ハイスクールD×D-魔法漢女に拉致された偽物が歩む道ー (マッシュ)
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プロローグ

DMMO-RPG(体感型大規模オンラインRPG)《英雄大戦》。

 

制作会社が著作権の壁の乗り越え、古今東西の有名なゲームやアニメのキャラクター達の能力(スキル)を使用可能にした大ヒット作。

有名なキャラクターの容姿や種族から、アイテムもプレイヤーの思うまま。

 

その、圧倒的な自由度と理想のキャラクターを作ってロールプレイ出来る事から爆発的な人気を得た。

 

多くの若者から社会人まで虜にしたこのゲームには俺も例に漏れる事なくドップリと嵌まっており、大学二年の夏休みも寝食を忘れる程のゲーム三昧の日々。

2年以上もプレイをしているが、プレイすればする程にゲームへの熱は深まるばかりで、ゲームを購入する前まで溜めていたバイト代のすべてを注ぎ込む廃人と化していた。

そんな廃人な俺は今日も睡眠を忘れ、仮想現実の世界に居た。

 

 

 

 

悪魔を祀る神殿の奥。

赤い外套を装備した白い頭の男性キャラクターが、エリアボスの居る最後の部屋の前で立っていた。

 

ソロプレイヤーである彼の周りには当然、誰も居ない。

 

エリアボスに挑むならPTを組むのが、オンラインゲームの基本だ。

しかし、彼の様なキャラクターを演じる事が好きなロールプレイヤーはソロで活動する事が多く、スキルもキャラクターを再現する為の限られた物しか習得しない。

お陰で、ロールプレイヤー達は周りからはネタキャラとして扱われる。

 

だが、中にはキャラクターとゲームに対する愛が強すぎて長時間のプレイ時間で稼いだ経験値とカンストしたスキルレベルによって、ネタキャラの枠を超えてしまう変態も居る。

 

そう、何を隠そうこの赤い外装のキャラクターはネタキャラを超えた変態仕様であり、プレイヤーは何を隠そうこの俺だ。

廃課金によるステータスの改造によって、一時期は世界ランクにも乗った変態の中の変態として日本のプレイヤー達をざわつかせた最強キャラ。

 

上位を超える超位クエストのエリアボスであろうとも恐怖はない!!

 

俺はゲーム世界の分身である赤い外装のキャラクター《エミヤ》を操り、骨で構成された扉を開けた。

 

すると……。

 

「ミルたんにファンタジーな力をくださいにょ!!」

 

部屋の奥にある玉座に座る強大な悪魔よりも圧倒的な存在感を放つ、白いゴスロリ装備で筋骨隆々なキャラクターが野太い声で悪魔に語り掛けている光景が目に飛び込んできた。

 

「……」

 

俺は得体の知れない恐怖から、そっと静かに扉を閉めた。

 

静かにしまったドアノブに目線を下ろすと、扉を閉めた己の分身である《エミヤ》の腕が小刻みに震えていた。

アバターが動いているという事は、現実の俺の体も《エミヤ》同様に震えているのだろう。

 

エリアボスの方は前代未聞でクリーチャーな先約も居るようだし、こんな状態ではまともな戦闘は出来ない。

 

俺はログアウトをする事を決め、コンソールを表示する為に手を動かした。

まさにその瞬間。

 

ドアが勢いよく開いて、丸太の様に太い腕が俺の腕を掴んだ。

 

「え?」

 

突然現れた腕に驚き、反射的に俺は腕の主に目を向けた瞬間。

…おっさんの顔が視界一杯に広がった。

 

「ミルたんにファンタジーな力をくださいにょぉおおおおお!!!」

 

「〇×◇▽!?」

 

あまりにもおぞましい光景を見たせいか?

それとも、睡眠時間を削り食事も最低限しか取らなかったツケが来たのだろうか?

俺はロールプレイを忘れ、謎の生物兵器の前で声にならない悲鳴を上げた後に意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

生存本能に従って闇へと沈んだ意識が浮上する。

瞳を開けると、見知らぬ天井。

硬い床から体を起こし、辺りを見渡す。

 

視界に入るのは壁に貼ってある魔法少女のポスターや、魔法少女関連のDVDボックスやコミックスが入った棚。

ベットの近くにはファンシーなヌイグルミに幼い少女が振り回しているイメージが強い、可愛らしいリボンのついた玩具のステッキ。

 

勿論、俺の部屋では断じてない。

そして、視線を下ろすと俺から少し離れたところにヤツが短いスカートをおっぴろげ、女性下着を晒しながら大の字で倒れていた。

 

「うっ!?」

 

思わず吐き気を催し、両手で無理矢理口を押える俺。

正直目の前の悪趣味なキャラクターを操る変態プレイヤーに対して悪態をつかずにはいられない。

一体どんな変態的な思考をしていたらあんな化け物をキャラメイキング出来るんだ!!

モンスターがポップする悪魔の神殿から自分の陣地に運んでくれた事には感謝するが、気分は最悪である。

 

俺はコンソール画面を呼び出す為に腕を動かした。

 

「ん?」

 

だが、決まった動作を行えば現れるコンソール画面は出現しなかった。

不可解な現象に疑問を抱きながらも、もう一度コンソール画面を呼び出す動作を行う。

 

「んん!?」

 

ブンブンと腕を動かしまくるが、コンソール画面が俺の前に出現する事はなかった。

 

「にょ?」

 

焦る俺をよそに奴が目覚めて起き上がる。

 

「やったにょ!異世界の人を呼ぶことに成功したにょ!!

これでミルたんも立派な魔法少女にょ!!」

 

部屋に響き渡る野太い声。

…おいおい、異世界って何言ってんだこのおっさん。

確かにゲームの仮想現実は異世界とも言えなくもないけどさ……。

 

後、俺は呼ばれたんじゃなくて拉致されたんだよ!!

 

恐怖は怒りで吹き飛び、勢いそのままに目の前の最終兵器に怒鳴ってやりたいが相手は超位クエストを受ける事の出来る実力者で、ここは相手の陣地。

PKされる可能性非常に高く、デスペナルティを恐れた俺は手を握りしめて必死に声を抑えた。

 

「白髪のお兄さんはなんてお名前にょ?

ミルたんはミルたんにょ!」

 

俺の怒りをよそに嬉しそうに話しかけてくるミルたん。

お、落ち着け~普段通りに対応しろ~《エミヤ》プレイヤーは動じない!!

大体、名前なら頭上に表示されているだろうが!!

 

……ん?

 

目の前の《ミルたん》に違和感を覚えた俺は彼の頭上を見て、目を見開いた。

 

「どうしたにょ?具合でも悪いのかにょ?」

 

何と、驚くべきことに彼の頭上にはキャラクター名が表示されていなかった。

その事実に体の力が緩むと、手のひらに痛みを感じて、自分の目の前に持ってきて唖然とした。

なんと、俺の手のひらは強く握った事によって爪が食い込んで赤くなっていた。

まるで生身の様な痛みと現象に背筋が冷たくなった。

 

「…失礼、《英雄大戦》と言う言葉に聞き覚えは?」

 

確認する為の(とい)に喉が渇く、魅惑の《エミヤ》ボイスも震えていた。

ゲームでは流れない汗が自身のから流れ、ポタリと床に落ちる。

 

「…知らないにょ」

 

マジっすか?

 

 

 

 

悲報、俺氏異世界に誘拐されたようです。

 

「元の世界に戻すことは……」

 

「やってみるにょ。

白髪のお兄さんを異世界から呼べたミルたんに死角はないにょ。

はぁぁあああああああああ!!!」

 

野太い声が部屋を震わせ、ミルたんから闘気のようなものが立ち上る。

その姿はまさに、必殺技を放とうと気の力を溜める世紀末覇者。

こ、殺される!!

 

理不尽な死を覚悟した俺だったが、ミルたんはぶっ倒れた。

 

あれ?

 

「ごめんにょ、もう一度やってみるにょ」

 

むくりと起き上がって、再び構えを取るミルたん。

 

「はぁあぁあぁああああ!!!!」

 

気合の咆哮が先ほどよりも大きく部屋を揺らす。

あまりの凄さにベットに飾られていたヌイグルミは床に落ち、玩具のステッキは横に倒れる。

こ、これならきっと……。

 

「うっ!?」

 

苦しそうなミルたんの声によって、俺の淡い期待は粉々に砕け散った。

先ほど以上に気合を入れてくれたミルたん。

彼は糸の切られたマリオネットの如く、床に崩れ落ちた。

しかも、先ほどと違って意識はなく、彼は白眼を剥いている。

 

その後も、目覚めた彼は頑張って俺を元の世界に戻そうとしてくれたが成功する事はなかった。

最後はとても辛そうな彼を見ている事が出来ず、被害者である俺が止めてくれと言った所でミルたんの挑戦は終了した。

 

挑戦が終わると、ミルたんは自分のしでかした事について泣いて彼なりに真摯に謝ってくれた。

 

「ごめんなさいにょ!初めは魔法が成功して浮かれていて気づかなかったけど、今ならわかるにょ!!

ミルたんは魔法少女なのに悪い事をしてしまったにょ!!!」

 

 

…彼なりにね。

 

 

「白髪のお兄さんは絶対に元の世界にミルたんが帰すにょ!それまではミルたんが面倒を見るにょ!!」

 

 

 

……………………。

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

大学二年の夏。

ゲームで遊んでいたら漢女に異世界に拉致されました。

 

ちなみに、自分の姿がゲームキャラになったままになっていると完璧に把握したのはミルたんの家の脱衣所で服を脱いでいる時だった。

 

 

 

4

 

 

 

異世界に拉致されて一か月が経過した朝。

俺は、筋骨隆々なサラリーマンと朝食をとっていた。

 

「うむ、今日もエミヤ君の作る朝ごはんは大変美味しい。

異世界から連れてきてしまった私が言うのもあれだが、本当にありがたい」

 

「まあ、君にはこの世界で世話になっているからね。

これぐらいの事は構わんさ」

 

「そうか、では!今日も会社が終わった後に、君を異世界に帰す方法を探してみるよ」

 

「まあ、それなりに期待して待っているよ」

 

歯をキランと輝かせスマイルを見せる男。

彼の名は大徳寺(だいとくじ) (まさる)

信じられない事にミルたんに変身(コスプレ)する前の姿だ。

 

職業は不明だが、あの体格から想像するに警察や警備員などをしているのではないだろうか?

正直、今の彼の姿は違和感が強すぎて未だに慣れない。

 

本人曰く、『ミルたんは夢を与える魔法少女であるから、正体を知られないようにしなくてならない』らしい。

 

アレが与えるのは恐怖と絶望と吐き気であると訴えてやりたかったが、この世界での生命線を握られているので同意しておいた。

 

「それと…エミヤ君に頼まれていた物が出来たよ。

ほら、身分証とパスポート」

 

「ほう、意外と早く完成したな。

この世界の日本では一般人でも簡単に身分証とパスポートを偽造できるのかね?」

 

一か月前に世話になる事になった俺は筋肉隆々の魔法漢女から自立する為に身分証明書とパスポートを所望していた。

勿論、偽造という犯罪行為をする事になる為、あくまで希望と言う形で伝えていたのだが……。

本当に出来てしまうとは……正直、驚きが隠せない。

受け取ったパスポートと身分証には俺の顔写真が張り付けられており、名前も衛宮(エミヤ) 士郎(シロウ)となっている。

ご丁寧に偽造の経歴書まで添えてあった。

実に手が込んでいて、まるで映画やアニメの世界だ。

 

「HAHAHA!まさか!!知り合いにちょっとした伝手があってね。

彼も私と同じ志を持つ者として、困っている君の為に協力してくれたのだよ」

 

アメリカンな感じで笑う彼だったが、同じ志を持つ者と言う単語に食事中の手が止まった。

 

「…まあ、代償はデカかったがね」

 

そう言って、元気なさげに昨日までお気に入りのステッキが飾ってあったはずの壁に視線を向ける大徳寺。

 

…謎は全て解けた。

 

「さて、私は会社に行ってくるよ。

この後、ハローワー〇に行くのなら経歴書を丸暗記してから向かう事をお勧めするよ。

まあ……貴族の家で執事をしたり、沢山の人々を救う為に傭兵生活をしていた異色の経歴を持つ君ならば、どんな職業でも問題はないと思うがね?」

 

大徳寺の言葉に表情は動かさないが心にグサリと来る。

彼には大学生の俺としてではなく、ゲームの世界で活躍する自分の分身である《エミヤ》として話している。

見栄もあるが、筋肉質でいかにも歴戦の戦士風の今の姿を見て彼が信じてくれるとは到底思う事が出来なかったのだ。

 

 

…本当だよ?

 

 

「はぁ、余計な心配をしている暇が君にあるのかね?

そろそろ時間だと思うのだが……」

 

妙な居心地の悪さを感じた俺は、机の上に置いてある電波時計に視線を移して話題を変えた。

実際、かなり話し込んでしまった為、普段彼が出社している時間から大分遅れが生じている。

 

「OH!SHIT!!このままでは遅刻してしまう!!

では、行ってきます!!」

 

ドアをバタン!!と閉めて、飛び出す大徳寺。

さて、俺も自立する為に経歴書の丸暗記から始めよう。

 

 

 



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1話

異世界生活5年目の冬。

もうすぐ来る受験にピリピリする学生達が目立つ、この季節。

 

俺は今年も、元気な生徒達を見守りながら生徒会の依頼で生徒会室に設置されているエアコンの修理をしていた。

 

「貴方を雇って本当に良かった。

私たち新生徒会に機械が得意な人材は居ないので、とても助かります」

 

「なに、私は給料分働いているに過ぎない。

故に君が気にする必要はどこにもないと思うのだが?」

 

生徒会長と書かれたプレートが設置された机に座り、眼鏡がよく似合う冷たくて厳しいオーラを放つ美少女。

名前を支取(しとり) 蒼那(そうな)

今年当選した眼鏡美人な生徒会長に褒められた俺は修理の終わったエアコンを設置しながらも、すっかり身に沁み込んでしまったエミヤロールで返す。

 

「いえいえ、時々貴方に淹れてもらう紅茶は絶品で、私達の密かな楽しみなのです。

どうです?以前にもお誘いしましたが、当家の執事になってみませんか?

報酬は今の4倍は出しましょう」

 

本当に何度目になるか分からないお誘いに苦笑する。

ゲーム時代に頑張ってスキルレベルをカンストさせた執事スキルと鍛冶スキルのお陰で用務員として雇われているのにそれ以上の大活躍して、目の前の新生徒会長や紅の髪を持つ女子生徒から熱烈な勧誘を受けている。

まあ、スキルだけで礼儀を知らない、なんちゃって執事の俺は礼儀は出来ていないので毎回お断りしているのだ。

 

…お、普通に動いているようだしエアコンは完全に治ったようだ。

 

「悪いが、今回も遠慮させてもらおう。

私はもう執事をするつもりはないのでね」

 

「そうですか……それは残念です」

 

本当に残念そうな表情を見せる生徒会長の視線を受けながら、設置したエアコンが上手く稼働している事を確認した俺は、床に散らばっている道具の片づけに入った。

 

「気が向いたらいつでもお声を掛けてください。

我がシトリー家は何時でも貴方を歓迎いたします」

 

「やれやれ、私の様な怪しい経歴を持つ男を欲しがるとは……。

君もあの子も、本当に変わり者だな。」

 

道具をケースに片づけ、立ち上がる。

 

「さて、これで修理は完了した。

私は他の仕事があるので、退散しよう」

 

「お忙しいなか、修理を有難うございました。

また、何かあったらお願いするのでよろしくお願いします」

 

生徒会長にお礼を言われた俺はケースを持ち上げ、生徒会室を退室した。

すると……

 

「変わり者で悪かったわね」

 

生徒会室の入り口近くで仁王立ちしている女子生徒がいた。

女子生徒は血の様に紅い髪が特徴的で、この学園のNO1美少女。

その名をリアス・グレモリー。

もうすぐ三年に進級する北欧出身の留学生で、俺を執事に勧誘してくるもう一人のお嬢様だ。

 

「さ、生徒会室が終わったら今度はオカ研の部室をお願い。

シャワーの調子が悪いのよ。

後、変わり者に変わり者呼ばわりされた私の心を癒す為に紅茶も入れてもらえるかしら?」

 

「やれやれ……君はもう少し遠慮と言うものを覚えた方がよいのではないのかね?」

 

「あら?私が日本の文化に慣れていない時に遠慮なく頼ってくれと言ったのは貴方じゃない」

 

「む…確かに言ったが……」

 

悪戯っぽく笑う彼女の言葉に言い返せなくなる俺。

確かに俺は、彼女が入学したての頃に困っていた彼女を善意でブラウニーの如く、助けた事がある。

まさか、あの時の言葉がブーメランとなって帰ってこようとは……。

 

「勿論、タダでとは言わないわ。

部室には朱乃(あけの)の選んだ茶菓子が常備されているから、それを対価に提供するわ」

 

「ほう?」

 

部室の茶菓子に反応する俺。

オカルト研究部には生徒会と同様に何度も足を運んだ事がある。

その際に出されるオカルト研究部の副部長である姫島(ひめじま)朱乃の選ぶ茶菓子は種類が豊富で美味しく、とても気に入っているのだ。

時間も放課後でちょうど小腹も空いている。

 

シャワーを修理するついでに茶菓子をご馳走になろう。

 

「いいだろう。では、さっそく部室へ向かうとしよう」

 

「ふふ、お願いね」

 

楽しそうに笑う彼女の横を通り過ぎ、俺達は旧校舎にあるオカルト研究部の部室へと向かった。

 

 

 

 

部室にたどり着いた俺は、魔法陣の数々を無視しながら黙々と作業を始め、業者もびっくりな僅かな時間で修理を完了させた。

エアコンの時といい今回のシャワーといい、アイテムの不具合を見つけて修理する事の出来る《修理》の鍛冶スキルには本当に感謝である。

 

「終わったぞ」

 

「何時もながら早い仕事ね…」

 

「ほんと、衛宮さんは一家に一人は欲しいですわね」

 

道具の片づけに入った俺を感心した表情で見てくる女子二人組。

一人は俺に修理を依頼してきたリアス・グレモリー。

もう一人は副部長の姫島 朱乃。

今時、珍しいポニーテールの彼女は大和撫子と呼ぶにふさわしい所作をして居る魅力的な女子生徒だ。

正直、オカ研メンバーで唯一の男子である木場(きば)祐斗(ゆうと)が羨ましい。

前の世界でイケメンだったら俺も……ねーな。

悲しいけど、ゲームが恋人だわ。

 

「さて、約束の茶菓子を準備してもらってもいいかね?

その間に私はお茶の準備をしよう」

 

何度も訪れた部室であり、構造を完璧に把握している俺は部室近くの給湯室でお茶を沸かし、茶葉が躍り出す絶妙なタイミングと最高の温度を見極める。

文字にすると簡単な行為のように思えるが、これにはたゆまぬ努力と技術が必要になるらしい。

だが、俺には関係ない。

スキルの効果で感覚に従うだけで寸分狂う事なく、どんな駄茶でも最高の味を出す事が出来るのだ。

 

ゲームではロールプレイ以外で活躍する事のないゴミスキルであったが、現実ではこのスキルの価値は計り知れない。

なにせ、美少女から熱烈な勧誘やお茶を淹れて欲しいとお願いされるからな。

人生、何が役に立つか分からないものだ。

 

……逆に、課金してまで上昇させたステータスや戦闘スキルがいらない子になったがな。

投影魔術なんて包丁やカッターナイフぐらいしか使う用途がねーよ。

 

悲しいけど、これが現実なんだよな。

 

非現実なんてゲームや漫画の世界だけなんだよ。

 

俺は異世界であろうとも、変わる事のない世知辛(せちがら)い世の中に溜息を吐くと、ティーセットを盆にキレイに並べて彼女たちの元へと優雅に運んだ。

 

 

 

 

自分の淹れたお茶と出された茶菓子を一通りオカ研で楽しんだ俺は、残った仕事を片付けて、夕飯の買い物をしてから自宅へと帰った。

そう、あの変態筋肉から借金して手に入れた衛宮邸にそっくりな我がお城である。

 

6LDKの訳アリ中古物件で格安で手に入れた鉄骨鉄筋コンクリートの我がお城。

この世界に来てから筋肉との同棲生活に(さいな)まれながらも夢のマイホームに我は大満足である。

 

これであの変態筋肉ともおさらば!!

 

と、思っていたのにな……。

現実は無常である。

 

「HAHAHA、待っていたぞ、エミヤ君!」

 

「大徳寺…またなのかね?」

 

家の玄関前で待っていた大徳寺の姿に溜息が出る。

 

「いやー、すまない。

どうも我慢が出来なくてね。

今晩も頼むよ!」

 

「了解した」

 

申し訳なさそうに金の入った茶封筒を受け取った俺は大徳寺を自宅へと招いた。

 

「にゃ~」

 

玄関を自宅に入って靴を脱いでいると一匹の黒猫がとことことやって来た。

我が家を購入して一年目の時にこの家の住民となったクロで俺の癒しである。

 

「HAHAHA!お邪魔するよクロ……」

 

「にゃ!?」

 

俺が頭をなでて気持ちよさそうに喉をゴロゴロと鳴らしていたクロだったが、大徳寺に声を掛けられると脱兎の如く、逃げ出した。

 

「HAHAHA…まだ、怒っているようだ」

 

「それはそうだろう」

 

クロに逃げられてショックを受けている大徳寺に真顔で返す俺。

あれは本当にひどい事件だった。

 

一人暮らしを始めて数か月。

クロと言う家族も増えて順風満帆な生活を送っていた我が家にこの男はアニメファンのオフ会の姿のまま…つまり、『ミルたん』の姿でやって来たのだ。

おかげで生物兵器を目の前に自宅へと帰る途中であったサラリーマンはミルたんを目撃して吐しゃ物をまき散らし、買い物帰りの奥さんは悲鳴を上げた。

 

外で聞こえた悲鳴に飛び出たご近所さんは外に飛び出すと同時に悲鳴を上げ、好奇心で外の様子を見た子供は泣き出した。

視覚だけで相手の精神を攻撃するその姿はまさに生物兵器。

 

周りの反応を理解できず、キョトンとしていると外の様子を玄関の隙間から窺うように現れたクロの存在を察知。

ミルたんの姿で漢女(おとめ)モードだったヤツはクロに飛びついて抱きしめた。

そう、抱きしめたのだ。

 

ムチムチの胸筋と汗と加齢臭に包まれたクロは発狂し、三日ほど抜け殻の様な生活を送った後、ミルたんを毛虫の如く嫌うようになったのだ。

 

だが、その事件があったおかげで、目の前の筋肉はミルたんとして二度と我が家に来ることはなくなり。

ご近所に生物兵器が現れる事はなくなった。

 

「夕飯ならすぐに作ってやるから、リビングで待っていたまえ」

 

「そうさせてもらおう…」

 

肩を落とし、しょんぼりとした筋肉はトボトボとリビングへと向かった。

やれやれ。

今日はクロの為に魚料理かな。

 

 

 



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2話

我が家で大徳寺とクロに魚料理を振舞った。

普通は飼い猫にはキャットフードだと思うだろうが、我が家のお猫様はキャットフードの様な物を好まず、人間の様な料理を好む。

道端で弱っている所を保護したのだが、野良猫なのか?それとも飼い猫なのか?

人間臭い仕草やリアクションといい……とにかくクロは謎の多い猫である。

 

「所でエミヤ君。

ここ最近で、妙な噂を聞かないか?」

 

「妙な噂?」

 

大徳寺を警戒しながら調理された魚を食べているクロの観察を中断し、正面に居る大徳寺に視線を移す。

 

「何でも夜中に見た事もないおぞましい怪物が現れるらしいのだ」

 

「ほう?

初めて聞く噂だが……まさか、その正体は筋骨隆々な変態とは言わないな?」

 

返答次第では俺の携帯電話が緊急通報する事になるだろう。

クロもちゃっかり台所にある固定電話の子機の前に移動している。

本当に頭のいい子だが、ボタンは肉球で押せるのかな?

 

「いや、そんな話は聞かないが……そんな変態が居るのかね?」

 

変身(コスプレ)後のお前だよ!!

 

「まあ、変態の話は置いておこう。

問題は、その怪物だ」

 

疑いの眼差しを向けている俺に気づいて居ないのか、無視をしているのかは分からないが、大徳寺は何事もなかったかの様に話を再開する。

毎度の事ながら色々と言ってやりたいのを我慢した俺は偉いと思う。

 

「噂ではその怪物は廃墟のビルに住んでいて、夜に集まって来る非行少年を食べてしまうらしい」

 

「ほう……私にはよくある都市伝説や怪談のように聞こえるが?」

 

「君は超常の存在が跋扈(ばっこ)する、ファンタジー世界の住民なのに否定的だな!

……まあ、悲しい事に君の反応が普通なのだがね」

 

ファンタジー世界の住民から非日常な存在を否定されてガックリと肩を落とす大徳寺。

だが、彼はすぐに背筋を伸ばし、今までにないくらいの真面目な表情で口を開いた。

 

「この噂は、ただの噂ではない。

警察に所属する私の大切な友人の一人が、生き残った少年達から直接聞いた真実なのだ。

…当然、私の友人以外は誰一人として少年たちの言葉を信じなかったがね。

被害者である少年達は行方不明という事で処理されてしまった」

 

大徳寺の言葉に思わず背筋が伸びる俺。

それにしても警察にも知り合いが居るとは……相変わらず大徳寺の交流関係は幅広い。

 

この時点で、大徳寺という人間をある程度理解をしている俺は噂だと侮り、話半分で聞くのを辞めた。

目の前の男が変身(コスプレ)していない状態で、真面目に話す時は本気の時だ。

被害者も出ているらしいので、噂について真面目に対応する。

 

「なるほど、その少年達の話が真実としよう。

それで?私にその話を聞かせた理由は何かね?」

 

「話が早くて助かるよ。

我々(・・)はチームを作り、少数精鋭で怪物を倒そうと考えて居る。

そこで、怪物退治のエキスパートである君にも協力してもらいたいのだ」

 

怪物退治のエキスパート。

そう、確かに俺はゲーム世界においてはイベントやストーリーモードで数多の世界を救った英雄だ。

悪魔・英霊・宇宙の侵略者に魔物。

仮想現実と言えど、多種多様の敵をこの手で屠って来た。

 

だが、それは所詮ゲームの話……なんて思わない。

 

この身はこの世界に来た瞬間からゲームの作られた英雄ではなく、本物。

ゲームと言う仮想現実を飛び出し、スキルや魔術という奇跡と怪物の如き身体能力を持つ贋作の英雄の偽物。

 

この使い道がないと思っていた力が誰かの役に立つと言うのなら……。

 

「いいだろう。私の様な無銘でいいのであれば力を貸そう」

 

「おお!ありがとうエミヤ君!!

君が居れば百人力だ!!」

 

 

 

 

 

 

駒王学園の生徒達や世話になっている街の人たちの役に立つ為に立ち上がった俺は大徳寺の協力要請を受託し、大徳寺の仲間達と現地集合する事になった。

そして、駒王町に住んでいる俺達が廃墟のビルへと先に到着した十分後。

月明りに照らされた、黒い中型車が姿を現した。

 

「はじめまして、私は九条(くじょう) 剛三郎(ごうざぶろう)

警視総監をしている者だ」

 

運転席から現れたのは髭を生やし厳つい顔をした初老の漢だ。

肩書が警視総監と言うだけはあり、その肉体は大徳寺にも勝るとも劣らない。

腰には日本刀を(たずさ)えており、武人の風格を漂わせている。

 

「私はエミヤシロウ。

しがない用務員だ」

 

「はっはっは!安心したまえ。

君の素性は大徳寺からよく聞いている。

怪物が現れたら遠慮なく、魔術を披露してくれたまえ」

 

品定めをするようにギラリと眼光を光らせ、朗らかに喋る九条 剛三郎。

大徳寺の知り合いを疑いたくはないが、何かを企んでいる印象を受ける。

もしかして俺の戦力調査が目的なのだろうか?

 

彼とは少し距離を置いた方がいいかもしれない。

そんな事を考えて居ると後部座席の扉が開き、謎のBGMと共に二人の人物が姿を現した。

 

「月の使者……ムーン!!」

 

「太陽の使者…サンシャイン!!」

 

『惑星に代わって……お仕置きよ!!』

 

ツインテールを揺らしながら、キメポーズを決める二人の漢。

筋肉でピチピチとなったセーラー服を身に纏い、手には月と太陽を模したムチのような物が飛び出たステッキを持っている

その姿はまさにミルたんと同等の変態であり、思わず手で目の前を覆ってしまう。

 

「はっはっは、君も彼女達の雄姿に悩殺されたようだね」

 

彼女達!?悩殺ぅ!?

先ほどと変わらぬ様子の九条 剛三郎。

彼はこの光景を見て何故、平然としていられるんだ!?

正気か!アンタは警視総監だろう!?

 

手を下ろし、思わず剛三郎を凝視する。

 

「二人は満月の夜にしか活動できないんだ。

もし、君が怪物退治の日程をずらして居たら、彼女たちはここには居なかったよ。

さて、我々も変身しようか大徳寺。」

 

「了解した!私も新しいステッキを披露しようではないか!!」

 

「ほう?それは楽しみだ」

 

ムーンとサンシャインと入れ替わるように車の中へと入っていく二人の漢達。

そうだよ、あの大徳寺の知り合いなんだ……警視総監と言えども、普通な訳がないじゃないか。

 

そして、数十分後……駒王町の廃墟にて変態の見本市が完成した。

 

筋肉モリモリの魔法漢女《ミルたん》

ピチピチとなったゴスロリ衣装が今日も悲鳴を上げている。

 

そして、二人の漢女な惑星戦士。

月光《ムーン》と太陽光《サンシャイン》

筋肉でピチピチとなったセーラー服では隠し切れず、処理しきれていないすね毛と顎鬚がおぞましさを倍増させる。

 

最後にミルたんが悪堕ちした魔法漢女《ミルたん・オルタ》。

眼帯を装着し、黒いゴスロリを身に纏った現警視総監。

持っていた日本刀の柄がミルたんとお揃いのステッキへと変貌している。

 

帰りたい!!凄く帰りたい!!

もう怪物なんてどうでもいい!!家に帰ってクロを愛でたいよ!!

 

 

「さあ、突撃にょ!」

 

 

俺は心の中で号泣しながら、ミルたんの号令と共に廃墟の中へと潜入した。

 

 

 

 

 

廃墟に侵入した俺達は調査を開始した。

少年たちがたむろしていたとされる部屋に辿り着いた俺達はオルタがパクって来た調書を確認する。

 

「廃墟に集まった少年たちはここでお酒を飲みながら騒いでいたようでありんす(・・・・)

 

ありんす!?

現警視総監であり初老のオルタの語尾に戦慄する俺。

この世界の日本の警察は大丈夫か!?

 

「そ、それで、怪物は容姿については何かわかっているのかね?」

 

俺は若干声を震わせながらオルタに問いかける。

 

「エミヤきゅんは暗闇が苦手なようでありんすね?

少年たちが目撃したのは下半身は四足の獣で上半身は女の怪物と言っていたでありんす」

 

オルタの情報を元に頭の中で思い描ける数千の魔物を脳内で厳選し、該当する魔物の名前を口にする。

 

「その特徴なら、恐らく悪魔の類だろう。

実在するのならば聖水や十字架が必要だな…む?」

 

俺が謎の気配を察知して振り向くと、ミルたん達の気配が変わった。

闘気を全身に纏い、各々の武器を抜く。

 

「誰にょ?」

 

武器を持たず拳を構えたミルたんが廃墟の窓に向かって問いかける。

新品のステッキはどうした?と言いたいが空気を読んで黙る俺。

 

視線を窓に移すと、そこに着物姿の美少女が窓枠に座っている姿があった。

 

だが、その美少女は人間ではなかった。

頭部にはピクピクと動く猫耳と腰からはユラユラと揺れる黒くて長い尻尾。

もしかして彼女が噂の怪物か?

 

しかし、怪物にしては顔色が悪く、視線はミルたん達を出来る限り見ないようにと彷徨(さまよ)い腰も若干引けているようにも見える。

俺は、彼女の様子から色々と察した。

 

「わ、私の名は…」

 

「少し、外の空気を吸って来たらどうかね?」

 

「……そうするにゃ」

 

 

 

 

しばらくお待ちください。

 

 

 

 

 

「私の名は黒歌。

この辺りを縄張りとしている悪魔にゃ」

 

俺は未だに顔色の悪い美少女が外で繰り広げた大惨事を見なかったことにし、彼女を優しく見守った。

ミルたん達も武器と拳を下げて、若干警戒を緩めたようだ。

 

「では、君がここで少年たちを襲った悪魔なのかね?」

 

「違うにゃ!」

 

俺の質問に再びファイティングポーズを取るミルたん達に反応し、即答する悪魔の黒歌。

だろうね。

 

「子供を襲った悪魔なら、アンタ達が着替えている間に私が倒したにゃ。

おかげで、あんな雑魚を倒すのに手間取ったにゃ」

 

着替えてという単語を口にした瞬間、顔を青くする黒歌。

どうやら彼女はこの怪物達が車から登場する姿を見てしまったらしい。

可能なら彼女とは彼らの被害者として、色々と語り合いたいものだ。

 

「魔術師のお兄さんも、こんな変態達に構っていないで早く帰るにゃ。

…うぷ」

 

俺に声を掛けた後、気持ち悪そうに口元を手で押さえて猫のように跳び去って行く謎の美少女。

ライトノベルで有りそうな展開だったが、周りにいる筋肉達のせいで台無しだ。

 

「どうやら悪は既に去っていたようだにょ」

 

「でも、ミルたん。

彼女の言葉が本当なら悪魔さんは実在する様でありんす」

 

「今度、悪い悪魔さん達が出た時が私達の出番ね」

 

「満月の夜は私たちの活躍の時よ!!」

 

悪魔と言うファンタジーに盛り上がる四人の変態達。

色々と盛り下がってしまった俺は彼等を置いて、謎の悪魔美少女の忠告通り、早々に自宅へと帰った。

 

 

 

 



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3話

悪魔退治があっけなく終わった後に年が明け、三年間見慣れた生徒達は卒業して残った生徒たちは誰一人留年することなく、無事に進級を果たした。

春の風物詩である舞い散る桜と、新入生達の緊張した顔を微笑ましく見ながら、俺は今日も校庭のゴミ拾いに勤しむ。

 

今日も実に平和である。

 

「新学期早々お疲れ様。

ここ最近とても機嫌がよさそうだけど何かあったの?」

 

校庭の隅に捨てられたペットボトルを回収しているとオカルト研究部の部長リアス・グレモリーが姫島朱乃を連れて声を掛けて来た。

彼女達は最上級生となり、二年生から囁かれていた《駒王学園の二大お姉様》が定着し、元々あった人気をさらに上昇させていた。

 

「ああ、とてもいい事があったんだ」

 

俺はペットボトルを持っていたゴミ袋に入れ、『答えは得た』と言わんばかりの爽やかな笑顔を今を煌めく彼女達に送った。

 

「そ、そうなの?」

 

「あ…あらあら、それは良かったですわね?」

 

爽やかすぎる俺の反応にフラグ的な物が立ったかのように顔を赤くして戸惑う二人をそのままに、俺は再びゴミ拾いを再開した。

何故、俺がこんなにも機嫌がいいのか?

 

それは、年末前まで振り返る……。

 

 

 

 

あれは…そう。

年末年始の為に色々と自宅で準備をしていた時の事。

夕暮れ時に何時もの様に大徳寺が我が家にやって来たのだ。

何時もの様に玄関先で彼を迎えた俺は、『夕飯でも食べに来たのか?』と尋ねたのだがこの時は珍しく違っていたのだ。

 

ちなみ余談ではあるが、クロは俺が悪魔討伐から帰ったあの日、口元から酸っぱい異臭を漂わせた翌日から、普段以上に大徳寺から距離を取るようになった。

そのせいか、大徳寺が我が家にやって来るとお前はチーターか?と疑うレベルの速度で逃げ出すようになったのだ。

 

あの日も、チーターレベルの速さで逃げるクロの後姿にガックリした大徳寺は玄関先で用件を話し始めたのだ

 

「エミヤ君。最近我々『コスモ・ミルキーズ』は駒王町を含む街の平和を悪魔達や堕天使に悪い魔法使いから守って来た」

 

「ま、まだ続けていたのかね?」

 

「ああ。あれからこの世界の裏の事情に詳しい《ハー姉さん》という素晴らしい協力者を得てね。

ハー姉さん指導の元で世界にラブ&ピースを振りまいているのさ!!

何なら今度、ハー姉さんが撮影してくれた私達の活躍の様子を録画したDVDを渡そう」

 

どうやら、あれから大徳寺達は独自に悪魔や魔法使いなどの超常の存在を相手に戦っていたらしい。

俺はDVD前後の下りは聞かなかった事にして、ハー姉さんとやらについて質問をした。

 

俺の予想ではあの珍妙な集団の輪に入れる人物であることから、ミルたん達と似たように変わった人物であると思っている。

 

俺がゴリゴリの筋肉魔法少女を想像していると大徳寺は俺の質問に対して、あっけらかんとその人物の驚くべき正体を明かした。

 

「天使だ」

 

天使?あのエンジェルの?

大徳寺の言葉で一瞬思考が停止してしまったが、この世界には悪魔が居て大徳寺曰く、魔法使いや堕天使も居る。

天使が居てもおかしくはないだろう。

 

「そ、そうか…しかし、よく天使と出会う事が出来たな。

悪魔同様に中々遭遇出来ないと思うのだが……。」

 

「たまたま仕事帰りに寄ったバーの店長だったんだよ。

あれは、本当に良い出会いだった」

 

バ、バーの店長?

人間の魂を天へと導く、あの天使が?

この世界の天使の役割は良く分からないが、ファンタジーな存在は意外と身近に存在するのだろうか?

 

「ハー姉さんと知り合い、意気投合した私達はハー姉さんを仲間に誘い、裏の世界に対する知識のない我々の先生となって頂いたのだ。

ついでに、私たちがケガをしないように色々と指導してもらっていて、年始には海外へ修行の旅に出る予定なのさ!」

 

「そ、そうか。

つまり、今日ここにやって来たのは……」

 

「そう!年末年始の挨拶としばらく留守にするという連絡さ!!」

 

こうして、大徳寺は宣言通りに年末年始の挨拶を終えた後、新年早々に海外へと旅立って行った。

 

彼等の旅立ちの日、俺とクロは豪華な魚料理で祝杯を挙げて、一緒の布団で仲良く眠った。

 

その時の夢は顔面がサクランボが乗った暖かいマシュマロに包まれる謎の夢を見た。

不思議な夢であったが、体が芯から温まり、次の日には年末の疲れは吹き飛んでいて、元気よく年始を過ごす事が出来たのだ。

 

 

 

 

……しかし、幸せとは長く続かないもの。

幸福と言う金貨はいずれ無くなるのだ。

時節、大徳寺から掛かって来る衛星電話では修行も終了し、彼等は海外を満喫してから帰還するようだ。

故に、俺は今の幸福を最大に楽しんでやる!!

 

そんな決意を新たにした時だった。

 

「村山の胸…マジでけぇ」

 

「上から、82-70-81」

 

聞き覚えのある男子生徒の声を校庭から何メートルも離れた林の向こうからわずかに聞き取った。

やれやれ、また彼等か……。

声の方向に視線を向けると高身長と狙撃スキル《鷹の目》のお陰で、彼らの後姿がよく見える

 

剣道部女子の部室の壁に張り付いている三人組の姿を捉えた俺はため息をこぼした。

……これで一体何度目だろうか?

 

俺はゲームの必須スキルである《隠密・気配遮断》を駆使して、彼らの後ろに移動する。

 

「たまんねぇ…たまんねぇよ……」

 

「今日のオカズは決まりだな。

若いパトスが俺達の胸を熱くするぜ」

 

「おい、もうちょっとズレてくれよ。

見えそうで見えないんだ」

 

覗き穴にピッタリと張り付き、腰をイヤらしくも無駄に鮮麗された動きで、同時に左右に振っている三人組。

オリンピックのシンクロでも、ここまでの一体感はないだろう。

彼等は右から《エロ坊主》の松田(まつだ)、《女体スカウター》元浜(もとはま)、《変態》の兵藤(ひょうどう)

この三人は《変態三人組》と呼ばれ、この三人組だけで学園の風紀を著しく落とす問題児達である。

その並々ならぬエロへの探求心は歴戦の生徒指導の先生も匙を投げるレベルであり。

何故か不幸にも毎回現場を発見する俺が、彼らの指導を先生方からお願いをされてしまっている。

 

噂では、生徒指導の先生は胃薬と恋人になったらしい。

 

俺は、生徒指導の先生に黙祷を捧げて彼らが逃げないように首根っこを引っ張った。

 

「うげっ!?」

 

「ぐぼっ!?」

 

「おい!大きな声を出すなよ!!バレちゃうだ……ろ?」

 

勢いよく引っ張られて、車に引かれたカエルの様な声を上げる元浜と松田。

兵藤は俺を見上げて顔を青ざた。

 

「三人とも、備品整理や修理をしている私の目の前で覗き穴を作るとはいい度胸じゃないか?

お陰で…指導が捗るよ」

 

「ひぃ!?」

 

「兵藤君。大人しく付いてきたまえ。

逃げられるとは思っていないだろう?

それとも、去年のように追いつめられたいのかね?」

 

「わ、分かりました」

 

「よろしい。では生徒指導室まで付いて来たまえ」

 

『ひぃー!!ガチムチに(さら)われる―――――!!!』

 

「松田!元浜!!人聞きの悪い悲鳴を上げるな!!」

 

『ごめんなさい!!マジで許してください!!!』

 

人聞きの悪い悲鳴を上げた二人の変態を一喝し、生徒指導室へと連行した。

ああ……特別手当が欲しい。

俺は頭の痛い問題児達に溜息を洩らした。

 

 

 

 

彼等の両親からも許可を得ているので、生徒指導室に着いた瞬間に彼らの頭に拳骨を見舞い、くどくどと道徳の混じった説教を行った。

 

「でも、エミヤさん!!俺達は人の道から外れたとしてもスケベがしたいんです!!」

 

「モテない俺達はセクハラとエロが人生の希望なんです!!」

 

「そう!これは俺達にとって人生の希望であり、保健体育の実習が出来ない俺達の癒しなんです!!」

 

『だから、俺達に保健体育の予習をさせてください!!』

 

座らせたパイプ椅子から立ち上がり、腰を九十度に曲げて懇願してくる三人組。

一瞬だけ、スポコン漫画や映画のワンシーンを彷彿とさせ、爽やかな空気を醸し出した三人だったが、俺はそんな小細工に騙される事なく彼らの頭部へ少しキツメの拳を見舞った。

 

『ぐおぉぉおおお……』

 

ゴン!と鳴った頭頂部を両手で抑え、仲良く悶絶する三人。

俺は溜息を吐いて、彼等に問いかける。

 

「いいか?このままだと警察沙汰になるぞ。

そうなったら、君たちを入学させてくれた学校側や両親に申し訳ないと思わないのかね?」

 

『うぐっ』

 

俺の問に胸を抑える三人、ようやく良心が痛んだのだろうか?

 

「ならば自重したまえ、幸いもこの駒王学園は元女子高だ。

男女比率は女子も多いし、真面目にしていれば彼女くらい出来るのではないのかね?」

 

良心が痛んだ所で、ようやく理解してくれたと思った俺は優しく彼らに語り掛けた。

しかし、彼等三人は俺の言葉にプルプルと体を震わせ、顔を涙で濡らして俺に訴えた。

 

「それは入れ食い状態の木場やエミヤさんだから言えることですよ!!」

 

「そうです!駒王学園の《頼れる男》ランキングのNO1に輝く男の余裕なんです!!」

 

「真面目にしてモテるなら、俺達はこうなっていない!!

貴方や木場の様な黄金性闘士(ゴールドセイント)におっぱいが大きくて可愛い女子は全部、持っていかれてんですよ!!

俺達の様な下級性闘士(段ボールセイント)にはエロしかないんです!!」

 

兵藤・元浜・松田の勢いと魂の叫びに思わず腰が引ける。

だが、彼らの話には決定的な穴があった。

 

「だったら…入学して二日目の昼休みに、不健全雑誌やDVDの交換会をしたのは何故かね?

それも…わざわざ女子の居る自分たちの教室でだ」

 

俺が彼等の決定的なモテない理由を突き付けると、三人はシオシオとパイプ椅子に着席した。

 

「あ、あれは俺達が友情を確かめる為に必要な交換会だったんですよ……

な、元浜」

 

「そ…そうそう、イッセー君の言う通りです。

エミヤさんも男ならわかるでしょ?

男はエロで友情が芽生えるんです」

 

「エ、エロ本は俺達のコミュニケーションツールなんですよ…」

 

図星を突かれ、しどろもどろになる兵藤・元浜・松田。

この、三人との問答に色々と疲れてしまった俺は、彼等に反省文を書かせた。

 

「頼むから…自重してくれ」

 

三人はすっかり、書き慣れた反省文を物の数分で終わらせ、それを受け取った俺は三人に切実なお願いをした後、彼らを自宅へと帰した。

 

やれやれ、今からでも真面目に振舞えば女子の友人の一人くらいは出来るだろうに……。

さて、俺は剣道部女子部屋の壁の修理を行いますか……。

 

 

 

 

彼等に説教をしていたからだろうか?

日は完全に沈み、学校は既に暗闇に包まれていた。

 

やばいな……家ではクロが待っているのに。

 

自宅で待っている愛猫を想い、急いで穴をパテで埋めた俺は周りを《鷹の目》で人が居ない事を確認してから壁に手を当てる。

 

同調開始(トレース・オン)

 

呪文を口にして、魔力を通して壁を数秒で解析。

まだ固まっていないパテの補強を開始する。

 

「全く、魔術を超常の存在に振るう事もなく、壁の修理に使うとは……我ながら平和な日々を送っているものだ」

 

レベルMAXの魔術で補強され、戦争にも耐える事が出来るくらいに固くなった壁をノックで確認し、その出来に満足した俺は自重気味にポツリと独り言をこぼして、帰路へと着いた。

 

 

 



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4話

学校で始めて魔術を行使した次の日の朝。

何時ものようにクロに朝と昼のご飯を作って、何時もの様に出勤した。

学校に流れる平和な時間と平和な日々。

 

そんな学園での日常が一時崩壊した。

 

なんと、あの《変態三人組》の代表。

兵藤に彼女が出来たらしい。

朝、校門前で掃除をしていたら松田・元浜が血涙を流しながら俺に迫って報告をして来たのだ。

 

二人の鬼気迫る表情に俺は嘘と思う事が出来ず、学園では兵藤が弱みを握って他校の女子高生を無理矢理彼女にしたのだと噂が流れている。

 

まあ、『蓼食(たでく)う虫も好き好き』という(ことわざ)があるように、兵藤の数少ない良い部分に惹かれた女子が居たのかもしれない。

これで《変態三人組》は解散され、《変態二人組》となる事で俺の負担も減ると言う物だ。

 

「おかしい!!世界の法則が狂っている!!」

 

「ヤツは俺達と同じ底辺の存在だ!!なのにどうしてヤツだけが!!?」

 

……故に、祝福こそすれ、残ってしまった目の前の二人のように嫉妬で狂う必要もないだろう。

不健全雑誌とDVDで固く結ばれた親友の裏切りにより、残された変態二人組は放課後、何故か体育館の備品を整理している俺の元にやって来て兵藤の悪口で盛り上がっていた。

まあ、彼らの気持ちも分からなくもない。

俺も突然、オタク仲間の親友だと思っていた男がリア充に転職して、嫉妬を覚えると言うのは中学や高校で何回か経験した。

あの時は行き場の失った嫉妬を晴らす為に、他の友人達と元親友の悪口で盛り上がっていた事を思い出す。

 

彼等もあの時の俺と同様に嫉妬の行き場に戸惑って居るのだろう。

こういう時は、ある程度話を聞いてやってガス抜きをさせ、小さな希望の種を与えてやればいい。

 

「確かに私も彼に彼女が出来たという事実は信じがたい。

…だが、君達にも希望の光が見えたのではないかね?」

 

「はっ!?」

 

「確かに!!」

 

俺の与えた小さな希望の言葉に喜色満面の笑みを浮かべる二人。

 

「あのドスケベ野郎にあんな可愛い彼女が出来たんだ!!

俺達だってエロくて美人な彼女が出来る可能性はある!!」

 

「そうさ!!あんなド変態のおっぱい星人に出来て、俺達が出来ないはずがない!!」

 

自分の事を棚に上げ、兵藤をこき下ろす松田と元浜。

その双眸は欲望でギラついており、鼻息も猛牛のように荒く、若干怖い。

……まあ、ひたすらに鬱憤を晴らして居るよりか、前向きでマシだろう。

 

「よし!!さっそく、俺の家で彼女を作った時の為に保健体育の予習だ!!」

 

「おうとも!!インターネットで保健体育の実習映像を巡回パトロールしてやるぜ!!」

 

俺の言葉によって覚醒した彼等は猛ダッシュで自宅へと帰って行った。

…まあ、明日には何時ものように色々とスッキリした顔で登校してくるだろう。

さて、後はバレー部のボールの数の確認を……。

 

「あ、あの~、エミヤさん。

少しよろしいでしょうか?」

 

二人の事を頭の中から追い出し、作業に戻ろうとした所で顔を引きつらせた金髪の美少年が現れた。

彼の名前は木場 祐斗。

俺がよくお邪魔しているオカルト研究部の部員だ。

何時ものリアス・グレモリーのお使いで来たのだろうが……何かあったのだろうか?

 

「先ほど、ここから出て来た変な二人組に『お前の時代はもうすぐ終わる!』『これからは俺達の様な紳士の時代だ!!』と、言われたんですが……」

 

「…すまない」

 

どうやら俺の言葉は彼らの心にエクスカリバーもびっくりな極光の希望を与えてしまったようだ。

おそらく、《変態》兵藤がモテる=変態がモテる時代が到来!!

という、とんでもないポジティブ思考となった彼等は学園の《王子》である木場に勝利宣言をしたのだろう。

二人が暴走する原因を作ってしまった俺は迷惑を掛けた彼に素直に謝り、事情を話した。

 

本当にすまない。

 

「ははは、いやぁ…面を食らってしまいましたが、大丈夫ですよ。

気にしないでください」

 

事情を俺から聞いた彼は苦笑いしながらも、《王子》の名にふさわしい爽やかさで許してくれた。

外見だけではなく、内面も本当によくできた青年である。

高校生の俺と比べたら月とスッポンだ。

 

「それよりもエミヤさん。

部長が呼んでいますので、仕事が終わったら後でいいので、部室に来てもらえますか?」

 

「私は別に構わないが……帰りが遅くなってしまうぞ?

オカルト研究部は女子が多いから、心配なのだが…」

 

「大丈夫です。オカルト研究部は色々と心得がありますから」

 

俺の心配に笑顔で答える木場。

確かに、オカルト研究部は頭脳明晰スポーツ万能のイメージがある。

目の前の彼は、剣道部の猛者達を相手に完勝。

他の部員たちも体育の授業では、好成績を叩き出している。

なるほど…武道か護身術を習っていたからこそ、あの成績か……。

 

しかし、いくら武道に心得があろうとも彼女達や彼は十代の子供だ。

 

「なるほど……では、君たちが早く帰れるように手早く仕事を終えるとしよう。

後、遅くなりそうであれば、帰りは私が送っていくから、オカルト研究部の全員に伝えておきたまえ」

 

「…分かりました。女子全員に伝えておきます。

エミヤさんが送ってくるなら安心ですね」

 

俺の伝言を預かった木場はいつも通りの爽やかな笑顔で去って行った。

やれやれ、さっさと終わらせますか!!

 

 

 

 

仕事を早く終わらせた俺は、早々に旧校舎にあるオカルト研究部の部室へとやって来た。

中に入るとオカルト研究部の新入部員の一年生をはじめとする部員全員が俺を出迎えてくれた。

 

「で?今日は何の用かね?

消火設備も修繕したし、もう当分は修理する物はないと思っていたのだが?」

 

いつも通りに、彼女達に声を掛ける俺だったが、バサァっという音が部室に響いた。

その瞬間……俺は彼女達全員の背中から生えたソレ(・・)を穴が空くほどに凝視した。

 

 

「エミヤシロウ…貴方とは改めて挨拶をさせてもらうわ。

悪魔として……」

 

 

三年間見守って来た生徒達の一人である紅髪の女子生徒が、今までに見た事のない妖艶な微笑みと共に見せた蝙蝠を彷彿とさせる翼。

衝撃はあったが、俺は何処か納得をしていた。

近所で人食いの悪魔が出たり、天使が夜の店を経営している世界だ。

悪魔が学生をしていても不思議ではない。

 

平和だと思っていた世界はやはり、思ったよりも超常で溢れているらしい。

 

「その、落ち着きよう……。

エミヤシロウ。貴方は本当にこちら側の人間……魔術師のようね

報告が間違っていたらこのまま眷属に勧誘しようと思ったのだけど…予定変更ね」

 

大徳寺の事例を思い出し、落ち着きを取り戻した俺を見ていたリアス・グレモリーは妖艶な微笑みから、悪魔らしい冷たい表情へと変わった。

俺は背筋に冷たい物を感じ、何時でも逃げられるように足に力を籠め、握っていた手を広げて投影の準備に入る。

そして……。

 

「どうして、魔術師として正式に挨拶に来なかったの!!」

 

何故か熱い説教が始まった。

 

「ん?」

 

「『ん?』じゃ、ないわよ!この土地は私の活動領域なのよ!

だったら、はぐれだろうと何だろうと魔術師として挨拶に来るのが普通なの!!」

 

珍しく年相応に怒った、リアス・グレモリー。

どうやら、俺の様な魔術師はいかなる理由があろうとも挨拶に来るのが普通らしい。

正直、異世界…しかも、ゲームで活動していた魔術師にそんな事を言われても……と、思う。

しかし、俺の事情を知らない彼女に何かを言った所で、言い訳にしか聞こえないし、高い確率で火に油を注ぐだけになりそうだ。

だったら、ここは大人しく説教を受け、自分は裏の常識に疎い事を素直に話した(のち)に、色々と彼女達から学ばせてもらおう。

 

その後、沸点の低い女性プレイヤーで学んだ処世術を駆使して平謝りし、何とか許してもらえたのはこの30分後ことであった。

 

ちなみに、バレた理由は昨日の壁の修理の際に彼女の使い魔が上空で見ていたかららしい。

なんとも間抜けな話である。

 

 

 

 

「ふう…この件についてはもういいわ。

今後は気を付けなさい」

 

ようやく許しが出た所でホッとしたのも束の間。

彼女は説教から本題へと移行した。

 

「今日、貴方を呼んだのは私の眷属に勧誘する為よ」

 

眷属……。

そういえばそんな事を説教の前に言っていたような……。

説教の長さから、遠い昔に言われた様な感覚に襲われたが、何とか思い出す。

 

しかし、眷属とは何ぞや?

 

「…すまん。私は魔術師としては半人前で、悪魔事情を全く知らない。

少し、手間になるかも知れないが色々と教えてもらえないだろうか?」

 

「あら、そうなの?

だったら初めに言ってくれればよかったのに……」

 

言わせてくれなかったのは君なんだけどな、とは決して口にはしない。

 

「純粋な悪魔は昔の戦争で多くが亡くなってしまったのよ。

そのため、悪魔は必然的に眷属を集めるようになったの。

しかし、以前の様な威厳も力も消失してしまった。

けれど、新しい悪魔を増やさなくては堕天使や天使に対応できない。

そこで、素質のある人間を悪魔に転生させ、眷属に引き込む事にしたの」

 

なるほど、悪魔の世界も人手不足なんだな……。

しみじみと人間を悪魔に変えてまで種を残そうと言う悪魔達の世知辛い事情に同情した俺は、彼女に新たな疑問をぶつけてみた。

 

「世間知らずで申し訳ないのだが……悪魔は一体何と戦争をしたのかね?」

 

「基本中の基を知らないなんて…本当に世間知らずのようね。

魔術師は研究一辺倒の変人が多いけど、貴方はとびっきりね」

 

「いや、私の場合は魔術を習った後、半人前のまま世界に飛び出したからな。

裏事情に関しては完全な素人なのだよ」

 

「……まあ、いいわ」

 

俺の嘘に呆れた表情を浮かべたリアス・グレモリーは表情を切り替え、説明を再開した。

 

「古き時代に悪魔・天使・堕天使の勢力が三すくみとなって大きな戦争を起こしたの。

結果は勝利もなければ敗北もない。

三勢力は大きく力を激減させ、戦争を続ける力も無くなって終戦したわ。」

 

「なるほど……理解した」

 

「じゃあ、眷属の話に戻すけど…どうかしら?」

 

この世界の裏側と人手不足で世知辛い悪魔事情を理解した俺は、改めて眷属に関して考え……。

 

今は(・・)無理だな」

 

眷属の話を断る事にした。

 

 



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5話

オカルト研究部の部室。

三年間見守って来た生徒の一人、リアス・グレモリーに自身が悪魔である事をカミングアウトされた俺は流れるように魔術師バレと説教のコンボを食らった。

 

そして、今。

俺は彼女から自分の眷属にならないかと誘われ、今は(・・)眷属になるつもりはないとお断りをしたのだ。

 

今は(・・)とは、どういう意味かしら?」

 

彼女は俺の言葉を冷静に吟味した後、俺に質問をした。

俺は彼女の質問に答える為に口を開く。

 

「今の私は悪魔と言う存在に無知であり、メリットとデメリットがわからない。

故に、私が眷属になる必要のある事態になった時か、今後の君たちの様子を見て実際の悪魔と言う存在を理解した時に考えたい」

 

「なるほど……まあ、今はそれでいいわ。

所で……エミヤさんは魔術師として一体何が出来るのかしら?」

 

眷属の話は俺の言葉に彼女が納得してくれたおかげで一旦保留となり、次は俺の魔術についての質問となった。

正直にどう答えたらいいのかが、分からないのが俺の心境だ。

俺の扱う魔術は《英霊エミヤ》の魔術とは違い、一つのデータだ。

 

データであるという事はいくらでもプレイヤーが好きなように手を加える事の出来る手段があるという事である。

例えば、ストーリーやイベントで貰える《聖杯》《赤いベヘリット》《ドラゴンボール》《賢者の石》《ぬるはち!(R元服指定)》(など)のステータスや魔術にスキルと言ったデータを拡張する報酬アイテムに課金アイテム。

 

このゲームにおいて、自身が作り出したキャラクターは金と時間を掛ければいくらでも強化出来、思いのままというわけだ。

 

そんな、やり込み要素が膨大なゲームで一時期とはいえ、世界ランクにランクインした変態仕様の《エミヤ》の魔術が返答に困る要因なのである。

 

俺のイメージで極端な話かもしれないが、異質なものは常に周りから利用されるか、排除されるかの二択である。

もしかしたら《英霊エミヤ》のように《封印指定》を受けて、組織に追われる事になるのかもしれない。

最悪の場合は悪魔を敵に回す事となって、目の前の生徒達と敵対する事だ。

 

俺としては彼女達とは出来る限り、これまで通りの関係で居たい。

ならば俺の返答は……。

 

「黙秘させてもらおう。

私は君の眷属ではないし、魔術は秘匿する物であると師に教えられたのでね」

 

魔術師にありがちな教えと言う嘘である。

そして、俺の返答に納得した様子を見せるリアス・グレモリー。

俺の返答は正解であり、心の平穏は守られたと確信した。

 

しかし……。

 

「なら、私と仮契約しない?

私は近い将来に、上級悪魔として魔術師と契約が出来るようになるの。

将来に、本契約する悪魔になら教えてくれるでしょう?」

 

リアス・グレモリーの追撃は止まらなかった。

むしろ、良く分からない契約とやらを進められて状況が悪化していた。

うん、彼女は間違いなく立派な悪魔だ。

 

このままだと、魔術を開帳させられた挙句に、悪魔らしく魂まで取られてしまうかもしれない。

 

「流石に知っているとは思うけど、悪魔との契約は魔術師にとってステータスなのよ。

貴方には必要な《後ろ盾》にもなってあげられるし、必要はないと思うのだけど、用心棒にもなって守ってあげる事も出来るわ。

なんなら冥界の知識や技術も教えていい。

後は…貴方の魔術の研究次第では私が動かせる私財を使って投資してあげてもいいわ」

 

「あらあら、よろしいのですか部長?

契約は魔術師側だけでなく悪魔側にとっても大事な物であると伺っていますが…」

 

「問題ないわ。

私は眷属も、契約する魔術師もフィーリングで決める事にしているの」

 

今まで黙っていた副部長である姫島 朱乃の質問に、男よりも男らしい答えを返した。

それにしても、フィーリングで契約って……。

俺はリアス・グレモリーに半分呆れつつも、驚いていた。

俺と言う人間の枠を飛び出た存在をフィーリングで自分の陣営に引き込もうとしているのだ。

その直感力は侮れない。

 

そして、後ろ盾という言葉が俺を魅了した。

説教の中で彼女曰く、俺は組織に属さないフリーの魔術師…通称《はぐれ魔術師》。

後ろ盾がなければ研究成果を狙った(やから)に襲われる事は珍しくないらしい。

 

現に教会に所属していた元神父の錬金術師が天界から追われているのだとか……。

 

「そんなに悩まなくても、あくまで仮契約。

本契約と違って私が気に入らなければすぐに解除できるわ。

なんなら契約期間を決めてもいい。

どうしてもと言うのであれば魔術の開示もしなくていいわよ?」

 

顎に手を当てて悩む俺を見かねたリアス・グレモリーは助け船とも思える提案をしてくれた。

俺は彼女の言った後ろ盾と契約期間という言葉に誘われて、彼女と仮契約を結ぶことを決めた。

 

「いいだろう、君と仮契約をしよう」

 

俺の言葉に笑顔を浮かべたリアス・グレモリーは片手から紅の魔法陣を展開し、一枚の紙と一本のボールペンを取り出した。

彼女はその紙とボールペンを差し出した。

紙には日本語で《仮契約書》と掛かれており契約悪魔の氏名欄には既にリアス・グレモリーと記入されている。

実に準備がよろしい事で……。

 

俺は内容を読み込み確認し、気になった項目を思わず二度見した。

 

「この契約に書かれた魔術師側の対価なのだが……《毎日お茶をご馳走すること》とはどういうつもりかね?」

 

「あら?別にいいじゃないの。

グレモリー家の次期当主で上級悪魔である私が魔術による対価でもなく、寿命や金銭でもないのだから。

何なら寿命や金銭にしてあげましょうか?」

 

「いや、別に構わないが……」

 

正直、拍子抜けである。

仮契約とはいえ、悪魔との契約だ。

俺はてっきり、寿命等の対価を取られるかと……。

 

対価にすっかり安心した俺は、躊躇することなく魔術師の氏名欄にエミヤ シロウとボールペンで記入した。

これで、俺と彼女との間で一年の仮契約が完了した。

 

「じゃあ、これからよろしくお願いね。《シロウ》」

 

俺から書類を受け取り満足そうにソレをしまった彼女は俺に右手差し出した。

 

「こちらこそ、よろしく頼む」

 

彼女の出された白魚の様な手を握り返した俺は、悪魔《リアス・グレモリー》を召喚する術を会得し、彼女達を送ろうと提案したのだが、これから悪魔としての仕事があるからと断られてしまった。

断られた俺はクロの事を思い出して、即行で自宅へと帰る事にした。

 

それと、これは後日聞いた話なのであるが、俺の紅茶は対価として一杯4800円の価値があるらしい。

 

 

 

 

自身が務める学園の生徒達が悪魔だと知り、仮契約を結んだ俺は自宅の前まで帰って来た。

この家に住んでいる腹を空かせ、機嫌が悪くなっているであろう愛猫の事を考えると自宅の扉が重く感じる。

 

「ここで止まっていても仕方がないか……」

 

帰り際に魚屋で奮発して購入して来た高級魚の入ったビニール袋を片手に扉の鍵を開けて家の中へと入る。

 

「ん?」

 

何時もならすっ飛んでくる愛猫が来ない事が気になった俺は、家の中の様子を窺いながら家の中へと入っていく。

廊下の電気を付けて、ゆっくりと廊下を進んだ俺は今の扉を開け……。

 

「う!?」

 

勢いよく閉めた。

俺は顔を青くしながらボケットに入っていたハンカチを口元に当てて、もう一度、扉を開いた。

 

こ、これは!?

 

口元に当てたハンカチ越しに伝わってくる居間に充満した酸味の強い異臭。

部屋には見覚えのある黒い着物を着た悪魔の美少女が吐しゃ物を床にまき散らして倒れていた。

 

ここで一体何が起ったんだ!?

 

俺は驚愕に包まれながらも、とりあえずこの異臭を何とかする為に居間とつながっているキッチンの換気扇を最強に設定し、窓や扉を全開にする。

リセッ〇ュや消〇力の力を借りて、居間の異臭を排除した俺は改めて状況を観察する。

 

密室の中で倒れているのは、今も異臭の発生源になっている見覚えのある悪魔の美少女《黒歌》。

彼女が倒れているのは何故か俺が買っておいた煎餅(せんべい)の袋が置かれているテレビの前。

肝心のテレビは地上波ではなく、入力切替がされている。

どうやらDVDを見る為の画面に設定されているようで、DVDレコーダーも起動している。

 

つまり、彼女はこの家でDVDを見る為に何らかの方法で侵入し、寛いでいる所を何者かによって吐しゃ物まみれにされた?

いやいや、彼女を吐しゃ物まみれにして一体誰が得をするんだ?

女性を汚す事に興奮を覚える変態でもいるのだろうか?

我ながら現実的ではないな……。

 

では、この吐しゃ物をまき散らしたのは彼女だと仮定しよう。

彼女は我が家に何らかの方法で侵入し、DVDを見ながら寛いでいた。

そこで、何やらおぞましい物を見て吐しゃ物をまき散らして気絶した……。

 

何故だろう、出会った当初の彼女のイメージがそうさせるのだろうか?そっちの方がしっくりくる。

 

俺は、彼女をビニールシートの上に移動させ、床にまき散らかされた吐しゃ物を掃除した後、ポリ袋を片手に事件を引き起こしたと予想されるDVDを再生させた。

 

………………。

 

結果のみを言わせてもらうと、犯人は映像に映っていたミルたん達であり、凶器はDVDであった。

俺は視聴途中に自身の発動させた異常耐性スキルに感謝を捧げた。

そして、悪魔と仮とはいえ契約してしまった俺はいらない子になっていた戦闘スキルや感知スキルも常時発動させておくことを心に誓う。

 

奴らの存在をすっかり忘れていた。

 

映像に映っていた惨劇が我が身に降りかからないよう祈りを捧げた俺は不法侵入者であり、哀れな被害者である彼女をどうするかに頭を悩ませた。

とりあえず、綺麗なタオルで口周りや着物を拭いてあげよう。

 

口周りを優しく拭いて、女性である事を配慮して胸や尻などを触らずに綺麗に拭いて行く。

色々と神経を使って疲れてしまったが、最後にリセッ〇ュを着物に軽く吹きかけて任務は完了した。

 

「おかゆでも作ってやるか……」

 

目覚めたあと、我が家に侵入した事情も聞きたいしな。

魔術師らしく等価交換で話を聞かせてもらおう。

 

冷たく濡れた、新品のタオルを彼女の額に乗せてキッチンへと赴いた俺は料理スキルを十全に生かし、最高ランクのおかゆ制作へと乗り出した。

そして……。

 

「んん…?」

 

「やれやれ、ようやくお目覚めかね?」

 

うめき声を上げ、彼女が目を覚ました。

上半身を起こし、俺の顔と自身の状態を確認した彼女は部屋から飛び出そうと駆け出した。

 

「……っ!?」

 

「待ちたまえ」

 

いらない子になっていた戦闘スキルの察知能力によって彼女の動きを先読みした俺は、彼女の腕をガッチリと掴んだ。

 

「君には色々と事情を話してもらう。

そして……」

 

「うっ」

 

怒られると思ったのだろうか?一瞬辛そうな表情を見せた彼女に空いた手でとった皿の中のおかゆを見せる。

 

「これを食べてもらえないかな?

材料が無駄になってしまう」

 

暖かなおかゆの皿を見た彼女は辛い表情を俯かせ、逃げようとしていた手は力が緩まった。

 

「にゃはは……シロウはやっぱりシロウなんだね」

 

力なく笑った彼女は黙って俺から皿を受け取った。

 

 




遅れましたが評価・誤字報告・感想をありがとうございます。
読者様のお陰でこの筋肉と変態に溢れたこの作品がランキングに載りました。
本当に感謝が尽きません。

これからも応援して下さるとうれしく思います。
本当にありがとうございます。


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6話

自分が見守って来た生徒達が悪魔だと知り、リアス・グレモリーと仮契約を結んだ。

そして…自宅に帰った俺を待っていたのは愛猫のクロではなく、居間で失神していた謎の女悪魔《黒歌》だった。

 

俺は不法侵入者であり被害者である彼女を介抱し、手作りのおかゆを食べさせながら彼女の事情を聞く事にしたのだったが……。

 

「あー、君がクロという事でいいのかね?」

 

「にゃ」

 

我が家の愛猫が悪魔だったと知り、頭が痛くなった。

通りで人間の様な反応をするわけだ。

まあ、クロが黒歌だったのはまだいい。

それよりもだ……。

 

「で?妹の為に主を殺したが、肝心の妹は別の悪魔の眷属になっていると……?」

 

「そうにゃ」

 

肝心の妹ちゃんが他の悪魔の眷属となっている事だ。

人間社会でも犯罪者の家族と言うのは、確実と言っていい程に色々と大変な目にあう。

知らない他人からの誹謗中傷・暴力・いじめ。

それが悪魔社会ではどうな形となって、妹ちゃんに降りかかっているかを考えると恐ろしい。

短略的(たんらく)的といえばいいのか、考えなしと言えばいいのか……。

目の前の彼女に呆れていると、彼女は着物からはみ出そうな大きな胸を張った。

 

「白音は強い子にゃ。

すぐに連れ戻せば問題はないにゃん」

 

自信満々に宣言する彼女だったが、俺は正直心配でしょうがない。

家族は犯罪者となり、周りはおそらく敵だらけ……俺だったら精神が耐えられずに自殺している可能性が高い。

そもそも、彼女に妹を連れ出す為の算段があるのだろうか?

 

「色々と言いたい事はあるが……考えはあるのかね?」

 

「シロウが働いている学園に居るみたいだから、隙をみて……」

 

「君はアホか!?」

 

あまりに短絡的な作戦で思わずツッコミをいれる俺。

いつの間に学園に……っていうか、妹ちゃんは学園に居たの!?

 

「にゃははは、やっぱり駄目?」

 

色々と驚いたり、ツッコミをする俺を見て悪戯が成功した子供の様に笑うアホ猫に若干の怒りを覚えた俺は、脅しを含めた釘を刺す。

このアホ猫をほったらかしにしていたら本当に妹を誘拐しかねん。

そんな事をされたら学園は誘拐事件の発生に大迷惑を被る事になるだろう。

 

俺はケータイ電話を取り出し、登録された連絡先の表示を見せながら彼女に言った。

 

「やったら、ミルたんに通報するぞ」

 

「絶対にやりません」

 

彼女は自分の語尾を捨て去って、素早く土下座した。

釘と言うにはあまりにもデカイ杭を打ち込んでしまったが、これで大丈夫だろう。

さて、彼女の事情を聞いて遅くなったし、俺は色々と疲れてしまったので、もう眠ることにしよう。

 

余っている、使っていない部屋を彼女の部屋にして来客用の布団を敷いた俺はフラフラと自室へと向かい、布団の上で泥のように眠った。

 

 

 

 

翌日、いつもと変わらぬ朝を迎えた俺と黒歌は朝食を食べながら、家のルールについて話し合っていた。

 

「私は料理は苦手なんだよね……作れたとしてもカップ麺とレトルトになるにゃ」

 

「…いいだろう。では、私が仕事で居ない時の掃除や洗濯を頼む」

 

「了解にゃ」

 

味噌汁とご飯を食べながら順調に行われているルール決め。

ここまでは順調に進んでいたのだが、ここから先はデリケートな部分を話さなくてはならなく、自然と箸が止まる。

 

「それで……風呂についての取り決め何だが……」

 

そう、相手は俺にとって未知の存在である生身の《女の子》。

お風呂やプライベートに関する配慮など、皆目見当もつかない。

出来る限り彼女の希望に沿う形にすれば、間違いはないと思うのだが……。

不用意な発言をして、嫌われたらどうしよう……。

 

「君の希望に沿う形にしたいと思っている。

何かあるかね?」

 

俺の入った後は必ず湯舟のお湯は捨てて、新しく入れなおすくらいしか思い浮かばなかった俺は黙って彼女の希望を受け入れる事にした。

 

「にゃ?特にないよ」

 

「ん?」

 

あっけらかんとした物言いに思わず呆ける俺。

見た目は女子高生位の少女だから、色々とガチガチなルールを希望すると思っていた俺は彼女の答えが理解できなかった。

どういうこと?それともこれがリアル女子なの?

困惑していると彼女は胸の下で腕を組み、俺を誘惑するように胸を強調させた。

 

「私、好きな雄で、魔力が高いシロウの子供がほしいから問題ないにゃ。

なんなら一緒に入る?」

 

「……ぶほぉぉ!?」

 

黒歌のぶっ飛んだ発言に味噌汁を噴き出す俺。

一体どこでフラグを建てた!?

いや、これが学園の教師達の頭を悩ませる若者の性の乱れというヤツなのか!?

それとも、エロゲ主人公である《エミヤ》の外見の力!?

 

「大丈夫?結婚が無理そうなら……残念だけど妊娠するまでの関係でいいにゃ」

 

「いやいやいや、一旦落ち着き給え!

私はまだ、所帯を持つ気はない!!」

 

まだ(・・)?分かったにゃ。

シロウの為に何時でも出来る(・・・)様しておくから()たくなったら声を掛けるにゃ」

 

獲物を狙うハンターを彷彿とさせる瞳に背筋をゾクリとさせ、居心地が悪くなった俺はテーブルに噴き散らかした味噌汁を雑巾で拭く。

ああ……豆腐とワカメが勿体ない。

 

慎二……ごめんよ。

名前を付けた罪のない汚れたワカメを崩れた豆腐と共にゴミ箱へと捨てた。

 

俺、まだ二十代だけど……最近の若い子は進んでいるな――。

 

 

 

 

 

 

逃げる様にして、自宅を飛び出した俺は学園での仕事をこなしていると、昼休み先生方から職員室にて相談を持ち掛けられていた。

なんでもあの(・・)《変態》兵藤をどうやって大人しくさせたのかを知りたいらしい。

恐らく、噂の彼女が出来たからだと思うのだが……。

正直、俺はどうやって彼があのような奇跡を引き起こしたのかを知らないのだ。

 

「お願いしますエミヤさん!あの兵藤君を変えた貴方の指導方法を教えてください!!」

 

「あの…先生方。

申し訳ないのだが、私にもさっぱりで……」

 

「そんな!?兵藤君は『エミヤさんの熱い指導のおかげです!!真面目最高!!』と言っていましたよ!?」

 

先生方のクラスにも一人や二人の問題児を抱えているようで必死だ。

おかげで、誰も俺の話を聞いてくれない。

心当たりがあるとしたら拳骨による指導なんだが……。

 

それをやってしまうと先生方が保護者やPT〇に訴えられる可能性がデカい。

いったいどうしたものか……。

 

俺は迫りくる先生達の質問をのらりくらりと躱し、昼の時間を過ごす事となった。

まあ、三年にも変態三人組にも劣らない問題児が居るからな……。

今度、美味しい紅茶を出して先生方の悩みを聞いてあげよう。

 

 

 

 

先生の追撃を回避した放課後。

俺は生徒会長に呼び出され、生徒会室にお邪魔して紅茶を淹れさせられて居た。

 

「優秀な戦士だと思っていたら……まさか魔術師だったとは、眷属に迎えられないのが実に残念です」

 

「私は、君まで悪魔だとは思わなかったがね。

正直、驚いているよ」

 

生徒会長の机に置かれた、紅茶入りのカップを見つめながらため息を吐く、会長の支取。

どうやら俺が魔術師である事とリアス・グレモリーと仮契約を結んだ事に色々とショックを受けているらしい。

まあ、俺も生徒会の役員が全員悪魔だと知って衝撃を受けていたりする。

 

「そういえば、今日は珍しくリアスが授業中に居眠りをしていたらしいのですが……。

エミヤさんは何か知らないですか?」

 

「いや…特に聞いて居ないが?

私が帰った後、悪魔の仕事をしてから帰ると言っていたから忙しかったのではないかね?」

 

「そうですか……すみません。

今まで彼女が居眠りをした場面を見た事がなかったので……」

 

「いや、かまわんよ。大した情報がなくて、すまんな」

 

俺の話で情報を得られなかった事で目を伏せて落ち込んだ様子を見せる彼女。

そんな、彼女見て申し訳ない気持ちになった俺は彼女に謝った。

 

「いえ、こちらこそ申し訳ありませんでした。

今度、学園で会った時にそれとなく聞いてみる事にします」

 

謝罪した俺に、頭を下げる彼女。

それにしても、学園ではあまり話すところを見た事がないリアス・グレモリーと彼女だったが、ここまで心配する程に仲がいいのだろうか?

 

まあ、二人は上級悪魔らしいから、裏でつながっているのかもしれない。

そんな事を考えて居ると生徒会室に見覚えのある引き締まった体の青年がやって来た。

 

「会長!各部の見回りが終わりました!!」

 

「そうですか、ご苦労様です」

 

室内に入って来た青年の名前は(さじ) 元士郎(げんしろう)

生徒会役員で書記を担当している会長の信者だ。

 

「あ、シロウの旦那!!こんにちわっス!!!」

 

「ああ、君は相変わらず元気だな」

 

「ええ!俺、大徳寺の旦那とシロウの旦那のような逞しい男になる事が夢なんで!!」

 

そして、偶然にも大徳寺が駒王町の案内をしてくれている時に自動車とトラックの交通事故が起りそうになった。

その時に、俺と大徳寺が寸での所で体を張って救った夫婦の息子であり、数か月に一度の頻度で彼の一家とは交流がある。

無論、彼とその家族は大徳寺の自称、本来の姿である《ミルたん》を知らない。

俺達を両親を救ったヒーローとして信じてくれる目の前の青年と、幼い彼の妹弟の夢をぶち壊すだけに留まらず、トラウマを与える未来を見た俺が必死に頼み込んだ結果である。

 

「しかし、会長からシロウの旦那が魔術師だって聞いた時は納得しましたよ!

もしかして大徳寺の旦那も魔術師なんですか?」

 

「いや……彼は魔術師ではない。

一般人だ」

 

嘘には二種類ある。人を傷つける嘘と、やさしい嘘だ。

悪魔業界に居る以上はいずれ知ってしまうであろう彼の心を守る為、俺は今日もやさしい嘘をつく。

まあ、君も悪魔になった事を俺に隠していたんだ。

知った時はお互い様という事で許しておくれ。

 

「ああ、格闘家ってことですね!!

そうだ!今度、魔術を教えてもらっていいですか?

俺って悪魔になりたてで、魔術に関して色々と苦戦しているんですよ」

 

「サジ!世間話ばかりしていないで報告をしなさい」

 

「ごめんなさい!!じゃあ、シロウの旦那。

この話はまた今度で……」

 

「サジ!!」

 

「はいぃ!!」

 

厳しくて有名な会長から匙青年への熱い説教が始まり、居心地が悪くなった俺は隙をみて退室する事にした。

 

願わくば、彼が真実を知る日が来ない事を……。

廊下の窓から見える夕焼けを眺めて祈りを捧げた俺は、対価の支払いの為にオカルト研究部へと向かった。

 

 

 




※ここから、サブに勘違いが導入されます。


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7話

生徒会室からオカルト研究部へとやって来た俺は、眠そうにしているリアス・グレモリーに対価の紅茶を淹れていた。

 

「ありがと…」

 

「眠そうだが…大丈夫かね?

生徒会長も心配していたぞ」

 

俺の淹れた紅茶を一口飲んで、ホッと一息つくリアス・グレモリー。

かなりお疲れのようだ。

 

「そうなの?まあ、大した事はないのよ。

ただ、私の使い魔が偶然にも堕天使と複数の神父を見たそうなの。

最近は駒王町に潜んでいるされている魔法少女を名乗る正体不明の集団の捜索に追われて、そっちの警戒が緩くなっていたのよ。

おかげで、いろいろと調べるのが遅れてしまって徹夜しちゃったの。

一応、この後にソーナや上の方にも報告はつもりよ」

 

「ほう……今度は堕天使に神父か。

君も大変だな」

 

正体不明の魔法少女にバリバリ心当たりのある俺だったが、素知らぬ顔で彼女を労った。

知り合いの変態達がすみません。

 

「まあ、土地の管理と上への報告も人間界で留学する為の条件だもの。

しょうがないわ」

 

日本に留学するために土地の管理と何かあった時の報告義務とは……悪魔の世界は意外と厳しいようだ。

 

「なるほど…では、私はこれ以上君に負担を描けないように、失礼しよう。

何かあったら相談してくるといい」

 

「……ええ。考えが纏まったら、貴方に相談に行くわ」

 

疲れた様子の彼女を背にオカルト研究部の部室を出た。

 

堕天使に神父か……敵対勢力らしいし、学生で悪魔の彼女には大変だろう。

…よし!

 

俺は急いで仕事を終わらせ、自宅へと帰った。

 

 

 

 

翌朝、子作りを所望する黒歌の誘惑を振り払って学校へとやって来た俺は、昼の時間に持参した水筒を持って三年の教室のある三階の廊下に来ていた。

もちろん、用事があるのはリアス・グレモリーだ。

 

「エミヤさん。こんにちわ」

 

「いつも、お疲れ様です」

 

「部室の壁の修理を有難うございます」

 

廊下を歩いていると、何度か会話や世話をしたことのある生徒達に声を掛けられる。

生徒達に挨拶や礼を言われる……こういう時に仕事のやりがいを感じるんだ。

心をほっこりさせながら、生徒達に言葉を返してリアス・グレモリーの教室に向かう。

 

すると……。

 

「おーエミヤ先生、いいところに来ましたね。

俺達の議題に加わってくださいよ」

 

首からカメラをぶら下げた小柄な青年に呼び止められる。

彼の名前は福本(ふくもと) 育郎(いくろう)

三年を代表する問題児の一人である。

写真部の部長であり、人数だけで実績のない写真部を救った事がある。

救った当初は喜ぶ彼らを見て喜んでいた俺だったのだが……。

 

「すまんな、これから用事があるので……お前たちの会話には参加できない。

ちなみに……どんな議題に私を参加させるつもりだったのかね?」

 

「女の部位で、王道的な所以外で萌えるところはどこか?

というフェチな話です」

 

《変態三人組》の一人である松田の師匠で、

とんでもない盗撮魔だったことを知り、後悔したのは記憶に新しい。

もちろん、盗撮を知った俺は彼等の事を生徒会に報告し、写真部は社会奉仕や反省文などのペナルティを課せられたと聞く。

 

「やっぱり、わきですよね!わき。

もう、夏とかムワッとメスの香りを漂わせて最高じゃないですか!!

……嗅いだ事ないけど」

 

「君はいい加減にしないと、そろそろ捕まるぞ」

 

彼の変態談義によって俺まで変態だと思われる事を恐れた俺は、彼に一言だけ注意して早々に立ち去った。

まったく、この学園には変態や変人が沢山いて困る。

生徒会長の話では霊能力者や魔物使いまで居るらしいからな。

そういう関係もあるんだろうと自分に言い聞かせながら、俺はリアス・グレモリーの教室へとやって来た。

 

「あらあら、エミヤさん。

どうかしましたか?」

 

教室の前で目的の人物を探して視線をさまよわせ得ていると、姫島 朱乃が俺の存在に気づいてわざわざ俺の元へとやって来た。

大和撫子な彼女に癒されながら、俺は彼女に用件を伝える事にした。

 

「リアス・グレモリーは居るかね?」

 

「あら?リアスに用ですの?」

 

「ああ、昨日は相当疲れていた様子だったからな。

例の対価で、疲れに効くお茶を持ってきた」

 

「まあ、そうだったんですか。

ですが…残念ながらリアスは今、席を外していますの」

 

「了解した。では、この水筒を渡しておいてくれないだろうか?」

 

「わかりました。

わざわざ、有難うございます」

 

アポなしで来た俺から水筒を快く受け取ってくれた彼女に感謝しつつ、水筒の返却は何時でも構わない事を伝えた俺は、そのまま仕事へと戻った。

 

 

 

 

仕事に戻った俺は、グラウンドに生えた雑草や転がる石の駆除を開始する。

この時期は新入部員の入った運動部が夏の大会に向けて活発に活動する時期だ。

自主的にやってくれる生徒達も居るが彼等が少しでも練習時間を取れるように頑張らねば。

 

………。

 

気合を入れて、草をひたすら毟って石の撤去に数時間を費やした頃。

終業のベルが鳴った。

これからグラウンドを使う運動部が出てくる時間だ。

 

俺は彼らの邪魔にならないように急いで4袋分のゴミを担いで学校の裏へと移動を開始する。

ゴミを指定の場所へと置き、持ってきたハンカチで汗をぬぐっていると人がやって来る気配を掴んだ。

 

「数は一人か……」

 

まるで達人の様だと自分でも思いながら、こちらに向かってくる気配に気を配る。

生徒だとは思うが、ここは悪魔も通う学園。

何があっても不思議ではない。

 

そんな事を思って、向かってくる気配に視線を向けていると《変態三人組》の一人。

兵藤一誠が姿を現した。

 

彼がスケベな事以外で姿を現すのは珍しい。

しかも、つい数日前の彼からは想像もつかない程の真剣な表情だ。

一体、俺に何の用があるのだろうか?

 

「エミヤさん……少し、時間を貰ってもいいですか?」

 

「ああ、構わんよ。

ここでは落ち着いて話も出来ないから、話は生徒指導室でいいかね?

今なら特別にお茶を淹れよう」

 

「え?いいんですか?」

 

俺の提案に呆気にとられ、呆けた表情を見せる兵藤。

まあ、普段から俺は彼に注意や説教しかしてないからな。

彼の反応は仕方がないのかもしれない。

 

「早く行くぞ。

君が珍しく、私に相談を持ち掛けたのだ。

親身になるのは当たり前だ」

 

「ありがとうございます!!」

 

頭を下げる兵藤の肩を軽く叩いて、男二人で生徒指導室へと向かった。

 

 

 

 

生徒指導室にたどり着いた俺達は何時もの対面する形で席へ座った。

机の上にはもちろん俺が淹れたことで最上級の味が引き出された緑茶の入った湯呑が置いてある。

彼は俺のお茶を美味しそうに飲みながらホッと一息つくと、俺に相談内容を話し始めた。

 

「実は俺、初めて出来た彼女と明日デートするんですが…。

俺にとっては人生初めてになる女子との初デートなんです。

それで…大人のエミヤさんにどうすればいいのか聞きたくて……。」

 

「………」

 

スケベで元気いっぱいの彼からは考えられない弱気な姿と、童貞で二次元が恋人だった俺には何とも言えない相談で思考が一瞬止まる俺。

正直、知らない。

生身の女の子とデートしたことない俺には未知の領域だ。

ギャルゲやエロゲの知識が現実に役に立つとは思えないし……。

 

そもそもだ、相手の趣味を知らないとデートプランを立てようがないのではないだろうか?

悩める兵藤の為に頭を必死に回転させた俺は、彼のデートプランの為に持久戦覚悟で一つ一つ、確認をとっていく事にした。

 

「兵藤、デートについて相談を受ける前に教えて欲しい。

彼女の趣味は知っているか?」

 

「え?……あー、すみません。

まだ、俺達は付き合ったばかりで……俺は彼女の趣味とか、何も知らないんです」

 

申し訳なさそうに話す兵藤だが、俺はそれどころではない。

ゲームでもクエストに挑む際は出現するモンスターを調べて、武器や防具を揃えるのは常識だ。

相手の情報を知らないで突撃するのは自殺行為!!

これは難易度が、かなり跳ね上がったぞ!

 

こうなったら……!!

 

「…わかった。

ならば、インターネットで色々なデートスポットを調べよう。

高校生と思われる口コミや掲示板の書き込みを見れば役に立つはずだ」

 

助けて!!Goo〇le先生!!!

 

この後、俺達童貞は先生のお力を借りて必死に高校生らしいデートプランを構築した。

長時間、スマホとデートコースをメモするノートにかじりつきながらも彼の相談を乗り切った俺は、確かな達成感を胸に抱えて、フラフラと体を揺らしながら自宅へと帰宅した。

 

何時もよりも遅い時間に帰って来た俺は黒歌に小言を言われてしまうが、最後は仙術で疲れた体を癒してくれた。

その後、急いで夕食を作った俺は彼女に今日の出来事を話した。

彼女は兵藤の話をする俺に『シロウらしいにゃ』と、呆れながらも最後まで話を聞いてくれた。

 

休み明けの彼の報告が楽しみだ。

 

 

 



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8話

休みが明けの放課後、俺はグラウンドでの部活の練習に励む生徒達をただ、何も考えずに眺めていた。

 

俺がこうなった原因は学園に登校してきた兵藤が何故か微弱な魔力を宿し、隣を歩いている元浜と松田が兵藤の彼女を知らないと言っていた事が発端だった。

 

学園で流行っていた兵藤の彼女に関する噂の消失。

数日前まで、泣きながら俺に愚痴っていた元浜と松田が、覚えていない異常事態。

 

俺はこういった現象に詳しいであろう、リアス・グレモリーの元へと速足で向かい、そこで聞かされた事に耳を疑った。

 

生徒達は堕天使に記憶を消され、肝心の兵藤は堕天使に殺されてリアス・グレモリーの眷属悪魔に転生したと言うのだ。

もう、何を言っていいのか分からない。

 

ただ、これは悪魔の領分であり、自分ではどうにもできない事態である事は分かった。

俺は、自身の無力さに肩を落としながらリアス・グレモリーに対価を支払った後、自宅へと帰った。

 

チートな肉体があろうとも、俺は誰かのヒーローになる事は出来ないのだと痛感した。

 

 

 

 

家に戻った俺は、いつも通りに料理を作って黒歌と夕食を共にする。

特に変わらぬ日常であるが、兵藤の様な事が何時(いつ)自分の身に降りかかるかと思うと憂鬱になる。

 

「にゃ!?」

 

そんな事を考えて居ると、食事が終わってテレビを見ながら寛いでいた黒歌がいきなり何かに反応して猫の姿へと変身した。

久々の猫の姿に懐かしさを覚えると同時に何があったのだろうかと、疑問が浮かぶ。

 

「どうかしたのかね?」

 

気になった俺が質問をすると黒歌は一目散にリビングから逃げ出した。

あ……もしかして、この反応は……。

なんとなく察した俺は、湯呑のお茶を飲み、自分を落ち着かせて心の準備を整える。

短い平和だったな……。

 

『エミヤ君!お土産を持ってきたので開けてくれないか!?』

 

玄関先から聞こえる野太い声の主に溜息を吐きながら、俺は玄関へと向かった。

 

魔法漢女《ミルたん》……大徳寺の帰還である。

 

 

 

 

玄関扉を開けると、白い歯をキラリと輝かせ両手いっぱいにお土産を持った大徳寺が姿を現す。

修行の成果が出ているのか、腕周りや胸筋がさらに発達しているよう印象だ。

魔法少女の修行をしていたはずなのに、なんで筋肉が発達するのだろうか?

相も変わらぬ超生物である彼をリビングへと招き入れた俺は彼の土産話を聞いていた。

 

「HAHAHA!!修行先で満月でしか活躍できないムーンの代理を見つける事が出来て我々のパワーアップは大成功さ!!」

 

「そ、そうか……」

 

正直、彼の言葉で心が乱れそうだ。

 

「しかも!天使であるハー姉さんの修行のお陰で、我々はそれぞれに合った魔法を身に着ける事に出来たのだ。

癒し系を目指す私が《回復魔法》を覚えられるなんて、とても嬉しかったよ!」

 

「ああ……DVDの最後で使っていたアレ(・・)か」

 

長年の夢が叶い、嬉しそうに話す彼には悪いが魔法を使っているシーンを思い出し、軽く眩暈がする。

あの《回復魔法》を受けていた敵には激しく同情した。

あれ(・・)は、肉体を回復させる代わりに精神を殺しに行く《回復魔崩》だ。

 

「そうさ!あの《回復魔法》のお陰で、今日は堕天使に襲われていた一人の少年悪魔君を救う事が出来たんだよ!!」

 

少年悪魔君?

悪魔や堕天使と戦う彼の言葉から悪魔を救ったと聞いた俺はよく理解が出来なかった。

 

「そ、そうか……。

ん?少年悪魔君?悪魔は敵ではなかったのかね?」

 

「いや…ハー姉さんの話によると今時の悪魔は人間に害を与えるものが少ないらしいのだよ。

敵になる悪魔は人間を食らう、はぐれ悪魔と呼ばれる者と人間を無理矢理にも眷属にしようとする連中ぐらいさ」

 

「なるほど……」

 

無差別に狙っているわけではないと分かった俺は心の底から安堵した。

これで悪魔と契約している俺とオカルト研究部と生徒会に所属する生徒達の心の安全は保障される。

だが、そうなると話に出て来た少年悪魔君の精神が心配になって来る。

 

「で?話を戻すが、少年悪魔君はどうなったのかね?」

 

「堕天使が作り出した光の槍でお腹に穴が空いていたからね。

意識を失って死に掛けていたから、念入(・・)りに《回復魔法》を使って穴を塞いだ後、彼の主と思われる悪魔の魔法陣を見て置いてきた」

 

「それは、よかった」

 

俺は大徳寺の答えに悪魔君の幸運に喜んだ。

どんな行為が行われていた事を知らずに生き残った少年悪魔君は本当に運がいい。

出来れば、その幸運を分けて欲しいくらいだ。

 

「確かに彼が一命をとりとめたのは嬉しかったのだが……」

 

「ん?」

 

「私の胸を揉みながら幸せそうな顔をしていたのだよ。

悪魔とは、あまり親の愛情を受けないものなのだろうかと心配になった」

 

…………。

俺はその少年悪魔君が真実を知る日がない事を心の底から願った。

それから、彼らがエレベストの頂上で行ったとんでも修行やアメリカやパリでの活躍話を酒のつまみに楽しんだ後、お開きとなった。

 

 

この翌日、学園に出勤した俺は校門前の掃き掃除を行っていた。

 

「エミヤさん。おはようございます!」

 

「ああ、おはよう」

 

生徒達の挨拶を返しながら、休まずに箒を動かす。

今日は快晴でとても心地いい。

もしかしたら今日は何かいい事が起るかもしれないな。

 

だが……。

俺のささやかな幸せは一瞬で壊れた。

 

校舎に向けて歩いていた生徒達が後ろを振り向き、視線を厳しくさせている。

中には絶望した表情を浮かべ、涙を泣かしている生徒も少なくない。

一体何が起ったのだろうか?

 

生徒の視線の先が気になった俺は後ろを振り返った。

振り返ると生徒達は二人の生徒達を見て怨霊の様な声が漏れる。

 

「どうしてあんな奴が……」

 

「リアスお姉さまがあんな変態男と……」

 

そんな、朝から飛んでもない注目を集めているのが……。

リアス・グレモリーと兵藤だ。

兵藤がリアス・グレモリーの鞄を持ち、まるで従者の様に付き添って登校している。

アイツ、悪魔とはいえ学園のアイドルと何時の間に……。

いや、彼は彼女の眷属悪魔。

よく、考えたらこれぐらい普通だな。

 

妙な組み合わせに、一瞬だけ驚いた俺だったが、直ぐに何事もなかったかの様に仕事を再開した。

 

ちなみにその後、リアス・グレモリーと別れた兵藤がドヤ顔で『俺は夢の中で極上の乳を揉んだ』と元浜と松田に自慢して松田と元浜が『夢に出る程に先輩の乳を揉んだのか!?』と、戦慄していた。

 

 

 



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9話

 

朝の珍事件から放課後となった現在。

俺はすっかり習慣になりつつある、対価の紅茶をオカ研の部室にてリアス・グレモリーに淹れ、テーブルで向かい合うようにお茶を飲んでいた。

当然、今日の俺は紅茶を淹れに来ただけではない。

 

「やっぱり貴方の紅茶は最高ね」

 

「それは良かった……。

で?今朝は兵藤一誠と共に登校していたが……全て話したのか?」

 

彼が、肉体だけではなく、本当の意味で裏の世界へと足を踏み入れた事実確認をしに来たのだ。

 

「ええ、始めはショックを受けていたけど、最後は上級悪魔となってハーレムを作ると鼻息を荒くしてチラシ配りに出かけたわ」

 

「か、彼らしいな…」

 

彼女の言葉で、その光景が目に浮かんでしまい脱力する。

悪魔になった事を知らされてショックを受けていると思っていたのだが……正直、俺の心配を返して欲しい。

 

「じゃあ、今度は私から質問してもいいかしら?」

 

「ん?別に構わんが…何が聞きたいのかね?」

 

何か言いにくそうな表情のリアス・グレモリー。

彼女は机の上の紅茶を一口飲んで、意を決した表情で口を開いた。

 

「日本の男の子って、若いうちから加齢臭がするの?」

 

「…ん?」

 

カップを持って、中の紅茶を口に含もうとした瞬間。

彼女の言葉で動きが硬直する。

彼女は何を言っているんだ?

加齢臭?まるで理解できない。

俺は、ゆっくりとカップをテーブルに置いて、一拍ほど間を開けた後、彼女に質問内容の確認を行う事にした。

 

「すまん。よく聞こえなかった。

もう一度、言ってもらってもいいだろうか?」

 

「だ、だから、加齢臭よ!加齢臭!!」

 

悪魔とはいえ、年頃の乙女がしていい質問ではないと自覚しているのだろう。

頬を赤く染め、怒鳴るように答えるリアス・グレモリー。

ま、まさか……この俺に加齢臭が!?

 

お、落ち着け!まだ慌てる時間ではない!!

聞いたことはないが、もしかしたら素晴らしい匂いの《華麗臭》の間違いかもしれない!!

ここは、匂いを嗅いで確認を……。

 

「貴方じゃないわ。

イッセーの事よ」

 

作業着の襟元を鼻でクンクンと嗅いだ所で、兵藤の事であると知った俺は心の底から安堵した。

よかった……本当によかった……。

加齢臭の漂う英霊エミヤはいなかったんだ。

 

小さく息を吐き、落ち着きを取り戻した俺は改めて彼女との話を再開する。

 

「高校生で加齢臭は出ない。

何かの間違いではないのか?」

 

「いえ……でも、確かに汗臭さもあったし、私の気のせいなのかしら?」

 

顎に手を当てて、悩むリアス・グレモリー。

なんだ、兵藤は悪魔になった事で魔力だけではなく齢臭が出る様になったのか?

 

「一体何があったのかね?

申し訳ないが、加齢臭だけでは状況がまったく理解できないのだが……」

 

「あー…。そうね、ごめんなさい。

もう少し、詳しく話をするわ」

 

そして、彼女の口から語られる彼女が見た昨晩の出来事。

俺は、話の途中から恐ろしい真実が見え、体が震える。

 

「なるほど…つまり兵藤一誠は……」

 

「ええ、公園で落ちていた羽を確認したところ、彼は堕天使に襲われたのだと分かったわ。

でも……」

 

「何故か、堕天使の姿は見えず、兵藤の体から酸っぱい匂いが漂っていたと?」

 

「そうなのよ。あまりの匂いで触るのに躊躇した私は、気絶した彼を彼の家まで使い魔に運ばせたの。

公園には戦闘の痕跡があったし、あの子が堕天使を撃退した際に流した汗じゃないかと思ったのだけど……」

 

どうしよう。

本当に、訳がわからない。

普通は堕天使について相談するんじゃないだろうか?

もしかして、堕天使の存在が霞むほどに臭い匂いだったのか?

 

いやいや、それよりも不幸な少年悪魔の正体がわかっちゃったよ。

どうすんだよこれ。

脳の処理が追い付かないぞ。

とりあえず……。

 

「そ、そんなに気になるのなら消臭効果のある製品を身に付けさせたらどうだろうか?」

 

「そうね。私も下僕が臭いなんて思われたくないから、我慢できなかったらそれとなく伝えてみるわ」

 

無難に消臭をお勧めしておきました。

 

 

 

 

兵藤が悪魔になって一週間が経過した休日。

リアス・グレモリーの話によると神父の数がさらに増え、駒王町は緊張状態にあるという。

だが…日用品の買い出しに街を歩いている俺の目にはこの町はとても平和に見える。

 

堕天使に襲われ渦中の中心に居ると思われる兵藤も、今日は松田達と地下アイドル『ゴクドルズ』のライブに行くと張り切っていた。

レジに商品の代金を支払い、レジ袋を片手に店を出る。

 

すると……。

 

「あう~道に迷ってしまいました……」

 

キャリーバックを引きながら地図らしき紙を片手に涙目になって周りをキョロキョロしている金髪シスターが立っていた。

どうやら相当切羽詰まっているらしい。

俺は、迷うことなく彼女に声を掛ける事にした。

 

 

 

 

善意半分ともしかしたら今回の事件の真相に近づけるかもしれない半分の下心を胸に、幼げなシスターを道案内する俺だったが……。

 

「すみません…本当に助かります。

荷物まで持ってもらっているだけでなく、こんな美味しい食べ物まで……」

 

「気にする事はない」

 

道案内を始めて数分。

彼女の善性をまざまざと見せつけられ、自分が恥ずかしくなった俺は彼女の荷物を持ち、果てはジュースや露店のパフェまで奢っていた。

……本当に疑ってすまない。

 

あと、俺の耳と口が言葉を自動翻訳してくれていると知って助かったよ。

 

「いや、本当に気にする事はない。

君のような善性あふれる少女と出会えて私は嬉しい。

是非、日本の若者も君を見習ってもらいたいものだ」

 

エロい三バカとエロザルは特に見習ってほしい物だ。

正直、地下アイドルに迷惑を掛けていないか心配だ。

 

「そ、そんなことないですよ!私なんてまだまだで……」

 

「謙遜する事はない。

君の様な素晴らしい女子を私は見た事がない」

 

「も、もう!からかわないでくださいよぅ!」

 

あまりにも俺がべた褒めするから赤くなった両頬を両手で抑えてクネクネする。

……可愛い。

あまりにも可愛い反応に心の底から和む。

 

「さて、そろそろ進むとしようか」

 

「え?あ、そ、そうですね!!早く行きましょう!!」

 

俺が声を掛けると、彼女はクネクネとした動きを辞めて再び歩き出す。

ああ、こんな時間がずっと……本当にずっと続けばいいのに。

 

「あ、そういえば、自己紹介を忘れていました!」

 

「む?確かにそうだな……」

 

彼女はトテトテと俺の正面に回り込む。

 

「私、アーシア・アルジェントです!

アーシアと呼んでください!」

 

「私はエミヤ シロウ。

君の好きなように呼んでくれたまえ」

 

こうして、俺とアーシアは出会った。

この出会いが吉と出るか凶と出るかは分からない。

 

ただ……。

この可愛い少女の前にミルたんが現れない事を切に願った。

 

 

 

 

俺の人生で幸せな時間ベスト5に入る時は彼女が赴任する教会にたどり着いた事で終了した。

 

「あの…シロウさん。

是非、お礼がしたいので、よろしければ教会でお茶でもいかがですか?」

 

「もちろん」

 

だが、神は俺を見放していなかったようで、幸せな時間は延長した。

…この延長料金は無料ですよね?

 

俺はこの幸福に見合った不幸が訪れない事を祈りながら、彼女の後ろをホイホイとついて行く。

彼女に続いて教会に入ると、一人の神父が俺達を見て、ニンマリと不気味な笑顔を見せる。

神父の見た目は高校生くらいの銀髪の少年だ。

この教会は学生に管理を任せているのだろうか?

 

「おんやぁ、もしかして君がアーシアちゃんですかぁ?

金髪美少女ちゃんに僕のドキがムネムネですよぉ。

後!後ろのお兄さんは誰ですか!?まさか恋人ですか!?

アーシアちゃんって清楚な見た目のわりに大胆過ぎて、俺様大ショック!!」

 

ヤバい。

言動もヤバいがこの少年からは危ない感じがプンプンする。

呆気に取られているアーシアを隠すように前に出た俺は彼を睨み付ける。

 

「おおぅ!アーシアちゃんの恋人に睨まれて、オラ自慢のゴールデンボールが悲鳴を上げる!!

やめて!俺はノーマルよ!!」

 

股間と尻を抑え、こちらをバカにしたように舌を出す少年神父。

どう見ても危険なハーブか、危ない薬をやっている様にしか思えない。

これは…頼りたくはないが、彼を拘束して大徳寺経由であの警視総監に連絡するしかないな。

もしかしたら、今回の事件について吐しゃ物と共にゲロってくれるかもしれない。

 

「アーシア、どうやら彼は危険な薬を服用したせいでおかしくなっているようだ。

彼が社会復帰する為に警察に通報するから、拘束出来る紐のようなものを持ってきてくれたまえ」

 

「は、はい!わかりました!!」

 

目の前の少年神父の異常性を理解し、俺の指示が正しいと判断したアーシアは教会で紐を探し始めた。

さて、俺は危険な薬に手を出した不良少年を拘束せねば……。

 

「ちょっとちょっと!この善良な少年神父を拘束しようだなんて、何を考えてるの!?

オイラは何もやってねぇよ、このホモ野郎!!」

 

「言い訳は警察にするんだな!」

 

「話を聞けよ!!俺は正常なんだよ、シスターマニアのクソロリコンが!!」

 

俺が奴を拘束しようと前に出ると、少年神父は懐から銃を取り出して銃口をこちらに向けた。

おいおい!危険な薬物だけでなく、銃刀法違反までやっているのか、この不良神父は!!

 

「オラオラァ~!!死ね死ね死ね死ね!!!」

 

奴は躊躇する事なく、引き金を何度も引く。

銃口から放たれる弾丸。

そこで、俺の《心眼》スキルが発動する。

 

ゆっくりと動く弾丸を避けて進み、奴の懐に潜り込む。

 

「おいおい、この距離を避けるとか変態過ぎんだろ!!

てめぇはガンダムか、つーのっ!?」

 

「これで終わりだ」

 

奴が懐からさらに武器を取り出そうとした瞬間、俺はスキル《手加減》を起動させ、掌底を腹部に叩き込んだ。

 

「ぐぼぉ!!?」

 

少年神父は汚い悲鳴を上げて、後方へと吹き飛んで壁に激突した後、ゆっくりと床に倒れた。

床でピクピクと動く彼を見て、生存を確認した俺は携帯電話で大徳寺に連絡した。

 

こうして、犯罪に手を染めた若者を撃退した後、アーシアの持ってきてくれたビニール紐で拘束した俺はやって来た大徳寺達に彼を引き渡した。

俺が彼の更生と神父だった彼をあのような存在にした薬を販売する危険な組織が日本から撲滅される事を教会の神にアーシアと共にお祈りした。

 

 



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10話

大徳寺達に少年神父を引き渡した俺とアーシアは現在、我が家で茶をすすっていた。

何故、アーシアが我が家に居るのかと言うと、彼女が住み込みで働く予定だった教会は警察によって家宅捜査が行われているからだ。

そして、最近街でうろついている神父たちの所持品チェック等が並行して行われる様になった。

 

お陰で、違法神父は危険物所持と銃刀法違反の罪で次々と逮捕された。

この調子ならば、アーシアもすぐに教会に戻る事も出来るだろう。

 

「にゃ~」

 

ふくれっ面の我が家の黒猫を一撫でして、夕飯の準備に取り掛かる。

 

 

1

 

 

翌日の朝。

俺が、朝食の準備をしているとトテトテと足音を立てながらアーシアが居間へとやって来た。

お朝はあまり強くないのか、日本と祖国の時差に慣れていないのか?

彼女の目は少しだけトロンとしており、まだ眠たそうだ。

 

「もう少し寝ていてもいいんだぞ?」

 

「いいえ…エミヤさんのお手伝いをしまふぅ」

 

一宿一飯の恩というヤツだろうか?

外国人なのに日本人よりも礼儀正しくて、彼女には本当に感心させられる。

だが、その調子だとケガの恐れがある為、俺は彼女に顔を洗ってくるように薦めるのだった。

 

顔を洗って来たアーシアに朝食の準備を手伝ってもらった後、二人と一匹で朝食を食べた俺達はそれぞれの予定について話し合った。

 

「私はこれから仕事に向かうが…アーシアはどうするのかね?」

 

「そうですね……しばらくご厄介になるのと思いますので、ご迷惑でなければこのまま家のお手伝いをしようと思っています」

 

「そうか、それは非常に助かる。

それと、君が望むのならこのまま下宿して貰っても構わない。

部屋は無駄に余っているのでね」

 

「にゃ!?」

 

俺の言葉に《マジか!?》と言わんばかりの表情を見せる猫の姿をしたままの黒歌。

猫の姿は窮屈なのかも知れないが後で猫缶を上げるので彼女の為に耐えてもらおう。

 

「本当なら買い出しもしたいのですが……」

 

「ふむ…日本語が分からないか……。」

 

「…すみません」

 

「気にする事はない。

今日、日本語を勉強する為の教材をそろえよう」

 

「え!?悪いですよ!!」

 

俺の言葉に焦って辞めてもらうように声を出すアーシア。

 

「子供が遠慮する必要は何処にもない。

もし…どうしても気になると言うのなら、私が困っている時に助けてくれればそれで充分だ」

 

「むぅ…分かりました」

 

俺の提案に渋々納得したのか、彼女は諦めた様に了承した。

そうさ、子供が遠慮する必要なんかない。

色々学んで、将来の糧にしてくれればいい。

 

俺は残った皿の後片付けをアーシアにお願いし、学園へと向かったのだった。

 

 

 

 

学園に出勤し、いつものように業務をこなす俺。

本日も、元気な生徒達の姿をモチベーションに頑張っていたのだが……。

ふと、思ったのだ。

アーシアの学校は大丈夫なのかと。

 

実年齢はまだ聞いて居ないが、恐らくは中学生~高校生くらいだと思われる。

下宿先の教会があんな事になってしまったから、学校を休まざるを得ないのは仕方がないが……。

帰ったら彼女の身柄を一時的に保護している者として学校側に連絡しておこう。

 

確実に連絡を入れなかった事について怒られると思うが、そこは自分が悪い。

誠心誠意の謝罪をして、許してもらおう。

 

 

仕事を早急に終わらせ、休み時間を利用し、テレビの音をBGMに用務員室で謝罪の為の原稿を作成していると…。

 

『昨夜、違法薬物使用の疑いと銃刀法違反で数日前に逮捕された自称神父の少年が駒王警察署から脱走しました。

少年は薬物反応を見る為の尿検査を行う際に共犯者と思われる人物が少年を逃亡させる為にトイレの壁を破壊した事が原因とみられています。

少年達の所在は不明で、現在は警察が血眼になって捜索しております』

 

テレビから思いがけないニュースが流れ、自然と原稿制作の手が止まる。

少年神父とは恐らく、大徳寺達に引き渡した彼の事だろう。

まさか、仲間に壁を破壊させて逃亡するとは……。

 

最近の少年達のぶっ飛び具合に戦慄しながら、彼らの早い再逮捕と更生を心から祈った。

 

 

 

 

謝罪文を完成させ、残った仕事を定時までに終了させた俺は、オカルト研究部のある旧校舎へと向かった。

 

部室に入ると、オカ研の部員が勢ぞろいして、何かを話し合っていた。

来るタイミングを間違えてしまったか?

部員たちは話を中断し、乱入者である俺に視線が集中する。

 

「丁度よかったわ。

貴方にも力を貸して欲しいの」

 

「立っているのも何ですから、こちらにどうぞ」

 

部長であるリアス・グレモリーの言葉を合図に姫島朱乃にソファーに座るように促される。

尋常ではない雰囲気を感じ取った俺は、彼女達に抵抗する事なく、ソファーへと着席した。

 

「それで?私に力を貸して欲しいと言う事だが…どういった状況なのかね?」

 

「じつは、今から数時間前に堕天使から連絡があったの」

 

「なに?」

 

リアス・グレモリーの真剣な声色で聞こえた堕天使と言う言葉に思わず、眉を顰める俺。

連絡をわざわざしてくるとは、蘇った兵藤をもう一度殺す為の罠か?

 

「『アーシア・アルジェントを返しなさい』と言う要求と要求に従わなかった場合は指定の時間に学園へ総攻撃を仕掛けるらしいの。

正直、このアーシアさんには心当たりがなく、これからやって来る堕天使達の対処に頭を悩ませていたのよ。

そこで、傭兵をやっていた貴方の意見を参考に聞きたいのだけど……」

 

「すまん!」

 

「え?」

 

色々と心当たりがあった俺は、彼女達にアーシアの事を正直に話す事にした。

自分のやらかした事に後悔はないが、生徒達にかなりの迷惑を掛けていた事を知って心が潰れそうだよ!!

言い訳も脚色も一切なく、俺は大徳寺達の事以外はすべてを話した。

 

そして、しばしの沈黙が部室を支配して……リアス・グレモリーがゆっくりと口を開く。

 

「お人好しと言えばいいのか、シロウらしいと言えばいいのか……」

 

「…怒らないのかね?

私のせいでかなりの迷惑を掛けたと自覚しているのだが……」

 

「別に気にしていないわ。

彼等の侵入を許した時点で何かが起こると思っていたし、堕天使達にとって重要な人物であるアーシアさんの保護もしてくれた。

堕天使側の計画を潰してくれた事に感謝こそすれ、非難するつもりなんて一切ないの。

でも…本当に連絡だけはして頂戴」

 

「本当にすまない」

 

本当に申し訳ない。

危うく、生徒達に自分の失敗の尻拭いをさせてしまう所だったと、冷や汗を流す俺。

明日の放課後には、謝罪の意を込めて生徒会とオカ研にスイーツの差し入れを行う事を決めた。

 

 

 

 

堕天使と神父の集団を迎え撃つ為に、彼女達に協力する事になった俺はスマホを取り出し、断腸の思いで自宅の警護を大徳寺達に頼んだ。

 

『ふむ……ならばこちらからも君の勤める学園の生徒達を守る為に援軍を送ろう』

 

「いや、私達の繋がりは悪魔である生徒達に知られるのは不味い。

好意は嬉しいのだがこちらは私に任せて貰えないだろうか?」

 

『なるほど!確かに想定外の出来事で我々《魔法少女》の正体を子供である生徒達に知られたら不味いな!!

悪魔とはいえ、子供たちの夢を壊さないようにするナイスフォローだ!!』

 

いえ、子供たちの心を破壊しないようにする為です。

 

『では、我々《魔法少女》以外の増援を送ろう!!』

 

「ん?今、神父を捜索している警官隊を寄越してくれるのかね?」

 

『いや、剛三郎が優秀な刑事達を勧誘して秘密裏に結成した特殊部隊だ。

人数はまだ少ないが、裏事情に精通しており、そちらに送って貰えば助けになるはずだが…どうする?』

 

警察の特殊部隊か……。

大徳寺の話では魔法少女ではなく、裏事情に精通した人間らしい。

ここは、生徒達に被害が出ないように協力要請をしよう。

 

「頼む。

生徒達を守りたいんだ」

 

『HAHAHAHA!!任せたまえ!!

すぐに剛三郎に連絡しよう!!』

 

「……本当にありがとう。

お礼に、コスチュームに強化の魔術を施そう」

 

『本当かね!!?すぐに剛三郎に連絡しよう!!!』

 

この電話の数秒後、警察庁長官である九条剛三郎が秘密裏に作った特殊部隊が派遣される事が決定した。

 

 

 




簡単すぎる登場人物 魔法漢女編。

大徳寺(ミルたん)

ミルたんの変身前の姿を考えて居たら、声が同じであるという事で、オールマイトな感じの性格になりました。
容姿に関しては原作通りで、変更はありません。

九条 剛三郎(ミルたんオルタ)

本作に登場するパロネタのキャラで、警視総監。
モデルはハガレンのキング・ブラッドレイ。
変身時には眼帯を装着しております。

ムーン&サン。

ぶっちゃけ、名前が変わっただけで、こち亀の特殊刑事課の二人組。

以上です。



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11話

赤い外套をアイテムボックスから取り出し身に纏った俺とこれから起こる実戦に気合を入れる生徒達。

駒王学園で戦闘の準備が整った。

 

「部長、俺が戦力外なのは分かっています。

でも、堕天使が…夕麻ちゃんが来たら、教えてください。

戦いに参加できなくても、最後まで見届けたいんです」

 

俺を含め全員がグラウンドに出ると兵藤が、男の顔でリアス・グレモリーに願い出た。

己を偽った挙句に死に追いやった、人生初めての彼女だった堕天使。

人生も浅く、彼女がいない俺には彼の心境を理解する事は出来ないが、自身の気持ちに決着を付けたいという事だけは分かった。

その勇気は賞賛に値する。

 

「…分かったわ。

でも、無茶はしない事。

警察からの増援もあるみたいだし、優斗の傍に居なさい」

 

「はい!!」

 

彼女も彼の思いを感じ取ったのだろう。

リアス・グレモリーは兵藤を心配しつつも、その勇気に答えた。

 

そんな時だ。

律儀に校門からやって来る神父の集団とその上空から黒い翼でこちらに向かってくる4人の堕天使を視界に捉えた。

いよいよ戦闘が始まろうとしているが、特殊部隊の影はない。

準備に手間取っているのだろうか?

 

ならば、生徒達は俺が全力で守るまでだ。

 

夫婦剣を投影し、前方の敵を睨む。

そこに見覚えのある神父が集団から飛び出し、剣と銃器を持ってこちらに走って来た。

俺は銃器をこちらに向ける、彼を処理する為に脚に力を籠め……。

 

「へいへい!そこの白髪頭のクソ野郎!!

俺様ちゃんが上司の助けでシャバに出てきて残念だったな!!

今度はきちんと殺してやるから覚悟しろぶべぇ!!?」

 

土煙を上げる程の爆裂スタートダッシュを決め、一瞬でイキがる彼に接近して顔面に蹴りを入れる。

勿論、スキル《手加減》の効果で彼が死ぬことはない。

彼がグラウンドをワンバウンドして、ボロ雑巾の様に転がった所を確認した後、後続の神父たちへ視線を移す。

これで、しばらくは起き上がって来ることはないだろう。

 

「す、すげぇ…まるで見えなかった。

一体何をしたんだ?」

 

「たぶん、魔力による身体強化をしたんだと思うけど…」

 

「あれは悪魔でも異常」

 

「そうね……エミヤさんは本当に人間かしら?」

 

兵藤と木場、そして東城と姫島の会話が色々と辛い。

まあ、ゲームアバターの英雄なので勘弁してください。

 

「ちっ!減った戦力を補充する為に脱走させたのに、何をやっているのよ!!」

 

「まあ、所詮は人間ですから仕方がないですよレイナーレ様」

 

一瞬で戦線離脱した少年に悪態をつく、ボンテージを身に纏った痴女な堕天使とそれを宥めるゴスロリ堕天使。

その後続には襟がとがったレディースを思わせる服装の堕天使やコートを着た男性堕天使が居た。

 

そして、少年にあらかたの悪態をついたボンテージ堕天使は一息ついて、俺の後ろにいる一人の生徒を睨み付け、光の槍を右手に生成し切っ先を突き付ける。

 

「よくもやってくれたわね魔王の妹!!

人間を使って至高の堕天使であるこの私の儀式を邪魔するなんて!!」

 

「儀式?そんなのはどうでもいいわ。

さっさと消し飛ばしてあげる!!」

 

槍の切っ先を向けられたリアス・グレモリーも負けじと蝙蝠を思わせる悪魔の翼を背中に展開すると同時に彼女の右手に発生するドス黒い魔力の塊。

まさに一触即発の空気。

だが……。

 

「やる気満々の所を済まないが、私一人で十分だ」

 

「なによ、アンタ人間でしょ。

私たちの戦いの邪魔をしないで!!」

 

ボンテージ堕天使が俺の顔面に向けて光の槍が投擲される。

初めての人外との戦闘だが、脅威をまるで感じない。

これだったらまだ、少年の持っていた火器から放たれる弾丸の方が速い。

 

俺は右手に持っている白い陰剣・莫耶を一閃。

槍は切った抵抗を感じさせる事無く、両断されて消滅した。

思わず、豆腐よりも柔らかいのではないだろうか?と考えてしまう程だ。

 

「うそ、私の槍を切るなんて……。

あんた、本当にただの人間じゃないわね。

一度だけの切り札と思っていたのに…本当になんなのよ!!

こうなったら全員でアイツを殺すわよ!!数で圧殺しなさい!!」

 

堕天使は両手に光の槍、神父は銃口を俺に向ける。

それでもなお、俺には脅威たりえない。

彼等の攻撃を全て防ぎ切り、全員を倒す自信がある。

 

俺は両手の干将莫邪を破棄し、エミヤの持つ究極の守りを展開しようと準備を整える。

後ろの全員を守り切り、倒して見せる!!

 

世界がスローとなり、彼等の槍が構えられ、引き金に力が込められて銃口から弾丸が、堕天使から槍が放たれようとした。

まさにその瞬間。

 

「……もう始まっていたみたいだな村瀬」

 

「ええ、国木ちゃん。でも遅れた分は彼等を捕まえる事で挽回しようか」

 

横からスーツ姿の男が姿を現した。

突然の乱入者のミルたん達を彷彿とさせる圧力に堕天使と神父の手が止まる。

 

「…人間?」

 

圧力をもろに受けているのだろうか。

堕天使と神父達から驚愕と恐れが伝わって来る。

 

「警視総監直轄の特殊部隊《不可視の9番(インヴィジブル・ナイン)国木(くにき)

 

「同じく、警視総監直轄の特殊部隊《不可視の8番(インヴィジブル・エイト)村瀬(むらせ)

 

スーツ越しでもわかる膨張した筋肉。

そして、鋭い眼光。

国木と名乗った男は極限までに絞り込んだ印象を受け、逆に村瀬と名乗った男は腕や足が丸太の様に太く壁のような印象を受ける。

 

これが…警視庁の特殊部隊。

 

「警察ですって?

まさか、悪魔は警視庁までも傘下に加えたというの!?」

 

いや、全然違う。

むしろ傘下に加えたら魔法漢女が魔王を食い破るのではないだろうか?

 

「そんな事はどうでもいい。

俺は神父達の相手をするが村瀬はどうする?」

 

「俺も神父たちの方がいいが……。

まあ、たまには紳士の相手もいいだろう」

 

指の骨をゴキゴキと鳴らし、鍛え抜かれた筋肉をピクらせながら二人は神父の集団と堕天使4人に向き合った。

 

「堕天使の四人。

俺が相手をしてやるからこっちに来な」

 

「神父達の相手は俺だ。

一人一人、平等に相手をしてやる」

 

二人から膨れ上がる闘気。

敵側も守られる立場にある生徒達にも緊張が走る。

 

「人間の癖に調子に乗るんじゃない!!」

 

「そんなもんが当たるかよ!!」

 

キレたボンテージ堕天使を筆頭に村瀬に突貫する堕天使達。

彼はそんな堕天使達の攻撃を紙一重で避けながら、俺達から距離を離していく。

流石、特殊部隊。

護衛対象から上手く敵を引き付けている。

 

「さて……向こうも始めたようだし。

俺達も始めよう」

 

国木も懐から二丁の拳銃を取り出し、神父達に向け、視線と敵意を自分に集中させている。

俺に出来る事は生徒達を後方に下がらせ、守りに徹しつつ、安全を確保した時に彼らのサポートを行う事だ。

 

最強の盾の投影を準備しつつ、ゆっくりと下がる。

 

そんな、後退を始めた俺に気づいたのだろうか?国木が神父達に語り掛ける。

 

「俺は知っている……。

お前たちの様な人の道を踏み外した者の心を正すには努力や友情ではない」

 

 

 

無償の愛だ――――。

 

 

 

彼が銃を地面に捨てた、その瞬間。

彼のスーツがはじけ飛び……彼は全裸となった。

そして、相対する神父と後ろに控えていた俺達の時間が止まった。

 

だが、止まった時の中で、ただ一人。

国木が笑う。

 

「イヤッホォォぉぉぉぉぉおおおおお!!!

抱きしめてやるぞぉぉぉぉぉおおおお!!!」

 

『く、来るなぁぁぁぁああああああ!!!!!!』

 

両手を頭に当てて腰を振りながら、尋常ならざるスピードで神父の集団へと突っ込む国木(へんたい)

 

神父たちは全速力で逃げ出した。

 

「こんなチャンスは滅多にないんだ!!

イィィヤッホォォォぉぉぉおおおおおおおお!!!!!!!」

 

固まったままの俺達をそのまま置き去りにして、国木と神父達は、ほんの僅かな時間で学園から姿を消した。

 

「エンジェルモ―――ド!!!」

 

『ぎゃゃあぁぁぁぁあああああ!!!』

 

放心する俺達の居るグラウンドに響き渡る野太い声と尋常ではない堕天使達の悲鳴。

 

《エンジェルモード》

 

この世界で培ってきた俺の経験が声の方に顔を向けてはならないと警報を鳴らす。

しかし、この世界の残酷さを未だに知らない若い生徒達が声に釣られて、首を動かす気配が伝わる。

 

あぁ。

この世界は本当に残酷だ。

 

『うぷっ!?』

 

俺はグラウンドから見える美しい星空をいつまでも眺めた後。

とんでもない行為が神聖な学び舎の敷地内で行われそうになった為、俺は堕天使達を救出する事となった。

 

 

こうして、堕天使達の野望は特殊な変態達によって粉砕され、神父達には消えないトラウマを植え付けた。

 

 

 

 

学生達が忘れられない戦いを経験した翌日。

兵藤は学校を休んだ。

どうやら、特殊部隊の二人は彼の心に消えない爪痕を残したらしい。

 

国木はミルたん達と打ち合わせしていた指定ポイントに神父達を追いつめた後、全員を逮捕することに成功した。

 

しかし、白髪の少年だけは再逮捕する事が出来なかったそうだ。

彼の捜索は今も続いているらしい。

 

逮捕された神父達は特別な収監施設で更生を促すプログラムを受けるようだ。

 

俺に救出された堕天使達も心に酷いトラウマを植え付けられ、冥界へと帰って行った。

もう、二度と人間界に戻って来る事はないだろう。

 

そして、俺の生活も一変した。

とんでもない変態を呼んでしまったが、一応は堕天使達の野望を打ち砕く原因となった俺は悪魔側から一つだけ願いを叶えて貰えたのだ。

それは……。

 

「ほら、早く行かないと遅刻するぞ?」

 

「はい、シロウさん!」

 

アーシアを留学生として駒王学園に通わせてもらう事だ。

真新しい学生服を身に纏い、笑顔を見せるアーシア。

彼女の希望もあって、我が家で正式にホームステイする事になった。

 

黒猫は不貞腐れつつも、アーシアを受け入れている。

 

色々と大変な事があったが、これから俺達の新しい生活が始まる。

 

 

 




これにて第一部は完結。



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頑張れ、フリード君!!

※頑張れ、フリード君!!は三人称となります。


フリード・セルゼン

かつて、教会の上司達に将来を期待された天才エクソシスト。

しかし、任務を遂行する度に彼の心は歪んでいき、天才エクソシストは悪魔よりも恐ろしい残虐な性格へと変貌する。

ある日、彼は重大な任務でターゲットである悪魔のみならず、それにかかわった人間を拷問にかけて殺すという事件を引き起こした。

 

これにより、フリード・セルゼンは教会から追放され《はぐれエクソシスト》となる。

 

そんな彼は、己の楽しみである悪魔殺しを続ける為、堕天使の配下となって日本へと渡った。

だが、日本に来た彼を待っていたのはとんでもない不幸であった。

 

白髪頭の魔術師には薬物使用の疑いを掛けられボコられた挙句に警察に連行され、復讐を試みるも顔面に蹴りを入れられて一瞬でボロ雑巾。

だが、混乱する戦場をコッソリと逃げる事に成功していた。

実にしぶとい少年である。

 

「許さねぇ…ぜってぇに許さねぇぞ。

クソ白髪」

 

少年は、より強い増悪の炎を燃やしながら裏路地を歩く。

もはや、彼の復讐を止める者は誰もいない…と、思われたその時だった。

 

「おー、やっぱりだ。

おいてめぇら、この白髪のガキが九条の旦那が探していた神父君じゃないか?」

 

三人の男達がフリードの居る裏路地へとやって来た。

口ぶりから察するに、フリードの情報を知っているようだ。

二人の男達の真ん中に居る髭の男がフリードを見てパイプを吸いながらニヤ付いている

 

「へい。特徴も一致していますし、間違いはないかと。

ですが親分……」

 

「親分じゃねぇ!!先生か社長だっつてんだろ、この野郎!!

殺すぞ!!!」

 

「すみません!!社長!!」

 

フリードから見て右の男の言葉に激怒する髭の男。

持っていたパイプを地面に叩きつけ、右の男の胸倉を掴む。

社長と呼ばせているが、どこをどう見ても立派な極道である。

 

「で?その社長さんが俺様に何のようでありんすか?

俺っちは今、チョー忙しいんでござんすよ。

ジャパニーズ極道には用がないんで帰ってチョンマゲ」

 

目の前の極道に構っている時間はないと、彼らを追い払う為に持っていた拳銃を懐からチラつかせる。

極道とはいえ、平和な日本で活動する生温い組織ならこれで逃げ出すはず。

だが、目の前の極道達は逃げ出さなかった。

 

そう、彼等は普通の極道ではなかった。

 

「九条の旦那に比べればハジキなんざ、怖くねぇんだよ!!!」

 

「そんな豆鉄砲がなんぼのもんじゃい!!」

 

「あの人のせいで、何人が病院(精神科)に送られたと思ってやがる!!」

 

彼等はとんでもない恐怖を乗り越えて、極道を脱却した元極道だった。

もはや、恐ろしいモノなど魔法漢女以外にはないと自負している。

 

「…よく見たらテメェ、いい顔してるじゃねぇか。

おい、コイツを拘束しろ」

 

『ヘイ!!』

 

手慣れた動きで、フリードの関節を決めて地面に叩きつける男達。

 

「おい!!神父である俺様に手を出してただで済むと思うなよ!!」

 

硬いアスファルトに押さえつけられ、身動きが取れなくなり悪態をつくフリード。

だが、そんなフリードを見て社長と呼ばれた髭の男はニヤリと笑った。

 

「おー、イキがいいねぇ……。

神父が何?神様が俺達にバチでも与えるってか?

舐めんじゃねぇぞクソガキ!!こちとら神や魔王よりも恐ろしい、大魔神共を見てんだよ!!

ラブ&ピースされてんだよ!!!」

 

よほど、恐ろしい目にあったのだろう血を吐くような社長の叫びが裏路地に轟いた。

 

「よぅし、お前を旦那に突き出すのは止めだ。

コイツをタイに連れて行け」

 

タイという単語にビクッと体を一瞬震わせる二人の男。

目の前の髭の男は一体何を企んでいるのだろうか?

てっきり、海の底に沈められるのではないかと思っていたフリードは疑問の表情を浮かべていた。

 

「お?不思議そうな顔をしているな……。

実はおじさん、とってもクリーン(・・・・)なアイドル事務所を経営している犬金っていうんだけどね。

君……背も小さいし、イケメン君だからアイドルになりなさい」

 

「は?」

 

「聞こえなかったの?ウチの事務所でアイドルやれって言ってんだよ」

 

フリードは男の言っている、意味が理解できなかった。

何故に自分がタイでアイドルをしなくてはならないのだろうか?

 

「タイに行けば、警察に追われなく(・・・・・)なるし、アイドルになれば金も稼げる。

ウチの劇場は地下だから、君の身元もバレる事は絶対(・・)にないから安心しなさい」

 

「……アンタに一体何の得がある?」

 

「嫌なに、最近は銀髪のアイドルが流行ってるじゃん?

ウチにも欲しいんだよ、銀髪のアイドルが……。

何なら警察に行くか?今なら大魔神がラブ&ピースを教えてくれるぞ?」

 

「……」

 

髭の男の考えはまるで読めなかったが、自分がタイでアイドルをすると言えば、ひとまずはタイへ逃げられる事を理解したフリード。

彼はニヤリと笑い、タイに行く事を了承した。

 

勿論、フリードはタイでアイドル活動をするつもりなど微塵もない。

適当な所で男達を撒いて、逃げ出せばいいと考えて居るのだ。

 

「よし!小僧を車に乗せろ!!

タイへ直行だ!!!」

 

男達に車に乗せられ、空港へと向かうフリード。

タイへ向かう道中……髭の男の部下達の対応は非常に優しかった。

 

 

 

 

数日後…彼はタイの病院で手術を受けた

ようやく彼は間違いに気づいたのだ。

 

タイに来たのはアイドル活動をするのではなく、アイドルになる為の手術を行う為だったのだと。

 

 

 

 

手術と治療魔法の合わせ技により、最速で手術を終えたフリードは芸能プロダクション《犬金企画》就職した。

そして、彼は自身の捜索が続く駒王町に戻って来た。

 

彼の表情は暗い。

当然だ、彼の失ったものはあまりにも大きい。

もはや逃げる気力もない。

彼は車の窓から見える青い空をずっと眺めていた。

 

「ほら、着いたぞ」

 

彼を乗せた車が犬金企画のビルの前で止まり、外に出る様に促されるフリード。

彼は道中優しく接してくれた部下の男に従い外に出た。

 

そして、外に出た彼に集まる視線。

黒塗りの車から現れた銀髪美少女(・・・)の登場に道を歩いていた老若男女、全員が彼に視線を向けて頬を赤く染めている。

中には、彼を捜索している警察隊と思われる警官達も含まれていた。

 

その光景に瞳がさらに死んでいくフリード。

 

「さて…行こうか可児 那由多(かに なゆた)ちゃん

先輩も君が来るのを楽しみにしているよ。

そうそう、先輩達の挨拶が済んだらアイドルトレーニングが待っているから気を引き締めてね?

分からない事があったら、一緒に基礎を鍛えなおす事になった先輩達が教えてくれるから」

 

フリード改め、銀髪美少女となった那由多ちゃん。

彼女の未来は暗い暗雲が立ち込めていた。

 




那由多ちゃん容姿が気になった読者様は《妹さえいればいい》を検索してください。


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