島の意志の代弁者として、城塞都市ロンディニウムにて、太陽の騎士ガウェイン卿と騎士王アーサーは卑王と対峙を果たしたのだった。

 

「星の霊脈が『地続き』ではなく海原を越えてでもつながる以上、こういうことはあるのでしょうが……俺の失態かな。完全にブリテン島に打ち付けたアーサーの魔術基盤を利用されたカタチだ」

 

かつてフェイカーという偽性のサーヴァントを召喚した手並みと同じだ。現代魔術科の学長が、冬木の聖杯基盤を遠くブリテン島から繋げたという話を思い出す。

 

『ちなみにモルガン妃というのはどういう人物なんだい? やはり僕たち現代魔法師では御しきれないかな?』

これは東京にいる弘一からの質問だ。

 

現在、モルガンは「武蔵ちゃん」と「ジェーン」に連れられて、色々と『衣装直し』などの真っ最中である。何かの盗聴をされていても特に問題はあるまい。

よって一応説明をしておくことに―――。

 

「とりあえず巷間で語られているモルガンというのは、一般的な逸話から話すと、イギリス妖精史では『善き湖の妖精』として語られていて、アーサー王伝説が編纂されてからは、アーサーに敵対する悪女とされた」

「これは(アーサー)でもアルトリア・ペンドラゴンでも同じことだと認識してください。そこは『共通編纂項』(コモンタイムロック)なのです」

アーサーからの補足を受けて説明を続ける。

「モルガンの出自はティンタジェル公とイグレインの間に生まれた子で、後に母イグレインがウーサー王に嫁いだことで、アーサー王の姉になったんだ」

『そしてその後、正当なる王の後継たるアーサーへの嫉妬から様々な悪事を働き、最終的にはアーサーと身体を重ねて、不義にして破滅の騎士モードレッド卿を生み、円卓の騎士に送り込んだ……』

「どういったところで、キャメロットが滅びた要因の多くで最後のひと押しは、モルガンだったということです」

 

弘一の補足にして一般的な巷間で言われているモルガンの説明としては、この辺りが妥当だろう。

「ですが、モルガンには別の側面があった。それはアーサー王の守護者としての顔、時には湖の妖精ヴィヴィアンと同一視される存在、聖剣エクスカリバーを与えた存在とね」

総じて女とは摩訶不思議なものだと言わんばかりの存在だが―――。

 

「魔術世界では、どういう見解があるんだ?」

「本人に聞けば早くないか?」

 

達也の疑問をアーサーにスルーパス。そんなわけで閉め切りの談話室にいる王子様に話を聞くことに……。

 

「あのモルガン・トネリコが私が知っている姉上と同じかどうかは分からないが―――。私の知っているモルガンは、母とティンタジェル公ゴルロイス殿との間に生まれた子ではなく、父王ウーサーと母イグレインとの間に生まれた子だ」

 

ため息交じりに話す王子様だが、それでも他ならぬ自身が説明せねばならないと理解しているのだろう。

 

「えっ? それって―――」

「前置きとして、父王ウーサーと夢魔の魔術師マーリンは、ヴォーティガーンとの決戦のために『ヒトを越えた王』の創造を画策した。そのために、次代のブリテン王には、ブリテンの守護を司る赤き竜の因子を持った存在を欲したんだ」

 

真由美の疑問を解消するためというよりも、自分語りを優先したアーサーの言葉が響く。

 

「つまり、モルガンもブリテン王の候補だったということかね?」

「その通りですCLOVERのご当主。姉もまた人智を超えたチカラの持ち主ではあった―――しかし、その本質は倒そうとしているヴォーティガーンと同じくブリテン島の意志の代弁者……妖精の子だったのです」

 

その説明に黒羽貢は少しだけ考えてしまったようで、達也に視線を寄越したのである。受けて達也は、「いらんいらん」とでも言うように、片手を胸の前で振って、権力とか持ちたくないと無言で示すのだった。

 

「姉はその事実を隠し、あくまで人間の子として育っていった……私が現れるまでは確かな王権を持っていたのですが……」

 

選定の剣を抜いて、王を目指してカタフラクト兵団を組織し、異民族を征伐し王威を示していくアーサーは、ブリテンの覇権を狙い争い合う諸侯をまとめていく……そして一大勢力を作り上げて、卑王ヴォーティガーンを討ち果たした。

卑王という主を失った城塞都市ロンディニウムは、のちに騎士たちの栄光の城……キャメロットへと変わっていく。

他ならぬアーサー王の手によって……蛮族を受け入れて島の怨念に呪われた街は、そうして変わったのだ。

 

「だが、そうした私の行動は、姉には不快に映ったのだろうな。やがて彼女は、隠していた妖精姫としての神秘のチカラを持って、キャメロットを毒していった。遠くオークニーのロット王に嫁がれても、姉は私を破滅へと導こうと、様々な謀略を仕掛けてきた」

 

そうして彼女は自分を認めなかった全てを憎み、やがてブリテン破滅の一因となっていった。

何だか少しだけモルガンに同情してしまうのは、やはり古代の男社会における序列が古臭いと思ってしまうからだろうか。

それとも必要だと作っておきながら、後に要らないとされた魔法師社会と同じような関係を垣間見たからか、どちらにせよ……モルガンという英雄が『御しきれる』ものではないということは、理解できたわけだ。

 

『けれど聞いていると、随分と複雑な女性なのね。モルガン姫は……』

「そんなもんでしょ。女ってのはいくつもの『側面』(フェイス)を持った存在なのですから。

 

聞こえてくる四葉真夜の言葉にそう返す。

 

アーサーないしアルトリアの『善き姉』(ヒト)としての顔。妖精姫(ヴィヴィアン)としての顔。そしてブリテンの化身(モルガン・ル・フェ)としての顔。……もしかして三つの人格を有していたのか?」

 

「恐らく……だから、あのモルガンが『どの姉上』なのかで危険度が違うんだ……だがマスターのリソースは深いなぁ……私を維持しながらも、ジェーンと武蔵―――そしてルーラー・モルガンとも契約しているのだから」

「流石に戦闘時以外では魔力は絞っているけどな」

 

もっともルーラーモルガンも、武蔵ちゃんも、あまりこちらから魔力を送らなくても自前で何とか出来ていたりするようなので、刹那の魔力はあまり消費が無かったりするのだ。

そんなわけで、あとはモルガンにご登場願うだけだった。

 

「我が夫よ。お色直しが終わりましたが、その間に私の噂を立てるなど、あまりいい気分ではないですね。不満です」

 

申し訳ない限りだが、やはり盗聴をされていたようだ。悔しいが、やはり魔術師としては神代の時代に敵わないようだ。

 

「申し訳ない。だが君を招来した家のヒトもやってきたんだ。説明せざるを得ない」

「何だか男運悪そうな娘だな」

 

ぐさりとHeartに剣を突き刺された気分の響子だが、特に紹介もしていないのに、何故分かったのかと言いたくなるぐらいに驚異的な見識だ。

魔眼だろうと思いつつも、ショックから立ち直った響子はモルガンに『勧誘』を掛ける。

 

「えーーと、モルガンさんは刹那くんをマスターにしたいの? 出来ることならば、アナタを招来した家である九島家に就いてくれると嬉しいんだけど…」

「私は私の意志で全てを選ぶだけだ。そして何より……あまりいい気分ではないが、アルトリアの持つエクスカリバーをブリテンに打ち付けたことで私が招来した以上、その基盤の創設者に従うのは道理だ」

 

響子のスカウトに対して素気ない返答のあとには、主とした理由を言われた以上……どうしようもなかった。

 

「何より仮初のアルトリアが、マスターを主とした以上、姉として妹に劣るなどありえぬ」

 

要するに『姉より優れた妹など存在しねぇ!!』そういうことなのだった。

そういう意味合いでは響子と似通った精神性のサーヴァントではあろう。失礼千万ながらそう感じた。

 

「が……何故、このような幼童の姿になったのかはそのうち調べるとしよう……よもや、エリザベートのような複合霊基でもあるまいしな」

 

意味は不明だが神代の魔術に通じている彼女のことだ。そのちっさい姿をアルトリアに近づけると精神衛生によろしくない人がいるのだが―――まぁレッドに対しては『ああ』なのだから、問題ないと信じたい。

 

「―――私からの質問だがよろしいですか? 姉上」

「なんだ? 禁断の愛(不○は文化)をやりそうな弟よ」

「げふっ!!! そ、そういう文春砲を放たないでいただきたいモルガン妃……私の中身が砕けそうになりましょう!!」

「ただの戯れだ。許せ。全然見覚えが無い弟よ」

 

矛盾した表現ではあるが、心神耗弱した櫻井アーサーに対する物言いで理解できることもある。このモルガンは……アルトリア側の編纂史の存在なのだと―――。

 

「―――アナタはどの姉上なのだ?」

「……さてな。分からぬなどとは言わぬが、どの私であってもやることは唯一つだ」

 

ブリテンの王になるべく邁進する。あるいはブリテンの守護者たらんとする。

それだけだ。

無言で宣言されたことで、響子も『コイツとは無理』と感じたのか、管理をこちらに任せてきた。

 

「とはいえ、九研の後始末の為の始末金ぐらいは出してほしいわ」

「ならば―――これで十分だろうか?」

「「―――――――――」」

 

全員がビビるほどに呆気なく、様々な魔導器―――恐らく円卓時代のブリテンで作られたもの―――モルガン制作だけではないものを、ワームホールとでも言うべきものから出してきた。

談話室の机いっぱいに広げられたそれから漂う魔力が、こちらを毒する。

英雄王ギルガメッシュの『ゲート・オブ・バビロン』(王の財宝)のようなそれを前にして、全員が説明をモルガンに求める。

 

「キョウコ、汝はどうやら女騎士というべき存在のようだからな。これだけあれば、捨て値であっても十分に元を取れると思うが? あのガーディアンの娘どもに装備させてもよしであろう」

 

そんな言葉を言われた響子―――ここでもう一声とでも言えていれば良かったのだが、もはやあまりにもとんでもない御業を前にして、ビビってしまい、コレ以上の分捕りが出来なかった。

どうやら研究所に『人間』はいなかったようで、人的被害は無かったようだ。

そもそも九島としても、指名手配を掛けられていた周公瑾と通じていたことをあまり公にされたくないので、ソレ以上のことは無かった。

ただ一つ……この話し合いの最中、殆ど口を開かなかった真由美は―――自分の実家からの通信が映像を出さないSOUNDONLYを終始貫き、2人の声が聞こえていた事実。

某種死における『艦長と議長』のようなことをしていたと察していたのだ。

 

「周の始末自体は、四葉が請け負ったことだ。もっともあの調子では、しばらく大人しくせざるを得ないと思うがね」

 

どこぞのマフィアのボスよろしくボルサリーノハットを被る黒羽貢の言葉を受けて、それで今回の依頼は終わりとなった。

結局、依頼は完遂出来なかったので前金も返還しようとしたが―――。

 

「それぐらいは受け取っておけ―――個人的には、真由美さんへの『迷惑料金』代わりとして使い給え」

そんな言葉を受けて、結局―――翌日には不機嫌マックスの真由美を引き連れて大阪巡りへとなり、帰宅が遅れたことを学校及び家で詰られたりすることになった。

刹那の方は、さらに言えば、連れて帰ってきた妖精皇女(ふぇありーぷりんせす)モるがーン・る・フぇの存在が―――。

 

『ウチは『トキノユ』とか『ひなた荘』とか、天然の温泉が湧いているワケじゃナイわヨ!!!』

 

などと爆発させたりするのだったが……なにはともあれ、そんな一悶着ありつつも、九校戦の始まりの時は―――迫っていき―――。

そして……。

 

「自校のバスを使って現地集合でも良かったんだがな。西日本の人間たちは遠回りだろうし」

「それじゃ味気ない上に、それにヒトによっては白眼視される針のむしろかもしれないじゃないか」

「そうですね」

 

本当に色々と難儀な限りの学生選抜連合―――チーム・エルメロイである。

ロマン先生の言葉に返しつつ、集まりつつある面子の数を確認する。

というよりも、事前に泊まりで東京にいた面子が大半なわけで、集合確認はスムーズに終わった。

夏の暑さ、照りつける太陽の熱が刹那を灼いていく。

 

今の気持ちを表すならば―――。

「天気晴朗なれども波高し」

 

正しい意味ではないが、立ちはだかる波は大きくでかい。されども―――この快晴の元、出発する以上越えていこうと決意する。

そういう覚悟であった―――……。

 

一高の制服ではなく『チーム・エルメロイ』の制服を纏った刹那は、決意を新たにしていく……。

 

 

 



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第337話『台風の目にしかならない男』

赤坂アカ先生が引退なさるとは……。

そして前回の前書きで妙なことを言ったから急遽三輪先生のイラストが公開された――――――なんてことはないとは思うが、ちょっと罪悪感。

そしてコミケ頃に発売か。

冒険もあるだろうから、だから……。

「待つさ いくらでもな」

という心地でいつつ新話お送りします。


 

 今年の九校戦は八月三日が前夜祭パーティ、五日に開会、十七日閉会のスケジュールになっている。競技日程だけで去年より三日多い十三日間だ。

 これは、新競技及び未だに不明な競技種目に対する準備も兼ねた日程だと思える。

 また今回はアイスピラーズブレイクでは、『男女ソロ』『男男ペア』『女女ペア』『男女ペア』と花形競技ゆえに例年にない試合数になることは確実。

 長期日程でハードだろうと予測されている。

 さらに言えば、刹那とリーナが『男女ペア』に出ると宣言した以上、こここそが『天下分け目の関が原』よろしくエースを送り込んでくることが予想される。

 もしくは、九島光宣と桜井水波というペアとも戦うとして、捨て勝負と消極に走る学校もあるはず。

 事実、一高では本戦つららの男女ペアの選定には難儀した。当初は、深雪に誰か男子のパートナー……という話は、不機嫌になる深雪を前に無理になった。

 

「だから、司波先輩がパートナーでなければ出ないとまでなったんですよね」

「今回の俺は完全に裏方だよ。俺の出自がバレていなければ、それでも良かったんだがな」

「別に、十師族だからと出場制限あるわけではないのでは?」

「世間体ってものがあるんだ。ったく自由な刹那が羨ましすぎるぞ」

 

 苦笑いを浮かべる隣の後輩。考えることは多いが……結局、深雪はつららに関しては『女子ソロ』だけの出場になった。

 そして、残りの出場種目に関しては──―名人Xとやらが画策している大ポイントの競技。

 未だに不透明なものではあるが、これは男女問わずの混成競技だと知ったときから、ここに女子エースを投入すべきとして温存となったのだ。

 

 この判断が吉と出るか、凶と出るか……それは、分からないが──―正直達也的には悪手な気がする。

 直観としか言えないのだが……。

 

 ただでさえ『干渉力がブッチギレ』している連中がチーム・エルメロイに集中しているのだ。

 何はなくとも、ここに注力してくるだろう。場合によっては、一高選抜の連中は全滅することもあるかもしれない。

 

「まぁ男女ペアは、幹比古と美月にゲタを預けることにした」

 

 あとは野となれ山となれというわけではないが、美月があそこまで必死に立候補をしてまで見せた秘術。

 そしてペアを組んだ幹比古とのコンビネーション術。それが実を結ぶようにはしたが果たして……。

『つらら』に関してはありったけエントリーしたが、どれだけの結果になるかは不透明。

 新人戦もどういう様相を呈するかは分からないが、やはり本戦が混沌としているのは間違いなかった。

 

「北山先輩も少し機嫌が悪いですよね」

「それも仕方ないだろう……」

 

 全体を見ているケントの言葉に、達也はどうしようもなくなる。雫も千代田との『女女ペア』で出場することに表面上は納得したが、どうしても刹那に一発蹴りを入れる気持ちで『男女ペア』に出たかったのだから。

 

「対策を取ろうとしてもどうしても取り切れない。アイツの打ち手は深淵すぎる」

 

 いざ敵に回ると恐ろしい刹那の存在感。ケントはそれを理解しているのかいないのか、「ご愁傷様です」などと言うが、コイツも技術スタッフであると同時に選手としても登録されてるので、「お互い様」と皮肉交じりに返すのであった。

 そんな風にチームエルメロイに対して達也がやきもきしている中、当のチームエルメロイは……。

 

 

 

 

「神を生け贄に捧げ、おれはブリュンヒルデマイラブを召喚する!!!」

「そんなんありか!?」

「我が愛に優るものなし! 喰らうがいい滅びと愛のロマンシアを!!!!」

 などと、闇のゲーム(偽)で楽しく遊戯に興じるのだった。

 車酔いをする面子が出ることも考えられたが、それぞれでやりたいことをやらせることに。

 

「九校戦行きのバスって、こんな調子なの紅葉?」

「まぁそれぞれかな。去年はリーナがメドレーで歌っていたしね。リラックスする方法は色々だしね──―フラッシュタイミング!!! 絶光豹盾!! 

 強制的な道場行き!! ありがたいようでありがたくない、ジャガ村先生のアドバイスを聞くがよい!!」

「鬼か!? お前は──!!」

 

 B組女子のカード愛あふれる戦いを見ながらも、このまま無事に会場までたどり着いたとして……。

 

「俺たちだけホテルではなく、隣の潰れそうな旅館とかに泊まりなんてこともありえるか?」

「フランス大統領の娘がいるのに、ソンナことあるわけナイ──とも言い切れないのヨネ……」

 

 旅館の名前は『つ○れ屋』、なんやかんやと、21世紀には様々な惑星の宇宙人のみなさんを癒やす、銀河を旅するお宿に進化するのではないかと期待するものだが──。

 

「○づれ屋? ユニヴァースでは閻魔亭とは別枠でかなり有名な旅館だよ」

 ジェーンの発言で少しだけ興味を覚えるが、端末を読み込む限りでは、どうやらそういう風なことは無さそうである。

 

「そこまでアウェイだと思いますか?」

「可能性は無きにしもあらずだろ。ただベストパフォーマンスを求めるならば、そういうのは排除してもらいたいな」

 

 刹晶院の言葉にそう返しながらも、もはや賽は投げられた。ルビコンを引き返すことなど出来ないのだから……。

 そうして大型のバス数台──―横浜から出発したチームエルメロイの集団は、一高に少しだけ遅れるも、何事もなく会場入りするのであった。

 会場入りした後には、搬出作業及び宿泊の部屋割りの確認。そしてどういうスケジュールであるかの再確認──―懇親会が何時からであるかなどを全員に通知してから、「てんでんこ」で行動開始となる。

 去年は色々と四人ほどで歩いた道。今年は──。

 

「まぁホテルなんて、どこもこんな感じだよなぁ。フォーマルな国際様式は洋風って分かってるけど、ただアタシとしては、風情ある旅館──畳の匂いと裏にある川のせせらぎとかも、味わってみたかったな」

「モワオスィ! モードレッドに同感です──―が、そういうのは刹那と旅行に行った際に楽しむとしましょう」

 

 その機会が訪れるかどうかはわからないけど、などと野暮なことは言わないが……英仏の美少女2人と共に刹那は部屋に入っているのだった。

 

「ふむ。そういうのもいいのだろうな。だが、我が夫を誑かす所業は許せん。フランクの聖処女よ。その想いは胸に秘めておけ」

()ですー♪ とはいえ、モルガン陛下にはお世話になっちゃうわけですから、ここはお口にチャックノリスしておきましょう」

 そんなわけで……2人が泊まる部屋に入り、戸を閉めてから走査に走る。

 

「──」

 人間では発声出来ない圧縮された呪文(スペル)を放つモルガン。魔術的な『仕掛け』を探すべく、解き放たれたそれは──。

 

「……大丈夫だ。現代魔法及び古式、はたまた魔術的な『盗賊術』(シーフマギ)の類は見受けられない」

「遠くの方からも見られないように、Anfang──―」

 

 遠隔視に対する対策を窓際に仕掛けて、機械的なピーピングに対することは、先程からレティとモードレッドが機器を使って徹底的に行い、全ては滞りなく行われた。

 

「やれやれ。セレブと一緒だと、色々とやらざるを得ないな」

「申し訳ないですねレッド」

「まぁナーバスになりすぎかもしれないがな」

 

 実際、その手のピーピンググッズなどの類は発見されなかった。そもそも、ここが軍関係者の宿泊施設だけに、そういった風な対策はいつでも取っているのかもしれない。

 そんな風に考えてから、今回の九校戦は混沌しすぎている。その一因となっている自分が、アレコレ言うなど本末転倒だが……。

 

「他の連中も見てくる。懇親会までは時間があるが、あまり羽目をはずすなよ」

「誰にモノ言ってんだよ♪ とはいえ、各校の剣自慢な連中と戦う機会でもあるんだよな……」

 

 こちらの言葉に反論しておきながら、ウォーモンガーな面を見せるモードレッドに対して、少しだけ不安ながらも、もう一方の委員長型ウォーモンガーに抑えを頼んでから部屋を出る。

 

「──何かの長というのは大変なものですね」

「俺には合わない。王様なんてなるもんじゃないな」

 他の連中はどうだか分からないが、モルちゃんに返してから、歩みを進めようとした所に──―。

 

「「──────」」

 

 どこから現れたか分からないほどに唐突な登場を果たす三高の生徒。女子だ。それが──―明らかにこちらを見ていた。

 短髪の髪、されど前髪のボリュームはあるようで、半分メカクレ状態だ。

 左側の眼だけを見せている彼女は、真一文字に結んだ唇のままにこちらを見ている。少しだけ俯きがちの伏せた顔。

 その灰色の眼は……何だか遠くを見ているようで、実は近くを見ている。矛盾した表現だが、そうとしか言えない彼女は、こちらとすれ違う形で廊下を進むようだ。

 

 緊張の一瞬……すれ違った際に。

 

贋作者(faker)の息子……気にくわないな、あなた──―」

 

 そんな悪罵を投げつけられて──―。

 振り返ると、既に名も知れぬ彼女はいなかった。

 

「なんとも複雑な娘ばかりが我が夫に絡む。これではアンジェリーナの心が休まるときが無かろう」

「……モルちゃんは、リーナには優しいよね」

 

 妙な話ではあるが、モルガンはリーナには若干優しい。本人曰く「窮屈な生き方をしている娘には、少々言ってやりたい」とのこと。

 その心の根源は分からないが……。

 

「ただ先程の娘、どうやらモードレッドや私に似て非なるものとでも言うべき存在だ」

「英霊の魂が憑依しているのか?」

「流石に察したかマスター」

「これでもそういうのに縁が深い人間なので、ただソレ以上に……何だろうな」

 

 妙な気持ちではあるが、オヤジ=衛宮士郎に似たものも感じた。

 そんなことは無いはずなのに……。

 

「まぁどっかで何か関わりがあるんだろうさ」

 面倒な話ではあるが、その女子が美少女であることは、間違いなく刹那をトラブルに巻き込むことは間違いなかった。

 だが、彼女に一番に反応したのは──―我が校の教師2人であり……彼女──―「光主タチエ」を混乱させてしまう。

 そうして開幕前夜の懇親会という名のパーティーは始まる。

 ・

 ・

 ・

 一年生はともかくとして、上級生であり経験者の大半は緊張しないものだが……少々、事情が違うのが我がチームの事情であった。

 経験者が殆どいないので、どうしても緊張する面子は多い。

 紅白の制服。そして、腕にあるレインボーダイヤという架空の宝石をオクタゴンカットした紋章は、目立ちに目立っていたが──―。

 

「やっぱりこれいいですね! 白地に赤の縁取りは、正しくカブキにおける「熱血漢」(二枚目)の隈取りですから!!」

「正しく我々こそが悪漢調伏。御霊会を生業とする……ヒーローになる時ですね」

 

 存外、好評のようで良かったとは思っておく。

 

「そんな深い思惑があったわけじゃない。というか、そっちはダ・ヴィンチちゃんにお任せしていたんだが」

 しかし、オーダーの段階で、「とにかく他校と被らず、されど浮きすぎず──―そう。2人目のレッドレンジャーのように!!」などとは言っておいた。

 

「おおっ! つまりアタシ達はタイムファイヤー!」

「カブトライジャーもいるわよ!」

 

 モードレッドの言葉はともかくリーナの方は、あれは厳密には臙脂色だと野暮なことを言わずに会場入りを──―。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! いざとなると緊張する!!」

 

 ──しようとしたところで、相津が制止をしてきた。九校戦初参加、そして一高(自校)ではなく、はぐれものの中のはぐれものな集団からの参加なのだ。

 色々と考えたり想う所があるのだろうが……。

 

「ここで、まごついてご飯が食えないのもアレだ。斎藤。相津の腕に抱きつけ!」

 

「サーイエッサー!」

 

「ぎょわ──!! ハニートラップで緊張感が無くなる──!?」

 あっさりと斎藤弥生が相津の腕に組み付いた。そうすると悲鳴をあげるようにしながらも、プレッシャーは別のことに置き換えられているのを見てから──―。

 

「いざ行かん! 決戦の地に!!」

「「「「オープン・ザ・ドア!!!」」」」

 後ろにいたチームメイトの言葉に応じて、チーム・エルメロイのキャプテンである刹那は、扉を開けて懇親会の会場に入り込むのであった。

 

 現れた面子の姿を見た瞬間に、先に入っていた全員が緊張を果たす。

 何故ならば、その集団の先頭にいる遠坂刹那。

 はぐれもの、あぶれもの達とあだ名されたものたちを率いるその姿だけで、気圧されたのだ。

 魔道元帥。その呼び名を襲名するに値するものを感じてしまう。

 

(他の連中とて、横浜に集まる前には自校で授業なり、色々とあって見ていたのだが……)

 

 流石に敵に塩を送るように練習風景を見せることはしなかっただけに、積極的な対面はお互いに避けていたが──―。

 はっきり言おう。選抜された連中全員がとんでもないジャンプアップをしている。

 見ただけでそんなこと分かるわけがない。別に誰かが「妖力計測機」でも持っているわけではないのだが……。

 だが分かるのだ。こいつらは……あぶれものに非ざるもの達だ。

 入ってきて、懇親会のメインたる会話なり食事に入るのだが……。

 

「僕と戦うため、いや──―九校全てを下すために仕上げてきましたね。マスター・刹那」

「まぁな。折角戦うならば、全員を万全以上に仕上げるのが礼儀ってもんだろ?」

 

 早速も話しかけるのは九島光宣。先程までは達也と話していたが、ここに来て刹那への会話を優先したようだ。

 だが、それは達也も同様ではある。少しだけ遅れるも刹那を探る。

 

「ついに始まるわけか。魔宝使いであるお前との戦いが……」

「ただの魔法競技大会だろ。名家は色々と重圧があるんだろうが、あんまり堅苦しく考えると動きが鈍くなるぜ」

「肝に銘じておこう」

 

 そうは言うが、刹那と戦うことに緊張をしない人間がいないわけがない。

 同世代としては、抜きん出ている。何より勝ちたいと願うだけのものがあるのだ。

 

「だが「世界なんて自分のものだ」と傲岸に言うお前に、土を着けてみたいのさ」

「楽しみにしておくよ。達也」

 

 今回、自分が完全に裏方なだけに、達也としては悔しい想いがある。

 だが、それでもその言葉を吐かなければ、どうしても負けても「悔しい」とも思えそうになかったのだ。

 

「アルビオン以来だな。刹那」

 話相手は再び代わる。あちこちから黄色い声が噴水のように沸き起こる、王子様の登場であった。

 

「そうだな。まぁ変わりないならばお互いいいんじゃない将輝」

 一条将輝という魔法師界のプリンスを前にしても、この胆力。

 刹那も魔術師以前から九州の大友氏に仕えていた武士の人間なだけに、新興の貴族という見方なのかもしれない。(達也見立て)

 

「気負いなど全く無い。その余裕たっぷりのツラを俺とジョージの秘術でゆがまs『セルナァアア!!!』い、いかん!! 対エクレア封印術式が解かれた!!!!」

 

 カッコいい決め台詞を言おうとした瞬間に入る、とんでもない割り込み。この懇親会会場における、最大級のアンチジュエルが解き放たれたのだ。

 先乗りして、その様子を見ていた達也だけに『何やってんだこいつら』と呆れ半分、面白さ半分で見ていたのだが。

 いざ解き放たれると──。

 

(どうする刹那!?)

 対処は刹那任せになるのだった。

 

「──久しぶりだな。愛梨」

「はい。お久しぶりです。以前に見たときより男前度が上がって、私の胸がドキドキしちゃいます」

 

 お世辞抜きで一色愛梨(真っ赤っか)は言っているのだろうが、刹那が笑みを浮かべながらそんな挨拶をしただけでその進撃が急停止する。

 その事実に皆が色々と思ったりもする。 

 

「そうかね? 正直実感が沸かないな。君の上がった魅力に比べれば何も変わんないと想うけど」

 ナチュラルなタラシワードなのか、はたまた繕った言動なのか──―どちらかは分からないが。

「もう! セルナってば口が上手いんですから!!」

 どっちであっても一色愛梨にとっては嬉しいわけで、どうでも良かったわけだ。

 

 そうしていると──。

「はいはい! 敵方のチームの大将とあんまり馴れ馴れしくしないように!! 遠坂君もあんまりウチの女子エースを絆さないでよ」

 

 一色家の分家筋である女子が、無理やり引っ剥がすように愛梨と刹那の距離を離してくる。

 何となく様々な筋から伝えられる情報から、この2人が上手くいっていないことを悟っていた刹那は──。

 

「悪かったよ。ただ、俺だって知り合いの女子で話しかけてきた子に、あんまり素気ないことも出来ないんだが」

 

 ──それでも三高のチームの和に亀裂を産まないように、されど愛梨の心を安堵させるべく言葉を尽くしたのだが……。

 

「それでも、節度を保って」

 一色翠子の簡潔な言葉だが、女ったらしが、と無言で刹那を蛇蝎のごとく示す態度に噛み付くのは、同じく女子であった。

 

「ソモソモ、ソッチのハーフフラ女が悪いと想うんダケド、金沢女子はナンダ!? ヒトの(ダーリン)色目を使う(ヒットオン)する趣味でもあるノ!?」

 流石にリーナもその発言の裏を読んで噛みついたりするのだが。

 

「いじっかしいじ!! あんたが、あてがいなことばっかやっとるから、こーなるんよ! 自分の男ならしっかりしばってしまっし!」

 金沢弁丸出しの勢いある言葉で反論されるとは思っていなかったようだ。

 

「翠子!!! ちょっと抑えろ!!!」

 それは金沢弁の方か、それとも態度の方なのかは分からないが、それでも一条将輝の言葉で少しだけ収まる一色翠子……。

 三高陣営、特に三年生が集まるところに一度だけ戻る2人を見送ってから眼を閉じ、手を立てて謝罪するのだった。

 

 今年の九校戦も懇親会から波乱を起こしてしまったことに感謝していると──―。

 

『マシュ!? マシュじゃないのか!!!???』

 パーティー会場の一角では三高の女子──―あの失礼なことを言っていた子が、感性のダ・ヴィンチ、理屈のロマンという一高の名物教師2人に絡まれている(?)のであった。

 波乱はまだまだ収まりそうにない……。

 



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第338話『魔法師たちの群像劇』

本当に今更ながら知ったことだが……アーバンラマ編をやるのか。

ということは最後には聖域まで行くわけだが――――――大丈夫なのかアニメオーフェン、俺は嬉しいけど、売り上げとか色々大丈夫なのか不安にもなる。

無用な心配をしつつ新話お送りします。


 

 

懇親会にてどうしても手持ち無沙汰な人間というのは存在する。

特に魔法競技部活に入っているわけでもなければ、何かの名家でも無い限りは、繋がりが無い限りはそうなるのが常なのだが……。

 

「―――………」

「ど、どうしましたか香澄さん……?」

 

まさか、睨みつけるように一高での同級生から見られるとは思っていなかった刹晶院霧雨は、どうしようもなくなる。

いや、本当のところの理由はよく分かる。

 

「日にちはあるけど、キリ君と戦うために、僕も男女のつらら『新人戦』に登録したから!」

「そのようですね……」

 

既に出場する競技に対する選手登録は終わっていた。事実、霧雨もまたちゃんと登録されているかどうかの確認は終えていた。

一応は、これで終わりなのだが、何かしらのアクシデントで選手変更ということもあったりする。そういった余剰は確保されているわけで……。

 

「スミス君が、パートナーですか……負けませんよ」

「こ、こっちだって負けるつもりは無いから!」

 

若干、涙目になりながら反論する香澄。だが、それに対して慰めを掛けるわけにはいかない。

遠坂刹那を大将にして戦う以上、情で以て振れるわけにはいかないのだから。

 

そんなわけで―――。

 

「キリー! こっちに金沢名物の金沢カレーあるから一緒に食べよー♪」

「七草さん。あちらに美味しそうなパフェがありましたよ」

 

それぞれのパートナーがやってきたわけで……。

 

「この加賀の泥棒猫がぁ!! 僕の、私のキリくんをよくも寝取ってくれたなぁ!! 三高 尼利ミサオ、お前だけは許さん!!」

 

拳を握りながらの勢いある発言。それを見た霧雨は―――

 

「スミスーーーいやケント、まぁよろしく頼む」

「いやいやいや!無茶だろ!! この状況で何を頼まれてるんだよ僕は!!」

 

やはり自分が隣にいないことこそが香澄の心の棘であったと判明したが、自分ではどうしようもないわけで、香澄のパートナーたる金髪の君に任せてしまうのだった。

 

そんな言葉を受けて尼利ミサオは……。

 

「アナタに魅力が無いから、キリーは私とコンビを組んじゃったんだよ〜。それをイマサラどうこう言われても〜」

 

手のひらを口の前に持っていく、嘲笑の仕草で言われる。

言葉と同時に、挑発するように自分の女性らしい魅力を見せつけてくる尼利に対して、香澄は気圧され気味だ。

桃色の髪がきれいにさらさらと流れて、口元に黒子を持つ少女は―――どうしても、中学出たてで、まだまだ『もやし』な香澄の上をいっているのだから……。

育ちすぎだこのアマと、罵りたい気分にもなる。

 

睨むようにしている香澄の援護射撃として、それは無いとして霧雨は言葉を発する。

 

「ただのチーム編成上の都合だろ。そりゃ、僕が『つらら』に出ますとは言ったけど……ペアで出るように言われるとは思っていなかったけど」

 

ミサオの言葉に呆れるように返すと……ケントと香澄は少しだけ驚いていた。

 

「刹晶院くん、チーム・エルメロイは……上役に指示されてその競技に参加したんじゃないのか?」

 

「うん、遠坂先輩やエルメロイ先生は、あんまり『適正』に応じた振り分けはしなかったんだ。というか全然、出たい競技、やりたいこと皆して言いたい放題だよ」

 

当時のことを思い返して、苦笑せざるをえない。

 

「唯一、絶対にダメだといったのはぺぺの『ミラージバットで妖精のように飛び跳ねたい』というリクエストだったもんね」

 

ミサオの口からぺぺという人物が出てきて、誰ぞや? という疑問を顔に出すケントと香澄。

 

「我がチームのメイクアップアーティストにして、漢女だよ。まぁその内に分かるさ」

「教えてくれないの?」

「あまり手の内を明かすのも、どうかと想うので……」

 

その言葉で霧雨が、チーム・エルメロイの一員である。一高の同級生としての自分は封印するとしてきたのだ。

 

「分かった。大会期間中は節度を保つよ。僕だって自チームを勝利させたいんだから……だから試合で当たっても、全力でぶつかるよ」

「ええ、それではまた」

 

少しだけ寂しいが、その言葉を最後に尼利ミサオと共に去っていく霧雨。香澄もまたケントと共に、お互いに一度だけ振り返りお互いの顔を見る辺り……

 

 

「何をロミジュリってるんですかね。ウチの姉は」

 

その様子を遠くから見ていた七草の片割れたる泉美は、半眼で呆れるように言いながらもケバブサンドを頬張る。

しかし耳ざとくも泉美の物言いは聞かれていたらしく……。

 

「ロミジュリって動詞か?」

 

後ろから聞こえてきた言葉に、脊髄反射的に返事をする。

 

「往年の名優ジャン・クロード・ヴァンダムの超絶アクションをスーパーヴァンダミング・アクションと称するように、かの名作も動詞形になって、こりゃ大満足! ―――ってなんだ七宝君じゃないですか」

 

どこからともなく言われたレスの主は、ちりちりの天然パーマの少年。七の研究所関係で色々とあったりする家の長子であった。

実家は都内にあるのに石川県の金沢まで行った……なんだか分かりやすすぎる男子である。

 

「何だか普通ですねー。実家から離れたんだから、アナーキーにもっとチャラチャラした感じになっても良さそうなのに」

「俺は、別に一人暮らししたくて三高に行ったんじゃない。三高で自分を鍛えるために向かったんだよ」

 

本音は刹那との相対を嫌っただけだと理解していても、あえてそこは言わないで腹に仕舞う泉美。

そしてから……。

 

「で、そちら―――後ろの方は?」

 

琢磨の後ろにいる男子に注目するのであった。

 

「始めまして、七草さん。自分は伊倉利家と言いまして―――一応、金沢で七宝のダチをやっています」

 

琢磨を押し退けるように出てきた男子から丁寧な挨拶をされる。

 

「ご丁寧にありがとうございます。伊倉さん―――言ってはなんですが、それは何と苦労の多そうな立ち位置を……」

 

そりゃどういう意味だ? という険相を見せる七宝だが、伊倉(ダチ公)の『気持ち』を知っているだけに、そこは呑み込んでおくのだった。

 

「いやいや、琢磨はいいヤツですよ。だから何ていうか、東京にいたときにはいっつも突っかかっているっていう七草さんに会いたかったんですよ」

 

「主に突っかかられているのは、姉・香澄の方でしたけどね。私は特に七宝君には思う所はありませんでした」

 

だが、『突っ張り』体質というか、対抗意識、上昇志向の強い七宝が一高からいなくなって正直、泉美としては万々歳であったりするので……。

 

「今後も七宝君のお世話お願いしますね伊倉さん」

「なんでそんな上から目線なんだよ?」

 

流石に物申したい気分が勝った琢磨は『ぐぬぬ顔』で言うが……。

 

「おまかせを! 東京時代のように琢磨を辺り構わず噛み付くケンカ犬にはさせませんよ!!」

「ぐえっ! おい伊倉、いやトシ!!!」

 

首に腕を回してきた伊倉利家によって、それらは言えなくなる―――そして……。

 

「九校戦、お互いにがんばりましょう利家さん」

「―――はいっ!!!」

 

その言葉に最大級の喜びを得た伊倉利家は、一礼をしてから七宝琢磨を引き連れて、他のところへと向かうのだった。

そんな男同士の近すぎる距離を見ていて……泉美の中に変化が生まれていく……。

それを遠くからそれとなく見ていた刹那は、少しだけ考える。

 

(なんておぞましいオーラ(腐臭)……!! 本人の自覚なく具現化された特質系の霊獣…どんな能力か想像もつかない…!!)

 

儀によって吸い寄せられる守護英霊(サーヴァント)と、本能によって産まれた本人の分身……!

先程からホモォ…┌(┌ ^o^)┐ホモォ…などと、とんでもないものが泉美の周りに発生しているのだ。

同族(?)の誕生に美月が向かったのを見ながら……刹那は全体を見渡す。

 

目立つのは―――モルガンに話しかけるヒカルの姿。モルガンもまた……どういう関係性なのかは知らないが、九島家の研究機関で作られた者同士……あるいは、憑依しているサーヴァントが縁深いのか……。

 

達也と深雪は、黒羽の双子に呼ばれて会話をしている。親戚同士いろいろと話すこととかあるようだ。

―――ろくでもない会話でないことを期待するのみ。

 

我がチーム・エルメロイの面子は、自校同士で話したり、その他の学校との交流に勤しんでいるようだ。

 

ぺぺこと妙漣寺鴉郎くんもまた、2高の辺りで光宣と話したりしている。

 

まぁつまりは―――。

 

「揺るぎない意志とかは持たなくていいんだよな」

「ヨクモワルクモ、個のチームだものね。チーム・エルメロイは」

 

そんなチーム・エルメロイの責任教師は、やはりその伝説が伝説だけに、他教師から話しかけられたり、節操なく魔法師の名士(未講談)たちからも話しかけられているのだった。

 

「エルメロイ教室は基本的には独立独歩だからな」

「ソノ割には、ロードは面倒見がいいわヨネ?」

「そりゃ先生の気質なんだろうさ」

 

リーナの質問に対して、刹那は答えを持っていたりする。あくまで推測に過ぎないが、ロード・エルメロイⅡ世ことウェイバー・ベルベットがああなのは、結局……ケイネス・エルメロイの教室が解体されたことに起因しているのだろう。

 

「先生は、集団(チーム)という名の下で、一人一人が独立した『強さ』(魔術)を持った術者の集まりにしたいんだろうな」

 

伝え聞く所によると、ケイネス講師の没落後……お家没落、権勢瓦解などの憂き目にあったのは、当のエルメロイ家だけではないそうだ。

ケイネスという師匠のツテを当てにしていた、先生の同窓生たちにとっても同様であった。

一部の例外を除けば、『神童ケイネスの弟子』という看板でやっていこうとしたのだから、それが完全にスカになったのだから大慌て……。

 

「ダカラなのね。セツナやウェイバー先生があまり画一的にやらないのは」

「ある程度は、そりゃ基礎などは学ばせるさ―――ただそういう押し付けがましいことで、全員が持てる『独人立ち(ひとりだち)した強さ』を失わせたくないんだろうさ」

 

価値とか方向性を一辺倒にしたくない。例え自分たち(ウェイバー、刹那)がいなくなってもずるずると弱体化させないために……そうしたいのだ。

 

「まぁ理想論さ。どうやっても他人に寄りかからなきゃ生きていけない人間だっている」

 

だが、そうであってほしいからこそ、そういうことだと分かっているからこそ―――。

 

(求めていたのかもしれないな)

 

達也が求める変革の方向性。それは確かに良いことなのかもしれない。ただヤツが打ち捨てたもの、唾棄したものにも一定の価値はあるはずなのだ。

 

だからこそ、達也とは真逆の方向で戦いたかったのかもしれない。

そんな刹那の決意とは裏腹に―――。

 

「ワタシはアナタに寄りかからないと生きていけないオンナよ……支えてくれる?」

「そういうヒトもいるって、俺は知っているからね」

 

額を刹那の背中にあずけて擦り寄るリーナに、後ろ向きのまま、そんな風に言っておく。

分かっていることだ。自分のような生き方ばかりが正道ではないのだから…。

 

そんなズルい女なリーナの行為は、他校の生徒と歓談していたエクレールをこちらに向かわせようとしていたが……。

 

『マシュ!? マシュじゃないのか!!!???』

 

パーティー会場の一角では三高の女子。廊下で刹那に失礼なことを言っていた子が、感性のダ・ヴィンチ、理屈のロマンという一高の名物教師2人に絡まれている(?)のであった。

 

その言葉に対して……陰鬱そうな眼をした女子は―――

 

「人違いです。わたしは光主(こうしゅ)タチエと申します。魔法工学の権威たるダ・ヴィンチちゃん先生と魔法医療のスペシャリスト栗井健一ことロマン先生であるとお見受けしますが、間違いは訂正させていただきます」

 

光主……直訳すれば『キリエライト』とも読める名字を持つ女子生徒は丁寧な一礼をしながら、そう言ってのけた。

その名字とは違い……なんとも正反対に暗い印象をもたせる彼女を……。

 

「そうなのか……だとしても、君は私とロマニの知り合いの少女にクリソツなんだ」

「何か調子を悪くしているならば、僕やレオナルドに言ってくれ。僕は九校戦全体のチームドクターでもあるからね」

「……わかりました」

 

贔屓という程ではないが、必要以上に構われているタチエちゃんは、少しだけ注目の的になっていたが……。

 

「―――」

 

刹那が見ていることに気づくと険しい顔を見せてくる。去年は親しげに謎めいて近づいてくるハーフホムンクルスが自分に視線を集中させていた。

 

義姉であったわけだが……。だが、今年の九校戦で刹那を見てくる新顔は……。

 

(冬木市の人間の『匂い』とでも言うべきものを感じるんだよな……)

 

有数の霊脈地である自分の故郷の人間たちというのは、他の土地とは『違う』という感覚を刹那は覚えていた。人間性の違いとか、そういうものではない。本当にフィーリングに依ったものでしかないのだが……。

 

光主タチエに覚えるものは郷愁……ノスタルジーだが、彼女が自分に覚えているのは、憤怒のごときものだ。

流石に後輩の態度がマズイと思ったのか、愛梨が焦って後輩を諌めるか、刹那に近づくか逡巡した瞬間―――。

 

『お集まりの魔法科高校生徒御一同様、間もなく来賓挨拶が始まります―――――と言いたいところでしたが、全員大画面スクリーン及び外に注目するように』

 

司会進行役なのか『灰色の乙女』がマイクが置かれている場所にて『いい声』で言ってきた。

言葉に従って、本来ならば来賓挨拶などのための登壇場所に巨大なスクリーンが降りてくる。

 

黒色の画面が映像を映し―――。

 

そこには巨大な都市とも船の甲板とも言えるものが見えてくる。ざわめきが広がる。

 

そして―――。

 

『よくぞ! 此処まで来たな魔法の若人たちよ!! その身に滾る熱き思い―――俺にも存分に伝わるぞ!!』

 

巨漢の覆面漢(爆)が、画面中央にてドアップで映し出されてきた。いや、正月特別編かよとかメタなことを想いつつも―――。

 

『前置きは止そう。今回からの新競技! その名も―――』

 

簡潔明瞭な巨漢は言いながらも、カメラワークが変化する。九つの光が軌跡を夜空に描きながら、向こう側―――すなわち、都市に向かっていく。

 

『フライトマジックレース!! ただこれは仮の名前でしかないので、他にいい案があれば、そちらを採用していこう! だが俺的には単純に『ノンストップ・ワルキューレ』とでも名付けたいな』

 

それはつまり……。

 

『『『『わたし達! 終末少女幻想アイドル!!!』』』』

 

『『『『『 ワルキューレ9nineが、皆さんの競技コースをNavigateしていきます!!!!』』』』』

 

刹那など一部の人間たちにとっては知り合いの少女たち……まだJC程度だろう子たちが魅惑の笑顔でカメラに映り、ワルキューレ衣装という割には近代的すぎるものに身を包みながら夜空を滑空していくのである。

 

その様子に真っ赤になった連中(おとこども)は、バックベアード様に怒られるだろう。

 

反応としては、誰もがアメイジングなのだが……珍しいところでは―――。

 

「ワルキューレポーズというかサインは―――こうですよ!!!」

「指痛めるなよカレン、つーかつる(・・)からやめとけ」

 

緑の子(グリーンベレー)! 親近感湧いちゃうネ!!!」

「それに関しては私も同意ですミス・ジェーン」

 

「ワタシは厳しい環境とか訓練についていけず、脱落してしまったダメな子なのよ……」

「何の話だよ?」

 

 

ともあれようやく全貌が明かされつつある新競技……それは、本来の『道』でならば『山』を『野』を駆ける競技からの変更であることなど誰も分からない―――されど、ソレ以上に熱く、燃えるようなものを感じさせる『フライト競技』であることは間違いなく―――。

 

俗に夏の風物詩である『鳥人間コンテスト』にならって『魔法翼士コンテスト』などと、後に言われることになる競技なのだった……。

 

 

 

 



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第339話『白黒つけたがる人たち』

やっぱりね

スポーツとか勝負事ってのは、下馬評通りになるとは分からんのですよ勝負は下駄を履くまでわからない

試合をする場所が実力を100%出せる環境じゃ無いとか色々とあると、中々にね。

まぁどういったところでジャイアントキリング!!!   

ヘビリピで聴いているぜ!!!


 

 

九亜たちのフライトと共に十文字克人の解説が加えられていき、それによると……。

 

『かなりハードな競技である』

 

という共通認識が全魔法科高校に生まれる。魔法を使ってのトライアスロンであり、そしてバトル競技であることは間違いなかった。

 

「へぇ、都市一つ、巨大戦艦一つが丸ごとコロッセオってことか」

 

「随分とデカイモノをこしらえたもんだ……」

 

都市、巨大戦艦……などとレッドが言うが『本当』の意味でそれらが存在しているわけではない。要はハリボテのセットではある。

だが、それでも一部は最新型のホログラフィなどを用いて現実味を存分に与えている。

 

「その巨大戦艦に設定されているゴールフラッグまでのレースも十分にハードだけどな」

 

「けれどやっちゃいますよ!!! レティシアやっちゃいますよ!!!」

 

まだ選手選考やどういう器具で飛翔するかも決めていないのだ。心意気は買うが……何はともあれ……。

 

「ワルキューレたちが帰ってくるまでにごちそうを作っておくか」

 

ホテルの厨房に入る許可をいただき、その上で料理を作っていく。特に何かリクエストがあるわけではないが、ちょっと前に食べて四亜たちが好んだ料理を知っているだけに、それを作ることにするのであった。

 

七割がたを終えると―――。

 

「それじゃ後は任せて大丈夫でしょうか?」

 

「「「「はい!!! シェフ・紅閻魔もいますので!!!」」」」

 

ホテルシェフたち(男女混合)の威勢ある声に少しだけビックリするも、まぁ彼らの職場に無遠慮に入っただけに、長居することも出来なかったのである。

 

「助かったよ。レッド、レティ」

 

「なんの。この程度はな」

 

「女の子にご馳走するわけですから、センスは必要ですよね」

 

それを見越して、『レモン』の扱いに長けた2人に協力を求めたのだった。そして汗などの臭いを魔術で消して懇親会会場に戻ると……。

 

そこでは喧々囂々の言い合いが続いていた。

 

これは一体何なんだ? その疑問が胸をつくのだった。その疑問に答えるように―――。

 

「おおっ、遠坂いいところに!」

「どうしたんですか? 服部会頭」

 

一高の会頭が、顔を明るくしてこちらに近づいてくる。こちらとしても何事かと思っていただけに、その疑問が解決されることを願うのだった。

 

「ああ。新競技の名前に関して話していたんだ」

「それで喧々囂々のアニメ『監獄学園』(プリズンスクール)を作った男たちの如く言い争っていたと」

 

その様、まさしく副会長のおっぱいのイメージに関して言い争うアニメ制作関係者のごとくだったりした。

 

「ソノ通り!! そして俺としては―――――」

 

 

一高会頭の意見は……。

 

「俺としては、TV版では評価低くも劇場版でV字回復を果たしたマクロスΔでいきたいと想っているんだ!!」

 

「わだつみちゃんたちもワルキューレですからね! 美雲・ギンヌメールは小清水さんを代表するキャラ! というわけでレオ先輩も一票どうぞ」

 

「うやむやで仲間にされたっ!!」

 

部活連の1、2、3年ズがそんな調子の中……。

 

「しかし! あえてその意見には物申させてもらう!! 服部!!」

 

「Δの前にマクロス復権を果たしたマクロスFこそが至高!!!」

 

「三角関係をしっかり描き、マクロスの王道を貫いたFこそが最高だ!! トライアングラー!!」

 

桐原(すぎた)達也(ゆーきゃん)ダ・ヴィンチちゃん(主題歌歌手)とがそんな反論するのだが……。

 

「残念ながら私も中の人の関係上……フロンティアに傾倒せざるをえません!!」

 

「ただの声優自慢じゃないか!!!」

 

アホな言い争いに参加したレティに対して頭を抱えるのであった。

 

そんな中……。三高の参謀役が少しだけ自慢げにしてやってきたりした。

 

「甘いですね。一高の皆さん……本当の意味で歌を主題にした超時空シリーズといえば―――『マクロス7』に決まっているじゃないですか!!溢れる想いは流線型!! 俺の歌を聴け―――!!!」

 

「「おまえもかーい!!!」」

 

レッドと一緒にツッコまざるを得ない(突撃ラブハート)相手。吉祥寺真紅郎という第三勢力の参戦に……。

 

((ダメだコイツら……もう手遅れだ……))

 

「むっ、親父からだ」

 

いきなり鳴り響く達也の端末。もはや誰から何を言われても驚かない気持ちであった刹那は、達也の端末に表示された文章を読ませてもらうのであった。

 

『達也、俺も吉祥寺君と同じで7に一票だ! ただ小百合の方はお前と同じでFに一票みたいで、夫婦の危機だぞ!(涙) リトゥン by 異世界帰りのダイヤモンドフォースZAZEL社長』

 

どこで見ているんだよ。と言いたくなる達也パパのメール文章。その間にも『波乗り大天狗』なる相手からのメールも受信して、もうオチは分かりきったので――――。

 

「―――もうキスダムでよくね?」

「いや、GALAXY ANGEL一択だろ」

 

メンドクサイのでそんな意見で締めたいところだった。ちなみにロマン先生は、「すべての発端! マクロスゼロもよろしく!!」などと叫んではいた。

 

そんな中―――。

 

「キッドー♪ リーナーおひさしぶりー!!」

 

わたつみちゃんたちが会場にやってくるのであった。先程までフライトをしていた少女たちの登場に、懇親会にいた人間たちが驚く。真っ先に駆け寄ってくる四亜を受け止めることになる。

 

「ワルキューレの霊基に随分と馴染んでいるようだな。カッコよかったよ」

 

「むー! 女の子に対する褒め言葉じゃなーい!」

 

「可愛くて可憐だったよ」

 

「ならばヨシッ!」

 

駆け寄り抱きついてきた四亜ではあるが、あの南楯島の一件より一年が経過しているわけで、筋肉も体重もついてきたし……何より骨格が変わって……女の子らしさが増えてきて、まだ幼童程度だった頃と比べて、無闇に抱きつかれると、ちょっとばかり困ってしまう。

 

一番おませな四亜に続いて、各所で知り合いや親しい相手を見つけては、それと歓談するマギソングユニットたち……ワルキューレの面子。

 

なんやかんや言っても、桜井や四葉先生などは話をしたかったようで向かっているのだが……。

 

亜六(アム)ちゃんは、シオンと話しているな)

 

珍しいというわけではないが、どういう繋がりなのだろうか? そう感じざるをえない。

 

「当然ですよ。アムはわたつみシリーズとしては珍しく、私達『アトラス』の『六源』に近い性質を持っていますからね」

 

「予測するなよ。というか遠距離で声を届けないでくれ」

 

いきなりなネタバレに成程と想うも、アムが嫌がっていないならばいいのだが。

 

「大丈夫です。私も自分の魔道を進めたいですよ」

「そうか」

 

シオンに連れられてやってきたアムは、そんな風に刹那に言う。それならば何も言わない。

 

(アトラスか……)

 

今さらながら、アトラス―――というよりもエジプトの海底に存在している『図書館』に対して考える。母とも関係が深かった「神を食らったもの」エルゴさんのことを少し調べたくもなった。

 

「相変わらずだな遠坂。女子が周りにいるのがお前の日常であると再認させられる」

「お勤めご苦労さまです……が、あの覆面は何なんですか?」

 

などと述懐していると、今回の大トリ競技の施工を請け負った会社の長男がやってきた。今は覆面をしてないが、先程までは妙な仮装をしていたのだから、それに対して少しだけ疑問を呈する。

 

「ただの演出だよ。わたつみ君たちが、あんなふうなアーミーコスプレをするならば、俺がスーツじゃ間尺に合わないだろ」

「さいですか……まぁこの競技の裏側とかはともかくとして、人物が揃ったので、そろそろスペシャルディナーを出させてもらいましょうか」

 

抱きついていた四亜を下ろしてから、紅に念話。返答から察するに、どうやらナイスタイミングだったようだ。

 

「わぁっ! 刹那お兄さんってば気を遣えるいい男!!」

 

「惚れ直しちゃいます!!!」

 

「子作りしたくなっちゃう」

 

「キッドは私のダーリンだっ!」

 

カートに乗せられてやってきた料理はまだクロッシュ……フタを掛けられている状態だが……それでも―――。

 

「まぁとりあえずご賞味あれ。英仏の協力を得て作った『レモンカード酢豚』さ」

 

フタを開けた瞬間見えた黄色い酢豚に誰もが感嘆を覚える。

トングを持ち、小皿に取り分けて、まずは四亜たちに賞味してもらう。

 

「彩り豊か、そしてレモンのいい匂いも立ち込めて……」

 

「そして豚肉がしっかり揚げられて美味しそうです」

 

「はい、十文字先輩と『秘書さん』も」

 

「いただこう。ヒルトさんも」

 

「ええ、ありがとうございますカツトさん」

 

そういう呼び方なんだ。というか、事情を知らない人間の多くは『十文字家の長男はゲルマン美女と結婚するのか!?』などと邪推するほど。

黒色のスーツを着た美女に皿を渡した克人の様子は、それを想起させるものだったようだ。

 

「美味しい!!!」

 

「最近食べた酢豚の中ではトップだわ……」

 

どうやら好評の様子。紅閻魔が食いやすいように出してきた『おにぎり』も、食を進めるものだが……。

 

「うーん……けれどなぁ」

「刹那お兄さんらしくないです」

「ああ、遠坂にしてはおとなしすぎて『可憐』すぎる料理だ」

 

四亜と九亜、そして十文字先輩から不評というわけではないが、微妙なことを言われる。

 

「むぅ、中々に舌に敏感なちびっ子たちですね。刹那、アナタの奸策は必要なかったようですよ?」

 

「女の子向けのそれを考えたんだが……レモンカードを使ったものではない方が良かったか」

 

下に2人ほど妹がいるというレティ、英国発祥のレモンカードという調味料。レッドの協力を得て作った新機軸の中華だったが、舌が肥えたわたつみ達を満足させることは出来なかったようだ。

 

「いや、これはこれで美味しいんだけどさ。キッドらしくないよ! 最大火力で万人を圧倒するほどの料理こそが!!」

 

「お兄さんの中華の極なのです!!」

 

料理に使うべき形容詞ではないが、四亜と九亜の熱い言葉に、全員が頷いていたりする。

 

そんなわけで―――。

 

「それでは、私―――シオン・エルトナム・アトラシアとマイスター刹那とで作り上げたものをお出ししましょう」

 

「シオンも作ったの!?」

 

「ふふふ、チアキ。技術者というのは、いつでも『こんな事もあろうかと』というのに備えておくべきなのですよ」

 

ドヤ顔で平河に返すエジプトニーソと作った『酢豚』を披露するのだった。

 

「ますたー、やはり小手先の小技よりも必要なのは、食べるものを圧倒するものでちよ!」

 

「そうだね。肝に銘じるよ」

 

紅閻魔女将からのありがたいお言葉。しかし持ってきた巨大な肉塊……。

 

「ドネルケバブか? いやこれで酢豚って―――」

「安心しろい達也。俺とシオンの合作! 岩石酢豚を見せてやらぁ!!」

 

舌が肥えた魔法科高校生徒たちを相手にするには、四亜の言う通り確かに『火力』が足りなかったようだ。

 

そんな訳で紅と一緒に巨大な肉塊を切り刻んでいき―――巨大で分厚いステーキのような肉片に黒酢仕立ての甘酢あんかけを掛けて―――。

 

「さぁ完成だ。オリエント文化を発展させてきた砂漠の神秘との融合!!!」

 

「ミン・ファドリック」 (どうぞ召し上がれ)

 

アラビア語を使う美少女から言われたことで、全員が意を決してその岩石のような肉塊に口を着けた。

 

瞬間――――。

 

「「「「「「――――!!!」」」」」」

 

圧倒的なまでの味の破壊力に全員がその『酢豚』に酔いしれる。

 

「よく見れば、この肉塊……様々な肉の部位が揚げられた上で野菜と共に固められ、また揚げられている……肉と野菜の塊を包む『皮』もまた肉……そしてそれを繋げる黒酢をベースとした甘酢あん……野菜も食感に変化をもたせるべくレンコンやタロイモなど酢豚の定番ではないが、旨い……旨すぎる」

 

「まぁフランス料理で言うところのテリーヌみたいなもんさ」

 

刹那の言葉に確かにそう言われればそうだが、、テリーヌにしては大きすぎるし、何より……厚みが違う。

 

だが何より疑問なのは……。

 

「揚げられている。揚げられているというのに―――油っぽさが全く無い!!!」

 

「素揚げされた野菜・肉もまたそうだ」

 

外側の内臓皮も衣をつけて揚げられている。

中の野菜・肉も十文字OBの言う通り揚げられている。

 

なのに……それらが全く無い。

 

四亜と九亜などわたつみ姉妹たちが、夢中になり、これだけのボリュームあふれるものを食っている辺り、やはり普通の揚げ物ではない。

 

「―――どんな術法を使ったんだ刹那?」

 

「簡単に言えば『砂』で『揚げた』のさ」

 

砂で揚げる。どういうことなのか、それは映像で説明されていく。

 

シオンと刹那が共同で細かな白砂に『超高温』をため込ませていき、その砂の中に野菜や肉を入れることで、『素揚げ』していく様子が見せる。最後のドネルケバブのような巨大な肉塊には、『掛け砂』していくことで、一切の油を使わずに『揚げ物』を行ったようだ。

 

「まさか、こんな調理法があるとはな」

 

だが、個人的には超人的な魔法技能がある人間ならば出来ることであり、他の連中ではまず無理ではないかと思う達也だが、旨いことだけは間違いなかった。

 

「砂のジャリジャリ感とかは無いだろ? 魔法とかを使ってそれらは全て取り除いたさ。まぁ現代のジャーレンは結構いいものだから、そこまで神経質にならなくても良かったかもな」

 

だが、細心の注意を払って『砂揚げ』した揚げ豚肉と野菜の詰め合わせは、とことん旨すぎた。

 

「中華においても富貴鶏……またの名を乞食鶏なんていう『土中の泥』で鶏を丸ごと蒸し焼きにした技法もあるくらいだしな」

 

十文字の言う通りだ。世の中には土料理なるものを出すレストランもあるほど、砂こそが新たな熱媒体として料理に使われることも、いずれはあるかもしれない。

映像の中で各種の砂を『操砂』して最適な揚げ方をしているシオンと刹那の手で油を使わずに、酢豚の具材は全て揚げられていくのだ。

 

「ミス・シオンが砂を操ることに長けているのは、エジプトの神秘基盤ゆえだな。しかし刹那の方は老婆のロードに時折料理を振る舞っていたのだが、老婆が『そろそろ油モノもキツイな』と言ったのを契機に、インドなどで行われている砂揚げという技法に辿り着いた」

 

エルメロイ先生の言葉に、全員が傾聴する。

 

「砂というのは、時に厄介なものとして人々に立ちはだかる。だが、それを利用しようと考えるのも、またヒトの知恵ゆえだ。ガラスの精製にはかならず珪砂が必要。研磨する上でも同様だ」

 

「皆のものたちが、どれだけ輝けるかを期待しておくさ。私達もチーム・エルメロイをとことん鍛えてきたからな―――簡単に砂地獄に呑まれるなよ」

 

その言葉……岩石酢豚を食いながら言う軍師兄妹に、全員がゴクリと息を呑むも―――。

 

「まぁそれはともかくとして、この甘酢あん(スイートアンドサワー)に使われた黒酢(ブラックビネガー)は、遠坂家秘伝の鹿児島県由来のものだな」

 

「久々に食べたがやはり美味い!! 黒酢に黒砂糖で甘みをつけたこれがたまらなくな!!」

 

ただの味の品評であった。しかし―――。

 

「だが、刹那、こっちもまた美味いな。特に交互に食うと一層進むぞ!」

 

言いながら岩石酢豚と檸檬酢豚を交互に食べることで、新たな発見をしてくるのであった。

 

「なんと、私とレッドへのフォローも考えての黒酢豚だったとは……」

 

「正しくBLACKSUNとSHADOWMOONだな……」

 

「いや、ただ単に作ったものならば最後まで食ってほしいなと想っただけだ」

 

結論としては、留学生とのコラボレーションを大事にしたかったということなのだが……。

 

そんな発言の裏を読んだ2人の美少女が抗議の声をあげる。

 

「セツナ!! なんで北米とのコラボはしなかったのよぉ!? ワタシのお国ならば、バッファロー肉を使ったスイートアンドサワーポーク(酢豚)ならぬ、酢牛だって出来たのに!!」

 

「バッファローの肉ならば俺は普通にステーキにして食いたいよ! っていうかこの国にバッファローがいるわけないだろ!!」

 

「粗野な舌しか持たぬヤンキーとのコラボなんてそんなもの!! ならば金沢の名産とのコラボこそが、王道なんですから!!!」

 

「いや、普通に金沢名物として出せばいいと想うんだが……」

 

そんな風な言葉のあとには大宴会となり、魔法師界の名士たちの挨拶は物凄く―――雑に流れていき……気づくものは気付いたが、今年は老師こと九島烈の挨拶は無かったりするのであった。

 

だが……挨拶が無いからと―――本人が『来ていない』ということでは無かったのだ。

 

 

 

「断ろう。私のマスターは宝石の魔法使い。セツナなのだからな」

 

冷たい返答に対して、部屋の中にいる面子の反応はそれぞれだった。

 

「だから言ったじゃないか。グランパ・クドウ―――彼女は、女王様だから従わないってさ」

 

呆れ顔で言うヒカルだが、その言葉を受けても諦めが悪いのが、烱々とした眼を向けながらスコッチウィスキーを呑むご老人であった。

 

その他に、国防軍の女性軍人―――サゲマンと、そして九島ヒカル……その他の九島家の関係者が最高級のスイートルームにいたりするのであった。

 

幸いにも光宣はいないようだ。彼はこういう陰謀なことには関わってほしくない想いは刹那にある。

 

モルガンごと呼び出された刹那は、小型化させて待機させている武蔵ちゃんとジェーンが、敵意剥き出しなのを抑えるしかない。

 

「聞きたいことがいくつかある……答えてくれるかな?」

 

「俺を一高から追い出してまで直孫を勝たせようとしているアンタに、快く答えると思わないでいてくれるなら」

 

優しい答えは期待するな、と釘を刺してから真夜中の会談は始まるのであった……。

 

 



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第340話『決戦前の小閑日』

油断大敵、一寸先は闇――――――。

南米とはいえコスタリカは堅守なんですよね。五枚も壁を付けるか。なんて現代的なサッカーしやがる。

そんなわけで新話お送りします。


夜中に通信を受けた一人の女軍人は、画面に映る老人にどうしても緊張せざるを得ない。

 

『では、このマジックフライトレースには、酒井大佐など大亜強硬派が絡んでいると?』

 

「そう考えてよろしいかと……。だが、我々としてもそこまで止めなくてもいいかと想っていますよ」

 

なんと軽率なことを言ってくれるものだ。四葉の家令たる葉山は、画面越しに見える銀髪の女軍人に少しの怒りを覚える。

 

『……我が家は魔法師は兵器という思想の元、時の御座所の方々にお仕えしていましたが、だからとそのような本音を隠した奸策で、若年の魔法師たちを利用しようなど……あまりにも卑劣がすぎませんか?』

 

「さて、そこは今後次第ですね。とはいえ、 わたつみちゃん達を見ていれば分かりそうなものですけどね。軍人魔法師たちの次なる戦場が―――」

 

佐伯はそう四葉の家令にして、『元老院』子飼いの壊し屋『葉山英雄』に言ってから、北米よりやってきた『死の教主』……空港のソーシャルカメラが捉えた姿を睨むのであった。

 

 

「とどのつまり、国防軍は、達也兄さんが英国で戦った空中戦艦に対する対策が欲しくなったんですよ」

 

親戚であり弟のように想っている文弥の言葉を聞いて、達也は納得する。

 

「成程……魔法師を陸上の打通戦力にするだけでなく、航空の強襲戦力にしたいわけか」

 

公然の秘密というわけではないが、神代秘術連盟が、新ソ連からなのか自作なのかは分からないが、空飛ぶ戦艦を所有していたのはすでに知られている。

 

同時に、それを無力化する術も殆ど無いのだ。

 

「英国において敵艦に対抗したのは紅閻魔とガラテアだからな……飛行能力を持ち、その上で敵の銃座を物ともせずに戦闘行動が出来る戦力が、あるいはそういう『戦術教本』が欲しくなったんだろうな」

 

たとえば、敵母艦を『制圧』するにあたって、従来の戦術であれば、敵防空網の無力化と、その後艦内に切り込む兵士とは別の担当であった。だが、現代の戦争……特に魔法や魔術があちこちで飛び交う戦場において、そのような時間的猶予はない。

とすれば、防空網をたたきつぶし、火砲を破壊した後に歩兵として、艦内をそのまま制圧できる兵士が必要だ、と考えられたのであろう。

 

現に刹那がガラテアや紅閻魔を寄越していたのは、最初はあれ(戦艦)を制圧するつもりだったからだ。

 

しかし、敵もさるもの……ただの航空戦艦ではなく、恐ろしき幻想の魔船……北欧神話でいうところの『反魂戦艦』(ナグルファル)のようなものだったからこそ、消滅に切り替えたのだろう。

 

(だが手にすることが出来れば、色々と使い道はあるか……)

 

国防軍の強硬派が考えそうなことだ。

その為にも飛行魔法を使う魔法師が、どれだけの『戦闘機動』が行えるか、その上で持てる『火力係数』はいかほどなのか、それを『実戦』の上で知りたいということだ。

 

最初に天与の能力で飛翔出来る九亜たちを、アイドルユニットよろしく飛ばした理由もそこにある。

 

「軍の偉い人達も無茶をする……下手にもつれ合うような空中戦になったらば、どんなアクシデントが起こるか分からない―――そう、どこかのハム仮面が、上官殺しと呼ばれるような切っ掛けとなるアクシデントが!!」

 

「「た、達也兄さん!?」」

 

「と、俺の内なる魂が囁くも―――まぁ面白い競技ではあるな。出場するならば存分に楽しんでこい。文弥、亜夜子」

 

ズッコケたくなるほどに変節がすぎる親戚の様子に戸惑ってから……少しだけ疑問を呈する。

 

「……飛行魔法の開発者である兄さんは出ないんですか?」

 

「あまり内情は明かしたくないが、今回の俺は完全に裏方だよ……。まぁ出場選手名簿に無いならば、そういうことだ」

 

「「―――」」

 

その言葉に少しだけ絶句する双子。別にハブられているわけではないとしてから、ただそれでも自重せざるを得ないのだとしておく。

 

「俺のことは気にするな。四高を勝利に導くんだろ。お前達、黒羽が四葉の本流になれるかどうかは、この大会に架かっているんだぞ」

 

「はい」「はい」

 

双子でそれぞれで違う気持ちを込めた返事をしてから達也の前を辞した双子は、部屋に戻る途中で廊下にて話し合う。

 

「やはり達也さんは意地になってるわね」

「そうだね……」

 

まるで、プロボクサーを引退してトレーナーでボクシングに関わるなどと言いながらも、師匠からの言いつけで肉体改造を怠らないフェザー級チャンピオンのようだ。

 

その理由は……恐らく―――。

 

「せめて遠坂先輩が……九島君だけでなく達也兄さんにも『リングに上がれ』ぐらい言っていれば、違ったかもしれないのに」

 

「やめなさい。女々しいわよ文弥―――そして、達也さん程の強力な魔法師が出てこないならば、それはそれで大儲けだわ」

 

拳を握りしめて、悔しい思いで怪物同士の戦いを見たかったと宣う文弥に対して、女であるからか最後にはドライなことを言う亜夜子に少しだけ反発するも―――いまの自分たちは四高の一員なのだ。

 

(節度を弁えましょう)

 

霊体化している若君セイバーからの言葉で己を戒める。

 

そうしていると、妖精姫モルガン(幼女)を連れて歩く刹那の姿が見えた。

 

誰かと会っていたのだろうが、それでもそれを問いかけることも出来ずに、そもそも距離が離れており、完全に行き先が違うことから話すこと出来ず―――そのまま離れていくことに……。

 

 

もっとも、文弥たちが刹那を認識したように、刹那もまた彼らを認識したのだが―――。

 

(今はリーナ優先だ)

 

色んな意味で衝撃的な事実を知らされて、そして教えあった以上は……それを伝えることが重要なのだ―――何より……。

 

(不機嫌マックス!!)

 

刹那の小指を通して語られる恋人の機嫌が、スゴく悪くなっていくのが感じられる。

 

そんなわけで―――。

 

「すまん!! 待たせた!!!」

 

自分の部屋の電子ロックを解除して、部屋への扉を開けると見えてきたのは―――。

 

「待ってた―――♬」

 

―――とんでもない格好で抱きついてきた彼女の姿だった。

 

盛装すぎるその格好は、現代のJKとしてはどうなんだと思いつつも、抱き返す。

 

その柔らかさにはどうしても、逆らえないものなのだから……。

 

「レツ・グランパからは何か言われた?」

 

「まぁ色々とね。シルヴィアから送られてきた情報と大差ないこともあったけどね……やはりあのクリームヒルトとの一件で出会った少年は、君の祖父のようだ」

 

髪を撫でてからそっとベッドの上にリーナを座らせる。黒いランジェリー姿の彼女は、魅惑のヘカテ(夜の女神)も同然である。

 

「―――続けて」

 

「何が行われたかは周も知らなかったようだが、それを手土産に九島家の中枢に入り込もうとしていたようだ……しかし、何処かで計画変更が入り、ああいう悪手を打ったようだな」

 

「シルヴィアたちは、あちらで拘束されているジード・ヘイグの仕業なんじゃないかと監視を強めている……下手に直接接触(ダイレクトタッチ)しようものならば、どうなるかワカラナイから……」

 

そういう意味では、北米に行ってそいつを魔眼で縛り付けていれば良かったと思える。

 

だが、ヤツに動かせる手勢はそう多くない。接触してきた相手を支配しようとしても、その辺りはスターズ(古巣)も心得ている。

 

「コレばかりは、犯罪者の人権に気を使いすぎるアメリカに、少しだけ思う所はあるワ」

 

「しゃーないさ。我が家も一応はカトリックだからな」

 

北米では、それぞれの州で『死刑』や犯罪者の刑務に対する在り方はまちまちだ。それはやはりどんな形であれ、輪廻転生ではなく原罪保持の考えの十字教の教えゆえに、刑死ではない……生を全うさせることが、罪の破却に繋がると感じているものが多いからだろう。

 

もっとも、チャールズ・マンソンとて一度は死刑を宣告され、テッド・バンディにいたって電気椅子によるショック死を与えられた。

 

社会に対する影響や、そういった犯罪行為に対する見せしめは、アメリカとて考える。

 

(だが、ジード・ヘイグこと顧傑に対しては、即刻殺害をしたほうがいいと思うのだが……)

 

一度は『亡命者』として扱った過去ゆえに、中々そういう非道にも転じれないのかもしれない。

 

政権の左右中の『向き』によっては、それもどうなるかは分からないが……政府上層としても苦慮しているのだろう。

 

「ともあれ、ケン・クドウがサーヴァントを擁して何かの策動、あるいはその尖兵として動く以上は、接触しなければならない―――何より……」

 

「ナニヨリ?」

 

こちらが真剣な顔をしたことで、リーナは覗き込むようにしてから問いかける。

 

「何より……リーナのジイちゃんなんだ。孫との交際を認めてほしいよ」

 

別にジェームスお義父さんに認められていないわけではないが、それでも……何というか心情的なものでしかないのだが―――。

 

明確な言葉に出来るものではないが、そういう感情があるのだ。

 

「モウッ!! ダイジョウブよ!! ダディと違ってグランパはワタシに激甘だったモノ!! ソレに―――言葉はいらないワ!! ただカラダとココロを通わせるだけヨ!!」

 

「リーナ……」

 

「セツナ……」

 

お互いの腕を首に回して見つめあっていたのだが―――そんなセツナの後ろから手を回すものが―――三人も出てきたのだ。

 

「チョット―――!! なんなのよ、この『東映版まもって守護月天!』のオープニングのようなシチュエーション!!!」

 

「俺に言われても―――!!!」

 

寄りかかる三人分の女性の重み、しかし刹那は耐える。この辛さを分け合おうとは思わずに、何とか耐える。

 

とはいえ伸し掛かる三人は、紛れもなくサーヴァントであった。

 

「2人だけで雰囲気出して、なんかズルーイ!!」

 

「私もこのメガトン級ムサシならぬムサシオーな身体を発散させるためにも! マスターたる刹那くんとは『ヨロシク!』したいっ!!」

 

「驚くことに……2人と一言一句全く同じなのです。我が夫」

 

案外モルガンは『ズボラ』なのかもしれない。耳元で囁かれる言葉。そして後ろ目でも見えてきた表情を前にして、そんな感想を懐きつつも……。

 

「と、とりあえず日にちを決めないか? 何だかこのままだと―――お、オヤジみたいなことは、あんまりちょっと!!!」

 

観測した世界の中には『セイバー=アルトリア・ペンドラゴン』を現界維持させるため。

その関係で『遠坂凛』(オフクロ)とも何やかんやと理由を付けて、更に言えば自分の世界ではないが聖杯と繋がった『間桐桜』(おばさん)の魔力抜きのために、あれこれやった挙げ句―――そのサーヴァント『ライダー=メデューサ』とも!!!

 

なんだろう? 我が家(衛宮・遠坂)は性的倒錯者を生み出す家系なのだろうか? などと真剣に自問自答をしていたのだが……。

 

「我が夫の御父君も中々の絶倫―――ですが、そのことを置いても、我々の第六感が確かならば、ここ(富士演習場)は形はどうあれ戦場になります。その際の為にも、常駐サーヴァントたる私たちは十全でいなければなりません」

 

そんなモルガン……現在はアダルトモードになっている言葉に、内心の葛藤は消え去る。

 

「―――何より、私とてアルトリアには負けたくありません。檜の風呂で後ろからという新境地を開拓するなど―――ヤッてみせましょう」

 

もうヤダこの女王陛下……知りたくはなかったオヤジの性癖が、バッチリ俺とリンクしてやがる。

 

「ワタシたちもバスルームで―――だったもんネ―――♬」

 

「とはいえ、正妻たるリーナが拒むならば、大人しく引き下がりましょう」

 

最後には正面にいるリーナに判断を仰ぐ辺り、女王陛下は人ができている。

 

「……じ、ジツを言えば、セツナの絶倫すぎる精力を受け止めるには、ワタシ一人では役不足というか………というか、前に見せられた映像から察するに、セツナが『サクラ』(ブロッサム)さんの立ち位置じゃない?」

 

「俺の場合、余剰魔力はちゃんと宝石に移しているから……まぁそれでも余ることもあるが」

 

だが、サーヴァントに全力戦闘させれば、たやすく失われるものだ。

 

その辺りはなんとも不可思議なエンジンを積んでいる己が、少しばかり妙な気分になりながらも―――。

 

「ソレに―――イマサラでしょ?」

「―――仰るとおりです。マイステディ」

 

イタズラっぽい笑みを浮かべて、こちらを見てくる金のエンジェル。

自分の『色々』(スベテ)を知っているリーナに降参をしてから、キングサイズベッドにて―――高校生にしては倒錯的すぎる『アレコレ』が繰り広げられるのであった。

 

 

 

「といった風なことがあったんじゃないかと、俺は推測しているんだがな」

 

お前は俺を介してエロい妄想に耽るのが趣味なのかと問いかけたくなる。もはや名文学作品『蒲団』の主人公レベルである。

 

「その後に三高の泊まり部屋の方で同じような推測をした一色愛梨が、サーベル片手にやって来たりするのを阻止したり……」

 

懇親会から一夜明けた昼時。

達也とエリカの推理に対して刹那の返答は―――。

 

「当然、そういった可能性はあるが、ジェーンはトランプの宝具も持っているからな。ババ抜きやインディアンポーカーとかやっていたかもしれない。いうなれば、昨夜の俺とリーナの相部屋は『シュレディンガーの猫』であったということだな」

 

九島烈との会談云々は抜いて、後半の推理を面白がるように言う2人に返すと、魔術師が物理学の有名なフレーズを言ってきたことに微妙なものを覚えたのだろうか?

 

そんな表情であった――――。

 

「んでなんかあったのか?」

 

「ああ、実を言うとウチの応援団―――バスでやってきた人間なんだがな……」

 

達也の要約するところ、何でも人間主義と呼ばれる反魔法主義の団体が、一高の応援団バスの基地内への侵入を阻んだそうだ。

 

その際に彼らが言い放ったアジテーションともスローガンとも言えるモノは。

 

主に言えば「軍に入るな」「君たちは騙されている」など……要は魔法科高校卒業生たちが治安維持分野に入る『数』の多さを問題視しているのだった。

 

引率責任教師たる紀藤や近田も対応に苦慮したが、結局の所―――警察に届け出がない無許可の団体抗議活動であったところから、警察による強制的な解散命令の発動―――と、本来ならばそれでお開きとなるはずだったのだが……。

 

「門倉たち曰く『絶妙にエロい旅の尼僧』が現れて、弁舌を披露して人間主義者たちを解散させたそうだ」

 

「ほぅ。そりゃまたなんとも奇態な話だな」

 

旅の尼僧というからには流浪・遍歴の旅でもしていたのだろうか。托鉢僧とも違うかもしれないが……ともあれ、そんなことを聞きたかったのだろうか?

 

「いや、お前の耳に入れておけば、緊急の事態になっても対応出来そうだからな」

 

ただの予防線であったようだ。カフェラウンジで『そうかい』と言ってから紅茶を飲んでおく。

 

「お前は魔法科高校の卒業生が軍に入ることはどう思う?」

 

「実際学内にはそれ関係の求人広告や、実際にリクルーター(就職斡旋者)がいる以上、そして入りたいと思う人間がいる以上、こればかりはどうしようも無いんじゃないか?」

 

求人に対する需給のバランスは取れているだろうとしておく。

 

「そうか……」

「たださ。実際に入って『兵隊』として及第点になれるかどうかは別問題だろ」

 

少しだけ陰鬱な顔をする達也に違う視点を教えることに。

 

「魔法師としての素養と、軍人としての素養は違うって言いたいの?」

 

エリカの食ってかかる言動。だがこればかりは言っておかなければなるまい。

 

「そりゃそうだろ。魔法が達者に扱えるからと、銃弾が何百発、何千発も1kmも無い距離で飛び交い、砲弾が雨あられと降ってくる現代戦で、兵隊として遣えるかどうかはまた別だろ。そして何より……これは人間としての問題だ。有史以来どうしても付きまとう命題」

 

それは、兵士が果たして本当に、戦場で同じ「人間」を相手に発砲することが出来るか? そういうことだ。

 

「想定されている状況はまちまちだが、人間ってのはどれだけ安易な兵器……当たれば大抵は即死である『銃』(GUN)を持たされて戦場に向かったとしても、十人中七人は人に向かって銃爪を引けないそうだ。例えどれだけ自分たちが死にそうになったとしても、だ」

 

「確かに、な……風間さんが言っていたよ。軍人ってのは、どれだけ厳しい訓練を受けたとしても、十人の中の三人がなる・なれる仕事だって……」

 

それを言われたのは、恐らく彼があの部隊に入れられて初期の話……その辺りで自分は異常であると想ったのかもしれない。人殺しとしての才能が際立つ自分を評する風間に、少しの嫌悪も覚えたのかもしれない。

 

「まぁ国土防衛戦とか、隣国の侵攻なんかで『ここで敵を食い止めなければ後ろの人々が土地が蹂躙される』と思えば、結構人は働くもんだがね―――北上してくる薩摩隼人とアホほど戦った我が家のご先祖の記録だけど」

 

足軽……農民兵を用いて侵略する国と戦ってきた戦国武士の記録は、遠坂家にはありったけあるのだろう。しかも色々と統治するに困難な九州である。

 

現代とは戦の規模が違えど、人と人が相争う以上……その手のココロの問題は付きまとうものだ。

 

「まぁ俺は、魔法師として優秀だからと兵隊としての素質が無い人間に、そういうのを強要したくないのさ―――人間主義者たちが、その辺りのことを滔々と語ってくれるならば、俺は彼らの思想に賛同するが……USNAでも見ていたが、彼らは別段、魔法師に対してヒューマニズムを覚えているわけじゃなさそうだしな」

 

全員が全員ではないだろうが、それでもそれを誰かが語ってくれたならば、また別の世界がひらけたはずなのだ。

 

「それはやっぱり……リーナのことがあるから?」

 

「そりゃそうだろ。俺は出来ることならば、リーナには家にいてほしいぐらいだよ。彼女が自分や誰かの血で塗れるところなんて絶対に見たくない。そのためならば、俺は父権主義者・男女差別主義者と言われても構わないさ」

 

だが、それが正しい場合もある。

難破船の救命ボートに乗るのが最初に子供、次に女性と少年……それを見送る大人の男の役目というルールを、刹那は人生の中で理解しているのだから。

 

そして、もう守られているだけの少年ではないとも重々承知しているのだ。

 

という―――真面目な決意は……。

 

「久々に砂吐くわー」

「ケーキ食う前に口の中が甘くなる」

 

などと、対面に座る2人から茶化されるのであった……。

 

そんなカフェラウンジでの一時の中で不意の闖入者が現れた―――。

 

「若者同士の会話の邪魔をしたいわけではありませんが、失礼―――そちらセツナ・トオサカと見受けますが、少々話はよろしい?」

 

「――――え」

 

「七高教師 羽瀬 真奈(はせ まな)と言います。懇親会には出席できなかったので見受けられなかったかもしれませんが……アナタとは一度、話したかった……」

 

羽瀬 真奈……そう名乗るは、どう見てもモンゴロイドの顔ではない女性。何よりその顔は……以前に見せられた刹那の記憶の中の女性―――。

 

養母 バゼット・フラガ・マクレミッツに瓜二つだったのだから、三人揃って驚きしか出なかったのだ。

 

 

 

 

 



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第341話『魔法の宴 開幕』

第七章――――――おおっ、遂に来るか。

きのこの偉い人が頑張った甲斐がある! 新規サーヴァントに期待しつつも物語が、どう動くのかを期待する。

というわけで新話お送りします。


 

 

ラストナイト(昨夜)のオルゴンマテリアライゼーションはサイコーだったわぁ……」

 

机に顔を横置きしてニヤけた顔をする金髪の少女。それに対して対面に座る同世代の同じく金髪の少女は、苛立ちを見せる。

 

「なんだって男女相部屋なんて不純すぎるものを許しちゃってるんですか!? お姉さまの上司は何を考えてるんです!?」

 

「私に言われても―――!!! ま、まぁこういう風な大会形式だから、せめてそこは融通してあげようというココロなんじゃないかなー?」

 

対面に座る少女が怒ると、その隣りにいる少しだけ年上の金髪の美女―――姉は、困惑してしまう。

 

ココロとしては、怒る少女……一色愛梨と同じなのだが、それでも上司である響子のことをあまり批判もできない。

 

「愛梨ちゃん。アンジェリーナさんに、そういうことを聞きたかったわけじゃないでしょ?」

 

「そ、そうでした! 怒りのあまり本目的を忘れるところでした!! アンジェリーナ、私が聞きたいことは……タチエちゃんのことなのです」

 

「セツナを睨んできたアノ娘ね。ワタシも聞きたかったケド…… Understanding(理解出来ている)ことは、アノ娘はサーヴァントに『生かされている』(LIVING)ってことダケ」

 

刹那からの受け売りだがと前置きして、伝えた端的な情報。しかしそれだけでも彼女たち一色姉妹にとっては衝撃的だった。

 

まさか自分たちの懐にそんな存在が知られずにいたなど、考えたくはなかったのだ。

 

「ケド、ドーイウ状況でそうなったのかはまだワカラナイそうよ。まぁアノ娘ズイブンとセツナに敵対的だから何かビミョーよ」

 

「懇親会の後に聞いてみたのだけど、『言葉に出来ない苛立ち』が出来たそうなのです……全くライバルが増えるのは歓迎出来ませんが、嫌われる女子が出来るのも困りものですね」

 

「カノジョ面しないで」

 

「彼女になりたいものですので」

 

その瞬間、険相を見せる少女2人の視線から稲光が飛び打つかりあったように見える。

 

傍目から見ていた華蘭としては、なんとも言えぬ。自分とて刹那と一発シケ込みたい。女としてそういう欲求は持っているというのに……。

 

(サーヴァントに魔力をやるのは理解出来るけど、せめて現在に生きている女をもうひとりぐらい相手してもいいんじゃないかな?)

 

愛人として愛梨()と情を交わしてくれてもいいのに……などと姉心を出していた華蘭だが……。

 

そうしていると強烈な魔力圧が自分を貫くのを感じた。その圧は2つ。

一つは覚えがある。遠坂刹那だ。

一つは覚えがないが、刹那に似通いながらも違うものだ。

 

一体、何故―――と思う間もなく妹とそのライバルは走り出した。カフェでの支払いを即座に終えた2人の姿を少しだけ遅れて追うことになる。

 

ここまで強烈な魔力の発露。

どう考えてもトラブルであり、『イベント』の類であると1年間の付き合いで理解していたわけで―――。

 

魔力の方向に対して向かうと、そこは学生たちに開放されている体技場であった。

 

すでに人だかりが出来ているが、構わずに最前列に飛び込むように天地を逆さにした歩法で壁走りを行って入り込んだリーナと愛梨が見たものは……。

 

「「アンサズ、エワズ、イングズ!!!」」

 

空中より滑るように飛び蹴り―――ライダーキックを放つ美女と、それを迎撃するように上回し蹴りを放つ刹那の姿であった。

 

ルーンの輝きを四肢に宿したケルトグラップラーの戦いは熱狂を与えていて、周囲にいる人間たちをも湧き上がらせていた。

 

((バゼット・フラガ・マクレミッツ!?))

 

だが、そんな周囲とは違い2人の驚愕は小豆色の髪をした刹那の相手……ケルトの英雄特有の『全身タイツ』と言える衣装で戦う女性に目が向いてしまう。

 

対する刹那も魔獣嚇との戦いで発現させていた神話礼装の霊衣を着込んでいた。

 

そして―――。

 

右拳のストレートと左拳のストレートが打つかりあった。

覇王色の激突よろしく、天が割れそうな衝撃波が発生したが……。

 

「ふむ。この辺りでよろしいでしょうね」

「―――羽瀬先生、あんたは……」

 

あっさりと拳を引っ込める2人。対峙しあう2人……。

 

「アナタもシュートボクシングにルーン術を組み合わせるらしいので、一度どのようなものなのかを知りたかったのですよ――――ゆえに理解できた」

 

「?」

 

「チームエルメロイ、恐るるに足らず! 七高の海の戦士!!! 私と共に戦ってきた赤枝の騎士団ならば―――あなた方を倒すことは容易いと気づけましたよ」

 

その言葉が挑発であることは、間違いなかった。

 

「私が何者であるかを知りたければ、この九校戦で優勝してみせなさい―――それこそが、アナタの元に集った戦士たちに対する礼儀というものですからね」

 

「――――――」

 

何故か、その言葉は……訓示めいていて、そして……母親を思わせるのだった。

 

そして、多くの感情の揺れを見せながらも、開幕の時は近づいていき―――。

 

 

翌日 8月5日 朝

 

野外に存在している開会式場、『十校』の選手及びスタッフ全てが整列する場において―――。

 

 

『それでは皆様、大変お待たせいたしました―――これより2096年度 魔法科高校親善試合を開催いたします』

 

そのアナウンスが為されて戦いは始まる。

 

 

「んじゃ、ライネス先生イッパツ気合の出る声掛けお願いします!」

 

チーム・エルメロイに用意されたテントにおいて、チームリーダーとして確認事項を言った後には責任教師に威勢を上げてもらうことにした。

 

「いいだろう我が弟子よ。とはいえ言えることなど多くはないからな。そしてすでに教師である私や兄上に出来るのも、多くはない―――」

 

そう言いながらも既に演説用の言葉は暗唱しているはずである。(確信)

 

「ここから先は諸君の仕事だ!! 自分の為に考えて術を放て!! 自分の為に全てを出し尽くせ!!!」

 

「その上で降り注ぐ勝利の美酒ってモノをサイコーに味わいたまえ!!!!」

 

その言葉で全員に気合が入る。腰に手を当てて腹から放つ言葉は一種の呪文。

なにより外連味たっぷりな軍服の美人教師(CV 水瀬いのり)の姿に否応なくチカラは入るのだろう。

 

言葉を受けて勢いよくファースト・バトルの面子を筆頭に出ていくのだ。

 

「刹那、ロアガンはともかくSAWに関しては、お前のチカラが必要になる。相津、伊達、新島―――用立てる得物は万全にしておくんだぞ」

 

「YES MY TEACHER」

 

最後の方まで残っていた刹那に掛けられた言葉。自分たちの仕事はここまで、あとは自分たちで考えてとことん『戦い』を『道中』を楽しめ―――として2大教師は来賓席へと赴くのだった。

 

(見事な退場ですよ。先生、師匠……)

 

ここから先は生徒たちの時間だ。

試合に出場した人間に好きなプレーをさせたいということなのだろう。

 

頭ごなしに兵隊として扱われるよりも、気合は入るというものだ。

 

「さぁて、戦いの時だ(It's a duel)!!!」

 

そして……先ずはロアガンになるのだが、ここで恐るべきことが起こるのだった。

 

 

ロアーアンドガンナーは、去年までの水上滑走競技たるバトルボードとは様相が違う競技である。

 

まずボードではなくボートで水上を行く。そのボートにも幾らか種類がある。

ボートの形状が主である。

無動力のボートであるが、それでも漕手(ロアー)によって好みの差が別れて、更に言えばペア競技であれば漕手の好みと『射手』の好みが一致しなければどうなるか分からない。

 

「まぁ斉藤はソロだしな。ペアもそれぞれで何とかなったし」

 

「ソーネ、けどゲームの一番手がシー・オブ・セブンってのは、ナーンか不穏よネ」

 

観客席にて昨日の七高教師『羽瀬 真奈』という女との戦いを繰り広げた刹那としては、色々と思うところはある。

 

ルーンを用いた格闘術に興味があるといい、自分とやり合ったアノ人が……この大会にて何もしていない訳がない。

 

(バゼットなのか?)

 

俄には信じがたいが、あの拳の感触。呼吸。魔力の運用法……に関しては少々『上がって』はいたが、拳を合わせて体をぶつけ合っただけならば、アレは間違いなく刹那の魔道戦闘の師、封印指定執行者のバゼット・フラガ・マクレミッツである。

 

「出てくるよ」

 

二三草の言葉で見ると、水上のスタートラインには七高の男子選手―――ソロでいた。

 

始まる。そして変わるのだった……。

 

滑走していく男子……神奈という名字の男は、その走りで全てを変えていくのだった。

 

 

 

「まさかこんな手があったとはな……!!」

「ルールの盲点だったね……」

 

七高 神奈 光雄という男の『ロアガン』の滑走は、これまでの自分たちの努力を見当違いにするものであった。

 

「滑走だけでもトップだというのに、走りながら全ての的を『砕き抜いた』……どういうトリックなんだろうね?」

 

「恐らく神奈選手の走り、一周目の練習走行の時点で、ルーン魔術が全身に走っていたことに何かがあるのでしょう」

 

ここでルーンに明るい刹那がいれば、『これはこうこう、こういう効果』だとか教えてくれるのだろうが……いないならば、こんな風に五十里と話し合うしかないのだ。

 

「けれどそれだけで水上を移動する的全てを破壊することが出来るんでしょうか?」

 

会長である中条の疑問はもっともであった。

 

 

そしてチームエルメロイ側では……。

 

「可能だ」

 

キャプテンが全てのチームメイトから集まった疑問に対して端的に返すのだった。

 

「恐らく神奈選手は練習走行時点で、ベルカナ……探索のルーンである程度、未来に出現する『的』の位置を見通しておいたんだな。その上で自動追尾というよりも『必中』を確定する術なのか『武器』なのかは分からぬものを発動させながら、『最大船速』で水上を駆け抜けたんだろうな」

 

「必中を確定する術……随分と抽象的だけど、もしかしてアタリは付いている?」

 

二三草の疑問とも確信とも取れる言葉に自信を以て答える。

 

「クー・フーリンで有名な武器『ゲイ・ボルク』だな。放たれれば心臓を穿つという結果を『強制』するアレを再現したんだろう」

 

ざわつきが少しだけ広がる。……進むだけで、的を破壊していくなどチートすぎる。

 

「神奈の超速船移動があってこそなんだろうな……

恐らく最初は『下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる』な『俺たちと同じ結論』だったんだろうが……」

 

言いながら第4レースを終えて、ボロボロになった三高選手……見事に第一出走の七高にプランを崩されたのを見てから―――。

 

「どちらも取りたいという欲張りプラン、よくばりセットは、俺たちも考えているんだ。後藤! 斉藤!七に有利な潮目を変えてくれよ!!!」

 

『了解した』『言われるまでもないわ!!』

 

―――チーム・エルメロイが誇る海の戦士を出すのであった。

 

そして……潮目が再び変わる。

 

 

「まさか後藤が、ここまでやって来るとは……」

 

「いやいや! なんか後藤君の顔が『さいとう・たかを』先生の『A級スナイパー』じみていたんだけど!? そこに対するツッコミは無いの!?」

 

変身者(トランスフォーマー)、後藤 狼に対して野暮でしょうよ。最終的には『腕マッチョ』で超巨大なカタナでも振るうこともありえますし」

 

もはや人間の枠ではない。などと五十里が思いつつも、遂にチーム・エルメロイの選手……奇しくも第一高校の生徒が来たことで全員が緊張を果たし、そして水上を駆け抜けた最終タイムは―――。

 

 

「男子ソロ一位の七高と0.2秒差の二位!?」

 

テント内に、最大級のざわつきが広がる。現状のランキングでしかないのだが、的当てとボードの走破タイム―――総合で、ここまで来るとは……!

 

予想外すぎる。そして、これと競い合うべく出走を待つ我が校のウマ娘ならぬウマ息子は……。

 

「この後のウチの男子ソロは……」

「確か……五十嵐 鷹輔君だね……」

 

ハルウララ並みにダメかもしれない。という予感がテント内に充満するのであった。

 

(この手の射撃競技ならば吉祥寺が出てきてもおかしくなかったが、彼はソロもペアもエントリーしていないんだな)

 

別に大して興味があるわけではないが、それでもいないことに気付き、二校が考案した作戦は彼の胃を引き攣らせているに違いない―――。

 

そして……。

 

(現在進行系で胃をやられている中条会長がちょっぴり気の毒だな)

 

この後は女子ソロ、そしてペアに続くわけで……。

 

今から作戦変更しようとしても、中々に難しい。

そして会長もグロッキーになっていく。

 

(悪循環だ)

 

神奈も後藤も……その固有スキルで完全にロアガンにおける潮目を変えてしまった。潮流を変えようにも、ここから先はどうしようもない。

 

エイミィと久美子のペアも、この流れに巻き込まれる可能性があるならば―――。

 

「し、司波副会長ぉ……」

 

呼びかけてきた小動物の涙目。そして役職だけで何を言わんとしているのかを理解して―――。

 

「……分かりました。ただ今更……本当に、何が出来るか分かりませんが、とりあえず明智・国東の方はレクチャーしてきます」

 

「お、お願いしますぅ……!!」

 

その心を安堵させるべく達也は動き出すのであった……。

 

 



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第342話『魔法の宴 序章』

全く関係ない話なのだが、新撰組の衣装のモデルとなった赤穂浪士がサーヴァントとなることはないのだろうかと、雪降りの12月14日に思ったりした。

そして……肺がんの治療か。辛かったろうな。色んな燃えるソングを歌ったヒトが逝ってしまった。
水木一郎アニキ……お疲れ様です。そっちに行った時にもう一度聞きたい歌声だ。




 

 

変身魔法ないし変身魔術……一般的にトランスフォームマジック、メタモルフォーゼンと呼ばれるものでいえば、九島家での仮装行列(パレード)―――最近では、遠坂家という新興の家が発掘した『インストール』『ポゼッション』というものもある。

 

そして後藤 狼の『強烈な我』を持たない柔軟性溢れる特性は彼を変幻自在のマジカルスター(真)に進化させていた。

 

「多分だけど後藤くんに『モソキーターン』と『ゴノレゴ13』を読ませた上で、というか読んだな!? 5−10!!!」

 

何者にも染まる特性を持った彼は、競技特性に合わせた『MANGA』を読むことで、それに影響されるのだ。

 

(現代魔法師としては、何とも納得しがたいが)

 

エイミィが、拳を握りしめてここまで力説する以上、1科生の間でも共通認識なのだろう。

 

「ど、どうすればいいんだ!? 司波君!!」

 

「―――勉強してこい。というのも無情すぎるが、もはや開き直ってスピード勝負でいけ」

 

「それはつまり……ロケットで突き抜けろ!と!?」

 

これまたレトロなMANGAの名前を出してきた五十嵐に対して、その欠点を告げる。

 

「スピード勝負に今更切り替えるという完全にギャンブルだがな。伸るか反るかだぞ?」

 

「うむむむ!!!!」

 

頭を反らしてまで知恵を巡らせている五十嵐。頷くに頷けないことなのだろう。

 

「まぁバイアスロン部としての選手経験上、そういう戦いは好かんだろうから、お前に任せるさ」

 

結局の所―――五十嵐鷹輔が選んだのはスピード勝負のギャンブルであった。

そもそも緊張しいであり、本番に弱い『毛利小五郎』タイプな彼は開き直ってシングルタスクに打ち込ませた方が良い結果を齎すのである。

 

よって――――何とか三位に滑り込むことに成功するのだが、1,2位(ワン・ツー)は不動のまま。ナンバースリー付近がかなり入れ替わっていき、結局五十嵐は四位でフィニッシュとなるのだった。

 

 

「すまないでござる―――!!! 一番槍の務めをこなせなかった!!!」

 

「二位入賞のポイントゲットだ。誇れ誇れ!!!」

 

「SAWでは後藤君の仇を取るさ!! 一高2ーBの一員―――いやチーム・エルメロイの一人としてな」

 

手を合わせて顔を伏せる後藤君を全員して歓待しつつ、女子ソロを見ていく。

 

「どうやら後藤と七高の神奈の走りが、いい爪痕になっているようだな」

 

「ええ、出走者は全員がペースを乱している。練習時に採用した本来の戦術とは違うことをやろうとして、不調を来していますね」

 

参謀役であり、技術主任たるシオンの言葉。女子ソロの出走者……七高とチーム・エルメロイ以外は、ものの見事に混乱させられている。

 

トップスピードレースを練習したこともないのに、いきなりそんな出走スタイルを取るなど不可能。

 

「ふふふ! まさしく此処こそが巌流島!! 船島での戦いを制するものこそが、藩の指南剣士になれるのよ!!!」

 

特別コーチとして斉藤の指南役であった武蔵ちゃんという不詳の剣士……いや、本当に実は宮本武蔵なのではないかという疑惑を持ちつつある御仁の言葉を受けたわけではないだろうが、他の選手とは違い、光剣……というよりもスティックコントローラーを手にボートに『立つ』斉藤。

 

ボードのような平らな板とは違い、立つことの意味はあるのか―――、様々な疑問を乗せつつも……斉藤弥生のケンゴウゲットライドが水面を乱していくのであった。

 

――――――――

 

 

……そんなケンゴウゲットライドを魔法理論で解釈するに、後藤とは違った意味で達也は頭を悩ませる。

 

「ボート自体を己の『乗りやすい』『操りやすい』乗り物に『改変』した上で、持ち手の剣を『オール』()も同然に虚空で振り回すことで、さらなる推進力を得ながら進む」

 

「神奈選手と同じでしょうか?」

 

中条会長の疑問はもっともであるので、少しだけ解説をすることに……。

 

「いいえ、斉藤のは明らかにチカラの『無駄』があります。まずそもそも如何にボートの形状が定形通りとはいえ、水上を推進するという目的一点だけならば、現代魔法は当たり前のごとく、移動魔法で駆け抜けていく方がいいですよ」

 

現代魔法のエイドス改変において、物体・質量の大きさはやはり術者の力量次第で、『出来る』『出来ない』が定められている。

 

だが、あえてそれを更に動かしづらいものにしてまで、動かす道理は存在していなかった。

 

斉藤がボートに被せた『モーターボート』のガワというのは、道理に沿わない。

 

「だが、そういうセオリ―を崩すのが、魔法の本義ですからね」

 

恐らく斉藤にとって、あの武蔵ちゃん(仮)の宝具なのかスキルなのかで、出てきて操るモーターボートこそが、操りやすい舟の形だった。

 

愛着とも言えるかもしれない。

 

その内心は分からない。だが、モーターボートの形を被せたボートで駆け抜けながら振るった剣が、衝撃波とも翔ぶ光刃とも言えるものを発生させ―――。

 

「女子ソロ1位か、いや剣術部の先輩として見るならば、スゴク嬉しいんだが、一高の一員として見るならば、複雑すぎるぞ」

 

―――最終的には七高と同じようにトップスピードのオールストライクアウトでフィニッシュするのであった。

 

競技種目がない桐原の嘆きは、そんな走りを見たテントにいる一高生たち全員の同意であった。

 

「シュート競技で、スラッシュザンバーとは、弥生ちゃんってば型破りさん♫」

 

訂正……明智エイミィだけは違う意見だった。

 

ともあれ、ハイスピードで駆け抜けることが本義となったことで、委員会側も配点を間違えたという苦悩をしていそうだ。

 

(だが、このロアーアンドガンナーの本義というのは敵陣地に対する浜辺への上陸作戦や洋上に浮かぶ船舶や水上から重要施設への侵入・制圧作戦の訓練が主な目的だ)

 

当たり前のごとく、ちまちま目標物などにかかずらっているよりも、先に敵陣に深く食い込むことこそが先決だろう。

 

火点の消火は、後続任せ。

速度こそが、制圧作戦の第一義なのだから……。

 

(だが、それでもここまでやるか?)

 

ペア競技の方でもこの調子ならば、どうなるか。分からぬままに―――。

 

それぞれの競技開始時間は迫っていくのだった。

 

 

「何とか男子ソロの三位は取っておけたね」

 

「ああ、だが……チーム・エルメロイ……ここまでやるとはな……」

 

正直、三高陣営としてはナメていた部分があった。

如何にこちらが選抜から漏らしたとはいえ、魔法能力では劣る連中を、ここまで仕上げてくるとは―――。

 

げに恐ろしきは、石を宝玉に変えると言われているロード・エルメロイII世の『魔法』か。それとも刹那の逆張り戦術・戦略か……どちらにせよスゴすぎた。

 

「七高とelmeloyの名前ばかりが目立っている」

 

ロアガンの上位入賞者の欄を端末で見ると、目眩がするほどに乱された形だ。

殆どの高校はこの2校の後塵を拝する結果である。

 

「まだ初戦なんだジョージ。あまり先制点だけで勝敗を決したと思うなよ」

「うん。そうだね将輝」

 

そう気落ちしていた参謀を持ち直させた一条将輝だが……少々気にかかることも出来ていた。

 

(会場の空気が……何というか、マズイよな)

 

判官贔屓的な空気とでも言えばいいのか完全にエルメロイ贔屓になっている。……そういうのを将輝は敏感に嗅ぎ取っていた。

 

この空気を一新するためにも、将輝が―――、三高の顔である自分が出なければならないのだが。

 

(今回は、男子ソロピラーズブレイク(2日目)まで出番なしだからな)

 

午後の部であるSAWでの同輩、先輩たちに期待をするしかないのが、少しだけ心苦しくもなる。

 

(こんな事ならば、正しい意味ではないが『埋伏の毒』として、一色をエルメロイに送り込めば良かったかもしれないな)

 

あまりにも下策だが、それでもこちらが好転出来る材料が欲しいのが将輝の本音であった。

 

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 

昼食……午後の部に入る前の小休止で、達也は『観客席』に寄越していた選手から、どういう『空気』であるかを、聞くことにした。

 

「あまりいい空気じゃないな」

 

苦い顔をしながらお握りを食らうレオの言葉に予想通りすぎて、ため息が出てしまう。

 

「やっぱりか」

 

「観客席におけるムードの差ってヤツだな。このままじゃ一気に刹那の作った『宇宙空間』『大劇場』に持ってかれるぜ」

 

テントではなく観客席でギャラリーの反応を窺っていた副会頭の言は、達也も予想していたが―――予想以上だった。

 

これ以上、流れを持っていかれては得点での逆転の芽云々ではなくなるかもしれない。

そういう……空気が、選手を萎縮させかねない。

 

ならば――――。

 

「頼むレオ、この流れを変えてくれ」

 

「言われずともそうするつもりだったさ」

 

四葉が大漢襲撃の際に回収した武器、そして九重寺からも借り受けたそれらを渡して副会頭と……そのパートナーたる修道女に運命を託すのだった。

 

 

九校戦、午後の部―――ロアーアンドガンナーが水の競技ならば、昼を越えて行われるこの競技は地の競技と言える。

 

「さぁて!!! ようやく出陣だぜ!!!」

 

セイバーアンドウィザードことSAWのウィザードであるモードレッドの威勢のいい言葉。第三試合であるはずだが、準備は今からやっておかなければならない。

 

レッドのパートナーである相津は斉藤の付き添いありで、使用する武器の検査をしてもらっている。

 

「あまり今から気合い入れすぎてコケるなよ」

 

「誰にモノを言ってるんだよ。安心してオレとイクオが優勝してくるのを待っていやがれ」

 

自信満々な顔をして、牙を見せてくるレッドに、刹那は苦笑する。

 

今さらながらSAWは、完全新規のペア競技だからか、特に性別による競技の組分けというものはなく、完全に『無差別級競技』となっているのだ。

 

正しく出来上がる戦場は『Bright Burning Shout』。マスターとサーヴァントのうわべの優しさより剣を見せろ。なものである。

 

「ふむ。モードレッド、戦に臨むものが、そのような衣装でいいのか?」

 

などと思っているとモルガン(幼女)が、どこからともなく現れて、刹那の肩に乗りながらモードレッドに問いかけた。

 

「いや、別にいいと思うんだけど……ダ、ダメなのだろうか? これで?」

 

「別に構わないと想うけどな……モルちゃん的にはダメなわけか?」

 

「ダメですね。ウィザード、メイガス、マギクスとして纏う衣装ならば、私が用立てたいのです」

 

刹那としては女子ペア氷柱でレティと出場する際の『衣装』を何とかしてほしいのだが―――。

 

サングラスを頭に掛けた赤黒のガンマンスタイルは、容貌が容貌だけに産みの母的な想いから『魔女っ子』らしい格好をさせたいのかもしれない。

 

そうしてモルガン(幼女)と押し問答をするレッドから意識を離して、モニターに出てきた第一試合の中でも……一高側に注目せざるをえない。

 

西城レオンハルトと言峰カレンが出てきたのだ。

 

 

 



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第343話『魔法の宴 魔剣の章Ⅰ』


第七章は、アレか!! 恐竜惑星か!? フォロルとギラグールの対立 アッケラ缶みたいなの出てきたりするのだろうか。などと考えつつ、新話お送りします


始まるSAWのステージは少しだけアイスピラーズブレイクに似ている。だが、砕くべきものは氷柱ではなく標準設置されている耐久値付きのシールド6枚。

しかも、魔法を投射するウィザードの前面に存在している。

 

ウィザードの攻撃を防ぐことが許されているのは、守護者にして使い魔(サーヴァント)たるセイバーのみだ。

 

(言峰のCADも万全、レオの方も仕上げた……あとは運を天に任せるのみか)

 

「言峰さんが乱射型―――相手が、どう来るかだね」

 

「五高ウィザード 寺沢……データはないですが、三年生の魔法力がどれほどかです」

 

五十里に言いながらも純粋な魔法力という意味で言えば、言峰の能力値は下手な上級生よりも上である。

実際、他の立候補者たちを色んな意味で『黙らせた』上でレオのパートナーに収まったのだ。

 

練習球というわけではないが、相手方にちゃんと魔法が『翔ぶ』かどうかを確認。

寺沢というウィザードもサイオン弾を一高側に飛ばしていく。

それはまるで嵐の前の静けさのように、ラリーの如く始まる。

 

「そういえば達也さん。カレンちゃんに登録した術式は何があるんですか?」

 

緊張感に耐えきれなくなったのか、ほのかが話しかけてきた。別に拘るものはないので正直に話す。

 

「特別なものはないよ。ただやはり直接的な現象改変術は禁止だからね。放出系の術が主だよ」

 

聞いてきたほのかにそうは言うが言峰もまた一廉の人物……刹那の世界で言うところの聖堂教会のエージェントであろうことは既に調べが着いている。

 

何かの『異能』(スキル)はあるだろう。

そしてそんなエージェントは刹那やエルメロイ先生ではなく、レオに張り付いているのだ。

その理由は未だに分からないが、それでも今だけは信を置くことにするのだった。

 

「それじゃ西城君の方は?」

 

「そちらもあまり、ただファランクスに関してはフィッティングしたかな。いざとなればレオには『盾』で防ぐように言っといたし」

 

「あっ、そうですね。いざとなればそういう障壁魔法で防ぐことも可能ですか」

 

セイバーは剣だけで、全てを防ぐわけではない。

時には『盾』を展開することもありなのだ。

これはちゃんと運営委員会にも確認したことで決して隣りにいる少女の『太陽拳』のごとく去年のようなルールの『穴』を突いたような戦術ではない。

 

そしてセイバーが『剣』を持つことのメリットを……。

 

(刹那は既に知っているんだろうか?)

 

そうであると確信しつつ戦いは始まる……。

 

シグナルランプが点灯していくにつれて互いのセイバーとウィザードが魔法を読み込んでいく。そして―――激発をしたかのように、魔法が翔ぶ。

 

距離としては彼我700m―――去年まであったクラウド・ボールのステージにも似ている。

 

だが、魔法を放つウィザードは高台(うてな)から放つ辺り、やはりピラーズにも似ている。

 

つまり……。

 

五高ウィザード寺沢は乱射型ではなく、『狙撃型』のようだ。

相手セイバーが防御できない速度で翔ぶ弾丸。すり抜けて敵のシールドを砕いていく戦法のようだが、レオの身体強化からの剣戟が、三連射のそれを砕いた。

 

驚く寺沢。軌道も様々に工夫をした火炎弾を、身体能力の強化だけで防ぐとは―――。

準サーヴァント級とも言える運動性能は、五高の度肝を抜いた。

そんな驚く寺沢に構わず、言峰は魔弾『フライシュッツ』を機関銃のように五高フィールドに打ち放つ。相手セイバーをが防御しきれない球数を放つが―――。

 

「舐めるな一高!!!」

 

威勢ある言葉で五高セイバー上川が、障壁と剣戟を組み合わせて、50発以上もの魔弾を迎撃した―――のだが、やはり打ち漏らしはあり、固定シールドに罅が入る。

 

昔懐かしのカードゲームで言えば、LP4000で400程度のダメージ。とでも言えるか。

 

聖子(しょうこ)! 西城が対応できない砲弾ブッパだ!!!」

「言われるまでもないよ! 大輔!!」

 

ダメージと防御されたことで、五高が対応を変えていくが―――。

 

「このまま続けますよレオ先輩」

 

「構わねぇ。打ち続けろ」

 

「では遠慮なく」

 

打ち合わせ通りを崩すことなく、カレンとレオは攻撃を再開する。

 

散弾のような攻撃が、五高陣に飛んで行く。

セイバーの妨害を乗り越えても飛んで行くように散弾は行くのだが。

 

流石に五高もそこは考えている。障壁魔法と剣戟でそれらをシャットアウト。

乱打戦には持ち込ませない。俺は崩れないと息を吐く五高セイバーだが、構わずにカレンは魔弾の散弾(シャワー)を飛ばす。

 

五高ウィザードは、レオを崩すべく強力な放出魔法を解き放つ。

 

地面を這う雷と上方から落ちてくる雷。スリザリンサンダースとサンダーボルトだ。

2つの系統魔法の同時使用というかなり高度なことをやってきたが、それでも……。

 

「俺じゃなくてカレンに向けてればまだ違ったぜ」

 

レオの防御が固く疾いと思ったことが仇となる。瞬間―――レオの周囲に積層型障壁が展開。

 

壁を展開して、その後に―――。

 

「返すぜ!!!」

 

『リフレクトアタック』として壁が受け止めた雷霆を神腕が打ち返した。

向かう先は当然、五高陣―――ウィザードの前に展開していたシールドの内の二枚が砕け散る。

 

『あんなのアリなのか!?』

『レオさーん!!!! サイコーです!!!』

 

観客席から聞こえてくる後者の声はともかく、前者の疑問に答えるように達也は―――。

 

「アリなんだな。コレが」

 

実を言えばルールに明記されている。

セイバーがホウキ(CAD)で発生させた魔法や剣を使っての衝撃波でシールドへの『直接攻撃』(ダイレクトアタック)をすることは反則だが、相手の魔法を『反射しての攻撃』(リフレクトアタック)は、『可』としているのだ。

 

「もっとも、相手の魔法を『反射』する魔法なんてのはない。魔法で出来た運動現象などを反転させる魔法はあるがな」

 

「けれど西城君の神腕は、それを成し遂げる」

 

「雷を視認するなんてのは、通常ならば不可能だ。ならば一度、壁で受け止めた上でそれを投げつけるのみ。あるいは剣に絡ませて打ち出すか。だ」

 

レオが十文字家に足繁く通うことになり、その上で会得した『盾壁』はとてつもなく重く、大きく、広いものだ。

 

一高を守る壁として―――、十文字おらずとも『山城の大盾』ありとして喧伝されただろう。

 

そして対戦相手の五高としては、たまったものではない。クイックショットは身体強化で防がれ、そして工夫した上下雷術は打ち返される。

 

そんな中でもカレンは仕事はきっちり行っていて、ショットガンのような魔弾で打ち据えており、防御しきれなかった魔弾はシールドに吸い込まれていく。

 

あれよあれよと言う間に、五高のシールドは既に五枚失い、最後のシールドもひび割れがあちこちに走り、風前の灯火だった。

 

「このまま!! ピエロで終われるかよ!!!」

 

何の爪痕も残せないままではいられない。五高の最後の抵抗が走る。

幾つもの魔法陣が展開して射出する物体を形成。火焔の玉が幾つも打ち出された。

 

系統魔法としては珍しいタイプだが無いわけではない魔法『ヴェスヴィオ・ボルケーノ』だ。

戦術級魔法として登録されつつあるこれは、最近になって出てきた『新しい魔法』と言える。刹那の『魔術』的アプローチから出てきたものであり、単純な火球ではない。

 

(火山弾のようなものによる発破だ。降り注ぐ火山弾の勢いは、通常の勢いではない)

 

普通に考えれば、火球を高速で打ち出せば、その勢いで火球の炎は飛び散る。それを防ぐための『中心核』として形成された『塵芥の弾』が存在している。

物理と魔的な威力を両立させたそれが、十数―――いや、数十も飛んでくる。

 

全てがレオに向かっているわけではない。その狙いは当たり前のごとく一高側に設置されているシールドである。

 

セイバーのフィールドは確実に通過している。

 

だが―――。

 

(届かせるな。一つたりとも!)

 

達也の内心での言葉を受け取ったわけではないだろうが、レオの幻手は仏像で見る観音様のような広がりを見せて、その手は武器を持ち火山弾全てを迎撃した。

 

「跳ね返すばかりが、俺の本道じゃない。受け止めることもその一つさ」

 

「まだまだっ!!!!」

 

「だが、そろそろ終わりだろうさ」

 

その時、五高は悟る。レオの背中(せな)が庇っていた敵ウィザードである銀髪の女子のチカラが、最大級に高まっていたことを―――。

 

「それではフィッシュならぬフィニッシュとさせていただきましょう」

 

カレンの手には玩具のような白弓があり、弓弦を引っ張った状態でいたのだ。

 

「ザ・フィッシング!!!」

 

言葉と同時に弓からは……頭がおかしくなりそうな『ピンク色』の光条が勢いよく解き放たれ、五高側に走る。

当然迎撃しようとする五高セイバー上川であったが。

 

「ぐおっ!!!!」

 

剣では受け止めきれないほどの圧は障壁すらも越えて、五高の盾に向かう。

 

「私のレオ先輩への愛の重さが威力へと繋がる。このラブアース・アロー。簡単には迎撃できませんことよ」

 

最後の方には無理やりなお嬢様言葉を使ったカレンであったが、言葉通り矢という名の光は上川を吹き飛ばし、それをシールドに届かせた。

 

威力は魔弾よりも高い。よってシールドは病葉よろしく砕け散った……。

 

「そんな!?」

 

五高も決して弱かったわけではない。寧ろ、オーソドックスに強い部類だったろう。

だが……規格外の『チカラ』を持つものたちを相手にしては、どうしてもリードが生まれなかったのが不幸の始まりだろう。

 

ブザーが鳴り響き、勝負は終了したのだと気付ける。

 

勝者と敗者の境界が刻まれる。嘆きの言葉を放った寺沢聖子が額を抑えて、少しだけ俯く。

 

―――完敗。

 

その苦さを噛み締めているのだった。

また上川大輔も、眼を瞑り少しだけ天を仰ぐようにして敗北を噛み締めている様子。

 

セイバーアンドウイザード 第1試合は、ロアガンのような混乱を見せず、されど大いなる熱狂を沸かせながら終結した。

 

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 

 

完全な力勝ちである。レオの得物は、流石に宝具ではないが、概念武装ではある。

 

おまけに柄、持ち手部分に巻き付けてある聖骸布……ヴァレンティヌスのそれが、力を倍増させて言峰からも供給を確かにしている。

 

(考えてやがるなぁ)

 

達也の入れ知恵なのか、はたまた2人で考えたのかは分からないが―――。

 

(こいつらが決勝まで上がってくるだろうな)

 

最大の敵が現れたことを認識するのだった。

そんな刹那の認識と同時に少しだけ気負うものもいるのを目敏く感じる。

 

(相津……レオを結構、意識しているな)

 

武器検査から戻ってきた相津が、がっつり第一試合の様子を画面越しに見ている。

声を掛けるべきかどうか、少々悩む―――が……。

 

「ミスター・イクオが、レオを意識する―――それは当然です。今は静観しておきましょう刹那。過酷な砂漠を行く旅人には、水を差し出すことだけが手助けではありませんから」

 

「己で喉の乾きを癒やす術を見出だせ。ということかな?」

 

参謀役であるシオンの言葉の意味をそう解釈すると頷く。

 

「ナアム、今はあえて言葉を掛けずに―――掛けるべきは、レッドの方ですね」

 

「成程―――しかし、意外だなシオン」

 

「理屈と計算だけを頼みとする錬金術師らしくないと言いたいならば、それは誤解と不見識というものです刹那」

 

こちらに長いおさげが垂れている背中を見せながら口を開くシオンは、きっとスゴイドヤ顔をしているに違いない。

 

「つまり?」

「日本のことわざ『風が吹けば桶屋が儲かる』ということを計算しているだけですよ」

 

くるんと反転して言うシオン、口元をおさげの先で隠しながらイタズラっぽく言われたことで、更に成程と思いつつ―――。

 

「助かるよ。キミにいてくれると」

 

世話焼きがちな刹那を少しだけストップしてくれる彼女の先読みは素直に嬉しかった。

 

「そう言ってくれると何よりですね。ただ私も女子ソロピラーズがあるので、いざとなれば『頼らせてもらいますよ』」

 

「CADの整備は俺よりキミのほうが……ああ、そういうこと、か」

 

本戦女子ソロに登録された面子の中でも最大級に『ヤバい』相手がいることを見せられたトーナメント表から察する。

 

だが、そこまでいけるかどうかである。そう考えても、とりあえず『分かった』と言っておくことで、シオンを安堵させるのであった。

 

(さてさて、んじゃレッドに言っておくか)

 

少しだけ脇役になってくれというか、見せ場を作ってくれ―――という要請に。

 

「も、もちろん、だ、大丈夫だぜ!」

 

さんざっぱらモルガンによって玩具にされて、昔懐かしの『プリティー・ウィッチー・もーどれっちー』(爆)な衣装を着せられたレッドの引き攣った笑顔が、非常に印象的であった。

紅い魔女衣装は、胸元の調整に若干時間がかかったらしく、モルガンが、『これ』を着せようとしていた人はレッドよりも『ご立派』だったことが理解できた。

 

「ジロジロ見るなよぉ……」

「すまん。けど似合ってるよレッド」

 

恥ずかしがるレッドから少しだけ眼を反らしつつ、そうフォローを入れておく。

 

もう一組の参加者である新島と伊達も、気合充分。

同校である第五高校の坂神となにかやっているのかと思う。

 

「ただのまじないさ。キャプテン、俺たち五高の一種のジンクスさ」

「まっ、期待しといてよ遠坂君。アタシたちのレッツパーリィな戦いぶりにさ」

 

新島八郎(別に八男ではない)と伊達麻依の言葉に、大丈夫そうだと思っておく。

 

「―――で、正味のところ。西城・言峰ペアに勝てそうか?」

 

「幸いながら、準決・決勝戦まではウチのエントリーは当たらないよ。その前にコケる可能性を考慮しなければ、な」

 

二人と別れて坂神が問いかけてきたので、どこまでいけるかの予測を言っておく。

 

しかし、チーム・エルメロイの独壇場になるほど容易い相手ばかりではない―――。

ふんどしを締め直すつもりで、刹那は各選手の様子を見ていく……。

 

 



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第344話『魔法の宴 魔剣の章Ⅱ』

なんやかんやありましたが、とりあえず活動報告での皆さんの反応から察するに、そこまで深刻にならない方がいいんだろうか? とか考えて、突然の非公開の決定に申し訳ない想いが出てきたので……。

とりあえずボチボチ書いていこうかと思います。電子書籍で冒険を読んで、聖杯戦争的デモンベインらしき、斬魔大戰デモンベインも出てきたので沸々と湧き上がるものがあったので――――――とりあえず、あまり期待をせずにお待ちいただければ幸いです。


 

「西城くん!! 言峰さん!! ありがとうございます!!」

 

「まだ一回勝ち抜いただけですよ。ビッグボス」

 

大袈裟なという想いで、頭を下げる中条会長に頭を上げるように言う副会頭。だが、2人が戻ってきた一高テントの面子は、本当に感謝しているのだ。

 

このままいけば、本当にエルメロイに会場の空気を持っていかれる。呑み込まれるところだったのだ。こういう戦いの場では理屈ではない勢いがあるのだから

 

(だが、まだチーム・エルメロイの選手たちは出ていない。紀藤先生の寄越した映像だけならば、剣術部の相津郁夫とモードレッド・ブラックモア……実際、エントリーの中で知っているのは、この2人だけだ)

 

普通に考えるならばモードレッドの方がセイバーだが、相津郁夫の魔法能力と『去年』までの九校戦競技との相性の悪さを考えれば……。

 

「お兄様、チーム・エルメロイが」

「出てきたか……」

 

深雪の言葉で大型画面に目を向ける。

 

第三試合。第四高校とチーム・エルメロイの戦い……現れた相津は朱色の武者鎧、いわゆる『赤備え』というものを着込んでいて、四振りほどの得物を持ってきた。

 

レオのように多手神腕を使えるわけではないから、2つの手でそれを使い分けるということだろう。

 

相津と同じように衣装が凝っているのは、レッドも同じだった。普段の彼女の印象ではないキュートな『魔女衣装』(ウィッチドレス)

紅い魔女衣装はとてつもなく似合っているのだが、顔が紅潮している辺り、彼女が好んで着ているわけではないと察する。

 

(ルーラー・モルガンの仕込みかな?)

 

なんとなくそんな気がしてならないのだが、ともあれレッドは一度だけ両頬を叩いてから気合を入れ直した様子。ウィッチハットをかぶり直したレッドが、高台に上がる。

 

試合の流れは先ほどのレオたちと同じ。当たり前だが変わらないようだ。

 

しかし、レオとカレンのコンビが見せた戦い以上のものがあるだろうか……。

 

出来ることならば『派手な戦い』を繰り広げては欲しくない。

 

などと妙なことを願ったとしても、チームのキャプテンは『あの刹那』である。そしてエンチャンターにしてウェポンマイスターたる刹那の『本領発揮』ともいえるこの競技……。

 

(相津の持つ武器―――何振りかは宝具だな……)

 

詳細は知らないが、それでも眼を焼くほどの魔力量からそれを察する。赤備えのサムライに赤き魔女……何ともチームカラーを意識したものだが、ともあれ……戦いは始まる。

 

 

―――四高とエルメロイの戦いは、序盤から乱打戦になっていく。四高の黒騎士、黒魔術師ともいえる相手は最初っから乱打戦で打ってきた。

 

マシンガンの一斉掃射のような魔法攻撃を前にして、チームエルメロイの相津は……。

 

「チェェエエスウウウトォオオオオオ!!!!」

 

その気合いの声を伸ばす意味が分からないが、それでもその言葉に違わず『相津』は宝槍と名剣を器用に操り、四高の攻撃を全てシャットアウトした。

 

―――疾い。

 

障壁魔法は使わずに、身体強化と自己加速魔法のみで四高の攻撃を迎撃した。

相津郁夫という一科生が今回選ばれなかったのは、その魔法特性が九校戦の競技内容とマッチしていなかったからだ。

 

他の魔法使用も決して2科生のように達者ではないということではないのだが、どうしても『器用貧乏』という感覚が、色んな面から審査をしてきた首脳陣に残ったのだ。

 

同じ器用貧乏であっても今回、一高が選手として選んだ『十三束 鋼』との比較の天秤(アストライア)で、やはり『十三束』の方を重く選んだ。

 

魔弾を使いたいという願いから刹那が鍛えてきたことと、達也のCADの調整力ならば十三束を九校戦の有力選手として登録出来るとしたからだが……。

 

その天秤の篩から落とした方を、刹那は選手として登録してきた。そして現在……こうして九校戦にて「敵」として活躍しているのであった。

 

「相津の剣、一振りごとに多段の斬撃を発生させているな」

 

剣術部の後輩だからか、この試合に注目している桐原の疑問に達也は答える。

 

「ええ、武器の効果なのでしょう。そして思い出しましたよ。アレはサーヴァント 鈴鹿御前(ミニスカサンタ)のツインブレード(両刃剣)『両通連』と、サーヴァント ディルムッド・オディナの『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』」

 

どちらもこの大会で使うにはチートすぎやせんかと言いたくなる得物である。当然、達也は「おまいう」であることは自覚しているのだが。

 

範囲守備(ゾーンディフェンス)対面守備(マンツーディフェンス)か」

 

桐原の言う通り、相津の戦い方は正しくソレだ。

 

両通連で子弾をばらまく範囲攻撃を散らして、破魔の紅薔薇で大魔法をディスペルする。

堅実な戦いだ。

武器に付与された術式(効果)に身を預け、その上で身体強化の限りで敵の攻撃を防御する。

 

そう……本当に堅実な戦いだ。

 

(刹那のことだから、なにかビックリドッキリガジェットな得物を出してくると思ったんだがな)

 

相津はレオのような反射攻撃はしていない。ただセイバーの本領よろしく防御に徹している。

 

得物だけでディフレクト。

それだけでも結構スゴイことだが……。

 

「レッドの方も見ておかないとな」

 

セイバーの方にだけ注目していてはならない。ウィザードの攻撃力も見ておかなければ――――。

 

――と思うのだが、レッドに関しては特筆すべきものはない。

レッドの一高での普段どおり、荒っぽい性格の通りにプレデトリーな魔法攻撃が、四高のセイバーをふっ飛ばし、シールドに吸い込まれていく。

 

亜夜子と文弥が鍛えただけにロアガンでも、いい線行っていた四高ではあるが……。

 

(闇討ち専門の黒羽は、正面切っての戦いでは分が悪い……)

 

何とかセイバーの為に、いい武器を確保したのだろう。ウィザードにも必勝の策を授けたが、如何せん……パワーが違いすぎた。

 

朱色の雷光がレーザービームのように解き放たれる度に四高のセイバーは、その圧に抗しきれない。

重く鋭い攻撃の連続でシールド破壊を行うレッド……そして勝敗はレオとカレンの如く決まるのであった。

 

「上がってくるか?」

「出来ることならば、どこかで『コケてくれれば』とは考えます。桐原先輩の後輩の戦いぶりは予想外すぎる」

 

先程の試合で相津郁夫が使った得物は2振り。残りの2振りの詳細はまだ分からないが、魔力封じの布で包み隠していても、『漂う魔力』から宝具級の得物であると断じてはいるのだ。

 

「ですが、ぶつかった場合を想定して動き出す必要はありますね」

 

レオの神腕幻手……それは『神を喰らったもの』と同根でありながらも、少しだけ違うものと聞く。

 

(エルメロイ先生は、レオが『負担』なくそれを扱えることに疑問を覚えていたな……)

 

ならば、その先に至るものを理解していたはずだ。

 

「急激なパワーアップなんて無理なんですし、とりあえず戦う選手たちを万全にしておきましょう」

 

結局、スーパーエンジニアなどと他校から呼ばれている達也でも、次善の策しか取れないのであった。

 

 

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 

「レオさん! グッドファイトでした!!」

「おう竜樹くん。ありがとう!」

「お疲れさまですレオン先輩。スゴイ競技でしたね……まさかカードゲームじみたものを九校戦の競技にするとは……」

「アレならばアーシャと私でも出場できるよ! 大丈夫!! アーシャに届く魔法は私が砕く!!」

 

いずれは魔法科高校に入るだろう後輩一同より構われている西城レオンハルトだが、ここまでの会話を聞いていて、思うところも一つある。

 

「遠上くんは一高に入るのかい? それともアリサちゃんが、八高に行くのかい?」

「多分、私が一高に行くことになりますよ。もうアリサは十文字アリサなんですから、マズイでしょ」

 

アリサとしてはミーナの心遣いは気を回しすぎだと思うのだが……まぁあまり言わないでおく。

 

ただ北海道内(じもと)ではマジックアーツで優秀選手で知られている以上、そんな人間が東京に行っては八高の人間たちは面白くないのではなかろうかとも思ってしまう。

 

まぁ先のことは先のことだ。竜樹も金沢行って一人暮らししたいとか言っているのだし……。

 

(全ては遠坂刹那という魔法科高校生徒の生き様が原因なのかしら?)

 

男として独り立ちすることで作られる『分厚さ』というものを、敏感に下の世代は感じているのだった。無論、彼の場合はそれだけではないのだろうけど……。

 

(だからといって、アナーキーなことをしたいという欲求もどうなのかしらね?)

 

「姉さん。口に出てる。内心でのみ言っているつもりだったんでしょうが、完全に口にしていましたからね」

 

大変な誤解を受けて苦い顔のままに、それを解こうと試みる弟だが、姉としては一家言あるのだ。

 

「竜樹さん。ちゃんと『避妊具』は常備しておくように、そういうの女の子に用意させないでくださいね。でないと私みたいなのが生まれちゃうんですから」

 

「自分を卑下するような発言はしないように、ただまぁ……別の地区の高校に行ったからと、そんなことになるかなぁ」

 

反対に窘めつつ、頬を掻きながら姉の懸念は的外れだと思う竜樹がいた。

 

自分がモテるかどうかは微妙だなぁと思っている思春期真っ盛り。

まだ普通(・・)の中学生の竜樹ではあるが、魔法師だけの学校という特集環境下に置かれれば、十文字という『名跡』は、色んな意味で注目の的になるだろう。

 

特に魔法教育云々ではない公立中学に通っている内は、まだそういう風に感じてしまう。

 

別に女の子に興味がないわけではないし、憧れるような女子もいるが……そういうのはまだまだ縁遠いと思えるのだ。

 

「まぁ刹那みたいな生き方なんてのも、忙しないような気もするけどな」

 

だが男ならば、誰であれその生き方に羨望も生まれる。

それをレオはよく理解していた。

 

しかし、彼の場合は止むに止まれぬ事情もあったのだから……。あまり羨むことは良くないかもしれない。

 

(さて、どこまでいけるかね?)

 

当然、優勝するつもりではあるのだが、それでも……。

 

立ちはだかる敵は全て強敵だ。

 

しかし―――。

 

(十文字克人が望んだ不動の城壁であろうとは思うぜ)

 

そして―――レオの気持ちに答えるように、試合は順調に推移していき……。

 

セイバー&ウィザーズ 本戦 決勝

 

一高 西城レオンハルト&言峰カレン

チームE 相津郁夫&モードレッド・ブラックモア

 

そういう展開になるのだった。

 

★ ☆ ★ ☆ ★ ☆

 

結局の所、ここに至るまでにかなり白熱した展開ばかりではあったが、最終的にはこの2組に軍配が上がっていったのだ。

 

遂にある意味では『同校対決』となった決勝戦……ウィッチドレスのモードレッドの姿に熱狂したり、ギリギリアウトな薄手の露出衣装で会場を沸かせたカレン。

 

この2組が上がってくるのは仕方なかったのだ。

 

イロモノよろしく感はあるが、それでも会場の空気を持っていったのは間違いない。

 

ただ不安要素はある……。

 

(未だに秘されている相津の『秘剣』……ブラフで持っているにしちゃ、随分と業物の雰囲気が漂う)

 

念の為に美月にも、どういったものであるかを「魔眼」で見てもらったのだが、達也と同じような感想であった。

 

だが面白いことに、美月は『カン』ではあるが、アレは『日本刀』……打刀拵であると推測していた。

 

それは達也には見抜けなかったものである。

 

(美術部として数多のスケッチをしていただろうからな。隠された被写体の内部を推測したんだろう)

 

サーヴァントのスキルで表すならば『芸術審美:C』というところだろう……。

 

考えてから、衣装のことで喧々囂々としているカレンと千代田風紀委員長のところに仲裁に行くのであった。(中条会長からの要請)

 

 

……かたやエルメロイ陣営も、正しくここが勝負所と見ていたりする。

 

「相津、いまさら何も言うことはない。試合に関してはな」

 

「決勝戦だから何か言ってくれると思ったんだけどね」

 

黒糖飴をかじりつつ、ブドウ糖を溶かした茶を飲んでいた相津は苦笑しながら言う。

 

「だが、レオや言峰の弱点を突くなんていうのは相津もレッドも好かないだろ? 今更死ぬ気で勝ちをもぎ取れとかも言えない」

 

そもそも、この競技ルールではどうしようもなかったりするのだが、それでも……サムライとナイトは好かなかっただろうと告げてから―――。

 

「だからこそ聞きたい。何故、レオをそこまで意識しているんだ?」

「―――流石に見抜いたか……キャプテン」

「気合いが入っているならば、聞かないでおくのも一つだったんだけどな」

 

だが、もはやここまで来たならば、洗いざらい吐いてもらったほうがいいと思えたのだ。

 

気負いで空回りされてはマズイのだから。

 

「羨ましかったんだ。西城くんが……」

「羨ましい?」

「僕は……確かに1科生として一高に入学出来た。魔法剣術でもそこそこ……上位の術者だった」

 

自画自賛ではなく、彼の評価はそうであった。その通りすぎるが、そこから伸びてきても――――――。

 

「所詮は2科生よりもマシでしかなかった。キミ風に言えば、オールマイティステータスを求める実技テストの中で、僕は一芸特化の男だったから……」

 

「だが」

 

言わんとすることは分かるとした刹那を遮る形で、相津は口を開く。

 

「うん。それでも実戦の場でならば戦えると思っていた……けれど、一高が巻き込まれた大戦(オオイクサ)の中で、僕は満足に動けず、代わりに率先して前に出ていった人間がいた―――千葉さんと西城くんだ」

 

その場にいたというだけで勇気を振るったのか、それともただカラダが勝手に動いただけなのかは分からないが……。

 

確かに、相津の上げた2人は事態が起こると、中心ではないが最前線に立つことが多かった。

 

「そして、その後には西城君は資質を見いだされたのか、十文字先輩の後釜を任された……城壁(ファランクス)を教えられてね」

 

「レオに教導するように十文字先輩に頼んだのは俺だったんだけどな」

 

「だとしても十文字の家伝だ。最後には彼を認めたんだろう……総じて言えば……僕は西城レオンハルトという魔法師に、コンプレックスを抱いていたんだ」

 

だからか。内心でのみ吐き出した息と言葉。刹那には何も言えない。

誰かの背中に追いつきたいという心は、男ならば誰もが持っているものだから。

 

(俺とて……)

 

あの赤き弓兵。そしてオヤジの背中を見ているのだから……。

 

「僕にだって、西城くんみたいに出来るはずだ! 僕の魔法、身体強化からの身体狂歌を以て、西城くんに勝つ!! 言峰さんの魔法を―――」

 

僕も打ち返す! と決意を込めて言われた以上、もはや何もなかった。

 

男としてただ見送り、戦いの場に送り出すだけだ。

 

「いいだろう。■■を開帳しろよ。お前の全能力を以て戦いを楽しんでこい。勝つことがお前の望みだとしてもな」

 

「―――恩に着るよ。キャプテン」

 

その快活な笑みでの言葉を皮切りに、戦いは更に変化を果たす……。

 

 



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第345話『魔法の宴 魔剣の章Ⅲ』

今更ながら信長さん。ご結婚おめでとうございます!!!

んでもってアスラウグ―――――電子版を待つんじゃ無かったぁ! 

けどなぁ。なんて言うか……各同人ショップも結構、忙しそうだし。いやお届けならば早いところは早いんですけど――――――まぁ待ちます。

ただ色々と、もどかしい気持ちを持ちながら新話お送りします。


 

「遂にSAWの決勝戦か……」

 

「先にやった三位決定戦(さんけつ)で、チームエルメロイが三位を取ったのがキツイぜ」

 

決して全ての競技種目で1位の優勝を取っているわけではないが、ジワジワと加点範囲に選手を送り出しているチーム・エルメロイなのだ。

 

現在の得点勘定で言えば、ここで優勝を取っておかないと後々がキツくなる。

 

(しかし、まさか……ここまでとはな)

 

別に弱点を突かれたわけではない。相津とレッドは正攻法で勝ち上がってきたわけだ。

 

まぁ英霊の宝具=ノーブルファンタズムを使われたことは予想外だったが、ソレ以外は正しく正攻法であった。

 

「頼んだぞ西城、言峰。何とか勝ってくれ!」

「もはや祈るだけだな」

 

会頭である服部の祈るような所作を桐原も笑えない。

 

会場は満員大入り、初日最後のビッグイベントを前にヒートアップするのは当然であった。

 

そして、その戦士たちが現れるまで―――残り5分……。

 

 

「最後には犯人の犯沢さんみたいに真っ黒クロスケになるかと思っていましたけどね」

 

「何の話だよ。まぁ俺の中にいる相棒はそんな存在か……」

 

この少女と話している時に自分(レオ)の中の相棒は、押し黙る。

何というか、意固地になっているとでも言えるかもしれない。

 

どういう因縁であるかは分からないが、どうやらチカラは貸してくれるようだ。

 

「それと―――レオ先輩、ちょっとばかり頭を屈めてください」

 

「? こうか?」

 

なにか頭に変なものでも着いていただろうか?と考えていると、何かが巻き付けられる。

 

聖骸布だ。バンダナのように額に巻き付き、しかし遊びを持たせるように側面で少しだけ伸びている。

 

「完璧です。前から思っていましたけど―――、貴方、ロックスターみたい」

 

朗らかな笑顔。まるで聖女のようだ。強く握られた指の柔らかさでありながらも、少しだけ硬いそれは、彼女の努力の証。

 

「どちらかと言えば海賊だろ。この巻き方は―――だが、シンセサイザー奏者は任せたぜカレン」

 

海賊という単語に自分のチカラと同じものを得ていた人物を思い出した。彼―――青年エルゴは、その旅路の果てに何を見たのだろう。

 

「ええ、お任せを」

 

それを見るまでは終われない。彼と同じものが見れるのか、それとも……だが、何となく予感を感じていた。

 

神霊をその身に降ろしたものの宿星を―――。

 

★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆

 

遂に現れた四人の魔法師の姿に、大声援が送られる。四人の姿は此処に至るまでの姿とは違っていた。

 

まずは一高側……レオとカレン。

レオはバンダナなのか赤色の布を額に巻いていた。

 

それと同じくカレンも聖歌隊で着るようなガウンローブのミニタイプ……赤色を着ていた。

 

すなわち―――。

 

「「「「「ペアルック!!!!!」」」」」

 

妙な意味で女子の耳目を集めてはいた。だが、ソレ以外に意味はあった。

 

あえてエルメロイカラーに被せてきたのは、「赤」という色の持つ視覚から心理的効果を奪う意味もあった―――というのはもっともらしい言い訳であり、結局の所……千代田委員長とカレンの意見の折衷案なのだ。

 

(やはりあの戦い……東京魔導災害の最後の方で現れたマジカル紙袋こそが、彼女なんだろうな)

 

正体不明の戦闘者……その少女の正体を見たのだ。

 

高台に上がり、髪をかきあげてから帽子を被ったカレンの姿に熱狂が湧き上がる。

 

そして相手もまた変わっていた。

 

レッドの姿……それは……大変に露出過多なものであった。これまたあの戦いにて最後の方でレッドが霊基を最大に上げた姿だった。

 

「むぅ。あれは脱げば脱ぐほど強くなる伝説の武術、裸神活殺拳!!!」

 

「何!? 知っているのか雷電(ライトニング)!!」

 

「更に脱ぐ気ですか!? ブラックモアセンパイ! やはり私もクピドフォームになるべきでした」

 

「言いたい放題言ってくれているが……生憎、この姿を取る以上、お前たちに勝機はないぜ」

 

言いながら、銃型にした「クラレント」を持つレッドは、その身から朱雷を迸らせながら対面にいる一高組を威嚇する。

 

だが、それでビビるほど浅い相手ではないことは先刻承知。

 

「相津はなにか無いのか?」

 

「無いよ。後はお互いの魔法を競うだけだ。もはや言葉ではなく魔法をぶつけあうのみ」

 

「そうかい」

 

それは苦笑したレオも同感だったらしくセイバー同士の会話は特に無かったが―――。

 

(虚勢でも張っていなければ、呑まれそうだったんだろうな)

 

刹那だけは理解していた相津の心、そして腰に差した打刀2振り。

 

思いっきりやれや。と想いつつ、祈るように手を組んでいる斎藤の姿を見ながら、そして練習ラリーのごとき魔法の飛ばし合い―――、確認は終わる。

 

そして。

 

『これよりソード&ウィザーズ 本戦決勝戦を開始します―――』

 

去年同様にミトのアナウンス。今年は劇的なドラマが少ないとか嘆いていたのだが……。

 

(いくらでもドラマはあるものさ)

 

そう心中でのみ返してから、試合の号砲が鳴り響く。

 

 

魔法を発動する速度はお互いに同等。

干渉力も殆ど同等。

 

優勢を取れる要素はウィザードに互いに無い……と思われがちだが。

 

「オラオラオラ!!! アタシの朱雷弾は止まらねーぜ!!!!」

 

「このブリティッシュヤンキーが、粗雑なんですよっ」

 

レッドが初っ端から乱打戦に持ち込んできたことで、カレンとしてもビックリするのであった。

ここまでの戦いで、確かに傾向としては有り得たのだが……。

 

(成程、レオ先輩を消耗させようという所存ですか)

 

確かに英霊憑依の一撃、一撃は重く硬いものだ。

 

だが、それは我が校の副会頭を舐め過ぎだ。

 

「甘いぜ!! レッド!!!」

 

6連射ものごん太ビームを迎撃しきるレオ。獅子の名前を持つものを侮っていたわけではないが、それでも自信を無くしそうになる。

 

(くそっ、神代魔術の類だと理解していたが……)

 

正面に打ち出せばビビると思っていたレッドは自戒してからレオのフィールドを通りつつもカバーしきれない範囲から魔法を通すことを企図する。

 

当然、威力はマシマシにするわけだ。

 

対するエルメロイ側の受け手―――セイバーである相津郁夫もまた、後輩の魔法力の高さに驚いていた。

 

放たれる桃色の光波や光線……レッドの銃という器具は対称的に前時代的な『弓』を用いた攻撃。

 

どんな系統魔法にも属さないそれの重さは確実に相津のカラダに響いていた。

 

(演出なのかどうかはワカラナイけど、このピンク色のハートのエフェクト(効果)になんか意味はあるのか!?)

 

もしかしたらば、一高ブレーンたる司波達也の策略なのかもしれない。自分を動揺させるために、このような奇策を用いるとは!!

やはり四葉の魔法師であるという事実は伊達ではないのか!?

 

「チェストォオオオ!!! 負けるものか司波達也ァアアア!!!」

 

その心が肉体をいっそう躍動させ、おピンクな攻撃による影響をシャットアウトさせる。

 

「「なんでさ」」

 

奇しくも離れた場所で同じセリフを呟いた刹那と達也。

 

策士策に溺れるではないが、相津の心中で、かなり不名誉なレッテルを一方的に貼られた達也は、言峰カレンの攻撃手が原因じゃなかろうかと推測しつつ……現状の分析をすすめる。

 

(レッドの攻撃を『跳ね返す』までは至っていないか)

 

レオから聞いた限りでは、レッドの攻撃……朱雷を用いた攻撃であることは理解していた。そしてそれを跳ね返せるかどうかが勝利の鍵であるとも理解していた。

 

(もっともそれが出来るまで、どれだけの時間がかかるか、だ)

 

イメージはしていたに違いない。実際、達也もレオにシミュレートもさせていた。

無論、現実に放たれるレッドの魔法との齟齬(ちがい)は実戦の中ですり合わせていくしかない。

 

(あるいは、言峰の攻撃能力(オフェンス)が完全に相津の防御力(ディフェンス)を上回ってくれれば良かったんだが……)

 

一番良かったのは、それだが……残念なことに相津の防御力に衰えはない。

 

お互いに僅かな罅割れだけが寸刻みに入っていくジリ貧の持久戦に持ち込むか―――と想いながら見ていた瞬間……。

 

遂に均衡を破る音が達也だけでなく全員に響く。

砕ける一枚のシールド。

 

先制したのは……。

 

チーム・エルメロイ―――そしてその攻撃は、相手のお株を奪う反射攻撃。

やったのは当然、エルメロイ側のセイバー、相津郁夫。

 

その手に握られている2本の刀……遂に開帳された秘剣―――その輝きが奇跡を生んだ。

 

 

「うっしゃーーー!!! いけー相津君!!!!」

「ちょいちょい! 弥生落ち着け!!!ビー・クール!!!」

 

チーム・エルメロイの観客席にていっそう声を上げる。斎藤弥生を抑える桜小路紅葉の様子。だが、大歓声があちこちで上がる。

 

「千日手になりそうだった展開が一気に動く予感だからな。当然か」

 

「イクオに渡したのってセツナが前から研究していたアレよね?」

 

「研究していたというと語弊があるが、まぁ概ねその通りだ」

 

リーナの言葉に返しながら、発端は自分ではなかったりする。どちらかといえば刹那は引き継ぎ役ということである。

 

相津があの初の作戦会議の際に刹那に求めたのは―――。

 

武装付与魔術師(エンチャンター)として最高の一振り。キミの作る剣を僕に振るわせてほしい!』

 

『僕という身体を使って最高のセイバーを仕上げてほしい!!』

 

その言葉、人体実験に供されてもかまわないという実に魔術師的な考えは―――少しだけ『待て』を掛けたが、ともあれ……。

 

「レッドがクラレントを鍛え直させてもらったときから羨ましがっていたんだろうな。故に、相津に渡したのは最高の一振り、二剣で完成をするものだ」

 

剣の()無銘の弐劍(エミヤ)

 

親父が、エルメロイ教室の面々及びお袋などとの共同研究の末に創ろうとして―――完成を見なかったもの……。

 

親父はそれを完成させる前に、去っていったのだ。

 

息子である俺が、残されていた走り書きのメモなどから推測したそれが、お披露目される。

 

 

相津郁夫が見せた二刀流の剣―――否、無限の剣の列がカレンの攻撃を切り捨てていく。

 

(刹那の剣の要塞! 魔剣城砦(ツィタデレ)。それを武器に付与したのか!?)

 

決して予想していなかったわけではない。実際、剣を無線兵器として運用してくるという予想は、服部会頭はしていたのだ。

 

とはいえ、それをクセのある魔法適正持ちである相津郁夫がやってくるとは、自分を棚に上げつつ、レオは分析していた。

 

カレンのアローの光線を弾き返したのは、多くの剣の列だ。その軌道はまるで『湾曲』。その変則的な返球には驚いた。

 

(リフレクトってよりは、スイープってところか?)

 

成程、と思いながらも―――レオもまたそろそろ……『攻勢』に出ることにした。

 

カレンは広範囲に細かな散弾攻撃をすることで、いい感じにリフレクトをさせないでいる。

 

セイバーに『攻撃行動』を容易に取らせない技ありの攻撃。だがそれでは、相手方のシールドを破壊出来ないわけで……。

 

レッドが放つ朱雷の光線、そして雷球……まだ隠している牙はあるだろうが……。

 

神腕で防ぎながらも、打ちやすくも、『相津』が捕球出来ないだろうものをレオは打ち返した。

 

打ち出された攻撃は6つの朱雷由来のもの。

 

レオの神腕幻手のうちそれを成したのは―――その数、4つ!!!

 

4つの軌道や規模、威力も『変化』をつけたレッドの魔法が見事に打ち返されたのだ。

 

驚くレッドだが―――同時にこの時になって気付かされる。これは―――マズイ! と。

 

背中が泡立つのを覚える。

 

「イクオ!!! 無理に受けるな!!! 打ち返せそうなものだけを防いでくれ!!!」

 

言葉が届くかどうかは分からない。だが、それでも―――その指示が届くことを願っておく。

 

そして―――打ち返されたレッドの魔法が、レッドのシールド2枚を砕いたのだった。

 

 

「レッドの攻撃力に対応するのが早かったな」

 

「ええ、もう少し時間がかかるかと思っていたのですが……」

 

この戦いにおいて恐れていたことが現実化してしまった瞬間である。どうやっても返球(リターン)された『魔法』というのは放った威力に比例して、その脅威度が増す。

 

本来ならば相手セイバーをふっ飛ばし、シールドを破壊するべく放たれた魔法が、こちらのセイバーを襲う脅威になる。

 

(アンリマユの霊基も影響しているんだろうが、この戦いにおいてレオはトップの資質を持ってやがったからな……)

 

アヴェスター(報復転写)に一度やられた刹那としては、カウンターパンチャーの攻撃という脅威を認識して―――。

 

「遠坂!!! どうすんのよ!!!???? このままじゃ郁夫君もモードレッドも負けちゃうわよ!?」

 

「ぐえええ!!! 斎藤!!! 襟を掴むなぁ!!」

 

いきなりな後ろからの抗議と攻撃に刹那としても、対応が遅れたわけだが……。

 

「ヤヨイ! ワタシのダーリンは、ソコまで浅いオトコじゃないわよ!!!」

 

斎藤を引き離してくれたリーナ。ようやくのことで、呼吸をしてから……対策というかやりようはあるとだけしておく。

 

「この展開は予想していた。それはレオを想定していたものじゃないが、返球された攻撃が、セイバーに対処出来ないものであるという場合をな」

 

襟を直しながら放出系魔法は現象を改変するタイプの系統魔法と違って、放出された時点でただの『物理的』『魔力的』なエネルギーの波動になる。

 

それゆえに、こちらからそれをキャンセルすることは当たり前に出来ない。

 

「ならば、対策は2つだ。その返球された自軍ウィザードの攻撃を破却するか。再びの返球をするか」

 

「そのどちらもレッドの過剰な攻撃力がネックになっていると想って――――」

 

刹那の講釈に呆れるように問題の根本を提示してきた斎藤だが、戦っているフィールドに変化が訪れる。

 

「あとは相津の努力と根性だけだ。どんな形であれど終わりまで見届けろよ斎藤。お前の―――同輩の戦いっぷりをよ」

 

きっと恋人とか言おうとしたんだろう、と全員が察しつつも、試合への応援は絶やしてはならないのだ。

 

決着の時は近い……。

 



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第346話『魔法の宴 魔剣の章Ⅳ』

アスラウグ―――にゃるほど。つまりは私の他作と、いや誰でも考えつくな。

そもそもアッドをマルミアドワーズの精(?)にするとか、意味不明だし。それに比べれば『狼』の伯父に、変形する武器(鋼金暗器)とか、いくらでもあるわい。

ともあれアスラウグは何というか視点たるレミナ側がマズいよなぁ。

本人もそれを自覚しつつあるし、読者視点からすれば『相互理解』が出来ていないと思える。ゴーレムの材料にされちゃったロシェほど鈍感ではないが。

とはいえ無駄話はともかく新話お送りします


後書きに続く…


 

「いやはや、これだけのデータを収集できて万々歳と言いたいところですが……」

 

「複製は可能かね?」

 

「刀剣に関わるエンジニアを集めたとしても……難しいのではないかと小官は推測します」

 

その言葉に薄暗い部屋に集まった人間たちの責任者は頭を痛める。

予想通りであったとはいえ、あまりにも、諦めが早すぎる言葉だった。

 

技術畑の軍人たちを怒鳴ることは出来ない。

いくら魔法技術などに精通した人間であっても、遠坂が作り上げた宝剣、宝槍は複製できない。

 

そんなことは理解していた。だがせめて何か端緒だけでも見えないかと希望を持っていた国防軍において大佐の階級にある男……酒井は少しだけ頭を痛めつつ観測を続けてくれと言ってから室外に出るのだった。

 

その際に、ふとモニターに一度だけ眼をやった酒井は、戦いの様子に羨望を覚える。

 

英雄的に戦いを行える……まるであの東京魔導災害での戦いの様子……現実に身体を持った英雄の御霊とともに戦ってきた若者たち……それを覚えているからこそ、どうしても……酒井という男は、羨ましいと感じてから今度こそ室外……モニタールームから出るのだった。

 

 

「ひゃー! 西城さんもスゴイけど、あっちの剣士さんもスゴイねー!!」

 

「うん。アレは恐らく武器に付与されていた術式を開放しているんだろうけど、展開された武器を使うだけでもかなりの負担のはずだよ」

 

インスタントな術式ではあるが、発動のためのエネルギーは自分持ちである以上、負荷はかなりかかるはず。そうだというのに……。

 

(楽しそう……)

 

端末に表示された情報だけを参照するならば、魔法剣士のようだが、日本の刀剣こそが本道なのだろうが、西洋の刀剣……宙に浮かぶ得物。長さに大小違いあるものを闊達に操りながら、一高側の攻撃を防ぐ様子。

 

何でだろうか……少しだけ身体が疼くような気がしつつも、戦いは最後まで見届ける。

 

 

「まさか、服部会頭の予言が当たるとは……」

 

「一振りするごとに様々な『魔力剣』が生み出され、それらが様々な形の群列を成して防御する」

 

綺羅びやかな色と先鋭的なデザインを施された魔剣があちこちで咲き誇る。身体狂歌で己を躍動させた相津郁夫がフィールドで動き回る度に、一高の攻撃手が全て無為に帰る。

 

双剣を振る度に魚群のような剣の動きがあちこちで見られて、魚群は集まり巨大魚のごとく形を成して魔法を防ぐ。

 

カレンの攻撃も、レオの反射攻撃も……全てシャットアウトする腹積もりのようだ。

 

(やはり持たせていたか刹那……こういうのが来ると分かっていたが、いざくると何も出来んな)

 

お互いに決め手を欠きながらも、不動の剛盾で守るレオ、躍動の疾風剣で切り捨てる郁夫。

 

この戦いが、続くというのならば……どこまでも見ていたくなるような見事な魔法戦だ。

 

しかし……。

 

「どちらかが崩れるかといえば、予想では相津だ」

 

この均衡が崩れるとするならば、崩れていくのは相津郁夫だろう。

体格と魔法力……サイオンの持続力という今では廃れた評価項目が、この戦いでは必要とされる。

 

おまけに如何に改造を施そうと、相津が使うような概念武装において必須となるエネルギーは、サイオンではなくエーテルである。

 

その差異は未だに測りきれていないが、消耗が激しいのは、どう見ても相津だ。そして最初に倒れるのも……。

 

(分かっていたはずだ刹那。勝利だけを目指さないとしても、このような無茶なことをすれば……)

 

どうなるかなど分かっていたはずだ。

 

「お兄様、時間のほうが……」

「時間?」

 

そんな思索の合間に深雪の言葉が耳に入る。

 

ここまであまり気にしていなかったが、実を言うとこの競技には規定タイムが定められている。

大概の試合では、この規定タイムをかなり余す形で競技終了となるので、意味をなくしている制度なのだ。

 

少しだけ気にするが、もはや意味はない。そうして剣の防御陣であらゆる攻撃をシャットアウト。

言峰のラブアローも、反射されるレッドの朱雷の攻撃も……。

 

(おかしい……確かに、レオの防御を破るためには、レッドは攻撃を倍増させなければならない)

 

だが、今の状態では無駄撃ちにしかならない。

レオを消耗させるためならば、確かに意味はあるが。

 

「うん?」

 

疑問を解消するべく何となく『精霊の眼』で全体的にフィールドを見た瞬間に違和感を覚えた。

 

(チカラがレッドに集まる……!)

 

相津がかき消した全てのチカラがレッドに集まるのを見た。それが何かを成していく……。

 

達也が見た事実をカレンも理解していた。それを理解して、シールドを崩す魔法を装填していくことに……。

 

(まさか、コイツを初っ端から使わされるとはな……)

 

本当ならば、ピラーズまで隠したかった秘剣の一つ。それを開帳する。

 

光輝円状展開(シャインベルトスタート)、幻想剣―――正列」

 

レッドの正面に切っ先を前に出した上で円状に展開する光剣が出来上がる。

 

明らかな大魔術の発動の兆候。そして―――。

 

「俺はここまでだ……頼む!!!」

 

一高からの攻撃をシャットアウトしていたエルメロイのセイバーが崩れ落ちた瞬間。壁が消え去る。

 

そうしてから、打刀2振りを地面に突き立てて、両通連のみを手にする相津。例え、剣群を発生させられないとしても、防御をするという姿勢を取った相津。

 

「ありがとよイクオ!!! 輝きを示せ―――カリバーン・ミュトス!!!!」

 

そのガッツある態度に感心したのか、そう声掛けしてから呪文に応じて光剣は細い光条を吐き出して、相手セイバーのフィールドを通過しようとする。

 

(止めてやる!!!)

 

光速(はやい)直線。それでも視認したならば、それを止める。しかし、その光線は―――。

 

レオの幻手を『避ける』形で背後へと向かう。

 

「『まっすぐ』じゃない! 2シームか!?」

 

変化球を使われたことに少しだけ驚く。

 

「ここまで落ちないストレートばかりだったからな! 変化を着けさせてもらったぜ!!」

 

誇りながら言うレッド。その攻撃はレオの体を避けるように通過した時点で終わりだったはず。

 

レオという野球バットをすり抜ける形でキャッチャーミットならぬシールドを叩き壊すはずだった。

 

だが、レオも一角のさるもの、レッドと同じく常識外の存在。反応が遅れても尚、強靭な体躯とそれに見合った魔術が対応を果たす。

 

一番下……腰の方から出ていた左右の幻手を後ろに流し―――そこから卓球、テニスのフォアハンドよろしく持っていた武器のリーチも含めて光線4つほどに対応した。

 

光線が霧状に切り裂かれた様子。しかし放たれたのは50は下らないホーミングレーザー(追跡誘導光線)

 

一高のシールドが次から次へとブレイクしていく。その数―――4枚!!

 

先の攻防で割れたのが1枚だったので5枚のシールドが砕かれた。

 

残りのシールド(ライフ)は1枚。

 

そして―――レッドは次弾を放つ準備をしている。

どうやら光剣の群れは『弓』か『弩』のようなものらしく、剣の柄尻から伸びる糸を引っ張ることで装填されるようだ。

 

「させるかよおお!!!!」

 

絶体絶命の状態。その攻撃を簡単に通すわけには行かず。幻手が最大展開!!! 最大膨張!!!

 

千手観音か、阿修羅のごとき様子で立ちふさがるレオ。

 

そして――――。

 

「―――――――ティミショアラ・デュナミス!」

 

同じく自分の正面に『砲』を作り上げていた言峰の必殺が炸裂する。

 

レッドの光剣の整列とは違い、それは星座の繋がりのごとく、光点が横に広がっていた。

 

放たれるは光の暴力。明らかにオーバーキルな威力を見せる光の『ギロチン』。投射された範囲だけならば避ける場所など無い。

 

神の断罪を思わせるそれを前にしてセイバーたる相津に防御する術は―――。

 

『『『『『カラダを張ってでも防げ!!! 我らがサムライセイバー!!!!!』』』』』

 

チームエルメロイのいる辺りから鬼のような檄文ならぬ檄指示が飛んだ。

 

ここまで来たらば、勝利を取るべきなのだから……そこまで追い詰めている!

その心を共有してくれたことに、感謝して相津は己の芯からチカラを振り絞る。

 

湧き出るようにチカラが出てきて身体狂化にして、肉体の旋律(パフォーマンス)を上げる最後の身体狂歌が、彼のカラダから出てくる。

 

3倍速以上で動くそれは固有時制御などというほど高度な術式ではない。しかし武道などでいうところの『爆発』の術。無理矢理に己のカラダを『戦闘用』に改造する御業。

 

「チェストォオオオ!!!!!!」

 

そのカラダが半自動的に両剣と刀を振るわせた。喉を震わせながら無我夢中どころか、もはや無意識の斬撃で光の暴力をかき消す。

 

どうしてそんなことが出来たのか、後に相津郁夫も疑問符に思うぐらいに洗練された動きと魔剣の効果使用が、鮮やかなものだった。

 

必殺の攻撃―――しかし、それでも相津の後ろに抜けていった光圧は凄まじく―――2枚のシールドが砕かれた。

 

残るシールド枚数は2枚!!!

 

―――勝った!!!

 

チーム・エルメロイの連中が残り時間との比較からそう誰もが想った瞬間!!

 

追加で砕けるエルメロイ側のシールド1枚。

 

―――負けた!!!

 

一高の陣営がそう落胆するように想った瞬間に反撃を放ったのは、そんな相津の神業じみた動きに目を奪われる中、自分の仕事を遂行した副会頭だった。

 

(光線全てを散らしたと見えて、一本だけ打ち返してやがった!!!!)

 

幻手は迎撃・防御するためだけにあらず。反撃の為にもあるのだ。

 

「カレン!!! 魔弾連射だ!!!!!」

 

「は、はい!!!!」

 

言峰ですら『終わり』かと想った瞬間に、同点になったのだ。言われたことで持ち直して子弾をばらまくタイプの魔弾斉射を放つ。

 

「―――!!!」

 

対するレッドも光剣による光条ではなく朱雷弾をばらまくように放つ。

 

その打ち合いが十秒あるかないかで続き……。

 

―――今大会では初のタイムアップのブザーが鳴り響き、試合終了となるのだった。

 

動きと魔法の使用を双方終える。幸いながらブザーが鳴り響いたあとに放たれた魔法は無かった。

 

双方、無事なシールドは1枚。されど……同点優勝はあり得ない。

 

「無事なシールドとは言うが、ひび割れや欠けはあちこちに存在している……」

 

「被ダメージ量が多い方の負け……」

 

双方に残されているシールドのダメージ計算は軍の計測係と最新式のダメージカウンターで採点される。

素人目には、両者同じような塩梅にしか見えない。

 

それが恐ろしいのだ。

 

半ば、運動会で玉入れ競技のカウントを待つかのような気持ちでいたところ―――

 

5分も経たずに計測が終わったようだ。

 

『只今の競技の採点結果が出ました。

一高 言峰・西城ペア―――ラストシールド 63%破損』

 

その言葉に、どういった意味であるかは分からないが、会場中からざわつきが出る。

電子モニターに表示された63%の破損状態の内訳は、まぁ納得できるものだった。

 

(エルメロイ側がこれを下回っていれば、こちらの負けだ)

 

達也が何気なくチーム・エルメロイ側の客席を見ると、B組の斎藤が手を組んで祈るような仕草をしているのを見た。

 

(あちらも必死だな)

 

もっとも、今更ではあろうが……。などと皮肉を覚えながらも……。

 

『チーム・エルメロイ 相津・ブラックモアペア―――ラストシールド ろくじゅう―――』

 

誰もがその言葉につばを飲み込み、緊張をする。

 

ろくじゅう――――次の言葉がスローモーションで聞こえてくる心地。

錯覚だと理解していても、そう感じつつ、されど―――

 

『―――ラストシールド 68% 破損』

 

――勝敗の境は刻まれるのだった。

 

その言葉を聞いた時、一高陣営が湧き上がる。我知らず達也も拳を握り小さくガッツポーズをしてしまった。

 

それぐらい初日から厳しく激しい試合の連続だった。

 

『セイバー&ウィザーズ 本戦 優勝は一高 西城・言峰ペア!!!!!』

 

堂々と宣言をされたあとには、スタンディングオベーションで喜びの歓声をあげる一高陣営。

 

昨年の例のように試合会場になだれ込む一高勢。

 

浅く息を吐きながらも、頭のバンダナを外して汗を拭くレオの姿。高台から降りてきた(跳んできた)言峰は、レオに『お疲れさまです』と言いながら、バチ当たりかもしれないぐらいに、聖骸布で彼の身体を拭いていく。

 

方や、エルメロイ陣営は仰向けに倒れた相津を心配していた。すぐさまチームドクターたるドクターロマンが駆けつけたが、大事はないようだ。

 

実際、相津は何とか立ち上がり斎藤に少しだけ肩を貸されながらも前へと歩みを進めていき―――。

 

「次は負けたくない―――だが、いまはおめでとうレオくん、言峰さん」

 

―――握手を求めるのだった。

 

「ありがとう」

 

返す言葉、返された表情を見た相津は、晴れやかな笑顔を向けて、そのゴツい五指に手を合わせた。

 

その一連の光景を見た周りから惜しみない拍手が降り注ぎ、万雷の喝采を浴びながら96年度九校戦初日のプログラムは終わった―――。

 

(……波乱ばかりの初日だったな)

 

下馬評が崩されていく、それが落ち着くことはあり得ない。

 

そう予感させる初日。

 

その初日だけで少し疲れた、いや疲労困憊とも言える状態となった達也は、疲労のもととなった男に、今夜もスペシャルディナーを振る舞ってもらいたい気分を覚えたのだ……。

 

 





前書きの続き…


しかし、昨今……次世代ものがちょっとポコポコ出てきつつある。ボルトは、まぁ有名どころ。
オーフェンも、新シリーズは次世代ものだったしなぁ

サトシの後のアニポケ主人公のリコちゃんも、もしかしたらばとも言える噂で持ちきり。

まぁテレ東的には『BORUTO』がこうなんだから、サトシの後も『これ』でいけるでしょうということなのか?

それはともかくとして初期メンバー時代から見てきた私は現在のアニポケに大感激。
カスミとタケシが出てくると、なんかね感動。

そんなこんな雑談多くて申し訳ないですが、次話もよろしくお願いします。




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第347話『魔法の宴~初日終了~1』

地球大統領――――――!!!

なんてこった……そして邪推ではあるがアセティック・シルバーさんのFGO同人小説が一度は禁書扱いだったのは、もしや!!!

などと色々思いつつも、何だか『リング』シリーズの最終章たる『ループ』を思わせるモノも出てきた。まぁ創作において元凶はシミュレーテッドリアリティ的なものは幾つかあるよな。

スターオーシャンの問題作である3とか……。などと考えつつ新話お送りします。


「あえて敗因を挙げるならば、やはりレッドの攻撃力が『単調』すぎたということだろう」

 

「だな。如何に威力を増大させたとはいえ、レオンハルトの神腕幻手はアベレージで4割を打つバッターのそれも同然、そんなものが六本以上も生えていれば対処は早期に可能だろう」

 

おまけにレオの選球眼及び対応力の速さが、チーム・エルメロイの予想を超えていた。

 

更に言えば、ファランクスを防犯センサー代わりに前面展開することで己の反応を補っていたりもした。

つまり……あの時点で、レオは完全にレッドの魔法を『棒球』よろしくする策が展開されていたのだ。

 

「では西城は最初からモードレッドの魔法を打ち返すべく考えていたんですか?」

 

来賓席にいた一高OBであり今大会の現場スタッフの一人でもある十文字克人は、自分の後輩の大活躍にご満悦になりながらも、疑問を呈する。

 

「私ならば、そうする。セイバーに直接攻撃が許されないならば相手の魔法を跳ね返すことで攻撃とするのが策だろう」

 

そして何より、あのタイミングでまだ勝利を諦めていなかったことが勝利へと繋がったのだ。

 

ブザービートでのシュートではないが、タイムアップ間近で優勢を取ったエルメロイ側の油断を突いてもいた。

 

総じて言えば……勝負どころにおけるカンが優れていたということだ。

 

来賓席にて予め用意されていた菓子と茶を嗜みながらの説明に、全員が感心をする。

 

「単純なチカラ勝負だけならば、言峰とブラックモアに歴然とした差は無い。やはりセイバーが全てを決めたな……」

 

ロード・エルメロイII世はそう言いながら考えるのは、西城レオンハルトの幻手に関してだ。

 

手とは神なり。

 

その想いで講義して指導をした我が弟子のことを思い出す。

 

刹那が当初、西城の教導で主にやらせていたのはルーン魔術からの『巨体形成』……俗称『巨人魔術』というものだ。

 

獣の神秘をなぞる獣性魔術から始まり、鬼への『進化』を目的とした魔術など、こと『上位存在』へと階梯を昇らせるなどといったような実践。

ある種、グノーシス主義的な試みは魔術世界では一般的である。

 

だが……現代魔法はそれとは別種の所にあるものだ。彼ら、現代魔法師は巨人の膂力も、鬼が持つ『世界の塗り替え』も必要とはしていない。

 

彼らは、生まれながらにして『物理法則』を捻じ曲げることを当然とした存在だからだ。

 

もっとも、最近では彼らの認識力では見切れないものが多すぎたりするのだが。

 

閑話休題(それはともかく)

 

結局の所、刹那が巨人魔術を主体にして教えていく内にある種の『副産物』的に、彼……西城レオンハルトは、己の内側から違う『手腕』を生やすことに成功したのだ。

 

(刹那は、エルゴのことは半端にしか聞いていなかったからな……)

 

だからといって自分の弟子―――彼の母親が事細かにエルゴのことを教えるとは考えにくかった。

 

彼女は、他者の内面に関しては伏せるべきことは伏せる。そういう気遣いという『心の贅肉』を持った優しい子であることは間違いないのだから。

 

(だからこそ幻手神腕をある種『これ』と『これ』といった塩梅に決めていったからな)

 

―――神を固定(とど)める。

 

ある意味では、英霊憑依を可能とする刹那の特異性が、彼の神を正体不明にしてしまっていたのだ。

刹那の高性能な「うっかり」とも言える。

 

(もっとも、レオンハルトの幻手は、やはりエルゴと同質のものだ……彼の実家が元・地元の有力者(ヤクザ)であることもなにかありそうだが)

 

そんないつもどおりな思索及び『解体』の準備をしていたロード・エルメロイII世ことウェイバー・ベルベットだったが……とりあえず置いておくことにした。

 

仮にもしもレオンハルトの中に『アイツ』の何かがあろうと、なかろうと……結局、自分の教え子であることに間違いはないのだから。

 

「しかし、初日から波乱が起きすぎているが……毎年、こんな感じなのかね?」

 

イングランド・プレミアリーグなどサッカーの本場でクラブチームのハイレベルな戦いを見ていたウェイバーは、何気なく問いかけたのだが。

 

「実を言えば昨年までは……どうにも、低調というか何というか……」

 

「はっきり言いなさいよ! つまり十師族である私達が同年代の魔法師の頭を抑え込んでいたんです!……まぁ去年は、若干違ったりもしましたけどね」

 

口ごもる克人に代わり、きっぱりと断言した真由美の言葉、しかし最後の方は同じく口ごもる調子になる辺り……どうにもこうにも。と兄妹そろって思う。

 

「物申すことでもないかもしれないが……どうにも君たちは隠すということをしないな。いやまぁ国防を担う立場であるというのも分かるのだが」

 

直截すぎるやり方である。それが良いか、悪いかは外様である自分たちには論じられない。だが、そうであるならばもう少し『多くの人間』と戦うべきだろう……学校対抗戦である意味は、少々薄れる。

 

「こればかりは我々の不見識ですよ……遠坂が、あなた方、ご兄妹の弟子が、世界をひっくり返した」

 

怒涛の日々は色濃すぎた。たかだか一年で、彼はこの世界に変革を齎した。

 

無論、彼がこの世界……北米に訪れた時点から徐々に種子は撒かれていた。だが彼の故国……この日本に来てから全ては始まったとも言える。

 

「そのひっくり返す手段とやらが、諸君からすれば『エルメロイ・レッスン』などという胡散臭いものだったと思うのだがね」

 

苦虫を百匹は噛み潰したとも言える顔のままに言う2世。反面、義妹の方は悪魔的な笑みを浮かべている。この2人の関係性が実に分かりやすかった。

 

「まぁ……成果は確実に出ていました。悔しいことに、衝撃的なことに、あらゆる意味で……真実―――飢えを覚えていた人間たちを掬ったのです」

 

七草真由美の顔が2世と同じくなったことは妙な対比ではあった。

 

結局の所……ベクトルは違えど、刹那のやりようが、色々と人間を妙な心地にさせたのは間違いなかったのだ。

 

「―――成程、ところでだ十文字君……あちらにいる制服軍人は、キミの知り合いかね?」

 

「いえ、自分も知りませんね」

 

40代ほどの壮年の男。自分の職位を示す服を着込んだ男が、少し離れたところからこちらを見ていた。

 

自分たち(魔術師)の世界ではあまり関わりを持たない人種ではある。

だが決して無関係ではいられないのも事実。

実際、ウェイバーが参加をした冬木聖杯戦争においてはJSDF(日本国自衛隊)の戦闘機が2機駆けつけて、キャスターの大海魔に戦いを仕掛け、あえなく捕食。更に言えば、もう1機に関しては、バーサーカーの宝具に昇華されて、それもまた英霊たちとの戦闘において破壊された。

その後年……十年以上も経った後の北米において行われた偽りの聖杯戦争は始まりからして国防総省(ペンタゴン)や国務省が『ガッツリ』関わっていたというのだから、アレな話である。

並べて魔術師絡みの戦いが尋常の世に漏れれば、こうなることは当たり前なのだ。

 

(だが、この世界におけるソーサラスアデプトは、当初から軍の兵器として使用が規定されていた)

 

古式はまた違うのだろうが、ともあれ……男は近づいてきた。

 

「ご歓談中のところ、割り込むようで失礼いたします。ミスタ・ミス ロード・エルメロイ」

 

「レディはともかく私は2世をつけていただきたいですな。とはいえ、何かご用件ですかな」

 

「見ての通り、私と兄上は我が弟子の弟子――言うなれば『孫弟子』とでもいうべき男女との歓談中ですので、できることならばお引取り願いたいですね」

 

礼節を持って近づいてきた軍人に対して冷たい対応。とはいえ、そこで大佐―――酒井も引き下がる訳にはいかなかった。

 

「少しでいいのです。不躾であることも理解しています。ですが……少々お話したいことがあります。これは、十師族であるそちらのお二人にも関わることですので―――お願いしたい。不肖、この酒井なる男の下らない話を聞いていただきたい」

 

そうして、この魔法大会……ロード達の故国の創作

たる『ハリー・ポッター』にちなんでトライウィザード・トーナメントならぬ『ナインウイザード・トーナメント』(今回は10校だが)の裏側で蠢くことが明かされるのだった……。

 

 

 

戦い終わって日が暮れてではないが、それなりに反省会やら何やらをやっている内に、日は暮れてしまった。

 

「初日はいい調子で終わったもんだ。この調子でいければ万々歳なんだがな」

 

「勝ってカブト()の緒をシメよ。だっけ? 本当はソンナことは必要ないと想っていない?」

 

こちらの顔を覗き込みながら面白がるように言ってくるリーナに、少しだけ笑みを零しながら言う。

 

「実を言えば……慢心王ほどではないが、明日で大体の所は決まってしまうのではないかと想っている」

 

九校戦の花形競技たるアイスピラーズ・ブレイクは、その競技の派手さに伴い配点も他の競技よりも高めに設定されている。

 

ゆえに……どの学校もここにエースを送り込んでくる。そして、そのエース達を倒すだけの実力を―――『チーム・エルメロイ』は備えているのだ。

 

「以心伝心ネ。ケレド、今年のピラーズは競技数が多いから競技日を分けるのよネ」

 

「とりあえず明日で最低でもベスト16、最高でベスト4までを進めたいようだ」

 

この明確な所を定めない点は、やはり『氷柱』の準備に時間がかかることと、相手との実力差次第では『速攻』で勝負が決まってしまう点にある。

 

要はステージ設定が面倒くさいということだ。

 

実際ペア競技は昨年と同じく氷柱の数が増えるのだから。それはしゃーないのだが……。

 

「まぁ楽しませてもらおうか。 はぐれものらしく、な」

 

他校とは違う逆張り戦法を行う刹那のやり方は、いまのところ効果を出している。

 

苦しいときこそ大きく張ることも重要なのだ。

 

よって――――――。

 

「すみません。厨房お借りします!」

 

―――厨房に許可を取って入った後には、今日を戦った戦士たちと明日戦う戦士たちの為の料理を作るのであった。

 

「遠坂シェフ!!」

「刹那くん!!」

 

厨房の料理人(プロフェッショナル)から口々に言われる。お疲れさまですと言ってから、紅閻魔が用意してくれていた場所に赴く。

 

「ますたー、疲れてないんでちか?」

 

「今日は競技種目は無かったからな。明日は殆ど紅に任せちゃうけど」

 

殆ど、ということはそれでもやるつもりなんだろうと想ったコックコート姿のリーナは、半ば諦めの境地であったりする。

 

この男は、自分が愛したダーリンは―――魔術師というよりも料理人でありたいと思うヒトなのだから。

 

ゆえに―――。

 

「なんでミナミとミノルはここにいるの?」

 

しかも本格的なコックコートを着て。心中でのみ付け加えてそんなことを言ったのだが。

 

「愚問愚答ですね。アンジェリーナ先輩、ズバリ言えば!! ココア、シアなどにも料理を振る舞う以上!! 私が手を掛けなければいけないのです!」

 

この子が四葉のガーディアン候補だったとは思えないぐらいに、我を出す様子に少しだけ思い悩むも―――。

 

「まぁ人手はあっていいものだからな」

 

特に今日のスペシャルディナーは、男手よりも女の手の方がいいかもしれないのだ。

 

「それで―――刹那、どういうものを作るんですか?」

 

「『コロッケ』と『エクレア』というところか」

 

光宣の質問に答えつつ、取り出した『巨大な塊』を使うことを企図する。

そして料理の全景を示すと厨房にいるシェフたち全てが感嘆の声を漏らす。

 

「成程……アナタが作るものはいつも大作ですね。何より……僕には分かりますよ。アナタの意図がね」

 

光宣の言葉に、そこまでバレているならばということで種明かしをしておく。

 

「童心に帰りたい高校生もいるだろうからね。そういうことだ。中学生たちもいることだからな……単純に、ただのチャーハンじゃつまんないだろう」

 

何より、十文字家の関係者が集まっているならば、これを使わない手は無いのだ。

 

「んじゃ始めるか―――」

 

そうしてもはや恒例となってしまったクーレ・デ・ラ・マギ……料理魔術などと口さがなく言われているものを刹那は披露するのだった。

 

 

「しかし、今日は危なかったぜ。完全に時間切れ間近でシールドを5枚砕かれたんだからな」

 

「だが、そこで逆転の一手を放てたんだから、お前の勝負カンが良かったんだよ」

 

「そうです。誇ってくださいレオ先輩。現在一高が3位に着けているのは、先輩が諦めなかったからなんですから」

 

言いながら三人は、メロンを食っている。メロンの果肉自体を食べているわけではない。

 

メロンの中にあった冷製煮こごりを食べているのだ。恐らく鶏と白身魚……多分ヒラメかスズキか。そんな所を利用して出たゼラチン質のスープは上品な塩味と酸味……恐らく梅干しだろう。

 

メロンの微かな甘味が口溶けに爽やかなそれは正しく絶品であり全員が舌鼓を打つものだ。

 

事実、タマモキャットがカートに乗せて持ってきたそれは当初はおっかなびっくりであったのだが(キャットにビビっていたのもある)、それの味が知れる度に全員が山積みされたメロンに殺到するのであった。

 

(これは前菜ということなのだろう。あの東京オフショアタワーで振る舞われたコース料理のメインを張れるスープ 『佛跳牆』ではない)

 

本当の意味で『胃を開かせる』為のものであり、この後に来るメインに対して達也は気を引き締めることにした。

 

だがゼリースープは、確実に嚥下していく。食べ物は余程のこと(悪くなる)が無い限り、粗末にしてはいけないのだから(食欲優先)

 

「お兄様、今更ですけど随分とヒトが多すぎませんか?」

 

「観戦に来た各選手・生徒の弟妹・兄姉たちがいるからな。別に構わなくないか?」

 

用意された大会場。宿泊施設は別だが食事料金自体は徴収している。

ぶっちゃけ来年以降の新入生たちを確保するべく、スカウティングじみたことも行われているのだ。

 

高校部活のグレーゾーンなスカウトのように意味があるかどうかはわからないのだが……。

 

「色々と聞きたいこともあるんだろ。何か困ったことでもあるのか?」

 

泉美のように深雪に妙な慕情を向けているものがいたり、生意気にも中坊のくせにナンパを試みた人間でもいたのだろうかと思っての質問に対して……。

 

「いえ、その……五十里会計の妹さんが、こう……スゴイ顔で私を見てきまして」

 

「絡まれているんですか?」

 

「そういうわけじゃないのだけど……」

 

カレンの何気ない質問に戸惑いつつ答える深雪。五十里会計の妹……その人間がどの子なのかは分からないが、とりあえずその五十里 啓と話している……眼鏡の女の子、ロングヘアの子を見ることに。

 

地味な美少女……そんな表現が似合う子だ。以前、刹那の記憶の中で見た故郷の市長。

 

氷室 鐘という女史を思わせる子がいた。こちらが視線を向けたことを『敏感』に感じ取ったのか、こちらに目を向ける妹君。

 

深雪と同じく自分に敵意を向けるかと思ったのだが……達也が目を向けた瞬間。

 

喜色満面。そういう表情としかいえない。口角を開き手を組み合わせて喜びを表現。

 

そしてから五十里の肩をバシバシ叩く始末。何を言っているのか、精霊の眼を使えば口頭言語を情報として見えるのだが……。

 

(やめておこう)

 

その様子から察するに、どう考えても五十里に「紹介して! 挨拶させて!!」などと言っているのは間違いなさそうだからだ。

 

「モテますね。流石は中○悠一ボイス」

「それがモテの原因とか悲しすぎるんだが……」

 

カレンのツッコミに返して、戸惑いつつも五十里啓―――五十里先輩が、妹君を連れてこちらにやって来る。

 

そのタイミングで……。

 

「出来たぜー。本日のスペシャルメニューだ」

「他のメニューも食べてくださいでちー」

 

大きなクロッシュに包まれた大皿を何枚も乗せたカートを押してきた刹那と紅閻魔。そしてリーナや水波と光宣たちが同じように後からやってきた。

 

よって―――達也は速歩きで、向かってきた五十里妹―――のちに五十里 (めい)と判明する彼女から遠ざかる形でスペシャルメニュー……遠坂スペシャリテに向かうのであった。

 

「おのれ!! ロード・トオサカ!! 私の司波達也様を奪いやがって!!!」

 

鬼のような形相をする五十里妹の言葉から、どうやら『そういうこと』らしいと気付く。

 

「メイ! ちょっと落ち着くんだよ!! 司波くんのあれはすでにパブロフの犬なみの条件反射なんだから!!!」

 

とんでもない言いようではあるが別に構わない。事実なのだから―――

 

そうして……遠坂刹那という魔法師との対話で本当の意味での本日の統括が行われることになるのだ。

 

 

当然、美味しいものを食べながらという文言が付くのである。

 

 



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第348話『魔法の宴~初日終了~2』

とりあえずヨハンナさんは一枚ゲット。そしてメレム氏は、まだアーキタイプアース関連、ぶっちゃけアル中なバレンタインイベントをこなしていないのだろうか。

ツイッターでの有志諸氏の報告――――――恐らく溜めているのだな! 記事にするのを!!!


 

「このままじゃマズイよなぁ」

「何がだよ?」

「色々だ。今日の三高の成績云々じゃない。とにかく空気が悪いな」

 

メロンの容器に入れられた煮こごりスープを食いながら、琢磨(友人)の言葉に、まぁ確かにと思う伊倉。

 

だが、何が出来ようか……。

 

「一条先輩が、明日……破竹の勢いで戦ってくれることを願うしか無いんじゃないか?」

「他力本願すぎる。やはり……遠坂先輩に向いている風向きを変えなきゃならない」

 

一高の西城レオンハルト・言峰カレンによって少しは流れが変わったが……。三高にとってのよい風ではないのだ。

 

「本当に、魔法師界のヒーローだよな……麦わらの一味で言えば、船長(太陽の戦士ニカ)副船長(三刀流の剣豪)海賊シェフ(赫足のゼフの息子)を歴任しているようなもんだ」

 

伊倉の苦笑するような賞賛の言葉。現在、厨房に入っている人のことを称するものに琢磨としては、ぐぬぬとせざるを得ない。

 

つくづくとんでもない男だ。あの人に打ち勝つべく三高に入った琢磨だが、離れた北陸でも彼の名声は轟く。

その事実に歯噛みしていると―――どうやら本日のスペシャルディナーがやってきた。

 

「ほれ琢磨! 遠坂先輩のスペシャルを食いに行こうぜ!!! まずは食わなきゃ始まらないぞ!!」

 

「ああ」

 

どんな時でも出された食べ物は粗末には出来ない。例え対抗心を燃やす相手であっても、それは当然の話なのだから。

 

 

そうして達也を筆頭にほぼ全員が刹那のスペシャリテに殺到する。

最初に出されたのは……。

 

「達也さん」「達也様」

 

「夫婦の合作かな?」

 

「プランは遠坂先輩、ですが心を込めて握らせていただきました」

 

「ならば、九亜たちとか幼年組が先だな」

 

察し良くその山盛りの揚げ団子を先に食う人間が分かった達也。

 

ゆえに小中学生たちに席を譲る。

やはり、わだつみ達は、水波にとって妹も同然であり、渡す際の様子が少しだけ優しい様子だ。

 

反面……。

 

「「アリサを食事で懐柔しようとしても無駄ですよ! 魔法科高校のシェフ!!」」

 

「なんだと思われているんだよ。俺の料理は、まぁとにかく十文字家と遠上には俺から説明したほうがいいな」

 

十文字本家の養子であり、克人の義弟にあたる男子と北海道の遠上という刹那の苗字に似通う女子。

どちらに苦笑しつつもキッチンペーパー型の包みに団子を入れて手渡す刹那。

 

後ろの方で小さく謝る十文字家御一同様にも気にせず手渡す刹那。

 

「くっくく! アーシャの料理で舌が肥えた私を満足させるほどの味だといいですねぇ!!」

 

「全くだな。俺は一度もアリサの手料理を食べたことがないが! 想像の中で味を膨らませてきた!!」

 

「いいから黙って食え。料理には美味しさの持続時間があるんだからな」

 

大谷日堂(ゲス)(神の舌)のごとき文言を放つ2人に返した刹那の言葉。確かに揚げ物は『アツアツ』を頬張りたいわけで―――。

 

全員が渡されると同時に頬張る。そして―――。

 

「―――うまっ、あっいや! 違う!! なんじゃこの『ライスコロッケ』は!!! 美味い!!」

 

「カリカリのパン粉をまぶされた肉衣から一杯に出るチャーハンの味わい、ふわふわぱらぱらな炒め米が、食感のアクセントとして常に飽きをこさせない!」

 

けんか腰だった2人が夢中になってしまうぐらい。それぐらい『モノスゴイ』料理……『チャーハンライスコロッケ』だが、さらなる仕掛けが施されていた。

 

「―――中心部にチーズ……揚げられたことで、溶けたこのトロミがまたチャーハンに合う……しかも、このチーズ……もしかして!!」

 

ライスコロッケの定番(?)ともいえる中心部の仕掛けだが、それに何かを気付いたのは十文字アリサである。

 

「アーシャも感じた? なんか、時折食べていた味に似ているよね?」

 

「遠坂さん。もしかして―――」

 

「そっ、中心部にあるチーズは、遠上家から十文字家に届けられていた北海道産のものだ」

 

その言葉で成程と思うが、何故に刹那の手にあるのか? 疑問に答えるべきか少し考えつつも……とりあえず答えることにしたようだ。

 

「いや、真実を言うのもあれだけど……十文字夫人から渡されたんだよ」

 

「ほぅ、義母(はは)が……、察するに遠上家の方から立派すぎるチーズを渡されたはいいが、自分では使い切れない、もしくはいい調理方法を思いつかないから、お前に渡されたというところか」

 

「セツナ、アナタの気遣いが無駄になっちゃったワ」

 

「ソーダネー、本当に察しが良すぎる若社長だわ」

 

リーナの言葉を以て十文字OBの解説に降参をするのだが、その一方で分かっていないことも多い。

 

トングを使ってチャーハンコロッケを渡している中で考えるに……。

 

「十文字ファミリーオールマッチョウイル計画って何ですか?」

 

「「「「「――――」」」」」

 

その言葉に十文字家の子供たちが全員、凍りつく。

 

「まだ諦めてなかったか母さんは……」

 

「マスター刹那がやってきたことで野望が再燃したか?」

 

「いや、もう無理だって、俺も竜樹君も骨格レベルで、細マッチョにしかなりえない!」

 

「加担しちゃったんですか?」

 

上から竜樹君、和美ちゃん、勇人君―――最後にアリサちゃんである。そして無言で少しだけ苦い顔の克人OBで、察するに、十文字家では共通認識のようだ。

 

「これを作っちゃってる時点でね。まぁステテコブラ・マッチョウィル先生は偉大なる人生の指導者かもしれんが、俺の人生の相談役 グリゴギ・鉄拳・オニスマッシュ先生には劣るな」

 

「ソレ、ドー考えても、モデルはアナタの養母よネ?」

 

「イマジナリーフレンドならぬイマジナリーイノベイターを作ることで、時にヒトは精神の安定を測れるんだよ」

 

結局の所、慶子夫人の趣味とは裏腹に、息子も娘も思ったようなゴリマッチョになってくれなかったのは、少し計算違いだったようだ。

 

「まぁアリサがレジー・ベネット(ダダンボヨヨン)みたいになることもあり得ないだろ」

 

スラブ系は油断するとすぐに『太る』ものだが、彼女にそれは無さそうだ。

 

2人ほどが憤慨しそうになったところに。

 

「もう! 何を想像して言っているんですか……」

 

などと嗜めるように少しだけ恥ずかしがるよう、照れるように言いながらライスコロッケを食べるスラブ系JCの様子に―――。

 

((((グローバルなモテ男))))

 

というやっかみじみた視線が届くのであった。

 

そんなアリサの対応に、ぐぬぬ顔をする男女中学生……。少しだけ人間関係が見えた瞬間であった。

 

「で、刹那。このライスコロッケだけで終わりじゃないだろ。先程からいい匂いをさせている方の皿も出してくれ」

 

「最初は桜井と光宣とが懸命に『空洞握り』をしたライスコロッケを味わってほしかったんだよ」

 

普通に握り固めたのでは、こうはならなかったご夫婦の献身を伝えておく。まぁわだつみとヒカルwith航などは本人から聞いていたようだが。

 

「タツヤってば、セッカチさんよねー♪」

 

達也の言葉に反しながらもライスコロッケだけでお腹いっぱいにならせるのもあれだ。そういう意味ではいいタイミングであったので。

 

「では、どうぞ『肉』と『米』を使ったエクレアチャーハンだ」

 

蓋―――クロッシュを取り払うことで、今回のメインを晒すことに。

 

敷き紙の上に乗せられたそれは……確かにエクレアのようなものであった。

 

「分厚いローストビーフ2枚で卵チャーハンをサンドしたのか、確かにエクレアだな……」

 

「しかし、形の奇抜さの割には何とも平凡な……」

 

周囲から聞こえるちょっとした失望の言葉だが構わずに刹那は小皿を用意してから、そこに下の包み紙ごと乗せていく。

とりあえず一人2つずつらしいが……。

 

「批評は食べてから受け付けるぜ。まずは手づかみで食えや!」

 

「ならばいただこう。幾度もお前のキセキの料理を味わってきた俺が最初の証人だ!!」

 

「ワ、ワイルド! こんな一面も司波達也サマにはあるんだね!! 兄さん!!」

 

刹那の給仕列に一番に並んだのは、今度は達也であり、当たり前だが彼が最初に食べることになる。

 

そんな達也に対して称賛を与えるメガネっ娘。それに特に思うところもなく、達也は、そのチャーハンエクレアにがぶりといった。

 

分厚い肉二枚で一杯の米を挟んだエクレア。

 

肉と米……それだけの捻りのない料理が与えた衝撃は―――凄まじかった。

 

雷鳴轟く!! 達也の総身を貫く落雷のごとき衝撃が――――――。

 

もはや何も考えさせられないほどに『幸福感』を与えるのだ。旨すぎて何も言えない。口角が下がる。眦は閉じてこの味に浸りたい。

 

「お、お兄様!! とんでもなく崩れた顔をしていますよ!! イメージが崩壊しています!!」

 

「美味しい料理を食べての笑顔!! これも司波達也サマのフェイス()なんですね!!!!」

 

一高のアイアンフェイス(鉄面皮)とも言える司波達也が完全に崩れてしまうほどのそれなのだ。

 

チャーハンエクレアにヒトが殺到する。既に小皿に取り分けられていたそれが無くなっていく。

 

そしてあちこちで、崩れた笑顔が出来上がる。

 

「料理勝負ならば、もはや勝負は決まっちゃうほどに圧倒的な結果ですね。宝石太子、私と茜にも!」

 

「はい。どうぞ」

 

「これが遠坂刹那という魔法料理人のスペシャリテ……あっ、はじめまして、一条茜です。以後お見知りおきを」

 

「そちらはとっくにご存知のようだけど、遠坂刹那です。こちらこそよろしくミス・茜―――」

 

先程は十文字家の方々がやってきたが、今回は一条家の関係者のようだ。リーレイことシャオリウの監視役として選ばれた一条茜ちゃんだが、どちらかといえば歳の同じ姉妹にしか見えない。

 

「シャオちゃん! この料理の解説をして!!」

 

「茜の疑問に答えますが、先ずはこの卵チャーハンを挟んでいるローストビーフですが、恐らく熟成肉ですね。それを丁寧に火加減を調整して完全な火入れされたものに仕上げています」

 

見ただけで分かることはそれだけと言ってから、シャオはそれにかぶりつく。もはや我慢の限界だったらしく茜もまたそれに倣ってかぶりついた。

 

女子中学生2人もまた―――雷鳴が轟くような味に酔いしれる。

 

咀嚼するごとに分かるものを酔いしれながらもリーレイは、どこぞの料理審査員のごとく言の葉を紡ぐ。

 

「分厚いながらも、柔らかく噛み切れることで、あ、あふれでる肉汁、白味噌ベースの味付けながらも痺れるような辛さ……タンジャオ(藤椒)の油で引き締められた肉を受け止める蛋炒飯(タマゴチャーハン)……それもまた普通の鶏卵ではない。これはウズラの卵を丹念に溶き、出来上がった溶き卵の卵液を米の一粒一粒に纏わせた……もう、なんか解説するのが無粋ですね―――正しくこのチャーハンエクレアは鍋巴(おこげ)や揚州炒飯に続く『天下第一菜』(ティエンシャテイイッツァイ)ですよ!!」

 

横浜の中華料理屋の孫―――震天将軍とか言うよりも超竜厨師とか呼ばれていたヒトの孫であるリーレイが手放しの賛辞をする。

 

その言葉で、ライスコロッケだけで腹八分までいっていた連中もそれを食うべく殺到する。

 

「単純そうに見えて奥深い! いや、単純すぎる調理なのに!!! 計算された料理術!!」

 

「くううっ!!!この肉と米のコンビネーションが!! ああ、明日の体重計の秤が怖いっ!!」

 

周囲からは嬉しい悲鳴が湧き上がったことで、『カーカッカッカッ!』とかどこぞの悪魔的料理人の如く叫びたいところだが……。

 

「熟成肉の味噌ローストビーフで『足し算』、鶉の卵のチャーハンで『引き算』をした訳か……」

 

「おや、どうやら復活したか?」

 

「いつまでもお前の料理世界に陶酔しているわけにはいかないからな……恐るべき料理だ。にしても何故にこれを作ったんだ?」

 

「明日の競技種目のタイムスケジュールは今日よりハードだ。魔法の使用が空腹状態でいいか悪いかは、議論の余地はあるが……腹減りで競技に挑むのはマズくないか?」

 

その言葉に聞いていた全員が確かに、と思うのだった。

 

明日の『つらら』本戦と『盾打ち』本戦は、正しくそれなのだ。

そして、今日の競技に参加したのが明日もエントリーされているならば、補給は急務なのだった。

 

しかし、今回の刹那の調理はいつもとはちょっと違った。なんというか『徒手空拳』とでも言えばいいのか……微に入り細に入りではないところが、不思議である。

 

「みんな脳みそよく使っただろ? 明日はもしかしたらソレ以上に、だったら、細かく味のバランス取るより、ガッツリ食欲満足させる方がお得だろ?―――安心しろ。同じメニューを昼食に欲しければ、明日のランチに欲しければ、予約しておけば、ここのホテルシェフたちが同じものを作れるからな」

 

場合によっては、瞬間冷凍機で凍らせておいての『常温解凍』も時には可能だ。

 

ぶっちゃけ刹那が、こういう調理にしたのは明日のランチ対策だったのかもしれない。そして、ライスコロッケも同時に……。

 

そうしていると一家言あるのか、魔法科高校の王子様がやってきた。

 

「こんな美味いものを食わされたらば―――明日の俺は万全だぞ。刹那」

 

「不足の相手を倒しても何の自慢にもならないさ。俺は俺の戦いをするだけだ将輝」

 

十師族を前にしても傲岸不遜極まる―――と取られかねない言葉を前に、やはりこいつこそが強敵であると……。

 

「ところで質問なんだけど何でエクレアと『アランチーニ』なの?」

 

「大した理由は無いな。ただ、少しばかり観戦しにきた小中学生を満足させるならば、格式張ったものよりも、食いやすいものがいいだろう?」

 

その裏には当の小中学生たちが大型ディスプレイでアニメの『ポ○モン』を見ていたりしたからだ。

 

その中に出てきたド○ーと捕獲ボール(モンスターボール)を見て着想したからなのだが……。

 

若干、けんか腰に聞いてきた三高の一色翠子に素直に答えるのもどうかと思ったので。

 

「―――『エクレア』が食べたくなったんだよ」

 

その端的すぎる回答の言葉。

 

遠坂刹那という男子が言わなければ、何もなかっただろうが、こいつが言うと……。

 

「「「「なんて迂闊すぎる言葉……」」」」

 

「うかつ? 何のことだよ。ただ単にエクレ―――」

 

ようやくのことで気づく刹那。はっ!と気付いた顔をしたときには、稲妻のごとき速度で魔法科高校のエクレア(一色愛梨)は刹那の胸中に移動していたりしたのだ。

 

「……もうっ、セルナってば、信長のシェフのように迂遠なメッセージで私を求めなくてもいいんですよ」

 

刹那の胸を人差し指で弄りながら、そんなことを宣う一色愛梨。頬を紅潮させている辺り、この女……。

 

「ちょっと! 愛梨!! 違うから!! 誤解だから!! っていうか分かってやってるだろ!?」

 

「ですが、三高は初日の成績が振るわなかったわけですし、ここは一つ戦国の世の掟に従い美しき姫を敵国の領主に送ることで、コレ以上の横暴を宥めるべきかと思いまして……」

 

頭が痛くなるようなことを言ってくれる。(ボディタッチ継続)んな風なルールが適用されるわけあるか。などと思っていると―――。

 

「衛生環境に気を使っていたセツナやワタシの努力を無駄にするような行動はノーサンキューなのヨ!」

 

「そもそも自分で自分を美姫(ラ・ベール)とか称している辺り……そこはかとない理不尽を覚えますね。あっ、セツナお代わりお願いします」

 

2人ほどが、愛梨に物申すように言ってくる。特にいつもは噛みつけるはずのリーナの尤もな言動に、ぐぬぬ顔をしながらも、ようやく離れてくれる。

 

「まぁ俺のエクレアチャーハンを食べてくれるならば、好ましい限りだよ。まぁとりあえず食べてみてくれ―――」

 

とはいえ、ちょっとばかり可哀想な気がして、フォローをしたのだが。

 

「では食べさせてください♪ セルナの手で直接、私の口に」

 

フォローの言葉を逆手に取られたのだが、そんな風に苦境に陥る刹那に対して……。

 

「……モテるんですね。遠坂さんって」

 

近くにやってきた十文字アリサは、ジト目で言ってきた。

 

「なんで膨れてるのさ?」

 

「エクレアチャーハンを頬張っているだけでしゅ!」

 

「そ、そっか」

 

ハーフスラブ系JCの妙な嫉妬に苦笑する。伝え聞くところの北海道で世話になって、想っていた遠上家の長兄とかとは違いすぎる女たらしな男に『だらしない』とか考えているんだろう。

 

という推理をしつつ、『キッド! 私にも!!』などと言う四亜にも皿をやった瞬間。

 

「―――お久しぶりですね遠坂先輩」

 

「よう、久しぶり。遠目から見ていたが、一人暮らししているのに、アナーキーにならないのか?」

 

「アンタもそれかい……」

 

気楽な挨拶で返した相手は七宝琢磨であった。別に懇親会で挨拶に来なかったからとか挨拶回りの云々で不満とかは無いが、まぁ苦手なんだろうと接触を避けていたが―――。

 

「何か用か?琢磨―――ほい伊倉君」

 

「あざまーす遠坂先輩!」

 

琢磨の方は特におかわりではないらしいので、手の動きは腹空かしを優先していた。味変としてクリームソース(遠上家チーズ使用)を掛けたりしていたが……。

 

「―――俺が三高に行ったことをどう思います?」

 

「特に、三高の気風ならば己を高められると想ったんだろ? ならば、それを俺がとやかく言う道理はないわな」

 

「ええ、俺は三高に行って強くなった―――だからこそ―――ロード・トオサカ!! 一色先輩の身を賭けて!! 俺と戦え!!! エキシビジョンマッチを挑ませてもらう!!」

 

ズビシっ!! という擬音が付きそうな指差しを経て、言ってのけた琢磨の文言に対して―――。

 

 

『『『『『どうして混ぜっ返すっ!!!!????』』』』』

 

 

怒涛の反意が主に女子陣(愛梨除き)から放たれ―――。

 

「そ、そこまでキレ気味に言われてしまうようなことでしょうか―――!!??」

 

さすがの七宝琢磨も怯えるようにして慄いてしまう。

 

無謀なる挑戦をした一年生。

だがその挑戦の中で……遠坂刹那に対する対策が取れないかと、明日の戦い―――つらら本戦に挑むものたちは策謀を巡らさざるをえないのであった……。

 

 

 

 



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第349話『魔法の宴~初日終了~3』

松本零士先生が死に、サザエさんのタラちゃん役たる貴家堂子さんまでも逝かれてしまった。
笑福亭笑瓶師匠も死んだりと――――――まぁ人生、何が起こるか分からなさすぎる

もう少しすれば春の陽気が降り注いだのに、だからと人の運命が変えられるほどかは分からないですが、ともあれご冥福を祈るしか無いです。


夜―――全ての人間が寝静まった……と言えるほど夜闇も更けていない時間帯。

 

だが、そんな時刻。富士の国防軍森林演習場に一人の男が現れた。夜間に行われる訓練の為の兵隊ではない。

 

その男、体躯こそ鍛え上げられたものだが、軍人と呼べるような人間ではなかった。

 

夏の若葉の草摺れの音もさせずに歩を進めていた男は、立ち止まって通信機器をオンにした。

 

誰もいないことは確認済みである。

 

本来ならば、今年の予定競技……魔法を使ったトライアスロンないしデカスロンに使われるはずだった場所である。

 

だが、魔法師の新時代は『地上』での戦いを欲していなかった。地上での優劣においては―――とある存在たちによって全てが塗り替えられていた。

 

それは人外魔境にして塵骸魔京すぎる世界の英傑・英雄たちのチカラであったりしたのだが……。

 

「……比丘尼どの―――、ここまで来ましたが……俺は何をすれば……」

 

ようやく繋がった通信先にいる相手は、こちらの質問に『ソワカソワカ』などと前置きしてから、要望を言ってきた。

 

その言葉に現在、ハタチの男子大学生は驚くも―――。

 

「ミレディにはアナタの要求はできるだけ聞くように言われていますが、同盟者は無茶をおっしゃる……」

 

『ですがアナタの求めた『相手』との戦いを用意出来ると思われますが、リョウスケさんがそういうならば仕方ありませんね』

 

現在、この富士演習場において行われていることを男は知っていた。そして、昼間から夕方にかけては、その戦いを外部端末で見ていた。

 

羨望を持ってしまう。自分にもあり得たかも知れない未来―――いや、自分の魔法能力が真に開花させるには、自分は一年早く生まれてしまった。

 

せめて一年遅く生まれて、その上で両親に反旗を翻してでも、魔法科高校に入学していれば……などと益体もない妄想をして、その徒労に自嘲気味の苦笑をするのだ。

 

遠坂刹那、巷ではロード・トオサカなどとやっかみ気味の他称をされている人間と交わるには色々な意味で、男は『間』が悪すぎた。

 

(ロード・トオサカの弟子―――その第一期生徒たちは、魔法大学及び国防軍で『色々』らしいからな)

 

第一期生徒及び続いていくだろう卒業生たち……彼らが触れてきた魔導書の類は、何故か今年から電子版の書籍にて流布されていくことになったりした。

 

オリジナル版に関しては、魔力操作のための『きょうせいギプス』的な側面もあったりしたのだが、それに関しては代替品も出ていたりする。

 

一期生が触れてきた魔導書は……後輩などに譲られることもあったが、その殆どはいずれ自分が『世界に刻む術式』を添えるべく、そのまま所有されているのが現状であったりする。

 

そんな風に大衆向けといえばいいのか、多くの人の眼に触れていくことが良きか悪しきかは分からないが……。

 

「魔導書を狙ってよろしくない輩が跳梁跋扈するよりはマシなんだろうな」

 

「そのよろしくない輩どもの組織にお前の『教団』も含まれていることは認識できているのか? リョウスケ」

 

「皮肉を言わないでくれ『アサシン』。ミレディは、USNA時代から彼―――カレイドライナーたるミスタ・遠坂を誘っていたのに、袖にされ続けていたから、ああいうことになったんだ」

 

「そうか。ならば、そういうことにしておこう」

 

リョウスケとは違い、足音一つ立てず、落ち葉や落枝を踏み抜くこともなく、しずやかに歩く女は、そう言ってから言を止めた。

 

無表情な女、着ている当世風の衣服は教主ミレディことレナ・フェールが仕立てたものだ。髪型に関しては、当初のまま(髪に魔力を溜めておく)だが、その黒色の喪服……ロング丈スカートと黒いタイツ―――。

 

この日本の夏という季節にも関わらずそれを着こなし平気な表情でいる彼女は。

 

(アダムスファミリーの水曜日(ウェンズデー)にしか見えない……)

 

その平淡な眼、眦が上がることは殆どないと見ている黒い眼。

その真一文字の唇、艶など見えず言葉を発する以外に変化はない、口角など上がることも下がることもない唇。

 

レナとは正反対すぎるそういう女らしさとは無縁の存在は、リョウスケこと遠上遼介が召喚し、契約したサーヴァントである。

 

自分のサイオンないし魔力量では三大騎士など満足に扱えない―――などという判断だったのだが、それが甘かった。

 

召喚したアサシンは『ハサン・サッバーハ』と近縁のものだが、決してアサシンという類に括られる存在ではなかったのだ。

 

『多くの魔力を頂戴することは謝っておく。

すまない。だが―――お前は真なるチカラを発揮出来ていないだけだ。芯からいずるチカラ、表皮にチカラを纏うなどという技法とは真逆のものがお前の本質だ。鍛えてやろう』

 

マスターに対して稽古をつけるサーヴァント。何だこの図式などと想いつつも、レナの薦めもあり、無銘のアサシンから鍛錬を受けたりした遼介。

 

はっきり言って遼介は、このサーヴァントが嫌いである。

 

本人曰く、『山の翁』としての特徴たる『固有の暗殺技』を会得できず、襲名できなかったことは理解できる。

 

それは自分の生まれゆえに共感出来ることではあった。

 

だが、多くの汎用性ある技を、歴代18人のハサンのザバーニーヤを会得・使用できるなど……『鎧』を纏うぐらいしか出来ない器用貧乏―――というよりもただ単に不器用な魔法技能しか会得出来なかった遼介にとって羨望の的であった。

 

もっとも……それだけの技能を会得しながら暗殺教団においては、彼女が写経をしているだけなどと揶揄されたことに対する彼女を認めなかった周囲に対する憤りが胸の内に含まれていることは、彼には全然理解できていなかった。

 

理解できたことは―――。

 

不意の銃声。叩き込まれる魔力の弾丸が、こちらを狙ったことだ。後ろにいたアサシンが遼介を低く伏せさせた上で、 霊衣のローブで銃弾を防ぎ切る。

 

何が、とか、誰が、なんて疑問は挟まない。

 

敵だ。間違いなく敵がやってきたのだ。

 

遼介としては予想外の速さだ。腑抜けた日本の国防軍ではない。ハイパワーライフルの攻撃は確かに遼介には脅威だが、アサシンには毛筋ほどのダメージもない。

 

なのに防御した。遼介だけでなく自分にも降り注ぐ弾丸を。

 

即ち―――。

 

「リョウスケ、敵だ。しかもサーヴァントだ」

「遠坂の放った斥候か……」

 

その言葉を受けながらも移動を開始する2人。アサシンの霊衣に包まれながらの高速移動。

 

相手はどうやらかなりの射手らしく、こちらの移動速度に対しても追随するように追ってくる。

 

あちこちで枝葉が弾ける音が響く。アサシンの移動は速いが音一つ立てない静音移動(サイレントステップ)。空気を裂くような速度は仕方ないが―――。

 

ようやくのことで姿が見えない射手を捉えられるだろう開けた場所に出たことでアサシンの移動は終わる。

 

「……アーチャー=カラミティ・ジェーンか…」

 

「ハーイ♪ その通りデース!! 」

 

然程驚くことではないが、遠坂の契約しているサーヴァントの中でも色々とFEHRと縁が深いものだ。

 

まぁ返事とポーズはカルすぎて拍子抜けしたのだが。油断は禁物。

 

メンバーではないが外部の協力者のようなものだったカン・フェールこと岬 寛は、決して愚物ではなかったが、この『災厄』と関わったことが敗因と思えた。

 

そして―――。

 

(いま、俺にも破滅をもたらそうというのか?)

 

何かの推進機構で飛翔しながらやってきたアーチャーには同伴者が2名いた。

 

「なんかアサシンっぽくないアサシンね。まぁそういうのが(英霊)にいないわけじゃないけど」

 

「異教の『戦士』よ―――この場から疾く去るというならば、私達はここで戦いをすることはない。我が夫は慈悲深いのでな。敵であっても闘争の仕儀には拘りたいのだろう」

 

三騎のサーヴァントの登場。

 

遠坂刹那の契約サーヴァントは、『長尾景虎』(ランサー)『カラミティ・ジェーン』(アーチャー)のはずだったが、どうやら情報は『上方修正』せざるをえないようだ。

 

セイバーらしきチャイナドレスの女剣士。

幼女の背格好だが、衣装といい漂う魔力と魔眼が尋常の存在であるとは思えない魔女。

 

気楽な調子でいる前者とは違い、尊大なものいいを付けてきた。

 

「断る。俺は俺の目的を果たさなければならないんだからな」

 

「サーヴァント三騎を相手にして勝ち筋は少ないが、マスターがこの調子だからな……」

 

言いながらもマスターと同じく戦う気概を見せるアサシン。つくづく暗殺者寄りではないその態度。

 

だが、それでも……アサシンの髪がざわつき、意思を持つかのように蠢き……それが嵐を巻き起こすかのように動いた瞬間に戦いは起きるのであった。

 

 

そのサーヴァント戦の凡そ一時間前……。

 

「なんだか森がざわついているな……」

 

幹比古のそんな言葉が聞こえる。だが、達也の意識は違う方に向けられていた。

その言葉だけならば、何かの異変が起きていると注意を向けるところだが……。

 

「やはり達也様の偉業の一番といえば、この九校戦でのバランスブレイクエンジニアリングでしょう!! 兄から聞いていましたが、九校戦優勝の立役者だと、それを思わせるものが記録映像からひしひしと感じられましたので」

 

「あ、ありがとう……けれども、そこまで昨年の優勝に寄与できたかどうかは、俺としてはちょっと疑問点を覚えるよ」

 

「そうなんですか?」

 

「北山さんと光井さん、七草OG―――射撃と飛翔箱球では、確かに寄与出来たかもしれないけど、滑走においては刹那が指導した千葉さんが新人戦優勝を決め、これが一番に問題なんだが……自信を持って出した実妹の飛行術式は、完全に四高のイリヤOGに抑えつけられたんだから」

 

キミが言うほど、俺はスゴくないなどと言外に含めると、五十里 啓の妹―――五十里 (メイ)は不満なのかふくれっ面をする。

 

夕食会でたんと(・・・)ライスコロッケとエクレアなどを堪能し、満腹になった達也の前に先輩である五十里が連れてきたのが彼女であった。

 

まだ中学生ではあるが、五十里家の一員として魔法を学んでいる。及びかの家が持つ魔法幾何学とでも言うべきものを学んでいる。

 

要は昔の深雪のようなものだ。そんな彼女は自分に自己紹介の挨拶をしてきた際に……。

 

『私の名前は五十里メイ! あなたの全て(存在)に心奪われたJC()です!!』

 

などと往年の名言を使って自己紹介された。

 

その後は大食堂が冷えるところだったが、寸前のところで刹那やモルちゃんが、とどめたようだった。

 

だが、メイちゃんの台詞はまだまだ続く。

 

『こうやって直に対面してようやく理解しました……アナタの圧倒的な技術力・そして危険な男の『にほひ』を画面越しにも嗅いで心奪われていたのだと』

 

陶然としたかのように手を組み合わせて眼を閉じつつ言うメイちゃん。

 

『この気持ち……まさしく愛だっ!!!』

 

そしてその言葉は眼をくわっ!と見開きながらであり、我がことのようにどこぞの旗戦士を思わせる。

 

『『『『愛っ!!??』』』』

 

あまりにも唐突な発言。誰もが驚きすぎる言葉。

 

今日初対面の女の子にここまで迫られると、達也としても心苦しくて―――。

 

『せ、せめて(I)ではなく(YOU)から始めないか? 君は俺のことを知っていても俺は知らないんだから……』

 

初めは(ユー)しようZE! というJCに無情な対応で傷つけることも出来ない達也の心苦しい対応だったが、それでも眼鏡の奥の眼が輝きっぱなしのメイちゃんは、悪役令嬢眼鏡ミラーアイ(爆)にはなれない子なんだろうなと想いつつ……。

 

現在はこうなっていたりするのだ。

 

当然、深雪とほのかは不機嫌マックス。

 

(これが刹那の境地なのかもなぁ)

 

魔法科高校のモテ男の気持ちを察しつつも、現在自分たちがいるピラーズのプレ会場にやって来るだろう相手を待ち望む……。

 

 

「頼みましたよ七宝君! アナタが負けるとセルナに、わ、私の貞操を捧げちゃう結果になるんですからね!!」

 

「善処します……」

 

勢い込んで言われたり、目の前で赤くなったりして陶酔している女子の先輩をダシに遠坂刹那に勝負を挑んだ琢磨であるが……。

 

全くもって琢磨にはやる気の出ない先輩の態度に、ため息を突きつつもファイトプランを固める。

 

「何故、こんな無謀をしたんだ琢磨?」

 

少しだけ怒るような調子でファイトプランを固めていた琢磨に言うのは、一条将輝である。

怒られるのは分かっていたが、実際に直面すると緊張をしてしまう。

 

「せめて少しでも……明日以降のピラーズブレイクに出る先輩方の為になればと……『探り』です」

 

その言葉に、何とも言えぬ表情の将輝と火神。

 

「俺たちゃ、そこまで情けない先輩なのかね?」

 

後輩にこんな気遣いをさせていることに対する言葉なのだと気づくが。

 

「ち、違います!! けど―――俺は……」

 

「分かった。お前の挑戦で刹那が何かを曝け出すというのならば、懸命に食らいつけ―――余裕なんてあると思えば、アイツは呆気なくそこに噛み付くんだからな」

 

「君を利用させてもらうよ。七宝君」

 

肩に手を置いて苦笑を浮かべて『奮起』を願う将輝と、その戦いを観察させてもらうという真紅郎の言葉。

 

やる気が上がる。土を着けるぐらいはしてやるという気持ちが上がるのだが……。

 

「あんまりがんばらなくてもいいですよ。なんせ『のぼうの城』でも最終的に甲斐姫は太閤の室に迎えられちゃうんですからね?」

 

姫騎士の言葉を受け、せめて小田原北条氏が開城するまでは踏ん張った成田長親の気持ちで踏ん張ろうと思う江戸っ子の七宝琢磨なのだった。

 

 

「プレ戦を許可してくれてありがとうございます響子さん」

 

「おかげで基地の工兵部隊は上に下にの大移動だったわ。とはいえ、アナタ達の今の状況は私のせいみたいなところもあるしね」

 

こちらの状況に対して、ある程度は融通を効かせるというのは、そういう背景があったりするのであった。

 

控室にやってきた響子の言葉を受けながらも、その辺はどうでもよかった。問題は酒井なる大佐(カーネル)からの依頼であった。

 

「まだ侵入されているわけではないけど、そうなった場合の備えをアナタにさせてしまうのは、申し訳ないのよ」

 

「下手に迎撃に出て、兵隊のご家族が遺族年金を受け取るなんて事態は止しておきましょう。サーヴァント相手に無茶が出来るような装備もないんですから」

 

それを欲して、セイバー&ウィザーズという競技があったというのは既に情報として掴んでいるのだが。

 

「まぁとにかく挑んできた相手を無碍には出来ませんよ。それは優雅たる遠坂の宿命ですから」

 

そんな言葉を言いつつ、三騎のサーヴァントを向かわせていると言って響子を安心させておくのだった。

 

言ってから立ち上がり、決闘の場に刹那は赴く―――。

 

 

 

 



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第350話『魔法の宴 氷柱激闘編Ⅰ』

「モルゴース!!!」

 

ごぱぁっ!!! という擬音が聞こえるほどの黒い津波のような魔力波導が、アサシンに向かう。だがアサシンは焦らない。

 

ここが平地・平原……殆ど遮蔽物がない場所ならばともかく、あちこちに木々が林立している山林だ。

 

アサシンにとって、ここはベストフィールドなのだ。

 

しかし―――。

 

そんなアサシンに追随する影一つ。中華大陸風のドレスを着込んだ双刀の剣士だ。

 

自分よりも熱砂の大地にいそうな褐色の美女は、こちらと剣を合わせてくる。

 

アサシンも得物の長さでは不利を悟り、ダーク(投げナイフ)ではなく短刀……俗に半月刀(シャムシール)の類で応戦する。

 

「アサシンの割には正面切っての戦いが得意そうね!!」

 

喜色を見せる女とは違い口元を隠して表情を見せないでいるアサシンは、何の感情も見せないままに剣士と打ち合う。

 

本来的なアサシンであれば飛び回って相手の虚・隙を狙うのが常であり、現在、富士の演習場に現れたアサシンとて飛び回りながら『宝具』を使って『暗殺』するのが戦型だったりする。

 

だが、それが出来ないのはひとえにこの女剣士が『疾すぎる』からだ。

 

『瞑想神経』(ザバーニーヤ)のような感覚を上げる能力を『常時』使っているようなものだろうか。この剣士の剣は……とにかく『最適』すぎて『先んじすぎている』)

 

恐ろしすぎる剣戟だ。一合あわせるのも一苦労なほどに極まった剣。だが、アサシンとてそれら『能力上昇系統』(バッファースキル)を用いて女と戦う。

 

「いいね!!! やっぱり戦いとはこうでなければねっ!!!」

 

戦闘狂(バトルマニア)か」

 

「しかもそれがカワイイ女の子だったらば、私はさらにあがっちゃう!!」

 

(女色家なのか?)

 

これは流石に肯定されると怖いから口に出さずに内心でのみ言うアサシン。だが、均衡は徐々に崩れる。

 

アサシンの服を超えて擦過する剣戟が増えていく。位置を入れ替え、立ち変えて高速のサーヴァント戦。

 

セイバーらしき女剣士の持つ太極の双剣は決してAランク宝具の切れ味というわけではないのだが、それでもアサシンの得物に比べれば業物だ。

 

(呪腕を―――)

 

アサシンにとって第三の腕ともいうべきものを発現させようとするも―――。

迫る悪寒に剣士から大きく距離を取った。脱兎の如き足でたどり着いた樹上。

 

だが、すぐさま倒木となる。やったのはアーチャーのようだ。4つの砲筒(キャノン)から放たれた熱量が木々をなぎ倒したのだ。

 

「ナイスよジェーン!!」

「やっちゃってネー! 切り裂きMUSASHI―――!!」

 

斜めに倒れゆく木を足場に迫る剣士を前にして己を毒身へと変えようとした瞬間。

 

 

―――夜の闇にあっても映えるほどの白色の毛をした大虎が、アサシンと武蔵ちゃんの間に割り込むのであった。

 

(なんだこの虎!? 斬れるかしら?)

(ああ、長期休暇でタイガー(カゲトラ)ってばこんな姿になっちゃって……)

 

二者二様の考えだったのだが、その大虎は……こちらを一頻り睨みつけてから、女アサシンを乗せて逃走を果たすのであった。

 

「「―――は?」」

 

あまりにあまりな逃走に対して、虚を突かれるのであった。

 

「逃していいのか?」

 

いつの間にか、やってきたモルガンによってそんなことを言われるが……。

 

「問題ないでしょ」

「モルガンは、マスターを捕らえた。ならば、それで大戦果としておけるんじゃない?」

 

言葉と同時に、『鳥籠』のようなものに捕らえたアサシンのマスターたる男を示すモルガン。

 

確かに、そう考えればまぁ分からなくもない。

 

(いざとなれば、この男から令呪を摘出することも出来よう)

 

小鳥のようなサイズに縮小された『遠上遼介』という名前こそ知らないが、男を捕らえたことで……まぁ良しとするのであった。

 

「しかし、あのアサシン。なんか異質だわ」

 

「だろうな。彼女は、真正のハサンではないようだからな。ハサンからの『脱落者』といったところだ」

 

モルガンは、自分の目が見抜いた『事実』に少しだけ嘆息する。少しだけ同情してしまうからだ。

 

もっとも彼女の場合は、それを『不服』と思うこともなく自省に走ってしまったようだが。

ともあれ捕虜を捕らえた以上は然るべきところで拘束しておかなければならない。

 

「我が夫 セツナに連絡を入れるとしよう」

 

そんな感じで夜の暗闘は終わるも、その裏での戦いも終わりを告げていた。

 

 

「バカな……こんなことがあり得るだなんて!」

 

「まぁお前さんにとっては悪夢だろうな。だが、こいつが現実(リアル)だぜ琢磨」

 

「―――アンタが、その『宝石』を出した瞬間に決まり―――王手・詰め(チェックメイト)なのか!?」

 

「まぁ、そうだな」

 

夜中に行われたプレ戦はなかなかに見応えのあるものだった。そう―――最初の内だけは。

 

しかし、遠坂刹那の最初に展開した『七大宝石』(セブンジュエル)が、七宝琢磨の魔法を後手で封殺していることに徐々に気が付いていった時には、時既に遅し。

 

最後には魔力によって宙に浮いた七つの宝石の間で複数の属性の魔力が膨れあがった。

そして、光が宝石の間で反射を続け、魔力を増幅させながら閃光を放つ。

複合属性による魔力の捻れが光線となり、七宝琢磨の陣の氷柱へと浴びせかけられる。 俗にカッティング・セブンカラーズと呼ばれる術式。

 

―――刹那の十八番が、今年も放たれたのだ。

 

不謹慎ながらもそれを見た瞬間に、ほとんど全員が『たまや~』などと言いたくなったのだ。

 

何というか九校戦に来たという実感が湧くというか風物詩になった感があり―――後に彼らの卒業後10年以上もの歳月を経て、『ジェミナイジュエルズ』などと呼ばれる双子の美少女たちによって、この伝説は再現されたりすることは完全に余談である。

 

勝敗は刻まれて、そして―――それでも……。

 

「―――昼と夕食でお疲れのところ、そして今夜の戦いまでお付き合いいただきありがとうございました! マイスター・セツナ!」

 

恨み言ではなく深々と一礼を以て答えるのであった。

 

「なんの。こちらも今日は魔術回路が殆ど動いていなかったからな。いい運動になったよ」

 

サーヴァントへの供給は魔術回路の律動とは別なのだろうか? という素朴な疑問を達也は覚えたが、琢磨が三高に行ったことで少し変わったことを刹那は感じていた。

 

(上下関係や実力差が色んな意味で『変な一高』では、アイツは妙なことに頓珍漢な混乱していたかもしれないからな……まぁ結果オーライかどうかは今後の戦い次第だろうな)

 

三高に行っていいヤツに鍛えられたな。と妙な上から目線で想いつつ、秘密裏に見ているだろう彼の親父さんは満足しただろう。

 

そんな中、解散の流れを作ったのは意外なことに中条あずさ会長だったりした。彼女としても各校の『研究時間』を優先したということだろう。

 

何はなくとも、終わりを迎えるのだったが…。

 

「で、ではセルナ! 今日のよ、よ、夜伽を勤めさせていただきます!!」

 

大問題をどうしたものかと思っていたら、流石に三高の抑え役なのか光主タチエがやってきておねえさん好きのニビジムジムリーダー(タケシ)を抑えるハナダジムジムリーダー(カスミ)のように愛梨を持ち上げて連れ帰った。

 

(さてと……侵入したのが、FEHRの斥候であるというのならば、少々事情聴取にも付き合わせてもらえないかなーとは思うも、一応は軍の管轄だからな)

 

好き勝手は出来ない。容貌だけでも記録しておいて後で教えてもらえばいいだろう。

 

「………」

 

残る問題は……。

 

「……それに関しては完全に心の贅肉だな」

 

もう少し言って「達也」を戦場に引っ張り出すことも出来たが、今の刹那はチームエルメロイのキャプテンなので、言わないことにした。

 

一高の中心の一人としてその立場でいることを選んだのならば、達也の判断に物申すことは野暮である。

 

そうして初日の夜はいろんな想いを呑み込みながら更けていくのであった……。

 

 

明けて2日目……。

 

就寝から明けて起床。朝食をいつもどおりに取り、全ての準備を終えてそれぞれの学校の設営テントなどに赴く。

 

ある意味、今日が正念場と考えているメンツは多い。

 

「―――今日行われるのは男女ソロピラーズとシールダーファイト男女ソロだ。何回戦までやるかは分からないが、それぞれのマッチでかかる試合時間次第ではそれ以上の試合進行は明日以降に持ち越しになるかも知れない」

 

「つまり今日の出場エントリー選手は変なところで緊張を切らすな。かといって終始張り詰めていても仕方ない。勝ち上がっても次には自分の出番が来ると想っておけ。今日に試合がないものたちは出場選手を出来るだけ気遣うように」

 

電子的なホワイトボードを後ろにしての両教師の説明。チーム・エルメロイとしてはそういう引き締めをしてくれるのは嬉しい。

 

「最後の確認をしておく。

アイスピラーズ 男子ソロ

遠坂刹那。二三草七郎丸。坂上一人。

アイスピラーズ 女子ソロ

シオン・エルトナム。長谷川理央。桜小路紅葉。

シールダーファイト 男子ソロ

上田武司。竹中薫。

シールダーファイト 女子ソロ

レティシア・ダンクルベール。火神アンジェラ。

以上だ。違いはないな?」

 

その言葉に全員から疑義は出ない。

 

「今日は技術チーフたるシオンが選手として出る。彼女にかかる負担はいつもの倍、それ以上になるからな。全員―――頼んだぞ」

 

その言葉に言われるまでもない想いだ。ただライネス先生としては、どこかの南極で苦難に満ちていた『親友』と重ねての言葉でもあったのかもしれない。

 

「では今日も一日、精一杯やって他校の『度肝を抜いてやろう』ではないか!!」

 

ライネス先生の戯けるような言葉に隠された符牒を刹那は読んだ。ある種の口頭暗号のようなそれに隠された意味はエルメロイ教室だけに分かるものだ。

 

だが、とりあえずその言葉が自分たち……チーム・エルメロイを上げることは間違いなかったのだ。

 

 

……そんな準備万端なチーム・エルメロイとは違い、若干暗い調子の一高テント。

 

確かに自分たちは選良の使い手として選ばれたものたちだ。今日の本戦アイスピラーズとシールダーにおいても自信を持っていなかったわけではない。

 

だが本当の意味で優秀な連中から頭三つ抜けた魔術師……遠坂刹那との対決には、やはり緊張を持ってしまう。

 

いや、全員が刹那と相対するとは限らないのだが、同校である刹那のチカラを間近で全員が思い知っているだけに、どうしてもチーム・エルメロイという存在がデカく感じるのだ。

 

―――マズイな。

 

今日の出場選手で平静を保てているのは、せいぜいピラーズで言えば深雪と壬生ぐらいなものだ。

あとはエリカだろうか。こちらは、女子ソロ『盾闘』の層の厚さにどうやら武者震いをしている。

 

(さてどうしたものか……)

 

 

「司波君、どうしたものですかね?」

 

と思っていると同じようなことを責任教師である叔母も抱いていたようだ。

 

「叔母上、じゃなくて四葉先生の『魔法』で緊張を取り除くというのも一案としてありましたが」

「却下ですよ」

「だと思いました」

 

笑顔でその非情さは生徒指導の上ではダメとしてきた。更に魔法を使った試合に勝つためだけにそのような行為もダメだとする。

 

それはある意味、ドーピングも同然だからだ。

 

とはいえ責任教師である真夜も色々と見て回っていたのだが、まさかここまでガチガチになるとは想っていなかったようだ。

 

(真に鍛えるべきは魔法能力ではなく『心』……メンタルだったのかもしれないな)

 

今更言っても詮無いことだが……と達也が思っていると。―――真夜は腹案を出してきたのだ。

 

「ですが、このままチーム・エルメロイだけが目立つというのは少々面白くないですね」

「B組が主体だから本音は違うんでしょう?」

「こういう時は聡すぎる甥っ子もどうかと思いますね―――ですが、ちょっとした『魔法』を掛けさせてもらいましょうか」

 

何をやる気だ四葉真夜(叔母さん)!? などと思いたくなる調子でいた。教師は―――。

 

「どうやらみなさん、気負いすぎているようですね」

「情けなくも白状させてもらえば、その通りです四葉先生……」

 

ピラーズ出場選手たる一人が一旦、身体をほぐす作業を終えて会話する。

 

責任教師からの訓告であると気付いて全員が、眼を向ける。

 

「遠坂選手などエルメロイが強敵であるなど理解していたこと。それに対して有効な戦術を構築出来なかったのは私の失策―――」

 

そんなことはないと言おうとした全員を手一つで押し留めてから真夜はその魅惑の唇を開く。

 

「ここまでくれば私に出来るのは、これぐらいなので元気出るように一つごほうび考えました―――男子は加点範囲内に入賞できたらば―――その選手と担当エンジニアのホッペにチューしてあげましょう!!」

 

バチーン!! という音が響きそうなウインクと手の動きと連動してそんなことを言う真夜。

 

「女子に関しては四葉にだけ伝わる脅威の身体成長術! むしゃぶりつきたくなるようなナイスバディに誰でもなれる魔法の有酸素運動をお教えましょう!!」

 

そのとんでもない宣言に四葉たる二生徒は、顎が外れそうなほどに口を開き、白い顔をしたのだが……。

 

『『『『『よっしゃああああ!!! 真夜先生のためにも、やったるぜぇえええ!!!!!』』』』』

 

『『『『『YEAH――!! やはり四葉にはそういう秘伝があったんですね―――!!』』』』』

 

男子・女子ともどもヒートアップ。そのタイミングで出場選手は控室に赴くようにアナウンスが入り、民族大移動のごとき様子でほぼ全員が移動するのであった。

 

「―――じゃあ司波君、僕も出ますんで」

 

「…ああ。頼んだぞ黒子乃」

 

「はい。それでは」

 

民族大移動にも流されなかった黒子乃太助もまたあまり緊張していないメンツのようだった。彼を忘れていたのは迂闊の限りであったが……。

 

「「そうなったらどうするんですか?」」

 

甥と姪は迂闊な事をした叔母に物申す。

 

「―――1度言ったことは反故には出来ませんよ……ただ……」

 

「「ただ?」」

 

「―――そこまで私にキスしてもらいたかったんですかね。男子一同は?」

 

少しだけ赤くなった顔で、困ったポーズ(命名 達也)をする叔母にだめだこりゃと述べてから……。

 

(40代後半の未婚女性のキスでやる気が上がるなら安いものか)

 

などと最後には切って捨てるのであった。

 

刹那の喉元までたどり着けるかどうかはまだ分からない。だが、やるべきことはすべてやったのだから、あとは選手次第―――賽は投げられたのである。

 

 



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第351話『魔法の宴 氷柱激闘編Ⅱ』

私事ですが、怪我をしてしまった
骨まではいかなかったのですが、まぁ注意一秒、怪我一生ですからね
暖かくなるとやっぱりね。

というわけで新話お送りします。


 

 

かつてここに、自由と勇気。そして飽くなき探究心を持つ者が立っていた。

 

彼は、戦嵐吹き荒れるこの星で、平和のために立ち上がった。

 

そして彼は、戦いを終結へと導いた後、旅立っていった。

 

『彼の愛したものは、風と、雲と、冒険だった……』

 

「いや、いきなりお前は何を言っているんだ?」

 

はっきり言って、意味不明なことを宣うアンティークな携帯電話に緑髪の女子は『ドン引き』であった。

 

『くー! 千鍵さんには分かるまい!この胸の高鳴り!震える電子回路!! ああっ全細胞が震えるほどのこのSHOW DO(衝動)!! ドッキュンドッキュンしちゃうんですねー!!! きっとジーク(?)も漫画版みたいにハートの形になってZiユニゾン……は別作品!! まぁつまり合体は愛のメガロマックスファイヤーー!』

 

最後の方は野太い声で叫んだりするとベネ。

 

「いや、本当に分からん」

 

いつにもまして妙なことを猛烈な勢いで語るケータイに辟易しながらも、桂木 千鍵はやってきたこの場所に魔法師ではない人間、自分は場違いかなとか思いつつも、渡されたチケットを消費しないのもあれだろうと思えた。

 

(ウチのガッコーはそりゃ何か夏の全国大会とか出れるようなとこじゃないけどさ。まぁ不義理かな?)

 

夏の予選は既に終わり早々に部活では代替わりは行われたりしている。

女子校部活の定番たるダンス部やマーチングバンド部などもラ・フォンは地区予選を突破できず夏を終えていたりする。

 

そんな訳で、三年は受験勉強に走ったり芸能活動も行っているものたちは、それ一辺倒で食っていけるかを考えたりする。つまり進路相談である。

 

(ある意味、魔法師ってのはズルいかな?)

 

地区予選もなくすぐさま全国大会……そもそも学校数が少ないというのも分かるが……。

 

「妙な話だよな」

 

それは私立の学校に通っているからこその感覚なのかも知れないが、ともあれ千鍵は―――。

 

「チカちゃん!! はやくはやく!! せっちゃんの試合も始まっちゃうよ!!」

 

「分かった。分かったってば!!」

 

どこぞの水星たぬきのような調子で自分を引っ張るオレンジ髪の日比乃ひびきに引っ張られる形で、今日の試合会場……バイト先の常連である刹那などが戦うアイスピラーズブレイクと呼ばれる競技会場へと向かうのであった。

 

 

「第六試合がセツナの出番―――なかなかに焦らすワネ」

 

「別に何時でも構わんさ」

 

男女二面ずつ計四面での進行ではあるのだが、それでもやはり遅い試合順と言える。

 

「シズクのイトコからは挑戦状(チャレンジ)を叩きつけられてもいたし」

 

「色々と思う所はあるのだろうが、あのヒトが上がってこない限りはどうしようもないさ。リーナこそ、試合が無くてヒマしているのか?」

 

「ソーネー。けど別にヤキモキしているわけじゃないワ……こうしてアナタと二人っきりになれるんだモノ」

 

膝枕をしている。されている男女の姿。お互いに毛繕いをするように、髪の毛をいじり合う姿が見えており―――。

 

バカップル! という罵倒が無言であちこちから言われた気分だ。

実際、選手控室にてこの二人だけが、他とは違うのである。(自慢)

 

と思っていると控室に設置されていた巨大モニターに第四試合、第五試合の様子が映されており、第四試合が終わったことで、第六試合の会場が空く。

 

「二三草が勝ったな。となれば」

 

名残惜しいが柔らかなリーナの膝枕から起き上がって、準備を始める。

 

「出番ネ! キャプテンセツナ!!マイダーリン! バッチリ頼むワヨ!!」

 

「アイアイマイハニー!!」

 

背中を叩いて自慢のダーリンを送り出すリーナ。送り出された刹那はCAD検査委員の場所へ行く―――。

 

「君に対してこのチェックが必要なのかどうか、少々僕ら疑問だよ……」

 

「不労所得だの税金泥棒だの言われたくないならば、四の五の言わずにやっとけば良いのでは? 国家公務員どの」

 

昨年度の検査委員は色々と袖の下を受け取っていたらしくて本年度は国防軍の士官が、それを行う手筈。

そしてそこにいたのは昨年度は何かと顔を合わせることもあった真田さんだったりする。

 

「言ってくれるねぇ……」

 

苦々しい顔をする真田さんだが仕事だけは、きっちりこなしたようで、自分の装備品が全て返ってきた。

 

「まぁ昨日の七宝との戦いで手の内は晒しているわけですからね」

 

極限まで努力してくれた方が刹那としては嬉しい。上から目線かもしれないが……。

 

(気力のない魔術戦なんてさせないでほしいよ)

 

そういう心なのだ。

 

ルーングローブを嵌め込み、遠坂秘伝の宝石ネックレスを首から下げ、鞘込めのアゾット剣を手に決闘に赴く準備は整う。

 

(相変わらず……この姿を見ると、本当にゾッとするよ)

 

国防軍の魔法師である真田繁留は、この姿こそが遠坂刹那のバトルフォームであると知っている。昨年度のピラーズではプリズマキッドのコスチュームが主だったが……。

 

(キャプテンとしての自覚かな?)

 

などと考えながらも真田としては、今年は技術屋としてだけの参加でいる達也が、どうしても不憫に思える。

 

いや別に強制されたわけではないとの言葉は聞いていた。だが、それでも。

 

遠坂刹那の去りゆく背中。

その赤い聖骸布のコートを纏う姿が、少しだけ寂しそうに見えるのは真田の期待でしかないのだろうか。

 

―――そう見送られてから辿り着いた会場は既に満員御礼。歓声が雷鳴のごとく轟く。

 

(千秋楽かよ)

 

以前、両国国技館でみた横綱の取組を思い出す。

 

まだ最終日じゃないんだからさ。と思いながらも向こう側の台にいる九高の選手 小松 吉久の姿を見据える。

 

戦意を失わずこちらを睨みつける姿に、真剣な顔を作りながら内心でのみ答える。

 

(いいねぇ。九州男児はそうでなくっちゃ)

 

自分の中に流れる遺伝子を再認識する。試合開始前の口上がアナウンスされていく。

何某と何某がどこの誰それであるかが説明されていく……。

 

そして、最後には開始が宣言されてスタートの為のランプが順次点灯していく。

 

あちらは起動式の読み込み、こちらは両腕刻印と背部刻印の起動を開始。魔術回路が物質界との接続を開始。

 

青いランプが点灯した時。戦闘開始となる。

 

 

初めに動いたのは小松の方であった。

魔術師だか魔法使いだか知らないが、こちらは速度で勝る現代魔法師なのだ。

 

奴が動く前に全ての氷柱をぶっ飛ばしてやる気概を―――なんて考えでは負けるとは分かっていた。

 

(昨日の七宝琢磨との戦いの通りならば、遠坂の宝石魔術は確実に『後の先』を取るものだ。先んじて動けば容易にカウンターを食らう)

 

既にいくつもの宝石が遠坂の周囲に滞空している。

 

色彩もカッティングもバラバラながらも、それが見出すものとは……。

小松が選んだのは、自陣の強化であった。

 

(お前が全力で攻撃してきたとしても耐え抜くぐらいの防壁をっ!!!???)

 

という思惑を砕く形でついでに氷柱も砕いたのは刹那が『手』から放った『魔弾』である。

 

大玉の魔力弾の連射が、小松の氷柱を2本砕いた。

 

(油断っ!! ヤツは宝石を使った術者でもあるが、それ以上に魔弾使いなのだ!!!)

 

宝石魔術という『変化球』に頼らなくても、その手から放たれる時速160km超えの『高速ストレート』のような魔弾があったことを失念していた。

 

術の幅が違う。使っている軸が多い。

そしてなにより、昨夜の戦いのイメージを引きずり過ぎていた。刷り込まれていた。

 

計画的犯行。

 

そんな言葉がおもいつく。

 

「引き出し多すぎるだろお前っ!!!」

「母子そろってよく言われてきたよ」

 

こちらの泣き言に、聞き飽きているとでも言いかねない言葉が反対から聞こえてくる。

自陣の強化をそこそこに、遠坂の陣に攻撃を仕掛ける。

 

完全に踊らされた結果だが、それでも勝機を見出すならば、『先の先』なのだった。

 

系統魔法の一つ『火炎砲車』(フレアキャノン)を放つ。強力な熱線ビームを一直線に解き放つこれは単純極まる収束・放出の魔法である。

 

もっとも、これは対 遠坂に作り上げたとっておきである。

通常の汎用型CADでは辛いものだが……。

 

(お前がやりすぎたお陰で、今年は『大型』の砲型CAD(ホウキ)も使えるようになったんだ!!)

 

ある種、特定の魔法を使う上で汎用型よりもイメージしやすいホウキを持ち込めたのは僥倖だった。

 

だが、放たれた魔法がその効力を発揮することは無かった。

 

「蒼の8番」(Blaue acht)

 

その言葉が、魔法が放たれた『後』に『聞こえた気』がした。おかしすぎる現象。だが、聞こえたのだから仕方なく。

 

後追いの言葉に従い『アクアマリン』『トルマリン』の宝石から『蒼色の光波』が放たれた。

 

当然、小松の魔法と相殺された。攻撃は不発。

 

その上でそのアクアマリンと刹那の顔―――正確に言えば目線とが一直線になり。

 

小松の陣の氷柱に変化が現れる。突然の蒸発!気化現象を起こす氷柱に小松は混乱する。

 

何かをされた!? だがそれが分からない。

 

未知の現象を前にして混乱はとめどなく増えていく……。

 

 

 

「エルメロイ先生、これはどういうことなんでしょうか?」

 

「ふむ。少し長い説明になるが、まぁ答えてやるのが人情というヤツだな。一高の生徒には前に説明したが、刹那が展開した『疑似宝石』は、ある種の『後出しジャンケン』的に相手の術に対して相性勝ちするように出来ている」

 

「極論すれば相手が火を使えば水の魔力が相手に襲いかかり、風を使えば雷が相殺する。そういう手段なんだ」

 

その説明は魔術師的な観点ならば納得出来るものだが、現代魔法師としての観点では納得できないものもある。

 

「けれど、現代魔法はそういった術式に対して明確な『属性』()があるものではありませんけど」

 

一概に言えるものではない。エアブリットは明らかに空気の弾丸だから風属性とも言えるし、ヒートストームなど炎と風の複合属性とも言える。

 

質問をした真由美の持つ『魔弾の射手』のように氷の弾丸を飛ばすものもあるのだが、そうではない魔法もいくつかあるわけで、その辺りのことを聞きたくなった。

 

「いや、それはないな。確かに現象としては、時にただの物理現象的なもので収まるものもあるが……果たして、その物理現象は本当に何の色もないものだろうか」

 

「魔術的には『空属性』というものもあるしな。対応は可能だろう。そもそも私見だが、どうにもキミたち現代魔法師の魔法は『空気』『大気』あるいは、『気圧』などを操作するものが大体だと思うのは気のせいだろうか?」

 

Ⅱ世の言葉を継いで言ったライネスのからかうような言葉に、少しだけ思うところはある。

自分のドライブリザードや深雪のニブルヘイムだのとて極論してしまえば大気中にある『水素』や『二酸化炭素』を利用したものだ。

 

領域内の物質を冷却するとはいえ、その冷却する『振動』対象と『減速』対象は、やはり大気中にあるものなのだ。如何に深雪が人間を氷漬けに出来るとはいえ、そのための『水素』はやはり大気中あるいは、その人間の表皮から持ってくるものなのだ。

 

ある意味では、一条将輝の爆裂が水分子を持つものの内部に対して干渉するものならば、自分たちのは外部に関して干渉するものだ。

 

「空気はそこらへんにあるものだし、地球の表面積の4分の3は海水だ。触媒としては大変に結構なものだが……それはさておき、説明を続けると結局のところ全ての属性に対応可能なレーザー砲台を刹那は設置、あとはそれを適宜発動させているだけだ」

 

「彼の生家、遠坂家は流動と転換を主眼としていてね。これは基本にして万能の性質だ。だったら、あらかじめその五つの属性、あるいは『それ以上』を眼前に浮かべておけば、魔力のパターンだけは事実上あらゆる種類を構築できる。魔術というよりも、単なる『チカラ』の垂れ流しではあるがね。どんな悪魔がこんなことを仕組んだってぐらいに、魔術の性質が『アベレージ・ワン』と相性が良すぎる」

 

沈黙が真由美と克人。その会話を盗み聞きしていた他の来賓席の客たちに齎した。

 

「もっとも私が彼の母親に教えた時にはそれなりに複雑な詠唱も必要としていた。だが基本的にはあの術式における詠唱は疑似宝石を『初期化』するためのものだからな。それすら必要とせず、それよりも格段に発展している……くそっ魔術使いとしての研磨がこのような形で伸ばすとはな」

 

「ミス・バゼットは義兄上よりもいい師匠だったということじゃないかい?」

 

「キミよりもな。レディ」

 

悔しげに、羨ましそうに、髪を掻いてからそんなことを言うエルメロイⅡ世。それをからかうライネス。返す言葉も少しだけ忌々しげだ。

 

それを見て2人して思うのは……。

 

((……こんなチートなカウンターマジック破れるのか?))

 

返す返すも、こんな男がいたこと。こいつが一高で戦っていないことに頭を痛めるのであった。

 

更に痛いことが、エルメロイ先生の口から放たれる。

 

「そして、刹那にはまだ隠し矢が存在している―――」

 

 

「あの蒸発現象はアクアマリンを透過させる形で『略奪の魔眼』を放ったからだろうな」

 

「そういえば去年の三高火神クンとの戦いでも使っていましたね……けど何故、宝石を透過させたので?」

 

去年はリーナのサポーターを務めていて、刹那の試合解説を聞いていた中条会長が、達也の解説に疑問点を覚えた。

 

「単純に、照射範囲と照射効力を拡大させるためでしょうね。どうやら去年、アイツも火神側の氷柱を溶かすのに難儀していたようなので―――言うなれば『魔貫光殺砲』ならぬ『魔眼光殺法』というところです」

 

だから他の現代魔法も併用しての戦いだったのかと思う。

最後のギャグに関しては、応援席にいる全員が聞かなかったことにしておくのだった。

 

スベった感を覚えて、それでも達也は構わず話を続ける。

 

「そもそも去年の刹那は、シューティングでのことが原因で、ピラーズでは十八番の魔弾放射を封じられていました。刻印神船の展開も出来ませんでしたからね。だが、今回は最初っから全力です」

 

魔眼が全力開放しているのか、煌めく宝石のように眼は輝きを増していく。小松の攻撃を後手で受けてから反撃に転じる様子。全てが規格外すぎる。

 

「見れば分かりますよぉ……そして対策はあるんですか?」

 

「――――――中条会長」

 

もはや泣きそうな会長に具体的な対策など言えないが、一つ言えることは……。

 

「ガッツでガッツンガッツンするだけです」

 

それは作戦とか技術ではなく根性論でしかなかった。我が校が誇る司波達也も拳を握りしめて、それぐらいしか無いのかと後ろにいる後輩一同は諦め気味に思ってしまった。

 

「司波先輩! 刹那先輩に動きが!!!」

 

「とどめに行く気か―――」

 

泉美の声で中条に向けていた視線を向けると刹那の後ろに巨大な魔法陣とあまりにも巨大すぎる式が投射されていく。

 

『『『『ゴーゴー!!! キャプテンセツナ――!!!』』』』

 

チーム・エルメロイの面子も意気を上げてその瞬間を今か今かと待ち望む。三高では金髪の少女が、その声に合わせていたりするのだが……。

 

――Es ist nicht alles Gold was glänzt.

――Aber das Leben hat einen Sinn.

――Es gibt Stolz in diesem Körper.

 

聞こえてきた詠唱。ドイツ語でのそれは一見すれば一瞬で耳に残らないものだ。だが、達也の耳には残り続けて―――。

 

その和訳が聞こえてきたようにも思えた。

 

―――輝きを得ることはなくとも。

―――その生涯に意味はあり。

―――譲れぬ誇りを胸に突き進もう。

 

その詠唱は少しだけ、ほんの少しだけだが……刹那の主将としての決意と同時に……刹那の親父さん、英霊エミヤに対する答えのようにも達也は聞こえていた。

 

小松吉久の陣に、虹色の光剣―――巨人族でも振るうかのようなサイズが天空より降り注ぎ氷柱が砕け散っていく。

 

巨大な魔法陣の効果は、それであったらしく。全ての氷柱が砕けると同時に光剣は消え去る……。

 

あとに残るは、WINNERを告げるアナウンスの声、全ての術の展開を終えて一汗かいたのか前髪をかきあげる刹那の姿。

そこまでセクシーポーズではないのだが、三高の方から聞こえる黄色い声援がひときわ大きい。

 

(……今夏の刹那は恐らく『長期持続型』に仕上げている)

 

前髪をかきあげた際に額の汗を拭いたことから、調子が悪いのかと思いきや大間違いだ。

 

(去年は何かと宝石で魔力の充足をしていたが、どうやら魔術回路の調整を変えたようだな)

 

スタミナと魔力を最後の方まで残す方式とでもいえばいいのか……聖杯戦争にも耐えられるように身体を調整してきた様子。

 

(いますぐもう1試合やっても、アイツは勝つだろうな)

 

確信した。

今夏の刹那は―――最高にキレッキレなのだ。

 

などと友人への評価を下していたところ、一年が少しどよめいていた。

 

「どうした安丸?」

 

気になって話しかけると一年の男子後輩が、焦ったような顔で話しかけてきた。

 

「司波先輩! 女子ピラーズの方の偵察に向かっていた人たちから連絡が!!」

 

† † † † †

 

……同じく、赤い聖骸布を纏った刹那の戦いの様子をテントで見ていた一条将輝はその戦いを眼にしてから己の想いを口にする。

 

「せいぜい今のうちだけは飛び回っていろ刹那……! イケてるお前のその宝石の羽根をむしり取って地上に叩き落としてやる!」

 

既に一回戦を終えて休んでいた将輝にとってその光景は正しく『赤い衝撃』を覚えるそびえ立つ『ターゲット』であった。

 

「別にミラージバットな競技じゃないはずだけど……っていうか台詞が完全に悪役なんだけど、阿修羅みたいなボクサーの台詞、負けフラグだよ!」

 

同じくシールダーファイトの一回戦をこなしてきた吉祥寺真紅郎が、盾を置きつつ相棒の言葉に言っておく。

 

やれやれと思いつつも、ウォーターサーバーから好みのジュースをチョイス。そうして飲もうとした矢先―――テントに勢いよく入ってくる三高生一人。

 

青色の髪を長く伸ばして、昨日のロアガンでは女子ソロ5位でフィニッシュした四十九院沓子という短躯の女子であった。しかし彼女は2人と同級生である。

 

「おおっ! 一条寺コンビがいた! これは僥倖じゃ! というかお主ら!! まだ刹那の試合様子ばかり見ていたのか!?」

 

「ちょっ、落ち着け沓子! 情報量が過多すぎる!!」

 

そんな将輝の言葉に構わずに四十九院沓子は、大型ディスプレイを操作して映像を変更していく。同時に将輝と真紅郎の端末に連絡が入る。

 

『一条くん! ようやく繋がった!! あのね翠子ちゃんの試合は、二高の―――』

 

通話口に耳を当てつつ、沓子が変更した画面を見た時に衝撃的な光景が見えてきた。

 

カメラは俯瞰のアングル。それを認識しているのか、カメラに対してピースをしながらテヘペロポーズ。割と高度でオシャンティーなことをする女子が一人。

 

そこから離れたところでは絶望感を覚えたのか項垂れる翠子の姿。

 

それは本戦女子ピラーズの会場。勝敗は着けられていた。

 

「翠子……!」

『―――二高の一年生 九島ヒカル選手にやられちゃったんだよ!!!』

 

通話口の向こうから聞こえてくる悲痛な声に断言される形で、将輝は驚くような現実を認識。

 

本戦女子ピラーズソロの選手一人……しかも本校の最有力で司波深雪と戦うとまで宣言していた『一色 翠子』が二回戦で負けたのだった……。

 

 

 



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第352話『魔法の宴 氷柱激闘編Ⅲ』

 

 

 Interlude……

 

「ねぇ、将輝って司波深雪さんのことが好きなのよね?」

 

 いきなり言われた言葉に、コイツは何を言っているんだと思ったが、別にごまかすことでもないので、拘ることもなく白状する。

 

「ああ、おれは深雪さんに惚れている」

「……四葉の姫だと分かっていても好きなの?」

「ソレ以前から夢中なんだよ」

 

 険しい表情を見せる翠子に苦笑しながらも、自分の気持ちは偽れない将輝は、そう答えることにしたのだ。

 

 お互い大事な試合前にこんなことを話して、魔法のキレに何かあったらばコトだと思うのだが……翠子の気持ちを察せれないほど将輝も鈍感な男ではないので、ここでごまかすことが吉と出るか凶と出るか分からず、それでもそうしたのだ。

 

「去年の新人戦ピラーズ。最後にはペアマッチになって同校対決だったけど、結局の所、去年のグリーン(新人戦)クイーンは彼女って見立てよね」

「そりゃ穿ちすぎだろ。刹那のカノジョであるアンジェリーナさんだって負けず劣らずだったぞ」

「そうね。けど……今年の本戦ソロにシールズさんはいない」

 

 今更な話である。トーナメント表が出た時点でそんなことは当たり前で、作戦会議でも色々と喧々囂々ではあった。

 それでも、この女子ソロ本戦は強敵ぞろいだと気づくぐらいに、昨年の新人と去年の2年生たちとがぶつかり合う場なのだ。

 

「去年は選ばれなかった私だけど、沸々と湧き上がる闘志だけは絶やさなかったわ」

「翠子」

 

 そういうマイナスな感情は良くないと言おうとしたが、それ以上に翠子は言葉を絶やさなかった。

 

「だからこそ将輝……私が司波深雪に勝ったらば、あるいは優勝したらば……」

「お、おい!」

 

 何を言おうとしているのか察して止めようとした将輝だが、ソレよりも早く―――。

 

「わ、私と最終日の後夜祭で踊ってよ!!!!」

「あ、ああ……そんなことならば喜んで誘わせてもらうさ」

 

 詰め寄るように、言われたことは将輝の予想よりも易いものであり、少しだけほっとする。

 

 だが、ここでそれを『エサ』に彼女のやる気というか奮起を持続させるような、厭らしいズルい男なことが出来ないのが一条将輝である。

 

 基本的に彼は愚直とまではいかずとも一本気な男なのである……故に、司波深雪との相性は悪いのだ。

 勢い込んで将輝にそんなことを言ってのけた翠子は、それだけで花開いたかのような調子になる。

 

「よし! やる気十分!! これで私は負けない―――よって……愛梨! アンタは愛しのセルナ君の応援でも何でもしてきなさい!!」

 

「先程から私の存在は忘れ去られていると思っていましたよ」

 

 どうでもいいことだが、この三高の控室にて三人の選手がいたのだが、その内の一人を無視して恋愛劇のような(翠子は真剣)ものをされるとは、愛梨は思っていなかった。

 

「まぁ司波さんだけに照準を向けていて、うっかり足元をすくわれないでくださいよ。二回戦で当たるだろう相手は、九島家の末子にして2高がエースとして紹介している子なんですから」

 

 呆れ顔とまではいわないが、少しだけ白けた顔をしつつ戒めをしておく愛梨だが、どうにもこの親戚は昔からこんな感じである。

 

 その慢心を抱いて溺死しろ!! ……などと他校の人間ならば言ってやりたいぐらいだが、生憎なことに、残念なことに翠子は三高の選手なのである。厳しいことを言っても反発されてしまうのだ。

 

「一年の分際で魔法能力の差が如実に出る『つらら』に出てきた女に洗礼を与えてやるわよ。九島光宣といい、大体の一年は新人戦で経験を積んどけばいいのよ」

 

 それは昨年の選手選考で選ばれなかったがゆえのやっかみもあるのかもしれないが、ともあれ試合は始まるのであった。

 

 女子は見栄えが良い衣装を着ることも多いので、試合開始は男子よりも速い―――要は人気取りのためにも、日が高い内に試合をしてもらいたいようだ。

 

 はたまたコスプレと同時に『化粧』にも時間がかかる女子の生態を理解しているか……両方なのだろう。

 

 ともあれ女子ピラーズ一回戦の第1試合。

 オープニングマッチというものを緊張せずに終えた翠子。そして栞ともう一人も通過したことで油断していたわけではないが……。

 

 タイムスケジュールの関係上、男子が一回戦をこなしている間に翠子には早くも2回戦の順番が回ってきたのだ。

 

「さぁて――――――さくっと2回戦も突破してやるわよ!!!」

 

 そうして意気揚々、意気軒昂……なんとでも言える調子で2回戦を挑んだ一色翠子だったが、その結果は―――惨憺たるものであった。

 

 Interlude out…………。

 

 

 女子ソロピラーズに現れたとんでもないダークホースの存在に、誰もがざわついていた。

 

 騒いでいないのはダークホースの所属する二高と一高の数名とチーム・エルメロイの数名……こう書くと、それなりに多いと思いたいが、それでも……最初から九島ヒカルの脅威を認識出来ていなかった面子は顔を青ざめさせるのであった。

 

「間違いない。九島ヒカルは疑似サーヴァントだ。しかもその由来は原初の竜にあると見た」

 

「まぁ分かっていたことですけどね……彼女に対する対策を願っていただけに、こうして実地で見れたことはいいのですが……」

 

 シオンが言葉を濁すのも分かる。この少女に勝つことは容易ならざることだ。

 

 現在見ているのは三高 一色翠子との戦いだが、正しく完封という言葉だけが状況を表すものだ。

 

 先手を取ったのは、一色翠子であった……。一回戦でも披露したムスペルヘイム―――超電磁の地獄界を作り出す魔法がヒカルの陣を襲おうとした時に―――。

 

『ちっちゃいなぁ。それじゃ僕の『スケイル』(鱗衣)一つ落とせないよ』

 

 落胆した言葉。実際、落胆したのだろう彼女は。

 

 その時、既に九島ヒカルの陣には『巨大なドラゴン』が鎮座していた。

 見えるものには見える、優美で美しいが、同時に鋭さを持ったブラックアンドパープルのドラゴンが……。

 

「九島ヒカルはフライングをしていたわけではない。彼女にとっては『思う』『そうする』と念じた時点で既に完了したことだ」

 

 そのガーディアンドラゴンは、一色翠子がCADを介して術を放つ間隙の間に鎮座していた。

 そして攻撃を封殺した後に、九島ヒカルがやったことは―――。

 

『パーシヴァル、キミと共に私はいくよ!!』

 

 光の粒子を束ねて白い槍を作り出し、それを振るいて一色翠子の氷柱に攻撃を繰り出していく。

 槍は光の斬撃(スラッシュ)、光の薙ぎ払い(スイープ)、光の突撃(ラッシュ)を三通りほどやると粒子に崩れるのだが、すぐさま次のが生成されているのか、ヒカルの手に槍が握られている。

 

「武器の生成……恐らく彼女の体内はある種の炉心なんだろうな」

 

 アトラスの六源には己の『骨』を武具・傀儡に出来る家があるそうだ。家伝特質というもので、自分が元の世界で交流し、現在対面に座る彼女の家 エルトナムもまたその一つだったりする。

 

「魔力と外皮で作った武器……『本来』の投影魔術(グラデーションエア)と同じなのでしょうが……さてさてどうしたものですかね?」

 

 最後には竜にムスペルヘイムを倍返ししたようなブレス攻撃をさせて、一色翠子は殆ど何も出来ずにやられたようなものだ。

 

 映像再生をやめて、現状に対して考える。

 

 ここまでのシオンとの対話。実を言えば、こうして話すも九校戦の最初っからシオンはかの九島家のデミサーヴァントに照準を合わせていたのだ。

 

「決勝は、出来ることならばチアキがエンジニアとして登録されているサヤカさんと戦いたかったのですがね」

 

「当たるならば準決だな」

 

 これこそがトーナメントという一発勝負の恐ろしさである。そもそもそこまでいけるかどうかすら分からないのだから仕方ない。

 

「さて、では刹那……「例のもの」を」

「なんで悪代官と役人みたいな言いようなんだよ。まぁ用意したさ」

 

 使い時は任せるとしながらも、とりあえず一回戦は安牌だったのだ。マズくなるのは準々決勝ぐらいからだろうか……。

 

「さてさて昨日とは違って、現在は全員して蜂の巣に手を突っ込んだような混乱状態だ」

 

 新競技だらけで手探りだった昨日とは事情が違うだけに、各校の反応はそれぞれだろうが……。

 

(混乱・混沌に対していち早く対処できたものだけが、勝利へと近づくのさ)

 

 奸智に長けただけでは勝利に近づけないが、愚直なままでもいけない。

 刹那はそれをよく理解しているのであった……。

 

 ・

 ・

 ・

 

「ピラーズは少し混乱しているようね」

 

「十師族の九島とはいえ、一年の女子が三高のナンバーズを打ち破ったならば、当然でしょ……まぁよそはよそ、うちはうちではないけど、目前のことに集中しましょう」

 

 言いながら調整を完璧にしたCADを平河千秋が渡すと、千葉エリカは「申し分ない仕上がり」に満足する。

 

「女子ソロ最大の敵はレティがいるチーム・エルメロイ……男子ソロ最大の敵は三高の吉祥寺真紅郎。中々にハードよね」

 

「上ばかり見ていると足もと掬われない? 兵法家である千葉さんに言うべきことじゃないだろうけどね」

 

 だが、色々と入ってくる事前情報で分かることもあるものだ。

 

 最大の障害となるはずだった一色愛梨が女子ペアシールドに出たことは、ある意味僥倖であり、そして三高は、信じて送り出した一色翠子の敗戦で最大級の混乱をしている。

 

(せめてペア競技も、今日だったらばなぁ)

 

 敵失に突け込むというのも、場合によりけりだが……自分たちにとって好材料が欲しいのも事実だったのだから。

 

「で、司波さんに対して何か逆転の材料は出せそうなの?」

 

「そんな険悪に睨まないでくれ。副チーフに全任せしたのは申し訳ないが」

 

「そんな地位にいたことを、いま私は初めて知ったわ」

 

「頼りにしているんだ。魔工科次席の平河(キミ)をな」

 

 一高の人事に関する内示が不徹底であったことはともかくとして、シールダー・ファイトのベンチにようやくやってきた司波達也。

 

 千秋の問いかけに対しては、苦笑しながら「万策なし」とだけしか言えない。

 

 結局の所、最大級の知恵者であるはずの刹那を頼れないならば、とりあえず今はいけるところまでいかせるだけだ。

 

(当たりそうになってから対策というのも何ともしまらない話だが……それぐらい九島ヒカルはとんでもない)

 

 ジンクスというほどではないが、昨年に続きどこかから出てくる「銀髪の異端者」が立ちはだかる事態に、何かの呪いなのではないかと勘ぐるものまで出る始末。

 

 そして、同時に観客たちの下馬評を覆す大番狂わせを期待する空気が選手たちを貫くのであった。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 三高 十七夜 栞の2回戦。まさか翠子が負けるとは思っていなかった栞であったが、戦いは順調にこなしていく。

 

 だが知らずに受けていたショックは大きく、若干ながらも精彩を欠く魔法の使用であり、現在の氷柱残存数では6−4でリードを奪うも……。

 

(落ち着いて、私の方にまだ分はある……集中よ)

 

 などと振動数を伝播する「合流波」を放つも、相手もさるものなのか、それともこちらの戦術……去年のものを研究されているのか、中々に硬い。

 

 四高の選手との戦いの最中―――別コートで戦っている刹那の2回戦の様子が見えてきた。

 大型ディスプレイに映し出される彼は、快活に術を放ち、そして――――相手陣に不規則な動きをする紫色の光弾と黄色の光弾を放った。

 

 本来ならば、それに惑わされる相手でもないが、視覚的な効果から完全に自分たち現代魔法師の裏を取ってくる遠坂刹那に、どうしても緊張をしてしまう。

 ―――瞬間、円状の粒子加速器か、周回軌道を描く人工衛星のように氷柱の外周で加速を続ける。

 

 惑わされず、それでも相手側へと攻撃を届かせることが出来ない。光弾の加速が「壁」となって相手側への改変を許さなくなっていたのだ。

 

 そして―――。

 

 何かを唱えたのか、光弾は中心点に集合。その衝撃なのか、それともそういう効果なのか光の円輪が幾重にも発生して、その圧が全ての氷柱を砕いていた。

 

 あえて言うならば「超重光雷波」(メガボルト)とでもいうもので勝利を決めた刹那は、指の間にトパーズ(琥珀色)アメジスト(菫色)を挟み輝かせながら勝利のポーズをする。

 

 ――――――それだけで栞は勇気をもらった気分になった。

 

 相手もまた少しだけ刹那の試合の様子に見とれていたようだが、気付いて魔法の読み込み―――だが、もはや栞はCADを使わなかった。

 それだけで速度に差が出るはずだったが。

 

「S-O-B-N-R」

 

 余人が聞けば何かの暗号か、意味不明なアルファベットの読み上げにしか聞こえない。

 だが、効果は抜群で音の渦巻き(ヴォーテックス)が相手陣の氷柱を直撃。

 

「横」に発生する渦巻きという現象。現代魔法における「ソニックバーナー」というものであり、対象の分子運動に音を介して震わせることで燃焼させるものだ。

 

 擦り合う物質と物質。人間の目には見えない小さな「分子」が擦り合い、熱を発生させやがては溶け落ちる。

 

「!!!!」

 

「GR-UD-SU-ND!」

 

 声と同時に、タップダンスをするようなステップ。狭い高台の上でやるのは難儀だろう。素人目ではそう見えるも。

 

 苦もなく行えたのはフェンシングの競技選手ゆえか本人の運動神経ゆえか、どちらにせよ……それが触媒となりて、相手の陣の中心部にて黄金色の衝撃波が円状に波紋というには盛大な勢いで広がる。

 

 幾重にも発生する大地のビートは、氷柱を不安定にしてやがて崩壊へと繋げる。

 勝負あり―――。

 

 今までの戦いぶりをリセットするかのような怒涛の魔法の使用で試合を終わらせた栞に、多大な声援が飛ぶのであった。

 

(そうだよ。私の起源は「訴糾」であり「遡求」……そうだったんだよね)

 

 刹那君に助力を願おう―――。対戦校とはいえ、あちらの捨て駒も同然に九島ヒカルへの対策を願おう。恥も外聞もないと罵られたとしても、今は一矢を報いたいのだ。

 

 

 そう決意しつつ、夜に使えるセクシーな下着は持ってきただろうかと、「交換条件」を勝手に選定している彼女も友人と同じ穴のムジナだったのだ。

 

 

 



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第353話『魔法の宴 氷柱激闘編 閑話1』

 

 

 

 おおよそ2回戦分のスケジュールが、昼時間までに各種男女競技で終了した。

 無論、もつれた試合を多く演じた部門では、まだ1回戦すら終了していないというのもある。

 

 具体的には、女子ソロシールダーファイトと男子ソロアイスピラーズである。

 

(粘ったもんだな。雫の親戚は)

 

 刹那に挑戦状を叩きつけてきた四高 鳴瀬 晴海の戦いぶりは見ていてハラハラするものだが、ギリギリのところで勝ちを拾っている。

 

 決して油断出来る相手ではないが、それでも何かの「隠し芸」ぐらいはあるのではないかと思う……。

 

 直観だが、何かの「爪」を隠している気がする。

 

「黒薔薇の海鳴騎士 ナルーセル……そのチカラを見せてもらうか」

 

「イヤ、そのネームを採用しちゃうノ?」

 

「本人がそう名乗ったんだもの! 圧倒的なまでの厨二病パワーに俺もどう返したものか迷ったぞ!!」

 

 あの衣装そのものは亜夜子ちゃんの趣味だろうけど、などと思いながらもその口上には色々と思うところはある。

 

「雫に恋慕していたのかね?」

 

「カモしれないワ……コレは女のカンだけどネ」

 

「そりゃ信じるに足るものだな」

 

 リーナとの会話で出した結論としては、二回戦までの相手とは違うということだ。

 

「だが、どうする? さっきから「訪問予定」が引っ切り無しだぞ」

「昼休みぐらい素直にメシ食っておけばいいのに」

 

 今回テントにて対外折衝というか他校からのアレコレを対応してくれている相津でもコレ以上は断りきれないところまで来ているようだ。

 

「すまない。本当ならば選手である遠坂君をフォローする立場で、こういうのに断りを入れておくべきなのに」

 

「いいさ。返信内容は「シオン・エルトナム、桜小路紅葉の捨て駒扱いでいいならば、対応策ぐらいは出す」と、それで出せ」

 

「強烈で高圧的な言葉……確かにこのまま順当に行けば桜小路さんは四回戦で、シオンは決勝で当たる可能性が高いからね」

 

 まずは目先の三回戦を制しろと言いたいが、転ばぬ先の杖という保険は必要で、そして彼らは(マホウ)を欲しているのだ。

 

 対戦校とはいえ、そういう恥も外聞もなく、助言などを求めなければならない気持ちは少しだけ分かるのであった。

 

「前々からわかっていたことだが、ヒカルちゃんの「総力」はとんでもないからな」

 

「アタシもエネルギー量、熱量……なんとでも言えるがそういうものでは群を抜くと思っていたが、コイツは別格だな……」

 

 アルトリア・ペンドラゴンとの霊基統合によって竜の炉心を手に入れたモードレッドですら唸るほどに別格である。

 

 だが……決して無敵の存在というわけではあるまい。そもそも、個人が剛力であれば勝てるほど勝負のアヤは単純ではない。

 

(エルメロイ教室総出で、合衆国で「神堕し」をしたという世界線を知っているからな)

 

 ならばいくらでも手はあるはずだが……結局ピラーズは個人戦だから、最終的には個人の力量頼みとなってしまうのだ。

 

『Gugaapii〜〜〜』

 

 などと考えていた時に、基本はミニ豚のような形態を取っている刹那の契約魔獣グガランナが、肩に乗っかってきたのだ。

 

 何か要求することでもあるのか、ポンポンと足踏みをしてきているので気付かされる。

 

「あっ、もしかして爪切りか?」

『Gugaga!!』

 

 魔獣とはいえ、その生態は基本的に既存の生物と変わらない。動物科(キメラ)の講義で魔獣の世話という項目で、そんなことをやったりした。

 

 もっとも最初は馬、牛、豚など普通に人間社会でも色々と利用されている動物のものからだったのだが。

 

(まぁ触媒としても使いやすいか……)

 

 もしかしたら、グガはそのことを察して……

 

(なわけないか)

 

 グガは、アルビオンにて拾った捨て犬猫ならぬ捨て牛(?)であった。決してあの強力な神獣(天の牡牛グガランナ)ではないが……。

 

(まぁ利用させてもらおう)

 

 などと思いながら、リーナと一緒に爪切りをしてあげるのであった……ちなみにリーナはブッキーなのでグガのお腹を持っていてもらうことにしたのであった。

 

 そして、相津の出した返信に最初に食いついてきたのは―――……。

 

 ・

 ・

 ・

 

「成程、接近戦とはいえそこまで出来たのかヒカルちゃんは」

 

 雫とほのかから東京オフショアタワーの一件での九島ヒカルの大立ち回りを聞かされて、達也としては予想通りすぎて、ソレ以上は何も言えないほどだ。

 

 刹那からデミサーヴァントであるとは聞かされていた。あのオフショアタワーのエレベーターなどを完全稼働させていたエネルギーの総量などを考えると、この結果も当然であった。

 

 戦略級魔法を発動できる人間は、戦略級魔法が発生させるエネルギー……熱量を用立てているわけではない。

 

 だが、実際にそれだけのエネルギーを持っている相手は、即ち戦略級魔法を放てることよりも脅威だ。

 

 人間兵器として魔法師の登るべき山をそれに定めていたのは、『社会的な見地』からは間違いではないのかもしれないが、『超人』としての方向性では少々見当違いだったのではないかと最近は思ったりする達也であった。

 

「達也さん。スケッチできました」

「ありがとう美月」

 

 昨年に続き、通常の魔法師では詳細に見えないものをスケッチしてくれた美月とケントが解析した九島ヒカルの防御陣にある魔力線とでもいうべきものが完全に一致する。

 

 そんなスケッチされた九島ヒカルのガーディアンドラゴン……鋭角的な、まるで近未来の戦闘機を思わせる形状のそれを見た深雪がため息をつく。

 

「別に楽な戦いだけをこなしたいわけではありませんけど……もうちょっと安全に戦えれば良かったんですけど」

 

「こればかりはしょうがないだろ。いまさら九島ヒカルの身元の不明さを追求したとしても、逆風がこちらに吹くだけだ。そしてそんな盤外戦術で勝ったとして、深雪―――お前は喜べるのか?」

 

「うぐっ……た、確かにその通りです……弱音を吐きすぎました」

 

 だが、このままいけば準々決勝か準決あたりで深雪と九島ヒカルはぶち当たる。当然対策なしでは負けが決まってしまう。

 

 現在、ピラーズ女子ソロで残っているのは深雪と壬生先輩、男子では黒子乃と入野先輩である。

 

「刹那は、早期の段階から上がってくるとは理解していたからともかくとして、こっちが問題だよ」

 

 男子に関しては、もはや天佑あることを祈るしか無いので、何かあればやるぐらいだった……問題はヘタすれば、全滅もあり得る女子ソロである。

 

 そんな達也の問題提起に対してスミス・ケントは少しだけ物申すことがあったのだが―――。

 

「次戦で北山先輩の親戚という鳴瀬先輩がうちやぶっ『無理だよ。晴海従兄さんじゃ刹那には勝てない』、そ、そうですか……失礼しました」

 

 結果としては自分をフッた男を擁護するような形で、ケントの他力本願なものを切り捨てた雫に誰もが何とも言えない表情をする。テント内が微妙な空気になったので、それを一掃するように―――。

 

「スミス、チーム・エルメロイに対する訪問要請の方はどうなっている?」

 

 服部会頭が、そんなことを言ってきた。

 

「先程、結構居丈高なものが出てきただけで―――あっ!! もう受付が締め切られています!!」

 

 それは既知であったのだが、協力者を絞った辺りチーム・エルメロイも、ここに来て戦略を練ってきたようだ。いや、元からそのつもりだったのかもしれないが。

 

「先着一名様ではないが、どうやら協力者を絞ってきたようだな……」

「去年のイリヤ先輩の時は3高とのコラボがありましたが……あの時も中心は刹那君でしたね……」

 

 会頭と会長の苦衷を覚えるような言葉……。

 

「まだトーナメントは始まったばかり……下馬評通りではない混沌とする『イマ』を楽しみましょうや」

「司波……」

 

 

「―――などと『アイツ』がいれば言っているはずですよ。事態の一つ一つに右往左往、一喜一憂せずに進んでいきましょう」

 

 達也の言葉でそりゃそうだな。と何とか全員が晴れやかになる。

 そうしたタイミングで少しだけの朗報が入る。

 九校戦大会運営委員会からの通達。全ての九校戦関係者に送られたもので、どうやら今日の競技日程は、各種競技でベスト8が出揃った時点で終了ないし、午後四時時点での終了の通達であった。

 

 その理由として、アイスピラーズで必須の製氷機械とシールダーファイトの消耗と、日照方向による有利不利云々だの『もっともらしい言い訳』が述べられていたが……。

 

(今回の九校戦を仕切っているのは、俗に言えば『反・十師族』派閥とでもいうべき国防軍のタカ派の面子だ。もちろん、それだけがコントロールしているわけじゃないだろうが……)

 

 悪意的な見立てをしつつ、達也は更に推測をすすめる。

 

(九島ヒカルという名跡(みょうせき)だけは『九島』であるデミサーヴァントの独走を許すのは如何ともしがたく、それでもそれを止める手立ては、国防軍が一高から追い出した「はぐれもの」のカレイドライナーにしかないということが、状況の皮肉になっているわけか)

 

 結論としては、九島ヒカルの独走を許さないためにも、競技進行を止めたということだろう……。

 

「九島ヒカルの分析は俺とケントでやっておく。皆は他の自分たちと当たる連中など、シールダーファイトの分析をしてくれ」

 

「一高総出での総力戦ですね達也さん!!」

 

「別にヒカルちゃんは腕が伸びるボクサーじゃないけどな」

 

 ほのかの言葉にそう答えながら、正直何も見つからないんじゃないかと絶望感は覚えるのであった。

 

 ・

 ・

 ・

 

「人間にとって銃が即死武器であることと変わらないのですよ。どんなに弾道を予測しても、それを躱せるだけの運動性能を持ち合わせていない以上、意味をなさない―――如何に九島ヒカルのデータを集め対策を練ろうとも、単体で彼女に立ち向かうこと自体が敗因になるのです」

 

「つまりヒカルちゃんに勝つことは不可能なの?」

 

「難しいでしょうね。いえVery Hardなクエストですよ。これは竜殺しの『犬狼鬼』(コボルト)を探し出せと言っているようなものですから」

 

 シオン(withメガネ)の出した結論に誰もが沈んだ顔をしてしまう。

 

「―――ですが、個人の能力値だけで勝敗が決まるならば、私や刹那、ダ・ヴィンチちゃんのような技術屋はいらないわけですよ」

 

「ならば何か手立てはあるので?」

 

「あると言えばありますが……まぁコレは、完全に裏技ですからね。

 1つにはやはり英霊や神霊、はたまた上位存在の力を宿すということです。

 2つ目は、それら上位存在を倒せるだけの武具を有すること―――」

 

 どれもこれも通常の術者では不可能なものばかり、だが愛梨も栞も知っている。

 

 不可能を可能に、無から有を、常識(セオリー)非常識(ミラクル)で超えていくスゴイ男のことを……。

 

「あとは、シオリ―――アナタの魔眼が完全に開眼していれば……いえ、無理ですね。結局、ピン留めした『点』に『移行』させたとしても、それは所詮嵐で吹き飛んだ家屋の中で『トイレ』だけが残るようなものです」

 

「シオンさんは、私の魔眼を理解しているの?」

 

 少しだけ胡散臭気な栞の言葉に、眼鏡を掛け直しながらシオンは答える。

 

「ええ、どうやらアナタは私と同じようなタイプのようだ。ならば分かるはず……私達のような人間は純粋な『力勝負』に持ち込まれたならば、面での戦いは分が悪い、と」

 

 その言葉を最後に、チーム・エルメロイの秘密の部屋にやってきたのは刹那である。

 刹那の後ろにはアンジェリーナが居て、まぁそれはともかくとして……。

 

 刹那の作戦が伝えられる……。

 

「俺に出来るのはヒカルちゃんのドラゴンの『足元』を揺らすことだ。栞の合成波は上から仕掛けるものだから少々違うが……ともあれ、俺に出来るのは『コレ』と『コレ』を用立てることだけ」

 

「ありがとう刹那君……けど、これって―――……結構際どいね……えっち……」

 

 栞の赤くなりながらの言葉に誤解を解いておかなければならないので説明をしておく。栞のそんな言葉の原因は刹那の持ってきたコスチュームにこそあった。

 

「いや俺が作ったもんじゃない。誤解を招かずに言わせてもらうならば七高の羽瀬 真名教師が……」

 

 そうしてあの妙な教師……自分の世界の人物の『そっくりさん』というには、あまりにも似すぎている女教師が……。

 

『あの『魔眼』の少女に着せなさい。あの手のドラゴンはあまりにもインチキがすぎる。困難な戦いに挑む勇士への助力を私は惜しみませんから』

 

 と言って魔装衣(ドレス)を渡してきたのだと伝えると―――。

 

「使って大丈夫なのかな? まぁ呪いのアイテムってわけじゃなさそうだけど」

 

 フェンシングスーツよりも際どい衣装は流石に、栞も少しだけ気恥ずかしいかもしれない。

 

「不安ならば止めといたほうが―――」

「ううん。刹那君が持ってきたならば、それは大丈夫ってことだから信じるよ」

 

 藤紫色の華が綻んだような笑顔を向けられて、刹那は自分の無力さを痛感する。

 

 無償の信頼を寄せられて、刹那としてはどうしようもなくなる。これ程までに、栞は信じてくれているというのに、蟷螂の斧にしかなりえないような策と武器しか出せないのだ。

 

「時間が少ない。いますぐ準備に取り掛かろう」

 

「セツナとシオンはまだ試合があるんだから、衣装に関してはワタシとアイリでやっておくワ」

 

「頼む。『剣』とCADの連動に関してはこちらでやっておく」

 

 だがそれでも、一縷の勝利の確率を上げるためにも刹那は動き出すのだ。

 結局の所……刹那はどうしても大甘なのだった。

 そして混乱や混迷を伴いながらも、午後の部とも言うべき各種競技の三回戦は始まる……。

 

 



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第354話『魔法の宴 氷柱激闘編Ⅳ』

 

 

 

 あるものは昼食を取ったり、あるものは食事と同時に次戦の相手の分析をしたり、更にあるものは恋人といちゃついたり、実に様々なのだった。

 

 そして、それらの中でも特異なものは同時にそれをやったりするのであった。

 つまりは『リア充爆発しろ』ということである。

 

「成程、他校の美少女侍らせた昼時いい気分そのままで試合に臨むということか」

「なんて悪意的な見方、あながち間違いではないとだけ言っておこう」

 

「十七夜さんは、お前が時計塔時代に懇意にしていた残念年上魔眼美女(ミステリックアイズ)『オフェリア・ファムルソローネ』に激似だからな」

「なんて人を疑った見方、声もそうだけど……共通点は多いから気にかけておきたい女の子ではあるよ。その為ならば夜をともにするのも吝かじゃない」

 

 本人の気持ち次第だがと付け加えると、女たらしめと目線だけで言葉を飛ばしてくる達也に対して、もはや諦めた気分でいる刹那なのだった。

 

「で、首尾はどうなんだ?」

「やるだけはやったさ。ただ……せめてもっと後の試合であたってくれれば良かったのに、と思うさ」

 

 どちらにせよ強い所とはどこかで当たる。当たり前の話であるが、それでももう少し先であれば、せめて四回戦で―――。

 

(言っても仕方ないよな)

 

 確かに自分との付き合いが何かとあったとはいえ、栞は三高の選手。節度は弁えねばならない。

 

「で―――お前は太助くんのサポーターということか」

「お前のところの坂上と戦うからな。そういうことだ」

 

 侮られていた方が良かったのだが、どうやら達也はそういう気持ちではないようだ。

 そうしていると14時38分を時計が刻んだ瞬間―――刹那の試合――四高『鳴瀬 晴海』との戦いの為のフィールドが空く。

 フィールドの掃除(グラウンド整備)。そして、製氷された氷塊の運び込み、それらが速やかに行われていくのを見ながら、そろそろ今回の装備を取りに行くことになる。

 栞の試合はまだとはいえ、出来ることならば見守りたいわけで……。

 

(今は試合に集中しなければな)

 

「はーい。検査は完了しているわよ」

 

 などと気合を入れた瞬間、『あっ、ゲンが悪い』と思える女性が、検査委員の席にいた。ほとんどの人間はとんでもない美人に目を奪われただろうが、残念ながら刹那はそうではないのだ。

 

「ゲンが悪い女がいる―――って顔をしているわね」

「んなこたないですよー。美人のお姉さんが検査委員でセツナ・カンゲキ! (棒読み)」

「なんて心にもない言葉(ワード)……。まぁそれはともかくとして、また奇態な装備を持ってきたわね。宝具ではないんだろうけど……」

 

 響子さんは、刹那が提出した『短弓』に関して少々物申したい気分のようだ。

 だが、これは昨年度のシューティングでも使ったものの簡易版である。流石に刹那も去年とは違って弁えている。

 

 しかし―――。

 

「黒薔薇の海鳴騎士『サー・ナルーセル』に対抗するためにも、コイツは必要なんですよ」

 

 そこで何故『剣』ではないのかと思う響子であったが、本題を言っておく。

 

「アナタのサーヴァント達が捕らえたアサシンのマスターなんだけど、ちょっとデリケートな出自でね。どうしようか困っているのよ」

「アサシンとの繋がりを断てばよろしい?」

「うーん。それもちょっとねー……とりあえず今日の夜に基地施設にやってきてくれない? 迎えは寄越すから」

 

 悩ましげというよりも心底悩んでいるというポーズでいる藤林響子に、了解しておく。

 特に拘ることでもなく、同時にいつまでも監視役としてモルガン達を待機させておくのもアレだと思えたからだ。

 そんな風に、今から戦う相手に失礼ながら他ごとを考えてしまうのであった。

 

 男子本戦アイスピラーズ・ブレイク ソロ第三回戦

 四高 鳴瀬晴海 対 チーム・エルメロイ 遠坂刹那の戦いが始まる。

 

『ようやく! キミとの戦いが始まることを僕は嬉しく思いながらも、その上で少しの怒りもある!! 黒薔薇の海鳴騎士は親兄弟の絆の義から、キミを倒す!!』

 

 戦いの前の言論戦……というよりもただの言い合いが行われる。返すか、返さないかは相手次第。

 だが刹那は黙っていられる人間ではないのだ。

 

『親兄弟の絆の義ねぇ……正直に言えよ。アンタは俺がフッた女子が好きだったから、こんな風なんだろ?』

 

『―――何を根拠に』

 

『一つに、如何に親戚と言えども、いとこの恋愛模様なんかで、そこまでボルテージを上げられる動機には思えない。そして二つ目だが……黒薔薇を名乗る割には、随分と緑色のアクセントが多い衣装だわな。昨年の従妹殿の振り袖の色だな』

 

『なっ!?』

 

 今更気づいたかのようになる鳴瀬だが―――。

 

『ならば、白くなろうじゃないか―――』

 

 言葉で黒い騎士衣装が『白く染め上げられていく』。そして緑色のアクセントは、『黒く変色していく』。黒騎士という懈怠な印象が変わるぐらいに強烈な変身であった。

 

「ああっ、鳴瀬先輩ならぬ騎士ナルーセルが遂に白き聖騎士へと変貌してしまった」

「もはや魔宝使いに一片の勝機もなくなったと同時に世界は終末へと向かうのね……」

 

 これは客席の方から明朗に聞こえてきた黒羽の姉弟の言葉である。

 

『ただ単に白くなっただけじゃないか!!!』

『さぁ! もはや言葉ではなく魔法で語り合うときだ!! 魔宝使い!!!』

 

 ツッコむように黒羽に言った後には、シグナルランプの点灯が始まる。見えてきたことはあの衣装はただの仕掛けではなく霊衣の類。

 まぁ四高といえばリズリーリエの母校。昨年度の技術を継承していてもおかしくない。あるいはOGとして未だに影響力を発揮していてもおかしくない。

 

 四葉の間諜が公然と入ってきたことに、学内で未だに繋がっている後輩がいるのかもしれない。

 

 どちらにせよ―――。向こう側の高台にいる相手は侮れない。

 ランプがブルーを灯した瞬間、CADが、魔術刻印が、術を発動させる。

 

 鳴瀬 晴海が発動させたのは共振破壊。雫もこの競技に使うこと多い魔法の一つであり、鳴瀬という魔法家が得手としているものの一つである。

 刹那の氷柱全てに仕掛けようとした固有振動数を一致させた上での破壊は、発動を『拒絶』された。

 

「ッ!!!」

「出自がある程度の情報を晒す。不幸なことだよ」

 

 嘲るようにしながらも『予測通り』であることに一本取った気分でいながら、虚空に『文字』を刻む。

 

 疑似宝石の魔力が、破壊の波を打ち消しながらでの攻撃。

 刻んだルーン文字が、その効果を鳴瀬の陣の氷柱に転写。

 鳴瀬が慌てて情報強化をしようとした瞬間。

 

「―――魔弾、一斉掃射(Fixierung,EileSalve)

 

 大玉の魔力弾が20発、鳴瀬からして右列の氷柱2本を砕いた。

 

「ッ!!!」

「まだまだっ!!」

 

 意識をそちらに持っていかれた瞬間、顕現したルーン文字が急速に熱を発して氷柱を一本溶かし尽くした。

 

「―――ッ!!」

 

「この程度で怯まれては困るなナルーセル! 俺にはまだ『七色の魔眼』があるんだよ―――陣の氷柱全てに呪力を及ぼしてやろうぞ!!」

 

 言葉で『橙』の魔眼を発動させる刹那。強制を司り惑乱を引き起こすそれが起こす現象は―――。

 

(熱風―――いや、大気が強烈に燃え上がっているのか?)

 

 選手控室でありCADサポーターとしてのベンチでそれを見ていた達也が気づく。

 

 彼が己の『強制』によって支配したのは、正しく『空気』そのもの。

 無生物たるものを一時的に『擬人化』する定義によって、『空気』を踊らせて(……)熱波とさせたのだろう。

 おまけに、現在は夏真っ盛り。富士山を臨むこの場所は盆地ゆえに熱が籠もりやすいのだ。

 

(これで終わりか? 騎士ナルーセル)

 

 四高にて従姉弟たちが鍛えたという魔法師でも、刹那には何も及ばないのか? という考えでいたところに―――鳥のような嘶きが響く。

 刹那が鏑矢でも放ったのかと思うような唐突なものだったが……よく見れば違った。

 

「鳥?」

 

 四高 鳴瀬の陣に銀細工で出来た鳥が氷柱を止り木にして止まっていた。その数は二十羽以上も存在……。

 

(アインツベルンの錬金術……! まぁ予想通りだったがな)

 

 つまり―――。

 

 鳥たち……エンゲルリートであり、シュトルヒリッターによるビーム攻撃であった。

 そのビームには刹那の魔眼の影響を少しだけ減じる効果はあったらしく、魔眼の照射は終わる。

 

「キミ相手に通常通りの戦いじゃ勝てないって分かっていたからね! ここまで隠し通した切り札を切らせてもらったよ!!!」

 

 氷柱の上の鳥は『固定砲台』らしく、刹那の氷柱に対して光線がヒットしていく。

 

 昨年……深雪と雫の戦いにて、雫に達也が授けた策のごとく光線(厳密に言えば音波ではある)がヒットしていき―――そして、ここまでパーフェクトで勝ってきた刹那の城塞に瑕疵が入った。

 

 連発して放たれた砲撃が前面の氷柱三本を砕いた。

 その様子に客席にいた四高生たちは、ガッツポーズを見せる。その一方でざわつきも見える。

 

 刹那の対応は―――。

 

 短弓を手に止り木としている氷柱を砕く魔弾を放っただけだ。

 鋭い槍か銛のような魔弾が氷柱を砕くと、砕かれた氷柱を止まり木としていた鳥は飛び立ち、近くの氷柱を止り木とする。

 

「―――」

「―――」

 

 にらみ合う両者。そして一つの氷柱に鳥が集中したことで、攻撃の圧が強まる。

 

 刹那のやったことは拡散されていた『砲』の数を纏めた程度にしかなりえていないように見える。

 ここからどうする気なのか―――達也が思った時には、疑似宝石たちは一斉に違う陣形を取る。

 それは鳴瀬が操る鳥よりも何故か生物的なものを思わせる動きからのフォーメーション。

 

「Brennender Himmel」

 

 そして言の葉を紡ぐは刹那の唇であった。

 

「Ich kenne den Kreis, Die Blumen beschützen mich, Der Wächter des alten Schlosses ist unerschütterlich」

 

 滑らかに解き放たれる力強く、素早い詠唱。

 現代魔法師が無用の長物として捨てたはずの『音韻』が、世界を変革していく。

 

 放たれる緋色の光線に向かって、刹那はその手を掲げ、神秘を解き放つ。

 

「Eine Blume blüht in meinen Händen, Aias der Telamonier!」

 

 六節の呪文が創造したものに、誰もが息を呑んだ。

 

 七色の花弁と中央にある『紫色の花托』を模した巨大な盾―――呪文のワードと刹那に対する知識から、トロイア戦争におけるヘクトールの投擲を防いだアイアスの盾を模したもの(Fake)だと達也は気づけたが……。

 

(お前ならば本物の贋作を用立てられただろうに)

 

 チカラの消費を惜しんだのか? そう言いたくなるほどに分からぬ刹那の行動。氷柱の範囲全てを覆うように展開された盾―――それに対して……鳴瀬の行動は砲撃の続行であった。

 

(―――?)

 

 達也としてはその行動に『違和感』を覚えた。ここで取るべき戦術行動は本当ならば―――。

 

「そうか。つまり……『悪手』であったんだな」

 

 刹那はかなり悪どい―――とまでは言わんが、打ち合いを希望していたであろう鳴瀬を『フッた形』であると気付けた。

 

「達也さん。晴海従兄(にい)さんに対する刹那の術行使はどういう意図が?」

 

 黒子乃のサポートを終えて一高テントに戻ってきた達也は、説明役及び観客としてここにいたわけだが、遂に雫に説明を求められてしまった。

 

「最良かどうかは分からないが、それでも……終わりは近いはずだ」

 

「え?」

 

「野球でアイツのキャッチャー(女房)をやっていた俺だから分かるが、真っ向勝負なんて言葉はバッターにとって都合のいいきれいごとだぜ―――とか言いかねないからな……」

 

「鳴瀬選手の氷柱が!!!」

 

 変化は遂に訪れた。ケントの言葉でディスプレイに注目すると、鳴瀬の方の氷柱が遂に2本まで減っていた。同時にその2本の氷柱に鳥が密集する。そして―――氷柱の融解は早くなるのだ。

 

「どういうことでしょうか?」

 

 質問をしたのは雫ではなく泉美である。だが特に拘らず答える。

 

「去年のリズOGの攻撃と違うのは、やはり未熟ということだな。達者に使えない攻撃では、切り札といえ、やはり刹那には悪手でしかないんだ」

 

「未熟……。確かに羽ばたいて攻撃しているわけではないですね。リズOGならば、刹那先輩の盾を飛び越えるなり迂回するなりしますか」

 

「ああ、それも一つだが、恐らくあの錬金細工鳥(シュトルヒリッター)のビーム攻撃に対する『排熱』が、即ち『冷媒』が鳴瀬選手には用意出来ていない。だから氷柱を止り木にして、その足場を利用して冷却した上でビーム攻撃を行っていたんだろう」

 

 その言葉でよく見ると、鳴瀬が扱いきれなくなったのか、はたまた次の氷柱まで飛べなかった鳥の構成されていた針金はフィールド上に落ちて、まっ黒焦げになってへばりついていた。

 

「何より、鳴瀬さんにとってこの術式は『相性』が悪かったんだろ。現代魔法師としての資質でも、魔術的な観点からも」

 

 雫が精緻で細かな術式よりも力任せの構築を好み得意とする辺り、同じく鳴瀬家の魔法師はテクニカルよりもパワフルな魔法使用が得意なのだろう。

 更に言えば魔術的な観点で言えば、鳴瀬家は『鳴動』『振動』といった風に物質を鳴り響かせる性質を持つ。

 コレはどちらかといえば恐らく『地』に由来するチカラ。

 

 空気振動であれば『風』とも取れるが、雫と晴海―――両者とも『大地を震わせる』ことを得意手とする以上、大地に翼を落とせば生きられない『鳥』というものとは相性が悪すぎた。

 

「―――やっぱり刹那が負けるところは想像できないなぁ……」

 

「「「…………」」」

 

 その惚けるように放たれた雫の言葉に物申したい面子は多い。そして画面上では最後の戦いが始まろうとしていた。

 もはや最後の一本となった氷柱を冷媒にすることは、マズイと思ったのか、鳴瀬晴海の乾坤一擲の攻撃が開始されようとしている。

 

「まだだ!! まだ終わらせるもんかぁ!!!」

 

 難儀するはずのシュトルヒリッターを『飛翔』させてのビーム攻撃。だがリズリーリエほど排熱が上手くない、というか出来ないのだろう鳴瀬の鳥はどんどん堕ちていき、そしてこの展開を前に刹那は―――盾の魔法陣の中心を狙い撃つように弓を構えた。

 

 弓弦から解き放たれた矢は中心を射抜き、そして直後には巨大なエイドス改変としか認識できない圧が、鳴瀬の陣全てを揺らすほどの剛撃が発生。

 

 それは天から振り下ろされる牛蹄の一撃。

 鳴瀬家のお株を奪う形で大鳴動を発生させた。

 それが齎した効果は、焦げた針金を微塵以下の分子にまで返して、飛翔していた鳥の全てが消滅するほどの強制力。

 

 そして―――最後まで残っていた氷柱は個体から気体へと変わるまもなく散り消えた。

 

『WINNER! チーム・エルメロイ 遠坂刹那!!』

 

 結果的には、下馬評通りの結果となったのだが……。

 

「グガランナ・ストライクの簡易版か……それにしてもこの対戦での刹那は少しばかり冗長だったな」

 

 速攻で決めることも出来たはず。レーザー攻撃とて防ごうと思えばいくらでも疑似宝石によるカウンターを食らわせたはず。

 

 チカラの消費を惜しんだというよりも……。

 

「―――ヒカルちゃんと戦う乙女の『手本』になったのかな?」

 

「えっ? それじゃ三高の十七夜センパイの為に、こういう戦いをしたんですか!?」

 

 目ざとくか耳ざとくか、達也の呟きに最大級の驚きで答える泉美。彼女としてもなんか不満なのだろう……。

 

「あくまで可能性の話だがな。栞さんの魔法は先の鳴瀬家とは違い、上方からの『圧』であり『波』が主だからな。九島ヒカルとの戦いに際して何かを授けたんだろう」

 

 それはまだ視えていないが、それでもそういった裏事情を何となく察してしまう戦い方だった。

 そんなことを達也が明言したことで、2人ほどが不機嫌になったりしたのは、予想外ではないが……少しだけ後悔してしまうのであった。

 

 



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第355話『魔法の宴 氷柱激闘編Ⅴ』

 

 

 最後の確認。女子の控え室に向かう前の栞にそれを行った後には、もはや刹那の仕事はなくなる。

 

「色々とありがとうね刹那くん」

「愛梨からは心配されっぱなしだったがキミには意図が伝わったようで何よりだよ」

 

 愛梨にとって自分は最強で無敵の男だと思われているようだ。魔獣嚇との戦いでやられたことは遠い昔の話のようだ。

 

「うん……窮屈な戦いをさせた分は―――あとでカラダで支払うよ」

 

 別に窮屈だったわけではない。とはいえ後半の言葉は耳に残り。

 

「んじゃ疲れていなければ、夕餉の給仕係よろしく」

 

 どういう意味なのか少しだけ怖くなってしまったので、機先を制するというわけではないが、内容を確定させることで悪い予感を回避するのだった。

 

「ええ、メイド服でもわたつみちゃん達みたいなワルキューレ服でも着ちゃうよ―――この衣装でもいいしね」

 

 薄く笑みを浮かべながらそんなことをいたずらっぽく言う栞。そして戦いの鐘が鳴り響くように女子ソロ三回戦 栞とヒカルの試合のためのステージが空いた。

 

「じゃあがんばれよ栞。ヒカルは強いが―――決して無敵の存在じゃないんだからさ」

 

「―――うん。行ってくるよ」

 

 これ以上は女子の控室に赴く時間がかかりすぎる。

 

 それゆえだが……何度か振り返りつつもこちらを見てくる栞を最後まで見送ってから―――。

 

「羽瀬先生、ご協力感謝します」

「礼には及びません。彼女は戦う意志を示した。ならばそれは勇士の魂であるのですから、それを手助けすることは教師として当然ですよ」

 

 その言葉に素直に頷けないのはどうしてなのだろうか? このヒトは―――。

 

「ですが、アナタは少々―――女性を周りに侍らせすぎだ! いいですか刹那! そういうことをしていると、クー・フーリンみたいにろくでも無いことになるんですからね!」

 

 勢いよく自分の生活態度を修正したいと言わんばかりに迫る羽瀬先生にどうしても動揺してしまう。

 

「わ、分かってますよ! けどだからと頼りにしてきた相手を無碍に追い返せないし!!」

 

「安心なさい。その辺りは今後、ロード・エルメロイII世が担ってくれるでしょう。アナタの役目は、ちゃんと想い合う女性と結ばれることですよ」

 

 勢いよく小言を言われて刹那としても困ってしまったが、その後の優しげな……まるで昔の―――。

 

「では、ミス・シオリの観戦に行きましょう! 観客席に行きますよ!!」

 

 ヒトの首根っこ(襟)を掴んでどこかへと急かすのはどうかと思うほどに、

 

「俺に対して女性関係に関する小言を言ったアンタと観戦したら本末転倒だろうが!!」

 

「は―――女教師はノーカウントです!!」

 

 どんな理屈だよ。とか想いつつも、少しだけその女教師の容貌(かんばせ)を直視すると―――。

 

(バゼットにしか見えない……)

 

 魔眼の使いすぎで自分の(にんしき)がおかしくなったとかではない。本当に自分の師匠であった封印指定執行者にして、色々とダメすぎる女。世話役のはずなのに、自分が世話をする羽目になった―――刹那にとって2人目の母親にしか見えない。

 

 だが、バゼットは亡くなった。自分にとっての『母』は2人とも失われたのだ……取り戻せないものだからこその『尊さ』があったのだ。

 何かの影響で座の『神霊』の憑依先になったとしても、それは……。

 

(母であって母でないはずだ……)

 

 そんなイジケた考えを持ちながらも羽瀬先生の拘束から逃れて共に観客席へと向かうのだった。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

「セツナは何かやったみたいだけど、僕に通じるだけの武装を用立てられたのかな?」

 

「油断はしない方がいいよヒカル。何せ、刹那は全ての相手に対するジョーカーだから」

 

「分かっているさミノル―――だから、楽しみにさせてもらうのさ」

 

 時間はそろそろ今日の試合刻限たる午後四時に迫ろうかとなっている。シールダーファイトも男女、ともにベスト8が出揃っている。

 ここがある意味、正念場である。

 

(小兵の戦術・戦略・あがき―――そんなものにやられちゃうのは傲慢な『カミサマ』ぐらいだけど、あいにく僕は違うよ)

 

 そんな決意と守るべきものたちの為にも……九島ヒカルという名を『着名』された伝説の竜は、戦場へと向かうのだった。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

「なんで三高生が連続で当たっちゃう形になったのかなぁ……」

 

「運営委員会のミスだろ。どう考えたって」

 

 喧々囂々の言い合い。確かに2高の九島ヒカルという十師族の選手と三高の生徒が連続で当たることになるなんて、少々三高としても意地悪なくじ運にも思えたのだ。

 だが、それでも試合をこなしていけば九島ヒカルに勝てる芽があるか? 当然、上で当たれば加点範囲に入れるかもしれない。

 しかし、その考えは弱気にすぎている。三高が目指すべきは総合優勝ただ一つなのだから。

 

「だが頼るべきなのが、遠坂っていうのは情けないよね」

「言ってくれるなよ。新たなプリキュア(男の娘戦士)よ」

「何の話だかわかりませんねー」

 

 新境地を開拓していく相棒(ジョージ)に返しつつ、この戦いの推移を予測する。考えるに……。

 

「無理かもしれんな」

「七宝君曰く、ヒカルちゃんはアヴェンジャー・平景清ともやりあっていたそうだからね」

 

 デミサーヴァントあるいは英霊憑依能力者、その類であるかもしれないのだ。

 っていうかバッチリそうなのだろうが……。

 

 ともあれ賽は投げられた。

 

 試合時間10分前に高台に現れた2人の美少女の姿に歓声が沸き起こる。

 

 片方は少女革命で世界の果てを目指す―――ぶっちゃけ天上ウ○ナのコスプレであった。

 

 片方は三高にとっては若干見慣れているともいえる系統の衣装だ。ケルトの勇士たちが着る類のものでスカサハ先生及び、ソレ系統の衣装を着させられている前田先生(若、熟)でとっくにご存知なのだが……。

 

(刹那の趣味か?)

(相変わらずマニアックな男だ)

(((し、栞さん(先輩)! なんてイケない女の子なんだ!!)))

 

 色々な感想をもたらす格好をしている同校生に対して言葉は集中するのだった。

 

「翠子、いつまでも落ち込むなよ。十七夜が九島ヒカルを倒す。それを願おうぜ」

 

「う、うん……分かってるよ将輝……」

 

 どうにも不調気味というよりも落胆は深すぎる彼女に掛けるべき言葉が浅い。だが、それでもこのままではマズイのだから一条将輝という男は言葉を尽くすのだった。

 

 かたや一高側では……。

 

「十七夜さんに刹那は手を尽くした。そこに九島ヒカルの攻略のヒントがあるかもしれない」

「何か一点でもいいんです! 穴を見つけてください!!」

 

 副会長と会長の言葉に全員が目を凝らす。ひと仕事終えてベスト8を決めてきたエリカもまた眼を凝らす。疲れているだろうに、申し訳ない気分でいながらも構わずに戦いは始まる! 

 

 

「―――」

 

 魔法の発動で先手を取ったのは、栞の方であった。十八番たる破壊の合成波が上方より放たれるのだが……。

 

「ちっちゃいよ」

 

 魔法の効果そのものを無くす過干渉すぎる『竜』による攻撃。通常の世界には響かない遠吠えが魔法式を砕いた。特殊な眼や『聴覚』を持たない人間でも何かを気付けるだけの圧が栞の張った全範囲に対する合成波を砕いた。

 

(流石に、これじゃ通用しないか。ならば……)

 

 こちらも『変化』をつけるしか無い。

 腰から抜き払うは一本の細剣……豪奢さなど無いが、その剣を抜き放った所作に誰もが眼を奪われた。

 

 抜く手が見えなかった。それぐらいに鮮やかなものだったが……。今のこの場においてはあまり意味を成さない。

 だが、それでも抜き放たれた剣は『縫い針』を拡大したような少しだけ奇態で、それでも強烈な魔力を感じさせるものだ。

 

「―――――ふぅん。それで僕を倒そうっていうのかい?」

 

 持ってきたのが霊器……概念武装の類であったとしても、ヒカルが恐れる必要はない。

 

 何故ならば―――。

 

(既に竜鱗による侵食(強化)は終わっている)

 

 竜という特級の幻想種が居座るだけで、その『巣』が霊場・真エーテルを孕んだ場所になるのだ。

 

 巣作りドラゴンは恐ろしいのだ。

 

(僕が巣作りした場所を脅かせるものか)

 

 だが、その予想はたやすく覆される。パーシヴァルの『聖槍』を模した光の武器で、いざ攻撃を、と想った時に……。

 

「グリシーヌ!」

 

 言葉と同時に振るわれるレイピア。突きの動きで振るわれたそれから―――。

 

花弁(はなびら)!?」

 

 藤色の花弁が大量に撒かれていく。その数を数えることなど出来ないほどに……。皆の視界を奪うものだ。

 

「ぜぇあぃ!」

 

 美少女が上げるにしては勢いありすぎる声で槍は振るわれ、栞側の氷柱が2つほど横薙ぎに裂かれ砕かれる。

 

 だが同時に上方から掛けられた圧が、ヒカルの氷柱一本を砕いた。

 

(今だ!!)

 

 望んだタイミング。言われた通りならば、ここで発動するしか無い。触媒たる花弁は振りまかれた。ここでしか出せない。

 

「魔境にして異境たる世界の写し身よ! ここに只一度、その姿を現せ!! 妖精勇士たちを迎える楽園(ティル・ナ・ノーグ)!!」

 

 細剣を掲げながら唱えた呪文の効果は、間違いなく発揮されており、幾重ものルーンが回転と明滅を繰り返して栞の陣を庇護下に置いた。

 

(なんて術だよ。けどそうか。アレはただの剣じゃない。魔神フォモール族と戦ったダーナ神族が妖精となっても手元に持っていた光の剣のレプリカ)

 

 後世にてクラウ・ソラスという名で知られているダーナ神族の持つ四種の神器の一つとも言われている剣だろう。

 だが、魔神との決戦で使われていたのはフラガラック、ブリューナク、魔弾タスラムと称されるものが主だ。

 ヌァザの剣の一つだろうとされているクラウ・ソラスが実は英雄フェルグスの振るったカラドボルグとも捉えられるので真相は分からない。

 

(だが仮にヌァザの剣がクラウ・ソラスであるならば、その剣は彼らが神トゥアハ・デ・ダナーンから妖精ダーナ・オシーへと転化(チェンジ)していく過程で、彼らにとっても使いやすいものへと変化していったに違いない)

 

 その剣は『一寸法師』のようなものであったはず、そしてダーナ・オシーは、エリンに現れた新たな英雄たちの為に手を貸していく。即ち、その剣が人の手に渡った時に……。

 

 ・

 ・

 ・

 

「あのクラウ・ソラスの術式はお前が打ち付けたものか?」

 

「ええ、どうしても逆転の一手が欲しいと言っていたものでね。栞の魔術特性とか魔眼とかの相性を考えてそうしたんですよ」

 

「ミス・シオリの魔術はどちらかと言えば、『アトラス』向きではあるが……そうか。そちらを一旦、忘れさせて『図太くなれ』とさせたわけか」

 

「上位存在……英霊のチカラを借り受けさせるのは時間が足りなすぎました。となればあるもので何とかするしか無い」

 

 来賓席から何故か観客席にやってきたエルメロイ兄妹の言葉に答えてから、説明を続ける。

 まずは栞が得意手としている武器……得物から入ることにした。

 当たり前の如く、これはフェンシングなどで使われる細剣の類だ。だが、一般的に『競技用剣術』などで使われる得物は、ヒト相手ならば不足はなくとも、幻想種はおろか猛獣相手でも普通ならば不足の得物だ。

 ゆえに、手に馴染む得物でありながらもこの類で、いい得物といえば……。

 

「妖精に伝わる武器か」

 

「人工妖精とかは置いて、『神霊』から『幻想種』に『還った』存在はあくまで、人理版図の世界では生きづらくなっているから『常若の国』を作ってそこに移住した。他の妖精郷と同じく最初っからあったのかもしれませんが、ともあれ栞との共通点たるそこ(変化)を利用することにしました」

 

「……一言言わせてもらえば、お前サイテーだな」

 

「言われると覚悟していたのでダメージは軽微です」

 

 ライネス師匠から軽蔑するような視線が来た。分かっていたとはいえちょっと傷つく。

 だが、ライネスはそれ以上に栞が、もとの家で『色々』あって現在は、十七夜の姓を名乗っていることは存じていたようだ。

 

 そしてそういう人の生きざまの『変遷』を利用した刹那の行為に対して怒るのは当然であった。魔術師ならば、それぐらいの倫理を犯すのは当然だが……それでもいい気分になれないのはライネス先生の性分なのだろう。

 

「続けろ刹那」

 

 だが、それでも『チカラ不足のもの』が足掻いて、藻掻いて戦う決意を固めたことをウェイバー先生は良しとしてくる。

 本音を言えば先生にも怒られてから話を続けたかった。

 

「はい。ここまでは彼女の起源を利用して行った結界術の一時的なドーピングです。次には、攻撃能力を考えました」

 

 九島ヒカルの『攻撃』に対する防御術を構築させた後には、相手への攻撃を考えた。

 九島ヒカルが『鎮座』させている竜の彫像(ドラゴンスタチュー)のようなものの防御は簡単に破れない。

 となると、ここには同じ幻想種かあるいは神霊由来のチカラでないといけない。

 

 すり抜けるように『氷柱』だけに『干渉』を果たそうとしても、中々に難しい。氷柱は竜と化しているはずだからだ。

 

「となると妖精由来のものをと思ったのですが、中々にこれといったものが無かったので、栞の魔法から連想させました」

 

「それが天の牡牛のスタンプ(足踏み)か」

 

 ヒカルの氷柱を砕いたのは上からの『圧』でありながら『大地』にまで浸透する足撃である。

 

「柄部分に魔牛……グガランナとお前が名付けた幻想種の幼生の爪を基材としたものを貼り付けたか」

 

「しかもルーンによる振動、ウルズとライドーによる二重、いえ三重の波動による攻撃ですか」

 

 羽瀬先生の言葉通り『獣魔』『ルーン』『妖精』という魔術特性を利用した攻撃である。

 

 一度目のスタンプで浸透する圧は『揺り戻す』形で『天へと昇る』衝撃へと変わる。

 

 元々、振動波を合成させる形で、情報強化では防ぎきれぬ圧を発生させることを得手としていた栞だが……今回は三重の衝撃波とすることで相手の防御を超えることを選ばせた。

 

 九島ヒカルの竜防盾(シールド)を崩すには、合成波による圧ではなく『集中突破』型の圧とすることにしたのだ。

 

「今までが拡散型のマシンガンならば、今回のは一点突破型のキャノンということか」

 

「それを可能としているのは彼女の魔眼か。もうちっと鍛えればオフェリアぐらいにはなれるんだがな」

 

 今の時点では、少々難しいが精緻な術式を構築したという点で言えば、栞のマセマティックアイズには感謝である。

 

「―――三本目を崩したな」

「栞さん側は四本やられていますが……そうは問屋がおろさないですね」

 

 バゼットの認識通りである。

 

 一見すれば互角に渡り合っている風にも見えるが、こういう相手との戦いで怖いのは―――。

 

「対処されたならば『次のチカラ』を見せつけてくる……そういうカリスマ、大衆を心服させるような超人的なものを見せてくるのだから、怖い」

 

「私とて次なる自分を現したかった……普段は凡百以下の魔術師でも死地にあって生徒や誰かのために身体を張れるだけの何かが……」

 

 そんな先生はある意味で怖くて、世話役であったグレイ義姉さんが泣いちゃうので、勘弁してほしいと思える。

 

「無理にユースタス・キャプテン・キッドにならなくても、千両道化のバギーでもいいじゃないか。戦場にて刃を振るうだけが勇者じゃないんだからさ」

 

「慰めてくれているのか?」

 

「いいや、敬愛する義兄上には無理だから『諦めろ』(giveit up)と言っているんだ♪」

 

「FUCK! 改めて思うがお前は本当に最低のシスタープリンセスだな!」

 

 悲しすぎる言葉の応酬の間にも、事態は動き九島ヒカル側に変化が出てくる。

 

 

 最初のキッカケは栞の攻撃が通用しなくなったことだ。天空から振り下ろされしスタンプ。三重の衝撃を同時に与えしそれが、氷柱を砕くことはなかったのだ。

 見えぬ壁に阻まれるかのように氷柱の上面に波打つような虚空(そら)が見えた。

 

 しかし、スタンプによる衝撃(インパルス)が周囲へと拡散してギャラリーの身体も揺らした。威力は減じていない。

 

 つまり―――。

 

「―――ッ!?」

「そのスタンプは少々重すぎるからね。少しだけ『外殻』と『鱗』を『硬く』することで対処させてもらったよ」

 

 ―――相手が次手を打ってきたのだ。

 

 余裕たっぷりの笑みで栞に言うヒカル。

 

「悲しいね。力不足に授ける策も……簡単に対処される」

「言ってくれるね九島ちゃん……」

「事実さ。そしてキミが穿ち打ってくれたお陰でこちらも―――いい感じさ」

 

 言葉は呪文。言葉を実行。全ては覆される。

 

 痛みは還される―――ペインバック。

 

 雷鳴の吐息(サンダーブレス)が幻体の竜から吐き出される。

 

 ・

 ・

 ・

 

「ムスペルスヘイムを収束させたようなものだ。いや、もはやそういうレベルではないな」

 

 吐き出された雷鳴は雷雲を作り出さず『真横に放たれる落雷』というとんでもない現象を作り出していた。

 現代魔法の内にあるスパークとは段違いのそれが栞の防御を突破しようと間断なく放たれる。

 

「ど、どどどどどどどどひゃあああ!!!」

「おおおおおちつけええなかじょうぉおおお!!!」

 

 会長・会頭、両名が落ち着くことが出来ないほどにとんでもない力の応酬。対閃光防御(サングラス)をしていなければどうなったか分からないほどに試合の流れが変わったのだ。

 九島ヒカルがキングギドラならば、十七夜栞はモスラというところか……。

 

「いやいや! モスラはともかく、キングギドラは私の相棒ですからね! 時節的(映画上映中)にはグリッドマンかダイナゼノンが相棒と言ったほうがいいんでしょうけど! キングギドラは、私のオリジナルギアとして頑張ってくれた相棒なのです!!」

 

「どちらかといえば、ドリル(ボラー)みたいな声をしているのにグリッドマンが相棒とはこれ如何に……」

 

 ドヤ顔で、鼻息荒く言う泉美。何というか此奴はこんな風な少女だっただろうか? そんな疑問を覚える。

 もうちょっと楚々としたお嬢さんという印象だったはずだが……最近ではただのY木さんにしか思えないのだ。

 

「へっへっへ! アタイをこんなワルイ女にしたのは、どこのどなたでしたかしらねぇ」

 

 どこでそういう台詞を覚えてきたのやらという台詞に対して達也は―――

 

「刹那だな。アイツに関わった瞬間に、何だか取り繕った仮面がアホみたいに思えてくる」

 

 責任者はどこか!? という問いに対して刹那に丸投げするのであった。そんな風な刹那に関わったことで変になった男の筆頭と、女の一人だったが―――。

 

「「ううん? モスラ?」」

 

 自分たちが発した単語の不可解さに疑問符を覚える。それはどういうイメージから来ているのか。

 

 改めて戦いの場に目を向けたその瞬間……防戦一方であった十七夜 栞の背中に蝶の羽(Butterfly)のようなものが現れる……。

 

 戦いは―――まだここからである。そう言わんばかりに変化を果たしていく―――。

 

 



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第356話『魔法の宴 氷柱激闘編Ⅵ』2日目終了

ドラちゃん……イベント終了一日前に出るなんて、こんなの無いですよ!! 嬉しいけど、ううーみゅ。そんなこんなしている内に世の中は大きく動きすぎである。

そして私は車のバッテリー上がりでローテンションだったりしました。

たまには遠乗りしないとダメですね。いや通勤で使っているんですが短距離だからなぁ。

不覚。そんなこんなで久々のこちらの更新です。


 

 

「随分と厳重に監禁されているものですね」

 

「君がサーヴァントのマスターで、そして『軍の演習場』にいた以上、多少は不自由な思いはしてもらわなければならないんだよ」

 

「弁護士を呼ぶ権利は無いので? というかサーヴァントって『高位の使い魔』ですよね。生憎、俺は十の研究所で『不要』とされた『遠上』の人間ですよ?」

 

そんなものと契約できるわけがない―――わざとらしく嘯く青年。自分を下にすることで上に噛み付くケンカ犬……そういう印象を持った真田であったので……。

 

「成程、つまり合衆国のFEHRという団体は、そのような己を引き合いに、人類社会の下層(非民)にいるとして『僕らは可哀想な存在なんだ』『虐げらているんだ』『だから、優しくしてクレメンス』などと卑怯な主張をする人間ばかりなんだね」

 

「―――ミレディはそのようなことをやっていない!! 我々は、魔法師としての正しい権利と正しい魔法の在り方を探求してそれを非魔法師に認めさせていきたいだけだ!!!」

 

大学生程度の男が監禁されている鉄格子を掴みながら叫ぶ。その訴えは……確かに、虐げられているものならば考えることかもしれない。

 

だが……。

 

「まぁ君の政治スタンスに公務員たる僕が、どうこう言う資格はないが……少なくとも、『今』は違うんだ。例え軍に入らなくとも、何かはあるだろうに」

 

「―――誰も彼もが、アナタや『あの男』のようにはなれないんだ」

 

不貞腐れるように、実際不貞腐れながら言う青年の心に少しだけ思う。

 

それは持たざるもの達が抱いてきた『ささくれ』であり、持っていたものにはどうしようもできない、共感することすら出来ない心の病だ。

 

時節が悪かった。時代が悪かった。時の流れが来ていなかった―――そんな言葉で慰めることは出来ない。

 

(遠上遼介……)

 

彼の抱いたものは、かつて魔法大学付属第一高校の生徒たちの多くが抱き、そして強硬な事態になったものだ。

魔工科のダ・ヴィンチちゃん講師曰く……。

 

『恐らくだが、第一高校での事変というのは『固定』された事象だ。ここを契機に世界はどう変わるかが決まるはずだね。その事態がどこまでの規模に膨れ上がり、どういった終結を迎えるかで、人理のプラスマイナスが決まるんだろう』

 

人理定礎……どうやっても変えられない世界の流れの一つ。仮にそれが、何の言い分も聞かずに『反動主義者』であるというだけで十把一絡げで殺すならば……それは平安時代におけるレッテル。

『鬼』などと『まつろわぬ人々』を称して迫害した時と変わらないのだろう。

 

人類の精神性を退行させる病である。

 

ともあれ……この青年との対決を任せるにたるのは……並行世界からのカレイドライナーだけだろう。

 

監禁場所にて、そんな風に様子を見てから外へと出ると……。

 

「クイーン・モルガン、お手数お掛けしました」

 

「礼には及びません。我が夫があなた方へ助力するように申したのですから」

 

幼女の姿を取っているサーヴァントの1騎に礼をしたのだが、モルガンは平淡な顔をしながら空中に投影した九校戦の試合映像を見ている。

 

その試合は、藤林響子(真田の同僚)の親戚が戦っている場面であった。

 

「―――我が夫は知らぬ間に勝ち筋を得ている……しかし、果たしてそれだけで勝てるか?」

 

意味は分からない。だが、画面の中で戦いは思いもよらぬ展開を見せていた。

 

 

怒涛の如き攻撃を食らわせて風前の灯と化していた栞の氷柱であったが……。

 

(攻撃が止んだ?)

 

何があったのかは分からない。だが防御を司る『竜』も少しだけ薄れている気がする。

 

故に、敵失につけこむ形ではあるが栞は攻撃を開始。防御に回らざるを得なかった魔法使用を攻撃に転換していく。

 

妖精の羽翅。そうとしか言えないものを背中から発生させている栞の攻撃は果敢だ。

 

「悪いけどいただくよ!!!」

 

左のロングフックに苦慮したミドル級世界王者の如く、何が彼女を不安定にさせたかは分かる。

 

栞の発生させている羽翅(はね)だ。

刹那としては急場をしのぐだけの『擬似妖精』の霊衣であり、ちょっとした仕掛けだったのだが……。

 

「お前は引きが良すぎるな。遊城十代か」

 

「別にシャイニングドローしているわけじゃないんですが」

 

そっちは九十九遊馬(エビ遊戯王)であったが、ともあれこのチャンスを引き当てたのは栞である。

 

ーーーこのままいけ!

 

今まで以上の圧を発生させてヒカルのピラーが崩されていく。

 

そんな中――――――。

 

「ヒカルちゃん!!!!!!」

 

一際大きくて通る声が響く。それは、北山 航という少年の声。心配して放った声で言葉が……停止していた少女に力を取り戻す。

 

そして現れる。夜闇色をした竜翼(ドラゴンウイング)を背中に付けた少女は再び躍動する。

 

Interlude……。

 

―――連れていって■■■ジーヌ―――

 

―――こんなもう終わりを迎えた■■よりもきっといいところなのよね―――

 

―――そこでならばまた私は■■るもの―――

 

それは無理だ。キミは、キミの目的は『向こう』側では果たされないよ。

 

キミは自分が一番でなければ自分を保てないんだ。

 

それは賢しくも『善悪』をちゃんと理解して『繋がり』を重視している複雑な『世界』では無理なんだ。

 

清濁を併せ持つ『ヒト』という種の前でキミは邪悪にしか映らないんだ。

 

だから―――

 

―――だからアナタは私を■■たのね―――

 

幻影が有り得ぬ言葉を放った瞬間、だがそれでも―――。

 

―――醜くて、汚らしい■■■ジーヌ。その爪剣でどれだけ多くの妖精を殺して、そしてついには―――

 

そうだ。僕はキミを■■た。

キミを愛していたから。

キミが生きていけない世界で、汚らしくなる姿を見たくなかったから!!!

 

年数はあっただろう。幾らかは保っていたとしても……。

 

「無理なんだよ。だから―――」

 

キミがもういない現実を。キミを■■た現実も。

 

全て受け入れなければいけないんだね。

 

きっと、此処に、この(セカイ)に呼び出された意味を僕は知らなければいけないんだ。

 

 

誰かが僕の仮初の名前を呼ぶ声がする。それこそが着名された僕の名前、光宣のサーヴァント(騎士)としての……ならば―――。

 

『僕は進まなければならないんだ』

 

いなくなった妖精……自分を拾い上げてくれた彼女の幻影を切り裂いた上で、ヒカルは覚醒をする。

 

自分を忘失させたもの。正直に見据えながら言う。

 

―――キミは『ペリーダンサー』じゃない―――

 

勝手なイメージを重ねたことで呪いを受けたようなものだったが……。

 

(もうみっともない姿は見せるもんか)

 

最大規模の竜光槍を形成。鎧の硬度を上げる。

 

こちらの覚醒に気付いた栞だが―――。

 

「真名解放―――妖精騎士(ペネトレイト)魔竜突貫(アルビオン)!!!! もってけぇええええ!!!!」

 

竜光槍を思いっきり振り抜いた事で発生した多くのカマイタチのような斬撃のラッシュの後には魔風の豪嵐が栞の陣を襲う。

 

「こ、こんなチカラ!!!」

 

あり得ない! その感想を栞が言う前に、勝敗は決する。

 

蟠る風が晴れた後には、栞の氷柱は全て無くなっており、そして……生き残った氷柱3本で、勝ちを拾ったヒカル。

 

同時に膨れ上がる歓声。劇的な勝利を掴んだ九島ヒカルを前に、それは当然であった……。

 

 

そんな観客席の歓声の凄まじさとは逆に九校戦の当事者たる選手及び技術スタッフは頭を悩ませる。

 

「三高の栞さんは、刹那の支援も受けていた。あの装備の数々は正しくそれだったからな」

 

「そんな彼女でも九島ヒカルには勝てなかった……」

 

重くのしかかるものを感じつつも、深雪は覚悟を固める。

 

(聖女マルタの『竜封印』のチカラ()、そして複合神性のチカラを利用すればいいだけ)

 

あのエンシェント・妖精・ドラゴンに勝てるはず……と信じたいのだが、果たして……。

 

ともあれ大会2日目は色々なものを残しつつも概ね各競技ベスト8までのプログラムを終了して、明日へと持ち越しになるのである……。

 

「そう言えばお兄様、今回は男子も手伝われているんですよね?」

 

「本来ならそれが普通だと思うぞ……まぁ、黒子乃が主だけどな」

 

「……『意外な相手』の調整もしていると伺っていますがね」

 

「別にいいんじゃないかな。 割と面白いしな。それに頼まれたことはある意味、エルメロイ先生の御業を知る端緒だ」

 

ジト目を向けてくる深雪に返しつつ、今日の反省会を行うことは必定であり、呼び出されるように一高会議室に向かうのであった。

 

 

「頼む!刹那!! どうか、なんかこう十七夜と翠子の気力を持ち直すような料理を作ってくれ!!」

 

勝って兜の緒を締めよということで開いたチーム・エルメロイの反省会。それを終えたあとにやってきた三高のチームリーダーにして、明日のトーナメントの『どっか』で当たることは必定なイケメンの頼み。

 

「いきなり何を言うかと思えば……」

 

「や、やっぱりダメか?」

 

そんな将輝とてこの要請を素直に受けてくれるとは思っていなかった。

 

そもそも、昨日・今日の試合だけでも負けた選手はいたのだ。

 

確かに異次元の能力ともいえるヒカルに負けたことが瑕疵となることも理解できるだろうが……。

 

それでも贔屓がすぎるとも取られかねない要請だと分かっていたのだが……。

 

「了解だが、そんなものが……ああ、あったな。悪いが将輝、あとでリーレイに手伝ってくれるように言ってくれないか?」

 

「ああ、恩に着る!……が、俺が言っといてなんだがいいのか?」

 

「三高から預かっている人間もウチのチームにはいるんだ。その辺の義理立ては俺とてするさ」

 

そもそも栞に勝ち筋を立てられなかったのだ。

その辺りの責任は覚える。

 

などと考えていると念話でリーナが懸念を示してきた。

 

(セツナ、大丈夫なの?)

(心配か?)

(今日の夜は、響子から呼び出しを食らって遠上家の長男(ビッグブラザー)と対面するんでしょ? 疲れとか大丈夫なの?)

 

アサシンのマスターであり、色々と訳ありである男との対面を約束されている以上、オーバーワークであることをリーナも感じているのだろうが―――。

 

「俺にとって料理はバイアス調整なんだ。戦いのあとに美味しいものを作ってこそ、なんというか持ちなおせるんだよ」

 

「ソレ、前にも聞いたワ……しょうがないからワタシも手伝うわヨ」

 

「いや、今日作るものはかなり複雑な工程を踏むからブッキーなリーナの」

 

「て・つ・だ・う・ワ」

 

「OH……」

 

一音ごとに怖い笑顔を近づけてきたステディのその様子に、思わずオーマイゴッドと言いそうになるのを耐えながら、せっかくだし手伝ってもらうことにする辺り……贔屓かもしれないが。

 

(達者に出来るやつばかり集めても上手くいくとは限らないのが、集団の不合理なところだしな)

 

結論としては、料理上手よりも愛情上手な方がいてくれたほうが刹那は嬉しいのだ。

 

よって手伝いを申し出た他のメンツには、少々ご遠慮いただくことに。

 

「特にシオンとレティは、今日お疲れだろう。休んどけ」

 

「あなたとて似たようなものでしょうに」

 

「グラチチュード♪ 今日はお言葉に甘えましょうシオン―――明日は私達も正念場なんですから」

 

「レティシア……」

 

フランス女子の言葉に苦笑するシオン。事実、各競技でベスト8に駆け上っている選手はチーム・エルメロイには多い。

 

その分、疲れも相応に溜まっているのだ……。

 

などともっともらしい理由を着けつつ魔法科高校の料理人らしく最高の料理を作ることにするのだった。

 

色々と間違っているような気がするも、本人が乗り気ならば、何も言わんでおこうと思うぐらいの気持ちをチーム・エルメロイ一同は持つのであったりするのはご愛嬌である。

 

 



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第357話『魔法の宴 ~2日目終了~1』

 

 

―――厄介だな……。

 

遼介が囚われている軍の基地に幾度か侵入を試たアサシンであったが、その都度…追い返される事実に歯噛みするのであった。

 

そうしていると……遼介から念話が届いた。

 

遼介の魔術師としての位階ゆえか伝わる言葉は明朗ではないが、アサシンの方で噛み砕くに……。

 

(今晩、魔宝使いがやってきた時が好機か)

 

そんな風に考えてから夜闇に紛れながらも基地施設を一望出来る木々の上にいた名を持たないアサシンは飛び退きながら―――。

 

(お腹が空いたな……)

 

――空腹を覚える。

 

魔力をロクに供給できないマスターを恨むつもりはないが、こういう時には不便を覚えてしまう。

 

魔力が足りないならば、食事が必要なのだ。

現代知識を持つアサシンは現在の世界では、アサシンが生きてきた時代のように貨幣(コイン)や、それより進んだ時代の紙幣(ペーパー)すらも主流の決済方法でないことを理解している。

 

ゆえに……。

 

(宴に紛れ込んで馳走になるぐらいは出来るだろう)

 

無銭飲食という行為に及ぶのであった……。別に教団の教義に反する行為ではない。

 

立派に刑法上の犯罪であることは間違いないが、そういうことを言っている場合ではないのだ。

 

(気配遮断を用いれば、不可能ではないだろう。あの宴にはどうやら学生の関係者も多くいた。つまり、私服であっても問題ないだろう)

 

寧ろ、アサシンのような格好をしていれば怪しまれる。

 

こういう時にアサシンの同期であり、尊敬すべき山の翁の御業たる『百貌』の能力が羨ましい。

 

そう色々と述懐(言い訳)しながらも、英霊の座に登録されたアサシンはホテルへと向かうのであった。

 

無銭飲食(タダ飯)をするために――

 

 

「結局、いい感じに試合進行は済んだな……」

 

「明日が勝負所! 天下分け目の関が原だね達也君!!」

 

「ああ。期待しているよエリカ」

 

気合を込めて言うエリカにそう返しつつも考えるのは今後の展開だ。

 

今日のところはポイントそのものに変動は起きていない。当たり前の話だが、まだファイナルまで競技が進行していないのだから当然。

 

だが……現在まで残っている面子、ファイナリストに到れる可能性ある人間から明日の得点勘定が動く学校が少しだけ分かるのだ。

 

まずは達也の母校である一高からは……。

 

女子ソロ シールダーファイト

千葉エリカ

女子ソロ アイスピラーズブレイク

司波深雪

壬生紗耶香

男子ソロ アイスピラーズブレイク

黒子乃太助

 

以上が現在も残っている面子ではある……。

 

目立つところのもう一つ三高では……。

 

男子ソロ シールダーファイト

吉祥寺真紅郎

火神大河

男子ソロ アイスピラーズブレイク

一条将輝

一ノ瀬界人

女子ソロ アイスピラーズブレイク

前田千代子

 

以上だが……問題は、一番多くの生き残り(サバイバー)を出しているチームである。

 

男子ソロ シールダーファイト

上田武司

女子ソロ シールダーファイト

レティシア・ダンクルベール

火神アンジェラ

男子ソロ アイスピラーズブレイク

遠坂刹那

二三草七郎丸

女子ソロ アイスピラーズブレイク

シオン・エルトナム

桜小路紅葉

 

チームエルメロイの面子は本日の競技男女全てで生き残りを出しているのだ。

 

驚異的なことである。

 

「参っちゃうわよね……初戦もそうだけどエルメロイ先生の教導チートすぎない?」

 

「そういうヒトだしな。サバイブのカードで全員を強化していて(戦え、戦え(シスコン))も俺は驚かん」

 

ただ今日のチーム・エルメロイが、ここまで凄いのはやはりチームリーダーたる刹那が遂に出陣したからだろう。

 

(点での戦いそのものは個人競技とはいえ、チームによる戦い『面』でのことがある以上、ある種の『勢い』というのは侮れない……刹那はチカラで勝ったとはいえ、他の面子はその勢いで導かれた節もある)

 

ゆえにチームリーダーが活躍すると周りも盛り上がる……。

 

(しかも刹那の術は見ているだけでも小気味良いものがあるからな。色彩も豊かであるし、術のリズム(律動)が、チームに勢いと『刺激』を与えた)

 

それらが相乗効果を生んで強さを与える……他チームとはいえ、刹那を個人的に慕っている一色愛梨がシールダーのソロに出ていたらば、とんでもないことになっていたかもしれない……。

 

そして、この刹那の勢いとリズムは……予定通りに進行するならば明後日から明々後日まで続くことになる。

 

「やはり刹那を止める人間がいなければダメだったんだな……」

 

「悲観的だな司波」

 

いきなり現れたというわけではないが、先程まで歓談していた相手はいいのかと言いたい御仁がやってきたのだ。

 

「ならば十文字先輩はどう思います?」

 

「当然、遠坂を止められる存在が必要だな。ヤツが戦うだけで味方には強烈なバフがかかっているようなもんだ」

 

同じ意見じゃないか。と思いつつも刹那の用意した『牡丹燕菜』を食べる手は止まらない。

 

「今日、負けた人間を励ますための料理か。一条が頼んだ以上、狙いは十七夜栞と一色翠子を落ち込ませないためだろう」

 

「あの2人は次の競技にも出ますからね」

 

落ち込ませたままではチームの士気に関わるということか。などと思いながら大根麺に細工を施して皇帝を満足させるものを作った刹那の解説を思い出す。

 

ホワンホワンホワンシバシバ〜〜〜〜

 

 

「刹那君、ありがたいんだけど……こんな贔屓してもらっていいのかな?」

 

「別にそこまで深い考えは無いさ。それにそんなことを言えばウチの長谷川も同じだしな」

 

「負けてしまって申し訳ないわーキャプテンー♪」

「不甲斐なくてすまない」

 

今日の負けでトーナメント敗退を喫した連中でいえば、別にチームエルメロイにもいないわけではない。

長谷川のおどけたような声と真剣な声で言う逆神に『お前らの負け分ぐらいは取り返してやる』という意味で胸を叩いてから持ってきた料理の蓋を取ることにした。。

 

「チームメイトの次の競技に影響を残したくないのは俺たち(エルメロイ)も同じ――そんなわけで作らせてもらったぞ。洛陽にて作られた『皇帝料理』をな」

 

皇帝料理……。その姿は……大器に満たされた『スープ』の中に『丸い玉』……赤色をしているものがあるだけだった。

 

「これが皇帝料理……」

「何とも拍子抜け―――」

 

流石に全員が刹那の調理失敗を予測したのだが、瞬間……その『玉』に変化が起こる。

 

丸い玉が段々と開いていく、一枚二枚……何枚も花弁のように、蕾が花開くかのように……。

 

「た、大輪の花が開いた!!!」

 

器から溢れんばかりに大きな花弁を何枚も持った花が器の中に出来上がったのだ。いきなりな変化を前に誰もが驚くのは当然だ。

 

「中華史上初の女帝 武則天に由来持つ『牡丹燕菜』―――ご賞味あれ」

 

畏まったように言われても、どう食べたものかと思っていた処に花弁を何枚か箸に取り、小皿に移したのは十文字克人と七草真由美であった。

 

「美しき花弁ではあるが、これがいかなるものなのかは俺たちの舌で鑑定する―――」

 

「いただくわ―――って! 花弁が極細の『麺』に自然と分裂していく!?」

 

真由美の驚愕の言葉で同じく見ると、各テーブルにある器の牡丹の花弁を取った連中の大半がその現象に驚いていた。

 

そして……その麺を啜り込んだ時に食べた人間たちが、恍惚の表情を浮かべる。

 

「麺料理の中でも未知なる大食感……。スープを存分に吸い上げた大根麺と、その他の肉麺、玉子麺、人参麺……細切りにされたものがハーモニーを奏でる……」

 

「俺も牡丹燕菜は横浜の中華街で食べたことはあるが、こんなんじゃなかったぞ―――だが、こちらの方が驚きと味において群を抜いている……」

 

花弁を取る度に、花弁が分裂を果たし細麺になる様子に全員がとんでもない『魔法』を感じるのであった。そしてその細麺―――芳醇なる『湯』(スープ)を存分に吸い取った大根麺を中軸に据えた麺の味と芳香に全員が酔いしれる。

 

「リーレイさん! 解説お願い!!」

 

「はい、真由美さん。十文字さんが仰るとおり本来の牡丹燕菜というのは――――『こういうもの』なんですね」

 

「そう。これだ。俺が食べたのもこういうものだったんだがな」

 

すっかり解説役になってしまった中華料理屋の孫娘だが、今回は端末も用いて説明をする。

 

「牡丹燕菜というのは、武則天―――日本では則天武后という方が通りがいいですが、彼女に『献上』するために巨大大根に細工を施して供した料理が切っ掛けなわけです」

 

「それが極上スープを吸った大根麺なのか……」

 

「海燕の巣、鱶鰭、熊の手に代表されるように中華では『味のないもの』に『味を着ける』というのが代表的なわけでして、これも燕の巣のようなゼラチン質溢れるものにせんと工夫を凝らしたものなんですね」

 

その際に、ダ・ヴィンチが気を利かせたのか『本物の武后』に関わる映像を出したりしていた。

 

スパルタ師匠『ふむ。なんとも巨大な大根が採れたものだ。「ふーやー」に献上するのはいいのだが……これはズバリ、あやつに『呼延灼』のような太ましい脚で健康になれという暗示ではないか?」

 

オタク海賊(BBA好き)『デュフフフ! 分かっていないでござるなマスターケルト!! 「ふーやー」ちゃんの魅力はあの危険すぎる幼い肢体にあるのでござるよ!!』

 

赤き弓兵(刹那の親父さん)『その辺りはどうだか分からないが、まぁこれでは武后に供するには少々色気が無さすぎるな。改良するか、そして黒髭。あまりイリヤ嬢に近づきすぎるなよ』

 

オタク海賊(カリブの海賊)『エミヤ氏ひどいっ!!』

 

などという寸劇が映像として出されていて、その後にはエミヤというサーヴァントが刹那が作ったような大輪咲く牡丹燕菜を作るのであった。

 

「にしても美味いな……なんというか本来ならば素材が違う食材を細切り、条切りにしてしまうと麺類の命である喉越しという点が少々疎かになるのだが」

 

「すすり込む際に違和感がないわ」

 

「まぁその辺りは刀工の秘術なわけでして、繊維を断たず、そして『ざらつき』を生み出さない神業でやったわけですよ」

 

「あちきも手伝ったでちよ」

 

「寧ろ紅が超絶な包丁技術でやってくれたからだな。ありがとう」

 

「でち♪」

 

追加の超牡丹燕菜を持ってきた紅の頭(頭襟)を撫でておくと、妙な視線が飛んできたが、それはともかくとして……。

 

「俺にとって牡丹燕菜は、いうなれば『根を張る料理』なのさ」

 

「……それはどういう意味?」

 

栞が麺を啜りながら聞いてくる。

 

「リーレイの説明を継ぐ形だが、こんな逸話が残っている。ある日、武后は遊興で己が愛でている庭園の花に、季節が冬にも関わらず花を点けろと言ったんだが、他の花々とは違い、牡丹だけはそれをガン無視したそうだ」

 

そんな牡丹の花を疎ましく思った武后は地に出ている茎も葉も焼き払った上で『根』だけを庭園から洛陽に追い出したのだが、そんな牡丹の花は春風吹く頃、競うように大輪の花を根から咲き誇らせたという。

 

「―――」

「―――」

 

2人ほどの女子が少しだけ感じ入るものがあったのか、こちらを見てくる。

 

「古来より薬としても使われてきた牡丹の花の凄さは、『根』さえ無事ならば、翌年には花を咲かせることにある。ふてぶてしく、めげず、たくましく大輪の花を咲かせて、その美しさを短くも散らす牡丹を『洛陽の牡丹、天下に甲たり』と昔の中国人たちは称したそうだ―――どれだけ焼き払われようと逆境に負けぬ反骨の強さを牡丹はその花弁(はな)の美しさ以上に持っているのさ」

 

そしてこの牡丹燕菜という料理……特に大根はスープを存分に吸い上げて、最高の味に仕上がっている。

まるで……牡丹が大地にしかと根付き、己を『咲かせる』(輝かせる)ために水と養分を吸い上げていくように。

 

そういう心を感じさせるのであった。

 

「刹那くん……ありがとう……」

 

「いや、別に感謝されるものじゃないよ栞」

 

「それでも……ありがとう」

 

「言いながら今にも抱きつかんばかりに近づかないでくれ」

 

「リーナさんには内緒で浮気してもいいよ?」

 

「バレッバレすぎるから、もうちょっとコソッと話してくれ」

 

そんないつもどおりのシーン(鬼面組を背後にする刹那)を最後に達也の回想は終わる。

 

 

「そんな感じでしたね。で、もしや喝入れですか?」

 

あまりにも不甲斐ない一高の現状に『何故か』自分に『闘魂注入』をしに来たのか、と思ったが破顔一笑してから克人はそうではないと言ってくる。

 

「食事の場でそんな事出来るか。そもそもする気はないからな……ただ、少しデリケートな案件が発生したと小耳に挟んだ」

 

「一応は俺も聞いていますが……ある意味、十文字先輩関係だから言って良いのかどうか」

 

「だが……聞いた所によると『彼』とアリサは、何というか……将来を約束したとか、アリサが慕っているとかなんとか」

 

「一つ屋根の下にいれば、慕情も出来るんでしょうが……」

 

年齢差を考えると完全に犯罪である。

 

克人の言葉が明瞭ではないのは、北海道の獣医師の家からも詳細なことを聞かされていないのだろう。

肉麺と玉子麺と大根麺のコンボを口中で決めてから旨みに浸りながら達也は克人に答える。

 

ちなみにエリカは、女子陣と話していた。件の北海道の女子アーツ部の新進気鋭の子とも話している。

 

「被疑者『R』は、サーヴァントと契約しているようです……アサシンのサーヴァントそのものは、刹那が退けて、被疑者を拘束しているんですが」

 

「何とも……あいつは超人伝説すぎんか?」

 

「ですがアサシンは野放し、そして被疑者は『黙秘』という名の『抗議活動』をやっておりまして……まぁ責任者を呼べと言わんばかりに刹那を呼べの一点張りだそうで」

 

「国防軍の基地をレストランかなにかと思っているのか?」

 

だが、達也の言葉に克人としては少しだけ安堵する。被疑者Rこと遠上遼介という人物は、どうやら行方不明も同然だったらしい。

 

工学専攻の学生として留学した彼の所在を遠上家は、探そうとはしなかったとのこと。聞いた克人は『呑気な』とか『不安はないのか?』とも考えたほどだ。

 

真面目に勉強をしてそれなりに遊びに興じているならばともかく、世間的によくない友人とよろしくない遊びを覚えて、その上でろくでもないところで違法薬物に手を出してハイウェイにてオーバースピードで車をかっ飛ばして。

 

……などという安西先生の後悔である谷沢くんのような想像をしない遠上家の人々に、色々と物申したかったのだが、一応の無事を克人の方で確認できたのは僥倖である。

 

(まぁそういうのを素直に出せない気質でもあるのかもしれないからな)

 

第一、アリサを放っておいた我が家が言うべきことではないだろうから。そこは飲み込んだ―――。

 

だが、克人が知らぬことだが、遼介はある種、この日本で初のケミカルテロルを実行した宗教団体のようなものに所属していたのだ。

 

更に言えば克人はアリサにバレずに内密に接触出来ればいいと思っていたのだが……。

 

「―――………」

 

アリサは、喧騒なる食事会に招かれた現場で『それ』を見た瞬間、ありえざる想像が脳裏をよぎったのだ。

 

「アーシャどったの?」

 

「……ミーナ、ちょっとあとで大丈夫かな?」

 

「うん。いいけど―――何もない空間を見ているからちょっと心配だよ」

 

「……そうだね。ゴメン」

 

どうやら親友には、『彼女』の姿は見えていなかったようだ。

この一年、魔法師として鍛えてきたからかアリサの目は『見えないもの』を見て、更に言えば魔法師に必須の『サイオン』に……ある種の『匂い』すら覚えるようになっていた。

 

それは魔法師ならばあり得ざる想像として破棄するも、魔術師ならば理解できる理屈の一つだった。

 

そして、魔法師として鍛錬する前から、自然と覚えていた『匂い』があったのだ。無自覚に記憶していた『匂い』……。

 

(なんであの子……アダムスファミリーのウェンズデーみたいな子から遼介さんの『匂い』がするのよ……)

 

殆どの人間に気付かれず、牡丹燕菜に舌鼓を打つ少女(時折なにかに耐え忍ぶような表情をしている)の姿を見咎めたアリサは、現在のところ『所在不明』の遼介の手がかりとして接触を図ろうと思うのであった……それが最悪の結果を招くとしても、アリサは知りたかったのだ―――。

 

 



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第358話『魔法の宴 ~2日目終了~2』

 

夜が更けていくにつれて、昼の熱狂を冷まし、明日への英気を養おうと人々は眠りに就く。

 

当然、戦うもの以外……戦うものの盾、槍剣と銃を調整する役目のものたちは早々に寝ることは許されない。

 

よって―――。

 

「明日に向けてお前は夜明かしせにゃならんとおもうけどな」

 

「まぁそうかもしれないが、これも軍の命令なんだ。パートタイマーとしてはこれぐらいはせにゃならんのだよ」

 

検査場所で響子の言っていた迎えの人間とやらが、達也であったのは少々予想外。というか一高のスタッフであることは承知なんだから、頼むなよと思うのだが……。

 

「遠上遼介のことは知っていたか?」

 

「米国に留学して行方知れずの長男がいることは、教えられたよ。まぁさして心配している風でなかったからな……せいぜい、俺とリーナが知らないかどうか程度の確認はしてきたが」

 

その家の方針次第ではある。何も言わないのも家の方針なのかもしれない。特に巨額の金を要求されでもしないし……。

 

(そういう家族なんだろう)

 

それも絆の在り方。として、納得しておくことにした。

 

(……見られているな。誰かは、言わずもがな。遠上遼介が契約していたサーヴァントだ)

 

武蔵からの報告で、アサシンのサーヴァントであることは理解している。

 

「なるたけ基地の兵隊たちは外に出しておけ。恐らく、俺が踏み込んだ時に侵入するはずだ」

 

その際に邪魔立てすれば、どんな結果になるか分からない。

 

「クイーン・モルガンの結界では弾かれないのか?」

 

「難儀なことに俺が入り込んだ時にどうしても『撓み』が発生するらしい」

 

それは刹那の力が倍増していることに他ならないからだ。

 

だが、事態は予想外の方向に向かう。

 

それなりの街灯で照らされながらも暗闇の世界を行く2人の男子は遂に基地内に入り込んだ。

歩哨というかゲートの兵隊たちは事情を理解していたらしく、特に誰何されることもなく内部の建物に入り込むと……。

 

「我が夫、待ちくたびれました。よって抱きしめて下さい」

 

いきなり銀髪の幼女に抱きつかれるのであった。

もう飛びかかるような調子、今日の夕食会で航くんに抱きついたヒカルのような調子であった。

 

タッパ(身長)が同じくらいの男子中学生と女子高生という構図だったが、体重は軽い方なヒカルを航くんは抱きとめることができた。

だが、モルちゃんの重さはそれなりであり、まぁ刹那は少しだけバランスを崩すのであった。

 

「っとと! いきなりすぎないか。モルちゃん?」

「サ〜〜プラ〜〜イズ♪ というものです」

 

なにその知識。と思いつつも、抱きかかえながら基地内を進む。流石にその様子は色々とアレであったようで。

 

「達也、お前の友人は女に絡まれ過ぎだな。負けるなよ」

 

「柳さん、俺ちょっと前の夕食会でJCに告白されました。心配には及びません」

 

「我が隊から犯罪者が出る……」

 

などと微妙な会話が刹那の前で繰り広げられたのだが、目的地である遠上遼介がいる場所……基地内にある牢屋まで行くことに。

 

案内された場所はまぁ普通に牢屋であった。

 

てっきり拘束衣でも着せているかと思えば、そんなことはなかった。外観だけならば頑丈な監禁室だが、魔法師相手では、物質的にはあまり意味がない。

 

例え、彼らからCADを取り上げたとしても口頭での術式詠唱ができない訳ではない。もっともそれとて術者次第なわけだが。

 

〝マギクスは捕虜(POW)にできない〟は北米でも古くから言われていることだそうだ。彼らから『POWER』を無くす……無力化するには、最終的には喉を潰すか殺すしかない。

 

もっともそれとて、最近ではまだ人権的な扱いもあったりするが、それでも力が強すぎる魔法師にはそんなものは意味がない。

 

「―――あんたが俺を呼びつけていた遠上遼介サンかい?」

「……そういうキミは、遠坂刹那で間違いないようだな」

 

モルガンを地面に下ろしながら、そう言ったのだが、どうやらこのヒトのオーダー通りであったようだ。

 

(それにしても奇妙な符牒ではあるか)

 

傍からその邂逅を見ていた達也としては、そんな感覚を覚える。

 

『遠上』と『遠坂』……一字だけが同じ文字を持ちながらも、その長男2人は心根も経歴も違いすぎる。

そもそも遠上も『十神』という結構、仰々しい名前なのだが……、それはともかくとして2人の会話はどんなものかと思ったのだが。

 

「簡潔に言おう。ミレディ……レナ・フェールの元に着け」

 

「囚われの身でありながら居丈高な。生憎、全然心が動かされない」

 

「そうか。ならば―――」

 

「一応、言っておくがアサシンを呼ぼうとしてもムダだ。令呪なんぞ使おうとしても使わせん」

 

「そうするだけの結界は私が張っておいた。ムダだマギクス―――」

 

袖をまくりあげて手の甲を輝かせようとした牢の中にいる遠上遼介に刹那とモルガンは言ったわけで……。

 

少しだけ詰まってから、着ていたシャツをはだけてから遠上遼介は口を開く。

 

「ならば、このシリウスラ―――」

 

一々、脱がなきゃならないわけではないだろうに肉体の一部を見せようとする辺り、こやつ『露出狂』なのではないかと思った矢先。

 

「せ、刹那くんはいるかい!?」

 

牢屋に至る扉を乱暴にぶち開けて入ってきたのは、独立魔装の真田さんであったりする。

 

「おい真田。いま、取り込み中だぞ」

 

「それを中断してでも応対してもらう!!! 刹那君!! アサシンのサーヴァントが基地ゲートを突破してやってきたんだ!!」

 

「正面突破とはアサシンのクラスの割には何とも剛毅な……ジェーン、ムサシ! いけるか!?」

 

屋上あたりから侵入してくるぐらいは予想していただけに、それを外された形だ。そういう意味では奇襲の意味はあったかもしれない。

 

「「当然だよー!!!」」

 

2騎士が霊体化を解いて迎撃体制を取る。今までは意図的に魔力供給を絞らせてもらっていたが、此処に至れば、全力で戦うのみ。

 

だが、刹那が予想した以上に事態は入り組んでいるのであった。

 

「戦うのは良いんだけど!! それだけじゃないんだ!!! アサシンのサーヴァントは2人の少女を『人質』にして向かってきているんだ!!」

 

「―――アンタの手筈か?」

 

「僕はそんなことは命じていない!!! 第一、念話すらも出来なかったんだぞ!!」

 

それは刹那も承知の上だ。鉄格子を掴んで言い放つ遠上に対して思いながらも、事態は動くわけで……。

 

「うん?―――こいつは随分と奇妙な事態だな」

「何を見たんだよ。お前は?」

 

達也がある種の千里眼で、襲撃者を見たのだろう。

 

そして襲撃者は……。牢屋があるこの部屋に上を突き破ってやってきた。

 

崩れ落ちる瓦礫を止めつつも、その襲撃者に対して、眼を見据える。

だが、その襲撃者を見た瞬間、流石の刹那もビックリせざるをえなかった。

 

「お(にい)!! マイヤさんと一緒に助けに来たよ!!」

「遼介さん!! マ、マイヤさんと、お、お助けに来ましたよ!!」

 

快活な言葉を吐く遠上遼介にとっての実妹と、戸惑い気味の言葉で言う義妹。

 

その姿に、殆どの人間が戸惑った。

 

「茉莉花、アリサ……何故、此処に来たんだ……」

「アンタを助けに来たんだろ」

 

苦悩するような言葉に、返しつつ……どれだけの伸縮性があるか分からない黒衣に包まれながらやってきた2人の美少女はまごうことなき遠上遼介の関係者であった。

 

 

―――Interlude

 

黒い少女を尾行するために行動を開始したアリサと茉莉花。

茉莉花は、未だに誰がいるかも分からないようで、少しだけ戸惑っている様子。

 

「アーシャ……どうしたの?」

「ミーナ、ごめんね。こんな不可解なことに付き合わせて」

 

自分だけが見えている幽霊を追うということは、こういうことにもなる。

 

「ううん。久しぶりにアーシャと一緒だからいいんだよ。けれど、そろそろ目的を教えてほしいよ」

 

その見上げながらの言葉にアリサは教えることにする。信じてくれるかどうかは分からないが……。

 

「じゃあそのアーシャにだけ見えている女の子からは、お兄のサイオンを感じるの?」

 

茉莉花は自分の兄である遠上遼介をお兄と呼ぶ。だからといって軽んじているわけではなく、どちらかといえば甘えている。あの四葉の兄妹ほどダダ甘ではないが……茉莉花からすれば、現在、大学生である兄は若い父親的な感覚かもしれない……。

 

「うん。おじさんとおばさんはあんまり気にしていないようだけど……私は、遼介さんが心配だよ」

 

アリサが十文字家に引き取られる前に描いていた人生計画の中には『遼介』と一緒になることで、遠上医院の獣医として北の大地に根を張るというものもあったのだ。

 

遠上夫妻もそれを望んでいたし、別にアリサもそれを望んでいたぐらいだ。

そこに魔法師としての人生が出てきたことで、何ともその辺りは宙ぶらりんな気がする。

 

(あの時、遠坂さんの言葉に私は十文字家に行くことを決めたけど、もしも……あの場に、せめて日本の東京に遼介さんが居たら……)

 

どんな事を言ってくれただろう。それはあり得たかもしれない未来を知ろうとする本能でしかなかった。

だが、それでも遼介に繋がるかもしれないあやふやな存在に接触を図ることで、遼介の行方を―――。

 

「お前たちはリョウスケ・トオカミの関係者なのか?」

思考に耽った一瞬、アリサの横から掛けられる言葉。見ると、そこには自分だけが認識していた黒衣装の女性が佇んでいた。

 

(いつの間に)

 

尾行をしていた2人。特に姿かたちを認識していたアリサは驚愕。気配を感じ取れなかった茉莉花もビックリするのであった。

 

「もう一度問うぞ。お前たちは―――」

「アンタこそ! お兄の何なのさ!?」

 

ズビシッ!という指差しで黒衣装の女性に問いかける茉莉花。しかし、その言葉に察したのか、指を顎に当てながらこちらを見ながら女性は言う。

 

「なるほど、リョウスケの妹か。まさか金髪で白人種の特徴を持った妹までいるとは想像していなかったが」

 

「あっ、いや私は―――」

 

自分まで妹扱いされたことに訂正をしようとしたアリサだったが。

 

「で、アナタは!?」

 

結論を急ぎたがる茉莉花の言葉が放たれて最後まで言えなかった。三編みを二つ下げた麗しき女性は―――。

 

「マイヤ・シグマ、日本(ここ)風に言えば『志熊 舞弥』……リョウスケとは公私を共にするパートナーだ」

 

聞いた瞬間、アリサの目の前が『真っ暗』になった。いや、そういうイメージでしか無いのだが、それでも少しだけそんな気分になった。

 

「お、お兄のパートナー!? え、え? え゛どういう意味で?」

 

流石に実妹である茉莉花も混乱してしまう。

 

「まぁ色んな意味でだ。私とリョウスケは一心異体で繋がっているのだからな」

 

その言葉にもはやアリサは立っていられないほどの衝撃を受ける。やはり『留学なんてしないでください』とか引き止めるぐらいのことは言うべきだったのだ。

 

合衆国でこのような美人と知り合うなどと分かっているならば……。

 

「っと、大丈夫か? 何か、精神干渉術(マインドステア)でも受けたのだろうか?」

 

「いや、そうじゃないと思いますが舞弥さんの言葉が衝撃的すぎて、そういう術も同然にはなっていたとは思います……」

 

コンクリートの地面にぶっ倒れそうになったアリサを『片手』で受け止めるマイヤに対して少しだけ同情しつつ茉莉花は言うことに。

 

「そうか……まぁアイツは私以外の女、USNAで金髪若作りの教祖様にも、って重い重い!!! どうしたんだこの子は!?」

 

いきなり片手に感じる重みの増大から、かつて同じ北米にて世話を焼いた子供を思い出す。

 

無論、彼女の方が幼童ではあったが……。

 

「―――とりあえず自己紹介しないか?」

「そ、しょうですね……お願いします……」

 

もはや半泣きのアリサは、立ち上がりながらもボロボロだ。ともあれ夜中の富士の市街で三人の少女が話し合う。

 

――5分後。

 

「つまりお兄は、USNAで魔法師の権利向上団体に所属して、そこの女代表に骨抜きにされた上に、マイヤさんともパートナーで、二人で活動を行っていると」

 

茉莉花がまとめた内容は、大筋で間違いではなく、特に訂正すべきところはなかった。遼介関連でならば。

 

「私自身は別にその団体の教主・教祖に心酔などしていないのだがな。必要だからその団体にいるだけだ」

 

ビジネスライクな態度で言うマイヤに対して少しだけ反感を持ちながらもアリサにとっての本題に入ろうと思うのだった。

 

「……舞弥さん……遼介さんはいま、何処に居るんですか?」

「あそこの軍事基地だ」

 

簡潔な言葉と指差しで、あっさり所在が知れた。

国防軍の基地に工学専攻のただの学生である遼介が―――、いや伝えられたことだけならば、もはや『ただの学生』ではないのだろうが……。

 

「まぁ端的に言えば軍の敷地内に不法侵入の上に戦闘行為までやらかしたからな。お縄につかざるを得なかったのだ」

 

「ああっ……遂に我が家から犯罪者が現れてしまった。きっと遼介お兄は、囚人服を着せられてマグショットを撮られてしまったんだぁ……」

 

言葉の割には何というか面白がっている風な茉莉花に、 頭を痛めつつも罪状がそれだけなのだろうかと思う。

 

「―――意図的だったからな。FEHRという組織と協力関係にあるこの国の組織が、何故かリョウスケをここに寄越して結果的に」

 

「……まだ解放されていないのは、容疑が晴れていないからなんですね?」

 

「そうだな。あらいざらい吐いてしまえばいいのだろうが……そうしていないからこそ、こうなっているんだろう」

 

「ではマイヤさんはどうなさるんですか?」

 

「特攻を仕掛ける。アイツはアイツなりの目的で、何かやっているようだが、いつまでもこのままというのは間尺が悪い」

 

恐らく言葉を濁している部分は分かるのだが、それでも……。

 

「遼介さんを助けに行くのならば、私たちも連れて行って下さい!!!」

 

「お兄を助けるためならば私も行くよ!!!」

 

「―――――――」

 

正直言えばマイヤことアサシン・フェイクとしては、彼女たちを連れて行きたくはない。足手まといであるとか、そういうことではなく。

 

明らかに不法行為であり違法行為―――要するに犯罪に加担することになるからだ。

 

かつて『生きるため』に『銃』だけを持たされた少年。それだけが生きる術として『洗脳』されつつも俯瞰で『自意識』を得ていたもののことを思い出す。

 

だが、少年は生きるために世間一般では悪徳とされてきたことをやった。

そして、一人の少女を救うために、少女を『眠り』に着かせた少女の両親に……。

 

それを例え少女が望まなくても少年は―――。

 

「……お前たちも犯罪者になる可能性があるんだぞ?」

 

「その時は―――私達もそのFEHRとやらにお世話になるだけだ!」

 

「そうだね……うん。舞弥さん!お願いします!!」

 

などと少女特有の無軌道な思い込みなどがありつつも……。

 

「―――分かった。では超速で向かうとしようか」

 

瞬間、その覚悟を受け止めたマイヤは衣装を変更してゆったりとした『アサシン服』。暗器類を多数仕込める衣服の中に二人の少女を包み込んだ。

 

「舞弥さん、アナタは―――」

 

ヒジャブで口元を隠した自分に掛けられたアリサからの言葉。恐らく舞弥の正体を察したのだろうアリサの疑問に答えずに―――。

 

脚を溜めて飛び立つ。

 

黒衣の暗殺者が闇夜を滑るように駆けていく―――その両脇に、二人の少女を抱えながらもその速度は変わらなかった……。

 

Interlude out……。

 

 

「成程、そんな経緯でやってきたのか」

 

「ぐぬぬ! いたいけでめっちゃぷりてぃきゅーとなJCを縛り上げるだなんて遠坂刹那はヘーンターイダー!!!」

 

おのれは小学生か。と言わんばかりに古典的なことをやる茉莉花に頬を引き攣らせながらも、同じくちょっとした戦闘のあとに拘束したアサシンと遠上遼介の近くに行く。

 

「まぁこの通りだったな。アンタが何を望んでいるのかは分からないが、暫く俺はここでの戦いに集中せにゃならないんだ」

 

「―――――実力差があるから抵抗をやめろと言うのか?」

 

「いいや、俺とサシで戦いたいというのならば、もう少し『成長』(進化)してからにしてくれやという話さ。俺と戦うにはアンタは手札が少ない。持ち札の数字が低すぎる―――そこを埋めるためにも、暫くは九校戦での戦いを見てくれ。ついでに言えばウェイバー先生でもライネス先生でもいいから聞いておけ」

 

「……自分を倒すかもしれない相手を育てようというのか?」

 

疑わしい眼でこちらを見上げるは、同じく拘束された遠上遼介。

 

牢屋をぶち壊したアサシンによって自由の身となった彼が真っ先に挑んできたのが刹那だったわけだが……。

 

ご自慢のステゴロ(素手喧嘩)であっても、自分に通用しないことに、かなり悔しげだったようだが―――。

 

「安心しろ。アンタみたいに家族を捨ててまで得ようとした強さはしょせん砂の城。そんなものが俺に通じるものか」

 

―――刹那からすれば自明の理だった。

 

「我が夫よ。ギアスで縛り上げていいんですね?」

「ああ、頼むよモルちゃん」

 

踵を返しながら、壊された壁などを直しつつモルガンには、アサシンと遠上遼介の方を任せることにした。

 

「望んだ戦いと言うには少々、手狭だったかもしれないが……盛大に負けたものだなリョウスケ」

 

「君が虫の使い魔なんてものを盛大に解き放ったからだろ。アレでモルガン陛下の悋気はマックス!!

この軍事基地が爆散していないだけ儲けものだ!」

 

それぐらい危機一髪の瞬間であったのだ。酸欠に至らせず虫を駆逐した刹那の炎は大助かりであった。

 

「だが、アリサもマリカもお前を助けたい一心だった。そして私もこういう公的な場所を襲えば現代社会で権力を持たないものがどうなるかぐらい分かる……二人に逃亡生活をさせたくなかったのだ」

 

その結論として証拠隠滅よろしく基地爆散を画策するのは、アサシンとして如何なものかと傍から聞いている面子の大半は汗を拭いながら思っていたが……。

 

「―――……」

 

「遼介さん」

 

「お兄……」

 

アサシンの放った『事実』という短刀に対して、遠上遼介は沈黙を受けるだけであった。

 

そんな風な顛末を持ちながらも、最終的には遠上遼介は無罪放免とまではいかないが。

 

とりあえず『基地の敷地内への不法侵入』というだけではこれ以上は拘束しきれず、さりとて『物的な損害』や『工作活動』がない以上、サーヴァントによる戦闘跡など罪状として上げられず……。

 

 

「結局、魔法科生徒の親族たちと同じホテルに部屋を取ったわけか」

 

一夜明けて、ホテルで朝食を取りつつ対面にいる達也と話すことに―――。

 

「どうやら『上』の方で何かあったらしいからな。FEHRなる外国の魔法師の団体ともあまり揉めたくないんだろう」

 

達也の言葉を虚言とも思えんが、一応はそれで良しとしておいた。その辺りは刹那が関わる領分ではないのだから。

 

「ならば、あとは兄妹同士の話だな。あの三人はお前と深雪とは違った兄妹の形だからな。―――ただ三人分でお前たち兄妹の関係を補完している」

 

結論がどういうものになるかは、当人たち次第ということだ。

 

「―――言われてみればそうか。いや、待て。それだとアリサちゃんの思慕を伴ったものすら深雪は持っているという背徳的なものを肯定しかねないからYAMERO!」

 

そんな刹那の出した結論に噛み付く達也。それに対して特に言わずに刹那はジョッキに入れられた牛乳を飲み干して完全覚醒を果たす。

 

「……俺としては、遠上遼介氏と刹那が話すことで、刹那のメンタルにダメージがあることを期待していたんだがな。見る限りでは普通だな」

 

「それなりにくさくさした思いはあったさ。俺はああいう『親不孝者』なんて、大っきらいだ」

 

少なくとも刹那の見立てでも遠上良太郎・遠上芹花夫婦―――遼介にとっての両親は毒親には見えなかった。

まぁ魔法と縁遠い生き方を多少は、子どもたちに強いていた面はあるが、それとて強烈なものではなかったはず。でなければ、あそこまで達者に『鎧』を展開出来るはずがない。

 

「親の金で食わせて、育ててもらってきたのに、それを何かの形で返すこともせずに、ワケ解んない思想や宗教にカブれるようなヤツ。俺が好意的になれるわけないだろ」

 

「そうだな……」

 

「安心しろ……ではなく警戒しろ。去年のような失態は二度も演じるかよ」

 

「残念だ」

 

達也が欲しかったのは、去年の一条将輝と戦った時のような刹那のナイーブな心情を刺激することでの不調だったのだが。

 

言葉だけならば、そうなのだが……。

 

(出来ることならば黒子乃との戦いでそういう一穴が出来てほしかったんだがな)

 

刹那の強さを信じるべきか、それとも強がりと見るべきか……達也は少しだけ思い悩みながらも―――

 

大会三日目の幕は開こうとしていた……。

 

 



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第359話『魔法の宴 氷柱死闘編Ⅰ』

サムライレムナント……。

年末特番でのPV見たときから思っていたことだが主人公のサーヴァントであるセイバーは既視感を覚える。

そう、CLAMP先生の東京BABYLONの皇昴流に似ているような気がする。まぁああいう服装(陰陽師的な法師服)でちょっと性別不詳となると、そんな想いをするのかもしれないが。

何はともあれ新話お送りします


 

「さてさて、どんな顛末になるやらだな」

「優勝するんだろ。だったらば、そんなこと言うなよ」

「何処で刹那とかち合うか。そして、その前に倒されるか、だ」

 

この辺りは、甲子園のように勝利者が抽選し次戦の相手をランダムで選べるようにしていければ、とか思うのだが……。

まぁ試合間隔は結構早い。チーム戦なのに地方予選では、一日に2試合あるいはソレ以上もやることがあるバスケ、卓球、テニスなどの方がハードという意見も正しい。

 

(ある意味、文科省の指摘も正しいのかな?)

 

そんなことを考えつつ、朝食を終えた一条将輝は父親からのメールを受けて気が早すぎると思うのだった。

 

「剛毅さんからかい?」

「ああ、俺の優勝を祈念及び記念して、ここに本マグロを届けるそうだ」

「漁業権とか大丈夫なのかな? そして確かに気が早すぎるね」

 

海洋資源に関わる会社を経営しているとはいえ、そんなことが出来るのだろうかと思ったのだが……。

 

「どうやら一本釣りで釣り上げるとのことだ」

「普通にシーフィッシング!?」

「俺には海の神が着いているなどと言っているからな。しかも、それを神経攪乱で『活かしながら』持ってくるとのことだ」

 

活け締め・神経締めにした方がいいんじゃないかと真紅郎は思うが、『活けのマグロ』など現代でも不可能な話ではある。

 

高速で動き続けなければ『死んでしまう』魚な以上、生きている姿は中々水族館でもお目にかかれないものであったりするのだが……。

 

「しかも、それを刹那に捌いて調理してもらおうという趣向らしいが……そりゃ目算が高すぎやせんかと思う」

 

「それ以前にセルナならば『ここの寿司職人(名人)に頼めや』とか言いそうですけどね」

 

「私もそう思うよ。中華を得意としている刹那くんだからこそ、(シビ)に関しては小細工なしが一番。刺し身と白い飯、酢飯に醤油でいっとけ、とか言うと思う」

 

どこから現れたか、刹那に詳しすぎる三高女子2人(愛梨、栞)の進言を受けて、言われてみればと思う将輝ではある。

 

逆にその言葉にちょっとした符牒も覚えるのは真紅郎だったりする。

 

刹那の戦い方は魔法師からの見方でならば、かなり『変化球』を多用した組み立てなのだが、本質的には、そうではないのかもしれない。

 

実際、彼のスタンダードな戦術は『魔弾』という己の『体』を『銃身』『砲身』に見立てた術を放つところがあったりする。

 

後で聞いたのだが、彼のガンドは『この世全ての悪』(アンリ・マユ)という人理における超特級の呪物を加工したものらしく、容易に使えない恐ろしいものとのこと。

 

ある意味、全身GUNDARMな男であることを思い出した……。

 

(ちくしょう……何かの突破口、何か閃いているはずなのに、もしかしたらば遠坂に対する攻略法になるかもしれないのに……)

 

どうしても、ソレ以上にインスピレーションを先に進めないことに、もどかしさを覚える吉祥寺真紅郎。

 

そんな真紅郎もまた今日の試合を控えているのだから、それだけにかかずらっているわけにはいかないのだ……。

 

 

「もはや何も言うことはない!! この勢いを維持したままに優勝まで駆け登れ!!!」

「とはいえ、聞きたいことなどがあれば遠慮なく聞くように」

「行けぇ!! 我が分身!! オートスコアラーたちよ!!」

 

アンタは何処の錬金術師だ!! チームエルメロイ全員の心が一致した瞬間だった。

ライネス先生の言葉にそんな風に考えてから、各々で言い合う。

 

「決勝は、君との戦いをしたい。俺も刹那くんと同じく多属性を持つ術者だ……比べたいんだ」

「ああ、そうなることを期待しているさ二三草」

 

左手の拳を軽く叩き合わせてから、第1試合へと赴く人間を見送る。

 

「それじゃ私達も行きましょうか。セツナ、戦果を期待していてくださいねー♪」

 

「アリュマージュの秘技にて勝利を掴み取りましょう―――その時はワタクシにも『ご褒美』お願いしますよセツナ」

 

いつもどおりなレティシアはともかく、ワインレッドの爛々とした瞳を輝かせてから秘め事を言うかのように耳元で言うアンジェラ。

 

ストロベリーブロンドの髪を長く延した彼女は、どちらかと言えば、モードレッドやエリカの系統の子であり、不意にこういう女らしいところを見せられると、少しばかり困るのだ。

 

ちなみに言えば三高の火神とは少し遠い親戚とのこと。そして彼女は九高出身らしい。

 

「なんで選ばれなかったんだろうなぁ……」

 

彼女がアリュマージュと呼ぶ術法は、かなりとんでもない。特にシールダーファイトでは無類の強さを誇るのだが……。

 

「アンジェラと話したけど、あっちの学校の執行部が結構『保守的』だったそうだからね。欧米系の血が入った子は選ばれなかったんだって」

 

試合に備えてテントから出ていったアンジェラに対する刹那の感想に桜小路のレスが出てきた。

 

それが真実と見るかどうかはさておくとしても、九高は日本の南西部を統括する学校であり、中には沖縄からの学生もいるのだろう。

その中には米人との血が混ざった人間もいるのだろうに……。

 

「まぁそれはさておき桜小路……」

 

「―――無粋なこと言わなくてもいいわよ。まぁ踏ん張ってくるわ。いいえ『楽しんでくるわ』」

 

その言葉に女粋を感じてソレ以上は言わなかったが、坂神と後藤が『FIGHT!』『でござるよ!』などと激励をしていたので、それで十分だろう。

 

「ではオレも行くとするよキャプテン」

 

「タケシ……美人のお姉さんに眼を奪われるなよ」

 

「はっはっは! 貴重な忠告だ。紙に書いて壁に張っておこう」

 

「つまりムダということだな?」

 

「君も美人のお姉さんは好きなんじゃないかい? だからさ、同類には言われたくない」

 

見抜かれてしまっている。男子シールダーファイトの生き残りである、上田武司の持つ人生の厚みには勝てそうにないのだ。

 

そんなわけで一部を除き、試合が近い人間たちはテントから居なくなる。

 

シオンと刹那の試合はまだ少しだけ余裕がある。

もっとも試合進行の速度次第では、すぐさま出番になるかもしれない。

 

緊張の糸は切らさない。

 

「キンチョーしている?」

「うん、まぁね。ただ、この緊張感こそが俺には必要なんだ」

 

平常心と緊張感は表裏一体。ガチガチになりすぎていても悪いが、それでも弛みきってもダメなのだ。

そういう意味では、昨夜のちょっとした攻防は少しだけ良かったとも言える。

 

「疲れているならば膝枕するわよ?」

 

「んじゃよろしく」

 

「ドゥー・イット・クイックリー!?」

 

ただし疲労自体はあったわけで、あっさりと恋人の膝に顔面からダイブするのであった。

 

その様子を見ていたテント内にいる全員が、少しだけ驚くのだが、そんなことはお構い無しで髪を撫でられながらのゆっくりとしたリーナの労りに感謝しつつ30分後……。

 

「――――――来たワヨ」

 

端末に連絡が入る。ベスト4のうちの2人が決まったようだ。

 

「あいよ……んじゃ―――王様になって帰ってくらぁ」

 

ゆっくりと顔を上げて額に一度だけ口づけをもらった刹那は戦いに向かう気持ちを改めてから向かうのだった……。

 

 

「そうか。風のうわさ程度には聞き及んでいたが……アリサがそう決めたのならば、俺が何かを言うべきことではないよ」

 

「遼介さん……」

 

それはこういう場面で遼介から言われるだろうと想定していた言葉の中でも、情がない返事の一つであった。

 

しかし、遼介もその感情の動きを認識していたのか、俯きながらアリサの方を見ずに言っていたのだから、まだ希望はあった。

 

「俺は……確かに遠坂君とは違う。アリサを十文字の家に向かわせたのは、そういう意図なんだろうね。けれど俺は違う―――俺は……自ら親不孝者になろうとしている……そういう愚か者だ」

 

遠坂刹那の人生を聞いたアリサが、その言葉で己と重ねたのならば、遼介はそれとは真逆だと伝える。

 

その動機に対して疑問を持つ……。

 

「そこまでお兄は……レナ・フェールなる人のためだけに働きたいの?」

 

同血である自分や血を分けた両親……妹ではなく女として、男である遼介を慕っている『妹分』の女も捨てるのか?

 

言外に茉莉花(いもうと)が含んだものを読み取った遼介は、更に苦しくなりながらも告げる。

 

「そうだよ。彼の言う通り。俺には出来ることなんて少ない。魔法能力も格闘能力も……財力も、知力も、政治力も―――何もない。遠坂君の言う通り俺には手札も、その手札の数字すら低すぎる」

 

一息に自己分析の言葉を吐いた遠上遼介は、続けて言う。

 

「そんな俺がレナ……ミレディの為に出来ることは、全て捨て身でのことでしかない。全てにおいて捨て身であたって、結果を拾えるかどうかすら分からない―――けれど、それでも構わないんだ。例えどれだけ彼女から遠ざけられても、俺は彼女のために働きたいのだから」

 

―――洗脳されているようには見えないし思えない。魔法的なそういうものではないとしても、そういう風な感じではない。―――

 

急遽、観客席の中でも父母など親族が集まる席に呼ばれた黒羽姉弟は、近くで会話を側聞していた十文字克人と七草真由美に端末で伝えておくのであった。

 

その報告を受け取った2人は『ありがとうございます』と畏まりながら返信すると、四高の方の観客席に戻るようだ。

 

そして、それを受け取った2人は少しばかり思い悩む……つまり、遠上遼介は……心の底から、FEHRの教主『レナ・フェール』に心酔しているということだ。

 

(厄介ですねカツトさん)

 

(全くですね……ですが、まだ俺はレナ・フェールなる女性のことを知りませんからね)

 

遠上遼介のアサシンの首を『刈り取れる』ように後ろに回っているヒルトさんの言葉に反しておく。

 

彼女も姫なだけに、宗教というものが持つ脅威を認識しているのかも知れない―――が、そういうことではなかった。

 

(リョウスケさんは、気付いていないようですが、そういう『待っている人を顧みずに何かを行って満足して果てる』というタイプの末路なんて、決まっていますから)

 

(アナタの夫と同じですか?)

 

(……私の夫は『英雄』として皆が求めた通りの姿でいることをこなした人物です。ですが……このヒトの在り方はそれとは真逆……どちらかといえば……そうですね。私の■■に少々似ているかも知れません。あの子も、自分を活かしてくれた『英雄』のために駆け抜ける子でしたから)

 

私などよりも弱い、不完全な肉体しか持たないのに……などと、終始嘆くような調子で思念だけで言うクリームヒルト。

 

そんなクリームヒルトに思われている人間に、少しだけだが……克人は嫉妬を覚えてしまうのであった。

 

そうしていると、遠上遼介が話題に出して、魔法師界隈の台風の目が全てのセットが終えられた男子ピラーズの高台に現れる……彼がなぜ、温情を遼介にしたのかは不明だが、それでも……彼の戦いをみるべく、席に座りながらも俯いていた遼介の顔がようやく上がった。

 

ベスト4進出をかけた最後の第4試合が始まる……。

 



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第360話『魔法の宴 氷柱死闘編Ⅱ』

さぁfakeの放送まであと一日つーか、本日19時から。
全く関係ないがオーフェンは、まぁあそこまでやらないと尻切れトンボではあるか。

評価はさんざんだったが、『人一人を害するならば呪文詠唱するより拳銃ぶっぱの方が速い』というあまりにあまりすぎて『真理』すぎるものを当時のラノベ読者達に突きつけたオーフェンは、やはりバイブルだった……。

流石に『真理』が流行りすぎて第四部では流石に魔術にも優位性を出した苦心が見えたりしたのだが。fakeの冒頭でも真理を応用したことをファルデウスがやっちゃってましたが(虚淵氏影響もあるんでしょうが)

ともあれ原作を放送してくれたことは良かったと想いつつ、新話お送りします。




既に他の試合の結果は出ている。

 

本戦 男子ソロ アイスピラーズブレイク

 

一高 黒子野 太助

三高 一条 将輝

エルメ 二三草 七郎丸

 

最後の四強を決める戦いに降り立った刹那は、魔術回路の調子を上げていく。

見据える敵は三高 一ノ瀬 界人。

向こう側の台に見えるは気合入ったツラだ。

このままエルメロイに独走を許さず、一条と轡を並べようという心だろうが。

 

(世の中、お前たちの頭の通りにうまくいくかよ)

 

そう胸中で宣言しつつ戦いは始まる。

 

―――戦いが始まってから一ノ瀬界人は、遠坂の恐るべき手際を味わうことになる。

 

一ノ瀬が苦心して築いたティラミス(多層魔砲陣)。遠坂の恐るべきジュエルマジックに対処すべくそれだったのだが……。

遠坂はそれを使うことなく、左右の掌、十指を用いて魔弾で戦うことだった。

魔弾が飛んでくる。まさしく機関銃か突撃銃のごとき(ブリット)のシャワーだ。

 

「くそっ、俺には宝石を使わなくても十分ってことかよ!!!」

 

だが、魔弾の勢いは凄まじい。何よりティラミスでは、それに反応しきれない。

左右の腕から放たれる魔弾の一発一発が、あまりにも特性が違いすぎるのだ。

 

「ストレート一本の頭の悪いピッチャーか!?」

「俺の魔弾(ストレート)の資質も測れないならば、それまでさ!!」

 

虹色のオーブのような魔弾が飛んできて氷柱の三つがまとめて砕かれてしまった。

 

予想を突き崩すような盛大な乱打戦に巻き込まれた一ノ瀬は応じるように砲撃を返すしか無いのだ。

 

「ストレートの資質の違いというのは?」

 

「簡単に言えば魔力の強弱・及び性質の違いということだな。例えば野球におけるピッチングでも当たり前だが、同じストレートでも150kmと130kmでは打席に立つバッターの体感速度は違う。更に言えば、ボールを握った際の縫い目の変化から落ちるストレート、上がるストレートと変えられる」

 

「2シームと4シームの違いですね」

 

「そう。そしてそれらが防御をすり抜けて攻撃を与える。ようは魔弾という単調な術一つとっても緩急が着けられるのさ」

 

ロード・エルメロイII世とライネス・エルメロイの説明を受けて遼介は劣等感を刺激されるばかりである。

単調な術とは言ったが、それを縦軸も横軸も変化可能とするだけのキャパシティを彼は持っているのだ。

魔法社会の変革者(イノベイター)にして破壊者(デストラクター)。誰しもが彼のようになりたいというのに……。

 

(道は険しすぎる……)

 

「君は、自分を狭め過ぎだな……」

「―――私は所詮、小者ですから」

 

不貞腐れるようにロード・エルメロイに言う遼介だが……まだロードは言いたいことがあるようだ。

 

「そういう意味ではないよ。だが、今の君には、利口なことも、情に依った言い分も聞きはすまい。だから良く見ておくことだ。捨てたくなかったのに全てを喪失(うしなって)でも進み続けた男の生きざまを」

 

そのセリフは少しだけ自嘲気味で、ロード・エルメロイにも色々あったのだろうと思えるものであった……。

 

 

ストレート(魔弾)1本で打ち勝つ姿―――そんな巫山戯た真似を許すわけに行かない!これ以上、コイツを万全以上の形で将輝の所に行かすわけには行かない!!

 

また砕け散る氷柱の飛沫の向こうに見える姿に決意を固める。三高の一員としての危機感が一ノ瀬を突き動かす。

 

流石に防御を最小限にしてのノーガード戦法らしく、遠坂刹那の氷柱にも攻撃を通る。

 

「俺の勝利はないとしても将輝の前に、このまま行かせるものかっ!! お前を少しでも消耗させてやる!!!」

 

「忠道大義である―――が、そろそろ仕上げとさせてもらおうか!」

 

上から目線の言葉に、頭にきた一ノ瀬の攻撃が通ろうとする前に、刹那の生き残った全ての氷柱にアルジズのルーンが円状に刻まれていた。

 

「守護のルーン!?」

 

「Foyer: ―――Gewehr Angriff」(Foyer: ―――Gewehr Abfeuern)

 

防御でこちらの攻撃が外された瞬間、聞こえてくる詠唱。キメるための言の葉が聞こえてきたことで一ノ瀬は焦る。

 

詳細は分からないが、複雑かつ精緻に描かれた魔法陣が幾つも遠坂の眼前に出来上がる。

来る。来るとわかっているのに、何も出来ない。

 

そして―――。

 

「Von der Göttin der Güte ausgesendete Strahlen.Von der bösen Göttin ausgesendete Strahlen.」

 

馬鹿らしくも『究極女神ビーム』という黄金の光線が刹那のガンドの指から幾つも放たれたあとには、一ノ瀬の氷柱は全て消え去ったのであった。

 

『WINNER! チームエルメロイ 遠坂刹那!!』

 

ド派手すぎる術で四強に名乗りを上げた刹那。

 

そして女子の方でも四強が決していた。

 

二高 九島ヒカル

一高 壬生紗耶香

一高 司波深雪

学連 シオン・エルトナム

 

 

「こうなるとはな……」

「全ては予測済みです。そして、サヤカさんとの戦いは私は望んでいましたのでね」

「というか進出した連中の都合でしょ?」

 

麦茶を飲みながらの刹那とアイスティーを飲みながらのシオンの会話に横入りしてきた桜小路の言葉に『そらそうだわな』という気持ちだ。

準決勝で『同校対決』などかますわけにも行かず、男子・女子ともども準決勝は、そういう構えだ。

 

「まぁヒカルちゃんの余力を削ることも出来なかった私が言うのもなんだけど、深雪がヒカルちゃんを倒すことを望むわ」

 

「おや、私の勝利を願わないので?」

 

「それ、暗に深雪が九島ヒカルを倒せないって言っているようなものよね?」

 

「私とてサヤカさんに負けるかもしれない。勝利の打ち筋を打っていくつもりですが」

 

女子同士の会話を聞きながらも示された準決勝のカードを見る。

 

男子

一高 黒子乃 対 学連 遠坂

三高 一条 対 学連 二三草

 

女子

一高 壬生 対 学連 エルトナム

一高 司波 対 二高 九島

 

40分後に、再び戦いへとなるのだが……。

 

(勝ち方に拘るようじゃ深雪の負けは確定だろうな)

 

今は袂を分かった形とはいえ 、一高の人間である刹那としては、そんなことを思うのであった。

 

 

 

「深雪……本当にそれで出るの?」

 

「当然よ。ほのか―――これこそが私の九島ヒカル対策!! ペンギンブラザーズを使うことも許可されました!! これぞ全ての勝ち筋!!!」

 

テンションが上りすぎた友人に、もはや何も言うことが出来ない。

準決に来るまで深雪の衣装は去年と同じくの巫女服衣装だったのだが、ココに来てペンギンパーカーという去年の文化祭で着たものを深雪は着て、そしてそれこそが決戦装備であるのだとしているのだ。

 

「―――そして決勝を壬生先輩と共に……ってその壬生先輩はどちらに?」

「平河と美月が連れて行って最終調整さ。せめて、刹那からアドバイスを貰いたかったな」

 

きょろきょろと一高テント内を見回した深雪に答えを告げつつ、少しの嘆息。

 

「仕方ありませんよ……。やっぱり、こう刹那くんがアドバイスすると途端に……ですから」

 

歯切れの悪いほのかの言は理解できている。

昨日の三高 十七夜 栞との戦いの『原因』を理解していた二高からその手の接触禁止令を委員会側から出されたほどだ。

 

「まぁな。とはいえ、いつまでも刹那におんぶに抱っこでいられるわけじゃない」

 

結局、どこかでチームエルメロイとの直接対決がある以上、こうなることは必然だったのだ。

 

事実、大会スタッフ―――独立魔装や士官候補生のメンバーが軍服ではなく、スタッフとしての服で少しだけ監視しているほどである。

 

「そして遂にエルメロイのキャプテンとウチの太助君が戦うことになったな」

 

「問題ないですよ。ただ……久々にワクワクする戦いが出来そうだ」

 

今までの戦いは腹一分にすらならなかったと言わんばかりに、高揚する黒子野太助の様子。

 

誰もが、この男を見誤っていたのではないかと思う。期待をしてしまう……。

 

ジャイアント・キリングならぬジュエルズ・キリングを……。

 

「ホウキ及び魔道具の最終調整を行うぞ。太助」

「よろしくおねがいします。ブチャラティ」

「誰がスティッキー・フィンガーズのスタンド使いだ」

 

そんな様子の一高の一方で……。

 

「間違いない―――司波深雪はリヴァイアサンのチカラを使ってくる」

 

挑戦的な笑みを浮かべながら対戦相手の動向を見なくとも察したヒカル。

 

「あのペンギンパーカーの波動は僕もなんとなくだけど理解できる。大丈夫かい?」

 

その言葉にさして疑問は挟まないが、それでもサーヴァントのマスターというよりも義理の兄妹として、光宣は少しだけ気遣いをしておくのであった。

 

「問題ないね。ただ、準決で消耗が激しくなると思うから補給は頼むね」

 

その言葉、つまり準決勝の司波深雪は『勝てる』と確信しているヒカルの言葉に、一応は四葉の家人である水波は少し言いたくなるが……。

 

(深雪様、達也様―――水波はもはや上方の人間なのです)

 

悲劇のヒロインよろしく妙なことを考えていた桜井水波たちのもとに二高会長 植田由宇がやってきた。

 

「お三人さん。入場曲なんやけどリクエスト。これでええの?」

「ええ、間違いなく、ヒカルも確認して」

「問題ないよ。頼むロード・ユウ」

「まかしとき!!!」

 

このエンシェント・妖精・ドラゴンを倒す存在がいると思えるなど、誰が想像できるものか。

 

(ヒカル―――君の勝利を糧に明日の戦いは、僕たちも勢いづけよう)

(今日がチーム・エルメロイだけでなく、他校全てが味わう最後の勝利です)

 

明日のタッグマッチこそが二高の本領発揮である。

 

((ダウンタウン、やすしきよし師匠たちを輩出した関西(にし)の実力を見せてやる(見せてあげます)))

 

そんな意気を上げながらも、ヒカルへの支援の為に、食材チェックをしていく学生カップルならぬ学生夫婦なのだった。

 

 

「すまん!!」

「気にするな界人。刹那があそこまで極端な砲撃戦に入ったのは、それだけお前を意識していたってことなんだからさ」

 

そして同時に将輝を意識してくれていたということであるのかもしれない。手を叩き顔を伏せて謝る同級生をフォローしつつそんなことを考える。

 

究極女神ビーム……頭悪すぎる名称の術だが、アレを使うということは、魔眼がマクロコスモスとミクロコスモスとして展開することも出来る。

 

つまり……目蓋を開けた瞬間に巨大な『防御陣』が展開される。

あのブリテン島での戦いで『敵味方識別型の広範囲魔力攻撃』を行ったのと同じだ。

 

(一条)トリック(最速爆裂)自分(刹那)には通用しない。そう言いたいんだろうな)

 

魔眼。最速のシングルアクションにして、現代では不可能な神代の能力を発揮するものだ。

 

例え最近、アレコレと開発・進化が進められている思考操作型CADでも見ただけで起動式も魔法式も必要としない『侵食術』の前では意味を持たない。

 

「とはいえ、そんなことは前からわかっていたことだ。今更ジタバタするようなことじゃない」

 

「では何か秘策があるんですか?」

 

一色愛梨の腕組みしながらの怪訝そうな声。

自信満々すぎる様子は今大会の『負けフラグ』などと揶揄されているぐらいなのだが、将輝にもソレが適用されるかもしれない―――という懸念なのか、それとも想う相手を考えてのことなのかは分からない。

 

「こんにちに至るまでに何の策もなしに手ぶらで対峙したらば、『魔宝使いさん』に失礼というものだからな。とっておきの『手土産』を用意して来たのさ」

 

ニヤリと笑いながら、ロンドンで手に入れた『呪体』を加工してジョージと共に作り上げたものを開帳する。

 

「スカサハ先生に封印措置を施してもらっているとはいえ、かなりのアーティファクト(魔神器)だ。こいつさえあれば刹那との戦いも万全さ」

 

「―――何度か使ったんですか?」

 

「ああ……制御に難がある代物だが、それでも使わずに勝てる相手じゃないからな。魔宝使い遠坂刹那は」

 

一色の質問に答えつつ、ぶっつけ本番ではないとして……。

 

「エルメロイの男子No.2。二三草 七郎丸―――ある意味、『小型セツナ』ともいえる術式パターンは、実験として最適の相手だ」

 

「新型デンプシーロール見せようとしてフィリピン王者に負けるフェザー級日本王者(元)みたいなパターンやめてくださいよ」

 

「……思うんだが、一色は本当に俺に辛いよな。何ていうかもうちょっと優しげな言葉で『がんばってね♪』とか『応援してるよ☆』とかスポーツ漫画の女子マネのように言ってくれてもよくない? ミオリネ(水星タヌキの嫁)かっ!?」

 

流石にここまで塩対応をされると将輝としても言いたくなる。別に気があるわけではないのだが、美少女からこうも言われると、何というかアレな気分になるのだ。

 

「三高女子一同がアナタに甘いんだから、私一人ぐらいはバランス取ってアナタを戒めとかないとマズイでしょうがっ!! 慢心・油断全てが敗着の一手なんですよっ!!!」

 

もっともすぎることを返す刀で言われて将輝及びテント内の三高生一同が少しだけ呻くことになってしまう。

 

ぐうの音も出ないとはこのことだ。

 

「うぐぐっ……ならば、刹那はどうなんだ!? 仮にチームメイトだったとして一色愛梨という魔法女子はどういう対応をするんだ?」

 

そういう意味のない想定を言われた愛梨は、エクレールのあだ名の通りに即答する。

 

「もちろん『がんばってくださいね♪』『心より勝利を信じています』『勝利の報酬はベッドの上で♡』と隙を生じさせぬ三段構えでセルナのやる気をニバイニバーイさせますよ」

 

喜色満面で手を組み合わせて想像の世界に浸っている一色愛梨の顔が出来上がっていた。

 

「なんでだっ!!」

 

一条将輝の魂の叫びに誰もが内心でのみ同意をするのであった。

 

とはいえ、引き締め役という嫌われるかもしれない相手を引き受けられるのは、一条将輝に特別な感情を抱かず忌憚なく意見を言える一色愛梨だけである。

 

だから、懸想している相手と同じチームであるという仮定ならば、それぐらいは許すのも慈悲というものかもしれない―――などと三年生一同が思っていると、準決勝の為の所定事項(CADチェック、選手の健康診断)をこなすための時間だとアラームが告げてきた。

 

戦いの時は迫る……。

 

 

 

 



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第361話『魔法の宴 氷柱死闘編……裏側』

みんなしてデータストームの向こう側に行き過ぎである……水星ロスということか。




 

 

 

準決勝アイスピラーズ・ブレイク

 

それは男女同時に行われる九校戦の競技の中でも最大級に激しいものだ。

4つの場で交わされる魔法の猛り、そのエネルギーが最大の熱を生み出し、観客たちを熱狂させる。

 

どちらもファイナリストへと進むべく最大の力を発揮してくるのだから当然だ。

 

だが同時に悩ましい面も抱えている。

それは4つの試合が同時進行ゆえに、観客はどれを見たらばいいのかという話になるからだ。

 

当然、自校の応援があるという人ならば、例え男女で被っていたとしても若干は融通が利かせられる。

 

基本、男は男の応援。女は女の応援であるが……まぁその辺りは、色々であったりする。要は自由裁量(FREEDOM)ということだ。

 

「とはいえ決勝次第では偵察班役も必要なんですよね」

「ああ、ケントは一条と二三草の試合を頼む」

「お任せを」

 

映像記録機器と解析班として記録映像だけでは見えない自分たちが見た所感を伝えることも時には必要だ。

 

信頼する後輩を送り出してから、達也はテントの中で少しだけ考える。

 

(泉美には深雪と九島の試合……香澄は刹那と太助の試合……)

 

当然、壬生とシオンの試合にも偵察役は向かっている。偵察班であると同時に応援役でもあるのだが……。

 

(ここまでアイスピラーズにばかりかまけているが、シールダーファイト……盾打ちにはあまり人員を寄越していないよな)

 

別に応援役がいないわけではない。高得点競技だからこそ『つらら』に人が集中していた。

 

(エリカを見に行くか……)

 

そんな決意で達也は『シールダーファイト』のベスト4に残った親しい少女の姿を見に行くことにするのだった。

 

妹の試合を無視するという不義理……理解していても、それでも達也はエリカを見に行くことにするのだった。

 

 

シールダーファイト女子ソロ 準決勝。

 

シールダーファイトの基本的なルールは、派生元の競技であるシールド・ダウンと殆どは変わらない。

 

相手が持つ『盾』という器物を如何にして破壊するか、その一点に集中する。

細かなルールは、色々とあるが、それでも一つだけ重要な変更点がある。

 

それは『盾』がどのような状態に置かれるかである。

例えるならば、相手側が『盾』を攻撃させないために、ある種……隠し持つような。または姿勢を低くして、相手側に容易に遠距離魔法を撃たせないような態勢を取ったりということも考えられる。

 

もちろん近接攻撃において、シールドアタックが基本である以上、それは攻撃手段の放棄にも繋がりかねないが……。

 

それでも、盾という『ライフ』を破壊されないための行為としてはありである。

 

(これが柔道やボクシングなどであれば『積極性を疑われる行為』……バッドマナーとして減点などもあるのだが)

 

とはいえ、まぁそのことは蛇足である。

 

(最大の違いは、これがシールド・ダウンとは違って場外勝ちなどを許さない。かなり広いフィールドを使っての戦いだからだ)

 

押し相撲とも評されるシールド・ダウンとは違い、コートフィールドは広い。

 

(だからこそ激しい戦いになる)

 

中距離・近距離どちらを選択したとしても戦いはとてつもない。

 

そして『手持ちの盾』以外に、攻撃側が穿てる盾がある。

 

「アーマーのショルダーガード、その両サイドに着けられているラウンドシールド……」

 

これが2つ砕けても敗北となる以上、中距離・遠距離だけで決着とは成りえない。

 

当然、遠間からの攻撃を得手としている選手は、そちらの方がいいかもしれない。だが、一つでも砕ければ、砕かれた方は積極果敢に相手の盾を壊しにかかる。時間切れ(タイムアップ)までそのままであれば、当然相手の勝ちになってしまう。

 

先の例で言えば柔道で『有効』『技あり』を取った方が、ポイントで有利になるようなものだ。

 

それがこの競技のキモだ。

 

「ここまでは全員がそれぞれに様々な戦い方をしてきた……正直言えばハードすぎるからな」

 

接近戦で組み合おうとしても透かされてきた相手もいれば、強烈な接近戦技能で相手の懐に入り込んでのシールドブレイクもあった。

 

単に魔法力の強弱では決着が着かないその試合は『つらら』以上に白熱していた。

大盾破壊(一本勝ち)が正道とはいえ、そういった変化があるというならば、面白さは倍増する。

 

「ソード&ウィザーズが城を守る・城を攻略する『籠城戦』『攻城戦』ならば、シールダーファイトは、一兵卒、あるいは『英雄』『英傑』が己の技量を尽くして戦う『野戦』である」

 

そんな訳で―――バトルは白熱していた。

 

『チーム・エルメロイ 火神アンジェラのサイドシールドが破壊された!!! これで両者 1−1の五分、お互いがどう出るかは、分からない!!!』

 

「千葉先輩!!! ファイト!!!」

「エリカ!!! 相手はビビっているぞ!!!」

『『『『お嬢さん!!! ファイトォオオオ!!!』』』』

 

(そう言えば、こんな光景は前にも見たな……去年の九校戦でもこんな感じではあったよな)

 

あの時は、自分が担当したほのかが戦うので応援は出来なかったことを思い出しつつ、千葉組応援隊から離れたところで、それを見ておく。

 

エルメロイの火神アンジェラは最初は優勢を取っていたようだ。その名前が示す通りに放たれる火炎弾の乱舞を前にエリカは、接近戦を挑もうとしていた。

 

魔力放出と水を応用した鎧を『上乗せ』しながら剣士として恐るべき歩法を駆使したエリカだったが、火神の攻撃は、その動きを見切りエリカのサイドシールドに火炎弾が叩き込まれた。

 

(エリカは『右』よりも『左』の方が反応が悪い)

 

利き目でも見切ったのか鮮やかな攻撃が決まり、当然、火神としてはもう片肺を落とす。という気持ちが急いたのだろうか……。

 

そこに付け込んだエリカの高速移動が決まった。

相手の正面へと『突っ込む』ように見せかけて、その実、ベクトルは左側に傾けられていた。

 

火神からすれば直進していた砲弾―――視認できていたものが、いきなり直角に曲がったようなものだ。

 

そして、そこから先は盾に被せられていたエリカの『心念武装』が変化を果たし盾の表面に幾つもの『銃』(GUN)を形成、ブリテン島での戦いで出雲阿国を驚愕させた奇想兵器が火を吹いた。

 

ここで有効を取られないためならば、持ち手の盾で防御―――する暇もなくサイドシールドが砕かれた。

 

(ここで火神は少し考えたのか、距離を取った。当然、エリカも追う構えだが…)

 

火神からすれば、自分がアレだけ火球を放ちまくってようやく取れたポイントを、一瞬で取り返されたようなものだ。

 

心の余裕は奪われた―――だが、そこで決戦を挑むのが粋な女の態度である。

 

『いいでしょう……このワタクシに最後のシャルジュを強要するならば、アナタの負けですよ!!』

 

『やってみせなさいよ! シュヴァリエ・ブリュレ!』

 

お互いに盾を前に出しての『バチバチ』のブチかましを強要し合う2人。

魔力放出の勢いがコートフィールドの土砂を巻き上げながらの高速の巴戦(ドッグファイト)

 

炎を伴う魔力放出。

水を渦巻く魔力放出。

 

赤と青の正反対の女騎士の激突。盾と盾がぶつかるように互いの領域がぶつかり合う。領域干渉や多層の結界(ファランクス)というわけではない。

 

力任せに身体から放出したエネルギーが『テリトリー』として形成されているのだ。

 

(ここからどちらが均衡を破るか……)

 

最初に仕掛けたのは、火神アンジェラである。

更に上があったらしく火勢が増して、エリカを襲う。

 

「あれがアリュマージュ―――。ここまで多くの実力者を沈めてきた爆裂の魔法か」

 

空気を膨張させてある種の『空気弾』とした後に、それを着火させる魔法……。

あるものは口さがなく『キラー・クイーン』などと称するそれだが、爆発の圧を受けているエリカは溜まったものではないだろう。

 

「本来の用途は『ランス』などの大質量の刺突武器に応用させての攻撃なんだろうな」

 

しかし、得物違いの盾であっても威力は減じない。

 

(十三束にさせようとしたゼロ距離ブラストよりも高度だ)

 

そんな十三束 鋼は刹那がいい感じに『改造』しちゃってくれて達也は正直やることがなかった。

めんどくさいこと(起動式のアレンジ、CAD本体の改良)になるよりは良かったかもしれない。

 

結構、今回は達也もあれこれ駆り出されていっぱいいっぱいだったのだ。

そういうことにならなくて良かったと思いつつ、戦いの様子を見ると……。

 

(かめは○波の押し合いで何週間も持たせるなんてこともないからな……)

 

趨勢は定まりつつある。接近戦に至った時点で互いのサイドシールドは、背面に回る。アーマーに設定されている自動機構の一つなのだが……。

 

SAWにおける戦いのように手持ちのシールドに亀裂やひび割れが走る―――ダメージが入っているのは、エリカの方だ。

 

境界面で爆発を何発も食らっているのだ。当然、受け止める盾に物理的な破断が走る。

 

「―――」

 

受け止めるエリカの苦衷が分かる。だが、会場中が押し黙るほどに強烈な戦い。

 

当然、エリカも水流で対抗している……。同時に水鉄砲のようなものが叩き込まれている。

 

心念武装の変形である銃口が被せた盾から『生えてる』。押し合いが終わるのは盾が物理的な脆さを見せた時にだ。

 

(エリカ―――)

 

―― ばきばきっ! ひゅぎっ!!!――

 

強烈な破断の音が離れたこちらからでも聞こえるのは、達也が『音』を情報として精霊の眼で捉えているからだが。

 

その音の発生は……チーム・エルメロイ 火神アンジェラの盾から発生していた。

 

「そうか、 熱疲労。急速に熱された物質を冷やしたことで柔軟性を無くした物質は脆くなる……」

 

だがそれならば、エリカの方の盾にも影響は出ているはずだが……。

 

「―――何のことはないな」

 

よく見れば分かったことだ。水の薄膜のような鎧がエリカに纏わりついている。

 

魔力放出をする際に彼女はこの魔法の鎧を纏う……。その水がエリカの盾の破断を遅らせていた。

 

『風鋼水盾』……風と水の複合属性たる彼女の十八番を忘れていた。

 

(去年のボードでも、コレが勝利の一手になったんだよな。もしかして遠上茉莉花と話していたのは、それもあったのか?)

 

いや、そんな打算は殆ど、エリカにはない。ただ遠上という魔法家が体得していた鎧―――リアクティブアーマーに関して話が及んだのだろう。

 

あれこれ理由は着けられるが、エリカの方に運があったということだ。

 

破断する盾では押し相撲に負けてしまう。破断する前に押し通したエリカに勝利は刻まれたのだ。

 

『WINNER! 一高 千葉エリカ!!!』

 

盾が砕け散りエリカのアタックの勢いで後方に吹き飛ばされた火神アンジェラ。だが―――。

 

『戦場において寝そべることはあり得ませんね!』

 

背中の傷は剣士の恥だと言わんばかりにすちゃっ!と立った火神は、べそべその顔のままでもエリカと手を合わせてその勝利を祝福するのであった。

 

(決勝はレティとの戦いか、男子もまたエルメロイの上田が吉祥寺との戦いに挑むわけか)

 

総合得点で言えば、今日でエルメロイの優位は覆せそうにない。

 

なんやかんやと高得点圏に選手を送り込めているのだから―――。頭の痛い限りであり……少しだけ羨ましさも覚えてくる。

 

「エリカの回復に関しては言峰とレオにまかせとけばいいだろうな」

 

何故か『聖骸布』で保護されたエリカを神腕で運ぶ副会頭の姿を見ながらも氷柱はどうなっているのか、それを気にする……。

 

だが、それは決して妹の勝敗を気にしてのものではなかった。

 

この九校戦の賞金首。賞金額が30億ベリー超えの男に関してである。

 

 

(金色の群雲に影の沼か、随分と大仰なものを展開する……)

 

黒子乃太助という男……一高では何度か訓練はしてきた。だが、ここまでとんでもない術を使ってきたことは無かった。

 

(こんな術を隠していたとはな……)

 

おそらく、太助は刹那の戦い方をとことん研究していたのだ。

よく考えてみれば、それも当然かもしれない。

彼の所属は、自分のような跳ねっ返りをカウンターするためにあったのだ。

しかし、魔法実技訓練で術を交わすときには、いつも正面から向かってきて、地力()を合わせるのを楽しんでいるように、可能な限りいつまでも術を撃ち合ったものだ。

 

(俺と戦うときのために、用意していやがったな)

 

思わず笑みが溢れる。楽しいのだ。

 

展開した宝石は、黄金の群雲……上空に漂う降雷(ふるいかずち)を無効化は出来るが、地を遅々と進む影の沼は無効化しきれない。

 

虚数魔術―――エーデルフェルトに預けられた叔母が得意手としていたものが、刹那の氷柱の境界を脅かそうとする。

 

真っ白な半紙に黒い墨で文字を描くように、それはやってくる。

 

ルーン転写を刻んだ陣を脅かそうとする黒い沼を前にして……。

 

(あれこれ考えてもどうしようもないな)

 

空属性の宝石で『解体』することも出来るかもしれないが……それは面白くない。

 

鉱石科のロード『カルマグリフ・メルアステア』のようにはいかないだろうし―――。

 

何より……。

 

「さて、どうやって僕の構築した陣形を崩しますか刹那くん?」

 

「12本の内の9本を崩されているってのに強気だな太助」

 

「ええ、君の焦燥を感じ取れる……。伝説の終焉を僕が打ち立てる……」

 

そいつは気が早すぎる。別に伝説であった気持ちはないが……それでも……。

 

「ここまで『がっちり』嵌められて、どうするというんですか?」

 

瞬間、全ての魔術刻印と魔術回路を最大露出するのであった。肩にあるべき神代刻印もまた最大展開。

 

つまりは――――。

 

「力尽くでだ!!! シャドーマスター!!!」

 

「―――それは望みの限り!! 力づくも嫌じゃない!!」

 

眼を輝かせ、鋭くさせながらその会話の応酬が一部の腐った趣味の人々(内訳 泉美、美月)を高揚させたが、本人たちは至極真面目であり……。

 

黒子乃太助が、顔を戒めながら術式の操作に集中する様子。カンのいいものたちは気づく。

 

刹那が『全力』で回路を解放したことで場が『圧迫』されているのだと気付ける。

 

「投影開始―――超弦直列/開闢超越(リミテッド/ゼロオーバー)・是、宿業断切!!!」

 

引き抜いたアゾット剣ならぬアゾッ刀を『変化』させて、この世ならぬものを断ち切るのだった……。

 

 

 

 



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第362話『魔法の宴 氷柱死闘編Ⅲ』

 

 

 

 作り出された霊刀は、幾何学的模様を幾重にも作り出し、実在の刀ではないというのに業物としての格を見るものに感じさせる。

 

(投影魔術の幻体……そういう規模じゃないな)

 

 その模様を描く線は、主に七色に輝く……赤もあれば青も、黄も、緑も……。

 あの剣は何なんだろうか……。

 

「だが、僕の影の沼……虚数空間(有るが無い)からの干渉は、切り裂けない!!!」

 

 疑問は覚えども、太助の影の沼は刹那の氷柱の陣を脅かす。さながら黒い濁流が川から溢れ出て全てを飲み込むように……。

 

この世(人理)にあらざるもの切り裂けぬもの(実なき虚)を切り裂くのが俺の剣製の秘術さっ!!」

 

 だが、そんな状況も刹那には脅威ではない。

 薙ぎ払いの一撃。

 心得のない素人よりはややマシという程度の剣戟だが、それでも意を込めて払った一撃は、濁流の先端に食いつき、押しのけていく。

 

 範囲攻撃である影の沼の流れに対して堤防(つつみ)のように、範囲攻撃がその進行を防ぐ。

 

 やはり対策はされると分かっていた太助は、特に思うところもなく次撃を放つ。金色の群雲……出来上がった魔法の産物から落雷を降り注がせる。

 

 氷柱を真上から直撃するはずだったその魔法が、再び一閃した剣で、落雷が散らされる。

 

(アンチ・ライトニングの術式もあるのか……? いや、違う………)

 

 考えないようにしても、どうしても考えてしまうのはそれだけ遠坂刹那が脅威だからだ。強いからだ。

 この男こそが自分たち世代を代表する術者の一人だ。それと相対するだけで緊張をする。

 

 だからこそ、その離れたところから放たれている連続斬撃が、既に詰みを生んでいることなど分かっていなかった。

 

「なっ!?」

 

 生き残っていた氷柱の内の一本が砕けたのを認識する。どういう攻撃なのか!? 

 

「―――影の沼に『川』を引いたのか!?」

 

 蟠る影の沼に『何筋もの路線(ながれ)』が出来上がっておりそれが、太助の陣まで『チカラ』を届けていた。

 

 光り輝く赤と青の幻想的な色を魅せる川の路線(ながれ)は、影の沼を左右に拡張しながら、氷柱へと流れを届かせていたのだ。

 

 影の沼の進行を防いでいたわけではない。どうやって攻撃するかを刹那は考えていたのだ。

 

 虚数領域に浸された空間というのは一種の異界へとなることを刹那は良く知っていた。流石に原理血戒(原液)持ち連中のそれとは違うだろうが、そこに攻撃を通すことはかなり難儀なのだ。

 

 しかも太助の攻撃の起点は彼の自陣から湧き出ているのだ。

 

 ならば―――。

 

(影の沼に(ロード)を刻み、そこからチカラを繋げていったのさ)

 

 情報体に現象改変を強制するだけの現代魔法の使い手ならば、詰みだったろうが……。

 

(通せぬはずの『神秘』と『無理』『無茶』『無謀』を通してきたエルメロイ教室を舐めるなよ)

 

「影の沼が―――引きずられる!!! 金色の群雲も!!!!」

 

気象天候操作系統(ウェザーニューズ)の術と虚数のコンボは中々だったがな。それならば、現実の自然災害と照応させるべきだったな!!」

 

 群雲から『雨滴』もあれば、こちらも本当に難儀したろうよ。と内心でのみ言いながら刀を握りしめながら詠唱すると赤と青の川が渦巻く。

 

 全てのチカラを吸い込む二重螺旋が出来上がり―――。

 

「―――ロンゴミニアド・フェイク!?」

 

 誰かが上げた疑問の声であり正解の言葉。

 

 それらが太助の生き残った氷柱を全て砕く。まるで回転する蛇の噛み砕き(スクリューバイト)のごときものが襲いかかるような様子。

 

 それを前にファイナリストの1人が決まり―――他の競技場でも最終の攻防が始まる。

 

 ・

 ・

 ・

 

 閃光と閃光が交わされる。そしてお互いに躱される。

 

 その一方で、気付かれず放っていた『空気打ち』の剣戟が、シオン・エルトナムの氷柱を砕いた。

 

(―――分かっていたことだ)

 

 彼女のスペックは分かっていた。サヤカ・ミブという少女が魔法師としてそこまで『優秀』でないということは……。

 

 だが、それは『本来の運命』での彼女の有り様。刹那という特級の触媒(キャタリスト)が、様々な改変をこの世界に与えた。

 

 だから剣からビームを放つなどという現象も剣という杖を用いた共鳴破壊という現象も……当たり前になっている。

 

「決して侮っていたわけではない。ですが違った……私の相手は『アナタ』であったのに!!」

 

「やれやれ、別に剣道部でもない後輩相手に言いたくはなかったんだけど、ようやく『こっち』を見たのね」

 

 言いながらも焦れるような攻防は続く。ビームを撃ち合いながらもそれを防御術で防ぎ続ける。しかし熱量の限界ゆえにかお互いの氷柱に溶解が出てきた。

 

 まるでお互いに理解をしているかのように、千の言葉を交わすよりも速く、打ち合う魔法が全てを語るのだ。

 

「アナタの向こう側にいるチアキだけを私は見てしまっていた……なんたる傲慢、なんたる意識の欠如……!!」

 

「まぁそんなところだろうとは思っていたわ。けれど知ったならばやることは一つでしょ? シオンさん」

 

 エジプトに生きる貴族として、かつてのアメン・ラーの神官時代から無礼をしてしまったがゆえの返礼は心得ている。

 

「ええ、ここで私の最秘奥を放つ!! ここまでの無礼の返上をさせてもらう!! 受け止めさせてもらいますよサヤカさん!!!」

 

 言うやいなや、お互いに攻撃の手を止ませる。無粋な声は出ない。両者ともに深い集中に入ったことを伺わせる物音一つすら誰もが立てないほどに見入る領域の姿。

 

 その中で音が聞こえてくる。お互いの回路が『振動』を立てているのだ。血流よりも早くチカラが外界と繋がる。

 

「―――渦巻く雲より舞い降りし一柱、其の御手は万物裁断の鎌刃、謡え(さけべ)! 汝、暴食の化身の如く! 無限の水晶を以て星の滅びを廻せ!!!」

 

「―――スヴィアブレイク―――」

 

 長い詠唱(テンカウント)と共に糸で形作られるワ■・ラ■■ア■ス・■■グの儀体。

 短い詠唱で幾重にも整列を果たす大・中・小の魔法陣。もはや円状の森である。

 

「―――スライダァアアアアア!!!!」

「レプリカント・ウォーキュリー!!!」

 

 お互いの攻撃準備は済み、何を言うでもなく最大攻撃と最大防御とがぶつかり合う。

 

 何も言わず会場中の全員がサングラスをして耐閃光防御をしてそのぶつかり合いの結果を見る。

 

 風属性の限度を超えたレーザービームの雨あられ。もはや宇宙戦艦か……いや寧ろ波動砲艦隊かと言わんばかりのビームの圧を前に『蜘蛛の儀体』は、防御しながら進む。

 

(流石は究極の一の偽身……操るだけでも、とんでもない感覚だ)

 

 巨大宇宙人に対して立ち向かうべきは光の巨人ではあるが……こういう風なこともありえるのかも知れない。

 

 そもそもアトラスは、『蜘蛛』を殺すために『波動砲艦隊でも作ろうか』などと考えるのもいたとかなんとか……基本、研究成果を公表しないアトラスで、そうなる(既知の事実)ということは結構大掛かりなプロジェクトだったのではないかとか……。

 

 そんなことは兎も角……蜘蛛の進撃に対して、壬生紗耶香の攻撃はといえば……。

 

(はっきり言おう。痛すぎる……!!!)

 

 エーテライトはその特性上、様々なものを感じ取れる。霊子ハッカーとは、その辺りに由来するのだが……。

 

 完璧すぎる身体を再現したがゆえに、その攻撃は『通じない』『最硬防御』として封殺出来ると思ったのだが……。

 

(考えてみれば刹那は、『脱皮殻』を手に入れただけと言っていましたからね)

 

 それでも押し負けるということは、単純に壬生が『揺るぎない』(強い)のだ。水晶の柱へと変質させた氷柱が砕けていく。

 

 負けじと蜘蛛の糸というには凶悪すぎるものが吐き出されるも、壬生の波動砲は絶え間ない『閃光』(フラッシュ)のごとく続き、そして……お互いにとんでもない攻防の末に―――勝敗は刻まれた。

 

アルビオンの竜(九島ヒカル)との戦いで使うはずだったものを使わされた……だが、全力を以て戦ったのです……」

 

 ―――悔いなど無い。

 

 疲労の果て、高台に倒れ込む壬生。

 眩しくも輝ける太陽を仰ぐシオン。

 

 勝った方は最後の方まで気を抜けない。一瞬のミスすら敗着の一手に変わるかもしれない……読み違えることがないよう……張り詰め続ける。

 

 反対に負けを悟った側は、心を整理してゆく。

 敗戦の弁を吐くわけではないが、己の中身をもう一度積み直すためにも……。

 

 結果として、勝った方は脱力の限りで崩れ落ち、負けた方は少しだけ悔しさのままに受け入れる。

 

 そういうものだ……そして―――。

 

「面白おかしいコスプレしていると思いきや、ハイ・サーヴァントの霊衣。ボクと体重(weight)で競えるアルターエゴ・メルトリリスか」

 

「面白おかしいだと!? このハイセンス極まるペンギンスーツの良さが分からないだなんて! この野蛮なドラゴン娘め!」

 

「言ってくれるねぇ。まぁ事実だからしょうがないけど」

 

 言い合いながらも戦い激しくなる……。

 

 そんな様子を見ながらも、違うことを考える謀略家が存在していた……。

 

「ではアサシン・フェイクは既にマスターである男を奪還したのか?」

「そう聞き及んでおります。もっとも、どうやら遠坂にギアスを掛けられて、自由の身ではない様子ですが」

 

 その言葉に鼻を鳴らすは、一人の大男だ。

 大男にそれらを伝えた優男は現在は隻腕の身でありながらも、器用にセイロンティーを優雅に飲んでいたりする。

 

「あの横浜での戦いでは然程交流は無かったがな。この際だからはっきり言っておくぞ」

「はい?」

 

 いきなりな開口に、セイロンティーを飲む男は、少しだけ驚きながらも大男から位置関係上、見下ろすようにされながら言われる。

 

(チョウ)道士、貴公の許せん所は、自分以上に能力の高い者はいないと高を括って、人を動かしているつもりでいることだ」

「………」

「今は貴公の『仲介』と『手助け』を受けて生きながらえている俺だが、いずれ、お前のような蝙蝠は食い殺してくれるぞっ……あまりヒトを馬鹿にするな」

 

 その言葉を受けて優男―――周と呼ばれたものは……。

 

「―――令努努魂身肝銘(ゆめゆめ肝に銘じておきましょう)。それより奥方様が呼んでおりますよ。『ルオフー』さん?」

「……」

 

 そんな返しをした後には、少し遠くの方で呼んでいる美女の招きに応じて、『20代ほどの青年』は向こうに行くのだった。

 

 にこやかな笑顔を崩さない周は確かにそう感じられてもしょうがないのだが……。

 

(友人の一人もいない私ではサーヴァントと契約することは無理ということか……)

 

 結局の所、打算と計略だけで『永らく生きてきた』周はある意味ではこの世界でとても孤独な存在であった。

 

 だが、それだけが自分の『存在意義』だと理解していた。計略・謀略・奇計・奸計……呼び方は何でもいい。マキャベリズムの限りを尽くすことこそが、自分―――周公瑾なのだから。

 

 そんな自分の『起源』に囚われた―――魔術世界では起源覚醒者と呼ぶべき存在は、『若虎』との後の面談相手を待っていた。

 

「お待たせしました―――」

「いえ、ご多忙の所。私の要望に応えていただきありがとうございます」

 

 周が待ち望んでいた相手は、この極東においてはあまり馴染みがないが、欧州圏……あるいはユーラシアにおける魔法師の中でも知る人ぞ知る『トップ』であった。

 

「その腕では立ち上がるのもお辛いでしょう。お掛けになったままで結構ですよ」

 

 そんな訳で周も立ち上がり礼をしようとしたところに、機先を制するように『手』で、そっ、と椅子に戻されてしまうのだった。

 

 美麗の青年……その容貌は20代の青年のようだが、彼の実年齢は、実は周の師匠と殆ど変わらないはずなのだ。

 

「ではお話を伺いましょうチョウさん」

「ありがとうございます。マスター・■■■……」

 

 短めに切られて伸びている赤毛の持ち主も椅子を引いて、そこに掛けるのだった。

 

「有意義なお話をお願いしますよ」

「―――では、あなた方の悲願に関してです……」

 

 ムダな時間にさせないでくれと脅すように聞こえた

 周は緊張を出さないように苦労しながらも、口を開くのであった。

 

「ある『魔法科高校の生徒』について話が……」

 

 世界の分かれ道が再び広がる―――。

 

 

 



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第363話『魔法の宴 氷柱死闘編Ⅳ』

冒険に『ヤツ』と『ヤツ』が出やがった。

かつては朱月さんのイメージで髭を生やしたナイスミドルでダンディズムな起業経営者イメージだったのだが、こっちかぁ。

そしてヤツは……まぁ通常通り。全方位にモテモテですねぇ(爆)

というわけで新話お送りします


 

 

 

作り出した巨大な氷柱というよりもサスツルギのような氷の刃をいくつも飛ばして、巨竜の防御を崩さんと深雪は踏ん張る。

 

しかし、九島ヒカルには『ゆらぎ』一つ発生しないのだ。

だが、だからといって現代魔法でと思っても、それを許さない。

 

「地力で勝てないからとメルトリリスのチカラを借り受けたとしても、ボクには勝てないね!」

 

「ナマイキ!! この最強生物!! 私の波で吹き飛ばす!!」

 

言いながらも深雪は側にいたペンギンたちと一緒に高台で舞うようにしてから『水』を湧き上がらせる。

下のフィールドが水で満たされていく。そのダンスに誰もが魅了されている中でもヒカルは、厄介なことをされた気分だ。

 

(フィールドを水没させる気か?)

 

自分も相手の陣も関係なく満たされていく魔力の水。だが、とにもかくにも攻撃である。

 

(水を利用させてもらおうか!)

 

ヒカルには現代魔法などのような『七面倒臭い』術式は必要としない。

自分にとって必要ならば、必要な場所に必要なものを出すことが出来る。それだけの『力』と『頭脳』がある。

 

ゆえに―――。

 

満たされていく水に干渉。

 

―――目標、魔術境界、補足。

―――真名、偽装展開。

 

「清廉たる湖面、月光を還す! 降り注げ!!

『今は知らず、無垢なる湖光』(イノセンス・アロンダイト)!!」

 

言葉と同時に水の塊が、今の時代には失われた業物の剣を模した形として幾つも浮かび上がる。

 

昨年に続き、銀髪の術者はこんなことばかりするのかと皮肉が出てきたが、状況は良くない。

 

作り出された剣はアロンダイトの投影品のようなもの。水で出来ただけに当たり前だが透明な液状の剣だが―――。

 

(内部で高圧水流が絶えず回転している水の剣!)

 

常人にはただの被造物にしか見えないが、見抜いた人間は驚愕する。

そんなものが、氷柱と接触すれば―――。

 

砕け散る。砕け散る。砕け散る。

 

寸前で深雪も対抗術で、その水の剣をどうにかしようと防御したのだが……。

 

(完全に逆王手を掛けられたな……)

 

達也としても、こればかりは読みきれなかった。

 

最初は九島ヒカルの疑似サーヴァントとしての力は脅威でも、混戦というかこちらのフィールドに引きずり込めばどうにかなると考えていたのだが……。

 

「あちらの雷霆術を封じるだけの場を作れば、深雪のニヴルヘイムも通じさせることも出来ると踏んだんだが……」

 

勿論、深雪も必死に攻撃している。水中を進むパラディオンの槍(レーザーランス)は、九島ヒカルの氷柱にヒットして破壊している。

 

だが、それを逸らすかのように、九島ヒカルは満たされた水を盛大に使い、剣を作り……その際に発生する揺らぎ、水の動きが深雪の攻撃を逸していく。

 

「仮にもしも深雪に大海を凍結させるだけの力があったとしても、強烈な存在が『感覚』を広げれば、それは強烈な防壁となる……」

 

まるでプロスイーパーが極寒の海から氷の大陸(南極)に揚がり、そこで深い穴を彫り、捕らえたペンギンを様々に利用して生き残ったように……。

 

九島ヒカルはそういう存在だ……。

 

(深雪、お前が俺を輝かせようと奮闘するのは、嬉しいが……それでも俺ではお前を勝利に導けなかった)

 

だが、自分(たつや)では手の打ちようがなかった。九島ヒカルという少女のスペックは、三高女子一色翠子のムスペルヘイムを無効化した時点で、深雪の十八番(おはこ)たるニブルヘイムが効かないことは分かっていた。

 

「他に手の打ちようがなかったからな……だが落ち込む必要はないぞ深雪……」

 

聞こえていないと分かっていても、観客席の外れから慰めるように言う達也。

 

もはや深雪はヘロヘロだ。流れ出る汗は色香よりも悲壮さを彩るものでしかないし、焦る表情もそれしか匂わせない。

 

一高の女子エースが、

十師族の系譜が、

四葉の最強魔法師が、

―――只者の魔法師も同然にやられてしまったのだ。

 

「このワンサイドゲームはお前のせいじゃない。刹那と近くにいて話して、どれだけ理解を深めたつもりでもいまだ分からない、計り知ることの出来ない英霊の力……。

境界記録帯(ゴーストライナー)という魔法師以上の存在がしでかした事故なんだからな……」

 

言いながらも虚ろな結論ではある。だが、それでも使い魔ペンギン達のフォローありでの特大のパラディオンが、九島ヒカルの氷柱を三本砕き、それと同時に深雪の12本目の氷柱が剣によって砕け散った……。

 

 

「男子の方は黒子乃の体調次第だが……やれるか?」

 

会頭である服部の言葉に対して座って黒糖飴を口に入れていた黒子乃は平坦に言う。

 

「決して絶好調ではないですが、問題なく。流石に三位ぐらいは取っておかないとマズイでしょ?」

 

「それは君の体調次第だ。ドクターチェックを入れるよ」

 

そんな太助の決意も九校戦全体のドクターであるロマン先生からの検査次第ではある。瞳孔の肥大・拡散、軽い血液チェック―――そして何よりサイオンなどのアレコレから。

 

「まぁ問題ないだろう。流石に大規模術を使った影響はあるが、それぐらいは許容範囲だ」

 

ドクターストップがかかるほどではないと言われて全員が胸をなでおろす。酷い話だが3位のポイントを得るためにも気張ってほしいのだ。

 

「黒子乃はいいんですよ!! 壬生は! 紗耶香はどうなんですか!?」

 

何故か達也の身体をぐいっ!と押しのけてやってきた桐原の言葉に対してロマン先生は。

 

「そちらも問題はないよ。桐原」

 

その優しげな笑顔と言葉に誰よりも胸をなでおろす桐原。その様子は、妻を案じる夫のようだ。

そんな蛇足を思いながらも戦う前の問題としては……。

 

「千葉の方も決勝に出れる。問題は……」

「深雪ですか」

 

消去法からいって実妹しか無いのだが、それでも一応は尋ねると、頷くロマン先生。

 

「決して魔法行使に問題があるわけではない。だが、無理無茶させていいものじゃないね」

 

その言葉に試合後の深雪の様子を思い出した全員が思い悩む。

 

「しかし、それは今後のことを考えての僕の検診の所見だ。別にここが無理すべきところ『決戦の日』じゃないんだ」

 

「ちなみに本人は?」

 

「出ると言って聞かないよ」

 

それならば―――。

 

「本人のやりたいようにさせましょう」

 

「仮に彼女が出ない(不出場)と言ったらば?」

 

「出ろといってケツを蹴って立たせます」

 

鬼のような兄! 一年の時とは違い、実妹に厳しくなった司波達也。演技かもしれないが、それでもその言葉は本気と書いてマジと読ませるものを感じさせた。

 

「上級生である壬生先輩だって倒れ込むほどの戦いを以て決勝戦に進んだんです。下級生である深雪…一高の副会長を務めている人間が、戦いから逃げるなんて無責任は許されないんですよ」

 

前言撤回。どうやらマジのようだった。

 

「医者の立場としては悩ましい話だね……だが、このままいけば壬生もアルビオンの竜の餌食だ」

 

「それは一高教師としてのアドバイスなんですか?」

 

「そうだね。少し判官贔屓な所はあるかもしれないが……このまま最上級生たる壬生が、敗北するかもしれないならば、ね」

 

今の一高にとって壬生紗耶香という少女は色んな意味で象徴なのだ。彼女がいたからこそ、今まで『旅路の先』を見れていなかったヒトは前を向けた。

 

刹那が言っていた言葉……。

 

―――誰に笑われたっていいさ。

―――笑われても何度でもやってやる。

―――それが出発点からでもな。

 

その言葉を象徴する魔法剣士なのだ……。

 

だが、今の一高に刹那はいない。あの時にリズリーリエとの決勝で一矢報いることが出来たというのに……。

 

「確かに刹那との『コラボ』は無理だ。これは確実に委員会から目を着けられる案件だからね」

 

「その通りです……」

 

悔しいことにそうだったのだ。突きつけられた事実を前に思い悩む。

 

「おまけに当の刹那も遂に一条の出してきた『秘策』を前に、どうしたものかと思い悩んでいるだろう。それでも頼めば何かを出来るかもしれないが……この際だ。君たちは『先生』を頼るべきだよ」

 

その言葉に全員が誰のことやら……と考えて、まさか現在、深雪と壬生のメンタルバランスや女性としての身だしなみをアレコレやっている真夜では、本格的な対策は出来ない。

 

となれば……。

 

「来てくれますかね?」

 

()は自分の生徒を見捨てることはしないさ。それに刹那と一条将輝の戦いは刹那の方で何とか捻り出すだろうしね」

 

ロマンの言葉を受けて、達也は即座にコールを出す。力を貸してくれるだろうか? そんな不安を覚えつつも……、壬生先輩が勝つためにはやはり……誰かの手助け……チートが必要なのだ。

 

「―――ウェイバー先生、手助けしてくれませんか?」

 

『分かった。ミス・ミブに関してだな。すぐに向かおう』

 

「―――いいんですか?」

 

『君がヘルプを出したんだろ。それにこのままあのドラゴン娘に独走をされるのは、流石に魔術関係者としても少々苦いのでね……それとミブ君は構わないのかね?』

 

そう言えば壬生紗耶香の方の意思確認はまだだったな。と思った達也だったが……いつの間にか室内に入ってきた壬生は強く頷くのだった。

 

事情は既に伝わっているようだ。

 

「―――大丈夫です。お願いします」

 

その様子を見てから再度の助力要請を出すのであった。

 

『委細承知した。では今から言うものをなるたけ用意しておくように―――』

 

これが刹那ならば口頭だけだったが、エルメロイ先生は、端末側にも情報を送信している。

 

口頭と文字の2つの言語でそれらを伝える先生に感謝しつつも、刹那はどんな調子なのかと少しだけ考える達也なのだった。

 

 

 

「こいつは難儀するなぁ」

 

「そうなんですか?」

 

「力押しで勝とうとすれば勝てるかもしれないが、まぁ宝石を少しだけ『変化』させておくか」

 

「宝具を使えば勝てそうですけどね」

 

「そこまでしたくはないが、疑似宝具を使うぐらいはするかもしれないな」

 

サポーターである刹晶院の言葉に返しながらも、厄介なものを持ってきたものだと思う。

 

まぁ去年は自分もモノリスでかなり大人げないものを使っていたから因果応報とも言えるかも知れないが……。

 

(短弓ぐらいは登録しても大丈夫だろう。黒薔薇の海鳴騎士ナルーセルとの戦いでも問題なかったのだし)

 

別に将輝をナメているわけではない。ただ、その術式の『先』があることを教えることも必要なのだから……。

 

(その上で勝利できるだろうからな)

 

自分にとっての投影魔術とは魂の鍛造なのだから―――。

 

「肚は決まりましたか?」

 

刹晶院の言葉に言うことなど決まりきっている。

 

「当然だ。俺は一条将輝を倒す。レティはエリカに負けんなよ」

 

「モンジョワ! 勝利をチーム・エルメロイに!!」

 

「タケシも吉祥寺に負けるなよ。アイツはとある英霊に憑依されているがお前の鋼も負けちゃいないんだからな」

 

「おっと、今まで勝利の希求は二の次だったキャプテンから発破かけられたな。こりゃ気合い入れさせてもらおう」

 

「三位決定戦も出来ることならば取ってくれりゃ嬉しいね」

 

「ダコール!! 当然、取れるものは取っていくよ!」

 

「君との戦いは叶わなかったが……エルメロイの一員として奮起する場面だな」

 

「私は少々旗色悪いですが……まぁ踏ん張らせてもらいますよ」

 

これから出場する選手全員に発破をかけておいたが、こういうのはガラじゃないなぁとか考えてしまう。だが、自分がキャプテンを務めて何より……。

 

(まぁ貯金はあった方がいいだろうさ)

 

後続の一年たちが、楽に戦うためならばそれぐらいは必要なのだから……。

 

(元の学校の後輩たちには悪いが、少々エルメロイの進撃で苦労してもらうぜ)

 

そんな心で今日の最後の戦いの場所へと赴くのであった……。

 

 

 

 



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第364話『魔法の宴 氷柱死闘編 男子決勝Ⅰ』

とりあえず今回の水着鯖は、周年記念の水着モルガンを除けば全員ゲット。

小野ミサオ先生もおっしゃっていたが、何というか10連の引きが微妙に悪い。単発での引きの方が新規鯖が来てくれる感じがする(かつてのイベントでもヨハンナ様、ビーストネロも単発ゲット)まぁ気のせいかも知れないがそんな感じがしてしまうガチャ事情。

そしてスーパードクターA……A2では彼の疑似サーヴァントが自分の出生に思い悩みながらも様々な出会いと別れを通じて医者を目指す――――――妄想広がりますね。(え)

ついに凄腕医師(腕っ節バツグン)といえば手塚先生のブラックジャックではなく真船先生の時代になったわけである(神様に失礼すぎる)

そんなこんなで新話お送りします


 

 

「うなれ我が砂子たちよ!! 黒白の砂満たされし我が大地に埋もれるがサダメ (運命)!!」

 

「そのような砂攻めなど!! 我が大海の前に沈むがいい!! オアシス・ニブルヘイム!!!」

 

 砂使いと水使い(氷使い)の戦いは一進一退。相手のつらら陣地を全て己の魔力で満たそうとして、陣地を侵食していく戦い。

 砂が波のように蠢き、その砂の下から地下水のようにオアシスが出来上がり、それが様々なものに変わり、つららを破壊していく見ごたえがありすぎる戦い……。

 

 だが、そうしながらも趨勢は定まりつつある。

 

「ッ!!!」

 

「遅いですよシオン!! アナタ風に言えば『亀ですかアナタは?』です!!」

 

「言ってくれる!」

 

 煽った言い方に少し頭が沸騰しそうになりながらも、高速思考と分割思考は絶えず脳内を駆け巡るが…

 

 ―――分割思考の全てが正直言えば勝ち筋を出してくれない。

 

 ハイ・サーヴァントに対して、やはりただの魔術師では不可能のようだった。

 

(せめて竜鎧の機構があればよかったんですけどね)

 

 六源の一つ、クルドリスの骨に関する魔術との協力で作ったアレは、シオンにとっては資産の半分以上を費やしたものだった。もっともそれを使ってもサーヴァントや『魔宝使い』1人はおろか、進化型魔法師(アドバンス)すらまともに倒せなかったのだ……。

 

(泣き言はここまでですね)

 

 これ以上は刹那の方で何とかしてもらうことだ。というか刹那に泣きつくべきことである。

 

 よって今ある手持ちの札で侵食してくる水の脅威を何とかする……。

 

「‖‖‖‖‖‖‖‖‖‖」

 

 短い呪文。既に砂の中に仕込んであるコードを発現させる虚空に作り出すのは―――。

 

「ピラミッド!?」

 

「わが故郷の真髄、太古の昔よりありし王墓の御業をお見せしよう―――」

 

 砂を水で固めることで出来た正四角錐が虚空に漂う。それは確かに深雪の言う通りピラミッドであった。

 

 エジプトの術者はピラミッド・パワーでも使えるのかと、頭の硬い魔法科高校生徒たち(主に一年生)が驚愕するも、一年以上も『とんでも』に慣れた連中は、もはや驚くことで表情筋を引き攣らせることの無駄を察して、『はいはいピラミッド、ピラミッド』などと受け入れちゃっているのであった。

 

「我が大地にありしファラオの偉業と世界四大文明の一つの重みを知るがいい!!

太陽文明の神藏建築(ラムセウム・テンティリス)!!!』」

 

 言葉と同時に両手を使って胸の前で正三角形と逆三角形を交互に作ったシオンの手の動きに対応して、ピラミッドが動き出す。

 

「ぐぅおおおお!!! 上空から押しつぶすようにピラミッドの圧とピラミッドの底面から放たれる対地レーザーの乱射が私の氷柱を襲う!!!」

 

 そんな機構がピラミッドにあっただろうか? と思うも、そういった常識(セオリー)を崩すのが、魔法の常識だ。

 

 ゆえに――――――――。

 

「ならばニホンが培ってきた大海の恵みと脅威をお教えましょう!!!」

 

「……!まさか!!!」

 

「リヴァイアサンの力が流れ込む―――海こそは原初のいのち……必殺―――」

 

 ・

 ・

 ・

 

「といった風な流れで深雪が三位になったんだよな」

 

「イヤ、最後の『必殺』はナンだったのヨ!?」

 

 回想シーンに対してツッコミを入れるリーナ。

 別に教えてもいいのだが……。

 

「ネタバレ禁止条項につき削除だ―――とりあえず四位でもポイントは付くのだしな。落ち込むなよシオン」

 

「落ち込んでいません。ですが……なんというか悔しさが2倍どころか10倍です!!」

 

 しょんぼりと椅子の上に体育座りしていじけるようだったシオンだが、そうではなかったようだ。

 

 そして―――。

 

「女子シールダーファイト!!優勝しましたよーーー♪ セツナ―――!! ご褒美のジュテ〜〜〜ムを!!!」

「ワタクシも勝ちましたよ!! 3位入賞ご褒美のジュテムを!!!」

 

 エルメロイのテントに勢いよく入ってきたおフランスの血気盛んな女騎士2人が、ボロボロの姿ながらそれは花の都に咲く勇姿ともいえる。

 

 そんな夢と希望と明日と正義を讃えそうな彼女たちが、刹那(華撃団隊長)に抱きつこうとした時に。

 

『『STOP THE TOUCH!!!』』

 

「「ギャーーー!!! セツナへのハードスキンシップが露出強のサーヴァント2騎に阻まれた―――!!!」」

 

 武蔵ちゃんとジェーンに阻まれたことでしょんぼりするレティとアンジェラの様子に少しばかり無情だったかと思い直しつつ、言葉を重ねる。

 

「なるべく穏便にね……まぁあとで何かはするよ」

「トーゼン、ハニーであるワタシを怒らせないものにしてネ?」

 

 あっちを立てればこっちが立たず。智に働けば角が立ち、情に棹差せば流される状況だったが……。

 

「3位獲ってきたよ!! 褒めろ皆の衆!!!」

「すまん!! 吉祥寺君に勝ちきれなかった!!」

 

 対称的な男子の登場。だが、先程の2人と同じく万雷の喝采で以てテント内にいるチーム・エルメロイの面子が祝福する。

 

 そして男子ピラーズ三位決定戦(サンケツ)をこなしてきた二三草の帰還で以て分かることがある。

 

 

 男女のつらら―――優勝決定戦が始まるのだということが……。

 

「さぁて、行かせてもらうさ―――」

 

「キャプテンの出陣だ! 全員!! 栄光のロードを作ろう!!!」

 

「気を利かせすぎだぜ相津」

 

 相津が前もって言っていたのかも知れないがテントから出るまでに左右に並んだ全員からハンドタッチをしていく形が作られた。

 

 悪い気分ではない。全員から激励をもらい、勝利を信じる言葉をもらい―――。

 

「ナニも心配していないわ。勝つならば完膚なきまでにヤるのが、アナタの流儀だと分かっているカラ」

 

「トーゼンさ。陸上哺乳類最強種(グリズリー)にすら肉弾戦を挑んだお袋の魂が俺を躍動させる」

 

 どんな状況だよ!? と一同がツッコミを入れたくなる、最後のハンドタッチをしたリーナ相手のセリフ。

 

 しかし気合いは入ったようで何よりだ。

 

 そうして――――。

 

 

『もはや言葉はいりません!! このチカラとチカラがぶつかり合う男子本戦ソロ・アイスピラーズ・ブレイク決勝戦!! ここに試合開始です!!』

 

 水卜の実況、既に選手紹介は事務的なAI音声(TPピクシー)で終わっており、そのあとにはシグナルランプの点灯からの試合開始となる―――。

 

 向こう側の櫓に立つ将輝は、二三草との戦いで使ったものを使う様子だ。ソレ以前に、刹那は将輝の速攻たる『爆裂』を躱さなければならないのだ。

 

 点灯の音と同時に静かに、魔眼に魔力を通す。

 閉じられる目蓋。

 魔眼使いの術が静かに練り上げられていく。

 

 それを分かっていても一縷の望みを賭けて起動式の読み込み。これで始末出来るというのならば、それでいい。

 

 だが、それでも溜め込まれていく魔力の(はて)がイヤでも見えてしまう。ヤツが魔眼の蓋を開けた時にどんなことになるのか不安が最高潮に達しそうになるも、コンセントレーションは絶えずできている。

 

(不安を飲み込み―――)

 

 スタートランプの点灯。同時に一際高い音が響いたその時。

 

(―――刹那に勝つ!!)

 

 魔眼の蓋が開かれた。それは将輝の心の声よりも疾く変化をもたらした。視線による術式投射。

 

 マクロコスモスとミクロコスモスが刹那の氷柱を覆っていた。

 

 あまりにあまりなインチキが……刹那の氷柱を完全に将輝の魔法からシャットアウトしていた。

 

星宙(そら)の魔眼……とでも言うべきかな。相変わらずとんでもないものを使ってくるヤツだよ)

 

 見るものが見れば分かる『夜空ノムコウ』にある銀河星雲のような防御術……すさまじいものを前に。

 

(考えるより前に行動しろだ!!)

 

 爆裂が不発に終わったのは『予想通り』

 同時に刹那の防御も『予想通り』

 

 ならば次手を打つ。いちいち驚いている内に刹那は『心のスキ』を突いて攻撃してくるのだ。

 

「プレート、セット! ルーンドライブスタート!!」

 

 「Foyer:*Gewehr Eisenflügel」(Foyer:*Gewehr Eisbargereissn)

 

 鋼鉄の羽根とでも言うべきものと、氷の斬撃というべきものが宝石を介して飛んでくる。しかも後者の方は、まるで猛獣の爪牙のごとき凶悪な印象を持たせる。剣のZAN()よりも、ZAN()という音のほうが似合いそうなのだから。

 

(まずは様子見だ)

 

 穴熊など性には合わないかぎりだが、それでも将輝の放った浮遊する『板っきれ』が、どれほどのものかを探らなければならない。

 

『ほぅ。鳥とホッキョクグマの属性とも掛け合わせたか』

 

『恐らく宝石に若干の『獣』の意匠を与えたのだろう。獣性魔術の応用だ』

 

 何故か解説席にいるエルメロイの兄妹によって、刹那のトリックがバラされる―――のだが、刹那はもちろん一条将輝にもそれらは聞こえていない。

 

 現代魔法的な価値観では一見無駄ごとにも思える『魔法のカタチ造り』ではあるが、図形や模様と同じく生物の形貌(なりかたち)というのは、必要があってそうなっているのだ。

 

 進化の過程で不必要になった機能や部位も存在するが、それでもかつてのように無闇矢鱈に盲腸を切るなんてことを無くしたのは、一見すれば不必要な部位であろうと、何かしらの弊害は生じるからだ。

 

 飛んでくる攻撃は当然氷柱を襲うのだが……。

 

「それを許すかよ!!」

 

 当然、将輝もそれを許さない。悔しいことに、刹那の攻撃に対して現代魔法的な防御術では、どうやっても(まさ)れないことを理解している。

 

 幾らかは防御できたとしても最後には攻撃力マシマシの一撃が全てを貫く。

 

 ならば―――。

 

(俺は『簡易防御』をしつつ『最大攻撃』を繰り返す!!)

 

 総数十二枚の板の表面にいくつものルーン文字が浮かびあがり、防御壁を形成する。

 

 刹那の攻撃をシャットアウトするそれらが―――。

 

(防御だけだと思うなよ!!)

 

 魔術攻撃を退けたあとに攻撃に転ずる。紅く輝くルーンプレートの六枚が。攻撃、特に炎を意味するソウェルを発して、それを触媒にして爆裂を放った。

 

 刹那の氷柱、右列最前部の氷柱が砕ける。

 

 先制攻撃点は一条である。

 

『エルメロイ先生、先程はシャットアウトしていた一条選手の魔法が通じたのはどうしてなのでしょうか?』

 

『まぁ単純に魔眼の弱点だな。そこを突かれた形だろう』

 

『弱点ですか?』

 

『本来、魔眼というのはある種の事象干渉をするものならばともかく、基本的には視界に収まるものにしか干渉出来ないからな。人間の視界の限界を突かれたんだ』

 

『最初の攻防に関しては、セツナは一条君が爆裂をしてくるとして、自分のフィールド全てを視界に収めて防御を完了出来た。だが、これが攻撃に移るとなると若干の視界の揺らぎは出てくる。人間というのは視界にあるもの全てに注意を払えるわけではないからな』

 

 2人のエルメロイから言われて気付く。

 

 如何に魔眼を持つとはいえ、刹那(人間)自身の視界の範囲が、人間のスペック以上になるわけではない。魔眼使いとの戦いにおいては、相手の視界に入らないことというのがセオリーとしてある。

 

 フォーマルな魅了の視線などの意識制圧系(マインドジャック)に対してはそれが有効だが……。

 石化の視線(キュベレイ)などは、ソレ以上である。

 

 規格外の霊基を持っていたり、概念的な守護でなければ一発アウトである。そんな神代の魔術にそうそう遭うこともないのだが。

 

『さらに言えば一条君のルーンプレートに眼を奪われたのだろうな。中心視野と周辺視野の関係上、動体に対してやはり人間は注意を払う』

 

 単純な話。刹那の失投というかまぐれ当たりも同然だったようだ。

 

 とはいえ、そうなれば―――。

 

((やられたら倍返しするのがトオサカだからな))

 

 兄妹揃って同じ考えの通り、刹那は七色宝石を取り出し魔力を解放する。

 

「Schuss Schießt Beschuss Erschliesung―――打ち据えろ! カッティング・セブンカラーズ!!!」

 

 去年は恐ろしいほどに対抗策が見いだせなかった七色宝石による多段レーザー。

 

 魔術刻印を外部展開することで、圧と『歴史』を底上げするそれを―――。

 

「最適解、最適防御―――簡単にカウンターを喰らうかよ!!」

 

 刹那のルーングローブよりも『ゴツい』……ガントレットのようなものが、どうやらルーンプレートを操作しているようだ。

 

 指を動かすたびにプレートが奇怪な動きを刻み、刹那の魔術を防御する。完全にシャットアウトされたことで、光の一筋も届かない。

 

 そしてお返しのごとく赤い槍……恐らくゲイ・ジャルグのコピー(複製)のような魔力の槍が幾本も飛んでくる。

 

 ルーンプレートを攻防両面で上手く使う一条将輝を前に刹那の氷柱が砕けていく。

 

(奥へと捩じ込んでやる!!!)

 

 自分の魔力を刹那の陣の深くまで届かせる。あの4高の鳴瀬ですら出来なかった刹那への単騎駆け。

 

 それを行う―――。

 

(銀河規模の神殿とはいえ、破れぬものではない!!!!)

 

 イチ・ジョ! イチ・ジョ! イッチジョ―――!!などという小気味良いコールを聞きながらも高揚するだけではない。

 

 こちらが慢心すれば、揚がれば、ソレに対する冷水のように刹那はとんでもを披露するのだから。

 

(このまま甲子園の魔物ならぬ九校戦の魔法を目覚めさせずに終わらせてやる!!)

 

「ところがぎっちょん!! そうは問屋がおろさないんだよ!!!」

 

 こちらの心の声を読んだかのように刹那が叫ぶ。

 赤槍は刹那の氷柱の最右三段目までを砕いたが、その時には既に刹那は攻撃を放っていた。

 攻守を入れ替えるなどというわけではなく、こちらの攻撃と同時の攻撃。隙を突くような弓射。

 

 放たれる魔力の矢は鋭く、速いものだが―――。

 

(防げないものじゃない!!)

 

 魔力の質とでもいうべきものを視ることは、この二年間やってきた。

 

 こんなチャチな矢で俺の防御を突破するつもりか―――とはいえ、油断はできない。

 

 そう。油断などしていなかったというのに。

 防御陣は敷かれていたというのに。

 

 その重厚な防御を『すり抜ける』形で多量の矢は氷柱へと飛んでいき、またたく間に四本を砕いたのだ。

 

「―――!!!」

 

 こちらが必死になって三本砕いた(ヒットの積み重ねで3得点)というのに、一回の攻撃でそれをチャラにされ逆転(場外満塁ホームラン)など心が折れそうになる。

 

 何をやったかは理解がまだだが、ともあれ防御をしなければ、あの無色の魔力矢によってやられてしまう。

 

最大防御(マックスガード)最大駆動(フルアクセル)干渉開始(ドライブスタート)!」

 

 防御陣でやられるというのならば、攻撃術で相殺するのみ。

 単純明快ながらも、相打ち作戦である。

 

 それは効いたわけだが、それでもこれでは攻撃行動には移れない。

 

(トリックを解き明かさねば―――いや、そうか!)

 

「刹那、お前―――『空属性』の魔力矢で俺の防御をすり抜けたな!!!」

「ありゃ、存外はやくに解答を得ちゃったな」

 

 おどけて言う刹那ではあるが、将輝としても終ぞなき閃きが何故か走った形である。

 

 だが、そうと分かればやりようはある。

 

 ……もっとも、それこそが刹那の『狙い』なのだろうが。『誘導』されていることを理解していながらも、将輝はそうしなければならないのだ。

 

『エルメロイ先生、将輝君が言う空属性の魔力矢というのは?』

 

『君もエルメロイレッスンは受けてきたのだろう?』

 

『まぁ確かに……けど空属性ってイマイチピンとこないんですよね。やれてるやつはそのまんま優秀だし……』

 

 水卜の少しだけ嘆くような言葉を受けて、講師として口を開くことにした。

 

『ふむ。あれは確かにある意味では万能の属性だからな……掻い摘んで言えば、全てに対応することが出来る属性……チカラの本質を操ることが出来るものだからな。現代魔法ではサイオン、魔術においてはエーテルといった具合に、『本質』を掴むとでも言えるだろう』

 

 この世界・時代・歴史(ここ)では、全くの余談になるのだが、時計塔の魔術鑑定において、おおよそ魔術師の基本的な属性は五つに分かれるが、この五つで最もレアなのが『空』だった。

 

 すなわち、天体を構築する元素であり、魔術においては要となる第五架空要素(エーテル)自体を操作しうる。 高位の魔術師の手にかかれば、他人の魔術そのものを解体しうるのであった。

 

 それは術式解体などのように理屈頼みのものではない。あるいは、空属性の連中も理解していない『理屈』こそが、現代魔法における術式解体などのディスペル・マジックなのかもしれないが……。

 

『私がよく知っている『空属性』の魔術師は2人。そのどちらも他人の術に干渉することに長けた手練れだった。まぁどちらも一般的な『魔術師らしい』ものとは毛色が違ったがね―――それはともかく、刹那のやったことはこの2人を参考にすれば分かる』

 

『一条クンのルーンガードという術式の『システム』あるいは『コード』に『誤認』させることで、矢を素通りさせたんだろうな。矢そのものか、弓かはまだ分からぬが、自分の放った術式に管理者権限を付与させたのだろう』

 

 少しだけ苦しげな顔をしたエルメロイ二世のあとのライネスの放った言葉に誰もがイメージする。

 

 さながら刹那の放った『魔術の矢』は―――。

 

『自分は一条将輝クンの防御術式です。今後ともヨロシク!』

 

 とばかりに、元の術式を騙しながら、ルーンプレートによる防御陣をすり抜けて一条の氷柱に襲いかかったのだ。

 一条からすれば、『消える魔球』でも使われたような気分だろう。とんだインチキである。

 

 そんなわけで失点はほぼ同じで戦いの趨勢はまだまだ定まりそうになかったのだ……。

 

 



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第365話『魔法の宴 氷柱死闘編 男子決勝Ⅱ』

観客席からエルメロイ先生の解説付きで、試合を見ていた魔法科高校生徒たちは、改めて刹那を脅威の魔宝使いだと認識していた。

 

その中でも刹那の母校たる一高は、少しだけ進んだ結論を出していた。

 

「なんて奴だ。一条がルーンプレートを使って、防御を突破したと思えば、それを『封じてくる』とはな」

 

「力押しで突破するならば出来ただろうが、それではどんな逆転の一手を打たれるか分からない……その為にあのルーンプレートという『武器』を湿らせたんだ」

 

一条の防御壁をすり抜けて攻撃を氷柱に届かせた。この事実が一条に示したことは多い。

 

「戦いのツボが、あのルーンプレートならば、その機能を封じてきたか。相変わらず先見がすぎる」

 

実際、攻防両面の使用方法。

最前線で飛び回っていたプレートの半数以上が氷柱そのものの『防御』に回っているのだ。つまり、攻撃力と防御力を半減させたのだ。

 

「空属性の魔力矢……その一手だけで、一条の戦術を封じる―――」

 

その事実に……司波達也はどうしても身体をうずく想いを覚えるのだった。

 

そして刹那の怒涛の攻撃が始まる……。

 

『Anfang―――』

 

改めて聞こえる刹那の魔術回路の始動の言語。

ギアを入れ換えたな。と思いながら放たれたのは―――。

 

『穿て!! アンリミテッドカラーズ!!!』

 

百はくだらず、されど千に満ちようかという万色の魔弾の連射であった。左手と右手を合わせた―――波○拳、かめ○め波のようなポーズからの魔弾の連射が一条を襲う。

 

(双腕刻印を同調させた上での全力射撃(フルファイア)……火力を増してきたな)

 

五大属性持ち(アベレージワン)の面目躍如である。おまけに、アレ程の魔弾を放られては情報領域も圧迫されてしまっているだろう。

 

一条は防戦に徹するしかない。その中に一条の防御を突破する空属性の魔力弾があっては下手にプレートを使っての進行防御も出来ない。

 

情報強化した上でプレートで氷柱を防御。

その上でプレートを介しての魔力弾の対空防御で飛来する魔弾を撃ち落とそうとする。

 

(踏み込ませないという想いが見えるな……)

 

それではマズイだろう。刹那相手に退いてしまっては……。

 

「薩摩武士相手にそれは敗着だろうに」

 

獅子吼しながら刹那の三段撃ち(長篠の戦い)のごとき魔弾連射を防御しようとする一条。

 

無限の如き魔弾の発射は、昨年度のシューティングでの戦いを連想させるだろう。

 

そして一条の氷柱は……5本まで減り……。

 

驚くべきことに刹那の方も失点が入っていた……。

 

「あの絨毯爆撃か無限撃ちの中でも反撃していたってのか!?」

 

誰かが上げた言葉に誰もがざわつく。言葉通りに刹那の方の氷柱が7本まで減っていたのだ……。

 

その現象に眉をひそめたのは刹那であり、その様子から刹那にも慮外のことと見受ける。

滝のような汗を掻きながらもニヤリと笑う一条の姿が印象的であった。

 

 

Interlude……。

 

それは遠坂刹那との決勝戦を迎えるだろうとして開かれていた作戦会議でのことであった。

 

「ここまでは今までの遠坂の攻撃パターンから分かる。そして、ここからが肝要だ」

 

「おう」

 

ここまでの吉祥寺真紅郎(ジョージ)の解説は納得がいくものだった。刹那の今まで披露してきた攻撃からパターンは絞り込めた。それにどうやって対処していくか……その訓練は、今日に至るまでやってきた。

 

時には4人がかりで、氷柱のスパーリングをしたり。更に言えば相手は24本の氷柱で、将輝の方は3本だけという限定条件で闘うなど、ありとあらゆる状況を想定しての訓練。そしてスカサハ先生のスパルタなどで自分をとことんまで追い込んできたのだ。

 

「将輝がルーンプレート……あの魔導器を使えば、遠坂は将輝のルーンプレートを『封じてくる』と思う―――」

 

「封じるってどういうことだ?」

 

抽象的な言葉で言われた将輝としては相棒の言葉の意味を考える。

 

「砕くとか?」「割る」「打っ千切る!」

 

「それじゃ破壊するだけだ。アイツは、そういうことを極力しない……上から目線だが、珍しい術式、あるいは自分もかつては開発しただろう術式に対しては、それより上のものを見せてくるだろうね」

 

三高三人娘の言葉に呆れながらジョージは言う。言われてみれば刹那は確かにそういう奴だ。

 

全ての分野で自分こそがNo.1であろうと。傲岸不遜ではないが、相手の術式を上回ることをしてくる……そういう男だ。

 

弱点を突く戦いをするならば、もうちっと楽な戦いも出来るだろうに……。

 

(アイツ風に言えば『心の贅肉』なんじゃなかろうか?)

 

何となく将輝が思ったことだが、それは刹那というより遠坂の生き方からすれば的はずれな指摘なのだ。

 

「それでこそロード・トオサカなのですよ。魔導の最古を辿りながらも最新であろうとするセルナの生き様ですから」

 

一色愛梨の自慢げな言葉にジョージが少しだけ白けた顔をする。

 

「……まぁそんな訳で、遠坂の攻撃パターンを分析・解析してみた……一段目は、将輝の爆裂速攻を封じるためにあの女神の魔眼あるいは強力な防御術をショート(短縮)で放ってくる。そこで将輝は

攻撃を封じられる。ここで決められればラクだけどね」

 

「続けてくれ」

 

むやみなヨイショや希望的観測はいらないのだ。

受けてジョージも答える。

 

「そしてまず『小手調べ』の術が入る。とはいえ、その情報量と圧はこちらの想定を上回る……攻撃術に対して将輝はルーンプレートで防御してくれ」

 

「ああ」

 

「そして、そこから先は魔眼であるか防御術であるか……どちらかだけど、将輝はとにかく攻撃に転じてくれ。そのルーンプレートは二三草に見せたとはいえ、遠坂の興味を惹く……あるいは、動体で魔眼や防御術の照射範囲がブレるかもしれない」

 

「ふむ」

 

作戦参謀の言葉はとりあえず納得はできた。希望的観測かもしれないが、想定されうる状況は理解できている。

 

「可能ならば、この段で出来る限り攻撃を奥にまで及ぼして遠坂の氷柱を攻撃してくれ」

 

「鳴瀬さんのように前面に対しての攻撃ではダメ?」

 

想定されうる状況では確かに刹那の四列✕3の氷柱

の内の、前部分の防御が疎かになる。

 

一色の疑問は当然であるのだが……。

ソレに対してジョージは首を横にふる。

 

「駄目だ。なるたけ、ここで列の内―――どこかで奥にまで将輝の攻撃……チカラを及ぼして欲しい。意味は分かるかい?」

 

「ああ……『布石』で『楔』なわけだ」

 

「うん、そしてここから先の反撃手段は僕にも詳細には分からない。けれどアイツの心理的パターンから多分、将輝も観客も驚きのミラクルマジックを使ってくると思う」

 

ミラクルマジックという単語に三人娘の内の2人が、少しだけうっとりする……。

 

(駄目だ。こりゃ)

 

と思いながらも、その後の展開は自分の苦境も含めてジョージは言う。

 

「そして、ここで遠坂は物量作戦……恐らく多量の魔弾や宝石弾などの連発で将輝を圧倒してくると思う……」

 

「そいつはハードだな……長篠・設楽原で織田・徳川連合軍に3千以上の鉄砲でやられた甲斐武田の気持ちだな」

 

言葉にしたあとに四葉の本拠は山梨辺りにあることを思い出して、一人の少女を思い出したが……。

 

今は置いておくだけの理性が一条将輝にはあった。

 

「だから、そこで将輝は―――遠坂に……」

 

そこから先の言葉は吉祥寺真紅郎の奇計・機略が披露された。そこから先のことも、未来を見通すようにして諸葛孔明よろしくだったのである。

 

(まぁモノホンの孔明はエルメロイにいるのじゃから、せいぜい徐庶軍師がいいところじゃろ)

 

などと四十九院沓子だけはそんな風でいながら、果たしてどうなるのか……自校の選手の戦いという点を抜いても注目の一戦ではあった。

 

interlude out……。

 

 

「―――アンカーか」

 

右腕の魔術刻印が、刹那の陣に打ち込まれた『楔』を発見するのだった。

気付いたからに当然、消去しにかかろうとするのだが……。

 

「させるかよっ!!」

 

偏倚解放による空気砲の連射。別に刹那の氷柱を狙ったものではなく、こちらの術の発動を妨害するためだけのものだ。

 

とはいえ、氷柱の防御も疎かには出来ない。となれば……。

 

(真正面から打ち合うしかないか)

 

投影宝石を設置した上で、カウンタマジックで相手に相性勝ちをしていく。

 

それをしながらも、楔に対して干渉をしようとする刹那だが……。

 

「させるかよっ!! ソレはお前に勝つためのヨスガなんだからよ!!」

 

そうしようとした矢先に将輝からの圧が強まるのだ。それは、片手間で対処できるようなものではなく刹那としても注意をルーンピラーから離さざるをえない。

 

「それを言っちゃうか」

 

気楽に言いながらもまるで『女神を殺そうとする絶対死の影』のように、刹那の氷柱の奥陣に打ち込まれた『ルーンピラー』とでも言うべきもの(サイズは氷柱の4分の1ほど)は、影響力を発揮していく。

 

自陣にあるというのに、傍にあるというのに、もう目の前にあるというのに、なかなか処理出来ない。

 

(一条将輝が苦心して築いた毒棘だな)

 

ルーンの赤槍の連射において、これを作っていたってことか。というよりも『前もってそういうもの』をCADの中に組み込んでいた。そんなところだろう。

 

だが、これがとにかく厄介だ。こちらが魔力で以て干渉する度にルーンピラーは、刹那に対してインタラプトを仕掛けてくる。

 

それは大したものではない。無視しようと思えば無視も出来るが、なんというか喉に刺さった魚の骨のような感じでイラつく。

 

織田家の領土にある長島願証寺(一向宗の寺)のごとくイラつく。

 

そんな感じ。

 

(愚痴っていても仕方ないな)

 

こんなのは遠坂的ではない。

ゆえに、ちょっとばっかり男魔女(ウォーロック)としての術を披露することにするのだった。

 

「Anfang―――投影開始(トレース、スタート)

 

言うやいなや、投影宝石の七つが形を変えて生物的なものへと変化する。

 

それは俗に『蛇』と呼ばれるものであった。

 

七匹の宝石蛇が刹那の指へと絡みつき、そのまま互いに絡み合いながら一つの『祭弾』を形作った。 それは、七匹の蛇を繋げた宝石の矢である。

 

ウロボロス(巡る輪廻の蛇)などという上等なものではないが、それが何であろうと、将輝にとっては脅威。

そして当然―――弓に番えられる。

 

(星宙の魔眼は育ちきり(・・・・)神殿を形成している。余裕かよっ)

 

ベル・マアンナと呼ばれるものが完全に刹那の氷柱陣地に造られていた。その情報圧に魔眼を持たない一条であっても理解してしまう。

 

そして……。

 

「──『射殺す百頭』(ナイン・ライヴス)──」

 

放たれた祭弾は、祭壇の霊威も孕んだままに、弓弦から勢いよく解き放たれて直進していく。

 

だが、そこから物理法則の枷を全て解き放ち『直角』に急上昇。そして急降下―――。

 

流星雨(レイン)の術式!!!」

 

気付いた時には急降下する過程で、七つに分かたれた蛇たちはその眼を輝かせる。

 

それぞれのチカラを解き放ち将輝の氷柱に襲いかかる。

 

その蛇たちがいわゆる『化成体』のような弱い術ならばともかく、そんなものではないわけで、全力で防御するためにルーンプレートで防御術を練り上げる。

 

3層、4層もの魔法陣でしのぎきろうとする。

 

まるで武田の赤備えの進撃を馬防柵で止めるがごとく―――。

 

迎撃の火線も放たれる。

 

しかし、刹那の魔蛇の顎からのスネークバイトはとんでもなくてルーンガードを突破して将輝の氷柱を砕きに砕いた。

 

「マサキっ!!!」

 

『『『一条ク────ンッ!!!』』』

 

遠くに、シールダーファイトソロで優勝を決めたジョージの声と、応援してくれている三高の女の子の声が聞こえる。目も開けられないほどに盛大な爆発。

 

そして生き残った氷柱の数は2本。

 

(ここまで来るともはや窮地……それでもルーンピラーは生き残っている……魔力を発している!!)

 

刹那の残存数は6本……しかし―――。

 

(最後の奥の手をやる!!!)

 

何処かで刹那の『怒涛の攻撃』はやってくると理解していた真紅郎の予言の通り。

そして、その予言を覆せるかどうかこそが、ここからの戦いのキモ。

 

それを解き放つ!!!

 

そんな一条将輝のチカラの高まりを見た刹那は何かをやろうとしているのだと気付く。

相手が原因不明・理解不能な展開(九校戦の魔物)を呼び起こさせずに戦っているというのに、刹那(この男)は、それを見てから打ち破る策を出そうとする。

 

刹那の様子からそれを予想した連中は多いわけで―――だからこそ一条将輝がルーンプレートを利用して『黄金の爆光』を放ってきた時には、刹那も驚き、観客席にいるほぼ全員が驚くのであった。

 

終結の晩鐘は、この時に鳴り響き始めた……。

 

 

 



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第366話『魔法の宴 氷柱死闘編 男子決勝Ⅲ』

『ほぅ。中々に刹那の行動を予測した攻撃だな』

 

『ルーンピラーは、喉に刺さった魚の小骨も同然。ただ、ここを起点に攻撃を展開するには少しばかりムリがあったな』

 

『やっぱり、爆裂を起点にして闘うべきでしたかね?』

 

『そうだな。ただ、それだともはや勝負は着いていただろうからな。本人の資質・性格と考案した戦術がミスマッチだった』

 

結論としては、遠坂刹那は一条将輝にとって相性が悪い敵だということだ。

 

本人にとっては忸怩たる思いばかり覚えるかもしれないが、魔術の世界だけでなくともあらゆる分野で、そういう相手というのはいるのだ。

 

そして刹那の資質はS級だ。時計塔では長じれば冠位にも届くのではないかと思っていた。その前に母親が継承できなかった『魔法使い』の『地位』を宿すのではないかと囁かれていたが。

 

(その前に魔法使いが、この世界に飛ばしたからな……)

 

そしてやったことは『集めた神秘』を秘蔵するのではなくて『再分配』することだった。

 

魔術時代の最後に現れた未来の遺産(エクストラレムナント)……戦国狂乱時代の最後を飾る武士の遺志(サムライレムナント)とも違うそれこそが、彼に課せられた運命だったのかもしれない。

 

そうしていると、刹那の『獣弾』……その中でも強烈な『蛇弾』が放たれて、上空からの爆撃へとなる。

 

『七頭の蛇。照応させたのは『七頭の戦鎚シタ』だな』

 

『イシュタルが生まれた時から手にしていたと言われている、七蛇を模った戦鎚か。しかし、決めきれなかったな』

 

Ⅱ世とライネスの会話。本来ならば、それで終わりだったのだろうと予測される内容だ。

 

ただ在るだけで敵を討ち滅ぼすと言われるその戦鎚を、振るった時に万物万象が砕け散る……。

 

まぁ『本物』なわけもなく『矢』にした時点で、少々グレードダウンなのかもしれない。一条将輝の陣には残り2本の氷柱……とはいうが、いつブレイク(破砕)という判定を貰っても仕方ないぐらいには、ひび割れが入る。

 

ここまで来れば守備(まもり)に入ってしまってもいいくらいだが……。

 

(刹那、安全策を取って神殿で守りに入ったらば許さんぞ)

 

ウェイバーには絶対にできないチャンプ(王者)としての戦い方が、あの魔導元帥には必要なのだ。

 

変化球での逃げなど許さない。頭の悪いど真ん中ストレートで相手をねじ伏せてこそ、この戦いには意味があるのだ。

 

一条将輝が選択した黄金爆光―――ロンゴミニアドのミニサイズ版のごときものの連発に対して刹那が選んだものは―――。

 

「グガランナ・ストライク・エクスパンション!!!」

 

神牛の蹄によるスタンプ―――真正面に対してのものであった。

 

実況解説を任されている身でありながら、小さくガッツポーズをしてしまうのは、チーム・エルメロイの教導役だからだろうか。それとも……。

 

 

(自分では到達できない領域の戦いを見れるからだろうか)

 

解説席のウェイバーと同じような懊悩に陥っていた遠上遼介は、その戦いを見ながら……何故か疼くものを感じていた。

 

「グガランナ……シュメールの神牛というのは、神々ですら御しきれぬ兵器なのだ」

 

「その威容は正しく雲上の闘牛。鼻息一つですら雲形を一瞬にして吹き飛ばすもの……豪雷、暴風、暴雨、荒天……あらゆる天空の気象を動かす存在」

 

中東圏の英雄だろうマイヤ(アサシン)だけならばともかく、シュメール神話に疎そうなゲルマン圏のクリームヒルトまで、そのように語るとは……もしかしたらば、こういうのは昔の人たちにとっては一般教養だったのかもしれない。

 

そんな風に想いながらも、一条将輝の黄金光とぶつかり合う天牛の蹄の圧は、暴嵐豪雷を纏いながら黄金の爆光を打ち破っていく。

 

その光景に既に会場はヒートアップ。現代魔法的な感覚では大味ではあるかもしれないが、それでも派手なぶつかり合い……己の中からチカラを捻り出すそれは、人の心を奮い立たせる。

 

「ちなみに言えば私が見たグガランナは、全長500kmを超える『暴虐の化身』ともいえる巨獣で、新大陸の巨大都市をあらゆる天候に関わる現象とともに蹂躙しながら、そこに集った名だたるサーヴァント・魔術師・代行者などを薙ぎ払っていたよ」

 

その中の一人に私もいるのだが。と付け加えた疲れ気味のマイヤの言葉の後に遼介の脳内にその戦いの様子……その激しさが映し出される―――。

 

遼介が若干『あっちの世界』にイッちゃってる間にも試合は動き続ける。

 

 

黄金の爆光……ブリテンに刻んだアーサーの魔術基盤を応用したことは理解していた。

 

インデックスに登録することは無いが、エクスキャリバーというどこぞの『ブラッキー』がフルダイブMMOで使うような剣の名前だったりする。

 

それに相対する刹那が発動した術は、黄金の牛蹄であった。暴風雷轟を纏いながら発動する術を前に、エクスキャリバーとぶつかり合い相殺する。

 

真正面からの魔力攻撃の連続。

力と力

技と技

魂と魂

 

それらのぶつかり合いをその様子から感じるのだ。

 

だが、そこにこそ策謀があるのだが……。

 

(将輝…ここでルーンピラーを介して爆裂を叩き込んで―――欲しいんだけどなぁ……)

 

エルメロイ先生の解説を観客席から聞いていた吉祥寺真紅郎としては、悩ましい話だ。

 

こうして真正面から戦いを挑んだ時点で、将輝には力勝負で遠坂を下すしかなくなる。

ルーンピラーは力を発しているが、リソースの大半をエクスキャリバーに向けている以上、大規模術を発動することは出来ない。

 

(よく考えれば遠坂は、4月の新入生との勝負で使った恐るべき消滅術も使っていない……色々と考えるに戦上手すぎる。変化球も直球もアイツは達者すぎる……)

 

だからこそ『誰もがアイツと勝負したくなる』。

 

だが……。

 

「もうこうなれば、思う存分打ち合え―――!!! マサキ―――!!! 真正面から遠坂を打ち破って三高の魂を見せてくれ!!!!」

 

『『『『イッチジョウ! イッチジョウ! イチジョ―――!!!』』』』

 

三高から割れるようなコールが湧き上がる!!!

 

一条コールを受けながら一条将輝は、この声援に賭けても刹那を倒すと決める。

 

だが、刹那も必死である。曲がりなりにもロンゴミニアドのチカラの一端。一撃ごとに圧は感じる。

 

何より如何に真正面からの戦いとはいえ、一条には『策』(ルーンピラー)がある。だが、ルーンプレートを介して放たれる幾つもの黄金爆光も脅威。

 

だからこそ―――。

 

(全弾注ぎ込んでやる!!!)

 

決意、同時に宝石の魔力も付与されながらスタンプは加速する。

 

加速する圧、倍増する圧を前に一条将輝は圧されそうになる。

 

(明日は男女ペアでの戦いもあるってのに、余力すらつぎ込むつもりかよ!)

 

もしくはアンジェリーナ(恋人)におんぶに抱っこで任せるつもりかもしれない―――。

 

(俺も司波さ……深雪さんとペアでの戦いが出来るならば良かったのに!!! くそっ!! 一高と三高との違いが―――)

 

「雑念だぜ!!!」

 

そんな将輝の思考の隙を見逃す刹那ではなかったわけで、生き残った氷柱の一本が、爆光の圧を退けてからルーンの防御を越えてスタンプで砕け散る。

 

『『『『バカ―――!!!!』』』』

 

『『『『司波深雪のことを考えたな―――!!!』』』』

 

一条コールの全てがいきなりなブーイングに変わる。しかも女子陣は見抜いちゃっているし。

 

そして一条の残存氷柱は―――。

 

『『『あと一本! あと一本!! あと一本!!!』』』

 

『『『『イッポンシュウチュウゥウウウ(集中)!!!!』』』』

 

エルメロイ方向の観客席から上がるコール。九校戦の係員が、そのコールをバッドマナーとして抑えようとするが、どうにも止まらない。

 

場内の歓声が大きく上がる!! その勢いを以て―――練り上げていた術を解放する。

 

いつの間にか牡牛の角のようなものが刹那の眼前に浮かび上がり。

 

ラピスラズリで出来たと思しき角から―――蒼輝の閃雷が放たれる。

 

どこからあれを持ってきたのか? 誰もが宝石で鍛造したと見た中。

 

『一条生徒のルーンピラーを!!!』

『奪ったのか!? いや魅了して『在り方』を変えたな!!!』

 

エルメロイ先生からの、端的な解説でありながら驚愕を覚えていると思しき言葉が全員の耳に届く。

 

そして、やられた一条将輝はそのグガランナ・ボルテックとでも言うべき閃雷から氷柱を守りながら反撃をするべく、魔法行使を密にしていく。

 

(逆に考えろ!! 守るべき点が一つになったのだからその分、防御のリソースが集中できる!!)

 

先程までは氷柱の間隔が離れすぎていたからこそ、手間であったのだが、今ならば防御に集中出来る。

 

そして将輝から奪ったルーンピラーは既に砕けている。触媒としての利用は一回が限度だったようだ。

 

 

その上で―――。

 

「負けるものかあああ!!!!」

 

意気を上げながらあらゆる魔法を発動させていく。それでもエイドス改変での相克が起こらない辺りは流石であったが。

 

「Die Zauber ist ein Spiegel ihrer Zeit.

Die Dinge haben sich zum Guten gewendet.

Laast uns in dieser Zeit viel Zauberer erschaffen.」

 

シメのための呪文口決が行われる。刹那の術式完成のために、魔術刻印は最大限に補助のための詠唱を行う。そして―――肩の刻印も展開。

 

血縁ではない他者刻印のせいかもしれないが、刹那の背後に万華鏡にも似たステンドグラスのようなものが展開される。

 

それを見た瞬間、会場内にいる三人の男女の中に言い知れぬ『なにか』を覚えさせたのだが、まぁそれはともかくとして、三種の魔術刻印による術の完成が一条将輝の氷柱へと向かう。

 

「将輝!!!! マックスガード!!!!」

 

凌げ! 凌ぎきれ!! という真紅郎の言葉に従い、防御にチカラを回す。コレほどの大魔術が呪文詠唱という手段で出来ることに恐ろしさを感じつつも、放たれたものは―――。

先程よりも強い(・・)グガランナ・ストライクであった。

 

蒼雷と黄金の『神気』を纏った牛蹄を前に最後の抵抗を試みる。術で受けた瞬間、全身が痺れるような痛みで動けなくなりそうになるが、それでも必死に、抵抗を試み。そして反撃を―――。

 

砕ける氷柱―――2本。

 

最終的なスコアは5−0で、刹那の勝利。

 

チーム・エルメロイが優勝へとまた一歩、いや7歩ぐらい近づいた瞬間であった。

 

(このままだとマジック点灯するぐらいになってしまうかもしれない……いや、そうはさせないつもりだが)

 

大歓声を浴びている魔宝使いの狙いを防ぐためにも―――。

 

(壬生先輩! 頼みます!!)

 

達也の他力本願を受けたわけではないが―――控室の壬生の状態はトップになっていた。

 

 

「相変わらず派手な戦いだなぁ……」

 

「本当ですよね」

 

「けど、同時に羨ましいかな。彼には勝利が似合うわけだからね」

 

ジャイアント・キリングなど起こさせない。いや、そもそも十師族の長子を破っている時点でジャイアント・キリングなのだが、彼を見ているとどちらが巨人であるかすら分からなくなるのだ。

 

だが、彼と壬生は違う。

 

壬生は、この決勝戦に相応しくない『ただの魔法師』であったのだから。

 

(大久保さんも、こういう気持ちだったのかな……)

 

そろそろ卒業後の進路というものを考えつつある紗耶香にとって魔法を熟達する度に考えていることがある。

 

一高に入学する前の中学最後の剣道大会で自分と競った相手。そして、紗耶香(じぶん)に勝ったというのに、注目を、脚光を、名声を紗耶香に獲られた同級生の顔を思い出す。

 

(面をかぶれば、容姿なんてものは分からない。本当に実力勝負の世界であった。その世界で勝ったというのに、『面』(ヘルム)を脱いだあとの『面』(フェイス)だけで私は剣道小町などと持て囃された)

 

全国2位だというのに、何を自分は思い上がっていたのだろう。そんな色んな人に持て囃されている自分を見ていた大久保 薫という同級生が、どんな気持ちだったのだろうか。

そんな他人の気持ちに最近は思い至れた。

 

それは自分が、この一高では下の立場にいたからだろうか、それとも魔導を極める度に、上り詰める度に何かを失っていく……いや、誰かを超える度に考えてしまうからだろうか。

 

答えは出ない。だが、分かることはある。

 

あの頃の自分は浅薄すぎた……。

 

(どうせ九島家の人間に勝てるなんて誰も思っちゃいないわよね。勝ったとしても私には何もない)

 

あの頃の大久保の心が分かるかもしれない。

勝利を得たとしても賞賛されないことの虚しさを。

 

その心を知るためにも、壬生は九島ヒカルを倒さなければならないのだ―――魔法科高校の劣等生として。

 

「さて、それじゃそろそろよね」

「はい。頑張ってきてくださいね先輩」

 

ただ……そんな後ろ暗い挑戦をする片方で、今回の九校戦にて自分のCAD及び魔導器(カタナ)の調整をしてくれていた後輩の少女『平河千秋』のためにも、勝利をもぎ取ることぐらいは動機にしておくのだった。

 

そして、ドラゴンガールとサムライガールの戦いは始まろうとしていた。

 



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第367話『魔法の宴 氷柱死闘編 女子決勝Ⅰ』

オルガマさん、いたわしや。

しかし異星カルデアスというものを考えれば考えるほど、何というかリングシリーズやスターオーシャンのシミュレーテッド・リアリティな装置を想像させるんだよな

並行世界を数多観測するゼルレッチと同様に『地球によく似た環境の世界』を『条件』を与えて『観測』することで色々なもの、環境負荷がどれだけならば大丈夫か、蜘蛛に現生人類が勝てるかどうか、勝てたとしてそれはどういう条件をそろえればなのかを知る。

アトラス院が協力したのは、路地裏ナイトメアを考えるとこういうことなんじゃないかと思う。ただアレはマリスビリーが根源へと至るためとか……うーむ謎は深まるばかり


 

 

 

「さーや! がんばって!! 私はレティに負けてしまったけど、さーやならば優勝できるから!!」

 

「ありがとうエリちゃん。けれど、ヒカルさんは強敵だから」

 

本当に勝敗はどうなるか分からないのだ。シールダーで、土と泥にまみれたエリカがべそべそ顔のままに帰ってきて、優勝への希求・欲望を自分に託してきたことを少しだけ嬉しく思う。

 

控室から出て試合場に行くまでの廊下の左右に整列する一高生から『勝利への念』か『勝利への気』を込めたタッチがされていく。

 

怨念かもしれないが……。

 

だがそれでも素直に紗耶香は応じていく、最後にいたのは……。

 

「壬生……」

 

「そんな心配そうな目をしないでよ。まぁあんまり期待しないで観客席で見守っていて」

 

「無茶だけはするなよ。本当にそれだけが気がかりなんだからよ」

 

(無茶せずには九島ヒカルには勝てないんだけど)

 

桐原の不安をこめた言葉に苦笑気味の皮肉を思い浮かべてから、『戦ってくるよ』とだけ言ってから試合場に向かう。

 

光の向こう……外の試合場に赴く壬生のキレイな黒髪が何故か違う色に見えた。光の加減で変化したのかもしれない。

だが、桐原武明にはなにか違うものを感じさせるのであった。

 

……勝利への道筋を……

 

† † † †

 

「さぁて、どうなるやら……」

 

女子決勝アイスピラーズの観客席に来た刹那は、繰り広げられるだろう戦いの様子を予測する。

 

「遠坂先輩、一試合やって疲れているのだからテントで見ていても良かったのでは?」

「そうなるとリーナの膝枕で威厳ナッシングな姿を晒してしまう」

「その辺はもう手遅れなんじゃなかろうかと想います」

 

刹晶院後輩はかなり辛辣ではある。ただ左腕に抱きつくリーナを見たらば、誰もがそう思うか。

 

「で、遠坂はどちらを応援するの?」

「内心の自由に関してはノーコメントだ」

「「壬生先輩を応援すると言え!!!」」

 

剣術部の2人(相津、斎藤)から言われるも、この場合どちらであっても角が立つのだ。

 

ヒカルは、その出生に謎は多いが、名前の通りに九島家の人間であり、それなりに付き合いは持っていかなければならない。

 

方や壬生は当たり前のごとく一高の先輩であり、如何に現在は違うチームだからと不義理も出来ない。

 

要は、どちらも刹那は応援できないのだ。

 

「応援はともかくとして、キャプテンはどちらが勝つと思う?」

 

「8−2でヒカルだろうな。当たり前のごとく一高の女子エースの深雪を真正面から破ったんだ。地力の差がデカすぎる」

 

桜小路の疑問に対して冷静でかつ現実を見据えた分析を伝える。

 

「2割の勝率はどういうところから?」

 

「この決勝戦に来るまでにヒカルも流石に削られていると思っての分析。才能とチカラは抜群であっても、まだ一年だからな」

 

当然、これは少々『盛った嘘』である。疑似サーヴァントである彼女にそんな仮定は意味がない。

 

(だが、もしかしたらば……『賭け』に勝ってしまう可能性とてなくはない)

 

自分の父親が、アルズベリで絡んできた『上級死徒』にモナコの船宴にてギャンブルゲームで勝ったということを知っている。

 

詳細は自分も知らないのだが、それでも俗の社交界でもギャンブラーキングとして知られている『あの魔()使い』相手に、『あの怪物(死徒)の領域』で勝ったということは、親父が持っていたある種の天運なのかもしれない。

 

(それと同じことが出来るか? 壬生紗耶香)

 

剣製と剣聖の違いはあるかもしれないが、それがあることを期待するしかない。

 

そう考えていると、(やぐら)の昇降機が動き出す。

どうやらファイナリストが、やって来たようだ。

 

現れたファイナリストはどちらも和装と言えるものを纏っている。

 

「十二単衣とは、随分と動きづらそうなものを」

「ケド、ピラーズでは動きは無いカラ、ワタシも明日はグッドドレスで戦うワヨ!」

「明日はリーナが主役だから任せるよ〜」

 

戯けるように言ってからリーナの肩に体重を少しだけ預けると、それを更に懐に呼び込む辺りに恋人の優しさを感じるのだった。

 

ヒカルの衣装は蒼と薄紫を基調とした単衣の重ね。更にその髪も和紙で出来た元結などで纏められており、かなり艶やかな装い……しかし、持っている得物は剣呑すぎる『槍』だ。

 

ヒカルの身長よりも長いそれは、正しく魔力武器のたぐい……。

 

「一年女子は良く見ておけ。アイツを倒さない限り、新人戦アイスピラーズブレイクの勝利は無いんだからな」

 

「「「「はい!!」」」」

 

恐るべきことに九島ヒカルは新人戦の方のピラーズにも登録しているわけで、二度も氷柱であのエンシェント・妖精・ドラゴンは立ちはだかるのだ。

 

対する壬生の方を見ると……。

 

衣装は和装…深い赤を基調としたものは、去年の決勝戦と同じだ。だが違う点もある。

 

「―――二刀流か……」

 

シオンと戦った時には一刀で以て、ビームを放出していたのだが……。ソレ以外の狙いもあるのだろうが。

 

「何かはあるだろうな。というか先生は嫌だったんじゃないかな?」

 

日本刀―――風属性の空気打ちなどの術を発動出来るもの。

 

西洋剣―――黄金の装飾を施した何とも仰々しいものも携えている。

その形状は間違いなく『アーサー王の武器』だ。

 

「へぇ、サヤカパイセンもアルトリア陛下の基盤と接続するか。まぁそういうもんだが……やれるかぁ?」

 

ナメたセリフにも聞こえるが、実際のモードレッドの口調はどちらかといえば心配するような声音だ。

 

アルトリア・ペンドラゴンという魔術基盤を打ち付けたこと自体は、当然でありそれを利用するものがいることは織り込み済み。

 

だが、やはり『土地』の相性というものがあるのか、この日本でかのエクスカリバーに代表されるようなものを使うには、それなりに『適正』というものがあるのである。

 

実際、魔獣嚇との戦いで千葉道場の剣士たちも、近場に『仮縫い』された基盤でエクスカリバーを放ったが、それでも放った剣士全員が疲労困憊の身だったらしく、実戦使用を考えると、これはダメだろうという結論だった。

 

よって剣からビームを出すというのは『別口』でのものを模索しているようだ。

 

(その一端が、今回の九校戦SAWでの俺の魔力武器を見たいということに繋がったわけか)

 

国防軍の野望というものを少々気付かされつつも、そんなことは戦う人間たちには関係ない。

 

『本日のラストゲーム! 2人の選ばれしヴァルキリー(戦乙女)が、ここに集う!! サヨナラノツバサをはためかせながら! 女子本戦ソロ・アイスピラーズ・ブレイク決勝戦!! ここにスタートです!!』

 

水卜の煽りまくった実況のあとにスタートランプが点灯していく。武器を構えながらそれぞれに先制攻撃をとるべく己の身体にチカラを充足させて、それを武器に伝播。

 

古典的ではあるが銃に弾丸と火薬を詰め込むフランスの竜騎兵(ドラグーン)のような様子をイメージさせた。

 

片方は本当の龍ではあろうが……壬生もまた『赤龍』(アルトリア)の基盤に接続している。

 

つまりは……。

 

竜王決戦(ドラゴンドライブ)、か」

 

レッドランプにいたりスタートブザーが鳴ると同時に、槍と剣が振るわれ互いの破壊力が、互いの陣地の境界で、ぶつかり合うのであった。

 

 

一撃を交わした後に―――互いの力量を察知する。

 

口角を上げて笑みを浮かべるヒカル

口を真一文字に引き結び締めるサヤカ

 

完全な臨戦態勢―――放たれるはドラゴンブレス。

それも予選までに使っていたような『雷鳴の息吹』(サンダーブレス)ではなく『閃光の吐息』(レーザーブレス)

 

超高出力の生体魔力炉を持つ竜種にしか許されぬ絶対の暴力。

人間(ヒト)が、様々な器物と大出力源と多くの物理的な理論を用いなければ『実現』できぬ光による熱と圧の限りを、竜種は腹に力を込めて息を吐き出すようにできるのだ。

 

光による隔断が、壬生の氷柱を襲う。

 

常人や尋常の魔法師では見えぬ虚空に浮かぶヒカルの竜が、それを吐き出す様子は見えたものにとっては恐怖の限りであった。

 

だが、見えていない壬生にとっても恐怖の限り―――ではなかった。

 

その眼が光り輝く。そしてその光に対して放たれたものは―――。

 

「一意専心、勇往邁進、一撃鉄心!!!」

 

光が放たれる刹那、秒にも満たぬ中でも聞こえてきた声に伴う音を置き去りにした壬生の斬撃の連続による―――光の拡散であった。

 

「―――は!?」

 

驚きしか出ないヒカル。拡散された光熱による少しの融解もあるが、その隙を見逃す壬生ではなく、黄金の宝剣を使っての飛翔斬撃が自陣を飛び越えてヒカルの氷柱を直撃する。

 

当然、防御も掛けられていたはずだが―――心の動揺が術の『ゆらぎ』に繋がり、失点を許したのだった。

 

「そっちに振り切らせたかぁ……ロード・エルメロイII世(マイティーチャー)

 

先生のやったことを壬生のとんでもない動きからの斬撃で察する。そんな刹那のつぶやきは耳ざとく聞かれていた。

 

「壬生先輩は最初からアレだけの身体駆動が出来たのでしょうか?」

 

刹晶院の疑問はもっともだ。

レーザー()を『切り裂く』なんて芸当は本来的な人体のスペックでムリだ。向けられた銃口や砲口から『予測』なんてことをやるにしても、サーヴァント級の身体強化が必要である。

 

だが、自らを『強化』するという一点において壬生は一度だけサーヴァント級の強化(人類種限界突破)を受けたことがある。

 

根源接続者マナカ・サジョウによる『雷切』の英霊(立花道雪)定着。

その伝承……雷を斬るというところを先生は『呼び醒ました』のだろう。

 

「まぁ(人間の)限界を振り切ればな。単純だが剣圧と魔力の合成した攻撃で飛び来る術を切り裂くことで防御。そして攻撃は従来どおりだ」

 

「九島ヒカル対策で一番重要なのは、あのとんでもない『攻撃力』をどうするかということですか」

 

「そうだ。単純な防御術では完全に『撃ち負ける』。かといって防御に徹していても勝てない。となれば……攻撃そのものを『相殺』することで対応するのが最善策だ」

 

「む、無茶苦茶ですね!!」

 

エルメロイの一年女子の1人が恐れおののくように刹那の説明に反応する。要は相手の出したパンチに更に同じ威力かソレ以上ののパンチを合わせろと言っているようなものだ。

 

直接戦闘ではなく氷柱を砕くという戦いである以上、そんな風な直接的な放出術ばかりが飛んでくるとは限らないが……。

 

「現代魔法に振れた所で、壬生先輩は簡単に破るしな」

 

「あっ! 斬撃による魔法式の消去!!」

 

斎藤の言葉通りに、ここまでの試合で実は壬生紗耶香は、ビーム以上に『飛翔斬撃』による『術式破壊』をやっているのだ。

 

「となれば自分の地力で出したもの……九島家に代表されるスパークなど『電圧系統』(エレクトロ)の術での直接攻撃(ぶん殴り)しかなくなるわけだ」

 

「それに武器……宝具級の槍も用いた攻撃に対しても、やはり剣による斬撃で対応する。だが防御が疎かになりすぎじゃないですか?」

 

「一回斬られたらば、二回、三回斬ることで対応するってことじゃないかな?」

 

そんな無茶な。と全員が思うも、実際のところ壬生には特筆した防御術は無い。

 

ここ(・・)までは。

 

シオンとの戦いまでにそういったものは見えてこなかった。流石に、達也辺りならばその辺りを補強してくるとは思っているのだが。

 

攻撃力というか生徒の長所を伸ばすという点に対しては傑物だが、まぁ魔術師なんて人格とか色んなものが破綻したダメ人間ばかりなので、弱所に対しては中々に矯正させにくい点もある。

 

現に護身術の単位が取れずに長いこと教室にいたOB

もいたのだし。

 

そんなわけで先生がやったことは、壬生紗耶香に『雷切』のチカラを『思い出させ』、そして刹那の定着させた『騎士王』の基盤に接続させた。その引き出し先は(かたな)なのだろう。

 

ここから戦いの趨勢がどう定まっていくのかはまだ分からず、されど男子決勝にも引けを取らない名勝負があるのだった。

 

 

 



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第368話『魔法の宴 氷柱死闘編 女子決勝Ⅱ』

本当だったら今話で、女子決勝は終わる予定だったのだが、色々と筆が乗りすぎた。




 

 

 

相対する敵は強大だとか言うレベルではない。

強敵などという単純な言葉では表せない。

 

高くそびえる山のごとし、だ。

 

そして―――山の頂を巣とするドラゴンが目の前にいた。

 

『成程、飛ぶ剣戟で僕のドラゴンブレスを切り裂こうということか。随分と不器用な限りだが―――嫌いじゃない。けどね―――それならば砲門の数を増やすだけさ!!』

 

絶え間なく魔法の剣戟を放ちながらも、チカラを練っていたヒカルが動き出す。

 

『誰が呼んだか分からないが、喰らうがいいさ!! ゲート・オブ・アルビオン!!』

 

虚空にゆらぎを発生させ、複雑極まる魔法陣が描かれ中心部から幾つものレーザーブレスが飛んでくる。

どういう原理なのかはわからないが、それでも飛び来るレーザーブレスを前に双『大』剣と壬生の動きは絶え間ない。

 

防戦一方の戦い。だが、むしろその攻撃を勇気を持って応じている事自体が称賛に値する。

 

九島ヒカルのような力自慢の力持ち相手に対して退いて戦っては、自ずとソレ以上の追い詰められ方をしてしまう。

 

「刹那の九島ヒカル対策はある意味では正解ではあった。だが一発一発の攻撃が重いファイター相手に退くことは悪手だ」

 

「ピラーズのフィールドは、別に直接戦闘ではないということを差し引いても『狭い』。このリングにおいてありったけの術が押し合っているんだ。自ずと干渉力の強い術の方が『場』にダメージを蓄積させていく」

 

どれだけ相手の術の影響を洗い流したとしても、そこにある空気組成や残留魔力……何より氷柱というものにもそれらの微かな「(ひず)み」は堆積・蓄積していく。

 

「防御してしまえば、やはり防御しきったとしても影響は出てしまう。そんなことは当たり前なんだが、特級の力持ち相手に『防御』で凌いだとしても、最後には押し切られてしまう」

 

竜の息吹(ドラゴンブレス)は止めどなく紗耶香の陣を襲ってくるが、それを双大剣から放たれる神速の遠隔斬撃(スラッシャー)は、散らしていく。

 

時にはあり得ざる角度―――横合い(サイド)に展開した魔法陣、真上に展開して襲いかかる攻撃も『見えている』のか迎撃している。

 

「となれば、他のもので『防御』しきるしかない」

 

だが、その防御こそが決定的な『敗北』(おわり)を遠くしていく。

少しの汗を掻きながらも一高生徒の中でも精神統一(メディテーション)の深度が段違いな壬生の剣戟の練度は段違いだ。

 

「まさか、それが『相打ち戦法』の肝―――自分の『身体』で、魔法を受け止めているも同然ということですか!?」

 

「ああ、防御術では凌ぎきれない。ならば、その前に術を打ち消す―――もっとも、当たり前に壬生くんの負担は大きいな」

 

だが、それでも受け取る報酬は大きすぎる。

 

魔法陣が視えた段で斬撃が飛び、それを砕く時すらある。先の先という勝機を突いた結果。

 

それゆえかヒカルは少しだけ苛立っている様子である。その苛立ちがより攻撃を単調にしていき、壬生に優位をもたらして行く。

 

そんなエルメロイ兄妹の解説を試合を見つつ観客席から聞いていた刹那は、防御に関しても先生の担当だったかと思う。

しかし、ここまでは防御に関してだけ。防御だけでは戦いには勝てない。

 

「攻撃手段はドーするのカシラ? 確かに幾らかは、合間に攻撃したり、ヒカルの拡散レーザーの影響で自殺点ヨロシクも発生しているけど」

 

リーナの言う通り、SAWでのことと同じく己の『過大すぎる攻撃力』が反射とまでは言い過ぎだが、エネルギーの余波が幾つかの氷柱を相手にも自分に与えて――――

 

ヒカル 10−7 壬生

 

というスコアを与えていた。ある意味では健闘ではある。だが勝利するには一手足りない。

 

「壬生先輩の手がもう一対あればいいんだけどな」

 

レオの幻手よろしく阿修羅観音、刀八毘沙門天のような……その時に少しのインスピレーションが発生したが、その前に―――。

 

『ロンギヌス・ストライク!!!!』

『スヴィアスライダー!!!』

 

盛大なまでの打ち合いに入る。槍と剣、どちらも遠間を超える武器ではないはず。それでも―――。

 

光の圧が互いの氷柱を攻撃し合う。

 

盛大なまでの砲撃戦へと移行する。だが、それではヒカルの独壇場……壬生先輩には勝ち目のない戦いに―――。

 

「ううん!?」

 

誰もが目を疑う光景がそこにあった。

 

「僕の眼がおかしくなったんですかね……壬生先輩が、壬生紗耶香という女子が……」

 

――――5人いる。

 

怪談話のような事を言う刹晶院に対して、誰もが見えてるまんまだと言っておく。

 

 

Interlude……

 

「ハッキリ言わせてもらえば、魔力の質、魔力量、術の構築力、大胆さ、精密さ―――に関しては少々疑問符だが。ともあれ君と九島ヒカルとの戦いは戦車とアリの戦いといっていい」

 

ぐさり!ぐさり!!ぐさり!!!

 

ハッキリした物言いに、壬生の心はブレイクしそうである。隣りにいる桐原が平静を保とうとしても保てぬほどに教師を睨みつけるが―――、

 

「だが、これは単純な『直接戦闘』での差異だ。アイスピラーズブレイクという『競技種目』での戦いならば、決して勝ち筋が無いわけではない」

 

その言葉に、何とか平静を保つことに成功した。

 

とはいえ話は続く。

 

「ここまで九島ヒカルの戦いを見てきたが、彼女の戦いは本当にヒトをナメた戦いだ。実に余裕のよっちゃんな慢心王の戦いだ」

 

「―――それは深雪さんもですか?」

 

「ああ、恐らくだが彼女がペンギンスーツ(リヴァイアサン)のチカラを使うことも理解していた節がある。彼女に目に見える隙はない」

 

その言葉に、ならばどうするというのだと聞く。絶望感しか増してこないのだが、それでも希望は見せるようだ。

 

「彼女と真っ向から打ち合え。防御術による『氷柱』の守護ではなく、攻撃術による相打ちで、相手の攻撃術を相殺する」

 

「義兄上の無茶苦茶なプランの為の『剣の皮膜』(黄金鞘)は、こちらで用意させてもらった。チアキ君、フィッティングしたまえ!!」

 

ライネスがトリムマウに持ってこさせたそれは、いわゆる魔術触媒の一つ。あの英国にアーサーの基盤を打ち立てた際に『泉』より『湧出』(ドロップ)したものである。

 

内訳としては、あの東京魔導災害でアレコレと関係した国に与えたのだが、多くの国では『扱いきれない』として『所有権』こそ米英仏日など四カ国が持つも、アーサー王の触媒の『器物』として加工するには、刹那の協力が必要として刹那に預けられていたりするのだが……。

 

当然、それに立ち会った人間の中には『ガメた連中』もいるわけで、その一人がライネスなどであったりする。

 

「は、はいライネス先生!! 手伝ってネコアルク、ネコカオス!!」

 

「わかったニャー! 最近登場していなかったから(TYPE LUMINA出張)すっかり読者に忘れさられていたアチキたちだけど、キメる時はキメるニャ!!」

 

「我輩もまた暗黒面(ダークサイド)なミステリーで、闇の案内人(栗○千○)の手先になってばかりな日常には飽き飽きしていたので、我輩―――普通のNECOに戻ります!!!」

 

お前らのどこに普通のネコ要素があるんだよ!?とかツッコんではいけない雰囲気なので、まぁその辺は特に誰も言わない。

 

だが、トリムマウという水銀ゴーレムと同じく、ある種の高度な端末という機能もあるわけで機器に入れられた壬生の剣(魔術礼装)に『黄金の鞘』という特級の触媒が装着されていく。

 

「―――道具の方は問題ないな。後は君自身の問題だ」

 

それらの様子を見た教師は、壬生に向き直って『授業』を開始する。

 

「はい!よろしくおねがいします!!」

 

「ならば壬生くん。君は―――」

 

――――――分身したまえ――――――

 

その言葉を聞いた瞬間、全員は思った。

 

魔術界の革命児……今まで存在を疑われていた伝説の教師は狂ったのだと。

 

「勘違いをするな。いわゆる高速移動による残像ではない。どちらかといえば、魔力で構成した自身の『人形』を作るということ。ダブル、ドッペルゲンガーともいえる」

 

そう言われれば、まぁ何となくは理解が及ぶが、あまりにあまりな発言に少しだけおどろいたのだった。

 

「そう言えばエルメロイ教室で幻体作りは、やりましたね……けど私では、そこまで凄いものは―――」

 

「ランサーのサーヴァント『長尾景虎』。セイバーのサーヴァント『立花宗茂』。君はこれだけの英霊と関わり合い、後者に至っては『根源接続者』…全能の存在によって処置された末に、戦国時代のサムライという多くの『面』(ヒト)を見て触れてきた。

そして君自身も『多面性』を持った存在だ。『面』とは即ち、己の『成りたいもの』を、己の『隠したいもの』を包むものだ。時に中華世界の王はそこに竜の意匠を込めて己を厳しく勇ましいものへ変化させてきたもの……蘭陵王」

 

言葉の一つ一つが、紗耶香に染み透る。それは紗耶香の人生の中で深く関わってきた人々だ。

 

「日本の剣術流派が剣道として『面』を着けてきたのは、頭部の保護というだけでなく浮世の柵を断ち切り、その『素のまま』の力を推し量る場として成立してきたからだと私は感じる。面の向こうにある顔は詳細には見えない―――君は、其処に長くいたんだ。そしてそこでの『悔恨』が傷となっている」

 

「先生……」

 

自分の内面を切り開かれているというのに感じるものは、どちらかと言えば怒りよりもうれしさを感じるのだ。

 

 

「君という『凡百』の魔法剣士をここまで活かしてきた存在。同時にその成長をここまで押し上げてきたもの。審神者(さにわ)として、ウェイバー・ベルベットが武神の名を審らかにする」

 

宣言し、ロード・エルメロイII世は言葉を続ける。 フーダニット。誰があったのか。 誰が壬生をここまで導いてきたのか……それが伝えられる。

 

「汝、サヤカ・ミブに加護を与えし其の名は──」

 

最後の呪文口歇が響いた。

 

 

「牛王招来・天網恢恢―――我が身は牛頭天王の御業を穢土に再現するもの也!!!」

 

「ライコウの分身宝具!? そうか! ロード・エルメロイⅡ世はキミの守護者を言い当てたんだな!!!」

 

分身した壬生紗耶香は当然、櫓に収まるわけもなく虚空に漂う幽霊のように壬生の背後に横に整列している。

 

その姿は一様に違う……厳しき武芸者のものもあれば、うさ耳を着けた昔なつかしのスケバン。艶やかなチャイナドレスに扇子を構えたものもある。

 

普段の壬生紗耶香のイメージではない。だがそれら全ての衣装は似合っていて、一刀からビームを叩き出すのに合わせて一斉攻撃を開始する。

 

「九島さん! アナタは確かに強いわ!! 直接戦えば、私は負ける!!」

 

言いながらも、(振動)(電磁力)(揚力)(放出)という『魔剣閃』を放つ『壬生たち』。

 

襲いかかるそれらは、九島ヒカルの防御陣()を突破しながら氷柱を砕いていく。そう氷柱を砕くのだ。

 

「けれどね! この試合は『氷柱』を崩す戦いよ!! 悪いけど、アナタをKOしなくてもいいだけだもの!!!」

 

「それを実行しようとしても出来なかったチカラ足らずの連中ばかりなんだけどね。僕の盾竜(シールド)を突破できるほどのチカラを持ったものはいなかったわけだから」

 

眩しいほどに己を輝かせるその姿に……見とれてしまいそうになる。

 

自分との戦いに至るまでは、まだまだ地味に確実に勝利を得ようとしていたが、ここに来て赤い着物以上のもっと派手(motto☆派手)に勝利を得ようとしている。

 

認めよう。

君は強くて。

そして僕を脅かす存在だ。

僕が最後まで認められなかったヒトの世(人理)の拡大の中でも最高に―――ヒトらしいかもしれない相手だ。

 

何本もの氷柱が砕けていく。

 

妖精の眼を持たないヒカルでも見えてしまう……壬生紗耶香の人生の変遷。

 

その全てが輝くものだけでなくても、酷い劣等感と挫折を覚えても、そこから立ち上がったそれは……自分が憧れた妖精に持ってほしかった……他者を慮る心。けれど絶対に無理だった。

 

彼女に決定的な挫折は無かったのだから……愛されることだけが、彼女の存在意義ならば無理なのだ。

 

残り3本になった時にヒカルはギアを切り替えた。

 

(だから、僕も全力で戦おう。アルビオンの竜、かつて神秘溢れる世界の裁定者(ルーラー)として生きていた以上、星のテクスチャを譲った君たちヒト―――その果ての魔法師が描く人理が、どのようなものかを)

 

裁定するのみだ!!

 

「ホロウハート・アルビオン!!」

 

全力のドラゴンブレスが、壬生の陣に襲いかかった―――。

 

 



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第369話『魔法の宴 氷柱死闘編 女子決勝Ⅲ』

サムライレムナント――――――各所で言われているが、やはりライダーは頼光ママンなのだろうか。

買いたいと思いつつもどうしようか悩みながら新話お送りします


 

 

放たれたドラゴンブレスの威力は広範囲(ごん太)超高熱(激アツ)で紗耶香の氷柱全てを焼き尽くさんとするものがあったのだが―――。

 

(凌ぎきれない!!)

 

ならば被害を最小にするべく光線斬撃の角度を調整する。

コンマ何秒もない高速の思考。

身体は既に動いており、氷柱が生き残れるだろう角度で斬撃を入れるのであった。

 

目も眩むような、網膜が焼き付きそうなその閃光(フラッシュ)が紗耶香を敗北に導く……その瞬間は先送りされる。

 

紗耶香の放った光線斬撃とその他の紗耶香たちが放った攻撃術が、ホロウハート・アルビオンを『削り取り』なんとか生き延びた……だが。

 

「生き残った氷柱は2本だけ……」

 

誰かが出した絶望的な言葉に対して―――。

 

「まだ終わってないぞ! 壬生先輩はまだ戦っている!! 声を出せなくても顔を上げろ!!」

 

「俯くな!! 戦いは氷柱の一本が砕ける最後まで分からないんだ!! 壬生の戦いを最後まで見るんだ!!」

 

誰かが放った言葉に思わず気付かされる。特に一年生が眼を逸らそうとしていたが、その言葉で顔を上げる。

 

そうだ。戦うものたちの戦いを見届けなければならない。

まだ勝負は下駄を履くまでわからないならぬ、櫓を降りるまで分からないのだ。

 

スコアは。

 

九島 5−2 壬生

 

決して負けてはいない。

逆転の芽がないわけではない。

 

壬生は諦めず攻撃を続けている。そして―――。

 

2本の氷柱が砕けていた。

 

「ぬっ!?」

 

砕けたのは全て九島ヒカルのもの、そして攻撃を通したのは壬生である。

 

「潮目が変わったな」

 

見ると、あれだけやりたい放題だった正しく『(オレ)こそがこの世全ての王!!』とどこぞの慢心王よろしく言わんばかりだった着物姿のヒカルが少しだけ息を激しくしている。

 

「遠坂先輩の予言が当たりましたね!!」

「ああ……そうだな」

 

体力の限界という『真っ当過ぎる弱点』が露出したことに一年女子の言葉も遠く感じられる。

 

だが、あえてそこで本当のことを言わないというのは刹那なりの意地というかライト・スタッフ(正しい資質)というものだ。

虚勢というかある種の大物イメージを守るのもボスの役目である。

 

だが、この状況に苦悩を深めている人間がいる。ヒカルの兄をやっている光宣である。

 

(ヒカル……君の魔力が僕を健康に生かしていたのは理解している。それが、ここで重荷になってしまうだなんて―――僕はマスター失格であり、ダメな兄貴役だ……だから―――)

 

「最後まで気張ったらんかい!! ヒカル――!!!

ここで俯いたらば二高最強の名が廃るわ―――!!」

 

「竜や!最強の竜になるんや!!!ヒカルちゃん!!!」

 

「「「ヒカルちゃん!!! ファイト!!」」」

 

多くの二高生の声援が届く。それが力になったわけではないだろうが、ヒカルも最後の攻撃が繰り広げられる。

 

単衣の裾が巻き上がりそうになるほどの魔力の猛りが、攻撃の激しさに繋がる。

 

それらをビームで相殺していた壬生だが―――。

 

カゲブンシン(影分身)が消えていく!!」

 

リーナが気付いたそれは、本体(分身主)の余力が無くなっていくサイン。

 

今までは幻体分身の攻撃もあったからこその攻撃手段の増加だったが、遂に砲門が焼き付いてきたのだ。

 

輪郭が虚ろになっていく壬生紗耶香の分身―――4つが3つ、2つ――――1つ。

 

決死の剣戟によるディフェンスだが、限界は近い。

 

「「「「壬生先輩!!! ファイト―――!!!」」」

 

「「「アナタのサムライレムナントを見せて勝つんだ!!!」」」

 

一高側からも声援が飛んでくる。そんな最中に―――。

 

「アナタが面構えだけでない剣士であることを、私に見せて!! でなければ私は世界大会に行けない!!!」

 

などと一際通る声で壬生紗耶香に言っているのだろう相手がエルメロイの近くの観客席から聴こえてきた。

 

そこにいた女子は魔法科高校の制服ではないが―――。

 

「大久保さん!?」

「薫パイセン!?」

 

剣術部の2人には、その人物が分かったらしいが、彼女の目は壬生紗耶香だけに向けられていた。

 

そして、その言葉に触発されたわけではないだろうが、黄金の剣……途中から鞘に入れていた方のものを引き抜いた。

 

「そう言えば途中から一刀だけで対応していましたよね……」

 

「そうか。この終局の為に今まで抜かずに溜めていたんだな」

 

赤き衣を纏う少女が黄金の剣を抜く―――。

その姿に感想を漏らすものが出る。

 

「何処かの線での私の母と同じね」

 

VIP用の客席にて、昨年度の優勝者である銀髪の女はつぶやく。

小学生で魔法少女をやっていた母という奇態な世界を知っているリズリーリエは、そんな風につぶやいてから言う。

 

「メリュジーヌの持つ『龍因子』の魔力を溜め込ませていたのか……途中から剣を一本だけで対応していたのは、その為」

 

引き抜かれる黄金の大剣の一本。

 

最大魔力―――引き抜かれたと同時に壬生紗耶香の『場』に粛清防御が掛けられる。

 

アルトリア・ペンドラゴンの守護の魔力。もしかしたらば、あの壬生紗耶香には『何処かの世界』でアルトリアとの強いつながりがあったのかもしれない。

 

それこそ源頼光と同じく『母親』としての彼女がいたのかもしれない……。

 

受けて立つメリュジーヌもまた最後の攻撃を開始する。

 

『少し、乱暴しようか―――』

 

今までの攻防は何だったのかと思わせるような言葉の後に放たれた攻撃は―――。

 

『打ち鳴らせ、僕の心臓―――其は、『誰も知らぬ、無垢なる鼓動!』(ライブハート・アルビオン)

 

己の心臓が裏返るほどの痛みを伴いながらも胸の前でボールのようなものを両手で持つ動作をしていた。出来上がる精緻な魔法陣……。

 

多くの人間には詳細が分からないものだが、それが時空(じかん)を表すものだと理解できている面子もいた。

 

放たれるドラゴンブレス―――しかし、颶風(かぜ)を孕んだそれが、壬生の陣を襲おうとするも。

 

勝利決約・招雷源頼光(げんじさいきょうぶしん)!!』

 

黄金の大剣から放たれた極大ビーム……雷を孕んだ色は黄金ではない。どちらかといえば、紫色のどこか……優しさも感じさせるそれが、ヒカルのブレストぶつかり合う。

 

「お互いに氷柱に『無敵』『粛清防御』が掛けられている」

 

「相手の防御を突破するだけのパワーがどちらにあるのか……」

 

「だが、『難しい判定』になりそうだ」

 

源頼光(日本の武神)アーサー王(ブリテンの王)とを照応させるという何とも無理やりなやり方ではあるが、それでもそんな無茶苦茶な術式を通すぐらいには、壬生先輩も自らを鍛えてきたのだ。

 

光の圧、網膜が焼き付きかねないぶつかり合いの前に遮光の術式が広範囲に展開された。

やったのはモルガンであったりする。

 

「メリュジーヌも迷惑な限りだが、アルトリアの基盤直接利用も厄介だ。だが……あの子、サヤカとやらには祝福があれば良いなと私は願うばかりだ」

 

「妖精眼で見ちゃったか」

 

「その通りだ。我が夫―――私は……頑張って、頑張った人間には報われてほしいのだ。

それでも無情なことに対決の場において、その『がんばってきた両者』がぶつかり合う無常も、今ならば分かる」

 

刹那の右腕に抱きつく幼女もブリテンの王権を求めてアーサー王と戦った。選ばれなかったものに肩入れしたがる気持ちは分かる。

 

だが、それは『結果』が出たあとだからこそ言える言葉、それも理解している。

 

だからこそ……。

 

「「この戦いに―――勝者はいない」」

 

モルガンの言葉と刹那の言葉が重なると同時、変化が起きる。

 

―――中央で光が弾け合い、天空へと登る。正真正銘―――最後のぶつかり合い。

 

永久に続くかと思われたその戦いは……呆気なく終わり、勝敗は……どちらにも着いていなかった。

 

決着の判定は……一目では分からない。

 

『両者の氷柱がどちらも消滅しているぅうう!!!

こ、これはリプレイ再生で確認せざるをえない!!!』

 

実況の通り、委員会は即座にビデオによる映像を大型ディスプレイに映す。

観客たちにも明朗に、勝敗を理解してもらうためだ。

 

一高の方の観客席では、桐原が祈るように両手を組み合わせている姿を確認。

 

(両者の生き残っていた氷柱は、どちらも『手前』、相手からすれば『奥』にあった……)

 

自身の放ったエネルギーで壊れることは無けれども、ジリジリと相手から届く余波が……氷柱に影響を及ぼしていく。

 

タイムラプスなどで時折見る草花の萌芽、開花の様子のようにそれらは時間経過と共にそれは見えていき……。

 

委員会の判定は―――。

 

『両者のピラー同時全破壊を確認。よって今試合の結果は『ドローゲーム』となります』

 

『『『『引き分け!!!???』』』』

 

客席全体が驚きの声を上げるほどにアナウンスの声は中々に、物議を醸し出しそうだが……見えた限りでは、そうとしか判定できない。

 

「こういうコトだったのネ。「この戦いに勝者はいない」(THIS BATTLE IS NO WINNER)ってのは」

 

「昨年度、俺と君も似たようなことをやったしな」

 

「アー、あったワね。ワタシとセツナの石破ラブラブ天驚拳が、ミユキとタツヤの氷柱を砕いたものネ♪」

 

「そういうこと。こういうエネルギーを直接ぶつけ合う戦いとなると、判定は難しい。特に総量が同じぐらいならば、な」

 

「あの時は同チームだから、特に得点勘定(ポイント)に変化は無かったわけだけど、今回はどうなるのカシラ?」

 

言われてみれば確かにそうだ。

 

一位のポイントを分割したとしても、三位のポイントを上回るわけはない。

 

しかし、準決勝の組み合わせ次第では『こんな結果じゃなかったかもしれない』。

 

たら・ればを考えれば、両者に凝りが残るのは同様。また三決を戦った選手も同様の気持ちだろう。

 

委員会の裁決は……20分ほどの間を置いて再びのアナウンス。

その間、ドクターロマンは両者のメディカルチェックを行っていた。2人とも息が少しだけ荒いが、判定が出るまで緊張を切らさないためか、剣と槍を杖代わりに立っていた。

 

そんな2人に下された判定は。

 

『壬生紗耶香と九島ヒカルの試合は、引き分けの判定 ―――延長戦の規定は今大会にはありません。よって異例ながら1位の得点(ポイント)を両校に与えることを通達します』

 

その言葉を聞いた瞬間、一高と二高の反応は、ほぼ同じであった。

 

首の皮一枚つながった。とでも言うべき安堵の声。その後には盛大な拍手が送られながら、いろんな声が上がる。

 

よくやった。本当は勝ってたぜ。グッドファイト。

 

その声と拍手に両者は、手を振って答えてから櫓を降りていく。

 

「さて本日のプログラムは、これにて終了だ。反省会などもあるが、5時30分までは自由時間だ。節度を守って行動するように、集合時刻は忘れるなよ」

 

時間厳守だ。と全員に言いつつも、そうはならんだろうとは刹那はいつもおもっている。

結局の所、元の学校やら親族やらとの面会もあるのだから、どうしても話は長くなってしまうのだ。

 

現在時刻は4時30分……ミラージバットのように夜中まで続かない辺りは、少しだけホッとする。

 

「さて、どうするかな」

 

「セツナ、シルヴィが来ているそうだから会いにいきましょ」

 

「そうか。んじゃそうするか」

 

ここ暫くは、怒涛の如く過ぎ去る日々に追われていた。そのうえで退役軍人が、あまり現役の軍関係者と接触を持つのは良くないとしていたのだが……。

 

「シルヴィアが来たってことは、何かあるんかね」

 

「ソンナ陰謀の虫を疼かせなくてもイイんじゃない? マァ―――何かあるんでしょ」

 

知り合いのお姉さんがやって来ただけであったとしても、何かあるのではないかと考えてしまう自分を自重する。

 

だが、リーナと2人そろって赴いた先にいたシルヴィアの様子はハッキリと違っていた。

 

 

「そろそろ5ヶ月というところですかね」

「「相手は誰!?」」

 

妊婦に大声を言うのはどうかと思えたが、ともあれ久々にあった姉貴分は、母親になろうとしていたのであった。

 

大きくなったお腹を少し擦りながらも、朗らかな笑顔が少し違うものに見えていたのは、そういうことであった。

 

髪型も変わった。別に散髪を面倒くさがっているわけではない―――まぁそれはともかく。

 

「とりあえずお目出度うシルヴィア。けど、本当に相手は誰なのさ?」

 

「ソウですよ。も、もしかして望まぬ相手との子供(チャイルド)とか……」

 

「違いますよ。もう、リーナは結構ヒドイこと考えますね。怒りますよ」

 

「ソーリー……」

 

カフェのテーブルにて、紅茶を飲む軍時代の世話役のお姉さんが、姉貴分が、母親になる―――そんな事態に学生カップルは気が動転しているのだ。

 

「相手は……内緒です。お互い色々と立場がありますからね。もちろん、リーナが想像しているような事はないですから」

 

だが、その短い言葉からシルヴィアがシングルマザーとして子供を産み育てようとしているのは、分かってしまった。

 

(大人の恋愛ごとにガキが口出すのは野暮かもしれんが……)

(何というか、いいのカシラ?)

 

シルヴィアがそう決断したとしても、少しばかり自分たちは、その膨らんだお腹に想うところはあったりするのであった。

 

「まぁ私のプライベートはいいとして、どうやらFEHRの構成員がやって来たそうで」

 

「色々とデリケートな経歴の人物だからな……引渡しか?」

 

「いいえ、私が来たのは、そういうことではないんですよ。ただ後々の厄介ごとの解決のために―――あとでお願いしますね」

 

記録端末を寄越されて、その際にシルヴィアはいつもの『ウィスパリングマジック』で驚きのことを伝えてきた。

 

―――死の教主レナ・フェールが来日している。

 

それは最大の凶事とも言えたが、今のところはどうしようもないのではないかと思えた。

 

だが、狙いが絞れないわけではない。

遠上の身柄などではないのは理解している。

 

(あの女の出番は早すぎないかね……)

 

少なくとも、メリットがないと思うのだが……。

 

(この世は分からんことばかりだ)

 

そうして四方山話をシルヴィアとやっている内に時間となり、キャプテンなのに遅刻ギリギリであったことを少しだけ責められることになったのはご愛嬌である。

 

 



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第370話『魔法の宴 ~3日目終了~1』

今回、別の作品の『そっくりさん』が出てきますが、ただのオマージュ・パロディでしかないんで悪しからず。

寺沢先生が、同人誌即売会で出したらしいから、そっちでも良かったんですけどね。ワールドステージの将太2人は、いま見ると結構いいキャラしているんですけどね。

巴里にいった将太は現在の日本にもちょっと繋がる教訓を教えていますし。

ではそろそろ新話お送りします




 

 

シルヴィアというUSNAでの姉貴分との久々の邂逅。そして、その後に会議室に集まってのチーム・エルメロイ全体の反省会及び明日の確認。

 

ハードスケジュールではあったが、それでもなんとかこなして、夕食会が始まっていた。

 

作戦会議とかアレコレと秘匿しなければならないことを話さずに済ませたいという根本的な考えは去年辺りから無くなっていた。

 

色々考えるに『9つの魔法科高校の学生交流会』であるという初心に立ち返ったのだろう。

 

有り体に言えば……刹那がエルメロイレッスンという手法を講じたことが、その枠組をぶっ壊した。

 

そんな刹那のルーティーンともなっていた大会場の夕食会で一鍋振るうという行為は、今日に限って出番はない。

 

何せ……。

 

今日はプロフェッショナルたちの仕事の流儀を見るのだから。

 

いつもどおりに明るくライトアップされた大会場にて、食事は進んでいく。

 

「たまには食うだけってのもいいもんだな。サンジがココヤシ村でアーロン一味を倒したあとの気持ちも分かる」

 

言ってから出された『マグロ尽くし』の盛り込みの中にある中トロを食べる。

スッキリとした脂が、適切な量のわさびによって清冽な快感を舌に味あわせてくれる一品である。

 

「ソコにシンパシー(共感)しちゃうかぁ。うーん! ベリーテイスト!!」

 

大トロのステーキ(半面レア)を食べるリーナが頬を抑えながらオーバー気味にアクションをする。

 

だが、それは無理もない。

 

このホテルにいる寿司職人による豪華絢爛な寿司ざんまいは、中々にイキな仕事であり刹那の腹を満たしていく。

 

生魚とか大丈夫なのかな? とかおもったが、もはや『寿司』(SUSHI)は、グローバルに世界を席巻しちゃっている料理なので、フランス、イギリス、エジプト……とりあえず多国籍な人々も構わず食べているようだ。

 

唯一の懸念事項は……。

 

「四亜も九亜も無理せず『サビ抜き』を食べた方がいいんじゃない?」

 

「無理してないもん!」

 

「お兄さんは私たちの舌の経験値を侮り過ぎなのです」

 

と言いながらも気を使って小中学生たちには、サビ少なめのオーダーは出しておいたりするのであった。

 

大会場でそれぞれのテーブルにて食事をしているわけだが、これでは交流会としては体を為していないが……最初に職人さんが握ってくれた『お任せ』の一人前―――マグロ尽くしを食べた後には後ろにあるバイキング寿司(海鮮丼・鉄火丼などもあり)とも言えるものを食べる形式にはなっている。

 

作り置きとはいえ侮るなかれ。現代の冷凍技術・解凍技術は、そういった時間の経過を感じさせないのだ。

 

「こりゃカマトロか。希少部位まで堪能できるとは……一条殿には感謝だな」

 

「骨に着いていた中落ちの鉄火巻も美味しいです」

 

「これはほほ()かな?―――脂のスジが口の中で蕩けて美味しいわね」

 

もっとも、マグロ尽くしだけでも結構堪能できるわけで、普段からこういうものを食っている人間ならばともかく、こういう時にちょっとだけ自分の舌の貧しさを実感する。

 

などとそろそろテーブルを囲んでいる九亜たちが別のネタとかを食べたいとおもって立ち上がろうとした際に、一人の寿司職人がこちらにやって来た。

 

一枚の和皿、俗に長角皿ともいえるものに小型の透明なクロッシェに被せて持ってきたのだが……。

 

(若いな)

 

まだ20そこそこなんじゃないかと思うほどに若い職人。つけ場に立っていたから実力はあるのだろう。

 

というかかなりの有名人ではあった。

 

そして―――。

 

「寿司を楽しんでいるかい?」

「はい。美味しいですよ。堪能させてもらっています松田シェフ」

 

寿司職人 松田()吾。

 

少し前に東京で行われた寿司職人グランプリとでもいうべきもので、栄冠に輝いた御仁だ。

 

バレンタイン付近でアレコレ(切った張ったの乱痴気騒ぎ)あった東京のイメージ回復の為に都が主催した盛り上げイベントであったが、宇佐美がMCをやるということと、後学のために視聴はしていた。

 

「それは何より、実を言うと君の為のスペシャルメニューを考えたんだが、食べてくれないかい?」

 

「松田シェフ。皆さんが握っていたデカイ本マグロ(300kgOver)を獲ってきたのは、あちらにいる赤毛のイケメン。一条将輝君の御父上なんで、自分が先んじてそういう逸品ものを食べるのは、ちょっと……」

 

皿の上にあるのが赤身であることは間違い無さそうなので、とりあえず『そういったこと』を言っておかなければならない。

 

両手を使って将輝を示したのだが……。

 

「大丈夫。他の人にも握らせてもらう。けれど、まずは―――魔法科高校の料理人と呼ばれるキミに、俺は挑戦したいんだ(Challenge)

 

真剣な顔。それを見て稀代の寿司職人にも数えられるだろうプロの挑戦に受けて立つことを決めた。

 

 

「―――エンジョイ!大トロの握り・極です」

 

洒落た快活な言葉と同時に蓋を開けて出されたものは拍子抜けするぐらいにただの『大トロの握り』であった。

 

だが美しいトロの握り。

3貫あるうちの一つに手を伸ばし、醤油をつけ―――口の中に入れた瞬間。

 

(酔いしれそうになる……スゴイ―――マグロを超えたマグロとも言える)

 

「ただただ呆然となるしかない。美味いですよ……」

 

「マハロ! 楽しんでくれたようで何より!!」

 

「しかし、一条さんが持ってきたマグロは活けのマグロだったはず。こんな熟成トロを作れるだなんて……」

 

「Unbelievable!? あっさり見抜かれた!」

 

驚いた松田さんからすれば渾身の寿司だったようだが、見抜けるものは見抜けてしまう。

だが、美味いものは美味い。シャリの量とワサビの量が絶妙でマグロのどっしりとした脂を清冽に味あわせるのだ。

 

「まぁ松田シェフの魔法だと思ってエンジョイさせてもらいますよ。料理人は誰しも魔法使いですからね。方法は分かりませんが」

 

「ある種の熟成装置を使ったんだよな松田。ほれ、さっさと他のお客さん方に関口親方など考案のスーパーマグロを振る舞うぞ」

 

()島さん―――俺の手法は先駆者が居ると知っていたんですね!!」

 

「くっくっく。先人の歩みを知るのも一興だからな。お待たせしました紳士淑女の皆様方―――どうぞご賞味ください」

 

メガネを掛けたオールバックの髪型の男性。

ストイックな求道者を思わせる職人が、テーブルの他の人間に『マグロ極 3貫』とでも言うべき皿を載せていくのだった。

 

どうやら他の職人さんたちも握っていたようで、既にその皿は他のテーブルにも行き渡っていく。

 

ちなみにいえば鬼島という寿司職人の声は達也にそっくりだったりする。

 

寿司職人たちの掌心(たなごころ)を込めた手技の限りを味わいながらも、他の寿司も食べたいということで、話しがてら後ろに向かうことになる。

 

「今日はお前たち、チーム・エルメロイに負けたな」

 

「八岐怒涛の勢いで向かっていけとは言っておいたからな。それに『後々』のことを考えたんだよ」

 

最初に絡んできたのは達也であったりする。衛生面を考えてなのか3貫ずつ特殊なパックに包まれている寿司や盛り込み寿司の寿司桶を見ているのだが。

 

「ふむ。ちなみに言えば壬生先輩は中学剣道のライバルの声が聞こえていたそうだ」

 

「大久保 薫さん。確かに見えられていたな。何かエリカが入学初期に話していた評価よりも美人だったが?」

 

ウエイトが必要なスポーツではないだろうが、当時の写真などを少しだけみたい気分になるのだ。

 

「それじゃお互い―――腹減りを待たせているみたいだから戻るか」

「やれやれ。ゆっくり話も出来ないな。今日は」

 

本日の総合得点、総合成績は張り出されており、色々と反省することとか今後のことを考える必要があるのだろう。

 

それがあろうがなかろうが……。

 

―――須らく人間は腹が減るのだ。

 

「そして何より寿司である。とにかく腹いっぱい食いたいのだろう」

 

「キャー! セツナ!! ナイスなチョイスよ!!」

 

「普通に盛り込みを持ってきただけだよ!」

 

無理やりアゲなくてもいいので、ともあれテーブルにいる人間たちに配っていく。

ちなみに九亜と四亜―――リーナには甘い厚焼き玉子の寿司を追加しておいた。

 

怒るかと思ったが、どうやら気遣いは必要だったようだ。

 

そうして、自分の分を手前に置こうとした時に既に寿司桶一つがあったことで混乱する。

 

「あれ? 人数分持ってきたつもりだけど」

 

間違えたかな? と疑問を呈そうとする前に答えは横から来るのであった。

 

「いいえ、間違いではありませんよ。私の方でセルナの分を持ってきましたので」

 

いつの間にか刹那の右隣に少し狭いが、椅子が一つ増えているのだった。

 

「愛梨」

 

その椅子に座している少女は、三高のエースなのだったが……。

 

「狭いからほかに移ってもいいんじゃないかなー……とか思わなくもないけど?」

 

「まぁまぁ遠慮せずに、今日のMVP―――モーストバリュアブルプレイヤーを歓待したくて、ついでに言えばその勝負運を私に分けてほしくて、ここまで来たのです」

 

オタク(三高)の一条君や吉祥寺君も結構な成績だと思うけど? 女子ではヒカルや壬生先輩だってスゴイと思うが」

 

「謙遜なさらないでください。この九校戦で最大の勝運を持っているのは、アナタでしょうに」

 

言葉を放つごとに身体を寄せてくる愛梨に、どうしようもなくなる。

 

「イヤ、まだセツナには勝負があるカラ、勝手にラックを持ってかないでくれる?」

 

(剣呑な)リーナの言う通り、明日は男女ペアでのピラーがあるわけである意味、休みなしでの連日登板。

 

楽天ゴールデンイーグルスの田中将大が日本シリーズで、読売巨人軍相手に無茶な登板したようなものだ。

高いレベルのプレイヤーには『常識』(セオリー)は通用しない。

 

「実力だけでは勝負のアヤは決まらんが、というか明日は君一人じゃないだろ? 盾打ちの女子ペア競技ならば、君の後輩である光主タチエさんも来なきゃ不味くない?」

 

などと言って諌めるも……。

 

「もうっ! セルナってば女たらしなんですから、タチエちゃんにまで接待を要求するだなんて♪」

 

そういう意味じゃなかったのに! という反論の言葉を吐く前に―――。

 

「遠坂先輩のスケコマシー!」

「女ったらし!」

「三高の女を攫うチンギス・ハーン(アンゴルモア)か!」

「「「後ろから刺されろ!!」」」

 

などなど散々な言われようである。主に三高の七宝が囃し立てたわけだが、最後の言葉は少しだけ左腕が痛む気がしたのだ。

 

そんなわけで話は三高一年生 光主タチエに移るのだが……。

 

「生憎ながら、私は遠坂さんにあまり好意を持てませんので、そちらには行きません。一色先輩だけで歓待してください」

 

コウノトリのような赤い目で軽蔑するように見られたことで、何とも言えぬ居心地の悪さを覚える。

 

テーブルが近かったのが仇となった形だ。

 

まぁ愛梨をそういった目で見ていないのは目の動きで分かったが……。

 

「「「フラレた―――!!!」」」

「よくぞ言ったわ! 光主さん!!」

「あんまりこういうディスコールやめとけよ。ラッキー(幸運)が逃げるぜ……」

 

一番目は三高男子による大合唱『こんちくしょう』と思いつつも、『非モテ男子の遠吠え』と切り捨てておく。

二番目は、もうひとりの一色である翠子なのだが。

どうやら、ヒカルにやられたことによるテンションダウンは無くなったようで、明日の女子ペアのピラーは、問題無さそうだ。

 

そして三番目の言葉は魔法科高校のプリンスである。困惑した表情を見るに彼としても、どうしたらいいのか分からないという所か。

 

結局の所、押しのけることも出来ずに、いつもの如くハーレム系主人公よろしくなってしまうのだった。

本当、江戸前寿司の職人という硬派な職業の方々の前では勘弁してほかったのだが。

 

「……若旦那みたいな男子ってどんな業界(オールジョブ)にでもいるんだな……」

 

誰と比較されているのか分からないが、松田シェフのさみしげな独り言が耳に入ってしまうのだった。

 

「アナタはいつも、こんな感じなのですか?」

「まぁそうですよ……」

 

そんな刹那の様子に一家言あったのか七高の長谷先生……刹那の養母(バゼット)にしか見えない御仁が、厳しい顔で食後に現れて言ってくるのだった。

 

本当にこの人は何者なのだろうと考える。その来歴は……探ろうと思えば探れるのだろうが……。

 

(我が夫よ。この女は疑似サーヴァントだ)

 

先程まで寿司を堪能して『わんこそば』よろしく盛り込みを何枚もカラにしたモルガン(ヒカルと競っていた)が念話で言ってきた。

 

やはり……と思いつつも、七高生に呼ばれてそちらへと戻る長谷先生は―――。

 

「アンジェリーナさんへの愛を貫き通しているのは、満点としておきましょう。ですが浮気は良くないですよ」

 

「ムシロ略奪愛をやろうとしている『コッチ』を諌めてください」

 

「それは……私も昔、子持ちの聖職者に懸想をしてしまっていたので、何ともそちら(女性の愛)に関しては何も言えないのです」

 

リーナに対する返答は理不尽過ぎる! という想いを刹那は覚えたが、ともあれ困った調子で人差し指を突き合わせる様子に、こんな姿も養母にはあったのかもしれないと思うと、ソレを言うのは野暮に思えた。

 

「それでは。また」

 

そうして長谷先生を見送ると次にやって来たのは二高の光宣と桜井、そしてヒカルである。

 

「ようやく来ましたね。戦いの日が」

 

「ああ、だが既にトーナメント表を見た通り。決勝までお前さん方との戦いはない」

 

「上がっていきます。玉座で待ち構えていてください―――と言いながらも、ちょっと気になっていることが」

 

「なんだい? 作戦とかは教えられんぞ」

 

「百も承知です。聞きたいのは明日の試合のコスチュームに関してです」

 

真剣な目で問われたが、それに対して刹那は気負いなく応える。

 

「ソロでは少々お硬い衣装で通したが、四亜にもリクエストもらっちゃったので、明日はプリズマキッドの衣装でいかせてもらうさ」

 

言いながらどこからともなく白いシルクハットを出した刹那は、それを手に口元を隠す仕草を取る。洒落た仕草の効果は抜群であった。

 

「キッド! いや、刹那お兄さん!! ナイス!! ベリークールだよ!!」

「何かワタシみたいな言いようヨ!!」

 

四亜の興奮気味の声と様子は、もしかしたらばリーナの真似っ子なのかもしれないが……それを受けた光宣は……。

 

「嬉しいですよ。用意した衣装が無駄にならなかった」

 

果たして何を用意したのやらと思い、聞こうとする前に光宣はヒカルに担がれて連れ去られる。

 

「ちょっ! ヒカル!! 刹那は教えたんだから僕も教えないとフェアじゃない―――」

 

「ハイハイ。それは大変結構だけど僕の見立てでは―――」

 

ドップラー効果よろしく二高生たちも大会場から出ていく。

 

そのタイミングでエルメロイもお暇することにした。一応、『おみや』というわけではないが各自で夜食用の寿司もいただいたことで昔懐かしのサラリーマンよろしく、喪黒福造に誘惑される前に帰ることにするのだった……。

 

そんな様子を見ていた一高勢力は……。

 

「緊急ミーティングを開きましょう。このままでは色々とマズイですよ」

 

『『『『イエッサー』』』』

 

明日一日で潮目が変わらぬことをなんとなく察した中条会長に全員が静かに同意する。

 

前人未踏の4連覇という偉業を達成したいわけではないが、それでもこのまま『流れ』を『風向き』を『潮目』をエルメロイだけに持っていかれるのはマズイと感じたのだから、その反応は納得なのであった……。

 

 

 

 



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第371話『魔法の宴 ~3日目終了~2』

そうか、つまりサムライレムナントは……型月版『刃鳴散らす』ということだったんだな(爆)

伊織が武田赤音で、セイバーが伊烏義阿……そういうことだったんだ(だからどういうことだ?)

この辺りの元禄時代ってのは浪人が溢れて色々と由井正雪なんかが反乱起こそうとする前段階―――まさか……まぁシバレンテイストってそういうもんだけど、などと色々言いつつ新話お送りします


 

 

「結局の所、得点勘定が合わなくなるのは仕方ないですよ。トーナメントは一発勝負ですからね」

 

「けれど、何というかすごーく……ダメですよね」

 

「みんなチカラは十分に出し切ってますよ。くじ運の良し悪しも各々でしょう。ただ加点が低調な理由を強いてあげるならば一つあります」

 

 中条会長と司波副会長の会話を全員が聞いていく。決して責められているわけではないが、針のむしろ。なんせその原因はピリッとしない結果ばかりを出している人間たちにあるのだから。

 

 しかし、司波副会長がその原因を言ってきた。

 原因というほど大げさではないが、それでも現在の自分たち一高を縛っている原因は分析出来ていたようだ──それは司波副会長……司波達也も若干陥っていたことなのだから

 

「エルメロイ先生及び刹那たちは徹底的に『地力』を上げてきた。それこそが我々の低調の理由だと思われます」

 

「どういうことだ?」

 

 その達也の言葉に、九校戦全体のスペシャルアンバサダーで一高のスペシャルアドバイザーとして会議室に招かれたOBである十文字が聞いてきた。

 

「我々は多くの学校の生徒が所属しているチームエルメロイをある意味、侮っては来ませんでした。むしろ最大級の警戒をしていましたよ」

 

「むっ、それならば―」

 

「だが、その警戒が的外れだったんです。要するに、エルメロイが一高だけでなく他校の『弱所』を突いてくるのではないかという不信感から、対策を少しばかりズレさせていたんですよ」

 

 その言葉に既に競技を終えた面子とその関係者数名がうめいてしまう。達也も競技選手すべて、くまなく作戦を考えていたわけではない。いや考えていた連中も、呻いていた辺りそういう『不信感』は誰もが覚えていたのだろう。

 

 九校全てから生徒を集めてチームを作る。

 字面だけを見ればドリーム・チームの結成を思わせるが、逆だ。

 

 中核こそ刹那を中心とした国外組の面子だが、大半は九校で選考漏れした生徒たちを集めた『はぐれもの』たちなのだ。

 自校での選考落ちの生徒ばかりとは言え、それなりに対戦校(自校)の『生徒』の情報は持っているわけで、そこが不信感に繋がっていく。

 

「ふむ。そこに真正面から挑みかかるエルメロイに寄り切られて押し負けた。土俵際の粘りが無いのはそれだったか」

 

 ぐさりっ!! 十文字の言葉に、エルメロイの一人、上田武司に敗れた沢木が貫かれた瞬間だった。

 

(確かにあの時、タケシ君との戦いにある種の不信感を覚えていたのも事実だ。これは……ある種の心理戦を挑まれた形だからな)

 

 ベスト8をかけた戦いでやられたのは、沢木にとって傷となっている。次のペア戦でこの借りを返せるのは……。

 

(無理か。彼は男子ペアのピラーズに出場なんだもんな)

 

 悔しさを飲み込みつつ、次の戦いに向けて気持ちを切り替えるのだ。

 

「で、対策はあるのかしら?」

 

「真由美先輩。そんなものは簡単に見つかりませんよ……ですが、あちらが地力でのぶつかり合いを望むならば、こちらはあちらの弱点を突く。カットパンチで出来た相手の傷口……流血しているまぶたを狙う―それならば出来ますよ」

 

 策略戦に持ち込むということ、か。と全員が理解する。確かに去年の九校戦からそういった面はあった。

 特に説明をしている司波達也はそういう相手の陥穽を突くとでもいえばいいのか相手の想定外を繰り出す。

 

 要はルールの穴を突くことが多かったわけだが。

 

「……望む人間にはそれを教授していきましょう。ですが、バチバチにぶつかり合う真剣勝負に、あまり水を差すようなことはしたくないですね」

 

 今日の壬生とシオンの戦いは、ある意味では暫く破られないベストバウトだ。

 

 力と力、技と技、策と策……すべてが噛み合っていたのだ。

 平河はシオンが、壬生先輩を見ていないことを理解していたからこそあの戦いが生まれた。

 

 そう感じるからこそ、そういう策略戦……小賢しい戦いをするのは、どうにも波に乗れない要因になりそうだ。

 

 小兵の戦いをしろといえばそうなのだが……。

 

「ならば私の方から一つ提案を。司波副会長、あなたには最後のマジックフライトレースに『選手』として出場してもらいます」

 

「中条会長……」

 

「本当だったらば、もっと早くに言うべきでした。男女ペアのピラーズ競技もアナタと司波書記を入れて出場させていれば、この流れは少しだけでも変えられたかも知れませんが……登録リミットの関係上そちらはもはや無理なので、最終競技に出てください」

 

「つまり、そこでの逆転を願っていると?」

 

「そこまでは私たちが踏ん張ってみせます。このままチーム・エルメロイの独走を許すわけにはいきませんから」

 

 まだ新競技の得点配分がどれだけかは分かっていない。ましてや、どれだけの困難があるかは分かっていないのだが……。

 

「分かりました。当初は一高の定形に沿って節度を弁えていく気持ちでしたが、会長がそこまで言うのならば粉骨砕身しましょう」

 

 自分のような例が当たり前になると、いずれ辛くなる人間……後輩が出てしまうと危惧していたのだが、ここまで言われては出ざるを得まい。

 

 最後の出番(大トリ)を拝命した以上は仕方ない。少しだけ皆して安堵をしているのは嬉しいが、それでも少しの喝入れが必要だ。

 これだけでは持ち直せまいとして少々演じることにする。

 

「けどお兄様、よろしいんですか? 今までは刹那君と敵対することを少々避けていましたが」

 

「いや、よく考えてみれば、アイツにはムカつくことがあった……そもそも、だ。今大会でアイツは我が一高の留学生組全てを引き連れていったんだ。そりゃルールでそうだからとしても……一高の綺麗所ばかりか他校の美少女たち……主に海外の血がある子たちばかりを集結させていったことに男として憤慨するものは流石にあるぞ」

 

「当然、私たちも綺麗どころですよね?」

 

 怒り混じりの深雪の笑顔の圧に、圧されそうに成りながらも演技だと自分を信じさせて口を開く。

 

「海外美少女だと言っただろう。別に残った人間の見目が悪いわけではないことは分かっているさ」

 

 その言葉をシメとした瞬間、何となく主に男子を中心にしてとんでもないイメージという名の共通幻想が出来上がる。

 

 豪奢な衣装に豪奢な装飾具。主に大きな宝石が付いた指輪を10の指につけて、リーナを筆頭に多くの美女を傍に侍らす様子(各人の脳裏で人物に差異はあり)。

 

『暴れるモンスターあればとことんぶちのめし! 世界に輝くお宝(主に宝石)! 誰もが羨む見目麗しき美女を独り占め!!』

 

『大胆不敵! 電光石火!! 勝利はオレのためにある!!!』

 

 などという古今東西に居るステレオタイプオレ様系主人公な刹那(ちょーイキってる)を想像したことで、全員の脳裏に……。

 

((((あれ……なんだか……))))

 

((((すっげームカついてきたぞ……!!))))

 

 何気に一高にもファンが多い一色愛梨ですらアイツのハーレム要員。

 おまけに『わだつみ』というマジックJCのグループにも露骨に好意を示している子がいる。

 そして昨年の秋にフラれた北山雫は、怒りが有頂天。

 

 全員の心が一つになった瞬間であった。

 全員のBGMがCHAGE and ○○○○の「YAH YAH YAH」になった瞬間であった。

 

「では明日の出場選手を確認して、今日はお開きにしましょう──―私も早く紗耶香ちゃんと祝勝会の二次会開きたいんですからね」

 

 その言葉で一高の会議はシメに向かうのであった。

 

 ・

 ・

 ・

 

「十の数字が指し示すものは多くない。日本の十二支、ギリシャ神話のオリンポス十二神、仏教(ブッディズム)の十二神将、はたまた黄道十二星座──日本では朝の占い(morning Fortune)で一般的だな」

 

「では……僕らは、妹も、父も母も、祖父も…間違った存在なのですか?」

 

 目の前の教師の言葉に少しだけの憤懣を覚える。

 家を捨てた。

 家族よりも大事なものに全てを捧げる。

 

 そう意気込んでいても自分のルーツたるものに、辛辣な事を言われて黙っていられるほど遼介もドライではないのだ。

 

「間違った存在であるかどうかは分からんよ。ただ生み出されたものに『名付ける』段階で十神というのは少々な。研究所の数字に即した『字名』というのならば、それも仕方あるまい」

 

「……」

 

「だが、だからといって君たちの能力値が劣っている原因にはならない。ここ数日、十文字君とも話していたが、十研とやらの研究が『守護』『防衛』『守備』……『護る』(守る)ことに振り向いていたならば、それは『何か』を足すことで『十二』へと至らしめるもののはずだ」

 

「何か……」

 

「君が捨てたと嘯く『家族』──その繋がりこそが……」

 

 などとエルメロイ先生の授業を『遠隔』で見聞きながらも、遠上遼介に変化はないことを理解している。

 水鏡というもので、それを発動させていたモルガンのを見ていた形だが……。

 

「遠上遼介を取り返しに何者かの策動があると思っていたんだが、予想外に静かだな」

 

末端の構成員(アソシエイト)なんて、そんなもんじゃない?」

 

「そんなもんだけどな」

 

 西部開拓時代のガンマンからそう言われて、マフィアなど闇社会の人間というのは、魔術社会ともつながりが無いわけではない。

 

 そりゃそうだなと思いつつも、刹那の中にあるものが叫ぶのだ。何かが起こると……。

 

「女の子4人を侍らせて夜遊びとはいいご身分ね」

 

「なんてイヤミなサゲマンだ。なんでこんなことをしているかは分かっているでしょうに」

 

「そりゃそうだけどね……」

 

 アサシンを3騎のサーヴァントから救った白虎。その詳細は教えてくれなかったが、ある種の直感が働いている。

 

 調べた限りで今回の九校戦には外国勢力のろくでもない策謀が動いているわけではない。だが何かのよろしくないスカウト合戦みたいなものはあるようだ。

 

 その中に……仕留めそこねた周やその上にいるらしきジード・ヘイグを名乗る『グ・ジー』もいると見ている。

 

 そしてFEHRの死の教主もまたそういった渦中にいると見たのがUSNAなのだ。シルヴィアが大きなお腹を揺らしながらも持ってきた事案は、何とか何事もなく静かに終わらせたいのだ。

 

「シルヴィのためにもがんばらないと」

 

 まさかシンママとして育てていくわけがないだろう。誰が相手かは知らないが見つけたならば責任を取らせるぐらいはしなければならないだろう──。

 シルヴィアは自分達のお姉さんなのだから。

 

「遠上 遼介氏 関連に関してはそちら(独立魔装)の真田さんに一任されていたって聞いていましたけど、何で響子さんが?」

 

「ちょっと市ヶ谷の方に呼ばれたのよ。まぁFEHR関連でのアレコレなのね」

 

 成程、と思いつつ気配を探る。夜中の自衛隊演習場。何が目的なのかは分からないが、軍人以外の何者かがいる。

 

 直感を信じて──聖別武装である黒鍵を林の向こう側に投げつける。鉄甲作用という投擲技法を完璧に再現したそれが、木々ではないなにかに弾かれる。

 

 そもそも木々であれば、貫き倒すぐらいの力はあるのだ。

 

 よって―。

 

「ジェーン 先制射撃。 武蔵ちゃん 周囲を確認。モルガン 全体に補助魔法を」

 

『『『YES MY MASTER!』』』

 

 隠れていた気配はすでに正体がバレたことで隠さずに『突進』してくる。重々しい歩みは足先に伝わる振動だけで分かる。

 

(黒鍵が弾かれた感触から分かっていたが、どうやらパワーがご自慢らしいな)

 

 だが、サーヴァント程の力は感じない。それならば―もう少し強い―と思った瞬間。

 

 強烈な圧が増えた。これはマズイヤツと思ったのですぐさま指示を変更する。

 

「武蔵ちゃん!!!」

「こちらは私がやるわ!!! とんでもない圧! よほどの偉丈夫さんのようね!!」

 

 相手の『ステータス』を接敵する前から察した武蔵ちゃんの言葉に頼もしさを覚えつつも、さてどうしたものかと思う。

 

 動かずに迎撃しようと思っていたが、作戦変更で広い場所に―。

 

「アワワワ! まさか、こんなことになるだなんて―ケレド、ココまでフラストレーションが溜まっているのよ!!! やらせてもらうワ!!」

 

「「暴れたかったの(か)!?」」

 

 ―などと驚愕の事実が発覚するのだった。

 再従姉(はとこ)である響子も驚く事実だが、ともあれそういうことならば、刹那は付き合うことにするのだった―。

 

「んじゃ明日の前哨戦と行くか?」

「フフフ、こういう時にソウイウコト言えるセツナは、ワタシ好きヨ」

「基本的に俺はいい子ちゃんだが―タマには悪いこともやってみたい」

 

 鼻の下を人差し指で擦る刹那。彼が考える悪ガキスタイルなのかもしれないが。

 

((それは嘘だっ!))

 

 九島の再従姉妹が内心でのみ言うもそれは、木々を砕き、土を巻き上げながら現れた大男の咆哮で中断される。

 

「こいつは」

 

「バーサーカーのサーヴァント、ねっ!!!」

 

「────!!!」

 

 言葉ではなき咆哮(こえ)を上げながらやってきた『黒い長髪の偉丈夫』『全身を豪壮な鎧』で固めた姿。

 

 2m超えの大男に対峙する武蔵ちゃんに対して──―。

 

 反対に刹那はデカイ白虎の飛び掛かりからの人型(じんけい)への変化に対応した。

 

「横浜以来、だったか? きっちり殺したはずなんだがな」

「地獄行きの公共交通が満席だったものでな。乗らずに舞い戻ってきたのだよ」

 

 明らかな奇襲であったはずの方天画戟といつのまにか握られていた干将・莫耶(双剣)が鍔迫り合う。

 

 大亜の魔法師、人食い虎という殺し屋としての字名も持っていた人間。……呂 剛虎という男が若干どころか、かなり若くなりながらも刹那の前に再び現れたのであった……。

 

 



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第372話『魔法の宴 ~3日目終了~3』

マテリアルから分かっていたことだけど、何となく程度には想像していたけどさ。

―――しかも服装が学生時代の……もしも、これも含めてデミヤを止めるための算段だとしたらばキアラは性悪・極すぎだ。などと思いつつ新話お送りします。







 

 

 

 いきなり現れた死人。だが尋常ではない世界に生きる魔術師である刹那にとってはそこまで驚くべきことではない。

 

 だが、一つの疑問は浮かんでいた。

 

「実を言うと―――ルゥ・ガンフーの遺体は一度は国防軍で回収したんだけど、いつの間にか!!」

 

 攻撃の余波でまともに話すことも出来ない中、響子の言葉で成程と思いながらも攻撃を続行する。

 

 刹那は自分の周囲に円状に剣を配置。魔剣の城塞を展開。

 円陣を組んだ魔剣の列が回転を果たしてガンフーの接近を阻む。

 

剣弾(ソードバレット)星列奏者(スターアーツ)!!」

 

 上位宝具による幻想の円環は、ガンフーも流石に応じ切るにはマズイと思ったが……。

 

補助魔術(バフ)が掛けられたな)

 

 掛けてきたのは―――。

 

「リーナ!!」

「くらえやオラー!!!」

「なんかキャラが違くない!?」

「デース!!」

 

 以心伝心はいいとしても、いきなりな号砲一発の掛け声にツッコミを入れるも、金剛型戦艦(カラミティ・ジェーン)合いの手(銃撃)で、補助魔術を掛けてきたサーヴァントを燻り出すことには成功する。

 

「あいも変わらず粗雑なっ!!」

 

「ご自慢の戦車はどうしたんだよ? 王貴人どの」

 

 焼き払われた演習場の一角から獣が飛び立つように、チャイナドレスの艶美な女性(にょしょう)が現れたのだ。

 

(そういや親父は、モナコの一件の際に螺旋館所属で地元協会支部所属でもあるスパンコールドレスを着たぱっつんぱっつんな中華系美女に匿われたんだっけか?)

 

 炎のヴェールを背中にしながら現れた玉石琵琶精・王貴人という仙人のサーヴァントを見ながら思いつつ、相手の返答を待つ。

 

「貴様のサーヴァント、ランサー・長尾景虎によって失われたままなのでな。回復するにも時間がかかるのだ――――待て、ランサーはどうした?」

 

 流石にそこに着目するか。

 

 フェイカーのサーヴァントとして殺された時の記憶を持っているということは、再召喚されたわけではないようだ。まぁ程度次第ではあるがサーヴァントも記録という形で昔のことを知っているようだが。

 

 確認を終えつつも、答えることは1つだ。

 

「おトラは―――アルゼナルに行ったワ!!」

 

 おいマテ。

 

 刹那が口を開く前に、いきなりとんでもないことを口にしたのは リーナである。

 

「もはや、サーヴァント同士の戦いに飽きたおトラは、『私よりも強い(ヤツ)倒し(会い)に行く!』と言い残して、何か風雲昇り龍(ライジング)自由人(フリーダム)よろしく旅立ったワ」

 

「ぬうぅ。やりたい放題ストライクフリーダムということか!!! 隠者や妹者に乗るモテモテ男(アスラン・ザラ)もいるということか!」

 

「しかし、戦力に喪失は無いようだな―――いや、むしろ増力(ジリュチャン)している。しかも三騎のサーヴァントを同時運用しているか」

 

 そんな嫁(?)の悔しげな言葉を斟酌しつつ、こちらを測ってくるルゥ・ガンフーは油断ならない。

 

「アンタらが誰に使役されているのかは、まぁ察しているが、止めとけよ。せっかく拾った命をむざむざ失わせることもあるまい」

 

 傲慢極まる言葉が挑発でも何でも無く、ただの事実であることをガンフーは知っている。だが、それでも現在の自分たちは周によって生きながらえている存在。

 

 義勇忠孝など欠片も持てない雇い主ではあるが、それでも……。

 無言で構えを取るルゥ・ガンフーを見て嘆息。だが、次の瞬間には激突が始まっていた。

 

(魔宝使い……)

 

 バーサーカーを解き放ち、ルゥ・ガンフーへの支援としていた女は、少しだけ思う。

 

 彼に対してアプローチ、モーション……どちらでもいいが、USNAにいた際に、そういうのを掛けていたレナは……。

 

『ブランチ・ダビディアンのデビッド・コレシュ(教祖)の誘いなんて誰が受けるかよ。黙示録七つの封印が解けたらもう一度呼んでくれや。行くとは限んないけど』

 

 100年以上前の事件。1980年代の米南部で起こった武装教団の教祖と同等に扱われたことは非常に腹立たしかった。

 だが、それだけでレナと魔宝使いの距離は理解できていたのだ。

 

(リョウスケが捕らえられることは織り込み済み。……交渉の窓口は色々とあるものだ)

 

 まずは、バーサーカーで様子見をする。

 

 相手の女剣士はまさしく絶技繚乱すぎるが、絶技(アーツ)に対して剛力(バスター)は決して負けていない。

 土砂と木片が嵐に巻かれたかのように舞い上がり続ける激しさを遠目で見ていたレナは、総身を苛む痛みに耐える。

 

「やはりアナタではバーサーカークラスの魔力消費には耐えきれないと思うのだけど?」

 

 痛苦を耐えた様子は隣りにいる銀髪の美女をごまかせなかった。

 

「それでも私のような凡百のマスターが、魔宝使いに対抗するには、これぐらいはしなければならないのですよ……リズリーリエ」

 

 こちらを労っていることは理解している。だが、それはレナにとって何の意味もない。

 彼女を支えているものは、プライドである。

 

 FEHRの教主という立場ではなく、この世界のソーサラス・アデプトを善導したい、良き方向に導きたいと想っていたのだ。

 だが、一人の男がそれを色んな意味で台無しにした。自分たちが築いてきた土台を全てぶち壊して、『しっかりとした土台』、まさしく丈夫な石垣を作り、そこに豪壮な天守を備えた『名城』を備えるが如く……男は全てを覆してきたのだ。

 

 最大の壊し屋でありながら、最高の創造者―――。

 

(許せないんですよ……!)

 

 魔法に『宗教的情熱』を持ってはいけないのか? 

 得られたチカラにアイデンティティを見出してはいけないのか? 

 

 いろんな想いを綯い交ぜにしながらも、あの男こそが……。

 

 レナの想いが使役しているサーヴァントにも伝わったのか、幾度も巧剣と打ち合っていた豪腕が遂にセイバー(?)のサーヴァントのガンブレードを叩き折った。

 

「おわっ!? 折れたぁ!?」

 

 脆い刀ではないだろうが、その破断を予期していなかったサムライガールの驚きの声が響くも。

 

「けどすぐさま次を()れるのが、私のマスターよね!! これぞ愛ね!!」

「やすい愛だな!!」

 

 響く魔宝使いの言葉で、見るとサムライガールの手には既に業物の中華刀が握られていた。

 その中華刀はレナのバーサーカーの拳と渡りあわせていた。

 

「むぅ、あのサーヴァントが握ると干将莫耶は、ああいうふうに変化するのね。興味深いわ」

 

「しかも衣装まで変化しているのですが……」

 

 遠見の術で、サーヴァント戦と周の手先と刹那の戦いを見ていた2人だが……。

 

「―――モルゴース」

「―――お嬢様!!!」

 

 至近距離にやってきた脅威に気付けず、反応したヘラクレスに防御させてしまった。

 

 黒い魔力の波……。ブリテン由来の真エーテルに近いそれが、ヘラクレスの肉体を痛めつける。

 

「巨大な霊体があると思えば、まさかギリシャの大英雄とはな。憎きアルトリアの宝具の1つマルミアドワーズの元・所有者よ。お会いできてそれなりに光栄だ」

 

コルキスの王女(メディア)もそうであったが、王族の姫(ロイヤルプリンセス)というのは色々と……苛烈にすぎる―――」

 

 夜空にふよふよ浮かびながら、こちらを睥睨するモルガンに汗を浮かべるは、似たような知人を知っているからだ。

 

「ヒッポリュテのようなアマゾネスクイーンでなくて申し訳ないが、その生命(いのち)

 ―――この葬送のモルガーンが貰い受ける」

 

 護身の杖(バルマーロッド)というには、あまりにも凶悪な刃が、石突にさえついたものを振るうモルガンの攻撃は苛烈を極めていき……。

 

「があああっ!!!!」

「レナ・フェール!!!」

 

 やはりバーサーカーの魔力消費に彼女の身体が耐えきれるわけが無かったのだ。如何に魔法師としてちょっとばかり稀有な素質があれど、動かすべき車(サーヴァント)に対して供給できる燃料が、サイオンでは彼女の負担は通常以上だ。

 

(キャスター辺りにしておけば良かったのに)

 

 剛力体躯のバーサーカーは、ダメージこそ負っていないがその一挙手一投足だけでも魔力消費が大きすぎるのだ。

 

 ハイオク燃料で動くべき車を『軽油』で動かしているようなもの。そんなわけで……。

 

「周の手勢は逃げ出している。私たちも退き時よレナ」

 

「ですが……」

 

「刹那と一当てしたいというアナタの意向を聞いたわけだけど、アナタがその調子で、そのざまじゃあね。場合によっては私たちは刹那がさらなる戦力追加で袋叩きにしてくるかもしれない」

 

 その言葉に少しだけ考えて、こちらを虫けらのごとく睥睨してくるブリテンの魔女にして妖精國という異聞帯における女王の姿を見てから―――。

 

「退くわ。遼介は自分で自分の面倒くらい見られるもの……」

 

(雑兵にそこまで心を割くだなんて妙ね)

 

 沈痛した表情のレナの目的がリズの弟との戦いだと想っていただけに驚くも、逃げるとなれば早かった。

 

 霊体化を果たして、バーサーカーを戻した彼女に触れながら、転移をリズリーリエは果たす。

 

(トレースは……出来そうにないな。成程、あの娘はホムンクルスと人間のハーフか)

 

 人間(ヒト)にしては、随分とレベルの高い『転移術』を使ったと想ったモルガンだったが、トリックさえ見破れば特に思うところはない。

 

 ただブラウンヘア(茶髪)の娘の方は捕らえたかったものだ。どうやらあちらの方がマスターの懸念事項だったのだから……。

 

「ご苦労さま。いたのはリズリーリエか」

 

 合流してきたマスターに駆け寄るのは忘れない。

 

「失態です。私はあの女を即座にふん縛るべきであった―――よって撫でられても嬉しくないのです」

 

 などと言いながらも小さい姿になり『ふふん!』と得意気なモルちゃんの頭をなでてあげるのは忘れない刹那であった。

 

 呂とフェイカーたちの他に襲撃を掛けてきた下手人は、やはりレナ・フェールとリズリーリエである。

 

「今更ながらサーヴァント戦は凄まじいわね……」

 

 刹那に遅れながらも演習場の奥にやってきた響子が、そんな『当たり前のこと』を言い出すのに苦笑しながらも、現れたのはやはりFEHRの『教主』であった。

 

「ミスタ・リョウスケを救いにきたのカシラ?」

 

 モルちゃんの記録映像を見ながらリーナと共に考えるが……。

 

「あの女が雑兵にそこまで心を割くだなんて考えにくいが」

 

 だとすると、遠上遼介とレナ・フェールはかなり深い関係なのかもしれない。十文字アリサにとって少々無情なニュースである。

 

「今更だけどFEHRってどんな組織なの?」

「魔法師が中心となって組織したブランチ・ダビディアン 教主が最初からデビッド・コレシュ」

人民寺院(Peoples Temple)の魔法師版ともいえるカモ」

 

 響子の何気ない質問にけんもほろろに答えているように思えるも、実はこれは的を射た答えだったりする。

 日本の国防軍も流石に外国の魔法師のカルト団体よろしくまでは情報として知ってはいないようで、少しの説明をしておく。

 

「じゃあ彼らは武力闘争も辞さない集団なわけ?」

「そうですよ。ただ一応、彼らも魔法師の団体としては合法ではあるんですよ。まぁ市行政に認定された程度なんですけどね」

 

 人間主義の団体―――いわゆる『起源覚醒者』(ヴァンパイア)たちへの脅威などからも互助団体として認められた程度なのだが……。

 

 その動向は注視されていた。そして、結局の所は最近ではヴァンパイアのまとめ役との協調に走ったのだ……。

 

 何のための団体設立だったのか? という疑問をメンバーが抱かない辺りは信仰心の強いことである。

 

 反対に人間主義側の信徒たちがどういう気持ちなのかは不明ではある。

 

 しかし、英国に赴いた際にモードレッドから教えられたことが正しく、そして人間主義者全てが非魔法師だけで構成された団体でないことは、あの1年時の最初の事件……八王子クライシスのブランシュの人員の様相から分かりきっている。

 

「人間主義を標榜する人々がヴァンパイアライズ(起源覚醒)なんて稚拙な真似をしなければ、こんなことにはならなかったんでしょうけどね」

 

「魔法師を打倒・対抗しようと思えば、それぐらいの手法は採用しちゃうのかもね……」

 

 魔術髄液の中には、そういった簡易なものは多い。

 

 獣性魔術そのもののように魂や霊体に働きかける高度なものではなく、もっと原始的な──人間の脳に直接訴えかけるタイプの霊薬。

 

 その手の霊薬は、素養さえあれば最低限の訓練で使えるのが売りだが、そこらの麻薬が裸足で逃げ出すほどの中毒性と依存性を持ち、使用者の体も精神もあっという間に貪り尽くしてしまう。

 

(実際、沙条愛華がブランシュのメンバーに施したのはそれに近いよな)

 

 もっともあの人ならば効率的にヒトを改造するので、一番強化の深度が深かった司 一 氏が、とりあえず精神科病院ではなくムショ行きに出来たのは、魔術髄液の亜種では出来ないほど高度なものを行っていたからだろう。

 

「最初はKKKみたいな非魔法師の団体から自分たちを守ろうと互助団体を結成しておきながら、先鋭化を果たしてブランチ・ダビディアン、人民寺院みたいなカルト宗教も同然になって、結局の所―――その非魔法師の団体とも協調・協力関係が結ばれて……敵味方の移り変わりが目まぐるしすぎなんやけど!!!」

 

「俺もそう思います」「me too!」

 

 額に手を当ててため息突きながら、そんなふうに言う国防軍の美人士官(サゲマン)に同意しつつも、世の中そんなものだ。

 

「けれど……そうなった原因はなんとなーく刹那君にあると思うのよね〜……」

 

ジト目で恨みがましく見てくる響子に対して……。

 

「そいつはゲスの勘ぐりです」

「This is petty-minded!」

 

 第一の獣の死が招いたものが巡り巡ったというならば、たしかに『責任』は刹那にあるかもしれないが『原因』という意味でいうならば、既に導火線に着火はされていたのだ。

 

 何処かで破裂はしていたのだ。古都で騒動を起こした姉貴のせいで実家に帰りづらくなった響子に少しの同情はするが、それ以上は心の贅肉なのだから。

 

(まぁここの戦いの様子が遠上遼介に感づかれた風ではないが、一般観客に紛れこませて接触するかもな)

 

 だが、その目的が分からない。見たままならば、教主レナは一番の信を置いている彼を助けに来たとも言えるかも知れないが……。

 

 明日も十文字OBと七草OGには監視役として着いていてもらう必要があるかもしれない。

 

(だが、接触を絶ったとしても彼はどうやってもあの教主の元に戻る気がする……)

 

 洗脳という厄介な「魔法」を解く術を現代でも中々持てていない人類なのだ。

 

 ああいう所属・退会は自由で『信者の自主性』とやらを尊重しつつも、「自分たちは選ばれた存在だ!! 終末世界を生きる戦士だ!!」などと叫び、自分たちを誇大に定義する連中は厄介なのだ。

 

 そういう組織は強固な繋がりを持ちやすいのだから―――。

 

「本当にブランチ・ダビディアンなんだよ。FEHRという組織は」

 

 並行世界を観測する魔宝使いのうつろな笑いと皮肉げなセリフが、死神の声のように夜の富士に溶け込んだ。

 

 そんな夜中の闘争など知られたり知られなかったり、察するもの、察しないものがいても……九校戦大会四日目は始まる……。

 



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第373話『魔法の宴 双魔死闘編1』

ゼウスの雷霆を取り込んだ竜種……。

つまり――『荷電粒子砲』か!! テュフォンはデスザウラーでBFでセイスモサウルスという恐ろしい存在!!

まぁ冗談はさておきプリズマイリヤも久々にコンプエースに載っていたし、これはズバリ冬コミのエルメロイでも某キャラが荷電粒子砲をぶっぱする展開来るかと思いつつ、サムレムもサバト鍋における戒厳聖都みたいな追加企画で由井正雪ちゃんに救いを――――――などと思いつつ新話お送りします


 

 

「……これは、まずいな」

 

早朝のの富士演習場の一角にて、成人した男の苦り切った言葉が漏れ出る。

隣りにいた同僚の男もまた眉を顰めて頷いてしまった。

 

「まずいですね」

 

自分の担当する仕事で少々のトラブル。要するに、「しくじり」が発生したことで少しばかり焦るのであった。

 

 

「とりあえずこういった状況を想定して、製氷機の予備はあるのですが、それでもペアピラーズですからね……消耗・摩耗は避けられません」

 

だが、一応はこういったトラブルへの対応マニュアルや、事前の想定はされていたわけだが、それでも少々……大会スケジュールに変更があるかもしれないのだ。

 

「おまけに、ここ最近の夏の暑さは異常気象の類です。まるで地球規模の温暖化ですよ」

 

係官の嘆くような言葉通りに、 その暑さのせいなのか、それとも耐久年数を超えてしまったのか、はたまた……そもそもこんな暑さでの仕様を想定していなかったのか、それは分からない。

 

だが、せめて中三日、いや二日でもいいから、少しだけこの手の機械を使う競技以外を(あいだ)に挟んでくれていればと思う気持ちは切実だった。

 

そんな軍の係官の嘆きとは裏腹に、遂に関ヶ原合戦のごとき各校のエース級、ウルトラエースな連中の戦いは始まる。

 

 

「今日の戦いは正しく天王山や! 大返しして光秀公を打った太閤秀吉よろしく、勝ちを取りにいこか!!」

 

二高会長 植田 由宇の言葉に全員が威勢よく答える。会長がなぜ関ヶ原合戦としなかったのかは、まぁゲンが悪いからだろう。

関西(にし)の人間は、そういったことに敏感である。

 

「九島君も遂に出陣だな。期待しているよ」

「お任せを、気ままを通した分は働きで返させてもらいます」

 

先輩の言葉に返すも目指した敵は、トーナメント表においては反対の山。

戦うためには勝ち進まなければならないのだ。

 

そして、その願いは十分に叶うことになるのだった。

 

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 

「今日のメンバーは事前に分かっているとおりだ。

現状、俺たちが総合1位である以上―――この勢いのままに勝ち進めればいいが、他校もこちらの進撃を食い止めんと必死だ。だからといって見えぬ敵に怯えて、相手をデカく見すぎるのもダメだ。油断せず大胆に行こう」

 

「「「「イエッサー!!!」」」」

 

全員の唱和を聞きながら、さて、と思う。

一番早い試合は、女子ペアの……。

 

「刹那、随分と昨日はお疲れだったようですが、今日の試合は、大丈夫なんですかー?」

 

「ん。まぁ大丈夫。それよりもレティとて昨日は盾打ち決勝戦までやったんだから、大丈夫なのか?」

 

レティが問うているのは昨日の夜の闘争も含めてのことなのだろうが、そこを分かっているがあえて言わないのは節度である。

とはいえ、お互いに昨日も試合をやっての今日も試合。インターバルとしては一晩の眠りだけ。

 

問題なし(パルフェ)! 昨日は無骨な鎧を着ての戦いで少々不満を覚えていましたが、今日はエレガンスな衣装で戦えますからね!! 気合い入りますよー!!」

 

テンションアゲアゲ(死語)な様子で腕を振り上げるレティは、何を着るつもりなのやら……それとなく聞くと。

 

「仏英同盟のテーマはズバリ!! 「アカゾナエ」!! これでいかせてもらいます!!」

 

アカゾナエ……そんなフランス語ないし英語はあっただろうか……と少しだけマルチリンガルとして刹那は困惑したが、思い至れる単語が1つだけあった。

 

「レティ、まさかアカゾナエって、赤い鎧で揃えた戦国の武者の威装「赤備え」のことか?」

 

コレクト(その通り)!! このチームのイメージカラー及びイメージグループから私は考えました。だから期待していてくださいネ♪」

 

人差し指を唇の前に持ってくるキメッキメのポーズを取るフランス美少女は、それでいいかもしれないが。

 

「―――レッドもそれでいいのか?」

 

「しゃーねーだろ。衣装に統一感をもたせることもユニゾンの基本だしな……それに、別に着たくない衣装でもないしよ」

 

(果たして何を着るのやら)

 

しょうがなさそうな面構えから、恥ずかしがるような顔も見せるレッドの変面に考えるも、自分も魔法怪盗プリズマキッドになるわけで、その辺はアレコレ言わないだけの節度は持っていた。

 

結局の所、九校戦が競技大会とは言え「お祭り」なのだ。

思い思いに自分の戦いたいように戦えばいいのだ。

 

策を弄して勝利に邁進するも、己の試したい戦術、自分の得意手で戦う……こだわりを持った戦いでも。

 

(それこそが俺なりのセオリーなんだよ達也)

 

策と戦略に長けた友人への回答は、どこまで伝わっているのやらと思っていると、シオンのCAD調整が各々で入るのだった。

 

「セツナ、とりあえずこれはお返ししておきます。ORTの仮面を着けた初期の魔法怪盗プリズマキッドというのも、一度は見てみたいんですけどね」

 

「アレはワタシとセツナの想い出(メモリーズ)だから、礼装・触媒として使う以外ではカンベンして」

「静かな抗議をアンジェリーナからされてしまいました。刹那からのフォローもありません」

「まぁ俺も同意見だしな」

LOVELOVE(ロベロべ)か!!」

 

古いスラングを使うシオンに苦笑してから、自分の礼装を出しておく。

魔法怪盗プリズマキッドはカレイドステッキを持つのが常だが、カレイドステッキは現在「TS英霊」として教師をやっている。

 

(さて、俺なりの魔法怪盗をやらせてもらおうか)

 

真面目なんだか不真面目なんだか分からない決心をしてから全体に目を向けておくのは忘れない刹那であった。

 

† † † † † † † † †

 

「今日という日が来なければいいなーと、私は昨日の二次会から思っていましたよ」

 

「飲んでないですよね?」

 

「まだ飲酒が認められる年齢(トシ)ではないので……飲めるなら飲みたかったですけど」

 

気弱になる会長を誰もが笑えない。

大会四日目。

 

昨日に続き、「氷柱」と「盾打ち」が続く競技プログラム。

 

今回は男子ペア、女子ペア、男女混合ペアでのユニゾン競技。

 

大会運営を行う人々は、これに限っては「三日間」要してもらいたいと思うぐらいには過酷なスケジュールだ。

 

盾打ち=シールダーファイトに関しては、選手本人と終わった後のフィールド清掃ぐらいだからいいかもしれないが。

 

問題は氷柱=アイスピラーズブレイクの方だ。

 

(ここまでかなりハードかつ展開が早い戦いの連続だ。製氷機とか大丈夫なんだろうか?)

 

深雪などの高レベルの魔法師や術者ならば、競技用の氷柱を作ることは可能だろう。

 

だが誰かの「術」で作られた物体・物質というのは、エイドス的な観点からしても競技に使うのは不平等な所はある。

 

学校での練習程度ならばともかくとして、こういう場では不適切だろう。

 

(ルーラー・モルガンならば出来そうだな)

 

キャスター適正を持つ刹那の契約サーヴァントのことを考えておいたのだが、現状では何の意味もないことを思い返して、副会長として本日の競技参加メンバーを改めて読み上げることにするのだった。

 

男子ペア アイスピラーズブレイク

森崎瞬・五十嵐鷹輔

久里栄純・北大路比呂

五十里啓・高瀬和樹

 

女子ペア アイスピラーズブレイク

千代田花音・北山雫

千倉朝子・岬美涼

鳥飼雛子・猫津貝鬼代

 

男女混合ペア アイスピラーズブレイク

吉田幹比古・柴田美月

來野巽・桂美々

 

「続いてシールダーファイト」

 

男子ペア シールダーファイト

桐原武明・十三束鋼

沢木碧・県 謙四郎

有間文臣・高橋アニー

 

女子ペア シールダーファイト

壬生紗耶香・千葉エリカ

五河野華・悟道沙都子

刀道水狐・山瀬舞子

 

男女ペア シールダーファイト

西城レオンハルト・言峰可憐

河西伊織・由比睦心

 

「以上だ。呼ばれていない人間はいないよな。いたらばホラーだが」

 

達也のその言葉に少しだけ笑う人間は多いが、ともあれ発された選手たちは間違いない。

 

「では皆さん―――思う所は色々ありましょうが、担当エンジニアと連携しながら全力を尽くしていきましょう―――出来ることならば上位に食い込めるように!!!」

 

「と、中条会長のオーダーも発された。今日こそは刹那に、いやエルメロイに対して勝ちに行くぞ」

 

その言葉に最後の気合いが入り、一高は動き出す。

 

(ファーストゲームは森崎と五十嵐の試合だな。そことバッティングする形で、レッドとレティのゲームが始まるわけだが……)

 

警戒すべきはエルメロイだけではない。

ともあれ、まずは初戦である。

 

森崎・五十嵐組のCAD担当である達也は恙無く、それを万全に行いまずは一回戦を勝った。

 

相手との差は明確に合ったので力勝ちなのだ。特に番狂わせもなく、何か異常なものもなく勝った。

 

(まだ出すべき時ではないからな)

 

森崎が狙うものが何であるかは分からないが、担当エンジニアとしては十二分に仕上げた。

だが、五十嵐は作戦か指示が欲しいようだが、三回戦までは特別問題なくイケるはずだとは言っておいた。実際、その見立ては間違いではない。

 

森崎が目指しているものは何となく分かる。

 

(力を力で凌ごうというのなら技はいらず、力を封じて勝つために技は在る。力の追求と技術の追求の比べあい……そういうことだ)

 

それを体現したいのだろう。

そうであると示したいのだろう。

 

力の追求と術の追求。

 

両者のどちらが上である。下であると決めつけることはまだ出来ない。

どちらであろうと強いものは強い。

 

主に武道……剣での立ち会いなど肉体を用いての戦いでならば、両者がぶつかった時、戦いを主導するのは後者(技術)だろう。

その技術を力尽くにでも破らなくては前者()の勝利はない。

 

(考えてみれば、俺もそちら(森崎)側の人間ではあるか)

 

ふと皮肉な考えが浮かぶ。普遍的な魔法能力が著しく乏しい達也には、「技」で以て相手の「力」を上回ることが求められている。

 

もっとも達也の技は「技術力」(テクノロジー)というものであって、森崎瞬の方は「技巧」(テクニック)と呼ばれるものなのだが、実際、この場合の「技」はやはり後者だ。

 

達也の場合は、やはり物心ついた時から巨大な能力値を持ったのが実妹にいたので、どうしてもそれを信奉できないのだが……。

 

それが夢想の境地でないことを願いつつ、達也はとりあえず昔気質の刀剣鍛冶か研ぎ師よろしく、彼らの技が十全であるよう、存分に挑戦できるようにしておくのだった―――。

 

 



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第374話『魔法の宴 双魔死闘編2』

 

 始まった大会四日目。一番盛り上がるつらら競技のペア戦。

 今年より始まったダブルス競技の中でも注目度は高いだろう。

 魔法競技におけるダブルスというのは普通のスポーツ競技とは少々おもむきが違う。

 

 パッと思いつくだけでも2人組での対決を行う競技といえば、テニス(硬軟)、卓球、バドミントン、ビーチバレーなどが主だろうか。ボールとシャトルの違いなどはあるだろうが、これらは『返球』することでポイントゲットをしていく競技だ。

 

 さらに言えば卓球だけは、返球は選手が交互……同じ人間が連続して相手の球を返すことは許されない。

 

 そう考えると、アイスピラーズ・ブレイクではなく、似たような競技であるクラウド・ボールの方が良かったかもしれないが……魔法という技法を使う以上、既存の競技種目にとらわれてはならない。

 

 要するに既成概念を壊してほしかったのだが。

 

「何とも普通の試合ばかりだな。面白みがない」

「先生、まだ男女合わせても3試合しかやっておりませんよ。その見立ては少々、早計すぎやしませんか?」

 

 老人の嘆きに対して、VIP席にいた元・弟子である男としては何とも言えぬ感情を持ってしまう。

 

 確かに老人……九島烈の言う通り、ここまでの試合全てが『普通』だった。互いの『役割分担』を理解した上で、攻撃と防御を分担していたのだから。

 当然、一本調子ではどこかで付け込まれるから変化も着けてくるのかもしれないが、概ねここまで3試合、勝った方は特に何もない安パイな戦いであった。

 

(別に奇襲や奇策を用いるだけが戦いではあるまい)

 

 地力が上ならばそれで以て戦う。奇襲・奇策というのは地力で劣っているものが優位なものに挑む際の撹乱戦でしかない。

 有名な例を上げれば「桶狭間合戦」があるだろう。雨降りの中、休息していた今川義元(総大将)狙っての駆け抜け。

 

 この行動は動機、降雨の有無、今川の油断の有無、今川の軍団・家臣団としての脆さなど諸説あれども……この一回のジャイアント・キリングで、今川は殆ど戦国大名としての権威を損なったのだ。

 

 だが、それとは別に師匠(九島烈)が求めているのは、2人だからこそ出来るユニゾン。

 あえて定義づけるならば、相互協力型(ジョイントタイプ)のマギスキルということなのだろう。

 領域の重ね合いによっては、魔法の不発動ということもあり得る業界の常識を超えたものを……。

 

(古式ではそういうものが普通らしいが)

 

 物理法則への改変のみに対応して『自らの世界』のみを表出させる現代魔法に慣れきった現代魔法師に、それは少々難しいだろう。

 まぁ……例外的に我が娘である双子のような例もあるが、あれは同一の領域……基盤を持つからであるが。

 などと双子のことを考えた時に、老人の背後に立つ……3人の見目麗しき女性に目を移す。

 その3人の見目・容貌はかなり似ていて、三つ子の姉妹かと思ってしまうほどだ。

 

(サーヴァントなんだろうか……)

 

 だが、そういった感覚を覚えない。となると何かしらのドールということになる。

 

「最近、私もめっきり老け込んでいるのでな。世話役を雇ったのだよ」

「そうですか、ご自愛してくださいよ。いくらご当主を譲られたとはいえ、先生はまだ日本の魔法師界に必要な方なのですから」

「刹那に九研を襲わせるように仕向けておきながらよく言う」

 

覚えてらっしゃると思いつつも、弘一としても言い分はあったりする。

 

「あれは結果論でしかないでしょうよ。状況だけを見るならば、周なる中華道士がルーラーを奪取しようとしたのを阻止したのですから。私及び四葉 貢どのが政治筋から依頼されたのは、『周公瑾』なる男の捕縛及び抹殺です」

 

「物は言いようだな」

 

 怒ってらっしゃる。と感じつつも、師の大事業を邪魔したのは事実なのだ。

 けれど言っておかなければならなかったのだ。

 誰かの責任ではなく、逆らえぬ流れがそう導いたのだと……。

 

「マスター・レツ、ネクストゲームだ」

 

 VIP席の大型モニターには、今年度の試合の中でも一番人気が高いチーム・エルメロイの選手と五高選手との戦いが始まろうとしていた。

 

 ちなみにエルメロイの選手はどちらも『外国人選手』であり、さらに言えば國が成立してから戦争ばっかりやっていたドーバー海峡を挟んでの対立国家……。

 

 ようやく両国がそれなりに手を取り合えたのは、近代のナチズム、共産主義、社会主義に対する共闘からだ。もっともその時代になっても意見の相違はあったのだが。

 

 ともあれ―――英仏連合の登場である。

 

 そして、その衣装は中々に際どくて、娘を持つ身としてはこんな格好をしてほしくないなぁと思いつつも、逆に『恋人』には、たまに『こんな格好』してほしい悲しい男の性を七草弘一は認識するのだった。

 

 ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 

「なんて格好してくるのよ……チーム・エルメロイ!!」

「魔法師としてだけでなく、女としても圧倒してくるのか!?」

 

 五高の女生徒たち……レトロな帝国陸軍の将校のような格好。全体的にブラウンカラーのそれに赤を配した軍帽を被った子たちは圧倒されるのだ。

 

女魔術師(ソーサリス)ってのは昔っから着飾らなければならないのさ!! まぁ赤いレースクイーン衣装ってのは、かなり攻めているか……」

 

「我ら英仏ソーサリスこそがチームエルメロイの赤備え軍!! ユキムラ・サナダ(忠義の武士)よろしく戦わせていただきますよ──―!!」

 

 赤黒のレースクイーン。金髪白人の美少女が着るとここまで似合うものなのかと、驚かされるものがあるのだ。

 

 少し戸惑い気味のブリテンソーサリスに対して、小型の旗……チェッカーフラッグかチームの団旗らしきものをブンブン振る、満面の笑顔のフランクソーサリスの図。

 

 胸元を強調して見せつけただけでなく生足を見せたり、太もも強調の黒ストを履いたり。

 全体的に肌があちこち見えたホットセクシーな衣装は、正しくレース場の華であろう。

 

 なめやがって、という想いが五高側に生まれる。

 

 魔法先進国とも言える日本の魔法師に、英仏という欧州連合の遺物……魔法後進国が勝てるものか。

 

 そりゃSAWとシールダーでの戦いっぷりは、事前に見ているが、それでも……。

 

((真田丸で有名な真田信繁は、最後には大阪夏の陣で敗れ去っている!!))

 

 その『史実』を知らぬジャパン戦国カルチャーにかぶれたバカ女どもが、という想いで挑みかかるのだった。

 

 スタートランプが点灯していく。

 高まる力。

 2つの櫓にいる四人のソーサリスたち。

 その眼前にはソロよりも多い数の氷柱。

 

 そして解き放たれる術の限り──。

 

 五高側は当然、防御と攻撃を分担する。

 オーソドックスである。セオリーである。

 

 だが、やはりエルメロイは違った。

 

「その脆い防御術では『黄金のトゥルビヨン』に抗えませんよ!!」

「くっ!!! なんてことよ!」

「おらっ!! 喰らいなっ!!!」

「えっ!? うわっ!!」

 

 レティが放ったらしき術……黄金のトゥルビヨンとやらは、五高の氷柱の中心にて何度も金色の大渦を発生させて、氷柱へ掛けられた防御術を砕きながら氷柱へと物理的衝撃を与えていく。

 

 さながら竜巻が平面状に発生しているか、回転式カッターの運動が発生しているようなもの。

 

(渦の中心で槍など長物を何度も振り回しているかのような動きだ)

 

 実際、それに類した行動を達也は見てきた。レティの持つ聖処女(ラ・ピュセル)の旗。それを槍のように扱う姿を……。

 もっとも打突武器というよりは薙ぎ払い、叩く、振り回すという動作が多かったわけで、そういうことなのだろう。

 

 そしてそれを支援するわけではないだろうが、英国騎士が上方より魔雷を落としていく。

 名前は特にないだろうが、雷霆術──リーナや光宣など九島家の使うスパークとは違い、レッドのは朱い閃雷となって放たれる。

 それがアーサー王のコピーとして作られたからなのか、それとも叛逆の騎士モードレッドとして完成してしまったからか、はたまたブラックモアの魔術ゆえなのかは分からないが……。

 

「ともあれ降り注ぐ雷は、五高側の氷柱を砕いていくか」

 

 だが、五高とて反撃を行っていないわけではない。

 

 共振破壊・地雷原など振動系列の術でエルメロイ側の氷柱を攻撃している――――しているのだが、その効果が中々発揮されない。何か見えぬ壁で押さえつけられているかのように、効果が薄いのだ。

 

 ペアピラーズの本数は十八本。流石に去年の新人戦決勝でのように二四本という倍での数の戦いでは流石に時間がかかりすぎると考えたのか、どうなのかは分からない。

 用意するにも時間がかかるからだろうか。

 

 それはともかくとして、十八本の氷柱の1つでも砕けるかと思うのだが、中々に難儀だ。

 

(あれだけの干渉力を持った存在が、魔法を解き放っているわけだからな)

 

 だが、それだけの理屈ではないとも思える。

 そして何より、ここでもエルメロイの非常識が披露されていた。その事実に達也以外に気付いたモノが、女子更衣室にいた…。

 

 

「つまりあの二人は防御術を使っていないってこと!?」

「見れば分かる通り、レティとレッド……どちらも攻撃一辺倒ですね」

 

 ピラーズの衣装の用意……振袖の着付けをしながら千代田と雫は言っておく。

 

「それとなく聞いたんですけど、チーム・エルメロイでは『やりたいことやったもんがち』で、選手の好きなようにやらせているそうですから」

 

 この場合、好戦的過ぎる2人がどっちも『防御』なんて担当したくないと言うならば。

 

 ―――両方、攻撃(オフェンス)でいいよ―――

 

 という風な会話がなされていたに違いない。

 

「相変わらず非常識なことばかりやるわね……私たちなんて、干渉領域の重複や連携で四苦八苦している中、そんなフリーダムすぎる作戦なんて」

 

 呆れるように、もしくは感嘆している―――とは思えないが、頭を抑えている千代田の着物の帯を締めておく。

 

「これはレティシアとモードレッドだからこそ取れている作戦ですが……概ねエルメロイの基本的なスタンスですから」

 

「地上で暴風の渦を発生させ、上方から魔雷を落とすか。参考にはなるけれど、私たちでは不可能よね」

 

「ただ勝ち進んでいけば、どこかでは当たります」

 

 対策した所でどうにか出来る敵なのかといえば……実を言うと雫には『あった』。

 

 それは雫なりに、今まで刹那の戦いについて行けなかったことに対する後悔から生み出した、1つの秘術。

 四月の百舌谷騒動からツインエルメロイに相談して、実になったものであるのだが……。

 

 それを披露するというその場合、練習時から譲ってきた(立ててきた)千代田(センパイ)の攻撃権を奪う形にもなるのだが。

 

 そんなわけで、少しだけ悩みながらも、チーム・エルメロイの『赤備え』たちは順当に勝ったことをモニターの映像で理解して、自分たちの出番が近いことで臨戦態勢を敷く。

 

(刹那、私はあなたにフラれた……けれど、だからといって……あなたに関わることをやめるとは限らないんだよ)

 

 そんな内心でのみの決意を固めて北山雫は戦いに挑むのであった―――。

 



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第375話『魔法の宴 双魔死闘編3』

 

 

「セツナ──♪ ヴィクトワール!! 勝ちましたよー」

「先ずは一番槍の役目を果たさせてもらったぜ」

 

 女子ペアピラーズで一戦やってきたレティとレッド。その姿は中々に色艶溢れるもので、これがエルメロイの赤備え……真田丸かと感心しつつ。

 

「鼻が伸びてるワよ!」

「しゃーないだろ。こんなセクシー極まる衣装で美少女が近くまで来ているんだから」

 

 これで反応しないような男の方がどうなんだということである。然程の時間の戦いではないが、汗を掻いたからか性的な匂いまで感じるのだ。

 

「さぁて、アタシらは一戦やったからよ。会場は別とは言え、温めておいたんだ。頼むぜキャプテン・セツナ」

 

 下から覗き込むように見てくるレッド。ドギマギするとまでは言わないが、中々に挑発的な行動である。

 

「当然だ。何よりマイハニーのようやくの初陣だからな。プロデュースさせてもらうさ」

 

「そこが理由かよ。まぁいいけどよ……」

 

 いいとか言いながらも表情から不満は隠せないようだが、それでも戦いの理由としては、そんなものがあってもいいはずだ。

 

「英仏から来た真田丸が報いてくれたんだ。それにも答えるさ」

 

 特に犬伏の別れなどない真田兄弟のごとき2人が戦ったのだ。それに恥じない戦いはしておこうと思うのだった。

 テンションがアガる英仏のソーサリス。その後にアナウンスが入る。

 

『──20分後、男女ペアピラーズ第一試合が始まります』

 

 出陣の時が迫る。

 

 ・

 ・

 ・

 

「「はいだら──!!!!!」」

「三高は、どんな掛け声でやってきてんのよぶばあああ!!!」

 

 四高の選手。1人を潰されて孤軍として戦っていた女子が三高の女子ペア……一色愛梨・光主タチエの組によって潰された。

 正しくパーフェクトゲーム。持ち手と肩当ての3つの盾にヒビ1つないゲームを前に、誰もが絶望と歓喜の両方の感情に支配されてしまう。

 

「お見事です。パラディン・アイリ」

「──あなたもですわ。シールダー・タチエ、ご助力感謝します」

 

 ドクターマジックで連れて行かれた四高たちを見送ってから後輩の言葉に労いを返しておく。

 とりあえず一回戦を突破することは出来た。決して力負けする相手ではないが、油断は禁物であったのだから……。

 

(とはいえ、やはりタチエちゃんは……何か神秘分野のチカラを宿している)

 

 パートナーであり後輩を疑うようなことはしたくない愛梨ではあるが、この少女のチカラの根源がなんであるかは確かめたかったのだ。

 そんなわけで、選手控室に戻る。その先には次の試合あろう一高の千葉・壬生のペアがいた。

 

 まだジャージ姿だが、こちらの帰還にそろそろかと動き出した。

 

「昨日の優勝者と準優勝者がいられたとは」

「私はかなり九島さんに対してミソがついた優勝だったんだけど」

「ついでに言えば私はレティに1ポイント(肩盾1破壊)しか取れなかったけどね」

 

 同時優勝を嘆く女と準優勝という結果にムスっとする女。

 その様子がこちらに対するある種の油断を誘うためのものということも考えられるが、取り敢えず他校のことにそこまで突っ込まないのがマナーというものだ。

 

 唯一、一色愛梨が突っ込む他校のこと他校の生徒とは。

 

『さぁアゲていこうか! 魔法怪盗プリズマキッドと!』

『怪盗魔女プラズマリーナのマジックイリュージョン!!』

 

 2人の男女ペアのキメッキメのポージングとセリフ回しが控え室のモニターに映し出される。

 

『『LET'S SHOWTIME(さぁ、ショータイムだ)──Take your Heart! (あなたの心を頂戴する)』』

 

 二人乗りの櫓を存分に使い、決め口上を終えた2人の様子に会場が熱気を上げる。

 

 愛梨たちは見ていなかったが櫓に上る前の演出も見事だったのだ。リフトを使わず閃雷と共にリングインしているがごとし様子が舞台への入りを完璧にする役者のごとしだつたのだから。

 

 そんなLOVELOVE怪盗カップルの姿に、いつものごとく激怒するかと思っていたジト目のタチエ。

 彼女の慕情の深さを知るがゆえに、そのパフォーマンスを目にしての行動を予測できていた一高ペア。

 しかし、予想に反して愛梨は、ここ1年で目に見えて豊かになってきた胸に手をやりながら、落ち着いて口を開く。

 

「まぁ分かりきっていたことですからね。ショーマンシップを解する遠縁のフィンランド貴族に薫陶を受け、魔法少女もどっかではなさっているセルナのお母様を考えれば、このような素晴らしい演出は当然なのです」

 

 我がことのように刹那に対して語る一色愛梨だが、その一方で全くリーナに対して触れていない辺り、その心が何となく理解出来るのだった。

 

「セルナの怪盗っぷりに私の心は盗まれっぱなしです。彼の全ては大きすぎて、私の胸ポケットには収まりきりませんわ♪」

 

 そんなリーナほど乳属性がMAXではないくせに見栄を張るのはどうかと想いつつも、やはり一色愛梨が言う胸ポケットとは『そっち』のことだろうと思えた。

 

 胸に手を当てて陶然とした様子であるのだし。

 

 そんな訳で、わざわざ藪をつついて蛇を出すことはしないほどには弁えていた一色他三名の女子は準備をしつつも、モニターの試合に注目をするのである。

 

 † † † † † † † † †

 

 昨日、ソロで優勝を決めたからとチョーシに乗っているなと感じる──―。

 

「などと侮った感想を抱けば、食い破られるのはオチだわな」

「慢心を買いかぶっても負ける可能性の高い相手、ならばその心は封印してけっぱろう」

 

 北海道にある第八高校出身の「島本」「荒川」の男女ペアが向こう側に居る怪盗ペアを見据える。

 まじっく快斗、怪盗ジョーカー、怪盗ドラパン……多くの怪盗は、多くの偉大なる創作者の脳内から世の中に生み出されたのだ。

 

「いや、なんで小○館縛りなんだ。怪盗セイントテール、怪盗ルパン伝アバンチュリエ、金田一少年の事件簿の怪盗紳士も入れて差し上げろ」

 

 そんな風に言いながらも、そんな魔法怪盗に対して八高のペアの衣装は……。

 

 明鏡止水の心を持つ赤マント、赤ハチマキの男

 失った生身の体を求めて弟と旅をする錬金術師

 

 どちらも赤い衣装であった。

 そして見覚えはありすぎた。

 お互いに着飾っただけのチカラは備えている。

 

((全力で挑戦させてもらうさ))

 

 その無言での言葉を受けながらも刹那とリーナは、チームに勢いを着けさせるためにも、ド派手な勝利を画策するのだった。

 

 ランプが点灯していく。

 進発の時を待つ競走馬の気分でいる。

 足を溜める馬のように魔力を溜め込む。

 

 そして──術式の前段階が組まれていき(起動式の読み込みが始まり)……。

 

 スタートと同時に──3つ(……)の魔法が発動する。

 

「……意外だな」

「意外とは?」

「いま、あのフィールドではリーナの術が島本・荒川の陣に押し寄せようとしている。刹那は何もしていないな」

 

 見える限りではと後に付け加えつつ、試合の様子をモニターで妹と共に確認する。

 

「島本と荒川、こいつらもダブルオフェンスのようだな。ったくディフェンスをないがしろにするだなんて、どうなんだ」

「お前がそれを言うか」

 

 何故か此処(一高テント)にいる十文字OBから言われた達也。確かに達也もまたグーに対してパーで勝つなんて真似は出来ないので、グーに対して『強いグー』で勝つという手法ばかりではある。

 エルメロイレッスンの教導もあって、入学時よりも上達してそれなり程度には『チョキ』も『パー』も出来たが、流石に戦術級魔法を防御出来るほどの広範囲な『パー』()を作ることは出来ないのだ。

 

 ディフェンスに定評のある十文字こそ、この問題には切り込むべきだと思うのだ。

 

「俺のことはいいんですよ。問題は出来る奴らがそれをやらないことですから」

「まぁ一理はあるか……」

 

 しかし、スタンダードな戦術ばかりでは、どこかで食い破られる。転じて、それこそが新たな戦術を生み出すのだから。

 

(もっとも遠坂の術は何だか分からんがな)

 

 何かをやっていなければ、こんなことにはなっていまい。まさか本気で恋人におんぶに抱っこな状態を是とするタイプでもあるまいし……。

 そうこうしている間にも八高側の氷柱が3本砕けた。アンジェリーナの振動圧が加わった形だ。

 その際に何かの『結界』で固める様子もあったのだが……その術は、アンジェリーナから放たれていた。

 

 マルチキャストにしても達者過ぎる──というか……。

 

「何だかクドウの姿が変わっていくような気がするんだが……」

「ええ、俺にもそう見えます。そして、その姿は刹那のお袋さんの衣装だ」

「怪盗といえば変装ないし変身ですもんね」

 

 正確に言えば、遠坂凛を依代とした神霊サーヴァントの衣装が、ブレるように重なるようにしてリーナを変えていく。

 疑似サーヴァント的な術式は、確かクラスカードを用いないと中々に難儀だったと聞くが……。

 

「そうか、そういえばリーナはブリテン島での戦いでも、刹那の灰色の魔眼でドレスアップしていたな」

「あとで聞きましたが、術式名は『Over the FANTASY』だか『Shaman king』だかと言うそうです」

 

 しかし、あの時は冥界神エレシュキガルだけだったのに、今回は天の女神イシュタルすらも憑依させている。

 

「これも1つの戦術だな。相手のステータスを上げることで、最大戦力を作り出す。単純な防御と攻撃の分担ではない──」

「なんだか一昔前に流行ったライトノベルやコミックみたいですね。サポートスキルを持ったパーティーのメンバーが、実は超有能であったのに追放(クビ)されて──そんな感じで」

「この九校戦でのアイツが置かれた状況に対する皮肉にはなっているか……」

 

 深雪の言葉にそんなことを思うが、そんな創作物とは逆で、一高全員は別に追放したかったわけではない。むしろいてほしかったのだが……。

 ただ一高での教員 紀藤先生辺りは『怪しい』と睨んでいる達也なのだが……。

 

 仮装行列を進化させて、高度な『変身魔法』『変身魔術』に進化させたリーナ。

 その攻撃は達者なものだが、決して島本・荒川も負けていない。

 

 リーナの攻撃が脅威と分かると徹底してのディフェンスを張る。雨あられと放たれる黄金の魔力矢……去年は刹那の十八番であったマアンナの攻撃が氷柱のヒット範囲から逸らされていく。

 

 どうやら素の干渉力では2人も負けていない。だが、このままでは千日手でないかと思った時に……。

 島本・荒川の反撃が始まる……。

 

「まさかニブルヘイム!!」

「それだけじゃないな。何かの熱波のような攻撃も始まろうとしている」

 

 熱の±を双方向で『ぶつける』。

 深雪のインフェルノとは違って、冷凍領域を自陣保護ではなく相手の氷柱を襲う冷気として使う。

 ちなみに達也の目には冷気を放つ荒川の姿がデフォルメされたミノタウロス(牛女)に見えたり。

 暑苦しいほどに熱波を放つ島本の姿がラグビーのヘッドギアを着けて赤いジャージ姿の漫画家に見えたりするのだ。

 

 お互いの干渉領域が完全に重なっていても、ある種の相克が起こっていないのは──。

 

「心象風景の共有化……恐らく2人に共通している出身地、北海道で照応させたか」

「なんだか印刷所の社長子息と大農牧場の貴族との違いぐらいありそうだがな」

 

 都市部と農村部の違いを十文字は指摘するが、どっちも廃業したものはあるっぽい。

 想像でしか無いが複合書店と農場。

 だが、どちらも世界的寒冷化で多くの艱難辛苦を乗り越えて、玉になってきたであろう一角の人物たちを見てきた北の大地の人間。

 

 その苛烈なまでの自然の驚異と神威のごとき畏れを抱くほどの厳しさが場に吹き荒れる。

 

「「これぞ北の大地の再現術!! 『大神封印領域GOLDEN KAMUY』!! 」」

 

 複合術に名称が付いた瞬間であった。

 八高精鋭の放つ北の大地の重さ……積み重ねた歴史が、エルメロイの陣を襲う。

 

 少しばかり難儀するリーナを見たからか、キャプテン・エルメロイが遂に動き出す。

 

「セツナ! そろそろ(……)行きましょう(ゴー・アヘッド)!!」

「そうするかい!!」

 

 今まではリーナの『ドレスアップ』だけを担当していた刹那が動き出す。

 ステッキ……大きな宝石を頭に象眼された魔術礼装を振るってマジシャン(奇術師)よろしく多くの宝石を生み出す。

 

 まずは投影宝石による防御のようだ。

 六角形にカッティング(ヘキサゴンカット)された宝石を組み合わせたハニカム構造での防御。

 相手の魔力に相性勝ちするというチートな特性を持った宝石魔術が、八高の複合魔術すらも無効化する。

 自陣の最前面でそれをシャットアウトすることに成功。

 

「そういやアイツのお袋さんは、10人規模で編んだ術、霊地・霊脈上での優位すら持っていた人間たちにも勝っていたとか言っていたか」

 

 2人程度の心象では彼を突き崩すことは出来ない。

 そして……。お互いを同期させるためか、背中合わせになる刹那とリーナ。紡がれる術式の複雑さ、大胆さは先ほどの比ではない。その末に待ち受ける結末を達也も理解する。

 

『『神牛の雷威を受けろ!! グガランナ・スタンプ!!!』』

 

 背中合わせのままに、お互いの手を上下で合わせて作った拳を前に突き出しながら放った『複合術式』(ユニオンマジック)は、その魔力の迸りと術式の大胆かつ繊細なものを世界に表現。

 

 巨大神牛の雷蹄は、上から振り落ちてきて八高の氷柱に掛けられた防御術式ごと全てを砕いた……。

 

「ふむ。予想通りと言えば予想通り……だが遠坂のソロ戦での戦いとあまり変わらないような」

 

 十文字の指摘はもっともすぎた。見たことが無い術式という意味ではなかったことは少し不満ではある。

 

 盛り上がっている観客には特に関係なさそうだが……。

 

「雷を付与したのはリーナでしょうが、まぁそれを抜きにしたとしても、威力は十分以上……」

 

 あの2人にどのような狙いがあるかは分からない。

 そもそも、そんなものがあるかどうかすら不透明だ。

 だが、抱きしめ合い喜びを分かち合う2人に対して祝福の声が上がりながらも、少し遠くの会場では恐るべきサイオンと魔力(エーテル)の混合が立ち上るのを察してしまった。

 

 こういう時にカンが良すぎることを呪いながらも達也が端末を弄ると、次はエリカと壬生ペアの試合だが、その前に行われた試合の選手欄を見て納得。

 同時にあとが怖いなと思うも、他人事としてスルーすることにした。

 

 そして……刹那の狙いというよりも、誰を意識しての戦いであったかが知れるのは、男女ペア第五試合──。

 

 九島光宣・桜井水波ペアの試合で明らかになるのであった……。

 

 

 



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第376話『魔法の宴 双魔死闘編4』

「今の所、一回戦は大丈夫みたいですね」

「ええ。全ての一高登録選手は勝ち上がっています」

 

まだ一回戦のプログラムが全て終わっているわけではないが、一高はとりあえず問題なく勝ち上がれている。

 

何気なくエルメロイの勝ち上がっているところをピックアップする。

 

男子ペア ピラーズ 女子ペア ピラーズ

 

男女混合ペア ピラーズ

 

女子ペア シールダーファイト男女ペア シールダーファイト

 

意外というわけではないが、男子ペアシールダーではエルメロイは一回戦で全滅したようだ。

とはいえ、その戦いぶりは激しいものであったことは間違いなく、一高側の有間・高橋ペアと桐原・十三束ペアがかなり消耗したのは間違いない。

 

(他高で注目するのは三高の女子ペアピラーズ 一色(翠子)・十七夜と同じく女子ペアシールダーの一色(愛梨)・光主タチエ)

 

この組が一高のペア、ないしエルメロイのペアとぶつかることはトーナメント表から分かっていた。

 

深雪はその中でもなにか妙な動きを感じていた。

エルメロイが、今日は低調になっている中、何か奇妙さを覚えるのである。

ホクホク顔でいる中条会長には悪いが、何かを見落としているような気分で居ながらも男女ペアピラーズ最後の試合が始まろうとしている。

 

その片方の組は深雪にとって既知の男女であった。

 

 

☆ ★ ☆ ★ ☆

 

『九島光宣・桜井水波というルーキー男女ペアと相対するは五高 伊達・佐竹ペア!! 西と東の戦いが始まります!!』

 

黒を基調としながらも赤をアクセントカラーとして入れている怪盗衣装。刹那への対抗意識なのか同じくステッキを持っている(恐らくCADないし礼装)九島光宣。

 

同じく桜井水波も黒赤のキュートな怪盗衣装(レディキャット)を纏っている。

 

白や青といった落ち着いた色味のマジシャンな怪盗衣装の刹那・リーナとは違い、ルパン三世かジェームズ・モリアーティな怪盗である。

 

対比。

対決姿勢というかとんでもなく意識しているのが理解できる。

 

白に対する黒

青に対する赤

光に対する闇

正義に対する悪

 

そういうものをイメージさせるのが彼らなのだ。

衣装だけならば、そうだろうが果たして……どうなるのか。

本来ならば自分のガーディアンとして、後輩として一高にいたはずの水波がどれだけ成長したのかを見たいのであった。

 

兄ほどではないが深雪とて自分と関わりを持っていたかもしれない相手は気にかける。それがあの『桜』シリーズで、あのヒトに似ている子ならば……。

 

そして、2人のスーパールーキーのデビュー戦が始まる。

 

深雪も見慣れてしまったスタートランプの読み込みの間の術式の読み込み。そこからコンマ秒で解き放つ術の応酬。

 

そしてスタートランプが開始を告げた時、3人が解き放つ術の中でも硬すぎた水波の複合障壁が相手の魔法を全てシャットアウトした

全てやられたことで、今よりも強力な魔法をと考えた五高側のCADの操作―――しかし、その前に理解してしまった。

かの九島の術者が構築している魔法の構成とでもいうべきものの巨大さと緻密さを。

空間に投射しようとしているその構成の広さと濃さが見て取れる。

 

慌てて攻撃のための魔法起動を中止してでも防御の術を打ち込むべくCADを操作するが、それよりも早く鋭い圧力が、防御しようとしている氷柱に伸し掛かる。

 

泣きたくなるほどに見事なそれは十師族など選ばれたものにしか編み出せない奇跡。

 

いや、十師族でもそう簡単にできるものではないと判じる十師族がいたのだが……。

 

だが九島光宣が解き放つ魔法が顕現した時に、それらの疑問は全て無くなる。

 

その魔法の顕現場所は―――五高の氷柱の真上。

神代の魔法陣としか言いようがないものが……。

 

いざ開け、神代の門。

仰ぎ見よ、定命の者。

平伏すがいい、現代の魔術師どもよ。

自然界において、最大の恐怖とともに語られたその名を──。

未だ知れぬその神威を―――。

 

〈汝、宙を裂く雷霆〉(ネガ・ケラウノス)──!」

 

渦を巻いた雷霆が、富士の晴空を切り裂く。

五高の陣地に落ちてくる閃雷の一本一本が、何もかもを蒸発させかねない破壊の具象化であった。

物理法則を無視した渦重振動が、地上にあるものすべてを許さない。大気中の水分などたちまち干からび、万物は分子に分解される。

 

遠坂 刹那のグガランナ・スタンプが身体の芯をドンッ!と貫くような圧を感じるものならば。

九島 光宣の雷霆は身体の表皮(はだ)をビリビリと震わせる圧を感じるものだ。

 

まぁ幾つもの落雷なのだから当然なのだが……。

 

そして、勝者が読み上げられると同時に、強烈な歓声が沸き上がる。

 

「光宣さん!」

「水波さん!!」

 

その声で感極まったのかカップルが抱きしめ合う。お互いに頑張ったからこそのご褒美としてなのか、なんなのか、その様子にさらなる歓声が降り注ぎながらも―――。

 

『そこのカップル!! そういうのは櫓を降りてからこっそり人目につかない所でやれ!! まだ一回戦でそういうものを見せるんじゃねー!! 優勝決めてからやれ!!』

 

倒されたのが同校たる五高だからか、いつにもましてキレ気味のアナウンスをする水卜。何か去年もこんなことあったような気がする。

 

デジャヴュか? と思いつつも、九島光宣が放った驚異の術に魔法師・魔術師誰もが推測を巡らせる。

 

「九島連理の術者というのは電気・電圧系統の術に長けている。今更ながら、これは生家―――土地に関連するからだろうな」

 

「マムもグランパから教えられていたわ。『クワバラクワバラ』って、ドウイウ意味なのかしら?」

 

「くわばらくわばら、端的に言えば『厄除けのまじない』だよ。かつて京の役人が政争の末に左遷され、その後に祟り神となって京の町に災いを起こした―――都には悪天候が続き、落雷が頻発したんだな」

 

科学的な見立てをすれば清涼殿落雷事件は、菅原道真公の祟りというよりも当時の日照条件……太陽暦に直せば7月下旬という状況が影響していたのだろう。

清涼殿に落ちた理由は、推測だが内裏……尊き方々の御所なので、その分―――宮中警備のものたちは帯刀しているものが多い。そして生活においても民衆よりもアレコレと金属製品なども多かったと見られる。

 

要するに、あの時代において珍しくも住処の内外で鉄・銅などの伝導体が数多く存在していたので、高所ではなくとも雷を誘導するものがあったのだろう。

 

これは科学的な見方だ。魔術とは直接関わるものではない。

 

「その後、菅原道真公のお怒りを鎮めるべく当時の京の人々は、『祭』によって良き神様に転生させた。怨念と悪意に満ちたその御魂(みたま)に恐れおののき贄を捧げてばかりでは本当の悪神(オロチ)になるからな」

 

アナタを見ます。

アナタを知ります。

アナタを称えます。

アナタを子々孫々伝えていきます。

 

―――だからアナタも私達をお守りください。

 

その心が、多くの怨霊……御霊(ごりょう)を良き神様へと()えてきた。

 

「ニホン独自の考えよネ」

 

リーナの言葉に少し違う意見もある。信仰というものが、多くの神を作り出す。

 

プトレマイオス朝の開祖たるプトレマイオスとて、ヘタイロイの主たる征服王イスカンダルとエジプトの神々を習合させることで、ディアドコイで有利に立った。

 

生きているならば、どんな神様でも作れる(いてくれる)のだから。

 

「ゆえに学問の神様であると同時にカミナリ様(雷神)という面も持つのさ。実際、道真公の故郷であった桑原町(くわばらちょう)という現在は道路でしかない場所は避雷していたなんて逸話もあるぐらいだしね」

 

「じゃあクドウ家が雷霆術に優れているのは、古式魔法の現代解釈ってだけじゃなくて」

 

生家(京都)ゆえってのもあると思うね。リーナがその中でも何か際立っていたのは、君の故郷であるアメリカには雷を人理に落とし込んだ『電気の父』がいたからかな?」

 

だが、アメリカのクドウ家においてリーナ母には、それがあまり遺伝しなかったのは、どういう因果なのか……。

どこでも隔世遺伝というのはある。

 

何だか少しだけエスカルドス家とヴォーダイム家を思い出させるのもアンジェリーナの境遇ではあった。

 

「んで光宣のあのネガ・ケラウノスだが、ありゃ道真公とは無縁だな」

 

言われずとも分かってるワ(ノットエキスポ アンダースタンド)

 

バカにすんなと言わんばかりのリーナの笑顔での圧を受けてから説明をする。

 

「君たち九島(クドウ)家の術者が雷霆術に適正があったが、光宣が引き出したのはテュフォン由来だろうな」

 

さらなる説明をしようとした時、不意に声が差し込まれる。

 

「正解だよ。ロード・トオサカ」

 

刹那とリーナがジャージ姿で駄弁っていたカフェに現れたのは……。

 

「―――さらなる説明を求めるかね?キミたちは?」

 

どこぞの怪しげな骨董品売りの魔女よろしく『箒』のような『砲機』とでもいうべきものを持った九島ヒカルと……。

 

「夕食会ではお見受けしていましたが、お久しぶりですお二人共」

 

北山航が現れたのであった。

 

† † † † † † † † † †

 

「ネガ・ケラウノスか……元々、九島家は雷霆術に長けていたからね。ただ、ここに来てゼウスの権能とは」

 

「チカラの引き出し先は、九島ヒカルか?」

 

「恐らく。九島ヒカルが何者かは置いておくとして彼女は『竜』の属性を持っているから、そこから流れを辿っていきテュフォンという『太祖竜』へと通じさせたんだろうね。テュフォンは一度はオリュンポス十二神の主ゼウスに打ち勝ち、その手足の腱を切り落とした―――恐らく食したんだろう。そして、ゼウスのチカラをおのがものとした」

 

「己の生家が持つ雷霆とオリュンポスの雷霆を照応させたのか……」

 

「まぁ九島君も、最後に戦うのが刹那だと見据えているならば、これだけが『隠し玉』じゃないでしょ。恐らくだけどムスペルヘイムでも五高ペアに勝てただろうに、態々この一回戦で見せたということは―――」

 

更に高度な(上級の)術があるというのか?

 

誰もが無言でイヤな想像をしてしまった。

 

だが説明役をした幹比古も美月とともに一回戦を勝ち抜いて、刹那の前へと出ることを目論んでいるのだ。その前に二高のミノミナ ペア(五分前に決定)が立ち塞がるならば倒すのみなのだから。

 

「誰もが刹那君とリーナに照準を合わせてますね」

「そりゃそうだろ。あいつらが最強であることは疑問の余地のない答えだ」

 

答えを覆すべく全員が隠し芸を、隠し玉を携えてこの大会に挑むのだ。

もっとも黒子乃の隠し芸(秘術)は破られ、一条の隠し玉(新・礼装)は無効化された。

 

(果たして光宣・水波のペアが刹那を打ち破れるか、だ)

 

他力本願ではある。しかし、自分の知人・友人・後輩が戦う以上……どちらかに肩入れは出来ないのだ。

 

 

「ほぅ。この立派な葡萄をローゼンの関係者から貰ったと」

 

「しょうなんだよね〜。もぐもぐ。怪しいものではないけども、ワタル君がホクザンの御曹司であると近づいてもぐもぐ、来たんじゃないかとおっかなびっくり」

 

だったら葡萄を食うなよ、喋りながら食うなとは思うが毒味のつもりかもしれないので、刹那も1つ食べることに。

 

「美味いな。欧州のベリーはカベルネ(ワインベリー)でなくとも、どちらかといえばフルーツとしては使わないのが大半なんだが」

 

あちらで使われるフルーツとしての『葡萄』は『野苺』やオランダの『ストロベリー』などが主である。殆どにおいて欧州の葡萄は『ワイン』『プレーン』『ジャム』として使うのが一般的だ。

 

「ええ、渋味がない……フルーツベリーの類ですからね。まぁ何用なのかは分かりませんし、僕自身は魔法師でもない。確かに魔法関連の業態も持つ会社社長の長男ではありますが……なんだったのやらです」

 

怪訝そうにしながらも、甘いものに対する欲求は抑えきれなかったようで、ワタルくんも葡萄を摘む。年相応の笑顔が出来上がるほどにいい葡萄だ。

 

そんなヒカルとワタルのコンビに渡された葡萄はかなりの数―――ぶっちゃけ箱が20箱である。

 

術とかも応用して持ってきたんだろうが……。

 

「とりあえず全魔法科高校に通達しておくか。特に雫には連絡するのも吝かではないな」

 

実弟が、欧州の魔法産業の会社役員からブドウを受け取ったという事実がビジネスの世界でどういう意味を持つのかは刹那にも皆目見当がつかない。

何よりこれだけの葡萄を一校だけで食いきれるわけもないので、他校にも持っていってもらって消化するのだ。

 

―――――夏場は足が早いのだから。

 

「エルンスト・ローゼンが、日本の界隈では一番のメジャーネームなんだが……この『アレクセイ・ローゼン・クアトロ』という御仁が航くんに挨拶したのか」

 

自己紹介と名刺の手渡し、そして葡萄もお土産として渡した。

 

「ええ、ただどちらかといえば遠坂さんに『伝わる』ことを意図している感じでしたね。遠坂さんが言うエルンストという方が、アレクセイさんを『敬っている』様子でした」

 

「何だか王とその従者みたいだった」

 

その現場を見ていない。何よりアレクセイなる御仁も直で見ていないのでモヤついた話ではある。

だが、協賛企業の姓を名乗り、その名刺を渡す以上は詐欺でもない限り何かあるのだろう―――……。

 

「あと……なんだか西城さんにちょっとだけ似ている方でしたよ。アレクセイさんは」

 

その航君の所感が大当たりで、後にちょっとした事件を引き起こすことになるのだと知っていれば、この時に何が何でも接触を果たすべきだったと後悔してしまうのであった……。

 

ちなみに葡萄は集まってきた食べざかりの高校生たちによってあっちゅう間に捌けてしまい、航君は雫にちょっとだけ怒られるも、ヒカルと共に刹那はフォローに終始してしまう。

 

のだが……その間、ちょっとだけ雫が嬉しそうであったのは色々と謎である。(リーナだけは分かっているフシがあった)

 

そんなことがあるも、滞りなく二回戦は始まろうとしていた……。

 



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第377話『魔法の宴 双魔死闘編 暗雲』

武田信玄は女体化サーヴァントだったはず!!

経験値先生もついに『うそつきのこ』の胞子に毒されてきたということか(失礼)

そして3年越しぐらいに遂にお虎に動きが出た!

SAKIMORIらしいバイクテク!(爆発していない)
SAKIMORIらしい巨大な武器!!(壁ではない!槍だ!) 

ガムシンまで出てくるがレイドまでがはえーよ(泣)などと思いながらも新話お送りします


 

 

 

2回戦が始まった。

 

ペアピラーズは、男女ペアの第一試合と最終試合の余熱も冷めやらぬままに、熱気が残ったままに戦いたいのかゲームの展開が早い。

 

試合の流れが速い。

スピーディーになっていくゲームスケジュール。

それは、競技のための日程が決まっている競技委員会としては願ったり叶ったりだが、その一方で懸念すべきことが、現実に起こりつつあった。

 

「むぅ。それで製氷機はこのままであと何試合分できそうかね?」

 

「確実な作動が約束出来るのは四試合分かと……」

 

その言葉を聞くと同時に競技委員長は、現在までに進行しているスケジュールを端末で確認。

 

すでに設置して競技開始している人間たちを除いて……見るに……。

 

「九島閣下のお孫さんの二回戦までは間に合わないか」

 

何ということだ。別に忖度するわけではないが、それは色々と不味い。

全ては、準備不足と運動競技の運営としての経験不足から来たことだ。

 

現在も行われている甲子園、国立、インターハイなどの競技運営委員会はその長い歴史ゆえに、それら不測の事態におけるマニュアルなども存在していた。

 

軍人を主体とする今年度の九校戦競技大会というのは、その手の柔軟性を欠いていた。要は競技スケジュールとその手の備品管理に対する見込みが甘かったのだ。

 

「はてさてどうしたものか」

「とりあえず予備分を近隣基地に空輸してもらうようにはしていますが……」

 

それでも一日ほどかかるという試算を見せられて……。

 

「せめてこの一日だけは恙無く運営したいものだ」

 

そういうことで、何とかこの手の機械を正常に動かせるようにすべく、密かに会場内から技術者を募集していかなければならない。

 

「ダ・ヴィンチ先生やロード・エルメロイ先生を呼んではいかがでしょう?」

「むっ……それも1つだな」

 

部下である士官の提言に思わぬ天啓を得た気分だ。

となれば、すぐさま連絡を着けることになるのだった。

 

並行して新たな製氷機も空輸する。本戦のあとには、新人戦も同じく進むのだから当たり前だ。

 

(やれやれ、昨年度の魔法大学からの運営委員の気持ちも少しだけは分かるな)

 

不祥事で今大会での関与をシャットアウトされた人間たちのことを考えてしまうぐらいには、過密スケジュールなのが、今大会なのだから。

 

 

天雷の七(Sieben)白雷の九(Neun)―――原初に帰り(Rückkehr zum Mythus

)原始に帰す(Zurück Zum Anfang)!!」

 

言葉に応じて黄金の魔法陣というには円形ではない。どちらかといえば鍵穴か精緻な金細工のようなものがいくつも展開する。

 

8つの宝石と宝石の杖を用いて作られたそれは。

 

「砲台か」

 

気づいた誰かの発言どおりに展開した砲台。

ならば、そこに込められるべき砲弾は―――。

 

「―――」

「―――」

 

やるべきことをやっていたパートナーの視線を受けて、最後の呪文口訣が2人同時に結ばれる。

 

『『―――打ち砕く雷神の大鎚(エルトールハンマー)』』

 

「ビーム砲の雨霰か!!!」

 

「直進するはずのビームが屈曲・湾曲する! こちらの防御術を無為にする!!」

 

本来の『打ち砕く雷神の指』は高速回転増幅炉―――言うなれば巨大エネルギーを作り出す『プラント』であり、そのエネルギーを放出させるものだったのだが、刹那はこの術式を少しばかり変化させた。

 

相手が止まって(動かない的)くれているならば、相手が直線状にいる(砲の射線上にいる)とは限らない状況ばかりだった刹那。

母である遠坂凛であれば、そこ(命中)に至るまでの組み立てがあったのだろう。

 

主に誰かと組む、チームで戦うという手法だ。

 

だが、どうしても『一人』で戦う状況に至った場合のために、あるいは『誰か』とくんだとしてもそのサポートを無駄にしないために、こういうものを作った―――主に教室のOB(兄弟子)がやっていたサバイバルホラーゲームだったり、昔のハリウッド映画の当時は最新だったろう今では若干チープな映像技術だったりを見て―――。

 

レーザービームのつるべ打ち、光の刃による同時切断とでもいうべきものを作り出すことに成功するのだった。

 

自陣の氷柱を避けながら光速で飛来するビームの数々。防御術式としては全く想定外すぎる攻撃角度と威力を前に、嘆きの言葉を上げた四高の男女ペア

 

女の方はパンクゴスロリな亜夜子ちゃんの趣味だろと言わんばかりの衣装と昔懐かしのビジュアル系バンドな衣装―――それに違わぬ化粧を施したペアでも怪盗ペアに敗れ去ったのは言うまでもない。

 

『WINNER チーム・エルメロイ!!』

 

勝利者宣言を前にして、抱きついてきたリーナを櫓の上でも受け止める。

喜色満面の美貌を見ると回復の術でも掛けられた気分になるのだったが……。

 

『はいだらー!!!!!!』

 

別会場、別競技の映像で三高の姫騎士の顔が『ど』アップで巨大画面に映されて思わずお互いに吹いてしまった。

 

「なんかの術でこっちの状況でも察しているのか?」

「やーネー。恋人同士の戯れ(ラブスキンシップ)にジェラってるとか、ヒトとしての器が知れるわー」

 

女の勘恐るべし―――ではなく、あちらにもこちらの試合状況は中継されているのだろう。競技中の選手にそれが見えるというのは、どうなんだろうと思うも……。

 

一応は、その試合だけではなく他競技の試合などを観戦試合が限定されてしまうことを避けて観客一同に多くの試合を見せるという思惑。

もう一つは、他試合を見せて試合のボルテージを更に高めようという試み、お互いをより刺激しあってさらなる魔導の高みへと登らせるため。

 

かつての時計塔でもやっていたことだ。

四角いジャングルで驚異のステゴロやりあう極東のソーサリスと北欧のミステルハンター。

 

ちなみに胸囲に関しては後者に軍配が上がっていたとのこと……左腕が痛むのは解せぬ。

現実を直視しろ母よ。息子の冷静な分析にケチをつけるな。

 

などと思っていたら……。

 

『はいだらーーー!!!!』

『ちょっ! 北山さん!?』

 

振袖姿の少女が映し出されて同じように言う辺り、自分たちがどう見られているのかが分かる。

 

「行くか」

「ソーネ」

 

流石に雫の心まで乱すのは忍びないので、櫓から降りることにした。

 

順調すぎる試合スケジュールの消化。だが、思わぬ所で落とし穴が存在するのだった。

 

 

「というわけで、私としては直すよりも一から作ったほうが早いんだが、急場をとりあえず凌ぐためにやってくれたまえ」

 

ダ・ヴィンチちゃん先生の言葉に考えると、達也辺りならば「製氷機」を『正常』な状態で『作る』ことは出来そうだが、いや彼でも流石に精密機器をイチから作ることは無理なのかもしれないが。

 

そもそも論として彼の技能は、軍としては特級の秘密なのだから。それは呼び出された場ーーー薄暗く、そして冷えるような場所にいた響子から理解できた。

 

「では、今後のペアピラーズは……」

「出来ることならば3回戦までと言いたいが、残念ながら男子(male)女子(female)男女(Couple)ともに2回戦までだね。その後の大会進行はそちら(軍関係者)任せだが」

 

思わぬ進行の打ち切りを知ってしまうのだった。

そもそも新人戦の製氷も必要なので、一時中断するのはやむを得ないのかもしれない。

 

そんなわけで動作が不安定になっているという製氷機の1つに、刹那は右腕を当てる。

 

構造解析(トレースオン)。」

 

呪文1つで、製氷機の構造図が頭の上に浮かび上がる。その上で問題になっている箇所を正常に戻すべく魔力を流す。

 

(そういえば、親父は一成さんから頼まれてストーブを直していたそうだが)

 

それは実際、こういうことだったのだろう。ただ当時の親父は魔術を行使するたびに『魔術回路』を作っていたという話だから、構造解析だけで後は手作業だったのだろう。

 

(とはいえ、よく気付かれなかったよな)

 

微弱とは言え、魔力を通した器物があれば熟練の魔術師ならば何気なく気付くものだが、お袋は気付かなかったのだろうか。

 

二人の学生時代を何となく妄想。

 

(御三家の内の1つ、マキリが完全に没落した以上ある意味、冬木は『アタシの縄張り(シマ)!』という認識でいたからしゃーないか)

 

父よ。母よ。妹よーーー妹はいないが、そんな風に親に関して他事を考えていた実時間2秒程度、その間に一高の『あかいあくま』は、力と技の魔力を回して製氷機の運動(うなり)が、氷を力の限り作り上げるのだった。

 

「本当に助かるわ」

「下手に主電源を切らずに、作動状態は継続させておいてください。今日一日だけの応急処置(リカバリィ)なので」

 

響子の言葉にそう返しつつ、本当にこんな調子で今大会は大丈夫なのかとちょっとだけ不安を覚えるのであった。

 

「で、ダ・ヴィンチちゃん先生は別場所で作業か?」

「全く同一のものは作れないが、規格に沿った物を作らせてもらうさ」

「アンタに贋作作りの才能があったとは初耳だな」

 

最近、忘れてしまいそうになるぐらいに教職に専念してもらっている魔法の杖に何となくそんな疑問を覚えてしまう。

 

レオナルド・ダ・ヴィンチといえば超大作ばかりをこしらえて依頼人に納品する万能の天才だと思っていたのだが。

 

そんなレオナルドは、メガネを掛け直しながら口を開く。

 

「まぁ私も私の贋作ばかりが出ることもあるわけだしねぇ。どっかの『剪定事象世界』(ロストベルト)ではろくでもないパチもん戦車も作られてしまう。だからこそ考えるさ」

 

あんたじゃなくてジョコンダ夫人(モナ・リザ)だろうが、などとやれやれ顔をするTS英霊に内心でのみ言いつつ言葉の続きを聞くと……。

 

「逆に考えるんだ。私の方で『多量流通』させちゃってもいいさと」

 

美術品の価値を暴落させかねない言い方であるが、まぁ言わんとすることはわかる。

 

「まぁ安心したまえ! この万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチは、無から有を、不可能を可能に、(ホロウ)(リアル)に孵るのだからね。望みのままに与えるがーーー代価はいただくさ」

 

「そこまで言うなら何も心配はいらないな。頼んだよ。カレイド・オニキス」

 

「アイアイ、マスター」

 

自信満々の笑みを浮かべるダ・ヴィンチちゃんを見てこれ以上は野暮だなと気付いた刹那は、別の厄介ごとの解決に挑むことにした。

 

戦い足りないというよりも、この辺で少しの決着を着けておきたいというところなのだろう。

 

誘いに乗る形で外へと出る。競技エリアを外れて物販、フードなどのスペースを外れる。

 

自分が有名人であることは自覚しているが、どうやらモルガンが掛けた術は確実に動作している。

 

(我が夫、そろそろだ)

 

リーナには既に連絡してある。本人は不服そうだったが、それでもリーダー2人がいなくなるのはマズイので、どうしても片方がエルメロイの本陣にいなければならないのだ。

 

(これ以上、真剣勝負に水入りされたくないからな。少々、痛い目を見てもらうぜ)

 

魔眼というほどではないが、眼筋に魔力を走らせると森の中に八卦図のポータル(転送印)があるのを発見する。

 

誘われているのを認識しながらも、虎穴に入り込む。

 

ポータルを踏んだあとには、どこかへと行く感覚。下腹から未知の臓器を喉元まで押し上げられるような違和感を覚えながらも、用意された場所は。

 

「古代中国の情景だな……」

 

横浜マジックウォーズの前哨戦とでもいうべき病院内で、フェイカー=王貴人にいざなわれた時と同じ。

 

だが、あの時とは少々面子が違う。

 

味方も、敵も。

 

目前ではないが……隆起した岩場に立ってこちらを見下ろしてくるものが数名。隠れているのもいるかもしれないが、とりあえず知っている人間を羅列していく。

 

呂剛虎、王貴人、周公瑾、レナ・フェール。

 

その他には周かレナが集めた手勢らしき人間がいる。主だった面子の中に、リーナの祖父(ケン・クドウ)の姿が無いことに内心安堵してから―――。

 

「夜更けにこれ以上大挙して来られても困るからな。ここいらでアンタ達を叩きのめさせてもらう」

 

「魔宝使い、私はアナタと―――」

 

「手勢として日本の魔法師を軍基地に送り込み、更にはバーサーカーのサーヴァントをけしかけておいて、いまさら話し合いが通用すると思うなよ。教主レナ」

 

分水嶺はとっくに越えている。と告げてから全てのサーヴァントを出す。

 

「――――」

「――――」

「――――」

「……少々、大人げないのでは?……」

 

こちらの『手勢』を見た周が一歩退きながら言ってくるも、そんな言葉は『へ』でもない刹那は返す。

 

「ウチのチームの英仏美少女たちが赤備えなんて古式ゆかしいものを出してきたんだ。となれば、俺は城攻めの総仕上げとでもいうべきものを見せることにしたのさ」

 

天下全ての名将を勢揃いさせた豊臣秀吉の小田原征伐……それだけが真田一族が『敵味方』に別れず戦えた唯一の戦なのだから。

 

「別に豊臣秀吉(関白殿)を自称するわけじゃないが、それでもそういう風なのが現在の俺だしな。今の所出せる『英雄全騎』でお相手いたそう」

 

「ビビって逃げないかなー?」

 

「ビビって逃げるようならば決戦は挑みません!」

 

「武蔵、それは敵が言う言葉だ。まぁサムライとはそういうものなのかもしれんが」

 

ジェーンの言葉に武蔵ちゃんが答え、武蔵ちゃんの価値観にモルちゃんが疑問を呈する。

が、会話の時間はここまでである。

 

「では―――闘争を始めるとしようか」

 

その言葉が事実上の『死刑宣告』も同然であり、異界での戦いが始まる……。

 

 

 

 



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第378話『魔法の宴 双魔死闘編 転機』

というわけでこちらの久々の更新





 

 

 

少々慌ただしい様子を何となく感じている九島光宣は『眼』を使って察する。

 

製氷機の運用が、かなりあやしいということを。

 

そして、ダ・ヴィンチ先生はどうやって気付いたのか『NOT VIEW!』などと筆談用の紙で光宣のピーピングに対してシャットアウトを命じてきた。

 

まぁそれ自体はいい。

 

ただ盗み見の結果……どうやら本日のペアピラーズは最終プログラムの自分たちで終了だろうということを。

それ以外では隠しても隠しきれぬ強烈な『波動』がビリビリと繊細な光宣の身体を震わせる。

 

どうやら……刹那が乱痴気騒ぎを起こしているようだ。

それはサーヴァントなど超常存在を使役しての闘争である。これが仮に『神代秘術連盟』の仕掛けた戦いであるならば、当事者の一人として参戦せねばならない。

同時に、あの日以来……対等であろうとして『憧れる』のを止めた。憧憬を抱いてしまえば絶対に勝てないと分かっていたから。

 

そして年上だからこそ『刹那さん』と呼んでいたものを改めたのだ。

 

子供っぽい反抗心と思われたかもしれない。けれども、それがミノルにとって譲れぬラインだったのだ。

 

「光宣さん。そろそろ―――」

「ええ、行くとしましょう」

 

身体に力を込める。あれほどまでに重苦しかった身体を思えば、こうして人並み程度どころか人並み以上に動けることに感謝をする。

 

だからこそ……己がどこまで走れるのか(行けるのか)を知りたいのだ。

 

 

「チカラにはチカラ、パワーにはパワー。ということでオリオン! 押さえろ!!!」

 

「おうさっ!! 膂力が自慢と見受けるぜ!! 緑髪の偉丈夫どの!!」

 

「⬛⬛⬛―――!!!」

 

昨夜の闘争では黒髪で鎧を纏っていたはずだが、どうやらアレは偽装したものだったようだ。

 

裸身の剛力こそが我が宝具と言わんばかりの男の正体はまだ不明だが―――。

 

オリオンの拳を前に戦士の誇りが刺激されたのか、魔力が高まる様子。

 

そして―――。

 

「っ!!!!」

 

マスターの負荷はとんでもないことになる。

それを後ろ目に見た大戦士の表情が少しだけ曇るが、オリオンの攻撃は容赦なく畳み掛ける。

 

必定、レナ・フェールというマスターの負荷が爆上がりだ。

 

「くっ! 狂戦士が抑えられてしまっては―――」

 

恐れおののく周だったが黒犬を出して抵抗を試みる。ただではやられないと言わんばかりの態度だが、しかし―――。

 

「その程度の傀儡ではな」

「ぐぶっ!!!」

「殺すな。召し捕るんだ」

 

モルガンが拘束の術式にしてはズイブンと凶悪なもので周を縫い付けていた。

 

光の鋲とも釘杭ともいえるものが美麗の青年の『ガワ』をした人間を捕らえている。

 

「これでも私はお前に感謝しているのだよチョウ。結局、お前が要らぬ茶々を入れてくれたからこそ、私はクドウの、いや死徒の製造機から逃れて最愛の夫をこの世界で得られたのだからな」

 

やはり九島家のデミ・サーヴァント製造にはあの錠前吸血鬼が関わっていたようだ。

まぁその事は、今はどうでもいい。

 

問題は―――。

 

「あの忌々しい小童(魔女術の継承者)のような乗り移りをしているようだな。お前を『その身体』から引き離そうか?」

「やめろ……!」

 

魔女らしい酷薄な笑みと言葉で周を甚振るモルちゃんに少し苦笑しながらも、終幕は近い。

 

こちらもこれだけのサーヴァントを現界させて威圧しているのだ。『兵糧』(魔力)にも余裕がそこまでない。

 

(まぁ小田原城のような総構えがあったわけじゃないからな)

 

それを予期して、ここに入り込んだのだが……。

 

「成程、聞きしに勝る超抜能力だな。USNAスターズに在籍していた『セイエイ・タイプ・ムーン』は数多の『ヒトガタの使い魔』を扱うと側聞していたが……これは確かに凄まじい」

 

そんな『おきらくらくしょーいってみよー』な刹那の気分を崩す声が聞こえてきた。

 

「背後には気を使っていたはずなんだが……」

 

そして、振り返るとそこには『仮面』を着けた男(?)がいた。着ている服装はどこかの社長かと言わんばかりに仕立てのいいスーツ。

 

仮面を着けていても溢れ出す髪の色は赤。そして声は……懐かしさを覚えるものだ。

 

「隠れていただけさ。砂を操れば王貴人さんが展開したこの風景の中に溶け込めた」

 

「闇討ちぐらいは出来そうですけどね」

 

「そういうのは王道・覇道じゃあないね。とはいえ、君の手勢を突破しなければ僕の同盟者を助けることも出来無さそうだ」

 

男の言う通りであるが……。

 

「アナタがどこのどなたか分かりませんが、そんなことが出来ると思いますか?」

 

「不可能を可能にしてきた君が言うことか!!」

 

言うやいなや距離にして30mは開いていたところから一挙に駆けてくる……というより飛びかかるように拳を振りかぶる男。

 

大仰な構えだ。そのような―――

 

(この既視感!!)

 

同時に危険を察知した刹那が選んだのは、何の容赦もないガンドによる迎撃だった。

 

それによって動きが遅滞することを理解したのかスカサハとヒッポリュテが側面からの攻撃を企図する。

 

しかし、それは呆気なく散らされる。

 

豪腕が―――巨腕が……神腕がサーヴァント2騎を退けたのだ。

 

振り回されたそれは港湾の荷降ろしのためのクレーンが勢いよく旋回するようなものだ。そして、その先端にある鈎すら凶器となる……つまり。

 

「凄まじい!! その仮面の向こうのツラを拝ませてもらいたくなる!!!」

「同じく!!!」

「おっと、戦士の誇りを刺激してしまったか―――だが、僕の目的は!!!」

 

あくまで(刹那)か! あるいは後ろの同盟者とやら。

 

既にレナ・フェールは魔力の使いすぎで倒れて偉丈夫も霊体化をしている。

周はいわずもがな。ガンフーも王貴人もあまり拮抗しきれていない。

 

むしろ逃げ支度しているようにすら見える。だが、ここで逃がすわけにはいかない。

 

たかが神腕の使い手が出てきたぐらいでは退けぬ・媚びぬ・省みぬ!!

 

「投影・現像!!」

 

その手に確かな重みを感じてから神腕の使い手と戦う。 陰陽の双剣が震えているように感じ、そして戦いは……20分間も続き、その間に件の下手人どもは全員……異空間から連れ出して国防軍に引き渡すのであった。

 

「王貴人殿の結界が未だに継続されている……。なるほど、奪い取ったのか」

 

「正解だ。喰神を成したもの」

 

モルちゃんの断言と赤髪から『人物』を想定する。しかし、断言するには情報が少ない。

 

そして、刹那も『彼』のことを詳しく知っているわけじゃない。魔術的なスキルは知っている。その由来も……。

 

しかし、肝心要の『彼』自身がどこのどなたか知らなかった。

 

というか教えてくれなかったのだ。母も父も。教師も、だ。

 

故に『どっかの魔術実験用のホムンクルスが自我を得たのか?』神臓鋳體もその過程で―――という自分の推測を打ち消すものを感じる。

 

だからこそ―――。

 

「そのツラを拝ませてもらう!! 神彫投影・高速展開(トレース・オン)!!」

 

「―――!?」

 

カタチを欠けた状態の投影武器。如何に親父のインチキありきでも本来ならば消え去るはずのそれが今までそこにあったのは―――この為だ。

 

剣の墓標とでも言うべきもの―――その剣は全て干将・莫耶の陰陽剣。

 

それらが輝き、力を取り戻す。仮面の男を取り囲む形で浮かび上がるのだ。

 

驚いた男だが神腕はそれらを吹き散らすべく振り回されようとしていたのだが。

 

動かぬ神腕。同時に身体全てが動かせない状況に戦慄しているのだった。

 

(糸―――宝石か……)

 

一般流布されている現代魔法に落とし込んだバインドの術式よりも数段上の霊基錠が『彼』を拘束していた。

 

干将莫耶を触媒にして緑の魔眼による『停滞』がこのような形になったのは分からない……わけではない。

 

おそらくジェーンがいるからだろうと思いつつも……。

 

「我が夫! 腕を玉座に!!!」

「こういうこと!?」

「その通りです!」

 

飛び跳ねるようにやってきたモルちゃんを姫抱きで受け止める。

 

この場所がモルちゃんの玉座のようだ。

 

笑顔を見ながらも肌越しに感じる宝具の開帳の波動。それを刹那と同じく感じたのか『彼』は全力で対抗しようとする。

 

檻に入れられた獣が藻掻くように鉄格子を砕くような様子から―――それよりも速くモルガンの宝具は発動をする。

 

 

「―――(こうべ)を垂れよ。現世に残りし神代の超人系譜。私は残酷である―――」

 

はや辿り着けぬ理想郷(ロードレス・キャメロット)

 

発動するその宝具。虚空より降り注ぐ『槍』はロンゴミニアド。妖精の魔力により黄金色の輝きを失った槍だが、それでも勢いよく降ってくる槍の全てが『彼』に向かう。

 

その数十二本―――磔刑されることを嫌うように、雷を帯びた神腕は魔槍の魔力に抵抗しようとする。

 

しかし―――。

 

投影重奏(トレースフラクタル)最大駆動(フルアクセル)!!!」

「我が夫との連弾絆奏の前にひれ伏すがいい」

 

マスプロダクツされたロンゴミニアドを前にして『彼』の腕は抗しきれず。

 

そして……漆黒と水色の閃光が光柱を吹き上がらせ、同時にロンゴミニアドとは少々意匠が違う『槍』のようなものも地面から吹き出たのだ。

 

 

「……殺してないよな?」

「安心なさい。神腕を防御に回してこちらの攻撃に耐えきったようです」

 

姫抱きされているモルガンの一連の宝具開帳が済んでから槍が密集した地域の惨状を見て疑問を呈したのだが、どうやら『彼』は生きているようだ。

 

むしろモルガンとしては、自分の宝具を受けても生きている存在に苛立ちを隠せないようだ。

 

武器を魔術的な消去で避けて、そこにいる相手を確認。透明な幻手。されど実体を掴むことは容易なもので身を守ったスーツ姿の仮面は割れていた。

 

容姿を確認すべくその眠りに就いたような顔を詳細に見る。

 

そこにあった面貌は……。

 

「エルゴさん―――じゃない……?」

 

似ているようでいて似ていない。

 

なんというか……似て非なるものという表現も正しくないが、それでも自分が元の世界で接してきた神腕幻手の兄貴分とも違っているように見えた。

 

当然、髪型の違いで印象は違うとも、眠りに就いているからそう見えるだけかもしれない。

 

神腕に包まれ『おくるみ』状態となっている青年のような若さを持った赤毛の御仁を前にして刹那は―――。

 

「とりあえず響子さんに引き渡すか」

 

ここ(異空間)で戦った他の連中と同じく国防軍に引き渡すことにするのだった。

 

そして、その際に赤毛の青年の『正体』からシオンを少し問い詰めることになるのだが……それは後の話である。

 

 



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第379話『魔法の宴 ~4日目終了~1』

悟空も死ぬときは、笑顔で『バイバイみんな』とかって言ったからか笑顔で行く印象が多い。

やっぱり笑顔でお見送りしなきゃ先生も未練でいつまでも蛇の道を通って界王様に会いにいけない……いやいやそうじゃない。
今度はあっちでドラゴンボールやネコマジンやドクタースランプを描いて楽しませているにちげぇねぇ。もう少し頑張ってからそちらに行きたいもんだ。

そんなこんなで新話お送りします




 

 

「大手柄と言いたいところだけど……まぁいいわ。結局の所どいつもこいつも魔法犯罪者みたいなものだから、立件は出来ないけど強制送還するぐらいかしらね」

 

「失礼極まりない。私はUSNAの魔法団体のリーダーでしかありません。不当な拘束には断固抗議させてもらう」

 

「そんな人が夜中に元気いっぱいにサーヴァントを繰り出して学生を襲うとか意味不明だな」

 

明確な罪状というわけではないが、サーヴァントなどの『魔術的な傀儡』というのは、戦闘行動に入れば『A級の殺傷性魔法』という見方がなされつつある。

 

ただ自意識を持った存在で、しかもその『人権』というものをどう定義していいのか分からず、魔法協会としても難儀しているようだ。

 

そもそも、殺傷性ランクというのも時と場合によりけりというかそこまで杓子定規に決められるものではない。

 

(とりあえず不正な魔法使用及び国有地への無断での戦闘行為、不法侵入等々で拘束というところか)

 

部下である遠上遼介と同じような沙汰ではあるが、まぁそれが適当なところだろう。

 

周、呂、王貴人の三者は現在完全に拘束中である。

特に王貴人の方はどうやって復活したのかは分からないが、霊基錠で封印しておかなければどうなるか分かったものではない。

 

FEHRが潜在的な敵であるならば、この大亜からの『はぐれもの』達は完全に敵である。

 

(あれだけこっぴどくやられたんだ。多少は凹んでいてもらわなければな)

 

とりあえず大人しくしてはいるようだ。

 

政治的には周の取り扱いが問題だ。彼が九島家に匿われていた食客扱いであったことは明白。

 

公然としたものではないが、それでもどうするか……九研にいたモルガンを支配しようとした時点で手切れになっていると見るのが普通だが。

 

(どうにも政治的な動きがこちらに縛りを与えているよな)

 

厄介な限りだ。もちろん刹那とて無闇矢鱈と人死にを出そうとは想っていない。ただ『公の敵』(パブリック・エネミー)とも言えない存在が多々いるのも事実。

 

今もFEHRという組織の首魁をどう扱っていいのか分からない。テロを起こしたといえるほどの何かがあるわけでもない。

 

同じだ。

 

完全な怪物にでもなってしまえば、公然と倒せるのだが……。

 

「それであの赤毛のヒトは……?」

 

「そちらは実に厄介な限りなのですよね。まぁ記録映像を見せてもらいましたが、遠坂クンに襲いかかったのは事実で戦闘に至った経緯も分かるのですけど、どうしようかと悩んでおります」

 

自分と響子が話していた場に割って入るように口を出してきたのは、響子とは少し違った印象を持つ女軍人(WAVE)であった。

 

士官なのかどうかは制服だけではわからないのだが、茶系統の地味なタイトスカート型の軍服を着た女性の登場。

 

場を測っていたな―――と冷めた思考で考えつつ、あの東京魔導災害での後始末で、こちらに接触しようとして『失敗させた女』であることを思い出すも……。

 

「すみません響子さん。こちらの響子さんと同職(サゲマン)らしきヒトは?」

「同職ってのは軍人かどうかってことよね? まさかサゲマンかどうかってことを言ってるわけじゃないわよね!?」

「そんな失礼極まること、私には恐れ多くて口に出せませんよ」

「うわぁ、うそくさーい! 自分も騙せない嘘云々とか言っているヒトとは思えない」

「場合によりけりだとは言っておきましょう。じゃあこちらのサゲマンは響子さんと同じサゲマンなんで?」

「やっぱりそれやないか!!」

 

刹那の訂正した質問に最後には思わず関西弁が出ちゃう藤林響子。そんな刹那と響子のやり取りに戸惑ったようにきょろきょろする……遠山つかさという女性軍人。

 

なんだか軍務に就いている割には、あの時と同じく化粧をバッチリ決めすぎていて、服務規程違反なんじゃなかろうかと想いながらも……ようやく自己紹介をする機会を得た女性は咳払いしてから口を開く。

 

「国防軍情報部所属の遠山つかさと言います。サゲマンかどうかは分かりませんが、これでも十八家の人間ですので、なんとか心を通じ会えた殿方とは良縁を結んで出世してもらいたいとは想っていますよ」

 

「そうですか。がんばってください」

 

「あら? 私に自己紹介はないので?」

 

「俺を遠坂くんなどと呼ばれている。いらないでしょ」

 

別に行儀が悪いとは思わない。こういう法政科の陰謀系統の女性とはあまり近寄りたくない。

 

先生の宿敵ともいえる化野菱理と同じ匂いがするのだ。自分たちこそが何かの守護者だとするような……。

誇りもすぎれば驕りとなるとでもいえばいいのか。

 

そんな感じ。まぁ軍の情報部ということは、戦国時代の忍者より以前から始まっているようなもの。

 

小国ゆえに生き残るために組織された真田の忍者衆。日の本全土に『草』を派遣した柳生一族なんかは有名である。

 

その任務の性質上、色々と後ろ暗い部署だから必然的に自分たちが実働部隊よりも重要なのだと思って、その情報も少しばかり取捨選択されたものばかりになる。

 

だから……。

 

「情報部なのに、あの化粧はいいんですかね?」

 

日本の軍部の規定に詳しい響子に聞くのであった。

 

何年か軍で生活していた刹那ではあったが、情報部という職務の軍人は、地味ならいいってものでもなく、敵とは異なっていながら、目につきにくい服装……都市迷彩とでもいうべきものが、必要なはずだが。

 

「一応、彼女も本当は『十山』で魔法師的な特徴はあるはずなんだけどね……刹那君をハニトラしようとしているんじゃない?」

 

「無駄な努力 乙としか言いようがない」

 

「せめてそういう話は私の聞こえていないところで言ってくれませんか? 藤林中尉、遠坂刹那君」

 

怒っている。というかようやく見えた人間らしい表情に少しだけ安堵しつつ、話を戻すことに。

 

「で、赤毛の男性がどういうヒトなんで?」

 

「そ、そこに話を戻すのね。いいけど……彼、アレクセイ・ローゼン・クアトロはその姓から分かる通りローゼン・マギクラフトの関係者というか、CEOなのよ」

 

あそこは同族経営の見本みたいなものだからな。と魔術師的な考えでの企業だと思い出すのだった。

 

そして、よく考えてみれば北山の御曹司である北山 航に接触をしてきた人間(フルーツベリー贈呈)であることを思い出す……。

 

そんな彼が……エルゴさんと似ている道理―――ただ刹那の印象でしか無いから見間違いの可能性もある。神腕幻手を使えるのと赤毛からそう感じているだけかもしれないから……。

 

「で、身柄を引き渡せとでも言われているので?」

「実を言うとその通りなのよ」

 

それでは渡すしかない。あの隠された世界での戦いを全て見せつけるわけにもいかない。

 

こちらにも不実が出ているのは確実なのだから。

 

「ならば渡すしかありませんよ。しかし神腕による自己封印を解けるのですか?」

 

「その辺りはローゼン任せかしら。というか西城君みたいな術者って多いのかしら?」

 

響子の問いに答えるには少々、刹那では知識が足りなさすぎた。唯一、全てに解を与えるのは……ロード・エルメロイII世ことウェイバー・ベルベットだけなのだから。

 

ともあれ基地の一室で決めるべきことなどそれぐらいであり、唯一この場にいる拘束者であるレナ・フェールに関しては遠上遼介と同じような処遇でいいんじゃないかと言っておくのであった。

 

「なんだったらば私がアナタのチームの応援隊でも指揮しましょうか? 2010年代のコリアンガールズポップな衣装でやってあげますが」

 

「最大級のサゲマンにそれやられると運気が下がるんでNO THANK YOU(ノーサンキュー)だ」

 

今まで黙っていたレナ・フェールの言葉を一刀両断。

やられた方はすごく落ち込んだようだ。

 

「刹那君、色々と生臭いハラワタが透けている遠山曹長から色目を使われて気が立っているのは分かるけど、もうちょっとこう手心というか……」

 

「さり気に私をとんでもなくディスらないでくれませんかね中尉、いや昨今、優勝から遠ざかっている2高のtheサゲマンOGの藤林センパイ」

 

ゴゴゴゴゴゴという新手のスタンド使いでも出てきそうな効果音を奏でる睨み合う2人の女性軍人に呆れつつ退室許可を勝手に貰って出ていこうと決めた刹那。

 

「ミス・レナ、あんたは少なくとも俺の分水嶺を越えている。そりゃ遼介さんが自分の意志で決めたことだとは言えるが……それでもアンタの団体に入ったがばかりに、1人の前途ある青年が実家に帰らずに行方知れずになったんだ」

 

「―――」

 

「どうやら遼介さんはよっぽどアンタに心酔して、家族も何も捨てる決意をしているようだ……馬鹿げている。俺には理解できない……自分の持ち物(いままで)を捨ててまでアンタの団体に、いやアンタに、レナ・フェールという教主にこれからの人生を捧げる気持ちのようだ」

 

「わ、私はそこまで……」

 

「俺には分からない。レナさん、アンタやアンタの作った団体にそこまでの価値があるのか。そしてアンタにも考えてもらいたいよ。自分のやっていることが、一人の若者の人生を奪うほどに意義や意味がある尊く立派なことであるのかどうかをな―――」

 

「……」

 

「そして俺は……遼介さんが捨て去ったものが……『家族』が一番欲しかった。魔術の達者さが、運命が、俺から『家族』を奪ったというのならば、俺はそんなものいらなかった。運命こそが俺の最大の敵だ」

 

例えそれが親からの愛を失う結果になった―――いや、あの両親はそれでも自分を我が子として愛してくれたはずだ。

 

そんな仮定(if)など意味はないのだ。

 

そういう捨て台詞じみたものを残しながら今度こそ部屋を出ていく。

 

 

残されたサゲマン3人のうち2人は……。

 

「で、結局なんでそこまで化粧をばっちり決めてきたの?」

「………かかる恥を理解しているのならば武士の情けを掛けてほしいものです」

 

結論、やはり十山つかさは遠坂刹那を籠絡するつもりだったようだ。

 

悔しげに俯く彼女は基本的には野心家ではないのだが、自分の家というか与えられた魔法の役目が国家単位レベルの危機を回避するという『大きすぎるもの』であるせいか、自分の判断こそが国家の危機を救うものとして危機回避を全力で為そうとする。

 

転じて、それが他人には。

『自分のことしか考えていない女狐』

という印象をもたせてしまうのだ。

 

自分の考えこそが正道であり公に認められたものであるというバイアスが掛かったものであるからこその齟齬なのだが……。

 

(まぁどうでもいいか)

 

刹那がリーナから離れることはなく、彼自身もあれこれと全ての女にからもうとしてややこしいことになるのを自重している。

 

自重していても向こうからやってくるのだからどうしようもないフーテンの寅(葛飾柴又の守護神)の気質があるのだが。

 

そんな風な結論をしながら自分の部下とまでは言わないがバディを組む事が多い一色家の長女 一色華蘭のことも考えて、これ以上面倒な女性の引き寄せ、寄り付きは止めとけと思っておくのであった。

 

 

「結局、つららは2回戦で一旦終了か……」

 

「その後の日程に関してはまだ決まっていないけど、明日はシールダーファイトがメインになるそうヨ」

 

「まぁ正直忙しない限りだったからな。ここでお客さんのためにも一つ競技に限定するのはいいんじゃないかな?」

 

男女混合競技は別日にしても良かったんじゃないかと思うぐらいには2種競技で3つもの試合形式―――大まか6つものゲームが一度に展開されるとなると運営委員会も大変だが観戦する人間たちも大変なのだ。

 

甲子園(野球)国立(サッカー)の全国選手権の開催季節がズレているのもまぁ分かる話。

 

「運営委員会としてはインターハイは多くの競技を殆ど一つどころでやっているから問題ないだろうという気持ちだったのかもしれないな」

 

バスケ、卓球、テニス、バレー、ソフトボール、柔道、陸上、水泳……世の高校学生競技の大半は、定められた都道府県や地域別開催で『全国大会』をやることになっているのだから。

 

そう考えて、やれると思っていたのかも知れない。大競技場を貸し切ってハイスクールアスリートのオリンピック……。

まぁ魔法競技なんてのは大っぴらに出来る場所は限られている上に、そもそも9つの学校しか無いので、そう考えたのも分かる。

 

まぁ運営側の不手際といえば不手際だが、それに対してあれこれケチをつけるほど刹那は狭量な人間ではない。裏側の事情も知ってしまったのだから。

 

お疲れさまですという感謝の気持ちである。

 

「ミノルとミナミ、ミキヒコとミヅキも上がってきているワ」

「まぁ妥当だな。ただ男子ペア勢が全滅するとは予想外だった」

 

情勢の良し悪しとしてはそんなところ……勝敗に関しては、あまり外様の自分たちが気にするべきではない。

問題は自分を出し切れたのか。競わず持ち味をイカセたかどうかである……。

 

あとで聞いておこうと想う。

 

「キョーコのセツナの拘束時間がズイブンと長かった気がするんだけど……」

「ああ、サゲマン3人によるジェットストリームアタックを食らっていた」

 

正直言って辟易する。げんなりするのだ。三人の成人女性の見目がことさら悪いわけでではないのだが……。

相性の問題なのだろう。

 

だからこそ……。

 

「正面で見ても、横から見ても、下から見てもイイ女すぎて彼氏としては困っちゃうっ」

 

リーナに癒やされたいのであった。

 

「モ、モウ♪ イイわよセツナ、アナタに付いたサゲマンの怨念じみたオーラをワタシが浄化(フレッシュ)してアゲル♪♪」

 

いきなりなハグ。正面から抱きしめ合う高校生2人に対して天下の往来(会場外)で何してんだコイツラという視線とか、これが有名なトオサカ・クドウのバカップルかとかそういう視線を受けながらも―――九校戦はトラブルありながらも順調に進み……。

 

 

「私が知っているエルゴという青年は、小国マケドニアから出て一大帝国を築き上げた征服王イスカンダル、アレクサンダー大王、アレクサンドロス三世ともいわれる偉大なる大王の正当な王位継承者……名を、―――アレクサンドロス四世。

私が仕えいつの日かその旗本として轡を並べたいと思わせる王のご子息だ……」

 

魔術師にしては直截さがない多弁な言いようでアレクセイと似ている青年のことを語る先生の暴露によって話は大きくなっていく……。

 

 

 



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第380話『魔法の宴 ~4日目終了~2』

一高会議室にていつもどおりに今日の報告事項及び明日の報告事項を話し合う面子。

 

日々、大小様々に沈痛なものを及ぼしていたこの会議ではあるが、今回ばかりはそこまで気鬱をもたらさなくて良さそうなのは僥倖ではあった。

 

なにせ今日はまさかの競技の一時中断というアクシデントがあったからあれこれてんやわんやであったのだ。

 

「良かったのか悪かったのか分かりませんが、競技大会にトラブルはつきものです。明日以降のスケジュールがどうなるかは分かりませんが、とりあえず明日は盾打ちに専念しましょう」

 

「ということなので、明日は何とか優勝しましょう!! エルメロイの主力が沈黙している間に、我々は勝利をもぎ取ります!!」

 

会長(かいちょー)、我々ピラーズメンバーは主力じゃないんでしょうか?ー」

 

「そういうことじゃないです!!」

 

おどけたような声を挙げる千代田によって少し焦る中条ではあるが、事実……ここでリードを取ることこそが肝要だ。

 

(女子ペアの盾打ち 優勝候補である三高 一色愛梨と光主タチエの組は要注意だ)

 

決勝でのエリカと壬生が勝つ目は―――。

 

(ありそうだ……)

 

特に壬生紗耶香の『チカラの高まり』は凄まじい。

今日の試合でもエリカは殆どサポートに徹していた。つまりメインフォースは壬生だけで良かったのだ。

だが、それはあちらも同じ……。

 

光主タチエ。

 

一色愛梨の影に隠れて実力を隠しているが、それでもって見誤るわけにはいかない。

 

「明日はホウキの調整を頼むぜ中村!」

「いや、俺は司波です。杉田先輩」

「俺も桐原だが!?」

 

妙なやり取りをしつつも男子ペアシールダーの片割れに返す。なんだか凄腕の小厨師の仲間2人のような声をしている男子たちは考える。

 

「そう言えば今日は、刹那のスペシャル料理があるんですよね」

「何でもあの職人さん。東京SUSHIグランプリの優勝者である松田さんと鬼島さんに挑まれたそうだな」

 

パリで開かれる寿司のワールドカップとでもいうものに参加する彼らは、ある種のインスピレーションを欲している。

別に国際的な味覚を知りたいわけではない。そこのバイアス調整は現地に入ってからだろうが……。

 

「刹那の料理力に何かを見出すつもりか」

「伝説の厨具をくれとか言われるか?」

「霊蔵庫は、もういらないですよ。最近氷結能力のロリっ子厨師(BBA)も出てきましたから」

「もしかしたらば他の使い方もあるかもしれない!」

 

何を言ってるんだ。こいつら!? と思うも、果たして世界に挑む職人さんの挑戦に対して何を作るつもりなのやら……。

 

「相変わらずの賞金首だな。ソーサリーの分野だけでなく他の分野でもヤツを狙う輩は多い」

 

それは十文字先輩の言葉。何気ないその一言に対して……。

 

「十文字先輩も―――」

「―――モテの分野で勝ちたいですか?」

「表にでろ。司波(中村)桐原(杉田)

 

真剣な表情で問うた2人に無情すぎる言葉。

 

そんな一方で少しだけ『先』のことを考えている面子もいた。

 

(仮にアイスピラーズ・ブレイクの本戦が『新人戦』の後に後回しになった場合、もしかしたらば勢いは二高に持っていかれる?)

 

それは仮定に次ぐ仮定でしかないのだが……。まぁ考えても詮無いことだと溜め息一つ突いて深雪は、今後の展開に関して考えるのをやめた。

 

今回の九校戦ははっきりいって『予測不可能』。

一見すれば、エルメロイが独走している風に見えて本質は違う。

 

(まるでバクチ場(賭場)ですね……)

 

尻すぼみに終わった話ではあるが、去年の九校戦では三合会や紅幇会とまでは言わないが、妙な大陸系マフィアがこの大会を賭場にしようとしていたらしい。

 

それらは色々な茶々入れでご破産になり更に言えば、その方法として八百長とまでは言わないが賭けの相場をコントロールするための『ディーラー』がいなかったのだ。

 

それらの去年に果たせなかった『怨念』が、いまこの大会には渦巻いているのかもしれない―――

 

などという深雪の考えは半分あたりで半分外れであることが、名物教師によって解説されていた。

 

 

「人間の脳の癖で、いずれ結果は収束するはずだからとか、今はこういう流れだからとか、すぐに理屈をつけようとするんだが、本来確率はそんなものに左右されない。過去の流れに左右されたりしないし、勝負の結果が未来の確率を変えたりもしない」

 

現在の状況を俯瞰で見ている連中の一人はそんなことを言う。そして、それこそが現在の状況なのだと言われる。

 

「つまり……意味がない、と?」

 

「これは本来は賭け事における説明。しかし魔術的な『勝負』においてもある程度は意味がある……つまり確率は常に操作されている」

 

「私たちの魔術にせよ現代魔法にせよ世界を騙す、因果を歪めることを本質にしているだろう? これは限定的ながら確率を、因果律を操作する能力ということだよ」

 

エルメロイ兄妹の言葉を聞いていた七草真由美は、その言葉に何かを覚えた。すなわち―――。

 

「確率に干渉した結果……流れが生まれる……」

 

「そう。世界は、事象は常に変動しているが、それを一定の流れに変えることは出来てしまう……特に今回の九校戦は場の歪みが強すぎるのだろうな」

 

去年の九校戦に参加していないエルメロイⅡ世だが、その言葉は信じるにたる重みがあった。

 

「魔術師は、ひとりひとりが確率の歪みなんだ。もうちょっと大雑把に神秘そのものがと言ってもいい。水面を搔き回している渦を思うといい。強大な魔術師や神秘であるほど、大きな渦になり、他人の運命をも捻じ曲げてしまう」

 

「――――――」

 

その言葉にエルメロイの弟子。この世界に訪れたカレイドライナーの顔が思い浮かぶ。

苦い顔をしてしまったのはご愛嬌である。

 

「エルメロイ教室のOG・OB及び現役生たちがどっかの巨大都市にでも一同に集結すれば『巨大都市はなくなりました』などという結果もあるかもしれんな」

 

「……もしかして刹那君は、それと同じぐらいの重みはある?」

 

事実、かのカレイドライナーが初期にやった講座は、とにかくエルメロイ教室の秘儀を伝授しようとやっきになっていたフシがある。

 

「頭が冴えてきたねマユミくん。実際、エルメロイレッスン初期の頃のアイツは、そのOG・OBの技をとにかく伝授していったそうじゃないか。大盤振る舞いのバーゲンセールだ。元の世界ならば、全員からグーパン食らっても文句は言えないぐらいの悪行だ。しかし、この世界でならば―――というよりこの世界だからこそやらなければならなかった。アイツは自分が最大の特異点になることを無意識に嫌っていたからこそ、アレコレと自分の中身を拡散させていった……持ち物が多すぎる自分の重さが誰かを死なせると思っていたからな」

 

色々とあとから理由は付けられるが……刹那はセンチメンタル・ジャーニーがすぎる男なのだ。

 

少しだけ遠い目をして弟子の評価を下すライネス教師に何も言えない。

 

「ゆえに、この大会はあらゆる局面で縺れている。これは別に刹那を一高から出したことだけでなく、二高にいるヒカル君と光宣君も同様に巨大な『歪み』だ。おそらくこの富士近辺は現在の地球上でもとびきり確率の偏差が大きい場所だ。その偏りによってさまざまなドラマが生まれていく」

 

ひとつの場に多くの魔術師が集まる以上、どうしても『流れ』が生まれる。その大小の規模は分からないが……。

大きな流れの前では……どれだけの巨石であっても流されるままだ。

 

(ある意味では義兄上もそうだと言えるか)

 

ライネス=司馬懿が考えるに、この魔術師が変わった切っ掛けである第四次聖杯戦争は、もうあらゆるものを呑み込む激流であったはずだ。

 

何かのドキュメンタリー番組で見た、イグアスの滝とかナイアガラの滝などを思い浮かばせるほどの激流。

 

そこに至るまでに流され落とされた『巨岩』……砕け散って砂礫になるようなものが大半で沈むだけだろうがしぶとく生き残った『小石』は―――流れに従い、時には増水した激流で更に下流へと流されていく過程で……磨き上げられた丸石、玉石へとなるのだろう。

 

(まぁ義兄上としては、石は石でも『宝石』の類になりたかったのだろうがね)

 

皮肉を口にしながら、DEAD or ALIVEの状況が魔術師を成長させることは間違いないようだ。

 

「そしてこれが刹那から持ち込まれた案件か……。何ともアレコレと引き寄せる」

 

「名にし負うロード・エルメロイII世も、『若い頃』は大変な冒険家・トラブルメーカーだったとお聞きしていますが?」

 

「飛び込まなくていい冒険ならば飛び込まないでいたさ。私は資料室で古い本でも読み漁っている方が性に合っている人間だからな」

 

真由美の少しだけからかうような言葉に苦笑しながら答える……藤林響子から渡された資料と顔写真。

 

多くの人に知られた人物ではあるようだ。そういう意味では、彼とは違う。

 

「パッと見は確かに私の弟子であった喰神魔術の被検体―――エルゴには似ている」

 

「だが、どちらかと言えばエルゴよりも少しばかり……うん。ゴツいなコイツは―――マクダネルほどではないが、なんというか精力的な印象を受ける」

 

企業経営者としてはどちらかといえば『現場にも出向くタイプ』……部下としては社員を気にかけてくれることを嬉しく思うか、はたまたあんまり『偉い人に現場に来られて迷惑』と感じるか。

まぁ両方有り得そうだ。

 

そういう社会的地位も兼ねている男なのだが。しかし報告を受けた以上は、考えなければなるまい。

 

「キミの所感……見たままの感想を教えてくれないかなマユミ君」

 

ライネスの言葉に真由美は見たままの感想を伝える。

刹那の記憶再生……その過去映像の中でも見なかったエルゴという御仁のことを除外して言えるのだ。

 

「そうですね……率直に言えば、私は―――この人が何だか」

 

 

―――西城くんに似ている気がします―――

 

 

☆☆☆☆☆

 

「―――ふむ。成程……流石は我が師……ありがたい限りですね」

 

『私もキミがここまで達者に操れるとは思わなかった。とはいえ……調子に乗るべきではないよ』

 

「心得ております」

 

『人形師のアオザキ、人形使いのフェム、人間使いのベスティーノ……その御業の一端でもキミに授けられたならば光栄だよ』

 

広い空間にて十指に指輪を着けた老人は、自分が起こした全てを振り返ってみる。

 

「……侮っていましたかね……」

 

悔しがるように呟く美麗の男に、冷たい心地で口を開く。

 

「実を言えば、どれだけ利用価値があろうと、いずれ君は始末する予定だった」

 

弘一と貢の茶々入れでご破産になってしまったが、懐に入れたろくでもない毒虫をいつまでも養うほど、烈は甘くない。

 

既に半欠けで生きているのも明らかに可怪しい、美麗の中華人の姿をしているだけの怪物……。

その他、周の傀儡と化していたサーヴァントの亡霊とそのマスターである気功拳士の亡霊はすでに消滅して、『烈の娘たち』に『捕食』されていた。

 

そして―――。

 

「最後だな。決めよう―――シャリー」

『了解です。マスター・レツ』

 

赤毛を外ハネにしている美女の姿をしたゴーレムが戦闘形態を取る。

 

最後になるだろうと分かっていた周は、自分が霊体となって他者に取り憑くことも出来ない事実に歯噛みしつつも―――襲いくる美しきゴーレム。

その身体がとてつもなく発熱をしながら高速で襲いかかり、その『高熱と高速』のストレートパンチが周 公瑾という男を細かな霊子に細分してしまうのであった。

 

全てを終えたあとには十指の指輪から伸びていた糸が、指輪ごと全てシャリーという美女のゴーレムの背中に収納されると、その様子を見ていた軍関係者は、色々な気持ちになる。

 

「まさか御年80を超えて新たな術式に傾倒されるとは……」

「老いたとは言え、魔法将軍の異名は伊達ではないな」

 

最終的に中華圏の魔法師……テロリスト崩れの処置を任せた関係者達は、それを見て思うことは……。

 

魔宝使いが時折言っていたこと。

 

魔術師ならば己が最強である必要はなく、己の技で最強のものを造れば(創れば)いい。

 

ということを改めて認識されるのだった―――そして、その中でも特に対東アジア……俗に大亜強硬派と呼ばれる酒井はやはり何か、十師族に頼らない戦力が必要なのだと理解するのであった。

 

 

 

 





その頃……。

刹那「あれ? おれ出てなくね?」
紅閻魔「どんとまいんどでち♪ さぁ次はこちらの魚を切るでちよ。ますたー」

裏側にてとんでもない(料理)作業が行われているのであった……。


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第381話『魔法の宴 ~4日目終了~3』

第3シーズン始まりましたが、特に関係なく進めるこの二次創作

ただ新刊でサンフランシスコ……まぁ微々たるものだが、ここがリーナの故郷とかだったら少し改訂を入れるようだななどと思いながら長めの新話お送りします


毎度お馴染みとなってしまった……というフレーズすら既に意味をなさないほどにお約束となってしまった、九校戦夕食会の遠坂刹那の超大作料理のそれが、今日は披露されようとしている。

 

昨日は有名寿司職人たちによって名人芸の限りの寿司をいただいたわけだ。しかも、獲れ立ての本マグロをいただいていたわけだが。

 

「そういえば今日は、昨日の職人さんたちから宿題を渡されたんだったか」

「ええ、確か……サンガイカイクというテーマを渡されたと聞いています」

 

サンガイカイク……今更ながらどういう言葉の意味であるのかを、光宣と水波は「?」を浮かべてしまうのであった。

 

だが答えは意外なところからもたらされた。

「三界皆苦―――、三界とは欲界、色界、無色界合わせて「全世界」を示す言葉」

 

長身の男が現れた。その姿に二高全員が喜色を出す。

 

「ゆえに全世界の苦しみ。この世にあるべきものはすべて苦しみの渦中にある―――お釈迦様が「三界」に生を受けてからいいはなった世界の結論よ♪」

 

二高でも有名な「寺の子」が、詳細な説明をしてきたのだった

 

「「アロウ(鴉郎)!!」」

 

「お久しぶりね。ミノル。ミナミちゃん―――」

 

「普通に見えていたのに中々、話す機会が無かったからな。というか……避けてただろ?」

 

「あらジェラってる? 私をエルメロイに取られたことが不満?」

そりゃそうだろと、光宣だけでなく、二高全体がそう思う。

だが、父母会が求めた以上……親に養われている以上は、あまり我を通せないのだった。

 

「そう言ってくれるだけでも救われるわ。いずれ来る「戦い」のためにも魔宝使いサマを直に見たかったもの―――ある意味、エルメロイにいるのは私のワガママでもあるのだから」

 

「それは予想外ですね……」

 

水波とて最初は本当に学校判断だと思っていたというのに、鴉郎がエルメロイにいることは、彼自身の目的でもあるとしてきたのだ。

四葉のガーディアンとして訓練されてきただけに、その言葉の不穏当さに少しだけ緊張したのだが……。

 

「ノンノン!女の子がそんなこわばった顔しちゃダメよ!!ミナミちゃんを守護している盾持ちの女の子も、それを望んではいないわ!」

 

「むぎゅっ!!!」

 

「鴉郎の表情筋マッサージ―――まさか水波さんにそんな疲れをさせていたとは、同居人として不覚!!」

 

「そんな結論でいいのカナー」

 

水波の表情筋を一瞬で解した鴉郎。彼に下心はないと理解しているとはいえ、他の男―――いや厳密に言えばオトコではないのだが……生物学的にXY染色体が、自分の女に触れていることに怒れよと九島ヒカルは思う。

 

しかし、そんなことは些事であった。マジカルエステティシャンとして知られている彼の手によって「変わるわよ」(ハニーフラッシュ)してきた女子・男子は多いのだから。

 

「テーマが三界皆苦。すなわち「苦しみを料理で表現しろ」ということか」

「なかなかの奇問ですね」

「天上天下唯我独尊 三界皆苦 吾当安此―――釈迦の結論を果たして……」

 

言葉だけならば、如何様にも解釈できるものであったりする。

遠坂刹那という男が今まで味わってきた最大級の苦しみを「美味なる料理」で表現する。

 

とてつもない難問奇問に対する「解答」を楽しみにしながらも、二高は水波を中心に写真を撮ったりしているのであった。

 

 

そんな様子を少し離れた所から眺めていた達也は、ちょっと淋しくなりつつ口を開く。

 

「水波は、二高であんな感じなのか……何というか、複雑な気分だ」

「お気持ち、お察しします」

 

深雪の言葉を聞きながら、達也はいつぞや刹那が言っていた「才能は分散していた方が輝く」という言葉を思い出していた。

 

仮に水波が、当初の予定通りに一高に入学していたならば、その才は双子たち、毒舌系シスター天使ちゃん(死)によって埋没していた可能性は高い。

 

まぁガーディアンとしての適正だけならば、それでいいのだが……あんな風にみんなと横ピースなんぞしている妹分を見ると、色々と複雑だ。

 

ただ、あの妙漣寺鴉郎とかいう男は少々チェックしておかなければなるまい。

 

そうこうしている内に、昨日は自分たちに寿司を振る舞ってくれた寿司職人のうちの2人……松田シェフと鬼島シェフがやってきた。

 

刹那の「テーブル」の椅子に座るは四名。

 

シェフ2人と、リーナ。愛梨。

 

「君が出した三界皆苦の結論、見せてもらおうか―――」

「お手並み拝見させてもらうよ遠坂君」

 

ゴルドルフコートを着た刹那は対面する料理人2人。そして愛し愛される女2人に余計なことを言わずに頷く。

 

(やはり点心でも蒸すのか、いやあの対面テーブルの形状や周りにそれらが無いところから―――)

 

何かしらの即興料理を出すのは分かるのだが……分からないわけはない。どう考えても「あれ」だ。

 

だが、達也の「予想」が「現実」になったとき、それが怖い。

 

(お前の前にいるのは本物のプロフェッショナルだ。確かに素人以上のアイデア料理があるし、その手並みも尋常ではないのは理解しているが)

 

松田シェフはわからないが、その道10年以上ものプロであろう鬼島シェフに通じるものだろうか―――。

 

「では三界皆苦の料理―――出させていただきます」

 

調理台兼テーブルにあったゴルドルフクロスを取りさって全ての食材を白日の元にさらした刹那。

 

やはり、アレは―――。

 

「掌全体に酢を「回す」―――」

 

手酢の所作である。そして用意されている米びつからおそらく「酢飯」を右の素手で掴む。飯玉に空洞を作るのも見た。

 

そして左手には魚の切り身。

同時に右の指で緑の練り物を飯玉の真ん中に挟み込む。

 

一連の手技は―――素人のはずなのに。

熟練の職人かのように「掌中」(たなごころ)の小さな世界に魂を込めるがごとく、一握りの空気すらも入れた小世界の想像にも似ている。

 

「完璧に処理を施した海鮮を中心にした具の数々、酢で切ったつややかな米飯(ミイファン)――手酢を回した素手仕上げ」

 

リーレイが何かを言っている。その鮮やかな儀式を解説しているようだ。

 

「宝石大師、やはり作っているのは極東絶海の神国にて極まったミイファン料理―――「寿司」を作っているのですね!」

 

大仰な説明。ありがたい限りだが―――。

 

「いや知ってるよ!!」

「昨日も食べたよ!!」

「熟練の職人さん相手になんて無謀な……」

 

いろんな声が魔法科高校の生徒を中心に湧き上がるも構わず、刹那は4人に2貫ずつを握り終えた。

 

「さぁ、とりあえず気取らず手元の醤油でどうぞ」

「やれやれ……魔法科高校の料理人と世間では言われている君が、こんな浅知恵で来るとはな」

 

苦いもの―――すなわち山葵(わさび)を使ったから三界皆苦を表現したと言いたいのか。

 

鬼島シェフの期待外れだという嘆息気味の言葉は、まぁその通りではあろう。「正面」から見れば、そうとしか捉えられない。

もっとスゴイ驚きある料理が欲しかったという失望も分かる。

 

だが―――刹那の料理を深く識るものたちは分かっているのだ。ここから奇跡は生まれるのだと。一見しただけでは刹那の料理の真髄は見えない。

 

そしてそれを理解している人がいた。

 

東京で開かれた寿司職人の大会でチャンピオンベルトを手にした松田シェフだ。

 

出された2貫の寿司―――おそらく「鯛」であろうそれを前に緊張しているのが見えた。

 

(感受性が豊かな人だな……)

 

本籍地こそ日本で生まれたそうだが、育ちは完璧なハワイアンという御仁は明らかに緊張をしていた。

 

(察するに、これを食べてしまえば自分の何かが揺らぎかねない。そんなところだろうか)

 

何かの一流は他の事物の一流に対しても感ずるところを持つ……基本的に技術屋で理屈屋の達也ではあるが、そういうプロ同士のシンパシーというのは分かる。

 

ゆえに。

手掴みでいった四者。

 

その鯛が導く味とは―――。

 

沈黙。同時に沈黙した4人。

 

目を瞑り、咀嚼している様子は、その味わいに酔いしれているのが分かる所作だ。

 

「これは―――」

「中華寿司か!!」

 

職人2人が言い放ったあとには大仰なのか、はたまた魔術的演出なのか、4人の鼻から煙のようなものが吹き出た。

 

鼻腔が爆発したとしかいいようのないもの。大丈夫なのか!?と誰もが驚くが―――。

 

「セツナ……リンお義母さんから受け継いだものを使ったのネ」

「そういうことさ―――」

「普通のワサビではありませんでした。鯛の湯霜作りの凄まじい皮の脂すらも美味く食べさせる―――正しくセルナのように「領域幅」(レンジ)が広いこのワサビは」

 

ワサビの辛さ苦さゆえのものであったようだ。だがそれは寿司の味を損なうものではない。

 

刹那の愛し愛される2人の乙女の恍惚した言葉とは別に職人2人はその味を分析する。

 

「ネタとシャリの中華的な調味も完璧。同時に込められた空気が口の中に放られ咀嚼。開放された時にとてつもない味の爆発を見せる―――だが何よりもこの「薬味」。ワサビであってワサビではない苦みの根源だ」

 

「あらゆる旨味を「一刹那」に開放して数十倍に膨らませる―――これは一体……」

 

プロの職人が驚きそれでも分析した正体を刹那はもったいぶらずに晒す。

 

「それはこれです。これをワサビと合わせることでオリジナルのワサビとしました」

 

「「ゴーヤ!!!」」

 

刹那が調理台の下から出した笊にあるそれはワサビと同じく苦みを芯にした食材であった。苦瓜とも称されるウリ科の野菜は南国での定番の一つである。

 

驚く2人の職人と同じくこの場にいるほぼ全員が同調するのだが……リーナだけは普通なのだ。

 

「ゴーヤとワサビを合わせたオリジナルの薬味で、俺の「寿司」を味わってもらいましょう。まぁ流石に江戸前や加賀前ほど本格的ではないが―――これが俺の三界皆苦の料理です。存分に堪能してくれれば嬉しいですね」

 

「よ、よし! もっと食べさせてくれ!」

「―――お願いするよ刹那君」

 

姿勢を正して魔法使いの挑戦を受けて立つ様子のシェフたち。

 

それを受けて刹那の手技―――握りの速度が上がっていく。

 

決して雑な仕事、やっつけではない。むしろ洗練されながら舟形とも俵型―――どちらとも取れる見事な造形の寿司が次々に作られていく。

 

 

「よく考えてみれば刹那くんは、小さな頃から宝石を用いた造形においてもとんでもない才能を見せていましたからね」

「つくるものとしての本領なのかもしれない……」

 

恐らくそれ以上のものがあるのだろう。

 

そして中華寿司の名称通りにアレンジされたものが刹那の手で握られていく。

 

甜麺醤の煮ツメらしきものを塗られた穴子

や煮イカ。エビもまた生も煮たものも殻を炒って擦った粉末を忍ばせる。

 

基本的に、エビチリの原型とて殻ごとの調理・食味をする中華の伝統に沿った形だ。

 

変わり種では肉、牛肉をステーキにしたものが振る舞われる。

 

薄くスライスしたものや少しだけ分厚いものが、それに適したシャリの量とゴーヤワサビの適量で最高の美味へと変じる。

脂と肉汁がマッチした逸品。

 

その他には焼き鯖を寿司にしたものまで―――しかもそれは陳皮……みかんの皮を香り付けに使ったらしく先のステーキ寿司をリセットしつつ、肉厚なサバの身が満足をさせる一品だ。

 

ここまでバリエーションに富んだ寿司ネタの数々を見せられてきたメンツは思う。

 

俺達(私達)も食いたい!! と。

 

そして最後にシメとして出されたのは、王道中の王道である―――(シビ)である。

 

「狙いや奇策もなく。最後はコイツでシメに来たか―――」

「涙が止まらない……ゴーヤワサビのせいなのか―――」

 

挑戦的な鬼島シェフとは違い、涙を流している松田シェフ。刹那の寿司には彼の心の琴線に触れる何かがあるのかもしれない。

多めのゴーヤワサビをネタの上に乗せた鮪の握り寿司。

 

それが導くものとは―――。

 

「熟成した鮪の身と多めのワサビが刺激しあいとてつもない味を引き出している……」

 

「まさしく「苦」を表現しながらも多幸を膨らませる寿司だ……」

 

侮っていたわけではない。だが、ここまでの職人技を魅せられ、味わうとどうしてもその根源が知りたくなる。

 

それは隣にいる2人の少女から伝わる。

 

「セツナの苦悩、その源流は……シロウお義父さん(衛宮士郎)リンお義母さん(遠坂凛)の喪失……起源(おおもと)ゆえの運命にこそある―――」

 

「されど展開する食材の命、そして繋がりながらも失われていくその密度の濃い悲喜交交も一瞬の輝き、それらが最後は一片の名残すら断ち切って去ってゆく―――」

 

目を瞑りながら刹那の料理世界に入り込んでいる2人は目尻に涙を浮かべているぐらいだ。同時にその関係の深さに嫉妬が出ていたりする。

 

「リンお義母様と合わせたセツナの掌……そこからヒンヤリ消えていく魂を感じながらも、掌から受け継がれていく魔術刻印……求めていく根源への苦行」

 

「されど、遠坂凛師母の以前から時を超えて引き継いできた遠坂の魔導と衛宮の心……ゴーヤとワサビの合わせはそこにあったのですね」

 

例えるならば、あのゴーヤワサビは、刹那の両腕にありし両親の魔術刻印も同然だったのだ。

 

遠坂家という長い魔導の道がワサビならば、ほろ苦いゴーヤは衛宮の魔導。

 

それらが混ざり、シャリの中に込められたひと握りの空気と化合した時に三界皆苦を表現したものが生み出される。

 

(迂闊でしたねシェフ)

 

達也が考えるところ刹那の魔術の全てはいうなれば苦行の連続なのだ。

もちろんそれなりに何かの楽しみはあれど、呪いのような先祖代々の魔術刻印を受け継いでいく過程すら彼は普通の魔法師とは経験値が違いすぎるのだ。それでも受け継いでいくそれらを次代に引き継ぐ。

 

どこかでゴールを迎えるとしてもそれは……まだまだ続いていく「苦」であるのだ。

 

舎利(シャリ)の一粒一粒に載せた生老病死の苦しみを、アナタの名前と同じく「刹那」に葬送(おく)りだす祭事……」

「さすがですセルナ―――最大の苦悩を再葬すると共に再奏する。これは正しくテーマ(三界皆苦)を最大レベルで超越していますわ!」

 

美少女2人の持ち上げた言動に引いているかと思えば、職人2人は感じ入るものを覚えているようだ。

 

「松田……どうやら俺達は、少々彼を見誤っていたようだ」

「ええ……ありがとう刹那くん。君は俺の心残りすらも再葬してくれたよ」

「詳しくは聞きませんが―――それでも世界大会を前に「なにか」を松田シェフが得たのならば、幸いです」

 

喪ったものどうしに伝わるシンパシー。言葉少なに通じあう「継いでいくものたち」の心が―――この場に無言ながらも響き合うのだ。

 

「ここまで来たらば、お客のままじゃいられない。刹那くん―――俺にもそのゴーヤワサビと戦わせてくれ!!」

 

その意味、本当にゴーヤワサビと蹴る殴るわけではない。要するに、自分の握りでどれだけポテンシャルを引き出せるかを知りたいという意味だろう。

 

実際職人の白衣を下に着込んでいた松田、鬼島の両シェフは最新の滅菌・殺菌のスプレーを施してから握りに入るようだが。

 

どう考えても人手が足りないのは当然で―――。

 

「ショウちゃん!!俺達にも手伝わせてくれ!!」

「松田さん!パリに行く前に腕をあげていきましょう!」

「ショウゴくん!」

 

昨日の夕食会でも見た職人さんたち―――以上の人数がやってきたのだった。

 

人は足りた。問題はどうやって寿司を届けるかだ。

 

「小皿は大量にあるようですね。ではモルガン陛下―――お願いいたします」

「モルガンズ・マジック♪」

 

その問題はあっさり解決するのだった……。

 

エルメロイ先生が確認したあとには、ルーラー・モルガンの面白がるような言葉とハリポタの杖みたいなものを振るったことで、全てのテーブルと職人さんが握る調理台が「水のレーン」とでもいうべき場と直結する。

 

循環する水の通路。つまり『回転寿司』である。

 

「こいつは粋な演出だ……ここまでされて半端な仕事は出来ないな」

「世界大会前の壮行としよう!ではゴーヤワサビ。作り方から勉強させてもらうよ」

「こちらこそプロの職人芸を近くで勉強させてもらいますよ」

 

そんな言葉で二度目の寿司ざんまいな夕食会が開かれるのだった。

 

因みに、シェフ一同の中でも松田さんの「くるくる」した握り方はいろいろな意味ですごかった。出来上がった寿司もとんでもなく美味しかった。

 

これが世界レベルか!と誰もがいつかは、この人の店で食べたいと思う。

食べれる人間になろうと誓うものである。

 

昨日は見なかった・見せてくれなかったそれを前にして刹那の料理技法は更に上がるのだが……。

 

「別になにか思惑とかはないぞ。ただ単に俺にとって料理とは魔術と同じ限りなき自己修練の道だからな」

 

作るのは己の為でもあり、他人の為でもある。

 

他者を喜ばせる道は己自身を喜ばせることに繋がる。

 

護身錬胆

健康増進

 

そして精神修行を合わせた自己改革の手段である。

 

「―――というわけで、甘鯛おまち」

「俺の邪推しすぎかよ」

 

疑いの目をかける自分を恥じ入りながら近場のテーブル席に座ったことで出された甘鯛の握りに多幸を覚える達也。

 

「まぁ専門的なことを申せば、料理は魔術の基本なんだよ。口にしたもの、体に入るものは、すべて自分を構築する。その良し悪しにかかわらず。だから実践派の魔術師は、最低限の料理はできるようにするものだ。ただ例外として貴族の中には、自分で料理を作るぐらいなら死んだ方がマシと主張する者もいる」

 

その後にはキャビアの軍艦巻きとヒラメのエンガワ握りを食っている金髪エルメロイ(CVいのりん)を見る刹那。

 

そうして裏側でいろいろな策謀が走りながらも4日目は終わり―――5日目の勝負が始まる。

 

 




おまけ……「料理人は魔法使い♪」

刹那「料理人は誰しも魔法使いではある。料理人であれば勇者ロボに相応しい『勇者メシ』を作って悪の力で苦境に立たされた勇者ロボのエネルギーを補給したりできる」

達也「それはロマンあるな」

刹那「はたまた本能寺の変で死ぬはずだった信長・信忠の親子を生き延びさせて唐入りするIFの歴史を作り出したりすることも出来る!」

達也「それは人理的にどうなんだよ」

刹那「ただし松姫が信忠と一緒になれる世界だぞ」

達也「山梨県民としてロマンを否定しきれない……信玄公が大好物だったと聞くアワビお願いする」

そんな風に対面で『岡星』なやり取りをする2人を見て鼻息を荒くするのは、泉美と美月であって、2人に妙な『素材』を提供したりする魔法使いであったりもする。



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第382話『魔法の宴 双盾死闘編1』

ムネノリリィ……(語呂良い)

こちらとは関係ないのですが、別作の方で流行のAI画像生成でオリ主の画像に近いモノをアップロードしました。

もうちょっとアルトリア顔な魔法科高校制服にしたかったのですが、ううーみゅ精進せねば。

などと愚痴りつつ新話お送りします


 

 

 

大会5日目は男子・女子・混合のシールダー・ファイトのペア決勝までの試合スケジュールとなっている。

 

本来ならば並行して行われるはずだった氷柱倒しは機械の予定が着かずに休止となっている。

 

ある意味では単一の種目に注力できる状況に各校は嬉しく思いながらも、油断なく戦いは進んでいく。

 

そして現在、シールダー・ファイト男子ペアの準決勝の真っ最中だ。他の試合 四高と一高のペアの戦い次第では、同校対決になるだろうが。そこはまだ考えるべきことではない。

 

十三束が盾を掲げて突進する。一高のペアが二人ともベタベタの近接タイプであることをこれまでの試合で知っている。

相手である三高の選手は、桐原と十三束からずっと距離を取って戦っている。だが直接働きかける遠隔魔法は十三束の展開する狭い代わりに高強度の領域干渉、と三高選手は思っているが、実は接触型術式解体によってことごとく防がれているわけだが。

 

(強い!!)

 

決してこちらを侮らずヒットアンドアウェイ。蝶のように舞い、蜂のように刺すような戦いが徹底されていた。

……そろそろ超接近戦では勝てないと悟った十三束は、盾を片手持ちして後ろにいる桐原にもう片手でサインを出す。

 

ここで見せることは決勝戦を不利にするかもしれないが、ここで敗れては黙阿弥である。

3つのシールドの内の1つが砕かれている現状。

窮地ではないが、それでも……。

 

そんな十三束鋼の様子に少しだけやれやれと思うのは桐原であったりする。ここまでの戦いである意味、十三束の最大の爪を隠しながら戦わせてきたことでフラストレーションを貯めさせたのかもしれない。

 

実際、司波達也の見立てと桐原の見立てでは、このままいけば三高は息切れしそうなのだが。

 

(ピッチャーとキャッチャーの以心伝心でのやり取りとまではいかんか)

 

投げたいボール。特に覚えたての決め球があると使いたがる投手の心理と同じだが……。

 

(無理に抑えつけることも、あまり良くないか)

 

沢木であれば部活の先輩ということで十三束もダメだということを是としたかもしれないが、桐原は剣術部の人間でしかないので、結局したいようにさせるのであった。

 

逃げ回りながらも攻撃を続ける三高ペアを前に、十三束は盾を横持ち(・・・)して停止した。

 

その奇態な行動に三高は惑わされる。ハッタリか何かの新技があるのか大きめの盾で完全に見えなかった十三束鋼の顔が完全に見える。

短躯とはいえ胸の高さで持たれていた盾―――その行動を前に。

 

―――ハッタリだ!!

 

断じた三高ペアは、ここぞとばかり接近戦を挑もうと足を貯めた。恐らくあの動きに幻惑されたところに後ろの桐原が……という考えは、あっさり崩れ去る。

 

「魔砲展開発射」

 

盾の表面に砲が幾つも出来上がった。カッコ悪い表現だがフジツボが群生する防波堤の岸壁のようなそれを前にして……。

 

そしていくつもの魔弾が発射されていく。

 

「「なにぃいいい!!!!」」

 

空気塊を投げつけるのならばともかく、この魔弾の性質は遠坂刹那と同じもの。

 

その放る回転もまた少し劣るが、一見すればそこまで違うようには思えない。

 

三高ペアのサイドシールドが既に喪失して、手元の唯一の防御手段であるシールドが次々と凹んでいく。速度と物量(手数)がとんでもないのだ。

そしてそこに横合いに高速で回り込んできた桐原の攻撃が決まる。サイドアタックを許す……柔らかい脇腹を狙われたことで唯一の防御手段である持ち手の盾が砕けて、そうして三高を打ち破り決勝へと駒を進めるのであった。

 

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 

そんな十三束・桐原ペアの戦いぶりに、苦言を呈するわけではないが、それでもここでやるかと嘆きを覚えるのは作戦参謀でもある達也であった。

 

「そりゃ十三束も刹那から魔弾の要諦を教わって、いつかは披露したいと思っていたんだろうが、ここで見せるか」

 

決勝にて4高の角隈・静希ペアに奇襲として放ることも出来たかもしれないのに……。

 

「けどよ達也。作戦として切り札を持っておくってのはいいが……速めに決着を着けるのも一つだろ?」

 

達也の内心を察したのかフォロー役として副会頭であるレオの言葉が入る。

 

「むっ、そうか?」

「如何に両名が鍛えているとはいえ、三高の戦術は基本に忠実なヒットアンドアウェイだったからな。追い足を使いすぎて体力を使わされるのも後に響くだろ」

 

登山家(クライマー)として、ペース配分や山の状況の察知に敏なレオの言葉に、それも一つかと思う。

 

「あと、多分だが桐原じゃ鋼を抑えきれなかったんだよ。俺みたいに直接の部活の先輩後輩だったらば、まだ言うことは聞いていたんだろうけど」

 

二〇分前に四高男子ペアにやられた沢木のフォローの発言で、そういうことかと考え直す。

 

結論としては……みんな自慢屋なのだった。

 

(((お前)もな!))

 

司波達也の我だけは違う的な発言を内心でのみ否定してから、今後のことを考える。

 

目下最大の敵であったチーム・エルメロイは、シールダー・ファイトにおいては全滅。当然いくらかのポイント圏内に選手が進めれたのはいる。

 

準々決勝の混合ペアで一高 由比睦心・河西伊織と戦ったエルメロイ 相津郁夫・斎藤弥生などはそうだ。

 

しかし、勝ったのは前者で西城・言峰ペアの決勝の相手はまたもや一高出身者なのであった。

 

そこでの戦いはどうするのかは四者の意思表示次第だ。

問題は女子・男子ペア決勝。こちらは完全に他校との戦いである。

男子ペアは先程述べたとおりに四高である。見ていた限りではどちらもなにか派手なものを見せていたわけではないが。正直言えば、どうして沢木・縣ペアが負けたのかが分からない。

ただ、四高応援席から響く声。特に達也にとっての親戚である黒羽文弥・黒羽亜夜子の応援で。

 

『我らがザビエル会長!!! 仕上がってますよ!!』

『驚異のYAMA育ちパイセン!! その勢いで我が校に優勝旗を!!』

 

……どんな応援?と誰もが首を傾げるものがあったりする。

 

そしてさらなる問題は……。

 

女子ペア決勝……。

 

三高 一色愛梨・光主タチエ

一高 壬生紗耶香・千葉エリカ

 

この戦いがどうなるかである……。

 

(どうもできんな!)

 

もはやこの戦いは不確定要素なんぞない。ガチンコでぶつかり合う力押しの戦いだけになる。策なんて『しょっぱいもの』を勝負の場に持ち出そうものならば、一挙にどちらかに天秤が傾く戦いだ。

 

唯一の策といえば、リーナと刹那のロベロべ(LOVE LOVE)っぷり(死語)。観客席の様子でも見せれば一色を逆上させることもできるかもしれないが―――それがデバフになるかバフになるか分からない。

 

「チーム・エルメロイの選手がいなくなっても、中々定まらんか」

 

寧ろ、場の流れが更にこちらにとって読みづらくなった気がする。昨夜、真由美OGから教えられたエルメロイ先生の『勝負事』の流動性・固定性とやらを考えるに、ある意味では「いち抜けた」チーム・エルメロイによって場が乱れている。

 

「このままだとどうですかね?」

「―――チーム・エルメロイは、既に照準を明日の前倒しして行われる新人戦に向けている。まぁそれは他のチームも同様だが、刹那に一手先んじられるのはマズイな」

 

由比・河西ペアのCADを調整及び作戦参謀として試合に帯同していたケントの言葉に答えてから、中条会長にはそれとなく一年の様子を見つつ、なにか緊張しているようならば声掛けをするように言っておく。

 

梓弓を応用した『術』ならば今から緊張をせずにいられるはずだ。

 

そうして明日の戦いに意識を向けながらも、何かの陥穽は無いかと四高ペアの戦いに達也は目を向けるのだった。

 

 

「さて、今日のスケジュールは他の試合を見て『勉強』することになるが……その前にやっておくことがある」

 

各種競技の決勝開始は午後二時からと決められている。

 

それぞれで赴く競技場は決めてもいいし、エルメロイのテント・会議室のモニターで全てを見てもいい。その辺りは自由にさせていた。

 

特製担々麺を食わせていたエルメロイの面子を前にして刹那は、締めるべきところをいっておく。

 

「明日からは前倒しされた新人戦だ。スケジュールは間を挟む本戦とは違ってぶっ通しだが、順番は基本的に変わっていない」

 

いよいよやってきた新人戦を前にして一年の緊張が見て取れる。

 

「というわけで―――トップを切るペペロンチーノ、六道。まずはお前たちにバトンタッチだ」

「予想外に重いバトンですこと」

「大変なものをいただいちゃいましたね」

 

ある意味ではこの二人の歳にそぐわない落ち着きっぷり。トップバッターであることに安堵する。

 

「チームとしての勝敗は気にするなよ。自分の出したいことを出せ。そのうえで勝つことが目的ならば全力を尽くせ」

 

「仮にそれでチームの優勝に瑕疵が出たら?」

 

「あのメンバー初顔合わせの時にも言ったが、勝ち負けに必死で拘るつもりはない」

 

その刹那の言葉に少しだけの落胆を生むものもいた。都合一ヶ月以上も同じようにやってきた人間の集団であるのだ。

 

同じ釜の飯を食う仲間であった一時だけの連合チームだが……戻るべき自校があるのだが、それでも―――。

 

「しかし、団体としての勝敗は俺たちが何とかする。たとえ一年生たちがどれだけ失点したとしても、後半本戦で取り返してやるさ」

 

―――チームとしての勝利を目指すべき心はキャプテンが示してくれたのだ。

 

「遠慮はいらんぞ一年生たち。ここまで取ってきた貯金はお前たちが遣うためにあるんだ」

 

その言葉に、紅白のエルメロイ制服に輝きが戻った気分なのだ。

 

「―――ケド、本音は?」

 

「いや、本音のホンネ! 勝負どころで宝石をケチるようなヤツに勝利の女神は微笑まないんだよ!! たとえ後に宝石箱の中身の空虚さに頭を抱えたとしてもな!!」

 

恋人とのやり取りでそんなオチを付けられてしまっては、このキャプテンの為にも自分たちも貯金をしてやるかという気持ちが生まれて、チーム・エルメロイは新人戦より再始動を果たす。

 

そして午後二時より盾打ちの決勝戦は始まるのであった……。

 

 



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