ウルトラマンジード外伝 キラメク未来 (ローグ5)
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ウルトラマンジード外伝 キラメク未来
ジードが好きな方、ドンシャインが好きな方がいらっしゃいましたら、是非読んでいただきたいと思います。
人生の全盛期、誰にもあるその輝かしい時をいつかと聞かれれば高見光は不承不承であるが、20歳の頃と答えるだろう。あの頃の光はヒーローを演じる俳優となり、子供たちに夢を与える事が出来る人間になりたいと考えていた。その為に光は努力を惜しまず、体を鍛え、演技を勉強し続けていた。金はなくても希望はあった、紛れもなく光の黄金時代と言えた。
そんな若いころの彼を象徴するエピソードがある。
あれは光がスーツアクターのアルバイトをしていた時の事だ。その日光が演じていたのはドンシャイン、やや昔に放送された作品であるが、再放送により再ブームが起き多くの子供達のあこがれとなっているヒーローだ。
「みんなー!大きな声でドンシャインをよぼう!せーの」
「ドンシャイー――ン!!」
大勢の子供たちが光の扮するドンシャインの名を呼ぶ。どの子供達も笑顔で、まだ幼い顔は希望で満ち溢れており、我先にとヒーローとの握手をねだる。だが光は彼らに朗らかに応えながらも観衆の間を通り抜けていく。
「う・・・ぐす・・・」
その先にはまだ幼い少年がいた。光がその存在に気づいた少年は何らかの事情があるのか、彼の周りには保護者がおらず、周囲の輪から離れ、一人泣いていた。少年のもとにたどり着いた光はしゃがんで目線を合わせるとすっと拳を突き出す。
「君の笑顔を取り戻す。HERE WE GO!」
「・・・・・・!?」
ドンシャインのきめ台詞を聞くと少年は泣くのをやめ、おそるおそるだが拳を突き出し、光の拳と合わせる。泣き止んだ少年の顔には笑顔が戻り、それを見た周囲の人々も自然と笑顔になっていく。ドンシャインのスーツの中で光自身も笑顔だった。
この記憶は今も光の心の中にある。だがそれは今の光にとって活力を生み出すような物ではない。むしろ負の感情を引き起こす苦い記憶となっていた。
「はいカットぉ!」
撮影現場に監督の声が響き渡る。神林町にあるこの廃工場は現在この冬放映予定のアクションドラマの撮影に使われており、多くの人間働いていた。。監督の声と共に役者を始めとするスタッフが弛緩し、雰囲気が軽くなる。
その雰囲気は今日の撮影はもう終わりであり、かつ出来もよかった為監督の機嫌も悪くないという理由に根差している。
「・・・・・」
やられ役の一人としてその辺に転がっていた光はのそりと立ち上がる。ようやく長い撮影が終わった。欠伸交じりに立ち上がった光はそのまま駐車スペースの止めた自分の車に乗り込もうとする。
「お疲れ様です高見さん!今日もありがとうございました!」
「あ・・うんお疲れさま」
「いやー今日中にあそこのアクション撮れてよかったですよねー。あの回転蹴りの所難しくて困りましたよー。」
「ははは・・・・よくできていたと思うよ。」
光はこの青年、ドラマの主演である売り出し中の若手俳優が苦手だった。別に彼の性格が嫌味ったらしかったりするわけではなく、むしろ善良な人柄で誰からも好かれている。最もそうだからこそ苦手なのだが。
「じゃあ俺は帰るから・・・・」
「あっ、はい!お気をつけて!」
光はそのまま車に乗り込み自宅への道を行く。仕事終わりにもかかわらず優れない気分は彼にとってここ数年来ずっと続いているものだった。
「ありがとうございましたー」
出来合いの弁当や清涼飲料水の入った袋を片手に光はコンビニの外に出る。夜空は満天の星空だったが、それは光に何の感慨も及ぼさない。昔はそうでなかっただろうが。
(はあ…こんな日がいつまで続くんだか・・・・・。)
あこがれの俳優業についてはや十年、一向に光の人気は出ることはない。一度ドラマでいい役がもらえたことがあったが、そのドラマは不出来すぎる脚本で世間から酷評され、それが原因で光が良い意味での注目を得ることはなかった。
(今回の役だってモブと変わらないやられ役・・・人気なんて出る訳ねえしな。)
光はため息をつく。いい加減芽の出ない役者生活に彼は疲れていたし、モチベーションも失われていた。いっそのこと地元へ帰って就職しようか―――――そう考えていた瞬間、あたり一面に轟音が鳴り響く。
「―――――え!?」
光が唖然として振り返ると湾岸の倉庫のあたりに巨大な影がある。否居た。
青い体のそれは甲殻類か昆虫を思わせる骨格に身を包み、さらに背中にはマント状の羽のような触手を持っていた。光を含むほとんどの地球人が知らない事であるが、その者の名は極悪宇宙人テンペラ―星人ヴィラーフ。ある目的を秘めて地球に来襲した宇宙人の一人だった。
「どこにいるウルトラマンジードォ!お前が出てこなければ地球人共が死ぬぞお!」
テンペラ―星人は脅すように空中に向けて光弾を撃ちこむ。そうヴィラーフの目的はウルトラマンジードを倒し、自身が覇権の派遣を握る事。そのために今地球で巨大化し暴れているのだ。
(うっそだろこんなに近くに・・・・早く逃げねえと・・・・あっ)
その暴れっぷりを見て光は即座に逃げだそうとする。だがその前にあることに気づいた。逃げていく人々の中に一人足をくじいたのかうずくまっている子供がいる。光はとっさに駆け寄り助け起こそうとするが体が動かない。本能が一刻も早く逃げなければと訴えていた。
(そ、そうだ。どうせ他に誰かが助けるだろうし・・・)
自身の中でそう結論付け、子供に背を向け光は逃げようとする。その時のことだった。夜空を切り裂くように赤い流星が飛翔し、ヴィラーフの前に立ちふさがる。
「あっあれは!」
「来てくれたんだ!」
逃げていた人々は足を止めそこに立つ巨人を見る。赤と銀、そして黒の体色を持ち、悪役チックな吊り上がった目。その姿は見ようによっては禍禍しくも見えるが巨人を見る人々は皆目を輝かせ声援を送る。
彼の名はジード。この星を守るために戦うウルトラマン、ウルトラマンジードだ。
夜空を貫き光線や光弾、電撃が飛び交い巨大な物が動き回る衝撃や足音が轟音となり、響き渡る。
人々の避難の済んだ街で戦う青い姿のジードとテンペラ―星人ヴィラーフが機敏に動き目まぐるしく位置を変えて動き回る。どうやらこの宇宙人はそれなりの手練れの様だ。ベリアルやギルバリスという宇宙規模の敵を打倒してきたジードにとっても一蹴できる弱卒ではない。
だが戦いがジードの優勢であることには変わりない。ジードは爪状の武器で切りつけひるませると、赤く機械的な姿に変わり、強烈な拳を打ち込み、ヴィラーフを空中へと吹き飛ばす。それを見ると戦いを見守っていた人々の中でも男性から多くの歓声が上がった。ジードの形態の中でもこの形態はメカニカルな物やパワフルな物が好きな男性から圧倒的な支持を受けている。
「ぐう・・・・ならば空中戦で勝負だ!」
背中のマント状の触手を広げヴィラーフが飛翔し、最初の最もベージックな形態に戻ったジードもそれを追う。
超高速で飛ぶ二者は湾岸地帯の上空で地球上のあらゆる戦闘機になしえない激しいドッグファイトを繰り広げている。
「いけ―ジードー!」
「がんばれー!」
人々の声援に応えるかのようにジードは手から放つ光弾をまるで軌道を先読みしていたかのような正確さでヴィラーフに当て続ける。だがそれはヴィラーフの計算内のことだった。
「ぬう・・・・さすがベリアルを倒しただけある。だが、この勝負俺の勝ちだあ!」
ジードの猛攻にヴィラーフはエネルギーを温存しつつ耐えていた。全てはジードを穿つ必殺の一撃を放つために。
体を守るような動きをとっていた両腕の鋏から凄まじい光線が放たれジードに当たり大爆発を起こす。
「ああっ!そんな・・・・」
「いやちがうぞ!見ろ!」
一瞬人々は落胆するが、すぐにまたしても歓声が上がった。両腕に禍禍しい稲妻をまとい、爆炎を切り裂き現れたジードは自身の貼ったバリアで光線を完全に防御したようだ。
地球の重力を振り切るように高く跳ぶジードが両腕を広げるとともに、周囲に赤黒い稲妻が大量に発生する。そして十字に組み合わせた腕から稲妻と対照的な青と白の光線が放たれ、ヴィラーフを貫き、激しいスパークを起こす。
「ぬおあああーーーー!!」
ヴィラーフは壮絶な断末魔を上げ爆発四散する。それを見て人々はより一層の歓声を上げそれと共にジードが上空を飛び去っていく。
地球を守る最高のヒーローの勝利に皆笑顔だった。光を除いては。
「みんなー!大きな声でジードを応援しよう!せーの」
「ジードー!!」
(うっお・・・・こんな側転できんのかよ・・・)
怪獣の着ぐるみの中光は必死に体を動かし、切れのあるジードのアクションに対応する。どういった人間が入っているのか知らないが予想以上の動きで体力が下り坂の光にとってついていくのは大変だった。
今日の光の仕事はヒーローショーの敵役だ。スーツアクターに急病人ができ、学生時代から着ぐるみを着たアクションの経験があった光に白羽の矢が立った。その為今角の生えたロボットのような着ぐるみを着て必死に動いている。
無論ショーの題材は地球最高のヒーローウルトラマンジードである。数々の映像資料を基に作られた再現率の高いジードの着ぐるみが動く度に子供達から歓声が上がる。
その歓声は光にとって痛みを覚える物であった。その理由は二つある。一つはかつて子供達の歓声を集めていたドンシャインからジードへヒーローが変わってしまった事への寂寥感、そしてもう自分はヒーローじゃない、ヒーローになれなかったことへの失望感が光を苛んでいた。
(早く・・・・・終わらねえかな・・・)
怠惰からではなく苦しみから光はショーの終わりを願う。しばらくしてショーの午前の部が終わり、子供達は帰っていった。
「はあ・・・・・・・」
昼休憩の時間に先程と同様に光はため息を吐く。いつも以上に気分は憂鬱だった。まだ自分がこの会場でドンシャインを演じていた頃、夢も希望も未来もあった。それが今はどうだ。何の希望も夢も持たず、ただ漫然と日々を過ごしている。一体いつから自分はこんな惨めな存在になり果てたのだろうか?
あの宇宙人が現れた日もそうだ。昔の自分なら
逃げ遅れていた子供を一瞬の迷いもなく助けに行っただろう。今はもう心の中で言い訳をして事の成り行きを見ているだけだ。もはやかつて自分が描いていたヒーローになるという夢を叶えるのに値しない人間になり果てたのは
明らかである。
(もう田舎に帰ろうかな。そうだよな俺はやるだけやったしもういいか。田舎に帰って何か職でも探そう。最近は建設業も景気がいいし・・・・)
まだ自分の人生は終わったわけじゃない。まだ幸せになれる機会はこの世の中でもいくらでもあるはずだ。
なのに涙がこぼれそうになるのは何故だろう。こんなにも惨めな気持ちになるのは何故だろう。
「まさかリクがジード役になるなんて奇遇な事もあるんだねー」
「まさかジードとは思わなかったけど結構新鮮で面白いよこれ。」
光の鬱々とした気持ちを切り裂くようにまだ若い声が廊下から響く。突然の事に泥いて思わず控室のドアを開け、見てみるとそこにいたのはまだ20歳くらいの青年だった。
「君は誰かと話していなかったか?」
「あ・・・・すみませんケータイで友達と話していたんで・・・・ご迷惑でしたか?」
「いやいいんだが・・・ん?ちょっと待ってくれ!」
何故か青年の影に違和感を覚えたが最早青年が誰と話していたなんて小さなことだった。光はその青年に見覚えがあった。あの時、今から十年以上前ドンシャインを演じていた頃に遭った事が――――――
「君は前ここにドンシャインショーを見に来たことがないか!?」
「えっはい。子供のころからよく来てますけど・・・・・っえ!もしかして」
どうやら光の勘は当たっていたようだ。光の言葉の意味を理解した青年の顔はぱっと輝く。
彼の名前は朝倉リク、かつて夢や希望があった頃の光が救った少年だった。
ショーの為に拵えられた観客席に並んで腰かけながら二人は話す。あの時はリクには現在まで続く自分を作った転機として、光にとっては自分の中にあるただ一つの輝かしくも苦い思い出として。正反対の思いを抱きながらも懐かしさから二人の話は弾んだ。
「僕は正直あの時までドンシャインにあまり興味がなかったんです。」
リクは言う。あの日の思い出の事を。
「でも・・・・あの時のショーがあって僕に笑顔をくれたドンシャインが大好きになって・・・・それで思ったんです。ヒーローになろうって。」
リクは自分の思いをかみしめるように話す。これまでの自分が辿ってきた道を思い返すように。
「それで今ヒーローになれたんです。誰かの笑顔の為に戦う、あの時のドンシャインのようなヒーローに。」
リクはそう言った。ヒーローになれたとはどういう意味なのだかは分からない。だが光にはその言葉だけで十分だった。
「そうか・・・ありがとう・・・本当にありがとう」
光は必死に涙をこらえてリクに礼を言う。自分はもうすでに誰かのヒーローに成れていたのだ。なのに一度や二度の失敗が原因で、その事から目を背け時間を浪費して来た。これまで目をそらしていた後悔が光を苛む。自分はなんであの時のことを忘れていたのだろう。あの時の思い出を胸に頑張ることは出来なかったのか。本当に自分は愚かだった。
でももし、もし今からでも遅くないのなら――――――
「なあ・・・・リクくん今からでもヒーローに成るには遅くはないと思うかい?」
「大丈夫ですよ!」
リクはさわやかに即答する。彼の答えは決まっていた。
「誰かの笑顔を取り戻す!そんな気持ちがあれば遅いなんてことはないですよ!」
そう言ってリクは拳をぐっと突き出す。一瞬光は虚を突かれたがすぐに自分も拳を突き出した。
満天の星空の下、光は今日の午前中までが嘘のように明るい気分だった。
(俺一度だけ、一人だけだけどリクの・・・・誰かにとってのヒーローになれたんだ。一度出来た事が絶対に出来ないはずがない。後少しだけでいい、もう少しだけヒーローを目指して頑張ってみよう)
かつての夢をまだ追い求めようと光は決意する。そう、まだ夢を諦めきるには早すぎる。
(その為にやることは沢山あるな。まずは鍛錬を再開して体を鍛えなおして、後オーディションへ参加できるように説得して――――)
その時のことだった。晴天を切り裂きどす黒い稲妻が再開発地帯の空き地に落ちる。それはこの間のテンペラ―星人の侵略の再来の様でどこか異なっていた。
「我が名はチブル星人ベクセル!どこにいるウルトラマンジード!」
「また宇宙人かよっ・・・・・!」
光のその言葉は正確には間違っている。確かに今地球に来襲したのはタコの様に肥大した頭部を持つチブル星人と呼ばれる宇宙人の一人である。だが彼は怪獣兵器を操縦し、この地球に降り立っていた。
赤を中心とした体色に右手に鋏、左手に巨大な眼球を生やした怪獣はまるで複数の怪獣を模した粘土をくっつけて作ったような異形だった。その名はファイブキング。かつてある世界でチブル星人が切り札として使用し、一時はウルトラマン二人すら圧倒した強力極まりない怪獣である。
「さあ出てこい!ぼやぼやしていると君の大好きな地球人が死んでしまいますよお!」
ファイブキングは建設途中のビル群を破壊し始める。夜で人がいないからいいものの、もし昼間だったら多くの死者が出ていただろう。その破壊は人が抵抗することのできない圧倒的な物であり、人々は逃げ纏う事しかできない。その光景もまたあの日の夜のリフレインの様であった。
だが、この光景があの夜のリフレインというのなら次に起こる行動は一つだった。
青い光が降り注ぎ、人々が足を止め、そして重厚な足音が鳴り響く。
ファイブキングとべクセルがそれに振り向き敵意をむき出しにして構える。
両肩を隆起させたウルトラマンがビルの鏡面にその姿を映しながら現れ、仁王立ちし、人々が歓声を上げる。
そう、ウルトラマンジードがまた来てくれたのだ。
ジードとファイブキングが強大な力をぶつけ合う。どちらも絶大な防御力と攻撃力を持ち、生半可な怪獣や宇宙人では一撃をしのぐ事すら難しいだろう。そんな強大な力を持った者同士の戦いが行われているにもかかわらず周囲への被害は流れ弾を始めとしてほとんどない。
それもそのはず。ジードは打ち込む拳の角度で、位置取りで、光線技で巧みにファイブキングの動きを制限している。ベリアルを始めとして幾多の強敵と戦ってきたジードの技量は当初とは信じられない程の上達を見せており、その様には熟練の戦士のような老練さすら見受けられた。
「ジードが押してるぞ!」
「行けー!ジードォー!」
右の鋏を抜き手のように放つファイブキングに対して重厚な形態のジードも合わせるように右の拳を裂帛の気合とともに放つ。余人の目にはその速さの為見えなかっただろうがジードは回り込むような拳で、強度の比較的低い鋏の可動部を殴り、砕いたのだ。
「ぐぬう・・・・おのれジードォッ!」
ひるんで距離をとり、上をとるため翼をはためかせたファイブキングに対してジードは頭頂部から電気の鞭を放出した。頭の動きと連動し動いた鞭がファイブキングの翼を切り裂き地に堕とす。
「ぐおおおおおおおお!!」
いかに強力な怪獣と言えどこうまで各部を破壊されてはたまらない。もはや戦いの大勢は決したかに思えた。だがチブル星人べクセルは歯噛みしつつも体勢を立て直す中、見つけてしまった。足をくじき逃げ遅れた子供を。
「これはいい物を見つけましたぁ!」
卑劣にもべクセルはファイブキングを操り子供に向けて光弾を連射する。ジードはその射線に立ち、その身を盾にするが光弾の弾幕は止まらずジードのエネルギーは消耗していく。
「おいあそこに子供がいるぞ!」
「誰かうちの子をっ!誰かあ!!」
「くそ・・・・自衛隊や警察はまだか!?」
その光景の理由を知った者たちが次々増えていくが、誰も子供を助けに行くことができない。無理もない。大怪獣の繰り出す光弾が降り注ぐ戦場は人間にとって地獄とも呼べるべき場所である。生存本能が足を踏み出す事を止めさせるのは当然な事だろう。だが、それでも。
(あそこまで何秒かかるかな?・・・・でもやらねえと)
光は足を一歩踏み出す。ただの人間である自分がやるには危険すぎることは分かっている。しかし、それでも今そうしようと光には思えた。迷いを振り切るように一気に走り出す。
(うおっ!瓦礫が飛んできたあ!怖えっ!マジ怖え)
今この瞬間も光は怖くてたまらない。光弾が着弾して轟音を立てるたびに、瓦礫が足元に転がるたびに身がすくむ。だが光は進む。それが自分のやるべきことだと心から思えたからだ。
(前と同じだ・・・・誰かの笑顔を取り戻す、一度できた事ができないはずがない!)
「はあはあ・・・君!もう大丈夫だ!」
瓦礫に足を取られながらも光はとうとう子供にたどり着きその身を抱き上げる。
「君の笑顔を取り戻す! HERE WE GO!」
かつて自分がヒーローにあこがれていた時、好んでいた科白を言うと共に来た道を全力で駆け戻る。
「人間風情がこのっ・・・・こざかしい真似を!ぐぎゃっ!」
光の存在に気づいたファイブキングがなんらかの対処を行おうとするが、それは果たすことができない。一瞬でマントを羽織った形態に変化したジードが瞬間移動のような速さで隙を突き、ファイブキングの巨体を手にした剣で切り裂く。
その一撃でファイブキングが吹き飛ばされ、数秒だが戦闘不能になったのを見届けると、息も絶え絶えになりながらも親の元に子供を送り届けた光に向き直った。
そして無言で拳をぐっと突き出す。万感の思いを込めて光もそれに応じて拳を突き出した。かつてのあのドンシャインショーの時の様に。
一瞬の邂逅の後、ジードはファイブキングに向き直る。そしてさらに姿を変える。
ジードの変化した姿は赤銀黒の体色に金色のラインが入り、マッシブな体形となっている。それだけではなくその右手には赤い棍のような武器が握られている。人々はウルティメイトファイナルというジードのその形態の名を知らない。だが人々はそれを見て歓声を上げる。人の思いを背負ったジードは無敵なのだから。
人々の歓声をバックにジードはファイブキングに躍りかかる。ファイブキングは再生した両腕で返り討ちにしようとするがそれは意味をなさない。赤い棍で逆に打たれ斬られ傷を増やしていく。
「ぐおおおおおっ・・・・ならばこれで!」
たまらずファイブキングは飛び下がると共に体中から冷凍光線や火球、電撃などを解き放つ。ただでさえ強力な攻撃を幾つも同時に放ったそれはとてつもない威力で物体を粉砕するだろう。
しかしジードは堂々と腕を十字に組み合わせて光線を放ち、それらの全てをかき消す。その堂々とした立ち姿は微塵もゆるぎない。
「ば、馬鹿なジードがこれほどまでに・・・・・これほどまでに強いとはっ!!」
べクセルの狼狽と共に動きを鈍らせたファイブキングに対して棍に光をみなぎらせたジードが飛翔する。その姿は人々が願いを寄せる流星の様だった。
「行けーーーーーーージードォーーーーーーー!!!」
多くの人々と共に光は願いと希望を込めてジードへ声援を送る。そして一段と光を増したジードの刃が、闇に浮かぶ三日月のような軌跡を夜空に刻み付け、ファイブキングを切り裂いた。
「ベリアル帝国ばんざあああああああい!!」
何処かありがちな断末魔の叫びをあげたべクセルと共にファイブキングが跡形もなく爆発四散した。
夜の闇に浮かぶ街の中ジードは堂々と立ち、それを人々が笑顔で見守る。その光景は先日のテンペラ―星人の時と同じに見えたが、一つだけ異なる点があった。
光も、笑顔だった。
星雲荘の中、朝倉リクは特撮雑誌にを片手にうんうんとまるで腹痛のさなかにあるかのように唸っていた。
「ねえどうしたの今日のリク。いつもに増してなんか変よ。」
「それがねー今度やるドンシャインの新シリーズでどちらを応援するか悩んでるんだってー。」
リクの様子をいぶかるライハにベガが答える。曰く今度やるドンシャインの新シリーズは白と黒の二人のドンシャインが主役となるらしい。それだけならどちらも応援すればいいのだが、リクが読んでいる雑誌ではシリーズ復活を記念してどちらか好きな方の豪華グッズセットをプレゼントするという。そのどちらに応募するかリクは迷っていた。
「う~んやっぱり正統派の白の方かな・・・・いやでも武器は黒い方がファイナライザーみたいでカッコイイし。う~~ん。」
悩んでいたリクだったが、やがて待望のドンシャイン新シリーズの衝撃で見落としていたことに気づく。それを見てリクは一瞬驚くが、すぐに笑顔になり急いではがきを書き始める。
「リクーどっちのドン心を応援するの?」
「白い方も捨てがたいけど・・・今回は黒い方かな!えーと拝啓ドンシャイン制作委員会様と」
リクの持っていた雑誌にはある人物の顔写真が乗っていた。その人物は長年の苦労が実り、ついに夢だった特撮ヒーローの演者として抜擢されたのだという。
その人物の名前は高見光。かつてドンシャインとして朝倉リクの希望となり、今また子供達の笑顔を取り戻す、希望となろうとしている人物だった。
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NEVER GIVE UP NEXUS
ウルトラマンガイアやコスモス、ルーブの要素も入った作品ですがよろしくお願いします。
夜を迎えた街を一輪の自転車が走っていた。徐々に民家の灯が増えていき朗らかな笑い声が聞こえる中、自転車に乗った青年は安全に十二分に注意しながらも帰り道を急ぐ。青年の自転車の籠に収まるのはネギや肉、それに卵など一家団欒の象徴たるすき焼きの材料。冬も深まったこの時期、青年は家族の様な仲間たちとすき焼きパーティーをやるために材料を買い出しに行っていたのだ。
「あっ……まず!」
満タンの籠からポロリと食材が零れ落ちそうになるが青年の影から黒い手がにゅっと伸び、食材を籠に戻す。
「うわ~危なかったあ~」
「しっかりしてよリクー卵のないすき焼きなんて光線技のないウルトラマンと同じだよー?」
「ごめんごめん……でも光線技のないウルトラマンているのかな……!?」
影から伸びた手と会話していた青年は何かに気づき空を見上げる。まだ青さを残した空から町はずれに落ちたのはどす黒い流星。明らかに自然のものではない不吉な存在だった。
青年はその流星が地に落ち、黒い甲殻の怪獣が出現するや否や止めた自転車をよそに駆け出していく。そして周りに人がいない事を確認すると赤いメリケンサックの様な物を掲げた。
「ジーっとしても、どうにもならねぇ!」
青年の持つアイテムに二つのカプセルが装填される。
『フュージョンライズ!! 』
「決めるぜ!覚悟! ジィィィィィィィィィィド!! 」
『ウルトラマン! ウルトラマンベリアル! 』
『ウルトラマンジード! プリミティブ!』
青年の体が光に包まれていく。その光は火との絆から、優しさからあふれる無限の光、ウルトラマンの光だった。
そう、青年朝倉リクは地球を守る最強最高のウルトラマン、ウルトラマンジードだった。
町はずれに出現した怪獣の名前は怪獣兵器スコーピス。その凶暴な甲殻や長く禍禍しい尾を始めとする全身の武装から病的なまでの凶暴性が見受けられる怪獣だった。その凶暴な印象を裏付けるかのようにスコーピスは叫び声をあげ破壊活動を行いだそうとするが幸運にも出現した場所は住宅街のはずれであり、人々がその暴虐から非難する時間はあった。
だがそれは大多数の人々にとっての事であり、少数ながら不運な人々はいた。例えば――――ここに番組の撮影に来ていたスタッフや見学に来ていた子供達などだ。
「リンブン!これで子供たちは全員か?」
「十九…二十…駄目っす!後二人足りませんしかも片方は車いすの子だったはず……!」
高見という俳優を始めとしてスタッフたちは子供たちを優先して避難させようとする。だが不運な事にまだ二人の子供が保護されておらず、行方が分からないままだった。
「……仕方ない。俺がその子たちを探してくる!確かあっちの道から帰ったはずだよな?」
「無茶っすよ光さん!?あっあれ!」
スコーピスとは違う青い光の流星が大地に降臨する。そこに現れたのはウルトラマンジード。地球を、地球に住まう人々を守る為に戦うジードは今日もまた来てくれたのだ。
「ジード……!」
高見と呼ばれた俳優は一瞬ジードと目を合わせうなずきあう。そして二人はそれぞれの戦場に向かった。高見は子供たちを助けに行くため。ジードはスコーピスを倒す為。
ウルトラマンジードは強かった。初期形態であるプリミティブにもかかわらずその拳や蹴りは容易にスコーピスの甲殻を破壊し、その内部にまでダメージを与える。
「ピギャアアアアアアアッ!!」
スコーピスは獰猛な叫びと共に頭頂からの光線と口からの光弾で突進するジードを迎え撃つ。だが両腕に展開したエネルギーをクロスさせるように薙ぎ払う事でジードは光線と光弾の両方を消し飛ばした。そしてスコーピスの頭部をひっつかむと大地を蹴って全力の膝蹴りを叩き込む。
「ギャギィッ!?」
スコーピスはジードの強烈な一撃で吹き飛び、地響きを上げて倒れ伏す。よろめきながら立ち上がるスコーピスは何とかこの状況の打開策を探そうとし―――――見つけた。近くの道に少女二人、車いすの中学生くらいの少女と妹らしき小学生程の少女が逃げ遅れているのを。
スコーピスの邪悪な頭脳はその二人を狙う事によってジードの意識をそらしその隙に逃走することを思案する。全ては本隊に情報を伝える為に。
が、そんな卑劣な企みを見逃すジードではなかった。
スコーピスの尾が伸びると同時に赤黒い切断光線レッキングリッパーが飛び、その尾を切断する。
「ギャギャギャアッ!!」
悲鳴を上げるスコーピス。そこにジードは一気に勝負を決める。全身を赤と黒の稲妻が駆け巡りそれらはやがて十字に組んだ両腕に集中していく。そしてジードの必殺光線レッキングバーストが放たれ、スコーピスを撃ち抜き爆散させた。
怪獣の襲撃に被害がほとんど出なかったこともあり平穏さが保たれている街の昼過ぎ、リクは住宅街を一人歩いていた。彼の手にあるのはどこかの中学の学生証。
昨日陸は怪獣を倒した後に何食わぬ顔で怪獣の近くにいた人々の手伝いをしていた。そうして瓦礫を片付けていた時に岩の影にあった学生証を見つけたのだ。学生証に書いてあった名前は鷲見千佳。どうやら妹ともに撮影現場を見学に来ていたようだ。
年末だという事もあり暇だったリクは今日快く学生証を届けにいった。学生証に書いてある住所はこの辺りのはずとリクはスマホ(無論ドンシャインカラー。料金プランについてはライハ監修の元注意深く組まれてある。)で確認しキョロキョロと確認する。
「このコンビニを右に曲がってから三件目だから……あった!でも大きい家だな~」
リクがたどり着いた家は周囲の家よりも一回り大きい立派な物。門構えからしていかにも資産家といった家。リクは感心しながら「こういう家の人たちってラーメン食べるのかな。もしそうならチャーシューは鹿児島の黒豚で面の小麦粉は北海道の高い奴なんだろうか」と考える。
「我が家に何か御用ですか?」
「うおあっ!」
リクに声をかけたのは髪を結んだ小学生の少女。学生証を落とした千佳の妹らしき彼女はずいぶんとしっかりしているようだ。ひょっとしたら慌てふためくリクよりも。
「ええと…これこれ!君のお姉さんの落した学生証を届けに来たんだ。多分昨日落したんだと思うんだけど」
「これは千佳お姉さんの……わざわざ届けていただきありがとうございます」
そういって少女は頭を下げる。その後にリクに対してお礼をしたいと母親に紹介し家に招き入れてくれた。
リクが招き入れられたのはこれまた綺麗で広いリビング。振舞われた菓子もリクが見た事のないおいしそうな物ばかりだった。
(この人達いい人だな~あ、でもお菓子持って帰っちゃダメかなー皆にも食べてもらいたいんだけど……)
リクは使用人の持ってきた菓子に手を付けながらも応対してくれた少女と話す。千佳の妹である少女の名前は美由と言うらしい。人懐っこいリクの雰囲気に触発されてか最初は固く見えた美由も朗らかになっていき二人の話は進んでいく。そして明らかになったのはリクにとって驚くべき、そして喜ぶべき事実であった。
「えっ!?君もドンシャインが好きなの?」
「はい!私もドンシャイン大好きですよ!無論ジードだって大好きです。昨日だってあの怪獣から助けてくれましたし……」
「おお、すごい!このドンシャインの下敷き確か少数限定の特別販売品だったはず、良く持ってるな~あっこれもジードの最終形態バージョン!こないだ発売日だったのにもう手に入れてるんだ」
そう言って美由が取り出すのはドンシャインやジードのグッズの数々。その充実ぶりにリクは同じドンシャインファンとして、そしてウルトラマンジード本人として関心する。
そうして二人は話に花を咲かせていたが美由は時計を見ると怪訝な顔をする。リクがどうしたのかと聞いてみると
どうやら千佳がまだ帰って来ていないと美由は心配そうな顔で答える。そこへなったのは
「ちょっとすいませんリクさん電話に出ます。ヘルパーの方かな……」
「あ、ああうん」
ヘルパーのという言葉に疑問を覚えたリクだがすぐにあの時ちらりと見えた少女は車椅子に乗っていたはず。ならば登下校に介護を頼むのもある意味当然の事なのだろう。リクがそう考えていると電話を切った美由の顔が青ざめていた。いやそれどころか泣きそうになっている。
「お、美由お姉さんを誘拐したって…返してほしければリクさんに臨海公園まで来いって……」
その言葉を聞きリクは迷わず駆け出す。どこか不吉な予感が背筋を流れた。
駆け出したリクがたどり着いたのは海沿いの公園。普段は家族連れや恋人たちが利用する其処は一種異様な雰囲気が漂い、人々に自然と避けられていた。故にいたのは二人のみ。怯えてふるえる車椅子の千佳とその背後に立つ黒衣の男一人のみ。
「いや~寒い中ご苦労だったね朝倉リク君。私はまあそうだな……通りすがりのシニストという者だ。以後よろしく」
一見朗らかに応える男は190センチ近い偉丈夫。さらに顔立ちはまるで古代ギリシャの彫刻のごとく整っている。しかしこの宇宙の女性たちが彼に好意を寄せることはないだろう。その整いすぎた顔に浮かぶのは醜悪な笑み。ありとあらゆる悪徳を煮詰めたかのようなその笑みは見る者に本能的に嫌悪感を抱かせるからだ。
「僕は朝倉リクだ。約束通り一人で来たぞ。千佳ちゃんを放せよ」
「千佳?ああこのゴミね。いいよいいよ。どうせもういらないし」
そう言って車椅子の千佳を蹴飛ばす。一片の容赦もない強烈な蹴りに千佳は車椅子ごと倒れ悲鳴を上げる。
「千佳ちゃんっ!?な、何をするんだよお前!」
「別にいーじゃんかよ。どうせそいつ何の役にも立たないだろ?ならさあ俺が適当に扱っても別に良いよねえ。だってこの世は弱肉強食なんだし」
「弱肉強食……?」
「そ、弱肉強食よ。なあ朝倉リク、いやウルトラマンジードよ。不思議に、不快に思わないのか?君はこの地球の、いや今となってはこの宇宙でも屈指の強さだろう。なのになぜこんな使えない奴らを守る為に戦う?馬鹿らしくならないのか?この世の全てを得たいと思わないか?」
「……思わないよ。僕は皆の為に、仲間と一緒に戦うウルトラマンなんだ。そんなくだらない事の為に誰が戦うもんか!」
「あっそ。まあいいさ、ちょっと早急だけど俺は明日この星を滅ぼす予定なんだ。もしそれまでに心変わりしたらいつでも言ってくれ。俺の右腕の席を開けて待ってるからさ」
今はうるさいのもいるしな、と独りごちたシニストは霞のように消えていく。まるで元からいなかったかのように邪悪な影は一瞬にして消失した。
それを見届けて背広姿の二人組や剣を携えた女性が出てくる。彼らはリクの仲間たちだ。
「シニストは幾つもの惑星や文明を滅ぼしてきた超好戦的な宇宙人だ」
モアとゼナはAIBのデータベースから引っ張ってきたシニストのデータを読み上げる。そのデータは破壊活動の大規模さに反してあまりに少ない。彼の者の暴虐からの生還者があまりにも少なすぎる事がその理由であり、その桁はずれの残虐性を物語っていた。そしてその残虐性をさらに裏付けるかのようなエピソードが一つ。
「これはまだ未確認の情報なんだけど別の宇宙でサンドロスっていうシニストの同族がウルトラマンコスモスと戦ったんだけど――――慈愛の戦士と呼ばれるコスモスも迷わず完全殲滅を選んだんだって。本当に凶暴な宇宙人みたい」
「強敵ねリク」
万が一の場合に備えて周囲に潜んでいたライハがリクに声を掛ける。シニストは単なる邪悪な獣ではない。ベガも協力したライハの隠形を見破れる当たりスペック任せではない相当な力の持ち主だろう。
「うん。犠牲になる人を出さないようにして頑張らないと……でもその前に」
決意を秘めた表情のリクは踵を返しうつむいている千佳の方に向かう。そしてかがんで目線を合わせた。
「千佳ちゃん…話したいことがあるんだけどいいかな?」
千佳は正確に言えば鷲見家の子ではない。美由や両親とは遠い親戚でしかない関係だった。家族仲が良い鷲見家と逆に千佳の家の家族仲は最悪。両親は毎日のように喧嘩し、何かにつけて千佳に当たる日々、あの頃の人生はまさしく最悪だった。極めつけは千佳が小学校卒業直前に遭った交通事故。回復の兆しはあるものの下半身不随になった千佳を両親は見限り親権を押し付け合い、見かねた鷲見家が千佳を引き取ったのだ。
それからの日々は幸せだった。両親も妹になった美由も実の親とは違い千佳を大切にしてくれる。しかしだからこそ思うのだ。自分は家族の足手まといではないかと。
医学の発達もあり千佳の脚は手術とリハビリによってやがて治る日が来るかもしれないという。しかしそれまでには多額の金がかかる。資産家である鷲見家にとってもそう安くない金が。さらにそれまでにかかる時間はいか程であるだろうか。下手をしなくても妹は千佳の介助の為に貴重な人生を何年も無為に消費する。それは全て千佳の為に両親や妹が負う負債だ。何の取り柄もなく、家族ですらない自分がここにいるのは、優しい彼らに寄生する寄生虫であるも同然ではないかという思いが彼女にはどうしてもぬぐえなかった。
昨日もそうだ。沈み込みがちな千佳を連れ出してくれた美由はそれゆえに怪獣災害へ巻き込まれ、さらに逃げ遅れた。結局のところ千佳は美由の足手まといでしかない。そんなありきたりな事実を裏付ける出来事だった。
あのシニストという悪人は千佳の事をゴミと言った。それは道理だと思う。当然だと思う。けれど何故涙が出てくるのだろう。何故心が痛むのだろう。
気が付いたら千佳は自分の思いを洗いざらい学生証を持ってきてくれた人、朝倉リク―――あのシニストの言葉が正しければウルトラマンジード本人にぶちまけていた。
「……さっきあのシニストってやつが僕のことをウルトラマンジードって言ったよね」
「はい……」
「あれはほんとの事なんだ。そして前ニュースとかでさんざん言われていた僕がベリアルの息子って言うのも本当の事」
「!」
「話すといろいろ長くなるんだけど……僕はベリアルがある目的のために作った模造品だったんだ」
そう朝倉リクは決して幸福な生まれなどではない。最強最悪のウルトラマン、ウルトラマンベリアルがウルトラカプセルの起動の為に自身の遺伝子から生み出した模造品に過ぎない。そしてヒーローとしての道を歩みだした後も疑いの目に晒されながらも人々を守る為強大な敵に立ち向かってきた。
「でもそんな生まれでも僕には仲間が出来た親友のペガに幼馴染のモア、レムにライハにゼナさんにレイトさんに……」
だがリクには生きる上で大切な人間が何人も出来ていた。時には喧嘩してもすぐに仲直りして同じ時間を生きていく仲間。彼らと全員で一つのウルトラマンだとリクは思っている。
「それに僕に名前を付けてくれた人がいるんだ。朝倉錘さんって人がね。この大地に、しっかりと足を付けて立つ!そして、どんな困難な状態にあっても絶対に再び!また立ち上がる!そんな意味を込めてね」
リクの名付け親はもうこの世を去っている。しかしそれは彼がこの世から完全に消えたことを意味しない。
リクがいる限り、その名前の意味を忘れない限りリクの名付け親もこの世に生き続けている。
「だから僕は家族や仲間になるのに血のつながりとかは関係ないと思うよ。愛情や絆があればいいんじゃないかな。それに迷惑とかはそんなに気に病まなくてもいいんじゃないかな。家族って支えあい助け合うものだし」
「でもっ……」
それでも千佳は納得できない。家族だとしても千佳は一方的に迷惑をかけ続けている。それが正しい家族の形と言えるのだろうか。
「私こんな体で……両親にも妹にも迷惑をかけているだけで何も役に立ってないじゃないですか……!私の為にあれだけしてくれてるのに……!」
「……僕は車椅子の事とかあまり知らないんだけど」
そう言ってリクはしゃがみ込み車椅子の背を撫でる。
「いろいろな所に油もきっちり差しているし、肘あてや背もたれなんかも千佳ちゃんの背丈に合わせて調整してある。その他にも凄いきめ細かく千佳ちゃんの事を考えて作られている。ここまで細かい調整は心から千佳ちゃんの事を考えていないとできないと思うな。それに……」
「それに?」
「さっき美由ちゃんと話していたんだけど、美由ちゃんは千佳ちゃんの話をしている時が一番楽しそうだったよ。だから僕は思うんだ。決して千佳ちゃんの家族が優しいからだけじゃない、千佳ちゃんが家族を愛する優しい子だから家族からも愛されるんだって!」
いつだって誰もが誰かに愛されている。リクの信じる愛の、絆のつながりを証明したかのような言葉は暖かった。
千佳の心で長い間凝っていた何かが解けるほどに。ポロリ、と千佳の目から涙が落ちた。
「だから見てて千佳ちゃん。あいつが言っていたような無価値な人間じゃないって、あいつの言うように力が全てじゃないって僕が証明して見せる。だから今日は帰ろう。美由ちゃんが心配しているよ」
リクの言葉とほぼ同じタイミングで千佳の名前を呼ぶ声が響く。リクが事の次第を連絡していたがそれでも千佳が心配になって探しに来たのだろう。リクの言葉を証明するかのような暖かい光景だった。そしてリクは空を見上げる。その背にはどこか崇高な責任感。彼は人々を守る為に戦うウルトラマンだから、どこまでも仲間と共に強くなる。
夜の街で二つの巨影がぶつかり合う。巨人と異形は地球人の尺度からすると異常としか言いようのない途轍もない力で殴り合い、蹴りを浴びせあう。そして距離をとると光弾を撃ちあい相手をけん制し、あわよくば突破口を作り出そうとする。
影の一つは銀と赤、黒の姿のウルトラマンジードプリミティブ。様々な技を駆使して立ち回るも有効打をなかなか相手に与えられない。
『レッキングバーストォォォ!!』
異形の両腕の剣による交差斬撃を飛びのき躱したジードが赤と黒の稲妻を迸らせながら必殺光線を放つ。だが先日も怪獣兵器スコーピスを葬った必殺の光線は太い腕で弾かれた。
『これがレッキングバーストねえ……思ったよりも全然ぬるいな』
ジードが戦うのはシニストの正体である異形生命体シニストロス。その文字通り異界の邪神を無理やり人型に押し込めたかのような異形の姿を何と定義するべきだろうか。太い腕は毒花のような不気味なふくらみや線が無数に集まり膨れ上がり、黒くねじれた角が一対ずつ体の各所から突き出している。そしてその顔には四つの切れ込みが入っており四つに分割されていた。その精神の醜悪さを具現化したかのような悍ましき姿である。
『それでは……お返しだ!』
シニストロスはジードに巨体からは信じられない程の速度で突進を仕掛ける。必殺技の直後を狙われたジードは回避しようとするも間に合わない。大きく弾き飛ばされてビルを巻き込んで倒れこむ。
『ぐあああああああ!!』
『さあフルコースの始まりだ!喰らっとけよウルトラマンジード!』
更にシニストロスの各所から生えた角が超高速で射出。必死に身を起こそうとするジードを切り刻む。砕けて宙に舞い上がったビルの破片が一秒間に数十回切り刻まれるほどの猛攻撃にジードはなすすべがない。
『ははっははははははははははははは!!』
余裕の姿で立つシニストロスは哄笑する。他者を踏みにじる悪しき強者の愉悦だった。
「う……ぐう……」
『これでわかったろウルトラマンジード。弱肉強食はこの宇宙の、いや生けとし生ける者の真理。弱者は強者に滅ぼされるしかないんだってなあ』
腕一本でジードを吊り上げるシニストロスの体の各所からは膨大な量の闇が噴き出す。質量すら備えた膨大な闇は周囲を覆い塗りつぶし漆黒の世界へと変えていく。
それと同時に天からは先日と同じ邪悪な流星が襲来。シニストロスがサンドロスと同様に眷属として従える怪獣兵器スコーピスの群れだった。
『ハハハハハ。完全に詰んだな。さあ誓えよ、俺の右腕になりますってさ。一緒に惨めな雑魚どもを踏み潰す旅に出ようぜ』
シニストロスは邪悪に笑う。そうシニストロスはジードを可能な限り利用したいと思っている。宇宙中にその名を轟かすジードを仲間に加えれば用心棒としても使えるしより楽しく殺戮が出来るはずだ。特に救いに来たと思ったジードに惨殺される奴らの顔はさぞ見物だろう。
『ホラ誓えよ。じゃなきゃ殺すぞ。手始めにあそこにいる塵共から……』
『そんな事……そんな事させるかぁっ!』
『ああん?お前何を……ぐがっ!?』
ジードがシニストロスへの返礼は頭突き。予想外の返答にひるんだシニストロスはジードを手放してしまう。ズシリと音を響かせて大地にしっかりと立つジードは右腕を大きく引き、そして渾身の力を込めてシニストロスの顔面をぶん殴った。
『おおりゃあっ!!』
思わず後退するシニストロスに対してジードは悠然と立つ。その目には邪悪への怒りだけではない。勇気や優しさ、そうした感情も混じっていた。
『力が全てなわけがない……そんなものだけが大切なわけないだろう!僕が今ここにいるのは大切な仲間がいるから……応援してくれる人たちがいるから……僕が笑顔にできる人がいるからだ!』
そうリクは、ジードの強さは一人きりで培ったものではない。これまで絆を結んできた人たち全てに支えられて成立する絆の強さ。決して諦めず運命にあらがい、そして築かれてきたヒストリーの基に成り立っている。
『だから僕は戦うんだ……みんなを守る為に』
今も避難の支援やリクの援護の為に戦う仲間たち、窮地に陥ったジードに声援を送り続ける人々、そしてリクの背中を見る美由と千佳の姉妹。そのすべての人たちの命を守る為にリクはウルトラマンジードとして戦うのだ。
そしてリクは手に持つエボリューションカプセルを掲げる。
『うぬぼれるなよ邪悪』
決意を新たに光り輝くジードの手には赤い棍。必勝撃聖棍ギガファイナライザー。
『僕がいる限り……ここから一歩も通さないぞ!』
リクはギガファイナライザーにエボリューションカプセルを装填する。
「ジーッとしてても……ドーにもならねぇッ!! 」
『ウルティメイトファイナル! アルティメットエボリューション!! 』
そしてジードの姿が変わっていく。
『つなぐぜ!願い!! ジードッ!!! 』
黒よりも濃い闇を吹き飛ばし赤と銀、そして黄金のラインの体のジードが現れる。ウルトラマンジードウルティメイトファイナル最強最高のジードが邪悪の前に誇らしく立ちふさがった。
『ジードマルチレイヤ―!』
『なっ……なんだと!?』
シニストロスは目を見開く。ウルティメイトファイナルに並び立つのは5人のジード、その尋常ならざる光景はさしものシニストロスも驚愕した。
ジードマルチレイヤ―はかつてベリアルとの決戦の際に突発的に発動した技。かつてはキングの力を借りて一度飲み仕えた技だったが今のウルティメイトファイナルのジードは時間はごく短いものの自身の力で発動できる。今もなお進歩し続けるウルトラマンジードを象徴するかのような技だった。
『シェアッ!』
5人のジードはスコーピスに挑みかかる。
プリミティブは光線と格闘でスコーピスを倒し、ソリッドバーニングは強烈なパンチで飛翔するスコーピスの顔面を砕く。アクロスマッシャーはアクロバティックな動きでスコーピスを翻弄し甲殻を切り裂く。マグニフィセントは光輪で纏めて数体を両断する。そしてロイヤルメガマスターは聖なる光線でスコーピスを消滅させた。
一瞬で形勢を逆転させたジードはシニストロス自身と切り結ぶ。赤い鮮やかな軌跡を描いた斬撃がシニストロスの剣を両断した。そして一回転してそのままライザーレイビームを放つ。
『ぐあああああああ!!馬鹿などこにそんな力が……」
先程朝倉リク、ウルトラマンジードは無限の可能性を持つウルトラマンであるとした。そしてその無限の可能性を象徴するかのようにウルティメイトファイナルにはある特徴がある。それはすなわちリクの心が折れない限りエネルギーは無限大。どこまでも戦い続けられるという特徴である。
『はあああああああっ!!』
『がああああああっ!』
無限とも思えるエネルギーが込められたギガファイナライザーの斬撃がシニストロスの顔面を深く切り裂きさらに返す刀で振るわれた一撃が空高く吹き飛ばす。
『糞が……殺してやる殺してやるぞ!ウルトラマンジードォォォォ!!』
強大な念動力で空中にとどまったシニストロスは空中からエネルギーを集中させどす黒い光線を放った。
迎え撃つはウルティメイトファイナル。そしてマルチレイヤ―が解けていく中尚も残るマグニフィセントが並ぶ。並び立ちうなづきあった二者はそれぞれ腕を組み、すべてのエネルギーを集めて光線を発射する
『レッキングノバァァァ!!!』
『ビッグバスタウェイ!!!』
赤と緑の二つの光線は混ざり合い互いに威力を高めあいながらシニストロスの光線を容易く貫きその悍ましい姿を貫いた。
『これが……お前の……人間の絆の力だというのか……があああああああ!!!』
シニストロス白昼で大爆発しかけらも残さず四散していく。空中で咲く爆発の華を見て人々は歓声を上げる。ジードはその姿に手を上げて答えた後街の片隅にいた姉妹に顔を向けうなづいた。
光となって消えていくジードに手を握り合った姉妹はうなづき返す。その姿は固い絆で結ばれた姉妹の姿だった。
その後鷲見姉妹はどういう人生を歩んだのだろうか。それを知る者は多くはない。ただ一つ付け加えておくならばシニストロスの出現から数年後、鷲見家の居間に飾られた写真を見れば彼女たちが今も幸福でいる事はおのずとわかるだろう。
写真に写るのは車椅子ではなく自身の脚でジードの様にしっかりと立つ千佳と彼女にじゃれつく美由。仲睦まじい二人の姉妹とそれを見守る両親。固いきずなで結ばれた幸福な家族の写った写真だった。
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