ユグドラシルの行商人NPCになりました。 (政田正彦)
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プロローグはいくらですか?

一度同じ設定で投稿した物の再構成物です。

超低速更新。
メインの絵描きの活動のサブでやってる二次創作のサブで書いていきます。


 西暦2138年、DMMO-RPG―<Dive Massively Multiplayer Online Role Playing Game>―と呼ばれる、サイバー技術と脳内ナノコンピューター網……ニューロナノインターフェイスと専用コンソールを連結し……早い話が「まるで仮想世界で現実に居るかのごとく遊べる体感型ゲーム」である。

 

 そのDMMO-RPGの中でも、特に「一世を風靡した」と行っても過言では無い程の人気を誇る一つのタイトルがあった。

 

 YGGDRASIL(ユグドラシル)

 

 現在から約12年前の当時の日本メーカーが満を持して発売したゲームである。

 

 このゲームが何故ここまでの人気を博したかというと、当時のDMMO-RPGの中でも「プレイヤーの自由度が異様なほどに広い」という事が要因の一つとして挙げられ、そうした背景もあってか、日本国内において「DMMO-RPGといえばユグドラシルの事を指す」と言うほどの人気を博していったのだ。

 

 

 ……話は変わるが、いかに人気があるとは言え、ユグドラシルにはちゃんとした運営があるわけで、その運営で働く人もボランティアではない訳で、つまりはお金が入らないと運営も滞り無く行う事が出来なくなる訳で。

 

 そういったお金はどこからやってくるのだろうか?一つの方法として、広告や、グッズ、その他の”商品”を用意してそれを売ることが挙げられる。あるいは背後に巨大なスポンサーがある、とか。

 

 だがその中でも最も直接的かつ明瞭で分かりやすい物が一つある。

 

 

 『課金』だ。

 

 

 無論ユグドラシルでも課金は存在した。課金ショップなる物で、有料アイテムをゲーム内のお金ではなく、現実のお金で購入するというもの。

 

 無論有料であるので、それら有料アイテムは「痒いところに手が届く」といった物から、無料で手に入る物よりも効果が高い物、あるいは無料では手に入らない、特殊な効果を持つ物といった具合だ。

 

 ガチャといった要素も実装されており、娯楽の少ない時代、レアアイテムを求めて多額の金額を注ぎ込むプレイヤーも珍しくはない。

 

 戦闘以外にも色々とできるゲームなので、課金力=強さという訳ではないが。

 

 余談はともかく、そういった課金ショップとはこのユグドラシルの世界……つまりは”設定上”一体どういう扱いなのか。

 

 制作会社の方針としては、プレイヤーには試行錯誤して”未知”を楽しんでもらうというコンセプトで制作されたゲームであるので、つまりはその未知の”答え”もなにかにつけて用意されているものだ。

 

 それは課金ショップであっても変わらない。

 

 そもそもプレイヤーは”どうやって”課金をするのかについて説明をしよう。

 

 まずガチャであるが、これはプレイヤーがコンソールを開けばいつどこでも引けますよという結構雑な作りではあるが、キチンと「リアルマネーという別世界の通貨に秘められた力を使用することにより、かつてユグドラシルという世界樹を襲う巨大な魔物によって失われた世界の産物を蘇らせる事が出来る。ただし、それがなんなのかは、蘇らせてみなければ分からない」といった”それらしい設定”が説明される文献がゲーム内に存在する。

 

 では課金ショップとはなんだろうか。

 

 無論、リアルの世界に店を構えているとか、専用ホームページでリアルマネーを支払うことでゲーム内の自分のアカウントに購入したアイテムが届くとか、そんな事はない。

 

 ここにも”それらしくなるような工夫”が成されているのだ。

 

 

 まず、課金ショップはリアルではなくゲーム内に”商人NPC”として存在する。

 

 事前にリアルマネーを支払う事でチャージしたポイントを消費する事で有料アイテムと交換が可能というシステムで取引する訳だが、無論彼ら商人NPCに設定が無いはずもなく。

 

 それも、”彼ら”と言うだけあって課金ショップの商人NPCは一人ではない。

 

 例えば、世界樹の祀る聖堂で祈りを捧げる巫女として、リアルマネーでチャージしたポイントという不思議エネルギー(・・・・・・・・・)でかつて失われてしまった葉で生まれる筈だった産物を蘇らせる……といった設定のNPCであったりだとか。

 

 特殊技能によって、そういった失われし産物を元の形に戻す事を生業としている、という設定の商人。

 

 そういった産物の中でも釣りや農業といった戦闘に全く関係ない物を専門に扱う、という設定の商人。

 

 探索に役立つアイテムをゲーム内通貨、その上位版を課金による通貨で売る者。

 

 アンデッドの闊歩する地で散っていった冒険者の亡骸からそのような遺物を回収し、それを売る商人というかなりダークな設定のNPCまで存在していた。

 

 そして、ユグドラシルというゲームの世界において存在している9つの葉の世界の各地を渡り歩き、どこからか仕入れた貴重な産物の数々を、行く先々で出会った冒険者を対象に取引を行うという”行商人”という知る人ぞ知るNPCも存在していた。

 

 

 そして、そういった商人NPCも未知の地で発見する要素の一つであり、その全てを把握するのは至難の業であるし、「このNPCが売っているアイテムを買うといいよ」といった情報は全てプレイヤーが判断することだ。

 

 クエストや文献で手に入れた情報を統合して、点と点を線で繋ぐ事で、ようやくその真実が明らかになるといった、説明が殆ど成されないNPCも存在する。 

 

 ユグドラシルの世界において、「ここはこうしろ」といった決まりも、「ここは確実にこうだ」という情報も、全ては試行錯誤と未知の冒険による物だ。

 

 もう一度言うが、それが例え課金ショップであったとしても、例外には成りえないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆■ 第一話【プロローグはいくらですか?】 ■◆

 

 

 

 

 

 私にはうっすらと前世の記憶がある。

 年齢や、何をしてどう生きていたのか、細かい事は覚えていないが、確かなのは、自分が女性であるという事と、最期は全身に強い衝撃を受けて死んだという事。ただそれだけであった。

 

 そして、いつの間にか私は私になっていた。

 

 ゲームの中のNPC、その中でも、行商人NPCという位置づけで作り出されたデータ上の存在、それが今の私であるらしかった。

 

 何故それを理解しているのかは分からない。

 ただ漠然と、「そうあれ」とされているからとしか分からない。

 

 「世界を彷徨う、真っ黒なローブとその中に、改造された上下のスーツを着込み、その手には、彷徨う事で得た遺物から復元せし財宝の、いや、商品の数々を詰め込んだ黒く輝く魔法のトランクケース。その商人、名をリティス・トゥールと言い、今日も世界を嗤いながら彷徨う。

 彼女の目的は、ただ財宝を売り捌きながら、貯めた金でまた財宝を手に入れ、それを売り捌く事であり、金が貯まるという事そのものに興奮を覚える難儀な”性的嗜好”(敢えて言葉にするなら、貯金性愛)を持っている。

 ちなみに、こう見えて子供好きで、懐に飴玉を常備している。」

 

 ……これが私に「そうあれ」と決められた、いわゆる私と言う”キャラクター設定”である。

 

 この設定に従って、私は今日も今日とてこのゲームの世界を歩き続ける。

 ゲームだからか、肉体的な苦痛はない。疲れも、痛みも、風すら感じない。

 時々遭遇するプレイヤーに、「クックック……見ていくかい?私の財宝を」と話しかけ、商談し、済めばまた歩きだし、時々「綺麗だな」とか「凄いな」とか思った風景があったらそこで少しだけ立ち止まり、また歩き出す。

 

 それを繰り返す日々に不満が無いと言えば嘘になる。

 

 実際に「そうあれ」とされている以上、私はお金も好きだし子供も好きだ。

 だがプレイヤーの中に子供なんてそうそう居ないどころかさっぱりだし、貯めた金といっても、歳を食わず、飲食すらしない私に貯金が必要か微妙な所である。

 

 唯一の楽しみと言えば、景色が綺麗なところで休憩する事位なものだ。

 

 

 

 まぁ、要するに何を言いたいかというと……とっても退屈だ、という事である。

 

 

 

 

 しかし、今日この日、私はこの退屈な日々から一転する転機……私がNPCとして登場するゲーム、ユグドラシルの”サービス終了”という転機を迎える事になるのだった。

 

 

 

 

 

 

 その日も、私はゲームの世界を歩いていた。

 

 

 今日はとある町を通り抜けたのだが、なにやらプレイヤー達が皆騒がしかった。

 あえてそれを言い表すとすれば、祭りのような何かとでも言ったところか。

 

 皆が皆、普段とは全く違う様子だった。

 

 意味不明な言葉の羅列を並び立てる者。

 実は俺、から始まる告白または暴露大会。

 ありったけの花火を買い込み、街中でそれを打ち上げる者。

 

 

 

 顔を覆いながら、さめざめと泣く者。

 

 そうして聞いた彼らの「今日で最後だからなぁ」という寂しそうな声で、私はようやく知ったのだ。

 

 

 

 

 あぁ、このゲーム、終わるんだ、と。

 

 

 

 

 

 この世界が終わる事に恐怖は無い。

 既に一度死んだ命だ。

 むしろこのゲームの世界で得たおまけのような時間を得た事で、記憶が無いなりに整理はついたつもりである。

 

 

 役目が終わったというなら是非も無し。

 

 

 データ上のNPCという役目を終え、無駄に意思を持ってしまったNPCとしての私は今度こそ無に還るのだろうと思い、しかし、最期まで役目を全うする為、私は歩き続けた。

 

 

 

 

 気付けばどことも知らぬ森に囲まれた街道に出ていた。

 ふむ、こんなところにこんな道があっただろうか?転移門でも踏んでしまったか。罠という訳ではなさそうだが。このまま誰にも知られぬまま、最後の時まで一人でひっそりというのも私らしくて、いや、このキャラクターらしくて良いじゃないかと思い、私はその街道を歩くことにした。

 

 

 

 一つ失敗した事があったとしたら、今日の何時にゲームが終わるのか、という情報を聞きそびれた事である。

 

 0時キッカリに終わるのか、深夜4時まではやってくれるのか、はたまたもっと早いのか。

 

 私はこの世界に来てから時計というものを持ったことが無いので知り得ないのだが、最期の瞬間がいつ来るか分からないというのは色々と不都合である。

 

 まぁ、その時が来れば分かるだろう。

 じわじわと痛みを感じながら消えるとかじゃなければいいが、と下らない事を考えながら私は道を歩く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おかしい……私がそう思ったのは見ていた方の向こう側の空が、徐々に白みがかって来た時である。

 

 今日終わるハズではなかったのか?彼らと私はとんでもないデマに騙されまんまと踊らされてしまったのだろうか?

 

 だがそれにしてもおかしいと思わざるを得ない。

 何故なら、周りが段々と明るくなっていくにつれ、それが今まで歩いていた森のそれではないという事がハッキリと理解でき、全く別の場所に迷い込んでしまったかのようだという事が分かったからだ。

 

 さらに言うと、今までは感じなかった表情の有無といった所から、服と肌が擦れる感触、明け方の冷たい風が身を撫でる感触がハッキリと感じられる事。

 

 何かが変わったのは間違いない。

 

 

 

 何かが終わり、何かが始まったのだ。

 

 

 

 異変に対する疑念は尽きない、だが、それでも道を歩き、とうとう見た事も無い街に辿り着いてしまった時には、すっかり朝になってしまっていた。

 

 

 私は辿り着いた街の検問所らしい場所を見つけ、とりあえず、街の様子を見てみてからどうするか決める事にした。

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、夜の世界から迷い込んできたかのような、真っ黒な女だった。

 

 見たことの無い、金属で出来たのかと思う程に直角な、カバンらしきものを手に持ち、長く艶やかな黒い髪、同じく真っ黒な瞳、しかし全体的に整った顔を、そしてそれが無ければ女性だと思わなかっただろう女性らしさを強調する胸、頭の先からつま先まで黒々しい装備を身に纏う、女商人と自称する彼女は、朝方に突然現れ、「入るにはどうすればいい?」と聞いてきた。

 

 入るには身分を証明する物と、銅貨が二枚必要だ。と言ったのだが、何故かそのまま首を傾げられてしまったので、「銅貨が分からないって訳じゃないだろう?これだこれ」と言うと、その女は困ったように顔を伏せ、何か考える素振りを見せた後、苦笑いでこう言った。

 

「自分は商人なのだが、生憎道中でモンスターに襲われ、身分を証明する物を失ってしまった。残るはこのトランクケース……いや、この魔道具に入った物しかなくてね……悪いがこれで入れてくれないか」

 

 正直言って、怪しい奴だと思った。

 だが、手に持たせられた物を見て驚愕し、それが銅貨2枚なんてはした金で買えるようなものではない、キラキラと光る装飾の施された”金貨”であり、恐らくは装飾の、金としてだけの価値で、自分のような者が一生でそれを目に出来るかも怪しい、ズシリとした重みが、本物であることを示している。

 

 しかもそれが3枚もある事に気付いて、慌てて彼女に向けていたランスを下げた。

 

「ど、どうぞお通り下さい!」

 

「ふむ、どうもありがとう。次はちゃんと身分証明をする物を持ってから来よう」

 

 そう言って笑う彼女は、甲冑の胸の辺りを軽くぽんっと叩くとそのまま街の中へと消えて行った。

 

 

「アレは一体何だったんだ……?」

 

 

 間所で働く一人の騎士は、そう呟きながら、貰った金貨を誰にも見つからないうちに懐に仕舞った。

 

 

 

――――――

 

 

 

 リティス・トゥールは、まずこの街で情報収集をする事にした。

 

 本屋でもあれば、と思ったが、どうもそれらしいものは見つけられず、というかそもそも存在すら危ういと考え他の方法を考える事にした。

 

 

 ……が、その前になんとかすべきはお金の問題。

 

 門番にユグドラシル金貨を渡した際の反応を鑑みるに、今までの金貨は使えそうになさそうだという事が判明したのだ。

 

 (きん)としての価値はありそうだが、(かね)としての価値はなさそうだ。

 

 それだけではなく、その騎士から見せてもらった銅貨。

 あれにリティスは全くと言っていいほど見覚えが無かった。

 

 早急に解決すべきは、相場の把握と、そういった銅貨等のこの街での貨幣の入手である。

 

 そしてどうするか少し考えて、人通りの多い場所を目指すことにした。

 出来れば、武具を装備した者の往来が多いところ……冒険者なんかが多く訪れそうな場所が良いのだが。

 

 

 

 そこに行くまでに気付いたのは、どうもこの街は中央に商店が、物流が集中して居るという事であり、街の名前は城塞都市エ・ランテルというらしい事と、この街がリ・エスティーゼ王国という国の国領にある街である事だった。

 

 どれも行くまでに客寄せをするおじさんおばさんの「さぁよってらっしゃいみてらっしゃい!~~~が買えるのは、ここエ・ランテルでもここだけだよ!」とか「リ・エスティーゼ王国屈指の~~~が買える~~~はうちの事さ!さぁ見てらっしゃい!」とか言っていたからだ。

 

 調査する手間が減った。

 

 私は頭のメモ帳にこの国での貨幣の価値や、飲食物や装飾品などの相場をメモしていく。

 

「やあ、ちょっといいかな、おじさん」

 

「ん?なんだ?」

 

 私はこの国における商売がどのように行われているのか、そのシステムを雑貨屋のおじさんから聞き出してみることにした。

 

 金がないので、お近づきの印に、と、パッと商店街を見渡して「これなら渡しても問題ないだろう」という程度のマジックアイテム、【スモールボトル・オブ・リキュール】という……まぁ言わばお酒の入った、小綺麗な小瓶。

 

 中に入っているのは、「一定時間、使用した相手を泥酔状態(弱)にするが、雪原地帯等の極寒の地での温度によるバッドステータスをある程度緩和する」というアイテム。

 

 泥酔になると。プレイヤーであれば視界がぐにゃぐにゃと揺れてとても酔う。モンスターにも効果があり、小瓶を投げつけて中身をぶち撒けると、同じく泥酔状態にすることができる。

 

 まぁ、状態異常に耐性があるならそうそう泥酔状態になどならないのだが。

 

 私は以前これに助けられた記憶がある。

 

 また技能があれば火炎瓶の材料にもなる。

 

 おじさんには「水で割って飲んでください、とても強いので」と言って渡し、おじさんは小瓶を一嗅ぎすると、次の瞬間、強いアルコールの匂いに驚き、少し口に含んで見ると、カァッと赤くなった顔でくしゃりと微笑み、とても喜んでくれた。

 

「私は見ての通り遠いところからこの国にやってきたんだ。この国で商売をしたいんだけど、そういう時ってどうすればいいのかな?」

 

「うん?そんなもん、好きにすればいいよ。場所と、格好さえ整っていれば、次の日からは露店商人さ。やっちゃダメな事……禁制品だとかを売らなければ、特に制限は無いと思っていい。あとは、そうだな、商人ギルドのお墨付きが降りた店の前じゃない、とか、周囲の商人の人へのマナーがなってりゃ、誰も文句言わないさ」

 

「なるほどね、どうもありがとう。あ、ついでに空いてる場所に心当たりがあれば教えてくれるとありがたいんだけど」

 

「それは流石に分からないな。まず、何を売りたいかによるだろ。自分の足で、自分の店に合いそうな場所を探すんだな。まぁ、メインの通りは空いてないだろうけど」

 

「そうかい、親切にどうもありがとう」

 

「いいってことよ、良い酒も貰ったしな」

 

 

 良い人だ。名前を聞き忘れたけれど。

 

 そういえば、いつもは私に話しかけるプレイヤーが自分で購入する商品を選んで買うので考えていなかったが、今回は自分で人に売る商品を考える必要があるのか。

 

 それに、この市場をパッと見た印象からして、前のように最高品質の物を売るわけにもいかない。

 ガチャの大当たり枠で手に入る願いを叶える指輪とか、不眠不休で動けるようになるネックレスや、毒を無効化する腕輪も、種族が人間から悪魔に変わってしまう魔道具も、全て売りに出せない。

 

 金持ち相手になら装飾品の類は売れるだろうか?売れるとしても、買い叩かれないように相場を理解した後にしなければなるまい。

 

 金持ち……貴族とか以外の、一般的な市民に対して売れるのは、先ほどの酒の小瓶とか、何の効果もない、みてくれだけの剣だとか……値段を高くすれば魔道具や魔法の武具も売れるだろうか?

 

 ともあれ、方向性として、ここでいう私の店のターゲット層は「冒険者、あるいは戦闘を生業にする者」だ。

 どうやらこの世界にも存在するようだし、彼らが喜びそうな、しかし市場が崩壊しかねない物を除く、それでいて、売れそうな、そういった物を売る必要がある。

 

 

 私は少しメインの通りから逸れて、鉄の剣だとか、メイス、革の鎧なんかが出されている露店市場にたどり着いた。

 

 聞けばこの辺りは冒険者組合の近くでもあるらしい。国の騎士や兵士等は武具は専属の鍛治師でもいるのかもしれないな。

 

 私はその市場の空いている場所に……隣り合ったイカツイおじさんに先ほどと同じ手を使った後、そこに露天商を設けた。設けたと言っても時間は殆どかからない。何せマジックアイテムを使えば済む事だからな。

 

「うおおっ!?」

 

「なんだそれ、マジックアイテムかっ!?」

 

「ええ、私の家宝です(嘘だが)」

 

 

 マジックアイテム【露天商(ブラック・)(カーペット・)黒い(オブ・)絨毯(ストールキーパー)

 

 黒を基調とした紫をアクセントに異国情緒溢れるアジア風の模様が繊細に編み込まれた絨毯の魔道具で、小さな木の棚と共に、座布団、そして、これは飾りだが、黒い布に覆われた何かが配置される。本当はテントがよかったんだが、大きいものとなると場所が足りなかったため仕方ない。

 

 見た目は完全に『怪しい商店』。だが、人はこういう怪しい物に「好奇心」を覚えてしかたのない生物であることも事実である。別の言い方をすると「怖いもの見たさ」ともいう。

 それに、このマジックアイテムはただの絨毯に見えるが、強盗対策として、商品を盗んだりしようとすると警報音が鳴るようになっているという便利な代物だ。街でしか使えないと言う欠点があるが。

 

「……あっ!見た目はこんなんですが、ただの雰囲気づくりで、禁制品なんかは一つも扱っておりませんので、安心してくださいね」

 

「お、おう」

 

 まぁ禁制品というのが何かは知らないんだが。恐らくは、麻薬とか、ドーピング剤とかだろうな。

 

 

「なんか面白そうな店が出来てるぞ」

 

「まだ準備中だってよ、明日来てみるか」

 

「マジでえ?ちょっと怖くね?」

 

「なんだよ、ビビってんのか?」

 

「ビビ、ビビってねーし!!」

 

 

 お化け屋敷ではないんだが……まぁいいか。ニーズに応えて呪われた武具でも置いといてやるか。

 こうして、私が露店に商品を並べ終わる頃には、武具の露店が集まる市場の一角に、やたら黒々とした怪しさ満点の露店が爆誕したのだった。




現在、時系列的にはモモンガ様が
「アイツら、マジだ!(ビコーン)」
とかやってた次の日位を想定していますが後で変わるかもしれません。


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ようこそ、ここは怪しい店です

アイテムは「こういうのがあってもいいよね」という妄想で書いているので
原作にこんなアイテムねーだろという突っ込みは受け付けておりません。
ごめんやで。





 城塞都市エ・ランテルという街について今一度触れようと思う。

 

 王都リ・エスティーゼから南、トブの大森林南端から離れたところに位置する三重の城壁に守られた城塞都市である。近郊にカッツェ平野があり、王国と帝国の戦争の最前線となっている事から、広大な共同墓地がある事も特徴の一つ。

 

 さらに特徴を挙げるならば、都市に冒険者組合があり、街は冒険者が闊歩している……これは珍しくも無いが。あとは、交通量が特に多く、物資、人、金、様々なものが行き交い栄えている、といった所か。

 

 特にそういった意味で栄えて居るのは街の中心に位置する商店街ともいうべき大通りである。

 

 様々な露天商人が今日も今日とて店を出し、食料品をはじめとし、中古の武器防具やマジックアイテム等も商品として売りに出されて居り、種類は多岐に渡る。

 

 ……まぁ、リティス・トゥールという、別世界からの来訪者から見れば、どれもこれも低品質な商品であると言わざるを得ない。しかし、たまたま目についた串焼きはなかなか美味だった。

 

 ひとまず1日殆ど休まずに様々な商店を訪れてデータを取り、大体の値段の相場は掴めた。

 

 もしも、リティスが売る最高品質の商品を本来の相場に当てはめてこの場で売ろうとするならば、一介の冒険者の人生が三十回あって必要額に到達するかどうか、というレベルの宝であり、それを破格で売ろうものなら一瞬で市場が崩壊するだろう。

 

 なので、まずは以前も多く商売の相手にしていた冒険者をターゲットに、この世界で売っても問題なく、それでいて、冒険者が喜びそうな物を売り、資金を得ることにした。

 

 

 

 

 

 

◆■ 第二話【ようこそ、ここは怪しい店です】 ■◆

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえずの目標として、私は「商人ギルドへの加盟」を目標とする事にした。

 

 聞けば、この都市は毎年のように行われる戦争で王国の中継拠点ともなる場所であり、冒険者の数も多いという事から、武具等の戦闘に関わる商品を取り扱う商人がかなりの権力を持っているという事。

 

 彼らの認可が降りれば、もっともっと多くの客が入ることとなるに違いない。

 なんなら、彼らという商人を相手に商談をもちかけるのも悪くないだろう。

 

 ダメだったらダメで、行商人なので別に気にはしないが。

 

「なぁネエちゃん、この薬はなんだ?」

 

「それはモンスター用の粘着剤だよ。地面に撒くなり、瓶ごと叩きつけるなりして使うと、強力な足止めにすることができる」

 

「へぇ〜〜〜?粘着剤?それにしちゃあ珍しい色をしてるがなぁ」

 

「……効果を疑っているのかい?なんなら試してみるかい?貸してごらん」

 

 私は商売をするにあたり、今までとは違い、こうやって商品の実演を行うことが多くなった。

 それもそのはず、エ・ランテルではどうもこのレベルの商品でも「珍しい物」として扱われているらしい。

 とはいえ、この粘着剤を始め、ポーションであったり、強壮剤であったりは存在する。

 だがそれぞれ、色が違う、使い方が違う、効果の強さが違うという有様。

 中には、一から使い方を説明しないといけないものも存在した。

 よって、こうして使い方を実演し、見ている人は使い方を理解し、そしてその効果をも理解、私はそれを売り込む、一石二鳥、というわけだ。

 まぁ、この粘着剤に限らず、販売しているものは以前の世界であればなにも珍しい物ではないのだが……。

 

「……と、ご覧の通りだ、試しに引っ張ってみてごらん」

 

「す、すげえ!靴がくっついて離れねえ!」

 

「おいおい、冗談だろ?流石に……マジだ!ビタッとくっついてとれねえぞ!」

 

 と、まぁそんな調子で、今回は粘着剤の実演販売をしていた。

 今回は、木の板に粘着剤を垂らして、使わないボロ靴をくっつけ、それを客に履かせて引っ張らせることで取れるか取れないか、というゲーム性をもたせたものである。

 同時に、この粘着剤の強力さをアピールすることにもつながる。

 

 高レベル帯の私でさえ、対策も無いと非常に取りづらい、と思うほどの粘着力だ。

 この世界の住人では、そうそう剥がれたりしないだろう。

 

 ちなみにこれの上位互換にくっついたモンスターをそのまま石化させてしまうものも存在するが、それは流石に売らなかった。

 

 

「効力が最も強く続くのは相手にもよるけど大体10分だ、それ以上を過ぎてしまうとべりっと剥がれてしまうから注意が必要だね。ちなみに顔なんかにぶつけて視覚と呼吸を奪うという使い方もアリ、今度の任務に魔物の討伐が必要な人は是非もっておきたい一品さ。ちなみに、残りは早い者勝ちだね」

 

「か、買った!」

 

「俺も買うぞ!」

 

「私は3本買うわ!」

 

「俺は5本!」

 

「毎度あり」

 

 

 こうして私は実演販売でじわじわと冒険者の人達から商品を売り上げ、懐を肥やしていった。

 今まではNPCで、自分で稼いだ金を自由に使えなかったが、今では違う。

 稼いだ金は全て私が自由に使える!なんて素晴らしい!

 

 ……だが、全てが順風満帆、という訳にはいかなかった。

 

 

「うーん、魔道具が売れないな……」

 

 

 私が商店で売っているのは何も怪しげな薬とか度数の強いお酒ばかりではない。

 中には、ちゃんと冒険で役に立つ魔道具【永続光のランタン(コンティニュアルライト・ランタン)】という、魔法が使えなくても辺りをずっと照らしてくれるランタンであったり、【虫除けの鈴(インセクト・レペレント・オブ・ベル)】という、まんま虫除けスプレーならぬ虫除け鈴(低位の虫系モンスター等が接近を嫌がるようになる)というアイテムも売っているんだが、なかなか売れない。

 

 まぁ、魔道具自体、この世界では少しお高めの買い物であるということもあるのだろうが……。

 聞いた話によると、魔道具は冒険者を騙して買わせる偽物である事も多く、そういった被害も多いのだそうで、そういった事と、私の商店のぱっと見のイメージが原因なんだろう。

 

 ならば商店の色なりイメージなりを変えればいいだろうと思うかもしれないが、実は私の持つ商品は、ほぼ全てがカラーが黒、あるいは紫、あるいは毒々しい緑。如何にも怪しく、如何にも危険そうで、如何にも呪いとか呪詛とか祟りとかが付与されてそうな見た目のものばかりなのだ。

 

 しかもタチの悪いことに、本当にそれらが付与されている、あるいは付与できるアイテムも存在する。

 

 流石にそれらを売ることはない……売るとしても相手を選ぶけれども。

 

 また、同じような理由として武具の売り上げも伸び悩んでいる。

 さて、どうしたものか。

 

 

「あの、すみません」

 

「おや、いらっしゃい」

 

 などと考えていると、お客が来たようだ。

 小柄な……少年?で、装備から察するに、魔法詠唱者だろう。

 

「手頃な杖を探しているんですけど、何かおすすめとかありますか?出来るだけ、安いやつで」

 

「ふむ……」

 

 武具を求めて来た客だったのか。魔法詠唱者は普通に素手の者もいるから分かりづらくていけない。

 見た所、彼はこの世界で言う所の駆け出しの冒険者なのだろう。首から下がったシルバーのドッグタグのようなものがその証だ。

 

 聞いたところによると冒険者はこのドッグタグのようなもので階級分けがなされているらしい。

 

 カッパー、アイアン、シルバー、ゴールド、プラチナ、ミスリル、オリハルコン、アダマンタイトという風に分けられており、ミスリルまでいけばかなりの腕利き、アダマンタイトともなれば、それは歴史に残る英雄の領域であることを示しているという。

 

 そして目の前のお客様は銀級(シルバー)。私からすればそれで駆け出しを語ろう等烏滸がましい、半人前にも満たない程度のレベルだが、この世界では彼らが一人前に一歩足を踏み入れた程度の強さである、という基準だそうだ。

 

 「もしよろしければ、使用する魔法などをお教え願えませんか?それによって、お勧めできる物も変わってきますので」

 

 故にというかなんというか、彼らに売るべき商品は意外と選ぶのに手間取る。

 強すぎてもいけないし、弱すぎてもいけない。

 過ぎたものを与えれば慢心するか、物を使いこなせずに終わる、あるいは、そもそもその武具を使うに値するレベルに到達していない可能性すらある。

 弱すぎるのは論外だ。

 

「う〜ん、そこまで高くなければなんでもいいのですが」

 

「それでしたら、こちらの【ウッドスタッフ・オブ・ヒーラー】などいかがでしょう?回復系魔法の補助として効果が増すといった効果があり、非常に有用かと思われます。ああ、こちらの【ロッド・オブ・ビギナー】でしたら、低位の魔法を使う際に少しだけブーストがかかる効果があるんですよ、ちなみにお値段はこんな感じでして」

 

「……えっ、これ、なんでこんなに安いんですか?」

 

「ええ、これ以上は値下げもできない、赤字覚悟の大勝負といったところですねえ……実は私、まだこの国に訪れたばかりでして。商売繁盛より明日食う飯の方が心配なんですよねえ、なので、お安く買っていただいて、当面食いしのげる金が必要なんですよ」

 

「そうだったんですか……それでこの値段……(ごくり)」

 

「(ニヤリ)まぁ、条件次第でこれ以上安くすることもできるんですけどねえ」

 

「えっ、これ以上に安く……!?」

 

「ええ……ここだけの話ですよ?」

 

 私は彼の耳元で小声でこう囁いた。

 

 もし貴方が仲間内や他の冒険者にウチを紹介してお店まで連れてきてくれるのなら……”紹介料”として、その杖の料金をいくらか値引きしてもいいでしょう。

 

 何か企んでいるのかって?とんでもない!ただただ、商品が売れないのが悲しいだけですよ、貴方は人助けだと思ってこのお店のことを仲間内に紹介してくれれば、私はお客が増えて嬉しい、貴方はこの杖をよりお安く買えて嬉しい、そして紹介された人は良い店を知れて嬉しい……ね?誰も損をしないっていう寸法です。

 

 いかがですかねえ……そう悪い話って訳でも無いでしょう?

 

「……その話……もう少し詳しく聞かせてもらっても……?」

 

「クックック……いいですねえ、そう来なくっちゃ……それでは、もし貴方が一人お客様をご紹介してくださったなら、杖の代金を……こうして……こんな感じまで値引きさせて頂きましょうかね、二人なら、この倍、三人ならさらに……これだけ値引きしますよ」

 

「……乗った!」

 

「毎度あり!」

 

 

 バシィッ、と彼……本当に彼でいいのかな?……と握手を交わし、彼の協力を得た私は、彼が指定した杖を「お取り置き」させてもらった。

 彼は明日にでも仲間を連れてここにやってくると言い、仲間は3人の男の冒険者で、一人は剣、一人はメイス、一人は弓と短剣を使うのだそうで、それらを用意しておいてもらえるとありがたい、とのこと。

 

「……おっと!言い忘れていましたが、値引きの事はご内密にお願いしますよ?」

 

「やだなあ、分かってますよ。言いふらしたりしたら商売あがったり、という事でしょう?」

 

「その通りですよ、いやぁ、お客様は話が早くて助かりますねえ、クックック……」

 

 にやり、とお互いに黒い笑みを浮かべながら別れを告げる。明日が楽しみだ。

 

 

 ……うん?そんなに安くして大丈夫かって?

 

 

 正直言って方法としては良い手段とは言えないだろう。

 だが私個人としては、今の方法を繰り返したところで何の痛手にもならない。

 

 商品を安く売りつけるのはあまりいい方法とは言えないのは当然のことだ。

 本来ならば、口八丁手八丁で、如何に相手に高く、多く買わせるかが肝になるのだから。だが、異国で商売をするなら、まずはその地の者の心を掴む方が先であるとも思う。

 

 さらに言えば、私は商売で繁盛する必要も金を稼ぐ必要も、実は全く無い。

 

 持っている山ほどある財宝を持って山にでも籠って静かに一生を終える事だって可能だし、金なんてなくても自分が持っている食料系のアイテムだけで一生食っていける。

 

 だがここは前の世界のままなのか、私に「そうあれ」と設定された「怪しい商人である」「金が性癖とまで言えるほど好き」「子供が好き」という設定が、私に商人になって金を稼げと言っているのだ。

 

 実際、手元に金がジャラジャラと貯まっていくのは心地いい。

 それに対して性的興奮を覚えるかといわれるとちょっと微妙なのは、前の世界の、その更に前の世界、私であった誰かが死んでしまった世界での残滓が残っているのかもしれない。

 

 そして子供は普通に好きだ。

 遊んでいるところを見ると口角が緩むくらいには。

 金を手に入れてこの服装から脱した暁には、子供が見ても怖がらない、優しそうなイメージの服装に身を包み、子供達に飴玉を配るのが私の些細な夢だったりする。

 

 ……ちなみにロリコンでもショタコンでもないぞ、普通に「可愛いな」と思っているだけであって、性的興奮は覚えない。私はノーマルだ。

 

 ゴホン、まぁ、それはおいといて。

 

 そもそもの話だが、ここまで読んだ者であれば「じゃあ、お前の言う商品、財宝とやらは一体どれほどの貯蔵があるんだ?」と気になっているころだと思う。

 

 そして答えよう、「ほぼ制限などない」と。

 

 ……いやいや、これがあながち嘘でもないのだ。

 

 もし私が、ゲーム内で商人を生業とする()()()()()だったなら話は別だったかもしれない。その場合、プレイヤーは手に入れたアイテムを商品として売り出す事しかできないのだから。

 

 その点私はどうかというと、そもそも、システム上の存在であるため、「アイテムを収集する」という行為そのものを行う必要がない。システムであるのだから、最初から商品を持っている必要がある為だ。

 

 ようは、どこからともなく商品が補充されるのだ。

 

 一応、設定に基づいて、補充されるアイテム以外の、例えば道端に落ちているアイテムを収集する事もできるのだが、必要がないのだから、そうそうやろうとは思わなかった。

 

 その「どこからともなく商品が補充される」という、前の世界でのシステムがこの世界ではどう働いているかというと、「売っても何故か減っていない」という謎の現象が起きるという形で働いているという事が分かったのだ。

 

 なんというチートなのだろうかと内心驚きを隠せない。

 

 これがどれほどチートかというと、例えば先ほどの彼に取り置きしている「ロッド・オブ・ビギナー」という杖だが、これを売ると、いつの間にか全く同じものがトランクケースの中に入っているのだ。

 

 無論品質にも差異はない。

 

 間隔的には、1日経つと同じものが補充されている、と思う。

 四六時中監視していたわけではないので、詳しい時間は不明だが……。

 

 ここまでくるとチートというよりかはバグといって差し支えない。

 ……いや、実際のところ、私が転生したのも、私がNPCであった頃から自我を持っていたのも、この世界に来たことを含め、すべてがバグに過ぎなかったのかもしれないとすら思っている。

 

 なんせ、やろうと思えば、この辺り一帯を今私が座っている絨毯で埋め尽くす事も出来るだろうし、この国の兵士の装備を全て魔法の武具に総入れ替えする事も出来るし、この世に二つとない魔剣をいくつも売り出して魔剣士集団を作ることも出来るだろう、この世界の基準で言うなら、莫大な金にものを言わせて一国を築き上げる事すら可能かもしれない。

 

 ……まぁ、出来る、と、やってもいい、はまた別の話になるので、そんなことはしないのだが。そもそも私は人の上に立つ才能は無い。

 

 そうなってくると必然的に道は私が金銭を稼ぎたいという欲求を満たせる、商人という形に落ち着くのだ。

 

 まずは当面の目標として、この国の商人ギルドからのお墨付きを貰ったら、この国から出て他の国でも行商人として商売したい所である。

 

 ある程度有名になったら、国にそれなりの品質のアイテムを献上品として受け取ってもらって、そこから更に発展して……。

 

 

「……日も暮れてきたし、そろそろ店じまいするかな」

 

 ここ数日は大体こんな感じで、夢を掻き立てながら客を引いて、店じまいをしたら安宿に泊まって一夜を過ごすという生活を送っている。

 

 長い間歩いては止まり、歩いては止まりという行商人としての旅を続けていた私にとって、エ・ランテルという止まり木は居心地の悪い場所ではなかった。いくら肉体的疲労が無いとはいえ、私も人間、当てもなく歩き続けるのは精神的にくるものがある。

 

「お?なんだいあんた、今日も来てくれたのかい?」

 

「気に入っちゃってね。部屋空いてるかな?」

 

「空いてるよ。しかし、物好きな奴も居たもんだね、こんな安宿に」

 

「小綺麗で洒落た部屋より、こっちの方が落ち着く時もあるのさ」

 

「そんなもんかねえ。はいこれ、昨日とおんなじ部屋の鍵」

 

「じゃあこれ、今日の代金ね」

 

「はい、毎度ありがとさん」

 

 早い話が、世界を越えてようやっと自由になった身体で、私は壁と屋根とベッドがある暮らしを享受していたのだった。

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 銀級冒険者グループ「漆黒の剣」のメンバーであるニニャは、先日の依頼で破損してしまった装備の替えを買いに、市場に訪れていた。

 

 ちゃんとした場所で買おうとすると、如何せん値段が高くなりがちだ。

 無論、質が良いに越したことはないのだが、そんなに高いお金を払うより、ある程度品質が落ちてもいいから、それなりの値段で済ませてしまいたいというのがニニャの財布と相談した結果導き出した答えである。

 

 その点この露天が集まる市場では、剣や盾といった武具を含め、杖やメイスといった魔法詠唱者の装備もある。その中には掘り出し物が見られることも決して少なくはない。

 

 ニニャは、いつものようにその市場を歩いていると、そこには以前まで無かったはずの、怪しげな、黒と紫色で構成された露天商があることに気付いた。

 

 そして、並んでいる品の珍しさにも自然と目が行ってしまう。

 消耗品、魔道具、そして、一際輝くのは魔法の武具だ。

 

 これは掘り出し物が見つかるかもしれない、と、ニニャは店主に杖は無いかと尋ねてみた。

 

 すると、返答は思ったより誠実なもので、ニニャの使用する魔法によって、提供するべき杖も変わってくるというもの。

 

 ニニャは素直に答えてしまってもよかったが、そこまでして選ばれた物を買うとなると値段が高くなるのではないかと踏んで、適当なものでいいと言うと、店主は少し考えたそぶりを見せた後、二つの杖を取り出した。

 

 片方は、治療魔法のブーストがかかった魔法の杖。そして、もう片方は低位の魔法に対してのブーストがかかる魔法の杖。

 

 そして、その杖に紐でつけられた値段の書かれた札を見て目を剥いた。

 

 

 安い!!とにかく安い!!何かわけでもあるのかと思うほどには安かった。

 

 

 怪しさ半分期待半分で店主に何故こんなに安いのかと聞いてみると、聞けばこの店主、まだこの国についたばかりで、利益を出すより明日の生活資金の方が心配らしい。

 

 なので、まずは破格で売り付けて、とりあえず生活できる資金を得たいのだそうだ。

 成程、確かに異国からここまでやってくるのには苦労もそれなりにあるだろうし、ありえない話ではない。

 

 そして、もう殆ど買う事はニニャの中で決定づけていたのだが、息をのんでいるのを、購入を渋っていると思われたのか、あるいは、良いカモになると思ったのか、店主はニヤリと悪巧みをするような笑顔を浮かべ、このような提案を持ち出した。

 

 もし貴方が他のお客さんにここを紹介して店に連れてきてくれたなら、もっと値引きしてもいいですよ。お客さんが次来るときまで杖はお取り置き(他の客に売らないで予約させてくれるという事らしい)しておきますから。

 

 私はその話に乗る事にした。

 乗らない手が無かった。

 

 私にしては警戒心の足らない判断だったかもしれないが、話として筋が通っており、疑う要素が見受けられないので、深くは考えないことにする。

 

「ペテル!ルクルット!ダイン!ちょっと付き合ってください!」

 

「な、何?どうしたニニャ?」

 

「お前、昨日杖を買いに行ったんじゃ?」

 

「その件で、良い店を見つけたので付いてきてほしいんですよ!」

 

 翌日ニニャはさっそく他のメンバー3人を連れてあの怪しい商店に連れて行った。三人は最初困惑しきりだったが、「安く武器を売ってくれる店がある」「珍しい道具も多い」「他国からやってきた行商人らしい」と情報を出していくうちに興味をひかれたのか、じゃあ行ってみよう、と歩く速度を合わせた。

 

 だが決定打はその商人が女性であると言ったときだった。

 

「え?その商人って女の人なの?」

 

「え?ええ、黒髪で、少し怖いですけど、整った顔立ちで、スーツが似合う人で……そうですね、考えてみれば、結構美人だったかもしれません」

 

「おい何やってんだ早くいくぞニニャ!!」

 

 最初から先にこれを言えばよかった、とニニャは思った。

 途中から、何故かルクルットに先導されながらパーティはその商人の下へ向かっていった。

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「ああ、美しい異国の人!是非俺と素敵な夜を過ごしませんか!」

 

 

「残念ながら私は非売品だ。金持ちになって出直したまえ」

 

 翌日、私は何故か突然金髪のチャラそうな男にナンパされた。

 一瞬、何事かと思っていたのだが、彼の後に続くように駆け寄ってきた昨日のお客さんの姿を見て、成程この男が彼のいうところの仲間なのか、と理解する。

 

「すいません!仲間が失礼を!」

 

「いえいえ、気にしてないので、さ、どうぞ」

 

 駆け寄ってきた仲間内の一人、金の短髪で、爽やかな好青年、という印象を持つ青年が頭を下げてきたのを軽く受け流しつつ、私は早速彼らにも商談をもちかけてみることにした。




エレティカよりも先に絵が描きあがってしまった。



●本編で言い切れなさそうな事


 Q.武具とか売ってるの?課金ショップなのに?それってゲームバランス壊れない?
 A.ゲーム内通貨で買えるアイテムも売っていた、というイメージです。課金アイテムメイン、というよりかは、商品の中に課金で買えるアイテムがある感じです。今回登場した杖なんかはゲーム内通貨で買えそうですね。

 Q.ワールドアイテムとか、チートアイテムはあるの?
 A.課金は(ガチャを除き)あくまでも「痒い所に手が届く」程度のものだ、と聞いているので、ワールドアイテムはありません。

 Q.リティスさん自体は強いの?
 A.FFでいうところの「銭投げ」に該当する、お金を消費するスキルを持っている、という設定になっています。が、うーん、彼女が戦闘する場面が今後あるかどうかは微妙です。無いことは無い、程度に考えていただければ。

 Q.ガチャはどうなってるの?
 A.ガチャチケ的なものを出そうかと思っています、出すとしたらモモンガさんとの邂逅する辺りでしょうかね……。

 Q.更新頻度はどのくらいを予定してますか?
 A.ぶっちゃけ作者がやる気を出せば今週中にも更新しますが、それはまあ、ほら、モチベ次第なのと、他にもやることがあるので……未定です!


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こちらなど如何でしょうか?

2話にして急にお気に入り数が1700以上増えてたり日間ランキングに載ってたりと
驚きを隠せない作者です。

チャンスや!今のうちに更新しとこ!


 漆黒の剣の面々は、リティスという名前の異国の行商人を名乗る人物の許に訪れていた。

 

 メンバーの一人であるニニャが、同じメンバーである彼らを紹介し、その紹介料を差し引いた価格、この街で同じものを買おうとすると考えるととても安く手に入れる事になっている。

 

 そのことを他のメンバーは知らないのだが、あんまり安売りし過ぎても問題の火種になるだけだろう、ということで、リティス本人もそうそう使わない手だ。

 願わくばこのまま彼らをリピーターにして、商売繁盛を企んでいる。

 

 差し当たって、まずはニニャ以外のメンバーの男達には何かを買わせなければならない。

 それも紹介料無しで。

 

 本当は紹介した人が居るなら差し引いてもいいか、とも考えたが、この仕組みを悪用された場合に、現代程の情報管理技術が無いと対応出来ない為、これに関しての案はボツになった。

 

「これ凄いな、しかも割と安い……。」

 

「うーむ、やはりこういった物も一つは持っていたほうがいいかもしれんであるな……。」

 

「(昨日よりちょっと品数が増えてる……?あのバッグみたいな魔道具の中身、一体どうなっているんだろう……いや、止そう、なんか怖い。)」

 

 ひとまず、他の3名は露天に並べられた珍しい武具やアイテムで気を逸らして時間を潰させている内に、一人ずつ商品を勧めていくことにした。

 

 

 

 

 

 

◆■  第三話 「こちらなど如何でしょうか?」 ■◆

 

 

 

 

 

 

「ではまず、ルクルットさんはレンジャーと言っていたね?」

 

「はい!この視力と鋭い聴力でどんな敵が来てもバッチリ対応!どう?惚れるでしょ?」

 

「ハハハ~(乾いた笑い)そんなルクルットさんには、これなんてどうかな?」

 

 

 そう言ってリティスが取り出したのは、三つの品。

 一つは、黒塗りの木製であろう長弓【ブラック・ウッド・ロングボウ】

 二つ目は、目の形の装飾が施された指輪【鷹の目のリング】

 三つ目は、中指と小指の部分だけ抜かれた指抜きグローブ【弓兵のグローブ】

 

 

「ふむふむ。」

 

 

 ルクルットも一応銀級の冒険者だけあって自分の命を預ける装備に関しては真剣な眼差しである。

 

 まず真っ先に長弓を手に取って、その具合を確かめてみることにしたが、まずその手に取った瞬間から違いがはっきりと理解できた。

 

 手に馴染むといった話ではなく、純粋にその長弓の重さに、ピタリと合致する何かを感じ取ったのである。

 

「(なんだろう、この……身の丈に合った物っつーか、今の俺に丁度いいっつーか……。)」

 

 彼が感じ取ったのは、武器や装備に制限された「レベル制限」であり、ルクルットとその長弓のレベルはほぼ同じレベル。

 

 無論それが合致したからといってこれといったブーストなどはかからないのだが、逆にこれがレベル制限の低いものだとどうなるかと言えば、「今よりもう少し良い物が使いたい」という類の欲求が生まれる。

 

 彼もその口である。

 

 口には出したりしないし、自分では今まで使っていた合成長弓で満足していたつもりではあったが、深層心理のどこかで、自分だったらもう少し良い弓でも使いこなせるのではないか、と思うこともあった。

 

 ただそういった良い弓というのはどれもこれも値段を見てヒュッと息を呑む物ばかりであることも理解している。

 

 それを抜きにしても、ここまで自分に合致したものが今までに有ったかと言われると首を傾げざるを得ない。

 

 

 ルクルットはそれを理解出来ていないのだが、なんとなく、「これはきっと良い長弓なんだろうな」という単純さで納得し、多少の混乱の中、少しの間その弓に矢を番えて引いてみたり、使い心地を試したりしてみた。

 

「リティスちゃん……これすっごい良いよ! あ、でも……これ、いくら?」

 

「そちらの長弓のお値段はこんな感じだね。」

 

 ルクルットは恐る恐る値段を見て、おや?と肩透かしをくらった。

 確かに高いけど、そんなもんか?と。

 

 他の武器商人でこのクオリティの物だったらもっとぼったくった値段でも全くおかしくはない。決して安い買い物ではないにしろ、ルクルットがこの先何ヶ月か酒と女を我慢して、きちんと仕事すれば手が届く範囲内である。

 

 あとは今の所持金だが……とルクルットは財布を取り出して中身を確認。

 奇跡的に足りているようだ。

 今日の晩御飯は野菜抜きの野菜スープだけになりそうだが。

 

「リ、リティスちゃん……!こ、これで……!」

 

「ありがとう、しかし、こちらの品は見なくても良かったのかな?」

 

「うん。なんつーか、指輪は無くしちゃいそうなのと、女に見られると厄介だし……手袋はいまあるのがまだ使えそうだしな。」

 

 それもそうか、とリティスは納得したが、ルクルットは知らない。

 実はこの指輪、遠距離系の武器を装備している際に限り、命中率を上げ、常時感知系の能力にブーストがかかる、レンジャーなら喉から手が出るほど欲しい一品である事。

 同じく手袋も、レンジャーであるなら必須のステータス、敏捷性を僅かに上げてくれる物であった。

 

 ちなみに黒塗りの木製長弓に関しては、これは純粋に攻撃力がルクルットの使っていたそれと比べて遥かに優れているが、ただそれだけ。特殊な効果などは無い。

 

「そちらの長弓はどうする?よければこちらで買取も行っているが。」

 

「……うーん、どの位で売れるかな?」

 

「うーん……(耐久度はそれほど減ってない、だが目立った傷は使用した痕跡と、攻撃を受けた跡がちらほら……か、となると市場での相場から差し引いて……)このくらいになるかな。」

 

「あ~~~、やっぱそんくらいだよね……でも、うん、お願いしようかな……。」

 

 彼が今まで使用していた長弓……値段は、ルクルットの今日の夕飯が野菜抜きの野菜スープから普通の夕食にランクアップする程度であった。

 とはいえ手元に残しておいても仕方ないし、ほかの武器商人だとそもそも買い取ってくれない可能性すらある。

 装備を預かってくれる冒険者組合の倉庫なんてものもあるが、あれは使用費が掛かるので論外である。

 

「じゃあこれでお願いするよ。」

 

「ありがとう。」

 

 お金を受け取り、相変わらずハイライトの無い目だがニコリと微笑まれるとそれなりに美人なリティスの顔は可愛らしいとすら思える。

 ルクルットにまだ残金があれば危うく「でさあ、この後、一緒に夕食でもどう?」と誘うところだったが、流石のルクルットも財布と相談して考え直した。

 

「では次に……えーと貴方がペテルさん、だったかな?確か、戦士をやっているんだったか。」

 

「あっ、はい、使用武器はこのブロードソードと……あと、盾を使ってます。」

 

「ふむふむ。」

 

 そうして、リティスは持つ商品から三人にそれぞれオススメの品をピックアップし、それを購入までこぎつけることに成功する。

 

 ペテルは前衛を担当しているのでそのうたれ強さの要である大盾を買い換えた。

 今までのラージシールドとは違い、円型の、鉄と銅で出来た大型の盾、【ソリッド・ラージ・シールド】を購入。

 

 そしてダインは森祭司(ドルイド)としての力をより高度に発揮する為、鎚矛を植物の力を使用する罠や足止めの魔法に対してのブースト効果がある【静かな森祭司の戦棍】という、茨のついた木を思わせる先端部を持つメイスを購入した。

 

 彼らは、他にもいくつか消耗品の矢や薬を選び、購入する事にした。

 

「いい買い物だったであるな。」

 

「ニニャのおかげだな。」

 

「いやぁ、ハハハ……。」

 

「あれ? そういやニニャは? 買わなかったのか?」

 

「……あっ!()()()()()()! ちょっと戻るので、皆は先にいつもの宿で待っててください!」

 

「おいおい、折角見直したのに忘れ物かよニニャ~。」

 

「ハハハ……。」

 

 

 まぁ、実際のところ忘れてなどいなかったのだが。

 

「おっ、帰ってきたようだね。いやぁ、今日は助かったよ、ありがとう。」

 

「いえいえそんな、こちらにも益のある話でしたから。」

 

 そうして数分後、ニニャは仲間達には「取引を忘れていた」と言って、一旦解散したあと、こっそりと二人で会っていた。そして、リティスは何も言わずに取り置きしていた【ロッド・オブ・ビギナー】を、そしてニニャも無言で事前に伝えられていた、差し引かれた分の代金を手渡す。

 

「……はい、確かに頂戴した。今後とも、このリティス・トゥールの商店をご贔屓に……。」

 

「ええ、もちろんです。知り合いの冒険者の方にもそれとなくオススメしてみますよ……それと、これはただの疑問なんですけど……。」

 

「なんだい?」

 

「何故そんな怪しまれそうな服装を?」

 

「……まぁ、大人の事情(キャラデザ)って奴だね。」

 

「……???」

 

「ま、気にしないでくれたまえ……そのうちしれっと服装が変わっていたとしてもね。」

 

「はぁ……まぁ貴女がいいなら。」

 

 そういってニニャは不思議そうに首を傾げつつ、その場を去っていった。

 

 その後、彼らの普段宿泊している宿でその場に居た冒険者から急に全員新しい装備を持っている事について言及され、リティス・トゥールという黒い行商人の事についての話をしていた。

 

 そして、数日すると、エ・ランテルではとある噂が流れるようになる。

 

 

 武器市場の角、真っ黒な服を着た行商人の露天を見つけたら、恐れずに話しかけると良い事がある。

 

 その行商人は遠い異国からやってきた異邦人で、珍しい品々を持っている。

 

 決してぼったくり価格で物を売ることはなく、適正価格か、それより少し安い位の値段で物を売ってくれる上に、掘り出し物が色々と見つかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ、その行商人には、三つだけ注意すべき点がある。

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 その日もリティスはいつもの場所に陣取って、商品を並べて売っていた。

 ニニャ達の宣伝効果も相まって、冒険者の客が増えた事は喜ばしいのだが、同時にこういう客も多くなった。

 

「ちょっと待ちたまえ。」

 

「あ?な、なんだよ。」

 

「お金を払っていないのがあるだろ? 出したまえ。」

 

「あぁ? 俺がやった証拠でもあんのかよ?」

 

 証拠、というか、リティスから見てあまりにも杜撰過ぎて見破らざるを得なかったというか、マジックアイテムの絨毯がアイテムを不法で持ち出された際に持ち主の下にアラームが鳴るという仕組みになっているので、ほぼ100%リティスに見つからずに強奪するにはもっと高位の盗賊のスキルが必要となるのだが。

 

 まぁ、それはいいとして。

 

 

「痛い目を見たくなかったら、素直になることだ。」

 

「てめぇ……行商人如きが調子に乗ってんじゃ……!!」

 

 

 瞬間、リティスの手元から銀色の何かが射出される。

 それが何なのかを瞬間的に理解できたものは誰も居ない。

 精々が「何かを()()()」ようにしか。

 

「ぐあっ!?」

 

 その射出した物は高速で盗人の鼻に吸い込まれていき、そして直撃。

 何が起こったかも理解出来ないまま激痛に顔を歪めて鼻を押さえていると、チャリン、と小気味の良い音、貨幣が地面に落ちる音が聞こえた。

 

 その瞬間、まるでそれが始まりの合図であるかのようにリティスは動き出す。

 

 そこからはまるで曲芸師か何かのように鮮やかな手際の良さであった。

 苦痛で顔を歪めているのをいい事に、男の腹に蹴りを入れ、そのまま足を振り上げる形で顎に蹴りを入れる。

 

 その衝撃で吹き飛ぶ体の飛ぶ先に先回りし、そのまま、まるで社交ダンスで女性の体重を支えるかのような軽やかさで男の体を片手で受け止め、懐に手を差し込む。

 

 朦朧とした意識の中で呆然とする男にニコリと微笑むと、そのまま支えていた方の手を抜き、男はそのまま頭から地面に倒れ込んだ。

 

「お騒がせしました、市場の皆さん。」

 

 そう言って倒れる男を背にぺこりと演技がかかった動作で礼をする彼女に周囲の人から歓声と拍手が起こった。

 

 それに笑顔で対応する彼女の手には、男が彼女の店から盗んだ、比較的人気商品である薬品と……盗人が持っていた財布が握られていたのだった。

  

 リティス・トゥールに注意すべき点その1、絶対に盗みを働いてはならない。

 逆に有り金を全て抜き取られ、酷いと装備まで剥ぎ取られる。

 

 

 

――――――――――――――――

 

「イヤ~、イイ物ってのは分かんだよ? でもよぉ、ちょ~~~っとばかし高すぎねえかなっつってんのよ。」

 

「残念だがそれ以上はビタ一文負けられないね。」

 

「イヤ、そういう話じゃあなくってさァ~~~なぁ? ちょっと高いんじゃあねえのって言っているだけなんだぜ? も~~~ちょっとだけ安くってもいいんじゃあねえかなあ?」

 

 

 当然、というか、やはりというべきか、商売にはこういった困った客がつきものである。

 

「何度も言ってるようだけど、それ以上値下げはしないよ。要らないなら帰るといい。」

 

「あ~ぁ? お前~さっきっから、ンだその態度?こっちは客だぞ? なぁ? おい! なってねえんじゃあ~ねえの?」

 

「はあ……。」

 

 

 リティスは基本こういったクレーマーや値段を下げろといった要望とも言えない者たちへの対応は比較的温厚な方だ。

 

 この客の場合、ほかの店だったら既にたたき出されてもおかしくない、いや、確実にたたき出されているだろうが、それでもリティスは比較的耐えて説得を試みる。

 

 だが……。

 

 

 「ツーかマジ今ので気分悪くなったわ! これはもうセキニンっつーもんをとってもらわねーといけないんじゃあないの~? 大体よ~ッ、その目は何なんだよ? 気味が悪いんだよなァ~~~!! そもそもさ~ッ、向いてね~わ、お前! 辞めたら? この仕事ォ~? ほかの仕事で上手く行くかは知らねえけどな~~~!!」

 

「うるせえ」

 

「あ?」

 

「うるせえってんだこのゴミ虫野郎がぁーーーーッ!!!」

 

「ゴベェッーーーーー!!?」

 

 そしてとうとう耐え切れん、とリティスはその意味のわからないクレームを申し付ける男の頭を掴んで地面に叩きつけた。

 

 その数時間後、男は裏路地で目を覚ますことになるが、一部始終を見ていた客や他の露天の店主達は誰も衛兵に報告することはなく、男もこの事を衛兵に申し付けるも、「ま~~~たお前か! いい加減にしてくれ! こっちも暇じゃないんだよ!」と言われ取り合って貰えず、同業者からは「とうとう痛い目を見たかアイツ」と陰口を叩かれた。

 

 この事が冒険者達の間で一気に広まって以降、彼女の店で必要以上にクレームを言い続けたり値段を下げろと言ったり商品に文句をつけたり全く無関係なやっかみや僻みを彼女に言ってくる客は居なくなった。

 

 リティス・トゥールに注意すべき点その2、彼女をキレさせてはならない。

 多少のクレームなんかではキレたりしないが、それがあまりにもしつこく、商売に支障が出ると判断された瞬間に自分のキャラも忘れた彼女に頭を掴まれそのまま地面に叩きつけられる。

 

 

――――――――――――――――

 

 

「ごめんなさい! ごめんなさい!」

 

「ごめんなさいじゃねーぇんだよクソガキッ!」

 

 

 その日、街の往来でちょっとした人だかりが起きていた。

 その中心では、男達に囲まれて、一人の少年がリンチを受けており、服はボロボロ、体のいたるところに青痣を作っていた。

 

「酷い……ただぶつかっただけなんでしょう?」

 

「誰か衛兵を呼んだのか?」

 

「馬鹿、見ろよ、あいつらアレで白金級の冒険者だぞ。一般の兵が来たって……。」

 

「ああ、可哀想に。」

 

 その少年は不幸としか言い様がなかった。

 その日、急いでいなければ。

 ぶつかった相手が良識の持つ人間だったなら。

 ぶつかった相手が白金級の冒険者じゃなかったなら、ここまで酷い目に遭わずに済んだだろうに。

 

 

「おっ、こいつこんなの持ってるぜ。」

 

「や、やめて!それだけはやめて!」

 

 

 一人の男が少年が必死に何かを隠していることに気づき、無理矢理それを取り上げる。

 それはちっぽけな麻袋。中には何枚かの銀貨が入っていた。

 

「ヘッ、しけた金だがもらっといてやるよ!ありがたく思えよなあ。」

 

「やめて!返せ!返してよ!それが無いと……!」

 

「うるせえバーカ!!」

 

 それは、奪われまいとする少年の些細な抵抗だったが、逆にそれが男の癪に障ったのか、更に酷い暴行をうけるきっかけにしかならず、少年の両親が汗水垂らして手に入れた生活費の一部。

 

 彼はコレがないと向こう一週間は何も食べられないかもしれなかった。

 

 誰もがその悲惨な現状に目を伏せ、それ以上その現実を見ないよう、その場から立ち去ろうとしている中、ただ一人、怒りに肩を震わせ、我慢の限界に達した行商人が居た。

 

 そしてその行商人は周囲の制止を呼びかける声を無視して、ツカツカと少年に暴行を加える男の下まで歩いていき、話をかけるかのように気軽に、肩をポン、と叩いた。

 そして……。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

眠れ。

 

「……あ?」

 

 

 

 

 この日本当に不幸だったのは、丁度彼女の店に声が届く目と鼻の先の場所で暴行に及んでしまっていた、哀れな冒険者達の方だった。

 

 リティス・トゥールに注意すべき点その3、クレームにもなかなかキレない彼女だが、そんな彼女でも見た瞬間一瞬でキレる物がある。

 

 それは子供に対して暴力をふるったり何か酷い事をしている所である。

 

 彼女の目の前で、絶対に子供に暴行を加えてはいけない。さもなくば、彼女の真の恐ろしさをその身を以って知ることとなるのだから。

 

 今回の事件で子供をリンチしていた冒険者達は、医者に匙を投げられ、再起不能を言い渡された。

 

 どこか怪我をした、という訳ではない。

 

 むしろ、見ていた者は彼らが勝手に倒れたようにしか見えなかったという。

 

 そして、この事から察するにリティス・トゥールは大の子供好きで、時々動物の形をした飴を子供に与えたりしている姿が目撃されたりしているんだとか。

 

 

「あっ!黒いお姉ちゃんだ!こんにちは!」

 

「やあ、こんにちは。そんなに走っては危ないよ、ちゃんと前を見て歩くんだ。」

 

「はあい!」

 

 

 

「あら、リティスさん、この間は息子を助けていただいて……。」

 

「いえいえ、あれくらい当然のことですから。」

 

「それに、安く食品や薬を売っていただいて、本当に助かっています。最近はどこも食品が高いから……。」

 

「そうらしいですねえ……困ったものです。」

 

 

 

「リティスさん、今日は何か新しいものありますか?」

 

「やあ、ニニャ。新しいものか……う~ん……」

 

「……あれ?その()()()()()()()()は?」

 

「ああ、新しい商売の道具なんだけど、ちょっと色々問題があってね、まだ調整中なんだ。そのうちそれ関係で新しい品を増やせるかも知れない」

 

「そうなんですか!じゃあ、楽しみにしてます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……と、調査の結果は以上となります。」

 

「うむ、良く分かった。……今日はもう下がっていいぞ()()()。」

 

「承知しました。」




Q.割とボコボコにしてるみたいだけど相手死なないね?もしかしてリティスさん弱い?
A.確かに腕力は弱い方だけど、それでもデコピンで頭を吹き飛ばせるくらいには強い。今回は人間相手なので手加減をしてくれてるんでしょうね。

Q.一瞬キャラが壊れたけど?
A.なんかこう、彼女のただの人間だったころの残滓、みたいな……。

Q.こういうアイテムどう?
A.そういったアイディアや意見に関しては作者の活動報告で枠をとってますので、そちらでコメントして頂けると大変助かります。

Q.無双少なめちゃうんかい!!
A.それはほんとごめんなさい




見る人が増えたのもそうですが、ご指摘や誤字脱字報告してくださる方にはいつも大変助かっています。

作者は誤字脱字とか情報不足でこれは違うだろ!っていう大ポカを必ずやらかしてしまうので……

いつも本当にありがとうございます。



その後でなんなんですが……多分次回の更新は遅れます。
いい加減メインの方の活動をしなくては……。








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こちら本日の目玉商品でございます。

久々

待っててくれてありがとう

とても申し訳無い

しかも短い

重ね重ね申し訳ない


 リティスがエ・ランテルへやってきてから数日が経過すると、まだ人々に浸透したとは言えないまでも、「ごく一部の冒険者が知る、隠れた名店」のような印象を与えつつあった。

 

 その日もリティスはあの世界での怪しげなアイテムを売りさばき、ひっそりとではあるが、少しずつ売り上げを伸ばしていた。

 

 この街はごく一部を見なければ人は良いし、売れ行きの伸びも順調だ。これならいっそ、行商人を辞め、ここでずっと露店商人でもしていようか。

 

「(さて、ここである程度稼いだら次はどこへ行こうか。)」

 

 ……とはさらさら思っていないらしかった。

 

 彼女はこの街を物を売るには好条件の街だと思っているものの、ここに定住するとか、根を下ろそうという気は無く、もう少し稼いだら、次はどこへ行こうかと考えているようだった。

 

 商売が上手くいっているのであればこのままでも良いのでは? と思うかもしれないが、それだと単に“露天商”であり、“行商人”ではなくなってしまう。

 

 既にゲームシステムから解放された今、そんな事を気にする必要は無いし、実際リティスも気にしているわけではない。

 

 ただ“そうあれ”とされている為、無意識に“そうして”いるだけなのだ。

 

 彼女にとっての最終目標は「大金持ちになる事」でも「商品を売りさばく」事でもなく、無意識に胸の内に眠る「金銭を貯めたいという欲求」を解消させる事……それをどう使うとか、どうして貯めるのかは考えていないのである。

 

 今彼女の頭の中は「エ・ランテルから離れ王都へ向かうか……あるいは敵国らしい帝国とやらに向かってみるか?」といった次の行き先でいっぱいだった。

 

 

 

 

◆■  第四話 「こちら本日の目玉商品でございます。」 ■◆

 

 

 

 

「えっ!? リティスさん、今度この街を出てっちゃうんですか!?」

 

「元から私は行商人……そして旅の者だからね。 またどこかへ旅立つとするさ。」

 

 寂しくなりますね、と最近常連と言っていいくらい店に訪れていたニニャは寂しげに肩を落とした。 彼にはかなり稼がせてもらった。 知り合いの冒険者に紹介してもらったり、自身も色々と入用らしく魔道具なんかも購入していった。 そのお陰で依頼は成功続きらしい。 だから買っていってくれるのだろうが。

 

「じゃあ、もう会えないかも……。」

 

「……というのは少しもったいな、いや、寂しいだろう?」

 

 そんな事もあろうかと……と言いながら、リティスは懐から一枚の青い紙切れを手渡す。 それは、紙自体に装飾が施され、何らかの魔術が宿っていそうな紋様が描かれている。 以前ニニャが商店で商品の場所には並べられずに置いてあった綺麗な色の紙切れと同じ物だ。

 

「これは?」

 

「“招待券”だよ。 離れていても私と君を繋ぐものだ。 今後とも御贔屓にしてくれるつもりなら、大事にしてくれると私も嬉しいよ。」

 

 ニニャは首を傾げながらそれを太陽の光にかざしたり、裏表をしげしげと見つめた後……「多分、これも何かしらの不思議なアイテムなんだろう」と納得し、懐に仕舞う。

 

「招待券は夜にしか使えないし、戦闘中も使えないから気を付けるんだよ。」

 

「使うとどうなるんですか?」

 

「……それは使ってみてのお楽しみかな?」

 

 そう言って口元に手を置いて、妖しげな笑みを浮かべる。

 ……ニニャはもうそんな彼女に慣れてしまったが、普通そんな表情でこんなものを渡されても、使おうと思う者が居るんだろうか。

 

 大抵こういう時は「説明がめんどくさい」か「実際に使ってみた方が実感しやすい」時であるので、特に含みがないときのほうが多いというのは既に知る人には知られているが、時々心臓に悪い。

 

「さて、それじゃあ今日も何か買っていくかい?」

 

「はい、今日は……。」

 

 

 

 場所は変わり、駆け出しの冒険者達御用達の安宿、その一室にて、金色の紋様が刻まれた“黒い紙切れ”を手に、その紙切れを穴が空くのではないかと思うほど凝視する……紅のマントと、金色と紫色の装飾が施された全身鎧を身にまとうオーバーロードが居た。

 

「アインズ様、それは?」

 

 その戦士の恰好をしたオーバーロード、アインズの隣で、彼の手にある謎の紙切れを見つめながら、黒髪の美女、ナーベがその紙切れについて問いかける。

 

「アインズ様ではない……モモンだ。」

 

「し、失礼しました。 モモンさ……ん。」

 

「……これはとある行商人といつでも……いや、夜間だけ取引が可能となる“VIP招待券”だ。」

 

「VIP招待券……。」

 

「もし報告にあった“リティス・トゥール”という者が、ユグドラシルに居たリティスと同一人物であるなら、この世界でも問題無く使えるはず……と言っても、私もその報告が挙がるまで存在を忘れていたし、この世界で彼女が居るかは定かではないが……報告を聞く限り、彼女以外に考えられないんだよなあ……。」

 

 報告でその者の名前が挙がったのはほんの偶然だった。

 

 事前に街を調査していた下僕達から上がった報告の中、その隅の隅に、そういえばどうもこういう噂が流行っているらしいです、というだけの一文を、報告を聞きながら流し読みしていたアインズが大昔の都市伝説染みたソレに「なにこれ?」と思い、試しに更なる調査をしてみた結果、リティス・トゥールという人物が浮かび上がったのである。

 

「……そのリティス・トゥールという人間と取引を行うのですか?」

 

 そう問うナーベはアインズに対しての反感ではないが、そもそも人間などと取引を行うという事自体に不快感を覚えているようで、苦虫を嚙み潰したような顔からもそれが察せられる。

 

「ナーベ、人間嫌いを直せとまでは言わないが……少しは表に出さないよう努力しろ。演技というのも大切だ。 それに……リティスはただの人間ではない。」

 

「ただの人間ではない……?」

 

 それは、モモンが認めるような、優れた人間である、という事だろうか……そう考えはするが、想像が出来ず、ナーベは首を傾げた。

 

「人間でありながら、我々異形種やカルマ値が低い者とも取引を行ってくれる。それに、見た目に反して取引では嘘やぼったくりをしないし、足元も見られない。敵対状態になると金銭を湯水のように使用するスキルを使っての超強力な消耗戦を強いられる……とまあこんな所だ。私が知っているリティスならな。」

 

「取引などせずとも、殺して全て奪えばいいのでは?」

 

「ダメだ。彼女は自分のアイテムストレージとは別に魔道具のトランクケースを持っているのだが、これが曲者でな……持ち主が死亡するとトランクケースが消滅してしまい、何もドロップしない。本人もある程度の強さと、盗みや魅了に対して完全に近い耐性を持っている事から、強奪するのは至難の業……素直に取引に応じた方が利益になるという仕組みになっている。」

 

「……面倒な。」

 

 なんだソイツは? 内心で人間の癖に生意気なと吐き捨て舌打ちを打つナーベ。実際、ユグドラシルではこうでもしないと課金アイテムを盗み放題、取り放題になってしまう為、課金アイテムを扱うNPC達は、こういった対策を取っており、無理して倒してもほぼメリットはない仕組みとなっている。

 

 専用のドロップアイテムも存在するが、それだけの為に受ける被害を考えるとやっぱり素直に取引したほうが何倍も利益になる。

 

 精々、取引中のプレイヤーを狙ったPKだとか、わざと敵対し、ヘイトを別のプレイヤーに擦り付けるだとかといった姑息な手段で彼らを活用する輩もユグドラシルには居たが、効率が悪く、モンスターの大群でやった方が遥かに確実で早いので、すぐその手法は途絶える事となった。

 

 ……とここまでリティス・トゥールについて考えてみたものの、本当に彼女なのだろうかとアインズは内心で唸っていた。

 

 そもそも彼女本人だったとして、どうして彼女はこの世界に居るのだろう? 他の行商人NPCなんかも来ているのか? とするとやっぱりプレイヤーも来ていると考えた方が良い。

 

 罠の可能性は? ほぼ無いと見ていいだろう。何故ならこのVIP招待券自体、アインズのアイテムストレージの奥底で眠っていた代物なので、細工のしようがない事と、この招待券を利用して()()()()直後、あるいは取引をする隙を狙っているのだとしても、他に敵が居るかどうかも分からないだろう現状でこんな回りくどい方法を取るだろうか?

 

「まぁ、それもこれも今夜これを使えば分かる事だ……が!」

 

 招待券を持っていないもう片方の手で頭を抱えるアインズ。その顔に表情筋や皮は無いが、もしあれば苦悶の表情に染まっていたことだろう。 何故こうも苦しんでいるのか……その理由は一体……? とナーベが考えていると、アインズはぽつりと呟いた。

 

()()()()……ッ。」

 

「えっ……。」

 

 まさかの理由だった。そして、同時にナーベは「ナザリックにある金貨等をいくらか使えばよろしいのでは」と思い、そう進言しようとするも、それより早くその疑問に対してアインズがこう答える。

 

「VIP招待券はな……VIPである事でしか買えない商品があるのだが、これを使用した際、必ず何らかの課金アイテムを買わないと、確率でVIPから通常に引き下げられてしまう。そしてここでいう所の課金はリアルマネー……ユグドラシル金貨ではない、別の通貨でのみ取り扱っている。」

 

 報告を聞くに、どうやらこの世界に元から居たであろう冒険者達からは普通に金銭を取って商売しているらしい事から、恐らくはユグドラシル金貨ではない、この世界の通貨で初めて課金が出来るのだろう。

 

 それがどの程度の値段かは分からないが、ひとまずこの国の冒険者でも買えるような値段である事は確実だ。 むしろ前の世界で普通に課金するよりかは幾分か、いや、かなりハードルが低いように感じる。

 

 だがアインズは生憎、報告を聞いた直後である今日、この日初めてこのエ・ランテルへ訪れ、まだ冒険者登録も済ませていない。

 

 正直言って、この世界の通貨に限って言えば金欠どころの騒ぎではない。

 

 ナザリックのアイテムを適当な商店で売るか……? いや、まだこの世界においての金銭の感覚であったり、アイテムの相場であったり、どの程度の効果のアイテムが売り出されているかが分からない。

 

 ユグドラシルで一般的だった金貨でさえ通用しないのだから、その辺りが確認、把握出来るまでは迂闊に何か売ったりするのは避けた方がいい。

 

 また、たとえゴミみたいなアイテムでも、この世界でもユグドラシル製のアイテムが再び手に入れられるか分からない以上は下手に売ることも出来ない。

 

 

 ではどうするべきか……アインズは色々と考えた結果、一つの答えを導き出した。

 

 

「……仕事を探すぞ!」




ぶっちゃけクソ難産で一回全消しした後やり直したのでどっかおかしくなっている可能性が高いです。

もしそうなってたら言い訳はしない……すまねえ……指摘してくれたら直す。


ちょっと既に直しました
「さて、そういう訳でこの街では最後になるわけだが、何か買っていくかい?」

「さて、それじゃあ今日も何か買っていくかい?」


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当店のご利用は初めてですか?

 モモンとナーベが仕事を求めて冒険者ギルドへ赴き、そして漆黒の剣の面々と出会っている頃、リティスはと言うと、既にエ・ランテルを後にし、王都リ・エスティーゼを目指していた。

 

 王都とも呼ばれているのであれば、エ・ランテルよりも高めのアイテムが売れる可能性があると踏んでの事である……が、正直な所、彼女はリ・エスティーゼ王国にそこまで期待していない。

 

 ここまで情報を集めて分かった結論としては、王国は裏で暗躍するなら最高に適した場所だが、そうでない……普通に商人としてやっていくには旨味の少ない国であると言える。

 

 そのうちの一つが、魔法軽視である。

 

 どうしても華々しい騎士道に憧れを持つ者が多く、逆に魔法への理解は深まっていない。

 

 そりゃあ、安くしたところでマジックアイテムが売れない筈である。

 

 しかし首都というからには、何かしら見るべきものがあるかもしれない。

 そう思い、王国を後にするのはこの首都を見た後でも遅くないだろうと思っての王都への移動である。

 

 これが正しい選択かどうかは、今は誰にも分からない。

 

 

 

◆■  第五話 「当店のご利用は初めてですか?」 ■◆

 

 

 

「じゃあ、今回の報告を始めましょうか。」

 

 王都リ・エスティーゼ……その心臓部にして、王族が住まう城の一室。

 

 豪華な装飾品と調度品で飾られた部屋に彼女達は居た。

 一人はラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。

 黄金の姫と名高いリ・エスティーゼ王国第三王女である。

 

 そして、彼女とテーブルを挟んで対面する形で座っているのは、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。

 

 王国のアダマンタイト級冒険者チーム「蒼の薔薇」のリーダーである。

 

 二人がこうして会議を行う理由……それは一重に、王国に巣食う闇。

 『八本指』と呼ばれる犯罪組織の打倒の為である。

 

 本来であれば国からの依頼は受けないのが冒険者の鉄則だが、王国の貴族とも繋がりがあり、闇の根深い奴らを倒す為には、自分で動かせる軍も無く、信用できる後ろ盾も無い籠の中の小鳥であるラナーには、彼女達冒険者を頼る以外に方法が無かったのだ。

 

 一方のラキュースも、元は貴族であり、そして生来の強い正義感が八本指という悪を倒せと彼女を奮起させている。

 

 

 だが、相手も馬鹿ではない。

 なかなか尻尾を掴ませてはくれず、情報も足取りも、どこでどのような事をしているのか……分かる事はそう多くない。

 

「今回はその……噂に過ぎないのが一つあるんだけど。」

 

「噂……ですか?」

 

「……最近、王都に怪しい行商人が居るっていう噂があるの。」

 

 

 

 曰く、露天商店であり、表通りから外れたうら寂しい裏通りで、人目についてはいけないような商売を行っている。

 

 曰く、格安で極上の品が手に入る。

 

 曰く、商人は子供好きである。

 

 曰く、商人は好んで黒い服を着ている事が多い。

 

 曰く、曰く、曰く……。

 

 

「って感じなんだけど……。」

 

「彼らだとしたら、あまりにあからさま過ぎますね……。無関係か、あるいはただの餌、または……ただの噂でしょう。」

 

「やっぱりそうよね……。」

 

「ただ……噂にしては具体性に富み過ぎています。容姿の特徴や、何が好きか、どういった場所に居るのかまで分かるとなると、実在する人物なのかもしれません。」

 

「そう……貴女がそう言うなら、今は他のメンバーは出ちゃってるし……私が直接調べてみるわ。」

 

「いいのですか? すみません、よろしくお願いしますね。」

 

「いいのよ、私もちょっとだけ気になるし。」

 

 

 そう、ちょっとだけ……彼女の興味を引いただけ。

 ラキュースはこういう黒だの闇だの秘密だの、そういったワードに滅法弱いのだ。

 ラナーは恐らくその商人が無関係である事は半ば確信していたが、彼女の瞳の奥で「滅茶苦茶知りたい調べたい」という輝きがあるのを見て、調査を依頼する事にした。こうなったら彼女はどうせ自分が言っても聞かないだろうと見越して。

 

 

 

 

 調査すると決めてから、ラキュースはまず知り合いの冒険者に聞き込みを行う事にした。

 

 さすがに表立って裏通りをしらみつぶしに探す、なんて事をすれば警戒され逃げられる可能性があるので、まずは慎重に情報を集めよう、という事である。

 なにせ、今ある情報では王都に居る事と、裏通りのどこか、としか分からない。

 

 そもそもその噂の真偽も分からないというのに、これだけ広い場所で一人の行商人を見つけるのは困難を極める。

 

 こんな時、ティナやティアが居れば心強いのだが。

 

 そもそも彼女達が別の件で居ないから始めた事ではあるので、これといって情報がつかめなかったなら、それはそれで良い。

 

 

 そうして聞き込みを開始した結果、成果は……あるような無いような。

 

 場所の情報を手に入れた、と思ったが、どうも件の行商人は一つの場所で商売をしているわけではないらしく、裏通りという事と、あまり人目につかない場所である事以外は共通していない場所であると言えるだろう。

 

 次にどこに来る、といった法則性は無い事と、雨の日は居ないらしい事。

 

 時折、安い宿屋に泊まっているのを見たことがあるなどの情報もあったが、ここに行けば必ず居る、というような確証のある情報は得られなかった。

 

 

 ……そういえば、件の行商人の噂の一つに、子供好きというものがあった。

 噂では、目の前で子供を傷つけられると怒り狂い、傷つけた相手を闇夜に紛れて暗闇に引きずり込み、帰らぬ人にしてしまうとか……。

 

 ……なんだか急に胡散臭いような気がしてきた。

 

 しかし他に情報が無いというのも確かである。

 このあたりで子供が遊ぶ場所、というと……例えば川や広場、だろうか。

 

 そう思い、ラキュースはダメ元で思い当たる場所へと行ってみる事にした。

 

 

 

 

 

「ほーら、花の冠の完成だ。」

 

「わあ!黒いお姉ちゃんすごーい!」

 

「どうやったの~?」

 

「私にも作って作って!」

 

 

 居た。

 

 珍しい形の帽子。

 夜を切り取ったように真っ黒な服と髪、そして瞳。

 スラッとした体形で、やや長身。

 四角い奇妙なバッグのようなものを手に持っている。

 

 噂にあった全ての容姿の情報に合致しているのが、これ以上ない位普通に居た。

 子供も一緒に居た。

 

 心底子供好きなのだろう、広場の端で咲いていた野花を摘み、輪になるように結んで冠を子供達に作ってあげたり、飴を配ったり、両手に子供を乗せてくるくる回ったり(見た目より腕力があるようだ)……噂は本当だったようだ。

 

 しばし、ラキュースは肩の力が抜けたようにそれを見守る。

 

 八本指の構成員……とはとても思えない。

 それにしては目立ち過ぎだし、なにより子供を心から愛していないとあんな笑顔は出来ないだろう。

 

 ……とは言え、一応、念のため、ぶっちゃけ絶対あり得ないとは思うが……聞くだけ聞いてみよう。

 

 

「あの、ちょっといいかしら……?」

 

「はい?」

 

「貴女は、その……黒の行商人、であってる?」

 

「はあ、そうですが……。」

 

「あの……これは噂なんだけど、貴女が、こう、なにやら怪しいものを売っているだとか、そういった噂があるんだけど……。」

 

「その通りですね。」

 

「そうよね、その通り……その通りなの!?」

 

 

 まさかのYESだった。

 恰好から見れば彼女が異邦の地からやってきた行商人であることは想像に難くない。であるから、怪しんだ人々が勝手に立てた噂だと思ったのだが、まさかのYESであった(二回目)。

 

「良ければ見てみますか?」

 

「見ても良いものなのかしら?」

 

「はい。別に法に触れるものを売っているわけではありませんので……なんならカバンをひっくり返してすっぽんぽんにして調べてもらっても構いませんが……。」

 

「いえ、いいわ。今のでそこの疑いは晴れたから。ホントに法に触れた物を売っているならもう少し隠そうとするもの。」

 

「そうですか。」

 

「ただ……。」

 

「ただ?」

 

「それはそれとして、何があるか見せては貰えないかしら?」

 

「喜んで。」

 

 

 

=========================

 

 

 

 それから少しして、リティスはラキュースによって彼女の泊まっている宿に招かれていた。 そこなら情報の漏洩は無いし、取引を行うのに十分なスペースがある為である。

 

「では取引を始めましょうか。」

 

「ええ。」

 

 ピシッ、と緊張感が室内に走る。

 机を挟んで、片やダウナーな印象の黒い行商人、片や健康的な印象の冒険者という対照的な二人による取引が始まった。

 

「まず確認なのですが、貴女は冒険者……ですよね?」

 

「そうよ。」

 

「それに……成程、強かな方のようですね。」

 

「そうかしら?」

 

 見透かされている。

 ラキュースはそう直感した。

 まだ自分が蒼の薔薇のラキュースであるとは一言も言っていないが、それでも、自分の実力を正しく見透かされていると感じていた。

 

 まぁ、こんな一級品の宿屋に普段から泊まれるような冒険者ともなれば実力の高い冒険者以外はあり得ないのだが、しかし、事実リティスは自身の持つスキルでラキュースのレベルを正しく見透かしている。

 

 そして、この世界に来てからというならば、彼女は恐らく前の世界でいう所のトップランカーとでもいうべき強者であると認識した。

 

 文字通り、レベルが違う。

 

「貴女ならば……。」

 

「何?」

 

「……いえ、貴女にならこんなのは如何でしょうか。」

 

 

 バカッ、とロックが外されたカバンから、リティスはいくつか品物を取り出す。

 

 中には「どこにそんなスペースが?」というようなものまで入っていたことから、このカバンは恐らくマジックアイテムなのだろう。

 

「それ、中身を全部見せる事は出来るのかしら?」

 

「出来ますが、少し時間がかかりますし、なにより、出し切っても出し切ったという証明は出来ません。このように。」

 

 そう言ってカバンの内側を開いて見せると、そこは暗黒だった。

 まるで彼女を象徴しているかのような黒。

 

 全く見通すことの叶わない暗闇がそこに張り付けられているかのようだ。

 

「成程ね……そこに禁制品がないという保証は?」

 

「ありませんが、そんなものに頼らなくても私は明日食っていけるので。」

 

 ……後者の明日食っていけるというのは本当だが、禁制品が無いというのは嘘である。正直に言ってしまえば、ドーピング染みた物があると言えばある。

 

 だが、なにやら禁制品やら犯罪やらに拘り目を光らせている彼女に対して言えば、ここは無いという事にしておいた方が良いだろう。

 

 そうしていくつかのやりとりをしつつ、カバンから次々と品物を出していき……ラキュースが泊っている一室に、簡易的な露天商が出来上がった。

 

「では、どれからご説明いたしましょうか。」

 

 そう言ってリティスはようやく取り出すのを止め、さぁさぁとラキュースに品物を手に取るよう促す。

 

 ラキュースはと言うと、見たこともないマジックアイテムの品々に目を奪われつつあった。

 

「じゃあ、このネックレスは……?」

 

「それは『カナリアの首飾り』ですね。先にあるカナリアのクリスタルが、罠がある時や毒物に反応して光ります。」

 

「ブフッ!?」

 

 いきなり王族にとって垂涎物のとんでもない品が飛び出た。

 

「ほ、ホントなの?」

 

「はい。もちろん。えーと……これは魔物用の毒針なのですが、これを近づけると……このように、緑色に光ります。」

 

「ホントだわ……何か仕掛けがあるようには見えない……。」

 

 もしこれが本当に彼女の言う効果ならば……これだけで金貨数十、いや、百枚はくだらないだろう……。

 

「じゃあ……これは?」

 

「それは『精霊の宝玉シリーズ』ですね。それぞれ赤が火の、青が水、黄色が雷、他にも様々な属性の宝玉があり、使用する事で該当する属性の精霊を5回まで召喚し、使役する事が出来ます。」

 

「……この黒いのは……。」

 

「闇の精霊ですね。強い魔法耐性を持ちますが、聖魔法に滅法弱い精霊です。」

 

「そうなのねっ……。」

 

 

 闇と聞いてつい声が上ずってしまっている。

 ちなみにこれも同じ物を王都で買おうとすれば金貨が何枚必要か分からないだろう。

 

 その後も出るわ出るわ国宝級のマジックアイテムの数々。

 この行商人、一体どんな国からやってきたというのだろう。

 

「あなた一体何者?」

 

「さあ……自分が何者なのか、それを定義出来る人が果たしてこの世にどれだけ居るでしょうか?」

 

 もし彼女が神達の住まう国からやってきていたとしても、ラキュースは信じてしまうかもしれない。

 

 そうして次々とマジックアイテムや「あ、これ普通に便利」というアイテムを物色していく中、決めかねているラキュースを見てリティスは「いいことを考えた」と言うように手を叩き、「では、こういうのは如何でしょう?」と告げ、カバンから何かを取り出す。

 

 

「な、なに……それは。」

 

「これはガty……いえ、『アナザークリスタル』とでも呼びましょうか。」

 

 取り出されたそれは、彼女の言うように、クリスタルではあった。

 だが、これまた真っ黒だ。黒すぎて、中身など見通せそうにない。

 

「中身は何なの?」

 

「実は私も知りません。ですから、買ったあなたが自分の手で確かめるのです。」

 

「それって……。」

 

 そう、何を隠そうガチャである。

 課金商店NPCにおけるガチャの形は様々だが……リティス・トゥールのガチャの設定としては、『滅ぼされた世界の産物を片っ端からクリスタルに詰め込み、それを砕いたもの』が、このアナザークリスタルと呼称したガチャの正体である。

 

「数は一人十個まで。1個金貨5枚です。ちなみに、ゴミではない事は保証しましょう。」

 

「中身は知らないんでしょう?何故保証できるのかしら?」

 

 まぁ……実は本来は500円ガチャの1ランク上の限定ガチャとして売られていた1000円ガチャなので、所謂500円ガチャのハズレは極端に出ないようになっているのがこの限定ガチャの強みだ。

 ……が、ピックアップされていた物以外の排出率も何気に下がっており、やはりクソ運営として叩かれる事となっていたわけだが。

 

「今までこれを買った人でゴミを出した人は居なかったので。」

 

「ゴミ以外だとどんなものが出たの。」

 

「さあ……願いを叶える指輪だったかな……いや、悪魔になってしまう種だったかもしれません、はたまた、天使の輪が手に入るアイテムだったような気も……。」

 

「ふうん……。」

 

 冗談染みた口調なのが逆に恐ろしい。

 この行商人が言うと冗談に聞こえない。

 実際、冗談ではないのかもしれない。

 

「……いいわ、1個下さい。」

 

「ええ、どうぞ。」

 

 ラキュースはリティスや自身が思っていたよりも悩まずにその怪しいクリスタルを購入する事に決めた。

 金貨五枚……決して安くは無い。

 だが、この黒い水晶には何か……人を引き付けて止まない魔力のようなものを感じてならないのだ。

 

「はい、確かに。」

 

「じゃあ、開けるわよ……。」

 

 

 ラキュースがクリスタルに魔力を流したその瞬間……クリスタルから()()()()()()()の光が放たれ……そのあまりの眩さに閉じた目をゆっくりと開けると、そこには……。

 

「なっ……。」

 

「よりにもよって、それを引きましたか……。」

 

「こ、これは何? 凄まじい闇の力を感じる……。」

 

 ラキュースが手を開くと、そこには、赤黒く妖しげな輝きを放つ宝玉を装飾する銀色の指輪が光っていた。

 

「それは『リングオブダークフォース』……着けた者の攻撃に闇属性を付与すると言われる指輪です。」

 

「そんなものが……。」

 

 ついでに言うと、ほぼ全てのスキルのエフェクトが闇っぽく変換される上、着けると手の甲に紋様が現れるという厨二病御用達……まさに誰かの為にあるような指輪であり、ユグドラシルでは純粋に着けるだけでお手軽闇属性攻撃が可能であるとして、それなりに重宝されていたマジックアイテムである。

 

「どうしますか? 要らないのであれば、こちらで無償で処分いたしますが。」

 

「……これは私が貰うわ。ええ、私のように神に仕える者でなければ、闇の力に魅入られてしまうかもしれませんから。」

 

「(???)……分かりました。それではその指輪は貴方様の物です。」

 

 リティスの見立てでは彼女は神官戦士であると同時に信仰系魔法詠唱者であると見抜いていた為、こんなものが必要だとはとても思えず、「これは失敗したかな」と思っていたのだが、思いの外食いつきが良いので内心で首を傾げた。

 

 それからも取引は続いたが、余程その指輪を気に入ったのだろうか。

 時々その指輪を眺めながら、気に入ったマジックアイテムを購入していく。

 

「……あ、そうだ。貴女っていつも居場所はバラバラなの?」

 

「まあ、そうですね。」

 

「う~ん……また買いたくなった時に困るから、出来れば連絡を取れる手段か、決まった場所があれば助かるんだけど……。」

 

「ああ、それでしたらこちらの招待券をご購入下さればよろしいかと。」

 

 

 こうして、リティスの招待券を持つ上客がまた一人増えたのだった。

 この後、蒼の薔薇の面々を巻き込んでの取引を行うようになるのは……言うまでもない。




なおこの後謎のヤバそうな輝きを持つ指輪ハメているリーダーを見て蒼の薔薇の面々が本気で心配し始める模様。


追記(2020/12/25)

本編で登場した「カナリアの首飾り」は活動報告コメント欄にて頂いた案から少しだけ形を変えて採用させていただきました。コメントを下さったサンドピット様にこの場を借りて感謝申し上げます。ありがとうございました。


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お客様の声「衝撃的でした」

※久々の更新ですが、話は一向に進みません。






 夜、エ・ランテル近郊のとある河原の傍を通る道の中腹。

 

 冒険者組合で知り合ったモモンと漆黒の剣の面々が火を囲んでとある共通の話題に花を咲かせていた。

 

「まさか皆さんもあの黒の行商人と面識があったとは……。」

 

「俺らもビックリだぜ、あの人、こんなスゲー人とも面識がある人だったんだな……。」

 

 事の発端は戦闘時に何やら見たことのある装備やアイテムを使う漆黒の剣の面々を見たモモンが、「それってどこで手に入れたんですか?」と聞いた所「リティスという行商人から購入したんですよ」「えっ!? あのリティスから!?」「リティスさんをご存知で?」という流れでお互いが彼女の顧客である事を知った事から始まる。

 

 モモンからすると、情報を持っている人物とこうも都合よく知り合えたことに驚き、漆黒の剣の面々は、オーガを一太刀で一刀両断出来るような優れた戦士と、その戦士に引けを取らない実力を持つ魔法詠唱者……オリハルコン、もしかすればアダマンタイト級にも届き得るような実力者が、自分達の見知っている人物と面識があると知れば驚愕せざるを得なかった。

 

「(外見の特徴、子供好きという性格、売っている商品……すべてがあのリティスに該当する。ほぼ間違いなく本人……あるいは本人を知る誰かが、この世界、この国にやってきているという事になる)」

 

 それはつまり、ユグドラシルの世界からこの異世界にやってきたのが自分だけでは無いという証明ではないか。

 もっと言ってしまえば……それが自分達ナザリックと、リティス・トゥールという黒の行商人だけである可能性は極めて低いだろう。

 

 拠点ごと移動したナザリックと違いリティスには拠点が無い。

 また彼女はそもそもプレイヤーですらないし、もちろんギルドに所属している存在でも無い。

 そして異形種でもない。

 

 ……そう、つまりナザリックと共通点が全くないのだ。

 元ユグドラシルの住民であるという事を除いて。

 

 であれば、今回の転移に巻き込まれているのは元ユグドラシルの住民ならばプレイヤーやNPC、もしかすると敵性MOBなども含めて、誰でも転移している可能性があるという事。

 

 だがそうなると分からないのは、それにしてはプレイヤーの影が少なすぎないかという事だ。

 

 転移するタイミングか?

 あるいは、知らないだけで何か条件があるのだろうか?

 

「(何にせよ、今後は居る可能性を考慮して……ではなく、()()()()()()()()行動すべきだな。やはり最初は目立つ行動を避けるようにして正解だった。)」

 

「モモンさん? どうしました?」

 

「えっ? ああ、いえ……なんでもありませんよ」

 

「?」

 

 転移する条件や転移したプレイヤー……これに関してはリティス本人に聞いたら分かるものなのだろうか?

 

 いや、そもそも……彼女はこの世界の事をどれくらい知っているんだろうか……?

 

「(やはり一度会うべきか。)」

 

 

 

 

 

◆■  第六話 「お客様の声「衝撃的でした」」 ■◆

 

 

「それじゃあ吐いてもらうぜ、黒の行商人さんよ……!」

 

「答えによっては……私達はお前を始末しなければならん。」

 

「回答には気を遣うと良い。」

 

「遣っても死ぬかもしれないけど。」

 

 

 場所はリティスが泊っていた宿屋の一室……そこまで広くもないその空間に、明らかに殺気立った様子の、ラキュース以外の蒼の薔薇全員がリティスを取り囲み、今にも尋問を始めようとしていた。

 

「(……何故こうなった?)」

 

 

 

 事の発端は、八本指の調査、及び黒粉の生産所を潰し、いつもよりも早く帰って来たガガーランが通りかかった際に、ラキュースの部屋から何やら険しい声が聞こえてきた事から始まる。

 

「くっ、鎮まれ! 鎮まりなさい……! 漆黒の力よ……!」

 

「(アイツ、今日も……)」

 

 それはガガーラン含め、他の蒼の薔薇の面々が一度は見たことのある光景だった。

 

 魔剣キリネイラム……かつて十三英雄の一人が使ったという4本の魔剣の内の一振りであり、これを使用する事で、無属性の爆破攻撃を行う事が出来るという凄まじい効果を持つ、魔剣の名に相応しい一振りだが……これを手に入れてから、ラキュースの様子がおかしいのだ。

 

「クク……愚かな女だ、お前にこの力を制御する事など出来はしない! 一度油断したその瞬間! ……肉体を支配して魔剣の力を解放し、この世界を征服するのだ! ……そんな事はさせない! 神に仕えるこの私が……闇の力などに呑まれるものですか!」

 

「(ラキュース……!)」

 

 この魔剣によって彼女の精神には()()()()()()()()()()が生まれてしまったのだ。

 しかも、表の……普段のラキュースと違い攻撃的で、彼女の身体を乗っ取ろうと画策しており、乗っ取った暁には魔剣に秘められた全ての力を開放し、この世界を征服しようと目論んでいるらしい。

 

 ラキュースは普段はそんな素振りすら見せていない。

 神官としての高い能力が、あるいは彼女の精神力の賜物かは分からないが……一度このように闇のラキュースが表に出て拮抗している時に「大丈夫か」と声をかけても「な、なななんでもないわ!平気よ!」とはぐらかされてしまう。

 

 ……心配かけまいとしているのだろう。

 

 だが、それで平気だと言われても、とてもそうは見えない。

 だから今回もガガーランははぐらかされてしまうだろうとは承知の上で、大丈夫か、と一声かけてやるつもりでドアを開けた。

 

「おいラキュース、大丈夫……」

 

 だがガガーランの言葉は最後まで発されることは無かった。

 驚いて振り返ったラキュースの手……それは普段の健康的で穢れなき乙女を象徴するような美しい手ではなく、明らかに闇の力の影響としか思えない、禍々しい刻印が浮かび上がり、指にはいつもの5本のアーマーリングではなく、見たことのない指輪が着けられて居たのだ。

 

「なんだ、そりゃあ!?」

 

 思わず彼女の手を取って、先日会った時までは着けていなかった指輪を見ると……それは深く、恐ろしいまでの美しさを放つ深い紅色に輝く宝石を指輪状にあしらった魔道具である事がうかがい知れる。

 

 それは魔法のアイテムに関して人並み以上の知識を持つと自負しているガガーランをもってして初めて見る宝石であるのは言うまでも無く、ここまで濃密な闇の気配を帯びた物を見たのもまた初めてであった。

 

「あ、あの……これは……。」

 

「ラキュース、これは一体なんなんだ……? どうしてお前がこんなもん……。」

 

「そ、それは、その……。」

 

「……お前が俺達に心配かけまいと色々なことを隠してんのは知ってる。 だが……流石にこれは、黙って見過ごせねえよ! 教えてくれ! この指輪は一体……なんなんだ!?」

 

 ただでさえ魔剣キリネイラムという特大の爆弾を抱えているラキュースが、何故このような闇の力に直結しかねない危険な物を身に着けているというんだ?

 

「ち、違うのガガーラン、この指輪は別に何か悪い物って訳じゃなくてね!? ほら、別に呪われている訳でもないから!」

 

 そう言ってラキュースは至極あっさりとその指輪を指から外し、ね?ね? と直ぐに先ほどの禍々しい刻印が消えた手をなにも無かったかのように見せてくる。

 

「た、確かに呪われて二度と外せねえって訳じゃねえみてえだけどよ……。」

 

「でしょう!? 私なら大丈夫!」

 

「……呪われてねえってんなら、結局そりゃなんなんだ?随分と禍々しい、趣味の悪い指輪だが。」

 

 ひとまず、取れはするようで安心だ。

 だがそれだけだ。

 濃厚な闇の気配を漂わせ、着けた者の手の甲に刻印が浮き出る程の力を秘めた魔道具を「でも大丈夫です危険はありません。」と言われて誰が信頼できるだろうか?

 

「あの、ホントに違うのガガーラン。これは最近王都で話題の黒の行商人って人から買った、リングオブダークフォースって言う……。」

 

「おい、うるさいぞお前ら!」

 

「鬼ボスとガガーラン、うるさい。」

 

「忍者にも休息が必要。」

 

 見た目こそ怪しいが至って無害なアイテムであると説明しようとした矢先、騒ぎを聞きつけた他の蒼の薔薇のメンバーがぞろぞろと集結。

 

 そしてガガーランから事の経緯を聞いたのだった。

 

 

 結局その場ではラキュースの必死の説得も空しく「いや、流石にそれは看過出来ん。実際にその黒の行商人とやらに話を聞こう。」という結論に至ったのだった。

 

 後は情報収集能力に長けたティナとティアがあっという間にリティスの存在を調べ上げ、泊っている宿屋まで掴み……冒頭へと戻る。

 

 なおラキュースは最後まで誤解を解こうと努力したものの、居ても話がややこしくなるだけだ、と言われ外で待機させられている。顔から滝のような汗を流して。

 

 

「……いいでしょう。それで? 何を吐けばいいのでしょうか?」

 

「(コイツ……まるで動じてねえ……!)」

 

 アダマンタイト級冒険者四人に囲まれ、かつ首元にナイフを当てられても尚、その行商人は飄々とした態度でそう言ってのける。

 

 まるで自分には何も後ろめたい事など無いと言うように、あるいはここまでして尚自分にとっては問題にならないとでも言うように。

 

 イビルアイは内心で「こういう手合いは決まって厄介な奴と決まっている」とこぼした後、それを仮面で隠して、あくまで淡々と質問を投げかける。

 

「ラキュースに売ったあの指輪の件で聞きたい事がある。」

 

「……? リングオブダークフォースがどうかしましたか?」

 

「どうかしましたか? じゃねえ! なんだあの禍々しい指輪は!? 一体なんの意図があってあんなもん押し付けやがった!?」

 

 まさか何の意図もねえって訳じゃねえだろうなとガガーランは目を鋭くさせて睨み付けるが……ここで初めてリティスと言う商人の顔色が変わる。

 

「……押し付けた、とは心外ですね。私はちゃんと言いましたよ? “要らないのであれば、こちらで無償で処分いたしますが?”と。」

 

「鬼ボスが自分からアレを必要としたって言いたいの?」

 

「……ああ、これは、そもそもアレを彼女に売るに至った経緯も話した方が良さそうですね。」

 

 

 そうして彼女から語られるは、不思議なクリスタルの話。

 中身が不透明でどんな鑑定を使っても見通すことが出来ず、開けてみるまで何が出るか分からないガチャ……いや、アナザークリスタルの事。

 

 それを購入した彼女が引き当てたのがあの指輪である事。

 中身に関しては一切の手を加えていないし、加えられない事。

 

「なにより、そもそもリングオブダークフォースは、使用するあらゆる技に闇属性の力を付与する、ただそれだけの効果を持つ指輪でしかありません。持ち主に被害を与えるようなものでは無いはず。」

 

 むしろ、ガワを度外視すれば衝撃や打撃、斬撃に対して耐性を持つ相手に対して有効な攻撃手段を得られる有用な品、この世界では喉から手が出る程、というか喉から手が出たとしても手に入らない貴重な品である。

 

 イビルアイが仮面越しにチラ、とティアとティナの方に視線を送る。

 が、二人は無言で少しだけ首を振る。

 つまり、かなり高確率で……嘘は言っていないという事だ。

 

「なんなら、お見せしましょうか。そのクリスタルを。」

 

 そう言ってパチンと指を鳴らすと、テーブルの上に今まさに話していた真っ黒なクリスタルが音もなく現れた。

 

「(な……今何をした……? この私が、こいつが何をしたのか全く分からなかった。何かしらの技能を使ったのは間違いないだろうが……。)」

 

「で? これがそのアナザークリスタルってやつか?」

 

「その通りです。鑑定の魔法またはスキルを使える人は居ますか? まぁ、使えたとしてもこのクリスタルの中身を覗き見る事は決して出来ません。」

 

「……。」

 

 四人はそれから色々とクリスタルに対してスキルや魔法を行使してみた。

 主にトラップを解除させるマジックアイテム等を使用したが、結果は空振り。

 

「見れないでしょう? だからこそ商売、いや、博打として成り立っているのですから。」

 

「どういう事だ?」

 

「どういう事も何も、見たまま言ったままの意味ですよ。私のかつていた場所では、これで博打するのがごくごく一般的な生活の一部だったのです。中身が良い物だったら、仲間に自慢し合う。悪い物だったら仲間内で交換したり、愚痴ったりする。これはそういう物なんです。」

 

 長々と言ったがつまりはただのガチャである。

 そう言っても伝わりはしないし、そもそもガチャという文明が無いので無駄だろうが。

 

「……クリスタルについては分かった。いや、分からない事の方が多いがひとまず納得はした。お前に悪意があってこれを売った訳ではないという事も、そう言う事にしておこう。だが、お前はラキュースが持つ魔剣の事は知っているか?」

 

「魔剣……ですか?」

 

 魔剣キリネイラム。かつて十三英雄の一人が愛用していた武器の内の一振りであり、今はラキュースの愛剣となっているそれ。

 

 その正体は文字通りの魔剣であり、ラキュースの精神にもう一人の、“闇のラキュース”を作り出し、元々の主人格であるラキュースの精神を乗っ取ろうとしている。

 

 今も耐えられているのは、彼女が優れた神官戦士であった為だ。

 

 

「(んん? あの剣が……? そんな恐ろしい代物には見えなかったが……。)」

 

 リティスには、見ただけである程度その武器や魔道具の効果を看破するパッシブスキル【魔力的視力強化:付加効果看破】が備わっている。だが、この世界でなら、そういうリティスでも看破出来ない呪いを受けたアイテムがあるのかもしれない。

 

 例えばこの世界特有の生まれながらの技能、タレントという物。

 呪いとやらがこのタレントによる物だった場合リティスには看破出来ない可能性がある。

 

 ただ、それがあの指輪とどう繋がるのだろうか?

 

「その魔剣の呪いがどうしました?」

 

「私たちが心配しているのは、その魔剣の闇と指輪の闇がある事で、今まで拮抗出来ていた光と闇のバランスが崩れ、ラキュースが闇の人格に呑まれてしまうのではないか、と言う事だ。」

 

「(……なるほど、闇属性に対する理解度の浅さが生んだ勘違いか。ならばその誤解を解ければいい訳だ。)それは無いでしょう。」

 

 きっぱりと、リティスはそう断言する。

 

「……一応何故か説明しますと、闇の属性というのはそもそも人に第二の人格を与える等と言う効果を持っていません。つまり、ラキュースさんの闇の人格というのは恐らく闇の属性とは無関係の所で生じた……魔剣に憑りついた悪魔のようなものと考えられます。

 そしてそれは、持ち主が強い闇の力に目覚めたからといって、比例してその仮称悪魔の力が強くなるというものでも無いのです。

 ……ああ、そうか、いや……なるほど。」

 

 話していた中でどんな結論が出たのか、急に何かに納得したように頷き始めるリティスはそのまま続ける。

 

「今話していて思ったのですが……恐らくラキュースさんはその闇の力というものを御する為に、わざと闇の力を持つアイテムを身に着けていたのではないですか?」

 

「どういう意味だ?」

 

「呪いをその身に宿す騎士、カースドナイトと同じです。力の使い方を知れば、その力に呑まれることは無い……むしろ力を上手く発散する事が出来れば、更なる武器に成り得る。そう考えたのだとしたら、あのリングを捨てずに身に着けていたことにも納得が出来るというものです。」

 

 そう聞いてイビルアイもハッとある事を思い出す。

 

「(そうだ……今まで気付かなかったが、闇が云々言っているが、キリネイラムから放たれるのは()()()()()()()()だ。

 だが、本来はそうではないのか? 確かに、ラキュースが使う『超技 暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)』には、どこか闇の力を彷彿とさせる技名だと思っていた。本来は()()だったという事か……?)」

 

「あー、要するに……なんだ、あいつはあいつなりに、闇の力とやらをどうにかしようとしてあの指輪を身に着けてたって事か?」

 

「そして、ガガーランから聞く限りそれがあまり芳しい結果が出なかったんだろう……故に話すのを拒んだ。」

 

「まだ制御に至っていないという事実は、鬼ボスにとって知られたくない事だったのかもしれない。」

 

 

 どうやら、話は見えてきたらしい。

 ガガーランは大きく溜息をついた後、肩に入っていた力を抜いた。

 イビルアイは仮面の中で未だに疑いの目をリティスに向けていたが……。

 

 

「そうか……ま、とりあえず指輪のせいで闇の人格とやらに乗っ取られるのが早まるとかって訳じゃねえんだな?」

 

「ええ。間違いなく。闇も光も、等しく純粋な力です。重要なのは使い方。そして残念ながら闇の力には悪いイメージがついてまわり、誤解されがちなので……今回のような勘違いが起こってしまったんでしょう。」

 

 もっとも、この話が本当ならラキュースは既にそれに気づいていた事になる。大したリーダーではないか。闇の力の制御は上手くいっていないようだが、それはまあ、元が神官だから仕方ない部分もあるだろう。

 

「そうかそうか……いや、悪いな商人さん! 事が事だからよ!」

 

 ようやっと首に当てられたナイフが離れ、懐に仕舞われたのを見てリティスは笑顔になる。

 

「いえいえ、仲間想いなら当然の事かと思いますよ。私もすこし迂闊過ぎましたね。申し訳ありません。……これは、お詫びと言っては何ですが。」

 

 そう言ってリティスがシャッと手を振り下ろすと、その手の中にはラキュースに持たせたものと同じ招待券が複数枚握られていた。

 

「破れば私の元を行き来出来る転移門が設置される招待券です。せっかくのご縁ですし、是非一度私の商店へお越しください。サービス致しましょう。」

 

 何を言いだすかと思えば、この商人、肝が据わっているというか商魂たくましいというか。ラキュースを除く蒼の薔薇の面々はお互いを見合わせ、呆れたように苦笑いした。

 

 だが、彼女達はまだ知らない。

 この後自分達がこの真っ黒な商人のヘビーユーザーになる事を。

 

 

 




「えっと、ど、どうなったの?」

「ああ、まあなんだ、悪かったなラキュース。お前の言う通り勘違いだったわ!」

「え?」

「その指輪が無害な物であるという事は分かった。私達はもう何も言わない。」
「騒ぎ立てて申し訳ない。すべては勘違いだった。」

「え?」

「なんだ、その、闇の力とやらには私もそう詳しくは無いが、何か手伝える事があるなら言え。」

「…………え? ホントに何がどうなったの……?」


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当店はお客様を選り好みしたりしませんから

「や、やめてください!! どうして……!! 皆っ、正気に戻って!」

 

「キャハハ、無駄無駄。魅了の魔法でそいつらもうアタシの操り人形なんだよ!」

 

 夜、エ・ランテル城塞都市、その一角のとある薬屋に彼らと彼女は居た。

 

 片方は『あらゆるマジックアイテムを使用可能』という稀有なタレントを持つンフィーレア=バレアレの誘拐、および、彼に叡者の額冠を装着させることで、彼を上位魔法を吐き出すだけの装置にする事を目的に、漆黒の剣の面々と共に彼が戻ってくるのを暗闇に紛れて待っていた者。

 

 名をクレマンティーヌ。

 

 見た目は20歳前後の瑞々しい女性で、金髪のボブカット、猫科の動物を思わせる可愛らしさと獰猛な肉食獣を思わせる、整った顔立ちの女戦士。

 

 黒いフードによって隠されたその肉体は、()()()()()()人類の、そして戦士の中で最強、人外の領域に足を踏み入れた強さを誇る。

 

 ……故に、彼女が居ることを知らずに、採収して来た薬草を荷車から降ろして倉庫に運び入れる手伝いをする為に家の中に入り、狭い空間で彼女との戦闘を挑むこととなった漆黒の剣の面々は成す術なく彼女の持つ魔法を込められたスティレットの餌食となってしまったのだ。

 

 込められた魔法は【魅了(チャーム)】。これをくらった漆黒の剣の面々は彼女の事を友人だと認識させられてしまい、友人である彼女のいう事に絶対服従となってしまうのだ。

 

「やめて……!! 嫌、嫌ぁぁぁーーーーッ!!」

 

 そして、唯一その魔法をくらわなかった……否、あえてその標的から逃された少年……ニニャ。

 

「……あまり遊びすぎるなよ。」

 

「わ~かってるってぇ。カジっちゃん。」

 

 傍で見ていた、カジっちゃんと呼ばれた男がクレマンティーヌにそう忠告する。男自身はその忠告にあまり意味があるようには思っていないようで、溜息をついた後興味を失った。

 

 この世界では高位の魔法詠唱者である彼は遮音の魔法を使用してこの誘拐が周辺住民の者にバレないようにするという役目でここに居る。

 

 名はカジット・デイル・バダンテール。邪悪な魔法詠唱者によるテロリスト集団ズーラーノーン12高弟の1人である。クレマンティーヌとは協力関係にあり、ンフィーレア=バレアレを誘拐し、叡者の額冠を装着させ、この街に死の力を充満させる儀式を起こそうとしている……テロリストである。

 

 クレマンティーヌはそんな彼をして「英雄級の力を持つ性格破綻者」と言わしめる程の狂人であり、人間を殺すこと、弱者を甚振ることを「恋している。愛している」と評している。

 

 そんな彼女の()()()()に選ばれた事、それすなわち、ただ死ぬより余程辛い苦痛と屈辱が待ち受けているという事に他ならない。

 

「ニニャ……どうして拒むんだ?大人しくしないとダメじゃないか。」

 

「そうだぜ、せっかく俺らが遊んでやるって言ってんのによ。」

 

「うむ……どうしてもと言うなら、強引にいくしかないのである。」

 

「貴方達はっ、操られているんです!! お願いだから目を覚ましてっ……正気に戻ってくださいよぉっ!!」

 

 ニニャは操られている仲間三人に反撃することも出来ずに組み伏せられ……強引に装備を剝がされる。

 

「あはっ、やっぱり思った通りだわ。」

 

「ああ、やっぱり、そうだったんだなニニャ……。」

 

「見るな……見るなああぁぁぁァァァァーーーーッ!!!」

 

 装備をただ剥がしただけで下着によって隠されてはいるものの、そこには確かな膨らみがあった。男らしい胸板ではなく、未発達な女の子を思わせる乳房が。涙を流しながら絶叫する彼、いや……彼女は、手足を押さえつけられながらもジタバタと暴れる。

 

 だが、彼女の声は遮音の魔法によって遮られ、誰の耳にも届かない。

 

「見るなって言われるともっと見たくなっちゃうよね~。皆、やっちゃって。」

 

「ああ、分かった、友よ。……ニニャ、悪いが耐えてくれよ。」

 

「ヒッ……や、やめて、お願い、たすけ……助けて、誰か……モモンさん!!」

 

 今回の旅で同行する事になった、ともすればアダマンタイト級にも届くであろう、驚異的な身体能力と戦闘力を見せた異邦の冒険者、モモン。

 

 ……だが、運悪く、彼は今ここに居ない。

 

 薬草を運び入れるだけなら漆黒の剣の面々だけでも充分だった事。

 それでなくても彼は今回の旅で森の賢王と呼ばれる伝説の魔獣を力でねじ伏せ、配下に加え、使役魔獣として組合に報告しなければならなかったから、ついでに依頼が達成された事の報告も任せられていた為だ。

 

 現在の彼は街の中でその魔獣の背に跨り、名前をまんじゅうにするかハムスケにするかで迷っていた。

 

「お涙頂戴ね、泣けてきちゃ~う。……笑えるほどにね。ホラ、もっと声を出して助けを呼ばないと。モモンさん助けてって! ギャハハ! ……うん?」

 

 状況は、まさに絶望的であった。そんな時。

 

 操られている三人がニニャの装備を強引に剥いていくと……。ふと、彼女の懐から小さな革袋が暴れる彼女に合わせて揺れ、そしてポトリと床へ落ちる。すると、中に何かキラリと光る物が丁度クレマンティーヌの目に止まった。

 

「なんだ、コレ?」

 

 訝しむように……初めて見る物に興味を惹かれた猫のように、眉をひそめてその革袋を見据えるクレマンティーヌ。

 

 金か? まあ、もらえるもんはもらっとこう。この先色々と入用になるかもしれないのだから。

 

 そう思ってスッと拾い上げた革袋の中には、クレマンティーヌの予想に反して、金ではなく、見たことも無いアイテムの数々……特に、何やら銀色の紙切れのような物に関して言えば何に使うのかも全く分からず、手に取ってしげしげと見つめる。

 

 彼女がそれを手にしている事に気付いたニニャは驚きつつも声を上げた。

 

「か、返して! お願いです、それを返してください!」

 

「ン~?」

 

「お願い、お願い……大切な物なんです、どうか、どうかぁ……それだけは手を出さないで……!」

 

「ふ~ん。」

 

 クレマンティーヌは歓喜した。クレマンティーヌには、この紙切れが彼女にとってどれほど大事な物なのか分からぬ。剣を振り、虐げられて国から逃げて来た。けれども、人が嫌がる事に関しては人一倍敏感であった。必ず、ぴかぴかで正体不明の紙を踏みにじらねばならぬと決意した。

 

 クレマンティーヌは「ど~しよっかな~」と迷うような素振りを見せ「あ、落としちゃった~」とワザとその紙切れを手放し……そして迷うことなく、地面に落ちた紙切れを踏みにじり、グリグリと踵で押し潰してやった。

 

 すると、紙切れはあっけなく、元からそうなる為に作られていたかのように、真っ二つに引き裂けて……かと思うと、引き裂いた張本人であるクレマンティーヌの身体に異変が起こった。

 

「(……ああ、神よ、感謝します。今だけは……。)」

 

 何が起こるかを全て知っていたニニャは、ニヤリ、とほくそ笑んだ。

 

「なっ!?」

 

「クレマンティーヌ!?」

 

 カジットの驚愕の声を受けながら、すぅっとクレマンティーヌは姿を消した。

 

「な、なんじゃ……その紙切れは一体!? クレマンティーヌはどこへ……!?」

 

「う、ぐ……ハッ!? す、すまん! ニニャ!!」

 

「……な、何をしてんだ俺は!?」

 

「む……!? すまない、ニニャ……魅了されていたのか。」

 

「み、皆……!」

 

 そして、次々に漆黒の剣の面々が正気を取り戻す。これは魅了の効果時間が切れたからではない。クレマンティーヌの魅了の効果()()から外れた為、元に戻ったのだ。

 

「なんじゃと……!! ええい、面倒な……。」

 

「皆! 私の事はいいですから、今は早く撤退を!!」

 

「……分かったぜ!」

 

 そして、咄嗟に弓を構えたルクルットによって放たれた矢がカジットへ向かい、カジットはそれを防御しようと杖を掲げ……。

 

「カジット様!!」

 

「む!? 馬鹿者! 邪魔じゃ!!」

 

 庇おうとした彼の配下……今この場においては、防御をする妨げにしかならない愚者によって、矢を受ける事は回避出来たものの、咄嗟に魔法を発動させることが出来ず、その上視界を遮られてしまうカジット。

 

 好機と見た漆黒の剣は、ポーチの中からアイテムを取り出し、それを思い切り投げつけた。

 

「これでもくらえ!!」

 

「どけっ!! ぬ!?」

 

 矢を受け肩を押さえる配下を無理矢理退けると、ペテルが投げた瓶状の何かがカジットを襲う。それが何かまでは咄嗟に判断できず、魔法の発動も間に合いそうになかったので、カジットは持っていた杖でそれを払いのけた。

 

「!? な、なんじゃ!? 煙が……クソッ!! 小賢しいッ!!」

 

 だが、それは杖と接触した瞬間に破裂し、真っ黒な煙をまき散らす。そして、それはただの煙ではない。本来、モンスター等から逃げるために使う、相手の視界を奪う状態異常をかける煙である。カジットは目を奪われたかのような暗闇の中でどうすることも出来ず声を張り上げる事しか出来ない。

 

「フンッ!! 皆、ここから出るのである!!」

 

「ああ、行くぞニニャ!」

 

「走れるか……!?」

 

「は、はい。大丈夫です!」

 

「ぐう、何故だ、何故見えぬ……くそ……! そやつらを逃がすな!!」

 

 ダインが店の窓を叩き割り、そこから素早く脱出する漆黒の剣の面々。

 外で見張っていたカジットの配下達は突然の事に驚きながらも魔法を放とうとし……。

 

「おまけだ!」

 

 逃げながら、ペテルがポーチの中身を全てぶちまける勢いでアイテムを投げつける。それは相手に状態異常を引き起こすデバフポーション、魔獣用の足止め接着剤、先ほども使った相手を暗闇状態にする煙玉……。

 

 それらをくらった弟子達は、放った魔法があらぬ方向へ飛んだり、混乱して同士討ちを始めたり、魔法を諦め追いかけようとしたところで謎の液体に足を取られて強かに顔を打つなど、とてもではないがここから漆黒の剣を追いかけても追いつけそうになかった。

 

「くっ……!? 逃げられたのか!? このっ……役立たず共め……!! もう良い!! 幸いンフィーレア=バレアレは回収できたのだ……このまま墓地へ戻り、急遽儀式を始めるッ!!」

 

「は、はっ!!」

 

 暗闇から解放されたカジットはそう怒鳴り散らすと、ボロボロになった弟子達と共に墓地へと帰るのだった。気絶したンフィーレア=バレアレと共に。

 

 

 

◆■  第七話 「当店はお客様を選り好みしたりしませんから」 ■◆

 

 

 一方の消えてしまったクレマンティーヌは、目の前が真っ暗になった瞬間、咄嗟に臨戦態勢に入っていた。しかし、しばらくすると……暗闇が晴れ、そこはポーション等を製造、販売している薬屋ではなく……外。それも、どこかも分からない、寂れた雰囲気の屋敷の目の前にクレマンティーヌは立っていた。

 

「……はぁ?」

 

 あまりにも不可解な現象に思わずそう零したあと、しばし、茫然とその屋敷を眺めていた。

 

 だがそこで眺めていても何か変化がある訳ではなく、とにかく、クレマンティーヌはまんまとあの女の幸運と機転を利かせた演技に騙され、転移か何かの魔法が込められたマジックアイテムにより、ここに居るのだと推察した。

 

 とりあえずあの男みたいな女は後でぶち殺すとして……問題はここがどこなのかだ。

 

 周囲を見渡すと、やたら深い霧に包まれており、この中をなんの情報も無しに突き進むのは面倒、いや、無謀とすら思える。

 

 であれば、一応、罠であるとは思うがこの寂れた屋敷に入り、人が居れば魅了を使って何らかの情報を吐いてもらってから、ここからどうするか決めようと思い立つ。

 

 どんな罠があったとしても生還出来るという絶対的な自信から、そう思うまでに時間はかからなかった。

 

 まず初めに屋敷を遠巻きに観察すると、どうやらそこそこ広く大きな屋敷である事が窺える。だが、やはり老朽化が進んでおり、屋敷をぐるりと囲んでいる鉄柵はかつては美麗な作りだった事が窺えるも、今では青く錆びて所々倒れてしまっており、庭は植物で足を踏み入れる事も出来ない。

 

 そして、正面玄関から屋敷の入り口へと道が辛うじて残っており、入口の扉は少しだけ開いている事から、カギはかかっていないように見える。

 

 だが、人の気配はない。

 

「……お邪魔しますよぉ~。」

 

 最大限に引き上げた警戒心を感じさせない軽い口調と声色で、ゆっくりとその寂れた屋敷のドアを開く。

 

 屋敷の中もやはり寂れてしまっている。退廃的な雰囲気を醸し出す屋敷の中は、外からの月明かりだけが室内を照らしている。

 

「……誰も居ない?」

 

 罠があると警戒していたが、ドアの前にも先にも何も無い。とりあえず屋敷の中をもう少し調べてみるか、と足を踏み出したその瞬間。

 

 

「おや、珍しい客人だ。」

 

「ッ!!?」

 

 耳元で突然そう囁かれたクレマンティーヌは飛び退いて自身の背後に気配もなく立っていた人物に向き直る。

 

「(一体いつ背後を取られた!?透明化か!?だがなら何故今仕留められなかった!?)」

 

「おっと、驚かしてしまったかな……すまない。そんなつもりは……まぁ、驚かせるつもりではあったけれど、敵対する意思は無いんだ。とりあえず武器を下げてくれないかい?」

 

 そこに立っていたのは、黒い帽子と黒い服に身を包んだ、全体的に真っ黒な女だった。

 

「アンタ……何者?」

 

「私の名はリティス。リティス・トゥール……しがない行商人さ。」

 

「(行商人……? 行商人如きがこのクレマンティーヌ様の背後を取ったと……? 馬鹿にしやがって……。)」

 

「で? 君は一体誰なのかな? 私の記憶では君には招待券を贈った記憶は無いのだけれども……。」

 

「招待券……?」

 

 それはもしかして、さっき踏みつぶしたアレの事か? クレマンティーヌには招待券とは何のことだか分からない。だから適当にはぐらかそうと口を開こうとして「あーいや待て待て」とリティスに手で制される。

 

「自分で聞いておいてなんだが、招待券に関してはどうでもいい。誰かから譲り受けたとか、あるいは盗んだとか、あるいは殺して奪ったとか……そういう事もあるだろうしな。うんうん。」

 

「……。」

 

「とにかく、ここに来るのが初めての客なのだから、ここが何なのか、色々と説明しなければね。……うむ、とりあえずここで話すのもなんだし、奥の部屋で話そうではないか。」

 

「はぁ……。」

 

 ペースの掴み辛い奴だ。クレマンティーヌの苦手なタイプである。もっとも、痛めつける相手とするならば話は別だが。

 

 何がそんなに愉快なのか、どこか上機嫌、スキップでもしそうな様子でリティスと名乗った女は歩み、そして扉の前で立ち止まり、止まることなく中へと入っていく。

 

 仕方なくクレマンティーヌもそれに続き、部屋の中へと入ると、そこは屋敷の中では比較的落ち着いていてかつ綺麗に整備されている部屋だった。

 

 部屋の様子は……応接用の部屋とでもいうべきか。

 紫がかった魔法のランプに照らされており、部屋の中には一つのローテーブル、そして、それを挟むようにソファーが置いてあった。他にも、部屋の随所に調度品……クレマンティーヌから見て趣味が良いと思うような物が幾つも置いてある。

 

 無論皮肉である。

 

「さ、そこに座って。聞きたい事があればなんなりと。」

 

 クレマンティーヌは警戒しつつもソファに腰かけ、さっさと本題に入ってしまおうと口を開く。

 

「ここから元の場所へ戻るにはどうしたらいいの?」

 

「おやおや……もう帰るつもりかい? もう少しゆっくりしていけばいいのに。せっかく良い具合に夜も更けてきたのだから。……とはいえ、なんなりと、と言った手前教えない訳にも行かないな。率直に言えば、私が認めさえすればすぐに帰れるよ。」

 

「……じゃあとっとと帰してくれる? 悪いけど、今仕事中だったんだよね。」

 

「ツレないねえ。色々と珍しい物を揃えているというのに。」

 

 さっさと帰してくれ、というクレマンティーヌを無視して、ソファの裏側から一つの……銀色で、変わった形状……金属でカバンを作ったら丁度こんな感じになりそうな物……を取り出し、見ていくだけ見て行ってくれ、そしたら帰すから、と押し切られた。

 

 クレマンティーヌはどんどん苛立ちが募り……すでにマントの下でスティレットに手をかけている。

 

「超強力モンスター捕獲え「要らない」……自分に危機が迫った時教えてくれるアミュレッ「欲しくない」……火が出る剣「必要無い」……戦士としての技能が上がる指輪「間に合ってる」……ん~~~、じゃあこれは?」

 

 次々に魔道具やら怪しい魔法の武器やらを取り出しては拒否され、ウンウン唸りながらリティスはある商品を取り出した。

 

「自分の姿が変わるネックレス~……(……なんて要らないよな、顔整ってるし)」

 

 返事は無かったが、これも要らないかと思い直したリティスはネックレスを仕舞おうとして……「……待って。」クレマンティーヌはそれに待ったをかける。

 

「……それ、姿が変わるって? 幻覚の魔法って事?」

 

「いや、幻覚魔法じゃないよ。これをつけていると、実際に変わるんだ、姿が。……気になるのかい? 君は可愛いから要らないと思ったんだけども。」

 

 思いの外クレマンティーヌが興味を持ったらしいので、リティスはそのネックレスについて詳しく説明する事にした。

 

「この【化生の首飾り(地味な女)】は、名前の通り装着者の姿を別の者へと変える事が出来るネックレスなんだ。姿は色々あるけど、この首飾りだと、『黒髪でたれ目、眼鏡をかけた、地味目で隠れ巨乳な女性』へと変化する。幻覚ではなく変化なので、触れられてもバレる事は無いし、看破の魔法を使われても、余程高位の物じゃなければ見抜く事すら叶わないだろう。」

 

 そう言いながら、リティスは実際にその首飾りを首に巻く。

 すると、一瞬リティスの身体が光り、次の瞬間、そこにはまったく知らない女が座っていた。

 

「……と、この通りだ。声も違うだろ?」

 

「マジで触っても分かんない訳?」

 

「無論さ。ほりゃ。」

 

 ほら、と言いながら自分の頬を抓って伸ばしてみるリティス。触ってみてもいいぞと言われたのでクレマンティーヌも彼女の身体に触れてみるも、そこにはどこからどう見ても『黒髪たれ目で眼鏡をかけた地味目で隠れ巨乳な女性』しか居なかった。

 

「ただ注意してほしい事はある。変化したと言っても、自身のステー……ごほん、能力なんかは変わらない。これの別シリーズを使えば屈強な男に化ける事も出来るが、実際の強さは今のままだ。」

 

「(そりゃむしろありがたいわ)ふうん、それで?」

 

「後は、使用に回数制限があって、時間に関係なく5回しか使えないんだ。……あ、もちろん欲しいなら私が今かけてる奴じゃなくて新品のを渡すとも。」

 

「なるほどね……。」

 

 

 クレマンティーヌは納得しつつ、どうにかこのネックレスを手に入れる方法だけを考えていた。

 

 正直言って、今のクレマンティーヌにとってこのネックレスは喉から手が出る程欲しい魔道具である。

 

 というのも、彼女は祖国から追われている身。追手を振り払う為に、カジットに協力し、城塞都市を混乱と絶望と死の渦に巻き込み、混乱に紛れてどこか遠くへトンズラしてやろうと計画していたのだ。

 

「ちなみに、いくら?」

 

「金貨40枚ってとこかな?」

 

 ……普通に高い。それはそうだ。貴重かつこれだけ強力な魔道具なのだから、高くて当然だ。ネックレスはそれだけでも装飾品として使えるぐらい美しいものだし……そう考えると金貨40枚はあまりにも破格の値段だが。通常ならこれの十倍以上はしてもおかしくないだろう。

 

 この時点でクレマンティーヌから「普通に買い取る」という選択肢は無くなった。

 手持ちがない、というのもそうだが、そんな金を用意できるとも思えないし、そんな暇は無い。

 

「じゃあ、これで。」

 

 そう言って、クレマンティーヌは一切迷うことなく、マントの下で構えていたスティレットを振り抜いた。

 

 そこそこ強い戦士ですら反応する事も出来ない、高速の一撃はリティスの額を貫かんとして……。

 

 

「おっと……ハハ、お転婆なお客様だ。」

 

「なっ……!? このっ……!」

 

 あっさりと、手で掴み取られた。だが、それだけで終わらない。このスティレットには雷の魔法が込められている。避けられたならまだしも、たまたま反応出来て掴み取られただけだというなら、これで終わりだ。

 

 だが、込められた魔法を放ち、リティスの身体を電流が流れて、なお、リティスは笑みを浮かべて何事も無いかのようにそこに座っている。

 

「なっ……なんで死なない!?」

 

「フフ、当たり前さ。ここは()()()()()だからね。」

 

「夢の……中? ここが……?」

 

「私は行商人であり、人間種であり、そして、夢の住人(ドリーマー)という職業を修めていてね……。ここに存在する私は現実世界の私が見る夢の中の私なのさ。夢なのだから、もちろん攻撃など無効化される。現実世界の私は無防備かもしれないがね。」

 

「何を、訳の分からない事……。」

 

「しかし私の夢は他の夢とは違う特別製でね……現実に物を持ち帰る事が出来る夢なんだ。いや、まぁ、でなければ商売になどならない訳だが。その逆に、私の夢の中に、現実世界の物や人を持ち込む事もまた可能。……まぁ、要するに何が言いたいかと言うとだね、この世界で私に挑むのはやめておいた方が良いという事だ。」

 

 

 彼女がそう言うと、ふっと部屋が暗くなる。

 

 

「(……な、なんだ? 寒気が……っ)」

 

「これだけ言ってもまだ、私に危害を加えようとするなら……。」

 

 

 君にはちょっとした悪夢を見てもらう必要があるなあ?

 

 

 ぞわっ、とクレマンティーヌは何か空恐ろしい物を感じ取る。それが何かは分からない。だが、真っ暗になった部屋の中で、彼女は、何か……根源的な恐怖に訴えかけるような、そういった何かを感じ取り、脳が全力で危険信号を上げ続ける。

 

 いや、違う。

 

 本当はクレマンティーヌは分かっている。

 

 ()()()()()()()()()()()()()という事を。

 

 

 今眼前に広がる黒は、部屋が暗闇に包まれたからではなく……何か、どす黒い、それでいて巨大な何かが、眼前いっぱいに広がり、そして。

 

 自分を、睨み付けている。

 

 

 そして、誰かのフィンガースナップが鳴り響く。

 

 

 クレマンティーヌが驚いて瞬きすると、そこにはさっきまでの部屋と、リティスが居た。

 

「……それで、どうだろう? 今手持ちが無いようなら、ローン……ああいや、何度かに分けて支払いする事も出来るけど。もちろん、その度にここに来なくてはならないけど。」

 

 そう言って、リティスは何枚かの招待券をクレマンティーヌに差し出す。

 それは、ニニャが持っていたものとはまた少し違う、銅色のもの。

 

 クレマンティーヌは、たった今、このリティスという商人がただものではない事、そして、逆らったらどうなるか分からないという事を知った。

 

 なので、とりあえずこのネックレスはきちんと金を払って購入する事にする。しないという手もあったが、ネックレス自体は欲しいし、何より、買わないなら買わないでどうなるか分からなくて怖い。

 

 

「…………分かった、払う。けど、来るのはあと一回だけ。その時に残りの金を全て払う。……それでもいい?」

 

「ふむ、まあいいだろう。」

 

 そう言いながら、クレマンティーヌの有り金全てを受け取ったリティスはカバンから新たに取り出したネックレスをクレマンティーヌに手渡す。

 

「……これ、ホントにあっちに持っていけるんでしょうね?」

 

「もちろんだとも。」

 

「……なら、まぁいいか。」

 

 というか、もう有り金もネックレスも若干どうでもいい。早くここから出たい。

 

「では、次は金が用意できた時にその紙を使って、こっちに来てくれたまえ。ああ、一応期限だけ決めようか。……そうだな、とりあえず2年後としよう。それまでに払いに来なかったら……まぁ、今度こそ悪夢を見る事になるとだけ言っておくよ。」

 

「あ~、うん、わかった。」

 

 悪夢を見る事になる……と彼女は言うが、この夢の中に存在しているクレマンティーヌは紛れも無い現実の身体だ。その身体が悪夢のような目に遭うという事はつまり、現実で悪夢のような目に遭う事と同義である。それをクレマンティーヌも理解していたのでとりあえず素直に頷いた。

 

 金貨40枚、さっさと稼いでさっさと返そう……クレマンティーヌはそう思う。

 

 

「では、また。」

 

「ああうん、じゃあね。」

 

 

 フィンガースナップが鳴り響く。

 

 次の瞬間、クレマンティーヌは薬屋の前に立っていた。

 

 中からンフィーレア=バレアレを探す老婆の声がする。恐らくは、彼の祖母であろう。

 

 探している、という事は、あの後カジットはちゃんとンフィーレア=バレアレを攫う事に成功したという事になる。あの冒険者達に関しては分からない。……裏口近くの窓が割れている事を鑑みるに、ここから抜け出したか? 

 

 ……まぁ、あの四人の事はもうどうでもいい。

 

 カジットも……もう自分が居なくても、ンフィーレア=バレアレが居るなら儀式を開始するだろう。

 

 そうなると、この街は死の国と化す。

 ならば、もう自分はここに居る必要は無いな、とクレマンティーヌは冷静に判断した。

 

 カジットとは協力者だが……別に儀式を最後まで見届けるつもりでも無かったし、何より、彼ももう、自分が今から合流するとも思っていないだろう。というか、下手すると死んでると思われているかもしれない。

 

 まだこの街のどこかに居るかもしれないから儀式をやめる、なんて考えは彼には無いだろう。

 

 死ぬことは無いだろうが、巻き添えを喰らうのも面倒だ。

 

 クレマンティーヌはスッとどこかへと立ち去ろうとして……ふと、手に見覚えのあるネックレスと、銅色の紙切れが握られている事を思い出した。

 

 街の暗闇の中、一瞬だけ何かが光ると、そこにもうクレマンティーヌの姿はなく……黒髪のローブを着た女がどこかへと姿を消したのだった。

 

 




僕達は自由だ。
自由なので、主人公に突然変な属性を生やしてもいい。



……あとついでに、魅了に効果範囲があるみたいなのは独自設定(というか設定見てもあるのか無いのか分からなかった)ので鵜呑みにしないようにね。
ここではそうなんだ、と思っておいてください。



おまけ

●化生の首飾り

全20種存在する変化の首飾り。変化後の姿を弄る事は出来ない。
回数制限があり、5回使用するとただのガラスの首飾りになる。
幻覚で自分の姿を偽る魔法とはまた似て非なる物であり、こちらが上位互換のようなものとなっている。
変化の魔法に制限時間は無く、ダメージを受けても魔法の効果が切れる事はない。
だが、ネックレスを外すと効果は消え、一回分消費される。
看破の魔法を使ってもバレる事はないが、強化した看破の魔法であれば見破られる。
使用出来るのは人間種のみであり、異形種には使えない。そもそも装備出来ない種は猶更。
これを使用する事で、カルマ値が悪へ偏った人間でも、悪人に対して非友好的なNPCと対等な取引が可能になる。ただし、目の前で変化した場合は正体が看破されている為効果を成さない。
カルマ値が変わるわけではないので、カルマ値を参照してダメージを算出する魔法の効果はそのまま受ける事になる。
ユグドラシルでは変声ソフトを通した変な声になってしまうが、異世界ではその身体に見合った声に変わる。
姿によっては眼鏡や髪飾りをつけている事もあるが、これは取り外しが可能で、魔法が切れれば消える。
変化してもステータスに変わりはない。
呪いや傷を受けていた場合はそれを加味した上で姿が変わる。
例えば顔に呪いを受けていたとしてもそれが治る事はない。
ガチャのハズレアイテムで、これの上位互換に回数制限の存在しない物がある。





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良客にはそれなりのもてなしを

「ああ……死ぬかと思った……。」

 

「世の中にはあんな化け物が居るんだなぁ。」

 

「九死に一生を得るとはまさにこの事である。」

 

 

 クレマンティーヌがエ・ランテルを去ってから少しして。

 

 漆黒の剣の面々はあった出来事を事細かに冒険者組合に報告する為に走っていたところで、冒険者組合でリィジー・バレアレ……ンフィーレアの祖母にあたる人物と出会い、共に薬屋へと向かっていたモモン達と合流。

 

 モモンは迅速に行動を起こし、漆黒の剣の面々から聞き出した犯人の特徴や現場に残されていた手がかり(ルクルットの放った矢を受けた人物の血液やカジットの人相等)から、犯人の居場所を突き止める。

 

 後は、その驚異的な戦闘力に物を言わせて事態を収束へと導いた。

 

 そのスピードたるや、スティレットによって刺された傷を治した漆黒の剣の面々や冒険者組合からの応援が訪れた際には、全て事が終わっていた程の早さだった。

 

 墓地からアンデッドが出てくるのを防ぐための門を守護していた兵士達は「伝説の一端を垣間見た」「大剣を小枝のように振るい、アンデッド達が吹き飛んだ」「大剣をぶん投げて巨大なアンデッドを一撃で仕留めた」「美しい黒髪の女と魔獣の戦いも我々とはまるで次元が違った」と、目撃情報も多かった事から彼らの功績である事も確認される。

 

 首謀者であるカジットは死亡。

 攫われたンフィーレアはモモンによって無事に救助され、そして漆黒の剣の面々を襲った女、クレマンティーヌはあれから一度も姿を現さず行方をくらませた……となった。

 

 主犯格と思われる女の行方が知れないのは心残りだが、とにかく、この街が死の街になる事をたった2人と1匹の冒険者チームが解決した事は、冒険者達、ひいてはエ・ランテルで大きなニュースとなって人々の間に知れ渡った。

 

 功績を認められ、モモンとナーベ、そして魔獣のハムスケからなる、冒険者チーム『漆黒』は、銅級からミスリル級へと昇級。

 

 その圧倒的な実力でこのエ・ランテルを救ったという功績の大きさから、いずれはアダマンタイト級に届くだろうと、期待の新星として注目の的となるのだった。

 

 

 ……要するに、事は全てモモン達があっさりと収束させた。

 

 

 そして、一方の漆黒の剣の面々は一時的に冒険者稼業を休業していた。

 ()()()()を決めるためだ。

 

 

「……なぁニニャ、そろそろ頭上げてくれないか。」

 

 ペテルが困ったようにそう言った先では、ズンとそこだけ日光に遮られ夜に包まれたかのように暗く落ち込んだニニャが居た。

 

「私はこれからどうすれば……。」

 

「いや、だから今まで通り普通に冒険者を続ければいいだろ? 何が問題なんだ……?」

 

 ルクルットが慰め、あるいは励ますようにそう言うが、そう簡単な話ではない、というのは彼も理解している。

 

 そもそもの話、何故ニニャは男装をし、女である事を仲間にすら隠していたのかという理由についてだが、これに関しては「チームの中に女が居ると揉めると聞く」という数日前ルクルットがモモンへ話した事も理由の一つではある。

 

 だがそれ以前に、それならそれで、そもそも彼女が冒険者としてチームを組む際に女の人とチームを組めば良かったのではないか。

 

 そうしなかったのは、彼女がまだ若輩で魔法詠唱者としても、未熟……いや、それに関しては今でもそうだが、昔は今よりも更に、ひよっこもひよっこだった時に冒険者となった彼女は「男の視線」という物に忌避感を抱いていたからだ。

 

 貴族の男に無理矢理姉を連れ去られたという事がやはり大きかったのだろう。

 当時の彼女の中では「貴族の男=屑」ではなく「男=屑」だった。

 故に、女であるからと舐められたり、騙されたり、無理矢理暴行を加えられたりする事を事前に避けるため、男らしく……髪を切り、胸に布を巻いて、なるだけ声も低くなるように話し……結果、男の中にも良い人が居るんだと知った。

 

 だからこそ明かすわけにはいかなかったというのもある。

 

 彼らが自分の思う悪い男ではないというのは承知していたものの、だからといって今までずっと騙して来ていたのを明かされて良い気はしないだろうし、もしかしたら女だと知れば彼らも……と考えずにはいられなかった。

 

 そしてそれは、ニニャが彼ら三人を心から信用していなかったことの証拠でもある。

 

 それがバレてしまった今……ニニャはどうしようもない罪悪感、後悔の念、そして自己嫌悪に陥っていた。

 

 バレた後も、彼らは「そういう事情があるなら仕方ない」と苦笑いで許してくれていて、尚且つ「優れた魔法詠唱者はチームに必要だ」と受け入れてくれる。だが、だからこそ、より自責の念に駆られるのは無理も無い事だ。

 

 なによりも救いがたいのは、件の女によって魅了で操られていた彼らに無理矢理襲われそうになってから……彼らの顔を、きちんと直視できていない。これは悔恨の念とかではなく、ただただ恐怖で、彼らがどんな顔をしているのか見たくなかったのだ。

 

 そして心のどこかでは「そんなはずはない」と思っていて……思っているからこそ、その事実を伝える事も出来ない。

 

 こんな私が、これからもこの人達と冒険者を続けても良いのだろうか?

 

「……無理、です……すみません。」

 

「……そうか。だけど、すまない。まだ、俺達にはお前の力が必要だ。そして幸い、俺達は件の陰の功労者としてそれなりの報奨金をもらって、こうして休業しても多少余裕はある。……言いたい事は、分かるよな?」

 

「おい、ペテル……。」

 

 彼の言いたい事は他の三人も分かる。

 あの一件でいち早くエ・ランテルの危機を冒険者組合及びモモンとナーベへと報せた4人は、命からがらその組織の情報を持ち帰った事、それが結果的に迅速な対応へと繋がった事への功績を評価され、報奨金という形で決して少なくない追加収入を得た。

 

 そこに、本来であれば護衛として最後まで守り切れなかった事から依頼料を受け取れなくても文句が言えないところを、依頼人であるンフィーレア・バレアレから「貴方達がモモンさん達を呼んでくれなかったら今頃僕はどうなっていたか」という感謝と善意から、規定通りの報酬が受け取れた。

 

 

 こうして、少しは余裕が出来た四人だが、だからと言ってずっと休んで居られるほどの余裕もないという事だ。

 

 ペテルとしては、やはりまだ冒険者を続けていたい。それは夢がどうとかではなく、純粋に職を失いたくないからという理由だ。情が無いように思えるかもしれないが、情で金は湧いてこない。

 

 彼らは元々街道にちょくちょく現れるモンスターを狩り、その報奨金で生計を立てていたような、こう言っては何だが、未熟な若輩者のチームだ。

 

 物語にあるような英雄性は無く、いつかこうなれたらという夢はあるが、それを実行に移せるだけの実績と実力は備わっていない。

 

 今まではそこに「今はまだ」と言えたから良いけれど、このチームの中でも重要な役割を持つ魔法詠唱者に抜けられて三人になったり……例えば彼女よりも優れた魔法詠唱者をスカウトして四人で冒険者を続けるとなっても。

 

 きっと三人の中にはしこりが残るだろう。

 

 だからペテルとしては何とか彼女にチームに残っていて欲しい。

 その為なら騙された事など関係無い、そもそも怒ってすらいない、純粋にそこまでの事を姉の為にしていたと知って尊敬の念すら覚える程だ。

 

 だが彼女にとってその事実は慰めにもならない。

 

 彼女にとって慰めになる物、それは落ち着いて考えをまとめる時間だ。

 その結果やはり無理だとなったらペテルにはもう何も出来ない。

 だがどうにか立ち直ってさえくれたらそれはペテルだけでなくチーム、そしてニニャ自身の為にもなる。

 

「……俺達はもう行く。ニニャ、まだ時間はあるから、ゆっくり考えてくれ。……またここで会おう。」

 

 そう言って、ペテルはゆっくりと席を立つ。

 ルクルットとダインの二人は、やはりどこか納得できない様子ではあるものの……やがて席を立ち、暗い顔で4人の活動拠点だった酒場から出ようとして……。

 

「……ペテル、悪い。俺やっぱ今のニニャを放っておけねえわ。」

 

「何? ルクルット……?」

 

 ルクルットがペテルにそう告げると、突然ルクルットは踵を返してニニャが座っている席へと戻る。そしてドカッと乱暴に座ったかと思うと、ニニャの方を見て話し始めた。

 

「俺はやっぱりお前と冒険者がしたい! お前が男とか女とか関係なくってだな……仲間として、信頼してるから! 大体お前、俺はナーベさんみたいな大人の女性が好きだし、ペテルは胸のデカい女が好きだし、ダインはアレで意外と熟女好きだ!!」

 

「なっ!?」

 

「何を言ってるのであるか!?」

 

「という訳で、お前が女でも問題ナッシング! どーよ!」

 

「い、いや、どーよって言われても……。」

 

 この男はこの期に及んで何を言ってるんだとしか思えない。だが、あまりにも唐突でニニャも呆気に取られて涙が引いて冷静になった。冷静にルクルットに引いた。

 

 だから「この期に及んでふざけてるんですか貴方は」と言おうとして、今まで顔を逸らしていたルクルットの顔へ目を向ける。

 

 そこにはふざけている訳でもニニャを侮辱している訳でもなく、本気で「だから問題無いよな!」とでも言わんばかりの真剣な馬鹿の顔があった。

 

 恐れていた、女だと分かって弱みに付け込む下衆な男の顔だったり、自身への失望を覗かせる顔だったり、自身へ怒りを覚えているような顔でも無かったのだ。

 

「……なぁニニャ、俺達モモンさんに言われたよな。連携の取れたいいチームだって……俺もそう思う。今でもな。だから俺はやっぱり……まだ諦めたくねえよ。お前も居るこのチームで冒険者がしたい。」

 

「ルクルット……。」

 

 彼は陽気でお調子者だ。それに軽薄で、女好きで、惚れた女には出会った次の瞬間ナンパするような男だ。だが、そんな彼の性格に何度も救われたのも事実だ。そんな彼が今、真剣に仲間としてニニャを必要としているのが分かる。

 

 そして、それを見ていたダインとペテルも、ルクルットに続いて胸の内を開けた。

 

「私も同じ意見なのである。……あの事件の首謀者から逃げる時にも、同じことを思ったのである。この四人で良かったと。あの連携があったから、今の私はここに居るのだと、今でも思っているのである。」

 

「ああ、それに……ニニャの機転が無ければ俺達は全員死んでいた。俺達、皆お前に命を救われたんだ、ニニャ。……だから……身勝手かもしれないけど、俺は命の恩人のお前にそんな顔をしてほしくない。」

 

「……皆……ごめんっ……本当にすみませんでした……!」

 

 ニニャの目尻から、ポロポロと光る物が、ギュッと膝の上で握った手の甲へと落ちていく。しばらく泣き続けて、その日は解散。

 

 とりあえず、まだ気持ちの整理もお互いつかないだろうから、貰ったお金で三日間だけ休業して、気持ちの整理がついた後、やっぱり考えが変わらないならその時にまた色々と今後について話そうという事になった。

 

 次第に、ニニャは彼らと出会えた幸運と、今生きているという奇跡をようやく実感し始めた。

 

 そして……。

 

 

◆■  第八話 「良客にはそれなりのもてなしを」 ■◆

 

 

 

 

「防具の類を新調したいのですが、良いものはありますか?」

 

「無いとでも? いいや、もちろんあるとも。さ、こっちへ。」

 

 ニニャは、今回間接的に命を救ってくれた命の恩人でもある黒の行商人の下へと訪れていた。

 

 招待券は失ってしまったので、ペテルの物を借りて。

 

 ショックはかなり大きかったとはいえ、仲間の協力もあり、あれから時間をあまりかけずに立ち直った。こんな事でめげているようでは姉を救う事など出来る訳が無い。それに、あそこまで自分の事を買ってくれている仲間の事を……裏切る事は出来ない。これからも彼らの隣に立つ為に、せめて今出来る事をする必要があった。

 

「それで……どのような装備にする予定だい? 安めに済ませるか……それとも、新品なのだから良いものにするというのも手じゃないかな?」

 

「そう、ですね……実はちょっとだけ臨時収入があったので、それを使おうかな、なんて……。だから、いつもより少しランクが上がっても大丈夫だと思います。」

 

「臨時収入……! ああ、素晴らしい! では早速いくつか見繕ってみよう。」

 

「あ……でもあんまり高いのは無しですよ? あ、あと訳あって招待券を失ってしまったので再度同じ物を購入したいのですが……。」

 

「もちろんいいとも。お得意様だからね、君は。」

 

 そう言いながら、上機嫌でリティスはあれこれと装備を並べ始める。やはりどれもこの国ではなかなかお目にかかれないクオリティの品ぞろえだ。色々と説明を受けながら、一つ一つ目を通していく……。

 

 すると、ふとリティスの手が止まり「あぁ、そういえばもう一つ聞きたい事があった」とニニャに振り返る。

 

 

「今回は()()()()()合う物も候補に入るのかな?」

 

「……あ~……どう、しようかな……。」

 

 その身体……というのはもちろん、ニニャの身体が女性であり、今まで提供していた装備は基本的にはどちらでも装備が可能な物。つまりは……女っ気の無いモノを提供していた。

 

 だが、今回は例の事件で装備を失い、その際サラシのように使っていた布も、身体のラインを隠す為に使っていたローブもダメになってしまった。留め具の部分が引きちぎれたり穴が開いたりと散々だ。

 

 今の彼女は、男装している女性ではなく……男装に失敗した女性といった印象だ。

 

 最初現れた時リティスは「道理で違和感を感じると思った」と、驚きよりも納得が勝ったようで、事情も深くは聞かない事にしたのだが、それが提供する品に関わる事とあっては、念のため聞いておかない訳にはいかなかった。

 

「……女性用となると何か変わるんですか?」

 

「変わるとも。これなんかは魔力向上という極めてシンプルで分かりやすい効果に加え、装備としても優秀なんだが……()()()()が存在しない。つまり女性用と男性用しか無くてね。」

 

「男性用でも良いのでは?」

 

「そういう訳にもいかないんだ。一口に装備と言っても、装備するのに条件があるものがあってね。これもその類だ。と言っても、性別が限られるだけで他に条件らしい条件は……一定レベル以上の魔法詠唱者、ぐらいしかない。」

 

「なるほど……。」

 

 説明をしながら広げられた装備は、今までのと比べるとやや女性らしさが感じられるデザインだが、そこまで奇抜で前面に女性らしさを押し出すようなデザインでも無い。

 

 ……故に少しだけニニャも興味が湧き、じっくりと見定める。

 

「女性にしか真価を発揮しない……そんな変わった装備もあるんですね……。」

 

「結構あるよ。……確か前に私の顧客になった女冒険者も、女性で、かつ処女でないと着れない鎧を使用していたりしていたからね。」

 

「そ、そうですか。(誰だろうそれは……? なんか、そんな装備を着ている人を聞いた事がある気がするけど……。)」

 

 その女性にも興味を惹かれるが、とりあえず今はその女性より自分の装備を見繕わなくては。

 

「(……実はあの事件で私が女性である事は組合や一部の冒険者の人にはバレてるみたいだし、もう隠す必要もあんまり無いんだよなあ……。)」

 

 ニニャはあの後装備が少しはだけた状態……加えて、怪我の治療の為ダインの前でボロになったマントを脱いだりしているし、なにより、休業中にも冒険者組合に訪れたが、その際はマントもサラシも無い状態。誰がどう見ても女性なその姿を他の冒険者達や組合の係員に見られたりしている。

 

 なので、正直言って今から男装する意味は……あまり無かったりする。

 

「(……でも、まぁ、今までの私との決別という意味では良い機会なのかもしれないな……。)あの、それじゃあこれを下さい。」

 

「上下で金貨8枚。同シリーズの帽子と靴も含めると少し値引きして金貨14枚になるよ。」

 

 そう言って更に取り出された同シリーズ、と言われた靴と帽子はなるほど確かに同シリーズだ。イメージと全く合致する魔法詠唱者らしいとんがり帽子に、同じ系統の色で揃えられた靴。

 

「ちなみにセットで装備するとセット効果がついて能力値が底上げされたりするんだけど……まぁ、残り二つは今じゃなくても後で買っても……。」

 

「いえ……せっかくなので、全部揃えちゃいます。」

 

「おお、素晴らしい! そうこなくては……。なら、せっかくだ。次回の分の招待券はサービスでつけておこう。」

 

「いいんですか? ありがとうございます!」

 

 ここが自分の転機……そう思うと、財布の紐が緩みやすくなる。せっかく一度きりしかない人生の、大事な転機なのだから、と。

 

 これで例の件で尽力したことによる組合からの報奨金はほとんどパアだ。少しの間は残りのお金で暮らすことになるだろう。しかし、ニニャはルクルットのように女にも酒にもあまり興味が無いので、きっとなんとかなる。

 

「……あ、あとそういえばその、一つ聞きたい事もあったんですが……。」

 

「うん? 何かね。」

 

「ここに、肩に届かないくらいの長さの金髪で、猫みたいな雰囲気の女戦士が訪れたと思うんですが……。」

 

「ああ、彼女か。うん、確かにここを訪れたよ。どうも、ここが何なのか知らずに来たようだけど、色々と見せたら一つだけ商品を購入して帰っていったな。」

 

 そう、あの招待券をわざと破かせてここに追いやる事で、ニニャ達は命を救われた……だが、その後でリティスに厄介な物を押し付けてしまったという念もあったので、今日ここに来るまではそれが懸念されていた。

 

 まぁ、結果としてはこうしてピンピンしていた訳だが。

 

 話を聞く限りだとあの女はリティスに対しては商品を一つ購入しただけで特に害を与えた訳ではないらしい。流石に見ず知らずの場所に飛ばされてあの女も動揺していたのだろうか、と推測するが……。

 

 実際はちゃんと襲っていて、襲われたうえでリティスが上だったというだけの話だったりする。

 

「それって、どこに行ったか分かったりは……。」

 

「しないねえ。それに申し訳ないけど、私は客の情報は売らないって決めてるんだ。それが例え悪人であろうともね。」

 

 ……でなきゃ()()()()()()()()なんて取れないからね。とリティスは内心で独り言ちる。

 

「そうですか……すみません、変なことを聞いて。」

 

「いや、いいとも。さて……装備だけど、ここで着替えて行くかい? それとも包んで持って帰るのかな?」

 

 装備と新しい招待券を渡しながら、リティスがそう尋ねる。

 ニニャはそう言われると、新しい装備に早く袖を通して具合を見ておきたいと思った。

 

「えっと……じゃあ、着てみます。今日は休みだけど……。」

 

「分かった。それじゃあこちらへ来たまえ、着替え用の部屋に案内しよう。」

 

 そして案内された部屋は、大きな鏡と、服を入れておくための棚や籠が置かれているだけの簡素な部屋だった。これは、リティスがこの世界に訪れてから用意した部屋だ。

 

「この屋敷……ひょっとしてちょっとずつ整備されてます? 前は着替えの為の部屋なんて無かったような?」

 

「まぁ、あった方が色々と都合が良いだろうからね。」

 

 ユグドラシルの時は装備はただコンソールを開き、選択すれば装備出来た。

 だが、この世界ではそうはいかないとリティスは気付いた。ほぼ廃墟同然だったがらんどうな部屋……ユグドラシルでは全く意味の無い空間だったそれを改装した結果だ。

 

 そしてしばらくして、着替え終わったニニャが扉から顔を出す。

 

 魔法詠唱者が好んで使いそうな装備……薄い紺色のケープに、紫色のリボン。そして上下のスーツ。上はスッキリしたラインで、下がるにつれてゆったりとしたボリュームがあり、下はそのゆったりとしたラインを残しつつ、足元でキュッと締まるタイプの動きやすそうなパンツ。

 

「どうだい? 着心地は。」

 

「良いですね、流石は魔法の装備……なんとなく、魔法詠唱者としての強さを支えられているような、そんな心強さを感じます。」

 

「魔力を向上させているハズだからね。気に入ってもらったようで何よりだ。……さて、後はもう買い忘れはないかい?」

 

「そうですね、そろそろ帰ります。」

 

「分かった、それじゃあまた来ると良い。私はいつでも待っているよ。」

 

 

 

 そして、フィンガースナップが鳴り響く。

 

 

 

 次の瞬間には、ニニャは自分が取った宿の一室に居た。

 

「何度行っても慣れないなあ……。」

 

 既に常連と思えるぐらいには使用しているリティスの招待券だが、未だにフッと消えてパッと戻ってくるこの感覚には慣れないとニニャは独り言ちる。そして、購入し、早めに袖を通した装備に視線を落とす。

 

 似合っているかは、正直分からないし、多分気にすることも無い。

 ……だが、これからはこういうのも悪くないと思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや?」

 

 たった今しがたニニャを現実世界へと送ったリティスは、新たに招待券によって夢の世界に誰かが送られてきたことを察知する。

 

 千客万来、今日は客人が多い日のようだ、と上機嫌にリティスは屋敷の入り口へと向かう。

 

 

「あら……?」

 

 ……そして、リティスはそこに黄金を見た。

 

 

 長く(あで)やかで頭の後ろに纏められた金髪、薄く桜色の微笑をたたえた唇、色素が薄く透き通るような肌、そして深い海中から見る光、あるいはブルーサファイアを思わせる瞳……その全ての要素が完璧に整った、そこに居るだけで空気が変わったとすら錯覚するほどの美貌。

 

「……これはこれは……まさかこんな所に貴女のような御方が足を運んでくださるとは……。」

 

 異世界から来たリティスでも、少しこの王国で過ごせば嫌でもその情報は耳に入ってくる、国の重鎮。

 

 

 

 彼女の名は、ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。

 

 

 この国の第三王女である。




時系列的にはこの時既にアインズ様はシャルティア戦を終えようとしている頃。
階級がミスリルになった後すぐにアルベドからシャルティアの件を聞き、
因縁の相手、ホニョペニョコという強大な吸血鬼を倒したという事になる。

休業から戻った漆黒の剣の面々はちょっと休んでいる内にモモンがアダマンタイト級冒険者になっている事に。






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素敵な夢をお届けしましょう。

 事の発端は数時間ほど前に遡る。

 

「ああ、そういえばラキュース。例の黒い行商人という人には会えたの?」

 

「ん゛っ……。」

 

 それはいつものお茶会……もとい、八本指対策会議でのラナーの一言から始まった。

 

 ラキュースはラキュースで「そういえばそういう名目でリティスを探していたんだった……。」と今になって思い出したようで、冷や汗を流しながらあった事を話した。

 

 色々と不思議な人で、噂にあった事はほとんどが事実だった事。

 闇の力を扱えるようになる指輪を購入した事。

 蒼の薔薇のメンバーも彼女の商品に興味を持ち、いくつか試験的に購入してみた事。

 

 そして……。

 

夢の住人(ドリーマー)……ですか。聞いた事の無い職業ですね……。いえ、もはや職業と言っていいのかどうかすら不明です。人間の領域を遥かに超えている。」

 

「本当にね。でも、人間だと本人は語っていたわ。正直どこまでホントか分からない……持ってくる商品も、実力も……底が知れないわ。」

 

 語りながら、一度彼女と至近距離で目が合った時の事を思い返すラキュース。

 あの時、ラキュースが彼女の目から感じたのは……底の見えない谷底やどこまで続くかも分からない夜、深淵を見ているかのような錯覚に陥ったのだ。

 

「貴女でも勝てない相手という事ですか?」

 

「……どうかしら。現実世界ならまだしも、あの夢の世界でとなると、分が悪いどころの騒ぎじゃないわね。……きっと瞬殺されると思う。ただまぁ、悪人って訳では無さそうだし、八本指の事を聞いても本当に知らないみたいだったわ。これはティナとティアからも確認が取れてる。」

 

 なるほど。とラナーは頷いた。なにやら良く分からないジョーカーが紛れ込んだようだが、ひとまず敵ではないと聞いて警戒度を少しだけ下げる。

 

 聞けば子供が好きで王都の子供達からも人気らしい。それがカムフラージュではないという確証も無いが……。

 

 それはそれとして、その夢の住人という職業については興味深い点が多い。

 

「夢から現実へ……現実から夢へ、物を持ち込んだり逆に持ち出したり出来る、ですか。それは……例えば、死んだ人の夢を私が見たとして、その夢からその死んだ人を現実へと持ち帰る事が出来たりするのでしょうか?」

 

「えっ……? それは、うーん、どうなんだろう……流石に出来ないと思いたいけど……。」

 

「この世に存在しないアイテムを夢で作り出し、それを現実に持ち帰る事は?」

 

「……出来ないとも言い切れないわね……。」

 

 そう、もしその夢の世界を自由自在にコントロールできるなら……これほど恐ろしい相手もそうはいないだろう。何故ならその自由自在にコントロールした世界からこちらの世界になんでも持ち込めるなら、死人も武器も魔法も持ち込める事になる。

 

 それは実質、殆ど全能の存在なのではないか。

 

 いや、もしかしたらその全能の存在すら夢の世界で生み出す事が出来るかもしれない。そうなれば彼女は神にすら成れるという事になる。

 

「……私も一度会ってみたいです。いえ、会いましょう。」

 

「えっ!? でも、貴女はこの城から……ああ、そっか、招待券を使えば……。」

 

 そう、現状ラナーは城から出る事は出来ない、籠の中の鳥……だが、招待券がそれを可能にする。夢の世界への切符であり、今もラキュースが所持している物を使用すれば、ラナーは城から一歩も外へ出ることなく、リティスの下へと行く事が可能だ。

 

「お待ちください! その、ラキュース様を疑う訳ではありませんが、その……危険なのでは……?」

 

 そう声を上げるのは、少年と青年の境にあるような年齢で、髪は短く切りそろえられた金髪、太めの眉と鋼のような意志を感じさせる顔立ちの男、王女専属騎士のクライムである。

 

 彼は幼い頃に野垂れ死にそうだったところを偶然通りがかったラナーによって拾われて以降、自身の人生を捧げると決め、忠誠を誓った男である。

 

 普段は同席したりしなかったりまちまちだが、今回はラナーの予定と合わせた結果同席する事になった。

 

「危険……まぁ、私でも勝てるか分からない相手なんだし、危険ではあるわよね。」

 

「大丈夫です。話を聞く限りではお金に執着しているようなので、きちんと用意していけば悪いようにはされない筈。何か八本指対策に役立つ物をもらえるかもしれませんし。」

 

「……なるほど、確かにリティスなら、この現状を打破できる何かを持っているかも……。」

 

 そう思わせるほどに、彼女のラインナップは異常だ。それこそ、夢の世界からやってきたとでも言うのだろうかと思う程に。

 

「でも、だったら既に客として顔も知られてる私が行った方が……。」

 

「そうです、ラナー様が行く事は有りません! どうしてもというなら俺が代わりに行きます!」

 

「ごめんなさい二人共……今回ばかりはどうしても、実際に自分の目で確かめてみたいのです。」

 

 ……そこまで強く言われては、二人は何も言う事が出来ない。

 実際に自分の目で確かめたいと思う気持ちも理解出来るし、ラナーがここまで興味を抱くほどにはリティスのもたらす力の底知れなさはラキュースも理解している。

 

 それに、ラナーの頭脳……情報の欠片を見せただけでその核になる部分まで紐解いて見通してしまう、比類なき頭脳があれば、リティスという謎多き商人について、何か分かるかもしれないし、心強い味方に引き込む事だって可能かもしれない。

 

 ……だが、普段はこういう件に関して自ら動こうとはしないラナーが、今回に限って何故、という疑問。違和感のようなものが残るものの、それは彼女の決定を覆すだけの決定的な物であるとも思えない。

 

 ラナーの事だ。何か思惑があるハズだ、とラキュースは考える。

 

「……分かったわ。でも、それなら今じゃなくても良いわよね? 私の分と、私の仲間から招待券を二枚用意するわ。それならクライムと二人で行けるでしょ?」

 

「いえ……時間がかかるかもしれませんし、そうなった時、クライムと私、どちらも居ないとなると不自然でしょうから。」

 

「う、それはそうだけど……。」

 

「それに今ならメイドも入っては来ませんしね。」

 

「……どうしても今行きたいようね……分かったわ。帰りにちゃんと私の分の招待券も確保してよね? あと、もし戻ってこなかったら私の仲間達が迎えに行くから、そのつもりで。」

 

「もちろん。では……クライム、準備を。」

 

「ハッ!」

 

 そして、ラナーはクライムに自分が利用できる金貨を袋いっぱいに持ってこさせ、ラキュースから招待券を受け取る。

 

 

「どう使えば良いのですか?」

 

「このぽつぽつした所に沿って破くのよ。そうすればあっちへ行ける。あっちに行ったらまず、目の前に屋敷があるはずだから、その屋敷の玄関へ向かって。そこにリティスが居るわ。帰ってくるときはリティス本人に言えば一瞬で戻ってこられる。」

 

「分かりました。……それでは、行ってきますね、クライム。」

 

「ハッ……お気をつけて行ってらっしゃいませ……!」

 

 そして、その細い指でピリッと招待券を破くと、次の瞬間……。

 

「!!……ら、ラナー様……!!」

 

「落ち着いてクライム、あっちへ行っただけ。すぐに戻ってくるわ。」

 

 すうっ、と、夢から覚める時のように、ラナーはその部屋から消えた。

 

 

 

◆■ 第九話【素敵な夢をお届けしましょう。】 ■◆

 

 

 

 

「ここが、夢の中の世界、ですか……なるほど。」

 

 ラキュースから聞いた通り、周囲はほの暗く、霧に包まれ、寂れた屋敷が目の前に建っている。話によればこの屋敷にリティスなる黒の行商人が居るはずで、玄関へ向かえばいいとの事だったが……。

 

「(期待通りだと良いのだけれど……)あら……?」

 

 そこでラナーは、暗黒を見た。

 

 夜を切り取ったかのようにどこまでも真っ黒な印象を持つその女性は、着ている服も、髪の色も、目の色も真っ黒で……黒くないのは肌の色と唇、そしてスーツの下に着ているシャツぐらいだろうか。だが、それでいて何故か妙な魅力……これは、そう……()()とも呼ぶべき美の形。

 

 ラナーとはまるで真反対の存在がそこに立っていた。 

 

「……これはこれは……まさかこんな所に貴女のような御方が足を運んでくださるとは……。」

 

「私の事を知っているの?」

 

「当然です。いくら私が異邦の地から来た行商人とはいえ、少しここで過ごしていれば貴女の話は耳に入りますよ。……この世で最も美しい、黄金の王女ラナー様、とね。噂に違わぬ美貌をこの目に出来て光栄でございます。」

 

「ふふ、ありがとう。私もね、あなたの事を知っているのよ。黒の行商人……リティス・トゥールさん? 真っ黒で、ミステリアスで、でも子供好きなんだとか?」

 

「フフ……まさか王女様の耳にまで入っていたとは……嬉しいやら恥ずかしいやら……ところで、貴女様ともあろう御方がどのようなご用件で……あぁ、少しお待ちください。」

 

「あら?」

 

 どうかしたの、そう問いかけようとしたその時……リティスが指を鳴らす。すると、周囲の景色が一気にガラリと変わる。

 

 霧が立ち込めていた森は色とりどりの光を放つ宝石箱のような夜空へ。

 寂れた屋敷は消え、代わりに、シックな紫色の壁が二人の周囲を取り囲む。

 壁には大きなガラス窓があり、そこから夜空を見る事が出来る。

 

「さぁ、どうぞおかけください。」

 

 気付けばラナーはそのシックな部屋の中にいた。

 先ほどまでの薄気味悪い霧の立ち込める森とは打って変わって落ち着いた室内。

 

 おかけください、と促された方を見ると、いつの間にか革で作られた黒く光る大きなソファーが設置されていた。

 

 ラナーから見て向かい側にも同じソファーが設置されており、リティスがそこに座る。

 

 更に、瞬きをする度、少し目を離す度に、クッション、ガラスのテーブル、ランプ、カーペット、シャンデリア、見たことの無い謎の名画……と調度品は増えていき、最終的には、王族であるラナーから見ても立派だと思う客間へと変貌した。

 

「……これが、夢の住人の力ですか。」

 

「ええ。……夢の住人をご存知なのですか?」

 

「はい。友人から聞きました。この夢の世界を操る能力を持つ人だ、と。」

 

「なるほど。(王女に招待券を贈った覚えは無いから……多分、今までに招待券を渡した誰かが彼女に色々と話したのかな。まぁ、隠してる訳でも無いからいいけど。)」

 

「……ただ、実を言うとあまり詳しくは知らなくて。今日は貴女の商品と、その能力の事を聞きたかったのと……ご助力して欲しい事があってここに来たのです。」

 

「ほう……? ではまず、そのご助力して欲しい件についてお聞かせ願えますか?」

 

 

 まず、ラナーは八本指という組織について話した。これに関しては蒼の薔薇から一度「お前、八本指の構成員じゃねーだろうな」「八本指ってなんですか?」「八本指っつーのは……」というやりとりがあり、説明を受けていたので知っている。

 

 が、それの対策に蒼の薔薇だけでなくこの国の王女まで関わっているとは知らなかった。しかも、聞けばテンプレみたいな悪徳貴族とズブズブの関係でどうにか断ち切らないとこの国が腐ってしまう、いや、既に腐ってしまっていて、腐った部分を切除しなければ完全に崩壊を迎えるかもしれない、とまでは知らなかった。

 

 リティスはそもそも王国にこのまま留まるつもりも無かったが、だからといって、今までこの世界に来てから世話になった世界の、最初に訪れた国が崩壊するとあってはいい気はしなかった。

 

 ……あまりにもどうしようも無いと思った場合はその限りではないが……。

 

「なるほど、では今回の要望はその八本指への対策の為に何か良い魔道具でもないか、という事で合っていますか?」

 

「話が早くて助かります。」

 

 ふむ、と鼻を鳴らし、顎に手を当てて考える素振りをするリティス。その内心では、スキルによって見通した目の前の王女様の()()()を顔に表さないようにしていた。

 

 彼女の職業、そしてカルマ値、ステータス、全てがリティスの理解の範疇を越えている。一体、なにがどうして王女様がこんな()()に育つというのだろう。

 

 この国は一体どうなっているんだ……。

 

「……では、今回は特別なお客様専用のVIPルームにご案内致しましょう。」

 

「VIPルーム……?」

 

「簡単に言えば、私の持つざいほ……品物が陳列された、数少ない特別なお客様しか入る事のできない空間です。私が品物をお勧めするのではなく、貴女自身の目で、品物を吟味し、本当に欲しい物だけを購入する事が出来る、そういう場所になっております。」

 

「まぁ、それは楽しみだわ! でも、貴女が選んでくださらないの?」

 

「ええ。貴女の場合は事情が事情ですから……現状を知らない私が勝手に想像であれこれ勧めるより、貴女自身が品物を見たほうがよろしいかと思いまして。」

 

 確かに道理ではある。元より店とはそういう物だ。店主であるリティスが客の要望に沿う品を見繕って持ってくるシステムの方が珍しい。

 

 だがラナーは今、たったこれだけの出来事である事実を確信した。

 

『リティスにも出来ない事はある』と。

 

 出来ない事……つまり、今ラナーが『犯罪組織への対策に関して何か効果的なアイテムは無いか』という要望に、彼女は夢の住人としての力を使ってアイテムを創造するのではなく、VIPルームという場所に元からある物を自分で見て選んで欲しい、と言った。

 

 つまり、たとえこの夢の世界であっても、無いモノを作る事は出来ない。

 

 もしかしたら出来るのかもしれないが、何かしらの理由があってやらないのであれば同じ事だ。

 

 とりあえず、夢の中でなんでも作れて現実に持ち込める、等と言う、神のような所業は出来ないと分かった。

 

「では、そのまま座ってお待ちください。」

 

 そう言ってリティスはまた指を鳴らす。

 すると、一瞬明かりが点滅した後、何か大きな機械音と共に部屋の外の景色が上へとずれて……いや、部屋全体が下へと動いている。

 彼女の言うVIPルームへと、部屋全体が向かっているのだろう。

 窓の外は真っ暗で、何も見通す事は出来ない。

 

 そう長くない時間そのまま座っていると……ラナーから見て正面の壁がせり上がり、石造りの扉が現れる。

 

「どうぞ、こちらへ。」

 

「ありがとう。」

 

 そう言ってエスコートされ……石造りの扉を潜り抜けた先にあったのは、どこまでも続くかのように思えるほどの暗闇。

 

 しかしそれがただの暗闇だったのはほんの一瞬。リティスが扉のすぐそばにあるレバーを下げると、何かが衝突したかのような大きな音と共に、手前から奥へと順番に照明が点いていく。

 

 天井から差す円状の照明は、リティスの言った商品と、ひし形の白と黒で構成された大理石の床を照らしている。

 

「これは……凄まじい、ですね。」

 

「光栄でございます。」

 

「しかし、これを一つ一つ見ていくとなると、少し時間がかかりそうですね……歩くのも大変そう。」

 

「それなら、こちらをご覧ください。」

 

 

 そう言ってリティスが取り出したのは一つの本、のようなもの。装丁は凝った作りだが、本としては厚みが無く、本と言うより、紙を挟んだ板、とでも言うべき物。

 本のように持ってそれを開くと、恐らくは商品と思われる精巧な絵。そして、見たことの無い暗号のような文字列。

 

 なるほど、これは……商品のリストか。

 

「読む際はこちらの眼鏡を……ああ、ずっと立ちっぱなしなのは疲れますよね。今ソファとテーブルをお出しします。」

 

「何から何までありがとう。」

 

「いえいえ。」

 

 リティスがそう言って少し待つと、ラナーが立っていた真後ろにソファが、そこに腰を掛ければいつの間にかテーブルが、テーブルの上には紅茶が現れた。ラナーは受け取った眼鏡をかけて商品の一覧へと目を通し始める。

 

 

「(これは……彼女が別の世界の住人である、なんてラキュースは言っていたけど、あながちそれが真実だったりするのかもしれないわね……。)」

 

 そのリストの1ページ目を一目通しただけでも、ラナーは目の前のリティスという女性の異質さを嫌と言う程理解した。

 

 それは商品が異質、という意味でもそうだが……それを国の王女に隠そうともしていないという事がそもそも異質なのだ。

 

 普通ならこんな()()を所持していると判明しただけで国を挙げて彼女を隔離しようと考え、そして実行に移す、そういう危険性があると考えられるハズだ。だが、彼女はそれを隠さずにラナーに見せた。

 

 危機感が無い……という訳ではないのだろう、ただ単に、もしこの国が彼女を隔離しようとしたとして、それを跳ねのけられるだけの力が彼女にはある、それだけの事。

 

 ……ああ、少し理解し始めた。

 

 恐らく彼女にとってこの夢の世界は、自らの力である商品の数々を現実から隔離して守護する為の物なのだろう。

 

 例え現実で何らかの形で彼女を害する者が居たとして、それが彼女から財産を奪う目的の物だったとしても、肝心の財産は夢と言う異世界の中に隔離されている為、彼女への攻撃は無意味。

 

 ならばこの夢の世界で彼女を倒すことが出来れば財産はこちらの物……と思う者も居るだろうが、そうはならない。

 

 何故なら、この夢の世界において彼女の力は支配者、いや、まるで神そのもののようですらある。殺して奪おうなどとは考えない方が良い。彼女がその気になれば、今この場に居る者なら指を鳴らすだけで瞬殺出来るだろう。

 

 それに、ラキュースの話では彼女に話を通す事でこの世界から元の世界へと帰る事が出来る。であるなら、仮に殺せたとして……彼女を殺したらこの世界からどうやって脱出する? 殺したら元の世界に帰れるかも……と考えるのは楽観的過ぎるだろう。

 

「(なるほど、()()()()()います。)」

 

 ラナーは心の中で彼女の力、そして彼女が作り出したこのシステムを密かに賞賛する。

 

 隙の無い、良い作りだと……まるで誰か、それこそ本当の神のような誰かが彼女を作り出したと聞いても、今なら何も不思議に思わない。

 

 神に愛された美貌と頭脳を併せ持つと言われるラナーが他人にそのような評価を下すのは、人生で初めての事だった。

 

 そんな事を考えながら目を通していると……一つのアイテムが目に留まる。

 

「あら? これは……。」

 

「如何なさいましたか?」

 

「いえ……ここに書いてあるアイテムの説明、これは……文字通りの意味ですか?」

 

「もちろん。一言一句間違いなくそのアイテムの説明になっているハズです。」

 

「つまり……あるのですね? こんな……このようなアイテムが。」

 

「御座いますとも。お急ぎなら、こちらに来させましょう。」

 

 そう言って、リティスは指を鳴らす。

 

 すると、一瞬にして全ての照明が落とされ真っ暗になる。そして、少し待つと、先ほどと同じ音と共に二人の目の前が明るく照らされる。そこには、先ほどまではそこには無かったはずのアイテムがあった。

 

「こちらです。」

 

「……これは、その、本当に?」

 

「ええ。確かにそこに書いてある通りの効果があります。」

 

 

 そのアイテムの名は……『神達の死角(ブラインド・スポット・オブ・ゴッズ)

 

 ランプのような見た目のそれには、閉じられた目のような紋章が描かれており、青紫色の淡い光が漏れ出ており、その傍らには同じ色の輝きを放つ指輪が光っている。どうやら、この二つで意味を成すアイテムのようだ。

 

「これを買います!……あぁ、あと、ついでに今4つ程ピックアップしたものがあるのだけど、そちらも買います。」

 

「ありがとうございます。さっそくお伺いしても?」

 

「ええ。まずこの『魔女の印(マーク・オブ・ウィッチ)』そして『暗闇の目(アイズ・オブ・ダーク)』『フリーマーカー』『無限の小袋(インフィニティ・ポーチ)』そして招待券を二枚。支払いはコレで足りますか?」

 

 そう言いながらも、興味はずっと目の前のアイテムへと注がれている。手で金貨の入った革袋を渡しながらも、リティスがそれを受け取り、数えているのを確認している間もずっとだ。

 

「失礼。お預かりいたします……ええ、これだけあれば足りますね。こちらはお返しいたします。」

 

「ありがとう。」

 

 そうして、取引は極めてスムーズに終わった。

 ラナーとしての当初の目的はある程度果たされ、良い取引も出来た。

 ああ、これからの日々が楽しみだ、本当に。

 

「お気に召しましたか?」

 

「もちろん! 素晴らしいです。私こういうのがずっと欲しかったんです。」

 

 そう言って二人は笑い合う。

 片や商人、片や王女としての笑顔を張り付けながら。

 

 だが、その目にはどこか狂気じみたものが滲んでいた。

 ラナーはリティスの瞳から、自分とはまた違った形の化け物を見た。

 

 自分とは違う、そう思ったのは、目の前の怪物は金という執着の矛先を見つけたらしいという事。金に執着するなんて下らないと思うと同時に、そういう形もあるらしいと知った。

 

 ラナーもクライムと出会わなければ、何か別の物に執着していたかもしれない。

 

 ……ああ、そうか、()()()商人をしているのか。

 これだけの財よりも、金の方が好きで、好きで好きで好きで愛しているから、彼女はこれだけの力と財を持ちながら、その財を売って金を得ようとしている。

 

 なんて狂った女なんだろう。

 

「そうですか。……ああ、そういえば、私の持つ能力について詳しくお聞きしたかったようですが?」

 

「いいえ、その事に関してはもういいの。未だに底は掴めなかったけど……もう何となく分かったから。」

 

 これは半分嘘で半分事実だ。

 

 出来ない事もあると分かった。だが、出来る事の底知れなさはやはりまだ未知数。そしてそれは、最早ラナーの興味の対象外。仮に実はリティスがラナーの想定を遥かに超える化け物だったとしても、金と言う執着の先があるなら、理解は出来なくても、正解に限りなく近い物を推察し、紐解く事も出来る。

 

「……左様でございますか。では、そろそろお帰りになりますか?」

 

「そうね、気付けば随分長居してしまったみたいです。今日はどうもありがとう。また来るわね。」

 

「もちろん、何時でもお待ちしています。またのお越しを。」

 

 

 

 そして次の瞬間、ラナーはラキュースとクライムの待つ、元居た部屋へと戻った。

 

「戻ったのね! 遅いから心配したわ!」

 

「ご無事ですか!? ラナー様!」

 

「ええ。もちろん。行った甲斐があって、とっても良い買い物が出来たわ! ありがとう、ラキュース!」

 

 無事にアイテムを購入したラナーは、リティスから購入した()()()アイテムをラキュースとクライムに説明する。

 

 魔法が込められた物を見抜く印が書かれた古びた木の札。

 暗闇の中で灯すと持っている者にだけ見える光を放つランプ。

 地図の上で使うと、探し物を自動で追跡するレンズと台座。

 

 どれも調査に役立つ物ばかりだ。

 

「これは……凄いですね。」

 

「あの人、本当に何者……? ラナーは実際に喋ってみて何か分かった?」

 

「……分かった事と言えば、そうですね……彼女に関しては、深入りしない方がお互い得だな、と思いました。」

 

「なによそれ……?」

 

 要領を得ないラナーの言葉に少しの間首を傾げるラキュースだったが……やがて、これがラナーなりの警告だと気付く。あのラナーが「深入りするな」と警告する程の相手、それがリティスなのだと思い、ラキュースはひとまず彼女に関してコッソリ探ったりするのはやめとこうと思うのだった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 別の日の昼過ぎに、クライムはラナーの私室へと呼び出されていた。

 

「ラナー様、お呼びですか?」

 

「来てくれてありがとう、クライム。」

 

「いえ、ラナー様がお呼びなら、どんな用事を放ってでも……。」

 

「ウフフ、クライムったら……そうそう、今日はちゃんと用があって来てもらったの。あ

 

……うはいい天気だから、これから城内をお散歩しに行きたいんだけど……クライム?」

 

「えっ?」

 

「どうしたの? クライム……? ぼーっとして、どこか調子でも悪い?」

 

「い、いえ……! すみません、散歩ですよね? 勿論お供いたします。」

 

「そう? あまり無理しないでね。」

 

 

 クライムはそう言いながら心配そうに自分を見つめる主人に、少しでも気を抜いていた事を恥じて顔を赤らめながら、散歩へ行こう、という主人についていった。

 何か……何か大事なことを忘れているような……身体が、怠い……?

 

 いやいや、何を甘えたことを言ってる?

 主人を前に、身体が怠いだなんて……鍛錬が足りていないに違いない。

 

 クライムはそう思い、わずかな違和感を振り払い、気を引き締めて主人の後に続く。

 

 今日も我が主人は美しく、まるで太陽のようだ。

 絶対に自分が……たとえ死んでも、彼女を護らなければ。




書いてて「本当にこんな奴だっけ……?」となったので解釈違いが起こっている可能性があってビクビクしてる。

ラナー:ずば抜けた頭脳を持つ精神性の人外。ペットが好き。リティスを狂った女だと思っている。直接会った理由は商人なんてしなくても生きていけるだけの力を持つはずのリティスに興味を持った。八本指対策は建前。

リティス:驚愕すべき能力を持つガチの人外。財宝より金が好き。ラナーをVIPの客として扱う。突然現れた王女様に驚きつつも商品を出そうとしたら精神性の化け物だと見抜いてしまい更に冷や汗。手に負えないので、全部さらけ出して自分で選んでもらう事にした。目に深淵だの狂気だの感じられがち。



見なくても特に問題の無いハズな登場したアイテムの補足説明↓
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=271132&uid=184561


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