蒼の彼方のストラトス (インフィニット・フォーリズム)
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 今から15年前、重力に反発する粒子『アンチグラビトン』が発見された。

 それは世紀の大発見とされ、各国で様々な研究がされたが、当時の技術力では『アンチグラビトン』を利用した反重力発生装置を作るのが精一杯で、その大型化・高出力化はできていなかった。

 しかし今から10年前、つまり『アンチグラビトン』発見から5年後。

 現代科学の粋を集めてもできなかった反重力発生装置の大型化・高出力化のみならず、それらを惑星の重力圏から離脱する際の推進力として利用する宇宙進出用マルチフォーム・スーツ『IS(インフィニット・ストラトス)』を作った天才(天災)が現れた。

 

 その人物の名は『篠ノ之 束』

 

 彼女はアンチグラビトンを組み込んだ、ISの核と言える『コア』と呼称される装置467個を全世界にばら撒き、姿を消した。

 その理由には様々な憶測が飛び交っているが、有力なのが『宇宙進出用のISを兵器(・・)として各国が利用しているから』である。

 表向きは『アラスカ条約』というISを軍事利用しない、という条約が締結されているが、それはあくまで建前。

 裏では各国、特にコアを多く持つ国が強力な武器や装備を開発しているという。

 それに腹を立てた篠ノ之博士は、すでに配布済みの467個でコアの製作を打ち止め消息を絶った、と言われている。

 

 ところ変わって、場所は日本の南洋に位置する四島(しとう)列島。

 そこは、反重力発生装置を小型化・軽量化して靴に内蔵させた『アンチグラビトンシューズ』通称『グラシュ』を実験的に住民に使用してもらっている、いわば試験場なのである。

 本来ならば国を挙げて進めるべきプロジェクトなのだが、ISの登場以降、グラシュの実験は下火に。

 ISに比べてマイナーな存在になってしまったのだ。

 

 ISとグラシュ。

 どちらも『アンチグラビトン』を利用した推進装置である、という共通点はあるが、逆にそれ以外は相違点ばかりだ。

 ISは反重力発生装置を大型化・高出力化し、宇宙進出を前提に他の推進装置も併用している。

 グラシュは反重力発生装置を小型化・軽量化し、地球上での使用が前提である。

 また、ISが兵器として利用されているのに対し、グラシュは小規模ながら『FC(フライングサーカス)』というスカイスポーツに使われている。

 そして何より、グラシュが誰でも使えるのに対して、ISは女性しか(・・・・)起動させることができない、という大きな違いがあるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは男性で唯一ISを起動させてしまう、FCが大好きな少年、織斑一夏の物語である。



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「おぉー、FCの試合は見応えあって最高だな!」

 

 ここは日本の永崎(ながさき)県の四島列島。

 日本では唯一アンチグラビトンシューズの一般利用が許可されている、四つの島からなる地域だ。

 俺、織斑一夏は一年に一度、夏休みの期間にここを訪れている。

 その目的は、

 

「やっぱFCは生で見るに限るな!」

 

 FC(フライングサーカス)夏のインターハイである。

 とは言っても県外から来ている俺は、四島列島のみで行われるこの大会には出ることはできないし、そもそもこれは高校生の大会。

 まだ中学生の俺ではどうやっても出場規定を満たすことはできない。

 

「本気で四島への移住を考えてしまう」

 

 これは割とガチだ。

 もちろん今の学校にいる仲のいい友人と別れたくはないが、それを押してでもグラシュを履いて空を飛び、FCをしたいと強く思う。

 

「でもなあ、千冬姉が大変になるしなぁ」

 

 どこで働いているかは頑なに教えてくれないが、基本週一、時には月一の頻度で帰ってくる忙しそうな姉に、『仇州(きゅうしゅう)に引っ越します』とはとても言えない。

 

「まあ、今考えても仕方ない。今はFCの試合の観戦に集中しよう」

 

 

 

 

◼️◼️◼️◼️◼️◼️

 

 

 

 

 

「はー、やっぱり真藤選手が優勝かぁ。スピードも技も他の選手とは一線を画してたもんな」

 

 大会の優勝は、一番の注目株・高藤学園の真藤一成選手だった。

 この真藤選手、実は去年も優勝したためこれで大会二連覇なのだ。

 

「あんな動き、俺にもできたらな」

 

 毎年四島に来ているので、去年思い切ってグラシュを購入。

 それ以来、地元のグラシュ練習場で飛んではいるが、思い描く理想の動きはできていない。

 毎年利用している馴染みの民宿に戻るまでの間、脳内では真藤選手の動きをリピートして思い出し、なんとか自分の糧にしようとしていた。

 

「あ、戻る前に夕飯すませておこう」

 

 宿泊代を浮かすために、食事は安い店でいつもすませていた。

 

「安さと量と美味さを求めるなら、やっぱりあそこだな」

 

 泊まっている民宿を通り過ぎ、少し歩くとある店に入る。

 その店の名前は『ましろうどん』

 早い安い美味い、の三拍子プラス『量が多い』が揃っていて、いつも来ているのだ。

 

「いらっしゃいませー。あ、一夏くん!」

 

「お、真白。今日は店の手伝いなんだな」

 

 エプロン姿のこの店の看板娘、有坂真白は俺と同い年で、毎年よく食べに来ているためこうして名前で呼び合うほど仲良くなった。

 

「今年もよくいらっしゃいました」

 

「ああ、この安さでボリュームと美味さの両立ができている店はなかなか無いからな。四島にいる間はたぶん毎日来るよ」

 

「ありがとうございます! でもそんなに褒めるとまたお母さんが『サービス』って言って大食いチャレンジみたいな量になっちゃいますよ?」

 

「う、それはさすがに遠慮したい。…奥に聞こえてないよな?」

 

「あはは、大丈夫だと思いますよ。それで一夏くん、ご注文は?」

 

「肉ぶっかけうどん、冷やで」

 

「かしこまりました」

 

 真白が奥の厨房に注文を言いに行くと、チラッと真白のお母さんの顔が見えた。

 俺に気づいた真白のお母さんは、真白と一言二言話して再び厨房に戻っていった。

 話していた真白の顔が真っ赤になっていたが、何を話していたんだろう?

 後で聞いてみよう。

 

 



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「うーん、満腹!」

 

「それは良かったです。あ、一夏くんはこのコントローラー使ってください」

 

 『ましろうどん』でたらふく食べて満足した後、真白に誘われて彼女の部屋にお邪魔していた。

 女の子の部屋らしくぬいぐるみ(邪神ちゃんというらしい)が置かれていたりもするが、この部屋の大半のスペースを占めているのは多種多様なゲーム機とそれらのソフトである。

 真白は生粋のゲーマーで、特に格ゲーでは全国ランキング上位の常連だ。

 

「何のゲームするんだ?」

 

「やっぱりエスバでしょう!」

 

 真白の言うエスバとは、『IS・ExVS(アイエス・エクストラバーサス)』というISをモチーフにした対戦格闘ゲームだ。

 ただのゲームと侮るなかれ。

 エスバはS◯NYと某N社で共同開発された『PSS(プレイ・ステイツ・スティック)』というゲーム機のソフトで、VRヘッドセットと連動コントローラーによってリアルに近い感覚でISバトルができる。

 

「私は『ラファール・リヴァイヴ』で行きます」

 

「俺はいつもの『暮桜(くれざくら)』だな」

 

「一夏くんはいつもお姉さんの機体ですねぇ」

 

 ニヤニヤしながら指摘してくる真白。

 

「お、俺はこれが一番使いやすいんだ!」

 

「はいはい、そういうことにしておきますね」

 

「うぐぐ…」

 

 機体選択が終わったので、次は武装選択だ。

 とは言ってもこの『暮桜』は近接ブレード『雪片(ゆきひら)』しか装備できない仕様になっている。

 対して真白が選んだ『ラファール・リヴァイヴ』は機体性能は『暮桜』に劣るものの、武器スロットの多さと装備可能な武器の多様性がウリである。

 いつも真白は俺が『暮桜』を選ぶと遠距離武器ばかりを選択してメタってくる。

 それでも勝率は五分五分。

 

「今日こそは勝ち越させてもらうぜ、真白」

 

「そう簡単に勝ちは譲らないのですよ、一夏くん」

 

「「決闘(デュエル)ッ‼︎」」

 

 

 

 

 

 

 

 

「んじゃまたな、真白」

 

「はい、またのご来店をお待ちしています。なんてね」

 

 結局、真白との戦績は五分(イーブン)のままだった。

 悔しいと思う反面、真白と切磋琢磨しているようで燃えてくる。

 

「仇州に引っ越してくればいつでも真白とゲームできるんだよな。まあその為だけに移住を決める訳にはいかないけど…」

 

 千冬姉に肉体言語でOHANASHIされてしまう。

 『ましろうどん』からすぐの民宿に戻り、女将さんに挨拶をしてから泊まっている部屋へ行く。

 

「ふう。今日はFCの観戦で炎天下の中動いてたからか疲れたな」

 

 いつもより少し早いが寝ることに。

 

「おやすみ」

 

 誰かへとそう呟くと、俺の意識は沈んでいった。



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 それから数日、四島を満喫した後、俺は地元に帰った。

 もっと居たかったが、夏休みの宿題もあるし、何より高校受験を控える受験生なのだ。

 本来なら旅行など行っている場合ではなかったのだが、欲望には逆らえなかった…。

 

「こっからは勉強漬けかぁ、気が滅入るな…」

 

 だがやらないわけにはいかない。

 将来四島に移住してFC関係の仕事をする、という夢のために、今の目標は勉強して高校に合格することだ。

 

「真白も勉強してるかな。同じ中三だし」

 

 ちなみに真白は成績がイマイチらしい。

 真白曰く『器用なのはゲームに関してだけ』とのこと。

 

「今できることを精一杯するだけだな。よし! やるぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は流れ、受験当日。

 夏頃から気合いを入れて勉強したおかげで、最後の模試で志望校の藍越学園はA判定だった。

 進路指導の先生からも太鼓判を押された。

 今日まで最後の詰めの勉強をしつつ、体調管理も徹底した。

 

「これなら大丈夫。あとは油断しないだけだ」

 

 俺は家を出て、受験会場へと向かった。

 受験会場は普通受ける高校になるのだが、昨年そのシステムを利用したカンニング事件が発生したため、今年から受験会場を変更して場所も直前まで開示しないようになったのだ。

 俺の受験する藍越学園の会場は、近くの市民ホールだった。

 万全を期すため開始時間の一時間前に到着するように出発し、予定通りの時間に着いた。

 

「えーと、藍越学園の部屋は………あっちか」

 

 この市民ホールはかなり広くできており、今日はいくつかの高校が受験会場として借りている。

 俺は『藍越学園はこちら』という看板を頼りに廊下を歩いているのだが…

 

「うーん、ここさっきも通ったような」

 

 同じような所をグルグル回っている気がしてならない。

 初めて来た場所だからというのもあるが、そもそもこの市民ホールの構造がややこしい作りになっているようだ。

 

「とりあえず間違っててもいいから、どこかの部屋に入って人に聞こう」

 

 適当な扉を開けて中に入る。

 

「あ、受験生は着替えて奥の方に行ってねー!」

 

 その部屋に入ると、何やら作業をしていてこちらを見ていない女性に指示をされた。

 『受験生』というワードで、ここで間違ってなかったのかも、と思った俺は、着替えもカンニング対策かと首を傾げながらもとりあえず奥へと進む。

 仕切りを隔てた向こう側には、鎧武者が鎮座していた。

 

「これは、『打鉄(うちがね)』か?」

 

 ゲーム『IS・ExVS』でも登場し実在する日本産の第二世代のISだ。

 なんでこんなものがここに、と思いつつも、やはり興味がある。

 起動しないと分かっているが、つい手を触れてしまった。

 キィン、という甲高い音が響くと、俺の頭に大量の情報が凄まじいスピードで流れ込んできた。

 ISの状態、シールドエネルギー残量、武装一覧、etc…。

 

 そして俺は、ISを纏っていた。

 

 



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(極限につらい)

 

 ここはIS学園の一年一組の教室。

 SHR(ショートホームルーム)直前のため全員席に着いているが、その視線のほぼ全ては教壇前の席に座っている人物へと注がれている。

 その人物は織斑一夏、つまり俺である。

 俺は男であるにもかかわらず、事実上女子校であるIS学園に入学したのだった。

 

 受験会場でISを起動させてしまったところをIS学園の人に見つかり、あれよあれよという内に研究所でモルモットをするかIS学園に入学するかの二択を迫られ、苦渋の決断でここに来た。

 

(ああ、俺の人生プランがパァだ…)

 

 これから先は必ずISに関わり続けなければならないだろう。

 それほどにISは世界に影響を与えるものなのだ。

 これで俺が『グラシュに関わりたい』と言っても、そうは問屋が卸さないだろう。

 グラシュとIS。

 どちらも起源は同じなのに、ここまで差がでるのか。

 幼馴染のお姉さんが『あはは! ごめんね、いっくん』と言ってそうな気がした。

 

「はーい、それではホームルームを始めまーす」

 

 いつの間にか教壇に立っていた女性教師の声を聞き、思考を一旦中止する。

 

「私は副担任の山田真耶といいます。これからよろしくお願いしますね」

 

 シーン。

 誰も返事をしない。

 そもそも話を聞かず、俺に視線をぶつけるのに忙しい人たちが多過ぎる。

 

「う、うぅ。…ダメよ真耶、泣いちゃダメ…。えっと、それでは自己紹介に移ります。名前を呼ばれたらみんなに自己紹介をしてください」

 

 これには反応があり(俺の自己紹介を聞きたいだけかと思われる)、名簿番号順に簡潔に自己紹介をしていくクラスメイト。

 

「はい、次は織斑君どうぞ」

 

「はい。織斑一夏です。趣味、というか好きなものはグラシュとFC(フライングサーカス)です。よろしくお願いします」

 

 …ざわ……グラシュ?……ざわ……サーカス?……。

 

 やっぱあんまり有名じゃないスポーツだもんな。

 特にIS学園(ここ)にいる生徒はISを学ぶために来たのだ。

 真逆の存在であるグラシュやFCを知らない人が多くても不思議はない。

 

「お前はまだグラシュ(それ)に拘っているのか」

 

「ん? え、千冬姉?」

 

 パァン! と俺の頭に衝撃が走った。

 

「ここでは織斑先生だ。以後気をつけるように」

 

「は、はい…」

 

 頭を二つの意味で抱える俺をよそに、千冬姉はクラス全員に向かって話す。

 

「諸君、私が担任の織斑千冬だ。私の仕事はひよっこのお前たちを使い物になるよう鍛えることだ。ここは遊び場ではない。死にたくなければ私の言うことには従え。いいな」

 

『キャアァァァーーー!!!』

 

 み、耳がぁーーー!?

 

「千冬様よ!本物の千冬様!」「千冬様に会うために北仇州から来ました!」「千冬様のためならどんなことでも!」「ん?今何でもするって…?」

 

「静かに!」

 

 シィンーーー。

 

 本当に言うことには従うようで、千冬姉の一喝で全員黙る。

 

「それでは自己紹介の続きをするぞ。山田先生、お願いします」

 

「は、はい! えっと次はーーー」

 

 そんな感じで自己紹介タイムは無事に終わり、その後すぐに一限が始まった。

 一限の教科は、IS基礎学。

 予習は自分なりにやったが、不安だ…。

 

 




ここの一夏君はFCを通して努力と積み重ねの大切さを知っています。
そのため予習も自分なりにやってきました。


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「ーーーというわけで、ISはアラスカ条約によって戦争のための利用はできず、国家間でのコアの取引も禁止されています」

 

 よし、ここまでは予習のおかげでバッチリだ。

 まだ初日の授業だからか、内容は参考書+α程度でそこまで目新しいものではなかった。

 

「えー、ここまでで分からない人はいますかー?」

 

 IS基礎学の担当である山田先生がそう問いかけるが、手を挙げる者はいない。

 

「お、織斑君は大丈夫ですか?」

 

「大丈夫です。なんとか着いて行けてます」

 

 山田先生の問いに答えると嬉しそうに頷き、

 

「そうですか。でも何か分からないことがあったら遠慮なく聞いてくださいね。なんせ私、先生ですから!」

 

 と得意げに胸を張った。

 ちなみに山田先生は人並み以上にご立派な胸部装甲(おっぱい)を持っており、それが教壇前の席の俺に向かって突き出されたのだ。

 先生、それは思春期男子には刺激が強過ぎます…。

 

「わ、分かりました。何かあったら質問に行きます」

 

「はいっ!」

 

 満面の笑みで答える山田先生に邪な感情を抱き、罪悪感を感じる一限であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっといいか」

 

「ん?」

 

 二限(今度は一般教科の数学)の準備をしていると、聞いたことのあるような声で話しかけられた。

 

「もしかして、(ほうき)か?」

 

「ああ、話がある。屋上でいいか?」

 

 話しかけてきたのは、幼馴染である篠ノ之(しののの)箒だった。

 説明しよう。篠ノ之さんちは束さんの失踪を機に様々な組織から人質として狙われるようになり、日本政府によって保護を受けることになった。その際、家の場所を特定されないようにするため急遽引っ越したのだ。小四の頃である。

 

「あ、ああ」

 

「では行くぞ」

 

 そう言うと、箒は早足で教室を出て行った。

 慌ててそれを追いかける。

 

 

 

 屋上に出ると、少し風があった。

 

「それにしても久しぶりだな、箒。元気だったか?」

 

「ああ。お前も元気そうで何よりだ、一夏」

 

「そっか。あ、そういえば、剣道の全国大会優勝おめでとう、箒」

 

「な、なぜそのことを知っているっ⁉︎」

 

「なぜって、たまたまスポーツ誌で見たからだけど」

 

 メジャーなスポーツからFCまで網羅している愛読のスポーツ誌だ。

 

「なぜスポーツ誌なぞ読むっ⁉︎」

 

「俺はスポーツ誌を読むことも許されないのか…」

 

 今明かされる驚愕の真実ゥ、である。

 

「ま、まあ良い。しかし男の身でISを動かすとはな。ニュースを見た時は驚いたぞ」

 

「ああ、そのせいでIS学園には強制入学。俺の人生設計が水の泡だよ…」

 

「お前、その歳でもう人生設計をしてるのか…?」

 

 胡乱(うろん)げな眼差しを向けてくる箒。

 

「そ、そろそろ次の授業が始まるぞ、戻ろう」

 

 俺はその視線から逃れようと、先に教室へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 二限の数学も無事に終え、しかし次に迫るIS系の授業に辟易していると、

 

「ちょっとよろしくて?」

 

 とお嬢様風な言い回しの掛け声を聞き、その方向を向いた。

 

「…なん、だと…」

 

 視線の先にいる人物を見て、俺は目を見開いた。

 そこには金髪ドリルのお嬢様がいた。

 

「な、何をそんなに驚いていますの? ふふん、さてはわたくしの美貌に見惚れていますのね!」

 

「………………な…のか…?」

 

「は? 声が小さくて聞き取れませんわ。もっと大きな声でお話しなさい!」

 

「金髪ドリルのお嬢様は二次元の存在ではないのか!?」

 

 その瞬間、教室の空気が凍った。

 

(説明しよう! 一夏はゲームのみならずアニメや漫画など二次元にも精通している真白の積極的な布教活動により、基本的なネタが分かる程度のオタク的教養を身につけているのだ!)

 

 ん? 今変な声に説明された気がしたが…、まさかこれが内なる自分⁉︎

 『くっ! 鎮まれ、俺の闇!』と中二な思考を一瞬したが、俺はもう高一。あの黒歴史を繰り返してはいけない。

 

「失礼、噛みました。何かご用でしょうか、お嬢さん?」

 

「…セリフを噛んだ前後の内容がまったく違いますが、まあいいですわ。わたくしに対しての礼儀を弁えているとは、男でもマシな部類のようですわね。特別にわたくしの小間使いにしてあげますわ」

 

「えっと、とりあえず聞きたいことがあるんだがいいか?」

 

「ええ、よくってよ。平民の声を聞くのも貴族としての務めですわ!」

 

「その縦ロールって、セットにどのくらい時間かかる?」

 

 金髪ドリルお嬢様の余裕そうな笑みにヒビが入った。

 またたく間に顔を真っ赤に染め、憤怒の表情でこちらを睨んでくる。

 

「あ、あなた、わたくしを馬鹿にしてますの!?」

 

「えぇー、聞きたいことを尋ねただけなのに…」

 

 許可もくれたのに…、なんという理不尽。

 

「………け」

 

「け?」

 

「決闘ですわっ! ここまでコケにされては、わたくしのプライドが許しません! 尋常に勝負ですわっ!」

 

 

 

「ふむ、それならば丁度いい」

 

 

 

 いきなり会話に差し込まれた別の声に驚き、前を見ると、

 

「クラス代表を決めなければならないのだが、クラスの女子共の神輿(みこし)にされそうな織斑と、このクラス唯一の専用機持ちであるオルコット。お前らのどちらかならば全員納得するだろう。その勝敗でついでにクラス代表も決めてしまえ」

 

 千冬姉が教壇で次の授業の準備をしていた。

 ハッと壁掛け時計を見ると、始業一分前。

 

「くぅっ! 次の休み時間に決闘の詳細を伝えますわ! 逃げないこと! よろしくて!?」

 

「オルコット、騒ぎ過ぎだ静かにしろ」

 

「は、はい。申し訳ありません…」

 

 金髪ドリルお嬢様(オルコットというらしい)が席に座るのと同時に始業のチャイムが鳴った。

 

「先ほど言ったように織斑とオルコットでクラス代表を決める試合を行う。他にクラス代表に立候補する者はいるか? ……、いないようだな。試合の日程や形式などは追って通達する。では授業を始める!」

 

 



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