俺は君のちっぽけな守り神 (時雨。)
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ヒヨコ弁当な俺と無口な君

キーンコーンカーンコーン。

 

 

昼を告げるチャイムを目覚まし代わりに目を覚ます。

退屈で暇なだけの授業が終わり、ようやく幸せな昼食の時間だ。

ずっと同じ体制で眠りこけていたせいで体からバキバキと音が鳴る。

自分の腕を枕にしていたせいで押さえつけられていた眼球と頭の重みで血が止まっていた両腕が痛い。

ある程度体を解したところでカバンからヒヨコ柄の包みに包まれた弁当を取り出す。

さてと、本日のお昼は何かな?

すんすん、この匂いはチャーハンにレトルトハンバーグを乗っけて目玉焼きを乗せたやつか。こいつの正式名称なんて言うんだろうな。

あと昨日の晩作りすぎた煮物。

弁当を軽く鼻先に近づけて匂いを嗅ぐと、芳しいデミグラスの香りを捉えたのでこれまでの統計からこの中身を予想する。

実を言うとハンバーグを除いて他はなんとなく適当に言ってみただけだ。

あ、でもたぶんチャーハンは合ってると思う。

なんというか、うちのチャーハン匂いが独特なんだよね。だから入ってたらすぐわかる。

今度隠し味はなに使ってんのとか聞いてみようかな。

それにしても俺の予想があってるとしたらなかなか悪くないチョイスだ。さすが母上。

ちなみにたまには野菜ジュースじゃなくていちごオレをつけてくれると尚ポイントが高いよ、母上。

いや、体のこと気遣ってくれてるのはわかるんだけどさ。

心の中でいちごオレの素晴らしさについて自分自身に語りかけていると、廊下から声が聞こえてきた。

 

「ねぇねぇ、またあそこで一人でご飯食べてるんだって。轟さん」

 

「わざわざ一人でとかさー、気取ってんのかって感じだよねー。たしかに綺麗な顔してるけどさ?人付き合いが壊滅的じゃねー」

 

俺の心の中でいちごオレを手の中いっぱいに抱えた天使が空から舞い降りてきた辺りで妄想の世界から抜け出して現実に帰ってくる。

やれやれ、相変わらずあいつは学校の裏手にある木陰でぼっち飯らしい。

話を聞く限り、というか普段の様子を見る限りあいつ自身にも非はあるが、一人ぼっちで飯なんて寂しすぎる。

しょうがないから優しい優しい俺が一緒に食いに行ってやろう。

なんたって、いちごオレの同志だしな。

よっこらせ、という掛け声と共に今し方まで爆睡していた机から離れ、包みに印刷されたでかいヒヨコの顔面部分を握りしめて教室の外に出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい、随分うまそうな唐揚げ食ってるじゃんかよ。そしてお前は相変わらずぼっち飯か?轟焦華(とどろきしょうか)

 

「そう言うあなたも相変わらずだね。また来たの?四ツ神四方(よつがみしほう)

 

夏もそろそろ終わりが近づき、少しだけ涼し気な風が小さな木陰に吹き抜ける。

風は目の前にいる紅白はっきり別れた特徴的な髪をした女子、轟焦華の肩まで伸びた長い髪を揺らした。

轟焦華は地面に座り込み、膝の上に小さな弁当を広げてこちらを見上げている。

無表情で相変わらず何を考えているか分からない女だ。

最近になってようやく大きな感情の変化には気がつけるようになってきたが、微妙な感情の揺れ動きなんかはさっぱりわからん。

たぶん表情筋が死滅してるんだと思う。

細胞ならまだしも筋肉が死滅ってそれ怖いな。

 

「よっこらせっと」

 

自分もビックなヒヨコ弁当を片手に地べたに座り込み、弁当の中で俺に食べられるのを今か今かと待っているであろうハンバーグ達に思いを馳せる。

座る時についた手に少し付着した土をパシパシと払い、包みを開けて弁当を取り出した。

うーむ、いいかほり。

 

「今日は、ヒヨコなんだ」

 

「おん?そうだな。ローテーション的に行くとトカゲだったんだが、今朝寝坊して普通に間違えた。ちなみに次はネコだ」

 

「知ってる。このところ毎日いっしょにご飯食べてるし、もうあなたのお弁当の包みのローテーションは頭に入ってる」

 

「そっか、なんで俺の弁当の包みのローテーションは覚えられて俺以外のクラスメイトの名前は一人も覚えられないんだろうな。俺はまったくもって不思議でならねーよ?一体何に脳みそのメモリ使ってれば三年間で誰一人学校関係者の名前覚えずに居られるの?むしろ才能だよ。おめでとう」

 

「――ありがとう??」

 

キョトンとした顔で小さく首を傾げる轟。

整った顔立ち、傷一つ無い真っ白な肌。

少しだけ垂れた、左右で違う色をした瞳。

さらにこの口下手?無口??が相まって周りにはお高く止まったように見えるらしい。

まぁ、事実顔は良いしな。

顔は。

中身は天然を煮詰めて固めたみたいな性格してるからきっとみんな話してみれば何だコイツってなると思う。

もう少し周りの人間に心を開けばいいのにとは思うが、コイツにはコイツの事情がある。

他人の俺がとやかく言うことじゃない。

そう思いながら弁当に入っていたハンバーグを一切れ口に運ぶが、ふと普段とは違う異変に気がついた。

 

「ん、なんかあったか?」

 

「――なんで?」

 

「いや、なんとなく食欲なさそうだなと思って。俺が変わりに唐揚げ食ってやろうか??」

 

「別に、そんなことない。あとお弁当はあげない」

 

ただの俺の勘違いだろうか?

もともと轟は少食だが、それにしても箸の進みが遅いと思ったんだけどな。

俺が来る前からすでに食べ始めてたはずなのにまだ三分の一も無くなってない。

轟の弁当は俺の包みに印刷されているヒヨコの顔が引っ張られすぎて不細工になるほどでかい弁当とは違い、横に細長い楕円形をした俺の片手に収まってしまうのではないかと思うくらい小さい。

もともと食うのが早いわけじゃなかったが、それでも遅いと感じた。

まぁ、俺もまだまだってことかな!

何がまだまだなのかはわからないけど。

 

「そーか?腹の具合でも悪いんかと思ったが」

 

あ、もしかして――

 

「――生rあいったぁ!!?」

 

鼻っ柱めがけて躊躇なく突き出された轟の拳。

めしゃりというあんまし聞きたくないタイプの音と共に俺の鼻が物理的に曲がった。

すごく痛い。

下手すると鼻血の大量失血で死んでしまうかもしれないくらい痛い。

死因鼻血なんて後世に語り継がれてもおかしくないレベルでダサいんだが。

勘弁して欲しい。

 

「い、痛てぇ……」

 

「……………………」

 

俺の鼻に一撃かましたっきり轟は黙り込む。

弁当にも手を付けず、少しだけ細めた目で黙って少し遠くの方をじっと見ていた。

少なくとも他の奴らよりはコイツと一緒にいると自負する俺だが、やっぱりコイツの考えはイマイチ読み取れない。

だが、こういう時の、コイツが()()()()()になる時の原因はだいたい決まってるというのは知っていた。

 

「また家のことでなんかあったのか?」

 

「………………うん」

 

「そっか。中々大変だな、ナンバー2の家系ってのも」

 

轟の親父は現在ヒーローランキング二位のエンデなんたらさんだ。

それ故の悩みや苦労も多いらしい。

周囲に嫉妬されたりとかだろうか。

俺は特別そういう目立つような家庭に生まれていないからそういった悩みは理解してやれない。

ちなみに轟曰く結構クズだとか。

それにしても名前、何だったろうか。

エンデ、エンデ、えんで………だめだ、ミヒャエル・エンデしか出てこない。

しわひとつ無いつるつるな新品脳みそを一生懸命絞ってみたが、興味の無い事故思い出せなかった。

無意味な思考を適当にその辺へ放り捨てて轟との会話に戻る。

 

「そんで今回はどうしたんだ?一緒に風呂に入りたいとか言われたか?それともおんなじ洗濯機で下着を洗うのが嫌になったか?」

 

「…………………」

 

再び黙り込む轟。

普段ならば俺が茶化しに入った瞬間拳が飛んでくるはずだが、なんだか今日はやけにおとなしい。

さてはこの後の天気は雪か?

コイツの個性的に無くも無さそうだから困る。

尚も黙り続ける轟に、本当に何事かと思い弁当から隣りにいる轟へ視線を上げた。

普段よりも一層静かになった轟は、もともと小さな体なのに膝を両手で抱いて更に小さくしていた。

ぎゅっと自分自身を抱きしめて震えている轟。

普段の高潔な雰囲気からは想像もできない弱々しい姿。

どうも、普段より幾分か深刻らしい。

ふぅっと息を一つ付いて食べかけの弁当に一度蓋をする。

そして一度地面から腰を持ち上げ、しっかりと体ごと轟に向き直った。

 

「詳しく聞いてもいいか?」

 

「――うん」

 

「家庭のこと、というか親父絡みだろうとは思ってるが、合ってるか?」

 

「うん」

 

「そんで、なんか言われたのか?」

 

「昨日、家に帰ったら、いきなりスマホに写った写真を突きつけられた」

 

「写真?なんのだ」

 

「知らない男の人」

 

知らない男の写真を帰ってきたばかりの女子中学生の娘に見せつける父。

うむ、まったくシチュエーションが想像できない。

これどういう状況だ??

轟の親父は実の娘にまったく関係ない男の写真を見せつけて興奮する性癖でもあるんだろうか。

だとすると相当やばいやつだ。

本当にヒーローやってて大丈夫だろうか。

 

「それで、何がどうなったんだ?」

 

ピクリと眉を震わせた轟。

少しだけ震えた声で、ポツリと言葉を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「その人と、高校卒業したら結婚しろって言われた」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――あー、そういうパターンか。

 

今まで轟と話してる中でコイツの家での扱いをなんとなくは聞いていた。

コイツの親父が待ち望んでいた個性を持って生まれて来たものの、女という理由で成長の可能性を切り捨てられたらしい。

まぁ、確かに言いたいことはわからんでもない。

ヒーローという職業は災害救助、孤児院の支援等々手広くやってるところが多いが、結局の所ヴィランと遭遇すれば直接的な戦闘をせざるを得ない。

となれば単純に身体的な能力として女では男に勝てない。

武術を習えば相手の力を利用して、とかそういった体の使い方もできるかもしれないが、そもそも轟の親父が目指してる目標地点はナンバー1ヒーロー『オールマイト』のその先。

そんな小細工が通じるような舞台ではないだろう。

――なんて勝手に考察してみたが、ぶっちゃけ『オールマイト』を超えると一口に言っても別に本人と殴り合って勝たなくちゃいけない訳じゃない。

というかそもそも個性婚なんて古風な考え方をする人だし、「ヒーローならば男でなくてはならん!」という考えなのかもしれない。

そこは所謂本人と神のみぞ知る、ってやつだな。

とまぁ何にせよ今目の前で震えてる少女は早々に見切りを付けられて今度はコイツが産むであろう孫に期待、というわけか。

自分の孫がスーパーヒーローとかおじいちゃん心躍っちまうな。

そのままの勢いで心臓麻痺まである。

 

「そういや轟よ」

 

「なに?」

 

「お前さんって志望校どこだっけか」

 

「……あの人に雄英のヒーロー科以外認めないって言われてるから」

 

「ナンバーワンヒーローは目指させないけどヒーローには成らせるのか…。よくわからん思考回路だ。まぁ、さんきゅーな」

 

「どう、いたしまして?」

 

食いかけの弁当をヒヨコの包みに戻し、小脇に抱えて地面から立ち上がる。

手とズボンについた土を払い、木陰から出た。

夏は終わりに近づいているものの、やっぱり日向はまだまだ暑いな。

 

「もう行くの?」

 

「おう、ちょっと職員室に用事があってな」

 

「そうなんだ。なにやったの」

 

「おい、俺がなにかやらかしたこと前提に聞くのやめろ」

 

「でもそれ以外に思い当たらない。あなたは先生の手伝いとか絶対やりたがらないし」

 

「それは確かに事実だ。まぁ、ほんとにちょっと野暮用があるだけだ。なんならさっさと終わらせてここに戻って来る」

 

「そうなんだ。じゃあ待ってる」

 

「おう、待っとけ」

 

ニヤリ、と口角を上げて俺が笑うと、急になんだコイツと訝しげな視線を向ける轟。

そうさ。

本当にほんのちょっと、たった数分で済む用事だ。

例えば昨日提出した進路希望の第一希望欄を書き換えて来るくらいの。

ふはは、今は無表情なお前の顔が驚きに変わるのが目に浮かぶようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして俺は翌年の3月、雄英高校ヒーロー科を受験することとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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ハードな試験と個性的な彼

大勢の受験生と共に彼の有名な雄英高校の廊下を歩く。

一歩歩くたびに肩から下げた鞄が足に当たる。

いい加減鬱陶しいので自分的にいい感じのポジションへ鞄を移動させた。

鞄の位置を調整する時に丁度振り返るような体制になったので、そのまま今歩いてきた廊下を何気なしに見る。

すると普段通っている中学校と比べて天井も廊下も随分高いし広い事に気がついた。

偉くガタイの良い異形型の生徒でも苦なく過ごせるようにするためのユニバーサルデザインだろうか。

さすが雄英高校、気配りの出来る良い学校だ。

ヒーローのための学校なんだから当たり前と言ってしまえばそうかもしれないが、この世界における異形型の個性持ちへの当たりは中々厳しい。

うちの学校なんて力が強いわけでも特殊な攻撃ができるわけでもない異形型は格好のいじめの標的だ。

それを見てなんかうまく言葉に出来ないけど嫌な気持ちになったから茶化しながら間に入たんだが攻撃性の高い個性のいじめっ子にボコボコにされたのはいい思い出である。

あれめちゃんこ痛かったな……。

ちなみにその話を色々嘘を混ぜながら轟に聞かせたらなんかちょっと微笑まれたのは大変屈辱的だった。

ふふふ、じゃねーから。

あいつ何時か絶対泣かす。

しかたねーだろ俺の個性色々出来る分それぞれの火力悲しいほど低いんだよ。

いや、そもそも俺自身喧嘩が強くないっていうのが一番の原因か。

負けた言い訳にしてごめんよ、俺の個性。

ちなみに現在は入試の実技試験について説明を受けるために会場へ向かう最中である。

ぶっちゃけ筆記試験の方はちょっと思い出したくない。

思った以上にピンポイントで苦手な部分がポコポコと連続で出て来てしまった。

特に数学とかいう鬼畜科目。

正直ギリギリ入ってるかギリギリアウトかの本当グレーなゾーン走り抜けた感がやばい。

あん時調子乗って「あー、なるほどねー!完全に理解した!」とか言ってないで轟にもう一回聞いとけばよかった。

既にどうにもならない過去の出来事に後悔を抱いて嘆いていると、誰かに肩がぶつかってしまった。

 

「うおっ、すみまs――」

 

「てめぇ、誰に向かってぶつかってんだカスがァ!ぶっ殺すぞ!!」

 

「――わぁお」

 

うっわどうしよう、やべぇ人にぶつかっちまったっぽい。

俺がぶつかったのは頭が科学実験に失敗して爆発してしまったから膨らんだ部分研いでみましたみたいなえげつない髪型の男子生徒だった。

いや、こんな説明されても誰も理解できないと思うけどこうとしか言いようがないから俺は悪くない。

世界が悪い。

そして当の本人はすんごい顔で俺の方を睨みつけている。

どうしよ釣り上がりすぎて目で人刺し殺せるくらい鋭利になってるんだけど。

何なのこの人えげつない怖い。

ひぇぇ助けて轟。

 

「ちょ、ちょ、ちょっとかっちゃん!おちっ、おち、おち、落ち着いて!」

 

「っるせぇぞデク!誰に許可得て俺に指図してんだテメェ!ぶっ殺すぞ!!」

 

俺が下半身ガクブルで失神仕掛けているところに突然緑色のもっさりとした奴が会話に入ってきた。

うむ、色々言いたいことはあるがとりあえず君が落ち着け。

どもり方すごいことになってるぞ。

それとよく考えたら失神はちょっと言いすぎだったな。

強いて言うなら失禁くらいだった。

 

「とりあえずお前のぶっ殺すぞはメイド喫茶の猫耳メイドが語尾ににゃんを付けるのとおんなじ感じなんだなってことはわかった」

 

「ブッハッ!!」

 

「んだとテメェゴラァ!!デクテメェ何笑ってやがるぶっ殺――オラァ!!!」

 

おっとこれはさっきの俺の言葉を意識してぶっ殺すぞと言えなかったんですねわかります。

見かけによらず思ったよりちょろいやつだった。

そのツンケンした態度と髪の毛と目つきは照れ隠しだったのか。

気づいてやれなくてごめんよかっちゃん君。

 

「コラそこ。静かに移動しなさい」

 

思っていたより声量が大きかったのか怒られてしまった。

まぁ声の大きさの話をするのなら八割方責任はかっちゃん君にある。

俺は悪くない。

世界が以下略。

未だに罵声を飛ばしているかっちゃん君と飛ばされているもっさりグリーン君をその場に放置し、こっそりと俺一人だけ会場へ向かう。

後は頼んだぞ、もっさりグリーン君。

キミにきめた!

 

 

 

 

 

 

 

その後の説明会場でももっさりグリーン君は五月蝿い眼鏡になんか言われててちょっと可愛そうだった。

今日は厄日かな?

大丈夫、きっと良いことあるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

唐突な試験開始の合図で始まった実技試験。

他の受験生同様に遅れて会場内に向けて走り出す。

あんまりにも唐突な試験開始に驚きながらも、周囲を見回す。

路地から先程説明にあった仮想ヴィランが飛び出してきた。

なるほど、思ったよりデカイな。

どうしよう。

見た感じ頭っぽいところがカメラとセンサーで敵を認識したり攻撃の行動選択の処理は胸のあたりとか一番硬そうなところ、か?

とりあえずカメラから潰すか。

 

「標的発見!ブッ殺ス!!」

 

「うわぁ、もしかしてかっちゃん君の親戚?」

 

ついさっき聞いたばっかりのぶっころメイドかっちゃん君のような殺害宣告に苦笑いしながら、ダラリと下ろしたままの右掌を開く。

 

「朱雀」

 

名前を呼ぶと当時に右掌に僅かな重みを感じ、それをぐっと握りしめる。

瞬間、ボウッと右手を覆うように炎が灯る。

熱を感知し、俺が敵対行動を取ると判断したのか仮想ヴィランは攻撃を仕掛けてきた。

殴ることを前提に大きく作られた腕の装甲が俺を叩きつけようと眼前に迫る。

それを一歩引いて躱しながら赤いカメラの付いた頭部めがけて右手を伸ばした。

筋力も体力も大してない俺の全力でジャンプし、なんとか頭部に右手を触れさせる。

 

「おっりゃぁ!」

 

ぐっと右手に力を込め、出来得る限り火力を引き上げた。

頑張れば成人男性の頭部を包み込めるくらいの大きさまで燃え上がった炎は仮想ヴィランのカメラを襲う。

仮想ヴィランは三秒程度で奇音を上げながらガシャンと前のめりに倒れ込んだ。

 

「うわっ、あれ?まだカメラを壊しただけかと思ったけど、割と簡単にイかれたな。受験生用にわざと壊れやすくしてるとか?まぁ、精密機器って言ってしまえばそれまでなんだけど。とりあえず俺の個性でも壊せるってことは他の受験生も簡単に壊せるだろうし早いとこ次探さないとな」

 

それから俺は試験会場をあちこち走り回ってそれなり程度にポイントを稼ぎ、試験は終了の時間が近づく。

試験も大詰め。

そろそろ仮想ヴィランも数が少なくなってきた。

眼の前でたった今沈んだ仮想ヴィランを飛び越えてこの試験会場に入ったときの一番始めに出た大きな通りに戻ってくる。

どうやらこの辺も既に殆どの仮想ヴィランが破壊された後のようで、もうそこら中が破片だらけだった。

 

「これじゃあもうこの辺も倒せる仮想ヴィラン居無さそうだな……。もうちょっとポイント稼いでおいたほうが数学の点数的に安心できるんだけど」

 

また別の場所に移動してみようかと思案していると、なんの前触れもなく地面が大きく揺れた。

地震、と言うには振動が不規則的に繰り返している。

ズン、ズンと建物を破壊しながら何かがこちらへ近づいてくる。

そしてそれは俺達の前に姿を表した。

 

「で、でかっ……」

 

ビルの合間から顔を覗かせた超大型仮想ヴィラン。

きっと彼ならウォール・マリアだかウォール・ローゼだかも容易く突破できるだろう。

とりあえずそういうのはここじゃなくてもっと他の所でやって欲しいな。という俺たち受験生一同の祈りも虚しく奴はこちらに向かって進撃し始めた。

道路の脇にあった街頭やガードレールが嫌な音を立ててひしゃげていく。

それだけであの超大型仮想ヴィランの足についたキャタピラに人が巻き込まれた時にどうなってしまうかが想像できた。

周りの受験生は悲鳴を上げながら全速力で逃げ出し始める。

誰か助けて、と口にしながら地べたに転げ回って出口を目指す者がほとんどだ。

 

「おいおい、『助けて』って俺達が誰かを助けられるようになるためにここに受験しに来てるんじゃないんか?」

 

小さく悪態を付くが、現状が逃げ出したくなるほどに最悪なのは良く分かる。

これはもうどう仕様もない圧倒的な力だ。

相手が人間ならどうにでもなったかもしれないが、今目の前で迫って来るのは強大なロボット。

あんだけデカければそれだけ装甲は分厚いだろうし、カメラだって遥か上空過ぎてもし紙装甲だったとしても俺の手が届かない。

となれば俺がやるべきは―――。

 

「逃げ遅れたやつ見っけて怪我してるようなら抱えて走る、かな」

 

元来俺は戦闘が得意でもなければ好きでもない。

こんな規格外に突っ込んでいくってのは余程強いやつか阿呆しか居ないだろう。

とりあえず安全圏内を探りつつ近づいてみるか。

小走りでその場を駆け出し、視界に入る範囲すべてを出来るだけ隈無く確認していく。

すると土煙の中にさっきのもっさりグリーン君が座り込んで居るのを見つけた。

俺女子なら持ち上げれると思うけど男子行けるかな……腰抜かしてないと良いけど。

 

「おーい、もっさりグリー」

 

安否を確認するために声を掛けようとした瞬間――彼は全速力で駆け出していた。

 

「ちょっ!?どこ行くんだよ!!」

 

そう叫んでも彼が止まる様子はない。

見た目からしてあのデカブツは初めに説明されていた0ポイントヴィランだ。

あれを倒したとしても注目はされるかもしれないが点数的な利益はまったく無い。

彼は見た感じ理性的で頭で考えてから行動に移すタイプだと思ったが、見た目とは違って意外とクレイジーな奴なんだろうか。

目を細めてもっさりグリーン君が駆けていった先を見る。

土埃が酷くてほとんど何も見えないが、一瞬土埃が途切れた合間に見えた光景で全てを察した。

 

「あー、そういうパターンか」

 

見えたのは瓦礫に足を挟まれて動けない女の子。本人は自力で脱出できるような雰囲気ではないし、このままじゃ間違いなく轢き殺される。

それを理解してから彼を追うように俺も後から駆け出した。

あのデカブツの振動で地面が揺れてめちゃくちゃ走りずらいが、なんとか目的地が近づいてきた。

女の子の現場に近づくと、彼女が足を挟まれているのはそこまで大きな瓦礫ではないのが分かった。

よし、これなら俺達二人で頑張れば簡単に持ち上がるはずだ。

なんとかなりそう!と思って喜んだのも束の間、もっさりグリーン君が爆風と共に上空へ飛んでいった。

 

「えええええ!!!??そっち!?そっちなんですかぁ!?!?」

 

その後手足がズタボロになったもっさりグリーン君を瓦礫をどかして助けた女の子と一緒に助けてみたり、リカバリーガールの手伝いして怪我人運んでみたりと忙しい一日だったが、色んなとこで雑用を引き受けたお陰かちょっと雄英の先生たちと仲良くなった。

 

 

 

 

 

 



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無色な私と極彩色なあなた

朝。

昼間より涼しい冷やされた空気を肺いっぱいに吸い込む。

真新しい制服に身を包んだ俺の心は軽い。

それはもうこの往来で今にでも踊りだしてしまいそうなくらいだ。

数日前、俺の家に雄英高校から封筒が届いた。

その中に入っていたのは未確認飛行物体の親戚のような形をした謎の円盤。

どこをどうすれば良いのかわからないままとりあえず机に置いてみると、大音量で『私がーー、投影されたぁ!!』という言葉に椅子からひっくり返った。

それはもう手に持ってた紅茶を頭から被るという盛大なやらかしっぷり。

しかもどうやら大音量だったのは俺が上にして置いた面がスピーカーの付いている裏側だったようで、本来表になる筈であった映像が投影されている方は机に押し付けられていた。

そのせいで一番迫力のあるシーンが見られなかった事に若干しょんぼりしつつ、オールマイトの説明を聞いた。

どうやら俺はなんとかギリギリ合格に滑り込んだらしい。

数学は特に本当にギリッギリだったようで『四ツ神少年は高校に入ったらまず数学を頑張る必要がありそうだな!HAHAHA!』と笑っていた。

何わろとんねん。

俺としては大変苦笑いモノだ馬鹿野郎。

俺だって割と精一杯やったんだよ……!

まぁ、結果が伴っていないので是非もなし。

ともあれ俺も無事轟が進学する雄英高校ヒーロー科に合格できた。

その喜びを噛み締め、目出度く本日は入学式である。

 

「♪~~」

 

最近動画投稿サイトで見つけたお気に入りの曲を口遊みながら考えるのはあの無表情な友人が俺の顔を見てどんな反応をするか、だ。

驚くだろうか。

喜んでくれるだろうか。

あの顔が俺の行動に対して表情を変えてくれるのが嬉しくてたまらない。

小走りで歩道橋を登りきったとこでふと頭の中に一つの考えがぽつんと浮かび上がった。

 

 

 

なんだかこれってまるで――俺が轟のこと――――。

 

 

 

「いやぁ、無いな!ただ俺があいつのことからかいたいだけだし」

 

再び轟の反応に心を踊らせながら道路を上を伸びる歩道橋を歩く。

ああ、まだ登校もしていないのに学校が楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目的地に到着し、そのバリアフリーでユニバーサルデザインなデカイ扉の前に立つ。

ここで一度深呼吸。

吸って―、吐いてー。

っしゃオラ行くぞテメェら!!

と言っても今俺一人なんだけど。

やばい緊張とワクワクのせいで頭おかしくなってんな。

落ち着け、なんのために深呼吸したと思ってる。

もう一回しとこう。

すぅ、はぁ。

よし、今度こそ大丈夫。

意を決して扉に手を掛ける。

掛けた手をゆっくり引くと、扉は静かに横へスライドして行った。

彼女は、同じクラスに居るだろうか。

俺はここに来るまで知らなかったが、どうやらヒーロー科はもう一クラスあるようで、もし轟がBクラスだった場合は大変悲しいことになる。

まぁ、その時はきっとあいつじゃあ高校生に成っても口下手で天然でぼっち飯だろうから、昼飯ぐらいは一緒に食ってやってもいいな。

教壇の前で足を止めて、クラス全体をぐるりと見回す。

そして、見つけた。

クラスの端っこ。

見覚えの有りすぎる紅白饅頭みたいなカラーリングのロングヘアー。

顔を俯かせて何やら震えている。

どうしたんだろうか。

腹でも痛いのか??

ああ、もしかして女の子のアレか。

とりあえず何にせよ俺に気がついていないようなので、声を掛けてみる。

 

「おーい、轟ー!」

 

ビクッと大きく肩を跳ねさせ、それから一瞬固まった轟はゆっくりと顔を上げる。

そしてその左右で色の違う綺麗な瞳と目が合った。

酷く驚いた様子で、口をパクパクさせて居る轟。

驚きのあまり声も出ないというやつか。

そこまで良いリアクションしてくれると俺も頑張ったかいがあるというもの。

未だに口をパクパクしてる轟にニッコリと笑いかけてやる。

おいおい、そんなパクパク言ってると金魚になっちまうぞ、と中学の卒業式振りにちょっとからかってやろうと俺が口を開いた瞬間。

最後尾の席に居たとは思えない速力で突っ込んできた轟の拳が俺の顔面にめり込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つまらない。

まったくもって興味がわかない。

今日から新しい生活が始まるというのに、私には目には映る世界が全て灰色に見えた。

今朝家を出る時に父に駆けられた言葉が脳内に反響する。

 

『世界にお前の価値を示せ。別に結婚相手はあの男だけとは限らん。お前と相性の良い強力な個性ならばな。俺が以前お前にあの男の話をしたのは現状で最もベストだと俺が思った相手が奴だからだ。より上が居るならばそれに越したことはない』

 

父の言葉に顔を歪めて無意識に拳に力が籠もる。

そんなの、知らないよと言いたかった。

それでも私の口から出てきたのは『はい』という肯定の言葉。

父の命令に対して私はずっと『はい』とだけ答えてきた。

昔からずっと父に反抗なんてしてこなかった。

そんな事出来なかった。

怖い父に睨まれて、お母さんと二人で震えている。

そしてそのお母さんはずっと私に謝り続けていた。

 

『ごめんね、焦華。私があなたに2つとも個性を受け継がせて産んでしまったせいであなたは……』

 

ごめんなさい、許して、とお母さんは私にいつも言うのだ。

縁談の話が持ち上がってからはその頻度はさらに増したように思う。

本当に初めの頃は自分を道具のように扱う父に周囲の家庭との違いを感じてなにか言っていた気がするけれど、いつからか何もかも諦めて私は『はい』とだけ言う人形になっていた。

ただ父の言葉の通りに生きるだけの、まるで中身のない人形。

ああ、気持ち悪い。

何もかも思い通りになると思ってる父も、それに黙って従う自分自身も。

吐き気を催す程に醜悪な親子だ。

ここまで来ると自嘲すら浮かばない。

家に居たくなくて他より早めに席についていたから教室に登校してきたクラスメイトが何か声を掛けてくれた。

今まで私に声を掛ける物好きな人なんてあの人くらいだったから、なんて返して良いのかわからなくて自分でもよくわかんないことを言った気がする。

それから私が周りと関わりたがっていないと分かると、みんな私から離れるようにしてグループを作っていた。

どうせ三年間が終わればどこかの知らない人と結婚させられるんだ。

別に、今ここで一人ぼっちでも構わない。

 

 

一人、ぼっち。

 

 

そう思うと途端にあの人の顔が見たくなった。

どうしてか分からないけれど、心臓がどくどく言って目から涙が零れそうになる。

胸がきゅっと苦しくて、誰かに弱音を、嫌なことを全部吐き出してしまいたい。

本当にどうしてか分からない、分からないけど、とにかく周りに泣きそうなのがばれないようにぐっと下を向いた。

だからだろう。

教室の前の方で声を発した人物が誰か理解するのに数秒かかってしまったのは。

 

「おーい、轟ー!」

 

一瞬ついに自分は幻聴が聞こえるようになってしまったのかと思った。

まるで壊れかけのロボットのようにギシギシと音がなりそうなぎこちない動きで顔を上げると、そこにはついさっき会いたいと願った人が居た。

彼の瞳と目が合う。

何か言葉を発そうと思ったが、驚きのあまりというか、何を言って良いのかわからず口を開けてはみたものの言葉は一向に出てこなかった。

すると彼は無邪気な笑顔で私に笑いかけてくれた。

胸の中にあったかい何かが溢れてくるのを感じる。

今まで白黒だった世界が、彼を中心にして色づいていくのが分かった。

そして私は―――

 

 

 

 

気がつくと彼を思いっ切り殴り倒していた。

鼻血を流しながら気を失う四ツ神四方。

しかし、私は悪くない。

お前が悪い。

眼の前に倒れる彼の口癖を少し真似して心の中で自分が今行った行為の正当化を図る。

ふぅ、と一つため息をついて、彼を見た。

どうやら同じ制服を着てこのクラスにいるということはまた三年間クラスメイトになるらしい。

それが嬉しくてか、それともこの訳の分からない異様な状況にかは分からないが、思わず私は吹き出すように笑いをこぼしてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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個性把握テストとそれなりな俺

「それで、この現状か」

 

「………」

 

俺が気を失って数分後、俺達の担任を名乗る髪とひげがぼさぼさな明らか不審者が教室に入ってきたらしい。

そして俺はその不審者にほっぺた引っ叩かれてグッドモーニングってわけか。

おいおい、おやすみなさいも酷けりゃおはようございますも最悪だな。

せめてやるなら美少女にやってほしかった。

おっさんのビンタとか我々の業界でも拷問だ。

いや、やっぱ美少女にやられても痛いもんは痛いな。普通に嫌だ。

というか俺の顔面入学初日でボコボコ過ぎやしないか?

ヴィラン退治とかで死闘を繰り広げた後みたいに成ってる気がするけどこれやったのクラスメイトと担任だからね??

これこの後の入学式で周りのクラスに「え、あいつなに?朝から他校と喧嘩でもしてきたの?今年のヒーロー科やばくね」とか言われちゃうじゃねぇか。

このクラスには俺みたいな平凡なやつよりそういうのが弩級に似合う髪の毛凶器爆発マンがいるんだから不良キャラポジションはそっちに任せたい。

 

「……すみません」

 

「とりあえず、今日は慣れない環境で心身共に不安定だったってことで処理してやる。次はないからな。出来る限り俺に面倒を掛けるな」

 

俺たち一年A組担任、相澤先生に叱られた轟がちょっとしょんぼりして俯いている。

今まで人付き合いが悪いだとか協調性が無いだとかで注意を受けてたのは中学時代見た事があったが、その時は特に気にしている様子はなかった。

確か真顔で教師の顔をガン見してたと思う。

しかし今回は自分に非があると理解している故か何気に落ち込んでいるようだ。

ふはは、これを見れただけでもこの鼻の痛み分はあったぜ。

イテテ……。

 

「ちなみに先生が俺の顔面引っ叩いたのはあれも新しい環境がなんやらこんにゃら影響して先生の右手が疼いてしまったという認識で合ってますか?」

 

「とりあえずお前ら全員体操服着てグラウンドに出ろ」

 

「わぁ、人ってこんなに綺麗に他人を無視できる生き物なんだ」

 

俺など視界に入ってないよとでも言うように完全に俺の発言をスルーした相澤先生。

酷いよ、酷すぎるよ。

こんなの自分が顔面張り倒した相手にも今日から担任するクラスの生徒にもする態度じゃないよ。

俺はこの日、人類の奥底にある深淵を覗いた気がした。

 

「なんか、あの人ちょっと可愛そうやね……」

 

「う、うん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所は変わってグラウンド。

そしてここもまぁ、広い。

入試のときから思っていたが、この学校の施設・設備・その他諸々の環境は基本的に普通の学校とかけ離れてデカイ・スゴイ・ヤバイの三拍子が揃う。

どこかの眼鏡じゃないが事あるごとにこれが最高峰という印象を叩きつけてくる学校だ。

話は戻るが現在俺たちA組が相澤先生の指示を受けて集合したこのグラウンド。

ここもまたトラックが一つあるだけなんてことはなく、その奥へ向けて遠く遠くまでスペースが続いている。

やはりこれも生徒達の個性を考慮してのことだろうか。

雄英に入学できるだけの優秀な個性を使って全力でスポーツをした場合、通常のグラウンドではどうしても手狭になってしまうだろう。

通常の学校では敷地も金も無いので我慢するかほかを工夫しようと言う話になるが、雄英は当然の如くどちらも兼ね備えているのでこんな規格外な設備が整えられる。

 

「あ、あの!」

 

俺が一体この金はどこから来るんだろうか、と雄英高校の金の流れについて無い脳みそを捻っていると、背後から誰かに声を掛けられた。

 

「お?おお!君はアレだな!あの時瓦礫で足怪我してた子だな」

 

「そうそう!あの時は助かったよー!ほんとありがとね!私、麗日お茶子っていうんだ。あなたは?」

 

「俺は四ツ神四方(よつがみしほう)。これからよろしくなーお茶子」

 

「うん!よろしくね!私も四方くんって呼んでいいかな?」

 

「おうよ。これから何かと世話になるだろうし、なんかあったら気軽に声かけてくれな」

 

「分かった。ありがとう四方くん」

 

「そんでもう足は大丈夫なのか?」

 

「あの後すぐにリカバリーガールのとこに四方くんが運んでくれたでしょ?だからもうこの通り」

 

お茶子は全く問題ないと笑顔で自分の足を振ってみせる。

俺は回復系の能力持ちでもなんでもないから下手に触らないようにしてたせいでぶっちゃけどのくらいの怪我なのかすら知らなかったが、この様子であればこの後から始まるであろう何らかの運動でも大丈夫そうだ。

とりあえず治っててよかったよかった。

 

「それで、結局今から何が始まると思う?」

 

「うーん、まさかグラウンドで体操服来て入学式――は流石にないよね」

 

あっはは、と笑うお茶子。

いや、この雄英の怖い所は唐突に予想外な一撃を躊躇なくぶちかまして来ることだと俺はあの入試の0ポイント仮想ヴィランから学んだ。

今お茶子が言ったグラウンドで体操服着て土埃まみれになりながら入学式なんてのも可能性が絶対にゼロだと言い切れないから怖い。

 

「ほんと、えげつないのが来なきゃ良いんだけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、俺の悍ましい想像とは違って相澤先生がこれから行うと言い出したのは個性把握テスト。

俺たちが小学校中学校と行ってきた体力テストを個性ありで行うのだと言う。

一部から入学式やガイダンスはどうするのかという当然の疑問が上がっていたが、相澤先生は『ヒーローに成るならそんな時間ないよ』の一言でバッサリと切り捨てた。

さすがヒーローを育てる最高峰。

ヒーローを育てるという名目上なら多少の無茶が許されるのがここの常識らしい。

そしてその個性把握テストなるものの第一打者はかっちゃん君が指名された。

腕を伸ばして入念な準備運動を行い、グッと振りかぶりながらボールは投げられた。

 

「死ねぇ!!!!」

 

死ね???

何が???

良く分からないが、とりあえず語尾がぶっ殺すぞから死ねにチェンジしたと思われる。

 

『べっ、別にあんたのことなんて好きじゃないんだからねっ死ねぇ!!!!』

 

それにしてもよく飛ぶなぁ。

爆音と共にソフトボールは遥か遠くまで飛んでいく。

こういった事が起きても敷地外に出ないようにとこの運動場は無駄に広く作られているのだろう。

早速この広さの有用性が証明された。

なぁなぁ、轟、今のボールすごかったなぁ。

と轟に声を掛けるが、当の本人はボールの行方どころか全く別の方向を向いていた。

え?なに?

あ、ちょうちょ。

かわいーね。

白いやつじゃなくて黄色いタイプのやつじゃん。

でもちょうちょも顔面ドアップにすると結構えげつないよnあいったぁ!!?

 

 

「後ろで騒いでる阿呆は放っておいていい。まずは自分の最大限を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段」

 

ピピッと音を立てて計測された飛距離は705.2m。

これにはみんなもびっくりだ。

ちなみに俺は顔殴られて痛みに悶てた。

轟は綺麗に鼻の頭を狙って拳の骨をぶつけて来るからタチが悪い。

 

「なんだこれすげー面白そう!」

 

「705mってまじかよ!?」

 

「個性思いっきり使えるんだ!さすがヒーロー科!!」

 

周囲から好印象な意見が多数上がる。

しかし、それを相澤先生は冷めた目で見ていた。

おやおや、ご機嫌斜めか先生。

カルシウム取ったほうが良いよ。

おすすめは寝る前のホットミルク。

 

「……面白そう、か」

 

今まで沸き立っていた生徒たちが何事かと相澤先生を見る。

 

「ヒーローになるための三年間。そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?」

 

相澤先生は心底呆れたとばかりに俺たちへ問いかけた。

影の落ちた先生の顔からは表情を読み取ることができない。

だが、少なくとも優しい顔や期待の込もった目はしていないのだけはわかった。

 

「よし、トータル成績最下位の物は見込みなしとして判断し、除籍処分としよう」

 

「はあああああ!!!?」

 

周囲にみんなの絶叫がこだまする。

 

「ようこそ、これが――雄英高校ヒーロー科だ」

 

ちなみに俺は轟と一緒にちょうちょ見てた。

あっ、行っちゃった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、結局やることになってしまった個性把握テスト。

相澤先生の言い分も分からなくもないが、ぶっちゃけ無茶ぶりだと俺は思う。

確かに面白そうなんて気の抜けた考え方で人を救う仕事を目指して良いのかなとは思うが、その辺の心構えも含めてこれからの授業で重要性を説いていくべきではないだろうか。

つい最近まで中学生だったのだから、その時点でヒーローとしての心構えが最低限出来ているのが前提だとしたらこの学校で生き残るのは余程家庭環境的に厳しくしつけられた者か心が歪に歪んでいる者だけになってしまう。

 

「とか言いつつしっかり準備運動するんだね」

 

「そりゃそうだ。結局の所俺がどんだけ屁理屈言い訳駄々こね発狂しようとも相澤先生はこのままテストを決行するだろ。となればさすがの俺だって無駄に足掻くような真似はしない」

 

「いや、流石に生徒が発狂したらテストは止まると思うんやけど……」

 

微妙な顔をしているお茶子を放置してぐっぐっと腕周りの筋肉を解していく。

とりあえず怪我はしないようにしたいから準備運動は出来るだけ念入りにしたい。

 

「ほらお茶子もちゃんとやっといたほうが良いぞ。後から怪我して泣きを見るのはお前なんだからな」

 

「う、うん。そうだね。準備運動はしっかりだもんね!」

 

「うむうむ。分かれば良い。何なら関節伸ばすの手伝うぞ。背中押してやるよ」

 

「えっ!?あーっと、それじゃあお願いしようかな」

 

少し驚いた顔をしながら地べたに尻を付けて座るお茶子。

なんだ?俺が無理やり力任せに押し付けるとでも思ってるのかお前は。

一体いつ俺の印象は鬼畜属性になったんだ。むしろ朝からずっと被害者だっつーの。

こう見えても小学校時代はサッカー部でベンチを温め続けていたんだぞ。準備体操の助手に置いては他の追随を許さない自信がある。

あれっ?なんか目から変な雫が。

 

「そんじゃあゆっくり押していくからな」

 

「う、うん!お願いします」

 

お茶子の背中側に回って少しずつ力を入れて行く。

思いの外お茶子の体が柔らかくてあまりこちらに抵抗を感じさせないままお茶この体は前方に倒れていった。

 

「おお、結構柔らかいじゃん。よしよし、柔軟性があると怪我しにくくなるだけじゃなくてヒーロー活動をする上でもヴィランとの戦闘や救助活動に置いて体の可動域が変わってくる。暇があったら普段からやったほうが良いと思うぞ」

 

「そう、だね。今度からお風呂上がりに毎回するようにしてみようかな」

 

数回同じ動作での柔軟を繰り返し、お茶子は地面から立ち上がる。

よし、体柔らかくなった!と言いながらガッツポーズをするお茶子だが、たぶん腕は柔らかくなってないと思うぞお茶子。

 

「あいつ…女子の体にあんなに躊躇なく…くっそぉ…!!」

 

どこかから紫色のブドウ的な怨念を感じるが、きっと気のせいだと思う。

お茶子の柔軟が一通り終わり、俺の方も一通り手伝ってもらった所で先生から集合がかかった。

どうやらテストが始まるようだ。

さてと、どうやって退学を免れようかなー。

とこれからどんな小細工を繰り出してやろうか考えていると突然謎の力で後ろに引っ張られた。

いや、引っ張られるという程強くないな。

なんか、つままれてる感じ?

何事かと思い引かれた方向へ顔を向かせると轟が俺の体操服の上着の端っこを掴んでいた。

 

「えっ?どした」

 

「………」

 

「ちょっ、本気でどうした??」

 

なんだ、これ。

どういう状況?

ホワイ。

よくわかんないけどなんか轟機嫌悪いのか?

あ、もしかして――

 

「俺のベンチの守護神式柔軟法轟も知りたかった?後で教えたげるから今はとりあえずしゅうgブゲッフォァッ!!」

 

捻りの効いた腹部への右フック的な何かをクリンヒットさせた轟はそのまま相澤先生の元へ走り去っていく。

良いパンチだ轟ィ。

俺がさっきから顔面にダメージ蓄積させてるからちゃんと場所考えてくれたんだな。

優しさに涙が滲んじまうじゃねぇか。

ただ俺朝飯リバースするとこだったけどな!

 

「何やってんだお前らは……」

 

相澤先生の最早呆れるしか無いって感じの視線が痛い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まずはじめは50m走。

みんなそれぞれ自分の個性を活かしたいい走りを見せてくれた。

特にあの――えっと、名前忘れちゃったけどメガネの奴は足に付いたエンジンをぶるふぉんぶるふぉん言わせて50メートルをあっという間に駆け抜けていた。

周囲がちょっと排気ガス臭いのはご愛嬌。

きっと見たままの個性なのだろうが、まさに走ることに特化した個性といった感じだ。

ちなみに俺の記録はごく普通な男子高校生より少し遅いくらいだった。

まぁ、個性使わず本当に普通に走っただけだから当たり前なんだけどね。

計測が終わって次の種目に行こうとした所で轟が俺の方を見ているのに気がついた。

 

「あれ、わざわざ待っててくれたのか」

 

「――別に」

 

「じゃあ待っててくれなかったのか?」

 

「――そういう訳じゃないけど……」

 

なんだ、ツンデレか。

と言うかさっきから轟の様子が変だな。

やけに俺にベッタリと言うか、なんか隙あらば引っ付いて来る。

さっきのちょうちょの時だって気がついたら俺のすぐ真後ろにいたしな。

恐らく、というか多分そうなんだろうけど慣れない環境にコイツ自身も少なからず不安を感じているはずだ。

ストレスってのは意識無意識に関わらず精神に蓄積されていく。

それを少しでも見知った相手に近づいて和らげようとしてるんだろう。

ただ、それが行き過ぎた時にちっとばかし危惧してることもあるんだが………。

 

「とりあえず、次行くか」

 

「うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんつーか、四ツ神は轟の扱い方を理解してるって感じだよなー」

 

「そーか?」

 

握力の測定をしている所に金髪ナンパ師の上鳴が話しかけてきた。

男ナンパしに来て何が楽しいんだお前。

それとも女に行く勇気がないから一緒に行ってくれる仲間探してんのかこいつ。

 

「そうそう、お前ら教室に入ってきてすぐに殴り合い、つうか一方的なKO決められてたし前から仲良かったみたいだったからさ。なんかあんのかなーと思って。もしかして付き合ってたりすんの?」

 

「別にそういうわけじゃない。ただ中学が同じだっただけだ」

 

「いやぁ、ただ中学同じだっただけのやつにあの懐き方はないと思うけどなー……」

 

「ま、気になるなら本人に確認してみんのが一番早いんじゃねーのっ、と」

 

ピピッという機械音が握力の測定が完了したことを知らせる。

ディスプレイに映し出されているのは40kgの文字。

うーん、微妙。

ヒーロー科に入学したんだからやっぱ体は鍛えておいて損はないよな。

今度から朝早起きしてランニングでもするか?

それとも夜にジムに行ったほうが良いか。

今まで運動部と言えばベンチを温めていた少年時代のサッカー部くらいしかやってこなかった。

詰まる所今まで本格的に体を鍛えたことがなくてそういった事に関するノウハウがまったくないのだ。

その辺も先生に聞いてみた方が良いかもしれない。

彼らはみんなプロヒーローだ。となれば多かれ少なかれどの先生も最低限のトレーニングはしているはず。

プロにそういったコツを気軽に聞けるのも雄英の生徒の特権だ。

隣では上鳴がどーしよっかなぁーとか言っている。

もしや轟にナンパを仕掛ける気か?

こいつ、あいつの実家というか父親が誰か知ってるんだろうか。

最悪どっかに連れ去られた挙げ句次の日には焼き殺されて山奥に捨てられるとかありそう。

ふぇぇ怖いよぉ轟。

とりあえずお前が行方不明になったら第一に容疑者としてなんたらデヴァ―さんを上げておいてやる。

上鳴よ、安らかに逝け。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

個性把握テストは滞りなく進行し、ついにボール投げだ。

俺はこの時を待っていた。

俺の貧相な脳みそじゃ大記録を出せるのはここぐらいしか思いつかんかったからだ。

ぶっちゃけこんだけ人の目がある所であんまし出したくない個性だが、最下位は除籍らしいんでそうも言ってられない。

相澤先生め、面倒な事してくれたもんだ。

特に何もなければ盛大にthe・普通な記録で終わろうと思ってたのに。

そして俺の前のお茶子が無限を出した。

なんてこった、やるじゃないかお茶子。

というか計測不能は無限なのか。

なら俺もそこまで行かずともそれなりにそこに近い記録を出せる気がする。

と言っても頑張るのは()()()()()し、無駄に考え込んでも意味がないか。

とりあえずやるだけやってみよう。

 

「次、四ツ神」

 

「あい」

 

相澤先生からボールを二つ手渡される。

なんか、相澤先生の視線が痛い。

今まで個性という個性を使ってないから何だコイツとか思われてるんだろうか。

仕方ないじゃんか、ただ走るだけの種目で手が発火しても意味ないじゃないか。

じっとりとした相澤先生の視線を受けながらボール投げの円の中に入る。

ただ俺がさっきから騒いでてと言うか馬鹿やってて目を付けられてるだけだったら何も言えないが。

ちらっとみんなの方を見てみると、轟が酷く不安な顔をしていた。

おいおい、俺がこんなとこで終わるようなちっぽけな男に見えんのか?

あ、見える?

覇気がないのは元々だから仕方ない。

出そうと思って普段から鍛えてもないのにメラメラと威圧感なんて出るようなもんじゃないしね。

むしろ俺からそんなのが出てたらビビるわ。

主に俺が。

 

「さて、と」

 

右掌を上に向けて顔と同じくらいの高さまで持って来る。

そして入試の実技試験の時同様その名前を呼んだ。

 

「朱雀」

 

ボウッと小さな火の玉が掌の上で巻き起こり、赤々と燃え上がる小さな炎の塊が出現する。

そこから出てきたのは―――

 

 

 

 

――ぼってり丸々と太ったひよこだ。

 

 

「「「ひ、ひよこぉぉぉおお!!?」」」

 

おおう、みんな良いリアクションありがとう。

でも一応これ朱雀だから。

四神の一角だから。

成長期はきっとこれから来るって俺は信じてるから。

 

「そんじゃ朱雀ちゃん、このボール持ってまっすぐ飛んでってくれるかね」

 

は?ダルッ、テメェで行けや。

という猛烈な批難を込めた視線を一瞬俺にぶつけながら、肉というか毛に埋まった足を限界まで伸ばしてボールを掴む朱雀。

一度空中で止まってからみんなの方を向いて俺の時とは打って変わってピュアな汚れないキラキラした小動物特有のつぶらな瞳を向けていくのを忘れない当たりほんといい性格してるなぁと思う。

どうして飼い主、というか個性主の俺はこんなに綺麗な心を持っているのにあいつはあんな酷い性格してるんだろうか。

俺の清流の如く澄んだ心を見習ってほしいと心の底から思う。

ボールを掴んだ朱雀はそのまま場外まで飛んで行き、無事俺の記録は無限になった。

ありがとう、お前の出番はきっとしばらくねーけどそれまでにしっかり痩せとけよ。クソひよこ。

じゃねーと俺の晩飯に永久就職することになんぞ。

測定を終えて円から出てきた俺に駆け寄ってくる人物が居た。

頭から触覚を生やしたピンク色の女子だ。

 

「ねぇねぇさっきのひよこすっごく可愛かったねー!あ、アタシ芦戸三奈(あしどみな)!」

 

「おう、よろしく芦戸。今度串焼きにしてごちそうするな」

 

「えええ!!?嘘でしょ!!?」

 

「あはは、ウチも焼き鳥は好きだけどさっきのつぶらな瞳見ちゃってから食べるのはちょっと厳しいかなぁ」

 

苦笑いしながら頬を引きつらせるお茶子だが、それはあの憎たらしい顔を見たことがないから言えるのだ。

あの人を小馬鹿にしたような「は?マジコイツ何言ってるかわかんねーんだけど」という表情は俺の神経を高級熊手で抉るように逆撫でして来やがる。

だが、それでもなんだかんだ言って仕事はしっかりやり遂げてくれる。

ん?なんだ、お前もツンデレか。

最近流行ってんのかな。

これ俺も流行に乗ったほうが良いの?

それから緑谷の指もげ事件(もげてない)等々あったが、俺たちの力を引き出すための合理的虚偽ということで誰も退学にはならなかった。

めでたしめでたし。

緑谷なんかは酷い顔で絶叫していた。

俺の次に酷い成績だったからなぁ。

俺も朱雀の無限がなければ多分あんな感じになってたと思う。

っていうかこれって相澤先生もツンデレなのか?

そう思いしっかり優等生らしく挙手をして質問したところ、首に巻かれた布がすっ飛んできて本日何度目かになる顔面へのダメージを受けた。

解せぬ。

 

 

 

 

 

 

 



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チートな彼女と握りつぶす俺

翌日、昨日あった個性把握テストのこともあり、誰もが少なからず不安を懐きながら登校した高校生活二日目。

しかしながら俺達の予想を良い意味で裏切ってその日の午前中は全くもって普通の授業だった。

特にマイク先生の英語の授業なんてテンションの落差が激しすぎて英語の文法がほとんど頭に入ってこなかった。

そう、文法がわからなかったのはマイク先生のせいだ。

これは決して俺の理解力が低いわけではない。

そう、断じてない。

昼食を挟みついにやって来たヒーロー基礎学。

この日本一のヒーロー養成学校である雄英高校が最も推進する科目で当然ながら授業数も一番多い。

昨日相澤先生が行ったカリキュラムの説明ではヒーローについての座学から雄英高校が誇る金にものを言わせた巨大施設による災害訓練や対ヴィラン戦闘を仮定した対人戦闘訓練もあるとか。

なんともヒーロー志望である諸君の心を沸き立ててくれる授業だ。

これから始まる授業がまさにそのヒーロー基礎学ということも合ってみんなどこか浮足立っている。

そんな最中、遠くから誰かが走ってくる足音が聞こえた。

 

「私がぁ、ドアから普通に来たッ!!!」

 

教室前方のドアからルンルンハイテンションなオールマイトが姿を現す。

今更ながら彼が本当にこの学校で教職に就いているんだなという実感が湧いてきた。

今までテレビでヴィランを退治した時やバラエティに出演してるところを見るような遠い存在だった人が目の前に居てしかも自分たちの先生だというのだからこの学校は本当にすごい。

マイク先生を含めて他のプロヒーローの時も同じように思ったが、このナンバーワンヒーローはより一層だった。

 

「オールマイトだ…!すげぇや、本当に先生やってるんだな…!」

 

「銀時代のコスチュームだ…!画風違いすぎて鳥肌が…」

 

同じようなことをみんなも考えていたようで、そこかしこから感嘆の声が上がる。

確かに暑苦し過ぎるムキムキマッチョだ。

存在感が半端じゃない。

この教室に彼が入ってきた時点で体感気温が少なくとも4度は上がった気がする。

 

「早速だが今日はコレ! 戦闘訓練!」

 

バシィッ!という効果音が聞こえてきそうな動作でどこからともなく"BATTLE"と書かれたプレートを俺達に突きつけるオールマイト。

え?もう戦闘訓練?

早くない?俺心構えとか何もしてないんですけど。

まぁ、してたからと言って強くなるわけじゃないんだけどね。

 

「そしてそいつに伴って…こちら!」

 

オールマイトがまたもやどこからか取り出したリモコンをポチッと押すと壁から何かが迫り出して――迫り出して!?

眼の前にあった壁から突然何かが出てきた。

何事かと思ったらどうやら俺たちが入学前に提出したコスチュームに付けてほしい要望を加味したコスチュームが保管されていたらしい。

いきなり出てくるから割と本気でびっくりした。

出てくるなら出てくる前に「出るよ―」って先に言ってよ。

俺が無茶ぶりを込めた思念を壁に向かって飛ばしている間にもオールマイトの説明は続く。

 

「着替えたら順次グラウンドβに集まるんだ!」

 

その一声で初めてのコスチュームに胸を膨らませたみんなが我先にと自分のコスチュームを取りに走った。

俺もその後に続いて席を立つ。

今までそんなに気にしていなかったが、自分のコスチュームが目の前にあると思うと柄にもなく少しだけ、ほんの少しだけワクワクした。

べ、別に早く着て見たいわけじゃない。

若干口元が緩んでニヤニヤしてしまっている気もするが、多分気のせいだ。

――おい、轟テメェ何だその顔やめろ。

やめろつってんだろ!生暖かい目で俺を見るな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女子は更衣室に移動し、男子はその場で着替えて良いことに成った。

男子更衣室もあるらしいが、みんなそれぞれのコスチュームを早く開けてみたいようで全員が教室に留まっている。

かく言う俺も漏れずに教室にいた。

自分の席にケースを持って戻り、胸を高鳴らせてロックを解除する。

俺が要望に書いた項目はそう多くない。

 

ピチッとしたスーツより少しダボついた袖が付いたもの。

あまり派手、華美でないもの。

かと言って上下真っ黒は勘弁してください。

 

だいたいこんな感じだったと思う。

さてさて、どんなデザインに仕上がっているのやら。

蓋を開けてみるとまず最初に目に飛び込んできたのは紺色の着物だ。

そしてその上にはビニールに入った書類が同梱されている。

どうやら取扱説明書のようだ。

取扱説明書によると中に入っているいのは上下の着物、いくつかのサポートアイテム。

それから黒の外套。そして最後に黒の学生帽か。

着物は上が紺で下は白、というか灰色に近い配色のようだ。

要望通り派手すぎず真っ黒なんて痛すぎる配色カラーリングでもないようで安心した。

早速制服を脱いでコスチュームに袖を通す。

どうやら本来の着物のように面倒な手順はほとんどすっ飛ばして元からある程度形は出来上がっているらしい。

最初に見た時は今まで殆ど着たことのない着物に手こずるかと思ったが、予想以上に簡単な構造だった。

数少ない自分で結ぶ部分である腰の紐をキュッと締め、外套を着込んで学生帽を被る。

気分はさながら大正時代の学生と言った感じか。

うん、中々悪くない。

袖が広い服装にしてもらったのは俺の個性の特徴である何が出てくるかわからないびっくり箱的な要素を活かすためだ。

どうやら袖の部分も内部に紐か何か入っているようで広がり具合を調節できるらしい。

着物の文化を重んじる方々からしたらえげつない改造度だが、俺としては中々に気に入った。

これで下駄でも履いて口に葉っぱを咥えたら不良キャラとして爆豪に対抗できそうだ。

――うん、どう考えても後がめんどくさそうだから却下だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「始めようか! 有精卵ども!」

 

オールマイトが声高らかに授業の始まりを宣言する。

指示されたグラウンドβに全員がコスチュームに着替えて集まった。

こうしてみると中々に壮観だ。

近年のヒーロー飽和社会に置いてヒーローと言う職業は人気が命といっても過言ではない。

それこそ検挙率が低いヒーローなんかは他の職業を兼業して事務所をやり繰りしている。

ごく普通な事務方から果てはアイドルなんて特殊なものまでだ。

こうしてそれぞれが独創的なコスチュームに身を包んだところを見るとこれぞヒーローといった印象を受ける。

そして俺たちはオールマイトからこれから始まる戦闘訓練についての詳細は説明を受けた。

今回の訓練の概要はざっくり言うとヴィランが持ち込んだ危険物を回収するか持ち込んだ本人であるヴィランを拘束するという内容だ。

ただしその詳細な設定はヴィランがビルに核を持ち込んで立て籠もったというぶっ飛んだシチュエーションだったが。

なんだ核持ったヴィランって。

そんな財力もパイプもあるんなら立て籠もりなんてせずにもっと別の方法で目的を達成するだろ。

さては自爆派か?

自分が爆発することで気持ちよくなっちまうタイプか?

もうそんなん手がつけらんねーな。

 

「なに見てんだテメェ!今なんかウゼェ事考えてたろ!ぶっ殺すぞ!!」

 

「イエナニモ……」

 

「こっち見て言えやゴラァ!」

 

さてさて、隣で猛る爆豪少年は放置で現在進行系で行われている組分けについて考える。

現状俺たちは21人。

となれば必ずどこか3人になるところが出てくるはずだ。

俺としてはそこに入りたい。

この訓練はヒーロー側が圧倒的に不利だ。

内部の間取りや装飾の配置、階段の位置なんかも分からない状態でヴィランは先に準備時間を与えられる。

その時間にヴィラン側は個性次第だが罠を張りまくることも可能だ。

その最たる例が八百万だろう。

彼女の個性は創造だ。

アレは緊急の栄養補給が厳しい状況でもない限り本人の知識次第であらゆるものが出てくる俺以上に何が飛び出してくるかわからないびっくり箱。

この訓練で八百万以上に輝く奴は居ないと思った。

八百万のとことは当たりたくないなぁ。

当たりませんように当たりませんようにと考えながらくじを引く。

俺が引いた玉にはGと書かれていた。

その玉を持って後ろに下がる。

さて、人生初の戦闘訓練だ。

どうなるかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「多分結構上の方だけど、この直上だと思う」

 

「そうか、分かった。ありがとな」

 

「いや、むしろ完全に特定できなくて悪いね」

 

「気にすんな。それを言ったらこのナンパ野郎はまだ何もしてないぞ」

 

「なぁ四ツ神!お前なんか俺にだけ当たり強くね!?」

 

「気のせいだ人間スタンガン」

 

「おいッ!!」

 

戦闘訓練が始まり、ヒーロー役になった俺たちチームGは耳郎響香、噛ませチャラ男、そして俺で構成されている。

ラッキーなことに要望通り三人組に入ることが出来た。

響香の個性でこの建物に響く音を拾い、その発生源の大まかな方向を探知。

その情報を元に俺が詳しい場所を特定し、最後の突入時にはビリビリ噛ませ犬を肉壁にして俺と響香が突っ込む。

三秒で考えた作戦だが我ながら中々悪くない。

 

「お前なんか俺のこと使って酷いことしようとか考えてね?」

 

「いや、全然」

 

「そ、そうか?ホントだな?」

 

「ああ、本当だ。なんたって酷いと微塵も思ってないからな」

 

「おいィ!そういうことじゃねぇんだよ!!」

 

俺がぐっと親指を立てて笑ってやると、再び何か喚き出す上鳴。

一体何が不満だというのか。

お前の個性である人間スタンガンを上手く利用して核を回収しようというのが何故分からん。

とまぁ悪ふざけはこの辺で置いといて手のひらを上に向けて名前を呼ぶ。

 

「白虎」

 

掌の上に赤い金属がバキバキという音と共に発生し、それは形を変えながら大きくなっていく。

拳大の大きさまで変化し、結晶と化した金属を砕いて内側から出てきたのは―――

 

――ホワイトタイガー柄の毛並みを生やした掌大の子猫だ。

 

「「ネコ!!?」」

 

おうおう、相変わらず良いリアクションだ。

さすがは雄英高校ヒーロー科だ。

あ、関係ない?

とりあえず白虎を地面に下ろす。

喉元を指先でくいくいと弄ってやりながらこれからの行動について指示を出した。

 

「この建物の三階以上、現在俺たちがいるこの場所の真上に位置する部屋の様子を探ってくれ」

 

白虎は『んナァ』と小さく鳴いて手乗りサイズの子猫とは思えない脚力でビルの奥へと駆けて行った。

彼もきっとこれから成長するって俺信じてるから。

 

「四ツ神お前、ペットはずりぃよ」

 

「誰がペットだ。れっきとした個性だぞおい。お前もそのビリビリでワンちゃん作ってみたらどうだ」

 

「無理だっての!俺は纏うだけで操るとか無理なんだって!てかあのふわふわ感ある実物のネコに対して俺のビリビリ犬ってただのホラーじゃねぇか!!触った瞬間感電するしよ!!」

 

「あんたら……もうちょっと緊張感とかないの?」

 

俺達を呆れ顔で見る響香。

薬をキメすぎてラリったのか腕をブンブン振って抗議する上鳴。

更には戦闘訓練で子猫を可愛がりだす俺。

おいおい、最高のメンバーじゃねーか。

よぉし、俺たちの戦闘訓練はこっからだ!

白虎が持つ能力は金属を生成するというものだが、それ以外にももう一つある。

それがこれだ。

 

「よし、索敵開始するぞ」

 

白虎との意識のパスを感覚的に認識して視覚を共有する。

ぼんやりと視界内の様子が変化し、一度瞬きをするとしっかりと視界が切り替わった。

視覚の共有。

白虎の見ている風景を俺に共有することが出来るという女子風呂のぞきに最適な能力だ。

いや、最適ってだけでしたとは言ってないから大丈夫。

してないとも言ってないけども。

 

「よし、三階までは誰も居ないみたいだ。上鳴を前衛に響香が続いてくれ。俺はその後ろをついて行く。何かあれば人間スタンガンで頼むぞ。上鳴」

 

「よし来た!任しとけ!」

 

「うん。それと、あんたは頭大丈夫なの?」

 

「それは俺の思考がイカれてるってことか?」

 

「違うから!さっき言ってたじゃん。その視覚共有のデメリットのことだよ」

 

どうやら先程ヴィラン側に準備時間が設けられたのと同時に俺たちヒーロー側に与えられた作戦タイムの時に話した視覚共有を使った場合のデメリットを気にしてくれているらしい。

視覚共有は便利な能力だが、どうも脳に異物(自分の体外からのデータ)を入れているせいか一定以上使い続けると疲労感が強く残る。

響香が心配してくれるのは嬉しいが、俺としてはそこまで心配されなくても大丈夫だ。

 

「別にそんな早く来るわけじゃないから安心してくれ。今だって特に疲労やら違和感は感じてない。それに、こういう安全の保証された授業っつー時間が設けられてんだからガンガン使って許容上限増やしてかね―と勿体無いしな。俺がデメリットのある個性を使うって言ったから心配してくれたんだな。ありがとう響香」

 

「いや、まぁ、別になんともないなら良いけど……って、なんでウチのこと下の名前で呼んでんのさ!」

 

「んー、なんというか、名前の響きの好みだな。お茶子や響香は下の名前のほうが好きだが八百万なんかは名字呼びのほうが好き、と言うか口に出して音になった時にスッキリする」

 

「は、はぁ、そういうもんなの?」

 

「うむ、そういうもんだ。さ、そろそろ進もうか」

 

二人に声を掛けて上の階に続く階段を登り始める。

階段を登りながら上鳴の口から「天然ジゴロめ……」とか聞こえた気がするが、多分気のせいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白虎の能力の一つである視覚共有を上手く利用して人数の有利でゴリ押した結果それはもう酷い有様だったが勝利することが出来た。

もちろん八百万からの評価は辛口だったが。

言葉の一つ一つが刺さって心が痛い。

しかしながら白虎は気に入っていただけたらしく後で触らせて欲しいと言われた。

興味を持っていただけたようで何よりだ。

それと昨日のお茶子と柔軟をした時と同じようにブドウ的な怨念をどこかからか感じた。

心做しか首の後ろあたりがチリチリする気がする。

うちのクラスメイトまじ怖いんですけど。

 

「お、轟次か」

 

「うん」

 

「怪我しないようにな」

 

「うん」

 

真顔のまま淡々と返事をする轟。

アレでも初めて会った時と比べればまだましになったってんだから驚きだ。

昔は目すら合わせてくれなかったもんなぁ。

そう考えると視線を交えて返事をくれるだけでも大きな進歩か。

喜んで良いのかイマイチよくわからない同中の成長を噛み締めながら奥へと進む。

白虎の視覚共有は便利だがやっぱり脳に貯まる疲労感がきつい。

少し壁にもたれかかろうと壁際を目指した。

すると近くに居た八百万が近づいてくる俺に気づいてモニターからこっちに視線を移す。

 

「お疲れ様ですわ、四ツ神さん」

 

「おー、あんがと八百万」

 

ふぅーっと大きく息を吐きながら八百万の隣で壁に背を預けてズルズルと座り込んだ。

久々だったことも合って思いの外疲労が大きい。

心做しか重くなったような気がする頭をコツンと壁にぶつけて地下室の天井を仰いだ。

そのまま少しだけ頭を休めようと目を瞑る。

 

「四ツ神さんは色んなことが出来る個性をお持ちなのですね」

 

おいおい、それをお前が言うのか。と思いながらも目を瞑ったまま答える。

 

「いやぁ、それを八百万に言われるとなんか複雑だぞ」

 

「わたくしの個性はあくまで結果が多種多様なのであって根本は同じですもの。例えるならば私は木。四ツ神さんは草原そのものといった感じでしょうか」

 

「ほー、中々面白い例え方だな」

 

木と草原か。

八百万の個性は万能ではあるが、自身の肉体から創造するという点では全てに共通している。

対して俺はそもそもで発生源が白虎や朱雀とバラバラだ。

掌から出てきてはいるものの、火に金属と一貫性がない。

それに俺の意思で完全に掌握している訳でもない。

それは未だ雄英のメンバーには見せていない残りの二体も同様だ。

 

「お褒めに預かり光栄ですわ。四ツ神さんの個性はまだまだ成長の余地が隠れていそうですし、わたくしも考察していていい勉強になると思いますの。良ければこれからもお話させていただけると嬉しいですわ」

 

「ああ、八百万の話はさっき聞いただけでも結構興味が唆られた。これからもよろしく頼むな」

 

「はい」

 

にこやかな笑顔で返してくれる八百万。

轟もこれくらい素直でいてくれると嬉しいんだが。

そうこうしている内に轟達の訓練開始の合図がオールマイトから告げられた。

さて、轟はヒーロー役か。

どんな戦略であの建物を攻略するか見ものだな。

ペアの障子は索敵に秀でた個性だと言うのは見た目でわかった。

どうやら耳や目なんかの器官を複製する事ができるらしい。

だが、それ以外に異形型であることを踏まえても随分体を鍛え込んでいると見える。

フィジカル面である程度信頼性のある索敵要因。

上手くハマれば轟の高出力な個性で勝負を決められるだろう。

どんなコンビネーションで攻めていくかとディスプレイを見る。

しかし、俺の想像に反して轟の行動は真逆とも言えるものだった。

 

「うわっ、そっちかぁ。そこは初めての戦闘訓練なんだからペアのクラスメイト以外にもヴィラン役のクラスメイトの個性把握や性格の把握のためにも一戦交えるべきだと思うんだけどなぁ。てか、そういや八百万って――」

 

 

これから起こることを想像すると自然と苦笑いが出てきたが、その結果この部屋がどうなるかを考えると隣に立つ前進の半分以上どころか三分の二は肌が露出しているであろうクラスメイトに気が行った。

 

「八百万」

 

「はい、何でしょう四ツ神さん。どうかしましたの?」

 

「あくまで保険なんだけどさ、これ羽織っといてくれ」

 

そう言いながら手渡すのは俺が今回使わずに地下室に置いて行った外套だ。

この授業で行うのは室内での遭遇戦または制圧戦になると判断して置いていった。

まぁ、あくまで予想だが俺のそれが当たっていた場合はこの地下室は冷蔵庫よろしくひんやりガクブル空間へと変わる可能異性がある。

その状態でこんな薄着では間違いなく凍えることになるだろう。

 

「意図があまり読めませんが、とりあえずこれをお借りすれば良いんですのね」

 

「そうだ。とりあえず俺の杞憂で済めば良いんだけど、最悪八百万が凍えることになりそうでな……」

 

「こごえ――もしかして轟さんの戦略に何か思い当たることが?」

 

「端的に言ってしまうとそうなる。っと、そう言ってる間にも来そうだなこりゃ」

 

ディスプレイには右手を壁に付きながらもう一人のヒーロー役である障子を建物の外に出す轟。

ここまでくれば大体俺の予想通りで確定だ。

轟の手が少しだけ力んだように見えた次の瞬間、震えるような冷気が室内を包み込んだ。

画面上では建物がカチコチに凍りついている。

 

「ッ!な、なんて威力……。四ツ神さんのコートを借りてそれでもこの寒さということは、先程までの状態ではどうなっていたかわかりませんわね。助かりましたわ、四ツ神さん」

 

「おうよ。よーし皆、轟ほどじゃないけど俺も暖房になれるから寒いやつはこっち集まれー」

 

ほとんど全員震えながら体を擦っていたので一声掛けると、一斉にガチガチと歯を震わせながら振り向いた。

いや、オールマイト先生は自前の筋肉でなんとかしてください。

 

「朱雀」

 

ボッ!と炎とともに現れる朱雀。

この黄色い憎たらしい毛玉に対して主に女子からの視線が熱い。

「ひよこー!」とこのふてぶてしいもこもこ感に見とれているようだ。

あ?自分の出番はしばらくないんじゃなかったのかって?

うっせ、おとなしく暖房器具になれ。

 

「おりゃっ」

 

右掌に座ってうざい顔をしていた朱雀をぐちゃっと握りつぶす。

潰れる瞬間聞き慣れた「ぴげぇっ」という呻き声が聞こえた気がするが、これで掌そのものに炎が灯る。

ボウッと音を立てて炎が仄暗い地下室に揺らめいた。

 

「おーし、これでいいな。寒い奴こっちきてあったま――皆どうした」

 

炎を灯してクラスメイト達に視線を戻すとなんだか皆様子がおかしい。

こっちを見ていた全員が明らかにさっき以上に顔を青くして震えていた。

さっきから確かに寒そうではあったがこれはあまりにも異常ではないだろうか。

大丈夫か、と声を掛けようとしたところでお茶子が先に口を開く。

 

「ひ……」

 

「ひ??」

 

「ひ、ひよこが……」

 

あー、なるほど。

何で皆がこんなに青ざめているのかが分かった。

俺は自分の個性で昔から見慣れているが、どうやら幼気なひよこが握りつぶされるというのは思ったよりショッキングな光景だったらしい。

であれば朱雀は別に死んだわけではなく普通にまた出てくると教えたほうが良いな。

余計な誤解はさっさと解くに限る。

 

「あいつは皆のために焚き火の燃料に成ったんだ。悔いは……無いさ」

 

「「「「「ひよこぉぉぉぉお!!!!!!」」」」」

 

 

その後やりすぎだと轟を叱ったり、オールマイトからの全体への講評があったりしたが、何事もなく戦闘訓練は終わった。

ちなみにちゃんと朱雀の誤解も解いておいた。

皆の反応が思いの外面白かったのでまた今度やろうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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途方もない悪意の塊と未だ雛鳥ですら無い僕ら

ホンジツハセイテンナリ。

車内に響くエンジン音とクラスメイト達の笑い声。

小刻みに揺れる窓に後頭部を押し付けて半ば寝落ちた状態でぼうっと空を見上げた。

俺たちは現在雄英高校の広大な敷地をバスに乗って移動している。

校内の施設に授業で行くのにバスを使う時点で大分おかしいと思うが、徐々に感覚が毒されてきているのか俺を含めて全員特に何も違和感を覚えずバスに乗り込んでいた。

雄英高校、恐るべし。

ちなみに一人だけバスに乗る前に敷地の事とは無関係の所で騒いでいる奴がいた。

昨日マスコミが敷地内に侵入し、一時騒然となった事件の解決に一役買った飯田だ。

何やらバスへ俺達を効率的に詰め込むために列を作って待てとか何とか言っていた気がする。

結局飯田の言うことを聞きたくない爆豪が癇癪を起こして飯田と言い合っている所へバスが到着し、二列縦に座席が並んでいないことに気がついた飯田は酷く落ち込んでいた。

ドンマイ、飯田。

俺もてっきり普通のマイクロバス的な車両が来るもんだと思ってたから両サイドに座席がついてて中央がこんなに開けてるとは思わなかった。

飯田よ。

その心意気は良かったと思うが、基本お前空回るんだから学習したほうが良いんじゃないか。

そんなバスの中では前回のヒーロー基礎学で行われた屋内戦闘訓練を元に、クラスメイト達が個性について話に花を咲かせていた。

 

「派手で強えっつったらやっぱ轟と爆豪だな!」

 

「あと、四ツ神くんの個性も動物可愛いよね!」

 

「――んあ?」

 

お茶子の声で半分夢の中に落ちかけていた意識が現実へと浮上する。

どうやら俺の方に話が回って来たようだ。

 

「あっ!ごめん、寝てた?」

 

「いや、むしろもうそろ着くだろうし起こしてくれて助かった。それで、俺の個性の話だっけ?」

 

「そうそう。四ツ神くんの個性、朱雀ちゃんと白虎ちゃんだっけ。どっちももふもふそうで羨ましいなーって。四ツ神くんの個性って他にも動物出せるん?」

 

「あと二匹だな。朱雀(すざく)白虎(びゃっこ)青龍(せいりゅう)玄武(げんぶ)の四匹が出せる。あと、それに纏わる力を俺自身も使えるって感じだな。使うときにはあんな感じにぐちゃっと潰すのが今の所一番効率がいい」

 

「ぐちゃ……」

 

前回のモニタールームでのひよこ惨殺事件を思い出したのだろうか。

お茶子を含めて数名がうっすらと涙目だ。

別に死んでないからね?

今からでも出そうと思えば出せるからね?

いや、消耗したくないから出さないけど。

 

「四ツ神君の個性はその……あれをやらないと発動できないのかな?それ以外の方法で発動させるとかさ。あの方法はちょっと、モラル的にまずいような……ははは」

 

力なく苦笑いを浮かべる緑谷だが、その指摘は俺のこの頃の考えに近いものだった。

 

「それなんだよ。俺がアレをやるのはあくまでイメージ付けだ。アレをすると潰れた場所、というか潰した場所にエネルギーの通り道が知覚出来るような感じになるんだ。なんというか、今まで極度に圧縮されてた管が一気に開くみたいなのをイメージしてもらうと分かりやすいかもしれない。でもそれはあくまで通り道。エネルギーの源はどこかと言えば体の中心ある心臓だ。俺の力は心臓から流れてきている。なら、きっとやりようによっては限定的な一箇所だけでなく他の場所にも個性を発動させられるはずだし、それができればきっとぐちゃっとしなくても自分の意思だけで個性を発動できるように成るはずなんだ」

 

体の中心から引かれた個性のエネルギーを通すパス。

それらは水道管のごとく俺の全身に張り巡らされている。

後は蛇口を新設さえ出来れば手だけでなく足や背中からでも個性を出せるようになる、と思う。

 

「俺はこの学校に入って個性についてちょくちょく思うことがあるんだが、みんなは『()()()()()()()』って言葉の意味についてどう考える?」

 

「そりゃあ、それは――使いまくれば筋肉みたいに強くなってくって話じゃねぇのか?中学でも授業でそう習ったしよ」

 

腕に力こぶを使って見せる切島。

そう、俺達はこの世界共通の認識として個性の説明は筋繊維を例として学んだ。

きっと個性を研究したどっかの偉い学者がそう学会で発表したからそれが通説になったとかそんなとこだろう。

だが、俺は個性というものはそんな枠に収まらないと考えている。

 

「確かに鍛えるって意味ではそれで合ってるかもしれない。けど、その考え方のせいで俺達は勝手に自分の個性の限界を決めつけてると俺は思うんだ」

 

「それはつまり……どういうことだ?」

 

お前の言いたいことは結局なんなのか、と言いたげな顔で俺を見る上鳴。

もうちょっと自分で考えろよ。

そんなんだと中間テストで泣きを見るぞ。

雰囲気的に頭あんま良く無さそうだしな。

俺が言うのも何だけどもうちょっと自分で物事考えたほうが良いと思う。

尚数学はこの対象に当てはまらない。

 

「なぁ八百万。お前、俺が個性で空を飛べると思うか?出力云々やアイテムは特に制限無しだが気球なんかの乗り物は駄目だって条件でだ」

 

「空を飛ぶ、ですか。それに滑空が含まれるかどうかわかりませんが、特殊なムササビスーツ等を使わずに個性での飛行を含めないとなると、些か厳しいのでは無いでしょうか。現時点で私が見た能力に限りますが、四ツ神さんの個性には飛行と呼べる動きを出来るものは無いようですし」

 

八百万の意見に皆が頷く。

普通に考えればそりゃそうだ。

俺は鳥系の異形型でもなければ飯田のようにエンジンも付いて無い。

だが、俺の見解は違う。

 

「俺は飛べると思うぞ。俺は俺自身が飛べるようになると確信している」

 

俺がニヤッと口端を上げてみせると、八百万はムッとした顔で視線を寄越す。

ならば説明してみせろ、とでも言いたげだ。

良いとも。

俺のとっておきの持論をぶち撒けてやる。

まぁ、そんな大したもんじゃないんだけど……。

 

「俺の個性は四神に纏わる力を使えるって言ったろ。その中でも朱雀は不死鳥だ。鳥なんだから、そりゃ飛べんだろう」

 

「そ、それはちょっと暴論なんじゃ……」

 

「そんな事無いさ。確かに俺が今言ったことは大分無茶だったとは思うが、俺が飛べるように絶対ならないっていう証明は出来るか?」

 

「それは、そもそも四ツ神君の個性の仕組みが分からないと……」

 

「そうだな。いや、意地悪な言い方して悪かったよ緑谷。けどな、つまりそういうことなんだ」

 

「だからどういうことだよ!?」

 

上鳴が痺れを切らしたように声を上げる。

流石にこれ以上引っ張るのはしつこいか。

それじゃあそろそろ施設にも着く頃だろうし、この小話も終わりにしよう。

 

「詰まる所、個性なんて曖昧なものは自分自身の強烈な思い込み次第でどうとでもなると俺は思ってる。皆身体機能って言葉のせいでガキの頃考えたような突拍子もない発想が制限されてないか?個性を考える上で重要なのはやっぱり想像力、イメージだと俺は思うんだよ。屋内戦闘訓練の反省会の時、切島は自分の個性を地味だって言ってたよな」

 

「え?あ、おう」

 

「その理由は何だ?」

 

「そりゃあおめぇ、俺の個性は固くなるだけだぞ?爆豪みたいに爆発もしなけりゃ轟みたく凍ったりも出来ねぇからな」

 

「固くなるだけ、本当にそうか?」

 

「え?」

 

「お前の個性は本当に固くなるだけなのか?固くるを極限まで突き詰めた後にはどうなる?少なくとも前回の戦闘訓練では形状の変化が見られた。更に突き詰めれば鎧みたいな形状変化も出来るようになるかもしれない。それに、その硬化の能力を別のものに移すことさえできればお前の出来ることは爆発的に増える。物質の強度向上なら戦闘だけじゃなくい救助にもつかえるだろ」

 

「で、でも、今までそんな事できた試しねぇし……」

 

俺の言葉に困惑し始める切島。

だが、その困惑こそが自分自身の個性と向き合う上で重要になるんだと思う。

ぶっちゃけ俺も高校入って初めて個性同士での殴り合いや詳しい個性学の授業を経てふと思ったことだから自分自身の個性と真剣に向き合ったことなんてまだ碌に無いし、完全に机上の空論でしか無いんだけども。

何だ、俺説得力皆無かよ。

 

「一番始めに出来たことを今の世の中は個性として登録している。だが、だからといってそれ以外が出来ないなんて道理はないんじゃないか?今の個性の使い方がエネルギーの最高効率での運用だとは限らないだろ。自分以外の個性についてよく見ているってのはこないだの戦闘訓練で分かった。それが興味本位であれ、ライバルへの対抗意識であれ良いことだと俺も思う。特に緑谷なんてそうだな。お前はヒーローやその個性の活用法についてノートに纏めてるってい言ってたろ」

 

「う、うん!昔から好きでたくさん書いてたから今でも習慣になってるって感じかな」

 

「活用方法を考えられるってことはその対抗手段も考えられるはずだ。それは今後この学校で生き抜いていく上で必ず重要になるだろう。けど、その前に。他人の個性をよく研究するのも大事だが、それと一緒に自分自身の個性と向き合うことも重要なはずだ。少なくとも俺はそれが自分の個性を一歩先へ踏み出させる鍵になると思ってる。取り敢えず今の話を極端にまとめると『自分自身の個性を疑え』って感じだな。自分の個性の可能性を諦めちまう前に色々試してからでも遅くねぇんじゃねーのって感じ。まぁ、この話が皆のこれからに役立てばいいかなーとほんのり思ってお話を終わりたいと、思い、ます。ていうかあの、今気づいたけど皆目怖くね……?」

 

今まで話すのに夢中で気が付かなかったけどバス内の視線がほとんど俺に集まってる。

くだらない持論をそれとなくバスが目的地に着くまで暇つぶしになれば程度に話したはずだったんだが………どうしてこうなった。

皆が俺の方を見たまま動かない中、一番に喋りだしたのは緑谷だった。

 

「そうか、そうだよ!初めに出来たことを極めようとするのも一つの答えだけど、それ以外を模索することだって間違いじゃない。それもサブじゃなくてメインの出来ることを広げたり全く別の事にするっていうのも可能性としては全然ありだ。むしろ場合によってはその方がいい場合だってある。僕の体を壊しちゃうデメリットだって力をコントロールするってことばかり今まで考えていたけど、別の方法だって絶対に無いわけじゃないはずだ。それに…………」

 

「お、おい緑谷!しっかりしろ!帰ってこい!」

 

「はっ!ご、ごめん、四ツ神君の話がすごく興味深かったからつい」

 

「そ、そうか、ちょっと照れくさいけどそう言ってもらえると俺も嬉しいな」

 

すると緑谷を皮切りにバスの中で確かにそうかもしれないという声が上がり始め、それなら俺の個性だとこうじゃないかと各々付近の席に座る生徒同士で話し合いが始まる。

A組はこうやって自主的に話し合いが出来る連中が集まってるクラスだ。

これから先きっと此処に居るみんなは確実に実力を伸ばしていくだろう。

って、俺もその一員だから頑張らないとか。

取り敢えず、目の前に迫ってる救助訓練頑張ろうかね。

 

「おいお前ら、いい加減にしとけ。そろそろ目的地に到着する。それと今日の宿題として救助訓練のレポートと自分の個性についてレポートを纏めてこい。今個性の活用について話題に上がってたから丁度いいだろ。詳細は授業が終わって教室に戻ってから連絡する。よし、着いたぞ。気合い入れていけよ」

 

うわっ、宿題出んのかよ……。

まぁ、いい機会だし下手に数学のプリントとかぶち込まれるよりは幾分マシか。

そうして俺達を乗せたバスは巨大なドーム状の施設に到着する。

個性の話が盛り上がった直後だけに皆やる気満々だ。

キャラに合わず俺も少しだけワクワクしていた。

これから此処で、何が起こるかも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

広々としたドームの中には様々な災害現場が再現されているらしい。

名前は嘘の事故と災害ルーム。

略してUSJだそうだ。

これ、権利的に大丈夫なんだろうか。

大変グレーな香りがする。

俺達を出迎えてくれた十三号先生の増えるお小言にみんなで感動し、さてそれじゃあ災害救助というタイミングでそれは姿を表した。

ドームの中心部にある広場に黒い靄が渦を巻き、その中から物々しい雰囲気の奴らが続々と出てくる。

それを見た相澤先生が俺達に激を飛ばした。

 

「一塊になって動くな!!」

 

いきなり雰囲気の変わった相澤先生に動揺する俺達を置いて、事態は進行していく。

 

「あれは……ヴィランだ」

 

ドーム上部にぐるりと設置されたライトの明かりが落とされ、周囲は薄暗くなる。

急にヴィランと聞かされてみんなその場に固まったままだ。

何がどうなってる。一体これからどうするんだ、どうすいれば良いんだ。

あまりに唐突過ぎてこの場にいる生徒全員頭の中は混乱状態。

ただどうすることもなく、呆然と増え続けるヴィラン達を見るだけ。

つい最近まで普通の中学生だったのだから、この異常事態に戸惑うのは当然だ。

しかし、緊急事態にはその一瞬が命取りになる。

そんな恐ろしい事態の最中、俺はふと胸の中にナニカの暖かさを感じた。

まるで個性を使ったときのような熱。

すると今まで散漫としていた頭の中がすっと冷めていった。

強制的に冷静な状態へと意識が引き戻されるような不思議な感覚。

つい先程まで早鐘を打っていた心臓は静まり、困惑や衝撃、恐怖に埋め尽くされていた頭の中は脳みその蓋を開けてそのまま中身をダストシュートに放り投げたと言っても過言ではないほどに軽くなった。

感覚的に通常ではありえない感情の変化だというのはすぐに理解できた。

これも、俺の個性なんだろうか。

こんな異様な現象個性ぐらいしかパッと可能性を思いつくことが出来ないけど、俺の個性にそんな効果あったか?

さっき可能性は無限大的なこと言ったばっかだが、これはどこがどう繋がってんだ……。

いざという時に冷静になれる個性とか重要そうだけどイマイチパッとしない個性ベスト3くらいに入ってそうな効果なんだが……。

まあ良いや、考えるのは後だ。

今はよく分かんないけどラッキーだと思っておけばいいさ。

もしこれが敵の精神汚染で俺が冷静になったつもりなだけだったら俺詰んだわ。

思考が冷めきっているせいか、普段より幾分か投げやりになりながら周りを見回す。

未だ俺以外の生徒はこの異様な状況に呑まれたままだ。

俺の話を聞いてもらうには、一度こっちを向いてもらいたい。

いっぺんヴィランから意識をそらして現状何をどうするべきか把握してもらわないと始まらないな。

向こうに意識持ったままだとどっかの爆発小僧とか徹底抗戦だゴラァ!とか言い出しそうだし。

全員に聞こえるように強く手のひらを打ち合わせる。

パチィン!と乾いた音が周囲に響いた。

くっそ、思ったより痛てぇ……。

 

「全員注目!!」

 

自分の意識していなかった方向から大きな音と声が飛んでくれば人間誰だって驚く。

俺の思惑通り皆の視線が俺に集まった。

さっき俺が一人で自分の中の謎と格闘している間妨害電波がどうこうみたいな話を誰かしてた気がする。

気の所為だったらごめん。

取り敢えず出来ることは全部試しておいた方が良いか。

なら――

 

「上鳴、お前の耳についてるそれで校舎に連絡試せるか」

 

「へっ!?あ、お、おう!」

 

「相澤先生!俺達は避難で良いですか」

 

「ああ、それでいい。十三号、生徒を任せた」

 

相澤先生の言葉に十三号先生は頷く。

よっしゃ、それじゃあ急いで避難開始だ。

飛行系の個性持ちが相澤先生の頭の上を飛び越えてこないとも限らない。

 

「十三号先生、避難開始しましょう。委員長を先頭に二列縦隊でいいですか」

 

「お願いします。僕は階段側を見張ります。生徒達への指示は君に任せました」

 

「分かりました。全員今すぐ二列縦隊に並べオラァ!飯田!」

 

「な、何だ四ツ神君!?」

 

「お前を先頭に外に出るぞ委員長。相澤先生が下を抑えて俺達の後ろは十三号先生が見てる。あの靄がワープ系の個性だとしたらこっちに来る前になんとか外に避難しねーと不味いだろ。手早く行こう」

 

「こんな時でもここまで冷静だとは……。感服したぞ、四ツ神君」

 

「そりゃどうも。ほら、行くぞ」

 

「ああ!先頭は任せてくれ!皆、避難を開始する!俺の後ろについて来てくれ!」

 

「指図すんなクソメガネ!」

 

目を吊り上げて反論するも流れに乗ってちゃんと二列に並んでくれてる爆豪マジツンデレ。

需要はあまり無い。

轟は――よし、あいつもちゃんと並べてるな。

いい子だ轟!俺はお前をやればできる子だと知っていたぞ!

このクラスにおける集団行動が苦手な二人があぶれていない事を確認して俺自身も飯田のすぐ後に付く。

 

「十三号先生!出発します!」

 

「分かりました!行ってください!」

 

階段前に居る十三号先生に声を掛けるが、やはりこのまま俺達の後をカバーするポジションを続行するようだ。

俺達が逃げ切れば相澤先生も取れる選択肢が増える。

さっさとバスまで戻らなくては。

決してさっさとこの場から逃げ延びたいわけではない。

う、嘘じゃないよ?

 

「させませんよ」

 

聞き覚えのない声と共に目の前に黒い靄が現れる。

ユラユラと特殊な異形系と思われる体を蠢かせ、鋭い眼光が光る。

このもやもやさっき下で見たな。

さてはコイツが出入り口か。

予想以上に早い。

何もないとこから出てきたが、ワープゲートとか言ってくれるなよ?

それもうどこに逃げても逃げ切れねぇじゃんか。

しかしながら俺達が逃げようとしたのを阻みに来る所を見ると俺達が外に出るのは不都合があると見た。

しかしまぁ現状俺達と門の間に割って入られた以上どうにかしてコイツを退けないと外には出られなくなった。

見た目からして物理攻撃によるダメージはあんまし期待できない。

さて、どうしたもんか。

十三号先生のような個性で吸い上げてしまうのがこの手の異形型に対する最善手だと思うが、コイツはワープゲートだ。

十三号先生の個性は範囲の限定や威力調節が難しいように思える。

もしその力が十三号先生本人や他の生徒にワープでカウンターとして利用されたらと思うとゾっとするな。

何はともあれワープゲートのヴィランの胴体の横幅が尋常じゃない。

あれに少しでも触れたらアウトなパターンだったら全員戦闘を回避しての離脱は不可能だ。

なら、何が何でも飯田と上鳴を外に出して通信出来る距離まで走らせるのが現状のベストアンサーか。

 

「全員散開!固まってると一気に持っていかれるぞ!バラけて的を絞らせるな!」

 

俺が叫ぶと同時に全員が現状を理解してワープゲートを取り囲むように半円状になった。

つくづくこのクラスは優秀な連中が集まってる。

流石は300倍の倍率を乗り越えてきたエリート中のエリートってとこか。

上鳴とかただの阿呆なナンパクソ野郎だと思ってた。

すまん、上鳴。

罪悪感は一切ないが取り敢えず心中で気持ちの籠もってない謝罪しておく。

しかし、いくら優秀と言えども俺を含めて実戦経験があるやつは基本的にいないはずだ。

自分の体を操るセンス、そして能力。

それらがあるなら、後は俺が指示を出して判断力の代わりをしてやればまだなんとか犠牲を抑えられるか。

幸いなんか知らんけど今までの人生で経験したことがないくらい頭ん中スッキリしてるしな。

 

「おやおや、随分と頭の回る生徒がいるようですね。如何に雄英所属と言えど貴方方はまだ新入生。予想以上に行動が早いのでどういうことかと多少焦りましたが、先程の様子を見て理解しました。どうやら良きブレーンが居るようだ。しかし、それ故に残念です。この場に居る者全員、此処で死ぬのですから。ですが安心してください。皆さんが寂しがらないように平和の象徴も直ぐにそちらへ送りますので」

 

暗にオールマイトを殺すと言われ、生徒たちの間に動揺が走る。

しかし、その間にも十三号先生が俺達の前に出ようとする。

恐らく個性で靄を吸う気だ。

しかし、ワープゲートのヴィランは目と思われる光の部分をユラリと一度揺らすだけ。

あえて止めないところを見ると、やっぱり何らかの対抗手段が有ると見える。

というか俺自身が落ち着きすぎて気持ち悪くなってきた。

こういうのはもっとこう数学のテストとかで発揮してもらいたいんだが。

そしたら毎回毎回あんなひどい点数は取らないだろうに。

ちなみに勉強するという選択肢はない。

 

「皆さんどいてください!僕の個性で奴を――」

 

「駄目です。指先の発生源と別の何処かを繋がれたら先生自身や生徒の誰かが負傷する可能性があります。行動不可能なダメージを一人でも負えば現状の均衡が一気に崩れかねない。違うか?ワープゲート」

 

普段の俺のキャラじゃない高圧的な口調でワープゲートのヴィランに語りかける。

どっかの名探偵の犯人よろしく自分の手の内や動機を明かしてくれないだろうか。

見た目も結構似通ってて割と親戚っぽいし。

あっちが風邪ひいて収録出れない時に代役務めれる程度には似てる。

というか一応希望的観測の元発言してみたは良いものの、こんな見え見えの振りに答えてくれるだろうか。

 

「これは驚きましたね。まさかそこまで予測済みとは。恐れ入りました」

 

オイオイ……マジかよ。

言うんかい。

なんだ?お前ら悪役は手の内をバラさないと死んでしまう呪いにでもかかってんのか。

普通合っててもこの先戦闘が長引いて忘れた頃に決め手になる可能性が十分ある手札だったろ。

いや、実は意外と間抜けな天然キャラだったりするんだろうか。

いやーん!私ったらドジなんだから―!ってか。

このおどろおどろしい見た目で?

冗談は顔だけにして欲しい。

まぁ、ぶっちゃけどこが顔かイマイチ分かんないけども。

 

「飯田。スキを見て上鳴引きずって外に出てくれ。どこまでジャミングが届いてるか知らんが学校に繋がるまで走り続けろ」

 

すぐ横に居る飯田に小声で話しかけると、飯田がワープゲートに体を向けたまま顔だけ俺の方を見る。

 

「何を言ってるんだ!俺はこのクラスの委員長だぞ。皆を置いてはいけない!」

 

「飯田、これが現状のベストだと俺は思う。ワープゲートの範囲が予想以上に広い。あれの横を全員で通り抜けるのは無理だ。となれば俺が今言った方法が早く助けを呼べる可能性が一番ある。委員長、これはお前にしか出来ないことだ。俺達が全員で助かるために、頼む飯田」

 

「四ツ神君……。分かった、俺に任せてくれ」

 

よし、上手いこと飯田を焚き付けられたぞ。

見るからに信頼とかお前にしか出来ない雰囲気に弱そうとは思ってたが、ここまでとは思わなかった。

ヴィランが怖いからやりたくないとか無いんだろうか。

さすがヒーロー志望。

しかし、そのちょろさは今後もうちょっと考えたほうが良いと思うぞ飯田。

飯田との会話が終わると同時に両サイドにバラけていた切島と爆豪に視線を送る。

爆豪は舌打ち付きだったが、ふたりとも俺の言いたいことは伝わったらしく、先程より腰を少し落として突撃体制を取った。

そして悪役の呪いにかかったワープゲートのヴィランは律儀にもまだ動いていない。

冗談抜きにして本当に行動を起こそうとしない。

なんだ、何かを狙ってるのか?

物理無効でも爆豪のフルパワー爆風ならそれなりに靄は吹き飛ぶはずだ。

この隔離された場所で本来来るはずだったオールマイトを狙ってきたとも取れる発言から少なからずこっちの情報は漏れてると思ったほうが良い。

教師の情報は持ってるが生徒の情報は持ってない、とかか?

それにしても此処まで行動がないのは一体―――。

 

「さて、作戦会議は終わりましたか?それではそろそろ――」

 

「今だ!」

 

俺の合図とほぼ同時に爆豪と切島が飛びかかる。

躱すなりカウンターなり決めてくると考えていた俺の予測に反し、ワープゲートのヴィランは簡単に地面に叩き伏せられた。

 

「オールマイト以前に俺達にやられることは考えてなかったのか!?」

 

「危ない危ない……これも貴方の手引きですか?まったく、この統率力と言い判断力と言い、死柄木弔にも少しは見習ってほしいものですね。しかし残念なことに貴方はそちら側だ。それでは、散らして嬲り殺しにするとしましょう」

 

ワープゲートのヴィランの体が一気に膨れ上がる。

急速に増幅した黒い靄。

それは分厚く折り重なり、最早黒い膜となって俺達に襲いかかる。

一瞬で周囲を囲まれてしまい、皆良くて近くの誰かを黒い膜の外に突き飛ばすのがせいぜいだ。

俺としても完全に予想外のサイズだった。

此処までサイズを拡大できる異形型の個性は産まれて初めて見た。

この分だとこの場の殆どがどこかに飛ばされるだろう。

高所や宇宙空間じゃないことを祈る。

それにしてもこの靄、神経は少なからず通っているんだろうか。

痛覚があるなら炎の熱さに怯むかもしれない。

完全にダメ元だが、やらないよりはやったほうが良いな。

 

「朱雀!」

 

ゴウッ!と普段より勢いよく噴き出す炎と共に現れた朱雀を間髪入れずに握りつぶし、手に灯った炎を周囲の靄に向かって振り回す。

すると炎を避ける用意に俺の周囲の靄が晴れた。

おお、予想外のラッキーだ。

 

「下がれ飯田!」

 

俺の声にはっとしたように閉じかけていた膜の外へバックステップで退避する飯田。

気分はさながらポケモントレーナーだ。

そして直様その僅かな穴も塞がる。

黒い靄がこの膜内に溢れているせいで何も見えないが、他に人の気配は感じられない。

他のクラスメイトはもう皆どこかへ飛ばされたんだろうか。

炎の灯った右手を前に構え、左腕で吹き荒れる靄から顔を守る。

炎を振り回しても先程のように霧は晴れない。

どこかぶつけるタイミングやポイントが有るんだろうか。

 

「これが俗に言う万事休すか。いや、ホントこれ詰んだな」

 

他人事のように口から出てくる言葉に自分自身で若干引いていると、目の前にあのヴィランの目のような怪しい光が現れる。

 

「その気色が悪い炎。一瞬悪寒がしてたじろいでしまいましたが、やはり貴方は色々な意味で危険過ぎる。頭脳も、その謎の力も。きっとあの方も貴方の話を聞けば興味を抱かれるでしょう。ですが、貴方には確実に此処で死んでいただきます。それではさようなら」

 

気色悪いとかちょっと言いすぎじゃないか。

俺こう見えても割と傷つきやすいんだぞ。

そんな俺の心の訴えは伝わらず、強まる風に顔を歪めることしか出来ない。

そして俺はそのまま真っ黒なワープゲートに吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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アドレナリンどばどばな彼とクリクリお目目な彼女

祝!日間ランキング8位!


8/10修正


前々から修正したいと思ってた水難エリア脱出の下りを修正しました


「さて、これからどうすっかね」

 

現在俺は緑谷、峰田、蛙吹の三人と向かい合って作戦を練っている。

俺はあのワープゲートヴィランの個性でUSJ内の水難エリアに飛ばされた。

三人は俺よりも先にこちらへ飛ばされていたようで、俺は空中落下の途中で蛙吹の蛙特有の伸縮性の高い舌でキャッチされ、今俺たちが乗っている船へと退避したというわけだ。

ちなみに落下している最中に強引な力技で引っ張られたので、中学の時に修学旅行で行った大型アミューズメントパークでの出来事を思い出した。

超絶叫ジェットコースターなるキャッチコピーに惹かれて何十往復もした結果、帰り際ずっとトイレでゲロゲロ朝食と昼食をリバースしていた。

その時に轟がわざわざ男子トイレまで付いて来てくれて俺の背中を擦ってくれたのは大変心温まる思い出である。

ひとしきり吐き終えた後にもう一回行ってくると言った時は空っぽになった胃めがけて腰の入ったボディーが飛んで来たが。

ああ、中学の中堅学年は頭空っぽにして馬鹿やってられたなぁ。

あの頃に今の学力で時間遡行したい。

遠き懐かしき日の思い出に心を馳せるのも良いが、さすがにそろそろ現実逃避も潮時か。

名残惜しい気持ちを振り切ってこの場から脱出する方法を思考する。

 

「とりあえず皆の個性について認識を共有しておきたいんで、緑谷から説明頼んでもいいか」

 

「う、うん。四ツ神君は入試の時にも見たと思うけど、僕の個性は強力な増強型の個性だ。威力はすさまじいけど、その分強すぎるパワーに体が耐えられない」

 

そう言って緑谷は自身の右手を見る。

確かに入試の実技試験といいこの間の個性把握テストといいリターンが大きい分リスクも大きい。

体に対する負荷が他より一段と大きい個性だ。

内出血か、将又複雑骨折か。

あの赤黒く腫れ上がった個性発動後は見ているだけでも痛々しい。

 

「それであの指に腕か」

 

「うん……」

 

「となると治療なり痛みを誤魔化せる個性持ちがいない現状緑谷の個性を使わせるのは出来るだけ控えたいんだが、そうとも言ってられないんだよなぁ……」

 

その原因というか、理由というのがこれだ。

 

「クソガキどもォ!さっさと出て来いよォ!オラオラァ!」

 

「ビビッて泣いてんのかぁ?ギャハハハ!!」

 

そう、下の水難訓練用巨大プールでおっかないお兄さん達、というかお魚さん達がこの船にそれはもうがっつんがっつん体当たりしてくるのだ。

水難訓練用のボートとはいえ見た感じ普通にそこらの港にある船とそう大差は無いように見える。

そもそも、想定しているのは水難なんだから、水中で人類とは思えない身体能力を発揮する魚類の異形系個性持ちのタックルに耐えられるような設計をしているとは思えない。

現になんだか船から聞こえちゃいけないような気がする音がさっきから聞こえてくる。

そのうち船底に穴でも開かないか心配だ。

 

「そんじゃあ次に峰田」

 

「俺は頭のコレが超くっつく。一度くっついたら体調によっては丸一日は取れない。後俺自身にはくっつかない」

 

「ブドウだと思ってたけどそれ餅だったのか」

 

「別に餅なわけじゃねぇから!」

 

「んじゃ次蛙吹頼む」

 

「梅雨ちゃんと呼んでちょうだい、四ツ神ちゃん。私の個性は蛙よ。蛙っぽいことなら大体何でもできるわ」

 

「そう言やあす――梅雨ちゃんの個性はこの間の訓練の反省会の時にも聞いたな。それと俺のことは四方ちゃんで頼む」

 

「分かったわ四方ちゃん」

 

「ってお前らよぉ!そんなこと言ってる場合じゃ、ひぃえっ!?」

 

ぐらりと一際大きく船が揺れる。

峰田が船内でバインバインとバウンドしながら転がって行く。

小柄なせいで振動ですぐ転んでしまうようだ。

そういやこいつ、なんかいい感じのサイズ感だな。

船の中漁ってロープでもあったら峰田を餌に下の奴ら釣りあげられるんじゃないだろうか。

向こうとのサイズ比的にもベストマッチだと思う。

 

「なんだか悪い顔してるわよ、四方ちゃん」

 

「そんなことねーよ。至って真面目で品行方正な雄英高校生の顔だ」

 

一応というか適当に取り繕った返答を梅雨ちゃんに返す。

こんな馬鹿なことを考えている暇は無いのだ。

ちょくちょく思考をわき道にそらす張本人である俺が言えたことではないが、海の藻屑ならぬプールの藻屑にされそうな現状以外にも、一つ頭を悩ませる謎があるのだから。

謎、といってもさっきの唐突な発動よりは何となくだが条件に近づけた気がする。

俺は最初ここの空中に放りだされた時半ばパニック状態に陥った。

訳の分からない突然の落下に悲鳴を上げながら両手両足をバタつかせたが、勿論俺は鳥でもなければムササビでもないので落下のスピードが低下しなかったのは想像に難くない。

そしてその後梅雨ちゃんの直角カーブで助けれた訳なんだが、その直前に俺は水中から顔を出した鮫っぽいヴィランと目が合った。

その瞬間あのUSJの入り口で感じたのと同じ暖かさを胸に感じ、その後からはまたさっきクラスの皆に指示を出した時と同じように頭の中が冴えていった。

余計な思考を取り払い、驚きと恐怖で搔き乱された思考がスッとクリアになっていく感覚。

あれはヴィランと対峙することが発動条件なのか、それとも自身が危機的状況に陥ることが発動条件なのかは分からない。

しかし、ヴィランと目が合うまで発動しなかったところを見るに、後者の線は薄いように思える。

ヴィランが発動のトリガー、またはそれに近い何かであることは恐らく間違いないだろう。

 

「まぁ、今現段階で分かってるのはこんなもんか。さて、そんじゃあこの船が沈む前にどうにか脱出することを考えないとな訳なんだが、誰かなんかいい案あるか?」

 

「四ツ神おめぇなんでそんな落ち着いてんだよぉ!」

 

「峰田ちゃん、うるさいわ」

 

涙目の峰田が絶叫しているが、梅雨ちゃんは完全にガン無視である。

思いのほか梅雨ちゃんの峰田への当たりがきつくて驚いた。

大体誰にでも緩く優しくな生暖かい性格だと思っていたが、案外ズバズバいける口のようだ。

蛙っぽいクリクリお目目の内側では何か黒いモノが渦巻いているのかもしれない。

 

「さっき峰田君と蛙吹さんには話したけど、現状僕らがするべきことは戦って勝つこと。オールマイトを殺させるなんて、絶対阻止しなくちゃだめだ」

 

静かに、しかし力強く話す緑谷。

自分に言い聞かせているようにも思えるその言葉は、きっとオールマイトへの尊敬以外にも親愛や憧れ、色々な感情が込められているのだろう。

しかし、口で言うのは簡単だがそれを実行するのは現状を鑑みるに酷く成功率の低い話だ。

そもそも俺達が目指しているのはヒーローなのだ。

ヴィランとヒーローでは勝利条件も選択肢もまるっきり違う。

そこには大きな有利と不利が生じる。

どうにかして下で海水――淡水浴してやがる半漁共をやっつけたい。

ああ、轟がいたらそのまま水ぜんぶ凍らせて貰えたのに……。この広いドームの中の何処かに居るであろうマイハニー轟へと思いを馳せるが、一向にスーパーヒーロートドロキンが俺達を助けにかっ飛んでくる様子はなかった。やんぬるかな。

えいえいおーポーズで背中にマントを付けた轟が空を飛んでいる妄想をかき消して現状の打開策を探す。

 

「この船って動かないのか?」

「さっき見てきたけど、どうやら鍵が抜かれていて動かせないみたい。操作自体はタッチパネルで簡易化されているみたいだったけど」

「鍵は恐らく職員室かこのドーム内の何処か管理室的な所で保管されているだろうし、今この船を動かすのは現実的じゃないね……」

「ど、どうすんだよぉ!早くしねぇとこの船沈んじまうんじゃねーのか!?」

 

焦る峯田の言葉に緑谷と梅雨ちゃんも苦々しく顔を歪める。

この船は鍵がなくちゃ動かない。うーん、鍵?

そこまで考えた所で俺の脳内に電流が駆け巡った。顔を勢いよく上げれば、何やら緑谷も思いついたようで目を見開いてこちらを見ている。

 

「なぁ緑谷。俺、この船動かせるんじゃないかとか思ったんだけど」

「そ、そうだよね!僕も今そう思ってた!」

「けろっ?でも、鍵がなくて動かないってさっきまで話してたわよね」

「そ、そうだぜ。鍵は何処か別の場所にあるからどのみち下の奴らをどうにかしなくちゃいけないって話だったろ?」

 

二人の話を聞いた俺と緑谷は顔を見合わせてニヤリと笑う。

 

「鍵がないなら」

「作れば良いのさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「四ツ神君、どうかな?」

 

緑谷の言葉をせぬ受けながらうーんとかすーんとか言いながら作業を進める。

現在俺は船の操舵室でエンジン用の鍵穴に右手を押し付けながら唸っていた。別にこれは俺が危険な局面で脳みそがイカれたせいで新しい何かに目覚めたとかそういうことではない。俺のもつ個性、具体的に指定すると白虎の能力だが、大きさはしょぼい上に色は赤黒いせいで見た目があまりよろしくないが金属を作り出せる。手のひらから生み出すそれを、鍵穴に向けることで鍵を作ってしまおうと考えたわけだ。

初めは金属として生み出された時点でカチカチなら穴にうまく入らないのではないかと懸念したが、俺の意図したとおりに成長するかのごとく鍵穴の隙間を埋めていった。

その代わりと言っては何だが、鍵穴だけでなくその周りを含めて根を張る様に定着してしまったため、常に鍵穴から赤黒い取っ手が伸びていることになる。

今後はこれをそのまま使うか鍵の部分だけ付け替えるかこの船を再購入して頂く必要があるだろう。

ま、まぁ俺達は緊急事態故に仕方なくこうしたということで……。

現実逃避をし終えたあたりで完全に鍵穴を俺の生成した金属で埋め尽くすことが出来た。

そして鍵穴を埋め尽くした金属はそのまま外に飛び出し、そのままつまんで回すことの出来る取っ手を形成している。

最早セキュリティのせの字もなしていないが、緊急事態故に以下略。

 

「よーし、出来たぞ。よっこらせ」

 

掛け声とともに取っ手をひねると、船のエンジンが指導する音と共に目の前に合ったタッチパネルに光が灯る。

前進や後退など簡易的な操作であれば、このタッチパネルで行えるようだ。便利だね。

 

「やったわね、四方ちゃん!」

「すごいよ四ツ神君!」

「へへ、俺にかかればこんなもんお茶漬け前よ」

「それを言うなら朝飯前ね、四方ちゃん」

「あ、あはは、色々混ざっちゃったね」

「なぁ!せっかく移動できるようになったんだろ!?なら早くこっから離れようぜ!」

「そうだな。それじゃあそんあに距離なさそうだし、何より俺に船を操作した経験がないんでゆっくり、ゆっくり岸に寄せていこう」

 

絶妙なタッチパネルの操作具合でぽちぽちと船を動かしていく。

やがて船は中央広場近くの陸地へと近づき、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ陸地にぶつかった。ちなみに効果音はボゴォンだ。俺を含めて全員が船内で派手に転けた。

ダイナミック接岸した俺達は中央広場からほど近い水難エリア側の公園スペースのような場所に降り立った。水中のインスマス達だが、俺達を追いかけてこないように青龍に撹乱してもらっているのでまだしばらくは大丈夫だろう。ちなみに青龍は超高速で泳げるトカゲである。ちっちゃな水かきがついているとはいえ、どうやってあの推進力を実現しているかは長年の謎だ。

中央広場に隣接した茂みに近づき、様子を伺う。

あらかじめ他の三人には何かあれば直ぐに退避するように言ってある。

退路にヴィランがいないことが前提だが、この一体のヴィランはほとんど相澤先生に釘付けで、残る他はノックアウト済みだ。

その状態から俺達を追いかけてきたら凄まじい執念だ。暴行犯じゃなくて性犯罪者として取り締まったほうが良いと思う。

四人で横並びになって顔を出す。

広場では相澤先生が近接戦闘で多数のヴィランを相手に立ちまわっていた。あの細い体で良くあれだけ動き回るもんだ。明らかに対格差のある異形型のヴィランも自分の体重と落下のエネルギーを上手く使って軽くあしらっている。

と言ってもそれだけであんな漫画みたいに人間大の物がぶっ飛んだりしないはずなので、あの布なのかすら怪しい固ったい帯に仕掛けがあると思われるが。

 

「思いのほか戦況は上々だな」

「うん、相澤先生凄いね。僕らが来るまでもなかったんだ」

「おいこら。まるで助けに入る前提みたいなこと言うな。俺達が突っ込んでも邪魔になるか動揺した相澤先生が今まで躱せてた攻撃食らう未来しか見えねーぞ」

 

助けに来ました!って飛び出して行って何やってんだお前ら!とかなって相澤先生背中からナイフでぶっすりいかれて次に俺らもサクッと始末されるとかどこのギャグだ。

相澤先生がやられたら後は俺らも数に囲まれてとんとん拍子で始末される。

ハイハイハイハイだ。

自分で自分がやられるピタゴラスイッチ起動しちまってんじゃねーか。

緑谷の自滅覚悟の牽制攻撃だって数に限りがある。

残りの俺を含めた三人はお世辞にもガタイのいい異形型相手に肉弾戦出来るような鍛え方もしてなければそれを埋められる個性でもない。梅雨ちゃんは水中ならどうにでもなったかもしれないが、陸上じゃあ蛙の機動力だって制限される。

峰田はまぁ……囮にぐらいはなるかも。

詰まる所どういうことかと言われれば、さっきの作戦がうまくいったからって調子に乗らず大人しく邪魔にならないように見てろってことだ。

まぁ、流石に目の前で相澤先生が殺されそうにでもなれば行かざるをえないとは思うけど。

 

「てかさっきから静かだけど峰田は――うわぁ」

 

船上からずっと喚いていた峰田がやけに静かだと思い、峰田が居るであろう方向を見ると、派手に芝生とベロチューをかましていた。梅雨ちゃんの両手が峯田の後頭部を固定し、当の峯田本人はビクンビクンと死にかけの生魚のごとく痙攣している。

何があったか、なんてことは聞くまい。

触らぬ神に祟りなし。

なむさん。

こんな緊張状態であるはずの状況下でもブレない峰田に苦笑いを零しつつも、ヴィランとの戦闘中である相澤先生へ視線を戻す。

これまで相澤先生有利で進んでいた戦況だが、ここに来てヴィラン側に動きが見られた。

 

「ん?あの手だらけ前に出るのか」

 

今まで後方の安全地帯に居るだけだった全身に手を取り付けた襲撃して来たヴィランのボス、または幹部クラスと思われるヴィランが動き出した。

手だらけのヴィランは一直線に相澤先生へと向かっていく。

相澤先生もそれを迎え撃つ構えだ。

相澤先生としてはここで敵の中枢となっているであろう奴を潰し、残りの有象無象に少なからず動揺を与えて一気に切り崩したい所か。

今までも多対一で戦えていたのだから、更に混乱状態にでもなってくれれば制圧は容易いだろう。

相澤先生と手だらけの距離が見る見るうちに縮まり、お互いが接触。

相澤先生の肘がうまく決まった―――かのように見えた。

 

 

「ひっ!?」

「けろっ!?」

「せ、せんせぇの、ひ、肘が……」

「あれは、なんだ。見た感じ崩れたように見えたが……」

 

動揺する三人は、異様なほど冷静な俺を信じられないと目を剥く。

そうか、通常状態ならここは動揺するところか。

やばいな、徐々にこの半ば強引に冷静にさせられる状態に慣れてきたせいで常識的な判断が出来なくなって来た。というか今は自分と交戦状態のヴィランは居ないはずなのに効果が発揮されているな。

てっきりヴィランが俺を認識していないと発動しないもんだと思ってたんだが。

さっきの効果が持続してるのか?

………分からん。

 

「お、おお、お前なんでそんな冷静なんだよ四ツ神ぃ!怖えぇよ!俺は今お前が一番怖えぇよ!」

 

「静かにしてちょうだい峰田ちゃん。ヴィランに見つかってしまうわ。でも、私も少し驚いたわよ四方ちゃん。だってあなた、あんまりにも無反応なんですもの」

 

そうだね、そうだよね。

普通出会ってそう間もないとはいえ自分の知ってる相手がヴィランにやられて大怪我したら多少は心配なりなんなりするよね。

ヴィランの個性の分析とかしだすの俺ぐらいだよね。

 

「いや、違うんだ梅雨ちゃん、聞いてくれ。俺もよく分かんないんだがよく分かんない個性がなんやかんやした結果俺は今超賢者モード的な何かになってるんだ。決して俺はサイコパスや精神異常者じゃない。だからそんななんだこいつやべえ奴じゃねえかみたいな目で見るのは止めて欲しい」

「別にそういう目で見た覚えは無いけれど……」

 

梅雨ちゃんのその蛙お目目で見つめられると自分の中身を見透かされてるみたいでなんだかソワソワするんだよ。俺からしたら梅雨ちゃんが一番怖い、という言葉を飲み込んで、劣勢に追い込まれていく相澤先生を見守る。

片腕を潰されたにも拘わらず、見事な体さばきで迫るヴィラン達をなぎ倒す相澤先生だが、やはり体力的にも限界が近いのか、どんどん追い込まれて行く。

このままだと相澤先生はそうかからない内にやられる。

そうなれば俺達は傍観を止めてどうにかここを離脱しなくてはいけなくなる。

一応隠れてはいるつもりだが、俺たちから向こう側が見えているということは、少なくとも向こう側からも俺たちの顔半分は見えているのだから。

手だらけの意識が相澤先生へ向かっている今飛び出して入口へ向かうべきか。

しかし、強行突破するには雑魚ヴィランの数が多い。

火力不足機動力不足に調節不可能の大規模攻撃。

何ともまぁこの場を離脱するのに不利な個性ばっかり集まったもんだ。

最悪相澤先生がやられそうになったら俺が出てって口八丁で時間稼ぐか。

他の三人に話術で時間を稼ぐなんてことができるとは思えないしな。

しかし、俺のこの考えは即座に裏切られることになる。

 

 

強大で凶悪、そして余りにも無垢な黒い手が、相澤先生を呆気なく叩き潰した。

 

 

 

 

 

 



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見つけた俺と気づいた君

グロテスクな表現があります。
ご注意ください。


ずだん、ずだん、ぐちゃり。

 

何度も何度も目の前で繰り返される目を背けたくなる惨劇に、俺達は動けないでいた。

相澤先生の頭を黒く大きな手が強く鷲掴んで離さない。

先生の顔は叩きつけられる度にべったりとした粘液質な血で赤く染まっていく。

地面との間に血の糸が伸び、見ただけで鼻からも額からも大量に血が流れ出しているのが分かった。

今直ぐに助け出せたとしても後遺症はまず免れないであろう重症。

顔面への強烈なダメージ、となれば目を酷使する相澤先生の個性にも少なからず影響が出るだろう。

いや、後遺症で済めばまだ良いが……。

 

「あ、相澤、先生……」

 

「そんなっ、先生はプロなんだろ!?それが、あんな簡単に……」

 

「おい、もう少し下がるぞ。あんなバケモンよりはまだあの魚共のほうが百万倍マシだ。アレは、小細工が通用する次元の生き物じゃない」

 

下がると聞いて緑谷と梅雨ちゃんが勢いよく俺を見る。

その恐怖と罪悪感に駆られて唇を噛み締めた顔を見れば相澤先生を置いて行きたくない気持ちはありありと伝わって来る。

だが、アレと戦ったとして俺達に勝機はまず無い。

そもそもきっと戦いにすらならない。

一方的な殺戮。

圧倒的な力で知恵も工夫もねじ伏せられる。

今現在相澤先生がそうされているように。

先生は顔を持ち上げられる度に奴を視界に入れるように首を曲げている。

きっと何度も個性の抹消を行っているはずだ。

それでもあのパワーを維持し続けている。

異形型の個性は消せないようだが、現状を鑑みるにどうあれあのパワーを減衰させることは出来ないということだ。

パワーを何とかする手立てが無いということはイコールで俺達の勝機も無いということになる。

それに相澤先生が何の抵抗もなくああなるとは今までの戦闘を見ていても思えない。

あの身軽な相澤先生を捕まえたということは、ただの愚鈍な肉達磨ではないことは確かだ。

パワーがオールマイトと同等でスピードもオールマイト同等なんてえげつないチート性能でもあろうものなら手の施しようなど思いつかなかった。

そもそも手を施そうと考えた時点で詰んでいるのだ。

ともかく今は一刻も早くこの場から遠ざかるのが先決だ。

此処で相澤先生を殺された挙げ句俺達も全滅なんて結果はきっと相澤先生本人も望んでいない。

緑谷と梅雨ちゃんを説得するために再度口を開こうとした時、手だらけの男の隣についさっき嫌という程眼の前で見せつけられた黒い靄が渦巻く。

黒い靄は揺らめきながら人形を取り、手だらけの男の隣に立った。

 

「おい黒霧、十三号は殺ったのか」

 

「行動不能には出来たものの、散らし損ねた生徒がおりまして……。二名、逃げられました」

 

「――は?」

 

素っ頓狂な声を上げて黒い靄を、黒霧と呼ばれたヴィランを見る手だらけの男。

苛立ちを顕にして唸り声を上げながらガリガリと指で首をひっかく。

表皮が破れて地面に落ち、徐々に首には血が滲んでいった。

それでも首を掻き毟る事を止めない手だらけの男だったが、唐突に何かを思いついたようにピタリと静止する。

 

「流石に何十人ものプロ相手じゃ敵わない。ゲームオーバーだ。帰ろっか」

 

まるでゲームで負けて興味を失ったかのような発言をする手だらけの男。

これだけの大規模な計画を結構しておいてそんな簡単に帰るなんて普通言うか?

幾ら何でも諦めるのがあまりに早すぎる。

どんだけ飽き性だ。

三日坊主もびっくりな疾走感だ。

発言、風格、その他のどれをとってもアレがこの襲撃の首謀者とは思えない。

となると奴らにはまだ上がいる。

この場に姿を見せず、実行部隊の全てをあのちゃらんぽらんなキッズ脳をしたイカレ野郎に任せ、裏で全ての糸を操っている誰かが。

深く思考の海に潜り、誰が、一体何の目的でこんな事をしでかしたのかを考えた。

だから、そのタイミングに一歩で遅れてしまった。

 

「その前に、平和の象徴の矜持を少しでも――」

 

悪意の塊を視線に乗せてぶつけられたような悪寒。

気がついた時には既に遅かった。

直ぐ側まで手だらけの男の手が伸びている。

慌てて隣に居る緑谷の襟首を引き倒すが、狙いは緑谷ではないことに気がついた。

更に、もう一つとなりの―――

梅雨ちゃん!と声が喉から飛び出すよりも早く、男の手が梅雨ちゃんの顔へと伸びる。

さっき相澤先生の肘を崩した個性。

それが頭を鷲掴みにされたら一体どうなってしまうのか。

具体的な想像はつかないが、少なくとも無事では済まないことは分かった。

スローモーションになったかのようにゆっくりと世界が動いている。

男の手が、少しずつ、少しずつ梅雨ちゃんの顔へと伸びていく。

それが触れた結果を、崩れてバラバラになる梅雨ちゃんの頭部を幻視するほどに極度の緊張状態。

だが、いくら頭が回っても体は間に合わない。

そしてついに男の手が梅雨ちゃんに触れた。

しかし、何も起こらない。

どういうことなのか。

その疑問を口に出す前に俺は脳みそむき出しのヴィランに押しつぶされているであろう相澤先生を見た。

先生の瞳が赤く輝き、手だらけの男を捉えているのが見えた。

間違いなく限界を超えた怪我を負って尚その目は爛々と光っている。

 

「ほんと、かっこいいぜ。イレイザーヘッド」

 

手だらけの男がそう言った直後に相澤先生は再び地面に叩きつけられた。

それを合図に俺と緑谷が動く。

 

「手ぇ離せッ!!」」

 

「ふたりとも伏せろ!」

 

緑谷の拳が手だらけの男に向かって炸裂する。

まるで爆薬が爆発したかのような風圧から逃れる為に、俺は梅雨ちゃんと峰田を押し倒すように押し込む。

背中に強烈な風を受けて三人して後ろへ吹っ飛んだ。

地面に叩きつけられた痛みに呻きながら二人と顔を見合わせ、お互いの無事を確認する。

どうやらお互い怪我は無さそうだ。

それにしてもさっきの梅雨ちゃんはめちゃくちゃ冷や汗もんだった。

相澤先生があの手だらけの男の個性を消してくれていなければきっと梅雨ちゃんは今頃最悪死んでいた。

あの個性が体の部位をどれだけの速さで破壊できるのかはわからないが、少なくとも頭蓋骨の露出、または崩壊もあり得ただろう。

今目の前にいる相手がそんな事になっていたかもしれないと思うとゾッとする。

そう酷い飛ばされ方じゃなかったのか、徐々に痛みが収まってきたことを感じながら立ち上がる。

視線を正面へ戻すと、緑谷が先程まで相澤先生を攻撃していた脳みそむき出しのヴィランに捕まっている所だった。

あわや緑谷がやられる、という所で施設の入り口から大きな音が響く。

俺達もヴィラン達も、自然とそちらへ視線が吸い寄せられた。

カツ、カツ、カツと革靴の音が静まり返ったUSJ内に響き、俺達が待ち望んだ存在が姿を表す。

 

「もう大丈夫。私が来た!!」

 

その声を聞いて生徒達は歓喜の声を上げ、ヴィラン達は慄く。

ただ一人、俺達の目の前に居る手だらけの男を除いて。

手だらけの男はニチャリと口角を上げ、小さな声で呟いた。

 

「あぁ、コンティニューだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オールマイトがUSJに到着してものの数秒。

たったそれだけの僅かな時間で俺達と相澤先生を救出してみせたオールマイトは、相澤先生を倒したあの脳無と呼ばれる脳みそむき出しヴィランと相対した。

オールマイトの規格外なパワーでボディや顔面にパンチが繰り出されていくが、それを何でもないかのようにダメージを受けていない脳無。

オールマイトが一度後へ引いて距離を取ると、手だらけの男が脳無はショック吸収の個性だと語りだした。

それを聞いたオールマイトは地面へ脳無を突き刺すことで動きを封じようと試みるが、これこそが相手の思惑だった。

黒霧のワープゲートで地面に突き刺さるはずだった脳無をオールマイトの背後から出現させ、オールマイトの両脇腹にその黒い手を強く突き立てた。

オールマイトの左脇腹からは出血が見られ、恐らく過去の傷か何かが開いてしまったと思われる。

そんな中、緑谷は梅雨ちゃんに相澤先生を預けてその場を駆け出した。

 

「オールマイトッ!!」

 

「待て緑谷!」

 

オールマイトがピンチ。

ただそれだけが今緑谷の思考を満たしている。

走る緑谷の背を追って俺も走り出すが、このままだと追いつけない。叫んで声を掛けるが、それでも止まる様子はなかった。オールマイトの命の危機で完全に冷静さを失ってしまっている。今目の前に居る相手はワープゲートだ。突っ込んでくる緑谷をそのまま素通りさせる訳がない。

最悪天井付近に吐き出されてそのまま落とされる。

あいつの個性なら地面へパンチを撃って風圧で相殺できるかもしれないが、失敗すれば緑谷はそのまま地面と激突コースだ。

ワープゲートがオールマイトへと手を伸ばす緑谷の目の前に開かれ、腕が半分飲み込まれる。

その直後、俺の頭上を爆発ヘアーのツンデレ野郎が爆風と共に通過していった。

 

「どけ、邪魔だァ、デク!」

 

爆風で緑谷ごと靄を吹き飛ばし、黒霧の首らしき部分にあった金属製の装備を掴んで地面に引き倒す爆豪。

そして爆豪の奇襲と同時に背後から氷の道が脳無の体へと伸びて行った。

氷の道は脳無の体と接触し、脳無の体を凍りつかせた。

それを好機と見たオールマイトは脳無の拘束を抜け出し、左脇腹の傷を庇いながら俺達の近くまで後退する。

緑谷達がオールマイトと戦う逃げろの問答をしている間に俺は轟に話しかけた。

 

「よう、お互い無事だったみたいだな」

「そうだね。ただ、そっちは土まみれみたいだけど」

「ちょっと童心に帰りたい気分でな。魚と一緒に泳げる水族館をスルーして近場の公園に行ってきたんだ。ちなみに水族館の方はサメとかタコとか色々いたぞ」

「それ、もうちょっと可愛いのいなかったの?」

「残念ながらな」

 

肩をすくめる俺にため息で返す轟。

何時も通りの心地いい会話がこの場で他の何より轟の無事を感じられた。今までずっと心の何処かで引っかかっていた轟の安否。その不安が無くなると、一気に強張っていた心が開放されたような気分になる。ニヤリと口端を上げて笑いかけると、轟も俺の方を見て少しはにかんだ。

他の何よりも心の中が満たされる一時。

こんな状況にもかかわらず、ついつい笑いがこみ上げてきてしまった。早くこんな面倒事は終わらせて轟と冗談を言いながら笑い合うような楽しい日常に戻りたい。

頼むからこのまま誰も傷つかず、終わってくれ。

全員無事にここから帰ることを強く、強く願う。

しかし、そんな願いは即座に否定されることになった。

 

「脳無。お前を凍らせたあの女を殺せ。また邪魔されたら鬱陶しい」

 

「――ッ!!」

 

脳無を凍らせた女を殺せ。

その言葉が聞こえた瞬間、今まで自分の中にあった楽観的な思考は全て飛び去った。

考えるよりも先に体が動くとはきっとこんな感じなんだろう。

個性のお陰で手に入れた冷静な思考も、頭を過ったこの後の自分の姿も全部全部置き去って、ただ右足と左足を交互に動かした。

向こうが動き出してからじゃ間に合わない。

だから、先にそこに辿り着く。

今まで人生で走った中できっと一番早く走れて居るのではないかと自分でも驚くほどの速さで走った。轟はまだ俺が走ってきていることに気がついてすらいない。

俺は左手を千切れんばかりに伸ばして轟の肩に触れた。

そして走ってきた勢いと体重を乗せて轟を思いっ切り突き飛ばす。

体格は男の俺のほうが当然大きいし、体はヴィランの方を向いていたので轟は簡単にバランスを崩した。

突然強い力で押された轟は、何が起こったのか分からないような呆けた顔で俺を見る。

俺がさっきのようにニヤッと笑って見せると、轟は今にも泣き出しそうな顔で俺へ手を伸ばす。

轟のその顔を見た瞬間、俺はどうしてこの学校へ来たのかを理解した。

 

 

初めはただ笑ってくれるだけで良かったんだ。

綺麗な顔してんのにお前ときたらずっとぶっきらぼうでつまんなそうな顔してやがる。

だから、ほんの興味本位でちょっかい出した。

中々笑ってくれなかったからこっちも意地になってお前の所に通いつめた。

ある日突然特別面白くもない話でこぼすように笑ったお前の顔を、今でもよく覚えてる。

なぁ轟、そんな顔しないでくれよ。やっぱりお前は笑ってんのが一番だ。

俺はさ轟。

ただ、お前が幸せそうに笑っててくれればそれだけで良かったんだよ。

 

 

宙を漂う雫は、果たしてどちらの瞳から溢れたのか。

視界の端に黒い何かが映る。

本当に、浅はかで欲望まみれで酷く独善的な感情だと我ながら呆れてしまった。

こんな感情、轟は許してくれるだろうか。ヴィランからの襲撃を受けて、今現在殺されかけているというのに頭に浮かぶのはぷりぷりと真顔で怒る轟のことばかり。

色んな意味で本当に自分に呆れてしまう。

俺が自嘲をする僅かな時間もなく、腹部への強烈な衝撃と共に俺の意識は刈り取られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気がつくと俺はどこまでも続く暗闇に立っていた。

右を見ても左を見ても、上を見ても左を見ても、どこまでもずっとずっと真っ暗だ。

視界の中を全部真っ黒なペンキで塗りつぶしたらきっとこんな感じだろうか。

ここはどこだろう。

何だか頭が回らない。

酷く眠くて、力が入らなくて……。

どうしようもなく諦めてしまいたくなる。

ああ、もうこのまま意識を手放してしまおうか。

もう何をする気も起きないや。

ぼんやりと意識が闇に溶けていく。体から、心から大事なものが溶けて出していく。

 

 

 

 

 

 

 

くらい。

ここはどこ?

さむい。

さむい。

さむい。

おなかあつい。

おなか、あつい。

おなか、さむい?

さむい、さむい。

 

あか。

まっかっか?

あかあかあかあかあかあか。

 

おなか、いたい?

せなかも?

うでもあしも?

ぐにゃぐにゃ。

 

ばらばら?

ばらばらばらばらばら。

 

 

 

ひかり?

あったかい。

まぶしい。

あんしんする。

優しい。

力が戻ってくる。

誰だ?

揺らめいてる。

炎の鳥?

なんだ、なんて言ってる。

聞こえないよ。

もっと聞こえるように言ってくれ。

俺はどうしたらいい。

俺はどうしたら――――

 

翼?

翼を、俺に貸してくれるのか?

そっか、ありがとう。

それがお前の本来の姿なんだな。

ちっこくて丸々としたいつもの見た目とは大違いだ。

今は無理でも、何時か向こうでお前にお礼を言うよ。

そう意地悪言わないでくれ。

俺だって一応それなりに頑張ってるんだ。

いやいや、今ここで焼き鳥なんて言わないよ。むしろお前今デフォルトで燃えてんじゃん。

わわ、ごめんって、突くなよ。勘弁してくれ。

そのサイズで首振られると結構痛い。

それじゃあ他の三人にもよろしく頼む。

俺はもう行くよ。

ああ、もう少しだけ頑張ってみる。

本当にありがとう。

それじゃあ、またいつか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四ツ神君が吹き飛ばされて、直ぐに追いかけようとした轟さん。

オールマイトに止められて今は一応下がってくれているけど、今直ぐにでも助けに行きたいって気持ちが伝わってくる。

オールマイトも四ツ神君を助けられなかった事を酷く悔やんでいるようだった。

本来は自分がそうするべきだった役割を生徒にやらせてしまったという後悔。

そして超再生の個性で手足を復活させた脳無への焦り。さっきも十数回近距離でパンチを打ちったけど、オールマイトが押されているようだった。

オールマイトは途中からずっと左側を庇うように戦っていて、満足に本気を出せていない感じがする。初めてオールマイトと出会った日にビルの屋上で見せてもらった大きな傷跡。傷の開き具合が思った以上に酷いらしく、今も息が荒い。

四ツ神君の時も傷の痛みと予想以上の速さの脳無の動きのせいで間に合わなかったんだと思う。

 

「あれれ~?そんなんで良いのかよ平和の象徴。歯ごたえなさすぎだぜ?ラスボスなんだからもっとしっかりしてくれよなぁ」

 

「死柄木弔、油断は禁物です。あの方もおっしゃっていたでしょう。手負いの彼には気をつけろと。最後まで気を抜いてはいけません」

 

「チッ、分かってる。おい、脳無。オールマイトに止めを刺せ」

 

そんな事させてたまるか!

そう叫びたくても、僕にはどうすることも出来ない。

傷を負っているとは言えオールマイトが押しきれない相手に、一体どうしたら。

そんな時、全く意識していなかった方向から爆発が起きた。今までライトが消されて薄暗かった施設内に、強烈な閃光が走る。視界を埋め尽くすほどに大きな炎の塊。

轟々と炎が上がっているのにどうしてか熱くない。

むしろなんだか安心するような、不思議な温かさを感じる。

 

「づあぁっ!!?何だこれ!?!?脳無!!俺を守れ!!!ああああ!!?あづいあづいぃっ!!!!」

 

「ぐぅっ!?し、死柄木弔!!!」

 

僕らがなんともない中、脳無以外のヴィラン達が急に苦しみ始める。

まるで直に炎で炙られているかのように藻掻き苦しみだす彼らは、地面をのたうち回って尚苦しみ続けていた。

僕らが呆気に取られている中、炎の中から人影が現れる。

その人は、まるで何気ない、何時も朝教室に入って来た時のような気軽な声でヴィラン達に話しかけた。

 

「うーっわ、痛そうだなぁ。ま、俺も腹に穴あけられたし、これでお相子って感じか?」

「お前、何で生きてんだ!さっき脳無に確実に殺されただろうがぁ!!」

 

脳無の陰に隠れながら、死柄木弔と呼ばれるヴィランが声を上げる。

 

「そりゃあお前、あんだけ良いパンチもらったら、なぁ?」

 

四ツ神君はいたずらっぽく、口端をニヤッと上げて笑う。

 

「お返ししたくなっちゃうだろうが」

 

四ツ神君は背中から吹き出した大きな炎の翼を揺らし、右手をグッと脳無に向けて突き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とかかっこつけて言ってみたは良いものの、ぶっちゃけこの状態はそう長く持たなさそうなんだよなぁ。

そもそもさっき俺が負った傷と呼んで良いのか悩むほどのダメージは本来俺を余裕で死に至らしめるだけのものだった。それなのに俺はまだこうして立っている。

有ろう事か、対ヴィランに有力な強力な能力まで発動して。あまりはっきりとは覚えていないが、あの時暗闇のなかで翼を貸して貰ったことだけは分かる。

燃え盛る炎を身に纏う神々しい火の鳥。

きっとアレが朱雀の本来の姿だ。

普段俺が呼び出すギャグアニメよろしくなふてぶてしいひよことは比べ物にならない圧倒的な存在感。そんな人智を超えた存在の力を盛大に振るってしまっている現在の俺だが、身に余る力の扱いを失敗してしまった時の代償は緑谷を見ていれば良く分かる。

俺が今やってることは言わば結果の前借りだ。

結果とは必ず過程を伴うもの。

過程がなくては結果は存在し得ないし、その逆に結果が存在するならば過程が存在しなくては矛盾が生じる。

努力もせずに結果だけ貰うなんてそんなのはずるだ。

当たり前の法則を捻じ曲げた代償はきっと緑谷のような骨折なんて生半可なもんじゃないだろう。ましてや失うはずだった命を拾ってしまったのだ。反動はどんなものがぶっ飛んでくるかなんて想像もつかない。外傷ならまだしも、最悪個性にも後遺症が起こる可能性だってある。

ざっくり言うとオレツエー過ぎて後が怖い。

そこは朱雀がいい感じにしてくれていることを願ってこの場では置いておく他ない。

どんだけ頑張ったって俺がどうこう出来ることが現状で何もない以上考えないようにしておくのが吉だ。

死なないよね?せめて昏睡状態くらいにしておいてほしい。

ぶっ倒れたりしたらしたで後で轟に延々小言を言われそうで怖いが。

このスーパー朱雀タイムが終わった後の事を考えると気が重いなんてもんじゃないが、取り敢えず俺が今するべきことは多分――

 

「よう、轟。さっきぶりだな。ちょっと熱血系男子になって帰ってきたわ」

 

眉を少し上げ、両手を軽く広げて体を見せる。

ジャージの腹部にはどでかい穴が空いているが、そこには傷跡もなにもないまっさらな肌が見えていた。

傷一つ負っちゃいないぜ、とアピールする。

すると轟は左右で色の違う瞳を大きく開いて潤ませた。

瞼の中から堰き止められる水量を超えた涙が決壊してボロボロと頬を伝う。

 

「――馬鹿じゃないの、ほんと」

 

涙目で声を震わせる彼女は、綺麗な顔をくしゃっと歪めてちょっとブサイクに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本格的に泣き出してしまった轟から視線を外して手だらけの男、死柄木弔を見る。

どうやら脳無の陰に身を隠して熱をやり過ごしているようだ。

脳無の体は何一つ傷のない状態のまま。

表面が焼けて再生している様子もない。

となればやはり奴に意思と呼べるものは存在しない、または極端に小さくなっているようだ。

まさしく()()と言ったところか。

 

「さて死柄木弔。早いところ降参するのが身のためだと思うんだけど、そこんとこどう思う?」

「クソッ、クソッ、クソッ!バケモンが!おい黒霧!オールマイトを殺すどころかガキ一人に手も足も出ないぞ!どうなってるんだ!話が違う!!」

「此処は一旦引きましょう死柄木弔!このままでは全滅です!」

 

俺を中心に今現在周囲には特殊な熱風が吹き荒れている。

緑谷達は生暖かいそよ風程度にしか感じていないだろうが、ヴィラン共にとっては身を焼き焦がされる浄化の風だ。俺から溢れる炎、そしてそれによって引き起こされた全ては浄化の力が宿っている、らしい。

この翼を借りた時になんとなくだがこの力の性質を理解した。あれが噂の今貴方の頭の中に直接語りかけていますというやつなんだろうか。そも、朱雀だけでなく四神とは魔を払い清める聖なる獣達だ。悪鬼を退ける力なんだから、ヴィランによく効くという理屈は確かに納得がいく。

まぁ、仕組みはさっぱりだが。

そして死柄木弔も黒霧も気がついていないようだが、後の元々気を失っていたヴィラン達は特に熱さに苦しんで目を覚ます様子はない。どうやらヴィランなら無差別という訳でもないようだ。どうも、俺が語りかけています的なナニカで知り得た知識は俺の個性についての百パーセントではないらしい。

まったく、自分の個性ながらもうちょっとわかりやすくなってくれないものだろうか。

まぁ確かに応用は腐るほど利きそうなのは有り難いが。

 

「オールマイト。俺の熱と貴方のパンチ風圧で挟みましょう。ワープゲートはノーモーションでは飛ばせない。ほんの僅かだが人間サイズに広がるか相手が近づく一瞬が必要になるはずだ」

 

「了解だ!中々エグいこと考えるね、四ツ神少年」

 

「そもそもオールマイトがサクッと片付けてくれてればこんな事になってないと思うんですけど」

 

「くぅーっ!辛辣!!」

 

口元から少量の吐血をしながらも、手の甲でそれを拭って笑ってみせるオールマイト。

左脇腹の出血は未だ止まらず、どんどん血が流れ出しているのは白いシャツの染まり具合からすぐに分かった。

それでも笑顔を見せるタフネスには感服する他ない。

オールマイトはボロボロの体で一歩前に踏み出し、ヴィラン達に威圧感を与えた。

 

「さぁ、もう逃げ場はどこにもない。大人しくお縄に付くんだな、悪党共!」

 

前も後も塞がれて、ワープゲートを広げようとすればオールマイトの一撃で天候を変えてしまうほどの風圧で吹き飛ばされる。手負いの状態でそれほどの威力が出せないとは言え、この至近距離で食らってしまえばただでは済まない。特殊な体を持った黒霧以外の肉体を持つヴィランは脳無以外逃げるどころか苦痛のあまり気を失ってしまった。

特に変化のない脳無も死柄木弔の守りで熱が吹いてくる方向から動けない。

詰みだ。

そう誰もが思った時、ヴィラン達の口からおどろおどろしい色をした液体が吐き出される。

 

「ごばっ!?な、ぶあっ!?」

 

「これはっ――」

 

この場に居るヴィランを含めた全員が突然の展開に身構える。

ヴォラン達の体から溢れ出した液体は、見る見るうちにヴィラン達自身を飲み込みはじめ、彼らの体はその液体の中に沈み始める。

逃げられる。

阻止すべく駆け出そうと足に力を入れるが膝がガクリと大きく沈む。

このタイミングで限界とかマジか!と舌打った。

走り出したいのに足にうまく力が入らない。ずるをしたツケが早くもやって来たらしい。

と言うか早すぎだ。

もうちょっと融通は利かなかったのかあの焼き鳥野郎。

俺が一人心の中で悪態をつく間にも事態は進んでいく。

ヴィラン達を逃すまいとオールマイトも手を伸ばすが、後一瞬間に合わずにヴィラン達の体は液体の中に沈みきった。オールマイトもやられた傷が酷いらしい。

苦虫を噛み潰したような顔で左脇腹を抑えながらその場に膝をついたオールマイト。

いつものような人外じみたスピードはまったく出せていなかったのは誰の目にも明らかだ。あの人も随分自分の体に対して無茶を押し通しているらしい。

そして俺も自分自身に残された時間が残り僅かだということを自覚した瞬間体のあちこちに発生している異常に気がついた。

体から炎を噴出しているというのに体温は上がるどころか酷い寒気を感じるし、冷や汗で背中がびっしょりだ。

呼吸は極端に浅くなり、両手足の先の感覚が麻痺し始める。

背中から吹き出す炎があっという間に小さく萎んでいく。完全に翼を失った頃には視界は狭まり、意識も朦朧としていた。前後にグラグラと揺れ、二度目に前方に傾いた所で自分の体を支える事ができずに前のめりに倒れ込む。本当に何もかもが限界で、受け身も取れなかったせいでバタッなんて綺麗な音ではなくべちゃっと酷い音を立てて地面と接触した。顔面からいったはずなのに痛みも感じない。

あっ、これ、本格的にヤバいやつだ――。

遠くで誰かが自分を呼んでいるような声を聞きながら、俺は本日二度目となる気絶を味わった。

 

 

 

 



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歩みだす君と愉快なおっさん達

ちょっと前回の更新の内容が気に食わなくなってしまったので書き直しました。
いやはや誠に勝手で申し訳ない。


会場全体に響き渡る歓声が空気を震わせ、この空間の興奮を更に上へと引き上げていく。

少年少女達の熱き思い、プロ達の様々な思惑、そしてヴィラン達の纏わりつくような悪意。

それらが混ざりあった人間の欲望のるつぼ。

ドロッドロのデロンデロンに煮詰まったそれ。

名を雄英体育祭。

嘗てのオリンピックの代替として個性と財力を思う存分に振るいまくった競技大会。

現在はその中でも騎馬戦の真っ最中だ。

燦々と降り注ぐ日照りの中、眼下のフィールドでは生徒達の個性と力と策とがぶつかり合っている。

その最中、俺こと四ツ神四方(よつがみしほう)は一体何をしているのかというと―――

 

 

日陰でのんびりゴリュゴリュ君を齧っていた。

 

 

周囲には生徒、プロヒーロー、保護者を含め誰も居らず、誰にも邪魔されることなく優雅な時間を過ごせている。

雄英高校の生徒は指定された座席に座ることになっているが、その席にずっと座りっぱなしな生徒は少ない。

出場選手が抜ける分前列に少なからず空きが出来るため、その種目に出場していない生徒は基本的に例外なく前に詰めようとするのだ。

流石は倍率四百倍を乗り越えた生徒達。

やはりやる気が違う。

クラスメイトも含め他クラスの生徒の一挙手一投足に目を血走らせて注視し、付近の生徒と意見を交換し合っている。

相手を見ることで知識を高め、それに対する対策や予測を立てることで己を高める。

うむ、まさしく研鑽と呼ぶにふさわしい行為だ。

さて、まるで自分には関係無いかのようにさも外から見たように語ったわけだが、本来であれば俺だってそうするつもりだったのだ。

先日のUSJ襲撃事件。

俺は少なからずその中枢に関わった。

現状五体満足ではいるものの、一時は全身複雑骨折していたと言っても過言ではない程にズタボロにされたのだ。

その姿はまさしくボロ雑巾、と言う奴か。

あの時朱雀の再生能力で肉体を回復させることができなかったらと思うとゾッとする。

今思い出すだけでも冷や汗が吹き出し、否が応にも顔が引きつってしまう程だ。

俺はあの後最寄りの大学病院で目を覚ました。

目を覚ましたばかりで意識は朦朧としていたが、取り敢えず「知らない天井だ」とだけ呟いておいたが、どうもちょうどカーテンの隣で別の患者にナースさんが処置をしていたようで俺の声を聞きつけて勢いよくカーテンの中に突入して来た。

初めは何事かと思ったが、後から俺の「知らない天(以下略)」を聞かれたと気がついてめちゃんこ恥ずかしかった。

数分後、数名の医師を引き連れて俺の主治医だという白髪痩躯の男性が俺の病室を訪れた。

どうやら個性学についてそれなりに著名な方のようで、色々聞かれたが結局俺にも良く分からない個性を俺が誰かにうまく伝えられる訳もなく、向こうもそれが分かったのか「早く退院できるようにこちらとしても尽力しよう」とだけ言って早々に退散していった。

取り敢えず、ああでもないこうでもないと支離滅裂な事を繰り返し話すところを「知らない天(以下略)」のナースさんに見られなかっただけまだましかと思っておくことにしておいた。

それから数日間個性を使う機会がなかったが、退院間近になって主治医に個性の使用を見せて欲しいと言われたため朱雀の名前を呼んだが一向に出てくる気配が無い。

これには些か焦らされたが、直感的にに背中から炎の翼を噴出した当時の感覚を記憶していたので、それを同じような気持ちで拳に炎を灯してみようと試みる。

が、しかし、ここでもまた予想外のことが起きた。

俺のイメージとしてはそれなりに勢いよく炎が吹き出すはずだったんだが、予想に反して実際に出た炎は人差し指の先に小さな小さな明かりの如き小振りな炎。

ていうか普通に火。

もう百円ショップのしょぼいろうそくといい勝負を張れるのではないかとすら思えるしょぼさ。

その上火がついた瞬間全身のいたる所に内側から大量の裁縫ばりで突き刺すような激痛が走った。

絶叫と共に俺はその場で気絶。

その後目を覚ましてから朱雀ガン無視事件に続く予想外に俺は大いに取り乱した。

それはもう情けない有様だったと思う。

その時は今自分が何処に居て何をしているのかも忘れ、数秒間口をぽかんと開けて呆けてしまった。

主治医の勧めで精神、身体ともに精密検査を行った結果、俺の症状は典型的なガス欠をこれでもかと言うほど悪化させたような状態であると診断された。

どうやら俺の結果を前借りした対価という悪い予想はばっちり当たってしまったようであった。

話によると限界を超えたことによって例の筋繊維的な法則により個性が強化されたり上限が上昇したりすることも多いらしいので、この痛みの分だけあの時程とは言わないものの少しでも個性が強化されることを祈ってしばらくベッドの上でぐうたらな生活を送った。

そしてようやくまともに個性を使えるようになったと思えば体育祭前々日。

この一大イベントのために何週間も前から準備してきた他の生徒達に対して俺はそんなことはすっかり忘れてごろ寝と身体検査を繰り返していたのだから、対抗なんて出来るわけがなかった。

まぁ、ぶっちゃけ悪意に反応していると思われる俺の個性が体育祭でまともに機能するかは分からなかったけれど。

キンキンに冷えて痛くなってきた口内から半分溶けかけたゴリュゴリュ君を引き抜き、視線を遠くの空からフィールドに戻す。

どうやら競技も大詰め、多量のポイントを持ちつつ強力なメンバーを揃えたチーム同士が正面対決を始めたようだ。

会場の盛り上がりも最高潮に達している。

それに対して俺は隅っこでいじけんぼだ。

俺は第一種目の開幕、他クラスの生徒たち同様轟の氷結でガッチガチに固められて身動きが取れずに即時敗退。

数人は俺と同じようなA組のメンツもいるだろうと少し寂しいながらも生き残ったクラスメイト達の応援を頑張ろうと座席に戻ってみればあの場でのA組リタイアは俺だけと来たもんだ。

結局俺はそれを知った瞬間のぶつける先を初めから持たない悲しさと寂しさとみんなの頑張りが報われた嬉しさとが混ざり合ったよく分かんない感情を胸に募らせて売り子のお姉さんが持ってきたゴリュゴリュ君を手にこうしてぼけっとしている訳である。

元々他人の個性の研究なんかにはそこまで真面目に取り組んでいなかった俺だが、今は尚更そんな事をする気分ではない。

まぁ、いつまでもこうしているわけにも行かないし、競技が終了して疲れて帰ってきたクラスメイト達を出迎えるべく選手控え室あたりで出待ちしていよう。

そう思い残りのごリュごリュ君を口の中にぶちこんで席を経とうとした時、背後から誰かの足音が聞こえて来た。

 

「まだ競技中だし、誰かが帰ってきたってのは無いよな。もしかして一般の観客が道に迷ったとかか?それともまさか―――」

 

一瞬襲撃事件が脳裏を過るが、通路の影から顔を出した予想外の人物に思わず驚きの声を上げた。

 

「あ、相澤先生?」

 

「ああ、四ツ神。少し話がある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

相澤先生と二人、A組の座席に並んで座る。

眼下には先程と同様熱戦が繰り広げられていた。

 

「というか、俺は一回戦敗退なんで構わないっすけど先生は解説の仕事放って置いて大丈夫なんですか?」

 

「俺が今ここに居ることは他の教員も知っていることだ。であれば、適当に代役を見繕ってくれるだろう。なにせ、ここの教師陣は経験豊富なプロヒーローで構成されている。こと戦闘においての解説が出来るメンツなら少なからず居るだろう」

 

「確かに。そう言われてみればそうっすね」

 

「そもそもあの仕事だってマイクが無理やり押し付けて来たものだ。俺はもとから乗り気じゃなかったんだよ」

 

誰かがやってくれるならその方が俺としては有り難い、と方を竦める相澤先生。

確かにこの学校には戦闘特化のプロヒーローがオールマイトを筆頭に大勢いる。

それなら怪我をしている相澤先生を無理やり働かせる必要もないのだろう。きっと誰であろうと特色が有るにしても一定水準以上の解説を聞かせてくれることだろう。取り敢えず、たった今聞こえてきた『HAHAHAHA!!』という何処かの白ネズミがマイクの向こうで発した高笑いは聞かなかったことにしよう。

一瞬脳裏に浮かんだ狂気的なネズミが高笑いとともにヘッドバンキングしている光景を拭い去るように頭を振って相澤先生の方を向いた。

 

「それで?話ってなんすか?もしかして一回戦で速攻負けた可愛そうな俺を慰めに来てくれたとか!?やだもう先生優しぃ~」

 

「…………」

 

俺がオカマ口調でくねくねするのを見て『マジでコイツ一回――』という思念のこもった目で見られた。

いや、一回戦で惟一負けたA組ってことで割とへこんでるのはほんとなんでそんな目で見ないでください先生。

その目はマジで怖いから。

ふぇぇ助けて轟。

 

「冗談は置いといて、押し付けられたんにせよ任された仕事を置いてまで先生が来るってーのはそんだけ優先順位の高いものなんでしょ?」

 

少しだけ真面目な雰囲気に変えて話しかけると、相澤先生も空気を読んで睨みを止めてくれた。

これで一安心だ。

次は何をしてやろうか。

 

「その通りだ。と言っても頭の回るお前に遠回しにやるのは逆効果だろうから率直に話が、この間の事件のちょっとしたカウンセリングと別件の話だ」

 

「ふむ、学校側としては俺が一回戦で敗退したことについて少なからず責任を感じているってことっすかね。まぁ、確かに俺はつい数日前まで個性使用禁止な上病院のベットでぐうたらしてましたけど、ぶっちゃけ俺の個性じゃこの体育祭なんて健全なイベントで十中八九役に立たないことは相澤先生も分かってたんじゃないですか?」

 

「まぁ、な。襲撃の後で病院に見舞いに言った時にお前から聞いた話、『悪意に呼応して強くなる』という特性上あくまでも競技しか行わない体育祭では些か無理があったと俺も思う。だが、一応声だけでも掛けておこうというのがこちら側の決定だ。お前がそうというわけじゃあ無いが、場合によってはやり場のない焦りや苛立ちを本人も望まない方向へ向けてしまうやつも居るからな」

 

「そういうもんですかねぇ」

 

「そういうもんだ」

 

相澤先生の言葉に既に棒だけになってしまったゴリュゴリュ君を人差し指と親指の間で転がしながら、軽く返す。

ちっ、はずれか。

これまでの人生でかなりの数この商品買った覚えがあるはずなのに一向に当たる気がしない。マジふぁっく。

この様子からするに、相澤先生本人は大して心配している訳ではないようだ。学校側の指示に従ってそれこそ先程の言葉通りに一応声だけでも掛けた、ということなんだろう。

やはり相澤先生は俺の耐久力を評価してくれているらしい。

流石普段俺の顔面へ執拗な攻撃を行っているだけは在る。

もうちょっと普段の過激なツッコミ優しくしてくれてもいいのよ?

 

「さて、1つ目のちょっとしたカウンセリはこれで終わりっすね」

「ああ、そうだな」

 

「するともう一つの別件というのはなんですか?」

 

ポケットに両手を突っ込んだままだらりと背もたれに背を預けていた相澤先生の目が少しだけ細められる。

その小難しい顔からは何を考えているのかを窺い知ることは出来なかったが、その視線の先に誰が居るのかは分かった。

 

「轟、っすか」

 

「轟焦華。推薦試験にて強力な個性によって好成績を叩き出し、雄英高校に入学。しかし、単純な基礎体力や対人格闘技能等の肉体的な面では幾分他の推薦生徒と比べると劣っている。また、協調性にも難あり。他の推薦生徒と関わりを持とうとせず、一定以上の距離を置いて行動。惟一相手から話しかけてきた生徒を除いて推薦試験中に誰かと会話することは一度もなかった。これを見て俺は学校生活ではクラスで孤立、浮いた存在になるとほぼ確信していたんだが――」

 

「あいつとまともに会話できる俺が一般で入ってきた、と」

 

「中学からも資料を受け取っていたが、あいつに行動を共にするような仲の友人がいるという報告はなかった。だから俺も今後の問題解決の方針は孤立からの脱却だと考えていたんだが、予想外のお前の乱入だ。お前に言うのもお門違いだとは分かっているが、正直焦らされた」

 

「そりゃまたどうして」

 

「お前だって分かってるだろう。いや、分かっていたと言うべきか」

 

相澤先生から向けられたジトリとした睨みに肩をすくめて視線を逸らす。

いやはや、どうやら先生には何もかもお見通しらしい。

 

「確かにあのままでは俺も不味いなとは思ってましたよ。俺が居ると轟は俺以外の人間に対して全くと言っていいほど関わろうとしない。今はまだ良く言えばシャイと呼べる可愛いらしいもんでしたが、いずれ悪い方向へと進めば小奇麗な執着から歪な依存へと形を変える。そうなるとただ引っ込み思案な友達の居ない生徒より対処の難度は跳ね上がる。ここはヒーロー科です。俺があいつのそばから命の危険という意味で離れることになるようなきっかけはいくらでもある。中学時代の延長で話掛けちゃってましたけど、個性把握テストの時点で既に調光は見え隠れし始めていました」

 

「そして今回のヴィランによる襲撃事件。そこでお前は轟を庇って重症を負った」

 

「本当はまずったと思ったんですけどねぇ、あいつは最高な形で俺達の予想を裏切ってくれたじゃないっすか」

 

俺達二人の視線の先には闘志を燃やし、鋭い思考で仲間に指示を出す轟。

その堂々とした姿は今相澤先生との会話に出てきた他者との関わりを拒むつい最近までの轟と同一人物とは思えない。

やはりウチの子はやれば出来る子だった!

万歳三唱!狂喜乱舞!!

焦華ちゃんかわいいヤッタァ!!!

 

「何がどう作用したのかは検討もつかんが、あの経験を凄まじいバネにして成長した。しばらく様子は見るつもりだがあの様子なら大丈夫だろう。むしろ大変なのはこれからの成長に合わせたカリキュラムの内容変更だ」

 

「カリキュラムの内容変更?」

 

「うちの学校はクラス全体だけでなくお前たち生徒個人個人の成績や個性の伸びを記録、管理している。それを元にクラス全体の練度、実力を測って細かくヒーロー基礎学のカリキュラムを調整してるんだ。まぁ、最悪クラス内の一番上と一番下とで差がありすぎる場合はクラス内で授業内容を分けるが、出来るうる限りそうならないように全体の練度をまとまった状態で上げるように出来てるんだ」

 

眉間に皺を寄せながらより一層人相を悪くする相澤先生を見るに、俺達は普段から大変お世話になっているらしい。

 

「へぇー。先生方も大変っすねぇ!。俺生徒でよかったー!てかそれって一生徒の俺に話しちゃっていいんすか?」

 

「生徒によっては二年に上がる頃には気が付く。お前も遅かれ早かれその観察眼で気がついていただろう。別に今知ったところで遅いか早いかだ」

 

なんてことはない、という風に話す相澤先生だが、学校側が形式上だけでも隠している内容をおいそれと口にする人ではない。

となると他に目的が有ると見るべきか。

 

「それで、相澤先生はそのことを俺に教えて何がお望みですか」

 

「……全く、良くも悪くもこっちの思惑を察してくれる奴だ」

 

「いえいえ、それほどでも。というか、今のは完全に相澤先生わざとだったじゃないですか。そりゃ普段の相澤先生の性格見てれば今のがわざとだってことくらいA組なら――まぁ、一部を除いて察してくれると思いますよ」

 

「さて、どうだかな……。こちらとしても一生徒のお前にそこまで負担を強いるつもりはない。だが、お前も分かっていると思うが今年の1Aは色んな意味で問題児ばかりだ」

 

「確かにそうですね」

 

お前も含めて言ってんだからな、と言わんばかりの厳しい視線を受け流し、わざとらしくオールマイトのような笑い声を出して誤魔化した。

射るような視線が大変痛い。

 

「こちらとしても常に全員の実力向上に手を貸してやりたいが、教員の数にも限りがある。それに、個性や学業に限らず教師に相談しづらいこともあるだろう。年頃の若者ならなではの悩みは特に俺達大人では対応しにくいケースも多い。また個性に関して言えばこの間バスの中で話していた見解は中々に面白かった。実際がどうあれああいった他とは違う発想を持てる奴はそう多くない」

 

予想外のお褒めの言葉に少し驚いて目を開く。

あの相澤先生が素直に俺を、というか生徒を褒めるとは。中々にレアな機会だ。

 

「となれば、俺は教師側と生徒側の間に立つ、または場合次第で教師の代わりを努めよってことですかい?」

 

「別に代わりとまでは言わない。本題は教師に任せてもいい。ただ、俺達教師に言いにくそうにしているようなら相談相手になってやって欲しい。それと念を押して言うがこれは強制じゃない。学校側からの指示じゃなくてあくまでも俺個人からの頼みだ。この依頼を受けたからと言って学校側からの評価が上がるわけでも何らかの点数が稼げるわけでもない」

 

「別に構いませんよ。俺自身クラスでの関係は各人と良好に築けてると思いますし、何よりヒーロー志望。困ってる人がいるなら力を貸さないわけには行きませんしね」

 

にやっと笑いながら右手の握りこぶしを左胸にコツンとぶつける。

それで納得してくれたのか、相澤先生は一度目を伏せてから億劫な動きで座席から立ち上がった。

 

「それじゃあ、気負わず気楽にでいいからな。頼んだぞ」

 

そう言い残して相澤先生は通路へ消えていった。

相澤先生の背中が見えなくなるまで半身を捻った体制で座席に座ったまま見送る。

先生が遠くに行ったことを確信してから体制をもとに戻して大きく溜息を吐いた。

快晴の空に空虚な溜息は吸い込まれていく。

あまりに眩い太陽に、少し目を伏せた。

 

「まったく、そんな急に役割押し付けて……。そんなに今の俺危うく見えたかねぇ」

 

姿勢を崩し、座席の上で体を滑らせる。

狭い座席の中で寝そべりながら、前の座席の背の上に足を乗せて口元をジャージの長袖の襟に隠す。

腹の上で両掌を組んで右手の人差指で左の人差し指を撫でた。

他者から必要とされている実感を与えることで自信の回復を図るってのは常套手段だが、それを必要としてるほど俺が落ち込んでいるように見えたのか、それとも焦っているとでも思われたのか。

とはいえどちらにしても――――

 

「随分と過保護なもんだなぁ」

 

 

 

 

 

相澤先生のおせっかい、というか心遣いに苦笑しながらふと思い出したことがあった。

てか、さっきの相澤先生何処までが包帯で何処までが武器だったんだろうなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくその場に残り、ぼうっと色々なことが頭に浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返した後に結局暇になって競技から帰ってくるクラスメイトを出待ちすることにした。

そこで元の予定通り通路に入って歩き出した訳なんだが――。

 

「なんかここ熱くないか?俺の脳内の花畑の陽気が全身に回り始めたかとも思ったが、そんな内的要因じゃなくてもっと単純な外から加熱されているような――」

 

今日はだいぶ暑い外気温だが、それなりに室内の奥であるはずのここが外の日向と同程度な暑さというのはおかしくないだろうか。

謎の怪奇現象に首をかしげる俺だったが、この疑問は直様解消されることとなった。

目前の曲がり角から顔を出した一人のプロヒーローの出現によって。

 

「ムッ?」

 

「っ、あんたは――」

 

全身のいたる所から炎を迸らせ、炎熱を撒き散らすその体。

一度見ればきっと子供であろうと、否、子供のほうが忘れられなくなるであろう怖すぎる顔。

『いや、これはマジで夢に出てくるわ』と誰もが思わずにはいられないその人。

轟の親父であり、オールマイトに次ぐ国内ナンバー2ヒーロー、エンデ――エンデ……えんで………。

 

「エンデ、ライオン?」

 

「誰が獅子だッ!どこぞのドーナッツ店のマスコットキャラクターのような名前で呼ぶな!!」

 

俺の口にした恐らく何処か若干ズレた名前に迫力満点な全力のツッコミを頂いた。

燃える顔面を突き出して厳つい強面を歪ませた激は中々の破壊力。

これならM1グランプリで優勝を取るのもそう遠くないに違いない。

 

「エンデヴァーだ!二度と間違えるな。次は無いぞ」

 

「え?今のって殺害予告っすか?ヒエッ」

 

「――あまり俺を怒らせないことだな……。四ツ神四方」

 

「うわっ、名前割れてる。もしかしてわざとっすか?俺に煽らせるように仕向けて後は計画通り煮るなり焼くなり好きにしてやるぜみたいな?プロヒーローえげつねぇな」

 

なんと言うことだ。

どうやら俺はプロヒーローの権力と財力と顔面力によって身元が割れているらしい。

一体どんな卑怯で卑劣で非道な真似をしたというのか。

きっと強面な悪いヤツ仲間の警察が手を貸したに違いない。

現状でさえヴィラン引取係だか引き受け係だか言われてんのにこれ以上世間からの評価低くしてどうするっていうんだ。

そのまま行くとマイナス値突っ切ってマントルまで到達しちまうぞ。

運が良ければ地底人に会えるな。

お土産は期待しておこう。

エンデヴァイオンさんはどうやら俺のちょっかいにはもうこれ以上乗るつもりは無いようで、軽く鼻を鳴らして自分の話を続ける。

 

「先日のヴィラン襲撃時、アレが世話になったと聞いたのでな。一応様子は見ておこうと思っただけだ。どうやら軽口を叩きまくれる程度には元気なようなので俺はこれで失礼する」

 

エンデヴァイオリンはそれだけ言うと俺に背を向けて今来た廊下へ戻っていった。

足音が遠のくに連れて周囲の気温も下がっていく。

一分もすれば本来のある程度涼しい空気に戻った。

 

「なんだか思ったより愉快なおっさんだったなぁ」

 

轟から聞いていたあの人はもっと昭和の頑固親父を三倍くらいに濃縮してオールマイトへの執着を核に添えたようなイメージだったんだが、あのキレッキレのツッコミを見る限り思いの外バカっぽ――――純情そうな感じだった。

 

「だとしても轟のお見合いの件も合わせて考えると身内を自分の道具と考えるタイプかもしんないが、何にせよ一回目の接触だ。如何せん判断材料が足りなすぎる。今この場で深く考えてもしょうがないか」

 

一つ小さくため息をついて頭を埋める疑問と考察を外に吐き出す。

さて、俺はこれからどうしようか。

選手の控室の近くまで来たわけだが、当の控室はついさっきエンデライオンイクスゼータの向かった先にある。

恐らくあの人も俺と同じように控室に用があってそのついでに俺の方へ顔を出したってかんじなんだろう。

となると本来の目的はやっぱり轟か。

であれば俺がさっきまでの行き先通りこのまま控室に向かうとついさっき別れたばかりのエンダクスゼイオンに再度鉢合わせということも大いに有り得る。

それに以前の轟なら父親と一対一で接触させることに些か不安があったが、今の自信と覚悟に満ち溢れた轟なら逆に中途半端に触れてやらないほうが良い気がするのだ。

むしろ行ったら行ったで俺が痛い目を見る気がする。

もう何人かヒーロー活動以外で殺ってそうな顔してるからなぁ、あのおっさん。

気を抜けばきっと俺もそのうちの一人に……。

ふぇぇ助けて轟。

 

「……大人しく戻るか」

 

どの道もう少しで昼休憩だ。

そうなれば轟を含めた他のクラスメイトとも必ず顔を合わせることになる。

元々控室に行こうと思ったのは単に俺が一人で暇だったからだ。であれば今無理して押しかけることもないだろう。

それはそれで面白そうだけど。

そう決めて俺も自分が今来た道を戻ろうと後を振り返った時、廊下の曲がり角から見覚えのある金色の触覚が二本ぴょこぴょこと飛び出ていた。

 

「――そこで何やってるんすか。オールマイト先生」

 

「ハッ、ハーッハ、ハハハ!!い、いやぁ、エンデヴァーの怒鳴り声が聞こえて来たもんだからちょっと気になってね。体の調子はどうだい、四ツ神少年」

 

「まぁ、上々ってわけじゃないっすけど、それなりにはいい感じです。放っとけば近い内に本調子に戻るでしょ」

 

「そうか……。それは何よりだ。あの時は、本当に――――」

 

「ちょっと待った。その話は勘弁してくださいよ。もう済んだことですし、何よりこの会話今で五回目くらいでしょう」

 

「いやぁ、まぁ、そうなんだけどね……」

 

どうもやるせなさそうに背を丸めて後頭部に手をやるオールマイト。

彼は襲撃事件時の俺に怪我を負わせてしまった事を今でもかなり気にしているらしい。

俺としては気がついたら走ってて気がついたらぶっ飛んでて気がついたら背中から翼が生えていたのでぶっちゃけあんまりはっきりとあの時のことを覚えていないのだ。

そのことに関していつまでも頭を下げさせ続けているのは俺としても忍びない。

あの場で生徒の助けがあったからオールマイトが生き延びられたのも事実だが、あの場に生徒が居たから足を引っ張ったというのも純然たる事実なのだから。

 

「これについてはもう終わった話なんだから良いじゃないですか。次、俺じゃない別の生徒がピンチになった時ちゃんと助けてくれれば良いですよ」

 

「だが――いや、そうだね。ありがとう、四ツ神少年」

 

ニカッ、と白い歯を輝かせて笑うオールマイト。

暑苦しさを振りまきながらHAHAHAと笑うオールマイトは右手は後頭部、左手は腰に添えようとして左手が自身の体を掴んだ瞬間「グエッ!?」と蛙が車に轢かれたような珍妙な声を出して悶だす。

 

「脇腹の怪我、まだ治ってなかったんですか」

 

「い、いやぁ、実はこの位置には元から古傷があってね……。そこをやられたせいで悪化してしまったんだ。それでも大分良くなってたんだけど、今朝出勤する時にあっちこっち走って回っていて遅刻しそうになったことがリカバリーガールの耳に入ってしまったようで、ついさっきあの杖でガシガシと突かれてしまったのさ。『何でもかんでもお前がやってしまえば若手が育たない。もう少し見守ることを覚えろ。お前ももういい歳だろう』と、言われてしまったよ。いやはや全く耳の痛い話だ。私も分かってはいるんだが、ついつい体がね」

 

「オールマイトがぶっ倒れでもしたら世間はともかく緑谷がショック死しそうなんで程々に頼んますよ」

 

「それは……確かに、その光景が目に浮かぶようだ。肝に銘じておこう。ありがとうな、四ツ神少年」

 

はいはい、と適当な返事を返してオールマイトの前を通り過ぎる。

エンドレスバイオニックとオールマイトとの二連チャンでの立ち話でそれなりに時間も食った。

きっともうすぐ選手のみんなも帰ってくるはずだ。

それならこんな狭い廊下で待ってる意味もない。

大人しく座って帰りを待つべく座席へと歩き出した。

 

 

 

 

 

あれ?よく考えたらさっきの"あれら"ナンバーツーにナンバーワンか。

割とレアな体験した気がする。

帰りに宝くじでも買って行こうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私、本気でヒーローになる」

 

「なんだと?」

 

荒ぶった感情を隠す素振りもなく、轟々と炎を大きくする目の前の男。

ナンバーツーヒーローエンデヴァー。私の父だ。

私と父との間には性別はもちろんのこと年齢からして当然の差があり、更に他より大きな体を持つ父なのだから殊更私は見下される形で対峙している。

二つの青い瞳で頭上から睨みつける父を父譲りの青い瞳と母譲りの黒い瞳でこちらも強い意志を持って見つめ返す。

はっきりと伝えた私自身の意志。

私はヒーローになりたい。

あの日、私は彼に庇われて自分自身の無力さを思い知った。

目の前で圧倒的な暴力に晒されている彼を、私は助けることが出来なかった。

私が自分で自分の身を守れるだけの強さがあればあんなことにはならなかったはずだ。

彼に突き飛ばされた時、宙を浮かびながら彼と視線が交わった。

あの時確かに彼は笑ったのだ。

恐怖と怯えが内から溢れだすのを堪えながらも、それでも尚私に向けて笑いかけてくれた。

あれ程私は私自身の無力さを呪ったことはない。

あの顔を思い出す度に心の中がズキズキと痛むのだ。

あの顔を思い出す度に頭の中がガンガンと痛むのだ。

後悔、自責、無力感、情けなさ。

ありとあらゆる負の感情が延々自分の体の中を乱反射している。

けれどその苦しさはそう嫌なものではなかった。

自分にとって彼がどれだけ大切な存在だったのかを気付かせてくれたから。

 

「―――ッ!」

 

ぎゅっと両手を握りしめる。

思いを心に灯して父の瞳を見つめた。

子供の頃から恐ろしくて仕方がなかったお父さん。

けれど今は、これっぽっちも怖くなんて無い。

それよりもずっと怖いことを知ってしまったから。

その怖いことをもう二度と味わいたくないから、私はヒーローになる。

次こそ、その手を絶対に掴んで離さないために。

 

 

 

 

 

 

 




久しぶりすぎて主人公の口調が違うことに気が付かなかった……!
修正しました!10/12


ちょこっとこの作品の世界観主に轟一家について補足を・・・・・

Qなんか思ったより轟すれてなくない?

Aこの世界の轟家では個性の威力、出力を上昇させる訓練はしているものの、例の過酷すぎるエンデヴァーtheブートキャンプは行われていないので、家族内でのエンデヴァーさんの立ち位置はめちゃんここええパパ止まりです。
亭主関白を煮詰めに煮詰めてマーマイトみたいな色にしたような感じです。

Qなんか前に描写できれいな顔とかかかれてた気がするけど轟ちゃんって顔のやけどないの?

Aエンデヴァーthe(ryが行われていないのでそこまで"マッマ"のストレスが"マッハ"じゃなかったので、その事件は起こっていません。なので普通に轟家でお母さん暮らしてます。まぁ、アニメ版の病棟にいるときよりいくらか顔や連れてるのは仕方ないね……


いやはやリアルが忙しくて中々時間が取れなくて申し訳ない。
これからもちょこちょこ更新するんで感想・評価等々くれると大変嬉しいです


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ガッツポーズな君と垂直落下な俺

炎と氷と時々爆発、そして落ちる。


高らかに鳴り響く破壊音はまるで彼女が勝利を掴み取ったことを知らしめる鐘の音のようだった。

炎と氷を圧倒的な出力で繰り出す轟と、巧みなコントロールで爆発を操った爆豪。

破壊と創造の応酬。

其の果に勝利を掴み取ったのは轟だった。

ボロボロで、更には砕けた氷の塊の上で立つのもやっとな状態で、未だ勝負が決したというのに時間が止まったと錯覚させるほど静まり返った会場で彼女は天高く拳を掲げた。

それを皮切りに歓声が爆発する。

 

『勝者は、轟焦花ーーッ!!!』

 

マイク先生の宣言を燃料に更に会場の熱は燃え上がる。

観客席は総立ちで、その戦いを見てた全員が二人を讃えていた。

もちろん俺も。

痛いほど手を打ち鳴らして会場の轟コールに混ざった。

嬉しそうな轟の顔を見ると、まるで自分のことのように嬉しくなってついついにやけてしまう。

すると既に原型を留めていないフィールドの上で轟は何かを探すように観客席をキョロキョロと見回す。

俺を見た轟はそこで視線を止め、色濃い疲労を滲ませながらも満足げに笑った。

観客席から降り止まない拍手の雨を受けながら、怪我だらけの二人は救護班に連れられて会場を出て行く。

そこまで見送ってA組の観客席では一気に盛り上がりがぶり返した。

試合が完全に終了したということで、今度は試合の考察や感想を友人達と語り合いだしたのだ。

自分達と同じクラスメイト同士があれほどまでに熱い決勝戦を繰り広げたという事実が未だに彼らの胸に熱を灯し続けているらしい。

しかし、興奮冷めやらぬ様子だがそんな中でも既にお見舞い兼両者の健闘を讃えに保健室へ行こうという話もあちこちから聞こえてきている。

委員長の飯田は先程電話がどうとかで何処かへ行ってしまったし、俺が全体に声を掛けて全員で保健室へ押しかけてやろうかと考えていたその時。

唐突に強烈な寒気に襲われた。

それとほぼ同時に心臓部にUSJ事件の時と同じようにじわりと滲み出すような暖かさを感じる。

俺が困惑の声を上げるよりも先に右腕が炎に包まれた。

ここまで来て俺の中にあった疑惑は確信に変わる。

 

"ナニか"来る――!!

 

「全員警戒態勢ッ!俺の炎が反応してる!なにか来るぞ!」

 

俺の突然の警告を受けて素早く反応できたのは数名。緑谷、八百万、梅雨ちゃん、常闇の四名。

個性を発動させ、いつでも動けるように腰を落として周囲を警戒してくれた。

 

「お、おい四ツ神!いきなりなんだよ!?なにか来るって、何が来んだよぉ!」

 

先程とは打って変わって緊迫した空気に変わったことで慌てる峰田。これから何が起こるのか、具体的に詳しく説明してやりたいところだが、生憎と俺自身もそれに対する正確な回答は持ち合わせていない。

むしろ俺がそれを教えてもらいたいぐらいだ。

 

「具体的には俺も分からない。けど、前回の事件と同じ気配がする。となると下手人は十中八九――」

 

「ヴィラン……!」

 

緑谷が俺の言葉を引き継ぐように静かに言った。それを聞いて徐々に状況を理解し始めたA組。

 

「ど、どうするの!?」

 

「先生に伝えに行ったほうがいいんじゃ……」

 

「いや、この会場にはプロもたくさん居るんだし、俺達がなにかする必要なんてないんじゃねぇのか?」

 

多少慌てながらも各々が口々にそれぞれの意見を述べる。

事が動く前に最低限方向性だけは決まった指示を出したほうがいいな。

本来は委員長の仕事のはずだが、緊急事態だ。俺が代理を務めさせてもらおう。

 

「今誰かが言ったようにこの会場には多数のプロヒーローが居る。それに、先生方だって居るんだ。前回みたく俺達が最前線で体を張る必要はそうそうないと思う」

 

その言葉を聞いて安堵の表情を浮かべる面々、しかし、そんなタイミングで事態は進行して行く。

 

黒い靄が修復中だったフィールドに現れ、その中から人影が現れた。

脳が露出した外見はUSJ事件の脳無を彷彿とさせるが、体格は前回の個体とは打って変わって肋が浮いて骨格が顕になるほど痩せこけていた。

その上目を瞠るのはその数だ。

USJの時は死柄木弔の傍に控えていた一体だけだが、初めの一体が出てきてから二体、三体、四、五、六とまだまだ出てくる。

会場内に困惑の空気が蔓延するが、さすがプロヒーローが集まっているだけあって直ぐ様行動に移った。

非戦闘系のヒーローは一般人の客を避難させ、戦闘系のヒーローは敵勢力を無力化するために戦闘態勢に入っていた。

それは解説席にいたうちの担任も例外ではない。

こちらを一瞥すると、直ぐに解説席のボックスを退出した。

 

「の、脳無!?それもあんなに沢山!?」

 

見た目が違えど、あの一体一体があの時の脳無と同等の力を保有していれば被害は計り知れない。

そんな想像に全員が顔を青くするが、ここで身動きを取れなくなっている場合ではない。

軽く頭を振って余計な思考を振り払い、冴えた思考でこの場の最適解を探した。

 

「とにかく全員慌てず落ち着いて。多分そうかからずに相澤先生がここに来る。だから具体的な指示はその時に聞くとして、現状俺達は極力ここから動いちゃいけない。そんな中で敵は点と点を結んで戦力を送り込む術がある。だからお互いに背中を守り合うように陣形を組もう」

 

そう言って俺が座席の上にあるこの会場をぐるりと一周する形で作られている通路に向かうと、全員が自分で自身の個性の役割を考えて陣形を来んでくれた。

いざという時、こうして自分に何ができるのかを即座に考えることが出来るのはやはりうちのクラスの強みだ。

 

「それにしても、この襲撃……何か変じゃないかな」

 

俺の隣に付いた緑谷が顎に手を当てて呟く。

変、と言われれば確かにそうだ。

以前の襲撃からそう経っていない今、なぜこのタイミングでわざわざ戦力の密集したこの会場を襲わせたのか。

この間の襲撃の時の死柄木弔の発言から前回の襲撃は襲ってきた連中こそ大した戦力ではなかったとはいえ、事前にマスコミを利用した雄英高校への侵入など、事前準備はある程度行われていた。

その上プロが何人もいては自分達が不利だという発言までしていたのだ。

今回の状況とはまるで正反対。

前回の目的はオールマイトの殺害だった。

しかし、そんな大それた作戦を指揮させるにしては死柄木弔はお粗末が過ぎたし、その御蔭で更に奥の黒幕がいると予測を立てたわけだが――。

 

「いかんせん推理するにはまだ情報が足りないな。とにかく今は全員の安全が最優先だ。皆、何か異常があればすぐに大声で報告してくれ」

 

「「「おう!」」」

 

「四ツ君!飯田くんがまだ電話から帰ってきてへんのやけど、どないしよう!もし一人で襲われてたら……」

 

不安げに声を小さくするお茶子。今俺が代理を務めている役割を本来務めるはずの飯田が今この場にいない。

不安だし、心配なのもわかるが、この状況で捜索隊をだすのはあまりに危険すぎる。

この観客席から出て向かった先の廊下がヴィランまみれという可能性もそう低くない。

くっそ厄介すぎるぞワープ個性。

あの時どうにかこうにかしておくんだった。

 

「心配な気持ちは痛いほどわかるけど、現状で捜索隊を出すのは危険過ぎる。助けに行った奴が孤立して敵に囲まれたなんて事になったら俺は責任を取れない。先生が来てから指示を仰ごう」

 

「うぅっ、でも……」

 

頭では理解している、けれどそれでもという表情でこちらを見つめるお茶子。

緑谷も歯を食いしばって苦々しい顔をしている。

このままじゃ今にも自己責任で行くから大丈夫、なんてことを言い出してここを飛び出しかねないな。

うーん、困った。

どうしよう。

助けて轟。

 

「お二人とも落ち着いて下さい。飯田さんなら大丈夫ですわ。私達の委員長を信じましょう」

 

細長く創造した鉄の棒を槍を持つように構えた八百万が凛とした声で言う。

その一声で二人は覚悟を決めたのか、先程よりも引き締まった顔つきで周囲の警戒に戻った。

流石だ八百万ゥ!

カッコいい!!惚れそう!!

俺達が警戒態勢を取る中、フィールドだった場所では既にプロヒーローと脳無もどき達との激しい戦闘が行われていた。

敵の数が多くとも、圧倒的な練度と連携でなぎ倒していくその姿は、流石プロといったところか。

そんな先人達の後ろ姿にA組の各員からは小さな歓声が上がる。

このまま行けばなんの問題もなく収集が付くだろう。

願わくば飯田や体育祭用に設置された移動用保健室の怪我人、クラスメイト達に危害が及んでいませんように。

俺も、他のクラスメイト達も、現場のプロヒーロー達も皆このままこの事件は何事もなく解決に向かうと信じていた。

しかし、そう上手く行くはずもなかったのだ。俺達はつい最近ヴィランというものの恐ろしさを身を以て体感していたはずなのに、甘く見ていた。

この襲撃を起こした犯人は過程はどうあれ結果的にオールマイトに大きなダメージを負わせた犯人と同一グループ。

であればただやられているなんて事はありえない。

楽観的な考えを嘲笑うかのように、俺は突然の浮遊感に襲われた。

 

「は?」

 

反射的に足元を見下ろすと、先程までの地面は跡形もなく、ただ黒い靄が延々と続いていた。

やられた。

そう気が付いた時には既に手遅れだった。

遅ればせながら知覚した悪意。けれどそれは随分と遠くて。

 

「こんのクソワープぅぅぅぅううううう!!!!」

 

虚しさと怒りを込めた絶叫は、ただ空虚に黒い靄へと吸い込まれていった。

どうやらこのワープは開くだけでなく吸い込む力もあるみたいだ。なんて冴えた頭で考えながら既に頭上にまで来てしまった入り口の縁へと手を伸ばすがあえなく空を切ってしまう。

内臓が浮かぶ無重力感を受けながら、次に何が起こるのかという恐怖に両目を強く瞑り、自分の体を守る体制に入った。

できれば優しくソフトに外へ放り出してほしい。

そんな切なる願いを懐きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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