フタツボシ★☆ (赤川3546)
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プロローグ~本田未央
・デレ側のプロダクション名は明記していません。
とある日の朝、プロデューサーが黙々とデスクワークを進めている部屋にノックの音が響く。
どうぞと返すと元気良く一人の少女が入ってきた。
「失礼しまーす、未央ちゃんを直々に指名なんてなにごとかなプロデューサー?」
やってきたのは本田未央だった。
どうやらプロデューサーが名指しで呼んだらしい、要件はなんだろうか。
プロデューサーは彼女の目をすっと見据えると口を開いた。
「えっと……次のフェスに他の事務所のアイドルと二人で参加? わ、私が?」
未央の言葉に静かに頷くプロデューサー、しかし未央は喜びよりも戸惑いの感情が大きいのか表情に変化が見られない。
心配になったのか、プロデューサーも彼女に声をかけた。
「え? ああ、うん、嬉しいよ。嬉しいんだけど……私でいいのかなって思っちゃって……」
自分よりもふさわしい人物がいるのではないか、僅かでもそういった不安を抱えてしまうとずっと心の中に残ってしまうだろう。
これを解決するには本人がしっかりと納得できる理由を伝えなければいけない。
プロデューサーは問題はないと言うように微笑みながら抜擢した理由を伝えた。
「私を選んだのは誰とでも友達になれるから? そ、そっか……そっかあ……。そうだよね、せっかく他の事務所の子とお仕事できるんだから仲良くなれる人を選ぶのはありだし、そういう理由ならこの未央ちゃんしかいないよねっ!」
未央にいつもの元気な笑顔が戻った。
誰とでも友達になれる、オーディションのときにプロデューサーに話したその特技が今度は事務所を代表することへの理由となったことが嬉しいのだろう。
「それで一緒にフェスに出るアイドルってどんな人なのかな?」
恐らく相手方からもらったであろう資料を未央に見えるよう並べながら、プロデューサーは彼女の質問に答えた。
「ふむふむ、765っていうプロダクションに所属してて名前は北沢志保……北沢志保さんね、うん」
組むことになる相手の名前を復唱しなにやら考えている様子の未央、恐らくあだ名を考えているのだろう。
「……うーん、えっ? 年齢は14歳? 私の一つ下なんだ、なるほどつまり……未央ちゃんのお姉さん力が試されるわけですなっ!」
未央は任せろといわんばかりのしたり顔である、実際に弟がいるからこその反応だ。
しかし、弟と妹では色々と違ってくる上に事務所の代表同士という対等な立場なので作戦としては微妙なところかもしれない。
「向こうも弟がいるの? なるほど~、じゃあお姉さん同盟の方がいいかな」
どうやら相手の情報を知ったことで路線変更を図るようだ、同じ目線でいくのはたしかに有効そうではある。
「他にはなにか情報ってある? ……クールでストイックで少し距離を取るタイプ。ほほう、誰かさんに似ていますなあ」
未央の言葉にその誰かさんは今どこかでくしゃみをしているかもしれない。
「特徴を言葉で説明すると似てるだけかもしれない? まあ、それもそっか、実際に会ってみないと分からないよね」
プロデューサーの意見に納得したのかうんうんと頷く未央。
全く同じ人間はいない以上、会う前からあの人と同じこういうタイプだろうと決め付けていくのは危険ではあるので良いことだろう。
「ステージに立つ姿を見たいかって……そりゃ見たいけど、ライブの映像でしょ?」
突然の問いに対し収録映像かなにかだろうと思っている様子の未央を見て、プロデューサーは少し楽しそうに笑った。
自分自身も驚いた話を聞かせて、どんな反応を見せるのか楽しみなのだろうか。
「えっ、765プロって自分たちの劇場を持ってるの!? なにそれ、めちゃくちゃ凄いじゃんっ! だって、ローテーションで毎日ライブとかできちゃうんでしょ!?」
未央はライブを行える劇場を所持していることに驚きを隠せない様子だ。
しかし、毎日ライブをするにはアイドルやスタッフへの負担が大きすぎる。プロデューサーも笑いながらさすがに毎日ライブは否定した。
「そっかそっか、公演のテーマとかを決めて定期的にやってるんだ。たしかに、それならライブ前でもお客さんが色々想像できたりして楽しそうだもんね」
プロデューサーは頷き彼女の話を肯定する。
もしかしたら少々羨む気持ちもあるだろうか、自分たちの劇場があるのならばたくさんのアイディアを活かしたり経験を積ませることができるのだ。
所属アイドルが多いほど、可能性を試せる場を所持しているということは魅力的に見えるだろう。
「てことは、その劇場で近々ライブがあってそれに連れてってもらえるってこと?」
その通りだと言うようにプロデューサーは頷く、それを見て未央の表情も更に明るくなる。
「やったーっ! 他の事務所のアイドルのライブを見れるなんて滅多にないチャンスだし、絶対行きたいっ!」
はしゃぐ未央を見てプロデューサーはどこか安心したように微笑んだ。
変に気負ってしまわないか不安だったのかもしれない。
「私がそう答えると思って公演の日はもうスケジュール空けてある? さっすが敏腕プロデューサー、よく分かってるね~。未央ちゃんも担当アイドルとして鼻が高いよっ!」
未央は腕を組んでとても満足そうな笑みを浮かべている、予想して空けておいたプロデューサーも嬉しいことだろう。
「よーし、じゃあ帰ったら765プロのこととか調べておこうかな」
彼女の行動は間違いではないものの、楽しむことが前提の行動なので本来の目的から外れてしまわないか少々心配になるところではある。
しかし、プロデューサーは未央に乗るような発言をするのであった。
「ペンライトはそっちで準備しておいてくれるんだ、ありがとプロデューサー。これで必要なものは揃った……かな?」
プロデューサーは頷きつつも、一応釘を刺す言葉を未央にかける。
さすがに注意はしておくようだ。
「目的を忘れないことが条件? 大丈夫、分かってる。ただ客観的にライブを体験できる機会だから勉強しておこうって思ってるだけだよ」
未央も分かっているようなのでプロデューサーもこれ以上なにかを言う様子はない。
後は相手と連絡を取り合い、遅刻しないよう細かいスケジュールを決めておくだけである。
「ところでプロデューサー、おやつはいくらまでなのかな?」
そんなことを言っているワクワクな表情の未央、明らかにツッコミ待ちである。
仕方がないのでプロデューサーはツッコミを入れることにしたのであった。
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プロローグ~北沢志保
・デレ側のプロダクション名は明記していません。
765プロライブ劇場内の廊下をキョロキョロと見回しながら歩いている人影が一つ、スーツ姿のプロダクションの人間……プロデューサーである。
迷子になっているはずもないので誰かを探しているのだろうか。
事務員かアイドルか、あるいは社長という可能性もある。
そこへ偶然一人の少女が通りかかった、凛とした表情は大人びて見えるもののどこか幼さも感じさせる。
「志保、まだ帰ってなかったんだな。良かった」
北沢志保は声をかけられると振り返った、特に表情に変化はなく実に落ち着いている。
「いえ、これから帰るところですけど……なんですか?」
「大事な話があるから少し時間をもらいたいんだけど、いいか?」
「用事があるので……手短に済ませてもらえれば」
志保は時間を確認しながらそう答えた、時間にシビアな予定があるということだろうか。
プロデューサーも時間を確認し、少々考えてから言葉を返す。
「そうか、弟さんの迎えがあるんだったな。長引くようだったら保育園まで送るよ、それでどうかな?」
「……そうですね、車で間に合う時間に収めてもらえるのなら問題ありません」
「そ、そうだな、上手くまとめるよう努めるよ」
話が一旦まとまったところで、二人は廊下から事務室へと場所を変えた。
「早速本題に入らせてもらうけど、今回の劇場公演が終わったらすぐに大型のアイドルフェスに出てもらいたいんだ。大丈夫そうか?」
「問題ありません。むしろ、せっかくのチャンスをふいにしたくありません。出演させてください」
志保の目はギラギラと燃えている、更に上を目指すのだという意欲に溢れているようだ。
しかし、チャンスに食いつき無理をしてしまい体調を崩してしまっては大変である。プロデューサーはそのことを懸念しているのだろう。
「ありがとう。ただ、フェスには違う事務所のアイドルと出てもらうことになる。それでも大丈夫か?」
「違う事務所……ですか、……あの、私を選んだ理由を教えてもらえませんか?」
気にはなるのか志保は選考理由を尋ねた。
もしかすると、プロデューサーの答え次第では断る可能性もあるかもしれない。
知らない相手と共演する、そういう点においては他に適任者がいると考えているのだろう。
「志保なら、この経験を活かして更なる成長をしてくれるだろうと思ったからだ」
「それは他の人にも言えることだと思います」
「そうだな、じゃあもう少し詳しく言うと……志保なら尻込みせずにぶつかっていけると思ったからかな」
「それ、褒めてるんですか?」
志保は顔をしかめる、遠慮のない失礼な人間と評価されていると感じたのかもしれない。
しかし、本当にそんな人物であるのなら他事務所との合同の仕事に推薦はしないはずである。
「当然だ、他の事務所だからって気を使いすぎるのはよくないからな。今回に関しては、自分の譲れない部分はしっかり主張して切磋琢磨できるアイドルが最適だと判断した。それが志保なんだ」
プロデューサーの言葉を聞く志保の表情からは感情が読み取りにくい、しかしまっすぐに言葉を受け止めていることだけは伝わってくる。
目をそらすことなく見据えているからだ。
「……分かりました。私としても貴重な機会ですから、逃す手はありません。出演させてください」
「受けてくれるか、ありがとう」
志保の反応を見つつも、プロデューサーは感謝の言葉を告げる。断られる可能性もあると考えていたのだろう。
事実、少しとはいえ志保は考えてから返答した。
「いえ、別に。私ならできると判断しての抜擢のようですから、プロとして当然の選択です」
「そうだな、こっちもスケジュールの調整をして疲れが残らないようにするよ」
「お願いします。……それにしても、結構大きな企画だと思うんですけど、ずっとプロデューサーさんが動いていたんですか?」
「え? いや、それは……」
プロデューサーはどこか言いづらそうにしている、なにか理由があるのだろう。
あまり誰かに言うべきではない秘密の繋がりがあるのか、それとも運が良かっただけで手腕とは言えないということなのか。
「もしかして、社外秘ということですか?」
「そういうわけじゃなくて、その……社長がプライベートで飲みに出かけたらたまたま隣の席に相手の事務所のお偉いさんがいたらしくて、そこで意気投合して話をしていたら勢いで決まった……らしい」
「なるほど、そういう経緯でしたか。偶然相席になった人と会話を弾ませて仕事に繋げるコミュニケーション能力……プロデューサーさんも見習った方がいいんじゃないんですか?」
ずいぶんと辛辣な言葉ではあるが間違いではないだろう、営業活動をする上でコミュニケーション能力は必要不可欠だ。
「そ、そうだな、それはたしかに……。どこに大きな仕事のきっかけが潜んでいるか分からないっていうのは、今回のことで社長が実践して見せてくれたわけだし」
「私たちがステップアップしていくためにも、プロデューサーさんには大きな仕事をどんどん取ってきてもらわないといけませんから。がんばってください」
「ああ、努力するよ。……まだ時間に余裕があるな、フェスに一緒に出るアイドルのことって知りたいか?」
「資料があるのなら確認しておきたいです」
「よし、じゃあちょっとこれを見てくれ」
そう言ってプロデューサーは相手にもらったと思われる未央の資料を志保に見えるよう並べていった。
「名前は本田未央、年齢は15歳。志保の一つ上だな、兄と弟がいるみたいだ」
「……そうですか」
志保は若干興味を持ったようだが食いつくほどのものではなかったようだ、彼女の弟は年が離れているのに対し未央の弟は年がやや近いからだろうか。
「後は……とにかく明るくて元気なムードメーカーみたいだ、うちでいうと……年齢も考慮すると茜が近いのかな」
「……そうなんですか」
資料を眺めつつ志保は少し顔をしかめた、今彼女の頭の中では野々原茜が元気に走り回っていることだろう。
「苦手なタイプか?」
「いえ、幸いなことに茜さんで慣れているので大丈夫です」
「そうだな、本当に茜に似ているならたぶん大丈夫だろう。三人ユニットでの活動がかなり多いし、ステージの経験値も心配なさそうかな」
プロデューサーの言葉に耳を傾けつつ志保は資料に目を通していく。
しかし、とある経歴のところで目を止めた。
「舞台……出てるんですね」
「秘密の花園だな。これまで演劇の経験があったのかは分からないけど、いきなりでよく主役を勝ち取れたと思うよ」
「…………」
志保は真剣に何かを考えている様子だ。
未央にお芝居の才能があるのかあるいは熱意を持っているのか、演技の道に強い想いを持っているからこそ志保は興味を抱いたのだろう。
「気になるようだったら、空いた時間とかに話でもしてみたらどうだ?」
「いえ、別にいいです。違う事務所ということはフェスが終われば仕事をしていく上でのライバル関係に戻るわけですから」
ほぼ目を通したのか、志保は視線を上げてそう答えた。
彼女の言うことも正しいのだろうが、人間関係が広がることで良い影響を受けることもある。
プロデューサーもその可能性を捨て去ってしまうのは惜しいとは思っているはずだが、そこは志保自身に任せる方針のようだ。
誰かに言われたから仕方なく、では意味がないというところもあるだろうか。
「そうか。でも、トレーナーさんの指摘なんかはちゃんと聞くんだぞ」
「分かっています」
「今回はいつものトレーナーさんじゃないからな、実はあちらさんの事務所にある施設を借りることになっているんだ」
いつもの場所を借りる分の費用が削減できて喜ぶ人が多い……のだろうか。
ただ、スケジュールを合わせるだけで良く手配の必要がないというのはどちらにとってもありがたいことのはずだ。
「……そうですか。でも、問題はありません」
「うん、違うトレーナーさんの指導もいい経験になると思う」
「分かりました、話はこれで終わりですか?」
「そうだな、これで説明は全部だ」
二人は時間を確認し、視線を戻すと自然と目が合った。
「じゃあそろそろ行こうか、弟さんを待たせるわけにはいかないしな」
「お願いします」
準備を済ませ二人は事務室を出た、日も暮れ始めているからか劇場内は静かだ。
ただ、公演も近いということで誰かが残って練習をしている可能性はある。
「あ!」
いきなりプロデューサーは声を上げた、志保は少し驚いたようだが取り乱す様子はない。
「忘れ物ですか?」
「いや、忘れたのは物じゃなくて連絡事項だ。さっき説明した本田さんだけど次の公演を見に来る予定だそうだ、せっかくフェスの前に公演があるんだから見ておきたいってさ」
「分かりました」
志保はいつもと変わらない様子で返事をする、特に意識するようなことではないということだろうか。
「驚かないのか?」
「誰が見に来るにせよ、完璧なパフォーマンスを目指すだけですから」
動揺する素振りもなく志保は落ち着いた表情でそう答えた。
公演が近いこともあって集中できているということもあるだろう。
「頼もしいな。よし、じゃあ車を出してくるから外に出て待っててくれ」
「分かりました、お願いします」
プロデューサーは駐車場へ向かうために別の道を歩いていく。
志保はその後ろ姿を見送ってから、口を一文字に結び外へ出る為にまた歩き出した。
やや高揚しているのか、その歩みは少しだけ速くなっていた。
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劇場にて
・デレ側のプロダクション名は明記していません。
765プロライブ劇場の公演当日、上条春菜にチョイスしてもらった変装用メガネを装備した未央とプロデューサーは自分たちの席へと向かっていた。
少し余裕を持って会場入りしたものの、劇場内には待ちきれない様子のファンたちが既に準備等を進めている。
二人が席に着き、一息ついて落ち着いてきたころには劇場内の空席は既になくなり始めていた。
「いやー、なんていうか開演前の客席の空気感て独特だよね。緊張するんだけど、テンションも上がってさ~」
観客としてライブが始まる前の高揚を未央は感じているようだ。
アイドルになる前にもライブを見に行ったりしてはいたようだが、以前と今ではまた違う感覚なのだろうか。
落ち着かない未央を見て、プロデューサーはペンライトを差し出した。
「ありがと。でも、自分のはなくていいの……って自分の分も持ってきてたんだ」
ペンライトを取り出しプロデューサーは頷く、用意周到である。
「本当は楽しみにしてたんじゃないの~?」
未央の問いにプロデューサーは素直に頷いた。
「しっかり楽しんで、後でその楽しかった理由を分析する? なるほど~、でも余韻に浸って忘れちゃいそうだよね」
プロデューサーの表情は難しそうなものへと変化していく、未央の言葉に納得してしまったようだ。
「でもまあ、楽しむことって大切だよねっ!」
だから今日は一緒に楽しもう、その気持ちを未央は伝えたいようだ。
プロデューサーも笑顔で頷いてペンライトを構えた、準備万端である。
そんなやりとりをしていると、劇場内に開演を知らせるブザー音が鳴り響き照明が落ちていく。
幕が上がり、本日出演するアイドル6名がステージに現れると大きな歓声が上がる。当然、6名の内の1人は志保だ。
そして、歓声の中最初の曲へと入っていく、ペンライトの色は様々ではあるが寒色系が半数を占めるだろうか。
ステージに注目しつつプロデューサーがそっと未央の様子を窺うと、目を輝かせて楽しんでいる姿が目に入る。
違う事務所だからこそ、純粋に楽しむことに集中できているのだろう。
そんな未央の様子に安心したプロデューサーはまたステージへと視線を戻す。
1曲目が終わると、志保がステージの中央へと歩いていき次の曲が始まった。
どうやら次はソロ曲となっているらしい。志保の凛とした表情、透き通る歌声に観客は魅せられているようだ。
未央も先ほどの楽しそうな表情から真剣な表情へと変わり、志保のパフォーマンスに見入っている様子だ。
本日の公演のテーマはカッコよくてクール、そういったものなのかもしれない。
プロデューサーは未央の様子を確認すると少し悔しそうな表情を見せる。恐らくは、志保たちのステージを見て触発されそうなアイドルたちが思い浮かんでいるのだろう。
もしかすると、次は誰を連れてこようかなどと既に考えているのかもしれない。
公演が終わり着替えも終えた志保は控え室でぼんやりと余韻に浸っていた。
全体曲の後ソロ曲で先陣を切る役割だったため、挑む気持ちや緊張もより強いものだったのだろう。
「志保、ここにいたのか。お疲れ様、いいステージだったぞ」
1人だけだった控え室にやってきたのはプロデューサーだった、偶然通りかかったという様子でもなさそうなので志保を探していたのだろうか。
「プロデューサーさん……、全く同じことを公演が終わった直後にも言ってませんでしたか?」
「そういえばそうだな、でもそれだけ良かったってことだよ。気持ちが入ってるのが伝わってきた」
顔をしかめてプロデューサーを眺めていた志保だが、一息ついてから少しだけ表情を崩した。
「細かい修正点や課題点はありましたけど、私としては良いパフォーマンスが届けられたんじゃないかとも感じていたので、そう言ってもらえるのは……嬉しいですね」
志保の言葉を聞き、プロデューサーも微笑んだ。達成感を得つつも次に繋がるものも得ていたからだろう。
そして、疲れ等の状態を見て大丈夫そうだと感じたからかプロデューサーは話を切り出した。
「ところで志保、今ちょっと時間あるか?」
「ありますけど……なんですか?」
「今度のフェスで一緒に出る本田さんなんだけど、応接室で待ってくれてるから顔合わせをしておきたいなって」
「……もう少し早めに伝えてもらえませんか、そういうこと」
目を閉じてそう語る志保の表情からはそこはかとなく不満と怒りが伝わってくる。
プロなのだから報連相はしっかりやってほしい、そう言いたいのだろう。
「ごめん、でも目の前の公演に集中してもらえるようにって向こうのプロデューサーさんが言ってくれたことなんだ。俺としても、公演に集中できるならそっちがいいと思ったから黙ってた」
「……そうでしたか、なら納得はします。でも、知らされていてもパフォーマンスに影響は出さなかったと思います」
「分かった、次からは相談するよ」
「お願いします。それじゃあ早く応接室に行きましょう、あまり待たせるのはよくありませんから」
「そうだな、行こう」
プロデューサーは部屋を出て先導をする、それについていく志保の表情はやや強張っているだろうか。
初めて会う相手なのだから仕方がないだろう。
廊下を歩いている最中、突然なにかを思い出したのかプロデューサーは手をポンと叩いた。
「そういえばちょっとだけ話をしたけど、本田さんは本当に茜に似てるタイプかもしれない。厳密に言えば全然違うんだけど、なんていうかどことなく似てるような気がするというか。少なくとも話しにくい相手ではないよ」
「……そうですか、わざわざありがとうございます」
志保の返しはやや素っ気無いものの、表情からは硬さがとれていた。
本人がいない場所でも意外な効果を発揮する、これも野々原茜パワーなのだろうか。
応接室までやってくるとプロデューサーが先に部屋へ入っていく、志保は深呼吸をしてから後に続いた。
「お待たせしてすみません」
プロデューサーがそう言うと、未央のプロデューサーはそんなことはないといった反応をしている。
本来なら違う日にといった予定を組んでいたかもしれないが、今回の場合すぐにレッスンが始まってしまう都合上このタイミングくらいしかなかったのだろう。
「フェスではよろしくお願いします」
そう言うと四人は頭を下げる。
志保はいつもと変わらない落ち着いた表情だが、未央は志保が入ってきたときからずっとニコニコとしている。
この時点で既に対照的であるということが分かる反応の違いだ。
「えっと、本田未央、15歳です。未央って呼んでねっ!」
いつもの自己紹介といった様子、言い慣れている様子である。
「北沢志保、14歳です。よろしくお願いします、本田さん」
未央は困ったように笑いながら、小声でやっぱダメか~と呟いている。
真面目なタイプであるなら最初から名前呼びはしないであろうという予想はしていたようだ。
「よろしくね、しほりん!」
気持ちを切り替えて笑顔で挨拶を返す未央、早速あだ名呼びである。
しかし、そのあだ名を聞いた瞬間から志保もプロデューサーも驚いた表情で固まっている。
「あ、あれ……もしかして嫌だった? なら他にざわしーっていうのも考えてきたんだけど」
「いえ、違います。ただ……あだ名を考える人は発想が似ているのかと思っただけです」
志保のプロデューサーも頷いている、どうやら二人の知っている人物の中に未央と同じあだ名センスを持つ者が存在するようだ。
いったい誰なのだろうか。
「なんとっ、もしかして765プロにもしほりんってつける人がいるってこと!? なんだか親近感を覚えますな~」
人差し指と親指を口に当てるよくある推理ポーズをしながら、未央はなにやら感慨に浸っている。
あだ名をつけるアイドルにあまり会ったことがないのだろう。
「……そうですか」
「まあなにはともあれ、これからよろしくねしほりん!」
「ええと……よろしくお願いします」
志保は律儀に再度頭を下げた、それを見たからか未央も慌てて頭を下げる。
まだまだぎこちないやり取りを両プロデューサーは優しく見守っている。
「次に会うのはレッスンの日になりますね」
未央のプロデューサーが頷く、今日の公演からそう日を空けないで始まるという話ではあるが。
「移動手段は大丈夫です、こちらで志保を送迎しますから。ただ、迎えに行くときは少し時間がかかる可能性があるので、どこか志保が待てる場所があれば……えっ、社内にカフェがある? それはすごい……いや、ありがたいことです、ええ」
レッスンルームの他にカフェまであることに驚きが隠せない志保のプロデューサー。
劇場を持っていることもすごいはずなのだが、隣の芝生は青く見えるということなのだろう。
「もし寂しかったら未央ちゃんが一緒にいてしんぜよう!」
「いえ、大丈夫です。遅くなるようなら交通機関を使うだけですから」
「私も電車通いだし、もしそうなったら途中まで一緒に帰ろっか」
「……そのときは、お願いします」
さすがに土地勘のない場所なので未央の親切を志保は素直に受け取った。
そんな反応を見て、志保のプロデューサーは嬉しそうに微笑んでいる。
「……そうですね、たしかにもう暗くなってきてる。今日はこれでお開きにして、またレッスンの日にお会いしましょう」
未央のプロデューサーが今日はこれまでと提案したようだ、たしかに未央も一緒にいる以上あまり遅くなるのはよろしくない。
部屋を出ると両プロデューサーは打ち合わせ交じりの雑談を始めた、こういった交流はそうないのでいい機会でもあるのだろう。
「劇場すごく良かった……ですか? ありがとうございます、社長にも伝えておきますね。きっと喜ぶと思います」
両プロデューサーの後ろを歩いている志保は、やり取りをしている二人をぼんやりと眺めている。
珍しい光景なので当然の反応ではあるかもしれない。
「なんかさ、違う事務所と合同でってすごい珍しいからワクワクしてくるよね!」
いつの間にか志保の隣に移動してきていた未央はそんなことを話しかけた。
事実、彼女は気持ちを抑えられていないのか終始楽しそうな表情をしている。
「ワクワク……そうですね、たしかに高揚する気持ちはあります」
「だよねっ! それに、この企画が成功すれば次に繋がる可能性もあるんだし、絶対に成功させたいな!」
未央の言葉に志保は驚きを隠せなかった。
単純に目の前のことでいっぱいになっていて、次への可能性まで考えが及んでいなかったのだろう。
「次……ですか、たしかにそうなるようにしたい……ですね」
「えへへ、一緒にがんばろうね、しほりんっ!」
「……はい」
屈託のない笑顔を向けられ何かを感じたのか、志保は少なく小さい返事をするだけだった。
予想していた人物像から開きがあったのだろうか。
といっても、マイナスの印象を持っているわけではない。志保の表情はそれを物語っていた。
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レッスン~初日
・デレ側のプロダクション名は明記していません。
最初のレッスンの日、早めに着替えてレッスンルームに入っていた未央と志保はトレーナーがやってくるのを待っていた。
もちろん、最初ということもあって二人のプロデューサーもいる。
「いやあ、やっぱり最初のレッスンとなると緊張するね」
プロデューサーとも特に会話をする様子がない志保を見て、未央は緊張しているのだろうと感じたようだ。
人も場所も慣れているはずの自分も意識してしまうと伝えることで緊張を和らげようという意図だろうか。
「そうですね、でも逆に緊張感がないのもプロとしてどうかとは思います」
「中々に手厳しいですな、しほりん。でもまあ、緊張との付き合い方って人それぞれだしね。見て分かる人と見ても分からない人がいるわけで。未央ちゃんだってこう見えて超緊張してるんですよっ!」
そう言って未央は笑ってみせた、注意してよく見てみると指先が微かに震えている。
しかし、志保も自分の緊張と向き合うことでいっぱいなのか気づいている様子はない。
「……たしかに本田さんの言う通りだとは思いますが、緊張しているようには見えませんね」
「そりゃまあ、自分たちの普段使ってる場所だしね。しほりんより緊張してたらまずいじゃん?」
「たしかに、私より緊張されてしまっては色々と困りますね」
「でしょ~? とりあえず、ホームの私から言える大事なことは……トレーナーさんはめちゃくちゃ厳しいしめちゃくちゃ怖いけど、良い人だから安心していいよっ」
「ほう? 本田は私のことをずっとそう見ていたのか」
ちょうど未央がトレーナーのことを話し始めたとき、タイミング良くレッスンルームに入ってきたその本人は背後に仁王立ちして耳を傾けていた。もちろん、その表情は未央の言う通り眉間にしわを寄せた怖いものとなっている。
噂をすればなんとやら、である。来ると分かっているのに姿が見えないからとうかつなことを言うべきではないのだ。
「え!? い、いやあ……ほらっ、でもトレーナーさんが厳しくないとパフォーマンスの出来に影響が出ちゃいますし、ねっ?」
「その通りだな、では今後本田には完璧なパフォーマンスに仕上げてもらうために、より厳しく指導していくことにしよう」
「ひええ~、お手柔らかにお願いします……」
いまだ腕を組んで背後に仁王立ちのトレーナーのお言葉に未央はがっくりと肩を落とす。
悪く言っていたわけではないのだが、厳しいだの怖いだのと表現するのは良くなかった。
もっとも、未央の反応を見て少し口角が上がっているので怒っているというわけではなさそうだ。
「さて、挨拶が遅れてしまったな。私は今回のレッスンを担当させてもらうことになっているトレーナーの青木聖だ、よろしく頼む」
「765プロダクション所属の北沢志保です、よろしくお願いします」
二人が挨拶を済ませると志保のプロデューサーも近づき名刺を差し出した。
「同じく、765プロダクション所属のプロデューサーです。志保のこと、よろしくお願いします」
「私に名刺を? ふふっ、マメなプロデューサーだな」
「もしかしたら、連絡が必要になることもあるかもしれませんから」
報連相が大事といっても、連絡先が分からないのでは意味がないということだ。
もっとも、直接連絡が来るような状況が良いものとは考えにくいので、何事もないのが一番だろう。
「なるほど、まあこれもちょっとした縁だと捉えておこう」
「全員集まったことですし、すぐにレッスンを始めませんか? 時間は限られているんですから」
トレーナーもやってきたということで少し早いがレッスンを始めたい、志保はそう切り出した。
今回のようなケースでは一緒にレッスンをできる時間はいつも以上に貴重なので当然の意見ではあるだろう。
「そう逸るな、まずは準備運動からだ。ストレッチで各々の柔軟性も見極められるからな」
「分かりました、ではよろしくお願いします」
「お願いしますっ!」
二人は立ち上がるとトレーナーに一礼をする、期間も短く厳しい内容となるレッスンの始まりである。
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レッスン~微妙な距離
・デレ側のプロダクション名は明記していません。
最初のレッスンから数日がたち、二人はフェスへ向けて練習を重ねている。
揃って練習できる時間をどれだけ整えられるかというのは難しいところがあるだろうが、進捗はどうなのだろうか。
「1,2,3,4,5,6,7,8。……北沢、また遅れているぞ」
「はぁ……はぁ……すみません」
どうやら志保はまだテンポについていけない部分があるようで、悔しそうな表情を見せている。
そんな彼女を心配そうに見ている未央は今のところ順調といった様子、志保が躓いているということは恐らく現在練習しているのは未央の曲なのだろう。
「とりあえず、一旦今のところまでを集中的に――」
「いえ、最後まで通しでお願いします。振り付け自体は覚えているので一度動きを確認したいです」
「……ふむ、そうだな。たしかに遅れているだけで動きに間違いはなかった。では、一旦通しで踊って振り付けを間違って記憶していないか確認をしよう。その中で更なる修正点も見えてくるだろうしな」
「ありがとうございます」
どうやら志保は事前に映像かなにかで振り付けを頭に入れてきているようだ。
もっとも、体が追いついていないようだが。
本当に間違いなく記憶しているのならば、思うように体が動かないのはもどかしいことだろう。
「本田、自分の曲だからといって気を抜くんじゃないぞ。同じ振り付けを客観的に見ることで得られるものもあるだろうからな」
「も、もちろんです! 未央ちゃんはいつでも全力ですよっ!」
トレーナーは未央の意識が志保に向きすぎていることも察していたようだ。
指摘されたことで未央も気持ちを切り替えられたように見える。
そのまま、二人は厳しい指導の中ひたむきにレッスンを続けた。
「今日はここまでだ、各自課題と修正を忘れないように。次回はスケジュール通りの内容となる、レッスンまでに確認をしておくこと」
「はい」
「はいっ!」
二人の返事を聞くとトレーナーは頷き、少しだけ笑顔を見せた。
「では、ケガのないようにな」
「「ありがとうございました」」
トレーナーが出て行きレッスンが終わると、着替えに行く前に未央は志保に話しかけた。
「しほりん、この後ちょっと残って練習とかどうかな? 一緒にいるときに確認しておきたいこととかあるし」
「……すみません、用事があるので」
スマートフォンを取り出し時間、あるいはプロデューサーからの連絡を確認した志保はそう答えた。
弟の迎えがあるのだろう。
「そっか、じゃあカフェに一緒に行く?」
事前に聞いていたこともあり、弟の迎えがあるのだと察した未央は誘い方を変えた。
1人で待つよりはこちらの方がいいだろうとの判断のようだ。
「いえ、1人で問題ありません。そもそも、フェス以外にも仕事があるわけですから、貴重な時間をわざわざ私に使おうとしないでください」
「えっと……」
「今回限りの関係なんです、あまり世話を焼いてもしょうがないと思いますが」
「そう……かな」
「失礼します」
志保はそのまま背中を向け行ってしまった、未央は追うことはせずただ見送っている。
色々な思いが絡み合っているような複雑な表情だ。
「世話焼きってつもりじゃないんだけど、ああ言われちゃうと動けないなぁ」
心配しているということも少なからずあるだろうが、やはり一番は仲良くなりたいのだろう。
しかし、当の志保があまり乗り気ではない以上踏み込みづらいようだ。
「うーん、しばし暗中模索といきますか」
もう少し積極的に行くべきか、志保が嫌がるかもしれないので引くべきか。
違う事務所ということもあってどこか気を使ってしまうようなので、未央は少し考えてみることにしたらしい。
腕を組み難しい顔をしながら未央は着替えに向かった。
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本田未央と渋谷凛
・デレ側のプロダクション名は明記していません。
着替え終わった未央がやってきたのは噴水広場だった、夕日に照らされてオレンジに染まる町並みが美しい。
未央は噴水のへりに腰を掛け、考える人のような姿勢で遠くを眺め始める。
「うーん……」
実際押すか引くかというのは難しい判断だ、付き合いが長ければある程度どうすればいいのか見極められるだろうが志保はまだ会って間もない。
拒絶されるくらい分かりやすければいいのだが、お互いに時間は大切に使うべきであると主張しているだけなのがまた難しい。
「どうしたものかな」
未央が答えを決めあぐねていると、突然誰かがやってきて未央の隣に座り声をかけた。
「お疲れ様、未央」
「えっ、しぶりん? お疲れ様……じゃなくてどーしたの、こんなとこで」
「帰ろうとしたら、眉間にしわ寄せて唸ってる未央を見かけたからつい……ね」
やってきたのは未央とユニットを組んでいる渋谷凛だった、どうやら悩む未央を見かけて追いかけてきたらしい。
一緒にいることが多いだけに気になってしまうのは仕方のないことだろう。
「そんな顔してた?」
「してたよ、なんか深刻そうに見えたけど」
「深刻……まあ、私にとって深刻ではあるかな」
仲良くなりたいと考えている未央に対して、志保はそこに時間を使うべきかどうか考えた方がいいというスタンスなので未央にとってはという表現なのだろう。
事実、フェスが終われば仲間ではなくライバルという関係に戻るので志保の考え方は恐らく正しい。
「765プロの子だっけ、上手くいってないの?」
「仲が悪いわけじゃないんだけどね、事務所が違うからグイグイといくのを迷っちゃうんだ」
悩んでいるのに無理に笑ってみせる笑顔、未央にしては珍しい表情ではある。
しかし凛は特に動揺する様子もなく話を聞いている、もしかすると親しい人物にとっては見かけることのある表情なのかもしれない。
「事務所がどうとか関係なしにガンガン距離詰めていってこそ未央だと思うし、それも期待してるからプロデューサーは代表に選んだって私は思ってるけど」
「うーん……怒ったり嫌がったりしないかな……?」
まだ消極的になっている未央を見て、凛は微かに笑った。
一緒にいるときはあまり見なくなった珍しい状況なのだろうか。
「まあ、そういう人もいるだろうね」
「そ、そうだよね……」
「でも、少なくとも私は……未央の積極的なところに色々と助けられてきたって思ってるよ」
思い返すように、遠くを眺めながら凛はそんな心情を吐露した。
一緒にやってきた凛に言われたからこそ、未央も茶化すことなく言葉を受け止めている。
「しぶりん……」
「今の自分の立場を考えて、とか思うのかもしれないけどさ、少なくとも今は仲間なんでしょ? なら、特に悩む必要なんてないと思うけど」
意外と小心者、未央は自分をそう評しているがそれを知ってか知らずか凛は彼女の背中を押す。
気にするな、いつも通りの未央ならきっと上手くいく。そう伝えたいのだろう。
「うん……そうだね。いや~、やっぱり事務所代表なんて言われると意識しちゃうものだねえ」
「私にはまだその気持ちは分からないから、羨ましいね」
「よーし、じゃあしぶりんにまで繋がるように未央ちゃんがんばっちゃいますよっ!」
「あれ、単発の仕事だと思ってたんだけど……そういう趣旨なの?」
まるで自分たちが成功させれば次々に事務所合同の仕事が続いていくような未央の発言に凛は驚いている。
二人のスケジュールを合わせるのも大変であろうこの企画が続くとは思っていなかったようだ。
「ううん、私がそうなるといいなって思ってるだけ。でも、結果を出せばあるかもしれないじゃん。可能性がゼロじゃないならあるも同然!」
「そっか、なら絶対に次があるように未央には結果を出してもらわないとね」
「うっ、プレッシャーかけてくるねしぶりん」
「有言実行、言ったことには責任を持たないと」
凛は言質は取ったぞとでも言うような不敵な笑みを浮かべている、これには未央もタジタジだ。
「たしかに言った、言ったから……せいいっぱいがんばるしかなーいっ!」
先ほどから下を向きがちだった未央が、空を見上げてそう口にした。
実に晴れやかな表情だ。
そして、両手を高く振り上げているので動きがうるさい。
「いい顔してるね」
「しぶりんのおかげだよ、ありがとう」
「良かった、フェス見に行く予定だから未央にはがんばってほしいし」
「えっ、しぶりん見に来てくれるの!?」
凛の言葉を聞くと未央は弾けるような笑顔を見せた、相当嬉しかったのだろう。
「うん、スケジュールも空いてるしプロデューサーにもお願いしてある」
「やった! よーし、めっちゃくちゃ気合入れるから、未央ちゃんとしほりんのステージ楽しみにしててねっ!」
「うん……って、相手の子しほりんって呼んでるの? なんか私のあだ名に似てるけど」
不思議そうな顔をしている凛、たしかにここまで似ているとなると意図があるのか気になるのは仕方がない。
凛と志保が似ているかというと……どちらともいえないところだが。
「言われてみると似てる……、語感で決めたから分からなかった」
「まあ、未央らしいかな」
ため息を吐きつつも凛の表情はどこか笑っているように見える、元気な姿を見て安心したのかもしれない。
「そうだ、景気付けに帰りがてら甘いものでも食べにいこうよしぶりんっ!」
「いいけど……なんか久しぶりだね、そういうの」
「だからいいんじゃないかっ、さあ行こ行こ」
立ち上がり、意気揚々と歩き出す未央の後ろに凛はついていく。
夕日に照らされる二人の表情は実に晴れやかな笑顔だった。
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北沢志保と矢吹可奈
・デレ側のプロダクション名は明記していません。
「今日は道が空いてて良かったな」
「そうですね」
事務所へと戻ってきた志保とプロデューサーは二人して時間を確認している、どうやらいつもより早く戻ってこれたらしい。
「すぐに迎えに行くのか?」
「……いえ、少し休んでからにしておきます」
「……そうか、なら控え室辺りで休憩するといい。この時間だから落ち着いて休めるはずだ」
プロデューサーは志保の様子が気になっているようだが、詳しく話を聞くことはしないようだ。
悩んでいるのかどうか見極めている段階なのか、それとも他に適任者がいるのだろうか。
「分かりました、ありがとうございます」
「ああ、慣れない場所でのレッスンが続いて疲れてるだろうから少しリラックスしてくれ。俺は鍵を戻したら事務室に戻ってるから何かあったら連絡を頼むぞ」
「はい、では失礼します」
志保は一礼すると控え室へと向かっていく、そんな彼女の後ろ姿をプロデューサーは見送っていた。
廊下を歩いている間も志保の表情は変わらず、やや神妙な面持ちのままである。
実は未央と話をしてみたいという気持ちがあるのだろうか。
もしそうであるのなら、事務所が違うということを意識しすぎているのが問題となる。
志保は控え室までやってくると椅子に座り、一息吐いた。
「はあ……」
思いつめているのか、吐息もどこか重い。
スマートフォンを取り出し時間の確認をすると、彼女は目を閉じた。
まだ余裕があるからと今日のレッスン内容やダンスの振り付けを思い返しているのだろうか。
誰もいない控え室は静かで考え事をするには最適とも言える、しかしそんな静寂を破る元気な歌声が廊下から響いてきた。
「ちょとつも~しん♪ も~も~しん♪ 明日からも~全力前進~♪」
どういった歌なのかは不明であるが、ゴキゲンな歌であることだけははっきりと分かる。
その歌声は控え室の前までやってくるとピタッと止まった。
「失礼しまーす。あっ、志保ちゃん! おかえりなさいっ!」
「可奈……ただいま、こんな時間にどうかしたの?」
「プロデューサーさんに教えてもらったんだ、志保ちゃんが帰ってきてるよって」
つまり、仲の良い矢吹可奈と話をすることで気分転換になればというプロデューサーの気遣いなのだろう。
ただ、可奈自身が教えてもらったと言っているので意図が簡単にバレてしまう。
「……用事があるから長居はしないつもりだけど」
「ええー!? じゃあ少しだけお話しようよ、せっかくだし!」
そう言って可奈は志保の近くへと駆け寄る、少し犬を彷彿とさせるような愛嬌のある挙動だ。
「まあ、少しなら」
「やったー! 最近志保ちゃんとは中々会えなかったから話したかったんだ!」
とても嬉しそうな可奈の表情につられて、志保の表情も少しずつ和らいできている。やや肩肘が張っていたのでいいことだ。
「そういえば、次の劇場の公演に出るんだっけ」
「うん、それでね……先生にたくさん怒られちゃって」
困ったような笑顔だが同時に安心してもいるように思える表情を浮かべる志保、予想通りの話だったのだろう。
慣れない場所でのレッスンが続いているだけに、可奈のいつも通りの言動には安堵するのかもしれない。
「でも、可奈は歌が安定すれば後は順調に進みそうだと思ってるけど」
「プロデューサーさんにもそう言われたから、今回は最初にボーカルレッスンを多めにやってるんだけどいつも以上に怒られてる気がするよ~!」
「一番課題が多いと思う部分を重点的にやってるんだから、そう感じるのは仕方ないんじゃない?」
「ううっ、そうだよね」
「千早さんみたいに歌えるようになりたいなら、弱音を吐いてる場合じゃないと思うわ」
可奈の表情自体からは読み取れないが、へこんでいると感じ取ったのか志保は激励……のような言葉をかけた。
突き放しているようにも聞こえるが、気持ちを切り替えろと言っているようにも聞こえる。
「うん、そうだね。千早さんみたいになれるようにがんばる!」
可奈はもう切り替えられたのか明るい笑顔に変わっている、明確な目標があるからだろうか。
志保の表情も口角が上がっているように見える程度には砕けてきている。
「……全然気づけなかったけど、可奈も新しいことに挑戦してたのね」
「挑戦なのかな、あまりそういう感じはしないんだけど」
「より良くするための挑戦でしょう? プロとして必要な試行錯誤だと思う」
パフォーマンスの完成度を高めるために様々な方法を試す、可奈のその努力の様を志保は評価したようだ。
歌やアイドルに対しての可奈の想いを知っていることもあるだろう。
「やっぱり志保ちゃんは色々なことを考えててすごいな~、私なんて毎日のレッスンと勉強だけでいっぱいだよ~」
「私だって課題や修正が多くていっぱいで、可奈とそこまで変わらないわ」
穏やかな表情で志保は語る、こういったことを話せるのは相手が可奈だからだろうか。
「そんなことないよ、私はどこがダメでどうしたらいいのかも分からなかったりするもん。それに、志保ちゃんはみんなのことも見えてて出来てないところも教えてくれるし」
可奈の言葉は偽りのないまっすぐなものだ、だからこそ相手にもしっかりと伝わる。
そういった想いが伝わったからか、志保は少し優しげに笑顔を浮かべた。
「可奈は分かりやすいから」
「そ、そうなんだ……」
可奈は少し恥ずかしそうに笑った。
分かりやすいということは、最初にボーカルレッスンを中心的に行っていることを考えると盛大に音を外して歌うのだろうか。
それとも、細かなミスに気づけるほど周りを見ることができているのだろうか。
「そういえば、志保ちゃんはどう?」
「どうって、いつもと変わらないけど」
「そうなの? 違う事務所の人と一緒なのに?」
「もちろん、自分のことに集中するだけ。相手が違う事務所だからこそ、変に干渉したりしない方がいいわ」
志保は冷静に言い切ったが、可奈はやや不満そうな表情である。
なんだかんだ言って世話を焼いてくれたり見てくれているのが志保という認識なのだろう。
「もったいないよ、志保ちゃん! せっかくなんだから、もっとお話とかした方がいいと思う!」
「でも、フェスが終われば仕事を取り合う関係に戻るわけで……」
「今は仲間でしょ? だったら、色々話したりして二人にしかできないパフォーマンスを見せるのがプロだと思う!」
完全に不意を突かれたのか志保は目を見開いて驚いている。
プロとして、志保がよく使うこの表現で正論をぶつけられたからこそこの表情なのだ。
「……一本取られたわ、可奈」
「分かってくれたんだね、えへへっ。やった、可奈~♪ 嬉しいかな~♪」
「相変わらず不思議な歌」
そんな感想を述べている志保だが、表情には辛辣なものはなくむしろ笑っているように見える。
可奈の言葉で力みが取れたのだろう。
「そうだ、志保ちゃんも一緒に歌おうよ~」
「やめておくわ、可奈が歌ってこそ……だから」
志保は優しく笑いかけた、色々と内に溜め込んでいた悩みが解消したような晴れやかな表情だ。
そして、時間を確認しながら立ち上がった。
「はれ、もう行っちゃうの!?」
「待たせたくないから」
「じゃあ途中まで一緒に行こっ!」
可奈も勢い良く立ち上がった、どこか体をぶつけそうで心配になる動きである。
「別に構わないけど、準備に時間かかるようだったら置いて行くから」
「ええ~!? じゃあ先に行って準備してくるね!」
そう言って可奈は走り去ってしまった、志保が何かしら言うよりも早く。
「まったく……そそっかしいんだから」
ため息を吐きながらも志保は笑っている。
そして、もう一度時間を確認すると少しだけゆっくりとした歩みで控え室を後にした。
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フタツボシ★☆
・デレ側のプロダクション名は明記していません。
二人がそれぞれ友人と話をした日から次のレッスン終了後、早くも未央が動いた。
「しほりん、この後少し練習してかない? しほりんのプロデューサーさんが来るまでさ」
志保はやや驚いたような表情を見せたがすぐにいつもの表情に戻り返答をする。
「そうですね、それなら問題ありません」
「本当に!? やったっ!」
未央はジャンプしたかのように大きく両手を上げてから力強くガッツポーズをする、よほど嬉しかったのだろう。
「ええ、諸々確認もしたかったのでちょうどいいです」
「そう言ってもらえると思ってレッスンルームに残れるようにお願いしといたよ!」
「……周到ですね、私が断るかもしれないのに」
「そうかもしれないけど、やっぱり私はしほりんと仲良くなりたいんだよね。事務所とか関係なしにさっ」
未央は明るい笑顔でまっすぐな言葉を志保に伝えた。
「そうですか、まあ……それなら断る理由は特にないので構いませんけど」
志保も未央の言葉をしっかりと受け取ったようだ、ただ少し照れがあるのか視線は外している。
「よーし、それじゃあ練習始めよっか!」
「はい、時間は限られていますからね」
そう言って二人は確認したい部分、練習したい部分を話し合いながら練習を始めた。
「ここのステップなんですけど……」
「そこはね、こうしてこうしてこうっ!」
「もう少しじっくり見たいのでゆっくりお願いできますか?」
「もっとゆっくり……えっと、バランスが取れる範囲でやってみるから見てて」
今までと違い、二人はコミュニケーションを取りながら動いている。
この場にはトレーナーがいないので当然ではあるのだろうが、大きな進歩だろう。
そして、ある程度の練習をしたところで二人は少し休憩を取ることにしたようだ。
「ちょっと休憩~、ちゃんと水分補給しないとね」
「そうですね。……あの、一つ聞いてもいいですか?」
「ん、大丈夫っ、この未央ちゃんになんでも聞いちゃって! 答えられるかは分からないけどね!」
未央はいたずらっぽく笑いながらウインクした。
あまりにプライベートな質問であったらダメだということだろうか、志保はそういったことを聞くタイプではないと思われるが。
「その……秘密の花園の舞台に出演していたんですよね?」
「うん、主人公のメアリー役を受けたら合格をもらえたんだ。今にして思えばいきなり豪快だよね、部活の助っ人にしてもスポーツばっかりでお芝居なんてやったこともないのにさ」
少し恥ずかしそうに未央は笑っている、未経験だが主人公をやりたいというのは改めて考えると中々に無謀なことをしたと思っているのだろう。
普通に考えれば、合格できる要素はかなり少ないのだから仕方がない。
「……どうして突然演劇に出ようと考えたんですか?」
「新しいことに挑戦したかったんだ」
「挑戦……ですか」
自分にとって未知の演技という領域に踏み込む、まさしく挑戦である。
未央はその挑戦したことを懐かしく思い返すように窓から先の遠くを眺めている。
「なんていうか、挑戦するってどういうことなのかって自分が理解できないと、友達がなにかに挑戦するとき心から応援できない、背中を押してあげられないって感じたんだよね」
「それで、全く経験のない演劇を選んだんですか?」
「うん、その中で何かを掴めればきっと大丈夫だってね」
「今、演劇以外の仕事もこなしているということは、結局その何かというのは掴めたんですよね?」
「そーだね、最初は全然できなくてすっごく怒られたんだけど、あるときふっと手ごたえを感じて……ああ、これなんだって思った。これまでとは違う自分を見つけた感じ。今でも覚えてる」
何かを掴むように拳をぐっと握り、未央は笑った。とても穏やかな笑顔だ。
そんな彼女の表情に志保は少し惹かれているように見える。
「あるとき……というのは?」
「んー、なんというか……メアリーと気持ちが重なる瞬間があったんだ。そのときに、役に入りきれた……ていう感じ?」
上手く説明できない、と言いたそうな未央ではあるが一応多少は伝わったようで志保はなにやら深く考えている。
「なるほど、興味深い話です。共感というか……共鳴の方がしっくりくるかな」
「しほりんは舞台とかそういうお仕事に興味があるの?」
「そうですね、特に秘密の花園は……その……絵本で読んだことがあるので」
志保は少し恥ずかしそうにそう言った、絵本を読んでいることを告白するのはやや抵抗があるようだ。
理解されない笑われる、そんな可能性があるのだから仕方がないところだろう。
「なるほど、思い入れがある作品なら話を聞きたいって思うよね」
「まあ、そんなところです」
未央の反応が理解を示すものだったので、志保は少し安心したような表情を浮かべた。
コミュニケーションが取れるようになったとはいえ、まだまだお互いのことは知らないので普通の反応と言える。
「そっかー、しほりんがもし秘密の花園に出ることになったら見に行きたいな~」
「本田さんなら出演したことのある人として意見交換もできそうですね」
「じゃあさ、今の内に番号とか交換しとこっ」
「え? あ……その……ありがとうございます」
少々驚いたようだが、志保は提案をはにかんで受けた。
未央が自分のスマートフォンを持ってくると取り付けられているストラップに志保は目を奪われた。
ストラップは特にデザインに凝ったものではなく、ただ先端に何かのキャラクターの人形がついているものだ。
その人形というのは、緑色の瓢箪のような体型の……独特な愛嬌を持っている不思議なキャラクターである。
「さっ、交換しよ……って、どしたの?」
「いえ、別に……」
「もしかしてこれ気になる? この子、うちの事務所でにわかに流行ってるんだ。ぴにゃこら太っていうんだけど」
「ええと……かわいいなと……思って」
控えめな反応ではあるが、どうやら志保はぴにゃこら太のことを気に入ったらしい。かわいいものが好きなのだろうか。
「もし気に入ったんなら、フェスが終わった後に一緒に買いに行かない? 私色々グッズ売ってるお店知ってるんだ」
「フェスの後……ですか。たしかにそれなら大丈夫でしょうけど……いいんですか?」
「何の問題もないよ! だって私たちの絆は事務所を越えてずっと輝き続けていくんだからっ、そう……あの空に輝くフタツボシのように!」
そっと近寄り志保の肩を抱いて、窓から見える夕焼けの空を指差しながら語る未央。
「……まだ星が見える時間ではありませんし、そもそも都市部では見えないと思いますけど」
突然の密着に驚いた表情を見せつつもさすがに志保は冷静である。
「むむっ、そうきますか。これは手強い……」
「当たり前のことを言ったまでですが」
「まあ、それはそれとして、約束したから絶対に一緒に買い物行こうねしほりんっ!」
「明確な約束ではなかったように思いますけど……でも、そのときはよろしくお願いします」
志保は礼儀正しく頭を下げた、未央は先ほどからずっと嬉しそうだ。
フェスが終わっても関係が続いていくことが嬉しくて仕方ないのだろう。
「よろしくね。よーし、後でほのっちに伝えておこっと」
「伝える?」
「うん、ぴにゃのことをすごい好きな子がいてね。だから、気に入ってくれた子がいたよ~って教えてあげるんだ。きっとすっごい喜ぶだろうな~」
「そういうことでしたか」
志保は納得して頷いている、もしかすると綾瀬穂乃香と話が合う可能性がある……かもしれない。
「結構休憩できたし、最後にもう少しだけ練習しよっか?」
「そうですね……ギリギリまで練習しましょう。こういった時間は貴重ですから」
時間を確認し、余裕があることを確認した志保は気持ちを切り替え練習に集中しようとしている。
未央も目を閉じ軽く深呼吸をして切り替えている。
「さてと、じゃあ始めるよ」
「はい、いきましょう」
二人は練習を再開した。短い時間とはいえ、適度に会話を交えながら。
この後、二人のプロデューサーがその光景を目にして驚きつつも喜んだことは言うまでもないことだろう。
本日はレッスン最終日、短くも厳しいレッスンをやり切った二人をトレーナーが集めている。
短いとはいってもやはり指導をしてきただけあって、未央と志保を見る目はどこか感慨深そうだ。
「さて、これで本番前最後のレッスンは終わりとなるが……時間が限られている中よくここまで仕上げたな。これなら十分に成功を信じて送り出せる」
そう言ってトレーナーはにやりと笑った、労いも含んだ優しい笑顔だ。
そして、未央と志保は合格点をもらえた安堵とやりきった自信が入り混じったような表情でそれを聞いている。
「特に北沢はがんばったな」
「えっ、未央ちゃんはダメですか!?」
「いや、本田はほぼ毎日私のとこに来ていただろう。北沢はそれができないんだぞ」
「そ、そうでしたね、あはは」
トレーナーに指摘されて未央は苦笑いで誤魔化している。
しかし、志保は二人のやり取りを少し嬉しそうに眺めている。
恐らく、時間が足りないと感じて努力していたということに関心もしているのだろう。
「まあそういうことだ、ダンスの難易度を下げる選択もあったがよく仕上げた」
「プロとして当然のことですから。もし妥協をするようなことになってしまえば、765プロの代表として私が選ばれた意味がありません」
「しほりん厳しいなあ……」
「そうだな、しかし私好みでもある。フェスが終われば直接指導する機会はもうないと思うが……キミの活躍を見届けたいと思っている」
トレーナーの突然の言葉に志保は驚いた様子で固まっている。
今回限りの関係という認識があったからこその反応だ。
「…………」
「単純に言えば陰ながら応援している、ということだ」
「ありがとうございます……」
志保は一礼をした、トレーナーの言葉を噛み締めるように長い一礼だった。
短い間であったとはいえ、自分のスタンスを認めて評価してくれたのだから嬉しくて当然だ。
「礼にはまだ少し早いな、レッスンの成果を見せてもらっていない」
「そうですね、今回のレッスンで積み重ねてきたもの全てをお客さんに見てもらいます」
「ふっふっふ~、きっとお客さんみんな驚くぞ~。ちなみに、私たちのことをよく知ってるファンのみんなの方が驚くと予想するね」
「そうだろうな、二度と見ることができない組み合わせかもしれないのだから……全力でやりきってきなさい」
「はいっ!」
「結果で応えてみせます!」
二人は力強く答えるとお互いを一瞥し、不敵に笑い合った。
後は本番を迎えるのみである。
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開演前
・デレ側のプロダクション名は明記していません。
フェス当日、観客の熱狂を尻目に見つつ変装した凛は自分の席へと向かっていた。
長い髪を後ろで束ね、上条春菜に見繕ってもらった変装用のメガネを着用している。
この変装でもかなりの差異があるので、さすがにパッと見て渋谷凛だと分かる者はまずいないだろう。
大きい会場ということで凛は客席側からの光景を確認しながら歩いている。
黙々と準備を進めている人、隣の席の人と談笑する人、スマートフォンを弄っている人、ステージ等を観察している人……それぞれ開演までの時間の使い方は個性がある。
「……ここかな」
そんな独特な雰囲気を楽しむように歩いていると、早くも凛は自分の席へとたどり着いた。
時間に余裕があるからか、彼女は一息つきつつメガネを外している。なくても大丈夫という判断と思われるが、そうなるとここは関係者のエリアということだろうか。
水分補給をしつつ、パンフレットで出演者等を眺めていると凛の隣の席に誰かがやってきた。
「あっ、静香ちゃんも来てたんだね!」
「え?」
「はれっ!?」
やってきたのは可奈だったのだが、誰かと勘違いしているようだ。
二人は見つめ合ったまま微動だにしない。
「す、すみません、人違いでした~!」
勘違いに気づくと、不動の状態から急に慌てふためきながら頭を下げたりし始める可奈。
あまりに余裕がなさそうだからか、凛はただ見守っている。
「どどど、どうして間違えたんだろう!? ……はっ、かっこいいところは似てるかも!」
「えっと……ありがとう?」
「えへへっ、本当のことを言っただけだから。……あっ、あの、765プロの矢吹可奈ですっ。よろしくお願いします!」
ペコリと頭を下げる可奈を見て、凛の表情は優しいものへと変わっていく。
焦ってバタバタとしていたのが庇護欲を刺激したのだろうか。
「私は渋谷凛。よろしく、可奈」
名前を呼ばれたことが嬉しかったのか、頭を上げた可奈の表情は満面の笑顔だった。
「うんっ、よろしく! 凛ちゃん!」
つられて凛も笑顔になる、これが可奈の能力とも言えるのだろうか。
しかし、何か問題でもあるのか可奈の表情は途端に険しくなっていく。
「そ、そういえば当たり前みたいにアイドルだと思ってたんだけど……」
「アイドルだよ、今日765プロの子と一緒にステージに立つアイドルと同じ事務所」
「やったあ! それじゃあ今日だけ同じ事務所みたいなものだよね!」
「なるほど……そういう考え方もあるんだ」
その考え方は思いつかなかったと関心している様子の凛。
こういった発想の転換ができると初対面の人物とも早く打ち解けることができそうである。
「仲間がいっぱい~♪ 友達もいっぱい~♪ 楽しい絶対~♪」
席に着きながら突然歌い出した可奈に凛はギョッとしている。
会場ということで控えめではあるものの、唐突な歌に驚くのは仕方がないだろう。
隣にいたのが同じ事務所の誰かであったならそんなことはないのかもしれないが。
しかし、最初こそ驚いていた凛だが楽しそうに歌っている可奈につられて自然と口角が上がっている。
「歌、好きなんだね」
「えーっ、なんで分かったの!? まさか、凛ちゃんはエスパー!?」
「いや、エスパーじゃないよ、私はね。というか、歌ってる可奈を見ればすぐに分かるよ」
「ほ、本当~!? えへへっ、でも嬉しいな。私、歌が大好きだから!」
眩しいくらいの笑顔で可奈はそう語った。
「…………」
まっすぐな表情と言葉に凛は少し見入ってしまっているようだ。
初対面の人物にここまで素の感情を出せるというのは珍しいタイプである。
「凛ちゃん?」
「ごめん、ちょっと考え事してた」
「考え事?」
「うん、可奈と一緒に歌えたら……もっと歌を好きになれるのかなって」
「それは……うーん、ちょっと分からないけど、でも私も凛ちゃんと歌ってみたい!」
二人とも少し会話をしただけだというのに一緒にステージに立ってみたいと感じているようだ、お互いに惹かれるものがあったのだろうか。
「今日の二人のステージが期待以上のものだったら……、この企画を続けていこうってなる可能性が出てくるかもしれないかな」
「志保ちゃんならきっと大丈夫!」
「私も未央を信じてる」
「ならしっかり応援しないとだよね!」
「もちろん、そのためにここにいるわけだし」
凛と可奈は笑い合ってお互いの準備を進め始めた。
気がつけば、広い会場とはいえ空席を探す方が難しいほどになってきている。
もうすぐ開演だ。
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二つの流れ星
・デレ側のプロダクション名は明記していません。
ステージの裏には未央と志保、そして二人のプロデューサーが出番を待っていた。
二人とも本番直前だからか表情は真剣そのものだ、もしくは緊張で強張っている可能性もあるだろうか。
「本田さん、志保のことよろしくな」
「え? あっ、はい、未央ちゃんにお任せください!」
突然志保のプロデューサーに話しかけられた未央は、まだ固さはあるものの少しいつもの調子に戻ってきた。
ステージに慣れているとはいえ、さすがに違う事務所のアイドルと一緒となると緊張感も違うのだろう。
「プロデューサーさん、それは私が頼りないということですか?」
「いやそうじゃない、志保のことは信頼してるよ。でも、自分だけでは気づけないこととかあるだろう?」
「……まあ、納得はしました。なんにせよ、私は全力で取り組むだけです」
「ああ、ここからちゃんと見てるからな」
「当然じゃないですか、それがプロデューサーさんの仕事なんですから」
プロデューサーの言葉を聞いてから、志保の表情は固さが取れたように見える。
なんだかんだ言っても、信頼している相手からの言葉というのは嬉しいのだろう。
「え? 私には本田さんのフォローを……ですか?」
今度は突然、未央のプロデューサーから頼まれ志保が戸惑っている。
「いやー、楽しくなってきて周りが見えなくなっちゃうかもしれないしね。私からもしほりんにお願い~」
そう言って両手を合わせ未央はいたずらっぽく笑う。
レッスン中でも何度か見ているであろう表情ではあるが、志保は微かに笑いながら眺めている。
「別に頼まれなくてもそうするつもりでしたよ、私たちは一日限りのユニット……なんでしょう?」
恥ずかしそうにしながらも想いが込められている志保の言葉だ。
「かわいい! かわいいよしほりん!」
「ちょ、ちょっと本田さん! 衣装を着ているんだから抱きつこうとしないでください!」
さすがに整えた衣装が崩れたりしてしまうのは避けたいのか、志保はハグを迫る未央を両手で遠ざけている。
両プロデューサーは仲良くなった二人を見守っているが、衣装のことを考えると止めた方が良いかもしれない。
「ちぇー、しほりんてば照れ屋さんなんだから~」
「照れがどうとかいう話じゃありません」
「まあ、しほりんが分かっててくれただけで嬉しいからいいや。でもね、ユニットは今日限りだけど私たちの絆はこれからも続いて行くんだよ!」
「あのフタツボシのように……ですか? でもここ屋内ですからね、星は見えませんから」
近づこうとする未央を片手でいなしながら志保は冷静に指摘する。
「分かってないな~、私たちを照らす照明が――」
「等間隔なので二つ以上になりますね」
「お客さんのペンライトの光が――」
「客席の間隔から考えても同じく二つ以上でしょう」
未央の繰り出す理論を次々と撃破していく志保、まるでターン制の攻防のようである。
「……うーむ、やっぱしほりんは手強いなあ」
「もう少しまともな理屈を用意しておいた方がいいですよ」
いくらか余裕が出てきたのか、二人は笑い合っている。
本番前の緊張を全てとは言えなくともある程度は解消できたことだろう。
気持ちも切り替えられたのか、二人はプロデューサーたちに向き直った。
「プロデューサーさん、行ってきます」
「ああ、行ってらっしゃい」
「未央ちゃんたちの活躍、ちゃーんと見ててよ!」
未央のプロデューサーは優しく頷き二人を見守っている。
志保の視線に気づくと、彼女のプロデューサーも静かに頷いた。
「行きましょう」
「よーし、思いっきり楽しんで全力でやろう!」
二人は笑い合ってから待機場所まで移動を始めた。
移動中、大きな歓声が聞こえるたびに二人の表情は真剣なものへと変化していく。
先ほどリラックスできたこともあって今の二人は程好い緊張感で収まっているのだろうか。
待機場所までやってくると、二人は深呼吸などをしながら落ち着こうとしている。
こういった待ちの時間がより緊張感を高めていくのだろう。
「しほりん、手を繋がない?」
ここでなぜか突然、未央が提案をした。
不安を感じているのか、それともジンクスのようなものなのか。
「急にどうしたんですか」
「仲間に教えてもらったんだ、落ち着くんだってさ」
そう言って未央は手を差し出す。
「その人のルーティンであって、他の人がやって効果が出るものなのか分からない気もしますけど……」
やや疑っている様子の志保だが、拒否するつもりはないようで差し出された手を握った。
「…………?」
志保は特になにも感じないといった表情をしている。
しかし、なにかに気づいたのか次第に握った未央の手を見つめ始める。
ただ、それはパッと見て分かるようなものではない。
志保が感じ取ったものは、微かな震えだった。恐らく緊張からくるものだ。
視線に気づいた未央は明るい笑顔を作って志保に話しかけた。
「いや~、偉そうなこと言ってもやっぱり緊張するよね!」
わざとおどけたような態度を見せているが、言葉の中身は嘘偽りのないものである。
まだ短い付き合いであるとはいえ志保にもそれは分かった。
「表情だけだと分かりませんでした」
「なんというか、私って意外と小心者なんだよね。だから、ステージ上ではしほりんのこと頼りにしちゃうよ~」
笑ってそんなことを言っている未央は一見ふざけているように見えるし、聞こえる。
だが、手を繋いでいるからか志保には外からは見えない不安や緊張がなんとなく伝わっているようだ。
普段の彼女ならば、ふざけたことを言わずプロとして責任を持ってステージに上がるべき、というようなことを発言すると思われるのだが難しい顔をして未央を見ている。
「……未央さんのことが分かってきた気がします」
「えっ、今更!?」
「当然です、あの短い期間で理解するのは難しいでしょう」
「うん、まあ……そうだよね。……あれ、もしかして今、名前で呼んでくれた?」
「え? 呼んでましたか?」
無意識だったのか志保は不思議そうな表情で首を傾げている。
相手の内面が見えてきて精神的な距離もより縮まったということだろう。
「やっと呼んでくれたね、未央ちゃん嬉しいよ!」
「……未央さんのペースに乗せられてしまったんですね」
志保は不覚を取ったと言いたそうな表情をしている。
名前で呼ぼうとは本当に考えていなかったということだ。
「あれ、そうなるの?」
「もちろんです」
「うーん……でも嬉しいから別にいいか。てことで、ステージに出るときの掛け声はフライドチキン! だからね、しほりん」
「はい……はい?」
予想外のことにきれいな二度見をする志保、その反応が面白かったのか未央は笑いを堪えている。
「いいリアクションだよ、しほりん」
「あの、掛け声はまあいいとしてなんでフライドチキンなんですか?」
「ふっふっふっ……それはね、未央ちゃんが好きだからだよ!」
「……そうですか」
志保はなんとなく予想はできていたといった反応である。
食べ物という時点で選択肢は絞られるので当然といえば当然だ。
「これは私のルーティン的なやつなんだけどね、声に出すことで臆病なチキンハートは飛んでけーっていうダブルミーニングがあるのですよ!」
「その意味はいいと思いますけど、本番前にずいぶんと胸焼けしそうな掛け声ですね」
「美味しいんだけどなー。まっ、それはそれとしまして、次の掛け声はしほりんの大好物だからね」
そんなことを言いながら未央はウインクをしてみせた。
自分たちの出番直前だというのに、不透明な先の話をするのは大物……なのだろうか。
さすがにこれには少し驚いた様子の志保だが、すぐに穏やかな表情へと戻り言葉を返した。
「……ステージがまだ始まってもいないのに、あるかも分からない次の話をするんですか?」
「あってほしいなって思うのはタダだからね、そこかしこで言っておけば実現するかもしれないじゃん?」
「ポジティブですね」
「ポジティブパッションの未央ちゃんだからねっ!」
誇らしげに元気良く語る彼女を見て、志保の表情も和らいでいる。
ただ、自分が所属しているユニットも含めての言葉ということは恐らく伝わっていないだろう。あるいは、自分を鼓舞するためにあえて口にしたのだろうか。
「もう時間のようですね」
「さてさて、それでは行きますか」
スタッフの指示を見て二人はステージに向かって移動を始めた。
最後に目を合わせると無言で頷き合い、手を離すと同時に掛け声を口に出す。
「「フラ! イド! チキン!」」
このお話はここで完結となります。
二人がどの曲を歌ったのかはご想像にお任せします。
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