信じて送り出したド淫乱幼馴染みが真人間になって戻ってきた件 (ナマクラ(18禁))
しおりを挟む

その1

 僕の幼馴染みは、鈴の音の似合う透明感がある少女だった。

 

 栗色の髪を編み上げポニーテールを揺らす彼女は、大きな瞳に長い睫毛が愛くるしく、万人を幸せにする笑顔で笑う、間違いなく絶世の美少女だった。

 

 ただ。

 

 

 

 

 

「んほぉぉぉぉぉぉ!! イグイグイグーっ!!」

 

 

 

 

 

 彼女はそんな恵まれた容姿を、全てゴミ箱に叩き付けた。彼女の本性は、発情した獣のような表情が良く似合うド淫乱だった。

 

 彼女は生まれつき、たまたま人より性への興味が突出していた。欲望を隠さず晒け出し、隙あらば何時でも股を開くド淫乱としか言えない女だった。

 

 

 彼女が、性欲に目覚める前。

 

 

 幼い頃は、誰しもが彼女に憧れた。性への興味へ目覚めていなかった彼女は、涼やかで凛とした雰囲気の美少女だった。

 

 小学校ではクラスの中心人物で、大人びた言動で教師の信頼も厚い、模範的な生徒だった。

 

 そんな彼女と幼馴染みで、僕はみんなから羨まれたものだ。僕と彼女は仲が良く、男女の垣根を越えてよく一緒に遊んでいたっけ。

 

 彼女の様子がおかしくなったのは、中学校に入ってからだろうか?

 

 

「……こんな本を、拾った」

 

 

 そう言って彼女が突きだしたのは、一冊のエロ本だった。

 

「……私と一緒に、これ読まないか?」

 

 鼻を膨らませて僕にエロ本を見せてくる彼女は、幼心に衝撃だった。

 

 何やってるんだよ。お前はそういうキャラじゃないだろう? そう心のなかで突っ込みながら、エロ本への興味に負けて僕は彼女と共にエロ本鑑賞に付き合って。

 

 

 

 

 その日、僕は暴走した彼女に童貞を奪われた。13歳の夏の、ほろ苦い思い出である。

 

 

 

 

 その日を境に、彼女は性に溺れていった。

 

 僕は毎晩のように夜這いを仕掛けられ、彼女の要求は日に日にエスカレートしていく。

 

 そして、一年程経った頃。

 

 毎日彼女の欲望の捌け口にされて流石に体が持たなくなってきたので、僕から逆に彼女に色々と要求するようになった。

 

 平たく言えば自己防衛だった。

 

 最初から相手をするのはしんどいからまずは自ら慰めておけ、プレーが激しすぎるからちょっと縄で縛らせろ、見られて興奮するなら撮影しておくから勝手に発情してろ。

 

 鬼畜外道な、命令ばかりを好んで出した。別に僕にそういう趣味があったわけではない。

 

 正直なところ、僕は彼女に嫌われてしまいたかったのだ。幼い頃から憧れていた美少女は影も形もなく、僕の隣で寝ていたのは欲情に顔を火照らせた雌犬だ。

 

 そもそも。何度も体を重ねていて、まだ僕と彼女は恋人関係ですらない。有無を言わさず夜這いされ、僕は延々と流され続けていただけだ。そんなただれた関係に、僕は吐き気すら催していた。

 

 その、結果。

 

 

 

 

 

「もう、我慢できないぃ! 見られてもいい!! もっと、もっと激しくぅぅぅ!!」

 

 

 

 

 

 平日の学校、生徒の行き交う廊下のど真ん中、発情した彼女は僕を襲って停学になった。

 

 性欲に頭を焼かれた彼女は、他人に体を見られることに興奮してしまう彼女は、欲望に負け社会的に死んだ。

 

 

 

 

 

 

 そんな彼女の異常性が明るみとなり、僕との爛れきった関係を知った彼女の両親は、遠くへ引っ越し彼女を転校させることにした。

 

 妥当だろう。その噂は校内で知らぬものはない。廊下のど真ん中、欲情に頬を染め全裸で男に股がった写真が学校の掲示板にアップロードされている。

 

 彼女にもう、学校に居場所はない。

 

 

 

 

 そんな彼女が、別れ際に最後に告げた言葉はこうだった。

 

 

「私の転校先についてきてくれないとか、放置プレーと考えて興奮する」

 

 

 もうダメだ。そう、思った。

 

 ニタニタと笑みを溢す彼女を、僕は諦めた顔で見送った。

 

 あの女は、きっと水商売が天職。夜の街で自らの美貌を売り、欲望のまま性の捌け口にされ、一生を終える女だ。

 

 だから僕は彼女を忘れることにした。

 

 僕が今まで彼女を相手していたのは、どこか期待していたのかもしれない。昔の、あの凛とした雰囲気の美少女に戻ってくれることを。

 

 僕が憧れた、あの澄んだ目をした美少女にもう一度会いたかったのかもしれない。

 

 

 

 ────深夜、真っ白な無地のDVDを再生機に入れる。

 

 そして、だらしなく涎を垂らし、僕に股がって一心不乱に腰を振る彼女の映像を再生する。

 

 

 その扇情的な姿に、僕は溜め息を溢した。……憧れの女性は、そこには映っていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、僕は高校へ進学した。

 

 僕は被害者と言う位置付けだったため、停学にもなっていないし陰口を叩かれたりはしなかった。

 

 僕が心底、悲しそうに彼女の話をしたのが効いたのだろうか?

 

 あの事件のあと、僕を揶揄する声は一週間と経たずに消え去って、皆が同情的な視線を送るようになっていた。

 

 

 

 だがそんな優しい同級生達とは別れ、僕は一人、他県の進学校へ入学した。

 

 僕自身は陰口を叩かれてはいなかったが、やはり学校に行くのは苦痛だった。下衆によって掲示板にアップロードされる彼女の写真には、常に泣きそうな顔をした僕が彼女の下で情けなく尻餅をついていたからだ。

 

 それは、晒し者に他ならなかった。僕は自己防衛のため、地元から逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………あ」

 

 そして、僕は他県へと進学した。

 

 全てはあのトラウマから逃れるため。あの脳の腐ったクソビッチを忘れるため。

 

 忘れたい過去に決別するため。

 

「嘘、だろ」

 

 

 

 その進学校の、入学式。

 

 生徒代表として、答弁を行っていたのは。

 

 

 ────忘れたい過去そのものである、彼女だった。

 

 こうして僕と彼女は、数年ぶりに再会した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女生徒の噂は、容易に聞けた。

 

 その栗色の髪の女は、入学試験一位の秀才だった。

 

 そういえば、アイツは昔から優秀な女だった。何をやらしてもソツなくこなし、小学校の時点では誰もが憧れる才媛だった。だがその実態は、ただの色狂い。

 

 幸いにも、彼女とクラスは違っていた。

 

 だから僕は、彼女に話しかけるような事はしなかった。彼女と仲が良いと、思われたくなかったからだ。彼女の性欲のはけ口であった過去を、誰にも知られたくなかったからだ。

 

 男としてのプライドだった。親に無理を言って下宿までして、この学校に入学したのだ。気軽に転校は出来ない。

 

 ならば。僕とあの女は、赤の他人。そういう事にしてしまえばいい。

 

 

 その入学式の夜、僕は悪夢にうなされた。

 

 

 夢の中、彼女は僕を見つけ出すと所かまわずまとわりついてきて、必死で無視を続けた僕に一言、「放置プレーは興奮する」と笑う夢だった。

 

 本当に起こりうるかもしれない、その未来に僕は嗚咽をこぼした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日。

 

 朝一番、僕は靴箱の前で凍り付いていた。

 

 手紙があったのだ。彼女の名前の綴られた手紙が、僕の靴箱の中にあったのだ。

 

 めまいが止まらず、僕はその場にうずくまった。

 

 気付かれていた、僕の存在があの女に気付かれていた。その事実が、恐怖が、僕の臓腑をえぐった。

 

 何が書いてあるのか。あの女は、今度は僕に何をさせるつもりなのか。

 

 震える手で、僕はその手紙を開いた。

 

 

 

 

『貴方が望むなら、私は二度と貴方には関わらない。だけど、どうか一度だけ私と会ってほしい』

 

 

 

 

 それは、シンプルな文面だった。

 

 書道家のような達筆で、2行だけの文章が記されていた。

 

 

『どうか、一度だけで良い。身勝手も承知だ、私に謝らせてくれ。放課後、屋上にて待つ』

 

 

 手紙に記されたのは、たったその2行だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後。僕は、屋上に出向いた。

 

 罠かもしれない。彼女は僕をおびき寄せて、以前のような好き勝手をするつもりかもしれない。

 

 だけど、何故か出向こうと思った。彼女に会わないといけないと感じた。あの女を乗り越えないと、僕は一生女性が怖いままだと思った。

 

 

 

 屋上は、立ち入り禁止の張り紙がしてあった。つまり、中に野次馬はいない。僕は誰にも見られないよう周囲を警戒しつつ、こっそりと屋上への階段を上った。

 

 

 

 そして屋上には、彼女が一人立っていた。

 

 彼女のトレードマークだった栗色の髪は、成長してしなやかな長髪になっている。新品の学生服に身を包み、胸元で小さく手を握ったその少女は、まっすぐに僕を見据えていた。

 

 

 ────その眼は、澄み切っていた。

 

 

「久しぶり、等と気軽に挨拶を交わしては君に失礼かな」

 

 聞いたことの無い声色で、彼女は僕に語り始めた。その雰囲気は、以前の彼女のモノではない。

 

 底冷えするような欲望が、今の彼女からは微塵も感じられない。

 

「私が愚かだった。愚かな欲望に飲まれ、調子に乗っていた。自分が良ければそれでいいと身勝手なことを考え、君を傷つけてしまった」

 

 そう言って、彼女は屋上に膝を付いた。

 

「本当に、すまなかった」

 

 その言葉に、嘘は感じなかった。

 

 僕を罠にはめようだとか、隙を見て襲い掛かろうだとか、そんな下心はないと思った。

 

 

 その日。誰もいない無人の屋上で、かつて僕が憧れていた女性は無様に土下座をしていた。

 

 僕に向かって、目に涙の雫をこぼしながら、肩を震わせて土下座していた。

 

 

 

 

 

 

 

 その後彼女と話し合い、僕と彼女は赤の他人だと言うことにした。知り合いだったと言う事実は、隠してしまう。

 

 変に過去の関係を探られると、あの事件に行きつかれる可能性があるからだ。せっかく他県に来てまで逃げ出した過去を、掘り起こされるのは御免だった。

 

 彼女としても、その方が良いだろう。彼女が全裸で僕にまたがったあの写真は、学内掲示板から一般サイトに転載されている。その写真は加工され僕にはモザイクが入っていたが、無修正の彼女は見る人が見れば一目で気付くだろう。

 

 全裸で男に股がる写真が広まってしまえば、彼女の学園生活は終わる。

 

 まっとうになった彼女は、僕にあの事件を口止めしたかったのかもしれない。だから、こうしてアポイントを取ったのだろうか。

 

 

「それは違う。この謝罪に、下心なんて何も込めていない」

 

 

 だが、彼女はそう言ってうつむいた。

 

「君が罰だと言って、この学校で私のそういう写真をばらまいたとして、私は甘んじて受け入れよう。学校中で陰口を叩かれ後ろ指を指される苦痛に耐えて見せよう。だってそれは、君が耐えてきた苦痛そのものだろう?」

 

 目を細め、肌に爪を立てて、彼女は大粒の涙をこぼして、こう続けた。

 

「私から君にできることは、謝罪することだけだ。誠意を見せろというなら、何でもやろう。金が必要なら何としてでも用意するし、二度と関わるなというならそれで構わない。二度と会えないと思っていた、二度と謝れないと思っていた君に再会できただけで、これ以上私が望むことはない」

 

 ごめんなさい、ごめんなさい。

 

 彼女は手で顔を覆い、僕に向かって詫び続けた。そんな彼女を見て、僕の何かが消えていくのを感じた。

 

 今まで僕を苦しめていた何かが、消えていくのを感じた。

 

 

 

 この日、僕を苦しめ続けていたあの獣のような性の怪物は、もうこの世に存在しないのだと知った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その2

 僕が高校に入学して、半年が経った。その間僕は、彼女と関わらなかった。

 

 関わる理由がなかった、それが一番の理由だろうか。クラスも違う、部活も違う。

 

 彼女は第1学年にして既に生徒会役員に選ばれていた。ゆくゆくは会長だと、周囲に期待されているらしい。相変わらず、優秀な奴である。

 

 一方で僕は、平和で平凡な日常を享受していた。数人のバカな男友達がいて、女子グループに毛嫌いされているわけでもなく、かといってクラスの中心人物と言う訳でもない、まさに凡庸な生徒だった。

 

 このクラスでは、誰も僕を腫れもののように扱わない。辺に同情的な視線を向けられることもなく、ガラの悪い生徒のブラックジョークのネタにされることもない。夢にまで見た、普通の学園生活だった。

 

 進学校だけあって、校内の治安も良かった。明らかに反社会的な人間はクラスに見当たらない。お陰で僕の精神的なコンディションは良好と言えた。

 

 ただ。女性に対する恐怖は消え去ってくれたものの、僕は未だに女性に対して興味を抱けないでいた。性欲、というものに対する忌避感は、僕の中に根強く残っていた。

 

 タマなし野郎、などと級友達は僕をからかう。しかし別に腹は立たない、僕の性欲が薄いのは事実なのだから。

 

 

 

 

「でさ。お前、本当に女子に興味ないの? ムッツリよりはオープンスケベの方が、ウケが良いぜ?」

「現状、無い。僕はね……嫌なんだよ、そういう下世話な話」

「相変わらずお堅いことで。……男色ではないんだよな? そこは、俺達の友情に関わる部分だから確認させてもらうぞ」

「違う。……男だろうと女だろうと、興味はない」

「残念。じゃ、今回も合コン不参加? お前顔は悪くないから、勝算はあると思うんだがなぁ」

 

 そして僕は、その馬鹿な友人と雑談にいそしんでいた。目の前でヘラヘラと笑っているこの男を含め、僕はこのクラスで数人の男子グループを作って親しくしている。

 

 この男と別段趣味が合うわけではない。ただ、この教室内において、席が近く話す機会が多かっただけだ。放っておけばマシンガンのようにしゃべりだし、試験間際になればノートを貸してくれと媚びた笑みを浮かべるこの男と僕は、半年間も友人をやっている。

 

 僕は、この男の事が嫌いではなかった。思春期であることを考えれば女性に興味を示すのは普通だし、彼のコミュニケーション能力の高さには目を見張るものがある。

 

 彼と自分とは別の人種であると理解した上で、部分的に尊敬できるところも多い。

 

「ま、じゃあ月曜日に俺の武勇伝を聞かせてやる。この週末は、新たな彼女と一夜限りのアバンチュールだ」

「一夜限りでいいのか」

「いや、まぁ出来れば長続きしてほしいです、ハイ」

 

 そう言って頬を掻くその男に、僕は苦笑いして突っ込みの手刀を入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……月曜日。

 

「ー君は、交通事故で入院です。友人である生徒は、ぜひ放課後に見舞いに行ってあげてください」 

 

 その馬鹿は、合コン帰りに車に跳ね飛ばされていた。聞くところ、割と重傷だった。

 

 あの男は、なんと女の子のお持ち帰りに成功していたらしい。それに浮ついていたバカは、紳士的に車道側を歩いて女の子をエスコートして、会話に夢中になり曲がったクルマの後輪に巻き込まれたのだとか。

 

 性欲に飲まれた人間の最期は、哀れなものである。

 

 

 

「……死んでねぇって」

「うわ、お前の足グロっ」

 

 

 

 いつもの仲良しグループで見舞いに行くと、男はふてくされた顔でベッドに横たわっていた。

 

「これ足大丈夫なのか?」

「リハビリ次第で歩けるってさ。全力疾走は出来ないらしいけどな」

「命が無事で良かったじゃん。お前運動部とかじゃないし、全力疾走する機会あんまないだろ」

「それはどうでも良いんだよ。せっかく、せっかく可愛い女の子とヤれそうだったのに、あの車の野郎……」

「そこか」

 

 馬鹿はやっぱり馬鹿だった。自分の足が潰されたことより、女の子を抱く機会が失われたことを嘆いている。

 

「てか、お見舞いは男だけかよ。女子は? ちーちゃんとかアンズちゃんとか」

「部活行くからパスってさ」

「薄情な女子共め……。ショックで俺の入院期間が伸びたらどうしてくれる」

「お前の人気がないだけじゃね?」

「言うな」

 

 そして僕は、少しだけ安心していた。思ったより、男が元気そうだったからだ。

 

 少なくとも、以前の僕のようにふさぎ込んだりしているわけじゃない。いつものバカな話が出来る程度には、余裕がある。

 

「女子共に言っといてくれ。見舞いには生の使用後パンツを持ってこいと。それを活力にして怪我を治すから、女子高生のパンツさえあれば絶対に死なないから」

「ますます嫌われるぞ、女子に」

「見舞いに来てくれない時点で好感度なんかないに等しいわ!! お前ら、よく聞け。入院生活で疲弊した俺は悲嘆にくれて、自殺すら考えているとクラスで吹聴して回れ。それを引き留めるためには、女子高生のパンツが必要だと言ってパンツを集めてきてくれ」

「……引くわぁ」

「お前ら、姉妹とかいねーの? いるなら顔写真付けてパンツ持ってきてくれ、それでもいいぜ。約束だ」

「こんなヤツの見舞いに来てしまった事を、後悔してきた」

 

 馬鹿は、そんな僕達の反応に、薄く笑って頬を掻いた。そんな彼の様子を見て、僕は少しだけ考え込む。彼はいつもより少し、下種な発言が目立っているように思える。

 

 ……やはり、強がっているのだろうか。いつもの様な馬鹿話をする余裕はあるようだが、裏を返せば彼は僕達にすら自らの弱みを見せていない。

 

 きっと、痛くてつらいだろうに、その心の苦痛を吐露しない。やはりこの男は、部分的に尊敬できる。

 

「覚えとけ、お前ら。女子のパンツは、世界を救うんだ」

 

 もしも本気で言っているなら、友達の縁を切るけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、クラスの女子は馬鹿を侮蔑した。

 

 級友よ。丁寧に、彼の言葉をそっくりそのまま女子に伝えるのは、どうかと思う。悪魔か。

 

 そんな、仲の良い友人が一人だけ減った、いつも通りのクラス。相変わらず平和に平凡に、時間は流れていく。

 

 きっと、彼なりの冗談なのだと僕はあの男を庇っておいた。そしたら、相変わらず堅物だと僕はみんなに笑われた。

 

 そして、僕たちは再び病院へと見舞いに行く。馬鹿の望み通り、女子たちには話をしておいたぞと。女子たちはお前の事をウジムシの如く嫌っていたぞと。

 

 そんな、いつもの馬鹿話をするために。

 

 

 

 

 

 

 

「-さんは、緊急手術を行っています」

 

 彼の病室に行くと、そこには誰もいなかった。

 

 担当していた看護師さんに話を聞くと、昨日の夜間に彼の病態は悪化したのだとか。

 

「運悪く、傷の中にばい菌が入ってしまっていたみたいで。化膿して高熱を出してしまい、今足を切り落としています」

 

 現実は、僕達が考えていた以上に残酷だった。

 

 

 

 

 手術が終わる頃には、夜の九時を回っていた。下宿している僕に門限などはないため、僕は彼の家族と共に手術が終わるのを待っていた。

 

 彼の家族にハンカチを渡して慰め、共に手術の成功を祈りながら、無音の病室で馬鹿を待ち続けた。

 

 

 

 そして、やっと病室に現れた彼は、マスクを被せられて目を瞑っていた。体にはよく分からないコードが張り巡らされ、モニターがピコピコと彼の心電図を表示していた。

 

「今日明日が、ヤマです」

 

 医者は、冷酷にそう告げた。

 

「患者は若いので、体力が持ってくれる可能性は十分にあるでしょう。ですが、普通であれば死んでいてもおかしくない重傷です」

 

 淡々と、僕の顔すら見ずに医者は告げた。

 

「体の抵抗力が細菌に負ければ、彼は死にます。彼の、気力次第と言ったところでしょうか」

 

 その医者の言葉で、彼の両親は泣き崩れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日。担任の声は、重かった。

 

 彼が半死半生であると告げ、級友に動揺が走る。面会謝絶であり、家族以外は見舞いに行けないことも告げられた。

 

「……アイツ、そんなに悪い奴じゃないのにな」

 

 担任の言葉に動揺した級友は呆然と、そう呟いた。

 

「何で、アイツはこんな目に合わなきゃいけないんだろ……」

 

 僕はその呟きに、無言で首肯する。あの男は、冗談でゲスな事を言ったりするが、基本的には善人だ。

 

 その日、授業はいつも通りに淡々と進んでいった。

 

 授業中にふと空を見上げると、憎らしいほどに青かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで?」

 

 僕は、考えた。友人である彼を、何もせず見捨てるつもりはない。なんとかして彼の気力を、持たせなければならない。

 

「君の頼みなら、断るつもりはない。私にできる事なら、力になろう」

 

 ならば。利用できるものは、何でも利用せねばならない。

 

 何せあのバカは良いバカだ。あまり喋るのが得意でない僕に話しかけ、仲良く友人になってくれた、人の良いバカだ。

 

 僕が憧れていた普通の学園生活を、そっくり実現してくれた恩人だ。

 

「……つまりその男の、見舞いに付き合えばいいのか? 何の関係もない私が?」

 

 そんなバカは、事故に巻き込まれ重傷をおい、今や面会謝絶状態である。クラスメイトの身分では、見舞いにいっても門前払いを食らってしまうだろう。

 

 ただし、僕だけは話が違う。

 

 昨日、彼の手術が終わるまで僕は残っていた。彼の家族と共に、医者の説明を聞いた。

 

 そして病院側には、僕は彼の友人だとは告げていない。ならばおそらく、僕は彼の家族であると病院側に勘違いされている可能性が高い。

 

 そう、僕が見舞いに行けば、面会謝絶をすり抜けて彼に会えるかもしれないのだ。

 

「いや、まぁ。貴方の言うことを断るつもりはないが……。生徒会に休むと伝えたいから、少しだけ時間をくれ」

 

 だから、僕は決心した。自分のトラウマだった過去すら利用して、彼を元気づけに行こうと。

 

 栗色の髪の毛の幼馴染みを連れて、僕は病院へ赴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今、彼は一人なんですか?」

「ええ。ご両親は一晩中付き添っておられてお疲れの様子で、今は病院内の家族用ベッドでお休みされています」

 

 老練な看護師は、真剣な顔で僕にそう告げた。

 

 案の定看護師は僕を親戚か何かだと勘違いしたらしい。面会を申し出ると、僕達は面会謝絶をすり抜け彼の病室へと通された。

 

 そして幸いなことに、彼の両親は病室にいないらしい。徹夜で看病した彼の両親は疲弊し、今は仮眠室で休んでいるという。

 

 「ごゆっくり」と声を掛けられ、看護師は病室の戸を閉めた。彼の病室に、僕と彼女が二人取り残された。

 

 彼の顔色は、昨日よりずっと悪くなっている気がした。

 

「噂には聞いていたが、重傷なのだな。……私でよければ、共に快復を祈ろう」

 

 目の前の男とはなんの接点もない、良くわからないまま病室に連れてこられた次期生徒会長様は、痛々しげに彼を見つめ静かに祈ってくれた。

 

 だが、とうの馬鹿は目を瞑ったままピクリとも動かない。せっかく望みの女子の見舞いだというのに、最重症患者の部屋に入れられたその馬鹿は人工呼吸器につながれて静かに眠っていた。

 

 この男が生き延びられるかは、本人の気力次第だと医者は言う。ならば僕が彼にしてやれることは、殆ど無い。

 

 強いて出来ることがあるとすれば、この程度のことだけだ。

 

「別に、快復を祈らなくていいから。とりあえずお前は、今はいてるパンツを脱いで僕に渡してくれ」

「……えっ?」

 

 彼は、性欲の強い男だった。中でも、パンツに偏執的な興味を示していた。

 

 もしかしたらだけど、こんなおまじないでも効果があるかもしれない。そう思い立って、僕は栗色の幼馴染みを連れて見舞いに来たのだ。

 

 僕にはいつでもパンツをもらえる女子の知り合いがいる。これを利用しない手はない。

 

「……えっ?」

「良いから、早く」

「あっ……ハイ」

 

 意味が分からない。彼女の顔には、そう書いてあった。

 

 だが、僕が無言で手を差し出すと、チラリとドアを気にした後に彼女は観念して下着を脱いだ。羞恥よりも、当惑の方が強い様子だった。

 

 まぁ、彼女にどう思われようと構わない。これが少しでも、彼の力になればいい。

 

 静かに、僕は彼女のパンツを馬鹿の顔に被せた。

 

 重傷な男の顔を覆う女子のパンティの間からは、人工呼吸器のチューブが生えている。

 

「戻ってこい、馬鹿野郎」

「……」

 

 そして、彼の手を握って。僕は声を震わせて、必死で呼びかけた。

 

 何でこんなに、必死になっているのかは自分でもわからない。ただ、この男に死んでほしくなかった。

 

 趣味も合わない、人種もちがう、そんな男の為に僕は必死に祈り続けた。

 

 幼馴染みは、何とも言えぬ変な顔をしている。

 

「聞けよ、バカ野郎。お前が退院したらさ、そのパンツはお前にやるよ。嬉しいだろ? 念願の女子高生のパンツだぞ」

「……え!?」

「ほら、見ろ。ちゃんとした美少女の、生脱ぎパンツだ」

 

 それは、きっと無駄なあがきなのかもしれない。僕だってこんな布切れ一枚に、生死を左右するほどの力は生まれないとは思う。

 

 でも、僅かでも可能性があるなら。どうせ死ぬにしたって、この男の望みを少しでもかなえてやりたかった。

 

「どうだ、嬉しいだろう? だから戻ってこい、馬鹿野郎」

 

 そして。そんな、僕の悪あがきは。

 

 ────奇跡的に、この馬鹿に届いていた。

 

「……あ、彼の手……!」

「……なっ!!」

 

 幼馴染みに言われ、気づく。

 

 なんと彼の右手は、親指を上に立て、サムズアップを作っていた。

 

 なんとこの男、眠り続けているように見えてちゃんと意識があったのだ!

 

「聞こえてたんだな、馬鹿野郎。……がんばれよ」

 

 応援。それが、僕に出来る最大の援護。僕にはがんばれ、と言ってやることしか出来ないけれど。

 

 僕の気持ちが伝わってくれたら、きっとその言葉には意味がある。

 

『もちろんだ』

 

 ────それは、幻聴か。それとも、心と心で、何かが通じたのか。

 

 僕には、はっきりと聞こえた。彼からの、その力強い肯定が。

 

「お前の親が帰ってきたら仰天するだろうから、今はそのパンツは今は回収しておく。退院して、元気になって、その時に改めて取りに来い」

『約束だぞ。……ありがとよ。あんな冗談真に受けて、わざわざ女子高生のパンツを持ってきてくれて。相変わらず堅物だぜ、お前』

「堅物なつもりはないんだがな。ま、この程度でよければ、いつでも力になるよ」

『ああ。頑張んなきゃな、せっかくJKのパンツが貰えるってのに死んじまったら、悔やんでも悔やみきれねぇ。何としてでも、俺は生き延びる』

「その意気だ」

 

 人工呼吸器につながって一言も発せられない彼との、心の奥底での会話。僕たちはこの日、親友になれた気がした。

 

 男同士の友情。一枚の女子高生のパンツを介して、僕は生涯の友を得たのだった。

 

「あ、えー……? えぇ……?」

 

 一方。パンツを奪われ、恥ずかしげにスカートを両手で押さえている僕の幼馴染は、困惑した声を上げてそんな僕らを見つめていた。

 

 男と男の約束なので、パンツはしっかりと僕の鞄にしまい込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その、何だ。私は何のためにパンツを剥かれたんだ?」

「あの男の命を救うためだ。アイツは言った、女子高生のパンツさえあれば絶対に生き延びると」

 

 帰り道。

 

 半年ぶりに僕は、栗色の幼馴染みと会話を交わしていた。

 

「……いや、その。あの男と貴方は仲が良いのか?」

「今までは普通だった。だけどお前のパンツのお陰で、さっき親友になれた気がする。ありがとう」

「いや、うん。貴方が感謝してくれるなら、まぁ」

 

 歯切れが悪そうに、彼女は目を反らした。少し、納得がいってなさそうだ。

 

 身の知らずの他人に自らのパンツを売り飛ばされた訳で、彼女にも思うところがあるのだろう。チラチラと視線を僕に向けては、黙りこんでいる。

 

 そして何やら、意を決した表情になり。栗色の髪を風に揺らしながら、その女は遠慮がちに僕に語りかけてきた。

 

「その、私からも貴方に聞きたい事があるんだけど」

「いいよ、何?」

「……今日は、久しぶりに貴方に話せて嬉しかった。でも、貴方は私が怖いんじゃないの? 入学してから半年も口を聞いてくれなかったから、怖がられてると思ってたんだけど」

「……いや。単に、お前と話す理由がなかっただけだ。だって、お前と僕とは赤の他人だろ?」

「……そっか」

 

 彼女は、そんな僕の言葉を聞いて、少しだけ頬を弛めた。

 

 それはどこか、安堵した顔に見えた。

 

「じゃ、じゃあさ。また、同じ学年の生徒として、私は貴方と仲良くなっても良いのか?」

「……中学の時のような真似をしないならな」

「うん、もう二度とあんな真似はしない。そうか……うん、そうか」

 

 ────それを見るのは、何年ぶりだろう。

 

 情欲に支配されている訳ではない。僕の目の前にあるのは、屈託ない心の底からの幼馴染みの笑顔だった。

 

「待っていてくれ。私はまた、君と仲良くなりにいく」

 

 満面の笑みで僕にそう告げた。凛とした鈴の音の似合う美少女が、僕の手をとってそう告げた。

 

「もう、二度と私は間違えない────」

 

 僕は、不覚にも。そんな目の前の美少女の笑顔に、見惚れてしまった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その3

 季節は冬。

 

 乾いた風が肌を締め付け、吐いた息が微かに曇るそんな季節。

 

 奇跡の回復を遂げた馬鹿が舞い戻り、以前と変わらぬ活気に満ちた僕達のクラスは、来るべき学園祭に向けて意気揚々と準備作業に追われていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局、あのパンツは誰のなんだ? アンズちゃん、それともちーちゃんあたり?」

「んー。内緒」 

 

 不幸な事故に遭い、生死の境をさ迷った男は、JKのパンツに導かれ現世(クラス)に復帰していた。

 

 しかも足を失った筈の彼は、普通に歩いてクラスに登校してきた。パンツへの執念で足すら生やしたのだろうか。

 

 だが聞くと、それはいわゆる義足と言うヤツらしい。言われてみれば、やや不自然な歩き方をしていた。

 

 彼の主治医は足の切り落とす範囲を最小限に抑えて、義足をつければ日常生活に大きな支障は無いレベルに足を残して見せたと言う。

 

 随分と腕の良い医者に当たったモノだ。

 

「あのパンツ、すんごいフルーティなんだけど。俺にはわかる、絶対に超絶美少女だろあのパンツの持ち主」

「んー、んー……肯定しておくか」

「だよな! だよな! あのパンツを貰えたお陰で、片足を失った甲斐があったって前向きな気持ちになれるんだ!」

「お前の境遇を知ってわざわざパンツを差し出してくれた少女だ。よくよく感謝しておけ」

 

 そんな幸運な彼は、学校であまり落ち込んでいるようには見えなかった。ヤツはクラスの女子に、自慢げに本物そっくりの義足を見せては話しかけた。

 

 『面白いでしょ? でもまだ歩くのは危なかっしいんだ、今度一緒に出掛けてくれない?』とデートに誘うその様は、足を失うに至った今回の事故の原因(せいよく)を忘れてしまっているとしか思えない。

 

 だが、彼は失った足を話のネタにはするものの、決して自らの不幸をクラスで嘆かなかった。いつものように下品で性欲に満ちた話題を好んで、笑顔で楽しげに話し続けた。

 

 変に気を使われないようにという、彼なりの配慮だろう。

 

「てか、マジで誰のパンツなのよ? このバカにパンツくれてやるとか、その心は慈母神のごとしじゃね?」

「その誰かを話すつもりはない。絶対にだ」

「あー……成る程、絶対に口を割りそうにないよなお前。だからお前に託したのか、その女の子」

「納得納得。アンタが女子のパンツ持って見舞いに行ったって話を聞いてギョッとしたけど、確かに内緒でこのバカにパンツあげるつもりならアンタ経由するわな。アンタより口固い男子居なさそうだし」

 

 そして、僕もパンツを持って見舞いに行った下りが学校に広まり奇異の目で見られたが、上記のような理由で勝手に納得されてしまった。

 

 単に幼馴染みの名前を出すと、過去を掘り起こされそうだから嫌なだけなんだが。まぁ、納得してもらえるならそれでいいか。

 

 自分でも何でコイツの為にあそこまで手を尽くしたのかよく分からない。

 

 ただ、手術が終わって顔面を蒼白に眠るこの男を見て『何とかしてあげないといけない』と、そう感じてしまったのだ。

 

「というかさ。そこまでして差出人隠したがるって、つまりその子俺に惚れてるよな絶対!! 普通お見舞いでパンツなんかくれないって!!」

「普通お見舞いにパンツを要求もしないけどな」

「いつかその、パンツをくれた子が俺に告白してきてくれる日を待つとしよう。恥ずかしかったら、こっそり手紙をくれてもいいんだぜ!」

 

 戻ってきたバカは、相変わらずポジティブだった。パンツの主を、自分に好意を抱きつつも素直になれない女の子と解釈してニヤニヤしている。

 

 残念なことにパンツの主は、君に惚れているどころか面識すら無い。

 

 ……ちなみに、ご覧の通り。この男は、自分が貰ったパンツの持ち主を知らないのである。

 

 実は僕がパンツを持って見舞いに行ったその日、この男は意識朦朧として夢の中だった。だが、疼痛と苦痛で夢うつつとしている中、ぼんやり僕の声が聞こえたのだと言う。

 

 JKのパンツを上げるから、無事に戻って来いと。

 

 実に中途半端にではあるが、僕の声は確かに彼に届いており。それにより奮起し、コイツは死の峠を乗り越えたというのだから、僕のお見舞いにはちゃんと意味があったのだ。

 

 幼馴染が下着を失ったのは無駄ではなかったのだ。パンツで人の命を救った女子高生なんて、世界広しと言えども彼女だけではないだろうか。

 

「俺はいつでもウェルカムだ! どうか恥ずかしがらず、いつでも俺に告白してきてくれ!!」

 

 馬鹿は実に陽気に、クラス内で叫ぶ。

 

 ザワザワ互いに探り合っている生徒達を尻目に、どこか遠くのクラスでクチュンと女生徒のくしゃみが聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして騒がしい昼休みも終わり、HRの時間。

 

「別に異性に興味を示すなとは言わない。だけど、異性への興味を隠そうともせず振り撒く事は感心しない」

「うるせーな、俺の勝手だろ」

 

 JKパンツの話題が飛び交う低俗な我がクラスに、お堅い事で有名な我が校の生徒会の面々が視察にやって来た。

 

 彼らは、学園祭の出店の進行状況と安全性の確認の為に全クラスを回っているらしい。この中には当然、険しい顔をした幼馴染みも生徒会の腕章をつけて闊歩している。

 

「男がエロくて何が悪いんだよ? お前だって母親の股ぐらから生まれてきたんだろーが。お前の父ちゃんと母ちゃんのスケベ心の産物だろうが」

「TPOを弁えろと言っている。貴方の母親だって、時間も場所も選ばずにそういう行為をしていた訳では無いだろう」

 

 だが、その生徒会による視察の最中。

 

 第一学年にして生徒会の書記を勤める傑物、我が幼馴染みは猛然と馬鹿に突っかかっていた。

 

 何とも間の悪い事に、あの馬鹿はHRの途中『獲得したJKパンツがいかにフルーティーか』を力説し始めたのだ。そしてパンツの言論が最高潮に盛り上がっていた瞬間、彼女達は来訪した。

 

 生徒会長が注意するより先に、幼馴染みが馬鹿に恫喝する。自分のパンツの味について、あそこまで力説されると文句のひとつも言いたくなるのだろう。

 

「私は、そう言った話が苦手な子を知っている。その子が、深く傷ついていた事も知っている。……少なくとも、そういう話は友人同士で集まった際に留めておけ」

「へいへい、良い子ちゃんですねぇ次期会長様は。白けちまったぜ、まったく」

 

 その正論の暴力に叩き潰された哀れなるお馬鹿は、幼馴染みに睨みつけられ黙らされた。

 

 この二人、何やら相性が悪いらしい。実に意外である、二人とも性欲まみれの似た者同士だというのに。

 

 そんな二人を頭が痛そうに眺めていた生徒会長(2年)が、手を叩いて凍りついた場を仕切り直す。

 

「さて、そろそろ仕事をしましょう。ここのクラスは、まだ出店の内容を提出していない様ですが……、期日は今日ですよ?」

「今まさに話し合って決めてたんです~、どっかの出しゃばりが割り込んで説教始めたせいで中断されましたけどー」

「おや? 貴方のパンツがどうのこうの言ってた話は出店の内容だったのですか? ならば、断じてこのクラスの出店を許可できませんが」

「その馬鹿が1人でパンツの話をしてただけです、無視してください生徒会長」

「あっ! あんずテメェ!!」

 

 あんずちゃんの告げ口を聞き、真冬の如く冷めた目付きで馬鹿を見つめる幼馴染み。

 

 実に不満げに、苛立った表情で僕の幼馴染みを睨み付ける馬鹿。

 

 本当に相性が悪いな、あの二人。僕の親友と幼馴染みが修羅場過ぎる。その原因の一端は僕にある気がするけれど。

 

 大体あのパンツのせいだよね。

 

「会長、ウチのクラスは『喫茶店』で大体決まってるんです。で今、『メイド喫茶』にするか『女装喫茶』にするかを多数決で決める所なんで少し待ってくれませんか!」

「ほぉ、なかなかエキセントリックな出店ですね。ですがメイド服と言っても、オリジナルのモノは認めませんよ。演劇部の所有するモノに限ります」

 

 僕達のクラスの模擬店を聞いた生徒会長は、生暖かい目でクラスを見渡した。一方で幼馴染みはガン、とズッコけて壁に頭をぶつける。そうだね、僕も最初はそんな反応だった。

 

 ウチの学校では例年、数組は必ず痛い出店をしている。特にメイド喫茶は、かなりの頻度で学園祭に出店されていた様だ。

 

 その際、演劇部の倉庫に眠るメイド服を借りて衣装として用いるのが恒例だ。むしろ、演劇部にメイド服が置いてあるからこそメイド喫茶がよく出店されるのかもしれない。

 

「メイド喫茶は分かるけれど、女装喫茶とはどのような内容ですか?」

「女子に制服を借りた男子が接客します。女子が接客するメイド喫茶と違って、女子を厨房に回せるので料理の味も保証できるのが利点です!」

「コストもかからないし、ネタになるかと。ダメですか?」

「……まぁ、過去に似たような事をやったクラスも有るみたいですね。ええ、認めます」

 

 そしてたった今承認を受けた、我がクラスのもう一方の痛出店候補が女装喫茶だ。因みにこれ、女子側の提案である。メイド服を着るのが嫌なのだろうか。

 

 女装喫茶は成る程、メイド喫茶よりオリジナリティはあると思う。だが、男子の被害が大きすぎないかという突っ込みもある。

 

 後、何故か幼馴染みが悶え苦しんでいた。高校に入学してまともになったと思ってたけど、まだまだ彼女は変わり者の様だ。

 

 何でHRの最中にヘッドバンギングし始めたんだろう。

 

「このクラスには明らかに女装が似合うヤツ居るし、儲けるつもりなら絶対にこっちの方がいいって! メイド喫茶とかもう何度もやられてるじゃん!」

「バカ野郎! 現実のメイド喫茶に行ったって、30近いオバサンどもが痛々しいコスプレしてるだけだぜ! リアルJKのメイド喫茶とか、学園祭でしか実現できんだろーが!」

「アンタ、クラスメイトを何て言う目で見てんのよ!! それ聞いて絶対にやりたくなくなったわ!!」

 

 と、まぁこんな感じで、先程から話し合いは平行線。

 

 僕達のクラスの意見は真っ二つである。僕としては正直どちらでも良いのだけれど、議論してる連中には譲れないものがあるらしい。

 

 ただ女装喫茶が提案された瞬間、周囲から視線を感じたのは一体何なのだろう。何故か、今も幼馴染みから強い視線を感じる。

 

「なぁ、親友! ここは一丁、女装喫茶に票合わせようぜ」

「む。意外だな、君はメイド喫茶派と思ったけれど」

「……クラスメイトの女子の制服が、合法的に着られるチャンスなんだ。頼む親友、票を合わせてくれ」

「ブレ無いな君は」

 

 そして僕の親友(バカ)は平常運転だ。彼は相変わらず女性の衣類に偏執的な興味があるらしい。

 

 女装する羽目になったとしても、女子の服を着たいのだろうか。馬鹿(しんゆう)のあまりの変態さに驚愕したのか、彼と相性の悪い幼馴染みは戦慄の表情で僕と彼を交互に見ている。

 

「なら、この場で私が多数決を取りましょう」

 

 そんな馬鹿馬鹿しくも白熱した議論にため息を溢した生徒会長は、僕達を宥めるようにそうのたまった。

 

「いずれにせよ期限は今日までです、早く出し物を決めてもらわないと生徒会としても困ります。もう、多数決を取って問題ありませんね?」

「良いですよー」

「メイドさん! リアルJKメイド喫茶ぁ!」

「女装……、前から興味あったんだ」

 

 生徒会長の提案に、俄然として沸き立つ級友達。

 

 その、あんまりに欲望むき出しな恥態に軽い頭痛がした。進学校と言うのは、治安が良い代わりに頭が悪い人間が多いのだろうか? 見渡せば、各々が欲望に満ちた目で鼻息荒く投票を心待ちにしていた。

 

 メイド喫茶か、女装喫茶か。

 

 僕から言わしてもらえば、どちらでもかまわない。どちらも同じくらい、見てて痛い。

 

 とは言え学園祭で、『ちょっと痛い出し物』がウケ易いと言うのも理解している。メイド服を着ていたり女装している連中の喫茶に、興味本意で顔を出してみようと言う生徒は多いだろう。

 

 だから、僕はどちらの出店になろうと構わないのだ。淡々と、僕に割り振られた仕事をこなすのみである。

 

「頼むぜ親友」

「はいはい、合わせますよ」

 

 上記より断る理由も無いので、僕は親友たる馬鹿の提案に乗ってやることにした。多数決の際、女装喫茶に手を上げておく。男子で女装喫茶に手を上げてるのは……僕と馬鹿を含めても数人だけだ。

 

 して、その結果はと言うと。

 

「僅差ですが、女装喫茶が当選です」

「よっしゃああ!!」

「嘘だぁあ!!」

 

 僕達の出店は、女装喫茶に決まった。親友は両手を叩いて喜び、メイド喫茶を推していたオタクが地に手をついて慟哭している。

 

 端から見ていると、実に面白い連中だ。是が非でも友達等と思われたくない。

 

 因みに女子は、満場一致で女装喫茶に手を上げていた。男子から造反が出てしまえば、この結果も然るべきだろう。

 

「では、女装喫茶で登録しておきます。ただし、喫茶店であるならメニューを期日までに届け出てください。提供して良い食品か審議します。基本的に、ナマ物や火を扱う料理は禁止です」

「「はーい!」」

「それと、女装させる際はきちんと本人に許可をとってください。間違っても、嫌がる生徒に強要したりしてはいけませんよ」

「「はーい!」」

 

 そんな、淡々とした事務連絡を黒板に書いて生徒会長は出ていった。それに付随し、生徒会の面々も僕らのクラスを後にする。

 

 それにしても、女装喫茶か。おそらく、僕みたいな普通の男が女装したところであまり面白くはないだろう。馬鹿(しんゆう)のように濃い顔の男とか、筋骨隆々なスポーツマンが女装する方がネタになる。今回の主役は、恐らく彼らになるだろう。

 

 とは言え、僕の女装が免除されるとは思わない。クラスの男子の間に不公平感が出るからだ。恥を共有するため男子は全員で女装、と言う展開になると思う。

 

 僕は絶対に女装は嫌だ、なんて空気の読めない事を言うつもりもない。せっかくのお祭りだ、少しばかりの恥は覚悟しておくべきだろう。

 

 

 

 ────だが。この時の僕は、親友含めクラスの女生徒軍団の目が怪しく光っていることに気付いてすらいなかった。




Tips:主人公は女顔


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その4

 学園祭の当日。

 

 幸いにも青々と晴れ渡った10月半ばの土曜日に、その祭りはしめやかに開催された。

 

 僕はあまり積極的に学校行事に参加する性格ではない。だが、逆にとことんサボってクラスの顰蹙を買う性格でもない。有体に言えば、僕はいたって平凡な生徒である。

 

 最低限クラスに貢献し、だからと言ってコキ使われることも無く。そんな平穏無事な立ち位置を、僕は獲得していた。

 

「昼時は、凄く混むと思うから体力のある運動部系でシフトを固める。夕前あたりは空いてそうだから、文化・帰宅部系で固める」

「成程」

「で、君は帰宅部だから、3時からの接客をお願いしたい。その際、制服の貸し出しは前のシフトの男子か体格の近い厨房の女子に頼んでね」

「分かった」

 

 僕のクラスの学園祭委員の生徒により、出来るだけ公平になるようシフトが割り振られた。男子は全員一人当たり1時間ほど、クラスの出店で接客をさせられる計算だ。

 

「君も怪我をしているから、3時からのシフトとしよう。仲が良い彼にフォローして貰うと良い」

「サンキュー! 一緒の時間だな、よろしく親友!」

「君が一緒か。これは心強い」

 

 そして、足を失った親友もまた忙しい昼時のシフトを外された。妥当な判断だろう。自由に歩けない人間が忙しい時間に割り振られても、きっと足を引っ張るに違いない。

 

 そして、僕としても万々歳だ。彼の様な濃い顔の男が女装していたら、きっと注目は彼に集まる。必然、僕の影は薄くなり余計な恥を掻かずに済む。

 

「それじゃあ、また3時な。悪いが俺はこれから、他校の生徒をナンパしなければならない」

「だろうね」

 

 そして、この男は相変わらずだった。知り合いの父兄がくるだろう自校の学園祭で堂々ナンパするそのメンタルを、少しで良いから僕に分けてもらいたい。

 

「親友も付いてくるか? 多分勝率が上がるから、俺としては是非とも頼みたいのだが」

「断固拒否だ。僕は、独り図書館で読書をしているよ」

「いや、学祭回れよ。誰か、知ってる人を誘ってさ」

 

 僕の予定を聞いた親友は、何とも言えぬ目で僕を見つめる。確かに、こういう日は学園祭を回るのが普通だろう。だがあまり社交的ではない僕は、少し親しい程度の人間と共に時間を過ごしても気疲れしてしまうだけなのだ。

 

 残念なことに、僕がこの学校で一番仲が良いのは目の前の馬鹿である。

 

「いや。君以外と学園祭を回っても、あまり楽しくなさそうだからね。君がナンパに行くのなら、おとなしく僕は読書しているさ」

「……」

 

 もしこの男が僕と学園祭を回ってくれるなら良かっただろう。まぁ、コイツの事だから友情より女を取るのは目に見えていたけど。

 

「どうした、鳩が豆鉄砲食らったような顔をして」

「……いや、口説かれてんのかと思ってな。もう一度確認するが、お前は男色じゃないんだよな?」

「当たり前だ。気色の悪いことを言わないでくれ」

「だよな。お前の容姿でそんな言葉を言われたら洒落にならん、次から気を付けてくれ」

「何を言ってるんだお前は」

 

 何やら動揺した親友に呆れた目を向けて、僕は彼に背を向けた。

 

「では、また3時。例えナンパが上手く行ったとしても、シフトは忘れるなよ」

「分かっているさ。お前も、ちょっとは学園祭楽しめよ?」

「人気のない図書館を楽しむさ」

 

 そう言い残し、僕は教室を後にする。今は朝の9時、学園祭の始まりが放送により告げられた直後。今から6時間、僕はゆっくり読書にいそしむとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、現実は残酷だった。

 

「そんな」

「窃盗対策だ。他校の生徒や一般人も校門をくぐることが出来る今、貴重な蔵書もある図書館は解放されない」

 

 図書館の扉を開けると中には生徒会の運営本部が設置されており、栗色の髪の女が「生徒会に何の用だ」と僕に話しかけてきた。もちろん、僕の淫乱幼馴染である。

 

 そこで話を聞くと、何と学園祭当日は窃盗対策で図書館が解放されていないと言う。

 

 確かに、こんな日に図書館が開いていれば本を盗まれ放題である。少し考えればその可能性に気付けただろうに、僕は中々抜けているらしい。

 

「……と言うか。君は学園祭当日に、図書館に何の用事だ?」

「図書館に来たら読書をするに決まっているだろう。僕は騒がしいのが苦手なんだ、今日は一人で読書をすると決めていた」

「成程。君は変わらないな、本当に」

 

 栗色の髪の女は、そんな寂しい青春を送る僕をからかうように笑った。

 

「諦めて学園祭を回ると良いさ。そんな意固地にならずとも、こういう時に羽目を外せばきっと楽しい思い出になる」

「馬鹿を言え。羽目を外した人間がロクな事をしないのは、経験上よく知っている」

「それを言われると辛いな。……よし、分かった」

 

 僕は、安住の地を失ったショックで不貞腐れて罵声を垂れる。そんな僕を見て、目の前の幼馴染は何かを決意したらしい。

 

「30分、待っていてくれ。私に割り振られた仕事は、それで終える。今日は私と学園祭を回ろう」

「いやだ」

「まぁそう言うな。君の事だからどうせ、『中途半端に仲が良い友人と学園祭を回るのは疲れる』みたいな事を考えて図書館に来たのだろう?」

 

 その女は、僕の内心を見透かしたような事を言う。……そして悔しいがその通り。

 

 幼少期から最も長い時間を共に過ごしてきた人間なだけはある。幼馴染とは、何と厄介な人間だろうか。

 

「君は、私に何か気を使うか? 少なくとも気疲れはしないだろう」

「無論、お前に気を遣うつもりはない。……だが、赤の他人となれ合う理由もない」

「理由なんていらないさ。今日は学園祭なんだ」

 

 そして、その女は僕の手をギュっと握りしめて。凛とした声で、口説くように僕に顔を近付けた。

 

「いつもとは違う非日常で、普段接点のない人間と急に仲良くなる。それが、お祭りと言う奴だ」

「……そんなものか」

「ああ。そんな非日常を少しでも盛り上げるため、我々生徒会は身を粉にして頑張っているんだ」

 

 その言葉は、きっと真剣で。彼女はきっと、本心からそう言っているように見えた。

 

「君を楽しませるのも、生徒会の仕事さ。だから、ちょっとだけ待っていてくれ」

 

 ……そんな彼女の、異様な剣幕に押されてしまったのだろうか。さっさと逃げ出せばいいものを、僕は彼女の仕事が終わるまでの30分間、図書館の片隅で彼女を待ち続けることにしたのだった。

 

 そう、これは一時に気の迷いだ。決して、幼い頃の神童染みた彼女をあの淫乱女に重ね合わせたわけではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君は、何処に行きたい?」

「何処でもいい」

 

 やがて仕事を終えた彼女は、僕を連れだって模擬店の立ち並ぶ校舎へと向かった。

 

 僕は何故、この性欲モンスターと共に学園祭を回っているのだろう。襲ってくれと言っているようなものではないか。

 

 ……一応、最近は分別はつけられるようになったみたいだから大丈夫だと思うが。

 

「なら、行先は私に任せてもらおうか。生徒会の仕事で、全ての模擬店の内容を熟知しているから」

「それは心強い。任せるよ」

「ふふふ。こうやって2人で並んで学校を歩くのはいつ以来だろう。……懐かしいね」

「そうかい。生憎と、僕にはあまりいい思い出はないのだけれど」

「それは悪かった。今日は、いい思い出にして見せるさ」

 

 そう言って微笑む彼女に、僕はぷいと目線を反らした。

 

 念のため、僕は意識して彼女に冷たく対応をしているのだ。こちらから仲良くするつもりは毛頭ないと、遠回しにアピールしているつもりだ。

 

 だけどあまり彼女に効果が無いらしく、僕の隣でニコニコと嬉しそうに栗髪の女子生徒は歩いていた。

 

 何がそんなに嬉しいんだか。

 

「なぁ、一つだけ聞きたいことが有るんだ。お前さ、この数年で何があったんだ?」

「何、とは?」

「……思い出したくもないが、中学時代のお前はもっと色欲にまみれた屑だったろう。何がそこまでお前を変えたのか、ちょっと気になってな」

「む。隠すつもりはないのだが……、特別な何かがあったわけじゃない。単に自省したんだよ」

 

 とはいえ、確かにこの女と会話をする機会など滅多に無かった訳で。これを機に、思い切って前から気になっていた事を聞いてやろう。

 

「自省、ね。間違っても当時のお前は自省なんかするような性格じゃなかったはずだ。どういう心境の変化なんだ?」

「……恥ずかしい話だけど。その、ああいった行為は殿方も楽しいものだと信じ込んでいてだな。君だって途中から、あれこれと私に命令し始めただろう? それでてっきり、私は嫌がられていないものだと」

「正面から嫌がっても聞かなかったからな、当時のお前。だから逆にこっちからキツイ要求して逆に嫌われようとしたんだ、その時期」

「そうだったのか、ごめん。……で、だ。例の事件の後、君と学校を離されて、隣に君がいない状況と言うのが思った以上に堪えてな。その、学校で撮られネットに投稿されてしまった君と私の写真を集めて、それをおかずに耐えていたんだ」

「いや、消すように申請しろよ。一生残るぞ、そーいうの」

「消したところで無駄だ。……で、その。やっと気付いたんだ、写真に写る君がとてもとても辛い顔をしていることに」

 

 ……ああ。あの写真を撮られたときは、本当に人生最悪の瞬間だった。今でも深いトラウマになっている。

 

「そもそも、君の笑顔すら何年も見ていない。私は一人よがりに、君を傷つけ続けていたのだろう。思い当たる節は山のようにあった」

「……」

「気付いてしまったら、もう我慢できなかった。私は母に取り上げられた携帯電話を盗み出し、すぐさま君に連絡を取ったんだ。謝ろうと思って」

「でも、繋がらなかっただろ」

「うん。だって君に、着信拒否されていたからね。……私の目の前が真っ暗になったよ」

 

 彼女は、そう言って俯いた。

 

 当然だ、当時の僕は2度とこの女に関わるつもりは無かったのだ。そりゃ着信拒否くらいする。

 

「君に謝ることも出来ない、関わることも出来ない。そんな事は耐えられなかった、私は彼に謝らしてくれと半狂乱に頼み込んださ」

「そんな事をしてたのか」

「だが父も母も、絶対に君の連絡を取ったりしてくれなかった。それで何もかも諦めていたその時……、新入生挨拶で行動の壇上に立ったあの日、私は君を見つけたよ」

「……たった一人の聴衆でしかない僕に気付いたのか?」

「気付かない筈がないだろう。ずっと、ずっと君を探し続けていたんだから」

 

 あの入学式の日、僕は数多の生徒来賓に紛れていた。壇上に上がりスピーチをした彼女と異なり、僕は目立たぬ1生徒でしか無かった。

 

 どれだけ視野が広いんだ、この女。

 

「私も聞きたかったんだ。何故、君は私と同じ学校に? ここは君の地元とは随分離れているだろう」

「誰かのせいで、知り合いのいる学校は居づらくてな。好奇の目で見られるのが耐えられず、知人のいない県外の学校を選んだ。……お前がいるのは完全に想定外だったがな」

「……私が居ると知って、この学校を選んだ訳では無いのか」

「知っていたら絶対に来るもんか」

 

 そう言うと彼女の顔は少し曇った。ひょっとして、僕がお前を追いかけてきたなんて幻想を抱いていたのか? 

 

 そんなことはあり得ないぞ。

 

「では今までの謝罪も兼ねて、今日は私が奢ろう。3年C組のフランクフルトの模擬店なんかどうだろう。肉屋の子が在籍していて、かなり良い肉を仕入れているようだった」

「拒否だ。同学年の女生徒に奢られたら、僕の体裁はどうなる。自分の分は自分で出す」

「そうか……」

 

 気を取り直したのか、彼女は僕の手を取り模擬店を指差した。真っ白な彼女の手が、僕の指を握りしめる。

 

 汗が吹き出し、心臓の鼓動が跳ね上がるのが分かった。そして中学時代の忌まわしい記憶がフラッシュバックし、僕の体は一瞬硬直してしまう。

 

 ────嗚呼。まだ、僕はこの女を恐れているのか。情けない事この上ない。

 

「あと、あんまり僕に引っ付くな。親しいと思われたら困る」

「……そうか。分かった、もう引っ付かない。だが今日、私は改めて君と親しくなろうと決めている。それは覚悟しておいてくれ」

「そういう強引なところは変わらずだな、お前」

 

 ……ビビっていると、思われたくない。僕はこの女を嫌がっているのであって、恐れている訳ではないのだ。

 

 僕は必至で心に言い訳をして、触れ合った幼馴染の手を振り払い背を向けた。

 

「……すまない」

「何を謝っているんだ」

「身勝手なのは、こっちだからな」

 

 背中越しに聞こえる彼女の謝罪は、僕にとってはあまりに痛々しかった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その5

 学園祭というお祭りは、能動的に楽しむものである。受け身の姿勢では、きっとつまらない一日になるだけだ。

 

 場を盛り上げるために努力を惜しまず、自ら場の空気に身を任せてこそ楽しいのだろう。多少の恥を覚悟して、所謂「はっちゃけ」てみるべき日なのかもしれない。

 

 

 

「ねぇねぇそこのお姉さん!! 美人だねぇ、色っぽいねぇ!! 俺はここの生徒なんだけど、お薦めの店とか知ってから教えてあげようか!?」

「……急いでるんで」

 

 

 

 ……あそこで、鼻の下を伸ばして来賓に話しかけている親友の様に。

 

 僕は取り敢えず幼馴染みと、音楽系部活のライブで盛り上がっている運動場へ繰り出してみた。さすれば、いきなり悪目立ちする親友が目に入って来たのだ。

 

 凄いな、全然相手にされてない女性にテクテクついていって話しかけるあの胆力。明らかにウザがられているじゃないか。流石は僕の親友である。

 

 迷惑行為以外の何物でもない。

 

「……彼とは、まだ仲良くやってるのか?」

「うん、僕の一番の親友だよ」

「私は他人で、あの男が親友か。納得いかない……」

 

 栗色の幼馴染みは、よくわからない嫉妬をしていた。いやだってあの男、ゴミが服を着て歩いているような存在だが、距離感を保つの凄く上手いのだ。

 

 グイグイと面倒くさい距離まで迫ってくる事もなく、それでいて僕が寂しくならない程度に気を使ってくれている。その距離感の上手さは対人関係のスペシャリストと言えるかもしれない。僕にとってはまさに、理想の友人だ。

 

 というか、かつてのお前のようにガンガン距離を詰められるのは普通怖い。

 

「まあ、でもあの親友とは、君の下着なくして友情を深めることはなかっただろう。そこは感謝している」

「それは別に構わんのだが。いや、実は気にしてるけど我慢しているだけだが」

「奴は確かにパッと見クズだが、話してみると案外良いやつだぞ? 今度紹介してやろうか」

「……いや、悪いが遠慮しよう。彼と私は、かなり相性が悪いと思う」

「そうかもね」

 

 幼馴染は、彼が気に入らないらしい。ま、僕としてはどっちでも良いのだけれど。

 

「私はあの男に絡まれたくない、模擬店に戻ろう。どうだ、ウチのクラスに寄ってかないか?」

「構わないけれど。お前のクラス、何をやっているんだ?」

「揚げパンだ。中々美味しかったぞ、少し割高だけど」

「ま、学園祭だもんな。ウチだってぼったくってるし」

 

 パンを揚げて売るだけか。なら、余程の事をしない限りハズレにはならないか。

 

「なら行くか」

「ああ」

 

 そして僕は深く考えることもなく、幼馴染みに色好い返事をしてしまった。

 

 そう、気軽に返事をしたのが運のつき。彼女がソレを狙っていたかどうかは定かではないが、よくよく考えれば回避出来た筈の事態だ。

 

 僕の中では、単なる変態発情魔である栗色の幼馴染み。だが、彼女は僕らの学年の首席であり、一年にして生徒会の書記を務めあげる、見目麗しく真面目で清楚な優等生なのだ。

 

 僕はそれを、すっかり失念していた。

 

 

 

 

 

 

 彼女の教室は、僕にとって地獄だった。

 

「えええ!? 嘘、書記ちゃん、ソイツと付き合ってんの!?」

「学園祭デート!? え、俺の誘いは生徒会忙しいからって断ったのに……」

「…………」

 

 晒し者ですか。

 

「……書記ちゃんが男子連れてるとか予想外すぎて」

「あの、B組のおとなしい男子だよね? 名前なんだっけ」

「え、あの子男装してるだけで女子じゃねえの?」

 

 晒し者じゃないですか。てか今僕を女子扱いした奴誰だ。

 

「彼はあまり注目されるのに慣れていない。そう騒がないでくれるか皆」

「いや気になるよ!! 今まで男の影無かったじゃん書記ちゃん!」

 

 最悪だ。こんな悪目立ちするつもりなんてなかったのに。僕は必至で、平凡で普通で目立たないポジションを必死で守って来たのに。

 

 ああ、さっきの僕の馬鹿。

 

「私は今はシフト外、普通の客だ。変に騒ぎ立てないでくれ」

「……ならせめて答えてよ? そこの彼と書記ちゃんとの関係は?」

「まだ友人ではないな。だが、今日から仲良くなる予定だ」

 

 やめてよ。お前から距離詰めてる宣言じゃないか、ソレ。素直に『見知らぬ男子生徒がウチの店探してたから道案内してきましたー』とか言えば良かっただろ。

 

 ああ。僕の学園生活、もうおしまいかもしれん。

 

「……生徒会の仕事は良いのか? 忙しいって聞いていたが」

「思わずポッカリと時間が空いてな。たまたま生徒会本部の近くに居た彼を連れて、学園祭を回ることにしたのだ」

「……ふぅん」

 

 少し怖そうな男子の目が吊り上げる。先ほどの話を纏めるに、彼はこの駄幼馴染みに学園祭同伴を断られていたらしい。うわ、今メッチャ余計な恨みを買ってしまった気がする。

 

 僕だって、回りたくてコイツと学園祭回っている訳ではないからな。

 

「ねぇ、書記ちゃん。先約は俺っしょ?」

「いや、約束した覚えはないが」

「でも先に誘ったのは俺じゃん。俺も今フリーでさ、時間空いたなら俺と回ろうよ」

 

 ……お?

 

 そうか。この男からしたらそういう気持ちになるわな。先に誘ったのに、後からぽっと出の僕が一緒に回っていたら腹が立つのもわかる。

 

「すまない。今日はもう、彼と回ると決めたんだ」

「いや、良いじゃん。まだソイツと友達ですらないんでしょ?」

「今日、仲良くなる。そう決めた」

「いやいや、いやいやいや。そういうとこ、融通利かせた方が良いよ書記ちゃん。これ、アドバイスね?」

 

 その男は、苛々とした感情を言葉の節々に滲ませながら幼馴染に迫っている。ふむ、コイツに気でもあるのかな?

 

 中学時代の彼女を知らなければ、今のコイツの見てくれに騙されてコロリと行くこともあり得るか。

 

「……それ以上続けられると、私としても困るのだが」

「いや、困ってんの俺じゃん?」

「せっかくの学園祭の日だ、あまり揉め事を起こしたくはないのだ」

「だから、原因作ったのそっちっしょ?」

 

 で、だ。何でこの場面で、お前は僕をチラチラとみてくるんだ、幼馴染よ。

 

 この男が絡んできたせいで、僕は死ぬほど居心地が悪いわけで。何だこの状況、何がどうしてこうなった。僕にどうして欲しいんだ。

 

「……ちょっと! 書記ちゃん困ってるじゃん、あんたいい加減にしときなさいよ!?」

「うるせえよ、関係ない奴が入ってくんな!」

「私に不満があるなら謝ろう。だが、ここは穏便に引いてくれないか」

「……んだよ書記ちゃんまで! 俺を悪者にして楽しいかお前ら!!」

 

 流石に見かねたのか、彼のクラスメイトであろう女生徒が幼馴染を庇うべく割って入って来た。

 

 ほ、良かった。コレで事態は収束するかな。そう、僕が一安心して油断したその瞬間だった。

 

「そこでさっきからずっと突っ立ってるお前もだよ!! 何ボケっとしてやがるんだ!!」

「え、僕?」

 

 彼の怒りの矛先は、突如として僕に向いた。鈍い衝撃と共に、僕の制服の胸倉を掴み上げられる。

 

「……やめろ!! 彼に手を出すな!!」

「さっきからずっと女に守って貰ってやがって、恥ずかしくねぇのか? さも自分は関係ありませんよ、みたいなすました顔しやがって」

 

 いや、実際関係ないだろう。

 

 だが、彼にとってはそんな僕の態度がたいそう気に入らなかったらしい。無粋にも僕の胸倉に手を当てたその男は、僕の顔面に肉薄し大声で怒鳴った。

 

「やめろ!! それ以上彼に何かしたら、生徒会の権限を使って君を拘束する!」

「やれるもんならやってみろ! ……おいお前、お前はどう思う? 自分みたいなヘタレたチビが、書記ちゃんと釣り合ってると思ってるか?」

 

 そのまま。その男は、右腕をゆっくり掲げて拳をきつく握り込んだ。その拳の正面には、僕の顔がある。

 

「言えよ。お前と俺、書記ちゃんが学園祭を一緒に回ったとしてどっちが楽しいと思う?」

「ちょ、先生呼べ!! あいつマジで殴るぞ!」

「揚げパン店で、男装した女生徒が襲われてるぞ!! 教師を早く!!」

「襲われてるほうの男装ちゃん、めっちゃ可愛いぞ!!」

 

 ……今、僕を女生徒扱いした奴は誰だ。

 

「何黙ってんだよ。言えよ!!」

「もうやめろ! お願いだ、その人だけは傷つけないでくれ!!」

「うっせえんだよ、書記ちゃんも何でそんなマジになってんだよ!! ぶっ殺すぞ!」

 

 やがて、その拳に力が入り。激高したその男が、僕を地面に叩きつけながらその拳を振り下ろしたその瞬間。

 

 僕は嘆息して、小声で助けを呼んだ。

 

 

 

「助けて、親友」

「あいよ」

 

 

 

 にゅっと人込みの中から、筋肉質な手が伸びる。その手は男の拳を止めて、逆に関節を極め取り押さえてしまった。

 

「あだだだだっ!!」

「気持ちはわかるが、冷静になれよお前。そんなんで誘ってデートしてもうまく行くわけないだろ、アホか」

 

 

 呆れた声で、親友は男を説教する。

 

 そう、ナンパを失敗したのであろう僕の親友が、先ほどからずっと遠巻きに僕達の様子を見守っていたのだ。目が合った後ウインクしてくれこの男は、きっと助けに入るタイミングを伺ってくれていたのだろう。

 

「な、何事ですか!?」

「先生、喧嘩でーす。俺は、殴られそうになった親友を助けに入っただけでーす」

「やめろ、折れる!! 離せ、離せってば!!」

「は? 誰の親友に殴り掛かったと思ってんだテメェ。簡単に許してもらえると思うなよコラ」

「き、君も落ち着きなさい。事情は、生徒指導室で聞きますから」

 

 こうして。やはり、受け身で流されるままに学園祭を過ごしていた僕は、全く楽しめないままに午前の時間を指導室で事情聴取されて過ごしたのだった。

 

 しかし、持つべきは友である。僕の親友は、本当に良い奴なのだ。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「颯爽とナンパに出かけた俺は見事に空振りして、特にナンパする気のなかったお前は女捕まえて学園祭デート、か。流石親友、やるじゃねぇか」

「僕は捕まえたんじゃない。捕まった側だ」

「……ただ、よりによって捕まえたのがこの堅物そうな我らの首席様か。いや、逆にお似合いなのか?」

 

 指導室から解放された後。僕と親友と幼馴染は、3人並んでベンチに腰掛け焼きそばを食べていた。

 

「先日はどうも。私の自己紹介は必要か?」

「いや、いらねーよ。お前超有名人じゃん、次期生徒会長と名高い学年首席様だろ? 俺の親友と、どういうつながりでデートしてんだ?」

「彼は運営本部である図書館に、独り寂しく読書に来たのでな。企画した側として学園祭を楽しんでもらうべく、学園祭同伴を申し出た」

「だっはっはっは!! 流石親友だ、行動がすべて裏目に出てやがる。超ウケル」

「笑うな」

 

 幼馴染の説明を聞いて、親友は噴き出した。何がそんなに面白いんだ。

 

「でもよ親友。俺としちゃ、さっきのアレはちょっと頂けないぜ?」

「アレ? 何の話だ」

「さっき絡まれてた時だよ。お前、だんまり決め込んでたろ? 折角俺と目が合ったんだから、強気に言い返せばよかったじゃねぇか。助けが入るのは確定してんだぜ?」

「……ああ、あの時か。あんな状況、何か言い返すだけ労力の無駄じゃないか?」

「そんな訳ねーだろ。な、首席様?」

 

 親友はからかうように、僕と幼馴染を交互に見据えて笑った。……むぅ、親友の考えが読めない。

 

「私は、別に……」

「ほら、コイツもこう言ってるじゃないか」

「女心が分かってねえな親友。男ならあの場面、『彼女と約束したのはこの僕だ。君は引っ込んでいてくれないか』と言いながら華麗に矢面に立った女を庇い。そして『彼女にふさわしいのは、この僕だ』と高らかに宣言して見せるべきだろ!?」

「頭が湧いてるんじゃないかお前」

 

 どこの安っぽいドラマだ。

 

「えー? いや、それが正解だろ。どう思うよ、首席様」

「……」

「え、何で黙ってるの。まさか本当に、このバカの言ったとおりにした方が良かったの?」

「え、いや、いや!? でも、確かにそんな事言われたらちょっと……」

 

 栗毛の幼馴染は、なにやらゴニョゴニョと言い淀んだ。まじか、そんなのがいいのか、そしてそんな期待してたのかお前。

 

「……あの場面。僕が口を開いたとしたら、間違いなく『そうだね、君の方がふさわしいね。じゃ、僕はこれで』なんだが」

「おい」

「と言うか、僕を女子扱いした奴が居て、気が逸ちゃって黙り込んだけど。気が逸れてなかったら、僕はコイツ置いて逃げ出したぞあの時」

「それは流石に人間性疑うぞ親友……」

 

 いやだって。他の女子ならともかく、コイツにそこまで肩入れする理由は何もないんだが。

 

「…………」

「ほら、めっちゃ怒ってるじゃん彼女。お前のことマジ睨みしてるぞこれ」

「怒ったならどうぞ、生徒会に戻ればいいじゃないか。親友もフリーになったみたいだし、この後一緒に学園祭回らないか?」

「いや。いや、お前本気でそれ言ってる? 首席様、わざわざ寂しいお前に付き合ってくれてんだろ?」

「頼んだわけじゃ────むぐっ!!?」

 

 

 突如として、僕は後頚部に凄まじい圧迫感を感じた。それは、つまり彼女の掌が僕の首筋を背後から握りしめているからだった。

 

 痛い、苦しい。何をするんだ。

 

「すまないな、君はもう暫くナンパにいそしんでいてくれたまえ。私は彼と、午後も二人で学園祭を回ることにするよ」

「お、おお。そうか、頑張れ」

「……助けてくれ、親友」

「悪いな、親友のお助けチャンスは一日一回までなんだ」

「では、行こうか。君のシフトの時間まで、たっぷり付き合ってあげよう」

「薄情者ぉぉ……」

 

 こうして、無駄に怪力な幼馴染に首根っこを押さえられた僕は、引きずられるようにベンチを後にした。やきそばの容器を乱暴にゴミ箱に叩きつけて。

 

「……はぁ。俺もナンパ頑張るかぁ」

 

 そんな、親友に突如現れた女の影に動揺しつつも。ナンパ少年は獲物を求めて、再び立ち上がった。

 

 学園祭は、まだまだ続く。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その6

 その日、生まれて初めて僕は女子制服というものに身を包んだ。

 

 シフト開始の10分前。僕は、前のシフトで厨房を担当していた僕に似た体格の、クラスの中でも一際小柄な女子から綺麗に畳まれた制服を受け取った。

 

「ちゃんと洗濯済みだから、気にしないでね」

「ああ、ありがとうちーちゃん」

 

 僕は制服を受け取ると、まず男子制服のままスカートを身に付けてブラウスを羽織った。このまま着付けを行えば、最後に制服のズボンを脱ぐだけで下着姿にならずとも着替えられるのだ。

 

 手際よく女子制服に身を包んだ僕は、そのまま接客に移ろうとすると厨房担当である女子に呼び止められた。

 

「待って、ついでにちょっとメイクもしたげる。シフト終わったら顔洗ってね、それですぐ落ちるから」

「……そこまでする必要ある?」

「こういうネタは中途半端じゃ逆に恥ずかしいのよ。男子なら吹っ切りなさい」

「そんなもんか」

 

 その後、僕は手際よくクラスの女子に化粧を施され、あまりネタになりそうのない女装少年へと変貌を遂げた。目の前の女子は、何やら達成感溢れる顔で僕を見つめている。たかが学園祭によくここまで本気になれるもんだ。

 

「悪ーりぃ、ギリギリだ!」

「あ、来たか親友」

 

 そして、交代時間ギリギリにクラスに駆け込んできた男が居た。言わずもがな、ナンパに夢中になりすぎて時間を忘れていただろう親友である。

 

「うお!! やば、やっぱお前すごく女装似合うじゃん」

「そいつはどうも、嬉しくないお世辞をありがとう。早く着替えてこい、もう時間だぞ」

 

 親友は時間ギリギリの到着だと言うのに、悪びれる様子も無く僕のスカートをめくりあげ笑っている。男子だからと言ってスカート捲っていいわけじゃないからな、ぶっ殺すぞ。

 

「遅い! 10分前は基本でしょ!?」

「悪かったちーちゃん、思わせぶりな女がいて手間取ってたんだ」

「で、成果はどうだい?」

「あのアマ、結局彼氏いやがった」

 

 どうやら、結局女の子を捕まえることはできなかったらしい。これは、僕にとって非常に好都合である。

 

「良かった。じゃあ、君は今夜空いているんだね」

「ん? まーな、残念ながら」

「なら、お願いがあるんだ」

 

 彼が女子の制服を受け取り、いざ着替えようとしているその瞬間。女装した僕は思わせぶりに彼の手を握り、伏し目で顔を見上げて。

 

「今夜、僕のウチに泊まっていかないか?」

 

 そう、お願いした。

 

 

 

 

 

「え、何で?」

「ん、後で話す。どうせ暇なんだから、良いだろ?」

 

 ちーちゃんの目が物凄く輝いて、親友は凄まじい顔をした。どうかしたのだろうか。

 

「……え、あんたらってそう言う関係? マジで?」

「違うからなちーちゃん!! おい、何か理由があるなら今言えよ! 変な誤解が広まるだろうが!」

「え? その、何というかだな……」

 

 変な誤解ってなんだろう。だが、これは幼馴染みに関わる案件だ。彼を家に招きたい理由をこの場で明言するわけにはいかない。どうしたものか。

 

「えっと、つまり僕は」

「おう、つまりどうした」

 

 仕方ない、当たり障りのない適当な理由で誤魔化すか。

 

「……今夜は一人になりたくないんだ。僕と一緒に寝てくれないか、親友」

 

 その直後、何故か親友からチョップが飛んできた。痛い、何をするんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────何故、僕が急に親友を家に誘っているのか。その話は、昼に親友と別れた後の学園祭での出来事が大きく関わっている。

 

 あの生徒指導室での事情聴取の後、あの空気の読めない幼馴染によって僕は首根っこを掴まれ、そこら中の模擬店へと引きずり回された。あれをしよう、これを食べよう、それを見に行こうと彼女の誘いは尽きることがなかった。

 

 だが、彼女のその行動自体はそこまで苦痛ではなかった。言うなれば……成り行きとは言え、僕は彼女の同行を承諾した時点でこの展開を予想していたからである。

 

 彼女がまだ、才気溢れる神童であった頃。彼女は常にクラスの先頭に立ち、そして周囲の人間を導き続けた。とにかく人の上に立つのが好きなのだ、この女。

 

 いつの間にか皆を巻き込んで、非凡なリーダーシップを発揮し何かを成し遂げる。それが、彼女が神童たる所以であった。

 

 だから、彼女に捕まってしまった以上、今日はこうなるものだと覚悟を決めていた。僕の薄弱な意思では、頑強な彼女の押しを退けられるはずがないのである。

 

 それに、苦手なものから目を背け続けていては人間は成長しない。女性に対する苦手意識を抱え続けたまま社会に出るのは不安が残る。僕も、いつかは彼女を乗り越えないといけないのだ。

 

 まぁ、本音を言えば目立つから学園祭デートは勘弁して欲しいところだったが。

 

「……どうだ、少しは楽しめているか?」

「まぁまぁ」

「お祭り騒ぎが苦手だとしても、こうやって楽しそうに騒いでいる連中を遠目に眺めるだけでも愉快だろう。祭りの空気に触れる、それだけで祭りに参加しているようなものなのさ」

「そうかい」

 

 全く、こうも嬉しそうな幼馴染の顔を見ると気が抜ける。彼女は僕に嫌われている自覚はあるのだろうか。

 

 ……でも昔は。僕がまだ幼い子供の頃は、彼女のこういうところに惹かれていたんだっけ? どうしてこんな粗暴者に憧れてしまったのか、幼い僕は。全く嫌な思い出だ。

 

「じゃあ、次は軽音楽部のステージに────」

 

 人気のない廊下で一休みしながら、そんなかつての自分の黒歴史に頭を抱えていると。突然に嬉しそうに笑う幼馴染の顔がブレ、大きな衝撃音が僕の耳を切り裂いた。

 

 バシン。

 

 それは、鼓膜を突き破らんばかりの衝撃だった。右の後頭部に激痛が刻み込まれ、バランスを失った僕は廊下に叩きつけられる。 

 

 口の中に血の味が広がって、視界が真っ白になる。

 

 

「……なっ!?」

「なぜお前がここにいる」

 

 どうやら僕は、何者かに不意打ちで殴られたらしい。グラグラと頭が揺れ、目眩が大地を揺らす。そんな僕の頭上から聞こえたのは、氷のように冷たい声色の男性の声だった。

 

「何故、お前がこの学校にいる。答えろ、下郎」

「な。何をやっている!!」

 

 咄嗟に、幼馴染が僕とその男性の間に割って入って来た。ぼんやりと体を起こしながら、僕はゆっくりと頭を上げて襲撃者の正体を目視する。

 

「……久しぶりだな、下郎」

「貴方は……」

 

 そこに立っていたのは、中年の男性だ。シワが顔に刻まれた、そのやせっぽっちの眼鏡の神経質そうなその男の顔に僕は見覚えがあった。

 

「何をしてる!? 人にいきなり殴りかかった上に、その態度は何だ!」

「お前は下がっていなさい。俺は、そこの男と話をしているんだ」

「下がってなんかいられるか! 言い分によっちゃ、例え父親だろうと許さないぞ!!」

 

 その、男は。神童と名高かった幼馴染をド淫乱に育て上げた、彼女の血のつながった実の父親。数年前の別れ際、僕に「娘をキズモノにされた」恨み節を僕の家までネチネチ言いに来た暇な男。

 

 この世で最も会いたくない人間の一人が、そこにいた。

 

「そんなに娘を食い物にするのが楽しかったのかお前は。調べ上げてわざわざ県外の学校まで来るとは……、どれだけ異常なんだ」

「……違う! 彼は、たまたまこの学校に来ただけだ!! それに、異常なのはいきなり殴りかかる父さんの方────」

「たまたま来た? この広い日本で、お前がいる高校にピンポイントで? そんな訳がないだろう、人が良いのもいい加減にしなさい。……で、お前は何故ここにいる。なぜここの高校の制服を着ている。まさか、学園祭に乗じて侵入してきたのではなくこの学校に入学しているのか?」

 

 嫌悪感を隠そうともしない、中年の男の目。ああ、反吐が出る。

 

 誰のせいで、僕は地元に居られなくなったと思っている。この女の育て方を間違えた、お前の所業だろうが。

 

「父さん。……彼に謝って」

「お前は下がっていろ。どうせ後で目が覚める、今は父さんに任せなさい」

「人に手をあげておいて、一言も謝らないのが親の見せる姿なのですか? ……謝れよ、父さん」

「お前はよく出来た娘だが、まだ若いし世間を知らない。男がどんな醜い生き物なのか、どんな悪辣な手で女性を食物にしようとするか知らない。ここは、父さんに任せるんだ」

「違う!! 何もかも間違ってるのは父さんの方だ!!」

 

 ぐ、ぐぐ。たっぷり恨み節を言い返したいところだが、頭の鈍痛と目眩でまだ頭が回らない。

 

「謝れよ! いくらなんでも非常識が過ぎるだろう!」

「早く目を覚ましなさい、そんなチンチクリンの情けない男のどこがいいんだ。お前の男の趣味は悪すぎる、何を言われて口説かれたのかは知らんがどうせ体目当て────」

「このっ!!」

 

 バシン。

 

 再度、最悪のコンディションの僕の耳を大きな音が刺激する。キーンとした耳鳴りが、僕の平衡感覚を苦しめる。

 

 見れば、父親の頬には赤い紅葉が咲いていた。

 

「……お前!!」

「それが親の態度か! それが何十年も生きた人間の所業か! 恥ずかしいとは思わないのか!!

「父親に手をあげたか? 親に手をあげたな!? 誰に似た、どうしてこんな馬鹿に育った!?」

「少なくとも、お前にだけは似ていると言われたくないな父さん!!」

 

 うーわ、ガチの親子喧嘩だ。幼馴染の方も見たことがないほど怒っているし、父親の方も顔を真っ赤にしてプルプルと震えている。

 

 一気に、この中年に関わる気が失せた。面倒ごとしか持ってこないのか、この親子は。

 

「……何度も言っただろう!! 悪かったのは私の方だと!!」

「いい加減にしろ!! お前は今の自分を客観的に見れないのか!? 屑に入れ込むバカ女でしかないと、何故分からない!」

「少なくとも貴方よりかは遥かに客観的に見ている! 屑はお前だ、耄碌親父!!」

 

 うむ、ここに割って入って罵詈雑言を返しても益々面倒くさい事になるだけだ。出来れば自分できっちり言い返したかったが、ここは堪えて様子を伺おう。

 

「親に向かってなんたる口の利き方だ!! お前の学費は、服は、食べ物は誰の金で賄われていると思ってるんだ!?」

「それは今は関係ないだろう!! 何故、いい歳した大人が自分の間違いを認めない!」

「間違っているのはお前の方だ、まだ16のくせして何が分かる!!」

 

 そのまま、二人の醜い言い争いはヒートアップしていく。僕は、徹頭徹尾その二人に関わらず事態を傍観していた。

 

 ────やがて。

 

「お前のような女は娘と思わん!! 勘当だ!!」

「上等だ!! 貴方みたいな親なんか、私から願い下げだ!!」

 

 結局、折り合いを見つけることが出来なかったその親子は、真っ向から縁を切ってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、だ。親友、本当にどういう理由で俺を部屋に呼んだんだよ。俺、本当に女が好きだぞ? 女以外には興味ないぞ?」

「そんなもの、見ていれば分かる。今日はたまたま、君の好きそうなものが家に有ってね? 御裾分けでもしようかと君を呼んだのさ」

 

 学園祭初日の夜。僕は、暗くなった通学路を親友と二人並んで歩いて帰っていた。

 

「そうだったのか。変な誤魔化し方するから勘ぐっちまったぜ……、で、その俺の好きそうなものってなんだ?」

「それは、来てのお楽しみさ」

「ほー、さてはエッチなビデオでも入手したのか? ま、お前に限ってそんなことはねーんだろうけど……」

「いや、殆ど正解だよ」

「え、マジ!? 何だ何だ、お前もやっぱり興味あるんじゃんか!! そっか、そういうノリで俺を呼んだのね、だからちーちゃんの前では誤魔化してたのね。納得納得!!」

 

 何としてもこの男を部屋に呼びたかった僕は、土下座せんばかりの勢いで拝み倒して何とかお泊り会の了承を得た。ちーちゃんの不気味な笑顔が、何故か印象深かった。

 

 親友は何やら凄く悩み警戒心をむき出しにしていたが、僕の話を聞くと納得してくれた。良かった、本当に助かった。持つべきものは、やはり親友である。

 

「あ、このアパートの1階。一番手前の部屋が僕の部屋ね」

「へぇー、そういやお前の家に来たの初めてだな」

「フリマで衣類売っててよかった。君の明日の着替えも問題ないし」

「あー、それだけど良いのか? 服とか全部奢って貰って」

「今日、何としても君に泊まって貰わないと困るからね。これくらい安いもんさ」

「……やっぱお前、なんか隠してねぇか?」

「隠してないとも」

 

 ち、親友め。無駄に勘が良い。

 

「さぁ、到着だ。呼び鈴を鳴らそう」

「いや、お前の家だろ。何で呼び鈴鳴らすんだよ」

「……僕の家の鍵は、預けてるからね」

「はぁ? 誰に?」

 

 ピンポン、と機械的な音が玄関に鳴り響く。合わせて間もなく、僕の部屋の扉が開き一人の少女がドアの隙間から顔をのぞかせた。

 

「……お、おかえり」

「ただいま。迷わなかったんだな」

「今は、スマホに便利なマップがあるからな。……で、その、君一人ではないのか?」

「お前と二人きりで一泊を明かせるわけないだろう。今日は親友も泊まりだよ」

 

 そう。勘当されて家に帰れなくなってしまった栗色の髪の幼馴染は、今夜泊まる場所が無かったのだ。しかもあろうことか、この女は僕の家に泊めてくれと戯言を吐いたのだった。

 

 断固拒否だ、他のお前の女友達の家に泊まれ、とそう言いかけたのだが……。間違いなくその女友達に根掘り葉掘り事情を聴かれるだろうし、その結果僕と彼女の過去が拡散されてしまう可能性があると気づいた。ならば、一日くらいなら僕の家に匿ってやる方が良いと決断したのである。

 

 頭も冷えるだろう明日には、彼女には速やかに自宅に戻っていただく。今日一日だけの特別サービスだ。

 

「……俺は、ナンパに失敗。誰にも相手にされず、寂しい学園祭……」

「ん? どうした親友」

「コイツはただ図書館に行っただけで、学園祭デートを楽しんで。その挙句に、首席様を即日お持ち帰り……」

「し、親友?」

 

 だが、どうしたんだろう。部屋から出てきた幼馴染を見るなり、いきなり親友の目がドンヨリと濁り始めたではないか。今日のナンパで、何か辛い事でもあったのかもしれない。

 

 

 

「……俺程度が親友などとおこがましい。今後は師匠と呼ばせてください」

「本当にどうしたんだ!?」

 

 

 

 そして、彼はそのまま速やかに玄関先で僕に土下座を決めた。正気に戻れ、親友。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その7

「……口に合うかは分からないが。私で良ければ、君たちの分の夕食をこしらえておく」

「ああ、任せる。お前の事だから、どうせソツなく料理もこなすんだろう?」

「期待には応えよう」

 

 僕の家に紛れ込んだ、明らかな異物。やむを得ない事情で仕方なく泊める羽目になった、かつての僕のトラウマと言う言葉の象徴。

 

 そんな栗色の髪の制服少女は、僕の許可を取るや否や冷蔵庫の物色をはじめ料理の下ごしらえを始めた。

 

「なぁ親友」

 

 あの女に限って料理下手などとは思えない、何をやらしても、当たり前のように期待値の上限を叩きだす女だ。小憎らしいことに、神様は彼女に2物も3物も与えたらしい。

 

 手際よく野菜を刻んでいく幼馴染の背中を眺め、僕は小さなため息をこぼした。

 

「なぁ、親友ってば」

「どうした? ちゃんと聞こえているから、話を続けてくれ」

「……説明はまだか? この状況に対する、俺への説明義務は?」

「深く考えるな。見たままだ、受け入れろ」

「何一つとして理解できる状況じゃないんだが!? 何で当たり前のようにあの娘に料理作らせてんの!? もう付き合ってんの!?」

「気持ち悪い事言うな、あの女と僕は赤の他人だよ。アイツがどうしてもと頼み込むから、仕方なく泊めてやっただけ」

「あった初日の女を家に連れ込んでる時点で大概なのに、そこに俺を呼ぶ意味は何!? え、3人? まさか3人なのか!? 俺にも出番はあるのか!?」

「落ち着け、さっきからお前は何を言っているんだ」

 

 親友の頭の中は、相変わらずピンク色だった。やりたいなら二人で勝手にやっていろ、そこに僕を混ぜないでくれ。

 

「……今から話すことは他言無用で頼むぞ。僕は、君を信用しているから話すんだからな」

「え? あ、ああ。男の約束だな、じゃあ誰にも話さない」

「信用している。じゃ、まずあの女の正体なのだが……」

 

 で。流石にこんな状況で、親友に何も話さない訳にはいかないだろう。この男は結構義理堅いし、僕の過去を話してしまっても大丈夫だ。

 

 そう思い、僕は前の学校での出来事から今日の幼馴染の父親の襲撃について逐一漏らさず教えてやったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「和食だ。簡単なものだが、召し上がってくれ」

「……」

「やっぱり、普通に旨そうだな。昔からお前は、やれば何でも出来る女だった」

「一応、花嫁修業の真似事もしていただけだ」

「そうかい」

 

 親友と話が終わったころ、彼女は僕達を食卓に呼び入れた。案外、話が終わるのを見計らっていたのかもしれない。

 

 食卓に並べられたのは、湯豆腐に味噌汁、煮魚に野菜のお浸しといった純和風の献立。いかにも真面目そうなこの女が好みそうなメニューである。

 

 まぁ、真面目そうなのは見た目だけなのだが。

 

「……」

「親友、何を黙り込んでいる。ほら食べるぞ、いただきます」

「む? 和食は嫌いだったか?」

「いや。……いやいやいや。色々と理解が追い付いていないだけだ、すまん……」

 

 話を終えた親友の反応は、頭を抱えて黙り込むといった古典的なものだった。まぁ、あんな話を聞かされたら頭を抱えたくなる気持ちもわかる。

 

 この女がいかに酷い女か、よくわかっただろう。

 

「その……首席様よ。さっきのコイツの話、聞こえてただろ? アレって事実なの?」

「つつがなく事実だ。当時の私は若く、理性が足りなかった」

「……し、調べたらお前の全裸写真がネットに転がってんの?」

「ああ。調べるのは勝手だが、学校では絶対に他言無用で頼む、私自身の風聞を気にしているのではなく、彼を苦しめることになるからだ」

「いや言わねぇよ、てか言っても絶対信じてもらえねぇし。はぁー、人は見かけによらないというか」

 

 親友は微妙にドギマギとしていた。幼馴染の裸が気になるらしい。

 

 何をそんなに意識してるんだ、童貞じゃあるまいに。女子高生のエロ画像くらいネットにいくらでも転がっているだろう。

 

「そ、その、他意は無いんだが? ど、どんなワードで検索したらその画像は出てくるんだ……?」

「黙秘する」

「僕も良い思い出がないから言いたくない」

「そ、そっか。オッケーオッケー」

 

 だがまぁ、性欲の権化たるコイツにとっては気になるのも仕方ないことか。

 

「え、そのもう一個聞きたいんだが。お前ってお金払えばヤらせてくれたり……」

「……説得力に欠けるかもしれないが。これで結構、私は一途なつもりだ。二度とそんな目で見ないでくれ」

「えー……、はあ。オッケー」

「というか、親友。そもそもコイツの実家、かなり金持ちだからお金では動かんと思うぞ。そういう事がしたいならアプローチを変えた方が良い」

「アプローチ?」

 

 ふぅ、と僕はため息を吐く。親友がヤりたいなら、この女はいつでも股を開くだろう。この幼馴染は好きに持っていって良いから、そのまま戻ってこずホテルで一泊してくれ。

 

 正直、僕としてはそっちの方がありがたい。

 

「……私の貞操観念が緩かったのは認めるが、尻まで軽い等と誤解はしないでくれ。私が今までそういうことをしたのは君だけだ。どうアプローチされようと、君以外の人間には────」

「うるさい。で、どうする親友? コイツ抱く?」

「え、いや、その。出来るなら、それはすごく、ハイ。でもどうやって……」

 

 チラチラと鼻の下を伸ばし、幼馴染を盗み見る親友。両腕で胸元を覆い、警戒心をむき出しにしている幼馴染。

 

 別に難しく考える必要はない。単に命令すればいいだけなんだから。

 

「ま、ボクと彼女は聞いての通りの関係な訳で。……おいお前、今から親友とホテル行ってこい」

「……っ!」

「で、そのままこの部屋に帰ってくるな。あと、今夜は絶対親友の言うことに逆らうな」

「え、ちょっと。お前何言ってるの? その娘お前の元カノじゃないの?」

「断じて違う、一度も彼女と恋仲になった事なんてない。ただ、コイツは僕の言うことには絶対逆らわないだけ」

 

 ま、これで一軒落着。親友をわざわざ呼び出した甲斐があった。

 

 性欲の権化同士、きっと幸せな一夜を過ごして来るだろう。

 

「─────っ」

「え。ちょっと、マジで? そんなんで良いの? てか親友、お前はそれでいいの?」

「僕としてはむしろそっちの方が有難いくらいで。やっぱり家では、一人の方が落ち着くんだ」

「─────、ん─────」

「いやそうじゃなくて!! 書記ちゃんガン泣きしてるんだけど!? 口元振るわせて、必死で声押し殺して泣いてるんだけど!?」

「そういう女を抱くのは嫌いか?」

「嫌いだよ!! 心が痛すぎるわ!! 何で俺はポロポロ泣きながら命令されて無理やりヤらされてる女の子で童貞卒業しないといけないんだよ!! 史上最悪の童貞卒業だよ!!」

「え。お前、童貞だったの?」

「悪いかド畜生! あの交通事故さえなければ今頃俺は、俺はっ……」

「あー……」

 

 確かに、この幼馴染で童貞卒業は可哀想か。

 

「じゃあ、今の無しで」

「本当か……? 私、ゴイツとシなぐて良いのか……?」

「悪かった書記ちゃんゴメンね!? 俺が変な事言ったせいで本当ゴメンね!?」

「でもそれが、私に与えられる罰だと言うなら、私は、私は……」

「心痛いからそれ以上はやめて!? てか親友も親友だ、お前ちょっとそれはやりすぎだっての!」

 

 ゴチン、と親友は僕の頭に拳骨をかました。ジーンと鈍い痛みが走る。

 

「痛い。何をする」

「お前らの関係がどうで、その結果としてそんな塩対応してるとか知らねぇ。ただ、何となく今のお前はムカついたから殴った」

「ムカついたって……」

「話聞いてると、確かにお前は酷い目に合ってる。だからお前が感情的になるのも良く分かるよ。でもさ、俺の知ってるお前はさ、『理解できる』程度の嫌なことなら淡々と無感情に流していく人間だ」

 

 そして、この男は今しがた殴りつけた所をグリグリと撫で始め、

 

「アホみたいに冷静沈着事なかれ主義のお前が、そんな意固地で感情的になってるって事実。それがもう、殆ど答えなんだよ」

「何が言いたいんだ」

「まぁ、つまり。さっきのお前の行動は、お前の親友で有れば有るほどムカつく行動な訳だ。自分傷つけて悦に入ってんじゃねぇぞお前」

「……いや、すまん。本当にお前の怒っている意味が分からないんだ」

「気付いてないのね、了解。はぁ、余計なこと知って余計な仕事抱え込んだ気分だ」

 

 僕はいきなりぶん殴られてしまった訳だが、何故か怒りは湧いてこなかった。それは先ほどの親友の拳が、まるで僕の代わりに僕を殴ったような錯覚に陥ったからだ。

 

 自分でも何を言っているのかよく分からない。

 

 

「……何、私の目の前で彼を傷つけてるんだお前」

「ちょ、違う! 今のは親友的なパンチだ!! だからノーカウント!」

「何だその言い方。当て付けか? 自分の方が仲が良いぞと言う自慢か?」

「あーもうコイツら面倒くせぇ!!」

 

 でも、よくよく冷静になって考えたらやっぱり殴られた事にほんのり腹が立ってきたので、親友を壁際に追いつめる幼馴染に対し仲裁せずノンビリと構えることにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……でだ。そろそろ寝る訳だが」

「親友。今夜は僕と一緒にベッドで寝てほしい。いつ理性を失った獣が襲ってくるかわからん」

「も、もう二度としないから!」

 

 就寝に当たり、一つの大きな問題が発生した。それは、寝床が足りない事である。来客用の布団と、僕が普段使っているベッド。この家にある寝具は、この二つだけだ。

 

「お前と一緒に寝るのか……、あーっと」

「何、嫌なの? あの女と一緒が良いと言うなら、僕は別に気にしないけど?」

「何で今ちょっと拗ねた顔になったお前」

 

 まぁ、これに関しては元から親友と一緒に寝る予定を立てていた。幼馴染を床で寝かせる案も考えたけど、奴が理性を失った瞬間すぐ傍に親友がいる状況の方が安全だと考えたからだ。

 

 だからできれば、この男と一緒に寝たい。

 

「じー」

「ほら。お前の幼馴染が凝視してるぞ、怪しい目で」

「そんな目はしていない。別に羨む事なんて何もない」

「何か凄く理不尽な妬みを買ってる気がする」

 

 幼馴染みも、能面みたいに無表情に親友を睨み付けるな。怖がっているじゃないか。

 

「エロいモノがあると言うから、今夜は男二人でAV鑑賞会でもするかと思ったのに。どうしてこうなった」

「居るじゃないか、そこにエロい者」

「いや私は。……まぁ、否定は出来ないか」

 

 嘘は言っていない。君の好きそうなモノは、ちゃんとある。

 

 残念ながらお気に召さなかったようだけども。

 

「……一応、AVに分類出来るモノなら僕の家にもあるけど」

「その言い方からしてあんまり期待できないが。てかそれって、あそこの本棚に堂々と置いてるAVって背面に書かれてる奴?」

「ん、そう」

「そう言うビデオ有るのか、君の家。何と言うか凄く意外だ」

 

 まあ、あのDVDも一応AVには違いない。そう言う目的では使わないけれど。

 

「隠さず堂々と本棚に飾ってる時点でエロビデオの類いじゃねーよ。アニマルビデオとか、下手したら普通にオーディオビデオとかだろ?」

「さすが親友、そう簡単に騙されてはくれないか」

「俺をからかおうったって、そうはいかねぇぞ。お前がそんなビデオ持ってたとして、隠さない訳がねぇ」

 

 我が友はオチを見切るのが早い。もうちょっと乗ってくれても良かったのに。

 

「なら、それ結局何のビデオなんだ?」

「つまんないモノ。見たけりゃどーぞ」

「動物モノだったらそれはそれで笑えるな。まぁ似合わねぇ事はないけど、女子っぽすぎる」

 

 ニヤニヤと、笑みを浮かべてDVDを再生口に差し込んだ親友。やがてTVの画面は真っ黒になり、カタカタとDVDプレイヤーが音をたてて再生を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

『3年D組ぃ、んんんっ、私はぁ、生徒会長のぉぉ。んんんっ!!!』

 

 

 

 画面にはカラオケボックス内で自己紹介しながら、下半身でバイブを咥えこむ栗色の髪の女子中学生が淫らな笑みでピースサインを取っていた。

 

「うわああああああああっ!!? ちょ、ストップ! それ再生止めてぇ!!」

「なっあっえっ!? これ、これ!?」

「同じ学校に幼馴染が居ると知ったからな。いざという時に交渉材料にするため、実家からコイツのDVDを一つ取り寄せておいた」

『あっあっあ……、撮られてるのに、イっちゃうぅ!』

「良いからDVDの電源を落とせ! 違う、それは過去の私であって!」

 

 画面内では、だらしない顔で自慰を続けている中学時代の彼女。売るところに売ったら良い値段になるだろう。

 

 こんな動画、実家に帰れば山程有る。本気で金に困ったら、ヤクザに売り付ける事も考えて良いかもしれない。

 

 やがてプツン、と音がして。顔面を蒼白にした親友がTVのスイッチを切り、場に静寂が訪れた。

 

「親友ご所望のAVだぞ、満足したか? じゃ、もう寝ようか親友」

「寝れるか!! 気まずさMAXだわ!」

「……くふっ、……くふっ」

「お前の幼馴染、凄い顔になってるじゃん! 半泣きで顔真っ赤じゃん! ちょっとは可哀想とか思わないの!?」

「……ふむ。見たとこ羞恥8割だけど、2割くらいは興奮して顔赤くしてるぞ。ソイツ、人に見られるのが異常に好きだから」

「冷静に私の性癖を解説するのは止めてくれ……」

 

 相変わらず救い様の無い、深く濃い性業を持ってる女だ。ちょっと引く。今のも一種のプレイとでも思われてしまったのかもしれない、僕としたことが迂闊だった。

 

「……じゃあ、寝ようか」

「お、おうそうだな」

「おやすみ」

 

 そして消え入る様な声で、布団の中に逃げるように潜り込んだ彼女は。暫くの間、「くふっ……」と言う謎の呻き声を上げて僕たちの安眠を妨害したのだった。

 

 

 

「…………くふっ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。