身体に鎧を、心に愛を (久木タカムラ)
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1. 甲鎧纏士郎:オリジン

今さらヒロアカの面白さに気付いたので試しに投稿。
……オジサマー?
もうちょっとだけ待ってください。
KH3楽しみだぜひゃっほい。


「ひゃー、筆記もだったけどすっごい人数だねーコーちん! 何だかワクワクしてきたよー!」

「コーちん言うな。無駄にはしゃぐな。倍率三百倍なんだから大勢いるに決まってんだろが」

 

 国内最難関、ヒーローの登竜門と称される国立雄英高校。

 その実技試験の説明会場――人海と呼ぶに相応しい受験生達の中に、その少年と少女はいた。

 少年の風貌はフレンドリーからはほど遠く、二メートルに届きそうな長身に、無数の剃り込みが走る坊主頭と、何より眠そうに細められた――殺気立っているとすら言える双眸が、不運にも彼の周りに居合わせた者達の緊張を不必要に高める要因となっていた。

 一方でそんな少年の隣に座り、唯一平然と話し掛けている少女もまた、頭から生えた一対の角と紫に近いピンク色の肌、黒の瞳に金の虹彩を持ち、少年とは別の方向で目立つ外見だった。

 少年の名は甲鎧(こうがい)纏士郎(てんしろう)

 少女の名は芦戸(あしど)三奈(みな)

 かれこれ八年以上の付き合いがある幼馴染――纏士郎曰く『ただの腐れ縁』なのであった。

 ちなみに服装は二人仲良く中学時代のジャージだったりする。

 

「もう、相変わらず省エネなんだからコーちんは。雄英の入試だよ? 実技試験だよ!? もっとこうさぁ……『おっしゃやるぞー!』ってならない!?」

「……俺の分までお前がやる気になってるからこれで丁度なんだよ。こちとら何処かの誰かさんの長電話に一晩中付き合わされて寝不足なんだ。『眠れないから適当に駄弁ろうぜー』とか遠足前の小学生かよ。しかもその誰かさんは夜中に叩き起こしたくせに早々に寝落ちしやがったし」

「にゃははは、めんぼくねぇ」

 

 眉を八の字にして苦笑いを浮かべる三奈。

 対して纏士郎は大欠伸をし、腰のポーチから取り出した栄養ドリンクを一息に飲み干す。

 雄英の実技試験では何を持ち込んでも自由と入試要項に記されてはいるのだが、それはあくまで受験者の補助となる道具や衣装を指しているのであり――つい先日まで中学生だったとは思えない威圧感の少年が、まるで三徹目を迎える歴戦のサラリーマンのような表情で大量の栄養ドリンクの持ち込みを申請したのだから、持ち込み品のチェックを担当した教職員はさぞ戸惑った事だろう。

 

「アタシもさ、心臓バクバクで眠れなくて朝までオールかなーって思ってたんだけど、コーちんと話してたら何だか身体がフワフワしてきて……」

「目が冴えちまった俺を残して爆睡してくれやがった、と」

「コーちんの”個性”なら寝不足でも楽勝っしょ!」

「思いっきり体調に左右されるんだが?」

 

 "個性"――中国で生まれた『発光する赤児』を発端として、今や世界人口の八割の人間が有する特異能力の総称。

 その種類や性質は個人の代名詞となるほど多岐に渡り、血と血が交わり、世代が入れ替わる度に複雑かつ多様化されていった。機械技術に勝る利便性がある反面、悪用されれば大犯罪にも繋がる厄介極まりないものであり、それ故に『ヒーロー対(ヴィラン)』の社会構図が生まれたとも言える。

 何時の世も、強い力を欲するのが人の業。

 事実、現在『第五世代』である纏士郎や三奈の祖父、あるいは曾祖父の時代には、己の"個性"を強く、より優れたものに変質させる目的で配偶者を選び結婚する"個性"婚があったらしい。

 今を生きる若者からすれば、モンスター同士を合体させて強力なモンスターを生み出すゲームと大差がない。だからこそ当時も問題となり、忌むべき因習として廃れた。

 そうやって産み落とされた『優れた"個性"持ち』達の子どもや孫が、さらに力を増した"個性"をその身に宿し、腕の数や姿形さえ変えて、こうして一同に会している訳である。

 

「そう言えばさ、あの子達も受験してるのかな?」

「あぁ?」

 

 こいつはちょっとくらい黙ってられねぇのか、と纏士郎は呆れ顔で三奈を見やる。

 

「ほら、一年くらい前、ニュースで少し話題になったじゃん。ドロッてる(ヴィラン)をオールマイトがぶっ飛ばして……そん時映ってたっしょ? アタシ達と同い年くらいの男の子二人」

「……いたっけか、そんなの」

「いたってば! アップされてた動画見せたもん!」

 

 憤慨する三奈だが、ヒーロー関連のニュースなど挙げていけばキリがない。

 華々しい(ヴィラン)退治の主役として取り上げられるのは勿論、コメンテーターとして番組に出演するプロヒーローも多い。それこそ、テレビでヒーローの顔を見ない日はないほどに。

 三奈が名を出した『オールマイト』――『平和の象徴』と謳われランキング一位の座に君臨する大人気ヒーローだが、正直言って、纏士郎にとっては他のヒーローとさして変わりはない。

 有名なスポーツ選手でも、無関心な人間には『あー、テレビで見た事あるわ』くらいの認識しかないのと同じ――結局は『その分野で凄い人……らしい』の一言で事足りてしまうのだ。

 

「……ンなこの場にいるかも分からねぇ奴らより、切島の事も心配してやったらどうだ?」

 

 受験番号は連番であり、座る席も同じ出身校同士で固まっている。

 高校デビューを目指すあの赤いトゲトゲ頭ともさほど離れてはいないはずだが、こうも異形やらデカブツやらが多いと姿を探すだけでも一苦労だ。

 

「コーちんは心配してるの?」

「全っ然してねぇ」

「じゃあアタシもしないー! 切島なら大丈夫っしょ! 多分!」

 

 纏士郎の『心配してない』と三奈の『心配してない』では意味合いに隔たりと言うか、正負的な違いがあるのだが――深く言及しない方が誰にとっても幸せなのだろう。

 と、そこで前方の壇上に髪を逆立てた何者かが姿を現し、爆音じみた声が会場内に轟いた。

 

『Yeahhhhhhhh!! 聞こえてるかァァいリスナー!? 聞こえねェなら耳の穴ママンによーくかっぽじってもらいなァ!! たった今から雄英高校実技試験のプレゼンを始めるゼェェイ!!』

「うるっせぇ……」

「声デカいねー」

 

 ラジオのパーソナリティーも務めるボイスヒーロー『プレゼント・マイク』だ。

 纏士郎が抱いた第一印象は『喧しいグラサン』――そのまんまである。

 試験の内容は模擬市街地演習。多数配置された計四種類の仮想(ヴィラン)を行動不能にしてポイントを稼ぐ、どちらかと言えばゲーム色の強いものだった。三奈などは目をキラキラ輝かせている。

 懸念があるとすれば仮想(ヴィラン)の中で一種類、倒してもポイントを得られないお邪魔虫が各会場に配置されているらしいが、たった一体だけなのが引っ掛かる。

 裏を返せばそれは、一体いれば十分――と言う事だ。

 

『ちなみに! リスナー同士協力し合うのは問題ないが、他人への攻撃や悪質な妨害など、アンチヒーローな行為はアウトだぜアンダスタン!?』

「協力ね……周り全員ライバルなのに仲良くやれるとも思えねぇが」

「アタシとコーちんも場所別々だしねー」

 

 すでに受験生達は、学校側によってAからGまでのグループに振り分けられている。

 連携などするはずもないと確信した上で言っているのだから、中々に性格の悪い煽りであった。

 

『かの英雄ナポレオンは言った――「真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者」と! 邪魔な壁なんざ乗り越えちまえリスナー! ”Plus Ultra”!! 健闘を祈ってるぜェ!!』

 

 ナポレオンが英雄か否かはさておき、プレゼント・マイクの激励を締めとして説明は終了した。

 この後は各自割り当てられた演習会場に向かい、楽しい楽しいロボット退治をする訳だ。そんな人形を大量生産する金が何処から出ているのやら。

 各々が期待と不安の入り混じった表情で席を立ち、外へ排出されるように人の波が生まれる。

 その流れに紛れながら、纏士郎はかろうじて聞こえる声量で、

 

「……三奈、ゴジラみてぇにデケェ奴が出て来たらすぐ逃げろ。多分そいつが0ポイントだ」

「ゴジラ!? 本当!?」

「何で『ちょー見てみたい』って顔してんだお前は。逃げろっつってんだろが。今回ばかりは俺もお前のお守りができねぇんだからな」

 

 あうー、と右頬を引っ張られて抗議する三奈。

 彼女の”個性”は攻防両面に活かせるタイプだ。ましてや狙う的が機械なら、後れを取る可能性は限りなく低いはずだが、この調子に乗りやすい――はっきりと言ってしまえばドが付くアホの子な性格のおかげで、どうにも纏士郎は不安を拭い切れずにいた。

 

「ねぇ、コーちん」

「ああ?」

「もしかしてアタシの心配してくれてる?」

「…………しちゃあ悪いか?」

 

 ドスを利かせた声に三奈は一瞬だけ顔をきょとんとさせた後、照れ臭そうにはにかむ。

 

「うぇっへっへっ、やっぱりコーちんは優しいっす♪ 目付きはサイアクだけど!」

「…………」

 

 早々に前言撤回したくなった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 学校の敷地内に小規模ながらも街がある――それも一つではなく、おそらく七つかそれ以上。

 受験シーズン以外は戦闘訓練にでも使用されるのだろうが、今からこの街並みがロボット軍団と自分達の手で盛大に破壊されるのかと思うと、一納税者として考えてしまうものがある。

 まあ、その空しさは今から湧いて出るであろう人形共にぶつけるとしよう。

 

「えくすきゅ~ずみ~」

 

 三奈と別れ、特に着替える必要もなくジャージのまま入場した纏士郎。

 他の受験生達が遠巻きに彼を眺めて戦々恐々とする中、場の緊張と雰囲気をぶち壊すかのように届いたのは、そんな気の抜けた声だった。

 

「あ、下です下。るっきんぐゆあれっぐ~」

「………………ちっさ!」

 

 促されるまま足元を見てみれば、そこには体長四十センチほどの、体操着姿の生き物がいた。

 生き物と言うか……二頭身の少女がくりくりとした両目で纏士郎を見上げていた。

 何だこれは。何なのだこれは。雄英に生息する座敷童かコロポックルか。

 

「妖怪ではないで~すよ。こう見えても私、貴方と同い年です。ついでに言うと受験仲間です」

「マジか」

「本気と書いてマジなのです」

 

 恐れ入ったかと言わんばかりに胸を張るコロポックルもどき。

 今の時代、自分も含めてデカい奴は珍しくないが、同年代でここまで小さい人間は初めて見た。

 彼我の身長差、およそ一メートル四十センチ強。

 見下ろす方も見上げる方も首の筋を痛めそうな出会いだった。

 

「……で、俺に何か用か? チビスケ」

「用もないのに声を掛けたのだとしたら、それはそれで失礼だと思いますが?」

 

 もっともである。

 初対面にも関わらずズケズケと言うこの珍生物に好感を覚えた纏士郎は、ちょっとしゃがめ、とジェスチャーで指示され、大人しくそれに従った。

 傍からは、子どもに食らい付く寸前のティラノサウルスのように見えた事だろう。

 

「あのですね……この試験、協力しませんか?」

 

 小声で提案されたのは、纏士郎自身不可能だと思っていたものだった。

 

「協力だと?」

「はい。この試験は如何に早く(ヴィラン)を発見してポイントを稼ぐかが重要です。岡目八目――軽くて小さい私なら、貴方にしがみ付きながらでも邪魔せずに発見できます。勿論ご自由に倒してくれて構いませんし、止めを刺す時に何体か分け前を頂ければ問題ないで~すよ。貴方は索敵を考えずに戦闘に専念できるし、戦いに不向きな私もポイントをゲットできる――ほら所謂あれです、互いに利のある……ウィンウィンウィンウィンウィンウィン?」

「多い多い多い」

 

 それじゃマッサージ器だ。

 ただまあ――チビ子の言う通り、眼前の標的を破壊している最中も別の場所で暴れる仮想(ヴィラン)を見つけ出してくれるのなら、探知系の能力を持たず、物理的に眼球を増やしたりできない纏士郎にとってもメリットはある。

 制限時間十分の間に鉄人形が何体出て来るかも分からず、実質二人分のポイントを稼がなければならないが――受験生同士で獲物を奪い合えと学校側が暗に言っているのだから、助太刀を装って漁夫の利を得るのも問題はないだろう。

 目先の餌に必死になる若造共が、他校の知らない奴と共闘なんかできるはずがない。

 何処かで見ている大人達がそう考えているのなら、若造らしく反発してやろうじゃないか。

 

「その悪そうな顔は、商談成立と受け取りますよ?」

「ほっとけ、生まれつきだ。……甲鎧纏士郎。よろしくなチビスケ」

 

 袖振り合うも多生の縁。

 少女のより七、八倍は大きな右手を差し出し、纏士郎は名乗る。

 

可愛(かわい)幼子(ようこ)です。こちらこそよろしくです、エンジェルさん」

「……待て、それは何から連想したアダ名だコラ」

「まあまあお気になさらず。百人連続で拒否された私に手を差し伸べてくれたのですから、貴方は私のエンジェルさんなので~すよ」

 

 両手で握り返し、ぶんぶんと嬉々として上下に振る可愛。そのままロッククライミングよろしく纏士郎の身体をよじ登ると、最初から定位置だったかのように肩車の体勢に収まった。

 戦ってる間に振り落ちてしまいそうだが、そんな心配は杞憂に終わる。

 カウントダウンもなく、プレゼント・マイクによって唐突に開始を告げられた直後――持ち前の反射神経で一団から一足早く戦場に躍り出た纏士郎。

 数が多く、強度もそれほどではない仮想(ヴィラン)の首やら腕やらを圧し折りながら着々とポイントを稼いでいく中、可愛は見事な観察眼で纏士郎の死角をカバーしていた。

 

「次、三時の方向! ビルの陰から二体!」

「あいよ」

 

 隙を突くように現れた一体の胸部を拳で撃ち貫き、もう一体には足払いを食らわせてバランスを崩した後で、協定通りパートナーに攻撃権を譲る。比較的脆い首の部分ならば、その辺に散乱する瓦礫か鉄パイプを使えば非力な可愛でも十分に破壊は可能だった。

 派手に動き回れば動き回るほど、誘蛾灯に引き付けられる虫のように仮想(ヴィラン)が集まって来る。

 纏士郎の周りには事切れた雑魚ロボットの残骸が積み重なり、その哀れな骸すらも砲弾代わりに蹴り飛ばされて遠距離にいる同胞を狩る。

 演習場D――市街地丸ごと一つが纏士郎の独壇場と化していた。

 

「ふはははは! 強い、強いぞ私のエンジェル号!」

「そのアダ名、今すぐ止めねぇとクレーンゲームの景品にすんぞテメェ……」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 快進撃を続ける凸凹コンビを、各所に設けられたカメラによって注視する者達がいた。

 

「”個性”の熟練度か戦闘センスの差か、各会場でちらほらと目立つ子が出て来てますけど……あの爆破の少年と坊主頭の少年は他より頭一つ抜きん出ていますね」

「爆破の”個性”持ってる方はあれだろ? 一年前にヘドロの(ヴィラン)の人質になってた子だろ?」

「事件の後、色んな事務所からツバ付けられてたもんなぁ」

「背の高い方は……願書の住所が『卵の家』になってますね」

 

 その言葉に、モニタールームがざわめき始める。

 

「『グレイト・マザー』ノトコロカラ来タノカ。将来有望ト取ルカ問題児ト取ルカ微妙ダナ」

「あら? 見かけによらずマトモですよ、あの子は。面倒見も良いですし、実力はご覧の通り」

「…………そうか、ミッドナイトくんも何度かマザーの施設を訪れた事があるんだったね」

「期待の爆発ボーイにミッドナイトのお墨付き、推薦組じゃあのエンデヴァーの息子も来てるって話だろ? 今年のヒヨッ子はお買い得じゃねーか。ヘイヘイ、イレイザー。去年みたいに全員除籍処分なんてすんなよ勿体ねぇ」

「……そうなるかどうかはアイツら次第だろ。俺は見極めるだけだ」

「何にせよ、ヒーローとしての真価が問われるのはこれからさ!」

 

 大人達が見守る中、戦況はさらなる混迷を迎えようとしていた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「「……デカ過ぎだろ」」

 

 試験終了まであと三分弱。

 轟音と共に現れたのは、七階建てのビルとほぼ同じ背丈の仮想(ヴィラン)

 予想はしていたし三奈にも忠告はしたものの、まさか本当に、怪獣じみた図体の巨大ロボットが出て来るとは思わなかった。

 特定の誰かを狙うのではなく、手当たり次第に建物をぶち壊し、他の仮想(ヴィラン)を踏み潰しながら歩みを進めて悲鳴と混乱を拡大させていく。

 

「ポイントも十分稼いだし、こりゃ逃げるが勝ちだな」

「賛成賛成、大賛成。すたこらさっさのあらほらさっさ~」

 

 落ちて来た――そう表現したくなる巨大な足を躱し、その歩みとは反対方向に走る纏士郎。

 どうやらこのデカブツは文字通り機械的に、人が多く集まり、騒ぎがより大きくなっている方に引き寄せられているらしい。ならば、向こうでギャーギャーワーワー慌てふためいている連中には悪いが、このまま距離を取って高みの見物でも――

 

「エンジェルさん、あれ!」

「もうツッコまねぇけど、どうした!?」

「足元、あのゴジラの足元! 誰かいます!!」

「ああっ!?」

 

 可愛の言葉に足を踏ん張り、地を滑るように急制動。

 たったの一歩で人間の何十倍もの距離を進む機械の巨人――その進行方向。

 瓦礫に足でも挟まっているのか、必死に抜け出そうとする小さな背中が見えた。

 次の一歩を踏むために持ち上がる、鉄槌じみた巨人の足。

 振り下ろされるであろう地点に――すり潰すように破砕されるであろう範囲に間違いなく、あの誰かは一部どころか全身が収まってしまっている。

 

「――ク……ソッたれがあああっ!!!」

 

 しっかり捕まっていろ、と既に振り落とされてしまった可愛に伝える暇もなく。

 この試験考えた奴会ったらぶん殴る、と顔も知らない誰かに怒りを覚えながら。

 纏士郎は長い両腕を広げて巨体へと走り出す。

 進路上には、破壊して山と積み上げた仮想(ヴィラン)の残骸がいくつもある。纏士郎にとってそれらは邪魔な障害物ではあったが――同時に”個性”を使うのに格好の材料となる。

 

「お前みてぇな木偶の坊は――両腕だけで十分だ!!」

 

 突き出した両の拳で残骸の山を殴りつける。

 素肌で触れる――それこそが纏士郎の”個性”の発動条件。

 拳を起点として、割れた装甲や配線、回路や螺子の一本までが、意志を持つ一個の群れのように纏士郎の両腕を肩まで包み込んでいく。

 新たに形作られる、身の丈よりも大きな三本指の籠手――巨人狩りに相応しい殴殺武器。

 ガリガリと地面を削りながら猛進し、跳躍。

 

「オォオラァッ!!」

 

 ビル並みの大きな図体を支える足、その付け根に、身体を一回転させて左の拳を叩き込む。

 衝撃と反動で籠手は砕け散るが、仮想(ヴィラン)も脚部を破壊されて真横へ大きくバランスを崩す。

 

「生物だろうとロボットだろうと、デカいほど自重で受けるダメージは増すんだよ!!」

 

 そして纏士郎にはまだ右が残っている。

 

「覚えとけ。足元注意だ、ポンコツ人形!!」

 

 倒れ込む勢いに合わせる形で、必殺を込めた巨拳が側頭部を殴り砕いた。

 首は圧し折れ、爆発を繰り返し、今の今まで暴れまわっていた恐ろしい姿など見る影もないほど破壊された巨大ロボ――たった一人の、十五歳の少年が起こした悪夢のような奇跡。

 その光景の一部始終を見せつけられた者達が覚えたのは感嘆か、それとも恐怖か。

 巨人の屍の上に君臨する纏士郎を称えるように、試験終了のブザーが高らかに鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 甲鎧纏士郎――”個性”『装纏(そうてん)

 

 

 

 

 



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2. 合格:将来への第一歩

この場を借りて主人公設定


名:甲鎧(こうがい)纏士郎(てんしろう)

 口も悪く、やる気のなさそうな雰囲気。
 両親はなく物心ついた時から施設育ちで、同じ境遇である義理の弟妹の世話をしていたため面倒見は良い方。
 ヒーローコスチュームはサラシを巻いただけの上半身に、灰色の袖なしロングコート、黒い袴と鉄板を仕込んだサンダル。

個性:装纏(そうてん)

 素肌で触れたものを作り変え、鎧のように身に纏う。
 必要な量さえあれば全身装甲・サイズ変更も思いのまま。
 生き物には効かず、強度と戦闘力は素材によって変わり、素材によっては自分もダメージを負う。



 児童養護施設『卵の家』は、育児ヒーロー『グレイト・マザー』によって運営されている。

 幼くして両親と死に別れた少年。訳あって親元を離れなければならない少女。

 そんな行き場のない子ども達を、雌鶏を思わせる独特のトサカヘアーの女傑が数人の相棒(サイドキック)達と協力しながら、ヒーロー活動の報酬のほとんどを投げうって引き取り育てているのだ。

 厳しくも愛に満ちた彼女の下を巣立った子は、いずれも奇才に満ちた問題児として良くも悪くも各業界で名を馳せるため、一部では雄英以上の人材育成機関と見なされている節があった。

 反面、社会的な地位には興味を示さず、受けた恩を返そうとそのまま施設に残り、職員となってマザーと共に『卵の家』を守る人間も少なくない。

 甲鎧纏士郎も、どちらかと言えば後者であった。

 

「コーぉちぃぃぃぃん!!」

「ぐっへぇ!?」

 

 あの馬鹿騒ぎじみた入試から一週間後。

 血の繋がらない弟妹達に手伝わせながら大量の夕食を作り終え、自室のベッドでうつらうつらと微睡んでいた纏士郎は、挨拶もなしに飛び込んで来た三奈に押し潰された。

 両膝が狙い澄ましたように鳩尾に吸い込まれ、睡魔どころか意識さえ吹き飛びそうになる。

 

「三奈、お前なぁ……」

「……受かってた」

「は?」

「雄英! 受かってた! ヒーロー科!!」

 

 纏士郎の胸に埋めていた顔を上げ、涙で潤んだ黒い瞳に喜色を宿す。

 そのピンク色のモサモサ頭を混ぜっ返すように撫でてやると、くすぐったそうに相好を崩した。

 

「……勉強、無駄になんなくて良かったな」

「にへへへ♪ コーちんはどうだったの? もう来てるんでしょ、合否通知!」

 

 纏士郎は自室右側の壁を指差す。

 壁の向こう側はそれなりのスペースがある談話室になっていて、夕食後である今の時間は、皆で集まって小学校で出された課題を片付けるのが習慣なのだが――今日はケラケラと楽しそうな声に混ざって『私が投映された!!!』と無駄に大きなバリトンボイスが何度も何度も聞こえて来る。

 叩き起こされた頭には、血の気が余った挙句そのまま吐血しそうな中年の叫びは正直キツイ。

 

「再生したら知らないマッチョのオッサンが飛び出したから、ガキ共にやった」

「興味ゼロでオモチャ扱い!? オールマイトだよ!? ネットとかじゃ『超レア物だー!』って大騒ぎになってるのに……」

「フリマに出品したら高値で売れるかね」

「売っちゃうの!?」

 

 未来ある若者への投資になるのなら、あの笑顔が濃いオッサンも本望だろう。

 

『私が投映され『私がとうえ『私がと『わた『わた『わた『わた『わた――』

 

 最初の部分だけ連続再生させて遊ぶチビ共に、壁を蹴って喧しいぞアピール。

 やっぱりあれは早々に売ってしまおう。

 

「とにかく! コーちんが合格してたかどうか知りたいんですよアタシはー!」

「……してたに決まってんだろ。じゃなきゃのんびり寝てねーよ」

「コーちんなら、明日世界が滅ぶって予言があっても熟睡してそう。でも……そっかー、四月からアタシもコーちんもピッカピカの雄英生かぁ」

 

 纏士郎の合格を知り、まるで自分の事のように喜ぶ三奈。

 それは別に良いのだが……人の身体の上で頬杖を突いたり両足バタバタは止めてほしい。そして何より、その大きな胸を押し付けないでほしい。むにゅう、と形が変わって凄い事になっている。

 甲鎧纏士郎、これでも十五歳の健全な日本男児である。どんな心境かは推して知るべし。

 

「つかお前、家からそのカッコで来たのか?」

「うん、ランニングのついでに。どっか変?」

「変じゃねーけど、まだ三月だぞ」

 

 迷彩柄のタンクトップと白のホットパンツ。

 天候によっては、まだそれなりに着込む必要がある時期なのに。

 

「受かったからって気ィ緩めやがって。風邪引いても知らねーからな」

「大丈夫! アタシ今まで風邪とか引いた事ないから!」

「…………ああ、うん」

 

 そうだろうね。

 

「それよりさ、おばちゃ――マザーに聞いたけどコーちん大活躍だったんだって? 動けない子を助けるためにあのデッカいロボットをドカーンとやっつけたとか!」

「あんのニワトリババァ、余計な事を……」

 

 実技試験で何をしたか、纏士郎は身内に話していない。

 おそらくグレイト・マザーは、雄英に勤める教師の誰かから――昔取った杵柄で後輩を脅すなり何なりして――独自に情報を得たのだろうが、いつもの事ながら行動が早い。

 ちなみに雄英OGであり短期間ながら教鞭も執っていたマザーは、奇抜なヘアースタイル以外はむしろ美人の部類に入る。ただし『肝っ玉母ちゃん』のイメージが強過ぎるせいで今現在も婚期を逃し続けており、おばさん扱いしようものなら容赦なく鉄拳が飛んで来るので注意が必要だが。

 

「……まあ、助けた女は顔がなくて逆にこっちがビビったけどな」

「ナニソレ怖っ。のっぺらぼうの"個性"?」

「顔ってか、首から上がなかった――いや、見えなかった、か?」

 

 思い返せば、腕とかもなかった気がする。

 身体の部位を分離可能にする"個性"か、それとも単純に透明人間になる"個性"か。

 前者なら肩こりとか腰痛とか解消できそうで良いなぁと思うが――それより今は、馬乗り状態の三奈の顔が徐々に険しくなっているのが気になる。

 

「……ねぇ、コーちん。その子、どんな顔が分からなかったんだよね?」

「? はい」

「声も聞かなかったんだよね?」

「面倒だったし、礼とか言われる前に離れたからな」

「じゃあぁ、どぉーしてコーちんは『女の子』だって分かったのかぁぬぁー?」

 

 …………あ。

 

「今『ヤベェ』って顔した! 何か隠してるでしょ! さあ吐けすぐ吐けー!! でないと――」

 

 真っ赤なオーラを背負う三奈の両手に、薄い酸の膜が張る。

 

「コーちんの頭の毛根ぬっ殺す!」

「止めろ馬鹿! ……正直に話せば怒らないか?」

「ゲロる内容にもよります!」

 

 流石にこの年でスキンヘッド以外の選択肢がなくなるのは避けたい。

 今にも強制脱毛を始めそうな悪い笑顔の三奈を押し留めながら、纏士郎は観念して口を開いた。

 

「……そいつを、瓦礫から引っこ抜く時にな?」

「うん」

「女だって知らなくてな?」

「うんうん」

「間違えて思いっ切りオッパイ鷲掴みにしちまっ――」

「ギルティィィィッ!!」

 

 結構大きかった、と言う前に頭に噛み付かれた。

 

「イダダダダッ!? 正直に話したろーが!!」

「それとこれとは別問題! アタシのいないトコで何ナチュラルにセクハラしてんのさー!?」

 

 甘噛みどころではない。ガチの本気噛みだ。

 水嫌いの猫を無理矢理風呂に入れるとこんな感じになるのかも知れない。

 おまけに噛まれた直後から頭皮がチリチリ熱くなってきている。怒りのあまり我を忘れ、唾液に含まれる酸の濃度が上がっているらしい。このままでは二十歳を迎える前に不毛地帯になる。

 

「んのっ、いー加減にしろっ!」

「にゃん!」

 

 腕力と体格差に物を言わせて、互いの上下を入れ替える。

 それが結構マズかった。

 

「あ……」

 

 今までとは違う、恥じらいを含んだか細い声。

 散々暴れ回り、さらにそこから強引に抑え込んだために――三奈が着ているタンクトップの裾が大きくめくれ上がり、引き締まったウエストや手入れされたヘソ、それどころか黒色の下着までがわずかに見えてしまっている状態だった。

 うっすらと汗ばむ肌には朱色が混じり、息はまだ微かに荒くて熱い。

 顔を逸らし、けれど黒真珠に浮かぶ月のような金の瞳で纏士郎を見つめ、三奈は言う。

 

「…………コーちんの、えっち……」

 

 色々と切れそうになった。

 主に理性が必死に引っ張っている鎖とか、目の血管とか。

 これはあれか――『プレゼントはわ・た・し♡』的な合格祝いか何かか。ラッピングを剥がして存分にお楽しみ下さいとでも言いたいのか。

 ええいこの、少しは抵抗する素振りを見せろ。覚悟を決めたように目を閉じるな。そのキュッと結んだ唇は何を待ち構えているつもりだ。勘違いするだろうが。

 三奈に覆い被さる体勢のまま、時計の秒針だけが音を刻む中、

 

『私が投映された!!!』

 

 壁の向こうからの野太いオッサンボイスが、場の雰囲気とか据え膳を要求する本能とか――もう色々とスマッシュしてくれて頭が一気に冷えた。ありがとうオールマイト。

 一度大きく深呼吸し、衣服の乱れを直して三奈の身体から離れ、ハンガーに掛けっぱなしだったダウンジャケットを彼女に投げ被せる。

 

「ほれ。もう遅いし、送ってくからそれ着ろ」

「……うにー」

 

 もそもそと上着を着る三奈を眺めながら、危なかった――と胸を撫で下ろす纏士郎だった。

 

「ねぇ、コーちん」

「ん?」

「海、行かない? 今から」

「…………はぁ?」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 市が管理するこの海浜公園は十ヶ月前まで、海流の影響による大量の漂着物と、それに便乗した不法投棄が問題視されながらも、手つかずのまま放置されている状態だった。

 しかし今は、何者かによってゴミが跡形もなく撤去され、かつての姿を取り戻している。地元のメディアでもこの奇怪なボランティアが大きく取り上げられ、今度は新たなデートスポットとして名が知られるようになっていた。

 現在、午後八時。

 纏士郎のダウンジャケットに身を包んだ芦戸三奈は、ダンスのステップのような軽快な足取りで波打ち際を進む――つかず離れずの距離を保って背中を見守ってくれる彼の視線を感じながら。

 

「なーんもないねぇ、コーちん」

「何もなくなったから、新聞とかで騒いでたんだろが」

 

 纏士郎の口調は相も変わらず素っ気ない。

 昔からぶっきらぼうで、面倒臭そうで、それでも自分に最後まで付き合ってくれる優しい人。

 どうせなら隣を歩いてほしいのだけれど――もっと言えば手を繋いでみたいのだけれど、それを口にしてしまうと、何だかせがんでいるようでとても気恥ずかしい。

 三奈としては、そろそろ『幼馴染』より一つ上の関係を目指したいと考えている。だが、肝心の幼馴染がどう思ってくれているか分からないのでむず痒さが募るばかりだ。さっきだって、勇気を振り絞って自分なりに女らしさをアピールしてみたのに、無言で溜め息を吐かれてしまった。

 多分、きっと、これがちょっとしたデートのつもりだって事も気付いてないだろう。

 下校中に買い食いしたり、ゲームセンターで遊んだり――そんな友達付き合いとは違うのに。

 もやもやした感情を抱えながらさらに歩き、砂浜から海へ突き出すように設けられた休憩所まで来たところで、少し離れた場所に誰かが立っているのが見えた。

 まあ、公園なのだから、誰かいても不思議でも何でもない――

 

『オールマイトー!!』

「うっそぉ!?」

 

 まさかの名前が飛び出し、三奈は思わず大声を上げた。

 

「コーちん、オールマイトだってオールマイト! あっちから聞こえた!」

「そうは見えねぇけどな。ムキムキどころかヒョロヒョロだぞ、あの人」

 

 そう言われると確かに、白いシャツを着たその後ろ姿は、テレビで見るNo.1ヒーローとは似ても似つかないシルエットだった。身長だけなら、まだ纏士郎の方がオールマイトに近い。

 

『ひ、人違いでしたー!!』

「ほらな」

「なぁんだ、つまんないのー」

 

 神出鬼没の英雄だから、もしかしたらと期待したのだが。

 何かもう、これがデートだと躍起になって思い込むのも馬鹿馬鹿しくなってきた。よく考えたらランニングした後だし、足にどっと疲れが出た三奈はその場で大の字に寝転がってしまう。

 

「あ~ん! コーちん疲れたぁ~! おんぶして~!」

「……ホント自由だなお前は」

 

 差し出された幼馴染の背中に、せめてもの意趣返しにジャケットの前を開けて胸を押し付ける。

 纏士郎が一瞬だけ何か言いたげに振り返って視線を背後に向けたが、満面の笑みを返してやると呆れたように溜め息を吐き、そのまま三奈を背負ってスタスタと歩き始めた。

 三奈よりも頭二つ分は高い背丈、鞭のように引き締まった筋肉の長い手足。

 オールマイトが熊やゴリラのような体型なら、纏士郎はさしずめネコ科の大型肉食獣だ。

 

「ねえ、コーちんはどうして雄英に入ろうと思ったの?」

「…………プロヒーローになれば公共の場でも"個性"の使用許可が下りるだろ。そうすりゃ仕事の幅も広がって普通にバイトするよりも金が稼げる」

「じゃあ、お金のためにヒーローになるの?」

「簡単に言っちまえばそうなるな。(ヴィラン)退治も結構だが俺は俺の周りを守ることしかできねぇよ」

 

 名声も地位もいらない。自分の事は二の次で、ただ恩を返したいだけ。

 纏士郎を何も知らない者なら、向上心の欠如だと嘲笑うだろう。

 近い将来、三奈や、これから出会うクラスメイト達が、ヒーローとして目覚ましい活躍を見せて一躍スターの花道を歩もうとも――纏士郎はそれを意に介さず、無名のまま『その他大勢』の陰に隠れようとも、ただ淡々と自分に出来る事をやり続けるに違いない。

 それも良いと思う。

 派手なだけのヒーローならいくらでもいる。

 本当に自分が成すべき事をやり遂げる人間こそ、真のヒーローだ。

 八年前のあの日に、彼に手を差し伸べられ救われた三奈だからこそ、大きな岩のように雄々しく揺るがず、一緒にいると安らげる纏士郎の志を肯定する。

 

「コーちんはさ、欲がないのに欲張りさんなんだねぇ」

「言い得て妙だな。自分でもそう思うわ」

「そんなところがアタシは大好きです!」

「そいつぁどーもー」

 

 どさくさ紛れの告白に、投げやりな返事。

 これが今の二人の距離。

 三奈には纏士郎のように、心から『こうなりたい』と望むイメージがない。

 生まれ落ちた時代に"個性"とヒーローなんてものが存在していたから、小学生がその時その時の人気の職業を選ぶのと同じように漠然と、あやふやに将来の道を固めただけだ。

 だから、この三年間で見つけたい。

 ヒーローであろうとなかろうと、"個性"があろうとなかろうと、すべき事は変わらない『将来の自分』がある幼馴染に、胸を張って『これが私の夢だ』と言えるように。

 

「お腹空いたぁ~、ラーメン食べたい~」

「太るぞ」

「太るのはや~だ~!」

 

 

 

 

 

 激動の三年間が、始まる。

 

 

 

 

 




三奈ちゃんの"個性"……うっかりすると自分の服まで溶かしちゃうって、なにそれエロ系スライムいらずじゃないですか素晴らしい。


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3. 千尋の谷:個性把握テスト

『つぐもも』読んでて思いついた。

鉄条網を出して操る"個性"とかあったら色々便利そう。


 寝袋が転がっていた。中に誰か入った状態で。

 

「…………」

 

 トイレから戻って来てそれを発見した纏士郎は、黙って周囲に視線を巡らせる。

 清掃が行き届いて鏡のように光る廊下、シミ一つない天井、窓の外に広がる景色、最後に自分の左手にある高さ六メートルほどの出入り口――『1―A』とペイントされたドアを見た。

 うん……間違いなく今年入学した雄英高校の校舎、一年A組の教室の前だ。決してキャンプ場のテントの中とか高山の山小屋とかではない。

 だとするならば何なのだろう、このカブトムシの幼虫じみた怪しい人物は。少なくとも生徒には見えない。自由な校風が雄英の売り文句だとしても――『自由』の意味が違うのではなかろうか。

 カブトムシも纏士郎に気付いたのか、長い前髪の隙間からジロリと目を光らせて、

 

「…………どうした? 突っ立ってないで早く教室に入れ」

「はあ……」

 

 親近感が湧くテンション低めの声でそう言われ、開いていたドアから教室に入る。

 つい十数分前に初めて顔を合わせたばかりのクラスメイト達は、予鈴が鳴った事で大半が自分の席に着いており――立っているのは教卓の近くで楽しそうに談笑するほんわか娘とさっきまで姿がなかった緑色のモサモサ頭、頼んでないのに自己紹介をした飯田天哉と名乗る眼鏡だけだった。

 各自の机は教壇から見て、右端と左端の列が前から五台、中央の二列だけ六台並んでいる。

 纏士郎の席は廊下側から二列目の五番目。前の席には同じ中学だった切島鋭児郎が、さらにその前の席には何気に受かっていたらしい可愛幼子が座っていた――と言うか、机上に小さな座布団を敷いてちょこんと乗っていた。やっぱり座敷童かアイツは。

 ちなみに三奈は前日ワクワクし過ぎて眠れなかったとかで居眠りしている。起きろアホ。

 

「むっ、甲鎧くん! もう予鈴は鳴ったぞ! 先生がいらっしゃる前に早く席に着きたまえ!」

「お前らも立ってるだろうが。それと、もう先生来てるぞ」

「おっ、マジかよ!」

「誰かな? 誰かなぁ!?」

「多分、だけどな。……お前はさっさと起きろ」

「あさごはんっ!?」

 

 自分の席に向かうついでに三奈を叩き起こす纏士郎を余所に、教室がにわかに騒がしくなる。

 あのオールマイトが雄英に赴任すると知って、担任はまさか……と淡い期待を抱いているのかも知れないが――朝食代わりなのか、ゼリー飲料を補給しながらのそりと起き上がる担任(仮定)の全く正反対のイメージに、浮き足立った場の空気が一気に鎮静化した。

 クリスマスプレゼントを開けたら欲しい物じゃなかった時の子どものような鎮まり具合だ。

 

「静かになるまで八秒。普通の学生気分に浸りたきゃ他の学校に行け。ここはヒーロー科だぞ」

 

 静かな一喝に、全員の顔が引き締まる。

 雄英の教師は皆プロのヒーロー、しかも国内最高峰の名に相応しい精鋭揃い。つまり纏士郎達の目の前にいるくたびれた風貌な無精髭も、ヒーローとしての実力以上に、人材を育成する者として学校の御眼鏡に適った大先輩なのだ。格が違う。

 

「担任の相澤消太だ。よろしくね。早速だが、全員コレ(・・)着てグラウンドに出ろ」

 

 相澤が寝袋から取り出したのは、青色が基調の体操服だった。

 これから入学式やガイダンスが始まると思っていた面々は首を傾げる。

 

「時間は有限。ヒーローの(テッペン)目指すなら尚更な。合理的に、各自の名前や"個性"の紹介も兼ねてちょっとしたレクリエーションをしようじゃないか」

 

 どうやら、時間と効率の無駄を嫌う性格であるらしい。

 ようやく殻から出た二十二匹のヒヨコを、三年間の限られたカリキュラムの中で一端の使い物にしなければならないのだから、むしろ筋が通る教職者の言い分である。

 雰囲気も含めて、波長が合いそうなこの担任に纏士郎は好感を覚えた。

 伝える事だけ伝えて相澤が早々に教室から消え、残されたクラスメイト達も戸惑いと不安の色を浮かべながら更衣室に向かう。飯田が『廊下を走ってはいけない!!』とうるさいので、必然的にぞろぞろと集団で移動する事になる。

 

「よお甲鎧! お前と芦戸も雄英受かったんだな!」

 

 途中、切島が声を掛けてきた。

 中学の頃は髪も染めておらず、性格も内向的だった切島は、何が原因で奮起したのか知らないが暑苦しいほどの漢気に満ちた人間に変貌していた。修学旅行でトラック運転手や漁師でもないのに大漁旗を買っていたのも、今となっては微笑ましい思い出……なのかは微妙なところだ。

 

「お互いにな。まあ、いきなりグラウンド集合には面食らっちゃいるが」

「そうそう、それだよそれ! レクリエーションって何すんだろな!?」

「ハンカチ落としとかじゃねーのは確かだろ」

「甲鎧くん! 切島くん! 私語は慎みたまえ! 他のクラスに迷惑だろう!?」

「いや、フツーに入学式に出てて教室は無人だと思うぞ」

「つか一番声デケェの飯田だし」

 

 一生の不覚、と項垂れる飯田の言う事も間違ってはないが――そもそも担任の独断で学校行事に参加していないA組の方が変なのだ、はっきり言って。

 当然ながら更衣室は男女別であるため、入口の前で二手に分かれる事になる。

 

「じゃーねー、コーちん! 後でねー!」

「恥ずいから止めろ馬鹿」

 

 二人でプールに来てるつもりなのかあのピンク娘は。

 三奈にアダ名で呼ばれて周りから好奇と妬みと羨望――特に小柄なブドウ頭の少年から呪いでも掛けられそうな視線が刺さり、着替えさえまだなのに疲れる纏士郎なのであった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「個性把握――」

「――テストォ!?」

 

 テスト。試験。

 学校に在籍する以上、絶対に立ち向かわなければいけない全ての学生共通の壁だが、一般入試で超大型サイズのロボットまで投入する常識外れの雄英の『テスト』――どう考えても、一筋縄ではいかないのは明白だった。

 テストの内容自体は至極シンプル。

 五十メートル走から始まり、ソフトボール投げ、立ち幅跳びなど、誰もが一度はやった事がある種目を計八種、"個性(・・)"使用可(・・・)の条件で行うのだ。

 ただし、トータル成績最下位の者は除籍処分の嬉しくないオマケ付きで。

 中学とは違って"個性"使い放題だとはしゃいでいたのから一転、事の深刻さを理解した生徒達が理不尽だ無茶苦茶だと口々に抗議するのに対し、相澤は、

 

「元々見込みがない奴を三年間苦しませ続けても意味はない。だったら現実を突き付けてスッパリ諦めさせるのも、俺達教育者の仕事であり優しさだ。そして何より、この程度の理不尽(ピンチ)すらも軽く乗り越えられないようじゃあ、社会に出てヒーロー名乗るなんざ夢のまた夢だ」

 

 常人には不可能な事も己が力で切り抜ける。それがヒーローの絶対条件。

 故に如何なる逆境も覆せるよう、雄英はこれから三年間苦難を与え続ける。

 

「入試でも言われたろ? "Plus Ultra"――雄英生なら全力で乗り越えろ」

 

 そう締め括り、無精髭の担任は不敵な笑みを浮かべた。

 決して広い門ではなかった。だが、一度入ってしまえば楽園だと誰が言った?

 挑んだのが地獄の門ならば、その向こう側も地獄なのは当然の事だ。

 

「まずは五十メートル走。出席番号順に二名ずつだ。青山、芦戸、早くしろ」

「Oui☆」

「はーいっ!」

 

 相澤に急かされ、三奈と、青山と呼ばれた男子が何故か後ろ向きでスタートラインに並ぶ。

 "個性"発動に必要なのか、青山は体操服の上にゴテゴテとしたベルトを巻いていて、スタートの合図と同時に腹から青色に煌めくレーザーを照射した。普通に走る三奈に対し、レーザーの反動で一気にコースの半ばまで飛んだのは見事だったが――

 

「おい、思いっきり着地失敗してんぞアイツ」

「そりゃ、前見えてない上にあんな足伸ばした体勢じゃなぁ」

 

 もう一度レーザーを撃つ間に追い抜いてゴールした三奈も、何とも微妙な顔をしていた。

 二十二名、二十二通りの"個性"がある以上、走りに適した者と適さない者がいる。

 ふくらはぎから排気マフラーを生やした飯田などは三秒台を叩き出し、それでもまだまだ余力を残しているようだった。他にも爆風で飛んだり尻尾で跳ねたり氷で滑ったり――もう競『走』ではないよなコレ、とツッコミを入れたくなる"個性"の披露会が続いていく。

 纏士郎や切島などは普通に走るしかなかったのだが、意外だったのは可愛の足の速さだ。

 その小ささ故に身軽だからなのか、単に得意種目だからなのか――飯田ほどではないが、相手に大差をつけてのゴールに周囲が感嘆の声を上げて拍手を送る。

 

「ねずみ花火みたいな奴だな。身体に導火線でも付いてんじゃねぇか?」

「ふふふふふ、女は見かけによらないので~すよ」

 

 走り終えた可愛は纏士郎の身体をよじ登り、入試の時と同じく肩車の体勢に収まる。

 どうやら、すっかり定位置と認識されてしまったらしく、注目が集まって居心地が悪い。

 

「二人とも知り合いなの?」

「そうですよ~? 実技試験でとっても仲良しさんになっちゃいま~した。私とエンジェルさんの見事なコンビネーションで、迫り来る仮想(ヴィラン)をばっさばっさとなぎ倒したのです」

「ふ~ん…………そうなんだ」

 

 三奈の目がじっとりと嫌な湿り気を帯びたように見えるのは――気のせいだと思いたい。

 纏士郎の受難は第二種目、屋内での握力測定でも続いた。

 

「ねぇねぇ、ちょっと良いかな?」

「ん?」

 

 早々に測定を終え、壁を預けてぼーっとしていると、頭部と両腕がない女子に声を掛けられた。

 体操服しか見えないけれど見覚えがある。

 

「ああ、入試ん時の……」

「そっ! 葉隠透だよ、よろしくね! お礼が言いたかったんだけど、甲鎧くんってばあの後すぐ何処か行っちゃったから……。改めて、助けてくれてありがとうございました!」

 

 ぺこりとお辞儀をする体操服。

 

「……いや、まあ、どういたしまして?」

 

 纏士郎はあまり礼を言われるのが好きではない。

 他人からの好意を素直に受け取れないひねくれ者――と言われてしまえばその通りで、纏士郎も自覚してはいるのだが、自分のやりたい事をやって結果的に助かっただけなのに『ありがとう』と頭を下げられても、ヒーロー願望が希薄なためどう対応したら良いのかが分からない。

 極端な話、運が良かったと自己完結してくれた方が気が楽だ。

 

「そ、それでね……甲鎧くんが助けてくれた時にその、私の胸が、胸を、ですね……?」

「…………あー……」

 

 ほーら、頭と右手がふにふにでフカフカな余計な記憶まで思い出してしまった。

 葉隠のためにも忘れようとしていたのに。

 

「いきなり揉まれてちょっとびっくりしたけど、でも大丈夫! 透明で顔が見えないから女だって分からなかったんだもんね!? ほら、女同士でもふざけて揉んだりする事あるし、それと一緒で私全然気にしてないから! 気にしてないからー!!」

 

 自分で収拾がつかなくなったのか、葉隠は一方的にまくし立てると、見えない頭頂部から湯気を出しながら女子のグループのところへ逃げ戻る。

 男子連中は握力を競うのに夢中になっていて、纏士郎と葉隠の密談に気付いて騒ぎ立てるような面倒事にはならなかったが――やはりと言うか何と言うか、三奈は般若のような形相でしっかりとこちらを睨み、その感情を全力で握力計にぶつけていた。

 第三種目の立ち幅跳び、第四種目の反復横跳びとテストは進み、いよいよ上位者とそれ以外との明暗が浮き彫りになってくる中、第五種目のボール投げが始まった。

 

「ていやっ!」

 

 ここで最も注目を浴びたのが、ほんわかした雰囲気の麗日お茶子だった。

 とてもパワータイプには見えない麗日だが、放り投げたボールは何処までも直線の軌道を描いて青空の彼方へ消えて行き、測定不能(むげん)の特大記録を叩き出す。

 

「よし、今日からあのボールを『お茶子星』と名付けましょう!」

「恥ずかしいから止めてくれへん!? 何かドジっ子っぽい名前やし!」

 

 可愛にからかわれながらも、喝采を浴びて照れ臭そうにはにかむ麗日。

 各自が"個性"を活かして規格外の記録を樹立、あるいは纏士郎や切島のように純粋な身体能力でバランス良く好成績を稼いでいるのに対し――例のモサモサ頭の男子だけが、未だに五種目全てで一般高校生の平均程度の記録しか出せていない。

 

「飯田や麗日はアイツの"個性"を見た事あるのか?」

 

 纏士郎は二人に尋ねてみた。

 

「ああ、俺と彼女も試験の会場が一緒だったからな。クセのある増強型なのか、緑谷くんの場合は殴った腕が折れて酷い事になっていた。リカバリーガールが来て治療が間に合ったが……」

「でもでも、おかげで私も助かったんだよ!」

「リスクがあるせいで今まで使えなかったってか。つかまだ現役なのかあのバーさん」

 

 ボールを持って円の中心に立つ緑谷は、とてもじゃないが"個性"を使用するだけの精神的余裕を残しているようには見えない。ノーリスクで腕力や脚力を強化できるなら五十メートル走の時点で使っていただろうし、あそこまで追い詰められた顔にはならないはずだ。

 

「……自分で自分の力をコントロールできねーのか」

「俺もたまに寝ぼけて硬化して、布団に穴開けちまうけどな」

「私も朝起きるとベッドごと浮いちゃってたり……」

「寝ぼけてんのと使って暴発すんのとじゃ問題のレベル違うだろ」

 

 走れば足が砕けて、投げれば肩が弾け飛ぶ。

 言ってしまえばミサイルと同じ、一度限りの爆発的膂力。

 ボール投げ以外で残った種目は、持久走、上体起こし、長座体前屈――いよいよ後がない緑谷は自滅覚悟で"個性"を使う素振りを見せたが、相澤がそれさえも許さなかった。

 

「そんな……今確かに、使おうと……」

 

 唐突に"個性"を掻き消され、五十メートルにも届かない記録に絶望する緑谷。

 

「つくづく……あの入試は合理性に欠く。お前のような奴でも入学できてしまうからな」

 

 髪を逆立てた相澤は緑谷を凝視し、地を這うような静かな怒気を露にする。

 

「あのゴーグル……そうか、抹消ヒーロー『イレイザー・ヘッド』!!」

 

 聞き慣れないヒーロー名に数人がざわつくが、重要なのはそこではない。

 "個性"の使用を許可すると言った張本人が、自分の"個性"を発動させてまで阻止した――それはつまり、百戦錬磨のプロヒーローですら緑谷が持つ"個性"に薄氷のような危うさを感じている事に他ならない。

 

「"個性"を消す"個性"! 相澤先生がそんな凄い方だったとは……!」

「有名なヒーローだけが強い訳じゃねぇって事だな」

 

 相澤に指導を受けた緑谷が二投目の準備に入る。

 このまま、馬鹿の一つ覚えのように限界を超えて何百メートル飛ばしたところで、右腕が反動で使い物にならなくなった挙句『見込みなし』と相澤に判断される。かと言って、"個性"を使わずにただ投げるだけでは、目立った記録もなく最下位は確実。

 

「どうすんのかねぇ……」

 

 ブツブツと呟きながら、大きく右腕を振り被る緑谷。

 その瞳が諦めではなく輝きを取り戻していた事に、一体何人が気付いただろうか。

 肩でもなく腕でもなく――纏士郎には人差し指だけで弾き飛ばしたように見えたボールは、先のデモンストレーションで投げた爆豪とやらの球威にも引けを取らないものだった。

 記録、七百メートルオーバー。

 

「先生…………まだ、動けます!!」

 

 確かに、痛めたのが指一本だけなら残りの種目も受けられるだろう。

 ようやくのヒーローらしい記録に、麗日などは諸手を挙げて喜び、飯田は真っ赤に腫れ上がった緑谷の指と奇妙で不安定な"個性"の心配をする。

 素直に称賛する者がいる一方で、一種目だけだが自身の記録に並ばれた爆豪が、爆発を手の平に起こしながら『こらデクテメェ!!』と緑谷に詰め寄ろうとして相澤に捕縛されていた。

 

「あの爆発さん太郎も何がしたいんだか。カルシウム不足か?」

「それはいけないな! 雄英生たる者、栄養はきちんと摂るべきだ!」

「そこツッコむトコちゃうと思うけど……」

 

 多少のいざこざはあったものの、相澤に促されてテストは着々と進んでいく。

 指の痛みに苦しむ緑谷は持久走でペースを落とし、上体起こしと長座体前屈では"個性"の応用が思いつかなかったのか、記録らしい記録はボール投げだけに留まっていた。

 

「んじゃ、パパッと結果発表。口頭で説明すんのは面倒なので一括開示する」

 

 全種目が終了し、相澤が端末を操作して結果を空中に映し出す。

 種目と"個性"の相性が悪く使う機会がさほどなかった纏士郎や三奈、切島は可もなく不可もない順位で名前が連なり、足の速さはともかく腕力で劣る可愛は下から数えた方が早く――除籍処分を受けて雄英を去らなければならない最下位は、緑谷だった。

 

「ちなみに除籍は嘘な。諸君らの全力を見るための合理的虚偽って奴だ」

「「「………………はああああああぁっ!?」」」

 

 まるで明日の朝食の献立を告げるような口調であっさりと言われ、緑谷、飯田、麗日が一瞬だけ目を点にした後、喉よ裂けよとばかりに絶叫する。

 多様な道具を創造して一位を取った八百万百などは信じる方が馬鹿だと呆れ顔だが、他の連中の表情を窺い見た限りでは、緑谷達以外にも何人かは除籍の脅しを本気で信じ込んでいたらしい。

 

「エンジェルさん! エンジェルさんも嘘だって気付いてたんですか!?」

 

 順位表が見えないからと纏士郎の頭に陣取っていた可愛も、ぺしぺしと叩きながら問うてくる。

 

「薄々だけどな。相澤先生のさじ加減一つで俺らを除籍にできるなら、そもそもこのテスト自体がする必要のない非合理的なもんだろうが。生徒一人一人の"個性"まで把握してんだし」

 

 だが……億劫そうに連絡事項を伝えて校舎に戻る相澤の背中を見ていると、実は本気で除籍するつもりだったのではないか、とも考えてしまう。

 そんな合理性がモットーな担任を少しでも心変わりさせたのは何か。

 

「何にせよ、良かったな緑谷くん!」

「ホントだよー! クラスメイトがいなくなったら寂しいもん!」

「う、うん……!」

「…………」

 

 緑谷出久。

 最下位ながら、前言を撤回させるだけの可能性を見せた変な奴。

 

「どうしたんですかエンジェルさん。お茶子さん達をじっと見て……まさか一目惚れですか!?」

「断じて違う」

 

 何時までも頭にへばりつくマスコットキャラを引っぺがし、後ろにいた切島に放り投げる。

 まあ、真面目なばかりでつまらない奴らと三年間一緒にされるより、どんな騒ぎを巻き起こすか分からない連中の方がよっぽど面白いか。

 こんな高校生活なら悪くない、と少しだけそう思った纏士郎だが――それよりも今は、葉隠との一件からずっと不機嫌なままの三奈をどう宥めようか悩む事を優先する事にした。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「何時までヘソ曲げてんだお前は……」

「……むー……」

 

 波乱に満ちた個性把握テストを終えた、その日の放課後。

 最寄り駅で電車を降り、夕方の活気で賑わう商店街を纏士郎と二人で歩く間も、三奈の心は全然晴れる事はなかった。

 一緒に登校して、勉強して、放課後もこうして並んで帰っているのにちっとも楽しくない。

 原因は分かり切っていた。

 

「……良かったね! 可愛い子がいっぱいいるクラスで!」

「まあ、(ヤロー)しかいないクラスよりかは……嬉しいかね、むさくるしくなくて」

「むー!」

 

 入学初日なのに、纏士郎は女子と親しそうに話していた。それも三人も。

 中学時代から、纏士郎は密かに女子に人気だった。

 同年代の男子と比較しても大人びいていて落ち着いており、運動神経は野生の獣並み、赤点など取ろうものなら保護者(マザー)から愛ある拳骨をプレゼントされるからなのか、やる気のなさに反比例して中間や期末の成績も常に上位を維持していた。

 普段から三奈とコンビで動いていたので恋人を通り越して夫婦扱いされ、そのおかげもあってかラブレターや体育館裏での告白こそ縁遠かったが――今のA組で三奈と纏士郎の恋人未満な微妙な関係を知っているのは切島くらいだし、その切島も中学では別のクラスだったので、前の学校での暗黙の了解など何の役にも立たないのだった。

 そんな事、分かっていたはずなのになぁ。

 

「ん……」

「あぁ?」

 

 頬を膨らませたまま、クレープ屋のワゴンを指差す。

 

「クレープぅ……」

「……何味がご所望で?」

「納豆オクラクリーム」

「…………うわ、マジでメニューにあるし」

 

 何考えて作ったんだか……とぼやきつつ買いに行く纏士郎。

 子どものように駄々をこねる自分が情けなくなる反面、これほどの重要な問題をクレープ一つで許してあげちゃうのだから、女としてとても寛大なんじゃないかと自画自賛。

 きっとこの先も纏士郎は面倒臭そうに、自分勝手に、ヒーローなど興味ないのに、その長い腕で掴み寄せるように周りの人間を惹き付けるのだろう――だって、本当は誰よりも優しい心を秘めた生き方が、ヒーローを目指す者にはとても輝いて見えてしまうから。

 

「お待たせしやした、お嬢様」

「うむ、苦しゅうない。にひひ♪」

 

 だったらせめて、この時間だけでも独り占めしたい。

 纏士郎が差し出すクレープを雛鳥のように食べながら、小さな幸せを願う三奈なのであった。




名:可愛幼子

 

 身長約四十センチ(某干物妹と同サイズ)。

 戦闘能力は皆無だが、小柄故に回避と足の速さは定評あり。

 声イメージ『鬼灯の冷徹』の芥子

 

個性:マスコット

 

 小さいは正義。可愛いは正義。よって小さくて可愛いは超ジャスティス(本人談)。


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4. お着替えしましょ:コスチューム

むしろガンダムヴァーチェ並みに重武装なコスチュームの女の子がいても良いと思う。


 ピッカピカの一年生、二日目。

 ヒーローの育成を目的とした学校だからと言って、何も朝から晩まで飛んだり跳ねたり殴ったり殴られたりして身体を虐め抜いている訳ではない。

 午前中は必修科目や英語も含め、普通の高校生と変わらない内容で授業が進む。

 

「うぇー、雄英に入ったのに普通の勉強すんのぉ?」

 

 初日が濃かったのだから、授業もさぞかし派手なのだろう――と。

 そんな期待で昂ぶっていた三奈は出鼻を挫かれ、中年オヤジの靴の臭いを嗅がされた猫のような顔で泣き言を漏らしていたが、それは当たり前だろう。

 仮にもヒーローなのに、一般的な常識が欠落していたり漢字が読めなかったりしたら問題以前に笑い者になってしまうし、災害発生時の避難誘導で日本語が分からない外国人観光客相手に英語で指示しなければならない可能性だって、決してゼロではないのだ。

 何処に出しても恥ずかしくないヒーローを。

 そのために、雄英に勤務する教師達――プロヒーロー達も、戦闘や"個性"関連の授業だけでなく必修科目でも教科書片手に教壇に立つ。

 

「えー、じゃあこの四つの英文の中で間違っているのは?」

 

 ただまあ、そこはやはり教師も個性派揃いの雄英高校。

 プレゼント・マイクが受け持つ英語などはその持ち味が顕著で、大人しく授業を聞いてノートを取ろうものなら『どーしたオーディエンス!? レッツヘンズアップ! 盛り上がれぇっ!!』と無茶を要求してくる。英文の間違いを答えるくらいでライブ会場並みに騒々しくなったら、それはそれで変なクスリか精神状態を疑う。

 午前中の授業が終われば、誰もが喜ぶ昼休み。

 全校生徒を収容できるほど広い大食堂で、これまたプロのクックヒーロー『ランチラッシュ』が何十種類もの料理を格安で提供している。贅沢とは無縁な纏士郎には有り難い計らいだ。

 

「まぐまぐ……うまー♪」

 

 勉強があまり得意ではない三奈は前半だけで参ってしまったらしく、絞り尽くされた脳の栄養を補充するかのように好物の海鮮納豆丼(卵黄付き)を頬張る。

 配膳カウンターに近い六人掛けのテーブルで、五目坦々麺を啜る纏士郎と三奈、大盛りの牛丼を掻き込む切島と、国旗付きオムライスに舌鼓を打つ可愛が束の間の休息を取っていた。少し離れた席には緑谷、麗日、飯田の三人の姿もある。

 

「三奈さんはよく食べるんですねー」

「そーゆー可愛だって結構食べてんじゃん、サイズの割に」

「育ち盛りなので~すよ」

 

 …………どの辺が?

 思わず箸を止めてミニマムな可愛を見る三人だが、友のため疑問を飯と一緒に噛み殺した。

 不毛な話題を変えるため、切島が口を開く。

 

「ところでよ、次の授業はいよいよヒーロー基礎学だよな!」

「うん、何すんだろね? 最初だし軽くスパークリングとか!?」

「スパーリングだ馬鹿。ワインでも作る気かお前は」

「コーちんってば細かい! ちょっと間違っただけじゃんかよー!」

 

 まだ頭の中で火花を散ら(スパークリング)しているらしい三奈が唇を尖らせる。

 スープまできっちり飲み干して、纏士郎は静かに器を置いた。

 

修善寺のバーさん(リカバリーガール)が出張ってるからって、まだ中学生のガキンチョ共に向けてロボの団体さんをけしかけるような学校だぞ? んな部活動のウォーミングアップみたいなので済むかよ」

「じゃあ、エンジェルさんはどんな予想なんです?」

 

 可愛の問いに、纏士郎は空になった丼の底を見つめながら考える。

 自由な校風だが、それ以上に厳しい雄英高校のカリキュラム――その一端を、纏士郎は保護者のグレイト・マザー、OBやOGの施設職員から何度か聞かされた事がある。纏士郎達の世代に移って授業内容にも多少の変化はあっただろうが、皆が『無茶苦茶やる、つかやらされる』と口を揃えて死んだ目になる雄英らしさは失われていないはず。

 

「脅かす訳じゃねぇが……下手すりゃ大怪我するかもな」

「オイオイ、そんな大袈裟な……」

 

 物騒な物言いに切島が顔を引き攣らせるが、果たして本当に大袈裟なのだろうか。

 麗日達と談笑する緑谷に視線を移す。

 とてつもないパワーを発揮できる代わりに、コントロールが上手くいかず使う度に自分の身体が破壊される"個性"――そんなデタラメなものを宿しながら、激痛に耐え、ひたすらヒーローの道を歩み続けようとする不思議なクラスメイト。

 怪我をしない方が良いに決まっている。だが、このまま自由にさせたらどうなるか見てみたい。

 初めて包丁を使う弟妹達を見守る時のような、面倒臭くも好奇心が湧き上がる感覚。

 家族以外では、纏士郎をそんな気持ちにさせる人間はこれまで三奈一人だけだった。

 

「? どったの?」

 

 割り勘でデザートを頼もうか可愛と相談していた三奈。

 小首を傾げる彼女の頭を見て、纏士郎は何故緑谷の事が気に掛かるのか、その理由に気付いた。

 

「…………ああ、モジャモジャが似てるからか」

「だーかーらー、どーしたってのさもー!!」

「別に何でもねーよ。お前の髪に納豆の糸が付いてるだけだ」

「何でもなくないよ、それ!?」

 

 うあー、もう恥ずかしー、と三奈は手鏡を覗き込む。

 言う事もやる事も大半が騒がしく、弟妹達よりも子どもっぽい。だから、次は何をしでかすのか予想外で実は密かに楽しみにしている。

 要するに、見ていて面白いのだ。三奈も――そして緑谷も。

 何にせよ、雄英生としての本番はこれからだ。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「わーたーしーがー…………普通にドアから来た!!」

 

 なら別に言わなくても良いのでは、と纏士郎は思う。

 相も変わらず一人だけ画風が違い過ぎるNo.1ヒーロー、オールマイトがコスチュームのマントをたなびかせながらA組の教室に現れ、平和の象徴の登場と待ちに待ったヒーロー基礎学の始まりにクラスメイト達のテンションが一気に最高潮に達した。

 

「コーちん! 生オールマイトだよ、生マイトだよ!」

「生ビールみたいに言うな」

 

 興奮に満ちた生徒達の声を一身に浴びながら、筋骨隆々のオールマイトは教壇の前に立つ。

 

「ヒーロー基礎学とは! 文字通り、君達のヒーローとしての素地を作る目的で様々な訓練を行う課目だ! 熱いうちに鉄を打つため先生達も気合入れて頑張っちゃうから覚悟してね!?」

 

 熱いっつーか暑苦しいのはアンタの方です――そう言えたらどんなに楽か。

 

「って事で早速だが今日はコレ――戦闘訓練!!」

 

 オールマイトが掲げた手の平サイズのパネルには『BATTLE』の文字。

 合わせて教室前方、左側の壁が音を立ててせり出す。中に収納されていたのは、1から22までの番号が振られた真新しいスーツケースだ。勘の鋭い数名がそのケースに何が入っているのか瞬時に理解して、待ってましたと言わんばかりに自分の席から身を乗り出していた。

 担任の相澤なら睨みを利かせて一喝する場面だが、トップの座に君臨するヒーローである以前に新米教師なオールマイトは、盛り上がる生徒達を前にただただ愉快そうに笑う。

 

「HAHAHAHA! 中々どうして察しが良いじゃないか少年少女! その通り! これは入学前に送ってもらった『"個性"届』と『要望』に沿ってあつらえたオーダーメイドの戦闘服(コスチューム)さ!!」

 

 自分だけのコスチュームはヒーローの代名詞とも言える。

 被服控除と呼ばれるシステムにより、雄英専属のサポート会社が本人の要望と"個性"に合わせたコスチュームを用意してくれる――防具やアイテムだけでなく、編み上げられた繊維にも最新鋭の技術が詰め込まれているので、よほどの理由がない限り生徒達はこのシステムを利用する。

 まるで宝物のようにスーツケースを抱えるクラスメイト達。

 それを眺める纏士郎の脳裏に、育ての親の言葉が浮かんだ。

 

『しっかり覚えとくんだよ纏士郎。コスチュームを着るって事はつまり、ヒーローとしての自覚と覚悟を身に纏うって事さ。助けを求める人が一目見ただけで安心できるように――自分が来たからもう大丈夫だって、胸張って言えるような存在になるための大切な戒めなんさね』

 

 ただのファッションなどではない。

 この世界で活躍するヒーロー達は、多少の差はあれど同じ覚悟を背負っている。

 

「嬉しいのは分かるがのんびりもしてられない! 着替えたらグラウンド・βに集まるんだ!!」

「「「はーいっ!!!」」」

 

 袖を通して舞台に上がればルーキーもベテランもない。

 あるのは残酷なまでに平等な重責と現実だけだ。

 

「おう甲鎧! 早く更衣室行こうぜ!」

「……わーったよ」

 

 全くもって面倒臭い。

 だから面白いのかも知れないが。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「どうよこのコス! カッコ良くね!?」

「ヤローのなんかどうだって良いんだよ! 見たいのは女子のだ、女子!」

「こうして見ると、やっぱ皆バラバラだしファッションショーみたいだよな」

 

 昨日の体力テストを経てある程度打ち解けたのか、グラウンド・βに向かう道すがら、纏士郎と切島を含めた男子達は和気藹々とした様子で言葉を交わす。もっとも、コミュニケーション能力に難ありな爆豪勝己や左右で髪色が異なる轟焦凍などは、慣れ合うのを嫌うように無言だったが。

 話題はやはり、与えられたばかりのコスチュームについてだ。

 ノリの軽い上鳴電気が稲妻模様の入った衣装を自慢し、ブドウ頭の峰田実は下心しかない願望を微塵も躊躇う事なく吐露する。テープカッターを模したフルフェイスヘルメットを被る瀬呂範太が言うように、オリジナリティーに溢れた面々が揃うと何かのイベントにしか見えない。

 

「甲鎧、それに切島だったな。お前達も防具の類はないんだな」

 

 タコのような被膜付きの触手を持つ障子目蔵が、触手の先端を口に変化させて言う。

 クラスで一、二を争う長身の障子は、近未来を思わせるボディスーツ姿だ。

 

「おうよ! 男なら裸一貫で勝負しねぇと!!」

「俺はまぁ、どちらかってーと機動性重視にしてみただけだ」

 

 対して、纏士郎のコスチュームは腹に巻いたサラシとグレーの袖なしロングコート、黒色の袴にサンダルのみ。切島に至っては両肩の歯車型プロテクター以外、上半身に何も着ていない。

 そもそも自分の"個性"で防御力の底上げを図れる二人に、下手な防具は必要ないのだ。

 

「防具って言やぁ、飯田も結構ゴテゴテしてるよな。スピードが武器なのに重量増やすのか?」

「言うほど重くないから問題はないさ。それに、このアーマーは空気抵抗を低減させるために必要不可欠なんだ。何より憧れである俺の兄のコスチュームをオマージュしているからな。むしろこのデザイン以外考えられん!」

「さよけ」

 

 白い流線型のフルアーマーを纏う飯田。

 振った話題がスイッチだったのか――このままだと自慢の兄とやらがどれだけ偉大なのか延々と聞かされ続けそうだったので、纏士郎は近くにいた常闇踏陰や尾白猿夫にまだまだ熱く語る眼鏡を押し付けて、外の光が漏れる出口に足早に向かった。

 グラウンド・β――『運動場(グラウンド)』と名は付いているものの、その光景は一つの街と遜色ない。

 ビルが群れる街並みは、入試の時に嫌と言うほど見ている。

 

「やーっと来ましたねエンジェルさん」 

「コーちん遅かったじゃん! あ、カッコイイ!!」

 

 女の着替えは長いと言うが、A組女子は既に全員揃っていた。

 女子も女子で友情を育んでいたらしく、互いに牽制しあうような雰囲気はない。

 

「お前らが早いだけだろ。にしても……凄いコスだな二人共」

「そう?」

 

 三奈は目元を白色のマスクで覆い隠し、上下が一続きになったサイケデリックな斑模様の衣装にファー付きのベストを羽織って、動きやすそうなロングブーツを履いていた。

 その場でくるりと一回転し、纏士郎の反応を窺うように下から覗き込んで来る。

 

「……変、かな?」

「変っつーか、似合っちゃいるけども……」

「三奈さん三奈さん、エンジェルさんがおっぱいの谷間をガン見してますよ」

「にゃっ!?」

 

 ばっと飛び退き、両手で谷間をガード。ついでに「すけべ……」と恥じらいの目で睨まれる。

 シュッと引き締まったボディラインがぴっちりはっきり分かる上、胸元までもがそんなに大きく開かれていたら、峰田じゃなくてもそりゃあ思わず見ちゃうさ。男の子だもん。

 

「し、仕方ないじゃんかよぅ! 溶けにくい素材で~とか靴底から酸を出せるように~とか要望で書いたけど他は全部お任せしちゃったんだもん! このデザイン考えたの絶対エロ親父だよ!」

「お任せしちゃったんならお前にも責任あると思うがな。んで可愛、お前もお前で何だそりゃ」

「何って……ヒツジさんで~すよ。私はしっかりデザインも注文しました」

 

 どの角度からどう穿っても、全身モコモコの着ぐるみにしか見えない。

 クレーンゲームの景品にするぞと脅した事があるが、自分から景品っぽくなってどうするのか。

 改めて、失礼にならない程度に女子のコスチュームを見てみれば――麗日と蛙吹梅雨はやたらと身体の起伏を強調させたものだったり、真面目そうな八百万が胸の谷間どころかヘソの下辺りまで白い肌を露出させていたり、葉隠などは驚く事に手袋と靴だけで服すら着ていない。

 色気が控え目なのは可愛と、パンキッシュスタイルでクールに纏めた耳郎響香くらいだった。

 

「……三奈じゃねぇが、本気でエロ親父がデザイナーやってんじゃねぇだろうな」

「まっさかぁ。仮にも雄英が契約結んでるサポート会社ですよ?」

 

 その雄英OGの知り合いに、全身極薄タイツの歩く18禁や売り出し中の巨尻女がいたりするから余計に信用できないのだが。

 

「揃ったね有精卵共! 戦闘訓練のお時間だ!!」

 

 遅れていた緑谷が来た事で集合完了となり、オールマイトがいよいよ本題を切り出す。

 

「ここは入試でも使った演習場だが、今回は市街地演習よりももっとハードに――さらに二歩先に踏み込む! すなわち、屋内での対人戦闘訓練さ!!」

「対人……」

「しかも屋内か」

「君らからすれば(ヴィラン)は街中で暴れ回るイメージが強いだろうが、統計学的に言えば、屋内の方が凶悪(ヴィラン)の出現率は高いんだ。何故だか分かるかい甲鎧少年!?」

 

 唐突に質問され、面食らいながらも纏士郎は素直に思った事を口にする。

 

「……外だとヒーローが多過ぎて、悪事働く前にバレて退治されちまうからだろ……ですか?」

「ザッツライト! 監禁、脅迫、違法薬物や銃器の密売――真に賢しい(ヴィラン)屋内(やみ)に蠢き、まるで病毒のように静かに事を成す! 故に、我々ヒーローも対策として屋内での動き方や戦闘の仕方を熟知しなければならない! 広い場所で殴り合うのとは訳が違うからな!」

 

 屋内戦で最も厄介なのは、その障害物の多さだ。

 机に商品棚、観葉植物にロッカー、果ては通風ダクトまで――"個性"に溢れたこのご時世、身を隠そうと思えばいくらでも隠れられる。人質救出などの目的で潜入するならそれはヒーロー側にも有利に働くが、(ヴィラン)が待ち伏せをするにも好都合な武器となるのだ。

 

「君らにはこれからヒーローチームと(ヴィラン)チームに分かれて二対二の屋内戦を行ってもらう!!」

「基礎訓練もなしに?」

「その基礎を知るための実践さ! 自分が何処までやれるのか知るのは大切な事だぞ!」

 

 蛙吹の問いにも根性論丸出しで答え、オールマイトはさらに続ける。

 

「ただし、今回はぶっ壊せばオッケーなロボじゃないのがミソだ!」

 

 そこからは怒涛の質問返答の時間だった。

 勝敗はどうやって決めるのか、昨日の相澤のように除籍される可能性はあるのか、チーム分けはどのように行うのか、このマントは似合っているか――割と重要なものからどうでも良いものまでほとんど同時にまくし立てられ、聖徳太子ではないオールマイトは「んん~っ!!」と悶絶。

 ちなみに有名な聖徳太子の逸話だが――十人の質問を同時に聞いたのではなく、一人ずつ順番に聞いた後でそれぞれに的確な助言をした、と言うのが有力な説である。

 全身ムキムキの新米教師は「良いかい!?」と前置きして、カンペを見ながら説明を始めた。

 

「状況設定は(ヴィラン)がアジトに核兵器を隠していて、ヒーローの目的はそれの処理!!」

(((設定アメリカンだな……)))

「ヒーローは制限時間内に核兵器を回収するか(ヴィラン)の捕縛!! 逆に(ヴィラン)は制限時間まで核兵器を守り切るかヒーローを捕縛するのが勝利条件だ!!」

 

 要するにサバイバルゲームのフラッグ戦だ。

 ただし、BB弾より数倍物騒なものが飛び交い、青アザ程度では済まないゲームだが。

 

「コンビおよび対戦相手を決めるのは……くじ引きだ!」

「先生! 先ほど二対二と仰いましたが、我々は二十二名で一チーム余る計算になりますが!?」

「二チームだけ三人一組になるようにしてあるから大丈夫! 運次第では三対二になっちゃうけどそんな不利は気合で乗り越えろ! "Plus Ultra"さ!!」

 

 プロでも大きな事件では他事務所のヒーローと即席で組む事が多い。

 多対多の戦闘訓練はチームワークの重要性を学ぶ上で良い経験になるだろうが――

 

(ヴィラン)チームが気合でヒーローチームに勝ったら不味いんでねーの?)

 

 席替えでもするように意気揚々とくじを引く皆――そのやる気を削がないよう口に出さない。

 纏士郎が引いたくじは『D』で、数少ない三人チームだった。

 

「さあ、皆チームは決まったな!? 仲良くしなよ!」

「……って事なんで、仲良くやりますかね」

「うむ、よろしく頼む!」

「やれるかクソが!!」

 

 飯田天哉と爆豪勝己。

 共に成績優秀ながら、規律が服を着たような真面目くんと言動が問題児の両極端なメンバー。

 これに自分までプラスされるとなると、チーム名は『混沌』に変えるべきなのではなかろうか。

 じゃあ対戦の組み合わせを決めるぞ――と、初めての授業でこの場の誰よりもハイテンションなオールマイトが、大きな右手を『VILLAIN』と書かれた黒いボックスに、左手を『HERO』の白いボックスにそれぞれ突っ込む。

 抽選の結果は――

 

「ヒーロー側、Aチーム!! (ヴィラン)側、Dチーム!!」

 

 緑谷、麗日、可愛のチームとの対戦だった。

 どうしよう、無事に終わる気がしない。




明日はヒロアカの初映画ですね。
期末試験後の話らしいですが、それも盛り込むとなると何回も見直さないと……
小説版が出たら買うとします。


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5. 知恵ある者達:戦闘訓練

緑谷出久。"個性"『勇者王』……なんちゃって。
ブロウクン・ファントムとか撃たせたい。



 訓練の舞台は鉄筋コンクリート造りの五階建てのビル。

 外観は窓の多い普通のオフィスビルに見えるがそれは正面だけで、内部は入り組んでいて照明も薄暗く、身を潜めるにはうってつけな死角が至るところに存在する。

 待ち伏せて背後から襲い掛かるも良し、トラップを張り巡らせるも良し――核兵器なんて代物を持ち込んでテロ同然の悪だくみする(ヴィラン)からすれば正に理想的な隠れ家だった。

 

「訓練とは言え、悪役になるのは心苦しいものがあるな」

 

 自分の背丈よりも大きな核爆弾の模型を確認しながら、沈痛な面持ちで飯田が言う。

 

「敵を知り己を知れば、って奴だろ。オールマイトも言ってたじゃねぇか。また似たような訓練の時にヒーロー側になったら活かしゃ良い」

「そうだな! 君の言う通りだ!」

「…………」

 

 先に中に入った纏士郎、飯田、爆豪の(ヴィラン)チーム――またの名をチームカオス――は、五分後に潜入を開始する緑谷、麗日、可愛のヒーローチームを待ち構えるため作戦会議を開いていた。

 作戦会議と言っても、侵入経路になり得る窓や非常階段の位置を見取り図で確認したり、触れた対象物を浮かせる麗日の"個性"を警戒して、イスや机などを片隅に集めたりする程度だ。そもそも話し合っているのは纏士郎と飯田だけで、目を血走らせる爆豪は手伝いすらしていない。

 各チームに最低限の装備として配られたのは、建物の詳細な見取り図と小型無線、そして相手を確保した証明となるテープ――取り押さえなくても巻き付けさえすれば良い条件は、単純な腕力や体重などで差が開き過ぎないようにするための配慮だろう。

 

「残り三分弱で緑谷くん達がスタートする。今の内にお互いの"個性"を把握しておこう!」

 

 悪い提案ではなかったため、見取り図をしまいながら纏士郎は頷いた。

 

「飯田の"個性"は……足の速さが売りだったな」

「ああ、ふくらはぎがエンジンになっている。スピードならば誰よりも自信があるぞ! ちなみに原動力は100%オレンジジュースだ!」

「そりゃまた、地球にお優しいですコト」

 

 次は爆豪くんだな、とエコカー飯田が話を振るも、

 

「何でンなコト話さなきゃならねぇんだクソが!! テメェらで勝手にやってろや!!」

 

 取り付く島もないとはこの事か。

 言葉のキャッチボールを試みたら違法改造されたピッチングマシーンで返されたようなものだ。

 

「本当に口が悪いな君は! 昨日の体力テストで緑谷くんの怪力を見ただろう!? 使用する度に彼もダメージを負ってしまうようだが、それでもあの"個性"は脅威だぞ! 少しでも情報交換して協力し合わなければ我々の負けだって十分に考えられる!」

「俺がデクごときに負けるってのか!? アァ!?」

「可能性の話をしているんだ!」

「その可能性が一ミリもねぇっつってんだ! 向こうはクソナードと丸顔とチビだぞ!!」

 

 そう言い捨てて、爆豪は部屋から出て行ってしまった。

 

「あっ、待ちたまえ爆豪くん!」

「止めとけ飯田、ありゃ説得しようとするだけ無駄だ」

 

 追い掛けようとする飯田を纏士郎は制する。

 どんな因縁があるのかは知らないが、とにかく爆豪は緑谷を目の敵にしているらしい。今思えば対戦の組み合わせが決まった時、緑谷もコスチュームのマスクの奥で複雑な表情になっていた。

 間違って弁当を食べたとか抜け駆けして彼女を作っていたとか、そんなレベルなら見せ物として楽しめるクラスメイト同士の喧嘩も――摩擦係数の高そうな二人の様子から察するに、興味本位で首を突っ込めば面倒事にしかならないのは明らかだった。

 

「にしても、クソナードと丸顔とチビねぇ。それ言っちまったら、こっちはチンピラとすぐキレる爆弾野郎と眼鏡だけどな。……で、どうするよ? 俺の"個性"だけでも教えとくか?」

「……時間もないし、仕方ないか。頼む」

 

 始まる前からチームワークが破綻している現実に消沈しながら、飯田が促す。

 纏士郎は近くの壁に右手で触れ、壁を構成するコンクリートが腕を伝って肘まで包み込む様子を飯田に見せた。

 

「俺の"個性"は『装纏』――見ての通り、触れたものを作り変えて鎧にする」

「ふむ、中々に応用力が高そうな"個性"じゃないか」

「いくつか条件はあるがな。まず第一に、生物には効かない」

 

 コンクリートの鎧に覆われた右腕を壁から離す。

 それまで触れていたところには、向こう側まで貫通する穴がぽっかりと開いていた。

 直径は十センチ程度――その体積の分だけ、纏士郎が壁からコンクリートを奪った事になる。

 

「第二に、素肌で触れなきゃ無意味。鎧を作れるのも触れた部分から。壁に手で触ってるからっていきなり足には作れない。手から腕、肩、胴体を経由しないと無理だ。逆もまた然り」

「ふむ、君のコスチュームに袖がなかったり脱ぎやすいサンダルを履いてるのもそれが理由か」

「裏を返せば、触りゃあ"個性"は発動できる。必要な量さえあればサイズ変更や全身装甲、邪魔なバリケードそのものを鎧に変えて突破する事もできる」

 

 こんな風にな、と壁に出来た穴の縁をゴツゴツ叩く。

 作り変える量を増やせば、人が楽に通れるだけの穴も容易に開ける事が可能だ。

 

「なるほど、いざと言う時は脱出口も作れるのか。他に何か留意すべき点は?」

「作り変えるっつっても……材質までは変えられない。あくまで木は木、鉄は鉄、コンクリートはコンクリートのままだ。つまり、石炭を材料にしたからってダイヤモンドの鎧にはできない。鎧の強度や攻撃力も使った材料に左右される」

 

 さらに言えば、銃火器のようにいくつもの部品が複雑に組み合わさったものは作れない。

 鎧の形状は纏士郎の精神状態やイメージが強く影響するため、ネジ一本、バネ一つ、装填される弾薬まで正確に想像した上で寸分の狂いなく組み合わせなければ、見掛け倒しどころか最悪の場合暴発しかねないガラクタができあがるだけなのだ。

 そしてそれ以前に、火薬も取り込まなければ空砲すら撃てない。

 

「要するに、銃だのメカだの下手に凝って使えねぇもん作るくらいなら、臨機応変に適当に作ってぶん殴った方が早いんだわ、俺の"個性"は」

 

 昔はジェットエンジン付きの鎧で大空を飛翔する自分の姿を夢見たものだが、不良品を背負ってイカロスよろしく墜落するしかない現実に気付かされて諦めた。

 部品の一つ一つを完璧に作り出せるほどエンジンの構造を熟知しているなら、ヒーローではなく航空エンジニアを目指した方がよっぽど適性が高いだろう。

 

「八百万くんのように何でも作れる訳ではないのか。そう言えば彼女、昨日は大砲を出してたな」

「一緒にされたら八百万に失礼だと思うぜ? ありゃあ国立図書館並みの知識量があってようやく使いこなせる"個性"だ。不勉強な俺にゃ真似できん」

 

 んな事より、そろそろ時間じゃねぇか?

 纏士郎がそう言った直後――階下で爆発音がした。

 

「まさか、爆豪くん!? もう会敵したのか!?」

『るっせぇっ!! 黙って守備してやがれ!!』

「……あのニトロ野郎、奇襲仕掛けやがったな」

 

 どこまで緑谷を嫌っているんだあの男は。

 無線は爆豪が一方的に切ってしまったため、ヒーローチームが三人一緒なのか、分かれて別々に行動しているのか、それすらも分からない。

 様子見にしても攻めるにしても、本来ならば機動力に長けた飯田か、壁役になって足止めできる纏士郎がまず出向くべきなのに、爆豪が突っ走ったおかげでこちらまで情報不足だ。

 断続的に聞こえる爆発音が、爆豪の緑谷に対する執着心の苛烈さを表していた。

 

「…………しゃーねぇ、俺も階下(した)行ってくらぁ。緑谷は爆豪が相手してるようだし、麗日や可愛が階段使うなら途中で会うだろ」

「一人で大丈夫なのか? ここを二人で守った方が……」

「爆豪が緑谷に確保されたら三対二。麗日達がどれだけ戦えるのか知らねぇが、合流されて総力で来られるより、俺が下で待ち構えて時間稼いだ方がまだ勝てるだろ。守りは任せたぜ」

「……分かった! もし三対一になったら、核を抱えて制限時間まで部屋中逃げ回るさ!!」

 

 一応それっぽく互いの拳を合わせる。

 友情が芽生えたと言うより――問題児の暴走が原因で連帯感が生じたに近い。

 

「ああそうだ、行く前に一つだけ良いだろうか?」

「ンだよ?」

「実はずっと考えていた事なんだが……(ヴィラン)側の気持ちを理解しようにも、悪党になりきる感覚がいまいち掴めないんだ。どうしたら良いと思う!?」

「………………うんこ座りしてオラァコラァ言ってろ」

「おお、確かにそれはワルだ! そうしよう!!」

 

 その場にしゃがみ込んで本当にオラァコラァ言い始めた飯田を見て、纏士郎は『ああ、コイツは頭が良くて真面目な馬鹿なんだな』と認識を改めるのだった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 纏士郎達が戦闘を始めたビル――その地下。

 オールマイトと順番を待つ生徒達は、六人の様子をモニターでつぶさに観察していた。

 仕掛けられた定点カメラからリアルタイムで送られて来る映像は、ただ彼らを盛り上げるためのものではない。クラスメイトが同じ条件下でどう行動するのかを見て学び、己の糧とするのだ。

 現在はほとんどが奇襲を掛けた爆豪と、迎え撃つ緑谷の戦闘に釘付けとなっている。

 

「スゲェなあの緑谷っての! "個性"使わないで渡り合ってるぜ!?」

「上手く避けてるねー!」

 

 暴風のような爆破を繰り返す爆豪に対し、緑谷は最初の不意打ちこそ顔を掠ってマスクの半分を削がれたものの、それ以降は爆豪の動きを予測して的確に猛攻を捌き続ける。

 単に避けるだけでなく、投げ技や確保証明のテープまで利用するその動き――無"個性"の頃から諦めず、夢に向かって歩き続けた結果の産物である事をオールマイトだけが気付いていた。

 様々なヒーローの特徴や活躍を書き留めた、焦げ跡だらけのボロボロのノート。

 その中に爆豪の名もあり、緑谷がどれだけ彼を尊敬し、才能を羨み、何時かは乗り越えなければならない壁として研究し尽くしたのかが痛いほど伝わって来た。

 それは、雄の本能、と呼べるものなのだろう。

 

(胸を張れ、緑谷少年! 君の努力は今、間違いなく報われている!!)

 

 彼に"個性"を譲渡した者として、オールマイトは誇らしさすら感じていた。

 一方、先に進んだ麗日など眼中にない様子で、ひたすら緑谷のみを狙う爆豪。

 絶え間なく爆発の光に照らされる形相は憤怒一色に染まり、肥大化して暴走する自尊心が皮膚を食い破ってしまうのではないか――そう思えるほどの強い圧力を伴った気迫が、モニター越しでも弱まる事なく見た者を襲う。

 

「なあ、これって訓練だよな? あそこまでイラつくか普通?」

「そりゃあ"個性"使わずにあそこまで粘られちゃあなぁ。舐めてやがる、とか考えてんじゃね?」

「見てるこっちが怖くなってきたよ……」

 

 訓練から逸脱しつつある光景に、皆が恐れを抱く中、

 

「ケロ。皆、あっちを見て」

 

 冷静な蛙吹が、端にあるモニターを指差す。 

 派手な戦闘にばかり目が行きがちだが、これが三対三のチーム戦である事を忘れてはいけない。

 

「あれは、麗日さんと……」

「コーちんだ!」

 

 意地と意地がぶつかり合うその裏でも、別の攻防が静かに始まろうとしていた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「甲鎧くん……」

「よう、麗日。可愛は一緒じゃないんだな」

「残念だけど、別行動中だよ」

 

 あかん、最悪のパターンや。

 緑谷を一人残し、上のフロアを目指して階段を上り続ける――その中ほどで下りて来た纏士郎とばったり出会ってしまった麗日は、心の中で自身の運の悪さを呪った。

 開始直後に爆豪が殴りに来る事を緑谷は想定し、そうなった場合に各自がどう動くべきか、そのプランも事前にしっかりと打ち合わせ済み。

 結果、緑谷の読みは見事に的中し、自らが囮となって麗日と、そして今現在姿が見えない可愛が自由に動ける状況を作り出す事に成功したのだが――あくまでそれは、緑谷が幼馴染として爆豪の人間性を熟知しているからこそ効果があった策であり、昨日同じクラスになったばかりの纏士郎がどのような意思でどう動くかなど考慮されているはずもなかった。

 

(上で飯田くんと一緒に核を守ってるなら、デクくんや幼子ちゃんと合流するまでバレないようにその場で待機。でももし、爆豪くんみたく一人で動き回ってて、万が一出くわしちゃったら――)

 

 戦闘は避けられない。

 多分、これが一番勝ち筋が薄いパターンだよ、と緑谷が言っていたのを思い出す。

 しかもここは通路ではなく、足元が不安定な階段。

 ヒーローを目指している以上、同い年の普通の高校生より鍛えてはいるつもりだけれど、改めて対峙すると纏士郎との体格差に戦意がどんどん削られていくのを自覚せざるを得ない。

 それでも触れば、対象を無重力状態にするこの指で触りさえすれば。

 

(うん、大丈夫! 私だってやればできる、多分!!)

 

 いきなり宇宙遊泳を体験させられたら、どんな大男だって戸惑う。

 体重を失ったその隙に思いっ切り投げ飛ばせば、倒せないにしても起き上がるまで少しは時間が掛かるはずだと麗日は己を奮起させる。

 今は四階――核が設置された五階までもう少し。

 何より、下では今も緑谷があんな凶暴な幼馴染を相手に必死に頑張っているのだ。ここで自分も男を――もとい、女を見せなければ立つ瀬がない。

 そんな麗日の先手を取るかのように。

 

「――――――」

「………………へ?」

 

 纏士郎が発した一言に、思わず耳を疑った。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「HAHAHA! 甲鎧少年もエグい事するなぁ!!」

 

 自分だけが受信できる現場の音声を聞き、オールマイトは堪え切れず哄笑する。

 戦意を奮い立たせていた麗日を、戦わずしてその場に縫い付けた纏士郎。階段に座り込んだ彼の姿は、さながら上階にあるものを守護する悪魔の石像(ガーゴイル)

 緑谷と爆豪の戦闘とはあまりに対照的――嵐が過ぎた後の凪のように静止する動画に、生徒達は何が起こっているのかピンと来ないらしく二人を注視したままだ。

 

「アイツ、何かしたんスか? 喋ったと思ったら麗日まで動かなくなっちまったし……」

「ただ殴り合うだけが『戦闘』じゃあないって事さ、上鳴少年! さてクエスチョン! どうして麗日少女が動けなくなっているのか分かる子はいるかな!? 挙手制だぞ!」

「はい」

「はい、八百万少女!」

 

 推薦入学者の一人、八百万百が一歩前に出る。

 教師としてと言うか常識ある大人として『年頃の女の子だけど大丈夫なのそれ?』と心配になるコスチュームの八百万は、毅然とした態度で言う。

 

「恐らく甲鎧さんは麗日さんにこう言ったのだと思われます――『通りたければ通れ』と」

「……? それでどうして麗日が動けなくなるんだよ?」

「だよね。通れと言ってくれたのなら遠慮なく通れば良いだけさ☆」

「クラスメイトとしての会話だったなら何も問題はないでしょう。ですが今、あの二人は敵同士の立場にある。これから戦うつもりだった(ヴィラン)にいきなり道を譲られて、はいそうですか、と素直に進めますか? それも、どんな"個性"を持っているのかも分からない相手の横を通って」

「あー……そりゃ無理だ。百パー罠疑うわ」

「ウチも苦手だなぁ、そーゆー駆け引きっぽいの」

 

 訓練とは言え、日常ではない緊張した状況。

 そんな中で、戦うしかなかった相手からのまさかの戦闘放棄宣言。

 真っ向勝負以外の選択肢を強制的に増やされた麗日は、つまり『ジャンケンしようぜ! ただし俺チョキ出すけど!』と言われ、直感で選ぶべき最善手を余計な思考で塗り潰されたのだ。

 進めば背中から攻撃されるかも知れない。後退を選んでも、背を向けてしまえば同じ事。

 

(各自がどう行動してるかの把握に、体力の温存と足止め。しかも自分は時間が過ぎるのを待てば良いのに対して、麗日少女は残り時間が減れば減るほど冷静な判断が下せなくなる!! 肉体派に見えてまさかの頭脳派、爆豪少年とは別の意味ですんごく(ヴィラン)っぽいぞ、甲鎧少年!!)

 

 たった一言。

 たった一言で"個性"すら使わぬまま、蛙を睥睨する蛇のように相手を抑え込む技量。

 オールマイトが纏士郎の底知れない魔獣性を危惧する中、

 

「コーちんってば変なトコで意地悪だからねー。ババ抜きとかUNOとか全然勝たせてくんないし」

 

 何故か誇らしげな三奈の声が、妙に大きく聞こえた。

 そんな三奈に、峰田が恐る恐る尋ねる。

 

「…………なあなあ、ずっと聞きたかったんだけどよー。もしかしてもしかしなくても、芦戸って甲鎧と付き合ってんの? 彼氏と彼女でイチャイチャする羨ましい間柄なのか……?」

(峰田少年、今授業中なんだけど!)

 

 相澤くんだったら問答無用で黙らせるんだろうなぁ……、と教師歴が一年未満のオールマイトはスマイルを浮かべたままどう注意すべきか迷う。

 その横で、思わぬ質問を受けた三奈は顔を沸騰させてわたわたと手を振った。

 

「ちち違うよ!? 彼女なんかじゃないって!? そりゃコーちんとは幼馴染だけど付き合うとかイチャイチャするとかそんな……そんなんじゃないから! まだ、全然……」

 

 言葉では否定、しかし態度で器用に肯定。

 

「三奈ちゃんて分かりやすいんだねー」

「こりゃ確かに甲鎧もからかい甲斐があるだろうね」

「ぬぐぐぐ…………チキショー!! 殺れ麗日! そいつはモテない男の敵だー!!」

「そうだそうだ! 宇宙の果てまでぶっ飛ばしちまえー!!」

 

 モテないらしい峰田と上鳴が血涙を流さんばかりの剣幕で絶叫する。

 最近の若い子って面白いなぁ、と微笑ましい反面、ふと、自分のプライベートも彼らとそれほど変わらないのではないか――そんな危機感にも似た感覚をオールマイトは抱いた。

 男女を問わず知人友人は多い方だが、心を許すほど親しい女性となると、ヒーロー仲間(仕事関係)を除けばそれこそ尊敬する師匠か、遠い異国で暮らす親友の娘くらいのもの。片方は既に亡く、もう片方は成人すらしていない姪っ子のような存在で恋愛感情はまるでない。

 図らずもナンバーワンヒーローになった今はともかく、健全な高校生だったはずの雄英生時代は女性に言い寄られた事などなかった……気がする。

 ヒーローの責務やワン・フォー・オール継承者である緑谷出久の育成もあるため、誰かと恋仲になりたいとは今さら思わないが――

 

(……あれ!? もしかして私も実はモテなかった側!?)

 

 さしものオールマイトも、心の何処かで訓練だからと楽観的だった。

 そして、緑谷と爆豪の間にある確執を甘く見ていた。

 爆豪が手榴弾型の籠手を弄って、緑谷にその『砲口』を向けるのを目の当たりにするまでは。

 

「……っ!? ストップだ爆豪少年! 殺す気か!!」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

『ストップだ爆豪少年! 殺す気か!!』

 

 オープンになっていた無線の向こうでオールマイトが叫んだ直後。

 開戦の狼煙代わりになった爆発音とは比較にならないほどの振動と轟音が、麗日と纏士郎のいる階段にまで到達した。窓ガラスが全て吹き飛び、ヒビが入った天井や壁が軋む――建物そのものが倒壊しかねない爆撃に、それまで麗日から目を離さなかった纏士郎も柳眉を吊り上げた。

 

「……ンの爆発野郎、加減ってもんを知らねぇのか!!」

(チャンス!!)

 

 纏士郎の意識が外れた一瞬の隙に、麗日は彼の横を通り抜ける。

 腕を掴まれるか、そうでなくとも呼び止めるくらいはされると思っていたのだが、予想に反して纏士郎は麗日には見向きもせず、飛び下りるように階下へ消えた。

 

(まだ上には飯田くんがいるから、まずはデクくんを捕まえに行ったのかな……?)

 

 であれば、悠長にはしていられない。

 ただでさえ足止めされて、残り時間にも余裕がなくなっているのだ。今から相手チームを三人共捕まえるなんて不可能に近いため、何が何でも核の回収を成功させなければ。

 

「……幼子ちゃん。デクくんの作戦通り『プランC』に移行だよ」

『了解で~すよ』

 

 同じフロアにいる飯田に気取られないよう、可愛の声は砂を擦り合せたようにか細い。

 

『こちらの準備ももうすぐ終わります。ところで今の揺れは一体……?』

「多分、爆豪くんの仕業やと思う。それで、飯田くんはそこから動いとらんの?」

『何か知りませんけど、しゃがんでオラァコラァ言ってますね』

「どんな状況なん、それ!?」

『さあ? とにかく、そろそろバレそうなんでお早くー』

「あ、うん! タイミングは私に合わせてね!」

 

 通信を切って可愛と飯田が待つ五階、中央の部屋に麗日は正面から乗り込んだ。

 

「飯田くん、覚悟ぉ!」

「ようやく来たか麗日くんオラァ! 待ちかねたぞコラァ!」

(ホントにオラァコラァ言うとる!)

 

 吹き出しそうになるのを必死に堪え、五指で自分自身に触れた。

 そのまま核の前に立ちはだかる飯田の頭上を、重さが消えた身体で跳躍して飛び越える。負担が大きいため現時点でのとっておきの必殺技だが、出し惜しみをしている場合ではない。

 この必殺技こそ『プランC』のなくてはならない鍵なのだから。

 

「自分も無重力にできるのか! だが――まだだ!!」

「なぁー!?」

 

 飯田の"個性"であるエンジンが火を吹き、核のハリボテを抱えて距離を取られてしまった。

 すっかりワルに染まり、両手を広げて呵々大笑する飯田。

 

「ふはははは! 詰めが甘かったなヒーロー! ふははは、ふははははははは――――は?」

 

 その笑いも、天井に見て呆けた声に変わった。

 驚愕に見開かれた飯田の目線の先にあるのは、確保証明のテープだ。そよ風に揺れる葉のようにゆらゆらと漂うそれは蜘蛛の巣状に広がり、端にはモコモコとした白い毛玉が付いている。

 いや、飯田に向かってピコピコと手を振るその毛玉は、毛玉ではない。

 

「やっはろー」

「可愛くん!? まさか、ずっと天井に張り付いていたのか!?」

「お茶子さんの"個性"のおかげで~すよ。通風ダクトを進んだり、音を立てずにテープをこの形に広げたりするのはちょーっと骨が折れましたけど」

「くっ……だが二対一になったところで、君達に俺は捕らえられんぞ!」

「そうでしょうか? ――お茶子さん!」

「うん! 無重力(ゼログラビティ)、解除!!」

 

 麗日は両手の五指を合わせて、全ての無重力を解除。

 可愛と共に蜘蛛の巣テープの端をそれぞれ握り、重力に引き寄せられるまま落ちていく。

 二人の落下地点を結ぶ中心、即席捕獲ネットの範囲内にいるのは――

 

「ぬぁっ!? し、しまっ……」

 

 その光景は、まるで虫取り網で捕まったトンボのようだった。

 核兵器ごと豪快に動きを封じられた飯田に、可愛は言う。

 

「飯田さんの"個性"は本当に凄いですが、体力テストの時に、発動まで一瞬タイムラグがある事に気付きました。だったら、少しくらい動かれても捕まえられる『網』を用意すれば良いのでは、と考えました。それを組み込んだ作戦を緑谷さんと打ち合わせて実行したんです。エンジェルさんや爆豪さんがこの部屋に残っていたら使えない手でしたけど」

 

 お茶子さんのと合わせて二人分のテープじゃ『網』の大きさに限界ありますから、と。

 そう締め括り、麗日に持ち上げられた可愛はにっこりと微笑む。

 

「……見事だ」

 

 その矮躯に似合わぬ神算鬼謀に、テープにくるまれた飯田はがっくりと項垂れた。

 

「ふふふ、見た目は子ども、頭脳は大人。その名は名策士カワイちゃん!」

「それはアウトや!」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 麗日が飯田の前に姿を見せた、ほぼ同時刻。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 何故勝ちたいのか。

 そう問われたら緑谷出久はこう答える。

 自分よりも凄い人だから、だからこそ勝ちたいのだ、と。

 

「幼馴染で……小さい頃からずっと一緒だったから、僕にとっては、オールマイトと同じくらいヒーローだったから――かっちゃん! 僕は君を越えたいんだ!!」

「そのツラ止めやがれクソナード!!」

 

 オールマイトにワン・フォー・オールを譲渡され、切れる寸前糸のように細かったヒーローへの道幅はかろうじて広がった。それはまだまだ、どうにか強引に身体を捻じ込める事ができる程度の狭き道ではあったが、憧れのヒーローに認められた喜びが発破となり、無"個性"だった頃に自分を押し潰そうとしていた絶望は払拭されていた。

 しかし"個性"を得た事で緑谷は逆に、目の前の幼馴染の凄さを改めて思い知る。

 掌の汗腺からニトロのような汗を分泌して爆破させる爆豪の"個性"――火力は元より、機動力に応用力、派手さも申し分ない。加えて本人の卓越した戦闘センスが、ようやく背中に追い付いたと思って伸ばした緑谷の手を簡単に振り払う。

 

(スタートラインは同じじゃないけど! "個性"の扱い方も全然差があるけど!!)

 

 富や名声が欲しい訳じゃない。

 周りの人間にチヤホヤされたい訳でもない。

 ただ純粋に、(ヴィラン)を倒し、人達を救うヒーロー達がとても眩しく見えたから。

 

(訓練でも勝てないようじゃ、本物の(ヴィラン)と戦って誰かを助ける事なんてできるかよ!!)

 

 一対一では敵わない。

 ここまで消耗してしまったら飯田と纏士郎を相手にする事もできない。

 故に最悪の場合も含めて緑谷が立てた策は、いずれももう一つの勝利条件である核兵器の回収を主軸にしたものに限定されている。

 これはチーム戦。

 自分は勝てなくても『自分達』が――麗日と可愛が勝利を収めれば良いのだから。

 

(制御ができない以上、かっちゃんを狙うのは論外! ならパンチの衝撃で、一瞬でも五階にいる飯田くんの注意を逸らせれば――!!)

 

 こちらに迫る爆豪は、右の掌での爆破を狙っている。

 カウンターで迎える形を取れば、本当の目的には気付かれない。

 

(左腕を囮で捨てて、右腕に全集中!!)

 

 コスチュームの袖が弾け、剥き出しの腕に血管と筋肉が沸騰したかのような熱が生まれる。

 オールマイトが無線で中止を呼び掛けるが、お互いにもう止まらない。止められない。

 

「DETROITォ……!!」

「死ねえええええぇぇっ!!」

 

 左腕で爆破を受け「SMASH!!」と天井に向けて拳を突き上げようとした、その時――

 

 

 

「――『束縛掌握(ロックダウン)』」

 

 

 

 眼前の相手に集中していた緑谷と、そして頭に血が上った爆豪の意識の範囲外から、身の丈よりさらに巨大なコンクリートの腕が襲い掛かり、二人を両手で握り込むように捕らえた。

 狙いを外されたワン・フォー・オールのパワーが巨人の指を何本か砕き飛ばすが、圧死させないギリギリに調整された握力が弱まる様子はない。

 

「ぐぅっ……!」

「ンだこりゃあ!! 放しやがれ!!」

 

 掌が身体に密着した状態のため"個性"を使えず、怒鳴るくらいしかできない爆豪。

 

「……済まねぇな緑谷。俺としても止めたくなかったんだが」

 

 そう言って粉塵の中から現れたのは、上にいるはずの纏士郎だ。

 緑谷達を捕まえたこの両手は、彼が腕に纏わせた即席の鎧だった。

 

「こ、甲鎧くん……」

「このクソノッポが!! 何で俺まで捕まえてんだコラァ!!」

「……むしろテメェを狙ったんだっつの。爆豪、俺らが何守ってんのか忘れてんじゃねーか?」

 

 言葉の意味が分からない緑谷達に向けて、

 

『ヒーローチーム、ウィィィィン!!!』

「…………あーららら」

 

 一体誰が勝ち、誰が負けたのか――納得がいかない終了宣言が突き付けられた。




ヒロアカ映画見て来ました。
あまりネタバレしたくありませんがこれだけは言わせてほしい。

……三奈ちゃんの出番はぁ!?
ラフな私服も可愛いけど、出番はぁっ!?


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6. オールマイト、膝をつく:先生と宣誓

前回が長かったので、今回は少し短めに。



「………………Oh」

 

 名高きナンバーワンヒーローが陰を背負い、打ちひしがれている。

 普通ならまずお目に掛かれない珍しい光景に、コスチュームを着た生徒達はどうしようか……と互いに顔を見合わせ、オールマイトが膝をつく原因を作った三人に目線を向ける。

 ちなみに緑谷は爆豪との戦闘と全力を出してしまった反動、加えて最後に受けた纏士郎の一撃でダメージと疲労が限界を超え、搬送ロボの手で白衣の老婆が待つ保健室送りにされた。

 

「コーちぃん、ちょっと言い過ぎだったんじゃない?」

「言い過ぎも何も、俺も可愛も八百万も思った事言っただけだろが」

 

 事の発端は、戦闘終了後の講評まで遡る。

 初戦は緑谷、麗日、可愛のヒーローチームの勝利となったのだが――六人の中で誰が一番的確に行動していたかでオールマイトが飯田の名前を挙げ、その理由を八百万百が非の打ちどころもなく完璧に答えてしまった事が、新米教師が挫折を味わっている間接的な原因とも言えた。

 八百万曰く――ヒーローチームの勝利は、訓練の認識の甘さによる反則のようなもの。

 それに関しては、負けた(ヴィラン)チームの纏士郎は特に反論する気はなかった。明らかな反則行為を緑谷がした訳ではないし、訓練だからと甘さがあったのは爆豪の独断専行を許した纏士郎も同じ。

 言いたい事があるとすれば、訓練の内容そのものについてだ。

 

『……飯田に気付かれなかったんなら、そのまま麗日に"個性"解除してもらって核にタッチすれば良かったんじゃねぇか?』

 

 左半身を氷で覆った轟焦凍の質問に、可愛はこう答えた。

 

『実際の現場でもタッチしてはいオシマイってなるなら、そうしま~すよ?』

 

 簡潔ながら重みを含んだその言葉に、誰も何も言えなかった。

 鬼ごっこでもあるまいし、対象に触れただけで回収扱いになるのがそもそも不自然なのだ。

 本当に核兵器だったなら、爆発させないよう起爆装置の解除は大前提――そうでなくとも(ヴィラン)が拘束すらされていない状態では、一時的に回収できたとしても奪い返される可能性は高い。

 だからこそ可愛は、まず飯田を捕らえた上で核を回収する道を選んだ。

 

『まあリアリティですよ、リアリティ』

『じゃあ、最後に甲鎧ちゃんが味方のはずの爆豪ちゃんまで取り押さえたのは?』

『別に裏切ったとか可愛と示し合わせたとかそんなんじゃねぇよ』

 

 纏士郎は単に、アジトと一緒に核で吹っ飛ばされるのは御免だっただけだ。

 

『飯田が守ってたのが本物で、あのまま景気良く戦闘を続けたとしたら、まず間違いなく誘爆して周囲一帯が焦土と成り果てるか、そうでなくとも揺れやビルの崩落で容器が破損して放射能汚染が広がっただろうよ』

『だから緑谷も爆豪もとっ捕まえたのか……』

 

 最初から心中するつもりの計画だったならまだしも、私怨で暴れ回った挙句他のメンバーにまで危険を及ぼすような奴なら、同じチームだろうと問答無用で拘束して然るべきだ。

 勝手に燃え上がった導火線は、急いで踏み消すしかないのだから。

 

『エンジェルさんはそうなんでしょうけど――ぶっちゃけ私の場合、戦力として見られてない自覚ありましたし、意地でも誰かをふん縛って転がして、目の前で高笑いしながら勝利宣言したいって思惑もありましたけどね』

『うわー……可愛ちゃんって結構ブラックなんだね!』

『コーヒーはミルクと砂糖たっぷり派です!』

 

 どちらかと言えば纏士郎は無糖のアメリカンが好みだ。

 コーヒー絡み(アメリカン)で思い出したが、オールマイトは大学時代アメリカに留学していたと雑誌の記事か何かで読んだ気がする。今回の戦闘訓練の設定がやけに欧米チックなのも、その時に起きた事件や経験が影響しているのかも知れない。

 しかしだからと言って、核兵器まで持ち込んで馬鹿をやらかそうと考える輩が、この現代日本にどれだけいる事やら。

 核を何処からか調達できるほどの力を有する個人や組織なら、自分達の"個性"を悪用した計画を練った方がリスクやコストが少なくて済むとすぐに気付くだろう。それこそ核兵器に匹敵とまではいかなくとも、その気になれば大量殺戮を行える"個性"を持つ人間など数え切れない。

 

『せめて誰かを一般市民の人質役として配置すべきでしたわね』

『もしくは、捕まった状態からの脱出とかでしょうか』

『何にしても、発射台もないのに砲弾の形にしてる時点でその(ヴィラン)は馬鹿確定だ』

 

 要するに――自分で動く事もできず、運搬と管理にも神経を使い、大多数の人間がどうやったら手に入るのかすら知らない核を回収対象にしたこの訓練は、

 

『『『設定も条件も適当過ぎて、あまり意味がない』』』

『オゥフッ!?』

 

 奇しくも八百万、可愛と同時に言い放ってしまったがために、初めての授業だからと張り切って舞台設定を考えたらしい我らがオールマイトが言葉の暴力に打ちのめされた。

 そして今に至る。

 

「私がぁー…………教え子達の手厳しい意見にもめげず立ち直ったぁ!!」

「……自分で言ってりゃ世話ねぇよ」

「しーっ! 授業進まねぇから黙ってろって!」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 復活したオールマイトにより再び対戦の組み合わせを発表され、轟と障子の話が弾みそうにないヒーローチームと、尾白と葉隠の画的に地味な(ヴィラン)チームが戦闘を始めた。

 だが――それは『戦闘』とは名ばかりの、一方的な制圧劇だった。

 モニターの向こうに広がるのは、轟の強力無比な"個性"で全てが凍り付いた世界。尾白と葉隠の両足も、核兵器さえも氷塊で埋まり、建物の外に退避した障子以外で動けるのは轟ただ一人だけ。

 

「核の損傷を防ぎ、敵も弱体化させ、しかも一瞬で勝負を決めるか!!」

「最強かよ!!」

「へーくしょい!!」

 

 地下にあるモニタールームも余波を受け、まるで冷凍倉庫のような有様だ。

 纏士郎も含め、動きやすさやファッション性を重視したためにほぼ全員が薄着に近く、魚市場のマグロよろしく固まってしまうのも時間の問題だった。

 

「女子ー! 寒かったらオイラを抱き締めて良いからなー!」

「ほわー、幼子ちゃんモッフモフのホッカホカやねー!」

「麗日、次、次アタシ! ぬくもりチョーダイ!」

「わ、私にも少しだけよろしいでしょうか……」

「ふははははー、私にモテ期来ちゃいました!」

「無視かよおおおっ!!」

 

 こんな時まで性欲の塊な峰田はグレープシャーベットにでもするとして。

 轟が左手で核兵器に触れた途端、周囲の氷がシュウシュウと湯気を上げて溶解していく。一瞬でビル全体を氷漬けにしただけでなく、それを元通りに戻すほどの熱を生み出す"個性"――八百万と同じく四名しかいない推薦入学者らしい、他の追随を許さない能力だ。

 しかし……何故だろうか。

 纏士郎の目には、熱を発する際の轟の顔が不快に歪んだように見えた。

 

「いやもー、カッチンコッチンで手も足も出なかったよー!」

「透ちゃん、霜焼けとか大丈夫?」

「障子も索敵だけで不完全燃焼なんじゃねぇか?」

「……チームワークの勝利と言う事にしておいてくれ」

 

 戻って来た四人――特にコスチュームを脱いで完璧に全裸な透明人間だった葉隠は、寒かったり熱かったりの急激な温度変化をまともに受けたため、体調を崩してもおかしくない状態だった。

 手袋を震わせて「インビジブルッ」とウケ狙いとしか思えないくしゃみをする彼女に、纏士郎は自分のロングコートを頭からばっさりと被せる。

 

「ふえっ!?」

「しばらくそれ羽織っとけ。何も着てないよりマシだろ」

「……ありがと……」

 

 透明人間からコートの浮遊霊に変身した葉隠が、もごもごと礼を述べた。

 それば別に良いのだが、女子からの視線が妙に集中するのは何故なのか。取り分け三奈の眼光が獲物を前にしたメデューサみたいになってしまって超怖い。極めたら目から石化ではなく濃硫酸のビームでも発射するのではなかろうか。

 

「見ましたか非モテ男子共。あれがデキる男のさりげなさで~すよ」

「チャラそうな上鳴には無理だろうけどね」

「お、俺にだってやれるわ、あれくらい! 上着貸してやろうか!?」

「言われてからじゃ遅いと思うわ、上鳴ちゃん」

 

 蛙吹の容赦ない指摘に、上着を脱ぎかけていた上鳴が消沈し肩を落とす。

 その後は順番に訓練を続け、初戦のようなトラブルもなく、教師と生徒それぞれが今後の課題や得るものを得てナンバーワンヒーローの授業は終わりを迎えた。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 傷の具合が思ったよりも深刻なのか終鈴が鳴っても緑谷は戻らず、コスチューム姿のまま教室に現れたのは放課後になってからの事だった。

 

「おめースゲェな! 何言ってたか分からなかったけど激アツだったぜ!!」

「わっ、わっ!?」

 

 激闘を繰り広げた傷だらけの主役を、訓練の反省会と言うお題目で駄弁っていた切島や三奈達が歓声で出迎え、改めて名乗ったり称賛の言葉を送ったりと矢継ぎ早にまくし立てる。

 あまり接点がなかった面々に押し寄せられ、目を白黒させる緑谷。

 同じチームだった麗日は、アームホルダーで吊られた緑谷の右腕を見て表情を曇らせた。

 

「デクくん……怪我、治してもらわなくて平気なん?」

「い、いや、これは僕の体力的な問題だから……。それより麗日さん、かっちゃんは……?」

「爆豪ならさっき帰っちゃったよ?」

 

 三奈が言う。

 緑谷との戦闘の直後から火が消えたように――不気味なほど静かだった爆豪は、放課後になると同時に皆が呼び止めるのも聞かずに教室から出て行ってしまった。

 あの時、纏士郎が止めなければ緑谷と爆豪の戦いも決着していた。

 個人の勝利にしろチームの勝利にしろ、戦術面において緑谷に劣っていた事に気付いたはず。

 元より反省会などに自主的に参加する性格だとは纏士郎も思わないが、今回の一件は爆豪なりに考えさせられるものがあったのかも知れない。

 

「……アイツに用事でもあんのか?」

「あ、別に大した事じゃないんだけど…………うわわわっ!!?」

 

 時には一人で悩むのも必要――なのだろうが、誰かから発破を掛けられただけで案外あっさりと解決してしまう問題だってある。

 緑谷の右腕に配慮しながら、纏士郎は彼を肩に担ぎ上げた。

 

「こ、甲鎧くん、いきなり何を!?」

「今から追っ掛けりゃまだ間に合うだろ。言いたい事あんならさっさと吐き出すに限る」

「甲鎧くん! どのような理由があろうと廊下を走るのはいかんぞ!?」

「走るかよメンドクセェ」

 

 教室の窓を開け、縁に靴を脱いで裸足になった右足を掛ける。

 見ていた何人かはそれで纏士郎の次の行動を察したようだが、いやいやいやまさかだよね……と頭を振って否定しようと頑張り、顔が真っ青な緑谷も目で必死に訴える。

 つまりは、階段とかより最短距離が一番だよね、と言う事だ。

 

「み、三奈ちゃん、甲鎧くん止めんと!! デクくん死んじゃう!!」

「あー……もう手遅れっぽいよ?」

「舌噛むなよ緑谷ぁ!!」

 

 そして、飛んだ。

 

「うわあああああああぁぁぁぁぁっ!!??」

「デクくぅぅぅぅぅんんっ!?」

 

 緑谷の涙と叫びを撒き散らしながら、二人は衣服をはためかせて落ちていく。夕日に照らされた全面ガラス張りの校舎に、投身自殺の最中としか思えない若者二名の姿が映り込む。

 

「おっ、爆豪いたぞ!」

「今それどころじゃばばばばばばばばぁぁっ!!」

 

 緑谷の顔が風圧で凄い事になっている。

 当然ながら、生身のままこの高度と速度で地面に激突すれば纏士郎もただでは済まない。

 狙っていたのは、落下地点にある屋外灯。

 右の素足が外灯に接触するのと同時に、一部を鎧に作り変え、まるで空き缶のように鉄柱を縦に踏み潰しながら落下の衝撃を殺していく。金属特有の甲高い音を立てる鉄柱が根元近くまで無残に潰されたところで、二人の勢いはようやく止まった。

 

「おら、さっさと行って来いよ」

「う、うん……死ぬかと思った……」

 

 相澤先生に怒られるんだろうなぁ……と、落下の恐怖にふらつきつつ爆豪の元に向かう緑谷。

 その場に留まった纏士郎には、どんな会話かは分からない。無理に立ち会ってまで聞きたいとも思わないし、立ち会う権利もないと判断したからだ。ただ――誰彼構わず、軽々しく話せるような内容ではない事だけは、緑のモサモサ頭の様子から容易に推察できた。

 初めは訝しげに黙って聞いていた爆豪も、話が進むにつれて生来の気性が戻ったらしく、今にも泣き出しそうな剣幕で咆哮する。

 それは負け犬の遠吠えなどではなく、誓いを込めた叫びだった。

 

「こっからだ! ここから俺はもっと強くなって……デク!! テメェにも、あのクソノッポにも二度と負けねぇくらい強くなって!! オールマイトを超えるヒーローになってやる!!」

「……そいつぁ楽しみだ」

 

 外灯の残骸を完全に踏み潰し、口を三日月の形に歪めて纏士郎は笑う。

 必要のない喧嘩も戦闘も面倒臭い。トップヒーローになりたい訳でもない。

 だが誰かが自分を目標の一つに定め、しかも打倒を誓ったとなれば、切島ほどではないにしても血が沸き立つ感覚が抑えられないのは男として仕方のない事だった。

 

「いたー!! 爆!! 豪!! 少!! ぬぇぇぇぇぇぇんんっ!!!」

 

 ……どうでも良いが、あのアメコミ先生にはもう少し空気を読む力が必要だと思う。




……葉隠ちゃんを格闘技系で強くした小説も面白そうだと思ったけど、最終的に「それ攻殻機動隊の少佐じゃん」ってなりました。

次回は委員決めやらすっとばしてUSJの予定です。
いい加減に主人公を暴れさせないと…


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7. 招かれざる客:USJ襲撃

あまり原作のセリフをそのまま使いたくない。
しかしそれを補えるほどの文章力があるかと言えば自信がない。
ジレンマである。


それはそれとしてジレンマって東南アジアあたりの料理でありそうな名前ですよねー

追記:いくつかご指摘あったので、冒頭の歌は伏字に変更しました


「あ~る~はれた~ひ~る~さ○り~♪」

「い○ば~へつづ~くみち~♪」

「……歌うなとは言わねぇが、もうちっとマシな選曲しろよ」

 

 両足をブラブラ揺らして歌う三奈と、その膝の上で続きを引き継いだ可愛に、それまで窓の外を眺めていた纏士郎は眉間にシワを寄せながらツッコんだ。

 

「エンジェルさんはこの歌が嫌いなんですか?」

「好きとか嫌いとかの問題じゃねぇんだよ」

 

 本日のヒーロー基礎学は人命救助訓練。

 訓練場が校舎から少し離れた場所にあるため、コスチュームに着替えた纏士郎達はバスに乗って移動している最中なのだが――授業前なのに、一体何が悲しくてアホとチビの無邪気なコーラスで気が滅入る歌を聞かされなければならないのか。

 二人が楽しそうに歌っていたのは、よりにもよって『ドナ○ナ』――荷馬車に乗せられた仔牛が食肉として売られるために、つまりは屠殺されるために市場に運ばれていく内容の歌だ。

 この哀歌、タイトルを耳にした事はあっても歌詞まで知っている者は意外と少ない。しかし先日学級委員長に就任した飯田や博識な八百万、音の"個性"を持つ耳郎などは流石に知っているらしく引き攣った笑みを浮かべている。

 そんな彼らの気持ちなど露知らず、三奈はきょとんとした顔で、

 

「これって、天気が良いから市場に買い物行こうって歌じゃないの?」

「…………」

 

 別の意味で力が抜けた。

 座席からずり落ちそうになるのを必死に耐える。

 

「…………八百万センセー、この猿二匹に説明よろしく」

「わ、分かりました」

 

 もう幼馴染として恥ずかしいやら情けないやら。ちなみに可愛のコスチュームは全部で十二種も用意されているらしく、今日は本当に猿の着ぐるみ姿だった。

 

「よろしいですか芦戸さん可愛さん、その歌はですね……」

 

 真面目な八百万が二人に滔々と語るのを横目で見ながら、纏士郎は数日前――戦闘訓練の翌日に起こった騒動について考えを巡らせる。

 人の口に戸は立てられないのは世の常か。

 オールマイトが雄英に赴任した事は早々にニュースとなって世間を賑わせ、正門にはスクープを求めるマスコミが連日押し寄せた。

 教師より口が軽く扱いやすいと判断したのか、登下校する生徒達にマイクやボイスレコーダーを突き付ける――その様子が強盗かハイエナに見えたのは記憶に新しい。

 無遠慮なインタビューは纏士郎と三奈にも矛先を向け、そのあまりのしつこさに、朝食代わりに食べていたホットドッグをカメラに叩き込む事態にまで発展した。命とも言えるレンズを肉の油やケチャップで汚されたため、次の日からは報道陣が纏士郎に近寄る事もなくなったが、代償として職員室に呼び出された挙句カメラマンに恨みの目で見られるようになった。

 

「……ま、ンなもん慣れちゃいるがね」

「お、どした甲鎧、何の話?」

 

 纏士郎の独り言に、近くの席に座っていた上鳴が反応する。

 

「不法侵入騒ぎがあってからマスコミも静かになったなーっつったんだよ」

「あー、そう言やそうだな。警察まで来たんだし懲りたんじゃね?」

 

 あまり興味の湧かない話題だったのか、上鳴は一言であっさり片付けると、今度は座席から身を乗り出して喚いている爆豪をからかい始めた。

 雄英自慢のセキュリティが一気にレベル3まで引き上げられるほどの大騒ぎとなったマスコミの不法侵入事件――纏士郎は課題のノートを丸写しする三奈に付き合って教室に残ったため、屋外へ避難しようとする生徒達の波に飲み込まれるような事はなかったが、運悪く大食堂で巻き込まれた切島や緑谷、混乱を収めるのに一役買った非常口飯田によれば、将棋倒しになって怪我人が出ても不思議ではない状況だったらしい。

 リカバリーガールが過労死するような事にならなかったのは不幸中の幸いと言えるが――

 

(たかがマスコミに破られるようなセキュリティなのか……?)

 

 レポーターや取材クルーが突破するつもりで"個性"を使ったのなら、まあ可能ではある。

 しかし、公共の場でプロヒーロー以外の人間が"個性"を使用するのはご法度――ましてや今回は明らかな軽犯罪であるため、警察にも(ヴィラン)認定されかねない。

 いくら特ダネが欲しいからと言って、そこまでの危険を冒すだろうか。

 仮にマスコミ以外の第三者の仕業だとして、その目的が分からない。

 

(示威行為……世間に自分の力を見せ付けたかったからマスコミに紛れた?)

 

 あるいは、緊急時に雄英がどう対応するのか確認するためか。

 避難誘導のアナウンス、非常口に殺到する生徒達、警察や消防など外部への連絡――試しに石を放り投げ、水面にどんな変化が起きるか観察するかのように、姿の見えない何者かが蠢いてる。

 

(真に賢しい(ヴィラン)は闇に潜む、か……)

 

 戦闘訓練の時にオールマイトが言った言葉を思い出す。

 これが本当に誰かの思惑通りなら、ヒーロー志望であるにも関わらず、他人を押し退けて我先に避難しようとする雄英生達の姿はとても滑稽に見えた事だろう。人数的には普通科やサポート科が大半を占めていたとしても、外部の人間にとっては皆等しく『雄英高校の生徒』なのだから。

 

「ひぐ……えっぐ……」

「ぐすっ……ずび……」

 

 思考に没頭していた纏士郎を引き戻したのは、そんな子どものような嗚咽だった。

 見れば、三奈と可愛がぼろぼろと大粒の涙を流している。

 

「……歌ったり泣いたり忙しいなお前ら」

「コーぢん、だっでぇ……」

「牛さんがぁ、うじざんがぁ……」

 

 売られた仔牛に同情でもしたのか、びぇぇぇ……と抱き合って大声で泣き始める二人。

 それに慌てたのは、三奈達の講師役を任されていた八百万だ。副委員長の彼女は予想外の展開に焦りながら、自前の"個性"で大量のポケットティッシュを創造する。

 

「あの、お二人共、どうか泣き止んで! 皆さんも! 私はそんなつもりだった訳では……!」

 

 このA組の歩く百科事典は、どれだけ事細かに説明してくれたのやら。

 三奈や可愛だけではなく、涙脆い麗日と葉隠は配られたティッシュを山のように消費し、無口で動物好きな口田甲司は前の座席の背もたれに顔を埋めて震え、性格が真っ直ぐな緑谷と切島も指でそっと目元を拭い、ここでもクソ真面目振りを発揮する飯田は「うしぃぃっ!!」と悲痛に叫ぶ。

 何なのコレ。ちょっと目を離した間にバスの中が仔牛の葬式会場になってしまった。

 

「……阿鼻叫喚」

「なぁ、泣いてないオイラ達って心が穢れてんのかな……?」

「峰田ちゃんはそうかも知れないわね。煩悩塗れだもの」

「上鳴もね」

「「ヒデェッ!?」」

「八百万、絵本の読み聞かせのボランティアとか向いてんじゃねぇか?」

「うるっせぇな泣くなやコラァ!! ぶっ殺すぞ!!」

 

 まだバスで移動しているだけなのに、体力を全て使い果たしそうな勢いだ。

 

「…………もうじき到着する。それぐらいにしとけよ」

「「「ハイッ!!」」」

 

 一番前の席に座る相澤が一喝し、車内の空気が一気に引き締まる。

 この人は雄英の教師を辞めても軍隊の教官で食べていけるのではなかろうか。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 その施設を一言で言い表すなら『巨大なテーマパーク』だ。

 もっとも、雄英の本校舎自体がモニュメントじみているので、敷地内の施設全てをひっくるめて大自然溢れる遊園地に見えてしまうのだが――倒壊したビル、燃え盛る住宅街、家屋を飲み込んだ雪崩や土砂、轟々と渦を巻く海面など、この世の終末を凝縮したような『箱庭』の数々がバスから降り立った纏士郎達を出迎えた。

 

「スッゲェな、USJかよっ!?」

「大変だ! オイラ達は何時の間にか大阪に来ちまったんだ!!」

「コーちん、ミッ○ーいるかな? いるかな!?」

「いたら大問題だろうが」

 

 口々に感想を言う中、宇宙服を思わせるずんぐりむっくりのコスチュームのヒーローが、中央広場の方から階段を上って現れた。

 

「ようこそ一年A組の皆さん、初めまして。ここは僕があらゆる事故や災害を想定して造り上げた救助訓練用の演習場――その名もウソ()災害()事故()ルームです!!」

 

 本当にUSJだった。この分だと食害事故の一環としてジョーズも放し飼いされていそうだ。

 

「スペースヒーロー『13号』だ! 災害救助のスペシャリストだよ!!」

「うわー! 私ファンなんよ13号!」

 

 新たな教師の登場に、ヒーローオタクの緑谷や麗日が目を輝かせるが、

 

「USJ……牛さん()さようなら()成仏してね()……」

「「「「――うしぃぃぃぃっ!!!」」」」

 

 可愛がぼそりと呟いた余計な一言で、またもや『ドナドナされた牛さんを弔う会』のメンバーが悲しみに打ち震えて慟哭し、A組のノリにまだ慣れておらず面食らう13号。

 それでもオールマイトよりは教師歴が長いらしく――さほど動揺した様子もなく13号は丸みを帯びたヘルメットを傾けて相澤に問う。

 

「先輩、A組は午前中畜産系の授業でもしたんですか?」

「……なワケないだろ。お前らも大概にしろ」

 

 除籍されたいか、と地獄の底から湧き上がるような低い声音で相澤に言われ、生徒達は今度こそビシリと直立不動の体勢で整列を完了させた。

 コホンと咳払いして13号は言う。

 

「まあ事情はどうあれ、命の大切さを理解してくれたのならそれはとても喜ばしい事です」

 

 穏やかに、けれど、おふざけを許さない口調。

 

「皆さんご存じとは思いますが、僕の"個性"は『ブラックホール』――どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます。災害救助においては便利なこの力ですが、しかし簡単に人を殺せる力でもある事を忘れてはいけません」

 

 皆さんの"個性"も同じです、と続くその話を、纏士郎達は神妙な面持ちで聞いていた。

 世界総人口の九割が異能を有するこの超人社会は、各々の"個性"の使用を車の免許と同じように資格制にして厳しく規制する事で、どうにか薄氷の如き平穏を保っている。

 そうでなければ今頃は、それこそ超常黎明期に語られる大混乱が消えぬまま、能力と自制の枷を外された人類によって秩序のない混沌とした世界が広がっていただろう。

 

「"個性"使用が制限されてるからと言って――むしろヒーローを目指す皆さんだからこそ、社会が完璧に成り立っていると過信してはいけません。一歩間違えただけで人を殺傷たらしめる。それが僕や皆さんが持つ"個性"だと心に刻み込んでください」

 

 鉛よりも重い、現場を知るプロヒーローの言葉。

 車然り、刃物然り、便利なものほど往々にして危険を孕んでいる。

 それは"個性"も例外ではない。

 

「自分に秘められた可能性を知り、それを人に向ける怖さを知り、そしてこの授業では尊い人命を救うために"個性"を活かす術をを知りましょう。君達の力は誰かを救うためにあるのだと少しでも心得てくれたなら、僕も教師としてこれ以上嬉しい事はありません。長々と喋ってしまいましたが皆さん、ご静聴ありがとうございました」

 

 恭しく一礼した13号に、生徒達は万雷の拍手で応える。

 纏士郎もまばらに拍手を送りながら――ふと、噴水がある中央広場に目をやった。何故そちらを見たのかと問われれば、ただ何となく嫌な予感がしたから……としか答えられないのだが、危険を察知する野生動物的な直感とも言えた。

 空間に突如開いた黒い穴。

 纏士郎と、一歩遅れて気付いた相澤の視線の先で、穴はみるみる大きくなり、内側からこちらを覗く何者かと――目が合った(・・・・・)

 

「……っ!? アイツ……!!」

「全員一つに固まって動くな!! (ヴィラン)だ!!!」

 

 全身の毛が逆立つ。誰かは知らないが、アレはヤバい。

 クラスメイト達が戸惑う間も黒の異空間は霧状に広がり、それを突き破るようにして、明らかに一般市民ではない連中がぞろぞろとUSJ内に乗り込んで来る。返り血に染まる武器まで携行した凶悪面が、ざっと数えて三十人弱――見学目的の団体客であるはずがなかった。

 

(ヴィラン)だぁ!? ヒーローの学校に殴り込みとかアホか!!」

「13号先生、侵入者用のセンサーは!?」

「当然設置してますが……」

 

 八百万の問いに、13号がドームの高い天井を見上げた。

 あれだけの人数の侵攻を許してしまったと言うのに、先の騒動の時のような警報やアナウンスが流れる気配はなく、不気味な沈黙を貫いたままだ。

 隣に来た轟に纏士郎は尋ねる。

 

「学校全体なのかここだけなのか……。轟、どう見る?」

「何にせよセンサーが対策されてるってんなら、それができる"個性(ヤツ)"が向こうにいるって事だな」

「マスコミ連中が侵入したのも奴らの仕業で、この日のために雄英の防犯システムを把握するのが目的だったとしたら……俺らの授業の時間に現れたのも偶然な訳がねぇよな」

「そこまで周到に計画を立てて頭数を揃えた上で、俺達しかいない状況を狙ったんだろ。バカだがアホじゃねぇぞアイツら」

 

 さて、どうしたものか。

 お巡りさんに通報したところで、大人しく帰ってくれるような輩ではない。

 逃げて応援を呼ぶか、それともプロ二名と有精卵二十二名で徹底抗戦するか――どちらにしても訓練とは比較にならない初めての対(ヴィラン)戦が、皆の意思に関係なく始まろうとしていた。

 相澤の鋭い指示が飛ぶ。

 

「13号、生徒を守って避難開始しろ! それと学校に連絡! 上鳴、電波系の"個性"での妨害も考えられる、お前も"個性"使って連絡試せ!」

「ッス!」

「先生はどうするんですか!? まさか一人で!?」

 

 緑谷の声には不安がありありと浮かんでいる。

 相澤――イレイザーヘッドの戦闘スタイルは相手の"個性"を消してからの捕縛。一対一の戦闘でその強みが活かされるため、多人数を同時に迎え撃つには不向きだと緑谷は言いたいのだろう。

 しかし相澤は冷静に、

 

「一芸だけではヒーローは務まらん」

 

 そう言ってゴーグルを装着して、首に巻いていた特殊合金繊維の捕縛武器を解放する。そのまま階段を飛び降りるように、抹消ヒーロー・イレイザーヘッドは(ヴィラン)の前へと躍り出た。

 後輩である13号に「後は任せた」と小さく言い残して。

 

「コーちん、相澤先生大丈夫かな……?」

「……さぁな」

 

 大階段の下で獅子奮迅の戦闘を繰り広げる相澤。

 射撃系の能力を持っているらしい最前列の(ヴィラン)を、発動前に"個性"を消失させて捕縛帯で動きを封じ、力任せに引き寄せる事でチンピラ同士を衝突させ意識を奪う。発動を必要としない異形型の相手には、打撃で怯ませた後に絡め取って他の(ヴィラン)目掛けて投げ飛ばす。

 決してオールマイトのような超重量級ではない体格でありながら、(ヴィラン)自身の体重まで利用した体捌き――衆人に名を知られる事を嫌い、影で活躍してきたイレイザーヘッド。

 プロヒーローと呼ばれるに十二分に値する戦闘能力は、メビウスの輪のようにひねくれた性格の纏士郎でも素直に『カッコイイ』と思えるものだった。

 

「すごい……多対一こそ相澤先生の得意分野だったんだ!」

「分析してる場合か! 急いで避難を!!」

 

 ここでもオタク根性が抜けない緑谷に、飯田が叫ぶ。

 入った時は感じなかったが、その規模故にUSJの外へと続く通路は思った以上に長い。走れば十秒足らずの距離が、緊迫したこの状況も相まって何倍にも引き伸ばされてしまう。

 13号を先頭に出口へ駆けるA組一行。

 

「――逃しませんよ」

 

 その行く手を阻むように黒い靄が眼前に広がり、あやふやながらも人の姿を形作る。

 

「うわあああああっ!! こっちにも来たアアアアッ!?」

「黙ってろクソブドウ!!」

「初めまして、我々は(ヴィラン)連合。以後お見知り置きを」

 

 13号のような紳士的態度を取り繕いながら、その口調から滲み出る態度は慇懃無礼そのもの。

 背後から追い越したのではなく、いきなり真正面に――十中八九、(ヴィラン)達が最初に出現した時に使われたのはこの男の"個性"と見て間違いない。

 だとしたら非常に不味い。

 数十人を一度に移動できる、すなわちA組全員を同時に拉致できると言う事だ。

 

「僭越ながら、この度ヒーローの巣窟たる雄英高校に入らせて頂いたのは――」

「――オールマイトの首を狙って、だろ?」

 

 予期せぬ纏士郎の言葉に、靄に紛れた(ヴィラン)の目がわずかに細まる。

 

「オールマイトが狙いって……どう言う事だよ甲鎧!」

「『雄英を襲う』って目的だけなら、この前マスコミが入った時もできたはず。ヒーローとしての訓練も積んでない、先生達も数を把握し切れない人質候補が校内に何人もいたんだからな。なのに様子見だけで済ませたのは、その時狙うべき本命が学校にいなかったからだ」

 

 (ヴィラン)から視線を逸らさず、一番前に出て纏士郎はさらに続ける。

 

「13号先生、あの日オールマイトは学校に?」

「……いえ、非番だったのでいませんでした」

「そして今日の救助訓練。USJを使うのは入学したばかりの俺達A組だけで、障害となる教師もオールマイトを数に入れて三人しかいない。こっちのカリキュラムを知っていて、セキュリティが強化される前に殺るつもりだったから、今日のこの時間を決行日に選んだんだろ? 通信手段さえ潰せば隔離空間で助けも簡単には呼べないしな」

 

 以上、何か訂正は?

 そう締め括り、わざと相手を挑発するような笑みを浮かべた纏士郎に、後ろのクラスメイト達も呆然と立ち尽くしてしまう。時間を稼いでいるのだから、できればさっさと逃げてほしいのだが。

 靄の男は少しばかり考える素振りを見せて、黒い気体に隠れた口を開く。

 

「……お見事、と申し上げておきましょう。中々のご慧眼をお持ちのようですね。しかし、それが看破されたところで私の役目は変わりません」

「ああ、そうか、よっ!!」

 

 言い終わるより先に、纏士郎はその場から飛び退いた。

 すぐ背後には"個性"のブラックホールを発動するため、指先のカバーを開いた13号がいる。

 その場しのぎの推理を披露して(ヴィラン)の関心を引き付けている間に、隙を突いて捕らえる手はずを整えるよう、背中に回した右手のハンドサインで13号と打ち合わせていたのだ。

 相手の"個性"は霧状の異空間を使った移動能力――気体なら物理攻撃は無意味だが、その霧ごと吸い込んでしまえば問題はない。捕らえるまではいかなくとも、一人でも脱出して助けを呼ぶ事ができればそれで良い。

 だが――

 

「死ねやコラァッ!!」

「一人くらい俺らだけで!!」

「――っ!? バッカ!!」

 

 先走って(ヴィラン)に突撃した爆豪と切島が、13号の射線上に入ってしまった。

 

「駄目だ! 二人共どきなさい!」

 

 慌てて13号が二人に叫ぶも時すでに遅く。

 

「散らして、嬲り、殺す」

 

 臨戦態勢に入った靄の男は漆黒の能力を半球形に広げ、切島を、爆豪を、他のクラスメイト達を奔流が次々に飲み込んでいく。

 当然、その中には三奈の姿もあった。

 

「コーちん!!」

「エンジェルさん!!」

「くっ……!!」

 

 咄嗟に三奈と近くにいた可愛の腕を掴み、

 

「しょぉぉぉうじっ!!」

 

 かろうじて範囲外に逃れていた障子に向かって、振り向き様に放り投げる。

 その大きな背中で瀬呂を庇う六本腕の級友が、少女二人をしっかりと受け取ったのを見届けて。

 纏士郎の視界は黒一色に染まり果てた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 瞬間移動――ワープなど夢物語だと思っていたが、エレベーターが下がる瞬間のような浮遊感はどうにも好きになれない。(ヴィラン)の能力を好きになろうとも思わないが。

 一秒にも満たない悪夢を体験した纏士郎は、すぐに異空間から吐き出された。

 

「――でっ!?」

 

 金属の質感を持つ何かの上に背中から落ち、クラクションがけたたましく鳴り響く。

 明滅するハザードランプの光に照らされたのは、運転手のいない無数の車の群れと亀裂が入ったコンクリート造りの天井。見た限りではトンネルの内部――どうやら崩落か、玉突き事故の現場を再現したゾーンのようだ。

 それはどうでも良いとして――

 

「………………ぁあああああああああああああああっ!! クソッタレがぁっ!!!」

 

 行き場のない怒りを込めて、ドアに足型を叩き込む。

 襲撃した(ヴィラン)共が、良いように利用されたマスコミが、爆豪と切島の性格まで読み切れず半端な作戦を立ててしまった自分自身が嫌になる。叶うなら、この場にある車両全てを破壊し尽くしたい衝動に駆られるが、クラクションに混じってトンネルの向こうから届くバサバサと耳障りな羽音がそれを許してくれそうになかった。

 

「ぎゃっははははぁ!! さっそく獲物ちゃんが一匹やって来たぜぇ!!」

 

 腕の代わりにコウモリの羽を生やした細身の男が、下卑た笑い声を上げながら現れる。

 あの靄の男が転移先を落下死するだけの高所に設定しなかったのは、それぞれの災害ゾーンにも手下を配置して始末させるつもりだったからか。実力、経験が共に不足していても未知の"個性"を持った生徒が二十二人――プロヒーローの13号を相手にする際に余計な邪魔が入らないよう数を減らす目的もあったのだろう。

 

「俺の位置が分からなくて恐ろしいかぁ?! ヒーローにゃあ恨みがあっからなぁ、楽には殺してやらねぇよぉ!? じわじわと血を抜き取ってカラッカラのミイラにしてやらぁ!!」

 

 照明になるのは点滅するオレンジ色の光のみ。

 攻撃の機会を窺うように闇に紛れて旋回を繰り返すコウモリ(ヴィラン)に対し、纏士郎は瞑目して深く長く息を吐き、身体の余分な力を抜く。

 

「じゃあ、まずは一番搾りいただきまぁぁぁがぺぇっ!?」

 

 生え揃った牙で背後から襲おうとしたコウモリ(ヴィラン)――その顔面を纏士郎は鷲掴みにした。

 ミシッ、ミシッ、と翼手目野郎の頭蓋骨が軋む愉悦を右手で感じながら、あれほど昂ぶっていた自分の精神が冷え切っていくのを自覚する。

 誰かを救う英雄(ヒーロー)ではなく誰かをぶっ潰す狩人(ヒーロー)としての暗い炎が、心の中で鎌首をもたげた。

 

「ど、どうじで俺の位置が……!?」

「奇襲ならもっとスマートにするんだったな。そのイラつく声で丸分かりなんだよ」

「あがががががっ!?」

 

 さらに力を加えると、コウモリ(ヴィラン)は泡を吹いてあっさりと失神した。それをボロ雑巾のように投げ捨てて、まだまだ無数の気配が潜む闇を睨み付ける。

 どうやら(ヴィラン)連合とやらは、一応は各ゾーンに合った雑兵を選んでいるらしい。

 先ほどのコウモリ野郎も含めて、このトンネル事故ゾーンには暗視や超音波、他にも夜目が利く獣系の"個性"を持つ馬鹿が多いようだ。事実、車の陰から続々と現れたチンピラのほどんどの目が猫科動物のように輝いている。

 

「ガキにしてはやるじゃねぇか。だったら俺らも本気でいかせてもらうぜ?」

「あっそ。ならこっちも言わせてもらうが……手加減は期待するなよ。俺は今、機嫌が悪いんだ」

 

 言って、真っ赤なスポーツカーに右手で触れる。

 

天使(エンジェル)悪魔(ディアブロ)使うんですか、って可愛なら言うかもな」

「何だ……ありゃ」

「車が変形して……」

「畜生相手には火を振り回すのが定番だろ?」

 

 纏士郎の感情に呼応して強引に形状を作り変えられたそれは、タンク内に残っていたガソリンにバッテリーの火花が引火して煌々と燃え上がる。

 右腕全体を覆う紅蓮の巨人鎧(ギガントメイル)

 姿勢を低く、伸ばした左手は道路に、右の腕を大きく広げ、半端な(ヴィラン)よりも(ヴィラン)らしい獰猛な形相で纏士郎は開戦の幕開けを宣言する。

 

「さあ、獣狩り(ハンティング)を始めようか!!」




ヒロアカ小説版3巻、怪談に怖がる三奈ちゃんカワイイ。


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8. その名を呼べば:HEROES

技名の理由はあれです、好きだからです。


(…………ジーザス!!)

 

 扉を蹴破り、息せき切ってUSJに駆け付けたオールマイトは、広がる光景を目の当たりにして心中で悪態を吐いた。

 本来なら人命を救うための術と心構えを学ぶ尊き場が、現在は有象無象の心悪しき者達によって占拠され、相澤と13号が重傷を負って地に倒れ伏している――愛する生徒達を守ろうと、彼らが並みいる悪党共を相手に必死に応戦したであろう事は一目で分かった。

 仮眠室で休んだりせず初めから自分も授業に参加していたなら、同僚と後輩がここまで酷い傷を負う事もなかっただろう。子ども達を怖がらせる事もなかっただろう。

 来る途中ですれ違い、経緯を教えてくれた飯田は、クラスメイトを残して自分だけ離脱した事を悔いて今にも泣き出してしまいそうな表情だった。

 出勤前に事件を数件解決して遅れたから――誰かを助ける事に躊躇う必要などない。

 緑谷出久に"個性"を譲って活動時間が減ったから――志高き若者に手を差し伸べて何が悪い。

 校長の長話に付き合わされたから――身を案じてくれる恩師のせいにするなど言語道断。

 

『ほら、やはり君は何も守れやしない。平和の象徴が聞いて呆れるね』

 

 怒りに燃える脳裏に、幻聴が木霊する。

 この世の悪意を凝縮させたような――ともすれば聞いた者に心地良さすら感じさせる、人の心の隙間に静かに入り込むあの宿敵の声が。

 

(ああ分かっている、分かっているとも!! 全ては己の不甲斐なさが招いた結果だと!!)

 

 だからこそ、未熟だろうと何だろうと言わねばならない。

 これ以上の悪逆非道を行わせないため、少年少女を安心させるため――『平和の象徴』と万人に称される者として、一人のヒーローとして、でき得る限りの義務と使命を果たさねばならない。

 

「もう大丈夫――私が来た!!」

「オールマイトォォォ!!」

 

 ネクタイを引き千切った自分の顔は、いつもの笑みが消えてしまっているに違いない。

 無数の手を張り付けた首魁と思しき青年と、自分にも匹敵する黒い巨漢――そんな二人と懸命に対峙しながらこちらを見る緑谷の表情が、安堵よりもむしろ不安が増したように歪んでいた。

 目にも止まらぬ速度で、オールマイトは階段を一気に飛び降りる。そのまま自分の姿に動揺する下っ端(ヴィラン)達の意識を当て身で刈り取り、ピクリともしない相澤の身体を優しく抱き上げた。

 無残に圧し折られた腕、止めどなく流れ出る血で真っ赤に染まる顔面――生徒達に守られている13号と同様に、今すぐにでも病院に担ぎ込まなければならないほどの大怪我だ。

 

「相澤くん、遅れてすまない……」

 

 本当にただの遅刻だったなら、彼は『不合理ですね』と呆れも隠さずに言った事だろう。

 けれど、ウマが合わなくても決して嫌いではない同僚は、途切れてしまいそうな弱々しい呼吸を繰り返すだけで一言も発してくれない。

 これが終わったら土下座でも何でもしようとオールマイトは心に決め、首魁と大男の間近にいる緑谷と蛙水、峰田を左腕一本で回収する。

 

「っ!? あ、ああ……ごめんなさい、お父さん……!」

 

 三人を助ける際に牽制のつもりで軽く殴ったのだが、顔に張り付いていた手を落とされた首魁の男は思った以上に取り乱し、地面に転がる左手を『お父さん』と呼んで拾い上げると、ボソボソと不気味に何かを呟き始めた。

 

「……皆、相澤くんを連れて早く入口に。ここにいては危険だ」

「駄目ですよオールマイト!!」

 

 悲痛な声で制止する緑谷。

 

「あの脳ミソ(ヴィラン)は僕のパワーが通じなかった! きっとアイツの"個性"は――」

「緑谷少年!」

 

 自分の力が通じなかった――つまりワン・フォー・オールを受け止められる"個性"を持っている可能性があると、緑谷はそう言いたいのだ。ましてや、彼に"個性"を譲渡して残り火が燻るだけの今の状態では、活動時間内にあの得体の知れない大男を倒せるかどうかも正直怪しい。

 それでもオールマイトは緑谷の言葉を遮り、笑顔で断言する。

 

「大丈夫さ!!」

 

 根拠のない気休めなどではなく、自分を奮い立たせて勝つために。

 

「Carolina――」

 

 両腕を顔の前で交差させ、大男に突っ込む。

 どのような"個性"を持っているにしろ、まずは相手を知らなければ。

 

「――Smash!!」

 

 両側の鎖骨から脇腹へ抜ける、斬撃のようなクロスチョップ――大抵の(ヴィラン)ならばこの一撃でも十分に戦闘不能にさせられるのだが、緑谷が言った通り、大男は応えた様子もなく剥き出しの脳に埋め込まれた目でオールマイトをギロリと睨み付ける。

 

「ホンットに全然効かないのな!!」

「そりゃあそうさ、脳無には『ショック吸収』が備わってるからね。ダメージを与えたいなら肉を抉り取るとかが有効かもよ。それを許してくれるかは別として」

「わざわざ説明ありがとう!! そう言うワケならやりやすい!!」

 

 慢心の表れなのか、大男――脳無に攻撃を繰り返すオールマイトを嘲笑うように、首魁の青年は打撃が通用しないタネを暴露する。ならばとオールマイトは脳無の背後に回って胴体をがっしりと抱え込み、身体を大きく弓なりに反らしてバックドロップを見舞う。

 だが、伝わって来たのはコンクリートの固さではなく、薄い膜を突き抜けたような感触。そして床にめり込んでいるはずの脳無の上半身がブリッジ状態のオールマイトの背中の下に現れ、脇腹にその太い指を深々と突き立てた。

 

「……良いね黒霧、期せずしてチャンス到来だ」

「あイタタタッ!?」

「コンクリの床にぶち込んで動きを封じようとしたんだろうけど、そいつは不可能だぜ? 脳無はお前並みのパワーにしてあるんだから、本気で止めたいなら重りを何トンも載せるとか、お前でも身動き取れなくなるような方法じゃないとな」 

 

 こんな風に、と顔に張り付けた手指の奥で、青年は愉悦の表情を浮かべた。

 とてつもないパワーで逆に身体を拘束され、癒えぬ古傷の痛みに吐血するオールマイト。左足が黒霧とやらの"個性"によって沈み始めている。腹筋と残った右足に力を入れて堪えるが、このまま時間切れを迎えてマッスルフォームを維持できなくなってしまったらもう打つ手はない。

 勝利を確信してゆらりと現れた黒霧は言う。

 

「目で追えない速度の貴方を捕らえるのが脳無の役目。そして貴方の身体が半端に留まった状態でゲートを閉じ、引き千切るのが私の役目。私の中が血液や臓物で溢れ返るのであまり使いたくない処刑方法なのですが、貴方ほどの難敵ならば喜んで受け入れましょう」

 

 万事休すの窮地に陥った平和の象徴。

 そんな彼を救いに現れたのは。

 

「オールマイトォ!!」

(緑谷少年!? 君って奴は――!!)

 

 避難するようにと厳命したはずなのに。

 未来を託した弟子であり大切な教え子は、黒霧が息の根を止めるために開けたワープゲートにも臆さずに、涙を浮かべてこちらに駆け寄ろうとしていた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「おい障子、あっちは!? オールマイトはどうなってんだ!?」

「緑谷と……爆豪と轟、切島が助けに入った。今はリーダーらしき男と睨み合ってる」

 

 なおもしぶとく攻め寄せる残党を"個性"のテープで捕縛しながら瀬呂が声を張り上げ、複製腕の先端に眼球と耳を複製して戦況の把握に専念する障子が答える。そのすぐ近くで、覆面レスラーを思わせるコスチュームの砂藤も豪快なラリアットで(ヴィラン)を階段下まで吹き飛ばしていた。

 

「くっそ、オールマイトが来たってのにしつこいなコイツら!!」

「踏ん張るんや砂藤くん!!」 

「もう少し持ち堪えれば他の先生達も来るって!!」

「おうよっ!!」

 

 背中の裂傷が酷い13号に見よう見真似の応急手当を施しつつ、三奈は麗日と共に檄を飛ばして男子達の奮闘を見守り続ける。

 先に脱出した飯田の活躍によって最強の援軍であるオールマイトが来てくれた――それはとても頼もしく、緊張の糸が切れて思わず涙が零れたが、幼馴染がまだ戻らない事も相まって、どうにも内から湧き上がる不安を拭い切れずにいるのもまた事実だった。

 

「待て! 誰か……いや、何か来る!!」

 

 常に冷静な障子が珍しく叫んだ。

 その声に促される形で、全員が下の広場を見やる――相澤やオールマイト、今し方瀬呂や砂藤に倒されたチンピラ達を気に掛ける事なく踏み付けながら、脳が剥き出しになったそれ(・・)はゆっくりと大階段に歩みを進める。

 その白い体躯は骨に皮を張り付けただけのように痩せ細り、風が吹けば吹き飛んでしまいそうな弱々しさと同時に、動く死体(ゾンビ)じみた威圧感を兼ね備えていた。

 どんな攻撃が来ても対応できるよう男子三人がそれぞれ構える中、痩躯の(ヴィラン)――白色の脳無はぴたりと止まり、足元に転がり呻くチンピラを一瞥する。そして細腕に似合わない力でおもむろに持ち上げると、蛇のように大きく裂けた口をガパリと開いて、悲鳴を上げる暇さえ与えずに頭から一気に丸呑みにした。

 

「アイツ、仲間を食いやがった!?」

 

 元々寄せ集めの烏合の衆らしく、仲間意識など皆無に等しいのだろうが、平然と共食いを始めた化け物に少年少女は信じられないものを見る目で戦慄する。

 目を疑う奇抜な"個性"は星の数ほどあれど、人間を食らうなど――可能だとしても、人道的にも倫理的にも行ってはならないはずなのに。

 捕食されかねない恐怖で足が竦む三奈達を尻目に、白脳無は動けない下っ端を二人目、三人目と次々に呑み込んでいく。

 変化があったのは、四人目が腹の中に消えたその直後だ。

 枯れ木のようだった腕が五対に増え、太さも十倍近くまで膨れ上がり、肋骨が浮いていた身体も巨漢と呼んで差し支えないサイズに変化する。クラスの中では高身長のグループに入る砂藤よりも障子よりも――オールマイトが戦っている黒い奴よりもさらに巨大な怪物が誕生した瞬間だった。

 

「……どうやら、他者を取り込む事でパワーアップする"個性"らしいな」

「見掛け倒し、ってワケねーよな」

「こっち来るぞ!?」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 複数の腕を持つその姿はさながら蜘蛛、いや百足だ。

 緑谷と爆豪、轟、そして切島の予期せぬ助太刀によって絶体絶命の死地からどうにか抜け出したオールマイトの位置からも、大階段を駆け上がる白い異形の巨体がはっきりと見えた。

 

「シット!! もう一体いたのか!!」

「強い武器や回復アイテムとかと一緒さ。奥の手ってのは大事に取っておくもんだろ? 黒脳無と違ってお前と張り合えるほどのパワーは備わっちゃあいないが、あの白脳無は他の奴らを食う事で強くなる。上に残ってる手負いのプロヒーローとガキ共をバラバラにするくらい訳ないぜ?」

「くっ……!!」

 

 自分の迂闊さに眩暈すらしてくる。

 さらに最悪な事に、轟の"個性"によって凍結されていた黒脳無が、身体が割れ砕ける事も厭わず無理矢理に氷の束縛から逃れてしまった。しかも砕け散ったはずの右半身は数秒も経たずに再生を完了し、黒い肌には傷跡すら残らない。

 

「ショック吸収の"個性"じゃないのか!?」

「それだけと言った覚えはないよ。これは『超再生』――黒脳無はお前専用にカスタマイズされた超高性能のサンドバッグ人間さ。お前の100%の力にも耐えられる、な。さあ、どっちを助けてどっちを見捨てるつもりだ、お優しいナンバーワンヒーロー様?」

 

 主犯格――黒霧が『死柄木弔』と呼んだ青年はにたりと笑う。

 白脳無を止めるためにこの場を離れれば、逃走手段である黒霧を抑え込んでいる爆豪が真っ先に狙われるだろう。かと言って、何も行動を起こさなければ、13号と少年少女が血の海に沈むのは想像に難くない。

 断じて生徒達の力を信用していない訳ではないのだが、ヒーローであり教師だからこそどちらも見捨てられないこの状況――経験不足の有精卵共だけで乗り越えられるとは到底思えなかった。

 

「そら、早く決めないからあっちが大変だぞ?」

 

 迷うオールマイトを嘲笑いながら、死柄木は大階段を指差す。

 

「障子くん、瀬呂くん!!」

「砂藤!!」

 

 緑谷と切島が叫ぶ。

 女子生徒と13号を守るために、恐怖にも負けず果敢に挑んだのだろう――白脳無の無数の腕に手足を掴まれて宙吊りの三人の姿が。その体勢でも諦めず拳や蹴りで攻撃を続けるも、硬い筋肉に包まれた白い巨体は微塵も揺らぐ様子はない。

 

「クソが!! あんにゃろ今すぐぶっ殺して……!!」

「待て爆豪! 今そのワープ野郎を自由にしちまったらそれこそ終わりだぞ!!」

「分かっとるわンな事!! だったらテメェが潰してこいや!!」

 

 仲間達を襲う(ヴィラン)を見過ごせない爆豪の言い分も、先の事まで考えて冷静な判断をしようとする轟の言い分も、どちらも間違ってはいない――間違ってはいないが、飯田が他の教員を引き連れて戻りでもしない限り、事態の好転は望めないだろう。

 オールマイト達が歯噛みしてる間に白脳無は子どもの相手に飽きたのか、その剛腕で男子三人を入口側の壁まで投げ飛ばし、まるでカウントダウンのように一段、また一段と、動けない13号へ近付いていく。

 その前に、両手を広げて毅然と立ちはだかる人影があった。

 

「いけない!! 止めるんだ芦戸少女!!!」

 

 三奈だった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 13号を麗日に任せて、迫り来る怪物と三奈は正面から相対する。

 下に倒れていたチンピラのほとんど全員を胃袋の中に収めた白い(ヴィラン)は、もう指折り数えるのも馬鹿馬鹿しくなるほどの腕を生やし、その姿は人間よりもはや節足動物に近い。

 懸命に戦ってくれた男子達が背後の壁に叩き付けられて痛みに苦しんでいる今、皆を守れるのは自分だけだと心を奮起させるが、けれど入試のロボとはまるで違う本物の(ヴィラン)を前にすると、歯がカチカチ鳴って足が小刻みに震えてしまう――中学時代、友人が巨人の(ヴィラン)に道案内を求められて助けに入った時も似たような恐怖に襲われたのを思い出した。

 

「三奈ちゃん!!」

「大丈夫……大丈夫だから!!」

 

 奇しくもオールマイトが緑谷に言ったように、三奈も背中を向けて麗日に言う。

 この状況で一体何がどう大丈夫なのか、自分でも不信感を抱きながら。

 麗日の"個性"で(ヴィラン)を浮かせてしまえば、その隙に13号を外に運び出せるだろう。

 しかし発動するためには相手に触れる必要がある麗日が、万が一食べられてしまったら――そう考えると、大切なクラスメイトを危険に晒すより、酸を出せる自分が距離を取りながら戦った方が気持ち的にもまだマシだった。

 白い(ヴィラン)は標的と定めた13号を三奈や麗日ごと排除しようと考えているのか、数本の腕をさらに太く膨張させて大きく振り被る。

 三奈も脳が剥き出しになった頭部に強酸を浴びせ掛けるが、痛覚が麻痺しているらしく、水でも被ったように二、三度頭を振るだけで悲鳴すら上げない。

 止まる事のない拳が、何故だかとてもゆっくりに見える。

 

「……コーちん」

 

 死を目前にして、三奈の心は限界を迎えていた。

 十五年の人生が走馬灯として蘇り、その記憶の大半に幼馴染の姿がある事に気付く。堰を切って溢れ出した感情は、素直に想い人を求めて荒れ狂う。

 さながら、はぐれた親を探し回る迷子のように。

 助けて――

 

「――纏士郎ぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 

 果たして、その声は届いた。

 

 

 

「『極星撃(スタースクリーム)』!!」

 

 

 

 直径六メートルはあるだろうか――鉄やコンクリートなど、USJの建材を奪って固めたらしい巨大な球体が、白脳無の横っ面を殴り飛ばした。その衝撃は凄まじく、まるで隕石が落ちたような轟音と震動が建物全体を襲う。しかし三奈は、着弾点に一番近かったにも関わらずただ一点だけをじっと見つめていた。

 オールマイトよりも誰よりも安心させてくれる、三奈にとって最高のヒーローの背中を。

 

「……よう、待ったか?」

「…………遅いよバカぁ……」

 

 今度こそ、涙が堪えられなかった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 どうにか三奈を助けられたが、依然として危機から脱していない事に纏士郎は舌打ちした。

 月まで届けとばかりに殴り抜いたつもりだったが、針の代わりに大小の腕が生えたヤマアラシの化け物は切り離したガラクタ団子と共に数メートルほど吹き飛びはしたものの――どうやら寸前でガードされたらしく、仕留めたとはとても言い難い手応えが拳から伝わって来た。

 戦いはまだ終わってはいない。

 

「瀬呂、砂藤、障子!! 生きてるか!?」

「……おーう、何とか死んでねぇよ……」

「これでも鍛えてっからな」

「同じく……」

 

 呼び掛けると、存外元気な声が返って来た。

 ふらついてこそいたが、起き上がった三人は重傷を負っているようには見えない。

 葬式が不要な事に安堵し、床のコンクリートを使って両腕に新たな鎧を纏わせながら、纏士郎はもうもうと立ち込める粉塵に改めて目をやり、誰ともなしに尋ねる。

 

「可愛の姿が見えねぇが、まさかあの白ゴリラの腹ん中じゃねぇだろうな」

「ううん、私達が気付いた時にはもういなかったよ?」

「一人で逃げたんじゃねーの?」

 

 瀬呂の言葉を、纏士郎は首を振って否定する。

 

「……それはねぇな」

「どーしてよ?」

「俺の勘」

「そんな理由!?」

 

 一月かそこらの付き合いだが、それだけは断言できる。

 誰かを見捨てて逃げたとは到底考えられない。でなければ実技試験の際、巨大な仮想(ヴィラン)ロボに踏まれそうになっていた葉隠の事を纏士郎に教えなかったはずだ。

 纏士郎自身、信頼など縁遠いものと思っていた――けれど不思議な事に、可愛幼子が他でもない仲間のために、一発逆転の奇策を練って動いているのだと確信を抱くのに何の抵抗もなかった。

 

「……ならば聞こう甲鎧。可愛が今から何かを成すとして、俺達はどう動けば良い?」

「ひとまずは……お客さんの遊び相手の続きだな」

 

 残骸を砕き、粉塵を裂いてのそりと現れる白脳無。流石に無傷とはいかなかったようで、攻撃を防ぐのに使った左側の腕が数本圧し折れている。しかし、目蓋すらない眼球に宿る敵意は毛ほども衰えず、与えた傷も腕の総数からすれば焼け石に水でしかない。

 一際大きく咆哮し、白脳無が地を蹴る。

 瀬呂が背後からテープを何本も飛ばして勢いを殺し、パワータイプの障子と砂藤と三人掛かりで相手をしてようやく足を止められた。だが一瞬でも気を緩めれば、膂力に負けて弾き飛ばされるか巨体と壁に挟まれて潰される未来が待っている。

 頭上から左右から、拳の暴風雨が絶えず降り注ぐ。

 

「ぐ、おおっ……!!」

「マシンガンかってんだ、ったく!!」

「瀬呂、テープを巻き続けろ!! 一、二本でも良い、とにかくコイツが使える腕を減らせ!!」

「わーってるっての!!」

 

 纏士郎が、障子が、砂藤が。

 三人合わせて計十本の腕で負けじと乱打を返し、かろうじて力が拮抗する。

 だが互角だからこそ、決め手に欠けるのもまた事実。

 纏士郎達が移動のために使った大型バスが、獣の唸り声のような低いエンジン音を響かせながら飛び込んで来たのはその時だ。何故か扉が壊れていた入口をさらに破壊して、唖然とする三奈達のすぐ横を猛スピードで通過し、鋼鉄の身体を持つ暴れ牛は真っ直ぐ(ヴィラン)に向かって――纏士郎達に向かって突き進む。

 運転席では、一匹の猿が危なっかしくハンドルを捌いているのが見えた。

 

「……モンキーバスなんてアトラクション、USJにあったっけか?」

「言ってる場合か! 早く逃げろ!!」

「ホント何考えてんだ可愛の奴!!」

 

 瀬呂が伸ばしたテープに引っ張られる形で纏士郎達が離れた直後、バスは白脳無に衝突した。

 車体が歪み、ガラスが粉々になって飛び散る。

 階段際まで押しやられた白脳無だが、呆れるしかない腕力でもって十トンを超える暴走車両すら受け止めてしまった。子どもの背丈ほどもあるタイヤが悔しそうに猛回転し続け、焼け付くゴムの不快な臭いと煙を撒き散らす。

 

「エンジェルさん、これ(・・)使えますか!? アクセルは固定してあります!!」

 

 割れた窓から脱出した可愛が言う。

 

「……そう言う事か!!」

「障子さん砂藤さん! 押して!!」

 

 可愛に促されるまま、バスの後ろに回って最後の力を振り絞る障子と砂藤。

 アクセル全開にされた大型車は、力自慢二人の援護を得て徐々に勢いを取り戻し――それさえも耐えようとする白脳無の足元を、可愛の指示を受けた三奈が強酸で溶かす事で摩擦を殺し、ついに踏ん張りが利かなくなった怪物はバスごと大階段を滑り落ち始めた。

 フロント部分に(ヴィラン)を張り付けながら、さながらロデオのように激しく跳ねる車体。その屋根に咄嗟に飛び乗った纏士郎は、投げ出されないようコンクリートの爪を食い込ませて堪える。

 小さな友人の作戦を成し遂げるため、そして何より、この喧嘩に勝つために。

 

「出し惜しみはなしだ!!」

 

 素手で屋根に触れ、鎧に変形させる。

 右肘から先を覆う手甲は、それまで纏士郎が作り上げた中でも間違いなく最大級――バス丸ごと一台を使い切った必殺の武装を高々と掲げ、滑落の勢いそのままに(ヴィラン)へ振り下ろす。

 おびただしい数の腕が押し返そうとするが、落ちる鋼鉄の巨拳はそんな抵抗さえ許さない。

 

 

 

「『機帝拳(ガルバトロン)』!!」

 

 

 

 超重量の一撃が腹に吸い込まれ、受け身も取れず地面に叩き付けられる白脳無。

 許容以上のダメージを受けてしまった事で"個性"が解除されたのか、口から大量の体液と一緒に腹の中のチンピラ共を吐き出し続け、大山のようだった身体もみるみる痩せ細っていく――最後の一人を嘔吐して、常人と変わらない体躯に戻った白脳無は完全に沈黙した。

 

「ぅ……うおっしゃああああああっ!! 倒したぁっ!!」

「俺らの力見たかコラァ!!」

 

 瀬呂と砂藤がガッツポーズで歓声を上げ、寡黙な障子ですらハイタッチを交わす。

 ぶんぶんと手を振る三奈と可愛に軽く振り返し、USJのドームを何かが突き破って空の彼方に消えたのを見届けて――纏士郎は意識を保てなくなりぶっ倒れた。




某爆弾男のプレイ実況見ていたら、そーゆー"個性"も面白いかなと思いました。
エグゼイドみたいに発動するとパワーアップアイテムが出現して、みたいな感じで。


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9. 新たな戦い:雄英、体育祭やるってよ

某海賊漫画とか、しまぶー作品とか、ジーチャンバーチャンが激強なのっていいですよねぇ。
実はリカバリーばーちゃんにも、五代目火影みたいに若返るチート技あるかもなと妄想してみたり。



 目が覚めた時にはもう日の入り間近だった。

 夕日に染め上げられた天井をぼんやりと眺める纏士郎の視界に、目元をバイザーで覆った老婆の顔がにゅうっと割り込む。一センチ間違えれば口唇が触れ合ってしまいそうな至近距離に、思春期ど真ん中の純真無垢な少年は血の気が波のように引く音を確かに聞いた。

 

「ようやっとお目覚めかね。気分はどうだい?」

「……梅干しババァの顔面ドアップで見ちまって最悪だよ……」

「おやそうかい。それは何よりさ」

 

 叩かれた憎まれ口に老婆――雄英高校の屋台骨であるリカバリーガールも皮肉を返し、纏士郎の額に貼られていた冷却シートを剥がしてごみ箱に投げ捨てると、白衣のポケットから色とりどりのグミキャンディーが詰まった菓子袋を取り出した。

 

「ポイフルだよ、お食べ」

「相も変わらず駄菓子屋やってんのかよ」

 

 受け取った袋を逆さにして、豆ほどの大きさのグミを一気に口に流し込む。もっちゃもっちゃと咀嚼する度に、体力が尽きた身体に糖分が染み渡っていくのを感じる。軽度の打撲や擦り傷だけですぐに処置が必要な外傷はないが、ベッドに沈む手足はまだ鉛の塊のようにずしりと重い。

 ちょっと"個性"を使い過ぎただけで、すぐこの体たらくだ――どうにも、自分でも呆れるくらい熱くなってしまったらしい。本当に、柄でもない。

 

「……何度も口を酸っぱくして言ったはずだよ?」

「梅干しだけにか――イッテェ!?」

 

 注射器型の杖で頭を殴られた。

 いつもは柔和な笑みを浮かべている年老いた養護教諭は、細目を吊り上げて静かに声を荒げる。

 

「茶化すんじゃないよハナタレ坊主が。アンタの"個性"は無敵でも何でもない。加減を間違えれば命を失いかねない諸刃の剣だって事は、その身体で何度も思い知ってるだろう?」

「………………」

 

 かつて、幼少期の纏士郎の"個性"を診断した女性医師こそ、目の前にいるリカバリーガールこと修善寺治与だった。発現したばかりの"個性"が暴走して意識不明に陥ってしまう纏士郎を、彼女は実の孫のように気に掛け、その子煩悩ならぬ孫煩悩は活動の場を雄英に移した今も変わらない。

 様々な制約こそあるものの、素肌で触れた物を鎧に作り変える纏士郎の"個性"は、言い換えればこの世の万物を隷従させられる能力だと――考えの浅い者はそう考えるだろう。

 しかし一見すれば無敵の"個性"にも、大きな弱点があった。纏士郎が現在ベッドで動けずにいる理由が正しくそれだ。

 

「アンタの出鱈目な"個性"は、ある種の生命エネルギーを放出して対象物に浸透させる事でやっと鎧として操れる。質量や規模次第で体力の消耗も激しくなるし、限界を超えて無理に発動させれば寿命が縮む可能性だってあるんだ。私に死亡診断書でも書かせたいのかい?」

「さらに向こうへ――"Plus Ultra"が校訓じゃなかったっけ? 今さら限界の一つや二つ……」

「それとこれとは話が別さ!! 生意気に屁理屈こねるんじゃないよ寝小便坊主!!」

「十年以上前の話を蒸し返すな漬物ババァ!!」

 

 グレイト・マザー然り、リカバリーガール然り。

 どれだけ身体を鍛えようと、死地を乗り越えるほどの経験を得ようと、自分の恥ずかしい秘密を知る人間とはこうも手強いものなのか。両足が少しでも動くなら、その小さな老体の背中を押して早急に退室願うところだ。

 纏士郎は起こしていた首をぼすっと枕に落とし、観念したように唸る。そこでようやく、自分が寝ている部屋に保健室特有の薬品臭さがない事に気が付いた。

 

「……ところで、ここ何処よ?」

「雄英の仮眠室さね。他にも無茶やらかした若造がいてね、休ませるだけで良いアンタは悪いけどこっちに移させてもらったよ。あのニワトリ娘には私から連絡しとくから、動けるようになったら勝手にお帰り。無理なら話は通してあるから泊まっていきな。夕飯だったらそこの冷蔵庫に弁当が入ってるし、トイレくらい自力で行けるだろ?」

「至れり尽くせりで涙が出るよ」

「そう思うなら、ちょっとは自分を労るこったね」

 

 自分勝手に死んで女泣かせるような奴なんざ、男の風上にも置けやしないんだから。

 唾棄するように言ってリカバリーガールはドアノブに手を掛け、最後に纏士郎に振り返る。

 

「いい加減、過去に怯えるのは止めちまいな纏士郎。アンタはもう独りじゃない、一緒に笑ったり悲しんだりしてくれる家族がいるんだ。そこで寝てるお嬢ちゃんも含めてね」

「……余計なお世話だ」

 

 日もすっかり落ちて薄闇に満たされた仮眠室から、今度こそ白衣姿の老婆は出て行った。

 どんなプロヒーローよりも――あのオールマイトよりも現場を経験し、酸いも甘いも噛み分けた老年の熟練者がドアの向こうに消えるのを見送り、纏士郎は下半身に掛かる毛布を捲り上げる。

 投げ出された纏士郎の左腿に覆い被さる形で、桃色髪の幼馴染がだらしない半開きの口で寝息を立てて、ついでにヨダレも垂らしていた。今日の襲撃で精神的に疲れたのだろう――別に人の足を枕にして惰眠を貪るのは構わないが、着たままのコスチュームに染みを作るのは勘弁してほしい。

 

「……にゅぁ?」

 

 葛餅のような頬を指でむにむに突いていると、金色の寝ぼけ眼がうっすらと開いた。

 

「目ェ覚めたか?」

「…………コーちん? コーちん起きた!? 怪我は!? 痛いトコない!? てか真っ暗で何も見えない!!」

 

 バネ仕掛けのように跳ね起きたためか、角の生えた頭が毛布を全て持っていき、視界を塞がれた阿呆が滑稽な一人芝居を繰り広げる。毛布相手にわちゃわちゃ格闘する様子を見ていると、色々と考え悩んでいた自分がとても馬鹿馬鹿しく思えた。

 どうにか勝利して、誤魔化すようにはにかむ三奈だが――口から左耳に向かって一直線に伸びた唾液の筋が光っている事は教えてやった方が良いのだろうか。

 

「……別に骨が折れてるとかはねぇよ。ちょっと無理して身体が重いだけだ」

「ホント? 良かったぁ……」

 

 無事だと分かって気が抜けたのか、三奈は空気の抜けた風船人形のようにぐんにゃりと、今度は仰向けで再び纏士郎の足の上に倒れ込んだ。その力の抜きっぷりは全身の骨がなくなったのではと思えるほどで、どれだけ纏士郎の身を案じていたかが容易に見て取れた。

 

「心配、してくれてたのか?」

「しちゃ悪いんですかー?」

「…………」

「にひひっ♪」

 

 実技試験の時のお返しとばかりに、三奈は双眸を細めて意地の悪い笑みを浮かべる。

 必死に教え込んだはずの英単語や数式はすぐに忘れてしまうのに、覚えなくても良い事に限って記憶力が抜群だったりするのだこのアホ娘は。

 両手足をパタパタしながら、三奈は事件の顛末を語り始めた。

 纏士郎が気絶した後――飯田が教師達を引き連れて戻って来た事で、戦況は一気にヒーロー側に傾いたらしい。リーダー格の(ヴィラン)はオールマイト用の切り札を場外まで殴り飛ばされて逆に戦意を昂ぶらせていたそうだが、プロヒーローの集団相手に手駒を失った状態では多勢に無勢――銃弾の雨を受けてすごすごと退散したとの事だった。

 相澤も13号も傷こそ深手ではあったが、命に別状はないと聞いて安心した。

 

「でねでね、その後に警察も来たんだけど、ジッキョーケンブンしてる警部さんと一緒だったのが猫のお巡りさんだったの! 犬じゃなくて!」

「……その猫の人は多分、警察官を志した日から何千回と同じ事を言われてると思うぞ」

 

 このお花畑娘にとって、今回の事件で一番印象に残ったのはそこなのか――もしかすると三奈は三奈なりに、いつも通りに振る舞って心の平穏を取り戻そうとしているのかも知れない。纏士郎の腕にじゃれつく彼女の目は、それを表すようにまだ不安を拭い切れず揺らいでいる。

 

「三奈」

「んー?」

「……怖かったか?」

「……んー」

 

 緩慢な動きで体勢を変え、三奈は纏士郎の首に腕を回してきゅっと抱き締める。肩に顔を埋めた幼馴染は格上の(ヴィラン)に相対した恐怖を思い出したのか――じんわり伝わる涙の熱と小刻みに震える細い身体が、言葉以上に彼女の心中を吐露していた。

 

「……すっごく怖かった」

「……そうか」

「死んじゃうかと思った」

「でも生きてるだろ」

「うん、コーちんが助けてくれたから……」

 

 そう言って纏士郎に顔を向ける三奈。

 涙はもう止まっていたが、頬に朱色が増して十五の少女らしからぬ艶めかしさを湛え、香水とも菓子とも違う甘い匂いが鼻腔をくすぐる。耳や首筋を撫でる吐息は熱く、抱き締め返すべきか否か本気で悩んでしまうほどの愛おしさに、纏士郎は満足に動かせない身体を呪うと同時に感謝した。

 もし全身に重りを巻き付けたような状況じゃなかったら、来年の今頃にはあのニワトリババァや梅干しババァに、髪がピンク色で目付きの悪い赤ん坊の顔を見せる事態になっていただろう。

 平静を装いつつも、脳内で男の本能に一揆を起こされている纏士郎――それに気付いているのかいないのか、理性を断崖絶壁から蹴り落とすように、制服の胸元がはだけた三奈は言う。

 

「ねぇ、コーちん」

「あぁ?」

「……アタシも一緒に泊まっても良い?」

 

 頭がクラッカーみたいに弾けた気がした。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 臨時休校を一日挟んだが、二日後には普段と変わらない雄英高校に戻っていた。

 校内は廊下も教室も襲撃事件の話題ばかりで耳障りなほど騒々しく、教室に向かう病み上がりの纏士郎にも、恐れと好奇と憐れみが混在した視線があちらこちらから遠慮なく突き刺さる。まるで絶滅危惧種の珍獣のような扱いだ。

 鬱陶しい野次馬を一睨みして散らし、A組の扉を開ける。

 本物の(ヴィラン)との戦いが少々前倒しになった程度で不登校になる者はいなかったらしく、一足早く鉄火場を経験したクラスメイト達は教室に勢揃いしていた。

 上鳴と駄弁っていた切島が纏士郎に声を掛ける。

 

「甲鎧、心配したぜ! 元気になったんだな!!」

「……お前ほど有り余っちゃいねぇけどな」

「おうよ! あんなんで怖気づいてちゃヒーローなんざなれねぇからな!!」

 

 赤髪で鮫歯な友人と拳を突き合わせる。どんな時でも切島は切島なのだ。

 戦友とも呼べる障子、瀬呂、砂藤の三人も纏士郎の姿を認めると、ぐっと親指を立てたり筋肉を見せ付けるようにポージングしたり――言葉はなくとも確かな繋がりを感じられた。

 代わりに一つ、ある意味(ヴィラン)を相手するよりも厄介な問題が発生してはいるのだが。

 

「ところでよ、芦戸と喧嘩でもしたのか? いつもは一緒なのに今日は芦戸だけ先に来たろ」

「喧嘩……ではねぇんだけどな」

 

 丸一日経過して頭が冷えたのか、顔を合わせるなり真っ赤になって走り去ってしまったのだ。

 現に今も、所在なさげに席に着いている三奈と目が合うと、頭からぼふんと蒸気を放出して机に突っ伏し悶える有様――恋愛より漢気を重視する切島ですら違和感を抱く過剰反応に、二人の間で何かあったのだと察したクラスメイト達が一気に色めき立つ。

 三奈を尋問するのは葉隠や可愛など、恋愛話に飢えた女子ばかりだが、纏士郎には血涙を滂沱と流す峰田が凄い剣幕で詰め寄った。

 

「甲鎧お前ぇぇぇぇっ!! 一昨日、仮眠室で芦戸と二人っきりだったんだってなぁ!? どうせ乳繰り合ってバカップルしてたんだろぉ!? 何やった!? 何処までヤッた!? チクショウめ一人だけ一皮、いや二皮剥けやがってぇぇぇっ!!!」

「峰田ちゃん、色々とギリギリよ」

 

 蛙吹の長い舌で蝿よろしく叩き落とされる峰田。

 九割九分九厘が真面目成分で構成されているサイボーグ飯田まで「学生の身分で、しかも神聖な学び舎で不純異性交遊などいかんぞ!!」と説教する始末だが――根掘り葉掘り質問攻めを受ける三奈の名誉のためにも説明しておくと、仮眠室で一夜を明かしたのは纏士郎だけだ。当然、責任を取らなければならないような事はしていない。決して小さくない後悔に苛まれたが、していない。

 わざわざ椅子の上に立って釈明したものの、照れ隠しか何かと思われたのか、半数はニヤニヤと疑いの眼差しのままだ。

 そうこうしている間に本鈴が鳴り、朝のホームルームの時間になった。

 

「皆、ホームルームが始まる! 着席したまえ!!」

「もう座ってるよ」

「立ってんのお前だけだって」

 

 真面目ど根性が絶賛空回り中の飯田が席に着くと同時に、相澤が全身包帯だらけの痛々しい姿で教室に現れた。受けた傷が傷なだけに退院はまだ当分先とA組全員が思っていたため、ミイラ男の格好で復帰した担任のプロ意識には驚きの声を上げるしかなかった。

 

「俺の安否はどうでも良い。ヒーロー目指すならこれくらいでいちいち騒ぎ立てるな」

 

 到底無事とは言えないが、少なくともその低い声に痛みを堪えている様子はない。

 オールマイトとはまた違った意味でストイック過ぎる。

 

「そんな事より――戦いはまだ終わってないぞお前ら」

 

 一難去ってまた一難なのかと、教室の空気が一瞬で引き締まる。

 先日の(ヴィラン)連合の残党か。それとも襲撃事件に触発された他の組織からの刺客か。

 何にしても、合理性を重んじるあの相澤が念を押すような『戦い』だ――前回のように"個性"を持て余したチンピラ相手の小競り合いな訳がない。

 言葉を聞き逃すまいと神妙な面持ちで耳を澄ませる生徒達に、担任は巻き付けた包帯の隙間から鋭い視線を投げながら言う。

 

 

 

「雄英体育祭が迫ってる!」

 

 

 

 普通に学校らしい行事だった。



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10. 見せ付けろ可能性:開会と第一種目

ようつべでディスカバリーチャンネル見てたら遅れました。


 体育祭。

 個人、あるいはクラスや部活、時には教師も混じって様々な競技を行い、勝敗は二の次で親睦を深める事が第一のレクリエーション的な色が強い催し物だが――こと雄英高校においては、後々に控えた仮免試験と並んで、今後の進路さえも左右しかねない重要な学校行事なのであった。

 世界全体に"個性"が溢れ返って以降、純粋に身体能力のみで競い合っていたオリンピックなどは競技人口の減少ですっかり形骸化してしまった。代わりに日本でも指折りのビッグイベントとして国民を毎年熱狂させているのが、他ならぬ雄英体育祭――参加人数こそ最盛期のスポーツの祭典と比べるべくもないが、千差万別の"個性"が乱れ飛ぶその派手さは他の追随を許さない。

 また、纏士郎の幼い弟妹達のように、まだ本格的なスポーツに関心を示さない小さな子どもでも目で見て楽しめるのも、オリンピックより人気がある理由の一つだろう。

 

「……(ヴィラン)の侵入の件で中止の声も挙がったが、逆に例年通り開催する事で雄英の危機管理体制が盤石だとアピールするって考えらしい。それに合わせて警備も五倍に強化される。何より、ウチの体育祭はお前達にとって最大のチャンス――あんな襲撃程度で取り止めて良いイベントじゃない」

 

 ミイラ姿の相澤は言った。

 全国に生中継される雄英体育祭は、スカウト目的で観戦するトップヒーローも少なくない。

 正式な資格を得て卒業した後は、サイドキックとしてプロ事務所に所属するのがヒーローの間で定石となっている。それが世間に名を馳せるヒーロー事務所であればあるほど、期待大の超新星(ルーキー)と認知され注目度も得られる経験値も段違いに変化する。

 体育祭の活躍如何で、各々が志すプロへの道に大きな差が生まれる訳だ。

 

「つまり、とにかくアピールすれば良いんですね! 頑張りま~すよ!」

 

 机に載せた座布団の上で、フンスと鼻息を荒くする可愛だが――襲撃事件での勝敗を決定付けた陰の功労者とは言え、いざとなれば大型バスを暴走させるような性格だと知る纏士郎は、やる気に燃える友人の姿に一抹の不安を覚えずにはいられない。

 

「…………開催まで残り二週間。勿論授業は通常通り行われるが、一時も無駄にしないで合理的に自主練に励め。するとしないとじゃ雲泥の差だからな」

「「「はいっ!!」」」

 

 大祭典の開催を告げられたA組は、午前中の座学こそいつも通りに受けていた。けれど四限目の現代文が終了して教鞭を執るセメントスが教室から去ると同時に、それまで抑圧されていた興奮を爆発させるように体育祭の話題で盛り上がりを見せた。

 その日は纏士郎が夕食の当番だったため、スーパーのタイムセールに参戦するべく足早に帰路に就いたのだが――残って葉隠や可愛達と談笑していた三奈によると、襲撃事件の経緯を聞かされた他のクラスの連中がA組の前に大挙して押し寄せたらしい。

 それは十中八九、雄英体育祭において台風の目となるA組の敵情視察だろうが、やはりと言うか何と言うか、大胆不敵を地で行く爆豪が矢面に立って喧嘩を売る形であしらったそうだ。

 注目されて嬉しいのか、型落ちの携帯電話の向こう側ではしゃぐ三奈。しかしながら、その場にいなかった纏士郎にしてみれば、表彰台を奪い合う有象無象の宣戦布告よりも何よりも、ガキ共の好き嫌いを叩き直すために必要な人参とピーマンを如何にお得に袋詰めするかの方が重要だった。

 今日のメニューはチンジャオロースとワンタンスープ、デザートに杏仁豆腐である。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 各自が鍛錬に明け暮れた二週間は、嵐のように通り過ぎた。

 澄み渡る晴天の中に花火が上がり、一年生用に割り当てられたステージの観客席はお祭り騒ぎの様相を呈している。本校舎の周囲には縁日さながら露店が立ち並び、ともすれば、綿菓子の甘美な匂いや焼きそばとたこ焼きのソースの香りが、三奈達が今か今かと入場を待つA組の控え室にまで漂って来てしまうほどだ。

 例年ならば、最後のチャンスで熱の入りようが違う三年生のステージがメインであり、入学して日の浅い一年生と比べればそれこそ甲子園の決勝戦と草野球くらい差があるが――今年に限っては各メディアもネットもこぞって一年生ステージを注目しているらしい。

 やはり襲撃事件の影響なのだろうけれども、直接(ヴィラン)と戦った訳ではない三奈としては、他人の褌で相撲を取ったようなものなので正直申し訳ない気持ちが先に立つ。

 

「皆、準備は大丈夫か!? じきに入場だ!!」

「っしゃ、待ってました!!」

「腕が鳴るぜオラァ!!」

 

 飯田の言葉に、男子達が一斉に立ち上がる。その中に坊主頭で鋭い目の幼馴染の姿はない。

 障子と並びクラスで一、二を争う高身長の纏士郎――良くも悪くも目立つ風貌のクラスメイトが戦意昂ぶる集団の中にいない事に気付き、飯田はきっかり四十五度に首を傾げる。

 

「む、甲鎧くんは何処に行ったんだ? お手洗いか!?」

「いいんちょ、あっちあっち」

 

 控え室の壁際、パイプ椅子を数個並べて作った即席のベッドの上。

 緊張なんぞ無縁とばかりに腕をだらりと投げ出し、緩やかに胸を上下させる纏士郎。その顔には同じく爆睡中の可愛幼子が両の手足を伸ばしてびったりと張り付いている。見ているこちらの方が息苦しくなるような二人の寝姿だ。

 鳥類を思わせる顔の常闇が言う。

 

「来たるべき魍魎の狂宴に備え、己が秘めし力と微睡みの世界にて対話を試みるそうだ」

「なるほど、要するに暇だから寝ていると言う事だな!! 確かに体力は温存すべきだが、あれはちゃんと呼吸できているのか!?」

 

 睡眠時無呼吸症候群は危険だぞ、と叫ぶ委員長こそ体力を無駄に消耗しているのではないのかと三奈は思うのだけれど――ともあれ、そろそろ本当に起こさなければ、纏士郎も可愛もイベントに参加すらできないまま揃って失格になるし、何より二人が一緒なのを見ていると心がもやもやして仕方がなかった。理由など語るまでもない。

 

「コーちん起きろー! 体育祭始まっちゃうよー!」

「ふが……」

 

 あまりベタベタ引っ付くなと自分には言うくせに。

 だからだろうか、彼を揺り起こす手にも自然と力が入ってしまう。

 

「…………オイラにも優しく起こしてくれる幼馴染とかいきなり現れたりしねーかなぁ……」

「いやいきなり現れたら『幼馴染』じゃねーだろ」

「つーか、ありゃどう見ても……」

「疲れて寝てる父親と遊ぼうとしてる子どもだよね」

 

 男子がうるさい。特に尾白が失礼だ。

 周りから見て、纏士郎と自分は恋人の関係ですらなく父と娘のように映ってしまうのか――昔はカップルだ何だと冷やかされて満更でもなかったのに、どうしてこうなったのやら。

 高望みをしているつもりはないが、どうせ家族扱いされるなら新妻とか若奥さんとか、そっちが良かった。エプロン姿で出迎えて『ご飯にする? お風呂にする? そ・れ・と・も……』は別に男だけの夢ではないのだ。

 顔面に可愛を装着したまま、纏士郎は熊のようにのっそりと上体を起こす。

 

「――と、いかん、もうこんな時間だ! 皆、そろそろ出るぞ! 遅れては面目が立たん!」

「おうよっ!!」

 

 壁掛け時計を確認して飯田が声を上げ、級友達がぞろぞろと控え室を出て行く。その際、緑谷と轟が睨み合っていたが、あれも麗日が力説するオトコのインネンとやらなのだろうか――爆豪とも色々あるようだし、自爆必至の超絶パワーも持ってるし、あのモジャモジャ頭も地味そうに見えて意外と熱いのかも知れない。

 通路の先にある光が大きくなるに連れ、観客が巻き起こす喧騒の声が大きくなっていく。中でも一際響き渡るのがプレゼント・マイクの絶叫のような実況、いや、実況のような絶叫だ。

 

『さあてめーら目ン玉かっぽじれ!! とうとう出て来んぞ一年ステージ!! どうせお目当てはこいつらなんだろぉ!? 血も涙もねぇ(ヴィラン)の襲撃を、図太い鋼のスピリッツで跳ね退けやがった奇跡エーンド期待のルゥーキーズァ!!』

 

 一歩一歩近付くごとに、心音が跳ね上がる。 

 

『ヒーロー科!! 一年!!』

 

 不安と緊張で思わず握った幼馴染の手。

 優しく握り返してくれた事を心強く思いながら。

 

『A組だろぉぉぉっ!!?』

 

 三奈達は胸を張って、これから戦いが繰り広げられる場へと足を踏み入れた。

 フィールドをぐるりと囲む観客席はコスチューム姿のヒーロー達やフラッシュを焚くマスコミで埋め尽くされ、さらにはカメラを通して全国に生中継されている――家族や友人達もテレビの前で応援してくれているのだから、気圧された情けない姿など見せられない。

 ヒーロー科以外にも、サポート科や普通科、経営科など、他のクラスの面々も各通路から続々と現れ、設けられた宣誓台の前に整列していく。

 それが完了したところで、壇上に一人の女性が現れた。

 

「あ、睡さんだ」

 

 極薄タイツに身を包む十八禁ヒーロー『ミッドナイト』――本名、香山睡。

 一年ステージの主審を務める同性の大先輩だが、彼女も纏士郎が暮らす『卵の家』を幾度となく私的な理由で訪問しているので、同じく入り浸る三奈とも必然的に顔見知りなのであった。

 それはそれとして、相変わらず凄い格好だ。

 彼女の姿を見て、峰田や上鳴、大多数の男共が鼻の下を伸ばしたのが手に取るように分かる。

 大きめの双丘を惜しげもなく強調する、正に『女王様』然とした過激なコスチューム。あれでもデビュー当初に比べれば露出が減った方だと言うのだから、当時発売された写真集に目の飛び出るプレミア価格が付けられているのも納得だ。酔っ払って上機嫌なミッドナイトに直筆サイン入りのそれを手渡され、纏士郎が途方に暮れていたのを今でも覚えている。すぐ取り上げたけど。

 愛用の鞭をピシリと振り鳴らし、ミッドナイトは言う。

 

「んんー、若さもやる気も迸ってるわねぇ! まずは選手宣誓! A組、甲鎧纏士郎!!」

 

 さらっと入試一位通過だった事とか、何故黙っていたのかとか、それは置いておくとして。

 爆豪や轟など少数を除き、A組の大半が『あ、ヤッベェ……』と顔を引き攣らせた。

 

「どうしたの? 早く前に出なさい!」

 

 急かされ、切島が代表して声を張り上げる。

 

「すんませんミッドナイト先生! 三十秒だけ時間下さいッス! おい緑谷そっち引っ張れ!」

「うわどうしよ、可愛さん甲鎧くんから全然離れないんだけど!? 麗日さんも手伝って!」

「何なん可愛ちゃん!? 身体から接着剤でも出とるん!? ネオジム磁石!?」

「とにかく何としても引き剥がすんだ! 神聖な宣誓の場で来賓の方々までおられるのに、こんな甲鎧くんを見せる訳にはいかん!!」

「もう十分見せちゃってると思うけど。ケロ」

「しかも全国放送でね」

 

 蛙吹と耳郎は呆れの表情だ。

 三奈も加わって纏士郎の首が抜けかねない勢いで双方から引っ張るも、とうとう夢の世界にいる可愛を分離させる事は叶わず――幼馴染は痛めた首を擦りながら壇上へと行ってしまった。

 あの状態でまともに喋れるはずもなく、マイクが拾うのはフモフガと言葉にならない音ばかり。

 

「い……良いのかなぁ、オールマイトとかプロとか大勢見てるのに……」

「いや、何かそーゆー"個性"だって勘違いされてるっぽいぞ?」

「そりゃ、あそこまで堂々としてたらそう思われるわな」

 

 何をどう宣言し誓ったのかちっとも分からないまま、淡々と列に戻る纏士郎。

 明らかに笑いを堪えていたミッドナイトは気を取り直すように咳払いを一つすると、潤む視線を背後にある大画面に移した。一体何が始まるのかと、会場にいる皆もそちらを見やる。

 

「さぁて、それじゃあ早速第一種目に行きましょう。いわゆる予選よ!! 毎年ここで多くの者が涙を飲むわ(ティアドリンク)!! 運命の第一種目、今年は……コレ!!!」

 

 画面に映るのは『障害物競走』の文字。

 天下の雄英高校があえて体育祭の種目にするほどの『障害物』――まさかネットを潜り抜けたり平均台を渡ったり、そんな小学校レベルのものではないだろう。いくらお気楽だ花畑だと普段から纏士郎に呆れられている三奈でもそれくらいは分かる。

 

「一年生全員参加の弱肉強食レース! コースはこのスタジアムの外周約四キロ!! コースさえ外れなければ何をしたって構わないわ!! さあさあ位置につきまくりなさい!!」

 

 スタジアムの壁の一部がブロックのように組み替えられる。

 鞭を持った大人のお姉さんに促され、口を開けたゲートの前で大所帯が並び立つ。できる事なら最前列に陣取りたかったが、クラスの知恵袋であるヤオモモこと八百万から『後続から集中砲火を浴びる危険性がありますわ』と指摘され、せめてA組女子で固まろうと言う事になったのだ。

 ゲート上部にある三つのランプが順番に消えていく中、纏士郎をちらりと見やる。

 一緒に走りたいと思う反面、彼に勝ちたいと願う自分がいるのも否定できない。

 そして、最後のランプが消えて。

 

「スタァァァァァト!!!」

 

 ミッドナイトの掛け声と共に、全員が一斉に走り出し――次の瞬間、覚えのある冷気が三奈達の足元を覆い尽くした。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「やってくれるねA組!!」

 

 一年B組所属、サイドテールがトレードマークの拳藤一佳は"個性"の『大拳』で足を縫い付ける氷塊を砕きながら、スタートと同時に炸裂したA組の強かさを素直に称賛した。

 AとB――単なるアルファベットの一番目と二番目の文字に過ぎず、拳藤自身もそこに固執するつもりはないのだが、B組に在籍する級友の中にはランクのように考えている者も多い。

 B組はA組より能力で劣っていると、直接的な言葉で侮蔑された訳ではない。しかし、一学年に二クラスしかない上、入学して日が浅いにも関わらず凶悪な(ヴィラン)をA組は退けてしまった。

 となれば、ヒーロー科のどちらのクラスがより優れているのか、不遠慮に比較されてしまうのは仕方ない事ではあるのだが――B組の男子共はそれが我慢ならないらしい。中でも物間寧人などは敵愾心が顕著で、まるで親の仇か何かのようにA組を敵視している。

 

『さぁ始まった始まっちまったゼィエ!! 妨害!! 共闘!! コースアウト以外何でもありの残虐チキンレース!! 解説準備できてっかミイラマン!?』

『無理矢理呼んだんだろが……』

『っとぉ!? トップを走るA組轟!! 早速第一関門ロボ・インフェルノに突入だ!!』

『聞けよコラ』

 

 まだ氷で足が動かない生徒達の間を抜け、拳藤も第一関門に到達する――と同時に、凍り付いた巨大な仮想(ヴィラン)が地面に崩れ落ちるのが見えた。あれも轟の仕業だろう。

 ロボと聞いた時点で嫌な予感はしたけれど、あのビルのような奴まで、それも一体だけではなく何体も配置されているとは。

 

「おい、何人か下敷きになったぞ!! 死んだか!?」

「死ぬのかこの体育祭!?」

「「死ぬかぁぁっ!!!」」

 

 人影が二つ、固い装甲を下から突き破って姿を現した。

 一人はA組の赤いツンツン髪の男子、そしてもう一人は同級生の鉄哲徹鐵だ。どちらも"個性"で身体を硬質化して圧死するのを防いだらしい。機動力では一歩劣るものの、あの高い防御力は目を見張るものがある。

 

『おーっとA組切島とB組鉄哲、仲良く潰されてたぁ!! ウケるー!!』

「ンのA組の野郎!! オウ拳藤、俺ぁ先行くぞ!!」

「あっ、鉄哲!」

 

 一歩間違えれば大怪我では済まない第一の試練。

 轟の後を追い掛けるように、鉄哲と切島を含めた若干名が倒れ伏した残骸の上を通って一足早く突破したが、そのわずかな抜け道さえすぐに別の巨体で塞がれてしまう。さらに小型の仮想(ヴィラン)も絶え間なく押し寄せるため、隙を見て足元を潜り抜ける事も難しい。

 

「拳藤、どうする……?」

 

 打開策を考える拳藤に、同じく攻めあぐねていた柳レイ子が問うてくる。

 持って生まれた姉御肌。故にクラスメイトを見捨てる事を躊躇ってしまう。

 あの巨大な障害をクリアするには、それこそ圧倒的な火力か翻弄するスピードが必要だ。けれど一時的な共闘を頼もうにも、強力な"個性"が使える連中は既にほとんどが先に進んでしまっていて難しい。格闘戦向きの拳藤の"個性"では、正面から殴り合いになってしまい得策とは言えない。

 

「……残ってる皆でゴリ押しするしかないかなぁ」

「人海戦術、だね」

 

 そこでふと、拳藤の脳裏に入試の時の記憶が蘇る。

 奇しくも似たような状況で巨大ロボに一人立ち向かった、他校のジャージを着ていたあの男子。

 遠目でも見入ってしまうほど暴力的に、鎧の巨腕を振るって打ち負かした彼ならば、この関門をどのように切り抜けるのだろうか。

 現実逃避気味だった拳藤の胸に、

 

 

 

「悪い、ちょっとこいつ持っててくれ」

 

 

 

 くぅくぅと寝息を立てる、体長四十センチほどのぬいぐるみ――ではなく、ぬいぐるみのような小さな少女が押し付けられた。思わず受け取って抱きかかえてしまったが、何なのだこれは。

 一体誰が……と顔を上げると、そこに立っていたのは長身の男子だ。目付きが悪く、坊主頭には無数の剃り込みがうねりながら走っている。

 見下ろされる形になった拳藤が声を発する前に、威圧感のある風貌の男子生徒――甲鎧纏士郎はくるりと踵を返し、暴れ回る巨体に緩慢とすら言える歩みで近付いていく。

 

「あ――」

 

 危ない、と叫んだ時には既に遅く。

 鉄の塊が容赦なく振り下ろされ、衝撃と粉塵が彼を飲み込んだ。誰もが潰されたザクロのような悲惨な末路を想像して目を逸らしたが、その予想は早々に裏切られる事になる。

 砂煙が散った後に立つ、長身の後ろ姿。

 攻撃を紙一重で避けていた彼は、地面にめり込んだ巨拳に手を添えているだけに見えた。

 それだけで、悪鬼の如き笑みを浮かべる彼には十分だった。

 

「よう久し振り。この腕、もらうぞ(・・・・)?」

 

 彼が触れた部分から、青色に輝く無数の血管のようなものが鋼鉄の腕を侵蝕する。

 手首から肘へ、肘から肩へ到達したところで変化は起こった。

 巨大仮想(ヴィラン)の右腕は肩口から引き千切られ、新たな鎧として甲鎧の右腕を覆う――『それ』は守るための防具と言うにはあまりに禍々しく、まるで災いを運ぶ怪鳥の大翼だ。

 独楽さながらに全身を回転させ、放たれるは規格外の手刀。

 

 

 

「『大悪刀(ドレッドウィング)』!!」

 

 

 

 薙ぎ払いの一撃を受け、胴を上下に分断される巨体の群れ。

 切断面からスパークを散らすいくつもの上半身が、雷鳴じみた轟音を立てて地に落ちる。周囲の小型ロボも崩落に巻き込まれ、後には機械の亡骸が山と積まれた道だけが残った。

 言葉が出ないとはこの事か――無茶苦茶な力任せを目の当たりにして、学科を問わず、皆一様にあんぐりと口を開けて呆けた顔をお茶の間に晒すばかりだ。

 そんな中、サンダルをぺたりぺたりと鳴らして。

 眠り続ける幼女を拳藤の腕の中から自分の頭へ載せ替えた彼は。

 

「……そんじゃあまぁ、いっちょ楽しく征くとしますか」

 

 気怠げにそう言った。




11/5 お知らせ



誠に身勝手ではありますが、この作品をもう一度、一から書き直す事にしました。

タイトル、設定や登場人物の変更、漫画『ソウルイーター』のキャラ登場などが主ですが、纏士郎ともう一人とのダブル主人公にするつもりです。

書き直した第一話を投稿した時に、前に書いたものはバックアップを取った上で一端削除するつもりです。

最期に、拙作を楽しみにしてくださっていた方々、申し訳ありません。
もう少し待ってていただけるとありがたいです。


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