シャーロット家の秘蔵子は『つまらない』やつ (傍目)
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番外編:その頃の家族達
番外編1:何よりも大事な事


本編『見通す先にあるものは』でトライフルが見張りをしていた数日間の兄弟達の話です。
全3話となっております。


 

 

 

トライフルが万国(トットランド)の見張りを始めて数日。

 

兄弟、戦闘員達は皆、屋上の高い壁の上でじっと海の向こうを眺め続ける少年を心配していた。

 

 

 

「トライフル様……大丈夫かな……。」

「大丈夫なわけないだろう、ランドルフ。

 天眼通(てんげんつう)の使用自体は負担は無いと仰っておられたが、限度は流石にある。

 あの方がこんなに疲労困憊でも働き続けるなんて、カイドウと邂逅した時以来だ!」

 

 

ビッグ・マム海賊団では古株である『ディーゼル』とウサギのホーミーズ『ランドルフ』はホールケーキ(シャトー)の門前で、赤ん坊の頃から可愛がっているトライフルの御身を案じていた。

 

 

「カイドウの時といい、今回のママへの口出しといい……トライフル様、いつの間にこんなに成長しちゃったんだろ……。」

「少し前までプリン様と一緒に、おれの背中に乗って汽車ごっこを楽しんでいたと思ったのにな…。」

 

 

『背中に乗せて』『汽車ぽっぽして』と、舌足らずでおねだりする幼い兄妹との思い出が胸によぎり、ディーゼルの目尻に涙が浮かぶ。

 

 

「……それ全然少し前じゃないよな?あの御兄妹が2つ、3つくらいの時の話のじゃないか。」

「うるせェ!おれにとっちゃお二人はいつまでも天使のようにかわいいんだよ!!

 うう゛ゥ゛~…トラ゛イフル゛様……!!」

 

 

ディーゼルはハンカチ片手に顔中の穴という穴から汁を噴出させながら、すっかり成長し家族の為に平気で無茶を働くトライフルを想って泣いた。

 

 

「まあ、おれも組み手に付き合ってあげてた頃が懐かしいと思ってるけど……。」

 

 

滝のような涙を流すディーゼルに呆れながらも、ランドルフ自身もまだまだ未熟だった頃のトライフルを思い出すと彼の気持ちはわからないでもなかった。

 

戦闘員達はどの兄弟も敬愛しているが、トライフルの国や家族に対する強い想いはその御兄弟達と同じく骨の髄まで知っている。

下っ端の戦闘員やただの一般市民であっても、その一人一人をとても大事にする彼はその辺にもいるホーミーズからも好かれているほどだ。

 

いずれシャーロット家の最高傑作と呼ばれるカタクリよりも強い男になることを目標としているトライフルは、好感度においてはそのカタクリと同じくらい高いと言っても過言ではない。

 

 

「けど、カタクリ様じゃない。トライフル様は強くなったけど能力のデメリットが大きすぎるんだよ……。」

「ああ。()()は今思い出しても背筋が凍る。

 神がいるならなぜあの方ばかりこんなに過酷な運命を背負わすのだと文句を言ってやりたいくらいだ!」

 

 

トライフルが力を求めれば求める程に、彼の身に降りかかる災厄は勢いを増しているように感じる。

それでもトライフルは自分が守りたいものの為に無茶をするので、周囲はそのたびに気をもんでいるのだ。

 

 

 

 

 

「何をしているの。ディーゼル、ランドルフ……。」

『ヒッ!!?』

 

 

 

肩を並べて話し合う二人の背後から、異名通りの"鬼婦人"を体現しているシャーロット家3女、『シャーロット・アマンド』が威圧感たっぷりに二人へ声をかける。

 

 

「ママからの指示でお前達と私は『ケーキの材料調達』担当だろう。何を油を売っているの…。」

「ヒイイィ!!!も、申し訳ございません、アマンド様!!じゅ、準備は整ってございますので、お怒りをお沈めください!!

 その…ランドルフが死にかねません……!!」

 

 

気をもむ、ということはそれだけ周囲はストレスがたまるわけで、一部の兄弟達のイライラ具合は今やホーミーズが死にかねないレベルに達している。

 

ガタガタと震えながらディーゼルは非礼を詫び、ランドルフは半分気を失っていた。

これから大事な任務だというのに重要戦闘員に死なれるなど計画に遅れが出かねないので、アマンドは舌打ちしつつ煙を飲んで落ち着こうと努める。

 

 

「……いつもなら寝ている時間にトライフルが起きている。

 そんな時はいつもなら……いつもだったら兄弟の誰かが国を空けると聞けば見送りに来るのに……!!」

 

 

なるほど、アマンドの怒りも二人にはわかる。

 

トライフルは常に万全の体調であるようにと一日の大半を睡眠で占めているため、起きていることは珍しい。

そんな珍しい『起床しているトライフル』と遭遇できるだけでもラッキーなのに、任務でしばらくは顔も合わせられないような時に会えれば彼は必ず見送りをしてくれる。

 

それが、彼自身も任務を課せられている為に見送りどころか、こちらからも声をかけられない状況だ。

弟溺愛な兄弟達のテンションだだ下がりにもなる。

 

 

「心中お察しします。アマンド様……。」

「この憂さ、これから向かう島で幾分か晴らさねばそこらのホーミーズに八つ当たりしかねないわ…!!」

「ぜひ厳選された一級食材のある島にて晴らしてくださいお願いします。」

 

 

怒りで歪む空間と、ものすごい速さで短くなっていく煙草を見たランドルフはそうアマンドに(こいねが)った。

ちゃんと言っておかないと『そこらのホーミーズ』に自分も入りかねないのだから。

 

 

「……もし…麦わら達が本当に万国(ココ)へやって来たら…

 味わった事のない苦痛が長く長く続く速度で斬り殺してやる……!!」

 

 

愛刀である『白魚』を握りしめ、いつもより低い声で恨みたっぷりにそう零して、アマンドは船へ向かって行った。

ディーゼルはランドルフの魂が消滅しないよう両肩を押さえてやりながらその後に続いた。

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

「…あれ?アイツどこ行った??」

 

 

船着き場に着いた三人は各々の目的地へ出航しようとしたのだが、鶴騎士(クレインライダー)であるランドルフのその(のりもの)がいなかった。

 

これでは出航出来ないと頭をかいていると、ゾッとするようなオーラが背中を撫でた。

 

 

「ランドルフ……!お前、ウェディングケーキが完成できなかったらどうなるかわかっているの!?」

 

 

振り向くと鬼がいた。

今まさに自分をラビットパイにせんと鯉口を切る鬼女がランドルフを見下ろしている。

 

 

「アア、ア、アマンド様!おれのせいじゃないです!相棒が悪いんです!!先にここにいろって言ったのに!!斬るならアイツをどうぞ!!」

 

 

ランドルフは命惜しさにあっさり相棒を売った。

鶴騎士(クレインライダー)なのにその鶴を差し出したら彼は何に乗る気なのか。

 

 

 

 

「……ツ~~~ル~~~。」

 

 

 

 

空に響き渡る声にその場の者達が上を向くと、実際そんな風には鳴かないがこの国では割と普通である(くだん)の鶴が自分のピンチも知らずに空高くから舞い降りてきた。

 

 

「どこ行ってたんだこの馬鹿!!いや、よく戻った!!アマンド様、煮るなり焼くなりお好きにどうぞ。」

「オイ!状況は全くわからんがおれが今、命の瀬戸際に立たされてるって事はわかるぞ!!?」

「どっちでもいい。せめて『正面から縦に』か『側面から縦に』か選ばせてやるわ。」

『真っ二つにするって事ですか!!?』

 

 

ウサギと鶴がコントを披露する正面で、鬼は両方とも()いて皮を剥ごうとにじり寄る。

 

 

「ア、アマンド様!!どうぞ気をお沈めください!!お前らも責任押し付けあってないで素直に謝れ!!」

 

 

残酷昔話が佳境に入る前にディーゼルが止めに入った。

これから任務だというのに仲間が物理的に右と左(もしくは前後)に分かれられても困る。

 

 

「だ、だってよォ…待ってたら電伝虫でトライフル様に呼ばれたから、おれ……ヒィッッッ!!?」

 

 

『トライフル』に鋭く反応したアマンドがギロリと鶴を睨み付けた。

 

 

「なんで・お前が・トライフルに・呼ばれる!?

 ママ直々の任務で一瞬たりとも気を緩めることもできないあの子が!!

 どんな用があって呼ぶというの!!?」

 

 

 

ここ最近じゃ一言会話することも難しいというのに、わざわざトライフルからお呼びがかかったという事実に嫉妬心丸出しで詰め寄るアマンドに、鶴は魂が飛びそうになりながらも震え声で答える。

 

 

「お、おれだけに用ではなく……ア、アマンド様に…。

 それにディーゼルにランドルフにも言伝(ことづて)をと…!!」

 

「……何?」

『おれ達にも?』

 

「だ、大事な事だからきちんと伝えてくれと……。」

 

 

三人分、計六つの目に見つめられ、ゴクリと唾を飲みつつ、鶴はトライフルの『大切な伝言』を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『いってらっしゃい。気を付けてな。』と……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

母から与えられた重要な任務。

僅かな気のゆるみも許されないというに、たったそれだけの事がなによりも『大事な事』だと。

 

 

 

アマンドは肩の力が抜けると共に、先ほどまで爆発寸前だった怒りが雲散霧消した。

島の中心にそびえ立つホールケーキ(シャトー)に顔を向け、彼女はその異名と程遠い柔らかな笑みを唇に浮かべて、傍で視ているであろう弟へ返した。

 

 

「行ってくるわ。すぐに帰ってくるから……。」

 

 

囁くように告げると、彼女は舷梯(げんてい)を上り今度こそ乗船した。

ディーゼルとランドルフも(シャトー)を見つめ、片方は恭しく頭を下げ、片方は大きく手を振って敬愛する人へこたえた。

 

 

「行って参ります。貴方様もどうかご自愛を。」

「トライフル様!いってきまーす!」

 

 

彼等もアマンドを追うように船へと駆け込んだ。

 

 

 

 

 

城の屋上でその姿を見送る少年の顔は、いつもより口角が上がっているように見えた。

 

 



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番外編2:遺伝子交信する死神達

 

 

 

『これだけは信じてくれ…!!

 

 おれは仲間に隠し事をしてたつもりはない!!』

 

 

これは本当に嘘じゃない。

おれにとっても()()()()にとっても、『ヴィンスモーク家三男』は死んだ存在。

だから…何も言う必要なんてなかったんだ。

 

それが、こんな形でおれの目の前に現れるなんて……!

 

 

『おれの問題なんだ。』

 

 

ルフィ……おれは忌々しい過去と決着(ケリ)をつけてくる。

全てを清算して、『麦わら海賊団・コック』として戻ってくる。

 

それまで、ちゃんとナミさん達の言う事聞いておけよ。

 

 

 

 

 

『必ず戻る。

 あいつらによろしく伝えてくれ。』

 

 

 

 

腹ァ……壊すんじゃねェぞ、アホ船長………

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

(フーネー)♪  (フーネー)

 

 

《クイーン・ママ・シャンテ号、ただいま帰還。》

 

 

そこかしこから甘い匂いが漂う島、ホールケーキアイランド。

とうとう敵の本拠地へと足を踏み入れてしまった。

 

だが俺は結婚なんか断じてしない。

写真で見たお嬢さんはそれはそれは愛らしい方で、この子を人生の伴侶にできるなど恐悦至極だろう。

 

それでも、おれの居場所はここじゃない。

 

 

 

 

『サンジ~~~!!腹減ったぞ~~~!メ~シ~~~!!!』

 

 

 

 

どれほど料理の腕を買われても、おれが求められたいのはあの船にいる仲間達だけだ。

とっとと()()()()と話をつけて帰りてェ。

 

ここ数日、敵船でVIP待遇を受けるばかりでまともに腕をふるってねェんだ。

きっとルフィの奴はおれの作る飯が食いたいと駄々をこねてる事だろう。

 

一人で喚くだけなら結構だが、ナミさんやロビンちゃんに迷惑かけてねーだろうな、あいつ……。

 

 

 

 

「お~い、タマゴー!」

「お帰り~!おみやげないの~?」

 

 

島の船着き場に降り立つと、そこには揃いの帽子とスーツを身に着けた顔のそっくりな野郎共が五人もいた。

なんだコイツら?5つ子かなんかか??

 

 

「ご、御兄弟方!?なぜここへ!!?」

 

 

やっぱ兄弟なのか。

 

頭からつま先までお揃いな野郎共が仲良くお出迎えとか、余計にテンションが下がる。

せめて美しいマドモアゼル達で出迎えろ、クソが。

 

 

「……トライフルがママの命令で万国(トットランド)の見張りをしてるんだ。」

「なッ!!?この万国(トットランド)を!?ホールケーキアイランドでなく!!?」

「お前らから報告受けた日からずっとだぜ?どーかしてるよな。」

「~~~!!またなんて無茶を働いてオルボワールか!あの方は!!」

 

 

ここまでの道中、腹が立つほど余裕かましてた長足タマゴ野郎が頭を抱えて狼狽えている。

 

これにはちっとばかし驚いた。

聞こえてくる話を拾い上げてみる限り、長期とはいえただ見張りをしているだけの『誰か』の事をえらく心配しているようだった。

 

仲間を殺して平然としている血も涙もないクソッタレに、その程度でここまで心砕くような大切な奴とかいるのか?

 

 

「……オイ、タマゴ野郎。一体誰の話を……。」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――《ギロッ!!》

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、凄まじい殺気の籠った視線に射抜かれ、体が凍り付く。

 

今の今まで和気藹々(わきあいあい)とタマゴと話をしていた五人が、おれの存在を認識した途端に射殺さんばかりに睨み付けてきた。

 

 

 

……が、それは本当に見間違いかと思えるほど、刹那の出来事だった。

 

 

 

「おー!マジで"黒足"じゃん!!手配書のやつ!!」

「どーも、遠路はるばるようこそ婿殿。いや、新たな弟と言うべきかな?ハハッ!」

「年上だけどなー、ギャハハ!!」

 

 

先ほどの鋭い視線が嘘だったかのように、そっくりな顔の五人は一様に柔和な笑みを浮かべて歓迎の言葉を投げかけてきた。

 

どうやらおれより年下らしいが、明らかにおれより場数を踏んでいる。

 

 

一睨みでわかる、おれと奴らの()()の経験と力量差……

 

 

 

 

 

こいつらは………"人殺し"のプロフェッショナルだ!!

 

 

 

 

 

こんなに若くても『四皇』の手の者だと痛感するほどの殺気だった。

そして、そんな殺気をすぐに消し去り懐へ入り込んでくる立ち回りの素早さ。

 

ヤベェ……こいつらはヤバすぎる!!

 

 

 

「…もっとちゃんと挨拶をしたいが、悪いな黒足。ママを差し置いて息子が出しゃばるなんてあっちゃならないからな。

タマゴ、婿殿をママの待つ城へ案内して差し上げろ。」

「……はっ!心得ておりまスフレ。」

 

 

5つ子の一番タッパのある男にタマゴが恭しく頭を下げる

そして5人は揃って、巨大な城が見える方向へ踵を返し去っていった。

 

 

「じゃーなー、我らが弟君(おとーとぎみ)!また後で!」

「ゆっくりお互いを知っていこう。

 

……時間はたっぷりあるからな……。」

 

 

去り際ににんまりと笑みを浮かべて放たれた言葉は、むしろおれに残された時間は短いと暗に言っているような気がした。

 

 

「……城はこっちだボン。着いたらすぐに、ママへ謁見するのでアムール。」

 

 

タマゴはそびえ立つ城のてっぺんに不安げな視線を向けてからおれを案内した。

 

なんとかタマゴについて歩くが、未だ背筋が凍りついたような悪寒に見舞われている。

五人もの死神に鎌を突きつけられたも同然の恐怖感だった。

 

アレは……人間なんかじゃない………!

 

これから人でなしのあのクソヤロウ共とも顔を合わせなければならないというのに……!

寒さで鈍くなる思考に、あの血縁とも思いたくないクソ共の姿を乗せたせいで余計に体が冷える!クソッタレ!

 

 

 

 

だがおれはこの時、パンクハザードよりも極寒に感じる、恐怖からくる寒気にその違和感を感知できていなかった。

 

 

これから血縁を結ぶというのに、なぜ余命宣告同然の威嚇をされたかという違和感に………

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

「黒足……なァ。どう?正直言って。」

「まあまあ強そうな感じはしたかな。けど、鉄で出来てるようには見えなかったな。」

「だとしたらつまんねーな。一発くらい鉛玉ぶち込んでみたかったのに。」

「馬鹿言ってんなよ、ママに殺されるぞ。」

「その役はプリンのだぜ?可愛い妹に嫌われるぞ、ギャハハ!」

「がっかりすることはないさ。アレ以外にも遊び相手はいる。」

「あーあ…早くお茶会始まんないかな!そしたらトライフルも楽になるのに!」

「けど、茶会まであのままだったらトライフル、参加できないだろうな。」

「そうなったらウェディングケーキと一緒にジェルマの頭でも持って行って二次会やろうぜ!

 たくさん飾り付けしてさ!」

「それいいな!空いた穴の所にキャンドルでもさしてやろう!」

「いくつさす気だよ?火だるまになっちまうぞ?」

「みーんな蜂の巣にしちまうからな、ハハハ!」

 

 

クスクス……ゲラゲラゲラ………!

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

「……なーんか、あいつら楽しんでる気がする……。」

「?誰が??」

 

 

髪型などに若干の違いがあるものの瓜二つな顔立ちをした少女達の内の一人が、トライフルにランチ休憩を取らせながらポツリと呟いた。

その言葉にトライフルはサンドイッチを頬張りながら疑問符を浮かべる。

 

 

「あの馬鹿兄弟達よ。絶対バカな事言って盛り上がってるわ。」

「……もしかして兄ちゃん達のこと?」

 

 

基本、シャーロットの兄弟姉妹は兄姉は尊敬し、弟妹は可愛がる者達である為、軽々しくバカ呼ばわり出来るということは同じ父親を持つ兄弟の事を指している可能性が高い。

トライフルの予想は当たったようで、お揃いのリボンとボーダーのニーソックスを身につけた10つ子の内の5人姉妹はコクコクと首を縦に振った。

 

 

「まったく!タマゴ達が戻ってきたってトライフルが言った途端、私達に荷物押し付けて行っちゃうんだから!」

「男の子って本当にバカ!」

「おれも男だよ~、姉ちゃん。

 まあ、男って奴は一人がバカやると悪乗りしたくなる生き物なんだよ。

 兄ちゃん達、同い年だから余計に結束力高まっちまうんだろうよ、きっと。

 あ、唐揚げサンドだ。」

 

 

フォローしつつも鶏唐揚げを挟んだホットサンドに心奪われそっちに気がいく。

そんな弟の様子に姉妹達はクスクス笑い、自分達も束の間のランチを謳歌する。

 

 

「んぐんぐ…うま!……つか、姉ちゃん達なんで急にそんなことわかったの?そんな能力あった?」

 

 

フルーツサンドや紅茶を口にしていた姉妹達はピタリと止まって互いの顔を見る。

 

 

「能力じゃなくて……う~ん、何ていうのかしらね。」

「私達、そのバカと血の半分は同じだしね。」

「近くとか遠くとかじゃないのよ。私達にしか感じない何かがあるのよ。」

「それが何か聞かれると、具体的に答えるのが難しいのよね……。」

「でも……トライフルも何となくわかるんじゃない?」

 

 

『あなたの大好きな双子の妹の事だったら。』

 

 

最後はぴったり口と視線をを揃えてトライフルに投げかけられた。

 

問われたトライフルはよくよく考えずとも、思い当たる節があった。

 

 

「……うん。ある。たくさんあった。」

「でしょう!」

 

 

姉妹達はにっこり笑って、その想いを弟と分かち合う。

 

 

姉妹達に言われてトライフルは思い出した。

家出した片割れを今でも大切に想っているシフォンは、彼女と一心同体を公言していた。

 

顔も知らないであろう親から受け継いだ血の繋がりだが、その血が確かに『姉妹』を……『家族』を繋いでいる。

 

 

 

(……つーか姉ちゃん達もバカバカ言ってるけど、本当は兄ちゃん達の事大好きなんだな…)

 

 

 

「……あ!もうそろそろ時間だわ……。」

「ん、もうか。やべーやべー、あぐ!むぐぐっ!!」

 

 

制限時間が迫っている事に気付いたトライフルは慌てて食べ物を口に押し込む。

最後にズズーッと紅茶で押し流し、腹を満たすと棍を片手に立ち上がる。

 

 

「けふっ。姉ちゃん達ありがとうな。んじゃ、おれ一仕事してくる!」

 

 

礼を言いながらピクニックシートを出て、軽々と壁の上へと一飛びして行った。

 

慌ただしく去っていった弟にため息つきながら、姉妹達は後片付けを始める。

 

 

「もう!トライフルも男の子ね!あんなに慌てて行っちゃうことないのに。」

「まあ、あの子の場合はママの命令だから仕方ないけどね。」

「諸悪の根源はママに喧嘩売った大馬鹿よ!アイツは男って事抜きにしてバカよ!」

「……ねえねえ。ウチの男共は何考えてたと思う?」

「……そりゃ、アレでしょ。わかってるじゃない。私達10つ子よ。」

 

 

 

『今、私達が麦わら達に対して思ってる事と同じ♪』

 

 

 

「キャハハ!やっぱり~!」

「もし来たらどんな風に殺してやろうかしら?」

「切り刻むのは当然よね。私達の得物はそれが専売特許だもん。」

「足から切る方がいいわ!少しずつ削ぎ落して、長く苦痛を与えてやるの!」

「中身を少しずつ抉り出してやるのもいいわ。自分の臓物の色や形を最期に拝ませてあげるの♪」

「いいわね!」

「それ最高!!」

「トライフルは私達の最初の弟…、初めてってどこか他より可愛く見えちゃうのよね。」

「そんな可愛い弟をこんなに長い間、苦しめてくれたもの。」

「たくさん、た~くさん!!苦しめて殺してやらなきゃ!!」

 

 

クスクス……きゃははは!

 

 

 

 

 

通じる邪悪は精神感応(テレパシー)よりも深く響きあう

 

きっとそれは、同じ遺伝子同士しか受信できないモノ

 

 

 



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番外編3:帰り路、急がば……

注意:オリジナルキャラクターがやたら出張ってます。
   「主人公以外オリキャラいらない」「苦手」という人はご注意ください。


 

 

新世界のとある島『セニシ島』

地図で確認するのもやっとという具合の小さな島だが歴史は古く、島民達はそれぞれの先祖から何かしらの技術を受け継いできた。

 

漁や養殖、田畑の耕し方、鑑賞から実用まで幅広い草木や花の育て方に果実の栽培。

曾孫の代まで受け継がれる様々な素材の調理法、野草を見分け薬を作る知識とそれを駆使した医療技術、嵐にも耐える頑丈な建物を造る腕前。

 

彼等は自然と共存し、その磨かれた伝統の腕をふるって豊かに暮らしてきた。

 

ほんの少し前までは………

 

 

 

 

―――ガシャーン!!

 

 

「オイオイオイ!!なんだこの不味いウイスキーは!!おれを誰だと思ってんだァ!!?」

 

 

ジャラジャラと顔中に大量のピアスをつけたガラの悪い男がショットグラスを中身ごと地面に叩きつけ、バーの店主を睨み付けた。

周りにいる男の仲間達はニヤニヤと笑いながら、縮こまっている店主を見ている。

 

 

「……こ、今年は麦の育ちが悪くて…良いものが作れないのはウイスキーだけでなく……」

「言い訳してんじゃねェーよ!!ここは職人の島だろ!?てめえには職人魂ってもんがねーのか!?アア!!?」

 

 

好き勝手がなる男に、店主は握った拳を震わせる。

 

 

「……アンタらの……」

「アア!?なんだァ!!?」

 

 

やがて耐えかねたように涙の溜まった目で男を睨み返し、心の内を爆発させた。

 

 

「アンタらのせいじゃないか!!アンタらに抗議したウィトさんを…!麦畑の持ち主を畑と一緒に滅茶苦茶にしたから……!!」

 

 

店主の脳裏に、何代にもわたって守ってきた麦畑と共に倒れたウィトの姿がよぎり、溜まった涙が溢れ出す。

 

ガラの悪い男は乱暴に椅子から立ち上がり、店主へ近づいていく。

 

 

「ああ…誰の事かと思えば、あのジジイか。よく覚えてるよ、我らが船長に楯突いた愚かな野郎……。」

 

 

凶悪な笑みを携えて歩み寄る男に、店主は今更恐怖が襲ってきた。

 

 

「バカなジジイだったなァ…、おとなしく金と孫娘を渡していれば助かっただろうに……。」

 

 

店主の目の前に立った男は、震える彼に大きく腕を振りかぶり……

 

 

 

 

 

「こんな風にやられちまってよォ!!!」

 

 

―――ガシャアアァン!!!

 

 

ウイスキーの入ったボトルを店主の頭に叩きつけた。

 

 

 

 

「……ガ…ハッ…!!」

 

 

ガラス片が頭皮を切りつけ、店主は血とウイスキーに塗れながら床へ倒れ伏した。

男の背後で彼の仲間達が店主をゲラゲラと笑い倒した。

 

 

「おれは『シー・ジェット海賊団』の幹部、スピア様だぜ?そんなえらーいおれ様に逆らうとは船長に逆らったも同然!」

 

 

スピアは懐から葉巻を取り出し、それを口にくわえてマッチで火をつけた。

 

 

 

「よって……愚かな反逆者に制裁を加える!!」

 

 

 

葉巻をふかしながら、まだ火のついたマッチを足元にうずくまる店主になんの躊躇いもなく落とした。

 

 

―――ボウッ!!

 

 

「ぐわあああぁぁ!!!」

 

 

ウイスキーに引火し、火だるまになる店主を尻目にスピアは仲間の部下達を引き連れ、バーを去っていった。

 

 

 

 

「ギャハハハ!!馬鹿な野郎でしたね、スピアさん!」

「よりによって幹部にあんな態度取るなんて!!命知らずな奴だ!」

 

 

町のど真ん中を闊歩する海賊達に、住民達は家の中に閉じ籠り、目が合わないように背を丸めている。

それはどれも男ばかりで、女性の姿はどこにも見えない。

 

少し前まで笑顔で溢れていた島は……すっかり活気を失っていた。

 

 

 

「スピアさ―――ん!」

 

 

大股でずんずんと歩くスピアの前方から、同じ海賊団の下っ端が手を振って駆けてきた。

 

 

「今、沖の船から連絡がありまして。小さい船のくせに大きな宝箱をいくつも乗せて、ここを通ろうとしているそうですよ!!」

 

 

『大きな宝箱』と聞いて、反応しない海賊などいない。

スピアもその例に漏れず、目をギラギラさせてまだ見ぬ財宝に舌なめずりした。

 

 

「ほお……おれ達のナワバリと知っての愚行か?おもしれェ!!どんな野郎か面を拝んでこようじゃねェか!!!行くぜ野郎共!!」

 

 

オオ―――!!…雄叫びを上げて男達は武器を手に、海へと出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

―――プルルルル……ガチャッ

 

 

 

「……おれだ。」

 

《兄さん。私だ、スムージーだ。》

 

「スムージー、久しぶりだな。声を聞くのも何日ぶりか。」

 

《ふふ!すぐに顔も合わせられる。明日の昼前には国に着くところだ。》

 

 

コグ船に取り付けられた小さな船室で、5メートル近い巨体を持つ男が電伝虫で久々に妹の声を聞いていた。

 

 

「そうか。おれの方が遅れそうだな。」

 

《ん?そうなのか?ダイフク兄さんとオーブン兄さんから先に着くだろうと連絡を受けたんだが…》

 

「ああ…ダイフクとオーブンとは昨日、任務の地で合流した。

 二人には残りの宝の回収を任せて、おれの方が先に行かせてもらったんだが……少々、波に足を取られてな、予定より遅れるかもしれん。

 まったく……かわいい妹の結婚式だというのにとんだ目にあった……。」

 

 

ふう、とため息をつく大男にスムージーは困ったような声で話を続ける。

 

 

《そうか、それは災難だったな。もし先に着いていたらトライフルの様子を聞こうと思ったんだが…。》

 

「何…?」

 

 

スムージー以上に久しく会っていない弟の名が挙がり、ピクリと男の眉が動く。

 

 

「トライフルがどうかしたのか?」

 

《それが……今回のお茶会に"麦わらの一味"が妨害に来るのではとママに苦言を呈したらしい。

 ママは怒りはしなかったそうだが……トライフルは"万国(トットランド)全土の監視"の任を課せられ、ここ数日ほぼ休みなしで働いているらしいのだ……。》

 

 

いつも冷静沈着なスムージーが、念波越しでもわかるほど声に心配の色を滲ませている。

 

兄弟想いで普段は従順だが、時折こういう頑固さを見せては家族を狼狽させる弟の姿を思い浮かべ、男は呆れながらも襟巻きの下に隠れた口元を微かに緩める。

 

 

「フッ……トライフルらしい。」

 

《感心している場合ではないぞ!兄さん!

 早く戻ってトライフルの負担を減らさなければ、あの子の身体に毒が溜まる一方だ!》

 

「ああ、わかっている。最短ルートで帰る。」

 

《頼むぞ!私も急ぐから!!》

 

 

念波が途切れ、スヤスヤと眠る電伝虫を一本足のサイドテーブルに置き、船室を出る扉を開く。

 

途端、ビュオオと吹き付ける風が、潮と()()の匂いを男へ運ぶ。

 

 

 

 

―――カツ…カツ…カツ…

 

 

 

男はギアのついたブーツのヒール音を()()()()()()甲板に響かせ、船首の方へ向かっていく。

舳先(へさき)で双眼鏡を手に遠方を確認するチェスの駒のような兵士は、近づいてくる男に気付くと背筋を伸ばして敬礼する。

そして口を開こうとするが、男は兵士の口から出る前に()()()()を発した。

 

 

「『前方に島を確認。小さな島ではあるが、避けて通るには多少ながら迂回する』」

 

 

先に言われてしまった兵士はグッと口をつぐみ、近づいてくる男に自身の判断の是非を問う。

 

 

 

―――カツ…カツ…カツ………

 

 

 

 

 

 

 

――――――グシャッ!!

 

 

大男は、甲板に横たわる血に塗れたピアスだらけの男の顔を思い切り踏みつけ言い放った。

 

 

 

「今は一秒の時間さえ惜しい。このまま進め!」

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

セニシ島にある老舗菓子屋『パーラー・趣安楽(しゅあら)ホージー堂』。

 

町が創立されて以来続く和菓子屋と洋菓子屋が紆余曲折ありながらも経営統合し、多くの島民に愛される菓子を作り続けてきた。

名物は和菓子屋13代目当主『ホージー・マッチャ』と、洋菓子屋11代目オーナー『シュアラ・ガトー』が手を取り合って作った最高傑作『いちごのショートケーキどら焼き』。

 

店はこれを目当てにやって来る客で連日にぎわっていた。

 

 

 

島を支配する『シー・ジェット海賊団』によって、今は影も形もないが……。

 

 

 

「…お義父さん、今日の『いちごのショートケーキどら焼き』はこれだけしか出せないよ……。」

「……たったの、5個だけ…か……。」

 

 

トレーの上の包装された名物菓子の数に、趣安楽ホージー堂・現オーナーのガトーは落胆のため息が出た。

 

海賊が来る前は500個のそれが店先を飾り、それでも一日で全て完売してしまう盛況ぶりだった。

今は厳選した素材を仕入れる事も困難なうえに、我が物顔で町をのし歩く海賊を恐れて先住民達は出歩くこともできない。

 

 

「いや、たった5個でも買い求める客はいるんだ!ショーンジ!今日は売り切るぞ!」

「う、うん!お義父さん!」

 

 

たった5個でも店に並べられ、買いに来てくれる人がいるならそれだけでありがたい状況だった。

ガトーはしょぼくれた顔を払拭し、笑顔で義理の息子『ホージー・ショーンジ』の背を叩いて鼓舞した。

そして、店の奥に飾られた写真に目を向け、強く決意する。

 

 

「…見てろ!マッチャ!!おれとお前で作り上げた力作、売れ残りなんてさせねーぞ!」

 

 

写真の中ではガトーの妻と娘、そしてマッチャとショーンジがマッチャの妻でありショーンジの母親である女性の遺影を持って新装開店した店の前で笑顔を浮かべていた。

 

ショーンジは張り切る義父に笑みを浮かべながら、店の奥の床下にある隠し扉を開けた。

 

 

「シュクレ、今日もお義父さんとがんばるよ。」

「ええ、ショーンジ。私はここでアマロンと応援してるから。」

「キュキュッ!」

 

 

広くはない隠し扉の部屋からガトーの娘の『シュアラ・シュクレ』とボロボロの布切れを巻いたペットのシマリス『アマロン』が笑顔で二人を見送った。

 

 

 

 

「さあ!よってって!!大人気『いちごのショートケーキどら焼き』、本日品薄につき5個のみの販売!」

「売り切れる前に、どうぞ買っていってください!」

「先着五名様だよ~!早い者勝ちだよ~!」

 

 

店の前で声を張り上げるが、人影のない大通りにいくら呼びかけても誰も来やしない。

それでも二人は笑みを崩さず、店自慢のお菓子を宣伝した。

 

 

「美味しいよ!家族団欒のひと時にぴったり!意中のあの子に渡せばたちまち貴方の虜!

 プレゼントにどうぞ『いちごのショートケーキどら焼き』を……。」

 

 

 

 

「ほおぉ~~~う!!その(うた)い文句は本当だろうなァ~??」

 

 

 

 

声を聞いただけで二人はゾッとした。

恐る恐るそちらへ顔を向ければ、この島でその存在を知らないものはいない男の姿……

 

パイプのような硬い筒状の物が体中から生えている、3メートルはある筋肉質な体つき。

それに見合った凶悪な顔が下劣な笑みを浮かべている。

 

 

 

「それを渡せば、このホレッポー様に惚れない女はいねェって事だよなァ~??」

 

 

 

欲望に塗れた緑色の目を光らせ、『シー・ジェット海賊団』の船長『ジェラス・ホレッポー』が仲間と共に現れた。

 

 

「な、何のようだ!?うちはちゃんと買ってもらわなきゃ商品は渡せないぞ!!」

「あ゛あ゛ん!!?なんだとこのクソ親父が!?おれ様はこの島の支配者だぞ!?金なんぞ払う道理なんかねェだろうがよォ!!?」

「そうだ!!愚か者め!!この島にあるものは全てホレッポー船長のものだ!!」

 

 

ホレッポーとその仲間にすごまれるが、ガトーは屈さない。

 

 

「このお菓子にはおれとおれの友の魂が込められてるんだ!!お前らにタダでくれてやるほど安っぽいものじゃない!!」

「なんだとォ……!!?」

 

 

ビキビキと青筋を浮かべるホレッポーに、ガトーはさらに噛みついた。

 

 

「おれ達の魂に払える対価がねェなら帰れ!!薄汚い好色海賊が!!」

 

 

好き勝手侮辱されるホレッポーの額からブチッと血管が切れる音がした。

 

 

「言わせておけば…この虫ケラが!!吹き飛ばしてやる!!!」

 

「やめて!!!」

 

 

ガトーに両手を構えるホレッポーのその腕に華奢な女性が飛びついた。

 

 

「シュクレ!!?」

「シュクレ!?何をやっているんだ!!あれほど床下から出てはならんと……!」

 

 

飛び出した可憐な女性が自分達の大切なシュクレだと気づき、ショーンジとガトーは驚愕した。

攻撃を阻まれたホレッポーは苛立ちを露わにそちらへ顔を向ける。

 

 

「ああ?なんだ、おれ様の邪魔をする…の……は……?」

「お願い!お父さんにひどいことしないで!!」

 

 

自分の腕にまとわりついているのが、美しくも愛らしい女性だと気づいたホレッポーは段々と目を見開き…

 

 

 

 

 

 

「……な、なな……なんちゅー美人だコラアアァァ!!!惚れた―――!!

 おれ様の女になってくださいやがれ、このお嬢さんがァ―――♡♡♡」

 

 

 

一目惚れした。

ハートを射抜かれた衝撃で告白の言葉が支離滅裂になっている。

 

 

「オオー!女がいるぞ!こいつら匿ってやがったな!?船長が無類の女好きと知ってて!!」

「だが見つかったからにはもうおしまいだ!!見ろ!船長のあの欲に塗れた顔を……!」

 

 

ホレッポーは先ほどまでの凶悪面から一変、目をいやらしく細めて鼻の下を伸ばし、だらしなく開いた口からダラダラとよだれを垂らしている。

男の本能が駄々洩れなホレッポーに、シュクレは顔を引きつらせて彼の腕から離れた。

 

 

「シュ、シュクレ!逃げろ!!」

「逃がしゃしねェぞ、女ァ!!」

 

 

慌ててショーンジがシュクレに声を上げるが、海賊達は彼女の背後に回り込み逃げ場をなくした。

 

 

「へへへ!さあ……何も知らねェお嬢さん……船長の『男の姿』に恐れ(おのの)きな!!」

 

 

手をわきわきと動かしながらシュクレに近づくホレッポーの姿に、仲間達は生唾を飲み込んでその行方を見守る。

 

 

 

「へへ……ぐへへへへ♡♡いい女だ♡……なあ、お嬢さん……今からこのおれ様と………

 

 

 

 

 

 

 

 一緒にこの『いちごのショートケーキどら焼き』でお茶しましょう……♡」

 

『出た―――!!!誰もが戦く、船長の顔に似合わぬ初心(ウブ)な姿――――――!!!』

 

 

顔を覆い乙女のようなお誘いをするホレッポーに盛り上がる海賊達とは逆に、ガトー達はあんぐりと口を開けた。

 

シー・ジェット海賊団はこの島に目をつけ荒らしまわった後、金目のものと老若問わず女性全てを連れて行った。

子供と老人は暴力の対象にし、年頃の女性は侍らせ宴を開いているのだろうと思ったら、船長は全く女に免疫がないなんて誰が想像しただろう。

 

シュクレは顔が引きつったまま、内股でもじもじしているホレッポーに答えた。

 

 

 

「わ、私…フィアンセがいるから無理です。」

 

 

 

―――ガ――――――ン!!!

 

 

ホレッポーのハートは一瞬にして砕け散った。

 

 

 

「そ、そうだ!シュクレはおれの大事な恋人で、お前らが来なければもう結婚もしていたんだ!」

 

 

―――ガガガ――――――ン!!!

 

 

ショーンジの言葉が追い打ちをかけ、ホレッポーはその場に崩れ落ちた。

 

 

「せ、船長~~~!!しっかりしてください!!」

「てめェら!!なんて残酷な事を抜かすんだ!!船長は恋すると一途で傷つきやすいんだぞ!!」

「船長!!元気出して!アイツらアンタの色男ぶりがわからないんですよ!!」

 

 

仲間達は慌てて彼の傍へ寄り、ガトー達を非難しつつ己らの船長を励ました。

 

 

 

「オオオ……!こ、こんな美人が…お、おれ様のものにならないなんて…!

 こんな………こんなひ弱な男におれ様が劣っているというのか……!!?」

 

 

ホレッポーの中で沸々と怒りが湧き上がってくる。

 

 

「そんな事って…あるかよォ……!!嫉妬の炎が…メラメラ燃えてきたぜコノヤロ―――!!!」

 

 

 

―――シュゴオオォォ――――――!!!

 

 

 

「ギャア―――!!?」

「あちィ!あちィ――――――!!!」

 

 

嫉妬で怒り狂うホレッポーの体についたパイプから蒸気が勢いよく噴射し、傍にいた海賊達は熱さでのたうち回る。

ホレッポーの身に起きた現象に目を白黒させているガトー達を、緑色の眼光が鋭く睨み付けた。

 

 

「許さねェ!!許さねェ!!!お嬢さんの心を奪ったお前!!ブチ殺してやる!!!」

 

 

ホレッポーは怒りのままにショーンジに自分の両手を向けた。

 

 

 

―――キュオオ…ン……

 

 

 

ホレッポーの手の平についたパイプの中へ空気が吸い込まれ、太い腕がさらに大きく膨らんでいく。

ガトーは何が起こるかわからないが、とてつもない危険を感じショーンジに叫ぶ。

 

 

「逃げろ!!ショーンジ!!!」

 

 

「死ねェ―――!!"ジェラシー大噴火(ジェット)"!!!」

 

 

 

―――ズドオォ―――――――――ンッッ!!!

 

 

 

パイプ穴から勢いよく噴射された爆風に、ショーンジの体は紐が切れた凧のように吹き飛んでいった。

 

 

「ショーンジ―――!!!」

「キャ―――!!ショーンジ!!」

 

 

グシャリと地面に叩きつけられた彼は、ぼろ雑巾のような変わり果てた姿になってしまった。

打ち上げられた魚の様に、息も絶え絶えにぴくぴくと痙攣するショーンジに二人の顔が絶望に染まる。

そんな二人とは真逆に、海賊達は哀れなショーンジの姿に大爆笑する。

 

 

「ギャハハハ!!馬鹿な野郎だ!船長の嫉妬を煽っちまって!!」

「われらが船長が世間でなんと呼ばれるか忘れたか!?

 

 "緑眼(りょくがん)のホレッポー"だ!!

 

 数多の女性に恋してはやぶれ、彼女らにちらつく男の影に嫉妬しては全てを破壊せんと暴れる『嫉妬に狂う怪物(緑の目のモンスター)』!!」

「船長の惚れた女に手を出す男はもちろん!船長の女にならねェという女もぶち殺す!!」

 

「お嬢さん……まだ嫌がるなら、あの男もろとも死ぬぜ?」

 

 

体中を蝕む激痛に呻きながらもまだ息のあるショーンジを見て、シュクレは顔を真っ青にして懇願した。

 

 

「や、やめて!!あなたのものになりますから、ショーンジを殺さないで!!」

「え!マジで!?うっしゃあァ~~~!!美人の、ここ、こ、恋び、と………

 

 いやいや、ま、まだ早いって~♡お、お、お友達から、始めましょ♡♡」

 

『船長、ウブ~~~!!!』

 

 

スキップしながら上機嫌で店を後にするホレッポーに、仲間達がシュクレを引っ張って連れていく。

仲間の一人が「船長が連れて行けばいいのでは?」と問いかけるが、「手、手をつなぐなんて早すぎるだろ!このハレンチ野郎さんめ♡」と初心がとどまる所を知らなかった。

 

しかし、親友の息子であり愛娘の恋人を殺そうとした悪漢に、おいそれと大事な我が子やるような父親はいない。

 

 

「待てェ!!お前みたいな外道に娘をくれてやってたまるか!!!」

 

 

ホレッポーよりもずっと小さい体を張って、ガトーは行く手を阻む。

 

 

「どけジジイ。おれ様は今最高に機嫌がいいんだ。気が変わらないうちに失せた方が身のためだぜェ?」

「娘の未来を犠牲にして生きるなんざ父親のやる事じゃねェ!!

 その子の夢はショーンジと家族になり、この店を子々孫々に継いでいく事だ!!

 

 おれはこの店に……娘の夢に…!!

 

 

 友との誓いに命をかけてるんだァ!!!脅されて屈するような生半可な覚悟は持ち合わせちゃいねえ!!」

 

「……!お父さん…!!」

「……ほう。そうか、そんなに大事なのか……。」

 

 

ホレッポーは踵を返し、ガトーの店の前に立った。

 

 

「ちんけな店だ……こんな安っぽい店がおれ様のお嬢さんの大事なものだってのか…!?

 

 おれ様よりも大事なものだってェのかあァ―――!!?

 

 許せねェ!!嫉妬が止まらねェ!!こんなもんがあるから!!こんなもんがあるから…!!!」

 

 

ホレッポーは店に向かって両腕を構えた。

ガトーは血相変えてホレッポーを止めに駆ける。

 

 

「や、やめろォ―――!!!」

「こんな店吹き飛んじまえェェ―――――――――!!!」

 

 

 

―――ズドォ――――――ン!!!

 

 

 

パーラー・趣安楽(しゅあら)ホージー堂は立派な看板もろとも吹き飛ばされた。

見る影もなくなった自分の宝にガトーはへなへなと座り込んだ。

 

 

「あ…ああ……!おれの……おれ達の店が!!」

「…!!ひどい!!なんて事を……!!」

 

 

屋根は吹き飛んで無くなってしまい、店にあったわずかなお菓子達もほとんどがぐちゃぐちゃに潰れてしまった。

 

 

「あ~♡すっきりした♡♡これでお嬢さんの遺恨は無くなったな、よかったよかった!」

 

 

一仕事終えたホレッポーは爽やかな顔でそうのたまった。

シュクレは涙を流し、ガトーは怒りのままにホレッポーに食ってかかろうと立ち上がる。

 

 

「貴様…!!よくも……!!」

「キュキュ――――――!!!」

 

 

ガトーが食いつく前に、崩壊した店の奥からシマリスのアマロンが飛び出し、ホレッポ―の太い腕に歯を立てた。

 

 

「ああん!?なんだこのボロきれ巻いたネズミは!!」

「アマロン!?ダメよ!!離れて!!」

 

 

シュクレが引き離そうとするより早く、ホレッポーがアマロンをつまみ上げる。

 

 

「このネズミが……!おれ様の逞しい腕に歯形つけやがって……!!」

「お願いやめて!!その子も私の家族なの!!!」

 

 

小さな命をねめつけるホレッポーに、シュクレが彼の子分達の腕を抜けようともがく。

ホレッポーは手の中で暴れるアマロンを鋭い目つきで熟視する。

 

 

 

 

「………ぬわぁんて可愛い子ネズミちゃんだ~♡

 お、お、おれ様のペットになってください、このかわい子ちゃんが~~~♡♡」

「キュ!!?キュキュ~~~~~~!!!」

 

『船長がネズミに惚れた~~~!!!』

 

 

ホレッポーは人間の女性に飽き足らず、動物にまで惚れた。

 

 

「しまった!あのネズミ、雌か!!」

「船長は『女』だったらなんにでも惚れちまうからな~……」

 

 

惚れっぽすぎにもほどがある。

一目惚れされてしまったアマロンは、だらしない顔で頬擦りしてくるホレッポーにドン引きしている。そしてシュクレもドン引きしていた。

 

一方、ガトーはふざけた言動ばかりの海賊に怒り心頭に発する。

 

 

「…ぐっ!!貴様らいい加減に……」

 

「船長~~~!!ネズミが飛び出してきた床から金が山ほど出てきました~!!」

「は!?おれ様とした事が!頬擦りなんてハレンチな事しちまった!ごめんねかわい子ちゃん♡」

「船長、聞いてます!!?」

 

 

殴りかかろうとしたガトーは手下の言葉に、顔を青くしてそちらを振り向いた。

 

海賊達は床下から袋や(かめ)に大量に詰められた金を丸ごと持ち出し、船長に見せびらかしていた。

 

 

「や、やめろ!!その金に手を出すな!!!」

「ハハハ!!このジジイ、真人間みてーなセリフ吐きながらこんなに貯め込みやがって!

 とんだ金の亡者じゃねェか!!ギャハハハ!!」

「やめろ―――!!これは……これはおれとマッチャがコツコツ貯めた、娘達の結婚資金なんだ!!!」

 

 

引きずり出される大袋に張り付いて、持ち去られまいと地面に体ごと縫い付ける。

 

 

 

「そうか、そりゃご苦労だったな。安心しろ、この金はちゃんと娘と船長の為に使ってやるよ!!」

 

 

―――バキィ!!

 

 

「がはっ……!?」

「お父さん!!!」

「……う゛っ…お義父(どお゛)……ざん゛…!!」

 

 

袋にしがみつくガトーの顔面を、海賊の一人が容赦なく蹴飛ばした。

 

 

「大体、この金はホレッポー船長に納めねばならないものだろ!!」

「コソコソと隠し持ってたとはとんだ罪人がいたもんだ!」

「これは君主への貢物を怠った罰だ!!!」

 

 

―――バキッ!ドカッ!!ガスッ!

 

 

「ぐふっ!!おごっ……!!」

「お父さん!!やめて!!もうやめて―――!!!」

 

 

海賊達はガトーを取り囲み、寄ってたかって殴る蹴るの暴行を加える。

 

ガトーは痣と血だらけになり、防御すらできなくなったところでようやく海賊達は大金片手に引き上げた。

 

 

「船長~!店の主人から船長へ結婚資金をいだたきやしたぜ~!」

「け、けけ、結婚なんて!!ま、まだ早すぎだろう♡♡交換日記も渡してないのに♡♡」

「そこから!!?アンタ本当に初心だな!!!」

 

 

 

―――ぐしゃっ!

 

 

 

「!!!」

 

 

去っていく海賊達が路傍の草の様に、ガトー達の『魂の結晶』を踏みつけていった。

潰れたそれを呆然と眺めていると、彼の脳裏にその人生が走馬灯のように流れ出す。

 

 

 

『いらっしゃいませ!パーラー・シュアラの『いちごショート』大人気ですよ!』

『よってらっしゃい!焙慈(ほうじ)堂の『どら焼き』!大人気御礼申し上げます!』

『ああ!?営業妨害してんじゃねェぞ!和菓子屋!!ウチの方が人気だ!!』

『こっちのセリフだ洋菓子屋!!ウチの方が大・大・大人気だッ!!』

 

 

若かりし頃、いつも隣の和菓子屋の(せがれ)・マッチャと張り合っていたガトー。

結婚して子供ができてからも、変わらず競い合っていた。

 

 

『お~よちよち♡可愛いなァ、おれの娘♡お前は一流の洋菓子職人になるぞ~♡♡』

『おれの息子は可愛いし凛々しいなァ♡ウチの看板を背負って立つ立派な和菓子職人になる顔だ♡♡』

『はっ!!抜かしおる!!おれの娘の足元にも及ばんわ!』

『なんだと貴様!?そっちこそおれの息子のつま先にも及ばんわ!!』

『なんだと!?』

『なんだよ!?』

『止めんかこの馬鹿親共!!』

 

 

子供をだしに喧嘩していると、妻からぶん殴られたのは今やいい思い出だ。

きっと、早くに妻を亡くしたマッチャもそうだったろう。

 

 

『オギャーオギャー!』

『お~お~よしよし、ショーンジ。腹が減ったのか~?

 ……流石におれ一人でやっていけないな……ここらが潮時か……』

『逃げんじゃねェマッチャ!!お前との勝負はまだついてねェ!!

 ウチの洋菓子屋の方がこの島一番の人気店だってまだ証明されてねーんだ!!』

『マッチャさん、大丈夫だよ!私が娘と一緒にショーちゃんの面倒見るから。

 店がなくなったら淋しがる人は大勢いるよ、ウチの旦那もそうだし。』

『ファリーヌ!?ななな、何を言っとるんだ!?お、お、俺はべべ、別に淋しくなんか…!!』

『……へ!てめェが負けを認めない内は店は畳めねェやい!!』

 

 

ガトーの妻・ファリーヌが二人の子を育てている間も、お互いの腕を競い合いいがみ合っていた。

年月は矢のように過ぎていき、いつの間にかシュクレとショーンジは恋を覚える年になった。

 

 

『シュクレ、ショーンジ。ウチの看板を背負って、立派な洋菓子職人になれよ。』

『ショーンジ、シュクレ。ウチの看板を背負って、立派な和菓子職人になれよ。』

『ああん!!?テメー何勝手なこと言ってんだ!?』

『おめーもだろうが!!何、人の息子勝手に婿養子にしてんだコラァ!!?』

『もういっそ、お店一緒に経営したらいいんじゃない?』

 

『冗談じゃね―――!!!』

 

 

最初は子供をどっちにやるか譲らなかったが、ファリーヌが間に立ち、子供達の事を考えた結果、同じ看板を掲げることにした。

 

 

『パーラー・シュアラの名前は残すぞ!』

『こっちも焙慈(ほうじ)堂の名は消さねェからな!!』

『お父さん達。看板私達で作っちゃったよ。』

『両者の意見を取り入れて"パーラー・趣安楽(しゅあら)ホージー堂"。完璧だろ!』

『どこがだァ!!なんだ趣安楽って!?かぶきやがって!!』

『こっちだってゴメンだ!!なんだホージーって!?かぶれやがって!!』

 

 

看板は子供達に勝手に作られてしまい、結局自分達でいい案が出せなかったためにそれで良しとなった。

そして新たな店の看板メニューを作るとなった時は、喧嘩しつつもお互い切磋琢磨した。

 

 

『おれのスポンジ生地にマッチする餡子も作れねーのか!?』

『そっちこそ、おれの大福にあう生クリームも作れねーのか!?』

『ぐぬぬぬぬ!!』

『うぐぐぐぐ!!』

 

 

そうしてできた最高傑作『いちごのショートケーキどら焼き』は島で知らない者はいない名菓となった。

 

 

『今日も完売だ!!まあおれのケーキの腕前があれば当然よ!!』

『……けっ、まあ認めてやらんでもない。』

『おう!?な、なんだよ腹でも壊したか…?……まあ、おれもお前のどら焼きは認めんでもないぞ。』

『てめーは頭でも打ったか?……もしお互い認め合えるならよ……この『いちごのショートケーキどら焼き』の売り上げの一部……

 

 

 ウチの子供達の結婚費用にあてないか…?』

 

『……お、おれの方が先に考えた事だ!!別にお前なんかの案に乗ってねーぞ!!!』

 

 

可愛い我が子達に内緒で少しずつ、少しずつ……二人の幸せに、未来に投資した。

二人が籍を入れる数日前、店を開ける前にサプライズプレゼントする予定だった。

 

 

『お父さん達どうしたの?かしこまって…お店、準備しなきゃ!』

『そ、その前にな…うおっほん!!お前らにおれ達から大切な……』

 

 

 

 

『た、大変だ――――――!!海賊が来たぞ――――――!!!』

 

 

 

 

その日、全てが壊れていった……

 

 

 

 

 

『ファリーヌ!!シュクレ―――!!!』

『あなた!!』

『お父さ―――ん!!ショーンジ―――!!!』

 

 

ファリーヌとシュクレは島に攻めてきた『シー・ジェット海賊団』船長・ホレッポーの所有物として連れ去られた。

 

セニシ島は瞬く間に占拠され、様相がすっかり変わり果ててしまった頃だった。

シュクレが襤褸切(ぼろき)れを手に、土と泥に塗れて帰ってきた。

 

 

『シュクレ!!無事だったのか!!ファリーヌは…!?』

『うっ…!!うわあああん!!お、おかあさん…おがあざん゛は……!わだじだけでも逃がぞう゛ど……!!』

 

 

よく見れば彼女が手にしていた布切れは、いつもファリーヌがしていた三角巾の柄だった…。

 

 

『そんな……ファリーヌ゛っ゛……!!』

 

 

『女はどこだ―――!?』

『あの女は確か菓子屋の娘だったはずだ!!店を調べろ!!』

 

 

『!!!シュクレ!!店の奥に隠れろ!!』

『ガトー!!あそこに隠そう!!』

 

 

二人はショーンジにシュクレを守るよう言いつけ、大金を隠していた床下へ二人を押し込んだ。

 

 

『!親父!!この金は…!?』

『……お前達の幸せのためにおれ達で貯めてたんだ…渡せなくてすまない!!』

 

 

『女ァ!!いるなら出てこい!!』

『隠す輩がいるなら店ごと燃やしちまうぞォ!!!』

 

 

『!!ショーンジ、シュクレを守るんだぞ!!』

『…わ、わかった!!』

 

 

ガトーはこの時覚悟していた。

娘を隠し通すための嘘をつけば、海賊達は怒り狂い自分を殺すだろうとわかっていた。

それでも、ファリーヌが命を賭して守った娘を死んでも渡さないと決めた。

 

 

『……マッチャ、お前と店がやれてよかったぜ…。』

『………ガトー、おれはお前が何考えてるかわかってる。だがな……

 

 おれは昔からお前だけには負けたくないんだよ!!!』

『マッチャ!!?』

 

 

ガトーを差し置いてマッチャは海賊達の前に、先祖代々受け継がれてきた木べらを武器に立ちふさがった。

 

 

『…おれの娘はもうここにはいない!!とっくに島を出てしまったぞ!!』

『なんだと!!?』

『マッチャ!?何を……』

『わははは!!のろまな海賊共め!!おれが大事な愛娘をお前らの色ボケ船長にそう簡単にくれてやるわけないだろう!!

 いつかお前らを叩きのめし、娘を逃がしてやろうと準備してきた甲斐があったわい!!!』

『このジジイ……!!ぶっ殺してやる!!!』

『やってみろ!!その前におれがお前らをぶちのめしてやる!!

 うおおおおお――――――!!!』

 

 

 

 

―――ドン!ドン!ドンッ!

 

 

 

 

木べらを振りかざし突進していくマッチャの体を、慈悲のない鉛の玉が打ち抜いた。

 

 

『マッチャ――――――!!!』

 

『…!ショーンジ、今の…まさか…!!』

『…!!親父……!!!』

 

『馬鹿なジジイだ!!大人しくしてれば長生きできたものを!』

『戻るぞ…船長にはうまいこと言っておこう。』

 

 

海賊達は去っていき、ガトーは血だまりに倒れるマッチャに駆け寄った。

 

 

『マッチャ!!なんでお前、あんな事を…!!』

『ゴフッ…!う゛……お前がやろうとしてたことだ……かっこつけさせて、うっ…たまるか…』

『!!…こんな時に張り合うな!!』

 

 

ガトーはマッチャの体を流れ出ていく血を止めようと必死に傷口を押さえる。

しかし、血は止まらない。

 

 

『……ガトー…お前父親だろ…ぐっ!……娘の晴れ姿見ずに死ぬなんざ……男親がしちゃなんねェよ…』

『……!!ばがやろう゛!!お前も男親だろう!!!』

 

 

マッチャはガトーへの対抗心で海賊に歯向かったわけではなかった。

全ては同じ屋根の下で暮らす家族達のためだった。

 

 

『…ガトー……あの子らはきっとおれ達の、ゴフッ!!ハァ、ハア…店を…未来までつないでくれる…。おれは…ここで終わりだが……おれ達の魂は、ハァ…残り続ける……!』

『うぐっ…!!(お゛)わら゛でぇよ!!おめーが、グスッ…死んでたばるが!!』

 

『……ふたりに…子供が……孫ができたらよぉ……ハァ、教えてやってくれ……

 

 ウチの名物は……二人の天才が作り上げた……『魂の結晶』だってよ…!!』

 

『う゛う゛う゛ッッ!!わかっだがら゛…!もうしゃべん゛な゛!!血が止ばらね゛ェ!!』

 

『その子供が…さらにその子供が……永遠に……おれ達を運んでくれる……!

 だから……おめー…簡単に………くたばんじゃ…ねー…ぞ……』

『くたばら゛ね゛ェよ!!お前もくたばらね゛ェ!!ごんな…ごんな゛どごろ゛で!!!

 だれがァ!!だれが(だず)げでぐで――――――!!マッヂャがしんじばう゛―――!!!』

 

 

ガトーは大粒の涙を流して助けを求めた。

しかし、海賊から身を隠していた住民達が来た頃にはもう手遅れだった。

 

ガトーが号泣している間にマッチャの体はどんどん冷たくなっていき、ゆっくりと瞼が落とされた。

閉じられた目は二度と開くことはなかった。

 

 

その日、家族を二人も失った彼らは店を開く力も失ってしまった。

 

 

 

 

 

 

『キュキュ―――!』

 

 

失意のどん底にいた彼らの前に、ある日、アマロンはやって来た。

海賊が島全てを掌握してしまったために、動物達も居場所はなくなっていたのだ。

 

 

『キュキュキュッ!!』

『あ!それはお母さんの形見…!!』

 

 

アマロンはファリーヌの三角巾の切れ端を頭にのせて、店のショーケースをあさり始めた。

しかし、食べるものが何もないとキューキュー鳴いて怒り出した。

 

それが生前、新商品の開発に悩む自分達の尻を叩いて励ましていた妻の姿を彷彿とさせた。

 

 

『…何やってんだおれは。おれがアイツの魂を殺しちゃなんねェだろうが……!』

『お父さん?』

 

『店を開くぞ!おれ達の『魂の結晶』……『いちごのショートケーキどら焼き』を作るぞ!!』

 

 

店は再び看板を上げた。

 

シュクレは存在を隠さなくてはならなかったため、ガトーはショーンジに自分達の技術全てを叩きこんだ。

いつか、彼女がもう一度日の光を浴びれるようになった時、自分がいなくなっても彼がその全てを教えてくれることを願って。

 

 

 

 

 

 

(……それが……)

 

 

 

 

『今日も完売!やはりおれのスペシャルなスポンジと生クリームは天下一品だな!』

『抜かせ!おれの秘伝の餡子とどら焼き生地に練り込まれた厳選された蜂蜜の相性がだな…』

『どっちもあるからいいんだよ!まったくこのバカ職人共は……。』

 

 

ガトーの前にあるのはぐちゃぐちゃになった『いちごのショートケーキどら焼き』、

 

 

「ガフッ!!…う゛…待で……シュ…グレ゛……!!」

 

 

息も絶え絶えの息子、

 

 

『なかなか立派な仕上がりになったな!特に奥の畳の席が最高だな!』

『何を!?こっちのアンティークなテーブル席の方が素敵だ!!』

 

 

そして崩壊した店。

 

 

 

「お父さん!!ショーンジ―――!!」

「キュキュ―――!!」

 

『キュキュ!キュー!』

『うふふ!可愛いわよ、アマロン!』

『アマロン?』

『この子の名前よ。お母さんの三角巾もよく似合ってるでしょ!』

 

 

未来をつないでくれるシュクレも、亡きファリーヌが天から与えたアマロンも…

 

 

『純白のドレスもいいが、白無垢も捨てがたい…う~ん……』

『両方やればいいだろ!なんなら孫の服も男女揃えよう!』

『気が早ェだろマッチャ!!だがいいアイデアだ!!(グッ!)』

 

 

『あの子らはおれ達にとって何よりの宝だ。

 どれだけつぎ込んだって惜しくはないさ!!』

 

 

 

希望への投資金も全て無くなった。

 

 

 

 

 

 

どこまでも海賊らしい海賊に………踏みにじられ、奪いつくされた…

 

 

 

 

 

 

「…………うっ、ううっ!!……ォオっ……!!!

 

 

 

 ウオオオオオオオオオ――――――――――――!!!」

 

 

 

 

屋根の無い東屋のようになった店から、彼の無念の叫びが青空に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハハハ!あのジジイ吠えてるぞ!!」

「負け犬の遠吠えとはよく言ったもんだな!!!」

「…お父さん……!!」

 

 

海賊達は無様なガトーを笑うが、父の胸中を察するシュクレの瞳からは涙が溢れる。

そしてホレッポーはシュクレとアマロンに夢中でそんなこと気にも止めていなかった。

 

 

「ウフフ♡こ、ここ、恋人に、可愛いペットちゃんもできちゃった♡ウフフフフフ♡♡

 

 ね、ねぇねぇお嬢さん♡もしよかったら、これからお茶でも一緒に……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――もち…もち……

 

 

 

 

 

 

その時、シュクレの手を引く海賊が足を止めた。

固い土でできたはずの地面が()()()()()ような気がしたからだ。

 

 

 

「ん?なん……」

 

 

 

 

 

 

―――もちもちもちっ!!べちょっ!!

 

 

 

 

「!!?うわあぁ!!!」

「なんだ!?急に地面が柔らかく…!?」

「きゃあ!!」

「キュイ!?キュー!!」

 

 

突然大通りが()()のように柔らかくなり、海賊達はべたべたした地面に足を取られた。

バランスを崩した海賊に突き飛ばされ、シュクレとアマロンは粘着質なそれからなんとか逃れる。

 

 

 

「ぐおおお!?一体何が起こっ……」

 

 

 

 

 

「モチをかき分けろ―――!!船を前に進めるんだ―――!!」

「!?」

 

 

 

 

 

自重(じじゅう)で地面に沈むホレッポーの耳に飛び込んできた声に、彼は目の前を見る。

 

そこにはチェスの駒を連想させる甲冑を身に着けた小さな兵士達が、槍などの長物で柔らかくなった地面をかき分け、大通りを割り開きながらコグ船を進ませていた。

 

船が陸を進んでいる事にも驚いたが、彼が目を引いたのは兵士達よりも前を歩く大男の方。

 

自分よりも一回りは大きいその男は、とりもちに捕まった獲物のようにもがく自分や手下達とは違い、足にまとわりつくソレをものともせず平然と歩いていた。

 

 

 

「急げー!手を休め…おや?カタクリ様、モチに人が絡まっておりますね。いかがなさいます?」

「…!?い、今『カタクリ』って言ったか…!?」

 

 

大男の後ろで船を先導する兵士が発した言葉に、動けない手下の一人が顔を青ざめさせた。

そんな海賊達の事など歯牙にもかけず、大男はさらりと言ってのけた。

 

 

「気にせず道を開け。邪魔になるならモチごと引き裂け。」

 

 

大男は今そこでもがき苦しむ者達を『人』とは見ていなかった。

いや、人と認識していたとしても、今の彼には眼前にある命の生き死になどどうでもよかった。

 

 

「ついでにさっき始末した奴らも捨てておけ。持ち帰ってもゴミになるだけだ。」

「かしこまりましたー。船内にいる戎兵達!船上にあるゴミをモチの中へ捨てろー!!」

「はっ!!」

 

 

船上にいた兵士達はピシッと敬礼すると、せっせと大きな塊達を船の外へ投げ捨て始めた。

 

 

 

―――べちゃ!べちょ!

 

 

 

「!!?」

「な!?あ、あれは!!?」

 

 

ホレッポーとその仲間達はモチの中へ沈んでいくモノに驚愕した。

大きな塊の正体は人間であり、『シー・ジェット海賊団』の一味達だった。

 

その中には幹部の席に腰を据えるスピアの姿もあった。

 

 

「スピアさん!?ま、まさか…そんな……!!」

「やられちまったってのか!?ウチの幹部で懸賞金1億4000万ベリーのバケモンだぞ!?」

「…や…やっぱり…ほ、本当に本物なのか!!?」

 

 

目の前にある現実を信じられない海賊達の中で、先ほど『カタクリ』の名に震え上がった男だけが疑念を確信に変えた。

 

 

 

「…うおォい……どういうこった、コレは?

 おれ様のかわいい子分達がなぜこんな目にあってんだァ……!?

 スピア…!!お前ほどの男がこんな小せェ貿易船一つ落とせなかったってのか!?

 

 おォい!!デカブツ!!テメェ、おれ様の島でデケェ面しやがって何様のつもりだァ!!?」

 

 

足を完全に取られている状態でホレッポーはシュウシュウと蒸気をふかし、怒りを露わにする。

そんな彼に、大男の正体を知ってしまった手下が青ざめたまま声を上げる。

 

 

「船長!!そいつはダメです!!そ、その男はあの『四皇』の一味……!!

 『ビッグ・マム海賊団』最強の船員(クルー)………!!

 

 

 

 懸賞金10億超えの怪物!『シャーロット・カタクリ』です!!!」

 

 

 

『シャーロット・カタクリ』……その名に震え上がったのは海賊達だけでなく、大けがを負ったガトー達もだ。

 

新世界に住む者なら『ビッグ・マム海賊団』の異常さを知らない者はいない。

お菓子の為に島を、国を、人を蹂躙しては無茶な要求を提示し、『NO(ノー)』と答えればその全てを滅ぼすイカれた船長率いる海賊団。

中でも眼前の男、カタクリの音に聞こえしその強さと残虐さには誰もが怖気立(おぞけだ)つ。

 

実母である船長に忠実で、ひとたび彼女が命令を下せば赤子であっても(くび)り殺し、圧倒的な力をもって一国を灰燼と化す冷血な怪物として知れ渡っている。

この小さなセニシ島もしかりだ。

 

流石のホレッポーもそんな男が目の前にいる事に焦る。

 

 

「カタクリ…だとォ……!?なぜこんな小さな島に奴が!!?」

「せ、船長!!引きましょう!!なんでもカタクリは『未来が見える』ってとんでもない能力があるって話だ!!いくら船長でも勝てやしねェ!!!」

 

 

混乱していたホレッポーだが、部下の『勝てやしない』という言葉に眉が動いた。

相手が10億超えの怪物といえど、自分だってそれなりに名が通っているというプライドがある。

 

 

 

「勝てやしねェ!?おれよりもコイツの方が恐れられるほど強いってか!!?

 おれのかわいい子分共も、コイツが『最強』だと思ってるのか!?

 

 おれ様はコイツ以下だってのかァ―――!!!」

 

 

 

カタクリとの『差』に嫉妬するホレッポーは足裏のパイプから蒸気を噴射させ、モチの海を抜け出す。

 

ジェットの力で空中に浮きながら、名乗りを上げよう息を吸い込む。

 

 

 

が………

 

 

 

「"緑眼のホレッポー"?知らないな。戦うだけ時間の無駄だ、消えろ。おれは急いでいる。」

「んな!?何をわけのわかんねェ事を!?おれ様の名を知ってるなら今から自分がどんな目に遭うかわかってんだろ!!?」

 

 

カタクリは辟易したようにため息ついて口を開いた。

 

 

「『おれ様は懸賞金3億8500万、"緑眼のホレッポー"様だ!

 シャーロット・カタクリ!テメェの首を獲り、おれ様はさらなる海賊の高みへ登る!!

 ビッグ・マム海賊団を潰し、新たなる四皇となってやる!!』

 

 お前がそう言ったから、おれは返しただけだ。

 わかったらどけ。お前のような小物は飽きるほど見てきた。力の差は歴然だ。」

 

 

 

モチに捕まっている者達は噂の『未来を見る』という力を目の当たりにして息をのんだ。

にべもないカタクリに、ホレッポーの額に何本もの青筋が浮かんではブチブチと音を立てて切れる。

 

 

 

「力の差は歴然…!?ああ!!その通りだな!!

 

 

 お前は成すすべなくおれ様に敗北するんだからな!!!」

 

 

 

―――キュオオオン!!ドゴォ――――――ン!!!

 

 

 

宙に浮かぶホレッポーは上体を前に倒し、足のパイプから蒸気を噴射しながらカタクリへ突進した。

カタクリはジェット機のように突っ込んでくるホレッポーに対し、まったくその場から動かない。

 

 

 

「"ジェラシー・ブースター"!!」

 

 

 

 

―――ゴオォ―――――――――!!!ぐちゃっ!!!

 

 

 

カタクリの腹に突っ込んだホレッポーは、そのまま彼の体に大穴を開けて貫通した。

 

 

「うおおお!!?じゅ、10億の男の腹を突き破った!!!」

「まだだ!!"逆流噴射(リバースジェット)"!!!」

 

 

ホレッポーはジェット噴出孔の向きを変えて方向転換し、穴の開いたカタクリへ逆戻りする。

 

 

 

―――ぐちゃァッ!!!

 

 

 

そして、今度はカタクリの頭に突進し、その顔を吹き飛ばした。

 

 

「うわああ!!カタクリの頭を吹き飛ばした!!」

「10億の男を殺したぞ!!流石"ジェトジェトの実"のジェット人間!!ホレッポー船長だ!!」

 

 

『10億超え』超えを果たしたことに歓喜に沸き立つ海賊達にホレッポーは鼻高々にモチ化していない地面に降り立った。

 

 

 

「ハハハハハ!!なんだァ!?拍子抜けな弱さだったぞ!!!

 この程度で10億だと!?だったらおれ様の賞金額は大間違いだな!!

 

 奴の首を片手に海軍に思い知らせてやらねばならんな、野郎共!!!」

 

 

『10億』を超えた船長の姿に手下達も気が大きくなり、敗れたカタクリを笑い飛ばした。

 

 

「ギャハハハ!!その通りだ船長!!」

「けど船長、弱すぎたせいで持ってく首を吹っ飛ばしちまいましたよ!!」

「見ろよ!!立ったまま無様に死んだあの姿をよ!!!」

 

 

ホレッポーと部下達は腹と頭を失くしたカタクリを指差し嘲笑う。

 

 

「ハハハ!まずいな!頭がなけりゃ海軍にどう教えてやればいいか?

 

 そうだ!このままビッグ・マムとかいうのに無残な息子の死体を叩きつけてやろう!!

 そしてババァの首を今度はきちんと切り取って、海軍本部におれ様の恐ろしさを骨の髄まで刻み込んでやろうじゃねェか!!!」

「そりゃいい!!船長!!アンタがいれば怖いものなんかねェ!!」

 

 

「船長!!おれ達もついていきますから、このモチから出して……」

 

 

 

 

―――……もち…もち…

 

 

 

 

「!!?」

「…え……!?」

 

 

瞬間、ホレッポー達から笑みが消えた。

 

カタクリの欠けた肉体が、穴を塞ぐように癒着していく。

 

 

 

カタクリはまだ生きている。

 

 

 

 

 

―――もちもち…もちもちもち……!

 

 

 

「……時間の無駄だ……」

 

 

カタクリの体に空いた穴は何事もなかったかのように塞がり、見るも無残だった頭部もその端正な顔つきを取り戻した。

 

 

「うわあああ!!!体が元に…!?」

「ば、化け物だ!!」

「違う!!こいつも能力者なんだ!!やっぱり…引くべきです、船長!!!」

「………!!」

 

 

今まで自分の技をくらってまともに立ち上がった人間はいなかったホレッポーには、その光景があまりにも衝撃的すぎて固まってしまった。

 

一方、1秒の時間すら無駄にしたくない今のカタクリは、立て続けに妨害してくる敵に対し目に見えて苛立つ。

 

 

「……消えろ、おれは急いでいる。何故そう言ったかわかるか?

 

 おれはこの島に用はなく、そこのピアス野郎が進行妨害してこなければ明日の朝には故郷の土を踏み、妹の結婚式まで兄弟達との土産話に花を咲かせていた事だろう。

 それを身の程知らずにも攻撃してきたお前らを、黙って見逃してやろうとしたのは何故かわかるか?」

 

 

尖った目がさらに鋭くなっていくカタクリから、ピリピリと肌を刺すような威圧的な空気が放たれる。

その気に当てられた海賊の数人は意識を失い、モチの中へズブズブと沈んでいく。

意識を保てている者もいるが、彼らはむしろ気絶した仲間が羨ましかった。

 

それほど目の前にいる怒れる男の姿が恐ろしかった。

 

 

「……その時間さえ惜しいからだ!

 

 おれの弟は今この瞬間も、骨身を削って健気に国を守っているというのに!

 兄たるおれが、こんな箸にも棒にも掛からん輩に足を取られているなど……!!

 

 

 こんな不甲斐ない話があるか……!?地に背をつくも同然の"恥"だ!!」

 

 

怒気がビリビリと大気を揺らし、辛うじて意識のあった子分達は泡を吹いて気絶していった。

 

シー・ジェット海賊団で立っているのはもうホレッポー以外いない。

その彼も先ほどの威勢のよさは鳴りを潜め、体験したことのない『10億』の力に足がすくんでいた。

 

ナワバリも、仲間も、プライドも捨てて逃げようと思い立ち、パイプに空気を送り込もうとした。

 

 

 

 

―――ズブブ!

 

 

「!!?」

 

 

しかし、急に柔らかくなった大地がホレッポーの足を絡め取り、彼の思惑を阻む。

 

 

 

「遅い。()()()()()()()()()()()()()。」

 

 

 

カタクリはすでに、覚醒済みの悪魔の実の能力を発動していた。

彼のいる位置からまっすぐに、一本道の大通りがモチに変化し、激流のように流れていく。

 

 

 

―――もちゃっ!!

 

 

「んぶゥっ!?」

 

 

逃げようとしたホレッポーの全身がモチに絡み取られ、口もパイプも塞がれてしまった。

 

 

 

「取るに足らない島だ。素通るだけだったが、いよいよ我慢の限界だ…!」

 

 

 

カタクリは左腕を掲げると、どろりと溶けるように割れたその中から身の丈以上もある三叉槍を出現させた。それをくるんと回転させながら右腕に持ち替える。

 

すると、その腕がぷくーっと風船のように膨れる。

 

 

「チェス戎兵、下がっていろ。」

 

 

 

―――ギュル…ギュルル…!ギュルルルルルル!!

 

 

 

膨れた腕をねじり、高速回転する槍を海賊達が埋まっている道筋に向ける。

 

 

「おれが道を開く。」

「ん―――!!ん゛ん゛――――――!!!」

 

 

何が起こるかはわからないが命にかかわる事態だと察知し、ホレッポーは涙目でもがく。

それを無視してカタクリは槍を構える。

 

 

「"モチ"……」

「ん゛―――――――――!!!」

 

 

 

塞がれた口で命乞いするホレッポーに…

 

 

 

 

 

 

 

「"突き"!!!」

 

 

 

―――ドウッ!!!

 

 

 

 

閃光のような一撃が放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

―――ズドドドドドドドパァ――――――ン!!!

 

 

 

 

 

 

10億の男の一突きは海賊ごと島を真っ二つに割き、その先の海さえも水柱を上げながら割り開いた。

 

 

 

凄まじい衝撃がおさまった後、残ったのは真っ二つに割れた道とその間を流れる海水だけだった。

 

 

 

苛烈な一突きで、海賊が奪っていこうとした金品が店の前に散らばり、宙を遊んでいた大枚が降り注ぐ。

しかし、命よりも大切な友と集めた投資金よりも、ガトーは目の前にたたずむカタクリの姿に釘付けになった。

 

4億近い賞金首のホレッポーを一撃で仕留め、小さいとはいえ数万人が住む島を両断。

…これが『四皇』の一角を支える強さ……

 

自分達を支配していたホレッポー達が小動物に感じる程の圧倒的な強さだった。

 

 

 

「…道は開けた、船に乗れ。万国(トットランド)へ帰還する。」

「ひゃ~~~!カタクリ様いつ見てもシビれるお強さ!」

「そして我々を気遣ってくれるお優しさ~~~!」

 

 

黄色い声を上げる戎兵だが、急いでいたから自ら道を切り開いただけで別に戎兵を気遣ったわけではない。

しかし、周りはそう勝手に解釈し、押し問答が続く未来が見えていたカタクリはあえて何も言わなかった。

 

さっさと船に乗り込もうと踵を返した時、カタクリは荒れ果てたガトーの店に目を止めた。

 

 

 

「ちょうどいい。詫びになりそうなものがあった。」

 

 

 

店の入り口だった場所で倒れていたガトーは、カタクリが目に映すもの気づき青ざめた。

足音を響かせながら店の方へ近づいてくる猛獣に、無謀だとわかっていてもガトーはそれを守ろうとする。

 

 

「がふっ!!…や、や゛べろォ…!!この金は……こでだけは…!奪わな゛いでくでェ…!!」

 

 

満身創痍の体を這いずらせ、散らばったベリーをかき集めてその上に覆いかぶさる。

一撃で一個師団を全滅させん力を持つ男に対し、あまりにも無意味な盾となる父の姿にシュクレが叫ぶ。

 

 

「お父さん!!やめで!!!そんなもの無くてもいい!!にげてェ゛―――!!!」

「キュキュ―――!!!」

 

 

娘達の言葉にもガトーは動かない。

そして、カタクリも他人の事情など知らない。

 

故に足を止める理由もなかった。

 

 

(くそ…!海賊め……!!何故お前らは……何もかもを奪っていくんだ……!!!)

 

 

近づいてくる姿がスローモーションのようにゆっくりと映るガトーの目から、悔し涙がこぼれる。

 

 

 

(くそォ!!マッチャ……すまん…!!お前が守ったもの……おれは何一つ守れねェ……!)

 

 

 

カタクリはガトーの目の前まで迫り………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのまま彼の横を通り過ぎていった。

 

 

 

 

「……え?」

 

 

 

ぽかんとした表情でカタクリの姿を追うと、彼はほぼガラス片と化しているショーケースの中へ手を入れた。

 

そして彼がつまみ上げたのは、

 

 

 

 

唯一攻撃の手を逃れた『いちごのショートケーキどら焼き』だった。

 

 

 

 

それだけを手に店を後にすると、一飛びで船の上へと戻っていった。

 

 

「進め。」

「はっ!カタクリ様!万国(トットランド)へ向けて全速前進―――!!」

 

 

戎兵の号令に従い、船は裂けた道を進む。

船は島を抜け沖へ出ると、そのまま水平線の向こうへと姿を消した。

 

 

 

『怪物』を冠するに相応しい凶悪海賊は、ちっとも名に相応しくない(モノ)一つ奪って去っていった。

 

 

 

 

 

 

―――…ズズズズ

 

 

「キュ!?キュ―――!」

「きゃ!地面が……元に戻った…!?」

 

 

コグ船が消えたと同時に、モチ化した地面は道を割いたまま元の土の状態に戻った。

 

 

「な、何だ!?すごい音がしたと思ったら…大通りがなくなってるぞ!?」

 

 

カタクリが放った一撃の轟音に驚き、ようやく駆け付けた住人は消えた大通りに仰天した。

その後も続々と大通りへ人々がやって来る。

 

 

「なんだこりゃ!?島が分かれちまってるぞ!!?」

「あ!!ガトーさん達が!!」

「大変だ!!大丈夫か―――!!?」

 

 

 

 

 

その後、住人達に手当てを受けたガトー達は彼らに事の顛末を語った。

あの『シャーロット・カタクリ』が現れたという事実には皆震え上がったが、ホレッポー達が倒された事には島中が沸いた。

 

わずかに残っていた残党達はホレッポーがカタクリの怒りを買った末に敗れた事を耳に入れ、報復を恐れて島を捨てて海の果てへと逃げていった。

 

 

セニシ島は再び平穏を取り戻したものの、町や自然はすっかり荒れ果て、おまけに島自体が二つに分断してしまった。

 

 

「…ひどい有様だ。あの豊かだったおれ達の島が……」

「セニシ島の歴史もこれで終わりか……。」

 

 

島民はうなだれ、島を捨てて移住する覚悟を決めようとした。

しかし……

 

 

「バカ言ってんじゃねェ!おれ達が先祖代々受け継いだ技術はそんなやわじゃないだろ!!」

「ガトーさん……!」

 

 

ガトーだけはそんな彼らを鼓舞した。

 

 

「島が真っ二つになったくれェなんだ!おれとマッチャも間には溝しかなかった!

 それでも、おれ達は共に力を合わせて最高のお菓子を作り上げたんだ!

 

 こんなおれ達でさえ、だれにも壊せない伝説を築き上げられたんだぜ!

 最高の職人達が住まうこの島の伝統が、この程度の隔たりで滅びるもんか!!」

 

 

うなだれていた人々はガトーの言葉に頷き、立ち上がった。

 

 

「おれ達の未来はまだ潰えてねェ!その次を担う者達の為にも!必ず島を立て直すぞ!!」

「オオ―――!!!」

 

 

人々は一丸となりセニシ島の復興に尽力した。

 

 

 

 

 

このわずか数年後、セニシ島は『奇跡』としか言いようのない見事な復活を果たす。

 

ガトーの店は今まで以上に繁盛し、『新たな家族』も増え、共に店を支えていくのだが…

 

 

 

 

それはまた別のお話……

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

船室の外壁に背をつき、船の行く先を見つめるカタクリに戎兵が近づき話しかける。

 

 

『カタクリ様、あんなあばら家で何を?あの大金よりも良いものがありそうには見えませんでしたが。』

 

 

そう聞かれたカタクリは()()()()()()()()()、そう切り出してから答えた。

 

 

「カタクリ様」

()()()()()。トライフルが喜びそうなものはあった。」

 

 

そう言って、先ほど店から奪ったそれを戎兵に見せる。

 

 

「『いちごのショートケーキどら焼き』?あ~、確かに。トライフル様の好きそうな言葉が並んでる。」

 

 

戎兵が包装紙に書かれた文字に納得したように頷く。

 

 

「頑張る弟に、労いの一つでもしてやらないとな。」

「カタクリ様お優しい~~~♡きっとお喜びになりますよ、トライフル様!」

 

 

カタクリはお菓子を仕舞うと、今も献身的に働く弟が土産にどんな顔をするか思い描く。

 

 

「……そうだと、他の兄弟に悪いな……。」

 

 

カタクリは少し先の未来が見える。

たまに面倒だったり、ストレスになる事もある能力だが悪いことばかりでもない。

 

 

 

(……前は確か…魚人島のお菓子を食べた時だったな……)

 

 

 

他の兄弟がたった一度しか見れないものを、彼は二度見ることが出来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【……ん~!美味(ンま)♡んまいなァ、魚人島のお菓子は!なあ兄ちゃん!!】

 

『……ん~!美味(ンま)♡んまいなァ、魚人島のお菓子は!なあ兄ちゃん!!』

 

 

 

滅多にお目にかかれないトライフルの喜怒哀楽の表情。

 

 

 

 

(他の兄弟達にはすまないが……こればかりは役得だな…)

 

 

カタクリは襟巻きの下で密かに笑みをこぼした。

 

 

 

敬愛するカタクリの纏う雰囲気が穏やかなものになり、チェス戎兵達は彼の為船を急がせる。

 

愛する家族のもとへ、急がば間割(まわ)

 

 

 



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本編
『つまらない』はじまり


 

 

 

兄弟姉妹間で仲がよろしくない割合は、一説では三割といわれているらしい。

 

俺にも一応キョーダイなるものがいたが…まあ、こんな話をする時点でお察しだろう。

別に俺達の間に漫画レベルの差別があったとか、警察沙汰の暴力を受けるようなことがあったとかそんなことはない。

 

大体の家庭のキョーダイなんてものはそんなものだろうと思う。

そんな『あのキャラにはこんな暗い過去が!?』みたいな悲惨なことがなくたって、当事者の間にしかわからない態度、言葉、行動が決定的な溝になったりするもんだ。少なくとも俺はそうだった。

 

 

言葉が過去形なのは、俺は既に故人だからである。

 

 

死んだ理由は…まぁ、どうでもいいな。

災害、事故、事件、病気、寿命…人とは生きてるんだから必ず死ぬ。俺もその例外に漏れなかっただけだ。

 

未練はそこそこにあったが死んでしまったものはしょうがない。

キョーダイが~とか言ってたけどそんな殺伐としてたわけでもないし、家族仲は恐らく世間一般的な基準に相当するものだった筈だ。

 

故に俺はこの後、死んだ俺の魂がどうなっても別によかった。

天国なら天国、地獄なら・・・いや、地獄はやっぱ嫌かな。まあ、それ以外なら鳥に生まれ変わるなり、蛙になるなり、新たな生を全うすることもやぶさかではない。

 

 

 

…なーんて、思ってたんだけどね……。

 

 

 

俺が死んだと理解した時、そこは真っ暗で場所も俺の存在そのものさえあやふやに感じる空間だった。

手足があるのかさえ分からないまま、そこでぼんやりと過ごしていた期間はどれほどのものだっただろう。

一分にも満たないようにも感じたし、もう半世紀くらいはここにいるんじゃないかと、あるのかわからない脳みそが自身に問いかけたこともあった。

そんなちょっとした時間旅行を体感していたある日、俺は唐突に途轍もない息苦しさに見舞われた。

 

 

 

 

 

―――ゴボッ……!

 

 

 

 

 

…!?水だ!この空間一帯、水に侵されている!!!

 

あまりの苦しさにもがくが、相変わらず空間は真っ暗で出口はどこか、そもそもそんなものあるのかも全くわからない。

それでも俺はもがき続けた。だって苦しいんだもの、騒いで当然だ。俺はマゾじゃない。

 

とにかくここを出なければと必死になっていると、自分の体が空間から押し出されるような圧を感じた。

いや、これは果たして押し出されてるのか?もしや吸い込まれてるのでは?どっちにしてもその先、俺は助かるのか?

 

恐ろしくなりその場に踏みとどまろうと体に力をいれるが、謎の圧力は増すばかりで俺を空間からほっぽりだそうと躍起になっているようだった。

 

その間にも息は苦しいし、放り出される前に死にそうだ!いや、死んでるハズなんだが!

しばらくは踏ん張ったがもう限界だ。一か八かこの圧力に身をゆだねてみる!行きつく先に空気があれば勝ちだ!

 

 

そして俺は力を抜いた。

 

 

瞬間、俺は空間から出され、えらく窮屈な道を滑るように押し流されていった。

早く!早く!願わくば空気のある場所へと俺を導いてくれ!!

 

俺の願いは叶えられたのか、長い長い道の先にかすかな光を感じた。

 

 

出口だ!!どうか、この苦しみから俺を開放してくれ!!!

 

 

まばゆい光の向こうへ身体が押し出されると同時に、空気の振動を感じた俺はそれを吸い込もうと口を大きく開けた。

 

 

 

 

 

 

 

「ホギャー!」

 

 

 

 

 

 

 

!!!???

 

 

 

 

 

開いた自身の口から信じがたいものが飛び出した。

しかし、混乱しながらも肺は酸素を求めている。呼吸はどうしても止められなかった。

 

 

「ホギャー!オギャー!オギャー!」

 

 

息を吸って、吐くたびに響き渡るのは明らかに赤ん坊の泣き声。それが俺の口から出ている。

つまりこれは・・・もしかして・・・

 

 

「…んぎゃ、ふぎゃー!ほぎゃー!!」

 

 

困惑する俺に続いてもう一つ泣き声が響き渡った。直後、頭を抱えたくなるような言葉も響いた。

 

 

「産まれました!おめでとうございます!!元気な男の子と女の子です!!!」

 

 

おいおい、マジかよ…。

つまり俺は、これ、アレだ。

 

生まれ変わったってやつか…。

しかも、双子の兄妹で…。

 

今生でも俺はキョーダイというものと切っても切れないわけになるんか…。

まあ、いいか。どうなってもいいと望んだのは俺だし、人間に生まれたならキョーダイの一人や二人いるのは不思議じゃない。

ただせめて、仲良くはしたい。だってその方が楽しいし、人生が潤うじゃないか。

一緒に産湯で洗われながら、俺は赤ん坊だが妹に挨拶をすることにした。

 

 

(よろしくな。まだ名もない妹よ…ッッッ!!!???)

 

 

汚れを落とされ、視界がクリアになった俺の目に飛び込んできたのは…

 

三つの目を持った赤ん坊だった。

 

 

(ま、まさかの三つ目か、妹よ…。これから先苦労しそうだが強く生きろよ、俺も助けるから。)

 

 

とか思っていたら、産着を着せられた直後、母親らしき女が俺達を抱き上げ衝撃的な言葉を放った。

 

 

「生まれたよ。お前はもう用無しだ、とっとと消えな。」

「な!?リンリン!!待ってくれ!!お、おれの子をもっとよく見せてくれ!一度だけ抱かせてくれー!!」

(えぇー!!?出産直後にスピード離婚!!??)

 

 

すがりつく父親らしき男の声を背に、母親らしき女は俺達を抱えたまま彼を置いてけぼりにしていった。

なんちゅう親の元に生まれてしまったんだ、漫画映画みたいな家庭に生まれてしまった。すでに人生前途多難。

このお母ちゃんシングルで二人も育てられるほど余裕あんの?実はダメ夫だったの俺たちの父ちゃん。

っつか母ちゃんでかくないか?俺が赤ん坊だからそう見えるだけか?あとあんま日本人っぽく見えない。ここは外国?家の内装も洋風ってかファンシーだし。

 

生まれなおしたばかりながら、うんうんと考えていると俺達の前方から声が上がった。

 

 

「ママ!ついに生まれたんだね、おめでとう!」

「待望の三つ目族の血を引く子…私達の新たな兄弟!!」

「祝いの席を用意したよ!さあ、甘い甘い(パーティー)にしよう!」

 

 

バンッと音を立てて開かれた扉の先には、長テーブルいっぱいのお菓子の数々。祝いの言葉を贈る幅広い年齢層の男女達。そして…

 

 

「な~んて素晴らしい~日~♪」

「希少な血の一族♪その血を引く子供が~♪」

「二人も!生まれた~♪」

 

「お~め~で~と~♪」

「私達の~♪」

「おれ達の~♪」

 

「わ・れ・ら・が♪」

 

 

 

 

 

「ビッグ・マム!!!」

 

 

 

 

 

 

 

…歌う、無生物達……。

 

 

 

 

 

 

(なんだコレ…)

 

 

現実が現実離れしすぎている。これ何ランド?

あと滅茶苦茶足の長い女性が『私達の新たな兄弟』とか言ってたけど、あれ?もしかしてこの宴の席にいる人達(一部人なのかわからない奴ら含め)俺達の親類?多くね!!??

てか『ママ』って言ってたステッキの背高男、あなたも兄!?

見た目20~30位は離れているように見えるけど、あと足長女さんと顔全然似てないし、会場内の人々全員、全体的に顔も身体的特徴も似てない!!

似てないというよりもはやこれは種族レベルで違っているように見受けられる!

もしかしてさっきの俺達の父親らしき人物とのやり取りって毎回のルーティンなの!?これ皆、異父兄弟!!??

何これ人生ハードモードすぎィッッ!!!!!!俺も兄弟達も!!!

 

 

ぜぇ…ぜぇ…

 

 

一言も口には出してないが、脳みそでツッコミまくってしゃべりつかれた。

でもおかげで冷静になれたし受け入れた。順応性が高いのは俺の長所だ。

 

なるほどなるほど、これが今生の俺が過ごす世界なのね。ファンタジー。

喋るはずのない無生物達に魂が宿ることも、兄弟達の奇抜なファッションやメイク、髪型も割と普通な事のようだ。俺は是非そのセンスは遠慮したいけど…。

 

 

「お~よちよち!可愛い弟ちゃ~ん♡初めまして、ブリュレお姉ちゃんでちゅよ~、よろちくね~♡♡」

「ボヨヨン。ん~?こっちの赤ん坊は目が二つしかないぞ?ボヨヨヨン。」

「揺れるなボビン!折角の兄弟との御対面に眠ってしまっては台無しだボン!どうやら弟君はママの血が濃く現れたようでソワール。しかし、三つ目族の血を半分引いていることもまた事実!二つ目でも能力(ちから)が宿っている可能性は無きにしも非ず。今後の成長に期待すルブプレ。」

 

 

祝われる俺達双子は兄姉達に順番に抱かれながら、親族ではない友人か何からしき人達と共に初めましての挨拶をする。

なんか足の長い髭グラサンの男に『弟君』とか呼ばれたり扱いが妙に丁重だけど、もしかしてウチってお金持ち?

母親が男をそういう意味でちぎっては投げちぎっては投げするのも、環境的な理由?

 

つかそんなことより、どうやら妹の三つ目は別に変なことじゃないらしい。

むしろ変なのは俺のようだ。

よかったな妹よ、よく見りゃその目、円らでキラキラしていて綺麗だぞ。三つもあってお得だな。

 

 

「フフッ、いい子ね。…ところでママ、この子達の名前はもう決まったの?」

 

 

絵本で見るような悪魔の角のようなものが生えた女と、パンダの被り物した口が裂けた女が俺をあやしながら母親に問いかけた。

つーか母親、お菓子に夢中で俺らのこと全然気にもかけてねぇ。俺達兄妹お菓子以下?

 

 

「んあ?ああ、もう決めてるよ。三つ目の妹の方は……『プリン』!」

 

 

…なあ、母ちゃん。アンタ今めっちゃプリンアラモード食ってるけど、前から考えてたんだよな?

いや、そうだったとしてもいいのか?明らかに親のエゴ丸出しネームだけど。

親が好きな物の名前を付けるならいいのか?いや、限度はあると思う。

でもまだギリギリ大丈夫だろう。うん、可愛い名前だ。プリン、俺の妹。

 

 

「目が二つしかねえ兄の方は…」

 

 

いや、言い方!言い方!!

目が二つしかねえって言うけど、この宴の席を見渡してみてくれ。

プリン以外皆目ぇ二つしかねえよ!

俺が異端だって暗に言いてえのなら別に責めやしないけど、それで妹に過度な期待押し付けないでくれよ。

 

 

「…兄の方は……『トライフル』だ…。」

 

 

………それはひょっとしてギャグで言ってるのか?

それともガチか?嫌味なのか、母よ…。

 

そのお菓子の名の『意味』を知っててつけたのなら『悪意』がある。

 

 

「『プリン』に『トライフル』か。ハハッ!イイ名じゃねェか、仲良くやろうや。おれ達の可愛い妹と弟よ!」

 

 

一部の人間のトラウマ刺激しそうなピエロ顔男が、俺を高々と掲げて兄弟達の視線を集めさせる。

皆、笑顔で俺達の誕生を祝福しており、少なくとも母親のような打算に満ちた感情はその目にこもっていない。

 

なんてこったい…兄ちゃん姉ちゃん達は純粋に俺の名を呼んでくれてるんだろう。

母は…どうなんだろうな。この先の俺の成長次第ってとこなんだろうか?ぐぬぬ、試される期待値。

 

 

 

 

『トライフル』……俺はその意味を知っている。

 

カスタード、スポンジケーキにフルーツ、泡立てた生クリームを器に層状に重ねて作るイギリス発祥のデザート。

残り物やあり合わせの材料で簡単にできるケーキであり、故に『Trifle(トライフル)』…

 

 

 

 

『つまらないもの』という名前が付けられたお菓子である。

 

 

 

 

(…はあ、なんてハードモードな転生をしてしまったんだ俺…)

 

 

だが嘆いていても仕方ない。これが運命ってやつだ。

幸い兄弟達はこんだけ大勢いる割には仲がいいみたいだ。俺もその中に加われるならこれは幸福だ。

変な生物達もいるけど、この国は平穏そうだし、絵本のような素晴らしい世界なのだろう。

 

 

(今生は兄弟仲良く、平穏な生涯を送りたいものだ。)

 

 

 

 

 

しかし、俺は知ることになる。

 

俺の生家はそれはそれは強く恐ろしい海賊一家であり、この世界は俺もよく知っている有名漫画の世界であり、

 

 

その漫画の主人公率いる海賊一味に立ちはだかる、強大な敵の一つであることに…。

 

 

 

 




初めまして、作者です。
小説は今回が初投稿となります。至らない点など多かったと思いますが興味を持っていただけたなら大変うれしいです。

実はすでに『つまらないやつ』シリーズは5話分書き上げておりますが、細かいところで間違いや不自然がないか推敲したいタイプの人間なので、投稿はゆっくりめになると思います。
のんびりお待ちいただけると幸いです。

読んでくださりありがとうございました。


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シャーロット家の朝の風景

 

 

 

コツ、コツ、コツ、

 

 

広い廊下に靴音を響かせながら、男はまっすぐその部屋に向かう。

 

 

「開けろ、静かにな。」

 

 

目的の部屋の前で止まると、魂が宿るドアに話しかける。

扉は男に言われた通り静かに開いた。

 

部屋の主が返事をできないと知っている男は許可も求めず中に入り、閉ざされたビロードの遮光カーテンの紐を引いて、窓から薄暗い部屋の中へ太陽の光を招き入れる。

 

陽光は部屋に鎮座する豪奢な天蓋付きのベッドへと伸びていく。

 

ベッドを囲うレースカーテンの向こうには柔らかそうな大量のマカロンクッションが枕元を占拠し、遠めでも肌触りの良さが伝わるシルクのブランケットが微かに上下している。

 

男はベッドに近づき、カーテンを開けると天蓋の柱を持っていた杖でコンコンと軽く叩いた。

 

 

「可愛い弟よ、お目覚めの時間だ、ペロリン♪」

 

 

大量のクッションに頭を埋めてスヤスヤと眠る少年は、その声に瞼を上げた。

男はベッドの縁に腰を掛け、少年の顔を覗き込むように身体を傾け挨拶をした。

 

 

「おはよう、トライフル。昨夜はよく眠れたかい?」

 

 

目覚めた弟、トライフルは右目をこすりながらまず挨拶を返した。

 

 

「…ん…うーん……ペロス兄、おはよう。」

 

 

トライフルは上半身を起こし伸びをすると、軽くほぐすように体を動かし、兄・ペロスペローに自身の状態を告げる。

 

 

「うん、大丈夫。しっかり眠れたから体調も万全だ。」

「それはなにより。ならば朝食にしよう、ペロリン♪報告したいこともあるんだよ。」

 

 

そう言ってベッドから腰を上げたペロスペローは部屋を出ていった。

だがそのまま他の家族達が食事をしている広間へ向かわず、弟が身支度を整えるのを外で待っていることを知っているトライフルはすぐにベッドを抜け出した。

 

 

カランコロンと鳴り響く赤子用の玩具で結いまとめた、膝裏まである長い三つ編みを揺らしながら向かったのは洗面所。

 

蛇口から勢いよく流れ出る水を両手ですくい、顔をバシャバシャと音たてて洗う。

キュッとコックを捻って水を止め、ふんわりと毛が立ったタオルで水滴をふき取る。

 

 

「ぷはっ!……うん、汚れなし。寝ぐせなし…オッケー。」

 

 

洗面台の鏡に身を映し、身だしなみを整える無表情の少年は―――――――――

 

 

左目が潰れていた。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

俺が『シャーロット・トライフル(  お  れ  )』になってから十数年の月日が流れた。

 

いやー、さすが四皇『ビッグ・マム海賊団』。

たった十数年の間でそれはそれは、炭酸ジュースにポップロックキャンディぶち込むが如き刺激は味わいまくった。

 

前世の記憶を持ってたおかげで兄弟の言葉を赤ん坊の頃から理解出来た為、割とすぐにここがあの『ONE PIECE』の世界だと気づいたこと。

 

「あ、平穏望めねぇ。」と早めに夢砕かれ、さらにウチら海賊やで?カーチャン四皇ビッグ・マムやで?と発覚し「オワタ!」状態になったこと。

 

おれの生まれた『万国(トットランド)』はやっぱり世界から見てもおかしな国だってこと。お菓子だけに。

 

あらゆる種族が差別なく暮らせる国の筈が、特殊な体をした兄弟達は昔、よくいじめられていたこと。

 

俺の双子の妹プリンも例に漏れずそうなったこと。

そのせいで…いや、()()()()()()()あるんだろうけど、プリンの性格がちょっぴり歪んだこと。

 

…おれの左目が無くなったこと………

 

 

 

 

 

 

 

は別に大した刺激(こと)じゃねぇな。俺自身全然気にしてねぇし。(どーん)

 

そんなことより、そのおかげで三つ目族の能力(ちから)らしきものが現れたこと。

 

そして、おれ、なんとあの『悪魔の実』を食べて能力者になったことだ。

不味いとは知ってたが、不味かった!!!拷問かと思うほど不味かった!!!!!!

二度と食いたくねぇな!!!まあ次食ったら死ぬけど!!!

 

あとカイドウに会ったこと!

まだ幼かったおれは能力による補助目的でクイーン・ママ・シャンテ号に乗せてもらったが、すっげー迫力だった!海賊・四皇同士の戦い!おれ、死にかけたけど!!

 

あと最近の出来事なんだが、おれすっかり忘れてた!あの『事件』!

 

魚人島から、あの、『モンキー・D・ルフィ』が、

 

 

ビッグ・マム海賊団(おれら)』に宣戦布告かましてきやがった!

 

 

おれはその時、現場にいなかったのだが、後でプリンから聞いて『あ~!そういえば~!』って思い出した。ってゆーか、あん時ビッグマムの傍にいた三つ目っ娘ってプリンだったんだな。

『魚人島編』、懐かしい。

 

ちなみに俺は本誌でワンピ読んでて、最後に見たのは『ドレスローザ編』終わったとこ。

確かドフラミンゴ倒して、麦わら一味の懸賞金が大幅アップした話だな。

なんかサンジだけ手配書がおかしかったの覚えてるけど、アレ結局なんだったんだろ?

次号読めずに死んじまったからなぁ…、ゾウに向かってその後どうなったんだか。

 

でも、ちゃんと一区切りついたところで読み終われたのはよかった。

変なところで止まっちゃったら気持ち悪ぃーしな。ローとコラさんの話、よかったなぁ~。

ルフィと一緒にゾウへバルトロメオの船で向かってたけど同盟は終わっちゃったのかな?

でも麦わら一味はドレスローザで押しかけ子分出来たから、いつかそいつらとここへ来るかもな。

 

 

…ってこんなことのほほんと考えてると、主人公と戦うことに躊躇いは無いのかって言われそうだけど……

 

 

 

ぶっちゃけていうと無いね。

 

戦いに来るのならおれは『ビッグ・マム海賊団』として全力で迎え撃つ。

 

 

――――――ガチャッ

 

 

「ぺロス兄、おまたせ。」

「ペロリン♪有意義な時間だったよ。さァ広間へ行こう。」

 

 

―――なぜならおれは『シャーロット・トライフル』。

 

 

「別に付き添いなんかしなくていいんだぜ。暇じゃないんだし、毎度毎度大変だろ?」

「くくく、そういう一丁前な口は、ちゃんと広間まで辿り着けるようになってから言うんだな。」

 

 

今生のおれは、この国と家族を愛している。

だからおれは大切な彼らを守るために戦う。

 

 

悪に徹する覚悟は、とうの昔に出来ている。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

(アーサー)♪ (アーサー)

家具(カーグー)♪ (ハーナー)

 

 

「おはよう!」「おはよう~♪」「おはよう!トライフル様!」

 

「今日のお迎えはペロスペローさまだ♪」

 

 

ブンチャー♪ ブンチャチャ♪ ブンチャー♪

 

 

「アーサー♪朝♪新し~い朝♪素敵~な朝が来た~♪」

「どこに~?」 「決まってる~♪」「ここだよ!」

 

 

万国(トットランド)に♪」

「ホールケーキ(シャトー)に♪」

 

「私達の『ビッグ・マム海賊団』に♪」

 

 

(アーサー)♪ (アーサー)♪ ブンチャチャブンチャー♪

(カーガーミー)♪ (ハーナー)♪ 

 

 

「素敵~な朝♪」

「おいし~い朝♪」

 

「お待ちかねだよ♪」「誰が~?」「わかってるくせに~♪」

 

 

「素敵な兄弟達が待つ♪」

「陽気な朝餐会(デサジューノ)♪」

 

「さあ♪ドアが開くよ♪」

 

 

(ドーア―)

 

―――ギィ~~~~~~

 

 

「ス・テ・キ・な♪」

 

 

(ア~サ~)だ~よ~~~~~~♪♪♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………くか―――。」

 

『寝た~~~~~~!!!???』

「ハァ…やっぱり駄目だったな。まァ広間(ここ)までこれただけ上々か。起きろトライフル。」

「……ふがッ!?」

 

 

ぺロス兄に肩を揺さぶられて目が覚めた。いかん、また寝てしまった。

 

 

「ハハハ!おれの勝ちだ!いただくぞ、兄貴!」

「うぐ!?で、でも広間には来たファ!結果はドローってことでもう一度…」

「往生際が悪いわよ、オペラ兄さん。『トライフルが席に着くまで眠らなければ』と私はちゃんと聞いたわ。賭けはクラッカー兄さんの勝ちよ。」

「ぐぬぬ~、ガレットまで…。」

 

 

広間に目を向けるとクラッカー兄ちゃんが他より大きめのチュロスを悔しがるオペラ兄ちゃんの前から掻っ攫った。

どうやらおれがちゃんと広間まで来て朝飯が食えるか賭けてたようだ。

 

 

「トライフル!お前もうちょっと気張れよ!食いっぱぐれちまったファ!!」

「え~、だってここへ来るまでの間ずっとホーミーズが子守歌歌ってんだもん。」

「子守歌じゃな~~~い!!??」

「むしろ目覚ましソングだよ、トライフル様!!!」

 

 

なんか騒いでるホーミーズを無視しておれとぺロス兄も席に着いた。

 

 

「大体兄ちゃんも姉ちゃんも過保護だよ。おれ海賊だよ?みんな働いてる中でおれだけ何時間睡眠とってると思ってるんだよ。もはや過眠の域だぞ。」

「そう言ってやんなって。これもお前の為であり、ひいては私達の為でもあるんだよ。」

「ウィッウィッ!み~んなアンタが可愛いんだよ。素直に聞いておきな。」

 

 

コンポート姉ちゃんとブリュレ姉ちゃんにそう言われて渋々引き下がる。

 

こうなったのもおれが食った『悪魔の実』のせいだ。

おれの能力はこの『ビッグ・マム海賊団』において非常に重要性の高いものであり重宝されてるのだが、使うほどに俺自身への負担が大きいのだ。

その為、兄弟達はおれに対して過剰に世話を焼くのである。睡眠管理もその一つだ。

おれも自身の能力の有用性をわかっているので体調管理を怠るつもりは無いのだが、それにしても寝過ぎなような気がするんだが…。

 

おかげでおれは油断するとすぐ寝てしまう。

一人で起きると大抵は広間に辿り着けず廊下で寝てたり、酷い時はなぜか(シャトー)の外へ出ていて、コーンアイスの屋根に突き刺さっていたり、ジュースの川で溺れかけてたりもした。

 

最大の事件はホールケーキアイランド内を探しても見つからず大騒ぎになったときだな。

ちなみにその時おれは何があったのか、ヤキガシ島でクッキーの間にクリームと一緒にサンドされてた。

 

そんなことがあっておれが寝起きする際は兄弟の誰かが必ず付き添うようになった。

 

しかし朝までナイトフィーバーしたいティーンエイジャーにゃ酷って話しだぜ、ブラザー!

 

 

「ハハハ!じゃあ目覚ましに一つ面白い話してやるよ。」

 

 

モンドール兄ちゃんがニヤニヤ笑いながら人差し指を立てた。

 

 

「おれ達の可愛い可愛い妹…プリンがな……

 

 

 

 結婚することになったんだぜ。」

 

 

……………

 

 

 

プリンが……

 

結婚する……………???

 

 

 

 

「あ、ミュークル姉ちゃんミルクとって。おれのグラノーラ入ってない。」

「オイ、聞いてたか!?まだ寝ぼけてんのかオメー!?」

「失礼な、起きてるし聞こえてるよ。」

 

 

ミュークル姉ちゃんからミルク差しを受け取りながらモンドール兄ちゃんに返事をする

 

 

「たく、どんな話かと思ったら。そんなことでおれが動揺して目が覚めると思ったのかよ?」

 

ジャ――――――

 

「ギャ~~~~~~!!やめて~!ふやけちゃう~~~~~~!!!」

「トライフル、お前がミルクかけてるのワッフルだぜ。」

 

 

ぺロス兄の呆れた声にハッとしてテーブルを見ると、ワッフルのホーミーズが牛乳まみれになってた。

 

 

「おっとっと、手が滑った。大体今更、兄妹が結婚したのなんだので驚くわけないだろう。縁談なんてプリンにもいつ来たって不思議じゃなかった話じゃないか……ぐぎッ、このビスケット硬すぎない??」

「トライフル、それはソーサーだ。ビスケットじゃない。」

「お前表情以上に行動に動揺現れまくってんじゃねェか…。」

 

 

クラッカー兄ちゃんに言われてよく見ると本当に皿をかじってた。

てか表情以上とは何だ。確かに『トライフル』は表情筋が死んでるのかと思うほど無表情がデフォだが、そんな行動と差をつけるほどじゃねえ!おれは感情も表情も豊かだ!

 

 

「失敬な。動揺なんかしてない。これは、アレだ……。寝ぼけてんだ。」

「お前さっき起きてるって言ったろーが!!!」

「取り繕うの必死すぎファ!!!」

 

 

言い訳をやめたおれはがっくりとうなだれた。プリン…結婚かぁ……。

 

 

「あ~あ~…報告ってこれかぁそっかぁ…。いつか来るとはわかってたけど…。」

「気持ちはわかるさ。だがな、これはママが決めることだ、ペロリン♪だれであっても絶対なんだよ。」

「わかってるよ…おれだって一応結婚したしな。式当日に男やもめになったけど。」

 

 

ママが決める結婚は全部政略結婚なのだが、おれの結婚は完全に新婦側の武力目当てのそれだった。

故に式の真っ最中に新婦は親族一同共々お陀仏した。ビッグ・マムに慈悲など無いのだ。

 

おれがぽつりと呟いた言葉に広間の全員目を逸らした。うん、酷かったよなあの結婚。

 

おれの結婚相手の顔は、本当にワンピース美女界でも屈指といえるほど美人だった。

しかし、首から下がウルージ(破戒僧野郎)級のゴリマッチョで、ウチの最強次男坊よりデカブツだった。

 

当時、結婚相手の顔写真を見た一部の男兄弟達はおれをはやし立て、その後、全身像を見た瞬間、全員白目をむいた。

兄弟姉妹、全員白目をむいた。おれも「健康そう」って感想しかでなかった。

 

血塗れの結婚式が終わった後の兄弟達はいつも以上に優しかった。

 

 

「ま、まあ安心しろよ。マジな話じゃねェからよ。今回の『目的』はお前の時と一緒だ。」

 

 

引きつった顔のままモンドール兄ちゃんが話の続きを始めた。

 

 

「…?てことは『力』だけ?珍しい。そんなに相手は役に立たないやつらなのか?」

「いや、そうじゃない。此度は『得る力』が絶大だからだ。くくくく、やつらの持つ『科学力』と『軍隊』が手に入っちまえばもう用無しだ、ペロリン♪どうせ向こうもおれ達に従う気はさらさらないだろうしな。」

 

 

ぺロス兄がティーカップ片手に、ここにいない新郎の顔でも見ているかのように不敵に笑う。

 

ママは基本、戦力として換算できるもの、忠誠を誓う者は傘下としておいてやっている。

2年前に白ひげが倒れ、後ろ盾の無くなった魚人島を守るためおれ達に下ったジンベエ率いる『タイヨウの海賊団』や、おれ達に挑んできたもののすぐさま降伏した超新星(ルーキー)の内の一人、カポネ・“ギャング”ベッジ率いる『ファイアタンク海賊団』なんかがその例だ。

 

……正直、原作を所々うろ覚えながらも知っているおれは、この二人の忠誠には眉唾なんだよなぁ。

 

ジンベエは魚人島でルフィ達の仲間になる為、いつかウチとケジメつけるって確か言ってたし、チョロっとしか出てなかったけどベッジってキャラ的に…というか超新星(ルーキー)の奴らってどいつも誰かの下につきそうな感じしねーんだよな…。

 

けど、両者共にウチとは血縁を結んでいるからおれは特に進言はしない。

裏切りに対する報復の大義名分はその時点で得たし、何よりプラリネ姉ちゃんとシフォン姉ちゃんを悲しませるような真似をするならおれは容赦しない。

 

 

「ふ~ん。新郎一同も不憫だな、そんなすげー力持ってたばっかりにママに目ェつけられちまって。」

「キャハハハ!ママの一存じゃないのよトライフル!」

「そうだ!これは両家合意の婚姻!まァ、向こうは消されるなんて知らないだろうけどな、あははは!」

 

 

カンノーリを頬張りながら新郎を憐れんでいると、マスカル兄ちゃんとジョスカル姉ちゃんが長い首をゆらゆら動かして大笑いしながらそう話す。

 

 

「んあ?合意?よくわかんないけど有り余るような力持ってんだろ、何考えてんだ?」

「向こうが何を考えていようが知ったこと。どうせ式当日に死ぬのだから。」

「真の強者は立ちはだかる千の力だけでなく、時の流れさえ払いのける。それが出来なかった故に『ビッグ・マム』という大樹の陰に寄り掛かった。そういうことだ。」

 

 

流石は『鬼夫人』アマンド姉ちゃん、バッサリ切り捨てた。

当日も恐らくこの調子で相手を物理的にバッサリいくのだろう、怖ッ!!

レザン兄ちゃん、難しいこと言ってるけど、身内を上げまくって新郎側を落としまくってることだけは理解できる。

誰か知らねーけど新郎側不憫すぎる。まあ、おれもその哀れな子羊を屠る仕事させられるんだけど。

 

 

「んもう!トライフルおにー様ってば、そんなすぐ死ぬ虫けらさんの群ればっかり気にかけて!そんなどうでもいい人達のことより…キャハッ♡

 

カタクリおにー様もお見えになるのよ!!キャア~~~♡♡♡」

 

 

フランぺの最後のほうの言葉に他の姉妹達からも黄色い悲鳴があがった。(一部、兄弟達からも雄たけびがあがる。)

カタクリ兄ちゃん来るのか。久しぶりだな、ここしばらく大臣の仕事やら任務で国内にいないことも多かったからな。特に休んでる時間が多いおれは大体すれ違ってるし顔見るのも何日ぶりだろ。

 

 

「ほお~、そっかそっか。」

「淡泊ッッ!!うれしくないの!?カタクリお兄様に会えるのよ!!?」

「ぺロス兄、スムージー姉ちゃんやダイフク兄ちゃんやオーブン兄ちゃんは来ないの?」

「安心しろ、一大イベントだ。全員参加するに決まってる。」

「ちょっと~~~!!?私はカタクリおにー様の話をしてるのよ!?何勝手に他の兄弟の話を始めるの!?」

 

 

大好きなカタクリ兄ちゃんの話ができないことに苛立ったフランぺがおれに吹き矢を放ってきた。

おれはヒョイと簡単に避けるが、フランぺは連続で打ち込んでくる。全部避けれるけど容赦ねぇな。

 

 

「あぶねーな。てかフランぺ、お前こそカタクリ兄ちゃん以外に淡泊すぎだろ。」

「カタクリおにー様はみんなの憧れなのよ!!話の腰を折るおにー様が悪いわ!!!」

「おれだってカタクリ兄ちゃん好きだよ。けど一番じゃねーもん。」

 

 

そう言うとフランぺは信じられないという顔で机を叩き、立ち上がった。

 

 

「嘘!信じられない!!!じゃあトライフルおにー様の一番は誰なの!!?」

 

 

……そういう言い方をされると困る。

みんなの視線が集中しているのを感じ、持っていたプロフィトロールを口に放り込んでから手をこまねいた。

 

 

「むぐむぐ…う~ん、だれが一番って言われてもなあ………。

 

 

 

 

おれ、みんなのことが大好きだからだれか一人なんて決められねーんだよ。

もちろんフランぺ、お前のことも大好きだぞ。」

 

 

フランぺは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたが、しばらくすると「もういいわ。」と頬を膨らませたままそっぽを向いて座りなおした。

相変わらずこの妹は気分がコロコロ変わりやすい。

他の兄弟達も何故か笑っていたり、額に手を当て首を横に振ったりしている。

おれは真剣に悩み、考えているんだぞ。無表情だけど。

 

 

「……あ、でもプリンは別格で可愛いけどな。」

「おにー様のバカ――――――!!!台無しよ―――――!!!」

 

 

またフランぺが怒り出した。しかも今度はテーブルにあるもの手当たり次第に投げつけてくる。全部避けれるけど。

 

 

「大体『ベスト妹ーティスト賞』受賞の人気者の私を差し置いて、特別に可愛いなんてー!!!」

「お前が可愛いのは当たり前だろ。おれにとって弟と妹は可愛い、兄ちゃん姉ちゃんはかっこいいがデフォルトだ。

 

 

 ただプリンが可愛すぎるだけだ。おれの最初の妹だもの。」

「双子だから当然でしょー!!?完全なえこひいきじゃない!!そうじゃなければ私が最初の妹よ!!そうでなくても私が一番可愛いのよーーー!!!」

「フランぺ落ち着け!!!トライフルが怪我をしたらどうする!!!」

 

 

フランぺの近くにいる兄弟達が慌てて抑え込む。

というか広間をよく見りゃその可愛い妹がいねぇ。プリンの結婚が衝撃すぎて気がつかなかった。

 

おれは()()()()()()()()プリンを探してみた。

 

 

「……なんだママのところか。全部見る必要なかったな。」

「ペロリン…おい、トライフル。人探しくらいであまり力を乱用するな。どんなに些細な『疲労』でも積み重なればお前には負担になる。」

 

 

ぺロス兄他、モンペ属性持ちの兄弟達が窘めるようにおれを見る。

 

 

「だから過保護だって。使わな過ぎたってなまっちまうよ。軽い運動くらいしないとそれこそ身体に毒だ。いざという時にパッタリいっちまったら、大変なのはおれの大切な国と家族だ。…ごちそうさま。んじゃ、ちょっくらママにも挨拶してくるよ。」

 

 

残った紅茶を胃に流し込むと、そこへ向かうため広間を後にした。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「はァ…我々の弟は、おれ達がどれだけお前の事を心配してるのかわかってないから困っちゃうぜ。」

「ウィッウィッウィッ!アタシ達があの子に抱いている想いを、あの子も同じように持っているってことは確かよ、ぺロス兄。…だからこそあまり無茶はしてほしくないのだけれどね。」

 

 

 

 

あの事件からもう10年以上経った。

 

 

『トライフル!!』

『なんだコレは!?一体何があったんだ!!?』

 

 

されど兄姉達には今でも昨日起こった出来事のように、少年の無残な姿も、己の心臓をえぐるような痛みも怒りも鮮明に思い出せる、一匙の甘味もない苦々しい記憶。

 

 

『…もうトライフル様の左目は…』

『ねえちゃん…にいちゃん……』

 

 

今でも彼らはその言葉が忘れられない。

 

 

『      』

 

 

『……!!!』

『~~~~~~~~~ッッ!!!』

『ッッ…馬鹿ヤロウ………!!』

 

 

ある者は言葉を失った。ある者は声も上げられず泣いた。ある者は振り絞るような声で吐き捨てた。

 

その日、兄弟達は心に誓った。

 

 

もう決して…この愚かでどうしようもなく愛おしい存在に傷一つつけてなるものかと…。

 

 

 



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妹の結婚相手

※注意

単行本未収録の話に関係している部分があります。
ネタバレとしては微妙かもしれませんが、一応注意してください。

ネタバレ内容:プリンへの『お人形』発言の真意


 

 

 

~ホールケーキ(シャトー)『女王の間』~

 

基本この部屋にいるのはこの国の女王であり、おれ達の船長『ビッグ・マム』と彼女の(ソウル)を与えられたホーミーズ、『太陽の"プロメテウス"』、『雷雲の"ゼウス"』、『二角帽(バイコーン)の"ナポレオン"』。

あと食われることがほぼ確定しているお菓子のホーミーズくらいだ。

 

しかし、()()()()()()()

今この部屋の中にはそれ以外の人物がいる。

 

 

「おれだ。入ってもいいか?」

 

 

扉に入室の許可を得ると、ドアのホーミーズは部屋の主と交渉するように一時沈黙した後、「ドーアー♪」と歌いながら開いた。

 

部屋に入ると()()()()()()()()の人物達がいた。

 

 

「おはよう、ママ。プリン。」

 

「おやおやァ、誰かと思えばおれの可愛い可愛いトライフルじゃねェか。今日はマトモに起きられたみたいだね~。」

「トライフル!おはよう、調子はどう?」

 

 

この万国(トットランド)の女王で我らが母であり船長でもある『ビッグ・マム』こと『シャーロット・リンリン』。

そしておれの可愛い双子の妹『シャーロット・プリン』。

 

 

「快調だよ。それよりママ、広間で兄ちゃん達に聞いたけどプリンの結婚を決めたんだって…………ママ、今日顔色悪くないか?真っ白だぞ?」

「おいらゼウスだよ。ママはそっち。」

 

 

ママに話しかけたと思ったらゼウスに話しかけてた。

 

 

「おお、ゼウスおはよう。別に間違えてないし動揺とかもしてないぞ。お前に挨拶しようとしてたんだ、最初から。それよりこんなめでたいことを祝わないのは失礼だったな、ごめんな、妹よ。

 

 

 

 プリン……結婚おめでとう。」

 

 

 

「トライフル…そっちは壁よ。ホーミーズですらないわ。」

「ハーハハ、マママ!!動揺しすぎだよ馬鹿息子め!!!」

 

 

可愛い妹とママの声が遠く、背後から聞こえた。

おれはがっくりと膝から崩れ落ち、地面をドンドン叩く。

 

 

「ぐっ…!すまんプリン…お前の幸せを素直に喜べない弱い兄で…!」

「ちょっとトライフル落ち着いて!兄さん達から聞いてないの!?今回の事!!」

「聞いてるよ、おれの時と同じだろう?でも結婚するんだ、お前は人生で最高に綺麗になった姿で未来の夫と腕組んで将来を誓い合………

 

 

 あ、無理。もう吐きそう、臓物吐きそう。」

「臓物を!?そこまで!!?本当に落ち着いて!相手が死ぬ前にあなたが死にそうよ!?」

「お前の新郎が今すぐ死んでくれればおれは元気になるよ。」

「ママママ!勝手なこと言ってんじゃねェよ馬鹿息子が!新郎が死んじまったらおれの今回一番のお楽しみ……そう、

 

 

ウェディングケーキが食えなくなっちまうだろうが!!」

 

 

流石ママだ。戦力拡充より甘味の方が大事なんかい。おかげで正気取り戻したわ。

 

 

「ああ、ウェディングケーキね。まーたシュトロイゼン総料理長が厨房を戦場に変えるんだな。」

「そうさ!まだレシピを練ってるところだから食材集めはその後だがね。

 しかしリクエストはしてある!

 ハ~ハハハ、ママママ~♡今回のウェディングケーキは『チョコレートシフォンケーキ』だよ!あぁ~待ち遠しい♡♡」

 

 

政略結婚といえど、毎度ながらママなりにこだわりがあるらしく演出や衣装、特に目玉となるウェディングケーキにはティースプーン一匙分の惜しみも許さない。

このふざけた『お茶会』に毎回、多くの犠牲が出るのもそのせいだ。

 

おれのときは『シャルロットケーキ』だったが、ママがある限りの種類のシャルロットを食べたいとわがままを言ったせいで半端じゃない国と人が犠牲になったっけ…。

 

 

「チョコレートならプリンの専売特許じゃないか。新婦より厨房手伝ったほうがいいんじゃね?」

「さらりと諦めの悪いこと言ったわね。もう、ダメよ。ママの言うことは絶対よ!

 ……それにチョコレートなら私なんかよりずっと…。」

 

 

言いかけてプリンは口をつぐんだ。

この場で『その人』の名前を言うことはあまりにも命知らずな行為だからだ。

 

 

「…と、とにかく!ママが私って決めたんだから私は嘘でも結婚するからね!」

「お前の口から聞くとダメージがすげーわ。朝ごはん吐きそうだ…。」

「全ッ然そうは見えないけどな。」

 

 

うるせーぞプロメテウス、水ぶっかけんぞ。

 

 

「お~お~、いい子だプリン!さすが、おれの可愛い可愛い………

 

 

 

 

 

 お人形さんだねェ!!!」

 

 

 

 

 

その言葉でプリンの顔に影が差す。

 

プリンもおれも知っている。ママの言う『お人形さん』は決して子煩悩な意味で言っているのではない事を。

それでも、プリンは笑顔で顔を上げる。

 

 

「もちろんよ、ママ!私はママのためなら…」

 

 

「プリンはお人形なんかじゃねェよ。」

 

 

だが、おれは否定する。

例え絶対的な存在(ママ)でもおれにとってそれは譲れないものだから。

 

自分の言葉を否定するおれをママがギロリと睨む。

プリンは顔を真っ青にし、周りのホーミーズも一気に怯えだし、弱い奴はショック死した。

 

 

「ト、トライフル!何言ってるのよ!?訂正して!ママの言う通り、私はママの可愛いお人形でしょ!?」

「違うわ。誰が何と言おうとお前は人形なんかじゃない。」

 

 

ママの顔はギラギラとした笑顔だが、部屋中を満たすほどの怒気が溢れ出ている。

 

 

「ハ~ハハハマママママ…!じゃあ、なんだってんだい?言ってみな、大馬鹿息子(トライフル)!!!」

 

 

今更撤回は許さないという姿勢でママはおれに問いかけた。

言葉を誤れば息子であろうと容赦はしないと伝わってくる。

 

 

 

 

「………プリンは……」

 

 

 

 

 

 

 

だが、おれは恐れない。

 

 

 

 

 

 

 

「……目に入れても痛くないほど超絶に可愛いおれの妹だ。」

 

 

おれの心の底からの本音に、周囲は目を丸くした。

 

 

「まあ、おれ、目一個しかねェから入れたら何にも見えなくなっちまうけどな。」

『いやツッコミにくゥッッ!!!その発言!!!!!!』

 

 

つっこんでんじゃねェかママのホーミーズよォ。

 

 

「……ハーハハハハ!!!お前は本当にプリンの事となると盲目だねぇ!!お前もどうしようもねェほどに可愛い息子だよ、頭に馬鹿がつくがな!!マ~マママ!」

 

 

おれの言葉を兄馬鹿の戯言ととったママはあっさり機嫌を直した。

酷いぞ、ママ。おれは兄馬鹿じゃない、プリンが可愛いのはこの世の真理だろ。

 

 

「…ハァ、まったくトライフルったら。ママ、式の話はこれくらいにしましょう。私、そろそろお店を開けに行かなきゃいけないわ。」

「おや、もうそんな時間かい?じゃあしょうがないねェ、今日はここまでだ。トライフル、お前も体には気を付けるんだよ。」

「ありがとう、ママ。おれは元気だから運動がてら散歩でもしてくるよ。」

 

 

そうしておれとプリンは女王の間を後にした。

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「んもう!!ほんとーにびっくりしたんだからね!トライフル!!」

「うおっ、何だ急に?」

 

 

黙って廊下を進み続けていたら急にプリンが大声を上げた。

 

 

「ママに口答えしたことに決まってるでしょ!下手すれば能力使われたかもしれなかったのよ!?」

 

 

ぷんぷん怒っているが、その目には心配の色がありありと浮かんでいる。

 

 

「おれは真実を言っただけだ。」

 

 

真顔で答えるとプリンの顔がカーッと赤くなった。

余計怒ったか?いや、これは照れだな。

 

 

「…あ、あなたにとって私がか、か…可愛いっていうのが真実だとしても、ママに逆らうなんて自殺行為よ!……そりゃ…ママにとってトライフルは大事な大事な"宝物"だから、殺されることはないかもしれないけど…。」

「殺されねーからあんな口きいたってわけじゃねェよ。」

 

 

『俺』は一度死んでいるし、それをしっかり覚えている。

今更死ぬことになんかビビっちゃいねぇし、死ぬことより耐えがたいことが『おれ』にはある。

 

 

「大事な妹が傷ついてるのを知らんぷりして生きるほうがおれには辛ェんだよ、プリン。」

 

 

同調して嗤って生きたって、あとで死にたくなるほど後悔する。

 

 

 

 

『見ろ!こいつ三つ目なんだ!!』

『キャ――――――!!』

 

 

『やめ゛てよぉぉ~~~!!!』

 

 

 

 

お前が嗤われる謂れなんて何一つない。

 

 

 

 

『目が三つある!気味が悪いわ!!』

『バケモノだ!!』

『気持ち悪~い!!近寄らないで!!』

 

 

 

 

だからお前は傷つかなくていいんだ。

 

 

 

 

『おれの可愛い可愛いお人形さんだねェ!!』

 

 

 

 

 

 

その言葉がお前の真実ではないんだから。

 

 

 

 

 

 

「……あなたは昔っからそうね。」

 

 

プリンは困ったような顔で、しかし先ほど女王の間で見た作り笑いとは違う笑みを浮かべてクスクスわらった。

 

 

「当然だ。昔っからお前が可愛いから仕方ない。」

「そういう恥ずかしいこと真顔で言っちゃうとことかもね。」

「ホントーだぜ、お前は恥ずかしい兄ちゃんだなトライフル!!」

「おうニトロ、おれはオメーのそういうとこ大好きだぜ。ラビヤンに貼り付けて火ィ点けるぞコノヤロー。」

「なんでおれ巻き込まれンだよ!?何も言ってないのに!!」

「あははは!」

 

 

すっかり笑顔になったプリンとともに、おれ達は一旦(シャトー)を後にした。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「…本当に、昔っからそう……。」

 

 

幼い頃からろくな思い出なんてなかった。

この国のどこにいたって、私は異質な存在だから。

 

 

 

 

『三つ目のバケモノだー!!捕まえろ!!!」

『やめてよ~!来ないで~~~!!』

 

 

私を晒し者にしようする子達に追いかけられては嫌な目にあう。

そんな最低が私の日常だった。

 

 

 

 

けど………

 

 

 

 

―――ガンッ!ゴンッ!

 

 

『いってェ―――!!!』

『妹イジメんな。』

 

 

いつも必ず助けに来てくれる。

兄さん達から訓練を受けた、覚えたての棍を振りかざしながら。

 

 

『わあっ!?能面お化けがやってきたぞ!!』

『逃げろー!!』

『待て。』

 

 

―――ドドドドドド!!!!!!

 

 

『ウワァ―――!!?無表情なのにスゲー速さで追いかけてくるぞ!!??』

『コエーよぉ~~~!!!』

『もうプリンをイジメないって誓え。誓わなきゃ………え~と…うん、その…なんか。なんかするぞー。』

『何をする気だよッ!?』

『具体性がない分余計にコエェ―――!!?』

 

 

いたずらに傷つける事が好きなわけではないくせに、私や大事な人達の事になると誰よりも必死になって守ろうとする。

 

 

『帰ろう、プリン。』

『…ほっといてよ……!!』

 

 

でもあの頃の私は素直になれなかった。

双子の兄妹なのに、あなたと私はあまりに違いすぎて、幼い私にはあなたの全てが受け入れ難かった。

 

 

『私は醜い化け物なんだ…。』

『みんなそう思っているわ…。』

 

 

『トライフルはそう思っていないわ。』

『前にあの子はこう言っていたわ。』

 

『プリンの目は――――――……』

 

 

今はいない大好きな姉さんが教えてくれた、私が見ていなかったあなたが語る、『あなたにとっての私』。

今更意地っ張りを治せるはずもなくて、でも少しずつ、あなたの隣に立てるようになろう心に決めた。

 

 

 

それなのに……

 

 

 

 

 

 

 

『やめて―――!!!お願い゛やめ゛てぇ゛――――――!!!』

 

 

 

 

 

 

 

あなたの目は奪われた。

 

 

 

私のせいだ。

私があなたの優しさに甘えていたから。

あなたに守られるばかりで何もしなかったから。

 

 

『あ!!三つ目がいるぞ!!』

『知ってるぞ!!あの能面お化け、助けに来ねーんだろ!!?』

 

 

 

『化け物なんか庇うから死ぬんだ!!ギャハハハ!!!』

 

 

 

黙って笑われていた私のせいだ。

 

 

 

『うわああああ!!刺されたァ!!!』

 

 

もう黙って笑われてなんかやらない。

あなたが奪われてしまうくらいなら、私は自分をダマして化け物になる。

 

 

 

『…プリン……。』

 

 

 

これは私自身が選んだこと。

だけど、あなたはまるで自分がそうさせてしまったというような悲し気な顔をする。

 

 

 

『おれはお前の目が好きだよ。』

『だってすごく綺麗じゃないか・・・。』

『おれ以外にもお前の美しさ(それ)がわかるやつが絶対いる。』

 

 

 

『きっと…お前にそう言ってくれる人があらわれるよ…。』

 

 

 

そんな奴いないわ…。

でもいいの。

 

 

私には優しい大好きなお兄ちゃん(あなた)がいるから…。

 

 

 

 

 

「…ねえ、トライフル。お店(ウチ)に寄ってかない?私の渾身の新作チョコ、味見していってよ!」

「おー、いいのか?んじゃあ、遠慮なく食いに行こう。チョコは寝覚めにもいいしな。」

「おめーの寝ぼけ徘徊がチョコ食ったくらいでなおりゃ兄弟達は苦労しねーぜ。」

「よーしニトロ、カカオ島についたらラビヤンにくるんで海に沈めてやっからな。」

「だからなんでおれまで巻きこまれんだ!?」

「ふふふふ!」

 

 

だからあまり無理はしないでね。

疲れたなら私の甘い甘いチョコレートで癒してあげるから。

 

 

そして私達はラビヤンに乗ってカカオ島へ飛び立った。

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

香り高いカカオの風味。

なめらかな口溶けに、優しい甘味が舌の上に広がる。

それでいてジャムとビスケットのアクセントが効き、しかしチョコレートの存在を決して損なわない見事な調和を生み出している。

 

これはまさに……

 

 

「…幸せの味だぁ……。」

 

 

 

パシャッ!パシャッ!

 

 

 

「ふふ!やったあ!トライフルの笑顔、いただき!」

 

 

カカオ島のプリンの別荘宅にて、彼女の新作チョコを食べて悦に入ってると、それを作った本人が映像電伝虫のカメコでおれを激写していた。

 

 

「…撮られるたびに思うんだが、なんでおれの顔なんか写すんだ?」

 

 

ちなみにコレ、プリンに限った話ではない。

兄弟達はみんな連絡用電伝虫と共にカメコを携帯しており、使用頻度は低いが何故かおれの姿を撮るのだ。

 

 

「トライフルってば自覚無いのね…。あなたの表情が変わることなんて貴重すぎるのよ!

兄さんや姉さんから私達が赤ちゃんの頃の写真見せてもらった事あったでしょ?あの頃からあなたは無表情なのよ!

聞けばあやしても全然笑わないし、泣くこともほとんどなくてカタクリ兄さんとは違った伝説が生まれてたって話よ。」

 

 

失敬すぎないか?兄弟達。

確かにおれは赤ん坊の頃から記憶保持故の知性があったせいで、あんまりわがまま言った覚えはないはずだが、だからって感情まで殺してたわけじゃないぞ。

…まあ、確かに兄ちゃん姉ちゃんから見せてもらったアルバムのおれは結構な仏頂面かましてたけど…。

 

 

「初めて笑顔を見せたのは、あなたが髪に結び付けてるそのガラガラを貰った日って言ってたわ。」

 

 

プリンがおれの髪に括り付けた、赤ちゃんのおもちゃであるガラガラを指さし言った。

 

ちなみにおれは自分の戦闘スタイルを考えた結果、後ろ髪を膝の辺りまで長く伸ばして三つ編みにしている。

その結った三つ編みの先に、赤ん坊の頃にモンドール兄ちゃんからもらったガラガラをつけている。

 

戦闘以外にも、兄弟に迷惑かけないよう徘徊防止として役立っているのだ、不本意ながら。

 

 

「…おれは感情豊かなほうだと自負しているぞ。」

「その豊かな感情に表情筋が追い付いてねーんだよ。だからみんなカメコ構えてんだよ、お前のレアな顔芸収めるためによォ。ギャハハハ!!」

「よしよし、ニトロ。お前は本当に口が減らねェな、可愛いやつめ。

 ところでおれは今日、非常に体の調子がイイ。

 

 こっちに来いよ、ニトロ。()()()()()からよォ…。」

「ギャ―――!!?やめろマジで!!!」

 

 

テーブルの上にいたニトロがプリンの肩に避難した。

 

 

「逃げるこたぁねェだろ、ニトロォ?おれは可愛い大好きなお前を撫でてやりてェだけだぞ~?」

「声にどす黒い感情こもってんだよ!!絶対能力使う気だろお前ェ!!??」

 

 

ガタガタと震えながら、ニトロはかざしたおれの手から逃れるようにプリンの背後に隠れる。

おれの能力はホーミーズのお前らには効ィちまうからな、嫌だろうなフフフフ。

 

 

「ねえトライフル、そんなことよりどう?そのチョコレート??」

「そんなことより!?」

 

 

プリンの無慈悲な言葉に愕然とするニトロをおれ達は無視してチョコの話をする。

 

 

「うまい、うますぎる。お前、どんどんショコラティエールとしての腕前があがってるな。」

「本当?嬉しい!!」

 

 

頬を朱色に染めて喜ぶおれの妹、ほんと可愛い。

これだけの腕前があるんだから、もう長いこと穴が空いているこのカカオ島の『チョコレート大臣』の座につけばいいのに…。

プリンは戻ってきて欲しいんだろうな…、おれは戻ってきてほしくないんだけど…。

 

 

「これカフェの新作に出すのか?」

「いいえ、メニューじゃなくて壁の塗りなおしに使う予定よ。」

「壁かよッ!?簡単に食えねーじゃねーか、うまいのに!!!」

 

 

プリン含めうちの兄弟達はその職人気質ぶりを変な方向に発揮する。

クラッカー兄ちゃんのビスケット兵とかまさにそれだ。ビスケットにジャムは合うが絶対使うとこ間違ってる。

 

 

その後、プリンと駄弁りながらチョコをつまんでいてふと、あることを思い出し、紅茶を一口啜ってからプリンに尋ねた。

 

 

「そういえばプリン。お前の憎らし…いや、素晴らしい結婚相手って誰なんだ?」

「本音駄々洩れてんぞ。」

「黙れニトロ、撫でるぞ。」

「すいやせん!!!」

「あら?兄さんたちに聞いたんじゃなかったの?」

 

 

プリンは意外そうな顔をしてティーカップをソーサーのうえに置いた。

 

 

「なんか科学力だか軍隊だかをもらっておさらばってことは聞いたけど、どこの馬の骨かは聞くの忘れてた。」

「馬の骨って…。トライフルも知ってる奴らよ。

 前々からうちにアプローチしてた『ジェルマ王国』の王族一家『ヴィンスモーク家』。

 そこの三男坊が私の結婚相手なんですって。」

「『ヴィンスモーク』!?あの戦争屋か!確か失踪した息子探してるっつって、長いこと傘下(ウチ)に入るの有耶無耶にしてたけど…。」

 

 

なーるほど、どうやら見つかったらしいな、その失踪した三男坊が。

可哀想に、その息子とやらは。

 

おれらに殺されることだけを憐れんでいるわけではない。

『ヴィンスモーク』こと"悪の軍団"…『ジェルマ66(ダブルシックス)』にゃ、その失踪息子以外にも子供達がいるにもかかわらず、わざわざ長い年月をかけてまでその三男に拘った。

こりゃあ、どう考えてもヴィンスモークの親父はそいつを生贄にするために探していたんだろう。

ぺロス兄が『向こうも従う気はない筈』と言っていたが、確定だ。奴らもおれ達を利用する気なんだ。

 

それがわかると新郎になる息子への憐れみから一変、ヴィンスモークに怒りがわく。

 

 

「…無礼千万な奴らだ。おれの妹に『ゴミ』を押し付けようってハラで来やがって。楽にゃ死なせねぇぞ……。」

 

 

不要なものをプリンになすりつけて、てめぇらだけ甘い汁を啜ろうなんて厚顔無恥な野郎共め。

おれは大切な家族を侮辱されることが大嫌いだ。腸が煮えくり返るほどにな。

 

 

「…で、その見つかった三男坊なんだけど……。」

 

 

怒りを募らせるおれにプリンはフゥとため息一つついて話を続けた。

 

 

「そいつ、少し前にママを大激怒させた奴らのとこにいたのよ。」

「…ん?大激怒??いつの時だ?」

 

 

ママが怒っている事なんてよくあるし、怒らせりゃ碌な事態にならない。

『持病』のときは町が壊れまくるし、喧嘩売りにナワバリへ入り込んだ奴らは大体海の藻屑と消えた。

破戒僧野郎が来たときは流石におれもキレたけどな。スナック兄ちゃんの件はぜってー許さねェ。

 

 

「わりと最近のことよ。トライフルにも話したでしょ。ママが楽しみにしていたお茶会のメイン。

 

 

 

 

 

 

 魚人島のお菓子10(トン)全部食べちゃったってあからさまな嘘ついた海賊団。」

 

 

 

 

――――――ドクンッ!

 

 

 

 

その言葉を聞いた途端、心臓がはねた。

プリンからその話は聞いたし、おれは前世でそれを()()()()

 

 

「そいつ、その船でコックをやってたんですって。」

 

 

 

―――ドクンッ…ドクンッ…

 

 

 

…確か『彼』は言っていた。

おれの前世の中でも、相当古い記憶のそれで仲間達に話していた。

 

 

 

『ああ、おれ生まれは"北の海(ノースブルー)"だからな。』

 

 

 

ヴィンスモークは北の海(ノースブルー)に国土の持たない『ジェルマ王国』を築いた王家。

少年時代の『彼』は船上で見習いコックをしながら食料の価値を知らなかったり、自ら"Mr.プリンス"を名乗ったこともあった事から、こう考察する者もいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

"『彼』は北の海(ノースブルー)にある、どこかの国の王子様なのではないか?"

 

 

 

 

 

 

 

―――ドクンッ…ドクンッ…ドクンッ……!

 

 

 

 

 

 

 

まさかプリン…お前の相手、

 

 

ヴィンスモーク家の三男坊って……

 

 

 

 

 

「思い出した?そうよ。超新星(ルーキー)の一人でママに喧嘩を売った"麦わらの一味"。

 

 

 

 

 

 

 『"黒足"のサンジ』が私の婚約者よ。」

 

 

 

 

 

 

―――ああ、まさか。こんなにも早くなのか………。

 

 

 

おれはこの万国(トットランド)にかつてない嵐の到来を予感した。

 

 

 




評価、感想、誤字脱字報告ありがとうございます。

投稿初心者なため、タグ等が増える事があると思います。
「このタグ必要じゃない?」「これは注意喚起した方がいいのでは?」など気になるところがある方はどうぞお申し付けください。
必要だと思う場合は対処します。

お読みいただきありがとうございました。


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見通す先にあるものは

 

 

 

建物も人影も見えない、人工物の一切ない見渡す限りの大草原(パーフェクトグリーン)

 

青く晴れた空に、流れていく白い雲。

 

日は穏やかで心地よい風が頬を、髪を撫でて過ぎていく。

 

小鳥は歌い、蝶が舞い、草木は生い茂り、花が香る。

 

 

生まれた故郷とは違い、素朴で静かな一人きりの世界。

孤独だがまどろむには最適な空間だ。

 

あと少しだけ、この心地よさに身を委ねようと意識を揺蕩わせる。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――パタン!

 

 

 

「15分ジャストだ。」

 

 

響く声にパチリと目を開けると、見知ったいつもの風景。

 

晴れた空には日が高く上り、雨上がりでもないのに虹が差している。

産毛に当たる、そよ風が運ぶ甘いお菓子の香りは、不思議と口の中まで甘くする。

聞こえてくるのは賑やかな話し声、楽し気な歌声。

五感の全てに色を感じるおれの故郷。

 

ここはホールケーキ(シャトー)屋上。

 

 

 

「どうだ?気分は。」

 

 

座り込んで壁に背を預けて寝ていたおれの顔を覗き込むように、モンドール兄ちゃんが腰をかがめる。

 

 

「…大丈夫、悪くない。やっぱ昼寝は兄ちゃんの能力に限る。」

 

 

先ほどまでの穏やかな光景はモンドール兄ちゃんの本の中のものだ。

兄ちゃんの能力は本によっては、こんな癒し効果もある。

まあ、敵にはそれはそれはおぞましい使い方をされるがな。

 

 

「ありがとう、兄ちゃん。ふぁ~…じゃ、もう一仕事するか。」

 

 

あくびを一つして、おれの武器である棍を杖代わりにして立ち上がる。

たったそれだけの動作なのにモンドール兄ちゃんは渋い顔をする。

 

 

「……もう少し休ませてやりてェが、悪ィな…。」

「なんで兄ちゃんが謝るんだよ?ママ直々にくれたおれの仕事だぜ?普段が休みっぱなしなんだから、おれにも活躍させてくれよ。」

 

 

本当に過保護なんだから。

おれだって海賊なんだから、らしいとこを見せてやる。

 

棍を片手にタンッ、と地を蹴って、とろけた生クリームを模した高い壁の上に着地する。

前世なら考えられない跳躍力だ。これも兄弟達から受けたしごきの賜物だな。

 

遮蔽物がなくなり、先ほどよりずっと強く風を感じながら、目を閉じ、息を深く吸って吐く。

深く、冷静に。意識を集中させ、カッと目を見開いた。

 

 

 

「"先見之眼(ヴィルーパークシャ)"」

 

 

 

おれの中に流れる『血』の能力(ちから)の一端、お披露目だ。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

トライフルが能力を発動したのを見届けると、おれはその場を後にした。

 

今回は能力の発動範囲が限界まで使用されている。

精度が保てるよう集中を欠かねえようにしなければならないため、迂闊に声はかけられない。

身を粉にして働く弟に労いの言葉一つかけてやれない現実に歯噛みする。

 

 

 

「モンドール、トライフルの様子はどうだい?」

 

 

屋上から城内に戻ると、通路にかけてある鏡の中からブリュレの姉貴が心配そうな顔で声をかけてきた。

 

 

「…一応小休憩は取ったが、明らかに疲れは溜まってきている。

 立ち上がる際、半身に力が入ってなかった。それに、あのあくびはいつもの過眠からくるものじゃなく寝不足からきているモンだ。」

 

 

苦々しい気持ちのまま吐き捨てるように言えば、姉貴は弟を想ってうなだれた。

 

 

「ああ!心配だよォ…。あの子が倒れたりしちまったらアタシは……!!」

「…いっそ、倒れてくれりゃイイんだよ。ただ寝てるだけなら気が楽だ。」

 

 

睡眠とっているだけならだれも心配なんぞしない。

だが、その眠りがあいつ自身の命に関わっているとなると別だ。

 

いつぞやの、生死の境を彷徨い何日も目覚めない弟の姿を見るようなことなど二度とゴメンだ。

 

 

 

「"麦わら"め…!本当に万国(ココ)へ来やがったらタダじゃおかねェぞ!!」

 

 

 

トライフルはここ数日、ほとんど不眠不休で()()()()()()()見張り続けている。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

数日前、この国の女王『ビッグ・マム』の依頼で()()()を製造していた科学者が、研究施設の崩壊とともに姿を消した。

ビッグ・マムの依頼した薬は彼女の悲願であったために諦めることなどできるはずもなく、彼女は自身のもつ強力な情報網を駆使して科学者『シーザー・クラウン』をわずかな期間で発見した。

 

しかし、シーザーはビッグ・マムに敵対を宣言した男の船に乗っており、一旦船を沈めてからシーザーを引き上げようと攻撃するもうまくかわされ、そのまま逃げられてしまった。

 

 

取り逃がしはしたが、思わぬ良い誤算があった。

 

 

失踪した息子を探し、ずっと婚姻という傘下入りを渋っていた者達のその探し人が、逃げた船にシーザーと共に確認できたからだ。

これにはビッグ・マムも、息子を探していた相手も諸手を挙げて喜んだ。

傘下入りの話はとんとん拍子で進み、後はビッグ・マムの娘『プリン』の婿になる男、『ヴィンスモーク・サンジ』を連れてくるだけになった。

 

サンジとシーザーを乗せた『麦わらの一味』の海賊船はうまく逃げおおせたつもりだったが一つ大きな失態を犯し、さらに彼らは『ビッグ・マム海賊団』がいかなる組織か認識が足りなかった。

 

 

 

逃げる麦わら一味達は迂闊にも逃走先を聞かれてしまい、しかもその地は数多の種族で構成されるビッグ・マム海賊団船員(クルー)の一人の故郷だった。

 

 

そこでサンジは()()()()()()()()()()()()()()を突き付けられ、残していく仲間達に後ろ髪を引かれながら『麦わらの一味』を離脱した。

 

 

 

 

海で対峙した日から一週間後、幻の島『ゾウ』にてサンジとシーザーはビッグ・マムの手中へおちた。

 

 

 

 

 

 

 

《可愛い我が子達よ!とうとうおれの元にあの『ジェルマ』の力が手に入る日が来た!》

 

 

ホールケーキ(シャトー)の会議室にて、ビッグ・マム直通の電伝虫から告げられた言葉に集められた兄弟、戦闘員達は歓声を上げた。

 

 

《ハーハハハマママ!これから式の準備と共に、"例の計画"を進める!前々からお前達に言っていたあの計画をね!

その為の会場の準備、招待状の手配、それからおれのお楽しみ♡ウェディングケーキの材料の確保!!シュトロイゼンがレシピを完成させたからね、各々ぬかりなくやるんだよ!!》

「もちろんさママ!ペロリン♪例の施設は設計図を基に7割は出来ている。シーザー君が到着するころには芸術的に完成させているさ!ペロリン♪ペロリン♪」

「"鉄の体"を持つと言われるジェルマの改造人間共を殺すための武器も用意できているわ!」

《ママママ!さすがおれの子達だ!他に言うべきことはないようだね、ならばこの調子で……》

 

 

 

 

 

「"麦わら"への対策はどうするんだ?」

 

 

 

 

 

その場にいた者達は皆一斉に、その声に振り向いた。

 

棍を肩にかけ腕組みし、椅子に片膝を立てて座る少年、トライフルは電伝虫から目を逸らさずに問う。

 

 

「タマゴ達の報告からだと婿殿は結婚を渋っているんだろ?しかも不在の船長に許可も得ず単身で来るそうじゃないか。これがあの"麦わらのルフィ"の耳に入ったら一味引き連れこの島へ乗り込んでくるかもしれないぞ。」

 

 

トライフルのこの発言に会議室はにわかにざわつきだす。

 

 

「オイオイ、馬鹿言ってんじゃねーぞトライフル!お前、ここがどこだかわかってるか?『四皇』のナワバリでママがいる本拠地だぞ!?そんな場所にホイホイ簡単にくるような奴が…」

 

 

「ここ2年で4人はいたな。

 

 やつらも"超新星(ルーキー)"だった。」

 

 

自分の言葉を遮るように紡いだトライフルの言葉に、モンドールの片眉がぴくりと動いた。

トライフルは少し目を伏せ、なおも話を続ける。

 

 

「…2年前のエニエス・ロビーで起こした奴らの行動にはおれ達だって驚いたはずだ。

 

 170に及ぶ世界政府加盟国に…いや、『世界そのもの』に宣戦布告し、"司法の島"を焼き落とした。」

 

 

あの日、新聞の一面で見た事件を思い出し、その場の誰とも知れずごくりと喉を鳴らした。

 

 

「その後、自分の兄、"火拳のエース"処刑を阻止するためにあの大監獄"インペルダウン"に侵入し、多くの凶悪海賊と共に生きて出て来やがった。

さらにあの頂上戦争にまで参戦し、旧マリンフォード壊滅の一旦を担い、"火拳"どころかあの"白ひげ"さえ倒れたなかで生き延び、崩壊した一味を復活させた。」

 

 

兄弟、戦闘員達は顔を見合わせ、2年経っても色褪せない"新時代到来に至る事件"を思い出し、息をのむ。

 

 

「行方知れずだったシーザーを捕らえていたのはだれだ?

 一度はウチらの攻撃を逃れ、あまつさえ反撃までしやがったのはどいつだ?

 あの"ドンキホーテ・ドフラミンゴ"が失墜し、未だにその余波が世界中に広がっているのはだれのせいだ?

 

やつは…"麦わらのルフィ"は超新星(ルーキー)の中でも飛びぬけた馬鹿だ!

 

 

おれ達は今、その馬鹿の仲間でも古株のやつを手の内に置いている…。

すでに四皇(ママ)に宣戦布告もしている!

 

 

 

たった一人の人間を取り返しに、万国(ココ)へ乗り込んでくる可能性は大いにある!!」

 

 

 

事の重大さを示すように、彼は電伝虫の向こうにいる船長へ警告した。

先ほどの喜びに包まれた空気は嘘のように消え、静かな会議室で多くの者達が彼の不遜な態度に冷や汗をかく。

 

 

《………トライフル、それはお前の能力ででも()()ものかい?》

 

 

期待半分と、生意気にも意見したことに少々の怒りを含んだ声でビッグ・マムは息子に問いかける。

兄弟達はビクリと恐怖に肩を震わせるが、当の本人はそのような様子はおくびにも出さない。

そもそも彼は母の怒りに怯えてすらおらず、飄々とした様子で答えた。

 

 

「いーや、そうだったら今すぐにでもママを海賊王にしてやれるんだけどねェ…。

これはおれという一個人の意見で……ただの()()だ。

 

でもさっき言った通り、やつの今までの行動から考えればありえなくもない可能性だ。

どうするかはママが決めてくれればいい。

 

 

 

 ママが決めたことに、おれは従うよ………。」

 

 

揺らがないトライフルの決意に、少しの沈黙の後、電伝虫から笑い声が響いた。

 

 

《ハーハハハハハハ…ママママ…!!いい子だトライフル…!

お前の左目が今もちゃんとそこにあったなら、どれだけの貢献をおれにしてくれたことだか…。

 

 

トライフル、お前のその能力を買って特別任務を与えてやる。

 

 

"麦わら"の妨害に備えて、ホールケーキアイランド…いや。

 

 

 

この万国(トットランド)全てを見張りなッッ!!!》

 

 

 

ビッグ・マムがトライフルに課した任務に、その場の者達がどよめいた。

 

 

「なッ!?す、全てだと…!!?」

「そんな!!ママ!現れるかもわからない相手に…!!」

 

 

「期限は?」

 

 

狼狽する兄弟達に対して、トライフルは至極冷静に返した。

彼はすでにその任務を請け負う覚悟をしており、兄弟達はその堂々とした姿に驚きで目を見張る。

 

 

《今回の結婚式を……『ジェルマ暗殺計画』を確実に遂行させるまでだ!!

それまでに奴らが現れれば……その都度、お前達に指示するよ…!》

「わかった、まかせてくれママ。屋上の一角は借りるよ。準備に支障がないようにはするから。」

《ハーハハ!じゃあ解散だ!各自、自分の任にあたりな!!》

 

 

おろおろする家族達を尻目にトライフルはあっさりと返答し、ビッグ・マムも満足げに会議の解散を告げて電伝虫の通話を切った。

トライフルは椅子から立ち上がると、屋上へさっさと歩を進める。

 

 

「待て!トライフル!!」

 

 

その背を兄弟達は声を荒げて呼び止める

 

 

「お前ってやつは……!なんて無茶を承知したんだ!!」

「そうだよ!しかも結婚式が終わるまでだって!?あと何日あると思ってるんだい!?」

「ママに言って今からでもやめさせよう!」

 

 

皆の呼びかけに足を止めたトライフルは振り返らず答えた。

 

 

「……"エニエス・ロビー"、"インペルダウン"、"マリンフォード"。

麦わら達がぶっ壊してきたものは、おれ達が()()()()()()()()()()()()って思ってたものたちだ。」

 

 

それは海軍という正義が世界中の人々に示してきたもの。

絶対的な権威、結束、信頼、無敗を誇る力、弱き者達へ約束してきた安寧と守護。

 

それが10人にも満たない小さな海賊団に滅ぼされた。

 

 

 

「おれはこの国が……家族がもしも"そうなる"と思うと………。

 

 

 それが何よりも怖いんだ…。」

 

 

 

実の子である自分達さえ恐ろしいと思う母に微塵の怯えも見せなかった弟の背中が、まるで幼子のように小さく兄弟達には見えた。

 

トライフルは彼らに向き直ると、とても分かりにくいが、しかしどこか困ったような笑顔でそこにいる者達に懇願した。

 

 

 

「皆には迷惑かけるけど…おれ頑張りたいんだ。

 

 

 頼りにしてばっかで悪いけど……馬鹿な弟のわがまま、聞いちゃくれねェかな…?」

 

 

 

そんな風に言われてしまっては、もはや誰も何も言えなかった。

 

 

 

 

兄弟達はトライフルを止めることを諦める代わりに、休息の時間だけは設けてほしいと母に嘆願した。

ビッグ・マムもトライフルの能力事情はわかっているため、そこは了承した。

 

しかし、一日に総合して2、3時間程度という微々たるものだった。

それでも兄弟達の心遣いが嬉しいとトライフルは兄や姉に感謝するのだ。

 

国の為に粉骨砕身する少年にしてやれることの少なさにやるせなくなる兄弟達や家族同然の戦闘員達は、こうなる原因を作った麦わら一味に日を追うごとに憎しみを募らせていった。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「……ふぁ~っ!うぅ…眠っ!」

 

 

まさか自分が2時間しか寝てないわ~、なクソアピール野郎になる日が来るとは…。

しかし集中、集中!

 

数日前、クイーン・ママ・シャンテ号の帰還と共に"黒足のサンジ"がこの島へやって来た。

 

紙面上のルフィ達がどれくらいの日数でゾウに辿り着いたか、『俺』は知らないからサンジを追って万国(トットランド)にやってくるまでの正確な日時はわからない。そもそもゾウへ行けたかもここへ来るのかどうかもわからない。

 

それでも、この世界が間違いなく『ONE PIECE』の世界であり、寸分の狂いもなく彼等が原作通りの道筋をたどっているのなら、絶対にここへ来る。

そうじゃなければ、麦わらの一味は仲間を一人失うことが確定なんだ。

 

『俺』の知っている『モンキー・D・ルフィ』なら絶対にそんなことはさせない。

今の『おれ』はお前とは敵の関係だが、それでもお前のそんなところは信じている。

 

 

「……だから失望させてくれるなよ…。」

 

 

前世のファンの期待を裏切るようなマネはしないでくれ。

そんな気持ちでおれは目を凝らした。

 

 

 

―――ザザー…ン ザザー……

 

 

 

目に映る風景はナワバリウミウシの念波に引っかからない、少しだけ遠くの海。

現在おれの能力で視える限界範囲だ。

 

すぐに引き離されたため、顔もよく知らない父から受け継いだ『三つ目族』の真の能力はこういうものではないらしいが、おれはドレスローザにいたヴァイオレットことヴィオラ姫の"ギロギロの実"の能力に似た使い方ができる。

 

鳥かごに覆われたドレスローザで大活躍していた"千里眼"だ。

 

彼女がどこまで見通せるのかは知らないが、おれの場合は万国(トットランド)から少し遠く程度までだ。

ただ範囲内ならばかなり細部まで視ることができるから、荷物に紛れて密航なんてことなら未然に防げる。

千里眼っつーかクレアボヤンスっていうのかな?こういうのは。

 

 

 

―――ザー…ン…ザザーン……

 

 

 

しっかし、敵影はおろか小舟の影すら視えねえな。

まあ、四皇のナワバリと知っていてやってくるような怖いもの知らずは井の中の蛙(ルーキー)どもくらいか。

 

 

 

そんなことを思っていた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

―――ザザー……【……おお…ん!】…ザー…ン…

 

 

 

 

 

 

 

波の音に混ざって、何か泣き声のようなものが聞こえた。

 

 

「…!!どこだ!?」

 

 

おれの目は視ることは得意だが、遠く離れすぎた場所だと範囲内であっても音声は聞き取りづらくなる。

ここ数日の溜まった疲労も相まって、余計に感度が悪い。

 

 

「けど…逃がしはしない……!」

 

 

この日が来る時まで温存していた力を加えて、さらに全てを見通す。

 

 

(……見えた!)

 

 

そして奴らがいるであろう海に目を凝らし、視えたのは……

 

 

 

 

―――【うお…おぉ……ん!】…ザザー【…っかりし…!!…フィ~~!!!】ザーン…

 

 

 

 

直線状にカカオ島がある海の向こう……『俺』にはすっかり見慣れたスループ型帆船……

 

 

 

 

 

『サウザンドサニー号』だった。

 

 

 

 

 

「ったく!!噂をすれば…ってか!!」

 

 

 

それを捉えた瞬間、おれは電伝虫の受話器を上げた。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

《緊急連絡!!緊急連絡!!!こちらトライフル!モンドール兄ちゃん!至急、電伝虫を全通話可能状態にしてくれ!!》

 

 

自分専用の電伝虫の受話器を上げたモンドールは、その向こう側から聞こえた声と言葉に眉を吊り上げた。

 

 

「っ!!マジかよ…!とうとう奴が来たってのかッッ!!?」

 

 

声を荒げつつ能力を展開し、兄弟及び称号持ちの戦闘員の番号が記載された電話帳からコードをのばし、集められた大量の電伝虫に繋げた。

 

 

―――プルルルル、プルルルル…

 

 

ガチャッ! ガチャッ。 ガチャ!

 

 

《こちらペロスペローだ。》  《クラッカーだ。》

    《オペラだ。何の用ファ?》 《コンポートだよ。》

 《こちらガレット。》 《"騎士(ナイト)"タマゴ男爵でスフレ。》

   《ボヨヨヨン。"僧正(ビショップ)"のボビン。》

《ブリュレだよ!》《モスカートだ。どうした?》 《…"(ルーク)"ベッジ。》

 

 

目を閉じて念波を送信する電伝虫達が、次々と目を開けては声を発した。

コール音が鳴りやみ、全ての電伝虫が通話状態になったところでモンドールは自分の電伝虫に話しかけた。

 

 

「全員に繋がった、いいぞ!」

《こちらトライフル!非常事態発生により、兄弟及び重要戦闘員へ緊急連絡!

カカオ島より直線状の海にて敵影確認!掲げているのは海賊旗、海賊船だ!!

 

マークは『麦わら帽子をかぶった髑髏』!!

 

間違いない!麦わらの一味だ!!!》

 

 

見張り番である弟が放った言葉に、電伝虫の向こう側にいる者達がにわかにどよめいた。

 

 

《まさか!?本当に来たって言うのか!!?》《信じられん!》

 《ですがトライフル様の目は確かでソワール!》

《馬鹿だとはあの子も言ってたけど…。》《本物の馬鹿だねえ、麦わらってやつは!》

 

「兄貴達!ちょっと落ち着いてくれ!まだトライフルが話してる途中だ!」

 

 

興奮気味に語り合う電伝虫達をなだめるようにモンドールが声をあげる。

 

 

《敵の数を確認する!少し待っててくれ……って、ん?…んんんん???》

「??おいどうした?トライフル?」

 

 

受話器から聞こえるトライフルの訝し気な声に合わせて、電伝虫の表情もそれに類する。(実物の顔はどうかわからないが)

 

 

《…あ、いや、とりあえず乗組員(クルー)な…。えっと…まず……この女は、

 "泥棒猫"『ナミ』を確認。》

《"泥棒猫"…麦わらの仲間にいたな、確か。》

《まあ麦わらの船に乗ってるんだから麦わらの仲間しかいないファ。》

 

《いや、そうでもないみたいだぜオペラ兄ちゃん。》

 

 

当たり前だと思って発した言葉を否定するトライフルに、オペラの頭に疑問符が浮かぶ。

しかし、トライフルは特に理由を応えずに敵の数を確認する作業を続けた。

 

 

《続けて麦わらの仲間、"ソウルキング"『ブルック』確認。

さらに、なんでコイツが乗ってんのか知らないけど……

 

タマゴ、お前が一番知ってるだろ。うちに昔やって来た歴史の本文(ポーネグリフ)泥棒だ。》

 

《!!?ま、まさかッ…!!》

 

 

タマゴ男爵に通じる電伝虫が息を吞む。

 

 

《5年前お前の左目を奪ったジャガーのミンク族"ノックス海賊団"『キャプテン・ペドロ』確認。》

 

 

《…!!ペドロ!なぜお前が…!?》

《なに、タマゴ、よくよく考えればわかることさ、ペロリン♪

麦わらが花婿殿達と落ち合おうと約束した場所はミンク族が住む島"ゾウ"だっただろう?

ペドロはその島の出身だ。ベッジ達が話していた"例の件"で恩義に報いようと同乗したとしても不思議ではない話だ。ペロリン♪》

 

《ぺロス兄の予想通りだと思うぞ。女のウサギのミンク族も確認できた。》

 

 

流暢に独自の見解を述べるペロスペローにトライフルが同意した。

 

 

《…なるほどな。さっきのお前のセリフはそういうことファ。》

 

 

オペラの頭から疑問符が解消された。

 

 

《きっとゾウで味方につけたんだろうさ。あの種族は変に義理堅いところがあるからねえ。》

《……アンタが始末したぺコムズとかね、"(ルーク)"ベッジ。》

《…奴と比べれば、おれとアナタ方との縁は遥かに浅いでしょう。しかし今回のことは全面的にぺコムズに非があった事はご理解頂きたい!麦わらに肩を持つミンク族の巣の真っ只中ですぜ!?あそこでアイツを黙らせなければ"黒足"を連れてくることはできなかった!》

 

《あ~、話割ってすまん…ガレット姉ちゃん、そのぺコムズなんだが……

 

 乗ってるぞ、麦わらの船に……。》

 

『…ハアッッッ!!!???』

 

 

言いにくそうに伝えたトライフルの言葉に、兄弟達は思わず声をあげた。

 

 

「何やってんだアイツ!?」

《まさか麦わらへの恩のためにうちを裏切ったのかい!?あのライオンめ!!》

《待て待て、ブリュレ。断定するには早計だ。ベッジの報告通りならぺコムズは相当な手負いの筈。ここへの案内役を無理矢理させられても逆らうことは不可能だろう。奴らにいいように使われてるだけかもしれん。》

 

《…クラッカー兄ちゃん。ぺコムズ、その敵とめっちゃ仲良さげにメシ食ってるんだが……。》

 

《何やってるんだあの亀野郎がァ――――――ッッ!!!》

 

 

折角庇ったのに、見事に裏切られたことにクラッカーがキレた。

しかし、怒っているのは他の者達も同じだった。

 

 

《…ボヨヨヨン…。ぺコムズ、裏切ったのか?

 麦わらに恩だ??

 トライフル様にだって()()()()があるはずだぞ?お前は……。》

《そーさ!!!口を開けば奴ァトライフル様トライフル様って慕っていたのに!!》

《…もしそうなら…許せないわ……!!》

《み、みんな!落ち着くんだ!…トライフル、大丈夫か?》

 

 

多くの者が沸々と怒りを滾らせるなかで、モスカートは冷静にトライフルの心の内を案じた。

 

 

《…ちっとばかし距離が遠すぎてね。会話がうまく聞き取れないんだ。だからぺコムズがなんでそこにいるのかはわからない……。けどさ………

 

 

信じてやろうよ。アイツとおれ達は家族も同然なんだからさ。》

 

 

長年の付き合いである者に背信の疑惑が出ているにも関わらず、念波越しのトライフルの声色はひどく凪いでおり、ぺコムズの事を心から信頼していることは顔を見ずとも明確だった。

家族達は「トライフルがそう言うなら…」と一旦ぺコムズの件は保留することに決めた。

 

 

《んじゃ続けて…こいつも麦わらのとこの奴だけど…"わたあめ大好き"『チョッパー』確認。》

「あァ?なんだそのふざけた二つ名は?」

《ペロリン…そいつ確か麦わらのペットじゃなかったか?手配書に100ベリー懸けられてたけど…。》

《ガキのこづかい稼ぎじゃねーんだから…数えなくていいだろ。》

 

《いや、ママが気に入ったらコレクション入りかなと思って……。》

 

 

ペットを敵に換算することに怪訝な表情をしていた兄弟達だったが、そう考えると納得した。

珍獣マニアの母が気に入るなら生かして捕らえるのが妙案だ。

 

 

《よし。そいつはママに指示を仰ごう。》

 

《……んーと…乗組員(クルー)は以上だ。後は何も乗ってないな。》

 

 

言い終わった弟の言葉に皆目を見開いた。

 

 

《以上!!?もっと派手な賞金懸けられてた仲間もいただろう!?なんで連れてこなかったんだ!!?》

《怖気づいたのか、我々を相当なめてかかっているのか……

 後者なら麦わらは余程苦しんで死にたいようだな、ペロリン♪ペロリン…♪》

 

 

億越えの高額賞金の懸けられた正規メンバーが一人も乗っていないという事実に、手練れで沸点の低い戦闘員達の電伝虫がピキピキと青筋を立てる。

 

 

《……あー…その船長なんだけどよォ…。乗ってることには乗ってるんだが……。》

 

 

二重の念波越しからも伝わる家族達の怒気に、トライフルは若干まごついて『真実』を伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

《………今、死にかけてる………。》

 

 

 

 

 

 

『……………はああ~~~~~~ッッ!!!???』

 

 

 

 

 

ビッグ・マム海賊団、本日一番の驚きの喚声が念波を通して(シャトー)に響いた。

 

 

 

 



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お役御免!

 

 

 

……いや、おれァ確かに『麦わらは超新星(ルーキー)随一の馬鹿』って言ったよ。

 

言ったけどさァ……。

 

 

 

 

喧嘩売った相手の玄関先で自滅するほどの馬鹿だとは思ってなかったぞ!!?

 

 

 

 

 

《どういうことだトライフル!?船長が死にかけてるって!!?》

《ウチに来る前にどこかで交戦したのか?》

《だとしてもなんで船長()()死にかけてるんだ!?説明がつかねェ!!他の奴ら暢気(のんき)にメシ食ってんだろ!?》

 

 

兄弟達まで大混乱じゃないか…。

会議室で大見栄切った自分が恥ずかしいわ………。

 

 

「……おれの目で視た限り……こいつは毒に侵されてるな。」

 

《毒ゥ!!?なんで船長だけ毒にやられてんだ!?》

《やっぱり交戦して運悪く船長だけ毒矢か何か当たっちまったとか?》

《フグでも釣りあげて丸飲みしちまったとかー?アハハハハ!!》

《おいおいニューゴ、冗談言ってる場合か。ペロリン♪おれ達とは比べモノにならないが、それでも一応5億の首が懸かってる一船の船長だぞ。ママに喧嘩売ったとはいえ、そこまで馬鹿なワケ……》

 

「……おれこの症状を起こす毒物、知ってるわ…。

 フグじゃないけど魚の毒だ。食ったら死ぬやつの…。」

 

『大馬鹿かッッッ!!!???』

 

 

本日三度目の兄弟達のハモリが響いた。

続いて《冗談で言ったのに……》というニューゴ兄ちゃんのばつの悪そうなつぶやきが聞こえた。

 

とりあえず視える限りの状況と、前世にて記憶しているルフィの性格を結び付けて仮説を立ててみる。

 

 

「…麦わらの症状と船内のゴミ箱に捨ててある魚の残骸から視ても明らかだ。

 こりゃ、熱々海(ねつねつかい)の"ヨロイオコゼ"の皮を口にしちまったんだろう。」

 

《ヨロイオコゼって…あんな毒々しさ丸出しの魚の皮をなぜ何の疑いもなく食うんだ……。》

 

 

そうだよな、ダクワーズ兄ちゃん。そう思うよな、普通。

だけど『俺』は知っている。ルフィがそういう奴だって事を。

 

 

「船内を確認したが、…冷蔵庫にも倉庫にも食料らしきものが視当たらない。

 何かの手違いで食料が底をついちまったんだと思う。

 食糧難のなか、熱々海(ねつねつかい)でやっとこさヨロイオコゼを釣り上げたってとこかな。

 

 ……メモのついた魚図鑑とレシピがキッチンに置いてあるから、船員(クルー)達はちゃんと処理したものを食べたみたいだけど……

 

 麦わらだけ待ちきれなかったのか、船員(クルー)の言うことを聞かなかったのかで…猛毒の皮を食ったんだと思う。」

 

《…その予想が正解だとしたら、本当に馬鹿じゃねぇか……。》

《麦わらの一味はこんなんが船長でよく今日までやっていけたわね…。》

 

 

本当だよな、麦わら船員(クルー)の有能さをひしひしと感じるよ。

食の問題に関してはスペシャリストのサンジがこっちにいるから致命的だしな。

 

 

《そもそもなぜ船医を乗せていない!?医術を心得た者無しに船を出すなど無謀の極みであるからして!》

《てゆーか、ヨロイオコゼの毒って摂取したら即死じゃなかったかしら?》

 

 

ヌストルテ兄ちゃんは憤慨してるが一応いるんだよね、船医…。

しかしポワール姉ちゃんの言う通り、ヨロイオコゼの毒は巨人族でも即死するレベルの猛毒だ。

即死の毒に特効薬なんてあるわけないから腕の良い船医が乗っていてもまずどうすることもできない。

死なせてしまっても誰も悪くはないだろう。しいていうなら食ったやつが悪い。

 

 

「けど、生きてるんだよ姉ちゃん。かろうじてだけど……。信じられねェが抗体持ってるみたいだな。

 あとヌストルテ兄ちゃん、一応医学を心得たやついるみたいだよ。処置は施されてる。

 

 けど、その抗体と解毒処置による延命もここまでだ。

 

 解毒薬は底をついちまったようだし、…解毒効果のある薬草の類も確認できない。

 抗体も万能じゃないみたいだ。抵抗力がなくなって麦わらの容体はどんどん悪化している。

 

 これじゃ、一番近いカカオ島に着く前にポックリいくぞ。」

 

 

至って穏やかで過ごしやすい気候の中、芝の生い茂る甲板で「さぶい…さぶい…」とうわ言を言いながら震えるルフィの傍らでチョッパーは薬を求めて泣き叫ぶことしかできないでいる。

即死の猛毒にどんだけ解毒剤つぎ込んだって意味ないんだから気に病まなくてもいいと思うぞ。

 

 

《……はあ~~~馬鹿馬鹿しい。これが5億の男の最期とか。》

《こんなのに負けたとか"天夜叉"が哀れになってきたわ…。》

《勝手に死んでろ。ったく、トライフルの今日までの苦労は何だったんだ……。》

 

 

言わないでタブレット兄ちゃん、おれが一番この状況に顔を覆いたいんだから…。

 

 

《アタシは納得しないよ!あいつらのせいで可愛い弟が今日までどれだけ骨身を削ったと思ってんだい!?八つ裂きにして晒し上げにでもしなきゃ気が収まらないよッ!!》

 

 

兄弟達から大切にされている自覚はあるが、その中でも特におれを溺愛しているブリュレ姉ちゃんは、目の前まで来てあの世へと進路変更しようとする麦わらに憤慨している。

 

…苦労はしたけど、おれ自身は報復なんて望んでないから別にどうでもいいんだけど……。

 

 

《まあ落ち着けブリュレ。そのことは全面的におれも同意するが、ペロリン♪残念ながら毒に当たっちまった麦わらは殺す前に死んじまうだろう。我らが弟を大変かわいがってくれた礼は、ペロリン……♪

 

 

 

 

 

 麦わらの死体と、その亡骸に縋りつき慟哭する惨めな残党共にしてやろうじゃないか!》

 

 

 

 

 

長兄の悪辣極まりない提案に、弟妹達は歓声をあげて同意した。

 

 

《それがいい!おれの"プレッツェル"で麦わらの首を切り落とし、胴体を幾千万の刃で貫き、切り刻んでやろう!》

《ずるいぜクラッカー兄ちゃん!おれ達も遊ぶなら麦わらの方がいい!!》

《そうだそうだ!"泥棒猫"は弱そうだし、殺し甲斐がなさそうだもんよ!》

《女と動物とひょろいのしか乗ってないんじゃ張り合いないしな。》

《だったら死体でも、船長をいたぶる方が幾分楽しめるな。》

 

《ならその猫女とウサっ()はアタシが殺るよ!かわいいお顔を引き裂いて、大鍋でじっくり煮込んでスープにしてやろう!ウィッウィッウィ!》

《ブリュレ様、おれも連れてって。お腹ワニペコにしておくから猫とウサギのスープ飲ませてください♡》

《姉さん、私も小娘がいいわ。泣いて惨めに許しを請うまで痛めつけてやりたいのよ。》

《『許しを請うまで』なんてガレットってば、許してって言われてもやめないくせに性悪~。》

 

《…ペドロのことは私めにお任せ願いたく存ジュール。奴とは…因縁があります故……。》

 

《なんでもいい!とにかくおれ達は奴らへの不満が溜まりに溜まってる!

 麦わら一味をぶっ殺して、憂さを晴らせりゃそれでいいんだよォ!!!》

 

 

電伝虫の向こうから聞こえる残忍な会話と笑い声を聞きながら、おれは"先見之眼(ヴィルーパークシャ)"を解かずに海の向こうにいる彼らを視続ける。

 

 

 

―――【薬草が足りね…よ゛ー……島をみつけねーと……んまっ!】

―――【ルフィ~……死にそ…なの?】

―――【………川が……きれいだ………】

 

 

 

大分万国(トットランド)に近づいてきたから声もかなりはっきりと聞こえるけど、やっぱりマジで状況悪そうだな、ルフィ達………。

 

兄弟達はこの様子だから、わざわざ船を沖に出して助けに行ってやろうなんてことはまず無い。

もう一度船内を視ても、他に仲間もいないし延命に使えそうな薬も道具もやっぱり無い。

 

万事休すとはまさにこのことだ。

 

 

「…呆気ない……。」

 

 

『俺』はドレスローザ編終了以降の物語は、死んでしまったためにまったく内容を知らない。

ルフィがヨロイオコゼを食ってしまったことは『俺』が死んだ後も続いているであろう『ONE PIECE』でも起こる出来事なのか?

そもそもここへ来るという事自体、ちゃんと原作に沿った話なのかわからないし。

 

 

なによりも『おれ』……『シャーロット・トライフル』の存在はこの世界にどれだけ影響を及ぼしているのか。

 

 

もし原作の方にもビッグ・マム海賊団に『トライフル』という全く同一の人物がいるとしたら、おれは『転生』というより『成り代わり』に近い存在だろう。

そんなキャラクターは一切存在しないとすれば、『トライフル(おれ)』の存在は完全なイレギュラー。

 

どちらであったとしても、『傍観者』だった者が『当事者』として介入してしまった世界はどれだけ原作を逸脱するのか、はたまた何も変わらず描かれた運命通りに進むのか見当もつかない。

 

 

だが『おれ』という存在が、この世界に僅かでも歪を生じさせたとしたら……

 

 

 

 

 

ルフィがここで死ぬ確率はゼロではない。

 

 

 

 

 

 

 

「本当にここで終わる気か…?」

 

 

 

 

 

こぼれた疑問を拾ってくれるものは誰もいなかった。

 

 

 

 

《トライフル、お前ももう能力解いて戻ってこい。29番タルトから念波をキャッチしたと連絡が入った。奴らの情報はおれ達が伝えておくからお前は部屋で休んでろ。》

 

 

能力の性質からウチでは司令塔役として活躍するモンドール兄ちゃんから、任務終了のお達しが下った。

 

 

「ん~…すっきりしないけど、しょうがねェか……。わかったよ兄ちゃ………」

 

 

 

―――【ウチの『偵察船(タルト)』だガオ!!…うまくやるから…黙ってろ!】

 

 

 

能力を解こうとした刹那、ぺコムズの声にそれをとどめた。

 

 

(タルトがもう?早すぎないか……?)

 

 

あまりにも行動が早すぎることを疑問に思い、もう一度サニー号の周辺を視渡した…。

 

 

 

 

 

 

―――【…麦わらの一味の船と見受ける……】

 

 

 

 

 

「ッッッ!!??」

 

 

その船…いや、()()()()に張られた帆に息をのんだ。

 

 

「…なぜわざわざその船へ接触を……!?」

 

 

《さあ!おれ達も解散だ!各自、自分の持ち場へ戻……》

 

「待ってくれ!!みんな!!!」

 

 

慌てて受話器に向かって声を上げ、兄弟達を引き留める。

 

 

《あァ?どうしたトライフル。お前もさっさと……》

 

「ちょっと黙っててくれ!様子がおかしい!!もう一度確かめる!」

 

 

兄弟を静かにさせて再度集中すると、それぞれの船の者達は甲板越しに顔を合わせて何やらもめていた。

 

 

 

―――【…頼むよ!解毒剤くらい…あるだろ!!?】

―――【……頼みます!!どうかルフィさんを……!!】

―――【……私に人助けの趣味はない……】

 

 

 

…どうやらチョッパー達は解毒剤を恵んでもらおうとしているみたいだが、頼まれてるほうは拒否しているようだ。

 

相手が悪すぎたな、麦わら一味……。

そいつらは任務じゃなきゃ働かない集団だ。大枚はたけば交渉成立するかもしれんが…。

 

無償の善意で動いてちゃァ、戦争屋なんてやってけるわけねーから当然……

 

 

 

―――【ケチくさい事言ってんじゃないよ!!!】

 

 

 

「ええッッ!!?」

 

《!?どうしたトライフル!!?》

 

 

血も涙もないと言われる奴らのはずなのに、仲間の冷たい言葉を文字通り一蹴する女が現れた。

 

 

 

―――【……ごめんなさいね。弟は…情の欠片もない人でなしなの!】

―――【…レ…ュ~~~!!!おのれ…私に恥をかかせたな!!】

―――【お黙りっ……恥知らずはどっち…!!】

 

 

 

嘘だろおい。あの国にまともに非礼を詫びれる常識人とかいんのかよ……。

…でも、男の方はマジで人でなしみたいだな。身内にまでディスられて…。

 

そして……蹴り飛ばされた海中から能力でもなんでもなく、『技術』で空へ舞い戻ってきた男。

……『アレ』がママが欲しがってるものか……。

 

 

 

―――【…じゃあ()()()()()()()()かしら♡】

 

 

 

「…?どういう意味だ……?」

 

 

女の発した言葉に疑問符が浮かぶ。

 

 

 

―――【この毒は……特殊なの……食いしん坊ね……巨人族でも即死よ。】

―――【えェ!!?どうしよ…!おれは船医失格だァ!!うおお…ん!!!】

 

 

―――【……この子運がいいわ。】

 

 

 

「……運…?」

 

 

その言葉に片眉がぴくりと動く。

この絶望的状況下を覆す"それ"を持つ者は()()()()()で発覚した『アイツ』も……。

 

 

 

―――【私は……この毒が、大好物♡】

 

 

 

女がルフィの口に自身のそれを寄せた。

 

 

 

―――【いただきます♡】

 

 

 

そう言って、女はルフィに口吸いをかました。

 

 

「げェ!!?正気かよ!!?」

 

《何がだ!?お前何が視えてんだ!!?トライフル!!》

 

 

オイオイオイ!!なんて命知らずな女だ!?

ハンコックが知ったら殺されるぞお前!!

 

あ、ハンコックの前におれらが殺す予定だ、ジェルマ。

 

 

 

―――ズズズ……

 

 

 

とか思ってたら、女の方へルフィの毒が流れていく!?

逆にルフィはヨロイオコゼ中毒患者の証である湿疹がどんどん消えていく!

 

 

まさか…嘘だろ……!?

 

 

 

 

 

―――【ぶっはァ~~~~~~!!!ゲホ…ケホ……?】

―――【ル゛ブィ~~~~~~ィ!!!よかった―――…!!!】

 

 

 

 

 

……もし『俺』がこれを紙面上で見ていたなら、"主人公なのだから"と、"予定調和だ"と流していただろう。

 

けど、『おれ』は今は当事者だ。

傍観していたあの頃とは違う、肌で感じるその異様な光景に全身が粟立った。

 

 

奴が……"奴ら"が持っている運は『偶然の幸運(ラッキー)』なんかじゃない。

 

 

 

 

 

これはまさしく……『運命(さだめ)』だ……!!

 

 

 

 

 

「……『アンタ』も…こんな風に感じたのか…?」

 

 

思い浮かぶのは雪降る島で起こった悲劇の物語。

おれも大好きだった人物(キャラクター)の最期の姿……。

 

 

 

 

 

 

―――(やっぱりロー…お前は()()()()()るんだ。)

 

―――(次から次へと救いの神が降りて来る。)

 

 

 

 

 

 

あの兄弟と死の外科医の衝撃的な過去。

どこまでも優しい男の言葉はよく覚えている。

 

 

 

「……これが『D』に舞い降りる奇跡だっていうのか……?『コラさん』…。」

 

《おいトライフルまだなのか!?応答しろ!!》

 

 

電伝虫から聞こえてくる声に、おれは受話器を持ち上げた。

 

 

 

「……兄ちゃん達、麦わらをぶっ殺したかったんだろ?よかったな。

 

 

 

 ジェルマが奴を救った。麦わらは生きてここへやって来るぞ。」

 

《!!?》

 

 

おれの発した言葉に兄弟達が息をのむのがわかった。

 

 

《ジェルマ…だとォ……!?》

《どういうことだ!?なぜあの非道な戦争屋が人助けなんか…!!》

《それもそうだが、どうやってあの猛毒から救ったんだ!?》

 

「……ジェルマの科学力ってやつなのかねェ…詳しくは桃色の髪の女に聞いてくれ。多分、婿殿の身内だ。ふぁ…顔似すぎだろ、この(きょー)(だい)……。」

 

 

やべェ……ルフィ達が来るってのに……これで任務終了だと思ったら……

 

 

《桃色の髪?黒足の身内…?》

《そいつが麦わらを生かしたのか!?》

 

 

……力抜けてきた………意識が…もーろー…と………

 

 

「…にーちゃんたち……ママに…ふぁ~……ほーこく……たの…む……。」

 

《おいトライフル?トライフル!?》

 

 

……だめだ…ねみぃ…………

 

 

 

 

「お役…御免だ………おやすみぃ~………」

 

 

 

 

かくしておれは眠りについた……。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

――――――かくん……

 

 

 

通話を切ることもしないままトライフルの意識は飛び、その体は糸が切れた操り人形のように後ろに傾いた。

 

 

《トライフル!?トライフル!!?応答しろ!!》

《まだ眠っちゃダメよ!!そこは城の屋上よ!?》

 

 

受話器から発せられる声に返事もできないまま、体は壁の内側へ―――外側に比べれば雲泥の差だがそれでも相当な高さのそこから重力に従い、

 

 

 

 

―――――ひゅるるるる~~~

 

 

 

 

そのまま真っ逆さまに落ちてていった。

 

 

 

《トライフル起きろ――――――!!!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――ぽすんっ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……くかー……くかー……」

「ふぅ……危なかった…。」

 

 

壁上から落ちたトライフルを受け止めた人物はホッと息をついた。

そしてトライフルを抱えたまま、彼の手から念波の切れていない電伝虫の受話器を持ち上げ声を発信した。

 

 

「こちらシフォンよ。トライフルは大丈夫。私が受け止めたわ。」

《シフォン!?そこにいるのか!!?》

《よくやったシフォン!だが……》

 

 

電伝虫の向こうの兄弟達は弟の無事に一安心するも、彼を救った人物がシャーロット家の22女『シャーロット・シフォン』であるとわかった途端、含み声になった。

 

 

「トライフル、相当疲れてるみたいでぐっすりだわ。このまま私が部屋まで連れて寝かせるから、みんなはそれぞれの仕事へ戻ってちょうだい。」

《ペロリン♪……あぁ、それは助かるよシフォン。

 

 

 

 だが、間違ってもママと鉢合わせるなよ。

 ママが相手じゃおれ達はお前を助けてやれない。

 

 なにより疲弊しきった哀れな弟にこれ以上ムチ打つような真似はさせられない。

 シフォン、絶対に()()()()()()()()を頼るなよ……。

 

 なにかあったらおれ達はトライフルの方を優先するからな。》

 

 

シフォンには電伝虫の顔を見なくても、その声だけで長男含めた全兄弟達が自分を厳しい表情で見ていることを悟ることができた。

 

 

「……わかってるわ。トライフルは私達にとっても、『ビッグ・マム海賊団』にとってもかけがえのない宝物…。

 絶対にこの子の命を危険に(さら)すような真似はしないわ……。」

 

 

シフォンはすっかり悟りきった顔で、しかし声だけは毅然として彼等に返した。

 

 

《…わかっていればいい……すまないな。シフォン……。》

 

 

ペロスペローはそんな妹の覚悟を読み取り、厳しい言葉を掛けておきながらも申し訳なさそうに謝った。

 

 

《…じゃあ、さっき言った通り、ママへの報告はおれがする。全員所定の位置へ戻れ!解散!!》

 

 

モンドールの合図と共にガチャリと念波が断たれ、電伝虫は持ち主と同じようにスヤスヤと眠りについた。

シフォンは張りつめた空気が霧散すると同時に自身の緊張の糸も切れ、はぁっとため息を吐いた。

 

そしてトライフルを抱えなおすと、その場を後にした。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

ホールケーキ(シャトー)、トライフルの部屋。

 

シフォンはまったく起きる気配のない弟を、豪奢な彼専用のベッドに横たえ、その身にブランケットを優しくかぶせた。

ここ数日で溜まりこんだ疲れが取れるよう柔らかなクッションを積み上げていると、その部屋に許可も取らずズカズカと男が一人入ってきた。

 

 

「……どうだ?」

「……爆睡してるわ。こうなると何かよっぽどの事が無い限り起きないわよ、この子は。」

 

 

鼻提灯を膨らませながら寝ているトライフルに、男は鼻を鳴らした。

 

 

「…ハッ!麦わら()がやって来るってェのにいい気なもんだな、秘蔵(ひぞ)っ子の弟様はよ。」

「秘蔵っ子は秘蔵っ子なりにかわいそうな思いもしてるのよ。ママが一番の原因だけど、兄さんや姉さん達も本当にこの子に何もさせやしないからねェ…。

 万国(トットランド)よりずっと遠くの海を、もう一度見せてあげたいもんさ。」

 

 

シフォンはトライフルの前髪を整えてやりながら、出国を許されない籠の鳥な弟を憐れんだ。

 

 

「……しかし好都合だ。どこもかしこも監視されてたおかげでこっちまで身動き取れなかったからな。

 このまま眠りこけてくれていれば、()()()()()()はよりスムーズになる。」

 

 

薄暗闇でニヤニヤと笑う男に、シフォンは固く口を結んだままトライフルの安らかな寝顔を見つめる。

 

 

「……シフォン、お前達兄弟がなぜこんなにこのガキに執着するのか深くは問わねェ。

 

 だが、この計画はお前とペッツの為でもあるんだ。だからこそ腹を決めてほしい。」

「………えぇ、わかってるわベッジ。私はもうあの()()も兄弟達も『家族』とは思っていない。

 どれだけ恨まれたってかまわない。私の家族はアンタ達だけだよ……。」

 

 

眠る実の弟に背を向け、夫である『カポネ・"ギャング"ベッジ』の顔をまっすぐ見つめてシフォンは言い切った。

 

 

「フッ…愛する家族を守れねェようじゃ頭目(ファーザー)は名乗れねェ。

 計画は必ず成功させる!最終段階に入るぞ!!」

 

 

踵を返すベッジに続いてシフォンも部屋を後にする。

 

扉を出る直前、シフォンは一瞬立ち止まり、俯いて小さく言葉を零すと、再び前を向いて歩きだした。

 

 

 

 

 

 

 

「…………ごめんなさい、トライフル……。」

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……くかー……くかー……くかー…………

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 …………………………

 

 

 

 

 

 ……………ふががっ!!?そういや一つ報告し忘れたッ!!!」

 

 

 

―――ボオォー……ン

 

 

 

トライフルが兄弟に言い忘れたことを思い出して飛び起きると同時に、窓の外から微かに爆発音のようなものが聞こえた。

 

 

 

「ん?なんだ??…つか、おれの部屋?あれ?だれが運んだんだろ?」

 

 

ベッドを出て寝ぼけ眼をこすりながら窓の外を見ると、ビッグ・マムの本拠地である城へ"それ"が猛進してきているのが確認できた。

 

 

 

 

「……!!!やべェじゃねーか!!!!!」

 

 

 

トライフルは壁にかけていた棍を手にすると、窓に向かって走り出し……

 

 

 

―――バンッ!!

 

 

 

蹴破るように勢いよく外へ飛び出して行った。

 

 

 

 

―――ヒュオオオオォォ……!

 

 

 

 

叩きつけるような風を全身に浴びながら、地面へ吸い込まれるように下降していく。

 

下の様子がわかるようになる頃には、そこにいる人々もこちら側に気付き、なんだなんだと皆一様に上を見上げる。

 

 

 

 

―――ヒュウゥ――――――……スタンッ!!

 

 

 

 

何十メートルもある場所から、城の外"首都・スイートシティ"へと軽やかに着地した。

突然空から降ってきた人影に町の住人達は驚くが、カランコロンと響く玩具の音に、その影の正体を突き止めると()()()目を輝かせた。

 

 

「あ!と、トライフル様!!」

 

 

町民の一人が声をあげると、周りの人々もその姿をとらえ口々に彼の名を呼ぶ。

 

 

「トライフル様だ!!」

「おお!トライフル様が来てくださった!!」

「トライフル様!大変なんです!女王様が……!!!」

 

「わかってる!お前達、絶対に"アレ"に近寄るなよ!!」

 

 

住人達の言うセリフなどわかりきっているトライフルは彼らに注意すると、風よりも速く町を駆け抜けた。

 

 

 

 

「まったく!結婚式は目前、ルフィ達もやって来たってのに………!!」

 

 

 

 

壊されゆく街並み、逃げ惑う人々の真ん中に、飢えた猛獣はそこら中にある菓子を食い散らかしてなお求める。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……違う!これじゃねェ…!!これでもねェ!!!……早く持って来い!!

 

 

 

 

 邪魔する奴は…――――――殺すよォ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ママの『食いわずらい』がこんな時に起こるなんて!!」

 

 

 

菓子を求めて町を破壊するビッグ・マムのもとへ、トライフルは疲れも忘れて走った。

 

 

 

 



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『秘蔵』の力

 

 

 

シャーロット・プリンはこんなにイラついたのはいつぶりかと、空から一人と一匹を眺めながら思った。

 

 

彼女がこんなに業腹(ごうはら)な理由。

 

その一番は大好きな双子の兄、トライフルが母直々の任務として国全土の見張り番をしており、その過酷な任務は数日前から今日までずっと続いていた事だった。

碌な休みもとれず、疲れた体にムチ打ちながら仕事をこなす兄を想うとこっちの気が休まらなかった。

 

 

それが今しがた、麦わらの一味が現れたものの船長はすでに死亡という予想外の形で任を解かれることになったのだ。

 

 

カカオ島ショコラタウンにて、彼女が運営する(カフェ)『カラメル』にその一報が届いた時は本当に心の底から安堵した。

 

 

「あぁ、よかった…。トライフルってば本当に無茶ばっかりして……。」

「ホントだぜ。アイツはママ相手でもこうと決めたら意地でも引かねェからな!こっちが恐ェんだよ!」

「ホントホント、心臓が持たねーよ。まァおれら心臓はねーんだけどな、ギャハハ!」

 

 

ホッと胸をなでおろすプリンにニトロとラビヤンが同意しながらコントを繰り広げる。

その様子を見て、積もり積もった不安が取り払われたプリンもようやく笑顔になった。

 

 

「フフフ!トライフルは今頃こっちの気も知らずに夢の中でしょうね。

 そうだわ!彼が起きたら、栄養たっぷりの美味しいチョコレートドリンクをご馳走してあげましょう!

 配合はどうしようかしら?材料も厳選しなきゃ!香辛料はどれを……。」

 

 

ウキウキと兄のためのスペシャルドリンクレシピを練っていると、『プルルルル』と電伝虫が鳴きだした。

 

 

「あら、予約の電話かしら?はい、こちらカフェ『カラメル』です。」

 

《……おれだ、プリン。》

 

「え?モンドール兄さん??」

 

 

つい先ほど、トライフルの任が解かれたことと麦わらの残党狩りに出ると連絡してきた兄の再度の通話に少々驚いた。

 

 

「どうしたの?麦わらの残党狩りに包囲網を展開するって言ってたのに。」

 

《………トライフルから再度連絡があった。》

 

 

受話器から聞こえるモンドールの声は低くこもっており、どこか怒っているようにも聞こえ、プリンは何を苛立っているのかと疑問符を浮かべる。

 

 

 

 

 

《……麦わらの野郎が………生き返りやがったッ……!!!》

 

 

 

 

 

兄の言葉に、プリンは一瞬理解が遅れた。

 

 

 

 

 

「…え?……え!?……ど、どういうこと!!?さっき死んだって…!トライフルが視たんでしょ!?」

 

《そのトライフルは完全にダウンしちまって詳細はわからねェんだよ!だが倒れる直前に確かに言った!

 

 やつを生かしやがったのは『ジェルマ』だ!

 桃色の髪をした、恐らく"黒足"の身内だとそう言った!!クソッタレ!その女、余計なことしやがって!!》

 

 

憎々し気に吐き捨てるモンドールに、プリンは彼が吐いた単語を拾い上げ、頭の中にビッグ・マムの計画妨害の片棒を担いだに等しき人物の姿を思い描いた。

 

 

「桃色の髪………黒足…サンジの身内の……女…!?」

 

《麦わらのナワバリ侵攻により、ママから兄弟及び全戦闘員に指令だ!!

 

 

 『"麦わらの一味"はまだ泳がせていい!サンジには会わせるな!おれに刃向った事を後悔させてやれ!!』

 

 

 プリン!トライフルの報告だと、麦わら達はカカオ島の直線状にいる!29番タルトからも警告念波をキャッチしたと報告が入っている!

 お前はこのままそこで麦わら達が上陸するのを待て!奴らがそこへ乗り込んできたら………

 

 

 上手く取り入って、ママのいる"ホールケーキアイランド"へ誘導しろ!

 兄弟、戦闘員達がそこで待ち構えている!奴らを一網打尽にするぞ!!》

 

 

(くだ)った指令と共に自分の敵が誰なのか、カチリとピースがはまった。

瞬間、先ほどまで胸に弾ませていた喜びが消えうせ、再び沸々と怒りが湧きあがる。

 

 

「…まかせて兄さん……トライフルの手を煩わせるネズミ達…!必ず檻にブチ込んでやるわ!!」

 

《気をつけろよ!敵はたった5人だが、内4人は賞金首だ!

 …あとぺコムズも乗ってるらしいが、アイツはタマゴ率いる戎兵達に任せる事になってるから放っておいていい。

 じゃあ頼んだぞ、プリン!》

 

 

ガチャリと通話が切れ、プリンはぎりりと奥歯を噛みしめた。

 

 

「…ジェルマ……サンジの身内の女……!!許さない!ここへ来たら目に物見せてやる…!!!」

 

 

自分達にとって一番余計な事をした、未だ見ぬサンジの親族にプリンは第三の目を開いて怒りを露わにした。

 

 

 

それがほんの数時間前の事。

プリンはイラつきを抑えながら、ラビヤンに乗ってカカオ島上空を飛んでいた。

本来、船を停めるべき場所ではない入り江に停泊させてある麦わら一味の海賊船を見つけた彼女は、母の命令がなければそこへ爆弾でも投げ入れてやろうかと思っていたところだった。

 

 

(もう!ママったら!!今なら船ごと奴らを魚のエサにしてやれるのに!)

 

 

手出しできずにやきもきするも、そこは兄姉達がノコノコやって来たことを後悔するほど痛めつけてくれることを期待しながら、目の前の敵にどう接触をはかるか考える。

 

 

(やっぱり、私がサンジの結婚相手ってことを利用するべきかしら?なんの接点もない赤の他人同士で偶然話しが合うなんて都合がよすぎるし……って、んん!?)

 

 

案を練っていたら、いつのまにか先ほどまで船の上で町の様相に目を輝かせていた船長とタヌキの姿がなくなっていることに気づき、プリンは焦った。

 

 

(アイツら!!敵のナワバリに乗り込んでんだぞ!?何、人のシマでウロチョロしてんだ!!?)

 

 

自由すぎる敵に心の声が荒くなる。

 

…とその時、

 

 

 

「『カフェ食い事件』だ―――!!!」

 

 

 

平和なショコラタウンに穏やかではない言葉が響いた。

カフェ、の言葉にまさかと思いラビヤンを町に引き返させると……

 

 

(わ、私のお店が……!!)

 

 

プリンが営むカフェは、見失った船長とそのペットに食い荒らされ姿を消していた。

そして騒ぎを聞きつけやってきたチョコポリスが現行犯で逮捕しようする直前だった。

 

 

(オイオイオイオイ!!?なに早々に民間のサツなんかに捕まろうとしてんだテメーら!?こっちはママから指令預かってんのよ!?)

 

 

今まさに逮捕さ(パクら)れようとしている事に内心慌てふためいていると、現行犯達も自分達の主張を述べる。

 

 

「でもよおっさん、これには深い理由が……」

「ほう…言ってみろ!!」

 

 

青筋立てながらも一応言い分は聞くチョコポリスに、一人と一匹は幸せそうな笑顔で答えた。

 

 

 

「うますぎた!!」

「よーし、そうきたかアホ共!!!連行だ!!!」

(もっとマシな言い訳しろ、バカ共―――!!!)

 

 

お粗末すぎる言い分にプリンは心の中でツッコんだ。

 

 

(大体美味しくて当たり前でしょ!?あのトライフルが笑顔で美味すぎるって言ってくれたんだから!

 こだわりの強い兄弟達だってトライフルを笑顔にするお菓子を作るのは一苦労なのよ!?)

 

 

数日前に壁の塗り直しに使うなんて贅沢だと、あの仏頂面に言わせしめた一品にプリンは誇りを持っていた。

それを食べてうまいと言わない奴などいないとすら思っていた。

 

 

(あの自慢のチョコを食べて、不味いなんて言ったらぶちのめして……)

 

 

プリンはチラと横目でその自慢のチョコが塗られた壁を見た。

 

 

 

 

……が、塗り直した壁チョコは食べられていなかった。

 

 

(なに残してんだ――――――!!?)

 

 

一番の自信作をまさかのお残しされたことにブチ切れた。

 

 

(あんにゃろーども!!ぜってー美味い()って引っ繰り返らせてやる!!)

 

「待って!!チョコポリスさん!」

 

 

プリンは内心で般若顔になりつつ、外見は良い子の顔を貼り付けて、不届き者達にチョコを食わせるべく降り立った。

やはりシャーロット家の兄弟達はその職人気質ぶりがどこかズレているのだった。

 

 

こうしてプリンは麦わら一味に接触し、司令通りにうまく彼らをホールケーキアイランドへと誘導した。

 

 

 

その頃、そのホールケーキアイランドが大混乱になっていることも知らずに……

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「マズイぞ!ママの"持病"が出た!」

「急ぐのだボン!!今回の『お題』は何でソワール!?」

 

 

「『クロカンブッシュ』!!!」

 

 

「……シュークリームを積み上げたあの"飾り菓子"か!!」

 

 

食いわずらいと称されるビッグマムの傍迷惑(はためいわく)な癇癪は、今回のように全く予測できない形で突然起こる

もはや病気ではなく自然災害だ。

現に町は嵐が停滞しているのと変わらない惨状が今も続いている。

 

 

「何て難題!!……いや待て、都のホテルに確か…!!

 

 シュークリームの団体客がいたジュテーム!!」

 

 

(きも)であり、一番面倒な工程の手間が省けると希望の光が射したかに思えたが、

 

 

「―――それが、今朝チェックアウトを……」

「作るしかないのか!!」

 

 

物に魂が宿るということは、こういう弊害を起こす場合があるからこの国は油断できない。

 

 

「シェフは何と!!?」

 

 

正攻法で頼ってみれば、

 

 

「生地に拘りたい。アーモンドを手配してくれ。」

 

《ナッツ大臣に連絡を!》

 

 

頼みの綱はこんな一大事でも空気を読まない。故にわずかな時間でも縮められるようこっちが気を配るしかないのだ。

 

 

「ママの"食いわずらい"にも困ったものだボン!!」

「"発作"は突然来るからな!!」

「コレが食べたいと頭に浮かんだものが口に入るまで破壊が続く…!!!」

 

 

「……やはりトライフル様を起こした方が……」

「ダメだ!!」

 

 

一人がそう提案すると、タマゴ男爵は素早く却下した。

 

 

「あの方はもう何日も休まずじまいだったおかげで疲れ切ってイルブプレ!これ以上、負担をかけるわけにはいかないでソワール!」

「し、しかし!このままママを野放しにすれば首都が崩壊しかねないのだぞ!!」

 

 

食い下がる同じビッグ・マムの配下達に、タマゴ男爵は口角泡を飛ばして反論する。

 

 

「勘違いするな!私はトライフル様を敬愛しているが、ただの贔屓でこの現状に甘んじているわけでは無い!

 

私はあの方が起こした"厄災"を間近で目にしているのだボン!

 

今の状態のままトライフル様に能力を酷使させれば、このホールケーキアイランド、いや!

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()力が発動する可能性もありえるノワール!

 

 

 そうなればママを止められても本末転倒でソワール!」

 

 

その場にいた者たちは男爵の剣幕におされ、何も言えなくなってしまった。

 

 

「ママを止めるためには、一刻も早くクロカンブッシュを作るしかないボン!」

「ぐっ……!致し方ない…とにかく急げ!!!厨房!!あとどのくらいかかる!!?」

 

《香りに一工夫欲しい。バニラの他にもいくつか香辛料を……》

 

「だあああァ――――――ッッッ!!!」

 

 

やはりシェフは空気を読まなかった。

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

一方、首都『スイートシティ』

 

 

 

 

「クロカンブ~~~ッシュ!!!」

「ママ!ママ!!この町マズイって!!」

「城まで壊しかねない!!」

「ムリムリ。聞こえないって。」

 

 

クロカンブッシュを求めて暴れるビッグ・マムをなんとか言い聞かせて止めようと、ナポレオンとプロメテウスが懸命に声掛けするがまったく聞き耳を持たない。

ゼウスに至っては無駄だとわかりきっているため早々に諦めてしまっている。

 

首都の住人たちは悲鳴をあげながら、襲い来るビッグ・マムから逃げ惑っていた。

 

 

 

「どこにある!?」

 

 

ガシッ!

 

 

「ギャ―――!!」

 

「どこにいる!?」

 

 

ガシッ!!

 

 

「助けて―――!!」

 

 

逃げ遅れたお菓子のホーミーズを捕まえては、片っ端から口に放り込んでいく。

 

 

「この味じゃねェ!!お前でもねェ!!全部違ァ~~~~~~う!!!」

 

 

求めるものと違えば怒り狂って建物に八つ当たりの拳を叩きこむ。

 

もはやこんな化物誰にも止められない、と町の住人達は誰もがそう思っていると……

 

 

 

「ママ!!やめてくれ!!」

 

 

 

一人の男がビッグ・マムの前に立ちはだかった。

 

 

 

「誰だァ!!?クロカンブッシュはどこだァ!!!」

 

 

ビッグ・マムがプロメテウスを鷲掴んで男に投げつけると、投げられた方は慌ててそれを避ける。

 

 

「うわ!!ママ!!私だよ、モスカートだ!!!」

「ああ!!モスカート様だ!!」

「『ジェラート大臣』!!彼ならなんとか…!!」

 

 

男の正体がシャーロット家の16男『シャーロット・モスカート』だとわかった住人達は、期待を込めて二者の動向を見守った。

 

 

「あと30分時間をくれ!!!今シェフ達が大至急作っている所だ!!!」

「よせ、モス兄!()()を止めるのは不可能だ!!!」

「首都の崩壊を見過ごせというのか!?」

 

 

災害と化した母に立ち向かうモスカートをモンドールが止めようとするも、責任感の強い彼は頑として引かない。

 

 

「そこをどけ~~~~~~!!!」

「うわ!!」

 

 

兄弟が言い合いをしている間も、ビッグ・マムは実子への攻撃をやめない。

 

 

「私がわからないのか!?ママ!!!」

 

 

どうにか正気を取り戻させようと、なおも声をかけ続けるが……

 

 

 

 

 

寿命(ライフ) オア お菓子(トリート)……!?」

 

「!!?」

 

 

 

 

 

無慈悲なる宣告が、モスカートへと降りかかった。

 

 

「ウソだろ!?ママ!!あんたが生んだ息子だぞ!!!」

「ママやめて――――――!!」

「な!!生クリームならあるファ!!生地はないが!!ママ!!よせ!!!」

 

 

共に住人を避難させていたガレットとオペラが、実質の死刑宣告を受ける兄弟を助けようと母に叫ぶ。

 

 

「お菓子は…まだ…ここには……!!」

 

 

モスカートは震える声で、母に猶予を求めるものの……

 

 

 

 

 

「お菓子を食べる邪魔をするな…!!」

 

 

 

 

 

彼女の目に実の息子(モスカート)の姿は映らない。

 

 

 

―――コポ…コポ……

 

 

 

絶望するモスカートの体から、質量を持った青白い煙のようなものが浮かび上がる。

 

それは『寿命』。

生きる者が当たり前に持つ生命力であり、『(ソウル)』そのもの。

 

 

「あ…あ……!!」

「モスカート!!落ち着け!!臆したら寿命を取られるファ!!!」

 

 

恐怖に慄く身をオペラに叱咤されるがモスカートはもう冷静にはなれなかった。

 

 

「うわァ!!助けてくれママ!!!もう止めないよ!!」

 

 

勇敢に立ち向かった姿から一変、背を向けて逃げる彼に、ビッグ・マムは容赦なくその巨大な腕を振りかぶった。

 

 

 

「モス兄――――――!!!」

「兄さーん!!!ママやめて――――――!!!」

「モスカート……!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「兄ちゃん、ゴメン!!」

 

 

 

 

 

 

迫りくるビッグ・マムの腕とモスカートの間に、小さな影が割って入った。

 

 

 

 

――――――バキィッ!!

 

 

「ぎゃっ!!」

 

 

 

影は携えた棒を振りかぶり、モスカートの背を力いっぱい叩いて吹き飛ばした。

 

 

―――スカッ!!

 

 

「!!?」

 

 

急に目標地点からモスカートが消えた為、寿命をつかみ取ろうとしたビッグ・マムの手は何もない所を空振りする。

 

 

 

―――ゴロゴロゴロ、ズシャ―――!!

 

 

「うご!ぶべっ!おぼぼぼ…!!」

 

 

モスカートは小さく悲鳴をあげながらモンドール達のもとへ転がっていき、母の魔の手から逃れることが出来た。

 

 

 

「モス兄!!」

「兄さん!!よかった……!!」

「い、一体だれが……!!?」

 

 

モスカートが間一髪で救われたことに安堵しながら、兄弟達が彼の傍に駆け寄る。

しかしその安堵も、現れた影から発された『カランコロン』という聞き馴染みのある音にかき消された。

 

 

 

 

「危なかった!……しっかし、酷い有様だな…。」

 

 

 

『トライフル!!?』

「あ…!!ト、トライフル様だ!!!」

「トライフル様がモスカート様を救ってくださった!!」

 

 

変わり果てた首都の様相にため息つくトライフルの姿がそこにあった。

 

 

「ト、トライフル…!!助かった、あ゛りがとう゛……!!」

 

 

未だ死を体感した恐怖に震えるモスカートは涙を流しながら礼を言う。

 

 

 

 

「まだ邪魔をするやつがいるのかァ~~~!!!」

 

 

しかし、その間にもビッグ・マムの怒りは増大するばかりである。

 

 

「トライフル!!なんでここにいるんだ!?」

「危ないわトライフル!!逃げて!!!」

「早く離れるファ!!!ママはもうクロカンブッシュの事しか見えてない!お前といえど殺されちまうファ!!!」

 

「げっ!クロカンブッシュかよ…、また面倒なモン食いたがって……。」

 

 

食いわずらいのお題を聞いてボリボリと頭をかくトライフルの頭上を黒い影が覆う。

 

 

「邪魔をするんじゃねェよ~~~!!!」

 

 

巨大な影…ビッグ・マムの拳がトライフルに向かって振り下ろされる。

 

 

「マ、ママ!!よせー!!そいつはあんたの大事な……!!」

 

 

 

――――――ボゴオオォォン!!

 

 

 

言い切るよりも先に、拳が叩き落された。

トライフルが立っていた地面は抉れ、敷き詰められたビスケットの道が砕けて宙を舞う。

 

 

「キャ――――――!!!」

「トライフル様が……!!実の息子を殺したァ~~~!!?」

「ト…!!トライフルッッ!!!」

 

 

無惨な光景を目の当たりにした兄弟や住人達は顔を真っ青にして叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

――――――タンッ!

 

 

 

 

 

 

 

濛々(もうもう)と立ち込める土煙から人影が飛び出し、虚空を蹴った。

 

 

「お、おい見ろ!!」

「トライフル様だ!!生きてたぞッ!!!」

 

 

ビッグ・マムの一撃をかわしたトライフルはそのまま空中をタンッタンッと蹴り、高く上昇し続ける。

 

 

「待ちなァ!!この邪魔なハエめ!!!」

「っ…と!ママ、とりあえず…ほっ!落ち着きな…よっと!」

 

 

空を駆ける体技―――月歩を駆使してトライフルは、母の手から逃げ回る。

 

 

「チョロチョロとハエが……!!焼き殺してやる!!!」

 

 

―――ぎゅむっ!

 

 

ビッグ・マムは傍らのプロメテウスを鷲掴んだ。

何をする気かわかってしまったプロメテウスは今まで以上に慌て始めた。

 

 

「え!?ちょ、ママ待って!!それはホントにマズイって!!!」

「死ねェ!!"天上の火(ヘブンリーファイア)"ァ~~~!!!」

 

 

投げられたプロメテウスは大火事の様に燃え盛りながら、トライフルの方へ飛んでいく。

人々も山火事さながらの燃え盛る彼の姿にたまげた。

 

 

「あ、あんなに大きな炎、避けられるはずがない……!!」

「トライフル様が焼け死んでしまう!!」

「ま、待て!この位置は……おれ達もプロメテウス様に巻き込まれるぞ~~~!!」

 

『ええ~~~~~~!!?』

 

 

トライフルは後ろを振り向くと多くの住人達が、直進してくるプロメテウスの軌道上にいる事に気付いた。

 

 

「おっと、こいつはマズイ。

 

 "空元気模様(カラフル・パレット)"」

 

 

迂闊に避けられないとわかると、棍を持っていた手とは反対の方のそれを軽く掲げた。

 

 

―――ポワァ……

 

 

するとその手が青紫色のオーラに包まれた。

トライフルはその手で棍を一撫ですると、棍にオーラが纏わりつく。

その一連の動作を目の当たりにしたプロメテウスはギョッとした。

 

 

「ギャ―――!!待て待てトライフル!!おれは自分の意思で攻撃してんじゃ…」

「なくても危険なんだよ。大人しくくらってくれ。」

 

 

淡く光る棍を構え、向かってくるプロメテウス目掛けて思い切り振りかぶった。

 

 

「うぎゃあ―――!!勘弁してくれ~~~!!!」

 

「"奈落陽抑紫力(ヘリオトロープ)"!」

 

 

―――ボウンッ!!

 

 

棍はプロメテウスに直撃し、彼の頬から顔にかけてが抉れる。

しかし、元が火である彼に物理攻撃が効く様子は無く、すぐに元通りくっついた。

 

 

「だ、ダメだ!!全然効いてない!!逃げろ!!」

「ムリだ!!あんな大きな火~~~!!!」

「もうおしまいだ~~~!!!」

 

 

轟轟と燃え盛る生きた炎に、逃げ場を失った人々が絶望に立ち尽くす。

 

が……

 

 

 

 

―――プシュウウウゥゥ……

 

 

 

 

目の前まで迫っていたプロメテウスが突然、水でもかけられたかのように小さくなっていった。

力をなくした彼はボールの様に人々の間をポンポンと転がっていく。

 

 

「う゛え゛え゛ぇぇ~~~…力が抜けドゥ~~~……。」

「プ、プロメテウス様が元に戻ってしまわれたぞ!?」

「う゛う゛ッ……!おれなんか…おれなんか焚火(たきび)以下だ……!」

 

『なんかすごいネガティブになってるぞ!!?』

 

 

テンションが急降下したプロメテウスの姿に住人達は目をひん剥き、ナポレオンとゼウスは威厳丸潰れな同族の姿に合掌した。

 

 

「ぐうう~~~…!!クロカンブッシュウウゥゥ~~~!!!」

 

 

一方、哀れな自分の魂の片割れを尻目にクロカンブッシュに盲目になっているビッグ・マムに、トライフルは呆れながらモンドールに問いかける。

 

 

「…はー、こりゃダメだ……兄ちゃん、厨房の進捗はどんな感じ?」

「シェフ達は今も死に物狂いで作ってる!!それでも30分はかかる!!だから逃げろトライフル!!!お前の体がもたねェ!!!」

「……だとよママ。あと30分だけ我慢して待ってくれよ。」

 

 

モンドールから逃げるよう指示されてもなお、トライフルは母を説得しながら宙を舞う。

そして、そんな彼にも残酷な言葉が投げかけられる。

 

 

 

 

寿命(ライフ) オア お菓子(トリート)……!?」

 

 

 

 

「わああぁ!!?トライフルまで()()()()()()()……!!」

「ママ!!?ダメよ!!正気に戻って!!!」

「トライフル!!早く逃げるファ!!ママの手が届かない所へ……!!!」

 

 

 

ビッグ・マムの眼前で大気を踏みしめるトライフルは、逆に母に突っ込んでいった。

 

 

 

「トライフル様!!?お逃げください!!!」

「なぜ突っ込んでいくんだ!?やけを起こされたのか!!?」

「死んじゃやだよー!!トライフル様―――!!」

 

「トライフルやめろ――――――!!!」

 

 

叫び懇願する者達に目もくれず、トライフルは答えた。

 

 

 

 

「はいはい、お菓子(トリート)お菓子(トリート)。」

 

 

 

 

彼は全く臆する様子無く、ビッグ・マムに向かっていきながらもう一度手を掲げた。

 

その手は先ほどとは違い、赤い色のオーラを纏っていた。

 

 

 

「だがあと30分待ってくれな!!」

 

 

 

大きな母親の顔面に、小さな体が矢の如き速さで突き進んでいく。

 

 

 

 

「"凪心(カーマイン)……」

 

 

 

トライフルは淡く輝く赤色を纏った手を、

 

 

 

 

零赫怒(レッド)"!!!」

 

 

―――パアァン!!!

 

 

 

ビッグ・マムの鼻っ柱に叩きつけた。

 

 

 

 

「………!!」

「ママ、落ち着け。怒りを鎮めるんだ……。」

 

 

トライフルはビッグ・マムの大きな鼻頭に足をかけ、癇癪を起した子供をなだめるように優しくなでる。

 

 

 

「…………」

 

 

怒りに吊り上がっていたビッグ・マムの目じりは、徐々に垂れ下がっていく。

 

 

 

 

「………はぁ~~~♡♡」

 

 

ビッグ・マムは振り上げていた腕をだらりと下げ、いからせた肩は丸くなり、気持ちの良さそうなため息をつきながらすっかりリラックス状態になった。

 

 

 

「!!!……と、止まった……ビッグ・マムが止まったぞ!!!」

「すごい!!さっきまでの怒りの形相がウソみたいに穏やかに……!!」

 

 

驚きに目を見開き、ざわつく住人達とは逆に、兄弟達は苦い顔をしていた。

 

 

「トライフルの奴!あんな体で二度も能力を……!!」

「くっ…!!……だけど今なら住人を安全に避難できるわ!!」

「……仕方ないファ……住人達!!ママはもう暴れない!!今のうちに避難するファ!!!」

 

 

首都の住人達は兄弟達の言葉に、再び希望が宿った。

 

 

「き……奇跡だ!あのビッグ・マムの癇癪を止めるなんて……!!」

「流石トライフル様ッ!!!ありがとう~~~!!」

 

「感謝されるいわれはねェよ。」

 

 

わあわあと歓声を上げていた人々は、トライフルの発した言葉にピタリと動きを止めた。

言った当の本人は母を撫でる手を休めずに彼らに告げる。

 

 

万国(トットランド)はママのナワバリであり、ここにある全てがママの財宝だ。息子のおれが(それ)を守るのは当然の義務だ。」

「と……トライフル様…。」

「そんな………。」

 

 

にべもない言葉に誰もが顔を曇らせ、涙目になる者も現れる。

 

 

 

 

「だから、もう何も壊させないし、だれも死なせない!お前達だって大切な『宝』だ!!絶対に守ってやる!!」

 

 

「トッッ!!トライフル様ァ~~~~~~♡♡♡」

「キャア~~~♡トライフル様素敵~~~~~~♡♡♡」

「バンザーイ!!トライフル様バンザ~~~イッッ!!!」

 

「ううゥゥっるせえェ―――!!!さっさと逃げろっつってんだろ!!?」

 

 

一変、感涙にむせぶ人々にモンドールが目を三角にして怒鳴りつける。

トライフルの雄姿に釘付けになって動かない住人達に、モスカートが頼りない足取りながらも立ち上がり声をかける。

 

 

「み、みんな!『アレ』はあくまでも足止めだ…!ママが完全に正気に戻ったわけじゃない!!加えて、トライフルの能力は使うほどに自身に負担がかかる!アイツの為にも…一刻も早く避難をするんだ!」

「大丈夫よ!慌てないで!!私達の誘導に従って落ち着いて行動しなさい!」

 

 

住人達は気を引き締め、されど先ほどよりはずっと落ち着いて避難誘導に従った。

 

 

 

「あ~~~♡……クロカン…ブッシュ……食べたいよ~、マザ~……♡♡」

「うんうん。いい子だからもう少し待とうな。」

 

 

夢見心地のビッグ・マムに落ち着き払っているトライフルの二人だが、それを見守るしかない兄弟達は気が気じゃない。

 

 

「クソ!早くクロカンブッシュを食わせないと…!」

「タマゴ男爵!!クロカンブッシュはまだか!?今、トライフルが必死でママを足止めしてくれているんだ!!」

 

《なっ!?トライフル様がなぜ!?……シェフ!!あとどれほどかかる!!?》

 

 

トライフルが首都にいる事に驚く男爵は、急いで厨房に念波を繋ぐ。

シェフ達もトライフルがビッグ・マムを止めている事を聞いて目を見開いた。

 

 

《トライフル様がそこにおられるのですか!?

 

 

 

 

 …………………

 

 

 

 

 あと1時間ほどかかるかと……》

 

「時間増えてるじゃねェか!!?何さらなる拘り見せてんだ!!30分で作れ!!!」

 

 

シェフはわりと調子に乗っていた。一番の怖いもの知らずは彼なのかもしれない。

 

その時、終わりの見えない戦いに、終止符を打つ者がやって来た。

 

 

 

――――――ザザザザ…

 

 

「え!?」

「ジュースの川から誰か来る!!」

 

「あれは……!!」

 

 

避難する住人達が、彼の姿を捉えた。

 

 

 

 

「みな、どいていろォ!!!」

 

 

「ジンベエ親分だァ~~~!!!」

 

 

川の上流からジンベエザメに乗って、"タイヨウの海賊団船長"にして元"王下七武海"、

『海侠のジンベエ』が姿を現した。

 

 

「傍らに!!『クロカンブッシュ』!!?」

「ホテルに泊まってたシュークリーム達を捕まえてくれたんだ!!」

「ちゃんとアメで固まってるのは『キャンディ大臣』の仕事か!?」

 

 

この地獄を終わらせてくれる唯一のお菓子を持ってきてくれたことに皆喜びに沸き立つ。

 

 

「助けて―――!!食べられる――――――!!!」

 

 

アメで固められたシュークリーム達は今まさに地獄を見ようとしているが。

 

 

 

「トライフル様!!どいてくだされェ!!!」

「……!!」

 

 

クロカンブッシュをひっつかみ、ママへと向かって跳躍するジンベエを捉えたトライフルはそのタイミングに合わせてそこから飛び退いた。

 

 

 

「受け取れ!!」

 

 

 

 

――――――がぽっ!!

 

 

 

 

クロカンブッシュが、ビッグ・マムの口に収まった。

 

皆、固唾をのんでその行方を見守る。

 

 

 

「…………………

 

 

 

 

 …………………………

 

 

 

 

 

 お~~~い~~~しィィ~~~~~~♡♡」

 

「!!!……やったぞ!!ママの癇癪が治った~~~!!!」

「ありがとう!!ジンベエ親分~~~~~~!!」

 

 

ビッグ・マムはひっくり返って喜び、正気を取り戻した。

 

 

 

 

ホールケーキアイランドに、またいつもの日常が戻った。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「トライフル!!お前寝てたんじゃなかったのか!!?」

「ちゃんと体を休めなければダメでしょう!?」

「いや、寝てたんだけどさァ、ちっと忘れてたことが……。」

 

「も、モンドール様、ガレット様。そんなに叱らなくても……。」

「私達、トライフル様のおかげで救われたのに……。」

 

 

ガミガミと弟を叱り飛ばす兄姉達におずおずと意見を申す住人達だが、トライフルは手を振ってやめるよう促す。

 

 

「いい、いい。庇わなくて。それに救っちゃいねェさ。被害は甚大だし、死傷者も出てるんだ。おれも素直に喜べやしない。」

「そんな…トライフル様……。」

「あんなに身を挺しておれ達を守ってくださったのに……。」

 

 

無表情で感情がわかりにくいトライフルだが、どこか浮かないように見える姿に住人達もしょんぼりしてしまう。

 

 

 

「……それでも、今ここにいるみんなが無事でよかった。生きていてくれて嬉しい。」

 

「と!!トライフル様ァ~~~♡♡♡」

「素敵…!!!もうダメ……♡♡♡」

「一市民のおれ達にこんなにお心砕いてくださるなんて…!!」

 

 

一変、心優しいトライフルの言葉に目をハートにしてむせび泣く。

喜びのあまりに万国(トットランド)の民の血が歌を口に乗せる。

 

 

 

「なんて優しいお方~♪」

 

「人間にも♪」「動物にも♪」「ホーミーズにも♪」

 

「愛で溢れる御人♪素敵な御方♪」

 

「みんなの事が~大好きで~♪」

 

「私達みんなも大好きな~♪」

 

「おれ達の~♪」「私達の~♪」

 

「誰もが愛するお方~~~♪」

 

「その名は~~~……」

 

 

 

『トライフル様ァ~~~!!!』

 

 

 

その深い愛情に応えるように、皆一つになってトライフルに愛の言葉を贈る。

 

 

 

 

 

 

「…………くか――――――。」

 

『寝た~~~~~~!!?』

 

 

しかし、当の本人は微塵も聞いていなかった。

 

 

「だァ―――ッッ!!!うるせェーんだよお前らッッ!!!トライフルが起きるだろうが!!!」

「いや、お前が一番うるさいファ、モンドール。」

「お、落ち着けモンドール…。おれが城まで運ぶから。」

 

 

モスカートがキレやすい弟をなだめながらトライフルを抱えて、城までの道を歩き出した。

 

 

 

「……おや~~~?おれの忠実な海の戦士!!ジンベエ~~~!!

 この前は"歴史の本文(ポーネグリフ)"の手土産見事だったよ。読めやしないがね、ハ~ッハハママママ!」

 

「…くかー…くかー………ジン……ベ~……?」

 

 

完全に正気に戻ったビッグ・マムはいつの間にか目の前にいたジンベエに、以前彼が自分の海賊団に貢献してくれた出来事を称賛した。

トライフルは、夢見半分にその言葉を聞く。

 

 

「……どうした今日はこんな所で?

 妙に都が芳ばしいけどお前がやったのかい?」

 

「いや……わしは今来た所で何が起きたかは知りません。わしァ今日はあんたに大切な話を聞いて貰おうと……」

 

 

―――がばっ!!

 

 

「ジンベエ――――――!!!」

「おわっ!?」

 

『!!?』

 

 

 

モスカートの腕の中で眠っていたトライフルが大声上げて起きた。

急に目を覚ましたことにモスカートが驚き、ビッグ・マムとジンベエも突然の叫びに目を開いてそちらに目を向ける。

 

 

「んあ~?トライフル??こんなとこで何やってんだい。お前にはお茶会まで休みを与えたはずだろ。」

「あー、そうだった、忘れるとこだった。よお、ママちょっくら報告漏れがあったもんで伝えに来たんだ。」

 

 

あくびを噛み殺しながらビッグ・マムと、傍らのジンベエにも目を向けながらトライフルは伝えた。

 

 

 

 

 

「『お客』の船を視た時にさあ……、何故か海中に知り合いの姿も見えたんだよ。」

 

 

 

 

なんでアイツがいたのかな~と腕を組んで考えるトライフルに、ジンベエが息をのんで動揺を露わにした。

 

それを見逃さなかったトライフルは、言葉を続ける。

 

 

 

 

「それがお前のとこの副船長だったんだがよ……ジンベエ……

 

 

 

 何故アラディンはおれよりも先にずっとつけてた『お客』の事をママに報告しなかった?

 

 ()()()()()『内容』の方がそんなに重要だったのか?」

 

 

 

ツー…とジンベエの頬に冷や汗が一筋伝った。

 

トライフルの報告を聞いたビッグ・マムは鋭い目でジンベエを睨みつけ、すぐに笑顔でトライフルを労った。

 

 

 

「……ハ~ッハハハママママ!そうかい、ご苦労だったねトライフル。

 もう城に戻ってゆっくり休んでな。可愛いお前が結婚式に参加できないなんてこと、あっちゃならねェからね~♡♡」

「うん、ありがとう。可愛い妹の結婚式だ。おれが参加しないなんて…………

 ママ!?どうした!!?ヒゲが生えてるぞ!!?」

「トライフル…私だ、モスカートだ。お前もう寝るんだ。」

 

 

モスカートは動揺で周りが見えなくなっている弟の背をポンポン叩きながら、城へ戻っていった。

その背中を見送ったビッグ・マムは再び、ジンベエに顔を戻した。

 

 

 

「………おれの息子がああ言ってたが……………

 

 

 ジンベエまさかおめェ……

 

 

 

 ウチやめたり……しねェよな……。」

 

 

 

 

平和が戻ったはずの首都で、二人の間に満ちる空気はひどく重かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う゛う゛ぅ゛……おれなんか焼き芋も作れねェ……マッチの火以下だ……!」

「プロメテウス~、元気出せよ~~~。」

(あーあ…プロメテウス、あんな情けない姿晒して……ほっとけば治るけど、本当にトライフルの能力は恐ェぜ……)

 

 

 



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それぞれの決意

 

 

 

(迂闊じゃった……!!まさかあやつの能力が海中まで及ぶとは!)

 

 

「出ていくんだねェ……ジンベエ……!!」

 

 

笑みを浮かべてはいるが己の願いを聞き入れてくれる気配は到底感じられないビッグ・マムを前に、ジンベエは己の軽率な行動を悔いた。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

彼が強い決意を表明したのは、カカオ島付近の海中にて麦わら一味の船を"タイヨウの海賊団・副船長"『アラディン』が確認した直後。

 

仲間達の前でその胸の内を力強く語った。

 

 

 

「"麦わらのルフィ"はいずれ世界を変える男なんじゃ!!!

 

 まだ若いが!!この海の王になるのは…現『四皇』の誰でもない!!

 "麦わらのルフィ"じゃとわしは思うとる!!!

 

 わしゃあ、あの男の力になりたい!!!

 

 

 "麦わら"の船に乗り、この命をルフィの為に使いたい!!!

 

 

 結果それは魚人族が真の自由を勝ち取る旅にもなるハズじゃ!!」

 

 

ジンベエは無意識だったようだが、タイヨウの海賊団の船員達は彼がルフィと出会った2年前から耳にタコができるほどその想いはよく聞かせられていた。

 

それを指摘されたジンベエは恥ずかし気に頭をかいた。やはり意識はなかったようだ。

 

 

「ふふ!行って来いよジンベエ!!」

「誰が文句を言う資格があるってんだ、船長!!」

 

 

皆、ジンベエの想いは知っていた。

それなのに、彼はいつもいつも仲間や故郷の為にその身を犠牲にしてきた。

 

もう充分だった。

 

 

「これからは!!自分の為に生きてください!!!」

 

 

みな、ジンベエの幸せを願って、彼の新たな船出を祝福した。

 

 

 

「―――しかし、そうは決めても、ビッグ・マムが船長を簡単に手放すとは……。」

 

 

一人の船員が呟く通り、問題は山積みだった。

 

元"七武海"であり、一大戦力の長である魚人海賊団船長の脱退。

それはビッグ・マム海賊団にとって大きな損失だ。

 

 

「おれ達にも怒りが飛び火してきたら逃げるしかねェな!わはは!!」

 

 

怒り狂ったビッグ・マムがジンベエだけでなく、船員、果ては魚人島にまでその矛先を向けるかもしれない。

そうなれば彼らは一生、ビッグ・マム海賊団に追われるだろう。

 

 

「―――だが、アラディンさんはどうする?」

「プラリネ姐さんと結婚して、ビッグ・マムと血縁を結んじまったしなァ…。」

 

 

さらなる問題は、アラディンとその妻、シャーロット家の29女『シャーロット・プラリネ』の事。

 

逃げるとなれば、政略結婚ではあったが心から愛している妻を置いていかなければならない。

無理やり連れて行って、母の処罰の巻き添えを食わせるわけにはいかない。

 

何より、母を裏切るとなればプラリネはアラディン達を見限り、密告するかもしれない。

端くれの魚人船員(クルー)にすら厳しくも優しい彼女だが、家族達の事も大切に思っている。

 

 

特にこの『シャーロット家』では皆が心を砕いている、『トライフル』の存在はやはり彼女にとっても大きいようで…

 

 

アラディンを筆頭にタイヨウの海賊団メンバー達は手をこまねく。

 

 

 

 

 

 

「おやおや!!みんなあたしの事心配してくれてるの?シャシャシャ♡」

 

 

 

 

 

突然、渦中の人物であるプラリネが姿を現した。

あまりに突然すぎて皆ギクリと肩をいからせた。

 

 

「うお!!姐さん!!まさか今の話聞こえて……」

「何よ、水臭い!!あたしに隠し事!!?」

「ひっ!!!」

 

 

ものすごい速さでアラディンの眼前にすっ飛んできたプラリネは彼を問い詰める。

 

 

「アラディン!!アンタまさかママが怒りだしたらあたしを置き去りにしようと思ってたんじゃないよね!?」

 

 

妻の剣幕に押されてタジタジになりながらも、アラディンは弁明する。

 

 

「いや、勿論!相談くらいは!!」

「相談なんてするまでもないっ!!!」

 

 

プラリネは般若の形相でアラディンに両腕を伸ばした。

 

 

 

「ママよりアンタを取るに決まってんじゃない♡もしもの時はあたしも連れてって♡♡」

「キャ――――――♡熱い♡♡」

 

 

 

先ほどの般若はどこへ行ったのか、乙女の顔でアラディンをきつく抱きしめた。

あまりのラブラブっぷりに周りの者も乙女化する。

 

 

「し、しかしプラリネ!いいのか?その……例の弟の事は………。」

 

 

プラリネの腕の中から窮屈そうに顔を出すアラディンは、プラリネも他の兄弟と同様に深い愛情を注いでいる()の少年のことをたずねる。

 

 

 

「…もちろん、あたしはあの子の事を大切な弟として愛してるわ。それは家族達みんな同じよ。

 そして、トライフルもあたし達兄弟を深く想ってくれてる。

 

 

 だからこそ、あたしはアンタと一緒に行くのよ。」

 

 

タイヨウの海賊団の船員(クルー)達は頭上に「?」を浮かべた。

姉弟は互いを深く想っているのになぜ別離を選ぶのか、彼らにはプラリネの真意を測りかねた。

 

乙女心に鈍い男共のそんな様子をわかっているプラリネは笑顔で答えを述べた。

 

 

「あたし達を深く想っていてくれるって事は、あたし達の幸せを一番に望んでいるっていう事でしょ。

 姉として可愛い弟の想いに報いるには、あたしが自分の幸せに正直に生きなくちゃいけないじゃない。

 

 あたしの幸せは愛するアンタと一緒に生きる事。一生を添い遂げる事。

 例えどんな困難が待っていようと、アンタと共にいる事があたしにとって一番の幸福なの。

 

 だから自分の為にもトライフルの為にも、あたしはアンタ達と共に進むのよ♡」

 

 

アラディンは零れ落ちそうなほど目を見開いた。

 

海賊としても一人の人間としても凶悪極まりないビッグ・マムを裏切るという事は、たとえ身内であっても制裁を受ける覚悟を重々承知せねばならない事でもある。

 

それでも……プラリネは自分についてくる事が幸福だと言うのか……。

 

 

「……絶対にお前を守り切れる保証はない。命を落とすかもしれんのだぞ……。」

「そうだってわかってても、命を賭してあたしを守ってくれるんだろ?ダーリン♡」

 

 

政略結婚で結ばれた仲であり、結局ママを裏切るというのに……。

プラリネはたった2年しか共に過ごしていない自分を選び、信頼し、そして深く愛してくれている。

 

かつて天竜人に奴隷の烙印を押され、支配されていた自分をこんな素晴らしい女性が伴侶として添い遂げてくれるなど、そんな至上の贅沢があってよいのだろうかとアラディンは涙が出そうだった。

 

いや、泣いている場合か。

アラディンは溢れそうになるそれをぐっと堪え、表情を引き締めた。

 

 

「……死なせるものか。おれの命に代えても、お前は絶対に守る!」

「まったく、わかってないね。そこは『絶対に生き抜く』って言ってくれないと!

 あたしを未亡人にしたら地獄の果てまで追っかけるよ!

 

 あたし、愛しちゃったらどこまでも一途なタイプなんだからね♡♡」

 

 

きつく抱き合う二人に周りの船員(クルー)達は「キャ―――♡熱々―――♡♡」と煮魚になりそうな位全身を火照らせて顔を覆った。

ジンベエとワダツミも微笑ましく二人を見守った。

 

 

しかし、ジンベエはこれから起こりうる懸念からすぐに神妙な顔つきに戻った。

 

 

「―――しかしプラリネ、やはりママは…わしを…

 

 わしらを許さんと思うか。」

 

 

ジンベエがビッグ・マム海賊団を抜けるなら、必然的にタイヨウの海賊団も後に続くだろう。

現に船員(クルー)達は誰に言われるでもなく、離脱の方向で意思を固めている。

 

せめて自分のわがままに振り回される仲間達は見逃してもらえないかと、淡い希望を胸に実の娘である彼女に問いかける。

プラリネはアラディンとの抱擁を解くと、ジンベエの方を向いて過去の例を思い出してみる。

 

 

「……そうねー、前例はなくもないけど、傘下をやめたいって言った奴は……

 

 

 

 

 全員死んだわね、シャシャシャ!!」

 

 

 

 

プラリネは皮肉っぽく笑ったが、ジンベエ達はやはりかとわかっていても緊張が高まる。

 

そんな様子にプラリネは今の内にと、まず間違いなく起こりうる『最悪』を教えておく事にした。

 

 

「……報復を恐れるなら、ママもそうだが兄弟達の怒りには特に腹をくくった方がいいよ。」

 

 

手をこまねいた状態のまま、彼らはプラリネを向いた。

 

 

「ウチの兄弟達はトライフルを傷つける事を絶対に許しはしない。

 身体につく傷はもちろん、心につける傷も決してね。」

 

 

プラリネは少し目を伏せて、()()()()()()()を追想した。

 

 

「随分昔の話だがね……トライフルが左目を失った日の事さ。」

 

 

皆はプラリネの口から出た少年の顔を思い浮かべた。

『四皇』の船員(クルー)ならば相応の修羅場はくぐってきただろうが、その若さで負うにはいささか大きすぎる(モノ)ではないかと誰もが感じたあの隻眼の少年の顔を。

 

 

「…あの日の事は……今にも死にそうなあの子の口から出た『言葉』を聞いた時ァ、あたしだってかわいい弟をあんな目に合わせた奴らに怒髪天を衝いたさ。

 そんなあたしでも、兄弟達の激昂ぶりはまるで悪神のように見えたよ。

 

 ママの逆鱗に触れた者達は、その子供達を中心に編制された部隊に叩きのめされるんだがね……。

 あの日の兄弟達の凄まじい姿は…………

 

 

 

 

 

 

 まさしくその名の通り、『怒りの軍団』だったよ。」

 

 

 

その姿を知る者の真に迫る語り口に、誰もが閉口し冷や汗をかいた。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「黙れ!!!」

「!!?」

 

 

プラリネの言葉を思い出していたジンベエは意識を引き戻された。

現実を見てみれば、先ほど自分が離れていくことを惜しんでいたホーミーズが食われている。

 

去る者にその理由を問うなど見苦しいと声を荒げながら、ケーキのホーミーズを噛み砕く。

彼女にはそんな事はどうでもいいのだろう。

 

大事なのは自分に忠実であるか、そうでないか、だ。

 

 

「海賊なんだ、好きに生きるのが一番さ。」

 

 

勇気ある決断を肯定的に取ってくれているが、もしあの時トライフルが会話の内容を話していたら、もしくはビッグ・マムがそれを彼から聞き出そうとしていたら……

 

ジンベエは自分よりも仲間の安否を思うと気が気でなかった。

 

それに、彼女はまだ傘下離脱を許してくれたわけではない。

 

 

 

「―――だが親子の盃を返されるのは親の恥だよ。

 ジンベエ……おれはお前という一大戦力を失うのさ…!!」

(……それなりの誠意は見せろという事か。見返りあってこその関係じゃったが、確かにママには魚人島を守ってもらった。わしとしても仁義は通したい……。

 

しかし、この強欲な女海賊が提示する要求……そう簡単な事ではあるまい!)

 

 

 

一筋縄ではいかない相手に「ええ、まァ…」とジンベエは生返事をしてしまう。

締まりのない答えにビッグ・マムが(かんばせ)をグイッと近づけ怒鳴る。

 

 

「"まァ"じゃねェ、お前も何かを失えよ!!!それが"落とし前"ってモンだ!!」

「!!」

 

 

先ほどまで物分かりが良過ぎるとも海賊として筋は通った事を言っていた女の顔に、何か裏が見えた。

 

 

「ママママ…()()()()()持って来い!!!」

『え……!?』

 

 

ルーレット…この緊迫した場に相応しくない一興を求める女王に、ジンベエはただならぬ気配を感じた。

実際、ルーレットが如何なるものか知りうるホーミーズ達は楽しむどころか恐怖で震えている。

 

 

 

「ハ~~~ハハハハ…さ~~~お前が()()()()!!!

 

 

 

 

 な~~~~~~んだ!!?」

「!!?」

 

 

目の前に置かれたルーレットを見て、彼は息を吞んだ。

 

 

 

 

(……ルフィ、すまん!わしはまだ…そっちへ行けそうにない……!!)

 

 

 

丸い盤面に描かれているのは10、100、1000の数字に、人の頭と手足。

 

 

 

ジンベエは自分一人の命で賄えぬ犠牲と、ビッグ・マムという強欲な女の悪意を感じた。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

サンジ奪還の為、万国(トットランド)に足を踏み入れた麦わら一味は、カカオ島で出会ったシャーロット家35女『プリン』から教わった航路に沿ってホールケーキアイランド侵入を試みていた。

 

 

 

……のだが、その夜。

 

 

 

 

 

「甘え~~~!!」

 

 

 

 

一行の船はアメのようにガチガチに固まった海に足を取られ、動けなくなっていた。

 

 

 

「いいじゃねェか。もうここで止まって寝よう。」

「イヤよ!!またアリが襲ってきたらどうすんの!?」

 

 

船の周りには大人の象ほどのサイズもある、巨大な"海アリ"の大群が倒れている。

 

ただのアリと侮るなかれ、凶暴で食欲旺盛な海アリは船さえ餌にする。

ルフィの提案を鵜呑みなんかにしたら、朝にはサニー号ごとアリの腹の中だ。

 

 

「日中、日が差せばまた対流するんだが、夜のうちは冷えて海が固まってしまう。」

「早く教えてよね、そういうの!!溶かして早く抜け出すのよ!この"水あめ"の海から!!」

 

 

松明の布に油を浸み込ませながらこの海の特徴を語るペドロに、ナミが言うのが遅いと怒りながら船員(クルー)達に脱出を急かす。

 

 

「あのアリの大軍も眠らせただけですから!」

「起きたらまた大変だね!」

 

 

船を引っ張りながら、眠るアリ達を見渡すブルックとキャロットに、ペドロは海アリの凶暴さを教える。

 

 

「おれは昔、あの海アリ達に船を食われた。」

「こわ!!」

「昔って、お前何しにここへ来たんだ?」

 

 

不思議な程にこの辺りの事を知り尽くしているペドロにルフィが疑問を投げかける。

その答えを教えてくれたのは本人ではなくキャロットだった。

 

 

「ペドロは昔、ぺコムズと一緒に海賊やってたんだよ!」

「え!?そうなのか!?」

 

 

自分達と同じ海賊だったという事実に吃驚するルフィに、ペドロはその頃の事を話す。

 

 

「世間知らずでな。探険家のつもりだったが賞金首になってしまった。ぺコムズ達と一緒にいたのは途中までだ。」

 

 

一呼吸おいて、探険家になった経緯を彼は語った。

 

 

「ゆガラ達になら言えるが……

 

 

 

 歴史の本文(ポーネグリフ)を探していたんだ……!!ネコマムシの旦那の役に立ちたくて……!!」

 

「!?」

 

 

それだけで、彼が懸賞金をかけられた理由がわかった。

 

政府が禁忌としている『歴史の本文(ポーネグリフ)の探索』。

外の世界を知らなかった彼はその大罪を犯してしまったわけだ。

 

 

「―――とうとうビッグ・マムのナワバリに足を踏み入れたのが最後の航海。

 

 

 

 

 おれはここで一度敗れている!!!」

「!!」

 

 

一味はもちろん、その事実を知らなかったキャロットも驚いた。

あまり話した事はないとペドロは続けるが、話したくもなければ二度と来たくもなかった場所だろう。

 

それでも彼は恩人である彼らの為に、その胸中を隠してここまで来た。

 

そして彼にはもう一つ、サンジの事以外にもルフィ達に尽くしたい理由があった。

 

 

「『くじらの樹』にて二人の王がゆガラ達に"ロード歴史の本文(ポーネグリフ)"を見せただろう。」

「うん。」

「おれは驚いた……恩人とはいえ……光月家でもない者にアレを見せるのは、

 

 

 実に26年ぶり……!!ゴール・D・ロジャーの海賊団に見せて以来の事だ!」

「!!?海賊王!?」

 

 

その昔、ゾウを統治する二人の王、『イヌアラシ公爵』と『ネコマムシの旦那』が(いにしえ)からの友である光月以外、しかも海賊に秘匿の存在を教えた。

 

そして此度、二人は再び"ロード歴史の本文(ポーネグリフ)"と共にミンク族と光月家が固く口を閉ざしていた全ての秘密を海賊一味に明かした。

 

ペドロは二人の王がルフィ達とロジャー海賊団を重ね、いずれ世界を『夜明け』へと導く者達であると信じているからだと確信した。

ならば自分が彼等の為に、そしてルフィ達の為に成すべき事は、過去自分が失敗した使命を今度こそ成功させる事。

 

 

「カイドウとの戦いに勝てたら次はどうする!?」

「え―――!?そんな先の事まで考えちゃ…」

「次はビッグ・マムの持つ"ロード歴史の本文(ポーネグリフ)"が必要になる!!!」

「!!」

 

 

再び挑む"ロード歴史の本文(ポーネグリフ)"奪取のミッション。

 

なんとも運のいいことに、プリンから秘密の侵入経路を教えてもらったおかげで彼らは強敵の懐へやすやすと潜り込めた。

こんなチャンスはまたとない。サンジ奪還と共に奪い取るのが最良。

 

ペドロ自身には、もう時間が無い。

やるなら今しかなかった。

 

 

「島に着いたらおれに少し時間をくれないか。今度は奪ってみせる!!」

「え!!おれ達の為なら一緒に行くよ!!」

「いや……サンジをしっかり守ってくれ。取り戻した後も容易じゃないぞ。」

 

 

得るものを得ても安心はできない。一つも取りこぼさずこの国を出る事が正念場になるだろう。

そう考えてペドロはルフィに過去この国で、自分が起こした事件の苦い敗北を語った。

 

 

「……ビッグ・マムの根城への侵入は完璧だと思っていた。

 すでに海賊団に所属していたぺコムズにも目的は伏せ、細心の注意を払って潜り込んだ。

 

 

 

 だが、敵は突然に現れおれ達の行く手を阻んだ!

 

 まるで()()()()おれの行動を()()()()()()かのように、全ての退路を断たれて囲まれた。

 

 

 

 おれは何一つ得られず、逆に多くのものを失ってしまった……!!」

 

 

あの日、彼が失ったものは大きかった。

目を閉じれば今でも鮮明に、あの悪夢の光景を思い出せる。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

『ゼポ!?ゼポ!!!』

 

 

親友の体から煙のようなものが浮かび上がり、それにビッグ・マムが手を伸ばす。

 

 

『ぐ……あ……!!……ペ…ドロ゛……!!逃げ……!!』

 

 

――――――ぎゅっ!!

 

 

『100年……!!』

『う゛あ゛っ…!!………ベ…ポ………!』

 

 

 

 

――――――ブチブチィッ!!!

 

 

 

 

それが引きちぎられると同時に、彼は事切れた。

 

 

『ゼポォ―――――――――!!!』

『こいつは30年しか命を持ってなかったよ。さァ、あんたが70年分よこしな……。』

 

 

ルーレットを回して出たのは寿命100年分の喪失。

ゼポが払う事の出来なかった残りの命、ぺコムズの必死の嘆願と己の左目で免除されても、50年分奪われた。

 

何の成果も得られず無様に故郷へ戻ると、親友の弟は姿を消しており、彼がやっと戻ってきたのはつい最近。

 

 

『ネコマムシの旦那~!!ただいま~~~!!』

『!?ゆガラ、ベポか!?今まで何処へ行っちょった!?』

 

 

兄が大好きでいつも後を追いかけていた小さな子供は、その兄そっくりになっていた。

 

再開すればきっと大喜びでガルチューしていただろうに、ゼポはもういない。

ペドロはベポに申し訳なくて仕方がなかった。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「…ゆガラらにあの日のおれのような屈辱を味わわせたくない。」

 

 

何も得られず失うだけだった航海。

ルフィ達には絶対にそんな思いはさせられない。

 

サンジ奪還の手助けを決めた時から、ペドロは一味を誰一人欠けずに脱出させると決意した。

彼等は絶対に生き延びなければならない。

 

 

「おれにやらせてくれ!今度は……負けはしない!」

 

 

例え……ここで我が命尽き果てるとしても……

 

 

 

 

「……そっか……!!じゃ頼むよ!!ししし!」

「そんな簡単に……」

「よし決まりだ!!」

 

 

猛獣の檻から餌を盗むような真似をする事に心配するナミをよそに、話は勝手に両者合意で通った。

呆れたり笑ったりの仲間達の中、ブルックだけは"賭けられる男"の姿を真剣なまなざしで見ていた。

 

 

 

「……ルフィさんは―――()()()()星の下に生まれたんですかねーヨホホ……」

「ん?何だ、ブルック?」

「いえいえ、私もそうですし…。」

「何だお前、変な奴だな。」

「ヨホホホ~~~!」

 

 

一人よくわからない納得をするブルックにルフィは怪訝な顔をした。

 

 

 

 

 

―――カサ……カサ……ガサ!

 

 

 

「…ん?」

 

 

船を引っ張っていたチョッパーは、耳に入ってきた音に振り向く。

 

 

 

 

「アリが起きた~~~~~~~~~!!」

 

 

 

 

更待月(ふけまちづき)の夜空に響く、一味の悲鳴と海アリの咆哮が第2ラウンド開始を告げた。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

日付が変わり、眩い光が海の向こうから世界を照らし出す。

 

万国(トットランド)に今日も陽気な朝が来た。

 

 

 

「調理器具はそろってます!」

「調味料も準備OKです!」

「具材もたっぷりありまーす♡」

 

 

山小屋のような可愛らしい家の中、人間や人語を使う動物達が大鍋を囲んで楽しそうに告げる。

 

 

「ウィッウィッウィ!後は出汁とメインの肉だけだね!」

 

 

痩せた木のように細く背の高い女は満足そうにうなずく。

 

 

「もうじき向こうからノコノコやって来るよ!楽しみだろォ、お前達!!」

『楽しみ~~~!』

 

 

シャーロット家8女『シャーロット・ブリュレ』の言葉に配下の者達は皆賛同した。

 

 

「おれ楽しみ過ぎてもうよだれがワニジュル♡早く食べたい!」

「お前、全部食っちまう気だろ。ちょっと腹になんか入れてこい!」

「え~~~~~~!!?」

 

 

体の大きなワニのホーミーズを煙突頭の男『ディーゼル』が蹴り飛ばした。

渋々とワニは扉を出ていくと、それからすぐに家の外から声がかかる。

 

 

「ブリュレ!海岸付近のホーミーズから船影を確認したと報告が入ったジュ!」

「…!ようやく来たようだね……!!」

 

 

二つある扉のうち、先ほど貴族ワニが出ていった外へ繋がる方のドアを開ける。

 

そこには鏡に半分飲み込まれた彼女の家を囲うように池が流れ、さらにその向こうは森が広がっている。

立ち並ぶ木々の真ん中には、一際目立つ大木が不自然に生えていた。

 

 

「ご苦労だったね、キングバーム!部下達には無生物のふりしておくよう言っておきな!

 奴らがここへ足を踏み入れたら……静かに出口を塞いじまうんだよ!ウィッウィッウィ!!」

「わかってるジュ!ジュジュジュジュジュ!!」

 

 

不自然に生えた大木こと森の主『キングバーム』は笑い声を上げながら森の中へ消えていった。

 

 

 

「…可哀想なトライフル…!昨日から眠ったままで、今朝は朝食の席にも着けなかった!

 疲れてしょうがなかったんだね…待ってて、お姉ちゃんがお腹に優しい栄養満点のスープを作ってあげる。」

 

 

ブリュレは手の平を上下に重ね合わせると、腕を広げながらゆっくり離していく。

すると手と手の間にできた空間が、ブリュレの"ミラミラの実"の能力によって鏡になった。

 

 

「…ちょうどいいのがいたね。」

「ニャー?」

「チュンチュン!」

 

 

ブリュレはジュースの池で喉を潤す猫と小鳥に目をつけ、そちらへ鏡を向ける。

途端、鏡が自ら光を放ち、一直線に伸びるそれに照らされた一匹と一羽は人間へと姿を変えた。

 

 

「ニャ!?ニャ―――!!」

「チュチューン!!」

 

 

自分が得体のしれない人間の姿に変わってしまった小動物達は驚いてその場を去っていった。

その姿はブリュレだけでなく、麦わらの一味達もよく知っている人物達と酷似していた。

 

 

「さあ、お行き!!結婚式(セレモニー)の主役の姿で、麦わら達を森の奥へ誘い込め!!

 

 ウィッウィッウィ!おいで、愚かな下級海賊!!

 一度足を踏み入れれば決して出ることはできない……

 

 

 

 

 甘くて危険な、私達の恐怖の森へ!!!」

 

 

 

―――クスクス♪ゲラゲラゲラ!!

 

 

 

大きく両手を掲げるブリュレに同調して、森に住まうホーミーズ達ははいずれ(きた)る客人へ歓迎の歌を奏でる。

 

 

 

 

(ハーナー)♪ (ハーナー)

 

 

「来るよー♪来るよー♪」

「奴らが来るよー♪」

 

「みーんなみんな、お待ちかね♪」

「お前が来るのを待っていた♪」

 

 

(キー)♪ (キー)

 

 

「歓迎しよう♪」

「あま~いお菓子で♪」

 

「おびき寄せよう♪」

「まがい物の同胞(はらから)で♪」

 

(いざな)われたなら♪」

「出られない♪」

 

 

「甘くて危険な罠が待っている!!!」

 

 

ケーキー♪ ジュース♪ キャラメルー♪

 

 

「遊ぼう♪遊ぼう♪」

「お前の命で!」

 

「逃げろ♪逃げろ♪」

「死ぬまで追うぞ!」

 

「歌おう♪奏でよう♪」

「悲鳴で!断末魔で!!」

 

 

「遊び疲れたならば食事にしよう♪」

 

「その血で!」

「肉で!!」

「骨で!!!」

 

「宴を開こう!!!」

 

 

 

(ハーナー)♪ (ハーナー)♪ (キー)♪ (キー)

 

 

 

「遊ぼう遊ぼう♪殺して遊ぼう♪」

「おいでおいで♪早くおいで♪」

 

「ここはホールケーキアイランド南西の海岸♪」

「誰も生きては出られない♪」

「誰も生きては帰さない♪」

 

「甘くて恐~い……」

 

 

 

『誘惑の森!!!』

 

 

 

 

歌い終わると同時に、ざわざわと身を揺らしてホーミーズ達は爪を隠す。

 

 

 

「ウィッウィッウィ!かわいい弟の為に、必ず仕留めて料理してやるよ!」

 

 

 

 

 

それぞれの決意がホールケーキアイランドでぶつかり合おうとしていた。

 

 

 

 




やっと投稿できました。
楽しみに待っていた皆様、遅れて申し訳ありませんでした。

誤字報告や感想もありがとうございます。

まだのろのろしそうですが、頑張って更新していきます。


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眠り王子は知りもしない

 

 

 

ホールケーキアイランドを目前にした麦わらの一味達は、サンジ奪還組と歴史の本文(ポーネグリフ)奪取組に分かれて行動することとなり、ルフィ達はブルック・ペドロと一旦行動を後にした。

 

そしてサンジを連れてくると約束したプリンが合流の場に指定した南西の海岸へ、遅ればせながらルフィ・ナミ・チョッパー・キャロットの四人が到着した。

 

しかし………

 

 

 

「この辺だ!!確かにサンジとプリンがいて、目ェ離したスキにいなくなったんだ!!」

「南西の海岸はここで間違いないし…あんたはウソつかないけど。居て居なくなる理由がわからないのよね。」

 

 

ルフィが船の上から(くだん)の二人を確認するも上陸時には忽然と姿を消してしまっており、彼は岬の上から周辺をぐるぐる見回しながら仲間(サンジ)友達(プリン)を捜していた。メレンゲで出来た大地をかじっていたチョッパーもルフィと並び立って辺りを見回し、キャロットは海岸からサンジを捜した。ナミは地図を見ながら失踪した仲間の意図に思考を巡らせていた。

 

 

 

「ん!!?」

「あれ!?」

 

 

岬の上から島をぐるりと見渡す二人の目が、海岸の奥に広がる森の木にとまった。

 

 

「ああっ!!」

「え??」

 

 

ルフィ達が視線を向ける方向にキャロットもそちらに顔を向け、そこにたたずむ人物を目にして駆け出す。頭を抱えて地図を眺めていたナミは、走り出した三人に何が起こったのかわからなかった。

 

 

「おい!!!サンジ~~~~~~!!!」

「!?え!?どこ!?」

 

 

ルフィの呼ぶ人物の名前に驚いたナミは彼と同じ場所に目を向けるも、そこには誰もいない。

きょろきょろと辺りを見回す彼女以外のメンバーは揃って森の方へと走り出していく。

 

 

「どうしたの!?」

「サンジがいたよ今!!あいつ何隠れてんだ!!」

「ホント!?」

 

 

その目で見てない分にわかに信じがたいが、とりあえずナミは三人を追って走り出した。

 

 

 

「あれ!?……!!?」

「え!?どこ行った!?見失った―――!!でもウマそう!!」

「おかしの森だ―――!!」

「いい香り♡」

 

 

隠れてしまったサンジを追いかけて森に入るわずかな間に、彼はまた姿をくらましてしまった。サンジを見失ったことにショックを受けるルフィ達だったが、森に広がる色とりどりのお菓子の山には目を輝かせた。

 

 

「3人共見たんなら間違いないわね!!でも何でいなくなるの!?―――何かバツが悪いのかな…!!」

 

 

ルフィが森を見渡しながらサンジを呼ぶ傍らで、ナミは逃げ隠れる仲間に疑問が拭えず首をかしげる。

 

 

「手分けして捜すぞ!!おれこっち行く!ケーキのある方!!」

「おれまっすぐ!!何か甘いキャラメルの匂いがする方!!」

「じゃ私こっちね!!見てキレー!!ジェリービーンズ!!」

「ちょっと待て――――――っ!!!二次災害の予感っ!!!」

 

 

サンジの捜索を声高に掲げるものの、明らかに3人は我欲に走っていた。

ナミは慌ててお菓子に目がくらむ仲間を止めて、自分の傍を離れないで捜すようにと念を押す。

 

そうして一行は森の奥へと足を進めていった。

 

 

「ルフィ!!あれ見て!大きな岩だと思ったらシュークリームだよ!!」

「え―――!!大きなシュークリーム!?食いてェ~~~!!!」

「んまっ!!ルフィ!この木の葉っぱ食べてみろよ!サクサクの甘~いパイだ!!」

「パイ!?この木の葉全部そうなのか!!?スゲ―――!!」

「早速勝手な行動すな――――――っ!!!」

 

 

 

すでに、入り口がゆっくりと閉じられている事に気付かずに………

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

(あ~あ~~~…スープ楽しみにしてたのに。でも確かにおれ、胃袋はでかい方だからなぁ。

 少しくらいはお腹膨らませとかないと、トライフル様の分まで食べちゃう自信はあるし仕方ないか。)

 

 

森に流れる鮮やかな緑色の川の中をスイスイと泳いでいた『貴族ワニ』はブリュレの家を追い出されてから食べるものを探していた。お菓子は森に山ほどあるのだが、今の彼は()きのよい動物かお菓子のホーミーズが食べたい気分だった。

 

ちなみにこんな見た目だが貴族ワニは人間は食べない。彼はこれからブリュレのスープに入るものが何なのかわかっているのだろうか。

 

 

(あ~、何かないかな~。踊り食いしたい気分なのにブリュレ様が動物達、人間に変えちゃったから食いづらいんだよな~~~。まかり間違って本物の人間食っちまったら嫌だし……どうしようかな~~~。)

 

 

 

―――《…の花……かし……ぞ…!!》

―――《う…そ…――…―♡》

―――《目う…り……いの…!》

 

 

 

水中からでは聞こえづらいが、貴族ワニは確かに声を聞いた。

ホーミーズかと思い水面を見上げると、蹄がついた小さな手が川の中にあった。

 

蹄の持ち主はすぐに手を引っ込めると、川をまたぐドーナツの橋の方へと走っていくのが確認できた。

貴族ワニはにやりと口の端をあげ、舌なめずりしながら橋の下を目指して泳いだ。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「わ―――この緑の川、メロンジュースだ!!」

「ホントかァ!?」

「この橋もよく見たらドーナツ!!」

「ちょっと!!」

 

実はメロンジュースだった緑の川に架かる橋を渡っていた麦わら一味は、さっきからこの調子で全然前へ進めていなかった。ナミはお菓子巡りが本命になりつつある3人に呆れながら、少し語気を強めに叱ろうとした。

 

 

 

「いい加減に……」

 

 

 

―――ザバ……!!

 

 

 

突如、彼女の言葉を遮るように、川の中から鋭い牙が並んだ巨大な口が橋を挟んだ。

あまりに突然の出来事に一味は一瞬足を止めるが、その間にも牙は迫っていた。

 

 

「橋を渡れ!!」

 

 

船長の一声に一同は橋の向こうへと駆け出した。四人の中では比較的足の遅いナミはルフィに抱えられ飛ぶように向こう岸へ渡った。

 

 

 

 

バクン!!!

 

 

「うわァっ!!!」

 

 

巨大な口が閉じられるも間一髪で逃げられたルフィ達の後ろで、ドーナツの橋がその一噛みにほとんど飲み込まれ無くなっていた。あとわずか反応が遅れていたら自分達も橋と一緒に…、と思うナミはゾッとした。

 

 

「ワニだ!!」

「やっつける!?ルフィ!!」

 

 

巨大な口の正体を掴んだチョッパーが叫び、キャロットが迎撃態勢をとりながらルフィの指示を待つ。

ルフィはトレードマークの麦わら帽子をかぶり直しながらワニを見つめる。

 

 

「いや……」

 

 

あからさまな敵意を感じなかったルフィはとりあえずワニの動向を黙って見る。

 

 

 

 

 

 

「……なんだ、人間か……」

 

 

 

 

「!!?」

「……え?」

 

 

ワニは衣服を纏っており、人語までしゃべった。

一味は驚き固まっていると、ワニはドーナツ橋をむしゃむしゃと咀嚼しながら背を向け去っていった。

 

 

 

 

 

 

「……じゃ、何だと思って食いついたんだ!!!」

「そこじゃない!!」

 

 

 

ツッコミどころが違うルフィの後頭部をナミが引っぱたいた。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

森に当たり前のようにあるお菓子の影から、今の様子を一部始終見ていた者がひょこっと顔を出す。

 

 

 

「…何をやってんだい、ワニのやつは…!」

 

 

勝手な行動を取って消えた自分の部下に呆れるブリュレがそこにいた。

彼女は額を押さえながらも、気を取り直して自分が倒すべき相手の方へ顔を向ける。

 

 

「来やがったね、麦わら!!アタシ達のかわいいトライフルをかわいがってくれた礼はきっちりしてやるからねェ!!」

 

 

侵入者4人の顔を一人ずつ見渡してから、ブリュレはルフィに狙いを定めた。

 

 

 

「ウィッウィッウィ!!まずは軽く遊んでやろうか……!!」

 

 

 

背の高いブリュレの姿がみるみる縮んでいき、姿形がまったくの別人に変わっていった。

にいっと()()()()()()邪悪な笑みを浮かべて、ブリュレはその姿を彼らの前にさらした。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「やっぱりプリンを信じて海岸で待つべきよ!!見て、すでに帰り道が危うい!!」

「ただの橋だ。川をジャンプすればいつでも帰れる。」

 

「あれ?」

 

 

進むか戻るか意見をぶつけ合う船長と航海士を尻目に、キャロットは森の奥から現れた人物に目を丸くした。

急に声をあげたキャロットに続いて他の3人も前を見ると……

 

 

 

 

『え??』

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「えェ~~~!?」

「ルフィがもう一人!!?」

 

 

チョッパーとキャロットが仰天し、ナミが摩訶不思議な現象に混乱した。

ルフィは目を鋭くして自分そっくりなそれに怒鳴る。

 

 

『誰だお前っ!!!』

 

 

すると対峙するルフィも目を鋭くして、正面にいる自分に怒鳴った。

姿だけでなく言葉も仕草も、寸分狂わず同じタイミングで発されている。

 

まるで自分が本物だと発言する相手に、両方のルフィは苛立ちの表情を見せて再度怒鳴った。

 

 

『「誰だお前」っておれはルフィだよ!!!』

 

 

またしても同じタイミングで同じ言動をする。

頭にきたルフィ達は互いの額をガンと突き合わせた。

 

 

『マネすんじゃねェっ!!!』

 

 

やはり二人は同時に、同じ所作でがなった。

 

 

「何!?どうなってんの!?どっちがルフィ!?全く同じ動きで同じ事喋ってる!!」

「―――いや!!ちょっと違う!!」

 

 

相手のルフィを観察していたチョッパーはある事に気付いた。

 

 

「鏡に映った"鏡像"みたいにキズもアクセサリーも全部反転してる!!

 "向こう側"の奴はおれ達の知らないルフィだ!!」

 

 

見た目に違いがあるのは気づいたものの、フェイントをかけようと無茶苦茶に動き回るルフィに相手はぴったりと張り付き同じ動きをしている。緻密な動作はとても『真似』でできるような芸当ではない。

 

 

「ホントに鏡があるみたい!!一体誰なの…あんた誰!!?」

 

 

ナミがルフィのようなものに問いかけるが、彼女の言葉には何も返さない。

ナミの言葉に乗ってルフィが問いかければ……

 

 

『答えろよ!!お前!!』

 

 

同じ言葉が森に響く。まるでステレオスピーカーのようだった。

おかしな現象に困惑する一味だが、すぐにキャロットがハッとして、奥にある木の上を指さした。

 

 

 

「あ!!いた!!サンジがいたよっ!!!」

 

 

 

彼女が指し示す大木の太い枝の上に、寝そべりながら棒つきキャンディを舐めているサンジの姿があった。

 

 

「サンジ君!?そんなところで何してんの!?」

「サンジ―――!おれ達迎えに来たんだぞー!!!プリンはどこだ―――!?」

 

 

サンジは声に気付いてナミ達の方を向くが、それ以外なんの返答も返さない。

しかしルフィはそんな彼の様子など気にせず、久々に会えた事を喜びながら手を振って駆け寄ろうとした。

 

 

 

『お―――いサン…!!』

 

 

 

 

しかし、彼の目の前には全く同じ動作をする自分がいるわけで……

 

 

 

 

―――ガン!!

 

 

 

『………!!』

 

 

 

当然、通れるはずもなかった。

 

 

『どけお前~~~~~~っ!!!』

 

 

真正面から同時にぶつかり、同時に倒れた二人は同時に起き上がり、同時に吠える。

鏡に喧嘩を売っているような有様はひどく滑稽だ。

 

そうこうしている間に、サンジは何故かまた森の奥へと逃げ去っていった。

「サンジ―――!!!」と大声で呼ぶチョッパーの声も無視してどんどん森の奥へと進んでいく。

 

ルフィも追いかけたいのだが、目の前の自分が邪魔で進めない。

 

 

『こんにゃろ…!!どけェ~~~~~~!!!』

 

 

ブッ飛ばしてやろうと拳を叩きこもうとするが、向こうも同じ威力の拳を同時に繰り出してくるためそれにガードされてしまう。

 

 

『くそォ!!お前ら先に行け!!!サンジを追え!!!』

 

 

また見失えば厄介だと判断し、仕方なく3人を先に行かせる事にした。

チョッパー達は命令に頷き、森の奥に向かって駆け出した。

 

 

「バラバラになんないで!!チョッパー、キャロット!!やっぱりおかしいってこの森!!またきっと何か起きる!!!」

 

 

チョッパー達の少し後を慌てて追いかけるナミが反転したルフィの横を通り過ぎた。

 

 

 

 

 

 

 

(何か起きるって?もちろんさ……!!)

 

 

 

 

 

 

傍を通るナミも、拳を交える本物のルフィも、偽物のルフィの思考を読む事はできなかった。

表情はルフィと一緒のままだが、心の内は邪悪が支配しているその中身。

 

 

 

 

(追いかけな、追いかけな……そして諦めて逃げ帰っておいで!!その時お前達は知るのさ……

 

 

 

 この森の本当の怖さをな!!ウィーッウィッウィッウィ!!!)

 

 

 

 

麦わらの船長の皮をかぶったブリュレが嗤っていた。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

サンジを追いかけて走るナミとチョッパー、そしてキャロットだったが…

 

 

 

「……ダメだ!!また見失った!!」

「サンジ君……!!どうして逃げるの!?」

「サンジ―――!!どこ行ったの―――!?」

 

 

 

ルフィを置いてまで追いかけるも、再び見失ってしまっていた。

 

 

「とにかく足を止めないで捜しましょう!!そう距離は離れてないはずよ!!」

 

 

ナミの言葉にうなずいて、3人は前方に目を向けた。

途端、三者一様に驚愕の表情を浮かべ急ブレーキをかけた。

 

 

 

「キャ~~~~~~~~~!!!」

「ギャ~~~~~~~~~!!!」

「………!!!…!!!…で、

 

 

 

 

 でっかい人が埋まってる――――――っ!!!」

 

 

 

 

彼女達の眼前に、前髪をちょんまげ結びにした長髪の巨人が顔と手以外を地面に埋もれさせて動けなくなっていた。

 

 

 

「わ――――――びっくりした~~~!!」

「こっちのセリフだよ!!!」

 

 

しかし、意外と元気だった。

とはいえこんな酷い姿の人間を放っておけないチョッパーは巨人に安否を尋ねる。

 

 

「お前大丈夫か!?誰にやられたんだ!?」

「え……?」

「埋められてるじゃねェか!!体!!!」

 

 

きょとんとした巨人にチョッパーが指摘した。

 

 

「好きで埋まってんだよね~~~~~~~~~。」

「え―――!?バカなのかコイツ!!!心配して損した!!」

「ジュース飲みたい。」

「知らねェよ!!!」

 

 

元気どころか巨人は呆れるほどのんきだった。

すぐさま時間が無駄になる気配を察知したナミはチョッパーを抱えて去る事にした。

 

 

「待て待て(おのれ)ら……ウヌはアップルジュースが大好きよね。左に行くとアップルジュースの滝あるよね。ウヌあれ大好き♡」

「ムシムシムシムシ!!サンジ君を捜すのよ!!」

 

 

その後も巨人はナミ達が捜している人物の情報を教えるだのなんだの言っていたが、見返りとして執拗にアップルジュースを要求する様が信用に欠けたので3人は取り合わずに先へ走り去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…行ってしまったのよね~……、アップルジュース……。」

 

 

巨人はがっくりとうなだれた。地面に埋まっている為ほとんど首は動かなかったが。

 

 

 

(そーいえば今の奴らこの森の事、何にも知らない様子だったのよね。なら教えといた方がよかったのかね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 万国(トットランド)では今、リンリンの子供達が皆ピリピリしてるから気をつけろって…。)

 

 

 

 

 

 

 

う~ん、と唸りながら考える巨人だったが、周りでそろりそろりと動く()()を見て考えを改めた。

 

 

(…やめとこう。面倒な事に巻き込まれるのはゴメンなのよね~。ここへ来た目的さえ果たせればそれでいいのよね~…。)

 

 

巨人は脳裡(のうり)に二人の赤ん坊の姿を思い浮かべて、通り過ぎて行った3人の事を一時忘却した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、サンジを追うナミ達は彼の名を大声で呼びながら、がむしゃらに捜していた。

 

 

「おーい!!サンジ―――!!!」

「サンジ君!!どこなの!?いたら返事くらいして―――!!!」

 

 

 

―――ガサ!

 

 

「!!」

 

 

直後、キャロットは生い茂る草木の陰から殺気を感じた。

その瞬間、そこから何かがナミに向かって攻撃を仕掛けてきた。

 

 

「危ないナミ!!!」

「!!?」

 

 

背中から飛び乗ってきたキャロットと共に地面に倒れたナミの頭上すれすれを、鈍く光る刃が(くう)を切り裂く鋭い音を立てながら通り過ぎた。

 

 

「ぎゃあ――――――!!!」

「え!?…え!!?…??」

 

 

空振りした刃に切り裂かれた木々が悲鳴を上げた事と、攻撃してきたのが人間ではなく鶴に乗ったウサギだった事を確認したナミは唖然とした。だが、ウサギがまた武器を構え直したのを見て危険を感じ、3人は一旦森の奥へと退避した。

 

 

 

 

 

「……あのウサギのミンク族、やるな。」

 

 

ワニと同じように人語を解するウサギが、逃げるキャロットの後ろ姿にぽつりと呟いた。

 

 

「ツ―――!どうすんだよ?」

「決まってるだろ。」

 

 

同じく人語を解する鶴の問いかけに、つばの広い帽子をかぶり直しながら答える。

 

 

 

「追うぞ。」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

逃げ切ったナミ達は適当な場所で息を整えながら、現状に危機を感じていた。

 

 

「木もワニも喋る……今のウサギ、私達を殺す気だわ!!

 すぐルフィの所へ!!まだ帰り道はわかる!!」

「でもサンジは!!?」

 

 

昨日のカカオ島の平穏がこの島には、…少なくともこの森には感じられない。

ナミは一度引き返すことを提案するが、チョッパーはサンジが気がかりだった。

それはナミも同じだったが、あのサンジには気になる点が多すぎた。

 

 

「―――もう本物かどうかもわかんない!本当にサンジ君なら私達がこんな目に遭うのを黙って見てる!!?」

 

 

そう言われてチョッパーも言葉に詰まった。

女性にめっぽう弱いサンジだが本当は心優しく、特に仲間のピンチとなれば放ってはおくはずがない彼が今の自分達の状況をわかっていて助けに来ないのは妙だ。

 

そっくりな(ニセ)ルフィがいた事もあり、チョッパーもキャロットも先ほどの男が本当に本物のサンジか確信は持てない。ナミの言う通り、一度全員森を出ることに決めた。

 

が、ナミは自分の手元を見て驚愕した。

 

 

「え!?方角が!!」

 

 

記録指針(ログポース)の針が全てぐるぐると回り、方角が狂っている事を示している。

それだけではない、森にかけられた時計も針がものすごい速さで進みだした。かと思えば別の時計は針が逆戻りしている。

 

まるでこの森だけ、正常に動く世界から隔絶されているように感じて、ナミ達は血の気が引いた。

 

 

「何から何まで変よ!この森!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツ―――ル――――――」

 

 

『!!!』

 

 

背後から聞こえた鳴き声に3人がそちらを振り向くと、

 

 

 

 

 

先ほどのウサギが不敵な笑みを浮かべて立っていた。

 

 

 

「!!!走って!!!」

 

 

 

確かな方角はわからないが、少なくとも先ほどの道くらいはわかる。

3人はそちらへ向かって急いで走り出した。

 

 

 

「仕留める…!トライフル様のために!!」

「ツ――――――!!!」

 

 

 

武器を構えるウサギを乗せた鶴が地面を蹴った。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くかー……くかー……」

「……」

 

 

ホールケーキ(シャトー)内、トライフルの部屋にて。

豪奢なベッドに大の字で眠りこける部屋の主と、その傍らでスツールに腰かける男が一人。

 

晒された屈強な上半身に着けた肩甲(かたよろい)からは水玉模様のマントが伸び、腰にはビスケットのようなタセットを纏っている。

左右に伸びるように細く結われた髪の先からはバチバチと火花があがり、火の着いた導火線を彷彿とさせた。

 

男の名は『シャーロット・クラッカー』。

シャーロット家の10男であり、ビッグ・マム海賊団選りすぐりの戦士、"スイート3将星"の一人である。

 

彼は片胡坐をかいてその上に肘を乗せて頬杖をつき、無防備な顔で眠る弟をじっと眺めていた。

 

 

「……腹減らないか?トライフル…。紅茶もすっかり冷めちまったぞ。」

 

 

サイドテーブルに置かれた紅茶は冷めて香りが消えてしまい、軽食のサンドイッチもパンの角が水分を失いはじめている。

それほど時間が経っているにもかかわらず、トライフルが目を覚ます様子は一向にない。

 

クラッカーはため息をつき、次の見張り番が来る前に皿を片してしまおうかと考える。

と、その前に部屋の扉が静かに開いた。

 

 

「クラッカー兄貴。」

「……ノアゼットか。」

 

 

入ってきたのは万国(トットランド)の財政管理をしているキンコ島の大蔵大臣にして、シャーロット家15男『シャーロット・ノアゼット』だった。

 

 

「もう交代の時間か?早いな…いつの間にそんなに経ったんだ……。」

「ああ、いや違うんだ。ママから兄貴にお呼びがかかったんだよ。時間にゃ早いが後はおれが代わりにトライフルに付き添ってるから。」

 

 

親子であり海賊の頭でもある我らが母のお呼びとあらば、腰を上げないわけにはいかない。

 

 

「…そうか。わかった、後は頼む。軽食の片付けも任せるぞ。」

「ああ、任せとけ。兄貴は気にしないで早く行ってやってくれ。ママは遅刻が大嫌いだからな。」

 

 

クラッカーはノアゼットに後の事を任せて、スツールから立ち上がる。

そしてピタリと動きを止めた。

 

 

「………」

 

 

一連の流れに既視感を覚え、眠っているトライフルに顔を向けたまま口を開いた。

 

 

 

「……あの時もこうやって、いつまでも起きないお前に話しかけてたな。

 なあ、ノアゼット…あの『忌々しい事件』の時、トライフルは何年くらい眠っていたか覚えてるか?」

「へ…!?いやいや!たしかに長いこと昏睡状態だったが、そんな何"年"って月日じゃなかっただろ!?」

 

「ああ、そうだな。けど……それくらい長く感じた。」

 

 

兄が何を言いたいのか悟ったノアゼットは口をつぐんだ。

 

家族は皆そう感じたはずだ。

あの日ほど、万国(トットランド)を過ぎていく時間を長く感じた事はない、と。

 

 

「…一秒先で目覚める事を期待しては落胆し、更に先で子犬みたいに小さなこの心臓が止まるんじゃないかと恐れては杞憂で終わる事に安堵した。それが毎日、毎日と続いて……時間の感覚などとっくに麻痺していた。

 トライフルが目覚めた時は本当によかった……!おれはまだコイツの兄でいられるんだと、大切な弟を守れるんだと確かに心が震えていた!!

 

 それがどうだ!?何故トライフルはまたあの頃のような有様になっている!!?

 ああ、知っているさ!あの"最悪の世代"の大馬鹿野郎(クソガキ)のせいさ!!

 

 ドフラミンゴごときぶちのめしたくらいで調子に乗りやがって…!!"四皇"と"新世界"の本当の恐ろしさも知らねェガキが粋がってんじゃねェぞ!!!」

 

 

深い眠りにつくトライフルの姿が、まだ幼かった『あの日』の彼とダブって見えたクラッカーはつい声が大きくなる。

ノアゼットは慌てふためき、荒ぶる兄をいさめた。

 

 

「あ、兄貴!気持ちは痛いほどわかるが落ち着いてくれ!トライフルの体に障る!

 それに、ママも待っているんだ…早く行ってやらないと…!」

 

 

目の前に弟がいた事と母の事を思い出し、クラッカーは煮えたぎった腹の奥が少しずつ冷えていく。

あの最悪の事件を思い出すとついカッとなってしまう自分に、言い聞かせるように(かぶり)を振った。

 

 

「はあ…そうだったな、急がねェとママを怒らせちまう。じゃあな、トライフル…茶会までには起きてくれよ。」

 

 

これ以上トライフルの顔を見ていると溢れる怒りにきりがないので、弟に背を向けてクラッカーは足早に部屋を後にした。

 

扉が閉まるのを確認したノアゼットは一つ息を吐いて、眠る弟の規則正しく上下に動く腹部に手を当てる。

包帯とチューブが小さな体を覆っていた時とは違い、今は確かに呼吸をしている。

 

 

 

「…これ以上、傷ついてほしくないのは兄弟達みんなの総意だ。」

 

 

 

見える所についている傷は顔の左側だけだが、トライフルが纏うアオザイのような衣装の下は『あの頃』受けた無数の傷が(あと)になって今も残っている。

 

 

「トライフル…お前もあんまり無茶しないでくれ……兄ちゃん達は心配なんだ………」

「……くかー……」

 

 

ノアゼットがどんな表情をしているかも、万国(トットランド)で今何が起こっているかも知らず、トライフルは間抜け面で眠っていた。

 

 

 



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混ざり合う思惑

 

 

一度入れば出られない、今日まで生きて帰った者は誰もいない『誘惑の森』。

そこに響く足音が3つ。

 

 

「走って!!急いで!!!」

 

 

地を鳴らす蹄と脱兎の勢いで駆ける人間の足音を、鳥類特有の(あしゆび)が大地を蹴るように追う。

 

 

「来てる!?」

「まだ追って来る!!」

 

 

ナミを乗せた脚力強化(ウォークポイント)形態のチョッパーと、幻の島"ゾウ"の王・イヌアラシ公爵直属の精鋭部隊『銃士隊』のメンバーでもあるキャロットが全力疾走しても追跡者を振り切ることが出来ない。

 

戦うべきかと思うが、自分達はあくまで内密に仲間を取り戻しに来たのだ。もし存在がバレたら『四皇』の一角相手に全面戦争は免れないだろう。加えてここは敵の庭。地の利が向こうにある中で戦いを挑むなど自殺行為に等しい。

 

故に逃走一択に絞られる訳だが森の様子が先ほどからどうにもおかしく、一刻も早く抜けねばと3人は気持ちばかり焦る。

 

 

「あのウサギ相当強い!!

 でもミンク族じゃないよ!!」

 

「ホント!?」

「能力者かな!?」

 

 

キャロットと同じ天然の戦士種族だと思っていた2人は驚いた。

 

少し後方で双頭槍による攻撃を繰り出そうとするウサギにキャロットが後方転回で素早く距離を詰め、槍を無効化する為に電気を纏った蹴りを入れた。

 

 

 

―――バチィン!!!

 

 

 

雷のような閃光と破裂音が槍の動きを止め、敵の攻撃を遮断した。

 

 

「ほらね!『エレクトロ』出せないんでしょ!!」

 

 

ミンク族の持つ特殊能力で対抗してこない事が、敵のウサギがミンク族でない事を裏付けた。

ウサギの正体の謎は深まるばかりだが、今は森を出る事が最優先だ。ナミははぐれないようキャロットを呼び戻す。

 

 

「キャロット離れないで!!」

「うん!! ごめんね鳥さん!」

「ツ?」

 

 

エレクトロを纏う手の平を鶴の眼前にかざし、放電した。

感電した鶴は「ツル~~~!!!」と変な鳴き声を上げながら倒れたが、ウサギは既の所を避けた。

 

 

 

 

 

(……逃がしはしない……)

 

 

 

ふわりと空中に浮くウサギのホーミーズ、"鶴騎士(クレインライダー)"の『ランドルフ』は武器を構える。

 

 

(実力はとうに超えられたとはいえ、あの方に戦う(すべ)を仕込んだのはおれもだ)

 

 

記憶の中の幼い人はまだ両目とも有り、しっかりとランドルフを見ていた。

 

 

 

『えい!でりゃ!!』

『闇雲に振り下ろすだけではダメです。相手の動きをしっかり見て、確実に当てる!!』

『いて!』

 

 

むやみに棒を振り回してバランスを崩す子供の頭にポコン、と軽く柄を落とした。

(うずくま)って打たれた頭をさする子に小休止をとっていると、彼はすぐに棒を構えて稽古を続けようとする。

 

 

『…休憩してもいいのですよ』

『大丈夫だ。おれ、まだ元気。もっともっと強くなるんだ。ランドルフよりも強くなる。

 

 

 誰よりも強くなって、ランドルフの事も守ってやるからな!』

 

 

目標を見つけて以来、一段と鍛錬に励む子供にランドルフは笑む。

 

 

『ありがとうございます。しかしそろそろメリエンダの時間ですよ。一度お城に戻りましょう、トライフル様』

『わーい、おやつだ』

 

 

相変わらずの無表情だがウキウキと体を揺らしながら城へと踵を返すトライフルと並んで稽古場の森を抜けた。

 

今や過去の話だ。

尊ぶべき人は左目を失った代わりに力を得てめきめきと強くなっていった。

もう自分は彼の中で完全に守られる側となってしまっただろう。

 

 

それでもかつては彼の師だった。

敗北はランドルフだけでなく、トライフルの沽券にも関わる。

 

 

(……ナメられちゃ困るんだよ!!!)

 

 

逃げる二人と一匹の背中目掛けて、ランドルフは自身の得物を投げた。

 

文字通り風を切りながら飛んでいく双頭槍は標的に確実に迫っていく。

それに気づいたナミ達は慌てて左右に分かれて槍をかわした。

 

 

 

「あ……」

 

 

標的に避けられた武器がどこへ進んでいるかを見て、ランドルフの口から間抜けな声が出た。

 

 

 

 

 

―――ドス!!

 

 

「NO~~~~~~~~~!!!」

 

 

ランドルフの双頭槍は地面に埋まっている巨人男の後頭部にぐさりと刺さってしまった。

その間に一味達は船長と合流するために、壁にした男の事を無視してとっとと去っていった。

 

 

「やべ、あの人に当てちゃった………まあ別にいいか。もうママとの縁も切れた男だ」

 

 

うろたえたのは一瞬。ランドルフは巨人にした狼藉をころっと忘れて鶴を起こす。

 

 

「おい、大丈夫か?」

「ツ~~~……焼き鳥になるとこだったじゃねーか、あのウサギミンク!!」

「ミンク族は元から強いらしいけど…あのウサギ女はかなり鍛錬積んでるな。あ、武器返してもらおう」

 

 

ケホケホと黒煙を吐きながら起き上がる鶴の隣で、ランドルフは思い出したように巨人の方へ歩いていく。

 

 

「痛いのよね~~~!何か頭に刺さったのよね~~~!」

「おれの武器です。返してください」

「あ!(おのれ)は確か……ラグドール君!!助けてほしいのよね!頭に何かが…!」

「ランドルフです。言われなくても抜きます。おれのなんですから」

 

 

巨人の頭頂部に一飛びしたランドルフは槍に手をかけて引っこ抜こうとする。

と、ランドルフの長い耳がこちらに向かってくる音を捉えてぴくりと動く。

 

目を凝らして音のする方を見てみると、逃げたはずのナミ達が戻って来ていた。

しかも今度は麦わらの船長まで一緒にいる。

 

……が、ランドルフには彼が本物の『麦わらのルフィ』ではないとすぐにわかった。

 

 

「…今度はあの方の番か。これ以上出しゃばれないな」

「あ!ちょっと、ランドルト君!?刺さったの抜いて~~~!!」

 

 

ランドルフはまた名前を間違えられてるが訂正せず、巨人の頭を降りて木陰で鶴と一緒に傍観の態勢に入った。

 

 

 

 

「え~~~~~~~~~っ!!?何で~~~~~~~~~!!?」

 

 

 

再び巨人の前に戻ってきた麦わら一味達は揃って声を上げた。

後頭部に目を向けていた巨人は、叫び声の方にそれを戻して大きく見開いた。

 

 

「あ!また来たな己ら!!おいさっき頭に刺さったもの……」

「私達、来た道をまっすぐ戻ったハズなのに!!」

「何であんたがここにいるのよ!!!」

「―――!!びっくりするから大声出すな!

 『何でここに』ってウヌはずっとここにいるよね~~~。己らが勝手に行って戻って来ただけよねー」

 

 

チンプンカンプンなやり取りをする両者に「ぷぷっ!」と吹き出しつつ、ナミ達の背後に立つ船長が今どんな顔をしているかも何もわかっていない3人をランドルフと鶴は嘲笑する。

 

 

「チョッパー!もう一度出口へ!!」

「うん!!」

「頭に刺さったやつ―――!」

 

 

巨人の懇願を無視して去って行く一味達の背後でそろりそろりと『ソレら』は動く。

 

 

「クスクス!アイツら、また戻って来るぞ」

「ツ~~~ルルル~~~!!」

 

 

 

「キャ~~~~~~!!」

「わ―――!!びっくりした~~~!!何度来るんだ己達!!」

 

 

ランドルフの予言通り、三度(みたび)彼等は巨人の前へ戻って来た。

ナミは困惑の表情を消せないまま、腕につけた指針を見る。

 

 

「確かに"記録指針(ログポース)"はおかしいままだけど…方角なんかわからなくても!単純な一本道っ!!この道をまっすぐ戻…!!」

 

 

そう言って後ろを振り返った彼女が見たもの。

 

 

「あ」

「しまった…」

 

 

「え~~~!?木と花が動いてる!!」

 

 

動くどころか喋るはずもないものがそれをやってのける光景に、あんぐりと口を開いているナミに代わってキャロットが驚きの声を上げた。

 

 

「よいしょ……あ…!」

 

 

見たこともない現象に棒立ちになっていると、その足がついている地面まで喋って動き出した。

我に返って辺りを見回すと、森全体が「バレちゃった」と苦笑いをしている。そこでナミはようやく抜け出る事の出来ない森の真相に気付いた。

 

 

 

「"道"なんて最初からなかったんだ…!!」

 

 

 

 

 

 

 

「ようやく気づいたかい?この森の怖さに…ここは"誘惑の森"さ……」

 

 

 

 

 

 

突如背後からルフィがナミを羽交い絞めにした。

 

 

「え!?ちょっとルフィ、何やってんの!?」

「ナミ!!そいつルフィじゃねェ!!!」

 

 

慌てて逃げ回っていたせいで気づかなかったが、よく見るとルフィは傷やアクセサリーが反転している。

 

これは先ほど遭遇したルフィの偽物だ!

 

 

 

「お前誰だァ!!!」

 

 

 

チョッパーの問いに偽ルフィは姿形が大きく、細長く変わっていく。

 

 

 

 

「誰って?ウィッウィッウィッウィ!ずっと一緒にいたじゃないか。

 

 

 

 

 アタシの可愛い可愛い弟をイジメてくれた侵入者共…!!

 逃げても逃げてもこの森からは出られない…!!

 

 絶対に出してやりはしないよ!!!」

 

 

 

 

偽ルフィの正体、シャーロット・ブリュレの細長い指から伸びる爪がギラリと光った。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

何故こんな事になったんだ……

 

 

ホールケーキ(シャトー)の裏側『アプリコッ()』に停泊するジェルマ王国の城で、サンジは己の両腕を見つめてそう思った。

 

 

 

 

 

『ビッグ・マムの力は借りたいが血縁を結ぶのが条件…。

 ―――ただの結婚とはいえあんなイカれたババアの所へ大切な息子達はやれん』

 

 

ヴィンスモーク家の家長であり国の王『ヴィンスモーク・ジャッジ』の中では、サンジは"大切な息子"のカテゴリーに入っていなかった。しかしサンジは上等だと思った。彼の中でもジャッジは"父親"でも血縁でもないのだから。

 

 

『―――そこで思い出したんだ…そういえば昔もう一人……

 

 

 

 "出来損ない"がいたな……』

 

 

 

 

父親だから?いや、違う。

弱い者は人とも思わないから、ジャッジはサンジをよくわかっていた。

 

 

彼が何をされれば自分に従順になるか………

 

 

 

 

 

「………………」

 

『こんなに傷つけて』

 

 

思い浮かぶのは東の海にいる、実の父親など比べ物にならないほど自分の"父親"をしてくれた人。

 

 

『お前の手は!!ケンカをする為についてんのか!!?』

 

 

役立たずの小さなガキの手を丁寧に手当てして、人として正しく叱りつけ育ててくれた。

血の繋がった父は兄に暴力をふるわれる自分を見捨て、育てる価値もない恥だと罵ったのに。

 

 

『おいサンジ カゼひくなよ』

 

 

碌な恩も返さず旅立つ自分の身を案じ、優しく見送ってくれた。

 

あの人に…"父親"に恥じない人間になろう。己と父の夢でもある"オールブルー"を必ず見つけてやる。

 

 

 

 

『宴だァ~~~~~~~~~!!!』

 

 

 

 

かけがえのない仲間達と一緒に必ず………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――ガチャン!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お前は"生け贄"だ、サンジ』

 

 

はっきりとそう言い、自分の娘を使って"出来損ないの生け贄"に手錠をかけた。

 

決められた範囲から出る・無理やり外す等すると爆発する仕組みになっている手錠を……

 

 

 

『手が大切だと言っていたな』

『この島から出ようとすると両腕が吹き飛ぶ!!!』

 

 

『結婚はして貰うぞ!!!』

 

 

 

仲間達とまだ見ぬ冒険へ進む為に戻って来たのに、

悪魔が枷をつけて彼らから自分を引き離す。

 

 

 

「……!! クッソォ~~~~~~~~~!!!」

 

 

 

何故こんな事になったんだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようやくだ!!ようやく()()の夢は果たされる…!!

 悔しさに(むせ)び泣いていた我が王国の300年の無念の魂が……ようやく報われる日が来たぞ、レイジュ!!」

「ええ、お父様!国のめでたき日となるわ!」

「ああ!これもサンジのおかげだ。初めてお前が生まれてよかったと思ったぞ!我が息子よ!!」

「………」

 

 

今更都合よく息子と呼ぶ男に、表情は笑みを浮かべながらもレイジュの心は冷えていた。

 

 

 

(サンジ……お前はここにいてはいけない)

 

 

 

 

 

『…レイジュ……あの子を…サンジを………』

 

 

 

 

 

(母さん…、サンジは私が必ず……)

 

 

 

 

キュッと父に見えぬよう小さく拳を握った。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「オギャ―――!ホギャ―――!」

 

 

ホールケーキアイランド北東の海岸に、赤ん坊の泣き声が響く。

 

 

「おう黙れジュニア!!」

「フギャ―――!」

「静かにィ~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 ちろよ♡」

 

 

変な顔であやすと赤ん坊はたちまち笑顔に変わった。

 

 

「おー笑った♡よかったねー」

「よーちよちよーちよち、いい子でちゅね―――♡なァジュニア!!おめェも将来立派な頭目になるんでちゅよ♡」

 

 

妻に抱かれた我が子にデレデレと目尻を下げる"(ルーク)"ベッジの姿に、今や凶悪ギャングの威厳は無い。

彼の前に立つライオンのミンクは呆れたため息を吐いた。

 

 

「……見てられねェな…ガオ!!」

「眩しいだろ?"生まれてきた命"…お前は"消えゆく命"。まるで絵画だ。

 

 

 ―――お前はそういう道を選んだのさ。

 

 

 ぺコムズ…チャンスは与えたぞ」

 

 

鎖で拘束され、身動きのできないぺコムズはそれでもベッジに命乞いはしなかった。

 

 

「チャンスとは思えなかったぜ、ガオ!!」

 

 

ベッジの言う『チャンス』にぺコムズの眉間に皺が寄る。

彼は義理人情にかけてはビッグ・マム海賊団一うるさい。そういう人柄なのだ。

 

故に、此度のベッジの申し出にはたとえ死んでも答えるつもりはなかった。

 

 

「『ゾウ』の一件もそうだったが……人情なんかクソの役にも立たねェ。

 向いてねェのさ…お前はこの世界に」

 

「…ガキが!お前にはわからねェさ!!あの方の優しさが、どれだけおれ達を絶望から救ってくれた事か!!」

 

 

 

 

ぺコムズの脳に浮かぶのは"ノックス海賊団"の乗組員(クルー)だった頃。

慣れない海の旅は想像以上に険しく、仲間達はケガや衰弱で心が折れる者も現れた。

 

キャプテンを務めていたペドロとの相談の結果、彼とはそこで別れぺコムズは弱った仲間を連れてゾウに戻る運びとなった。

 

 

だが海はどこまでも広く残酷だ。ゾウに戻る事すらも容易ではなかったのだ。

嵐に襲われ、進路も取れないまま流れ着いたのはビッグ・マムのナワバリ万国(トットランド)

ぺコムズ達を乗せた船は、この海域に住む大ムカデなどの凶暴な生き物に襲われた。

 

なんとか力を振り絞って応戦したが仲間はどんどん疲弊していき、立っていられるのはぺコムズだけになった。

それでも危険生物達は容赦なく、息も絶え絶えなぺコムズ達を攻撃した。

 

 

 

 

『やめろ―――!!ガオ!!これ以上……仲間を傷つけるんじゃねェ―――!!!』

 

 

 

 

満月の下、ぺコムズはサングラスを放り投げた。

 

 

 

そこからの記憶は曖昧だ。

自分が暴走しているのはわかっていたが、どうしても内側から湧き上がる獰猛な獣の本能を御しきる事が出来なかった。

 

しかし、抑えきれない感情の渦に飲まれるぺコムズを、まるで赤子を抱く母親の手のように温かく、優しいものが包み込んだ。高ぶる感情が徐々に落ち着いていき、あまりの心地よさに力が抜けたところでぺコムズの視界を遮光グラスが遮った。

 

 

 

『ふう…これで大丈夫かな?どうだライオン野郎。おれがわかるか?』

 

 

 

とりもちのようなものに手足を絡め取られて動けなくなっているぺコムズの顔を、まだあどけなさの残る少年が覗き込んでいた。

 

後に彼がこの国を支配する女王の息子とわかると、ぺコムズは疲れて眠ってしまった少年を甲斐甲斐しく世話する家族達に泣いて懇願した。

 

 

『ガオ!!悪いのはおれだ!!頼む!!仲間達だけは助けてやってくれ!!』

『もう助けた。ママがお前達の受け入れを決めたんだ。ママとトライフルに感謝しろ。お前を止めたのも、衰弱状態のミンク族を救ったのもトライフルだ』

 

 

それを聞いたぺコムズはすぐにビッグ・マム海賊団への入団を決め、目が覚めたトライフルに土下座した。ガオガオと泣き叫びながら謝罪と感謝を交互に口にするぺコムズに対し、トライフルは国を暴れ回った彼を責めるどころか仲間が助かった事を「よかったな」と喜んでくれた。

 

 

 

 

「他人がもがき苦しむ様を楽しむお前のような奴に、あの方の温かさがわかるもんか!!」

「ハッ!あのガキの事か。わかりたくもねェな、アイツにゃ散々苦労させられた。傘下に入った時からずっとおれを疑い続け、常に監視を怠らなかった。うっとおしいことこの上なかったぜ!」

「流石トライフル様だ!!お前が腹の底に抱えている薄汚ェ思惑を見抜いていたのさ!!ガオ!!」

 

 

得意げなぺコムズに目を鋭くするが、ベッジはすぐに鼻を鳴らして笑った。

 

 

「…だが所詮はガキだった。最終的に奴はおれを信用し、監視を解いた。そこからはスムーズに計画が進んだぜ。まだまだあまちゃんだったわけだ、ワハハハハ!!」

 

 

敬愛する人を馬鹿にされた事に、今度はぺコムズが目を鋭くした。

 

 

「……解せねェ…!トライフル様の目から逃げる術などあるわけがねェ!!あのお方の"天眼通"をどう掻い潜ったってんだ!?ベッジ!!」

「答える義理はねェな。自分の状況を理解しろぺコムズ。

 

 この海岸は誰かを消すのにうってつけの場所だ。何の証拠も残らねェからな」

 

 

彼等がいる岬の下には、腹を空かせたサメがうようよいる。

ベッジは崖っぷちに立たせたぺコムズにピストルを向けた。

 

 

 

「言い残す言葉は?」

「…………」

 

 

(残すならばあの人へ……敬愛するトライフル様へ惜しみない感謝の想いを……だが言い残したところで、この男はそれを伝えるわけはない。

 

 ならば最期に思い知らせてやる!)

 

 

 

 

「てめェママをナメすぎなんだよ!!!」

 

 

 

 

四皇は決して甘くはないと、最後まで強がる姿勢を崩さないぺコムズの体に、鉛の弾が突き刺さった。

 

 

 

 

「おれの計画は狂わねェ。今まで通り、完璧さ」

 

 

 

 

海に巨大な塊が落ちる音を聞きながら、ベッジ達は海岸を後にした。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

ホールケーキ(シャトー)『女王の間』にて、彼女は幼い頃から抱いていた夢を彼に語った。

 

 

 

「おれの夢は……!!世界中のあらゆる人種が『家族』となり、()()()()で食卓を囲む事…!!!

 ―――それを叶えてくれるのはお前さ、シーザー!!」

 

 

まるで聖人が抱く夢のようだが、ギラギラと獰猛な光を(たた)えた目で語るビッグ・マムの姿は人食いの魔女のそれだ。シーザーは皿に乗ったステーキのような気分で彼女の話を聞く。

 

 

「お前毎度言ってたよねェ!!もう少しで完成しそうだから、もう少し研究費を上乗せしてくれって!!

 おれは嬉しくてずいぶん金を積んだ!!成果はどうだった?」

「ええ…そりゃもうお陰様で!!」

 

 

充分な結果が出た……なんて事は全く無かった。

シーザーは彼女の要求である『人体の巨大化』など到底不可能だと、割と最初の内から結論を出していた。

 

自分が少し前まで灼熱と極寒が肩を並べる島『パンクハザード』で研究していた人体巨大化実験は、あくまで成長期の子供だから可能だっただけであり、しかも命の保障は0(ゼロ)。ビッグ・マムの望むあらゆる人間を魔法の様に大きく出来る薬などまさにただの夢だ。実現など出来るものか。

 

そんな感じで諦めたシーザーは早々に彼女の依頼を勝手に切り、受け取っていた研究資金を全て女と酒につぎ込んで遊び惚けていた。この男、救いようのないクズである。

 

 

昨日の桃源郷と今日の地獄を思い返して顔芸するシーザーにマムが怪訝な顔をした所で、ようやく彼は現実に帰って来て噓八百な研究の結果をまくしたてた。

 

 

「ビッグ・マム!!あんたの為に寝る間も惜しんで続けた研究!!!

 

 もう少しで日の目を見ようという所へ!!"麦わら"とトラファルガー・ローが現れた!!!あいつらさえ来なきゃ!!『巨人薬』はとうに完成していたんだ!!!この天才にかかればっ!!!

 

 惜しむらくは……世界政府が高度な技術で作り上げた研究所…!!あの完全なる環境あってこその研究成果…!!!あんたの投じた莫大な資金!!そしてあの研究所!!

 

 これがない今……もうおれにはあの『巨人薬』を作る事ァでぎねェ!!!」

 

 

最後はうおおおん!と大袈裟に泣いて無念さを演出する。

これで逃れられたと心の中でほくそ笑むシーザーにビッグ・マムは彼にとって想定外の事を告げた。

 

 

 

「研究所なら『パンクハザード』と同じやつを作っといた」

「え!?」

 

 

嘘泣きで流した涙は一瞬で引っ込んだ。

 

 

「設計図は昔入手してね。ウチの『キャンディ大臣』は飴細工で何でも作っちまうのさ。大丈夫溶けやしない、鉄を含ませ加工してある。研究の為なら金はいくらでも使っていい」

 

 

反論の余地もない完璧な手回しの良さにシーザーは愕然とした。

 

 

「で?いつできる?」

「!!?」

 

「1週間?2週間? ハ~ハハハハハ…ママママ!楽しみだね~~~!!」

 

 

最後は引きつった笑みしか浮かべられず、ふらふらと女王の間を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅ェ……!!」

 

 

女王の間を出たシーザーはその扉の横に人がいたことに仰天した。

壁に背を預けて腕組みした男はシーザーが出てくるなり、目で殺さんばかりに睨みつけ声を荒げる。

 

 

「グダグダつまらねェ言い訳しやがって…!おれはてめェの三文芝居見る為に、弟ほったらかして急いでママの所へ来たんじゃねェんだよ!クソが!!」

「ギャっ!!」

 

 

壁から背を離した男、クラッカーは組んだ腕を解くとズンズンとシーザーの方へ近づいて彼の足を払うように蹴った。ご丁寧に覇気を纏った脚で。

鼻水垂らして痛がるシーザーに一瞥もくれず、「フン!!」と鼻を鳴らしながらクラッカーは入れかわるようにビッグ・マムの部屋へ入って行った。

 

 

「クラッカーの怒りもわかる。私も待ちくたびれたよ、シーザー君」

 

 

蹴られた足を抑えてうずくまっていたシーザーはびくりと肩を跳ねさせて、恐る恐る上を見上げる。

 

 

「せっかく君が来るまでに大急ぎで完成させた芸術的な研究所へ、私自ら案内してあげようというのに……」

 

 

ペロペロとキャンディで出来たステッキを舐めながら、シャーロット家の長兄・ペロスペローがシーザーの前に立っていた。

彼はやれやれといった様子でシーザーを見下ろしているが、目の奥は悪戯っ子というには残忍すぎる光を宿していた。

 

一体何を考えているんだと心臓が鼓動を早める。まあ、今はその心臓は自身の体内には………

 

 

 

 

「グギィ!!?」

 

 

 

 

突然、無いはずのそれが痛んだ。

まさか、とペロスペローの方を見ると彼はにんまりと口の端を高く上げ、背中に回していた右手を掲げた。

 

 

「!!?そ、それは……!!!」

 

 

あの憎たらしい海賊外科医に抜き取られた自分の心臓が、その手の中にあった。

ここへ来るまではサンジが持っており、上陸の際にベッジの部下に渡ったはずのそれがよりにもよってビッグ・マムの実子の手にある事にシーザーの血の気が引く。

 

 

「さあ、さっさと立ってきりきり歩きたまえ。私がうっかりこの心臓を握り潰さない内にね」

「うぐッ!!」

 

 

ペロスペローの右手に僅かに力を籠められ、シーザーの口からうめき声が漏れる。

ニヤニヤと楽しそうに自分の前を歩いていく男に、シーザーは文字通り心臓をつかまれてしまったと絶望の表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

一方、母からお呼びがかかったというのに散々待たされたクラッカーは機嫌が悪いまま、ビッグ・マムの前へ歩み寄る。

 

 

 

「なんの用だいママ?」

「おや、来たねクラッカー」

「随分前から外で待ってたんだよ。どこかの野郎の言い訳が長いせいでな」

「ママママ!そりゃ悪かったねェ!!……で、トライフルはまだ目が覚めないのかい?」

 

 

そう聞かれてクラッカーの眉間の皺がより一層深くなる。

それだけでビッグ・マムは察した。

 

 

「……そうかい。それはおれも心が痛むよ、可愛い我が子なんだからねェ」

「だろう!!ママもそう思うよな!!!おれァトライフルをこんな目に遭わせた"麦わら"への怒りでおかしくなっちまいそうだ!!!今頃ブリュレに遊ばれてヒイヒイ言ってる事だろうが、それでも気分は晴れねェ!!!」

「ハーハハハ…ママママ……!お前ほどの奴が待ってるだけの身だ、そりゃ鬱憤も溜まるだろう。

 

 

 

 

 いっそ、自分の手で奴らを始末してやりたいだろう……?」

 

 

 

ピタリ、とクラッカーは動きを止め、ニタニタ笑みを浮かべる巨大な母を見上げる。

 

 

 

「ママ……?」

「たかが超新星(ルーキー)とはいえ、トライフルが言っていた通りあのドフラミンゴを破った男だ。ブリュレ一人じゃ手こずるかもしれねェ。

 

 クラッカー、お前も行け!"麦わら"に新世界の…このおれの恐ろしさを骨の髄まで刻んでやりな!!!」

 

 

 

 

邪悪な空気が部屋を満たすその中でクラッカーはぼんやりと考えるように額に手を当て、それから顔面を覆うようにその手を移動させる。

 

 

 

 

「……参ったなママ……命令とあらば従いたいものだが、此度のおれじゃその内容で任務を遂行するのは難しいぞ……」

 

 

母の言うことを聞けないとも取れる発言だが、ビッグ・マムは我が子から醸し出されるオーラに気付いており笑みはより深まる。

 

 

 

 

 

「新世界の厳しさを…ママの偉大さを刻み込む前に…!!その骨が残らねェかもしれないぜ!!!

 いいのか!?ママ!!!本当におれが()っちまっても!!?」

 

 

 

 

クラッカーの手の隙間から殺意に満ちた眼光が漏れる。

ビッグ・マムは大きな口を三日月の形にして命じた。

 

 

「かまわねェ!!おめェの好きにやっちまいな、クラッカー!!!」

「……わかったよ、ママ……!!」

 

 

 

 

 

覆った手を外すと、母によく似た邪悪な笑みを浮かべたままクラッカーは踵を返した。

 

 

 

 

「覚悟しろ麦わらァ……!我が剣で全身を切り刻んでやろう、幾千万の刃で貫いてやろう……!」

 

 

 

パン!パン!

 

 

一つ、二つと手を叩く。

 

 

 

「簡単に命はとらねェ…!!死よりも辛い痛みと苦しみを……!!」

 

 

パン!パパン!パン!

 

 

リズムを刻めば、甘く芳ばしい香りのする砂煙がクラッカーの身を覆う。

 

 

 

 

 

「ママに歯向かった事を!!!弟を苦しめたことを!!!おれ達兄妹を怒らせた事を後悔させてやる!!!」

 

 

 

 

 

凶悪な面をした大男が、部屋の扉を開け放って出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

想い、愛、野望。

思惑が様々な色を持って混ざり合う。

 

 

 

 

最後は誰の色で万国(トットランド)を飾るのか…今はまだ誰にもわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

おまけ

 

貴方のハートを狙い打ち(無感情)

 

 

 

 

「やあノアゼット。トライフルの様子はどうだ?」

「ぺロス兄!」

 

 

未だ起きる目を覚ます気配のないトライフルの見張り番をしていたノアゼットは、長兄の登場にスツールから立ち上がる。

 

 

「見ての通りだ。ゴロゴロ寝返りは打ってるが起き上がる様子は無し……、せめて何か飲むくらいはしてほしいんだがな……」

「…そうか、……トライフル…可哀想に……」

 

 

兄達に背を向けて眠るトライフルの傍へ、ペロスペローは悲痛な面持ちで寄りそう。

例の一件からトライフルに過保護になってしまっている兄にノアゼットも心配で顔が歪む。

 

しかし彼の手にドクン、ドクンと一定のリズムを刻む真四角の物体を見つけ、はて?と首をかしげた。

 

 

「ぺロス兄、何だそれ?」

「ん?ああ、コレか。くくく!あのマッドサイエンティストの心臓だよ、面白いだろう?」

「心臓!?本物の!?」

 

 

確かによく見れば形は心臓のそれだ。

血管もはっきりと浮いており、ポンプとしての役割を果たしているのだろう血液を運ぶ独特の動きをしている。

 

 

「……何かの能力でこうなってるのか?」

「恐らくな。持ち主から切り離されているがこうして動いているし、感覚もあるようだ。さっき軽く握りつぶしてやったら苦しそうに呻いていたよ!くくくくく!!」

「そいつは面白ェな。文字通り心臓を握ってるってわけだ、これじゃ逆らえねェな」

「だろう?トライフルにも見せてやろうと思って持ってきたんだがな。まだ起きてなくて残念だ」

 

 

そっとベッドの縁に心臓を置いて、トライフルの背中にため息を吐いた。

 

 

 

 

「…くかー……むにゃっ……」

 

 

 

 

と、次の瞬間、トライフルがこちらに向かって大きく手を振り上げながら寝返りを打ってきた。

大の字になるように広げた腕が振り下ろされるポイントを見て、二人の兄から『あ』という声が漏れる。

 

 

 

―――ドスン!!!

 

 

 

トライフルの裏拳がベッドの縁に置かれたそれに一切の容赦なく叩きこまれた。

それと同時に窓の外、遠くから「ぎぃやあああぁぁぁ……!!!」と苦悶に満ちた叫び声が聞こえてきた。

 

 

 

「……ぷっ!!あはははは!!やったなトライフル!!!」

「くーっくくく!!!最高だ!!我が弟よ!!!」

「……くかー……くかー……」

 

 

兄達が腹を抱えて称賛するのも知らず、トライフルは気持ちよさそうに寝息を立てて眠りこけていた。

 

 

 

 

 

「……何かしら?何故かわからないけど今ものすごく胸がスーッとしたわ!」

 

 

誘惑の森を逃げ惑っていたナミは、胸の奥を駆ける不思議な爽快感に一人首を傾けていた。

 




投稿遅れて申し訳ございません。誤字脱字報告や感想ありがとうございます。

待っててくださった皆様、本当にありがとうございます。お待たせしてごめんなさい。
気候が不安定で体調にも影響が出る今日この頃ですが、お体にはお気をつけください。


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約束

 

 

 

麦わら一行が島に着いた時は真上にあった太陽が少しずつ傾き始めた頃、木々に覆われた森はますます暗さと不気味さを増していた。

そして彼女は仲間の行方も知れぬまま、ひとり孤独に得体の知れないモノから逃げ隠れている真っ最中だった。

 

 

「どこ行った?小娘ー!!」

「出てこーい!隠れても無駄だぞ~~~!!ギャハハハ!!!」

 

 

捜し回るそれとは別の、本当にただの草木の陰に隠れていたナミは目の前を徘徊する木や花達に体を震わせながら息をひそめる。

 

 

(…本当に何なの、アイツら!?ずっと追いかけてくる…!チョッパーとキャロットは無事かしら?ルフィはどこに行ったのよ!こんな時に……!!)

 

 

早く船長を捜そうと敵に見えぬよう、四つん這いでコソコソとその場を去ろうとした。

その時、彼女の足に何かが絡みついた。

 

 

「え!!?」

「見つけた!!小娘~~~!!!」

「!!!しまっ……キャ――――――!!!」

 

 

足に巻き付いていたのは木の根で、それは勢いよくナミの体を草むらから引きずり出した。

 

 

「やっと見つけた!!泥棒猫娘!!」

「たっぷり遊んでやるからな~、ギャハハハ!!」

「ぐう…!!」

 

 

敵の前に晒されたナミは未だ絡みつくソレを振り解こうと地面に爪を食いこませて逃れようとするが、その腕にも別の木の根が絡みつき完全に四肢を拘束されてしまう。

 

 

「どうする?どうやって苦しめる?」

「心臓に枝をゆっくり食い込ませてやろうぜ!痛くて苦しいぞ~!」

「ダメよ!殺したらブリュレ様に怒られちゃうわ!いたぶるだけにしましょ!!」

「じゃあ食い込ませるんじゃなくて打ち込もう!!」

「だから死ぬわ!!!」

 

 

頭上で繰り広げられるおぞましい会話にいよいよナミは死を予感した。

 

 

「いや!!やめて!!離して!!!」

 

 

体をくねらせて拘束を解こうとするナミに木々はその抵抗を意にも介さず、それぞれの提案する拷問の内容を吟味する。

 

 

「じゃあ致命傷になる部分は避けて、それ以外の部分に穴をあけてやろう!」

「そのままブリュレ様に差し出そう!!引っこ抜いたら失血死するかもしれないからな!!」

 

 

議論がまとまった無生物達はナミの体を仰向けにして、四方に手足を引っ張る。

白い柔肌が赤くなるほど食い込む根と、引っ張られた四肢に走る痛みにナミの口からくぐもった声が漏れる。

 

そして多様な太さの枝が先を鋭く尖らせ、ナミの体を貫こうとゆっくりと近づいてきた。

 

 

 

「ギャハハ!!串刺しだ串刺しだ―――!!!」

「ぐっ…!!いや!!いやァ――――――!!!助けてルフィ―――!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ピタッ!

 

 

 

 

 

 

 

今まさに皮膚を突き破ろうとしていた枝が突如動きを止めた。

襲ってこない痛みにナミは恐怖で閉じていた目を恐る恐る開けると、頭上の無生物達がコソコソと何か話をしていた。

 

 

 

「…今がチャンスなのに?」

「いいのかな?」

「でも命令だし……」

 

 

 

ボソボソと顔を見合わせて会話する無生物達は、やがて話を終えるとナミの拘束を解いてぞろぞろと森の奥へ去って行った。解放されたナミはうるさいほど胸を叩く心臓を抱えたままポカンと口を開けていた。

 

 

「…一体何が……ハッ!!それより隠れなきゃ!!そしてみんなを捜さないと!!」

 

 

我に返ったナミは急いで、されど慎重に去っていった無生物達とは反対の方向へ歩を進めた。

 

 

 

それからまた刻一刻と時間は過ぎていった。

陽光を放っていた太陽は赤く色づき海の果てへと身を隠そうという頃合いになり、ナミは焦りが募るばかりだ。

 

 

「ハァ…ハァ……どうしよう、敵にも会わないけどルフィ達にも会えない!もしかしてみんな捕まっちゃったの!?」

 

 

見つかる危険性を考えると大声で呼びかけながら捜す事も出来ないこの状況はかなり厳しい。

仲間達と別れてから何時間たったのか、時間も指針も当てに出来ない中でさまようのは想像以上に身も心も削られる。

 

 

 

「…ルフィ…!どこにいるのよ……サンジ君を取り戻すんでしょ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ォ―ン……!!!」

「……ャ―――!!!」

 

 

 

 

 

孤独と恐怖でうっすらと涙が浮かんでくるナミの耳に、馴染みのある人物の声が聞こえた。

 

 

 

「この声……チョッパーとキャロット!?」

 

 

 

にわかに希望の光が見えたナミは顔を明るくして、2人の声が聞こえた方へ走り出した。

 

 

「よかった!無事だったんだ!!どこかしら、この辺りから聞こえたんだけど?」

 

 

声のした辺りで立ち止まり、周囲を見回していると前方にある垣根がガサガサと揺れた。

そこにいたのかとホッとして、声をかけようとした。

 

 

「チョッ……!!」

 

 

―――ガサ!!

 

 

 

飛び出した人物を見てナミは固まった。

 

 

目に飛び込んできたのは確かにチョッパーとキャロットだったが、二人は縄のようなものでぐるぐる巻きに拘束され捕まっていた。

 

 

 

 

 

他でもない、我らが船長『ルフィ』の手によって……

 

 

 

 

 

「……見つけた……!!」

「!!!」

 

 

 

獲物を狙う獣のようなギラギラとした目がナミを捉え、彼女は反射的に彼から逃げた。

 

 

 

(さっきの偽物の奴だ!!!二人とも捕まったんだ!!!)

 

「待てェ!!!逃がさねェぞ!!!」

 

 

逃げるナミに向かってルフィらしき人物は腕を振りかぶり、ゴムのように伸ばした。

流石に矢のような速さで迫ってくるそれをかわし切る事は出来ず、ナミはあっさり捕らえられた。

 

 

 

「!!!キャ――――――!!キャ――――――!!!」

 

 

 

体に巻き付くゴムのように柔らかくもがっしりとした腕に、ナミは悲鳴を上げて暴れる。

しかし次の瞬間、煩わしそうに眉間に皺を寄せるルフィもどきが呟いた言葉を聞いてピタリと止まった。

 

 

 

「またナミか!!!これで3人目だ!!」

 

 

 

また?3人目?と吐かれた言葉をかみ砕きながら、よーく彼を見てみると顔の傷もアクセサリーもナミの知るルフィと同じ位置にある。

 

 

このルフィは本物だった。

 

 

 

「ルフィ!?アンタ無事で……」

「シャ――――――!!!」

「ウオォ―――ン!!!」

「ああもう!!うるせェな!!!ちょっと静かにしてくれよ!!!」

 

 

 

ルフィに確認を取ろうとするがチョッパーとキャロットの奇声に阻まれた。

はて?二人は何故こんな獣のような声を上げているのか?と疑問に思っている間にルフィが縄…ではなく(つた)でナミを二人と同じくぐるぐる巻きに拘束し始めた。

 

 

 

「ギャッ!!?ちょ、ル……!!」

「アオォ―――ン!!ワンワン!!!」

「シャ―――!!シャギャ――――――!!!」

 

 

 

意見しようにも二人の鳴き声に邪魔され、ナミの訴えはルフィの耳には届かない。

ナミを拘束し終えるとルフィは改めて3人を担いで走り出した。

 

少しして辿り着いた場所にナミは目を見開いた。

そこには地面に埋まったあの巨人男がいたのだ。

 

さらに彼の傍らには蔦で縛られたサンジ、プリン、チョッパーにキャロット、そして自分が何人もおり、動物のような鳴き声を上げて暴れていた。

 

 

「また見つけてきたのね~」

「ああ!でもやっぱりこいつらも様子がおかしい!!全くどうなってんだ!?」

 

 

担がれていた三人は乱暴に地面に転がされた。

ナミは慌ててルフィに自分は本物であると伝えようと身を起こす。

 

 

 

「ちょっと!ルフィ!!私は……!!」

「ん?あ!あれプリンじゃねーか!!!おーいプリ―――ン!!!」

 

 

ルフィは森の奥にプリンらしき人影を見つけ、一生懸命に伝えようとするナミなど知らずにそっちへ一目散に駆けて行った。

 

 

 

「ちょ!!ルフィ!!!待って……待たんかこのアホ船長――――――!!!」

 

 

 

ナミの暴言は仲間達もどきの奇声にかき消された。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

ホールケーキ(シャトー)『トライフルの部屋』にて。

部屋の主トライフルが眠ってしまってから、二度目の夜を迎えようとしていた。

 

今も眠り続けている彼の部屋の扉を、ある男が訪ねてきた。

 

 

 

「失礼いたします。ペロスペロー様がこちらにいらっしゃると……」

「あら、ベッジじゃないの」

「何の用?見ての通り私達は忙しいのよ」

 

 

トライフルの部屋へ足を踏み入れたベッジは、シャーロット家最多である多胎児の内5人の姉妹がこんこんと眠る弟のベッドの周りで何やらせっせと準備しているを見かけて首を傾げる。

 

 

「いや、ペロスペロー様がこちらにおられると……御姉妹様達は何をやっていらっしゃるのですか?」

「トライフルに食事をさせるのよ。って言ってもジュース飲ませるだけだけどね」

「普通の食事は出来ない事もないけど、喉に詰まらせるかもしれないのよ」

 

 

そう言いながら30女の『ナツメグ』と34女『フユメグ』がトライフルの足をベッドに縫い付けるようにバンドで固定した。

 

 

「OK!こっちは完璧よ!」

「はーい。ハル、そっちは?」

「いつでもいいよー」

 

 

33女『ハルメグ』がストローの刺さったMサイズ程の紙コップ片手に、もう一方の手指でOKのマークを作る。姉妹達は確認するように頷きあい、31女の『アキメグ』と32女の『オールメグ』がベッドとトライフルの背の間に手を入れた。

 

 

「いくわよ、アキ」

「いいわよ、オール」

 

「いち…」

「にの…」

 

『さんっ!!!』

 

 

声を合わせて二人はトライフルの上半身をぐいっと起こした。そこへすかさずハルメグが紙コップを彼の口元へ近づけた。

 

 

「ほーらトライフル~、コンポート姉さん特製の果汁100%ミックスフルーツジュースよ~」

 

 

くかーといびきをかいていたトライフルの鼻が、ストローからほのかに香る果物の匂いを捉えてひくひくと動いた。

 

 

 

 

………………

 

 

 

………………………

 

 

 

 

 

………………………………『ぱく』

 

 

ズズ―――……

 

 

 

 

「飲んだ!!」

「成功だわ!!」

 

 

きゃいきゃいと喜ぶ姉妹5人に対して蚊帳の外なベッジはその光景に間抜け面になっていた。

 

 

(…どういう事だよ。寝てんじゃねーのか、このガキ)

 

 

内で暴言を吐きつつ、表はビッグ・マム海賊団の忠実な『ルーク』を演じるベッジは一応厄介な敵の情報は仕入れておこうと咳ばらいを一つして尋ねる。

 

 

「……あの、トライフル様は起きてらっしゃるので?」

「寝てるわよ。トライフルは上半身が起き上がっていると、目が覚めているのと大差ない行動が出来るの」

「床でも壁でもしっかり背中がついていれば寝てるけどね」

「でも飲んでくれてよかったー!どんな行動取るかはトライフル次第だからねー」

 

 

アキメグは満足そうに無意識下でジュースを飲む弟の頭を撫でる。

ベッジは「なるほど」と納得しつつ更に情報を引き出そうと試みる。

 

 

「足を縛る意味はあるので?」

「こうしないと勝手にどこかへ歩き出す事があるのよ。高確率でね」

「目の前の状況も把握してないのに、ドアを開けたりタルトに乗って違う島に移動したりとか普通にするから危ないのよ、この子は…」

 

 

フユメグが頬を膨らませながらトライフルのほっぺたをつつくが、つつかれる当の本人はジュースに夢中だ。そもそも未だ夢の中だが……。

 

ジュースが無くなってしまい、ストローを銜えたまま周囲の空気を吸い込んでいるトライフルの奇行を見ながらベッジは思案する。

 

 

(夢遊病みてェなもんか。意識が無ェって事は"天眼通"を使用している可能性はない。ハッ!寝坊助のアホガキってわけだ、恐るるに足らねェな)

 

 

姉妹達に見えないよう口元を隠しながら顔逸らしベッジは嘲笑する。

すると寝ぼけているトライフルはストローを銜えた顔を彼の方へ向けて頬を膨らませた。

 

 

 

 

「――――――……プッ!!!」

 

 

 

 

―――スコ―――ン!!!

 

 

 

 

 

心の内で嘲ていたベッジは自分の真横を何かが弾丸のような速さで通過し、後ろにあるドアにそれが当たった音を聞いて硬直した。

一瞬で凍り付いたベッジはギギギ、と立てつけの悪くなった首を後ろに向けると……

 

 

 

今さっきトライフルが銜えていたストローが扉に深々と突き刺さっていた。

 

 

 

「あ、気を付けなさいよベッジ。トライフルはこの状態だと見境なく攻撃もするわよ」

「しかも割と普通に強いから、今後寝ぼけてるこの子を捕縛する時は細心の注意を払いなさい」

「捕まえる際に切り傷一つでもつけたら兄弟総出で袋叩きにするわよ」

 

(もっと早く言え!!!アホ姉妹―――!!!そして細心の注意って、そのガキの方に払うんかい!!!)

 

 

ベッジは冷や汗をかきながら心の中で激怒した。

 

 

 

「…ハハハ、肝に銘じます。ペロスペロー様はいらっしゃらないようですので、私めはこれで……」

 

 

再びベッドに弟を寝かせる5人姉妹にビキビキと青筋を立てながらも、ベッジは笑顔を張り付けて部屋を出ていった。

 

 

 

「ベッジの奴、ぺロス兄に何の用だったのかしらね」

「どうでもいいじゃない。それより…また夜が来たわ……」

 

 

ナツメグは窓へ歩み寄り、空に浮かぶ金色の船を見上げた。

 

 

「トライフルが眠ったまま、2度目の夜ね」

「しかも今日は国の『半年に一度』の日……」

「こんなの子守歌にも寝物語にもなりはしないわ」

 

 

窓を開けば、風が運んでくる。

この国を作る言葉(うた)

 

 

Leave(リーブ) or(オア) Life(ライフ)?』

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

戻って、『誘惑の森』では……

 

 

 

 

 

「す…すぴばせん…でした」

「あんたの事捜してたの!!何よ急に捕まえて!!!」

 

 

捕まえたナミがようやく本物だとわかったルフィが、彼女にボコボコにされていた。

 

 

「でもコレ一体どういう事?確かに私の姿だし…この中に全員本物がいれば問題解決なのに!!」

「お前らが増えたんじゃねェのか!!」

「増えるか!!増えてるけど!!」

 

 

大量の仲間らしき何か達を見渡しながらナミは尽きない疑問符を浮かべる。そしてルフィは見当違いな方向に答えを導いていた。世間一般の常識というものに良い意味でも悪い意味でもとらわれない船長に呆れつつ、ナミは巨人の方を向いて問いかけた。

 

 

「あんた何か知ってるんでしょ!?私達があの女に襲われた時もずっとここにいて!!」

「ウヌは動けねェからよ!!」

「襲われた!?」

 

 

最後に見かけた森を抜けようとしていたナミ達が自分のあずかり知らぬところで危険に遭っていたと聞き、ルフィは驚愕した。

 

 

「なんかあったのか!?」

「あんたに襲われたのよ、ルフィ!!」

「!?おれ??」

 

 

ナミの発言にルフィはさらに驚いた。

 

 

「正確には―――あんただと思って一緒に森を抜けようとしてたニセ物!!」

 

 

 

彼女は自分達の身に起きた出来事を回想しながら事の顛末を語った。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「アタシの可愛い可愛い弟をイジメてくれた侵入者共…!!

 逃げても逃げてもこの森からは出られない…!!

 

 絶対に出してやりはしないよ!!!」

「お、弟…!?ぐっ!!離して!!」

「おーおー暴れるんじゃないよ、お嬢ちゃん。ねー見て。アタシの顔の傷…!!ひどいでしょ?」

 

 

ナミの倍以上ある体格の大女は彼女を片手で軽々と持ち上げた。ジタバタと暴れるも、自分の顔を容易く覆い込めるような手を簡単には振り解けない。

 

 

「ゆティア誰!?木!!?」

「木じゃねェ!!アタシはブリュレ…」

 

 

やせ細った体に柳葉色のフェザーマントを着けた姿は確かにそれっぽいが、なかなか失礼なキャロットの言葉にブリュレは思わず名乗る。

 

 

「カワイイウサギさんにカワイイ女の子…いいわね…そんな美しい顔見るとアタシ…

 

 

 

 切り裂きたくなるのよね!!!」

 

 

 

ブリュレはナミの美しくも愛らしい顔に鋭く尖った爪を立てた。

 

 

「キャ~~~~~~!!!」

『ナミ!!!』

「お、弟って誰よ!?ル…!!ルフィはどこ!?ウゥ!!」

 

 

皮膚を突き破ろうとする爪先の痛みに呻きながらも、ナミは本物のルフィの行方を問うた。

 

 

「さァ…どこかしら。今頃森を彷徨ってるんじゃない…?

 

 それよりも『誰?』だって!?この小娘が!!可哀想な弟はアンタらのせいで今も起き上がる事も……」

 

 

ブリュレが鼻息を荒げながら誰かもわからぬ"弟"の事を口にしようとした瞬間、ナミは自身の胸の谷間に手を入れてそれを取り出した。

 

 

 

「"天候棒(クリマ・タクト)"!!」

「ギャアアアア!!!」

 

 

 

柄を力いっぱい握りしめた途端、棒の両端が勢いよく伸びてブリュレの腹を思い切り突いた。

予想外の反撃と痛みにブリュレは拘束を解いた。ナミは空中で器用に体勢を立て直して地面に着地し、タクトを改良してくれたウソップに感謝を述べる。

ブリュレは一時苦痛に顔を歪めるが、すぐに魔女のような笑い声をあげながら再度襲い掛かる。

ナミに迫るブリュレを阻もうと、キャロットは拳にエレクトロを纏わせてパンチを繰り出した。

 

 

 

「"エレ(クロ)"!!!」

 

 

 

しかし、その拳も電撃もブリュレが大きく腕を広げたと同時に出来た壁のようなものに防がれた。

だがブリュレの力はそれだけにとどまらなかった。

 

 

 

―――ズボッ!!

 

 

 

キャロットのエレ(クロ)を止めた壁から、()()()()()()()が飛び出た。

目を白黒させるキャロットに、その手は勢いを殺さずに迫る。

 

 

 

「"反射(リフレクション)"!!」

「!!!」

 

 

キャロットの顔に、『キャロットの拳』が刺さった。

訳もわからず吹き飛ばされるキャロットに、本人も仲間も困惑する。

そんな彼らにブリュレは手の中に張られた壁…否、鏡を光に反射させながら向けた。

 

 

 

「アタシは『鏡』!!"ミラミラの実"の鏡人間!!ウィッウィッウィ!!鏡が…映った光を反射する様に!!鏡に向かってパンチを撃てば当然パンチも反射する!!」

 

 

 

悪魔の実の能力者だったブリュレは一味にそのカラクリを明かした。まんまと攻撃をくらってしまったキャロットは地面を思い切り蹴り、今度はブリュレで無く鏡へと攻撃を仕掛けようとした。

 

 

 

「鏡なんか割ってやる!!」

「気を付けてキャロット!!」

 

 

手の中の鏡を割ろうと飛び掛かってくるキャロットに、ブリュレは余裕の笑みを崩さず腕を広げた。

 

 

「"鏡世界(ミロワールド)"!!」

「!!?わ~~~っ!!」」

 

 

割ろうとした鏡に手をついた瞬間、キャロットはまるで水の中へ落ちたように鏡面に波紋を広げながら鏡の中へと吸い込まれてしまった。

 

 

「え…」

 

 

鏡の中へ消えたキャロットにナミとチョッパーは目を大きく見開いた。

だが驚いたのは2人だけでなく、鏡の中に入ったキャロットもだった。

 

 

「……!!え!?出られないっ!!出られないよ!!ここから出してー!!」

「ウィ~~~ウィウィウィ!!まず一人!!」

 

 

ブリュレの手の中にある鏡からキャロットが鏡面を叩いて訴えかけた。

助けを求める仲間に血相変えてナミはブリュレに飛び掛かろうと足を踏み出す。

 

 

「何したのよ!!キャロットを返してよ!!!」

「ナミ近づくな!!」

 

 

しかしチョッパーがそれを遮った。見た目は可憐なミンク族の少女だが、戦闘種族でありその中でも選りすぐりの強さを誇るキャロットがこんなに容易く捕まったのだ。完全に能力を把握しきっていないのに不用意に近づくのは危険だと彼は判断した。

騒ぐナミにブリュレは鏡の張られた腕を狭めていきながら言い放った。

 

 

「殺しゃしない!お前達わかってんのかい!?」

「わー!!」

「キャロット!!」

 

 

小さくなる鏡の中からキャロットが叫ぶ。仲間達の悲痛な声にブリュレは耳を貸さずに腕を閉じた。かくしてキャロットは鏡の世界へと完全に閉じ込められてしまった。

愕然とする2人にブリュレはさらに彼らを驚愕させる事実を告げた。

 

 

「お前達の存在はもう"ママ"にバレてんだよ!!!」

「!!?」

「潜入でもしてるつもりだったかい!?おめでたいね!アタシ達は全員ママの命によってアンタらを狙ってんのさ!!!」

 

 

そういうとブリュレは辺りにいる顔のついた無生物達や、人語を解する動物達を見回して言った。

 

 

「あいつも!!コイツらも!!あいつもあいつも!!あいつもみんな!!こう言われてる!!

 

 

 

『"麦わらの一味"はまだ泳がせていい。サンジには会わせるな。おれに刃向かった事を後悔させてやれ』!!」

 

 

 

ウィウィウィと独特な笑い方をしながら、にわかに信じがたい真実を告げるブリュレにナミは青ざめた。本当なら一体いつから気づかれていたのか、考えようにも見当はつかず、さらに頭を回転させる前にブリュレは無生物達に命令をした。

 

 

「さァ!!"ホーミーズ"!!!そいつらを逃がすんじゃないよ!!」

「動いていいのか?」

「!!」

 

 

今まで静観を決め込んでいたそれらが動き出した。

 

 

「わ!!」

「チョッパー!!」

 

 

チョッパーの後ろ脚に木の根がまるで手の様に絡みついた。思わず逃げようとした足を止めたナミにチョッパーはある決断を下した。

 

 

「ナミ走れ!!敵が多すぎる!!3人共捕まったらルフィも助からねェ!!捜してあいつに教えるんだ!!」

 

 

脚力強化(ウォークポイント)を解除し、普段の姿に戻ったチョッパーはランブルボールを取り出し自身の口元へ放り投げた。

 

 

「おれがやれるだけやるから!!!」

 

 

彼は一人で戦う事を決意した。

「"ランブル"!!」と丸薬をかみ砕き、悔しく思いながらもナミへ告げた。

 

 

「相手は"四皇"の一味だ!!ナメてたのはおれ達だ!!」

「……!!」

 

 

その通りだった。ナミ達は驕っていた。

『戦わずにこっそりとサンジを連れて帰り、あわよくば歴史の本文(ポーネグリフ)の写しをいただく』という考えが、相手を恐れての逃げの選択肢だと思っていた時点で間違いだった。

四皇……圧倒的な力を持つ4つの海賊団の一つである凶悪海賊が、ナワバリに入った敵をみすみす逃がしてくれるなど何故思い込んだのだろう。先日、我らが船長ルフィが王下七武海の一人を倒した事もあって自分達はどこか気が大きくなっていた。

 

『逃げるが勝ち』など、相手を自分と"同等"だと思っている者の考えだ。

 

 

「ブオオオオ!!!」

 

 

怪物強化(モンスターポイント)形態に姿を変えたチョッパーは咆哮しながら無生物に立ち向かう。

 

 

「……!!わかった、必ず戻る!!!」

 

 

巨大化した仲間の背中に声をかけて、ナミは踵を返してその場から逃走した。

 

 

 

 

 

 

 

「ウィウィ~!こりゃスゴイね!!ただでさえ面白い生き物なのに、こんな芸まであるとは!!『あの子』が言ってた通りママが喜ぶよ!!!」

 

 

 

 

 

 

去り際にブリュレのそんな言葉を聞きながら、激しくぶつかり合う衝撃を背中にナミは半泣きで仲間を置いて逃げた。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「……そして、逃げ回りながら…暗くなるまで…私ずっとあんたを捜してたのよ!」

「………そうだったのか!会えてよかった!!」

 

 

壮絶な邂逅からの逃走劇。その一部始終を聞き、ルフィはナミが無事生き延びたことに心から安堵した。

 

 

「じゃあチョッパーとキャロットをすぐ助けに行こう!!どこだ!?」

 

 

気を引き締めて事に当たろうと意気込むルフィにナミは驚きの言葉を放った。

 

 

 

()()!!」

「!?」

「今の話はこの場所で起きた出来事―――でももう誰もいない!!」

 

 

 

先ほどの話の現場はここであるとナミは両手を広げて訴え、そして地面に埋まった巨人の方を向いた。

 

 

「―――だからこの男に聞いてんのよ!!ずっと見てたでしょ!?チョッパーはどこ?キャロットは!?

 あのブリュレって女もこの森のオバケ達もあんたには全く手出ししなかった!!

 

 つまり仲間って事よね!?」

 

 

早口で一気にまくし立てる彼女に、巨人は目だけ明後日の方向を向きながら考える。

 

 

「仲間…?まー…敵ではないのよねー…教えて欲しかったら左の森にある美味しいアップルジュースを…」

「それ所じゃねェんだ!!」

 

 

自分に関係の無い話だからか己の欲を優先させる巨人にプンスカとルフィは怒る。

しかし言い合いをしていても話は進まない。

 

 

「本当にいい事教えてくれたらジュースくらい取ってきてやるよ!!」

「ホントかー!?」

「ああ!!そんなに言うならおれも飲みてェし」

 

 

とりあえずルフィは巨人の要求を飲むことにした。自分自身も気になっていたのもあるが……

 

 

そして巨人は彼らに語った。

 

 

 

甘くて美味しいおかしな国の秘密を………

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

『ほら、トライフル。いい加減に慣れないか』

『や―――――――――――――――!!!』

 

 

まだ碌にしゃべる事も出来ないよちよち歩き時分のトライフルはホーミーズが大変苦手だった。

目の前でぴょこぴょこ飛び跳ねるケーキ達に近づけようと背中を押すと、全力で抵抗しておれの足にしがみつく。

 

しかしそれじゃ困る。

この国はママの"ソルソルの実"の能力で魂を与えられた生物達がそこかしこに居る。半年に一度、国民から税金の様に徴収する"(ソウル)"を物や動物に与え擬人化したそれらはママの為、ビッグ・マム海賊団(じぶんたち)の為に働く忠実なしもべとなるのだ。

 

トライフルもシャーロット家の子として生まれた以上、コイツらの上に立つ者としてちゃんと接する事が出来なければならない。

 

ホーミーズから逃れるようにおれの足を登ってくる弟の服の襟首を掴んで引き剥がす。

 

 

『トライフル、お前もママの子供で立派な男だろう。こんな奴らにビビってたら強い海賊になんかなれねェぞ』

『やァ―――――――――――――――!!!』

 

 

超音波みたいな金切り声で拒否するトライフルに、ハァとため息をつきながらそっと地面に降ろした。

 

 

『大丈夫だ。こいつらはおれ達の仲間だ、何にも痛い事はしねェ。まかり間違ってお前に危害を加えたりしたら兄ちゃん達がぶっ殺して助けてやる。安心しろ、かわいい弟にキズなんてつけさせやしねェからよ』

 

 

そう約束して小さな頭をガシガシと撫でてやる。

トライフルは不安そうに眉間に皺を寄せるもホーミーズの方を振り向き、そろそろと近づいていく。

 

…個性が豊か過ぎて聞き分けのない弟妹の方が多いが、トライフルは言い聞かせれば素直におれ達の言う事を理解し行動するなかなかにかしこいガキだ。たまに頑固な時はあるがな。

 

 

『わーいわーい!トライフル様あそぼ―――!!』

 

 

 

―――べちょっ!

 

 

 

『あっ…』

 

 

ケーキがはしゃぎ過ぎたせいでトライフルの顔に派手に生クリームを飛ばした。

 

 

 

『……キィ―――――――――――――――!!!』

『ギャ―――!!ごめんなさいトライフル様ァ~~~~~~!!』

『おお!いいぞトライフル!!その調子で殴れ!!』

 

 

猿のような悲鳴をあげながら小さな手足でホーミーズをボコボコにする弟の姿に、おれは彼奴の海賊としての素質と明るい未来を見た。

 

 

『ハハハ!流石ママの子だ!お前は強い海賊になるぞ、トライフル!!』

 

 

 

 

 

 

 

それから数年後、弟は満身創痍で長い眠りを強いられることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

『トライフル…お前はおれ達の誇りだ。ビッグ・マム海賊団の立派な船員(クルー)で…おれ達兄妹のかわいい弟だ。

 

 

 

 だからよォ…………

 

 

 

 そろそろ目覚めちゃくれねェか………?』

 

 

 

 

 

 

聞き分けの良い弟は、兄の言うことを聞いてはくれなかった。

 

 

 

 

 

 

『……おれが約束を破ったから拗ねてんのか?

 

 全く……頑固者め………』

 

 

 

 

 

 

もうお前をこんな目には遭わせねェ。お前に危害を加える者、お前を裏切る者は絶対に許さねェ。

 

 

 

 

 

 

 

「………その力で住人達の寿命を貰い、集めた"人間の(ソウル)"を国中にバラまく事で色んなものに命が宿り"擬人化"していく…!!あー『死体』や『他人』には(ソウル)は入らないが…

 

 それで動き出し喋りだしたのがこいつらだ。『ホーミーズ』と呼ばれているよねー。

 

 (ソウル)の回収と分配はリンリン……いや―――"ビッグ・マム"の(ソウル)で作られた『化身』達がやってる…!!

 

 

 これが"万国(トットランド)"の正体よね…」

 

 

 

だからよォ………

 

 

 

「じゃ、あいつらもか!?」

「あれはまた別の話。ブリュレの能力で人の姿に変身させられたただの動物よね」

 

 

 

 

敵に対して情報を漏洩するこの男は………

 

 

 

 

「ウヌは昔…!!ずいぶん昔…"ビッグ・マム"こと海賊シャーロット・リンリンの夫だった」

「えェ~~~~~~っ!!?」

「娘が二人生まれてウヌはすぐ捨てられたのよねー。みんなウヌを狙わないんじゃない…相手にされないのよねー…!!」

 

 

 

 

「おい正気かキサマ……

 

 

 

 

 敵にベラベラと情報を与えおって愚か者!!!」

 

 

 

 

この愚かな元・義父はァ……!!麦わら共々ブチ殺さなければならんなァ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待ってくれクラッカー君!シフォンに一目会わせてくれ!!結婚したと聞いたんだ!『おめでとう』と一言いいたい!!リンリンと一度話をさせてよね!!!

 

 

 

 ()()()も家出したと聞いた…!!ウヌにはかけがえのない家族なのよ!!」

 

 

 

「!!ローラ!?」

 

 

 

ローラの名前に何故か麦わらの一味である女が反応したが、とりあえずそれはどうでもいい。

ローラ…シフォンと瓜二つなあいつの双子の妹……

 

 

そしてこいつはその二人の父親……

 

 

 

「……血は争えんな……揃ってアイツを……

 

 

 

 我が弟()()()()()を裏切るなどと…!!大罪人め!!おれは絶対に許さんぞ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…え!?トライフル!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

『……あ、もしママに会ったらもう一つ伝言を伝えてほしいんだけど…』

 

 

 

 

 

 

私には大事な約束がある。

2年前、私を姉妹分(きょうだいぶん)と言ってくれた大切な友達との約束。

 

 

 

 

 

 

『伝言自体はママにじゃないの………私の『弟』に届けてほしいの』

『ローラって弟がいるんだ!』

『ええ!姉想いのとってもいい子なのよ!』

 

 

嬉しそうに弟の事を話すローラにココヤシ村のノジコを思い出した。

些細な事で喧嘩したり貧乏暮らしに辟易したりもしたけれど、家族3人で暮らした家に彼女一人を残して島を離れるのは少し勇気が要った。

 

海賊稼業なんて故郷に帰る事も難しいから、きっと弟とやらはこの島に囚われていた音信不通の姉をさぞ恋しがっていただろう。

 

だから……ローラから受け取ったビブルカードと伝言を胸に、私は必ず彼女の弟に会って彼女の言葉を伝えようと決意した。

 

 

 

 

『私の大切なかわいい弟…名前はね………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "トライフル"っていうの!!』

 

 

 

 

 

 

ローラ………私が果たすべき約束は、ここにあるの?

 

 

 




大変お待たせしました。長らく待っていただいた方々、誤字脱字報告、感想、本当にありがとうございます。ちょっとスランプ気味でまた投稿は遅れるかもしれませんが、どうぞ次回もよろしくお願いします。


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彼等の弟

 

 

2年前、ゴースト(アイランド)"スリラーバーク"

私達はそこで出会い、紆余曲折ありながらも友情を築いた。

 

 

 

『私のママが海賊やっててね…!!あ、そうだわ…!!コレあげる、ママのビブルカード。特別よ?』

 

 

新世界の文化であるビブルカードの存在を教えてもらい、姉妹分(きょうだいぶん)の証に『すごい海賊』だという彼女の母のカードをもらった。

 

 

『このママのビブルカードに私がサインしとくから、いつか何かに困ったらこれを辿ってママに会うといいわ。その時は私も元気でやってたって伝えてね。』

 

 

そういって紙に自分の名『Lola(ローラ)』とサインして私に差し出した。

 

 

『ありがとう、ローラ!』

『いいのよ!……あ、もしママに会ったらもう一つ伝言を伝えてほしいんだけど…』

『ん?お安い御用よ。何?』

『伝言自体はママにじゃないの………私の『弟』に届けてほしいの』

『弟?』

 

 

母親伝いに弟へ伝言?と思ったけれど、こんな時代でしかも海賊なら色々あるわよねと思ってそこは流した。

 

 

『ローラって弟がいるんだ!』

『ええ!姉想いのとってもいい子なのよ!』

『ローラ船長!名前も伝えておいた方がいいんじゃないすか?()()()()わかんなくなるし』

『あ、そうね』

『?』

 

 

また不思議な事をローラと彼女の船員(クルー)は話す。

けれどその時の私は深く考える事も問いかける事もせず、大切な友達との約束を果たす事ばかり考えていた。

 

 

 

『私の大切なかわいい弟…名前はね………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "トライフル"っていうの!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

大地に埋まっていた巨人は突然現れたビスケットの鎧を着た男に乱暴に地面から引っこ抜かれ、実は顔がでかいだけの二頭身のおっさんだった事が判明した。すっかり巨人と思い込んでいたルフィ達は驚愕したが、ナミの方は二人の会話に出てきた人物の名にさらに驚いた。

 

 

「クラッカー君!!放してくれ!!()()()に…シフォンに…!!娘達に会いたいだけなのよね!!!」

「大声でその名を口にするな!!!()()()()()に二度と聞かせたくないその女の名を!!!」

 

 

"ローラ"と"トライフル"………

 

今日までの旅で得た情報がナミの脳裏を駆ける。

 

 

 

『ローラ、あんた達"新世界"へ行ってたの?』

『行ってたんじゃなくて新世界の生まれなのよ!私のママが海賊やっててね…!!』

 

『コレあげる、ママのビブルカード。特別よ?』

『おおお!!よかったなオイ、ローラ船長のママはスッゲー海賊なんだぜ!!?』

 

『私の大好きだった姉さんも自由な恋愛を求めて海へ飛び出したわ。求婚の旅へ!!』

『ローラも家出したと聞いた…!!ウヌにはかけがえのない家族なのよ!!』

 

 

 

「ローラ…それにトライフルって……」

 

 

 

『伝言自体はママにじゃないの………私の『弟』に届けてほしいの』

『ローラ船長!名前も伝えておいた方がいいんじゃないすか?()()()()わかんなくなるし』

 

『―――あなたはシャーロット家の"三十五女"とありました。ビッグ・マムには娘さんが35人も!?』

『ええ。娘39人、息子47人。私達は86人兄弟よ!』

 

 

 

点と点が繋がる。まだ不鮮明ながらも形が出来上がっていく。

 

 

 

「もしかして…!!ローラ達のママって…"ビッグ・マム"!!?」

 

 

まだ確かではない答えを導きながら、ナミは未だ鎧男と言い争っているエセ巨人を見上げる。

 

 

「―――そしてこの人が……!!ローラのお父さん!?」

「!?え!?」

 

 

男もローラという名に反応してナミを見返した。

瞬間、遥か上空から何かが叫びながらこちらへ向かってくる。

 

 

「ツル~~~~~~ッ!!!」

「また来たなあのウサギとツル!!」

「飛ぶんだ!」

 

 

ナミ達を追いかけ回していた例の騎士のようなウサギと彼を乗せた鶴が、ルフィ達目掛けてミサイルの様に一直線に降下する。

迎撃しようと拳を構えるルフィだったが………

 

 

 

 

「止まれランドルフ―――――――――ッ!!!」

 

 

 

鎧の男の大声で二羽はあらぬ方向へ落下、不時着した。

さらにその男の迫力に当てられた木々が何本か枯れ落ちた。

ルフィは覇王色の覇気かと思ったがすぐに感覚がそうではないと伝える。

 

 

「覇気!?……違うな」

「恐怖で枯れちゃったの!?」

 

 

呆気にとられる二人に対し、ホーミーズは鎧の男に戦々恐々といった様子だった。

 

 

「な…なぜこの森に『3将星』が…!!」

「来てはならんか!?おれが!!!」

『ヒエ~~~~~~!!!申し訳ありませんクラッカー様!!』

 

 

鎧男ことクラッカーが圧をかけて鋭く睨むとホーミーズは悲鳴をあげながらさらに命を落とした。

枯れた命など歯牙にもかけず、彼はウサギと鶴へ目を向け声を荒げる。

 

 

「おれのいる目の前で横ヤリを入れるとは偉くなったものだな!!ランドルフ!!!」

「……!!すいません、コイツが行こうって」

「ウソつけェ!!お前じゃろうがィ!!」

 

 

罪を擦り付けるウサギに鶴が目をむく。

 

 

「喋った!あいつ偉いのかしら」

 

 

すごまれただけで枯れたり責任を押し付けあうホーミーズの姿に、ナミは原因の男を見ながらつぶやく。

 

 

「強ェのは確かだ」

 

 

睨み付ける男が威勢だけではない事を理解しながらルフィは気を引き締めた。

 

 

「ママは常に先手を打つ女……!!"麦わらのルフィ"はドフラミンゴを破った男だ。ブリュレじゃ手こずるだろうとおれをよこした」

「聞き捨てならないね―――!!兄さん!!!」

「!」

 

 

割って入った声に皆がそちらに目を向けると……

 

 

「失礼な!!!」

「そうジュそうジュ!!」

「別にやれと言われちゃすぐ殺るよォ!!!」

「同感ジュ!!!」

 

「!!うわ!!木のバケモノ!!」

「あ!!あの女―――!!」

 

 

巨木のホーミーズとそれに乗った女――――――ブリュレが姿を現した。

 

 

「ワシらチーム"誘惑の森"は!!今日までただの一人も標的を生きて返した事はねージュ!!」

 

 

ブリュレの部下であり誘惑の森の主でもある巨木のホーミーズ"キングバーム"は自信たっぷりにクラッカーに言ってのけた。

 

 

「結構だが遊んでる場合じゃない。明日の昼にはヴィンスモーク家の兄弟達が顔を揃えホールケーキ(シャトー)へ入城する。今回のヴィンスモーク家との縁付きはママにとっても待望のイベント。

 ―――あの『ジェルマ66(ダブルシックス)』の軍隊と科学力が手に入るんだからな」

 

 

ブリュレ達の仕事ぶりは評価しつつもクラッカーはビッグ・マムの悲願成就を優先すべしと言外ににじませる。母の願いはブリュレも理解している為「わかってるよ!」と一言放ってルフィが捕まえてきた偽物の仲間達を元の動物の姿に戻した。

 

 

「わー!動物になった!!

 

 

 

 ―――で、何であの枝だけ喋るんだ!?」

「枝じゃねェよ!!!」

 

 

キングバームと同化して見えたのか、ルフィの素っ頓狂かつ失礼な発言にブリュレは声を荒げた。

そして怒声と共にルフィ達と兄にあるものを見せた。

 

 

《あっ!!ルフィ!!》

《ルフィ!!ナミ!!助けてェ――――――ッ!!》

「え―――っ!?どうしたんだ!?お前ら!!」

 

 

ブリュレが掲げた額縁―――否、鏡の中にチョッパーとキャロットが入っていた。

わけのわからない状態にルフィは目を白黒させながら二人に叫んだ。

 

 

「どうやってそんな所に!!」

《"鏡の世界"に入れられちゃったんだ!!!こいつは"鏡"の能力者だ!!気を付けろ!!》

 

 

警告をするだけで外に出る事も出来ない、文字通り手も足も出ない状態の二者を嘲笑いながらブリュレは兄に胸を張った。

 

 

「ウィッウィッウィ~~~ッ!!どうだい!?クラッカー兄さん!?もうコイツらの首根っこは掴んでんだよォ!!」

 

 

高らかに言った直後、ブリュレは躊躇も容赦もなく鏡を地面に叩きつけた。

ルフィ達は叫び声をあげながら鏡を追うが間に合わず、鏡は呆気なく砕け散った。

 

 

「―――まァいい、まずは口の軽いこの男だ。」

 

 

そう言って髷を掴んだ手に力を籠めるクラッカーにビッグ・マムの元夫は驚愕する。

 

 

「ママが消して構わんと…」

「え~~~!?リンリンが~~~~~~!?」

 

 

強引な婚姻であったとはいえ一応夫だった男は元妻の処分にショックを受けた。

 

 

「考えてよね!!仮にもウヌはクラッカー君の"父親"に当たる存在よね!?」

「"元"な!!今は違う。ママに言わせりゃ過去43人の夫達など血の繋がりもない"他人"だと…!!」

 

 

男はクラッカーに生存の望みをかけるがそれも打ち砕かれた。

 

 

「そんな…!!だが娘達とは確かに血は繋がっているよね!!やめてくれェ!!!」

 

 

実の娘の事を挙げた途端、クラッカーの目が鋭くなった。

右手で弄んでいた大剣の柄をしっかりと、痛いほど強く握り直して男の方へ構える。

 

 

「…!!!何よりキサマの娘と同じその愚かしさが憎いほど腹立たしい!!!我が弟への裏切り!!!その愚行、死で贖え!!!」

「!!!」

 

 

振り下ろされる刃に男はきつく目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

―――ガキィン!!!

 

 

 

 

 

襲い来る刃はそれよりもずっと小さな体に阻まれた。

刃を振り払ったソレはさらに、怯える男を掴むその手目掛けて踵を落とした。

 

 

「……………!!」

 

 

骨の髄まで痺れる衝撃にクラッカーの手が緩んだ。大地に転げ落ちた男は回らない舌でソレに―――ルフィに礼を繰り返した。

 

 

「ゼェ…ゼェ…アリァとう!!アリァとう…!!」

「……同情か?」

 

 

 

「何十回も顔突き合わせてりゃ、情くらい移る!!!」

 

 

 

睨み合う両者を包む大気が鋭いものに変わる。

 

 

 

「ヤッベェ~空気ィイィ~~~~~~!!!」

「クラッカー様がここで戦いを始めるぞ!!!」

 

 

只ならぬ雰囲気を感じたホーミーズは一斉に、二人から距離を取るように逃げ出した。

ナミもここにいるのは危険と判断し、ルフィが救った男と共に離脱を決める。

 

 

「離れよう!!あんた名前は!?」

「ウヌは『パウンド』。さっき己、ローラの名を言ったか?」

「逃がすんじゃないよ"ホーミーズ"!!とっ捕まえてもうカタを付けちまうのよ!!!」

「アッチなら了解!!!」

 

 

そう簡単に逃がすまいとホーミーズもブリュレの命令に従って追ってきた。

ナミは足を止めずに懐を探ってあるものを取り出した。

 

 

「あった!これはね!私の友達『ローラ』のママのビブルカード。

 ―――でもそれがビッグ・マムかどうかは…」

 

 

『ウオオオオオオ!!!』

 

 

突然、ホーミーズが雄たけびを上げて動きを止めた。

雄叫びに振り向いたナミも、言う事を聞かない部下達の姿を見たブリュレも目を見開いた。

 

 

「んなにしてる!?どうしたお前達!!!どうしたキングバーム!お前まで!!」

 

 

ガタガタと全身を震わせて(あし)を竦ませている森の主は絞り出すように言った。

 

 

「駄目ジュ!!ブリュレ、わしら"ホーミーズ"、あの娘には逆らえんジュ!!」

「あん!?」

 

 

突然の反抗にブリュレも困惑する。

 

 

「ママの…強い(ソウル)を感じるんジュ…!!!」

「え?」

 

 

ローラからもらったビブルカードを持ったまま一瞬固まったが、その沈黙もすぐ破られた。

 

 

ガシャァン!!

「わあっ!!」

「ルフィ!!?」

 

 

ルフィが転がるように吹き飛んできたのだ。

ナミとパウンドは彼が飛んできた方を振り向くと、()()()()()()()のクラッカーがずんずんとこちらへ向かって来ていた。

 

 

(…!?何アレ!?腕が……4本ある!!?)

 

 

混乱するナミの前でクラッカーは自身の左肩をポンと叩いた。

すると不思議な事にそこから剣を持った腕が一瞬にして生えた。

 

 

「一つ叩くと二つに増えて、も一つ叩くと三つに増える」

 

 

二度肩を叩いたクラッカーの腕は、合計で6本にまで増殖した。それはすなわち攻撃力も増えたということ。

 

 

「勝とうなんて夢は見るな!ママの『お茶会』の邪魔はさせん!!!」

 

 

殺気を感じたナミは慌ててルフィに待ったをかけた。

 

 

「ルフィ、ダメよ!!!本気で戦っちゃ!!目的が違うの!!早くこの森を抜けてサンジ君を…」

「おれは本気以外の戦い方知らねェよ!!!」

 

 

立ち上がるルフィもまた、強い闘気を纏っていた。

迎え撃とうとする敵にクラッカーは6本の腕を剣を振り上げ、名乗りを上げる。

 

 

「おれはビスケットの騎士『クラッカー』!!剣の名は『プレッツェル』!!この世に2本と無い名剣!!」

 

 

手足の増殖と共に2本と無いはずの剣も増やす能力の謎に疑問が尽きないナミだが、クラッカーはさらに彼女達に覚えのない言葉を放った。

 

 

「貴様にも"新世界"の洗礼を与える!!!

 

 

 

 

 

 

 

 そして我が弟にした暴挙の数々!!その蛮行に見合う以上の制裁を加える!!!」

 

 

 

 

『……………は???』

 

 

 

ルフィとナミは揃って間抜けな声を上げた。

 

 

(ま、また弟!?ブリュレも言ってたけど一体誰の事…!?)

 

 

二人は共にポカンと口を開けたまま思考を巡らせていた(※ルフィは特に何も考えてない)が、コンマ数秒の後にナミがハッと意識を戻してから鋭い目でルフィを睨んだ。

 

 

「ルフィ!!!こっそりサンジ君を連れ戻すって言ったでしょ!!アンタどこでいらんことしたァ!!?」

「え~~~~~~!!?おれェ!!?」

 

 

まったく覚えがないのに怒鳴られてルフィは仰天した。

しかしこの船長は日頃の行いがまあまあ悪い。旅の途中に起こる不測の事態の原因9割は彼が担っていると言っても過言ではないトラブルメーカーだ。ナミの言い分もわかる。

 

しかし、ルフィはクラッカーの言う『弟への蛮行』について皆目見当もつかない。

 

 

「おれ知らねェよ!!コイツの弟なんて見た事ねーし、悪い事とかした覚えもねェぞ!!?」

「あんたが見も知りもしなくてもどこかでそれらしいことしたって可能性が一番高いのよ!!!この国で最初に自分がしたこと忘れたの!!?」

「う゛ッッ……!!」

 

 

それを言われると弱かった。彼は実際カカオ島でぺコムズの話も聞かずにお菓子を食べ散らかして捕まりそうになっていた。

だがそれでもルフィは目の前にいる男の『弟』なる人物に遭遇した記憶はない。

 

 

「お、弟って言われてもなァ……」

 

 

ビッグ・マムの子供ならプリンに会ったが彼女はどう見ても『女』だった。

『暴挙』という程の酷い行いと言われても、戦闘といえばこの島へ来る前は海上でだけだ。

それも、人ではない。

 

 

「……ん?」

 

 

そこまで考えてルフィはふと思い出した。

この万国(トットランド)にはあらゆる種族の人々が住んでいる。

それこそ一見は動物にしか見えないような種族達もいた。

 

カカオ島でプリンは『たくさんの兄弟がいるが父親はバラバラ』だと言っていた。

弟やらが目の前の男と同じ姿をしているとは限らない。

 

 

 

 

「…………あ!!!もしかして……………

 

 

 

 

 

 

 

 あの海にいたアリってお前の弟だったのか!!?」

『!!!???』

 

 

 

大真面目な顔で言ってのけたルフィ以外の全員が固まった。

彼は昨夜、水あめの海にて交戦した『海アリ』が件の弟だと思い至ったのだ。

 

 

「そういや思いっきり殴り飛ばしちまった!!あいつ弟だったのか、ゴメン!!でもあのアリ、船食おうとしたからさ……」

「そんなわけあるかァ――――――!!!」

 

 

謝罪と言い訳を述べる船長の頭をナミが思い切り引っぱたいた。

 

 

「ア…アア……アリって……アタシ達のカ、カワイイ弟が…アリリリリリ……」

「ブリュレ!!しっかりするジュ!!!」

 

 

ブリュレはショックが強すぎたようで白目を剥いて戦慄(わなな)いた。

クラッカーも衝撃的すぎて頭が真っ白になっていたが、徐々に現実に戻って来た。

そして、彼もまた震えだした。

 

もちろん、怒りで…だ。

 

 

 

「………!!!殺す!!!」

「うわあッ!!!」

 

 

ぶわりと広がる殺気と共に6本の剣がルフィ達に向かって振り下ろされた。辛うじて避けたが、その威圧感と衝撃はホーミーズがさらにいくつか枯れ果てたる程だ。

 

 

「おれの弟をアリ呼ばわりしやがって!!!許さん!!!絶対に許さん!!!」

「何だよ!?謝ったんだから怒るなよ!!それにあのアリが違うんならやっぱりお前の弟なんて知らねェぞ!!!」

「知らぬ存ぜぬで通るかァ!!!このクソガキが!!もともと加減するつもりなどなかったが、貴様は特に残酷に殺してやる!!!」

 

 

ナミはいよいよ相手を混じり気無しで怒らせたと悟った。

 

 

「一旦逃げようルフィ!!そいつきっと幹部クラスよ!!!」

「いやだね!!!」

 

 

ナミが逃亡を促すもルフィは迎撃を選択し、ギア"3(サード)"を発動させ突っ込んでいく。

武装色を纏い巨大化した敵の右腕に対し、クラッカーはビスケットの盾を構えた。

 

 

「ゴムゴムのォ!!!"象銃(エレファントガン)"!!!」

 

 

象の突進のような思い一撃が盾に刺さるがそれにはヒビ一つ入らず、逆に押し返された。

まさか跳ね返されるとは思ってもみなかったルフィはがくりと体勢を崩し、そのスキを突いてクラッカーは三つの右手に握られた剣を振り下ろした。

ルフィも負けじと武装色を纏った腕で防ぐが、力は相手の方が上であっさりと薙ぎ払われた。

 

 

―――ボカァン!!!

 

 

 

「!!!くそ!!!」

 

 

地面に叩きつけられた身を起こす前にクラッカーは攻撃を繰り出す。6本の剣を雨あられのようにルフィ目掛けて突いた。

飛び上がるように逃げかわすルフィだが、クラッカーの猛攻は止まらない。

 

 

 

「"ロール"!!!」

 

 

剣が高速回転しながら迫ってくるのを見たルフィは慌てて武装色を纏った。

 

 

 

「"プレッツェル"!!!」

 

 

―――ドスン!!!

 

 

「オエ!!」

 

 

しかし剣自体は防いだものの、衝撃はその身を貫いた。

ルフィはホーミーズを巻き込みながら森の奥へと吹っ飛んだ。

 

 

「……!!ヤバい…!!」

 

 

一撃でなぎ倒された木々と視認できない程吹き飛ばされた船長。その光景を目の当たりにしたナミは圧倒的な戦力差に震え上がった。

 

 

「ルフィ!!!逃げて―――!!!」

「ウィウィウィ!待ちな!!お前らの相手はアタシだよ!!」

「―――と!!わしだジュ!!」

 

 

ルフィを追って森の向こうへ走り出そうとしたナミの前に、意識を取り戻したブリュレとキングバームが立ちはだかった。

 

 

「わかるよ急に恐くなったんだろ!?ウィッウィッ…"最悪の世代"!?何が最悪だ!!"偉大なる航路(グランドライン)"の前半でもてはやされて…!!ウチの船長こそ"海賊王"になる男だと……!!息をまく部下達が絶望する顔は腐る程見てきたよ!!」

 

 

嘲笑する敵を前に、自分は今まさにその"絶望の顔"をさらしているのだろうと恐怖で震えながらもナミは思った。自分達は部下に圧倒されてもルフィなら…、その期待が打ち砕かれようとしている状況に彼女はくずおれそうになるのを必死に耐えた。

そんな彼女を知ってか知らずか、ブリュレは追い打ちをかけるように言葉を紡ぐ。

 

 

「以前()()()も言っていたけど、この2年…何人かママのナワバリに迷い込んで来たねェ!!!

 

 『キャプテン・キッド』!!『海鳴りアプー』!!『ギャング・ベッジ』!!『怪僧ウルージ』!!

 

 一早く己の立場に気付き、傘下に入った『ベッジ』を除いては…!!ママの顔を見る事もなく…一言の声を聞く事もなく!!ハジキ出されたよ!!

 一人くい下がったのは怪僧ウルージ!!生意気にも『将星』の一人を打ち破った…!!少し前まで『4将星』だったのさ、ウィッウィ。」

 

 

と、話の途中でブリュレはナミの前に能力で作り出した鏡を投げ落とした。

 

 

「―――だがそれが限界!!ママを怒らせ、クラッカー兄さんに惨敗した!!

 逃げ場なんてないよ!!今頃どこかで野垂れ死んでるさ!!」

 

 

ブリュレの言葉を聞きつつ足元に落ちてきた鏡に目を落とすと、その鏡の中から木の上にいたはずのブリュレが姿を現した。

 

 

「『四皇』と戦う!?夢の話さ!!ママに会う事もできない!!!

 お茶会に潜入!?結婚式を止める!?仲間を奪い返す!?

 

 夢のまた夢さ!!!

 お前達は!!ママの顔すら拝めずにこの森で死ぬのさ!!!」

 

 

鏡の中から這い出てきたブリュレはナミの両足を絡め取り引き寄せる。

 

 

「さァおいで"鏡世界(ミロワールド)"へ……!!()()()でゆっくり顔も体も引き裂いたげる…」

「いや!!」

 

 

必死に抵抗するが、すでに体格の差で負けている。ナミがどれだけ力を込めて暴れても容赦のないブリュレにはかなわない。

 

ところが………

 

 

「離れろブリュレ―――!!!」

「わ!」

「ぬご~~~~~~!!!」

 

 

ブリュレより一回り大きな男…パウンドが義理の娘を殴りつけてナミを守った。

 

 

「………!!ありがとう!!」

 

 

ナミは転がりながら敵の腕を抜け出てパウンドに感謝した。対してブリュレは辛うじて当たらなかったが、そもそもビッグ・マムの娘に殴り掛かったという事が大問題だった。

 

 

「パウンド義父(とう)さん……いや、パウンド!!これはママへの"反逆"だよね!!!」

「……!!」

「終わりだよ!?もう助からない…!!」

 

 

つい勢いで助けてしまったものの、ブリュレの言葉にパウンドは息をのんだ。

娘を攻撃して、敵を庇った。こんな事がビッグ・マムの耳に入れば自分は……!!

絶望の表情を浮かべて固まった男の背後でゆらりと華奢な体は立ち上がった。

 

 

 

 

 

「"サンダーボルト……テンポ"!!」

「!!?ギャアアアァァ!!!」

 

 

雲一つないはずの天から……いや、それよりずうっと低い所から雷がブリュレに向かって落ちた。

突然の電撃に打たれたブリュレは、半分意識を失ったまま鏡の中へズブズブと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブリュレの魔の手を逃れ、追撃も来ず、ホーミーズも襲ってこない中でナミは改めてパウンドと向き合った。

 

 

「ブリュレはまた来る…あいつは鏡のある場所ならどこにでも現れるのよね…!!」

「ごめん、私の為に!」

「どうせもう…ウヌは『殺していい』と言われてたのよね。元"妻"に…うゥ…」

 

 

凶悪海賊とはいえ一応は夫婦だった女性からの非情な命令に、流石にパウンドは落ち込んだ。

ナミも同情を禁じ得なかったが、パウンドは頭を振ってナミに先ほどからずっと聞きたかった事を訊ねた。

 

 

「己…!!ローラと友達なのか!?」

 

 

ビッグ・マムに捨てられてから会う事も出来きず、行方不明になった娘の手がかりに淡い期待を寄せるパウンドにナミは笑顔でビブルカードを掲げた。

 

 

「うん!!間違いない!!ローラのママはビッグ・マムだったんだ!

 森の木達がこの『ビブルカード』を恐れているのがその証拠!!

 

 存分に使わせて貰うわよ!!ローラ!!」

 

 

不敵な笑みを浮かべてビブルカードに口づけるナミの言葉に、辺りのホーミーズはぎくりとした。

カードさえ彼女の手から奪えば攻撃できるのに、そのカードがあるから近づくことも出来ない。ホーミーズは手も足も出ない状態となってその場で固まっていた。

ビクビクと怯えて何もできない木達にナミはふふんと上機嫌になりながらも、彼女も気になっていた事をパウンドに訊ねた。

 

 

「そうだ!パウンドちゃん、さっきのブリュレの事もそうだけどビッグ・マムの子供達に詳しいのよね?」

「え…?まあ、ウヌは一応リンリンの夫だったわけだし……」

「うん、じゃあ………その子供達の中にいる『トライフル』っていう子の居場所を教えてくれない?」

 

 

ナミは先ほどのパウンドと同じように期待を寄せながら、ローラとの約束である子の詳細を訊ねた。

 

 

「『トライフル』……?う~ん……ウヌはそんな子は知らないのよね~」

「え~~~~~~!!?」

 

 

予想外の言葉を返されて驚いた。

 

 

「なんで知らないのよ!?ローラの弟なのよ!?」

「う…!!さ、さっきも言ったけどウヌはローラ達が生まれてすぐに捨てられたのよね……」

「あ……」

 

 

そこまで言われてナミはハッとした。

 

 

「ウヌが知っているのはローラよりも先に生まれた子供達の事だけよね……ローラの『弟』じゃウヌには……」

「そ、そうだった…ごめん!」

 

 

尻すぼみになっていく言葉と共に表情が暗くなるパウンドにナミは申し訳なさそうに謝った。

 

 

「困ったわ……これじゃローラの伝言が伝えられない……」

「…?その弟だけへの伝言なのね?ローラよりも後に生まれた子供はたくさんいるのよね、詳しくは知らないけど……」

「ああ、うん。ローラが姉想いのいい子だって言ってたから……」

 

 

そう話しながらナミはローラの伝言の事を思い出す。

ローラを深く愛していた子だったからこそ、彼女は彼にだけ"その言葉"を伝えたかったのだろう。

 

 

 

 

 

「だから『トライフル』に伝えたかったんだわ………

 

 

 

 

 

 

 

 "ごめん"って………」

 

 

 

 

 

 

 

 

『あの子に会ったら伝えてほしいの。

 

 

 

 "貴方に何も言わずに島を飛び出してしまってごめんなさい"って……』

 

 

きっと弟は最愛の姉が突然いなくなってショックだっただろう。

その上彼女は影を奪い取られ3年もの間、日の光も浴びることが出来ずスリラーバークに囚われていたのだ。

海賊がそう簡単に便りのやり取りなど出来る筈無いが、それでも何の音沙汰も無い事は心配だったし悲しくもあったろう。

 

 

『ローラ……』

『…でも……いつか必ず会いに行くわ!素敵な花婿を連れてね!

 

 

 離れていても私はトライフルを……大切な弟をずっと愛しているから!!!』

 

 

 

「私…絶対に会って伝えなきゃいけないの」

 

 

ローラは元気で海を渡っていると

変わらず貴方を想っていると

 

必ず、貴方のもとへ戻ってくると………

 

 

 

ナミとローラは似ていた。

大切な人がいる故郷を出て、夢を抱きまだ見ぬ世界へ帆を張った。

 

だがナミは愛する人達に旅立ちを告げることが出来た。そして愛する皆に見送られた。

ローラと違うのはそこだけ。しかし、大いに重要な事だ。

 

 

「大丈夫よ、ローラ。まだ遅くない……!」

 

 

約束から2年経ってしまったが、決して枯れてはいない。

その言葉に込められた深い愛はきっと、『トライフル』の心を満たしてくれる。

ナミは決意のこもった目をして、顔を上げた。

 

 

「あのクラッカーって奴を倒して『トライフル』に会いに行く!!

 さあホーミーズ!!アンタ達全力でルフィを援護しなさい!!!」

『えェ~~~~~~~~~!!!??』

 

 

ビブルカードを高く掲げ、ナミはホーミーズに命じた。

友との約束の為にホーミーズは…特にキングバームはこれから大変可哀想な目に遭う事になる。

 

目の前の女がどれほど恐ろしいかを味わうのは、まだまだこれからである……

 

 

 

 




大変お待たせしました。前回の投稿から年をまたいで年号まで変わってしまいました。
こんな亀の歩み更新な作品をまだ読んでくださっている御方、応援してくださる御方、優しい皆々様本当にありがとうございます。


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