魔法戦記リリカルなのはWarriorS (雲色の銀)
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プロローグ1―スバル・ナカジマ

 スバル・ナカジマは公園で3人の男子に囲まれていた。

 この8歳の少女が特別に何かしたという訳ではない。寧ろ、スバルはボーイッシュな見た目とは裏腹に女の子らしい優しさを持ち、周囲からの評判は決して悪くはない。

 思春期の男子と言えば、気になる女子をいじめたくなるものである。特に相手は母親を早くに失くしている少女だ。からかいたくなった男子達は3人でいじめていた。

 

「お前、母ちゃんいないんだってな」

「いつも姉ちゃんにくっついてやんの。だっせー!」

 

 目の前の女子をコケにして笑う男子。だが、彼らは知らなかった。スバルはその気になれば、態度がデカいだけの子供3人ぐらい捻り潰せる程の力を持っていたことを。

 スバルは戦闘機人と呼ばれる、機械の骨格を持った改造人間だった。しかし、スバル本人の性格は内気で優しい普通の少女だった。

 争いを好まないスバルは喧嘩もしようとはせず、その性格から言い返すことも出来なかった。どうすることも出来ず、悲しみが涙となって瞳に溜まっていく。

 いつもなら、姉のギンガが傍に来て男子を追い払ってくれる。しかし、ギンガは夕飯の買い出しをしていて今はいない。

 

 

「やめろっ!」

 

 

 その時だった。第三者の怒鳴り声が聞こえ、同時に男子の内1人へ跳び蹴りが入った。

 突然の攻撃に、蹴られた男子は驚きながら倒れ込む。他の男子も急な襲撃者を前に、もうスバルを構っている余裕はなかった。

 

「スバルをいじめるな!」

 

 強い口調で言い放ったその人物は、スバル達と同年代の少年だった。金髪蒼眼の中性的な顔立ちを怒りに歪ませ、スバルを庇うように立つ。

 スバルはこの少年のことを知っていた。彼の名前はソラト・レイグラント。スバルの幼馴染である。

 

「ヤロー!」

「いきなり何すんだ!」

「うるさい! スバルをいじめる奴は僕が許さない!」

 

 大事な幼馴染をいじめられ、怒りに火が付いた少年はそのままいじめっ子達と殴り合いの喧嘩になった。

 3対1という圧倒的不利な状況にも関わらず、彼は対等に戦っていた。髪を引っ張られれば肘で腹を打ち、後ろから羽交い絞めにされれば背負い込んで振り回す。やられたら我武者羅にやり返し、遂に男子達を追い返したのだ。

 

「ソラト! 大丈夫!?」

 

 ボロボロになった幼馴染に、スバルが慌てて駆け寄る。

 殴られた顔は痛々しく腫れているが、ソラトはスバルに笑いかけた。

 

「うん……スバルは、大丈夫?」

 

 たとえ自分が痛めつけられても、スバルのことを優先的に心配していたのである。大事な人を守る為ならどんなに勝ち目が低くても、自分が危険な目にあっても構わない。

 必死に守ろうとしてくれる幼馴染の姿は、スバルの中にヒーローとして残っていた。

 

 

◇◆◇

 

 

 しかし、そのヒーローでもどうしようも出来ないことが起こってしまった。

 新暦71年4月、ミッド臨海空港で大規模火災事故が発生した。スバルは陸士部隊を率いている父、ゲンヤ・ナカジマの面会の為に来ており、ギンガとはぐれてしまった時に火災に巻き込まれてしまったのだ。

 火の勢いは急速に増して行き、救助隊(レスキュー)が助けに行けない地点にスバルは取り残されてしまった。

 

「お父さん……お姉ちゃん……」

 

 炎と瓦礫に囲まれ、姉も父もいつも助けてくれた幼馴染の姿も見えない。泣きながら必死にギンガを探し回るスバルだったが、遂に爆風に巻き込まれてしまい近くの銅像の前まで吹き飛ばされてしまう。

 痛みと熱さで動けなくなったスバルは、絶望のあまりその場で泣き出してしまう。

 

「こんなの、やだよ……帰りたいよ……。助けて、ソラトぉ……」

 

 幼馴染の名前を呼ぶスバルだが、ソラトも誰もこの場にはいない。

 泣きじゃくるスバルへ、さっきの爆発の衝撃で台座に皹が入り、銅像が倒れ込んでくる。

 逃げる気力も残っていなかったスバルは、自分の死を覚悟した。

 

「よかった、間に合った……助けに来たよ」

 

 自分がまだ生きていることを感じたスバルは、倒れてきたはずの銅像が桃色に光る複数の輪で支えられていることに気付いた。

 そして、銅像の上から息切れをした女性の声が聞こえてきた。亜麻色の長髪を二つ結びにし、炎の中でも煤一つついていない白いワンピースドレスを着ている。金色の杖を携えていることから、彼女が魔導師であることが伺える。

 空を飛び、助けに来たと言う女性に泣くことも忘れ、スバルは呆然と見つめていた。

 

「よく頑張ったね、偉いよ」

 

 女性はスバルの目の前に降り立ち、優しく頭を撫でる。

 その瞬間、スバルはまた目から涙を流した。助けに来てくれた彼女に安堵し、緊張の糸が解れたのだろう。

 

「もう大丈夫だからね。安全な場所まで一直線だから」

 

 白い魔導師はスバルの周囲を魔力の壁で覆い、天井へ杖を構えた。

 足元にミッドチルダ式の円形魔方陣を現し、杖からカートリッジを2つ排出。直後に杖から羽が出現し、魔力を溜め出す。

 普通学校に通っているスバルには、彼女が何をしているのか詳しくは分からなかった。ただ、不思議と安心感を覚えていた。彼女ならここから助け出してくれる。

 

「ディバイン――バスター!」

 

 女性が叫ぶと、杖の先に貯められた魔力スフィアから桃色の光が一直線に放たれ、空港の厚い天井を一気に打ち抜いたのだった。

 外までの道を貫通させた魔導師はスバルを抱き、外まで飛翔する。黒煙を抜けると、スバルの目の前には星空が広がっていた。地獄のような熱さは夜風の冷たさが取り除き、女性の優しく抱きしめる腕が温かさを感じさせてくれた。

 

「この子のこと、お願いします」

「はい、高町一尉」

 

 やがて救助隊の元へ降り立ち、スバルを引き渡した魔導師は再び火災の上空へ飛び立って行く。

 担架で運ばれていくスバルの瞳に映ったその魔導師の姿は、強く優しく格好良く映った。そして、同時に泣いてばかりで何も出来ない自信をスバルは情けなく思っていた。

 泣いてばかりではダメだから、もっと強くなりたい。そう願いながら、スバルは意識を手放した。

 

 

◇◆◇

 

 

 空港火災から6年後。

 時刻は朝7時。とある一室にて規則正しいアラームが響き渡り、もぞもぞとベッドから手が伸びる。

 細い腕が目覚ましのアラームを止めると、ベッドの主は起き上がって背を大きく伸ばした。

 青い短髪にアホ毛がちょこんと立っており、ボーイッシュなイメージを抱かせる髪型だが、体付きは胸部を中心に発育がよく、彼女が女性であることを確信させる。

 

「おはよう、マッハキャリバー」

〔お早うございます、相棒〕

 

 部屋の主、スバルは先程までアラームを鳴らしていた、青いクリスタルのようなものに挨拶をする。すると、クリスタルの方も電子音声で返してきた。

 このクリスタルはスバルの愛機であるインテリジェントデバイス"マッハキャリバー"。優秀なAIを搭載しており、公私共にスバルをサポートする頼もしい相棒だ。

 すっかり目を覚ましたスバルはベッドから降りると身嗜みを整え、救助隊の証である銀色の制服――ではなく、陸士部隊の茶色の制服に着替える。

 

「よしっ! 朝ご飯食べに行こうか」

 

 身嗜みのチェックを済ませ、スバルはマッハキャリバーを内ポケットに仕舞う。

 そこで、ふと飾ってあった写真に目をやる。六課時代に皆で撮った記念写真、父親や姉と撮った写真、雑誌に載っていた憧れの人の切り抜き等々。そして、1枚の写真立てを手に取った。

 その写真に写っていたのは幼い自分と、もう1人。短い金髪と蒼い瞳を持つ、スバルと同年代の男の子。スバルは、幼馴染である彼のことを忘れたことはなかった。

 

「ソラト、行ってきます」

 

 彼の名を小さく呼び、スバルは部屋を出て行った。今日から、六課のフォワードとして再び動き出す為に。

 

 スバルの心には今も2人のヒーローの姿があった。

 1人は強く優しく、自分に泣いてばかりではダメだと言うことを教えてくれた魔導師。

 もう1人は、大事な人を守る為に自分の身も投げ出せる優しい少年。

 2つの存在から強さと優しさを学んだスバルは、自分も立派な魔導師へと成長を遂げた。

 機動六課に配属されてからは、空港火災で自分を助けてくれた女性、高町なのはの指導の下で仲間達と共に力を伸ばし、JS事件を見事に解決したのだった。

 幼い頃の内気な性格は鳴りを潜め、自信がなかった戦闘機人としての力も救助の場において発揮できるようになった。

 

 だが、彼女は未だ知らなかった。自分がいつ、何処で、誰によって生み出されたのか。

 そして、真実を知る時は刻一刻と迫っていることに。



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プロローグ2―ソラト・レイグラント

 街灯が仄かに道を照らす、暗い夜の街。

 普段は騒ぐ者もなく、人々は眠りに着いているような時間帯だが、その日はある家の周囲のみが真昼のように明るかった。

 ペンキで白く塗られた壁や青かった屋根は今や赤々と燃え上がり、家族が住んでいたはずの場所は火の粉と灰と煙をまき散らす地獄へと変貌していた。静かな夜の住宅街で起きた火事は、平和な時間を簡単に打ち壊した。

 通報を受けて到着した救助隊(レスキュー)が消火活動に移る頃には、その家の半分以上が焼け落ちていた。他の家々に炎が移る前に対処出来たのは、不幸中の幸いか。

 

「父さん! 母さん!」

 

 燃え盛る炎の中で男の子が叫ぶ。今まで住んでいたはずの家を必死に歩き回り、両親を呼ぶ。

 彼は、父も母も既に亡くなっていることに気付いていない。このまま叫び続ければ、灰を吸い込み過ぎてこの少年も命を落とすだろう。

 

「坊や! 大丈夫か!」

 

 その時だった。駆け付けた救助隊員が泣き叫ぶ少年を見つけたのだ。

 外では近隣住民が騒ぎ立てる中、焼け落ちた家から一人の子供を抱えた救助隊員が飛び出してきた。すぐに他の隊員が酸素マスクを当て、毛布を巻いてやる。

 崩れた木片で切ったのか腕から血を流しており体中が煤だらけだが、少年は奇跡的に助けられた。しかし、同時に少年は命以外の全てを失っていた。家も、財産も、家族も。

 

「僕は、生き残っても良かったのかな」

 

 少年は、生き残ったが故に味わってしまった絶望にポツリと呟く。

 軽傷だったために少年はすぐに退院出来た。だが、彼を待っていたのは顔も知らない親戚同士での面倒事の押し付け合いだった。焼けた家の後始末に、知らない子供の世話。血の繋がりがあるとはいえ、快く引き受ける人間はいない。

 心無いやり取りが繰り返される中で僅か8歳の少年が辛い訳もなく、ずっと亡くなった両親と平和だった日々を思い返していた。

 そして、何度目かの喧騒が起きると少年はその場を飛び出していた。

 

(どうして僕だけが助かったの? 何で独りぼっちになっちゃったの? 誰か答えてよ!)

 

 一心不乱に走り去り、気が付けば少年は公園に来ていた。

 よく両親と遊んだ、思い出の公園を眺める。既に日も暮れ、遊んでいた子供達は親と一緒に帰っていく。

 しかし、少年には一緒に帰ってくれる親はもういない。一人で砂場に座り込み思い出に浸った。両親との楽しかった日々を思い返す度、少年の中で苦しみが溢れかえる。

 もう、この苦しみから誰も助けてはくれない。そうとさえ思えた。

 

「どうしたの?」

 

 そんな時、1人の少女が話し掛けて来た。恐らく、さっきまでここで遊んでいたのだろう。

 辺りはすっかり暗くなっていて、他の子供達は皆いなくなっていた。何故この女の子は一人でまだ残っているのか、そして自分に話しかけて来たのか。ソラトにとってはもうどうでもよかった。

 

「どうして、そんなに悲しそうなの?」

 

 月明かりに照らされた青いショートカットを揺らし、つぶらな緑色の瞳を少年に向ける。

 話せば、少しは気分が晴れるのかな。優しく話し掛ける少女の声に、少年は俯いていた顔を上げる。

 

「僕は独りなんだ……。父さんと母さんが死んじゃったから……」

 

 少年が力なく答えると、少女は目を見開いて驚いた。

 ほら、何にもならない。普通の子供ならば、親が死ぬなんて考えもしないだろう。何も出来ず、この少女は親と帰っていく。彼はそれで終わりだと考えていた。

 

「そっか……私と一緒だね」

 

 しかし、少女の答えに今度は少年が驚かされた。

 笑顔で話し掛けてきた彼女が、自分と同じだとは思いもしなかったのだ。

 

「私もね、お母さんが死んじゃったの。でも、ギン姉とお父さんがいるから独りじゃないの」

 

 彼女は母親を亡くしていたが、独りではなく姉と父親がいる。

 その事実を知った少年は、胸の奥が痛むのを感じていた。

 この少女にはまだ家族がいるが、自分にはもう誰もいない。あの親戚の中の誰に引き取られても、家族とは思えない。

 

「僕にはもう誰もいない、僕は独りぼっちなんだ……」

 

 自分の言ってることに、少年は涙を浮かべそうになる。

 やはり、この寂しさから抜け出すことは出来ない。少年は開きかけた心を再び閉ざそうとしていた。

 

「私が友達になれば、貴方はもう独りじゃないよ」

 

 だが、次の彼女の言葉に少年は目を見開いた。彼女は少年の作る壁を悉く壊し、手を差し伸べたのだ。

 差し出された手のひらと少女の笑顔を見て、少年は震える手を伸ばした。

 彼には彼女が救いの女神に見えた。掴み取った手は小さくも温かく感じた。彼女の笑顔は眩しい光となり、少年を包んでいた闇を照らした。

 引っ張られる形で立ち上がると、もう苦しみはない。

 

「私はスバル。スバル・ナカジマ」

「……僕はソラト。ソラト・レイグラント」

 

 こうして少年――ソラトは少女――スバルと出会った。

 孤独から救ってくれたスバルがソラトの唯一の心の拠り所となったのだ。

 そして、以来ソラトはスバルを守る為に強くなること誓った。

 

 

◇◆◇

 

 

 しかし、ソラトの誓いを嘲笑うかのように事故は起きてしまった。ミッド臨海空港の大規模火災である。

 両親を亡くしてから、ソラトは親戚の家に行くことを断って孤児院に引き取られていた。最初はスバルと離れ離れになるのが嫌で、ナカジマ家に近いから孤児院を選んでいたのだが、そこにいた身寄りのない子供達とも仲良くなり、結果的にソラトの性格を明るく戻すのにいい環境だった。

 その日、ソラトはスバル達がいないことを知っていた為、学校の宿題を終わらせつつ他の子どもと遊んでいた。優しく思いやりのある性格のソラトは、他の孤児達の心も開き外で仲良くサッカーや野球をする程明るくなっていた。

 

「あれ、どうしたんですか?」

 

 夕飯の時間になり、帰ってきたソラトはテレビの前で深刻そうな表情をしている先生や女子達を見かけた。

 普段ならば、手を洗い終えた男子と協力して食事の準備に取り掛かるはずだが、様子がおかしい。何か嫌な事件でもあったのかと、ソラトはテレビを見た。

 

「これって……」

 

 ニュースの内容は、臨海第8空港で大規模火災があったと言うことだった。ニュースキャスターも近寄れず、現場は騒然としているようだ。

 ミッドチルダの臨海空港と言えば、次元世界内外の旅行客で賑わう大きな空港だ。それが火災で一気に燃えてしまったとあれば先生達も呆然とするのも無理はない。

 しかし、ソラトの脳裏には全く別のことが浮かび上がっていた。

 

『明日、お姉ちゃんと一緒にお父さんのところに行くんだ。』

 

 笑顔でそう話していた幼馴染。スバルの父親、ゲンヤ・ナカジマは現在はミッドチルダの北部と西部の境界付近で陸士108部隊を率いている。そして、108部隊の隊舎から一番近い臨海空港は、第8空港である。

 テレビの取材に陸士108部隊の隊員が映った時、ソラトの嫌な予感は確信へと変わった。

 あの火災の中にスバルがいる。自分を心の闇から救ってくれた、大事な少女が命の危険に晒されている。

 ソラトの脳裏に浮かんだ次の光景は、炎に消えゆく両親の姿だった。あの時と同じだ。大事な人が炎で焼き尽くされるのを黙って見ているしかない。

 

「行かなきゃ……!」

 

 トラウマが現状と重なったことで焦燥感がピークに達したソラトは踵を返し、血相を変えて第8空港へと向かおうとした。

 だが、子供の足でミッドチルダ西部にある孤児院から北部の空港まで行くのは無理があった。

 

「お、おいソラト! どこに行くんだよ!」

「もうすぐご飯だぞ」

 

 孤児院を出ようとしたところで、一緒に遊んでいた男子達に止められてしまう。

 だが、制止の声も聞かずソラトは空港へ向かおうとした。

 

「行かせて! スバルが、スバルがあの中にいるんだ! お願いだよ、離して!」

 

 掴む手を振り放そうとソラトは暴れた。様子のおかしいソラトを、孤児達は数人がかりで漸く抑える。

 普段は大人しいソラトが暴れていると聞き、ニュースを見ていた先生も駆け付け、ソラトは地面に組み伏せられた。

 その時、事故現場を映していたテレビから歓声の声が聞こえてきた。

 

〔見てください! 本局の魔導師が、小さな女の子を抱えて飛び出してきました! 救助に成功した模様です!〕

 

 小さな女の子が救われた。そのことだけを頭で理解したソラトはやっと動きを止めた。

 大人しくなったと分かった途端に孤児達は腕を離し、頻りにどうしたと聞いてくる。以前からソラトがナカジマ家の娘2人と仲がいいことは孤児院にいた全員が知っていたが、今テレビに映っている火災現場にその2人がいることは誰も知らなかった。

 

「スバルが、助かった……けど、僕は……」

 

 一先ず、スバルが助かったと思い安心する。反面で、自分が何も出来なかったことへ悔しさを感じ砂を噛み締めていた。

 スバルを守ると決めたはずなのに、肝心な時に自分は何が出来た?

 たとえあの場に行けたとして、力のない自分にはどうすることも出来ない。

 彼女の代わりに火の中に閉じ込められることも、苦しみを変わってあげることすら出来ない。

 ソラトは無力な自分を恥じ、土を涙で濡らすしかなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

 新暦76年。

 ミッドチルダの首都、クラナガンのとあるビルにて騒動が起きていた。なんと、屋上から飛び降り自殺を図ろうとしている男性がいるというのだ。ビルの高さはおよそ150メートルもあり、万が一飛び降りでもしたら死は免れないだろう。

 警邏部隊が飛行可能な魔導師に連絡を取り、必死に飛び降りないよう説得を続ける。地上でも、野次馬が見守る中クッションマットの準備を進めている。

 

「来るな! 近付いたら飛び降りるぞ!」

 

 しかし、男性は興奮状態で局員に訴え、フェンスを掴んで身を乗り出している。痩せ細った中年男性で、どうやらビル内に勤務していた社員のようだ。

 空戦魔導師が来るまで、まだ30分もかかる為に時間を稼がなければならない。あまり刺激をしないようにしないといけないが、生憎ここにいる人間は自殺志願者の説得に慣れていなかった。

 

「あのー、少しいいですか?」

 

 どう対処すべきか困り果てていた警邏部隊に突然、金髪の少年が話しかけてきた。にこやかな笑みを浮かべ、手には管理局局員であることを示す局員証が入った定期入れを持っている。一見、何処にでもいそうな十代後半の少年だが、局員証があることで彼が管理局の人間であることが分かる。

 

「僕に話をさせてください」

 

 少年は定期入れを懐に仕舞うと、ゆっくりと男性の方へと近づいて行った。

 突如現れた得体のしれない少年に、男性は一気に捲り立てる。

 

「な、何だお前!? それ以上来るな、飛び降りるぞ!」

「えっと、じゃあここまででいいですか? 少し、貴方と話がしたいんです」

 

 少年はふと立ち止まり、優しく話しかけた。敵ではないことを示す為に両手を上に挙げ、にっこりと微笑みかける。男性は不思議そうに少年を見つめ、しかし乗り出した身体を戻そうとはしなかった。

 

「今日はいい天気ですよね」

「だ、だから何だ!」

「こんな日は、家族や恋人と出かけるのに最適ですよね」

 

 緊迫した状況の中で、少年は上を見上げて世間話を始めた。確かに、空は雲一つない快晴。自殺騒動が起きているこことは別の場所では、少年の言う通り家族や恋人と出かけている人間も多くいるだろう。

 

「僕にも大事な幼馴染がいるんですよ。ね、貴方には今日みたいな日に一緒に出掛けたい人っていますか?」

「お、俺には……知らん! 関係ない!」

 

 今の状況とは全く関係のない世間話に、男性は一瞬答えそうになる。が、すぐに首を横に振り足を前に進めようとする。

 すると、少年は不思議そうに首を傾げた。

 

「そうですか? けど、お仕事を頑張り続けた理由には、誰かいると思うんですけど」

 

 少年の言葉に、男性はハッと目を見開いた。男性の頭の中には、妻や子供の姿が思い浮かぶ。

 思わず涙が零れ落ちると、男性は手摺りを掴んだままその場にしゃがみ込んだ。その瞬間、警邏部隊が飛び出しそうになるが、少年が右手を広げて制止した。

 

「俺は、今まで頑張って来た……家族の為、会社の為に頑張って来たんだ……なのに、いきなりリストラなんてしやがって……! 俺は……!」

 

 男性が飛び降り自殺を図ろうとした理由は、会社側から突然伝えられたリストラが原因だった。今まで身を粉にして働いて来たのに、あっさりと捨てられたことに絶望し、命を絶とうとしたのだ。

 少年は泣き崩れる男性に一歩近付き、再び話しかけた。

 

「そう、今まで頑張って来たんですよね。大事な家族を守る為に。けど、今貴方がいなくなったら、これから先の未来で誰が貴方の家族を守るんです? それに、貴方が家族を思うように、家族も貴方を想っているはずです。大事な人を失う痛みは、どんな傷よりもずっと深く残り続けます」

 

 一歩、一歩とゆっくり近付きつつ、少年は語り続ける。家族を失った痛みを知るからこそ、大事な人を守れなかった辛さを知るからこそ、同じ思いを誰かにさせない為に話す。

 そして、少年は男性まであと一歩という所まで近付いた。

 

「貴方はまだやり直せます。大事な家族と一緒に。だから諦めないで」

 

 少年は手を男性に伸ばした。その時、男性の手はずっと興奮状態で汗を掻いていた為に滑り、手摺りを手放してしまった。慌てて少年が男性の腕を掴もうとするが間に合わず、男性はバランスを崩し、ビルから落ちてしまう。

 落ちてくる男性に対し、地上では野次馬が悲鳴を上げる。見守っていた地上部隊もマットを広げるが、着地姿勢が悪ければ男性は死んでしまうだろう。

 

「セラフィム!」

〔Standing by,Holy raid!〕

 

 少年は手摺りを飛び越えて男性の後を追い、懐から青緑色のクリスタルを取り出す。

 すると、少年の姿は一瞬で消え、落ちていた男性の元に青緑色の光が集まる。光はドーム状に周囲を覆い、落下速度を下げていく。

 ゆっくり、地上に降りてきた光のドームは地上部隊の目の前まで降りてくると消滅し、中から男性を抱えた少年が現れた。先程までと違うのは、私服から白い騎士のような服装に変わっていることだ。

 

「大丈夫ですか?」

「は、はい……」

 

 何が起こったかよく分からない男性は少年に呆然としながら頷く。少年は男性をその場に下ろすと、待機していた地上部隊に身柄を引き渡した。

 同時に騎士服は解除され、元の私服姿へと戻る。

 

「じゃ、僕はこれで」

「あ、あの! 貴方は?」

 

 去ろうとする少年に、男性の身柄を渡された隊員が訪ねる。

 

「失礼しました。僕はソラト・レイグラント。陸士103部隊所属の陸曹です」

 

 ソラトは敬礼を交わし、傍に停めてあったバイクに乗って何処かへと去って行った。

 

 悔しさを噛み締めたあの日から、少年は人々を救う力を手に入れ成長した。彼の秘めた決意は、大切な幼馴染と出会ってから10年経った今も揺らぐことは決してない。

 ソラトは今日も、超えるべき目標の背中を追い力を求め続ける。

 そんな彼の行く末をジッと見つめる、影からの視線があることも知らずに。



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プロローグ3―機動六課

 新暦76年。1年間の試験運用期間を終えた機動六課はJS事件解決の功績を讃え、準備期間1年の時を経て正式な運用が決定した。

 一時はバラバラになったメンバーも、再び集結することに。

 そして、新しい仲間も――。

 

「はぁ~」

 

 デスクの上に肩肘をついて溜め息を吐いているのは、再設立まで残り半年を切った機動六課の部隊長、八神はやてである。

 はやては今、六課のフォワード部隊に加える新メンバーをリサーチしているところだった。

 

「良い人材が中々見つからん……」

 

 今やフォワード達も立派に成長し、全員がオーバーAランクだ。今更Cランクの魔導師を加えたところで、同レベルの教導についてこれるかどうかすら怪しい。

 しかし、はやてが集めた資料にはお世辞にも相応しいと言える人物がいない。

 

「仕方あらへん。ゲンヤさんに相談しよ」

 

 そこではやては、自らの恩師であり"陸士108部隊"の部隊長、ゲンヤ・ナカジマに相談することにした。

 長年、時空管理局に所属しているゲンヤならば、人脈は豊富なはずだ。きっと、他の部隊のいい人材を紹介してくれるかもしれない。

 淡い期待を胸に、はやては108部隊の隊舎へと向かった。

 

「と、いう訳なんです」

 

 突然の訪問にも拘らず、ゲンヤははやての相談を受けてくれた。

 とはいえ、楽な問題ではない。現在のフォワードに匹敵する程の人員となると、かなり限られてくる。

 

「そうだな、ギンガ……いやもっとピッタリの奴がいたな」

 

 ゲンヤは、自分の娘のギンガを真っ先に思い浮かべる。ギンガは以前、六課に出向扱いで加わったこともあり、実力もフォワード部隊の一員かつ自分の妹でもあるスバルより上だ。

 だが、ゲンヤはギンガ以外に相応しい人物が108部隊にいることを知っていた。

 

「ギンガ、エドを呼んで来い」

「分かりました」

 

 ゲンヤは丁度そばにいたギンガに、その人物を呼びに行かせた。そこではやては、ゲンヤが108部隊の中から推薦しようとしてることに気付く。

 

「え、108部隊から貰ってええんですか?」

「ああ。おめぇん所には前の時に世話になったからな」

「ゲンヤさん……ありがとうございます!」

 

 遠慮がちに尋ねると、ゲンヤは大きく頷いた。ゲンヤ率いる陸士108部隊は、JS事件の時に機動六課と協力関係にあったのだ。

 はやては寛大な恩師に礼を言った。ここで気になるのは、ゲンヤがどんな人物を進めようとしているのかだ。

 

「で、誰なんです?」

「おめぇも知ってるウチのエーススナイパーだ」

「エース……まさか!?」

 

 108部隊のエーススナイパー。以前、108部隊に指揮官研修をしに来ていたはやては、その言葉だけで誰のことか分かってしまった。

 

 一方、108部隊談話室。ここでは休憩時間中の男性隊員達が集まり、チェスをしていた。

 今は落ち着いた様子の黒髪の青年が優勢のようだ。

 

「くっそー! これでどうだ!」

 

 対戦相手はムキになり、駒を動かした。だが、青年は相手の手を読んでいたようで。

 

「チェックメイト」

 

 表情一つ崩さずに青年は勝利宣言をした。

 

「ちっ! また負けた!」

「これで五人連続抜きだぜ!」

 

 青年の勝利に、ギャラリーが沸く。周囲にいた人間も挑戦したが、悉く負けてしまったらしい。

 

「何でお前そんなチェス上手いんだよ!?」

「さぁ? 俺も負ける時くらいはある」

 

 負けた対戦相手が尋ねるも、青年は首を傾げる。どうやら自分の強さの秘訣が何なのか自覚していない模様だ。

 実は、青年が強い理由の1つは無表情さにあった。青年は所謂ポーカーフェイスの為、対戦する相手に次の手を読まれにくいのだ。

 勿論、負けることもあるが、それでも青年の勝率は一番高い。

 

「そうそう、勝負は時の運って言うだろ」

「運も実力の内ってな」

「お前、それ全然フォローになってねえ!」

 

 周りが笑い出し、青年も静かに笑っていた。すると、そこへギンガがやって来た。

 

「エド、父さんが話があるって」

「……分かった」

 

 ギンガに呼ばれた黒髪の青年、エドワード・クラウンはすぐ立ち上がりギンガの元へ歩き出す。

 

「で、話って?」

「ふふっ、行けば分かるわよ」

 

 内緒にするギンガに、良からぬことじゃないかと試行錯誤するエドワード。その横で、ギンガが不安そうな表情をしていた。

 

「どうした?」

「エドは、昔の記憶思い出したいって思ってる?」

 

 ギンガがふと尋ねる。

 エドワードは10歳以前の記憶が無く、炎の中保護された孤児だった。そして、今も記憶は戻っていない。ギンガはそのことをたまに心配していた。

 もしふとしたことで記憶が戻ったら。自分の知らないエドワードになってしまったら。そういった不安がギンガの心を鷲掴みにする。

 

「……無理に思い出さなくてもいい。俺は今のままで十分幸せだ」

「エド……」

 

 エドワードが優しく微笑み掛け、ギンガの表情が柔いだ。

 エドワードも昔は記憶がないことに深い悩みを抱えていた。その時はギンガが傍にいて支えてくれたのだ。

 昔は関係ない。ギンガの隣にいる今の自分こそが本当の自身でいいのだと考えていた。

 

「失礼します。ゲンヤさん話って何ですか?」

「やっぱり! エド君!」

「八神二佐。お久しぶりです」

 

 エドワード達が司令室に入ると、予想の当たったはやてが声を上げる。

 この2人は、はやて指揮官研修に来た時に知り合っていた。

 

「エド。八神ン所の新分隊におめぇ推薦したいんだが」

「八神二佐の、というと機動六課ですか」

 

 ゲンヤの言葉に、エドワードは自分の呼ばれた理由を理解する。

 だが、エドワードの了解を得るよりも先にはやてが口出しをした。

 

「そんな、ゲンヤさん! エド君は108部隊のエースですよ!?」

「おう。問題無いだろ?」

「ありすぎますって!」

「何だよ。コイツじゃ力不足か?」

「そういう訳じゃないです! むしろ頼もしいですけど……」

 

 エドワードはエーススナイパーの肩書き通りAA+のランクを保持しており、JS事件の際もガジェットを何機も撃墜している。スバル達と並ぶのに相応しい力量であると言える。

 有能な人材であり、はやても出来れば欲しいところだ。しかし、はやては108部隊の戦力減少を心配しているのだった。

 だが、ゲンヤは心配なさそうにはやてに薦める。確かにエドワードが抜ければ戦力は落ちるだろうが、陸士108部隊の人員は機動六課よりも多い。カバー出来ない訳でもないのだ。

 

「心配すんなって。なぁエド」

「今年の訓練校の卒業生にはスナイパーいませんよ」

「なっ!? お前は余計なことを!」

 

 ゲンヤがエドワードに相槌を求めると、エドワードは逆にはやての不安を増徴させることを言ってしまった。

 ほらぁ、と言う目ではやてがゲンヤを見ている。

 

「まぁ、俺は別に構いませんが」

「さぁ、どうする?」

「そこまで言うんやったら……お願いします。」

「こちらこそよろしくお願いします。八神二……部隊長。」

 

 確かによくよく考えてみれば、エドワード程の人材を見逃す理由なんてどこにもない。

 心配は残るものの、はやてはありがたく恩師達の厚意に甘えるのだった。

 

「で、メンバーはこれでそろったのか?」

「いえ、それがあと1人足りないんです」

 

 たった今、漸く1人決まったばかりだと苦笑しながらはやては言う。

 しかし、エドワードと共に配属となると、いよいよ限られてくる。はやてには、思い付く人材がギンガしか出て来ない程だ。

 

「なら、1人推薦したい者かいるのですが、よろしいですか?」

 

 そこに、珍しくエドワードが意見を出した。

 

「あ、108部隊からは却下やで!」

「いえ、103部隊から何ですが、アイツならきっと引き受けます」

「ああ! アイツか!」

「確かに。スバルもいるしね」

 

 エドワードを引き抜く以上、108部隊からもう1人を出すことをはやては遠慮したかった。が、エドワードの推薦する人物は他の部隊のようだ。

 ゲンヤとギンガにも心当たりがあるようで、一人仲間外れのはやてはただ首を傾げるのみ。

 

「あの、誰ですか?」

 

 はやての質問に3人は声を揃えて、ある人物の名前を答えた。

 

 

◇◆◇

 

 

 推薦人であるエドワードの案内で、はやては陸士103部隊隊舎へ向かうことになった。

 

「そのソラト・レイグラントってどんな人なん?」

「そうですね……礼儀正しい素直ないい奴です」

「へぇ……」

 

 普段からお世辞も悪口も言わないエドワードの率直な評価は、信用に値するものだとはやては考えていた。

 

「それと、スバルとは幼馴染です」

「へぇ……ってそうなん!?」

 

 意外すぎる情報に、はやては驚愕する。あのスバルに幼馴染がいたとは。ますますソラトに会いたくなるはやてだった。

 そして、着いたのが訓練場。そこでは2人の隊員が模擬戦を行っていた。

 1人はいかにも強そうな大柄の男。もう1人は金髪蒼眼の、大人しそうな印象を持つ少年だった。

 この時、はやては大男の方がソラトだと思っていた。スバルなら派手な方を好むだろうと考えたからだ。

 その考えは、一瞬で消え去ることになるが。

 男の武器はごくありふれたタイプの、片手剣型のデバイスだ。

 魔法使いが使うデバイスには様々な種類があり、剣のような武器の形をしたものは"アームドデバイス"と呼ばれ、"ベルカ式"という魔法を扱う"騎士"に使用される。

 因みに、ベルカ式は古くから伝えられる"古代ベルカ式"と、ミッドチルダの方式を取り入れた"近代ベルカ式"に分類され、管理局に所属する多くの騎士は近代ベルカ式を扱っている。

 男は見た目通りのパワータイプで、大きな咆哮と共に少年へ斬りかかって行く。

 

「え、ちょっと待って! 何やあれ!?」

 

 対する少年の方のデバイスを見てはやては驚いた。少年が握っていたのは、その背丈ぐらいはありそうな白く輝く大剣だったのだ。

 少年はその場から動くことなく、大男の渾身の一撃を軽く受け止めた。

 

「すみません」

「なっ!?」

 

 男の剣を弾き返すと大剣の付け根から薬莢が1つ排出され、少年は右肩から背負うように大剣を構えた。

 同時に、足元に近代ベルカ式の三角系魔法陣、少年の眼前には青緑色の魔力スフィアが現れた。

 

「ディバインバスター!」

 

 少年は大剣を振り下ろし、スフィアを斬った。

 すると、スフィアは巨大な斬撃波となり、男を飲み込んでしまいそのまま吹き飛ばした。

 少年が放った魔法は、男を昏倒させるのに十分すぎる威力を発揮した。

 

「え?」

 

 はやては見知らぬ筈の少年が言い放った、聞き覚えのある魔法名に驚いた。

 同名の魔法を、はやての親友である砲撃魔導師が得意としているからだ。しかし、はやての知っている魔法はあのような斬撃波ではなく、直射型の砲撃魔法だった。

 

「そこまで! 勝者、ソラト・レイグラント!」

「ありがとうございました」

 

 審判の宣告に、少年は礼儀正しく頭を下げる。一方、対戦相手の男はダメージが抜け切れず、救護班によって医務室に運ばれていた。

 

「どうでしたか?」

「えっ、だってあれ、なのはちゃんの、あの子、ソラト……」

 

 エドワードが尋ねると、はやては混乱のあまり言葉が定まっていなかった。

 それもそうだ。いきなり少年が親友の十八番の技名を言ったかと思ったら違う魔法で、しかもその少年こそが自分の探していたソラトだったのだ。

 

「ソラト、話がある。談話室に来い」

「あ、エド兄。分かった、すぐ行く」

 

 まだ混乱しているはやてを連れ、エドワードはソラトに用件を伝えて談話室へ向かった。

 模擬戦から数分後、漸く状況の整理が出来たはやての元に先程の少年、ソラト・レイグラントがやって来た。

 

「初めまして。ソラト・レイグラント陸曹です」

「あっ、初めまして」

 

 やはり礼儀正しく頭を下げるソラトに、はやても頭を下げ返す。

 

「この人は八神はやて二等陸佐。機動六課の部隊長だ」

「機動六課の? けど、六課ってもう……」

「今度正式に設立されるそうだ。そこで、六課の新しいフォワードメンバーにお前を誘いに来た」

 

 はやてに代わってエドワードがソラトへ説明をする。ソラトは六課の再設立について知らなかったようで、驚きながら話に耳を傾ける。

 

「僕を? でも、何でエド兄が?」

「俺もお前と同じ、六課の新メンバーだからだ」

「エド兄も一緒なの?」

「ああ。勿論、スバルもだ」

 

 スバルの名前を聞いた瞬間、大人しくエドワードの話を聞いていたソラトの目が光った、ようにはやてには見えた。

 

「やるよ、エド兄! むしろやらせて!」

 

 ソラトは立ち上がって話を承諾する。それどころか、自ら進んで申し出てきた。それほど、ソラトにとってスバルは大事な要素なのか。

 

「部隊長、何か不服は?」

 

 急に話を振られて、戸惑うはやて。だが、答えだけは既に決まっている。

 

「不服なんてあらへん! こちらこそよろしゅうな!」

「はい!」

 

 自分が信用出来る人間3人からの推薦、そして先程の模擬船での豪快な一撃。はやてが採用を決めるのに十分な理由であった。

 

(スバルと同じ部署かぁ……)

 

 恋人と同じ部隊への配属が決定し、ソラトは胸踊らせる。そんな彼に、はやては1つだけ疑問が残っていた。

 

「さっきの"ディバインバスター"って、アレは何なん?」

 

 ソラトが放った砲撃魔法、ディバインバスター。同名の魔法を使う魔導師はそうおらず、はやてはもしかしたらと思い尋ねてみた。

 

「あれは高町なのはさんの魔法をアレンジして習得したものです」

 

 "管理局のエースオブエース"として名高く、はやての親友でもある女性。高町なのはこそディバインバスターの使い手だった。

 ソラトのディバインバスターも、なのはの砲撃魔法にアレンジを加えて使っているものだったのだ。

 

「スバルも使いますよね?」

「まぁ、そりゃそうやけど……」

 

 実は、スバルもなのはへの憧れからディバインバスターをアレンジして習得している。しかし、ソラト程のアレンジは掛かっておらず、何よりソラトとなのはの接点が分からないままだ。

 

「ソラト。知っていると思うが、そのなのはさんも同じ部署だ」

 

 エドワードの言葉にソラトの目付きが再び変わった。さっきみたくキラキラと輝いたものではなく、険しい目付きに。

 

「うん、知ってるよ。それなら尚いいよ」

「どういうこと?」

 

 頷くソラトの意図が分からず、はやてはもう一度質問を投げ掛けた。

 すると、ソラトは真剣な眼差しではやてに答える。

 

「僕の夢は、何時かなのはさんを超えることなんです」

 

 少年の決意はあまりに大きく、思わず圧倒されるはやて。

 

(なのはちゃんを……超える?)

 

 ソラトとなのはの間にどんな因縁があるのか。この日、結局はやての疑問は晴れずに終わった。

 

 

◇◆◇

 

 

 人気のない夜中の路地。男は必死に走っていた。

 表情は暗くとも分かる程に怯え切っており、両腕にはアタッシュケースを大事そうに抱えている。もう何十分と走り続けており、徐々に足が遅くなっていく。

 

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」

 

 遂に体力に限界が訪れ、男は立ち止まってしまった。

 振り返り、後ろに誰もいないことを確認すると、少しだけ安心したように壁に寄りかかり息を整える。こんなことになるなら、日頃運動をしておくべきだったと後悔するが、もう遅い。

 

「オイ」

 

 不意に、男の前にもう1人の人間が現れた。

 背丈や声質から相手は少年のようだと分かるが、似合わない程の重い殺気を放っている。息を切らした男とは対照的に、疲れ一つ見せずに近付いて来た。

 

「ひぃ!?」

「それを寄越せ。そうすれば、命だけは見逃してやる」

 

 少年が指し示すのは、男の抱えるアタッシュケース。だが、男は情けない声をあげながらもアタッシュケースをしっかりと抱き締め、震える足でゆっくりと後退りする。

 

「い、嫌だ……これで俺は金持ちになったんだ! 渡すものか!」

 

 男は少年から逃げ出そうとした。しかし、見えない"何か"にぶつかり道を阻まれた。

 命だけは見逃してやると言ったのに。往生際の悪い男に少年は呆れつつ、冷酷な指示を下した。

 

「仕方ない……殺せ」

「ひ」

 

 男は悲鳴をあげる間もなく、見えない"何か"によって首を締め付けられ、骨を折られてしまった。

 電灯もない路地裏に月明かりが差す。淡い光が照らし、見えたのは翡翠色の髪。

 気が付くと、首を折られた男の死体は何処にもなく、微かに血の跡が残っているのみだった。その代わり、ベキベキと骨が砕かれる音がその場に響き渡る。

 翡翠色の髪の少年は、静かな夜に似合わない異様な音を気にすることもなく、地面に転がっているアタッシュケースを開ける。

 中身はまるで高価な宝石のように美しく輝く、狐を模ったエメラルドグリーンの小型像だった。目当ての品であることを確認すると、少年は満足そうに手に取った。

 

「あと4つか」

 

 少年は呟きながらその場を去っていった。後に残ったのは、中身のないアタッシュケースと少量の血痕だけだった。

 

 次元の世界に散らばる、七つの小像の話がある。

 七つの大罪を象徴した像は、一つとして同じものはない。

 

 憤怒を表すは一角獣。怒りに満ちた長い角はルビーに輝く。

 嫉妬を表すは蛇。色は醜い感情に似合わぬ美しいシトリン。

 暴食を表すは豚。トパーズの輝きは満たされぬ食欲を示す。

 色欲を表すは蠍。妖艶なアメジストの光は性別を問わず魅了する毒。

 強欲を表すは狐。エメラルドの輝きは欲するもの全てを集める。

 怠惰を表すは熊。気力を奪い去るのは深いサファイアの光。

 傲慢を表すは獅子。高いプライドに相応しきラピスラズリの美しさ。

 

 これらの不思議な像を中心に添え、今回の事件は密かに幕を上げる。



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第1話 再集結

 ミッドチルダを震撼させたJS事件から約2年後。

 JS事件を見事に解決し、実験部隊として無事に運用期間を終えた古代遺物管理部機動六課。

 このまま解散されるはずだった機動六課だが、新たなる事件への対処法として準備期間1年を経て、再び設立されることとなった。

 

 今日は機動六課再発足の初日。

 機動六課の隊舎では、嘗て隊員だった者達が再会し、思い出話に花を咲かせていた。

 勿論、再始動の準備も進められており、ヘリの整備や各設備の最終確認も着々と行われている。

 そして、食堂では初期のフォワードメンバー4名が他の隊員達と同様に再会を祝していた。

 

「ティア! 本当に久しぶり~!」

「分かったからひっつかないの!」

 

 感激のあまり抱き付いてくるスバルを、やや恥ずかしそうに引き離そうとするのはオレンジの髪をツインテールにした少女、ティアナ・ランスター。

 双方とも"スターズ分隊"所属で、訓練校時代からのペアだったが、六課の一時解散時に別々の道を歩んでいた。それぞれ、スバルは救助隊、ティアナは執務官を目指していたのだ。

 なので、連絡こそ取り合っていたものの、会うのは1年ぶりであった。

 

「お2人共お変わりないですね」

「そういうエリオは背伸びたんじゃないの?」

「キャロも髪延ばしたんだ」

「はい! って、私も背、伸びたと思うんですけどー!」

 

 そんなスバルとティアナのやり取りを向かいの席で眺めているのは赤毛の少年、エリオ・モンディアルと桃色の髪の少女、キャロ・ル・ルシエ。

 "ライトニング分隊"所属の2人は解散後も一緒に、以前キャロのいた自然保護隊に身を置いていた。

 成長期のエリオはスバルに身長のことを指摘され、照れくさそうにする。それに対し、キャロは前まで同じくらいだったエリオとの身長差が、段々伸びてきているのを少し気にしているようだ。

 そのまま談笑していると、ふと思い出したティアナがある話題を切り出す。

 

「そういえば、ウチらに新しいメンバーが来るって聞いたけど」

 

 そう、再設立された六課にはJS事件より大きな事件に当たれるよう、各分隊に新たなメンバーが1人ずつ追加される。

 フォワード部隊の任務は主にチームワークで行われる。新メンバーとも絆を深めなければならない。

 

「誰が来るのかって、まだ聞いてないよね?」

「どんな人が来るんでしょう?」

 

 新メンバーについて聞かされていない4人は、どんな人物が仲間入りを果たすのかを想像し、盛り上がっていった。

 

 

◇◆◇

 

 

 その頃、部隊長室では部屋の主である八神はやて、その補佐である妖精のようなサイズの少女リインフォース(ツヴァイ)。そして機動六課フォワード部隊のスターズ分隊長、高町なのはと同じくライトニング分隊長、フェイト・(テスタロッサ)・ハラオウンが顔を揃えていた。

 

「でもあの時はビックリしたよ、はやてちゃん」

「急に再設立だなんて言い出すんだもん」

 

 なのはとフェイトは、六課再設立を聞かされた当時のことを振り返り、苦笑する。

 六課の再設。それは今から約2年前の解散時に決定したことだった。

 その詳細な理由を知っている者は、現在この場にいる4人と八神家の面々、六課後見人のカリム・グラシア、クロノ・ハラオウン等のみ。

 

「私かてビックリしたわ。カリムから新しい予言のことを知らされて、急遽決まったことやし」

 

 今回、機動六課が再設立した理由。それは、カリム・グラシアの稀少技能(レアスキル)"預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)"によるものだった。

 予言者の著書は年に一度しか発動出来ないスキルであったが、新暦75年の予言はJS事件解決の数日後に出たのだ。

 その予言の一部には、恐るべき内容が書き記されていた。

 

 "狂気が生み出しし獣 幾多の地へ降り立ち災いを呼ぶ

 七つの罪が科学者の下に集まりし時

 悪魔の星より放たれし光 海と大地の守護者を砕き

 世界を破滅へ誘わん"

 

 曖昧だが、次元世界を滅ぼす何かが動いていることはカリムにも分かった。

 そして、暫くしてから次元世界の各地で獣のような怪物が目撃されるようになったのだ。

 

「でもちゃんと全員集められたし、まずは一安心や」

 

 そこで管理局上層部はJS事件で功績を挙げた奇跡の部隊、機動六課を準備期間を設けつつ、今一度再設立させて事件解決に当たるよう手配したのだ。

 加えて、事件はミッドチルダ以外でも起きている為、ある程度戦力を分散させて事件を捜査しなければならない。なので、はやては戦力人員枠を新たに4つ、1分隊分要求したのである。

 かなり急かつ無茶な話ではあったが、六課再設立に合わせメンバーほぼ全員が集まれるよう手配、新戦力のリサーチとはやては準備期間をフルに使い奔走したのだった。

 

「新メンバーも、ゲンヤさんのお墨付きやから何の心配もあらへん」

 

 はやては新メンバーを探す際に、恩師であるゲンヤ・ナカジマを当たっていた。

 "陸士108部隊"の部隊長でもあるゲンヤは人脈も自分より広いと考えたのだ。実際、はやての読みは当たっており、108部隊から1人と"陸士103部隊"から1人、引き抜きに成功した。

 新メンバーの書類を確認するなのはとフェイトも、問題なさそうに頷く。

 機動六課の隊長3名は、書類の写真に写る金髪の少年と黒髪の青年に期待を寄せるのであった。

 

 

◇◆◇

 

 

 お祝いムードの機動六課。その隊舎内を、黒髪の無愛想な青年と金髪の優しそうな印象を受ける少年が歩き回っていた。

 なのは達が見ていた書類の写真通りの姿から、この2人が機動六課の新メンバーであることが伺える。

 

「ここが六課の隊舎かぁ~。やっぱり103部隊のと似てるね」

 

 金髪の少年の方がキョロキョロと隊舎を見回しながら、黒髪の青年に話し掛ける。

 どうやら、機動六課内を見学していたようだ。

 

「見学より、アイツに会う方が先なんじゃないか?」

「勿論!」

 

 無邪気な笑みを浮かべる少年を、青年は小さく微笑んで見ていた。

 彼等には見学以外に、ある目的があって六課内を見て回っていた。それはある人物と出会う為だった。彼等の共通の知り合いが、機動六課の隊員の中にいるようだ。

 

「うーん、何処にいるんだろう?」

「連絡してみればいいだろ」

「ダメだよ! 内緒にしてるんだから」

 

 金髪の少年はその知人と暫く顔を合わせておらず、久々の対面をサプライズとしておきたかったのだ。

 幼い子供のようにワクワクしながら探して歩く少年を、青年は溜息を吐きつつ優しい眼差しで見守っていた。

 

 

◇◆◇

 

 

 各々が再会を祝し、穏やかに過ごす時を壊すかのように、緊急事態を知らせるアラートが職場内に響き渡る。隊員達の談笑は一瞬で止み、突然の出来事に騒然となった。

 

「な、なんや!?」

 

 部隊長室ではやてがアラートの原因を確認すると、モニターには信じがたい光景が映し出された。

 都市部の建物が火に包まれている。壁は崩れ、逃げ惑う人々の悲鳴が聞こえる。

 惨状の中心では、正体不明の怪人が無差別に暴れていた。顔や足からは馬の特徴が見て取れるが、実物の馬とは違い二足歩行で歩き、太い腕は人間のもののようだが人殴りで壁を軽く砕くほどの怪力を有している。

 怪人は咆哮をあげると、口から魔力の塊を放ち道路を爆破していく。無差別に破壊していく様は理性のない怪物のようだ。

 

「こ、これって……」

「そう。六課再設の最大の理由、獣人(じゅうじん)や」

 

 信じがたい状況に唖然とするフェイトへ、はやてが真剣な表情で頷く。

 "獣人"と呼ばれる怪人は、ここ最近で各次元世界に現れた正体不明の存在である。動物の特徴を持った人間のような姿をしているが使い魔とは違って化け物に近く、現状は魔獣扱いで駆逐している。

 更に、獣人の傍には"ネオガジェット"と呼ばれる機械兵も存在していた。これはJS事件でも使用された"ガジェット・ドローン"に構造がよく似ており、"(アンチ)(マギリンク)(フィールド)"という魔力結合を無効化させるフィールド系魔法を発生させているので、並の魔術師では成す術がなかった。

 機動六課は拡大する獣人達の被害を食い止めつつ、その正体と目的を調査する為再設立されたのだった。

 はやても、今まさか実物がクラナガンに現れるとは思っていなかったが。

 

〔八神二佐〕

 

 そこへ、別の通信がはやてに舞い込んできた。相手は、先程まで六課隊舎内を見学していた青年だった。

 彼等は一足先にはやての元へ挨拶を済ませ、隊舎の見学に回っていたのだ。

 

「ああ、エド君! 悪いけど、今ちょっと取り込んでて」

〔分かってます。市街地に現れた化け物について、ですね?〕

 

 エド君、と呼ばれた青年は冷静にはやての言いたいことを察する。何より、彼がこうして通信を掛けてきた理由もそこにあるのだ。

 

〔実はもう、ソラトの奴が向かっていまして〕

「えっ!?」

 

 やや呆れながら報告する青年に、獣人対策を考えていたはやては驚きの声を上げた。よく見れば、彼と一緒に隊舎を回っていたはずの少年が何処にもいなかったのだ。

 その頃、獣人が暴れる現場に一台のオフロードバイクが向かっていた。白いヘルメットの奥、蒼い瞳に正体不明の敵への怒りを燃やして。



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第2話 新たなる剣

 本来ならば、今日は何もなく清々しい一日を過ごすはずだった。

 そんな人々が過ごす日常を、突如謎の怪物が現れてぶち壊してしまった。

 

 馬によく似た怪物、獣人が現れた薄緑色の光からは体長1m弱の機械兵が5体も出現した。ネオガジェットと呼ばれる機械兵達は四本の足を持ち、上半身は人型で剣を持った騎士のようだった。

 馬獣人が咆哮を上げると。周囲の建物目掛け、口から魔力の塊"魔口弾(まこうだん)"を放った。命中した建物は爆発と共に壁を崩し、ガラスの割れる音と人々の悲鳴が周囲を支配した。

 獣人はどうやら破壊本能だけで動いているらしく、目に入るものを壊して回っていた。一方で、ネオガジェットはセンサー部をキョロキョロと動かし、何かを探しているようだった。

 

 そこへ1台の白いオフロードバイクが現れ、獣人達の前で停車した。

 金髪の少年、"ソラト・レイグラント"はヘルメットを外し、周囲の悲惨な現状を見る。

 近くにいた巡邏の局員達がすぐに市民を避難させたため、怪我人が少なかったのは唯一の幸いだった。しかし、未だに瓦礫や魔口弾の余波で負傷した人々が苦しんでいる。

 倒壊した建物や街道は、数分前までは人々が行き交い日常を楽しんでいたに違いない。

 それを理由なく破壊した怪物を、許すわけには行かない。目の前の敵を睨み、ソラトは懐から青緑色のクリスタルを取り出す。

 

「セラフィム! セットアップ!」

〔Stand by,Ready〕

 

 ソラトはクリスタルを握った右手を前に突き出した後、ゆっくりと腕を捻りながら左側へ移す。

 そして、起動コードを発声すると同時に右手首を180度回転させる。すると、クリスタルから青緑色の帯が何本も出現しソラトを覆う。

 そして、中から十字の入った黒いシャツと青緑色の独特の模様が入った白い半袖の上着姿に換装したソラトが現れた。その手には待機形態であるクリスタルから、大剣型に変化したアームドデバイス"セラフィム"が握られている。

 

 戦闘体勢が整ったソラトを、ネオガジェットが取り囲む。キョロキョロと動いていたセンサー部は今やソラトを捕えており、剣を構えて5体同時に飛びかかってきた。

 ネオガジェット達にはそれぞれ"(アンチ)(マギリンク)(フィールド)"というフィールド系魔法が備わっており、1体のAMF濃度はJS事件で現れたガジェット・ドローンの中でも特に巨大だったⅢ型に匹敵するほど。それが5体も近寄れば、魔法は使えない。

 

「邪魔だっ!」

 

 しかし、ソラトは一喝するとその場で一周回ってネオガジェットを斬り弾いた。予め魔力をセラフィムに纏わせておいたとは言え、ネオガジェットの剣はナマクラだったらしく全てが折れてしまっていた。

 

「アセンションランス」

〔Ascension lance〕

 

 ネオガジェットのAMFは濃度が濃い分、作用する範囲は狭いようだ。離れたことで魔法が使えるようになったソラトは頭上に魔力で小さな槍を複数形成し、ネオガジェットに放った。

 槍はそれぞれネオガジェットの上半身に突き刺さり、4体を爆散させた。残った1体は槍をセンサー部に刺し、ぎこちない動きでソラトに向かってきた。

 ソラトはその機械を一刀両断し、完全に破壊した。これで敵は獣人のみとなった。

 

「こんなこと、絶対に許せない」

 

 ソラトは破壊された街や救助された負傷者を見て、力強く拳を握る。

 それは嘗て、自身が味わった過去を思い起こさせるものだったからだ。

 自分の両親を火事で亡くし、全てを失ったこと。そして、好きだった人をも別の火災で失いかけたこと。

 こんな辛い思いを誰にもして欲しくない、させないためにソラトは管理局に入ったのだ。そして大事な人を守るために力を付けて来た。

 

「さぁ、鎮魂歌(レクイエム)は歌い終わった?」

 

 セラフィムの切先を向け、ソラトは敵意を剥き出して獣人に己の決め台詞を放った。

 

 

◇◆◇

 

 

 ソラトの戦いぶりは、隊長陣も眺めていた。

 新しいメンバーの戦力を実際に確かめるいい機会でもある。期待しない方が無理な話だ。

 

「接近戦の練度が高いね。それに、AMFについても対処が出来てる」

 

 セラフィムのような大剣をデバイスの形態に持つフェイトは、ソラトの戦いぶりに感心する。剣型のデバイス自体は珍しいものではない。寧ろ、近代ベルカ式ならば杖と同じくらいオーソドックスな代物だ。しかし、大剣型となると扱いが難しい。重量を操作したところでリーチや幅や違うので、片手では振り抜きにくいのだ。

 加えて、AMFを張っているネオガジェット相手でも冷静に対処している。まるで、かつてガジェットと戦ったことがあるかのようであった。

 

「ソラトも、JS事件でガジェットと戦ってますからね」

 

 そこへ、いつの間にか部隊長室へ来ていた、ソラトと一緒にいた青年"エドワード・クラウン"が補足説明をする。

 エドワードは六課にソラトを推薦した人物でもあり、所属部隊は違うが共にJS事件で戦った経験があった。なので、AMFについても知っていたのだ。

 ソラトとエドワードを六課に迎えたはやても、うんうんと頷いている。

 

「けど、これで獣人に勝てるかどうか」

 

 しかし、はやては獣人との戦いは不安視していた。ソラトは確かに強いが、フェイト達と比べればまだまだ未熟。機械と違い本能で暴れる獣人を、怒りに捕らわれずに対処出来るだろうか。

 その不安を的確にするかのように、部隊長室からなのはがいなくなっていた。

 

 

◇◆◇

 

 

 機械兵をあっという間に倒したことで目立った得物が視界に入り、破壊活動を止めて興奮している馬獣人に対し、ソラトはセラフィムを構え直して特攻を仕掛ける。

 しかし、獣人は馬の強靱な脚力で高くジャンプし、ソラトの攻撃を避ける。更に、反撃として口から魔口弾を放とうとした。

 

「はぁぁぁっ!」

〔Ascension lance〕

 

 振り向きざまにソラトが手をかざすと、先程の青緑色に光る小さな槍が大量に現れ、獣人目掛けて放たれた。

 空中で動きの取れない馬獣人は成すすべなく槍の雨を体中に受ける。ここまではソラトの考えた通りだった。

 だが、ソラトの予想だにしない事態が起こってしまう。攻撃を受けた獣人は照準を失ったまま、魔口弾を放ってしまったのだ。

 明後日の方向に放たれた魔口弾は建物に直撃し、瓦礫が救助活動をしていた隊員達の上へ降り注いでしまった。

 

「そんなっ!? セラフィム!」

〔Protection!〕

 

 事故とはいえ、自分のやったことへの結果にソラトはショックを受け、すぐに隊員達の元へ防御魔法を張った。瓦礫は防御魔法で阻まれ、隊員達のいない地点に落とされた。

 しかし、これがソラトに隙を生んでしまった。ソラトが獣人と向き合った瞬間、腹部に強烈な衝撃を受け、彼が気付いた時には壁に叩き付けられていた。

 

「か、は……っ!?」

 

 相手は馬の獣人。その脚力から出るスピードは車に匹敵する。同じ速度で放たれる拳の威力は強烈で、もしソラトがバリアジャケットを着ていなかったら内蔵が破裂していただろう。

 実際、バリアジャケットを着ていてもダメージが大きく、立ち上がることすら出来ない。一瞬の隙が招いたミスに、ソラトは悔しさで歯を食いしばる。

 馬獣人はソラトにお構いなく、魔口弾のエネルギーを溜め始めていた。このままでは、自分の誓いを守ることも、自分の目標を超えることすら出来ないまま終わってしまう。

 

「そんなの、嫌だ……!」

 

 ソラトは痛みを堪えて必死に立ち上がり、セラフィムを右から背負うように構えると眼前に魔力スフィアを構成した。

 しかし、獣人に対抗するにはもう遅く、無慈悲にも獣人の魔口弾がソラト目掛けて放たれようとした。

 

〔Divine buster〕

「ディバインバスター!」

 

 獣人がソラトにトドメを刺そうとした瞬間、女性の叫び声と共に桃色の砲撃が飛来する。砲撃は一瞬で獣人を魔口弾のエネルギーごと飲み込み、そのまま爆散させてしまった。

 あまりにも一瞬のことで、ソラトは呆然と獣人のいた場所を凝視していた。

 

「ふぅ。君、大丈夫?」

 

 砲撃を撃った人物の声が空から聞こえる。

 ゆっくり降下してきた女性は、白い布地に青いラインの入った長袖と、ミニスカートの上に長いスカートを巻いたデザインのバリアジャケット姿だった。

 亜麻色のツインテールに、赤い宝石が特徴的な金とピンクの杖を見れば、彼女が何者なのかすぐに分かる。

 

「なのは、さん……」

 

 力が抜けて膝をついたソラトは目を点にし、現れたなのはを見る。

 それは自分が間一髪助けられたから、というだけではなかった。彼女こそ、ソラトが目標としている人間だったのだ。

 その目標は、自分がやられそうになった敵を一瞬で塵に変えてしまった。

 救われた恩と強さへの感心、そして実力の差への悔しさが入り交じり、ソラトの中で複雑に渦を巻いていた。

 これが、再始動した機動六課と謎の敵との最初の戦いとなった。

 だが、獣人事件は今後より厳しい方向へ向かって行くことをまだ誰も知らない。



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第3話 再会

 市街地に突如出現した、馬の特徴を持つ怪人。

 理性もないまま暴れまわっていたその怪物は、高町なのはによって倒された。

 なのはが怪人を退治する光景は六課の隊舎内でも流された。モニターを眺めていた隊員達は脅威が去ったことに一先ず安堵する。

 

「今の、一体何でしょう……?」

「さぁ? 少なくとも、これから私達が関わりそうってことだけは確かみたいね」

「ちょっと、怖いですね」

 

 ティアナ、エリオ、キャロは帰って来た平和よりも怪物について考えていた。

 あんな異形の存在が何故、このミッドチルダに現れたのか。機動六課が再設立されたことも含め、今起きている事件の裏には何か得体の知れないものが潜んでいるのだろう。

 

「ソラト……?」

 

 ティアナ達がこれからの事件の展開を考えている中、スバルだけはなのはの活躍ですっかり隅に追いやられてしまった少年のことを見つめていた。

 

 

◇◆◇

 

 

 市街地の騒動から約1時間後。六課再設立の挨拶も無事に済み、フォワード達は懐かしい訓練場へ呼び出されていた。

 訓練着に着替えたスバル達を待っていたのは各部隊の隊長と副隊長。そして、今回から新しく加わるメンバー2人。

 その内1人は先程果敢にも獣人に挑み、敗北を喫した金髪の少年騎士だった。当然、全員が一部始終を見ていたので、見覚えのある姿にハッと気付く。

 

「よし、全員揃ったな」

 

 ヴィータの号令で、スバル達は姿勢を整える。こうして4人並んで隊長陣を前にするのも久しぶりだ。

 まず、口を開いたのはなのはだった。

 

「皆、久しぶりだね」

「はい!」

 

 にこやかに話すなのはに、元気よく返事をするフォワード勢。但し、連絡自体は結構頻繁に行われていたため、本当に久々に話すのは限られた組み合わせのみだ。

 

「早速だけど、今回六課が当たる事件についての説明をするね」

 

 なのははすぐに本題である、事件の概要を話し始めた。

 

「さっきの事件は覚えてるよね?」

「実は、このミッドチルダ以外でも同様の事件が起こっているの」

 

 なのはとフェイトから告げられた衝撃の事実。さっきと同じような化け物がミッドチルダだけにあらず、別の次元世界でも暴れているというのだ。

 この話はスバル達は勿論、ソラト達も初耳であったため驚きを隠せないでいた。

 

「敵の名は"獣人(じゅうじん)"。名前の通り獣のバケモンだ」

「奴等は人工的に生み出された生物らしいが、まだ詳しい情報が分からない未知の存在だ」

 

 次にスターズ分隊副隊長ヴィータと、ライトニング分隊副隊長シグナムから敵について説明される。都市部を襲撃した馬の怪人もこの"獣人"である。

 人工的に生み出された生物。このフレーズに反応したのは、戦闘機人であるスバルと、人造魔導師のエリオだ。未だに違法な実験で命を弄ぶ真似をする人間がいることに憤りを感じているのであった。

 

「獣人は度々ガジェットによく似たロボット、通称"ネオガジェット"を引き連れて行動してる。今のところは陸戦タイプと空戦タイプが確認されてる」

 

 フェイトの説明で次元世界各地に現れた獣人と共に、JS事件で使われていた機械兵器"ガジェット・ドローン"を思わせる意匠のロボットの写真が映し出される。

 管理局側で"ネオガジェット"と呼称されるこのロボットは内部構造もガジェットに似ており、"(アンチ)(マギリンク)(フィールド)"という魔力結合・魔力効果発生を無効にする結界魔法もガジェット同様標準装備している。

 現在確認されているネオガジェットは、タイプAと称される人型に近く4本の足を持つ陸戦型と、タイプBと称される小さなポットのような形状で黄色いセンサー部からサーチライトとレーザーを放つ空戦型のみである。

 

「敵の目的は、これ」

 

 なのはの操作でモニターに映し出されたのは、それぞれ色も形も全て違う七つの小像。共通点といえば、サイズと動物を模した宝石のような素材で出来た像であることのみ。

 

「ロストロギア、"セブン・シンズ"。全部で7つ確認されているんだけど、効力とかは一切詳細が不明。おまけに1つ1つで形が違い、場所も何処にあるか分からない」

 

 名前の通り、七つの罪をモチーフとしているような像はとてつもないエネルギーを秘めているらしい。

 が、実際に効果を記録した文献は発見されておらず、詳細は分からずじまい。挙句、見つけようにもセブン・シンズが放つ反応は他のロストロギアやエネルギー体に近く、反応を辿っても全く別のものだというケースが殆どなのだ。

 それでもこのロストロギアを探す獣人はしっかりと存在し、事件も確実に起こっている。

 

 

「それじゃ、次は新メンバーの紹介だね」

 

 なのはが次の話題へ移ると同時に、彼女の横にいた2人が前へ出る。

 

「陸士103部隊から、機動六課スターズ分隊所属となりました、ソラト・レイグラントです。よろしくお願いします」

 

 初めに自己紹介をしたのは、先程獣人と戦った少年だった。

 外見年齢はスバルやティアナと同年代で、何処か幼さを残した顔立ちながらも礼儀正しい姿勢で頭を下げる。

 

「同じく、陸士108部隊よりライトニング分隊へ転属となった、エドワード・クラウン。よろしく頼む」

 

 次に、スバル達よりも年上のような、落ち着いた雰囲気をまとった青年、エドワードが挨拶した。

 鋭い目付きと変わらない表情の為、初対面ならば近寄りがたい印象を抱かせる。

 ソラトとエドワード。対照的な2人の新たな仲間を、フォワード達は拍手で迎えた。特に、スバルは嬉しそうに2人を見つめていたのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 隊長達からの連絡が全て終わると、訓練は明日からということで今日は解散となった。

 その代わりに新メンバーとの親交を深めるため、フォワード達は食堂で歓迎会をすることにした。

 

「ソラト。本当にソラトだよね?」

 

 食堂へ移動する間、スバルはソラトに親しそうに話しかけた。

 対するソラトも、スバルに優しく微笑みかけながら頷いた。まるで昔からの知り合いのように。

 

「うん。久しぶりだね、スバル」

「わーっ! ソラト久しぶりーっ!」

 

 彼が本当に自分の知っているソラト・レイグラントだと分かると、スバルは感極まって叫びながら抱き付いたのだった。

 突然の出来事に、ティアナ達は目を点にしてしまい、エドワードはこの展開を予想していたように苦笑していた。

 

「でも、急に六課に転属だなんて、ビックリしたよー!」

「あはは、ゴメンね。スバルを驚かせたくて、内緒にしてたんだ」

 

 掴んだ腕をブンブンと振って喜ぶスバルに、ソラトは完全に順応しきっていた。長年のパートナーであるティアナですら手を焼くスバルのスキンシップに対応出来ている辺り、本当にソラトはスバルと知古の関係のようだ。

 2人で勝手に盛り上がっていると、そろそろかとエドワードが割って入った。

 

「お前等、再会を喜ぶのはいいが外野を置いてけぼりにしすぎだ」

「あ……」

「ごめんなさい」

 

 エドワードの言葉で、呆然としていたティアナ達に漸く気付いたスバル達は頭を下げる。

 丁度食堂に付いたので、注文を終えて席に着いてから改めてスバルとソラトの関係を説明することとなった。

 

「ソラトとは、小さい時からの幼馴染なの」

 

 予想通り、ソラトはスバルと幼い頃からの付き合いだった。

 まさか幼馴染同士、同じ部隊に配属されるとは夢にも思っていなかったようだが。その証拠に、ソラトの前の所属は陸士103部隊で、スバルの姉のギンガとは違う部隊である。

 

「その証拠に……ほらっ」

 

 スバルがマッハキャリバーに移した写真データをエリオ達に見せる。そこには、無邪気に遊ぶ子供の頃のスバルとギンガ、そしてソラトの姿があった。

 はにかんだ2ショット写真や、共に旅行へ行った時の写真などたくさんあり、スバルの写真好きはこの時からだったようだ。

 相方のティアナは前々から嫌というほど聞かされていたようで、スバルの思い出話にウンザリしていたが。

 

「ティアナさん、ですね。スバルから話は聞いています」

「ティアナでいいわ。貴方の話も散々聞かされたわよ」

「あはは……よろしくお願いします」

 

 ソラトの方もメールなどのやり取りで相棒の話を聞いていたらしい。

 お互いにスバルの悪癖も知っている者同士。やや強引なスバルに手を焼いてるんだなぁ、と思いながらソラトは言葉を交わした。

 

「ほら、私よりアンタのこと説明しなさいよ。このままだと、スバルの写真を見せられて終わっちゃうわよ」

 

 ティアナの言う通り、スバルの写真を見せる手は相変わらず止まらない。今までに一体何枚撮ったのだろうか、ソラトも把握はしていない。

 歓迎会が写真暴露大会になる前に、ソラトは慌てて自身の能力などの説明に入った。

 

「えっと、さっきの戦闘を見ていたから分かると思うけど、僕は"近代ベルカ式"を使う騎士です」

 

 先程の馬獣人との戦いの通り、ソラトは近接戦闘を得意とするベルカ式の使い手だ。但し、古くから伝わる"古代ベルカ式"ではなく、"ミッドチルダ式"と交じることで発展した"近代ベルカ式"である。

 同じフォワードの中では、スバルとエリオが近代ベルカ式を扱っている。

 

「デバイスは"セラフィム"と言って、展開すれば大剣型になります」

〔よろしくお願いします〕

 

 ソラトが上着の内ポケットから青緑色に輝く長方形のクリスタルを取り出すと、そのクリスタルが電子音声で自己紹介をした。

 このクリスタルこそ、ソラトのデバイス"セラフィム"の待機形態である。

 見た目は同年代の一般男性と比べ、やや小さめで細身のソラトが戦闘となれば大剣を振るう騎士となるのだ。同じく小柄な少年ながら、大きな槍を扱うエリオは早速ソラトに親近感を抱いていた。

 

「獣人相手には手こずったが、ソラトの実力は確かだ」

 

 そこへ、エドワードが口を開く。確かに危ないところではあったが、未知の敵に一対一を挑める辺りに高い実力が伺えた。

 周囲が静かにエドワードの話を聞いているので、説明はそのままエドワードの番へと移行する。

 

「……俺はミッドチルダ式の狙撃手だ。使用デバイスはライフル型の"ブレイブアサルト"。普段は腕輪として身に付けている」

〔皆様、初めまして。マスターは不愛想ですが、仲良くしてください〕

 

 表情を崩さず、エドワードは自身の能力とデバイスについて説明する。制服の袖をめくると、右腕に巻いている腕輪から電子音声が聞こえて来た。

 ブレイブアサルトはセラフィムと比べ饒舌だが、主人に対してやや毒舌なところがあるようだ。

 

「エドワードさんは、スバルさん達とお知り合いなんですか?」

 

 その時、キャロが気になっていたことを聞いてみた。言われてみれば、2人のことをよく知っているかのような素振りだった。

 

「あぁ、108部隊の縁でな。ギンガやゲンヤさんを通じて知り合ったんだ」

 

 エドワードのいた陸士108部隊は、ギンガとスバルの父、ゲンヤ・ナカジマが部隊長を務めているので、その関係で見知った中だったようだ。

 しかも、ただの知り合いだけでなく、スバルとソラトからは実の兄のように慕われていた。

 

「エド兄はちょっと無口で無愛想だけど、すっごく優しいんだよ」

 

 2人が懐いている辺り、悪い人間ではなさそうだ。エリオとキャロはエドワードに内心怯えていたが、怖くないと知ってやっと落ち着いた。

 因みに、"エド兄"とはソラトとスバルが使うエドワードの愛称である。

 

「あ、出来たみたいね」

 

 2人の素性を理解したところで、注文の品が出来たようだ。

 量が多いので手分けして運んでいく最中、スバルはソラトの元に駆け寄った。

 

「これからよろしくね、ソラト」

「うん! よろしく!」

 

 満面の笑みで頷くソラトは、内に秘めた誓いを思い返していた。

 それはソラトがスバルに初めて出会ったあの夜のこと。自らを救ってくれたスバルを一生守る。その為にもっと強くなる。

 そして、越えなくてはならない目標の存在も。

 

「全員グラスは持ったわね?」

 

 ティアナの号令で、全員がドリンクの入ったグラスを持つ。

 

「それじゃ、再び集まったメンバーと、新しく加わった仲間に!」

「乾杯!」

 

 6人の新たなスタートを祝い、グラスを打ち合わせた。

 これから先の苦しい戦いも、力を合わせて乗り越えられると信じて。



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第4話 遠すぎる目標

 暗い夜景の中、赤い光が見える。その正体は激しい炎に包まれた空港。

 

 ソラトはそのおぞましい光景の中心にいた。火災の只中だというのに体は熱く感じず、ただ呆然と燃える建造物を内側から見ていた。

 ふと真横をみると、火災に巻き込まれた女の子が泣いている。青い髪と緑の瞳を持つ、ソラトのとても見知った少女だった。周囲は既に瓦礫と火の海で逃げ道が塞がれ、生き延びるには絶望的な状況だ。

 けど、自分ならこの娘を救える。砲撃魔法で炎と瓦礫を吹き飛ばし壁に穴を空ければ、この娘を連れて脱出出来る。

 ソラトが少女に手を伸ばそうとした時、突然誰かが空を飛びながら少女の近くに降りてきた。今と変わらない白いバリアジャケットと栗色の髪を白いリボンで2つに纏めた姿。手には不屈の心を象徴する金色の杖。

 その人は安心するよう優しく話しかけると、保護魔法で少女を守りつつ砲撃魔法で天井を打ち抜き、少女を抱えて空を飛び脱出した。容易く、見事に少女を救出したのだ。

 ソラトは最後までその魔導師の活躍を見ていることしか出来なかった。

 

 

「──っ!?」

 

 勢い良くソラトがベッドから起き上がる。目の前は火災現場などではなく、真っ白な部屋の壁。窓辺のカーテンからは朝日の光が差し込んでいた。二段ベッドの上からは、同室になったエリオの寝息が幽かに聞こえる。

 今まで見ていたのは夢だと、ソラトが気付くのと同時に目覚ましのアラームが鳴り響く。

 アラームを止めようと腕を伸ばすと、ソラトの体を痛みが襲う。初めて獣人と戦ったあの日、たった数瞬の隙を突かれ受けたダメージがまだ残っていたようだ。

 

「獣人……あんなのがこれからもっと出て来るんだ」

 

 ソラトは今回の六課が当たる事件の"敵"と"その目的"について教えられたことを思い出す。

 そして、初見とはいえやられそうなった時に颯爽と獣人を葬ったのは、現在の上司であるなのはだった。

 以来、ソラトは今見ていたような夢をよく見るようになった。昔、彼がなのはを目標として見るようになった出来事の夢を。

 

「……朝練の支度、しなきゃ」

 

 悪夢を思い出さないようソラトは呟き、まずは汗だくの顔を洗いに洗面所へ向かった。

 

 

◇◆◇

 

 

 機動六課、再設立から約1週間が経過した。

 今日もフォワードメンバーは高町なのはとヴィータの教導を受けていた。

 だが、なのはの教導を受け慣れていないソラトとエドワードはともかく、旧六課のフォワード3人も久しぶりの教導に付いていくのがやっとだった。

 唯一、解散から再設立までの間特別救助隊(レスキュー)に身を置いていたスバルは持ち前のスタミナの高さもあり、まだまだ余裕を見せていた。

 

「お前等だらしねぇぞ! 特にティアナ! お前体力落ちてるぞ!」

「す、すみません……」

 

 ヴィータからの叱咤を受けるティアナ、エリオ、キャロ。

 ティアナは執務官勉強の為、解散から再結成までの間あまり体を鍛えられなかったのだ。最も、執務官はデスクワーク主体なので仕方ないと言えば仕方ないのだが。

 

「あと3分休んだら次始めるからな」

「はい!」

 

 ヴィータがスバル達4人を鍛える一方で、新メンバーのソラトとエドワードはなのはに呼び出されていた。

 なのはは2人にも他のメンバーと同じ練習をさせたのだが、何とか付いてこれていた。但し、エドワードはいつも体力が限界間近だったが。

 

「今日は改めて2人の実力を確かめさせて欲しいな」

「はい?」

「内容は簡単な模擬戦。2人で私と戦うこと」

 

 なのはの提案は2対1。2人共気絶するか降参したら負けというシンプルなものだ。

 

「勝てば今日はお休み。負ければ反省のレポートを書いてもらうね」

「はいっ!」

 

 勢い良く返事をしたのはソラトだった。若干敵意か何かが混ざっていた気もするが。

 

「えと、じゃあお昼から。よろしくね」

 

 元気の良すぎるソラトに一瞬呆気に取られたが、なのははすぐに話を切って教導に戻った。

 

「あまり張り切りすぎるな。お前の悪い癖だ」

「ゴメン、エド兄……でも大丈夫!」

 

 戻る途中で冷静な態度でソラトに注意するエドワード。ソラトの真っ直ぐな性格には好感が持てるが、見えていないところでミスを犯す悪癖があるのが偶に傷だ。

 しかし、ソラトは既になのはを倒すことばかりを考え、エドワードの忠告をあまり気にしていないようだった。

 

 それから昼休みが終わった頃。なのはとソラト、エドワードペアの模擬戦が始まろうとしていた。

 

「ソラト、いつもと違う感じだけどどうかしたの?」

 

 他のフォワード達は訓練場の外からモニターで見学していた。

 ふと、ティアナが素朴な疑問をぶつける。いつもは真面目で好印象なソラトが、何時になく真剣な眼差しでなのはを睨んでいたのだ。雰囲気がガラリと変わっているのは誰が見ても明らかだった。

 

「そういえば、普段からなのはさんを見る時だけ目付きが変わっていたような……」

 

 キャロも続いて疑問を口にする。最初の自己紹介の時にもソラトはなのはに対し、宣戦布告のような発言をしている。一体2人の間にどんな因縁があるのだろうか、フォワード達は頭を捻らせた。

 

「それ、私の所為なの」

「えっ?」

 

 すると、その答えはスバルから帰ってきた。驚きの声を上げるティアナ達。

 

「6年前の空港火災で、私がなのはさんに助けられたってことは知ってるよね?」

 

 スバルの問いに3人共頷く。特にティアナはペアになってから、憧れのなのはの活躍を含め何度も聞かされていた。

 新暦71年4月。ミッド臨海空港の大規模火災に巻き込まれたスバルをなのはが華麗に助けに来たのだ。以来、スバルはなのはに憧れを抱き管理局入隊を決心する程影響を及ぼしたのだった。

 当然、この出来事を幼馴染のソラトも知っている。

 

「それで私がなのはさんの話をしたから、ソラトの対抗心に火が付いちゃって……」

 

 つまり、好きな女性を救う役目を取られて以来、相手を好敵手視しているのだった。加えて命の恩人を尊敬し、夢中になってしまったばかりにソラトの嫉妬心がどんどん膨れ上がったのだと言う。一直線な性格のソラトらしい理由である。

 

「そりゃあアンタのことだから散々聞かせたんでしょうね」

「あはははは……すみません」

 

 経験者からの鋭い指摘に苦笑するしかないスバルだった。

 

 一方で、既にデバイスの起動を終え、戦闘体勢を整えているソラトとエドワード。

 赤いラインの入った黒いコートを着たエドワードが、黒いシャツと青緑色の独特の模様が入った白い半袖の上着を身に纏ったソラトに注意を促す。

 

「あまり無理はするな」

「平気。エド兄はあまり手を出さないで。僕の力で勝たないと意味ないことだから」

 

 ソラトは笑顔で答えると遠くのなのはを見据え、自身の大剣型アームドデバイス"セラフィム"の柄を強く握り締めた。こうなってしまったら殆どの言葉は耳に入らないだろう。

 

「こういう所はスバルに似てるな……」

「じゃあ始めよっか!」

「はい! お願いします!」

 

 未だ心配の拭えないエドワードを差し置いて、模擬戦は開始された。

 

「はぁぁぁぁっ!!」

 

 開始と同時にセラフィムを構えて真っ直ぐ走るソラト。飛行魔法が使えず、スバルやエリオのように移動手段を持たないソラトは走って敵に近付くしかないのだ。

 なのははソラトの無計画に見える行動に疑問符を浮かべるが、容赦なくソラトに射撃魔法を連続で放つ。

 しかし、別方向からの鋭い射撃でなのはの魔力弾は阻まれた。

 

「俺の仕事はこれだけか」

 

 エドワードは後ろからゆっくり追いつつ、ライフル型インテリジェントデバイス"ブレイブアサルト"による精密射撃でソラトを援護する。

 エドワードの援護射撃に気を取られた隙に、ソラトがなのはの近くまで達したところで一気に跳んで来た。

 

「うおおおぉぉぉぉっ!」

「そんなんじゃ狙われるよ」

 

 そして、これまた一直線になのはに斬り掛かる。しかし愚直なまでに真っ直ぐな攻撃はあまりにも避けやすい。

 なのはは冷静にソラト目がけて魔力弾を放った。この至近距離ではエドワードの援護も間に合わない。

 

〔Holy raid〕

 

 セラフィムから電子音声が鳴り、ソラトの口が弛む。

 その瞬間、青緑色の光と共にソラトの姿が消えた。

 

「えっ!?」

〔Grand cross〕

 

 一瞬で魔力弾を回避され、驚くなのは。気が付くと、ソラトはなのはの背後に回っていた。

 短距離移動魔法"ホーリーレイド"。移動距離は短いが、瞬間移動を可能にする魔法だ。ソラトはホーリーレイドを使い一瞬で地面に着地、なのはの後ろに回り再び跳躍したのだった。

 

「グランドォォォォ!」

〔Protection〕

 

 ソラトはセラフィムを縦一線に素早く振り下ろす。だが、いち早く気付いたなのはも右腕で防御魔法を展開し、大剣の重い一撃を防いだ。

 

「隙だらけだよ」

 

 下ろしきった大剣は返りが遅い。なのははレイジングハートの先を隙だらけなソラトに向けた。

 

「クロスゥゥゥゥッ!!」

 

 ところが、なんと下ろしたセラフィムを斜め上に少し斬り込んだ後、横一線に斬り掛かった。

 魔力付加攻撃"グランドクロス"。強力な斬撃を十字を切るように二度連続で放つことによって、二撃目を確実に当てるソラトの得意な攻撃である。

 

(決まった!)

 

 ソラトは確信した。だからこそ気付けなかった。

 グランドクロスの一撃目をしかけた時、既になのはが砲撃魔法の準備を終えていたことに。更に二撃目を加えようとした瞬間、桃色の光輪が自身の腕を捕らえたことに。

 空中でピンク色の大きな爆発が起き、続けて小さな爆発が続いて発生している。その度、ソラトの悲鳴が訓練場内に響き渡った。

 

「ま、自業自得だな」

 

 唖然とするギャラリーの中で、ヴィータが平然と口にする。

 爆煙が晴れると、無傷で飛んでいるなのはとバインドで縛られボロボロになったソラトが見えた。

 なのはの表情はやや無表情だが何処か怒りを含んでいるようで、とても年相応に思えないほどの恐怖を周囲に覚えさせる。

 

「ソラト!?」

 

 ソラトの安否が気になり、スバルが叫ぶ。なのはの容赦のなさにエリオとキャロは呆然とし、経験したことのあるティアナは苦笑していた。

 

「ぐ……」

 

 まだ辛うじて意識があるようだが、戦う気力は残っていない。なのははソラトをゆっくり下ろした後、エドワードに向き直った。

 

「さ、始めよっか」

「……はい」

 

 冷や汗を掻き、ライフルを構えるエドワード。

 2人の模擬戦の結果は、善戦したものの砲撃魔法のぶつかり合いで威力を圧倒されてエドワードの敗北となった。

 

 

◇◆◇

 

 

 模擬戦の後、ソラトはエドワードの倍の枚数のレポートを出され夜まで作業を続けていた。量が多い理由はなのは曰く、問題点が多すぎたから。

 

「はぁ、スバルに格好悪い所見せちゃったなぁ……」

 

 漸く冷静さを取り戻したソラトは、自身の行いに反省しつつレポートを仕上げていた。

 因みに、エドワードは既に自身のレポートを済ませ、自主訓練に励んでいる。

 

「あの時点で砲撃魔法が撃てたってことは、僕の攻撃を予測していたんだ」

 

 恐らく、ホーリーレイドを決めた時には砲撃の準備を始めていた。

 無鉄砲に突っ込んだように見えたからこそ、何かあると予測していたのだろう。

 

「戦況を見極める能力……でも、それだけじゃない」

 

 何度分析しても、何故なのはがあれ程までに自分に対して怒ったのかが分からない。

 もっと重要なミスを犯しているのだろうか? ソラトは頭を悩ませた。

 

「ソーラト♪」

 

 背後から名前を呼ばれ、ソラトが振り向くと優しい笑顔のスバルがいた。

 

「体、大丈夫?」

「うん。少し痛むけど大丈夫だよ」

「あまり、無茶しないでね?」

 

 非殺傷設定のため外傷はないが、痛覚はそのままなので体の痛みが残る。こっ酷くやられた箇所を擦り苦笑しつつ、ソラトはレポートを完成させる。

 

「さ、終わったし夕御飯食べに行こっか」

「うん!」

 

 キーボードとモニターを消し、ソラトはスバルと仲良く手を繋いで食堂に向かおうとした。

 しかし、和やかな時間を打ち壊すかのようにアラートが鳴り響き、獣人が出現したことを知らせる。

 場所はクラナガン近くの国道。映像では、咆哮する獣人の後ろで被害に合った車が炎上している。

 

「部隊長、ここは僕が行きます!」

「私も出ます!」

〔分かった。気ぃ付けてな!〕

 

 ソラト達が現在いる場所は車庫に近い。

 気分を仕事モードに切り替えたソラトとスバルはすぐにはやてに許可を貰い、ソラトのバイクに乗って急いで現場へと向かった。

 

 

「た、助けてくれぇ!」

 

 出現した獣人はイノシシの特徴を持ち、鋭い牙で車の運転手を襲おうとしている。

 そこへ辿り着いたソラト達がバイクで獣人に体当たりを仕掛けた。跳ね飛ばされた獣人から被害者を守るように立ち並ぶ2人。

 

「行くよ、セラフィム!」

〔Yes,master!〕

 

 ソラトは懐から出した青緑色のクリスタルに呼びかけ、右手を前に突き出した後ゆっくりと腕を捻りながら左側へ移す。

 

「セットアップ!」

〔Standing by〕

 

 そして、起動コードを発声すると同時に右手首を180度回転させる。

 すると、クリスタルから青緑色の帯が何本も出現しソラトを覆う。そして中からバリアジャケットに換装したソラトが現れた。その手には大剣型アームドデバイス、セラフィムが握られている。

 隣では、スバルもバリアジャケットに換装していた。右腕にはギアの付いたガントレット、両足にはローラーブーツが装着されている。

 

「スバルはあの人の救助を。獣人は僕がやる」

「分かった!」

 

 ソラトの指示に従い、倒れた人の下へ走るスバル。

 獣人が唸り声を上げて襲い掛かろうとするが、庇うようにソラトが間に割って入る。獣人にはもう負けたくはない、と真剣な眼差しでセラフィムの切っ先を向けた。

 

「さぁ、鎮魂歌(レクイエム)は歌い終わった?」

 

 

 

 一方、司令室ではなのはとヴィータがソラトの戦いぶりをしっかりと見ていた。

 

「ソラトの評価はこれを見てから決めようかな」

「そうだな」

 

 模擬戦でのソラトは勝利に拘り過ぎた為に実力を引き出せていなかった。そう判断したなのはは、改めてソラトの実力を評価しようと決めていた。

 

「でも私、ソラトに何かしたっけ?」

「あ、いや、さぁな。ハハハ……」

 

 なのはは何故ソラトが自分を好敵手視しているかはまだ知らない様子だが。

 好きな子を助ける役を取られて嫉妬したからです、とはこの場では言いづらくヴィータも口を濁した。

 

 

 

 邪魔が入ったことで興奮した獣人は鼻息を荒くし、まずはソラトへ一直線に突進してくる。対するソラトも、セラフィムで牙を抑え込む。

 何とか弾き返すが、イノシシ獣人はすぐにもう一度突進を仕掛けてくる。

 

「はああぁぁぁっ!」

 

 力強い図体の衝突に苦戦するソラトは牙を剣の腹で押さえながら、獣人の腹を蹴り飛ばした。

 突進の勢いが止み、獣人を地面に叩き伏せることでその場を離れることが出来た。だが、体勢を立て直した獣人はまたもや突進攻撃を仕掛ける。

 いつまでも付き合ってはいられない。ソラトは攻撃を受け流し、追撃を掛けようとした。

 しかし、背後には救助活動をしているスバルがいる。ここで受け流せば、攻撃がスバルや被害者達にまで到達してしまう。

 

「車にもう1人いるんだ! 呼びかけても返事がなくて!」

「分かりました!」

 

 救助対象がもう1人いるようで、まだ時間がかかるようだ。。

 結局、ソラトは先程と同じ様に牙を剣で受け止める。スバルが救助を終えてこの場を離れるまで、ソラトは防御に専念するしかなかった。

 

「このままじゃスバルが……っ!」

 

 この時、ソラトは気付いた。なのはと戦って負けた時、勝利に焦って自分勝手に攻め続けた。

 だが自身の後ろにはエドワードがいた。もしあれが模擬戦でなく今の状況だったら、自分だけじゃなくエドワードも危なかった。

 

「あの時、自分勝手な行動を取ったからなのはさんは……」

 

 ソラトはやっと気付けた。自分がまだまだ未熟だということに。

 

「スバル! その人達を早く安全な所に!」

「うん!」

 

 スバルは意識を失った怪我人を背負い、もう1人と一緒に被害が及ばない場所へ移動した。

 動く獲物に気付いた獣人がスバル達を追おうと、ソラトから離れる。

 

「行かせない!」

 

 ソラトの鋭い一撃で、獣人の片方の牙が切り落とされた。痛みに悶える獣人と、スバルが移動した方向の間にソラトが立つ。これで遠慮は要らなくなった。

 

「僕はまだ強くなれる。気付くこともいっぱいある。そうだ!」

 

 ソラトの足元にベルカの魔法陣が浮かび上がる。

 セラフィムがカートリッジを1発ロード。すると、青緑の光を放ちながら魔力がソラトの前で球体を形成していく。

 

「そして何時か、必ずなのはさんを超えて見せる!」

〔Divine buster〕

 

 セラフィムを右肩から背負うように構え、魔力を高めていく。

 一方、牙を斬り落とされて怒り狂った獣人は、残った牙を使い我武者羅に突進して来た。

 

閃空烈波(せんくうれっぱ)! ディバインバスタァァァァッ!!」

 

 ソラトが目の前のスフィアを大きく斬ると、巨大な斬撃波となって放たれる。

 曲線状の砲撃魔法はイノシシ獣人の身体を簡単に斬り裂き、その場で爆発を巻き起こした。

 

「ふぅ」

 

 砲撃魔法を放ち終えたソラトは、獣人を倒したことを確信し構えを解いた。

 息を吐く表情は、何処か吹っ切ったような雰囲気を見せている。

 

 

 

 管制室にて。ソラトが自分の間違いに気付いたことに、さっきまで満足そうに頷いていたなのはは、あることが切欠で打って変わって目を点にしていた。

 

「あ、なのはちゃんには言ってなかったっけ?」

 

 はやてが気付いて苦笑しながら呟く。

 そう、ディバインバスターは本来なのはの得意な砲撃魔法。それをスバルがアレンジして使っているのは知っていた。しかし、ソラトが更なるアレンジを掛けて使っていることは知らなかったのだ。

 

「あ、あはは……」

「ありゃもう別モンだな」

 

 ヴィータのツッコミ通り、最早全く別の魔法となっている。しかし、確かにディバインバスターの派生魔法であり、これもソラトの「なのはを超える」という心の現れ。

 この後、なのははソラトに何をしてしまったのか真剣に悩むことになったのであった。

 

 

◇◆◇

 

 

 薄暗い部屋。研究室と言っていい程に怪しい機材が並び、不気味な雰囲気を漂わせている。蠢く機械の動作音はするが()()()()()()()()()()は殆どしない。

 そんな奇妙な場所で、1人の少年がとある映像が流れるモニターを不機嫌そうに眺めていた。

 映っているのは先程起こった、国道でのソラトとイノシシ獣人の戦闘光景。丁度ディバインバスターを放ち、獣人を葬り去るシーンだ。

 

「まだまだ強くなる……か」

 

 ソラトが叫んだ言葉を静かに呟く。映像が終わると少年は椅子から立ち上がり、その場を後にする。

 外見年齢は丁度ソラトと同年代だろうか。顔は陰に隠れて見えないが、声と雰囲気から少なくとも喜んでいる様子ではないことが分かる。

 

「貴様にはもっと強くなってもらわなくては困る」

 

 静かな口調に反し、翡翠色の髪に隠れた真っ赤な眼光が怒りに満ち溢れる。

 

「強くなった貴様でないと、殺す意味がない」

 

 少年は誰に聞かせるでもなく、憎しみを込めた独り言を呟き闇の中へ消えていった。

 



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第5話 誰が為の力

 エリオは今日も、目覚まし時計の鳴る前に目を覚ました。

 朝早くに起きるのも、慣れてしまえば辛く感じることはない。いつも通り、鳴る前の目覚ましを止め、二段ベッドから降りて朝の身支度を整える。

 ふと、部屋を見回せば、他には誰もいない。今までならば一人部屋だったので特に違和感はなかったのだが、今はルームメイトがいる。二段ベッドの上に寝ていたのも、ルームメイトの存在からだった。しかし、その人物は部屋にいなかった。

 

「あ、おはよう。エリオ」

 

 その時、部屋のドアが開いて誰かが入ってきた。エリオと同じ、機動六課のフォワード部隊に努めるソラト・レイグラントだ。彼こそ、エリオのルームメイトだった。

 ソラトはエリオよりも早く起き、日課である自主トレーニングを行っていたのだ。マラソンで掻いた汗をタオルで拭きながら、ソラトはスポーツドリンクの入ったボトルをベッドに投げ込む。

 

「おはようございます、ソラトさん。これから朝食に行くところなんですが、ソラトさんはどうします?」

「うん、行くよ。お腹減っちゃった」

 

 エリオは朝の挨拶を返し、ソラトを朝食に誘う。ソラトも朝食はまだだったらしく、喜んでエリオに付いて行こうとした。

 そこで、ふとエリオは気になった。朝練ならなのはの教導でもあるのに、ソラトはどうして更に自主練まで行っているのか。

 

「ソラトさんはどうして朝の自主練までしているんですか?」

「あ、ひょっとして出る時うるさかったかな?」

「いえ、それは大丈夫です」

 

 エリオの質問に、ソラトは安眠妨害をしているのではないかと思ったようだ。だが、実際はエリオは熟睡しており、自発的に起きるまではソラトに全く気付いていなかった。

 

「なのはさんの教導でも、朝練してるじゃないですか。その上自主練って、大変じゃないですか?」

「あー……確かにキツイかな」

 

 エリオの疑問の意味がやっと分かったソラトは苦笑して答えた。

 六課に配属になって一週間以上は経つが、なのはの教導は確かに厳しかった。普通なら、自主的にトレーニングなんてしようとは思わないだろう。

 

「けど、六課に来る前もしてたし、しないと落ち着かないというか……それに、すぐ近くに超えたい目標がいるからね」

 

 ソラトは陸士103部隊にいた時にも、早朝練習を熟していたのだ。マラソンと素振り、筋トレ等の内容はもはやソラトにとっての既に日常の一部だった。

 そして、何よりもなのはを超える為にもっと強くなりたいという意思が、ソラトの中では強かったのだ。

 そんな真っ直ぐな意思を持つソラトを、エリオは羨ましくも不思議に思っていた。ソラトはどうしてここまでなのはを超えたいと思っているのか。

 幼馴染を助ける役目を奪われたくらいで、そこまで対抗意識を燃やすだろうか。

 

「僕が何でなのはさんを超えたいのか、気になる?」

 

 不思議そうにしているエリオに気付き、ソラトが考えを当てて来る。

 

「はい。よければ、教えてください」

「時間もあるし、長くなるけどいい?」

 

 エリオが素直に頷くと、ソラトは優しく微笑みながら語り始めた。

 

「僕がなのはさんを超えたい理由は、多分スバルから聞いてるよね?」

「あ、はい」

「ちょっと恥ずかしいけど、その通りだよ。スバルを助ける役目を取られちゃったから。僕はスバルを助ける騎士になりたかったんだ」

 

 スバルのお喋りに少し困った風な顔を見せつつ、大体の理由は合っていると話すソラト。しかし、その想いはエリオが考えているものよりも深かった。

 

「スバルとの出会いは、僕が9歳の頃。その時に、原因不明の火事で両親が亡くなったんだ」

「えっ!?」

 

 てっきり家が近いとか、普通の出会いの話だと思っていたエリオは、さらりとショッキングな話から入ったことに驚く。

 

「それがショックで塞ぎ込んじゃったんだ。今では恥ずかしい話だけど」

 

 心の傷は誰にもあるもの。エリオも自分が実の親だと思っていた人間に捨てられ、フェイトに保護されるまで非人道的な研究を受けていたことを思い出す。

 辛い記憶を思い出させてしまい、申し訳なさそうなエリオにソラトはまた優しく笑いかけ、話を続ける。

 

「公園でいじけていると、ある女の子が話し掛けてくれたんだ。「どうしたの?」って」

 

 ソラトは頬を染めて、あの日のことを思い浮かべながら話す。

 月が綺麗な夜。両親とよく遊んだ公園の砂場に座り込み、悲しみに暮れるソラトへ同年代の女の子が話し掛ける。

 

「その時は何も変わらないって知ってて、でも誰かに話したくて女の子に打ち明けた」

 

 最初はソラトも女の子を無視してたのだが、孤独に耐えきれずとうとう少女に話す。

 月明かりに照らされた青いショートカットの少女は驚いた表情を見せたが、次にはソラトの予想していない言葉を言った。

 

「その子は僕の話を聞いて「私と一緒だね」って言ったんだ。逆に僕が驚かされたよ。こんな笑顔の女の子が、僕と同じだなんて」

 

 女の子は優しい笑顔で、自分には母親がいないことを話した。しかし、彼女には父親も姉もいる。ソラトはそれを聞いて再び落ち込む。自分には誰もいない。彼女とは違い、本当に独りになってしまったのだ。

 

「塞ぐ僕に、彼女は言った。「私が友達になれば、貴方はもう独りじゃないよ」ってね」

 

 その言葉と、差し出された手の平は塞いでいたソラトの心の壁を壊した。この時のソラトにとって、彼女の笑顔が唯一の救いとなったのだ。ソラトは少女の手を取り、孤独の淵から立ち上がる。

 以来、ソラトは彼女とずっと共にいることを誓ったのだ。自分を救ってくれたその手を守り続けることを。

 

「その子が、今もずっと僕が好きな人なんだ」

 

 はにかむソラトに、エリオは何となく分かる気がした。ソラトがスバルを誰よりも大事にする理由が。

 しかし、スバルを絶体絶命の危機に陥れ、ソラトが自身の無力さを思い知ったあの空港火災が起きてしまった。

 

「最初はスバルが無事だって知って、泣いて喜んだよ。けど、彼女の心には他の人が住み着いてしまったんだ」

 

 スバルが語るなのはの英雄譚は、ソラトを次第に苛立たせていった。勿論、スバルを救ったことに関してソラトはなのはに感謝し足りない程だった。だが、好きな女性の心を占めていくなのはに、ソラトは嫉妬心を募らせていた。

 

 

◇◆◇

 

 

 スバルが何度目かの話をした時、遂にソラトの感情は爆発してしまった。

 

「それでね、なのはさんが」

「なのはさんの話はもういいよ!」

 

 ソラトは慌てて口を押さえるが、言ってしまった後にはもう遅い。

 気付けば、スバルは大きく開いた目に涙を浮かべていた。

 

「あ、あれ? 私何で泣いて……」

「ごめんっ!」

 

 ソラトは逃げるように病室を後にする。病院の外で、逃げ出したソラトは木に拳をぶつけながら、スバルと同じように涙を流していた。

 自分の勝手な感情でスバルを傷付けた。自分の弱さが悔しくて、木を殴る手を止めない。

 

「くそっ! くそくそくそっ!」

 

 空港火災の様子をソラトはテレビで見ていた。スバルがそこにいることも知っていた。

 しかし、幼いソラトには今すぐスバルを助けに飛んで行くことは出来ない。ただ、スバルが無事でいることを祈るしかなかった。

 結果、スバルは助かったが命の危険にあったことに変わりはない。更に、彼女を助ける騎士の役目を奪われてしまった。

 

「僕は、強くなりたい……!」

 

 ソラトは弱い自分を殺したい気持ちでいっぱいになっていた。

 嫉妬で好きな人を傷付ける、未熟な自分を変えたい。彼女が憧れた人物よりも強くなって、何時でもスバルを助けられる男になりたい。

 スバルの病室に戻ったソラトは、こっそりと中を覗く。中では、スバルは未だに涙を流していた。

 自分の弱さがが彼女を泣かせた、とソラトは罪悪感を感じていた。しかし、このまま中を覗くだけではいけない。

 

「っ!」

 

 戸が空く音がして、慌ててスバルは涙を拭う。が、相手が誰だか分かると、その手を止めた。

 

「ソラト……!? 手、どうしたの!?」

 

 先程喧嘩別れした少年は、ボロボロの手から血を流して立っていた。端正な顔は涙で汚れ、スバルをじっと見つめている。

 

「スバルごめん! さっきは酷いこと言って」

 

 手のことなんて気にせず、ソラトは震えた声で謝り、頭を下げる。スバルはそんな彼に驚き慌てた。

 

「う、ううん、私の方こそ、折角お見舞いに来てくれたのになのはさんの話ばっかりで」

 

 そこまで言ったところで、スバルの言葉は遮られた。ソラトが抱き付いてきたからだ。

 いきなりのことで、スバルは顔を赤くして驚く。

 

「怖かった……スバルを失うんじゃないかって。また僕の大事な人がいなくなるんじゃないかって」

 

 二度と手放さないように強く、ソラトはスバルを抱き締める。

 今だけは母親を求める子供のように。

 

「僕は……僕が君を守りたかったんだ。それが出来ない弱い自分が嫌で、思わず君に当たったんだ……ごめん、スバル」

 

 思いを吐露し、また泣き出すソラトにスバルはあやすように頭を撫でる。

 

「私も怖かった。ここで死んじゃったら、お父さんにもギン姉にも、ソラトにも会えなくなるって。けど、あの人が教えてくれたの。泣き虫のままじゃダメだって」

 

 スバルは星空を飛ぶ気丈な女性魔導師を思い出す。弱いままでは、自分も大事な人も守れない。だからあの人のように強くなりたい。

 

「一緒に強くなろう、ソラト」

「うん」

 

 泣き虫だった幼い少年は、この日を境に強くなる決心をした。

 ソラトにとって、なのはを超えることは弱い自分から脱却し、改めてスバルを守り通す騎士になることを意味していたのだ。

 

 

◇◆◇

 

 

「意地になってる子供みたいだって、自分でも思う。けど、僕にとっては譲りたくない思いなんだ」

 

 ソラトは話し終えると、照れ臭くなって頭を掻く。

 話を聞いていたエリオは、自分が思っていた以上にソラトの想いが強いことに驚いていた。幼馴染であるスバルを大事に思い、なのはを目標として超えたい理由にも納得がいく。

 

「真っ直ぐすぎることがお前の長所であり、短所だからな」

「うわっ!?」

 

 突如、背後から話しかけられ、ソラトは思わず驚きの声を上げた。

 何時の間にか合流していたエドワードも話を聞いていたらしく、面倒の掛かる弟分にフッと微笑んでいる。

 

「エリオは強くなったら、何がしたい?」

「え?」

 

 今度はソラトがエリオに質問を投げ掛ける。

 強くなったら、その力を何のために使うか。ソラトは当然、スバルの為に使うのだろう。

 では、エリオ自身はどうするのか。ソラトのように、生涯を掛けて守りたいと思える相手はまだいない。

 

「僕は……キャロやフェイトさん、皆を。僕の家族を守りたいです」

 

 けど、大切な家族ならばエリオにもいる。

 全てを失い、人間不信に陥った時に自身を保護してくれたフェイトや、今では公私共に大切なパートナーのキャロ。そして、機動六課の面々も大事な家族ともいえる存在だった。

 もう失いたくないという思いは、エリオもソラトに負けず劣らず抱いていた。

 

「そっか。なら、エリオももっと強くなる。いや、一緒になろう」

「はい!」

 

 2人の若い騎士は拳をぶつけ合う。

 出会ってまだ一週間弱だが、志を同じくし強い絆を結んだのだった。

 なお、その後の教導でなのはに吹っ飛ばされてしまうのだった。彼等が真に強くなるのはまだまだ先の話である。



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第6話 過去のない男と喋る獣人

 機動六課、会議室。そこに珍しく各フォワード分隊の隊長、副隊長が集められていた。

 

「皆に集まってもらったのは他でもない、獣人達のことや」

 

 と、集めた張本人のはやてが口を開く。それと同時に、モニターには今までミッドチルダや他の次元世界に現れた獣人達の記録映像が流れた。中には、六課と交戦した馬獣人やイノシシ獣人の物も含まれている。

 

「今までの獣人は正しく獣、理性のないものばかりやった。けど、先日確認された獣人には理性のあるような仕草がいくつか見られた」

 

 これまでソラトやスバル達が戦った獣人は闘争本能に従って暴れていた。

 だが、つい先日他方で見かけられた獣人は僅かながら言葉を喋ったり、細かな感情を露にしたりと、まるで理性があるように見えたのだ。

 結局逃げられてしまったのだが、発見した部隊からの報告は有力な情報だった。

 

「これで話の出来る相手から、何かしらの情報が聞き出せるね」

 

 フェイトの言う通り、理性があるタイプの獣人なら鹵獲すればこちらにとっての情報源になりうる可能性がある。

 

「そう。んで、奴等の動きには共通点がある」

 

 次にはやてがキーボードを操作すると、映像を流していたモニターにミッドチルダの地図とその上に幾つかのマーカーが現れた。

 

「これまで獣人がミッドに現れた時の図、だね」

「でも、何の共通点があんだ?」

 

 なのはが補足説明をする。だがヴィータが疑問に思う通り、地図上の分布は東西南北バラバラで規則性はないように見える。

 

「でもこうすると……」

 

 ヴィータの疑問に答えるべく、はやてがまたもやボードを操作する。すると、地図上には獣人の出現地点と被るように別のマーカーが映し出された。

 

「恐らく、ロストロギアの反応ですね」

「正解。獣人はロストロギアの反応がある場所に現れとった」

 

 シグナムが答えた通り、新しいマーカーはロストロギアの反応が確認された場所を示していた。今まで獣人の出現地点の近くにはロストロギアがあり、敵はその反応を辿って獣人を送り込んでいたのだ。

 

「じゃ、今後は先回り出来るね」

 

 確かに相手が狙うロストロギアの反応を掴んでいれば、獣人が送り込まれる前に先回りし、対処が可能である。

 今後の対応がスムーズになるとなのはは喜ぶが、はやては首を横に振った。

 

「そうはいかん。反応を出していたロストロギアの種類はバラバラ。中には影響の小さすぎるものまであった」

「手当たり次第って感じだね……」

 

 次に何が狙われるのかが分からなければ先回りが出来ない。捜査は着実に進んでいるものの、未だに少なすぎる共通点になのは達は顔を顰めていた。

 

「連中が狙ってるモンが何か分かってんだろ? 何で先回り出来ねぇんだ?」

「それや。奴等が手当たり次第になっとる理由は」

 

 先回り出来ないという現状に未だ納得が出来ないという風に、ヴィータが口を挟む。

 はやてがまたもやボードを操作すると、モニターには今度はある動物を模った小像が映し出された。

 

「S級ロストロギア、セブン・シンズ。これが奴等の狙い」

 

 映っているのは狐を模ったエメラルドグリーンの像。材質は不明だがまるで宝石のような美しい輝きになのは達も思わず感嘆の声をあげる。

 

「これとは形も色も違うものが、全部で7つある。因みに、これは"強欲(グリード)"。この前何者かに奪われたものや。所有者も行方不明、現場には少量の血とアタッシュケースだけが残ってた」

 

 他の6つの小像はまだ未確認であり、六課や管理局でも調査が続けられている。

 はやての説明に対し、前の持ち主は十中八九死んだのだろうとこの場にいる誰もがそう思った。

 

「セブン・シンズ最大の特徴は、特有の反応にある」

 

 アタッシュケースに入れて持ち運べるほどのサイズに似合わず、セブン・シンズは膨大な量の魔力を有しているため、特殊な反応を放っているのだ。

 

「けど、それを読み取るには当たりハズレが大きくてな」

 

 他のロストロギアの反応によく似ていたり、コロコロと反応が変わったりするため、測定装置が間違えて別のロストロギアの反応をセブン・シンズとして拾ってしまうことがある。

 このことが、獣人が手当たり次第に送り込まれている理由、そして管理局内でもセブン・シンズを調査中である理由なのだ。

 

「確実性が無いから、手当たり次第に調査しないと分からないってことだね」

「その通り」

「めんどくせー」

 

 なのはが現状を理解し纏めると、ヴィータが文句を垂れた。

 いずれにしても、今後はセブン・シンズの捜査に加え獣人の鹵獲という任務が加わることになる。六課隊長陣も一層気を引き締めねばならない。

 

 

◇◆◇

 

 

 一方、本日は教導のないフォワード達は機動六課と協力関係にある陸士108部隊と合同で市街地の警邏に当たっていた。

 

「ギン姉ー!」

「スバルー! ソラトー!」

 

 拠点場所に辿り着くと、紫色の長髪の女性に手を振りながら駆け寄るソラトとスバル。対する女性も2人の知り合いのようで、手を振りながら迎え入れる。

 そう、陸士108部隊にはこの女性――スバルの姉であるギンガ・ナカジマが所属しているのだ。久々の再会にスバルと、幼馴染のソラトは浮かれていた。

 

「久しぶりだな、ギンガ」

「エド、寂しくなかった?」

 

 2人から遅れて、エドワードもまた知り合いのようにギンガへ声を掛ける。エドワードは六課に来る以前、108部隊所属だったので、当然と言えば当然である。

 

「皆も、久しぶりね」

「はい!」

「お元気そうで何よりです」

 

 JS事件時にギンガは六課に出向したことがある為ため、他のフォワード達とも顔見知りである。特にティアナとは六課以前に、スバルの紹介で会ったことがあった。

 

「ところで、エドさんって108部隊ではどんな感じだったんですか?」

 

 警邏任務といっても何も起きなければただのパトロールであり、平和な一時が流れる。そんな中、ふとキャロがエドワードとギンガに尋ねる。

 エドワードはあまり自分のことを語りたがらないし、ギンガとも話せる機会が少ない。よって六課に来る前のエドワードを知るものは兄弟分のスバルとソラトぐらいしかいなかった。

 

「そういえば聞いたことなかったわね」

〔私も、特にギンガとの馴れ初めとか気になるー!〕

 

 そういう訳でティアナや、拠点から通信で話を聞いていた通信士、シャリオ・フィニーノまで便乗する。どうやら先程のかなり親しげな対応から、何かあるのではないかと乙女の勘で察知したのだ。

 年頃の女性はその手の話には敏感だ。きゃいきゃいと話を弾ませる女性陣を、男性であるソラトとエリオは苦笑しながら遠目で眺めている。

 

「え、えー……」

 

 当の本人であるギンガは頬を赤くしながら苦笑し、何から話していいのかと思い返す。一方で、エドワードは自分のことを語られるのが恥ずかしいのか、距離を取って歩いていた。質問攻めに遭っているギンガからすれば逃げた、とも言える。

 

「馴れ初め、か……」

 

 赤面しながら困惑しているギンガを尻目にエドワードは1人、彼女との出会いを思い出していた。

 

 

◇◆◇

 

 

 エドワードの回想は、約9年前にまで遡る。否、それより前には遡れない。

 

 当時、エドワードはミッドチルダ南の辺境の地にあった研究所から、管理局に保護された孤児であった。研究所は管理局の捜査が入る際に内部からの発火で焼け落ち、エドワードは唯一の生き残りだった。だが、ショックが大きかったからか保護された時以前の記憶を失ってしまっていたのだ。

 記憶喪失の少年は救出されてからも、まるで魂の抜け殻のように物静かだった。名前も思い出せず、名無しのままでは不便だったので、少年は辞典を適当に引いて"エドワード・クラウン"と名乗ることにした。

 やがてエドワードは退院して孤児院に迎えられたが、すぐに陸士訓練校に入学した。理由は単純に、自分が何者であるかを探すためである。卒業後は陸士108部隊に配属。狙撃手として実績を積み重ねていき、無名だった少年は三等陸尉にまで成り上がったのだった。しかし、依然としてエドワードの記憶や素性が明らかになることはなかった。

 

 さて、ここからがギンガとの馴れ初めである。

 エドワードがこれまでの功績を認められ、専用のインテリジェントデバイス"ブレイブアサルト"を支給して貰えるようになった際に、彼の上司であるゲンヤ・ナカジマに娘として紹介されたのだった。

 

「ギンガ・ナカジマです。父がお世話になってます」

「エドワード・クラウン。逆に俺がゲンヤさんに世話になっている」

 

 この頃のエドワードは素性の分からぬ自分への負い目からか、無愛想である。同年代の少女にも例外はなく、初対面にも拘らず素っ気ない態度を取ってしまった。

 

「私と同い年なんですってね! 射撃の腕も優秀だとか! ご両親とかは? 局員なの?」

 

 ところが、ギンガはそんなエドワードの態度を気にせず、逆に親しそうに次々と質問を投げかけて来た。

 明るいギンガの性格は初めて見るタイプだったので、エドワードは一瞬戸惑ったがすぐに表情を曇らせ俯く。

 

「……大したことは答えられない。10歳以前の記憶がないんだ。親も恐らく死んでいる」

「えっ!?  ご、ごめんなさい!」

 

 エドワードにとっては、親への情や温もりを知らないので特に気にすることではなかったが、失礼だと知ったギンガの真摯な態度には好感が持てた。エドワードは頭を下げるギンガを一瞥し、ふと湧いた興味を口にすることにした。

 

「気にするな。それより、俺は君の話が聞きたい」

「え、でも……」

 

 エドワードは"家族"という存在がどういうものかを詳しく知らない。だから、同年代から見た家族の話は是非とも聞きたかった。

 しかし、今度はギンガが表情を曇らせる。ギンガにも思う節があるということだろう。エドワードはそれを察したが、絶えぬ興味に負け敢えて頼み込んでみた。

 

「頼む。話しづらい箇所があるのなら、無理しなくていいから」

「……分かった、話せる所だけなら話すわ」

 

 エドワードの熱意に負け、ギンガは父のゲンヤ、そして妹のスバルについて話すことにした。家族3人の楽しい生活の話に、エドワードは珍しく目を輝かせて傾聴していた。

 

「あ、そうだ」

 

 話の途中でギンガが何かに閃いたようで、エドワードは疑問符を浮かべる。

 

「貴方のこと、"エド"って呼んでいい?」

 

 ギンガの発案はエドワードの渾名についてだった。ギンガは新しく出来た友人の、気軽に呼べる愛称が欲しかったのだ。

 他愛のない話だったが、エドワードはまたギンガに驚かされていた。自分に愛称を付けられ、呼ばれることも初めての体験だったのだ。本来"エドワード"という名前も適当に付けたもの。愛着もなかったので、自分がどう呼ばれようと気にはしなかった。

 

「……好きに呼んでくれて構わない」

「これからよろしくね、エド」

 

 だが、"エド"と呼ばれることについては、不思議といい気分がした。

 それから、ギンガとはちょくちょく会う機会があり、自身の近況などを話し合っていた。エドワードにとっては、同年代の話せる相手がいるのは貴重だったのだ。

 現在に至るまで記憶は未だに戻らなかったが、"エドワード・クラウン"としての自分が居られる場所がある。それだけで彼は十分満足であった。募らせていった、自分の気持ちに気付くまでは。

 

 彼が自分の気持ちにはっきりと気付いたのは、6年前の大規模火災の時だった。スバルと同じく、ギンガも巻き込まれてしまっていたのだ。事故の光景を隊舎のテレビで見ていたエドワードは、待機命令も無視して助けに行こうとした。結局他の隊員に止められたが、エドワードは初めて自分の感情を露わにしていたのだ。

 そして、気付いた時にはギンガはエドワードの中で最も大事な人になっていた。

 事件から少し経った後、ギンガは陸士108部隊に配属となった。娘を部隊に引き抜くことが出来て、ゲンヤも嬉しそうにしていたという。

 

「配属おめでとう、ギンガ」

「ありがとう。同じ部隊ね、エド」

 

 108部隊の隊舎裏、エドワードはギンガに祝いの言葉を送った。

 こうして2人きりで話をするのは何度目になるだろうか。エドワードは、またギンガの笑顔が見れることに感謝していた。

 

「少し、話がしたい」

 

 エドワードは周囲に誰もいないことを確認すると、ギンガに向き直った。

 

「ギンガ。俺はお前が好きだ」

 

 急な告白に、ギンガは一瞬笑顔のまま固まった。そしてすぐに、目を丸くして絶叫した。

 エドワードは驚くギンガをしっかり見つめたまま、告白を続けた。普段は表情の読みにくい顔を赤くし腕をプルプルと振るわせており、あの無愛想なエドワードが緊張しているのが分かる。

 

「俺はあの時、怖かった。お前が目の前からいなくなるのが。それで気付いたんだ。俺はお前を失いたくない」

 

 はっきりとした口調で告白するエドワードに、最初は顔を赤くしたギンガだが、次第に暗く悲しい表情に変わっていった。

 

「ごめん、なさい」

「……理由を聞かせてくれるか?」

 

 そして、エドワードの告白を断った。胸元をギュッと握りしめ、辛そうにするギンガに、エドワードはすぐに何か事情があることに気付いた。

 本当にエドワードを好きでないのなら、こんなに辛そうに断りはしない。

 

「私とスバルは、人じゃないの」

「どういうことだ?」

「私達は……戦闘機人(せんとうきじん)、なの」

 

 ギンガが隠していた秘密。それは自分達がただの人間ではないということだった。

 ギンガとスバルは、自身の母親であるクイント・ナカジマによってとある研究所から救出された戦闘機人であった。しかも、何の因果か2人共クイントの遺伝子が使われており、特にギンガは幼い頃のクイントによく似ていた。

 その後、ナカジマ夫妻に養子として引き取られ、そのまま普通の人間として育てられた。しかし、戦闘機人と知れば気味悪がる人間も大勢いる。異形の者と言う事実が、ギンガにとっての負い目だった。

 明かされた事実に、エドワードも流石に驚きを隠せない。

 

「……それだけか?」

「え?」

「それだけが理由なら、俺はお前を諦めない」

 

 しかし、エドワードはしっかりとギンガを見つめていた。

 既に相手がいるとか、自分のことが嫌いだとかなら、エドワードも諦めることが出来た。だが、ただ自分の素性が普通でないことが断る理由なら、エドワードは納得が出来なかった。

 

「で、でも」

「戦闘機人だから人じゃない。それは間違ってる。ギンガは、ギンガ達はちゃんとした人間だ。俺には戦闘機人なんてこと、問題ではない。俺は"ギンガ・ナカジマ"が好きなんだ」

 

 記憶がなく、未だ自分の素性すら分からないエドワードにとって、人間か戦闘機人かなんて些細すぎる問題だったのだ。そんなことではなく、彼はギンガと言う存在そのものを好きになったのだから。

 エドワードは再度、はっきりと告白を口にした。

 

「それとも、過去のない男は嫌か?」

「……ううん、嬉しい! 私もエドが好き!」

 

 ギンガは想いを爆発させ、エドワードに抱きついた。彼はしっかりと受け止め、2人はそのままキスをした。

 守りたい居場所が、愛する人がいる。このことこそ、エドワードが空白の過去を気にせず戦いを続けられる最大の動力源だった。

 

 

◇◆◇

 

 

「と言うことは、エドさんとギンガさんって恋人同士だったんですか!?」

 

 エドワードが回想している途中、衝撃の真実にキャロ達が驚きのあまり叫んでしまった。確かに仲良く見えたが、本当に付き合っていたとは。このことを知っていたスバルは笑顔で頷き、ソラトは苦笑しながらギンガとエドワードの様子を伺っていた。

 そして大声で暴露されてしまったギンガは耳まで顔を真っ赤にしてしまっていた。

 

「それで、告白はどっちからだったんですか?」

「そ、それは……」

 

 恥ずかしい質問をまた繰り返されるギンガに、エドワードがそろそろ助け舟を出そうとする。

 

「っ! 来るぞ!」

 

 その瞬間、何かの気配を察しエドワードが号令を掛ける。恋話で盛り上がっていたフォワード達もすぐに警戒態勢を整える。

 エドワード達から数メートル先の路地から現れたのは、陸戦型のネオガジェット・タイプA。数は十数体程。そして、その背後からはクマの特徴を持つ獣人が控えていた。

 

「あ? 公僕共見つけてどーすんだよ」

 

 言葉を話す辺り、理性がある方だ。丁度いい、そう考えたエドワードがクマ獣人と対峙する。

 

「止まれ。貴様には聞きたいことがある」

「はぁ? こっちには用はねぇよ!」

 

 獣人の合図で、ネオガジェットがエドワードに襲い掛かった。

 

「ブレイブアサルト、セットアップ」

〔Standing by〕

 

 しかし、エドワードは素早く両腕を左腕を上に交差させて前へ突き出し、そのまま右腕を内側へ入れる様に腕を回して胸の前へ持って来る。

 すると、左腕の腕輪が光り出し藍色の帯常魔法陣が現れ、エドワードを包んでネオガジェットの攻撃から守った。

 そして中から赤いシャツの上に、黒地に赤いラインが入ったスーツ、青いズボンの姿になったエドワードが現れた。右手にはライフル型デバイス、ブレイブアサルトが握られている。

 

「抵抗するなら……撃ち墜とす」

 

 エドワードの背後でも、各々のデバイスを起動させたギンガ達がネオガジェットと戦闘を行っていた。

 

「でりゃああああ!!」

 

 抜群のコンビネーションでネオガジェットを次々に破壊していくナカジマ姉妹。

 負けじと、ソラトとエリオの前衛コンビもネオガジェットの軍団を自慢のアームドデバイスの連撃で一掃する。

 離れたところではティアナが援護射撃、キャロは白竜フリードリヒを操り火炎攻撃を仕掛けていた。

 

「くっ、キリがない!」

「こんなに、何処から……」

 

 だが、戦いが長引くにつれて誰もが異変に気付いた。最初は十数機程しかいなかったはずが、倒しても倒してもワラワラと湧いて出てくる。

 

「まさか、転移魔法……何処から!?」

 

 ティアナはこの現状は、自分達の死角から転移魔法で次々と送り込まれているのだと予想した。転移魔法の出所を辿れば、敵の尻尾を掴めるかもしれない。

 

「シャーリー! 近辺で転移魔法が行われていないか調べて!」

〔やってみる!〕

 

 ティアナはシャリオに指示し、転移魔法の地点と敵の魔力反応を探らせた。

 

〔場所は右37度の方角! 魔力は……嘘っ!? 探知出来ない!〕

「えっ!?」

 

 場所は考えていたよりすぐ近くに見つかった。しかし、敵もみすみす探られるようなことはしなかったようだ。探知妨害魔法を掛けており、正体まで探ることが出来なかった。ティアナは苦い顔をしつつ、スバル達に転移魔法の地点を叩くよう指示した。

 ソラト達がネオガジェットと戦っている間、エドワードは付近のネオガジェットを掃討し終え、クマ獣人と睨み合っていた。

 

「言え、ロストロギアは何処だ?」

「こちらが質問をする方だ。貴様等の正体と黒幕、セブン・シンズについて!」

 

 先に質問をしてきたのは獣人だった。武器を向けているのはエドワードの方だが、獣人は余裕そうだ。

 

「なら情報交換ってのはどうだ?」

「情報交換?」

「ああ。ロストロギアの居場所を教えりゃ、俺も知ってることを話してやる。悪い話じゃねぇだろ?」

 

 この近辺にあるロストロギアの場所を教えるだけで、相手の情報を得られる。

 しかし、相手は何故こんな取引を?

 勿論、罠の可能性もある。偽の情報を与え、混乱させることも考えられる。

 

「オラ、どーした? 探すのめんどくせぇから早くしろ」

 

 エドワードは考えていた。あの獣人に理性はあるが知恵があるとは思えない。どちらにしろ、相手を鹵獲すれば情報を得られることに変わりはない。

 

「答えは決まっている……断る!」

 

 エドワードは答えると同時に獣人の頭を狙撃する。だが、動きを読まれていたようでギリギリでかわされてしまう。

 

「チッ、じゃあ食ってやる! 腹も減ってきたしな!」

 

 獣人も臨戦態勢に入る。面倒くさそうな表情から獲物を駆る眼へと変わり、鋭い牙や爪を剥き出しにしてエドワードに襲い掛かった。

 

〔Forte burst〕

 

 獣人の巨体は的として狙いやすかった。エドワードは太い腕を狙い撃ち、獣人の突進攻撃を冷静に避けた。

 ダメージを受ける獣人だが、分厚い毛皮と筋肉で覆われているので深い傷には至らなかった。

 

「モードツー」

〔Shot form〕

 

 エドワードは獣人の後ろに回り込むと、ブレイブアサルトをライフル型から拳銃型に変形させて敵へ連射攻撃を加える。

 

「無駄無駄ァ!」

 

 ライフル型と比べ、拳銃型は扱い易いが一発の威力が下がる。獣人は魔力弾にびくともせず、エドワードに爪を振り下ろす。

 

〔Net bullet〕

「なっ!?」

 

 間一髪、獣人の腕を避けると同時にエドワードは一発を懐に打ち込む。それは普通の魔力弾と違い、命中すると網のように獣人を縛るバインドとなったのだ。バインドに縛られもがく獣人の姿は捕獲寸前の猛獣そのものだった。

 

「貴様ぁぁぁぁ!!」

「終わりだ」

〔Blaster smash〕

 

 カートリッジを2発炸裂させ、藍色に輝く光弾を獣人の口目掛けて放つ。すると、光弾は口の中で巨大な円錐状のポインターへと展開した。

 

「あががが!?」

「ブラスター……」

 

 苦しみ暴れる獣人だが、バインドの所為で動けない。エドワードはトドメを刺すべく、円錐へ飛び蹴りを放った。

 

「スマッシュ!!」

 

 蹴り押されたポインターはドリルのよう回転しながら,獣人の体を口から貫き絶大な魔力ダメージを与える。同時に攻撃をし終えたエドワードはバク転宙返りを決めながら獣人の正面に着地した。

 勿論、今の魔法は非殺傷設定にしており、エドワードは昏倒した獣人を捕獲して敵の情報を聞き出す――はずだった。

 

「ぐあぁぁぁっ!?」

 

 倒れていた獣人の巨体が突如爆散し、油断して近付いたエドワードを吹き飛ばし壁に打ち付ける。

 

「エド! 大丈夫!?」

 

 エドワードが獣人を倒すと同時にネオガジェットの転移も途絶えた。最後の一機を潰し終えたギンガは素早くエドワードに駆け寄る。

 

「あ、あぁ……済まない、情報を手にするチャンスを失ってしまった」

 

 そう答えるエドワードの身体は爆風でボロボロだった。左腕には先程獣人の攻撃をかわした時に受けたらしき、大きな鉤爪の跡が出来ていた。

 

「どういうこと? いえ、それより手当てを!」

「大したことはない」

〔マスター、また病院送りにされたいんですか?〕

 

 ギンガに心配を掛けまいと強がるが、相方のブレイブアサルトにキツい一言を言われてしまい、大人しく手当てを受けるエドワードだった。

 

「……獣人は、体内に爆弾を仕込まれていた。情報漏れを防ぐためだろうがな」

 

 左腕に包帯を巻かれながら、爆死した獣人の様子を皆に話す。

 あの爆発は魔力ダメージによるものではなかった。獣人を生み出した科学者が、敗北して用済みとなった獣人が自分のことを喋らせないために、昏倒した瞬間自爆するよう予めセットしたのだろう。

 

「鹵獲して敵の情報を聞き出すつもりだったが、その暇もなく敵は爆死してしまった」

 

 自爆までは予想出来なかったとはいえ、情報を何1つ聞き出せずに終わってしまった。エドワードは成果を挙げれない自分の不甲斐なさを責めていた。

 

「俺としたことが、みすみす情報を逃す真似を……済まない」

「そんな、エド兄は何も悪くないよ!」

「自爆するなんて分からなかったんだし!」

 

 成果を挙げられなければ、自分に居場所はない。エドワードは昔からこう考える癖があるようで、大きなミスを感じると自己嫌悪に陥る。そんな彼を、弟分と妹分が励ます。

 

「あまり自分を責めないで」

「……ああ、済まない」

 

 包帯を巻き終えたギンガも、エドワードを落ち着けるように頭を撫でる。仲間達の優しい言葉に漸く安堵するエドワードだった。

 

 

 

 だが、彼等はまだ気付いていなかった。敵は既にロストロギアの位置を特定済みだったことを。

 

「クラナガン西、第3ビルか……ふーん、意外と近かったね」

 

 男の呟く声がよく聞こえる程静かな、薄暗い研究室。ロストロギアの居場所を伝えるモニターの明かりを、男の丸い眼鏡が不気味に反射していた。



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第7話 狂気の悪魔

 クマ獣人との戦闘から数日後。鶯色の髪に眼鏡を掛け、白衣を着た女性が機動六課を訪れていた。

 

「マリーさん、待ってました!」

「こんにちは、はやてちゃん」

 

 マリエル・アテンザ。時空管理局本局の技術官であり、はやてを始め六課の様々な人間がお世話になった人物である。

 彼女が六課にやって来た理由は2つあった。まずは戦闘機人であるナカジマ姉妹の健康診断。

 

「で、例の品は?」

「こっちです」

 

 そしてもう1つが、破壊されたネオガジェットの残骸の検査。研究室では自称メカニックデザイナーにして、デバイスの作成・管理を行なえる"デバイスマイスター"の称号を持つシャリオ・フィニーノが簡単な調査を行っていた。

 

「何か分かった?」

「いいえ、さっぱりです」

 

 しかし、そんなシャリオでもネオガジェットの複雑な構造から敵の情報を得るのは難易度が高すぎた。

 

「そっか……しゃあないな」

「面目ないです」

「ええって、そのためにマリエル技官を呼んだんやで?」

 

 肩を落とすシャリオを慰めるはやて。そもそも、フォワード達が破壊した残骸から細かいデータを得るのは至難の技だ。出来なくともシャリオを責めるものはこの場にはいない。

 

「お任せを!」

「お願いします!」

 

 フェイトの補佐官でもあるシャリオは数年前にマリエルとも既に知り合っており、今ではメカニック同士でプチ師弟関係と言える程の仲である。

 やる気充分と言わんばかりに胸を張る師匠マリエルに、弟子シャリオは尊敬の眼差しを向けながら期待していた。

 

 

◇◆◇

 

 

 同時刻、クラナガン西第3ビル。

 ここでは管理局があるロストロギアを調査のために保管していた。故に警備は万全だったのだが。

 

「侵入者は現在17階にいる模様です!」

 

 突如、侵入者が現れたのだ。何処から忍び込んだのかは分からないが、侵入者が入り込んだということで局員達は慌ててその行方を追っていた。

 

「だぁぁぁぁ!? 見つかったぁぁぁぁ!?」

 

 奇声をあげて逃走しているのは、ごく普通の外見の男性。黒い短髪に緑の眼。武器は懐にある拳銃一丁のみ。

 男は曲がり角を曲がると同時に、開いていた部屋に入り身を潜める。外からは局員達の足音がいくつも聞こえ、やがて部屋から離れて廊下を走っていった。

 

「チクショー! 何なんだよ、もう!」

〔落ち着いて、プロフィア〕

 

 追手を巻いたことを確認し、息を上げながら小声で悪態を吐くプロフィアと呼ばれた男。プロフィアが開いた通信相手の男は落ち着くよう促す。

 

「でもよぉドクター! あの大人数じゃ無理だって!」

〔君の任務はロストロギアの正確な居場所に辿り着くこと。戦闘じゃないから平気さ〕

 

 気弱なプロフィアを宥める通信相手。このドクターと呼ばれている男は薄暗い部屋にいるが、白衣を着て眼鏡をかけていることは分かる。

 

〔もっと上の階だ。頑張ってくれたまえ〕

「そんなぁ!?」

 

 通信を一方的に切られ、プロフィアは弱々しい声を上げた。

 実はこのプロフィアという男、ドクターによって生み出された人造魔導師である。

 本来、戦闘用でないプロフィアは侵入任務自体を嫌がっていた。しかし、断れば何をされるか分かったものではない。獣人の実験台にされて死ぬより、いくらか生き延びる可能性のある任務を選んだのだった。

 

「クソッ、やってやらぁ!」

 

 身を潜め、息を整えるとプロフィアは部屋を出てすぐに階段を上り始めた。

 目当てのロストロギアはもっと上の階だ。通常ならエレベーターを使うのだが、そんなことをすればすぐに見つかってしまう。

 乳酸が溜まりパンパンになる足を叩きながらプロフィアは進んだ。自らが生き残るために。

 

 

◇◆◇

 

 

 六課の研究室では、マリエルの手によってネオガジェットの解析が進められていた。

 過去にジェイル・スカリエッティが開発したガジェット・ドローンのデータと照らし合わされつつ、ネオガジェットの正体が徐々に明かされる。そして、分析が始まってから約5時間後。

 

「終わりました」

「どうでした!?」

 

 神妙な表情をしたマリエルからの報告があった。はやてが尋ねると、マリエルはモニターにデータを映した。

 

「これは、JS事件の時のガジェットとほぼ同一のものです」

 

 映し出されたデータ上では、外見だけでなく内部の構造や武装もガジェットとの類似点がいくつも見られた。更に全身の素材や使用されたICチップまでも同一のものが見られたとマリエルは付け加えた。

 

「でも、スカリエッティは!」

「拘置所の中や」

 

 はやての言う通り、ガジェットの開発者であるスカリエッティはJS事件後、現在まで軌道拘置所に拘留中である。当然四六時中監視され、許可もなく外との連絡は取れない。

 事件で稼動していたガジェットの残骸も管理局が全て回収しており、外見はともかく中身までそっくりなものが他人に造れるとは到底思えない。

 

「じゃあ、誰が……」

「スカリエッティのように、プレートに名前も掘ってません。そこで、カメラにあったメモリーデータを解読しました」

 

 マリエルはボードを打ち込み、抽出した映像を出す。映し出されたのは、薄緑色の髪を後ろで結んだ、眼鏡の男性だった。

 

「この男が、犯人……」

 

 はやては映像の男を睨む。映像内の男は、まるでこちらを嘲笑うかのように狂った笑みを浮かべていた。

 

 

◇◆◇

 

 

 プロフィアは未だに階段を上っていた。目的の階は47階。道程は長い。

 

「クソッ、何で俺が……」

 

 いっそ獣人にされた方がマシだったかもしれない。不満と恐怖で押し潰されそうだったが、現在何階にいるか確認した時、プロフィアに希望の光が見えた。

 

「46階……っしゃあ!」

 

 あと1階上れば、任務達成までもう少し。疲れも吹き飛び、プロフィアは意気揚々と残りの会談を上りきり遂に47階まで辿り着いた。

 

「ははっ! やったぜドクター!」

〔おめでとう。目当ての部屋はここだよ〕

 

 上り切ったことを報告するために通信を開くと、ドクターは労いの言葉と共にプロフィアにフロアの図面を送った。

 

「いたぞ!」

 

 と、同時に局員に見つかってしまった。どうやら歓喜の声が大きすぎたらしい。

 

〔じゃ、頑張れ〕

「どわぁぁぁぁ!?」

 

 自業自得とは言え、休む間もなくプロフィアは局員から逃げなくてはならなかった。

 47階では外から脱出することも出来ない。階段やエレベーターも包囲されて、逃げ道はほぼ塞がれていた。

 必死にドクターに転移装置を作動させるよう訴えるが、指定の位置へ行くまでダメだと言われてしまっている。

 

「クソがぁ!」

 

 このままでは捕まるのも時間の問題だ。体力の限界をとっくに超えているプロフィアは遂に自棄になり、ドクターから渡された拳銃を構えるが、撃つより先に射撃魔法を放たれ弾き落とされてしまう。

 

「ひっ!?」

「ここまでだな」

 

 唯一所持していた武器を簡単に失い怯むプロフィア。更に、焦ってある部屋の中に入り込んでしまったために、あっさりと包囲されていた。

 8人の局員が杖を向けている。背後には壁。出入口は遥か遠く。武器も失くし、本格的に抵抗手段がなくなった。

 

〔よくやったね〕

 

 プロフィアが観念して両手を挙げようとしたその時、ドクターからの通信が聞こえた。彼はこの状況で唯一、運のいいことに指定された部屋に到達していたのだ。

 

「……マジ? ハハッ! やったー!」

 

 ドクターの言葉を聞き、さっきまで怯えていたプロフィアの顔が一気に喜びの表情に変化する。

 

「貴様! 今のは誰なんだ!?」

「お前等なんかに俺が捕まるかっての!」

〔もっと後ろに寄るんだ〕

 

 挑発するプロフィアに、ドクターが指示を下す。プロフィアが後ろに下がり壁に背中を付けると、彼等が使う転移魔法の特有の緑色の光が足元に現れる。

 プロフィアは勝利を確信し、その光に包まれた。

 

 

 次の瞬間、ビルの中で小さな爆発が起きた。

 

 

◇◆◇

 

 

 はやては衛生軌道拘置所へ足を運んでいた。

 ネオガジェットが何故ガジェットに似ているのか、そしてメモリーに映っていた男は誰なのか。スカリエッティなら知っているかもしれないからだ。

 

「やぁ。一体何の用かな」

 

 手枷を嵌め、監獄の中にいるにも関わらず不遜な笑みでこちらを見るジェイル・スカリエッティに、はやての緊張が増す。

 

「貴方の事件とは別件で、聞きたいことがあります」

「ふむ、内容によるね」

「……この男を知っているでしょうか」

 

 はやてはスカリエッティに例の映像を見せた。すると、スカリエッティは笑いながら答えた。

 

「クククッ、ああ。知っている。彼は私の同志だ。あの祭の時も協力してくれた」

 

 何と、あの男はJS事件にも関わっていたのだ。衝撃の事実に息を呑むはやて。

 

「では、ネオガジェットは」

「私が与えたガジェットのデータを独自に改良したのだろう」

 

 この話が事実ならば、相手はかなり危険で高度な科学力を持つ犯罪者だ。更にスカリエッティは懐かしそうに話を続けた。

 

「彼もまた優秀な科学者だった。私の知る技術を悉く吸収して行ったよ……少々、命の価値を安く見ていたがね」

「……もっと詳しく聞かせてもらえますか?」

「それは残念だが、無理だ。私も彼についてはそれほど詳しくない。彼の素性なんて興味もなかったしね」

 

 はやては僅かな希望を感じたが、スカリエッティは表情を変えずに淡々と答えた。

 

「せめて、名前だけでも教えてもらえないでしょうか?」

「ああ、男の名は……マルバス・マラネロだ」

 

 ネオガジェットや獣人を生み出し、"セブン・シンズ"を狙う謎の科学者の存在。その正体はJS事件の共謀者であり、スカリエッティの技術を受け継いだ人物であること。

 そして、彼の名前だけが今回得られた数少ない情報だった。

 

 

◇◆◇

 

 

 何が起きたのか、局員達は理解出来なかった。

 ただ分かったのは、目の前で追い詰めていた男が爆発したのだ。黒い爆煙と肉が焼けた匂いが周囲を包む。爆風と飛び散った肉片を受けて何人も目や耳を負傷。重傷を負った者もいる。死者が出たかもしれない。

 

「な、何が……」

 

 フロアを警護していたグループの隊長や、比較的軽傷だった局員達が周囲を警戒する。

 

「やぁ」

 

 1人の男が煙の中を歩いてくる。その声は、先程の通信のものと同一だった。薄緑色の髪を後ろで結び、牛乳瓶の底のような丸い眼鏡を掛けた白衣の男性は飄々とした態度でゆっくりと迫ってきた。

 プロフィアとのやり取りから推測をすると、爆発させたのはこの男のようだ。ロストロギアがある部屋の()()()()へと誘導したのは、プロフィアの自爆で壁に穴を開けるためだったのだ。

 

「止まれ! 何者だ!?」

 

 この男は人間、それも仲間を1人爆発させて置きながら、全く気にした素振りを見せない。

 危険性を感じた隊長が杖を向けると、男はふと立ち止まり右腕を挙げた。

 

「まぁまぁ、諸君落ち着いて。この手に注目してくれたまえ」

 

 ヒラヒラと右手を見せる。何も持っていないことは明らかだ。ここまでやっておいて、今更降伏の意思でも見せているつもりなのだろうか?

 だが数瞬後には、隊長の隣にいた男性局員の額にナイフが突き刺さっていた。

 男性局員は即死。急な攻撃と仲間の死に隊員達は混乱する。どうやら、至近距離から突然の自爆テロに前後不覚に陥った局員へ対し右手に注目を集めながら、男は左手でナイフを投げていたのだ。

 

「き、貴様ぁぁぁぁっ!」

「落ち着けと言ったはずだけどねぇ」

 

 激昂して杖を構える隊長を嘲笑いながら、白衣の袖からナイフを出して投げる。

 投げナイフは隊長の手に刺さり、激痛で杖を落としてしまう。次いで、動ける隊員達の頭や胸、腕にもナイフを投合して戦闘不能にしていく。

 ひ弱そうな外見に似合わずナイフは的確に命中し、全ての隊員にナイフを投げ終えて自分に抵抗するものがいなくなると、男は倒した局員達に目もくれずに穴の開いた壁へと歩き出し、ロストロギアを手に取って確認した。

 

「ふむ……これもハズレか」

 

 セブン・シンズの1つではないことが分かると、興味を失くしたかのようにロストロギアをその場に捨て、口笛を吹きながら周囲に何かを仕掛けだした。

 しかし隊長が無事な方の手で杖を構えると白衣の男は再びナイフを、今度は手と両足に投げて刺し行動不能にさせる。

 

「ぎゃああああっ!? クソッ! この悪魔がっ!」

 

 仲間を殺されて怒りを顕にする隊長。体を這わせながら、白衣の男を睨みつけて吼える。

 そんな隊長に対し男は首を傾げながら近付く。

 

「悪魔、ねぇ……君は本当の悪魔を見たことがあるかい?」

 

 隊長の言葉に男が答える。広い次元世界、悪魔と呼ばれる種族もいるかもしれない。しかし、隊長は本当の悪魔と呼べるものを見たことがなく首を横に振った。

 すると、白衣の男はニッと笑って言い放った。

 

「奇遇だね。私もないよ」

 

 そして、また口笛を吹きながら現れた位置へ移動。緑色の光に包まれて消えた。

 その数分後、47階で更に巨大な爆発が発生。柱に爆弾を仕掛けられたようで、上の階に潰されるようにフロアは倒壊した。その場にいた局員達は当然死亡、ビルにいた人間からも何十人も負傷者を出した。

 

 

◇◆◇

 

 

 数日後、奇跡的に残った監視カメラの映像を六課フォワード陣が見ていた。

 ネオガジェットのメモリーに移っていたのと同じ人物が局員を何人も殺し、平然と逃走している。

 

「酷い……」

 

 ショッキングな映像に怒りを覚えるソラト。他のメンバーも言葉を失い、特にキャロは口を覆って泣きそうになっている。

 そんな中、エドワードは冷静に分析していた。

 

(この声、聞いたことがある……?)

 

 JS事件の"聖王のゆりかご"が浮上した時、ガジェットとの戦闘中のことを思い返すエドワード。丁度ギンガが救出された頃に、マラネロの声を聞いたかもしれなかったのだ。

 

〔ファースト以外は、潰せ〕

「ターゲット……タイプ・ゼロ……ファースト。ホカハ……ハイジョ……」

 

 と、謎の音声がガジェットから聞こえたのだ。そして一部のガジェットがギンガのいる場所まで襲撃を開始しようとした。幸い、それからすぐにゆりかごが墜ちたため、故障か何かかと気にされることはなかった。

 だが、もしそれがマラネロがガジェットを改造し極秘に命令を与えていたのならば、あの時のようにタイプゼロと呼ばれるギンガとスバルが狙われる可能性がある。

 

「目的は分からないが……スバル、用心した方がいい」

「う、うん」

「大丈夫! スバルは僕が守る!」

 

 変わらぬ真っ直ぐな眼でエドワードを見るソラト。スバルが関わることに対してはソラトの真面目さと熱心さで右に出るものはまずいないであろう。

 

「ありがとう、ソラト」

 

 いつもの甘々空間を作り出す2人に苦笑しつつ、この心配が杞憂に終わることを願うエドワードであった。



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第8話 雷達の休日

 ミッドチルダの首都"クラナガン"にある次元港。今日も臨行次元船は平常運転で、港内は多くの渡航客で溢れている。

 

「では、行ってきます」

 

 エリオ・モンディアルとキャロ・ル・ルシエ、六課ライトニング分隊のフォワード2人も本日は久々の休暇を取り、次元旅行へ向かおうとしていた。

 この旅行を計画したのは2人の保護責任者であるフェイトだった。原因は数週間前起きた、クラナガン西第3ビルでの爆破テロ。

 奇跡的に残った事件時の映像があまりにも残酷なものだったため、精神的にまだ幼いキャロはかなりのショックを受けてしまっていた。なので、少しでも精神を回復させるためにも旅行に行くよう勧めたのである。

 

「2人共忘れ物はない? 着いたら連絡入れてね?」

「だ、大丈夫ですよ」

「お土産持って帰りますね」

 

 見送りに来ていたフェイトは最後まで心配していた。過保護気味な保護者兼上司に苦笑しつつ、2人は臨行次元船に向かっていった。

 

「大丈夫かな……?」

「フェイトさんは心配しすぎですよ~」

 

 同伴していたシャリオも不安気な上司に思わず苦笑いである。結局、フェイトはエリオとキャロが見えなくなるまで見送っていた。

 2人の行き先は、共通の友人であるルーテシア・アルピーノが住んでいる無人世界"カルナージ"だ。

 ルーテシアは複雑な事情があってJ・S事件ではスカリエッティに協力し、エリオ達と敵対していた。事件解決後は和解し、現在まで交友関係を保っている。

 

「ルーと会うのも久々だよね、キャロ」

「うん! 楽しみ!」

「キュクル~」

 

 文通こそしていたが、直に会うのは1年ぶりくらいだ。鞄の中のフリードリヒも楽しみそうに鳴いた。

 2人と1匹は友人との再会に、期待で胸を膨らませていた。

 

 

◇◆◇

 

 

 一方、機動六課では残りのフォワード達がなのはと模擬戦を行うことになっていた。

 

「でりゃああぁぁぁぁっ!」

 

 まずは新メンバーの2人からである。

 なのはを超えるべき目標と据えるソラトが大剣を振りかざし、突っ込んでいく。なのははソラトの攻撃を防御魔法で防ぎ、カウンターとして得意の射撃魔法、アクセルシューターを数発放つ。

 

「エド兄、お願い!」

「ああ!」

 

 だが、物陰からの射撃でシューターは打ち落とされてしまう。同時にソラトはなのはから距離を取り、構えなおす。

 前回の模擬戦では、ソラトは一対一で倒すことに拘りすぎたため、無茶な特攻を仕掛けて簡単にいなされてしまった。今回ではそれを反省し、エドワードと連携を取って自分に出来る範囲で攻め込んでいる。

 

(戦い方、上手くなったなぁ)

 

 なのははソラトの進歩の仕方に目を見張っていた。以前のような功を焦ったスタンドプレーではなく、後ろのエドワードの存在も気に掛け、冷静にこちらの動きにも対処している。

 鋭い接近戦で追い詰めるソラトと、後方支援をしつつ精密射撃で相手の隙を狙うエドワードは組んでいた時期の長さもあり、抜群のコンビネーションを発揮していた。

 

「ソラト、フォーメーションNDだ」

「分かった!」

 

 エドワードの指示に従い、ソラトは後ろに下がり魔力カートリッジをロード。大技を決めるつもりなのだろう。

 更に、魔力を練っている間隙だらけのソラトをカバーするように藍色の魔力弾が次々と放たれる。この魔力弾の中には当たると網状のバインドを展開するものも含まれており、フォーメーションの意図はバインド弾で動きを止めた後にソラトの砲撃魔法で一網打尽にするというものであった。

 因みにNDとは、2人の魔法"ネットバレット"と"ディバインバスター"の頭文字である。

 

「行きますよ、なのはさん!」

「うん! 全力全開で!」

 

 なのははこれからの2人の成長が楽しみになると共に、魔力弾を対処しつつこちらも砲撃魔法で迎え撃つ準備をした。

 

「ソラトー! 頑張れー!」

「お互いの隙を知り尽くした上での連携プレーね」

 

 なのは達が戦っている地点から離れた場所では、次の模擬戦を控えたスターズの2人が観戦していた。激しく戦う幼馴染にエールを贈るスバルを他所に、ティアナはエドワードが考えたであろう戦法を冷静に分析していた。

 

「善戦してるな」

 

 スバル達とはまた別の場所。練習試合とはいえ、激戦を繰り広げているフォワード達の様子を見に来たのは、両分隊の副隊長。ソラト達の戦いぶりにシグナムは感心していた。

 

「当然だ。アタシとなのはが鍛えてんだからな」

 

 その隣では、フォワード達の教官でもあるヴィータが胸を張っている。

 

「でも、アタシからするとまだまだだな」

「中々厳しいんだな、ヴィータ教官」

 

 教え子を褒められ、照れ隠しなのかツンとした態度をとるヴィータに、シグナムはフッと静かに微笑むのであった。

 

 

◇◆◇

 

 

 クラナガンを発って4時間後、エリオとキャロはカルナージに到着した。

 次元港を出ると、黒い体に紫のマフラーを着けた怪人が2人を出迎えた。

 

「ガリュー! 久しぶり!」

 

 エリオが親しげに声を掛けると、"ガリュー"と呼ばれた怪人は軽くお辞儀をした。

 ガリューはルーテシアの召喚虫であり、自律行動を許される程信頼を受けている。自身も言葉は喋れないが、礼儀正しい性格でルーテシアやその母、メガーヌの手伝いをよくしている。

 

「キュクル~」

 

 フリードリヒも懐いているようで、鞄から出るとガリューの肩に止まった。

 

 ガリューの案内でアルピーノ家に向かう。山道を暫く歩くと、無人世界の大自然の中に一軒の家が見えてきた。その前では、紫髪の綺麗な女性が花壇に水をやっていた。

 

「あら、エリオ君にキャロちゃん。いらっしゃい」

「こんにちは、メガーヌさん」

「お世話になります」

 

 2人が来たことに気付くと、優しい笑顔で迎え入れる。彼女がルーテシアの母、メガーヌである。

 彼女はある事情からJS事件でスカリエッティにその身を捕えられており、管理局によって救出された直後は車椅子での生活を余儀なくされたが、現在では普通に歩けるまで回復した。

 

「エリオ、キャロ」

 

 そして、家の中からメガーヌを幼くした感じの大人しそうな少女が出て来た。彼女こそ2人の友人、ルーテシア・アルピーノだ。

 

「ルー!」

「久しぶり、ルーちゃん!」

 

 再会を喜ぶ3人。しかし、キャロは若干笑顔が引きつっていた。

 理由は彼女達の身長差にあった。成長期の男子であるエリオはともかく、ルーテシアにも軽く負けている。

 

「エリオは大きくなった。キャロは……あまり変わらない」

「はうっ!? ま、まだ伸びるもん!」

 

 コンプレックスをルーテシアに静かに笑われ、ショックを受けるキャロであった。

 部屋に案内してもらい荷物を降ろすと、テラスにてメガーヌが淹れた紅茶を飲みながらエリオとキャロ今まで起こった事件について話す。

 

「獣人にマラネロ……」

「何か思い出せる?」

「ううん……」

 

 エリオの問いかけに首を横に振るルーテシア。スカリエッティの元に長くいたルーテシアも、マラネロについては全く知らなかった。

 

「ごめん、力になれなくて……」

「気にしないで、ルーちゃん」

 

 落ち込むルーテシアをキャロが励ます。JS事件時はルーテシアもマラネロもスカリエッティの協力者という立場だったので、面識がないのは仕方ないことである。

 

「奴等はロストロギアなら無差別に狙ってきます。ここにはロストロギアはないから安全ですが……」

「大丈夫よ。ガリューやルーテシアのお友達もいるし」

 

 メガーヌの言葉にガリューが頷く。ルーテシアのお友達というのは、小型の召喚虫のインゼクトやこの世界の虫達だろう。

 魔力制限により地雷王や白天王等の大型の虫は召喚できないが、彼女の虫と心を通わせる能力は健在だ。

 

「はい。僕達も早くマラネロ達を捕まえます」

「頑張って、エリオ」

 

 エリオに優しく微笑むルーテシア。JS事件時のルーテシアは感情が希薄でほぼ無表情だったが、最近は段々と喜怒哀楽を表情に出せるようになってきた。

 エリオと2人、笑いあう姿は同年代ということもあり、仲のいい恋人同士にも見える。

 だが、このいい雰囲気がキャロの中の何かを揺さ振った。

 

 

◇◆◇

 

 

 模擬戦を終え、ティアナは木陰で休憩をしていた。因みに勝負の結果はどの分隊も全滅による敗北であった。

 しかしながら、旧六課時代ではスターズとライトニングのフォワード4人でなのは1人と戦うのがやっとだったことを考えれば、スバルと2人で相手取れたので十分進歩したといえる。

 

「お疲れさん」

 

 そこへ六課のヘリパイロット、ヴァイス・グランセニックがドリンクを持ってやってきた。

 ヴァイスは現在武装隊にも狙撃手として所属しており、エースとしての腕前を持っている。そのため、同じ射撃タイプの後輩のティアナのことを何かと気にしていた。

 

「ありがとうございます」

「で、執務官勉強の方の調子はどうだ?」

 

 差し出されたドリンクを受け取るティアナに、ヴァイスが気に掛けたもう1つのこと。彼女の目標は執務官であり、そのための勉強も仕事の合間にこなしているのだ。

 

「ええ、フェイトさんがよく教えてくれるので」

「そりゃ結構だ……が、トレーニングも疎かにすんじゃねぇぞ?」

 

 現役執務官のフェイトの教えはティアナにとって非常にありがたいものだった。

 しかし、フェイトですら執務官試験に2度も落ちていることから、やはり一筋縄ではいかないのだろう。

 また、執務官はデスクワークが多くなってしまいがちで、どうしても体力が落ちてしまう。ヴァイスの見立ては正確で、実際にティアナはバテるのが少し速くなっていた。

 

「わ、分かってますよ」

 

 問題点を的確に突かれ、焦ってしまうティアナ。しかし、それだけヴァイスが自分のことを気に掛けてくれていると思い、何故か嬉しくもなるのであった。

 

 

◇◆◇

 

 

 ティータイムを終え、エリオ達はルーテシアの提案で野草を摘みに行くことにした。

 

「この辺りのハーブはいい香りがするのよ~」

 

 と言い、メガーヌはエリオに巨大な籠を渡した。ガリューも行くようで、既に籠を背負っていた。怪人が野草摘み用の籠を背負っているという聊かシュールな光景が広がっているなぁ、とエリオは考えていた。

 

「ルーちゃん、どっちが多く採れるか競争しよう?」

「面白い……受けて立つ」

 

 そして、隣ではキャロとルーテシアが火花を散らせていた。仲のいい2人だが、好敵手意識は少なからずあるようだ。

 

「勝ったらエリオとデート」

「ええっ!?」

「いいよ!」

「よくないよっ!?」

 

 勝手に賞品にされ、戸惑うエリオを余所に2人の少女は盛り上がっていた。

 

「あらあら」

「どうしてこんなことに……」

 

 娘達のやりとりを微笑ましく見守るメガーヌ。1人状況が全く理解出来ない内に話が進んでしまい、エリオは困惑した。

 そんなエリオを不憫に思ったのか、励ますように肩を優しく叩くガリューであった。

 

 森に入ると、3人と2匹はそれぞれ分かれて野草を摘みに行った。

 

「この勝負……もらった」

 

 キャロとの対決は、この周辺のことをよく知るルーテシアが有利だった。薬草の種類も把握しており、次から次へと順調に集めていく。

 

「これは……あっ、こんなのもあるんだ~」

 

 しかし、キャロも自然保護隊に所属していた時の知恵があり、負けていない。生えている薬草と自身の知識を照らし合わせ、こちらも支障なく採集していった。

 

「ガリュー、これは大丈夫かな?」

 

 ただ1人、エリオは野草の知識に乏しいので薬草集めに慣れているガリューに聞きながら採っていた。言葉を喋れないガリューだが、首を縦か横に振ることで意思疎通を図っている。また、キャロの相棒のフリードリヒもエリオに協力していた。

 後々、「ガリューやフリードリヒのようにエリオに教えながら摘んだ方が好感度も上がってよかったのでは?」と、キャロとルーテシアは後悔することになったとか。

 

「大分溜まってきたなぁ……あっ!」

 

 そろそろ籠の半分くらい摘んだ時、キャロはある光景を見つけた。

 

「この辺は無人だから狩り放題だな」

「管理局が来る前に早く済ませちまおう」

 

 森の中、しかも無人世界に似合わぬ怪しげな2人組の男達が話し合っていたのだ。小太りの男は捕獲用の機械の点検をしているようで、もう1人の背の高い方の男は質量兵器である猟銃を担いでいる。この男達が密猟者であるとキャロはすぐに察した。

 このような自然豊かな世界には珍しい動物が数多く存在する。それ等を捕獲し、高値で売ろうという者が後を絶たないのだ。管理局によって自然保護区域に指定されているにも関わらず、密猟者はやってくる。このカルナージも例外ではかった。

 

「どうしよう、フリードはエリオ君と一緒だし……」

 

 いつも連れているはずのフリードリヒも今はエリオに付いている。質量兵器を持った密猟者達を後方支援担当のキャロ1人で相手にするのは難しい。だが、召喚魔法を使えば相手に気付かれる可能性が非常に高い。

 

「とにかく、エリオ君に連絡しなきゃ……」

「キャロ?」

 

 草陰に隠れ、気付かれないよう静かにエリオへ連絡しようとするキャロ。丁度その時、何も知らないルーテシアがやって来てしまった。

 

「ルーちゃん、しーっ!」

「?」

「誰かいんのか!?」

 

 慌ててルーテシアを草陰に引き込むが、彼女の声に密猟者が気付いてしまった。

 

「管理局です! 武器を置いて大人しくしてください!」

 

 気付かれたからには仕方がない。キャロは密猟者の前に現れ、管理局員の証を見せた。

 

「なっ!? って、ガキじゃねぇか」

 

 時空管理局と聞き慌てる男達。しかし、キャロを子供と見てすぐに焦りから小馬鹿にする態度へと変わる。

 

「子供でも局員です!」

「甘く見ないほうがいい」

 

 状況を把握したルーテシアもキャロに加わり、2対2となる。

 

「へっ、罠の中だってのに偉そうだな!」

 

 小太りの密猟者は手に持っていたリモコンを押した。すると、キャロ達がデバイスを起動させるよりも先に周囲に仕込んであった機械が作動する。

 

「これは!?」

「まさか……!」

 

 機械は周囲に特殊なフィールドを張り巡らせているようだった。2人はこの体に走る違和感に覚えがあった。まるで内側から力を奪われるような感じ。

 

「どうだよ? AMFの感じは?」

「へへっ、あの怪しい科学者から高い金出して買った甲斐があったな」

 

 そう、密猟者の仕掛けた罠はガジェット達に装備されているAMFの発生装置だったのだ。密猟者達の発言から察すると、例の科学者マラネロから買ったものの可能性が高い。

 不意打ちによりデバイス起動すら行えなくなってしまった2人に、背の高い密猟者は猟銃を向けた。

 

「大人しくするのはそっちだったな、局員のお嬢ちゃん達」

 

 銃口を向けられ、身動きの取れないキャロ達を小太りの男が縄で手首と足を縛り上げる。

 

「へへっ、コイツ等まだガキだけど中々上物だぜ」

 

 薄汚い笑みを浮かべてキャロとルーテシアを見る密猟者。どうやら2人も売り飛ばす気でいるようだ。

 

「そうだな。だが、売る前にコイツ等には吐いてもらうことがある」

 

 猟銃を持った密猟者がキャロの綺麗な桃色の髪を掴み、顔を近付ける。

 周りに無精髭を生やした口元が醜い笑みを浮かべ、思わずキャロは嫌悪感を覚え眼を背けた。

 

「まだ仲間がいるんだろ? ソイツの居場所を吐け」

 

 無人地帯を局員が2人、しかも少女のみが見回っているはずもない。他にも仲間の局員がいるであろうことは明白だった。

 勿論、キャロもルーテシアもエリオを危険な目に晒すようなことはしない。小さな口を

への字に曲げ、断固として喋ることを拒否した。

 

 キャロ達から十数メートル離れた草叢の影、エリオは密猟者達を見張りつつ2人を救出する策を考えていた。

 現在エリオがいる位置はAMFの範囲外だが、キャロに猟銃を向けられている今は下手に動くことが出来ない。

 

「キュク~……」

 

 主人のピンチにフリードリヒが悲しそうに鳴く。エリオは安心させるようにフリードリヒの頭を優しく撫で、何かを待つように現場を睨んでいた。

 その一方で、エリオと一緒にいたはずのガリューが気配を消しつつ、着実にAMF発生装置を壊していく。マフラーを靡かせ、木岐を渡って機械を破壊していく様は、まるで特撮のヒーローのようだ。

 AMFの発生装置が壊れされていることに、魔力器官"リンカーコア"を持つキャロとルーテシアは気付いていたが、魔法を扱うことの出来ない密猟者達は気付かない。ガリューは順調に次の装置へと飛び掛かる。

 だが、装置の真横に野兎が飛び出し、ガリューは慌てて攻撃を逸らす。間一髪、野兎は無傷だったが今ので大きな音を立ててしまった。

 

「何だ今の音は!?」

「オイ!? 煙が上がってるぞ!?」

 

 ガリューは野兎を逃がしてから機械を破壊するが、時既に遅し。

 密猟者達はガリューの物音、更に設置しているはず場所から上がっている煙から、何者かによってAMF発生装置を壊されていることに気付いた。

 

「チッ! いつの間に!?」

「ダメだ、リモコンも利きやしねぇ!」

 

 突然の事態に驚く密猟者達。しかし、装置はまだ全てが破壊されたわけではなく、猟銃もキャロに向けられたままだ。

 

「余計な真似しやがって!」

「キャロ!!」

 

 計画を狂わされて怒った背の高い密猟者が、キャロを殺そうと猟銃を構える。焦ったルーテシアが叫び、キャロは恐怖に目を瞑る。

 一瞬、脳裏に映ったのは赤毛の少年の姿。そして、乾いた銃声が森の中に響いた。

 

「大丈夫? 2人共」

 

 しかし、銃弾はキャロに届くことはなかった。代わりに、目の前に現れた少年は特徴的な赤毛と白い上着を風に揺らし、電光を纏わせた青い槍を構えている。

 間一髪、エリオが自身のアームドデバイス"ストラーダ"で猟銃を斬り裂き、弾道を逸らしたのだ。

 

「エリオ君!」

「エリオ!」

「フリード、2人の縄をお願い」

「キュクル~!」

 

 助けに来てくれた槍騎士に歓喜の声をあげるキャロとルーテシア。そこへ、遅れてやってきたフリードリヒがキャロ達を縛っている縄を噛み千切ろうとする。

 エリオは2人の無事を確認すると表情を一変し、密猟者達を睨む。

 

「自然保護法違反、質量兵器の無断所持、公務執行妨害……そして、2人を傷付けようとした罪で、お前達を逮捕する!」

 

 普段は温厚なエリオの怒りが珍しく爆発していた。ストラーダを振り回して構え直し、卑劣な密猟者達へ激昂する。

 

「やれるモンならやってみろ!」

 

 使い物にならなくなった猟銃を捨て、今度は拳銃を乱射する密猟者。

 

〔Sonic move〕

 

 しかし、電気を帯びた高速移動でことごとく躱していく。AMFへの対処法はガジェットとの戦闘で既に慣れていた。

 フィールド外で魔力を結合させておけば内部に入っても魔法が多少使えるが、行動にも制限時間が生じる。エリオは素早く終わらせることにした。

 

「はぁっ!」

 

 高速移動をしたまま槍の柄で拳銃を叩き落とし、背の高い密猟者の背後に回り込むと強く蹴り上げる。

 

「ぐぁっ!?」

「まだまだぁ!」

 

 続いて前方に回り込み、その速度のまま蹴り飛ばした密猟者より高く飛び上がる。

 

「紫電一閃!!」

 

 そして、雷を纏った拳を密猟者の腹に容赦なく叩き込んだ。鍛えられた怒りの一撃に加え、雷のダメージもあり、密猟者は苦しみながら意識を手放した。

 残った小太りの密猟者も逃げようとしていたところを、AMF発生装置を破壊し終えたガリューによって捕らえられた。

 その後、逮捕された密猟者はエリオ達の通報を受けた局員によって連行された。幸いにも被害はなく、これにて一件落着である。

 

「エリオ君、さっきはありがとう」

「あ、うん……」

 

 キャロは先程のエリオの活躍を思い出し、改めてお礼を言った。その姿は囚われの姫を助ける騎士のようで、格好良さに思わず頬を染めてしまう。エリオもまた、急に照れ臭くなり顔を赤くしてしまった。

 

「さぁ、帰ろう?」

「え? ちょ、ルー!?」

 

 そんないいムードを壊すように、ルーテシアがエリオの腕を引っ張って行った。彼女も囚われの姫の位置にいたはずだが、美味しい役目をキャロに取られて不満であった。

 

「む~、エリオ君待ってよ!」

 

 負けじとキャロも空いている腕に抱き付く。この3人の関係に決着が着くのは、まだまだ先のようだ。ガリューとフリードリヒは肩を竦めながら3人の後に続いた。

 因みに、野草摘みはガリューとフリードリヒのアシストがあったエリオが勝ったそうだ。



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第9話 教会騎士

 それは、昼前の静かな時間に突然やってきた。

 

「見学?」

〔そうなんです。前々から六課に興味があったみたいで……〕

 

 部隊長室にて、はやては聖王教会のシスター"シャッハ・ヌエラ"と通信をしていた。内容はどうやら、教会騎士の1人が機動六課を見学したいとのことだ。

 

〔迷惑でしたら引き止めますが〕

「んー、別に構いませんよ」

 

 ここ数日は特に目立った事件も起きていなく、見学ぐらいならと思ったはやては快く了承した。

 

〔ありがとうございます。実は、既にそちらの近くに行ったみたいなんですよ〕

「ぶっ!?」

 

 シャッハの言葉にはやては飲んでいたお茶で噎せてしまった。いくら了承したとはいえ、今すぐにこちらに来るとは思っていなかったのだ。

 

〔すみません。悪い人間じゃないんですが、少々勝手な所がありまして〕

「ま、まぁ早い方がええ時もありますしな。ハハハ……」

 

 苦笑いしながら、真面目なシャッハをフォローするはやてであった。その人物が六課を訪れたのは、この会話から僅か1時間後となる。

 

 

◇◆◇

 

 

 一方、朝の訓練を終えたフォワード6人は昼食を取るため、六課の食堂へ足を運んでいた。

 

「もうお腹ペコペコだよ~」

 

 大食いであるスバルが笑いながら言う。実際、スバルとエリオの食事量は常人を超える。

 ティアナとキャロは前衛組はカロリー消費が激しいからよく食べるのだと思い込んでいたが、同じ前衛組のソラトが一般的な食事量であったことから、やはりこの2人特有のものだと判明した。

 

「あはは、今日は僕が奢るよ」

「え、いいの? ありがと~!」

 

 彼氏であるソラトの心遣いに感極まり、スバルは人目を気にせず抱き付く。

 

「あー、はいはい。イチャつくのは2人きりの時にしなさい」

 

 2人のラブラブオーラを鬱陶しく思ったティアナが間に割って入る。誰かが止めなければ、この2人はずっとイチャイチャしていただろう。

 

「あれ? 羽根?」

 

 食堂に着くと、エリオが何かに気付いた。それは床に落ちている白い羽根だった。よく見ると、食堂中に同じ羽根が宙を舞っている。

 

「あ、誰かいますよ」

 

 キャロの言う通り、明らかに六課のメンバーではない人物が食堂で優雅に寛いでいた。白い羽根に似合う、白鳥のような白髪に白い騎士服を着ている。

 白い外見や偉そうな風貌は何処かの特撮ヒーロー物で見かける怪人と似ているところがあるが、早朝から訓練に励むソラト達は当然それを知らない。

 着ている服装からも、時空管理局の局員ですらないことが伺える。どうやら白い羽根はこの人物が舞わせていたようだ。

 

「あの~、どちら様でしょうか?」

 

 食堂といえど、六課に部外者は入ってはいけない。だが本当に部外者ならば、警備員が入り口で引き止めているはずだ。

 素性の知れない人物に、恐る恐るソラトが尋ねてみた。

 

「む、お前はここの者か」

 

 その人物はリラックスした態度を崩さず、上から目線で反応した。

 

「は、はぁ……六課の隊員ですけど」

「丁度いい。待っておったぞ」

「へ?」

 

 ソラトが六課所属の局員であることを知ると、男は急に立ち上がり優雅にソラトを指差した。

 

「さぁ、早く部隊長室に案内せよ」

 

 いきなり命令しだす男に、全く事情が飲み込めないソラト達は唖然としてしまう。

 

「……む? どうした? 早く案内を」

「いや、貴方は誰ですか!?」

 

 話が全然噛み合わない。優雅な態度を崩さない男に、ソラトはつい声を荒げてしまった。

 

「お前は八神二佐の使いの者ではないのか?」

「違います!」

 

 どうやらソラトを自分を迎えに来た使いだと思い込んでいたらしい。はやてに用があることだけは分かったが、肝心の男の正体が明らかにならない。

 

「そうか……まぁ細かいことだ。それより案内を」

「そこまでだ」

 

 話が一向に進まずに頭を抱え出したソラトを引っ込め、兄貴分のエドワードが交代する。

 

「おお、お前が使いか?」

「違う。それよりこちらの質問に答えてもらう。お前は誰だ?」

 

 ペースに飲まれず、しっかりと質問を投げかける。すると男は漸く自分の非に気が付き、目を見開いて驚いた。

 

「おお、自己紹介がまだであったな」

 

 やっと自分の素性を明かす気になったらしい。何処までもマイペースな男に、ソラト達は既にグッタリしていた。

 

「私の名はレクサス・インフィーノ。聖王教会騎士だ」

 

 聖王教会。管理局の人間なら知らぬ者のいない程、密接な関係を持つ次元世界最大規模の宗教組織である。その教会騎士が何故ここにいるのか。フォワード達は疑問に思った。

 

「八神隊長に用事ですか?」

「む。おお……なんと見目麗しい」

 

 今度はスバルが尋ねる。すると、レクサスはソラト達の後ろにいたスバル、ティアナに気付き、急に態度を変えてきた。

 

「お嬢さん方、よければ後でお茶など如何であろうか? 丁度いいカフェを先程見つけたのだ」

「え、えっと……」

「いえ、その」

 

 スバルの質問を無視し、ナンパを始めた教会騎士。突然の誘いに、スバルもティアナも戸惑うばかりだ。そして、この出来事に当然怒りを燃やす人物がいた。

 

「スバルから、離れてもらえます?」

 

 ソラトはレクサスとスバルの間に割って入り、笑顔で言い放った。しかし、どう見ても目が笑っていない上、右手に待機形態のセラフィムを握っている。

 これ以上刺激したらキレる、とエドワード達は思ったが、反してレクサスは意外な行動を取った。

 

「おお、相手がおったか。ならば大事にするがよい」

「え? あ、はぁ……」

 

 なんと、レクサスは大人しく引き下がった。拍子抜けしてしまい、ソラトは間抜けな反応をしてしまった。

 

「ではそちらのお嬢さんは」

「結構です」

「ふむ、残念だ」

 

 ティアナにもきっぱりと断られ、残念そうにするレクサス。どうやら女性は好きだが、執着はしない性格のようだ。

 

 これ以上関わるのも面倒だったがそのまま食堂に放置するわけにもいかず、結局ソラト達がレクサスを案内することになった。因みに散々舞わせていた羽根は何処からともなく現れた使用人が片付けて行った。

 

「八神部隊長、聖王教会からの客人を連れて来ました」

〔入ってええよー〕

 

 ドアをノックすると、はやての声が聞こえたのでソラト達は入った。中ではリインフォースが3人分の紅茶を用意しており、はやては座って待っていた。

 

「おお、そなたが八神はやて二佐か」

「はい。貴方のことはシスター・シャッハから聞いてます」

 

 はやての対応から、ソラト達は本当にレクサスが教会騎士なのだと実感した。

 

「そなた等のことも、ヴェロッサや騎士カリムから聞いておる」

 

 レクサスは優雅にソファーに座り、リインフォースの淹れたお茶を嗜んだ。暫くすると、ドアの前でポカンとしていたソラト達に気付く。

 

「お前達、御苦労であった。もう下がってよいぞ」

「は、はぁ……」

 

 最後まで上から目線のレクサスに疲れ果て、フォワード達も何も言う気が起きなくなっていた。

 

「失礼します」

「聖王教会からお客様が来てるって聞いたけど」

 

 そこへ、来客の話を聞き付けたなのはとフェイトがやってきた。

 

「いかにも」

 

 優雅さを崩さず、対応するレクサス。ロイヤルティーを飲みながら、なのはとフェイトを眺める。

 

「ふむ、お嬢さん達。後程、共にカフェにでも行かぬか?」

「えっ!?」

 

 レクサスはカップを置き、素早い動きでなのはとフェイトの手を取る。急なナンパに先程のスバル達同様、なのはとフェイトは驚きの声をあげた。

 

「えっと……折角ですが、遠慮します」

「私もちょっと……ごめんなさい」

 

 状況が呑み込めずにいたが、なのはもフェイトも苦笑しながらハッキリと断った。

 

「ほぅ、もしやこちらも既に相手が……六課の女性は恋人持ちが多いのだな」

 

 何故か勝手に納得し、残念そうに呟くレクサス。コイツは六課にナンパしに来たのか、とこの場にいた誰もが思った。

 

「ああ、そういえば。ここにクラウンという男はおらぬか?」

 

 ふと、レクサスは何かを思い出したかのように呟いた。

 クラウンとは、エドワードのファミリーネームだ。突然呼ばれたエドワードは目を丸くする。

 

「俺だ」

「ほぅ、お前か。ラウム・ヴァンガードという男を知っているか?」

「ああ」

 

 ラウム・ヴァンガード。地上部隊に所属する陸戦魔導師であり、エドワードの訓練校からの数少ない友人だ。エドワードが正直に頷くと、レクサスは満足気に喜んだ。

 

「そうかそうか。ラウムは私の友人でな、ラウムの友は私の友でもある。エドワードよ、ありがたく思え」

「あ、あぁ……」

 

 随分と一方的な交流の仕方ではあるが、悪気はない様子なのでエドワードはとりあえず受けておいた。

 

「おぉ、そうだ! 友好の印に今日はディナーを開こう! エドワードよ、友人や恋人を連れて出席するがいい」

 

 更に思い付きで喋るレクサスに、一同も最早何を言う気にもならない。

 

「いや、しかし俺達には仕事が」

「心配はいらぬよ。お前達の代わりに我が教会騎士が」

「レクサス!」

 

 エドワードの言い分を聞かずに淡々と話を進めるレクサス。

そんな彼の言葉を遮ったのは、六課の面々にも聞き覚えのある女性の声だった。

 

「シスター・シャッハ!?」

 

 振り向くと聖王教会のシスター、シャッハ・ヌエラの姿があった。シャッハは間違いなく、レクサスが心配で来たのだろう。

 

「おぉ、シスター。私に会いに来てくれたのか?」

「貴方がまた余計なことをしないか見に来たのです!」

 

 レクサスの言葉をバッサリと斬るシャッハ。相変わらずの身勝手な行動に、溜まっていた怒りが爆発したようだ。

 

「挙げ句、勝手に騎士団を使おうとするなんて! もう少し自重しなさい!」

「いやしかし」

「言い訳はナシです!」

 

 他の追随を許さないシャッハの説教は、遂にマイペースなレクサスを黙らせることに成功した。

 逆にシャッハ程、隙を与えないよう言わないと分からないのか、と一同はレクサスに頭を抱える。

 

「では、お騒がせしました」

「エドワードよ、ディナーには出席するのだぞ!」

 

 ズリズリとシャッハに引き摺られ、漸くレクサスは退場していった。

 

「……参加するの?」

「する訳ない」

 

 ソラトの問い掛けに、エドワードはキッパリと答える。当然、外出許可は降りないだろうし、何より面倒だった。

 しかし、夜になると再びレクサスは六課に騒動を巻き起こした。

 

 

◇◆◇

 

 

「これは……」

 

 いつも通り教導を終え、寮に戻るエドワード達が目撃したのは車体の長いリムジンだった。異様過ぎる光景に、フォワード達は目を点にする。

 

「おぉ、待っておったぞ」

 

 後部座席の窓からは、レクサスが紅茶を飲みながら顔を覗かせる。どうやら、エドワードを迎えに来たようだ。

 まさか本当に来るとは。エドワード達は言葉を失った。

 

「安心しろ。八神二佐には話を付けてある。エドワード・クラウンとソラト・レイグラントの2名、私の家へ招待すると」

 

 いつの間に。おまけに、弟分であるソラトの許可まで取っている。謎の手際のよさに、フォワード陣はもう苦笑するしかなかった。

 

「いってらっしゃい」

 

 渋々車に乗り込むエドワードとソラト。スバルが手を振って見送るが、ソラトは内心スバルも一緒に連れていきたかった。

 

「すまないが、時間が時間だ。エドワードの恋人を誘うことは出来ないようだ」

「あ、ああ……」

 

 寛ぎながら謝罪するレクサスに、エドワードは頷く。だが本心では、レクサスの考えていることが分からずに困惑していた。

 

「ラウムも仕事で来れないようだ。全く残念だ……」

「お前は何を考えている? 俺は本当にお前の友人だと?」

 

 オーバーなリアクションで残念がるレクサス。どうやら、本当にラウムも誘ったようだ。

 つい、エドワードは本当に聞きたかったことを尋ねてしまう。

 

「勿論。我が友に信じられぬ者などありはしない。友の友でも、同じことだ」

 

 レクサスはエドワードを真っ直ぐ見つめ、自信満々に答えた。純粋かつ率直な答えに、エドワードは何も言い返せなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

 レクサスの家は想像以上の豪邸だった。純白の壁の中は、煌びやかな装飾の廊下が並ぶ。

 

「我がインフィーノ家は代々続く由緒正しき家柄。驚く必要はない」

 

 この男が王子のような振る舞いの性格に育った理由が分かる気がするエドワード達だった。

 レクサスの案内で廊下を通り、広間へ向かう。その途中、ソラトはインフィーノについて思い出していた。

 インフィーノ・コンツェルン。ミッドチルダでも有数の財閥の1つで、主に聖王教会に出資している会社である。まさか、教会騎士にインフィーノの後継者がいたとはソラトも思わなかった。

 

「さぁ、座りたまえ」

 

 長い机には、赤ん坊を抱えた若々しい女性が既に着席していた。

 

「諸君等に紹介しよう。我が母君、アルテッツァ・インフィーノ」

「こんばんは」

 

 アルテッツァは穏やかな姿勢で客人に挨拶をする。ソラトとエドワードは目を見開いて驚いた。アルテッツァはレクサスの母親には到底見えない程若い外見だったからだ。

 

「そして、我が弟君のサイオン・インフィーノ」

 

 次にレクサスが差したのは、アルテッツァに抱えられた赤ん坊だった。生えかけの白い髪が、生まれたばかりであることを物語っている。

 

「サイオンは我がインフィーノ家の次期当主になる男だ。礼節を持って」

「ちょっと待て。次期当主? お前じゃないのか?」

 

 レクサスの言葉をエドワードが遮る。確かに、長男のはずのレクサスが継ぐのが道理だ。インフィーノのような大きな財閥なら尚更である。

 

「私にはそのつもりはない。私は聖王教会を、そして家族を守る騎士だからな。我が家族を守護し、弟を導く兄となるのが私の役目だ」

 

 気品を漂わせながら、レクサスは迷いなく言った。

 することは破天荒なトラブルメーカーだが、高貴で独自のプライドと意志を持った人物。

 そんなレクサスに、ソラトとエドワードは不思議と悪い印象を持たなくなっていた。

 

「でも、本当は教会のシスターさんに興味が」

「母上! 余計な話は謹んでくれませぬか!」

 

 格好よさそうなことを言ったレクサスだが、すぐさま母親によって暴露されしまう。

 やはりナンパ好きだったようだ。悪印象はなくなったが、変な奴である認識は消えそうもない。

 世間話に花を咲かせていると、使用人達によって豪華な料理が運ばれて来た。

 

「わぁ、すごいですね」

 

 次々とテーブルに並べられる品目に、ソラトは感嘆の声を漏らした。もしこの場にスバルがいたら、感動のあまり泣いてしまうかも、と考えながら。

 

「さぁ、頂きましょ」

 

 全ての料理が運ばれると、アルテッツァはサイオンを執事に預け、まずはスープに口を付けようとした。

 

「母上、まずは味見を」

「あっ」

 

 ところが、レクサスがスプーンを奪い取りそのまま飲んでしまった。アルテッツァの食事を毒見するのがレクサスの日課なのだ。

 

「ふむ、美味だ」

「もう、レクサスは心配性なんだから」

 

 スープを味わうレクサス。横から取られたアルテッツァはいつもながらのレクサスの行動に苦笑いをする。

 だが次の瞬間、レクサスは顔を真っ青にして倒れてしまった。

 

「レクサス!」

「アルテッツァさん! 近寄らないで! 毒です!」

 

 アルテッツァが駆け寄るが、レクサスはピクピクと身震いするのみ。ソラトがアルテッツァをレクサスから引き離し、エドワードが毒入りのスープを遠ざける。

 

「ソラト、局と病院に連絡を」

「うん!」

 

 周囲を見回すエドワード。すぐに何かがないことに気が付いた。

 

「……サイオンがいない」

 

 レクサスの弟を抱えた執事が、その場から消えていたのだ。

 

「わ、が……兄弟……」

 

 兄弟がいなくなったことを聞き、レクサスは口から泡を吹きながら必死に腕を伸ばしていた。

 

 

 



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第10話 騎士の誇りと家族愛

 聖王医療院。毒のスープを飲んでしまったレクサスが運ばれて1時間。漸く容態が落ち着いたらしい。

 

「毒は抜けましたが、体力が戻るには時間がかかるでしょう」

「ありがとうございます」

 

 幸いにも、素早い処置のおかげで後遺症もなく無事でいられたようだ。

 アルテッツァに経過を告げ、医者は退室した。

 

「貴方達もありがとう。レクサスを助けてくれて」

 

 アルテッツァはソラトとエドワードに礼を言う。ソラト達の判断がレクサスの命を救ったといっても過言ではない。

 しかし、2人の表情は暗かった。攫われたレクサスの弟、サイオンの行方がまだ掴めてないからだ。

 

「あの執事を現在地上部隊が捜しているが……」

「すみません。僕等が近くに居ながら」

「いいえ、貴方達の所為じゃないわ」

 

 自分を責めるソラト達に優しい言葉を掛けるアルテッツァ。家柄上、命を狙われることも多く慣れてしまっているため、取り乱さず落ち着いている。

 すると、アルテッツァにあるボイスメールが届けられた。送り主は例の執事だ。

 

「開いてください」

 

 エドワードの指示に従い、アルテッツァはメッセージを聞く。

 

〔ガキを返してほしければ、現金で1億用意しろ。引き渡し場所は添付したが、管理局に話せばガキの命はない〕

 

 メッセージの内容は予想通り身代金の要求だった。メールには廃工場を指した地図と、眠っているサイオンの写真が添付されていた。卑劣な犯行にソラトは顔を歪ませるが、エドワードには引っ掛かる箇所があった。

 

(1億……巨大な財閥への要求としては少ないんじゃないか?)

 

「我が兄弟を……」

 

 エドワードが犯人の意図を予測していると、ベッドの方から弱々しい声がした。漸く目を覚ましたレクサスがメッセージを聞き、身を起こしていたのだ。

 

「レクサス! まだ寝ていないと!」

「弟を救うのは、兄の役目……」

 

 押さえるアルテッツァの手を払い、レクサスは弟を探しに行こうとゆっくり歩き出す。しかしまだ体力が戻っておらず、フラフラ歩くとエドワードの肩に手を置くように倒れこんでしまう。

 

「兄の役目、か……」

 

 エドワードはレクサスに肩を貸し、再びベッドへ寝かした。

 

「お前はまだ寝ていろ。次に目を覚ます時までには必ずお前の弟を助け出す」

 

 そう言い放ち、エドワードは病室を出て行く。ソラトもアルテッツァを連れてその後を追った。

 残されたレクサスはエドワードの言葉に少し安心したような表情で、再び眠りについた。

 

 ソラトとエドワードは警護のためにアルテッツァを連れたまま機動六課に戻り、はやて達に報告を済ませた。

 

「身代金の要求か……」

 

 ソラト達をレクサスのディナーに出した結果、まさかこんな事件に巻き込まれるとは予想しておらず、はやては頭を抱えていた。

 

「あの、身代金なら払えない金額ではないので……」

「ダメや」

 

 アルテッツァは素直に身代金を持って行くことを提案するが、はやてにあっさり却下される。

 

「払えない金額じゃないことが問題なんです」

「え?」

 

 疑問符を浮かべるアルテッツァに、フェイトが補足説明を加える。

 大手財閥に対して、支払える程度の金額しか要求しない点。これは、先程もエドワードが引っかかっていた箇所だ。有能な現役執務官であるフェイトは誘拐事件にも立ち会ったことがあるため、犯人の意図をより鋭く推理することが出来た。

 

「最初、執事は貴方へ毒入りスープを飲ませようとしました。しかし、騎士レクサスが代わりに飲んでしまった」

「えぇ……」

「そして、払える程度の身代金の要求。恐らく犯人の目的は、貴方の殺害です」

 

 フェイトの推測に、アルテッツァ含め予想出来なかった者達はショックを受ける。

 

「狙いは赤ん坊やね」

 

 同じく推測出来ていたはやてが、代わりに執事の目的を答える。

 インフィーノ家の跡取りとして認められているサイオンだが、今はまだ赤ん坊。邪魔な親を殺し、サイオンを手の内に出来ればインフィーノ・コンツェルンの富と権力を独り占め出来ると考えたのだろう。

 

「ですので、身代金は持って行かない方がいいと思います」

「……はい」

 

 はやてとフェイトの話をアルテッツァは信じるしかなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

 一方、ベルカ領から離れた廃工場。

 赤ん坊を寝かせた執事が誰かと通信回線を開いていた。相手は白衣を着ており、科学者のような風貌をしている。

 

〔首尾は順調のようだね〕

「ああ。アンタがくれたこの薬も、出番がないかもしれないな」

 

 そう言いながら、執事はポケットから注射器を取り出す。注射器には紫色の怪しい液体が入っていた。

 アルテッツァだけならば、暗殺するのは容易いことだ。しかし、インフィーノ家には教会騎士のレクサスがいる。念のために戦力としてこの薬を購入しておいたのだった。

 最も、用意した毒をレクサスが飲んだので結果的に戦う必要はなくなったのだが。

 

〔だといいけどね〕

「それでも、約束は守ってやる。インフィーノを掌握した時に、研究資金を出すという約束をな」

 

 執事の話を聞き、通信相手の男はニヤッと笑った。

 最初から執事は計画を立てて、犯行に及んでいた。その際の協力者として目の前の男に依頼していたのだ。レクサスが飲んだ毒も男が用意した物だ。

 執事は注射器を再びポケットにしまい、通信を切った。

 

「人間の欲っていうのは醜く、操りやすい。ま、精々頑張ってくれたまえ。ウヒャヒャッ!」

 

 通信先の白衣の男――マルバス・マラネロは不気味に笑いながら、廃工場に仕組んだカメラで執事を監視していた。

 

 

◇◆◇

 

 

 作戦会議が終わり、一先ずアルテッツァを家に送り届けたエドワードは自身の車で帰路に付きながら、恋人であるギンガと通信で話していた。

 

〔そう……今日1日、大変だったわね〕

「全くだ」

 

 モニターの向こうで苦笑するギンガ。今日1日に起きた出来事を思い返し、珍しく顔をしかめるエドワード。彼にとって、ギンガと他愛のない会話をしている間こそリラックス出来る大切な時間だ。

 

「けど、奴にも守るべきものがいる。命を賭けてもいい程、大事な兄弟がな」

 

 エドワードはチラッと助手席で眠るソラトを見る。可愛い弟分のいるエドワードには、兄弟を守りたいレクサスの思いがしっかりと伝わっていた。

 

〔病院を抜け出そうとする無茶なところも、エドと同じね〕

〔全くです〕

「お、おい……」

 

 ギンガや、愛機ブレイブアサルトにまでにからかわれてしまうエドワード。

 2年前のJS事件にてギンガが攫われた際には、怪我を負っていたエドワードが病院を抜け出してまでギンガを助け出そうとしたために、入院期間が延びてしまったことがあるのだ。

 

「奴に無理はさせない。代わりに俺が助け出す」

 

 同じ兄として、友達として。冷静な態度を崩さないエドワードの闘志は燃えていた。

 

〔頑張るのもいいけど、ディナーなら誘ってくれてもよかったんじゃない?〕

「いや、それは忙しいと思ったからであって……」

 

 ディナーと聞いてギンガは頬を膨らませる。妹のスバルと同様、ギンガもまた食いしん坊な一面があるのだ。

 

〔じゃあ、今度は2人だけで行きましょ。ね?〕

「……考えておく」

 

 最近は予定が合わず通信会話だけで、お互い物足りなさを感じていた。

 デートの約束もし、エドワードはハンドルを握る手を強くしたのだった。

 

 翌日、時刻は9時。指定された廃工場にアルテッツァが現れた。手に持っているアタッシュケースには、身代金が詰まっている。

 入口付近ではソラト達が待機していた。敵は何処に隠れているか分からない。ソラトは工場内を集中して見回した。

 

「持って来たわ。だからサイオンを返して!」

 

 工場の中央まで来て、アルテッツァが叫んだ。しかし、工場内には人1人見えない。場所はあっているはずだ。アルテッツァは首を傾げる。

 

「ケースを地面に置け」

 

 すると、何処かから声が聞こえてきた。執事のものだと分かると、アルテッツァは更に叫ぶ。

 

「サイオンは無事なの!? 姿を見せて!」

「ケースを置くのが先だ」

 

 アルテッツァの要求を執事は無視する。渋々、アルテッツァは指示に従いアタッシュケースを床に置いた。

 

「これでいいでしょ!? サイオンを」

 

 アルテッツァの叫びは、銃声で掻き消された。

 物陰から放たれた銃弾は彼女の左胸を貫いていた。

 

「これで財閥は俺の……?」

 

 計画成功に顔を綻ばせる執事だったが、すぐに異変に気付いた。

 胸を撃たれたはずのアルテッツァが血飛沫すら吹かず、アタッシュケースと共に消えた。それだけか、なんと何人にも増えてその場に現れたのだ。

 

「残念だったわね」

「!?」

 

 撃たれてショックを受けていた表情から一転、不敵な笑みで銃弾の飛んで来た方向を見る。そして、貴婦人達の姿は橙色のツインテールの少女の姿へと変化した。

 

「成功ね」

 

 工場の外ではティアナが作戦の成功を確信していた。

 "フェイク・シルエット"。ティアナの得意な高位幻術魔法で、他人の幻影を出現させることも可能だ。因みに本物のアルテッツァは護衛付きで家にいる。

 

「くっ!」

 

 執事は再度引き金を引こうとするが、それより先に藍色の魔力段に拳銃を撃ち落とされてしまう。

 

「諦めろ」

 

 外からブレイブアサルトを構えたエドワードが入ってくる。同時に入口からソラト達もやってきた。

 

「時空管理局です! 誘拐、殺人未遂の容疑で貴方を逮捕します!」

 

 優秀なフォワード達に追い詰められ、執事の顔色にもいよいよ焦りが浮かぶ。

 

「まだだ……こんなところで終われるか!」

 

 執事は胸ポケットから注射器を取り出すと、注射針を自身の腕に刺して液体を注入した。

 

「無駄な抵抗はよせ!」

 

 エドワードが注射器を狙撃するも、既に執事の体に謎の液体は入ってしまった。

 

「ククク……管理局の狗共め、捕まえれるものなら捕まえてみろ!」

 

 執事の体が徐々に変化していく。人間らしい肌は紫色の殻のようなものに覆われ、右手が強固な鋏へと変異していった。背中からは長い針のような尻尾が付き出し、体も執事服を破り異常な姿へとなった。

 その姿は、まるでサソリを彷彿させる獣人だ。

 

「獣人化させる薬物、だと……?」

「まさかマラネロと繋がりが!?」

 

 突然の変異にソラト達は驚きを隠せない。サソリ獣人となった執事は鋏を振りかざし、襲いかかってきた。

 

 

◇◆◇

 

 

「ふむ、実験は成功だね」

 

 一部始終のやり取りを監視していたマラネロが呟く。

 彼にとって、執事は獣人化薬の実験台にすぎなかった。成功すれば研究費用が増え、例え失敗しても自身を付き止められる程の関係ではないため、簡単に切り捨てられる。

 自身へは損のない取引にマラネロは満足していた。

 

 

◇◆◇

 

 

「ガァァァァァァァァ!!」

 

 執事だった獣人は牙の生え揃った口から涎を垂らしながら、両手の鋏でソラトを襲う。尻尾の先の針から滲み出る毒液は、周囲の木箱を数滴で溶かしていく程強力だ。

 

「エド兄! ティア!」

「ああ!」

「任せて!」

 

 鋏をセラフィムで抑えながらのソラトの合図で、エドワードとティアナは背後から集中砲火を浴びせた。

 

「グガァァァァァァ!? キ、キサマラァァァァ!」

 

 痛みに苦しみながら、獣人は2人を睨む。殻はそこまで硬くはないようだ。おまけに理性を失いつつあるようで、狙った相手にしか攻撃を仕掛けない。

 

「来るぞ!」

 

 エドワードの読み通り、獣人は口から圧縮された魔力の塊"魔口弾"を放つ。2人は獣人の魔口弾を避けるが、ティアナは足を尻尾で掴まれてしまう。

 

「ティア!? このぉぉぉぉっ!」

 

 スバルが尻尾を破壊しに向かうが、サソリ獣人は今度は口から魔力の針を連射する。

 回避された針が刺さった床が溶けていくのを見ると、尻尾の針と同じ毒を含んでいるようだ。

 

「くっ!」

 

 エドワードも尻尾に狙いを定めるが、鋏を抑えていたソラトを大剣ごと投げ飛ばされ、共に吹き飛ばされてしまう。

 

「マズ、コノコムスメカラダ!」

 

 理性は失っているが、フェイク・シルエットで惑わされたことは覚えていた。獣人は尻尾の針先をティアナの首筋に突き刺そうとした。

 その瞬間、何処かから白い羽根が飛んで来て、獣人の尻尾を切断した。

 

「グオッ!?」

「げほっげほっ……え?」

 

 解放されたティアナは獣人から距離を取り、羽根が飛来した方向を見た。

 

 

「皆、ご苦労だった。後は私に任せるがよい」

 

 

 そこには、入院しているはずのレクサスが優雅に立っていた。飛来した羽根飾りはレクサスの手に収まる。

 

「何故お前が……?」

「これはインフィーノの問題。私が片付けるべきことだ……ぐっ!?」

 

 エドワードが尋ねるが、レクサスは落ち着いて話す。まだ体力が万全ではない様で倒れそうになるが、優雅な立ち振る舞いを崩さない。

 

「グレースパワード、セットアップ」

〔Yes,sir. ready?〕

「レク、サスゥ……ガァァァァッ!」

 

 獣人が魔口弾を放つが、レクサスの手にあった羽根から白い帯状魔法陣が現れ、レクサスの周囲を守るように包む。やがてドーム状になった魔法陣が翼を開くように消え、周囲に無数の魔力で出来た白い羽が舞い落ちる。

 そして、腰に2本のブーメランを携えたレクサスがその場にいた。

 

「グガァァァァ!!」

 

 獣人が鋏を向けて襲い掛かるがレクサスは少ない動きで躱し、逆にカウンターを獣人の体に叩きこむ。おまけに殴った手を拭う余裕まで見せる。

 

「グッ……アアアァァァァ!!」

 

 コケにされていると分かった獣人は怒り、魔口弾を放とうとする。しかし、上手く魔力が練れず放てなかった。

 

「これ……まさかAMF!?」

 

 いつの間にかレクサスが張っていた魔法にスバルが驚く。

 AMFといえばガジェットに搭載されている物だが、本来は高位のフィールド系魔法。それをレクサスは独自に習得していたのだ。

 

「ああ、ハッタリにしかならんがな」

 

 濃度が通常のガジェット以下にしかならず、ほぼハッタリにしか使えないらしい。しかし、至近距離にいる獣人に使うには十分のようだ。

 

「私に刃を向けたことを悔いるがいい!」

〔Noble slicer〕

 

 成す術のなくなった獣人へ、レクサスは白く輝くブーメランを投げつける。

 2本のブーメランはまるで生きているかのように獣人を四方八方から斬り刻み、最後にレクサスの手に戻って行く。

 レクサスがグレースパワードを手にすると同時に、元執事だった獣人は爆散したのだった。

 

 サイオンはエリオとキャロが救出しており無事だった。手駒として使う以上、執事も傷付けないようにしていたらしい。

 

「だー、だー」

「何も心配はいらぬ、我が兄弟よ」

 

 何があったか理解していない無垢な笑顔でレクサスを求める。レクサスはバリアジャケットを解除し、珍しく優しそうな笑みで弟を抱き抱えた。

 

「皆の者、ご苦労であった。感謝する」

 

 偉そうではあるがお辞儀をし、感謝の意を示したレクサスに苦笑するフォワード達。

 しかし、エドワードには気になることがある。執事に獣人化する薬を渡したのがマラネロだとしたら、敵は1からでなくとも獣人を生み出す技術を持ち合わせていることになる。

 

(一体何処まで技術を持ち合わせているんだ……?)

 

「そうだ! 礼を兼ねてパーティーを開こう! 皆、我が家に招待……おぉ、頭がクラクラするぞ」

「いいから早く病院に戻ってください!」

 

 そんなエドワードの気掛かりを余所に、またもや勝手に騒ぐレクサス。こうして、変な知り合いの奇行に再び手を焼かされることになるフォワード達だった。



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第11話 謎の来訪者

 何処かの薄暗い研究室。

 マルバス・マラネロはまた新たな研究に打ち込んでいた。コンピューターのモニターには、生物反応と謎のグラフが映し出されている。

 

「ドクター!」

 

 そこへ1人の少年がやってきた。黒のオールバックに金色の瞳という容姿で、クリスマスのプレゼントを待ち遠しく思っている子供のように落ち着きがない。

 

「何か用かい?」

「俺の武器、もう完成してるんだろうな!?」

 

 マラネロは詰め寄ってくる少年には目もくれず、モニターに集中している。まるで何かを待っているかのように。

 

「ああ、それならそこの机に乗っかっているよ」

 

 マラネロの言う通り、隣の机に右腕用の大きなガントレットが置かれていた。腕の装甲部には銃口のようなものが付いており、5本の指の部分は鋭く尖った爪となっている。

 

「これがか……」

 

 少年は新品の輝きを放つ武器を手に取り、右腕に装着する。サイズはピッタリで、やや重いが爪と銃口という武装に少年は満足したような笑みを浮かべた。

 

「お、出来た」

 

 丁度モニターに映し出されたタイマーが0になり、チーンという音が聞こえた。すると、マラネロは目の前に置いてあったカップラーメンの蓋を開ける。

 

「じゃ、俺は任務に行くぜ」

「ああ」

 

 少年は武器を持ち出し、転送装置へ向かう。結局マラネロは少年と目を合わせることなく、カップラーメンを啜っていた。

 

 

◇◆◇

 

 

 機動六課隊舎のある一室。

 ソラト・レイグラントはルームメイトのエリオ・モンディアルが若干引く程、浮かれていた。

 

「ソラトさん、今日何かあるんですか?」

 

 何かいいことがあるのは見て分かるが、一応聞いてみるエリオ。すると、幸せオーラを撒き散らしながらソラトは答えた。

 

「いやぁ、今日は午後からオフだよね?」

「はい」

 

 なのはの厳しい教導や未知なる敵の調査の日々を抜け、やっとフォワード達は今日の午後にオフタイムを貰えたのだ。

 

「だから、スバルとのデートが楽しみで!」

 

 ふにゃあ、と笑うソラトの予想通りな答えにエリオは苦笑した。ソラトとスバルのラブラブっぷりは六課内では既に日常茶飯事の出来事として記憶されていた。

 

「本当に、スバルさんが大好きなんですね」

「勿論! スバルは僕の全てだから!」

 

 自分の全てとまで言い切るソラトは果たして男らしいのか、恥ずかしいのか。しかし、ここまで盲信的な愛も今時珍しい。

 ここまで好きなのならば、もう付き合ってしまえばいいとエリオは思ってしまった。

 

「ソラトさんは、スバルさんに告白しないんですか?」

「こ、告白!?」

 

 女性陣程ではないが、気になるエリオは思い切って告白を進めてみる。

 スバルのために精進し続けるソラトならば、スバルも脈はありそうだ。

 

「……今は、まだしない。目標(なのはさん)を超えてない未熟な僕が告白するのは早い気がするんだ」

 

 しかし、ソラトは首を横に振った。なのはを超えるという目標を果たしていない自身はまだ未熟だと考えるソラトは、恋人関係になることには消極的だったのだ。

 どちらも人懐っこい性格なので、傍から見ていれば十分恋人のように見えなくもないが。

 真っ直ぐとなのはの背中を追い続けるソラトを、やはり男らしいとエリオは思った。

 

 

◇◆◇

 

 

 一方、ミッド海上にある隔離施設。ここには若い魔導犯罪者達が収監され、更生のための教育が施されている。

 JS事件にて逮捕され、協力的な姿勢を見せた元ナンバーズ達もここに収監されている。

 そんな場所へ、エドワードが足を運んでいた。理由は単純。エドワードの恋人であるギンガが教育指導しているからだ。

 

「あ、エド兄ッス!」

 

 ピンク系の髪の少女、ウェンディが元気に指を指す。最初こそギクシャクした関係が続いたが、今ではエドワードもすっかり少女達に慕われていた。

 

「今日のお土産は何スか!?」

「こらウェンディ。失礼だぞ」

 

 土産目当てにはしゃぐウェンディを、銀髪に眼帯を付けた少女、チンクが叱る。チンクは小柄な見た目に反し更生組の中では一番の年長者である。

 

「いらっしゃい、エド」

「こんにちは、エド兄」

「ああ」

 

 ギンガが笑顔で恋人を迎え、茶色の長髪を縛っている少女、ディエチが礼儀正しく挨拶をする。

 そして、もう1人。赤い髪のスバルによく似た少女がエドワードを睨む様に見ていた。彼女の名はノーヴェ。スバルとギンガと同じ遺伝子を持つ、本当の「姉妹」だ。

 

 ギンガ含め、ここにいる少女達は皆「戦闘機人」と呼ばれる人造人間である。しかし、体の一部は機械でもれっきとした人間であることをエドワードは十分理解していた。

 最近までもう3人――セイン、オットー、ディード――がいたのだが、聖王教会シスターのシャッハが保護観察者として引き取ったのだった。

 残りの4人も、ギンガの父親であるゲンヤ・ナカジマが保護観察者になることが決まっている。もうすぐ施設からナカジマ家に正式に移ることになるのだ。

 

「出所祝いだ」

「わーい! エド兄ありがとッス!」

「ウェンディ、涎拭きなさい」

「美味しそう」

 

 エドワードが並べるケーキを食い入るように見るウェンディ。食欲を全開にし涎を垂らすはしたない妹をギンガが嗜める。

 感情豊かなウェンディは勿論、物静かなディエチもエドワードからの差し入れを喜んでいる。しかし、ノーヴェだけは笑顔を見せなかった。

 

「ノーヴェ」

「あ、ありがと……」

 

 チンクに諭され、ノーヴェは小さく礼を言う。ノーヴェは素直に慣れない性格なだけであり、決して嫌っている訳ではない。例外的に、チンクにだけはよく懐き素直になれるのだが。

 

「気にするな」

 

 目を背けるノーヴェにエドワードは優しく答えた。こうして、エドワードは新たな妹分達の出所を暖かく迎えたのであった。

 

 

◇◆◇

 

 

 六課の車庫の前では、ヴァイスが白いオフロードバイクの整備をしていた。

 

「ヴァイスさん、どうです?」

 

 そこへ、黒のライダースジャケットと青いジーパンに着替えたソラトがやってくる。このバイクはソラトの私物であり、バイクに詳しいヴァイスに整備を頼んでおいたのだ。

 

「ああ、何処も異常はねぇ。ほらよっ」

 

 丁度チェックを終え、キーを投げ渡すヴァイス。白い車体はピカピカに磨きあげられ、今にも走り出したそうに光を反射している。

 

「ありがとうございます」

「後輩の面倒を見るのも大人の役目ってな。デート、頑張れよ」

 

 面倒見のいい先輩がいてよかったな、と思うソラト。バイクの色に合う白いフルフェイス型のヘルメットを被り、キーを差し込む。

 

「じゃ、行ってきます!」

「おう!」

 

 軽く会釈をし、ソラトは高いエンジン音と共に走り去って行った。

 六課隊舎の入口ではスバルが待っていた。ジャケットにハーフパンツとアクティブな格好で、年相応にお洒落もしている。

 

「あっ!」

 

 近くからバイク音が聞こえ、青いアホ毛がピョコンと反応する。すると、こちらへ白いバイクが向かって来た。バイクはスバルの前に止まると運転手がメットを外す。

 

「お待たせ、スバル」

 

 運転手、ソラトはニッコリと微笑みスバルにもう1つのヘルメットを渡した。そのまま、2人はクラナガンまでツーリングを楽しんだ。

 

「ソラトっ」

「っ!」

 

 後ろからスバルが思いきり抱き付いてくる。2人乗りなので仕方のないことだが、スバルは抱き締める腕の力を強くしている。

 ツーリング自体初めてではないが、服の上からでも背中に感じる膨らみに健全な男子であるソラトは今でも少し気恥ずかしくなっていた。

 クラナガンに着くと、駐車場にバイクを停めて昼食をとる場所を探すことにした。

 

「速かったね」

 

 バイクから降りたスバルは背を伸ばしながら言う。ソラトが恥ずかしさの余りスピードを上げていたのはバレていないようだ。

 

「あはは……マッハキャリバーとどっちが速いかな?」

「んー、同じくらいかな?」

〔少し心外です〕

 

 2人のやり取りに、比較対象にされたマッハキャリバーが口を挟む。その後も談笑しながら、ソラトとスバルは見つけたファミリーレストランへ入って行った。

 彼等を見つめる、1つの影に気付かずに。

 

 

◇◆◇

 

 

 同時刻、隔離施設ではエドワードが近況を話していた。

 敵の科学者であるマラネロはスカリエッティの協力者でもあった危険人物。ナンバーズの中でも当時の事件への関与度が高かった5番までのナンバーズには別々に事情聴取を行っていた。しかし、スカリエッティから聞いた話以上のことは何も分からなかった。そのため、チンクのみマラネロと獣人について知っていた。

 

「最近は人間を獣人に変化させる薬まで開発しているということしか分かっていない」

「そうか……」

「けど、調査も進んでいるし大丈夫よ」

 

 大した情報もなく、チンクも気を静める。マラネロの事件は、JS事件の延長線上かもしれない。そのことにチンクは責任を感じていた。黙り込むエドワードとチンクをギンガが元気づけようとした。

 

「お前等も、マルバス・マラネロという男については何も知らないだろう?」

 

 エドワードはチンクの妹達3人にも一応話を聞くことにした。聖王教会へ引き取られたセイン達も、何も知らないと聞いているので期待はしていなかったが。

 

「んー……分かんないッス。全然会話してないッスし」

「私も。ごめんなさい」

「いや、気にすることはない」

 

 ウェンディとディエチの答えは予想通り。謝る2人にエドワードは首を振る。

 だが残る1人、ノーヴェは首を俯かせて黙っていた。

 

「ノーヴェも分からない?」

 

 ギンガが尋ねると、ノーヴェは複雑そうな表情で何と言いだそうか困った風にしていた。

 

「……あたし、知ってる」

 

 やっと捻り出した言葉に、その場の全員が目を見開く。意外な証言者が近くにいた。

 

「詳しく聞かせてくれないか?」

 

 物静かなエドワードが、珍しく身を乗り出す。ノーヴェはやはり言い辛そうに眼を逸らす。その視線の先には、何故かギンガがいる。

 

「うぅ……分かった」

 

 表情を暗くして、ノーヴェは観念したように話を始めた。

 

「ドクターマラネロは、あたしを作ったもう1人の人物なんだ」

「なっ!? どういうことだ!?」

 

 それは驚愕の事実だった。姉妹達ですら、ノーヴェも自分等と同様にスカリエッティ1人によって作られたと思っていたからだ。

 

「合作なんだってさ。マラネロはある遺伝子をドクターに提供しただけらしいけど」

「え……?」

 

 ノーヴェの視線が再びギンガへ向けられる。ギンガ、スバル、ノーヴェの遺伝子は同じ人物、クイント・ナカジマのものだ。ギンガもその事実に気付き、呆気にとられる。

 では、何故マラネロがクイントの遺伝子を保持していたのか?

 そして、ノーヴェがスカリエッティとマラネロの合作と言われる訳。ここから導かれる答えは1つ。

 

「ああ。ギンガとスバル、タイプゼロシリーズはマラネロが作ったんだ」

 

 

◇◆◇

 

 

 ファミレスから出てきたスバルは満足そうな笑みを浮かべていた。

 

「あー、美味しかった♪」

 

 後ろからはあはは、と苦笑するソラト。実は、スバルは大食いなのだ。先程も1人で2人分の量を食べきった。引き締まった体の一体何処にあの食事量が入るのか、ソラトは度々疑問に思っていた。

 

「次は何処へ行こうか?」

 

 楽しそうにスバルが問い掛ける。可愛らしい笑顔に、ソラトは一瞬見惚れそうになる。

 

「じゃあ久々にゲーセンでも行く?」

「うん!」

 

 ソラトはスバルと一緒なら何処でもよかった。それはスバルもまた同じである。ソラトの提案にスバルは元気良く頷き、手を繋いで歩き出した。

 しかし、2人の前にある少年が立ち塞がる。

 

「探したよ」

「え?」

 

 黒いオールバックの少年はスバルを見て呟く。しかし、スバルには少年に覚えがないようで首を傾げる。

 

「あの、どなたですか?」

 

 デートを邪魔されたソラトが若干不機嫌そうに少年へ尋ねる。しかし、少年の金色の瞳にはスバルしか映っていないようだ。

 次に少年が呟いた言葉は、2人の僅かな休息を終わらせるものとなる。

 

「俺はタイプゼロ・サード。やっと会えたね、セカンド姉さん」



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第12話 タイプゼロの系譜

 タイプゼロ。かつてミッドチルダを震撼させたJS事件を起こした戦闘機人達"ナンバーズ"のオリジナルとも呼べる存在である。

 しかし、開発者もコンセプトもナンバーズとは異なり、タイプゼロ自体の多くは謎に包まれていた。

 現時点で確認されているタイプゼロはファースト、ギンガ・ナカジマとセカンド、スバル・ナカジマのみ――だった。

 

「接触したみたいだね」

 

 カップラーメンのスープを飲みながら、タイプゼロシリーズの開発者であるマラネロがモニターを確認する。

 

〔ドクター〕

 

 現在モニターされているミッドチルダとは別の次元世界から、サードとは別の不機嫌そうな少年より通信が入った。外の風景が暗いことから夜であることが伺える。

 

「おや、早かったね」

〔ああ。すぐハズレだと気付けたからな〕

 

 彼等の目的は、"セブン・シンズ"と呼ばれる7つのロストロギア。その内、既に3つがマラネロ達の手中に納まっている。

 

〔今から帰還するが、変な動きをしていないだろうな?〕

「さぁね」

 

 翡翠色の髪に隠れた、紅い眼光がマラネロを鋭く睨む。だが、科学者は気にする素振りすら見せずに流した。

 

〔……フン〕

 

 結局、納得しないまま通信相手は回線を切った。マラネロはミッドチルダを映すモニターと、もう一つのコンピューターの画面に集中していた。

 

「さぁ、楽しませてくれ。ウヒャヒャヒャッ」

 

 画面には生命反応と、その下に"タイプゼロ・フォース"という名前が映し出されていた。

 

 

◇◆◇

 

 

「俺はタイプゼロ・サード。やっと会えたね、セカンド姉さん」

 

 黒のオールバックに金色の瞳を持つ少年はスバルを見て確かにそう言った。

 

「タイプゼロ・サードって、ええっ!?」

「姉さんって、つまりスバルの弟!?」

 

 サードの発言にスバルもソラトもかなり驚愕していた。ソラトはともかく、スバルも自分に弟がいたなんて想像すらしていなかった。

 スバルとギンガは13年前に、彼女達の母親であり遺伝子のオリジナルであるクイント・ナカジマによって救い出されている。

 しかし、サードとは初対面だ。つまり、タイプゼロの研究・開発は終わってなかったのだ。

 

「あ、弟って言っても腹違いのようなものだけどな。基礎骨格が同じってだけで、セカンド姉さん達と使ってる遺伝子は違うぜ」

「え? そうなんだ……」

 

 サードは自分がクイントの遺伝子から生み出された戦闘機人ではないことを明らかにする。自分達と血の繋がりがないことに少し落ち込むスバル。

 

「でも、姉弟であることに変わりないよね! 私は今は「スバル・ナカジマ」って名前なの。だから呼ぶ時はスバルお姉ちゃんでいいよ!」

 

 だが、すぐにポジティブ思考に切り替えてサードの手を握る。

 つい最近2人の妹が出来、更に弟まで出来たのでスバルは思わず笑みを零す。今まで末っ子だったので余計に嬉しいのだろう。

「離せよ」

 

 しかし、サードはスバルの握った手を振り払った。さっきまでの笑顔をまるで汚らわしいと言わんばかりに歪めて。

 

「セカンド姉さんはセカンド姉さん、だろ? 「スバル」だなんて人間らしい真似よせよ」

 

 サードの冷たい言動に固まるスバル。信じられないという困惑の眼差しに、すぐ涙が溢れて零れた。

 

「え? ど、どうしたの……?」

「機人に涙なんて似合わない。コンピューターがバグでも起こしたのか?」

「やめろ!」

 

 スバルが泣いても、サードの暴言は止まらない。隣で聞いていたソラトも、遂に我慢出来なくなった。

 

「それ以上言ったら、スバルの弟でも殴る」

 

 鼻で笑うサードの肩を掴み、敵意を剥き出しにして睨む。愛しい人を泣かせた時点で拳を握っていたが、身内だと思い押さえていたのだ。

 

「ソラト・レイグラント。アイツが狙っていた奴か」

「何で僕を知って」

「だが、ただの人間風情が俺に触ってんじゃねぇぞ!」

 

 ソラトの威圧を無視し、分析しながら呟くサード。内容はソラトにもよく聞こえなかったが、何故か自分を知っていることは分かった。

 疑問を問おうとするソラトの声を遮り、サードは腕を払って逆にソラトを殴った。

 

「ソラト!」

 

 倒れるソラトに、スバルが駆け寄る。右頬が赤く腫れているが、無事なようですぐ起き上がった。

 

「俺の目的は姉さん達(旧型共)の回収だけだ。お前に用はない」

 

 サードはソラトとスバルを見下しながら右腕を伸ばす。

 すると、右腕に独特な形のガントレットが自動装備された。赤い指は棘のように鋭く、黒い腕の装甲には魔力弾を放つ銃口が付いている。

 

「"マサカーネイル"、ぶち殺せ!」

 

 サードはソラト目掛けて右腕を振り下ろした。

 

「スバルっ!」

 

 スバルを突き飛ばして自身も辛うじて避けるソラト。先程までいた場所には、爪で抉り取られたような跡が付いていた。

 

「キャー!」

「逃げろー!」

 

 突如起きた破壊行為に、数瞬前まで日常を過ごしていた一般人達が恐怖の声を上げ逃げ惑う。

 

「いつまで逃げ切れるか、だ!」

 

 抉り取った地面の破片を投げ捨て、再度ソラト目掛けて魔手を伸ばす。

 

「セラフィム! セットアップ!」

〔Standing by!〕

 

 ソラトは立ち上がり、サードの攻撃を避けつつ懐から待機モードのセラフィムを取り出し起動させる。

 すると、帯状魔方陣が爪を防ぎつつソラトを覆いバリアジャケットへと換装させていく。

 

「チッ!」

「マッハキャリバー、私達も……キャッ!?」

 

 ソラトが戦える体制に入ったことを察すると、サードは自分もデバイスを起動させようとしたスバルを抑える。

 

「大人しくしてろよ、姉さん」

 

 ガントレットで頭を掴んで持ち上げ、左手で腹部を殴って気絶させる。

 

「スバルを離せぇぇぇぇぇ!!」

 

 そこへスバルを傷付けられ、怒りに燃えるソラトが大剣を振り下ろしてきた。

 サードは昏倒したスバルを捨て、右腕でセラフィムを防ぐ。ガントレットを装備した状態とはいえ、腕1本で振り下ろされた剣を防ぐ辺り、流石は戦闘機人と言えるだろう。

 

「ほら、離したぞ! 人間!」

 

 右腕を抑えていたセラフィムを蹴り飛ばし、マサカーネイルで殴り飛ばすサード。吹き飛ばされたソラトは、そのまま背後にあったビルの壁に衝突した。

 

「かはっ!? くっ……」

 

 ソラトが叩きつけられた壁には数本の亀裂が入っており、サードの力の強さを物語っている。

 滑り落ちて地面に倒れるソラトだが、何とかセラフィムを支えにフラフラと立ち上がる。口から血を流しながらも戦意を失っていないソラトを見たサードは、気を失っているスバルを拾い何かを思いついた。

 

「オイ、ソラト。まだ生かしておいてやるからファースト姉さんも連れて来い」

「な、に……?」

 

 タイプゼロ・ファーストであるギンガを、ソラトに連れて来させようとしていたのだ。

 ソラトは拒否しようと口を開こうとするが、サードが爪をスバルの喉元に当てるのを見て言い出すのを止めた。

 

「断れば、当然セカンド姉さんの命はない。お前に選択肢なんてないんだよ」

「くっ……」

 

 手を出すことさえ許されず、ソラトは悔しそうにサードを睨む。

 

「場所はミッド南東の草原にある小屋、時間は今日の日暮れ前まで待ってやる。急げよ?」

「待て……!」

 

 そう言い残し、スバルを抱えたサードは転移装置で何処かへ消えてしまった。

 1人残されたソラトは震える手で通信を開いた。

 

「エド、兄……」

 

 相手は自分が兄と慕う男、エドワードだ。今はギンガと一緒に海上隔離施設にいるはずだ。

 

〔何だ……ソラト!? どうした!〕

 

 通信が繋がり、エドワードはすぐソラトの異変に気付く。

 

「ごめん……スバルが、攫われて……ギン姉も危ない」

〔落ち着け! 詳しいことは後で聞く。今は何処だ?〕

 

 たどたどしい口調で伝えようとするソラト。エドワードは一先ずソラトの元へ向かい、詳しい話を聞くことにした。

 

「クラナガンの、ファミレス前……」

〔ソラト! くっ、ギンガ済まない。急用が出来た〕

 

 最後に自分の場所を伝え、遂にソラトは意識を失ってしまった。

 

 

「ん……ここは……?」

 

 次にソラトが目を覚ました時、まず視界に入ったのは天井だった。自分がいたのは外だったはず。いつの間にか室内に移されたのだろう。

 ぼんやりと記憶が戻っていく。デート中に、サードと名乗る男が襲い掛かり……。

 

「スバルッ!」

 

 ソラトはスバルが攫われたことを思い出し、勢い良く身を起こした。

 周囲は壁で囲まれているが緑が生えており、暖かな雰囲気を感じることが出来る。高い位置にある窓からは黄昏色の光が差し込み、もうすぐ日が暮れるのが分かる。

 日暮れ。サードとの約束の時間だ。

 

「起きたか」

 

 後ろから気の強そうな女性の声がした。聞き覚えのある声に、ソラトはすぐに振り向く。だが、声の主はソラトが思っていた人物とは違った。

 

「……ノーヴェ。じゃあここは」

「隔離施設だ。スバルじゃなくて悪かったな」

 

 赤毛の少女、ノーヴェが不機嫌そうに答える。ノーヴェはスバルと姿も声も似ている。ソラトがスバルと間違え、すぐに気付いて落胆するのが分かったので、ノーヴェは皮肉で返した。

 

「あ、ごめん……」

「それより、スバルが攫われたんだって?」

「詳しく聞かせてくれ」

 

 気を悪くしたことに謝るソラトを流し、ノーヴェは今日あったことを尋ねる。そこへエドワードやギンガ達も加わり、ソラトは話すことになった。

 

「……そうか、タイプゼロはまだ作られていたのか」

 

 ソラトの話に、エドワードは納得するように頷く。タイプゼロの製作者がマラネロなら、今も製作を続けていてもおかしくはない。

 

「まさか、スバル達の生みの親がマラネロだったなんて……」

 

 逆に衝撃の事実を伝えられ、ソラトはショックを受ける。サードはスバル達を回収すると言っていた。このまま連れ去られるのを許せば、JS事件でのギンガと同様に洗脳手術を受け、敵に回ってしまう危険がある。

 

「日暮れまで時間がない。スバルを助けに行く」

 

 エドワードは急いで車に向かおうとする。彼にとってもスバルは大切な妹分。冷静そうな顔の裏は怒りと焦りで満ちていた。

 

「待って! 僕も行く!」

 

 エドワードを呼び止めたのは、手負いのソラトだ。ダメージは引いていたが、全快ではない。

 

「スバルが攫われたのは僕の所為だ! だから僕も行く!」

「……分かった」

 

 スバルのためなら誰よりも強い意志を見せる弟分に、エドワードは少しの間を置いて頷いた。

 ソラトは敵の情報を握っているし、エドワード1人よりはコンビを組んでいるソラトがいる方が勝率も上がる。

 

「私も!」

「ギンガは残れ。敵はお前も狙っているんだぞ」

「でも……」

 

 スバルの実の姉であるギンガも行こうとするが、エドワードに止められる。ギンガまで捕まれば、それこそ敵の思う壺だ。

 

「頼む。スバルは俺達が必ず助ける」

「……エド、お願いね」

 

 エドワードの脳裏には、かつてスカリエッティに洗脳を受けて敵に回ったギンガの姿が浮かぶ。彼氏の懇願に、ギンガは渋々残ることを承諾した。

 

「行くぞ、ソラト」

「うん!」

「頑張るッスよ2人共!」

 

 ウェンディの声援を背に、2人は敵の待つ場所へ向かった。

 

 

◇◆◇

 

 

 その頃、ある木製の小屋では暇そうにサードが呟いていた。傍には縛られた状態のスバルが磔にされている。

 

「あー、遅ぇ。強く殴りすぎた所為で気絶してんじゃねぇか? 人間って弱いからな」

 

 イライラを募らせたサードが何かを踏む。それは人間だった。よく見ると、体に何かで貫かれたような穴を空けて死んでいる。恐らく小屋の住人だったのだろう。

 

「貴方の目的は何?」

「目的? だから姉さん達を回収すんのが目的だって」

 

 スバルが訴えるような目で問う。内心では、複雑だった。弟だと思っていた人物が残忍な性格で、罪のない人を簡単に殺している。

 しかし、サードは呆れる口調で喋る。次の瞬間には、マサカーネイルをスバルの首に当てていた。

 

「けど、役に立ちそうもなければ新型の俺が直々に廃棄処分してもいいってさ」

 

 悪意に満ちた眼差しを向けるサード。自分やスバルを機械としてしか見ていないようだ。

 

「機械でいるのが、そんなにいいの?」

 

 スバルが尋ねると、サードは左手で彼女の頬を平手打ちをした。

 

「アンタに機械としての誇りはないのか? 命? 心? 不完全な生命の持ち物だろ。完全な存在たる俺には不要だ!」

 

 サードは感情的に叫ぶ。この男にとっては、機械であることが全てなのだろう。しかし、同じ機械の体を持つスバルにはサードの考えを理解出来なかった。

 

 

◇◆◇

 

 

 一方、エドワードの私有する車の中。助手席に座るソラトがスバルの相棒であるティアナや、上司であるなのは達に通信で報告をしていた。

 

〔そっか、スバルが……〕

「すみません、僕が付いていながら……」

〔何でアンタが謝るのよ〕

 

 自分の無力さを責めるソラトを、ティアナが慰める。

 

〔それより、これからどうするつもり?〕

 

 なのはは厳しい口調でソラトに尋ねた。時間がないとはいえ、2人だけで敵に挑むのは危険すぎる。

 

「それは……」

「俺達は足止めを担当します。なるべく刺激せず、スバルの安全を確認しながら」

 

 2人だけで戦うつもりだったソラトに代わり、運転中のエドワードがなのはに答えた。足止め役でも危険なのは明らかだ。しかし、スバルを安全に救出しながらサードを捕らえるにはこの方法しかなかった。

 日暮れ時を越え、スバルを殺す殺さないを問わずにサードの姿を見失えば元も子もない。

 

〔分かった。すぐに駆け付けるから、無茶だけはしないで〕

「「はい!」」

 

 エドワードはフォワード6人の中ではティアナ並に頭が切れる。きっと無謀な行動は取らないだろう。なのははエドワードの言葉を信じ、通信を切った。

 

「……で、本当は?」

 

 通信が切れたことを確認し、ソラトがエドワードに聞く。勿論、ソラトはスバルが捕まっているのに足止めだけで終わる気はない。

 

「決まっている。俺達だけで救うんだ」

 

 エドワードも同じく、大事な人を助け出すのに応援を待つ時間すら惜しかった。例え懲罰が待っていようと、エドワードとソラトの決心は揺るがなかった。

 

 地平線に日の半分が沈みかけた頃。遂に待ちかねたサードが縛られたスバルを引き摺り外へ出た。

 

「姉さんのお仲間は見捨てたか、まだおねんねしてる程貧弱だったか。どっちにしろ、恨むんだな」

 

 スバルを無造作に投げ捨てると、サードはマサカーネイルを一気に振りかざした。

 

「ソラト……!」

 

 恐怖で目を瞑るスバル。ところが、虐殺の爪がスバルの体に突き刺さることはなかった。

 恐る恐る目を開くと魔爪は胸の前でピタリと止まっており、サードは地平線の向こうを見つめていた。

 

「運が良かったな」

 

 サードの視線の先から1台の車が走ってくる。スバルにも見覚えのある大型車がサード達の前に停まると、運転席から誰かがゆっくりと出てきた。

 

「スバルは無事か?」

 

 黒いバリアジャケットにライフル型デバイス、ブレイブアサルトを構えたエドワードがサードに尋ねる。銃を向けられているにも拘らず、サードは余裕そうだ。

 

「ああ、見ての通り。で、ファースト姉さんは何処だ?」

「ギンガは連れて来ていない」

「はぁ? 状況が分かってねぇのか? 何で連れて来ないんだよ」

 

 エドワードとやり取りをしながら、サードの脳裏にはある疑問が浮かんでいた。ソラトがいないのは何故だ? どうして人間1人だけを向かわせたんだ? その答えはすぐに出た。

 

「ああ、分かっている。お前の詰めが甘いってことだけな」

 

 その瞬間、サードの背後から白いバイクが突進して来た。辛うじて避けるサードだが、敵にスバルとの間へ割って入られてしまう。

 

「スバルは返してもらう!」

 

 バイクから降り、スバルを庇うようにしてセラフィムの剣先を向けるソラト。ここへ来る途中で二手に別れて先にエドワードが着くことで注意を反らし、ソラトが奇襲を掛ける作戦だったのだろう。

 人質を失い、二方から武器を構えられピンチに陥るサード。

 

「調子に乗るなよ、人間共がぁぁぁぁっ!」

 

 何より、見下していた人間に出し抜かれたことが彼のプライドに傷を付けた。サードは怒りのあまり叫び、マサカーネイルで足元を力強く殴る。すると、殴った個所から衝撃波が地面を伝ってソラト達を襲った。

 

「くっ!?」

「奴のインヒューレントスキルか!?」

 

 スバルをお姫様抱っこで抱えたソラトは、衝撃波を避けながらエドワードと合流する。

 

「スバル、大丈夫だった? ケガとかない?」

「うん、大丈夫。ソラトが来てくれるって信じてたし」

 

 縄を解いてスバルを解放しつつ心配するソラト。そんな幼馴染に、スバルは笑顔で無事を伝えた。良いムードが2人を包む。

 

「後にしろ」

 

 しかし、敵と対峙するエドワードに突っ込まれてしまった。ソラトは若干不満そうにしたが、愛する人を傷付けた相手を許せるはずもなくエドワードの隣でサードを睨んだ。

 

「人質なんかなくても、人間ごときに負ける訳ねぇんだよ!」

 

 怒りで感情を高ぶらせるサードだが、人間への余裕はまだ健在のようだ。

 

「タイプゼロ・サード。お前を撃ち墜とす!」

「さぁ、鎮魂歌(レクイエム)は歌い終わった?」

 

 対するソラトとエドワードはスバルの救出を完了させたことと、互いへの信頼で勝利への自信に溢れていた。それぞれの武器を向け、決め台詞を放つ。

 

「ハハハッ! 鎮魂歌ってのは本人が歌うモンじゃねぇぞ!」

 

 ソラトの決め台詞に対して、サードも突っ込める程の余裕を見せた。

 新型の戦闘機人と機動六課フォワード部隊のコンビ。決戦の火蓋が切って落とされた。

 

 

 



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第13話 虐殺の魔爪

 夕陽も殆どが沈み、暗い夜空に星々が煌めき始めた。

 人質となっていたスバルを無事に取り戻し、これで遠慮なく戦える。ソラト達はタイプゼロ・サードにデバイスを構え追い詰めていた。

 

「相棒、私達も行くよ!」

〔はい〕

「マッハキャリバー、セットアップ!」

 

 ソラトの後ろでは、解放されたスバルが首から下げた青いクリスタル型のデバイスを取り出して起動させた。すぐに活発な私服が普段のローラーブーツと篭手型デバイスを装備したバリアジャケットの姿へと変わる。

 スバルも戦線に加わり、3対1となる。サードがいかに新型の戦闘機人とはいえ、分が悪いのは明白だ。

 

「人間2体ならまだしも、機人1人追加か……」

 

 しかし、サードは焦ることなくガントレットを装備していない左手を高く掲げ、指をパチンと鳴らした。

 すると拠点にしていた小屋が轟音をあげ、木っ端微塵に吹き飛んだ。更に、残骸から何かがこちらに向かって猛スピードで突進してくる。鈍いメタリックカラーのボディに、金色の長く鋭い角を頭に備えている。太い腕には角と同じ色の爪が3本。その姿は、さながら二足歩行のサイだ。

 

「セカンド姉さんにはこの玩具で遊んでてもらう」

 

 サードは集団戦になった時のために予め新型のガジェットを用意していたのだった。

 ネオガジェット・タイプCの赤いアイカメラがスバルを敵として認定した。

 

「わっ!?」

 

 素早い突進攻撃を、ローラーブーツによる加速で避けるスバル。そのまま追い掛けっこ状態になり、ソラト達からどんどん距離を離されてしまう。

 

「スバル!?」

「余所見してる余裕があんのか? 人間!」

 

 ネオガジェットとの戦闘を強いられてしまったスバルを心配するソラト。そこへ、サードが容赦なく襲い掛かる。

 

「くっ! エド兄!」

「人間の攻撃が当たるかよ!」

 

 マサカーネイルでの突きを大剣の腹で受けとめ、動きが止まった瞬間にエドワードが狙撃する。攻撃を予測していたサードはバックステップで急いでソラトから離れ、魔力弾を回避した。

 相変わらず人間を見下している様子を見せるサード。機械であることがそんなに良いのか、ソラトにはその理由が分からなかった。

 

「何でそこまで機械であることに拘るんだ!」

 

 大剣をサード目がけて横薙ぎに斬り掛かるが、屈んで避けられてしまう。即座に鋭い爪が胸へと突き立てられそうになる。

 

〔Holy raid〕

 

 その瞬間、ソラトがサードの目の前から姿を消した。対象を失った爪は空を切り、サードの視界には消えた目標の代わりに、遠くからこちらへ照準を合わせたエドワードの姿が入った。

 

「こっちだ!」

 

 加えて、短距離移動魔法"ホーリーレイド"で背後に回ったソラトがセラフィムを振り下ろした。

 だが、サードは未だに慌てる素振りすら見せず、右腕の装甲で大剣の刃を受ける。

 

〔Forte burst〕

 

 同時に、サードの背後から藍色の射撃魔法が放たれた。マサカーネイルはセラフィムを受け止めているので、防御に使えない。

 

「っはぁ!」

 

 サードは地面を強く踏み鳴らす。すると真下から衝撃波が起こり、サード自身を真上に吹き飛ばした。

 

「なっ、うわっ!?」

「ソラト!」

 

 今度はサードがその場にいなくなったことで、エドワードの射撃はソラトへ命中してしまう。コンビネーションを破られ、倒れるソラトに対しサードは元いた場所に着地し余裕の笑みを浮かべた。

 

「人間は弱くて不完全だ」

 

 サードはエドワードへと標的を変え、カタカタと爪を鳴らしながら特攻していった。エドワードも魔力弾を連射して迎え撃つが、右腕に全て弾かれてしまう。

 

「機械のような正確さ、頑丈さ、そして冷徹さが欠けている!」

「くっ!」

 

 魔爪を大きく広げ、狙撃手を引き裂こうと腕を降ろす。エドワードは訓練で身につけた軽いフットワークで避け、勢い余った爪は地面に突き刺さった。

 敵の武器はガントレットのみ。それさえ封じれば後は頭を打ち抜き昏倒させ、捕縛すればよいはずだった。

 

「このまま大人しく……!?」

 

 しかし、奇妙なことがまたもや起こった。突き刺さった爪から地面を伝い、エドワードに向けて衝撃波が放たれたのだ。予想外の攻撃に、防御する間もなくエドワードは吹き飛ばされてしまう。

 最初にソラトが奇襲をかけた時、ソラトと挟み撃ちを掛けたエドワードが狙撃した時、そして今。三度衝撃波が起きている。

 

「そうか、貴様のインヒューレントスキルが分かった」

 

 地面を転がり、すぐに起き上がったエドワードは今までの現象を冷静に分析し、サードに1つの答えを出した。

 "先天固有技能(インヒューレントスキル)"。魔力ではない別のエネルギーを使用する能力のことで、主に戦闘機人が生み出された時に保有する。

 タイプゼロ・セカンド──スバルのIS"振動破砕(しんどうはさい)"は四肢からの振動エネルギーにより、共振現象を発生させて対象を粉砕する技術である。

 

「お前のISは、打撃を与えた箇所から衝撃波を引き起こす能力」

 

 衝撃波が起きる直前、サードは地面を直接攻撃していた。最初と2度目は足で踏みつけ、3度目はマサカーネイルで突き刺している。そして、衝撃波はサードが攻撃を加えた箇所から狙った場所へと発生している。

 膝を付いた状態でブレイブアサルトを再度構えて推理するエドワードに、サードは称賛の拍手を送った。

 

「ハハハッ、当たりだ! 俺の"衝撃破砕(しょうげきはさい)"を当てるなんて、お前人間にしては賢いなっ!」

 

 サードは笑いながら、右手の裏拳で後ろから迫る大剣を受ける。その時、衝撃が刄から柄へ伝わり、ソラトの手からセラフィムが弾き飛ばされた。

 

「うあっ!?」

「けど、終わりだ人間共」

 

 宙を回転する大剣をサードが掴み、落下の慣性に従いながら元の持ち主を斬り裂いた。

 

 

◇◆◇

 

 

 スバルはソラト達の戦いを気にしながら、ネオガジェットから逃げていた。見かけの通りネオガジェットは一直線に突進してくる。今も岩にぶつかったが、長い角と頑丈な体で逆に岩を粉々に砕いてしまう。

 

「このまま逃げてても仕方ない!」

 

 速度は驚異的だが、カーブが利かないのが弱点だった。よって、スバルはウイングロードを使い縦横無尽に走り、翻弄していたのだ。

 しかし、敵は疲れを知らない機械獣。いくら逃げ回ったところで勝機はない。

 

「よし、一か八か! 行くよ、相棒!」

〔やってみましょう〕

 

 スバルはネオガジェットの目の前で立ち止まり、相手とは逆方向へ一直線に走り出した。

 当然、ネオガジェットもスバルを捕捉して猛突進する。マッハキャリバーもアクセル全開で走っているが、速度は五分五分。

 

「いくよっ! せーのっ!!」

 

 スバルの合図でキャリバーは急ブレーキを掛け、草原に跡を付けながら止まる。対するネオガジェットは急ブレーキなど掛けれず、止まる気配がない。

 

「でりゃああああああ!!」

 

 スバルはそれを待っていたかのようにカートリッジをロードし、リボルバーナックルのギアを回転させる。そして突進してきたネオガジェットの角を見切って躱し、装甲が弱い首の間接部へ拳を強く叩きつけた。

 敵の移動スピードもあり、威力を増した必殺拳は装甲を貫き、頭を飛ばすことに成功した。バチバチと千切られた首から漏電しつつも、ぎこちない動きで残った武器である腕を振り回すネオガジェット。

 

〔Divine buster〕

「一撃必倒!」

 

 スバルは両腕で魔力スフィアを練り上げると、左拳で保持しながら中身が丸出しの首へ押し込む。

 

「ディバインバスタァァァァァー!!」

 

 トドメに右拳でスフィアを殴り、水色の砲撃魔法をネオガジェットへ向けて思い切り叩き込んだ。至近距離から砲撃魔法を食らったネオガジェットは、内部から破壊し尽くされ爆発を起こしたのだった。

 

「はぁ、はぁ……やった!」

 

 憧れの人物の影響を受けて編み出した砲撃魔法。それで上手く敵を倒せ、スバルは歓喜した。

 彼女が浮かべた笑みは、機械らしさを微塵も感じさせない、明るいものだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 サードによって斬り伏せられたソラトは、斬り傷から"衝撃波砕"による衝撃波を受けて吹き飛ばされた。

 斬撃をまともに受けたためにダメージが大きく、意識が飛びかけている。

 

「この程度でくたばったのか。弱いな」

「ソラト!? 貴様っ!」

 

 エドワードは怒りを露にし、サードを狙い撃つ。だが、マサカーネイルの装甲に阻まれ決定打を与えられない。

 

「焦るな。次はどうせお前だ!」

 

 サードはセラフィムを投げ捨ると、爪を地面に叩き付けてエドワードへ衝撃波を放つ。サードの攻撃を避けつつ距離を取り狙撃するエドワードだが、近距離戦はあまり得意ではない。

 

「君は、機械がいいのか……」

 

 ソラトの弱った声が聞こえる。サードが振り向くと、ダメージが抜けないソラトが拾ったセラフィムを支えにして必死に立ち上がっていた。白いバリアジャケットが血の赤で染まっていく。

 

「君は感情のない機械がそんなにいいのか……」

「チッ、くどいんだよ!」

 

 ソラトの疑問に嫌気が刺し、サードはマサカーネイルでソラトの体を引き裂いた。虐殺の魔爪は少年の皮膚を更に抉り、傷口から鮮血を吹き出させる。

 ソラトは痛みでよろけるが、足を踏張り倒れずにいられた。歯を食いしばり、激痛を堪えてサードを睨む。

 

「人間はやっぱ覚えが悪いな! 機械に感情なんていらないんだよ! セカンド姉さんのような不良品に感化されすぎたな!」

 

 サードは爪に付いた血を払い、その先端をソラトへ突き刺そうと構える。

 人間の手に落ちて感情なんて持ち合わせた不良品の姉と、それを助けに来て死んでいく不完全で愚かな人間を嘲笑う。

 

「感情のない機械がいいのか」

 

 ソラトの頭に残る疑問。しかし、その答えは彼の中で既に出ていた。

 スバルの弟だと言ったサードも、人間らしさを手にすることが出来ると信じていた。だから、ソラトはサードに疑問を投げ掛け続けた。ところがサードは聞く耳を持たず、感情を不要なものと斬り捨てる。

 

「なら、お前はスバルを」

 

 ソラトの脳裏に色んな表情のスバルが浮かぶ。

 出会ったばかりの自分に寂しそうだと言って、優しく手を差し伸べてくれたスバル。

 大好きな人が離れるんじゃないかと恐れながらも、信じて機械であることを証したスバル。

 想いが通じ、涙を流しながら喜んだスバル。

 戦闘機人であるはずの彼女は誰より人間らしかった。そんな彼女に救われたソラトにとって、サードの言い分は絶対に許せないことだった。

 

「僕の大好きな人の全てを否定するっていうのか!!」

 

 咄嗟の反応で、ソラトはサードの攻撃をセラフィムで受ける。衝撃波を放たれる前に魔爪を弾き、空いた腹部を蹴り飛ばす。

 コイツにだけは負けてはいけない。ソラトは激情し、セラフィムを構え直した。

 

「セラフィム、フォルムツヴァイ!」

〔Wing form〕

 

 ソラトの声に反応したセラフィムから、電子音声と共に薬莢が2発飛ぶ。すると、ベルカ式の特徴である三角形の魔法陣が発生し、青緑色の魔力に覆われたソラトの足が数センチ宙を浮いた。セラフィムの刀身からは排出口が出現し、魔力エネルギーによる蒸気を噴出する。

 これがセラフィムの第二形態(フォルムツヴァイ)"ウイングフォルム"である。

 

「な、何をしたんだっ!?」

「スバルがいなかったら、僕だって今頃どうなっていたか分からない!」

 

 サードが爪を振り下ろすが、ソラトは浮いたまま滑るように移動して避ける。まるでスケートでもしているかのような動きだ。

 敵への警戒を忘れず、ソラトは軽々とサードの背後を取る。ホバーの付いた剣は振り抜きやすく、サードが避ける前に背中を弾き飛ばした。

 

「ぐおっ!? テメェ、人間の分際で!」

 

 サードは見下していた人間から受けた一撃に激怒し、ガントレットの装甲部にある銃口から射撃を連射した。

 

「スバルは人間だ! 不良品なんかじゃない!」

「……ああ、ギンガだって!」

 

 流れるようにスライドし、サードの射撃を受け流す。射撃の精度が低いため、サードの攻撃はソラトにまるで命中しない。

 エドワードもソラトに共感しながら、弾丸を打ち落として弟分の道を作る。

 

「こんな、人間なんかに!」

 

 見下していたはずの人間に押されている。その事実がサードを焦らせた。今まで感じたことのない恐ろしさを知り、サードは慌てて爪をソラトへ横薙ぎに振った。

 

〔Grand cross〕

 

 ソラトは爪を体に擦らせながらも避け、真上にセラフィムを構えた。サードから受けた斬り傷からは血が止まらないが、サードに勝つことだけを考えて意識を保っている。

 

「グランドォォォォッ!」

「ちぃっ!」

 

 縦一閃に大剣を振り下ろし、サードを真っ二つに斬り裂こうとした。しかし、斬撃は虐殺の魔爪の装甲を砕きつつも防がれてしまう。

 衝撃破砕は生身でも使用可能なIS。隙を突いて拳1つで衝撃波を加えれば、ボロボロのソラトは墜ちるだろう。サードの計算は間違っていなかった。ソラトの攻撃がこの一振りで終わりだと思い込んでいたこと以外は。

 

「クロスゥゥゥゥゥゥッ!!」

 

 ソラトは大剣を振り下ろした状態から即座に斜め上へ少し上げ、今度は横一閃に振り切ったのだ。進行方向にホバーを噴出させ、体をスライド回転させているので斬撃の速度と威力は通常時よりも跳ね上がっている。

 第二撃が来ることを全く予想していなかったサードは、ソラトの渾身の一撃をその身に受けてしまう。

 

「バカな、人間ごときに俺がぁぁぁぁ!?」

 

 サードは信じられないという叫びを上げながら機械の体を宙へ舞わせ、十字の軌跡と共に爆散したのだった。

 

「スバルの人間らしい感情が僕を救ったんだ。そんなスバルだから、僕は好きになったんだ……絶対に、人間が劣っているなんてこと、ない……」

 

 スバルが間違っていないことを証言しながら、致命傷を負っているソラトも意識を手放した。

 

「ソラト!」

 

 倒れる騎士の体を支えたのは、猛スピードで走ってきたスバルだった。スバルはソラトの叫びを聞き、感動の涙を流していた。

 

「ソラト、ありがとう」

 

 自分のために傷付きながらも戦ったソラトを、スバル優しく抱き締めた。

 その傍では、エドワードがサードの残骸に近付いていた。これが散々有能だと語っていた機械の末路か。エドワードは嘲笑しながらサードを見下ろす。

 

「完全な機械だろうと、それを造るのは不完全な人間だ」

 

 そう呟き、物言わぬサードの頭部を拾った。

 

 

◇◆◇

 

 

 マラネロの研究室。既に3杯目のカップラーメンを作りながら、マラネロは一連の出来事をモニターで眺めていた。

 

「サードが負けたか」

「そのようだな」

 

 マラネロの背後から別の人間の声がする。薄暗くて顔は見えないが、よく見るとマラネロに剣先を向けていた。

 

「俺にとっては好都合だ。もう少しでアイツがソラトを殺しそうだったからな」

 

 明らかな敵意と殺意を紅い瞳に秘めている。怒りの言葉にも構わず、マラネロはカップラーメンの蓋を開けた。

 

「まぁまぁ、君も食べるかね?」

「いらん」

 

 背中に剣を向けられているにも関わらずラーメンを啜り、挙げ句に相手に勧める始末。少年はつくづく、この科学者がイカれていることを思い知る。

 

「彼の戦闘データが手に入ったからいいじゃないか」

「そういう問題じゃ……もういい」

 

 全く動じないマラネロに呆れ、少年は持っていた大剣を赤いクリスタルへと戻した。

 

「戦いの場を用意している、と言ったら?」

 

 不満そうにしていた少年がピクリと反応する。マラネロが自分の興味を持たせることを言うのは珍しいことだった。

 

「何処だ」

 

 マラネロの予想通り少年が話に食い付いた。狂った科学者は眼鏡を光らせ、ニヤリと笑い一言呟いた。

 

「グリトニル・リゾート」

 

 

◇◆◇

 

 

 サード襲来の翌日。エドワードが拾ったサードの頭部は時空管理局本部で調査されることとなった。

 しかし、深刻なダメージを負っていたとはいえ非殺傷性の構築が甘く、多くの情報を持っていたであろうタイプゼロ・サードを破壊してしまったこと。更に独断行動を責められ、ソラトとエドワードはそれぞれ減俸と1週間の謹慎処分となった。

 最も、深い傷を追ったソラトは1週間以上の入院生活を余儀なくされたが。

 

「もう、ソラト無茶しすぎだよ」

「あはは、ごめん。心配かけて」

 

 病室で、見舞いに来たスバルに叱られるソラト。苦笑しながら謝るが、後悔はなかった。例え死ぬことになっても、スバルを否定され傷付けられて黙っている訳にはいかなかったのだ。

 

「でも、私のために叫んでくれたのは嬉しかったよ」

「えっ、聞いてたの!? あ、あれはその! えーと……!」

 

 はにかんで頷くスバルに、ソラトは今更ながら恥ずかしさが込み上げてきた。

 冷静になって思い返せば、あの時の叫びは告白のようなものだった。まだ早い上、しっかりしたシチュエーションでの告白をしたかったソラトは上手い弁明の言葉を思いつかず、顔を真っ赤にして慌てふためく。

 

「ありがと、ソラト。私も大好きだよ」

 

 スバルは頬を染めて再度礼を言い、ソラトにキスをした。

 彼女の大胆な行為に、ソラトは思考回路が追い付かず目を点にしていた。つまり、スバルはあの時の告白を受け入れたということだ。

 

「え、あ、こんな僕でいいの?」

「うん! 私はソラトがいいの!」

 

 イマイチ自信のないソラトに、スバルはとびきりの笑顔で返す。自分を何処までも明るく照らしてくれる、そんな彼女に照れながら頭を掻くソラト。病室の中、甘い空気が2人を包む。そして、どちらからともなくまた口付けを交わした。

 それから、次こそは邪魔が入らないようにと結ばれたばかりの若いカップルは早速次のデートプランを立てるのだった。

 

 

 



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第14話 グリトニル・リゾート

 月が雲に隠れ、光の差し込まない夜の森。

 その中を1人の少年が歩いていた。暗過ぎて姿は見えないが、枝や草を踏む音で位置が確認出来る。

 ここは無人世界。名前通り、本来は人がいない世界である。それを、しかもこんな夜更けに少年がたった1人で森の中にいることなんてありえない。

 

 ふと、足音が止む。同時に、微かに唸るような音が3方向から聞こえた。

 厚い雲から漸く月が顔を覗かせ、枝の隙間から薄暗い森に光を差し込ませると、奇妙な物音の正体が露わになる。

 唸り声の主は野性の狼だった。無人世界とはいえ、生物自体がいない訳ではない。このような肉食動物も数多くいる危険な地帯も存在する。

 狼達は少年を警戒するかのように周囲を徘徊した。鋭い牙を揃えた口からは涎を滴らせている。

 すっかり夕食として目を付けられている少年は、恐れるどころか動じる様子すら見せない。

 

「邪魔だ」

 

 狼達が一斉に飛び掛かる。その瞬間、少年の手に巨大な剣が現れ、素早く周囲に振るった。

 風を薙ぐ音が止むと、狼達は少年に辿り着くことなく、血飛沫をあげながら地面に落ちた。

 獣の血が付いた刄を軽く払い、少年は再び手品のように大剣を消す。

 

「食っていいぞ」

 

 そして、狼の死骸を一匹だけ背負い何処かへと去っていった。どうやら少年も夕食を探していたようだ。

 半分だけ雲に隠れた月を見上げ、ポツリと呟く。

 

「早く来い、ソラト」

 

 少年が去った後には既に他の狼の死骸はなく、静かな森の中にバリボリと肉を貪り骨を砕く音だけが響いていた。

 

 

◇◆◇

 

 

 ミッドチルダから発つ小さな次元艇が1つ。先日、機動六課に配備された小型次元艇"ドロレス"だった。

 元々、型の古い小型次元艇のため廃棄処分になりかけていたドロレスだったが、少人数のみを乗せて次元の海を渡れる船という良条件を満たしていたので、機動六課で引き取ったのだ。

 そしてドロレスは機動六課での初任務として、ミッド付近の無人世界を目指していた。乗員数は8人。操舵者のルキノ、スターズ分隊長のなのは、そしてフォワード達6名である。

 

「あと1時間ぐらいで着きます」

「ご苦労様」

 

 ルキノの報告に労いの言葉をかけるなのは。船が安定したことでリラックスした様子だ。

 一方、ソラトとエドワードはあまり落ち着かないようだった。2人にとって、今回が初めての次元世界間の移動だったからだ。

 

「次元の海とは、こんなものなのか……」

「だ、大丈夫だよね? 急に隕石が来たりとかしないよね?」

 

 冷静に航行を楽しむエドワードに対し、ソラトは不安が勝っていた。

 

「大丈夫だよ」

「ほ、本当? 目の前に虚数空間が現れたり、次元震が前触れなく起こったり……」

「もう、心配しすぎだってば」

 

 怯えるソラトを母親のようにあやすスバル。結局、ソラトの心配は無事に目的地に着くまで続いた。

 

 

◇◆◇

 

 

 "グリトニル・リゾート"。元は自然豊かな無人世界だが、その美しい風景から一部にリゾート地を開拓し、今では次元旅行者に愛される観光スポットとなっている。

 だが、管理局の取り決めで自然の多くは残り、森林の奥深くには狂暴な原住生物も潜んでいる。なのは達が到着した時も、特にビーチには旅行者で溢れていた。

 

「いいなぁ……」

 

 スバルが旅行者達を羨ましそうに見ていた。白い砂浜、青い海、そして高級リゾートホテルへの宿泊。誰もが憧れるバカンスになるのは間違いない。

 

「今は仕事中でしょ」

 

 そんなスバルの羨望を、ティアナの冷たい一言がバッサリと斬る。

 今回スバル達がここへ来たのは、"セブン・シンズ"の保護のためである。実はグリトニル・リゾートのオーナーが最近入手したオブジェクトがセブン・シンズの特徴と一致したのだ。

 更に、数日の間にこの近辺で獣人らしき影の目撃情報まで出ている。

 実物を確認するべく、なのは達はオーナーと秘書の案内で宝物庫に向かう。

 

「これです」

 

 宝物庫の中央の台座に置かれた、ガラスケースの中にあるオブジェクト。それは30cm程の小さな藍色の像だった。どうやらクマを象っているようで、材質は不明だがまるで宝石のように美しく輝いている。

 

「オークションに並んでいた時には"怠惰(レイジー)"と呼ばれていました」

 

 秘書の解説で、ますます確信が得られた。怠惰は7つの罪の1つに数えられる。

 この像こそ、紛れもなくセブン・シンズだ。

 

「獣人の撃退後、この像は管理局で保護します。いいですね?」

「ああ、好きにしてください。君、後は任せたよ。ふぁぁぁ……」

 

 なのはが確認を取ると、オーナーはやる気のなさそうに応答した。そして、後のことを秘書に全て任せて自室に戻ってしまった。

 

「すみません。あの像を手にしてから、オーナーは怠け癖が付いてしまって……」

 

 オーナーの不遜な態度に秘書が謝罪をする。

 セブン・シンズは持ち主にのみ、名前通りの影響を与える。オーナーの怠け癖が怠惰(レイジー)の効果だろう、となのは達は予想した。

 

 警護内容は、日中は全員が各場所にて見張り、夜は交替で見回りとなった。

 東区域を担当することになったソラトには、ビーチと居住区が一望出来た。

 居住区には管理局の許可を得た漁師や、リゾートでの労働者とその家族が暮らしている。家々は石造りになっていて開拓出来る区域が広くないため、まるで迷路のように密集していた。

 

『そういえば、スバルの先祖やなのはさん達の出身世界に似たような場所があるんだっけ』

 

 ソラトは以前、図書館で読んだ地球の本に載っていた写真を思い出していた。こんな平和な光景が何時までも続けばいいのに、と考えながら。

 

「ソラトさん」

 

 すると、南区域を警備しているキャロから念話が入った。

 

「今、いいですか?」

「ん? 何だい?」

 

 周囲の異常がないのを確認しつつ、キャロの念話に答えるソラト。六課に入ってから暫く経ったが、まだまだ新入りなのでスバル以外の人物とも仲良くなるチャンスは欲しかった。

 

「実は、エリオ君からソラトさんのことを聞いたんです」

「えっ?」

 

 エリオからと言われ、ソラトは前にスバルとの馴れ初めについて話したことを思い出した。

 

「ちょっと恥ずかしいな……」

「すみません」

「いいよ。事実だし、あのことがなかったら僕は……」

 

 笑いながら話すソラトだが、改めて考える。

 もしスバルに出会ってなかったら?

 もしあの時、彼女が話し掛けてくれなかったら?

 果たして自分は立ち直れただろうか。心の拠り所がなかったら、どんな性格になっていたか分からない。

 

「ソラトさん?」

 

 キャロの呼び掛けに、ソラトは我に帰った。悪い方に考えても仕方ない。スバルがいてくれるからこそ、今のソラトがあるのだから。

 

「誰かを好きになるのはいいことだよ、キャロ」

「誰かを好きに……」

 

 好きになること。友情関係も含まれるが、恋愛感情に関してはキャロにも心当たりがあった。最近、エリオの存在が自分の中で大きくなっているのを感じていたのだ。

 しかし、先日カルナージに行った際にルーテシアがエリオと仲良くしているところを見て、心の中にモヤモヤを感じるようになった。ソラトに念話を掛けたのも、このモヤモヤについて相談するためだった。

 

「それは、誰かを憎む結果になってもですか?」

 

 ふと出てしまった言葉に、キャロはハッとして口を押さえる。そして、同時に自覚してしまった。ルーテシアを少なからず憎んでいるのだと。

 

「えっ?」

「ち、違うんです今のは! 忘れてください!」

 

 恥ずかしさと自己嫌悪が込み上げてくる。

 折角親友になった少女を、同じ人が好きになったという理由で自分は憎んでいる。キャロは自分の黒い面を知り悲しくなってしまう。

 

「恥じることじゃないよ」

 

 しかし、ソラトはキャロにきっぱりと返答した。

 

「どんなに親しい相手でも、好敵手なら対抗心を抱くものだよ。それくらいで自分を恥じちゃダメだ」

 

 ソラトの脳裏にはある人物が浮かんでいた。

 恋の好敵手ではないけれど、好きな人を守る役目を取られて以来、その人物に強い対抗心を抱いている。

 

「対抗心、ですか?」

「そう。その相手のことも好きなら、その気持ちは憎しみなんかじゃないよ。嫌いじゃないけど譲れない、負けたくない気持ち。これはキャロを強くするよ」

 

 優しく話すソラトに、キャロの中の黒い感情は静かに消えていった。確かに、ルーテシア自身を嫌いになった訳ではない。

 

「ありがとうございます!」

「うん、頑張ってね!」

 

 自信が付いたキャロは満足そうに念話を切る。

 恋する女の子を元気付けると共に、ソラトは自分の目標を再確認したのだった。

 

『僕も頑張って……必ずなのはさんを超える!』

 

 その時、北区域を警護していたティアナからアラートが入った。

 

「こちらティアナ。北側でネオガジェットを数機確認」

 

 漸く敵が動き出したようだ。ティアナのいるポイントから一番近いソラトが応答する。

 

「了解、今すぐそちらに」

 

 向かう、と言い掛けた所で口を止め周囲の気配を探る。

 すると自然豊かなその場に不似合いな機械音と、ガサガサと草木を揺らして移動してくる音が聞こえてきた。

 

「……訂正。少し時間が掛かります」

「気にしないで。この数なら1人でやれる。他の皆も持ち場を離れず警戒態勢で」

 

 フォワード陣のリーダーらしくティアナが指示をする。それと同時に、ソラトの目の前にネオガジェットが5体飛び出して来た。

 

「了解。ここから先は通さないよ!」

 

 通信を切るとソラトは大剣型アームドデバイス、セラフィムを取り出し臨戦状態に入った。

 

 

 

 ホテルから離れた森の中。

 木陰に座り込んだ少年が、ネオガジェットのカメラアイから送られる映像を眺めていた。

 彼の任務は当然、セブン・シンズの奪取。しかし、彼自身の目的はそれだけではなかった。

 

「やっと来たか、ソラト……」

 

 いつもへの字に曲げていた口から歯を覗かせて笑う。

 これで宿願が叶う時が来た。

 少年は立ち上がり、土を払うとホテルのある方向へ歩き出した。

 

 

◇◆◇

 

 

 ネオガジェット達との戦闘も終わり、日が暮れて月が昇る時刻となった。

 結局警護中に獣人は現れず、ネオガジェットの編隊が襲撃してきたのみだった。

 

「何かが変だな」

 

 貸し与えられたホテルの一室で、エドワードが考えを巡らせていた。同室にいるソラトとエリオも、今回は引っ掛かる節がある。

 

「ネオガジェット、しかもタイプAだけだなんて」

「今までの中でも、弱い襲撃でしたよね」

 

 今まで確認された機体にも、空戦用の量産型ネオガジェットは存在していた。獣人はおろかそれさえも投入せず、陸戦用のタイプAのみでの襲撃は明らかに手を抜いている。

 

「もうすぐ見回りの時間だ。気を抜かずに行くぞ」

「うん!」

 

 見回りは2人で行うことになっている。次はソラトとエドワードのコンビだ。まだ何か起こる可能性を十分考慮し、交替に向かおうとした。

 正にその時、ホテル内に警報が鳴り響いた。

 

「まさかっ!」

 

 3人は急いで宝物庫へ向かう。この警報の意味に、エドワード達は頭に悪い予感をよぎらせた。

 

「キャロ!」

「あ、エリオ君達もですか!?」

「ソラト! これって……」

 

 途中で同じく警報を聞いたキャロと、見回りから戻ってきたスバル達と合流する。

 勢い良くドアを開けると、そこには信じがたい光景が広がっていた。

 

「え……!?」

怠惰(レイジー)が浮いてる……」

 

 部屋の中に生き物の姿はなく、代わりに盗まれたと思われた怠惰が宙を漂っていたのだ。予想外な展開に唖然とするフォワード達。

 

「いえ、よく見て!」

 

 だが、異変に気付いたティアナが指摘する。怠惰には何かで捕まれているような跡が付いている。つまり、姿の見えない何かが怠惰を盗み出そうとしていた。

 正体を見破られた敵は、窓ガラスを突き破って外へ逃げ出す。

 

「あ、待てっ!」

 

 6人もそれぞれのデバイスを起動しながら敵を追った。

 見えない敵の行き先は、迷路のように入り組んだ居住地区。ただでさえ姿が見えないのに、真っ暗な夜中ということもあり、探し出すことは困難だ。

 

「手分けした方がよさそうだ」

「ええ……各自散って見えない敵を追って!」

 

 少しでも効率を上げるため、分かれて探した方がいい。エドワードの提案に賛成し、ティアナが指示を下した。

 月明かりが薄く照らす家並みにて、フォワード達と謎の敵との鬼ごっこが今始まった。



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第15話 姿無き敵

 フォワード達が姿の見えない敵を追って行ったのとほぼ同時刻。

 スターズ分隊長、高町なのははリゾートホテルの屋上を飛んでいた。栗色のサイドポニーと、彼女のトレードマークでもある白いロングスカートを風になびかせ、暗い夜の空を見据えている。

 その視線の遥か先には、大量の空戦用量産型ネオガジェット、タイプBが編隊を組んでこちらへ向かっている。これ自体はセブン・シンズを運び出すための陽動部隊に過ぎないだろう。だが、放置するわけにもいかない。

 

「行くよ、レイジングハート」

〔はい、マスター〕

 

 "不屈の心"の名前を持つ相棒に呼び掛け、その杖先をネオガジェットへ向ける。

 奪われたセブン・シンズは信頼出来る地上の仲間に任せ、自分は空を守る。なのはは桃色の魔力スフィアと、ミッド式の円形の魔法陣を出現させ、空から迫る大量の機械の軍団を迎え撃つ。

 

「アクセルシューター!」

〔Accel shooter〕

 

 レイジングハートの杖先から多数の魔力弾を放ち、ネオガジェットを次々と撃墜していく。しかし、敵も進軍の手を緩めない。ポットのような体の下から砲台を出し、次々となのはめがけて光弾を発射してきた。

 

「キリがないね……でもっ!」

 

 なのはは敵の弾幕を避けながら的確な射撃魔法で墜としていった。

 不屈のエースオブエースの長い夜が、今始まった。

 

 

◇◆◇

 

 

 ソラトは薄暗い路地を走り続けていた。仲間達と別れてセブン・シンズを盗んだ敵を追っているのだが、厄介なことに敵は姿が見えない正体不明の存在だ。

 

「本当に、迷路みたいだ」

 

 グリトニル・リゾートの居住地区は迷路のように入り組んでいる。フォワード達が手分けして捜索する羽目になった理由も、この迷路にあった。

 果たして、見つけられるのか。ソラトの中で不安の気持ちが大きくなる。

 

「ここは……?」

 

 やがて、ソラトは広場に出た。中央には既に水が止められた噴水があるのみ。日中はここで子供が遊んだり、主婦が世間話をするのだろう。

 だが、ソラトはこの場に漂う違和感を感じ取っていた。何もないはずの噴水の水面に波紋が2方向から出ている。まるで誰かの両足が入っているかのように。

 

「そこだっ!」

 

 ソラトはすぐに愛剣セラフィムを構え、噴水に斬り掛かった。

 するとセラフィムが届くより先に、何もなかったはずの噴水から水飛沫が起こり、何かの足のようなものが2つ飛び出してすぐに消えた。

 

「待……うあっ!?」

 

 慌てて飛び出したものを追おうとするが、突如何かで肩を殴られたかのような衝撃がソラトを襲った。

 体勢を立て直すソラトだが、何処からともなく2発、3発と衝撃が打ち込まれていく。防ごうにも攻撃はおろか相手の姿さえ見えず対応が出来ない。

 

「くっ、皆に知らせなきゃ!」

 

 ソラトはその場から一旦下がり、応援を呼ぼうとフォワード全員に通信を繋いだ。

 

 

◇◆◇

 

 

 一方、エドワードは路地の行き止まりに辿り着いていた。

 

「ここも違うか……」

 

 これで3回目の行き止まりだった。周囲に住民以外の気配も存在せず、道を引き返そうとする。その時、奇妙な機械音がエドワードの耳にいくつも聞こえた。

 

「足止めか」

 

 エドワードが振り返ると、ネオガジェットのタイプAが数機道を塞ぐように並んでいた。前は機械兵、後ろは壁。エドワードは舌打ちをしながらブレイブアサルトを構える。

 

「どうした?」

 

 そこへ、弟分のソラトから緊急通信が入った。敵から目を離さずに、エドワードは通信を開く。

 

〔こちらソラト! 標的を見つけて交戦中! 場所は中央の噴水広場!〕

 

 ソラトはフォワード陣全員に通信を繋げ、敵と接触したことを報告した。しかも現在戦闘中のようだ。

 だが、エドワードの現在地は中央から遠く、更に足止めを食らっている。

 

「すまないソラト、加勢には時間が掛かる」

〔ごめん、こっちも少し待って!〕

 

 近寄るネオガジェットを射撃しながら答えるエドワード。スバルや他のメンバー達も同じ状況らしく、応援は期待出来ない。

 

〔わ、分かった! 何とか食い止めるから皆も気を付けて!〕

 

 それだけ言って、ソラトは通信を切った。応援が望めないので動揺している様子だったが。

 

「チッ! ブレイブアサルト、フォルムツヴァイ!」

〔Shot form〕

 

 ソラトの苦戦を感じ取ったエドワードはライフル型だったデバイスを拳銃型に変え、ネオガジェットを撃ちながら進む。

 なるべく早く増援に行かなければ、と急ぐエドワードの気持ちとは裏腹にネオガジェットは路地からワラワラと現れる。

 

「邪魔だ!」

 

 足止めにイラつきながらも、エドワードは前へ進んでいった。なるべく早く弟分を助けに行く為に。

 

 

◇◆◇

 

 

 あれからどれ程時間が経ったのだろうか。もしかしたら、数分しか過ぎてないかもしれない。噴水の水面は変わらず、穏やかに月の光を映している。

 広場の光景で唯一変わった場所といえば、ボロボロになったソラトが立っていることだった。

 敵の見えない攻撃を受け続けてしまい、疲労に息を荒くしながらソラトは周囲を見回す。

 

「ぜぇ、ぜぇ、何処だ……」

 

 ヒュンッ、と風を切る音が微かに聞こえ、ソラトはその方向へと構える。

 しかし、敵はソラトの抵抗を嘲笑うかのように逆方向から攻撃を加える。

 敵は何処にいるのか。攻撃は何時、何処から来るのか。そもそもどんな武器で攻撃されているのか。

 戦闘に必要な情報が多く欠落した状況の中で一方的に甚振られながらも、ソラトは敵の行動を伺っていた。必ず敵の正体を掴むチャンスが来ることを信じて。

 

「ぐあっ!?」

 

 今度は右側から殴られたかのような衝撃を受けた。蓄積したダメージに体が耐え切れず、遂にその場に倒れこむ。白いバリアジャケットには所々赤い血が滲んでしまっている。

 体力をかなり消費してフラフラになりながらも、ソラトは立ち上がりセラフィムを構えた。

 

「こんな所で、負ける訳には……」

 

 その時、遥か上空で桃色の閃光が見えた。次いで、大量の爆発が夜空を埋め尽くす。

 それは間違いなく、なのはの砲撃魔法。あんなに空高くで、ソラトが超えたいと願っている人が戦っているのだ。

 

「あの人の前で、負ける訳にはいかないんだ!」

 

 絶対になのはを超えるため、スバルを守れる力を得るために決意したことを叫ぶ。ソラトは力強く構え直し、闘志を再び燃え上がらせた。そして、敵の手がかりになりそうなものを集中して探す。

 その一瞬、ソラトはあるものを見つけた。

 血だ。見えない何かから血が滴り落ちている。

 それが自身の血であり、敵が攻撃した時に付着したものだと判断するのにあまり時間は掛からなかった。

 

「そこっ!」

 

 ソラトは逃がさないよう、素早く血が付いた見えない物体を斬った。ボトリと斬り落とされた()()はすぐに正体を現した。

 

「……舌?」

 

 赤くて先が丸まった、まるで生物の舌のような長い物体。それが今までソラトを苦しめていた武器の正体だった。

 そして、見えなかった敵の姿も明らかになる。斬られた部位から血を流し、獣のような悲鳴をあげながら悶絶する緑色の化物。ギョロッとした大きな目に先の丸まった尻尾、そして姿を消せる能力。

 ここまでの特徴から推測すると、カメレオンが当てはまった。

 

「やっぱり獣人だったのか!」

 

 カメレオン獣人は舌を斬られた痛みを堪え、ソラトから距離を取る。

 出血が酷く痕跡を残してしまうため、もう姿を消す能力も使えない。

 

「さぁ、鎮魂歌は歌い終わった?」

 

 セラフィムの切っ先を向け、決め台詞を放つソラト。

 厄介な能力を封じたことで恐れるものもなくなった。対する獣人は目玉をキョロキョロと動かし、血と唾を吐き散らしながらソラトへと吠える。

 

〔舌を斬り落としたので歌えませんけど〕

「いいの! 行くよ!」

 

 愛機に決め台詞を突っ込まれてしまうが、それだけ余裕が出来たことも表していた。

 気を取り直して獣人に向かって行く。舌が使えないカメレオン獣人は、今度は尻尾を伸ばしてソラトを捕まえようとした。

 

「おっと!」

 

 だが、普段の訓練でなのはやヴィータの射撃を受けているソラトにとっては、見えるようになった獣人の攻撃は難なくかわせる程度のものだった。

 

「はああああっ!」

 

 尻尾を避けると同時に一気に距離を詰め、腹部目がけて飛び蹴りを加えた。

 蹴り飛ばされた獣人は身を反転させて上手く壁に着地し、そのまま壁伝いに歩き始めた。しかし、蹴りのダメージが大きかったのか動きを止め、気持ち悪そうに何かを吐き出した。

 

「セブン・シンズ!?」

 

 唾液と血で汚れてはいるが、藍色のクマの像は紛れもなく"怠惰(レイジー)"のセブン・シンズだった。

 飲み込んで隠し持っていたのは予想外ではあったが、これで容赦する必要もなくなった。

 

「これは返してもらう!」

 

 セブン・シンズを庇うように、獣人に向かい合うソラト。流石に体液塗れの像は触りたくないのでその場に置いておいたが。

 獣人は動き回る視点をソラトに集中させ、一気に殴り掛かって来た。ソラトが獣人の動きに合わせるように避けると、カメレオンらしからぬ腕力で石を敷き詰められた地面に拳をめり込ませる。

 

「今だっ!」

 

 その隙にソラトはセラフィムを下から振り払い、獣人の体を上へ弾き飛ばした。

 

「行くよ! 閃空裂波(せんくうれっぱ)!」

〔Divine buster〕

 

 こんなに住宅が密集した場所で砲撃を撃っては危険なので獣人を真上へと飛ばし、トドメを差すべくカートリッジを消費する。

 青緑色の魔力スフィアを獣人の方向に合わせ、大剣を背負うように構えた。

 

「ディバインバスター!」

 

 そして魔力スフィアを大きく斬り裂くと、そこから放射状の斬撃波が放たれ獣人の体を両断し、上空で花火のような爆発を引き起こした。

 

 

 

 上空の爆発には遠く離れたスバルも気付き、ソラトが勝利したことを確信する。

 

「やった、ソラト! よーし、後は!」

 

 恋人の勝利に嬉しそうな笑顔を見せた後、右腕のリボルバーナックルのスピナーをフル回転させてネオガジェットを見据える。

 足元には既にいくつもの残骸が散乱しており、残りもたった数機程度。早くソラトの下に行きたいスバルは全力でネオガジェットを排除していった。

 

 

 

 戦いが終わり、肩の力を抜くソラト。勝利を収めたがダメージと披露でヘトヘトである。

 

〔セブン・シンズを回収して休みましょう〕

「うん、そうだね……あれ?」

 

 セラフィムの意見に賛成し、足元のセブン・シンズを拾おうとした。

 しかし、藍色の像は見当たらなかった。確かにソラトの近くに転がっていたはずだが、血と唾液の痕跡だけ残して消えてしまったのだ。

 

「え、もしかして消えた!?」

〔おかしいですね〕

 

 慌てて周囲を探すソラト。いくら戦いに勝っても、保護対象をなくしてしまっては元も子もない。

 

 

「とっくに送っちまったよ」

 

 

 必死に探し回るソラトに答えたのは、暗い路地からの声だった。自分以外にもう1人、この場にいることに気付きソラトは警戒する。

 

「誰だっ!?」

 

 セラフィムを構え直し、声のした方を睨む。すると、ゆっくりとこちらへ近付いてくる足音が聞こえてきた。

 

「そんなものなんかどうでもいい」

 

 低く唸るような、しかし何処かで聞いたことがあるような声が静かな夜の広場の空気を重く制する。

 

「ずっと待ち望んでいた」

 

 足音が段々近くなり、路地の影から翡翠色の髪と黒い服装が徐々に現れた。

 

「え……?」

 

 少年の姿が露になった時、ソラトは目を見開き驚愕の声を洩らした。そして、頭の中が一気に疑問で満たされていった。

 

「漸くお前を殺せる、この時を」

 

 彼の容姿は()()()()()()()だったのだ。

 髪や瞳、服装の色は違うが、それ以外はバリアジャケットの模様すら、まるで鏡に映っているかのように同じであった。

 

「何で、君は……?」

 

 信じられないような光景を目の前に、ソラトは身を引きながら尋ねた。

 

「俺の名は、アース」

 

 遂に相見えた、同じ容姿を持つ2人の少年。運命は絡み付く糸のように交錯していく――。



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第16話 2人の剣士

 月がうっすらと照らす噴水広場。普段なら誰も出歩かないような時間に、2人の少年が向かい合っていた。

 

 一方は金髪に蒼い瞳を持ち、白い服装をした少年――ソラト・レイグラント。

 そして、もう1人の少年はなんとソラトと全く同じ容姿をしていた。2人の相違点は色と状態。ソラトによく似た少年は翡翠髪に紅い瞳、黒い服装である。

 また、ソラトは先程まで獣人と戦っており、体には所々に血や傷跡が付きボロボロになっていた。

 

「君は一体……」

 

 自分と瓜二つの少年が現れたことに、ソラトは驚きを隠せなかった。ソラトには兄弟はいない。それどころか、自分に似た存在がいることすら知らなかったのだ。

 

「フン、来い"ベルゼブブ"」

 

 少年は驚いているソラトを鼻で笑うと右腕を前に延ばした。すると、何も持っていなかった右手に突如黒い刀身を持つ大剣が紅い光と共に現れた。

 ベルゼブブと呼ばれた大剣もまたソラトの相棒であるアームドデバイス"セラフィム"とそっくりなデザインをしていた。

 ますます混乱するソラトを尻目に、少年はベルゼブブをソラトへと構えて低い声で言い放った。

 

「俺の名は、アース」

 

 アースと名乗った少年はベルゼブブでいきなりソラトへと斬り掛かった。

 頭の中は疑問が占めたままだったが、警戒を解いていなかったソラトは咄嗟の反応でアースの剣撃を防ぐ。

 

「君は誰なんだ!?」

 

 ベルゼブブを押し返し、アースへの疑問を叫びながら反撃するソラト。対するアースもソラトの大剣を自身の大剣で防ぎ、鍔迫り合いのまま睨む。

 

「俺は、お前だっ!」

 

 重なったセラフィムを抑えるようにベルゼブブを下に叩き付け、アースは左拳でソラトを殴り付けた。

 予想外の攻撃に、体の疲労もあってその場に倒れこむソラト。だがすぐに立ち上がりセラフィムを拾って後退した。

 

「どういう意味だ!? なんで僕と同じ姿をしている!?」

 

 ソラトはまるで鏡に話しているような気分だった。同じ姿をした存在。それが何を意味しているか、実はソラトの中では1つの答えが既に出ていた。

 それを見透かしたように、アースは答える。

 

「もう分かっているはずだ。俺は、貴様の――」

「僕の、遺伝子を使って生み出された人造魔導師……」

 

 アースの正体とは、ソラトの遺伝子によってマラネロに生み出された人造魔導師だったのだ。恐らくベルゼブブという大剣も、セラフィムを模して作られたデバイスなのだろう。

 しかし、ソラトには理解出来なかった。何故自分のクローンが生み出され、この場で自分に刄を向けているのか。

 

「そうだ。そして俺の存在理由、それが貴様を殺して本物に成り代わることだっ!」

 

 再びベルゼブブを振り下ろされ、ソラトは後退してこれを避ける。しかし、アースの猛攻は続いた。

 

「貴様を殺せば、偽物の俺にも意味が出来る!  本物を超えた、本物以上の存在として!」

 

 アースの表情は段々と怒りに満ちていき、剣撃も激しさを増す。ソラトは後ろに下がりつつ、セラフィムで防ぎながらアースの発言の意味を考えていった。

 

「僕を超える、だって?」

「俺は意味が欲しいんだ! 生まれてきた意味が!」

 

 アースの一撃が遂にソラトを弾き飛ばす。石畳の地面に身を擦らせるソラト。その頭の中では未だアースに対する疑問は晴れなかった。

 

「僕を殺しても、君は僕に成り代われない……」

「フン、貴様には分かるまい」

 

 セラフィムを支えに立ち上がるソラトの反論を再び鼻で笑うアース。ソラトに対しての感情はもう憎悪しかないようだ。

 

「分からないまま、ここでその存在を奪われて死ね」

「違う、自分自身の意味は……誰かから奪うものじゃない!」

 

 傷の痛みも無視し、ソラトはアースと向き合って構え直した。

 相手が誰であっても、ここで死ぬ訳にはいかない。ソラトは一旦、アースの素性について考えるのをやめた。

 

「君が何であろうと、今はもうどうでもいい! 君を倒す!」

〔Holy raid〕

 

 アース目がけて走り出した瞬間、ソラトは青緑の光に包まれて消えた。

 そのすぐ後、アースの背後まで移動していたソラトがセラフィムを振り下ろそうとしていた。

 

「やれるものならな」

〔Dark raid〕

 

 だが、ソラトがセラフィムを降ろしきった時、アースの姿は紅い光に包まれて消えていた。まるで、ソラトが直前に使った移動魔法と同じように。

 ソラトが気付いた時には、アースは既にソラトの後ろでベルゼブブを振り降ろさんとしている所だった。

 あともう少し気付くのが遅ければ、背中を斬られていただろう。ソラトはアースの攻撃をセラフィムで受け流し、急いで距離を取った。

 

「まさか、僕の魔法まで!?」

「習得には時間が掛かったぞ」

 

 アースはソラトの戦闘データをマラネロに収集させ、ソラトが使う魔法を自己流に習得していたのだ。両者は同時に大剣を左手に持ち替え、右手を上に掲げた。

 

〔Ascension lance〕

〔Corruption lance〕

 

 互いの足元にベルカ式の三角形魔法陣が現れると、その頭上に魔力光と同じ色をした小さな槍が大量に精製された。ここまでの動作に違いは見られない。

 

「アセンションランス!」

「コラプションランス!」

 

 双方が腕を振り下ろすと宙に浮いていた槍がお互いへと降り注ぎ、1つ1つが相殺し砕けていった。

 青緑と紅に輝く槍の破片が散る中、ソラトとアースはカートリッジを1つ消費し、魔力スフィアを作り出して大剣を背負うように構える。

 

〔Divine buster〕

〔Fiendish buster〕

 

 まさかこの魔法まで、とソラトは驚いた。

 "ディバインバスター"は元々、自分が目標とするなのはの得意とする砲撃魔法。ソラトはなのはを超えるという決意表明のために、自分用にアレンジして使っているのだ。

 アースの魔法は、それに更なるアレンジを加えたのだろう。

 だが、すぐ魔力を練り上げることに集中した。ここまで同じならば、もう何も不思議ではない。

 

閃空裂波(せんくうれっぱ)! ディバイン――」

断空滅波(だんくうめっぱ)! フィエンディッシュ――」

 

 暗かったはずの夜の噴水広場は、極限まで練られた2人の魔力光で眩しいほど明るくなっていた。

 ソラトとアースは同時に力強く踏み込み、練り上げられた魔力スフィアを上段から思い切り両断する。

 

「「バスタァァァァァァッッ!!!」」

 

 斬り裂かれた魔力スフィアからは巨大な斬撃波が放たれ、相手のものと衝突しまるで鍔迫り合いのように押し留まった。

 ぶつかり合った大きな魔力エネルギーは凄まじい衝撃を引き起こし、中央に存在した噴水や地面に敷き詰められた大理石を破壊していく。このまま引き分けならば力は相殺され、爆発を起こし消えていただろう。

 

「なっ!?」

 

 しかし実際はアースの斬撃波がソラトの斬撃波へ食い込み、徐々に斬り裂いていった。ソラトの砲撃魔法がアースに負けていたのだ。

 

「うわぁぁぁぁっ!?」

 

 やがて紅い光が青緑の光を消し去り、ソラトを吹き飛ばしていった。

 

 轟音と光が止み、周囲を再び夜の闇と静けさが包んでいく。

 だが、広場内はすっかり荒れてしまっていた。シンボルとも言える噴水は無残にも砕け、石畳にも多数の亀裂が入っていた。

 周りの家々に被害がないのは奇跡的なのか、それとも2人が威力を制御したからなのか。

 

「フン」

 

 唯一、その場に立っていたアースは力なく倒れ込んでいるソラトを鼻で笑いながらゆっくりと近付いていった。

 威力をかなり押し殺せたとはいえ、既にダメージが蓄まっていたソラトの体には致命傷であった。体力も限界に等しく、起き上がろうとしてもセラフィムを握る力すら出ない。

 

「いいザマだな。自分の偽物に見下ろされる気分はどうだ? 最も、今から貴様が偽物になるがな」

「くっ……」

 

 アースは倒れているソラトを足で転がし、仰向けにするとベルゼブブを目と鼻の先に向けた。思うように体が動かず、睨むしか出来ないソラトを嘲笑う。

 

「大人しく滅びてろ!」

 

 無抵抗なソラトに、アースは非情にも黒い刄を振り下ろした。

 

「チッ、何処だ!? 出て来やがれ!」

 

 だが、ベルゼブブの凶刃はソラトに届かなかった。

 振り下ろされたその瞬間に、何処かから橙色の魔力弾が放たれベルゼブブが弾かれたからだ。

 急な不意打ちと、悲願を叶えるチャンスを潰されたことにアースは怒りを露にした。

 

「でりゃぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 叫ぶアースに、今度はスバルがマッハキャリバーで疾走しながら奇襲をかけてきた。

 襲撃に気付いたアースは咄嗟に身を屈めてリボルバーナックルを避け、ベルゼブブを拾いながらスバルから離れた。

 

「テメェ、タイプゼロ・セカンドか」

「え、ソラト!?」

「違う、彼は……」

 

 イライラしながら鋭い目付きを向けるアース。対峙しているスバルは、アースの姿が自分の恋人と酷似していることに戸惑いを見せていた。

 

「ソラトさん! 無事ですか!?」

「えぇっ!? ソラトさんが2人!?」

 

 ティアナ、エリオ、キャロ、エドワードも合流してソラトを庇うように並び立つ。

 

「もう足止めを撒いたのか。使えないガラクタ共め」

 

 悔しそうにフォワード達を睨み、アースは小さなリモコンのようなもののスイッチを押す。

 すると、アースの足元に黄緑色に光る魔法陣のようなテンプレートが現れ、アースを光の中に包んでいった。

 

「5対1は流石に分が悪い」

「転移魔法!? 待ちなさい!」

 

 逃げようとしていることを察したティアナが拳銃型デバイス"クロスミラージュ"を構え発砲するが、テンプレートの周囲に不可視のフィールドバリアが張ってあるらしく弾かれてしまう。

 

「覚えておけ、ソラト。次は必ず貴様を殺す。それまで精々、恐怖に怯えているんだな」

 

 深く、呪いを掛けるかのように低い声で捨て台詞を残し、アースは光と共に完全にその場から消えた。

 

 今回の事件は結果的に言えば、フォワード達はセブン・シンズの奪還に失敗。重傷者1名を出し敗北したのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「そっか、残念やけど」

「私が付いていながら……ごめんなさい」

「ううん、取られたもんは仕方あらへんよ」

 

 帰りのドロレスにて、なのはがはやてに今回の事件の一部始終を報告した。

 "怠惰(レイジー)"がなくなったことでオーナーがやる気を取り戻したために結果的にはよい方向となった、とグリトニル・リゾート側は言っているが任務失敗には変わらない。

 申し訳なさそうに謝るなのはに、はやては苦笑しつつ首を横に振る。

 

「それで、ソラトにそっくりな敵っていうのは?」

 

 はやてが今回の件で何より気になっていたのは、やはりアースのことだった。

 ソラトはマラネロを含む怪しい組織に捕まったこともなく、ましてや人造魔導師ですらない。なのに、何故アースが造られたのか。

 

「詳しいことはソラトも分からないみたい」

「分かった、ご苦労様。気を付けて帰ってきてな」

 

 なのはも困った顔を浮かべる。相手の素性が分からないのなら仕方がない。最後になのはを労い、はやては通信を切った。

 

 ソラトは現在、船室のベッドに横たわっており、隣ではスバルがずっと寄り添っていた。

 カメレオン獣人、そしてアースとの戦闘で受けた傷が思っていた以上に深く、帰還後に即入院が決定している。

 

「あはは、またボロボロだね」

 

 サードとの戦いでの傷が癒えたばかりだというのに病院へ蜻蛉帰りである。苦笑するソラトだが、彼を心配するスバルにとっては笑い事ではなかった。

 

「もう、無茶しないでって言ったのに!」

「ご、ゴメンね!」

 

 膨れるスバルを慌てて宥めるソラト。しかし、いつも通りの光景の中でソラトの心にはアースの言葉が重く突き刺さっていた。

 

『俺は意味が欲しいんだ! 生まれてきた意味が!!』

 

(それだけじゃない。彼は、ただ自分自身に意味が欲しいだけなんじゃない。もっと、僕に深い憎しみがあるような……)

 

 ソラトという存在に成り代わるのが目的なら、もっと早い段階でソラトを暗殺し、誰にも気付かれないで変わることだって出来た。寧ろ、その方が管理局のスパイとしても暗躍することが出来る。

 そうせず、時期を待って堂々と現れたということは、ソラトと入れ替わることが真の目的ではない。

 

 そもそも、アースの存在そのものに謎が多い。

 ソラトのクローンだというのならば、いつ生み出されたのか?

 いつ自分の遺伝子を取られたのか?

 そして、何故マラネロはソラトのクローンを造り出したのか?

 

(彼は間違いなく、もう一度僕を狙ってくる。次に現れた時には、僕は負けられない)

 

 再び自身を狙ってくることを予測し、ソラトはアースへのリベンジを決意した。もうスバルに心配を掛けないようにするために。

 

 

◇◆◇

 

 

「ああ、お帰り」

 

 アースが研究所に戻ると、丁度マラネロがホースとブラシを持って怠惰(レイジー)を洗っている場面と出くわした。

 カメレオン獣人が飲み込んで隠していたので、怠惰(レイジー)は見事に唾液塗れになっていたのだ。

 怪しい機械が蠢く研究室で、ホース片手に小さな像を洗う科学者。金盥の中には血と唾液塗れのロストロギア。かなりのシュールな光景に、アースも視線を逸らし自室へと戻っていく。

 

「殺し損ねたみたいだね」

 

 しかし、マラネロの一言でアースの足がピタリと止まる。アースとソラトの戦いはモニターでバッチリと見られていたのだ。

 

「カメレオンを死なせて、手負いの相手を殺し損ね」

「煩い! 邪魔が入らなければ確実に()れていた!」

 

 マラネロの言葉を遮り怒鳴るアース。迷路のような居住地区へ誘導した後で他のメンバーをネオガジェットで足止めし、獣人の戦闘で疲弊したソラトを殺す。

 全ては計画通りに運んでいたはずだが、ネオガジェットでの足止めが完全ではなかったのだ。

 今まで自分に従っていたカメレオン獣人を喪い、悲願を叶えるチャンスすら逃したことにアースの怒りは爆発寸前だった。

 

「あのガラクタを造ったのは貴様だ! 貴様の不備だ!」

 

 蓄まりに蓄まったイライラを発散させるかのように怒鳴るアース。しかし、計画の本丸であるセブン・シンズが手に入ったマラネロは対照的に笑っていた。

 

「そうだね。強化は考えてるけど、()()()()()()だったら君が早く仕留めると思ってたんだ。済まないねぇ、買いかぶりで」

「……チッ」

 

 挑発的な態度に言葉を失うアースだが、一旦怒りを抑え舌打ちを残してその場を去っていった。

 冷静に考えれば、マラネロの言い分も一理あった。手負いの相手に手間取ったのは自分だ。

 

「大体、手負いの奴を超えても意味はない」

 

 拳を震わせ、紅い瞳に怒りの火を灯す。

 アースは今は紅いクリスタルの形となっているベルゼブブを取り出し、ウィンドウを開く。

 

「なら、今度は直接俺が殺しに行けばいい」

 

 そこに映っていたのはミッドチルダの首都、クラナガンだった。



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第17話 出会い

 "グリトニル・リゾート"の事件から2週間が経った。

 薄暗い研究室では、いつも通りマラネロがネオガジェットの設計図を弄っているところだ。

 

「オイ」

 

 そこへ不機嫌そうな少年、アースがやってきた。服装は普段のバリアジャケットではなく、クリーム色のファーが付いた焦茶色のジャケットに黒のズボンというラフな格好だ。

 アースがこの格好をする時は、専らストレス発散のためにバイクを乗り回すのだった。

 

「外出許可かい?」

「ああ」

 

 牛乳ビンの底のような丸眼鏡の奥から、アースを見据えるマラネロ。

 アースは先日、宿命の敵ソラトと対面したばかりだ。しかも、横槍が入った所為で殺し損ねている。

 もしかしたら、アースは外出の際にソラトを狙いに行くかもしれなかった。だが、感情的な理由で勝手に動かれるとこちらの動向まで察知されるかもしれない。

 

「……さて、どうしようかな」

 

 許可が降りないかもしれないことは、アースも承知していた。自分達は犯罪者。ボロを出せば即、死に繋がる。

 

「うん、いいよ」

 

 ところが、マラネロはあっさりと許可を出した。カタカタとボードを打ち、転移装置を作動させる。

 アースは始めは意外そうな反応をしたが、すぐに自身のバイクがある車庫へと向かった。マラネロの考えを読むのは不可能だと、アースはとっくに諦めていたからだ。

 

 黒を基調とし、車体に真紅の稲妻のようなラインが入ったバイクを押して、アースは転移装置に立つ。

 マラネロ開発の転移装置は管理局に探知されないようジャマーが張っており、戻る際には携帯出来る小型装置を使用する。アースは小型転移装置を持っていることを確認すると、行き先をミッドチルダの森の中に設定し転移した。

 

「……フン」

 

 一瞬で森の中に転移し、周囲に目撃者がいないことを確認すると、アースは通信機を全て切った。当然発信機も切り、マラネロ側からの介入をさせないようにしたのだ。 これで今のアースは自由。ここまでして、成し遂げたい目的は唯一つである。

 

「待ってろよ、ソラト!」

 

 前回の戦闘で圧倒したにも関わらず取り逃がしたことで、アースの我慢にも限界が訪れていた。

 森から公道に出るとバイクのエンジンを蒸かし、フルフェイスのヘルメットを被ったアースはクラナガンへと向かっていった。

 

 

◇◆◇

 

 

 そのクラナガン市街を歩く少女が1人。赤い短髪に金色のツリ目、ボーイッシュな服装の少女──ノーヴェはラッピングされた箱を持ち、モノレールの駅を目指していた。

 実は先日、ソラトが退院したのでナカジマ家の姉妹4人で退院祝いに何か送ろうという話になったのだ。

 しかし、出所したとはいえ彼女達はまだまだ保護観察中の身。外出許可は1人しか出ない。

 

「何であたしが……」

 

 見舞いの品であるお菓子の詰め合せが包まれた箱を見ながら、ノーヴェは呟いた。彼女が選ばれた理由は簡単。ジャンケンに負けたからだった。

 とはいえ、ノーヴェ自身に行く気は余りなかった。ギンガやスバル含め、姉妹達にはある程度の社交性があるが、強気で素直になれないノーヴェはまだまだ人との付き合い方に慣れていない。つい最近まで、父親となるゲンヤにすら堅い態度を取っていたのだ。

 

「……さっさと渡して帰ろ」

 

 ノーヴェはさっさと用事を済ませ解放されるよう、歩を早めた。

 

 ふと、前方にバイクが停まっているのが目に入った。

 黒の車体に真紅のライン。運転手は休憩中のようで、ベンチに座りドリンクを飲みながらクラナガンのマップを確認していた。

 その横顔に、ノーヴェは見覚えがあった。というより、これから会おうとしていた人物そのものだった。

 

「オイ、もうバイクなんか乗り回して平気なのか?」

 

 手間が省けたことに内心喜びながら、突っ掛かるように話し掛けるノーヴェ。

 しかし、すぐに間違いに気付いた。顔はとても似ていたのだが、髪は翡翠色で瞳は真紅。目付きも鋭く全くの別人だったのだ。おまけに、ソラトのバイクは白い車体だ。

 

「わ、悪い! 人違いだ!」

 

 自分の間違いに、顔を真っ赤にする程恥ずかしがるノーヴェ。だが、相手はノーヴェを見ると不快感を示すことなく言葉を返した。

 

「気にするな、よく言われる。それに、俺もアンタに似た奴を知ってる」

 

 声までソラトに似ていた少年の言葉に、ノーヴェはすぐ自身に似たスバルのことを思い浮べた。自分と違い天然で人当たりのいい姉のことだ、知り合いも多いのだろう。

 

「ああ、それウチの姉貴のことだな」

「姉?」

「……不本意ながら、な」

 

 何処か抜けた性格のスバルを姉と認めたくないのか、頬を掻きながら一言だけ付け足す。翡翠色の髪の少年は彼女の真意が分からず首を傾げた。

 

 

◇◆◇

 

 

 六課では復帰したソラトが早速、隊舎付近の森の中で自主訓練を行っていた。アースへの敗北が相当響いたのか、セラフィムを握る手を強くし練習用のスフィアを斬り捨てていく。

 スフィアは素早くソラトの周囲を飛び回り、時々ソラト目がけて突進してくる。これは、ソラトがなのはのアクセルシューターを参考に設定したものである。

 

「はああああっ!」

 

 全身から汗を滴らせ、叫びながらスフィアの突進を刀身で防ぎ、斬り返していくソラト。かれこれ、休憩抜きで1時間以上は続けている。復帰したての身で急な訓練を続け、体力も限界に近い。

 一瞬目眩に気を取られ、ソラトは遂に態勢を崩してしまい膝を付いてしまう。

 

「はぁ、はぁ……まだだっ!」

「もうよせ」

 

 息を切らしながらもまだ立ち上がろうとするソラトを、木陰から現れたエドワードが制止した。暫く様子を見ていたが、流石に限界だと判断したのだ。

 

「エド兄、見てたの……?」

「ああ」

 

 突如現れた兄貴分に驚き、ソラトはその場に座り込んでしまう。

 無茶な訓練をして怒られると予想したソラトは、内緒で自主練を行っていたのだ。そんなソラトにエドワードはドリンクの入ったボトルとタオルを投げ渡した。

 

「あ、ありが」

「何を焦ってる?」

 

 ソラトのお礼を遮り、キツい口調で尋ねるエドワード。

 今のソラトは何かに焦り、無茶な訓練を重ねて技術を詰め込もうとしている。だが、そんなことをしても自分の体を壊すだけなのは明白だった。

 

「……彼に、負けられないから」

 

 彼──アースへの敗北は即ち自分への敗北を表す。

 ソラトは自分以上の高みにいるなのはを超えることを目的にしているので、自分に負ける訳には絶対にいかなかった。

 

「理由はどうあれ、アースは絶対に僕を狙ってくる。だからもっと強くならないといけないんだ!」

「だからといって、無理をしていい訳ないだろ。強くなることは、体を壊すことじゃない」

 

 ソラトの言い分をバッサリと切り、言い放つエドワード。訓練で体を壊せば本末転倒、まるで意味を成さない。

 

「……ごめん」

「いいさ。お前が強くなるまでは、俺が守ってやる」

 

 頼もしい兄の言葉に、ソラトは漸く笑みを浮かべた。その時、ソラトへ意外な人物から通信が掛かって来た。

 

「チンク? どうしたの?」

〔いや、大した用ではないのだが……〕

 

 最近ナカジマ家入りを果たし、スバルの2番目の姉となったチンク・ナカジマからだった。

 ナカジマ家の姉妹の中でも、チンクからは重大な用事でもない限り掛かってこない。ソラトの心を一瞬不安が襲うが、チンクの表情から一大事ではないことを察し安堵する。

 

〔そっちにノーヴェはもう到着したか?〕

「え? 見てないけど」

 

 ソラトは頭にスバル似の少女を思い浮べる。だが、今日はノーヴェどころかスバル以外のナカジマ姉妹には会っていなかった。

 

〔退院祝いを持たせたのだが、到着の連絡を遅く感じてな〕

「僕の退院祝いを? わぁ、ありがとう!」

 

 ナカジマ姉妹からの祝いに素直に喜び、お礼を言うソラト。

 しかし、肝心のノーヴェがまだ来ていない。六課隊舎に初めて来る、という訳ではないので一同は少し心配になった。

 

「なら、迎えに行こう」

「あ、僕も!」

〔済まないな、世話を掛ける〕

 

 ソラトの後ろで話を聞いていたエドワードが申し出て、ソラトも立ち上がりセラフィムを解除する。

 車庫へ向かう息ピッタリな2人にチンクは苦笑しながらも感謝するのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 いつの間にかノーヴェは少年の隣に座り、自分の姉妹の話をしていた。

 理由はない。強いて言えば、知人によく似た少年が気になったのと、これも何かの縁だと思ったのだろう。

 不思議と、ノーヴェにとって少年は話しやすい相手だった。自分そっくりの人物をお互いが知っていたり、少し尖った雰囲気から親近感が湧いていたのだ。

 

「そういえば、名前聞いてなかったな。あたしはノーヴェだ」

「……アースだ」

 

 少年、アースもノーヴェの話を相槌を打ちながら聞いていた。相槌といっても「へぇ」、「そうか」等の簡素なものだが、アースの内側では密かにノーヴェへの興味が湧いていた。

 人造魔導師と戦闘機人の違いはあれど、自分と同じ造られたものが人間社会でどんな生活をしているのか。ひょっとしたら、虐げられているのではないか。

 

「……楽しい、のか? 今の生活が」

「え?」

 

 唐突に尋ねるアース。

 予想に反し、彼の目にはノーヴェが何処となく楽しそうに映ったのだ。それが彼に疑問を感じさせた。人工的に生み出された命が異形だと恐れられる社会で暮らして、本当に楽しいのか。

 

「……まぁ、楽しいな。平和で」

 

 若干照れながらも、ノーヴェはハッキリと答えた。

 彼女の周囲には受け入れてくれる人物が多かった。ナカジマ家は勿論、六課や陸士108部隊、本局技術官のマリエル・アテンザなど。これらの出会いが、自分には戦う運命しかないと思い込んでいたノーヴェの心境をしっかりと変えていた。

 

「……そう、か」

 

 短い会話の中で、アースはそのことを感じ取ったのだった。

 ノーヴェには確かに自分の意思で今の生活を満喫しており、良き理解者も周囲に沢山いる。常に孤独な自身とは大違いだった。

 

「そういえば、ソラトのことも知ってるっぽかったな。血縁関係か?」

 

 ノーヴェは今度はアースの話が聞きたくて、逆に質問し返した。しかしそれが不味かったのか、物静かだったアースの表情は一変し怒りを秘めたように強張らせた。

 

「ソラトと血縁関係かって? いや、それ以上だ。俺は、アイツの遺伝子から造られた人造魔導師だ」

「え……?」

 

 アースが語った事実にノーヴェは愕然としながら、先日ソラトを襲撃した人造魔導師の話を思い出した。もしアースの言うことが本当なら、アースは自分達の敵ということになる。

 

「お前のことも知ってるぞ。元ナンバーズ9番にしてマラネロとスカリエッティの合作」

「くっ!」

 

 ノーヴェはアースに警戒しながら、懐から黄色のクリスタル――"ジェットエッジ"を取り出そうとする。だが、先に利き腕をアースに捕まれてしまう。

 

「待て、今お前と争う気はない。あくまで俺の狙いはソラト、唯1人だ」

 

 アースは意味のない争いは極力避けたかった。今ここで騒ぎを起こせば、ソラトを襲撃する所かクラナガンを歩きにくくなる。

 今までの親しそうな雰囲気から一転、互いに睨み合うノーヴェとアース。ベンチの上で密着した状態のため、周囲から怪しまれることはなかった。

 戦意がないことが分かりノーヴェは渋々腕の力を抜くと、アースも腕を離した。

 

「何で、そこまでソラトを憎んでいるんだ?」

 

 ノーヴェは先程までの態度との豹変に驚き、疑問を投げ掛ける。何故頑なにソラトへ固執し、命を奪いたくなるほど憎んでいるのか。

 

「……色々な話を聞かせてもらった礼だ。教えてやるよ」

 

 アースは俯き、少しの間考えた。立場上、敵に近い位置であるノーヴェに自分のことを話すべきか。だが、ノーヴェは多くのことを話してくれた。作られた存在にも与えられる、希望のある世界を。

 だから、アースは語り出した。彼女なら、自分の絶望を理解してくれると思ったのだ。

 

「俺は目覚めた時から、培養液の中にいた――」

 

 彼は自身が生み出された時を思い出す。

 

 

◇◆◇

 

 

 オレンジ色の培養液の中、目を覚ます。彼がまず感じたのは、ポッドの中の不自由さだった。

 

「おや、目覚めたかい?」

 

 最初に視界に入ったのは、薄緑色の髪に眼鏡を掛けた科学者。薄気味悪い笑みを見せ、話し掛けて来た。

 始めはボーッとしていた彼だが、徐々に意識がはっきりとして怯えた表情をする。何故自分がこんなところにいるのか、そもそも自分が誰なのかが分からなかった。

 

「怖がらなくてもいいよ。君の記憶を弄っただけだから」

 

 目の前の科学者、マルバス・マラネロは平然と呟く。

 彼には本来、オリジナルであるソラトの記憶が備わるはずだった。しかし、邪魔だと判断したマラネロは記憶を消去したのだ。

 そのため、彼は自身が()()()()という自覚もなく、突如生態ポットの中で目覚めたという認識となった。

 

「記憶を消した……!? ()は一体何なんだ!? どうしてこんな所に!?」

 

 恐怖が全身を支配し、彼はマラネロに疑問を叫ぶ。意識上はまだ幼い少年である彼にとって、今までされたことやこれからされることより、自身のことが分からないことの方が一層恐ろしかった。

 両親は誰なのか?

 いつ生まれ、どんな経験をしてきたのか?

 自分の名前は何というのか?

 

「君が誰かって? それは些細なことだ、忘れたまえ」

 

 だが、怯える彼を嘲笑うかのようにマラネロは疑問を突っぱねた。

 そして、手に持っていたリモコンを押し、彼の目の前に位置するモニターを映した。映像の内容は、幼い金髪の少年が両親と過ごす他愛のない日常風景だ。

 

「これ、は……?」

 

 一見微笑ましい映像だが、彼にとってはより大きなショックを与えるものだった。

 そこに映っている少年と、ポットのガラスに映る自身の姿が酷似していたのだ。勿論、彼にはこのように両親と過ごした楽しい思い出などない。ではアレは誰なのか?

 

「彼の名は、ソラト・レイグラント。君のオリジナルとでもいうべきかな、名もなき少年」

「オリジナル……?」

 

 またしても心を抉るようなマラネロの言葉に、彼は呆然とした。

 あの少年がオリジナルだとすれば、酷似している自分は何なのか。()()()()()()()()()()いう言葉の意味を、彼は頭から遠ざけようとした。

 

 そうだ、きっと双子なんだ。アレは弟か何かで、一時的に記憶を失っているだけだ。

 

 しかし、マラネロは精神的に不安定な彼に非情な真実を叩きつけた。

 

「君は言わば彼のクローン。君の存在に意味などないんだ。記憶も、居場所も、自己認識もない、造られた存在だ!」

「やめて……やめてよ……っ! やめろぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 耳を塞ぎ、目を瞑り彼は叫んだ。普段は静かな研究所内には暫くの間、彼の悲痛な叫びと彼の存在を否定するソラトの映像の音声だけが木霊していた。

 

 

 彼の意識が目覚めてから数日が経った。

 彼の目前には未だにソラトの幸せそうな映像が流れている。彼は叫ぶのを辞め、ひたすら映像を睨んでいた。

 この数日で彼は大きく変わった。目覚めたばかりの時の怯えた表情は何処にもなく、弱々しかった瞳も鋭くなり絶望と憎悪に満ちている。両手にはガラスを殴った跡が痛々しく付いていた。

 しかし、培養液の中では力が入らず、例え液がなくとも幼い少年の腕力では強化ガラスで覆われた生態ポッドを割ることは出来なかった。

 

「もっと自分の体を大事にした方がいいよ?」

 

 そこへ数日ぶりにマラネロが彼の目の前に現れた。当然、この男も彼の憎悪の対象である。彼はマラネロをキツく睨み付け、すぐにモニターへと視線を移した。

 

「君は何がしたい?」

 

 マラネロの問いに、ピクリと反応する。この窮屈なポッドから出て、自分は何をしたいのか。そんなこと、彼の中では最初から決まっていた。

 

「ここから出て……奴と貴様を殺してやる!」

 

 今すぐにでも噛み付きそうな勢いでマラネロに吠える彼。

 

 この数日間、モニターに映るソラトとポッドに反射した自分の姿を見比べ考えていた。

 何故同じ姿、同じ遺伝子を持っているのにソラトは幸せそうに笑い、自分は思い出すら失くしてこんな培養液の中で苦しんでいるのか。

 これが本物と偽物の差なのか。何故偽物というだけで世界から疎まれ必要とされなくなるのか。

 

 ならば、自分が本物(ソラト)に成り代わればいい。

 苦しみを知らないソラトから存在を含めた全てを奪い、今まで幸せに生きてきた本物に自分が受けた以上の絶望を与える。そうすれば、自分にも意味が生まれる。

 

本物(ソラト)より優れた、本物(ソラト)以上の存在として! それが「俺」が今存在する理由だ!」

 

 憎悪を込めて彼はモニターのソラトへ叫ぶと、マラネロに対しても怒りをぶつける。

 

「貴様もだ! 俺を生み出した罪、償ってもらうぞ!」

 

 目覚めた時とは完全に別人となった彼に、マラネロは満足そうに笑い頷いた。まるでこうなることを望んでいたかのように。

 そして最初の時と同様にリモコンを操作し、モニターを消すと彼に向き直った。

 

「だがここで私を殺せば、君はソラトに成り代わることが難しくなる。逆に私がいれば、是非とも君に協力することが出来るが、どうするかね?」

 

 珍しく低いトーンで話し掛け、分厚い眼鏡の奥から鋭く睨むマラネロ。

 確かに、生み出されたばかりである彼には難しいかもしれない。ソラトが何処にいるかも分からず、ただ殺しても成り代わることにはならない。ソラトから全てを奪わなければ、殺す意味がないのだ。

 1人で行動するより、利用出来る人間がいた方が便利だ。例えそれが憎い相手でも、まずは存在する意味を得る方を優先するべきだ、と彼は決断した。

 

「なら()に協力しろ。但し、ソラトの次は貴様を殺す」

「交渉成立だ」

 

 マラネロはリモコンのもう1つのスイッチを押す。

 すると、彼の行動を制限していた生態ポッドが開き、培養液を流しながら彼を解放した。

 

「……次は培養液をなくしてから開けようか」

 

 流れ出た培養液をモロ被りし、ビショ濡れになったマラネロはしかめっ面で呟き、彼に近付く。

 

「まずは君に名前が必要だね。何て名前がいい?」

 

 翡翠色の髪から培養液を垂らす彼に、マラネロはタオルを投げ掛けながら尋ねた。

 マラネロ自身、造った存在の名前に興味はなく、大抵本人に付けさせるか番号、記号で呼んでいる。

 彼はタオルで頭と顔を拭くと、突如マラネロの首を強く掴んだ。

 不意打ちだったため、流石のマラネロも苦痛に顔を歪ませる。このまま殺すのかと思いきや、彼はマラネロの顔を自身に近付けた。怒りと憎しみで満たされた真紅の眼光がマラネロを射抜く。

 

 

「俺は、アース。"空"を"地"へ引き摺り落とす者だ」

 

 

 自分で決めた名を名乗り、アースはマラネロを突き飛ばした。突然の凶行に怒るどころか、マラネロは息を整えつつ狂気じみた笑い声をあげた。

 

「ヒヒッ、ヒャヒャヒャヒャッ! いいぞぉ、君とは仲良く出来そうだ!」

「……フン」

 

 研究所に響く、狂気の笑いにアースは不機嫌そうにしながらソラトへの憎悪を内に暖め続けていくことになるのであった。

 

 

◇◆◇

 

 

 これがアースがソラトを狙う理由。自分の存在する理由が欲しい、そして平凡に生きてきたソラトに自分の絶望を味わせたい。

 

「例え偽物の命だとしても、俺は俺の意味が欲しいんだ。そのために、ソラトを殺す」

 

 曝け出されたアースの感情に、ノーヴェは共感していた。

 彼はかつての自分と同じだった。戦闘機人である自分には戦うことしか生きる意味なんてない、と思い込んでいた。

 しかし、スバルやティアナ、ギンガ達が例え戦闘機人だとしても、人間らしく生きてもいいことを教えてくれた。

 

「誰にも話したことがなかったが、話したら気分が楽になった。何故だろうな……ノーヴェ、お前のおかげか?」

 

 悲しそうな瞳で微笑みながら、アースは立ち上がる。

 今まで話さなかったのは、科学者以外の生物は大抵理性のない獣人か、破壊活動にしか興味のない残忍な殺人兵器しかいなかったからだ。

 自分の虚しさを理解してくれる存在と出会えたのは、ノーヴェが初めてだった。

 

 話し終えたアースの横顔を見て、ノーヴェは確信した。

 アースはソラトの遺伝子を使い造られ、オリジナルへの復讐を誓った人造魔導師だ。しかし、本当はただ純粋な心の持ち主なのだ。純粋すぎるが故、マラネロに憎しみの感情を彫り込まれてしまった。

 アースにも伝えないといけない。自分が教えてもらったことを。

 

「アース! お前っ」

 

 一瞬、言葉に詰まるノーヴェと立ち止まるアースの間を藍色の魔力弾が横切った。

 突然の展開に驚くノーヴェを尻目に、予め感知していたアースは大剣ベルゼブブを取り出し魔力弾が飛んで来た方向へ構えた。

 

「アース!」

「ノーヴェから離れろ!」

 

 すると今度は、背後からソラトとスバルが急襲を仕掛けてきた。流石のアースも2人いることは想定外だったらしく、刀身で2人の攻撃を弾きつつ距離を取る。

 

「よせっ! ソイツは!」

「チッ!」

 

 ノーヴェの言葉も届かず、街中でアースを囲み威嚇するソラト、スバル、エドワード。目当てであるソラトがいるものの、明らかに分が悪すぎる。アースは舌打ちしつつ自身のバイクに跨り、ノーヴェの方を見た。

 

「ノーヴェ……」

 

 短い間だったが心を通わせた相手の名前を呟き、アースは逃げるようにその場を去っていった。

 

「ノーヴェ! 大丈夫!?」

 

 スバルが心配そうに声をあげる。ノーヴェが何故か涙を流していたからだ。アースに何かされたのではないか? と、ソラトやエドワードも心配になり近寄る。

 

「うっせぇ……違う、違うんだ……! アイツは……!」

 

 否定の言葉を繰り返しながら、ノーヴェは手で涙を拭っていた。

 結局、彼女の涙の理由も分からず、特に何かされたという訳でもないので、一先ずエドワードの車で六課へ戻ることになった。

 

 こうして、アースとノーヴェは出会ってしまった。この出来事は復讐鬼となったアースに大きな影響を残していくこととなる。



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第18話 Next stage

 ノーヴェとアースの会合から数時間が経った。

 六課に連れてこられたノーヴェは事情聴取を受け、その中でアースから聞かされた哀しい生い立ちを訴えた。

 

「アイツから聞いたのは、これだけだ」

「そう……分かった。お疲れ様」

 

 話を聞いていたなのはは優しくノーヴェに声を掛ける。

 他のメンバーもノーヴェの話に複雑な心境になり、言葉を詰まらせていた。特にアースと同じく"造られた存在"であるスバル、フェイト、エリオはアースを隅々まで利用する卑劣なマラネロへの怒りを覚えていた。

 

「アイツはお前を狙って来るぞ」

 

 静かな空気の中、ノーヴェは特定の人物に向けて再び口を開く。この場にいる人間の中で最もアースと関係が深い人物へ。

 

「ソラト……」

 

 スバルは、唇を噛み締め俯いたまま動かない恋人を心配する。

 恐らく、ノーヴェの話に一番衝撃を受けたのがソラトだろう。

 

「今日はもう遅いし、ノーヴェは帰った方がいいね」

「俺が送っていきます。ゲンヤさん達にも事情を説明しないと……」

「せやな。なら、お願いな」

 

 エドワードの意見に上司であるなのはとはやては許可し、今日の聴取は終わった。結局、ノーヴェが退出した後もソラトはその場を動くことは出来なかった。

 

 

◇◆◇

 

 

 夜道を走る車の中、ノーヴェは運転中のエドワードに遠慮がちに尋ねてみた。

 

「あのさ……ソラトの奴、大丈夫かな?」

 

 ソラトが身動き1つ出来なくなる程ショックを受けたのは、自分の所為だ。ノーヴェはずっと罪悪感を引きずっていた。

 暫く沈黙が続き、車が十字路を曲がると漸くエドワードが答えた。

 

「アイツは今、少し混乱しているんだ。すぐ立ち直るさ」

 

 相手は自分の命を狙い、襲ってくる次元犯罪者。しかし、その正体は自分の分身とも呼べる存在。ソラトはアースへの複雑な感情に頭を悩ませていた。

 兄貴分として、すぐ傍で成長を見守っていたエドワードだからこそ、ソラトの心情は理解していた。

 

「寧ろ、ノーヴェが教えてくれなければ、ソラトは何も知らないままアースを討つことになっていたかもしれない」

「けど、アタシは何も」

「出来ただろう。アースと心を通わせた」

 

 自信がなかったノーヴェはエドワードの言葉にハッと気付く。

 マラネロの計画通りなら、本来アースは誰とも繋がりを持たずソラトを狙うだけの存在だっただろう。

 しかし、ノーヴェはそんなアースから話を聞き出せた。

 

「アタシは……」

 

 ノーヴェはアースの生い立ちを知った。彼の苦しみも、悲しみも、怒りも。だから彼に伝えたいことがあった。あの時に途絶えてしまった言葉を教えたかった。

 気付けば、車はもうナカジマ家の前まで来ていた。家の前では、心配していた姉妹達がノーヴェを待っている。

 

「ソラトならスバルが心配する。だからお前はアースを心配してやれ」

「ば、バカ! そんなんじゃねぇよ!」

 

 微笑みながら話すエドワードの真意に気付き、ノーヴェは顔を赤くしながら否定する。やや乱暴に車のドアを閉め、ノーヴェは家に帰っていった。

 役目を果たしたエドワードは遠くの夜空を見上げ、昔の友人の姿を思い浮かべていた。

 

「ラウム、お前なら何て言ってやれたんだろうな」

 

 頼れる友人に比べて、自分はあまりに力不足に感じる。新しく出来た妹分に、もっといい言葉を言ってやれたのではないか。

 エドワードは情けない自分に溜息を吐き、車を発進させた。

 

 

◇◆◇

 

 

 それからまた暫く経ち、辺りはすっかり暗くなった。

 六課隊舎の屋上では、ソラトが放心状態で夜空を見上げていた。悩み過ぎた結果、頭を空っぽにしたくなったらしい。

 

「アース、君は……」

 

 今は何処にいるかも分からない、自分の分身にポツリと呼び掛ける。

 望んで生み出された訳ではない哀しい存在。だが、その存在を確立するため、自分の命を奪いに来る敵同士。ソラトはどう対応していいのか分からなかった。

 

「ソラト」

 

 気付くと、ソラトの右隣には彼の恋人である、スバルが立っていた。

 いつもの優しい口調で話し掛けるスバルと対照的に、ソラトは重い表情を見せる。

 

「どうすればいいか、分からないんだ。アースは敵対する人造魔導師。けど、それは運命を歪められたからであって」

 

 ソラトは正直に自分の考えを口にした。アースが只の悪人ならば、裁くことに躊躇はしなかった。しかし、純粋さを付け込まれて憎悪に染まったアースを敵として割り切ることが出来ないでいた。

 

「このまま戦っても、お互いの哀しみが増すだけだ。僕はアースに何が出来るんだろう? 何をしてあげたら……」

 

 1度肉親を失っているソラトには、アースを他人とはどうしても思えなかった。

 クローンとはいえ、同じ血を持つ者同士で何故戦わなければならないのか。戦わずに済む道はないのか。ソラトは答えを見つけられないでいた。

 

「ソラトはソラトのしてあげたいことをすればいいと思うよ」

 

 悩みを打ち明けたソラトに、スバルは優しく語りかける。

 

「私はソラトに人間として受け止めてもらえて、すごく嬉しかった」

 

 スバルは、タイプゼロ・サードとの戦いでソラトがスバルのために叫んだことを思い返していた。

 戦闘機人の身体を持つスバルは後継機であるサードに感情を持った不良品扱いされた。だが、ソラトはスバルを人間として、大切な彼女として想っていたので激昂したのだ。

 

「だから、ソラトはアースをどう思って、何をしてあげたいのか。それで十分だよ」

 

 優しく微笑むスバルに、ソラトはさっきまでの悩みが氷のように解けていくように感じた。

 アースは自分の偽物なんかじゃない。同じ血を持つ、双子の兄弟として受け止めたい。

 

「心配してくれてありがとう。もう大丈夫だよ」

 

 自身を心配してくれた恋人に、ソラトは微笑みながら手を握った。

 そうだ、最初から簡単なことだったじゃないか。

 敵だから、認められない存在だから戦うのではない。説得し、歪んでしまった心を正すために戦えばいいのだ。

 

「スバル、僕は決めた。アースを助ける。歪んでしまった彼を救うために戦うよ」

 

 迷いを振り切り、決意に満ちた表情で口にするソラト。最愛の人がもう大丈夫だと分かり、スバルも笑顔を見せる。

 夜空の下、2人は手を繋ぎ屋上を後にした。新たに出来た、戦う理由を胸に秘めながら。

 

 

◇◆◇

 

 

 次元世界の何処にあるのかも分からない、マラネロの研究室。

 普段なら機械音位しか聞こえてこないほど物静かであるが、今は少年の呻き声が廊下にまで響き渡っていた。

 

「くっ……」

 

 普段は強気なアースだが、今は薄緑色のバインドで手足を縛られ宙に吊されていた。

 独断で行動をしようとした挙げ句、自らの素性を語ってしまったのだから仕方のないことではあるが。

 

「で、君はノーヴェに話すだけで帰ってきたのかい?」

「ああ、そうだよ。別にここの位置なんかは喋ってねぇ」

 

 不満そうではあるが素直に話すアースに、尋問を行っていたマラネロはニヤリと嫌らしい笑みを見せスイッチを押した。

 すると、アースを縛っていたバインドは消え、アースは床に着地する。

 

「何の真似だ」

「君は言った通りツーリングをしただけだ。それに、ノーヴェも半分は私の作品でもある。問題になるようなことも言ってなさそうだし」

「……フン」

 

 つまり、マラネロはアースの行動を不問としたのだ。

 イマイチ納得の行かないアースだが、マラネロの気紛れはいつものことだと考え、何も言わずに部屋へ戻っていった。

 

「ドクター、アイツに少々甘いのでは?」

 

 暗がりから第三者の声がする。中性的な声色を持ち、アースのように気性は荒くない様子だ。

 声を掛けられたマラネロは既に気にする仕草も見せず、コンピュータにデータを打ち込んでいた。

 

「今はまだ彼も重要な戦力だ。反抗しないよう泳がせる必要があるからね」

 

 アースはあくまでマラネロを利用しているようにしか考えていない。思い通りにいかないと分かれば、いつ時反逆してもおかしくないだろう。

 しかし、そもそもそんな自分の身が危ういスタンスを取ろうとしているマラネロに、第三者の少年は理解しがたかった。従えたいのなら普通に洗脳すれば速いはずだ。

 

「ドクターの考えが分かりかねます。何故奴にそこまで特別扱いを?」

()()()()。私はね、彼で実験をしているんだ。画期的なね」

「実験?」

 

 フォースと呼ばれた少年へ、マラネロは意外な答えを返した。

 

「そう。スカリエッティが言っていた"生命のゆらぎ"がどれ程のものか知りたくなってね。激しい怒り、復讐心が元々のスペックを凌駕出来るのか、という実験さ。結果は今のところ順調だね」

「ほぅ……」

 

 マラネロはアースの怒りの感情すら実験道具としてしか見ていなかったのだ。造り出した存在を隅から隅まで実験道具として活用しようとするマラネロに、フォースは恐怖と感嘆が入り交じった溜息を吐いた。

 

「さぁ、そろそろだ。私の最高傑作達が遂に最終実験の時を迎える!」

 

 マラネロが歓喜の笑みを浮かべながらエンターキーを弾くと、目の前にある4つのモニターにマラネロと同じく白衣を着た男達が映り出した。

 どうやら、それぞれの研究所は違う場所にあるようで、研究内容も機具も違う特徴を持っている。

 

「ヒャヒャヒャ、さぁ始まりだよ。我が優秀な弟子達よ」

 

 マラネロの呼びかけに4人の科学者達は笑みを見せ、映像はすぐにノイズへと切り替わった。

 一方、自室に戻ったアースはベッドに横たわりながら、今日の出来事について振り返っていた。

 ソラトを殺しに行くはずが、ほぼ何もせずに撤退してしまった。全ては、あの赤毛の少女との会話の所為。

 

「アイツ……ノーヴェの楽しさって、何なんだ」

 

 復讐が全てだったアースに芽生えた、ソラト以外への初めての興味。それは何処か楽しそうに話す戦闘機人の日常。そして少し恥ずかしそうな少女の笑顔だった。

 苦しみと怒りで心がすり減ったアースにとって"楽しい"とは無くしてしまった感情であり、密かに憧れていたもの。

 

「ノーヴェの言う楽しい日常……なら、さっさとソラトと入れ替わればいい」

 

 ソラトとノーヴェは知り合い同士。いつでも気軽に会えるはずだ。

 それに、ノーヴェと日々を過ごせば"楽しい"というものを思い出すかもしれない。あの笑顔の理由が分かるかもしれない。

 

「ソラト……必ず、貴様を殺す」

 

 復讐した後の目的が生まれ、アースは自然と口元を歪ませる。

 まるで渇ききった心を潤すようにアースはノーヴェへの興味を求め、打倒ソラトへの覚悟を一層堅く決めるのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 翌日、機動六課の部隊長室。

 はやてはある人物を呼び、今回の事件について話をしていた。

 

「ここ最近、獣人事件はますます深刻になって来てます」

 

 はやての話に、呼び出された男性は資料に目を通しながら深刻な表情で頷く。

 タイプゼロ・サードやアース等の強敵の登場に、セブン・シンズ"怠惰(レイジー)"の奪取。事態はより悪い方へ進んでいるのは明白だった。

 

「なので、是非とも"陸士315部隊"にも協力体制を敷いて頂きたいのです」

 

 真剣な眼差しを向け、男性にに言い放つはやて。実は、目の前の人物は"陸士315部隊"の部隊長なのだ。

 陸士部隊は基本的に縄張り意識が強く、協力的な姿勢を持つ部隊は多くない。だが、"ドロレス"を保持している機動六課はミッドチルダの外に出ることも考えなければならない。

 そこで、陸士108部隊以外にも友好的な部隊を作っておく必要があった。部隊間の結び付きを強めておけば、早めに対処が可能になる。

 

「そういうことならば、我々も機動六課に協力しましょう」

 

 男性は資料を置き、快くはやての申し出を聞き入れてくれた。

 とはいえ、はやてもただ無作為に協力を申請している訳ではない。部隊長の人柄も調べ、315部隊ならば協力してくれると見込んでの頼みだった。

 

「ありがとうございます」

 

 期待通りの返答に、はやては目を輝かせて頭を下げた。

 話が纏まると、丁度よくドアをノックする音が聞こえた。どうやら、この男性以外にも来客があったようだ。

 

「ギンガ・ナカジマ陸曹長です」

「どうぞです」

 

 補佐官のリインフォースⅡが代わりに応答するとドアは自動で開き、ギンガと元ナンバーズのナカジマ姉妹4人が中に入ってきた。

 この4人は出所後、社会復帰のために"N2R"というユニットとして時空管理局に暫くの間所属することが決まっていた。

 因みにN2Rというユニット名は次女チンクが名付け、由来は施設のブロックと部屋番号と単純なものである。

 

「いいタイミングやね。まずは皆に新しい上司を紹介しよか」

 

 はやてはナカジマ姉妹の5人を笑顔で迎え入れる。

 彼女達を呼んだ理由は、今後協力関係になる315部隊に出向予定だったからだ。 

 丁度良く顔合わせも出来た、ということではやては目の前に座る、紺色の髪の男を紹介した。

 

「君達がゲンヤさんの新しい娘達か」

 

 長めの前髪から覗く赤い瞳は鋭く冷たい印象を与えるが、裏腹に穏やかな口調でチンク達に向き直る。

 

「俺が陸士315部隊の部隊長"ラウム・ヴァンガード"だ。以後、よろしく頼む」

 

 歪んだ運命に翻弄されながら強まる少年達の戦意。

 激化する戦いに備え、双方に訪れる新たな戦力。

 事件は静かに次のステージへと進んでいた。



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第19話 陸士315部隊

 第1管理世界"ミッドチルダ"の首都──"クラナガン"。

 巨大な都市部であるそこも、深夜はネオンも減り静かになる。人も車も全く通らない、昼間とは真逆の世界。

 そんな静寂の場所に、いかにも不似合いな騒音が響く。バイクが2台、クラナガンの夜道を走っていた。

 暴走族にしては頭数が少なく、各車運転手1人しか乗せていない。ではレースをしているのかといえば、そうでもない。2台は並走し、ヘルメット越しに隣にいる相手を睨む。

 運転手の服装は、デザインは同じだが色は片方が白、もう片方は黒と対照的だ。2人はそれぞれ身の丈程の剣を持ち、黒い方は隙あらば白い方へ斬り掛かろうとしていた。

 

「攻めてこねぇのか? ソラトぉぉぉぉっ!」

 

 黒い運転手、アースが白い運転手、ソラトへ挑発を掛ける。

 同時に車体を傾け、横から体当たりを仕掛ける。まともに食らえば事故は避けられない。ソラトも体当たりで衝撃を相殺する。

 

「くっ!」

「その程度か!」

 

 ソラト側はよろめくが、アースはすぐに態勢を立て直す。2人はバイクで駆けながらぶつかり合いを繰り返していた。時に激しく体をぶつけ、時には大剣で鍔迫り合いを交わす。そうして、既にクラナガン中を何周もしていた。

 特に、ソラトの命を狙うアースは。積極的に攻め、何処へ行こうと追い続ける。対するソラトにも逃げるつもりはなかった。

 

「でああああっ!」

 

 しかし、そろそろお互いに疲弊していた。アースはトドメと言わんばかりに大剣"ベルゼブブ"をソラトのバイクへ叩き込む。

 

「ぐぁっ!?」

 

 遂に衝撃に耐えられず、ソラトは転倒してしまった。咄嗟に受け身を取ったため怪我はないが、ダメージは大きい。アースはソラトが倒れたことに気付き、ドリフトをかけながら止まる。

 このままでは殺られる。ソラトはヘルメットを外し、金髪を揺らしながら立ち上がろうとする。

 だが、ソラトの目の前には既にアースが立っていた。彼の右手にはベルゼブブが握られており、空いた左手でヘルメットを脱ぎ捨てる。

 

「終わりだ」

 

 ソラトの蒼い眼に移ったアースの顔。翡翠色の髪に鋭く紅い瞳、それ以外はソラトと瓜二つだった。

 アースはソラトの遺伝子を使って生み出された人造魔導師。つまりクローンのようなもの。誰かの偽物ではなく自分のアイデンティティーを得るため、アースは自身の本物であるソラトの命を狙っていたのだ。

 

「さぁ、大人しく滅びてろ!」

 

 これで漸く悲願が達成される。アースはベルゼブブを高く掲げ、ソラトへと振り下ろした。

 

「やめろ!」

 

 だが、聞こえてきた声に反応して刄はソラトの眼前で止まる。

 これが誰の声であろうと、アースは動きを止めるつもりはなかった。しかし、体が勝手に止まってしまったのだ。

 

「ノーヴェ……」

 

 叫び声の主である少女の名を、アースは呟く。

 ソラトとアースのいる場へ駆け付けたのは、2人の少女。片方は赤毛に金の瞳を持ち、両足には歯車の付いたローラーブーツ"ジェットエッジ"を履いている。彼女がアースを止めた少女、ノーヴェだ。

 

「でりゃああああっ!」

 

 そして、もう1人。青髪に緑の眼の少女、スバルはノーヴェのジェットエッジと同様に歯車の付いたガントレット"リボルバーナックル"を唸らせ、ローラーブーツ"マッハキャリバー"を走らせながらアースへ突っ込んでいく。

 アースはスバルの拳をベルゼブブの刀身で受けつつ、後ろに飛んで身を躱す。

 

「ソラト、大丈夫!?」

「うん、ありがとうスバル」

 

 ソラトは恋人であるスバルの助けもあり、態勢を立て直していた。落ちていた自分の大剣型デバイス"セラフィム"を拾い、アースへと構える。

 

「チッ」

 

 一方で、一気に不利になったことにアースは苛立っていた。3対1の状況、特にノーヴェが相手となると都合が悪い。

 アースにとって、ノーヴェは初めて心を開いた存在である。今までソラトへの怒りで動いてきたが故に、理解出来ない感情に戸惑っていた。

 

「フン、折角拾った命だ。次はもっと強くなれ」

 

 アースは口惜しそうに転移装置を発動させる。緑色の光がアースと彼の愛機(バイク)を包むと、一瞬で何処かへと消えてしまった。

 

「アース……」

 

 ノーヴェが静かに呟く。彼女もアースに対してシンパシーを感じていた。

 過去の自分が抱いていた、戦闘機人の逃れられない運命への苛立ち。それと同様の枷をアースも持っているからこそ、ノーヴェはアースを止めたいと願っていた。

 

 アースの襲撃の翌日。大した怪我を負わなかったソラトは早朝マラソンに励んでいた。

 昨晩の事件は比較的簡単に対処出来た。理性をなくした獣人がネオガジェット・タイプAの集団を引き連れて破壊行動をしていただけだからだ。

 だが、バイクで現場に向かうソラトを、同じくバイクに乗ったアースが急襲を仕掛けてきた。わざわざ本能のまま暴れる獣人を率いたのも、ソラトを襲い易くするためだったのだろう。

 

「また、負けた……」

 

 ソラトとアースの戦いはこれで2度目。そのどちらも、スバル達が介入してなければソラトは今この場にいない。

 スバルを守ると決めたはずが、逆にスバルに守られている。ソラトは悔しさのあまり拳を強く握り締める。

 

〔マスター、すみません。私が弱いばかりに〕

 

 その時、ポケットからソラトの愛機セラフィムが申し訳なさそうに言った。

 ソラトと同様に、セラフィムもまた自分の弱さに思い悩んでいた。自分を模して作られたデバイス、ベルゼブブ。アースが扱うあの剣に打ち負けないために、何が出来るのか。

 

「セラフィムは悪くないよ。僕が腑甲斐ないから……」

 

 立ち止まり、セラフィムの待機形態である、緑色の長方形のクリスタルを取り出す。

 セラフィムはソラトが陸曹に昇進した3年前、祝いの品として本局の技術官マリエルに作って貰ったものだ。それからずっと傍にいた1人と1機の絆は堅い。

 

「一緒に、強くなって行こう」

〔はい〕

 

 相棒にももっと強くなることを誓い、若い騎士は再び走り出した。

 

 ソラト、アース、スバル、ノーヴェ。

 

 彼等を軸とし、獣人事件は更に進展していく。

 

 

◇◆◇

 

 

 マラネロの研究室。今日も薄暗く広い部屋の中では機械音だけが冷たく響く。

 だが、普段と違うところが2つだけあった。部屋の主であるマラネロの姿がないこと、そしてマラネロ以外の人物が作業をしていることだ。

 

「陸士315部隊が六課と協力……?」

 

 マラネロの代わりに部屋でコンピュータを弄っていた男が画面を見ながら呟く。

 濃い茶色の短髪に、金色の瞳を持つ男性が眺めていたのは、先日設立された特務機動隊の情報だった。

 管理局のデータベースにハッキングして得た情報によれば、新設された特務五課は対獣人事件を専門とした部隊のようだ。

 つまり、マラネロ一派にとっては今後積極的に関わるであろう敵ということだ。

 

「やれやれ、出た芽は早い内に摘まないと」

 

 これがマラネロならば暢気に放置するところだろう。しかし、男性は呆れた表情でデータを入力する。まるで害虫を駆除するかのように。

 

「ロノウェ」

 

 そこへ、男性の名前を呼ぶ声がした。低く強い口調から、あまり親しい訳ではなさそうだ。

 

「戻っていたのか」

 

 ロノウェと呼ばれた男性が振り向くと、翡翠色の髪の少年、アースが立っていた。

 普段から不機嫌そうな表情を更に歪め紅い瞳で睨んでいる。

 

「ああ。僕が居ちゃいけない理由はないだろう?」

 

 対するロノウェは余裕そうな笑顔で接する。但し、大人しそうな目は笑っておらず独特なプレッシャーを放っている。

 

「……フン」

 

 立場上、味方とはいえどマラネロ同様に危険な人物であることに変わりはない。

 ロノウェを警戒しつつ、アースは不機嫌そうなままその場を後にした。

 

 

◇◆◇

 

 

 陸士315部隊への出向が決まったナカジマ姉妹の5人は、隊舎の付近にある森林部へ召集された。

 

 集合場所には既に陸士315部隊隊長"ラウム・ヴァンガード"と、面識のない隊員達がいた。

 笑顔で歓迎する者、険しい顔でこちらを見つめる者、すぐに顔をそむける者。

 対応は様々だが、1つだけ言えることは友好的なものばかりではないということだ。

 

「来たか」

 

 ラウムがここに集まった人物の顔を見回すと、寄り掛かっていた木から動き話を始めた。

 

「ここに来て貰ったのは、315部隊としてこれから共に戦って貰う者達に紹介するためだ」

 

 ギンガ達が察した通り、ここに集められたのは同僚達への顔合わせが目的であった。

 隊員達の前でナカジマ姉妹は並び、1人ずつ自己紹介をしていく。

 

「陸士108部隊から出向になりました"ギンガ・ナカジマ"陸曹長です。これからよろしくお願いします」

 

 始めに、元々局員のギンガが紹介をする。因みにギンガが出向になった理由は、他の姉妹のお目付け役を兼ねているためである。

 施設から外に出たとはいえ、まだ監視の必要な身の上。保護責任者が傍にいなければならない。

 

「ナカジマ家次女"チンク"です」

「同じく四女"ディエチ"です」

「五女、"ノーヴェ"」

「六女の"ウェンディ"ッス!」

 

 残りの姉妹達も軽く自己紹介を終える。すると、隊員達の雰囲気がギンガの時と変わる。

 向けられた視線は冷ややかなものが多く、次第にひそひそと話す声が聞こえ出した。

 

「何で戦闘機人がここにいるんだよ」

「しかも4人も。この部隊大丈夫かよ」

 

 理由は単純、彼女達が元"ナンバーズ"だから。JS事件から2年が経った今でも、悪く思う者は多いのだ。周囲にいた仲間の隊員達も陰口を言い出す。

 仕方がないこととはいえ、ノーヴェは相手を睨む。彼女の短気な性格はまだ少し残っていた。

 

「よせ、ノーヴェ」

 

 今にも怒鳴り出しそうなノーヴェをチンクが小声で諌める。出所から数ヶ月も経たない内に揉め事を起こすのは不味い。自分達の立場の危うさにチンク達は顔を顰めた。

 

「何をしている」

 

 ところが、助け舟は思いもよらぬ所から出た。木に寄り掛かって見ていたラウムが声を掛ける。

 

「相手が誰であろうと、今日から同じ隊舎で働く仲間だ。偏見は捨てろ。それとも、俺の下で仲間割れでもする気か?」

 

 一部始終を見ていたラウムは陰口を叩いていた隊員達を睨む。すると、次第に隊員達の話し声が止んで行った。

 場が収まったことを確認するとラウムはチンク達に頭を下げ、次の話に移った。

 

「さて、次に今日の予定だが、六課との合同訓練を行う。場所はこの森林地帯だ」

 

 陸士315部隊は獣人事件を捜査している機動六課への協力が決まっている。そこで、六課との合同訓練を何度か行うことになっていた。

 最初の訓練場所は両隊舎周辺の森林地帯。敵を見失いやすい場所でいかにして戦うかが問われる。

 

「諸君等は今日が顔合わせだが、これから共に戦う仲間だ。協力して訓練に挑んで欲しい」

「はいっ!」

「一時間後にこの場所にもう一度集合。その間に交友を深めるといい。以上だ」

 

 連絡事項を告げ終えると、ラウムはその場を去って行った。

 

「いやぁ、あんな人が上司でよかったッスねぇ~」

「優しそうな人だったね」

 

 相変わらず軽い口調のウェンディに、ディエチも頷く。最初は出所後の局勤めは不安が大きかったチンクも、しっかりとした男性が上司で一先ず安心していた。

 勿論、ノーヴェも同様に思っていたのだが、姉妹で唯一暗い雰囲気を漂わせていた。

 

「……アースが心配か」

 

 チンクがノーヴェの心境を当てる。

 チンクはナンバーズ時代からノーヴェの教育係として面倒を見てきた。ノーヴェもまたチンクにのみ懐いており、2人の仲は他の姉妹達以上に堅い。

 

「うん……」

 

 ノーヴェは先日も攻めてきたアースのことを考えていた。短い間だけだったが2人は談笑し、心を通わせることが出来た。その中でノーヴェはアースの内面、そして昔の自分に似た所を見たのだった。

 怒りと悲しみの感情に塗れた少年を、ノーヴェは放っておくことが出来なかった。姉妹の中でも、特にノーヴェが315部隊への出向に強く志願した程だ。

 

「アイツもきっと、今のあたし達みたいになれるはずだから」

 

 今は敵対している少年に、生きる意味と楽しさを教えるために。ノーヴェは強く拳を握った。

 そこへ、大事な案件を思い出したかのようにラウムが戻ってきた。

 

「済まない、チンク。来てくれないか」

 

 急に呼び出され、チンクは目を丸くした。施設を出所してから、姉妹セットで呼び出されることが多かったからだ。

 仮に妹達が何かしたのならば、長女のギンガが呼ばれるはず。

 呼び出された理由が分からないまま、チンクはラウムと隊舎に戻っていった。

 

 人気のない廊下まで歩くと、ラウムはチンクに話し出した。

 

「頼みがある」

 

 真剣身を帯びた視線でじっと見つめられ、チンクは一瞬動揺する。見た目は少女だが、中身はれっきとした女性だ。こんなシチュエーションでは動揺するのも無理はない。

 

「俺の……」

 

 上司とはいえ、ラウムとは付き合いがまだ浅い。こんなにも急に告白されてはどう返していいのか困ってしまう。

 チンクは息を呑み、ラウムの言葉を待つ。

 

「部隊長補佐になって欲しい」

 

 予想と大きくかけ離れた告白に、チンクは思わず固まってしまう。

 ラウムは部隊長補佐を探していただけだった。

 

「……む、嫌か?」

 

 チンクの返答がなく、ラウムは首を傾げる。その言葉に漸く我に帰ったチンクは、首を横に振る。

 

「い、いえ! ですが、何故私なのですか?」

 

 チンクの疑問は最もだった。今の315部隊には自分以上に優秀で信用の持てるギンガがいる。

 それを差し置き、元犯罪者の自分を側に置く必要はないはずだ。

 

「ギンガを抜けば、お前達姉妹は執拗に責められる。それに、元犯罪者なら保護者を引き抜いてはいけないだろう」

 

 ラウムの説明はチンクに先程のトラブルを思い出させた。

 お目付役のギンガは、同時に姉妹と周囲の緩衝材になる。それを引き抜けば、部隊内での姉妹の立場がなくなるのは明確だ。

 

「一番しっかりしているのはチンクだと聞いている。ギンガからの許可も貰っている」

 

 先日、機動六課に呼び出された際にラウムはギンガと2人で少しだけ話をしていた。

 それはこのことだったか、とチンクは思い返していた。

 

「勿論、嫌なら断ってもいい。だが一番の適任はチンクだと考えている」

「……私で良いのですか?」

 

 ラウムの頼みに未だ困惑しているチンク。そもそも、自分達以外にも補佐に向いている人材はいる。何故わざわざ自分なのか。

 

「俺が信頼しなければ部下もお前達を同僚と認めないだろう。だから、俺はお前を仲間だと信じている」

 

 ラウムの言葉には一切の揺るぎはなかった。確かにラウムの側に置かれれば、危険人物と見られることは少なくなるだろう。

 

「どうだ?」

「……了解しました。部隊長の補佐、謹んでお受けします」

 

 ラウムの押しに負ける形ではあるが、チンクは隊長補佐任命を受けた。

 

「ありがとう、チンク。それと、俺のことは名前で呼んでも構わない」

「では……ラウム殿と」

 

 名前で呼び合うことで緊張を解し仲を深める。ラウムはチンクの返事に満足したように頷いた。

 

 

◇◆◇

 

 

 1時間後。六課との合同演習の開始である。

 

 ラウムの補佐官になったチンクは演習には参加せず、司令室で両陣営を映すモニターをじっと見ていた。

 315部隊サイドでは、ギンガとディエチが作戦を練って全員に伝えているところだ。

 初対面時には険しい態度だった隊員達も真剣に聞いている辺り、ギンガはまとめ役として最適だった。もし、ギンガではなく階級も地位も持たない自分だったら、上手く行っていたかどうか。

 

「心配か?」

 

 チンクの表情を察したラウムが声を掛ける。するとチンクは首を横に振った。

 

「いえ、ラウム殿の采配は正しかったと思います」

「そうか」

 

 ラウムは無表情で、しかし何処か優しい雰囲気のまま六課サイドのモニターを眺める。

 315部隊はギンガ達を含めて10人。それに対し、六課はフォワード6人と、スターズの隊長格2人。

 

「演習でも向こうは本気だ。気ィ引き締めろ」

「はい!」

 

 教導官のなのはとヴィータが参戦することになっていた。

 因みにライトニングの隊長格は別件の仕事が入ってしまったために不参加となった。

 司令塔のティアナがギンガ同様、作戦を伝える。視界の悪い森林地帯での団体戦。作戦が勝利の鍵を握る。

 

〔そろそろ演習を始めますー!〕

 

 六課側の部隊長、はやてからの通信が来て、両陣営に緊張が走る。

 演習のため、勝ち負けが何かに影響するということはない。だた、気を抜けば一瞬でやられるだろう。

 

〔それでは機動六課、陸士315部隊の合同演習、開始!〕

 

 シグナルと同時に、両陣営の前衛は攻めに動き出した。

 それと同じタイミングで、315部隊のオペレーターが森林内の木々に仕込んだ監視カメラに何かが映っていることを捉えた。

 

「部隊長! 森林内に怪しい影を確認しました!」

「その場所を映してくれ」

 

 ラウムの指示で、監視カメラの映像が画面に映し出される。その光景は想像を絶するものだった。

 影の正体はネオガジェットの編隊だった。しかも、今までに見たことのない量産型タイプだ。

 2足歩行の人型のように見えるが、頭部はなくアイカメラは胸部に付いている。蛇腹で構成された腕の部分には鋭利な突起が4本ずつ付いており、移動中はただぶら下げているだけのようだ。

 

「新型か……」

 

 敵からの急な襲撃にラウムは顎に指を乗せて考えた。場所は演習中のフォワード達から遠く、敵はまっすぐ五課隊舎を目指している。

 

「……俺が出る。前衛部隊には知らせず、演習に集中させろ」

「ラウム殿!?」

 

 ラウムの指示は一般常識から考えればあり得ないことだった。敵は未知の新型機械兵が数機。演習を中断してでもフォワードに防衛させるのがベスト。それを部隊長が単独で出撃するなど、言語道断だ。

 

「補佐として最初の任務だ。あとは任せる」

「いけません、ラウム殿! 無謀です!」

 

 ラウムを止めるチンク。他のオペレーター達もラウムの指示には疑問を持っていた。

 

「せめて数人は戻すべきです」

「……今、急に戻せばアイツ等の作戦に支障が出る」

 

 ナカジマ姉妹と315部隊の隊員は今日が初対面かつ、第一印象は最悪だった。今回の演習はそんな彼らが互いの力量を知り、今後協力するための重要なイベントだとラウムは考えていた。

 だとすれば、今練られた作戦は誰かが欠けても確実に支障が出る。それを避けるべく、ラウムは1人で始末しようとしていたのだ。

 

「時間がない。俺の罪なら後で裁け」

 

 そう言い残し、ラウムはとうとう出撃してしまった。残されたチンクは溜息を吐きながら指令席に座った。

 

 

◇◆◇

 

 

 あと数メートルで五課隊舎が見えるところで、ネオガジェット――タイプD達は動きを止める。

 目の前に1人の男が立ちはだかったからだ

 

「お前達に俺の罪が裁けるか?」

 

 ラウムは懐から懐中時計を取り出すと左胸の前にかざし、敵に時計を見せるように手首を回す。

 

「セットアップ」

 

 そしてデバイスの起動ワードを発声すると同時に時計のボタンを押し、蓋を開かせる。

 

〔Standing by!〕

 

 電子音声と同時に時計の針が回転し、ワインレッドの帯状魔法陣が現れラウムを包む。

 やがて魔法陣が消えると、ラウムは灰色の上着の上に黄色いラインが入った青のジャケット、黒いズボンを身に纏っていた。

 

「行くぞ」

 

 ラウムは三又槍型デバイス"ガーゴイル"を構え、タイプDを睨む。

 ラウムの決め台詞が合図だったかのように、タイプD達は一斉に飛びかかって来た。

 

「ふっ!」

 

 ラウムはタイプDを横から薙ぎ払い、近くに落ちた1機を起きあがる前に突き刺した。

 

〔久々の獲物は機械かぁ?〕

「ああ」

〔俺は柔らかい肉の方がいいんだけどなぁ〕

 

 物騒なことを喋り出すガーゴイルを冷静に流すラウム。良識のある使い手と対照的に、ガーゴイルのAIは癖のある人格だった。

 

〔まぁいいや。狩りまくるだけだ〕

「行くぞ」

〔あいよ〕

 

 ジグザグに向かってきた1機を叩き割りながら、残り奇数を目測で数える。左右合わせて残り10機。

 新型だろうと、所詮は量産機。性能は低いように思えた。

 

「っ!」

 

 背後に違和感を感じ、咄嗟に柄の部分で攻撃する。その先には音もなく忍び寄っていたタイプDのアイカメラが突き刺さっていた。

 先程までに破壊した機体と合わせて13機。ラウムは1機数え漏らしていたのだ。

 

「コイツ等、まさか暗殺用の機体か……?」

 

 新型機にしては実践向きでないような突起の武装、音を立てずに背後を取る奇襲性。ラウムはタイプDの用途が何なのかを見抜いた。

 暗殺用ならば納得がいく。腕の突起は背後から首を斬り落とすための暗器だろう。

 

〔暗殺用ってんなら個々の実力は大したことねぇな〕

「残り10機。問題はない」

 

 木に隠れられては厄介だ。ラウムは敵が散開する前にバインドで動きを封じる。

 

「一気に片を付ける」

〔Belial rush!〕

 

 即興で出したバインドの拘束力は弱い。一瞬の隙を逃さないよう、ラウムはカートリッジを1つ排出しながらタイプDの元へ跳躍する。

 

「ベリアルラッシュ!!」

 

 集団の中心に着地したと同時に、ラウムは目の前の1機に突きを入れる。すると、ワインレッドの魔力を纏った槍先は素早く引き抜かれ、瞬く間に隣の機体へと襲い掛かった。

 こうして周囲の機体全てに高速のラッシュを掛け、破壊した。

 

〔はい、終わりっと〕

「警戒を怠るな」

〔分かってるよ〕

 

 使用者に睨まれ、気を抜いていたガーゴイルは渋々周囲を探知する。が、これといった反応はなく、戦いを終えたラウムは隊舎へと戻っていった。

 

 

◇◆◇

 

 

「ラウム殿は無茶をしすぎです!」

 

 戻ってきたラウムを待っていたのは、チンクの怒声だった。

 初回の合同演習は成功に終わり、ギンガ以外のナカジマ姉妹も他の隊員達とある程度の会話が出来るようになった。ラウムの目論見は上手く行ったことになる。

 

「隊のことを思うのなら、自分を大事にしてください!」

「善処する」

 

 そして、部隊長室にて。チンクの怒号を涼しい顔で聞き流し、ラウムは始末書を片付けていた。

 司令室に帰った時はすぐにチンクに司令室を押し付けて済まなかった、と謝っていたはずだが、自分のことに関して怒られるとコロッと態度を変えたのだ。つまり、自分の身を大事にする気はないらしい。

 

「ああ、チンク。今日はもう下がっていいぞ」

「まったく……分かりました」

 

 始末書を終えたラウムは説教を完全にスルーしてチンクに言い放つ。今日はこれ以上叱っても無駄だと察したチンクは、頭を抱えながら部隊長室を出た。

 

 姉妹の待つ部屋へ向かう途中で、チンクはラウムに対しある不安を抱いた。

 

「ラウム殿は、まさか自ら殺されようとしている?」

 

 自らの危険を顧みない態度と行動。そして罪を裁くという台詞。ラウムは誰かに殺して欲しいのではないか。

 

「……まさかな」

 

 そんなことあるはずがない。そう言い聞かせ、チンクは部屋に戻った。

 

 



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第20話 スバルとソラト

 ある日の夜。スバルは自室にて陸士315部隊に配属された妹、ノーヴェと通信で話をしていた。

 

「どう? 315部隊の方は慣れた?」

〔まぁ、な。ギンガ達もいるし〕

 

 そういって、ノーヴェはやや苦そうな表情を浮かべた。

 初日と比べると険悪なムードは和らいでいたが、全くなくなったという訳ではなかった。

 

「そっか。ところで、話って?」

 

 実は、今回通信を掛けてきたのはノーヴェの方だった。普段、他人と話すのが苦手なノーヴェから話しかけられることはないので、スバルはワクワクしながらノーヴェの話を待っていた。

 

〔あぁ、その……スバルはソラトの何処が好きになったのかって〕

 

 ノーヴェの興味の背景には、アースの存在がいた。アースともっと分かり合うためには、オリジナルであるソラトについても知っておくべきだと考えたのだ。

 

「えっ!? あ……うん、分かった。話すと長くなるけど」

 

 そんなノーヴェの様子を感じ取ったスバルは、一瞬動揺するも優しい表情でノーヴェを見る。

 そして、若干頬を染めつつソラトとの思い出を1つずつ思い出していった。

 

 

◇◆◇

 

 

 スバルとソラトの出会いは正に偶然だった。

 親を亡くし、公園で1人塞ぎ込んでいたソラトを、たまたま遅くまで遊んでいたスバルが見つけたのだ。

 当時、スバルは7歳。ソラトは8歳だった。

 幼いスバルは女の子らしい優しさを持ち、砂場で悲しみに暮れる少年に声を掛けた。

 

「どうして、そんなに悲しそうなの?」

 

 最初は心を閉ざしていたソラトに無視されていたのだが、スバルは放っておくことも出来ず話し掛け続ける。すると、孤独に勝てなかったソラトは胸の内を明かした。

 

「僕は独りなんだ……。父さんと母さんが死んじゃったから……」

 

 ソラトの抱える悲しみに、スバルは驚く。それは理解出来なかったからではなく、同じ悲しみを抱えていたからだった。

 

「私もね、お母さんが死んじゃったの。でも、ギン姉とお父さんがいるから独りじゃないの」

 

 優しい笑顔でそう答えるスバル。大事な人が亡くなったことはとても悲しい。しかし、他にも心の拠り所となる人物がいる。ソラトにも、いるはずだとスバルは思っていた。

 

「僕にはもう誰もいない……。僕は独りぼっちなんだ……」

 

 しかし、ソラトに思い当たる人物はいないようで、再び深く悲しんでしまう。

 目の前で塞ぐ少年に、スバルは何か出来ないか考えた。

 

「私が友達になれば、貴方はもう独りじゃないよ」

 

 そう言って、スバルは自分の小さな手をソラトに差し出す。

 頼れる人間がいないのならば、今作ればいい。笑顔で差し出された手を、ソラトは震えながら掴んだ。

 少年と少女はあの夜出会い、絆を結んだ。

 小さな手のひらに救われたソラトは勿論、スバルにとっても忘れることの出来ない出来事だ。

 以来、ソラトは親戚に引き取られることを拒み、孤児院に自ら入った。理由は、親戚の家へ行けばスバルと会えなくなってしまうからだ。スバルという支えを得たソラトにとって、顔も知らない親戚より優先順位が高かった。

 実はこの時からソラトはスバルに思いを寄せていたのだが、幼いスバルは全く気が付かなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

「後でソラトが言ってくれたんだ。あの時、僕は君に救われたんだって」

 

 頬を染めて嬉しそうに語るスバル。救助隊員を目指す彼女にとって、既に1人を救っていたことは誇らしいことでもあったのだ。

 

「でも、実はあの時私もソラトに助けられたんだ」

「え?」

 

 スバルの告白にノーヴェは疑問符を浮かべる。

 2人が出会ったのはスバルが7歳の時。それは奇しくもスバルの母、クイントが殉職した時でもあったのだ。

 心の傷を負ったばかりのスバルは、必死に母親代わりを勤めようとする姉の姿を見て、次第に笑顔を取り戻した。だからこそ、スバルはソラトを放っておけなかったのだ。そして、ソラトという友達と過ごすことで母親を亡くした寂しさを消していった。

 救い救われ、心の隙間を埋め合ったスバルとソラト。2人のエピソードを聞き、ノーヴェはアースとの出会いを振り返る。

 運命の出会いを果たしたところは同じ。違うのは、相手の救いになれたかどうか。偽物としてソラトへの復讐に拘るアースに、ノーヴェは別のもっと明るい生き方があることを伝えられなかった。

 成すべきだったことを果たせなかった事実に改めて気付き、ノーヴェは気分を落ち込ませる。

 

「……ノーヴェ?」

 

 妹の異変に気付き、スバルは声を掛ける。こんな所で余計な心配を掛けたくない。ノーヴェは慌てて、何でもないよう振る舞った。

 

 

 ソラトとスバルは良き友人として、ギンガも交えて遊ぶ機会が多かった。

 だが、2人の関係に転機が訪れる。新暦71年の空港火災事故だ。

 巻き込まれ、1人取り残されてしまったスバルを救ったのは管理局のエースオブエース、高町なのは。バインドで倒れてきた像を止め、砲撃で壁をぶち抜き、少女を抱えて飛び立つ若い女性に、スバルは強い憧れ抱いた。

 弱虫な自分を変えて、強くなりたいと願い始めたのだった。

 入院中、見舞いに来たソラトにもスバルはなのはに救われた時の話をした。憧れの人の活躍をキラキラとした表情で語るスバルに、最初は真剣に聞いていたソラトも段々と影を落としていった。

 

 

「それで、私達は初めて喧嘩をした」

「なっ!?」

 

 スバルの発言にノーヴェは目を丸くして驚いた。普段から常に甘いオーラを漂わせているソラトとスバルが、まさか喧嘩をするとは想像しがたかった。

 

「今思えば、私が無神経だったからかな……」

 

 数少ない苦い思い出にスバルは苦笑する。

 

 

◇◆◇

 

 

 スバルが語るなのはの英雄譚は、ソラトを次第に苛立たせていった。

 勿論、スバルを救ったことに関してソラトはなのはに感謝し足りない程だった。だが、好きな女性の心を占めていくなのはに、ソラトは嫉妬心を募らせていた。

 スバルが何度目かの話をした時、遂にソラトの感情は爆発してしまった。

 

「それでね、なのはさんが」

「なのはさんの話はもういいよ!」

 

 ソラトは慌てて口を押さえるが言ってしまった後にはもう遅い。

 気付けば、スバルは大きく開いた目に涙を浮かべていた。

 

「あ、あれ? 私何で泣いて……」

「ごめんっ!」

 

 ソラトは逃げるように病室を後にする。残されたスバルは、理由も分からないまま泣いていた。

 どうしてソラトは怒ったのか。自分がなのはの話ばかりをするからだろうか。

 

「っ!」

 

 戸が空く音がして、慌ててスバルは涙を拭う。が、相手が誰だか分かると、その手を止めた。

 

「ソラト……!? 手、どうしたの!?」

 

 スバルは喧嘩別れした少年の姿に驚いた。右手はボロボロで血を流し、涙で赤く腫らした顔はスバルをじっと見つめていた。

 

「スバルごめん! さっきは酷いこと言って」

 

 どうしてこうなったのか。スバルが聞く間もなく、ソラトは震えながら謝ってきた。

 驚きつつも、これは自分が喧嘩をしたせいだと思い、スバルも慌てて頭を下げようとした。

 

「う、ううん、私の方こそ、折角お見舞いに来てくれたのになのはさんの話ばっかりで」

 

 スバルが言い切る前に、ソラトは抱き付いてきた。急なことでスバルはまたもや驚き、今度は恥ずかしさで顔を赤くする。

 しかし、泣きじゃくるソラトの様子に気付き、スバルは彼を引き離すことが出来なかった。

 

「怖かった……スバルを失うんじゃないかって。また僕の大事な人がいなくなるんじゃないかって。僕は……僕が君を守りたかったんだ。それが出来ない弱い自分が嫌で、思わず君に当たったんだ……ごめん、スバル」

 

 次から次へ思いを吐き出したソラトを、スバルは母親が子供をあやすように頭を撫でた。

 スバルはやっと分かった。ソラトが自分を大切に想い、とても怖い思いをしていたことに。ソラトだって、必死に心配してくれていたのだと。

 

「私も怖かった。ここで死んじゃったら、お父さんにもギン姉にも、ソラトにも会えなくなるって。けど、あの人が教えてくれたの。泣き虫のままじゃダメだって」

 

 スバルは星空を飛ぶ気丈な女性魔導師を思い出す。弱いままでは、自分も大事な人も守れない。だからあの人のように強くなりたい。

 

「一緒に強くなろう、ソラト」

「うん」

 

 泣き虫だった幼い少年少女達は、この日を境に強くなる決心をした。

 そして、スバルのソラトに対する想いも変化していくことになった。

 

 

◇◆◇

 

 

「思えば、あの時からかな。私がソラトを好きになったのは」

 

 恐怖から感じた弱い自分。そして、喧嘩をしたからこそ知り得たお互いの気持ち。

 スバルは死の絶望からソラトを強く想い、またソラトの本心に触れることでいかに自分が慕われているかを知った。それが、スバルがソラトを意識するきっかけとなったのだ。

 

「で、その時から付き合い始めたのか?」

「ううん」

 

 あっさり首を振るスバルに、ノーヴェは疑問符を浮かべる。

 この時点で両想いであることは確定したのだが、実はお互い天然だったためお互いの恋心に気付かなかったのだ。

 更に、問題はそれだけではない。

 

「ソラトはまだ知らなかったから……私が戦闘機人だってこと」

 

 それを聞いてノーヴェは納得した。今でさえ、戦闘機人に偏見を抱くものは決して少なくない。昔ならば尚のことだろう。

 

「それで、強くなるって誓い通り勉強して、訓練校に入った」

 

 陸士訓練校に入学したのは同じ時期だったが、ソラトは短期プログラムを組んでいたためにスバルより早く卒業した。

 

「私はあの時からギン姉に指導してもらったけど、ソラトは元々騎士を目指してたから」

 

 ソラトは父親が元々近代ベルカ式の騎士で、形見のデバイスが大剣型だったために今のスタイルになったのだ。

 

 

◇◆◇

 

 

 そして、スバルがよりソラトを意識する出来事が起こった。

 ソラトが訓練校を卒業したのと同時期にギンガがエドワードと付き合い始めたのだ。

 当時、スバルは12歳。色恋沙汰に興味を持つ年頃だ。ギンガが結ばれたことはスバルにとって刺激となった。

 

「恋人、かぁ……」

 

 恋愛についてスバルが考えると、すぐに間近な男性であるソラトのことを思い浮かべてしまう。

 

「ソラト……」

 

 確かにソラトは格好良くて優しい。自分のことを慕い、大事にしてくれるし、何よりスバルを守るために強くなるとまで宣言してくれたほどだ。

 しかし、最後にはスバルはソラトと釣り合わないと考えてしまう。その理由は、未だソラトにも明かしていないスバルの秘密にあった。

 

 スバルとギンガは何者かによって造り出された戦闘機人だ。使用された遺伝子が偶然にも救い出した女性、クイントのものだからこそ、親子として通すことが出来た。

 この事実を知っているのは父親であるゲンヤ、メンテナンスを行ってくれる技術官マリエル、そして恐らくはエドワードのみである。

 人であって人でない身体を受け入れてくれるものはそういないだろう。もし、ソラトが拒絶してしまえば、今までの関係諸共崩れ去ってしまう。このような、スバルの内気な考えが告白の決意を鈍らせていた。

 

 最終的な転機は、何度目かにエドワードと会った時だった。エドワードはソラトのことも知っているし、ギンガの身体のことも受け入れた。

 遂にスバルは、恋の悩みをエドワードに相談した。

 

「……怖いのか」

「うん……それで、避けられたらどうしようって」

 

 エドワードは静かにスバルの悩みを聞いていた。

 膝を抱える少女の姿を、自分の彼女と重ねる。あの日、エドワードが告白した時もギンガは似たような表情をしていた。好きな人に受け入れられるか不安を抱える顔。

 

「ソラトは避けたりしない」

 

 エドワードは真っ直ぐに生きる、弟のような少年を思い浮かべながら話す。

 誰よりもスバルを愛したソラトが、今更そんなことで拒絶するはずがないと、確かな自信を持っていた。

 

「お前やギンガのことを家族のように思っている。それはスバルも知ってるはずだ。だから、好きになったんだろう?」

 

 付き合いの短いエドワードにそれ以上の言及は出来なかったが、ソラトがスバルのことを話す時に嬉しそうな笑顔をすることは知っていた。

 

「……うん」

「なら、するべきことは1つ、だ」

 

 小さく頷くスバルにエドワードは答える。

 心の隙間を埋め合ったソラトが、今になって戦闘機人だからという理由でスバルを拒む訳がない。

 自分を守ると言ってくれたソラトを信じるために、スバルは立ち上がった。

 

「うん。ありがとう、エド兄」

 

 漸く決心が着いたスバルはエドワードに礼を言って、ソラトを呼び出した。2人が初めて出会った公園に。

 

 月明かりが照らす公園。一足先に到着していたソラトは、初めて会った時と同じように砂場にしゃがんでいた。

 陸士108部隊の隊舎から公園まで走って来たスバルは、息を切らしながらソラトに近付く。

 

「懐かしいな。ここで君と出会ったんだ」

 

 先に口を開いたのはソラトだった。月明かりを背に立ち上がり、呼び出したスバルを見つめる。

 息を整えたスバルも、昔を思い出しながら話し始める。

 

「うん。あの時、貴方は泣いてたね」

「あはは……そんな小さかった僕を救ったのは君だよ、スバル」

 

 普段の何処か幼さを残した純粋な少年でなく、凛々しい男性の雰囲気を纏っている。

 あの時、蹲って泣いていた子供はもういない。1人の騎士として成長したソラトの姿に、スバルは顔が熱くなった。

 

「そ、そんな凄いことしたかな?」

「したよ。スバルがいなかったら僕は……だから今でも感謝してる」

「私も、ソラトにはいつも助けてもらってる。ありがとう」

 

 肌寒い夜の空気にも関わらず、2人の体温は上昇していく。

 

「だから、言わないといけないことがあるの」

 

 スバルは一瞬躊躇いの表情を浮かべたが、ソラトの優しい笑顔を見て勇気を振り絞った。

 

「私は……私とギン姉は、戦闘機人なの!」

 

 スバルの告白にソラトは声も上げずに驚く。しかし、すぐに元の笑顔に戻った。

 

「関係ないよ、そんなの」

「っ!」

「スバルはスバルだし、ギン姉はギン姉。2人とも、僕の大切な幼馴染」

 

 俄かには信じがたい事実にも関わらず、ソラトはスバルの言葉を信じ、尚且つ受け入れた。聞きたかった答えに、スバルは泣きそうになる。

 ソラトもまた頬を染めながら、高鳴る胸を抑えつつ話し出した。

 

「出会った時から、僕は誓ったことがあるんだ」

 

 ゆっくりとスバルに近付き、右手をそっと差し出す。昔、スバルがソラトにしたように。

 

「君をずっと守る。僕は君だけの騎士になる。だから、どんなスバルでも受け入れられるよ」

 

 差し出された手を、スバルは震えた手で握る。すると、彼女の手を引いてソラトはスバルを抱き締めた。

 

「……もう泣いていいよね?」

「うん。いいよ」

 

 大好きな彼の胸で、スバルは堪えていた涙を流した。それは嬉しさから来るものだがら、今は泣き虫でも構わない。

 月夜の公園で2人は抱き合っていた。秘密を明かしたことで、絆がより強く結ばれたことを確かめながら。

 

 

◇◆◇

 

 

「以上が、私とソラトの成り初め」

 

 支え合い、時に喧嘩をして本心を打ち明けたからこそ、今の仲睦まじい恋人関係が保たれている。

 話を聞いたノーヴェは、やはりアースについて考えていた。

 果たして自分は本当に彼の本心を分かっているのか?

 

「参考になった?」

「あ、あぁ……サンキュ」

 

 とはいえ、姉の惚気話は予想以上に甘かったようで、ノーヴェはブラックコーヒーを用意すべきだったと少し後悔していた。

 

「ノーヴェもきっと大丈夫だから、頑張ってね」

 

 それだけ伝え、スバルは妹との回線を切った。

 長い話を終えて一息吐く。ふと思い浮かべるのは、やはり大好きな彼の姿だった。

 

 翌朝。

 いつも通り、ソラトは魔力負荷を掛けた早朝マラソンをしている。そろそろ体も馴染んできたので、負荷を上げようかと考えていた所だった。

 

「ソラトー!」

「えっ?」

 

 そんな時、背後から呼ばれたので足を止めずに振り返る。

 そこには、いつものトレーニングウェアを着て同じように走っているスバルがいた。

 

「スバル、珍しいね」

 

 ソラトの早朝トレーニングはあくまで自主練習だ。普段はいないはずのスバルにソラトは驚く。

 

「うん、ちょっとソラトと走りたくなったから」

 

 健康的な汗をかき、可愛らしい笑顔で答えるスバルに、ソラトは顔を真っ赤にする。

 

「ほら、置いて行っちゃうよ!」

「ま、待ってよ!」

 

 いつの間にか先を越しているスバルに、ソラトは慌てて追いかける。

 魔導師と騎士の若い恋人達は、今日も同じ道を走っていく。



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第21話 ノーヴェとアース

 マラネロの研究室。

 何処にあるのか未だに分からないその場所に、部屋の主以外の人間が2人いた。

 1人は翡翠の髪に紅く鋭い眼を持ち、焦茶色のジャケットに黒のズボンの少年、アースだ。

 

「おい、ロノウェ」

「何かな?」

 

 アースは明らかに敵意を含んだ声でもう1人の名前を呼ぶ。

 ロノウェと呼ばれた、濃い茶色の短髪に金色の瞳の男性は怯むことなくキーボートを打ちながら答える。

 

「貴様、最近陸士315部隊とかいうのを攻めるのに熱心じゃないか」

 

 ロノウェの手が一瞬だけ止まる。

 先日、315部隊を攻めたネオガジェット・タイプDも全てロノウェが差し向けたものだった。

 

「深い意味はない」

 

 マラネロならば放置し、自身の作品の改良に集中していたであろう。しかし、ロノウェは計画の妨げになりそうなものを許す性格はしていなかった。

 だが、襲撃が失敗に終わり、完璧主義者のロノウェは若干の苛立ちを見せていたのだ。

 

「残念だったな、自分の計画が失敗して」

「それ以上無駄口を叩くなら、貴様から消してもいいんだぞ?」

 

 アースの挑発に、ロノウェは殺気立って睨んだ。手にはいつの間にか鎌のようなものが握られている。

 しかし、すぐに冷静さを取り戻したようで口元をニヤリと歪ませる。

 

「それとも、気になる女がいるから攻めて欲しくないのか?」

 

 ロノウェに挑発され返されたアースは、無表情のまま何も言い返さずその場を去った。

 

 

 ミッドチルダ東部の森の中。転送してきたアースは黒いバイクに跨りながらぼんやりと考えていた。

 ロノウェの指摘通り、アースはノーヴェが気になっていた。

 赤毛の少女との僅かな間だけの会合は復讐心で満たされていたアースの心の中にぽっかりと穴を空けていたのだ。

 自身とそう変わらない、造り物の存在。なのに、人間と変わらない暖かく楽しい日々を家族と共に送っている。虚無に包まれた存在感を抱える自分とは大違いだ。

 

「ノーヴェ……」

 

 ふと、少女の名前を呟き、彼女が見せた表情を思い出す。

 自分のことを語っていた時の恥ずかしそうな笑顔。そして、アースの話を聞いていた時の哀しそうな顔。まるで、自分を1人の人間だと見ているような。

 

「俺は、まだ何者でもない」

 

 アースは自己を認めていなかった。アイデンティティーを得るために、オリジナルのソラトを殺すと決めたのだから。

 ヘルメットを被り、アースはクラナガンへ向かった。前回はソラトを狙うためにだったが、今回は行く当てのない旅。ただ、ノーヴェが占める頭の中を空にしたかったのだ。

 

 

◇◆◇

 

 

 昨晩、姉であるスバルの話を聞いたノーヴェは考えていた。

 スバルとソラトは長い付き合いの中で傷を癒し合い、時に喧嘩をして本心を打ち明けることで分かり合ってきた。

 だが、心を通わせたいと願うアースとは、まだ相手の本心を理解し合っていないのではないか。

 最初にあった時のアースは、ソラトを狙っている時とは別人のように穏やかだった。自分の話も素直に聞いていたし、最後には悲しそうな表情も見せた。

 もしかしたら、本当はアースも戦いたくないのかもしれない。歪められた運命に怒り、戦う術しか知らないのかもしれない。

 

「はぁ……」

 

 頭を抱え、溜息を吐く。

 自由待機時間中のノーヴェは今、クラナガンに来ていた。初めてアースと出会ったベンチの前に立つ。

 もう一度、会って話がしたい。そして、造られた存在でも生きる意味を見出せることを伝えたい。

 

「ノーヴェ?」

 

 後ろから呼び掛けられ、振り向く。そこには、散々会いたいと願っていたアースの姿があった。

 

「アース……」

 

 どうしてここにいるのか、という疑問が沸くが、今はそんなことどうでもよかった。

 

「あたし、お前に話がっ!」

「俺、お前と話がっ!」

 

 肝心なところで言いたいことが被ってしまい、両者共顔が自然に赤くなる。

 ノーヴェが目を反らすと、通りを歩くオバサマ達があらあらという風にこちらを見てニヤニヤしている。

 途端に恥ずかしさがこみ上げたノーヴェは、アースを引き摺って人気のない場所まで移動したのだった。

 

「はぁ、はぁ……」

「何なんだ……」

 

 やっと止まったノーヴェに、アースは困惑しながら意図を聞き出そうとする。

 

「いや、悪い……っ!」

 

 息を整えたノーヴェは、そこで漸くアースの手を握っていることに気付いた。

 今まで異性と手を繋いだことがないため、慌てて右手を離し恥ずかしそうに抑える。

 行動原理が全く分からないアースは顔を真っ赤にするノーヴェを不思議そうに見ていた。

 

「で、話って何だ?」

「あ……いや、アースから話せよ」

 

 先程の話の続きをアースが尋ねるが、恥ずかしさが消えないノーヴェは先に話す権利をアースに譲った。

 

「警戒してるのか? 安心しろ、今日はお前に手を出さない」

 

 先程からノーヴェの様子がおかしい。そう思ったアースは冷静に戦意がないことを告げる。

 アースは常に打倒ソラトを考えて生きてきたために、喜びなどの感情を知らない。当然、ノーヴェの乙女心も理解出来なかったのだ。

 

「うぅぅ……分かったよ」

 

 じっとこちらを見られていたら恥ずかしさのあまり爆発してしまいそうだ。ノーヴェは言われた通り自分から話をすることにした。

 

「あたしさ、初めて会った時からずっと聞きたかったんだ」

 

 ノーヴェは落ち着きを取り戻し、アースに言いたかったことをゆっくりと紡ぎ出していった。こんな機会、逃せばあとどのくらい先になるか分からない。

 

「お前、本当は戦いたくないんじゃないか? 別の生きる道を見つけたいんじゃないか?」

 

 やっと言えたノーヴェの言葉に、木に寄りかかって聞いていたアースは目を見開いた。

 

「何で、そう思った?」

「だってお前の怒りも、今やろうとしてることも、全部マラネロの彫りこみじゃないか! けど、お前はそれしか知らないから」

「違う!」

 

 アースの怒号がノーヴェの言葉を遮る。

 アースはノーヴェの話なら、以前自分の心を少しでも癒した彼女の言葉なら静かに耳を貸すつもりだった。

 しかし、今彼女の口から語られようとしていることは、ここに立っているアースを否定してしまうだろう。それが我慢出来ず、アースは思わず声を荒げてしまった。

 

「俺は俺の意思でここまで来たんだ! 戦いたくねぇだと? ソラトの存在を奪えるなら俺は命だって差し出してやる!」

「アース……」

「ノーヴェだろうと、今の俺を否定することは許さねぇ! これが俺の本心だ!」

 

 予想外の回答に、ノーヴェは一瞬怯えてしまう。だが、アースに劣らぬ強い視線で言い返した。

 

「だったら、何であの時悲しそうにしてたんだ!」

「なっ!?」

「ソラトとの因縁があって殺し合う運命を望んでるなら、何で理由を話した時にもっと嬉しそうにしなかった!」

 

 ノーヴェは知っていた。アースがソラトを狙う理由を話した時に、哀愁に満ちた瞳をしていたことを。話した後に気分が楽になったと言ってくれたことを。

 

「……深い意味はない」

 

 アースは激昂を抑え、顔を伏せながら答える。

 

「マラネロの刷り込みだろうと、俺にはこの生き方しか残っていないから……敢えて自分から選んだ。それだけだ」

 

 紅の瞳に怒りの炎を宿し、ノーヴェを睨む。分かり合えると信じていたはずなのに、擦れ違ってばかりで、ノーヴェの心に悲しみが溢れる。

 

「けど、他にも生きる道が」

「ない。俺は、誰でもないからだ」

 

 ノーヴェの反論にも、アースは即答する。アースには、ノーヴェが言いたいことに大よその見当がついていた。

 戦闘機人として生まれたノーヴェ達にも、戦う兵器以外の人間らしい生き方があった。

 しかし、アイデンティティーを持ち合わせていないアースに他の選択肢は最初から存在しなかったのだ。

 

「アースという名前も、俺がソラトになるまでの仮称だ。ソラトをこの手で殺す日まで、俺は誰にもなれないんだ!」

 

 激情し木を殴りつけるアース。自己認識の破壊というマラネロのえげつないやり方は、アースの心に深い傷を与えていた。

 

「……下がれ」

 

 ふと、アースはノーヴェを後ろに下げ、庇うように片腕を広げる。

 彼の視線の先には、いつの間にか転送されていた獣人がこちらに向かっていた。

 今回の獣人の特徴は分かりやすい。巨大な耳、長い鼻、巨体とくればゾウしかいないだろう。

 

「チッ、奴の差し金か……」

 

 思わぬ邪魔が入ったことに苛立ちを見せるアース。そんなことはお構いなしに、ゾウ獣人は獲物を見つけ咆哮する。どうやら理性はないようだ。

 

「ジェットエ」

「ノーヴェはいい。下がれと言ったはずだ」

 

 後ろでノーヴェが愛機ジェットエッジを出そうとすると、アースは静止した。そして、懐から紅色の長方形のクリスタルを取り出し、真横に突き出した。

 

「でもっ!」

「今日はお前に手を出さない、とも言った。だから黙って大人しくしていろ」

 

 アースの真剣な横顔と台詞に、ノーヴェは再び顔が熱くなるのを感じた。

 ノーヴェが大人しくなったことを確認すると、アースは真横に伸ばした右腕を真上まで持って来る。

 

「ベルゼブブ、セットアップ」

〔Standing by〕

 

 右手を胸の前まで降ろすと同時にデバイスの起動コードを発声すると、握っていた紅色のクリスタルが反応し帯型魔方陣でアースの体をドーム状に包んでいった。

 そして魔方陣が解除されると、いつもの黒いバリアジャケット姿に大剣ベルゼブブを担いだアースがゾウ獣人を睨んでいた。

 

「滅びの音色を聞かせてやる」

 

 アースはゾウ獣人を指差すと、ベルゼブブを構えて走って行った。

 対して、獣人は迎え撃つように腕を振り上げ、一気に殴り付けた。

 

「うわっ!?」

 

 軽く地響きが起こるほどの重い一撃に、ノーヴェは怯んでしまう。

 ところが、ゾウ獣人がめり込ませた地面の後にアースの姿はなく、アースは既に頭上を跳んで後ろに回り込んでいるところだった。

 

「遅い」

 

 足下に紅いベルカ式の魔法陣を出現させ、攻撃を仕掛けようとするアース。

 獣人も気付いたようで、振り向き様に長い鼻を鞭のようにアースへ振るう。

 

〔Grand cross〕

「グランドォォォッ!」

 

 ベルゼブブの電子音と同時にアースは大剣を振り下ろし、向かってくる獣人の鼻を斬り落とした。

 大剣の一撃は返りが遅く隙が出来やすい。その一瞬を見逃すまいとゾウ獣人は図太い腕をハンマーのように放った。

 

「クロスゥゥゥゥッ!」

 

 だが、アースに隙はなかった。振り下ろした大剣を即座に斜め上へ少し上げ、今度は横へ十字を切るように振り抜いたのだ。

 逆に隙だらけだったゾウ獣人は巨体を丸太のように斬られその場に倒れ込んだ。

 

「大人しく滅べ」

 

 血の付いたベルゼブブを振り払い、ノーヴェの元へ向かいながらアースが呟くと、その背後で獣人は爆発四散した。

 

「アース……」

 

 バリアジャケットから元の私服に戻ったアースをノーヴェが迎える。しかし、内心では何を言っていいのか分からない。

 一方で、獣人を倒したことで少しは怒りを解消出来たアースは落ち着いた声でノーヴェに話しかけた。

 

「お前には、感謝している」

「えっ?」

 

 アースの言葉の意味が分からず、ノーヴェは聞き返してしまう。

 

「俺を一つの存在として見てくれたのは、ノーヴェが初めてだったからだ」

 

 自分を造り出したマラネロや、自身ですらアースを()()()()()()としてしか見做していなかった。

 しかし、ノーヴェだけは()()()()()()()()として接してくれたのだ。ノーヴェと話している時だけ、アースは宿命を忘れ心に安らぎを得られた。

 

「だから、俺にはもう関わるな」

 

 アースの冷たい言葉がノーヴェの心に響く。

 アースはノーヴェとの触れ合いによってソラトへの憎しみを忘れることが恐ろしかった。自分が何者なのか、忘れてしまうことが許せなかった。

 

「お前は管理局の隊員だろ。次は……敵同士だ」

 

 離別の言葉を残し、アースはバイクの置いてあるベンチに向かった。

 説得し切れなかった。何も変えられなかった。

 その場に立ち尽くすノーヴェは何も言えず、アースの去った後を見つめていた。

 

 

◇◆◇

 

 

「ロノウェ!」

 

 研究所に戻ってきたアースは、一目散にロノウェに食って掛かった。

 ゾウ獣人を自分に差し向けた人物はロノウェ1人しか思いつかなかったからだ。

 

「何だ……っ!?」

 

 ロノウェが答える前に、アースはロノウェの首を強く掴む。ノーヴェと会話していた時の穏やかさはアースには既になく、怒りの感情が体を支配していた。

 

「貴様、よくも余計な真似をしてくれたな!」

「ぐ……!?」

 

 ロノウェも呼吸器官を絞められては苦しみ悶える。

 言葉を発することも出来ず、アースの腕を掴みながら睨むしか出来ない。

 

「よしなよ」

 

 第三者からの静止が入り、漸くアースはロノウェを床に投げ捨てた。

 ゲホゲホ、と咳をするロノウェをアースは見下ろす。

 

「次、俺に獣人を差し向ければお前も滅ぼす」

「悪いけど、作戦に支障が出るからそこまでにしてもらえるかな?」

 

 ロノウェに収まらない怒りを向けるアースに、十代半ば程の少年が宥めるように呼びかける。

 少年の背後には、3人の科学者らしき影が立ち構えている。

 

「作戦?」

「そ。僕等の任務は邪魔者の排除」

 

 少年がアースへの疑問に答える。アースを含め、ここに集まった者達はどうやら次の作戦の参加者らしい。

 

「君にも働いてもらうよ。ソラトの相手だ」

 

 やっとロノウェが言葉を話すと、不機嫌そうだったアースは口元をニヤリと上げる。

 

「珍しく気が利くじゃねぇか。聞かせろよ、その作戦って奴を」

 

 闘志と殺意を燃やし、危険な笑みを零すアース。今の彼の脳内にはソラトを殺すことしかなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

 日が暮れ、1日の終わりが近付く。

 隊員用の寮の一室では、ノーヴェが物思いに耽っていた。

 偶然だがアースに出会い、人間らしい一面も見られた。自分の言ったことに責任を持ち、ノーヴェを守ろうともした。

 しかし、最終的に意見は決裂し、アースは去ってしまった。冷たい別れの言葉と共に。

 

「……くそっ」

 

 ノーヴェは何も出来なかった自分に悪態を吐く。スバルのように、相手と深く分かり合うことが出来なかった自分に、そして強情なアースに腹が立っていた。

 

「何が関わるな、だよ」

 

『お前には、感謝している』

 

「無理に決まってんだろ」

 

 ノーヴェの脳裏に浮かぶ、アースの顔。知らない人間には無表情にしか見えなかっただろうが、ノーヴェはその言葉がアースの本心であることを感じ取れた。

 その時、ドアをノックする音が聞こえる。

 

「ノーヴェ、入るぞ」

 

 部屋に入ってきたのはノーヴェが一番慕っている姉、チンクだった。

 今日あったことは誰にも言っていない。しかし、チンクはノーヴェの様子がおかしいことに気付き、心配していたのだ。

 

「チンク姉……」

「今日、何かあったか」

「っ!」

 

 ノーヴェの隣に腰掛け、チンクは率直に尋ねる。

 言葉に詰まった妹を見て、チンクは確信した。

 

「……アースに会ったか」

「うぇっ!? あ、いや……」

「隠さなくてもいい。誰にも言わない」

「……うん」

 

 分かりやすい可愛い妹に苦笑するチンク。口外しないと約束した姉に安心したのか、ノーヴェは顔を赤くしながら正直に頷き、今日あったことを話した。

 

「そうか……残念だ」

「けど、あたし諦めきれないんだ。アイツのこと」

 

 大人しく聞くチンクにノーヴェは本心を告げる。純粋な少年に哀しい運命を歩ませたくなかった。

 

「ノーヴェはアースが好きなのだな」

「ええっ!? いやっ、これはその、そんなんじゃ……!」

 

 チンクの爆弾発言に、ノーヴェは自身の髪と同じくらい顔を真っ赤にして慌てる。

 何処までも自分の運命に真っ直ぐ向き合い、貫こうとする。なのに、少しの間でも親しくなった自分には優しく接してくれる。そんなアースへの想いは、ノーヴェが知らず知らずの内に大きくなっていた。

 

「……多分、好き」

 

 これが恋愛なのかは、まだノーヴェには分からない。だが、曖昧でもノーヴェの答えにチンクは優しく微笑んで頷く。

 

「なら、それでいい。アースを認め、愛してやるんだ」

「……うん」

 

 頬を赤く染めながら頷くノーヴェを、チンクは優しく撫でた。

 ノーヴェとアース。意外にも、2人の再会の時はすぐに訪れることとなる――。



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第22話 夜襲

 機動六課の業務は日が暮れた後でも行われる。いつ、何処で獣人が現れるか、分からないからだ。

 

「クラナガンC地区に獣人が出現しました!」

 

 現に、獣人はミッドチルダの首都クラナガンにて暴れていた。

 現場映像を見ると、理性がないタイプのようで手当たり次第に暴れている。背中にある2つのこぶと体の色からラクダの獣人であることが分かる。

 更に、上空にはネオガジェット・タイプBが編隊を組んで飛んでいる。まるで獣人の行動を監視しているかのようだ。

 

「はやてちゃん、どうする?」

 

 ラクダ獣人の出現に対し、なのはがはやてに指示を仰ぐ。

 相手は獣人だが、理性がないので野生の魔獣と変わらず、敵の数から特に苦戦するような事態でもない。

 

「うーん、じゃあなのはちゃんとフェイトちゃんでサクッと行こうか」

 

 今は夜中であり、フォワード達も訓練で疲れていることを考慮したはやては、各分隊の隊長2人に出撃指令を下す。

 

「ヴァイス陸曹、ヘリの方は?」

〔いつでも飛べますぜ〕

 

 隊舎屋上のヘリポートでは、既にヴァイスが輸送ヘリコプターの準備をしていた。

 空戦魔導師の無駄な魔力の消費を抑える為に移動の際はヘリコプターを使用するのが一般的だ。

 今回の件はすぐに終わる。この時は、六課の誰もがそう考えていた。

 一方で、陸士315部隊の方にも獣人出現の通報は届いていた。

 しかし、はやてから六課が収拾に当たると連絡を受け、待機することとなった。

 

「他の地区にも現れるかもしれない。警戒態勢は続けておけ」

「はい!」

 

 ラウムは現場と、他の地区の様子を確認しながら冷静に指示を下す。

 しかし、オーバーSランク2人が出撃したと聞き、警戒するように言ったラウムですら、すぐに終わるものだと見ていた。

 ヘリが現場の付近まで飛行すると、なのはとフェイトはすぐにデバイスを起動。バリアジャケットを構築し、開いたハッチから一目散に飛び出した。

 

「獣人は私が」

「うん、お願い」

 

 電光を纏い、猛スピードでラクダ獣人の元へ飛んでいくフェイト。

 ショートレンジでの高速戦闘を得意とするフェイトなら、獣人を無意味に暴れさせることもなく倒すことが出来る。

 一方で、多数の射撃魔法を操るなのはならば、編隊を組んだ空戦兵器を一網打尽に落とせる。

 お互いの得意分野を瞬時に判断し、任せることが出来るのも、付き合いの長いコンビである証拠だった。

 

 

◇◆◇

 

 

「ここまでは順調だな」

 

 マラネロの研究所では、黒髪に山吹色のメッシュを入れた、一番背の低い男がネオガジェットから送られた映像を見て話す。

 実は今回のラクダ獣人の襲撃は、戦力を分断するための囮だった。別働隊は現在研究所にて待機中だが、直に戦地へと転送される。

 

「まさかSランクが2人もいなくなってくれるとは……好都合だ」

 

 今回の作戦の立案者、ロノウェ・アスコットはキーボードを操作し、転送装置を作動させる。マラネロ作の転送装置にはジャマーが張ってあり、逆探知不可能となっている。

 

「それじゃウィネとエリゴス、準備は?」

「いつでもいい」

「我輩も、別に構わん」

 

 ロノウェの言葉に返答したのは、ライトブラウンの長髪を一纏めにした、落ち着いた様子の細身の男と、パーマが掛かった黒髪を持ち、やる気のなさそうに構える男。

 

「フォラス、それとアースは?」

「待ちくたびれて死にそうだ」

 

 ウィネ達と別の方向には、先程の山吹色のメッシュを掛けた男、そしてアースが待機していた。

 アースだけは何も言わず、ロノウェを一睨みする。

 

「さぁ、行こうか」

 

 ロノウェは転送装置を作動させ、自分達を別の場所へと送り込んだ。

 転送装置を管理していると思われるモニターには、機動六課と陸士315部隊の隊舎付近の位置情報が記されていた。

 

 

◇◆◇

 

 

「た、大変です部隊長! 5時の方向から敵が攻めてきました!」

 

 侵略者にいち早く気付いたのは、315部隊の方だった。

 監視カメラに映っていたのは、ネオガジェット・タイプAの軍勢。加えて、昆虫のような外見の獣人だった。

 

「前衛に連絡。すぐに出撃させろ」

 

 敵の圧倒的な数にも恐れを見せず指示をするラウムに、オペレーター達は警戒を解かなくてよかったと内心ホッとしていた。

 

「戦況次第では、俺も」

「ダメです」

 

 ラウムは懐から懐中時計型デバイス、ガーゴイルを取り出して指令席を立とうとしたが、チンクに先に肩を掴まれてしまう。

 

「ラウム殿は司令官なんですから少しジッとしていてください」

「し、しかし」

「言い訳もダメです」

 

 ラウムはフェイトやシグナムのようなバトルマニアでは決してない。しかし、時折自分の立場や命すら考えず、仲間の為に前へ出ようとする癖があった。

 そんなラウムの悪癖をチンクは許そうとしなかった。

 自ら選んだ補佐官に強く出られ、ラウムは渋々席に座る。そんな2人のやり取りが、周囲には痴話喧嘩に見えたとか。

 隊舎前では、ギンガ率いる前衛部隊が作戦会議をしていた。

 

「隊舎はチンクとラウム一尉がいるから、私達は敵を食い止めることを最優先に考えるわ」

 

 敵の急襲が故、ギンガは急ぎ足で防衛プランを話した。

 

「敵は5時方向の1点から来てるから、まずは正面をA班が対応。その隙にB班が右側、私達C班が左から挟んで殲滅。これで行くわね」

 

 ギンガの立てた作戦に全員異論はなかった。

 遠距離タイプのディエチ含むA班は挟み撃ちより待ち伏せの方が力を発揮できる。

 機動性に優れたライディングボードを保有しているウェンディならば、攻撃力を持つ陸士を運べるので挟撃には最適だろう。

 毎度のことながら、姉としても捜査官としてもベテランであるギンガのテキパキとしたリーダーシップにノーヴェは驚いていた。

 

 

◇◆◇

 

 

 機動六課側でも敵の襲撃に気付いていた。

 敵は陸士315部隊側と同じくネオガジェット・タイプAの大群に、馬の外見に縞模様の付いた獣人。そして、不気味に笑いながら大群の後ろを歩く怪しい白衣の男だ。

 マッハキャリバー、そして自前のバイクという足を持ったスバルとソラトを先行させ、残ったメンバーはエドワードの車で移動することとなった。

 

「いい? 無茶はしないでよ」

〔大丈夫だよ、ティア〕

〔うん、任せて!〕

 

 六課フォワード陣の司令塔であるティアナは、先行する2人に無理のないよう注意し、車の中で作戦を練った。

 注意すべき敵は正体不明の男とシマウマの獣人。スバル、エリオ、ソラトを当てるとして、残った後衛組でネオガジェットを足止め出来るかどうかだ。

 隊長陣の内1人でも戻って来れれば平気なのだが、これも敵の戦略の内ならば期待は出来ない。

 加えて、副隊長達も前線に回すべきなのだろうが、もし敵の目的が六課の陥落なら隊舎を守る人間が必要だ。

 つまり、今回は自分達でどうにかすることを考えねばならない。

 

「エリオ、キャロ、エドさん。私達は出来ることをやるわよ」

「「はい!」」

「ああ」

 

 3人共、ティアナを信頼して頷く。先行したスバルとソラトも同じ考えだろう。

 この難しい戦況に、ティアナは勉強と経験で得た知恵を振り絞った。

 一方、ソラトと分かれ、森の中を移動するスバル。バイクと違い小回りが利くマッハキャリバーなら、道路横の森林地帯を抜けて奇襲を掛けられるからだ。

 

「もうすぐ敵の……っ!?」

 

 木々を避けて進むスバルだったが、右側から来る殺気を感じ取りガードを張る。

 その瞬間、猛スピードで何かが特攻を仕掛けてきた。ガードを張っていたおかげでダメージはないが、勢いに押されて弾き飛ばされてしまう。

 

「誰だ!?」

 

 上手く着地し、相手を睨むスバル。しかし、相手が誰か分かると目を見開いた。

 

「お前は、タイプゼロ・セカンドか」

 

 殺気の正体はアースだった。

 アースも意中の相手ではなかったために若干の驚きを見せている。

 

「違う! 私は、スバル・ナカジマ!」

 

 タイプゼロと呼ばれることを嫌悪し、スバルは叫ぶ。

 相手は妹が好いている人物であり、恋人の命を狙う者。その恋人と瓜二つの顔を持つことも相俟って、スバルにとっては複雑な相手だった。

 

「まぁいい。お前には回収命令が出ている」

 

 そんなスバルを意に介さないアースは、あまりやる気を見せない様子でベルゼブブを構える。

 

「……それに、アイツをおびき寄せる餌にもなりそうだ」

 

 が、何かを思いついた途端目の色を変える。スバルをソラトの釣り餌として見なしたようだ。

 あくまでソラトしか狙っていないアースに、スバルはノーヴェを想い苦い顔をした。

 

「貴方をソラトの元へは行かせない! 貴方は私が止める!」

 

 ソラトとノーヴェの為、そしてアース自身の為、スバルはリボルバーナックルのギアを唸らせる。

 数瞬後、夜の森の中で水色と紅の光がぶつかり合った。

 

 スバルがアースと戦っていることを知らずに、ソラトは目標の場所へと一足先に辿り着いた。

 ソラトの視線の先、六課隊舎からクラナガンへ向かうまでの道路をネオガジェットの大群が埋め尽くしている。夜の暗い道を機械兵のアイカメラの不気味な光が蠢く、奇妙な光景にソラトは息を呑んだ。

 

「こちらソラト。最前線に到着、敵の数は……数えきれないくらい」

 

 一先ず、司令塔であるティアナに報告する。しかし、スバルが一向に来ないことをソラトは不思議に思った。

 

〔こっちもすぐに到着するわ。それまで、足止めお願い〕

「了解!」

 

 ティアナの指示を受けると、ソラトは一旦スバルへの心配を置いておき、バイクのアクセルを蒸かす。

 そして、猛スピードでネオガジェットの軍団へ向かって行き、直前まで近付くと車体を傾けてドリフトしながら最前列に体当たりを仕掛けた。

 防ぐことも出来ず、何体もの機械兵が宙を舞う。速度が落ちてきたところで、後輪を敵にぶつけながらバイクを反対方向に向け、来た道を逆送する。

 

「手荒い歓迎だね、ソラト・レイグラント」

 

 ある程度距離を取ったところでバイクを停めてヘルメットを外すと、集団の中から白衣の男が前へ出て、ソラトに話しかけてきた。

 ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべ、鈍く光る金色の瞳は目の前の敵を見下しているように細められている。

 

「貴方は、マルバス・マラネロの協力者ですか?」

「協力者? そんな軽い存在じゃない」

 

 ソラトの質問に、男は隠す素振りもなく答える。

 

「僕の名はロノウェ・アスコット。ドクターマラネロの弟子さ」

 

 マラネロの弟子。その肩書が、目の前の人物にどれだけの危険度を孕ませているのか、ソラトは瞬時に理解した。

 事件の黒幕、マルバス・マラネロは獣人を始めとした違法な研究、開発に手を出している。ならば、そんな男の弟子と名乗るロノウェも、幾度となく禁忌の生態研究に手を染めて来たのだろう。その犠牲者が、自身の恋人や分身なのだ。

 命を弄ぶ犯罪者達への怒りで、ソラトは大剣を握る手を震わせる。

 

「そうか……じゃあ、逮捕してから情報を吐いてもらう!」

 

 ソラトは不敵に笑う科学者へデバイスを構え、斬りかかって行った。

 

 

◇◆◇

 

 

 315部隊側では、敵と接触したディエチ達A班が交戦していた。

 

「キリがねぇっと!」

「一体何機いやがんだ」

 

 茂みに隠れた狙撃タイプの隊員達がぼやく。

 ネオガジェットも旧型同様AMFを搭載しているので、威力の弱い魔力弾では掻き消されてしまう。加えて、いくら撃っても減る気配のない数に、途方に暮れていた。

 

「そこ、グダグダ言わない」

 

 そこへ、別の茂みの中からディエチが注意する。

 ディエチは巨大な狙撃銃、固有武装"イメーノスカノン"を構え、1体1体を打ち抜いていた。戦闘機人であるディエチは魔法ではなくIS"ヘヴィバレル"を使用しているので、AMFの干渉を受けていないのだ。

 しかし、突然火の玉がディエチ達に襲いかかってきた。

 

「おっと!」

 

 すぐさま、弓矢型のデバイスを持った隊員が火の玉を打ち落とす。

 火球を放ったのは獣人だった。虫のような外見にお尻の先が光っているところを見ると、ホタルの獣人らしい。

 

「ホタルが火を放つかよっ!」

 

 尤もな突っ込みを入れつつ、ホタル獣人の口から放たれる火球を矢で落としていく。

 しかし、獣人にばかり構っている訳にはいかない。ネオガジェットも、アイカメラからレーザーを放って攻撃してくる。

 

「やああああっ!」

 

 その瞬間、ネオガジェットの横の茂みから、猛々しい雄叫びと共に近代ベルカ式の魔導師達が飛び出してきた。

 槍型のストレージデバイスは、一番装甲の薄い関節部分を貫き、一撃で機械兵を行動停止にする。

 

「大丈夫ッスか!?」

 

 急襲と同時に、ディエチの元へウェンディからの通信が掛かる。ギンガの立てた挟撃作戦は成功したようだ。

 更に、逆方向からは遅れて到着したギンガとノーヴェがガジェットの軍勢を一気に蹴散らし、ホタル獣人に向かって行く。

 同じ遺伝子を持つ姉妹は息の合った動きで火球を避け、ローラーブーツによる蹴りを怪物の身体にぶつけた。

 挟み撃ちにより、形勢は一気に有利になる。しかし、ギンガとノーヴェは何かの異変に気付いて周囲を見回す。

 

「おかしい……いくら倒しても、敵の数が減らない」

「チッ、どっから湧いてるんだ!」

 

 倒していく傍から、ネオガジェットの数が増えているような気がしていたのだ。

 しかし、今は戦わなければならない。襲い来る獣人の火球をかわし、ギンガ達は向かってくるネオガジェットを潰していった。

 

「必死だねぇ」

 

 315部隊の前衛陣が必死に戦っている様子を、枝の上から白衣を纏った山吹色のメッシュの男と、同じく白衣を纏い、長髪を一纏めにした男が笑みを浮かべながら眺めていた。

 まるで、相手に終わりのない作業を強いているとでも言いたげな風に。

 

 

◇◆◇

 

 

 六課隊舎の上空。

 フォワード達が戦っている位置とは反対方向から近付く影が1つ。正体は、やはり白衣を着た男だった。

 どうやら、前衛部隊が交戦している隙に、隊舎に忍び込むつもりのようだ。

 

「そこまでにしておけよ」

 

 ゆっくりと六課へと向かおうとするが、不意に声を掛けられ動きを止める。

 声はその人物の上から聞こえた。視線を向けると、炎のような赤いジャケットを着た少女、ヴィータが月を背に鉄槌を担いでいた。

 

「貴様らの目的を大人しく話せば、手荒な真似はしない。が、刃向えば……分かるな?」

 

 更に、男の背後には桃色のスカートとポニーテールを夜風に靡かせた美女、シグナムが凛々しい口調と圧倒的な威圧で侵入者に警告する。

 武器を持ったヴィータと比べると無防備にも見えるが、左手は剣の収まった鞘をしっかりと握っており、怪しい動きを見せたなら即斬り捨てられるように構えている。

 しかし、あまりにも不利な状況にも関わらず、白衣の男は顔色一つ崩さない。

 

「集団戦など興が乗らないと抜けて来たが、正解だったようだ」

 

 パーマの掛かった黒髪とやる気のない態度は、何処にでもいそうな若者を思わせる。

 しかし、そんな抜けたイメージ払拭するかのように、男は一気にシグナムに振り向き、いつの間にか持っていた剣を振り抜いて来たのだ。

 予想外の対応にも、シグナムは冷静さを失わず、愛剣"レヴァンティン"を鞘から抜いて刃を交えた。

 

「テメェ!」

 

 ヴィータも黙っておらず、男に鉄槌型アームドデバイス"グラーフアイゼン"を叩き付ける。

 一撃は男の頭部を確実に捕えていた。ヴィータも手応えを感じていた。

 

「吾輩の目当ての品に相見えるなんてな」

 

 グラーフアイゼンは男の頭部を捕えたまま、動いていなかった。防御魔法を使った形跡もない。鉄の騎士の鉄槌を、文字通り頭で受け切ったのだ。

 ヴィータの一撃は、数多くいるベルカ騎士の中でも間違いなく高い。それを頭で受け止めるなんて、普通の人間なら有り得ない。

 

「お前は、一体!?」

 

 驚愕するヴィータが吠える。よく見れば、男の全身は変化していた。

 白衣を纏っていた身体は全体的に黒く、甲冑に覆われたようなデザインになっている。

 腕や足には先程まではなかったはずの突起が複数存在し、背中に至っては羽根のようなものまで見える。

 そして、鉄槌を止めた頭部は身体同様に黒く、異形のものに変わっていた。顎は中央で別れ、頭頂部と後頭部には角まで生えている。

 身体的特徴を総合的に見れば、カブトムシによく似ていた。

 

「我輩はエリゴス・ドマーニ。ドクターマラネロの弟子だ」

 

 エコーの掛かった声を顎の割れた口から放ち、カブトムシ獣人こと、エリゴスはグラーフアイゼンをヴィータごと頭の角で振り払った。

 機動六課と陸士315部隊に攻め込んで来た、マラネロの弟子達。

 目的も謎も明かされぬまま、彼等との激戦が始まって行った。



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第23話 科学者の弟子

 機動六課隊舎からクラナガンまでの道路。

 シマウマ獣人とネオガジェットが待機しているその眼前では、ロノウェ・アスコットと名乗る男がソラトと対峙していた。

 命を弄ぶ実験を繰り返す、非道な輩に怒りを覚えたソラトは不敵に笑うロノウェに斬り掛かる。

 だが、いつの間にか握られていた大鎌の柄によって、攻撃を防がれてしまう。

 

「怒りに身を任せて突っかかって来る。そういうとこ、アースによく似ているよ」

 

 ロノウェは笑みを絶やさず、ソラトを分析する。しかし、左手は白衣のポケットに仕舞われたままで、何もする素振りを見せない。

 その時、ロノウェの背後からシマウマ獣人が飛び掛かり、持っていたランスでソラトの体を突き刺そうとした。

 現状は、配下を引き連れているロノウェの方が圧倒的に有利。わざわざ手を下さなくても、余りある戦力があったのだ。

 

〔Holy raid〕

 

 次の瞬間、ソラトの姿が青緑色の残像を残して消え、シマウマ獣人の攻撃が空を切る。

 短距離瞬間移動魔法で獣人の真横へ移動したソラトは、反撃の一撃を加えようとセラフィムを構えていた。

 しかし、ギリギリのところで気付いたシマウマ獣人は、ランスを横に持ち構えてソラトの攻撃を防ぐ。

 

「バイバイ」

 

 右手を振るロノウェの合図で、奇襲を止められたソラトへネオガジェットの軍勢がレーザーを放とうとアイカメラを光らせた。

 ホーリーレイドの欠点は連続使用が出来ないことだ。防御魔法を展開しても、大量のレーザーを防ぎきることは不可能だろう。

 しかし、レーザーがソラトに当たることはなかった。レーザーが放たれたのと同時に、ソラトの周囲に電流が流れ、一瞬後にはソラトの姿が消えていた。

 

「大丈夫ですか、ソラトさん!?」

「エリオ!」

 

 ソラトを救った電流の正体は、エリオだった。魔力変換資質"電気"による高速移動で近付き、ソラトをレーザーの当たらない場所まで運んだのだ。

 エリオに続いて、巨大化したフリードリヒとエドワードの車が到着する。ティアナとキャロはフリードリヒに乗っており、ネオガジェットと交戦を始めていた。

 急停止した車の運転席のドアが開くと、エドワードが転がりながら降りてライフル型デバイス"ブレイブアサルト"をロノウェへ構えた。

 

「……弟分が世話になったようだな」

 

 チラッとソラトの方を見て、エドワードが言い放つ。冷静な態度だが内心では怒りに溢れており、銃口はしっかりとロノウェの眉間に向けられている。

 

「揃い踏みってとこか」

 

 3人に囲まれているにも関わらず、ロノウェはまだ余裕そうだ。

 それどころか、指でソラト達の数を数え、口元を歪ませている。

 

「それにしても、アースはソラトを放置して何やってんだろうねー?」

「えっ!?」

 

 ワザとらしく大声で呟くロノウェに、ソラトの表情が変わる。

 アースが来ているのならば、いつもは真っ先にソラトを狙うはず。しかし、ここに来るまでソラトはアースを見ていない。

 

「ロノウェ、アースは今何処!?」

「多分、あの森にいるんじゃないかな? きっと誰かさんと一緒に」

 

 ロノウェが指し示した森は、スバルが奇襲をかけるために進んでいった方向と一致した。だが、スバルは未だ来ない。

 嫌な予感がソラトの脳裏を過ぎり、慌ててスバルに連絡を取ろうとした。

 

「スバルっ!?」

〔ソラト! 来ちゃだ……きゃあっ!?〕

 

 通信から聞こえてきたのは、スバルの警告と悲鳴。すぐに切れてしまったが、状況は明らかだった。

 スバルは今、アースと交戦中だ。しかもかなり苦戦しており、このままでは危ない。

 恋人の危険に焦りが生まれたソラトは、顔を青くしながらスバルのいる森へ向かおうとした。

 しかし、ソラトの前をシマウマ獣人が立ち塞がる。ここを通すつもりはないようだ。

 

「おやおや、君はここで僕達と遊ぶんじゃないのかい?」

「邪魔だ!」

 

 ロノウェの挑発に激昂したソラトは、獣人に斬り掛かる。

 だが、獣人の持つランスと鍔迫り合いになり、動きを止められてしまう。

 その時、電気を纏ったエリオが獣人目掛けて跳び蹴りを放った。真横から受けた獣人の身体は吹っ飛び、ソラトの道が開ける。

 

「ソラトさん、行ってください!」

「エリオ、ありがとう! セラフィム、フォルムツヴァイ!」

〔Wing form〕

 

 エリオはストラーダを構え、獣人とソラトの間に立つ。成長途中の騎士の背中だが、何処か頼もしさを感じさせる。

 ソラトはすぐにセラフィムをウィングフォルムに変形させる。刀身のホバーから蒸気を吹き、ソラトの足に浮遊魔法が付く。

 この浮遊魔法はマッハキャリバー並のスピードで滑空することが可能で、バイクよりも小回りが利くので、木々が生い茂る森の中ではバイク以上に移動に適していた。

 猛スピードで滑空しながら、ソラトは恋人と自身の分身の元へ向かった。

 

「あーあ、行っちゃった」

 

 ソラトが行ってしまい、ロノウェはつまらなさそうに呟く。

 未だ、エドワードが銃口を向けているので、動くつもりもなさそうだ。

 

「大人しく投降しろ」

「何で?」

 

 威圧するエドワードに対し、ロノウェは挑発的な態度を崩さない。

 この自信は何処から来るのか。底の見えない敵に、エドワードは怒りと不気味さを覚えていた。

 

 

◇◆◇

 

 

 一方、陸士315部隊の前衛達は減らないネオガジェットの軍団に悪戦苦闘していた。

 

「くそっ! どっからこんなに湧いてやがる!」

 

 長い戦いに疲弊してきているノーヴェが悪態を吐く。

 ギンガとノーヴェが叩き伏せ、ディエチとウェンディが撃ち抜いても、数は殆ど減らない。いくら何でもあり得ない状況だった。

 

「これは、まさか幻影?」

 

 後方で狙撃をしていたディエチが考える。

 ディエチはナンバーズ時代、幻術を操る能力者である"クアットロ"と組んでいた。クアットロの戦術にも、幻術で作ったガジェットを本物と混ぜることで、より多く敵がいると見せるものがあった。

 ならば、幻影を作っている黒幕がこの近くにいるはずである。

 ディエチは自身の瞳に組み込まれたサーモグラフィーを駆使し、周囲の木々をスキャンした。

 

「ククク……」

 

 見つけた。付近の木の枝に、生命体の熱源を2つ確認した。

 高みの見物、という言葉が似合うように、ディエチ達が幻影と戦っているのをずっと上から見ていたようだ。

 

「総員、1時の方角の木を撃って」

 

 ディエチの指示通り、茂みに隠れていた狙撃魔導師達が一斉に敵の潜む木を撃ち始めた。

 気付かれるのは予想外だったらしく、潜んでいた敵は舌打ちをしながら地面に降りてきた。同時に、ネオガジェットの半分以上にノイズが掛かる。

 

「貴方達が、幻影を仕込んでいたんだね」

 

 ディエチの言う通り、ノイズがかかったネオガジェットは全て幻術だったのだ。

 木から降りてきた、山吹色のメッシュを入れた男は苛立っている様子でディエチを睨むが、ライトブラウンの長髪を一纏めにした冷静そうな男に制止された。

 

「いやぁ、ご名答。スカリエッティの旧作にしては、やるじゃないか」

 

 見破られたにも拘らず、ライトブラウンの男は拍手をしながらディエチを褒め称えた。但し、言葉の中には旧作と見下す表現も含まれていたが。

 突如現れた敵に、周囲も警戒を強める。

 

「自己紹介がまだでしたね。私はウィネ・エディックス。ドクターマラネロの弟子です」

「同じく、フォラス・インサイト。ポンコツの割には、良く出来ましたってところか」

 

 ウィネとフォラス、ドクターマラネロの弟子と名乗った2人に、周囲は驚きを隠せなかった。

 まさか、自分達が追っている科学者に、弟子がいたとは。

 だが、敵の半数が幻影と分かった今、こちらの優勢は揺るがない。陸士達はそう考えて疑わなかった。

 

「それじゃ、ゲーム観戦は終わりにしましょう」

「飛び入り参加の方が、盛り上がるよなぁ!」

 

 ウィネは白衣の右ポケットに手を突っ込み、何かを弄る。すると、ネオガジェットのノイズが元に戻るどころか、更に数を増やした。

 加えて、2人の身体にも異変が起こる。白衣を纏っていた科学者の容姿は、一瞬にして異形のものへと変化を遂げたのだ。

 

 知的だったウィネは、ゴツい灰色の鎧に覆われたように身体が変化し、ライトブラウンの頭は二つの大きな角が生えた兜のようになっていた。顎も二つに割れ、クールな科学者の面影は何処にもない。

 

 短気なフォラスは、山吹色と黒を基調とした刺々しい外見になり、背中からは昆虫のような羽、右腕には長い針が生えて来ていた。頭も人間のものから、触覚と複眼、縦に開く不気味な顎と、昆虫のように変貌していた。

 

「嘘、だろ……」

「人間が、獣人に!?」

 

 あまりにも異質な光景に、ギンガやノーヴェは驚愕と畏怖の入り交じった表情を浮かべていた。

 今まで、獣人は獣人として生み出されるか、人間が薬によって変化するかというケースしかなかった。

 しかし、目の前の敵は、人間の姿から自力で獣人に変身したのだ。マラネロ達の技術は、想像以上の進歩を遂げていた。

 

「さぁ、始めようか」

「全員、すぐには死ぬなよ?」

 

 それぞれ、クワガタとスズメバチの獣人と化したマラネロの弟子達は、戦況をあっさりとひっくり返して隊員達に襲い掛かった。

 

 

◇◆◇

 

 

「はぁ、はぁ……」

 

 スバルは息を上げながらアースを睨んでいた。

 執拗な攻撃を受けたバリアジャケットは既にボロボロで、トレードマークの鉢巻も何処かに落としてしまったらしく、今は見当たらない。

 

「しぶとい奴だ」

 

 対するアースは、まだ余裕があるそうな態度だ。ベルゼブブを担ぎ、木々の間を歩きながらスバルを見据える。

 

「やぁぁぁぁっ!」

 

 マッハキャリバーのローラーが回転し、スバルがアースへと突っ込んでいく。速度を上げながら、スバルは渾身の回し蹴りを放った。

 

〔Darkness raid〕

 

 しかし、攻撃が当たる前にアースは紅色の残像を残して姿を消してしまう。

 この魔法はソラトのホーリーレイドと同じもの。ならば、背後から来るだろう。スバルは咄嗟に振り返り、リボルバーナックルで防御姿勢をとる。

 だが、アースは予測した位置にいなかった。同時に、下段からの足払いを受けてスバルはバランスを崩してしまう。

 

「甘い」

 

 スバルが倒れた瞬間、アースは躊躇いなくその華奢な体を踏み付けた。

 最愛の人物に足蹴にされている。一瞬でもそんな錯覚が見え、スバルは複雑な心境になる。

 そんなスバルのことなどアースは気にもせず、そのまま蹴り飛ばしてしまった。

 

「厄介な足の一本でも斬り落としておくか」

 

 アースにとってスバルは狩るべき獲物。心通わせた相手と似ていても関係ない。

 冷徹な視線でスバルを見下ろし、カットジーンズから見える白い足へと大剣を振り下ろした。

 

 ところが、黒い大剣はスバルの足を斬る前に何かで止められていた。

 良く見れば、同じデザインの白い大剣。いつの間にか現れた少年が、倒れている彼女を守るように屈み、両手で剣を支えている。

 一瞬で登場した金髪の少年騎士こそ、スバルの最愛の人物にして、アースが待ち望んだ宿敵。

 

「アース、君がどんなに僕を恨んでも構わない」

 

 間一髪で間に合ったソラトは、アースのベルゼブブを押し返して立ち上がる。

 退いたアースに、月明かりで輝く刀身を構えながら柄を握る力を強くした。

 

「けど、これ以上スバルは傷付けることは許さない!」

 

 怒りを露にし叫ぶソラトに、スバルは安心と信頼を抱いていた。

 そうだ。ソラトは何があっても自分を傷付けるようなことはしない。一途に恋慕ってくれる、優しい男の子。容姿が似ていても、ソラトとアースは全く違うのだ。

 

「待ってたぞ、ソラトォォォォッ!」

 

 先程まで冷静沈着だったアースも、目当ての人間が向こうから来たことに歓喜する。

 戦闘にも積極的になり、ベルゼブブを強く振り下ろす。見た目には合わない程軽々と扱いながら、両者とも互いの大剣を打ち合わせる。

 初めて会ったあの日から、アースに負けないよう修行を続けたソラトは剣戟の早さも力も劣らぬ戦いぶりを見せていた。

 

「ふん、少しはマシになったみたいだな」

 

 何度目かの鍔迫り合いで、アースはソラトの能力が上がっていることを認める。力は拮抗しており、刃は重なった位置から動こうとしない。

 

「ククッ、そうだ、それでいい! 強くなればなるほど、超えた時の俺の価値が上がる!」

 

 ソラトとの戦いを楽しみ、狂気を含んだ笑みを見せるアース。

 対照的に、ソラトの表情は怒りと哀れみを含んだ暗いものとなっていた。

 

「何故僕達が戦わなきゃいけない! ノーヴェの話を聞いたんじゃないのか!?」

 

 ノーヴェの名前を出した瞬間、アースの顔から笑みが消える。

 

「アイツの、ノーヴェの話はするな!」

 

 怒号と共にアースの攻め手が激しくなる。下からベルゼブブを振り上げてセラフィムを弾き、空いた腹部を蹴り飛ばす。

 一発決められ、ソラトが膝を着くとアースは急に頭を抱え始めた。

 

 脳裏に浮かぶ、ノーヴェの喜怒哀楽。

 ソラトへの怒りと、ノーヴェへの渇望。

 2つの強い感情が頭の中でごちゃ混ぜになり、アースを苦しめる。

 

「俺は……俺は!」

 

 アースには、何故ここまでノーヴェが自分の心にいるのか分からなかった。

 自覚もないのに、彼女の安らぎを求めてしまう。彼女の話から感じる希望を欲してしまう。

 この感情が理解出来ず、アースは苦しんだ。

 

〔あー、諸君ー。お疲れ様ー〕

 

 その時、間延びした男性の声が通信モニターから聞こえてきた。一斉通信のようで一方的に話してい。

 強制的に開かれたモニターには"SOUND ONLY"と書かれており、声の主を知らない者にはこれが何なのか分からない。

 しかし、アースは抑えていた頭を上げ、目を見開いていた。

 

〔作戦は成功した。今すぐ撤収してくるんだ〕

「マラネロ……」

 

 アースの呟きに、今度はソラトとスバルが驚く。

 この声の主は、今回の事件の首謀者。マルバス・マラネロのものだというのだ。

 

〔もう一度言う。命令だ、すぐに戻れ〕

 

 トーンを低くした発言にアースは舌打ちし、転送装置を起動させた。すると、アースのものではない緑色のテンプレートが足元に現れる。

 

「アース!」

「ソラト。勝負は預ける」

 

 慌ててソラトが捕まえようと手を伸ばすが、先にアースの姿は消えてしまった。

 また、取り逃がしてしまった。掴み損ねた右手を強く握り、ソラトは悔しさを込めて木を殴った。

 

 315部隊側でもマラネロの通信は入っていた。

 受け取ったウィネとフォラスは特に驚きもせずに、ギンガ達を見つめている。

 

「残念だが、今回はこれで幕引きのようです」

「お楽しみは次、か」

 

 ウィネが持っていた巨大なハサミを振り、付着した血を払うと、フォラスも掴んでいた騎士の頭を雑に放り投げた。

 2人の強さは、今までのどの獣人よりも圧倒的だった。

 クワガタ獣人の硬い皮膚はベルカ騎士の打撃にもビクともせず、片手で振り回す大鋏で、次々と隊員の血肉を斬り裂いていった。

 一方、スズメバチ獣人は素早いスピードで魔導師の放つ魔力弾を全て避け、速度をそのままに隊員の頭を木に叩きつけて行った。

 

「逃がさない!」

 

 ギンガはウィネとフォラスに向かって行くが、ホタル獣人が立ち塞がる。

 

「リボルバーブレイクッ!!」

 

 高速移動をしたままリボルバーナックルのギアをフル回転させ、ギンガは放たれた火球ごとホタル獣人に拳を叩き付けた。

 ナックルに纏わせていた衝撃波はホタル獣人の身体を貫き、爆発四散させるには十分な威力だった。

 しかし、獣人が時間を稼いだ所為で、既に科学者達の身体はテンプレートの光に包まれていた。

 

「ごきげんよう」

 

 いつの間にか人間の姿に戻っていたウィネはギンガへ挑発的に手を振り、フォラスと共に姿を消した。

 

 ウィネ達が戦線離脱した瞬間、あちこちにいたネオガジェットの幻影が全て消えた。

 それはなのはとヴァイスが相手にしていたタイプBも例外ではなかった。

 

(……一瞬で半分が消えちまいましたね)

 

 ヴァイスからの念話に、なのはは唖然としながら頷く。まるで狐にでも化かされたような気分だった。

 残りの機体も撤退していっているため、残党処理も必要ないらしい。

 

「なのは!」

 

 そこへ、ラクダ獣人を倒したフェイトがなのはの元へやってきた。

 撤退していくネオガジェットの後ろ姿を見て、フェイトは首を傾げる。

 

「これは……」

「さぁ……?」

 

 敵の意図がまるで読めないなのはとフェイトは、一旦ヘリに戻って帰投することにした。

 

 六課隊舎上空で戦っていたエリゴスも、マラネロからの通信を受けて白衣の姿に戻っていた。

 

「やっと終わったか」

 

 パーマの掛かった黒髪を揺らし、薄気味悪い笑みで正面を見る。視線の先には息を切らしながら、デバイスを構えるヴィータとシグナムの姿があった。

 2対1という状況だったにも拘らず、歴戦の騎士はカブトムシ獣人の強固な身体を砕くことは出来ずにいたのだ。

 一方で、エリゴスの方も顔には大量の汗が流れており、握っていた巨大な剣も刃が砕けている。こちらも、有効打を打ち込むことは出来なかったようだ。

 

「決着はまた今度で」

 

 無気力な言葉を残し、エリゴスは転送装置の光に消えた。

 硬い皮膚と無気力な態度からは想像もつかない剛腕。未知の敵に、ヴィータとシグナムは戦慄していた。

 

 そして、六課からクラナガンまでの道路でも、戦いが終わりを迎えようとしていた。

 マラネロの命令に舌を打つロノウェ。思惑が外れたらしく、不満混じりにエドワードへ特攻する。

 エドワードはすかさずロノウェを撃つが、魔力弾は全て大鎌の柄に弾かれてしまう。

 振り被るロノウェの攻撃を避けるエドワード。隙を突くべく、すぐにブレイブアサルトを構えるが、ロノウェの身体は既に転送用テンプレートの光の中だった。

 

「待て!」

「いずれ、また会うことになる。その時は、確実に潰してあげるよ」

 

 上から目線で睨みつけ、ロノウェは姿を消した。

 同時に、ティアナ達が戦っていたネオガジェットも半分以上が姿を消す。こちらも、ロノウェが用意した幻影だったようだ。

 

「スピーアシュナイデン!」

 

 別の方向では、エリオがシマウマ獣人のランスを上空へ弾き飛ばし、カートリッジを一発消費しつつ魔力を纏わせた刃で獣人の身体を突き刺していた。

 体内に電撃を受けながら斬り裂かれ、シマウマ獣人は爆散した。これで、周囲に敵はいなくなったようだ。

 敵の撃退には成功したエドワードだが、重要な情報を握っているロノウェを逃がしたことへ、苛立ちを隠せないでいた。

 

 

◇◆◇

 

 

 マラネロの研究室。アースが戻ってくると、既に撤収した弟子達が集結していた。

 

「ロノウェ、見事だったよ」

 

 椅子に座り、カップ焼きそばを啜るマラネロは傍に立っているロノウェを誉める。

 あんなものを食べながら低い声で命令を下していたのか、とアースは先程と違う理由で頭を抱えたくなった。

 

「何故撤収させたのです! あのまま攻めて、邪魔な連中を皆殺しに」

「ロノウェ」

 

 ロノウェの反論を、低いトーンで遮るマラネロ。いつもの飄々とした態度は見られず、周囲に不気味なプレッシャーを与える。

 

「君はいつから私に指示出来るようになったのかな?」

「す、すみません、師匠」

 

 牛乳瓶の底のような丸眼鏡の奥から放たれる鋭い視線が、ロノウェの背筋を凍らせる。

 ロノウェは冷や汗をかきながら、頭を深く下げた。

 

「いいよ。お目当ての品も手に入ったしね」

 

 マラネロはいつもの態度に戻り、傍にいた十代半ば程の少年から小像を受け取る。

 蛇を模した像で、宝石のような材質は美しい輝きを放っている。色は宝石ならばシトリンに当たる、美しい黄色だ。

 

「"嫉妬(エンビー)"、確かに貰ったよ。フォース」

 

 そう、小像の正体は嫉妬のセブン・シンズだった。封印済みなのか、触れても効力を発揮する様子はない。

 フォースと呼ばれた少年は、黒髪の頭を丁寧に下げた。タイプゼロ・フォース。それが少年の名前だ。

 今回の作戦、真の目的はセブン・シンズ強奪にあった。

 クラナガンに"嫉妬(エンビー)"があることを先に突き止めたマラネロ側は、まずラクダ獣人で戦力の分断を図った。次に、弟子達が夜襲を掛けて機動六課と陸士315部隊の注意を引き付ける。

 そして、気付かれない内にフォースが"嫉妬(エンビー)"を強奪する計画だったのだ。

 

「彼等の戦力判断にもなったし、いい結果となったじゃないか」

 

 今回の計画はマラネロのものではない。弟子であるロノウェが計画し、集結させた弟子とアース、フォースを総動員させて実行したのだ。

 だが、本当はロノウェはこの機に応じて機動六課と陸士315部隊を潰すつもりだった。しかし、マラネロは敵を潰すことに興味がないのか、成功と同時に全戦力を撤収させたのだ。

 

「アース。君もお疲れ様」

 

 無言で部屋に戻ろうとするアースに、労いの言葉を掛けるマラネロ。

 アースは一瞬だけ立ち止まるが、マラネロを無視して部屋へと戻っていった。頭痛が残っているかのように右手で頭を覆いながら。

 

 残るセブン・シンズはあと2つ。

 科学者の弟子にタイプゼロの系譜も現れ、戦いは更に激化の一途を辿る。



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第24話 円舞曲

 機動六課と陸士315部隊がマラネロ一派に襲撃された夜。

 丁度、ウィネとフォラスが撤退した時、ノーヴェにのみ念話が掛かってきた。

 

(ノーヴェ)

 

 その声にノーヴェは聞き覚えがあった。心を何度も通わせようとした相手。

 

(アース、なのか?)

 

 ソラト達と戦い、途中で撤退したはずのアースだった。

 ノーヴェはその事実を知らないが、襲撃した中にいるのではないかと心配していたのだ。キョロキョロと周囲を見回すが、アースの姿は見当たらない。

 

(話がある。明日の夜、指定した位置に来い)

(待て!)

 

 アースが一方的に告げると、同時にジェットエッジへ地図データが送られてくる。315部隊隊舎の敷地内では、見つかる恐れがあるということなのだろう。

 反論を許されず切られ、ノーヴェは周りが気付かない中でじっと地図を見ていた。

 

 

◇◆◇

 

 

 アジトに戻ったアースは、自室のシャワールームで水を浴びていた。

 まるで自分の中の何かを洗い流そうとするかのように。

 

「何故だ……」

 

 壁に手を付いて流水を頭から被りながら、低い声で呟くアース。頭の中では、先程起きた出来事が思い返される。

 生み出された時からソラトを憎しみ、殺すことでアイデンティティを得ようとしてきた。その生き方を今も否定することはない。

 だが、ある人物のことを思い出しただけで、酷く心が疼き出したのだ。

 

「ノーヴェ、俺は……」

 

 ノーヴェ・ナカジマ。彼女との出会いが、今まで目的の為なら手段を択ばない復讐鬼として生きてきたアースの中を変えてしまった。

 心に巣食うノーヴェへの感情に、アースは戸惑い、怒りを覚えていた。

 

「何故、お前が欲しくなるんだ……」

 

 自ら関わるなと言ったはずなのに、アースはノーヴェと話がしたくなった。

 先程取った自分の行動に理性が追い付いておらず、アースはまたぶつけようのない怒りを高める。

 

「クソッ!」

 

 激情するアースはシャワールームの壁を殴る。

 結局、アースは本当に洗い流したかったものを落とすことは出来なかった。

 

 濡れた髪を拭き、シャワールームを出るアース。今の彼はトランクス一丁の姿で、細身ながら筋肉がしっかりついた身体を露にしている。

 自室ならば堅い表情も若干緩くするのだが、突然アースは視線を鋭くし愛剣"ベルゼブブ"を真横に構えた。

 アームドデバイスの切先には、この部屋にいるはずのない人間がいた。

 黒髪に橙色の瞳という特徴を持った、十代半ばの少年だ。アースよりも幼さを残している様子だが、不気味な笑みと何処か異質な雰囲気はマラネロと通じている人間であることを伺わせる。

 

「邪魔してるよ」

 

 無断侵入者の正体は、タイプゼロ・フォースだった。

 今回の任務でセブン・シンズ"嫉妬(エンビー)"を持ち帰った、最後のタイプゼロシリーズ。それが何故アースの部屋にいるのか。

 

「勝手に俺の部屋に入るとは、命がいらないらしいな」

 

 アースは味方相手に怒りを隠そうともせず、鋭いベルゼブブの剣先をフォースの喉元に近付ける。

 だが、フォースは至って冷静にアースを見ていた。

 

「何、変わった君の様子を見に来ただけさ」

「なっ!?」

 

 変わった。このフレーズに、アースは狼狽える。

 一瞬の隙を与えてしまったアースは、次の瞬間にはベルゼブブを払い除けられ、フォースに首を捕まれていた。

 

「随分隙だらけになったじゃないか。君、弱くなった?」

 

 フォースはアースの中身を見透かしたかのように嘲笑を浮かべる。フォースの肉体が起動したのは最近だが、意識自体はそれよりも先に覚醒していた。なので、アースのことも知っていたのだ。

 アースは腸が煮え繰り返りそうな気分だった。しかし、フォースの言うことは正しい。自分は変化によって迷いが生まれ、弱くなってしまった。

 

「弱いままじゃ、何時まで経っても悲願は遂げられないよ。ソラトを殺して、本物になる悲願がね」

 

 フォースはアースの耳元で嫌みったらしく呟き、掴んでいた首を離す。そして、冷蔵庫からドリンクを勝手に取り出した。

 

「貰っていくよ。運動したら喉が渇いた」

 

 それだけ言い残し、フォースは去って行った。

 アースに残されたのは、屈辱と己の中の弱さだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 マラネロ一派襲撃の翌日。

 陸士315部隊では、負傷者以外は普段通りに訓練をしていた。ウィネとフォラス、2人の獣人に好き勝手されたメンバーは訓練にも身が入っている。

 そんな中、ノーヴェのみが浮かない表情を浮かべていた。理由はもちろん、今夜の約束のことがあったからだ。

 

「アース……」

 

 地図データの入ったジェットエッジを見つめるノーヴェ。

 敵という立場上、罠の危険性もある。だが、ノーヴェは不思議と罠だとは考えていなかった。そんなことよりも、もう一度説得できるかという不安の方が大きかったのだ。

 

「こら」

 

 物思いに耽るノーヴェの背中が叩かれる。後ろを向くとノーヴェが最も慕っている姉、チンクの姿があった。

 因みに、チンクの身長ではノーヴェの頭に届かない為、背中を叩いたのだ。

 

「訓練をサボってはダメじゃないか」

「ご、ゴメン……」

 

 腰に手を当てて叱るチンク、ノーヴェはしゅんと落ち込む。

 その後、チンクは久々にノーヴェの相手を務めることになった。しかし、その中でもチンクはノーヴェに何かがあったことを察していた。

 そんなノーヴェの心の中を表しているかのように、空には厚い雲が掛かり始めていた。

 

 そして、約束の時間。

 ノーヴェは結局誰にもアースに会うことを言えず、こっそりと寮を出た。

 言えば、逆にこっちが罠を張り、アースを裏切ることになってしまう。素直になれない反面、純粋なノーヴェは少なからず想いを寄せるアースにそんなことは出来なかったのだ。

 

「ジェット、頼む!」

〔了解〕

 

 森を抜けたところでジェットエッジを起動させ、猛スピードで待ち合わせのポイントへ向かう。

 アースが指定した場所も五課周辺のように森林地帯だが、未開部分が多く、中心には大きな湖もあった。これだけ広い森ならば、身を隠すのに丁度いい。

 

「アース、まだ帰るなよ!」

 

 寮を抜け出すのに手間取ってしまった為、待ち合わせ時刻まで残りあと少ししかない。

 もっと伝えたいことがある。人間として生きて楽しく感じること、誰かを憎まなくても生きていけること、アースが望めば迎えてくれる人間がここには大勢いること。そして、自分はアースが好きなこと。

 木々を掻き分けて、ノーヴェは突き進んで行った。

 

 

「何っ!? ノーヴェが抜け出した!?」

 

 暫くして、315部隊ではノーヴェがいなくなったことに漸く気付いた。

 この事実に一番驚いたのはチンクだった。

 

「反応によるとここから東の森林地区に向かった模様です」

「森の中か……」

 

 オペレーターの報告に、ラウムが顔を顰める。

 自分が向かおうにも、ラウムはバイクの免許を持っていない。車で森の中を進むのは不便だ。

 

「仕方ない。ギンガとウェンディに向かわせる」

 

 隊長として、自分が連れ戻したいと考えていたラウムは、渋々機動力に長けた2人を探しに行かせるよう指示した。

 そして、補佐であるチンクに向き直り、頭を下げる。

 

「済まない。俺の所為でこんな事態に……」

「いえ、ラウム殿は悪くありません。私がしっかりと話を聞いてやれば……」

 

 ノーヴェに何かあったことは気付いていた。なのに、話を聞いてやらなかった自分にこそ責任がある。チンクは自身の無力さに拳の力を強める。

 何事もなければいい。今はそう思うことしか出来ない2人だった。

 

 

◇◆◇

 

 

 指定されたポイントには、近くまでくれば十分目立つ程の大きな木が立っていた。周囲は暗く、雲の切れ間から差し込む月の光が明るく照らしている。

 大樹の根本に、アースはいた。前髪で隠れ顔はよく見えなかったが、バイクに乗っている時と同じく焦茶色のジャケット姿で立っていた。

 

「アース!」

 

 ノーヴェは息を切らしながら、まだ彼がいたことに一安心していた。

 ここなら、邪魔が入ることなくゆっくりと話せる。そう思い、彼の元に駆け寄る。

 

「止まれ、ノーヴェ」

 

 聞いたこともないような低い声に、ノーヴェの表情は歓喜から驚愕へと変わる。

 アースの身体は業火に包まれるように紅く光り、黒いバリアジャケットを纏わせる。

 ノーヴェは話し合いに来たはずなのに、アースからは明らかな戦意を感じていた。

 

「オイ、アース!」

 

 問い詰めようと一歩踏み出すノーヴェに、アースはベルゼブブを突き付ける。

 黒い大剣の刃が向けられたことで、ノーヴェはアースが本当に戦おうとしていることに気付いた。

 

「ここで、俺と戦え。ノーヴェ」

 

 顔を上げ、アースの表情が見えるようになる。慕っていたはずの人物から冷たい視線を受け、ノーヴェは戸惑っていた。

 

「ま、待てよア」

「戦え!」

 

 拒否しようとするノーヴェに、アースは容赦なく大剣を振り下ろした。

 既にジェットエッジを起動させていた為、ノーヴェは咄嗟に避けることが出来た。だが、精神的なショックが大きかった。

 どうして自分達が戦わなくてはならないのか。分かり合いたいだけなのに。

 それでも、アースは未だ臨戦状態だった。

 

「チッ……だったら、ぶん殴って目を覚まさせてやる!」

 

 ノーヴェは遂に意思を固め、ジェットエッジのギアを回転させる。

 静寂が支配していた森で金属同士が激しくぶつかり合い、甲高い音が鳴り響いた。

 

 初めて会った時は、まだ素性も知らなかった。

 ただ、お互いがそれぞれの知人に似ているということと、尖った雰囲気が親近感を感じさせたのだ。

 あの一瞬だけが、何も考えずにノーヴェとアースが楽しく時間を共有出来た唯一の時間だったのかもしれない。

 

 ノーヴェはジェットエッジのローラーで急速接近し、勢いに乗りながら跳び蹴りを放つ。アースはそれをベルゼブブの腹で防ぎ、ノーヴェを弾き飛ばした。

 両足と左手で着地し、ノーヴェは再びアースへと突撃する。

 アースはノーヴェの拳を左手の平で反らし、構えていたベルゼブブを振り下ろした。

 

「このぉっ!」

 

 反撃が来る。ノーヴェは反らされた身体をそのまま回転させ、ブーツのローラーで大剣の刃を受け止めた。

 意外な受け方にアースは眉をピクリと上げるも、押し切ろうと力を込める。

 ノーヴェは剣を踏み付け、後ろへと飛んで距離を取った。再び睨み合う2人。

 

「ベルゼブブ、フォルムツヴァイ!」

〔Air form〕

 

 アースの命令にベルゼブブが反応し、カートリッジを1つ消費する。

 すると、ベルゼブブの刀身からホバーの排出口が現れ、紅い蒸気を噴出させる。同時に、アースの足には紅い浮遊魔法が付加され、黒い身体を宙に浮かび上がらせる。

 これがベルゼブブのフォルムツヴァイ"エアーフォルム"だ。その姿は、ソラトが持つセラフィムの"ウイングフォルム"に酷似している。

 

 アースは浮遊したままその場から滑るように移動し、ノーヴェに斬り掛かる。移動速度はジェットエッジに匹敵する程になったが、一撃の重さは軽減されている。

 ノーヴェはベルゼブブを蹴り上げ、空いた懐に固有装備"ガンナックル"の一撃を加えようとした。

 その時、ベルゼブブの背の方のホバーから蒸気が吹き出され、押し留める。それどころか、噴出の勢いを受けた大剣は再度ノーヴェへと振り下ろされた。刃はガンナックルの手甲部分に当たり、双方の攻撃が止まる。

 

「何でこうなるんだ!」

 

 黄色と紅のエネルギー光が激しくぶつかる中、ノーヴェはアースに向かって叫ぶ。

 

「話合うんじゃなかったのか!?」

 

 ノーヴェはアースと話がしたかった。互いを傷付け合うような戦いをしに来たはずではない。

 アースが後方へ滑空すると、空かさずノーヴェは足下にテンプレートを発生させた。

 

「エアライナー!」

 

 地面を殴ると黄色い帯状のテンプレートが伸び、ノーヴェの道を作る。 これが、スバルやギンガの「ウイングロード」と同じ能力である、ノーヴェの「エアライナー」である。

 ノーヴェはエアライナーをアースの真上まで伸ばし、上下逆向きになって走行して来た。

 

「この、大バカがぁぁぁぁっ!」

 

 戦闘中でも必死に心を通わせようとするノーヴェに、アースは怒りを堪えて歯を食い縛った。

 頭上から来る拳に、ベルゼブブで振り払い対処するアース。一撃を防がれたノーヴェは慣性に従い、アースから離れる。

 

「お前は」

 

 先程まで冷めた表情だったアースは紅い魔力光を滾らせて、怒りの形相を向けていた。

 

「どうして俺の心に響くんだ、何故俺に迷いを生み出させるんだ……」

 

 ソラト以外でここまでアースに影響を与えた人間は他にいない。怒り以外の感情を教えたのも、希望と安らぎを与えたのも。

 だからこそ、アースは今の自分すら失ってしまうことを恐れていた。ならばいっそのこと、これ以上何かを与えられる前にノーヴェを失くしてしまおうと考えたのだ。

 

「俺の心に何をしたんだ! ノーヴェェェェッ!」

 

 抑えられない感情を爆発させ、アースはノーヴェに特攻していく。

 エアライナーに乗り、上方へ逃げることで避けるノーヴェ。そのまま、森の中を疾走しながら2人はぶつかり合った。

 木と木の間を走り、相手の攻撃を防ぎながら、アースとノーヴェはやがて湖へと抜ける。

 ノーヴェはエアライナーで湖の上空へと登るが、アースはそのまま湖に突っ込んでいく。

 この時、アースの移動方がもしノーヴェのようにローラーブーツならば湖の中に沈んでいただろう。しかし、彼の足には浮遊魔法が付加されている。浮遊魔法の余波で水飛沫を上げながら、アースは湖の上すら滑空していた。

 

「頭を冷やせ!」

 

 ノーヴェは湖の上にいるアース目掛け、手の甲の宝石部分から射撃魔法を放った。アースが華麗に避けると、射撃魔法は湖に着水し、2人の周囲に水滴を舞わせる。

 飛沫が月明かりで輝く中、2人の男女が湖の上を滑走している様は、まるでダンスでも踊っているかのような神秘的な光景であった。

 2人の意識は相手のことでいっぱいであり、これが永遠に続く円舞曲ならば、楽しんでいるところだろう。

 だが、これは相思相愛のはずの2人によって繰り広げられる哀しい戦い。終わりは唐突に訪れたのだった。

 

 突如、アースの速度が落ちてノーヴェの後ろを走るようになる。魔力切れか、と思うノーヴェだったが、実際は違った。

 アースはベルゼブブをエアライナーに突き刺し、剣を軸に空中を回転しながらノーヴェの同一線上に飛び乗ったのだ。

 

「何っ!?」

「終わりにするぞ、ノーヴェ!」

 

 アースは速度を上げ、ノーヴェの背後まで追い詰める。

 ノーヴェも負けじと速度を上げるが、エアライナーを制御しながら走っている為に速度が普段より落ちてしまう。

 

「くっ、来い!」

 

 仕方なく、ノーヴェはエアライナーを真っ直ぐ伸ばして、背後を向く。後ろ向きに走りながらアースの相手をしようというのだ。

 走りながら脚のギアを回転させ、必殺の蹴りを放つ。だが、屈むことで避けられ、逆にホバーによる勢いをつけた素早い一閃で薙ぎ払われてしまう。

 

「わああああっ!?」

 

 遂にアースの一撃を受けてしまったノーヴェはエアライナーの上から地面に落とされてしまう。ノーヴェの受けた衝撃は凄まじく、地面に墜落の跡を数メートル残していた。

 月は何時の間にか厚い雲に覆われ、滝のような雨が降り出した。

 

「ノーヴェ……」

 

 墜落のダメージで気絶しているノーヴェに、アースは呟く。全身を濡らす雨はまるでアースの迷いを洗い流すためのもののようだ。

 

「お前を殺す」

 

 怒りを雨でクールダウンさせたアースは暗い表情で、基本形態の大剣に戻したベルゼブブを振り上げる。

 彼女を殺せば、再び復讐鬼に戻れる。ソラトを、自分のオリジナルを追い続ける、存在なきものに。

 

「アー……ス……」

 

 か細い声で自分の名前を呼ばれ、アースは目を見開く。ノーヴェは残った意識の中でも自分のことを想っていたのだ。

 アースは黒い大剣を振り下ろす。だが、ノーヴェに切り傷を与えることなく、宙で止まってしまう。

 

「ノーヴェ……俺のお前に対する感情は、一体何なんだ?」

 

 ベルゼブブを待機形態に戻し、大雨の中横たわるノーヴェにアースは思いを吐露した。

 結局、自分の中で生まれた新たな感情に逆らうことが出来ない。アースは傷だらけのノーヴェを抱きかかえ、何処かへと歩き出した。

 薄れ行く意識の中、ノーヴェが最後に見た光景は雨水に紛れて涙を流すアースの虚しい表情だった。



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第25話 震える想い

 ミッドチルダに降り注ぐ豪雨。先程まで静けさと蟲の鳴き声が支配していた森林地帯にも、大粒の雨が降り頻っている。

 そんな大雨の中を、ギンガとウェンディは突き進んでいた。目的は、突如いなくなった姉妹を探すこと。

 

「ギンガ! キリがないッスよ!」

 

 ライディングボードで飛行しながらギンガに叫ぶウェンディ。雨は止む気配を見せず、このまま捜索を続けても埒が明かない。

 その時、2人の下へ司令官であるラウムから通信が入った。

 

「ギンガ、ウェンディ。一旦何処かで雨が上がるのを待て」

 

 陸士315部隊の司令室でも、ノーヴェの捜索は行われていた。

 エネルギー反応を辿ったり、チンクが通信を繋げようとしていたのだが効果は見られない。

 

〔ですが!〕

「ただでさえ視界が悪い森の中だ。無駄に消耗しても仕方あるまい」

 

 確かに、夜の森の中は視界が悪い。加えて大雨の中では捜索どころではないだろう。

 

「予報ではすぐにやむらしい。だから今は待て」

〔……了解〕

 

 ラウムの指示をギンガは渋々受け入れる。だが、淡々と話していたラウムも捜索が進まない歯痒さに、握る拳の力を緩めなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

 ノーヴェが目を覚ました時、最初に感じたのは火の温かさだった。

 パチパチと、枝が燃えて暗い周囲を明るく照らしている。それと同時に、熱が濡れた体を乾かしてくれていた。

 

「ここは……」

 

 意識を取り戻したノーヴェは、ここが先程までいた森の中ではないことに気付いた。

 岩肌で囲まれた空間で、外は未だ雨が降りしきっている。恐らく、ここは洞窟の中なのだろう。

 

「目が覚めたか」

 

 ふと聞き慣れた男の声が聞こえ、ノーヴェは振り向く。

 焚き火の向こう側にはさっきまで彼女と死闘を演じていた少年、アースが洞窟の壁に寄り掛かり座っていた。

 

「アースッ!」

 

 警戒し、立ち上がろうとするノーヴェだが、体にダメージが残っており、上手く動くことが出来ない。

 

「無理をするな。俺も、もうお前と戦う気はない」

 

 アースの言う通り、彼から戦意は感じ取れない。バリアジャケットも解除したようだ。

 しかし、油断は出来ない。ノーヴェはアースを睨みながらも、大人しくその場に収まった。

 そこで、ノーヴェは自分の身体に何かが掛かっていることに気付いた。ファーの付いた茶色いジャケット。それはアースが私服として来ているものだった。

 

「……何だよ」

 

 上着とアースを交互に見ると、視線に気付いたアースはそっぽを向きながらツンとした態度を見せる。炎の明かりで分かりにくかったが、若干頬が赤くなっている。

 ノーヴェが風邪を引かないよう掛けたのだが、自分の行為が気恥ずかしいのだろう。

 

「別に」

 

 彼の様子がおかしくて、ノーヴェは思わず笑みを零す。やっと、自分達の関係が戻った。そう思いながら、アースの上着をギュッと抱きしめた。

 無言で焚き火を囲う2人。色々と話したかったはずだが、急に2人きりで密接したムードになると何から話していいのか分からなくなる。

 

「あ、あのさ」

 

 遂にノーヴェが話を切り出した。今まで洞窟の外を眺めていたアースがノーヴェを見る。

 

「何で、急に戦えなんて言い出したんだ?」

 

 ノーヴェは、まず疑問に思ったことを口にした。話し合うつもりが、いきなり相手に襲われたのだ。疑問を持つな、という方が無理だろう。

 すると、アースは表情をやや暗くして答えた。

 

「俺は……お前に感化されることが怖かったんだ」

 

 ノーヴェは思わず目を見開いた。頑なにソラトへ固執していたアースが、まさか自分に感化されていたとは。

 それは同時に喜ばしいことでもあった。成果がないと思っていた説得も、効果はちゃんとあったのだ。

 

「俺は今まで、ソラトを憎んで生きてきた。10年もの間、俺は怒りと憎しみしか知らずにマラネロの元で鍛えてきた。ソラトと、マラネロを殺す為に」

 

 アースが吐き出す心の内を、ノーヴェは以前も聞いたことがあった。

 マラネロによって生み出されたソラトのクローン。記憶と存在意義を奪われ、残ったのは植え付けられた、オリジナルへの憤怒。

 同じように勝手に造り出したマラネロへの憎しみもあったが、今はソラト抹殺の為に嫌々ながら協力している。

 

「けど、最近はソラトと同じくらい、お前が俺の中を占めていく。それは怒りでも憎しみでもない、俺の知らない感情だ」

 

 穏やかな声色でアースは話を続けた。

 今まで負の感情しか持たなかったアースが感じたことのない思い。その正体が分からず、彼は温かさと同時に恐れを抱いていた。

 

「これ以上割り込まれれば、俺はソラトを憎む自分さえ失いそうで怖くなった……だから、ここで決着を付けたかったんだ」

 

 未知の感情に支配され、たった一つだけ貫いてきた生き方すら失う。それを恐れたアースは、いっそノーヴェを亡き者にしてしまえば自分が保てると思った。

 しかし最後の最後でトドメを躊躇い、結局は洞窟の中で彼女の目が覚めるまで面倒を見ていた。

 

「俺は甘くなってしまった……甘さは弱さだ」

 

 アースは木を燃やす炎を見つめながら、自室でタイプゼロ・フォースに言われたことを思い出していた。

 弱くなったな。その言葉通り、アースは自身の中の弱さを感じていた。ノーヴェを想い、他人に甘くなってしまう。それではソラトを殺すという悲願を遂げることは出来ない。

 

「俺にとって、ノーヴェはこの炎のようだ。温かさをくれるが、近付きすぎると心まで焦がす……教えてくれ、俺に何をしたんだ?」

 

 虚無だった自分の心に灯してくれた火が、今度は自分の身を焦がそうとする。この想いの正体が知りたくて、アースはノーヴェに問いかけた。

 

「何って……」

 

 一方、ノーヴェは戸惑っていた。

 アースの心の壁を砕きたいと思っていたが、まさかここまで影響を与えていたとは、ノーヴェ自身も知らなかったのだ。

 そして、ノーヴェに向けられた"負ではない"感情。それはまるで、愛の告白のようにも聞こえた。

 

「つまり……アースはあたしのこと、好きなのか?」

 

 恐る恐る、ノーヴェはアースを問い返してみた。

 時が止まったかのような長い沈黙の後、突然アースは火でも付いたかのように顔を真っ赤にした。

 

「な、何だ、この感覚は!? 体が煮えるように熱い……!」

「あ、アース?」

「何も言うな!」

 

 態度が急変したアースに、ノーヴェは唖然とする。しかし、アースはノーヴェの顔を見ず、声すら聴こうとせずに頭を抱える。

 身を縮こませ、頭から湯気を出しそうな勢いで悶えるアースを、ノーヴェは少し可愛いと思ってしまった。

 

「俺がノーヴェを……これが、好きという感情……?」

 

 必死に"好き"というものを理解しようとするアース。初めての感覚に、未だ戸惑いながらも思考が感情に追い付いてきたようだ。

 

「そうか……」

 

 心臓を高鳴らせながら、アースは漸く顔を上げる。視線の先には、彼が初めて愛しいと思えた女性。

 驚きながらも、ノーヴェはアースを心配していた。

 

「ノーヴェ」

「お、おう」

 

 やっと落ち着いたアースはノーヴェに呼びかける。

 急に呼び掛けられ、思わず正座をしてしまうノーヴェ。

 

「俺は、お前が好きらしい」

 

 今まで見たこともないような穏やかな表情で、アースはそう言った。その姿はやはりソラトに似ているが、彼とは全く違う印象を受けるノーヴェ。

 彼は"ソラトの偽物"ではなく、"アース"という1人の人間なのだ。

 遂に出された結論と、想っていた少年からの告白に、ノーヴェは喜びのあまり大粒の涙を流してしまう。

 

「ど、どうした!? 何処か痛むのか?」

 

 いきなり泣き出したノーヴェに、今度はアースが心配をしてしまう。

 だが、ノーヴェは涙を零しながらも笑顔で答えた。

 

「バカ、あたしも好きだよ!」

 

 やっとのことでアースと想いが通じ合ったノーヴェは、燃え盛る焚き火を当たりながら心臓の鼓動が早くなっていくのを感じていた。

 視線の先には、先程まで見たこともないような人間らしい仕草をしていたアースがいた。今は、彼は大人しく座っている。

 ノーヴェへの恋心を自覚した今、何かを考えているようだった。

 

「アース……これから、どうすんだ?」

 

 沈黙を続けるアースに、ノーヴェは耐え切れず尋ねる。

 すると、焚き火を見つめていた視線がノーヴェの方を向いた。

 

「俺は……お前に、共に来て欲しい」

 

 アースは右手をノーヴェの方へと伸ばす。

 今も意識は自分の方に向けられている。そのことが嬉しくて、ノーヴェはアースの手を取ろうとした。

 

「何処へ、だ?」

 

 しかし、ノーヴェは敢えて聞いた。アースは()()()()()()()()()()()()()()()()

 まだ希望を捨てたくなかった。きっと、これから時間を共にしようという意味だろうと思いたかった。

 

「マラネロの元へだ」

 

 アースは迷いなく言葉を発する。ノーヴェの希望が砕けた瞬間だった。

 

「何で……何でだよ!」

「勿論、マラネロに味方するつもりは俺もない。奴にもいずれ報復する」

 

 ノーヴェへの想いに対する迷いがなくなった今、アースの瞳には再び復讐の炎が燃え上がっていた。

 

「だが、まずはソラトだ」

 

 アースはソラトを狙うことを止めてなどいなかった。寧ろ、意欲は更に高まっていた。

 さっきまで赤く染まっていたノーヴェの顔色が青く変わっていく。

 

「もうソラトを狙う必要はないだろ!」

「あるんだよ」

 

 アースの冷酷な面に、ノーヴェは閉口してしまう。

 

「本物を殺すことで本物以上の存在となって、新たな人生を始める! 今の生きる理由を果たした時、傍にノーヴェがいて欲しいんだ!」

 

 偽物として生み出された自分が、本物(ソラト)の全てを奪い尽くすことで本物(ソラト)以上の価値を世界に見せ付けること。

 そして、望まれなかった命を勝手に生み出したマラネロにも裁きを下すこと。

 それがアースの生きる理由全てだった。

 

「どうしたんだ、ノーヴェ」

 

 結局、アースの歪みを変えることが出来なかった。

 絶望に満ちたノーヴェの心に気付かず、アースは狂喜の笑みを浮かべる。

 

「戦いたく、なかったんじゃないのか?」

「……ああ」

 

 ノーヴェは以前、アースに感じたことを言ってみた。

 前回と違い、彼は素直な気持ちを想い人へ伝える。

 

「けど、俺にはこの生き方しか出来ない。今更ブレる訳には行かないんだ」

 

 今更捻じ曲げることの出来ない生き方を、アースは今までしてきた。そのために奪ってきた命もある。

 それが正しいかどうか、アースには関係なかった。ただ、これまで信じて生きて来た道を簡単に変えてしまえば、アースは今度こそ自分を見失ってしまう。

 こればかりは、もうノーヴェにもどうすることもできなかった。

 

「だから、ノーヴェ」

 

 アースはノーヴェを求めるように再度手を伸ばす。だが、ノーヴェはその手を取ることが出来なかった。

 

「……そうか。それでもいい。俺達は敵同士だ」

 

 伸ばした手を戻すアースは、今まで通り鋭くノーヴェを睨んだ。視線の先には、もうノーヴェは映っていない。あるのは、ソラトとマラネロへの怒りのみ。

 上着を羽織ると、懐からジェットエッジの待機形態である黄色いクリスタルを取り出し、ノーヴェに投げ返した。

 どうやら反撃されないよう、奪っておいたようだ。

 

「通信が入ってるみたいだな」

「なっ!?」

 

 冷静に指摘すると、ノーヴェは焦りながら着信履歴を見た。1時間程前からチンクの名前がズラリと並んでいる。

 部屋から抜け出し、無断でアースに会いに来ていたノーヴェは冷汗を滝のように流していた。

 

「雨も上がった。後は適当に回収して貰え」

 

 アースの言う通り、外はすっかり雨が止んでおり、月が夜空に顔を出している。

 今頃、ギンガ達がノーヴェの捜索を再開しているはずだった。

 

「こうしてお前と話す機会も、もうないだろう」

 

 アースはノーヴェから離れ、転送装置を作動させる。緑色のエネルギー光がアースを包んでいく。

 

「待て、アース! 何であたしを攫わなかったんだ!?」

 

 ノーヴェは最後の疑問をアースにぶつける。

 洞窟で雨宿りなんかしなくとも、アースは気絶したノーヴェをマラネロの研究所に連れ帰ることが出来たはずだ。

 

「……話がある。そういう約束だったろう」

 

 最後の最後にアースは想いを寄せる相手に笑みを見せ、姿を消した。

 相思相愛の仲となった。なのに、結ばれず、敵同士という関係のまま。

 

「バカ……」

 

 焚き火はすっかり消え、月の光だけが悲しみに震えるノーヴェの背中を照らしていた。

 

 

◇◆◇

 

 

 ギンガ達に連れ帰られたノーヴェは、無断外出と無策な敵への接触を咎められていた。

 

「全く、どれだけ我々が心配したと思っている!」

 

 部隊長室に、チンクの叱り声が響く。事実、ノーヴェの身を一番心配していたのはチンクだった。

 ノーヴェは暗い表情でチンクの説教を黙って聞いていた。

 

「……チンク、済まない」

 

 今まで沈黙したままノーヴェを見据えていたラウムが、ふと立ち上がる。

 突然動き出した上司に、チンクも口を止めて下がった。しかし、言葉の意図が分からず疑問符を浮かべる。

 

「ノーヴェ」

 

 目の前に立ったラウムに呼ばれ、ノーヴェは俯いていた顔を少し上げる。

 次の瞬間、ラウムはノーヴェの頬を引っ叩いた。上司の急な行動に、傍から見ていたチンクは目を見開いて驚く。

 

「ら、ラウム殿!?」

「何故叩かれたか、お前なら分かるな?」

 

 やり過ぎだと講義しようとするチンクを無視し、ラウムは淡々とノーヴェに話す。

 叩かれた状態のまま、ノーヴェは呆然と立ち竦む。

 

「お前は規則を破った。周囲に心配と迷惑をかけた。それがどれ程危険か、予想出来ぬこともないだろう」

 

 ラウムは冷たい視線で、生気の抜けたようなノーヴェを射抜く。

 

「何より、お前が死ねば誰が奴を迎え入れるというんだ?」

 

 ノーヴェの身体が反応する。アースを受け入れることは、自分の役目。しかし、アースはそれを拒んだ。

 

「あたしは……」

「今は、拒まれたのだろう」

 

 ラウムは敢えて、冷たい現実を突き付けた。ラウム達は、洞窟でノーヴェ達の間に何が起きたのかを知らない。だが、ノーヴェの傍にアースがいない上、ノーヴェの態度から容易に結果の予想が出来た。

 辛い現実に再度向き合わされ、ノーヴェの眼に再び涙が溢れそうになる。

 

「その程度で、諦めるのか?」

 

 冷徹な態度を変えることなく、ラウムは言い放つ。

 

「ノーヴェはここで諦めるような覚悟で、こんな危険を冒すような真似をしたのか? アースへの想いはここで終わっていいものなのか?」

 

 ラウムの言葉の一つ一つが、ノーヴェの心を揺さぶる。

 

「終わらせない! あたしは、アイツを絶対諦めない!」

 

 ここで終わっていいはずがない。何度も擦れ違う運命だとしても、ノーヴェはアースを絶対に諦めきれなかった。

 

「俺は隊長の立場故、お前を罰する。だが、個人としてはお前の覚悟を尊重したい。真にやりたいことを、己の意思で貫き通せ」

 

 ラウムは漸く普段の態度に戻り、ノーヴェに話した。

 どうやら、規則を破ったことよりも意気消沈していたことが気になり、喝を入れたかったようだ。ラウムの意図が分かり、チンクも安心する。

 

「ノーヴェ・ナカジマ。一週間の謹慎を命じる。話は以上だ、戻っていい」

「はい、失礼します」

 

 幾分か闇の晴れた様子で、ノーヴェは部隊長室を出た。

 

「チンク。お前も行っていいぞ」

「……失礼します」

 

 席に戻ったラウムは、心配そうにノーヴェが去った後を見ていたチンクに声を掛ける。

 すると、チンクはラウムに頭を下げ、ノーヴェを追って行った。

 

「……やはり、俺は隊長に向かないな」

 

 1人になった部屋で、ラウムはノーヴェを殴った右手を見て呟いた。

 

 

◇◆◇

 

 

「うああああああっ!」

 

 マラネロ達のアジトにある訓練室では、帰還したアースの雄叫びが響いていた。

 いつもならばソラトへの怒りを表に出して訓練に励んでいたのだが、今は違った。

 頭の中からノーヴェへの想いを消し去る為、そして彼女への喪失感と虚無感を振り払う為、大剣を乱暴に振るっていた。

 

「くそがぁぁぁぁっ!!」

 

 砲撃魔法を放ち、ネオガジェットを次々とスクラップに変える。

 しかし、いくら壊そうと、いくら暴れようと、アースの心は晴れない。

 こんなに悲しくなるなら、知らない方がよかった。許されない想いなら、最初から抱かなければよかった。

 心の闇を晴らす方法を他に知らず、アースは我武者羅に全てを破壊する。

 ソラトに、マラネロに、ノーヴェに、そして何も出来ない自分に怒り、アースは魔力切れになるまで暴れていた。

 

 

 一方、マラネロの研究室には、4人の弟子達が集っていた。

 

「何だ、ロノウェ。お前が一番かよ」

 

 前回の襲撃ではスズメバチの姿を見せた男、フォラスが椅子に座っているロノウェに突っかかる。

 

「君達が来るのが遅いんだよ。それに、僕は君と違って仕事が早いんだ」

「んだと? 全部機械頼りの癖に」

「よせ、フォラス」

「短気は早死にするぞ」

 

 ロノウェに挑発され襲いかかろうとするフォラスを、ウィネが冷静さを崩さずに抑える。

 その後ろでは、黒髪にパーマが掛かった男、エリゴスが嘲笑している。

 どちらも、フォラス同様に獣人としての顔を持ち合わせている。

 

「やぁ、お揃いだね」

 

 マラネロの軽快な声で、騒がしかった研究所内が一瞬で静かになる。

 4人の男達は、歩いて来る部屋の主に頭を下げた。

 

「ロノウェ・アスコット、フォラス・インサイト、エリゴス・ドマーニ、ウィネ・エディックス」

 

 マラネロは、この場にいる人間の名前を一人一人呼ぶ。

 今回彼等に招集を掛けたのは、他でもないマラネロだった。

 

「改めて。遠路遥々、ご苦労だったね。私の優秀な弟子達」

「はっ!」

 

 彼等は各次元世界に研究所を持ち、それぞれ研究に勤しんでいたのだ。

 マラネロの挨拶に、4人はそれぞれ頭を下げた。普段は主に性格面の問題で衝突することがある4人だが、全員等しくマラネロに経緯と畏怖を抱いている。

 

「さて、君達を呼んだのは他でもない」

 

 丸眼鏡を怪しく光らせ、マラネロはモニターを起動させる。

 映し出されたのは、これまでの機動六課との戦闘場面だった。

 

「この実験素材を捕えること。捕えた後は好きにしてもいい」

 

 敵対する優秀な魔導師や騎士達を実験素材と言い放つマラネロに、ロノウェは漸く理解した。何故、自分の師匠が今まで六課を潰そうとしなかったか。

 マラネロは敵ですら自分の道具にしか考えていなかったのだ。

 

「私は聖王の器とエースオブエースを」

 

 ウィネ・エディックスが顎に手を乗せ、なのはの映像を眺める。

 

「俺はプロジェクトFの残滓でも取るか」

 

 フォラス・インサイトは、プロジェクトFによって生み出された経緯を持つ、フェイトとエリオを見据える。

 

「我輩は夜天の書に興味がある」

 

 エリゴス・ドマーニは漸くやる気のある態度ではやてとヴォルケンリッターの活躍を見ながら、指で前髪を弄る。

 

「……じゃあ僕はタイプゼロとナンバーズをバラすよ」

 

 そして、ロノウェ・アスコットはナカジマ姉妹を狙うことを宣言した。

 それぞれ狙いが決まったところで、マラネロは満面の笑みを浮かべる。

 

「では、健闘を祈るよ」

 

 狙われたとも知らず、事件解決を目指す六課の面々。

 狂気の科学者達の毒牙が今、迫ろうとしていた。



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第26話 Fを狙う者

 手記 プロジェクトFの残滓と可能性

 著者 フォラス・インサイト

 

 今回調査する内容はプロジェクトFによって生み出された失敗作、フェイト・T・ハラオウンとエリオ・モンディアルについてである。

 

 プロジェクトFとは、死んだ人間をそのままクローニングして再生させる技術であり、ジェイル・スカリエッティが基礎を提唱、後にプレシア・テスタロッサが引き継ぎ完成させた。

 しかし、その実態は不完全なクローニングであり、記憶のコピーは出来ても利き腕や魔力、性格等、細かい部分が異なってしまった。

 結果、プロジェクトは打ち切りになり、責任者のプレシアも姿を消した。

 

 だが現在、私の目の前にはプロジェクトFの残滓は2体も存在している。生存活動についての問題はなく、寧ろ有能な魔導師・騎士として存在している。

 そこで、私はこの2体の失敗作を調査し、プロジェクトFの改善点を見出すことにした。そして、彼等の魔力や能力に関係があるかどうかについても調査する。

 もし、この調査が成功すれば、完全なクローンを生み出せるばかりか、究極の人造魔導師を量産出来るかもしれない。

 

 

◇◆◇

 

 

 マラネロの研究室にて、フォラス・インサイトは笑みを浮かべながら複数のモニターを眺めていた。

 モニターにはミッドチルダの首都、クラナガンの街並みが映し出されている。通行人や巡邏の局員が画面に入ってくるが、監視されているとは気付かずに平和な日常を送っている。

 

「貴様、何をしている」

 

 そこへ訓練を終え、訓練場から転送されてきたアースが怪訝な表情で通りがかる。

 薄暗い研究室の中でクラナガンの風景を眺める研究者の姿はまさしく不審者そのものだったが、フォラスはフォラスで集中を乱されたことに顔を顰めた。

 

「何だ、アースか。次の作戦を練ってるんだよ。邪魔すんな」

 

 マラネロの弟子達は集結した後、誰が真っ先に出撃するかで揉めた。全員で出撃すれば、前回の夜襲の時と同様にすぐバレてしまう。そもそも、協調性の薄い4人ならば自分の徳の為に相手を潰すことも考えてしまう。

 そこで、マラネロはあみだくじを作り、実行した結果フォラスが一番手になったのだ。

 フォラスは自身の狙いである、プロジェクトFの残滓を誘い出すべく、作戦を練っていた。

 

「どうせ碌でもない作戦だろ」

 

 この男は目的の為ならば、どんな卑劣な手段でも使う。それを知っていたアースは、フォラスの作戦に嫌味を吐いて立ち去ろうとした。

 だが、フォラスは卑劣であると同時に、マラネロの弟子の中では最も短気である。自身を鼻で笑われたことに苛立ちを隠せず、フォラスは()()()()()()()()()アースの前に立ちはだかった。

 

「そういえば、貴様もプロジェクトFの技術が使われてるんだっけなぁ。失敗作だがな!」

 

 失敗作。そのワードに、アースも怒りで額に血管を浮かび上がらせる。

 アースは本来、プロジェクトFを使い作られたソラトのクローン。しかし、髪や瞳、魔力光の色からも完全なクローンとは言えない存在であった。

 

「お前から解剖してやってもいいんだぜ?」

「やってみろよ、蜂野郎が」

 

 挑発しながらフォラスはスズメバチ獣人の姿に変身し、アースもベルゼブブを起動させる。

 だが、一触即発の空気で睨み合う2人の空気をぶち壊したのは、テンションの高い男の声と手拍子だった。

 

「はいはい、そこまで! ここで暴れられると、機材が台無しになるでしょ?」

 

 手を叩きながら現れたのは、研究室の主マルバス・マラネロだった。

 弟子であるフォラスにとって、師匠の言葉は絶対だ。舌打ちし、大人しく人間の姿に戻る。

 すると、戦意を失くしたアースもベルゼブブを仕舞い、自分の部屋に戻って行った。

 

「フォラス。無闇に怒る性格は、科学者としては似合わないなぁ」

「……すみません、師匠」

 

 モニターを眺めながら警告するマラネロに、フォラスは膝をついて頭を下げた。

 しかし実際には、マラネロはフォラスとアースが争うことに対して特に何も思っていなかった。今回、2人の仲裁に入ったのも、自身の研究機材を守るためだけである。

 

「それで、計画は?」

「はい、現在実行中です」

「よろしい」

 

 フォラスの報告に、マラネロはニヤリと笑顔を浮かべる。

 モニターに映る、一見平和そうな光景の中で、卑劣な科学者の作戦は既に行われていた。

 

 

◇◆◇

 

 

 機動六課の演習場では、ソラトとエリオが刃を交えていた。

 朝の教導は終わり、現在は休憩時間のはずなのだが、強さを追い求める2人の少年騎士は落ち着かず、模擬戦を続けていた。

 ソラトの大剣に対し、エリオの得物は槍。リーチはエリオにアドバンテージがある。

 なので、ソラトは距離を詰めて戦おうとする。エリオもストラーダの柄でソラトの剣撃を受けながら、バックステップで距離を取ろうと動く。

 

「そこっ!」

 

 ソラトは更に距離を埋めようとするが、それこそエリオの狙いだった。

 エリオはストラーダを地面に刺し、支えにしながら電気を纏わせた蹴りを放ったのだ。

 ソラトも咄嗟に左腕で防ぐも、受け切れずに吹っ飛ばされる。受け身を取り、すぐに立ち上がるソラト。

 

 しかし、戦いの最中に考えていたのは、先日のノーヴェの行動についてだった。

 雨の中、ノーヴェとアースが2人きりで会っていた話は、すぐに六課の方にも入ってきた。

 戦場に出ない後方の隊員達は"悲劇のラブロマンス"として軽い気持ちで噂している。そんな話し声を聞く度に、ソラトの気持ちは沈んでいった。

 

(僕が弱いから……っ!)

 

 ソラトは、アースに勝てない自身の弱さを悔やんでいた。アースの歪んだ心を正すには、自分がアースに勝つしかない。だが、現状ではどんなに訓練を積んでもアースに勝つことが出来ないでいた。

 自身が弱いままではスバルも、アースも、ノーヴェも、誰も守れない。

 

「まだまだ!」

「はい!」

 

 構え直すソラトに、エリオは力強く返事をする。

 強さを渇望し、己の力不足に悩んでいるのは、エリオも同じだった。なのはの教導を受けて強くなっているのは確かなのだが、それでもフェイト達に追い付かない。

 エリオは自分の弱さに悔しくなり、ストラーダの柄を強く握る。

 

(このままじゃ、ダメだ……もっと強くならないとキャロも、誰も守れない!)

 

 思い浮かべたのは、最も身近な少女で大切なペア。自分の家族と居場所を、二度と失いたくない。その一心で、エリオは力を追い求めていた。

 何度目かの打ち合いの途中で、サイレンが鳴り響く。獣人が出現したようだ。

 

「行こう、エリオ」

「はい!」

 

 バリアジャケットを解除し、2人の少年騎士は急いで司令室へ向かった。

 その様子を遥か遠くで見つめて小さく微笑む影があったことを、2人は知らない。

 

 

◇◆◇

 

 

 獣人が出現した場所は、首都クラナガンより北西にある街だった。

 自分のバイクがあるソラトとマッハキャリバーで移動するスバル以外は、エドワードの車で急行するフォワード達。

 今回の襲撃は大きな被害こそ出ていないものの、街全体のあちこちに獣人が出現しているとのことだった。獣人の数は5体。よって、フォワード達はそれぞれ分かれて対処することになる。

 

「気を付けろよ」

 

 エドワードの忠告に、フォワード達全員が頷く。

 まずはキャロとエリオが、空を飛べるフリードリヒに乗って一番遠い場所へ向かう。続いて、自身の移動手段があるソラトとスバルが街の中へと向かって行った。最後に、ティアナとエドワードがそれぞれ入口に一番近い箇所の獣人を叩く。

 

「早速お出ましか」

〔の、ようですね〕

 

 ティアナと分かれ、一人で進むエドワードだが、すぐに獣人の気配に気が付いた。一般市民は既に避難しており、物音一つしないはずの街中に、鈍い羽音が聞こえる。

 エドワードは目を瞑り音を聞き分けると、顔を向けずにライフルを左側に構えて魔力弾を放った。

 藍色の魔力弾は斜め40度の方向に飛ぶと、約100m先を飛行していた獣人の羽を見事に打ち抜いた。

 

〔お見事〕

「仕留めるつもりだったんだがな」

 

 ブレイブアサルトの称賛の言葉にエドワードは冗談っぽく返し、墜ちた怪物の方へ足を進める。

 街を襲った獣人の正体は、ハチの特徴を持つ怪物だった。網目状の半透明な羽の一部は打ち抜かれており、もう飛ぶことは出来ないだろう。

 ビル3階ほどの高さから落ちたはずだが、右腕に付いていた巨大な針が折れた程度で身体はまだ無事なようだ。

 

「念の為聞く。お前、喋れるか?」

 

 ブレイブアサルトを構えながら、エドワードは質問を投げかけてみる。

 しかし、ハチ獣人はカタカタと歯を鳴らして威嚇するのみで、理性があるとは言い難い。

 

「そうか……フォルテバースト」

〔Forte burst〕

 

 エドワードは相手が理性のない獣だと分かると、残念そうに呟いて獣人の頭を打ち抜いた。

 頭部を失くした身体は力なく倒れ、内部から爆散した。

 呆気なかった気もするが、仕事を終えたエドワードは気にせずその場を立ち去ろうとした。

 

 

◇◆◇

 

 

 先行したエリオとキャロもハチ獣人を発見し、交戦していた。

 ハチらしく素早く飛び回る獣人に対し、エリオが電気を帯びた高速移動魔法で追い詰める。元々スピードの差は歴然であり、加えてキャロのブースト魔法が掛かっているので苦戦するような敵ではない。

 

「はぁっ!」

 

 エリオはハチ獣人の真上を取り、背中にストラーダの刃先を突き入れた。

 身体を貫かれたハチ獣人は苦しみながら落下し、ストラーダを抜いたエリオが離れると同時に爆発した。

 

「やったね、エリオ君!」

 

 フリードリヒの上から、キャロが元気に手を振る。今回の事件もこれで終わりだ。エリオは安堵しながら、キャロに手を振り返す。

 

 しかし、終わってはいなかった。

 何事もなく飛んでいたはずのフリードリヒが、突然苦しそうに鳴いて墜ちてくる。そして、さっきまで手を振っていたキャロも、顔色を悪くして苦しみ始めた。

 

「キャロ!?」

 

 エリオはキャロと仔竜に戻ったフリードリヒを受け止めに行こうとした。

 だが、別の影がキャロ達を奪い去っていく。

 一瞬、エリオは味方かと思ったが、人間のものではない独特のフォルムから、すぐに敵だと判断した。

 

「誰だ!?」

 

 エリオはストラーダを再び構え、突然現れた存在を睨む。

 その正体は、先程倒したハチ獣人にそっくりの姿をした獣人だった。山吹色と黒の体色に、網目状の羽。キャロを抱える右腕には、ハチ獣人のものよりも長く鋭い針が伸びていた。

 スズメバチ獣人は黒い複眼でエリオを見ると、昆虫の顔にあるまじき不気味な笑みを浮かべた。

 

「よぉ。プロジェクトFの残滓、エリオ・モンディアル」

 

 プロジェクトFの残滓。その言葉だけで、エリオは激しい嫌悪感に襲われた。

 自分を生み出し、苦しめて来たプロジェクトF。それを知っているということは、目の前の獣人は研究者だろう。

 エリオは獣人を睨み、ストラーダを握る手を強くする。

 

「お前は、誰だ?」

「フォラス・インサイト。お前を研究したくてさ、こうして出て来てやったって訳」

 

 スズメバチ獣人はエリオの問いに答えると同時に、身体を人間のものへと変化させた。

 山吹色のメッシュを掛けた男は陸士315部隊の報告にあった、マルバス・マラネロの弟子を名乗る存在だった。

 

「キャロとフリードを離せ!」

「あぁ、これ? コイツ等は俺の人質って奴。お前と、フェイト・テスタロッサが大人しく従わなければ──」

 

 フォラスはフリードリヒを無造作に地面へ落とすと、空いた左手でボードを操作して多数のモニターを展開して見せた。

 そこに映っていた光景を見て、エリオはおろか司令部にいるなのは達も驚愕した。

 

「コイツ等全員、命はねぇぞ!」

 

 そこには、それぞれ苦痛の表情を浮かべて倒れるフォワード達の姿が映っていた。



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第27話 蜂の軍勢

 油断していた、と後悔するのはいつも問題が起きた後である。そうでなければ、そもそも問題が起きているはずがないからだ。

 今回のミスは明らかに警戒を怠った自分の責任だろう、とはやては自責の念に駆られていた。

 

 司令室のモニターにはマラネロの弟子フォラスと対峙するエリオ、そして倒れているフォワード達の姿が映し出されていた。

 まさか敵の狙いがエリオで、出撃したフォワード達を容易く手中に収める方法を用意していたとは予想もしていなかったのだ。

 

「おーっと、六課の連中もそこを動くなよ?」

 

 出ようとしていたなのはとフェイトを見透かしているかのように、フォラスはモニター越しから忠告する。

 

「今、コイツ等の周囲を俺様特製の毒を持った蜂が飛んでいる。まぁ、すぐには死にやしねぇよ」

 

 フォラスが出しているモニターに蜂の姿が映し出される。よく見れば、スバル達の周囲を同じ蜂が数匹飛び回っており、フォワード達はこの蜂の毒にやられたのだということが分かる。

 

「だーが! アナフィラキシーショックって言葉は聡明な管理局員なら知ってるよな?」

 

 アナフィラキシーショックとはアレルギー反応の1つで、外来抗原に対する過剰な免疫応答が原因で発生し多くの場合死に至る。特に有名なのがハチ毒によるショックで、毒針に二度刺されれば引き起こされる。

 ここで漸くフォラスの狙いが分かり、フェイト達の焦りが強くなる。

 

「そう、俺の毒も二度目以降はアナフィラキシーショックを起こすよう出来ている。つまり、一度刺されたコイツ等にもう一度毒を刺せば?」

「貴様ぁぁぁぁっ!」

 

 フォラスの卑劣な行為と嫌らしい笑みに、エリオが激昂する。

 仲間の命を軽く弄ぶ敵に、なのは達も怒りが爆発しそうだった。しかし、下手に手を出せば、すぐにフォラスは人質を殺せる。

 

「俺の要件はプロジェクトFの残滓。つまり、エリオ・モンディアルとフェイト・T・ハラオウン。大人しく2人を差し出せば、人質は解放してやろう」

 

 敵の真の狙いが自分であることに気付いたフェイトは、悔しさのあまり唇を噛み締めていた。しかし、自身が行かなければキャロや皆の命が危ない。

 フェイトだけでなく、その場にいた誰もが他の選択肢を見出せないでいた。

 

「ここは、私の力が必要?」

 

 その時、司令室のドアが開き、少女の声が聞こえた。紫色の長髪を揺らし、右手にはいくつかの本を抱えている。

 黒い服などのイメージカラーとは対照的に明るい笑顔の少女に、はやて達は希望を見出した。

 

 

◇◆◇

 

 

 仲間達の命を握っている敵を目の前にし、エリオはただ悔しがることしか出来なかった。

 いくら高速で動けたとしても、フォワード全員を助けるのに間に合わない。

 

「けど、バカだよなぁ。わざわざ分身を用意して待ってたら、本当に分散してくれるなんて。おかげで、俺はかなりやりやすかったけど!」

 

 キャロ達を助けるには、自分の身を差し出さなければならない。それだけならまだしも、自分の家族であるフェイトも犠牲にしなければならない。

 エリオはそのどちらも選べずにいた。せめて、自分一人だけが犠牲になって助けられるのなら。

 

「さて、お前はどうするんだ? 降参して俺の研究材料になんのか?」

 

 フォラスは抱えていたキャロの苦しむ顔をまじまじと見せながら、エリオを問い詰める。

 本当なら、今すぐにでも卑怯な敵の顔をブン殴りたい。だが、エリオにはそれが出来ない。

 

(これじゃあダメじゃないか。結局、誰も守れない……!)

 

 大事なものを失わないよう、エリオは自分を鍛えていたはずだった。なのに、今全てを失おうとしている。

 せめて、エリオは最期の賭けに出ることにした。

 

「連れて行くなら、僕だけにしろ」

「は?」

「僕1人を連れて、他の皆は助けろ」

 

 エリオはストラーダを置き、両手を上に挙げた。

 自分を犠牲にして、全員を助けるという捨て身の作戦に出たのだ。

 

「ぷっ、はははは! ダメに決まってるだろう! なんで俺がお前なんかの要求を呑まなきゃいけないんだ!」

 

 しかし、フォラスはエリオの行為を嘲笑する。

 フォラス・インサイトという男はイニシアチブを握るのが大好きだった。

 人より優位に立つことで、自分の思うままに状況を動かすことが出来る。それがどんなに卑劣な手段でも、人より上に立てればそれでよかった。

 

「生意気な口を利かれたし、ここは見せしめに1人殺っとくべきだよなぁ?」

 

 その反面、非常に短気で思い通りに行かないとすぐに怒りを露にする。

 今回もエリオの行為が琴線に触ったらしく、フォラスは苦しむキャロの頭を左腕で抱え出した。

 

「俺の右腕の針にも、蜂たちと同じ毒がある。コイツでおさらばだ」

「やめろ!」

 

 フォラスはスズメバチ獣人に変身し、右腕の毒針をキャロに突き付ける。これをもし掠りでもすれば、キャロはほぼ確実に死んでしまう。

 エリオの制止も聞かず、フォラスはそのまま毒針をキャロの首筋に向けた。

 

「やめねーよバーカ! あははははははぐばっ!?」

 

 次の瞬間、フォラスを謎の影が蹴り飛ばした。毒針はキャロに触れる寸前で、ギリギリセーフのタイミングで阻止された。

 謎の影は解放されたキャロとフリードリヒを抱え、その場から離れる。そして、ビルの上からこちらを見下ろす少女の元に降り立った。

 

「間一髪ってところね」

 

 少女の言葉に、影は言葉を発さずに頷く。キャロを救った存在と、傍にいる少女にエリオは見覚えがあった。

 黒いスカートを翻し、肩と胸元を露出したドレスを着た少女は歳に見合わぬ妖艶な笑みを浮かべ、謎の影と共にエリオの元へと移動してきた。

 

「こんにちは、エリオ」

「ルー! ガリュー!」

 

 助っ人の正体は、エリオとキャロの友人、ルーテシア・アルピーノと使役蟲のガリューだった。

 久々に外出許可の下りたルーテシアは、本の調達ついでにエリオ達に会いに来ていたのだ。サイレンを聞き司令室へ足を運んだところ、現状を知って駆け付けたとのことだった。

 勿論、はやてから許可を得て、現在は魔力制限を一時的に解除して貰っている。

 

「ってて……クソがぁ!」

 

 計算外の邪魔が入ったフォラスは、激怒しながら指を鳴らして各地の蜂達に指示を下す。毒の回ったフォワード達へ再度毒針を刺し、死に至らしめろと。

 

「無駄よ」

 

 だが、ルーテシアは既に手を打っていたようで、先程のフォラスのようにモニターを展開する。

 映像には、フォラスが用意した蜂達と小さな画鋲のような形をした虫達が争っている姿が映っていた。おかげで、スバル達はまだ息をしている。

 

「私のインゼクト達が貴方の蜂を全て退治しているから。もう、貴方に勝ち目はない」

 

 蟲のエキスパートとも言える召喚士に、エリオは改めて頼もしさを感じていた。

 それに対し、作戦が失敗したフォラスは山吹色の身体をわなわなと震わせていた。

 

「俺の作戦が、こんな小娘なんかに潰された……? ざっけんなぁぁぁぁっ!」

 

 主導権を奪われたフォラスは激怒し、自らトドメを刺しにフォワード達の下へ飛び去って行こうとした。

 ガリューが慌てて止めに行こうと動き出すが、フォラスの飛行速度は通常のハチ獣人よりも速く追い付けない。

 

「はああああっ!」

 

 だが、エリオは既にフォラスの背後へと回り込んでおり、飛び去って行く直前に憎たらしい昆虫の顔面を、電気を帯びた拳で捉えていた。

 今までの怒りを貯め込んでいた拳はスズメバチ獣人の牙を砕き、異形の身体を吹っ飛ばすには十分な威力を発揮した。

 

「お前だけは、許さない」

「おぉ……」

 

 バチバチと雷を鳴らし、気が狂いそうな程の怒りを込めた眼光を向けるエリオは、一人前の騎士と称しても申し分ない程の覇気を纏っていた。

 怒りを爆発させたエリオにルーテシアは呆然とするが、それ以上に仲間の為に本気で怒りをぶつける騎士の姿に見惚れていた。

 エリオは身体に電気を纏わせたままストラーダを拾い、ビルの壁に打ち付けられたフォラスを斬り裂こうとしていた。

 

「舐めんなっ!」

 

 だが、フォラスもこのままやられる程弱くはなかった。黒い複眼はエリオの行動を見切っており、ストラーダの斬撃を右腕の針で受けていた。

 背中の羽も無事なようで、ストラーダを押し返すと、鈍い羽音を響かせながら飛んで行った。

 

「待て!」

〔Dusen form〕

 

 エリオはフォラスを追いながらストラーダを"デューゼンフォルム"へと変形させる。槍の側面にも噴射口が現れ、元からあった各部のノズルも形状が変化。直線的だが、空を飛ぶことの出来る形態である。

 "ソニックムーヴ"を維持したままブースターを噴射させ、エリオはフォラスへと刺突した。

 フォラスはギリギリ避けるが羽に少し掠らせたようで、高度を下げて飛び続ける。

 

「こうなりゃ、死体でも構わねぇ!」

 

 生け捕りを目指していたフォラスだが、遂にエリオを殺すように決め、毒針をサーベルのように扱い攻撃を仕掛けてきた。

 ビルの合間を縫うように低空飛行し、交錯しながらストラーダと毒針をぶつけ合う。2人の高速戦闘はルーテシアにも、意識が戻りかけているキャロにも視認できず、甲高い金属を撃ち合わせる音しか聞こえなかった。

 何度目かの撃ち合いの後、平行飛行していたエリオとフォラスは向かい合わせになり、お互いに突進していく。

 

「貰った!」

 

 電気を全身に纏わせて飛ぶエリオに対し、フォラスは突如口を開き、口内から小さな針状の魔力を無数に飛ばしてきた。

 獣人には獣の特徴と同時に、口から魔力を放つ"魔口弾(まこうだん)"と呼ばれる攻撃方法を有している。上位の獣人であるフォラスも例外ではなく、彼の魔口弾は魔力を毒針にして放つというものだったのだ。

 エリオは急速旋回して魔口弾を避けるが、その隙をフォラスに突かれてしまった。

 

「くっ……」

 

 擦れ違った2人がそれぞれ着地するが、エリオの腕からは針が掠った跡が出来ていた。切り口から血が流れ、エリオの白いジャケットが紅く汚れる。

 この傷は、エリオにとっては死のカウントに等しかった。あと一撃、毒針の攻撃を受ければアナフィラキシーショックを発して死ぬ可能性が高い。

 

「毒が全身に回ればお前はもう動けなくなる。その時がお前の最後だ」

 

 フォラスの言葉通り、身体に毒が回り始めたエリオは苦しそうに息を切らす。針を躱し続けたところで、毒が全身に回れば他のフォワード達のように倒れてしまう。

 ソニックムーブを繰り返し、デューゼンフォルムで魔力を噴出し続けたため、魔力自体も残り少ない。

 いずれにしろ、次で仕留めなければ自分だけでなく背後のキャロやルーテシアも危ない。

 

「死ねぇ!」

〔Speer angriff〕

 

 エリオはストラーダの魔力カートリッジを3つ消費し、柄の穂から魔力を思い切り噴出させた。

 凄まじい雷が発生し、周囲のビルの窓が次々に割れていく。ロケットのように真っ直ぐ突き進んでいくエリオに、フォラスも高速で飛行して行った。

 毒針の先は確実にエリオの額に向かっており、リーチの差もストラーダの刃先と五分五分。フォラスは自身の勝利を信じて疑わなかった。

 

〔Forte burst〕

 

 フォラスはその一瞬、何が起きたか分からなかった。

 勝ちを確信していたのも束の間、何処からか飛んで来た魔力弾によって自身の毒針の先が砕かれていたのだ。

 加えて、ストラーダを桃色の光が包み、追突速度が上がっていた。

 計算外のことが2つも起き、フォラスは状況を分析する前に身体をエリオに突き抜かれ、ビルの壁に打ち付けられた。

 

「こ、の……フォラス様、が……!?」

 

 非殺傷設定の攻撃だったがダメージは絶大で、科学者の弟子は自身の敗北を信じられないまま意識を手放した。

 フォラスが昏倒したことでキャロ達に残っていた毒も消滅し、彼の野望は完全に潰えたのだった。

 

「はぁ、はぁ、キャロ!?」

 

 遂にフォラスを倒したエリオは、ボロボロの身体も顧みず、自分のパートナーの元へ向かう。

 最後の攻撃時、エリオはキャロのブースト魔法を受けたのを感じていた。意識を取り戻したキャロは、残った力を振り絞ってエリオに補助魔法を掛けたのだった。

 

「エリオ君……よかったぁ……」

 

 エリオの勝ちを見届けて、キャロは気を失った。一瞬、最悪の事態を想像するエリオだったが、小さな寝息と赤みの戻った顔色を確認し、息を撫で下ろす。

 今回の勝利に貢献したのは、キャロだけではなかった。遠くから魔力弾を放ち、フォラスの毒針を砕いた人物が遠くから近寄ってきた。

 

「ありがとうございます、エドさん」

 

 その人物、エドワードは顔色こそ悪いままだったが、膝をついて静かに笑った。

 確かに毒を受けていたエドワードだったが、何故か毒が身体に回るのが遅かったらしく、エリオの下へ駆け付けることが出来たのだ。

 

「けど、よくここが分かったわね」

「……鼻が良くてな」

 

 人間の姿に戻ったフォラスをバインドで縛り付けながら、疑問を投げかけるルーテシアに、エドワードは鼻を擦って答える。

 それ以上は冗談を言う体力もなく、エリオもエドワードも乾いた笑いを浮かべるのみだった。



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第28話 狙われたエース・オブ・エース

 手記 聖王の器とエース・オブ・エースの能力について

 著者 ウィネ・エディックス

 

 今回、私が調査する内容は、ドクタージェイル・スカリエッティが復元させた、古代ベルカの聖王のクローン、通称「聖王の器」、そして管理局のエース・オブ・エース、高町なのはのポテンシャルである。

 

 聖王の器は、本来はドクタースカリエッティが発見した、聖王のゆりかごの起動キーの役割を持って生み出された。

 しかし、器自体の能力値も当時の聖王の通りであり、聖王の印である紅玉と翡翠のオッドアイに虹色の魔力光は勿論、固有能力「聖王の鎧」の発動も確認されている。

 聖王は人工物といえど、内に秘められた能力はゆりかご抜きにしても計り知れない。聖王の器を手に入れ、肉体データを分析すれば、聖王を量産することも出来る。それどころか、聖王の力のみを抽出し、我が物に出来るかもしれない。

 

 もう一つ、管理局のエース・オブ・エースの名を与えられた、ある魔導士についても着目してみた。

 高町なのはは、第37管理外世界「地球」の出身である。この世界は魔法文化が未発達で、生命体のほとんどがリンカーコアを持たない。

 そんな世界において、彼女の存在は貴重であり、弱冠10歳という年齢で魔法を開花させ、同時にPT事件、闇の書事件を解決に導いている。その後、任務中に撃墜。長いリハビリの末に再起し、現在は教導官として勤務中である。

 この並の局員とは比べるべくもない経歴に、何もないと思う方が無理である。このエースには、肉体レベルで才能が身に付いているのかもしれない。彼女の遺伝子に眠るポテンシャルもまた、研究価値に値する。

 

 幸い、聖王の器は「高町ヴィヴィオ」という名で、高町なのはの養子となっている。私の獲物は、同じ場所にいるという訳だ。未知の研究をすべく、私はこの獲物を一網打尽にする。

 

 

◇◆◇

 

 

 マラネロの研究室では、フォラスに続く二番手として、ウィネ・エディックスが獲物を狩る計画を練っていた。

 彼の目当ては、古代ベルカ時代に存在した王の1人"聖王"のクローンとして生まれた少女。現在では、高町ヴィヴィオという名で日常生活を送っている。

 そして、もう1人はそのヴィヴィオの母親であり、機動六課の教導官を務める高町なのはだった。

 

「動くな」

 

 過去のなのはとの戦闘を映像で見ていたウィネは、画面を向いたまま突如言葉を発する。

 その背後には気怠そうな様子の科学者、エリゴス・ドマーニが立っていた。

 

「ここで何をしている?」

「準備が面倒だから、今から始めようと」

 

 お互いに顔は向けていないが、牽制し合い、一触即発の空気を作る。

 ウィネは、この気怠そうな男が苦手だった。冷静に物事を進めるウィネにとって、エリゴスののらりくらりとした態度は読み辛かったのだ。かといって、エリゴスも無能ではない。頭も冴え、フォラスのように挑発に乗りやすくもない。

 対するエリゴスにとっても、ウィネはあまり好ましい相手ではない。知的で気を張った性格のウィネは、自分の興味外のことについて怠惰的なエリゴスには取っ付きにくかった。

 

「私の番が終わってからにしてくれるか?」

「準備だけなら、いいだろ?」

 

 遂に睨み合い、両者の間に火花を散らす。

 いつの間にか右手にはそれぞれの武器が握られ、2人は今にも衝突しそうだった。

 

「……邪魔だけは、しないように」

「あーい」

 

 だが、今回はウィネの方が折れ、エリゴスは軽い返事をして別の機材を弄り出した。

 もしここで争えば襲撃前に体力を無駄に使ってしまう上、計画を練る時間も無くなってしまう。どちらが得かを考えた末の決断だった。

 

「……さてさて、どちらが成功してどちらが失敗するかな?」

 

 2人の危険人物を見物しながら、タイプゼロ・フォースは愉快そうに呟く。ウィネやエリゴスと同様、彼にもまた違う思惑があるようだ。

 底の見えない科学者達は一番手(フォラス)が捕まったにも拘らず、機動六課に次なる魔の手を着実に伸ばしていた。

 

 

◇◆◇

 

 

 機動六課司令室では、先日逮捕したフォラス・インサイトの取調べを行っていた。

 フォラスは、現在第17無人世界にある"ラブソウルム"軌道拘置所に収監されている。所内には高濃度のAMFが張り巡らされ、フォラスの無力化に成功していた。

 

「貴方の協力次第で、罪状に酌量の余地が生まれます。私の質問に正直に答えてください」

 

 部屋の中で囚人服を身に纏っているフォラスへ、はやての声だけが届けられる。獣人化を封じているとはいえ、直に会って取調べすることは危険なので司令室と拘置所間を通信で繋いで行っていた。

 

「さぁ、どうしようかな。別に喋ってもいいことと、喋りたくないことがあるからな」

 

 収監されているにも関わらず、フォラスは不敵な笑みを浮かべている。フォラスの様子は司令室から見ることが出来たので、不遜な態度に全員が怒りを抱いていた。

 

「では、貴方達の目的については?」

「嫌だ」

 

 はやてが慎重に質問するが、フォラスはきっぱりと斬り捨てる。

 

「マルバス・マラネロの素性については?」

「んーん」

「貴方達のアジトは?」

「さぁー?」

 

 次々と投げかけられる質問にフォラスは意地の悪い笑みを見せるのみで、真面目に答えようとしない。

 主導権を握って楽しむ性格は相変わらずのようだ。

 

「では、獣人について詳しく教えて頂けませんか?」

「ほぅ、それならいいぜ」

 

 まともな情報を聞き出すことに諦めを抱いていたはやてだったが、獣人の話となるとフォラスは食いついて来た。

 獣人の実態には謎が多く、理性のある個体とない個体がいることと、証拠隠滅用に体内に自爆装置を仕込まれていることぐらいしか判明していない。

 

「獣人は、ドクターマラネロが生み出した、新たな生命体さ。スカリエッティの人造魔導師の技術を応用し、獣の遺伝子を組み込むことで誕生した。その誕生の仕方は2通り。1つは、先天的に遺伝子を組み込んで、獣人として生み出す方法。そして、もう1つは、元々いる人間に後天的に組み込む方法だ」

 

 フォラスの説明に、話を聞いていたフォワード達は以前戦った、サソリ獣人を思い出していた。

 元々は教会騎士"レクサス・インフィーノ"の家に仕える執事だったのだが、ある薬を自ら注入した結果、獣人化し理性を失ってしまったのだ。

 

「俺達は師匠に後天的に遺伝子を組み込んでもらい、獣人化に成功したんだよ。最近じゃ、その装置も必要としない獣人化薬を作ってるって聞いたけど」

「それを使った人を知っています」

「へぇー。でもダメだったろ? まだ失敗作だって聞いてたし」

 

 人の命を何とも思わない口ぶりに、エリオは怒りの目を向ける。フォラスを倒したのはエリオだったが、変わらない憎らしさにもう一度殴り飛ばしたい衝動に駆られていた。

 そんなエリオの様子にも気付かず、フォラスは勝手に話を進めた。

 

「んで、獣人になるのにも獣の遺伝子と適合する素質がいてな。特に後天的に埋め込むのは死ぬ確率が高いんだよ。実際、どっちの方法でも何体もの被検体がスクラップになった」

 

 マラネロの研究成果である獣人の裏に、数えきれない程の犠牲があったことを知ったはやて達は、改めて悪魔の所業に戦慄する。

 

「けど、それで終わりじゃない。獣人化しても、知能を獣の本能に食われて理性を失うことがまた多かった。アンタ等が散々始末してくれてる出来そこないね」

 

 咥えて、今まで戦ってきた獣人ですら出来そこない扱いであった。本能しか残らなかった獣人は尖兵として使っていたに過ぎなかったのだ。

 

「で、理性が残ったらおめでとう! とは行かないんだなぁ。更に進化の先があるんだ。獣人の肉体が慣れてきたら、身体の構成を自在に操ることが出来るようになるんだよ。俺達みたいに」

 

 ここまでの説明から、理性の残ったものが獣人の完成形だとはやて達は思い込んでいた。

 しかし、獣人の最終進化は肉体を人間態と獣人態に自在に変化させることが出来るらしい。その最終進化に辿りついたのが、マラネロの弟子達である。

 

「獣人は進化する生命体だが、ここまでの進化は貴重だ。つまり、俺達は選ばれた存在だってことだよ!」

 

 自らの存在を貴重と称し、高笑いするフォラス。

 漸く明かされた悪魔の研究の詳細に、機動六課のメンバー達は驚きと憤りを隠せなかった。

 弱肉強食、という言葉があるが、獣人の進化は正にその通りだった。但し、マラネロの身勝手な研究によって被験者達の命は弱肉強食を強いられている状態だが。

 

「んで、他には?」

 

 説明し終えたフォラスは、偉そうな態度を崩さずに次の質問を要求する。

 敵の核心に触れる質問は答える気がないようなので、はやてはこの質問で最後にしようと思っていた。

 

「では、最後に……そちらのセブン・シンズ、どのくらい集まってますか?」

「5つ。残り2個で揃っちまうよ」

 

 発券の難しいロストロギアを既に半数以上も集めていたことに、はやて達はまた驚かされる。残りたった2個を奪われてしまえば、何が起こるか分からない。

 

「あ、それと……そこに高町なのははいるか?」

「は、はい」

 

 ふと、唐突にフォラスはなのはを指名する。

 まさか呼ばれるとは思ってもいなかったなのはは、呆然としながらも返事を返す。

 

「アンタと八神はやて。そして、タイプ・ゼロ。お前等、他の連中に狙われてるんで精々気を付けるんだな」

 

 最後にフォラスが残した情報。それは、フォラスがプロジェクトFの残滓を狙っていたのと同様に、なのは達もまた狙われているという事実だった。

 衝撃的な真実に、はやて達は本日何度目かの驚きの声を発する。特になのはは自分が狙われている理由が全く分からず、疑問符が頭に浮かぶばかりだ。

 

「どうして、今のことを教えてくれたんです?」

 

 思いがけない情報を自発的に教えて来たフォラスに、はやては理由を問いただした。

 役に立つ情報を殆ど教えようとしかった男が何故、今更自分の仲間が不利になるようなことを教えるのか。

 

「俺はここでリタイヤだし、ただ単に他の連中が好き勝手するのをここで黙って見てるだけってのも腹が立つんでね。ドクターの邪魔にさえならなきゃいいんだよ、俺は」

 

 想像以上にフォラスは仲間意識と言うものが薄い男だった。

 リタイヤと自分で言っていることから、助けに来る可能性は限りなく低いのだろう。だからといって、他の弟子の邪魔を平気でするものだろうか。

 

「信じる信じないはご自由に」

 

 通信が切れるまで、フォラスは薄気味の悪い笑みを浮かべていた。

 

 

◇◆◇

 

 

 無限書庫。時空管理局本局にある、世界のあらゆる記録の詰まった巨大な書庫である。

 多くの部署からの資料依頼に、今日も司書達は無重力空間の中を奔走していた。

 

 そんな無限書庫を纏める司書長"ユーノ・スクライア"はもう一つの所属先であるミッドチルダ考古学士会への論文を仕上げつつ、検索魔法で依頼された資料の情報を引き出していた。

 10歳の時から司書として働いていたユーノは元々頭もよかった為か、司書として人間離れした能力を持っていた。仕事は常人の数倍は熟せ、人当たりもよく、おまけに中性的な美形の好青年。管理局の、特に女性局員たちにとってはかなり人気の高い人物だった。

 そんなユーノの元へ、一通の通信が掛かってきた。相手は一般の回線を使っているので、どうやら管理局の人間ではない。

 

「はい?」

〔すみません。そちら、ユーノ・スクライア様でお間違いないでしょうか?〕

 

 聞こえてきた声は若い男性のものだが、ユーノには聞き覚えがない。

 勧誘なら仕事場にまで掛けてくる訳はないが、相手は明らかにユーノへ掛けて来ている。

 

「そうですが……」

〔私、高町家ホームキーパーのアイナ・トライトンの代理の者でして、ご連絡を差し上げました〕

 

 怪しさの溢れる人物だが、アイナのことはユーノも知っていた。

 かつては機動六課の寮母をしていた人物で、なのはとその養娘ヴィヴィオの強い要望で高町家専属のホームキーパーに転職したのだ。

 しかし、アイナの代理ならそもそも雇主のなのはに連絡をするべきではないか。ユーノは通信相手への疑念が未だ残っていた。

 

「そうですか。何故、僕に連絡を?」

〔はい、本日病欠のトライトンにお聞きしたところ、高町様と一番親しい人物がスクライア様と伺いましたので予めご連絡を差し上げました〕

「はぁ……」

 

 アイナの代理が必要な理由と自分にわざわざ連絡してきた理由が一気に答えられ、ユーノは肩透かしを食らった気分だった。

 

「あのー、アイナさんは大丈夫なんですか?」

〔はい、本人はただの風邪だと申してましたので。ただ、勤務中のことでしたのでベッドはお借りしています〕

「分かりました。お大事にと伝えてください」

 

 どうやら、アイナは高町家で寝ているようだ。

 通信を切ったユーノは、お見舞いにでも行った方がいいかもと考えていた。

 

 

◇◆◇

 

 

 日も暮れ、機動六課の教導も漸く終わりを迎える。

 普段ならフェイトと同室の寮で夜を過ごすなのはだが、今日は違った。

 

「アイナさんが風邪ならしゃーないな」

「ゴメンね」

 

 アイナが風邪で寝ていると代理の人間に聞いたなのはは、今日だけ自宅に戻ることにした。

 自分が抜けることで、真夜中に襲撃を受けるのではないかと心配するなのはだったが、はやては心配ないと優しい笑顔を向ける。

 

「気を付けて」

「うん。また明日」

 

 少し申し訳なさそうに家路に着くなのは。

 基本的に、休日以外は家を空けるので、なのはにとっては久々の我が家になる。

 

「ただいま」

 

 きっとヴィヴィオが迎えてくれるだろう。そう思って玄関を開けたなのはは、咄嗟に今日フォラスが言っていたことを思い出した。

 

『お前等、他の連中に狙われてるんで、精々気を付けるんだな』

 

 次の瞬間、その言葉通りの光景がなのはの眼に飛び込んできたからだ。

 

「お帰りなさいませ、エースオブエース」

 

 にこやかに自分を迎えたのは愛娘ではなく、ライトブラウンの長髪を一纏めにした白衣の男。

 そして、椅子に縛り付けられた状態のアイナとヴィヴィオだった。

 

「ハウスキーパー代理のウィネ・エディックスです。代金は貴方と娘さんでお願いしますよ」

 

 怪しく微笑む次の刺客は、不屈のエースオブエースへの王手を仕掛けていた。

 

 

◇◆◇

 

 

 一方、陸士315部隊にも別の刺客の影があった。

 大量のネオガジェット・タイプAを引き連れて来たのは、十代半ばほどの少年。

 

「さてさて、姉さん達はちゃんと出てきてくれるのかな?」

 

 その少年、タイプゼロ・フォースはまるで陸士部隊を呼び出すかのように、ネオガジェット達を送り込む。

 するとすぐに、目論見通りギンガ達前衛部隊が防衛の為にやって来た。

 

「新手ッスか?」

「この前いた2人じゃないわね」

 

 フォースと初対面のウェンディとギンガが、それぞれ警戒しつつ機械兵を潰す。その背後から光弾も放たれているので、ディエチもいるのだろう。

 前衛部隊を引き出したフォースは小さく笑いながら指を鳴らす。

 すると、空から何かがウェンディ目掛けて急降下してきた。同時に、ギンガの真下から地面を突き抜けて別の何かが飛び出してきた。

 

「おっと!」

 

 ウェンディはすかさず、乗っていたライディングボードを盾にして突進を防ぐ。

 ギンガも、地中を掘り進んでいた物体に気付き、ギリギリの回避に成功した。

 よく見ると、空から降下してきた物体はエイのような形をしたロボットで、突進に失敗するとフォースの頭上を浮遊している。

 そして地中から現れたのは、コブラ型のロボット。関節の多く、長い身体をくねらせてフォースの隣へ戻る。

 

「これらはドクターの最新型ネオガジェット。ワンオフ機だけど、性能は確かだよ」

 

 フォースは不気味な機械を臆することなく紹介した。

 エイ型のタイプEは空戦に特化した機体、コブラ型のタイプFは地中を潜航して相手の懐に食らいつく暗殺用の強化機だ。

 

「そして、僕はタイプゼロ・フォース。ファースト姉さんの最後の弟。どうぞよろしく」

 

 無邪気な微笑みを返す少年は、因縁を持つ相手に自身の正体を明かす。

 その姿に、ギンガは嘗て妹達が相手にした同形機、タイプゼロ・サードを思い出していた。

 

 次々と伸びて来るマラネロの弟子達の魔手。思惑はそれぞれ別だが、確実に六課と315部隊を追い詰めていく。



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第29話 昆虫の王

 手記 融合騎の活用と夜天の書に関する研究

 著者 エリゴス・ドマーニ

 

 私が着目した内容は、嘗て"闇の書"と恐れられた古代ベルカの遺産であるストレージデバイス、夜天の魔導書と守護騎士プログラム、ヴォルケンリッター。そして、融合騎デバイスである。

 

 夜天の魔導書に関しては、闇の書として保有していた莫大な力を自己防衛プログラムと共に切り捨てられ、現在は時空管理局の魔導師、八神はやて二等陸佐がストレージデバイスとして使用している。

 しかし、通常のデバイスとは一線を画すポテンシャルを秘めていることに疑いはなく、研究次第では闇の書時代の力を取り戻すことも可能と想定している。

 

 夜天の書の力の証拠として、守護騎士プログラムが存在している。4体のプログラムはそれぞれベルカ騎士と守護獣の姿を模し、一般的な魔導師を超える魔力を有している。魔導書さえ健在ならば何度でも蘇生・回復が可能な為、プログラムの解読が出来れば不死身の魔導師兵団を作ることが出来る。

 但し、闇の書の防衛プログラムは既に切り離されているので、守護騎士プログラムにも何らかの影響があると予測される。

 

 そして、夜天の書の管制人格として融合騎デバイスが存在している。

 融合騎とは古代ベルカで開発されたデバイスで、使用者と融合することで魔力、身体能力等を飛躍させることが出来た。

 しかし、使用には融合適正が必要で、加えて暴走の危険性やコスト面での問題もあったため、正式に製品化するには至らなかった。

 だが、性能は確かであり、夜天の書の元には2機のユニゾンデバイスが確認されている。

 

 上記のデバイス・プログラムは大いに研究価値があり、成功すれば国1つを消滅させるほどの力を手にすることが出来ると推測。

 更に、これ等はデータより幾分か弱体化された状態でたった一人の魔導師の元に集まっていることから、回収が容易である。

 まずは所有者である八神はやてを抹殺し、魔導書と融合騎を鹵獲する。何から研究するかは、後から決めることにする。

 

 

◇◆◇

 

 

 陸士315部隊の前衛部隊がタイプゼロ・フォースと交戦を始めた頃、機動六課ではフォワードを何名か応援に送ることを検討していた。

 

「俺が行きます」

 

 真っ先に志願したのは、エドワードだった。

 普段通りの冷静さを保ってはいるが、内心では恋人のギンガが心配なのだろう。

 

「じゃあエド君とエリオ、キャロ! お願いね!」

「はい!」

 

 はやてはエドワードの他にフリードリヒという移動手段を持つキャロと前で戦えるエリオを指名した。

 3人は外に出ると、巨大化させたフリードリヒに乗ってすぐに陸士315部隊の隊舎へ向かって行った。

 

「やっと行ったか」

 

 その真下、機動六課の敷地付近の森林では、飛んでいく竜の姿を見ている影が木の枝に寄り掛かっていた。

 

「じゃなきゃ、わざわざ大群を送らん」

 

 白衣を纏ったパーマの男、エリゴス・ドマーニは気怠そうに枝から降りる。

 実は、フォースに315部隊を攻めさせたのはエリゴスだった。協力関係の部隊を多数で攻めれば、六課は支援部隊を送るだろう。そうして手薄になれば、今度は自分が攻めやすくなる。

 加えて、今は別の弟子、ウィネ・エディックスが高町なのはを襲っているころだ。オーバーSランクの魔導師が一人いないだけでも、難易度が違ってくる。

 面倒事は自分にとって最小限の消費で手短に。それが面倒臭がりのエリゴスのポリシーだった。

 首をコキコキと鳴らしながら、彼は六課隊舎へ向かって行く。だが、何の妨害策もなく、向かって行くだけなのですぐに防犯システムに引っかかってしまう。

 

「こちらに向かってくる影有り! 敵は……たった1人です!」

「1人だけやて!? 映像、出して!」

 

 六課の司令室では、すぐにエリゴスが向かっていることに気付いた。

 315部隊には多くのネオガジェットを引き連れていたはずなのに、こちらに対してはたった1人。しかし、その人物に見覚えのあるヴィータとシグナムは顔を顰める。

 

「アイツっ!」

「あれは、確か以前六課を攻めて来た時に……」

「はい、我等が相手をした男。名をエリゴス・ドマーニとか言っていました」

 

 はやても、たった1人の敵について思い出していた。

 夜襲をかけて来た際に、今と同じように1人で六課の隊舎に忍び込もうとしてきたのだ。ヴィータとシグナムが阻止したが、2対1で互角の戦いを繰り広げた。

 

「なるほど……インサイトの言っていた通りやね」

 

 その目的は、夜天の書とヴォルケンリッター。

 フォラスが言っていた通り、はやて達もマラネロの弟子に狙われていたということになる。

 

「ここはあたしに行かせてくれ!アイツとの決着を付けてやる!」

「我が主。私も向かわせてください」

 

 ヴィータはおろか、珍しくシグナムまで出撃要請をする。騎士として、先延ばしになった決着を付けたいというのもあるのだろう。だが、何より主の命を狙われていると分かっていて、黙っていられないのだ。

 とはいえ、2人共はやてにとっては大事な家族。彼女等も狙いの内ならば危険な目には合わせたくはない。

 

「……分かった。気ぃ付けてな」

「はっ!」

「よしっ!」

 

 悩んだ末、はやては副隊長2人の意思を尊重し、出撃を許可した。

 ヴィータとシグナムはすぐにエリゴスの元に向かいながらデバイスを起動。次は負けないと言う意思を固め、戦場へ赴いた。

 

 

◇◆◇

 

 

 陸士315部隊では、前衛部隊とネオガジェットの攻防戦が繰り広げられていた。

 特に新型の2機は性能面からして量産型とは違い、空中と地中の両方から攻め込んできた。

 

「このっ! 大人しく落ちるッス!」

 

 ウェンディが苛立ちながらライディングボードからエネルギー弾を放つ。しかし、ヒラヒラと凧のように空中を泳ぐ、エイ型のタイプEにはまるで当たらない。

 その隣で戦っていたギンガも、地中に潜っては真下から襲ってくるコブラ型のタイプFに翻弄されていた。メカらしからぬしなやかな身体でこちらの攻撃がヒョロヒョロと躱されてしまう。

 

「これ、僕の出番はないんじゃないかな?」

 

 翻弄しながら戦うネオガジェット2体とは離れた場所で、タイプゼロ・フォースが木に寄りかかりながら戦闘を眺めていた。あまりに退屈ならば、自分がさっさと終わらせてしまおうと考えながら。

 ところが、フォースのその考えは達成されることはなかった。

 タイプFが地表から現れ、ギンガの背後へ襲い掛かろうとしたその時、空から藍色の光が放たれた。光はタイプFにぶつかると、網状に展開しウネウネと動く細長い身体の自由を奪った。

 

「ギンガ、今だ!」

 

 空を飛ぶフリードリヒから降下し、救援に駆けつけたエドワードの合図で、ギンガはすかさずリボルバーナックルのギアを高速回転させる。

 

「リボルバーブレイクッ!」

 

 振り向き様の勢いをそのままに、ギンガはギアの回転で発生させた旋風を拳に纏い、タイプFの頭部へ強烈なアッパーを繰り出した。

 頭を砕かれたタイプFは頭上高くまで吹き飛ばされ、更にトドメと言わんばかりにエドワードの射撃を上から食らい爆発四散した。

 

「無事か、ギンガ」

「エド!」

 

 新型のネオガジェットを倒し、見事に着地したエドワードへギンガが駆け寄る。いいタイミングで応援に駆け付けた恋人に、目を輝かせているようにも見える。

 ウェンディが相手にしていたタイプEも、フリードリヒとキャロ、エリオが相手にしていた。

 

「へぇ、君がエドワード・クラウンか」

 

 退屈そうにしていたフォースはエドワードが来た途端、立ち上がってマジマジと見つめて来た。

 何度も獣人やネオガジェットと戦い抜いてきた狙撃手。しかも、マラネロの弟子であるフォラス・インサイトが先の戦いで敗北したのも、エドワードが毒針を正確に射抜いていたからだ。

 

「ただの人間みたいだけど、いい運動にはなりそうかな」

「タイプゼロ・フォース……念の為に聞くが」

「投降する気はないよ」

 

 仮にも、相手はギンガの弟に当たるであろう存在。エドワードは一応、仲間にならないかと聞くつもりだった。

 それを想定し、フォースは聞かれるよりも先に答える。

 

「そもそも、僕はドクターの弟子でもあってね。まだ研究内容については決めてないけど、とりあえず君達を材料として持ち帰ろうと思ってね」

 

 あどけなさを残しているはずの少年の笑みは、マラネロ達と同じ不気味さを感じさせる。エドワードはここで確信した。この少年は科学者と同じ狂気を孕んでいると。

 

「そうか……なら、撃ち墜とす」

「出来たらいいね」

 

 牽制し合う2人。そして、エドワードがライフルを向けたと同時に、フォースは距離を詰めて来た。

 

 

◇◆◇

 

 

 一方、高町家ではハウスキーパーと偽ったウィネ・エディックスが、なのはの愛娘ヴィヴィオの首筋に鋸状の刃を向けていた。

 本物のハウスキーパーであるアイナ・トライトンの風邪も、全てはなのは達を油断させる為の嘘だったのだ。

 敵の術中に嵌り、ヴィヴィオとアイナを危険にさらしたなのはは己の不用心さを悔やんだ。

 

「さぁ、どうします? 親子そろって大人しく解剖されるのでしたら、こちらの女性は今すぐ解放しますが?」

 

 ウィネは意地の悪い笑みでもう一本の鋸をアイナの身体に向ける。

 ここまでの至近距離で人質を取られては、なのはにはどうすることも出来ない。

 

「……分かりました。ですから、アイナさんは解放してください」

「よろしい。では、デバイスを床に置いてもらおうか」

「んーんー!?」

 

 観念したなのはの懇願に、口をテープで塞がれたアイナが叫ぶ。

 

「よし、いい子だ」

 

 なのはが確かにレイジングハートを床に置くと、ウィネはアイナを縛っていた縄を椅子ごと斬り、自由にさせてやる。

 

「アイナさん!」

「ぷはっ、すみません、なのはさん……」

 

 なのはが口のテープを剥がすと、アイナは泣きながら謝った。

 今回の件では、非戦闘員であるアイナに責任はない。だが、自分が捕まったせいでなのはとヴィヴィオに迷惑をかけたと思うと、非常に申し訳がなかった。

 

「んん……」

「ゴメンね、ヴィヴィオ。必ず、何とかするから」

 

 同じく口が塞がれて喋れないヴィヴィオに、なのはは小さく謝る。

 今はこうするしかなくとも、せめてヴィヴィオだけでも解放して見せる。なのはの中の闘志は、まだ屈してはいなかった。

 

「さぁ、こっちに来て──」

 

 もらおうか。ウィネがそう言おうとした瞬間、異変がほぼ同時に起こった。

 一瞬でウィネの身体と鋸に翡翠色のバインドが絡み付き、動きを封じる。そして、玄関から何者かが上がり込み、なのはとウィネの腕を掴むと、転送魔法で何処かへと消えて行ったのだ。

 あまりに素早い出来事に、アイナも縛られたままのヴィヴィオも暫くその場で呆然としてしまっていた。

 

 場所は移り、ミッドチルダ中央区の湾岸部。

 機動六課隊舎に近い場所に、3人の人物が翡翠色の光と共に転送されてきた。

 

「間に合ったね」

 

 一瞬、何が起こったのか分からなかったなのはだが、掛けられた声にハッと振り向く。

 なのはの腕を掴んでいたのは彼女がよく見知った男性。

 

「ユーノ君!」

 

 無限書庫司書長にしてなのはの魔法の師匠、ユーノ・スクライアだった。

 バインド、転送などの補助魔法のエキスパートである彼なら一瞬の隙を突いてバインドで動きを封じつつ、転送で移動させることは造作もないことだろう。

 

「でも、どうして私の家に?」

「アイナさんのお見舞いにと思ってね。けど、ハウスキーパーの本部に連絡を取ったら、病欠の連絡もその代理も覚えがないって言うもんだから」

 

 ウィネは周囲にも自然になのはを自宅に変えさせるよう、その周辺にも連絡を入れていた。

 しかし、ユーノに怪しまれたことについては計算外だったようだ。

 

「ユーノ・スクライア……なるほど、君が来ることは想定外だったね」

 

 腕をバインドで巻かれたままのウィネは、予想外の存在であるユーノの登場に乾いた笑いを零す。

 そして次には、人間だった姿は一気にクワガタムシの特徴を持つ獣人の姿へと変貌させた。

 

「君の脳も解剖のし甲斐がありそうだ」

 

 作戦を破られた科学者は腕のバインドを容易く引き千切り、青一色の瞳でユーノを見据える。

 下顎が大きく二つに割れた為に表情が分かりにくくなったが、ウィネは内心では激しく怒り狂っていた。

 

「なのは、これを!」

 

 ユーノは左手に掴んでいたなのはの腕を引き寄せ、右手の握っていた物を渡す。

 それは、咄嗟に拾い上げていたなのはのデバイス、レイジングハートだ。

 

「ありがとう、ユーノ君!」

 

 10年来の付き合いだが未だに頼りになる男性に深く感謝し、なのはは思考を戦闘モードに切り替える。

 自分達を姑息な手で騙し、大事な家族を危険な目に合わせた悪人を許す訳にはいかない。

 

「レイジングハート、セットアップ!」

〔Stand by,ready〕

 

 持ち主の呼びかけに紅い宝玉が反応し、魔砲の杖へと起動する。

 ピンクの魔法陣が展開し、すぐになのはの服装を教導官の白い制服から、青いラインの入った白いドレスへと変えて行った。

 

「ウィネ・エディックス。貴方を逮捕します!」

「私を逮捕? 出来ますかな?」

 

 闘志を燃やす不屈のエースオブエースを嘲笑うかのように、クワガタ獣人は背中の羽を羽ばたかせ、海上の夜空へと飛翔した。

 負けじと、なのはも飛行魔法を展開し空中へ出る。

 空戦はなのはの十八番。それはなのはを調べ尽くしたウィネも知っているはずである。無作為に空へ逃げるはずはなかった。

 

「さぁ、踊りましょうか!」

 

 ある程度の高度に達すると、ウィネは両手の鋸の切先をなのはに向ける。そして柄の部分にあるトリガーを引き、魔力弾を放ってきた。

 なのはは咄嗟に回避するが、着弾した海面は勢いのあまり大きな水飛沫を跳ねさせた。

 

「私のクラフティシザースは刀にも、ライフルにもなります」

 

 ウィネは余裕の態度で両手に持っていた鋸を、刃を向かい合わせにして柄の部分で重ね合わせた。

 するとそのまま鋏になり右手に収まった。本来、この武器は鋏の形状が真の姿のようだ。

 

「腕と脚、バラバラにしてから持ち帰るとしましょう」

「させない!」

〔Accel shooter〕

 

 襲いかかるウィネへ、なのはは複数の魔力スフィアを打ち込む。

 しかし、旋回して躱された上に、いくつか命中した箇所は強固な灰色の皮膚によって傷一つ付いていない。

 

「硬い……っ!」

 

 相手の硬さに驚きつつも、接近させないよう距離を保ちながら飛び続けるなのは。

 逃げながら光弾を放つなのはを、鋏を振り回して追うウィネ。2人の激しい空中戦はまだ続いた。

 

 

◇◆◇

 

 

「これで終わり? 意外とあっけなかったなぁ」

 

 見下す口調のフォースの目の前では、傷だらけになって倒れ込むエドワードの姿があった。

 傍で見ていたギンガには何が起こったのか分からなかった。ただ、フォースが殴る動作をすると触れていないにも関わらずエドワードが吹き飛ばされたのだ。

 

「お、お前のIS(インヒューレントスキル)は……」

 

 エドワードはフラフラになりながらも立ち上がり、ブレイブアサルトを拾う。

 彼もただ殴られていただけではない。ボコボコにされながらも、相手の能力の分析を怠っていなかった。

 

「空気に振動を送り込み、相手を攻撃するもの……か?」

 

 一連のフォースの動作とエドワードが負ったダメージは合致する。ならば、考えられる攻撃方法はこれぐらいしかなかった。

 エドワードの推測に対し、フォースは目を見開き、ニヤリと口元を上げる。

 

「大当たりだよ。僕の"真空破砕(しんくうはさい)"は空気に直接振動を送り込み、好きな場所に当てる。距離も防御も関係ない。空気に触れてる限りはねっ!」

 

 フォースは言い当てられた自身の能力を説明し、右腕を大きく振り抜く。その衝撃は空気中を伝い、エドワードの頬を殴り飛ばした。

 能力が分かったところで、対策が練れなければ意味はない。再び地に伏すエドワードは、脳味噌が大きく揺さぶられるのを感じていた。

 

 自分を呼ぶ恋人の声が聞こえる。

 自身の推理を褒め立てながら、弱さを見下してくる敵の笑いが聞こえる。

 そして、"外から聞こえる音"を掻き消すかのような唸り声が、何故か脳の内側から聞こえて来た。

 

(なんだ? 体が、熱い……)

 

 得体の知れない何かは、エドワードを内側から破ろうとしてくる。爪が、牙が見え、鋭い眼光が彼の体を射抜く。

 

「あれ、ダウンしちゃったか。じゃ、次はファースト姉さんだね」

 

 倒れたまま反応のないエドワードを見て、気絶したと思ったフォースは標的をギンガに移す。

 ギンガのIS、振動破砕も直接触れずに相手の内部を破壊する程の威力を秘めている。それでも、一定距離は近付く必要がある。

 一方で、フォースの真空破砕は近付かなくとも、動作だけで攻撃したことになる。

 

「まず一発目ぇ!」

 

 フォースは狙いをギンガの顔面に定め、右腕を引く。

 当然、ギンガもやられるつもりはない。ストレートパンチならば振り抜いた瞬間、相手の目の前にいなければいい。

 ブリッツキャリバーのローラーを回転させ、ギンガは思い切り特攻した。

 

「貰っ」

 

 フォースの動作と同時に横へ移動し、攻撃を避ける。これで真空破砕は攻略した。隙だらけのフォースへ向かうギンガはそう確信した。

 だが次の瞬間、ギンガは顔を思い切り殴られるような衝撃を受け、後ろに倒れ込んでしまう。

 この攻撃は紛れもなく、真空破砕によるものだとすぐに気付いた。

 

「残念、ファースト姉さん。真空破砕は別に発動させる場所が何処でもいいんだよ」

 

 顔を抑えるギンガに、フォースはケタケタ笑いながら解説する。

 空気の振動を利用しているので、わざわざ直線状を狙わなくとも、自在に相手の位置を予測し、軌道を変えることが出来るというのだ。

 

「さて、次は目を潰してあげるよ」

 

 フォースは右手でチョキを作り、腕を引く。

 ギンガは咄嗟に腕でガードしようとした。しかし、フォースの言うことが真実ならガードの裏側から衝撃を伝わせることも出来る。

 

「ぐ、がぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 その時、意識の飛びかけていたエドワードがデバイスも持たずにフォースの前に飛び出していた。

 恋人の危険を本能で察知し、飛び出してしまったのだろう。

 それでもフォースの腕は止まらず、エドワードは攻撃を止めようと必死に腕を伸ばした。

 

 

◇◆◇

 

 

 機動六課隊舎へ向かうエリゴスの前に、2人の騎士が降り立った。

 月明かりと六課隊舎を背に、ヴィータとシグナムがこの男と対峙する光景は奇しくも以前戦った時と状況が似ていた。

 

「止まれ、エリゴス・ドマーニ」

 

 歩くエリゴスへ、シグナムはレヴァンティンの切っ先を向ける。ヴィータもグラーフアイゼンを構え、既に臨戦態勢だ。

 すると、エリゴスは狼狽えるどころか大きく笑い出した。

 

「はははっ! これは、上手く行きすぎて腹が捩れそうだ!」

 

 エリゴスの態度の意味が分からず、シグナムもヴィータも怪訝そうな顔をする。

 

「はぁーっ、フォースに315部隊を襲わせたのは我輩だ。六課が応援に何人か寄越すのも計算通りだった」

 

 エリゴスはツボに入って苦しそうな腹を抱えながら、自身のプランを説明しだした。

 

「高町なのは、奴は今ウィネ・エディックスという男が襲っている」

「何っ!?」

「それで、戦力がある程度分断されたところに俺がノコノコやってくれば、自ずとヴォルケンリッターの2人が現れるという訳だが……上手く行きすぎて不安になるくらいだ」

 

 エリゴスの策はあくまで六課を潰すためのものではなく、ヴィータ達を誘き出すことだったのだ。

 以前戦った際に、自分がヴォルケンリッターを狙っていると告げたため、そのまま自分が攻め込めばなのはとフェイトの2人か、フォワード6人が出て来るだろう。

 面倒くさがりなエリゴスはそれを一々相手にしたくなかったので、回りくどい策を実行したのだった。

 

「さて、後はお前らを捕まえるだけだ」

 

 一頻り笑った後、エリゴスは白衣姿からカブトムシ獣人へと変身し、剣先が角のようにT字になった大剣を構えた。

 お互い戦闘態勢が整ったところで、シグナムは気になっていたことを口にする。

 

「貴様、何故我々を狙う? 夜天の書には既に貴様等の狙うような力はない」

 

 夜天の書。嘗て防衛プログラムが暴走し、多くの災いを引き起こした呪われしデバイス。

 闇の書と呼ばれ忌避されたその書物は、最後の夜天の主とその友人達の働き掛けにより、暴走と不幸の運命に終止符を打たれた。その際に切り離され、消滅した防衛プログラムには闇の書時代の強大な力も含まれていた。

 ヴォルケンリッター達にも影響が及び、現在は体が人間に近くなっているとのこと。

 どちらにしろ、エリゴスのような科学者達にとっては抜け殻のような状態のはずだった。

 

「知ったことではない。少し弄れば、また闇の書にも戻せるだろうしな」

 

 だが、エリゴスは多くの苦労と犠牲の元に解決した闇の書事件を無にするような発言を、さらっとしてきたのだ。

 

「夜天の書の主、それは多くの将を従える王のこと。つまり、昆虫の王でもあるこの我輩にこそ相応しい」

 

 エリゴスはカブトムシ獣人である自身を昆虫の王と称した。実際は、夜天の書によって得た力を自分の面倒事を処理するために使うつもりなのだろうが。

 傍若無人かつ、冷酷な昆虫の王に、シグナムもヴィータも怒りを堪え切ることが出来なかった。

 

「貴様に、王は相応しくない!」

「最後の夜天の主ははやて、ただ一人だ! お前なんかには絶対渡さねぇ!」

 

 怒りで魔力を滾らせ、2人の騎士は主に仇成す敵を排除すべく立ち向かっていった。

 

 

◇◆◇

 

 

 一瞬の出来事に、何が起きたのかエドワードは理解が追い付いていなかった。

 今、彼は確かにフォースの攻撃を止めようとボロボロの腕を伸ばしていたところだった。同時に自分がやられたと思い、目を瞑ってしまった。

 しかし、自分の目は未だ潰れてはいなかった。次に、エドワードは伸ばした右手の平に何かが当たっているのを感じた。これは、多分フォースの指だろう。

 攻撃を止めること自体には成功したのだが、フォースからも反応が返ってこないのは変だった。

 まるで時の止まったかのような状態に違和感を感じ、エドワードは遂にその目を開いて現状を確認する。

 

「な」

 

 彼の目にまず飛び込んできた光景は、黒い毛むくじゃらの太い右腕だった。フォースの右腕を手の平で受け止めている腕は、明らかにエドワードの体から伸びている。

 異変はそれだけではなかった。エドワードの全身が大きく変化していたのだ。

 

 腕同様に黒い毛で覆われた身体は、細身だったエドワードからは想像も出来ないほど筋肉が付いている。頭部は三角形の耳が上を向き、口元は大きく前に突き出して鋭い牙を覗かせていた。

 靴を履いていたはずの足は鉤爪の付いた三本指の大きな足に変貌している。

 エドワードのシルエットは、最早人間のものとは到底思えない程変わってしまっていたのだ。

 

「何だ、これは……?」

 

 変わり果てたおぞましい姿に、エドワード自身が呆然とする。

 すぐ傍にいたギンガも、戦っていたはずのフォースすら、想定外の出来事に驚きを隠せない。

 

 

「これは一体何なんだっ!!?」

 

 

 その姿は、まるで狼の特徴を持つ獣人そのものだった。



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第30話 名無しの狼

 マラネロの研究室では、弟子3人の戦いぶりがモニターに映し出されていた。

 高町なのはをつけ狙うウィネ・エディックス、ヴォルケンリッターと激闘を繰り広げるエリゴス・ドマーニ、そして陸士315部隊を襲撃したタイプゼロ・フォース。

 マラネロは弟子達の活躍ぶりをニヤ付いた笑顔で見つめ、その隣では最後の弟子であるロノウェ・アスコットがつまらなそうに眺めていた。

 

 しかし、ある状況が一変するとロノウェは目を見開いて驚いた。

 

「バカな!? 師匠、あれは!?」

 

 ロノウェは慌ててマラネロの方を向く。()()も、もしかしたらマラネロの企みなのではないかと考えたのだ。

 しかし、ロノウェは更に驚かされることになった。

 

「な、何だあれは……?」

 

 あのマラネロが驚いている。

 目の前の正体不明の存在はマラネロですら想定外だったらしく、普段の気味の悪い笑みは消え失せてモニターの一つに釘付けになってしまっていた。

 

 

◇◆◇

 

 

 そのモニターが映す先、陸士315部隊の隊舎前では、タイプゼロ・フォースがエドワード達と対峙していた。

 戦闘はフォースが優勢で、IS(インヒューレントスキル)"真空破砕"でエドワードを倒し、ギンガにも手を下そうとしていたところだ。

 その時、咄嗟にエドワードが身を挺してギンガを庇った――はずだった。

 

「何だ、これは……?」

 

 エドワードは自身の腕を見つめる。

 細身だった人間の腕は、毛むくじゃらで太く、指からは鋭い爪が生えそろった怪物のようなものへと変わっていた。

 腕だけではない。黒いバリアジャケットを着ていたはずの身体は黒い巨体と化し、口は大きく突き出して牙を剥き出しにしている。

 

 

「これは一体何なんだっ!!?」

 

 

 信じがたい自身の姿に、エドワードは咆哮する。今のエドワードはもう人間と呼べるようなものではなかった。

 例えるなら、狼の獣人。

 

「お前、獣人だったのか……? いや、獣人は全てドクターの管理下にあるはず。お前は一体……」

 

 敵対していたフォースすら、エドワードの突然の変化に驚きを隠せないでいた。

 獣人とはマラネロが開発した生命体である。確かに、後天的に獣人化薬を撃ち込まれれば、元々人間だったものでも獣人になれる。現に、マラネロの弟子4人がこの方法で獣人となっている。

 しかし、エドワードには薬を撃ち込まれたという情報もない。

 

「がぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 獣化したエドワードが雄叫びを上げ、唖然としていたフォースへ襲い掛かって来た。

 刃物のような爪を振り下ろされ、反応が遅れたフォースは右腕を切り裂かれてしまった。

 

「ぐっ、お前! よくも!」

 

 血が流れ出る4本の傷口から機械の部分を露出させ、フォースは痛みと怒りで顔を歪ませる。

 真空破砕はまだ使える。後ろに下がって距離を取ったフォースは、無事な左腕で目の前を殴り真空波をエドワードの腹部へと伝わせようとした。

 

「うがぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 エドワードは息を大きく吸い、耳を劈く程の大声で吠えた。衝撃で足元には亀裂が入り、木々は枝葉を揺らす。

 強大な吠え声は周囲の空気を掻き乱し、フォースが放った真空波すらも掻き消してしまった。

 そして敵に驚く間も与えず、エドワードは一蹴りでフォースの元に近付き喉元を食い千切ろうとした。

 

「マズい!」

 

 間一髪、フォースは飛び掛かって来たエドワードを避けて食い千切られることは回避したが、尻尾の存在に気付かなかった為にそのまま薙ぎ払われてしまった。

 着地したエドワードの足元は爪の後で抉れており、四つん這いでフォースを威嚇する様はただの獣だった。

 

「コイツ、調子に──」

 

 乗るな、と言おうとしたところで、フォースの元に通信が舞い込んでくる。こんなタイミングでフォース相手に通信してくる人物なんて、1人しかいない。

 フォースは一度冷静さを取り戻し、通話画面を開いた。

 

「ドクター、何なんです? アレは」

「私にも分からない」

 

 通話相手、マラネロはフォースの質問に()()()()答えた。飄々とした態度を見せず、フォースと話しながらエドワードの分析を続けている。

 マラネロにとっても計算外な状況であることに、フォースも改めて驚いた。

 

「じゃあ、鹵獲しますか?」

「いや、データは取った。あとは分析すれば終わりだから、今は退くんだ」

 

 獣人の開発者だけあって、獣人のことはよく知っている。マラネロは今までの資料を総動員させ、狼獣人の正体に手が届きそうなところまで調べがついていた。

 フォースはこちらの出方を伺っている狼獣人を睨むが、右腕の出血が酷い。渋々、マラネロに従うことにした。

 

「そこの狼、次は手懐けておいてよ。姉さん」

 

 最後にギンガへ捨て台詞を吐き、フォースは転送装置の光の中に消えていった。

 同時に、動いていたネオガジェットも姿を消し、後に残ったのは壊されたものの残骸のみ。

 

「がぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 しかし、エドワードはまだ狼獣人のままであった。

 壊れたネオガジェットの装甲を引き千切り、配線を噛み千切る。フォースという標的を失った狼獣人は、ただの猛獣のように暴れるだけになっていた。

 

「エ……!」

 

 恋人が獣人になってから、暫く呆然としていたギンガは漸くエドワードの元に駆け寄ろうとする。しかし、体が動かなかった。異形の存在となったエドワードへの恐怖で、足が震えていたのだ。

 名前を呼ぼうとしても、上手く声が出せない。どうして自分は恐れているのか。相手は、あんなに好きだったエドワードだというのに。

 だが、もう優しいエドワードの姿はなく、代わりにいるのは凶暴な獣。一頻りネオガジェットを破壊した後は、次にギンガに目を付けた。

 唸り声をあげ、ギンガにゆっくりと近付く狼獣人。

 次の瞬間、獣人の五体にワインレッドカラーのバインドが巻き付き、動きを拘束した。

 

「そこまでだ」

 

 バインドを掛けたのは、司令室にいたはずのラウムだった。

 

「ま、待ってください! その獣人は」

「分かっている。俺の親友だった男だ」

 

 ギンガの静止にも、ラウムは顔色一つ変えずバインドで縛る手をやめなかった。

 エドワードにとってラウムは、記憶をなくしてから出来た初めての友人である。しかし、そのエドワードの変わり果てた姿を見るラウムの視線は冷たいものだった。

 

「コイツを独房に監禁する。貴重な生きた獣人の例だ、本局の研究者が喜ぶ」

「そんな!?」

 

 ラウムの言葉をギンガは信じられなかった。ラウムは仲間を何よりも大切にする、義を重んじる人間だ。チンク達を部下に加えた時ですら、悪く思う隊員達から庇ってくれたというのに。

 獣人化したというだけで、かつての親友を物のように扱うラウムにショックを受けていた。

 

「ならば、お前は証明できるのか? コレが、俺達の知っているエドワード・クラウンだと。既に理性を失くした獣を野に放てば、犠牲となる人間が出る。私情に流され、判断を誤るな」

 

 ラウムの言葉はギンガにとって厳しかったが、正しいことだった。今の狼獣人にはエドワードの人格を垣間見ることが出来ない。

 凶暴な獣を拘束もせずに放置すれば、被害はやがて街にまで及ぶだろう。そうすれば、本当にエドワードは獣人として始末されてしまう。

 

「エド、どうして……」

〔ギンガ様……〕

 

 ギンガは落ちていたブレイブアサルトを拾うと、目の前からいなくなってしまったエドワードを想い涙を流した。

 

 

◇◆◇

 

 

 襲撃から夜が明けた機動六課。

 

 なのはは昨日助けに来てくれたユーノに、改めて礼を言っていた。

 昨晩、なのはを襲ってきたウィネは戦っている最中に、フォースと同じくマラネロから撤退命令を受けたのだった。

 

『勝負は預けます。いずれまた、貴方と娘さんの命を貰いに来ます』

 

 ウィネは捨て台詞を吐き、一瞬で何処かに転送されていった。

 戦いが終わったのも束の間。今度はなのはの方にはやてから陸士315部隊が襲撃されていること、六課も刺客がヴィータ達と戦っていること、そして仲間が狼獣人に変貌したことを知らされたのだ。

 なのははユーノにヴィヴィオ達のことを任せ、以来六課隊舎から帰っていなかった。

 

「ゴメンね、ちゃんとしたお礼言えなくて」

〔ううん、無事でよかった〕

 

 申し訳なさそうにするなのはに、ユーノは笑って返す。

 ユーノは現在、普段通り無限書庫で仕事をしていた。勿論、狼獣人に関する情報も依頼に含まれている。

 捕まっていたヴィヴィオとアイナも、今は普通の生活に戻っている。2人を巻き込んでしまったことは、なのはも後悔していた。

 

〔それより、なのはは大丈夫? 六課も色々あったみたいだし、あのウィネって獣人もまた来るって〕

「私はもう平気。今度は絶対捕まえて見せるから」

 

 ウィネについては、また策略を練ってくるかもしれない。しかし、なのはもただやられるつもりはなかった。

 それよりも、問題はかつての仲間の方だった。獣人化を知らされ、フォワード達は特に大きなショックを受けていた。隊長陣も動揺を隠せず、エリゴスを取り逃したヴィータとシグナムも、今は彼の身を案じている。

 

〔分かった。また何かあったら言って〕

「うん、ありがとう」

 

 頼りになる幼馴染に感謝し、なのはは通信を切った。ウィネ以外にも、マラネロやセブン・シンズなど問題は山積みである。

 

 

◇◆◇

 

 

 翌日の315部隊でも、同様に狼獣人の調査が行われていた。

 記憶をなくしていたという10歳前後のデータや、彼が助け出された研究所の場所、血縁構成など。その結果が出れば出るほど、部隊長室で報告を待つラウムは表情を険しくしていく。

 そして、結果を待っているのはギンガも同じだった。自分の部屋で待つよう部隊長補佐であるチンクから言われ、ずっと待機していたのだ。

 

「ギン姉、いい?」

 

 そこへ、妹であるスバルや、弟分のソラトが心配してやってきた。彼女等も、狼獣人のことを聞いた時はショックを隠せなかった。

 

「ゴメンね、心配かけて」

「ううん、仕方ないよ。だって……」

 

 謝るギンガにソラトは首を振るが、その後は口を濁す。慕っていた兄貴分が獣人だったとは、やはり言葉にしづらいようだ。

 その時、ギンガにラウムから漸く呼び出しがあった。

 

〔ギンガ、来てくれ。スバル達も、頼めるか〕

「はい」

 

 ラウムは表情を崩さずに、ギンガ達を部隊長室に呼ぶ。ギンガも結果を受け入れるべく気丈に振る舞った。

 すぐに部隊長室へ向かうと、中にはラウムとチンクが茶を用意して待っていた。ただ、表情は心なしか厳しく感じる。

 

「席についてくれ」

 

 ラウムに言われた通り3人は椅子に座る。チンクが茶を渡すと、ラウムはゆっくりとスクリーンを出してある映像を見せた。

 

〔うがぁぁぁぁっ! があっ! グルルル……!〕

 

 そこには独房に入れられ、首と腕、足を鎖で繋がれた狼獣人の姿だった。凶暴さは収まるどころか目覚めた時と変わりなく、自由の利かない四肢をじたばたと暴れさせていた。

 最早、ギンガ達の知る人物の面影は何処にもなかった。

 

「"コレ"の正体についてだが……約10年前に作られた獣人の試作品だということが分かった」

 

 ラウムは映像に目もやらず、冷静なまま話を続ける。

 約10年前。つまり、"彼"が10歳頃の話だ。それ以前の記憶がないと言っていたのは記憶を失った訳ではなく、本当に()()()()()()()()()()()のだ。

 

 研究は順調に行っていたのだろうが、ある日研究所が管理局に取り調べを受けることになった際、マラネロはデータだけを持って残りの素体や機材もろとも研究所を放棄することを決めた。

 あらかじめ仕込まれていた爆破装置によって、研究が明るみになる前に全てが消え去ったはずだった。

 しかし、そこにマラネロにとって数少ない計算外が生じた。"彼"の入っていた生体ポッドだけが爆破せず、外からの爆風で割れてしまったのだ。

 意図せず目覚めてしまった"彼"は、朦朧とする意識の中で外を目指し、そのまま局員によって保護されたのだ。

 

「それが、"エドワード・クラウン"と名乗っていた獣人の正体。俺達を騙していた男の──」

 

 突如、机を強く打つ音が部屋に響きラウムの話を遮る。

 机を叩いた張本人、ソラトは勢いのあまり立ち上がっており、怒りで握った拳を震わせていた。

 

「エド兄は、僕達を騙してなんていません!」

 

 キッ、とラウムを睨みつけソラトは言い放った。

 確かに、"彼"は獣人でソラト達の敵になりうる存在だ。だからといって、今まで共に過ごしてきた"彼"はどう見てもソラト達を騙して傍にいるような人物ではなかった。

 

「ラウムさんだって、知っているでしょう? エド兄のことを!」

「……だったら、何だというんだ」

 

 友人だったとは思えない程の冷たい態度に怒りを露わにするソラトに、ラウムは眉をひそめて返す。だが、声は震えているように聞こえた。

 

「どうしてそんなに、冷たく出来るんですか!」

「そうです! エド兄が騙していただなんて」

「そうとでも思わなければ、割り切れないからだ!」

 

 ソラトに加えてスバルも納得がいかずに叫ぶと、ラウムもとうとう我慢できずに立ち上がる。

 先程まで冷静そうに見えていたラウムは、強く握りすぎていた左手からポタポタと血を流していた。

 

「アイツは、もう戻らないかもしれない。自身の正体を知って、絶望して精神まで獣になってしまった。人間に戻れないコイツを抑え付けておけば、研究所から引き渡しの要請が来る。恐らく、研究の素材にして殺すつもりなんだろう。獣人として処理すれば、非人道的と言われることもない。上からの命令が来れば、俺はもう断れない。だから、割り切るしかないんだ……!」

 

 ラウムは遂に自分の思いを吐露する。

 本当は、自分の親友を引き渡すような真似などしたくはない。しかし、上層部からの命令に従わざるを得ない立場にいる以上、狼獣人を友人と考えたくなかったのだ。

 冷たく、物のように扱わなくては自分は情けを見せてしまう。彼のために何も出来ない自分を、ラウムはずっと悔やんでいた。

 

「……ギンガ。お前はどうだ?」

 

 一頻り叫んだあと、ラウムは唯一本心を明かしていないギンガに向き直る。

 "彼"を誰よりも深く愛していたのは、他ならぬギンガだ。

 

「試しに会ってくるといい。今のアイツに。それで、お前が決めろ」

 

 ラウムはそう言って独房のカードキーをギンガに渡した。ソラトもスバルも、ギンガを見て頷くのみ。

 ギンガにはまだ迷いがあった。あそこにいるのが、本当に自身のよく見知っている"彼"なのか。

 

「……行きます」

 

 ギンガは小さく頷き、カードキーに手を伸ばした。

 恐怖で震えた昨日とは違い、ちゃんと"彼"の下に行くことを決めて。



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第31話 エドワード

 狼獣人が出現し、タイプゼロ・フォース達が撤退してから数十分後。マラネロの研究所では、狼獣人の正体に関する分析が全て終了していた。

 

「何なんです? 急に撤退だなんて」

「出直しなど、面倒な」

 

 予想外のことが起きた為、急遽ウィネとエリゴスにも撤退命令が下された。

 2人とも、自身の獲物と戦闘中だったのだが、マラネロの撤退命令は聞かなければ後が恐ろしい。勝負を預け、撤退してきたのだった。

 

「邪魔したことは済まないと思っている! だぁぁぁぁがっ! 私の想定外の存在が一体だけ発覚したのだよ!」

 

 マラネロはいつも以上にハイテンションを維持したまま、弟子2人に謝罪しつつタイピングを続ける。

 自身にとってのイレギュラーな存在だった狼獣人が判明したため、研究意欲が猛烈に刺激されていたのだ。

 少しすると、巨大モニターにはある資料が映し出された。それは昔マラネロが研究していた、獣人に関する初期の資料だった。

 

「私はかつて、狼の獣人を作ろうと考えたことが一度だけあったようだ。寧ろ今まで何故なかったのかが不思議だなぁ。狼だなんてモチーフ的にはありきたりでかつ強そうなイメージがあったのに。まぁ、私的には蛇やサメみたいな誰もが恐ろしいと思えるようなものの方が好きだがねぇ。まぁそこは置いておこう。問題はそこじゃあない」

 

 ハイになったマラネロの独り言は、触れたらキリがないので無視する弟子達。

 が、モニターに映し出されたある獣人のプロトタイプのデータに、全員がハッと気付いた。

 その資料によれば、先天的に獣の遺伝子を混ぜ合わせた獣人の最初の成功事例として書かれていた。

 他にも多くの成功例が存在していたのだが、特にこのプロトタイプは適合率が高く、10歳前後まで成長した時には既に人間態と獣人態の変化能力を身に着けていた。

 

「ここから他のプロトタイプと同様に証拠隠滅用の自爆装置を植え付け、獣人の尖兵として成長させようとした! その矢先に、管理局による調査が入ってしまったんだ!」

 

 素体を持っていくことは出来なかったため、マラネロは獣人の研究データのみを持って、ボロが出る前に研究所ごと廃棄したのだった。

 そして、研究データのみが後の獣人開発に使用され、廃棄された狼獣人は他のプロトタイプと共にマラネロの記憶から消え去ってしまった。

 

「だが、アレのみが運よく生き残っていた! 私の知らぬところで、人間として! これは非常に面白いと思わないかい!? 獣の社会である弱肉強食を体現し、私の手から逃れて生き延びた獣人! どの個体よりも長く生き延び、どの個体よりも最適化されている! アレこそ、私の最高傑作の一つに加えるべきものだと!!」

 

 マラネロは感極まって、自身の思考を絶叫する。まるで失くしたお気に入りの玩具を偶然見つけ出した子供のように歓喜に騒ぎ立てている。

 自身の手の元から離れ、唯一独自の成長を遂げた狼獣人に強い興味を示していた。

 

「ドクター。最高傑作にはまだ早いんじゃないでしょうか?」

 

 そこへ、面白くなさそうにフォースが横槍を入れた。マラネロの最高傑作、という言葉は今までフォースが名乗っていたもの。

 それを急に現れた獣人に取られたことにプライドが傷付けられたのだ。

 

「コイツは獣人として目覚めた時、理性を失ってました。いくら長生きしていようと、中身が獣じゃただの怪物。その辺の獣人と変わりありませんよ」

 

 一度対峙したことのあるフォースは、狼獣人が暴走して人間としての人格を失っていることを知っていた。

 あのまま元の人格が戻らなければ、人間態になることも出来ない。それでは最初の進化に失敗した並の獣人と大差ない。

 加えて、今は陸士315部隊の隊長によって捕えられている。もし、管理局の研究部に引き渡されれば、それこそ相手側に獣人の情報を与えることになってしまう。

 

「ふむ、しかし成長した獣人の構造とかも確かめたいし」

「なら、次は僕が殺して持って帰っても問題はありませんね?」

 

 何より、フォースは自身に傷を付けた狼獣人が許せなかった。プライドまで傷付けられたのでは、もう我慢も出来ない。

 橙色の瞳を怒りと対抗心で燃やすフォースに、マラネロは笑顔のまま頷いた。

 

 

◇◆◇

 

 

 ギンガ達がカードキーを受け取って、狼獣人のいる独房へ向かっている間。ラウムは部隊長室で座ったまま(こうべ)を垂れていた。

 

「ラウム殿……」

「俺とアイツは、訓練校からの仲でな。お互いがお互いを補える、いいコンビだった。だからよく知っている。記憶をなくした自分の正体に怯えていたことも」

 

 ラウムは嘗ての親友を捕えた時から、心の中で自身を責めていた。

 本当にこうするしか方法はなかったのか。

 元に戻す方法さえ考えず、引き渡すだなんて裏切りみたいな真似をしてもいいのか。

 

 しかし、ラウムは彼の友人であると同時に、陸士315部隊の隊長で管理局の局員である。

 罪のない隊員や一般市民を守るのが彼の仕事だ。ならば、暴れるだけの危険因子を放置するわけにはいかない。

 

「だから、せめて俺の手で引導を渡すべきだとも考えた。結局、それは出来なかったがな。割り切らねばならないのに、あの獣にアイツの面影を見てしまうんだ……まだまだ甘いな」

 

 ラウムは胸の内の弱さをチンクに吐き出した。ギンガ達の前でも冷徹に振る舞い、友人として非情な対応を取っていた裏で、ジレンマに苦しんでいたのだ。

 

「甘くてもいいではないですか。ラウム殿は甘さを分かっていて決断を下したのですから。こんなにも辛いこと、誰にでも出来ることではありません」

 

 項垂れるラウムの手を掴み、チンクは優しく答える。補佐として、張り詰めた上司を緩ませてやれるのは自分しかいない。

 

「それに、ラウム殿はこんなにも優しいのですから、甘くても誰も蔑んだりはしません」

 

 チンクはラウムの言う弱さが彼の優しさだとすれば、否定する気にはなれなかった。ラウムは何よりも仲間を大切にする男だ。チンクや姉妹達も、慣れない315部隊で何度かラウムに助けてもらったことがあった。

 チンクの返答を聞いたラウムは暫く黙り、自身の拳を握るチンクの手を額に付けた。

 

「済まない。チンクが傍にいてくれてよかった……」

 

 ラウムが珍しく弱みを見せている間、チンクは頬を赤らめながらジッと見守っていた。

 

 

◇◆◇

 

 

 部隊長室のモニターの中ではギンガ達がいよいよ独房の傍まで来ていた。

 いよいよ会える。ソラトもスバルもそう思っていると、突然ギンガが立ち止った。

 

「ゴメンね、2人とも。ここから先、私だけで行かせて欲しいの」

 

 ギンガの言葉に、一瞬2人はショックを受ける。しかし、よく考えればそれは当然のことだった。

 ギンガは彼を最も想っていた人物で、彼もギンガを大切にしていた。変貌してしまった彼を前に、スバル達以上に思うところがあるのだろう。

 

「……分かった」

「気を付けて、ギン姉」

 

 ソラトとスバルに見送られ、ギンガは1人で独房に向かう。

 カードキーを開け、中に入るとそこは質素な空間だった。周囲は白い壁に覆われ、外を見る窓もない。

 

 その中に、"彼"はいた。

 首輪と足枷には鎖で壁まで繋がれ、人間時の1.5倍程はありそうなくらい太い手首には鎖で結ばれた手枷が巻かれていた。

 更に、ギンガと"彼"の間は鉄格子で阻まれているので、不用意に近付かない限り襲われる心配はない。

 

「がぁぁぁぁぁっ!!」

 

 それでも、狼獣人はギンガを見るや否や大きく吠え、鎖をジャラジャラと鳴らして暴れ始めた。自由の利かない身体をギンガの方へ向かわせ、鋭い爪の付いた手は鉄格子を強く握り締めている。

 涎を垂らし、血走った眼で獲物を見つめる姿は"彼"を知っている人でも、もう鎖に繋がれた猛獣にしか見えないだろう。

 しかし、ギンガは恐れを見せなかった。

 

()()

 

 つい昨日までと同じように、ギンガは優しい声色で彼の名前を呼んだ。

 しかし、狼獣人は呼び声に反応することなく、暴れることをやめない。

 

「"エドワード・クラウン"。それがあなたの名前」

 

 ギンガは再度、確かめるように彼の名前を口にした。

 

 最初は愛着のない、適当に付けた名前だった。

 しかし、仲間や居場所、そして愛する者が出来て、この名前は"彼"にとって今の自分を表す大事なものとなった。

 狼獣人は自身の名前をもう一度聞くと、身動きを止めたのだった。

 

「あなたはまだ、ここにいる。そうでしょ? エド」

 

 ギンガは優しく、"彼"に問いかける。

 

「……ギン、ガ」

 

 すると、エドワードはギンガの名前を呼び返した。獣人化しているからか、普段よりも声が低くなっているが、彼女の名前の呼び方はエドワードのものだった。

 ギンガはエドワードに鉄格子ギリギリまで近付くと、太く毛むくじゃらになってしまったエドワードの指に触れた。

 

「エド、ごめんなさい……私がもっと早く、あなたを受け入れていたら……!」

 

 昨日は恐れるあまり、すぐに近付くことも彼の名前を呼ぶことも出来なかった。それが、ギンガの中でずっと心残りであった。

 懺悔の涙を流すギンガの頬を、エドワードは壊れ物を扱うかのようにそっと撫でる。

 

「ギンガは、悪くない……誰だって恐れるさ。俺自身がそうだったように」

 

 エドワードは改めて、変わってしまった自分の身体を見る。

 獣のように全身が毛で覆われ、獲物を引き裂き喰らう牙や爪が生え揃ってしまった。人間の面影など何処にもない、今まで自分が何体も倒してきた獣人そのものだった。

 

「全てを思い出した。俺は誰でもなかった。獣人としてマラネロに生み出された、醜い生き物だ」

 

 自分の正体が化け物と知った時、エドワードは一瞬で自身を見失ってしまった。

 今まで仲間達に囲まれ、幸せに過ごしてきた"エドワード・クラウン"は仮初の姿。真の自分を思い出してしまったエドワードは、もう自分がギンガ達の傍にいられなくなることを実感した。

 そして恐れと絶望のあまり、エドワードは狼獣人としての本能に身を任せ、塞ぎ込んでしまった。

 

「俺は、もうお前の隣にはいられない。獣人として葬られるべきなんだ」

 

 エドワードはギンガから離れ、部屋の中心でジッと待っていた。

 その内、本局の研究者達が自分を連れて、獣人対策の為に解剖し始末してくれることを。ギンガ達の役に立って死ねるのなら、絶望しきったエドワードにとっては本望であった。

 

「……それだけ?」

 

 悲しい決断を下すエドワードに、ギンガはポツリと呟く。

 

「そうなら、私はあなたを諦めない」

 

 ギンガはエドワードをしっかりと見つめ、強く言い放った。

 その言葉に、エドワードは何かを思い出したように目を見開いた。

 

「獣人だから人じゃない。それは間違ってるわ。私には獣人だなんてこと、問題じゃない」

 

 ギンガが口にしているのは、エドワードがギンガに告白した時の台詞だった。戦闘機人という事実を知ってなお、エドワードはギンガを諦めるつもりはなかったのだ。

 今、まさに似たような状況になっていることにエドワードは気付いた。

 

「私は"エドワード・クラウン"が好きだから」

 

 こんな姿になっても、まだ自分のことを"エドワード"と呼んでくれるのか。

 名無しの人間でも獣人でもなく、"エドワード・クラウン"として認めてくれるのか。

 

「誰でもなかったのなら、それでいいじゃない。今のあなたは他の誰でもない、エドなんだから」

 

 ギンガの微笑みを受けた時、エドワードは漸く自分を取り戻せた気がした。

 気が付くと、エドワードの姿は獣人態から元の人間態に戻っていた。手枷や足枷は獣人サイズだったので、人間になったエドワードにはスルッと抜けてしまう。

 

「俺は、ここにいてもいいのか? こんな気味の悪い」

「言ったでしょ。そんなの問題じゃないって」

 

 エドワードの心配を遮って答えるギンガは、ずっと大事に持っていたブレイブアサルトを渡した。このデバイスも、ずっと主人の帰りを待ち続けたのだ。

 エドワードはブレイブアサルトの待機形態である腕輪を右手首に巻くと、鉄格子の奥からギンガを引き寄せた。

 

「ありがとう、ギンガ」

「うん。おかえり、エド」

 

 2人は抱き付き、それぞれの想いを告げて口付けを交わした。

 彼女がいる限り、もう二度と自分を見失わない。過去を受け入れたエドワード・クラウンは漸く、ギンガの元へ帰って来たのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 人間として帰って来たエドワードを、六課のメンバーはすぐに受け入れた。元々、人造魔導士や戦闘機人のいる部隊だったため、エドワードの正体を気にする者などいなかったのだ。

 寧ろ、エドワードの正体が分かったことを喜び、フォワードメンバーで細やかなパーティーを開くことになってしまった。

 当の本人はここまで軽く受け入れられることに少し困惑していたが、それでも失ったと思っていた居場所が存在していることに安心と感謝の念を抱いていた。

 

 そんなパーティーから暫くして、エドワードは静かに六課隊舎の外へと出た。

 

「よう、ラウム」

 

 エドワードは隊舎入口で突っ立っているラウムに声を掛けた。他には誰もおらず、一人で六課まで来たようだ。

 ラウムはエドワードの方を向くと、急に頭を下げた。

 

「済まなかった」

 

 久々に会った友人に唐突に謝られ、エドワードは思わず目を丸くする。しかし、謝罪の意図は何となく分かっていた。

 

「別に気にしてはいない」

「俺は無力だった。お前に、何もしてやれなかった」

「あの状況で何かしてやろうとするお前は、寧ろすごいと思うけどな」

 

 エドワードは狼獣人として本能に任せ暴れていた。そんな状態なのに、ラウムは救う手立ては何かないかと考えていたのだ。

 しかし、結局暴れる獣人を押さえつけることしか出来ず、挙げ句に上へ引き渡そうとした。そんな真似しか出来なかった自分を、ラウムは未だに許せなかった。

 

「俺は、お前に感謝してる。ラウムが捕まえてくれなかったら、きっとギンガを傷付けていた。あの時、俺はお前に殺られるなら本望だと思ったしな」

 

 エドワードはラウムを恨むどころか感謝すらしていた。捕まえなければ、罪のない人が傷付くという考えはエドワードも同じだったのだ。

 エドワードが復帰した後、本局の研究者達にも事情を説明し、これまで通りエドワード・クラウンという人間としていられるよう説得したのもラウムだった。これで何もしてもらっていないというのは罰当たりな話である。

 

「……いい加減、自分を罪人と考えるのはやめろ。俺はお前が親友でよかったと思っているんだから」

 

 エドワードはラウムの肩を叩き、隊舎へ戻って行った。

 軽く笑って許したエドワードとは違い、ラウムは険しい表情のままだった。



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第32話 セブン・シンズ争奪戦

 狼獣人の出現から数日が経った。マラネロの弟子、ウィネとエリゴスはそろそろ次の作戦の実行へ移ろうとしていた。前回の戦いでは、ウィネはなのはを、エリゴスはヴィータとシグナムを同時に相手にし、獲物の鹵獲まであと少しまで迫っていた。しかし、あろうことか師匠であるマラネロに呼び戻され、2人は渋々戦闘を中断したのだ。

 イレギュラーの狼獣人ことエドワードの調査も終え、いよいよ自身の研究対象を捕獲しょうと動く研究者達。

 

「……それで、今度は何用ですか? 師匠」

 

 しかし、その作戦を練っている矢先に再びマラネロからの呼び出しを受けていた。ウィネは人間態時の知的な雰囲気のまま、マラネロに要件を尋ねる。その隣では、エリゴスが面倒臭そうに欠伸を掻いていた。

 

「あぁ、前回君達の邪魔をしてしまっただろう? そのお詫びをしたくてね」

 

 マラネロは珍しくウィネ達の方を向き、しかしいつもの気色悪い笑みを崩さぬまま話し始めた。話の内容は至って常識的なのだが、相手がマラネロである為か妙に胡散臭く聞こえ、双方とも顔を顰める。

 2人の弟子の様子を気にすることなく、マラネロは床に置いてあった2つのアタッシュケースをデスクの上に置く。

 

「それと同時に、君達には別の任務をしてもらうよ」

 

 キーボードを操作し、マラネロは見やすいように大きなモニターにマークの付いた地図を映し出した。地図の場所である「第94観測指定世界」は、緑の少ない荒野と廃墟の残る世界である。どうやら、内紛によって世界内の生命が死滅してしまった後の世界とされるが、現状ではまだ時空管理局によって調査中だ。

 

「ここに6つ目のセブン・シンズが確認された。先日、アースに確認してもらったけど、本物のようだ」

 

 マラネロの説明通り、地図のマークにはセブン・シンズのものとされる魔力反応が確認されていた。魔力反応だけでは外れの可能性もあったのだが、今回はウィネ達が作戦を行っている間にアースが確認したので、間違いない。

 セブン・シンズ。その言葉の登場に、弟子達の眼の色が変わった。本来、彼等の目的はセブン・シンズという7つのロストロギアなのだ。その6つ目ということは、そろそろ全てが集まる時が近い。

 しかし、機動六課側もマラネロ達がセブン・シンズを狙っていることを知っている。もし、あちらにも発見されていたなら争奪戦になることは簡単に予想できる。

 

「そこで、君達の手助けにこれを預けるよ」

 

 マラネロは持っていたアタッシュケースの蓋を開く。ケースの中身を見て、ウィネとエリゴスは更に驚くこととなった。

 

「師匠、これは……!」

「ああ、「暴食(グラトニー)」と「嫉妬(エンビー)」だよ。封印はしてあるから安心していいよ」

 

 マラネロが持ち出したのは、既に確保したセブン・シンズだった。

 暴食を表す像は食のイメージがよく似合う豚を象っており、トパーズの黄色い輝きはどれだけ食べても満たされない「暴食」を表すかのような鈍さである。

 その隣、嫉妬を示すセブン・シンズは醜く狡猾な蛇の象とこれまたイメージによく似合っているが、マディラシトリンの橙色は最も醜い感情とは対照的に深く澄んだ輝きを放っている。これは、人間の心の奥底に眠るどす黒い嫉妬を比喩しているからだろうか。

 見れば見る程、美しいが不気味な像にウィネもエリゴスも息を呑んだ。当然、マラネロの手で封印を施してあるので、触っても効果は発動しない。

 

「これをどう使うかは君達に任せるよ」

「はっ! ありがとうございます!」

 

 アタッシュケースを受け取り、2人の弟子は師匠へ感謝の念を込めて頭を下げた。

 そんな弟子の様子に、マラネロは丸眼鏡を光らせながらニヤリと笑みを零していた。その内面では別の目的を潜ませていることに、誰も気付いていなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

 一方、機動六課側も第94観測指定世界に現れたセブン・シンズを発見していた。

 この件について、はやては早速フォワードメンバーを会議室へ呼び出し、セブン・シンズの捜索作戦を実施するよう伝えた。

 

「今回はスターズ、ライトニング両隊に出動して欲しいんや」

「待って。確かにセブン・シンズは大事だけど、全員で行く必要はないと思います」

 

 はやての指示に、なのはが異議を出す。観測指定世界とはいえ、セブン・シンズ1つの捜索に10人ものフォワード部隊をフル出動させるのは戦力過多である。加えて、六課側の戦力を削いで、隊舎の方を襲撃されてしまったら元も子もない。囮を使って本丸を叩こうとするのは相手側の常套戦術でもあるので、なのはの心配は当然のことでもあった。

 しかし、はやてにもちゃんと考えがあるようで首を横に振った。

 

「セブン・シンズももう6つ目。相手側も残り少ないセブン・シンズを放っておかんやろし、どれだけの戦力を注いでくるかも分からん。こちらとしても、もう奪われる訳にはいかん」

 

 現在拘置所に収監されてるマラネロの弟子の1人、フォラスの発言からマラネロ側のセブン・シンズは5つであると判明している。残りたった2つのセブン・シンズを放ってはおかないとはやては踏んでいた。管理局としてもこれ以上奪われる訳にはいかず、今回のセブン・シンズは全力で確保すべきものである。

 

「それに、六課なら108部隊や315部隊にいつでも応援申請出来るから大丈夫やよ」

 

 仮に六課が攻め込まれたとしても交換部隊がしっかり控えている他、協力体制を結んでいる陸士108部隊や陸士315部隊がいる。セブン・シンズを放置して大戦力を送り込むはずはないと予想しているはやては、特に問題として考えてはいなかった。

 

「転送後は各分隊で別れて、敵部隊に注意しながら捜索に当たってもらいたい。他に質問はええか?」

 

 はやての呼び掛けに、全員が敬礼で返す。こうして、六課とマラネロ側のセブン・シンズ争奪戦が開始された。

 その頃、同じように陸士315部隊でも機動六課のセブン・シンズ捜索任務について話がされていた。

 ラウムは各オペレーターには緊急時の対応をマニュアル化して渡し、ギンガ達含む前線メンバーにはいつでも出動できるよう体勢を整えるよう指示を下した。

 

「と、いう訳だ。こちらのことは気にせず、お前はセブン・シンズを奪われないことだけを考えていろ」

〔あぁ、協力感謝する〕

 

 全ての状況を確認したラウムは、こちらの様子を旧友で六課の隊員でもあるエドワードに通信で伝えた。

 エドワードもラウムの言葉を信じ、素直に感謝した。が、相変わらずラウム本人の様子に違和感を感じていた。

 恐らく、エドワードが狼獣人としての本性を取り戻した時の対応を未だに悔やんでいるのだろう。エドワードは微塵も気にしてせず、寧ろ適切な対応だったと感謝すらしていた。しかし、ラウムにとっては許せなかったのだろう。

 

〔……これでチャラだ〕

 

 エドワードはフッと笑うと、突然ラウムにそんな言葉を掛けた。

 ラウムは一瞬、エドワードの発言の意味が分からなかったが、彼の意図に気付くと同じように口元を緩めた。

 

「……あぁ。お前の家族も、居場所も俺が守ってやる」

 

 エドワードに宣言し、通信を切ったラウム。そこへ、チンクが茶を持ってやって来た。

 約一月、ラウムの傍に付いていたチンクも、頼れる上司の悪癖に気付いていた。

 

「ラウム殿は、一人で何でも抱え込み過ぎです」

 

 チンクは空いた左目でラウムをジッと見つめる。ラウムの悪癖は、自分を疎かにしすぎることだった。仲間を大事に思い規律を守る誠実な男だが、その反面で自身の失敗を許そうとせず、時には命すら軽視する程だ。ラウム自身の危うさに、チンクは何度も冷や冷やさせられてきた。

 

「もう少し、自分に優しくしてください」

「自分に優しく、か……世話を掛けるな、チンク」

 

 チンクの淹れた茶で一服したラウムは、無意識の内に彼女の頭を撫でていた。

 チンクはナカジマ家では次女という立ち位置だが、体型はどういう訳か十代前半かと思う程小さい。

 内面は姉妹の中でも落ち着いているのだが、それでも体系が原因で幼く見られるのは気分のいいものではなかった。

 しかし、何故かラウムにだけは頭を撫でられても悪い気がしなかった。

 

「おっと、済まない」

「あ……いえ」

 

 無意識に頭を撫でていたことに気付き、ラウムは手を引っ込める。実は、ラウムもまたチンクに対し他の誰よりも心を許していた。その結果、今のように馴れ馴れしい行動を取ってしまったのだ。

 チンクはラウムの手の感触を少し名残惜しく感じながらも、普段通りのしっかりした雰囲気で受け答えした。

 

 

◇◆◇

 

 

 第94観測指定世界に転送されたフォワード部隊達は、まず同時に各デバイスに送られた地図データを確認していた。

 ところが、早くも部隊長のはやてにすら予想出来なかった事態が起こってしまった。

 

「えっと、反応が1、2……」

「4つあるな」

 

 エリオが数えている横でヴィータが即答した通り、セブン・シンズの反応が4つに増えていたのだ。それぞれ反応の場所は離れており、廃墟でもある為にどの場所にあるのか一目では判別しづらい。

 捕えたセブン・シンズの反応は他のロストロギアの場合もあるので、どれか外れが混ざっているのだろう。最悪、全てが外れの可能性もある。

 

「どうするの、はやて」

「これは……どれかが罠やろなぁ。まぁ、別れて探すしかない」

 

 フェイトが指示を仰ぐと、流石に反応が分散することは予想外だったはやては苦笑しながら答えた。この内のどれかは恐らく、マラネロが仕込んだ罠であるだろう。

 しかし、全員で回る余裕はない。5人ずついる両分隊を更に手分けした場合、3人と2人に別れることになる。

 

「このメンバーで分けるとなると……私はスバル、ソラトとでいいかな?」

「んじゃ、アタシはティアナとだな」

 

 スターズでは、遠距離タイプであるなのはが前に出て戦えるスバルとソラトと組み、逆にショートからロングまで戦えるヴィータは司令塔をこなせるティアナと組むこととなった。

 

「テスタロッサ。私はエリオとクラウンを連れていくが、いいか?」

「はい。キャロ、よろしくね」

 

 ライトニング分隊は接近戦で真価を発揮するシグナムが狙撃手であるエドワードと高速戦闘でどちらのフォローにも回れるエリオと、オールレンジで立ち回れるフェイトはフリードリヒに乗って動きながら、補助魔法でサポートするキャロと組んだ。各チーム配分が決まると、それぞれがロストロギアの反応を追い始めた。

 

「しっかし、このロストロギアの反応。相手も本気でこっちを嵌めに来てるな」

「皆、大丈夫でしょうか……?」

 

 司令室では、はやての補佐として残った人形サイズの小人、リインフォース(ツヴァイ)とアギトが状況の異変に対し呟く。

 彼女等は見た目こそ人間に近いが、融合騎(ユニゾンデバイス)と呼ばれる列記としたデバイスだ。古代ベルカの技術で製造され、使用者と融合することで内部から補助し能力を高める非常に高性能なデバイスだ。

 しかし使用するには適正が必要であり、更に融合事故等の様々な問題点から汎用性が低く、現在では使い手の少ない希少な存在とされている。

 

「いざという時はお願いね、2人共」

 

 4つもある反応の中、当たりは1つ以下。つまり敵は3つもロストロギアとそれを持つ強敵を待ち構えさせているということだ。

 心配する融合騎2人に、はやては笑顔で頼む。アギトは本来シグナムをマイスターとしており、リインフォースもはやてが従えるヴォルケンリッター達との相性は良い。いざとなったら2人をそれぞれヴィータとシグナムの元へ送り込むつもりだった。

 今はただ、そうなるような状況に陥らないことを祈るのみのリインフォースとアギトだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 フォワード達が別れてから暫くして、最初に動きがあったのはスターズ分隊の隊長、なのはが率いる小隊だった。

 元は高層ビルが立ち並んでいたと思しき、廃墟の道を行くなのは達。だが、反応まであと少しまで来たところで、なのははスバルとソラトに止まるようハンドサインを見せた。

 

「……来る!」

 

 なのはは叫ぶと同時に、右上に桃色の防御魔法を展開。すると、間髪入れずに防御魔法へ何かが着弾し、少量の爆煙を周囲に漂わせた。

 何かが飛んで来た方向を見ると、既にクワガタ獣人と変身したウィネ・エディックスが背中の羽を羽撃かせながら、クワガタの顎を模したライフルをなのはへ向けていた。

 

「ほぅ、良く気付きましたね。流石、長年エースと呼ばれることはあります」

 

 縦に割れた口をカタカタと鳴らしながら、ウィネは低いエフェクトの入ったような声でなのはを称賛する。前回、自分と愛娘を狙った不気味な存在に、なのはは表情を険しくする。

 ソラト達も強敵の登場にデバイスを構え、臨戦態勢を整える。相手のことはよく知らないが、なのはが警戒する程の敵であることは分かった。

 

「2人は先に行って」

 

 しかし、なのはは戦おうとしていた2人に、ロストロギアの元へ行くよう指示した。

 3人で戦った方が倒す確率が高い。そのことはなのはが一番分かっているはずなのに、だ。

 

「あの人の狙いは私だから」

 

 杖を構え、その場から飛び立つなのは。ここで、ソラトはなのはの指示の意味が分かった。

 自分達の目的は、あくまでセブン・シンズの確保。ここでまとめて時間を潰され、ロストロギアを奪われれば元も子もない。

 

「行こう、スバル」

「うん。なのはさん、気を付けて!」

 

 なのはの言う通り、ソラト達はロストロギアの反応へ向かう。ウィネは発砲もせずにそれを見送り、同じ高さまで来たなのはを見据える。

 やはり、ウィネの狙いはロストロギアではなく、なのはの方だったのだ。

 

「任務優先とは、ご立派ですね」

「貴方には、貸しもありますから」

 

 なのははヴィヴィオやアイナを危険な目に合わせたこの男を、決して許すことが出来なかった。頭の中では冷静さを保ちつつ、闘志と怒りを燃やしてウィネを睨む。

 対するウィネも、前回あと一歩のところで逃した標的を再び得られるチャンスに喜びつつ、見逃がした歯痒さを忘れられずにいた。

 

「ウィネ・エディックス。貴方を逮捕します」

「出来ますかな?」

 

 不屈のエースオブエースと、不敵な怪物科学者。短い言葉を交わした後、上空で二本の刃と桃色と金の杖が激突した。

 そして、先行したソラト達の元にも更に敵の手が迫っていた。

 

「ソラトォォォォォッ!!」

 

 怒号を響かせながら猛スピードで迫ってくる相手を、ソラトは即座にフォルムツヴァイに変形させたセラフィムで迎え撃つ。

 次の瞬間、スバルの目の前で似た容姿の男2人が青緑と紅色の光を撒き散らしながら、大剣を交じり合わせていた。

 

「アース!」

 

 ソラトの元に現れたアースは、ソラトのフォルムツヴァイ「ウィングフォルム」と同じく足に紅色の魔力を纏わせ、宙に浮いていた。手に持った大剣型アームドデバイス「ベルゼブブ」は黒い刀身にホバーを出現させて魔力を噴出させながら、同じくホバーを噴出させているセラフィムと鍔迫り合いを繰り広げていた。

 ウィングフォルムとほぼ同じ姿こそ、ベルゼブブのフォルムツヴァイ「エアーフォルム」だった。

 

「ここで決着を付けてやる! ソラト!」

「くっ! スバル、先に行って!」

 

 本物(ソラト)を突け狙う偽物(アース)は怒りを剣に乗せ、激しく斬り掛かってくる。戦いを避けられないと悟ったソラトは先程のなのはのように、スバルをロストロギアの元へ行くよう言った。

 

「ソラト!」

 

 スバルの呼び掛けに答える余裕のなくなったソラトはアースの剣戟を避けつつ、浮遊してその場を離れた。アースもソラトしか視界に入っておらず、猛スピードで後を追いかける。

 残されたスバルはソラトの無事を祈りつつも、一人でロストロギアの反応へと全速力で向かって行った。

 同時刻、別の反応を追っていたヴィータ達の元にも敵の姿があった。

 

「テメェ……!」

「一人ずつ狩るのは面倒だが、まぁいい」

 

 敵の姿を見るや否や、ヴィータは蒼い瞳を大きく見開いて睨みつける。

 その相手、カブトムシ獣人ことエリゴス・ドマーニは獣人態のまま気怠そうな態度を示しつつ、手にはカブトムシの角を模した巨大な剣が握られていた。

 エリゴスとは初対面のティアナは、ヴィータの反応だけで敵が今まで相手にしてきた獣人とは格が違うことを察した。

 

「副隊長、あの獣人は」

「お前は手を出すな、ティアナ。コイツはアタシでぶっ潰す」

 

 ティアナが敵の情報を聞こうとすると、ヴィータは質問には答えずにグラーフアイゼンをエリゴスに向けていた。

 シグナムと2人がかりにも関わらず、二度も相手にして倒せなかった相手。尚且つ、自分達の大事な主の命すら狙う不届き者だ。ヴィータはどうしても自分の手で決着を付けなければ気が済まなかった。

 

「お前はセブン・シンズを追え。ここからなら、すぐだ」

「……分かりました」

 

 ヴィータの言葉に、ティアナは相手を自分の眼で分析した後、素直に頷いた。

 カブトムシ獣人は、恐らくは近接戦向けのタイプだ。ヴィータと戦っている横で、離脱した自分を追撃する確率は低い。

 ティアナが走り出すと、ヴィータとエリゴスは一気に間合いを詰め、互いの武器を撃ち合わせていた。金属をぶつけ合う轟音が鳴り響くが、ティアナは決して振り向かずクロスミラージュの示す地図を頼りに走り続けた。

 

 

 陸士315部隊の隊舎では六課への出動要請にいつでも対応すべく、緊迫した雰囲気を保っていた。

 特にチンクは部隊長の補佐官として普段以上の仕事を熟していた。何かあればすぐに気負おうとするラウムに苦労を掛けないよう、必死に努めていたのだ。

 

「さて、そろそろ六課の方の動きも見て……ん?」

 

 第94観測指定世界にいる六課の状況も確認しようとしたその時、チンクに念話が掛けられた。相手はラウムかギンガだろうか、と思ったチンクはすぐに応答する。

 

(どうも初めまして。ナンバーズ5番、チンク)

 

 しかし、相手はそのどちらでもなかった。

 相手を嘲笑うようなねっとりとした男性の声、そして自分のことをナンバーズと呼ぶ者。頭に響いてくる声を、チンクは最近一度だけ聞いたことがあった。

 

(まさか、マラネロ!?)

(ご名答。私がマルバス・マラネロだ)

 

 敵の本命にして、この事件の首謀者。マルバス・マラネロが直接チンクに話しかけていたのだった。



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第33話 エース・オブ・エースの戦い

 シグナム、エリオ、エドワードの3人はロストロギアの反応ポイントへ順調に近付いていた。

 3人の捜索場所はかつて湖があったことが伺える巨大な窪みで、その中央にセブン・シンズがあるらしい。

 

「ここまでは楽だったが……」

 

 窪みの淵から中を覗いたエドワードは、思わず呟いてしまう。窪みの中には、セブン・シンズを守るべく配置されたネオガジェットが多数存在していた。

 その数を数えていたエリオによれば、およそ30機は蠢いているという。

 

「アレを突破しない限りは手に入らないだろう。覚悟はいいな、2人共」

「は、はい!」

「当然です」

 

 冷静にレヴァンティンを抜き、2人の部下を一瞥するシグナム。エリオは若干戸惑いながらも返事をし、エドワードは変わらず冷静に応答する。

 シグナムが窪みの中に足を踏み入れた途端、ネオガジェットが一斉にこちらを振り向く。

 そして、3人対30機の混戦の火蓋が切って落とされたのだった。

 

 

 その一方で、別の反応を追い続けるフェイトとキャロは、段々と異変を感じつつあった。

 巨大化した仔竜フリードリヒの背に乗り、上空から反応のある地点に向かっているのだが、獣人はおろかネオガジェットの攻め手が一向に見当たらなかった。

 敵も同じものを狙っているのであれば、フェイト達は排除すべき邪魔者のはずだ。

 

「キャロ、気を付けて」

「はい。フリード、ここで降りて」

 

 何事もなく、反応の近くまで来たキャロはフリードリヒに頼んでゆっくりと降下する。

 降りた場所は草1つない荒れ地で、突起した岩山が連なっている。頬を撫でる乾いた風と生命の気配がない土地は、荒廃した世界の物寂しさを端的に表していた。

 そんな何もない所だったが、フェイトは岩山の1つにキラリと光る宝石が埋め込んであるのを発見した。

 

「フェイトさん、ありましたか?」

 

 警戒しながらも近付くフェイトキャロが訪ねる。すると、フェイトは首を横に振った。

 フェイトが見つけた宝石は、確かにロストロギアの反応を出していたのだが、動物を模した像ではなかった。

 しかし、執務官として数々のロストロギア事件も担当してきたフェイトは、この宝石にある違和感を覚えていた。

 ロストロギア自体が危険な代物であることに変わりないのだが、この宝石は魔力反応も少なく危険度は低めだろう。そんなものが何故こんな場所に埋め込まれているのか。

 

「残念だけど、私達は外れを引いたみたい」

 

 フェイトの言葉が示す通り、次の瞬間には宝石の埋め込まれた岩山が崩れ、中から何かが出て来た。

 大きさは3m程あり、駆動音を鳴らしながら四本の脚を動かしてフェイト達に近付いてくる。鋼鉄の身体に乗った瓦礫を振り落すと、巨大な犬のような全身が露になった。ただし普通の犬と大きく違う部分は、頭部が3つも存在することだった。

 目の部分である合計6つのセンサーがフェイトとキャロ、フリードリヒを認識すると、鋼の牙を生やした3つの口から電子音を咆哮させた。

 

「機械の、三頭犬……?」

「もう何でもありだね」

 

 フェイトもキャロも、これが新型のネオガジェットであることはすぐに分かったが、規格外の大きさと奇抜すぎる姿には流石に呆気に取られた。

 しかし、ふざけてばかりではない。ネオガジェット・タイプGは巨大な牙を剥き出しにし、フェイト達に噛み付いて来た。

 慌てて飛んで避ける2人と1匹だが、驚くべきは噛み付きの威力。フェイト達がさっきまでいた場所は、まるでスポンジケーキのように易々と削り取られていたのだ。

 噛み砕いた土を吐き捨てたタイプGは、カチカチと牙を鳴らしてフェイト達を見据える。強さも量産型とは規格外な敵に、フェイトはバルディッシュに稲妻を走らせながら立ち向かっていった。

 

 

◇◆◇

 

 

 フェイト達とは離れた地点の上空では、なのはとウィネが魔力弾による銃撃戦を繰り広げていた。

 

 なのはは空中を軍用機のように飛行しながら、レイジングハートの杖先からピンク色の魔力弾を4発、ウィネに向かって発射する。

 なのはの得意魔法である"ディバインシューター"は、なのは自身に掛けられているリミッターの所為で弾速は落ちているものの、正確な射撃でウィネの灰色の甲冑に覆われたような体を捕えた。

 しかし、硬い装甲にはあまりダメージを与えられておらず、ウィネはお返しとばかりに両手に持っていたクワガタの顎を模したライフルを発砲する。放たれたのは鉛の弾ではなく、ウィネの赤い魔力で生成された魔力弾だ。これこそがクワガタ獣人の「魔口弾」で、見た目は小さいが威力は一般的な獣人のものよりも遥かに高い。おまけに、ウィネの魔力が尽きるまでは無限に発砲でき、リロードによる隙も作らない。

 

「くっ! シュート!」

 

 なのはは華麗な飛行テクニックで銃弾を避け、再度ディバインシューターを放つ。ディバインシューターよりも更に速度と弾数で勝るアクセルシューターという射撃魔法もあるのだが、一度動きを止めて撃たねばならず、却って隙を生んでしまう。

 ウィネもまた、背中の羽を羽撃かせながら縦横無尽に飛び、なのはの射撃魔法を避ける。

 しかし、普通の飛行魔法より柔軟性で劣るのか、避けきれなかった射撃は装甲で受けるかライフルの腹の部分にある鋸状の刃で弾いていた。

 

「なかなかやりますね。彼の助けもなしに」

 

 お互いに隙を見せあわない銃撃戦に、ウィネは称賛交じりに前回の作戦でのイレギュラーだったユーノへの皮肉を口にした。

 対するなのはは、ウィネの皮肉にも冷静さを崩さずに射撃魔法を放ち続ける。

 

「これぐらいじゃ、揺らぎませんか」

 

 ウィネもなのはの隙を作る目的で放った皮肉が外れ、残念そうに魔力弾を弾く。同時に空いたライフルでなのはを狙うも、弾は全て躱されてしまった。

 すると、ウィネはその場に止まり、何かを思い出したかのようにまた話し始めた。

 

「あぁ! 何か頭に痞えていると思ったら。貴方の部下が追っていたセブン・シンズについてです」

「えっ!?」

 

 急にセブン・シンズの話が出たことに驚いたなのはも立ち止まるが、杖先はウィネに向けたまま警戒を崩さない。

 結果的に自分がいつ撃たれてもおかしくないという状況になったにも関わらず、ウィネは縦に割れた下顎をカタカタと鳴らして話し続ける。

 

「あれは私が用意したセブン・シンズの方でしょう。名前は"暴食(グラトニー)"」

 

 スバル達が追っていたセブン・シンズは、やはりウィネが仕掛けたものだった。

 しかし、なのはが驚いたのは自分達を嵌める罠にわざわざ本物のセブン・シンズを用いたことであった。

 下手すれば奪われかねないリスクをマラネロが犯すはずがないにも関わらず、何故"暴食(グラトニー)"を起動六課の反応圏内に仕掛ける真似をしたのか。

 

「あのセブン・シンズは少々厄介でしてね。触った対象が有機生命体なら、無限の食欲を曝け出す怪物にしてしまうのですよ。勿論、部下の方が封印魔法を掛けた後で触られるのでしたら問題ないのですが、もしその辺の野生動物が触れでもしたら……クククッ」

 

 答えは単純。それ以上のリスクを抱えた代物だったから。

 ウィネの話に危険を感じたなのはは思わず息を呑み、すぐにでもスバル達の元へ飛び立とうとした。

 

「ほら、ボーッとしてはダメでしょう!」

 

 だが、ウィネが見逃す訳はなかった。放たれた銃弾はなのはの白いバリアジャケットに掠り傷を付けたが、幸い怪我はない。

 なのはは直感で、すぐにでもこの男を倒さねばならないと判断した。

 

 

◇◆◇

 

 

 ウィネ、アースと立て続けに襲撃を受け、一人でセブン・シンズの探索を行っていたスバルは漸く反応を出しているものの近くまで辿り着いた。

 岩山で囲われたその場所は鼠やアルマジロ等の野生動物が生息しており、雑草も生えていることからも水辺も近いことが伺える。

 

「ソラトとなのはさん、大丈夫かな……」

 

 離れ離れになってしまった恋人と上司の心配をしながら、反応元を探すスバル。これがもしセブン・シンズならすぐにでも封印措置を施して皆の応援に行くつもりだった。

 しかし、スバルの考えはその場に相応しくない物音の所為で途切れてしまう。

 物音は岩山の影になっている場所から聞こえてきた。よく聞けば、それはバリボリと何かを勢いよく貪るような音に近い。

 

「誰かいるのかな」

 

 もしかすれば、食事中の敵かもしれない。そんな呑気な考えを浮かべながら、スバルはゆっくりと物音の正体に近付いていく。

 そして、岩場に隠れながら除くと、そこには想像を絶する光景が広がっていた。

 

「嘘……」

 

 スバルが見たものは、人間と同サイズ程の怪物だった。

 ブクブクと風船のように膨れ上がった体には毛が生えておらず、薄桃色の肉を赤い液体で汚していた。頭は焦点の合っていない目と夥しい量の涎を垂らす大きな口が目立っていて、付き出した黒い鼻と巨大な前歯からこの上なく醜い鼠のようにも見えた。

 何より悍ましいのことに、醜い怪物は両前足に持ったアルマジロを2匹、交互に頭から喰らっていたのだ。食い散らかされた他の生物の血や残骸が怪物の肉体を汚し、周辺に異臭を撒き散らしている。

 

「うぇぇ……」

 

 グチャグチャと生々しい音を立てて肉を貪る怪物から、スバルは目を背けたくなった。

 しかし、セブン・シンズの反応はあの怪物から発信されていたのだ。よく見ると、怪物の腹が中から黄色く発光しているのが見える。

 

「……仕方ない」

 

 マッハキャリバーのローラーをフル回転させて勢いよく飛び出し、すぐにでも吐き出させるようブヨブヨの腹を目掛けて全力で殴り掛かった。

 この時、スバルは2つのミスを犯していた。1つは怪物の垂れ下がっていた耳が立っていたことに気が付いていなかったこと。

 そしてもう1つは、怪物の反射神経が鈍いと思い込んでいたこと。

 暴食の怪物はスバルが来ることを即察知し、持っていたアルマジロの死骸を握り潰しながらスバルを払い飛ばした。想像以上の素早さと力を受けたスバルは、そのまま岩壁に叩きつけられてしまう。

 

「かはっ、そ……んな……」

 

 スバルはダメージを受けた身体でゆっくりと立ち上がる。

 未知の存在への恐怖に怯えるスバルだが、怪物は彼女の様子を気にもかけず、ただ次の餌が来たことに尻尾を叩いて喜んでいた。

 

 

 その頃、廃墟と化した街並では、青緑と紅の光が幾度となく交差しながら移動していく。

 崩れ落ちた残骸を躱しつつ、ソラトは自分と同じように浮遊魔法で滑走するアースと刃を交えていた。

 何度目かの鍔迫り合いを繰り広げている最中、ソラトは脳裏に誰かの悲鳴が聞こえたような気がした。

 

「戦いに集中しろっ!」

 

 一瞬だけ気を取られたソラトへアースが剣を押し出し、そのまま斬り掛かろうとする。

 しかし、ソラトはすぐに体勢を立て直し斬撃をセラフィムで防ぐ。ソラトには、今の悲鳴が先程別れたスバルのものだということに何故か確信が持てた。

 スバルが危ない。そう考えた瞬間、ソラトの中の感情が一気に爆発する。

 

「アース。僕も君との決着は付けたい」

 

 呟くソラトに、アースは違和感を感じた。今まで互角以上だった鍔迫り合いだが、急にソラトの方が押し出してきたのだ。

 負けじとベルゼブブを押し込もうとするが、動くどころか段々と押し負けている。

 

「けど、今は」

 

 更に、セラフィムのカートリッジから薬莢が2つ排出される。その瞬間、セラフィムのホバーから噴出される魔力が勢いを増し、ソラトの力も強くなっていく。

 

「君の相手をしている暇はない!!」

 

 爆発的に力を増したソラトは、刃を交えたままアースをベルゼブブごと押し出して勢いよく滑空し、進行方向の先にある廃ビルへ弾き飛ばした。

 今の衝撃でビルの壁が崩れ、粉塵が辺りを覆い尽くす。だが、すぐに紅い閃光と共に刃が振り下ろされ、塵は斜めに切り払われた。

 中から出て来たアースは少なからずダメージを負っていたが、戦闘は余裕で続行出来る程度だった。

 

「ソラトォ! 何処へ行ったぁ!」

 

 しかし、ソラトの姿はもう目の前にはなく、ずっと遠くの方で青緑色の光が小さく見えるのみである。今から全速力で追っても、追い付くことは出来ないだろう。

 自分との勝負を放って何処かへ行ったソラトに対し、アースは怒りを抑えずにはいられなかった。

 

「ソラトォォォォォォォォォッ!!」

 

 瓦礫の山をぶち壊しながら、怒り任せに叫ぶアース。その背中には微かだが、一対の紅い翼が拡げられているようにも見えた。

 悪魔の声のような遠吠えを背に、ソラトは砂塵を撒き散らしながらスバルの元へ向かっていた。

 

「スバル!? 大丈夫、スバル!?」

 

 必死に通信で呼びかけるが、答えられない状況なのか繋がらない。荒野を進んでいくにつれて、ソラトの中の不安と焦りがどんどん大きくなっていく。

 一刻も早くスバルの元へ駆けつけるべく、ソラトは更に浮遊魔法のスピードを上げた。

 

 

◇◆◇

 

 

 なのはは、銃弾を躱しながら何とかウィネを倒す方法を考えていた。

 特に厄介なことに、鎧のように強固な装甲の所為でまともなダメージを与えられないでいる。威力の高い射撃魔法や砲撃魔法はチャージを要するので隙が生まれてしまうため、射撃の出来るウィネ相手ではあまり使えない。

 

「ほらほら、もっと華麗に踊ってくださいよ!」

 

 対するウィネは余裕を持て余しているかのように、両手に構えたライフルでなのはを乱れ撃ってくる。ウィネの武器はリロードの必要もないので、なのはに砲撃のチャンスを与える隙すらないのだ。

 なのはは飛び回りながら、ウィネの身体にチェーンバインドを巻き付ける。

 

「んん? 何度行っても無駄です!」

 

 しかし、出力リミッターを掛けられているなのはのバインドでは、ウィネを拘束出来る時間は短すぎた。

 

 機動六課結成時、各隊長と副隊長には出力リミッターによるランク引下げが行われていた。これにより、部隊の保有する魔導師ランクの制限を誤魔化していたのだ。

 再結成された現在でもリミッターはやはり掛けられており、なのはがウィネに苦戦する一番の原因となっていた。

 おまけに解除回数にも制限があるので、そう易々とは許可が下りない。

 だが、今は解除してでも戦うべき強敵を目の前にしている上、恐らくはスバルの命も危ない。

 

「はやてちゃん! 限定解除申請、お願いします!」

 

 遂に司令室のはやてに要請を掛けるなのは。隊長陣のリミッター解除を許可出来る権限は、部隊長であるはやてが持っている。

 はやてもウィネ相手に限定解除を考えていたようで、なのはの要請に頷く。

 

「分かった。高町なのは、能力限定解除、承認! リリースタイム、60分!」

「リミットリリース!」

 

 はやてが目の前に現れた魔方陣の中央を押すと、なのはの足元にミッドチルダ式の円形魔方陣が現れ、なのはを包むように輝きを増す。

 限定解除の際に立ち止まったなのはにウィネは銃口を向けるが、今の自分ならば、全力のなのはを相手に取れるという自信があったため撃とうとは思わなかった。

 

 光が晴れて、再び現れたなのははまずバリアジャケットに変化が見られた。

 胸の赤いリボンがなくなり、ジャケットは開いてインナージャケットが見える状態に。スカートもロングになって全体的に露出度が減った。レイジングハートも丸みを帯びたデザインから、槍のように先端が伸びた形態へと変形している。

 

「これが、エース・オブ・エースのフルドライブか……」

 

 フルドライブとはデバイスの最大出力モードであり、通常6割しか使用出来ない魔導師の力を限界まで引き出すことが出来る。その反面、過剰不可によるダメージを受けることにもなり、デバイスの破損や体への悪影響にも繋がる諸刃の剣でもある。かつてなのはが墜落した要因の一つにもなってしまうほどだ。

 そんな事情も知ったことではないウィネは、なのはの周囲を覆う魔力が明らかに増大していることに感嘆の声を上げる。だが、あまりの傲慢は身を滅ぼすきっかけにもなる。そのことに彼は気付いていなかった。

 

「最大出力のディバインバスター、いくよ。レイジングハート」

〔了解です、一気に吹き飛ばしましょう〕

 

 フルドライブ"エクシードモード"を展開したなのはは、ウィネに向けてレイジングハートを構え、砲撃のチャージを始める。

 

「いくら余裕があるとはいえ、砲撃のチャージを長々と許すほど愚かではない!」

 

 ウィネはライフルの引き金を引く指に力を込める。

 しかし、弾は立ち止まっているはずのなのはに当たることはなかった。撃つ瞬間に、ピンク色のバインドで縛られ、照準を狂わされたのだ。

 

「チッ、こんなも──何っ!?」

 

 舌打ちしながら、ウィネは先程のようにバインドを引き千切ろうとした。

 しかし、限定解除で魔力を取り戻し、フルドライブ状態のなのはのバインドは易々と千切れるようなものではない。

 それでもウィネは負けじと力を振り絞り、漸くバインドを破る。より強固になったバインドをも破る獣人の力になのはは改めて驚かされる。

 だが、全てはもう遅かった。

 

〔Divine buster〕

「全力全開! ディバインバスタァァァァァァァッ!!」

 

 ロックをウィネに合わせ、なのははレイジングハートの引き金を引く。その瞬間、ピンク色に輝く極太の砲撃が瞬く間にクワガタ獣人の姿を呑み込んでいた。

 呑み込まれる直前に腕で顔をガードするウィネだが、まずは持っていたライフルが二丁とも粉々に破壊される。

 

「こ、これほどっ! までとはっ!」

 

 必死に耐えるウィネだが、光の濁流は止むことはない。そして、なのはの全力の砲撃はウィネの硬い装甲を段々と破壊していく。

 より強い力で装甲ごと相手をぶっ飛ばす。これこそ、なのはの必勝法であったのだ。

 

「私が負ける……? この私が……そんなはず、あるものかぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 今までなのはを見下していた傲慢のツケが一気に襲い掛かり、最後まで自分の敗北を認められないままウィネは砕け散る装甲と共にディバインバスターの光に流されていった。

 ディバインバスターの着弾地点にはクレーターが出来ており、中心では人間態に戻りボロボロになったウィネが横たわっていた。

 

「ウィネ・エディックス、逮捕しました……!」

 

 昏倒したウィネにバインドを巻き付け、なのはは息を切らしながらはやてに報告を入れた。

 恐ろしい敵をやっと倒したなのはだったが、喜ぶ暇もなくスバルの安否を確かめようとしていた。

 

 

◇◆◇

 

 

 スバルは焦っていた。目の前の怪物が汚い涎を垂らしながら迫っていたからだ。

 ブクブクと太った鼠のような化け物は巨体に似合わず、素早く重い一撃をスバルに与えていた。

 壁に叩きつけられていたスバルは起き上がり、リボルバーナックルのギアを回転させながら殴り掛かる。今度はブヨブヨの腹を確実に捕らえていたはずだった。

 

「そんなっ!?」

 

 速度を上げて放った拳は贅肉に包まれ、殆どダメージを与えられていない。それどころか、攻撃に使用した魔力を腹の中の"暴食(グラトニー)"に吸収されてしまったのだ。

 何とか拳を引き出し、急いでその場を離れるスバル。紙一重で暴食の怪物の前歯を避けることが出来たが、怪物はなんとそのまま前歯の刺さった地面すら食べ始めた。

 土や石をボリボリと噛み砕き呑み込む怪物に、スバルは改めて悍ましさを感じることとなった。呑み込んだ無機物すら"暴食(グラトニー)"の力で魔力へと還元し、吸収しているようだ。

 食べる口を動かしながら、スバルににじり寄る化け物。そして、巨体のままスバルへ飛びかかってきた。

 

「きゃああああっ!?」

 

 後ろに下がるスバルだが、避け切る前に前足に捕まってしまった。獲物を握る力も強く、スバルは思わず悲鳴を上げてしまう。

 このまますぐに口に放り込まれる。スバルの考えとは裏腹に、化け物はまだ土を食らっていた。その分、逃げられないよう強く握られてしまうので、スバルの苦痛も長く続く。

 やがて口の中身を呑み込んだ怪物は握り締めたスバルを見るなり、まずは味見と言わんばかりに舌で舐め回した。苦痛を与えられた次は唾液に塗れ、スバルの表情はすっかり曇ってしまっていた。

 

(これで終わりなんて、そんなのヤダ!)

 

 指の中で必死に抵抗すべく戦闘機人時のIS"振動破砕"を発動しても、傷付いた指は力が緩むことはない。食欲の一点のみを過剰に暴走させられた怪物は、痛覚すらも感じなくなっていた。

 成す術がなくなり、涙を流すスバル。胸の内には、仲間や憧れの人、そして愛する恋人との思い出が蘇る。

 こんなところで死にたくないという少女の悲痛な思いも虚しく、暴食の怪物は大きく開いた口を近付けた。

 

「……え?」

 

 が、スバルは食べられることはなかった。彼女が怪物の口に入る直前に何かが飛来し、口を塞いでいたからだ。それを噛み砕こうとした怪物の口は爆発し、衝撃でスバルを掴む力が緩んだ。

 その場に尻餅をついたスバルを逃がすまいと、怪物は前足を伸ばす。

 

〔Divine buster〕

 

 だがやはり、さっきと同じく飛んで来た青緑色の斬撃波に今度は前足を切断されてしまう。

 スバルは斬撃波が飛んで来た方向を振り向き、誰が来たのかを知って再び──今度は喜びと安堵の涙を零した。

 

 遠くの荒野から一直線に向かってくる青緑色の光。地上を滑走しながら振り下ろした大剣を構え直し、白いジャケットを風に揺らす。

 金色の前髪の奥で怒りに燃える蒼い瞳は、彼女を危険な目に合わせた醜い怪物を捕えている。

 

「スターズ5、目標を確認。あの怪物の中にロストロギアの反応があります」

〔多分、あれは"暴食(グラトニー)"の力やね。気を付けてな〕

「了解。ソラト・レイグラント、行きます!」

 

 はやてとの通信で相手がセブン・シンズの力で生まれた怪物だと分かったソラトは、剣を握る力を強める。

 今度は間に合ったソラトは滑走の勢いをそのままに、切先に怒りを載せて暴食の怪物へ斬り掛かって行った。



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第34話 紫炎揺れ、鉄槌下す

 岩場に囲まれた荒野を一直線に突っ切って行く青緑色の光。

 その光に乗って地上をスライド移動しながら、ソラトは大剣セラフィムを構えて目の前の怪物に立ち向かう。怪物の傍に座り込んだ、大切な女の子を守るために。

 

「はぁぁぁぁっ!!」

 

 滑走の勢いに乗ったまま、ソラトは怪物を斬り裂こうと剣を振り下ろした。刀身から噴出されるホバーによって更に勢いを増した刃はブクブクと太った醜い化け物の頭と体を真っ二つに断つ――はずだった。

 実際には、先程ディバインバスターで切られた前足で剣を防がれていた。前足を斬ったことで勢いを殺されたセラフィムは、ブヨブヨの厚い肉が付いた身体は完全に斬り裂くことが出来ず肩で止まってしまった。

 斬り傷からは血飛沫を飛ばし、周囲に鉄の臭いを漂わせているが、怪物は痛みに悶えることもなくソラトに大口を開けて食らいついて来る。

 ソラトは間一髪のところで後ろに下がり、座り込んだスバルの目の前に着地する。異形の怪物に怯えも見せず、女性を背に剣を構える姿は王道のヒーローのように勇ましい。

 

「スバル、大丈夫?」

「うん……」

 

 後ろを振り返らずに安否を尋ねてくるソラトに、スバルは顔に付いた涎と涙を拭って頷く。マッハキャリバーとリボルバーナックルにも目立つ損傷はなく、まだ戦える。スバルは立ち上がり、ソラトの横に並び立つ。

 対する暴食の怪物は、相変わらず傷口から多量の血を流している。普通の生物ならこのまま放っておいても出血多量で死ぬはずだが、怪物に宿っている"暴食"はそれを良しとしなかった。

 怪物の腹部が黄色く光ると、見る見る内に傷口が再生していった。斬り落とされた前足ですら新しく生え、古い足を掴んで怪物の口に放り込んでいた。

 痛覚も作用せず、傷もどんどん再生させてしまう。悍ましい化け物の姿に、スバルはこれがセブン・シンズの力なのかと絶句していた。

 

「スバル、大丈夫」

 

 そこへ、ソラトが優しくスバルに話し掛ける。声色こそ穏やかだが、ソラトの表情は真剣そのものだった。愛しい彼女を涎塗れにし、食い殺そうとした怪物への怒りで頭がいっぱいになっていた。

 

「お腹を斬り裂いて、そのままセブン・シンズを封印する」

 

 再生力の源であるセブン・シンズが腹の中にあるのならば、掻っ捌いて取り出してから封印すればいい。シンプルだが、暴食を倒す術はそれしかなかった。

 

(こういう時に、フルドライブが使えればいいのに)

 

 ソラトは怪物の隙が何処に出来るかを観察しながら、フルドライブが使えない歯痒さを感じていた。

 フルドライブは魔力を限界まで引き出す最大出力形態だが、使用者の身体やデバイスに悪影響を及ぼすデメリットも存在する。

 そのため、フォワード達のデバイスにもリミッターが施されていた。このリミッターは各分隊の隊長が承認しなければ解くことが出来ず、スターズに所属するソラトやスバルはなのはが承認しなければフルドライブを使えないのだ。

 使えないものを考えても仕方がない。ソラトはもう再生が殆ど完了した怪物の動きに集中した。

 

「スバル、シーリングの方はお願い」

「分かった」

 

 すぐに封印出来るよう、ソラトはスバルに封印魔法の使用を頼む。

 次の瞬間、怪物は鼠が獲物を狩る時のようにソラト達へ飛びかかってきた。巨体に似合わぬ俊敏な動きだが、それ以上に高速で移動できるエリオとの模擬戦を熟してきたソラトは化け物の動きを見切っていた。

 魔力カートリッジを1つ消費し、脚に付加したウイングフォルムの浮遊魔法で一気に怪物との間合いを詰めたソラトは、スライド移動で一回転しながらセラフィム真横に振り抜いて腹部を裂く。

 断面から赤い血肉を見せる暴食の怪物だが、反応を見せることもなくソラトに食らいつこうと牙を向ける。

 

〔Grand cross〕

「グランドクロスッ!!」

 

 だが、ソラトの手は止まっていなかった。

 横に薙いだはずの大剣は真上に移動しており、牙が届く前に一気に振り下ろす。魔力を帯びた刃は怪物の頭と体を縦に両断していく。肉が厚すぎたため、完全に両断は出来なかったがパックリ開いた口は見事にソラトを避け、噛み付かれることはなかった。

 十文字に斬られた腹部の中心には豚を象った小像が埋まっていて、光を放つと怪物の肉体はまたもや再生を始める。しかし、逃がすまいとスバルがローラーで一気に攻め込んでいく。

 

〔Sealing nuckle〕

「シーリングナックル!」

 

 青い光を帯びた拳は"暴食"を捕え、光を流し込んでいく。再生の光を抑え込まれた"暴食"は、傷口の中から飛び出すと輝きを失って行った。

 同時に怪物の再生も止まり、汚らしい肉や血が"暴食"と同じ黄色い光と還っていく。

 

「か、勝った……!」

「やったよ、ソラト!」

 

 勝利を確信したソラトは今までの緊張が全て抜けてしまい、その場に座り込んでしまう。

 すると、封印成功に喜んだスバルがソラトに抱き着いて来た。涎塗れで本当は少し遠慮して欲しかったが、スバルに抱き着かれるならとソラトは顔を赤くする。

 怪物の姿は完全に消え、後には封印されたセブン・シンズと惨く切り刻まれた鼠の死骸しか残らなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

 ヴィータと別れ、一人でロストロギアを追うティアナは反応が何処から出て来ているのかを探していた。

 しかし、反応の地点と思しき場所に来てもセブン・シンズはおろか宝石1つ落ちてはおらず、ティアナは周囲を捜索し続けていた。

 

「ったく、何処にあるのよ……」

 

 地図の反応は相変わらず変わっておらず、ティアナは岩か何処かにでも埋まってるんじゃないかと疑い始めていた。おまけに、敵の姿すらも一向に見えないこともティアナの疑いを強めていた。

 

「探しモンはこれか?」

 

 その時、頭上から若い男性の声がした。その声に聞き覚えはあるものの、ティアナの耳には違和感が残っていた。何故なら、彼女が思い浮かべた人物はそんな乱暴な言葉遣いをしないからだ。

 ティアナがクロスミラージュを構えて頭上を向くと、黒いジャケットを着た男が岩場に座り込んでいた。

 手に握られたスーツケースには、アメジストのような紫色に輝く蠍の像が収められていた。前情報から推測すれば、あの像は"色欲(ラスト)"だろう。

 

「アース……どうしてアンタが」

 

 ティアナは先を越され、口惜しそうに声を掛けて来た人物の名前を口にする。

 ソラトに勝負から押し切られる形で逃げられてしまい、この場にいる必要のなくなったアースは元々の任務であるセブン・シンズの回収に来たのだ。今のアースは腸が煮え繰り返りそうなほどの怒りを抱えているのだが、ティアナには知る由もない。

 アースはスーツケースを抱えたまま、デバイスを構えた状態のティアナの目の前まで降りてくる。普通ならいつ撃たれてもおかしくないという状況にも関わらず、アースは気に掛けることもない。

 

「コイツは俺が貰って行く。ソラトには決着を先延ばしにされたんでな」

「う、動くな! このまま逃がすとでも」

〔Dark raid〕

 

 スーツケースを閉じるアースへ、ティアナは引き金を引こうとする。

 だが次の一瞬で、アースは右手にベルゼブブを呼び出し、ダークレイドを瞬時に発動することで高速で剣を振り抜く。ティアナが気付いた時にはクロスミラージュを弾き飛ばしていた。

 

「お前に用はない」

「私にはある」

 

 そのまま撤退しようとするアースだったが、ティアナは弾き飛ばされたはずのクロスミラージュを左手に持ち、銃口をアースの胸部に向けていた。

 クロスミラージュは特徴の一つとして、二丁に増やすことが出来るのだ。先程まで一丁しか構えていなかったのは、アースが何らかの方法でこちらの銃撃を防ぐことを予測し、あえてもう一丁の存在を隠していたのである。

 

「さぁ、大人しく逮捕されなさい」

「ほぅ、面白いな。お前」

 

 ティアナの抵抗に、しかめっ面だったアースが笑みを浮かべた。まるでノーマークだった局員が予想外の実力者だったことで、少し興味が沸いたのだろう。

 しかし、あくまでアースの任務は"色欲"を持ち帰ること。ここでマラネロを裏切っても良かったのだが、アースにとって最優先すべきはソラトの抹殺。そのためにマラネロの協力が欠かせないことは、痛いほど理解していた。

 

「けど、何度も言わせるな。お前に用はない」

 

 アースの言葉と同時に、ティアナの後ろ側の頭上から小さな槍が3本放たれた。実はアースが仕掛けた時には、既にティアナの頭上にコラプションランスを配置しておいたのだ。

 少し遅れて気付いたティアナは横に転がって、降って来た槍を避ける。傷は負わなかったが、目を離してしまったためにアースは転送装置を起動させていた。

 ダメ元でティアナは魔力弾を撃つが、転送フィールドには幾重にもジャマーが張り巡らされているので弾かれてしまう。

 

「ソラトに伝えておけ。次は逃がさない、確実に殺すと」

 

 怒りの形相でティアナに告げ、アースは黄緑色の光と共に姿を消した。"色欲"を持っていかれ、ティアナの中に悔しさだけが残った。

 

 

◇◆◇

 

 

 "暴食"、"色欲"と次々にセブン・シンズの行方が判明する中、シグナム達はこの次元世界に存在する最後のロストロギアを求め、ネオガジェットの軍団との戦いを繰り広げていた。

 シグナムが紫色の炎をレヴァンティンの刀身に纏わせ、地中から現れたタイプCの胴体を斬り裂けば、エリオは電光を纏った高速移動でタイプAの集団の装甲を貫いていく。窪みの外からは、エドワードが二重に練り上げた魔力弾でAMFごとネオガジェットを打ち抜いていく。

 30機もの機械の大群は、シグナム達にとっては少しの足止め程度にしかならず、気付けば全てが片付くのに大して時間はかかっていなかった。

 

「こんなものか」

 

 手ごたえがない、と言わんばかりにレヴァンティンを鞘に納めるシグナム。

 バトルマニアの気もあるシグナムは、セブン・シンズの防衛に当たる強者との戦いを密かに待っていたのだ。それが、ただの雑魚の集団ともあれば、肩も落としたくなる。

 一方で、バトルマニアではないエリオとエドワードはシグナムの考えに同意はしかねていた。

 

〔シグナム!〕

 

 その時、六課の司令室にいるシグナムの補佐官兼ユニゾンデバイスのアギトから通信が入った。

 

〔大変だ! ヴィータの姉御が!〕

〔ヴィータちゃんが、エリゴスにやられてしまいます!〕

 

 通信に割って入ったリインフォースもアギトと同様に慌てている。"エリゴス"という名前にシグナムは強い反応を示した。

 エリゴス・ドマーニは以前、シグナムとヴィータが2人がかりで戦って決着の付かなかった相手。もし、ヴィータが現在一人でエリゴスの相手をしているのなら勝機は薄い。

 

「アギト、場所を教えろ。私も今から行く」

〔おう!〕

「クラウン、エリオ。後は任せるぞ」

 

 宿敵の登場に、シグナムは急いで空を飛んでヴィータの元へ急行した。

 残されたエリオ達は、一先ず"嫉妬"の封印措置をして六課に転送する。これで、7つの内2つが機動六課の元に集まった。

 

「さて、俺達は他のメンバーの応援に」

 

 セブン・シンズの転送が確認出来たエドワードは、未だ追っているメンバーのところへ向かおうと考えていた。

 しかし、2人の行動を阻むかのように爆音が鳴り響く。音の方を向くと、2人は想像を絶する光景を目の当たりにした。

 

「なぁ、アレは……」

「フェイトさんとキャロ、フリードですね」

 

 先程、別れたはずのフェイトとキャロのペアが敵のメカと交戦していたのだ。

 2人と1匹が戦っているのはまだいい。問題はその相手が色々と予想外なことだ。何故新型のネオガジェットが頭部を3つも持った、四足歩行の巨大な犬型なのか。

 鋼鉄の牙が岩山を切り削り、爪が荒野を抉る。相手の何とも言えない造形と、巨体が及ぼす破壊規模にエリオもエドワードも唖然とするしかなかった。

 

「……はぁ。行くぞ、エリオ」

「は、はい!」

 

 2人は一先ずは敵の滑稽な姿を頭から消し、激戦を繰り広げる上司と同僚へ応援に入ることとなった。

 

 

◇◆◇

 

 

「これで終わりか?」

 

 挑発的に構えるカブトムシ獣人とは対照的に、ヴィータは真っ赤なドレスに裂傷をいくつも作り、息を切らしながら飛んでいた。

 たった一人でエリゴスと交戦していたヴィータだが、今までシグナムと2人がかりで相手をしていた敵に一人で立ち向かうことは無謀であった。

 ハンマー型のアームドデバイス"グラーフアイゼン"の強烈な一撃も、カブトムシ獣人の黒い甲冑の前では意味を成さない。

 カブトムシの角を象ったT字の大剣も、獣人時の強大な剛腕で振るわれていることもあって、古代ベルカの騎士を互角に打ち合える程の力を発揮している。

 

「こんな、奴なんかに……!」

 

 魔力リミッターの存在があるとはいえ、力の差を感じたヴィータは歯を食いしばる。それでも、まだ戦意を捨ててはいなかった。

 闇の書のプログラムとして終わりのない戦いと悲しみを繰り返し、はやてのおかげでやっと人並の幸せを手に入れることが出来た。だからこそ、その幸せを平気で踏みにじり、大好きな主の命を狙うエリゴスが許せなかった。

 

「今からでも口を慎んだ方がいいぞ? 今後、吾輩がお前等の主となるのだから」

「誰がテメーなんかを主として認めるか! アタシ達の主ははやてだけだ!」

〔Schwalbefliegen〕

 

 エリゴスの挑発に激昂したヴィータは眼前に4つの鉄球を出現させ、それぞれに魔力を付与させながら鉄槌で打ち出した。飛ばされた鉄球をエリゴスは回避するが、鉄球はエリゴスを追尾して命中と同時に炸裂する。

 一瞬、爆煙に包まれるエリゴスだったが、すぐに煙の中から飛来してヴィータの首を捕まえた。多少の焦げ付きはあるが、命中した装甲は相変わらず小さな傷しか付いていない。

 

「無駄だと言っても分からないか」

 

 呆れた風に言いながら、エリゴスはヴィータの首を強く絞め続ける。獣人形態では表情が分からないが、内心ではヴィータを侮蔑していた。

 ヴォルケンリッターはプログラムの一部だと思い込んでいるエリゴスは、このままヴィータの首の骨を折って殺すつもりでいた。夜天の書の管制プログラムが消失した影響で、既にヴォルケンリッターは人間に近付き再生・復活が不可能であることも知らずに。

 

「はあああっ!!」

 

 そこへ、女性の雄叫びと共に鞭のように伸びた蛇腹の剣がヴィータとエリゴスの間に割って入った。エリゴスは腕に刃が当たる前に避けたが、その所為でヴィータの首を離してしまった。

 目標を失った刃は蛇腹を縮ませ、持ち主の元へと戻っていった。エリゴスはその持ち主を見て、カタカタと嘲笑っているかのように顎を鳴らす。

 

「そこまでだ、エリゴス・ドマーニ!」

「シグナム。わざわざ来てくれるなんて、吾輩の手間が省けた」

 

 現れたシグナムは凛々しい表情でエリゴスを睨みつける。激情的なヴィータと対照的に冷静なシグナムだが、彼女もはやてを主として誰よりも慕っているので、はやてを汚そうとするエリゴスに激しく怒りを燃やしていた。

 シグナムは蛇腹剣の形態である"シュランゲフォルム"となったレヴァンティンを一度鞘に戻し、苦しそうに咳き込むヴィータの元に近寄った。

 

「大丈夫か、ヴィータ」

「これぐらい、何でもねぇよ!」

「強がってる場合じゃありません!」

「えっ?」

 

 強がりを見せるヴィータに、シグナムとは違う少女の声がツッコミを入れる。

 よく見れば、シグナムの懐に人形サイズのリインフォースⅡとアギトが隠れていた。急に聞こえた家族の声にヴィータも一瞬だけ目を点にする。

 実は、ヴィータの元に駆けつけるシグナムへ、はやてが2人のユニゾンデバイスを転送させたのであった。なのはのように限定解除が出来れば話はもっと早かったのだが、解除回数には限度があり、また承認権を得るのに時間と手間が掛かる。

 

「リイン!? アギトも、何でここに!?」

「私達も一緒に戦います!」

「アイツだけは許せないからな!」

 

 驚くヴィータに、リインフォースもアギトもエリゴスへの怒りを露にする。これだけで、八神家の絆がどれほど堅いのかが垣間見える。

 

「行くぞアギト、速攻で決める」

「おう!」

「よし! 行くぜ、リイン!」

「はいです!」

 

 リインフォースはヴィータの、アギトはシグナムのそれぞれ合図に応じて白と紫の光となり、使用者の胸元に入り込んだ。

 

「ユニゾンイン!」

 

 掛け声と共に融合騎が発動すると、2人の身体にも影響が表れていく。

 リインフォースと融合したヴィータは橙色の髪と蒼い瞳の色が薄くなり、真紅の騎士甲冑は完全な白色へと変色した。ヴィータの中にいるリインフォースも、管理局の制服からミニスカートの袖なしワンピースという騎士服姿に変わっていた。

 アギトと融合したシグナムはピンク色の髪がクリーム色に、元の髪と同じ色だったチャイナドレス風の騎士服は魔力光と同じく紫色へと変わった他、背中には二対の炎の小さな羽が生えている。リインフォースと同様に、アギトもシグナムの中で紫のビキニにスカートが付いたパンツと露出度の極めて高い恰好になっていた。

 どちらもユニゾン前と比べても圧倒的に魔力量が変わり、リミッターが付いているにも拘らず強化されていることが伺える。

 

「これが融合騎の力、か……面白い! それを吾輩の物に!」

「黙りやがれ」

 

 剣を構えて特攻してくるエリゴスを睨み、ヴィータは斬撃を軽く避けてカウンターの一撃にグラーフアイゼンを振り下ろす。

 しかし、ユニゾンで魔力が高まった一撃でもエリゴスを多少怯ませる程度で装甲を割ることは出来ない。

 

「無駄だと言っている!」

 

 鉄槌を振り払い、エリゴスは切先をヴィータの額に付きつけようとする。しかし、シグナムによって攻撃を受け止められ、既に回避行動を取っていたヴィータは再び鉄槌をエリゴスの硬い身体に打ち付けた。

 何度も何度も鉄槌を振り下ろすヴィータだが、エリゴスは余裕の反応を崩さない。

 

「そういうことか」

 

 シグナムはヴィータの狙いが分かったようで、エリゴスの持つ剣と斬り合い続ける。

 両者ともユニゾンによって強化されたはずなのに、片方は無意味な行動を取り続け、もう片方は硬い身体に成す術がないのか防戦一方のままだ。2人の狙いが何なのか、エリゴスには理解出来なかった。

 エリゴスの武器は剣だけではない。頭に生えた巨大な角も立派な武装の1つで、攻撃を続けるヴィータを薙ぎ払った。だが、ヴィータはグラーフアイゼンの柄で防御し、再度攻撃を繰り出した。

 いよいよ退屈になってきたエリゴスはシグナムを一度弾き飛ばし、まずはヴィータを斬り刻もうと動いた。

 

「よし!」

 

 その時、ピシッと何かに皹が入る音がした。嬉しそうに笑うヴィータの視線の先では、口を横に開いたまま動けずにいるエリゴスの姿。彼の自慢の肩の装甲は大きく割れていた。

 ヴィータの狙いは同じ箇所に何度も鉄槌を打ち込み、最終的に砕くことだった。いくら強固な装甲でも、ユニゾンしたヴィータの攻撃を食らい続ければ割れもする。

 実は、一人で戦っている間もヴィータは同じ箇所を狙い続けていた。何度ボロボロにされようと、嘲笑われようと、砕いた装甲の上から一発加えることだけを狙っていたヴィータの粘り勝ちである。

 

「まさか、最初からこれが狙いで!?」

「そうだ」

 

 ヴィータの狙いがやっと分かったことと自慢の装甲が砕けたことですっかり動揺しているエリゴスに、シグナムは隙を逃すまいと剣を弾き飛ばす。

 

「アイゼン!」

「レヴァンティン!」

〔Raketenform〕

〔Explosion!〕

 

 剣も装甲も失ったエリゴスを倒すべく、ヴィータとシグナムはそれぞれのデバイスを構える。

 すると、両機ともカートリッジを1つ消費し、グラーフアイゼンはハンマーヘッドの片側に噴出口、反対側にスパイクを出現させたフォルムツヴァイ"ラケーテンフォルム"へ変形し、レヴァンティンは刀身に炎を纏わせた。

 

「ラケーテンハンマァァァァァァァッ!」

 

 ヴィータとリインフォースの声が重なる。グラーフアイゼンの噴出口からロケットのように勢いよく噴出させ、コマのように回り出したヴィータはエリゴスの元へ向かい、罅割れた装甲に思い切りスパイクを叩き付けた。

 衝撃は獣人の身体の突き抜け、体中の装甲に皹を入れさせる。スパイクは肩に刺さってはいないが、あまりの衝撃を生身で受けた結果、肩の骨が折れたかもしれない。

 

「紫電、一閃!!」

 

 だが、これで終わりではない。今度はシグナムとアギトの重なった掛け声と同時に、炎を纏ったレヴァンティンの斬撃が強固な守りを失ったカブトムシ獣人の身体を斬り裂いたのだ。

 2人の攻撃はタイミングよく決まり、まともに受けたエリゴスは空中で紫色の爆発を起こし、元の人間の姿のまま落下していった。

 

「これで、確保だ」

 

 このまま落ちれば、エリゴスは転落死してしまう。シグナムは焼け焦げたエリゴスの腕を掴み、地上に下ろしたところでバインドを掛けて拘束した。

 こうして、3人目の科学者の弟子も六課によって逮捕されたのであった。

 

 

 

「これで!」

 

 エリゴスとの決着が付くのと同じ頃合、フェイトの電撃を纏わせた斬撃がネオガジェット・タイプGの真ん中の首を斬り落としていた。

 これで3つの首全てを切り落とされ、タイプGは漸く稼働を停止した。

 

「ロストロギアの封印も完了です」

 

 切り落とされても動いていた頭部は、エドワードが鼻先に着いたロストロギアにシーリング弾を放つことで活動を停止。巨大ガジェットを遂に倒すことに成功したのだ。

 勝利したフェイト達は、喜ぶ気力もなくその場に座り込んでいた。

 これによって機動六課とマラネロの一派とのロストロギア争奪戦は終了。"色欲"こそ奪われたが、"暴食"と"嫉妬"の確保に成功し、ウィネ・エディックスとエリゴス・ドマーニの両名の逮捕を成し遂げたのであった。

 

 

◇◆◇

 

 

 第94観測指定世界から帰ってきたフォワード達を迎えるはやて達。

 

「皆、まずはお疲れ様」

 

 だが、その表情には何処か暗さを伺わせる。

 完全とは言えないが、セブン・シンズ2種の確保と犯罪者2人の逮捕を成し遂げたソラト達は、暗い雰囲気に何か嫌な予感を感じていた。

 

「何かあったんですか? はやてさん」

 

 怪物の涎に塗れ、一刻も早くシャワーを浴びたいはずのスバルですら違和感に気付き、はやてに尋ねる。

 すると、はやてはゆっくりと口を開いた。

 

「315部隊に、マラネロ本人が現れたそうや」

 

 獣人事件の首謀者が直々に、しかも315部隊に現れた。普通に考えてもあり得ないような事態に、スバル達は騒然とした。

 

「それでな、チンクが……」

「チンクに何があったんですか!?」

 

 はやての話にはまだ続きがあり、勝利ムードだったフォワード達の雰囲気も重いものへと変わっていく。

 特に、はやてはチンクと最近姉妹になったスバルには話しづらそうであった。

 だが、スバルの質問にはやてはとうとう答えた。

 

「チンクが、マラネロに薬を打ち込まれた」

 

 起きてしまった、最悪の結果を。



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第35話 許されざる罪

 機動六課フォワードチームが第94観測指定世界にてセブン・シンズ争奪戦を繰り広げている頃。

 陸士315部隊の隊舎では、部隊長補佐のチンク・ナカジマが突然掛かってきた念話に戸惑っていた。

 その念話の相手が現在起こっている獣人事件の首謀者、マルバス・マラネロだったのだ。

 

(何故貴様が……!?)

 

 315部隊の隊舎周辺は司令部のオペレーター達によって周辺は監視されており、容易に侵入出来るような場所ではない。

 それなのに何故チンクに念話を掛けてきたのか。チンクは突然の敵の出現に焦りながらも、すぐにラウムに知らせるべく動こうとした。

 

(あー、他の誰かに私のことを教えてはダメだよ。そんなことをすれば、この隊舎ごと君達を爆殺するから)

(なっ!?)

 

 しかし、行動はマラネロに読まれていたらしく、釘を刺されてしまう。

 普通ならば、隊舎ごと爆破するなんて無理な話である。だが、マラネロならばそれが出来てしまうだろう、と得体のしれない不安と恐怖がチンクの中にあった。

 

(……目的は何だ?)

 

 チンクは渋々立ち止まり、せめて敵の居場所が見つかるまで留めておかなくてはと話を続ける。

 

(勿論、君だよ。私は今、隊舎の裏に隠れている。大人しく一人で来てくれないか?)

(……分かった)

 

 マラネロに一人で近付くのは危険だったが、逆らえばラウムやノーヴェ達すら殺しかねない。チンクは大人しく頷いた。

 ただ、チンクも危ない目に遭いに行く訳ではない。

 チンクのIS"ランブルデトネイター"は手に触れた金属を爆発物に変え、自分の意志で爆発させることが出来るというもの。"スティンガー"というナイフを複数遠隔操作し、ISで爆発物に変えることで相手に触れることもなく倒す、というのがチンクの常套戦法であった。

 油断させ、ここでマラネロを捕まえることを心に決め、チンクはマラネロのいる場所に急いだ。

 

(マラネロ! 何処だ!)

 

 隊舎の裏側までやって来たチンクは、念話でマラネロの名前を叫ぶ。ところが、見回してもマラネロどころか人っ子一人もいない。これは罠かもしれないと、チンクは警戒を強め歩き出した。

 次の瞬間、チンクは首筋にチクリと何かが刺さる痛みを感じた。同時に振り向くとマラネロの姿が見えたので、すぐにナイフを投合した。

 

「中々正確だ」

 

 マラネロはチンクのナイフ投げを褒めつつ、自身もナイフを投げて打ち落とした。

 木の影から遂に姿を見せたマラネロに、チンクは更に大量のスティンガーを頭上に出現させ、マラネロ目掛けて放とうとする。

 しかし、ナイフは届く前に全てが落ちてしまう。操っていたチンクも急に身体の気怠さに襲われ、その場に膝をついてしまう。そこで漸く、首に刺さっているものが小型の注射器だと言うことに気付いた。

 

「けど、少し遅かったね」

 

 マラネロは注射器を動けないチンクの首から外すと、気味の悪い満面の笑みを浮かべながら監視カメラの方を向いて何かのスイッチを押した。

 すると、司令部側のモニターには先程までいなかったマラネロと倒れたチンクの姿が映し出されていた。

 

「こんにちわ~。ラウム・ヴァンガード君、早くここへ来ないと彼女の身がどうなっても知らないよ~」

 

 挑発するようにカメラへ話し掛けるマラネロを、チンクは忌々しい目で見ていた。

 もし、マラネロの目当てがこの薬を打ち込むことだけだとしたら、最初からチンクは罠に引っかかっていたようなものだったのだ。隊舎を爆破すると言うのも、ただのハッタリだろう。

 

「さて、私はそろそろ行くよ。これは私からのプレゼントだ」

 

 挑発を終えたマラネロは、チンクの前に謎のディスクを置いていった。

 見たところ普通のディスクらしく、爆発物ではなさそうだ。

 

「今から明日が楽しみだよ。ウヒャヒャヒャヒャ!」

 

 意味深なメッセージを最後に発し、マラネロは転送装置の光に包まれて消えた。

 ラウムが来てチンクを助けたのはそれから約10秒程後のことだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 数時間後。戦いを終えたスバル、ソラト、エドワードはチンクの元へと急いだ。

 チンクは315部隊の医務室で横になっていた。幸い、苦痛は和らいで意識もハッキリしているが、体内には何が入っているのか未だに分からずじまいだった。

 

「チンク、大丈夫!?」

「あぁ、心配かけたな……」

 

 ベッドの上で横たわりながら、チンクは不安げなスバルを落ち着かせる。

 315部隊にいたギンガ達も今は隣で大人しくチンクの様子を看ていたが、チンクが運び込まれた時は特にノーヴェが取り乱していた。強く慕っていた姉が重体で倒れていたのだ、心配しないはずもない。

 

「ラウムさんは?」

「ラウム隊長なら、執務室よ。ただ、今はそっとしてあげて」

 

 ソラトがこの場にチンクを運んできたラウムがいないことに気付くと、ギンガは神妙な面持ちでラウムの居場所を教えた。今は訪問しないようにと付け足しながら。

 どういうことかソラトとスバルは分からない様子だったが、唯一ラウムと長い付き合いのエドワードは分かったと頷いた。

 

「シャマル先生、チンクは一体?」

「……これを」

 

 エドワードの質問に、先に六課から来て検査をしていたシャマルが何かを渡しながら答えた。

 それは、マラネロが去り際に置いていったディスクだった。ディスク自体にコンピュータウイルスは入っていなかったが、中身はチンク達の絶望を更に煽るものだったのだ。

 スバル達は、改めて中に入っていた映像を確認することにした。

 

〔あー、どうも諸君。私はマルバス・マラネロ。君達の愉快な敵対者だ。今後とも何とぞよろしく〕

 

 まず映し出されたのは、マラネロが机に両肘を突いてこちらに話し掛けてくる姿だった。

 

〔さて、早速だが本題に入ろう。君達に残された時間も少ないことだしね。君達のお仲間、ナンバーズ5番ことチンクに打ち込んだのは非常に貴重な最新作の薬だ。そう、獣人化薬さ〕

 

 "獣人化薬"というワードが出て来た瞬間、3人は脳裏に嘗て対峙した敵の光景を思い出していた。

 インフィーノ家の赤ん坊を誘拐した執事を追い詰めた際、執事が使い出した薬があった。それによってサソリ獣人と化した執事は理性を失い暴れ出したのだ。

 もしもその時の薬と同一の物ならばチンクもいずれ獣人と化してしまう。

 

〔ああ、この薬は即効性じゃないので安心したまえ。但し、効果が表れるのは約24時間。これについては実験で調査済みだから安心していいよ。この薬を打ち消すワクチンもちゃんとここにある〕

「コイツ、まさかあの薬で別の人にも……!」

 

 つまり、マラネロはチンクに使う前に獣人化薬を別の人間に試したと言うことだった。

 悉く人の命を弄ぶ外道の所業に、ソラトは怒りのあまり拳を硬く握り締めていた。

 

〔たーだーしぃー! 条件がある。君達が奪取したであろうセブン・シンズを全てこちらに渡すこと。持ってくる人間は、陸士315部隊隊長ラウム・ヴァンガード一人だけ。これの条件を守れなかった場合、即ワクチンを破棄する。するとどうだろう、君達のチンクが私の望む新たな生命"獣機人"に変貌してしまうよ? 勿論、耐え切れなかったら死ぬだけなんだけどね〕

 

 マラネロの要求は、折角手に入れたセブン・シンズを全て渡すと言うものだった。最初からこれを見込んで弟子達にセブン・シンズを預けたのだろう。

 仮に渡さなかった場合は、マラネロが次に生み出そうと模索していた獣人と戦闘機人の複合体"獣機人"が誕生する。つまり、マラネロにとってはこの状況すら研究実験の過程に過ぎないのだ。

 

「マラネロ……ッ!」

 

 怒りが抑えられなくなったソラトは、悔しそうにマラネロの名前を呼ぶ。しかし、ソラトの目の前にいるのはただの映像ソフトの中に存在する男。本物は今頃自身のアジトで高笑いしていることだろう。

 こちらに残された選択肢は2つ。セブン・シンズを渡してチンクを救うか、渡さずにチンクの獣人化を黙認するか。

 

(なるほど。これはアイツにとってかなりキツい状況だな)

 

 エドワードは今頃ラウムがどのような状況になっているか思いながら、取り出した映像データを六課の方へ送信した。

 

 

◇◆◇

 

 

 その夜。チンクが獣人化薬を打ち込まれてから12時間が過ぎてしまった。

 シャマル達医療チームが今なお、ウイルスの解析とワクチンの製作を進めているが、一向に成果が得られぬままだった。24時間というリミットはあまりにも短い。

 暗くなった医務室で一人眠れぬままのチンクはラウムの心配をしていた。

 

「まさか、あんなに……」

 

 取り乱すなんて。チンクはラウムが自身を医務室に運んできた時のことを思い出していた。

 

 ラウムが来た時、既にチンクは身体に侵入したウイルスに苦しんでおり、マラネロはその場から消えていた。

 

『チンク! おいチンク、大丈夫か!? しっかりしろ!』

 

 苦しそうに息を荒くするチンクに、ラウムは今までの冷静な態度からは考えられない程慌てて彼女の名前を呼ぶ。

 そしてすぐにチンクを両手で抱えて医務室に走って行った。強く鋭い瞳は困惑で揺れ、変わらなかった顔色はどちらが病気なのか分からない程に青褪めていた。

 

「あんなに心配してくれたことは嬉しかったが……」

 

 必死に自分を心配するラウムにチンクは頬を少しだけ染めたが、逆にそれが何よりも心配の元だった。未知の薬を打ち込まれたとはいえ、いくらなんでも心配し過ぎなのではないか。

 と考えている時、医務室の扉がノックされる。

 

「チンク、いいか?」

「ラウム殿?」

 

 外から聞こえたのはラウムの声だった。

 すぐに返事を返すと、入って来たラウムの手には何故か大量の果実が入ったバスケットが持たれている。

 

「済まないな、こんな時間に」

「い、いえ。私も眠れなかったもので」

 

 そうか、と笑うラウムはフルーツバスケットを近くの机に置くと、チンクの傍に椅子を持って来て座った。

 漸く元に戻ったのかと考えるチンクだが、ラウムの瞳が未だ揺れていることに気付いた。ラウムはまだチンクが倒れたことに対し動揺しているのだ。

 

「でも、どうして?」

「……2人で話したかったから、かもな」

 

 仕事で時間が取れず、2人でゆっくりと話す暇が取れなかった。そう話すラウムに、チンクはすぐに嘘だと見抜いた。

 短い間ではあったが、ラウムの秘書官として傍にいたチンクはラウムが仕事に追われている姿を見たことがなかった。昼間に時間を取っても、夜に仕事を終えることは出来たはず。それぐらいの器量がラウムにはあった。

 

「……ラウム殿」

「どうした? 何か欲しいのか?」

 

 チンクが呼びかけると、ラウムは過保護な程面倒見のいい対応を取る。

 それは今まででは決して見られなかった、病人を相手にした時ならではの対応だった。

 

「貴方の過去で何があったのですか? 特に、病気について」

 

 チンクはラウムの異常な様子が過去に関係しているのではないかと考えた。同時に、今まで"罪を裁く"という台詞や自身をずっと顧みない姿勢も全てここに繋がっているのではと推理したのだ。

 彼女の問いにラウムは一瞬目を丸くし、すぐに顔を伏せた。

 

「今は、俺のことは関係」

「関係あります。私が気になるのです」

 

 ラウムは話を逸らそうとするが、チンクはジッとラウムを見つめている。周囲を見渡せば、ここにいるのは自分達2人のみ。

 観念したラウムは溜息を吐くと、逆にチンクへ問いを投げ掛けた。

 

「本当に俺のことを知りたいのか? 俺が犯した罪も」

「はい」

 

 ラウムの質問にチンクは即答した。自分が慕っている人物の中に眠る暗い過去を知りたがっていた。

 ラウムが自分のデバイス"ガーゴイル"の待機形態である懐中時計を開くと、時刻は午後11時と少し。チンクが眠るための子守歌と思えば、少しは語る価値があるかとラウムには思えてきた。

 何より、これから告げようと思っていた決断もこの後で話しやすいかもしれない。

 

「分かった。あれは俺が陸士校を卒業してから少しした後のことだ」

 

 ラウムは目の前の子どものような女性に語るべく、忌まわしい記憶の扉を静かに開いた。

 

 

◇◆◇

 

 

 今から7年前。ラウムが所属していた部隊は、新しく発見された無人世界の調査隊を護衛するという任務を受けていた。

 この時選出されたメンバーは、ラウムを含めた7人の隊員と調査隊5名。

 ラウムは訓練校をエドワードとのペアでトップを取り、入隊と同時にコンビを解消してからも優秀な才能を活かし続けていた。しかし、卒業してから1年しか経たなかったラウムにとって任務で別の次元世界、しかも未開の土地に足を踏み入れることは初めてだった。

 

「緊張してるのか?」

 

 次元艇の中、落ち着かない様子のラウムに先輩の隊員が話しかける。

 普段は冷静で仏頂面なラウムでも、ミッドチルダの外での仕事とあって緊張していることが顔に出ていたようだった。

 

「いえ……ごほっ」

「おいおい、ここでまさかの風邪かよ」

「マスクを付けておけよ。うつされたらたまったモンじゃねぇ」

「す、すみません」

 

 この時、ラウムが引いていたのはただの風邪だった。熱はないが多少咳き込む程度であり、身体も少し気怠い。

 先輩達の勧めで艦内ではマスクをして、次元世界に着いた後は艦の護衛として残ることとなった。

 折角の別世界での初任務だったが、ラウムは自分の体調管理を怠ったせいだと自省した。それが運命を分けるとも知らずに。

 

「空気はあるようだなっと」

「空は緑色か」

 

 辿り着いた世界では早速調査隊による調査と護衛任務が行われた。ラウムは専ら艦に残り、知的生命体の有無を確認することだった。

 この世界では何やら生命体がいたような文明の跡が残されており、至る所で紫色の霧が発生すること以外は何の変哲もない自然豊かな世界だった。

 特に何事も起きず、未開の地を確認するだけの任務だった。3日目までは、あと少しですぐにミッドチルダに帰れると思い込んでいた。

 

 そして、事件が起こった。

 

「うあああーーーーっ!」

 

 隊員の1人が別の隊員に突然襲い掛かって来たのだ。目を真っ赤に充血させ、口から泡を吹きながら猛攻撃を仕掛けてくる。

 必死に取り押さえようとする周囲だが、今度は全く別の調査隊の1人が苦しみ悶え出した。

 

「いだいいだいイダイーーーーッ!」

 

 突如起こった事態に調査隊もラウム達も驚き戸惑っていた。襲い掛かって来た隊員もやがて全身の苦痛を訴え出し、苦しみながら蹲った。

 この奇妙な事象は一体何なのか。残った調査隊4名が決死の調査を続けた。

 周囲の酸素濃度、暴れ出した隊員の血液に入り込んだ菌、地中や空中に潜んでいる未確認生物。

 

 そして、調査団がこの世界に降り立ってから5日目。

 護衛隊員3人と調査隊2人が苦しみ争う中、やっと苦しめてくるものの正体が判明した。

 

「これは……細菌兵器だ」

 

 調査隊の結果に、一同は唖然とした。こんな無人世界に細菌兵器が潜んでいるだなんて気付かなかったのだ。

 細菌兵器は時折発生する紫の霧そのものであり、自分達が感染すべき媒体を求めて彷徨っているのだそうだ。

 一度、空気感染してから発症するまで時間はかかるが、恐ろしいのは発症した後。全身に苦痛を伴うと同時に、身体が勝手に戦いを始めるよう動き出してしまう代物だった。

 

「どうしてこんな恐ろしいものが……」

「ここ、多分隣国と戦争でもしていたんじゃないかな」

 

 信じられないという様子のラウムへ、調査隊員の1人が推測を口にする。彼が文明の跡ともいえそうな場所を調べていた時、割れた試験管のようなガラスを見つけたという。

 恐らく、戦争用に開発していた細菌兵器を誤って放ってしまった結果、文明が滅びてしまったのだろう。

 苦痛を味わわせ、味方同士で争って破滅させようとしたこの世界の人間もまともではなかったようだ。

 

「それで、俺達は!? 俺達も感染しているのか!?」

「多分……ワクチンらしきものもなかったし、打つ手は」

 

 調査隊員が諦めの言葉を口にしようとした時、甲高い悲鳴が耳を劈いた。

 それは、最初に感染した隊員の断末魔の叫びであり、悲鳴の後でプツンと糸の切れた人形のように動かなくなった。

 

「……死んだ、のか?」

「残念だけど……」

 

 確認するまでもなかった。瞳孔は開ききっており、突き出た舌は戻ろうともしない。

 感染者は苦痛を味わい、無残に死んでいくしかもう残されていないのだった。

 

「どうにかなんねぇのかよ!」

「待って! 今本局に連絡を」

 

 いよいよパニック状態になり、慌てて本局へ連絡を取ろうとした調査隊員を感染していた人間の1人が背後から襲いかかってきた。

 あまりに長く苦痛を受け過ぎたために自我を壊され、今や細菌兵器の思うがまま動いて戦う人形と化してしまった。

 そのままストレージデバイスを持って調査隊員を嬲り殺しにすると、全身を襲う苦痛でまたその場に倒れ伏す。

 

「何だ、これは……?」

 

 悲痛で無残な光景に、ラウムは思わず呟いてしまう。

 今まで仲良く笑い合い、仕事をし、飯を食っていたはずの仲間達が訳の分からない細菌の所為で殺し合い、苦痛に苦しんでいる。

 一人、また一人と感染者は増え、とうとう残ったのはラウムと2人の隊員、調査隊員1人のみだ。ラウム以外の3人も感染しており、身体に痛みが走り始めている。

 しかし、ラウムだけは全く感染しなかった。痛みは身体を襲わず、勝手に戦い始めるといった症状もない。

 

「なぁ、俺はどうなったんだ? 感染したんじゃないのか?」

 

 この場にいた人間は空気に入った細菌を吸っているので、感染していなければおかしい。ラウムがこの次元艇から外に出ていなくとも、感染する可能性は十分あり得た。

 

「……ヴァンガード陸士、君は……」

 

 調査隊員は苦痛を覚える身体を動かし、ラウムの口元にしてあるマスクを指差す。

 ラウムが感染しなかった理由はマスクを付けていたから、細菌兵器を吸わずに済んだためであった。

 

「だ、だが! 常に付けていた訳じゃない!」

 

 ラウムは必死に首を振る。細菌兵器が空気感染するのならば、感染した隊員が出入りした次元艇の中にも微量の細菌がいたかもしれない。

 ならば、食事や睡眠の時にマスクを外していたラウムも感染していたはずだった。

 だが、調査隊員は首を小さく振って、事の真相を答えた。

 

「君が、風邪を引いていたからだ」

 

 ラウムがただ一人、感染しなかった理由は既に風邪のウイルスを体内に持っていたからだったのだ。

 この細菌兵器は他のウイルスに弱く、風邪を引いていた人間には感染出来なかった。だから、この調査団の中で唯一風邪を引いていたラウムは、奇跡的に生き残ることが出来たのだった。

 

「そんなこと、今更分かっても!」

「だからお前は、生きろ! 本局に帰るんだ!」

 

 戸惑うラウムに、先輩隊員が叫びながら次元艇の装置に触れる。ラウム一人では操作出来なかった次元艇は、自動操縦モードに切り替わり時空管理局の本局へ飛び立とうとしていた。

 しかし、辿り着くまでに長い時間を要する。それまでに、感染者達が生き残ることは出来ないだろう。

 

「最後に、俺達を殺せ」

「え……?」

 

 自動操縦モードの設定を終えた先輩隊員は、力尽きその場に倒れ込むとラウムに最期の頼みごとをする。それは、自分達感染者の始末だった。

 信じられない様子のラウムに、他の先輩や調査隊員も頷く。

 

「もうこんな痛みを感じるくらいなら、殺してくれ」

「俺も、早く楽になりたい」

「そんな、出来るはずないじゃないですか! 俺が、先輩達を殺すなんて……!」

 

 命を投げ出そうとする先輩達に、ラウムは涙を流して叫ぶ。

 いくら感染者だからとはいえ、この手で仲間を介錯することなんてラウムには出来なかった。

 

「殺れよ」

 

 しかし、先輩隊員はラウムに強い口調で言い放つ。

 痛みで苦しんでいるにも拘らず、先輩はラウムの傍まで寄ると肩を掴んで懇願した。

 

「俺達はいつ、お前を襲うかも分かんねぇ。お前も危険なんだ。だから、殺してくれ」

「お願いだ、ヴァンガード陸士」

「頼む」

 

 3人共、苦痛で精神が限界だった。自分達の命がここまでだと知り涙を流しながら、ラウムには必死に笑いかけていた。

 ラウム一人が生き残ってくれるのなら、自分達のしたことは無駄にならないと。

 ラウムは俯き、傍に転がっていた無人格アームドデバイスを拾う。

 

「俺のことは、恨んでもらって構いません」

 

 ラウムはボソッと呟く。

 次の瞬間、ラウムはアームドデバイスを振り抜くと先輩隊員の首が吹き飛んだ。落ちた生首の表情は苦悶に満ちたものではなく、地獄から解放されたような安らかな笑みだった。

 

「俺は今から、罪人ですから」

 

 返り血を顔に浴びたラウムは、冷たい視線のまま残りの感染者達を皆殺しにした。苦しみ、呻くだけになってしまった人間も、目しか動かせなくなった人間も、一人残らず。

 生き残った罪人は独り、罪を被り続けていた。

 

 

◇◆◇

 

 

「たった一人、生き残った俺は功績を勝手に認められて昇進。今じゃ、陸士部隊の隊長だ。だが、俺の本性は仲間を殺した醜悪な罪人」

 

 ラウムの壮絶な過去に、チンクはもう眠るどころではなくなってしまった。

 勿論、ラウムが仲間を手に掛けたことは自衛として取られ、罪にはなっていない。遺族にも謝罪して回ったが、責められるどころか苦しみから救ってくれたと逆に感謝されたのだった。

 しかし、ラウム自身は未だに自分を許せない。罪として裁かれなかったことがより一層、罪の意識を際立たせてしまったのだ。

 だからこそ、裁かれて死にたい。けど、生き残った命を無駄にしたくはない。そのような思いの果て、ラウムは戦いの中での死を選ぶようになっていったのだ。

 

「どうだ、俺を軽蔑したか?」

 

 ラウムの今にも消えてしまいそうな儚い表情に、チンクは思わず腕を掴んでしまった。

 自分は死にたがっている癖に、病人には過保護な程の心配をする。それは、ウイルス感染で死にかけた仲間を救うどころか自分の手で殺してしまった経験から。

 ずっと誰にも分かってもらえないような思いを抱え続けた、不器用な男性をチンクは何処へも行かせたくなかった。

 

「ラウム殿は、もっと自分を許すべきです」

「……俺が、自分を?」

 

 自分が正にウイルスで苦しんでいたことも忘れ、チンクは必死にラウムを繋ぎ止めようとする。

 しかし、ラウムは逆にチンクの掴んでくる腕を引き離そうとした。

 

「許せるはずもないだろう。俺はこの手で仲間を殺したんだ。仲間の死体と共に、一人でのうのうと生きて帰って来たんだ。こんな俺の何処を許せと!」

「一人で抱え込み過ぎだと、前も言いました! もっと自分に優しくしてくださいと!」

 

 自分への怒りが抑えきれずに怒鳴るラウムへ、チンクは叫び返した。

 他人には誰よりも優しいのに、自分には誰よりも厳しい。こんな性格にもなるはずだとチンクは改めて納得した。

 だからこそ、ラウムにはもっと他人を頼って欲しかった。仕事の面ではなく、精神面でもチンクはラウムの手助けがしたかった。

 

「見てて、居た堪れないんです……。どうして、もっと私を頼ってくれないんですかぁ……!」

 

 チンクは開いた左目に涙を貯めていた。ラウムの内に秘めた悲しみを知り、頼ってもらえなかった自分が悔しくなった。

 目の前で泣き出す秘書官に、ラウムはやっとチンクが自分にして欲しかったことを知った。

 最初から自分の苦悩を打ち明ければよかった。信頼する秘書官に自分の罪を知ってもらい、裁いてもらえばよかった。

 

「……済まない、チンク」

 

 ラウムはチンクの涙を指で拭ってやると、頭を優しく撫でてやった。

 揺らいでいた瞳は元の揺るがない強さを取り戻し、表情も落ち着かないものからクールで引き締まったものへと戻っていた。

 

「俺はお前をいつも信頼している」

 

 そう言い残し、ラウムは医務室を去った。

 だからこそ、お前を助けたい。去り際の呟きに決意を込めながら。



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第36話 別れ

 チンクがマラネロによって獣人化薬を打ち込まれた、次の日の早朝。

 ラウムは直々にはやての元へ来ていた。要件は当然、マラネロが映像ディスクにて要求してきた取引についてである。

 敵側の要求は六課が奪取に成功したセブン・シンズ"暴食(グラトニー)"、"嫉妬(エンビー)"の2種を渡すこと。そして、それらを持って取引を行う人物はラウム1人のみであること。

 

「お願いします。俺に、行かせてください」

「ちょ、ラウムさん!?」

 

 六課の会議室に来たラウムは席にも着かずに、その場ではやてへ土下座をしてきた。仮にも一等陸尉にして陸士部隊の部隊長という地位にいる男がいの一番に頭を地に付け、はやても流石に驚きを隠せなかった。

 

「六課側が命懸けで集めたロストロギアを預かるのだ。頭も下げれずして交渉もあったものではない」

「そ、それはそうかもしれませんが、とりあえず落ち着いてください!」

 

 ラウムの実直な性格ははやても知っていたが、まさかここまで態度に表わすとは。しかし事が早すぎる節もあり、はやてはラウムを落ち着かせてまずは話し合いの席に着かせた。

 会議の場にははやての他に、フォワード分隊隊長であるなのはとフェイト、六課の後見人である聖王教会騎士カリム・グラシア、そして同じく後見人のクロノ・ハラオウンがいた。

 最も、教会から滅多に離れられないカリムと多忙で現在も乗艦"クラウディア"にいるクロノは通信による参加だが。

 

〔久しぶりですね、ラウム〕

「お見苦しい所を見せました、騎士カリム」

〔貴方の真面目なところを、騎士レクサスも少しは見習って欲しいのですが……〕

 

 席に着いたラウムは、顔見知りであるカリムに挨拶をする。

 幼い頃に身寄りを失くしたラウムは、陸士訓練校に入るまで聖王教会に身を置いていた。そのまま教会騎士になるという道もあったが、守護の範囲をミッドチルダ全体と広く見ていたため、ラウムは陸士になることを志願したのだ。

 積もる話もあるのだろうが、今は世間話をしている場合ではない。ラウムは今回の現状について、もう一度説明した。

 

「私の補佐、チンク・ナカジマが薬を撃たれたのが午後14時37分頃。マラネロの説明が確かだとすれば、薬の効果が本格的に現れるまで残り6時間前後しかありません」

 

 ラウムが焦っている最大の理由が、この時間制限にあった。これを超えてしまえば最後、チンクは戦闘機人でありながら獣人と化してしまうのだ。そして、身体が適合しなければ命を落としてしまう。

 一刻も早く救うべく、ラウムは取引を行う他に方法はないと考えていた。それはこの場にいる他の面々も同じである。

 

「敵の要求はセブン・シンズ2種。それを私に持ってこさせることです。危険は重々承知ですが、こちらに悩んでいる余裕はありません」

 

 たった1人でマラネロと会うことがどれだけ危険なことかは、既にチンクが証明してしまっている。折角集めたセブン・シンズをラウム一人に持っていかせるなんて、目に見えて危険だった。

 

〔僕は反対だ。まだ7時間ある、もっとこちらでも作戦を練ればいい〕

〔私も反対です。貴方一人にこんな危険な真似を任せることなんて出来ません〕

 

 クロノとカリムは双方とも反対の姿勢だ。常識的に考えれば、当然である。

 こんな無謀な方法を取れば、チンクを助けるどころかラウム自身すら危ない。315部隊を動かせなくなれば、こちらを不利にするだけなのはラウム自身も十分理解していた。

 しかし、残り6時間で敵を欺ける作戦を思い付けるかどうかも怪しい。

 

「今は落ち着いて、何か考えよ?」

 

 この場にいる人間は、誰もラウム一人に危険な役目を負わせたくないと考えていた。はやては余裕のないラウムに優しく諭す。

 ラウムの頭に浮かんでいたのは、苦しむチンクの姿。短い間だったが傍にいて、信頼してくれた部下が身体を蝕まれていく様は、昔の仲間達が苦痛と共に死んでいく姿と重なって見えたのだ。

 

 はやて達が作戦を考えてから1時間、2時間と過ぎていく。しかし、誰一人としてこの状況を打開する案が浮かばなかった。一番手っ取り早いのは、取引直後にフォワード全員をマラネロにぶつけることだが、相手が相手なだけにバレ易い。

 影武者を使った場合でも、マラネロは1人で来るよう要求していたためにあまり意味はない。セブン・シンズも偽物を用意したところでロストロギアを取引に使うことに変わりはなく、やはり危険だ。挙げ句、偽物とバレた瞬間にワクチンを破壊されてしまう恐れもある。

 

「……やはり、俺が行くしかありませんね」

「そんな!」

 

 いよいよ取引時間が迫る中、ラウムが立ち上がる。はやてが引き留めようとするが、ラウムは首を横に振った。

 もうこれしか手段がないのだ。いかに代替品を用いても、伏兵を用意しても、マラネロの先手を打つことが難しい。

 

「その代わり、頼みがあります。エドワードを貸してください」

「エド君を?」

 

 ラウムの頼みとは、彼の唯一無二の親友を貸すことだった。エドワードは確かに優秀な狙撃手だが、一人でマラネロの裏を突いて狙撃が出来るかどうか。

 しかし、ラウムはエドワードを信頼していた。真っ直ぐ頼み込む視線に、もう焦りによる揺らぎはなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

 マラネロが指定した取引の場所は、ミッドチルダ南東の草原だった。広がる草原に障害物は殆どなく、何かを隠しておけるような場所がないからだ。

 ラウムはチンクを両腕で抱え、チンクには封印済みの2種類の像が収まったアタッシュケースを持たせていた。

 タイムリミットが近付くにつれてチンクの呼吸も荒くなり、熱も上がってきているのがラウムには分かった。

 

「やぁ、ラウム・ヴァンガード一尉。それに、チンクも一緒かい?」

 

 その時、黄緑色の閃光が走り、2人の目の前にマルバス・マラネロが現れた。薄ら笑いを浮かべた科学者を殴り飛ばしたい衝動を抑え、ラウムは会話に乗った。

 

「解薬剤をすぐに打つためだ。文句はないだろう」

「こちらは1人で、と言ったはずだけど……まぁいいや。まずはセブン・シンズを渡したまえ」

 

 顔を顰めるマラネロだが、さっさと寄越せと言わんばかりに手を伸ばしてきた。

 不遜な態度に、最早怒りも出ないラウムはゆっくりとチンクを降ろし、持たせていたセブン・シンズの入ったケースを預かった。

 

「解薬剤を見せろ」

「……欲しいのは、これだろう?」

 

 ラウムはケースの中身を公開し本物であることを確認させると、今度はこちら側の要求である解薬剤が本当にあるかどうかを尋ねた。

 すると、マラネロは白衣のポケットから小さな注射器を見せる。中に入っている橙色の液体は明らかに怪しく、ラウムは警戒心を露にする。

 

「本物か?」

「あぁ、実験も既に成功済み。私の作品を疑わないでほしいなぁ」

 

 当然のように疑うラウムへ、マラネロは挑発的な態度を辞めない。

 だが、この無駄なやり取りがチンクの寿命を縮めていることを知ったラウムはこれ以上の言及をしなかった。どの道、チンクを助けるにはあの薬に頼るしかないのだから。

 

(頼むぞ、エドワード)

 

 この瞬間、ラウムは遠くからこちらを狙っているであろうエドワードに全てを託した。

 ケースを渡した直後、マラネロの手を狙撃することでケースを奪い返し、同時に解薬剤も奪うというのがラウムの最後の作戦だったのだ。

 マラネロに気付かれないギリギリ遠くの射程では、並の狙撃手ならば打ち損じるだろう。しかし、長年コンビを組んでいたエドワードだからこそ、ラウムは信頼を寄せていたのだ。

 

 実際に、エドワードも友の頼みに応じ、取引場所から600メートルも離れた場所からマラネロの手を狙っていた。

 そして、マラネロがケースをラウムから受け取った瞬間、エドワードはブレイブアサルトの引き金を引いた。

 

「おやおや、やっぱり1人じゃなかったじゃないか」

 

 しかし、エドワードの狙撃がマラネロに当たることはなかった。魔力弾はマラネロ達がいた場所の50メートル手前で地に落ちてしまったのだ。

 マラネロの台詞と着弾しなかったことで、ラウムはエドワードの狙撃が失敗したことを瞬時に悟りガーゴイルを起動、解薬剤を持っていた腕へ槍先を突き刺そうとした。

 

「おっと、これを握り潰してもいいのかい?」

 

 マラネロの言葉で、ラウムの動きは止まってしまう。右手に握られた注射器は、少しでも力を入れたらすぐにでも壊れてしまいそうだったのだ。

 完全に作戦失敗だった。エドワードの狙撃すらも、マラネロには読まれていたのだ。

 

 その頃、エドワードの方にはタイプゼロ・フォースがブレイブアサルトの銃口を踏みつけていた。

 狙撃するギリギリまで隠れ、引き金を引くタイミングと同時に銃を踏みつけて狙撃を外すようしたのだ。

 

「なっ、貴様!?」

「久しぶりだね、狼獣人さん!」

 

 フォースは自分の責務を果たすと、IS"真空破砕"を駆使してエドワードの顔面に一発入れた。

 フォースのモーションに合わせて発生する真空波は防ぐことが至難の業であり、エドワードはその場から吹っ飛ばされてしまう。

 

「そこを退けぇ!!」

 

 エドワードはすぐに体勢を整え、人間だった身体を狼獣人のものへと変貌させた。

 人間としての自分を取り戻したエドワードは、極力獣人の力を使うことを避けていた。だが、今はそうも言ってられる状況ではなく、エドワードは狼の咆哮を上げてフォースに飛びかかって行った。

 

 エドワードがフォースと戦っているとは知らないラウムは、今はどうやってマラネロから薬を奪うかのみを考えていた。

 

(転送で逃げられてはいけない。ここで逃がすくらいなら、マラネロを殺してでも奪った方がいい)

 

 思考を巡らせるラウムに対し、マラネロは楽しそうに笑顔を崩さない。寧ろ、全てが想定通りだと言わんばかりに顔をニヤケさせていた。

 

「約束を破ったラウム一尉には、何か相応の罰を与えるべきだと思うのだがね、どうだろうか?」

「ふざけるな!! その薬を渡せ!!」

「これがそんなに大事かねぇ?」

 

 激昂するラウムに、マラネロは首を傾げた。

 今まで陸士315部隊の映像データを見る限り、ラウム・ヴァンガードという男は常に冷静沈着で鋭い状況判断を見せていたはずだった。それが今は焦りが表面化しており、冷静さを保てていない。

 全ては、この薬が欲しいため。ならば、とマラネロはラウムを見てまた口元を歪ませた。

 

「これが欲しいのなら、もう一度チャンスを上げよう」

 

 マラネロはそう言って指を鳴らす。

 すると、マラネロが現れた時と同様に黄緑色の光が放たれ、中から体長2メートル以上はあろうかという程の巨大な鋼鉄の怪物が姿を現した。

 特徴的なのは身長以上に長い蛇腹状の尻尾、その先端は相手を突き刺せるように鋭い針となっている。肩しか関節のない両腕は盾として身を防げるほど大きく、手と思える部分には三本の鉤爪が付いていた。そして、頭部は牛の頭蓋骨のようなデザインをしており、空洞の眼の部分には敵を捕らえるセンサーがしっかりと備わっていた。

 現れた怪物は獣の咆哮のような電子音を響かせ、ラウムの前へのそのそと歩き出した。

 

「この最新作のネオガジェットを1人で倒して見せたまえ。それが出来たら、この解薬剤は君にあげよう。もし、彼女が変わるまでに倒せれば、だがね」

「貴様ぁぁぁぁっ!」

〔おい、避けろ!〕

 

 激昂するラウムへ、彼のデバイスであるガーゴイルが忠告する。その直後、ネオガジェット・タイプHの巨大な鉤爪がラウムに襲い掛かって来た。

 軽い身のこなしでラウムは鉤爪を避け、懐から懐中時計を取り出し強く握った。

 

「ならば……望み通り、瞬殺してやる! ガーゴイル、セットアップ!」

〔Standing by!〕

 

 ラウムが起動ワードを発すると同時に蓋を開くと、時計の針が回転し中から現れたワインレッドカラーの帯状魔法陣がラウムを包む。

 やがて魔法陣が消えると、ラウムは灰色の上着の上に黄色いラインが入った青のジャケット、黒いズボンを身に纏っていた。手には三叉槍が握られ、その切先は巨大な機械へと向けられている。

 

「はあああああっ!」

〔Bazuzu strike!〕

 

 ラウムはガーゴイルの三叉の刃に魔力を纏わせ、タイプHへ特攻していく。並のネオガジェットならばAMFごと斬り裂いてしまう強力な一撃であり、タイプHもすぐに倒せるだろうとラウムは考えていた。

 だが、タイプHは巨大な腕だけでラウムの全力の一撃を防いでしまった。傷こそ付けられているのだが、分厚い装甲を抜くまでには至らなかった。

 

〔クソッ、硬ぇなオイ! こんな鉄の塊に俺をぶつけるなんて何考えてやがる!〕

「くっ!」

 

 ぼやく愛機を無視して、ラウムは薙ぎ払われる前にタイプHから距離をとった。あの腕、特に鋭い鉤爪の一撃を食らえば五体満足では済まないだろう。

 あの盾のような両腕がある限り、自分の攻撃は通らない。そう確信したラウムはタイプHの隙がありそうな場所を探った。

 当然、前への攻撃は腕で防がれる。後ろは長い鞭のような尻尾があり、逆に反撃を食らいやすい。

 しかし、手を拱いている間にチンクの息はどんどん荒くなっていく。もう残り時間も僅かだろう。

 

〔ボサッとするな! 来るぞ!〕

「っ!?」

 

 タイプHの武器は太い腕や鉤爪だけではない。蛇腹状の尻尾は伸縮自在であり、地面を掘り進んでラウムを狙っていたのだ。そして、先端には人間の体を一刺しで葬ってしまうであろう針が付いている。

 ガーゴイルの指摘が遅ければ、ラウムは地面から帯びる凶刃に刺されてしまうところだった。

 

〔ラウム! あのデカブツ早く俺に斬らせろ!〕

「……そこか」

 

 タイプHの尾を避けながら、ラウムは漸くタイプHの弱点を見つけた。

 尻尾が引っ込んだ隙に、喚くガーゴイルを水平に構え先端をタイプHの頭部に向ける。ラウムの構えはまるでビリヤードの弾を撃つ姿勢のようにも見えた。

 

〔Belphegor spike!〕

 

 三叉槍を前へ突き出すと、刃の形をした魔力はそのままタイプHへと一直線に放たれた。

 ラウムの唯一の遠距離用魔法である"ベルフェゴールスパイク"だが、タイプHには難なく腕で防がれてしまう。装甲には先端部が少し刺さった程度しかダメージはなく、相変わらず強固な腕部は健在であった。

 そのガードモーションこそが、ラウムの狙いとは知らずに。

 

「ガーゴイル、フォルムツヴァイ!」

〔Fluch form〕

 

 ラウムはタイプHへと走り出し、ガーゴイルのカートリッジを1つ消費する。すると、三叉に分かれていた穂先は一つに纏まり、その下には三日月状の斧と鉤が出現していた。ハルバード型の"フルーフフォルム"こそ、ガーゴイルのフォルムツヴァイだ。

 ラウムはタイプHの腕を足場にし、頭上へと飛び上がった。巨大な盾は全身を防ぐ文字通り鉄壁の防御となるが、その巨大さが原因でセンサー部を塞いでしまう欠点があった。

 一瞬で敵を見失いセンサーをキョロキョロと動かすタイプHに、ラウムは穂先に魔力を集中させながら降りていく。

 

〔Atlas break!〕

「アトラスブレイク!」

 

 機械兵は構造上、関節部の装甲は薄くなりがちである。タイプHも例外ではなく、ラウムはがら空きの頭上から一気に降り立って機械の怪物の首を斬り落とした。

 綺麗に寸断された頭部は電子音の咆哮を放つことなく、重力に従って落下。裂かれた断面からは火花を散らすコードの束がいくつも見えていた。

 生物ならばこのまま死に逝くが、相手はロボットだ。頭部を失った程度で行動を完全に停止しない。その証拠に、ぎこちない動きだがタイプHは鉤爪をラウム目掛けて振り下ろそうとしていた。

 

〔さっさと〕

「墜ちろっ!」

 

 ラウムも相手が生き物でないことは重々承知であり、ガーゴイルを二度振り回す。残留した魔力の籠った斧はタイプHの肩関節をも斬り裂き、敵の主武装を失わせた。

 最後にラウムがその場から跳び立つと、今まで彼のいた地点からタイプHの尻尾が付き出て来た。標的を失った針はタイプH自身の腹部を貫いてしまう。

 頭と腕を失い、身体も貫かれたネオガジェット・タイプHは火花を放ちながらゆっくりと倒れ、最期には巨体を爆散させた。

 

「ブラボー! いやぁ、コングラッチュレーション!」

 

 ラウムの戦いを見ていたマラネロは、自身の作品が跡形もなく破壊されたにも拘らず、大きな拍手でラウムの健闘を讃えた。

 しかし、マラネロの挑発的とも取れる態度も気にする余裕もなく、ラウムはすぐに科学者へと詰め寄った。

 

「さぁ、解薬剤を寄越せ! 早く!」

「ま、まぁ落ち着きたまえ。ほら、これだよ」

 

 鬼気迫るラウムに、一瞬の怯えを見せたマラネロは白衣のポケットから再び注射器を取り出す。

 ラウムは解薬剤を奪い取ると、すぐにチンクの元へ走って行った。チンクは呼吸こそ荒く顔色も悪いがラウムの戦いを一部始終見ており、必死に腕を伸ばしていた。

 

「ラウム、殿……」

「チンク! もう少しだ、頑ば――」

 

 苦しむ部下の元へ必死に走るラウムだったが、身体に起こった異変に気付くのに時間はかからなかった。

 チンクも、眼帯をしていない左の眼が驚きと絶望で大きく見開いていた。

 あと少しというところで、その場に膝を突くラウムの背後。マラネロは口元を大きく歪ませながら、左手に構えた銃の引き金を引いていた。但し、放たれたのは鉛玉でも魔力の弾丸でもない。

 

「ラウム・ヴァンガード君。約束を破った君に、最後に一つ選択肢を上げよう」

 

 マラネロの言葉に疑問符を浮かべながらも、ラウムは自分が何をされたのかに薄々勘付いていた。

 ガーゴイルを落とし、ゆっくりと左手で首筋を触る。すると、何かが刺さったような痛みをチクリと感じた。首に刺さった異物を取ると、それは小さな注射器だった。何か入っていたはずの中身は空になっている。

 

「君が頑張って手に入れた薬を誰に使うか」

 

 次の発言で、ラウムは自分に撃たれた薬が何なのかを確信した。

 恐らく、これも獣人化薬なのだろうと。

 

「マラネロ……貴様……!」

「おっと、ウカウカはしてられないよ。ラウム君に打ち込んだのは、最も即効性の強い薬だからね。これを試したくて仕方なかったんだ。君のように強い肉体の持ち主なら、これにも耐えてくれそうだと思ってね」

 

 悔しそうに睨むチンクに、マラネロがラウムに打ち込んだ薬の説明をする。即効性の強い薬というのは本当らしく、ラウムは今のチンクと同じように苦悶の表情を浮かべ、滝のような汗を流していた。

 最初から、マラネロはこうなることを計算していた。弟子2人にセブン・シンズを持たせて向かわせたのも、チンクに獣人化薬を打ったのも、タイプHをラウムにぶつけて来たのも、全ては自分の実験のために仕組んだことだった。

 

「タイプHの戦闘データも取れたし、セブン・シンズも回収できた。後は、君達の内どちらかが獣人になってくれればいい。獣機人か、即効獣人化薬の証明か。あるいは、両方獣人になってくれても構わない」

「貴っ様ぁぁぁぁぁっ!」

 

 血も涙もない科学者に、チンクは残っていた力を振り絞って叫ぶ。しかし、叫んだところでマラネロは痛くも痒くもない。涼しい顔で、被検体を見下ろすだけだ。

 その時、膝をついていたラウムがチンクの元へ再び歩き始めた。ガーゴイルを杖代わりにし、一歩一歩進んでいく。

 

「ラウム殿……早く薬を、自分に……! 私のことなど、もう……!」

 

 チンクはラウムの行動を止めようと、首を振って訴える。

 だが、ラウムは躊躇することなくチンクの傍まで来て、獣人化の解薬剤をチンクの腕に刺した。

 

「ほぅ……一瞬の迷いもなし、か」

 

 ラウムの迷いのない行為に、流石のマラネロも感嘆の声をあげる。次の瞬間、ラウムはガーゴイルをマラネロの頭に向けて投げつけて来た。

 勢いよく投げられた槍は、その穂先を科学者の脳天に突き刺すはずだった。

 

「危ないなぁ」

 

 しかし、ガーゴイルがマラネロに突き刺さることはなかった。

 マラネロ上下が真逆になった2つの三角形が重なり合いその周囲を円が囲っているという、どの魔法式にも属さない魔法陣を眼前に展開し、投合されたガーゴイルを防いでいたのだ。

 今までニヤけた表情を崩さず挑発的だったマラネロも、無表情でラウムを睨んでいる。

 

「それが、お前の……」

「まぁいい。君の変化、楽しみにしてるよ」

 

 マラネロについて、管理局側が知っていることは少ない。だが、ラウムの咄嗟の反撃によってマラネロが未知の魔法式を使うという貴重な情報を得ることが出来た。

 マラネロはガーゴイルを払い落とすと、転送装置を起動。セブン・シンズの入ったアタッシュケースを持って、黄緑色の光の中に消えて行った。

 

「ラウム殿!」

 

 薬が効いてきて、起き上がったチンクは逆に倒れ込んだラウムの傍に寄る。目には涙を浮かべ、右目を塞ぐ眼帯を濡らす。

 そんなチンクを見て、ラウムは身体を苦痛が襲っているにも拘らず微笑みを浮かべた。

 

「何故、私なんかを! ご自分を大切にしてくださいとあれほど……!」

「……チンク」

 

 自分を犠牲にしてまで命を救われたチンクは、ラウムを責めながら涙を零し続けた。

 泣き腫らす部下に、ラウムは優しく声を掛ける。

 

「もう、こんなことで大切な人を失うのは、嫌だった……」

 

 こんなこと、というのはラウムが昔仲間を失った事件のことであった。未知の細菌兵器により苦しみ、最期には無地だった自分が手を下さなければならなかった。あの苦しみを思い出し、ラウムはチンクを救うことを躊躇わなかった。

 

「チンク……最期の頼みがある……」

 

 ラウムはチンクの綺麗な銀髪を撫で、一つ頼みごとをする。

 秘書官になってから、チンクはラウムの頼みごとを何度も聞いて来た。しかし、今回ばかりは聞けそうもないと首を横に振る。

 部下の泣き顔を見て、自分は彼女を困らせてばかりだとラウムは思い苦笑した。

 

「俺を、殺してくれ」

 

 それでも、ラウムはチンクの涙を拭いながら、最期の頼みを口にした。

 

 

◇◆◇

 

 

 チンクが解薬剤を打たれてから数十分後。

 フォースがマラネロの命令で撤退した後で、エドワードからの連絡を受けた陸士315部隊や、スバル達が急いでチンク達を迎えに来た。

 すると、チンクは()()でギンガ達の元に歩いてきた。

 

「チンク姉!? 無事か!?」

「部隊長は!?」

 

 駆け寄るノーヴェとギンガに、チンクは暗い表情のまま首を横に振った。

 チンク自身は人の姿のまま、立って歩けるほどに回復していた。だが、ラウムの姿が何処にも見えない。持って行ったはずのアタッシュケースも、チンクは持っていなかった。

 

「皆、心配かけた。それと済まない、セブン・シンズは……」

 

 チンクは自分が解薬剤を打たれて元に戻ったこと、セブン・シンズはマラネロの手に渡ってしまったことを告げた。ロストロギアを奪い返されたことは残念だったが、この場にいた全員がチンクの無事を喜んだ。

 だからこそ、チンクは胸を痛めていた。最愛の上司、ラウムを救えなかったことを。

 

「皆、心して聞いてくれ。ギンガは特にだ」

 

 そして、いよいよ話はラウムの安否についてに移った。

 思い出すだけでまた涙が出て来るチンクだが、左目を拭って話を続けた。

 

「ラウム殿は、私に殺すよう頼んできた。それに対し、私は――」

 

 

◇◆◇

 

 

 青い空を、いつの間にか灰色の雲が覆っていた。空を見上げていたラウムは、この灰色がチンクの銀髪の色とそっくりなように思えていた。

 美しく、ラウムは内心で気に入っていたチンクの長い銀髪が揺れる。

 

「私には、出来ません……! あなたを手にかけるなど、出来るはずがないでしょう!」

 

 両手で顔を覆って、チンクは泣き続けていた。上司と部下と言う関係だけではない。一人の男性として好いていた相手を、チンクは殺せるわけがなかったのだ。

 この願いがどんなに酷なものか、ラウム自身もよく分かっていた。かつて、自分が殺めた仲間達に頼まれたことと全く一緒だったのだから。

 

 

「……俺が獣人化する前に、早く殺してくれ。これは、お前にしか頼めない……」

「何故私なのです!? 私には……!」

 

 もう一度頼み込むラウムだが、チンクはやはり聞き入れてくれそうもない。

 この先、助かる見込みのない自分がチンクと話せるのは今しかないのかもしれない。ラウムは意を決し、本心を語り出す。

 

「お前が、好きだからだ」

 

 ラウムの突然の告白に、チンクは思わず顔を上げる。涙で腫れた顔を優しく撫で、ラウムはチンクの額に口付けをする。

 

「お前に俺を裁いてもらいたかった。惚れた女になら命をくれてやっても構わないと思った。だから、お前にしか頼めないんだ」

 

 ラウムは常々、自分のことを罪人と呼び過去の事件を自らの罪だと背負い込んでいた。そして、いつの日か戦いの中で裁かれ、命を落とすことを望んでいたのだ。

 それが漸く叶う。しかも、相手が一生でただ一人惚れた女とあれば、こんなにいい幕切れはない。

 

「だから、これは上司としての命令じゃない。俺個人の頼みだ」

「……そんなの、ズルいです」

 

 勝手な告白をするラウムへ、チンクは涙を堪えながら睨みつけた。

 また怒り出すのかと思い込んでいたラウムだが、次の瞬間には強く抱き付かれていた。チンクの背が小さい所為で、ラウムの胸で泣くような形にはなってしまったが、それでもラウムはチンクの突然の行動に内心驚いていた。

 

「そんなことで命を差し出されたら、私の想いは何処へ行けばいいんですか!」

 

 ラウムは一瞬、チンクの言葉の意味が理解出来なかった。私の想い、とは何なのか。

 

「私だって、貴方のことが好きなのに……! 私に裁いて欲しいだなんて、言わないでください!」

 

 チンクはラウムに抱き付いたまま、自身も告白をした。

 ラウムもチンクも、互いに一緒にいる内に好意を抱くようになっていったのだ。気付いたのはお互いが命の危機に瀕した時だったが、2人は両想いであった。

 そんな事実に今気付き、ラウムは自分の滑稽さに笑いすら出てきてしまった。

 

「それに獣人になっても、ラウム殿ならばきっと負けません。エドワードのように、ラウム殿のままでいられると信じています。だから、自分を諦めないで。死ぬことで償おうとせず、罪を背負って生きることで少しずつ清算してください。それが、私の裁きです」

「……そうか。俺は……」

 

 優しく語り掛ける愛しい人に、ラウムは自分への嘲笑と共に涙を一滴流した。こんな状況になって漸く、彼は自分自身を縛っていた罪から許されたような気がした。

 そう、ラウムはまだ死が確定した訳ではない。エドワードやマラネロの弟子達のように自我を保ったまま獣人の力を使う者だっている。

 しかし、それは一握りの適合者のみの話である。ラウムが危険であることに変わりはないのだ。

 

「ぐっ!? ああああああ!?」

 

 突如、ラウムが苦しみ出す。獣人化が始まってきたようで、右腕に変貌が始まってきていた。

 男らしい太い腕が獣のように更に太くなり、青い毛に覆われていく。更に手の先には鉤爪が生え揃い、このまま抱き締めればチンクの体を確実に傷付けてしまいそうだった。

 

「ち、チンク……! ならば、まだ頼みがいくつかある……!」

「は、はい!」

 

 変貌に苦しむラウムだが、瞳にはもう憂いを感じさせない。チンクを愛し、生きて罪の残りを清算する意思を決めたラウムに、チンクは大きく頷いた。

 

「皆に伝エテくれ……俺は、暫ク戻レソウニない。だから、後のコトハ全テギンガに任せル……ト」

 

 ラウムの声が獣人の時の低いものと入れ替わりになるが、伝えるべき個所をチンクに伝えた。

 陸士315部隊は突如、部隊長を失うことになるので代理としてギンガを指名した。だが、必ず戻ってくると言ったようにラウムには戻る意思があった。人間の姿を取り戻し、チンクの元にも帰ってくると。

 

「チンク……ありがとう。愛シテル」

 

 ラウムは最後にチンクへ口付けを交わし、すっかり変化してしまった手足を駆使して何処かへと去って行った。人の少ない、獣としての本能を曝け出せる安全な場所へ。

 命を救い、代わりに異形の姿を永遠に背負うことになってしまった。勇敢で哀しい漢の姿を、チンクはずっと見送っていたのだった。

 いつかまた会える。そう信じる女の手には、残された懐中時計が握られていた。



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第37話 誰かを守るということ

 手記 戦闘機人の活用方法

 著者 ロノウェ・アスコット

 

 僕が調べるものは、戦闘機人についてである。

 

 戦闘機人とは鋼の骨格と人工筋肉を持ち、遺伝子調整やリンカーコアに干渉するプログラムユニットの埋め込みにより、高い戦闘力を持つ人型兵器のことだ。

 身体機能の代わりを務める人工骨格や人造臓器は今でこそ珍しい存在ではないが、それを身体機能の強化の目的で用いる場合は様々な問題が存在した。

 しかし、新暦50年頃にドクター・ジェイル・スカリエッティが"ヒトをあらかじめ機械を受け入れる素体として生み出す"という方法によって製造を成功させた。

 この方法は拒絶反応や長期使用における機械部分のメンテナンスなどの問題を解消させる画期的なものだったが、倫理的に問題を抱えると言った理由で違法とされてしまった。

 

  現在、確認されている戦闘機人はドクター・マルバス・マラネロが制作した"タイプゼロ"3体と、ドクター・スカリエッティによって製作された"ナンバーズ"11体。ナンバーズの内4体は時空管理局によって監獄に入れられており、3体が聖王教会に所属している。

 よって、残り4体とタイプゼロのファーストとセカンド、計6体を対象に研究を進めていくことにする。

 戦闘機人の能力は高いが、各個体に存在する感情が邪魔で実力を100%発揮出来ていない。そこで、まずは6体の戦闘機人を手中に収め、命令に従順な機械として改造する必要がある。

 その性能が改めて発揮された時、世界は戦闘機人の真価を思い知ることとなるだろう。

 

 

◇◆◇

 

 

 カタカタ、とボードを打ち込む音が静かな空間の中に響く。

 薄暗い研究室では、ロノウェただ一人が何かのプログラムを開発していた。

 以前までは、マラネロの弟子がロノウェの他に3人いた。フォラス・インサイト。エリゴス・ドマーニ。ウィネ・エディックス。そのいずれも自身の能力を過信しすぎたが為に機動六課に敗北し、現在は時空管理局の拘置所に収監されている。

 

「やはり、僕こそが最も優秀な弟子。そして、師匠すら超える天才科学者として世界に名を遺す」

 

 ロノウェは師匠であるマラネロを強く尊敬していた。ロノウェを含めた弟子4人をしがない研究所から引き抜き才能を開花させたのは他でもないマラネロだったからだ。

 だが、同時に野心家でもあるロノウェは、行く行くはマラネロの研究成果の全てを奪い取り自らの糧とすることで全世界に名を轟かせようと企んでいた。

 

「お前じゃ無理だろ」

 

 マラネロがこの場にいないのをいいことに、自らの野心を曝け出すロノウェへ何者かが冷たい言葉を投げかける。

 その人物、アースはいつも通り不機嫌そうな表情で目の前の研究者を睨む。

 

「フッ、オイオイ。本物に押し切られた出来そこないが何を」

 

 ロノウェはアースの挑発に対し怒りを露わにすることなく、逆にこの前の戦いでソラトに押し出され逃げられてしまったことで挑発し返す。

 だが、言い終わる前に沸点を一気に超えたアースが愛剣ベルゼブブを一瞬で出現させ、ロノウェに斬りかかった。

 

「ぐあっ!?」

 

 その瞬間、アースへ謎の攻撃が襲い掛かり、ロノウェを斬りつける前に吹き飛ばされてしまう。

 体勢を崩したアースは何をされたか瞬時に把握し、立ち上がって剣を構え直す。

 

「危ない危ない。そうは思わないか?」

 

 憎らしく笑うロノウェの傍へ第三者の少年が歩み出る。

 アースに攻撃を仕掛けて来たのはタイプゼロ・フォースだった。フォースの持つIS"真空破砕"は空気に振動を伝え、相手を攻撃する。姿が見えなくとも、遮る物さえなければ有効な能力だ。

 

「フォース……今日はえらくロノウェに肩入れするじゃねぇか」

 

 アースにとって唯一理解出来なかったことは、フォースが無条件でロノウェに手を貸していることだった。

 マラネロの下にいる人間は、自身の目的や理由がそれぞれにある上に凶暴な性格なので、基本的に仲が悪いはずなのだ。

 

「くくく、今日からフォースは僕の従順な部下さ」

「何――がはっ!?」

 

 アースの疑問に、代わりに答えたのはロノウェだった。

 どうしてそうなったのか。それを知る前に、アースはフォースの真空破砕を腹部に受け、再び吹き飛ばされてしまった。

 

「じゃ、これで失礼する。僕にはやることがあるんでねっ!」

 

 ロノウェは傍に立っていたフォースを思い切り蹴飛ばし、高笑いしながら転送ポートへ向かう。壁に思い切り激突したフォースは、悲鳴も上げずにその場で気絶した。

 この男はこれから、一体何をしようというのか。

 そんなことを考えつつ、緑の光の中に消えたロノウェを睨みながらアースは意識を手放した。

 

 

◇◆◇

 

 

 早朝。六課の隊舎の傍にある森林では、今日もソラトが日課である自主トレに励んでいた。

 マラソンを既に終えたソラトは、セラフィムを構えてじっと動かずにいた。目を瞑り、周囲の気配を探っている。木々を掻き分ける風、遠くから聞こえる波の音。そして、こちらに向かってくる五つの物体。

 

「そこっ!」

 

 ソラトは目を見開き、同時に右側の後方へ剣を横向きに翳した。

 次の瞬間には、ソラト目掛けて細いビームが放たれていた。攻撃してきた方向には、練習用の魔力スフィアが飛来してくる。

 ソラトはスフィアから放たれたビームをセラフィムの腹で防ぎつつ、別の方向へと跳ね返した。その先には別のスフィアがおり、ビームが直撃すると霧散して消えた。

 スフィアは全部で5基。残り4基が別々の方角からソラトへと向かってきている。

 

「はぁぁぁっ!」

 

 一番近い位置にいるスフィアへ、ソラトは迫っていく。その隙を逃さず、スフィア達はソラトの背にビームを放つ。しかし、それこそがソラトの狙いだった。

 ソラトは傍の木を足場にして高く跳ぶ。彼目掛けて放たれたビームは目標を失い、その対角線上にいたスフィアに命中してしまう。

 2基目を撃墜すると、今度は青緑色に輝く小さな槍を二本、ベルカ式の特徴である正三角形の魔法陣から出現させる。

 

「アセンションランス!」

〔Ascention lance〕

 

 スフィアに放たれた槍は二本とも避けられてしまうが、それもソラトの狙い通り。移動したスフィアの前に着地したソラトは、落下の反動を利用した斬撃でスフィアを真っ二つに斬り裂いていた。

 3基目を落としたソラトだが、すぐにバックステップをして追撃のビームを躱す。そして、最初やったのと同じように剣の腹を盾代わりにし、残りのスフィアへ走り込む。

 

〔Holy raid〕

「でりゃあああああああっ!」

 

 短距離瞬間移動魔法が発動すると、ソラトはスフィアの懐へと入り込み、一基を斬り上げる。

 最後の一基も間髪入れずにセラフィムを振り下ろし、消滅させた。

 

「……ふぅ。セラフィム、何秒だった?」

〔38秒です〕

「そっか。記録、ちょっと縮まったね」

〔でも、被弾箇所は4つに増えてます〕

「うっ」

 

 このトレーニングは、魔力スフィアをどれだけ被弾せずに、素早く倒せるかを競うものだった。

 タイム自体は縮まったが、確かにソラトのトレーニングウェアには四か所の焦げ跡が付いていた。勿論、トレーニング用のものなので身体に害はないのだが。

 

〔少し、焦りが出てませんか?〕

「……やっぱり、分かっちゃう?」

〔当然です。相棒なのですから〕

 

 彼是長い付き合いになる愛機に、ソラトは敵わないなと苦笑する。

 持参したスポーツドリンクを飲みながら、正直に打ち明けることにした。

 

「……フルドライブ」

 

 ソラトがずっと気がかりだったこと。それは、先日のセブン・シンズ争奪戦で隊長陣が見せたフルドライブ形態だった。

 その戦闘力もさることながら、使える回数が限られている奥の手。それを敵は引き出したことになる。

 果たして、今の自分が勝てるのかどうか。フルドライブを使わずに、何処まで戦えるのか。

 

「僕達のフルドライブの解放権限を持っているのは八神部隊長と、直属の上司であるなのはさんだけ。そう易々と使えない以上、自分の力でどうにかしないといけない」

〔そうですね。でも、そう焦る必要はないかと〕

「分かってる。焦りすぎれば、失敗しやすいってことも。でも……」

 

 嗜めてくる愛機にソラトは小さく頷く。しかし、焦りの原因はフルドライブ以外にもあった。

 セブン・シンズは全て奪われ、陸士315部隊の隊長ラウム・ヴァンガードもマラネロの毒牙に掛かって消息を絶ってしまった。

 アースにすら勝てない自分は足手纏いになるのではないか。そういった自分の実力不足による不安が最近、ソラトの中でより増してきていたのだった。

 

「ラウムさんのためにも、アースのためにも、もっと強くならなきゃいけない。でないと、皆も、スバルも――」

「守れない?」

 

 ソラトの言葉に続いたのは、若い女性の声。

 声の主がすぐに分かったソラトがハッと振り向くと、そこにいたのはなのはだった。

 

「自主練、お疲れさま」

「なのはさん……」

「でも、最近ちょっとやり過ぎてるんじゃないかな。疲れが顔に出てるよ」

「こ、これは……いえ。すみません」

 

 教導官としてよく見ていたなのはは、ソラトが疲れを溜め込んでいることに気付いて、早朝のタイミングで話に来たのだ。

 そんなことはない、と首を横に振ろうとしたソラトだが、全てお見通しだと察して素直に頭を下げる。

 

「ちょっと、お話ししようか」

「は、はぁ……」

 

 恋人にとって憧れの人であり、自分にとっては超えるべき壁。

 そんななのはと、二人きりで話すのは初めてのことだった。

 

「ソラトはどうして、そこまで強くなりたいの?」

 

 なのはの疑問はとても単純なことだった。

 六課に配属されてから今日まで、フォワード達は全員同じように教導を受けて強くなってきている。勿論、ソラトも最初に獣人と戦って見せた時よりも確実に鍛え上げられている。

 しかし、他の隊員と違いソラトは通常の教導に加えて自主練まで行っている。そうまでして強さを追い求める理由は何なのか。

 

「それは、スバルを守る為です」

 

 ソラトは真剣な眼差しをなのはに向けて答える。

 幼い時に二度も味わった喪失感を振り払うように、ソラトは大切な人(スバル)を守る強さを、目標(なのは)を超える為の強さを追い求めて来たのだ。

 何処までも真っ直ぐな彼の返答を予想していたかのように、なのははニコッと笑って次の質問を投げかけた。

 

「じゃあ、守るってどういうことだと思う?」

「え……?」

 

 なのはの質問に対し、意図を掴めずに困惑するソラト。

 守るとは、危険から命を救うことではないのか? ファンタジーの世界で騎士がドラゴンから姫を守るように。ヒーローが悪人から世界を救うように。

 そんな当たり前のイメージを浮かべるソラトへ、なのはは更に問いかけた。

 

「スバルの命だけ救えればいいの? スバル1人と他の100人の命が天秤に賭けられたら、どっちを取る?」

「それは……!」

「もしスバルが敵に回ったら、どうする? 敵側に寝返る?」

「そ、そんなこと……!」

 

 なのはの質問に、ソラトは段々と答えられなくなる。

 スバルを守るとは誓ったが、他の人間の命と秤に賭けられたり、守る対象が敵に回ってしまった時のことを考えていなかった。

 恋は盲目、とはよく言うものだが、ソラトはスバルのこととなると周囲が見えにくくなってしまう。冷静に見えて、我武者羅に突っ走ってしまうことこそソラトの弱点だと、なのはは見抜いていた。

 

「誰かを守るって、ただ強くなって外敵から守ることだけじゃないんだよ?」

「……はい」

「確かに強くなることも大事。でも、それはただの手段でしかない。本当に大事なことは」

「大事なことは……?」

「そこから先は、ソラトへの宿題。それじゃ、もう私は行くけどあまり無茶しちゃダメだよ?」

「あ、はい!」

 

 核心の部分をはぐらかされ、ソラトは目を丸くする。だが、何となくなのはが言いたいことが分かるような気がしていた。

 今の自分は、強さを追い求めるあまり目的と手段が入れ替わりつつあったのだ。

 では、本当に"守る"ということとは何なのか。大切な人を守り抜くにはどうすればいいのか。

 

「ソラトー!」

 

 なのはの言葉の意味を考えていると、ずっと自分が守りたいと願ってきた人の明るい声が聞こえて来る。

 タオルを持って、手を振って来るスバルに、ソラトは笑顔で答えた。

 

「スバル。おはよう」

「おはよ! 今日も自主練してると思って。はい、タオル」

「ありがとう。日課だから、ね」

 

 スバルからタオルを受け取ったソラトは、思わず笑みが零れていた。

 どんなに悩んでいても、スバルが傍にいてくれるだけでソラトの心は穏やかになる。

 

「でも、今日はどうして?」

「……ソラト、今日の午後はフリーでしょ? 訓練漬けじゃなくて、たまには一緒に出掛けないかなって思って」

 

 実はスバルも、ソラトが自身を追い詰めていることに気付いていた。そこで、気分転換も兼ねてデートに誘ってみたのである。

 恋人からのデートの誘いにソラトはすぐに目をキラキラと輝かせる。

 

「本当!? うんうん、いいよ!」

「よかったー。ほら、最近頑張って鍛えてたから断られるかと思った」

「スバルからの誘いなら、断る理由なんてないよ!」

 

 そこはやはり恋に盲目なソラトである。デートの誘いも上手く行ったと分かり、元気な彼氏を前にスバルも微笑む。

 

「じゃあ、昼食後に寮の前で待ち合わせね!」

「うん!」

 

 前回のデートは、タイプゼロ・サードの襲撃で台無しにされてしまったため、ソラトもスバルも一層心を躍らせる。

 時間も頃合いだったため悩みを一旦外に置き、ソラトはスバルと共に寮へと戻って行った。

 

 

◇◆◇

 

 

「さて、ここからなら十分に届くかな」

 

 昼過ぎ頃。クラナガンから南東に少し離れた森の中で、ロノウェは何かの機械を設置していた。

 大きさはガジェットⅠ型と同じ程度で、黒い長方形の体型からアンテナらしき棒が数本伸びている。ロノウェがキーボードで操作すると、長方形の機械は縦に展開し、稼働を始めた。

 

「ソラト・レイグラント……君の絶望に染まった顔が早く見たいよ」

 

 狂気を孕んだ笑みを見せながら、科学者の弟子はこれから起こる事件を思い浮かべるのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 その頃、ソラトとスバルはクラナガンを訪れていた。

 久々の休息の時間を恋人と過ごし、ソラトも数日の焦りや悩みを忘れることが出来ていた。

 

「ソラト! ほら、あそこでアイス売ってるよ!」

 

 公園でスバルが見つけたのは、アイスの移動販売だった。スバルはアイスには目がなく、今にも食べたそうにソラトへ視線を送る。

 ソラトもスバルの大好物は知っていたので、優しく微笑みながら聞いてみた。

 

「……食べたい?」

「うん!」

「いいよ。奢ってあげる」

「え、いいの?」

「勿論。可愛い彼女にアイスくらい奢ってあげなきゃ」

 

 男の甲斐性について、前にギンガに聞かされたことをソラトは思い返す。その時に同席していたエドワードの顔が引き攣っていたが、あれは何だったのか。

 とにかく、恋人の前で格好付けたいソラトは、スバルを連れて移動販売へ足を運んだ。

 小さい車にしては、置いてあるアイスの種類は多く、スバルは目をハートの形に変えながらどれにしようか迷っていた。

 

「んー、どれにしよっかなー」

 

(……それに、これぐらいはお礼しておかないと)

 

 スバルが自分を気にかけてくれたことも知っており、ソラトはアイスに目移りしているスバルへ感謝の念を送った。

 

「わぁ……ソラト! ありがとう!」

「どういたしまして」

 

 結局、スバルは迷っていたアイスの味を三段重ねにすることにした。やや大きめのアイス三つを前に幸せそうに頬を染めるスバルへ、ソラトも心から嬉しく思っていた。

 こんな平和な時間が永遠に続けばいいのに。

 

 

「――あ」

 

 

 ベチャ、と。アイスが地面に落ち、溶けていく。

 

「スバル、大丈夫? 新しいの、買ってこようか?」

 

 大好きなアイスを落とし虚空を見つめるスバルへ、ソラトがすぐに心配の言葉を掛ける。

 だが、様子がおかしい。スバルの表情は大好物を落としたことへの絶望感を全く感じなかった。

 寧ろ、何かに驚愕して目を見開いている。その視線の先には、遥か遠くの空。

 

「スバ――」

 

 次にソラトが声を掛けようとした瞬間、スバルはソラトの顔を全力で殴り飛ばしていた。

 何が起きたかも分からず、吹っ飛ばされるソラト。恋人に殴られたことへの失望が心を包んでいくが、すぐさま気持ちを切り替える。

 

(スバルが、理由もなく誰かを殴るなんて、ありえない!)

 

 ソラトは殴られて切った口元を拭って、スバルをよく観察する。

 スバルは無表情のまま、こちらを見つめていた。しかし、明らかに異変が起きていると分かる箇所が1つだけあった。

 

「目が金色……機人モードになっている!?」

 

 スバルが戦闘機人としての力を発揮する時、瞳の色が翠から金色へと変化するのだ。それを見落とさなかったソラトは、スバルに起きた異変をすぐさま分析した。

 彼女は自分の意志で機人モードを発動するわけもない。つまりは、誰かに操られている。

 

「もし、スバルが敵に回ったら……」

 

 ここで、今朝なのはに言われたことがフラッシュバックしてくる。まさかこんなにも早く、最悪の形で実現するとは思わなかった。

 

「僕は……」

 

 自我を失い凶暴さを露わにする戦闘機人(スバル)を前に、騎士はただ躊躇いの影を心に落としていた。



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第38話 vsナカジマ姉妹

 スバルが機人モードを発動し、ソラトと対峙していた頃。

 エドワードは休憩時間を利用して、ギンガと通信で会話していた。

 ラウムがいなくなった後、ギンガは陸士315部隊の部隊長代理に任命されたので、何か困ったことがあればいつでも手を貸せるようにしていたのだ。

 

「チンクはもう落ち着いたか?」

〔ええ。それどころか、取り乱す様子一つ見せないで、いつも通り振る舞ってるわ〕

 

 ラウムとの悲劇的な別れをしたチンクを心配していたエドワードだったが、彼の予想以上にチンクは強かった。悲しい素振りなど見せず、普段通りに妹達の面倒を見ている。部隊長補佐の仕事も継続し、ギンガのサポートも積極的にしている。

 全てはラウムを信じ、彼がいつでも帰ってこれるように陸士315部隊を守る為の行動だった。

 

「強いな」

〔そ。恋する女は強いんだから〕

 

 まるで自分のことのように胸を張るギンガに、エドワードは思わず吹き出しそうになる。

 だが、こんな平和な時間は脆くも崩れ去ってしまう。

 

〔う……っ!?〕

「ギンガ?」

 

 突然、頭を押さえて蹲るギンガに、すぐに気付いたエドワードが呼びかけた。

 彼女の急な異変に、最初は戸惑うエドワードだったが、ギンガの瞳が機人モードを表す金色に変貌していることに気付き、只事ではないと判断する。

 

〔エド……頭に、声が……あああああああああああああああっ!?〕

「何があった!? ギンガ!」

 

 ギンガは苦しそうに悲鳴を上げ、線が切れた操り人形のように力なく項垂れた。

 エドワードが必死に呼びかけ、ギンガの元へ向かおうすると不意にギンガは何事もなかったかのように起き上った。

 

「ギンガ……っ!?」

 

 安堵したエドワードだが、即座にただごとではない様子に気付いた。

 ギンガは生気の籠っていない"金色の瞳"のまま、エドワードをじっと見ていたのだ。そして、通信はプツン、と切れてしまった。

 彼女の異変にショックを隠せないエドワードだったが、なんとか冷静さを保ったまま六課の司令部へと通信を繋ぎ変えた。

 

「こちらライトニング05、エドワード。非常事態発生」

〔エドワードさん、どうしましたか?〕

「ギンガが何者かに操られた」

 

 エドワードの通信を取ったのは、オペレーターを務めるシャリオ・フィニーノだった。

 手短に用件を伝えながら、エドワードは車庫へと歩を進めた。

 通信が切れる前、ギンガの瞳は金色に変わっていた。これは機人モードに切り替わっていたことを示している。あの場面で、ギンガ本人が使いたがらない機人モードを発動させた、とは考え難い。となれば、考えられる事態は一つだった。

 

〔えっ? 痴話喧嘩とかじゃなくてですか?〕

「残念だが、違う」

 

 人の恋路に首を突っ込みたくなる悪癖のあるシャリオに頭を抱えたくなるエドワードだったが、今回はそれどころではない。

 

(それに、さっき頭に声がって言っていた。ということは)

 

 エドワードの最悪の予想は見事に的中していた。

 陸士315部隊に所属しているナカジマ姉妹全員が、現在何者かに操られている状態にあった。

 

(あの場にいる人間だけで、ギンガ達5人を抑えられるとは思えない)

 

 味方だと油断しきっている現状、315部隊が壊滅状態に陥る可能性すら出て来る程だ。

 そして、エドワードにはもう一つ心配事があった。

 

「スバルはソラトと一緒だったか……マズいな。ソラトがスバルを攻撃出来るとは思えない」

 

 ギンガの妹であるスバルもまた、戦闘機人である。今回の件で暴走しているのなら、傍にいるソラトが真っ先に狙われているだろう。

 だが、ソラトはスバルを溺愛しているので、手を出せるとは思えなかった。

 

「とにかく、315部隊に出る。許可を」

〔あ、はい! 少し待ってください〕

 

 シャリオは慌てて許可を得ようとはやてへ連絡する。

 こういった時に、組織での活動は面倒だ。自身の車の中で、エドワードはギンガを案じながら許可が下りるのを待った。

 

 

◇◆◇

 

 

「これは……」

 

 はやてが315部隊の状況を確認した時、既に手遅れになっていた。

 操られたギンガとノーヴェが局員達を襲撃し、隊舎を破壊している光景が映し出されていたのだ。

 チンクやディエチ、ウェンディの姿はなく、代わりに入って来たのはクラナガンの各地で暴れる3人の戦闘機人についてだった。

 

「準備の出来てるエド君は直ちに315部隊に出動! ヴィータやティアナ達はチンク等を止めに!」

 

 はやてが指揮を下すと、それぞれが動き出す。エドワードは車で向かい、残ったフォワード達もヴァイスが操縦するヘリで出動する。

 残るは、今この場にいないソラトとスバルだけ。

 

「ソラト? 聞こえるか?」

〔はい!〕

 

 通信を掛けると、今は恐らくバイクに乗っているのであろうソラトに繋がった。口からは血の跡が残っており、少しばかり交戦した痕が見える。

 必死に運転している様子から、スバルを追いかけている最中なのだと推測出来た。

 

「今、スバルは?」

〔目の前です! 何があったか、知ってるみたいですね!〕

「……たった今、ミッドの広範囲にいる戦闘機人が同時に操られとる」

 

 聖王教会にいるセイン、オットー、ディードは連絡したところ操られている気配がなかったので、少なくとも中央区角周辺が範囲内だと考えられていた。

 はやての解説に、ソラトは驚きもせず黙って聞いている。ただし、瞳の奥では確かな怒りの感情が渦を巻いていた。

 

「――分かっていることは以上や。今何処にいるか、教えてくれるか? そしたら、なのはちゃん達が」

〔八神部隊長。ここは、僕に行かせてください〕

 

 予想通りの返しに、はやては溜息を吐く。

 ソラトはきっと自分の手でスバルを取り戻したいと答えるだろう。だが、はやてはそれを許すわけにはいかなかった。

 

「残念だけど、それは認めるわけにはいかん。スバルはどうして君から逃げてると思う?」

〔……操っている本人に呼ばれているから、ですか?〕

「その可能性が高い。君一人でどうにか出来る問題じゃないよ?」

 

 他の戦闘機人は街中で暴れているにも関わらず、ソラトの証言によるとスバルはソラトを振り払い、急に何処かへ向かっていったそうだ。

 一人だけ行動パターンが違うことから、スバルだけ操っている張本人に呼び出されているかもしれなかった。

 

〔僕は……〕

「これはソラトだけの問題じゃない。高町教導官達と一緒に敵を」

〔それでも! 僕が行かなきゃいけないんです!〕

 

 しかし、ソラトは頑なに拒否をする。あくまで自分でスバルを助け出そうとしているのだ。

 そんなソラトに、今朝話したばかりのなのはは何も言わず見つめる。なのはの目には、ソラトが自身の欠点を未だに改善出来ていないように映っていた。

 

〔確かに、ここで僕が引き下がってなのはさん達を呼べば、相手を捕まえられるでしょう。でも、もしそうなったら、僕は一生自分を許せなくなります〕

 

 ソラトの頭に映っているのは、未だ抜けない2つの記憶だった。

 1つは、両親を失った後の記憶。火事で全てを失ったソラトが新しく得た希望。それがスバルだった。

 そして、2つ目の記憶はスバルを失いかけた空港火災。再び大切なものを失いかけたソラトは、もう二度と目の前の大事な人を手放さないように力を付けて来たのだ。

 

「……はやてちゃん。ここは、ソラトに任せよう?」

「なのはちゃん……」

 

 部下の決意を知ったなのはも、はやてに進言する。

 

「分かった。けど、無理したらあかんよ?」

〔ありがとうございます〕

 

 渋々、はやてが承諾するとソラトは礼を述べて通信を切った。

 どこまでも真っ直ぐで、自分で決めたことを貫き通す。誰に似たのかと、はやてはソラトの上司の顔を見る。

 その上司、なのはは少し困った風だが満足そうに笑っていた。

 

 

◇◆◇

 

 

 スバルが林の中へ入っていくところで、ソラトはバイクを降りて走って追うことにした。

 相手はローラーブーツで走っているので流石に追いつけはしなかったが、ローラーの跡を辿ることで追跡することが出来た。

 

〔この先から、強力な電波信号を感じます〕

「じゃあ、ここにスバル達を操っている張本人が……」

 

 今は待機形態で懐に入っているセラフィムも、電波を感じることが出来ていた。

 デバイスに影響は与えないようだが、広範囲の戦闘機人を操るほどの電波だ。ソラトは、その内六課の方でも探知して増援を送り込んでくるだろうと予想していた。

 だが、ソラトはなるべく増援には頼らず、一人で大切な人を救いたかった。今度こそ、無力な自分が誰かを失うというトラウマを拭い去る為にも。

 

「誰かの声が聞こえる……!」

 

 そして、遂にソラトは戦闘機人を操る敵の正体まで辿り着いた。

 

「ナンバーズ4体に、タイプゼロが2体。計画は順調に進んでいる」

 

 短い茶髪に金色の瞳を持つ白衣の男は、2メートルはあろうかという程の大きな機械の前に立ち、スクリーンでナカジマ姉妹が暴れている姿を眺めていた。その傍にはスバルが無表情で立っている。

 ソラトはあの男に見覚えがあった。以前、マラネロの弟子達が機動六課や陸士315部隊を襲撃してきた時に、ソラトが対峙した相手だった。

 

(確か……ロノウェ・アスコット)

 

 男の名前を思い出し、ソラトは樹の影からロノウェを睨みつけた。

 一方のロノウェは、ニヤニヤと笑みを浮かべながら後ろの機械を撫でる。機械の上にはアンテナらしきものが突き出ていて、いかにも洗脳電波を流しているような雰囲気を漂わせていた。

 

(セラフィム、あれが?)

〔はい。あれこそ、電波の出所です〕

 

 念の為、セラフィムに確認を取らせると案の定、電波を発生させている装置だったようだ。

 あれさえ破壊出来れば、スバル達は元に戻る。ソラトはそう確信し小さな魔力の槍、アセンションランスを装置目掛けて飛ばそうとする。

 

「そして、セカンドをこっちに向かわせたおかげで……いいお客さんが釣れた」

「なっ!?」

 

 しかし、ロノウェはソラトを見破っていたようで、何処からともなく大鎌を出現させてソラトのいる方向へ視線を向けた。

 見つかっている。そう考えたソラトは、構わずアセンションランスを装置へ射出した。これで傷でもつけて故障させれば、洗脳は止まる。

 が、ソラトの考えは甘かった。そこまで大事な装置を、マラネロの弟子がその辺に放置するはずもなかった。

 

「無駄だよ」

 

 ロノウェの言う通り、放たれた槍は装置に傷を付ける前に見えない壁に阻まれたかのように弾かれ、そのまま消滅してしまった。

 装置の破壊に失敗したソラトは、苦虫を噛み締めたような表情で、前に出る。

 

「久しぶりだね、ソラト・レイグラント」

「ロノウェ・アスコット……」

「覚えてたんだ。光栄だね」

 

 気味の悪い笑みも、相手を見下すような瞳も、以前会った時と全く変わりないとソラトは感じた。

 マラネロの弟子ももう3人は捕まっている。が、目の前の男が危険極まりないことに変わりはないのだ。

 

「その後ろの装置。それを使って何をするつもりだ?」

「何って、全ての戦闘機人を僕の手中に収めるのさ」

 

 まずは目的に付いて。これは、ロノウェはあっさりと打ち明かした。

 全ての戦闘機人。ということは、マラネロが作ったものや、スカリエッティの生み出した戦闘機人すら自らの支配下に置くことを示している。

 

「そんなことをして、何をする気だ?」

「決まってるじゃないか。ドクター・マラネロの作品と、ドクター・スカリエッティの作品。それらを僕が支配して、僕だけの軍団を作る。そして、ドクター・マラネロに反旗を翻すのさ」

 

 ロノウェが目指す者。それは、師匠を超える軍勢を作ることだった。その為に、マラネロが作り出したタイプゼロと、かつての協力者であるスカリエッティが生み出したナンバーズ。その両方をコントロールする必要があったのだ。

 実験は成功し、今やナカジマ六姉妹はロノウェの操り人形と化している。この装置の範囲を更に拡大できれば、聖王教会のセイン達も操ることが出来るだろう。

 

「クックック。よく動いてくれているよ。君の恋人も、姉も妹達も!」

「そんなことのために、スバル達を……」

 

 マラネロの弟子らしく、人の命を何とも思わない身勝手な振る舞いにソラトは怒りを抑えきれなかった。

 ロノウェもそれは重々承知で、対ソラトの策も十分にあった。

 

「その"スバル達"は僕の忠実な部下なんだよ。分かる? つまり、この場で君をタイプゼロ・セカンドに殺させることだってできるんだよ!」

 

 ロノウェが両手を広げると、直立不動だったスバルが突然動き出しソラトへ攻撃を仕掛けてきた。しかも、今回は素手ではなくリボルバーナックルもしっかり装備している。

 

「セラフィム!」

〔Blade form〕

 

 ソラトは懐にしまっておいたセラフィムを大剣型に変化させ、スバルの攻撃を刀身で防ぐ。そして、スバルの後方でほくそ笑んでいるロノウェを睨み続けた。

 

「お前のくだらない考えの所為で、スバル達が……! お前だけは絶対に許さない!」

「ハッハッハ! これこそが戦闘機人のあるべき姿! 戦闘で使われる次世代の兵器なんだよ!」

 

 スバルの拳を弾き返したソラトへ、ロノウェが大鎌を振るってくる。慌てて、屈んで避けたソラトはすぐ後ろの木々が跡形もなく切り倒されているのを目撃し、顔を真っ青にした。

 こんな切れ味の鎌ならば喰らった瞬間命の保証はない。

 

「ソラト……アイツの目的であるお前は、僕の手で直に殺す。それまで、恋人と楽しく踊っていてくれよ。ハハハハハハハッ!」

 

 ソラトだけを誘き寄せた理由も、犬猿の仲であるアースへの当て付けという単純かつ自分勝手なものだった。

 ロノウェが高笑いしながら下がると、ソラトとロノウェの間にスバルが立つ。相変わらずの戦闘機人モードであり、今にも打ち込まれそうな振動拳を震えさせながら恋人を冷たく見据えた。

 

「スバル! 目を覚まして! こんな電波に負けちゃダメだ!」

 

 ソラトは必死にスバルに呼びかけるも、電波しか頭に入ってこないスバルはソラトを一人の敵として捕らえ、拳を向けて来たのだった。

 最早、物言わぬ機械人形と化したスバルに、ソラトは未だ手を出せずにいた。

 

「スバル、やめるんだ! スバル!」

「無駄だ! さぁ、その顔を絶望に歪ませろ! アイツと同じ顔をね」

 

 ロノウェの言う通り、スバルは全く聞かずにソラトへ容赦のない追い打ちを仕掛けていく。

 マッハキャリバーによる高速移動をしながら、ギアをフル回転させたリボルバーナックルの重たい一撃を撃って来た。普段の演習ならば、ソラトはセラフィムで受け流しつつ、隙が出来たところを斬りつけるのだが、今回はそれが出来ずにいた。

 機人モード状態のスバルは(インヒューレント)(スキル)"振動破砕"を常に使用した振動拳を放っていたからだ。内部フレームの振動により、無機物に触れていなくともダメージを与える能力に、ソラトは防戦一方に陥っていた。

 

「スバル……!」

 

 致命傷は避けつつも、振動拳によりセラフィムもソラトのバリアジャケットもボロボロにされていくばかりだ。

 本当なら、ソラトも反撃しようと思えば出来る箇所がいくつもあった。洗脳されたスバルは機械的に動くことしか出来なくなっているので、隙が生まれやすくなってるのだ。

 なのに、手出しせず防戦一方だったのは相手がスバルだからであった。演習ならば互いが合意の上で戦えるのだが、今回は違う。

 

〔マスター、このままじゃ!〕

「分かってる! けど、けど!」

 

 セラフィムの指摘を受けてもソラトは割り切れず、とうとう背後に大木があるところまで追い詰められてしまった。後ろに下がって回避することも出来ない。かといって、間合いを詰められてしまい左右に逃げることも出来ない。

 絶対絶命の状況の中、ソラトはあることに気が付いた。

 

「あ……スバル、なんで泣いているの?」

 

 目の前の少女は操られているにも関わらず、涙を流していたのだ。

 それだけではない。すぐにトドメを刺せる状況なのに、一向に動かない。まるで、何かに動きを抑え込まれているかのように。

 

「ソラ……ト……」

「スバル?」

「逃……げ……」

 

 洗脳電波によって操られたはずのスバルが、最後に残っていた理性を使って、必死に自身の暴走を抑え込んでいたのだ。

 とても悲しそうに、苦しそうにこちらを見る機械の少女に、ソラトはショックを隠せなかった。

 そして、すぐに右に避けるとスバルは目の前の木に対して攻撃を加える。攻撃の当たった箇所のほとんどを消し飛ばし、大木を倒すスバル。またも洗脳状態に戻ってしまったようだ。

 

「そういう、ことだったんだ」

 

 今の光景を目に焼き付けたソラトはそっと呟く。

 すると、咄嗟に通信を開き、六課の司令部へとつなげた。

 

「八神部隊長」

〔ソラトか!? スバルは無事なん? 敵は?〕

「一つ、お願いがあります」

 

 自分とスバルの心配をしてくるはやてに、ソラトは最後になるであろう頼みごとをした。

 

「フルドライブを、使わせてください」



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第39話 Sacred Force

「フルドライブを、使わせてください」

「なっ、それは!?」

 

 ソラトの頼みとは、フルドライブ使用の許可を貰うことだった。それは即ち、数少ないリミッターの解放権限を使うことになる。

 当然、そう簡単に権限は再取得出来るものではなく、はやてもおいそれと使う訳にはいかない。

 

「……それは、許可がもらえると思って言うてることか?」

「いえ。ですが、時間がありません!」

 

 ソラトはスバルの攻撃をセラフィムで防ぎながら、渋るはやてに頼み続ける。

 目の前には、ナカジマ姉妹を操っているロノウェ・アスコットがいる。しかし、ロノウェとスバルを同時に相手にするのは今のソラトでは荷が重い。

 しかし、フルドライブを解放すれば勝機が生まれる可能性があった。油断している上にソラトのフルドライブ形態を知らないロノウェなら、その爆発力で叩けるかもしれない。

 

「お願いします! この後で、僕はどうなっても構いません!」

 

 ソラトは拳を受け止めていたセラフィムを振り切って、スバルを弾き飛ばす。そして、先程涙を流していた彼女を思い浮かべた。あれは、辛うじて残っていたスバルの心が流させたものだとソラトは確信していた。

 スバルは人を傷付けることを嫌う、優しい性格の少女だ。誰かに操られて、皆を傷付けるような真似をするなんて、絶対に許せないはずだ。

 

「僕、やっと分かったんです。今朝のなのはさんの言葉の意味。本当に、大切な人を守るってどういうことなのか。本当に守らなきゃいけないのは、彼女の想いだったんだ」

「ソラト……」

「スバルを泣かせたのは、僕がスバルに手を掛ける勇気がなかったから。だから、今度こそ僕がスバルを止めて、彼女の本当の想いを守らなきゃいけないんです。例え、この手で傷付けることになったとしても」

 

 機人モード特有の金色の瞳が冷徹にソラトを睨む。対峙するソラトも、攻撃を受け続けてボロボロになったセラフィム構え直す。

 迷いがないと言えば、嘘になる。目の前で敵対するのは、愛する女性であることに変わらないのだ。しかし、スバルの目に残る涙の跡がソラトを奮い立たせた。

 

「分かった」

「なのはちゃん!?」

 

 はやての代わりに司令室から聞こえたのは、なのはの声だった。

 ソラトのリミッター解除権限は、部隊長のはやて以外にも直属の上司であるなのはが持っていたのだ。

 

「その代わり、30分までだからね」

「ありがとうございます」

「……今日は、やけに肩持つやないか。どうしたん?」

「そ、そうかな?」

 

 不思議そうに聞いてくるはやてに、なのはは首を傾げる。

 そして、ソラトの背中を見てある人物を思い出していた。小さいころから自分を守ってくれた、幼馴染の男の子のことを。

 

「男の子って、意地になると聞かないからね」

 

 ちょっとだけ昔を思い出して小さく笑った後、目の前に現れた魔法陣をスイッチのように押した。

 

「ソラト・レイグラント、能力限定解除、承認! リリースタイム、30分!」

「リミットリリース……」

 

 リミッターが外れ、力が湧いてくるのを感じたソラトは小さく呟いた。同時に、セラフィムがカートリッジを二発リロードして薬莢を飛ばす。

 足元には近代ベルカ式の三角形の魔法陣が現れ、青緑色の光を放っている。

 

「なんだ? 何をする気だ?」

 

 ソラトの溢れ出す魔力に、ロノウェが警戒心を強める。そこへ、スバルがソラト目掛けて思いっきり突っ込んでいく。

 しかし、ソラトはスバルの渾身の拳を防御魔法で防いでいた。

 

「もう少しの辛抱だから、スバル」

 

 優しい声色とは裏腹に、ソラトは動きの止まったスバルをセラフィムで薙ぎ払った。今まで、攻撃を弾き返すぐらいのことしかしてこなかったソラトの初めての攻撃に、スバルは避けることも出来ずロノウェの方へ吹っ飛ばされる。

 これで自分を邪魔するものはない。この時、ソラトが頭に思い浮かべていたことはスバルの笑顔と、アースの悲痛の叫びだった。

 

『確かに強くなることも大事。でも、それはただの手段でしかない。本当に大事なことは――』

 

 なのはの出した宿題の答えを、ソラトは漸く見出した。大事なことは何の為に強くなるのか、その力の使い道を見失わないこと。

 スバルの喜ぶ姿を守る為に。そして、アースが生まれ持った悲しみを打ち破る為に。

 

 

「喜びも、悲しみも、全部背負ってやる……その為に強くなると誓ったんだ!」

 

 

 ソラトはセラフィムを縦に構え、更に魔力を込める。そして、力強く叫んだ。

 

「セラフィム、フルドライブ!」

〔Sacred form、awakening!〕

 

 

◇◆◇

 

 

 

 一方、陸士315部隊の隊舎では、ギンガとノーヴェが破壊活動を行っていた。ノーヴェは元々だが、ギンガもスバルと同様に瞳の色が金に変わっていて、意思を持っていないように虚を見ていた。

 戦闘機人は肉体からして普通の人間とは違っている。凄まじい戦闘力は、本来自我によって調整されているが洗脳されたことで機械人形のままに力を振るうようになってしまったのだ。

 かつての仲間に屠られる隊員達。死者が出ていないのが幸いであった。

 

「ギンガ! ノーヴェ!」

 

 そこへ、隊員達を庇うようにエドワードが現れた。彼の姿を見ても顔色一つ変えないギンガに、エドワードはブレイブアサルトの銃口を向ける。

 普通の敵ならば迷いなく撃つのだが、相手は恋人。エドワードにも当然躊躇いが生まれる。だが、今のギンガに理性はなく、銃を向けられたことでエドワードを敵と認識して襲い掛かってきた。

 

「くっ、ギンガッ!」

 

 一瞬の躊躇いのせいでブレイブアサルトを弾かれるエドワードだが、次に来る拳は獣人化して強固になった腕で防ぐことが出来た。

 相手は自分の知っているギンガではない。狼獣人の姿になったエドワードは、目の前の恋人を見据えて悔しそうに唸る。

 だが、あまりにギンガに気を取られ過ぎた為、後方から迫るノーヴェに気付いた時にはもう遅かった。

 

 

「チッ」

 

 

 舌打ちが聞こえた。

 次の瞬間、ノーヴェとエドワードの間に何者かが立ち、ジェットエッジから放たれる蹴りを黒い大剣で防いだ。

 

「お前は……アース!?」

 

 エドワードを救ったのは意外にも、自分達と敵対し、ロノウェとは味方同士のはずのアースだった。

 アースは不機嫌そうにエドワードを一瞥し、ノーヴェを振り払った。

 

「何故お前が!?」

「ロノウェのやり方が気に食わない。それだけだ」

 

 先程、ロノウェに手痛い仕打ちを受けたアースはロノウェの意趣返しに邪魔しに来たのだ。

 しかしそれだけではないようで、操られたノーヴェを見るアースの表情は何処か含みを持っている。

 

「……ノーヴェ」

 

 ノーヴェとアースは敵同士でありながら、お互いに想い合う仲だった。雨の洞窟でのやり取りで想いを告げて以来、アースの中でもノーヴェを敵として割り切っていたはずだった。しかし、まさかこんな形で相対することになるとは。

 あの時から会話を交わしていない二人だが、ロノウェに操られたノーヴェはアースを見ても眉一つ動かさない。それどころか、敵と判断して特攻してきた。

 アースはノーヴェの直線的な蹴りをベルゼブブの刀身で受け流すと、隙だらけの彼女を大剣の柄で何の躊躇いもなく叩き伏せた。

 

「下らん。操られる前の方が全然強かったぞ」

 

 洗脳されたノーヴェは、機械的な動きしかすることが出来ない。だからこそ、アースは動きを読んで返り討ちにすることが出来たのだ。

 アースは立ち上がろうとするノーヴェの身体を踏みつけ、首筋に当て身を撃ち込んで昏倒させた。

 冷静を装っているが、内心では沸々とロノウェに対する怒りが煮えたぎっていた。こんな下らない作戦にノーヴェまで巻き込んだあの男を許せる訳もなかったのだ。

 

「……あっちか」

「待て!」

 

 ロノウェのいる方向を向くアースへ、エドワードが呼び止める。

 獣人の力で必死にギンガを抑え込みながら、エドワードはジッとアースの挙動を監視していた。エドワードにとって、アースはソラトの命を狙う敵だからだ。

 

「何だ? 俺はロノウェを始末しに行くんだが? それとも、お前は今ここでタイプゼロ・ファーストと一緒に殺されるか?」

 

 アースには、ノーヴェ以外は全て敵だという認識しかなかった。エドワードもギンガも、マラネロから回収するよう言われてはいるが関係ない。

 但し、今はロノウェの方が優先度が高かった。元々、無意味な戦いを好まないアースはエドワードが邪魔さえしなかったら手を出すつもりはなかった。

 

「プロトタイプの獣人……お前を羨ましく思う。作られた身でありながら、自分の生きる世界を持っているお前が」

 

 誰にも聞こえないように小さく呟くと、アースは乗ってきた黒いバイクに跨って走り出す。

 エドワードが至近距離での魔口弾でギンガを気絶させる頃には、その姿は見えなくなっていた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「うおおおおおおおおおっ!!」

 

 力強く叫びながら、ソラトはデバイス展開時のように帯状魔法陣に包まれていく。

 その内部では、まずセラフィムの刀身が柄頭の球体部分まで真っ二つに割れ、片方が下に移動することで両端に刄がある剣へと変化した。

 ソラトが両刃剣となったセラフィムを掴むと2本分の長さになった柄が丁度いい長さに縮み、背中からは左右合わせて8枚の魔力で構成された翼が生えた。

 最後にドームを作っていた帯状魔法陣が宙に浮き、破裂することで中のソラトが空を飛んだ状態で現れた。

 これがソラトとセラフィムのフルドライブ形態、セイクリッドフォルムである。

 

「行くよ、スバル」

「……ふん、空を飛べるようになった程度で何が出来る!」

 

 ゆっくりと降りてきたソラトがスバルに呟く。彼女の後ろでは、ロノウェがソラトのフルドライブ形態を見掛け倒しだと鼻で笑っていた。

 油断しきったロノウェの言葉に答えるかのように、スバルがソラトへ攻撃を仕掛ける。しかも、今度はIS"振動破砕"を利用した"振動拳"を繰り出すつもりらしい。

 

 

「ごめん」

 

 

 ソラトが申し訳なさそうに呟く。

 次の瞬間、スバルのリボルバーナックルが砕いたはずのソラトの姿が消えていた。確かに攻撃を仕掛ける瞬間まで、スバルのカメラアイはソラトを捕えていたはずだった。ところが、攻撃に手応えはなく空を切っていた。

 そのすぐ後に、スバルは背後からの一太刀をまともに受けて地に伏すこととなる。スバルは驚きつつも、何処か安心したような表情で操られた意識を手放した。

 

「な、何をした!?」

 

 スバルを瞬殺したソラトに、ロノウェが信じられないといった風に叫ぶ。

 彼の計算上、ソラトがスバルに本気で攻撃を加えることはありえなかった。加えて、先程の残像を残しつつ背後に移動するスピード。ロノウェが今まで調べ上げたソラトのデータを遥かに超える能力である。

 当のソラトは、至って冷静にロノウェを睨む。

 

「お前も僕のことを調べたんだろう? ホーリーレイドでスバルの後ろに移動した。それから、必要以上の苦痛を与えないよう一撃で気絶させた」

 

 ソラトの説明は単純明快で、ロノウェからすれば大したことなかった。問題は、ソラトがそれを容易く実行出来る程の力を備えたということである。

 ホーリーレイドは通常、はっきりとした残像は残さない。しかし、セイクリッドフォルム時には背中の翼が瞬間移動の際に余剰魔力を解き放つ為、残像が残る仕組みになっていた。

 因みにこの翼は自動飛行魔法を付与していて、普段は飛行魔法を使えないソラトでも空が飛べるようになっている。ただし、翼を消されれば飛行を維持出来なくなるが。

 

「お前にだけは負けられない。ここで、捕まえる!」

「は、ははは……」

 

 自分の計算がたった一人の少年に崩されたことに、ロノウェは乾いた笑いを浮かべていた。

 自身を見つめるその眼。その顔。つくづく、嫌いな男を連想させる。ロノウェは何よりも、そのことが非常に腹正しかった。

 

「調子に乗るなよ!! ただの凡人風情が!!」

 

 今まで不敵な笑みを絶やさなかった顔を屈辱と怒りに歪め、ロノウェは激昂する。同時に、白衣を着た青年の姿を大きく変貌させていった。

 体色は黄緑色に変わり、腕は外側に棘が並んで生え出す。頭部はまるで人間の骸骨を象っていた。

 目や鼻の部分は空洞になっていて、側頭部に昆虫の複眼のようなものが出来ていた。恐らく、こちらの複眼の方が獣人形態での本当の目なのだろう。

 背中に生えた4枚の羽を羽撃かせ、人間形態の時も愛用していた大鎌"ハーヴェサイズ"を取り出す。骸骨のような頭部に大鎌と、死神を連想させるような出で立ちだが、鎌を使う黄緑色の昆虫といえばカマキリが思い当たる。

 

「カマキリ獣人……それがお前の真の姿か、ロノウェ・アスコット!」

「そうだ。この姿はそう見られるものじゃあない。光栄に思え!」

 

 ロノウェは口をカタカタと動かしながら、大鎌を軽々と振るう。ソラトは一旦空へ飛び立ち、ロノウェの攻撃から逃げる。

 だが、昆虫の羽根を持つロノウェもまたソラトを追って飛んできた。

 

「死ねっ!!」

 

 ソラトの後ろを飛びながら、ロノウェは鎌を持っていない腕を振る。すると、弧を描いた魔力の刃がソラト目掛けて放たれた。

 敵の攻撃に気付いたソラトは身体を回転させて身を反らすことで攻撃を避ける。もう少し反応が遅かったら、ただでは済まなかっただろう。

 

「まだだ! これならどうだ!」

 

 ロノウェは第二波として、大鎌を横に振り被った。その後から、魔力の刃が複数飛来してくる。

 ソラトはその場に止まり、セラフィムを横に振り舞わすことで飛んできた刃を悉く弾いた。

 

「隙が出来たぞ!」

 

 だが、ソラトに出来た僅かな隙をロノウェは逃すことなかった。

 空中にも関わらず、ソラトは背後から羽交い絞めにされていたのだ。

 

「なっ、スバル!?」

 

 ソラトを抑え込んだものの正体は、ウイングロードでソラトのいる場所まで上がってきたスバルだった。

 気絶させたはずだったが、金色の瞳は大きく見開いていて無表情のままソラトを見つめ続けている。

 

「そのまま押さえつけて置け!」

 

 操ったスバルを利用する、何処までも汚い手口を使うロノウェは勝利を確信しながらソラトの首元へ大鎌を振る。

 

「言ったはずだ。お前には絶対に負けられない」

 

 その凶刃がソラトの首を狩ることはなかった。魔力の羽根の一枚で首元をガードしていたのだ。

 攻撃を受けた羽根はそのまま粒子となって消失した。残りは7枚だが、まだ飛行に支障はない。

 

「だが、タイプゼロ・セカンドがお前を捕まえている限り、そこから動けないはずだ!」

 

 いくら攻撃が防げても、戦闘機人の力を発揮したスバルに抑え込まれては振り解きようがない。ソラトもそう思っていた。

 なのだが、突如縛る力が弱まるのを感じた。続いて、機械が爆発する音まで聞こえてきた。

 

「な、馬鹿な!?」

 

 ロノウェが激しく狼狽する程の出来事。それは、彼が用意した戦闘機人洗脳装置が何者かによって破壊されていたのである。

 よく見れば斬られた跡のようなものが遺されていて、装置は火花を散らしながら至る所から煙を巻き上げていた。

 

「僕の最高傑作が……!」

「ロノウェェェーーー!!」

 

 愕然とするロノウェに対し、ソラトはチャンスとばかりに懐へと飛び込み、縦に斬り込んだ。

 直前で気付かれてしまったので咄嗟に大鎌の柄で防がれたが、真っ二つに斬られた大鎌はもう機能しないことが分かった。

 

「きさ」

「グランドクロスッ!!」

 

 大剣時と比べて双刃剣の方が取り回しが楽なのか、今まで以上のスピードでロノウェを横一文字に斬り裂いた。

 ふっ飛ばされたロノウェは地面に激突し、ダメージを追いながらも立ち上がる。表情は獣人なので相変わらず判断出来ないが、息は荒くなっていてイラつきが抑えられないという風に口をカタカタと鳴らしている。

 何もかもが計算違いだった。戦闘機人達を従えて、人質も兼ねた下僕として有効活用するはずだった。そして、たった一人では相手にならないような弱い男を捻り潰しているはずだった。

 なのに、今はその男に見下されている。戦闘機人達の洗脳も解けていた。自分に勝つ術はもう残されていない。

 

「こ、こんな……奴に……!」

 

 ロノウェは自分の計画が失敗したこと、取り分けソラトに敗北していることを認められなかった。

 そんなロノウェの自尊心を正面から否定するように、上空で魔力スフィアを輝かせて自分にトドメを刺そうとしている騎士の姿が視界に入る。

 

「くそぉぉぉぉぉぉっ!!」

「ディバインバスタァァァーーーー!!」

 

 ソラトが叫びながら魔力スフィアを両断する。すると、スフィアからは巨大な斬撃波が放たれてロノウェを飲み込もうとする。

 ロノウェも最後の抵抗と言わんばかりに左腕を振って魔力刃を撃つも、膨大な力を前に合えなく掻き消されてしまう。そして、砲撃魔法はロノウェのいた場所に亀裂を入れて大爆発を巻き起こした。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 限界を超えた魔力の酷使に、ソラトはとてつもない疲労感を覚えながら地上に降り立つ。その瞬間、背中の羽根は全て消え、セラフィムも元の大剣型に戻ってしまった。

 息を荒くしながら、ソラトは爆煙に包まれた場所を見据える。今のでトドメを刺したとはいえ、目の前には強敵がまだいるはずだからだ。

 

「……そ、そんな……っ!」

 

 煙が晴れ、その場を見たソラトが驚愕の声を上げる。

 巨大な亀裂に、爆発によるクレーター。しかし、そこにロノウェの姿はなかったからだ。代わりに落ちていたのは、破壊されたリモコンのような装置と溶解した大鎌のみだった。

 

「ソラト」

 

 ロノウェを取り逃がし、呆然としていたソラトを呼ぶ声。それは、彼がずっと守りたがっていた女性のものだった。

 ソラトは慌てて振り向き、疲れた体を押して駆け寄る。

 

「スバル! 大丈夫!?」

「うん、平気だよ……っ!?」

 

 心配するソラトへスバルは笑って見せる。だが、ソラトが与えたダメージがまだ残っているらしく、足元はおぼつかない。

 倒れそうになるスバルをソラトが抱き締める。その時、スバルはソラトが小さく振るえていたことに気付いた。

 

「ソラト……?」

「ごめん、スバル。僕は……!」

 

 スバルは薄っすらとだが、ソラトがスバルを守る為に剣を振るったことを思い出した。

 逃げてと言ったはずなのに、自由の利かないスバルの体に襲われながらもソラトは退こうとしなかった。そして、救うためとはいえ大切な彼女を傷付けた。

 戦いが終わった今なお、自責の念に駆られる彼をスバルは愛おしく感じた。

 

「大丈夫。私は、ソラトのおかげでここにいられる。だから、ありがとう」

 

 子供のように泣きじゃくるソラトの頭を、スバルは優しく撫でる。

 先程まで傷付け合っていた二人は、なのはが迎えに来るまで抱き寄せ合っていた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 何処かの世界の街中。光の少ない裏道は夜中ということもあって、すぐ先すら見通せない程に暗い。

 その暗闇の中、ボロボロになったロノウェが体を休めていた。獣人形態で受けた傷は人間の姿になっても残るようで、白衣やコンクリートの地面を赤黒く汚している。

 血塗れの手には転移装置の切れ端が握られている。ディバインバスターを受ける直前、ロノウェはこの転移装置を使って逃げようとしていたのだ。だが、使用するのが間に合わず、ディバインバスターの余波を受けて装置は壊れてしまいマラネロの研究室に帰れなくなってしまった。

 

「こんなところで、捕まってたまるか……!」

 

 ロノウェは他の弟子とは違い、研究者としてのプライドが一段と強かった。捕まれば、もう二度とマラネロの研究を引き継ぐことは出来ない。

 己の野心とプライドが、時空管理局に逮捕されることを良しとしなかったのだ。

 

「これも、ソラト・レイグラントのせいだ……次こそ、必ず奴を!」

「奴を、どうするって?」

 

 ロノウェの言葉を遮り、闇の中を歩んでくる足音が響く。

 夜に溶け込む黒いバリアジャケットに、翡翠色の髪。足音の主である、アースは鋭い視線を目の前の科学者に向けていた。

 

「あ、アース! ククク、まさかお前が助けに来るとは……だが、まぁいい」

 

 普段は互いに罵り合う関係だったが、今のロノウェにとっては救いのように思えた。アースもまた自分と同じ転移装置を持っている。

 きっとマラネロに言われて自分を回収するために来たのだろう、と。

 しかし、アースはロノウェの目の前で立ち止まるとニヤリと笑って見せる。

 

「さぁ、何をしてるんだ。早く僕を」

「奴は俺の獲物だ。勝手に手を出せばどうなるか、知ってるよな?」

 

 アースは転移装置の代わりに、大剣型アームドデバイス"ベルゼブブ"をロノウェの眼前に向ける。微笑んでいるように見えるが、アースの真紅の瞳は激しい怒りに燃え上がっていた。

 実は、戦闘機人の洗脳装置を破壊したのもアースだった。勿論、ソラトを助けるためにではなく、ノーヴェを鬱陶しい洗脳から解放するためである。

 自身が命を狙うソラトと、初めて愛するようになったノーヴェ。その2人に卑劣な手を出したロノウェを、アースは最初から許すつもりはなかったのだ。

 

「な、貴様! 僕にこんなことをしていいと思っているのか!? 師匠を、我々を裏切るつもりか!?」

 

 漸くアースが何をしにここへ来たかを察し、ロノウェは焦りながら必死に訴える。マラネロの弟子も残りは自分のみ。それを殺しに来たということは、マラネロへの裏切りを意味していると。

 しかし、アースは必死なロノウェを鼻で笑う。

 

「裏切る? 面白くない冗談だ。俺はお前等の味方になった覚えはない」

 

 アースは躊躇いなく、ベルゼブブをロノウェに振り下ろす。

 驚愕と苦痛に歪んだ科学者の表情は真ん中で綺麗に別れ、断面から血飛沫を撒き散らしながら別々に倒れた。

 ロノウェを呆気なく始末したアースは、真っ二つに裂けた死体をそのまま放置し、ベルゼブブを一振りして血を払ってからその場を後にする。

 光すら当たらない暗闇の道を、一人で歩いて行くアース。その先に何があるのか分からなくとも、その歩みを止めようとはしなかった。



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第40話 ディアボロス

 マルバス・マラネロの最後の弟子、ロノウェ・アスコットがアースに殺された。

 その出来事の一部始終を、マラネロは自分の研究室から眺めていた。ロノウェがソラトに敗れ、転送装置の故障でこちらに帰れなくなったことも全て知っていたのだ。

 

「そうか……惜しい人材を失くしたね」

 

 口ではそう言いつつも、マラネロは特に気にする素振りを見せなかった。

 助け舟ならいつでも出すことが出来たはず。なのに、ロノウェを助けなかった理由はただ一つ。マラネロ自身になんのメリットもないからであった。

 

「ドクター。アースを放置するのですか?」

 

 モニターから目を離したマラネロに問いかけるのは、彼の最高傑作を自負する戦闘機人、タイプゼロ・フォース。

 しかし、マラネロはフォースを一瞥もせず、何かのコードを打ち込み始めた。

 

「ああ。アースが私の元を離れるのは想定済みだった。少し早かったがね」

「なら!」

「でも、結局彼が見ているのは私ではない」

 

 マラネロの考えが理解出来ないフォースが声を荒げる。対照的に、マラネロは落ち着いた様子のまま黙々と作業を続ける。

 

「前にも言ったはずだ、フォース。私はスカリエッティの言っていた"生命のゆらぎ"がどれ程のものか知りたい。激しい怒り、即ち復讐心が能力にどれほどの影響を与えるのか。アースは非常に良い成果を出し続けてくれた」

 

 今までの戦闘結果でも、アースはソラトに負けることはなかった。それだけでマラネロはアースを利用し続けた価値はあったと考えていたのだ。

 全ては実験のため。アースも、アースに植え付けた復讐心も、全ては駒に過ぎない。

 

「彼は彼自身の復讐心を絶対に裏切らない。もし裏切れば、壊れちゃうからね。仮にこっちに牙を剥いたなら……私が直々に始末する約束だし」

「は、はぁ……」

 

 ここまでの全ての展開が、手の平の内での出来事だと言う風なマラネロに、フォースは言葉を失っていた。

 実際に、当初の目的であるセブン・シンズは"憤怒(ラース)"を除く6つが集まっている。大きな問題は起きていなかった。

 

「さて、私もそろそろ動くとしようか」

 

 最後のキーを打ち、マラネロが呟く。その小さな音こそが、機動六課とマルバス・マラネロの最終決戦の幕を開けるものであった。

 

 

◇◆◇

 

 

 ロノウェによるナカジマ姉妹洗脳事件の翌日。ソラトとスバルは、はやてに呼び出しを喰らっていた。

 きっと単独での先行とフルドライブ使用の件だろう、とソラトは考えていた。

 使用許可を貰ったとはいえ、褒められることではない。挙げ句、ロノウェを取り逃がしている。

 昨日は疲労とダメージですぐに医務室に担ぎ込まれたが、今日は許してくれそうもない。最悪、自分の首が飛ぶかもしれないのだ。

 

「うぅ……明日からどうしようか。局員以外の生き方を考えてなかったから……」

「もう、大丈夫だってば。それに、私達を助けてくれたのはソラトでしょ?」

 

 クビになった後を心配するソラトを、スバルが元気付けようとする。

 洗脳が解けた後のナカジマ姉妹も、被害がそこまで大きくなかったためにお咎めもなく、普段通り315部隊の職務についている。

 

 しかし、ソラトには一つ気がかりが残っていた。洗脳装置を破壊したのは自身ではなかったからだ。

 装置には巨大な斬り傷が残っていたので、他の皆はソラトが破壊したと考えていたが、スバルとロノウェを相手にしていたソラトにそんな余地は残されてなかった。

 ソラト以外に、あんな跡を残せるとすればただ一人しか思い浮かばない。

 

(まさか、アースが……?)

 

 自分と瓜二つの少年のことを思い浮かべるソラト。もし、アースがやったとすれば、何のために?

 

「それにもしクビになっても、私がソラトの面倒を見てあげる!」

「えっ!?」

 

 アースのことを考えていたソラトだが、スバルからの爆弾発言に思考が吹っ飛んでしまった。

 男性が女性に養ってもらう。それは即ち同棲するということであり、悪くいえばヒモ。

 ソラトとしては、スバルと一緒にいられること自体は願ったり叶ったりだが、ヒモになって彼女に甘えるのは流石に遠慮したかった。

 

「す、スバル。気持ちは嬉しんだけど、同棲にはまだ早いし……」

「……そ、そうだよね! あはは……」

 

 スバルも自分が言ったことの意味を深く考えてなかったようで、改めて顔を真っ赤にする。

 初々しい2人は、部隊長室まで無言のまま歩いて行った。

 

「スターズ3、スバル・ナカジマ。並びにスターズ5、ソラト・レイグラントです」

「どうぞ」

「失礼します」

 

 室内では、はやてが小難しい顔をして待ち構えていた。

 普段なら多少砕けた雰囲気なだけに、ソラトは一層顔を強張らせる。

 予想通りクビか、あるいは六課から追い出されるか。

 

「この度は、申し訳ありませんでした!」

「……へ?」

 

 はやてが口を開く前に、ソラトは勢いよく頭を下げて謝った。

 が、当のはやては目の前の少年の行動に呆然としている。そして、全てを察するとぷっ、と吹き出した。

 

「っくくく……ソラト、まさか「クビになるかもー」なんて考えてここに呼ばれたと思っとらんか?」

「……えっ、違うんですか!?」

「まさかー。あの件なら、結果オーライ。高町隊長から出された反省文だけで終わりや」

「うっ……」

 

 当然、全くのお咎めなしとはいかず、事前になのはから反省文の課題を出されていたのだ。

 あの時のなのはの表情を思い出して苦い顔をするソラトを見て、はやてはまた腹を抱えて笑う。

 しかし、これでソラト達が呼び出された理由が分からなくなる。

 

「さ、気を取り直して……気分良くなるもんとちゃうけど、これを見て」

 

 一転、真面目になったはやてがスバルとソラトにある写真を見せる。

 それに写っていた()()はあまりにもショッキングな光景だった

 

「これって……!」

「君達が相手にした、ロノウェ・アスコットやね?」

 

 ミッドチルダからそう離れていない次元世界。その首都の路地裏で発見された惨殺死体。

 頭頂部から真っ二つに斬り裂かれた遺体は白衣を着ており、無残な表情のまま固まった顔には2人共見覚えがあった。

 つい先日、事件を巻き起こしたロノウェ・アスコットその人だったのだ。

 

「いきなりごめんな」

「いえ……それより、何故ロノウェの死体が?」

「分からんのや。昨日、ソラトはロノウェを寸前のところまで追い詰めた。けど、倒したと思った後には機械の残骸しか残ってなかった」

「はい」

 

 昨日の死闘を思い出し、ソラトは小さく頷く。

 自身の大技でロノウェを倒した。そう思っていたが、クレーターに残されたのはロノウェの武器である大鎌と、リモコンのような機械の残骸のみ。

 あれ以来ロノウェは姿を消したのだが、まさか殺されていたとは。

 

「あの機械はどうも、次元転移装置みたいやね。解析が進んどるけど、完璧に壊れてて難航しとるみたい」

「す、すみません……」

「ソラトの所為やあらへんって。で、次にロノウェを殺した犯人なんやけど、この太刀傷。見覚えは?」

 

 ロノウェ殺害の犯人。つまり、弱っていたとはいえ、ロノウェを真っ二つに斬殺出来る程の腕を持つ者。

 ソラトもスバルも、一人しか思い当たらなかった。

 

「アース、ですね?」

「そうや。ついでに、戦闘機人の洗脳装置についてた傷とも殆ど同じってことが分かった」

 

 やっぱり、とソラトが小さく俯く。

 

「……まぁ、ロノウェの遺体が見つかったおかげで、私等としては結構な得になった訳なんよ」

「えっ?」

「まず、獣人の身体の解析。次元転送装置の解析によるマラネロの居場所の特定。これらが手に入るのは非常に有利や。さっきも言った通り、気分の良くなるもんじゃないけどな」

 

 敵とはいえ、死を喜んではいけない。しかし、ロノウェを逮捕出来なかったからこそ状況が良くなってしまい、はやても複雑な想いを抱えていた。

 

 

◇◆◇

 

 

「マラネロ」

 

 いつも通りの暗い研究所に、アースは戻ってきてしまった。

 ロノウェを殺したことで、マラネロからは裏切ったと思われても仕方ない。それでも、アースには戻る場所がなかった。

 この研究所で生み出された彼は、本物(ソラト)に成り代わるまでここに捕われ続けるのだろう。

 

「やぁ、アース」

 

 マラネロは珍しくアースに向き合って座っていた。

 普段ならば、作業をしてるか遊んでいるか間食でも食べているかして、こちらに視線を向けさえしない。

 周囲のコンピューターは忙しなく稼働し、モニターの光が2人を照らす。

 

「さぁ、どうする? 俺と殺し合いでもするか?」

 

 目の前の恨めしい科学者に何を言おうか。ふと思考し、遂に出て来た言葉がこんな言葉だった。

 狂った科学者と誰かの複製品。話し合いなんて無用であり、殺し合うか協力関係を続けるかの二択しかない。

 未練なんてものはない。来るべき時が来たのだ。迷いなく睨むアースに、マラネロはニイッと口角を上げる。

 

「君の相手はもうちょっと先になるかな。君も、私以外に相手にするべき男がいるだろう?」

 

 アースにとって、マラネロの返しは意外だったようで、思わず眉を潜める。

 明確に敵対する関係にまでなったが、相変わらずマラネロの考えは全く読めなかった。

 この場での対決はない、と判断したアースは懐で握り締めていたベルゼブブから手を離す。

 

「ふん……ソラトの次は貴様だ。それは今も変わらない。俺も、お前も」

「ああ。君達の対決の結果は、私も楽しみにしてるのでね」

 

 全ては万全の状態のソラトとアースをぶつける。そのためにアースを育て、ソラトの方も監視を続けてきた。

 全ては敬愛する同志、スカリエッティの持論を自らが証明させるため。そして――。

 

 

「ああ、そうだ。その前に」

 

 

 アースが異変を感じたのはすぐのことだった。

 真下を見ると、自分の腹が何かで貫かれている。痛みよりも気持ち悪い感触が脳を支配していた。

 先程まで距離の離れた場所で座っていたはずのマラネロが、()()()()()()()()()()()ことが更に気色悪さを掻き立てている。

 何か喋ろうとするも、言葉よりも先に血反吐がドバッと出て来て、マラネロの白衣がアースの鮮血の赤で汚されていく。

 

「これ、返してくれるかな?」

 

 マラネロが何かを掴む。しかし、アースには体内の臓器を掴まれた感触はなかった。

 何が起きているのか、判断の追いつかないアースの脳内はマラネロへの殺意で埋め尽くされる。

 勢いよく腕を引き抜かれると、腹に空いた穴から更に大量の血が吹き出した。

 ここで漸くアースはマラネロに殺されたことを実感する。まだソラトを殺していないのに。膝を付き、自らの無念さを頭の中に巡らせる。

 

「大事に持っていてくれてありがとう。そして、怒ってくれてありがとう」

 

 マラネロが引き抜いたのは、血の色に負けず劣らず真っ赤な輝きを放つ像だった。一角獣の造形はまるで荒れ狂っているかのように猛々しい。

 これこそ、最後のセブン・シンズ"憤怒(ラース)"だった。

 

「貴様……!?」

 

 アースが腹を触ると、傷跡はすっかり消えていた。鈍い痛みだけは肉体に残っているが、外傷は何処にも残っていない。

 だが、周囲とマラネロの腕に残る血が、アースに起きたことが事実であったことを物語っている。傷を塞いだのは、マラネロの能力か何かだろう。

 

「"憤怒(ラース)"は強い怒りの力がないと覚醒しない、困ったロストロギアでね。代わりに君の強い憎しみを利用させてもらったんだ」

 

 必死に立ち上がろうとするアースに、マラネロは淡々と説明し出す。

 アースがソラトへの強い憎しみを抱く。そして、憎悪を糧としてソラト以上の力を身に付ける。そこまでマラネロは想定し、アースが生み出された時に最初に手に入れていた"憤怒(ラース)"を体内に忍び込ませていたのだった。

 

「いやー、計画が上手く行ってよかった。"憤怒(ラース)"は力を蓄え、古代に伝わる医療魔法も成功したおかげで君も無事!」

「マラネロ……!」

「自室でゆっくり休むといい。直にお客さんが来る」

 

 マラネロの指示で、ネオガジェットが力の入らないアースを部屋に運ぼうとする。

 連れて行かれる最後の瞬間まで、アースは自身を散々利用した科学者を心の底から憎んで睨み続けた。

 

「必ず、殺す。首を洗って待ってろ」

 

 

◇◆◇

 

 

〔あー、テステス。映ってる? 声は? あー、よしよし。んんっ!〕

 

 六課の部隊長室でも、信じられないことが起きていた。

 ソラトとスバルに写真を見せていたモニターが、突如ハッキングされたのだ。

 

「な、何これ!? どうなって……!?」

「これって、もしかして!」

 

 慌てるはやてに、スバルが映った人物に見覚えがある様に指差す。

 画面の向こうには、牛乳瓶の底のような丸い眼鏡を掛けた、中年の男性が映し出されていた。一見すれば無害そうにも見えるが、生物としての本能なのか、禁忌を犯し続けたこの男にただならぬ危険な臭いを脳内に響かせている。

 始めはまるでホームビデオでも撮っているかのような雰囲気だったが、それもすぐに消え去ることになる。

 

〔私の名はドクター・マルバス・マラネロ。知ってる人はよーく知ってるかもしれない、ただの科学者だ〕

 

 今まさに話している男こそ、機動六課最大の敵であるマルバス・マラネロ本人だった。

 セブン・シンズを巡る事件。獣人、戦闘機人、人造魔導士を数多く生み出し、悲劇を何度も繰り返させた悪魔の男。

 温厚なソラトの表情も次第に強張って行った。

 

〔今日はそうだな。機動六課、並びに陸士315部隊の勇敢な皆さんに宣戦布告をしたいと思う〕

 

 どうやら、この映像は部隊長室のモニターだけでなく六課の施設、そして315部隊の施設全てにまで映されているようだった。

 食堂で食事をしている隊員も、訓練所で自主練習をしている隊員も、昼のデスクワークに勤しむ隊員も、全員がマラネロの映像を眺めていた。

 

〔まずは嬉しいお知らせ。私の下にセブン・シンズが全て揃った〕

 

「なっ!?」

「そんなバカな!?」

 

 マラネロが画面外から持ち出したのは色取り取りに輝く七つの像。

 獣人達が集めていた、S級ロストロギア"セブン・シンズ"だった。いつの間にか全て集め終えていたことに、はやて達が声を上げて驚愕する。

 

〔この強大なエネルギー。私が何に使うと思うかな?〕

 

 マラネロはそう言い残し、画面外にフェードアウトする。カメラもマラネロを追って動くと、次に映し出されたのは巨大な装置だった。

 コントロール用のパネルとボードが中央に存在し、その周囲を七つの窪みが囲んでいる。

 マラネロはそこへ一つ一つ、セブン・シンズの像を嵌め込んでいった。

 

〔これの名前は"チェンジ・ザ・ワールド"。その一端をお見せしよう〕

 

 マラネロがキーを押す。すると、映像は手持ちカメラから付近の衛星カメラへと移る。恐らく、衛星カメラも六課のモニターと同様に乗っ取られたのだろう。

 何もない次元の海。そこへ、急に何かが空間の中から現れ出した。

 巨大な三角形のそれは次元航行艦のようで、上部には巨大な砲塔まで備えられている。しかし、レーダーにも今まであんな場所に船がいることは映らなかった。

 

「あれは一体……?」

〔この船こそ、我が戦艦"ディアボロス"。センサージャマーと光学迷彩のおかげで今まで見つかることすらなかった自慢の船だよ〕

 

 "ディアボロス"と言う名の船は、普通は管理局のレーダーに即引っかかるほどの巨大な戦艦だった。マラネロ達はここを拠点として活動をしていたため、ミッド地上や他の次元世界を捜索していた管理局に捕まらなかったのだ。

 ディアボロスが今まで見つからなかったことこそ、マラネロの技術の高さを証明していると言える。

 もうこれ以上驚くことはない、と頭を抱えそうになるはやて。しかし、そんな彼女をあざ笑うかのようにマラネロの映像は続く。

 

〔このチェンジ・ザ・ワールドの向いている先――無人の次元世界をご覧ください。水の世界で綺麗ですねー〕

 

 砲口が向けられた先にあったのは、深い青色の次元世界。無人で、次元管理局も管理対象外の世界である。

 まさか。はやてがそう思っても、止める手段は何処にもなかった。

 

「やめろっ!」

 

 ソラトの叫びはマラネロには届かず、チェンジ・ザ・ワールドから七色の光弾が放たれた。

 次の瞬間、青い世界は激しい光を放ちながら蒸発していき、次元の海の藻屑へと消えて行ったのだった。

 たった一発で、小さな次元世界を消滅させる兵器。マラネロが見せたかったのは、この兵器のことであったのだ。

 

〔ヒャヒャヒャヒャッ! 綺麗な花火が上がりましたねー。これこそ文字通り――"世界を変える力"〕

「マラネロ……!」

 

 セブン・シンズの力を使い、非人道的な兵器を生み出す。

 何処までも身勝手な行為をするマラネロに、ソラトは手の平に爪が食い込むほど拳を強く握り締めていた。

 

〔と、いう訳で次はミッドチルダと時空管理局本部を破壊します。これを止めたいのなら――本気で止めに来るしかないね。以上、君達の健闘を期待してるよ。ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ!!〕

 

 言いたいことだけ言い残して、マラネロの映像はプツン、と切れた。

 おぞまし過ぎる悪魔の姿に、ソラトは怒りに震えるしか今は手立てがなかった。

 

「マラネロが、ここまでの戦力を……!」

 

 この時、はやては聖王教会騎士、カリム・グラシアの稀少技能(レアスキル)"預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)"による予言を思い出していた。

 

 "狂気が生み出しし獣 幾多の地へ降り立ち災いを呼ぶ

 七つの罪が科学者の下に集まりし時

 悪魔の星より放たれし光 海と大地の守護者を砕き

 世界を破滅へ誘わん"

 

 この予言こそ機動六課再設立の理由であり、そして今、最悪な未来へと変わろうとしていた。



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第41話 潜入

 マラネロの衝撃的な電波ジャックから約1時間が経過した。

 依然、次元航行戦艦"ディアボロス"は破壊兵器を撃った地点に鎮座している。まるで管理局の動向を伺っているかのように。

 

〔本局はマラネロの行為を次元世界全体への宣戦布告と取って、次元航行部隊の艦隊を出動させている〕

 

 はやての元へ、次元航行艦"クラウディア"の艦長"クロノ・ハラオウン"から通信が届く。

 次元世界を蒸発させるほどの危険な兵器を本局側も放置するはずがなく、既に付近の宙域には約十隻もの艦船が待機している。

 しかし、総攻撃を仕掛けようにも敵艦のスペックが分からずじまいなので、迂闊に手を出せないでいた。

 

〔あの主砲を撃たれたらこちらも一溜まりもない。そっちに何か敵艦に関する情報はないか?〕

「残念やけど、何もあらへん。私達もあんなの見るのは初めてや」

 

 JS事件の時には"聖王のゆりかご"の情報が無限書庫にあったから対策が立てられた。

 だが、ディアボロスはマラネロの自作である以上有力な情報を探る手段が何処にもない。

 

〔……このまま艦隊戦をするしかなさそうだな〕

「私がもっと早くマラネロを追い詰めることが出来ていれば……」

〔いや、機動六課はよくやったよ〕

 

 セブン・シンズを揃えさせなければ、と悔やむはやてをクロノは責めるどころか健闘を称えた。

 獣人達による被害を最小限に留め、科学者の強力な弟子を3人も逮捕している。功績は十分上げている。

 

「弟子達も中々口を割らんし、せめてロノウェ・アスコットの遺品に有益な情報でもあればよかったんやけど……」

 

 今朝発見されたロノウェの遺体は回収され、貴重な獣人のサンプルとして解剖、検査が行われている。

 その時、はやての下へソラトからの割り込み通信があった。

 

〔た、大変です八神部隊長! これを見てください!〕

 

 慌てた様子のソラトははやてへあるデータを送ってきた。

 またマラネロが何か動いたのかと不安になったはやてだったが、そのデータを見た瞬間頭の中の不安が一気に吹き飛んでしまった。

 

「こ、これって、ディアボロスの艦内データ!?」

〔何!?〕

「ソラト、これどうしたん!?」

 

 はやての発言にクロノすらも驚愕の声をあげる。

 データの中身は、今まさに対峙しているディアボロスの詳細情報だったのだ。搭載されている武装、部屋の位置まで細かく記されている。

 

〔それが、いきなり匿名で送られてきたんです。しかも、侵入経路まで書かれてて……〕

 

 ソラトにも何が何だか分からない様子であった。

 おまけに、シールドの一部を解除するのでそこから侵入しろとまで記入されていた。これは明らかに敵側からリークされた情報である。

 

「こう丁寧に書かれると……」

〔罠かもしれないな〕

 

 信憑性は薄かったが、現状頼れるのはこのリークされたデータしかない。

 

〔どうするかは君に任せるよ、はやて〕

〔部隊長……〕

 

 クロノとソラトの視線が集まる中、はやては遂に決断を下した。

 

「……罠だったとしても、これに乗っかるしかなさそうやな」

 

 

◇◆◇

 

 

 会議室にて、はやてがフォワード陣に伝えた作戦はこうだ。

 スターズ分隊は小型次元艇"ドロレス"に乗り込み、ソラトが手に入れた地図を元に潜入。敵船内にいるマラネロの逮捕とセブン・シンズの確保、大量破壊兵器の破棄すること。

 その間、ライトニング分隊は地上に残って敵戦力の迎撃を主とする。分隊ごとに分けた作戦にした理由は、ミッドチルダに獣人やネオガジェットが出現しているとの情報が入ったからだ。

 

「皆、これが正真正銘最後の戦いです。全力全開で全部解決して、無事に戻ってきてください」

 

 はやてのこの言葉を最後に会議は締めくくられた。長く続いたマラネロとの最後の戦い。なのはやフェイトら隊長陣も表情を一層引き締めている。JS事件の延長線上に存在するこの事件も漸く終わりが見えてきた。

 会議のすぐ後、地上に残るエリオ達は敵船内へ潜入するスバル達へ別れの言葉を交わしていた。

 

「スバルさん、ティアさん、ソラトさん。どうか気を付けて」

「地上は私達が絶対守り抜きます!」

 

 エリオとキャロが心配そうに3人へ声をかける一方、エドワードはジッとソラトとスバルを見つめていた。

 弟分と妹分を信頼する反面、一緒に行ってやりたいという思いもあるのだ。

 

「エド兄」

 

 そんなエドワードにソラトも気付いており、一言かけると大きく頷いた。

 これまでの戦いで心身ともに強くなったソラトは、逞しい一人の戦士として成長した。アースとの決戦でも負けることはないはずだ。

 そして、エドワード自身も自らの素性を思い出して向き合うことで、改めて守るべき場所を自覚した。

 

「……ああ、行ってこい」

 

 互いが果たすべき役目、守るべき何者かを背に託すようにソラトとエドワードはハイタッチを交わす。

 それ以上の言葉はなく、スターズとライトニングの若きストライカーズ達はそれぞれの場所へと向かった。

 

 

 

〔それでも、やっぱり心配なんでしょ?〕

「当然だ」

 

 クラナガンへと赴くヘリの中、通信で会話するギンガに胸の内を明かすエドワード。

 だが、こちらも地上でアースを待つノーヴェや、家族を守らなければならない。ソラトやスバルを心配する余裕なんて残されていいわけがない。

 

「315部隊はどうだ?」

〔こっちもチンクを小隊長にして獣人の制圧に送り出してるところ〕

「この機に乗じて、向こうもありったけを投入しているようだしな」

 

 今まで少数を送りつけていたのが嘘のように、獣人とネオガジェットの軍勢を転送して来ていた。

 "チェンジザワールド"を撃ち込めばすぐに破壊出来るのにわざわざ攻め込んでくる辺り、まるで花火の前の余興を楽しんでいるかのようにも見える。

 

「奴の狙いは分からないが、アレを一発撃つには相当の時間がかかるらしい」

〔まだ動きもないようだし、大丈夫……よね?〕

 

 無人とはいえ次元世界を一つ消滅させる程のエネルギー。本局の結界魔法であっても防ぎきれるかどうかも分からない代物を前に、怯えるなという方が無理な話である。

 流されたあの映像を思い出し、ギンガは顔を青ざめる。

 

「……俺は、ソラトや高町一尉達を信じるだけだ。お前はそんな俺を信じればいい」

 

 エドワードには心配するな、などとは言えなかった。それほど状況は圧倒的に不利なのだ。

 それでも信じられるものはすぐ傍にいる。かつて獣人として自我を失いかけたエドワードをギンガが信じたように。

 

〔……うん。エドのことはいつでも信じてる〕

「何かあったら、すぐに行く」

 

 離れていても想い会える恋人がいることに、エドワードは深く感謝していた。

 ギンガとの通信を切ると、ふと操縦席からの視線を感じ一瞥する。

 

「……何だ?」

「そんなこと言っちまっていいのか? 狼じゃ飛べないだろ?」

 

 会話の一部始終を聞いていたパイロット、ヴァイスがニヤニヤしながら重箱の隅を突く。

 現在フェイトとシグナムは飛行魔法で、エリオとキャロは飛竜フリードリヒに乗って別地点に移動中なので、ヘリの中にはヴァイスとエドワードしかいない。

 

「俺には翼はない。だが、脚ならある」

「へいへい、そうかい」

 

 ちょっとしたからかいのつもりだったが、真顔で返されてはこれ以上は触る気にもなれない。

 呆れながらも、ヴァイスは目的のポイントまでヘリを到達させる。

 

「ここからは俺も狙撃手として参加するぜ」

「そうか。なら()()任せよう」

 

 ヴァイスが自身のデバイス"ストームレイダー"を準備していると、エドワードはそれだけを言い残してヘリのハッチから降りてしまった。

 

「ちょ、いきなりだな!?」

 

 驚くヴァイスを余所に、エドワードはその身を徐々に変化させていった。

 狼獣人は毛むくじゃらの手足でビルの壁を蹴りながら地面に向かって進む。その途中にいる敵は全て爪で引き裂いていった。

 そしてコンクリートの地面にクレーターを作って着地すると、粉塵の中でもう一度人間の姿に戻っていた。そのままエドワードは素早く両腕を左腕を上に交差させて前へ突き出し、そのまま右腕を内側へ入れる様に腕を回して胸の前へ持って来る。

 

「ブレイブアサルト、セットアップ」

〔Standing by〕

 

 デバイス"ブレイブアサルト"が起動し、黒いバリアジャケットに銃型のデバイスを構えたエドワードが藍色の光の中から現れる。

 今回は乱戦の中でも戦いやすく、既に第二形態の拳銃型にセットしていたようだ。

 

〔気合い入りすぎじゃないですか?〕

「かもな」

 

 愛機からのいつもの小言も軽く流し、エドワードは四方に点在するネオガジェットを片っ端から撃ち落としていった。

 時に銃を放つ魔導師として。時に爪と牙でねじ伏せる獣人として。全てを受け入れた男は敵を排除し続けた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 ディアボロスのいる宙域へと向かう次元航行艦隊。その中に、スターズ分隊が乗り込んだドロレスの姿があった。

 

〔ここからは我々が相手の気を引く。潜入捜査、健闘を祈る〕

「はい。作戦協力ありがとうございます」

 

 クラウディアにいるクロノに、なのはは今一度礼を言う。

 ここから先、小型の次元艇のみで敵戦艦へ向かうのだ。操舵者であるルキノの手にも力が入る。

 

「もう一度作戦の確認をするね。ポイントに付いたら転送魔法で私達はディアボロスに侵入。そしたら、ドロレスは作戦完了まで宙域を離脱してください」

 

 送られてきた地図情報を元に、なのはが先程立てた侵入作戦の説明をする。

 ディアボロスの後方にある一点の箇所のみシールドが弱まっており、そこからなら転送魔法で内部に侵入が出来る。

 侵入後は2組に分かれての行動となる。一つはマラネロの拘束とセブン・シンズの回収、もう一つは艦の動力炉の掌握である。

 

「情報によれば、マラネロのいる場所にセブン・シンズとあの破壊装置がある。で、合ってるよね?」

「そこが敵の研究施設とも書いてあります」

 

 つまり、マラネロさえ叩けばこの戦いはほぼ終わったも同然である。

 

「各自、気を抜かずに任務に当たって。最後はここでお疲れ様を言い合おうね」

「はいっ!!」

 

 ブリーフィングが済み、ドロレスは艦隊から航路を外れていく。

 やがて艦隊戦が始まり次元の海を砲撃の雨が舞うと、ドロレスはディアボロスの背後へと慎重かつ速やかに近付いて行った。

 

「ポイント到達まで残り10秒……」

 

 気付かれませんように。ルキノは心で必死に祈りながら艦を動かす。

 ディアボロスから放たれる砲撃は相変わらずクラウディア率いる次元航行艦隊にしか向いていない。

 

「3……2……1……今です!」

「スターズ、行きます!」

 

 ルキノの合図と同時に、なのはは転送魔法を発動する。

 スターズ分隊の五人は桃色の魔力光に包まれた後、ドロレス内部とは全く違う広い空間へと移動していた。

 

「……まずは侵入成功、だね」

「ルキノさん。こっちは成功しました」

〔よ、よかった……こちらは宙域を離脱します! 気を付けてね!〕

 

 ティアナの報告にルキノはホッと胸を撫でおろした。幸いにも、侵入後もドロレスの存在は気付かれていなかった。

 改めて転送場所を見渡すと、格納庫のような場所であった。ドロレスくらいのサイズなら収容出来るほどの広さだが、次元航行艦らしきものはない。

 

「……おかしい」

「気付いたか」

 

 異様な雰囲気にいち早く気付いたソラトとヴィータは周囲を警戒する。

 そこには艦はおろか見張りの敵の姿すら見えず、それどころかガジェットの残骸らしきものが散在していたのだ。

 

「まずは先へ――」

 

 なのはがそのまま通路に向かおうとした時、開いたドアの反対側には人影があった。

 翡翠の髪から覗く紅の瞳は明らかな敵意を剥き出しにしている。

 

「アース……」

 

 いきなり現れたアースにスターズ全員が戦闘態勢を取る。

 しかし、相手が誰か分かるとソラトが一人だけ前に出た。

 

「ここは僕に任せてください。彼の目当ては僕だけですから」

「ソラト!? でも……」

「ああ、俺の目的はコイツただ一人だ。お前等は邪魔だからマラネロのところにでも行ってろ」

 

 ソラトの言う通り、アースは侵入者を足止めする気は全くなかった。

 この期に及んでも彼はただソラトとの決着を望んでいたのだ。

 

「さ、早く行ってください!」

「……分かった。気を付けてね」

 

 この場は頷くより他はなく、なのは達はソラトに任せて任務を続行した。

 

「ソラト……」

「大丈夫だよ、スバル」

 

 最後まで心配そうな表情を見せるスバルの頭を撫でて、ソラトは優しく微笑んだ。

 そして全員を送り出すと、ソラトはセラフィムに送られたメールをアースに見せた。

 

「君なんだろう? ディアボロスの内部データを僕に送ってきたのは。それに、ここにいた見張り用のガジェットを壊したのも」

「だったらどうした。俺はマラネロと管理局、どっちが勝とうがどうでもいいことだ。お前との勝負を邪魔されない限りは」

 

 ソラトの読み通り、機動六課の手引きをしたのはアースだった。

 ただ、アースにとっては管理局との全面戦争にも興味はなく、マラネロに協力する理由もなくなったので唯一の目的を果たすための行動をしただけだったのだ。

 

「ここじゃ狭い。付いて来い」

「……分かった」

 

 アースの後についていくソラト。内部データによれば、向かっている先は訓練用のスペースのようだ。

 その間にも、アースが暴れた跡やガジェットの残骸が遺されていた。今までマラネロに受けていた屈辱を晴らすかのような凄惨さに、ソラトは思わず息を呑んだ。

 

「ここだ」

 

 巨大なドーム上の部屋に付いたソラトとアース。

 これで思う存分戦いが出来る。そう考えていたアースだが、その場には想定していなかった観客がいた。

 

 

「やぁやぁ。こうして直に合うのは初めてだねぇ。ソラト・レイグラント君」

 

 

 ドーム中央で椅子に座り込んだ科学者、マルバス・マラネロは不敵な笑みでソラト達を迎えた。



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第42話 真実

 ディアボロス内部に侵入したなのは達は、作戦通り二手に分かれて進んでいた。

 なのはとヴィータが主犯格のマルバス・マラネロの逮捕とセブン・シンズの確保、スバルとティアナが動力炉の掌握を目的としていた。本来ならソラトもスバル達に付くはずだったが、アースを足止めするために別行動となってしまった。

 

「ここを抜けるとマラネロの研究室だね」

「ああ! ぶっ潰してやる!」

 

 急速に空を飛びながらマラネロの居場所へ接近するなのはとヴィータ。

 しかし、ここまで敵に一度も遭遇しなかったことが不気味であった。あの用心深いマラネロのことだ、侵入者を撃退する装備くらい用意しているはずである。

 その理由はすぐに察せられることとなる。

 

「あ? 何だここ、やけに広いな」

 

 マラネロのいる場所ならば、機材が豊富な研究室だと二人は踏んでいた。

 ところが、突き破ったドアの向こう側は広いホールのような部屋だった。中心にはセブン・シンズと"ディアボロス"の主砲"チェンジ・ザ・ワールド"の制御装置が見られる。

 目的の物の一つは確かにあったのだが、肝心のマラネロ本人がいない。なにより、何もない空間が広すぎる。

 

「罠……かも」

 

 なのはが一瞬考えると、正解を示すように部屋が激しく揺れ、中心の制御装置を覆うように巨大な柱が現れた。

 柱にはキッチリと並んだセンサーアイが並び、ジッと侵入者二人を見つめている。

 

「まさかコイツ……」

「ネオガジェット、みたいだね」

 

 タイプⅠとでも呼ぶべきか、柱型のネオガジェットはなのは達を捕えたままレーザーを放ってきた。

 ここまで敵機がいなかったのも、全てはマラネロの仕組んだ罠だったのだ。

 

「チッ、あの艦内データもやっぱ嘘か!」

「ううん、地図自体は本物だった。それに……」

 

 侵入場所にすぐ現れたアース。恐らく、彼がデータを送ってきたとなのはは予測していた。

 証拠に、アースの傍には警備用のネオガジェットの残骸が転がっていた。

 

「マラネロは全部知ってたんだ」

 

 全部知っていた上で見逃し、逆に自分の罠にかけたのだ。

 マラネロの恐ろしさを実感したところで、なのはとヴィータはタイプⅠとの戦闘に入った。

 七つの宝を手に入れ、全てを終わらせるために。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「やぁやぁ。こうして直に合うのは初めてだねぇ。ソラト・レイグラント君」

 

 ソラトとアースを待ち受けていたのは、全ての元凶たる男。

 悪魔の科学者、マルバス・マラネロだった。

 

「マラネロ、貴様っ!」

 

 科学者の登場はソラト達を引き入れたアースにも予想外だったようで、すぐにデバイスを展開しようとする。

 しかし、アースが動くのとほぼ同時に金色のバインドが出現し、アースの全ての行動を封じた。

 

「マルバス・マラネロ、ですね?」

「ああ。私が正真正銘、マルバス・マラネロその人だよ。会えて光栄だ」

 

 目の前の白衣の男は堂々とソラトに挨拶を交わす。

 この男さえ捕まえれば、全てが解決するのだ。そう頭の中で分かっていても、例えこの空間内で動けるのが自分とマラネロの二人だけだとしても、ソラトにはマラネロを楽に倒せる気はしなかった。

 そもそも、ここはマラネロが保有する戦艦"ディアボロス"の内部。言わば、敵の手中だ。

 

「ふむ……やはり君はよく似ている」

「似ている、だって?」

 

 警戒を強めるソラトに対し、マラネロは本当に世間話をするような口調で話し始める。

 似ているとは誰とのことだろうか。アースとの比較ならば、「似ている」とは言わないはずだ。

 

 

「勿論、君の父親──ジャスティ・レイグラントにさ」

 

 

 マラネロが何気なく言い放った一言はソラトに最大の衝撃を与えた。

 父親に似ている。つまりは、マラネロは父ジャスティのことを知っているということだ。

 

「な、なんでお前が僕の父さんのことを……?」

「なんでって、私とジャスティはかつて時空管理局で同じ部隊に──ああ、知る訳がないか。経歴は全て消したんだった」

 

 次から次へとマラネロの口から飛び出してくる情報に、ソラトの脳は処理をしきれずにいた。

 マラネロが元管理局員で、自身の父親と同じ部隊に所属していた?

 信じろという方が無理な話である。

 

「せっかくだし、昔話をしようか。君も知りたいだろう? 私と父親の関係を。勿論、君だって無関係な話じゃないさ」

 

 マラネロはそう言って、バインドに縛られたままのアースに目を向ける。

 ソラトのクローンであるアースにとっても、ジャスティとは血の繋がりがある。確かに無関係な話ではなかった。

 敵意と警戒をそのままに、話を聞く気になった二人へマラネロはニヤリと笑みを浮かべる。

 

「さて、どこから話そうか──」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 マルバス・マラネロはその日、憤慨していた。

 構想を練っていた新しいインテリジェントデバイスのレポートに行き詰ってしまったからだ。

 あと一押し、何かが足りない。

 

「むむむ……ここはやはり質量兵器で簡単に火力を」

「何しているんだ?」

 

 頭を悩ませるマラネロへ気安く呼びかける声。

 ジャスティ・レイグラントは愛想の良い笑顔とは裏腹に、マラネロのレポートを強引に覗き見る。

 

「またお前はこんなものを……」

「防御魔法をAIに制御させつつ、ボタン一つで簡単に敵を殲滅できる火力! 多機能多彩高火力、このロマン! 君には分かるだろう?」

「だからって質量兵器を使おうとするな」

 

 質量兵器は管理局によって禁止されている代物である。ただのレポートとはいえ、こんなものを提出すれば大問題に発展する。

 勿論、マラネロも提出物に質量兵器など使ったことはなかった。が、事あるごとに使いたがるマッドな部分は普段から隠そうともしなかった。

 

「こんな効率的な兵器を何故禁止にするのか」

「自然環境や文明を簡単に破壊出来るからだ。この前も教えてやったはずだが?」

「ああ、覚えているとも。それで納得出来ないから私の疑問は晴れないのだ」

 

 マッドサイエンティストであるマラネロに唯一、友達として接していられるのがジャスティだった。

 人当たりの良く、腕も立つ陸戦魔導士。他にも仲のいい相手はいくらでもいるのに、マラネロと絡むジャスティは「変だがいい奴」と評されていた。

 

「それをテスト運用させられる俺の身にもなれ」

「何を言ってるのさ? 君だからこそ私の発明を任せられるんじゃないか。ジャスティ、君ほどの逸材を私は知らないよ。その才能と私の発明で、いずれは天下を取れるといっても過言ではないさ!」

「……そうだな。お前がまともに申請の通るデバイスを作れば、な」

 

 それでも、マラネロはジャスティの奥に光る才能を見出し、ジャスティもマラネロの天才的な発明を認めていた。

 互いを認め、高め合う理想的なパートナーであった。

 ─――あの日が来るまでは。

 

「マルバス・マラネロ二士。地上本部司令部への出向を命じられた」

「……は?」

 

 突然の出来事であった。マラネロは呆然としたまま上司から封筒を手渡しされる。

 末端の、しかも非戦闘員の自分が何故、本部へ呼び出されたのか。

 

「すごいじゃないか。この前のレポートが評価されたんじゃないか?」

「あ、ああ……」

「ん、どうした? 自分の才能が認められたんだぞ」

 

 ジャスティは素直に祝ったが、マラネロはすぐに地上本部の裏を感じ取っていた。

 そして、その読みは見事に当たった。

 

 

 司令部に向かったマラネロが通されたのは、一般の隊士ならば絶対に入れない暗部だった。

 管理局最高評議会を名乗る三人の脳髄。

 公には禁止されている技術の行使。

 そして、"|無限の欲望≪アンリミテッドデザイア≫"と呼ばれるアルハザードの技術を結集させられた人口生命体。

 

「ここまで見せた以上、お前の返答はYESしかなくなるが……お前には"無限の欲望"のサポートを務めて欲しい」

 

 評議会の議長から直々に指令を下される。だが、マラネロには()()()()()()()()()()()()()()()

 法を守るはずの管理局の裏で、法を破っての研究が続けられている。

 更には失われたはずのアルハザードの技術まで揃っているではないか。

 元より倫理観の薄かったマラネロの箍が外れるのも当然の結果であった。

 

「……喜んで、承ります。ウヒャヒャヒャッ」

 

 知的好奇心を満たす存在を前に、|悪魔≪マラネロ≫は静かに笑った。

 

 

 

 数年が立ち、ジャスティ・レイグラントも出世を重ねて小隊長を務めるようになった。

 マラネロがいなくなってからは変人扱いされる理由もなくなり、周囲からは信頼されるエースとして慕われている。

 

「レイグラント隊長、お疲れ様です」

「ああ。気を付けて帰れよ」

 

 その日も勤務を終え、オフィスに一人残るジャスティはふと、いなくなった友人のことを頭の片隅に浮かべていた。

 地上本部へ出向になってからは全く顔を合わせる機会がなくなり、ジャスティ以外の誰一人として思い出さないだろう存在。

 新デバイスのテストをやらされることがなくなったのは嬉しかったが、喜々として自分の発明と才能を語る姿は微笑ましかった。

 

「やぁ、ジャスティ」

 

 その時であった。丁度思い浮かべていた人物がジャスティの目の前に現れたのは。

 

「マルバス……!? お前、どうしてここに……?」

「積もる話はあとにしようか」

 

 白衣を纏い、牛乳瓶の底みたいな丸眼鏡。思い出していた風貌と変わらないマラネロにジャスティは安堵したが、それ以上に嫌な胸騒ぎを感じていた。

 

「ジャスティ、私と一緒に来る気はないかい?」

「何……?」

「管理局なんてちっぽけな枠から離れ、次元世界へ出るんだ。新しい技術や生命を手にし、全てを解き明かす。その中で、君は最強の騎士になれるんだ。ほら、前にも言っただろう? 君と私で天下を取れるって」

 

 ジャスティには、いきなり現れて誘ってきたマラネロの言葉が何一つとして理解出来なかった。

 確かに、前から難しいことを言う男ではあったが、ここまでさっぱり分からないのは初めてである。

 

「お前、管理局を抜けるのか? どうして?」

「だって、これからの私に法だなんて枠はいらない。誰かの監視下でしか出来ない研究にも意味はない。私は、私の求める事柄のみを求める。そして、そこには君が必要なんだ」

 

 眼鏡の奥の瞳からは昔の純粋な輝きは感じ取れなかった。

 マラネロは狂ってしまった。ジャスティにはそう判断するしか出来なかった。

 

「……済まない。俺には婚約者がいる。お前には手を貸せない」

「……そうか。分かった、君の意志を尊重しようじゃないか」

 

 ジャスティはマラネロの差し出す手を取ることは出来なかった。

 彼には守るべき婚約者も、仲間も、何より正義感がある。常識を捨てたマラネロには一切理解を示せなかったのだ。

 

「さようなら、ジャスティ。我が友よ」

「待て、マルバス!」

 

 そう宣言した瞬間、マラネロは黄緑の光と共に姿を消した。一瞬、転移魔法かと思ったジャスティだが、魔力の残滓が見当たらない。

 急に現れたマルバス・マラネロ。彼がこれから何をしようとしてるのか、ジャスティは知る由もなかった。

 

 

 

「そう、彼と会ったのはそれが最後だった。名残惜しかったねぇ」

 

 マラネロが一人呟く。

 新暦67年。時空管理局最高評議会と袂を分かち、自身の経歴を全て抹消してから逃亡して数年が経った頃。

 そろそろ人造魔導師技術が安定してきたこともあり、マラネロはかつての親友ジャスティ・レイグラントの遺伝子を欲するようになった。

 ジャスティの潜在能力を秘めた遺伝子ならば、マラネロの望む素体が生まれること間違いなしだ。

 思い立ったマラネロが情報を集めていると、興味深いことがいくつも出てきた。

 

「へぇー、ジャスティ結婚して子供まで出来たんだ! すごいやウヒャヒャッ! で、住所は」

 

 友の門出を素直に祝福するマラネロ。

 しかし、すぐに自分の目的意識に切り替わり、レイグラント家の位置を特定する。

 

「……そうだ! どうせならこれを使ってみよう」

 

 そして、マラネロは製造したばかりの人間と他の生物の遺伝子を組み合わせた人造生命体"獣人"を使うことを閃く。

 知能は人間の子供並だが、能力は怪物と呼ぶに相応しく奇怪なものが備わっている。

 

「君の仕事は火災による事故死を装いながらの処理。そしてジャスティ・レイグラントの血液の採取。さぁ、行っておいで」

 

 マラネロは早速、ホタルの遺伝子を持つ獣人をレイグラント家に送り込む。

 伝えた仕事はたった二つだが、ホタル獣人は分かっているのかよく分からない微妙な反応を返した。

 

 数十分後、ホタル獣人は腕にべっとりと血糊を付けて戻ってきた。抵抗でもされたか、やや外傷も負っている。

 偵察用のカメラドローンでもジャスティの家が燃えていることを確認。

 表情を変えぬまま、マラネロは獣人が持ってきた血を採取して培養、人造魔導師を生み出そうとした。

 

「……これは、ジャスティじゃない!」

 

 ところが、マラネロにとって想定外のことが起きてしまった。

 ホタル獣人が持ってきたのはジャスティ・レイグラントの血液ではなかった。

 ジャスティの息子、ソラト・レイグラントの物だったのだ。

 

〔昨晩発生した火災事故にて、死亡したのはレイグラント夫妻の二名。長男のソラト君は救助隊(レスキュー)によって救助され、命に別状はありません〕

 

 同時に、ミッドチルダで流れるニュースにてソラトただ一人が生き残ったことが判明した。

 マラネロは、親友が二度と手に入らず死んでしまったという実感を漸く味わうことになったのだ。

 

「ジャスティ……そんな……」

 

 獣人をその場で焼き殺し、マラネロは悲観に暮れていた。

 彼の災難は続く。製造した人造魔導師は再現率に難があり、髪と瞳、魔力光の色まで変わってしまった。

 これではソラト・レイグラントのコピーとしても不完全だ。

 

「……ジャスティの息子。奇しくも、オリジナルとクローン、二つの存在がいる」

 

 悲しみに暮れていたマラネロだが、何かを思いつきすぐに顔を上げる。

 以前、"無限の欲望"ことジェイル・スカリエッティが言っていた生命の揺らぎ。

 生命が持つ感情によってポテンシャルが変化するのならば、全く同じはずのクローンがオリジナルを超える可能性があるのでは?

 

「ふむ。実に興味深い。怒りによって揺らぎが強くなるのならば、この生まれ出た副産物にも意味がある」

 

 親友を自らの手で喪ってなお、残酷なことを思いつくマラネロ。狂気に魅入られた科学者は、金庫から一角獣を模した小像を取り出す。ルビーのようだが、色は鈍く濁っているようにも見える。

 

「君には怒りを溜め込んでもらうよ。その怒りが君を強くするのだから」

 

 マラネロは小像をポッドの中に入れると、六芒星の魔法陣を介して小像を魔力化して生み出されたばかりの少年の身体に埋め込んだ。

 

「ジャスティ・レイグラントの息子が二人。彼の子ならば、私が面倒を見るべきなのは当然だよね。さぁ、私に良き実験結果を見せてくれたまえ! ウヒャヒャヒャヒャヒャッ!!」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「お前が……僕の両親を……」

 

 ソラトは身体を震わせながら、なんとか言葉を発した。今、ソラトの中では驚きと困惑と怒りと悲しみがぐちゃぐちゃに掻き混ぜられて、どうすればいいのか分からなくなってしまっている。

 あの火事は獣人により引き起こされ、取られた自分の血液からアースが生み出された。

 

 つまりは、ソラトを運命を決めた元凶はマルバス・マラネロだということであった。

 

「貴様はどこまでイカレてやがる!」

 

 バインドで縛られたままのアースですら、マラネロへの憎悪を隠し切れなかった。

 だが、当のマラネロは全てを話し終えてスッキリした様子でソラトへ語り掛ける。

 

「ソラト。君は私の理想通りに育ってくれた。正義感の強いところはジャスティにそっくりだ」

「……やめろ」

「そして今、君は私の前に辿り着いた。ジャスティが見たら喜ぶはずだ」

「やめろっ! お前が父さんを語るな!」

 

 流暢に語るマラネロの言葉をソラトの叫びが遮る。

 親友を裏切り、罪のない命を弄び、人の心を平気で踏み躙る。目の前の科学者を改めて悪魔だとソラトは思った。

 

「そうか。では、お喋りはそこまでにしよう」

 

 マラネロは笑みを崩さぬまま、アースのバインドを解く。

 

「さぁ、いよいよ決着だ! ソラト、君は私を殺したいくらい憎んでいるだろうが、同じく君を憎むアースが立ちはだかる! 自然に育ったオリジナルの素質が勝つか、それとも怒りで育った模造品の感情が勝つか! 私に見せてくれ! ジャスティの子らよ!」

 

 向き合う二人の剣士を見据え、悪魔の科学者は高らかに宣言する。

 ここまでの運命を操られ、真実を知らされたことで全ての御膳立てが済まされた。その中で、ソラトは漸く顔を上げてマラネロを見つめた。

 

「……確かに、僕はお前が憎い」

 

 両親の死の真相を聞かされ、生まれるはずのないクローンを作られた。これまでの人生が手の平の上だったことを考えても、ソラトにとっては許せる相手ではない。

 

「けど、僕はあなたに感謝もしている」

「……は?」

「スバルもギン姉もエド兄も、アースだってあなたがいなければ生まれることはなかった」

 

 ソラトの周囲にいる人物。

 スバル・ナカジマ。

 ギンガ・ナカジマ。

 エドワード・クラウン。

 そして、アース。

 彼らを造ったのもまた、マラネロだった。

 

「だから、僕は個人の憎しみを抑え込む。今は時空管理局の局員として、あなたを捕まえます」

 

 ソラトはマラネロとの全ての因縁を受け止めながら、あくまで局員としてマラネロと対峙することを選んだのだった。

 ソラトの宣言に、マラネロは初めて表情を変える。

 

「けど、それをアースが許すかな?」

「アース……」

 

 マラネロと戦おうとしても、目の前にはアースがいる。

 ここでバインドを解かれてから黙り込んでいたアースがゆっくりと動き出した。

 

「アース、今は君と」

「黙れソラト、お前は後回しだ。マラネロ、貴様を殺す」

 

 アースは振り返り、マラネロをキツく睨みつける。

 この状況は流石のマラネロも予想外だった様子で眼鏡の奥の瞳を大きく見開かせる。

 

「アース、君はソラトを殺して自分の存在を得るんじゃなかったのかい?」

「ああ。だが殺す順番が変わっただけだ」

 

 確かに、アースはソラトの次にはマラネロも殺すと宣言していた。しかし、全ての真実を聞かされた今ではマラネロを放置しておけなくなったのだ。

 ソラトは嬉しそうに微笑み、アースの隣に立ち並ぶ。

 

「マラネロは手強い。一緒に戦おう、アース」

「ふん、使ってやるから足を引っ張るなよ」

 

 殺し合う運命にあった、同じ姿の二人の少年。

 しかし今は肩を並べて全ての元凶へと立ち向かう。

 

「……仕方ない。それなら予定変更だ。私自らが君達を確かめてあげよう」

 

 マラネロは右腕を前に出し、錫杖型のデバイスを出現させる。

 

「マルバス・マラネロ。さぁ、鎮魂歌は歌い終わった?」

「滅びの音色を聞かせてやる」

 

 父親から続く全ての因縁を終わらせるため。

 自身を生み出した悪魔を葬り去るため。

 

 譲れない信念を剣に宿し、闘士達は運命に挑む──。



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