夕暮BLUES (おぱんぽん侍)
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運命の出会い

リーはNARUTOという作品に置いて主人公補正のない現実的な面を魅せる為のキャラだと言われ、確かにそこを評価する人も居るだろうと思います。
ですがそれは同時に、脚本の犠牲になったとも言えると私は考えます。


 一年ぶりに行われる中忍試験を目前に、木ノ葉隠れの里は八方慌ただしく。

 無理もない。久方の他里合同で行われる祭り事だ。危険性を警戒しつつ、群衆は心を踊らせている。

 体術訓練を行う演習道場でもまた騒動、取り越して一勝負行われていた。

 

「ハッ」

「遅いッ」

 

 対戦カードはロック・リー対うちはサスケ。天才、エリートと呼ばれるサスケ少年のほうが攻めあぐね苦悶しているようである。

 先に一蹴りで伸されたうずまきナルトや、サスケに恋慕する春野サクラが、あのサスケをもってして勝ちきれないことに動揺しているようだ。

 

「写輪眼を使っても無駄です」

「チッ」

「キミの身体は未熟だ。そのもの写輪眼でボクの動きを見逃さなかろうと、ボクの速さについてこれやしない……、つまりは修行不足ということッ!」

 

 ―― 影 舞 踊 ッ ! !――

 

 サスケの背中に猛烈な蹴撃。下忍レベルでも中位の外野には瞬動にさえ見えただろう。試合目付けの忍亀だけが理解できていた。

 

「一年待ったんだ。ただ年を取ったわけじゃないんです……。ボクのこの一年分の研鑽……、そう簡単に辿り着けるとは思わないでください」

「グッ……、ナメ、るなぁっ!」

「!」

 

 身を捻って弾き飛ばされながら、地面に転がされる度チャクラで身を守り勢いを軽減させ、壁にぶつかる瞬間翻るようにして突き刺さる。凹む壁から砕け散った瓦礫の間隙を縫って貫くように暗む紅き瞳。その瞳が影を残して揺らめいた。

 リーの心胆は冷えついた。春氷を踏むような緊張感に咄嗟、腰をかがめて右側頭部を守る。サスケは上段蹴りを好む癖がある。リーの計算通り頭に攻撃が来た。だがその威力は計算外であった。

 痺れる腕と解かれるガード。腰を据えても2歩後退りする自分の体幹に内心生きた心地がしない。

 リーはここではたと気がついた。サスケは既に前哨戦の気でなく、実戦での殺し合いのペースで戦っていると。

 相手を殺すということではない。自分自身を殺してでも勝つという飽くなき渇望。リーは自分を恥じた。思わず謝罪でもしようと思うほどだ。だがしない。覚悟を決めた男にとって、言葉などという軟弱な武器は必要ないからだ。

 

「表蓮……ッ!!」

「そこまでだ……」

「ッ!?」

 

 せめて己を賭けた必殺技を見せつけ恥を雪ごうとするリーを、だが止める者があった。

 

「ガイ先生!」

「リー、約束はどうした」

「ハッ! ……め、面目ありません。失念していました」

「あとで反省、里外周500回だ!」

「押忍!」

 

 突如現れた大の男にどぎまぎするサクラとナルト。殺気みなぎるサスケも含めて濃ゆいキャラにドン引いている。

 

「サスケ君だったね。キミも無理はするな。これは任務でもなければ試験本番でもない。その砕けた脚では本戦に影響が出るぞ!」

 

 ガイはいい微笑みで白い歯を輝かせ、親指を立てて一方的に言い放つとリーを連れて去ってしまった。

 

「な、なんだってばよ!」

「サスケくん! 脚を怪我してるってホント!?」

「チッ、不完全燃焼だ……、だが、あいつも強い……、ナルト、サクラ」

 

「オレたちも、まだまだ強くなれる……、ナルト、オレはお前とも戦いたい」

「……ああ!!」

 

 残された第七班は小さなな一歩を踏み出したようだ。その道先になにが待ち受けているかを誰も予想できないまま。

 

 

 

 一方のリーとガイはと言うと。

 

「ふんふんふんふんふんふんふんふんふんふん」

「ほいほいほいほいほいほいほいほいほいほい」

 

 言葉通り外周を回っていた。……逆立ちで。

 2人はとにかく努力を好む。心と身体が流す汗と涙が明日の自分を強くすると信じ修行を続けることが趣味であり生き甲斐。トレーニングの為にトレーニングをするような2人の姿は周囲から見てキモかった。

 いつもは雑念のないリーの炎熱が今日は燻っている。それはガイにも当然わかった。その原因も。

 

「サスケ君の最後の動き」

「!」

「あれは偶然などではない。自分の限界の範疇で繰り出した、裏打ちされた実力だ」

 

 ガイの真剣な眼差し。リーの視線は下がりっぱなしだ。

 

「そう沈むな、リー! お前の努力はオレが一番よく知っている。お前の限界があの程度じゃないということも……。まだ中忍試験まで時間はある。徹底的に鍛え直すぞ!」

「……押忍!!」

 

 肩に置かれた筋張る拳のあたたかみに涙が流れる。ガイの頬にも涙が一筋。それが夕日に反射して星のように輝いた。2人の世界は青春の二文字で形作られている。これまで誰もこの瞬間に入り込んだものは居ない。単に入りたがらないだけなのだが。

 しかし、奇妙なことに今日は違った。一人の少年が声を掛けてきたのだ。

 

「お、おおー! おめえら面白いことしてんなー。修行か、ソレ?」

 

 あっけらかんとした明るい声音。まだアカデミーも卒業していなさそうな幼い少年。いくら比較的安全な里内とは言え、子供1人で居ていい場所ではない。一つ壁を隔てた先は里の外だ。他里の動向も気になる時期にこんな場所に居る事自体が変である。

 

「なーなー、逆立ちしてなんの修行になんだ? 腕か? それとも体力づくりか?」

「あ、ああ。体力トレーニングになるが……」

「キミの名前はなんというんですか? ここは外に近い。あまり安全ではないですよ」

「お? おお、自己紹介がまだだったなあ。オラ悟空! 孫悟空ってんだ! よろしくなー!」

 

 敵意のない子供の朗らかな笑顔に逆立ちをしつつも気の緩んだ2人は、顔を見合わせて笑いあった。

 

 

 

「親が居ない?」

 

 そう聞き返したのはガイ。保護者のもとに送り帰そうとしたことを後悔していた。

 

「オラ赤ん坊の頃に山で捨てられてたんだってさ。たまたま山ごもりしてた爺ちゃんに見つけてもらって育てられたんだ!」

「捨て子ですか……」

「それじゃあ、そのお爺さんはどこに居るんだい?」

「死んじまったぞ! オラがうっかり殺しちまったらしくってなあ」

 

 まるで懐かしむように言う子供の異様に瞠目する。喋る話題はそんなレベルじゃないが。

 

「こ、殺す……ですか?」

「ああ! オラなんでも満月を見るとでっけえ猿になっちまうらしいんだ。おんなじような奴らそういう種族なんだとよ。ほら見ろよ、猿みたいな尻尾があんだろ?」

「は、はあ……尻尾!?」

「まあそういう一族も居る……のか?」

 

 茶色い剛毛の尻尾がふりふりと揺れる。リーはともかくガイも驚いているようだ。

 見たこともないのもしょうがない。この少年はまさしく異世界から来た客人なのだから。

 

「まああの世に行ったらいつでも逢えるんだ。そんなに悲しくもねえさ」

「深いな……」

「深いんですか?」

「まあ、オラのことはどうでもいいんだよ。それよりおめえ達だ。強くなりたいんだろ?」

 

 言葉は単純だが不思議と迫力があった。飾り気のないその態度と表情に幼気さすら感じていたガイとリーも心を改める。と言っても、その想像した余地はプレートレベルで断層違いであったが。そのことを2人はすぐに知ることになる。

 

「オラも強くなりてえんだ! しばらくぶりの手合わせしたい。鈍ってねえか心配もあるし。な! オラといっちょ、組手してくれねえか」

「組手か……」

 

 見たところ少年にしては体つきがいい。体格は良くないが、体動の持ち運びに影響が出ない程度に鍛えられている。アカデミー卒業試験を前に鍛錬の相手を探しているのだろうと予想した。

 

「相手してやれ、リー」

「よろしいのですか?」

「リー、ここまでの意志を持つ者がかつて居たか? オレたちに直談判までしたんだ。この子もオレたちと一緒に青春したいのさ! そうだろ悟空君!」

「せーしゅんってのがなんだかわからねえけど、まあ相手を探してんのはそうだな」

「な! リーもしっかりと相手をしてみろ。体格差のある相手との闘い方を学ぶいい機会になる。忍の世界には年端もいかない奴で既にオレより強い奴もいる。子供だからと言ってナメてはいけないぞ!」

「押忍! 了解しました! 悟空君、良き手合わせにしましょう!」

「ああ!」

 

 お互い5歩分ほど距離を取り、悟空は拳と掌を合わせ礼を、リーはクナイを咥えて指を交差する。どちらも相手に敬意を示している。

 5秒後、リーから動いた。単純な速さでは中忍レベルを超えている。気だるげに動くうちは流とは違う、初速から滑るように動くのが木ノ葉流体術の基本的な流儀だ。風に乗る木の葉のように勢いに身を任せつつ、弧を描く柔の走りから繰り出される一撃は自然重くなる。先程サスケを蹴り飛ばした威力の蹴りが悟空に当たるその時、悟空の身体をすり抜けるようにリーの攻撃は宙を漂った。

 

「分身!?」

「ほう……!」

「別に分身じゃねえよ。残像拳ってんだ。超スピードで動き回って残像を残す」

 

 揺らめく影から声がする。原理は単純だ。須臾の隙に攻撃を避け、同じ場所に同じ体勢で戻る。小手調べに使うにしては効率が悪い技だが、術を使わずにこの動きを出来る人間はそう居ない。ガイ、リーともに認識を改めなければならない。もっとも改まったところで勝てるわけでもないのだが。

 回し蹴るようにして繰り出した一撃をあっさり避けられたリーが、その足先の勢いで地面にぶつけ、反対の脚で削ぐように返し蹴る。背面を狙った槍のように鋭い一撃もまた、悟空には通用しない。よく伸ばされた脚を、肩を傾げるように腰から曲げ、ふん掴んで背負投げ。投げ飛ばされて宙空で受け身も取れず乱回転するリーを、いつの間にか移動した悟空の肘鉄が出迎える。的は喉。細身のリーではまるで貫通したように感じられた。

 いつ動いたのか。それはガイでも捉えられていない。

 

「これほどとは……、明らかにレベルが違う。間違いなく中忍以上! いや、精鋭の暗部よりも……」

「お前なかなか素早いなあ。咄嗟の勘も力の使い方もなかなかのもんだ。人の何倍も頑張ってんのがよくわかる」

 

 息ができず地面に転げ落ちてのたうち回るリーを見て、悟空がそうつぶやく。喜色の笑みを浮かべ。

 

「だけどまだまだ無駄が多い。余裕が足りてねえな? 重りを付けて枷にしてるようだけど、今のお前じゃあんまり意味がねえ。本人のリキがしっかり発揮できてねえから、知らず知らずその重さを力に利用しようと動いてるんだ。だから無駄な力を流される。本来のお前はもっと雷みてえにバチバチ動き回れんだろ? せっかくのスピードも落ちて持ち味が活かせてねえぞ」

 

 リーはそうは思っていないが、ガイはドキリとさせられた。下忍同士の話であれば、今のリーのパワーでも十分強い。だが努力に成長が追い付いていないのもまた事実。筋肉量もチャクラ量も年齢とのバランスを考えて鍛えてきたからだ。これは一年余り中忍試験を見送った理由の1つでもある。ようやくそのバランスが調度良く整えられてきたからこそ今年参加を決定したわけだが、同時に枷がリーを中途半端にしていることは真理を突いていた。上手には通じないどころか、敵の前では意地を張って初撃で殺される危険があるということも。

 しかし、このリーへの枷。ただの制限ではない。ガイがリーの師匠として教えた「自分ルール」という志に根差すのだ。忍者の才能というモノで言えば凡人以下と表されるリーに、必殺技の封印・既に完成されつつある持ち前のスピードの制限・修行に次ぐ修行とその反省の修行。これらを三本の矢として、努力以外の道を断つ背水の陣とする、男同士の約束。リーは未来という希望を掴むために、言葉のいらぬ約束を果たす覚悟をしている。空気の抜けるような呼吸を整えつつ、リーは悟空を見続けた。

 

「……いい表情だ。諦めたくないって目をしてる……、よしっ!」

 

 出会った頃のウーブに似ている。悟空はそう思った。ガイという師匠は居るらしいが、自分の中に眠っている全力には気がつけず、そうすれば自ずとどこか歪んだ成長になる。ウーブは最初空を飛べず、だが試合用の本気を出した悟空に一度は比肩した。あれ程とは言わないが、このリーにも必ず潜在する爆発的な残存能力あるはず。努力は決して裏切らない。裏切ることがあるとすれば、それは努力と対面した自分自身なのだ。

 悟空は倒れても縋るような視線を己に向けるリーに近寄り、頭に掌を乗せた。トリートメントがしっかりとしたサラサラの髪をぐしぐしと撫で付ける。自分よりも小さい相手にそんなことをされて、リーはただ、なにをしているんだろう。と、呆ける。だが、傍から見ていたガイにはハッキリと見えていた。悟空が伸ばした掌がリーに触れる瞬間、まるで閃光弾が爆ぜたように輝いたのを。

 

「おい、起きれんぜ。もう大丈夫だろ?」

「……、そう言えば」

 

 悟空が伸ばした手を取るリー。気づけば呼吸も直っていた。いや、先程よりも元気が漲っているようにさえ見える。悟空は鋭く突いたが、相手を壊すような暴力ではなかったということもある。が、さりとて悟空の実力だけが原因ではない。ガイは尋ねた。

 

「今、リーに何をしたんだ?」

「え、ボクなにかされたんですか?」

「おう! したぞ! 少しリキ込めてみろよ」

 

 白く大きい歯がにいと開かれた口からよく見える。言われた通りリーはやってみた。

 

「!!!」

「こっ、これは……、どういう、ことだ……!?」

 

 忍にとって力を込めるとは=チャクラを練ると言える。リーは普段通りに少しだけチャクラを拳に込めたつもりだ。驚いたのは、そのリーの意志を越えて溢れ出た膨大なチャクラ量。ガイは目を疑った。

 

「おいリー、お前大丈夫なのか! これではまるで……」

「わ、わかりません! でも全然苦しくない……」

 

 ガイの確かな目で見て、これはリーが八門遁甲を2つ3つ開いた時ほどのエネルギーである。弁えなくば命取りとなりかねん程のチャクラの放出。しかしガイの心配は無用だ。あれは開放する度抑えきれなかったチャクラが目に見えて現れる。だがリーの身体からは気迫と良質なチャクラしか感じられなかった。

 

「驚いたぞ、リー! オラが思ったよりもお前の経験値を積んでたみてえだな」

「悟空君、それはどういう意味だ? いやそれより、この子はこのままで平気なのか!?」

「平気さ、今そいつから溢れたパワーはそいつ自身が気づいてなかった潜在能力だ。人ってのは鍛えれば鍛える程自分の成長が見えてくる分、逆に限界ってもんが見えて来ちまう。だけどな? 限界ってのは次の目標へのスタートなんだ。自分がその限界をとっくに突破できる地力があるのに殆どの場合気づかねえ。リーもそうだ。だからオラが引き出してやった!」

 

 言い換えれば、人として課せられた制限のある八門遁甲を開く無理やりのビルドアップではなく、悟空という外部からの刺激でスキルアップしたようなもの。大元の実力を上げれば結果は後からついてくる、と言えば簡単なことだが、そんな秘術は聞いたことがない。大抵の場合は意識をしなければ自分の才能など伸ばせないからこそ、それが出来る一握りの人間が天才と呼ばれるのだ。そしてリーこそは自分の才能がないと思っていた。だからこその積み重ねた努力。

 リーは自分がずるをしたんじゃないかと思って、泣きそうになるのを唇を噛んで我慢した。思わずガイを見てしまう。ガイもその心を汲みとった。

 

「悟空君、これではリーが納得いかないだろう。まるで自分の与り知らぬところで強くなってしまっては、今までのリーの頑張りが無駄になってしまうんじゃないか」

「ああ、オラもそう思っちまうだろう。けど仕方ねえだろ、オラが勿体ねえと思っちまったんだ」

 

 悪びれもせずそうのたまう。ガイは軽く流されショックを受け固まった。

 

「んしょっ! この技はよ、そいつがしてきた頑張りを無駄にしない為にあるんだぜ。自分で自分の才能に気がつけりゃそれが一番いい。だけどそれが難しいことってのもよくわかる……、ほっ! これは手っ取り早いドーピングでもパワーアップでもねえ。さっき言ったろ、リーが思ったより頑張ったから、今そんだけの力が出せてんだ。紛れもなくお前自身の実力だよ。それに、なんもしてねえ奴にこの技使っても大して変わんねえかんな。よく努力したな、リー!」

 

 才能を伸ばす。悟空にとっては過程に見出すものである。これはいつでも自分が目指す最強の自分を、しっかり見据えることができた悟空だからこそ持つ視点だろう。言い換えれば努力の結晶が才能なのだ。血や生まれが必ずしも才能を決めるわけではない。悟空は悟飯という息子を持つことで、身に染みてそれを知っている。自分の才能に気づけず、それに気づいた時はいつも手遅れだった、優しすぎる長男坊。結局学者になって闘いから遠ざかり、悟空が最後に見た自分を遥かに上回る潜在能力は深い眠りについたままだ。

 他方。血に満ちた修行の末の末に少しだけ見えてくる結果。リーとガイはそう思って生きてきた。勿論努力を認める気持ちは人一倍強い。今の下忍の中の誰よりもリーは努力していたからだ。だがリーとガイの夢はまだ道半ば。その結果がついてくるのはもっと遅く、そして未来という先に輝くものだと漠然と考えていた。下忍故に実戦経験がまだないことが仇となり、リーもガイもその強さを侮っていたのだ。

 

「そうか……、そうだったのか……、リー!!!!」

「ガイ先生! ガイッ先ッ生ーーーー!!!!」

 

 悟空が言った、限界とは次のスタートという言葉。リーもガイも己の忍道を認めてもらいたい一心で研鑽を積むあまり、自分を見失いかけていたのかも知れない。ガイはとくにそうだ。リーの努力を一番に認め、信じている人間はガイなのだ。だが、2人の掛け替えのない忍道を皆に認めてもらうことに気取られ、自分達がしてきた努力への評価が知らず知らず己の中で過小されていたのだろう。リーとガイの心にあった勇気が足りていなかっただけのこと。無理をさせまいと言う優しさを抱え、リーとガイは悟空に背中を押されることで、ようやっと殻を破ることが出来たのだ。

 滝のような涙を流して熱い抱擁を交わす師弟を見て、奇妙なものを見るような視線を送る悟空。絵面は中々にひどい様相を呈していたが、これがリー、ガイ師弟の驚くべき飛躍の始まりだった。

 

 

 

「んじゃ、ガイのおっちゃんもさっさとやんぞ」

「オ、オレも強くなれるのか!?」

「当たり前だろ、どうせガイのおっちゃんのほうがいっぱい頑張ってんだからな。歳なんかに負けんなよ!」

「オレはまだ20代だ!!」

「ガイ先生、結構歳のこと気にしてますから……」

「なははは、オラなんてもう60過ぎの爺ちゃんだぞー!」

「ねえ悟空くん、テンテンやネジっていうボクの友達もいっぱい頑張っているんですが、その子たちも強くなれますか?」

「うーん、会ってみねえとわかんねえなあ。オラも色々ワケアリだかんな! それよりも今はお前らの実力確認が先だ。自分が本来どれくらいの実力があったのかよく知っておかなきゃなんねえぞ!」

「押忍!」

 

 夕日が沈んでから、興奮冷めやらぬリーとガイの2人の特訓は更に熱を高め、悟空もそれに参加して朝まで続くのであった。




リー「あれ、ちゃっかりとんでもないこと言ってませんでしたか?」
ガイ「60過ぎとはどういうことだ!?」
悟空「孫もいっぞ。あ、もう玄孫も居たっけな?」
2人「「!?」」


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闘う術

やっぱりリーの八門遁甲習得スピードはおかc
キミにはまだ早いゾ


 

 第三班の修行はこの日やけに白熱していた。リーとネジの幾度にも渡って行われてきた実戦組手で予想だにしない展開が繰り広げられているからだ。柔のネジに剛のリー。かたや白眼を使用せず、かたや裏技とスピードを封じての実力勝負。程々にネジが上回るのが常であった。だが今日は違う。威力を増したリーの剛撃にネジの柔術では威力を流しきれず、身体の全てを武器に出来るはずのネジが避けがちとなる。どんどん上がるスピードも白眼なしではリーを追い切れない。2人の拳闘は熾烈を極める。見ているだけのテンテンも汗が止まらず、その白玉の首へなだらかに滑り落とした。

 

「白眼の使用を許可する」

 

 ガイが呟く。テンテンは意味を咀嚼して、それでも処理しきれない。ネジは一瞬目を見開き、舌打ち1つ。すぐにはプライドが邪魔をして動かなかった。だがリーの攻勢は留まらない。軽い身のこなしと撹乱するように顔面に繰り出される指突、掌底、そして肘鉄の連撃。気圧されるようにずり下がる自分の引ける腰を恥じたネジは回天を繰り出しリーに距離を取らせる……つもりでいた。

 リーは、隙間なく放出されたチャクラの暴風圧と呼べる回天の流れを読む。大地を踏み砕いてバランスを崩し、空中での姿勢を保つ為に動く、一瞬出来た流れの淀みにチャクラを纏った飛び蹴りを一撃。ほんの数ミリ出来た無防備に、土手っ腹をぶち抜いた。

 

「そこまでッ!! ネジ、気概は認めるが、もうリーはお前が本気を出さずに勝負が出来る程の忍ではなくなった。次からはしかとその白眼で見逃すな!」

「……ああ」

「リー、どうして自分が息切れしていないかわかるか? お前がまだ自分のスタミナと実力に慣れきれていないからだ。もっと必死になれ! 余力を残せる程本戦は甘くないぞ!」

「押忍!」

「ちょ……ちょ、ちょっと先生、どうなってるのよ! なんでリーはこんな強くなっちゃったわけぇ!?」

 

 テンテンが詰め寄る。だがガイにも説明ができない。どう説明すればいいのかわからないからでもあるが、悟空曰く、今は言っても無駄だからだろうだ。

 

(まさか、悟空君が神様だったとは……)

 

 そうガイは思っているが、悟空は神ではない。朝までの特訓が終わり都合を聞くと、悟空はこう言っていた。

 

「会っても無駄だと思うな。実はオラを見ていられる奴なんてそう居ないんだ」

「見ていられる?」

「ああ。オラ、結構昔に色々あって、神龍っていうデッケー龍と合体してな? あの世でもこの世でもないトコで世界中を見て回ってんだ」

「りゅ、龍とですか!?」

「龍など神話時代を語る昔話でしか聞かんぞ……」

「まあそんでな、その龍ってのが神様が作った、なんでも願いを叶えてくれるっていう龍なんだけど。神龍が許した相手にだけ、姿を見せることを許されてんだ。今のオラはな」

「まさにお伽話ですね……」

 

 言うなれば童話に出てくる神仙の出現パターンだ。ガイが神様と認識を間違えてもおかしくなかった。しかしそれならば尚更、なぜ飽くなき強さを求めるネジは見えないのだろうか。今も2人の対戦を宙に浮かんで(人はそうそう浮かばない。やはり神様か)見守っていた悟空に意識を向ける。するといつの間にか目の前に居て、ガイへ普通に話しかけてくる。

 

「このネジっちゅう奴はまだ素直になれてねえ。誰とも本気で向き合ったことがねえだろ? あのハッケなんとかっちゅう技と一緒さ。受け流してばかりいる。勿体ねえぜ。ハハ、なんだか会ったころのピッコロみてえな奴だ」

(ピ、ピッコロ? 随分かわらしい名前だが……)

「お? おお、ピッコロは神様だったんだ。かわいいとか言うと怒るぞーあいつ。カッコつけだからな。懐かしいなあ!」

(  !  ?  )

 

 神様が神と呼ぶ相手に似ているネジは実はとてつもない奴なのではないか。ガイは増々の謎に背中までぐしょ濡れだ。一方悟空はじいっとネジを見て、リーの勝ち誇り切れない複雑そうな顔に笑みを深める。自分だけずるをしている気分になっていることだろう。突然手に入れた自分の力に振り回されないまっすぐな意志が、孫のパンに重なって見えていた。

 

「ねえガイ先生ってば! リーがあんなに強いなんておかしいじゃない! なにか秘密の特訓したんでしょ? ねえねえ! えこひーきだ!」

「……なあなあガイ、こいつは強いんか? あんまり気は大きくねえが」

 

 口やかましいテンテンと、問い質すテンテンを指摘する悟空。ガイはたじろぐだけである。

 

(ガイ先生、さり気なくボクたち心を読まれてることに気づいてないですね……)

 

 起き上がって身体を払うネジの隣に座り込んで内心突っ込むリー。ガイをフォローしようにも何も思いつかない。取り敢えずテンテンを言い留める。

 

「テンテン、ボクが頼んで少しだけ修行のやり方を変えてみたんです。今までボクは体術を究める為に基礎を鍛えるトレーニングばかりしてきました。ですがそろそろボク自身の技を磨く時が来たのです!」

「技、って……、リーは既にネジでさえ会得できなかった蓮華を伝授されたじゃない? それなのに今、技?」

「ええ。技と言っても特別なものではありません。今までボクは剛拳を自負し、それを伸ばすように磨いてきたつもりです。ですがそれでは上手相手に通用しない。本当につい最近、それを身をもって知りました。だからボクは、木ノ葉流体術の極みであるネジの柔拳に対応できるほど柔軟に、ですがそれに流されない程に鋭い刃足りえる重剛な身体に。これら2つを合わせ、ボクのリミットギリギリのトップスピードで体勢を崩さないようになる!」

「な、なにそれ……すごいじゃない! でもできるの、そんなこと?」

「できるかじゃありません! やるんです!」

「そ、そうだった、この眉毛ドモはいつもコウだったわ」

 

 普段一歩引いて見るテンテンであったが、リーの目を見張る成長に少々我を忘れていた。リーもガイも度を越した修行バカだ。中忍試験本戦を直前に控えやる気に満ちているつもりのテンテンでも、やっぱり2人のノリにはイマイチついて行けない部分が多くある。

 

(助かったぞリー……。テンテンは女の子ということもあってあまり体格じゃ重量に優れず、チャクラ量も少なくてな。弱いわけではないが、下忍のくノ一の中でも並程度の体術しかない。だから種々様々な暗器武具の類をかき集めて、忍術で一度に相手を襲う戦術をとっている)

「はーん、あいつやっぱ女だったんだな。そっか、自分の実力が分かってるからあんなに焦ってんのか。剣術や棍術はどうなんだ?」

(それは上位クラスだろう。さすがにうちはには負けるだろうが、忍具の扱いはこの班で随一だからな)

 

 テンテンは重度の武具ファンでありマニアだ。日頃お手入れも欠かさない。それは時に自分の身だしなみよりも優先される程。それらを十全に使いこなすことも1つの目標と言えた。

 

「見てみてえな。なあガイ」

「よし……、そこまでやる気があるならテンテン、今日はこのオレが相手をしてやろう!」

「ええ、そんなあっ!?」

「なに、久々にお前のコレクションを見せてくれ!」

「おお、テンテンの美しき武舞を見られるんですか! 燃えますね!」

「コレクションじゃなくて実用品です! って、わたしをバカに巻き込まないでよー!」

 

 そう叫びつつ、懐から取り出した巻物を2つ投げる。忍が扱う巻物とは簡易的な術の発動を意味する。

 

――  双 昇 龍   ――

 

 煙を巻いて音を立てる巻物から雨のように降り注ぐ武器の類。その数ゆうに100を超える。自重で突き刺さる大小の太刀2振りを引き抜きテンテンが構える。方や身の丈程もある長刀、もう片方は軽装なテンテンに会う尖そうな黒い短刀。鉄同士の当たる甲高い金切り音をバックミュージックに、ガイへ突撃する。十字に重ね交差する剣腹にガイの影を捉え、刃を斜に押し付けた。ガイはそれを脚で受け止める。長いズボンの下に隠した上等な鎖帷子が壁となる。テンテンは逆手に持った大振りの太刀をガイのスネに滑らせ、股ぐらに突き立て噛ます。高く上げた蹴り脚を下げようとすれば鋭い刃に切り裂かれる。闘いの間に舞った木の葉が刃に舞い降り、そのままスパリと寸断されてしまう。すかさず短刀をガイの首に刺し向けるが、ガイは顎を逸らして避ける。当然そんなことは承知しているテンテン。身長差から回避は簡単。故に顎で避ける。小さな動きを誘ったのだ。

 

「!」

 

 柄から折れるように飛び出した短刀の刃。仕込み刀と呼ばれる暗器だ。残った鍔から火炎が吹き出し、死角となった胸より下からガイに食らいつく。焦がすような熱波を受け、たまらずガイが砂埃を残し高く跳ぶ。が、これまたテンテンの計算ずく。猛火を吐く鍔に巻き付けた紐を解き、火に翳す。線香花火のように激しい音を立て唸り出した。この動作中にさえ一切見逃すまいとガイを睨みながら狙いをつけ、その柄物を放り投げる。これもまたよく改造された小型爆弾だったのだ。

 だがガイもさすがの上忍。そんなことはあの一連の攻防でわかっていた。長さの違いに比べてあまりに比重の違いすぎる斜め十字斬り。そもそも尺の違う武器でやることではない。それは同じ長さの得物を使う場合の戦法。大小の攻撃範囲を広くカバーする為の剣幅の違いを、テンテン程のスペシャリストがただ無駄にするとは思わなかった。あの十字斬りは短刀の脆さを隠す為のフェイク。根本で折れるように出来ている刀など本来使い物にならない。刀ならば切る物。だからこそ腕や拳ではなく装甲のある脚で守る。格の差から逃げはしない。そう考える認識を利用したブラフに、単純に引っかかるほど甘くない。

 眼前まで上がってきた獲物が切り裂かれ弾ける火も消える。ガイの脚に備え付けられた長刀がそうした。それは先程テンテンが後退防止の為にガイの足元に突き立てた物だ。あの跳び上がる瞬前、身の丈程もあるあの刀を蹴撃一つで引っこ抜き、翻って宙空浮遊中に包帯で脚に巻きつけ、テンテンに見つからないように頭を下にして待ち構えていたのだ。丁寧に引き連れた砂埃に紛れて。

 歯痒い。自分の持てる武器を逆利用された。見逃すまいと見続けていた筈なのに。地に刺さる仕込み風魔手裏剣を牽制代わりとして投げ、まだ地面に降りてこないガイの姿勢を少しでも乱す。癇癪玉サイズの散弾爆薬をポーチから出して数個投げつけ、今度は身幅を上回る大剣を引きずるように構え待ち受ける。

 天高く浮かんだガイが行うことなどだいたい知っている。ダイナミック・エントリー。ガイが好んで使うジャブのような技。だがその威力は単純故に絶大。身体に重みの足りないテンテンでは無策無謀で受け止められる気がしなかった。

 

―― ダ イ ナ ミ ッ ク エ ン ト リ ー ! ! ――

 

 盾代わりに構えた大剣が中折れする程の衝撃。体重の軽いテンテンは弾丸のように真っ直ぐ飛ばされる。その方向は棍棒。錐揉みしながら撹拌される意識の中で視界に捉え、まるでたぐり寄せるように腕を伸ばす。その手は見事棍棒を掴みとり、何回転も猿回する。引きつるような腕の筋肉の痛みに耐え切った。

 だがテンテンはそこまでが限界だ。ガイに拳さえ使わせることができなかった。内容としては十分。しかし結果は惨敗。さりとて悪い部分もないからこそ、テンテンは今一番伸び悩むのだ。

 

「ハハハハ、猿みてえだったなあ!」

(キミが言うんですか……?)

「テンテン、色々と工夫が見えてイイぞ! だが闘う前段階で考えている内は敵に気取られやすい! 事前準備も大事だが、敵に勝つ、殺すことばかりを目標に考えるな! この班で前衛は十分、テンテンにはもっと大局観を覚えて作戦を達成することを目標にして欲しい!」

「はぁい……、ぐろっきぃ……」

「大丈夫かテンテン」

「大じょばなぁい、きもちわる……うっ」

 

 ネジに起こされるも腰砕けといった感じだ。少し泣きそうなテンテンを見た悟空は。

 

「うーん、あいつも頑張ってんだろうけど、今のママじゃやっぱ頭打ちも早いだろうなあ」

(そうなんですか?)

「ああ。あのツンツクとかいう奴の使った武器、ありゃ量産品ばっかりで上等じゃなさそうだ。それに特別な武器も足りてねえ。この世界には不思議な力を持った武器はねえんか?」

(あるとは聞いたことがあります。雨隠れの里には七本刀と呼ばれる名刀があると言われ、その持ち主に代々諢名がついているとか。他にも秘匿されている武具は枚挙にいとまがないでしょうね)

「なんでそれ獲りに行かねえんだ? 他にも造るとかよ」

(その疑問はオレが答えよう)

 

 テンテンの面倒を見るネジを見つめつつガイが割り込む。

 

(過去この木ノ葉には忍術や秘薬・忍具などありとあらゆる物を研究する部署があった。そこでは里の表裏どちらに置いても欠かせない程重要な研究が行われ、日々里の役に立っていた。だが、ある男の存在によってそれが崩壊することになる。法外な手段、人体を遺伝子レベルで改造する危険な技術研究。それらは里が始まってから行われていたことなのかも知れない。だが大蛇丸の手によって過激化した。危ぶんだ火影と相談役達によって潰されたがな)

(大蛇丸……、教科書に乗る英雄ですよ! 伝説の三忍と呼ばれる有史の傑物です!)

「ひえーっ、なんだかゲロみてえだなそいつ」

(ゲロ扱い……?)

(大蛇丸とともに里から立ち消えた闇。それは今も里の暗部で行われているのかも知れない。オレたちの前に現れる時、それは死を意味するのかもな)

「里で危険な武器を作んねえのはわかったけど、じゃあ探しに行くのは?」

(その応えは簡単だ。オレたち忍は仕事以外で国外に出ることを基本的に禁止されている。里の外は一歩間違えれば他里他国の領地。軍人であるオレたちが許可を取らず侵入することは侵犯行為と見做され戦争の火種となってしまうんだ)

「ふーん。じゃあしょうがねえか?」

(だが、良いことを聞いたな……)

 

 顎に手をやり思案仕草。ガイは感慨深げに一頷きすると、テンテンに声をかけた。

 

「テンテン、ネジ、リー。中忍試験前に餞別をやろう。欲しい物を買ってやる!」

「ガイ先生それほんとっ!?」

「おいテンテン、元気がなかったんじゃないのか……?」

 

 途端元気になるテンテンに、呆れ眼のネジ。リーはリーで欲しい物が思い浮かばず云々首を捻っている。

 テンテンは新しい武器。ネジは欲しい物よりガイとの1日タイマン勝負の権利。リーは……。

 

「悟空君、ボクに修行をつけてください!」

「いいぞ。オラがいくつか教えてやる。忍術とかいうやつじゃねえ、オラ達流の闘い方をな」

 

 まだ陽も昇りきらない特訓場に赴いたリーが姿勢正しく悟空に頭を下げる。自分よりも幼い見た目の実力者相手に、素直に頭を下げられる武道家がどれだけ居るだろう。気のいい悟空も簡単に了承した。

 

「まずお前の隠してる限界を取っ払う技、八門遁甲だっけ? とりあえず今はそこまでにしとけ。どれだけやっても効率が悪い」

「お、押忍……、あれ、ボク八門遁甲のこと言いましたか?」

「お前の潜在能力を開放しただろ。あの時ついでに記憶を読んだんだ」

「記憶まで読めるんですか! ……あれ、でもテンテン達のことは知らなさそうでしたが」

「スムーズに実力を見るためにハッタリかましたんだ。八門遁甲と違って命に関わるようなもんじゃなかったしな」

 

 なるほど色々考えているようだ。悟空と言う男は、リーから見てどちらかと言うと少し天然っぽいところがある風に見えていた。手頃な丸太に腰掛けた悟空は、脚を投げ出して空に泳がせながら説明を続ける。

 

「んでな、オラも似たような技を使うんだ。界王拳っちゅう技でな。それを使うとパワーもスピードも何倍にもなる分、その後の反動がすっげえ。身体がバラバラになるんじゃねえかって思うくらいだ」

「確かに、ガイ先生に教えられたデメリットと似てますね……」

「だろ? で、オラその界王拳っちゅう技を使うのを抑えてんだ」

「ボクも八門遁甲を使ってはいませんよ? ガイ先生との約束ですから」

「それはいいんだ。問題はそこじゃねえ……。その界王拳って技は自分の実力を限界の何倍、何10倍にも引き出すことが出来る分、本来の実力が上がる度に無理がデカくなんだ……。実際、最初に界王拳を覚えた頃より何100、何1000倍も強くなったって言うのに、オラが負担を気にせず界王拳で超せる限界はギリギリ20倍ってトコでしかねえ……。限界以上の実力を得る為に鍛えても、その限界のハードルが上がって結局天井が高くなっちまう。これじゃあイタチごっこだろ?」

 

 悟空が語る難点。リーは目から鱗が落ちる気分だ。確かに、どれだけ強くなってもあの技のデメリットを打ち消すことはできない。人間が人間である以上それは逃れ得ぬ理とも言える。使えば奇跡が起きて半死、ほぼ100パーセント死が待ち受けるオーバーリミットは、ロック・リーにとって言葉通り最期の手段。どれだけ高みを望んでも、イカロスのように熱に焼かれ落下死する運命だけが待っている。無論、今のままではだが。

 

「だからリー。お前にゃこれからチャクラっちゅうエネルギーだけじゃねえ、気ってモンを覚えてもらうぞ」

「気! それは殺気や覇気の気ですか!」

「まあそんなモンだ。実際はもっと便利だけどな。気はチャクラみてえに変な管を通らねえから、あのネジっちゅう奴に止められることもねえし、そのチャクラを操作するのに役に立つかも知れねえぞ」

「おお! 本当ですか! ……で、でもボク、恥ずかしながらチャクラ感知も苦手で……」

「難しく考えんなあ。攻撃する時チャクラを自然に扱えてるんだ、気なんてもっと簡単さ! なんせ身体だけじゃねえ、世界中のどこにでもあんだからな! さ、まずは気を感じて掌に出す練習だ。あぐら組んで胸の前に手で輪っかを作れ」

「押忍!」




テンテン「まっさかリーが休みをご所望とはねえ」
ネジ「……そうだな」
テンテン「意外だわー武器でも降るのかしら?」
ネジ「……それはお前の技だ」


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心と力

原作:NARUTOの闘いで目立つような主要キャラクターは、主に連続して巻き起こる大いなる試練を超えた回数によってその立ち位置を得ている、と私は思います。
リーはその点、与えられた試練の数と質がリーのレベルに合わなかったのでしょう。


「はああああああああ……」

「んー。ダメだな! てんで気のコントロールが出来ちゃいねえ。ぐっとやりゃポーンと気の塊が出てくるんだがなあ」

「ハアッ、ハアッ。全然ッ、わかりません……ッ」

 

 悟空に命ぜられるがまま、気のコントロールを練習するリーであったが、その成果は芳しく無い。生来、ロック・リーという少年はチャクラを外に放出することが苦手だ。その才能は少し、どころか全く無いと言っていいだろう。思ったよりも難航する修行に、少し離れた場所の丸太に仁王立ちする悟空の方が楽しそうに笑っている。

 

「なあリー。おめえはまず静の動きを学んだ方がいいかも知れねえな」

「静の動き、ですか?」

「ああ。剛、柔の練習ばかりおめえはしてきた筈だ。だけどよ、それじゃあ気を感じるってことはできやしねえんだ。静、つまり歩みを止めること。自然体になって全てを受け入れるような、何もしないっちゅう心の強さを得ろ!」

「何もしない強さ、……ッ!?」

 

 悟空の言葉の意味を口に出して確認するリーの眼前に、赤く鋭い線が走る。風圧で耳鳴りがする程だ。思わぬ挙動に驚いて数センチ身体を避けるように動かすと、次の瞬間悟空はどこからか取り出した棍棒を振り抜いていた。

 

「今なぜ避けた?」

 

 悟空は問う。

 

「なぜって、悟空くんがとても鋭い攻撃をその棍棒で……」

「この距離でか?」

「それは……」

 

 悟空からリーにめがけて攻撃するには棍棒が短すぎる。その距離十メートルはあるだろう。逆手に持った赤い棍棒を八字回しする悟空。円に見える程高速で回される棒の尺は、せいぜい悟空の背丈と同じくらいだ。リーは自分の行動が不思議でしょうがなかった。

 

「おめえは目で見て物事を判断してる。だからオラの気の大きさと棒の長さを勘違いした。実物より大きく見えたんだ」

「目で見る以外の方法など……あるのですか?」

「試してみるか」

 

 悟空はニカッと太陽のような明るい笑みを浮かべ、取り出した太布を顔に何重にも巻き視界を塞ぐと、自分の手に持っていた棍棒をリーに投げつける。吸い付くような正確さでリーの手元に投げられたそれは、変哲もない普通の物であった。悟空は丸太から飛び降り、リーの間合いに着地する。誘うように手の甲を見せ指を動かした。

 

「その棒使ってオラを攻撃してみろ」

「……お、押忍」

 

 そう言われてもリーは攻めあぐねた。構えることもせず、まるで自然体で素立ちする少年にどう攻撃すればいいか分からないからだ。悟空はリーが攻撃してくるまでじっと待った。十秒程の時間を待って覚悟を決めたのか、リーが恐る恐る、様子見程度に突きを入れる。胸元を狙って放たれた初撃。悟空はそれを指先一つで受け止めた。掴まれた棒は一ミリも進まない。一度引き戻し、今度は絶え間なく連突する。しかし服一枚にすら掠ることなく難なく避けられる。続いて薙ぎを混ぜ入れ硬軟含む流れ技を馳走するが、気がつけば薙いだ棍棒の先に悟空が尻尾でぶら下がっている。見えててもまず出来ない芸当を、こうも簡単そうにされてしまった。眼前で起こった出来事に、リーは悪寒と発汗で気持ち悪くなる程体調を崩された。

 

「な?」

「確かに、出来ましたね……。これがボクにも出来るようになるんですね!」

「ああ。これが気を読むって技だ。目や耳で知るんじゃねえ、気を感じて相手の全てを読む、気のコントロールよりも初歩の初歩!」

「これが初歩!? 中忍試験トーナメントの予選はもう直ぐそこなのに、ボクはどこまで習得できるでしょうか……」

 

 心配そうにするリーも気にせず悟空は笑う。

 

「なーに心配すんな。いざとなったらウイスさんの杖でも借りるさ。すげえぞ、1日で1年の修行ができる場所があんだ! その分歳食っちまうからそうならないのが一番いいんだけどな!」

 

 あっけらかんとした悟空の物言いに一瞬リーは耳を疑うが、悟空ならもうなんでもありだな、と考え直す。悟りの境地に入るとも、ドツボにはまるとも言うその認識は、悟空と知り合った誰もが感じる諦念のソレだった。

 

「んで、リー。おめえはまず余計なことを考えるのをやめなきゃなんねえ。心を無にすることが、気を感じ取ることへの第一歩だ。またあぐら組んで、今度は『何もするな』」

「何もしない……、さっきも言っていた静の動きですね」

「ああ。おめえは自分が自然の一部になったつもりでそこに居ろ。そうだな、石だ! リーは今から石になれ!」

「……押忍!」

「石は返事しない!」

 

 リーは悟空に肩をびしりと棒でしばかれる。今ようやく気を感じる修行が始まったのだ。ちなみに、リーは勿論悟空も知らないことだが、忍の世界には『仙遁』と呼ばれる術があり、その基本には仙術チャクラを身体に取り込むデメリットの一つに自らを石化してしまうという物がある。リーはその逆を目指す形となった。これは全くの偶然でしかない。だが、むべなるかな、ロック・リーという少年が『ただの下忍』でなくなるのは、この時からであった。

 

 

 

 リーが修行に苦闘している一方、ガイ一行は隠れ武具店に足を運んでいた。木ノ葉の上忍がこぞって来店し、自分のお気に入りの武器を購入したり、武器の修復などを依頼する人気の店だ。中には一族専門の店でしか売られていないような珍品や他里由来の掘り出し物などもある。里の上忍と、その上忍によって選ばれた限られし忍のみ、忍者登録番号を店主に見せることで物品購入ができるこの店は、テンテンにとって正に天国のような場所であった。

 よく研がれた刀剣の濡れるような鉄の匂い、奇々怪々いわくつきの武具の一つ一つを手にとっては、今でも頬ずりしそうな程に愛でている。いつもはつっこみ側のテンテンの異様に、あのネジもはっきりとドン引きしている。ガイは自分の財布とにらめっこしていた。

 

「あーん、迷っちゃーう!」

「付き合いきれん……、ガイ、俺は暫く外に居る。終わったら呼べ」

 

 ネジはそう言って眉をひそめ、生活費を削る思いに顔を青ざめたガイを一瞥、鼻を鳴らして窓から飛び出す。テンション高く武器を物色するテンテンであったが、そのどれもが上等な業物ばかりだ。女の買い物は長くなる。この店に限って変な物を掴まされることはないだろうが、付き添うも兼ねるガイは様子を見ることにした。

 

「こっちの手裏剣、卍手裏剣じゃない! あまり人気無いのよねー、扱いにくいしダサいし……。あっ、これ今流行りの簪ね! 今月の柄は柳かあ。毎月出るとコンプリートしたくなっちゃうからイヤよねー。こっちは何かしら? 綺麗な宝珠ねえ、オーブ? でも忍具なのよね……」

「どうだテンテン、良い物は見つかったか?」

「決まんない! どの子も使いがいがありそうで欲しい! どんな闘い方ができるんだろうって、そう考えるだけで悩ましいわ!」

 

 盗品防止の結界で守られた商品棚の中で高級そうな布の上に安置された武器の数々が、テンテンには宝石のように輝いて見えた。試行錯誤を好むタチで、面倒見がとてもいいテンテンにとって、まるでペット選びのように真剣な眼差しで楽しそうに話す姿を見て、ガイの口角も自然上がる。ああでもないこうでもないとガイに喋るテンテン。すると、黙って見ていた店主がガイに話しかけてきた。

 

「とても武器がお好きなんですね。彼女は今度の?」

「ええそうです。自慢の弟子の一人ですよ。必ず中忍になれると信じております」

「おお、それじゃ先祝いですかな。ちょうど自分だけの武器が欲しくなる頃合いでしょう!」

 

 アンクルを付けた紳士姿の店主が話す。彼は火の国の雇われ商人で、海を繋いで他大陸と貿易をする稼ぎ頭だ。時たま大名の臣下や彼の商船を護衛する為に駆り出される忍も多く、色んな意味で里内外に顔を知られた気のいい男性である。またこの大陸ではガトー程では無いにしろ顔が広い武器商人でもある。ガイはあまり武器を使う方でもないが、知らない中でも無い。

 

「では私からもお祝いしましょう。そこのお嬢さん、どんな武器をお望みですかな?」

「あ、あたしっ? あたしはその、今度中忍試験を受けるので、何か奥の手になる武器は無いかなっ、て……ありますか?」

「ええ、勿論。それもとびっきりオススメの物が!」

 

 少し待っていてください、そう言って店主は店の奥に消える。その背中を視線だけで静かに追って、伏し目がちに頬を赤くする。今になって自分が興奮しすぎたことに気がついたのだ。ついでにネジが居なくなっていることも。どうして言わないの、とガイを睨んでも、意味がわからないガイは親指をビシリと立てて歯を光らせるだけだ。増々恥ずかしくなってその場にしゃがみ込みたくなる頃、店主が後ろに店員を2人連れ、細長い木箱を二つ持って戻ってくる。懲りずに逸る気持ちを抑え、それでも嬉しさが勝つテンテンは、迎え入れんばかりに身を乗り出して待つ。店主のテンテンへの視線は孫でも見るようだ。商談用に江戸紫の絹布が張られた卓上に桐箱が開き置かれる。中には二つに別れた組み宝杖が入っていた。

 

「持ってみますか」

「はい!」

 

 店主に明朗な返事で応えると、棒の中心にある穴に艷やかに光る黄金の芯を挿し込み、二つを繋げるようにはめ組む。手伝いの店員が少しひねって、簡単に分解しないことを確認した後テンテンの手に渡った。

 頑丈な桂の木で出来た爽やかな手触りに、純金の重さがずしりと加わって、テンテンには重いと言うべきか軽いと言うべきかアベコベで分からなかった。飾り付けの石突には緑翠の石が妖艶に光り、かぶら巻きの少し先、出っ張るように一回り太いところがあり、外すと刀剣類が付けられるようになっている。どうやらこれは未完成品らしい。

 

「目ざとい! 本来この先端には月の反り刃がついていましたが、自分でカスタマイズ出来るように鉄の国の鍛冶師に頼み込んで槍の銅金から鋤鍬まで、どんな物でも組み合わせることを可能にした逸品です」

「それじゃっ、今頼んでもいいんですか?」

「ええ」

「ままま、待てテンテン! 完全受注生産となるととんでもない値段に……」

「プレゼントでしょ! お金のことは言わないの! あたしこれから店主さんと相談するから、今日はもう帰っていいですよ」

 

 どうせ即日払いじゃないでしょうし。そう言うテンテンの声色は極めて明るいが、ガイは真っ白な灰になったのであった。

 

 

 

 ネジという少年はプライドの塊である。腐りきった復讐心と、下忍最強という自負を自分の支えとして今を生きている。中でもリーという少年は、ネジにとって明確に格下の存在であった。忍術・幻術の類は一切使えず、体術に置いても一を聞いて十を知る自分と違い、百を学んで一を繰り返すような無能だ。しかし、その弛まぬ努力に対する心持ちという面だけは、ネジを以ってして下忍一であると考えていた。だが、その努力とは『無駄な努力』。どれだけ努力しても決して自分に比肩するどころか、足元にも及ばないという下劣な考えが根幹にあった。

 そのリーに今日初めて負けた。前回までは遥かに自分が勝り、その迫る影さえ感じなかったのに。どうやってあそこまで強くなった。自分は負けるワケにはいかないのに。思考がぐるぐる巡る。身体中に泥が纏わりついたように重く、全てが色褪せて見えた。

 

「……」

 

 分家とは言え旧家に生まれ、よくしつけを受けてきた身体は、悪態ついでに舌打つことさえできないように教育されている。饐える感情が染み付いて、胸元で気持ち悪さに変わり留まった。かぶりを振って気を取り直す。ネジは趣味の瞑想をし、荒れる心を沈めることにした。

 屋根をつたい、商店街を抜け、日向一族が棲む地区に入る。分家の身分であるネジの屋敷はそこそこに広く、伽藍堂で静かだ。瞑想にはうってつけの何もない部屋に座り、ただ無垢に向かう。意識を遠く遠くにやって、自分さえ失うように虚脱した。

 

 どれくらい経っただろう。もう日も陰り、とうに紫掛かった空が見える。一羽の鳥が庭の木に止まっていた。ネジは足を解き、掌を向ける。集中するように瞳を閉じ、瞬時に目を見張る。色の無い瞳を強調するようにこめかみから脈が浮く。これが白眼の特徴だ。今のネジの視界には、全ての物が透けて見え、チャクラの流れがはっきりと見える。差し向けた掌を軽く押し出す。その先からチャクラの圧が飛び出し、樹上の鳥にぶつかった。痺れるように震え、羽をはためかせながら落下する。地に落ちた鳥は、弄るように翼を動かし、整えられた庭の砂利をかき乱した。ネジはその鳥を捉え、自分の手の中に収める。痺れるようにビクつく鳥を見て、自嘲するように顔を歪ませた。

 目に見えぬ攻撃にパニックを起こし、大人しい鳥の首を掴み、別部屋にある籠にぶち込む。ネジは白眼を解こうと思ったが、外玄関を見て動きが止まる。ガイが猛烈ダッシュで自分の家に向かってくる姿が見て取れたからだ。そう言えば、自分はガイと闘う約束だった。ネジはようやくこの靄靄をぶつける相手が見つかり、より一層笑みを深めるのだった。

 

 

 

「…………」

(すげえぞリー。オラがガキの頃はてんで修行に身が入らなかったってのに、こうも素直にできるなんてよ……。あん時ゃポポの言葉の意味なんて何もわかっちゃいなかったからな……)

 

 リーは既に心を落ち着け無心になるということを出来るようになっていた。悟空が驚くのも無理は無い。焦りの感情を忘れることなど、そう簡単にはできないからだ。悟空にとっての誤算の一つ、それは悟空が修行をつけてきた中でリーは誰よりも『修行』に対する真摯さを持った者だったこと。痴れ言も言わず、愚直なまでに師事する相手に従える純粋さは、悟空の想像するスピードよりも遥かに早く、気を教えることができる。強くなるスピードは遅いかもしれない。だが、誰よりも大きくなる資質を持った若者との対面に、悟空は嬉しさでいっぱいだった。

 

「リー。もういいぞ」

「ふう……。なんだか身体が軽いですよ! 心なしか頭もスッキリして」

「だろうな。さっきまでおめえは自然の一部になっていたんだ。ここは悪い気じゃねえから」

 

 自分の手足を放り出し、確認するように動かすリーに、悟空は頭の後ろで手を組んでそう言う。木々に囲まれた無人の訓練場は既に満天の夜空を冠に頂き、森は眠っている。

 

「んじゃ次は、おめえが自然を自分の一部にする番だ」

「ボクと自然を?」

「気を広げろ。身体だけが武器じゃねえ。この大地も、天も、星だって世界の一部だ。おめえの身体と一緒なんだ。今のおめえなら、少しはできんだろ」

「や、やってみます! それでは……」

「あ!」

 

 自分で修行を申し付けながら、今度は大声出して邪魔をする。リーがコントのように蹴躓いた。なにごとかと悟空を見やると、腹の虫を鳴らして言う。

 

「その前にオラ腹減っちまったぞー」

「悟空くんもなにか食べるんですね……?」

「あったりまえだろ! オラちょっとそこら辺で飯になりそうなもん探してくるから、おめえそこで修行してろ! いいな、自然が自分になるんだ! わかったなー!!」

 

 そう捲し立てながら遠のいて行く声と姿。リーから見て本当に何気なく空を自由に飛び回る悟空の姿は、狐につままれたような気分にしてくれるのだった。




今のテンテンには少しだけ強くなってもらうゾ
今のネジにはもっと拗れてもらうゾ

鉄の国の技術>>中立国は鎖国状態というわけでは無い上、時代遅れで食いっぱぐれの侍や鉄の国の技術者が結構この手の物を流していると思います


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始まる!! SHINOBI・SURVIVAL

原作:NARUTO第一部に置いて、うずまきナルトは「クリリン」のポジションで、通常の作品で主人公と言えるようなキャラはうちはサスケだったと思います。
ですがそのサスケも、主人公「と言える」キャラであって主人公ではない。元ネタとなった飛影のように、或いはドラゴンボールで言えばベジータのように、自分のアイデンティティとコンプレックスへの意識の塊です。
はて、コンプレックスの塊を前にしたナチュラル系煽リストの悟空は何をするでしょうか(ゲス顔)

リー? リーはヤムチャでしょ(適当)。


 

 悟空が狩りに入った森林は、リーがやっているように多くの忍や、忍の卵達が隠れて特訓の為にこぞって来去する場所だ。立地上人里と離れ、適度に開けた広地がぽつぽつとちらばって組手や大技の練習に持って来いの立地で、雑木林は忍具の取り扱いやサバイバル術、不安定な足場での闘い方を知ることができる。そんな場所には、悟空好みの大きな獲物は居なかった。当然特訓途中の忍が追い払ったり、里に降りては困る者達が根絶やしにしているからだ。すっかり腹をすかした悟空であったが、救いはある。細いが、清るる川が見つかった。パオズ山のように大きな魚は捕れないだろうが、得意の気の察知で狩り捕れるだけ捕る。ものの数分で三十尾が陸に揚がった。軽い気功波で魚を炙る。皮はパリパリ、焦げ目がついた魚から美味しい油の匂いがする。頭の骨まで綺麗さっぱり頬張って、バリボリとスナック菓子でも噛み砕くような音を立てて食べつくす。内蔵の苦い部分がこれまたうまいと、やや爺臭いことを考えながら次の魚に手を伸ばした。

 チン、と鉄の弾ける音がする。近い。木々に気をやると、赤く跳ねる火花の光りがいくつもちらりとヒラついている。どこかの忍が修行中のようだ。興味がわいた悟空は、落ちていた枝木を手刀で綺麗に剥ぎとって串代わりに、残りの魚を連れ刺して物見遊山を決め込むことにした。

 連鎖するように音は鳴り止まない。これはクナイ同士がぶつかる音だろう。刀ほど長くなく弛まないそれ独特の断つような響きの後、木で出来たであろう的に突き刺さる空洞音。見える距離まで来て、ようやく正体がわかった。

 

「リーの記憶で見たやつだな。たしか名前は……うちわモメオだっけ?」

 

 暗闇の中、赤い残影を残す瞳が妖々輝いている。身体中泥だらけにしながら、肩で息をする程練習しているらしい。うちはが得意とする手裏剣術の修行……と言うよりは、ルーティーンワークだろう。考え事をする時、うちはサスケはよくこうして一人自分の身体を動かした。

 

「へえ。器用なことすんだなあ、あいつ」

 

 そんな冷やかしの感想を言いながら、自分が見えていないのを良いことに、ズケズケとサスケの領域に入り込む。悟空は樹上に座って暫しの見物をすることにした。サスケが身体を捩り指をひね上げると、的にあたったクナイが全て引っ張られ、サスケの手元に帰る。ワイヤーでコントロールしているらしい。変幻自在の必中術はこうして生み出される。悟空はサーカスのジャグリングを見ている気分だった。若葉の青々しい訓練に、自分も若返った気がして、気が緩んだのか、持っていた串をおとしそうになる。慌てて尻尾で掴んだはいいものの、刺さっていた焼き魚だけがポトリと音を立てて落下した。

 

「ッ!! 誰だ!!」

 

 軽く小さな音だったが、寂寞の森では悪目立つ。サスケに悟空は見えずとも魚は見える。悟空が下を見遣れば、まだ温かいそれに触れて調べている。その存在がバレることは無いだろうが、ふと黙考した。

 

「気配は感じないが……、まだ近くに居ることは分かっている! 出てこねえなら力づくで叩き出すぜ!」

 

 喧嘩腰で勇む少年は、おそらくリーと闘うことになるだろう好敵手の一人だ。リーより未熟で、一般的な戦士に毛が生えたような強さしか今は持たないが、リーと同じ分の努力でリーを上回る才能を持っている。こうしてリーを放って置いてなんだが、悟空は少しだけ。いや、大いに興味を抱いた。と言っても、サスケは神龍に選ばれていないのでは組手も出来ない。それに、どうせなら体術だけでなく、独特の技『忍術』をその目で実際見てみたい。基本脳筋の悟空は、取り敢えずサスケを追い詰めてみることにした。

 

「ぐっ!!!」

 

 地面に向けて、木の頂点から掌を向け、悟空から見て柔らかく、そっと押し出す。ただそれだけで、踏みしめられて硬いサスケの立つ地面に暴圧が襲い掛かる。瞬く間、大岩石でも落ちたような地響きと、クレーターを作る威力を避けられず、立ち構える形でぶつけられたサスケは重量で押し付けられたかのごとく潰れた。全身の空気が抜け、口を解いた風船のように力が抜けていく感覚。これ程まで重い一撃を、サスケの短い忍人生の中で受けたことが無かった。なんとか這って攻撃範囲から抜け、頭上から受けたことだけは把握できた為か、サスケが天を見る。引っこ抜けた株のように転がり抜け、片手で地面を掻き掴みバネにして体勢を直し、頭上目掛けて飛び上がろうとするも、もう一度、今度は悟空がスクリューパンチを繰り出せば、宙空で無防備のサスケの小さい身体が回転しながら吹き飛んだ。

 鴻大な樹幹を三つ、四つ貫きながら弾け飛ぶサスケを悟空は遠くの物でも見るように手を陰にして態とらしく除く。全く動かない。悟空はまあまあ感心した。

 

「はあーっ、あの状況で変わり身したんか。」

 

 当てずっぽうで飛んできた手裏剣を掴み取り、自分の居場所を伝えながらそう言う。サスケの狙いは狙いをつける牽制が目的だったのだろうが、悟空は敢えて受けてみた。木にぶつかった感触も無く、肉や地面に突き刺さった音もしないことに、樹影に潜んで息を整えていたサスケは生きた心地がしない。自分の攻撃がまるで効いていない、どころか児戯のようにあしらわれている事実に、再不斬レベルかそれ以上の強さを察したからだ。投げた手裏剣は九ツ。一点に投げたわけでもないその全てを、この宵闇の中で音も無く取られた。どんな手を使ったかも知られず行われた絶技に、忍具『は』通用しないことを悟る。サスケは悔しさに襲われながら、この場を脱出する算段をつけることにする。暗闇の中でも自分の攻撃が見える程の心眼を持ち、されど生命を奪うような攻撃はしていない。明らかに相手は遊んでいるようだ。ならば逃げるだけなら出来るかも知れない。『かも知れない』や『ようだ』などという不確実な感傷に頼るなど忍者としては愚の骨頂だと自嘲するが、ここでやられるようでは自分などそんな物だったと言う実証に他ならない。

 乾いて仕方がない喉で空気を嚥下し覚悟を決めた。ポーチから愛用のワイヤーと手裏剣を取り出し、搦手に動き出す。

 

 ―― 操 風 車 ! ! ――

 

 八方から投げ付けられる手裏剣が悟空の周囲を覆う。これだけで下忍レベルならば後撃を避けられない。だが間断無く攻撃が続く。クナイを回転させて投げ先陣のクナイに当てると、流れるように弾けてお互いが絡み合い、ワイヤーが悟空を縛り上げた。

 

「捕えたッ―― 火 遁 ・ 龍 火 の 術 !!」

 

 サスケが印を結び頬を膨らませ息を吐きつける。すると悟空まで弦を張ったように硬く伸びたワイヤーに、油でも塗ったが如く火脚が伸び、かぎろいを作る程に燃え上がった。命中はした。だがこれで大人しくなるとはサスケも考えない。指で括ったワイヤーを外し、緩まないよう木に深く釘刺した棒手裏剣に全て移してから、出来るだけトップスピードで走れるよう地に降りて離脱した。

 

 とうの悟空はサスケが逃げる後ろ姿を眺めながら、鋼鉄でできたワイヤーを鬱陶しそうに引きちぎる。燃え移った火の手をその身に受けながら、さも冷涼そうにする自然体の悟空は、なんとも曖昧な苦笑いを湛えていた。目論見通りうちはサスケの忍術を見ることが出来た、どころか火遁の術を実際にぶつけられて、悟空の頭に浮かんだ言葉は『残念』の一言だった。

 見た目にも火傷を負いそうなこの炎だが。悟空は見ていた。サスケがチャクラと呼ばれるエネルギーを何らかの方法で炎という姿に変えたところを。悟空にとってこれは良い意味でも悪い意味でも『微妙』なことなのだ。気は基本的に気のまま放出され、魔術的、あるいは種族的な技を使わなければその性質はそう変化しない。そして多くの武術家はそれをしない。何故ならば、偏に言って非効率的だからだ。気功波を出せるなら炎や雷にする必要性は薄い。もし変えたとして、自分を上回る相手であればその特徴も意味を成さないことが多い。実際、サスケが放った龍火の術を食らっても悟空は痛痒一つ感じていない。そしてチャクラは悟空が思っていた以上に体系化された物であったことも悟空を困らせた。気のように分かりやすい体感的な物で無いのならば、体内チャクラの動きが見えない悟空ではリーのチャクラコントロールを鍛えてやることが出来ないのだ。リーの修行のヒントを得る為と、ついでにライバルへの探りを入れる斥候目的、そしてほんの少しだけ、いや大部分を占めていた悟空にとっての新たな『強さ』に繋がる武術でも見つからないかという儚い欲望が見事打ち砕かれたのだった。

 

「それにしても忍者ってのは器用なんだなあ。みんなこんな隠し球を持ってるなら、きっと闘ったら楽しいぞ! リーの試験も楽しみだ!」

 

 脳天気な悟空の笑いが木霊する。すっかり冷めた焼き魚の香りを嗅いで空きっ腹を思い出し、悟空は落ちた魚も拾い上げてリーの下に戻るのだった。

 

 

 

 かくして一夜が明けた。小鳥のさえずりがチリチリと高鳴りを上げ、悟空に言われたままの場所から数センチも動かず座っていたリーの肩に止まっている。どうやら自然を一部にする修行の薄皮一枚分だが、リーは学べたようだ。天に床でもあるように寝っ転がって魚骨をしぎる悟空が歯をシーッと言わせていると、今まで動かなかったリーがぴくりと目を覚ます。その数秒後、木枯らしと木の葉を逆巻いて、ガイがリーの前に現れた。

 

「おはようリー! 今日も青春してるか!?」

「ガイ先生……、おはようございます」

「なんだあリー、いつもの元気はどうし、た……」

 

 微睡むような返事に不思議がってリーを見たガイは活目した。苔生す石のようにリーを幻視したのだ。そこにあるのにそこにない、そんな自然体の無気に気取られ見えなかった物が見えてくる。今、リーの心身は『気』に満ちていた。

 

(お前……大きくなったなあ!!)

 

 ガイの胸にこみ上げてくる物があった。それは涙ではない。嬉しさと、ちょっぴり悲しい。そんな悲喜こもごもの情動の根性。

 

(いや……、違うな。大きいことに、俺が気づけていなかっただけか……)

 

 本来ならば自分が気づいてやらなければならなかったリーの努力。自分が過保護だっただけだ。カカシに言わせれば、カカシの班員はガイの班員など直ぐに超える逸材らしい。だが、ガイはそうは思わない。リーだけでなく、ネジもテンテンも、いずれ木ノ葉を支える幹となるだろう。ガイに出来ることは、皆が譲れぬ忍道を守り通せるようになるまで、この青葉を愛で育むこと。改めて、ガイは自分が置かれた状況を再確認できた気がした。

 

「これが青春か……!!」

 

 一人盛り上がるガイを見ながら、リーは自分の浮つくような心身が怖かった。今の自分はまるで自分じゃないようだ。言われた通りに瞑想を続け、自然と一体化する修行を始めてから、暫くは恐怖との闘いだった。こんなことをしていていいのか、座して待つよりもっと強くなる方法があるんじゃないか。そんな焦りと、瞼の裏に広がる闇の中で対面する時間は長かった。それがある瞬間、暖かい木漏れ日のような光が胸を差したかと思うと、目も開けていないのに景色が見えた。雑踏の音がすぐそこで聞こえ、花の香りや川水の匂いが強く感じられる。徐々に広がって、そしてはっきりと位置関係がわかるようになった。距離もわかる。前後の運動も理解できた。流れのように連綿と続くエネルギーの動きが人の形になった頃、自分がよく知る色を持ったエネルギーが、自分に寄ってくるイメージが湧いたのだ。そして目を開くと、その後直ぐにガイが現れた。リーの心境に驚天は無かった。何故ならば、ガイが来ることをわからない内に、ガイが来るとわかっていたからだ。

 

「今のが、気……」

「そうだ」

 

 百日紅でも滑るように転がり落りてきた悟空が告げる。リーがガイの気を察知したことに悟空は気づいていた。ある意味これは試金石のような物であった。完全な朝になる内に、自分が一番よく知る相手の気の存在に気づけ無いようであれば、リーの才能では試験に間に合わない。勿論、今の修行方法ではだが。そしてリーは見事及第点を上げた。自分も嬉しくなって、悟空は頭の後ろで手を組んで笑う。

 

「ま、その調子でやってりゃ気は直ぐ理解できるさ!」

「はい!」

「あ、おいおい。力込めっからすっかり失せちまったぞ? まだ自然体でいつでも気をコントロールできねえんだ、今のうち感覚憶えとけよ」

「あっ、あああっ!」

 

 気がつけば元の元気なリーに戻っている。悟空が言う通り、一夜かけて気の存在を少しだけ理解できただけのリーでは、常に気を感じるまでには至っていない。自分の意識から消感するように失光して行く気の感覚に慌てて取り成す、が元には戻らない。悔しがって地面を殴るリーを放って、悟空はマイペースにガイに質問した。

 

「んで? ガイのおっちゃんは用があって来たんだろ? どんな用だ?」

「おおそうだ! リーよ、そろそろ中忍試験が始まるぞ! ネジとテンテンは先に向かっているから、リーも急いで向かえ!」

「わっ、もうそんな時間ですか!? 急がなきゃ、悟空くん、修行ありがとうございます! またお願いします!」

「おう、またな! 気張れよ、リー」

 

 悟空がそう言って手を差し出す。握手だ。リーが歯を見せて笑い受け取った手は、太陽にずっとあたった時のように熱い掌だった。

 

 

 

 

 中忍試験、第一次予選会場はアカデミーで行われた。試験官は森乃イビキ。いきなりのテストで、知識はそこそこのリーはネジの手を借り、どうにか突破する。最後の設問に関してはルーキーの一悶着あったが、なんでもかかって来いと言うリーの正直な感情に火を灯すものであった。

 恙無く、とは言わないまでも順調に進んだ一次予選は、順調に進みすぎた。窓をかち割って現れた闖入者、第二試験官・みたらしアンコ曰く、通常篩いにかけられ消える人数は今よりずっと多い。二次試験はもっときつい物になるだろう。どことなく思い詰めたようなネジと、昨日の今日でテンション高いテンテンを後ろに、リーは張り詰めた空気に武者震いが止まらない。

 通過した面々をアンコが連れ出した場所は、木ノ葉隠れの里に置いても立ち入り禁止区域に指定されている危険地帯、通称死の森であった。柵に覆われ隔絶した自然の中でサバイバルを行い、五日間の内に天と地、二つの巻物を集めて中央の塔に向かう。これが合格の決まりごと。同意書に各々が名前を記し覚悟を示した後、チームごとに隠された場所にて巻物を受け取って行く。リーは最初のチームがカーテンに包まれた直後、ネジに話しかけた。

 

「ネジ、白眼を使ってください。一次試験と同じく、情報戦は既に始まっています。天と地の巻物、どのチームがどの巻物を持っているかを今把握して置いた方がいい」

「お前にしてはもっともだな。テンテン、リー、視野を隠せ」

「オーケー」

 

 ネジの直線上に誰も入らない場所に移動して、横から隠匿するようにリーとテンテンが壁を作る。こうすることで列者やカーテン裏からは把握されず、横や後ろからは白眼で見ていることを気取られない。ついでに相手の基本的なチャクラ量や携帯している忍具・食料・薬品の種類や個数を把握できる。リーが言う通り、彼らの第二次試験は既に始まっているのだった。




※本来一次予選はサスケとの組手の直ぐ後でしたが、この作品では一次予選カットするので時間をずらさせて頂きました。
イビキさん、ごめーんね(m´・ω・`)m?


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オリキャラとかオリ術考えるのって恥ずかしくてあまり筆も気も進まないんですが、この作品は本来脇キャラであるリー達三班を主人公にしてるので、ナルト達と無関係な因縁を作る為、また間を埋める為にはやるしか無いわけで……。本当にすまないと思っているぅ(どきどきキャンプ風)


 

 第二試験が始まって既に半日が経過しようとしていた。景色の変わらない閉殻された死の森の中では、今もどこかで虎視眈々と機会を窺う狩人が跋扈している。それは中忍試験に参加している各里の忍だけでは無い。覆い隠す葉樹の傘に隠れ、獣達がうじゃうじゃと蠢いているのだ。こうあってはさしもの忍耐も型無、多くの者が研ぎ澄まされ鋭敏になった感知能力が過剰に働いて、簡単に休むことさえままならなかった。

 そんな死の森の影に身を包まれながら怯える下忍の群れに置いて、異彩を放つチームがあった。日向ネジ率いるチームだ。スタミナのことなど留意しないで、縦横無尽に樹という樹を飛び回り、森の中で一番忙しなく動き回っている。と言うのも、ロック・リーの速足が止まらない。試験開始直後からずっと、何かを探すようにあちこち駆け抜けているのだ。連れ回されるネジ、テンテン両人も呆れ顔を隠せない。

 

「おいリー、そんなに張り切るな。まだ始まったばかりだぞ」

「すみません。ですが、どんなに強い相手が居るのか考えるとじっとしていられないんです」

「もう、バカね」

 

 ネジの注意に一応事も無げに謝るが、その顔に反省の色は無い。いつもの青春一色といった様相に、テンテンがため息をつく。リーは自分の力を試したがっていることは、ネジ達にも十分分かっている。特に試験前に急速に力を付けたリーのことだ。殊更そうであろう。だが、リーは残念ながら感知能力『も』無い。獲物を探すにはネジの白眼を使った方が何倍も効率が良かった。しかしリーは提案を拒否。せっかくの大自然。リーは自分の感覚を研ぎ澄まし、自分の能力を引き出そうと考えている。内容は言わないが、こんな場所でも修行をしようと思っているのだ。付き合わされる方はたまった物で無いだろう。が、リーのこういう無茶は二人も重々承知の上。文句を垂れながらもしっかりそのペースに合わせている。

 

(今のボクでは一処で自然と一体化することはできないでしょう。今朝までかかってようやくと言ったところか。ならば、ボクはこの森のことを知らなければならない。匂い、味、思い……ボク自身がまずは自然に合わせなければ!)

 

 リーはこの五日という限られた時間の中で、気を察知する力を完全に物にしようとしていた。その為に、夜になる前に森の全容を知る為の見回りを欠かさない。リーが探している物、それは『この森の気』そのものであった。この森全てが自分の感知範囲となれば、それだけでいい経験になる。そして、この森に居る全ての忍の動向を探ることも容易くなるだろう。悟空ならば、自分が見たことも無い場所さえも、自分の気を巡らすことで相手を探ることなど容易だろう。だが、才能も経験も無いリーはこうした事前準備が無ければ生兵法にしかならない。自分が通った道にフェロモンを撒いて行くアリのように、リーは自分の匂いとも言える感覚的な何かを置いて、記憶と照らし合わせることで気を察知しようとしていた。

 

 そして、こうしている今、リーが残した足跡を踏み抜いた者が居る。目に映っている光景とは別の、脳に直接ぶつけるような衝撃となってイメージが湧いてくる。そこに居る人間の気配はとてつもない殺気に満ち、淀んだチャクラだけで人を殺せそうな程に邪悪。イメージだけで理解できる危険人物の気配に、リーの脚は停止した。

 まるで挿し木のように動かず直立し始めたリーに、ネジが遅れて止まる。勢い余って少しだけ先に行ってしまったテンテンが戻ってくるのを確認してから、ネジが問い質す。

 

「いい加減にしろ、リー! 今度はいきなり止まってどうしたと言うんだ?」

「…………」

「そうよリー。あんたそんな独断専行するタイプじゃ無いじゃない。試験始まってからおかしいわよ」

 

 諌める声が耳に届く。だがリーは強張った顔そのままに、踵を返して一点だけを見つめ続けるだけだ。わけが分からないと言いたげなテンテンを抑え、ネジがリーを一発殴る。錐揉み吹き飛ぶ体を翻して、黙って地面に着地した。

 

「目が覚めたか?」

「ネジ……、ええ、本当にすみませんでした……」

「いったいどうしたと言うんだ。言ってみろ」

「実は……」

 

 気に関しては別として、感知の力を身に付ける為の修行をしていた話と、そして今感じた悪意についてを話す。話を聞いている最中にその方向を白眼で試し見たネジもまた、囚われたように口を真一文字に閉じている。自分だけわからないテンテンが不満気に唇を尖らせているが、『危ナイ奴』が居ることは、試験開始前に見ていた。試験官に殺意混じりの攻撃を繰り出したヤバイ忍者。そいつと同一人物かは別にして、ただ血を見たいだけのタイプは結構な数居るだろう。知らないとは言え肝が据わったテンテンが、文字通り知ったことかと無下にする。重要なのは三人無事に生き残り、巻物を集めて試験を突破すること。協調性を掻いたことを慎むように注意して、とリー、ネジに言いつけた。

 

「わかりました、テンテン!」

「なぜ俺まで……」

「普段一番和を掻き乱すのはあなたでしょ!」

 

 そんなこんなで暗中に似合わない団欒をする三人。その三人をこのままにしてやる程甘い忍者は既に落ちている。死の匂いで充満している森なのに、やけに甘い果実のような匂いが三人をの鼻を突いた。一気に警戒心が高まる。白眼を解いていたネジが再び開眼すると、小さな鈴の音がした。

 

「敵襲だ!」

「遅いヨォ!」

 

 散開する為少しだけ腰を屈ませた三人の地面が揺らぐ。硬く締まった大地が一瞬で砂塵に様変わり、食いちぎられたように穴が空く。ネジが巻き上げられた雑草を浴びながら『見る』。中心点に居る敵は一人。突き刺さった長物を掴み直し、直垂のように波打つ布を回しながらこちらに構えている。中腰になってへそ上の高さで構えていると言うことは、刀。白眼で見る限りチャクラが流れている。土埃の中で三方に別れた他のメンバーの位置を見る限り、敵はネジを狙っている。攻撃に備えて八卦を陣取ると、耳鳴りとともに後ろに風が吹いた。

 

「ごめんヨォ!」

 

 ―― 怒 羅 拳 ! ――

 

 紅蓮に染まった拳が振り抜かれる。引き絞られた太い腕が、ネジに当たらないギリギリの空気を殴りつけた。途端、鞭で振ったような空気を叩く音が木霊して、マシンガンでも撃ち込んだように一直線、視界が消し飛ぶ。木や石までもが粉々に砕かれ、発破していた。

 

「この拳は……!」

「大丈夫ですか、ネジ!?」

「ああ! それより気をつけろリー、奴だ」

「奴ですか?」

「ああ……、どうやらオレたちは、龍の掌中にあるらしい……!」

 

 

 

 テンテンは一人上に逃れた。小さな鈴のような音に聞き覚えがあったからだ。ネジ、テンテン、リーの三人はルーキー達よりも一年先に下忍となった。だが担当上忍であるガイの配慮によって一年の修行、体作りをする期間が設けられた。当然、才能で言えば誰よりも上である、あの日向ネジが在籍するチームだ。同期からは大きな注目を浴びていた。その中でも、第三班をライバル視する者達が居る。この一連の攻勢は、日向ネジに対する布石が見て取れる。匂い、そして先程の攻撃も見覚えがあった。

 

「やっぱり居たか……、お久しぶりだわ、リンリン!」

「ふふふ。お久しぶりですわ、テンテンさん」

 

 曼荼羅柄の肌蹴た忍装束で着飾った、透けたレースを身に纏うくノ一が、樹冠の葉の上で踊っている。テンテンに名前を呼ばれ、花型演劇女優にでもなったかのように手を伸ばし、月白のかんばせを妖しく撫で上げた。

 

「相変わらずお元気そうで、安心いたしましたわ」

「それはお互い様、よ!」

 

 言い切り様に棒手裏剣を投擲する。リンリンがひらりと開いた花弁のように回ると、異様に大きく長い袖口が手裏剣を弾いた。色鮮やかな布がドーム状に拡がって身を守っている。軽い技では無理と悟ったテンテンは、背負ったバッグから小振りの巻物を取り出し、天上に投げる。天を衝くようにぶち上がった巻物が煙を巻いて武器を排出した。

 

―― 武 器 口 寄 せ の 術 ――

 

 現れたのはモーニングスター。対象物を叩き壊す重量級の珍品だ。テンテンはそれを空中で掴み、自重を使ってリンリンの頭上中心に一点直下。さしものガードが歪み、崩れるようにリンリンが立つ木を真上から『潰した』。

 

「少しは効いた?」

「ご冗談」

「ですよねー!」

 

 一反木綿のように宙空を漂い浮遊する袖布にリンリンが立っている。リンリンのガードの中心を突き破ったと言うことは、同時に相手の懐に飛び込んだと言うことに他ならない。曼荼羅が波に打たれ、コマが動いて見える。テンテンは自分の愚かさを悔いるしかない。何故ならば、リンリンの本質はくノ一らしさ、その一点に優るからだ。気がついた時にはもう遅かった。テンテンは幻術に掛けられてしまっていた。

 

「本当にもう、テンテンさんは素直で可愛らしいお方……、わたしが一晩中愛でてさしあげますわ」

「やめてよ気持ち悪い! こんな幻術、今直ぐ破ってやるんだから……!」

 

 アカデミー時代のことではあるが、テンテンはこの術を何度も受けている。独特な匂いを放つ幻覚薬のお香と、彼女が身に纏う曼荼羅は呪術の刻印。布には千本の毛髪が編み込まれ、チャクラを流すことで攻め、守り、そしてこうした妨害にも使える便利な物となっている。仕掛けの無い瞳術と違う、準備が必要なこのタイプの術は意外に簡単に解ける物でもある。その大きな弱点が世に幻術を主武器とする忍が少ない由縁だった。

 

「ダメですよ……、ほら、そんなに頑張るのはおやめになって? あなたもああは、なりたく無いでしょう?」

「ふん、何を言ったって聞く耳なんか持たな、い……」

 

 身動ぎ一つ出来ないテンテンの耳元でリンリンが囁く声が聞こえる。正体の見えぬまま耳打たれ、首だけが勝手に動き出す。自分の首が百八十度回転する痛みと、首の骨が折れる音を聞きながら見せられた後ろには……。

 

「い、いやあああああああああああ!!!」

 

 葉っぱで股間を隠すだけの格好で仁王立ちするガイが居た。

 

 

 

 

 ネジとリーが声を掛け合う間に立つ男が居る。先程暴威を奮った忍だ。中肉中背、するりと立つ普通の背格好に似合わぬ脈の浮いた筋肉質な腕は、血とチャクラの激流が巡る証拠。あの拳を受ければ下忍は愚か、並の中忍でさえ無事ではいられないだろう。しかしその攻撃を、この男はわざと外していた。

 

「いやー、元気だったかぁい? 俺が誰だかわかるゥ? そうドラゴン、炎の男さァ!」

 

 明る気に話しかけてくる、ドラゴンと名乗った忍。彼の腰帯には木ノ葉の額当てが見て取れる。この男もまた、リー達と同期の下忍だった。

 

「おおドラゴンくん! また一段と強くなりましたね!」 

「えへへェ、そう見える? やっぱり俺強くなったよなァ。リーはどうなの? まだ弱い?」

「闘って見ればわかりますよ!」

「ハイハイハイ、俺と闘うのはまた今度。おいタイガー、相棒、何してんの! 俺がネジと闘うんだからリーは頼むって言ったでショ!」

 

 油断無くネジが睨む方向にそう文句を言うと、ドラゴンの声に導かれるように斬撃が飛んだ。

 

「ちょちょちょ、俺を攻撃すんなっての!」

「ネジとリーを引き離す為だろ」

 

 ネジとリーの間に居るドラゴンが腰を反り返して避けたせいかブリッジの姿勢になっている。チャクラを綯い交ぜにした斬撃を繰り出した張本人が悪びれもせず返事した。タイガー。ドラゴン率いるチーム、最後の一人。武門の出で、代々伝わる槍を扱う土遁が得意な忍だ。その大元は侍だと言われている。

 

「俺の術とネジの相性は悪い。と言うよりあいつは忍の天敵だ。お前がしっかり分断しないんじゃ作戦が損なわれるぞ、武術バカ」

「うるさいな、わかってるよそんなことォ! おいリー、そういうことだからお前はタイガーと闘ってろ!」

「そんな! ずるいですよネジ!」

「オレに言うな」

 

 そんな雑談混じりの言い合いを戯れながら、ネジの手刀やドラゴンの拳が飛び交わされる。周囲一体が無残に圧殺され、身を守る術が無いリーは已む無く距離を取った。リーの着地点に斬破が一つ。リーは自らを回転させることで一瞬浮き上がり、到着を遅らせて回避した。

 

「タイガーくん。あなたとの闘いもまた楽しみにしていました。ボクの忍道を見せてあげましょう!」

「悪いな。俺は生憎武道家だ。忍道は管轄外なのさ」

 

 ざり、と土を踏む音が二つ。己の肉体を武器にするリーと、長い槍を手にするタイガーの相性は、タイガーに分があった。斬撃は飛ばせど、未だ布で覆い隠されたその姿は見せない。アカデミー時代は使用することを許されず、当然リーも見たことが無い。まずはその正体を露わにさせなければ、リーの今を見せることはできないだろう。

 

「何であろうと道は道。行きます……!」

「チィッ」

 

 瞬きよりも早く、その身を弾丸に変えて突出する。リーとタイガーの身体が交差した時、拳と鉄がぶつかり、肉を断つような音が響いた。大きなパワーを込めた裏拳が、布越しの鋭い刃に当たって擦られる。材質は違えど、お互い包帯と布を巻いた武器同士の接触音にしては妙に血腥い。いや、鋭さが無かった。

 

「ぐっ」

 

 ミチミチと、タイガーの肩が悲鳴を上げる。思った以上にリーの打撃が強く、武器は耐えられても使い手にダメージが浸透したのだ。これ一発ではどうともしないが、何度も受ければ使い物にならない。タイガーは片手で持つのをやめ、両手で柄を握り締め直した。

 

「舐めないでください。ボクの攻撃は今、下忍一……重い!」

 

 生粋のインファイターであるリーを、槍使いのタイガーが懐中に入れたことがまず間違いだ。裏拳を逆手にし、蛇頭のように槍を縛り上げる。タイガーの得物を絡めた腕とは反対の手が、得物とタイガーの間隙を縫って指突する。タイガーは得物を掴んだリーの頭に逆立ち、躱す。得物の石突からひょろりと流れる雑布を手に取り、リーの首を締めようと掛けた尺寸の暇、リーは乱れた手貫でタイガーの手首を捕る。だが蛇拳が解けた得物は自由になってしまった。

 秒間、膠着した戦闘。だが支えを失って落下した得物の穂先が地に触れた時、リーの足元が大きく崩壊した。

 

「姿勢が……!」

「……まだ直接見せたことは無かったか」

 

 するりと乾いた音がする。ぼろぼろになった雑布が払われ、解き放たれた槍がいつの間にかタイガーの手元に戻っている。砂地獄のように沈んで行く地面から離れ、改めてリーとも距離を取った。

 

「西剛流秘伝武器、銘は土槍の牙。大地を操る、宝剣さ」

 

 

 

 ネジは窮地に立たっていた。ドラゴンが繰り出す一撃は、正に暴力と言えるだろう。ネジがギリギリで躱したと思っていても、余波一つを浴びて吹き飛ばされる程だ。守勢に入ってはダメだと攻め入っても、放つ気炎によって力を大きく削られてしまう。点穴を突くには自分も大きな犠牲を払うことになる。そう考えたネジは結局攻め切れない。負けはしないが、このままでは勝てないだろうことは予想ができた。

 他方ドラゴンはと言うと、自分が思った以上に楽な展開へと持ち運べたことに内心ほくそ笑んでいた。ドラゴンの攻撃は白眼によってトリックは知られている。ドラゴンはチャクラコントロールの応用から発展させ、体外に放出することで攻撃範囲を広げているだけだ。無論それだけでなく、自分の拳圧によって発生するソニックブームを利用することで、ネジを近づかせずに一方的な攻撃ができる。そしてただの八卦掌では中距離攻撃に対抗できないと知っていた。

 

「どうしたんだいネジィ! このままだと俺が勝っちゃうヨ!」

 

―― 怒 羅 拳 ! ――

 

 嵐風のように荒れ狂う拳撃がネジを襲う。木々や地面を抉り取るように圧しながら近づいてくる猛攻に回避が間に合わないことを悟ったネジは、その場で身構える。直撃寸前、唸りを上げて土煙を吹かせた。

 

―― 八 卦 掌 ・ 回 天 ! !――

 

 中つネジを守るようにチャクラの流れが防壁を作る。日向宗家に伝わる奥義の一つだ。ネジは日向切っての天才児と言われる由縁はここにある。分家の者でありながら、誰よりも早く、誰に習ったわけでも無いのにも関わらず、その秘奥を使いこなす姿。これこそが、リーをして『木ノ葉の下忍で一番強い奴』と言わしめた男の絶対防御だ。

 

「お前では勝てん。諦めろ」

 

 ネジが敵を睨む。双眸に白眼を宿して。鬼気森然、ドラゴンは総毛立ち、飛び上がって後退る。全てを見透かす眼前に、ドラゴンの勝機はたった今立ち消えた。




今回はジャンプっぽいサムシングを醸す為にポンポンとコマを変えました。
皆苦戦しつつ、でも天才ポジは実は余裕綽々という。出てましたかね。
まあどうせ次回でオリキャラの出番終了、以降出てこない捨てキャラなので、味がある内に噛ませてもらいましょう。

りーくんは少し調子に乗ってますねぇ。
チームにどう影響するでしょうか(笑)
ネジはガイとの特訓で何か掴めたのかな。
テンテンはガイの裸体から早く脱したいね。

※オロチマちゃん戦全カットで。ナルト達のかっこいい出番が見たい人は原作を読もう!


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心得

味がする内に(半年以上ぶりの更新)
もう腐ってるんだよなぁ……

そして悟空が出ないという
クロスオーバーは犠牲になったのだ


 深緑に、微睡むような木漏れ日が反射してギラついた。聳え立つ大樹はうずたかく亭々と立ち、天頂に被すように笠を作っている。自然のついたてに区切られた淵、喬木の根幹に忍ぶ者が居た。緑タイツで身を包むサラサラおかっぱヘアーの下忍、ロック・リーだ。敵は木ノ葉隠れの下忍・タイガー。変幻自在の槍術士であるタイガーと、一切の中遠距離攻撃を持たないリーでは、単純な計算で言えばリーの分が悪いと言えよう。リーチの差、槍巧者であるタイガーの技術、そして何よりも厄介だったのが、彼が持つ槍・土槍の牙の能力にあった。

 

―― 有 為 無 常 ――

 

 仄暗い影の奥、どこからか、タイガーの張り詰める声がする。身体を揺さぶるような地響きが猛速で近づくことに気が付き、リーは急いで幹を駆け上がった。忍はチャクラコントロールの応用で木や壁面、果ては高波や土砂流の上でさえ動くことができる。下を見遣ると数百年、いや千年近く生きてきたかもしれない大木が横倒しになって打ち軋む。為す術なく地底に沈み込み、悲鳴のようにあがる圧砕音。転々、空を翔って別の木に移っていたリーが逡巡すると、水を含んでいた筈の地面の土が砂床と化し、砂地獄のように木々や石があちこちで飲み込まれて行く。もしあれに埋没すればたちまち血塗れた土塊の一部となるだろう。

 

 ネジ、テンテンから丁寧に引き離されている。遠くに感じられる気配を背中で視ながらリーはそう思った。

 地べたに降りれば件の技で足場を掻き乱され、枝々を足掛け術者に近付こうとすれば下から放たれる粘度の高い礫土が乱鴉の如く邪魔をする。

 対面を臨んで勇み入ろうにも、土に紛れ巧みに躱されてしまう。

 局面、袋小路に立たされた。生来考えるより身体を動かすほうが得意分野であるところのリーにとって、狩人の如き相手を取るのはどだい難しい。侍の武略とはげに恐ろしいものだ。諦めて大不利な状況で闘うか、身を振り捨ててでも仲間の元へ向かうか、二つに一つ。

 

 だが、リーは改めて立ち返る。そもそもこの予選は命懸け、それは誰であろうと変わらない。うちはサスケや日向ネジでも同じこと。であるならば、凡百以下のリーに、選択肢を前にまごついて悩む権利などあるのか。答えを出すまでもない。いつだってリーは自分ができるだけのことをするしか無かった。他の者が嫌だと思うことだって、やらなければ強くなる権利さえ与えられない。優秀な者がすることを真似てみても、己の身につかない。何故そんな自分が敵を、戦場を選べると思っていたのか。今リーの耳が、己の傲慢の爆ぜる音を捉えた。

 

(なんてことだ! ボクは気をほんの少し学んだ程度で、知らず内に驕っていたようです、ガイ先生!)

 

「フン、どうしたリー。急に大人しくなったな」

 

 タイガーは思った以上のリーの実力に緊褌一番気を引き締めていた。正直なところ、タイガーは力で言えば軟弱であった。

 背丈はテンテンよりも低く、体格は優れない。身丈に合わぬ鋭槍を持つ手は肩から赤く変色している。リーの初撃が身体に大きくダメージを遺したからだ。

 土槍の牙はチャクラ刀の一種で、その穂先から流れ出るチャクラを強制的に土や石へと浸透、性質変化させる。言わば使う度にチャクラを使うことになるリスクを伴う。上忍クラスであれば普段使いしたところでそう問題にはならないが、いくら適正の高いタイガーでもそうバカにならない。印さえ結ばず一度振れば大地を動かす名槍も、やかましく言えば下忍が使う中で最下級レベルの土遁忍術一回を使用しているに過ぎないのだ。そう繰り返し使うことができる利便な術では無かった。

 汗を拭う手が痛く染みる。

 冷や汗だ。腿によく拭きつけ、槍から少しずつ解かれる指を強く握り直す。ゆっくりと幹を滑降してくるリーに向けて、大上段に構え待ち受けた。

 

「もう仲間の元へ向かうのは諦めたか?」

「諦めるという選択肢が無いことなど、第二試験を受ける前にわかっていました」

「はっ、道理だな」

 

 切迫、リーの回し蹴りが先取る。風を呼び木の葉舞う下段からの上翔。リーやガイが得意とする木ノ葉旋風だ。風圧だけでタイガーの髪が流れて汗が飛ぶ。だが上段の槍に下からの攻めはナンセンス。槍の基本はそのリーチによって相手を伏せることに尽きる。刺す、叩く、薙ぐ、様々な扱われ方をしてきた槍だが、こと枕を抑えることについてはどの時代でも先んじた。

 リーの旋風を前にタイガーは待ちの姿勢を崩さない。近づかせないよう軽く突きで牽制、リーがこなすように気味よく避ける。これでリーの攻撃圏内から少し遠ざかった。にじるような足の運びは修験者のそれを彷彿とさせる程穏やかに静音。棒のような形状である槍と、半歩の動作は距離を測る為の道具となる。

 タイガーの槍がリーの顎先を抉るように弧を切った。一度半歩下がった後で忙しく急突することによって瞬発力を増した死角からの一撃は、吊り上げた鋒が震えて空気を弾く。

 リーは胸を逸らして回避する。どうやら余裕を持っているようだ。そう悟ったタイガーは、先手の掌を滑らせるように槍を押しこみ、腕を伸ばして奥突いた。流石に避けられまいと予想した一撃も、リーは見ることさえせずに槍を蹴りあげて矛先を逸らした。タイガーがこの一手に使った突き出しを『繰り突き』と呼ぶ。槍道で多用される無数の攻撃を生む術ではあるが、中距離のリーチを得られる代わりとして、槍の保持力を損なうというデメリットがあった。リーによって突っぱねられた槍の頭が頂点を向いて大きな隙を生んでしまった。

 タイガーの眉間に冷や汗が流れる。間隙を突かれぬように半身を敵と相対する。向身、直線的な怒涛の攻撃を可能とする、槍術ではあまり使われない姿勢。タイガーは風に舞う木ノ葉の如き身のこなしのリーに猛然と襲いかかる。槍を蹴り上げる時に支えとしたリーの足を蹴り払い、背中が浮いたことを狙いつけ、弾かれた槍が真っ直ぐなことを逆手に取って石突を殴りつけた。鋭い打突が腹を破ろうと近づく転瞬の間、蹴り払われた勢いを利用してリーが身体を捻り、タイガーの胸腹部を連蹴する。狙いをずらされた土槍の牙の穂先がリーの髪を散らした。

 数歩、タイガーが後退る。緊張で視界が揺らいでいる。タイガー自身でも驚く程息が荒い。差し迫った状況に過換気を発症していた。困惑する頭の中を一つの考えが昼夜のように巡る。

 

(ロック・リーはここまで強かったか……?)

 

 いいようにあしらわれ、手折るように一捻りで対処される。一弾指、刺突尽くを躱されてしまった。流れるような動き、剛胆な攻め、ほぼ蹴りだけで行われる鉄壁の護り。そのどれもが過去の像とは似ても似つかない。隙の無い身のこなしに、どこから攻撃してもあしらわれるイメージが湧いて出た。

 

(強い……! 完全に押されている……。落ち着け。……落ち着け!)

 

 タイガーは武道家である。それを自称する程だ。日々の修行によって精神制御もお得意だった。チャクラを身体に巡らせて活性化させ、血管と筋肉を弛緩することで身体を無事にする。大きくゆっくりと、不安もろとも吐息した。

 

 タイガーの瞳に闘志が宿る。膨らんだ殺気をリーは気で感じ取った。

 瞬動の内に影を残し、虎の牙がリーの首目掛けて貫く。これもまた、目さえ向けずリーは首だけで避ける。だがタイガーも止まらない。タイガーが曲げた首に何度も連突しては、リーが頭を回すように躱す。脇、股、関節、全てを的確に破壊せんとする激越の万手も及ばない。さながら無衆に演舞を晒す無様に臍を噛む。だが、真の狙いはそこにない。

 連綿と続く刃突の先、リーを動かしながらも、徐々に木々の狭まった深まりへと追い込んだ。四方を囲うように包む大樹の下より盛り上がった根の脈。全く平でない不格好な地面も併せて、槍にとっても徒歩にとっても宜しくはない。

 

 土槍の牙以外にとっては。

 

―― 有 為 無 常 ! !――

 

「グッ、ぅ!」

 

 リーを搏撃する物がある。突き出された刃が砂利を爪弾くように引き切られていた。鳩尾、両肩口、人中、目、鼠径部を狙うように突起した叉棘状の土塊が盛り上がり、するり侵そうと手を掛けている。襲い掛かる土流が穿つようにリーを輪転、錐揉み巻き込みながら樹幹を這うように天衝する。

 

「……有為無常は単に砕くだけでも土ころを投げるだけでもない。これ一本で大地の形を好きなように変えることができンのさ。砂のように柔らかく、泥のように粘り強く、そして岩のように硬くもな」

 

身を投げ出され宙を舞うリー。四肢が乱れ投げ出されるほどに掻き回され、タイガーからはその表情も見えやしない。しかし西剛流は止まらない。相手の息の根を止めるその最後を見とめるまで攻撃の手を緩めることはしないのだ。

 

「俺は誰でも良かったんだがな、リー。恨むなら、俺に当てたドラゴンを恨め」

 

      戌・丑・未・申・亥・辰

―― 西剛流・奥義 一騎虎勢!! ――

 

 槍を一払い、片手印を結びながら、簇簇さながら肋骨のようにリーを突いた土柱の上をタイガーが駆け抜ける。地走る矛先が煙を上げ、その後ろに線を描いた。するとどうしたことだろう、乱乱まばらに剥き出した土が水飴の如く糸を引いて蕩け、根本から更に練り上がった大地と混ざり合い一塊の化生を象った。その姿は正に太牙を突き立てんとする虎頭!

 

「喰らいやがれ」

 

 タイガーがその虎の後頭部を跨ぎ、撚るように槍を天へと振り上げる。呼応して、蓁蓁とした死の森の木々よりも太回りな虎が嗷然と唸りを上げて頭をもたげ、リーの身体を咥えて怒張する。鉄のように硬い虎の口腔で身動きできず、リーは為すがまま振り回される。全身に掛かる大きな圧力で体内全てが揺さぶられる感覚と、圧し折れそうになる痛みが頭頂から足先まで迸った。虎は止まらない。増々の勢いで以って手当たり次第に巨木を次々折りながら蜒蜒たる軌道を描いて飛び回った。

 

 リーは己の意識が飛びそうになるのを必死で抑えることに力を注いだ。見るからに大技、この術をどうにか耐え切れば、そこに一瞬のチャンスが巡ってくる。そう信じて自分の出せる「物」を心に集めた。それ故衝撃は全てリーの身体に直通し、手足がもがれそうな程好き勝手振り回されているのだが。しかしここに来て、リーは自分でも気付かず内に、外気的行動を一切しないという選択を取った。これは悟空が言っていた、真の意味を持つ『何もしない』を現実とする判断だ。今までのリーであれば、この攻め手に守りや受け流し、回避、打破などで以って行動に移しただろう。実際、何か行動に起こすことでこの状況をどうにかすることもできた。

 

「選ぶんだなリー。このまま虎に噛み砕かれて死んじまうか、巻物を渡すか……。同郷のよしみだ、俺もお前を殺したいわけじゃあない」

 

 虎の後頭部に半身を埋めたタイガーが迫る。リーが巻物を持っているとは限らないが、しかしこの絶対有利の状態であればこそ、交渉に出た。が、これは悪手。リーは驕りに気がついたあの瞬間から、恐るべきことにとてつもない早さで気のひとひら、片鱗を掴み初めていた。タイガーの疾風の如き槍術が児戯のようにあしらえたのもそれが原因だ。悟空が気軽に放った棒術も、今のリーであればなんとか避けられよう。

 痛む身体は程々に、チャクラが練りこまれた虎の中でリーがふと感じる物、それは自信満々に勝ち誇るタイガーの身に隠された気配の薄さだ。まるでいつまでも終わることが無い波濤の如き攻撃に身を置いて気付かされる力の領域。これからの試験に残すつもりでいるらしい。タイガーはそう言う意味で、自分の限界を迎えようとしている。そんな考えが今のリーには見え透いていた。顔は余裕そうにしているが、虎の体内は砂上の楼閣のように脆い。『後十数秒で』訪れる最後の一撃。動気。そここそが勝利を手にする絶好の機会。不思議と消えることの無い自信と、何故か痛みさえ忘れてしまう程の浮遊感を抱いて、リーは脱力する。

 

「返答が無いようだな……、残念だが、死んでもらうぞっ!」

 

 辛抱しきれず。いや、もう耐え切れずと言うべきか。歯を砕かん程に食いしばって、タイガーが槍を振り下ろす。虎の後頭部に突き立て、最後の力を振り絞りチャクラが込められる。刃が青く輝き、刺し割れた部分からも光が漏れて顔を照らした。虎頭は直上して樹冠を追い越し、顔岩さえ見下ろせる高さに到達すると、螺旋を画きながら猛スピードで落ちて行く。何トンにもなる土塊と、数百メートルを超す高さからの落下の勢いを足して、リーを押し潰そうという算段だ。本来は牙を突き立て噛み殺す方が簡単だが、タイガーのチャクラ量、そして一度獲物に噛み付いた牙を緩めれば、例え瀕死の小動物でも何をするかわからないことを考え、敢えて自重を使ってそうするしか無かった。

 

 虎がリーごと大地にぶつかる。大きな爆発と共にその鼻頭が砕け散った。後頭部に居るタイガーは身構えて、虎の軌道から降ってくる岩を、土虎の中を遡上しながら距離を取る。自身には衝撃が行かないようできているらしい。まるで泳ぐように移動し、くだんの激動を差し見れば、乾いた虎の首がもぎ取られ、抉れるように穴が空いている。クレーターのように窪んだ地面を蹴り、落ちてくる土流に向けて影さえブレる程の蹴りを放つリーの姿があった。削岩機を硬い壁に押し当てるような音が耳を劈く。リーの蹴り脚が全てを砕く音だ。溢れるように落ちる土流が刃物で蔦を裂いたように枝分かれして行くのが見えて、タイガーは慌てて身の回りの岩を砂に変え、自分の周囲ににわか作りの壁を建てた。

 

 リーの勢いはとどまることを知らない。障害を瞬く間に吹き飛ばし、弾丸のように跳ね翔ぶ。全ての基点となっている脚の周りが白く燃え盛り、気炎を放って風を孕んでいる。その春の光風にも似た暖かい輝きは、昨日まで確かにリーが扱えなかった『気』そのものだ。オーラを纏う蹴脚が、タイガーを守る厚い砂の壁に触れ、一瞬で吹き飛ばす。轟々と、がなるように音を立てて撓んだ砂が振り解かれ、蒼然暮色に彩られた死の森に黄土の羽衣を被せた。

 時を失い、浮遊感が二人を殊更に駆り立てた。衝撃に強い岩でなく、わざとクッション性の強い砂で作った盾を一捻りに払われ、逼迫した感情に苛まれたタイガーの手が愛槍を握る力を強める。浮いた汗が流れる暇さえ与えないリーの蹴りは、その盛りを失せるどころか回転を増し、烈々の螺旋風を形作る。重力を無視するように迫り上がって、体幹目掛けて突立するばかり。回避などするいとまさえない。背空の寒々しさ、踏みしめるべき地は見下げた遠くに置き去った。自分の持つ『力』を信じる。それ以外にタイガーの取るべき択は存在しない。余力を惜しまず、持てる『力』を土槍の牙に込めた。

 

「おりゃああああああああああ!」

「っぐ、ぅぅぅうううおおお!」

 

 蒼炎が黒鉄の刃に収斂され、晢晢神さぶる。

 リーの脚とタイガーの槍が衝突した。

 土槍の牙、西剛流は代々土遁使いの血筋。当然チャクラ性質も土が一番色濃く出る。よく練られた刃は、タイガーのチャクラを素直に通すようできていた。土属性の性質変化とは、結合の変質。物質の硬軟を任意に変える和合の能力が遺憾なく刃を硬め、仙獣の頭蓋よりも頑強なものに創り変える。事実リーの猛攻に直面してもびくともしない。

 根差した大樹よりも揺るぎない一直の鋒がリーの攻勢を削いで弛緩させていく。両手で横払うよう薙いだ槍で衝撃を反らし、発破するように身を投げ出した。斜向かいへと吹っ飛んで、リーの体術から逃れようとしたのだ。

 しかし、リーもただ見ていただけじゃない。いつの間にか解かれた両腕の包帯がタイガーの身体を絡みとって虜とする。魚綱を引っ手繰るようにタイガーを寄せ、バネのような反発力を利用し身体を縦に捩られ、相乗されて速さを増したタイガーの身体が、さながらヨーヨーのように超速で巻き戻ってリーにぐんと近づいた。守るように身を屈め内に曲がろうとするタイガーとは真逆の力で、背骨が折れそうになる程反らされることから逃れられない。ままに吸い寄せられた先には、玉鎖の錘のように何度も回転するリーの、重剛な踵落としが待っていた。

 

―― 散 蓮 華 ! ――

 

 骨を砕く音がする。タイガーの右肩が悲鳴を上げたのだ。右利であるタイガー、右上段構えの癖が出たことが過誤を起こしたのだ。遡れば最初のリーの蹴りで痛めた方の手であり、更なる負担がかかったことでついに限界を向かえ、槍を持つ手から力が抜ける。動かない腕を隠すこともできず、息さえ止まる痛みにタイガーの口に血が広り、脂汗が目に入り景色が滲んでリーの顔さえ朦々と明滅し斑消えた。

 

「これで……ボクの勝ち、ですか……」

 

 思い出したように重力に従い、二人して落下する最中、リーはそう呟いた。その声色が含む意味は、夢見心地に現を抜かしつつ、確認めいた物があった。

 

 

 

「何故、あの攻撃の中で生きていられた?」

 

 幹の根本に腰を埋められたタイガーが質す。リーは包帯の土を払い落としながら、顔さえ向けず返答した。始めから殺意を持たないリーは横様に倒れたタイガーを樹洞のように奥深まった根にタイガーを運び、身体の不調確認のついでにタイガーの呼吸が整うまで待っていた。

 

「キミは幾つかの失敗を重ねたんです」

「失敗……?」

「例えばその槍」

 

 戦闘中も今も絶対に手放さなかった土槍の牙を指差し、ぎゅっと包帯を締める。

 

「キミはチャクラ刀を上手に扱うようですが、そもそも土の性質変化がチャクラ刀自身に付与できる効果は硬くすることぐらいでしょう。それ自体は近接武器である槍にも有用、しかしアナタの闘い方とは致命的なまでに合っていない。どうして土を操るあの術をもっと近接戦に役立てないのですか?」

「……槍使いだからこそ、懐に入れないよう距離を取るんじゃないか。それに、リーに遠距離からの攻撃手段は無いだろう」

「それは言い訳です。ボクも忍であると同時に武を嗜む一人の武道家ですよ」

 

 包帯の緩みどころを探し、しっかりと巻かれていることを確認したリーが腰を屈め、視線の高さをタイガーと合わせた。

 

「西剛流は『二槍流』の筈だ」

「! ……知っていたのか」

「ボクは体術だけを拠所に忍を目指しているんですよ。この里にある開かれた武術の類はある程度調べています。西剛流は元々鉄の国の剣だ。奥義は教えなくとも、道場を建ててまで己の技を広めるのは侍か武僧くらいのもの。この目で見に行きました」

 

 リーの真っ直ぐ真摯な瞳を見れず、タイガーがうなだれて顔を隠す。

 

「キミは初め、こう言いましたね。『俺は生憎武道家、忍道は管轄外』と。しかしキミは印を結んだ。それも見事な片手印のです。ボクはあの時の印と、キミの術の技巧と威力の差に疑問を抱きました。もし『片手印でもできる』んじゃなく、『片手印しか許されていない』のだとしたら、と……。あの術は未完成だ」

「……そこまで見極めていたのか。悟られるとは、思ってもみなかった」

「ボクは忍術が使えないですからね。人一倍、他人の発術に目が行くんです」

 

 タイガーが大きな溜息をつく。その意味を今の鋭敏なリーが悟ることは簡単だが、負けた武人の心を読むなど許された行いではない。沈む横顔がしおらしい。

 

「ですが一番の問題はそこじゃない」

「……聞かぬは一生の恥だな。教えてくれないか」

 

「……努力する、それがボクの忍道です。ボクに諦めるという選択を迫った、それが一番の大失敗だったんですよ!」

 

 ナイスガイスマイルでそう答え、歯を見せてウインクするリーの顔は、闘いの時よりも熱く輝く。対するタイガーは呆気にとられて胡乱気だ。だが、リーの言葉に思う部分があったのか、意味深げに噛み締めて、改めて顔を上げた。リーの忍道とは何だったか。アカデミー時代から、あれそれとバカにされていたあのリーに失点まで暴かれ晒される気分は不思議とどこまでも清々しい。もう日も沈みそうだと言うのに、天晴爽快な気分だった。

 

 

 

 

 樹冠から、釘でも打たれたように身動ぎ一つしないテンテンは、同い年のくノ一・リンリンによってその身をまさぐられていた。幻術に陥落したテンテンは抵抗さえできないのだ。今も魘されながら苦悶にあえいでいる。

 

「ふふ、愛らしい。さあ、巻物は持っているかしら?」

「くっ」

 

 リンリンは嫋やかな指を馳せ、テンテンを曝しポーチから巻物を取り外す。単純な巻物所持数ならば中忍試験参加者で一番多いだろうテンテンこそ、巻物を隠すのに相応しいと考えていた。そもそもネジ班は基本的に体術使いばかりが集められてバランスが悪い。リーは忍術に対抗策が取れないことの方が多い故に囮に向かず、ネジはエースでリーダーの上に血継限界、よって更に狙われやすい。その点今回に限りテンテンは一番秘匿するのに適任と言えた。一番弱く、一番頼りなく、そして一番戦えずとも影響が無いからだ。そんなことを考え、弄るような手つきが、テンテンの身体に纏わりついた。

 

 最初の鈴の音によって聴覚を奪われ、香りで嗅覚、曼荼羅で視覚を奪われたテンテンは、間違いなく人生で一番の恐怖に苛まれていた。葉っぱ一枚のガイがいつものナイスガイスマイルを引っさげ、自分の身体を抱きしめるのだ。コレ以上におぞましい光景など、テンテンにとって想像しえなかった。確かに感じる体温、匂い。その全てがガイの青春一色。総毛立つ心身を落ち着かせる暇も無いまま、テンテンは幻術によって発生する欠落した部分を探った。どんな幻術にも必ず穴がある。例え意識を奪い洗脳するような完全催眠能力であろうと、それは完全という『欠落』になり得るのだ。

 幻術の解除方法はいくつかある。一つは幻術のトリックを見抜き原因を取り除くこと。一つは術者をどうにかして倒す、或いは術を使えない状況にすること。一つは乱れたチャクラを他人、或いは自分自身で元に戻すこと。リンリンの使った幻術はあくまで下忍レベルの下等幻術でしかない。しかし、聴覚・視覚・嗅覚の三つからなる重ねがけによって、その解呪を難しくしているのだ。

 

(どうする……! このままじゃ良いようにやられちゃうじゃない! ……でも、正直チャクラコントロールには自身が無いわ……)

 

 テンテンには幻術適正が無かった。いや、チャクラコントロールの適正と言うべきか。水面歩行なども正直得意な方ではない。動物との口寄せ契約をしないのもそれが一つの原因であると言えるし、チャクラ糸などを利用して忍具を操ることをしないのもその為だ。

 

「どぉおしたテンテーン! んー? 何をそんなに苦しそうな顔をしているんだー!」

(ガイ先生のせいでしょーが!)

 

 考えあぐね唸っていると悪夢が向こうから話しかけてきた。ヘコヘコと腰を揺らす度ひらひらと木ノ葉が踊っている。野獣が今にも顔を出しそうだ。思わず顔を逸らした。

 

「何を恥ずかしがっているんだ? あ、ほら、あほら、こっちを見ろよテンテーン!」

(ガイ先生、試験終わったら絶対はっ倒す……!)

 

 何か大事な物を失いつつも、密かな復讐心を決めたテンテンの首が痛い程にそっぽを向く。いたいけな乙女の心を傷物にした報いなれば、例え本人でなくとも立派な罪となるのだ。だが、テンテンの頭にふとよぎる。見たくない物を見ない。それが今できているのは何故か、だ。手足は愚か肩や腰も動かない硬直状態で、ただ首だけが動いている。これも幻しが見せる誤りの感覚なのか。嫌々ながら、もう一度首を動かしてみせる。

 

「おっ、テンテン! どうだこのポーズ! まさに完璧なファイティングポーズじゃないか!?」

(イヤーーーー!!!)

 

 勇気を持って視たテンテンの視界には、ガイが股をおっ広げ、その股ぐらから頭を覗かせながら両手を誇らしげに開く姿だった。悟空が見ればとある星で出会った隊長を思い出すことだろう。

 

「テンテン。イヤなこと、苦手なことから逃げるな! そんなことじゃ綱手様のようなくノ一にはなれんぞ!」

 

 そんな良いことを言っても説得力が無い。テンテンは心の底から思った。

 

(そんなこと言ったって、ガイ先生の……はキツイに決まってるでしょ!)

「いいかテンテン、青春は常に挑戦に満ちている。俺達は生きている限り永遠のチャレンジャー! 例えどんな術にも綻びはある! 幻術がどうした! 俺だって解けるんだからテンテンにだって解けるさ!」

(ガイ先生……ゲェーッ!)

 

 吐き気と怒りで涙を浮かべながらも、テンテンの頭は不思議と普段通りに動き始めた。

 

 

「な、なにかしら。すごく死にそうな顔をしているわ……」

 

 一方術の外では、リンリンがどんどん血の色が失せていくテンテンの様相に若干引き気味ながら、巻物を探していた。元々武器口寄せ用の巻物とあれば、わざわざテンテンの手元に置く理由も無い。違った物はぽんぽんと捨てさった。

 リンリンの使った幻術は五感の過半数を封じ、お香の副次効果で微力ながら麻痺させた上、被術者の最も恐怖する潜在的な対象を幻覚させることによって、一番受けたくない仕打ちで苦しめる効果を持つ。最初にテンテンを襲った首を折られる痛みも一過性の幻。この術に触覚そのものを奪う力も、リンリンにそんな趣味も無い。ただ一度の、幻術に落ちる合図だ。だがテンテンの顔は痛みに満ちている。

 

「まあ、そんなことはどうでもいいです。はやく巻物を探さなければ……」

 

 テンテンは間違いなく術中に嵌っている。口寄せ用の巻物は目に入る物全てを取り外した上、忍具ポーチは手足も痺れて取りにくい下半身。仮に術から抜け出しても、幻術をかけた張本人ならば簡単に気づける。そう確信したリンリンがテンテンから注意を逸らした隙、その須臾に満たぬ時の中で、テンテンの意識が覚めようとしていた。

 

(テンテンさん、こんなに他愛もない相手だとは思いもしませんでしたわ。でも、一年待てたんです。貴女ならばもう一年ぐらい待つことだって出来ますわ)

 

 最後の巻物一本を手にし、題簽にしかと書かれたその文字を見、自然と上がろうとする口角を押え竹を押し付け隠した。後は無抵抗のテンテンに睡眠薬でも盛って意識を沈めれば……。

 

 間違いない油断。

 テンテンの瞳は先ほどまでと変わらずに虚ろだ。明確な指向性を持たぬ蛋白質な視線。ともすれば斜視にさえ思えるうそ寒い瞳孔の動きに違和感を、覚えようとした。リンリンの脳から身体全体へ指示を送りきる途中、それは起こった。

 

「!!!」

 

 薫風が頬を撫でる。まばらに繋がった大小様々な風の……、いや、チャクラの流れ。そよぐような微弱なソレがリンリンの無意識下に右肩を通り過ぎたと同時、微動だにしなかったテンテンの左半身がしなって藻掻いた。その様はさながら絡まった蜘蛛糸から抜け出そうとする蝶のようである。何もない空を引き千切ったテンテンの腕が、乖歪する力に耐えられず音をたてた。関節が外れている。ふらふらと力なく揺れる左手、全ての指が別の方向へ折れ曲がる。

 リンリンには何が起こっているのか判断できなかった。突如始まった生物的でない動きはまるで霊怪だ。悲鳴さえ上げることも出来ないリンリンの眼前で、今度はテンテンの右半身に異変が起こる。切り落とされたトカゲの尻尾のように大きく痙攣し、膝が跳ね上がった。

 

「一体何を……!?」

 

 リンリンが疑念を飲み込めず口に出す。下手な傀儡遊びのような動きのソレが、テンテンの考えた幻術への対抗策だった。

 

 通常、人間は身体中に巡るチャクラを脳で自然に処理している。忍者はそのチャクラをコントロールし、印を結ぶことで遁術に変えたり、或いは水面歩行や身体強化などに使用することができ、幻術とはそのチャクラコントロールの根幹である脳へ、他者のチャクラを流し込むことで干渉し掻き乱すことを言う。以下に忍者と言えど、身体に馴染んだ無意識のコントロール能力を雑にいじられれば簡単に機能停止する。それはしょうがないことなのだ。

 しかしテンテンは違った。先述した通り、そもそもテンテンはチャクラコントロールが下手だ。リーほどではないにしろ、その能力はかなり劣る。絶望的と言ってもいい。では何故、幻術の中で奇妙な動きを見せたのか。答えは単純。自らが発生させるチャクラを乱したのだ。正しく行われるチャクラを乱すことが幻術ならば、そもそも正しくなければいい。下手なりに暴れまわるチャクラを、奔放に身体中巡らせる。神経に送られる微弱な電気さえ無視させるエネルギーの脈動が、考えも見せない無謀な動きに変わるのだ。暴力的なまでの幻惑に自らを落す。最早その幻は、具体性を持たぬ灰色の景色へと様変わりした。

 

「くっ……、何をしたかは分からないけれど、確かに幻術にはかかっている筈! 大人しく眠っていてください!」

 

 はらりと拡がる曼荼羅布。袈裟のような服飾が燻らせた煙に似た機動を見せ浮き上がり、テンテンへと襲いかかる。割れて剣山のようになった木を叩き壊し、反発しながら徐々に近づく絹布。勝手に身体をボロボロにするテンテンには避けることさえ出来ないだろう。案の定、テンテンは攻撃を受けた。木っ端が舞い、爆煙が舞う。テンテンの細い身体も、肉片となって舞ったことだろう。これもまた、通常ならば。

 

「嘘!?」

 

 折れ曲がった左腕、そして右膝。その両方を布が掠奪せんと攻めかかったその勢い、それに合わせて関節を当て、大きく回転することで力を利用、まるで手裏剣のように弾かれたテンテンの身体が撥ね上がると、横、縦に回ることで徐々に勢いを落とした。

 

「何が嘘……なのかしらねェ?」

 

 先ほどまでの動きはどこへいったのか、テンテンに精彩が戻る。関節のかすり傷から血を濁濁と流しながらも、猿のような身のこなしに赤い軌道を描いた。テンテンの脚が幹に着地する。

 

「何故……動けるの……?」

「身体に直接教えて上げるわ……かかって来なさい!」

 

 テンテンが啖呵を切り、肩を膨れ上がらせる。これ以上ないほどに折れつくした指をそのままに、掌で煽る。ガイが自分達を煽る時に使う癖。視線さえ重ならないにも関わらず、自信溢れるその表情。リンリンの知る通常のテンテンの、数倍にも大きく見えるその姿は、威圧感による物。男どものように闘争心が少ないリンリンは、得体のしれない恐怖に慄くほかなかった。

 

 

 

 ネジが回天を使い、ドラゴンの攻撃を防いだ後。

 戦況は一定の膠着状態を呈していた。ドラゴンの技はネジの喉元に食らいつくことはなく、ネジの柔拳は一様に躱される。互いにインファイターでありながら、逼迫した鬩ぎ合いの最中、徐々に中短距離のいなし合いと移っている。

 ドラゴンは初め、怒羅拳と呼ばれる剛拳を使えばある程度まで闘える、と甘い算段を立てていた。簡単に言えば、性質変化の基礎応用でしかない、ただの武術。それが怒羅拳の正体だ。ネジの白眼であれば身体強化のそれと全く変わらない、くだらない曲芸のようなもの。だが、ネジは実際にそこそこ苦しめられていた。回天を使うまでは。

 

「認めよう。俺に回天を使わせた奴は、同年代じゃお前で二人目だ」

 

 にじり。砂を潰す音がする。八卦の構えのままに立ち位置を変えないネジの周りをドラゴンが踊るように駆け回る。赫灼の熱波が森を焼き、ネジの体力を削る。明らかに上昇した気温に包まれ、頬を汗が伝おうとして気化してしまう。まるで蜜蜂の群れに襲われる雀蜂のように、このままでは焼き殺されるだろう。普通ならば。

 

「この程度であれば、回天を使うまでも無い……」

 

 掌底を地面に向かって打ち付ける。裂帛の拍子に、焼き焦がさんとする熱が吹き飛んだ。チャクラと掌圧によって生み出された風が一瞬で空間を創り変える。

 腰を少しだけ落としたネジに、大振りの貫手が刺し込まれ、寸尺ズレてネジの指が伸びた。だがドラゴンも流石だ。蛇頭のように突如折れ曲がった肘がそれを回避し、ネジの胸元目掛けて真空波を放った。

 

「きかん!」

 

 片足をドラゴンの腹部へ近づける動作。それだけでドラゴンは距離を取らざるをえない。真空波を避ける為に背を逸らしながら行った一瞬の攻防。これは常にネジが後手に回り、そして常に優っている。互いに洗練された武の持ち主だからこそ現れる実力差。ドラゴンの余裕は消え去った。

 

(冗談じゃないヨォ、いつの間にあんな反則技使えるようになったのサ!)

 

 ネジの回天、それはアカデミー時代になかった物だ。当たり前である、下忍にさえなっていない者に扱えるような技ではない。厳しい鍛錬と己に科された卍紋の宿命、それがネジをここまでの忍に成長させたのだ。

 

「お前の生半可な攻撃じゃ、俺に一撃を入れることさえできやしない」

「チィッ……」

 

 苦し紛れの蹴りを空振る。戦闘開始してから一度も立ち位置をずらすことさえ出来ず、いささかドラゴンのプライドに傷をつける。確かに攻撃は当たっていないが、いい加減体力の消耗だってバカにならない筈なのだ。だがネジの動きに淀み、滞りは見当たらない。綻びさえ見つからず、ついにドラゴンの攻めがひとたび止まった。

 

「所詮軽業、リーの攻撃のほうがよほど剛毅だ」

 

 ネジの套路に一切の不足なし。ネジの脚がブレた。踏み脚の力が輪を描いて轍を作る。時に龍に例えられる連綿とした武は、その緩慢とした動きとは比べ物にならない風音の迅となる。衣擦れの音が木々を通りぬけ、木ノ葉を連れ空へと舞い上がった。

 

 ―― 日 向 流 柔 術 ・ 乾 坤 ――

 

 円周を沿うが如き渦波の動き。体捌きと回りながら拡縮する間合いの誤差にドラゴンがたじろいだ。脚から来るのか、それとも手か。柔拳は掌に空いたチャクラ穴から直接相手に己のチャクラを流し込み、内部を破壊する術だ。自然、ドラゴンの注意は手に向いた。しかしフェイク。ドラゴンが知らぬことも無理はないが、ネジの柔拳は身体全体を武器に変えることができる、宗家にもない特殊体質によって賄われている。回転によってネジが背中をドラゴンに見せたその時、その眼前を白い壁が迫った。

 

「!」

 

 背撃。今までの動線から予想外の短跳、冒没させる膨圧に、咄嗟的に向こう脛を盾にした。一足とて、重要な点穴を突かれチャクラを練ることができなくなるよりマシだという判断。だがネジの追撃がその穴を襲う。

 側撃的に繰り出された肘が掻き殴る。千本で串刺しにでもなったような痛みに襲われる脛を壁にすると、当たる直前ストンとネジが落下した。いや、ドラゴンにはそう見えた。急転直下の足払いが、片足立ちのドラゴンを押し飛ばす。歳にしては筋肉質なドラゴンの身体が一瞬浮宙、そして振り抜かれた蹴りの勢いを殺さず、そのまま何度も蹴転する。支えを失ったドラゴンの身が蹴り回された。徐々にその位置が上昇して、地面から遠ざけられる。臨場と血への圧力で目が回ることだろう。ネジの腰高が常置に戻り、百裂の掌底、花塚の如く咲き乱れる尖突が天蓋を抜いた。

 

「乾坤とは」

 

 悉くにドラゴンの身を乱打したネジが呟く間、ドラゴンの時間は全てが遅まった。ネジの声は、ドラゴンの上から落ちてきたのだ。今も己を襲う痛み、内部破壊の衝撃など、ネジからして見れば辿った軌跡に過ぎない。いつの間にかドラゴンの背後を取ったネジが、双推掌を叩きつけた。

 

「すなわち天地を指す」

 

 背が逸れるほどの打突と、下から来る旋回する上気に伴う力とともに、双極の震撃がドラゴンの内部を撹拌した。ビル風のような大突風が森から還ってくる。初めに舞い上がった木ノ葉が、倒れ臥すドラゴンの背に優しく落ちる。ネジの白眼は既に解かれた。土煙さえ上がらぬ冷酷な勝利。日向の才を前にすれば、龍さえも牙折れ頭を垂れるのだ。

 

 

 

 均衡は砕かれた。リーは危うくも勝利、ネジは圧倒的完勝。残るはテンテンだけとなった。リンリンの絹布が鞭のようにしなり、樹幹へ横に突き立つテンテンを弾こうと振り抜かれる。未だ完全には幻術の解けないテンテンだが、まるで攻撃がどこから来るのか分かっているかのようにするりと動く。リンリンにはそれが不思議でしょうがなかった。

 

「どうして……!? 貴女には私が見えない筈! 避けるなんてできるわけ……」

「ええ、出来ないわ……避けることはね」

「まさかさっきも今も、攻撃をわざと受けて……!」

 

 攻撃が回避できない。のであれば、攻撃に当たってから動けばいい。テンテンはそう考えた。幻術は視覚・聴覚・嗅覚に掛けられている。触覚、つまり痛覚は正常。相手との位置関係など、威力と攻撃の種類からでも予測ができた。簡単に言うが、そんなことが出来る者などそういない。特に下忍レベルであるならば。

 

「で、ですがテンテンさん! 貴女は私のお香を嗅いで身体が痺れているのですよ!?」

「それは神経毒でしょ? なら簡単よ。神経に、頼らなければいい!!」

 

 流れが乱雑になった自分のチャクラ。力を入れようにも安定せず、術や身体強化にも使えない。まるで樹木に立つようにしているのも、ただ己の力と吹き飛ばされた勢いで、足先を幹にめり込ませただけだ。忍としては既に死んでいる、と言っても過言ではない。しかしテンテンは、そこを逆に利用した。人を動けなくさせる毒が神経に渡っていようと、チャクラが流れている事実は変わらない。鍛錬中、日向ネジの柔拳を幾度も受けてきたテンテンにとって、チャクラがあるだけ充足であった。そのチャクラを無理やり信号として、苦痛や痺れを無視して動かしている。

 テンテンの曖昧な瞳は何も映すことはない。リンリンの望んだ姿でありながら、その様が恐ろしくてたまらなかった。

 

(攻撃すればこちらの位置を把握される……? なら、このまま逃げればいい! これは試合じゃないんです、巻物を取ったこっちの勝ちは変わらない……ッ!)

「逃がすと思うのか?」

 

 いつの間にか、リンリンの後背にネジが立っていた。驚くべき抜き足。そしてドラゴンと闘ったというのに傷跡一つもない。リンリンが自分達の班員で最も強いと信じている男を相手取って無傷。畢竟、絶望が現実に追いついた。

 

「大丈夫ですか、テンテン! って危なっ」

 

 タイガーを背負ったリーが遅ればせながら登場する。テンテンの横だ。テンテンには術者のリンリンの声しか聞こえない。微かな樹の揺れを頼りに、反射的な攻撃をしただけだ。

 

「リー、どうやらテンテンは幻術に掛かっているらしい。俺達の姿も見えちゃいないだろう」

「え、そうなんですか!? どうりで攻撃に気が入ってないわけです」

「直ぐに俺が片付ける。お前も退いてろ。どうせ幻術に対しちゃ無能のレベルを越える無能なんだからな」

「…………」

 

 急に賑やかになった戦場だが、その実緊迫感は激しさを増している。ネジの白眼が射殺さんばかりにリンリンを見逃さない。リーはネジの横に移動すると、その場にタイガーを降ろしながら少し不貞腐れた。

 

「……ネジ、テンテンの幻術を解いてくれませんか?」

「油断してやられたんだ、自業自得だろう。暫く捨て置け」

「いいえ、置きません。……ネジ、これはテンテンの勝負です、せめて決着は彼女につけさせてあげたいと思いませんか」

「…………好きにしろ」

 

 微動だにしないリンリンを良いことに、ネジは一瞬でテンテンに近づき幻術を解いた。リーの物言いは多少傲慢で、そもそも幻術を解くことも介入に過ぎない。だが、テンテンの気持ちを汲みたかった。折角の勝負に水を差されることに、自分は耐えられるだろうか。結局はネジもそこに同意した。

 

「おいテンテン、大丈夫か」

「おらおら攻撃はどーしたー! リンリンどこだー! ってネジ、いつの間に?」

「何をやってるんだテンテン。あいつの術はアカデミー時代から進化したようには見えんぞ? その癖術中にハマりやがって」

「ごめーん、まんまとしてやられちった……。でも、これでダイジョブ! 私が勝つとこ見守ってて!」

 

 身体中ボロボロの笑顔が眩しくて、ネジは言い分を嚥下し溜息を返すだけだったが。テンテンの握った拳心から伝う血が艱苦を滲ませた。

 

「だ、そうだ。俺達は手を出さん。テンテンが負ければその巻物をくれてやる。いいな」

「……え、ええ」

 

 光明が見えた。判然、テンテンは幻術に抗えない。状況はあくまでリンリンに有利に進んでいる。肌蹴た玲瓏な胸元から取り出した勾玉型の鈴を掌中で転がす。だが音が鳴っていない。リンリンがそっと口づけ、長い袖口に一筋空いた脇口から手を出して、隠すように印を結んだ。

 

 ―― 雨 霖 鈴 曲 の 術 ――

 

 鈴が翡翠色に輝き、透き通った音が夜の森に響いた。これが初めにテンテンが聞いた幻術の切っ掛けの正体。手に何も持たないテンテンでは守れない。そう高をくくったリンリンだった。動作を見ていたテンテンは血まみれの手足を庇いながらではあるが、リンリンに飛びかかっていた。飛んで火に入る夏の虫とはこのことだ。ほくそ笑むリンリンの手が印を解き、袈裟を振り回してふわりと浮かぶと、今度は当たりを匂いが包み込んだ。どんどん近づいていくテンテンの身体。空中で舞い踊るようなリンリンの袈裟、そして袖が妖しく光り、曼荼羅模様が波打って絵を描いた。

 

 ―― 壺 惑 ・ 無 限 泡 擁 ――

 

 螺旋する二つの布が触手のようにテンテンを囲う姿は、まるで海月に絡め取られた魚のようである。だが、それは見た目だけの話だった。

 

「甘いわよっ」

 

 テンテンが脚を薙ぎ、一回転。すると武器ポーチが開き、中のクナイや手裏剣が宙を舞う。忍具のスペシャリスト、テンテンの復活だ。武器は落下する。それを人は理と呼ぶ。だがテンテンはそう考えなかった。空中からの投剣を得意とするテンテンは、途方も無い修練を繰り返すことで、忍具を宙に『置く』ことを可能としたのだ。動作の効率化。このことだけの話をすれば、或いは上忍に匹敵する。長い浮遊感の中、自分の周囲に『置かれた』クナイを五本ほど触る。触れたクナイが矢弾の如く直線距離を瞬時に詰め、リンリンの曼荼羅を一つ、突き刺して木に貼り付けた。

 

「言った筈よね、リンリン! 身体に直接教えてあげるって……!」

「ッ……、ごめん願いますわ!」

 

 残った袖が剣斧の如き破壊力を持ってテンテンに斬りかかる。殺意に満ちたその拒むような一撃を前に、テンテンは手裏剣を『足場』にして跳躍、布のぎりぎり横を掠めながら上昇した。

 

 動く右手に強く握られたクナイで布を切り裂きながら。

 

「そんなっ、少しも幻術にかかってないなんて!?」

「音だけならどうとでもなる! 毒香なんて息をしなきゃ関係ない!」

 

 一息にやる。テンテンの判断力は一度幻術にかかったことで寧ろ増す一方だ。血で滑らないように巻いたクナイの布が赤黒く染まっている。それでも扱いづらいと考え手放し、変節した脚をリンリンの懐目掛け掻き斬った。

 リンリンはその一瞬で考えた。このままでは身動きも取れず、その一撃を一身に受けるだろう。自分の武器は全てこの服飾に備わっている。女の意地として素肌を見せたくない。だが、敗北も嫌だった。なんの為の一年。去年覚えた絶望を、もう二度と受けたくない。そう思ったリンリンの動きは、今までで一番早かった。

 

 ――そう、ドラゴン・タイガー両名よりも……。

 

「!」

 

 接触を感じない。外したことを悟った。テンテンの視界を覆った布が重力に従って落ちていった。

 

「ほう、強いな」

「素早い身のこなしです! タイガー君よりもずっと」

「そりゃそうだ……」

 

 観客となっていたネジとリーも感心していた。横に倒れたタイガーが苦笑いを浮かべている。

 

「どういう意味だ?」

 

 ネジが冷たい眼差しでじろりと一瞥、そう問い質すと、思い出を辿るように視線を巡らして呟いた。

 

「俺達の班の中で、あいつだけがずっと体術修行をしていたからだ」

「……」

 

 理由は一言。だがそこに含蓄された意味を感じ取り、ネジは無言で考えに耽り込む。リーは目を反らさず闘いを見逃さんと光らせた。

 

 服を脱ぎ去ったリンリンは、その素肌にサラシを巻いて隠している。だが、隠し切れない物もある。

 

「! リンリン、あんたその手……!」

「…………」

 

 割れて変形した爪、何度も折れ、治った証の節くれ立った指。拳面にも巻かれたサラシが大きく膨れ上がって見える。それは、テンテンが毎日のように見てきた手によく似ていた。

 

「リンリンさんは、凄い人なんですね!」

「どうでもいい。早く決着をつけろ、テンテン」

 

 リーがナイスガイスマイルでそう笑う。ネジはそれを横目に月を気にした。

 

「へえ……意外ね、リンリン。あなたがそんなに根性あるとは思っても見なかった。正直舐めてたわ」

「乙女はいつでも強いのです。守るべき場所が出来た時は、そう、誰よりも」

 

 テンテンが優しい微笑みを湛え見る。リンリンの四肢から、まるで闘神の如き厳格さが溢れ出ている。始めて、テンテンは自分と同年齢で並び立てるくノ一と認めることができた。

 

「ここからが本番、ねっ!」

 

 疾。無事な右手が振るう拳圧がリンリンの腹を打つ。くの字に曲げることで衝撃を弱め、リンリンの頭突きがテンテンの鼻を捉えた。反射的に後退るテンテンの胸ぐらを掴み、引ったくって投げに入る。だがテンテンはリンリンの長い髪をわし掴んで、支脚を払って顔面を地に落とした。

 太い樹の枝の顔を擦り付けられ、剥がれた樹皮が皮膚に突き刺さる。硬い木が揺れ、葉擦れが闇夜に騒がしく響く。背を取られたリンリンは、自らの艷やかな髪を犠牲にしてでも逃れようと、枝を這って横に落ちる。テンテンは素直に手放して、遅れて大地に脚を降ろした。

 

「ふふ……やはり、一日の長がありますか」

「そっちこそ、明らかに動きが違うわ。変に着飾ってないほうが強いわよ、あなた」

「そう仰っていただくと……嬉しい限りですわっ!」

 

 発破、踏み砕く音とともにリンリンが動く。テンテンがまばたくタイミングで近づき、帯剣を抜刀するように振りきった回し蹴りが、柔らかい横腹を打ち抜いた。

 

「テンテンの消耗が激しい……」

「パワーもスピードも、技のキレもまるで無い。『このままでは』負けるな」

 

 小さく軽いテンテンの身体が、熊に殴りつけられた川面の鮭のように弾け飛ぶ。幹にぶつかった肩が大きく痛んだ。

 息切れる呼吸。止まらぬ汗血。治まらぬ動悸。だが、テンテンはここ一番で集中の点に意識が立っていた。這いつくばって身悶えるテンテンに、一切の揺るぎない蹴りが襲う。球蹴るように弄ばれ、あちこちにアザを作った。

 

 だが、リンリンが優勢でいられたのも短い間であった。テンテンは止まぬ攻撃を受けながら、逃げようとする振りをしてリンリンの行動を誘導していたのだ。数メートルも転がされれば、そこには先程テンテンが踏み台にして落とした手裏剣が落ちていた。震える手が伸びる。

 

「その手裏剣でどうするつもりですか」

 

 大事そうに握りしめた手裏剣に気がついたリンリンが、低い声色で尋ねる。テンテンは苦しげに一笑いすると、事も無げに「こうするのよ」と呟いて、投げた。

 

「最後の足掻きも無駄に終わりましたね……。これで、私達の勝ちです!」

 

 爛々と輝いた瞳が闇夜に光る。勝利を確信したリンリンのとどめの一撃がテンテンの頭を潰そうと振るわれる瞬間。

 二人の上に巨影が差した。

 

―― 武 器 口 寄 せ の 術 !――

 

「いつの間に……!」

 

 月が見えなくなる程の煙を巻いて、十メートル程の大鉄球が猛スピードで落ちる。リンリンが逃げようとするも、テンテンが蛇のように巻き付いて離さない。二人して、無慈悲な鉄塊に潰された……かに見えた。

 

「テンテンの奴、考えたな」

「ええ」

 

 今の流れの一部始終を見切っていた二人が称賛する。テンテンが先程投げた手裏剣、あれは苦し紛れに放った抵抗などではない。己の身から剥がされた巻物達。テンテンは蹴り転がされながら、目ざとくそれを見つけていたのだ。そして落とした手裏剣のある場所にどうにか飛び込み、握りしめたあの瞬間、掌を傷つけて血を刃につけ、あたりを付けて巻物へと投げたのだ。

 ネジはその眼で、リーは『気』の動きで、テンテンが印を結ぶ動きを見た。そして二人を覆う鉄塊が地に沈む直前、リンリンにぶつかった瞬間に術を解いた姿を。

 

「っしゃああーっ!」

「勝負ありです」

「当たり前だ」

 

 勝者が倒れ、敗者が膝折れ気絶する奇妙な光景。その間を、テンテンの快哉を叫ぶ声が劈いた。




オリキャラメンバーはリー達と同期という設定なのですが
彼らは下忍になった時に担当となった上忍が半年で死んでしまい、また武闘派だったその人と違って後任者が術を得意とする忍だったという恵まれない子なのです

故に
タイガーは中途半端な体術のまま忍術に頼りチグハグのまま
ドラゴンは己の体術の研鑽を積まず性質変化に頼り(中忍として術を使えるようになること自体は悪くないけれど)
リンリンはチャクラ属性に乏しい為に「遁術」ではなく従来通りの「幻術」を使うまま成長していない

更に言うと、死んだ上忍はリンリンをかばって死んだという負い目があった為、くのいちとしては歪なほど愚直に体術訓練「だけ」をしていた為、他二人よりも「やるな」とネジやリーは思った、という今後全く語られない裏設定があります(かといって組手をしていたわけではないので「テクニック」や「身構え」ができていないので負けました)
長い袖は傷ついた手を隠す役目でもあります

ついでに言えばテンテンを狙ったのも、自分が狙われた理由が「くのいち」だからであり、かばわれたのも「くのいち」だからだという歪んだ自負から来たものでした




いやぶっちゃけオシャレ好きな女らしい女忍者が以外と武闘派っていう苦肉の策で幻術から逃げただけなんですがね(白目)
幻術戦はなんでもありになってしまうから絵書きづらい……


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混戦! ここから本番第二試験!

久々投稿記念パピコ
なお短文スマソ


 ドラゴン達との戦いが終わって数時間が経った。巻物は奪ったがリー達に与えられた種類と同じ物だった。時間のロスは手痛い。夜になればなるほど森に潜むともがらの動きは活発になるだろう。体力の衰えたテンテンを庇い立てして生き残るには難度がいささか高くなった。

 

「それもこれもお前の勝手な行いが原因だ、リー」

 

 川底で眠りながら泳ぐ魚に目掛けクナイを投げ付け、ネジがそう憤る。木立にテンテンの身を隠し休ませながら、二人で狩りを行っている最中だ。糧食の調達は本来ならば昼から夕方にかけて終えている計算である。予定のズレは掛け違えたボタンのように、時間の経過とともに大きくなって行く。

 リーはそんな悪態をつかれ気まずそうにしつつも、遊泳中の魚をゆっくりと救い上げた。気を消し、自然の一部になることで魚を油断させ、労せず魚を捕ることができるようになったのだ。

 

「魚や獣肉は匂いが強く、保存するには燻しや日干の時間が必要となる。サバイバルをするにもこれじゃあ時間が足りやしない。一体どう責任をとるつもりだ」

「あんま騒がないでよ……」

 

 テンテンの気だるげで眠そうな声が咎める。多傷に軟膏を塗り、身体に巻いた包帯がいたましい。

 ネジが不満そうに鼻を鳴らし、魚に一撃刺突をかまして小枝で括ると、ぱちぱちと時折爆ぜる火にかけた。

 

「こうして火を焚いていることさえ自らの居場所を晒しているようなものだ。今オレたちに出来ることは偵察や狩猟じゃない。テンテンの体力がある程度回復するのを待つだけなんだぞ」

「はい」

 

 一本のクナイが地面に突き刺さる。ネジの透けた瞳がその一点を睨め付け、口惜しげに呟いた。

 

「……いいか、リー。オレやお前がいくら強くなったところでこれはチーム戦。つまり三人の内、誰一人として欠けてはならんし、欠けさせるような行動をとることもダメだ」

「……はい」

 

 ネジの視線と、リーの視線がまっすぐぶつかり合う。二人の足元で魚が跳ね、月光銀に閃いた。テンテンが白眼視して経緯を見守る。

 

「……予定を変更し、リーにはこれから、森に潜む疲労した獲物を探してもらうことにする。テンテンは落月の時まで俺が見張っていよう。その頃までには帰って来い。日が昇ってからはお前がテンテンを守り、オレが行く……、いいな!」

「……はい!」

 

 ネジは頭では理解していても、そうさせたくなかった。

 森にリーを放ったとして、彼一人でも負けることはまずない。

 だがチームとしての効率、この試験の意味、そして今のリーに好き勝手をさせることをよしとしたくなかった。

 苦虫を噛み潰したような顔をしてどうにか許可を絞り出す。その声色が低く唸る。

 許可を得たリーは忍犬さながらの勇み足で飛び跳ねるように闇夜へ背中を消した。

 

 

 

 

 所変わって、同じく死の森、とある樹の幹。春野サクラは気絶したうずまきナルトとうちはサスケを甲斐甲斐しく介護していた。

 泣きそうになる心を押えるため、膝の上の拳は強く握りしめられた。

 三人を襲った男は、一つの怪異であった。射殺す睥睨、命を愚弄する桁外れた悪意。サクラにとって見れば死が体現化された、文字通り死に神のように映った。

 それでも、手折るように敗北し、心の防壁も型なしの明確に『生かされた』状態であってなお、サクラは二人を守ろうとすることでしか自分を守れなかった。

 サスケが死にかけた時、動けなかった。

 ナルトが現れた時、救われたと思ってしまった。

 二人が戦い続けた間、自分は何もできなかった。

 

 サクラの小さく薄い身体に、死と生の責任が重荷となってのしかかる。

 

『かわいそうに、仔ウサギが震えているよ……』

『アハハ、ほんとだ』

 

「誰っ!」

 

 孤独が迫る夜の帳、茂みの奥から冷ややかな声が振りかかる。誰何するサクラの声に、三方向から忍が降り立った。額当ては音隠れ。うち一人は振るう打撃を避けても、何らかの方法で手傷を負わせる術を持つ。サクラにとっては前試験で薬師カブトを痛めつけた、記憶に新しい『危ない』奴らだ。

 

「うちはサスケ君を出してもらいましょうか……、僕達は大蛇丸様の命令に従い、彼を殺しに来ました」

 

 音忍リーダー、ドス・キヌタは丁寧な口吻で語る。彼らは音隠れの長、大蛇丸の命令に従い、うちはサスケを殺しに来た。サクラは激昂し、興奮して詰問する。

 

「何がサスケくんを出せよ! サスケ君をこんな目にあわせて、その次は戦え? あの首の傷といい、あの大蛇丸って奴といい、あなた達は何のためにこんなひどいことをするの!?」

「首の傷だって……?」

 

 包み蓑を震わせ、キヌタがゆっくりと心を振り返る。いきり立つザク・アブミが疑わしげにキヌタを見遣り、一歩前に出て腕をまくった。

 

「っるせえ! 大蛇丸様のお考えなんぞオレたちが知るかよ! とにかくそのサスケっつう雑魚を殺すのが『音忍』流の中忍試験なのさ。ってえことで……纏めてぶっ殺すぜ!」

 

 アブミが腕を土に突き刺すと、もぐらが掘り進むように地面が盛り上がる。直線、二本の筋がサクラ達が身を隠している樹洞に目掛けて進む。だが、その途中で大きな爆風とともに霧散した。

 突如消えた己の攻撃に鼻白む。土煙が晴れると、そこには人など簡単に埋まってしまう程の大穴が掘られていた。

 

「お前はバカですか、ザク……。ところどころ色の違う土。それにこの草。……こんなトコに生えないでしょ、この草は……」

 

 キヌタがそう言って草を毟った。見え透いた罠。危険性などない、子供が仕掛けたくだらないアトラクションでしかない。とくに、音忍のように相手を痛めつけることを何も思わない破綻者にとっては。

 

「チッ、オレが攻撃しなきゃ落とし穴にハマってたってことか……。だがその落とし穴にハマったところで何のダメージもなさそうだがなァ!」

 

 サクラは内心ほっとした。よくわからない攻撃が偶々自分が掘った穴によって避けられたことにではない。自分の罠が『見抜かれたこと』に安堵したのだ。サクラの拳が解かれる。震える膝を立ち上げて、隠し持っていたクナイを投げつけた。

 

「なんです、この情けない抵抗は? ……っ!」

 

 腕につけた装甲で軽々と弾き落とされる。攻撃にもならない、ただ当てるだけの一撃をバカにした三人だったが、それこそが戦う術だった。

 弾き落とされたクナイが四辺に割れ、中から零れ落ちる閃光玉。破れたそれが吐き出す光は、まぶたを閉じてさえ目を焼く程に明光した。だが流石に命のやりとりを手慣れた音隠れの連中と言うべきだろう。咄嗟に後ろを向いたり、木の裏に隠れるなどして危機を回避する。

 が、サクラの頭脳を越えられはしない。新たに投げたクナイが森に張り巡らせた紐を切り落とした。

 

「洒落臭え!」

 

 アブミの怒号の声とともに木々が揺れ、多くの巨木が吹き飛ぶ。サクラが仕掛けた罠は、触るだけで痺れさせる毒を含んだ矢を放つ簡単なからくりであった。だが、アブミの風遁忍術によって難なく突破『してしまう』。

 

(ビンゴ……!)

 

 木の上、散り切れた木の葉がひらり舞い落ちて、大きく爆ぜた。

 

 ―― 魔幻・桜花の舞 蘂降り ――

 

 三人を包む煙の膜。木の葉の裏に刻まれた術式札が示すしるしは『咲』一文字。膨れ上がる散り葉が翻り、桜色の影を作った。

 辺りを埋め尽くす厖大な桃煙が甘く身体を痺れさせる。

 これは散布力の強い毒薬と花粉、発煙性のある獣毛とを乾かし香水とよく混ぜ作った、サクラオリジナルの媚薬。

 更に音忍を襲う刺激。身体を這いまわる蛆蛭が、その皮膚を食い破って血を流す。

 地面に滴り落ちる様は、まるで晩春の道を彩る桜の蘂のようであった。

 

(これで少しは時間を稼げる筈……!)

 

 サクラに二人を背負える程の力はない。息を止め、鼻と口をタオルで塞いだ二人を引きずりそっとその場を離れた。

 

 

 

「サクラ……っ、その傷……!!」

 

 第十班の面々は非常に困っていた。自分よりも弱い相手が居らず、三人揃って慎重なメンバーばかりの彼らは、わずかに可能性が残る最弱候補・うずまきナルトを探していたのだが。目の前に現れたのは、今にも死にそうなうちはサスケと、気絶しているうずまきナルトを引きずる春野サクラの姿だった。真新しい傷ばかりが身体を痛々しく染め、顔を苦悶に満たし、精魂尽き果て倒れこむ寸前である。いのの脚が今にも駆け寄りそうになるのを見て、シカマルは溜息をつくほかなかった。

 

「……何の得にもなりゃしねーし。めんどくせえが、助けるぜチョウジ」

「うん」

 

 二人が率先してサスケ達の肩を支え、へたり込んだサクラの背中をそっと木に倒した。シカマルの胡乱な目が、いのの態度を見咎めるように刺した。

 

「サクラのヤロー、見かけによらず結構重いんだな……。おいいの、オレはとりあえず、助けられるなら助けることに決めたけどよ……。おめーはどうすんだ?」

「あたしは……、ッッ!!」

「いの……」

 

 言い欠け、そばを離れるいのの背中を見て、チョウジが心配そうに名前を呼んだ。

 

「放っとけ、チョウジ。よく知らねーし興味もねえけど、あの二人にゃ因縁ってもんがあんだよ。オレたちもこいつらをさっさと安全な場所に隠して……」

『安全な場所なんて無いよ……この森にはね……』

 

 シカマルとチョウジの背中に現れるキヌタ。その瞳は氷のように冷たく、有象無象のゴミを見るようで、二人は竦み上がった。

 

(こいつぁやべえ……、殺しに慣れた異常者の眼だ……!)

 

 気絶する三人を庇うように前に出るシカマルであったが、彼は全く戦闘タイプではない。更に言えば影の多い森は秘伝忍術さえ無力となる。怯えて縮こまっているチョウジを意識の中で見ながら、顎を流れる汗を拭った。

 

「そいつらを渡して貰おうか……、三人とも殺したくなったんだ」

「おい、殺すのはオレだ!」

 

 キヌタとアブミの殺意を込めた声が、さも挨拶のように交わされる。血に飢えた獣が舌なめずりをするように、よく磨かれた音の額当てが妖しく光った。

 

(おい……、おいチョウジ!)

(シ、シカマル……、こいつら間違いなく、とんでもなく強いよ)

(んなこたァわかってるよ。今はどうやってこの危機的状況を潜り抜けるかが肝要だ)

 

 視線さえ合わせずに心で会話する。シカマルが少しでも怪しく手を動かせば、その瞬間に殺される。怒り心頭甚だしい二人の敵を目の前に、灰色の頭脳が激しく回り出す。チョウジは太い身体をがたがたと震わせて、敵に吐息一つにさえ恐怖していた。

 

(相手を挑発しちゃダメだ。チョウジの怯えもどうにか止めなきゃなんねーし)

(それにしてもサクラの奴、あんなに重いと思わなかったぜ)

(サスケをあんな風にしたのはこいつらか……? ダメだ、情報が少なすぎる……!)

 

 数秒もせず、シカマルの思考が深層に達する。様々な言葉が泡のように浮かんでは消え、消えては浮かんだ。

 

(いや……待て、待てよおい! あの時いのは何を見ていた? 違うな。何を『感じていた』んだ?)

 

 ふとシカマルは『思い出す』。いのが脚を止めていた時、その視線がどこにあったのかを。

 

 

 

 春野サクラはいまどきの女児である。甘い食べ物が好きで、かわいい物や小さい子供をついつい世話してしまいたくなる優しい心根の持ち主だ。いのが教えた花がいつだって大好きで、中でも自分の名前と同じ桜を綺麗だと笑う顔は小憎らしいくらいにかわいい。密かにいのはそう思っていた。

 だが、やはりくノ一、木ノ葉の忍の一人だ。戦場に立つ覚悟がなくとも、女のプライドがその軟な足腰を支えている。アカデミーでのテキスト試験ならば一番を誇る知識を駆使し、サクラや他二人をああまで傷つけた敵から辛くも逃げたのだ。いのはそう気がついた。

 

(でもねえサクラ……っ、あんたいっつも匂うのよ……! いくら賢くってもやっぱりバカはバカね!)

 

 述べたように、春野サクラはいまどきの女児である。常に身だしなみを気遣う彼女は、日常的に香水をつけていた。その森に似合わぬ強い匂いが、あのサクラ達からは『感じなかった』。

 この試験は三人一組。そしていのはシカマルの後ろから近づく敵影を視認していた。ゆえに情報をシカマル達へ教えることも出来ぬままその場を離れ、こうして駈け出した。

 

「もう一人は気づいてる……、あのサクラ達が偽物だってことに!」

 

 いのは知らないことだが、音忍唯一のくノ一キン・ツチは、自分が忍びとして重用されるようになればなるほどに女性らしさを喪失していくことに、知らず知らずコンプレックスを抱くようになっていた。サクラの長く整った髪、隠れる気も感じない派手派手しい色の装束、気分が悪くなる香水の異臭。その全てがキン・ツチの神経を逆撫でしたのだ。

 

 いのは走りながらポーチからワイヤーと手裏剣を取り出し、くくりつけて高く投げる。高い枝に絡ませ、ワイヤーの後尾に備えた輪を掴んで跳び上がる。きりきりと締め付ける音が森に響いた。

 宙吊りのブランコのように大きく揺れ、往復するたびその幅を増す。頂点に達した瞬間手を離し、勢いのままに空へと弾かれる。高所からサクラの影を探すためだ。めまぐるしく変わる速度の中、重力にまさぐられ身体がねじ切れるかと、いのは思った。

 

(居た……! なにやってんの! 後ろに敵が居るじゃない……! ああ、油断しちゃってもう! ほんっとにもう!)

 

 ―― 忍 法 ・ 月 下 美 人 ! ――

 

 いのが寅の印を結ぶと、キン・ツチとサクラ達を囲うように紫香の花びらが吹きすさぶ。

 月を背景に、まるで高台から水中へ没入するような動作とともに美しい姿勢を整え、いのの身体も花雲へと落着する。

 むせぶような濃艷に包まれたキン・ツチは一瞬の逡巡ののち、退いて脱出を試みる。だが花びらは身に纏わりついたように付かず離れず視界を防いだ。

 

 

「チッ……!」

「見つけたわッ! 一番弱そうな奴ッ!」

 

 幹を滑り落ちてキン・ツチの前に現れたいのが声を荒らげて挑発した。




実は別作品の間違えて投稿してしまったバカな作者を許せ、サスケェトン


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木の葉舞い散り、花よ咲け! 

前回より速い間隔なので初投稿です

超超短いですが、後書きに悟空がなにしていたかに少しだけ触れております


 星の降るような夜の宇海、迷い子のように漂って浮かぶ雲を枕に、神さびた月が顔を覗かせる。天蓋を照らし、森に冷たい光をそそぐ様は、まるで森に身を隠す忍達を見下す眼のようであった。

 眼、と言えば、シカマルとチョウジの眼の前に突如として現れた音の下忍達の瞳のなんと冷たいことか。熱を持たぬ闇人形。蝋で作られたように生々しく月光を反射する瞳が二人を射竦める。精神が蠕動するように緊張と沈殿を繰り返し、背中に死がへばり付く感覚に身悶えることもかなわない。これが同じ下忍の出す殺気なのか。そう感じるシカマルの少し後ろで、気の小さいチョウジはすっかり怯えている。

 

「聞こえてんだろ? 早くそいつらを渡せってんだ、三流野郎……」

 

 端的に告げるアブミの言葉が森の澄んだ空気に溶ける。知らず、チョウジの脚が退いてじりと音を鳴らす。シカマルが振り絞るように応返した。

 

「……渡せだって? お前らがこいつらになにをしたのか知らないが、幸運なことに俺達のトコまでわざわざ巻物を運んでくれたんだ。ただで渡せなんざ都合が良すぎると思わねえか?」

「シッ、シカマル……!」

 

 汗を流して当惑と焦燥に苦悶するチョウジを無視し、ゴミを見るような視線を向ける敵に面と向かって胸を張った。

 

「あ゛ァ゛? てめぇ、何言ってるかわかってんのかァ……!」

「……いや、待ちなさいアブミ。この忍が言うこともまあ理解できなくはない……対価を寄越せと言うんだろう?」

 

 取るに足らないと思っていた木ノ葉の、しかもくノ一に良いように逃げられたとあって、生来短期なアブミの顔に稲妻のような青筋が脈張った。

 

「話が早くて助かるぜ。巻物をそいつらが持ってるか調べさせてくれりゃいい。お前らに損はないはずだ」

 

 そう言いながらシカマルは両手を上げ、サスケのもとに三歩近づいた。瞬間、キヌタの殺意が膨れ上がった。シカマルの動きが止まり、どっと尻もちをついた。

 

「いけないな……いつ僕が動くことを許した?」

「……――っ、ふッ、ッ!」

 

 シカマルが呼吸を乱し、うずくまって胸を掻きむしる。ダンゴムシのように背中を丸め、くぐもった声にもならない悲鳴を上げる。初めて身近に感じた死に身動きが取れないでいたチョウジであったが、親友の危機にどうしようもなくいられるわけがない。シカマルを守る為、前に出ようと足に力を込め、ふとシカマルの足元を見てやめた。

 

「テメーら程度一捻りで殺せるのに、俺達がわざわざ交渉に乗る意味があると思ってんのか?」

「さっさと殺そう。大蛇丸様にいい報告ができそうだ」

 

 キヌタとアブミが徐ろにサスケとナルトへ近づき、クナイを取り出す。よく研磨され、つや消しされた黒鉄の鋭鋒がサスケの首元を刺そうとした――その瞬間である。

 

「――ッ!」

 

 クナイの軌道がするりと流れてアブミの腹へと向かったのだ。驚いたアブミは跳び退いて避ける。どういうことかと詰問しようと手を出して、こちらも動きが停止した。

 動けない……、二人が困惑している隙に、膝を折って屈んでいたはずのシカマルが悠然と立ち上がり見下ろしていた。

 

「影写しの術、成功だな」

「やったねシカマル!」

「今のうちだ、きつい一発をお見舞いしてやれ」

「うん!」

 

 ――秘伝忍法・倍加の術!――

 

 仰ぎ見れば見上げ入道のよう巨大化したチョウジが、その大ぶりな動きで巨腕を引き絞り、アブミの小さな身体を挟み潰した。

 

「――――ッッ!!?」

「影真似に似た術に倍加の術……木ノ葉の古豪、秋道・奈良一族か!」

「チョウジ、そのままたたみかけろ!」

「うん!」

「ぐっ……舐め、るなァ!」

 

 ――斬空波!!――

 

「うわっ!」

「チョウジ!!」

 

 豪傑と化したチョウジの挟み打ちに声にならない悲鳴をあげていたアブミだったが、手のひらの孔から膨大な空気と超音波を放ちチョウジを弾き飛ばした。例えシカマルの術で動きを封じられていても、チャクラが練れないわけでもない。自らを巻き込みながらではあるが、自由をほしいままにした。

 

「ドス! この術が封じてんのはあくまで手足の先や頭の位置だけだ! お前なら簡単に抜けられるぜ!!」

「チッ、もう気づきやがったか……!」

 

 強く握られた自分の拳を見ながらそう告げ、即座に巻物を開いて地面に置いた。

 暗がりで見えにくいそれの危険性にいち早く勘付いたシカマルが再び影を伸ばそうとして、だが地響きによって遮られた。

 

 ――口寄せ・音磨羅鬼――

 

 アブミを中心に張り巡らされた契約の紋字陣が大地を、木々を侵食する。白煙と小爆発とともに現れたそれは、象牙色の肌をした鬼面嚇人の蛮頭であった。腐肉で出来た赤褐色の仮面が痛ましく、おぞましく、引き裂かれたように広がった口蓋を隠すように生えた不揃いの大牙が軋む。歯の隙間から饐えた臭気を吐き出す下顎が大きく地面にめり込み、掻き乱したぼろぼろの髪がまるで植物の根のように地を這った。

 

「こいつ……! なんだってんだ……!?」

 

   異様――!

     存在感――!

 不吉――!

 

 本能が鎌首をもたげ、シカマルとチョウジの身を十メートルほど下がらせた。

 

「be quiet! これから俺のステージだ! 行くぜ音磨羅鬼!」

 

 アブミは韷と書かれた札に覆われた音磨羅鬼の頭に飛び乗り、かかとを鳴らして声をかけると、手の甲を擦り合わせ罰字に交差させた。たちまち音磨羅鬼の面に生えていた角が肉腫のように膨れ上がり、蛆虫みたくのたうち回ってアブミの両腕に癒着した。

 

 ――口寄せ忍法・斬真空砲!!――

『句枯枯枯――枯枯枯――――――――枯枯――枯枯枯枯枯枯――枯枯枯枯』

 

 壊死し、腐臭をまき散らすばかりだったそれがアブミのチャクラと混ざり合う。途端、幽光をたたえた鉄のように硬質化して行く屍肉。赤黒い合金質の肌を持つ砲身は、アブミの肩を覆う装甲と、そのところどころから生えた管をたどって鬼面と繋がり、音磨羅鬼へと醜悪なチャクラをたぎらせた。その砲口、三つに別れた大きな窪みがあり、その顎がかぱりと開いて空気の塊を咥えている。景色を歪ませ光を遮る程圧縮されたそれが黒い渦となって現出した

 

 ――ヤバイ。

 シカマルは咄嗟にチョウジの肩を突き飛ばし、自身はキヌタの前に転がった。

 

 

 ――――――膨ッ。

 

 

 光の欠けた鳶色の弾が弾け飛び、瞬間置かず地面が消えた。

 始めチョウジは何が起こったのか理解できなかった。自分がついさっき立っていた大地が、まるでスプーンで削ったカップアイスの表面のようにえぐり取られている。脳の処理が追いつかない。反対側に逃れたシカマルの顔を見て、その視線がチョウジよりも斜め後ろにあることに吊られ見る。

 

「……な、なんだよコレ!」

 

 森がなかった。

 えぐられた傷が直線上にどこまでも伸びて、夜の暗がりに消えている。これが下忍の……、いや、人間のできることなのか。両腕を前に出して、肩の部分から膨大な空気を排気しながら土埃をあげているアブミを見てゾッとしていた。

 

「へぇ、うまく避けやがったか! だが残念、俺達の攻撃はまだまだこんなもんじゃねえぞ!」

『句句――句句苦苦――苦――凶狂叫ッッッッ!』

 

 ――口寄せ忍法・残響波!――

 

 音磨羅鬼の鬼口が開き、笑い声のような、嘆きのような、あるいは叫びかもしれない。そんな人の心に魔を呼ぶ不吉な音を出してあたり中を震わせる。

 見た目がおぞましく攻撃的であったが故に意外な技だ。しかし、例えば太鼓や、もしくは花火などの音を間近で見た時、自分の心音が掻き乱され、呆然自失してしまうことがある。スクリーム(叫び)、と言われる音響攻撃である。狙い通り、チョウジの不安がここにきて爆発した。

 

「うっ、うわぁああああああ――――!!!!」

「チョウジ! おい、落ち着け!」

 

 その場に膝折れ叫び、自分を掻き抱くように身を震わせる。シカマルがやって見せた演技とは違う、本当の絶叫。このままでは分が悪い。シカマルは煙玉つきクナイをチョウジとアブミの間に投げつけ爆発させた。

 あのままのチョウジでは戦いに耐えられない。一瞬でもいいから注意を逸らしたかったのもある。シカマルが次の一手を繰りだそうと忍具ポケットに手を入れようとして――

 

「おっと、僕を忘れないで欲しいよね……」

「うッ――!」

 

 キヌタの響鳴穿が震えた。人間の耳では聞き取れない周波数の超音波がチャクラによって指向性を持ち、シカマルの体内を襲った。臓物、骨、脳へと浸透する衝撃に意識の全てが揺さぶられる。耳からは血が流れ、呼吸もうまくいかない。腑抜けて立つこともできなくなった。

 そんなシカマルを音の忍が放置するわけがない。アブミが腕を構え、再び術を唱えようとした、その時――。

 

 ―― 木ノ葉 ・ 裂空脚!! ――

 

 キヌタとアブミを一陣の風が引き裂いた。

 

「ごめんなさいサクラさん。僕にはこれ以上、彼らを放っておくことができません……」

「お……お前は……!」

 

 震える足でなんとか立とうと四苦八苦するシカマルをかばうように、赤い服の小柄な影が仁王立つ。細身の身体にぴっちりとした――否、張り裂けんほどにぎちぎちのそれは、先程まで身動きひとつできずに木陰に隠れていた少女の物であった。しかし、今シカマルの目の前に立つ者は、さらりとしたおかっぱヘアー。

 

「チッ……、おいキヌタ、こりゃどういうことだ!」

「いつの間にか入れ替わっていたのか……お前、何者だ」

「木ノ葉の美しき碧い野獣……ロック・リー! サクラさんは、僕が守る!」

 

 ただ立っているだけで、ほとばしって天に上る碧いチャクラが輝いて見える程の気迫。軸足を突き立て片足をぶらぶらと揺らし、手の甲を煽って挑発する。視線の先でアブミが苦しそうに喘いでいる。音磨羅鬼の巨大な頭ごと吹き飛ばされ背中から木にぶつかったのだ。キヌタはリーの蹴りから放たれた空気の塊を受けると同時に後退したことで威力を多少軽減させていた。

 

「美しい? 木ノ葉の美的センスがわからないよ……」

「直ぐに理解できますよ……初めから全力で行くッッ!」

 

 一弾指の間、キヌタの面前にリーの姿が大きく迫った。土煙ひとつ上げず、滑るように移動したリーの頭が水面を揺蕩う蓮の葉のごとく揺らぎ、キヌタを通り抜けた。

 

「は……速ぇ!」

 

 シカマルが傍目に見ていても消えたようにしか見えなかった。変な格好をしていても実力は確か。乱高下するリーへの評価は戸惑と驚きの現れか。

 

「――――ッッッッ!?」

「まだだッ!」

 

 下段蹴り払い、姿勢を崩し宙に浮いたキヌタの鈍重な身体を回転するように蹴り上げ、腹、胸、顎を打ち抜く。あまりの威力と回る速さにとてつもない浮力が生じ、見えぬところまで上へ上へと跳んで行く。

 

 ―― 木ノ葉・大旋風!! ――

 

  勢い良く跳び上がったキヌタの影を追い抜いたリーは、仕上げとばかりに横っ腹へとかかと落とし、たまらずくの字に折れ曲がったキヌタの身体が、四肢を散らして回転しながら地面に吹き飛ぶ。

 

 その隙を見逃すシカマルではない。うずくまるチョウジの肩を起こし、耳元で小さく告げた。

 

「いいな、チョウジ。これがうまくいけばあいつらを倒せるんだ……」

「でもシカマル!」

「いいから行け……今しかないんだ!」

 

 シカマルは、なおも言いよどみ踏ん切りが付かないチョウジの背中を強く推し、森の闇へと送り込んだ。

 

「ありゃマズイ……、間に合えッ」

 

 ―― 斬空波! ――

 

 音磨羅鬼と木に挟まりながらも身動ぎ、なんとか地面に方腕を突き刺すことで、空気圧で大地をスポンジ状の砂に変え衝突時の威力を軽減させた。爆音と砂飛沫をまき散らしながら地に激突したキヌタは、何度かふらつきながらもどうにか立つことができた。

 

「あ……アブミの助けがなければ……、危なかった……」

 

 肩で息をしながら、怒りに血走った片目をぎょろりと動かす。その視線がリーの残影を捕え、猿叫するように大声をあげた。

 

「平和ボケした木ノ葉の忍風情が……音忍を舐めナイで欲しいナ……!!!」

 

 左腕に装備した響鳴穿を、重力に従って落ち続ける上空のリーに向ける。キヌタの高周波攻撃が放たれた。しかし。

 

「無駄です!」

 

 最早リーにとって宙は大地と同じである。空気の層を蹴って横飛びに回避し、雷撃のようにジグザグと駆け撹乱する。リーの音さえも置き去りにする抜き足に、たまらず驚くことしかできなかった。

 

「音速は僕には遅すぎる!」

「ぎッ」

 

 右脇腹を衝く激蹴、側転するようにくるくると、キヌタの身体を砕かんと襲い掛かった。身を守る物のない横っ腹に直接響く重撃は、しかし吹き飛ばすようなものではなく、ただただダメージを与えることに特化した。キヌタはたまらず口から血反吐をこぼして横臥した。

 

「次はキミだ」

「ぐっ、クソ……動け! 音磨羅鬼!」

『怪怪――怪怪――……怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪!!!!!』

 

 ズン。と、地面が揺れる。音磨羅鬼の首がゆらゆらと蜉蝣のように霞み、重たげに浮かんだ。いや、浮かんだように見えた。横倒れになっていた地面のその下からずるりと八本の指がずるりと這い出で、地を裂きながら猛々しい豪腕が姿を現す。腐った臓腑が胸腹部からこぼれ、音磨羅鬼の口から漏れる臭気――瘴気とも言い換えられよう――と繋がって、魑魅魍魎の正体を現した。

 

 ―― 音磨羅鬼・呪言モード 邪鳴具 ――

 

『奇ヰ――――ヰヰヰ……』

 

 叫号してかたかたと首を震わせる音磨羅鬼。それを中心に大地が柔らかい砂へと変化し、木々はひしゃげて木端微塵に吹き飛んだ。やがてそれらが混ざり合い、砂地獄のようにすり鉢状の穴を作っていく。その形にならぬ音は確かにリーの身体にあたって反射した。

 

「――がッ」

 

 細胞単位を破壊する振動の集中攻撃に、たちまちリーの身体が崩れ落ちる。

 

「自律状態の音磨羅鬼は一味チゲェ! お前がどれだけ早かろうが、拡散しちまえば関係ねェ! 全てを破壊するまで止まらないゼ!」

 

 リーの、穴という穴から赤い血が流れ出る。音磨羅鬼の剥き出しの肋と喉の筋膜が震え、妖しい音は鳴り止まない。無防備なリーをその大きな手で握りしめ、異臭漂う瘴気を呪詛とともに吐きかけた。

 

「さァて、キモ眉毛もこれでお陀仏、ってことでお次はお前だなァ、三流ヤロー?」

 

 吐き捨てたアブミが、砲口に空気を圧縮させながらシカマルを睨めつける。冷徹な殺意を孕んだ瞳は奥深く、射すくめるよう浮き立った。

 

 

 

 

 

 

 霾翳に、月も夜空も隠れ住む。葉塵散る真夜中に、ひとりの乙女が颯爽舞い降りた。

 木ノ葉が誇る古豪の一族――山中いのであった。

 

「豚が一匹増えたわねッ……!」

 

 脅しをつけて、冷罵一番、怒号する。風に逆巻く髪をなびかせるキン・ツチの頬を、小さな花弁がちらちらと何度も叩く。踏みしだかれた氷面のように浅い傷がはしり、数条の赤い線を形作った。

 

「チョコザイな……、疾ッ!」

 

 ふところから取り出した千本で切り捨てようともがいて、しかし全てを捉えることはできない。躍起になって花とじゃれている隙に、いのはサクラの小柄な影に近づいた。

 

「あらー、誰かと思ったら……泣き虫サクラじゃなーい」

「いの……あんたなんでここに!」

「それはこっちのセリフ! 弱いあんたが一人でいるなんてカモもいいトコでしょ、死にたいワケ?」

「んなワケないでしょ! だいたいあんたに言われたくないわ、イノブタ!」

「あんだってェ!?」

「なによーォ!」

 

 額を突き合わせて口汚く罵り合う二人を見て、まるで捨て置かれたキン・ツチのプライドは深く傷つけられた。周りにつき纏っている花弁も放り出し、二人の方へかけ出し、貫いた花弁をくくったままの千本を次々と投げうった。風切り音もなく近づく千本を難なく回避した二人も負けじと手裏剣で応戦した。

 

「私を無視してイイ度胸じゃない!」

「あら僻みッ? 見るからに地味子だもんね!」

「モテないからって当たらないで欲しいわッ!」

「……殺ス!」

 

 右から左から、互い違いに煽り文句を投げかける。激昂するキン・ツチを見て、いのとサクラは内心喜んだ。冷静さを奪い、頭のめぐりを鈍らせ奸計を画す。忍びの基本技術だ。示し合わせのない、咄嗟のコンビネーションが冴え渡った。

 

(まだまだこれからよ!)

 

 サクラの瞳に艶やかな闘志が宿る。大蛇丸の凍てつく視線に一度は手折れてしまった心を支える物が、今の彼女には芽生えつつあった。

 キン・ツチの千本が手裏剣を散らす度火花が散って明滅する。千本の形状上、木ノ葉で一般利用されている十字手裏剣をいくつも相手にするのはとても手間を取らせた。無論わざとである。我を忘れて真っ向から我武者羅に邁進するキン・ツチを見て、サクラは莞爾として笑みを浮かべた。

 

(未、巳、寅、亥、丑、戌、午ッ――)

 

 やにわに、一直線に駆け出した。杳杳とした夜の暗孔に薄桜色の髪が浮かび上がってひらひらと揺らぎ、猫の尾のようにたなびいた。身を屈め、這うように地を走る影が軽妙な足音とともにキン・ツチへと近づいていく。反転、三、四枚の手裏剣を弾いて視線の先、向かってくるサクラに対し、返し刀で投げつけられる千本。サクラはこれを躱すことなく両腕で急所を庇い立て、血まみれになりながらも立ち向かった。その堂々たるや春宵の桜が如く。踏み込んだ足跡が土に刻まれた。

 

「確かに見たぞ! お前の印、分身の術が入っていたなッ」

「!」

「「前は陽動! 目眩ましの手裏剣は練習不足! 踏み跡が示す本当の正体はッ……上ェ!」

 

 キン・ツチがそうがなり立て顔を空に向けた。サクラの小さく細い身体が満月に照らされて黒くうつらう。高所から加速度的に増した威力の体術をぶつけようとした、と。キン・ツチはそう考えた。

 

 

 だが――。

 

 ―― サクラ直伝・空華乱墜!! ――

 

 サクラの拳がキン・ツチの顎を打ち抜いた。

 

「ガッ……」

 

 キン・ツチの身が弾け飛び、土煙をあげながら少しの間地面を転げまわって、やがて勢いを失い止まった。

 

「サクラあんた……、腕を犠牲に!」

「……こんな、物!」

 

 腕に刺さった千本を抜き取り、濁濁と血を流す傷を憎まし気に見やると、掌で強く握り締めてチャクラを流し込んだ。チャクラによる強制的な細胞活性化。蓋然、医療忍術に対して専門的知識を有さないサクラの応急処置だ。問題も多かろう。しかしそれでも浅い傷を癒やす程度ならばできる。

 

(どういうこと? さっきの術、私の見立てでもサクラは確かに跳んだはず……、それに、あのいかにも勝つって顔!)

「……ハァ、ハァ――この程度、な筈ないわよね……!」

「――ふ、フフフ、わかってるじゃない……こんなの、大蛇丸様から与えられた試練に比べれば!」

 

 ―― 忍法・捶綸の操ッッッ

 

 キン・ツチの中指がすっと伸ばされ、第一関節からしゃらんと垂れ落ちる一筋の銀線。その先でゆらゆらと重たげに振られる金鈴が月光に応えるかのごとく爛々と輝く。

 

              千条結鎖!!! ――

 

 鈴の音があたりに鳴り響き、次の瞬間、無数の青銀色の光条が、星景に浮かび出た軌跡のようにいくつもの円を描く。矢鱈に放たれた千本と繋がる、キン・ツチの指に結ばれたチャクラと糸によって出来た光であった。

 キン・ツチの中指が弾かれ、糸を辿って意志が伝わり千本がサクラ達へと襲いかかった。

 

「うッ……!」

「音、粛々夜を伝う……お前たちは既に私のテリトリーの中!」

 

 肌を貫き、あるいは引き裂く千本の雨。たとえ千本でも、よく練られたチャクラが威力を増大させる。大地にいくつもの赤い筋を作った。

 ――更に。

 

「う、動けない……!?」

 

 いくつか外れて地面に突き刺さった千本に繋がれた鉄条が、雁字搦めに身体を縛り動きを奪った。苦悶の声をあげ、まんじりと動かない二人を見てキン・ツチの口角が繊月を描いた。

 

「浮花浪蕊とはよく言ったものよね……、あんた達二人、どっちも見てくれを整えただけの脆い花」

「……負けないッ」

「ちょっとあんた……やめなさいよ!」

 

 嘲弄の言葉を投げかけられた途端、サクラが藻掻きだした。暴れようとする程に、鉄で出来た線が肉に食い込んで傷を開く。慌てたいのがいくつか言葉で諌めても、ナシのつぶてであった。

 

「負けられないッ……たとえ手足を失っても、必ず皆で勝ち残る……サスケくんとナルトを守るって、私自身に誓ったんだから!」

「サクラ……」

 

 精気の衰えないサクラの瞳に当てられて、いのの心が燃え上がる。負けじといのも細く靭やかな身体を動かした。

 しかしキン・ツチが現実を突きつける。鉄条を結んだ中指ごと拳を作り、もう片方の手で束の始めをひったくり、身体を横に捻って釣り上げる。

 

「花は実をつけてこそ意味がある物。あんた達無能に努力の結実なんて未来はないの……、ここで死ぬんだからね!」

 

 拡がって包囲していた千本の尾が収斂、当然その中心に居た二人が無事ですむはずがない。硬い鉄の糸を伝うどろりとした液体と、骨まで切り裂く手応えに確信を抱いた。

 

(剿った!)

 

 

 

     ―― 忍法・落花の舞 ――

 

「何!?」

 

 突如、膨れ上がる地面に足を取られた。見れば散り散りとなった花弁の破片が竜巻のように舞い上がり、チャクラを含んで脚元に纏わりついている。して、キン・ツチの注意が完全に逸れた隙を狙い、新たな手が打たれようとしている。

 

「それだけじゃないわよ!」

「お前……、あッ!」

 

 重力に逆らって樹の幹に横立ち、おさげを払って胸を張るいのを見つけ思わず声をあげた。顔も身体もあちこち傷をおって流血するいののポーチが破れていることに気がついたのだ。しまった、と心中独り言つ。忍足るもの、忍具ひとつあれば状況を覆すことなど簡単にできる。二人の絶体絶命に、今その可能性が開かれた。

 

「あんたのその鋭いワイヤーが仇になったわね……喰らいなさいッ!」

 

 寅の印を結んでウインクひとつまばたくと、大量の千本が突き刺さった場所が仄明かりにぼんやりと照らしだされた。銀線に断ち切られた丸太、その表皮が赤々と燃えている。すぐ下の地面に落ちた何か燃える物を見て、妙に香しい匂いが気づかせた。糸から滴る赤い液体が、血ではないことに。

 

「これは椿油……? まずい!?」

「気づくのが遅いわよ!」

 

 ―― 擬似火遁・龍火の術 ――

 

 瞬時に炎が鉄糸を燃え伝わりキン・ツチを焼き付ける。逃れようにも脚が動かせない。自身の得意とする糸を逆手に取られ、今度はキン・ツチが支配されてしまう。

 

「ほーら、やっぱり仇になった……ふふん、私を舐めるからこうなんのよ!」

「ぐぅッ……!」

「乙女の柔肌に傷つけて、ただですむと思うなってーの……サクラ、やっちゃいなさい!」

「はぁああああああああ!!!!」

 

 ―― 空 華 乱 墜 ・ 蕾 木 蓮 ! ! ――

 

 いのの声とともに、景色が溶けるようにやんわりと歪み、急に姿を現したサクラが腰を落として攻撃を放っていた。無防備に晒された土手っ腹に突き刺さる正拳突き。拳心から血がにじみ出るほどの威力を込めた重撃を受けて、キン・ツチの身体を衝戟が突き抜け、溢れでたチャクラがその背後に小さな旋風を生む。木の葉舞い、紅蓮散る月下の夜。くノ一の激闘に今決着がついたのであった。

 

「サクラ、こっち来なさい!」

「ハァ……ハァ……ダメ、急いで二人のとこに戻らなきゃ……!」

「その髪でサスケくんの前に顔出すつもりなの?」

「! あっ……私の髪……」

 

 倒れたキン・ツチを蔦で縛り上げ、落ちていたクナイについた土を掌で拭いながらいのが指摘する。サクラは言われて、自慢の長髪が無残にも裁断されていることに改めて気づかされた。

 先程サクラといのが束縛から逃れる切っ掛けは、いのがポーチから落とした白い種子――ナンキンハゼにチャクラを込めて発火させたことと、椿油をためた袋を裂いて鉄条を濡らしたことと、実はそれ以外にもうひとつ原因があった。サクラが自身の髪を鋭利な鉄条に引っ掛け斬り裂いて、それを触媒にして自分のチャクラを流すことでキン・ツチの影響から切り離したのだ。咄嗟のこともあって首の皮一枚をかすめる程根本、そのような場所から妙な体勢で髪を切ったものだから不揃いで見てくれが悪い。見かねたいのがクナイを拾って土を拭いながら気をやった。

 

「ありがと……」

「……ふん♪」

 

 サクラが所在なさ気に礼を言うと、静寂を取り戻した森に小さく鳴らした鼻の音が、払った毛先とともに落下した。それにしても、と、いのが問いかける。

 

「なんでサクラひとりでこんなところにいるのよ? サスケくん達はどうしたの?」

「気絶してる。……なんかヤバい奴に襲われて……」

「そんな! じゃあ危険じゃない!」

「そうなの! だから急いで……」

「違う!」

 

 怒りを孕んだ叱責にサクラの肩が跳ね上がる。一陣の風が吹き込み、夜の寒気が通り過ぎる。

 

「サスケくん達もそうだけど! あんたが一番、危険でしょうがッ!」

「! ……」

 

 肩を捕まれ、その食い込む程の力に歯を食いしばる。言わんとする意味は理解できる。だがサクラは反省を口に出す気などなかった。

 

「いの……。私、もう行かなきゃ」

「ダメよ、サスケくんのとこに行くなら私達も一緒よ! 残りの奴らだってシカマル達がもう倒してる筈だもの!」

「他の奴ら……!? まさか、いのがここに来た理由って!」

 

 怪我の処置もせず、サクラの赤い影が翻筋斗打って飛び出した。

 

(リーさんにも迷惑かけたのにッ……! いのにまで心配かけちゃって! 何が『皆を守る』よ、私のバカッ!)

 

 その華奢な背中に負ったものに押し潰されそうになる。重く、苦く、だが絶対に手放したくないという思いが止まらない。今はこの重みが、サクラの背中を推してくれた。

 

 

 

 

 ――しかし。現実は彼女を拒絶する。

 

「サクラッ危ない!」

「えっ――」

 

 低い姿勢で走るサクラの真横、木の影より流れ出る砂の波濤。地を這う虫を両手で覆うかのように、掌のような形をしたふたつの塊がサクラの周りを包み込んだ。

 

 ―― 砂縛柩 ――

 

「くくく……獲物、見ィつけたァ!」

 

 かすれたような怪声が世界を凍てつかせるのであった。

 

 

 

 

 

 サクラ達が新たな敵に襲われる少し前。

 森の中では音忍対木ノ葉の戦いが続いていた。

 

 アブミの放つ空気砲が森を穿つ。不快な呪音を撒き散らしながら暴れまわる音磨羅鬼の二の腕が地面を砕いてひっくり返し、リーの身体が弾き出される。隙を見て隠れたシカマルの頬を鎌鼬のような鋭い空気がかすめ、薄皮を斬り裂いた。

 つう、と頬から血を流す。汗と混じって顎を伝った。

 

 

「ヒャハハハッ、三流ヤローどこ行ったァ! 尻尾巻いて逃げやがったか!」

(やべぇ、このままじゃあの眉毛死んじまうな……)

 

 脚をもぎ取ったバッタのように身体をびくつかせるリーの姿を冷静に見定める。

 

「木ノ葉の下忍は雑魚ばっかか、あァん!? どいつもこいつも逃げ足だけは速ェーようだがな!」

(今のこの状況、まさに絶体絶命だ。影真似を使えばいくらでもやりようがあるが、肝心の隙が見当たらねぇ)

 

 びっ、と名前も知らない草を抜き、クナイを地面に突き刺し、座禅を組んで思案した。

 

「そうだなァ、この眉毛を殺したら、次はあの豚を甚振って殺してやるぜ!」

(チッ……いのの奴がいりゃあこんなにめんどくせーことにゃならなかったっつーのによ)

 

 ひときわ甲高い音が響き渡り、森中の鳥が危険を察して飛び立つ。空気が逆流し、森の奥からたくさんの風がアブミの方へと収斂するのが感じられた。

 

「どんな音を立てて破裂するんだろーなァ!」

「アブミ、遊び過ぎるなよ……うちはサスケを殺すのが先だ」

「いちいちうっせーわかってるよ! 死ねやクソ眉!」

 

 圧縮された空気の塊が次第に輝き、大きなプラズマとなって具現化する。縦横五メートルはあるだろうそれが、アブミの腕の砲口に集まって拳大まで縮み、それを射出しようと構えた。

 

 ―― 風 遁 ・ 斬 穹 昊 破 弾 ! ――

「させねえよっ」

 

 小さく歯噛みして呟き、木立から飛び出しクナイを数本投げる。遅れてもう二本投げ、勢い良く先攻のクナイにぶつけて音を立てた。思惑通り、注意を引いて視線を逸らすことに成功する。三つの瞳が炯々と光りシカマルへと向いたのを確認するやいなや、煙玉を焚いて闇に紛れようとする。しかし相手は範囲攻撃の妙手だ。斬穹昊破弾を小出しにして煙霧を払った。

 

「また隠れ鬼か! お里が知れるぜ!」

「……いや、違うね」

 

 アブミが息んで嘲るが、キヌタは上を見ながら言い咎めた。視線に釣られて仰ぎ見やると、先程音を立てて弾かれたクナイが空に向かって行った。とぐろを描いて光の尾を引きながらひゅるひゅると飛んでいる。

 

「ありゃなんだ? 発煙筒か狼煙のつもりかよ?」

「不正解。あと十秒ってとこかな……八、七、六」

(五、四、三、二……)

 

 ―― 秘伝忍法・影真似の術 ――

 

 カッ、と天が白んだ。森のどの木よりも高く揚がったクナイが、めまいがする程の光を生んで爆ぜたのだ。同時にシカマルの影が伸びて行く。か細い紐のようなそれが小ネズミが駆けるように地を走り、キヌタとアブミの影へと近づいた。

 

「あぶねーあぶねー」

「捕まるわけないよ。奈良家の術は知れ渡り過ぎだ……」

 

 高く飛んで自身の影を薄め、また角度を計算し森の中へと紛れるような位置で止まる。アブミが今度こそと言わんばかりに照準を合わせ、シカマルに向かって残りの大プラズマを解き放った。

 

「――当たるわきゃねーよ」

「! 跳んでッ!?」

「どうやって!?」

 

 中空で無防備な二人の面前にシカマルが現れる。左手に握るロの字の取っ手が上と斜め前方、後方へと伸びているのが見えた。

 

「まさかッ!」

「そのまさかだよ。上のクナイは陽動弾、影真似の術はダミー。お前ら俺に時間を与えすぎなんだよ!」

 

 策を考えている時に木陰に刺したクナイと、弾かれたクナイとをつなぐワイヤーによって出来た即席の昇降器具。勢い良く飛び出したシカマルが、握ったクナイをキヌタに向かって突き刺した。くの字に曲がるキヌタの身体。しかしクナイがその肉に触れることはできなかった。

 

「忘れちゃ困る! ボクの響鳴穿をね!」

 

 腕で庇って響鳴穿からチャクラを含んだ音を反射させる。当然シカマルの身体にそれが向かった――が。

 

「ぐおぅッ……」

「!? なぜ響鳴穿がアブミに!」

「……ビンゴ!」

「なッ――ずぇッ!!」

 

 血反吐を唾棄して苦悶するアブミにさしものキヌタも動揺を隠せない。そしてシカマルがその隙を突かぬ筈がない。キヌタ達が跳び上がった時、背を向けた天の頂を覆う大きな影。それがキヌタの身体と重なり、視界を暗くした。

 

「へッ……食らいやがれ!」

 

 反転することもできず見えない角度から来る大きな衝撃に揺さぶられる。そこには、猛スピードで落下しながら拳を振り抜く音磨羅鬼の姿があった。

 

「ぐッ……くそ、……影真似の術はダミーだった筈じゃなかったのかッ!」

「お前、頭悪ィだろ? 敵にむざむざ策をバラすかよバーカ」

「なんだっ、ッでぇ、おぇッ」

 

 三半規管を掻き乱される感覚に襲われ肩で息をするアブミに聞かれ、端的に返事をする。切り捨てるような、バカにした言葉に頭に血がのぼり、逆に気持ち悪く吐き気を催した。

 

「最初から疑問だったんだ……、お前がその特異な術を使う時、どうやって味方に影響出さねえようにしてんのかってな」

 

 音を立てず着地したシカマルが、倒れたまま戦闘を見守っていたリーに近づきながら、友に語るように流に語り出す。

 

「案外答えは簡単だったぜ。お前が出したそのデカブツ……、音磨羅鬼っつったか。そいつぁ音と空気の増幅器であると同時に、真空と防音壁を作り出す役目を果たしてたんだ。恐らくはその呪詛に絡めた異質なチャクラと音階や波長でな」

 

 シカマルがリーの肩にそっと触れると、瞬く間に動悸が収まり体内をまさぐるような感覚が消え去った。

 

「大丈夫か?」

「……ひゃい! もうらい丈夫れす……ヒッく」

「いや、どうもそう見えねえが……」

「らいじょーぶれふってぇ! あハハハハ!」

「酔っぱらったアスマみてえなテンションやめろよ。めんどくせーから」

 

 シカマルの介抱を受けてふらふらと地鶏脚で立ち上がったリーが、陽気な笑い声をあげてシカマルの猫背を激しく叩いた。を蕩けた瞳がきょろきょろと移らう。眼尻の下がった眼と裏腹に吊り上がった太眉をひくつかせた。

 

「あるぇー? もうひとりはどこ行ったんでふかぁ!?」

「向こうに吹っ飛んでったよ」

「ぬぁにー!? サスケくんとナルトくんがキケンだーぼきゅがたすけなきゃー」

「いや演技下手か……、とっくに術が解けて変わり身だってバレてるよ」

「んにゃにっ!?」

 

 棒読みで大声を張り上げるリーに呆れながら、シカマルがほらと指を差し向けた方でごろりと丸太が二つ転がって横倒れている。

 

「ぼくぁ、じぶんぁ情けなひィッく……! サクラしゃんうぉー……守りゅっていったのにぃ! やくそくひとつ守れないでぇーッ!!」

 

 ―― カッッ……!!

 

 リーが咆哮をあげると同時に、厖大な気が漏れだして地面が砕け散った。吹き荒れる突風、周囲の石や木がめくれ上がり、ずずずと何かに吊られたように浮遊する。肌で感じられる程に戦場の空気が変わり、青白いオーラが溢れ出た。

 

「うおーーーーっ!」

 

 剛ッ。地面を蹴りつけるけたたましい爆音と、それに誘発して大きな衝撃が大地を穿ち、五メートル程の穴を作る。音速を越えた速度で威勢よく飛び出したリーが……

 

「……たーッ!!!」

 

 盛大にこけてもぐらのように頭の方から土中へとめり込んだ。

 

「……いやなにがしてぇんだよ」

「こんな奴に……俺達は苦戦したのか!」

 

 さすがの暴挙に敵味方問わずつっこみを入れざるをえない。空気が変わるとはそういう意味ではない筈だ。すぽりと頭を抜いて、体中についた土を払い落とすリーを見ながらそんな感想を抱いた。

 

「どいつもこいつもふざけやがって……! こんな三流ヤローどもに邪魔されたと知れたら……大蛇丸様に殺されちまうぜ」

「ア、アブミ……。音磨羅鬼は、どうしたッ……」

 

 アブミの震える身体の原因は、プライドに傷を付けられたことへの怒りか、はたまた大蛇丸への恐怖からか。倒れ伏して足腰ひとつ動かせないまま苦々しく呟くアブミを見て、意識を取り戻したキヌタが喘ぎながら言い諭す。

 

「キヌタ! 生きてたか……」

「奈良のひ、秘術は……チャクラを消耗しやすい。そ、それに……奈良家のチャクラ量は、そんなに多くないと、聞く。……恐らくコントロールは、戻っている」

「マジか? おい音磨羅鬼! 俺の言うことが聞こえるか!」

『奇ヰヰ――!』

 

 期待を込めてアブミが呼べば、音磨羅鬼の顔に似合わぬ猿のような鳴き声が返ってくる。両腕を高くあげて万歳をする姿は、喜んでいるような暴れているような奇天烈さである。自由に動いている様子を見たアブミも、喜び勇んで雄叫びをあげた。

 

「テメーらふざけるのもここまでだ! アンコールは一度までだぜ!」

 

 ―― 邪鳴具 ――

 

「ぐあああああああッ!」

「ぐあ゛ぁぁ!? なんで俺達がァ!?」

 

 指示通り音磨羅鬼が騒音をまき散らし、あたり構わず攻撃を開始する。しかし、先に苦しみ出したのはシカマル達ではなく音忍達のほうであった。

 

「悪ぃーな。俺ァ音楽に詳しくなくってよ。チャクラのバランスが崩れちまったみてーだな」

 

 影真似の術が解ける直前、シカマルの機転によってチャクラパターンをリセットし調律を乱していた。どこまでも計算高い策略家の手練手管に心胆を寒からしむる。暴虐の狂音の渦中で苦しんでいるはずのキヌタが立ち上がり、血走る三白眼で睨めつけた。

 

「あまりに調子に乗るなよ……!」

 

 骨折した腕を自力で戻し、ひしゃげて壊れてしまった響鳴穿を取り外した後、一本の巻物を取り出し口寄せをする。一瞬の間濃煙に身を隠したキヌタの両腕に、薄い楕円形の剣が妖しく唸る赤錆色の手甲が装着されていた。

 

 ―― 共振剣・霧斬透 ――

     キィ  ――  ィィ  ――  ン

 

 あまりにも高い駆動音が耳鳴りを起こす。チリリと火花が時折爆ぜ、半透明の薄刃に白い円が浮かび出る。キヌタが軽く腕を振るっただけで、土埃をあげ大地に傷跡を深く刻む。はらりと落ちる木ノ葉がその断面に触れれば、抵抗もせず二つに割れてしまった。

 

「きみ! 肉弾戦はぼくにまかせたまぇ!」

「任せるったって……」

「おるぁーっ――……ぅひっク」

 

 脚がもつれて蹴躓き、倒れそうでそうでない。そんな奇妙な足取りのリーが、しゃっくり混じりに搖搖とした体捌きのまま、キヌタが発生させる裂風を躱し続ける。時に猿のように木を登り、時に鶴のように空を滑り、あるいは蛇のようににょろりと地面を這う。本当に遊んでいるようにしか見えないが、見事一撃も当たらずキヌタの懐へと盛り込んだ。

 

「なんなんだ、こいつ……!」

「このはのあおきやじゅー! ロック・リーだおろろろろろろろ」

「吐きやがった……やっぱ全然大丈夫じゃねえだろアレ。――と、やっぱそうするわな」

 

 意気揚々と名乗りを上げ、途中で盛大に吐き散らかしてグロッキー。そんなリーの前で、吐瀉物をぶつけられたキヌタが怒りと殺意を充満させていた。そんな不様に、体力を休めながらすかさず突っ込んでいるシカマルの居る場所にクナイが刺さった。息を切らしてシカマルを睨むアブミ、その腕には異形の砲身もなく、また暴力の自由を謳歌していた悪鬼の姿形も失せている。自縄自縛を許すような真似を続ける理由がない。

 

「はァ……はァ……、テ、メーッ! 俺のリサイタルを、よくも三流ヤローが!」

「知らねーよ、お前が五流だっただけだろ」

「喧嘩売ってんのか! よしわかった、任務なんざ関係ねー! テメーは必ず殺す!」

「まあそう言うなよ……そうだ、後生だから俺とチョウジのこたぁ見逃してくれねえか?」

「ふざけんな! 豚ヤローも殺すに決まってんだろォが! もう一人のアマもなァ!」

「……え? なんだって? よく聞こえなかったからもう一度言ってくれ」

「だからッ! 糞豚もッ! メス豚もッ! 殺すって言ってんだよッ!!!」

 

 ―― 秘伝忍法・倍加の術 肉弾頭!! ――

 

「ボクは、ぽっちゃり系だッ――――――ボンバァァァアアアアアアアーーーーーーー!!!!」

「なッ」

 

 突如天より飛来する巨大な影。上手に投げたフットボールのような横回転をしながら、巨大化したチョウジが降ってきた。完全に無防備なアブミを潰し、そのまま二十メートルほど引きずって、けたたましく土埃をあげ大きな軌跡を大地に刻みながら摩擦熱で炎上させた。

 

「内の近接担当、あんまナメんじゃねーよ。五流ヤロー」

 

 諧謔を交えニヒルに笑うシカマルに向かって、少々痩せたチョウジがにっこりと笑って親指をあげる。長いようで短い死闘がひとつ、ここに終焉を迎えた。

 

「ありがとうシカマル! これ、助かったよ! それに閃光起爆クナイも!」

 

 チョウジがズボンにしまいこんだ巻物を手に取って見せ朗笑を浮かべる。それは途中、シカマルがポーチから取り出そうとしてできなかったものだ。チョウジを逃がす際に持たせていた。

 

「中にいっぱいお菓子が入ってたよ!」

「あァ、倍化の術はスタミナを消費するからな。どうせお前のことだ、引き下がったことに後悔して必ず戻ってくることくらいわかってたよ」

「シカマルぅゴメン、ボク、逃げ出して……」

「なに言ってんだ。お前は木ノ葉の下忍で一番の勇気の持ち主だよ。俺はお前がこうして来てくれると信じていたから戦えたんだぞ。気にすんな」

「でも、忍びが仲間を見捨ててひとり背中を見せるなんて……」

「見捨てた? 誰が……ありゃ戦略的撤退ってんだよ。俺がお前なら俺だってそうした。とにかく、問答はこれで終わりだ! あとはあの眉毛野郎が音忍を倒しちまえば――」

 

 

 

 

 

 ―― 火遁

       ・

         豪 火 球 の 術 ! ――

 

「うわ!?」

「なになにっ! 今度はなんなの!?」

 

 頭上を、得も言われぬとてつもない熱が通り抜け身体を伏せる。巨岩が赤熱しマグマのように溶ける程の豪火球が、通り過ぎざまに二人の丸い背中をごうごうと焼き、焦がした。

 

「――テメーか? サクラを連れ去ったのは?」

 

 紅き瞳が闇夜を照らす。しかしその火は光にあらず。写り移らう紅蓮の邪炎が、執念の殺意を燃え上がらせる。闇に紛れし玄影――。

 

「サ、サスケ……!?」

「よォ、見慣れたツラもいるようだなァ……教えろ。サクラはどこだ」

 

 うちはサスケが、覚醒した。




この日の悟空

「まいったな。こいつら簡単に殺そうとしすぎだぞ。試験なのになんでそこまでするんだ?」

 そう呟く悟空が、気絶した子供を数人抱えて森の外へと運んでいた。

「とくにあの赤い髪の暗そうなやつが問題だな。あいつ一人の邪魔するだけで十五人も助けることになるとはなあ」

 どうしたもんかな、と頭を掻いて顎をさする悟空。
 そんな悟空の行いが人の命を救い、殺しの快感を得られず血に飢えつくした少年の怒りを買って、少女の命がキケンに晒されていることなど露知らず、日が明けていくのであった……。


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