初期の艦これ (弱箔)
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ー1期ー
01 第一艦隊から連絡がありました


 

6月10日

 

「第一艦隊から連絡がありました」

処理中の書類から顔を上げて問い返す

「定時連絡って事は予定通りに事は終わったのかな」

内線で済む事を敢えて私の執務室に足を運んで報告に来てくれるのだから相応に対応しないと後が怖い

「……予定の目標は達成されています、が……」

何故そこで止まる、どうもこの事務艦は私に不安を感じさせる事に生き甲斐を見つけている様な節がある

「何かな」

表面上はなにも変えないまま続きを促す

「ドロップ艦と合流した様です」

それがどうした、と言いかけて止めた

まだ、事務艦の言い分が終わっていない気配を感じたから

「初期艦だそうです」

「それは目出度い「目出度くありません!!」……」

びっくりした、この事務艦いきなり眉と目尻を釣り上げて迫って来やがった

頭突きされるのかと、また気が付いたら医務室の天井を見る事になるのかと

「失礼しました」

私のビビリぶりにやり過ぎたと考えたのか距離を取って様子を窺ってる

「何か問題があるのかな」

目元がびっくりしたままなのだがこの際置いておこう

「初期艦は大本営での研修が義務付けられていてこの鎮守府の戦力に成り得ません、ドロップ艦は即戦力なのに」

事務艦の不満がようやくわかった

建造直後の艦娘は大体が艤装の扱いに不慣れで海上航行も見ている方がハラハラするくらいの技量しか持ち合わせていない

ドロップ艦はそれと違い大体が鎮守府の訓練過程を修了したくらいの技量は持っている

「そこは考えようでしょう、初期艦が増えれば鎮守府も増える、鎮守府が増えればこっちの負担は相対的に減る事になるんだから」

この事務艦は何故か私にジト目を向けてきた

「???」

事務艦の考えが分からず首を傾げようとしたら突然、私の真正面に鎮座している執務用の無駄にデカイ机の天板をブッ叩きやがった

「司令官、ウチの鎮守府が他所から何と呼ばれているか、御存知ですか」

上目遣いって聞いていたのと違ってコワイんだな、とか余計な事を考えたのが伝わったのか事務艦のテンションがおかしな方向に飛んでいった

「保育所ですよ、保育所!幼稚園ですら無いんですよ!!ドンだけ下に見られてんですか!」

「お、落ち着こう、な、」

「落ち着いていますよ!落ち着いているからこそ冷静な判断と情報分析が出来るんです、……出来ない方が良かったぁ~ぁ」

激昂したかと思ったら落ち込んで泣き出すし、どうしよコレ

「なんかあったの?」

声に釣られてそちらを見れば執務室の扉を半開きにして覗き込んでいる駆逐艦と目が合った

「いつもの発作だ」

「あっそ、こっちは遠征に行くよ」

「わかった」

キチンと扉を閉めて行くあたりなかなか行儀が良い、ウムウム

「司令官、発作って、何ですか、なにを関心してるんですかぁ~」

あ、何処かで事務艦の眼に見えない何かを思いっきり踏んだらしい、これはいけない

しかし事務艦の方が速かった

「他の鎮守府はドロップ艦が教導してるから技量が見る見る上がるのに、ウチの鎮守府はドロップ艦といえばいつも初期艦じゃないですか、これで誰が教導するんですか、建造艦が建造艦を教導したって「そこまでにして貰えるかな」……」

いつの間にかなっていたゲンドウポーズからそう言うと事務艦は表情を無くした

事務艦の不満は詰まる所鎮守府の運営方針に問題があるという事で司令官職に就いている私への不満

それは分かってる、分かってはいるが

「申し訳ありません、出過ぎました」

艦娘っていうのはどうしてこうなのか、いつも疑問に思う

「前から言っているけど、理屈としては事務艦の方が正論なんだから、大本営に報告して対処を求めるなり、転属希望を出すなり、打てる手はどれでも取ってくれて良いんだよ」

我儘で始めた事だ、通せる限り押し通す、そう決めたんだ

「いえ、事務艦として司令官を補佐します」

「ありがとう」

敬礼する事務艦を見てふっと思い出した

「そういう事務艦も建造艦だよね」

事務艦の腕が私の方に伸びてきたらしい画を視界に見た気がした

 

 

「ここ……は、医務室か」

司令官職に就いてから幾度この天井を見ながら目を覚ました事か、両手で数えられなくなってから憶えていない

「起きたか、軽い脳震盪だそうだから暫く安静にしていろ」

声の方を向くと第一艦隊を率いていた筈の艦娘がいた

「あー、悪いな、出迎え出来なくて」

「気にしてたのか、皆に伝えておこう」

なんだそれ、そこは気にするだろこれでも司令官職に就いてるんだし

「そんな顔をするな、我々を出迎えた事務艦の顔で大体の事情は察したし、いつもの事だからな」

なんだよそれ、いつも事務艦にKOされて医務室の主になってる様に聞こえるぞ

「だからそんな顔をするな、悪く言ってるつもりはないぞ、寧ろいつも通りで安心だ」

ハッハッハッと笑いながら言われると色々スッキリしないがそこは置いておこう

「で、そっちも変わり無しか」

「ああ、変わりない」

「そうか」

寝起きで蛍光灯の光が少し眩しかった事もあって腕で目を覆う

「なあ、提督よ」

「なんだ」

「提督の考えは理解してるつもりだしそれを分かった上で協力すると決めたのは私だ、何かあれば、何があっても私は提督についていくよ」

突然何を言い出してるんだ、頭の中に疑問符が並びかけた所で気がついたコイツの勘違いに

「ちっょと眩しかっただけだぞ」

「……ならいいんだ」

やっぱり勘違いしてやがったか

「長門こそいいのか」

コイツの勘違いはどこかで正さんといかん

「?何がだ」

「この鎮守府ではその力量を十分に発揮する機会もままならんだろう、もっと戦力として活用してくれる鎮守府へ行きたくはないのか」

「それは命令か?」

眼光に鋭さが加わるのが分かる

「いや、ただ長門の判断に疑問を感じたから」

おい、馬鹿を見る眼を向けるな、次いでアホの子を見る眼もだ

そんでそのクソ長い溜息はなんなんだよ

「それは散々話しただろう、提督が気にするのは分からないではないが、それだけで身の振り方を決めた訳ではないぞ」

「私の初期艦がああなっているのは私の所為だ、おまえを庇ったからでは無いぞ」

「……それは聞いた、が、妖精さんもわからないと言っているのだろう、提督がああするのは至極当然だと私は考えるが」

「その考えに引き摺られる必要はないと言っているんだ」

「「その考えは私の考えでおまえの考えでは無い」」

ワザとハモってくるとはコイツ分かってやってんのか、それとも……

「それも聞いた、耳にタコって程にな」

不意に出てきた軽口につい睨んでしまった

睨み返されたんだけど、どうしようか

「まあ、気長にやるさ提督の下でな」

睨まれたのは僅かな時間だった

 



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02 ノックの音で目を覚ました

 

 

 

 

ノックの音で目を覚ました

長門は仕事に戻った、それを硬いベッドから見送った後で寝てしまった様だ

「開いてますよ」

扉を開けて顔を出したのは憲兵だ

「日報の確認なんですが、大丈夫ですかね」

鎮守府そのものは独立機関として成立していて組織上の上部は国家と国連という事になっているらしい

一介の司令官でしか無い身ではそんな雲の上の話はわからん

ただ、それぞれの国で鎮守府をどう位置付けるかは国の裁量に任されている

尤も現時点で鎮守府を開設しているのは日本と米国だけだ

米国は開設しているだけで艦娘はいないと聞いているんだが

近いうち独国と英国、もしかしたら仏国が開設すると噂されてはいる

この鎮守府の場合基本的に自衛隊駐屯地と同様の扱いになっているそうだ

違うのは駐屯地の中にいるのが、艦娘とその司令官、憲兵という名目で陸上自衛隊、施設維持の名目で海上自衛隊、技術協力の名目で航空自衛隊といったところか

司令官である私と顔を合わせる機会が多いのは陸自の方々だ

海自はあまり会わないし空自はガチの技術者なので何語を話してるのかさっぱりわからん

「大丈夫ですよ、もしかしてお待たせしてしまいましたか」

「まあ、そこは仕事ですから気になさらず、失礼しますよ」

どうぞと手近にあった丸椅子を勧める

遠慮なく座りながら手にしたバインダーをめくり司令官の承認が必要な書類を抜き出してこちらに渡してくる

因みに私に自衛官に対しての指揮権など無いし軍事教練とやらの経験も無い

司令官に求められているのは艦娘と話をする事と妖精さんの様子を観察して色々と察する事

私の場合は察するまでもなく会話が出来るので妖精さんとも話をするが

憲兵が割とお気楽に話しているのはそう言った事情からだ

渡された書類に目を通していく、いつもながら堅っ苦しい書き方だ

公式書類だから仕方ないと云われれてしまえば仕方ないね

「司令官、承認印をどうぞ」

うぉ、いきなりかけられた声に思わず声の方を向いて固まった

変な声が出そうになったのを無理矢理押し込めた、見れば憲兵もちっょとびっくりしてる様子

「?なにか」

私と憲兵の様子に不思議そうにしているのは事務艦だ

「いや、なんでもない」

「いつの間に入ってきたんです、気がつきませんでしたよ」

憲兵の言い様に首を傾げる事務艦

「普通に入室しましたけど……」

「そ、そうですか」

憲兵の引き攣った愛想笑いも気に留めた様子は見られない事務艦

こういう事はよくある、艦娘の不思議な行動というか、人が想定し辛い行動というか、こちらの死角から割り込んで来るというか

私は慣れきってしまったが憲兵は慣れてなかった様だ

艦娘自身がある程度の技量を身に付ければ人が驚かない行動ができる様にはなるのだが、この事務艦はまだその技量を身に付けていない

今回の事務艦の行動は司令官の補佐の範疇なので私から如何こう言う筋はない

憲兵がここ(医務室)に来たのだって事務艦に私の居場所を聞いて来たのだろうしな

書類に目を通し終えて承認印を所定の位置に押す

「ありがとう、公文書に私の下手な字を残さずに済んだよ」

承認印を事務艦に返しながら一応感謝の意は伝えておく

「お役に立てたのなら良かったです」

事務艦はそういって入って来た時と同じ様に退室した

「……目で追い切れないって如何いう事???」

狐につままれたか狸に莫迦された様子の憲兵

「別に超高速とか瞬間移動とかそういう類では無いので、慣れればちゃんと追えますよ」

「司令官は今出て行くのが見えたんですか」

半信半疑といった体で聞いてきた

「勿論」

「差し支えなければ、如何いう事なのか教えて頂けないか」

かなり真剣というか深刻そうに聞いて来る憲兵

それを見て随分仕事熱心な人だという印象を持った

「簡単に言えば視線誘導ですかね」

「?」

「牛の前で赤布振って身を躱す、アレです」

「闘牛ですか?」

話を掴み切れない感じの憲兵

「そうです、振られる赤布の後ろに闘牛士はいません、そういう事です」

「注視する事で却って視野を狭めてしまった、と」

「そんな感じです」

そんな今一つ実感に欠けると言いたげな表情を見せられても、困るんだが

「司令官がそこに寝ているのはアレが原因とききましたが……」

話題を変えようとしているのだろうか、単になにか思い付いたのか

「それがなにか?」

続きを促してみる

「正直なところ、どうなんです」

「どう、とは」

なにを言いたいんだろこの憲兵は

「こちらに聞こえて来るだけでも司令官はかなりの頻度で医務室に運ばれている、職務中に度々医務室送りにする部下というのは問題有り過ぎなのでは」

改めて指摘されると反論出来ない

「事務艦としては優秀ですし、問題の根本は私にあるので……」

「あの眠り姫、ですか」

その言い様に思う所はあるが、他所ではそう呼ばれているのは知ってる

「そんなに不愉快そうにしなさんな、大本営とやらも解体命令を出さないんだからなにかあるんだろう事はこちらでもわかってる、だからといって何時迄もこのままって訳にもいかない、難しい舵取りだ」

「わがままを通しているだけですよ、振り回される艦娘達には迷惑でしょうが」

憲兵には監視の役割もある、下手な取り繕いは自分の首を絞めかねない

「……まあ、わかってやってるのは、わかってはいるんですよ、どうにも見てるだけのこちらからは歯痒くて、なんとか力になれないかとヤキモキしますがね」

力になる、意外な事を聞いた

問題の多い鎮守府に配置されて不満だろうと考えていたが、早合点だったか

「貴方は憲兵歴長いのですか」

「長いかと聞かれてもね、まだ憲兵なんてモノが出来てから定期異動の時期すら迎えてない、今憲兵やってる自衛官は誰でも同じだろうよ」

「そうなの!?」

思わず出てしまったツッコミに苦笑いされたんだが

「自衛隊の場合は憲兵じゃなくて警務官な、憲兵ってのは鎮守府設立時になんだかんだと理由を付けて常駐部隊を配置したかったお偉いさんが頑張った結果出来た部署だからな」

知らなかったとか言えない、いやバレバレなんだろうけど

「民間登用の司令官なら知らなくても不思議ではないさ」

フォローしてくれるとかもしかして良い人なのかなこちらの憲兵さん

「で、長かったらなにかあるのかい」

話してみろって事だよね

 

 

 

 



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03 大本営より出頭指示が届きました

 

 

 

6月11日

 

「司令官、大本営より出頭指示が届きました」

執務中に声をかけられて顔を上げたらジト目の事務艦と目があった

なにか言いたげな表情だが、構わずに差し出された書類を手に取った

「なんだろうねコレ」

内容を確認した素直な感想だ

「なにをやらかしたんですか」

ジト目のままの事務艦、酷い言われ様だし冤罪を主張したい

「初期艦の事でなにかあるみたいだねぇ」

何故被りをふるんだ、こちらの事情は全部報告してあるし疚しい所はなにもないぞ

「初期艦不在期間が長過ぎます、これで良く鎮守府運営できるものだとある意味感心してしまいますが」

「……初期艦なら居るが」

「お言葉を返す様ですが、所属して居るだけで運営に参加出来る状態ではありません、司令官であれば鎮守府運営に於ける初期艦の重要性をもっと認識していただかないと」

なんか大分言葉を選んで諭す様に言って来るんだが、コイツもアレか何十回と繰り返し言って聞かせないとダメな方面のヤツか

「解体しろと?」

「そこまでは言いませんが……」

事務艦に艦娘の解体権限は無いしな

解体拒否権なんて云われるものはあるんだが行使の実例は今の所聞いた事がないし

「兎も角、こんなものは理由を並べてお断りしとこうか」

だからそんなに不満そうに言いたい事が山程あるって顔をしてもダメものはダメ

事務艦の言い分が正論な事はわかってる、鎮守府運営は初期艦と司令官の二人が妖精さんと意思疎通出来る事が前提なのだから

それに多くの場合妖精さんと会話出来るのは初期艦だけだ、司令官は身振り手振りでどうにかしないと初期艦頼みどころか依存する事になる

この鎮守府がどうにか運営出来ているのは私が妖精さんと会話出来るから

民間登用の司令官の中で妖精さんと会話出来る者は私以外にもいるんだが、まだ順番待ちらしい、そういう意味でもこの鎮守府は珍しがられてる

「……そんなことばかりしてるからチンジュフとか散々な云われ様なんですけど」

「……」

音的には同じだったが違う漢字が充てられたのはわかった、事務艦にはストレスフルな状況な事はどこかにメモって置こう

 

6月12日

 

おかしい、昨日お断りしたのに何故か視察日程の通知が来た

そんなに問題視してるのか、大本営は

それにしては契約解除の紙切れ所か教育的指導すらしてこないんだが、どういう事なのか

「スケジュールを変更しますか」

思いっ切り事務的に聞かれた

「いや、その必要は無い、視察の相手を私がすればいいだけだしな」

実務上の課題もあってこちらはそれ以外の手は取れそうに無い事情もある

勿論こんな事は事務艦だって分かってる、分かっている事を敢えて聞く確認という工程が嫌味に聞こえたのならそれは私の性根が曲がっている所為だろう

「あ、スケジュールというのは先日合流した初期艦の事なのですが」

「?」

初期艦は大本営に研修旅行に旅立つんだろ、変更するとは何処を変更するんだ

「合流した初期艦から滞在申請がなされ、二週間の滞在許可が降りています」

「そうだったな、失念していた」

処理した書類の中にそんなのがあった気がする、すっかり忘れてた

「視察終了時に同行させられれば、交通費を大本営持ちに出来るかと」

「それで納得してくれそうか、その初期艦は」

「司令官から話せばいけると思われます」

コイツ、面倒な事態になるのを見越して押し付けに来やがった

さっき嫌味がなかったと思ったら、全く優秀な事務艦だ

確か滞在理由はまだ司令官と会ってないからだったな、会わない訳にはいかないか

「何処かで時間を作らんとな」

何故嬉しそうにしてるんだ、この事務艦は

「おまかせください!」

なんだろうねぇ、このありがたい様なそうでない様な複雑なモノは

 

夕食後にその時間を作る事に成功した訳だが、何故この初期艦は私を睨んでいるのだろう

「初めまして、この鎮守府で司令官職に就いている佐伯です」

兎に角自己紹介しないとね、睨んでる理由は追々わかるだろうし

「……特型駆逐艦五番艦の叢雲、あんたがここの司令官?」

その嘘をつくなと強力に主張する眼はどうにかしてもらいたい

「その通り、それとこの席を設けたのは貴方の滞在理由だという事は考慮してもらいたい」

「ふん、考慮、ね」

なんかめっちゃご機嫌斜めなんだけど、なにかあったのか

「司令官だと言い張るなら聞きたい事があるわ」

「なんでしょう」

言い張るとか言われてるんですけど、そこは置いとこう、突くと長くなりそうだし

「なんで起こさないの」

「?」

「貴方の初期艦、目を覚まさないまま随分放って置かれてるって聞いたわよ」

あ、それね、素でなんのことかと考えてしまった

これを聞いて来るって事は随分と動き回ったんだろうな

「それについては話すと長くなるし何より貴方は知る必要のない事だ、どうしてもというのなら私に聞くよりも大本営で資料を読むといい」

「それで答えてるつもり?」

ほう、ドロップ艦特有の眼光だね、最後に見たのはいつだったか

「?なに、冗談を言った覚えはないわよ」

懐かしさについ表情が緩んでしまった、向こうは笑ったと取ってくれた様だが

「気を悪くしたのなら謝る、知ってると思うがウチの鎮守府には建造艦が多くてね、その眼を見るのは久し振りなんだ」

「目?」

「そう、あいつにもよくその眼を向けられたよ」

自分の顔を探る様に手を当てていた叢雲はしばらくしてそれを止めた

「その話はわからないわ、って話をそらさないで」

「そらしたつもりは無いんだが、貴方はあれ以外のどんな答えを期待しているんだ?」

目の前の初期艦は大本営行きが決まってる、この鎮守府に着任する事も無いだろう

どう考えても知らなくていい事を何故わざわざ聞いて来るのか、そこがわからん

「ん、なるほど、お客さん扱いである以上あれ以外は無いと、そういうコト」

なんでそこで視線をそらすんだろ

「ならここに着任すれば違う答えが聞けるのね」

自分でも自覚できた、この時自分が間抜け面を晒したのが

 



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04 ドロップ艦が初期艦だった場合の対応規則

 

 

 

あの後もう一度ドロップ艦が初期艦だった場合の対応規則を一から説明し直した

その上でこの対応規則には例外がない事、鎮守府に配属される初期艦は原則的に司令官と同時期に着任した艦娘のみで追加の着任は認められない事、更に間の悪い事にこの鎮守府から大本営に送った初期艦が多くいる事を挙げ、鎮守府増設計画の準備段階を終えて実行に移す様に意見具申を行った事

などなど理由を挙げてここへの着任は極めてと言わざるを得ないほどに無理筋な事を丁寧に説明したのだが

「……つまり障害が大きいってだけよね」

全く意に介していなかった、どうしようかコレ

 

6月13日

 

「おはようございます」

執務室に入ると珍しく事務艦がいた

「ああ、おはよう、……いつも通りに来たはずなんだが、もしかして寝坊したか」

寝坊けて時計を見間違えたのかと恐るおそる聞いてみる

「いえ、いつも通りです」

そうなると事務艦が早く来た事になる、何故にそうなるのか疑問しかない

「昨日は随分と話し込んでいた様でしたが、結果はどうでしたか」

ここで漸く理解が追いついた、そういえば、あの席を設けたのはこの事務艦が余計な事を言って来たからだったな

「想定外の希望が出されてね、結論は持ち越しになった」

おい、そんな明から様な顔でコッチを見るな、悪かったな艦娘一人説得出来なくて

「……それで、想定外の希望というのは」

こういうところは流石に事務艦と謂れるだけあって切り替えが早い

「うちに着任したいそうだ」

「……はい?」

おお、今日は朝から事務艦の百面相が見れたぞ

 

「ん、予定通りだな」

どういう風の吹き回しか、第一艦隊旗艦が口頭の報告ではなく詳報をキッチリ仕上げて持って来た

「それで、どうなっているんだ」

「?なにがだ」

内容を確認し終えたと見て取った旗艦が不愉快そうに言って来た

「なにが、じゃないあの初期艦を着任させるつもりか」

「長門は反対か」

「誤魔化すな、わざわざ書類を仕上げて時間を作ってるんだぞ」

あー、そういう事なのね、ちょっと悲しい

「何を聞いたのか知らんが、司令官権限の外の話になってね、正直な所、困ってる」

「事務艦は視察に託けて大本営に引き取らせる算段の様だが、それで良いのか」

「は?」

何それ聞いてない、だけでなく不味い、とってもマズイ事態だ

「それ、どこまで広まってる?」

「わからん、だが帰港直後に耳に入るくらいにはなってたぞ」

それって鎮守府全部だよね

 

執務なんてやってる場合じゃない、早急に事態を収拾しないとエライことになる

この話が憲兵に拾われて大本営に報告されたら私の減俸だけでは済まない

いや、既に拾われてるだろうから報告される前に収拾して、こっちから報告を上げて大本営への報告は不要だと申告しないといけない

長門に事務艦を抑える様に頼んだ、私はあの初期艦を抑えなければ、間に合ってくれ

 

結果としては間に合った、憲兵も話の辻褄合わせに苦労していてどう報告すれば良いのか難儀していたのが幸いした

憲兵への申告を終えて、三人を待機させている部屋に入る

「言い分を聞くから話してくれないか」

事務艦は事態を把握出来ていないらしく不思議そうにしている

「言い分と言われましても、司令官の指示通りにしたとしか……」

「指示とは」

「視察に同行させる事で経費削減が出来ると……」

何を言いだすかと思えば、それか

「私の記憶とはズレがある様だが、私の記憶違いかな」

一瞬だけ間があったが直後に事務艦の顔に驚愕に染まった、どうやら事態を把握した様だ

「要するに事務艦の勘違いとか早合点の類いでしょ」

初期艦がなんでもない様に言ってくるが、事は越権行為だ

軍隊とは違うが艦娘部隊にも組織構成員としての権限は設定されている

この設定を決めたのは最上部機関で一介の司令官は元より国でも介入は難しい、寧ろ政治屋なら誰もが関わりたくない事案の筆頭に上げる厄介事だ

現時点で公式な艦娘保有国は日本だけなのにも関わらずそうなっている事情からも事の厄介さがヒシヒシ伝わって来る

「事態を把握出来た様なので、事情も分からず言われるままに協力してくれた第一艦隊旗艦に説明をしてもらえるか、事務艦殿」

事務艦らしく切り替えはあっさりしたもので淡々と説明し、少々の質疑応答の後自主謹慎を申し出て来た

司令官職としては他に選択肢があるはずもなく了承せざるを得ない

滅茶苦茶気が重い、色々下手を打ってる自覚はあるんだが

明日から、というか今日の分からあの執務を一人で処理しなくてはならなくなった、どうすんだよ誰か代わってくれ

「こっちは気にしなくていいわよ」

事務艦が退出するのを見届けてから初期艦が言ってくる

「そういう訳にはいかない、貴方には滞在許可を出している、にも関わらず今回の事務艦の言動はそれを無視したものだ、鎮守府司令官として監督仕切れなかった不実、お詫びする」

言いつつ頭を下げる、これで済ませてくれないと事務艦がどうなるかわからない

「顔を上げなさい、司令官が所属も定まらない艦娘相手にそんな事しては士気が下がってしまうわ、第一艦隊旗艦が見ているのよ」

「侮られたものだ、この程度で士気が下がると見做されるとは」

相変わらずどこになんの根拠があるのかわからないが、聞くだけなら自信たっぷりに聞こえる声だ

頭を下げていたので見てはいないが、この場合見なくて済んだ事を幸運と呼ぶべきだろう

ドロップ艦とそれと同程度の技量に達している建造艦との艦娘同士の睨み合いなんてモノは

「いつまでも司令官に頭を下げさせて置くわけにもいかないから、ここは引いてあげる、部下思いな司令官に感謝なさい」

尊大な口調で言い放ち初期艦は退室していった

「……戦艦に対した駆逐艦のソレではないぞ」

溜息を吐きつつ感想を口にする第一艦隊旗艦

「収まってくれたと思うか?」

見えない圧力の息苦しさから解放されたので、聞いてみた

「事務艦の事なら本人が気にしていないと言ってたが、ここへの着任希望はどう見ても保留中だな、寧ろ視察時になんらかの行動を起こすと考えて対策を講じる事を薦める」

「……同感だ、残念ながら」

そう残念な事に事務艦が謹慎してしまったので執務に追われる事が確定している私には対策を講じる余地など微塵もなかった

 



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05 視察当日になってしまった

 

 

 

6月16日

 

視察当日になってしまった

最低限の準備は第一艦隊の方で整えてくれた

助かったが、代償として予定の遅延が発生

了承したこととは言え気が重い、何しろ第一艦隊旗艦の言い分はこうだ

「多少の遅延など司令官への注意や減俸で済む、だが鎮守府運営に重大な問題ありとなれば監察官の配置、更には鎮守府解散の上艦娘の再配置まであり得る」

どれが良いのか選んでみるか、と言わんばかりのドヤ顔で言われてしまった

手詰まり過ぎて身動き出来ない司令官でもどうにかして支えようとしてくれるのは有り難い

有り難いのだが、もう少しね、なんというか思い遣りとか気を遣った言い回しとか無かったのかと

いや全部自業自得で私の所為なのはわかってる、わかっていてもメンタルに響くダメージというのはある訳で、って泣き言いっても始まらないか

括りたく無い腹を括り視察御一行様がいる部屋に入った

「お待たせして申し訳ありません、本日は御足労頂きありがとうございます」

艦娘部隊は軍隊とは違うので敬礼とかその辺りは其々の国情に合わせて運用される事になっている

この国の場合は民間登用の都合上民間同様となっている

「もう良いのか、なにかあるのならそちらを優先してくれて構わないが」

視察には自衛隊の偉いさんが来るのかと思っていたが、目の前の視察官からはそういう雰囲気を感じない

パッと見では縁側で膝に猫を乗せて日向ぼっこしてるのが絵になりそうな爺様だ、随伴も室内にはいないし、まさか一人で来たのか

「お気遣い感謝します、お言葉に甘えさせて頂けるのなら、こちらの都合は視察終了後でも間に合う様お願いしたい」

その瞬間目を丸くしたのを見て下手打ったかと嫌な汗が出て来た

しかし直後には膝を叩いて笑いだした、大丈夫かこの爺様

「失礼した、司令官の要望は承った、では本題に入ろうか」

笑い終えると手招きしつつ座る様に促された、断る必要も無いし大人しく座る

「と、いきたい所なのだが、そうもいかない」

おっと、こっちが座った途端目付きが変わったぞ、まあ視察官やるくらいだから只の爺様ではないんだろうが、何者なんだろうか

「この鎮守府に到着してからも色々な報告を受けたよ、率直に言ってこんなに報告の多い鎮守府はここ以外にない、それはこの鎮守府の特異性にあると考えていたが、それだけではないようだ」

「……」

なんだ、説教でも始める気か、なら当面目を開けて寝るか、この所寝不足が祟ってるし

「司令官、事務艦が謹慎中と聞いたが、視察がある事が分かっていて、なおもその謹慎を解かなかった理由を聞かせてもらいたい」

ハッ、と本気で硬直した

視察官の言葉にそれを思いつかなかった自分に呆気に取られた

そもそも自己申告の謹慎なんだから司令官権限で翌日から仕事させれば良かったんだ

こんな事すら考えられなくなっていたとは、寝不足に祟られ過ぎだろ、コレはイケません

「ふーむ、その様子だと思う所があっての処置では無かったのかな」

「はい、謹慎は事務艦の自己申告を了承したものであり、私の本意ではありません」

「では何故未だに事務艦は謹慎しているのかね」

「推測になりますが、事務艦の方で整理が着けられずにいるものと」

「整理、とは」

「謹慎を申告するにはそれなりの事情があり、了承するにも相応の理由があります、最善はその整理を手助けする事なのでしょうが、私の手は執務で塞がっております、次善として整理する時間を設けました」

「その時間の最中に視察が重なってしまった、そういう事か、ならば致し方ない、視察の時期が悪かったのだな、この視察は急遽予定されたものだし、人員の手配まで手が回っていなかった、大本営が事を急ぎ過ぎて予定の擦り合わせも出来ていなかったのだろう、その辺りは大本営に文句を言っておこう」

えっ、大本営に文句を言う、この爺様そういう立場の人なの、あー、いかん寝不足で頭が回らんがどうになしないといけない

顔に出たのか視察官が続けて言った

「心配することはない、私が視察に来た理由はただ一つ、私は司令官の味方をしに来たのだよ」

何を言ってるんだこの爺さん、素で思ったし危うく声にする所だった

「これでも妖精さんは見えるし艦娘達と話した時間もそれなりに長い、司令官の手伝いくらいはできると思うが、どうかな」

どうかなとか聞かれても、どうしろと

その時に気がついた、爺様の頭と肩に妖精さんが座っている事に

こちらの視線に気が付いたのか、爺様が肩に目をやる

「おお、久しいな」

爺様が妖精さんに声をかけた瞬間、大量の妖精さんが爺様に向かって飛んで来た

その光景を唖然と見る、この爺様もしかして……

「ちょっと、どういう事なの!」

礼儀とか分別とかそんなものは全く関係なく乱暴に扉が開かれ、叢雲が乱入して来た

「いくら未所属とはいえそれは見逃せない、直ぐに退出しもらいたい」

目の前には視察官がいるんだ、勘弁してくれ

「妖精さんを返して、それが先よ」

「……貴方が大本営行きを保留したという初期艦かな」

爺様には気を悪くした様子は見られない、減点対象にならなかった様だ

「だったら、って帰ってらっしゃい」

それに従う妖精さん達、それでも視察官に群がっている妖精さんはまだ沢山いるが

叢雲に戻って行く妖精さんを見て疑問が浮かんだ、初期艦とはいえ駆逐艦だ、駆逐艦の保有する妖精さんの数としては多過ぎる

目分量ではあるが少なくとも二人分は保有してる、どういう事だ

艦娘の妖精さん保有数は艦種別に定数があると聞いたが、この駆逐艦は何故多いんだ

「艦名で呼んでも良いかな」

意外な事に爺様が初期艦に呼びかけた、視察の対象は鎮守府だ、初期艦とはいえ未所属の艦娘には不干渉のはずなんだが

「……お好きに」

んん、初期艦の声から棘が抜けてる、この爺様のおかげなのか

「叢雲さん、事情は妖精さんから大体察したが、それをこちらの司令官に話しましたか」

まて、なんの話だ、知らない事情に巻き込まれてるのか

「まだ、話してない」

「どうしてか聞いても?」

初期艦は軽く頷いてから話し出した

「私がこの鎮守府に来てから司令官はずっと忙しくて話す時間がなかった、だから妖精さんから伝えてもらおうとしたけど上手くいかなかった、妖精さんの話では事務艦がその、邪魔をしたと、滞在申請をして時間は作ったもののそこからどうして良いかわからなかった、そこに突然司令官との面談があってそこで話そうとしたんだけど切り出せなくて、それでも思い切ってここに着任したいって伝えたら、司令官を困らせてしまって、もうどうして良いかわからない」

そう淡々と話す初期艦には戦艦に対して見せた尊大さも、聞き分け悪く理屈をこねる強かさも無かった、ホントに同一人物かと思えるくらいに

「なるほど、事情はわかった、妖精さんが助けてくれと訴えて来た理由もね」

なんて言ったこの爺様、妖精さんが助けてくれって、訴えて来たって、そんな事あるのか

「私から話す事も出来るが、この話は当事者で話をした方が良いと思う、叢雲さんの考えはどうかな」

黙って頷く初期艦を満足そうに見つめる爺様、ここはどこで今なにをしてるんだったか

「さて、司令官、そんなわけで視察期間の延長を申請する」

なにを言いだすんだこの爺さん、いやマジで

 



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06 本日より復帰いたします

 

 

 

6月17日

 

「おはようございます、ご迷惑をおかけしました、本日より復帰いたします」

執務室の扉を開けると事務艦がいた

昨日あの爺様が事務艦と話がしたいと言って来た

特に止める理由も無いし、こっちは執務で手一杯、どうぞとだけ言っておいた

お手並み拝見の意味合いもあったんだが、翌日に事務艦が朝から執務室に来ている事からも只の爺様で無いのは確実、まあ、本人に確認したわけでは無いが、間違いなくあの人だろう

「おはよう、見ての通り色々滞ってしまった、早速で悪いんだが、手を貸して欲しい」

「勿論です!」

おお、元気一杯で良い事だ、ホントはこういうのは司令官がやらないといけない事なんだよね、執務が手一杯で艦娘の事まで手が回らない司令官っている意味あるのかな

「どうかされましたか、司令官」

「いや、なんでもない、それよりサッサと片付けにかかろうか」

「はい!」

 

執務がサクサク処理出来る、昨日までどれ程馬鹿げた苦労をしていたのか骨身に染みた

そんなこんなで事務艦の有り難さを実感していたら、妙な振動を感じた

辺りを見回しても地震という訳でもなさそうだし、不思議がっていたら事務艦から声がかかった

「?どうされました」

「いや、なんか揺れてないか」

「?いえ、地震、でしょうか」

「気のせいか、邪魔してしまったな」

「いえ、あ、もしかして机が震えてる感じですか」

「……よくわかるな」

言われてみればその通り、机だけが震えてる、でも何故それが分かったんだ事務艦は

「一番下の引き出しを開けて下さい、それで解消します」

そう言うと処理に戻ってしまった

仕方なく引き出しを開けたらベルの音が聞こえた、それで思い出した

「直通電話、か」

存在そのものを忘れていた、着任当日に受けた説明によると自衛隊回線から分岐させてもらった大本営と鎮守府のホットラインだそうだ

尤も使用頻度は低いとの説明と勘繰りの結果、机の上に陣取っていて邪魔だったそれを引き出しに仕舞い込んで、それ以来忘れていた

無駄に緊張しつつ受話器を取った、何しろ今日までコレを使った事が無いのはこちらだけかもしれないのだから

「こちら鎮守府司令官です、ご用件をどうぞ」

「あー、出ました、出てくれましたよ、……失礼しました、大本営総務課の茂木です」

今のは、なんだ、詮索はしない方がいいよね

「用件はなんでしょうか」

「お忙しい様なので手短にいきますが、構いませんか」

「どうぞ」

「用件は二点です、一点は昨日提出された視察期間の延長申請ですが、司令官が延長を希望されたのですか」

「いいえ」

受話器から聞こえる音が急に小さくなった、手で塞いだのかな、無音にはなってないから、周りに急げとか大至急とか言ってるのが聞こえた

音が戻って来たのを見計らってこちらから続けた

「しつ「もう一点はなんでしょう」……」

ちょっとズレた、細かい事は気にしてはいけない

「もう一点は視察の人員を送りますので滞在の準備をお願いします」

ん、おかしな事を言ってないか、視察の人員って一人だけど予定通りにもう来てる

それに人員を送る?これから?どう言う事だ

「茂木さんでしたか、申し訳ないがそれはどう言う事なのか説明をして頂きたい」

「視察日程は伝わっていますか」

「はい」

「それで、どういった説明が必要ですか」

あっ察した、このクソ官僚を相手にしても時間の無駄だ

「では、視察官に事態の説明を求めます、失礼」

「あー、あー、待って切らないで下さい、待って、待ってー」

「なにか」

今度クソ対応しやがったらガチャ切りだ

「視察官は随伴者を待たずにそちらに行かれてしまったのです、なので随伴者がこれからそちらに向かいますので受け入れをお願いします」

「言っている意味がわからない、視察日程を決めたのは大本営では無いか、こちらは予定の変更など聞いていない、現地入りなら兎も角、視察人員が日付を別にして鎮守府入りするのは、どう言う事なのか」

「これは大本営の指揮権の行使とお考えください」

とんでも無い事を言い出しやがった、クソ対応でもこれはガチャ切り出来ない

「そうか、指揮権の行使か」

受話器の向こうにホッとというかヤレヤレ的な雰囲気を感じる

「では、確認の為この電話口に大本営の士官を出してもらいたい」

「残念ながら総務課に士官を呼び出す権限はありません」

このクソ官僚は自分がなにを言っているのかわからないのか、わからないから言ってるんだろうが

「その通りだ、そんな権限は無い、大本営の指揮権が総務課の一職員から口頭で行使される事など有り得ない、違うか」

一瞬だけ絶句する様な間があった

「屁理屈並べるな!民間上がりの癖に言う事をき………」

連れ出せとかどーすんだとか混乱した様子が聞こえる、最後に聞こえたのは「おい、電話繋がったままだぞ」それでガチャ切りされた

「お疲れさまでした、お茶をお持ちします」

受話器を置いたら事務艦が珍しい事を言って来た、思わず事務艦をガン見してしまった

「コーヒーの方が良いですか」

「お茶で」

「すぐお持ちします」

お茶を啜ってたら扉が叩かれた

事務艦が立ち、対応に出てくれたのでお茶を啜りつつ気分を戻す

「司令官、憲兵から伝言です、時間の都合をつけてから憲兵隊まで来て欲しいそうです」

「わかった」

やっぱりコレ盗聴器じゃねーか

 

 

 



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07 仕方なく憲兵隊の詰所に行く

 

 

 

昼食後に時間の都合を事務艦に無理矢理作られたので仕方なく憲兵隊の詰所に行く

都合がつけられないから行かない、というのは事務艦的には禁則事項に触れるらしい

詰所に入ると何故か爺様がいた

「おや、司令官、隊長さんに用事かな」

「いえ、呼び出されました」

「それなら私は席を外した方がいいね」

爺様が席を立とうとしたら隊長がとめた

「提督にも聞いて頂きたいのですが」

「私は提督ではないよ」

あー、やっぱりこの爺様あの老提督か、にしてもなんでこんな大物がここに来たんだろ

「そうでした、規定の変更で司令官に統一されましたね」

「……そういう事では無い」

爺様は不満そうにしているが、あの老提督なら今更司令官と呼ぶ奴などいないだろう、司令長官呼びされないだけマシというものだ

「それで、用件はなんでしょうか」

爺様が隣に席を勧めてくれたので遠慮なく座る

「今朝方、大本営から直通回線で連絡があったが、なにを言って来た?」

おいおい、随分直に聞いて来たな、盗聴器仕掛けてますって言ってるのも同じだぞ

「余計な事だというのはわかっていますが、それ、私に言っていいんですか」

えっ、なんで隊長も爺様も不思議そうにしてるんだ

「えっと、すまないが、それはどういう意味で言っているのか」

ここの憲兵さんは仕事熱心なだけでなくこちらの力になりたいと言ってくれてるからぶっちゃけても大丈夫だろう、一人だけが偶々では無く、憲兵隊としてそうであると思うし

「アレって盗聴器でしょ、盗聴対象にそれを聞くのは仕掛けてるのをバラしてますけど」

何故二人とも不思議そうな顔のまま、そうなの、そうなんですか、って丸わかりのアイコンタクトを取るんだ

互いに知ってる?知らない?のアイコンタクトまで終わってから隊長が何かに気が付いた様子だ

「ああ、そう言えば司令官は直通電話を引き出しに入れていたな、あれはそういう事か、成る程、成る程」

なにか関心されてるんだけど、なんでだ

「……それはつまりお前さんらが十分に手助け出来ていない、という事になるな」

お、爺様の口調が少し硬くなったか

「勘弁してください、こちらも出来る限りの事はしますが、組織も指揮系統も別なんですよ、どうしても手が届かない部分というのは……」

なんだ、隊長の口がとまったぞ

「幕僚達にそう伝えておこう」

あ、隊長の顔から血の気が引いたぞ

「というのは冗談だが、確かにその部分は見切り発車した弊害として出始めている、私の見込みが甘かったのも確かだ、すまない」

「あー、顔を上げてください、老提督にそんな事されては私の立つ瀬がない」

隊長の顔色が目まぐるしく変わっておもしろいんだが、人の顔色ってあんなにクルクル変わるのか

「あー、えー、話を戻してもらっても?」

いつまでも面白がってもいられないので帰ってきてもらおう

「あ、そうだね、どこまで話したかな」

おお、立ち直りが早い、やっぱりこういう切り替えは必須技量だよね

「盗聴器の存在を盗聴対象に話してもいいのか、というところですが」

「あれは盗聴器ではないよ、使用回線が自衛隊と共有というだけで只の電話だ」

「つまり、発信元と受信先はわかるがそれだけだ、がしかし今回は発信元が特定しきれなかった、そこで司令官にお越しいただいた訳なんだが」

爺様と隊長はそう言うが、鵜呑みにして良いんだろうか

「発信元が特定出来ない?なぜそんな所から鎮守府に直通でかけられる?それは技術的に可能なのか?」

私より爺様の方が聞きたがりなんだが、どうしようか

「発信元が大本営である事は間違いないです、ただ、内部の交換機を幾重にも通した内線と推定され端末の特定が出来なかった」

「それはおかしい、大本営の交換機は勿論、端末も全て登録されている……まさか」

「お察しの通り、大本営は内部の交換機や端末を無断で変更している可能性が高い、一般回線の中央省庁なら兎も角、自衛隊の秘匿回線に無断でなにを繋いでいるのやら」

それって大問題じゃないのかな、詳しく知らんけど

「そんな訳で、司令官にはご協力頂きたいのだが」

「それは、構いませんが……」

どうしよう、随伴連中が押し寄せてくるらしいからそっちの対処もしなくちゃならんのだが、間に合うだろうか、憲兵は時間の都合を付けてから来るよう伝言したからそれなりに時間はかかるだろうし、困ったな

「なにか問題が?」

言葉を濁したからか、隊長の目が鋭くなった気がした

既にぶっちゃけててるしいいか、と思い直すことにした

「電話の相手は大本営総務課の茂木と名乗りました、内容は視察人員の受け入れ命令です、そちらへの対応をせねばなりません、手短にお願いしたい」

取り敢えず頭を下げてお願いしてみた、姿勢を戻すと、目をまん丸にした隊長と目が合った

「はっ、えっと、すまない、もう一度言ってもらえるか、何か聞き間違えたようだ」

憲兵が聞き間違える訳ない、尋問なんかでは定番の同じ事を繰り返し言わせて一文字でも違えばそこを何故変えたのかと追求してくるアレだ、ぶっちゃけたのは早まったかも知れない

「電話の相手は大本営総務課の茂木と名乗りました、内容は視察人員の受け入れ命令です、そちらへの対応をせねばなりません、手短にお願いしたい」

これでまだ追求して来るようなら協力などしてやらん

「聞き方が悪かった様だ、何か不信な点があったのならお詫びする」

なんで頭を下げてんだこの憲兵は

「いい眼をするじゃないか、その眼を持つ司令官に会ったのは初めてだ、なるほど、これが提督か」

なにを関心してるんだ、この爺様は

「誤解のない様に重ねて言うが、憲兵隊として看過出来ないのは大本営が自衛隊回線を無断で使用している事だ、立派に協定違反だからな、憲兵なんて名目でここに居座っているからにはささやかな義務は果たしたいと考えている、この考えにご協力頂きたい」

えらい真剣だな、それに公僕がささやかな義務を果たしたいと言ってるんだから協力しない訳にもいかない

「わかりました、私は何をすれば良いでしょうか」

「有り難い」

ん、立ち上がったけど、何する気だ

「憲兵隊本部に来援要請、ここまでの情報を全ての憲兵隊に通報、大本営の協定違反だ、派手に行くぞ」

えぇー、そこまでするの、ドン引きなんですけど

「ハッハッハッ、まあ、自衛隊の方も色々溜まっているからな、ガス抜きだよ、ついでに大本営の大掃除だな」

なにとんでもない事をサラッと言いだすんだこの爺様は、大掃除がついでって、何それコワイ

「さてと、これを言うとやっぱり盗聴器だって言われそうなんだが、あの直通電話には自動録音機能があってだな、受話器を上げてから戻すまでの音声が記録されている筈だ、それを回収したい、今、司令官執務室には誰かいるのか」

言いたい事はない訳じゃないが、ここは大人の対応で行くことにする

「事務艦がおります」

「むー、それは困ったな」

なんで困るんだ、艦娘には内緒にしたいとか、そのあたりか

「司令官の事務艦は憲兵に良い印象を持っていない、司令官が不在中に憲兵が司令官の机に近づくだけでも良い顔はしないだろう、事をスマートに運びたいのだが」

対策を出せってか、まあいいけど

「私が同行しましょう、それなら事務艦も大人しくしてるでしょうし」

「いや、司令官には調書の作成に手を貸してもらいたい、なにか、ここから打てる手はないか」

ふーん、個別隔離と情報遮断、良く言えば現状保存、悪く言えば協力という名目の身体的拘束、犯罪捜査の基本ではあるが、当事者になると気分のいいものではないな

「内線をお借りできますか」

制裁与奪の権限を憲兵に握られた様なものだが、あの老提督が一部始終を見てるんだし悪い様にはしないだろう、と思い込む事にする

「どうぞ」

向きを変えて差し出された電話の内線をかける

「司令官執務室です、只今司令官は不在につき、ご用件は「その不在中の司令官なんだが、いいかな」……」

驚いた、普段の声と違う録音かと思える声色だった、しかも機械合成の変な発音のやつ、こんな声で対応してたら、そりゃねぇ

「司令官!どうされましたか、ご命令下されば憲兵隊へお迎えに上がります!!」

なんでそんなにハイテンションになるんだよ

「落ち着きなさい、なにかあったのか」

「司令官が不在です!!」

それはわかってるから、落ち着いてくれよ

「こちらの要件が長引きそうなんだ、執務は切りの良い所で明日に回して良い、それと直通電話の点検があるそうだ」

「?点検、ですか」

「なんでも定期点検らしい」

「これまでにそんな話が出た事はありませんが」

「あー、そこは引き出しにしまって使わなかった私の所為だ」

「通信関連なら点検に来るのは航空自衛隊の方ですよね」

「?なんで」

「なんでって、通信を担当しているのは航空自衛隊の方々ではありませんか」

「ああ、そういう事、でもそれ艤装の方だよね、海上通信は確かに事務艦の言う通りだ、今回の点検は直通電話で陸上の有線通信だ、担当は陸上自衛隊、つまり憲兵さんだ」

「ああ、なるほど、了解しました、それでその点検中は席を外した方が良いでしょうか」

「その必要はないはずだ、点検は直通電話器本体だからひっくり返すにしても私の机だけだ」

「わかりました」

「定刻には切り上げて良いから」

返事を待たずに内線を切った、なんだか私の知らない艦娘の側面を見た気がした

「……こりゃ頼んで正解だったな、あんな遣り取り出来るわけない」

隊長がなんか言ってるが、置いておこう

「これで回収出来るでしょう、で、調書というのは」

「ハッ、こちらへお願いします」

呼ばれたので大人しく別室に行く事にする

 

「司令官にここまで協力させたんだ、相応の成果がなければ割に合わんな」

「おや、あの司令官を気に入りましたか」

「それは……どうだろうな」

 



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08 解放された時には日付けが変わっていた

 

 

 

6月18日

 

なんだかんだで解放された時には日付けが変わっていた

調書の作成と内容について多少の確認があったくらいで殆ど放置されていた

憲兵さん達が慌ただしく動き回るのと、どう見ても憲兵ではない普通科の方々が鎮守府に押し寄せてきたのは良く見えた

隊長の言い分では視察官の随伴達は移動中に中止命令が出て引き返したそうだ

命令が出るって事はそういう事なんだろうけど、大本営も何をしているのやら

私が解放されたのは体制が整ったから、らしい

なんの体制なんだか、念のため執務室に行ったらやっぱり事務艦がいた

全く何をしてるんだか、早く休むように言ったら、書類を差し出された

見れば正式な命令書で全ての行動を中止、別命あるまで待機との事だ

そういえば予定の遅延を取り戻す為にスケジュールの組み直しをしようと視察日の翌日から予定を白紙にしていたっけ、第一艦隊がこっちの手伝いに入った段階で遠征も出してないしな

おかげでこの時点で所属艦娘全員が鎮守府にいる事にはなった、良いんだか、どうなんだか

正式な命令なら余程の事がないと拒否も出来ないし、この際渡に船とでも思っておこう

後は命令書をコピーして食堂にでも張り出しておけばいいだろう

兎も角無駄に疲れた、続きは一眠りしてからだ

 

なんだこの妙に臨場感のあるガヤガヤは、夢にしてはやけに現実感があるな

「あ、起きたみたいだよ」

今の駆逐艦の声だったな、あれっ、夢、じゃない!

慌てて辺りを見回す、状況から食堂のテーブルに突っ伏して寝ていたらしいが、食堂に来た覚えがない

「全く、こちらには休むように言って御自身がお休みにならないなんて」

「良くいうよ、司令官を見つけて真正面に陣取って嬉しそうにしてたのは、誰だっけ」

「な、そ、そんな事はありません、私は……」

「まあ、そう騒ぐな、朝食は食べられそうか」

「……食べるけどね、えっと、なんだっけ、どうして私はここで寝てたんだ」

おい、アホの子を見る眼を向けるんじゃない

「そんな事、知るわけないだろう、それより待機命令が出てるんだ、ゆっくりしたらどうだ」

と言い残して去っていく第一艦隊旗艦

「今、朝食をお持ちしま……」

「しーれーかーん、持って来たから一緒に食べよ!」

「あー、ズルっ子、抜け駆けだー」

「ふふん、こういうのは早い者勝ち、だろ」

ああ、喧しい、駆逐艦が元気なのはいい事だが、私の周りではしゃぐのはどうにかならんのか

「ありがとう、いただくよ」

取り敢えず駆逐が持ってきたのを受け取って座り直す

「もう食べ終わってるんでしょ、席を譲ってくれないかな」

おお、駆逐艦が大胆にも事務艦に退けって迫ってるよ

「ええと、ですね……」

こっちを見てきてもどうにもしてやれんが

「……どうぞ」

食堂の混雑時にそう言われては仕方ないね、なんでそんなに悲しそうにしてるんだ、この事務艦は

「ありがとう」

満面の笑みの駆逐艦と余りにも対照的で少し同情した

「では、いただきます」

「いただきまーす!」

ここは幼稚園かな、と思ったのは内緒だ

 

朝食後、執務室に寄って真面目な事務艦に新規の指示や命令が来ていないのを確認してから風呂に入って色々整えてから憲兵隊詰所に行く

「どうした、なにかあったか」

こちらの顔を見るなり隊長にいわれた

「おはようございます、現在こちらには待機命令が出ております、状況を出来るだけ教えて頂きたい」

「おはよう、というにはチト遅いが、こんにちは、って時間でもないか」

そういう隊長は昨日の呼び出しから指揮を執り続けているようだ

「状況といってもな、教えるような事は……そう睨んでくれるな」

あれだけ協力させられて蚊帳の外に放り出されては堪らない

「それは、もう少し待ってもらえないか」

ん、いたのか爺さん

「どのくらいでしょうか」

爺様が大物なのはわかった、だが、それはそれ、これはこれだ

「そうだな、そういえば叢雲さんと話は出来たのかい」

そういえばそんな事を言っていた気はするが、現状で優先度が高いとも思えないが

「それが終わる頃にはこちらも終わっているだろう、それでどうだろう」

いや、どうだろうって、何がだよ

「叢雲さんの話は司令官にはとても重要な話になる、もしかしたら、もっと広範な重要事項になるかも知れない、話してみてはもらえないか」

「重要、ですか」

「そう、とても重要な事だ」

なんで妖精さんが大挙して湧いてくるんだよ、なんでそんな眼をむける、言いたい事があるなら言って来ればいいだろ

あれっ、今気がついたけど、ここ暫く妖精さんと話してなくね、いつからだっけか

「……取り敢えず話をしてきましょう」

どう見ても妖精さんはこんな所にいないで叢雲と話をしろ、そういう感じだった

 

 

「ここにいたのか」

叢雲と話そうと探したら一苦労あったんだが、この際問題にする事ではない

「司令官……」

なんだこの大人しい駆逐艦は、爺様の影響が強すぎるんじゃないかと心配になる

「まあ、同型同名艦だ、鏡を見るようなものなのかな」

「司令官には同じに見えるの??」

不思議そうにされてしまった、ボケのわからん奴だ、ここはツッコミ所だぞ

「いや、まったく」

なんで困った顔してるんだ、高等な冗句を理解しない輩の緊張はどうやって解せばいいんだろ

「ふふっ」

なんだ、なにか面白かったか

「ダメね、また司令官を困らせてしまった」

そういう顔は儚げというより消えそうだった

「どうせ消えるのなら……」

なにか言ったようだが、聞き取れなかった

「司令官、貴方の初期艦を起こす方法を教えあげる」

はっ、なんて言った、この駆逐艦

「私を使って貴方の初期艦を改修すれば、目を覚ますわ」

それ自体は手続きが必要だが可能だ、それで初期艦が目覚めてくれれば本来の鎮守府運営態勢に戻れる、だが、なんだ、なにかが引っ掛かる

「?貴方の初期艦を起こさないの」

考え込んでしまった私を不安そうに見て来る、それで確信した、これ、やっちゃダメなパターンだ、やれば絶対に間違いなく間違いだと思い知らされるヤツだ

「折角の提案なんだが、それは出来ない」

「……どうして」

そんな泣きそうな顔して消えそうな声になるなよ

「貴方はこの鎮守府の所属では無い、司令官の権限は所属艦娘にのみ有効だ、私にそれを実行する権限はない、それに「じゃあどうしたらいいの!私はなにをすればいいの!!」……」

えっと、なんだコレ、何かをしたいのに上手くいかないで癇癪起こした、んな訳ないか、形は小さくとも艦娘だし

そうだ、爺様との話の中で何かを伝えようとして上手く行かなかったとか言ってたな

「そうだな、なにか私に伝える事があるのでは」

ハッとしてこちらを見るが、直ぐに俯いてしまった、どうすればいいのはこちらのセリフだよな、どう考えても

「えっと、それは、その、あるんだけど、どうしよう」

なんでそうなる、おまえホントに叢雲か、知ってる叢雲と真逆だぞ

ん、ああ、そうか、ウチの叢雲じゃあないんだ、普通に駆逐艦として扱わないと

「おちついて、一つ、一つ、ゆっくり話してごらん」

「う、うん」

 

 

 



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09 疲れた

 

 

 

疲れた

メンタルにクリティカルなヤツを何度も食らった

それでも最後まで聞く事が出来た私を自分で褒めてやりたい

しかし叢雲の話はホントなのか判断しかねている

曰く、貴方の初期艦が起きないのは個体の問題が表面化したからで修復の失敗ではない

何だよ、問題ってのは

曰く、改修で起こしても再発するし、再発の間隔も短くなっていく、いつかは修復中に崩壊する

は、なにをいってるんだおまえは

曰く、私は既に貴方の初期艦から妖精さんを譲られている、貴方の初期艦で私を改修する事で技量も継げる

改修で技量が継げるなんて、聞いた事がない

曰く、そうして欲しいと貴方の初期艦に頼まれた

いつだよ、それ

曰く、この鎮守府に初期艦が多く来るのは貴方の初期艦が自身を継ぐ存在を呼んでいたから

はい?なんですかそれは

その場で叢雲を問い詰めようと何度思ったか

その度に叢雲を問い詰めるよりも、妖精さんと話をした方が現実的だと自分に言い聞かせ聞き役に徹したのだが、疲れた

 

伝え終えた叢雲が心配そうにこちらを見てきたから取り敢えず頭を撫でておいた

 

「お疲れだな、首尾はどうだ」

声の方を見れば隊長がいた

「……そちらはどうなんです」

そういえばここは自衛隊側の自販機コーナーだった、普段は鎮守府側のを使ってるからなんで隊長がここにいるのか疑問に思ってしまった、向こうにすればおまえがなんでここにいる状態だな

「役目はだいたい終わった、後は上の話になる」

「上、ですか」

「そう、上だ」

それ以上話す事もなく缶コーヒー飲み干して執務室へ行く、執務を事務艦に任せっきりだ

 

執務室に向かいながら思い返す

「貴方の初期艦は身体的には起きていないけど、なにも見えない訳でも、なにも聞こえない訳でもない、自身に出来ることを出来る限りやろうとしている、だから、褒めてあげて」

どういう意味なんだ

「貴方の初期艦を使って私を改修する時、少しだけ貴方の初期艦と話が出来ると思う、何を話すか、何を聞くのか、よく考えて」

だから、それは、どういう事なんだよ

叢雲の話を思い返すと考えがまとまらない、どうすりゃいいんだよ、何が出来るんだ、私は

「おかえりなさい、司令官」

執務室に入ると事務艦がそう言ってくれた

「あ、ああ、ただいま、ってすまない、執務を任せっきりにしてしまった」

「いえ、それが事務艦の本分ですから」

「そうか」

あの量の執務を押しつけられて文句が出て来ないのか、まあ、その為の事務艦だというのはその通りなんだが

「ですが、事務艦では処理権限の無い執務が多数あります、司令官の決裁をお待ちしている所ですよ」

「……そうか」

やっぱり事務艦は、事務艦だった

 

「司令官はどうしていたかな」

「かなり参ってますね、死にそうな顔してましたよ」

「うーん、こんな所でそこまで追い込まれてしまうのか、提督といえど民間人、仕方ないのかな」

「助け船はださないんですか」

「それを出す役割を負っているのは、こんな年寄りではないよ」

「……そうですか」

 

執務を切りの良い所で切り上げて今日は終わりにする、事務艦も上がらせた

今夜は妖精さんと話をしないと、このまま寝たら夢魔に憑かれそうだし、先送りしていい話でもない

妖精さんの巣(工廠)に着く、妖精さんは謎のナマモノ、煮ても焼いても喰えないという点ではゲテモノかな

「来たか」

意外なヤツがいた

「長門、なにしてる、こんな所で」

「立ち会わせてもらおう」

「?何に」

「あの初期艦の話を確かめに来たのだろう」

「何故それを、知っている」

「寝ていたら、ウチの初期艦に叩き起こされた、司令官を一人にするとはおまえはそれでも戦艦かと、物凄い理不尽な理屈でな」

「理不尽過ぎるだろ、その理屈は」

「まったくだ、さて行こうか」

「ああ」

理不尽は妖精さんの十八番だ、それにあいつもそうだったな

'やっと来たよ''遅過ぎ''やる気が感じられない''こんな司令官で大丈夫か''ダメみたい''ダメじゃない'

言いたい放題じゃねーか、しかも結構ヒドイ

「なにやら賑やかそうなのは分かるが、何と言っているんだ」

「……知らない方が幸せになれる」

建造艦の長門は妖精さんは見えても声までは聞こえない、建造で初期艦は出てこない、何故かは知らん

黙って首を振りつつ用件を促してきた

「長門が連れてきた初期艦の言っていた事は何処まで本当なんだ」

'叢雲うそつかない''全部ホント''妖精はウソつかない''私達が''叢雲に教えた''全部知ってる事'

マジですか、そうですか、って納得出来るか!

「わからないと言っていただろ」

'あの時はわからなった''妖精は日々精進''いつまでも''同じだと思ったか''これだから''ニンゲンは''庇護対象''その為に''艦娘がいる''私達だけでは''届かない''人間に'

「あの時って定期的に検診してただろ」

'定期的''検診''あの時''どのとき''このとき''いまどき''どきどき''バクバク'ーーーーーーー

おい、短過ぎんだろ、こうなると戻せないんだよ、しばらく置かないと

「ん、終わりか」

「ループに入ってしまった、話し方というか話の誘導方法をどうにか仕立てないと長話は出来ないな」

「そうなのか、あの初期艦はここに来てからずっと妖精さんと仲良く話していた様だが」

そんなに不思議そうにされても、妖精さんと会話出来ると言っても初期艦は日常会話でこっちは片言だ、只でさえ飽き性の妖精さんが何方と話したいか、話し相手を選ぶ選択権が妖精さんにある以上どうにもならない

「また来る、今度はもう少し長く話したいな」

妖精さんの巣から出ると長門が聞いてきた

「まったく聞こえない私が言うのもなんだが、提督が言う妖精さんの話がループに入る、というのはどういう事なんだ」

珍しいな、妖精さんの質問なんて

「そのままだ、同じ事を繰り返すだけになる」

「所謂壊れたレコード状態なのか」

「……そんな感じだ」

良くそんな例えを知ってるな、建造艦のうえ鍛錬と出撃で世間話とかには疎いと思ったらそうでも無いのかな

「確かなのか、それは」

ん、ヤケに食いついて来るな、なんだろう

「確かめた事がある、あの時は二時間ああだった」

「いつの事だ」

いつって、え、あれ、似たような遣り取りさっきしなかったか

あっ、待て、そういう事か、日々精進、ね

「昔も昔、だな、今は違うのかもしれない、もう一度行くか」

「長い夜になりそうだ」

妖精さんの巣へ、再挑戦だ

 



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10 おはよう………ございます

 

 

 

6月19日

 

「おはよう………ございます」

「ああ、おはよう」

なんだが最近事務艦が朝からいるんだが、なんだろう

「あの、司令官?」

「ん、なんだ」

「大丈夫、ですか」

「?」

「その、顔色が」

ああ、寝てないからな、顔に出てしまったか

片言なのは仕方ない、それでも話せないわけじゃない

だからといって、叢雲と妖精さんと連続したのは流石に堪えた

「溜まった執務をどうにかしないと、な」

「それは、その通り、なのですが……」

「心配しなくても、今日は午後から休ませてもらうよ、午後はスケジュールの素案を頼む、出来次第上がっていいから」

「わかりました、半休の手続きをしておきます」

とても真面目な事務艦だ

しかし、あの待機命令いつまで続くんだ、別命あるまでとなっていたが

艦娘が海に出てないのなら、哨戒は海自と空自でやってるんだろうが、予算足りるのかね

 

眠い、がもう一仕事ある

昼飯の後は特に眠い、だが、もう一仕事ある

これを終わらせないと安心して寝られない、安眠の時までもう少しだ

「こちらに視察官はおられますか」

やっと到着した憲兵隊詰所、あの爺様はなんでか知らんがここにいる事が多い

「いるよ、……どうした、具合が悪いのなら医務室へ運ぶが」

やっぱりいやがった、鎮守府の視察に来てるのに憲兵隊詰所に入り浸る視察官ってどうなのよ

「叢雲と話はしてきました、それについてですが」

「ほう、話は構わないが、場所を変えるかい」

「いえ、ここの方がいいでしょう、艦娘達に聞かれなくて済みますし」

お、爺様の目付きが変わったな

「聞こうか」

座るように椅子を勧めてくれるんだが、今回は寝る危険がある、大いにあるので遠慮しよう

「このままで、良いです」

じいさん、そんなににらむなよ

 

「大凡察した通りだ、妖精さんにも確認してくれたのは有り難い」

「現在待機命令が出ており全ての行動を中止しています、具体的な行動は別命の内容を確認し、検討した後になります」

「そうなるな、では、明後日には命令を出す様にしよう、それに合わせて行動を開始してもらいたい」

あー、この爺様、公の立場を忘れてんな、これって指摘しても大丈夫なのかな

「視察官殿、今の発言は些か不適切だと、憲兵隊長としては警告しておきます」

やっと出てきたか、散々聞き耳立ててたが、記録なんて腐るほど録ってるだろうに

まあ、録らせる為にここで話してんだけど、何度も聞かれるより録られた方が幾らかマシだ

「……確かに不適切だな、ここに視察に来ているというのに、何を言い出すのか、自分でも驚いたよ」

年寄りの戯言だとかなんか言い訳してる、今の記録は編集だって出来ないだろうからな

兎に角、終わった

これで安眠出来る

 

激しく戸を叩く音が聞こえた、おかげで目が覚めてしまった

誰だよ、まだ宵の口じゃないか、人の安眠を妨害する奴にマトモなヤツはいない

まだ、叩いてやがる、出ないとこのままか、鬱陶しい

「誰だ」

戸を開けずにきいてみる

「お休みのところ申し訳ありません、大本営より命令書が届きました」

は、えっ、明後日って言ってなかった、あの爺様

寝惚けた頭を急いでまわしつつ戸を開けると、事務艦から命令書、正式で公式なヤツを渡された

内容を確認して、確信した、あの記録が戯言になる様に予定を早めやがった

やられた、まあ、何らかの手を打つ事は少し考えれば当然過ぎるな、寝不足に祟られ過ぎだ

元々、日付だけ空欄な命令書は作っていたんだろうが、明日から通常営業かよ

日付が変わるまで後数時間、それまでにスケジュールを確定させないといけない

「あの、司令官?」

おっと、余計な事を考え過ぎたか

「確認した、スケジュールの素案は執務室に置いてあるか」

「えっ、ええ、それは勿論です」

なにを驚いてるんだ

「それを使わせてもらおう、時間もないしな」

とりあえず寝汗を流して着替えないとな、そのまま通常営業に突入になるし

これからの行動予定を考えながら身支度を整えて自室から出たら事務艦がいた

「……なにかな」

なんでここにいる、と、素で思った、忘れてたとか言えない

「司令官を補佐するのは事務艦の本分です」

あ、これはバレてる、忘れてたのバレバレなんですけど、どうフォローすれば良いんだコレ

「時間も迫っています、執務室へ急ぎましょう」

お、嫌味の一つもないとか、どうしたんだ

時間が無いのも確かだ、これは触れないでおこう

 

6月20日

 

「やっとひと息つけるな」

「お疲れさまでした、少し休まれてはいいがですか」

なんとか日付が変わるまでに艦娘の運用計画をまとめて、資材帳簿と運用実績の辻褄を合わせ終えた頃には食堂の開業時間になっていた

切りも良かったのでそのまま朝飯にきた所だ

「気持ちは有り難いが、今からだと時間が半端過ぎる、運用計画の説明もしないと、第一艦隊の出港を見送ってからにするよ」

運用計画は既に貼り出してあるから、食堂に来た時に確認出来るだろう

とっても無難に作成された素案を少しアレンジして作ってからそれなりにムラがある計画になってしまったが、仕方ない

ここは素案の出来が良かった事を喜んでおこう

食堂の終了時間の後、所属の全艦娘を集めて運用計画の説明、質疑応答、続けて第一艦隊の出港を見送った

やっと休める、そう思った、本当に微塵の疑いも無くそう思っていた、爺様が港に姿を現わすまでは

「順調の様だね」

嫌な予感しかしなかった、なにしに来たんだ

「ありがとうございます」

意味は無い、返答に困って適当に言ってるだけだから

「それで、改修の予定はいつになりそうかな」

なに、改修、何の話だっけ

「初期艦の改修をするのではなかったかな」

うっ、ヤバイ、忘れてた、いや、正直な所をぶっちゃけると、こちらにメリットがないんだよね、この話

ゼロではない、のはわかる、有益な程のプラスになるか、ならないか、というとおそらくならない

有益なプラスを得るのは大本営とかその上だ、ただ搾取される為だけに睡眠時間まで削って労苦を買わなきゃならない話にしかきこえないんだ、私には

「迷っているのか」

そういう事じゃないんだが、爺様と私では立ち位置が違う、違い過ぎてそこを話しても平行線にしかならないだろう、どうしたものか

「なにか、要望でも」

まあ、そこが落し所だとは思う、思うんだけど、なんだろうな、こういうのを腹に据えかねるっていうのかな、腑に落ちないの方かな

「それは、当鎮守府に於いは優先度が高くありません、どうしてもと言われるのであれば、大本営より命令を」

「……」

爺様が偉い人なのはわかった、歴史の教科書に載るくらいの実績を現在も積み上げ続けてるんだから当然だ

けどな、この鎮守府の司令官は私だ、文句があるなら降ろせばいい、簡単な事だ

って、なんだよその呆れた様な溜息は

「あのな、この年寄りはお前さんの味方をしにきたんだ、仇を見る様に睨まんでくれ」

睨んだつもりはないんだが、兎に角、爺様は去っていった

やらかしたかな、ヤバイかも、しれない

 

「その様子だと、視察期間の再延長ですか」

「そうなりそうだ、しかし自分で話した事を実行するだけなのにどうしてなんだろう」

「それじゃあ再延長になるでしょうよ、聞いてるだけの私だって嫌味の一つも言いたくなる」

「?何故」

「司令官の話した事ではありますが、司令官の考えではないからですよ」

「……アレは単に報告だったと」

「自分にはそう聞こえましたが、老提督には違って聞こえましたか」

「……」

「ではもう一つ、司令官は何故憲兵隊詰所でその報告をしたのか、お分かりになりませんか」

「艦娘達に聞かれないからだと、言っていたが」

「それもあるんでしょう、ですが司令官の本命はそれではないと自分は断言出来ます」

「本命?目的があって敢えてここで話した、というのかね、単に私がここにいたから、では無く」

「老提督、司令官の報告がここでなされた結果、その報告は確実な記録媒体に残り、現在それらは複製され多数の場所で解析されています、もし、この記録媒体がなかったら、どうなっていたか、分かりませんか」

「!なるほど、そういうことか……まて、あの司令官はそこまで分かって行動していたと、いうのか」

「自分はそう確信しておりますが、老提督は、いかがですか」

「……そういえば、修復で眠ったまま目を覚まさない初期艦を、解体するのではなく保護したのだったな、あの司令官は」

「そうですよ、ただでさえ手探り状態の鎮守府運営なのに、老提督は妖精さんの味方でいらっしゃる」

「ああ、そういうことか、確かに、これでは睨まれて嫌味を言われても仕方ないな」

「睨まれたんですか?」

「ンッウーン、ここは反省する事にしよう」

 



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11 溜まってる執務を片付けた方がマシ

 

 

 

 

爺様に突かれてささくれた気分で休む気にもなれず、溜まってる執務を片付けた方がマシなので執務机に向かっている

部屋に入った時に事務艦が驚いた顔を見せたが、何も言ってこなかったからそのまま執務中だ

そこに扉をノックしてくる何者かが来た

事務艦が立ち対応に出てくれた、こちらは執務を続行

「司令官、面会を求められています、御通ししてもよろしいですか」

まあ、そうだよね、あのまま引き下がるわけない、押し込みに来るよね

これまでに前例のない事態が起こって、それらを検証する又と無い好機なんだから

謎の多い艦娘と妖精さん、解明する機会があれば逃すなんてあり得ない

理屈は分かるんだ、理屈は

だけどな、そんな実験めいた事を何故あいつでやらなきゃならんのだ

挙句にその執行を私にやれといいやがる

わかってる、このまま駄々っ子みたいな事をしていても上の命令一つで全て取り上げられ、他の誰かがやるだけだ

私はどうすればいいんだ

「司令官?」

「……あ、面会か、通して」

考えがまとまらない、相手は艦娘の言う妖精さんを見る事が出来た最初の人物

元幕僚と聞いているが、艦娘部隊を国際機関として立ち上げた爺様だ

現役では無いがオブザーバーとしてそこに席を用意されるだけの実績のある爺様だ

詰んでねーか、コレ

そんな爺様を相手に我儘を押し通すとか、なんでこんな事態になったんだか

あ、自分の我儘の所為か、こういうのを墓穴を掘るっていうんだっけ、策士策に溺れるかな、自業自得な事は間違い無いが、もしかして無限ループになってないか、この状況

「仕事中に失礼するよ、今日で視察が終了するのでね」

はっ、なぬ、何をいった

「元の予定では四時間だった視察が四日もかかってしまった、司令官には特段の協力を頂き感謝している、この事はしっかりと報告し、司令官に対してなんらかの褒賞を与える様に進言しよう、お邪魔した、失礼するよ」

扉の閉まる音で我に返った

「えっ、なに、どういうこと」

「?視察終了の挨拶に来られたのでは」

エッと事務艦を見れば不思議な物体を見た感じの顔をしていた

理解が追いつかない、このまま爺様が帰るのを黙っても置けない

「少し出てくる」

なにか考えが浮かんだ訳じゃないが、追いかけないと、放置だけはしてはいけない、放置は無関心と取られ後に足元を崩す材料にされる

「おかえりをお待ちしています」

 

「視察官!」

幸いな事に爺様は歩くのが早くなかった様だ、階を一つ降りたところで追いつけた

「どうした、なにか用かな」

「なにかって、改修の件は?」

なに弩ストレートにきいてんだ、動揺し過ぎてるぞ、頭冷やせ自分

「?それを視察官に聞いてどうするんだ、所属艦娘に対する指揮権は司令官に一任されている事は知っているだろう」

えっと、そうなんだけど、そうじゃないんだが

「まさか私がそれを強要するとでも思っていたのかい」

違うのか、あんたらにしたら艦娘の謎の解明に繋がる絶好の機会の筈だけど

おい、そのクソ長い溜息はなんだよ

「言っただろう、私は司令官の味方をしに来たんだ、尤も隊長を始め自衛隊の方が熱心だったがね」

「???」

「司令官には自覚がないようだが、自衛隊の評価ではお前さんが最優秀となっているぞ、この鎮守府での勤務が一番遣り甲斐があるそうだ、他の鎮守府では大本営に出向してきた官僚達が幅を利かせていたからな」

「??」

「直通電話で話しただろう、大本営の官僚はどうだった」

「……クソ官僚でしたが」

ハッハッハッと大笑いな爺様、いいのかコレ

「まあ、そういう事だ」

どういう事だよ、さっぱりわからんが

「もう一度言っておこう、私はお前さんの味方をしに来たんだ、妖精さんだけでは艦娘部隊は成り立たない、艦娘は時間をかければ揃ってくるが、優秀な司令官はなかなか見つからない、お前さんはなかなか見つからない司令官の一人だ、間違いなく」

「……」

なにをいってるんだこの爺様は、私が優秀な司令官な訳ないだろ、煽てて木にでも登らせたいのか

「実感なんてものは後からくるんだ、それまでは何の事やら分からないがな、私の場合はそうだったよ」

「?私の場合」

「私の経験上の話だよ」

あ、最初で一人目だから難儀した様な逸話は聞いた事あるが、都市伝説の類いじゃないのか

「では、失礼するよ、電車に遅れてしまう」

そういって背中越しに手を振りつつ歩きだした爺様を見送る、その背中を見ていて気が付いた、それはマズイな、引き止めた私の所為だし

「必要なら送りますが?」

付いて歩きつつ聞いてみた

「その心配はいらないよ」

どういうこと、遅れるといいつつ、心配ないとは

「おや、司令官も見送りに来てくれたのか」

えっ、隊長、見送りって、と声のした方を見て心配いらない理由は分かった、が電車じゃないぞそれは

「待たせたね」

「いえいえ、お気になさらず、どうぞ」

正面玄関に横付けされた車に乗り込む爺様、なんで自衛官の方々が整列しているのかについては、触れない方が身の為だ

「駅まで頼むよ」

えっ、それで大本営まで行くんじゃないの

「……一人旅がそんなにお気に召しましたか」

「ああ、想定外だったけど、良いものだ、気軽で身軽で言うことなしだ」

「護衛の事も考えてくださいよ」

「そんなものいらんよ、ただの年寄りに大袈裟な事だ」

あー、あの人がそうなんだろう、遠慮なくウンザリしてるよ、可哀想に

「整列!」

アッ、号令が掛かってしまった、逃げ遅れた

「視察官殿に敬礼!」

仕方なしにそうした、自衛官の方々を見た時に逃げておくべきだった

 



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12 目が覚めたのは日付が変わった頃だった

 

 

 

6月21日

 

夜半、目が覚めたのは日付が変わった頃だった

まったく半端な時間に起きてしまった、寝直す気にも成らず小銭と煙草を持って寝間着のジャージのまま外に出た

あの後、普通に通常営業してたと思う

思うってのも変だが、その時々でやる事はやっていた覚えはある、しかし時系列で覚えていない

目の前の事象に反射的に対応にしていただけ、になっていた様に思う

爺様の言い分、突然の視察終了、返ってきた筈の日常、どれを取っても今は現実感が薄い

その薄いまま通常営業していた、のだろう

こんな状態では司令官など務まらない、艦娘におんぶに抱っことかそんな司令官ならいない方がいい

そもそも、何故司令官という役職が設定されているんだ、そういうのが必要なら艦娘にそういう教育を受けさせて育成すれば良い筈だ、大人の都合で設定されたのかとも考えてみたが、国際機関である事から日本的な利権構図が罷り通る事は疑わしい

そこが掲げてる看板を額面通りに取れば世界中の海上貿易の保全を目的としてあの正体不明な深海棲艦とか呼ばれてるのを相手にする事になってる、艦娘部隊は国際海洋航路確保の為の実働部隊という位置付けだし、なにより実戦部隊だ

平和ボケと称される国の都合が優先されるというのは考え辛い

海洋敵性なんたらが暴れたとかで海運会社が保険会社から見捨てられ無保険の出入港を認めない世界中の港で船舶が身動き出来ずに海上物流が停止状態になった時のパニックは良く覚えてる、幾ら日本の官僚でもあれを引き起こしたい奴はいないと思いたい所でもある

あのパニックの中で太平洋の小さな国が艦娘の存在をアピールしたんだっけ、あの時日本は艦娘を独占しようとしていると全方位から非難された、早くからその存在を知っていたらしい野党が国会で内閣を追及してる真っ只中だったしな

詳しく調べた事はないが、そんな時勢にタイトロープを渡りきったのがあの爺様だ

気がつけば艦娘部隊を国際機関として立ち上げ、その最初を日本に開設させた

どんな手品や魔術を使えばあの情勢下の日本に実働部隊を持ってこれるんだか

私が司令官職に就いたのはそんな頃だった、自衛隊基地で周期的に行われる一般開放イベント、その催しで艦娘部隊参加者募集中との張り紙を見かけたのがきっかけだった

あれはなんなんだろうな、参加者募集で司令官職に就くとは思ってもみなかったよ

この事からも司令官に求められているのは二つだけだと分かる

それは艦娘と話す事と妖精さんとどうにかして意思疎通を図ること、私の場合は妖精さんとも話しが出来るとわかった途端五、六人のごっつい自衛官に囲まれてなにをする間も無く部外者立ち入り厳禁の奥の奥まで拉致られたが

あれ以来自衛官は苦手なんだよね、実は、まあ、余計な事するよりお仕事しようと割り切ってはいるが、そこを割り切れるだけのものはもらってるし、仕事は仕事だし

……言い訳並べないとならないくらいには苦手だ

「なにをしてるんだ、こんな時間に」

びっくりした、誰もいないと、誰かいるとか思いもしない夜の闇の中から突然のかけられた声に吸い込んでいた煙草の煙が変なとこ入ってむせてしまった

「……なにをしているんだ、まったく」

おい、その死にかけた蝉を見下ろす様な眼をコッチに向けるな

「理不尽だ、まったくもって理不尽だぞ」

不愉快だと全身で語りつつ隣に座ってきた

「な、なにが、だ」

まだむせてる、声がちゃんと出てこない

「寝ていたら、ウチの初期艦に叩き起こされた、本人は一向に目を覚まさないのに何故私が叩き起こされねば、ならんのだ、これを理不尽と云わずなにを理不尽というのだ」

「そいつは、間違いなく理不尽だな」

「わかってもらえて、うれしいよ」

そういう顔は不愉快なままだけどな

「今度、叩き起こしにきたら、聞いといてくれないか」

「?なにをだ」

「本人を叩き起こす方法、をだ」

一息付いた長門は

「それはもう、聞いているだろう」

そう応えた

「あの話、実行しろと」

「それを決めるのは私では無いぞ」

「そうなんだが、な、」

「案ずるな、この長門、提督についていくと既に決めている」

「そいつは、たのもしい、な」

「今の言い様、疑問形に聞こえたが、私では荷が勝ちすぎる、というのか」

「荷が勝ち過ぎるのは、私の方だよ、あいつが目を覚ますまでは、って思ってたけど、その見込みもない内に、こんな事になるなんてな」

「弱音なら、吐き出す相手を間違えているぞ」

「弱音、か……長門にはいたのか、吐き出す相手」

「?なんの話だ」

「あいつに鍛錬されてた時、お前はそういうのを一言も言わなかった、それを思い出してな」

「提督よ、鍛錬といっても相手は駆逐艦、私は戦艦だぞ、どこを見たらそんなものを吐くなどという事になるのだ」

「お前、毎回大破してたじゃん」

あ、拗ねた

「毎回ではない、稀に良くある、程度だ」

「あの時は幾ら何でもやり過ぎだと思ったんだけどな、結果としてはあいつの鍛錬は成果を出した、長門も期待以上に良くやってくれる、ここから、だった、始まる筈だった」

「出鼻を挫く様な事になってしまったのは、幾らでも詫びる、しかし「あれは、あいつの周辺警戒不足だ、艦隊行動中に他に気を取られるとか、有り得ん」……」

「旗艦が私でなければ、結果は違った「お前が旗艦でなければあそこまで辿り着けなかった、もっと手前で足踏みしてた、長門が旗艦だから目的を達成出来たんだ」……」

「なにより、あいつは自力航行して帰って来てる、資材も修復剤も揃ってた、誰も、妖精さんですら予期していなかった、修復溶液に浸かったまま、目を覚まさなくなるなんて」

「提督は方々に解決策を求めていたが、大本営の初期艦や妖精さんまでもが有り得ないとしか答えを返さなかったな」

「あれには驚いたよ、有り得ないのはお前らだろーがってな、でもあれで実感できた、妖精さんの技術や艦娘ってのは謎の塊だってね」

「何を今更、そんな事は初めから分かっているではないか」

「頭ではね、でも艦娘は理屈ではどうにもならない存在だって思い知らされた、だから理屈抜きで最善と思える事をしたんだけどな、結局只の我儘でしかなかった」

「我儘だと思っていたから、皆に選択させたのか、ここに残るか、他に移るのかを」

「司令官と言ったって民間登用の素人だ、代わりは幾らでもいるだろう、でも、艦娘はそうじゃない、それであってはならない、と、私は考えているんだ」

「提督の代わりなど、居よう筈もないではないか、なにを言いだすんだ」

「……そう言ってくれるのは有り難いし、長門はそういうサービスするやつじゃないのも、わかってはいるんだけどな」

「?サービス」

「リップサービスって知らんか」

「ああ、それは知ってるが、そう思われるのは心外だ」

「私としてはそうであった方が分かり易いんだけどな、そうではないから分からなくなる」

「分からなくなる、とは」

「艦娘にとって司令官ってのは、なんなのだろうかな、と」

「?言ってる意味が、わからんが」

「まあ、そうなるよな、あー、変な事を聞いても、いいか」

「今の提督は変だぞ、だから、今更だ、なにを聞きたいんだ」

「艦娘が司令官をやれない理由って、なんだろうな」

「規則でそう設定されている、何故それを設定しているのか、そういう話か」

「まあ、そんなところなんだが、私はこれこそ艦娘部隊最大の理不尽ではないか、そう思う時がある」

「私に言わせればそう思われる事の方が遥かに理不尽だが」

「?なんでだ、艦娘は身体能力も演算能力も語学能力だって人の平均値を超えている、なのに、司令官には人が就く、なんでだろうな」

「……わかってるだろう、それを私に言わせたいのか、流石に断るぞ」

「?」

「そんな恥ずかしい事出来るか」

「??」

なんの話をしてるんだよコイツ、恥ずかしいって、勘違いのパターンか

「ともかく、既にこんな時間だ、少しでも休んでおく事だ」

お、これは戦術的転進ってヤツかな、長門の背を見送りながら、もう一服着けた

 



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13 スケジュールの変更はありませんか

 

 

 

 

 

「スケジュールの変更はありませんか」

執務中に事務艦が聞いてきた、運用計画は立てたし、何のスケジュールだ

「滞在許可は二週間です、その後はどうされますか」

ああ、そうね、滞在期間もうすぐ切れるね、予定では大本営送りなんだが、そういうわけにもいかないんだが、規定上はそうせざるを得ない、さて、どうしたものか

どうするにしても叢雲と話さなきゃならないな

「あの初期艦はいまどうしてる」

「行動中止命令のあった日から、叢雲さんの所にいる事が多い様ですが」

あの日から、叢雲の所に、ねぇ

叢雲と話してくれと言われて探し回って見つけた時にあの初期艦は寝ているウチの初期艦の隣に座りじっとあいつを見つめていたっけ、冗談で鏡見てるのかって言ったら通じなかったが

「予定通りに進める準備をしておいてくれないか」

何故意外そうな顔してんだよ

「準備、ですか」

「必要な書類とか申請書とか申し込みの類いとか、色々あるでしょ」

「ありますが……本人の記入が必要です」

「……その本人の記入が必要な書類を揃えて欲しいんだけど」

なんだよ、その納得顔は、もしかして私の言い回しが悪いのか

 

昼飯時に食堂で聞き込んで見た所、近頃見かけていないと返ってきた

なにをやってるんだか

そんなわけで夕飯時に連れ出そうと叢雲の所に行った

叢雲は以前と変わらずじっと見つめていた、コイツあれからずっとこうしてたのか

「夕飯に行こう」

コイツが高等な冗句を理解しない事は前回で分かってる、なにをやろうとしているのか、こちらになにをさせたいのかも聞いた、それに私は答えていないのも分かってる

どんな反応が返ってくるか、正直少し怖い

「司令官……私はいい、ここにいる」

おいおい、なんだこの大人しい駆逐艦は、ここは「何しに来やがったこのヘタレ」、ぐらい生きの良い返しが欲しい所なんだが、せめてコッチを向くぐらいはしてくれ

「司令官?」

頭に手を乗せてみたら、ようやくコッチを向いてくれた

「飯食いに行こう」

その困った顔はどういう事なのか、誰かおしえてくれ

「私が見た資料に書いてあった所によると艦娘は人と同じ様に飲み食いするとあったが、お前さんは、違うのか」

「それは、違わないけど、合ってもいない」

コイツ困った顔のままだな

「合ってない?というと」

「艦娘は艤装の補佐により、人と同じ様に飲み食いしなくても済む様に作られている」

ん、なんだって、作られてるとは

「?そう作られているの、艦娘は」

誰に、と聞きそうになった、コイツ変な所で変な方に誘導しやがる

興味が向かないわけでは無いが、ここに来た目的はそれじゃない

「そうか、それで、それは夕飯を食べない理由になるのかな」

「えっ、理由?……ええと、うーん」

やっとこ表情に変化が出て来た、もうちょいだ

「腹減ったろ、腹が減っては何とやらだ、飯に行こう」

なんか、顔的にはポカーンなんだけど、眼だけが違ったんだよこの時

 

「あー、司令官が叢雲ちゃんとてーつないでるー」

食堂に入るなり駆逐艦に見つかった、挙句コレだ

あっという間に食堂にいた駆逐に取り囲まれた、中には食器を持ったままのやつまでいる

「食事はキチンと座って食べなさい、途中で席を立つなら食器は置いて来なさい」

「えー、そんなことより、なんでてーつないでるの」

聞く耳なんぞありゃしない、どーするか、このじゃりども

「人気者じゃないか、良いことだ」

背後からかけられたこの声、間違いなくヤツだ

「長門、いたのか」

「いるさ、運用にゆとりのある計画だからな」

嫌味に聞こえたのは私の性根の所為にしておこう

「ながとー、司令官が叢雲ちゃんと手を繋いでるんだ、なんでー」

お、駆逐が長門にも絡みだした

「ん、手を繋いではいかんのか」

「いけなくないよ、なんでぼくとつないでくれないの」

そうだ、なんでー、と大合唱になってしまった

「わかった、ではこの長門が皆と手を繋ごう」

一瞬、静まった、後、私に群がっていた駆逐達は長門に群がり、長門が引き連れていった

「あー、なんとかなった、飯にしよう」

手を引いた時僅かに抵抗を感じ、そちらを見るとまたしても困った顔をしていた

「どうした」

「長門、さんに気を使わせてしまった、司令官にも」

「長門なら、あれを見て」

引き連れて行った先で駆逐達に囲まれている長門はとても良い笑顔だ

「長門は駆逐艦とああしてる時が一番楽しそうだ、私から見るとね」

「……」

「私が気を使うのは、職務上の事でもある、貴方が気にする必要は無い」

おっと、そんな悲しそうにするなよ、本題はこれからなんだから

「取り敢えず、腹一杯食おうか、話は後にしよう」

 

「ご一緒してもいいかしら」

叢雲と向かい合わせで飯食ってるところに声がかかった

「あ、構わないが、そちらもいいかな」

頷く叢雲を見てから、どうぞと言っとく

「珍しいですね、司令官の周りが静かなんて」

叢雲の隣に座りながらいう駆逐艦

「ああ、長門が引き受けてくれたからな」

「相変わらずね、ウチの初期艦はあれ、結構困ってた見たいだけど」

私の隣に座って来たのは柔和な笑みを絶やさない軽巡だ、笑みが消えた時は逃げるに限るが

「?困る、なにが」

「ほら、短期錬成でかなり強く当たってたでしょ、今更甘い顔なんて出来ないってね」

「それ、こちらの初期艦があの長門さんにって、事ですか」

お、叢雲が入って来た、この話に思う所でもあるのか

「そうよ、建造で長門が出て来て、それはもう大喜び、直ぐに戦力にするって張り切って教導も買って出てね」

「……あれ、ホントだったのか」

なに、その呆れ顔

「?なんのお話かしら」

「あ、妖精さんから聞いてはいたんです、そのお話し、ただ、その、内容が……」

あっ、察した、アレを見ずに聞いただけなら分かりすぎる反応だ

「叢雲ちゃんはそのお話し、工廠の妖精さんから聞いたの」

「いえ、本人の妖精さんからです」

あ、聞いた駆逐艦が固まった、次いで柔かな笑みを浮かべていた軽巡からも笑みが消えた

「そのお話し、詳しく聞きたいのだけれど、この後時間、あるかしら」

「ないな、この後は私が予約済みだ」

笑みを消した軽巡がそれ以上の行動に出る前に先手を取りに行く、流石にここで逃げるわけにはいかない

「あら~、予約なんてしてるの~」

「司令官!そんなことしてどうするつもりですか!!」

おおう、狙い通りとはいえ食いつき過ぎだろ

「滞在期間がもうすぐ終わる、色々話をしないとな」

「あ、お仕事、ですか」

「そうね~、初期艦だもんね~、仕方ないわ~」

そのあとは平穏に飯食って終わった

 

「えっと、話とは、なんでしょう」

夕飯後に以前面談した部屋で本題に入る、違うのは前は二者面談だったのが今回は事務艦がいて三者面談になっている事か

「大本営で受けることになる研修についてです」

おい、なんでそんな泣きそうな顔をする

「司令官はそれで、このままでいいんですか」

泣き睨みとは器用な事をする、とか感心してる場合ではないな

「前に説明した通りこの規定には例外がない、この過程は回避出来ない、私の権限はそんなに大きくないからね、お前さんは言ったな、障害が大きいだけだと」

泣き睨みのまま頷く叢雲

「その大きい障害を私一人で超えろと言うのか、お前さんはそれを見ているだけか」

「?」

しまった、コイツ高等な冗句を理解しないヤツだった、締まらないじゃないか、ここで滑るとは格好悪過ぎる

「司令官は貴方の要望に応えるつもりです、ですが貴方の要望はとても難易度の高いものです、そこで協力してもらいたいのです」

「??」

「こちらは用意を整えておこう、後はお前さんが大本営でどうするか、だ」

「えっ、でも私はもう貴方の初期艦から妖精さんを譲られてる、このまま大本営に行ったら……」

「工廠の妖精さんから聞いた所によると、ウチの初期艦はあの状態を維持するだけなら問題ないそうだ、起こせなくはなるけどな」

「当たり前でしょ、もう妖精さんはほとんど着いていない、起こした所で艤装は扱えなくなってる、艦娘としてはもう「終わってるんだろ」……」

知ってる、妖精さんに聞いたから、あいつが妖精さんを譲ったのも、初期艦を呼び続けたのも、あの話は全部妖精さんから裏が取れてる

「あいつはもう目覚めない、なら私一人が我儘言っても誰にもなんの得にならない、寧ろ鎮守府にとっては不利益どころか実害になりかねない、お前さんの話に乗る事にするよ」

「……つまり、大本営でここへの着任辞令を取って来いと、そういうコト」

「そういう事になるが、改めて言っておく、貴方がこの鎮守府に着任するのは極めてと言わざるを得ないほど無理筋だ、実現性の可否はお前さんが判断していい、無理だと判断したらそんな辞令に拘る必要は無い、なにしろ大本営にはクソ官僚が一杯だ、無理はするなよ」

「フッ」

お、なんだ鼻で笑いやがったぞ

「私を誰だと思ってるの、特型駆逐艦五番艦叢雲よ、私の実力を疑うなんて貴方モグリじゃないの?」

 

 



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~幕間劇~
14-c


 

 

 

6月23日

 

 

「なんだこれは?!」

 

大本営からの通知を読んで思わず声を上げてしまった

 

「どうされました?」

 

事務艦が手を止めて聞いてきた

 

「初期艦を鎮守府から取り上げるそうだ、大本営は何を考えているんだ」

 

言いながら通知を事務艦にも見せた、それを一読してこう言った

 

「正式な命令である以上従う他無いと思いますが」

 

正論としてはそうだ、だがすんなり聞いてやるわけにはいかない

 

「抗議するからそれらしい文面を作成してくれ」

 

「……その手の抗議文は司令官が作成された方が宜しいかと」

 

この事務艦、どこまでいっても事務艦だな

 

そんな訳で感情的な部分はかなり抑えたつもりの抗議文を作成、事務艦には作成した抗議文を大本営に送る様指示、仕事はしてもらう

 

まったく、初期艦を大本営に送った当日にこんな通知を寄越してくるとは、意趣返しとしか思えん

 

通知の来た時間からしてもあの初期艦が大本営で何かしでかしたとも思えんから、私に対する嫌がらせか何かだろう

 

「司令官、今各所の鎮守府に問い合わせたのですが、全ての鎮守府に同様の通知が届いているようです」

 

この事務艦こっちが抗議文を作成している間にそんな事してたのか、良いのかどうなのか

 

「そこから何か分かるのか?」

 

「いえ、お知らせしただけです」

 

おい、なんだそれ、何の役にも立ってないぞ、やっぱり事務艦は事務艦だ

 

 

 

 

6月24日

 

 

翌朝、執務室に行くと事務艦は既にそこに居た、良いんだけど、なんだかなぁ

 

「おはようございます、大本営から昨日の返信が届いています」

 

そういってプリントアウトした紙を渡された

 

「こちらの抗議の正当性を認め、主張を了承する、だと、なんだ薄気味の悪い」

 

対応策も無くタダで鵜呑みにしたとか、大本営の考えがさっぱり分からない

 

「現状維持という事ですね」

 

「そうなるが、他の鎮守府はどうなっているか分かるか?」

 

この通知は全ての鎮守府に出ていると事務艦は言っていた、他も抗議なり反論なりした筈だ

 

「通知を受け取って直ぐに初期艦を大本営に向かわせたそうです」

 

「えっ」

 

直ぐに返答が来たことにも驚いたが、返答そのものにはもっと驚いた

 

「向かわせた?替わりの初期艦が来てるのか?」

 

「いえ、ただ向かわせたそうです、命令通りに」

 

呆気にとられた、それでは鎮守府をどうやって運営するんだ、それとも他の鎮守府の司令官は妖精さんとの意思疎通に画期的な方法でも見つけてるのか、私が知らないだけで

 

「おかげで鎮守府の運営に支障が出ている様です」

 

なんでも無い事の様にいう事務艦、大問題なんですけど

 

「……今残っている面子で出来る限り実戦可能な艦隊を編成するとして何個艦隊出来る?」

 

「二個艦隊、がいい所です、無理すればもう一つぐらい出来ますが、三個艦隊にしますか?」

 

「編成してくれ、それと、遠征隊は今どうなってる」

 

「二個艦隊が帰投中です」

 

「遠征隊はその帰投を以って行動計画を凍結し待機、それで所属全艦が揃う、編成した三艦隊と帰投した二個艦隊の旗艦を執務室に集める様に、私は憲兵に話がある」

 

そう言って執務室を出ようとしたら事務艦から声がかかった

 

「現在第一艦隊が出撃準備中ですが、そちらはどうしますか?」

 

ん、第一艦隊?三艦隊の中に入ってないのか

 

「旗艦にここまでの状況を伝えて出撃の可否を判断させろ、出来るだけ早く戻る」

 

今度こそ執務室を後にした

 

 

 

 

 

「遅かったな、こちらの予想だと昨日の内に来ると踏んでいたんだが」

 

憲兵隊の詰所に入るなり隊長から声がかかった

 

「そう言うのなら、私が来た理由もご承知なのかな」

 

「凡そはな、初期艦の撤収命令とかその辺りの大本営の事情を聞きに来たんだろ?」

 

ど真ん中では無いにしても的外れでも無い

 

「なんでもいい、聞かせて欲しい」

 

「まあ、こっちに来て座ったらどうだ」

 

「生憎と長居する気は無い、艦娘達を待たせているのでね」

 

お、なんだ、呑気な顔から真顔になったが、変な事は言っていないつもりだが

 

「待たせてるとは、どう言う意味だ」

 

何を聞きたいんだ隊長は、そのままの意味以外なにを思いついているんだ

 

「その初期艦の撤収命令で他の鎮守府では運営に支障が出ていると聞いている、対応事案の全ては拾いきれないが出来る限りは拾いたい、その為には大本営の事情を知る必要がある、同時に自衛隊の協力も必要になるだろう、事態がどう転ぶにしても無駄話をしている余裕は無いと考えるが、隊長の考えは如何なのだ」

 

「自衛隊の協力?」

 

なにを不思議がっている、鎮守府の司令官には対深海棲艦戦においては協力要請が出せる事になっている、勿論要請であって強制は出来ないが

 

「この鎮守府の手数だけではどうにもならない、隊長も自衛官なら公務員としての細やかな義務を果たしたくはないのか」

 

なにを驚いている、これは隊長自身が言った事だぞ

 

「参ったね、先手を取られたよ、協力要請があれば受ける様に依頼されてる、それも最大限協力する様にな、で、取り敢えずどうすれば良いんだ」

 

それはさっき言っただろ、と言いそうになったがなんとか堪えた

 

「大本営はどうなっているんだ」

 

「大本営は今老提督が上部機関の了解を取り付けて大鉈振るってる真っ最中だ、近日中には上部機関から何人か大本営入りするだろう、その間艦娘を指揮する鎮守府が機能停止すると予測されるから海自と空自は厳戒体制が下令されている」

 

と言う事はこちらの出る幕は無いって事で良いのかな

 

「そこでだ、もし司令官が自衛隊と歩調を合わせて動いてくれるのであれば、自衛隊としてはかなり助かるんだが」

 

これ、戦力的にっていうより予算的にって意味だよね、どうしようか、自衛隊の予算の為に艦娘を酷使するのは避けたいし、かといってこの状況で通常営業って訳にもいかない

 

自衛隊側の状況が分からないと判断しようが無い、今海に出ているのは海自で艦娘ではない、鎮守府に居ながらにしてリアルタイムで海上の状況を掴むにはどうすればいいんだ

 

「ここに鎮守府内にいる海自と空自の士長を呼べますか?」

 

「ここ?詰所にか?」

 

「他の所で良いんですか?」

 

集合場所をここ(憲兵隊詰所)にしないと陸自は話に関われなくなると思うんだけど

 

こちらが聞き返した事で隊長もそれに気がついたらしい、早速内線をかけ始めている

 

隊長が呼び出し終えたのを見てから

 

「こちらも内線を借りて良いですか」

 

「ああ、どうぞ」

 

「どうも」

 

執務室にかけて事務艦に状況を確認すると第一艦隊は出撃したそうだ、遠征隊は一つは帰投したがもう一つがまだという事だ、執務室に集まった旗艦達に茶と茶受けを出す様にいってから内線を切った

 

丁度いいタイミングで海自と空自の士長が憲兵隊詰所に来た

 

「手短かに頼むよ」

 

「こっちも上から移動指示が出てる、なにをやるにしても協力しかねる状況なんだが」

 

何処も忙しい様だ、厳戒体制なんだからそうなるのは当然か

 

「お呼び立てして申し訳ない、話というのは現在の状況に於いて当鎮守府が自衛隊に対しどの様な協力が出来るのか、そこをお聞きかせ願いたい」

 

思いっきり困惑されたんだが、想定外なのは分からなくないが、喜ぶまでは無理でももうちょっとなんとかならないのか

 

「そう言われても、自分の権限ではどうにも」

 

「移動指示を無視する訳にもいかない、申し出を上に伝えるぐらいしか手を貸せそうにない」

 

ああ、陸自は憲兵隊って事で独自の指揮系統だけど海自と空自はただ出向してるだけだから指揮権上位者にお伺いを立てないと行動出来ないって事か、聞く相手を間違えたな

 

「そうしてくれないか、ここにも電話くらいはある」

 

隊長がそういって二人の横に電話を持って来させた、見れば隊長まで何処かに連絡入れてるんだが

 

何処にかけたのか知らないが二、三の言葉を交わしただけでごく短い通話は終わった

 

「当方はこれで失礼します」

 

「こちらも移動時間が迫っている、申し訳ないがこれで失礼するよ」

 

それだけ言い残して海自と空自の士長は退出していった

 

「私も失礼します、これ以上居ても意味がない様だ」

 

二人に続いて退出しようと思った

 

「まあまて、折り返し連絡がある筈だ、帰るのはそれを聞いてからでもいいだろう」

 

何故か隊長に止められた

 

「何時迄もは待てませんよ」

 

「そう時間はかからない、っと来たか」

 

隊長が言ってる途中で電話が呼び出しの電子音を鳴らした、早速隊長が受話器を取る

 

少しの会話の後こちらに受話器を向けて来た、なんだろ

 

「憲兵総監が話したいそうだ」

 

なんで?私は話したくないんだが、そうも言ってられないか

 

「代わりました、鎮守府司令官の佐伯です」

 

「憲兵総監の佐久間です、そちらの憲兵隊長より艦娘部隊司令官から協力要請があったと報告を受けました、どの様な協力を希望されていますか?」

 

「現在各所の鎮守府にて運営に支障が出ており、満足な海域情報が得られません、海域情報の提供をお願いしたい」

 

「わかりました、直ぐに手配します、他には?」

 

「可能であれば海域情報だけでなく、自衛隊の哨戒情報と深海棲艦の分布状況をリアルタイムでもらいたい」

 

お、流石に即答はして来ないな、拒否られるかな

 

「可能ですが、それを何処で受け取るのですか、鎮守府にはその設備がないでしょう」

 

おおう、痛い所を突く

 

「その設備ごと貸し出しては頂けないですか」

 

もうヤケだね、無理って言われるだろうけど

 

「憲兵隊長に代わってもらえませんか」

 

お、埒が明かないと踏まれたかな、仕方ないけど、ここは大人しく代わろう

 

なんか、隊長がニヤニヤしながら話してんだけど、なんの話をしてるのか

 

暫くの話の後受話器が戻された、なんか隊長が喜んでいる、様にみえるが

 

「いや、お見事、ああも大胆に要求するとは中々如何して、やるじゃないか」

 

「結論を聞いても?」

 

「おお、そうだな、設備が運用人員ごとここに来る、今から受け入れ準備に入る」

 

準備?設備ってそれ用のパソコン一台じゃ無いの?

 

「分かってないって顔してる司令官に噛み砕いていうと、移動式の指揮機能を持つ装備を以って統合指揮所を編成する、それが運用人員込みでここに来る、能力的には首都防衛発令所に並ぶ強い指揮系統を構築可能だ、面白くなって来たじゃ無いか」

 

なんでそんな大袈裟な事になる、こっちは自衛隊の情報をもらえればそれで良いんだが

 

「司令官には大袈裟に見えるだろうが、自衛隊のリアルタイム情報を受け取るのならこれくらいの状況が必要になるんだ、上手く活用してくれよ」

 

マジですか、こっちの困惑を他所に隊長がすごく嬉しそうなのがとても気に障った

 

 

 

 

 

 

 



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ー2期ー
14 忙しないったらありゃしない


 

 

 

6月23日

 

「まったく、忙しないったらありゃしない」

送迎の団体さんを見送ってつい口にしてしまった

「そうですね、個体は違っても叢雲は叢雲でしたね」

大本営行きの手続きと調整を一気にやらされた事務艦も同意して来た

あの初期艦は私が話に乗るとわかった途端に大本営行きを急かしまくって翌日にはこちらでの手続きを終わらせ調整に時間がかかっていた事務艦から電話を取り上げ自身で今日の段取りをもぎ取った

あまりに迅速過ぎる決定に思う所が無いでもないが、研修開始までの待機場所がこちらの鎮守府か大本営かの違いだろうと、思い込む事にした

「研修期間は最短でも六ヶ月、それまでは現状維持だな」

そういうと何故か事務艦が表情を暗くした

「?なんだ」

「あ、いえ、後六ヶ月も散々に言われ続ける状況が確定した、と思うと……」

「それ、最短、な」

「!!」

気がついてなかったのか

 

「老提督、佐伯司令官から予定通り出発したと、連絡がありました」

そう呼ばれた人物は少し苦い顔をしていた

「お嫌なら、ゲストアドミラル、とでもお呼びしましょうか」

さらに嫌そうにしたその人物はそれでも、自身の肩書きがここには無い事も分かっているのでそれについては何も言わなかった

「少し意外でしたね、予定通りに研修に出すとは」

「そうかい、私はそう思わないが」

「そうですか、佐伯司令官は老提督に気付いていたと報告を受けています、てっきりその線で例外措置を求めて来ると考えていましたが」

「それでは意味が無いのだ」

「と、いうと」

「例外は例外だ、例外ばかりの規定なぞ破れた障子より役に立たんよ」

「笊で水を掬う訳にも行きませんね、確かに」

「大掃除も終わってスッキリしたんだ、丁度いい機会だと思うが、司令長官の意見は」

「……では、いよいよですか」

「私は意見を求めているんだが、頼むから私を裸の王様に仕立てないでくれよ」

「失礼しました、元司令長官殿」

『それでは駄目なのだよ、何故わからないのか』

老提督は口にこそしないが、大掃除が終わっても大本営の体質は変わっていない事に危機感を募らせていた

 

「まったく、大本営に到着したら放ったらかしって、どういう事なのよ」

送迎の団体に連れられて大本営に来たものの、担当者が決まってないとかで文字通り放置され御立腹の叢雲

待っていても誰が来るわけでもなく途方に暮れかけたが、思い直して事態を打開すべく動き出した

尤も地理不案内な大本営を闇雲に動いた所でどうにもならないワケだが

見かけた人に手当たり次第に声をかけたが、どうにもならないものは、どうにもならなかった

歩き疲れた所で丁度休憩所らしい場所を見つけた

「少し、休もう」

椅子に座ると少し落ち着いた、が落ち着いてばかりもいられないと気持ちは逸る

ここに来て司令官が言っていたクソ官僚が一杯という意味を理解し始めた

受け入れ体制が無いのに送迎の団体を寄越す大本営、地理不案内な事を承知で文字通り放置する送迎の団体、事情を説明しようとしても聞いてさえくれない人々

悪い方へ思考か傾いているのを自覚せざるを得なかった

「おや、叢雲さん?」

突然聞いた事のある声がした、そちらを見れば知ってる顔があった

「視察官、あなた大本営の人なの」

「なにやらお疲れの様ですが、どうしました」

が、返事も無く、若干睨まれた

「あいにく大本営の人では無いんですが、確か研修に来られたはずでは」

「その研修とやらはどこでやるのかしら」

「??」

なにを言ってる、研修を、どこで、やる、何故そんな事を聞かれるのか思い当たらず返答に困った

「あっ、ちょっと待ちなさい」

見れば幾らかの妖精さんがこちらに向かってきた

「……そういう事ですか」

妖精さんの様子から叢雲の事情をある程度は察した、が腑に落ちない所もある

叢雲が大本営に向かって出発した報告は受けていた、なのにこの事態はどういう事だ

受け入れ体制が整っていなくとも宿舎には案内するはず、それすらなかったとは

確かに急な話しではあっただろう、だが、初期艦一人宿舎に案内出来ないとは

「私は自販機に用があってきたんだが、叢雲さんも如何です」

取り敢えず飲みながら少し話そうと自販機にコインを入れて、どうぞとやろうとしたら既に押されていた

「コレ司令官にツケといてね」

「あ、ああ」

あまりのスピードに驚いてしまった、そうか、研修に来たのだから状態としてはドロップ直後か、人に慣れていないのだ、それでは耳を傾けてくれる人はいない、私でさえ驚いているくらいだから普通の人なら警戒されてしまうだろう

「もう一つ如何ですかな」

秒速で飲み干す叢雲に勧めるも若干躊躇う様な感じを見た

「大丈夫ですよ、司令官にツケておきますから」

言った途端嬉々として二本目を飲み干す、時間的に見て三、四時間は彷徨っていたと推定される、それだけの時間未登録のものが大本営内を動き回って警備も動いていない、こちらは大本営側とはいえ報告もないのか

「さて、落ち着かれましたかな」

「あー、ありがとう、視察官に会わなかったら強硬策も考えなきゃならない所だったわ」

サラリと怖い事を聞いた気がした、駆逐艦とはいえ艦娘が攻撃すれば大本営の建築物など砂の城も同然、艦娘の主砲は半潜航行する深海棲艦を一撃で沈める、軍艦の主砲ではそうはいかない

「そうならない様に、私から連絡を入れましょう」

「ホント!あー良かった、これでどうにかスタートラインに立てそうだわ」

「スタートライン?」

「そうよ、研修なんてさっさと終わらせて司令官の所に戻るんだから」

言ってる意味を掴みかねたが、妖精さんが補足してくれた

「……成る程、そうきたか」

司令官と言ってる時点で察するべきでもあったな

 



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15 お呼びですか

 

 

 

「お呼びですか」

「おお、来てくれたか」

視察官が迎えを頼んだというからそれ待っていた、が来たのが想定外過ぎた

「……大和、なの?」

「はい、大和ですよ、艦娘の」

てっきり案内してくれる職員が来るものと思っていたら、何故にこんな大物がくるのか

「呼び立てて済まないね、こちらの叢雲さんが困っているそうなので力になってはくれんか」

「?困る、どうされたのですか」

本当に心配そうに聞いてくる、ここで戸惑っていても始まらないと考え事情を説明する

「?おかしいですね、確かに担当者はこれから決めるというお話でしたが、必要書類はお持ちですか」

鎮守府を出るときにまとめてもらったファイルをケースごと差し出した

「……あの、確認の為にお聞きしますけど、この書類を提出する様に迎えの者たちは言いませんでしたか」

「全く、書類を持ってる事さえ聞かれなかったけど?」

「……ここまで重症なのか……」

「えっ、なに」

「確認させていただいてもよろしいですか」

視察官がなにか言った様だけど、大和の台詞に被って聞き取れなかった

「どうぞ」

差し出したケースを受け取った大和が中身を手慣れた様子で見ていく

「揃っていますね、後は、司令官からの要望書ですか」

「要望書?」

「ええ、貴方を初期艦として迎えたいそうですが……」

言葉濁す大和、濁した理由に気が付いた

「初期艦の追加着任は認められないって事かしら」

「ご存知でしたか、記録上では貴方を送り出した鎮守府には初期艦が配属済みです、ですのでこの要望は却下されると思われます」

「で、それの許可はどうすれば降りるのかしら」

この要望書が司令官が出来る最大限の支援である事は直ぐに分かった、なら行動は迅速かつ大胆に相手に流される様な真似をされてはならない

「ちょっ、叢雲さん、落ち着いて、迫られても困ります」

ん、大和ってこんなに脆かったっけ、司令官の長門と全然違う

「落ち着いてください叢雲さん、それでは満足に話も出来ませんよ」

見かねたのか視察官から待ったがかかった

「……そう見たいね、長門には全然足りなかったけど、この子には効き過ぎた様だし」

「こ、この子!?」

大和にはなにか異論があるらしい

「貴方建造艦ね、それにほとんど鍛錬もしてない、戦艦を遊ばせておくなんて、大本営はどうなってるの?」

「叢雲さんのその疑問は私も同意する所だ、だから聞いたのだがね……」

「?視察官」

なにを言い淀んでいるのかわからない

「聞いて呆れたよ、大本営の無為無策無計画さにね、こんな筈ではなかったんだが」

「いや、わからんし」

「つまり、ですね、私が艦娘として動くと資材を大量に消費するワケですよ」

「?戦艦を動かすのなら当たり前の事でしょう」

「その当たり前がわからんのだよ、大本営は」

「えっ、なにそれ……」

なにそれコワイ、とか思ってる場合じゃない、もしかして大本営って話が通じない輩しかいないって事なの

「この国に開設するのだからこの国の人材で運営すべきと主張したのが裏目に出てしまった、日本人の外交下手は知っているが、外国人贔屓がここまでとは予想していなかった」

「?外国人贔屓」

「国際機関という都合上国外のゲストは拒否出来ない、それはわかる、だからと言って彼らに要求されるままに建造で艦娘を作って見せ、解体して資材にして見せる必要が何処にあるのか、その為に資材は浪費され艦娘の数は増えず、遠征隊に負担をかけてしまっている、大和が建造されたのは偶々ゲストが少なかった時に資材が溜まり妖精さんから大型建造の提案があったからだそうだ」

「大型建造?」

「初期艦から聞いた所によると大量の資材を投入する事で大型艦を建造し易くなるらしい」

「……私はその辺り良く知らないけど、建造って必ず成功する訳でも希望する艦娘が出て来る訳でもない、ハズよね」

視察官は苦り切った顔をした

「その通り、最初に大和が建造出来て気を良くしたのか、以来資材に余裕が出来ると大型建造を繰り返している、それで遠征隊には過度の負担がかかり、大和の教導も先送りにしてしまっている、いや、逆だな、大型建造が目的になってしまっているんだ、当初の目的である艦娘の数を増やす事すら忘れている様でな」

「?数を増やす事が目的なの」

「目的というより、第一段階ですね、その為に鎮守府を複数開設したのですから」

「なんで貴方がそんな所を詳しく知ってるのよ」

新造艦が大本営の運営に関わるとも思えない、ならそこを詳しく知る要因は何処にあるのか推定しかねる

「今、大和には私の秘書艦に着いてもらっているんだよ」

「秘書艦?」

「まだ試行中ではあるんだが、初期艦以外の艦娘に初期艦と同等の権限を付与し司令官を補佐する役職に着けられないかとね」

なにを言ってる、初期艦は妖精さんと会話が出来る、それで鎮守府運営に必要不可欠な協力を引き出す、妖精さんと会話出来ない艦娘がそれに代わる?代われるのか疑問なんだけど

「艦娘なら妖精さんは見えるのだから、多くの司令官と条件は同じだ、司令官が妖精さんと意思疎通が出来るのなら、艦娘が妖精さんと意思疎通出来ない道理はない、この秘書艦が活用出来れば、司令官は妖精さんが見えなくとも鎮守府の運営は可能という事になる」

聞いて呆れた、そんな事したらその秘書艦になった艦娘に負担が集まり過ぎる、とても実現出来るとは考えられない

「呆れられている様ですよ」

「そ、そんなに的外れな事を言ったかな?」

しまった、思いっきり顔に出た、新造艦と視察官がヒソヒソ話を始めてしまった

「良い話には聞こえないけど、実例でもあるの、それとも単に思いついただけかしら」

お、コッチに向き直った、って何で不思議そう見られてるの

「実例って、貴方を送り出した鎮守府が実例ですよ」

は、なにを言ってるんだこの新造艦は

「事務艦が補佐に着いているとはいえ妖精さんと意思疎通出来るのは司令官だけの筈だが」

あ、言われてみれば、外から見るとそうなる、だけどアレは特異事例で参考にならない、これは言っておいた方が良いのか、どうしようか、視察官は妖精さんのお気に入りだし

「取り敢えず場所を変えましょう、こんな所で長話も何ですし」

「それもそうだな、いや、つい話し込んでしまった、叢雲さんは研修の手続きがあるのだったな」

話し損ねてしまった

 

 

 



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16 何がどうなったら、こういう事になるの

 

 

 

「で、何がどうなったら、こういう事になるの??」

「あはは、なんででしょうね……」

手続きは出来た、研修日程も決まり、宿舎にも案内された、が、しかしだ

案内だったはずの大和が何故か、叢雲の担当者に収まっていた

わけがわからない、鍛錬も満足にしていない新造艦を初期艦の教導に着ける意味は何処にあるのか、司令官の所では建造艦である長門の教導を初期艦がやったとはいっていたが、それは技量の差、つまり建造艦とドロップ艦の技量の差に寄るものだ、それを逆にする事の意義が如何にもわからない

当の新造艦は困った様に笑うだけだし、そもそも秘書艦の役職は如何したんだろ、両立出来るという事なのだろうとも考えてみたものの、如何にも合点がいかない

「兎も角、そういう事になりました、明日からよろしくお願いしますね、叢雲さん」

えっと、これ、このまま受けて良いのだろうか、問い質すとしても、相手はこの新造艦では手間の無駄使いにしかならなそうだし

「?叢雲さん、どうかされましたか」

おっと、何にしても長考してる場合ではない

「幾つも疑問があるのだけれど、貴方以外に研修について詳しく聞ける人はいないのかしら」

まただ、何故この新造艦は困った様に笑うのだろう、司令官の長門ならこんな笑い方はしない、絶対に

「それについては明日にしましょう、今日はゆっくり休んでください、明日0600に宿舎へ迎えに行きますので、朝食をとりながら研修についてお話しします」

先延ばしか、少し突いてみるか

「言い方が悪かった様ね、不慣れな気を使った言い回しで伝わらなかったし、ハッキリ言っても良いかしら」

お、困った笑みを消してきた、如何出るか、この新造艦

「私が老提督の秘書艦を務めている事はご承知ですね」

「老提督?」

視察官の事だろうが、老提督とはなんなのさ

「貴方が視察官と呼んでいた人物です」

「それが、如何したの?」

「……如何したのって、えっ、あの、まさか、もしかして、老提督をご存知ないのですか?」

「???」

言い様から有名人なのだろうとは思うが、妖精さんのお気に入りだし悪い人では無い、それはわかる、それが私の研修とどんな関係があるのか、まして私の教導艦にこの新造艦が収まった理由になるのか、最悪の事態を想定して対応策を考えなきゃならないかな、これでは

「老提督との通り名で呼ばれてはいますが、国際機関としての艦娘部隊の最高意思決定議会に席を持つ方で、現在この国における艦娘部隊の行動計画の進捗状況の査察をされておられます」

「??」

なにそれ、それと私の研修となんの関わりが、如何にもこの新造艦は話しが通じないらしい

「あの方は艦娘部隊を国際機関として立ち上げた功績を国連にて認められ、議会に指定席が設定されており、終身総帥としてその立場が保障され、発言権が確保されている人物です、何と言っても私達と同じ様に妖精さんを見る事が出来た最初の人ですから」

ん、なんて言った、最後の所、最初の人?

「……ご存知なかったんですか?」

「まったく知らないわ、興味ないし、そんな事よりハッキリ言っても良いかしら?」

なにを驚いた顔をしてるのか、視察官が何者でどんな立場にいるか、そんな事如何でも良い、さっさと研修を終わらせて司令官の所に戻るんだから

「興味ないって、それだけ、ですか??」

「なにを不思議そうにしてるのよ」

「えっ、だって」

まただ、新造艦とはいえ戦艦がそんな顔を駆逐艦に見せるな、……沈めてやりたくなるから

「貴方は私の要望に応えられない、だから応えられるものの元へ案内しなさい」

「そうお急ぎになりますな、建造艦で頼りなく見えるでしょうが、これでも老提督の秘書艦に指名されています、悪い様にはいたしません」

これは、時間の無駄だね、わかってないこの新造艦は

「私の要望は二つ、さっさと研修を終わらせる事、そして司令官の元に戻る事、だから応えられるものの元へ案内しなさい」

「……」

駆逐艦相手に気押される戦艦なんて何の役にも立たないに決まってる、まして新造艦なんて冗談じゃない、これはどう考えてもただの先延ばし、このまま受けたら流されて時間を浪費するだけだ

「おー、さっそく仲良しさんですな、さすやま!」

「さざ、なみさん……」

なんで戦艦が駆逐艦にそうも明から様なタスケテ視線を送ってるのか、この新造艦沈めたい

「お、叢雲ちゃん、やる気が漲ってるねー、もしかしてやまちゃんと演習でもしてくれんの」

「良い考えだわ、丁度この新造艦沈めてみたいし」

何故、この程度で青ざめる、駆逐艦の火力で戦艦の装甲を抜くのは容易ではない事ぐらいは知っているだろうに

「そんな叢雲ちゃんに良い物をプレゼントしちゃいましょー、大人しく受け取ってやまちゃんと演習にれっつらごーだ」

「ちょっ、漣さん?それは一体どういう……」

戸惑う新造艦など御構い無しに手を引いていくあの漣、初期艦だよね、なにを考えてる

「話しは後々、さあ、ついてきてもらおう、叢雲ちゃん」

「……はあ、なんなのよ」

新造艦を相手に時間の浪費をさせれられるのかと思っていたら、初期艦が出てきて戦艦と演習らしい、なにがどうなっているのか

大本営って所はどういう意味でもとんでもない所だという事だけは分かった

 

 



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17 兵装の具合はバッチリですな

 

 

 

「兵装の具合はバッチリですな!」

いや、断言するな、装備してるのはあんたじゃない

「この四連装魚雷発射管って、もしかして最近開発された、のかしら?」

「お、わかるとはお目が高い、さすむら!」

さすむらって、それより問題なのはこの兵装を扱う妖精さんも不慣れだという事

「妖精さんが扱いに困ってる様に見えるのだけれど、ちゃんと使えるんでしょうね」

「およー、弱気です?始まる前から参ったしちゃいます?」

「……その喋り方、疲れないの漣」

兵装の妖精さんに確認しながら聞いてみる

「あー、少しね、でも、これも漣という個性、だそうなので、面倒臭い事に」

「他人の個性を模倣することが漣の個性ではないでしょう」

「あー、言いたい事はわかるんだけど、ここでそれやると色々厄介なので」

「厄介?」

「人は自身の理解の内に留まるものは理解できるし、予想も予測も出来るけど、そうでないと真っ先に拒否してきますからね、叢雲ちゃんだって人と話そうとして上手く行かなかったでしょ」

「見てたのなら、悪趣味な事で」

アレだけ難儀してたのに放置上等とは、ここの初期艦も大本営に染まってるのか

「まあ、不快に思うのは当たり前、その指摘は事実だし言い訳はしない、って事でその辺りの鬱憤ばらしにその魚雷でやまちゃん泣かせて見よーか」

「嫌よ」

「あっれー、おかしいな、じゃあ叢雲ちゃんはどうしたいのさ」

「沈める、私の前に立ち塞がる愚か者は」

一瞬、ポカンとした顔をした後腹抱えて笑い出したんだけど、壊れたかな

「よーし、わかった、この演習は夜戦アリにしよう、そうしよう」

立ち直ったと思ったら何を言い出すんだ

「思う存分沈めてきなさい、漣が許可します」

だからそのサムズアップはなんなのよ

「さみちゃん、聞こえるかーい」

壁際に設置されている無線機?内線?に呼びかける漣、大和が別の場合で兵装の準備をしているからそれを補助してる五月雨を呼んでいるのだろう

「はい、五月雨です、トラブルですか漣さん」

「まっさかー、漣の兵装チェックは完璧です、さみちゃんこそドジ踏んでない、46cmと間違えて41cm積んだりしてない??」

「……まさか、そんなこと、するわけないじゃないですかーハハハ」

「間違えたのね」

この無線機オープン仕様なので嫌でも聞こえる、だからつい言ってしまった

「つ、積む前にやまちゃんが気が付いたから積んでません、本当です!!」

「41cmじゃなかったですよ、確かに」

大和の声でもフォロー?が入った

「……あのさ、41cmじゃなかったら何と間違えたの、さみちゃん」

「35.6cmでしたね、アレ」

「あー、やまちゃん、しー、しー」

聞いていて大口径より小口径を選ぶのも悪くない選択だと思った、相手は駆逐艦、火力的には副砲でも十分なんだし

「で、今回の演習は夜戦アリになったからよろしく」

「えっ、聞いてないですよ、夜戦に入ったら私に勝ち目がないじゃないですか!」

アホか、それ戦艦がいう台詞じゃない、やっぱり沈めようあの新造艦

「大丈夫、昼戦やってから夜戦だから、夜戦が嫌なら昼戦の内に勝利を決めれば良いだけ、ね、簡単でしょ」

無線機の向こうでなんか言ってるがよく聞こえない

「こちら吹雪、漣ちゃんホントに夜戦までやる気なの」

いきなり割って入ってきた聞き覚えがあるのに聞き慣れない声、吹雪?

「漣が思ったより叢雲ちゃんのやる気が漲り過ぎって感じ、やまちゃん沈めるって聞かないんだよ」

「はぁ?沈めるって、ええと」

「いいじゃない、いい機会だわ」

「仲間同士での沈め合いはダメなのです」

えっ、今の、えっ、困惑した、自分の声が自分以外の所から出てきた事に

「ああ、叢雲ちゃん一応説明しとくと大本営では初期艦は五人一組で行動する事になっててね、漣が叢雲ちゃんを誘ってきて、さみちゃんがやまちゃん誘って、ブッキーとムラムラとプラズマが演習場の準備って分担に「プラズマじゃないのです、いなずまなのです!!」……そういうこと」

「つっこまないわよ、泥沼にとらわれそうだから」

二の句が告げないように間を取らずに言い放つ、漫才が長そうなので打ち切らせよう

「それは、賢い判断です」

さすが初期艦、いい笑顔が出来るじゃない

 

「演習時間は夜戦突入後六十分を予定、但し何方かが大破したらその時点で終了、他にも不測の事態があった場合には漣から中止の宣言を出すかもしれないから無線は切らないで、それと予定時刻には警戒担当の三人から照明弾が上がるからそこで終了だよ、いい?」

「わかりました」

「了解」

「では、開始の合図は三人から祝砲でお願いします」

祝砲ってなに、とか思ってたら三方向から発砲音が聞こえた

演習開始!

 



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18 終了するはずだった

 

 

 

 

演習は夜戦突入後、大和大破で終了した、いや、終了するはずだった

「そこの新入り初期艦、夜はまだ始まったばかりだ、私と続きをやってもらうよ」

「「「えっ」」」

突然割り込んできた声に演習場の周辺警戒をしていた三人から驚きの声が聞こえた

新造艦が大破したのに終了の宣言がなかったからおかしいとは思っていたが、この状況は五人掛りで仕組んだのでは無いのか

だとすると漣の独断か、にしては当の漣が沈黙したままだし五月雨も大和の回収に動いている様子が聞こえてこない

どういう事だ、こちらはあのクソ硬い戦艦に殆どの弾薬を使ってしまっている、補給も無しに連戦させるのは私を排除するのが目的か、或は他のどんな意図があるのか見当がつかない

「棒立ちしてたら只の的だよ!」

さっきの割り込んで来た声だ、相手は私の位置を掴んでいるらしい

それともこれはブラフで動かす事で位置を掴もうとしているのか

発砲炎が見えた、どうやら私は相当な馬鹿だと判定されている様だ、この相手からは

「漣、状況の説明を、どうなってるの!?」

ムラムラが漣を呼んでいるが返答はない、夜戦に入ったから実況とやらを止めたと考えていたが、もしかしたら違う理由で実況とやらを止めたのか、或は止めさせられたか

「五月雨ちゃん、聞こえますか、五月雨ちゃん!」

いなずまが五月雨を呼ぶも応答無し、なにか不測の事態が起こってる

「叢雲から、吹雪へ、聞こえる?」

取り敢えず無線に声を乗せていない吹雪を呼んでみる、がこちらも応答無し、さっきまで通じていた無線だ、聞こえていないとは思わない

「お喋りとは余裕のある的だ」

この相手は私の位置を掴もうとしている、それはわかる、こんな安っぽい挑発で私を動かせると判断している辺りからも不実で見当違いの判定をしている事もわかる

さて、どうするか、このまま帰港するのは容易だ、しかし大破した戦艦を放置して行くわけにもいかない、誰だか知らないが乱入者の相手をするには弾薬が心許ない

乱入者は初期艦三人に気付かれずに演習海域に侵入したらしい事から技量だけは相応にあると判断出来る、仕込みの可能性はこの際捨てて置いた方がいい

「いなずまから、演習参加者へ、不測の事態です、周囲を警戒しつつ帰港してください、演習は中止です!」

「いなずまちゃん、その宣言は漣の担当でしょ、勝手な事しちゃダメだよねぇ」

電の無線に応答したのは挑発的に返す乱入者だけ、囮のつもりなのか、電がご丁寧に探照灯を点けた

事前の取り決めでは演習の終了は三人から照明弾が上がる事になってる、ここで照明弾は使えないのだろうとは思うが、あの探照灯なんか変だな

また発砲炎が見えた、着弾点に立つ水柱、電のおかげで大体の位置関係がわかったが、あの乱入者何が目的だ、アレを撃破すれば済む、そういう事態なのだろうか

「新入りの初期艦!さっきまでの威勢は何処にいった!」

なんか言ってるが、どうしようか

あの乱入者、こちらの位置を掴もうと躍起になってる、目標の位置も確認してないのに乱入してくるとか、もしかして頭の弱い子なのかな

「相当頭に血が上ってるわね、まあ、駆逐艦は血の気が多いとは言われるけど」

さっきまでと違い落ち着いた口調に戻ってるムラムラ、状況が読めたのか?

「ムラムラってば、落ち着いてないで、止めないと」

うわっ、いなずまがムラムラって、まあ、いいけど

「ここで止めても解決しそうにないし、殺し合いにはならないでしょ、お互い高練度艦だしね、滅多にない高度な夜戦技量を間近で見物……見学する事にしたわ」

ムラムラの言い様から相手が誰か分かっている様だ、その目的も

何方もわからないから聞いてみた

「ムラムラ、見物料がわりに教えてくれない?」

「……あんたにムラムラ呼びされると、イラっとくるわね」

理不尽な、コールネームってヤツじゃないのか、コレ

「で、何を聞きたいのよ」

「あれは誰で、目的はなんなの」

ここで回りくどい事をしても時間の無駄でしかない

「……私よりあんたの妖精さんに聞くといいわ」

なんだそれ、答えになってない

「捕まえたー!!」

無線から、周囲から、そして目の前から、ほぼ同時に音と声と発砲炎がした

こんなので捕まえたと思われるとは相当な低評価が私には付けられている、この相手は何処からこんな低評価を弾き出したのか

「支払い拒否とか、そんなに高値を付けたつもりは無いのだけれど」

「支払い拒否じゃないわよ、それを払う筋が無いってだけ」

「払うつもりはあるんだ、ならアレへの対応は?」

「お喋りとは、余裕だねー!!」

あんたもね、そんな当てる気もない砲撃とか、なんのつもりなんだか

「今は演習中、漣から思う存分に沈めて良いって許可出てたでしょ」

「ちょっ、ムラムラ!?」

お、応答出来ないんじゃなかったのか、という事は

「許可出したのは漣だし、あとよろしくねー」

「ちょっと!それは幾ら何でも薄情というものでは!?」

「そうですか?記録によると、ざみちゃんが独断で許可を出してますが」

「ちょっ、御姉様!?それはですね……」

「お話は後にしましょう、今は演習中ですよ、邪魔になってはいけません」

御姉様?漣以外に二人いた、ムラムラは妖精さんに聞くと良いとも、まさかの可能性に気が付いて妖精さんに聞く

なんてことだ、大当たりだ、しかし疑問も浮かぶ、あとの四人は別の鎮守府に着任しているから大本営にはいないはず、それなのに今ここに揃ってるのは何故だ

「さて新入りの初期艦、そろそろ本気出そうか、お互いに」

相手の声色が明らかに変わった、いや、戻したと言うべきか、元の本来の声に

 



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19 ドロップ直後の素人に本気出す

 

 

 

 

「熟練の初期艦がドロップ直後の素人に本気出すって、大人気ないんじゃない」

散々挑発してきたお返しを少しだけしてやろう

「あ、バレたよブッキー、それでも続ける?」

「ブッキーいうな、同型同名艦がいんるだよ、混乱するでしょ」

「大人気ないそうですよ、吹雪のやりようは」

どうも向こうの二人はこの演習に乗り気ではない様子、事情が今ひとつ掴みきれない

それともう一人は何処にいる

「電は吹雪に賛成です、私達の一角を担うというのなら相応のものを見せて頂かないと納得出来ません」

「プラズマだ……」

無線から微かにそう聞こえた

「誰ですか、言いたい事があるなら電の前に出て来るのです」

勿論出て行くヤツはいない、それにしても一角を担うって、何の事だ

「電ってば、それを今言っちゃう?話がややこしくなるだけにならない?」

「そうですよ、初期艦とは言え新人さんなんですよ、五月雨はお茶会しながらお話したいなぁ」

無線を通して聞こえて来るところから推定すると、吹雪と電は演習海域にいる、漣と五月雨

は四人でお茶会中らしい

まったく、人を演習に引っ張り出して自身はお茶会とか、優雅な事で

「心配はいらないよ新入りの初期艦、大破ぐらいで済ませてあげるから、貴方が、大和にした様に」

「大和には電が付きます、遠慮なく演習してください」

今のは乱入してきた方の電だよね、元からいた方の電と吹雪は何処に、ムラムラは見物決め込んだけど

「待ってください!」

お、吹雪登場でも結果は見えてるんだよね

「邪魔だから離れていなさい」

吹雪の方を見もせずにいうブッキー

「そうはいきません!叢雲ちゃんは今日大本営に来たばかりなんですよ!?」

「それがどうしたというのです?邪魔です、離れなさい」

電にまで言われる吹雪、まあ、そうなるよね、で、押し切られると

「それは出来ないのです、先任のやりようは間違っているのです」

お、いなずまが来た、思わぬ来援だ

「いなずまは電のいう事が聞けないのですか?」

「先任のいう事でも聞ける事と聞けない事があるのです」

「……ブッキーもそんな感じ?」

無線から噴き出すのを堪える感じがしたが、ここはツッコミ厳禁だよね

「おーおー、二人共熱くなりすぎ、只の小手調べなんだから見物が最善手なんだけどねぇ」

何故にそれを無線に乗せるんだこのムラムラは、独り言なら誰にも聞かれない様に無線を切れ

「御姉様、コレ、まいうーですね」

「それ、五月雨の手作りだからね」

「えっ、そうなんですか、今度教えてください!」

「ってか、早く来ないとざみちゃんが全部平らげそうなんだけど、いいかなブッキー?」

お前ら何しに来た、ってか漣と五月雨まで演習をほったらかすな

管制組と演習組のこの温度差はなんなの、バカらしくなって来たんだけど

「漣!演習続行中、気を抜くな!!」

瞬間無線が静まった

「やれやれ、吹雪ってば超マジモードじゃん、叢雲の事はその子とは無関係だからね、八つ当たりなら手を貸せないよ漣は」

「五月雨も同意します、佐伯司令官が要望書を出して来た以上、相応の理由があるはずです、その話の方が先だと思います」

「その話ならここに当人がいるんだから吐かせればいい」

吐かせるってなに、ブッキーは何の話をしてるんだ、なんか話が変に伝わってる?

「佐伯司令官が要望書を出したからこそ、猶予はありません、即時決定しなければならなくなりました、そして最も短時間で決定出来る方法が演習です」

電もなにを決定するんだろ

「そこまで、にしてください」

「初期艦の問題に嘴突っ込むのですか?」

今の大和?電が付いてるって言ってたけど、気が付いたのか、回復の早い事

「この演習は私と叢雲さんの演習です、そして私の大破で終了しました、それがなぜ続いているのですか」

「招集がかかって来てみたら、丁度演習してたのでこちらの手間が省けたのです、こちらの問題も乗せてもらいました」

「それ、別の問題ですよね、こちらに無断で乗せないでもらえますか」

「ダメなのですか?」

「ダメです、叢雲さん連戦じゃないですか、これでは只の新人イジメです、そんな事は秘書艦として看過出来ません」

「連戦が新人イジメ?寝ぼけてるのですか?」

「これは演習です、連戦を想定していない演習です」

なんか大和が随分と食って掛かってる、私は帰って良いのかな

「……つまり、新人さんの演習としての想定外対応としては難易度が高過ぎる、大和の主張はこういう事ですか?」

「盛り込み過ぎて演習の目的が無くなっています、目的のない演習は演習とはいえません、違いますか」

「……盛り込み過ぎ?どういう事なのですか?」

「あー、それは叢雲ちゃんの兵装を見てもらえるとわかるかな」

かなりいなずま寄りの声色になって来た電に無線越しに漣がいってきた

「四連装魚雷発射管、兵装の実地検証ですか、戦艦相手に」

「えっ、気が付いてなかったの、まさかブッキーも?」

無線からの声は漣なんだけど、たぶん先任の方だと思う

「気が逸り過ぎました、反省です」

「そんな事はどうでも良い、私はあなたが私達の叢雲と同等の存在だなんて、納得いかない」

「だから、それじゃ只の八つ当たり、漣は手を貸したくない」

「五月雨もです」

「電は大和を入渠させないと、です」

先任の初期艦の過半数が演習の継続を諦めた、元からいた吹雪と電は未だ先任の吹雪と対峙中、どうしようか

「叢雲ちゃんも大和に着いて帰港して、分からず屋の先任はどうにかする」

吹雪からの提案だ、しかしどうなんだろう、漣が演習の終了宣言をしないのがどうにも引っ掛かる

「あら、せっかく見物しようとしたのになんの盛り上がりもないまま終わり?ガッカリだわ」

ムラムラだ、盛り上がりもなにも、って、そういう事か、分り難過ぎでしょ、こんなの艦娘だって察せれないよ、このレベルを新人に求められても、ねぇ

「それで、そちらの先任の吹雪は、私と演習しないと気が済まない訳ね」

「大破で我慢してあげる、やさしい先任に感謝する事」

「ちょっと、叢雲ちゃん?!」

「年寄りの冷や水って知ってる?」

「……ダメなのです、叢雲ちゃんがやる気になってしまいました」

「やれやれ、こうなるとは思ってはいたんだけどね、予想通り過ぎて呆れてしまいますな、まったく」

「ワザとらしく言い訳しなくていいわよ」

「おう、読まれていたとは、さすむら!」

いや、それはいいから

「覚悟は出来た?」

「あんたの都合なんて知ったことじゃない、私はあの新造艦を沈め損ねたから、八つ当たる相手を探してたのよ、良い所に出て来てくれたのがあんたってだけ」

「……大和は新造艦じゃ無いんだけど、ってか沈める気だったの!?」

「兵装の具合がね、もう少し習熟時間があれば出来たのに、惜しい事をしたわ」

「度胸だけは熟練だね、新入りの初期艦」

 

 

 



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20 血の気が多過ぎです

登場人物(艦娘)

先任の初期艦

吹雪:ブッキー、吹雪
叢雲:一期の鎮守府で睡眠中
漣:御姉様、大抵は漣
電:大抵は電、偶にプラズマ
五月雨:大抵は五月雨

演習組の初期艦

吹雪:大抵は吹雪、偶にブッキー
叢雲:ムラムラ、偶に叢雲
漣:ざみ、桃色兎、大抵は漣
電:いなずま、偶に電
五月雨:さみ、大抵は五月雨

研修に来た叢雲
叢雲の教導をする事になった大和


 

 

 

「まったく、血の気が多過ぎです」

「さっきまで電もそうだったんですよ、もう忘れてしまいましたか」

無線から呑気な会話が聞こえてくる、それとは真逆の敵意しかない眼を向けられている私としては相応に相手をせねばならないだろう

弾薬は殆どない、接近戦に持ち込めなければ一方的に撃ち込まれる、何処まで回避出来るか、どれだけ早く近付けるか

同型艦だからスペック的にはほぼ互角、単純に技量の差が勝敗を決める

待っていても仕方ない、打って出るか

「あっ、叢雲ちゃん!」

動いたのを見ていなずまが声を上げる、同時に吹雪から発砲炎

「分からず屋の先任はなんとかするって言ったでしょ」

援護のつもりなんだろうけど正直邪魔だった、正面の吹雪もこっちに発砲してるんだから砲撃音を被せないで欲しい

「叢雲ちゃんは弾薬使い切ってるんでしょ、援護しないと!」

「「邪魔!!」」

「えっ、」

「えっと……」

先任の吹雪と私の怒号に吹雪といなずまが戸惑って棒立ちしてる、そのまま引っ込んでいて欲しい

「邪魔だって、あんた達もゆっくり見物したら良いんじゃない」

ムラムラにいわれて渋々といった風に距離を取り始めた二人、障害物は消えた、後は、私の正面に立ち塞がる愚か者を沈める!

「ウチの吹雪は兎も角なんであの新入りの叢雲ちゃんはあんなにヤる気一杯なのですか」

こいつら演習中に雑談を無線に乗せんな、大和との演習中にも感じてたけど、この演習の目的って技量向上とかそういうものじゃないのかも知れない

相手をしている吹雪だって技量と砲撃の精度と密度が合ってない、大破で我慢してやるといってたからとも考えたが、それにしたってこの距離で直撃弾が無いのはおかしい

この状況で自身の回避で吹雪の砲撃を躱してる等という自惚れを持てる程、私は自信家ではない

「早く研修を終わらせて、司令官の所へ戻る、と」

「!……」

「へぇ、戻るんだ、司令官の元へ、ふーん」

無線に乗ってきた大和と電の会話を聞いた先任の吹雪が不愉快だとその感情を声に乗せて無線で届けてくれた、そういうのいらないんだけど

「!」

吹雪の砲撃精度とその密度が急上昇した、さすがに回避し切れず魚雷発射管に直撃、それが飛んでいった、打ち切って空だからどうということもないが

「ちょっと吹雪!なに本気出してんの!叢雲ちゃん沈める気!!」

それを見ていた漣が無線で叫んできた

なんだそれは、つまり遊ばれていたと、そういうことか、ヘェ~~~

「艤装及び兵装の準備は出来てます、出ましょうか、あの二人止めないと」

ん、さっきのは先任の漣か、五月雨も出てくる様だし、さっさとケリを着ける!

「はい、そこまでー」

無線からムラムラの声と同時に三方向から上がる照明弾、え、なに、なんだっけ照明弾?

「おっと、無情にも演習終了時間が来てしまいました、折角これから盛り上がりを見せるか、ってとこでしたが残念です、時間切れとあっては仕方ない、ほらほらさっさと演習場を開けて、使用予定が詰まってんだから延長なんか出来ないんだよ、ハリー、ハリー!!」

昼戦の時に実況と称していたモノが聞こえた

 

結局演習海域に出て来た先任の漣と五月雨に私達は連行される様に帰港した

「この不完全燃焼のモヤモヤはどうしたら良いのよ……」

思わずボヤいてしまった

「それについては同感、後二分あればこうはならなかったのに」

隣りに居たブッキーが応えてきた

「二分?あの距離なら一分でケリがつけられたわ、あんたホントに先任なの?」

あ、ムッとしてる、なんか気に障った様だ

「はいはい、積もる話は場所を変えてからにしてねー、ここも空けなきゃいけないんだから、さみちゃん、お二人様ご案内よろしくー」

はーい、と五月雨の柔らかい声、ムラムラ達は飛んでいった魚雷発射管を回収に向かった、演習海域に登場した二人は何処に行ったんだろ、大和入渠補助かな、電一人では無理があるし

それに私達の艤装と兵装も預かっていった事だしね

 

五月雨に案内されて来た先はちょっとしたゲストルームになっていた

いつの間に室内を整えたのか、と思って逆な事に気がついた

元々演習の後に話す場が設定されていたんだ、大和は知らされていなかった様だけど

座って待っていてくださいね、と私から見てもお持ち帰りして良いですかと聞きたくなる仕草でそう言い残し、五月雨は他の出席者を呼びに行った

「言っとくけど、二分必要なのは大破で済ませようとしたからだからね、変な勘違いしないで」

お、なんだ、根に持たれたか、吹雪って根に持つタイプだったっけ

「砲撃に拘るからでしょ、接近戦に持ち込めば良かったのよ」

「……私、接近戦苦手だもん、ってなによ!」

いけない、思いっきり吹き出しそうになった、慌てて押さえ込んだがバレバレだ

肩で笑いを堪えつつ、だめだ、堪えきれない

「アッハハ、なにそれ、駆逐艦が接近戦苦手って、吹雪って特型のネームシップでしょ、笑わせないでよ」

いけない、笑いが止まらない

「お、楽しそうですな、ブッキーってば叢雲ちゃんともう仲良しさんですか、さすが一番艦、頼れる姉艦、さすふぶ!」

「ブッキーいうな」

吹雪はムスッとした顔を隠そうともせず言い放つ、漣に続いて演習に関わった面子が入って来た

自然と演習組と先任組に別れる、何故か先任組になっている私、まあ吹雪の隣に座ってたからだろう、それに連れて来られただけで事情が飲み込めない様子の大和

「さて、堅苦しいことは何にもない席を設けました、いるのは気心知れた艦娘だけですし、日頃言えない事をぶっちゃけましょー!!」

突然なにを言いだすんだ、この桃色兎は

「いや、それも良いんだけど、先ずは叢雲ちゃんにお話を聞かないと」

演習組の吹雪が演習組の漣(桃色兎)に待ったをかける

「そうなのです、叢雲ちゃんには聞きたい事が一杯あるのです」

先任の電だ

「叢雲さんの事情なら私からお話ししますが?」

大和は私への助け船のつもりなんだろうが、逆効果だよね、この場合

「初期艦の事情に嘴突っ込むな、です」

先任の電に思いっきり睨まれたらしい新造艦はかわいそうなくらいその大きな身体をちいさくしていた、なるほどプラズマ、ね

「なにを聞きたいの、えっと、この同型同名艦がいる場合はどう呼べば良いのかしら」

「好きに呼んでいいよ、間違えた所で害はないし、話す切っ掛けにもなるし、ここで先任だの後任だのを言い出したらキリがないからね」

桃色兎だ

「……あんた、演習中にも無くなる勢いで食べてたんじゃないの」

この桃色兎のお気楽さはちょっと羨ましい、だから少しだけトゲを付けた

「いいじゃないですか、一杯作って来たんですよ、叢雲ちゃんもどうぞ」

先任の五月雨が焼き菓子を勧めてきた、どうやらこの程度のトゲなど誰も気にも留めない様だ

「……ありがとう」

「鎮守府にいた時はどうしてたの」

ムラムラだ、こいつも桃色兎並みに食べてるんだが、気にしてもしょうがない

「鎮守府では、って言われても、あそこ同型同名艦は私だけだったし、私お客さんだったし、どうもなにもなかったわよ」

「?お客さんってどういう事」

今度はブッキーか

「滞在許可が出てるだけの未所属艦、鎮守府の内情には関わらせてもらえなかったって事」

なんで、一斉にこっちを見る、そんなに変な事言ったかな

「初期艦やってたんじゃないの?!」

ブッキーうるさい

「あの司令官ってば意地っ張りにも程があるでしょ、まったく」

おい、漣、なんだそのヤレヤレ感は

「あの司令官さんらしいですね」

「そうですね、叢雲が目覚めないって聞いた時には直ぐに解体して初期艦を要求してくると思いましたが、保護しましたからね、あの司令官さん」

「初期艦抜きで鎮守府運営とか、正気の沙汰じゃないわよね実際」

ツイン五月雨にムラムラが言いたい放題なんだけど

「その辺りはわからないんだけれど、そんなに、なの」

正気の沙汰じゃないとか言われたら気になるからムラムラに聞いてみる

「そうね、例えるなら海の上を走れるからって兵装も持たずにあいつらの大群に突っ込んで行くくらいには無謀だわ」

大群に突っ込ん行く時点で無謀なのでは、という突っ込みはしない方がいいのかな

「鎮守府運営は問題しかないのです、今の所試行錯誤を繰り返して最善を見つけている最中なのですから」

電からだ、ええと、つまり、大群に突っ込んで行くのは既定路線って事かな

「今の鎮守府運営に求められているのは凡ゆる分野での試行錯誤と検証です、なにしろ、私達艦娘という存在が人にとっては不可思議なものなのですから」

何でもない様にいう先任の五月雨

「司令官は艦娘の運用と妖精さんとの意思疎通を如何に正確に効率良く迅速に行えるかを問われています」

続けて演習組の五月雨

「その助けとなるのが、初期艦、あの司令官はその助けを放棄してまで私達の叢雲を保護した、なのに、なんで今頃になって、あんたなんかを初期艦に迎えようとしてるのよ!」

ブッキーになんかって言われてんだけど、コレ怒っていいトコだよね

「ブッキーってば八つ当たりは美しくないぞー、いくら叢雲と仲良しだったからって司令官の判断とこっちの叢雲ちゃんに失礼だと、漣は思うワケですよ」

桃色兎はお気楽なのに先任の漣はそれ程でもないのかな、ここまでの言い様を聞いてると

「司令官の判断は尊重します、けれど、私達は最初の初期艦なのです、人との関わりも長いのです、それをドロップ直後の初期艦と同列に並べられるのは経験の否定になるのです」

「?経験の否定って」

電の主張が今一わからないから聞いてみる

「艦娘は資材さえあれば無限に建造出来ます、同型同名艦も大型艦も資材が無限にあるのなら幾らでも建造出来るのです、でもそうなった時、私達は、艦娘は使い捨てにされます」

「飛躍し過ぎじゃない?いや、理屈はわかるけど、大量生産大量消費って事でしょ、人の経済活動の基本的な行為の一つだっけ」

電の主張はやっぱり分からない

「それを皮肉ると塵を作って塵に埋まる大衆と上澄みを掬って埋もれなかった一部にわけられる、とかになるんだったっけかな」

桃色兎が茶々をいれてきた、この際置いておこう、食べるのに忙しそうだし

「その一部になれなくなるって事?」

「それはあり得ないのです、その理屈で言うなら艦娘は生産物なのですから、消費されるだけになってしまいます」

「だから、使い捨て?」

「今はそれでもなんとかなります、でもこの先はそんな事をしている余裕も猶予も無くなるのです」

なに、この先って、電の主張は何処を向いているんだろ

「人には艦娘の運用を習得してもらわねばなりません、でなければやつらを押し返す事すら出来なくなってしまうのです」

なにをいってるんだ、話が飛び過ぎてないか

「叢雲ちゃんはドロップしてから二週間ぐらいだったかな」

「え、ええ、そうだけど」

私の困惑を見て取ったのか先任の五月雨が話を引き取りに来た

「じゃあまだ、知らない事が一杯だね、研修で一杯お勉強しないと、だよ」

なぜ、今それが出てくる

「そこは私にお任せください、完璧に履修させて見せます」

おい、新造艦、桃色兎とお菓子を取り合いながらそんなこと言っても真実味がないぞ

「まあ、あれよ、電の言いたい事は、人というか司令官には艦娘の付加価値ってのを理解してもらわないと私達は無駄に消費されるだけになりかねないって事よ」

ムラムラがなんかいってきた

「付加価値?」

「そう、電は経験って言ったけど、そこを理解出来ない人は新造艦も初期艦も一括りだからね、まして技量差なんて分かりっこない」

呆れ半分な感じのムラムラ

「その話と、私が司令官の所に戻る話は繋がるのかしら」

お、なんだ、一斉に静まったぞ、変なこと言ったつもりはないんだけど

「司令官の中でもあの鎮守府の司令官はその事を一番理解している、というのが私達の彼に対する評価です」

先任の五月雨はそう言うが、それがなんだというのか、話が見えてこない

「今回、貴方を初期艦にと要望した事でこの評価が揺れています」

「それって、私が司令官の評価を落としてるって事かしら」

「そうとも言えますし、そうでは無いとも言えます」

五月雨ってばどっちなのよ、ハッキリしなさいよ

「漣としては、評価を上げてもいいと思うけど」

おお、ブッキーが凄い目で漣を睨んでる

「ブッキーってば、カッカしなさんな、さっき叢雲ちゃんの艤装を整備するのに工廠に持っていったんだけどさ、あの子達が居たんだよね」

「あの子達?」

不思議そうに首を傾げる電、仕草だけ見てるとプラズマとは結び付かない

「叢雲の妖精さん、叢雲ちゃんに着いてるんだよ」

漣が言った瞬間ブッキーが私に腕を伸ばしてきた、が私に届く前に五月雨が止めた

「五月雨……」

「ダメです」

なに、なんなの、いきなりの状況変化について行けない

「吹雪、落ち着くのです」

なんだ、この、なに、司令官の所の長門でも逃げ出しそうな空気は、そこの新造艦は怯えて震えてるし、それを創り出してるのがこの初期艦、プラズマ、いや違った、電!

「電は見ていませんが、本当なのです?」

「こんな嘘ついてどうするの、艤装を見ればわかる事なんだし」

「……そうなのですか」

そういうと両手で持ったコップを口元に持っていく、仕草だけならとても可愛らしいのだけれど

「吹雪、落ち着いて考えて、叢雲の妖精さんが叢雲ちゃんの艤装にいた、どういう事か分かるでしょ」

「わからないよ、そんな事あるはずないよ……」

吹雪が五月雨の胸で泣いている様だ、この吹雪余程先任の叢雲と仲が良かったのか、というか人の頭の上でなにやってる

「あのー、妖精さんが他の艦娘に移る事ってあるんですか?」

あ、この新造艦さっきまで震えてたのに立ち直りが早い、挙句に天然だ

「ありますよ、実例の報告は少ないようですけど」

天然には天然という事か、大和に答えている演習組の五月雨

「私は聞いた事ないです」

「まあ、大本営では条件が揃わないでしょうから」

「条件?」

「そうですね、人に例えると寿命、でしょうか」

ああ、寿命ね、そう言われるとそんな感じだ

「えっ、艦娘の寿命ってそんなに短かったでしたっけ」

「おーい、そこの大戦艦、少しでいいからそっちで弔ってるのに気を使ってくれや」

あんまりな天然振りに桃色兎が釘を刺しに来た、それで漸く事態に気付いた新造艦が口を閉じた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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21 落ち着きましたか

登場人物(艦娘)

先任の初期艦

吹雪:ブッキー、吹雪
叢雲:一期の鎮守府で睡眠中
漣:御姉様、大抵は漣
電:大抵は電、偶にプラズマ
五月雨:大抵は五月雨

演習組の初期艦

吹雪:大抵は吹雪、偶にブッキー
叢雲:ムラムラ、偶に叢雲
漣:ざみ、桃色兎、大抵は漣
電:いなずま、偶に電
五月雨:さみ、大抵は五月雨

研修に来た叢雲
叢雲の教導をする事になった大和


 

 

 

「落ち着きましたか」

「少し……」

だから、人の頭の上でなにやってる、いい加減にしないとミミノアーレで邪魔するぞ

「私達の叢雲は、沈むのが分かっていたのですね」

「ええ、だから、乗員である妖精さんを退艦させた」

「それに妖精さんが従ったという事は、その事態は回避不能だったという事」

先任の電、五月雨、漣が状況を確認してる、私って退避先なの?

「という事は、あそこの鎮守府が初期艦を拾いまくってたのは……」

「おそらく、呼んでいたのでしょう、救援艦を」

ブッキーの問い掛けに五月雨が応えてる

「漣には、まったく聞こえませんでしたけどね」

相変わらずいい食いっぷりな桃色兎だこと、ってか食べ過ぎじゃない、大丈夫なの

「いなずまにも、聞こえませんでした、呼ばれていたのは新しくドロップする艦娘だけ、なのですか?」

「叢雲の状態から、呼びにいけるのは僅かな妖精さんだけと思われるのです、既に大本営にいる初期艦より行動の自由が効く新規のドロップ艦に的を絞ったのかも、全ては推論の域を出ない事なのですが」

いなずまに電が応じてる、そんな事、推測しなくてもここに当事者が居るんだけど

「その辺りは長門が協力してたわよ」

だから、なんで、私がなにか言う度にコッチに注目するんだ

「協力って、どんな事なのです?」

電が驚きながらも聞いてきた

「長門が叢雲の妖精さんを少し乗せてるのよ、それで叢雲は状況を把握出来てた、私は長門達と合流してから、長門に乗ってる叢雲の妖精さんから色々話を聞いたし、頼まれごとも引き受けたわ」

なんで、そんなにお目々真ん丸にしてんのよ、そんなに驚く事なのコレ

「ちょっと、まって、ええ、なにそれ!?」

真っ先に素っ頓狂な声を上げたのはムラムラだ

「長門って、戦艦でしょ、なんで駆逐艦の妖精さんを乗せてるのよ、ってか出来るのそれ!?」

ムラムラうるさい

「ちょっと聞いた事ないですね、艦種の違う妖精さんの移乗は、出来ないとは言いませんが、極めてを付けなければならない程困難なはず」

「乗せるだけなら難しくないでしょ」

なにやら折角の可愛い顔を顰めてしまった先任の五月雨に軽くいってみる

「乗せるだけって、それこそ至難なはずですよ、妖精さんはああ見えて縄張り意識というか持ち場主義というか、役割を持てない所へは行きたがりませんし」

演習組の五月雨だ、こちらも難しい顔になってしまっている

「だから、その役割があったって事でしょ」

なんで皆んな揃って、ああなるほど、って顔になってんのよ、ブッキーなんか膝まで叩いてるし

「でも、長門がよく承諾しましたね、駆逐艦の妖精さんを乗せるなんて」

先任の五月雨が感心した様にいう

「?そう、特になにもなかったけど、普通に乗せてたし」

「ながもん、なのです」

「ながもん?」×10

「聞いたことがあるのです、長門は無類の駆逐艦好きだと」

なんで嫌そうに言うんだ先任の電は、司令官の話では長門は駆逐艦の相手をしている時が一番楽しそうだといっていたし、あの鎮守府の駆逐艦達も楽しそうだった

なにが嫌なんだろ

「駆逐艦の妖精さんを乗せて喜んでる変質戦艦なのです」

「エッ、それって、まさか、今の話が歪んで伝わってるの、もしかして……」

思いもしなかった、そんな事態になっていたなんて

「おそらく、そうだと思うのです、長門も大変なのですよ、これから」

なに、電のその同情と憐れみの意味する所は

「叢雲ってば最後にでっかい風評被害をばら撒いていったってワケだ、しかも相手があの長門、やりますねぇ」

なにを感心してるんだ漣は

「はは、叢雲ってばこんな置き土産を残していくなんて、これってずっと残るよね」

ココ笑う所か?ブッキーよ

「間違いなく残りますね、長門さんも無くそうとはしないでしょうし」

その同意と予測はどう解釈すればいいんだ五月雨

「そう言う意味では物凄く懐の深い戦艦だよね、長門は、建造艦でもああいう頼れる戦艦が出てきてくれたのはいい事だ、五月雨の手作りお菓子、もう無いのー」

おい、食い切ったのかあれだけあったのに、というか長門を褒めてたと思ったらお菓子の催促って、桃色兎ってば長門をなんだと思ってるんだ

「それで、叢雲ちゃんは妖精さんを引き受けたワケだ、ありがとね、引き受けてくれて、後は司令官が解体してくれれば私達の叢雲は思い通りに事が運んで言うことなしって所ですかな」

先任の漣が言ってきた

「え、違うわよ」

だから、なんで私がなにか言う度に皆んなで同じ様な顔をするのさ

「違うって、妖精さんを移譲して、まだ、何かやるつもりなんですか」

先任の五月雨が驚いてる、そんなに驚く事なのかな

「私が先任の叢雲に頼まれたのは存在を継いで欲しいって事、その為に自身を改修に使って欲しいとも言われてる、司令官には全部伝えたし承諾ももらってる」

なんだ、この沈黙は

「改修?叢雲ちゃんを、叢雲で?」

「そう、それで技量も継げるって言ってた、余程時間が惜しいみたい」

「いけません」

お、なんだ突然、この新造艦は異論があるのか

「改修で技量を受け継ぐことは出来ません、それに叢雲さんはその技量を習得する為に大本営に研修に来られたのではありませんか、先任の叢雲さんの技量が如何程のものかは存じませんが、この大和、その受け継ぐ技量とやらを超える技量を叢雲さんに習得させて見せましょう」

言ってる事が滅茶苦茶なんだけど、大丈夫か、この子

「技量が理由なら、その改修には賛成出来ないかな、漣は」

「?なぜ」

「やまちゃんが言ってる通り改修で技量が継げるってのが眉唾過ぎる、初期艦の最低限の技量は研修で十分だし、何よりあの司令官なら初期艦にそれ程ハイレベルな事を望む必要が無いんだよ」

「?」

意味が掴めないんだけど

「あれ、聞いてない?あそこの司令官は提督だよ、現実的に初期艦不在でも鎮守府を運営出来るんだ、そんな司令官の元で叢雲ちゃんが叢雲の技量を継ぐ必要性はどの辺りにあると思う?」

「?提督、必要性?」

思うって、聞かれても、そういえばなんの技量なんだろ、それに提督って司令官の別称じゃないの、他に意味があるのか、長門は司令官をそう呼んでたけど

「提督というのは通称といいますか、司令官は公式な役職ですが、提督は私達艦娘の中で妖精さんとお話し出来る個体を初期艦と呼ぶように、司令官の中でも妖精さんとお話し出来る方を提督と呼んでいます」

「現状で司令官に求められているのは鎮守府の運営ノウハウの蓄積です、その為に試行錯誤と検証が必要なのです、初期艦に求められている技量はこの部分に集約されます」

先任の五月雨と電が解説してくれたんだけど、つまりどゆこと?

「叢雲ちゃんがそれ以上の事を聞いていないのであれば、叢雲が言っていたというその改修の目的は他にある、のかも知れません」

えっ、なにそれ聞いてない、五月雨ってば怖い事言わないでよ

「そんなに不安そうにする事ないでしょ、個体は違っても叢雲よ、卑怯とは無縁な事だけは確実なんだから」

ムラムラがいってくる、そんなに不安な顔をしてたか、私

「そうですね、あの叢雲ですし」

「叢雲なのです」

「まったく、叢雲は」

「叢雲ってば、最後まで格好付けなんだから」

なに、先任の四人がなんか納得顔してんだけど、なんなの

「あー、もしかしてアレです、惚気ってヤツです?」

は、ノロケ、惚気ってなにが

「長門さんはあの司令官さんについて行く事を決めたと聞きました、叢雲さんもそうなのですね」

このお茶会中大人しかったいなずまがポツリの呟くように零した

「うわっ、なんかすごい事聞いちゃたような感じなんだけど」

いたのか吹雪、あんまりに静かだから忘れてたよ、ブッキーが煩かったし

ってか、なんで顔を赤くしてんだ

「どうしたの漣、難しい顔して、食べ過ぎてお腹痛くしたの?」

ムラムラの声につられて見れば確かに何時に無く難しい顔の漣

「この漣が食べ過ぎたぐらいで難しい顔をするとな、失敬な!」

いや、しらんがな

「やまちゃん、叢雲ちゃんの研修って通常通りの六ヶ月コースだっけ」

「その予定ですが、なにか」

「うし、ざみちゃん明日から手を貸して」

「ほにゃ、なんですか御姉様」

こいつ、いま寝てなかったか、ってか御姉様ってその呼び方はなんとかならんのか

「ちょっと妖精さんを焚き付けなきゃならなくなった」

「ほほぅ、面白そうですな、どれくらい煽ります?目一杯いっときます?」

「えっ、先任の皆さんは大本営に留まられるのですか?」

いなずまが聞いてる、そう言えば先任の初期艦はなんで揃ってるんだろ

「あれ、話が通ってないのかな、私達は鎮守府から撤収命令がでて大本営に召集されたんだよ」

なにそれ、初期艦に撤収命令?大本営に召集?なにが起こってるんだ

「演習場の準備中に来た話ですから三人は聞いてないですね」

演習組の五月雨だ

「準備中に、先任達と合流してあの演出になったと、趣味悪いわよ」

おや、ムラムラが不愉快そうだ

「いや、アレは即興でああなっただけで、演出したワケではないんですよ、ホントですよ」

なんか桃色兎が言い訳してる

「いなずまが探照灯点けなかったら、私も参戦してたんだけど、その方が良かったのかしら」

「だそうですよブッキー、いなずまちゃんに感謝ですね」

「ブッキーいうな、そうなってたら、四対一か、良い勝負ができたかも知れないね」

あ、なんか空気が、変わったんだけど

「へぇ~、いい勝負、ふーん……先任だからって見下してると沈めるわよ」

おい、ムラムラなに啖呵切ってる、それ私の台詞だし、って同名艦か

「生きのよさだけは一人前、それだけじゃ勝負にならないよ、叢雲ちゃん」

ブッキーが喧嘩買ってるんだけど、放置でいいのかなって、そうもいかないか

「じゃあ、近接戦でやろう、それなら五分でケリが着く」

「ちょ、叢雲ちゃん!?」

「いいわね、それ、先任風吹かしたからには、逃げたりしないでしょうね」

あ、ムラムラ大マジだ

「あー、言わんこっちゃない、だから先任だの後任だの言い出したらキリがないっていってるのに、なんで蒸し返すかなブッキーは」

「学習能力が、ブッキーだからなのです」

「同感です、だからブッキーなんですよ」

「ちょ、ヒドイってか援護なし?!」

「漣は援護の必要を感じません」

「電、以下同文」

「五月雨、以下略」

「よし、決まりね、大和、格技場の使用許可よろしく、先に行って待ってるわ」

「か、格技場!?」

「あんたも来るでしょ」

ムラムラが私を誘って来た、断る理由はない

「では、先任とやらのなんたるかを教えてもらいましょうか」

隣のブッキーを掴んで立ち、ムラムラの後に続く

チラッと後ろを見ると残った皆がにこやかに手を振っていた

 

 

 

 



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22-a 四人の退出を見送ってから皆の方に向き直る

 

 

 

四人の退出を見送ってから皆の方に向き直る

「さて、ブッキーが誘導してくれたお陰でダブル叢雲ちゃんが退席しましたが、ここからは漣が叢雲の妖精さんから聞いた話の続きをしましょうか」

「えっ、叢雲ちゃんに聞かれるといけない話なんですか」

そんなに不安そうな顔をしてくれるなよ吹雪ちゃん、あたしだって言いたかないんだから

「叢雲が目を覚まさなかった原因が分かったのですか」

電がお茶を飲む合間に聞いてくる

「ま、そんな所です、叢雲ってば自分が動けないからって妖精さんをだいぶ酷使してたみたいだよ、お陰で退艦命令が陸の上でもアッサリ通る運びになりましたとさ」

「……あんまりに酷使し過ぎて妖精さんが逃げ出した、そういう事ですか」

なんでもない風に言いつつカップを口にする五月雨、この子時々冷静を通り越して来るんだよね

「それであの鎮守府に拾われた初期艦達が驚いちゃって逃げ出したもんだから事態が長期化したんだよ」

「となると、あの叢雲ちゃんは相当性根が据わっているのですか?」

そういう事になるんだろうけど、電はもう少し言葉を選べないのか

「それは今ブッキーが確認中、漣の話は原因の方ね、で、確認するけど、修復中に眠るのは予定された工程、ここまでは良い」

列席者を見回して異論がない事を待ってから続ける

「修復が終われば自然に目を覚ますのが予定された工程なんだけど、叢雲の場合この工程まで来ていないんだ、妖精さんの話によると」

「?そこに割り込むような工程がなにかありましたか、覚えがないのですが、電は修復自体は終了していた、と聞いていますが」

両手でコップを持ちながら電が先を促してくる

「割り込んだというか、分岐したみたいだね、実際の所は現地での検証待ちになるだろうけど」

「?分岐、そんな工程ありましたっけ」

五月雨の首を傾げる仕草がカワイイ、って見惚れてる場合では無い

「あ、五月雨ってば忘れてる、最初の鎮守府、つまり今大本営になってるここを設立した時は状況がどう転ぶか読めなさ過ぎたから、色々仕掛けを作ったでしょ、増設した鎮守府はそれをそのまま模倣して設立してるから仕掛けも丸ごと移設されてる上にその仕掛けが機能する事がハッキリした」

「えっと、そのお話しいなずま達も聞いていて良いのですか?」

なにを言い出す、あんたも初期艦だ、聞きたくないは通さないよ

「いなずま、その質問の意図は何処にあるのですか」

おっと、プラズマ登場か

「特に意図はないかなー、単に知らなくても良い話では無いという確認って所」

助け舟を出すとか、ざみちゃんも結構世話焼きだよね

「……そうなのですか」

黙って頷くいなずま、まあ、コレを追及しても良い事ないしここは流そう

「仕掛け、ですか、いっぱいあり過ぎてどれの事か分かりません」

五月雨も話を戻すし、良いけどさ

「叢雲が入ってた入渠場のカウンターがオールナインになってた、これは聞いてるかな」

「ええ、きいています、ですがあのカウンターは時刻と連動しているわけではないです、只の目安に過ぎません、時刻とは誤差といえる範囲ではありますが、前後するのは仕様の内では」

五月雨の指摘が正に原因の特定を遅らせた主因だ

「だから誰も気にしなかった、私達でさえ、そこを追及する必要を感じなかった、けど叢雲は違った、そこを追及したんだよ、それに酷使されてた叢雲の妖精さんに話を聞いている内に、仕掛けの事が思い当たったし、妖精さんはそこを指摘して来た」

「えっ、でもあの時は司令官から協力要請があって大本営にいる初期艦も調査していますよね」

「その通り、よく覚えてるね吹雪ちゃん、ではその結果はどうだったかな」

「たしか、原因不明、と聞きましたけど」

「それもその通り、つまり、あの時調査に入った初期艦と妖精さんはこの仕掛けが分からなかったって事になる、あれは最初の初期艦でなければ見つけられなくなってしまっている、最初の鎮守府を作った妖精さんが着いている私達、最初の初期艦にしかわからなくなっているんですよ、困った事に」

「妖精さんの作った鎮守府に妖精さんの分からない仕掛けがあるのですか?」

「そういう事になるんだよ、いなずまちゃん、それで困ってるんだ、漣は」

「漣の話を真に受けるなら、あの仕掛けのトリガーを叢雲が引いた事になりますが、私達もトリガーを引く事になるのですか」

あら、プラズマが抜けきってないのかな、いなずまちゃんの話を端折るなんて

「再発の可能性はゼロではない、けど気にしてもしょうがないくらいには小さいね、妖精さんの話だと、叢雲は外でトリガーロックの解除キーを持たされて知らずに使った、というか眠ってる内に勝手に作用してしまったんだろうね、たぶんだけど」

「……こちらを探っているのでしょうか」

五月雨が聞いてくる

「可能性はある、ここで最初の初期艦が欠ければやつらに攻勢の糸口にされかねない、その意味でも叢雲は自身の存在を継ぐ初期艦をあんなに呼んでいたんだと思う」

「?話がわからないですけど……」

おっと、吹雪ちゃんから尤も過ぎる質問、今のは飛び過ぎた、いくら知っている事でもココに繋げてこれるのは私達、最初の初期艦ぐらいだろう

「わからない吹雪ちゃんの為に解説していきましょう、よろしいですかな、お三方」

 

 

 

 

 



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22-b 御礼に見学させてあげるわ

 

 

 

 

「ありがとう、御礼に見学させてあげるわ」

格技場に入るなり大上段から言い放つムラムラ、さすがにどうなのと思う

「そんなに時間はかからないと思うから少し待っててね、やまちゃん」

ブッキーもそれはどうなのさ

「御心配なく、叢雲さん、ここを使い終わった時に施錠して鍵を返却しなければなりませんし、終わるのを待ちますから」

いや、そう言う事ではないと思うんだが、いいのかコレ

「あんたは取り敢えず見学していなさい、私はそこのブッキーに床の味を教えてやるから」

「生きがいいだけでは駄目だって言ってるのに、それより新入りさんは五分でケリが着くって言ってたけど、ムラムラにできるの?」

見た目好戦的になってるムラムラとヤレヤレ的な感じのブッキー、ここは大人しく見物……見学させてもらおう、大和なんかサッサと壁際に行ってるし

「五分?ここに入ってからの時間かしら、なら後四分ね」

「はー、わかった、始めようか、やまちゃん悪いけど開始の合図を頂戴」

「わかりました、では、始め!」

おい、ノータイムで宣言って、でも二人とも始動した

艤装無しの身体能力だけの近接戦、ムラムラの足癖が悪い事だけはよく分かった

それに対してブッキーはよく動く、手と足の長さ的に防戦してる様に見えるけど、向かってくる脚では無く、上体の急所を狙ってると思う

ブッキー的に足払いってのは駄目なんだろうか、私ならそれで転ばすか、足を引っ込めた隙に攻勢に出る様な組み立てになるんだけど

「二分経過」

唐突に時間宣告をし始める大和、もしかして意趣返しってヤツかな、ショボいけど

「二分経ったってさ、叢雲ちゃん」

「その台詞は二分後に立っていられたら聞いてあげるわ」

見た限りではムラムラの息が上がって来てる、ブッキーはアレだけ動いていながら普通だ

勝負あったかな

「コラッ、そこの新人!同名艦の勝利を疑うんじゃない!!」

おおう、怒鳴られた、そんなに分かりやすく顔に出たか、そんなつもりは無かったんだが

「大丈夫ですよ、ああやって自分に気合入れてるんです、叢雲さんは」

大和がどういうつもりか定かでは無いが解説をしてくれた

「あ、」

ブッキーのかなりいい突きがムラムラを捕らえた、足技だけでブッキーを抑えきれなかったムラムラがいい感じに飛んだ

「三分経過、終了しますか?」

大和ってば、もう少しなんとか、なんとかする理由もないか、大戦艦からすれば駆逐同士の戯れ合いにしか見えないんだろうし

「あー、そうね、終了だわ、もうちょっとどうにかなると思ったんだけどなー」

飛んだムラムラが転がりながらも取った受け身の体勢のまま終了に同意、ブッキーなんて転がるムラムラに構う事なく大和の隣に座ってくるし、あんたらどういう関係なのさ

「さて、次はあなただよ、新人さん」

大和越しにこちらを見てくる

「大和、経過時間は読み上げなくていいわよ」

「あれ、五分でケリが着くんじゃないの」

だから、その安っぽい挑発はなんなの、そんなのに乗せられる御馬鹿さんがいるワケない、と思ったけど居たわ、しかも同名艦だ、目の前にいるコイツの所為でこんな安っぽい挑発されてるのか、私は

「?」

こちらに歩いて来つつ私の視線に不思議そうな顔を見せるムラムラ

「そんなにかからないわ、言ったでしょ、八つ当たり相手を探してたって」

「それはお互い様だと思うけど、そういう事ならそうしましょうか」

私への低評価の根拠がこのムラムラだと確信した、ブッキーにはこの評価が不当であることを分からせなきゃならない、ここは手加減無用な場面だ

「両者立会い位置へ、では、始め!」

思いっ切り踏み込んでブッキーの鳩尾を突く、が当然ガードされた

「新人さん?いきなりこういう本気突きってどういうつもり?」

「八つ当たりって言ったでしょ、まさか特型のネームシップは八つ当たりの意味を理解出来ない程御馬鹿さんなの?」

「ヘェ〜、そうなんだ、そういう事言っちゃうんだ」

おお、ブッキーもやればいい顔できるじゃん、ちょっと嬉しい

「……あの子どうしたの?」

「八つ当たりだそうですよ」

「演習場でもそんな事言ってたけど」

「言ってましたね」

「まあ、いいけどね」

距離を取りつつ足技が飛んでくる、ブッキーもムラムラ並みに足癖が悪い

今のでミミノアーレが片方飛んで行ったよ、壁に叩きつけられてたけど壊れてないでしょうね

「変なもん蹴らせるな、足が痛いじゃないか!」

「酷い言い掛かり!勝手に蹴ったんでしょ!!」

言いつつ足技の距離から手技の距離へ移行、ブッキーは突きを警戒してる、ならこうだ!

「え」

ブッキーが間抜け声を出した時には宙に舞っていた、こうも上手い具合に投げ技に掛かってくれるとは思ってなかった

ダン!

かなりいい音が格技場に響いた

何が起こったのか分かっていないのか、ブッキーが目をパチパチさせてる、それを上から見下ろしながら聞いてみる

「続ける?」

「終了です、叢雲さんの勝利です」

大和が言ってきた

「だそうだけど、異論は?」

「……残念ながら」

「二分かからなかったわ、口先だけの新人さんでは無いって事ね、ブッキーの意見は?」

何の話だ、ブッキーを起こしながらムラムラを見る

「あそこで投げてくるとは予想しなかった、ってか投げ技なんて何処で覚えたの、叢雲ちゃんてドロップしたばかりだよね」

「二週間程鎮守府にいたけど、なにかしてた訳じゃないからその認識で合ってると思う」

「……成る程、大和、格技場の使用時間はまだある?」

「あります」

「よし、叢雲ちゃん、今度は私とだ」

なにムラムラと試合?

「その前にあれを回収しないと」

「アレ?」

ブッキーに蹴飛ばされて飛んで行ったミミノアーレを拾う、定位置に着けて見るも、安定しない

「あー、不具合起こしてるね」

同名艦のムラムラがそう言うのならそうなんだろう、けど困ったな

「ちょっとフラフラする感じとかある?」

言われてみればそんな感じがある

「そこの床に引かれてる線に沿ってこっちまで歩いてみて」

取り敢えず言われた通りにして見る、あ、ダメだコレ、真っ直ぐ歩けないし目眩がする

「え、なにそんなに重傷なの」

ブッキーが心配そうに聞いてくる

「重傷っていうか、新人さんだからね、まだ色々慣れてないのよ」

どうにか三人のいる所に辿り着いた

「しょうがない、今だけ貸してあげる」

言いつつムラムラが自分のと私のを両方とも交換した、途端に色々治った、ナニコレ

「症状は軽減された筈よ、八つ当たりの続きは出来るわね」

なんだムラムラはそんなに私と試合がしたいのか、あれちょっと待って

「ムラムラは大丈夫なの、それで」

「……あんたにムラムラっていわれるとイラッと来るわね、もっといい呼び方があるでしょ」

「例えば?」

「そんなの自分で考えなさいよ」

フンッとばかりにソッポを向くんだが、どうしろと

「叢雲さん、アレですよ」

助け船かと大和の言葉を待って見る

「漣さんが使っているではありませんか」

「?御姉様ってやつ、えっ、私にもそうしろと?!」

クックックと声を殺した笑いが聞こえた、声の主はブッキーだ

「叢雲ちゃんってば、そんな、そんな事、ダメだ、ゴメン」

言い終わるなり堰を切った様に爆笑し出したブッキーに呆気に取られた

「そ、そんな事言ってないでしょ!適当な事いわないでくれる?!」

ムラムラってば耳まで真っ赤っか、図星だったか

「大丈夫みたいだね」

「なにが!」

おーい、帰ってきてくれ話が進まない

「ミミノアーレ」

「?ああ、コレ、もう慣れっこだからね、コレは直ぐに壊れるのに着いてる妖精さんだと直せないって厄介なヤツでね、無くても済む様になってしまったわ、いつの間にかにね」

「直せない?」

「そ、艤装や兵装なら少しぐらいの不具合はなんとかしてくれるんだけど、コレだけはどういう訳か工廠の妖精さんでないと直せないのよ、まさかコレの為だけに入渠ってワケにもいかないし、慣れるしかないわ」

「それって結局なんなの、そういう艤装?を持ってる艦娘って少ないけど」

お、ブッキーも帰ってきた

「艤装の範疇なのか私にもわからないんだけど、まあ、猫の髭みたいなものかな」

「髭?耳じゃないの」

あ、ムラムラがブッキーをアホの子を見る目で見てる

「見た目じゃなくて、私は機能面の話をしてるつもりなんだけど」

「機能面?」

そう言えば何の気なしに交換したけど、妖精さんの反応が無かった、艤装なら妖精さんが扱うのだから無反応はあり得ない、どういう事なの

「妖精さんが何もしないでょ、コレ」

頷いて肯定する

「だから艤装なのかっていうと、わからないになってしまうのよね」

「今交換したのに、普通に動かせるし、違和感とかもない、あれ、本当にどうなってるのコレ」

「叢雲ちゃんの耳が動いてる、カワイイ!」

ブッキーそれは私の耳ではない、ついに頭も逝かれたか

「あそこの残念な一番艦は放置として、試合、八つ当たりだっけ、まあどっちでも良いからやろう」

「ムラムラはそんなに私と試合たいワケ」

「取り敢えずそのムラムラってのを変えてもらいたいね」

「仕方ない」

「やまちゃん、悪いんだけど開始の合図をお願い」

ブッキーに頼まれた大和は相変わらず笑顔を見せている、貼り付けてると言った方がいいのかな

「始め!」

いきなり距離を取って来るとか慎重過ぎじゃないの、そこからどうするのか暫く様子を見たけどそれが時間の無駄だと分かったから、此方から仕掛ける

足癖が悪いだけあって逃げ回られると捕まえにくい、捕まえるだけなら出来るんだけど後が続けにくいから別の手を考えないと

「ムラムラ奥手過ぎだよ、叢雲ちゃんがどうやって手加減しようか考え込んじゃってる」

「確かに叢雲さんは積極性に欠けますね」

「……どっちも叢雲なんだけど」

「あら、確かに」

ブッキーと大和の大して面白くない漫才が聞こえた、それはそれとしてここは誘い受けで行くか

わざとらしく大袈裟に隙を見せる、これに飛び込んで来るとは思わないが、少しでも逃げ足を鈍らせられれば十分だ

「スキありー!!」

はい?飛び込んで来るとか何を考えてる、というか遊ばれてるのかなこれは

飛び込んで来たムラムラの下に潜り込んでそのまま背中で押し上げる、痛っ、なんだ、変なとこから痛みだけが来たんだけど

「あれま、ムラムラまた飛んでるんだけど」

ブッキーの呑気な声は聞こえた

「終了しますか?」

ブッキー戦の時に聞いた台詞だから今回はムラムラに言ったのだろう声も聞こえた

 

 

 



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23-a 同意を見てからはなしを始める

 

 

 

五月雨、電の同意を見てからはなしを始める

「まず、仕掛けについてだけど、これは普段の通常運用状態なら機能しない様にロックされてるんだ、これを使うにはそのロックを解除する必要がある、この辺りは妖精さんならわかると思ってたんだけど、現実的に原因不明と回答してる以上分かるのはウチ等と、退席中のブッキーに着いてる妖精さんだけになる」

「あれ、叢雲ちゃんに着いてる妖精さんは?」

「良い質問だ吹雪ちゃん、そもそも叢雲ちゃんの艤装に着いてる妖精さんから話を聞いてるのに当の叢雲ちゃんを数えないのはなんでか、はい、五月雨よろしく」

素知らぬ顔してお茶してる五月雨にも働いてもらおう、漣一人で全部やる事ないんだし

「いきなり振ってきましたね、まあ、漣が買って出てくれる限り任せようと思っていましたが買い続けてはもらえない様ですし、仕方ないです」

こいつはカワイイ顔して結構良い根性してんだよね、その辺りを活用した処世術は漣にはとても真似できないが

「なにか」

「漣じゃなくて、吹雪ちゃんでしょ!?」

何故にこっちを見る、解説相手は漣じゃないぞ、迂闊な事を考えただけでこれだもの、カンの鋭さも半端ない

「叢雲ちゃんには確かに私達の叢雲が移譲した妖精さんが着いています、ですが艦娘と妖精さんは不可分な存在、叢雲ちゃんに着いてはいても本来の役割は果たせません」

「あっそうか、叢雲ちゃんにも妖精さんは着いてるんだから初めからいる妖精さんと役割が重なってしまうんですね」

よくできました吹雪ちゃん、人任せで啜る茶はおいしいねー、ってこっち見んな五月雨

「その通り、そして初めからいる妖精さんと叢雲ちゃんは不可分な存在、役割が重なれば移譲された妖精さんは退く事になります、そうなれば如何に初期艦と雖もその声を聞く事は出来ません」

「あの、聞いても良いですか」

あら、さっきのが効いてたりするのかな、気にしなくて良いのにいなずまちゃん

「いいですよ」

おっと、漣には向けてくれたことのない素晴らしい笑みを浮かべた五月雨、さっきのを気にしてるのがもう一人いたか

「聞いていて思ったのですが、改修で技量を継ぐというのは、妖精さんの立場を逆転させるという事なのですか?」

「逆転させても意味はないですよ、艦娘と妖精さんは不可分な存在なのですから、もしいなずまちゃんのいう様な立場の逆転が出来たとしても、それは同時に艦娘の立場も逆転するという事になりますから」

「いなずまのいう様な妖精さんだけを入れ替えるという事例は今の所ありません、でも、興味を引かれる発想なのです」

お、電も気にしてたのか、意外だ、ってこっち見んな

「理屈的には出来なくはなさそうなんですけどね、自身で試そうとは思いません」

ご尤もなご意見ありがとう五月雨

「入れ替えではないけど、抜き取ったらどうなるか、ってのは今妖精さんと色々試行してるよ」

その辺りは気になるんだよね、あたしとしては

「抜き取る?どういう事なのです」

意外にも電が感心を示してきた

「それは長くなるからまた今度、解説続けていくよ」

吹雪ちゃんやいなずまちゃんがもう少し突っ込んだ質疑をしてくるかと思って視線を向けてみたけど、特に異論はないようだ

「次に修復工程の分岐だけど、本来はロックされてるからこちらの分岐には入れないんだ、けど叢雲の時には何処かでロックの解除キーを持たされてたからその作用でこの分岐に入り込んでしまった、それを工廠の妖精さんが修復工程の不具合として処理作業に入ったものだから話がややこしくなった、まあ、何もしないわけにもいかなかったってのは分かるんだけどね」

「その処理作業がなかったらどうなっていたんですか」

いなずまちゃんは工廠の作業工程をあまり理解してないのかな、こういう質問が来るって事は

「んー、どうにもならないかな、作業量的な違いが出るのは工廠側の事務処理ぐらいだし、なにより叢雲が持たされたっていう解除キーだけではこの分岐に入れるだけで出られないんだ」

「修復工程が終わらない、のですか」

あー、何と無くウチ等以外には仕掛けが分からなくなってる事情が見え隠れしてる感じがしてきた

「いや、修復工程は終わるんだ、あの分岐はその後に続けて別の工程が始まる事になってる、だけどその工程を始めるにもロックを解除しなくちゃならない、叢雲が持たされたっていう解除キーはそこまでの作用はなかったんだ、それで工程が無くなったカウンターが停止したんだけど、空白の工程を進んでるんだよね、ロックされた工程で止まれば表面上は何事もなく終わってた筈なんだ、でも入渠場のカウンターはオールナインになってた、誤差ではなかったんだ、あのオールナインは、妖精さんはなんらかの工程が挟まれた可能性を言っていたけど、今となっては時間と共に消失して検証不能だってさ」

「その解除キーを持たされたっていう所、わからないですね」

「いい着眼点だよ、さみちゃん、でも、もっとわからないのがその解除キーを作ったのは誰なのかってね、アレは妖精さんにしか作れない、現状を当てはめればアレを作れる妖精さんは最初の初期艦に着いている妖精さんだけになるんだよ、理屈的にはだけど」

「?自分の妖精さんに持たされたって事ですか」

言いにくいことをあっさり言うね吹雪ちゃんは

「まあ、当時私達は別々の鎮守府にいた訳だし、単純に考えればそうなるんだけどね」

あ、吹雪ちゃんがこっちの顔見てやらかしたって顔してる

「その可能性は排除していいでしょう、吹雪ちゃん、排除する理由はわかりますか?」

「はい!妖精さんと艦娘は不可分な存在であり、一心同体、運命共同体です!お互いに不利益な行為は有り得ません!!」

吹雪ちゃんは生真面目なのか、融通が効かないのか、兎に角そんなに肩肘張らなくて良いのに

「それでは、及第点はあげられません、なぜかわかりますか?」

なんか五月雨の詰問が始まってるんだけど、妖精さんが絡むと容赦ないんだよね、この子

吹雪ちゃんの顔に縦線が増えてるし、お節介にでるかな

「漣が妖精さんから聞いたという話を前提にすれば、妖精さんも解除キーを持たされていた事に気がついていなかったのです、この事から叢雲に着いている妖精さんが作って叢雲に持たせた可能性は排除出来ます、そして艦娘が自身に着いている妖精さんに無断で妖精さんが作製したモノを持つ或いは装備すれば、それこそ妖精さんに撤去されるのです」

「電はこう言っていますが、吹雪ちゃんはどう思いますか」

何をこだわってんの五月雨、電が正解言ってんだから先に進めても良いんじゃないかな

「えっと、そうなると、その解除キーは妖精さんが作ったモノではなかったとか、妖精さんの好奇心を刺激するもので拾って来たけど仕舞い込んで忘れてたとか、になるんですか」

吹雪ちゃんもそっち方向に引っ張るね、でも、発想は面白いしやつらの探りの手段としてなら十分に有り得そうな話

「つまり、吹雪ちゃんは現状では最初の初期艦にしかわからなくなっているあの仕掛けを理解するナニモノかが存在し、かつ利用しに来ている、そう考えているのね」

五月雨ってばぶっ飛び過ぎでしょ、それは

「そう言う事なら辻褄は合ってきそうですね、状況としては極めてよろしく有りませんが、そのナニモノかというのがやつらだと仮定するのなら最早猶予はないのです」

おい、電お前もか、いや可能性はあるよ、でもそんなに高い可能性かそれは、視野に入れておく程度ではないのか

「あの、質問してもいいですか?」

いなずまちゃんってばそんな他人行儀な、もっと気楽にしていいのに

「勿論いいですよ」

五月雨のその笑顔漣にも向けて欲しいんだけど

「その仕掛けというのは鎮守府の設計に含まれているのですよね」

「そうですよ、元々妖精さんには分かる様に仕掛けていますから」

「でも、現状では妖精さんは設計通りにそのまま作る事は出来てもそれが何の機能を持つ仕掛けなのかわからなくなっている、そういう事ですよね」

「その通りです」

いなずまちゃん、随分と慎重な運び方をするね、なんか思い付いたのかな

「工廠の妖精さんがそこを広範囲に聞いて回ったとか、形振り構わずに調べたとか、そういった所からそのナニモノかに鎮守府の設計が渡ったのですか?」

「そこは、妖精さんに聞いてみないとなんとも言えないかな、いなずまちゃんは工廠の妖精さんとお話しした事はあるよね」

「はい、あるのです」

「その時の感じとして、工廠の妖精さんをどう感じたかな」

「とっても物知りさんで、なんでも出来て、すっごく頼れる妖精さんなのです」

「おー、工廠の妖精さんが聞いたら酒盛り始めるわ、仕事ほったらかして」

「え、ダメなのです?」

「ダメ?逆だよ逆、いなずまちゃんそんな事いわれたらあのお調子者、舞い上がって降りてこなくなるね、間違いなく」

「漣、言いたい事は分かりますが、脱線してますよ」

「んじゃ、路線戻しよろしく」

「まったく、漣の茶々は置くとして、いなずまちゃん、その頼れる妖精さんがさっきいった様な軽率な行為をするのかな、五月雨はそこが疑問」

「いなずまの質問もそこなのです」

「……鎮守府の設計流出経路を調べた方が……、でもそれは至難だし……」

お、何やらさみちゃんがブツブツと独り言を始めたよ

「設計の流出とは限らないのです、技術基盤が同じなら誰でも思いつく程度の仕掛けなのですから、解除キーも同様なのです」

「えっ、どういう事ですか」

独り言を言っていたさみちゃんが電に聞き返してる

「艦娘の艤装や兵装は妖精さんの技術で作られている、鎮守府の設備も同様、この事から件のナニモノかは妖精さんの技術を持っていると推定出来るのです、それなら解除キーを作れても不思議はありません、それに設計を知っているのなら、半端にしか作用しない解除キーをもたせて来た目的がわからないのです」

「……当てずっぽうで解除キーを作って、どれがどこに作用するのか、確かめてる、という事でしょうか」

「そういう可能性もあるよね」

さみちゃんの自信なさげな疑問だ、あたしとしては実現確率の低さから可能性としか言えないけど

「艦娘部隊が設立されて以降、遠洋まで出撃している初期艦は増設された鎮守府に配属された私達、最初の初期艦だけ、狙われたかも知れません」

五月雨は別の見解を持ってる様だけど、なにかあるのかな

「どういうわけか、やつらからは識別出来るみたいだしね、最初の初期艦は」

取り敢えず、思いついた事を言ってみる

「それは感じていました、電が艦隊に編成された時とされなかった時では統計的にも有意な差があるのです、お陰で近頃は鎮守府でお留守番の日々でした」

「ちょっ、電、なにやってるの、そんなもんが数字で出てくる程出撃したの!?」

「……鎮守府で司令官と言う名目の保育児の子守をしてるよりマシなのです」

あちゃー、どうしてこいつはこうも他のいなずまと違ってプラズマに寄り過ぎな性格してんのか、いや、初めからじゃない事は知ってるけどさ

「なにかもんだいでもあるのですか」

「ありません!マム!!」

条件反射で口から出て来たよ、プラズマ状態は勘弁してほしい

 



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23-b 頭がぼーっとする、なんか体が怠い

 

 

なんだこれ、頭がぼーっとする、なんか体が怠い

なんかムラムラがこっちに向かって何か言ってる気がする

大和の方を見ようとしたけど首が動かない、なんだこれ、どうなってるの

「叢雲!聞こえる!?」

突然の大声、声的にブッキーみたいだけど、視界がぼやけて見えない

「大和、叢雲ちゃんを抑えて、早く!!」

今度は声の方を向けた、ムラムラが大和を呼んでる、抑える?なんで?

「何かあったの」

え、なんだ、今の、私の声なのに私が喋ってるのに、私じゃない、ナニコレ

「抑えろ、といわれましても、こうですか?」

視覚的に大和が背後から抑える様子は見えた、けど、抑える大和との接触感がない

「離して、大和、抑える理由はないでしょ」

視覚的に大和が抑えてる私の腕が動いてるのが見える、けど、動かしている感覚も抑えられている感覚もない

「耳を貸しちゃダメ!、そのまま抑えてて!!」

いつになく焦り気味のムラムラ

「どうしたの、叢雲ちゃん、事情が全く掴めないんだけど」

「そうですね、取り敢えず抑えましたが、説明が欲しいです」

「負けた腹いせに協力させてるだけよ、だから離して大和」

まただ、私じゃない誰かが私の声で喋ってる

「聞く事ないわよ、それは叢雲ちゃんじゃないんだから」

はい?いや、合ってるのかこの場合、でもなぜ分かるんだムラムラは

「確かに叢雲ちゃんじゃないみたいだけど、どういう事なのこれは」

「なにを言っているの吹雪、私は叢雲、貴方と同じ最初の初期艦の叢雲よ」

「これは、語るに落ちるというのですかね、実際には初めて見ました」

「感心する所じゃないでしょ、あんた誰なの」

困惑気味のブッキーに、何か面白いものを見つけた感じの大和に、焦りが顔に出てるムラムラ

「私は叢雲、佐伯司令官の初期艦、だから離しなさい、大和」

「いい加減にしなさい、あんたが何処の誰か知らないけど私達の叢雲は卑怯とは無縁なの、わかる?」

なんかブッキーが不機嫌なんだけど

「それがどうしたの、私とは関係ない」

「最初の初期艦、佐伯司令官の初期艦、でも吹雪さん達の叢雲とは関係ないと仰る、難しい立ち位置ですね」

「だから大和、感心する所じゃないってば」

ムラムラが落ち着いて来た、なんか進展でも合ったのかな

「ブッキー、手を貸して欲しいんだけど」

「ブッキーいうな、なによ」

あれ、ブッキーいわれるのまだ気にしてるの、いい加減に諦めれば良いのに

なんか二人で内緒話始めたんだけど、悪企みじゃないでしょうね

「それで戻るの?」

「妖精さんがそういうんだからやってみるしかないと思うけど、ブッキーは反対なの?」

「妖精さんと話させてくれない?」

「悪いけどそれは出来ない」

「なんでよ」

「妖精さんが話したがらない、それに時間も無い」

「時間?」

「叢雲ちゃんが侵食される前にケリを着けなきゃならない、ブッキーが妖精さんと話して納得する頃には取り返しがつかなくなってる、話なら後で私からでも出来るんだけど、どうしても妖精さんから話を聞きたいのなら、私一人でやるから」

「まったく強情なムラムラだ、仕方ない、後で話を聞かせなさい、いいわね」

「えーと、あのー、お話はまとまりましたか?私はいつまでこうしていればいいのでしょうか」

大和が情けない声で内緒話中の二人に呼びかける、あんたホントに大戦艦か

「お陰様でまとまったよ」

「いい、大和、しっかり押さえてなさいよ」

ん、ムラムラがミミノアーレを手に持ってる、ブッキーもだ、なんのつもりだろう

「押さえる、こうですか」

視覚的にかなり密着しているのが見える、でもやっぱり密着感がない

それを見たムラムラとブッキーがこちらに向かって来た

「そのまま動かないで!」

二人の狙いが交換したミミノアーレな事がその視線から分かった、けど、どういう事なのかさっぱりわからない

「!」

上体を大和に押さえられたまま脚を出すのが見えた、同時にその脚を受け流す二人

「右確保、交換した!」

「左確保、取り替えたよ!」

大和の両脇を駆け抜けるようにしつつ、アレを戻したらしい、よくやる

「えっと、もう離してもいいですか」

「もう少し待って、確認する」

「叢雲ちゃん、わかる?ちゃんと聞こえる?」

ブッキーが心配そうに覗き込みながら聞いてくる

「あ、……」

あれ、続けられない、なんだこれ

「叢雲さん、どうされました、しっかりしてください」

大和にいわれて気がついた、全身に力が入らずに大和に吊られてる状態になってる、少なくとも自分の身体の状態が感覚的に分かるように戻ってる、けどこれじゃあどうしようもない

「早く入渠させないと、だけど入渠場は遠征組で一杯だし、どうしよう」

「叢雲さん、状況を教えてください、相応の事情と判断出来るのなら秘書艦権限で入渠場を確保出来ます」

なんだろうねこのお人好しが過ぎる戦艦は、こんな甘々な戦艦が戦場に立てるのか不安だ

「状態は安定してるみたい、どういうわけか極度の疲労で随意筋組織が動かせない様だけど、循環器系と呼吸器系は問題ない、慌てる必要はないと思うけど」

「そういうのわかるの」

凄く不思議そうに聞くムラムラ、それに不満そうな顔をするブッキー

「これでも最初の初期艦、色んな場面を経験してるし、この手の診立ても覚えなければならないくらいには実戦に出てるんだけどね」

「そういう事なら、後は叢雲ちゃんの妖精さんに異論がなければ回復を待つか……」

そういうと考え込んでしまったムラムラ、折角秘書艦権限まで持ち出したのに放置される大戦艦に私だけは同情する事にしよう

「叢雲ちゃんの妖精さんも回復待ちでいいって言ってる」

「取り敢えず、叢雲さんを向こうに寝かせますね」

いつまで吊り上げられたままかと思っていたら大和がいい事言ってくれた、お人好しなだけにいいヤツだ

「お願い、でムラムラ、お話は?」

「は、なに、お話って」

「後で私から話はできるって言ったでしょう、もう忘れたの」

「あ、ああ、あれか、あー、でもどうしようかな」

「話しなさい」

「いや、話したくないって事じゃないの、話すのなら揃った時に話した方が良いかなと」

「?揃った時」

「後三人、向こうにいるでしょ」

「では、こちらの使用は終了して戻りますか、叢雲さんは眠ってしまいましたが」

「えっ、寝ちゃったの?」

「そりゃ寝るでしょ身体的疲労を回復するんだから」

「参ったね、それだと戻るにしても分担をどうしようか」

「分担?」

「ブッキーってばまさか全部大和に押し付ける気なの、それはちょっと違うんじゃない?」

「?」

「だから、ここの使用許可取ってもらったでしょ大和に、でもって今叢雲ちゃんが眠ってる、向こうに戻るには両方を処理しなきゃでしょ」

「格技場使用後の清掃もありますよ」

「だってさ」

「……手を借りようか」

「そうなるよね、やっぱり」

 

 

 

 



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24 内線電話が呼び出しのベルを鳴らした

 

 

 

壁に据え付けられた内線電話が呼び出しのベルを鳴らした

「こんな時間に?」

「ここの使用許可は正式に取ってありますよ」

「そんな事いいつつ出る気ないですな、お二方」

「そういう漣が出るといいのです」

こいつらはー、とか思ってる間にいなずまちゃんが出てくれた

「ムラムラからなのです、叢雲ちゃんをこちらに運ぶから手を貸して欲しいのだそうです」

「は?」×6

運ぶ?叢雲ちゃんを?意味が分からず混乱した、視界の隅で五月雨が立ち上がったのが見えた

「いなずまちゃん、代わってください」

いなずまちゃんは大人しく五月雨に受話器を渡して席に戻ってきた

「叢雲ちゃんを運ぶと聞きましたが、なにがあったのですか」

ようやく混乱から抜け出せたが状況が分からない、ここは五月雨が聞き出してくれるのを待つか、それとも四人がいる格技場へ行った方が早いか

「……とにかく叢雲ちゃんは無事なんですね、話が長くなるからこちらに戻ってから、ああ、格技場の後始末、ええ、わかりました、私とさみちゃんと吹雪ちゃんでいいですか、ええ、ああ、横になる場所、はい用意させます、では格技場で」

無事と聞いて待つ事にしたが、用意ってなに

「どういう状況なのですか」

五月雨が受話器を置くのを待っていた電からだ

「話しが長い上に妖精さんから聞いただけだそうです、こちらに戻ってから話すと、叢雲ちゃんが熟睡中だそうなので横になれる場所を作っておいてください、さみちゃんと吹雪ちゃんは私と格技場へ、叢雲ちゃんを運びます」

「熟睡中?なにそれ」

状況が分からないぞ

「とにかく場所を開けて叢雲ちゃんの寝床を作るのです」

おい、電、随分と聞き分けが良いじゃないか、何企んでるんだ

 

「片付いた、ありがとねみんな」

格技場の後始末を終えて大和と一緒に鍵を返してやっと戻って来やがったムラムラの入室第一声がこれだ、それも良いんだけど、そうじゃないだろ、先に戻って来たブッキーは役に立たないし分担間違えたろ、いや、ワザとだな、このドSが

「叢雲さんの様子はどうですか」

大和が叢雲の様子を聞いてくる

「寝てる、どう見ても熟睡中だね」

こっちはこれしか分からないんだから、こう言うしかない

吹雪とさみちゃんに両脇から抱える感じで運び込まれた叢雲ちゃんは長椅子に寝かされている、それに何処からか持って来た毛布を五月雨が掛けた、お陰げで叢雲ちゃんの寝顔が見放題なんだけど、なんか釈然としない

「で、ブッキーは何処まで話したの」

「え、私?私もムラムラの話し待ちでしょう、なにを話せって言うのよ!」

「ブッキー声が大きい、叢雲ちゃんが起きてしまうのです」

いや、起こそうよ電、叢雲ちゃんから話しを聞くのが一番確実なんだからさ

「叢雲ちゃんの寝顔かわいいのです」

いなずまよ、おまえもか

「そうですね、叢雲という個体の特徴なのか起きてるとどうしても目尻が上がるんですよね、お陰でつり目気味になって怒ってるように見えてしまって」

「それはそれで凛々しいと思います、でも眠ってる時はそれがないからなのか、とってもカワイイですね」

ダブル五月雨もか、起こそうってのはあたしだけか、そうですか

「むー、こんなにカワイイ寝顔が見放題となればあの司令官もきっと庇護欲をそそられたのでしょうな、無理からぬ事で、やむを得ませんな」

無言でざみの頭に拳を落とす

「いったー、なにするんですか、あれもしかして御姉様オコなの、激おこなのかにゃ?」

まったくコイツは何処でこういう話し方を仕込まれてくるのか

「人が艦娘に欲求を向けてる様な言い方はダメ、そっちの方向に誘導していると取られかねない言動も慎みなさい、艦娘は人ではないし女性でもない、厄介事にしかならないよ」

「そういわれてもですね、実際問題としてその辺りの事はまったく分からんチンなのですよ、困った事に」

「今回はそこが主題ではないのです、漣、堪えてください」

電に言われてしまった

「……わかってはいるんだけどね、つい」

「そんなんで拳骨とか、酷いですー」

ざみの奴、わかってやってるだけに質が悪い

「はいはい、ざみちゃんいたいのいたいのとんでいけー」

五月雨もよくやる、いや、漣のフォローしてくれてるんだから有難いんだけどさ

「五月雨御姉様!なんてお優しい、漣は嬉しいです!!ああなんで漣は五月雨ではないのか、これを考えると夜しか眠れません!」

「はいはい、良い子いい子」

五月雨に頭を撫でられてご満悦の様子のざみ、なんか面白くない

「えっと、話しを始めてもいいかな?」

様子を見ていたムラムラが言ってきた

「はい、聞くのです」

電が答えて、やっと本題だ

「事の発端はブッキーが叢雲ちゃんのアレを蹴っ飛ばして壊したからなんだけど」

「言われてみれば、凹んでるのです」

「よく見れば、位置が安定してないですね」

「ホント、ゆっくりだけどフラフラしてる」

いなずまにさみに吹雪、いつまでも叢雲ちゃんの寝顔を鑑賞してるんだ

「ちょっと!試合上のことでしょ、不可抗力でしょ」

ブッキーがなんか力説してるし

「あの位置に蹴り込んで当てられなかったのですね」

後二言は足したそうな電

「思いっきり躱されたって事か、そんでアレを代わりに蹴っ飛ばしたと」

「結果、叢雲ちゃんが熟睡?経緯が分かりませんが」

五月雨が尤もな疑問を口にする

「そこに行くまでの経過としては、先ず私のと叢雲ちゃんのソレを交換したんだ、叢雲ちゃんはまだソレが無い状態に慣れてなかったからね、で、その交換した状態で私と試合したんだけど……」

「えっ、待ってそんな状態で試合?確かあの頭のヤツって感覚器じゃなかった?」

驚いて思わずムラムラの台詞を遮ってしまった

「なんで知ってるんだか、ブッキーは知らなかったのに」

おう、ムラムラが嫌そうな顔してる

「「「えっ、知らなかったの?」」」

「えっ、知ってたの?」

何故不思議そうにするんだ、叢雲と仲良しだろ、何故知らないんだ

「叢雲が得意気に話してたのです、温度とか風向きとかの変化を感じられるって、覚えてないのですか」

呆れた様にいう電

「あー、そんな事もあったような気がするけど、えっ、あれってソレのことなの?!」

「そんな事だからブッキーなんですよ」

「まったくブッキーなんだから」

「ブッキーなのです」

「ちょっ、ブッキーいうな」

「はいはい、話を戻すよ」

ムラムラが焦れたよ、そりゃそうか

「交換した時はなんともなかったんだけど、試合がはじまったらさ、なんかゴチャゴチャいってくるのよソレ、ソレから何かいってくる事ってこれまでになかったからこっちも戸惑っちゃってさ、試合も始まってたしね」

「あ、もしかして開始後に大きく距離を置いていたのはそれでですか」

「そ、あんまりにも五月蝿いから試合どころじゃなくてね、叢雲ちゃんが様子見に出てくれて助かったわよ」

やまちゃんの感想に答えるムラムラ、大きく距離を置く?試合直後に?そんな変な運びをしてたら異常に気がつきそうなものだけど、と思ってブッキーを見てみたものの相変わらずのモノが見えただけだった

「なにをいってきたのですか」

さみちゃんだ

「要約すると、早く元に戻せって、なんかね、ソレ叢雲ちゃんのじゃなくて先任の叢雲のらしいのよ」

「はい?」×9

なにを言い出す、えっ、だってこれって艦娘自体でしょ、これ込みで叢雲でしょ、どういう事なの

「私だって聞いただけだから確証はないわよ、そもそもソレ、叢雲ちゃんはミミノアーレって呼んでたけど、壊れやすくて一々直していられないから単に着けてるだけの代物になってしまう筈なのに先任の叢雲のだって言うのもどうなのかって思ってるとこなんだけどね」

「言ってきた、と言うのは妖精さんからですか」

五月雨が聞いてる

「違うと思う、妖精さんが扱うのなら換装になるから、私(艦娘)だけでは出来ないし、分からないから先任の初期艦ならなんか知ってるかと期待してみたんだけど、望み薄みたいだね」

うーん、どう言う事なんだろ、あの装備?を持ってる艦娘は少ない、初期艦の中で持ってるのは叢雲だけ、こっちは話としては聞いていても実際の所は分からないし

「あれ、ムラムラ?妖精さんがいってたって言わなかった?」

「ブッキーは変なトコだけ覚えてるのね、そうでも言わないと手を貸してくれなかったでしょ」

「騙したの?」

「そのつもりはないわ、他に手がなかったんだし、叢雲ちゃんの侵蝕は始まってたんだから猶予もなかった」

おいおい、なんだその物騒なパワーワードは

「ソレがいうには、叢雲ちゃんが別のナニかになってしまうらしいんだけど、まあ、アレをみたら否定出来ないわね」

小出しにすんな、何の事かさっぱりわからんぞ

「叢雲ちゃんが言ったのよ、自分は佐伯司令官の初期艦だって、それを口にした時の叢雲ちゃんは確かに叢雲ではなかったのに、変な話だよね」

ブッキーお前もか、情報を小出しにすんな、訳分からんじゃないか

「叢雲ちゃんが叢雲では無いとは、どういう状態だったんですか」

五月雨ってばこんな時でも冷静でいられるとは、漣は口を開いたらムラムラを問い詰めそうで目一杯我慢してんだけど

「卑怯だったのよ、それを口にした時の叢雲は」

「駆逐艦同士の試合に戦艦持ち出すって発想は、私ならしないし、ブッキーだってしないでしょ」

「当たり前、当然過ぎて有り得ない、まして艤装無しの状態での試合だよ、殺し合いじゃ無いんだよ」

「大和が参戦したの!?」

びっくりだよ、思わずツッコミ入れちゃったよ

「参戦といいますか、叢雲さんを抑えて欲しいと言われまして、ちょっとだけ抱えました」

「そうしたら、腹いせにやらせてるとか言い出すし、寝言は寝てからいってほしいわ」

不快気にいうムラムラ

「それで確信した、誰だか分からないのが目の前にいるって」

ブッキーが続く

「でも、ブッキーのいう誰だかわからない叢雲ちゃんは佐伯司令官の初期艦を名乗った、私達と同じ最初の初期艦という事ですか」

五月雨の質問だ

「そういう感じではありませんでしたね」

思い出しながら答える大和

「大和は凄く面白そうにしてたよね」

ムラムラはそう言うがやまちゃんにはどの辺りが面白いんだろ、この話

「エッ、いえ、あれは語るに落ちるという実演がですね、目の前で見れましたので感心してしまいました」

ああ、そういう、大戦艦からすれば駆逐艦同士の戯れ事で墓穴まで掘り出したら面白いか

「やまちゃんから見ても叢雲ちゃんではないと判断出来る程、誰だお前は状態だったのですか」

電が聞いてる

「大和と知った上で力比べでしたからね、正常な状態の駆逐艦の行動としては考えにくいですね」

「?大和に抱えられて、力尽くで脱しようとしたのですか」

いまひとつ納得いかない感じの電だけど、なるほど、それなら疲れ切るね、その疲労で熟睡してもしょうがない、駆逐艦と戦艦じゃ基本が違い過ぎる、あたしなら艤装着けて海の上だとしても正面から砲撃戦とかやりたくないし

「正気には見えなかった、という事でしょうか」

さみちゃんだ

「正気な事は正気でした、ただ根本的な何かが欠けている、そういう印象を受けました」

欠けてる?何が欠けてるっていうのさこの大戦艦は

「その印象で合ってると思う、で、欠けてたのがアレってワケ」

ムラムラはそういうけど、さっぱりわからん

「アレは叢雲にとってそんなに重要なのですか」

疑問が積み重なってる感じの電

「私は違うけど、叢雲ちゃんはそうみたい、今の所印象でしかないけど、ゴチャゴチャいってきたのを聞く限りだとそうなる」

「五月雨、漣、どういう事かわかりますか」

「うーん、推論するにも情報が足りないですね」

「漣の頭には無いモノだから、どうしたもんだろね」

「なんで私には聞かないの!」

「いや、ブッキーが知ってるならここで問題になってないでしょ」

ムラムラ、尤も過ぎる御意見ありがとう、これブッキーが墓穴掘ってんだけどやまちゃん的には楽しめてるのかな

 

 

 

 

 



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ー3期ー
25 寝呆けながらそれをしばらく見ていた


 

 

 

6月24日

 

起きて最初に目にしたのは見知らぬ天井

寝呆けながらそれをしばらく見ていた

 

「!」

 

え、なにがどうなった、ここはどこだ、大和に抱えられた事は覚えてる

それからどうなった

上体を起こして辺りを見回す、案内された宿舎じゃない、けど、医務室とかそういう部屋でもない、誰かが生活している部屋みたいだけど、どうなってるの

 

「あ、起きましたか、具合が悪いとかありませんか」

 

声の方を向くと見知った相手、丁度部屋に入って来た所の様だ

 

「大和?えっと」

 

なんて言えばいいんだ、こういう場合

 

「大丈夫ですか、入渠場の予約は入れたのですが、順番待ちになりまして、少し先になりそうです」

 

入渠?誰が?

 

「吹雪さんに蹴飛ばされた、ミミノアーレ?でしたっけ、ムラムラがいうには入渠しないと治らないそうなので」

 

あれ、ムラムラのと交換して、ああ、大和に抱えられた時にムラムラとブッキーが戻したんだっけ

その後どうした、あれ、思い出せない、なんかあった様な覚えがあるんだけど、思い出せない、なんで

 

「朝食は食べられそうですか?」

 

朝食??窓から見える限りだとそういう時間には見えないが

 

「えっと、何から言えばいいのか、先ずはありがとう、色々迷惑かけちゃてるみたいで、ゴメン」

 

「いいえ、お気になさらずに、何と言っても大和は叢雲さんの教導艦ですから」

 

えっと、なんか、なんだろ、取り敢えず大和が楽しそうにしてるから、いいの……かな

 

 

 

 

 

大和が用意してくれた朝食を食べてる最中に来客があった

 

「こんにちは、叢雲ちゃん」

 

五月雨だ、最初の初期艦の、それと電、この二人が何故ここに

 

「お邪魔するのです」

 

「はい、どうぞ」

 

なんか昨日よりニコニコが増してる様な気がする大和

 

「おはよう、食べ終わってからで良い?」

 

「勿論、ごゆっくりどうぞ」

 

「吹雪さんと漣さんは?ご一緒に来られるかと思っていましたが」

 

大和が二人に聞いてる

 

「漣は相方を連れて工廠で何やら悪企みなのです」

 

「ブッキーは、なんか、色々気にし過ぎて来づらい様でしたね」

 

なんだそれ、ブッキーが気にする様な事ってなにかあったっけ

二人に席を勧めてお茶を出してる、この大戦艦はどうも司令官の所の長門とは戦艦という部分で重なる所が見えない、いや、火力も装甲も耐久もトンデモナイのは演習でわかっているんだけど、なんていうか当たりの柔らかさが戦艦らしくない、これって偏見とか先入観ってヤツなんだろうか

 

「ごちそうさま、大和、食器は何処に片付ければいいの」

 

「ああ、置いておいてください、それより叢雲さんもこちらへ」

 

おそらくここの家主だろう大和がそういうのなら変に意地はる必要もないし、素直に呼ばれた

 

「普通に歩ける様ですね」

 

感心した様にいう五月雨

 

「?」

 

どういう意味だろ

 

「ムラムラの話では、頭のソレが壊れて歩き辛そうにしていたと聞いたのです」

 

お茶片手にいってくる電、言われてみれば、壊れたミミノアーレが戻されたのなら昨日の立ち眩みの様な症状が出てもおかしくないのに今は何ともない、なんでだ

 

「一々直していられないから直ぐに慣れるとも言っていましたが」

 

確かめる様な感じの五月雨、そんな顔されても私だって分からない

 

「慣れたのかしら、よくわからないわ」

 

「叢雲さんもどうぞ」

 

大和にお茶を出された、座ると同時にお茶を出されたんだけど

 

「ありがと」

 

良いんだけどさ、なんだろ、この感じ

 

「で、先任が揃って来たからには、遊びのお誘いってワケじゃないんでしょ、回りくどい事は抜きにして貰いたいのだけれど」

 

「そう急かさないで、今やまちゃんが片付け終わったら一緒に準備して、遊びに行きましょう」

 

はい?なんて言ったこの五月雨、まさか遊びの誘いに来たと本当にいってるのか、いやそんな事ない、きのうは確か大本営に召集されたっていってたから

 

 

 

 

 

なんでこうなった?!

誰か説明を

いや、話はしたよ、私が私服持ってないって話にもなったよ、それに支度金とかいう名目で結構な額を持たされてたのも知らされたよ、だけどそこから何で買い出し?ショッピング?になるんだ

研修は何処いった

大和曰く社会研修とか言ってるけどホントか、時間の無駄使いにしか思えないんだけど

 

「どうです叢雲ちゃん、大本営内の施設だけど中に入ってるテナントは民間企業なんですよ、鎮守府だと一々外出許可を取らないとこういったお買い物は出来ないから不便なんですよね」

 

総合デパートっていうのかショッピングモールっていうのか知らないけど、その中を散々歩き回って買い物して、なんの必要があって買うのかわからない物を大量に買い込んで支払い等のレクチャーを受けつつ今は併設されているオープンカフェ?らしき所で休憩中だ

ええと、なんて答えるのが無難なんだろ、私的には果てしなくどうでもいいんだけど

 

「うーん、叢雲さんには社会研修の実践は早かったでしょうか、軽くではありますが人の社会で生存していく事の必要性は説明したつもりなのですが」

 

私の無反応さを大和が気にしてしまった様だ

 

「休暇を楽しむ方法の習得が私の目的を達成するのにどういう関係になるのかを測りかねているだけよ」

 

「叢雲ちゃんの目的が何であれ、研修は研修なのです、習得してください」

 

ど正論をありがとう、電って見た目と中身の差が激しいよね、昨日から分かってる事だけど

 

「もう、電はなんでそういう言い方をするのかな、叢雲ちゃんは昨日の来たばかりなんだよ、やまちゃんの言い分じゃないけどそれじゃあ新人イジメになっちゃうよ」

 

五月雨が電に言ってる、昨日もそんな話が出てたよね

 

「こんなのでイジメだとか判断する様な基準しか持ち合わせていないのならそれまでなのです」

 

電は私になんか思う所でもあるのか、まあ私的にもこの程度でイジメだとか思える様な細かい性分は持ち合わせてない、それにこんなのがイジメなら先任の叢雲が長門にやった事はどうなるのさ

 

「それ、昨日も言ってたけど今はその辺りに規定でも出来てるの?」

 

それはともかく、気になった所を聞いてみる

 

「規定といいますか、指針でしょうか、根性で実弾は避けられないし気合いで怪我が治るわけでもない、物事は論理的に考えましょうというお話です」

 

「論理的に、ね」

 

艦娘に人の論理とか、ココ笑うところかな

 

「その線でいうのなら、稼働率の向上になりますかね、尊大なだけの上官や嫌な僚艦と組むより、信頼できる上官と信用できる僚艦と組んだ方がいい結果をより多く出す事が出来ます」

 

「ふーん、でもそれって逆に言えばいい結果を出すと信頼できる上官と信用できる僚艦と組んでるって見做されてしまうわね」

 

「より多く、です、この部分を満たせないのであればそうは見做されません」

 

「……そういう事にしておきましょう」

 

あまりに大和が自信タップリに言うものだから反論も莫迦らしくなった

この時私は気がつかなかった、五月雨と電が満足そうにしている事に、その理由が両手で支えてるコップを満たしている甘そうな香りの飲み物ではなかった事に

 

 



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26 日も暮れて戻って来た

 

 

 

 

日も暮れて大和の部屋?に戻って来た

五月雨と電は途中で別れた

 

「遠慮なさらずに、どうぞ」

 

玄関口で戸惑っている私に入る様に促す大和

 

「えっと、状況が飲み込めてないんだけど、ここって大和の部屋でいいんだよね」

 

「ええ、大和の部屋ですよ、といっても大本営勤務の艦娘は皆さんこういった居室を割り当てられますけど」

 

「私は、宿舎を割り当てられたと思ったけど」

 

「宿舎の方がよいですか、それならご案内しますが」

 

なに微妙に悲しそうにしてるんだ、意味わからん

 

「ええと、どう言えばいいんだろ」

 

「?なにかご不明な点があるのでしたら遠慮なくおっしゃってください、教導艦に指名されていますし生活全般のフォローも職務の内ですから」

 

「私は宿舎で寝起きした方がいいんだよね」

 

何考え込んでるんだ、こっちの言い分が伝わってないのか、どう言えば伝わるんだろ

 

「ああ、そういえばすっかり確認するのを忘れてました」

 

何をだ、なにを忘れた、この新造艦は

 

「叢雲さんさえよろしければ、ここで大和と共同生活出来ますよ、如何でしょうか」

 

はい?!なに、どう言う事、共同生活?大和と?なにがどうなるとそうなる、宿舎はどうなった

固まってしまった私を見て大和が続ける

 

「宿舎にご案内した時には大和が教導艦になるとは思っても見なかったので、一通りのご案内は致しました、ですが、先程述べた様に研修生の生活全般のフォローは教導艦の職務でもありますし、何より叢雲さんは昨日の試合で原因不明の状態になっています、事情をまた聴きの宿舎管理艦よりは現場で見聞きしている大和の方がお近くでフォローすべきと考えますが、如何ですか」

 

原因不明の状態?たぶんあの勝手に喋ってたアレだろうとは思う、アレについて私はなにもわからないし知らされてもいない、現場に居た中で今日顔を合わせたのは大和だけ、か

 

「それって大和には負担じゃないの、確か秘書艦とかいうのをやってるんでしょ、それに大本営所属艦としての任務もあるんじゃないの」

 

あ、また困った顔、でも笑顔を貼り付けるのは忘れないって感じの顔、その顔嫌いなんだけど

 

「あー、それは問題ありません」

 

そんな困った顔で問題ないとかいわれてもまったく信用ならんのだが、司令官の長門なら根拠とか理屈とか抜きに自信満々にしてるのが当然な雰囲気があった、目の前の新造艦にはそれがカケラも見当たらない、正直不安だ

だけど、大和の言う様にまた聴きしかしてない管理艦?より大和の方が対処に期待出来るか……な、ああ、もう、あの二人に突っ込んだ話をしておけばよかった

 

「共同生活というのなら、お互い遠慮しても変な蟠りが出来るだけだわ、条件を出し合いましょう、それで妥協なり折り合いなり着けられそうなら、そうしましょうか」

 

おい、今、大和の後ろに激しく左右に振れる尻尾が見えたんだけど、幻視かな

 

「条件というのは?」

 

「お互いに、といったでしょ、先ずは大和の条件を聞きましょうか」

 

「大和は特にありませんが」

 

この新造艦は、これだからダメなんだよ、どうしようかコレ

 

「そんな事言って良いの?生活上の雑事全般一人でやるの?私にはなにもさせないつもり?そんなのは共同生活とはいえないんじゃないの?」

 

おお、見る見る小さくなっていく、さっきのはやっぱり幻視だった様だ

 

「ええと、どうしたらいいでしょうか」

 

なんだろうねこの新造艦は、それを言えといってるんだが通じてない

 

「大和には教導艦という事で色々面倒かけるのが確定しているんだから、もっと強く出ていいと私は思うけど、なにか隠し事でもして後ろめたいとかじゃないんでしょ」

 

またあの顔だ

 

「取り敢えず、その顔はやめて」

 

「?」

 

「その困ってるのに笑顔を貼り付けた顔を見せないで、駆逐艦の攻撃本能を凄く刺激するから」

 

なにを驚いてるんだ、演習の時にも沈めるといったはずだ

 

「え!?演習の時に沈めるといっていたのは、あれ、もしかして本気で言ってました?」

 

「大和が硬すぎて沈め切れなかったけどね」

 

なんだその驚きつつも嬉しそうな顔は、コイツ変な趣味でも持ち合わせてるのか

 

「なるほど、それが想定外に大きくなった原因でしたか」

 

「?」

 

なんだそれは

 

「いえ、あの時のダメージが予測値よりも大きかったんですよ、大和の装甲と叢雲さんの装備した魚雷の想定値から算出したのに誤差では済まされない値が出て兵装開発の妖精さんが有り得ないって大騒ぎでしたよ」

 

「……それを大破で済ませるあんたの耐久の方が信じられないんだけど」

 

大和の言い分を真に受ければあの時の私は想定以上のダメージを与えた事になる、それでもこのクソ硬い戦艦は沈まなかった、もしかして駆逐艦ではこの新造艦を沈められないのではないか、いや、なにか方法はある筈だ

 

「あのー、叢雲さん?なにか不穏な事を考えてませんか?」

 

ん、顔に出たかな

 

「例えば大和を沈める算段とか……」

 

「よくわかったわね、何処かで時間を作って兵装開発の妖精さんに相談しなくちゃいけないわ」

 

「ちょっ、そんな事は相談しなくてもいいんです、あの四連装魚雷発射管に積まれているのは酸素魚雷ですよ、炸薬量だけなら戦艦の主砲並なんですから」

 

戦艦といっても色々いるよね、どう考えても大和の主砲には届いてないし、そもそも戦艦の主砲弾と魚雷では特性が違い過ぎる、炸薬量だけ比べても意味はない

 

「それが条件かしら」

 

大和が合点がいかないって顔してる

 

「共同生活の、条件、あるじゃないの、ちゃんといいなさいよ」

 

なにを感心顔してるんだか、大丈夫か

 

「今日の所はお互い出し合ったし、続きは明日にしましょう、初日に全部決める事もないでしょうし、それとも今決める?」

 

ふるふると首を横に振る新造艦、まあいいけど

 

「では、共同生活を始めましょうか」

 

あ、尻尾が見えた、幻視だよね

 

 



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27 あんなの知らなかったわよ

 

 

 

なに、なんなの、あんなの知らなかったわよ

艦娘は人とは違う、だからお風呂とか頻繁に入る必要は無いって思ってた

汚れとか着かないし匂いとかしないし、どこかが痒くなるなんて事もなかった

でも、人よりは少なくても同様に汚れるし匂いもするんですって?!

そうならないのは妖精さんがケアしてるからなんて、しかもそのケアも永続するワケではなく一月前後しか保たないですって?!

挙句にそのケアしたものがお風呂に入ったり水浴びしたりすると排出されるですって?!

大和から聞いた時は半信半疑だったけど、体を伝って流れ落ちるお湯を見て疑問を挟む余地はなくなった

道理で大和が一緒に入るといったワケだ

アレは説明も無く一人で入ってたらパニックものだわ、透明なお湯が身体を伝うだけであんなに色が変わるなんて、自分から発する匂いに中てられて気が遠くなるなんて、いくら知らなかったとはいえ、知らずに付き合わせて本当に申し訳ない、ああなると分かった上で付き合ってくれた大和には感謝しかない

これが大和との共同生活では無く宿舎で起こっていたらと考えただけでゾッとする

大和がいうにはこういう事例は珍しくないそうだ、ただ私は鎮守府に二週間ほど滞在していた為にこうなってしまった、いや、お風呂の場所とかの説明はあったのだけれど必要を感じなかった、お客さん扱いでそういう細かい説明がなかったから入らなかったのがここに来て、こういう結果を招いた、招いてしまった

そういえば五月雨がいっていた、知らない事が沢山あると、一杯お勉強だと

これは、気合入れてかからねばならないだろう、知らないばかりにこんな事態を招くなんて二度と御免だ

 

 

 

 

 

6月25日

 

「おはようございます」

 

「お、おはよう……」

 

き、気不味い、知らなかったとはいえ昨日大迷惑かけてしまった、出来るなら部屋に引き篭って居たかったが私は研修中で大和は教導艦、かけずに済む手間や迷惑をかけるわけにはいかない

それで部屋から出たのはいいが、気不味いものは気不味い、ああ、どうしてこんな事に

 

「昨日の事、でしたら大和は気にしてませんよ、それより朝食の用意がもう直ぐ出来ます、顔を洗ってきては如何ですか」

 

気を遣わせてしまった、そういうつもりではないんだけど、このままではいけない、何とかしなければ

言う通りに洗面台に向かって顔を洗って、そこに据え付けられた鏡に映る自分に言い聞かせる

 

「用意できました、いただきましょう」

 

戻るとヤケにニコニコ顔の大和、昨日から気にはなってるんだよね、まあ、あの困った顔に笑顔だけ貼り付けた顔よりはずっと良いんだけど

 

「食事も分担した方が良くない?」

 

「?分担」

 

「いや、大和が料理上手な事は分かったけど、だからって毎食作って貰うのもなんか違う気がして」

 

この戦艦はなんで嬉しそうにしてるんだ

 

「はい、大和はお料理得意なんです、だからこうやって一緒に食べてもらえるととっても嬉しいです」

 

あ、まただ、尻尾が見える、ブンブン振ってるよ、良いのかコレ

 

「と言う事は、私は掃除とかに回れば、良いのかな」

 

あんまりに嬉しそうにしているから、当番制にとは提案し辛い

 

「うーん、そうですね、取り敢えずは食事してから考えましょうか」

 

「それでいいなら、いいけど」

 

「はい、では、いただきます」

 

「いただきます」

 

大和が用意してくれた朝食はとても美味しかった

 

 

 

 

 

大和の話によると今日は大本営内のオリエンテーションをやるらしい

なんか、前に聞いた研修日程から変更されまくっている気がする、コレ聞いても良いんだろうか、でも、教導艦の大和がそういうのなら変に突っかかっても意味がないとも思う

電の言い分だと研修は研修だそうだし、そこに私の都合は関係ない、そりゃね、研修なんて決まった事をやるんだからそうなんだろうけど、如何するにしても昨日の一件で知らない事が沢山ある事だけは確定してる私としては教導艦である大和を信用するしかない状況でもあるし、ここは下手に動くより様子を見る事にしよう

 

「そうだ、共同生活するのですから、叢雲さんにもここの鍵をお渡ししなければなりませんね」

 

鍵?部屋の鍵だよね、考えてみれば大和が私と常に一緒にいるわけじゃないし、大和の帰りをドアの外で待つ様な事態は有難くない

 

「予備があるの?」

 

「予備は管理局で一括管理しています、ですので鍵屋さんに作りに行きましょう」

 

良いのか、管理局で管理してる様な鍵を勝手に作って、手続きがいると思うんだけど

大和はそういいつつ部屋を施錠する

 

「大本営の敷地内の官舎なのに鍵をかけなきゃならないんだね」

 

何の気なしに感想をいった

 

「ああ、こういうのは習慣化した方が良いんですよ、でないと外に出た時にかけ忘れてしまいますから」

 

「外?」

 

「ええ、大本営の外です、一般の人社会といった方がわかりますか」

 

ああ、そういう事、何時の世にもいなくなる事はない手癖の悪い輩ね

ここは艦娘達の官舎だと聞いている、だから艦娘の中にもそういうのがいるのかとも考えてしまった、そんな事あるわけないじゃないか

 

「おーい、やまとー」

 

ん、大和の向こうから誰かが大和を呼んでいる、誰だろ

 

「おはようございます、天龍さん」

 

天龍?軽巡の?鎮守府で姉妹艦とは会ったけど

 

「おまえ、またどっかから捨て猫でも拾ってきたのか?」

 

「?いいえ」

 

なんの事だ、それにまたって、大和にはそんな前科があるのか

 

「いや、こういう事は言いたくはないがな、ここは集合住宅……マンション?だっけ、まあとにかく、あんまりキツイ臭いは周りに影響が「ごめんなさい!それ私!!」……」

 

思わず飛び出してしまった、普通のお風呂場に脱臭機能なんてある訳ない、換気すればどうなるかなんて考えるまでもなかった、飛び出してから自分がなにをやっているか理解が追いついて耳まで赤くなったのが自覚できた

 

「あ、えーと、随分とデカイ猫を拾ってきたな」

 

猫、猫扱いされた、本来なら怒る所だ間違いなく、でも今は恥ずかしさのあまり消えてしまいたかった

「天龍さん、デカイ猫ではありません、こちらは叢雲さん、先日から研修に来られました、大和が教導艦です」

 

「研修?という事は初期艦か」

 

なんだ、人の周りをぐるぐる回らないで欲しいんだけど

 

「おまえ、ここに来るまでに苦労したんだな」

 

は、なんの話だ、思わず恥ずかしさも忘れて天龍を見る

 

「いや、みなまで言うな、わかってる、わかってるから」

 

だから、なんの話だ

 

「この天龍さまはひとの苦労を肴にする様な趣味は持ち合わせてねぇから安心しろ」

 

えっと、ホントになんの話をしてるんだ

 

「大本営にはオレがあと二人いるが、向こうにも事情は話しとく、なんかあったら天龍を頼ってこい、なぁに駆逐艦の面倒見るのは軽巡の務めだ、遠慮はいらねぇからな」

 

言いたい事が終わったのかアバヨと言い残して行ってしまった

なんなんだ、アレは、大本営の軽巡ってあんなのばかりなのか、いやそんな事はない、ないハズだ、と思いたい

 

「今のは軽巡の天龍さんです、みなさん遠征隊を率いられてるベテランさんなんですよ」

 

ベテラン?アレで?私の見立てだとそこまで言う程の技量は無さそうに見えたけど

 

「天龍さんは建造艦なんですよ、お三人とも、それでも遠征隊を率いるだけの練度をお持ちです」

 

どういう意味か計りかねて大和を見る

 

「私はそこまでの練度はありませんから」

 

いや、大和の場合技量云々というよりあの莫迦げた火力と装甲と耐久がある、あれの前では多少の技量なんてものは無いのと同じだ

 

「ん、練度?」

 

「叢雲さんは技量と仰てましたね、多分同じ意味だと思いますよ」

 

ああ、そういう事か、大和から練度基準で見れば今の天龍はベテランさんになる訳だ

 

「その練度を無視出来るだけのモノを持ってる戦艦にベテランさんと評価される軽巡だという事は覚えておくわ」

 

そういったら困った顔になった大和、なんだわざわざ笑顔を貼り付けなくてもそういう顔が出来るじゃない

 

 

 



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28 手続き関係の指導があった

 

 

 

その後、大本営内の窓口を一通り回って手続き関係の指導があった、この間に鍵の手続きをやらされた、書類作成は初期艦に取って必須業務になるから今後の手続き関係は私が自分でやる事になるそうだ

今は大本営本棟に併設されている食堂?で昼食中だ

 

「ここは大本営の皆さんも利用されるので民間運営なんですよ、だから食券方式です、艦娘だけが利用する食堂だと利用には事前申請が必要になります、それについては後ほどご説明しますね」

 

食べながら説明が入る、事前申請?食票式かな?

 

「大和はこっちでよかったの?申請してるんじゃないの?」

 

「……私の場合、予定が決まらない事が多くて向こうは利用してないんですよね」

 

なんだろね、その煮え切らない言い方は、なんかありそうだね、私は、だし

 

「ふーん、で、午後からもこの続きなのかしら」

 

「その予定です、午後からは工廠や港を回る予定です」

 

「鎮守府よりは大きいのかしら、その工廠は」

 

「それはもう、大本営の工廠は増設を重ねていますから、規模としては鎮守府より大きいですよ」

 

「ふーん……」

 

話しながらも周囲の雰囲気が気になる、見られてるというより避けられてる?

利用者は艦娘だけでないのはわかる、比率的には人の方が多い事も

でも、人と艦娘でなんでこうも分かれているんだ、まるで使用区分が設定されているみたいだ、私達が座っている場所はその境目だと思う、だからなのか通りかかる人々が一々妙な反応を見せる、なんだろう、あの表情は

 

 

 

 

 

工廠を見物、じゃなかった見学しつつ各所で説明を受ける、艤装の整備や兵装関係でお世話になる事が確実な場所だけに声をかけられそうな雰囲気の妖精さんには出来るだけ愛想よく挨拶して回った、工廠の妖精さんとは仲良くしておくに限る、自身に着いている妖精さんと違い工廠の妖精さんはこちらのいう事に素直に従ってはくれない、勿論妖精さんが駄々を捏ねているというのではなく、工廠の運営との兼ね合いがあるからだ、工廠の妖精さんは工廠に着いていると思えば分かり易い、その妖精さんに邪魔と見做されたら冗談ではなく本当に何もしてくれなくなる、工廠の妖精さんの第一義は工廠の運営なのだ、私に着いている妖精さんが私に協力的である様に

ここに口出しできるのは司令官だけ、艦娘である限り工廠の妖精さんにはどんな強制も出来ない事を艦娘なら理解している、自分に着いている妖精さんにはそれなりに無茶振りが出来るのだから

知っている事だけど、大和から再確認的に説明があった、確認は大事、思い込みダメ絶対

あんな状況に二度と陥りたくはない、避けられる方法が有るのだから手間暇を惜しむ理由など何処にもない

 

「あれー、叢雲ちゃんとやまちゃん、工廠になにか用なの?」

 

このお気楽な声は、間違いなくあの桃色兎だ

 

「漣さん、今オリエンテーション中なんですよ」

 

「?ああ、叢雲ちゃんのね」

 

大和に今更それが必要なわけがないだろう、そこで何故考える時間がいるんだ

 

「お一人ですか?」

 

「いーや、御姉様の手伝いだよ、なんだかすっごいヤル気になってんだよね、妖精さんを煽りまくってるし」

 

「ああ、なるほど、そのお手伝いですね」

 

「……なんか、納得いかない納得の仕方をされた気がするんだけど?」

 

「気のせいでしょ」

 

漫才が長引きそうなので口を挟む、大して面白い漫才でもないし

 

「あー、叢雲ちゃんってばひっどい言い様、これってば叢雲ちゃんの為なんだけどなー」

 

「?」

 

なんの話だ、先任の漣が私の為にヤル気になって妖精さんを煽ってる?心当たりが全く無い

 

「ざみちゃーん、どこー」

 

遠くの方からなんか聞こえてきた

 

「ヤバッ、戻らないと、じゃあね、ごゆっくりー」

 

それを見送りつつ聞いて見た

 

「今のは何の話なの?」

 

「さあ?」

 

大和も心当たりがない様だ

 

 

 

 

 

工廠を一回りして港を見学中に先任の五月雨に声をかけられた

 

「会えて良かった、ざみちゃんから二人が工廠に来てるって聞いて探してたの」

 

という事は五月雨も工廠にいたのか、漣の手伝いかな

 

「二人の艤装の整備が終わってます、ここが終わったら取りに来てくださいね」

 

そういうと工廠に戻っていった、さっき妖精さんに挨拶した時には何も言われなかったけど、そういうものなのだろうか

 

「今のって、昨日一緒に買い物した五月雨だよね」

 

「そうですけど?」

 

「あ、いや、五月雨はどっちも落ち着いてるから判別に自信がなくて」

 

「まあ、そうなんですか」

 

危ない、不思議そうにされてしまった、適当に言い訳したら通っちゃたけど、この子素直過ぎないか、余計な心配をしてしまうが

最初の初期艦が工廠に集まってる、確か大本営に召集されたと言っていた、鎮守府から撤収して来たとも、なにが起こってるんだろ

気になるけど研修中だし、大和が話してこないって事は研修とは関係ないんだと思うし、勝手に動いてあんな状況に陥りたくないし、モヤモヤするな、この状態は

艤装を受け取る時に機会を作れるかな、無理なく作れそうなら動いてみよう

 

 

 

 

 

「ここが受け取りの窓口?」

 

港の見学が終わって五月雨の言う通りに艤装を取りに来たんだが、なんだコレ

 

「ええ、まあ、そう言う事になっています」

 

なっていますって、初見の私には只のだだっ広い空間(然も結構な薄汚れ具合)にしか見えない、妖精さんも見当たらないし、どうなってるの

さっき見学した時にはあまりの寂れ様に使われていない区画だと思って素通りしてしまった、大和もなにも言わなかったし

 

「で、どうやって受け取るの、ここで」

 

本気で想像出来ない、てっきり妖精さんが運んでくるのかと思ってたのに

 

「普通にいつも通りに艤装を着ける感じで、それで受け取れます」

 

えっと、いつも通りにといわれても、確かにいつもは何の気なしに出し入れしてるけど今回は外して工廠に持ち込まれてるんだけど、それでもいつも通りなワケ?

下手に突っ込んでも仕方ない、いわれた通りにしてみよう

 

「!?」

 

おおう、本当に艤装が着いた、けど、装備だけだ、弾薬の補給がされてない、それに魚雷発射管は換装したんじゃないのか、桃色兎はプレゼントとかいってたのに

大和を見ればあのどデカイ艤装を背負ってる、いや実際に背負ってる訳じゃ無いけどこっちから見ると背負ってる様にしか見えないほどデカイ

 

「……間近で見ると凄いわね」

 

なんというかあの時こんなものからの発砲を受けてたのか、通りで回避に手間取る訳だ、こんなの至近弾でも中破しかねない、直撃されたら沈むのは間違いない、思えば無謀な事をしたものだ

 

「叢雲さん、艤装の具合は如何ですか、いまなら何かあれば直ぐに対応してもらえますよ」

 

「魚雷発射管……」

 

「?動かしにくいですか」

 

「四連装だったのに三連装になってる」

 

ちょっと考え込んだ大和だったが、すぐに思い当たったらしい

 

「あれは兵装試験で一時的に装備してもらったので、元の装備になっていれば問題ないですよ」

 

「四連装でも足らなかったのに、三連装じゃ無理じゃない、アレに換装できないの?」

 

問題大ありだ、これではこの戦艦を沈められない、五連装とかないの?

 

「あはは、あれは無理ですね、新規開発兵装ですし、最初の試験で予測値とのズレが大問題になっていますから」

 

つまり私の所為で使用禁止になってると、そういう事なの、理不尽な

 

「ん?」

 

今気がついた、艤装に私のじゃない妖精さんが着いてる、誰のだろう

 

「?どうされましたか」

 

「あ、なんかブッキーが艤装の調整をしてくれたみたいで、その説明を」

 

「吹雪さんの妖精さんが着いているんですか?」

 

「そうよ、伝言だって」

 

ブッキーの妖精さんは伝言を伝え終わると離れていった、ブッキーの所に帰るのだろう

 

「ブッキーが工廠にいるみたいなんだけど、お礼を言いにいってもいい?」

 

離れていく妖精さんを見つめながら聞いてみる

 

「ええ、勿論です、行きましょう」

 

お互い艤装をしまって妖精さんを追って歩き出した、あれだけデカイ艤装が引っ込むのは私から見ても不思議に思える、やってる事は私も同じなんだけどね

 

 

 

 



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29 いたいた、ブッキー!

 

 

 

「あ、いたいた、ブッキー!」

 

妖精さんの後を着いて行ったら、すんなりとブッキーに辿り着いた

こちらの声に反応してブッキーがこちらを向く

 

「……叢雲ちゃん」

 

なんだ、その顔は、人の顔見て顔を背けるのはどういうつもりなのか

 

「ブッキー、艤装の調整をしてくれたって、ありがとう」

 

ブッキーがどういうつもりかはこの際気にしない、こっちはこっちで聞かなきゃならない事がある

 

「え、あ、うん、序でだったし、気にしないで」

 

「ついで?」

 

「え、ああ、自分の艤装の調整をしてたのよ、その序で」

 

なんだろうね、こちらを見ないし、明から様に言葉を選んでるし、ちょっとカマかけてみるか

 

「ふーん、ついでって言う割には色々弄ったみたいじゃない」

 

「え、弄ってない、調整をしただけで、交換とか換装とかはしてない!」

 

言ってからアッって顔してるんだけど、交換?換装??どう言う事???

 

「ねぇブッキー?艤装が艦娘にとってどういうモノか分かるよね」

 

「……」

 

こうも判りやすくなんか隠してますって態度になると流石に気にしない訳にはいかない

 

「話してくれるよね」

 

ブッキーが俯いてしまった、追い詰める気は無いんだけど、どうしようか

 

「それについては、場所を変えて話しましょうか」

 

いきなり出て来る先任の五月雨、そういえば先任達はここに居るんだった

 

「え、五月雨それは……」

 

戸惑い気味のブッキー

 

「話さない訳にはいかないのです、叢雲ちゃんも言っている通り艦娘にとって艤装は生命線なのです、叢雲ちゃんは知らなければならないのです」

 

続いて出てきた電、知らなければならないって、なんの話だろ

 

「あー、そっちでやっててねー、漣は手が離せません!!」

 

どこからか漣がいってきた、どこにいるんだ、見渡す限りには見えないが

 

「もう、漣ったら」

 

五月雨が不満そうだ

 

「仕方ないのです、吹雪はどうしますか、話しにくいと言うのなら無理にとは言えませんが」

 

おお、電に吹雪って呼ばれてる、てっきりブッキーで固定だと思ってたのに

当のブッキーは俯いたままだ、そんなに気にしているのなら話した方がスッキリすると思うんだけど

 

「叢雲ちゃんは今日の予定は終わったのでしょう」

 

五月雨に聞かれた、その筈だが、一応大和に聞いてみる

 

「終わり、だよね」

 

「ええ、港まで終わりましたし、今日の予定は終わってますよ」

 

「この後は電達とお話なのです」

 

いきなり予定を入れられたんだけど、強引な事で

 

「何処でお話しされるのですか?」

 

天然というか空気読まないというか、ある意味で大和の性格はスゴイ、この前だって初期艦の事情に嘴突っ込むなと電に睨まれてるのに

ほら、電がジト目になって大和を見てる

 

「今から空いている部屋の使用許可を取ります、大本営からは出ませんので御安心を教導艦さん」

 

五月雨がそういうと電が仕方なさそうに溜息を吐いていた

 

「え、やまちゃんが叢雲ちゃんの教導艦なの?!」

 

ブッキー煩い、でもやっと顔を上げてくれた

 

「そうですよ」

 

簡潔に答える五月雨、なんか、先任の五月雨って電並みに温度差というか裏表とは違う何かがあるよね

 

「でしたら、大和のお部屋でお話しされては如何ですか、丁度叢雲さんも同室ですし」

 

「……叢雲ちゃん大和と同室って、あの話受けたんだ」

 

なに、なんで五月雨はそんな意外そうにするんだ、え、ダメな選択だったの

 

「手続きはもう済んでいるのですよね」

 

電も確認してくるし

 

「はい、今日のオリエンテーションを利用して書類作成の実習がてら済ませてあります」

 

なんで大和が嬉しそうにいってるんだろ

 

「いいんじゃない、やまちゃんなら大抵のことには対処出来るし、叢雲ちゃんを見捨てたりしないだろうし」

 

ブッキーよ、それはフォローなのか、それに見捨てるって何?

 

「そうですね、前向きに考えましょう」

 

「なのです」

 

いったい、どういう状況なんだ、これは

 

 

 

 

 

ホントにどういう状況なの、こ!れ!は!

確かに御夕飯はこれからだったよ、向こうの三人もこれからだっていうのは時間的に分からなくはないよ

だからって、食材買い出しに繰り出して六人分の食事を作ろうって話に如何してなるんだ、何故か大和がそういう方向に牽引するし、五月雨も乗ってくるし、誰も反対しないし、いや、大和の料理上手は知ってるよ、五月雨だって手作りお菓子を大量に持ち込むぐらいの腕があるのも知ってるよ、けどね、あんたら私の艤装に何をしたんだー!!

そこを気にしてるのが私だけって如何いう事なの、さっきの深刻そうな話は何処いった

 

ただ、こういう状況になってみれば大和の部屋って一人で住むにはかなり広いと改めて思う、詳しくは知らないけどこの部屋の間取りって一人暮らし用ではない、でも大和は大本営所属艦?だったかな、ソレにはこういう居室が割り当てられるともいっていた、如何いう事だろう、なにか私の知らない事情でもあるのだろうか

居間のソファーに座って大和達を見ていたらブッキーが隣に座って来た

 

「ブッキーは手伝わないの?」

 

「叢雲ちゃんこそ手伝いにいっていいんだよ?」

 

そう、何故か買い出した食材をキッチンに運び込んだら御役御免とばかりに居間に追い出された、なんでだ、そんな風に見られてるのか

 

「手伝いが必要な様には見えないから、こっちでのんびりさせてもらうわ」

 

「叢雲ちゃんが一人で寂しそうだから構ってあげようかと思って」

 

ほほう、構ってくれるとな、いいでしょう構ってもらいましょうか

 

「初期艦が大本営に召集されたって言ってたけど、何があったの?」

 

「詳しい事情は聞かされてないんだ、そういう命令だとしかわからない」

 

「なら、今、鎮守府の方は如何なってるの?」

 

「撤収命令が出て、私達は既に鎮守府所属艦ではなくなってるよ」

 

なにそれ、それじゃあ鎮守府が運営出来ないじゃない、大本営はなにを考えてるんだ

 

「先任の叢雲も所属を解かれた、引き続き鎮守府で保護されてるけどね」

 

えっ、待って、という事は私があの鎮守府に着任する条件は整ったって事なのか

 

「叢雲ちゃんは研修中でしょ、仮状態だけど大本営所属艦なんだから変な事したらダメだよ」

 

顔に出たのかブッキーにクギを刺された、そうか条件が整ったのは鎮守府側だけで私の側の条件が整ってないんだ、焦ったらダメだ、司令官は着任に必要な辞令を取ってこいといっていた、この研修中に何としても取り付けなければならない、無理はするなともいわれてるけどね

 

「撤収命令に召集命令か、ブッキーは如何思うの?」

 

「如何っていわれても、こっちは命令ならそうするしかないし、大本営が何の考えも無しにこんな命令を出す訳ないし、出来ることから片付けていくだけ」

 

へー、その片付ける中に私との演習と試合があったって事ですか、そうですか

 

「なによ、なんか言いたそうな顔して」

 

「片付ける中に新人イジメが入ってるんだなーと思っただけよ」

 

「ちょっ、新人イジメってなに、そんな事してないでしょ?!」

 

ブッキーが抗議の声を上げたのと時を同じくして呼び鈴が鳴った、来客の様だからドアフォンで確認する

 

「出るわ」

 

キッチンに声をかけて玄関に向かうと何故かブッキーが付いて来た

 

「イジメって何の話をいってるの?」

 

あれ、もしかしてブッキーって冗句の通じない子なのかな、気にせずドアを開けて来客を迎え入れる

 

「急に呼び出さないでよ、まったく」

 

不機嫌を隠す気もないこの来客、ムラムラだ

買い出しの途中の話であの時格技場に居たムラムラも呼ぼうと誰かが言い出して、何故か連絡先を知っていた五月雨が夕飯をご馳走するとの条件で呼び出した

出迎えるなり不機嫌さをぶつけられたから少しトゲのある返しをしてみた

 

「そういう割には素直に来たじゃない」

 

「そりゃね、大和が料理上手なのは知ってるからね、折角の機会を逃す手はないわ」

 

ムラムラはトゲなど気にも止めず不機嫌を引っ込めてしまった

 

「だから叢雲ちゃん、何の話をしてるのよー」

 

ブッキー、まだいってたのか

 

「ブッキー?どしたの」

 

なにか心配気なムラムラ

 

「まあ、上がって」

 

そういったらムラムラに変な顔をされた

 

「?」

 

なに、変な事は言ってないと思うけど

 

「なんで、あんたが、自分の部屋みたいにいってるの?」

 

「あれ、聞いてない?」

 

そういえば、大和と同居だってさっきまで先任の初期艦達も知らなかった様な気がする

 

「なにを?」

 

「叢雲ちゃん大和と同居になったんだって」

 

ブッキーに割り込まれた

 

「え、うそ?ほんと?!羨ましい!代わってくれない叢雲ちゃん!!」

 

おいムラムラ、なんだそれは、代わったら私は何処で寝起きすればいいんだ

 

「ムラムラってば正直過ぎる、まあ、気持ちはわかるけど」

 

なんかブッキーも同意してるし、なんだかな

 

「叢雲ちゃん二人とブッキー、御夕飯の用意が出来たからどうぞー」

 

キッチンから五月雨が顔を出した、五月雨はブッキー呼びなんだ

 

「行きましょう」

 

いつになく真剣な顔を見せるブッキーを見て、ムラムラと顔を見合わせてしまった

 

 

 

 

 

 

 



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30 ご馳走様でした

 

 

 

「ご馳走様でした」×6

 

美味しかった、昼食で民間運営されているという食堂で食べた食事よりずっとおいしかった

食材は同じく民間運営されているという食料品店で揃えたのだから質の上で劣る事はあっても勝る事も無いだろう

それでも大和の作った食事の方が美味しかった、五月雨と電も手を貸したといってるし、もうこの三人で食堂を開いてもらいたいくらいだ

 

「あ、忘れないうちに、コレ」

 

言いつつムラムラがなにかの記録紙?の様な紙を出した

 

「確かに」

 

最初に受け取った五月雨が隣の電にその紙を回した

 

「?」

 

なんの紙だろ、回って来た紙を見ると何処かに寄付した事が記載されていた、ますますわからない、ナニコレ

 

「あんたは知らないわね、これは戦没者基金への寄付記録よ」

 

私がなんだかわからなくてその紙を凝視した為か、ムラムラが説明してくれた、戦没者基金?ナニソレ

取り敢えず説明があったのでその紙をムラムラに渡した

 

「別に強制とかじゃ無いわよ、なにかの機会があればココへ寄付しましょうって話があるだけだから」

 

「?えっと、寄付??何でそれをみんなで確認するの???」

 

寄付という行為はわかる、戦没者基金ってのも言葉としてはわかる、でもなんでそれをここで確認する必要があるんだ、ん、戦没者?

 

「艦娘は人から見れば製造物なのです、使い捨てるというのも使い方の一つ、それに人はまだ艦娘の運用を習得してはいません、だから、沈めてしまうのです」

 

淡々と話す電

 

「それ自体は避けられない事、でも私達は弔うという概念を知っています、人が沈んだ艦娘を弔ってくれないのであれば、残った私達でそれを行う事にしましょう、となりました」

 

同様の五月雨

 

「?」

 

言ってる事はわかる、が理解できない、それは人の営みの一つだ、艦娘の行為では無い、艦娘は人に似せて造られてはいるが、人のマネをする必要は無い、自己満足とかそういうヤツだろうか

 

「あんたには難しい概念だろうから、今すぐに理解しようとしなくても大丈夫よ」

 

ムラムラよ、それはどういうつもりで言っているのか

 

「いや、言葉としては理解出来るわ、でもそんな人のマネをする必要がわからない」

 

思った所をいってみる

 

「……人のマネ、確かにそうですね、でも私は沈んだ艦娘達を弔う必要があると思っています」

 

なんだろう、もっとなにか別の事を言いたそうな五月雨

 

「弔うという概念を行為として表すのはとても難しいのです、電は始めからそれを理解出来た訳では無いですし、わからないから結論を出すまでに長い時間が必要でした」

 

「叢雲ちゃんもいずれわかる様になるよ」

 

最後にはブッキーにまで言われてしまった、が、まったくわからない、放っておいてもいいかな、私の目的とは関連が薄そうだし

 

「人のマネとして見るとわからないかも知れませんね、では別の方向からの必要を考えて見てはどうでしょうか」

 

はい?ますますわからない、なによ大和の言う別の方向とは

 

「取り敢えずこの寄付は強制じゃないわ、でもそれなりに集まるのよ、誰かが沈んだりするとね、その艦隊に編成されてた子たちが所持金全部とか、珍しい話じゃ無いしね」

 

「えっ、」

 

そういうムラムラは今寄付した、って事は、エッ!?

 

「誤解しないで、私が僚艦が沈むのを許すと思うの?今のはここの食材費よ」

 

はい?ナニソレ、意味がまったくわからないんだけど

 

「機会があれば寄付するって言ったでしょ、単にその機会だったってだけよ」

 

「えっと、さっぱりわからないんだけど、その基金は沈む艦娘がいると額が増えるって事?」

 

だったって言われてもわからないものはわからないよね

 

「そういう面もありますね」

 

五月雨が簡潔に応じた

 

「そもそも艦娘に残る家族なんていないんだから、基金ってのをどうにかしたらいいんじゃ無いかといつも思うわ」

 

感想?だと思うものを言うムラムラ

 

「人の社会制度に沿って運用しようとなると基金というのが適切だと、判断されています」

 

「それは、わかるんだけどね」

 

五月雨とムラムラの会話は聞き流した、私としては関連が薄い話しだし、そういえばムラムラは食材費だと言っていた

 

「食材費が寄付って、そういう事なら私も寄付した方がいいのかな」

 

「いえ、叢雲さんは食材費を出されているので必要はないですよ、寄付したいというのなら別ですが」

 

ん、出してる?大和はそう言うが払った覚えはないんだけど、あの時の会計は大和と五月雨がやってたし

 

「ここに来られた翌日のショッピングで大本営内の支払いや配送手続きなどについてはご説明しましたが、覚えてませんか」

 

え、あの買い出しの時にそういう説明があったのは覚えてる、なんか電子マネーとかいうので硬貨や紙幣ではなく只の板?プレート?でそういう事が出来る様になっていると

大本営内は殆ど電子マネー化されているから使用法を覚える様にと散々買い物させられた

 

「カード決済なので決済機の周辺にいればそれで支払いに加われるんですよ、これをするには事前にグループ登録して決裁権を設定する必要がありますが」

 

大和の説明が続く

 

「グループ登録?何それ聞いてないんだけど」

 

「あれ、その説明と登録は本日致しましたが、覚えていませんか」

 

エッ、今日のあの窓口巡りの中にそんなのがあったの!?ヤバイ覚えてない

 

「あー、この顔は右から左へ通り抜けて覚えてないって顔だ、あんた研修は真面目に受けた方がいいわよ」

 

ムラムラに突っ込まれた、そんなこと言ったって窓口幾つ回ったと思ってるのよ!一階から四階までの窓口の殆どで手続きがあったのよ!!

覚えきれないわよ!!!

と言いたかった、言えないけど

 

「やまちゃん、もしかして、新人さんに必要な手続きを今日だけで終わらせたのですか?」

 

電から質問が来た

 

「はい、叢雲さんは書類のテンプレートを理解されるのが早くてサクサク記載されるので今日中かかる予定が午前で終わってしまいました、午後は急遽予定を入れたんですよ」

 

電の問い掛けに大和がスラスラ答えたが、それを聞いた三人は其々に呆れた顔をしていた

 

「……やまちゃん、それはちょっと詰め過ぎかな」

 

呆れ気味の五月雨

 

「やまちゃんは時々、物凄くスパルタさんになるのです」

 

電のは感想かな

 

「あれを、午前だけで全部、そりゃ覚えてないわ、書類書くだけで二日かかったもの、私は」

 

ムラムラまでダメ出し、どういう事なの

 

「え、あれ、ダメなんですか?」

 

大戦艦よ、それを研修生としてはどう聞けばいいのか

 

「ダメっていうか、何の書類で如何して必要か、そこを解説しながら書いたらどうやっても一日では終わらなくない?それとも、私の理解が遅かったのかな」

 

「ムラムラの教導艦は誰でしたか?」

 

五月雨だ、それを聞いてどうするんだろ

 

「天龍よ、尤も向こうは際限無くやってる任務だから凄く手慣れてたけどね」

 

えっと、つまり、どういうことだ

 

「やまちゃんは初期艦の教導艦に着いたのは何件目ですか?」

 

質問を続ける五月雨、なにか思う所でもあるのかな

 

「今回が初めてです」

 

エッ、そうなの、知らなかった、でも教導艦は此方から選んだり指名したりは出来ないし、教導艦やるにも無資格とか無基準という事もあるまい、必要な資格なり技量は持ち合わせていると認定されている筈だ、問題無いと思うけど、どうなんだろう

 

「うーん、余計なお世話かも知れませんが、教導方針について経験豊富な先達と意見交換をされてはどうでしょうか、五月雨にはやまちゃんの教導方針は詰め過ぎに思えます」

 

「理解度の判定も無く課題を提出させるだけの教導では電は賛同できません」

 

「ま、こう言ってる事だし、取り敢えず天龍にでも相談したらいいんじゃない、あれはどうしようもなく御節介で世話焼き気質だから、イヤな顔なんてしないわよ」

 

五月雨、電、ムラムラはこう言うが、どうなんだろう、判断材料が足りない、でもなんかあったら頼って来いと言ってたよね、今朝会った天龍は

 

「……そうですね、今朝もなんかあったら頼って来いと叢雲さんに仰ていましたし、その線で相談してみます」

 

大和ってこういう時も素直よね、感心する

 

「?今朝なんかあったの」

 

あ、何故そこを突くんだこのムラムラは

 

「ええ、少し」

 

あ、大和が言葉を濁した、気を使ってくれてるのは嬉しいが、この場合逆効果だ

 

「なに?」

 

ああ、ムラムラの好奇心を刺激してしまった、ふと見れば電と五月雨も同様だ、コレはイケナイ

 

「夕べお風呂に入ったのよ、妖精さんがケアしてるなんて知らずにね、それで天龍が大和に苦情を言いに来た、それだけよ」

 

観念して自分で吐いた、大和が言うまで待っていても仕方ないし

 

「お風呂?」

 

「妖精さん?」

 

「ケア?」

 

何の事かわからなかったのか、電、五月雨、ムラムラが疑問の声を上げた

 

「叢雲ちゃんは二週間ほど鎮守府にいた、その間お風呂に入ってなかったって事でしょ」

 

ブッキーよ、そんなにハッキリいってくれるな、泣きたくなる

 

「そこからなのですか」

 

「初歩にも到達していませんね」

 

「あー、人の事言えない、私もそうだったし、鎮守府だと遠巻きにされるのよね、お互いの距離を測りかねているうちに大本営行きだし、詳しい話とかはなくて当然、なんか鹵獲された気分だったわアレは」

 

三人はブッキーの指摘で納得したらしい、嬉しくないが

 

「……そうなんですか」

 

なんか大和が理解が追いつかないって感じだけど、こっちは恥ずかしくてそれ所じゃない

 

「でも、その様子だとやまちゃん、叢雲ちゃんと一緒に入ったみたいね、お風呂」

 

そのツッコミいる!?なんでブッキーは蒸し返す様な事を

 

「ええ、お一人では対処に困るだろうと思いましたので」

 

「なんか、やまちゃんってこう、なんていうのか、偏ってるよね」

 

「偏る?」

 

「そう、気のつくところはトコトン気を使ってくれるけど、そうでない所はマルっと放置、知識?見識?教養?っていうのかな、その範囲がね」

 

「……」

 

なんだ、なにが言いたいんだ、ブッキーは

 

「偏りのない艦娘がいるのですか、まさかブッキーがそうだなんて、寝言は聞かせてくれるなよ」

 

あ、なんかプラズマ化してる

 

「そんな自惚れが出来るほど自信家じゃないつもりなんだけど、プラズマからはそう見えるの」

 

「プラズマじゃないのです、いなずまなのです!!」

 

「まあまあ、そんな事は置いてですね、叢雲ちゃんの教導方針を……」

 

「五月雨はいつもそうなのです、狡いのです!」

 

「えっ」

 

「そうだよね、こっちはブッキーとかいわれてるのに、五月雨はそういうのないもんね、立ち回りが上手いのかな」

 

「えっ」

 

「なんか、始まったし、私なんで呼ばれたんだろ」

 

先任三人が漫才を始めた所でポツリと呟くムラムラ、そういえばなんでだろ

 

「大和の料理目当てで来たんじゃないの」

 

「それは間違いじゃない、けど、呼び出された理由ではないわね」

 

ふと見れば大和が食器を片づけ始めていた、漫才はしばらく続きそうだし、手伝うか

 

 



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31 お茶をどうぞ

 

 

 

「お茶をどうぞ」

 

こっちが食器を片付けている間三人は飽きもせずに漫才していた、ムラムラはそれを眺めているだけだったが

 

「あ、ありがとう、丁度喉乾いてたのよ」

「いただくのです」

「あれ、いつの間にか片付いてる?!」

「私にも頂戴」

 

ニコニコと嬉しそうにお茶を出していく大戦艦、いいのかそれで

 

「叢雲さんもどうぞ、それとありがとうございました」

 

なにが?お礼言われる様な事があったかな

 

「片付け手伝ったからじゃない」

 

お茶片手のムラムラからだ

 

「同居なんだし当然だと思うんだけど、大和にはお客さんなのかな、私」

 

なに、そのナントカが豆鉄砲食らった様な顔は、不満でもあるのかしら

 

「叢雲ちゃん、随分と攻めるね、ちょっと驚いた」

 

攻めるとはどう言う意味だブッキー

 

「受けに回る叢雲というのは想像し辛いのです」

 

受けとはどう言う意味だ電

 

「そういえば、司令官を尻に敷いてやったって自慢気に話して来た事がありましたね、返事に困りましたが」

 

五月雨、なんだそれは、何時の誰の話だ

 

「それと一緒にしないでもらえるかしら、個体差ってモノがあるんだから」

 

ムラムラまで、なんであんたらが反応してんのよ、こっちは大和に言ってるんだ、あんたらの感想は要らないし

 

「お客さんでないとなると、何になるんでしょうか?」

 

大和も質問に疑問で返すとか、いやその前にその豆鉄砲顔をなんとかして欲しいんだけど、どうみても戦艦が駆逐艦に見せていい顔じゃない、私にはそういう風に見えるけど

 

「同居艦?って呼び方があるのか知らないけど、共同生活するならお客さん扱いはないでしょう、そんなことしてたら大和の負担にしかならないし、私はあなたの枷でも錘でもない、そんな事になるくらいなら宿舎に行くわ」

 

「駆逐艦の枷なんてやまちゃんには無いのと同じだよね」

「軽い錘なのです」

「お二方、そういう事ではないのはわかっているでしょう、どうしてイジワルな言い方をするんですか」

 

なんで大和よりあんたらが先に感想を出しているのか、頼んで無いぞ

 

「まあ、志は買うけどさ、ってなによ五月雨」

 

なんか五月雨がムラムラの言葉を遮った様だ

 

「艦種についての理解が不足している、という事でしょうか?」

 

どうしてそうなる、この戦艦は稀に言葉が通じなくなる、私の言葉はそんなに不適切か?

その場合は適切な言葉の選択方法も習得しなくてはならないが

 

「理解が不足してるのはお互いにって事なんじゃない?」

 

先任の三人に問いかける様にいうムラムラ

 

「そんな感じですかね、その他にも色々ありそうですが」

 

それに五月雨が応じた、なにか他にも付け足したそうな気配まで感じる、表情を見る限り他の二人も同意見らしい

 

「「???」」

 

言い様から察するに艦種に限られた話ではないのだろう事は分かる、しかし、どこのなんの理解が足りないのかと言う所がわからない

表情から察する限り大和は私と同意見の様だ、もしかして重症かな

 

「誰がこの二人を組ませたのでしょうか、なにか、意図的なモノを感じるのです」

「たぶん、なんにも考えてないと思うよ、たまたま其処に居たってくらいじゃないかな」

 

私の見立てでは、電の言い分よりブッキーの言い分の方が合ってる、けどブッキーの言い分と言う所に不安がある

 

「そうですね、偶々其処に居た、というのが正解だと思います、担当者が決まらずに居た叢雲さんをご案内していたら、教導艦に指名されましたから」

 

二人に答える大和

 

「ご案内?」

 

電が大和に聞いてる、なにを不思議そうにしてるんだろ

 

「ええ、叢雲さんは大本営に到着されてから何の指示も受けられなかったそうです、ご自分で解決されようと動かれた様ですが解決には至らなかったと」

 

「する訳ない、というか指示がなかったって、なに?」

 

相変わらずムラムラはヒドイ言い様をする、あんなに歩き回ったのに一言で片付けるんだから

 

「大本営に到着後、鎮守府から持参した関連書類を担当窓口に提出する様に指示される手筈なのですが、それがなかったそうです」

 

「……ちょっと信じられないんだけど、ホントなの今の話」

 

ムラムラってば私になにか含む所でもあるのか、そんな所を創作したってなんにもならないじゃないか、そうだ桃色兎は見てたって言ってた

 

「漣は知っていた様だけど、聞いてない?」

 

「漣?聞いてないわ、そちらの漣かしら」

 

ムラムラが五月雨達に振る

 

「私達が大本営に到着したのはムラムラ達が演習場の準備を始めた頃ですけど、叢雲ちゃんもその頃に到着したの?」

 

私に回って来た

 

「そういわれても、私はムラムラ達がいつから演習場の準備を始めたのか、知らないんだけど」

 

「あれは叢雲ちゃんが佐伯司令官の要望書を持って来たって聞いたから初期艦権限で演習に引っ張りだしたんだけど、演習場自体は兵装試験名目で予約済みだったし」

 

ムラムラが答えてる

 

「あの要望書は叢雲さんをご案内している途中で所定の窓口へ提出しました、関連書類をお預かりしていましたから、窓口に提出したのは大和ですよ」

 

「それだ」

 

なにブッキー、大和の台詞でなにか思い当たったのかな

 

「それ提出者として署名入れたでしょ」

 

「代理人規定に基づく証書の事ですか」

 

普通に応じる大和

 

「アッ」×3

 

なに、三人纏めてヤラカシやがったってその顔は、何なのよ、大和に視線を向けるも本人も思い当たる節がない様子

 

「大和、あんた、自分が秘書艦って役職に就いていることを忘れてない?」

 

ムラムラが聞いているが大和は合点がいかない様だ

それは私も聞いている、でもそれがあの手続きと何の関係があるのか、そこが繋がらない

 

「秘書艦と初期艦の権限は同等なのです、窓口側から見れば初期艦の受け入れ手続きを初期艦が行なっているのと同じ意味なのです」

 

電の説明が入った、つまりどういう事だ

 

「初期艦が手続きやってるなら、そのままお任せされるよね、他を探すのもメンドクサいし」

 

面倒臭いってなに、任務でしょ、責務ってモノがあるでしょう?ねぇムラムラ!?

大和は大和でナルホドといった感じて納得顔だし、いいけどさ

 

「理解が不足している、という事ですね」

 

なにキレイに〆ようとしてんのよ五月雨は

 

 

 



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32 まったく以って何だったのか

 

 

 

 

まったく以って何だったのか

結局五月雨が纏め切ってあのままお開きになってしまった

私の艤装、何がどうなったのか一切話題にすらされなかったんだけど、どういう事なのよ

電がアレだけ思わせ振りにシリアスしといて放置プレイとは奴は弩Sに違いない

見た目と中身の差異が大き過ぎるでしょ、初期艦の中では一番ちっこくて五月雨よりも柔らかい笑顔を見せるのに、なにをどうしたらあんなになってしまうのか

時折見せるプラズマと呼ばれる状態になるとあの大戦艦が怯えて震え出すほどの空気を作り出す事からもプラズマが本性に違いない、本人が何と言おうと私はそう結論づけた

 

ただ、ムラムラが時期が早かったかと謂く有り気に呟いたのは聞こえた

 

 

 

 

 

6月26日

 

朝食後、大和に連れられて港に併設されている艦娘の詰所の様な建物に来た

なんか、漢字が十個以上並んだ仰々しい看板?が有ったが読む気を無くすデザインだったから素通りした

 

「えっと、予定表は、これかな?」

 

中に入って行くと大和が壁際に作り付けてあるデカイ札掛の前でそれを見ていた

ええと、まさかとは思うけど、この札掛って編成表?こんな伝達方法でいいのか、そんなはずない、これは只の早見表的な物だと思いたい、何と言っても第一から第四までしか無いし

 

「秘書艦がこんな所でなにしてるの?」

 

声の方を見れば軽巡と思しき艦娘がいた

 

「天龍さんのシフトを確認しに来ました」

「天龍?ああ、アレで非番が多いから見つからないのね、なんなら呼び出すけど?」

「いえ、それには及びません、この行動計画は最新版ですか」

「そのはずよ、それが違ってたらこっちも困るし、で、この子は?」

 

この子って私か、軽巡からすれば駆逐艦がこの子扱いなのはアタマではわかる、が、実際にそう扱われるのを許容するのとは別の話だ

 

「叢雲さんです、今、研修中なんですよ」

 

おい、大和、なぜ私の頭に手を乗せるんだ、邪魔だぞ

 

「研修?初期艦なの」

「はい、そうですよ」

「んー、なかなか元気そうな子ね、あ、もしかして天龍に教導を頼みに来たの?」

「いえ、叢雲さんの教導艦には大和が就いています」

 

聞いた途端に軽巡が固まった、どうしたんだろ

 

「え、駆逐艦の教導に戦艦が!?何で!どうしてそんなことになってるの?!」

 

それはどういう意味だ、ってそういう意味しかないな、コレが普通の反応なんだと思う

 

「あはは、なんででしょうね」

 

あ、胡魔化した、まあいいけど

 

「はー、驚いた、でもまあいいんじゃない、大和には良い機会になるし、初期艦でも格上の教導なら不足は無いでしょうし、私の見立てだと相性も良いようだし、精々励みなさい」

 

そう言って去って行く軽巡、なんだろうね、一部軽巡とは思えなかったけど、天龍より大きいんだけど、ホントに軽巡か

 

「どうされました?」

 

大和の方を見れば外に歩き出していた

 

 

 

 

 

「さっきの軽巡よね」

 

何処に向かっているのか知らないが、歩き中に聞いてみた

 

「はい、長良型の五十鈴さんです」

 

やっぱり軽巡か、にしても大きかった

 

「なにか気になる事でも?」

「え、大した事ではないわ」

 

大きかったから艦種を読み違えたかと思ったとは言えない

 

「隠し事は良くありません、なんですか?」

 

おおう、迫ってくるな、あんたと私では身長差があり過ぎるんだから

 

「ええと、あれよ、さっきの編成表?でちょっと」

「?なにか、疑問な所がありましたか」

「旗艦が全部軽巡だったから、ちょっと気になっただけよ」

「軽巡が旗艦を務める事に、問題があるとは思いませんが」

 

まったくだ、私だって問題だなんて思ってない、さて、このデマカセどうしようか

 

「戦艦とはいわないまでも、重巡や空母までもが編成されていなかった、大本営にいない訳はないでしょうから、軽巡が旗艦の編成ばかりなのが気になっただけよ」

 

我ながら良い所を突いた様な気がする、元はデマカセなんだけど

 

「……ああ、そういう事ですか」

 

お、なんだ、この想定外の反応は、変な所を突いてしまったかな

 

「そのお話も一緒にお聞きしましょうか、天龍さんに」

 

は、天龍に聞くってなに、今天龍の所に向かってるの?

 

 

 

 

 

「こんにちは」

「おお、誰かと思えば大和じゃねーか、まあ、こっちに来て座れや」

 

何処に行くのかと思えば五月雨達と買い物途中に寄ったオープンカフェ、そこにはなんという事だ、天龍が三人も居る、居るとは言ってたけど、なんで揃ってるんだろ

 

「なんだ、デカイ猫も一緒か」

「誰がデカイ猫よ!」

 

しまった、つい乗せられてしまった、三人揃ってたから気が逸れてた隙を突かれてしまった

 

「お、じゃあ、コレが話に出てたデカイ猫か、猫にしては可愛げが足りないんじゃないか」

「……ちょっと、ケンカ売ってるの?なんなら纏めて買い上げてやるわよ」

「あんまり揶揄うなよ、大和が困ってるだろ」

 

見れば確かに困った顔してる、でも今のは向こうが悪いと思うんだけど

 

「まあ、おまえさんもこっちに来て座れ、なんか飲むか?」

 

後ろのは大和に言っている様だ

 

「えっと、ですね、その前にご相談したい事と、お聞きしたい事が有るのですが」

 

勧められた席に座ってから言い始める大和、こちらも取り敢えず座っとく

 

「ほう、じゃあ、大和の奢りな」

 

言いつつ店員を呼ぶ天龍、三人居るからどうしようか、今の天龍が最初に声をかけて来た天龍、もう一人は私をデカイ猫呼ばわりするけどいい人っぽい天龍、残りは口の悪い天龍

 

「ええ、いいですよ、それでですね」

「まあ、待てよ、急ぎって訳でもないんだろ、そっちの初期艦とも話したいし、ゆっくりしようぜ」

 

ん、私?なんだろ、最初の天龍とは初顔合わせだと思うけど

 

「良いのですか?折角のお休みなのでは」

「気にすんなって、なんか困り事があるんだろ、それもそこのデカイ猫の事で、それならオレさまの出番だ、遠慮はいらねーよ」

 

人をデカイ猫呼ばわりするけどいい人の様な天龍は前と同じくそう言ってくれた

 

「ま、このお調子者が安請け合いしたってのは聞いた、気にしなきゃならんのは大和じゃなくてコイツだからな」

 

この天龍はホント口が悪い、ん、休み?そう言えばさっき五十鈴がアレで非番が増えたとか言ってた、何の事だろ

 

「おー、きたきた、追加で注文する奴いるか、いないな、あんがとよ」

 

この最初の天龍って仕切り屋というか気配り屋というか、注文を持ってきた店員にまで声をかけてる、この天龍もいい人なのかな

 

「さて、先ずは確認させてくれ」

 

全員に飲み物が渡り終わったタイミングを見計らって最初の天龍が切り出してきた

 

「そこの初期艦は今研修中で大和が教導艦に指名されたと、ついでに同居も始めたと聞いた、ここまでは合ってるか」

「はい、その通りです」

「大和が教導艦に指名された理由は、聞いてもいいか、もし、答えられない事情があるなら言わなくていい」

 

随分と持って回った言い方をするんだ、最初の天龍は、ちょっと意外だ

 

「答えられない様な事情は勿論、何の事情もありません、単に大和が居合わせた、それだけですが」

 

なにを聞きたいのか計りかねるといった感じの大和、この点はブッキーと意見が合ってるから不安材料ではあるんだよね

 

「偶然その場に居合わせて偶々指名されたと、そういう事か?」

 

確認する様に聞く最初の天龍

 

「そうです、なにか気がかりな事でもあるのですか」

「お前はそれでも戦艦か、いや、大和の素直さは美点だと思うし、何よりお前は良いヤツだ、でもな、人の全てがお前さんの様にはなれないんだ、残念な事に」

 

なんだ、話が跳んだぞ、なんの話を始めたんだ、最初の天龍は

 

「??」

 

大和もわからないって顔してるし

 

「少し前から色んな所で色んな事態が激しく動き出した、これには大本営の誰もが巻き込まれてる、こっちは今も巻き込まれたままだ、この状況下で秘書艦の大和が初期艦の教導艦に指名された、これが偶然とか偶々なんて考えられない、ってのが俺等の共通意見なんだが」

 

それで他の天龍が大人しくしてるのか、それはそれとして焦れったいわね

 

「悪いけど、何を言いたいのかさっぱりなんだけど?」

 

お、なんだ、三人ともコッチを向いて、もしかして駆逐艦は口出すなとか、そういう事?

 

「……お前さん、大本営に来た初日に兵装試験をやったって?」

「お前さん、じゃなくて叢雲よ、初期艦なんて散々見て来たって聞いてるわよ、天龍」

 

取り敢えず私に質問して来た最初の天龍と睨めっこ状態に突入、我ながら何をしてるんだか

 

「大和、このデカイ猫にいらん事言ったのはどこの初期艦だか、知ってるか」

 

睨めっこ継続中、ラチがあかないと踏んだのか大和を巻き込んでいく最初の天龍

 

「三組の叢雲さんですね」

 

なんてあっさり、って三組の叢雲?ムラムラの事なのはわかるが、三組ってなに?

 

「あははは、なんだよ、好かれてんじゃん、良かったな」

 

いい人の天龍が面白くて仕方ない様に言ってくる

 

「あのツンツンが同名艦に勧めるとか、懐かれてるねー、流石長老」

 

こっちは口の悪い天龍か

 

「オラ、誰が長老だ誰が?!」

 

おっと、睨めっこが一方的に解除された、と思ったら相手が口の悪い天龍に変わっただけか

でも、長老とかいわれてるって事は最初の天龍が最先任なのかな、適当に付けたんだけど

 

「おい、そこらでやめとけ、初期艦と秘書艦が呆れてる」

 

いい人の天龍のツッコミでハッとした感じて咳払いなどしつつ離れる二人

 

「そういや、あの試験の結果はどうだったのよ、見にいったんだろ」

 

口の悪い天龍だ、わかりやすい話題転換ありがとう

 

「行ったら漣のヤツがウロウロしててな、丁度良いから捕まえて聞いたんだ」

 

飲み物を口にしつつ答える最初の天龍

 

「で、アレが使えるのはいつ頃になりそうだ」

 

続けて口の悪い天龍だ、でも、使用禁止じゃないのか、確か変な数値が出て大問題になってるとかで

 

「もう使用許可が出てる、何でも初回から限界値まで使い切った試験担当艦のお陰で一発合格だそうだ」

 

最初の天龍がなんでもない感じで答えた

 

「「えっ」」

 

それに驚いている天龍が二人、それにしても私が使った四連装の事じゃないのか、まあ、大本営なんだから兵装試験なんて幾つもやってるだろうし、話の運びが紛らわしい

ん、なに、なんでコッチを凝視してんのこの二人

 

「なによ」

 

あんまりにもあからさまで長かったからつい口に出た

 

「あの試験をやったのって、お前さんだよな」

 

「?」

 

口の悪い天龍が信じられないって顔しながら聞いて来た

 

「四連装の酸素魚雷、使わなかったか、ここに来た初日に」

 

今度はいい人の天龍から聞かれた

 

「ああ、アレ、漣のヤツ、プレゼントとか言ってたのに終わったら取り上げられたわ、今度会ったら文句言っとかないと」

 

「漣のヤツなにをいってるんだよ、プレゼントって、オレが欲しいわ」

 

それは文句かな、口の悪い天龍よ

 

「申請すればいいだろ、使用許可は出たんだから」

 

尤もな事を言ういい人の天龍

 

「申請したって却下されんだろ、遠征隊に魚雷なんか要らんってのが士官どもの言い分だしな」

「そんなもん積む余裕があるなら資材を積めって、それしか言わないからな、あいつら」

「そうそう、その刀は飾りかって嫌味までがセットだからな」

 

「なにそれ、大本営の士官が、そんな事言ってるの」

 

二人の会話に出て来たあんまりな言い様に思わず口を挟んだ

 

「来たばかりのお前さんには分かり辛いかも知れないが、大本営って所はそういう所だ」

 

最初の天龍が何でもない様にそう言った

 

「……成る程、クソ官僚が一杯って事ね、司令官の言っていた通りに」

 

「?司令官、誰の事だ」

 

最初の天龍に聞かれた

 

「司令官は司令官よ」

 

私が司令官と呼ぶ人は一人しかいない

 

「大和、この初期艦が言ってる司令官って誰の事だ」

 

ここまでノンビリと紅茶を嗜んでいた大和が優雅とも見える動作でカップをソーサーに戻す

 

「佐伯司令官の事です、叢雲さんはそこから来られましたので」

 

どういう訳かこれを聞いた天龍三人が大マジな顔になった

 

「なに、って事はお前さんが、佐伯司令官から初期艦に要望されたっていう叢雲か」

「ああ、そういう、納得した」

「初回、初装備で限界値まで使い切ったとなれば、高練度な事は間違いないしな、何処からも文句は出ないだろうよ」

 

なんの話をしてるんだ、話が跳んでないか

 

 

 

 



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33 大和が教導艦に指名されたのは偶然じゃない

 

 

「取り敢えずそこの初期艦の方はわかった、で、話を戻すが、大和がこの初期艦の教導艦に指名されたのは偶然じゃないと、オレ達は考えている、ホントに思い当たらないのか?」

 

おい、いきなり放置か、こっちはなんだか訳が分かってないんだが、最初の天龍は思ったほどいい人ではないらしい

 

「そういわれてもですね、何処からも指示などは受けていませんし、教導艦の選出は教務課の領分です、もし、天龍さんのいわれる様な事情があるのならそちらに問い合わせた方が良いかと」

 

ああ、放置のまま話が進められていく、割り込むべきか止めとくべきか

 

「そういわれればそうだな、其処に割り込もうとしたら秘書艦権限でも持ち出さないと無理だろうし、大和にそこまでする理由があるかってのは疑問だな、考えてみれば」

 

少し考え込む様になる最初の天龍

 

「佐伯司令官に初期艦に要望されたってのは、理由としては薄いか」

 

これは口の悪い天龍だ

 

「薄いってか、大和は佐伯司令官と面識ないだろ、無理があるんじゃねーか」

 

これはいい人の天龍

 

「だな、その線は流石に無い、いくら大和でもそれは無い」

 

考え込むのを止めた最初の天龍がそう結論付けた

どういう意味だ、私の司令官の望みを大和が聞き入れないって事かな

んーと、幾ら戦艦でも大和にはそこまでの権限が無いって事か、でも秘書艦権限とかを使えばどうにかなると、そういえば格技場でも相応の事情があればって言ってた、役職に付与された権限を行使するには相応の理由が必要って事ね、理由も無くそれをやったら職権乱用ってヤツか、成る程無理だね

ん、そういえば秘書艦って初期艦の代わりに出来るかどうかを試験中?とか言ってたっけあの妖精さんお気に入りの視察官

 

「そういえば、大和が私を案内してくれたのは視察官が呼んでくれたからだよね」

 

「視察官?誰の事だよ、お前さんは人を名前で呼ばないのか?」

 

なんか凄い疑問形で最初の天龍に聞かれた、人を個人の固有名称を含めて呼ばないのはそんなに不自然な事なのか

 

「視察官呼びなんですね、未だに、初対面の時はそうだったのでしょうけど、一時的な役職をそのまま使い続けるのは他の方に通じませんので改めた方が良いと思いますよ」

 

大和からも訂正する様にいわれてしまった、視察官でないとするとなんで呼べばいいんだろ、視察官個人の固有名称なんて知らないんだけど

 

「初対面の時に視察官だった?最近誰か視察になんて行ったのか」

 

いい人の天龍が他の天龍に聞いてる

 

「予定表には載ってなかった、この初期艦は来たばかりだろ、おかしくないか」

 

なにがおかしいのか、あの天龍は本当に口が悪い

 

「あの視察は急遽決定されたので予定表に反映されていません……」

 

ん、なんだ?大和の雰囲気が

 

「私だって老提督の所在を散々聞き込んで探し回って秘書艦権限振り翳してやっと足取り掴んだと思ったら、既に鎮守府へ視察に出発された後でしたよ!!」

 

ななな、なんだ!?大和が急に饒舌になって捲し立ててるんだけど、なにがあったの?!

 

「えっと、大和?なんか苦労してる様だな、俺等で良ければ話を聞くぞ?」

 

あんまりな様子にいい人の天龍が驚きつつも続きを促してる

 

「あ、いえ、過ぎた事です、忘れてください」

 

なにも無かったかの様に優雅な動作でカップをソーサーから取る、如何見ても何かしらあったのは間違いない、コレ踏み込んで良いのかな

 

「大和、そういう所だぞ、何でも抱え込んで吐き出さずに溜め込んじまう、お前さんに幾つかある悪い所だ」

 

最初の天龍もこう言ってる

 

「まあ、戦艦から見れば軽巡なんて頼り無いってのはわからんでは無い、けどなオレは天龍さまだぜ、そこらの軽巡と一括りにしちゃいけない、なんせ世界水準超えてんだぜ、この天龍さまはよ!!」

 

ナニソレ、口の悪い天龍が凄い自信満々で態々立ち上がってまで胸張って大威張り状態だけど、ナニソレとしか思えないんだけど

大和を見れば呆気に取られてた、そりゃそうなるよね

 

「ふふっ」

 

お、何だ大和が笑った?

 

「そうですね、聞いてもらえますか、あの時ーーー

 

 

 

 

 

あまりに長い大和の愚痴が吐き出された為、続きを促した天龍達でさえ疲労の色が濃い

 

「と、取り敢えずメシ食いに行かないか」

 

もう時間的には昼食というより午後のお茶の時間だ、兎も角大和が溜め込みやすい性格な事だけは良くわかった、今度からは天龍達だけでやってもらいたい

 

「そうですね、沢山お話ししたのでお腹が空きました」

 

この大和の一言で天龍達が顔色を変えた、何をそんな顔する事があるのか、アレだけ喋り倒せば当たり前の話だ、そういえば視察官は大本営ではその当たり前が分からないとか言ってた様な気がする、まさか、ね

 

「仕方ない、ちょっと先行って話つけてくる、お前らはゆっくり来てくれ」

 

そういうと最初の天龍が何処かへ走り去った、慌てて何処に行くんだろ

 

「そういうこったから、ノンビリと行こうか」

 

ゆっくりと立ち上がりつつ言ういい人の天龍

 

「じゃあ、待機場にでも寄るか?遠征隊の誰かしらいるだろうし、紹介しといてもお互い損は無いだろ」

 

それに続く口の悪い天龍

 

「という事なんだが、大和はそれでいいか?」

 

いい人の天龍が聞いてくる

 

「はい!」

 

なにを嬉しそうにしてるんだ、如何いう事なのかイマイチわからん

 

「お前も猫の手ぐらいの役には立つだろ」

 

まだ猫いうかコイツは

 

この時私はわからなかった、この口の悪い天龍の言っている意味を

 

 

 

 

 

この後艦娘しか利用しない食堂で普通に食事をした

大和の食事量がアレだった事を除けば普通に食事をした、以前大本営本棟の食堂で昼食を摂った際の様な変な空気も無く、セルフサービス式の食堂としては至って普通だった

確か此処を利用するには事前申請するんじゃなかったっけ、私はそんなのしてないんだが、今回は一抜けした最初の天龍が処理したらしい

お陰で此処の利用方法の説明が後回しにされてしまった、この食堂を利用する機会なんて幾らでもあるから後日の楽しみに取っておけとかいわれるし、なんだかなぁ

 

こちらの用件は大和が食べながら済ませた、私と天龍三人を合わせた四人分の量を軽く超える食事を摂るにはそれなりに時間がかかる、その時間を利用して教導方針の相談を、後に非番の多い訳を聞いた

聞いてみれば先程言っていた巻き込まれてるというヤツがそうなのだとか

なにやら大本営内がかなり慌ただしく動いているそうだ、鎮守府に配属されていた最初の初期艦の撤収命令と関係があるとは思うが具体的な所は天龍達も知らされていない、そもそも遠征隊に大本営の細かい動きは伝わってこないんだとか、なんでそんな体制になっているのか聞いたら、それこそ研修でやるから楽しみにしておけと言われてしまった

 

なんか体良く門前払いを食わされた感じだけど、研修でやると云われれば教導艦の大和から教えてもらった方がいいだろう、私としても天龍に大和と代わってもらいたいわけでは無いし

 

 

 

 

 

「御夕飯は軽目でも大丈夫ですか?」

 

食堂で天龍達と別れて部屋に戻って来た、それで聞かれたのだが、大丈夫といえば大丈夫だけど、確か食材的にも軽目で済ませないと買い出しに行かないとダメだよね

今から買い出しか、どうしようか

 

「買い置きのがあるならそれでいいわ」

 

「そういうのはないですね」

 

大和の性格的なモノなのかレトルト食品(完全調理済み保存食)の類いは買い置きしないらしい、料理上手はこうなのかな

 

「んー、じゃあちょっと買い出しに行って来る、なにか買って来るものはある?」

 

「あ、大和も行きますよ」

 

「大丈夫よ一人でも、大本営の中なんだし、買い物の仕方も教わったし、ちょっとした実地訓練とでも思って待ってて頂戴」

 

「そうですか、ではちょっと書き出しますね」

 

え、書き出すってなにを?エッ、そんなにガッツリと買い物すんの?これから?!

おおう、予測というか見込みを大きく外した、けどまあ仕方ない、自分でいい出した事だし、どうにかしましょう

私としてはちょっと一人で考えごとする時間が欲しかっただけなんだけど、仕方ないわね

 

 

 

 



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34 えっと、これで揃ったのかな

 

 

 

 

「えっと、これで揃ったのかな?」

 

買い出しに出たのはいいものの大和から頼まれた買い物は品目が多く現物を揃えるのに苦労した

まあ、売り場を散々周っただけで済んだのだからショッピングモールってのは凄い便利なのだろう、私の覚えている所ではこれだけの品目を揃えるのに商店街をハシゴしなくちゃならなかったハズだ、それを思えば大した苦労では無いと思う

ただ、問題は、コレどうやって持ち帰ろうか、持ちきれなくは無いんだけど

持ったらそのまま直帰しないといけない

ちょっとどこかに置いて一休みとか、お茶など一杯というのは厳しい量だ

そんな事を朧げに考えていたら、レジの店員から声をかけられた

 

「御会計はどちらでなさいますか?」

 

なんのことかと示された画面を見たら、支払い方法が二つ出ていた

一つは個人決済、もう一つはグループ決済

ん、何故ここでグループ決済が出て来る?

聞いた限りの説明だと大和が近くにいればグループ決済が出来るという事、これは同居という事情からそうなるんだそうだ

大和が付いて来てる?そう思って辺りを見渡して見るもその姿は無い

知らない間にプレートだけ持たされたのかと思い、探してみたけれど大和のプレートは無い、電子マネーの性質からしても他人に無断で持たせる様なモノでも無いし、と悩んでいたが、ふと見れば会計の列が伸びている上に店員が困っていた

 

「あ、ごめんなさい、個人決済でお願いします」

 

グループ決済出来る条件が思い当たらなかった、なんだかわからない事態を招いてここに大和を呼び出す事になるよりはマシだろうと思っただけで何かしらの思惑があったワケではない

 

「えっ、はい、個人決済ですね」

 

「?」

 

何故か店員が不思議そうにしながら会計処理をしていた

 

 

 

 

 

買い出しの帰り道で声をかけられ、そちらを見れば演習組の吹雪と電がいた

 

「叢雲ちゃん?どうしたのその買い物は」

「一人で持つには多過ぎると思うのです」

 

おお、先任の方と違ってこの二人は心配してくれる上に優しい言葉までかけてくれるのか

ブッキーは今ひとつ何考えてるか分からないし、プラズマに至っては弩Sだし、同型同名艦でこうも違うとは、自分の事は棚上げするとしても不思議なものだ

 

「多い事は多いけど、持てなくは無いし、二人はどうしたの?」

「御夕飯に出て来たのです」

「そうしたら叢雲ちゃんが大きな買い物袋を提げて一人で歩いてるのを見かけたから」

「そう、私は見た通りの帰り道、それじゃあね」

 

夕食を食べに来たのなら長引かせる事もないから、早々に切り上げた

 

「幾つかいなずまが持つのです」

 

電がこちらに手を伸ばして来た、いや、持つって言われても、夕食に出て来たんでしょ貴方達

 

「そうそう、無理はしない、私も手を貸すよ」

 

吹雪、おまえもか、でもどうしよう、好意で言ってくれてるのは分かるし、どう言えばそこを否定せずに断れるんだろう

 

「叢雲ちゃん、私は特型一番艦の吹雪、あなたの姉妹艦で吹雪型のネームシップ、頼ってくれて良いんだよ」

 

お、おう、そこまで言われてしまっては断わり様がない、何がどう出るのか分からないけど

 

「それじゃあ、少し持ってもらっても良いかしら」

 

そんな訳で私の運ぶ量は三分の一になった

 

 

 

 

 

「あ、あら、吹雪さんに電さん、如何されたんですか?」

 

部屋に帰り着いて出迎えた大和が二人を見てこう言った

 

「大和、この量を叢雲ちゃん一人に持ち運ばせるのは如何かと思うよ、流石に」

「戦艦なら大した事では無いかも知れませんが、叢雲ちゃんは駆逐艦なのですよ」

 

間髪入れずに抗議を入れる吹雪と電

 

「えっ、あれを持ち帰ったんですか、叢雲さん、配送にしなかったんですか?」

「配送って、コレ食料品でしょ、配送にしたら不味いんじゃないの?」

 

私の覚えている所では配送なんて何日かかるか分かったものではないんだが、そんなに時間をかけたら買った食料品が傷んでしまう

 

「配送にしたらって、叢雲ちゃん、今は食料品でも傷まずに配送できる様になってるんだよ、前の頃では考えられなかったよね」

 

吹雪が解説?説明?してくれた

 

「そうなの?」

 

配送の手続きは前に教わったが、あの時の品物はまだ届いていないんだけど

 

「衣類とか生活用品とは配送の仕組みが違うのです、今は食料品でも安心して配送出来るのですよ」

 

こちらの疑問を感じ取ったのかいなずまが続けた

 

「そうなの?」

 

大和に聞いてみた

 

「そうなんですよ、大和としては配送にしないで持ち帰るとは思っていませんでした」

 

それであの量の買い出しな訳だ

 

「会計の時に店員さんから配送にするかと聞かれませんでしたか?」

 

大和に不思議そうにされてしまった

 

「いいえ、そんな事聞かれなかったわよ」

 

そういえばあの時の店員はなにか不思議そうにしていた、なにかやらかしたのかな私

 

「おかしいですね、グループ決済すれば聞かれる筈なんですけど」

 

大和が考え込んでしまった

 

「個人決済にしたわよ、グループ決済しようにも大和は決済機の周囲に居ないのだから使えないでしょ」

 

「「「はい?」」」

 

な、なに、なんで三人揃ってそんなに疑問形なの、これはもしかしなくてもやらかしたかな

 

「叢雲ちゃんは研修中な上に教導艦の大和と同居しているんだから、無条件でグループ決済が使えるよ、知らなかったの?」

 

吹雪が不思議そうにしている、私はそんな説明聞いてないんだが、でもこのグループ決済ってのはあの手続きマラソンの中で説明したと大和は言ってるんだよね、それを聞いたけど覚えきれなかったのは私だし、問題は私か

 

「決済機の周囲にいなければ使えないのは一時的なグループ設定の場合なのです、時限設定と期限設定を混同していませんか?」

 

いなずまに聞かれた、時限設定?期限設定?ナニソレ

 

「あ、そういう事ですか」

 

なんか大和が納得してるんだけど、事情が読めたのかな

 

「あの時の食材費はあの場にいた五人で支払っているんですよ、それであの場にいなかった叢雲さんが寄付という形に、あの説明は全員が支払っているという説明として大和は話したつもりでしたが、勘違いさせてしまった様です、ごめんなさい」

 

謝られる事では無いんだけど、元を正せば窓口トライアルで覚えきれなかった私の所為だし

 

「うーん、ムラムラから少しは聞いたけど、なるほどだね」

「大和は時々すごくスパルタさんになるのです」

 

苦笑いしてる大和、この場合私はどうしたらいいんだろ

 

「えっと、取り敢えず買い出し品を運んでしまいましょうか」

 

何時迄も玄関口に居ても仕方ないし、片付けられる所から片付けていかないとね

 

「そうですね」

 

苦笑いのまま応える大和、仕方ないか

 

「そんな訳だからもうちょっといいかしら二人とも」

「いいよー、乗りかかった何とやらってヤツだし」

「なのです」

 

三人で買い込んだ食料品をキッチンに運び込んだ

 



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35 正直助かったわ

 

 

 

 

「ありがとね、正直助かったわ」

「なんのなんの、駆逐艦は相互支援が行動原則、まして姉妹艦なら尚更だよ」

「そうなのです、困った時はお互い様なのですよ」

 

如何にか運び終えた、改めて見ると一人で運ぶのは無理がある量に思える、よく諦めないで運んだな私、自分に感心してしまう

 

「ありがとうございます、お二人はこの後何が予定はありますか?」

 

なにか思い付いたのか、嬉しそうに大和が聞いてきた

 

「予定っていっても夕食に出たら叢雲ちゃんを見かけてそれでここに来ただけだから」

「駆逐艦といっても初期艦は遠征隊にも偶にしか編成されませんし、予定という予定もないのです」

 

初期艦は遠征隊に編成されない?ナニソレ、そりゃ大本営なんだから駆逐艦は沢山居るだろうけど初期艦を編成せずに遠征隊を回せる程沢山居るって事なの

 

「でしたら、御夕飯を食べていかれませんか?丁度これから作る所ですし」

 

あ、そういう事、大和が嬉しそうにしてたのはコレか

 

「え、えっと……」

「べ、別にいなずま達はそういうつもりで来た訳では……ないのですが」

 

なんで躊躇してるんだろ、あのムラムラはコレで一本釣りされたって言ってたから嫌って事は無いと思うんだけど

 

「実はですね、少し御協力して頂けないかと考えているのですが」

「協力?」

 

お、吹雪が食いついて来た

 

「はい、恥ずかしながら先程の様に大和の教導は叢雲さんの理解度と噛み合わない場合があり、それを指摘されたのは今回が初めてでは無く、何の改善策も無いままに教導を進める訳にもいきません、教導を受けた初期艦の意見を聞かせてもらえませんか?」

 

おお、思いっ切りぶっちゃけたね、大和のこういう所は美点なのか欠点なのか

いや、人の事をとやかく言う前に私がその辺りを把握しきれずに流された結果の事態なのだから根本原因は私にある訳でホントに申し訳ない

 

「そういう事でしたら、喜んで協力するのです」

「いなずまちゃん、即答だね」

 

なんでか知らないが吹雪が意味ありげな視線をいなずまに向けてる

 

「吹雪ちゃんは嫌なのですか?」

 

あ、今、いなずまがプラズマの顔になった、この二人なんの駆け引きをしてるんだ

 

「まさか、大和が姉妹艦の事で協力して欲しいっていうのなら断る理由なんか何処にも無いからね」

 

ああ、何と無く分かってきた、けど、難儀な事でもあるよね、駆逐艦が戦艦に食事を用意してもらうって事には相応の理由がいるって事だよね

大和ならいつでも喜んで用意してくれそうだけど、そういう訳にも行かないって事よね

 

「ありがとうございます、では、大和は準備しますので、その間にお三方で意見交換をお願いします」

 

はい?私も?またしても調理場から追い出された、大和ってば私が料理出来ないと見做してるでしょ、間違いなくそう思われてるわコレ、何処かでこの認識を訂正させないと

取り敢えず二人は居間に移動していった、すんなりと移動していることからもここに来たのは初めてでは無い事が窺える

 

「叢雲さん?」

 

キッチンに入った大和が続いて入った私に気がついた様だ

 

「ああ、邪魔しに来たんじゃ無いわ、お茶でも持っていこうと思って」

 

あんなに楽しそうにされては割り込みにくいし、訂正の機会はまた今度にする事にしよう

 

「ああ、そうですね、気がつかなくてごめんなさい」

「謝る所じゃ無いわ、言ったでしょ、同居なら私は大和のお客さんでは無いのよ」

 

なにを驚いた顔をしてるんだ、私は大和のお客さんとしてここで寝起きしてるつもりはこれっぽっちも無いぞ

 

「そうでしたね」

 

そう言う大和は柔らかく嬉しそうな笑みを見せた

お茶のセットを盆に乗せていくと既にすっかり寛ぎ気味の二人、この様子だと随分とここに来ている様だ

 

「今、大和が作り始めたからこっちはお茶でも飲みながら待つ事にしましょうか」

 

お茶のセットをテーブルに置きつつ座る、早速いなずまがお茶を淹れ始めた、随分と手馴れているのが分かる

 

「意見交換を、と言う事なのですが、叢雲ちゃんは大和の教導には満足しているのですか?」

 

「?」

 

どういう意味で聞いてるのか掴みかねる、満足とか以前に研修過程が大幅に変更されていて進捗状況すら計れないのにそんな事を聞かれても答えようがない

 

「研修の説明は受けたんだよね」

 

どう返そうか考えていたら吹雪から確認?された

 

「大和から聞いた、でもその時の説明と今の教導とは関係ないみたいだけど?」

 

「「???」」

 

なんで二人揃って首を傾げてるんだ、っていなずま、お茶が溢れるよ

 

「カップ皿にまでお茶を注がなくても良いと思うわよ」

 

いなずまが慌てて注ぐのを止めた、幸いにして皿に注いだだけで済んだ

 

「えっと、説明はあったけど、その説明の通りに進んでいない、という事でいいの?」

 

カップ皿の方はいなずまに任せて吹雪が聞いて来た

 

「ええ、最初の説明だと座学が主になってそこでの進捗を踏まえて実地にって話だったけど、私の場合実地が多いわね、実地研修っていうヤツかな」

「そうなると、大本営のルールとか暗黙事項とか、運営体制とかの説明も受けてないのですか」

 

溢れたお茶の処理が終わったいなずまが聞いて来た

 

「その辺はその内やるから楽しみにしとけって、天龍にいわれたわ」

「天龍?どの天龍か分かる?」

 

なんだ、どの天龍にいわれたのかで対応が違ったりするのだろうか、吹雪的には

 

「どのっていわれても、他の天龍からは長老って呼ばれてたけど」

 

ん、なんだ、二人の動きが止まった

 

「ちょ、長老って他の天龍に呼ばれてたって、いやいや、その前に他の天龍に呼ばれてたって事はその時に何人いたの、天龍は」

 

吹雪が挙動不審になってるんだが、どうしたんだろ

 

「三人」

 

簡潔に答えすぎたのか、二人は顔を見合わせてしまった

 

「全員じゃないですか、あの三人にもこの事はお話しされているんですか」

 

少し驚いた感じのいなずま

 

「ええ、昼間に」

 

いなずまのなんとも言い難い顔にどうしようと思ってしまう

 

「それなら私達の出る幕は無いと思うけど、もしかして大和に気を遣われたかな」

 

吹雪のいい様にいなずまが俯く

 

「昼間のは教導する側の話、ここで話すのは受ける側の話、立ち位置が違うでしょ、大和は教導を受けた初期艦の意見を、と言っているのだから」

 

私としてもこの二人の意見は聞いてみたいのでそこを変に気にされても困る

 

「そう言ってたね、確かに」

 

苦笑いの吹雪、それを聞いていなずまも顔を上げた

 

「なら、ここでの意見交換というのは、研修の際につまづいた、というか時間がかかった課題について炙り出すという事で良いのですか?」

「その方向でいいと思う、どこが分かり難いか分からないから教導の方針が決め難いって事だと思うし」

 

いなずまと吹雪はこう言ってるが、それだけなら初期艦の教導の経験豊富という天龍の話だけで済んでしまう、私としてはもっと根本的な事を聞きたいのだけれど

 

「二人から見て、座学より実地を優先する教導方針はどう見える?」

 

二人共考え込んでしまった、そんなに難しい話なのか

 

「そこは教導艦の考え方の一つだからね、なんとも言えないかな」

「いなずまが思うには、叢雲ちゃんは初日に兵装試験を実施出来るだけの練度がある事が判明しているのですから、そこを基点としての教導方針だと思うのです」

 

そんな事いわれても兵装を扱う技量と大本営のシキタリ的なモノへの理解は無関係だと思うけど、それでなくとも覚えてる生活習慣と実際のそれとの差異が大きく乖離してるのに

 

「うーん、いなずまの言う通りだとすると、私としては困るかな」

「困る?」

 

いなずまに聞き返されてしまった

 

「兵装とか私自身の事なら妖精さんと相談しながら何とでもなるけど、買い物だとか大本営の暗黙事項とかは妖精さんに聞いても知らないからね、教えてもらわないと」

 

「そうか、叢雲ちゃんはドロップしたばかりだもんね、妖精さんも知らない事が多いんだ、成る程、成る程」

 

何を感心してるんだ吹雪は

 

「それなら一番簡単なのは入渠して妖精さんにその辺りを知ってもらう事ですかね」

 

それはどう言う事なんだ、いなずま

 

「あれ、入渠はしたんじゃないの、頭のヤツをブッキーに蹴っ飛ばされたとかで」

 

吹雪はブッキー呼びなのね

 

「大和が予約はしたっていってた、だいぶ先になるって」

 

入渠で妖精さんに知ってもらうとは、どう言う事だろ

 

「ああ、そういう、叢雲ちゃんの妖精さんと工廠の妖精さんの相性が悪いって事じゃ無いのね」

 

なにを納得してるんだ吹雪は

 

「相性って?」

 

何だ相性って、妖精さん同士は基本仲良しだ、そういうのがあるとは知らないんだが

 

「偶に出てくる事があるの、今の所建造艦でしか報告例はないけど、入渠しても工廠の妖精さんに修復を拒否される艦がね」

 

吹雪が聞いた事ない事を言って来た

 

「は?なにそれ、それって修復できないって事?」

 

そんなの知らないんだが

 

「出来なくはないよ、ただ、工廠の妖精さんを説得する手間が必要になるってだけで」

 

何でもないように吹雪はいうが、そんなの知らないんだけど

 

「それってその拒否された艦が工廠でなにかしらの問題を起こしたとかで、妖精さんに嫌われたって事?」

 

可能性がありそうな事を言ってみる

 

「そういう訳ではない様なのです、いなずまも何回か説得に当たりましたが、妖精さんの言い分は兎に角嫌だの一点張りで苦労したのです」

 

どういう事だ、修復を拒否されるだけでも初耳なのに理由が分からないとは

 

「でも、説得には応じてくれたのよね」

 

手間は必要だと吹雪は言ってるし

 

「応じたというか、投げ槍な感じでしたね、どうなっても知らないぞって、この件はしっかり記録しておくからこっちに持ち込まない様にしてくれ、っていわれたのです」

 

「?」

 

いなずまはそういうけど、なんだそれ、さっぱり分からん

 

「まあ、それしかやりようがないもんね」

「え、吹雪もした事あるの?」

「あるよ、ああなると誰かしら呼ばれて説得してくれってなるし、初期艦ならみんなやってるんじゃないかな」

 

んー、腑に落ちない、何かがおかしい、妖精さんが拒否してるのに説得して実施させる、他者に着いてる妖精さんの説得、それは司令官の役割で初期艦と雖も艦娘の役割では無い筈だ

 

「あのさ、もし見当違いな事をいってるのなら訂正して欲しいんだけど、大本営に司令官は居ないの?」

「あれ、そこも聞いてないの?」

 

吹雪に不思議そうにされてしまった、頷いて肯定する

 

「司令官ね、居る事はいるよ、ただ大本営の司令官は代理なんだ、人の都合でそうなってるんだけど、艦娘にとっての司令官は大本営に着任出来ないんだ」

「……悪いんだけど言ってる意味が分からないわ」

「ここは大本営、鎮守府を束ね、艦娘部隊を統括する中枢、鎮守府に着任する司令官と同格では指揮の上下が混乱するとかで、代理の上に司令長官って役職で人の組織の偉い人が着いてるよ」

「……悪いんだけど言ってる意味が分からないわ」

 

吹雪が説明してくれたけど、ナニソレ、なんでそんなことになってるのかわからない

 

「司令長官の役職には元々は別の人が着いていました、その人は自身の行動の自由を確保する為に公式な役職に就くことを避け続けていたのです、でも艦娘部隊の設立に当たってそうもいかなくなりこの役職についたのですが、早々に後進にその役職を譲っています、その時は上部機関への転出という体裁をとって役職から離れました」

 

今度はいなずまが説明してくれた

 

「つまり、大本営には司令官がいないって事?」

 

有り得ないんだけど、なんでそんな事になってるの

 

「簡単に言えばそうなるね、でも現在の運用上ではそれで問題無いんだ」

 

何をいってる、問題しかないじゃないか、これを問題無いって言う吹雪の考えがわからない

 

「鎮守府が増設され、周辺海域の掃討任務はそちらに移されました、現時点での大本営の主たる任務は艦娘を増やす事、それもある程度の練度を持つ艦隊を多数育成する事なのです」

 

いなずまの言ってるそれは鎮守府でもやってる、なんでわざわざそんな事を大本営の主任務にしなければならないのか

 

「海は広いからね、海上航路も沢山ある、この全てを護衛しようとしたら膨大な数の艦隊が必要になるって事、大本営はその艦隊を量産しようとしてるんだよ」

 

艦隊の量産?その為に艦娘を増やしてる?どういう事なの吹雪

 

「護衛任務の為の艦娘部隊なの、アイツラを押し返す為の艦娘部隊ではないの?」

「護衛するには対抗手段が必要、その為の艦娘だよ」

 

すごくあっさり言う吹雪、なんか納得いかない

 

「対抗手段って、対抗するだけなの?アイツラが大人しくしてるのを祈ってるのかしら」

「叢雲ちゃんの言いたい事はわかるのです、ですが、今の時点で人はそこまでアイツラを脅威とは見做していません」

 

いなずまが言う、対抗手段は必要だけれど脅威では無いって、どういう事なのよ

 

「単純に接触数が少ないんだ、接触すれば大惨事だけど、その数が少ないから本腰入れてないって所かな」

 

吹雪よ、なんて呑気な、いや呑気なのは人か、そもそも数でいえばアイツラの方が遥かに多い、それくらい分かっているだろうに接触数が少ないからって手をこまねいていると取り返しがつかなくなる

 

「深海棲艦が海原を埋め尽くす程の大群を成し、それを人が目の当たりにした事例はまだ一度しか無いのです、その一度も艦娘部隊により撃滅されています、ある意味で人は艦娘が居るだけで満足してしまっているのです、そういう事情があり艦娘は過度の大き過ぎる期待を負わされていると言えるのです」

 

本腰入れていない理由がそれなの?!呑気にも程があるわ

 

「あれで高練度のドロップ艦が半減、残った高練度艦も兵装の大半を喪失、それに人の無謀な行動に抗議もしてる、それで未だに大本営の士官達とギスギスしてるんだよ、こんな状態の大本営に司令官が着任しても火に油を注ぐ事態になりかねないって見方もあるし、お互い様子見なんだよね」

 

おおう、呑気なのは人だけでは無かった、艦娘もそんな事やってるのか

なんだかややこしい話になってきてしまった

 

 

 



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36 残った高練度艦

 

 

「残った高練度艦って、見た事ないんだけど」

 

そんな大群を撃滅出来るだけの艦娘がいるのなら、今まで会わなかったのはなんでだろ

 

「あの人達、大本営に未だ抗議中でね、官舎から殆んど出てこないんだ」

「大本営の士官達はもう諦めてしまっているのです、交渉の余地なしと、抗議中の艦娘達もそれを感じ取って上部機関への転属を申し込んでいます」

 

ナニソレ、そんな事やってる場合じゃ無いでしょうに

 

「その申し出を受けて幾つかの国で鎮守府の開設を検討してるんだって、その結論が出るまでは現状維持って事、お互い関わりたく無いってさ、駄々っ子だよね、聞いてるだけなら」

 

吹雪の言い様が引っかかる、なんかあるのかな

 

「吹雪はその時には何処にいたの?」

「何処にもいないよ、私がドロップする前の話だもの」

「いなずまもそうなのです、初期艦の中であの時に居た先任は一号と一組だけなのです」

「一号?一組?」

 

ムラムラが三組とか聞いた気がする

 

「それも説明されてないの?いくら実地主義でも端折り過ぎだよ、何は無くとも座学をやんないと、一事が万事ぶっつけ本番、事前の知識なしでローカルルール満載の大本営を渡って行くのは無理、叢雲ちゃんに必要なのは兎に角座学、現状を測れるだけの知識を習得しないと研修がいつまで経っても終わらないし、研修が終わらない限り叢雲ちゃんは大本営所属艦だよ」

 

吹雪に言われて思い出した、そういえば大和の教導が時間稼ぎでしか無いって結論付けなかったっけ私

直後に桃色兎に演習に引っ張り出されてそのまま流されてないか

いや、ここは時間をかける所だと思う、例え流されているだけだとしても、今の流れに抗おうとしても、何処へ向かえば良いのかすら見当も付けられない

 

吹雪の言葉を借りれば、現状を測れるだけの知識、これが私には決定的に欠けている

 

思い返せば大本営に到着して放置された時、自力では何もできなかった、偶々視察官に会えたから如何にかなっただけだ、これも現状を測れるだけの知識を持ち合わせなかった事が原因だ

今更あの徒労を繰り返そうとは思わない、しかしそうなると疑問もある

なぜ大和は実地研修に拘っている?私はドロップ艦で鎮守府にそれなりの期間いたとはいえ研修に来ている身だ、知識より実践という方針は何を根拠にしているのだろう

大和は先任の叢雲を超える技量を習得させるって意気込んで無かったっけ

 

「叢雲ちゃん?どうしたのです?」

 

おっと、長考してしまった様だ、いなずまが心配そうにこちらの顔を覗き込んでいた

 

「なんでもないわ、ムラムラが三組だって聞いたなと思って、何処で聞いたか思い出してただけ」

「あ、そこは聞いたんだ、ムラムラとあの時演習場の準備をしていた私達が三組の初期艦、あの演習に割り込んで来たのが一号の最初の初期艦、一組は二名欠員で三隻体制、二組は大本営の維持管理業務に忙殺されてる」

 

一気に説明してくる吹雪、だけど私は疑問だらけだ、欠員って何、忙殺ってどういう事、なんで最初の初期艦だけ組じゃなくて号なのよ

 

「そんなにイッペンに言ったら叢雲ちゃんの疑問が積み上がってどれから質問していいのか困ってしまうのです」

 

いなずま、良いこと言ってくれた、正にその通りだ、思わず何度も頷いてしまった

 

「……そうみたいだね」

 

苦笑いの吹雪

 

「お待たせしました、用意が整いましたから、どうぞ」

 

キッチンから大和が顔を出した

 

 

 

 

 

「ではいただきましょうか」

 

大和の作る食事はとても美味しい、この食事をしながら小難しい話をするのは野暮とかナンセンスというものだ、そもそもの話として小難しい話と美味しい食事、何方を優先させるかなどと不毛な議論をしたがる変わり者はこの場にはいない

そんな訳で大和が協力して欲しいと言った事案は食後に回された、食後に振る舞われたスイーツを楽しみつつ事が進められる

 

「叢雲ちゃんと話してみた感じとしては、見聞きする全てが初耳って感じだね」

 

満面の笑みというのを浮かべてる吹雪

 

「大和はそれを知っているのですよね」

 

いなずま、おまえもか、絵面的には締まらない、締める所でもないかと思い直す

 

「大和としては叢雲さんが何処までご承知なのかを測りかねましたので、実践してもらいながら分からない所を補完していこうと考えていたのですが、お二人のお話からすると方針を間違えたようですね」

 

なんてあっさり、それで良いのか教導艦として

 

「そうなのですか、いなずまはてっきり入渠を見越してのスパルタ教練かと思いましたが」

「入渠を見越して?」

 

どういう意味だ、そういえばいなずまはさっき入渠するのが一番早いとか言ってた

疑問を口にしている所から、大和も意味が掴めていないようだけど

 

「入渠すれば工廠の妖精さんと出来るでしょ、意見交換」

 

言ったそばからスイーツを頬張る吹雪

あ、そうか入渠中に行われる妖精さん同士の交流会、入渠の機会があれば少なくとも私に着いている妖精さんは色々知る事が出来る、後はその都度私が聞けば良い、新規兵装の時と同じ要領だ

いなずまが言っていたのはコレか、成る程、確かに入渠した方が早いな

 

「それも一つの方法だとは思いますが、その場合艦娘自身が習得したとは言えません、大和は叢雲さんに習得して頂く為に教導しているつもりです」

 

ん、前にも同じ様な事を聞いた気がする、どこでだっけ

 

「でも叢雲ちゃんの入渠予約はしてるんだよね、どうしたってその時には意見交換はされる事になるし、何より叢雲ちゃんは先任の叢雲の妖精さんが着いているんだから、入渠すればその辺りも整理されるんじゃない?」

「整理ってなに?」

 

話の結論なり少なくとも方向性が見えるまでは大人しくしていようと思っていたけれど、吹雪の台詞に思わず聞いてしまった

 

「あれ、叢雲ちゃんは入渠で妖精さんが何をしてるかって妖精さんから聞いてないの?」

 

吹雪は不思議そうに聞いてくるけど、修復するとは聞いているが妖精さんがどうこうというのは知らないんだが

 

「艤装や兵装の修復と補給、艦娘本体も同様、じゃないの?」

 

取り敢えず聞いた事を言ってみる

 

「聞いているじゃないですか、艦娘と妖精さんは不可分な存在なのです、艦娘が修復されるのなら妖精さんも修復されるのです」

 

ん、分からん、いなずまの言ってる意味が掴めない、妖精さんを修復するとは一体

 

「えっと、今叢雲ちゃんには叢雲ちゃんと不可分な妖精さんと先任の叢雲から移譲された妖精さんがいるでしょ」

 

吹雪が説明してくれるらしい、ここまではその通りなので頷く

 

「本来の定員からすると多い事になる、今の叢雲ちゃんに着いている妖精さんの中には持ち場が無く溢れてる妖精さんがいるのよ、そういった妖精さんが入渠の際に艦娘から離れて工廠の妖精さんになったりするの、この逆で工廠の妖精さんが艦娘の妖精さんになったりする事もある、入渠は艦娘にも妖精さんにも重要で大事で欠かせない事なんだよ」

 

えっ、何それ聞いてない、エッどうしたらいいんだコレ

先任の叢雲から譲られた妖精さんが居ないなる?ドロップ艦だから建造艦よりはマシとはいえ今の私の技量は譲られた妖精さんに拠る所が多い、それは自覚してる、それが無くなる?

研修でその技量を取り戻す所までいけるのか、それ以前に司令官の叢雲から譲られた妖精さんがいなくなった私を司令官はどう見るのだろうか

 

「叢雲さん?」

「どうしたの、叢雲ちゃん?」

「叢雲ちゃん、どうしたのです?」

 

なんか呼ばれてる気がするが、私はそれどころでは無かった、司令官が私の話に乗ったのは司令官の叢雲の妖精さんを譲られているからだと思う、どう考えても私を必要としているからでは無いだろう、これは漣も指摘していた、あの鎮守府の司令官は提督だと、初期艦にハイレベルな技量を求める必要は無い、極端にいえば初期艦は必要ですら無いと、只のドロップ艦でしか無くなった私を司令官はどう見る?

 

「ごめんなさい、今日はもう休ませてもらうわ」

 

如何にかそれだけは言葉に出来た、もう頭の中が如何にかなりそうだった

 

 

 

 

 

 



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ー4期ー
37 起きていますか


 

 

 

6月27日

 

 

「叢雲さん、起きていますか?」

 

扉の向こうで大和が呼んでる、私はあの後自室に引き取ってそのままどうしようか考えたが、いい考えが都合よく出て来てはくれず、途方に暮れていた

 

「起きてる」

 

返事だけはどうにかした、したけれど後が続かない

 

「入りますよ」

 

そういうと扉が開いて大和が入ってきた

 

「眠れなかったのですか?」

 

私の顔を見るなりいってきた、という事は今の私はかなり酷い事になってる

 

「叢雲さん、申し訳ないですが、大和には昨夜の会話の何処にその様になる要因があったのかわかりません、吹雪さんもいなずまさんも当たり前の事しか口にしていません、大和に話してもらえませんか、何を気に病んでいるのか」

 

初対面の時と同じ様に本当に心配そうに聞いて来る、ここで話せれば私は楽になるだろう

でも、それを聞いた大和はどう出る?

今の私の状況は特異な事例であって本来なら考慮どころかそれがある事すら知らなくていい事だ、何処までいっても自分の都合であって他人に丸投げしていい事では無い

大和には私が先任の叢雲と交わした約束事など履行する義務も義理もない、私もそれを他人に委ねるつもりは無い

大和が話してくれた研修日程では、研修後半に艦隊を組んでの演習もあるといっていた

今はどこまでそれに沿った研修が行われるか不明な状況ではあるが、この研修中ずっと入渠せずに済ませるという事は出来ないだろう

ここで入渠を取り止めても問題の解決にならない

 

では、どうする、これまでに聞いた話からすれば初期艦としての技量は研修で習得すれば良い、けど、先任の叢雲は存在を継いで欲しいと言っていた

それは移譲された妖精さん抜きで達成できるのか?

それに移譲された妖精さんの居なくなった私を司令官はどう見る?

どちらも私が勝手に抱えた問題だ、これに教導艦とはいえ無関係の大和を巻き込んで良いのか、この途轍もなくお人好しの大戦艦なら、頼れば最大限の協力をしてくれるだろう

だけど、それは何か違う気がしてならない

 

「朝食は食べられそうですか?」

 

答えない私を気遣って別の話題を振ってくれた、なんだか情けなくなる、やってる事は大差ないじゃ無いか、結局大和に甘えてる、甘えれば甘やかしてくれる事を分かってやってる

 

「頂くわ、それと今日の予定って変更できるかしら」

 

このまま引き籠ってもいられない、今、大和に甘やかされたら多分流されるだけでは済まなくなる、それだけは避けなければ

 

「予定、ですか、どうされるのですか?」

 

具体的にこうしようと思っていたわけでは無い、ちょっと一人で気分転換したかっただけなのだが、聞かれたからには何か具体策を言わないと、何しろ研修予定を蹴っ飛ばすのだから

 

「工廠に行く、漣は工廠でなんかやってるんでしょ」

 

あの先任の漣なら、私の話にも深刻にはならないだろう、笑い飛ばせる方法でもあるのなら聞いてみたいし

大和は暫く考えていたが

 

「取り敢えず、朝食にしましょう、お話はその後で」

 

何か思う所がある様だ

 

 

 

 

 

朝食後、大和とは別行動になった、大和は大和で何かやる事があるらしい

らしい、というのは私が深く聞かなかったからで大和の所為ではない

それにしても研修予定をこうもアッサリ変更して来るとは、頼んだ側ではあるが少し不安になる、私の研修ってどういう扱いなんだろ

兎に角今は工廠に居る筈の先任の漣を探そう

 

 

 

 

 

「おや、珍しい、工廠に何かご用ですかな?」

 

人の顔を見るなりいつも通りの声がかかった

 

「工廠じゃなくて、漣に用があるんだけど、忙しそうね」

「漣に用ですと!?今は間が悪い、後日ってワケにはいかない?」

「無理そうなのは見てわかるけど、どうにかならない、出来るだけ手短かに済ませるから」

 

そういうと先任の漣は大袈裟に考え込む仕草を取った、無理かなこれは

 

「御姉様、漣只今参上です!」

 

おっと、桃色兎が突然現れた、何処から出て来た、近づいて来るのが全然分からなかったんだけど

 

「あ、ざみちゃん良い所に来てくれた、ちょっとここ頼む、こっちはこれから叢雲ちゃんとデートして来るから」

 

はい?漣は今なんて言った?

 

「ええー、そんな事いわれましてもですね、ここを漣一人でどうにかというのは余りに御無体だと思う訳なんですが」

 

桃色兎が抗議してる、当たり前か、予定外の突発事案を持ち込んでしまった本人としては如何するのが良いだろうか

 

「時間も時間だし、もう直ぐ五月雨達も来るでしょ、それまで耐えて頂戴!」

「うー、叢雲ちゃん、なんで突然御姉様をデートになんて誘ってるんですか!」

 

おお、矛先がこっちに向いた、って当たり前か原因なんだし

 

「いや、デートじゃなくて少し話をしたいって事なんだけど」

「それって大和じゃダメなん?教導艦でしょ?」

 

余程一人でどうにかするのが嫌な様子、何をやっているのかまでは知らないから程度の判断は付かないが、余程なのだろう

 

「話をするにも相手を選ばないと時間の無駄になるわ、漣はこの話を指摘してるし適任だと思うのだけれど、お願いできないかな」

 

桃色兎が困った様な顔を見せた、常にお気楽という訳でも無いのか

 

「むー、御姉様が指摘した話ですか、お喋りですからね、御姉様は、仕方ありません」

 

ヤレヤレとばかりに渋々了承してくれた、しかし今度は先任の漣が腑に落ちないって顔してる

 

「漣が指摘した話?」

 

如何やら何の、というかどの話か特定出来ないらしい

 

「じゃあ漣借りて行くわよ」

「ごゆっくりー」

 

桃色兎は引き継いだ作業を始めていた

 

 

 

 

 

工廠内にある休憩所と思われる場所、取り敢えず飲み物片手に安っぽい椅子に座る

 

「そう言えば叢雲ちゃんはきいてる?」

 

いきなり振られても何の話か分からないのだが

 

「あれま、聞いてない、やまちゃんも割と薄情というか、気が利かないというか、まあ、研修中に手の届かない所の話をしてもしょうがないってのは分かるけど」

 

「えっと、それはなんの話?」

「佐伯司令官の話」

 

えっ、司令官になにかあったの?

 

「そんなに怖い顔しないで欲しいんだけど」

「アッ、ごめん」

 

自分でも無闇に殺気だったのがわかった、なんの話かも分からないのに話をしてるだけの先任の漣に矛先を向けても無意味だ

 

「今さ、鎮守府の方はほぼその機能を止めちゃてるんだ、大本営が出した初期艦の撤収命令で回らなくなってる、唯一機能を維持してるのが佐伯司令官の所だけ、如何やったのか知らないけど自衛隊を鎮守府に引き込んで共同戦線に持ち込んだってさ、大本営にも支援要請が来てるんだけど、大本営は今じーちゃんが大鉈振るってる最中でマトモに機能してないんだよ」

 

なにそれ、じーちゃんが大鉈?自衛隊との共同戦線って如何いう事

確かに自衛隊の協力があれば強力な電探を使ってより効率的な艦娘の運用が出来るだろう、しかしそれは自衛隊の活動予算と引き換えになる

いくら司令官と雖も自衛隊予算はどうにも出来ない、通常なら予算不足を理由に蹴られる筈だ

或いは大本営が何らかの手段を持っている?けどそれでは漣の言い分と食い違う

 

「大本営が機能してないって、じゃあ支援要請を無視してるの!?」

 

分からない所は放って置くとして、いくら自衛隊の協力があったとしても鎮守府一つで周辺海域を維持し続けるなんて数の上で不可能、いくら妖精さんが人から物理法則を無視するにも程があるといわれていても単純な数の問題は如何にもならない

 

「無視したくてしてるんじゃない、支援したくても出来ないんだ、肝心の鎮守府からの要請が無くてね」

「如何いう事?」

 

支援要請が来てると言ったじゃないか

 

「今来てるのは防衛省からの要請でね、政府機関からの要請に応じるにはその国の対応力を超えた事態が発生していなければならない、予防的な要請には応じられないんだ、艦娘部隊は国際機関って位置付けだからね、面倒な事に」

「という事は、上手く回ってるの、その共同戦線は」

 

絶対数が足らないのに如何やっているのか見当も付けられないんだけど

 

「そこまで詳しい事は分からない、分かっているのは現時点で国の、この場合自衛隊ね、その対応力を超える事態は発生していないって事だけ、だから大本営としては防衛省の要請に応じられない、そんな訳でこの話はほとんど話題になってないんですよ、困った事に」

 

言い終わるとコップを口元に持っていく

ええと、そんな話をされても私はどうすれば良いのか、研修中の身で飛び出してもあっちこっちに無用で無益な迷惑がかかるだけだし、かといって聞いてしまった事を聞かなかった事にする事も出来ない

如何するのが最善なのか、大本営に居るのだから支援だけでもどうにか出来ないだろうか

 

「なんか、思いっ切り食いついたね、そんなんで大丈夫?」

 

大丈夫じゃない、司令官には支援が必要なのに、私に出来る事がなにも思い浮かばない

 

「いい、叢雲ちゃんは今研修中、そこを忘れてはダメ」

 

そんな事言われても、気になるものは気になる

 

「で、叢雲ちゃんのお話ってなに?」

 

先任の漣の話の後では私の話とかどうでもいいように感じる、司令官の話をもっと聞きたい

 

「漣が指摘したとか言ってたけど、どの話?」

 

あ、漣の眼が違ってる、そうだ、私は先任の叢雲との約束事の相談に来たんだ、その時間を作るのに桃色兎に無理を聞いてもらってる、いけない、折角作った時間を無駄にしてはいけない

 

「漣は先任の叢雲で私を改修するって話しをした時、反対したよね」

「賛成出来ないとは言ったけど、それが?」

 

眼が戻った、危ない危ない、こっちの我儘に付き合わせてるのに私は何をやっているんだ

 

「私は先任の叢雲から存在を継いで欲しいと頼まれてる、改修しないで存在を継ぐ事は可能なの?」

 

ん、漣が考え込んでしまった、質問の仕方が悪かったのかな

 

「ちょっと聞きたい事が掴みきれないかな、言葉通りの事なら改修しようとしまいと何方にしろ不可能としか言えない、けど、そういう事を聞きたいのでは無いでしょう、漣にも分かるように言って欲しいな」

 

「えっと、どう言えばいいのか、今私には私自身の妖精さんと先任の叢雲から移譲された妖精さんがいる、この移譲された妖精さんが居なくなっても、存在を継げる?」

 

「?それじゃさっきの質問と同じだよ、艦娘の存在に妖精さんは不可欠だけど艦娘として存在している以上その存在は着いている妖精さんに左右されない、叢雲ちゃん、敢えて聞くけど、あの叢雲が頼んだ存在を継いで欲しいってどういう事だと思ってる?」

 

どういう事って、先任の叢雲の立ち位置を占める、ということではないのか

アレ、なにか勘違いしてるのか?

 

「いや、言ってよ、漣にテレパシーなんて便利な能力はないんだから、まあ、妖精さんに頼めば艦娘限定で近い事は出来るけどさ」

「私の理解が正しければ、先任の叢雲の立ち位置を占める、そういう事だと思う」

「あー、うん、まあ、言葉としてはそうなる、ただ、叢雲ちゃん、意味が分かってなさそうだけど」

 

あれ、その苦笑いは何、違うの?

 

「でもまあなんとかなるでしょ、叢雲なんだし、教導にはやまちゃんが就いてるし」

 

なんだ、その自分に言い聞かせる言い方は、そんなに不安なのか

 

「で、叢雲ちゃんの話ってそれなの?」

「え、あ、うん」

 

なんかすごく疑いの目を向けられてるんだけど

 

「この際だから全部話しちゃえば?これでもアレとの付き合いは長いんだよ」

 

言外に叢雲の事ならお見通し!と強力に主張しされてしまった、そういえば最初の初期艦って何時から人の世で暮らして居るんだろう、視察官の年齢から推定してもそれ程昔の事では無い様だけど

 

「司令官の事で何かあるんでしょ、サッサと白状する!」

「司令官は改修もせず妖精さんもいなくなった私を、どう見ると思う」

 

勢いに押されて言ってしまった、が聞いていた筈の漣はポカンとした顔をした

 

「え、まって、それはどういう意味?どういう意味で言ってる?」

 

なんでそんなに興味深々で聞いてくる、私はそんなに面白い事を言ったのか

 

「どうって、だって、司令官に話した時と想定が変わってきてるし、やっと承諾してもらったのに無かった事にしまいそうで、これで司令官の所に戻ってもなんて思われるのかな、と思って」

 

一瞬の間真顔だった漣、けど直後に大笑いされたんだけど、なんでだ、何がそんなに面白いんだ、こっちは面白くないぞ!!

 

「いやー、叢雲って時々面白い、面白さが突き抜けてるね、誰にも真似出来ない面白さだわ、あー笑わせてもらった……」

 

漸く私のジト目に気がついたらしい、何だか知らないけど笑い過ぎでしょ、そりゃ笑い飛ばす方法があるなら聞いてみたいとは思ったけど、私が笑い飛ばされるとは思ってなかったわよ

 

「コホン、いい、叢雲ちゃん、相手は司令官、まして佐伯司令官は提督だよ、妖精さんと直接話せるんだ、その司令官が叢雲ちゃんを大本営の研修に送り出して、要望書まで持たせてる、どう思われるかなんて質問の前に、貴方はあの司令官の何処を見ているのかを聞きたいんだけど」

 

いわれてハッとした、そうだ、司令官なら研修中に入渠するなんて予測というより当たり前の事として知っている事に今思い当たった、妖精さんと直接話せるのだから私が司令官に話した事だって妖精さんと話しているだろう、まして吹雪の言ってた妖精さんが整理される事を司令官が知らないとする方が不自然だ、私ってもしかしてかなりアホな事をしていたのでは無いだろうか

恐る恐る漣を見てみる

 

「な、なによ、言いたい事があるならハッキリいいなさいよ」

 

何もなければ文句の一ダースぐらいは言ってやりたい顔がそこにはあった、非情な事に今の私にはその顔に一つだって文句が言えない、自身のアホさ加減の所為で

 

「ふふーん、どうやらお話の成果はあったようだね、よかった良かった」

「お話の成果?」

 

私的にはその通りだが、先任の漣が言う成果とはなんだろう

 

「私の所に来た時は今にも死にそうな顔してたからね、どんな深刻な話をするのかと先手を取って見たら、くっ、ププッ」

「笑いたければ笑えばいいでしょ!なに堪えてんのよ!!」

 

思わず言ってしまった

 

「いやいや、叢雲ちゃんの言い分はある意味現状を正確に認識出来てる事の裏返しだから、笑っちゃいけないんだけどさ、でも、面白いものは面白い」

「何の事?」

 

今更、状況認識なんて改めて言われる様な何かがあったかな

 

「艤装の話、五月雨達から聞いたでしょ」

 

あ、あのお流れになったアレか

 

「その話なら聞いてないわよ、なんか時期が早いとかでいずれ機会を見てって事になったわ」

「ブッ、ナニソレ聞いてない」

 

汚いな、なに吹き出してんのよ、コッチに飛ばさないでよね

 

「え、あれ、あの話聞いてないなら、笑い事じゃなかったね、ごめん」

 

なに謝ってるんだ、私が勝手に勘違いしただけの話なのに

 

「叢雲ちゃんにとっては技量が極度に変化するかもしれない話だもんね、深刻になって当然だ、でも、心配は要らない、我らが叢雲はその点をシッカリ熟孝して色々仕掛けてるから安心していい、ブッキーが調整した時にもその辺りのウラは取れたし、全体像も大体分かってきた、確定する為にも叢雲ちゃんが入渠する時には漣達で診させてもらうから、大丈夫だよ」

 

「えっと、それはどういう事?」

 

なにを言っているのかさっぱりわからないんだけど、仕掛けって何の事?

 

「そこの話がさっきの艤装の話だよ、この前の時に話したんだと思ってたのに、話してないんだもんなぁ、なにしに行ったんだかあの三人は」

 

「あの時はムラムラも来たから皆んなで大和の手料理を美味しく頂いたわ」

「なんですと!!話もしないでやまちゃんの料理を美味しく頂いただけとな?!」

 

な、なに突然コッチに迫って来ないでよ、吃驚するじゃないか

大和の手料理を美味しく頂く事になにか問題があるの?

あ、艤装の話をしてないって事か、漣の気迫に押されて変な方に考えが行ってしまった

 

 

 

 

 




登場艦娘(人物)

研修中の叢雲
教導艦の大和、老提督の秘書艦も兼務してるハズ

先任の漣、最初の初期艦の一人、桃色兎からは御姉様呼びされてる
先任の吹雪、最初の初期艦の一人、大勢からブッキー呼びされてる

演習組(三組)の漣(桃色兎)、ざみちゃん呼びされてる
演習組(三組)の五月雨、さみちゃん呼びされてる
演習組(三組)の吹雪

五月雨達、先任の五月雨と三組の五月雨、このペアに他の初期艦が同行する場合も同様に呼ばれる


先任の叢雲、最初の初期艦の一人、大破後の入渠で眠りから覚めなくなり、鎮守府にて保護されている
佐伯司令官、増設された鎮守府の司令官、先任の叢雲を保護している、一期の鎮守府の司令官


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38 話したい事は話せた

 

 

 

取り敢えず話したい事は話せたので桃色兎の所に戻って来た

戻る間ずっと漣がグチグチと不満を垂れ流していたが、こういうのは放置に限る、変に関わるとドロ沼だし

 

「ちょっとざみちゃん、きいてくれる?」

 

到着するなり先任の漣がなんか言い出した

 

「聞きませんよ、漣一人にこんな厄介事押し付けて叢雲ちゃんと楽しくデートに行った惚気話なんて聞きたくないです」

 

おう、桃色兎はこちらに顔も向けない、相当だねこれは

 

「五月雨達ってばこの前の時大事な話もすっ飛ばしてやまちゃんの美味しい手料理を楽しんでたんだって、もう、そういう事なら漣だって行ったのになー」

 

桃色兎の事など御構い無しに続けるとは流石にいい根性してる、先任の漣の話が聞こえたのだろう桃色兎が何故か手を止めた

 

「なんですとー、やまちゃんの手料理!漣も頂きたいです!!こんな事してられねぇ、早速やまちゃんを探さねば」

「お待ち、どこ行くの?」

 

何かやっていた作業を放り出した桃色兎を漣が捕まえた

 

「どこって、やまちゃん探しに……」

「そんな時間は無い!!予定がせまってるんだ、サッサとする、ってか、五月雨達はどうしたの?」

 

そう言われてみれば周辺に姿が見えない

 

「昼食に行きましたよ、もうそろそろ戻ると思います」

 

捕まえられたままでも普通な桃色兎、こういう所は初期艦というより漣という艦娘の個性なんだろうな、お気楽というかマイペースというか、変に流されずにその場に居続けられるってのはある意味才能だと思うわ

 

「?」

 

なんだ、桃色兎と先任の漣がこっちを見てる、どうしたんだろ

 

「叢雲ちゃん?今、スッゴイ失礼な事考えてなかった?」

「え、そんな事ないわよ」

「そうなの、その割には珍獣か何かを見るような目をしてたけど?」

「珍獣って、珍しいってだけなら私だって大して変わらないでしょ、ただ、二人とも仲良しさんだなと、思ってただけよ」

 

何故か顔を見合わせてしまったダブル漣、あれ、変なこと言ったかな

 

「聞きましたか御姉様、漣達仲良しさんだそうですよ」

「あれ、ざみちゃんには異論があるの?」

「まさか、滅相も無い、仲良しさんですよねー」

 

なんだろう、この二人は複雑な関係なのだろうか、お互い嫌いって訳でも無いんだろうけど、微妙な何かがありそう

 

「ざみちゃん!!きいて、聞いて!!」

 

突然大声で呼ぶ声、そちらを見れば五月雨が走って来ている、その後ろを先任の五月雨達が歩いてる

 

「どしたの?慌てて」

 

聞いてと言われた桃色兎が不思議そうにしてる

 

「今食堂に行ったんだけど……」

 

息切れして続かないとか、どんだけ慌ててるのよ

 

「さみちゃんってば、そんなに慌てなくても大丈夫ですよ、当番だそうですから」

 

後ろにいた先任の五月雨達が追いついて来た

 

「当番?食堂の?」

「ええ、行って驚きました、今日の当番は大和なんだそうです、珍しいですよね」

 

「えっ?」

 

なんだ当番って、聞いてないんだけど

 

「今日は叢雲ちゃんの方で予定の変更を申し込まれたから丁度良かったって言ってたのですが、違うのですか」

 

先任の電がこう言ってるが、違う、そうじゃない

 

「当番ってなに?、予定の変更はしてもらったけど、当番がどうのって聞いてないんだけど」

 

唐突にパンといい音がした、何を思ったのか先任の漣が手を叩いた音の様だ

 

「よしわかった、これから漣達がメシ休だし、叢雲ちゃんも一緒に行こう」

「御姉様、叢雲ちゃんとデートの続きなら漣は遠慮しますが」

 

桃色兎はまだそれを言うのか

 

「だって、叢雲ちゃん、ざみちゃん誘って頂戴」

 

はい?誘えって、昼食に?どういう事なの

 

「ほら、叢雲ちゃんがデートの邪魔だって」

「なにを言ってるのよ、邪魔な訳ないでしょ、一緒に行きましょう」

 

反射的に言ってしまった

 

「そういう事なら仕方ない、叢雲ちゃんに両手に花の趣味があったとは意外ではあるが、わからないでは無い、三人でデートと行きますか」

 

え、なんて言ったこの桃色兎、私の思考はここで止まってしまった

 

 

 

 

 

そのまま手を引かれて食堂に到着した、らしい

今の今まで頭が真っ白だった、何でだったかな

気がついた時には食堂の椅子に座ってた、いつの間にか定食らしきプレートがテーブルに鎮座している

これは一体、思考が追いつかない

 

「どしたの?食べないの?」

 

不思議そうに桃色兎に聞かれた

 

「えっと、ちょっとごめん、状況に理解が追いつかなくなってる」

 

なにを言ってるんだ、自分の発言が白分で意味不明だ

 

「……ここに来るまでもなんか反応薄かったけど、どうしたの?」

 

先任の漣にも不思議そうに聞かれてしまった、これは下手に辻褄合わせようとするよりぶっちゃけた方が後腐れしなさそうと思い直した

 

「いや、なんか、ここに来る迄の記憶が飛んでるんだけど、なんでだろ?」

 

テーブル越しに顔を見合わせるダブル漣

 

「記憶が飛んでる?どこから飛んでるの」

 

なにやら見合わせた二人でアイコタクトの末、先任の漣から聞いて来た

 

「漣が誘って頂戴って言った辺りからかな?」

 

思い出しながら何とか記憶を引き出す

 

「その後漣も誘われて三人でデートって事になったんだよ、覚えてない?」

 

なんで桃色兎は悲しそうにしてるんだ

 

「そうだっけ、食堂に昼食に行きましょうって話じゃなかったかな、覚えが曖昧だけど」

「ひどい!漣をデートに誘っておきながらそれを忘れるなんて!!」

 

おおう、驚いた、えっとこれどうすればいいんだろ

 

「うーん、ざみちゃん、これはもしかすると叢雲ちゃんはこっちが思ってるほど適応してないのかもしれないよ」

「ふぇ、そうなんです?」

 

さっきの激昂ぶりから一転、素に戻ってる、立ち直りというか切り替えというのか、頭の回りだけは速いよね漣達は、ってそんな事より気になる事を言ってた

 

「適応ってなに?」

「うん、ドロップ艦の傾向として言えば社会性は元からかなり高いんだよ、でも、叢雲ちゃんはざみちゃんの冗句、まあ質が悪い分を割り引いたとしても受け流せてない、真に受けるか、割り切るかの二択なんだよね、この傾向は建造艦に多いんだけど、なんで叢雲ちゃんがそっちの傾向なのか、興味深いですな」

 

漣の言い分がイマイチ分からない

 

「ほほう、それは興味深いですな」

 

なに、なんか漣二人が意見を一致させた様だけど、この妙な悪寒は何?

 

「まあ、取り敢えず食べちゃいましょう、冷めちゃいますし」

「そうですね、叢雲ちゃんも遠慮なくどうぞ」

 

先任の漣と桃色兎に食事を勧められた

 

「え、ええ」

 

なんだかわからない悪寒を感じつつプレートに乗った定食を口に運ぶ

 

「!」

「?こんどはどうしたの」

 

先任の漣に聞かれた、そんなに言う程顔に出たかな?

 

「これ、大和の料理でしょ」

 

思った事をそのまま口にした

 

「そうだよ、今日はやまちゃんが当番だって、さっきさみちゃんが言ってたでしょ」

 

桃色兎はそう言うが、えーと、そんな事言ってたかな、覚えがない、いや待って、言われてみれば先任の電がなんか言ってた覚えがある

 

「そうだ、電が言ってた、なんか丁度良かったとか」

 

「ああ、そう言えばやまちゃんが当番とか聞いてないって言ってたね叢雲ちゃん」

 

食事を進めながら言う先任の漣

 

「その当番っていうのは昼食の当番だって事?」

「やまちゃんの場合あんまりこっちに入らないからね、当番の時は二食分入る様にしてるみたいだから今回もそうなんじゃないかな」

 

続けて先任の漣だ、食堂の当番にあんまり入らない?確か大和は予定が決まらないからこちらは使って無いと言ってた

 

「二食分?朝食と昼食って事?」

「今回は昼食と夕食って当番表には書いてあったよ」

 

こちらも食事を進めながらの桃色兎

なら夕食分はこれからな訳だ、まったくこういう事は一言欲しいんだけど、っていうのは我儘か、昨日のアレでは大和の性格からして言ってこないよね

 

「じゃあ、さっさと食べて大和に手を貸しに行くわ」

「「えっ」」

 

何故驚く、変な事は言ってないと思うけど、それに毎回キッチンから追い出す大和は絶対に私を見誤ってる、そこは色々と改めさせなければなるまい

 

「叢雲ちゃん、それは……」

 

なぜ困った顔をするんだ先任の漣は

 

「良いじゃないですか、本人がやると言っているんです、やってもらいましょう」

 

先任の漣は何か言いたげにして言葉を濁したが、桃色兎はいつもの調子だった

 

 

 

 

 

食べ終わって食器を返しながら大和を捕まえて手を貸すと言ったら、何故か困った顔をされた

問い詰めようとしたら漣達が割り込んで来て、準備はこっちで済ませとくから後ヨロシク、そう大和に言い残して両脇を抱えられて食堂の裏手?に連行され着替える様にいわれた

そういえば大和もいつもの艦娘制服?ではなかった気がする

それから渡された制服?衛生服?に着替えた、ただ本来は個人に合わせて作られるらしく私の場合共用の物で済ませるしかなかったが

お陰で服のサイズがイマイチ合わない、服は上から重ね着だ、ついでにヘアキャップまで被らされたから思いの外暑い

そこまでしたら漣達があの扉を通っていけば厨房に出るから、途中の指示に従って行く様に言って来た

 

漣達とはそこで別れ、一人でその扉を通ると、そこで止まれだの、そこで足踏みだの、幾度も音声ガイドが流れて来た

それでこの食堂が人の基準で運用されてる事に漸く思い当たった、所謂衛生管理ってヤツだ

なるほど、それなら唐突に手を貸すと言っても諸般の手続きがあるだろうから大和としては困る訳だ、何しろ私はこの食堂の利用方法すら知らないのだから

今回はその辺りを漣達がやってくれたのだろう、初期艦だし、なんとかなるのだろうと思う事にした

それに何より毎回キッチンから追い出す大和の認識を改めさせる好機だと思っていた、実際に手を貸すまでは

 

 

 

 

 

「大丈夫ですか?叢雲さん」

 

食堂の営業時間が終わった、だが、まだ、後片付けが残っている

流石に大本営、所属艦が多い、昼食時はこれを一人で捌き切った大和は一体どんな魔術を使ったのか

これが艦種の違いというヤツなのだろうか、大和と私とでは作業上の処理能力にかなりの差がある事が分かった

体格的には確かに大和に劣るが実作業に於いてこんなに差が出るとは思ってもみなかった

 

「……兎に角終わりが見えて来たわ、さっさと片付けてしまいましょう」

 

手を貸すと言って強引に乗り込んで来たんだ、途中リタイアなどしてやる気は無い

厨房に入って最初に教わった食洗機から自動裁断機に数々の器具、ぶっつけ本番で使いながら使い方を覚えていったものばかりだけど、すっかり体が覚えるくらいには使い熟した

その分こっちも酷使された訳だが、承知で来たのだからこれに文句は付けられない

例えこちらの見込みが大外れだったとしても、それは外した私の所為なのだから

 

「そうですね、取り敢えず片付けてしまいましょう」

 

そう言う大和には疲れの色がまったく見えなかった

 

 

 

 

 

「大丈夫ですか?叢雲さん」

 

片付けが終わり食堂の閉鎖処理を終えた大和が聞いてきた

 

「大丈夫よ、これくらいなんともないわ」

 

言っていて自分でも無理があると感じた、多分今の私は傍目にもひどい状態だと思う、自分でもそう思えるくらいには消耗してる

 

「では、部屋に帰って夕食にしましょう、ちょっと遅いですけど」

 

そう言いつつ手を伸ばして来た、繋げという事だろうか

 

「歩けますか?無理そうなら背負っていきますが」

「歩けるわよ、大丈夫」

 

精一杯強がって見せたが、大和に手を取られた

 

「曳行ぐらいはいいでしょう」

 

曳行って、そういうものなのか

疑問ではあったがそのまま手を引かれて部屋に戻った

 

 

 

 

 

「お疲れ様でした、居間で休んでいてください、直ぐに食事にしますから」

「悪いけど、そうさせてもらうわ」

 

ダメだった、部屋に辿り着く頃には限界だった、立っていられない、繋がれた大和の手にしがみ付いてなんとか倒れずに済ませている様な状態だった

居間のソファーに倒れ込みながら食堂での事を思い返す

確かに数は相応にいたけど、駆逐艦と軽巡洋艦ばかり目に付いた、空母は見なかったし、重巡洋艦も戦艦も見なかった、どういう事だろうか

全員作戦に参加中で食堂に来なかったとか、いや、幾ら何でもそこまで大規模な作戦行動ならなんらかの話が聞こえてくると思う、軽巡洋艦の天龍は近頃休日が増えたと言っていた

辻褄が合わない、そういえば編成表には水上機母艦と潜水艦はいたが、それも見なかった

やはりなんらかの作戦行動中で食堂に来れなかったのだろうか

 

「今日は簡単な物にしました、食べられそうですか?」

「ありがとう、大丈夫よ」

 

食事の用意が出来たらしい、本当に重い腰をどうにか持ち上げて食べに向かう

 

「「いただきます」」

 

どうにかテーブルに着いて食事にありつけた、昼食時から数えれば結構な時間が経っている

しかし、消耗し過ぎて食欲が湧かない、でも、食べておかないと身が持たない、回復する為にも食べておかないと

資材があれば艤装を出して妖精さんに回復させてくれる様に頼んでも良いんだけど、なにしろ妖精さんに回復を頼めば瞬きしてる間に回復し終える、でも大和の作ってくれた食事と回復に使える時間が確保されているのなら資材より食事の方を選ぶ、敢えて資材を選択する変わり者もいないだろう

 

「どうでしたか?」

 

食べていると大和から聞いて来た、えっと何が?

 

「漣さんとお話し出来ましたか?」

 

あっ、忘れてたけど、今日の予定を変更してまで漣の所に話をしに行ったんだ、教導艦としては結果を聞くのは当然過ぎる、というより私が報告しなければいけない事だ、何をやっているんだ私は

 

「それはもちろん、漣に言われたわ、司令官の何処を見てるんだって、もう、言われてみれば当たり前の事過ぎて、自分の事ながら呆れてしまったわ」

 

「えっと、ご自身で納得出来たのですか?」

 

「納得というか、そもそも悩む様な事ではなかった、という事、今朝大和が言っていた通りに何処にも悩む所なんか無かったのよ、私が変に考え違いをしただけで」

 

「考え違い?」

 

「私は全部話して司令官に了承を得た、司令官は私を大本営に研修に送り出した、司令官は私に鎮守府への着任命令を取り付ける様に言ったわ、それを補強する様に要望書まで持たせてくれた、なら、私のやる事は決まっている、何も悩む事なんて無かったのよ」

 

聞いた大和が何やら考え込んでしまった

 

「考え違いの内容を聞いてもいいですか?」

 

あれ、予想外に大和が食いついて来た、なんだろう

 

「妖精さんがいなくなるって話があったでしょ、アレでちょっとね」

 

「先任の叢雲さんから移譲された妖精さんの事ですか」

 

「そう、その妖精さんがいなくなるって所を大袈裟に考えてしまった、司令官は先刻承知な事も思い当たらないとか、何処を見ているんだって言われても仕方ないわね」

 

「その妖精さんがいなくなるのは大した問題では無いと」

「そこは教導艦を頼りにしてますから」

 

なんだろう、大和がとてもいい笑顔になったんだけど

 

「お任せください!」

 

おおう、なんだ?!いきなりそんな気合い入りまくった事を言われて吃驚したじゃないか

 

「そういえば、私の入渠の予約って何時なの?」

 

吃驚した拍子に先任の漣が言ってた事を思い出したので、聞いてみる

 

「入渠、ですか、予約通りなら明後日ですが、それがなにか」

 

話題転換が唐突過ぎたのか大和が不思議そうにしてる

 

「なんか、漣達が一緒について来る様な事を言ってたから、なにかあるのかと思ってね」

 

大和は少し考える素振りの後に何か思い出した様子

 

「そういえば漣さんがお昼の時に言ってました、もし妖精さんの事で叢雲さんが不安を言う様ならコッチに話を振って欲しいと、なにかあったんですか?」

 

「詳しくは聞いてない、ほら、この前艤装の整備が終わって引き取りに行った時になんか言ってたでしょ、あの話みたいだけど」

 

「お互い理解不足と言われた、あの時ですか」

 

「そう、あの時の本題だったそうよ」

 

なんだ、大和が考え込んでしまった

 

「なに、なにか思い当たる事があるの?」

「いえ、確証がある訳では無いので……」

 

大和が言葉を濁すなんて、何かあるのだろうとは思った、しかしこの時の私はそれよりも眠気が勝ってしまった

 

 

 

 

 

 




登場艦娘

研修中の叢雲
教導艦の大和、老提督の秘書艦も兼務してるハズ

先任の漣、最初の初期艦の一人、桃色兎からは御姉様呼びされてる
先任の五月雨、最初の初期艦の一人、桃色兎からは五月雨御姉様呼びされる事も
先任の電、最初の初期艦の一人、今回プラズマ成分無し
先任の吹雪、最初の初期艦の一人、今回セリフなし

演習組(三組)の漣(桃色兎)、ざみちゃん呼びされてる
演習組(三組)の五月雨、さみちゃん呼びされてる


食堂を利用している多数の駆逐艦、それなりにいる軽巡
居る事だけは話に出て来る少数の水上機母艦と潜水艦


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39 今日も揃ってお出かけかい

 

 

 

6月28日

 

 

「よう、今日も揃ってお出かけかい?」

 

翌朝部屋を出るなり声を掛けられた

声の方を見れば、口の悪い天龍が壁に背を預けて腕組みまでしてるのが見えた

 

「天龍、そんな所で待ち伏せでもしてたの?」

「待ち伏せって、お前はホント口が悪いな」

 

呆れた様に言うが、私に言わせればあんたの方が余程口が悪いんだけど

 

「なにか御用でしょうか」

 

鍵を閉め終えた大和が聞いた

 

「なに、昨日は随分と活躍したらしいから、ちょっとだけ褒めといてやろうかと思ってな」

 

なんの話をしてるんだ、昨日活躍したって言われても大和が食堂の当番だったくらいだけど

 

「で、教導艦としては、今日の予定は如何するんだ」

 

天龍が大和に聞いてる

 

「今日は大本営所属艦とその任務内容を一通りの予定です」

「そう言う事なら、遠征隊の待機所にも来るな、よし、そっちで待ってるわ、キリのいい所で寄ってくれ」

 

そういうと去ってしまった

 

 

 

 

 

その後は大和の予定通りに先ず大本営所属艦の説明があった、それもこれまでの実地研修ではなく資料室?らしき所で関連資料を参照しながらの座学だ

驚くのは大本営所属の戦艦が大和だけという事、昨日食堂で見かけなかった艦種は本当に所属していないらしい、潜水艦と水上機母艦は遠征に駆り出されているという話も聞いたが、数隻しか居ないんだとか

なんで大本営の所属艦がこんな事になっているのか、大和が言うには人の都合というが、どんな都合なのか見当もつかない

 

「大本営に来られた時に老提督が仰られていた事を覚えていませんか?」

 

そう言われてみれば何か言ってたと思う、確か国外のゲストに言われるままに建造と解体を繰り返してるとか、何とか

 

「えっ、まって、あの建造と解体を繰り返してるって言ってたの本当にその通りにって事?」

 

頷いて肯定されてしまった、何だそれは

 

「という事は、まさか、その繰り返された中に今所属していない艦種まで含まれてるの?この資料はかなり充実している様だけど」

「その通りです、資料は充実しているのに所属していない、この状態は電さんや叢雲さん、この場合は三組の叢雲さんですね、あの演習の後に言っていた事はこういった大本営の士官達の行動を懸念したものです、大袈裟だったり手の届かない所の話という訳ではないのです」

 

電が言っていた、人にとっては初期艦も建造艦も一緒だと

ムラムラが言っていた、艦娘という括りでしか見ることの出来ない人に技量差なんてモノは分かりっこないと

なんて事だ、私が会った事のある人はそれほど多くない、ちゃんと話をした事のある人だと司令官と視察官ぐらいだ、そこに人の基準を置いていた

現状は全く違うという事になる、これにはどう対処すればいいのだろう

 

「ご心配には及びません、こう言った事は習うより慣れろです、大本営に居れば人と接触する機会は多いですから少しづつ慣れていきましょう」

 

私の心配事を見抜いたのか大和がそう付け加えた

 

 

 

 

 

午後になった、大和に連れられて遠征隊の待機所に向かってる

午前の講義では遠征隊の任務についても話があった

遠征隊のやる事は資材の収集だ、遭遇戦でもなければ戦闘は行わない、何しろ兵装の代わりに資材運搬用の機材を装備するのだから戦闘行動は出来るだけ避けたい

現状では資材の収集場所迄は安全が確保されている事になっているので戦闘はほぼ起きないという話だ、鎮守府の方では攻略部隊である第一艦隊がその安全を確保する事になっていたはずだ

攻略部隊を編成しなくても安全が確保出来るとはどんな仕組みなのか見当もつかないが

大和の説明によると鎮守府が安全を確保しているお陰で大本営付近の海域まであいつらが入って来れないと言っていたが、正直疑ってる

なにか私の知らない事情がある様に思うが、簡単に話せる内容では無いのだろう、と思う事にした

 

「おう、来たか」

 

待機所に入るなり声がかかった、どうでもいいとは思うが、暇なの天龍は

 

「申し訳ありません、こちらの研修が終わるまで待って頂きたいのですが」

 

おや、大和はここで何をするんだろ、いや、研修なのは分かるが、任務の話なら午前で終わりじゃないのかな、態々場所を変えて続ける様な話は思いつかない

 

「いいぜ、ゆっくりやってくれ、こっちもチビ達の相手があるしな」

 

これはいい人の天龍か、今朝待ち伏せしてた口の悪い天龍と最初の天龍は、少し離れた所で駆逐艦の集団と一緒にいる

あれは睦月型だよね、それにしても何人いるんだ、判別出来るだけでも同名艦が一杯いる、昨日の食堂の手伝いで同型同名艦が沢山いる事は分かってたけど、やけに睦月型に偏ってる気がする

後見える所では特型と他にもいるみたいだけど、よくわからない

 

「では、叢雲さん、一回りしながら進めていきましょう」

「ええ、わかったわ」

 

このいい人の天龍はなんで一人だけ離れているんだろう、とか考えてたら大和が研修を始める様なので頭を切り替えてそれに続いた

 

 

 

 

 

「どうだい、大本営所属艦の感想は」

 

大和の説明が終わりいい人の天龍と合流したらこう聞かれた

 

「どうって、言われても……」

 

正直拍子抜けとか肩透かしといった感想しか持ち様がない、戦力が軽巡を軸に構築されているのはまだ分かる、しかし軽巡を除くとほぼ駆逐艦しかいない

挙句に最大戦力である大和は技量不足で戦闘不可、兵装開発の補助としてしか海に出られないとか、一体誰が何を考えてこんな体制を構築したのか

 

「まあ、簡単に言ってショボいわな、これで大本営で御座いってマトモな感覚してたら言えるはずもないんだが、残念な事に人の認識と艦娘の認識は大きく違っているって事だ」

 

言葉を濁した私の言い分を補完した上で違いを言って来た

 

「それがわかっていても手が打てない状況なの?」

 

「俺等が野良艦娘にでもならない限りは無理だな、一号の初期艦の話だと人と合流してから自由に海に出られる様になるまで二年かかったそうだ、大本営に改称してからまだ一年ちょっとだ、今は短絡的に行動を起こすよりは人の理解に期待する時期だと考えてる」

 

「何を小難しい話をしてんだよ、そういう話をする為に待ってたんじゃないだろうが」

 

いい人の天龍と話してたら口の悪い天龍が入って来た、そういえばあれだけいた駆逐艦達がいなくなってる、遠征に出たのだろうか

 

「心配性なんだ、察してやれよ」

 

今度は最初の天龍か、この天龍達例の休暇とやらが未だに続いているのかな

 

「皆さん態々お待ち頂いてありがとうございます、私はこれで」

 

えっ、なんで大和が退場の流れになるの、こんな所に置いていかれても困るんだけど

 

「なんか用事でもあるのか?」

 

口の悪い天龍も不思議そうに聞いてる

 

「明日、叢雲さんの入渠が予定されています、その確認です」

 

そういえばそうだった、けど何を確認するんだろ

 

口の悪い天龍も意味を掴みかねている様子だし、このまま流されるのも癪だし

 

「それなら私も一緒に行くわ、当人なんだし」

 

「まあまて、大和、その確認は誰にするんだ?」

 

最初の天龍が入って来た

 

「……漣さんですが」

「やっぱりか、それならここで待ってれば向こうから来るぞ」

「……ご存知でしたか」

「駆逐艦の面倒を見るのは軽巡の務めだからな」

 

当然の様に言う最初の天龍

 

「あの漣が挙って工廠に籠ってんだ、なにもないワケはないわな」

 

いい人の天龍が続いた

 

「その辺りは来たら聞けば良いさ、それより向こうでゆっくりしようぜ」

 

口の悪い天龍の誘いで場所を変える事になった

 

 

 

 

 

「それにしても昨日は最後まで厨房に立ってたって?」

 

移動し終わるなりいい人の天龍に聞かれた

 

「それが、どうしたの」

 

昨日の手伝いの件をヤケに気にかけている様子だけど理由が分からない

 

「いや、悪い意味で言ってるんじゃない、感心してんだよ」

「感心?」

 

口の悪い天龍に感心される様な事なのか、疑問なんだけど

 

「猫の手ぐらいにしか使えないだろうと思ってたんだが、孫の手くらいには動けてたな、初期艦とはいえ実務は未経験だろ、大したもんだ」

 

「おい、褒める時はちゃんと褒めろよ、そこで照れてどうすんだよ」

 

口の悪い天龍に最初の天龍からのツッコミだ、褒めるって何を?

 

「いや、コイツが昨日のお前さんの働きをえらく気に入ってな、アレは凄い、褒めてやらないと、前に言ったことも侘びとかないとって、五月蝿くてな」

「ゴメン、話が見えない」

 

最初の天龍が説明してくれたけど、さっぱりわからなかった

 

「建造艦でいえばの話だがな、駆逐艦だと大抵は人数分の調理だけで手一杯なんだよ、だから駆逐艦が当番の時は調理と片付けは別の班になってる、まあ、給仕は二班合同でやってるが、お前さんは片付けから入って調理、給仕、最後の片付けまでやり通した、そこの所を凄いと言ってるんだ」

 

いい人の天龍が説明し直してくれた、が、今一わからない、私は大和の手伝いをしただけだ

凄いのは二食分通しで入ってた大和の方だ、終わった時にも疲れた様子は全くなかったんだから

 

「そんな事言ったら大和の方がもっと凄いじゃない」

 

思った事をそのまま言ってみる、相手がいい人の天龍なら変な気を使わなくても大丈夫だろう

 

「アホかお前は、戦艦と駆逐艦が同じな訳ないだろ、艦種の違いを軽くみるな、こんな形だから実感が薄いのかもしれんが、お前は駆逐艦だ、初期艦であろうとそこは変わらないんだぞ」

 

いい人の天龍が言ってきた、なんか呆れ半分、怒り半分な口調だ

 

「艦種の違い、天龍さんから見ても大和はそれが理解できていない様に見えますか?」

 

私より先に大和が入ってきた

 

「なんだよ、藪から棒に、大和は俺より長いだろ、それを俺に聞くのか?」

 

戸惑い気味に答えるいい人の天龍、えっ長い?大和の方が?天龍より大和の方が先に建造されたって事?

 

「実は、教導に際し幾度か意図しない結果になり、艦種の違いについて理解が足りない事が原因と指摘を受けました、自分では理解していると思っているのですが」

 

「なんか、前にもそんな事言ってなかったか」

 

最初の天龍が入ってきた

 

「はい、以前にも教導方針をご相談させて頂きました」

 

「それをまた聞いて来るってことは、あんまり役に立てなかった様だな、すまねぇ」

 

なんか最初の天龍が謝ってるんだけど、もしかして私の所為かな

 

「いえ、大和の理解不足が原因なのですから謝らないでください」

 

「理解不足っていうよりコイツの力量が不安定で計り間違えてるんじゃないか」

 

口の悪い天龍だ、不安定ってなによ、不安定って!

 

「あー、言われてみればそんな気がする、よく気がついたな」

 

最初の天龍まで同意するし、なんなの!?

 

「不安定?どういう事だよ」

 

なんで私がしようとした質問をいい人の天龍がするのよ、人の台詞を取らないで欲しいわ

 

「そこが漣達がなんかやってる所だ、吐かせた所によると先任の叢雲の妖精さんを乗せてるんだと、この叢雲は」

「なんだそりゃ?」

 

最初の天龍が吐かせたとか言ってるんだけど、いい人の天龍は事態を掴めない様子だし

 

「簡単にいえば、先任の叢雲の技量を部分的に使えるって事、妖精さんを入れ替えられる所に限られるけどな、例えば、そう、兵装とか」

 

意味深に言う口の悪い天龍

 

「それがどうしたのよ」

 

天龍達の話に割って入る、漣達もそうだけど私も知らない私の事を並べ立てないでもらいたい、少なくとも本人に説明が必要だと思うわ

 

「どうもしない、影響があるのはお前さんだしな、明日の入渠に当たってその影響を最小に留める算段を立ててるのも初期艦だし、こっちはただの見物人だ」

 

なにか意味ありげに言った割には見物人という口の悪い天龍、ホント口の悪さは性根の悪さよね

 

「……おまえ、叢雲を褒めるんじゃなかったのか、さっきから叢雲の神経を逆なでしてるが、いいのか?」

 

最初の天龍が揶揄う様に口の悪い天龍に言う、聞いた口の悪い天龍がハッとした様な顔になるが、私の与り知るところではない

 

「あ、これは拗ねたな」

 

顔に出たのかいい人の天龍からだ、それを受けて何故か困った様な顔になる口の悪い天龍

私の所為じゃ無いからね、こっちに振らないでよ

 

「皆さんお揃いで、これは出遅れましたかな」

 

この声は漣だ、そちらを向けば漣が三人もいるんだけど、三人目はどこの漣だろう

 

「珍しいな、お前さんがこんな所に顔を出すなんて」

 

最初の天龍が三人目の漣に声をかけた

 

「先任に引き摺り出されたんです、漣としては見物人で居たかった」

 

「ちぃ姉様は御優しいですからね、漣一人にこんな厄介事を抱えさせて見ない振りとか出来ませんもん、なんで一番上の御姉様だけがこんなにも理不尽のカタマリなんだか」

 

桃色兎が相変わらず不満を口にしてる

 

「ちょっとざみちゃん?漣の何処が理不尽の塊だって言うのさ」

 

先任の漣には異論があるらしい

 

「あー、わかったから三人揃って漣を連呼するな、俺等の前でそれをしてもしょうがないだろ」

 

不満有り気な二人といつもの調子の一人で口論を始めかねない様子を見て最初の天龍が割って入る、三人もいる漣達も個体単位で把握済みの様だ

 

「叢雲さんは一組の漣さんとは初顔合わせでしたね」

 

大和に聞かれた

 

「ああ、一組の漣なんだ、そんな感じはした、叢雲よ、今は研修中だけど、よろしく」

 

「噂は色々聞いてるから興味はあった、会えて嬉しいよ叢雲ちゃん」

 

おっと、なんだ?ここでそんなにいい顔されるとは思わなかったんだけど

 

「ちょっと一組の、叢雲ちゃんが戸惑ってるでしょ、スマイル、スマイル」

「エッ、こ、こうかな?」

 

先任の漣に突っ込まれて慌てた様に笑顔を見せる一組の漣

 

「皆さん揃われた様ですが、此処で続きを?」

 

大和は明日の入渠ついて漣に話があると言ってた

 

「そうだな、話が話だし、場所を変えるか」

 

最初の天龍もその辺りを承知している様だ

 

「そう言うと思って既に確保済みです、他の面子は先に行ってますからいきましょうか」

 

そう言って先導する先任の漣、というか呼びに来ただけなの、それなら三人でくる事なかったんじゃないかな

 

 

 

 

 

 

 




登場艦娘

研修中の叢雲
教導艦の大和、老提督の秘書艦も兼務してるハズ

先任の漣、最初(一号)の初期艦の一人、桃色兎からは御姉様呼びされてる
先任の電、最初(一号)の初期艦の一人

最初の天龍、32話オープンカフェで最初に声をかけて来た天龍
いい人の天龍、27話大和に苦情を言いに来たが、事情を知り頼って来いと言った天龍
口の悪い天龍、32話オープンカフェで可愛げが足りないと言って来た天龍

演習組(三組)の漣(桃色兎)、ざみちゃん呼びされてる
演習組(三組)の叢雲、ムラムラ呼びされてる

一組の漣、桃色兎からはちぃ御姉様呼びされる事も

大本営所属の睦月型駆逐艦、同名艦が多数居る模様





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40 いつか使ったゲストルーム

 

 

 

移動した先はいつか使ったゲストルーム、以前と同じ様にセッティングされている

そこにいるのは天龍が三人と一号(最初)の初期艦四人、一組の漣と三組の漣、私(叢雲)と大和の十一名、数の上では前回と一緒だ

 

「五月雨達がお話をサボった所為でこういう機会を設けることになりました、この際過去は過去として前向きにいきましょう」

 

先任の漣からトゲ付きの台詞だ

 

「別にサボったワケじゃ無いんだけど」

 

漣の開催宣言?に抗議する五月雨とそれに同意するブッキーと電

 

「漣としては五月雨御姉様の手作りお菓子があるので問題ないです」

 

桃色兎が相変わらずの御気楽さを見せてる

 

「これがざみの言ってたお菓子?」

 

一組の漣が物珍しそうにそれを手に取ってる

 

「さみちゃんが作り方を教えて欲しいって言って来たから一緒に一杯作ったんですよ、遠慮なくどうぞ」

 

とても嬉しそうにいう五月雨

 

「その一緒に作った五月雨はどうしたのよ」

 

三組の初期艦の中で参加が漣だけなのは何かあるのかと思って聞いてみた

 

「漣を除く一組の初期艦と三組の初期艦は工廠で作業中、私達と交代でね」

 

ブッキーから答えが返って来た、ん、一組の初期艦って二名欠員とか言ってなかったっけ

 

「工廠に六人いるって事?」

 

「そうだよ、あれ、なんで六人って分かったの?」

 

ブッキーにすごく驚かれたんだけど、なんでだ

 

「前に一組は二名欠員って聞いたからだけど」

 

聞いた話をそのまま言うと何故かブッキーが渋い顔になった

 

「その話、吹雪ちゃんから聞いたの?」

 

その顔のままで聞かれるとなんかこう、悪いことしたみたいじゃないか

 

「欠員って所だけね」

 

「なんだよ、お前まだ気にしてんのか?」

 

最初の天龍だ、気にしてるとはどう言う事だろう

 

「……そんな事は、ないです」

 

なにそのバレバレな言い様は、何があったんだろ

 

「別に気に病む事じゃないだろ、解体も改修も艦娘の使い方だ、字面を怖がって実施を躊躇っていた司令官の背中を押したんだ、艦娘の運用が出来なくなるよりはよっぽどマシだろ」

 

なんでもない様に言う最初の天龍

 

「背中を押したって?」

 

なんとなく想像はついたけど、敢えて聞いてみる

 

「一組の吹雪と叢雲が当時の司令官に解体と改修を実行する様に、まあ、色々手を尽くしたんだ、それで言い出した吹雪が解体、叢雲が一組の五月雨の改修に使われた」

 

淡々という最初の天龍

 

「結果としては解体も改修もキッチリ工程が確認されて人が字面を気にしなくなった」

 

それに続くいい人の天龍

 

「誤算だったのがアレだけ怖がっていた箍が外れたって事かな、無闇に解体する様になっちまった、改修なんて何も残らんってな、多少なりとも資材が回収出来る解体の方がマシだってんで改修はしなくなっちまったしな」

 

口の悪い天龍が信じ難いことを言った、無闇に解体ってどういう事なの

えっと、確か視察官が言っていた、国外のゲストに言われるままに建造と解体を繰り返して資材を浪費していると

午前の研修で大和もそれを指摘している

あれ、視察官は何か別に事でも資材を浪費してるって言ってなかったかな、それの所為で遠征隊に過度の負担がかかってるって言ってた気がするんだけど、なんだったかな

 

「資材を浪費してるのはそれだけ?」

 

ここまで出かかってるのにもどかしいので手取り早く聞いてみた

 

「……いきなり資材の浪費と来たよ、お前さん意外と冷血な口か?」

 

なんで冷血になるんだ、ホントにこの天龍は口が悪い

 

「大型建造の事ですか?」

 

大和が聞いて来た、って、あんたはなんで漣達とお菓子の取り合いしてんのよ、しかも三対一なのに優勢だし、漣達は器用にアイコンタクトを駆使して連携まで取ってるのに劣勢になってるし、こんな所で戦艦と駆逐艦の艦種の違いを見せつけなくてもいいわよ

 

「それだっけ?大和を建造したのって」

「はい、そうです」

 

こちらには目もくれず四人はお菓子に向き合っていた、いや、いいんだけどね

 

「大型建造な、アレはアレでどういうつもりなのかさっぱりわかんねーよ」

 

呆れた様にいういい人の天龍

 

「わかんないって、何が?」

「司令官代理はどういうつもりで兵装だけ保管して肝心の艦娘を解体しちまうのか、俺にはさっぱりわかんね」

 

えっ、なにそれ、そういえば演習の時、五月雨が大和に35.6センチ積もうとしたとか言ってなかったっけ、アレは兵装だけあるって事?

大本営に戦艦は大和しかいないんだっけ、その兵装と伴に建造される筈の戦艦は所属していないと聞いた、なんだか色々聞いて知る事が増える度に憂鬱になるんだけど

 

「兵装だけコレクションしても仕方ないのにな、挙句に新規開発された兵装の使用許可は出さないし、何を考えているのやら」

 

口の悪い天龍も呆れた様子だ

 

「そこはお爺さんに伝わったので変わると思うのです」

「お爺さん?」

 

電の言葉に最初の天龍が疑問をつけた

 

「老提督の事です、私達にはお爺さんですから」

 

答えたのは五月雨だ

 

「まったく、初期艦はなんだって老提督をいろんな呼び方するんだよ、わかんねーよ、どれでも良いから一つに纏めとけ」

 

ウンザリ気味の最初の天龍

 

「お爺さんはお爺さんなのです、私達の事を孫の様だと言ってくれたのです」

 

電が何時に無く柔らかい笑みを見せてる

 

「そうです、とっても良くしてくれました」

 

五月雨よ、おまえもか

 

「あの人は私達の話をちゃんと聞いてくれました」

 

ブッキーもこう言ってる

 

「そうそう、監視役の三佐は聞き流してばっかりだったけど、じーちゃんはちゃんと聞いてくれた、それに何と言っても妖精さんが見える人はじーちゃんが最初だし、後から何と呼ばれる様になってもじーちゃんはじーちゃんだ」

 

最後は漣か

 

「だから、一つにしろと……あーもう、わかったよ」

 

最初の天龍は諦めた様だ、丁度その時誰かがドアをノックする音が聞こえた

 

「何だ?他に誰か呼んだのか?」

 

口の悪い天龍が言った

 

「おお、まさか来られる時間があるとは思わなかった!」

 

そう言ってドアを開けに行く先任の漣

誰を呼んだんだろ

 

「お誘いを受けたので来てみたよ、お邪魔してもいいかな」

「どうぞ、どうぞ、若干狭いですが、遠慮無く」

 

そこに居る人を見て天龍達が固まってる、漣二人は席を飛び出してその人物を迎えに行った、先任の初期艦達は満面の笑みを浮かべてその人物を迎えてる

大和はいきなり席を飛び出し行った漣達に呆気に取られたのかお菓子の争奪戦のままのポーズで動きを止めていた

 

「視察官じゃない、お久しぶり、あの時はありがとう」

 

「おお、叢雲さんも招待されていたのか、久しぶりだね、研修の方はどうだい」

 

「話は後あと!とにかく座って座って」

 

そういう先任の漣、そのまま漣三人に先導される様に室内に入ってくる

 

「ちょっとまて、こりゃ一体どういう事だ!?」

 

再起動したらしい最初の天龍が声を上げた

 

「どういう事?と言いますと??」

 

桃色兎が応えてる、その間にも視察官は他の漣に先導され席に着いていた

 

「こちらをどうぞ、私とさみちゃんで一杯作ったんですよ」

 

五月雨が視察官にお菓子を勧めてる、電はお茶を出してるし、なんという連携プレーだ

 

「うん、よくできてる、いただこうか、電もありがとう」

 

いいながら電の頭を撫でる視察官、なんというか、ナニ、電のその顔は、その顔からはどうやってもあのプラズマ状態になるとは信じ難いその柔らかい笑顔はどこから出した

 

「いや、だから、これはどういう事なんだよ、少しは説明してくれ」

 

なんだかいい人の天龍から泣きが入ってるんだけど、なんでだろ、見れば口の悪い天龍はまだ固まってる

 

「おや、漣さん、私が来る事を言っていなかったのかい」

 

お菓子を取りながら聞いてる視察官

 

「提督はいつも忙しくしてるからね、来ると言って来れなかったら嫌だからさ、先任とざみにしか伝えてなかったんだ、糠喜びって嫌でしょ?」

 

イタズラっぽく一組の漣がいう、ん、提督?

 

「私は提督ではないよ」

 

視察官はそういうが、どういう事なんだろ

 

「呼称が司令官に統一されたんでしょ、そんなの人の都合なんだから漣には関係ないです」

 

一組の漣の言い分に困った様子の視察官

 

「提督って、視察官は妖精さんの声が聞こえるの?」

 

先任の五月雨から聞いた説明では提督と呼ばれているのは妖精さんと会話のできる人だ、私が知る限り視察官は妖精さんに好かれてはいるが、妖精さんの声が聞こえる人では無い、声が聞こえないのに会話出来るの?

 

「いいや、声は聞こえない、私は見る事が出来るだけだよ」

 

視察官の答えに私は戸惑った、なら何故一組の漣は提督と呼ぶのか

 

「提督は声が聞こえ無くても妖精さんの意図を読めますから、下手な提督よりずっと妖精さんに頼りにされてますよ」

 

意図が読める?一組の漣の言う意図が読めるとは一体、ん、下手な提督?

 

「いやいやいや、まて、オマエラなんでそんなに普通に話してんだよ、老提督じゃないか、なんだって上部機関の偉いさんがこんな所に?!」

 

やっと再起動したらしい口の悪い天龍が驚きの声を上げた

 

「ふむ、漸く皆が揃ったね、漣さん、こちらの艦娘さんは?」

 

視察官は固まった天龍達の再起動を待っていたのか

 

「天龍ですよ、遠征隊を率いてる軽巡です」

 

先任の漣だ、それを聞いた視察官がどういう訳かスッと立ち上がった

 

「君達が天龍さんでしたか、知らずに失礼した、遠征隊を率い大本営の資材調達に於いて尋常ならざる貢献をしていると報告を受けている、士官達が資材を浪費するも枯渇しなかったのは君達の働きのおかげだ、しかしその働きが如何に苛酷であったか、想像に余りある、そこまで事態を放置してしまった責は現状の大本営体制を過信した私にある、すまなかった」

 

そういうと頭を下げる視察官

 

「それは違います、確かに老提督は現状の大本営体制をお作りになったお一人です、ですが、それを運用したのは士官達です、然も当初に示された運用方針から外れて運用されています、老提督に責を問うのは筋違いというものです」

 

大和だ、こちらも漸く再起動がかかった様だ

 

「えっと、つまり、どういう事だ?」

 

今度は最初の天龍だ、他の天龍も状況が未だに飲み込めない様子だ

 

「そんな事より、視察官にいつまで頭を下げさせておくつもりなの」

 

天龍達が視察官を放置するのでつい口を出してしまった

 

「ああ、気にすんなよそんな事、それくらいこの天龍さまにかかればどうって事ないぜ、なにしろこの天龍さまは世界水準超えてんだからな!」

 

なんでこんなに大威張りなんだろ、この口の悪い天龍は

でも、それを聞いた視察官は顔を上げた、なんだか安心した様子だ

 

「まったく、コイツは……でもまあ、アレでキツかったのは俺等軽巡じゃ無くて駆逐艦の方だ、老提督は言う相手を間違ってるぜ」

 

最初の天龍だ、どうやら状況に思考が追いついたらしい

 

「その辺は俺等軽巡がフォローする所だろ、あのチビ供に今の話を聞かせても興味すら向けないからな、あの遠征だってどこまで理解してやってるのやら」

 

こちらも状況が飲み込めた様子のいい人の天龍

 

「君達は資材調達だけでなく、大本営が招いた国外のゲストの案内役としても大いに貢献があったと聞いている、本当にありがとう」

 

「それこそ気にする事じゃない、俺等は俺等でそれなりの下心があってやった事だ」

 

最初の天龍だ、なに、下心って

 

「それも聞いているよ、君達が案内役を買って出てくれたお陰で大和一人に集中していた負担が分散されゲストも余裕を持って視察を行える様になったと、それにゲストから大本営の艦娘部隊運用に疑問の声も上がってきた、それを受けて私が査察に来たのだ、それが無ければ未だに大本営は浪費を続けていただろう、査察に入って目の当たりにしたのは信じ難い結果ばかりだ、こんな事が起こり得ない様に大本営を再構築するつもりだ」

 

「まったく、じーちゃんは何時迄も隠居出来そうに無いですな」

 

先任の漣がお菓子を頬張りながらいう、見れば大和が争奪戦から離脱している

即ち、漣三人で五月雨の作ったお菓子を取り放題、いや、良いんだけどさ、なんて言えば良いんだろうね、この気持ち

 

「再構築?大本営を?」

 

いい人の天龍がかなり強い疑問調で聞いた

 

「そう、幸いな事に再構築する為のモデルケースを直に見る機会を得られた、私は艦娘部隊の指揮を取った事はあっても運営した事はない、当時は軍組織の色が濃かったから指揮権者はあくまで管理職で細部には其々の担当官が配置されていた、よくあるピラミッド型の指揮系統だ、現状の大本営もそれに倣っている、しかしそれでは艦娘部隊は十全な能力を発揮しない事が分かった、あの鎮守府を見て私は強く組織構築を間違えた事を知らされた、鎮守府は司令官と艦娘の二人三脚にて一体と為さねば成らなかったのだ、ここに第三者が入り込むと司令官が容易に誘導され艦娘から第三者に軸足を移してしまう、これは現状の鎮守府が機能不全に陥っている事からも明らかだ」

 

「いや、明らかって、そうなったのは大本営の命令が発端だろ、幾ら何でもその言い分は無いと思うが」

 

いい人の天龍にしては何時に無く顔つきが怖い

 

「それだよ、それが第三者が入り込むと言う事だ」

 

視察官の指摘する所の意味は何?

 

「無茶苦茶言うなよ、指揮権の上位から命令が来たんだ、それに逆らったら組織が維持出来なくなっちまう、俺等は軍隊なんだぜ」

 

「違う、君達は、艦娘部隊は軍隊では無い、艦娘部隊の行動目的は海洋航路の安全確保だ、その為に国際機関として成立したのだ、軍隊は国家を始めとする大規模な人の組織に属し、大規模な人の組織は多数存在する、これは軍隊は多数存在することを意味すると同時に、軍隊で在れば他の軍隊を相手にする事は必然となってしまう、艦娘が相手にしなければならないのは人の組織に属する軍隊では無い、あの海上交通を阻害する深海棲艦だ」

 

いい人の天龍の言い分に強い口調で自説?を説く視察官

 

「それ、例の演説で言ってた事だな、本人に言うのもアレだが」

 

最初の天龍だ、例の演説と言うのはなんだろう

 

「艦娘を対深海棲艦専門の独立組織として国家という枠組みから分離、国際機関として運用し、人類全体の利益に寄与させる、これこそ最良の選択だ、とか言って理屈を並べてたな」

 

いい人の天龍だ

 

「あの演説の一番は人が艦娘を受け入れた理由だよな」

 

口の悪い天龍だ、なんか皮肉を言ってる様に聞こえたんだけど

 

「艦娘はコストパフォーマンスが高いってな、俺等年中サービス価格なんだとさ、国軍動かすのと比べたら無いも同然なんだと、人の懐具合で見るとな」

 

最初の天龍が呆れ半分な感じでいう

 

「それは否定しない」

 

それに普通に応じる視察官

 

「いいじゃないですか、コストパフォーマンスが高いのは良い事でしょう、私には、大和には何の不都合もありませんよ」

 

「やまちゃんが言っても説得力が無い件について」

 

桃色兎がボソッと何か言った

 

「……」

 

聞こえたのか、大和が俯いてしまった

 

「大和が気にする事じゃないだろ、資材消費が大きいくらい俺等が何とでもしてやるよ」

「そうそう、人の懐から資材が出てる訳じゃない、俺等遠征隊が集めてんだ、気にすんな」

「まったくコイツは……」

 

いい人の天龍から口の悪い天龍に続いて、最初の天龍にまで睨まれる桃色兎

 

「揃いも揃ってやまちゃんには甘々ですな」

 

桃色兎も負けて無かった

 

「なんだよ、文句でもあるのか」

 

最初の天龍が揶揄う様にいう

 

「文句なんてトンデモナイ、ただ、駆逐艦の身ではやまちゃんに甘々な事はしてあげられないなーと、ザンネンなだけですよ」

 

そう言うと桃色兎は相変わらずの状態の二人に加わった、いいんだけどね

 

「いい加減座ったら?それとも演説の続きがあるのかしら」

 

さっきから立ちっぱなしの視察官が気になっていた

 

「ん、そうだね」

 

まるで立っている事を忘れていた様に言う視察官

それを待って最初の天龍が口を開いた

 

「で、老提督はこんな所に何の用が?」

 

あれ、もしかして視察官を警戒してるの、天龍達

 

「ここに来たのは漣さんに誘われたからだが、こちらとしても何処かで話す機会が欲しかったからでもある」

 

慎重に言葉を選んでいる様な視察官

 

「天龍は大丈夫だよ、どこかのおっかない軽巡と違って駆逐艦には甘々な軽巡ですから」

 

睨まれたばかりだというのに全く気にしていない桃色兎

 

「こういう会合に呼ぶくらいには初期艦に当てにされてますし」

「それに遠征隊を統括してるのは天龍だし、聞いてもらった方がいいでしょ」

 

先任の漣に続けて一組の漣、お菓子を頬張りながらの三人、そんなに慌てて食べなくても

 

「それで、お話というのはなんでしょうか」

 

先任の五月雨が先を促した、天龍達はそのままだったが

 

「うん、初期艦達に手を貸して貰いたい事があってね」

 

視察官はそう言いつつお菓子に手を伸ばした

 

「あの戦い以降帰属未確定になっている艦娘達を現役に復帰させたい、復帰してもらった上で協力が得られれば大本営の再構築はより確実なものになる、幾人かは国外の鎮守府設置に向けて動きがある様だが、そこも本人の意思を確認したい」

 

言い終わるとお菓子を食べ始めた

 

「現役復帰ですか、難しいと思います、艤装を放棄してる艦娘もいますし、現在の鎮守府の仕様では艤装だけを新造する事は出来ませんから」

 

五月雨が応じる

 

「うーん、私は艦娘の艤装や兵装については資料で読んだだけなのだが、工廠で開発とやらをすれば放棄した艤装を取り戻せるのではないのかね」

「それは出来ない」

 

視察官にキッパリと言い切る先任の漣

 

「現在の仕様では艤装の放棄は艦娘としての半身を失うのと同じ、艦娘が人の形を保っているからといって無傷って訳じゃない、あの状態を人に喩えるなら腕とか、切除しても即死はしない部位を失っているのと同じなんだ、人でも手足を失ったらそう簡単には以前と同じ様には振る舞えないし、それを補完する手段があるにせよ、その習得は容易じゃないし単独で出来ることでも無い、更に費用と時間とケアも必要になる、大本営の士官達にはそこの所を何度も説明したけど、未だに理解してもらえない」

 

一組の漣から解説が入った

 

「……報告書にあった再就役拒否、と言うのはその事かね」

 

視察官が深刻な顔をしてる

 

「拒否って……そうじゃないとあれだけいったのに、したくても出来ないんだよ、艦娘と妖精さんは不可分な存在なんだ、艤装も同じで本来それを放棄する事は有り得ない、艤装に着いている妖精さんまで放棄する事になってしまうから」

 

そういう一組の漣は、これまでに見たことの無い哀しそうな顔をしてる

 

「それをしてしまうと、もう艤装そのものを扱えなくなってしまう、妖精さんは交代や入れ替わりはするけど、元々居ない艦娘には着いたりしないんだ、妖精さんから見れば居場所が無くなってるからね」

 

先任の漣はいつも通りだ

 

「居場所?居場所か、そういう細かい所は言葉での説明が無いと、この年寄りの想像力だけでは無理がある」

 

困った様な視察官

 

「想像力って?」

 

つい口を挟んだ

 

「先ほどこちらの漣さんが私の事を妖精さんの意図が読めると言ってくれたが、それは単に想像力を働かせ推測しているに過ぎない、妖精さんと言葉を交わせる提督の真似事でしか無いんだよ」

 

視察官はそう私に優しく言ってくれた

 

「そんな事ない、じーちゃんは妖精さんの意図を凄く良く分かってる、そうでなければ妖精さんがあんなに懐いたりしないよ」

 

視察官の言い分に一組の漣がムキになってる

 

「そう言ってくれるのは嬉しいんだがね、現状を拾えないという事実は認めなければならない、現状を見誤ればその実害を受けるのは君達、艦娘達だ、それは避けなければ」

 

「ちょっといいか?」

 

いい人の天龍が口を開いた、それに視察官はただ頷いた

 

「まさかとは思うけどよ、士官達が兵装をコレクションしてる理由は、それなのか?」

「俺等遠征隊を扱き使って集めた資材を文字通り浪費してたって事だな」

 

口の悪い天龍も呆れ気味だ

 

「……説明はしたんだよ、兵装だけあっても艤装を失くしてる艦娘には装備出来ないって、でも、士官達には無視されてしまった、ごめんなさい」

 

一組の漣が漣とは思えない程辛そうな顔を見せた

 

「おまえが謝る事じゃないだろ、そんな顔すんなって」

 

そう言って漣の頭を撫でているのは口の悪い天龍だ、なんか私の時と対応が違く無いか

 

「漣さん、こちらの天龍さんの言う通りだ、報告書にも漣さんの説明は記載されていたよ、漣さんの言う通りに士官達が取り合わなかった事も含めてね、司令官は艦娘と話をする様にとあれだけ言って文字に起こす事までしたのに、士官達には無視されてしまった、大本営の士官達は司令官ではなかったからね、私はこういう抜け道を塞がないまま退いてしまった、それが誤りであった事が今回の査察で良く分かった、それを正すには大本営を再構築する必要がある、それを成す為に上部機関からも協力を取り付けている、今度は退く訳にはいかない」

 

力説とは違うけど、強い意思?決意?を感じさせる視察官

 

「視察官は退役してるって聞いたんだけど、現役に復帰したの?」

 

その感じが妙に不自然に思えたから、聞いてみた

 

「退役してたよ、ずっとね、だから退いていた、第一線には現役が着くべきと考えていた、しかしそれが全て裏目に出てしまった、このままではこの国から艦娘部隊そのものを撤収させ、他の国に再配分するという計画が実行されかねない程にね、最初に聞いた時にはそれも仕方ないと考えていた、この国に艦娘の運用能力が無いのであれば艦娘達をこの国に配置して置く事は誰の利益にもならない、最初の鎮守府を設置する際にも再三指摘された事だ、艦娘部隊を国際機関としたのはそうなった時に備えて艦娘達の受け入れ先を確保する必要があった為でもあるんだ」

 

「なら、なんで大本営の再構築なんてするんだ?士官達に艦娘の運用能力がない事ははっきりしてんだ、再配分が妥当じゃないのか」

 

いい人の天龍が疑問を口にした

 

「それは再構築する為のモデルケースを直に見る機会があったからだ、あの鎮守府の様に運営出来れば再配分の必要は無い」

「それだけか?」

 

最初の天龍だ、なんか不満そう

 

「理由が足らないかね」

「足らないというより、的外れだな、オレからすると」

 

今度は口の悪い天龍か、こっちもなんか不機嫌そうだ

 

「今の所の話だと、老提督の大本営再構築策にはあの引き籠もり達も入ってる様だが、漣が言っている様にそれは無理筋だ、そこを知らないってのが如何にも気に入らねぇ」

 

いい人の天龍まで視察官の策に否定的だ

 

「あの戦いは予測された戦いではなかった、なにしろ発足式の最中に緊急通報が入って急遽出撃となった戦いだ、私に出来た事は対外的な戦後処理くらいだ、艦娘部隊の方は部下に任せていた」

 

「だからあの引き籠もり達の状況を知らなかったと、そう言いたいのか?」

 

随分と怖い顔になってるいい人の天龍

 

「戦後処理が完璧だったなどと言うつもりはない、多くの不備、見落としがあっただろう、その為に不利益を被った艦娘もいただろう、しかし私の任期は発足式当日までだったのだ、無理を言って延長させたが、無理はそう長く続けられない、期日までに出来る限りを尽くしたつもりだ」

 

「対外的な戦後処理に追われて艦娘に割く手間も時間も無かったって事だな」

 

最初の天龍だ

 

「確かにその通りだ、だが、艦娘達には妖精さんが着いている、私よりも妖精さんが着いている方が良いのではないか」

「良い訳あるかよ、なんだそりゃ!?老提督の眼には艦娘には妖精さんが着いてりゃ事足りるって見えてるのか、それともそう吹き込まれたのか?!」

 

口の悪い天龍だ、ちょっと感情的になってるみたいだ

 

「当時、艦娘達の様子は妖精さんから色々伝えられていた、勿論身振り手振りでね、何度か艦娘達を見舞いに行こうとしたんだが、その度に妖精さんに止められた、自分の仕事をしろ、そういう様子だった」

 

「それを真に受けて、艦娘を放置したと?」

 

いい人の天龍が怖い顔のままいう

 

「なにを言っても言い訳にしかなら無い事は分かっている、だからこそ、今度こそ退く訳にはいかない、こんな年寄りにでも出来るとこはある、少しでも次の司令官達の労苦を除きたいのだ」

 

「次?次ってなんの次だよ」

 

口の悪い天龍だ、感情的になってる所為かいつにも増して耳障りな言い様になってる

 

「私は人の中で初めて妖精さんを見る事が出来た、それが理由で各方面から監視対象となっている、国際機関の椅子とやらもその方便として用意されたものだ、だが、今は幾人かの提督が見つかっている、その内の一人は現在鎮守府にて艦娘を指揮し自衛隊との共同戦線を構築する程に、国に属する組織との連携を実践している、私には出来なかった事だ、この事例を手本にして各国に鎮守府を設立出来れば相互補完の方向に向かってくれるだろう、お互いが無関心でも排除関係にも成らずにね、その道筋は次の司令官達が歩む事で出来て行く、私はその道標を作りたい」

 

「……随分な夢を見てんだな、起きて現実を見ようぜ」

 

冷め切った言い方の最初の天龍

 

「天龍さんには、夢物語に聞こえましたか」

 

三人の天龍を見渡す視察官

 

「あの士官達が相互補完なんて考える訳ないな、艦娘は知らなくていい、命令通りに動け、考える必要は無い、こんなんばっかだぜ」

 

いい人の天龍でも色々溜まってるのかな

 

「今、大本営に司令官がいない理由は知ってるだろ、鎮守府の司令官を大本営の士官達の下に置く事が艦娘の運用より優先されてんだ、艦娘が一方的に支えてやらないと大本営は立ちいかないんだぜ、なのに相互補完だって、ムリムリ」

 

口悪いの天龍は完全否定の様子

 

「だからこその再構築だ、そしてそれを成す為には多くの協力者が必要だ」

 

視察官は天龍達にこれだけダメ出しされてるのに自説を曲げる気は無い様だ

 

「まさか、老提督は俺等をその協力者だとか思ってる?」

 

意地の悪い言い様だ、口の悪さに磨きがかかってないか

 

「天龍は、このままの状況を放置して再配分の方がいいの?」

 

一組の漣が聞いてきた

 

「……あの士官達にアゴで使われるのもいい加減アレだしな、なんか考えがあると思っていた大型建造も只の浪費だと分かった、他の国を見て見るのもいいんじゃないか」

 

一組の漣にチラッと視線を向けた後に口の悪い天龍が言った

 

「水を差す様だけど、他の国ならマシな状況になるとは限らないよ、もっと悪くなるかも知れない」

 

そういう先任の漣は視察官の再構築策をどう考えてるんだろう

 

「ここで人との関わり方は大分学んだ、次は上手くやるさ」

 

いい人の天龍は冗談めかしているが、何処まで冗談なのか

 

「他の国に行く事は次にはならない、再配分されれば遠からず解体される事になる、今の司令官だってドロップ艦は使い難いって言ってるんだ、建造艦は従属し易いけどドロップ艦はそこまでじゃ無いからね、まして艦娘は人からすれば製造物、建造で新品が容易に手に入るのにお下がりを好んで使い続ける人は多く無い、残念だけど、人はまた一から艦娘の使い方を習得しなくちゃならなくなる、そうやって時間を浪費している間にやつらは対抗策を具体化して来る、そこまで行ってしまったら、もう、人は艦娘を使い捨てる以外の使い方を習得する余裕は無くなる、そして艦娘を使い切ったら次は人を、同胞を使い捨てる、最後には人もいなくなりやつらだけが残る事になるだろうね」

 

桃色兎が珍しく長台詞をいう

 

「ここまで来るにも相応の時間を浪費してる、やつらが何らかの対抗策を準備している事はほぼ確実なんだ、最短で艦娘部隊を十全な実働戦力にしないと間に合わない」

 

「それは……なんか掴んでるのか?」

 

いい人の天龍が先任の漣にきいてる

 

「その辺りの話をしようと思って集まってもらったんだけど、じーちゃんの方の話が先になっちゃたから、今から話してもいいかな」

 

「おお、そうだったのか、こちらの都合ばかり話してすまなかった」

 

大袈裟に驚いてる視察官、あれは演技なのか、素なのか

 

 

 

 

 

 




登場艦娘

研修中の叢雲
教導艦の大和、老提督の秘書艦も兼務してるハズ

一号の漣、最初の初期艦、先任の漣、桃色兎からは御姉様呼びされてる
一号の五月雨、最初の初期艦、先任の五月雨、桃色兎からは五月雨御姉様呼びされる事も
一号の電、最初の初期艦、先任の電、今回プラズマ成分無し
一号の吹雪、最初の初期艦、先任の吹雪、今回セリフあり

最初の天龍、32話オープンカフェで最初に声をかけて来た天龍
いい人の天龍、27話大和に苦情を言いに来たが、事情を知り頼って来いと言った天龍
口の悪い天龍、32話オープンカフェで可愛げが足りないと言って来た天龍

演習組(三組)の漣(桃色兎)、ざみちゃん呼びされてる
演習組(三組)のいなずま、工廠で作業中
演習組(三組)の叢雲、ムラムラ呼びされてる、工廠で作業中
演習組(三組)の吹雪、工廠で作業中
演習組(三組)の五月雨、さみちゃん呼びされてる、工廠で作業中

一組の漣、桃色兎からはちぃ姉様呼びされる事も
一組の電、工廠で作業中
一組の吹雪、解体済み
一組の叢雲、改修素材
一組の五月雨、改修済み、工廠で作業中

引き籠り達 (高練度ドロップ艦) 35話でいなずまが言っていた戦いの残存艦娘



登場人物

老提督
・研修中の叢雲からは視察官、一期で視察官として鎮守府に来ている時が初対面だったから
・最初の初期艦からはじーちゃん、お爺さん、艦娘部隊発足前から色々あった経緯から
・稀に最初の人、艦娘の言う妖精さんを見る事が出来た最初の人
・本文中では艦娘部隊の上部機関から要請を受け大本営を査察中、大変難儀中

大本営の士官達
・諸般の事情により大本営の司令官は本職では無く代理(兼務)制、上役に司令長官がいる
・代理の補佐役としての士官が多数在籍し、艦娘の司令官職に充てられている
・鎮守府司令官に就く為に必要な条件を満たしている士官はいない



その他

艦娘部隊
・大本営というのは艦娘部隊の日本支部、になる予定、上部機関の進捗表上では
・現在艦娘部隊が日本にしか配置されていない為に大本営イコール艦娘部隊の様に錯覚されている

あの鎮守府、一期の鎮守府の事




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41 良く知らないと言っている艦娘について

 

 

 

「では、始めにじーちゃんが良く知らないと言っている艦娘についておさらいです」

 

先任の漣が講談師の様に話始めた、ノリというのかなんなのか

 

「じーちゃんは元海自の人でしょ、艦船が就役する迄の順番は知ってるよね?」

 

「大雑把に言えばドックで船体を造って進水させ、艤装を施し、兵装を載せ、乗員の慣熟訓練を経て就役、と言う所かな」

 

「流石じーちゃん、話が早い、そういう所が意図を読めるって事なんだよね、まあ、コレは本題じゃないので置かせて貰うけど、その順番で行くと建造艦とドロップ艦との違いは乗員の慣熟訓練を終えているかこれから訓練を行うのか、という事になる」

 

「工廠で建造された艦娘は就役出来る状態ではない、というのかね」

 

少し驚いた様子を見せる視察官、表情が作りモノでないなら本当に艦娘について知らない様だけど、それなのに妖精さんに懐かれてる、なんか違和感を感じるんだけど

 

「平時ならそれで通るんだろうね、でも、戦時ならそんな事言ってられなくなる、結果がどうなるかなんて帝国海軍の実例がある訳だし、じーちゃんは元海自、そこの説明は要らないでしょ」

 

先任の漣の言い様に難しい顔になって考え込んでしまう視察官

 

「護衛艦の場合、兵装を載せ換えるには艤装の変更も必須で相応の時間が必要なんだが、艦娘は兵装を容易に換装している、様に聞いている、コレはどういう事なのか?」

 

その難しい顔のままで質問して来る視察官

 

「護衛艦の場合はそうだろうね、動作系はもちろん制御系から載せ換えだ、ある程度パッケージ化されてるから破損した場合も丸ごとだ、艦娘の場合は艤装部分を妖精さんが直接担う事で動作系も物理的な干渉も問題ない様になってる、まあ、限界はあるけど、制御系は元から妖精さんだから、余程特異な妖精さんでない限り問題にならない」

 

「特異な妖精さん?」

 

聞いた事がない妖精さんの話に思わず口を挟んでしまった

 

「あ、えーと、その話は長くなるから、次の機会でいいかな」

 

どういう訳か困った様子を見せる先任の漣

 

「良くないな、なんだよその特異な妖精さんって、聞いた事無いぞ」

 

最初の天龍が言い出した

 

「妖精さんはそれぞれ得意とする分野がある事は聞いている、しかし特定の分野が問題となる妖精さんと言うのは聞いた事がない、私も聞きたいのだが」

 

視察官まで乗って来た

 

「えーと、その話はホントに長くなるから別の機会にしたいんだ、今回は叢雲ちゃんの艤装について話さないと、明日には入渠なんだし本人が知らないままでの入渠は予想外の問題が起こるかもしれない」

 

なにそれ、怖い事言わないでよ

 

「叢雲ちゃんは現状を正確に把握してる、それは間違いない、けどこっちの想定外の変な所で引っ掛かる場合がある、そうだよねやまちゃん」

 

大和に同意を求める先任の漣、言ってる事は先日の件だろう

 

「入渠で妖精さんの整理がされると聞いて塞ぎ込んでしまった事ですか?」

 

塞ぎ込むって、いや、言われても仕方ないけどさ

 

「それでなんで塞ぎ込むんだ?理由が分からん」

 

口の悪い天龍からだ

 

「先程天龍さんもお話しされていたではありませんか、先任の叢雲さんの妖精さんが着いていると」

「?それが」

「その妖精さんが居なくなるという部分を大袈裟に解釈されてしまった様です」

「?ますます分からんぞ、なにをどう大袈裟に解釈したら塞ぎ込むって事になるんだよ」

 

「叢雲ちゃんは鎮守府で私達の叢雲から頼まれ事を引き受けてる」

 

先任の漣が大和に投げた話を引き取った

 

「頼まれ事?」

 

最初の天龍からだ

 

「その頼まれ事を履行するのに妖精さんの助力がどのくらい必要か、そこを読み間違えたみたいだね」

「つまり、先任の叢雲から譲られた妖精さん抜きで、頼まれ事は履行出来ないと判断したって事か」

 

「判断したのはそこじゃないよ、まあ、強いて言うなら司令官の心象ってヤツかな」

「心象って、艦娘の与える心象なんて妖精さんでどうともならんだろ、いくら司令官でも着いてる妖精さんを全部認識出来る訳じゃない、アレは見えているだけだからな」

 

「佐伯司令官は提督だ、そういう結論は軽率かも知れないよ」

「ん、そうか、鎮守府で会ってるのか、しかも譲られた状態で、そういう事か」

 

「あー、そういう事なら気にするなって方がムリだな」

 

いい人の天龍が同意してきた

 

「初期艦に着いてる妖精さんなら見知っていて当然、それがそっくり居なくなってれば心象を悪くしかねない、と考えるのも分からなくないな」

 

口の悪い天龍も納得顔だ

天龍三人が腑に落ちたって感じにウンウンと頷いてる、なんだかなぁ

 

「こっちとしてはそこが問題になるとは思ってなかった、なにしろ佐伯司令官は提督だからね、妖精さんと話した上での事なのは当たり前と思ってた」

 

「当たり前過ぎて説明、と言うかこの場合確認か?しなかったのか」

 

最初の天龍が聞いてきた

 

「しなかったんですよ、それが必要だとすら思わなかった」

「まったく、初期艦がこれだけ揃って何やってんだよ、教導も大和に投げっぱなしなんだろ、少しは気にかけてやれよ」

 

「あ、いや、それに関してはなんとも……」

 

「一号の初期艦ってのはそこまで薄情なのか?それとも最初の初期艦って事で特別待遇だとでも思ってんのか?」

 

言い淀む先任の漣にいい人の天龍が言ってる

 

「そういうつもりはないのです」

 

電が反論してる

 

「状況の進行が速くて対応し切れていないだけです」

 

五月雨も異論がある様子

 

「命令と進行する状況と自身の行動と、どうすれば整合出来るのか読み切れないんです」

 

ブッキーのは、なんだろう

 

「アホか、そういう時の為に俺等がいるんだろうが、駆逐艦の面倒を見るのは軽巡の役割だ、この天龍さまは世界水準を超えてるんだぜ」

 

口の悪い天龍はそう言うけど、練度的には最初(一号)の初期艦の方が確実に上だ、それに天龍達は建造艦だと言っていた

なら、人の社会で過ごした時間も最初(一号)の初期艦の方が長いだろう

自身より練度が劣り経験も浅い相手を頼りにするのは、どうなんだろう

電は経験の重要性を言ってたし、他の三人も異論がある様な素振りはなかった

 

「この場に天龍を呼んだのは、そういう事なんだけど」

 

一組の漣が口の悪い天龍の言い様を肯定して来た

 

「まったく、こんなに混み入ってからかよ、ハナから頼って来いってーの」

「まあ、チビ共はチビ共なりに色々考えてんだろうけどな」

「独立独歩も自主自立も結構だが、それで袋小路に嵌ったら只の知恵足らずだな」

 

口の悪い天龍 、いい人の天龍、最初の天龍、三人とも厳し目の感想を言ってる

 

「……知恵足らず、か」

 

視察官が難しい顔のままでポツリと零す

 

「そんな訳なんで話を戻して良い?」

 

先任の漣がいつも通りになんの気負いも無く軽めに言ってくる

 

「事情はわかった、結論だけでいいから言ってみな」

 

最初の天龍は条件を付けてきた

 

「結論だけ、ですか、誤解が一杯出そうでヤなんですけど」

 

「アホか、この天龍さまがどんな誤解をするってんだよ」

 

口の悪い天龍だ

 

「誤解した所でどうなるってもんでも無いだろ」

 

いい人の天龍も結論を聞きたい様だ

 

「簡単にいうと、特務艦の建造が出来る」

「ちょっ、ざみちゃん!?」

 

アッサリ言った桃色兎に先任の漣が慌ててる

 

「特務艦というと?」

 

視察官が聞いてくる

 

「有名所では只の錨地を海軍拠点として機能させた工作艦、他にも給料艦とか測量艦とか、広く言えば輸送艦とかも」

 

簡単に答えてる桃色兎に先任の漣が頭を抱えてる

 

「補給艦が居れば洋上補給で行動圏が拡大出来そうだな」

 

口の悪い天龍が何故か嬉しそうにしてる

 

「あー、そういうことになるんだろうけど、だから話すのヤだったんだ」

 

先任の漣が不機嫌になってしまった

 

「今の話の何処が嫌なのだ?艦娘には良い話ではないのか」

 

視察官が不思議そうにしてる

 

「人は未だ艦娘の使い方を習得してはいません、そこに特務艦が加われば任務で出発した艦娘はどこの鎮守府にも帰る事が出来なくなるかも知れません」

 

先任の五月雨が怖い事を言い出したんだけど

 

「まさか、そうはならないだろ」

 

最初の天龍は先任の五月雨の言い分に驚いた様だ

 

「人に特務艦を持たせると工作艦による補修と輸送艦からの補給で艦娘を運用する、と言いたいのか、嘗て母港では無く泊地を拠点として運用された様に」

 

いい人の天龍が聞いてる

 

「工作艦の手に余る様なら洋上で処分されるでしょう、鎮守府は艦娘を建造するだけの施設となり、建造用資材を収集する遠征隊しかいなくなる」

 

先任の五月雨が答えてる

 

「随分と極端な話だな、そう考えるのはどんな実例を見て来たんだ?」

 

口の悪い天龍が意地悪そうに聞いてる

 

「現在の大本営を見れば、妄言とも言い切れないのではないですか」

 

先任の五月雨の台詞に天龍が三人揃って黙ってしまった

 

「遠征隊が資材を収集し建造を、今は解体している艦娘が処分に替わる、結果として艦娘の数は増えず、練度の向上もなく使い潰していくだけになる、そういう事かね」

 

視察官が確認して来た

 

「いかんね、反論が思いつかない」

 

いい人の天龍が天を仰いだ

 

「行動圏の拡大ってそういう意味じゃ無いんだが、大本営の士官なら、そうするだろうな」

 

口の悪い天龍も表情を暗くしてしまった

 

「その特務艦はどこの鎮守府でも建造出来るのか」

 

最初の天龍からだ

 

「わからない、けど、今の所建造例は無い、もしかしたら大本営の工廠だけかも知れない」

 

一組の漣が答えた

 

「大本営の工廠で特務艦が建造出来る事がわかったんだ、この点は士官達のおかげなんだけどね、特異な妖精さんが大挙して現われるキッカケもあった事だし」

 

なんか投げやりな感じの先任の漣

 

「おかげ?解体しまくった士官達の?」

 

不穏な目付きで聞いてくるいい人の天龍

 

「そう、そのおかげで大本営の工廠は妖精さんで溢れかえった、建造は艦娘を造るのと同時に妖精さんを発生させる事でもあるからね、建造と解体を繰り返した結果、工廠を増設しても間に合わないくらいに妖精さんが増加したんだ、そこに初期艦の解体まで加わったから妖精さんの間でもなんかあったみたいだ」

 

「初期艦の解体?」

 

先任の漣の言葉に思わず聞いてしまった

 

「ん、叢雲ちゃん?聞いてない?貴方の前にあの鎮守府から来た初期艦達は皆んな解体を申請してる、士官達は解体が大好きだからね、誰も異論を唱えずその通りに事が運んだんだ」

 

「あの子達は戦意を喪失していました、なにを見たのか、なにを聞いたのか、共通して返ってきた返事は、あの叢雲の状態は有り得ない、でした」

 

先任の漣に続けて一組の漣だ

 

「?有り得ないのはそうだけど、戦意喪失?」

 

私だって司令官の叢雲の状態は見てる、でも戦意喪失する様な事象は見ても聞いてもいない

どういう事だろう

 

「詳しい事は分かりません、私達の叢雲が目覚めなくなってから直接会った大本営所属の初期艦は一組の五月雨だけですから」

 

そういう五月雨は一号(先任)の五月雨だ

 

「あれ以来少し変わっちゃたんだよね、五月雨、笑わなくなったし、喋らなくなったし、ドシも踏まなくなったし」

 

一組の漣が思い出した様に付け加えてくる、その言い分だとよく笑ってよく喋る五月雨はドシを踏みまくる様に聞こえるぞ

 

「叢雲が絡む案件ですから、あの子には特に思い入れがあるのでしょう」

 

先任の五月雨だ、そう言えば一組の五月雨って一組の叢雲で改修したって天龍が言ってたっけ

 

「思い入れ、ね、わからなくはないが、初期艦といっても万能なワケじゃない、特に駆逐艦なんて単艦では碌な戦力にすらならない」

 

最初の天龍の尤もな言い分

 

「初期艦だからって単艦運用したのは士官だろ、一組の初期艦を纏めて事に当たらせれば良かったものを何故か五月雨だけ行かせたんだよな、あの件は」

 

いい人の天龍は何か不満な事がある様子

 

「改修の効果を見るとか意味分からん事まで言ってたしな、事案への対応と改修を受けた事にどんな関係を妄想していたのやら」

 

口の悪い天龍はヤレヤレな感じだ

 

「……その話詳しく聞かせてもらえないか」

 

天龍達の言い分に視察官が言ってきた

 

「老提督が気にする事じゃない、一組の五月雨は要請を受け調査し報告書を提出してる、気になるなら報告書を読めばいい」

 

答えたのはいい人の天龍だ

 

「報告書なら読ませてもらったよ、私が聞きたいのは報告書に記述の無い当時の事情だ」

 

なんかいい人の天龍と視察官が睨めっこし始めたんだけど

 

「これはダメかもわからんね」

 

先任の漣が言い出した

 

「なにがだよ」

 

最初の天龍が聞いてくる

 

「こっちの話が全然出来ない」

 

困った様子の先任の漣

 

「大和としても確認したい事があるので漣さんとお話ししたいのですが」

 

珍しい事に大和が口を挟んで来た

 

「あー、やまちゃんの話は何と無く想像がつくんだけど、それも長くなりそうだね」

 

苦笑いする先任の漣

 

「いや、すまない、そちらの話を聞くと言いながらこちらばかり話してしまった」

 

気まずそうにする視察官

 

「その辺は仕方ないんじゃ無いかな、ここに居る皆んながみんな話したい事が有って集まってるんだし」

 

どうしよっか、という感じの一組の漣

 

「アレですね、船頭が多いと船が山に登り出すってヤツ」

 

三組の漣(桃色兎)のは感想かな

 

「確かにこの状態じゃあ時間の浪費だな、かといって話を後回しにされるってのも面白くない」

 

最初の天龍も解決策は見つけていないらしい

 

「そんな事言ったら話の順番すら決められずにこのままグダグダ進行だぜ」

 

口の悪い天龍はそれに同意しつつもどうにかしたい様子

 

「一層の事話の内容で班分けでもするか、老提督は大本営再構築策の協力者探しだろ、漣たちは叢雲の艤装の話で大和は叢雲の入渠の話だ、どの班に行くのか決まらないのはこの三人になるが」

 

そう言いつつ一号の初期艦三人をみるいい人の天龍

 

「漣は提督の方に行くけど」

 

即答する一組の漣

 

「電はお爺さんの方に行きます」

「まだ班分けするって決まってないんだけど」

 

それに続く先任の電の言い分にブッキーが苦笑い

 

「入渠は明日の予定ですから今晩中に叢雲ちゃんに話して準備を整えてもらわなければなりません」

「そういう五月雨はじーちゃんの方に行くんでしょ」

 

先任の五月雨の言い分に先任の漣が嫌味成分を込めて言ってる、漣も電と同意見なのか、話があるから私の方に来る事になると思うけど

 

「いえ?叢雲ちゃんの方に行きますが、なにか?」

 

なんだろうね、ただ嫌味にトゲつけて返しただけじゃないこの感じ、もしかして五月雨も私になにか話があるのだろうか

 

「二班に別れるという事になるのかね」

 

視察官からだ

 

「俺等だってコイツの艤装やらなんやらの話は聞いておきたいが、老提督との話は俺等だけじゃなく艦娘全員に関わってくる話だ、嘴突っ込めるなら老提督の話の方が面白いな」

 

最初の天龍は視察官の話の方を重視している模様

 

「大和は漣さんとのお話次第では明日の入渠をキャンセルしようかと思っています、このまま確認が取れないのであれば必然的にキャンセルする事になるでしょう」

 

え、なに突然、確かに損傷判定としては小破未満なんだし今回入渠をキャンセルしても誰も疑問に思わ無いだろうし、何よりこの状態でも支障はない、ムラムラが言ってた慣れというのだろうか格技場での歩くのも難しくなる様な事にはなってない、誰かに入渠が必要かと問われれば答えに詰まる

入渠場は遠征隊の艦娘で一杯だとも聞いてるし、そこに割り込む必要性はどうなんだろう

 

「それは困る、明日の入渠予定は予定通りに実行してもらわないとこっちの準備が無駄になる、それにウチの叢雲がこっちの叢雲ちゃんに何を仕掛けたのか裏付けが取れなくなってしまう」

 

先任の漣が予定通りの入渠をする様に言ってくる

 

「仕掛け、ですか」

 

大和の眼がいつになくコワイんだけど

 

「仕掛けって言っても大体の事は分かってるんだ、ウチの叢雲が叢雲ちゃんに頼んだ事を出来る限り支援してるって、その為に自身の妖精さんを通常なら不可能な範囲まで移譲してる所までは確認出来てる、ただ、前例が無いんだよね、ここまで自身の妖精さんを移譲したのは、その辺りを入渠してもらって確認したいんだ」

 

大和に対応する先任の漣

 

「入渠時が一番妖精さんを観測し易いですからね、艦娘に着いた状態だと初期艦でも全ての妖精さんを見つけられない、あっちこっちで色んな所で一体化しちゃってますから」

 

桃色兎から解説?かな

 

「入渠時に妖精さんを追跡して叢雲さんの仕掛けを確定させる、そういう事かね」

 

視察官のは確認?かな

 

「そういう事、ただ叢雲ちゃんが不安定だと仕掛けが意図しない方向に作用するかも知れない、それは避けたいんだ、その為にも叢雲ちゃんにはウチの叢雲が何を仕掛けどう支援しているのか、そこを把握して欲しいんだ」

 

先任の漣が入渠の注意点の様なモノを言ってきた

 

「不安定?天龍にも言われたけど、私の何が不安定なの?」

 

再度の不安定との指摘に聞き直す、思い当たる所が無いし

 

「叢雲ちゃんが自覚出来ていない所からすると些細な所なんだとは思う、実際演習では安定してたし、でも何故か不安定なんだよね、理由がわからないけど」

 

続けて先任の漣

 

「妖精さんが定着出来てないって事じゃ無いのか?」

 

口の悪い天龍が思い付きを口にした、たぶん思い付きだろう、根拠があるとも思えないし

 

「それなら演習で安定してた事が説明出来ない、新規兵装を初見で使い切ってるんだよ、妖精さんが定着していないのなら艤装に問題が出てそこに繋がってる兵装なんて想定の半分も使えない事になる」

 

先任の漣が答える

 

「定着してるのに不安定、余剰の妖精さんがなんかしてるって事か、ちょっと有り得ない話だが」

 

最初の天龍は釈然としないって感じだ

 

「その可能性もある、だから入渠でハッキリさせたい」

 

先任の漣が入渠を言ってくるのは私の状態を確定させるのが目的なのか

 

「それにムラムラが言ってた頭のソレからなんか言ってきたって話も気になるしね」

 

桃色兎が付け加えた

 

「?頭のソレ、俺等にもあるコレか?」

 

いい人の天龍が自分の頭のソレを指す

 

「なんか言ってきたってなんだよ、そんな事聞いた事ないぞ」

 

口の悪い天龍だ

 

「コイツには妖精さんは着いてない、なんか言ってきたってのはどういう事だ」

 

最初の天龍まで乗って来た

 

「やっぱり話が長くなるね、取り止めがないというか、班分けする?」

 

困った様に言う先任の漣

 

「いや待て、そんな話を出されてハイそうですかって聞き流せるかよ」

 

口の悪い天龍はコッチの話を聞きたいのかな

 

「班分けの必要はない、私の話は機会を改めよう、そちらの話を続けて欲しい、私も聞いておきたい話の様だ、それに漣さんが私を呼んだのはこの話を聞かせる為だろうからね……彼は、佐伯司令官は此方の叢雲さんから提案された改修を行う事を渋っていた、優先度が高くないと言ってね、そして今も大本営からの初期艦撤収命令に質問状と称する抗議文を以って拒否、初期艦を保護している、彼がそうした理由と漣さんの話には通じる所がある様に思う」

 

「改修を渋ってた?」

 

先任の漣が視察官に聞いてる

 

「改修を行う予定をきいたのだがね、仇を見る様に睨まれたよ、私の短慮で不快にさせたのだとばかり考えていたが、これまでの話を聞いているとそれだけでは無い様だ」

 

「アレは司令官が自分の初期艦が目覚める可能性を捨てきれなかったから、だと思うけど」

 

印象でしか無いが思った所を言ってみる

 

「なら、今は目覚める可能性を捨てているって事になる、叢雲ちゃんに要望書を持たせているのですから、その決め手になったのは、何?」

 

先任の五月雨が堅い表情をしながら聞いて来た

 

「私の提案を妖精さんと協議してたみたいだけど、詳しくは知らない、直ぐに研修に来てしまったから」

 

「なんて言ってたの?佐伯司令官は」

 

先任の漣が聞いて来た

 

「自分の初期艦はもう目覚めない、これ以上我が儘は通せないって、それは誰の利益にもならないって、それに自分の初期艦が艦娘としては既に終わっている事も、今は工廠の妖精さんが維持してる事も知ってた、準備を整えて置くから大本営で鎮守府への着任辞令をとって来いって言ってくれた、だから私は研修を修了するまでに司令官の鎮守府への着任辞令を取りたいの」

 

「今、変なこと言ったね、工廠の妖精さんが維持してるって?」

 

先任の漣がとても不思議そうに聞いて来る

 

「司令官の叢雲にはもうほとんど妖精さんは着いていない、私に譲ってしまったから、それでも司令官の叢雲は眠っている、工廠の妖精さんのおかげでね、それのどこが変なの?」

 

「工廠の妖精さんは艦娘の存在とは関係しない、工廠の妖精さんが艦娘に出来ることは補修とか修復、兵装や装備開発といった艦娘が存在する事が前提、唯一の例外が建造だ、工廠の妖精さんが艦娘の妖精さんに入れ替えや交代では無く、鞍替えするのは建造しかない、建造で発生する妖精さんと鞍替えする妖精さんが合わさって艦娘と不可分な妖精さんに成っている、少なくとも大本営ではそうなってる」

 

先任の漣から説明が入った

 

「大本営では、自身に着いている妖精さんを自ら放出した艦娘を工廠の妖精さんが補完するなんてありえません、それが出来るのなら、艤装を放棄する事で生き残った艦娘達を工廠の妖精さんで補完出来る事になる、残念ながら大本営ではそうなってない」

 

一組の漣が先任の漣の説明を補強してる

 

「ちょっと御姉様方?漣が知ってる話と随分違うんですけど、工廠の妖精さんで艦娘が維持されてるって、あの引き籠もり達の案件で妖精さんと色々試行して来たのに、とっくに先任の叢雲が実践してるって、どうなってるんです?どういう事なんですか?」

 

桃色兎が文句?不満?を言ってる

 

「ああ、艦娘から妖精さんを何処まで引き抜けるかってのは、お前らが色々弄ってるんだったな」

 

桃色兎の文句を聞いた最初の天龍が軽く言った

 

「!?なんで天龍がそんな事知ってんのさ」

 

驚く先任の漣

 

「そりゃオレが天龍さまだからだ、駆逐艦の悪企みくらいお見通しだぜ」

 

なぜか口の悪い天龍が返してる

 

「ちょっとざみちゃん!?天龍にどこまで喋ったの?!」

「なんですか?喋ったらいけないんですか?駆逐艦だけで事を運ぼうとしても天井が低く過ぎです、事の次第に巻き込める他艦種が居るなら積極的に巻き込んで行くべきでしょ」

 

責める様に言う漣にいつも通りに返す桃色兎

 

「……ざみってば時々スゴく大胆」

 

一組の漣は呆れてるのか感心してるのか

 

「そんな事より、あの引き籠り達をどうにか出来るって、ホントか?」

 

いい人の天龍がいう

 

「あーもう、話があっちこっち跳んだ挙句にこんな方に転がって来るなんて、こうなったら、今夜は語り明かしてやる、文句は言わせない、ってか文句付けるなら今直ぐ退出して頂戴」

 

ヤケにでもなったのか先任の漣が無茶苦茶言い出した、なのに誰からも文句出ず、退出者も居なかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 




登場艦娘

研修中の叢雲
教導艦の大和、老提督の秘書艦も兼務してるハズ

先任の漣、最初の初期艦の一人、桃色兎からは御姉様呼びされてる
先任の五月雨、最初の初期艦の一人、桃色兎からは五月雨御姉様呼びされる事も
先任の電、最初の初期艦の一人、今回もプラズマ成分無し
先任の吹雪、最初の初期艦の一人、居る、同席してる、大勢からブッキー呼びされてる
先任の叢雲、最初の初期艦の一人、一期の鎮守府で保護されてる

最初の天龍、32話オープンカフェで最初に声をかけて来た天龍
いい人の天龍、27話大和に苦情を言いに来たが、事情を知り頼って来いと言った天龍
口の悪い天龍、32話オープンカフェで可愛げが足りないと言って来た天龍

演習組(三組)の漣(桃色兎)、ざみちゃん呼びされてる
演習組(三組)の叢雲、ムラムラ呼びされてる

一組の漣、桃色兎からはちぃ姉様呼びされる事も

一組の叢雲、改修素材
一組の五月雨、改修済み

引き籠り達 (高練度ドロップ艦) 35話でいなずまが言っていた戦いの残存艦娘



登場人物

老提督
・研修中の叢雲からは視察官、一期で視察官として鎮守府に来ている時が初対面だったから
・最初の初期艦からはじーちゃん、お爺さん、艦娘部隊発足前から色々あった経緯から
・稀に最初の人、艦娘の言う妖精さんを見る事が出来た最初の人
・本編中では艦娘部隊上部機関からの要請で大本営を査察中、大変難儀中

佐伯司令官
・増設された鎮守府の司令官の一人
・先任の叢雲を保護している
・一期の鎮守府の司令官





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42 語り明かしてやる

 

 

 

 

 

語り明かしてやると言ったからか、先任の漣が口火を切った

 

「艦娘の構成要素は大雑把に四つに分けられる、船体となる人型、船としての機能を発現させる艤装、そこに装備される兵装、それらを扱う妖精さん、これらが一体となって艦娘となっている、兵装は換装可能だけど船体や艤装はそうはいかない、妖精さんも入渠設備が無ければ殆ど入れ替えも交代も出来ない、叢雲ちゃんがやって見せた様に受け入れる事は出来てもそれだけで妖精さんを活用出来るわけじゃない」

 

「ちょっと待て、コイツは活用してるだろ、でなきゃ新規兵装を初装備で限界値まで使える筈ない」

 

口の悪い天龍が異論を唱えた

 

「それはその通り、本来は出来ないんだ、けど叢雲ちゃんはやって見せた、ウチの叢雲がそう仕組んだからね、叢雲ちゃんはウチの叢雲の性質を強く持ってる、持たされてると言った方が正確かな、眠りから覚めないのだから工廠にすら行けない筈なのにどうやって換装したのかわからなかったけど、妖精さんが話してくれた」

 

「換装?艤装をか?」

 

最初の天龍だ

 

「艤装もそうだけど船体の方かな、重要なのは」

 

「なんだそりゃ、体を入れ替えたとでも言いたいのか」

 

いい人の天龍も疑問がある様だ

 

「入渠というか、工廠の設備無しで単体での船体やら艤装の換装、俗に云う所の共喰い整備、アイツラの補給、修復手法だろ、俺等から観測出来る範囲ではコレしかわかっていないが、他にも手段はあるんだろうな」

 

最初の天龍がいい人の天龍の疑問に答えた

 

「あー、知ってましたか、伊達に長老と呼ばれてませんね」

 

困った様な乾いた笑いをする先任の漣

 

「御託はいい、どういう事だ」

「結論から言うと、妖精さんはあいつらにも着いているって事です、それも元は艦娘に着いていた筈の妖精さんが、です」

「待て、途中を端折り過ぎだ、如何やったらその結論になるんだよ」

 

「現在深海棲艦と呼称されているアイツラですが、発見された当初は兵装を積んでいなかった、攻撃と言っても帆船時代の様に衝角や船体そのものを使った体当たりが殆どだった、だから哨戒機と艦上レーダー、それに軍事衛星からの広範囲な探索による早期発見で遭遇さえ回避出来れば被害も無かった、それが初期艦を始めとするドロップ艦と人が接触する様になってから兵装を乗せ出した、確認する方法は無いけど、ドロップ艦の全てが人と接触出来た訳じゃないんだと思う、で、人と接触出来なかったドロップ艦は如何なったと思う?」

 

「陸が見つかれば良いが、そうでなければ漂流する事になるだろうな」

 

いい人の天龍が答えた

 

「ドロップ艦は燃料も弾薬も潤沢って訳じゃない、初期艦はドロップ艦なんだからその辺りは知ってるでしょ、私の場合は長門達と合流した時に真っ先に燃料を分けてもらった、弾薬は必要ないって分けてくれなかったけどね」

 

同じ様に思ったから、自分の時の話を足してみた

 

「……分けてもらった?どうやって?」

 

何故か疑問形で聞いてくる口の悪い天龍、どこに疑問があるのかわからないが

 

「どうって、長門が艤装から燃料を資材化して渡してくれた、それを私の妖精さんが受け取って燃料に、普通の補給と同じでしょ」

「おい待て、一度艤装に積まれた燃料の再資材化だって!?そんな事出来んのかよ?!」

「えっ、出来ないの?」

 

「出来なくはないよ、ただ、艦娘だけでは出来ない、工廠の妖精さんの手を借りないと」

 

先任の漣が言ってくる

 

「えっと、どういう事なの?」

 

「遠征隊の資材収集は兵装の代わりに資材運搬用の機材を乗せるんだ、この機材は資材を資材のままで運ぶ事しか出来ない代物だ、容積的には妖精さん印の素敵仕様だけどな、艦娘の艤装に資材を積むと資材はそれぞれに活用できる状態に艦娘に着いている妖精さんが変化させてしまうから量的に機材ほどは積載出来ないんだ、艤装から取り出すにも手間がかかるしな」

「資材として貯めて置く事が分かってるのに、艤装に積んだら変化しちまうから資材化の手間を工廠の妖精さんが取らなくちゃならない、その手間を省く為の収集用機材だ、妖精さん自慢の装備品だそうだぜ」

 

最初の天龍といい人の天龍が説明してくれた

 

「あの鎮守府の所属艦は工廠の妖精さんを載せてるのか、それとも艦娘の妖精さんが本来持ち得ない技量を獲得したか」

 

先任の漣が考えられる可能性?を言う

 

「工廠があれば妖精さんは工廠の妖精さんだったり艦娘の妖精さんだったりするんでしょ、なら両方の技量を持ち合わせてる妖精さんが居ても良いんじゃないの?」

 

どちらも妖精さんが持ち得る技量だ、なんで不可解という事になってるんだろ

 

「理屈ではそうなんだけど、大本営で観察出来る範囲ではそういう妖精さんは見つかっていないんだよ、何故かは分かっていない、工廠の妖精さんと艦娘の妖精さんは交流会もしてるし交代したり入れ替わったりする事もあるけど両方の技量を同時に習得出来ない、或いは同時に発現する事が出来ないのかも、推測の域を出ないけど元来妖精さんにはそういう種別があるのかも知れない」

 

「漣さん、私にはそれがどう言う事なのかわからないのだが、詳しく話してくれないか」

 

視察官からだ

天龍達は深刻そうな顔で黙ってしまった

 

「その前に叢雲ちゃん、今貴方に着いているウチの叢雲から移譲された妖精さんがどれだけいるか、把握出来る?」

 

先任の漣にいきなり話を振られた、どうしてそんな事を聞くのかわからないが

 

「いっぱい」

 

いきなりすぎて答えが簡潔になってしまった

 

「……なんと言うアバウトさ、いや、良いんだけどさ、少数ではないって事だよね、元々着いてる妖精さんとの比率的にもそうなってるって事、ここまで明から様に移譲された妖精さんが着いている艦娘に認識されてる、活動できてるって事なんだ、類似の事例は一組の五月雨くらいかな」

 

「どう言う事だよ、改修を受けた艦娘並みに移譲された妖精さんが活動できてるって、コイツが改修を受けたって事か?」

 

口の悪い天龍だ、先任の漣の言い分に深刻な顔などどこかに行ってしまった様子

 

「本人から否定されてなければ、観察結果だけを見て判断するならその結論になる、ウチの叢雲は如何やったのか知らないけど工廠以外の場所で改修を実行したらしいんだ、そこでさっき叢雲ちゃんが言ってた司令官の話と、無理にでも繋げで考えてみると、ウチの叢雲を維持してるっていう工廠の妖精さんなら、それを実行出来るかもしれない」

 

「工廠では無い場所で改修?工廠の妖精さんが工廠そのものになってるという事か?工廠という場所に着いてる妖精さんが工廠の妖精さんに成るのでは無く?」

 

いい人の天龍が不思議そうに聞いてくる

 

「大本営では有り得ない事だけど、そう考えると、辻褄は合ってくる」

 

「……あの鎮守府の妖精さんが、変質している、そう言いたいのか」

 

深刻な顔で考え込んだままの最初の天龍だ

 

「変質というか変化というか、進化とか適応でも良いと思うよ」

 

こちらはいつも通りの先任の漣

 

「大本営の妖精さんだって居場所の確保に追われてる所に初期艦の妖精さんが大挙して入って来た結果、特異な妖精さんが出現してる、人と合流出来ず沈むしか無かったドロップ艦に着いていた妖精さんがあいつらと接触してそこに居場所を確保した様に、なんらかのキッカケさえあれば妖精さんが変化なり適応するのは間違いないんだ」

 

一組の漣が先任の漣の言葉を補完してる

 

「あの鎮守府でも、そういうキッカケがあったと、それはなんだ?」

 

最初の天龍は表情を崩してない

 

「実際の所は行って聞いて見ないと分からない、でも、さっきの叢雲ちゃんの話がキッカケになった事かも知れない」

 

先任の漣からだ

 

「大本営で辞令を取って来いってヤツか、如何繋がるんだよ」

 

口の悪い天龍が聞いてくる

 

「そっちじゃ無いよ、叢雲ちゃんの話だと、佐伯司令官はウチの叢雲を保護した事を我が儘だと言ってたって、そういう事なら、鎮守府の工廠の妖精さんにもその我が儘を通した筈だよ、司令官に云われたら妖精さんだって無視出来ない、妖精さんは自身が着いてる艦娘の頼みなら可也の無茶振りを聞いてくれる事は艦娘なら皆んな知ってる」

 

「それは、そうだが、司令官の我が儘を聞くか?あの妖精さんが?」

 

いい人の天龍は先任の漣の言い分に疑問な様子

 

「佐伯司令官は提督だ、今の所俗称でしか無いけど、提督が鎮守府に着任した初めての事例なんだよね、考えてみると、その点をもっと考慮する必要があったのかも知れない、民間出身の素人司令官という視点を忘れて、真剣に熟考すべき事案だったのかも知れない」

 

先任の漣、なんだろう少し真剣な顔つきになってる

 

「そう言えば、ウチの叢雲は佐伯司令官が妖精さんと話せる司令官だと聞いて真っ先に志願してましたね、私はそこに意義を見つけられませんでしたが」

 

先任の五月雨が言っているのは鎮守府が増設された時の話、でいいのかな

 

「司令官に初期艦はどれを選んでも同じだと説明されていた様に、初期艦にも司令官なのだから誰でも同じだと、説明がありました、言われてみれば、あの説明を鵜呑みにしてしまったのです、説明したのは大本営の士官達なのに」

 

先任の電も思う所はある様子

 

「あー、思い出した、そうだ、そうだったよね、私を初期艦に選びなさいって、いつもの調子で言い出して冷や汗モノだっだ、司令官に叱責されるんじゃ無いかって」

 

ブッキーのは、思い出話?かな

 

「それを聞いてアッサリとよろしくって握手を求めて来ましたから、驚いたというか呆気に取られたというか、その後私達の司令官も決まっていきましたけど、双方に拍子抜けした感がありましたね、こんな簡単で良いのかって」

 

先任の五月雨が思い出を楽し気に話してる

 

「で、話を戻すけど、あの鎮守府の工廠の妖精さんが提督の我が儘がキッカケとなり変わった性質を獲得したかも知れないんだ、この辺りは実際に行ってみれば確定出来るし、明日の叢雲ちゃんの入渠を診る事でも高い角度で判明する」

 

先任の漣が随分と真面目な顔で話題を戻した、思い出話はお気に召さなかった様だ

 

「……つまり、叢雲さんは既に先任の叢雲さんを改修素材にして改修されていると、そういう事ですか?」

 

大和が聞いてきた

 

「そこが分からない、そう確定して良い条件は確かに揃ってる、でもウチの叢雲は鎮守府で今も保護されてる、現状を改修済みとするなら、艦娘の改修は妖精さんだけで出来る事になってしまう、一組の五月雨が改修された時に収集された資料と矛盾してしまうんだ」

 

「そう言えば、先任の叢雲は自分を使って叢雲ちゃんを改修する様に言ったんだよね、それで技量も継げると言って」

 

先任の漣の言い分に思い出した様に続ける桃色兎

 

「ええ、そうだけど」

「その改修ってもしかして、大本営の資料との矛盾を解消する為?」

「えっ?」

 

桃色兎の台詞は予想外すぎた、そんな事の為に改修する様に言ってたのか?まさか、だよね

 

「そういう側面もあるのかも、でも漣としては叢雲ちゃんに仕掛けた支援が上手く機能する様に仕上げ的な意味だと思うんだよね」

 

漣が別の可能性を言い出した

 

「叢雲ちゃんに仕掛けられたモノと移譲された妖精さんと艦娘としての叢雲ちゃん、現状でも整合性は取れてるし原因不明な不安定部分があるにせよ大きな問題にはなってない、けど、不安定なままで放置という訳にもいかない、やっぱり入渠してもらってしっかり診て確定させないと、ダメだよね」

 

一組の漣は入渠が必須と考えているのか

 

「それにこっちの予測というか想像通りなら、あの眠り姫を起こせるかも知れないしね」

「はいっ?」

 

思わず疑問形で声が出てしまった、先任の漣は何を言ってるんだ、そんなの無理に決まってるじゃないか

 

「ああ、起こすって言ってもそのまま起こすんじゃなくて、別の方法でね、この方法はまだ試行もしてない、理屈の上では可能ってヤツ、でも、ウチの叢雲が工廠という場所に拘らず改修を実施していたとなれば、あの鎮守府の特異性が確定する、そうなれば、実現の可能性が見えてくるって事」

 

先任の漣がなんの話をしているのかさっぱりだ

 

「それは明日の入渠と関係ないですよね、叢雲さんの艤装に仕掛けられているという先任の叢雲さんの支援、でしたか?それについてもっと詳しい説明を」

 

大和がいつになく厳し目に言ってる

 

「簡単に言えば改修されているって事、ただ私達の知らない方法で実行されたらしくて検証が必須って事なんだけど、やまちゃんが気にしてるのはそこじゃないでしょ?」

 

答えた先任の漣はいつも通りだ

 

「叢雲さんは大本営に来られた初日に演習を行ない、その後格技場で近接戦の演舞を行ないました、大和が気にしているのはあの時格技場で叢雲さんが陥った状態がなんだったのか、未だに判明していない事です、もし明日の入渠であの状態を誘発する可能性が僅かでもあるのなら、今回の入渠は中止、原因を特定してその可能性を排除しなければなりません」

 

大和は厳し目のままだ

 

「なんだ、演習の後に演舞って、駆逐艦は元気だなオイ」

 

口の悪い天龍が揶揄う様に言ってきた、多分だけど気を逸らそうとしたのかも

 

「冗談事ではありません、あの時の叢雲さんは行動に整合性を欠いていました、無理と分かっている事を力尽くで押し通そうとしたんですよ、駆逐艦が戦艦を相手に力尽くなんて、実戦であの状態に陥れば叢雲さんは間違いなく沈む事になるでしょう、大和は叢雲さんにそうなって欲しくない」

 

「さっきコイツが言ってた三組の叢雲の話ってそれか?」

 

良くそこに繋げられた、と思わず感心してしまった、いい人の天龍はホントにいい人だ

 

「何故漣がコイツ扱いなのか?」

 

桃色兎からクレームが出た

 

「日頃の行ないじゃねーかな」

 

最初の天龍がアッサリ切り捨てた、桃色兎は不満そうだが

 

「やまちゃんの言い分は分かる、けど肝心のブッキーの説明がさっぱりわからなくて漣としてはなんともしようが無いんですよ」

「ちょっと!あんなに説明させといてさっぱりわからないって、私が説明下手みたいじゃない!!」

「……そういってるんだけど」

 

ブッキーの主張に小さく返す先任の漣

 

「ブッキーが一生懸命説明しようとしてくれたのは、わかるんですけどね、内容が伴ったかというと、残念ながら……」

「ムラムラから説明を受けた方が良かったのです」

 

先任の五月雨と電も同意して来た

 

「……」

 

あ、なんかブッキーが凹んでる

 

「お前等、またなんか悪企みでもしたのか」

 

最初の天龍が呆れ気味に言った

 

「下手な搦め手でも使って余計に事態をややこしくしたんだろ、その様子からすると」

 

いい人の天龍にまで言われてる

 

「あの兵装試験に引っ張り出したのは聞いてるが、そっちの悪企みは聞いてねーぞ、何をやらかしやがったんだ、ん?」

 

口の悪い天龍だ

 

「先任の叢雲の頼みごとを叢雲ちゃんが聞いたのが気に入らなかった様ですよ、ブッキーってば大マジだったし」

 

桃色兎が口の悪い天龍に答えてる

 

「全然わからん、わかる様に話せよ」

「只の兵装試験だったんですけどね、途中から一号の初期艦が参戦しましてブッキーが叢雲ちゃんに絡んだんですよ」

「おいおい、兵装試験なのに連戦させたのかよ、あのダメージは大和が計測したんだろ、って事はだ、その時兵装はタダの錘に成り果ててた筈だよな、そんな状態の新人に連戦させるってのは最初の初期艦で高練度なお前等として、どうなのよ」

 

「あ、いや、反対はしたんですよ、ブッキーと電に押し切られたというかなんというか」

 

口の悪い天龍の皮肉に先任の漣がなんか言ってる

 

「みんなに会えたのでお茶会をしようと準備していたらいつの間にかそういう事になっていました、決まった事は決まった事なので、事後対処に切り替えました」

 

先任の五月雨はこう言ってる

 

「ウチの叢雲の進退に直結する事柄なのです、早急に結論を出す必要がありました」

 

先任の電の言い分だ

 

「私達の叢雲に替わりなんていない、私達の叢雲は鎮守府で保護されてる叢雲だけ、でも艦娘部隊として、実戦部隊としての替わりは居なくちゃいけない、それに指名されたというのなら、相応のモノを持ち合わせている筈、それを確かめたかった」

 

ブッキーにも言い分はあるんだ

 

「まったく、揃いも揃って頭デッカチというか、只のアホというか、そんな事はお前等が気にする事じゃないだろ、人と合流したばかりの頃はお前等だけが艦娘だったかもしれんが、今は違うだろ、駆逐艦が艦娘の全てを背負える道理は無いんだ、素直に天龍さまを頼って来い、わかったかチビ供」

 

口の悪い天龍が説教?してる

前から疑問なんだけど天龍ってなんでこんなに自信満々に頼って来いって言えるんだろう

言われた側としては頼りやすくはなるけど実際に頼るのは別の話だよね

チビ供と言われた初期艦達はそれぞれが其々な顔をしていたが

 

「それで、悪企みの結論は出たのかよ」

 

最初の天龍だ

 

「結論といわれましても、現状を追認する以外に無いワケでして、ウチの叢雲がここまで準備を整えて支援してるんです、同期の初期艦としては叢雲の思惑通りに事が運ばれる様に、祈りでも捧げましょう」

 

「おい、なんだその他人事で他力本願な言い様は、そこまで他人事なら初めから放っておけよ」

 

いい人の天龍が呆れてる

 

「いや、初めからこうだったんじゃないんですよ、叢雲ちゃんの研修をこっちで引き受けられないかと探りを入れたら、やまちゃんが教導艦に収まってまして、手が空いたというかなんというか、そんな感じでして」

「え、そうなの?」

 

先任の漣の台詞になんでブッキーが驚いてるんだ

 

「ブッキーと電は頭に血が上り過ぎてたから、落ち着いてから、と思ってたら必要なくなったんだよ」

 

驚いているブッキーに先任の漣が言ってる

 

「やまちゃんと同居ですし、こちらの出る幕が無くなりましたよね、完全に」

 

何故か苦笑いの先任の五月雨

 

「???」

 

なんか大和が頭の上に疑問符を浮かべてる様な顔をしてるんだけど、先任の初期艦達の言い分に合点がいかないって事かな

 

「叢雲さんの事を大和に頼んだのは私だが、何か不都合があったのかな」

 

それを見た視察官が聞いてきた、コレに関しては前から気になっていた事がある、丁度いい機会だし聞いてみよう

 

「不都合といえば、視察官は大丈夫なの?」

「?そう聞かれる様な事が何かあったかな」

 

視察官には思い当たる事がない様だ

 

「大和は視察官の、老提督の秘書艦でしょう、私の教導艦に指名されてかかり切ってもらってしまっているけど、秘書艦の役割は初期艦のそれと同じなのでしょう、大丈夫なの?」

 

私の言い分に何故か考え込む視察官

 

「そこは叢雲さんの気にする所では無いですよ、叢雲さんは研修に専念してください、今はそれが一番なのだから」

「……」

 

人の心配より自分の心配をしろって事だよね、余計な事を言ってしまったか

 

「秘書艦を蔑ろにすんなって言ってんだよ、お前も何を遠慮してんだよ、ハッキリ言ってやれ」

 

いい人の天龍が不満有り気に言い出した、そういうつもりで言ったんじゃ無いんだけど、勘違いさせてしまったみたいだけど、でも、天龍達はあの愚痴を聞かされたからね、仕方無いね

 

「蔑ろにしているつもりはないが……」

 

困った顔を見せる視察官

 

「ダメだろ、コレじゃ」

 

最初の天龍だ、かなり呆れた様子を見せてる

 

「なんていうか、老提督は妖精さんの事は良く見えてるが、艦娘の事はわからないみたいだな、ここまでの話から察すると」

 

口の悪い天龍まで言い出した

 

「そういう根拠は?」

 

視察官が聞いてる

 

「根拠って、老提督自身がなんて言ったよ、ついさっきの事だぞ」

 

最初の天龍が呆れ気味にそう言った

 

「?」

 

今度は視察官の頭に疑問符が浮かんだ様だ

 

「これは珍しいですな、老提督とその秘書艦が揃って疑問しか浮かばないって顔を並べてますぞ」

 

桃色兎だ、いい根性と言えばいいのか、なんなのか

 

「ざみちゃん?じーちゃんを揶揄うな」

「そんな事を言われてもですね、漣としては老提督との接点は薄いですし、御姉様方の様に共に難儀な時期を過ごした事も無いですし、正直な所書類で読んだ事しか無い人ですし、妖精さんに滅茶苦茶懐かれてるのは知ってますけど、それだけで御姉様方の様にするのはチョットちがうかなって」

 

「……そうか、三組の初期艦くらいの時期だともう大本営に改称された後だもんね、提督の事を良く知らなくても仕方ないのか」

 

一組の漣が納得した様に言った

 

「それを言うなら俺等だってそうだ、天龍としては最先任の俺でもあの戦いには参戦して無い、建造されて直ぐだったからな」

 

最初の天龍だ、あの戦いの時期に建造されたという事は老提督が対外的な対応に追われていたと言ってた頃にしか大本営、当時は最初の鎮守府だっけ?での着任時期が合わないのか

 

「最初の鎮守府を立ち上げた時に幾度か建造は行った、報告では建造出来たのは軽巡と駆逐艦と重巡がそれぞれ二隻、となっていたが、あの時の軽巡の一人なのか」

 

視察官が感心した様子を見せた

 

「建造で出て来たのはいいが、司令官は顔を見せないし放置されるしで、散々だったけどな」

 

最初の天龍がどうでも良さそうに投げやりな感じで言った

 

「重巡?今は所属してないわよね」

 

現状所属していない艦種が出てきたので聞いてみる

 

「ああ、あの重巡な、放置されて不貞腐れてな、解体しろって騒いでた、初めのうちは宥めていたんだが、それも出来なくなって解体しようとしたら士官に止められてな、そんで一組の初期艦が状況作りに動いたんだ、さっき話しただろ」

 

「私が命じた建造でそんな事が?」

 

視察官が驚いている

 

「敢えて指摘するが、大本営所属の艦娘はこの話を知ってる、老提督はその辺を踏まえる事を勧めるぜ」

「……」

 

最初の天龍の指摘に黙ってしまった視察官

 

「当時の事情を知ってる私達はそれも仕方ないと思えます、けれど建造やドロップの時期によっては同じ案件でも考え方に違いが出るという事ですか」

 

困った様な感心した様な感じで先任の五月雨が言った

 

「数が増えると分裂し始めるのは艦娘でも同じって事ですかね、そんな所で人のマネとかしなくていいのに」

 

呆れ気味の先任の漣

 

「艦娘は入渠する事である程度は状況の共有は出来る、けど完全な情報共有じゃない、共有媒体となっているのが妖精さんだからね、妖精さんとの関わり方の違いが媒体からの量とか質の差異に直結してしまう、そこを補完する役割は司令官以外には託せない、なのに大本営には司令官が居ない、どうにも出来ないよね」

 

ブッキーの解説が入った、前に三組の吹雪からあった説明とかなりのズレがある

司令官不在の弊害が出ているという事だろうか

 

「現状の大本営を再構築した程度では話にならない、という事か」

 

視察官がそう零した

口の悪い天龍は視察官の大本営再構築策を的外れと評していたし否定的だったのは他の天龍も同様だ

視察官はどうするつもりなのだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




登場艦娘

研修中の叢雲
教導艦の大和、老提督の秘書艦も兼務してるハズ

先任の漣、最初の初期艦の一人、桃色兎からは御姉様呼びされてる
先任の五月雨、最初の初期艦の一人、桃色兎からは五月雨御姉様呼びされる事も
先任の電、最初の初期艦の一人、今回もプラズマ成分無し
先任の吹雪、最初の初期艦の一人、大勢からブッキー呼びされてる
先任の叢雲、最初の初期艦の一人、ウチのor司令官の叢雲呼びされてる、鎮守府にて睡眠中

最初の天龍、32話オープンカフェで最初に声をかけて来た天龍
いい人の天龍、27話大和に苦情を言いに来たが、事情を知り頼って来いと言った天龍
口の悪い天龍、32話オープンカフェで可愛げが足りないと言って来た天龍

演習組(三組)の漣(桃色兎)、ざみちゃん呼びされてる

一組の漣、桃色兎からはちぃ姉様呼びされる事も
一組の叢雲、改修素材
一組の五月雨、改修済み

長門
・鎮守府工廠での建造艦
・一期の鎮守府の第一艦隊旗艦
・戦艦種で建造からの戦力化は希な事例 (大本営ですら大和を戦力化出来ていない)




登場人物

老提督
・研修中の叢雲からは視察官、一期で視察官として鎮守府に来ている時が初対面だったから
・最初の初期艦からはじーちゃん、お爺さん、艦娘部隊発足前から色々あった経緯から
・稀に最初の人、艦娘の言う妖精さんを見る事が出来た最初の人
・本編中では艦娘部隊上部機関からの要請で大本営を査察中、大変難儀中

佐伯司令官
・増設された鎮守府の司令官の一人
・先任の叢雲を保護している
・一期の鎮守府の司令官





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43 老提督の零した囁き

 

 

 

老提督の零した囁きを聞いた天龍達がなにやら目配せして意見交換してる様子、なにを決めてるんだろう

 

「老提督はさっき言ってた二人三脚で一体と成すってのをやってみたらどうよ、人にやれって言うのは簡単だ、けどな、それをやれるかどうかを自分で試したら?」

 

最初の天龍が言い出した

 

「試す?いや、私が試しても時間の浪費でしかない、私は司令官では無いのだから」

 

視察官は天龍の提案に否定的な様子

 

「それじゃあまた繰り返すぜ、今度は退く訳にはいかないんじゃなかったのか?」

 

いい人の天龍からだ

 

「それは……」

「大和は良いやつだ、それが分からない訳じゃないんだろ、というか大和が相手でもそれが出来ないってんならあんたの言う再構築策はタダの与太話にしかなんねーよ、其処ん所ホントにわかってんのか?」

 

口の悪い天龍からもダメ出しだ

 

「……」

「じーちゃんをいじめないでほしいんだけど」

 

先任の漣だ

 

「そうは言うがな、老提督は妖精さんの事はよく見えてるが、艦娘の事は見向きもして無い、あの戦いの出撃命令を出したのは当時司令長官だった老提督だぜ、結局半分以上帰ってこなかった、それだって自力で戻って来れたのは出撃数の一割以下、生き残った艦娘は海域周辺の島に漂着、そこに自衛隊が回収に行って連れ戻した、中には島の人達と仲良く普通に生活してたのに逮捕紛いの強制手段まで使ったと聞いてる、自衛隊はいつから艦娘を脱走兵扱いする様になったんだ?艦娘は国際機関の艦娘部隊に属してるんじゃ無いのか?いつから艦娘は日本の所有物になった?」

 

最初の天龍が堰を切った様に言い立てる

 

「わかった、もういい」

「いいや、言わせてもらう、あの戦い、人の軍隊が誘発したんだってな、国家の保有する軍隊がどれ程精強か、そんな話は俺等にはどうでも良過ぎる事だ、なのに態々艦娘に、国際機関としての艦娘部隊に当て付ける為だけにヤツラを、深海棲艦を集めたんだって?それで返り討ちにされたから助けろって?どんだけなのよ、人ってのは」

 

「……」

 

視察官は反論しなかった

 

「じーちゃんに世界を動かせる様な権力は無いんだよ、現役の頃は海自の上がりの幕僚だったけど、それだけだ、私達と初めて会った時には退役していて予備役でさえ無かった、そんな条件でもじーちゃんは出来る限りの事をしてくれた、私達にはそれだけで十分なんだよ」

 

先任の漣には天龍の言い分に異論があるみたいだ

 

「人と接触してからほとんど軟禁状態でしたからね、収容施設に入れられて海には勿論施設の外にさえ出られなかった」

 

先任の五月雨も同様らしい

 

「そんな状態が一年以上続いた頃にお爺さんが収容施設に来たのです」

 

「大勢の見学者に混じってね、その時にお爺さんが妖精さんを見る事が出来るとわかった、収容施設に軟禁状態の私達には漸く行動の自由を得る筋道が見えたんだ」

 

先任の電もブッキーもこう言ってるが、釈然としないから突いてみる事にした

 

「つまり、他に頼れる人がいなかった、是非も可否も無く縋るしか無かった、そう言う事? 視察官もいい迷惑よね」

 

「お前な、迷惑とかそういう問題か?」

 

口の悪い天龍が口を挟んできた

 

「だってそうでしょう?退役して平穏に暮らしていたのに、妖精さんが見えたからって艦娘と人との媒介を担わされたんでしょう、視察官が望んだワケでも無いのに収容施設に軟禁状態にしなければならない様な集団との仲介役なんて途轍も無い厄介事の矢面に立たされたんでしょう、マトモに損得考えたら関わらないわよね、形振り構わずに、でも、話を聞いている限りでは視察官は関わってくれた、望んだワケでもない厄介事の矢面に立ってくれた、それを非難するのは違うと思うけど?」

 

私の主張に最初の天龍が気不味そうに俯いてしまった、見れば他の二人も同様になってた

 

「悪かった、言い過ぎた、老提督一人の問題じゃないんだ、あんただけを責めるのは確かに筋違いだ」

 

最初の天龍はわかってくれた様だ

 

「ありがとう叢雲ちゃん、天龍達を止めてくれて」

 

先任の漣から何故かお礼を言われた

 

「別に、天龍の言い様がらしくないって思っただけだから」

「?らしくない、とは」

 

どうしてそこでツッコミが入るのか、しかも口の悪い天龍から

 

「いつもは駆逐艦に頼って来いって言ってるのに、それが不満をぶつける相手探しなんてしてたら、カッコ悪いじゃない」

 

「……恰好悪いってよ、どうするよ」

 

最初の天龍が気不味そうに聞いてくる

 

「この天龍さまが恰好悪い、だと」

 

いい人の天龍は私の言い分に不満があるらしい

 

「天龍さまは常にカッコイイ、余りの凄さに怖れられる世界水準を超えた軽巡だろ、そうでなくては天龍じゃない」

 

口の悪い天龍は何処にその根拠があるのか謎の主張をしてくる

揃いも揃ってなんか言い出したんだけど、天龍達でなんか始まったんだけど、放置で良いよね

 

「天龍達は別としても叢雲ちゃんは気がついてないの?」

 

先任の漣に聞かれた

 

「なにを?」

「漣はてっきり司令官、佐伯司令官にも同じ事が起きる確度が高いから言ってくれたんだと思ったんだけど」

「は?なんで視察官の話なのに司令官が出てくるの?」

 

先任の漣は何を言ってる?司令官とどう関係するのか

 

「気がついてない、佐伯司令官は民間出身、じーちゃんよりコネが無いんだよ、どこかから、だれかから何かいわれても自己対処するしか無い、経歴を見ても普通の人で特に秀でる才覚がある訳でも特別な団体とかが背後に付いている訳でも無いんだ、今天龍達がやった様な非難に晒されても艦娘部隊で対処出来るかは相手次第なんだ」

 

「司令官に対する保護規定はある、相応に対処出来ると考えているが、これも不足なのかね」

 

先任の漣の言い様に視察官から聞いて来た

 

「現状のそれはサラリーマン的な労働者としての保護規定なんだよね、だから司令官が上位組織と規定されている大本営の指示を履行する根拠になってしまっている、司令官の契約相手って艦娘部隊であって大本営じゃないんだけどね、この国は当事者の契約関係より大家族主義というか村社会の掟みたいな方が強いし、縁故主義も相当ですし、そういう方々が上の方には大勢居るんですよ、漣の司令官の所にはその手の勧誘から見当違いも甚だしいモノまで一杯届いてましたよ、まあ、それの処理作業は他に振るわけにも行かないんで漣の仕事になってしまいましたが」

 

「そういう雑多な作業は駐留してる自衛官に任せて良いのではないか、鎮守府の円滑な運営に協力する為の協力体制なのだから」

 

視察官はその手の事態は想定していたという事かな

 

「あー、鎮守府の円滑な運営の想定範囲が其々の立場で違ってますから、そこから再定義しないと機能しませんね」

「自衛隊との協力体制にまで問題があると言う事か、益々再構築等と云うのは絵空事となってしまった、完全に根本から作り直さなければならないな」

 

先任の漣との遣り取りは視察官の認識を改めさせるのに十分な効果があった様だ

 

「良いじゃないか、老提督には極めて優秀な秘書艦がいるんだ、なんとでもなるさ」

 

そう言う最初の天龍の言葉にビックリする大和が見えるんだけど

 

「優秀な秘書艦って、私の事ですか?」

 

「なにを今更、こんな面倒事に対処出来る艦娘は大和くらいだろ、駆逐艦じゃどうやっても無理がある、初期艦が五組ぐらい纏まればなんとかなるかもしれんが大本営にいるのは三組までだ、足らねーよ」

 

口の悪い天龍はこう言ってるんだけど

 

「それは後程幾らでも話してもらうとして、差し当たってはやまちゃんに秘書艦権限でやってもらい事があるんだけど」

 

先任の漣が言い出した

 

「はい?事と次第に依りますが、なんでしょう」

 

びっくりしたのが収まり切っていない大和だけど、話は聞けるのか

 

「叢雲ちゃんの入渠に士官達が嘴突っ込んで来てるんだ、なんとか出来ないかな、必要なら初期艦権限を使ってでも何とかしたい、ただ士官達も尤もらしい理屈は並べて来てる、単純に排除って訳にも行かなくて困ってるんですよ」

「何故、士官達がそんな事を?」

 

困惑気味の視察官、士官達の目的がわからないといった様子

 

「叢雲ちゃんにコネを付けたいんだと思う、なにしろ叢雲ちゃんは佐伯司令官に初期艦にと要望されてる、その佐伯司令官は協力関係にあり実働組織でもある自衛隊からの評価が高い、自衛隊の評価は他の国で言えば国軍からの評価だ、しかも他の司令官と違って規定された指揮系統である所の大本営と接点が薄いと来てる、色々あるんだと思うよ、組織人としての世渡りというか処世術というか、在り方みたいなモノが」

「……」

 

漣の言い分を聞いた視察官が項垂れてしまった

 

「コイツを手懐けて佐伯司令官を手駒にでもしようってのか」

 

口の悪い天龍が軽目に言った

 

「そこまで単純な話なら、良いんだけどね」

 

苦笑いの先任の漣

 

「叢雲ちゃんが言ってたでしょう、鎮守府への着任辞令を取りたいって」

 

一組の漣が補足してきた

 

「佐伯司令官が要望書を出してるんだろ、本人も希望してる、誰が却下するんだよ」

 

いい人の天龍が疑問を口にした

 

「大本営の士官達なら、叢雲ちゃんを自分の手元に置こうとするでしょうね」

 

いい人の天龍に先任の五月雨が答えた

 

「……聞かせてくれないか、士官達は何故叢雲さんを手元に置くのか」

 

視察官から、多分だけど敢えて聞いてるよね、聞きたくないけど聞かないわけには行かないって感じだ

 

「佐伯司令官は現状で唯一鎮守府を稼動状態で維持し、自衛隊と連携を取り海域維持任務を遂行中です、言い換えれば現時点での艦娘部隊は佐伯司令官一人の采配で保たれています、この事はお爺さんもご承知で、上部機関にも報告が通っているでしょう」

「佐伯司令官は民間出身です、組織力や政治力は期待出来ないのです、彼が叢雲ちゃんを初期艦にと要望している、許認可権を持つ士官達が取引材料にしない訳がないのです」

 

先任の五月雨に続けて先任の電が補完した

 

「……」

 

俯いてしまった視察官、何を思っているのか

 

「要望を通したかったら言う事を聞け、なんて幼稚な事を、幾ら何でも士官達がやるのか?」

 

口の悪い天龍は先任の電の言い分に疑問符が付いた様だ

 

「幼稚じゃないから余計に質が悪いんだ、今回の件は大本営の命令が発端だから士官達だって責任を被る事になる、士官達が今回の件でどう動くのか、正直読み切れないんだ」

 

ブッキーだ

 

「まさか、もう何か始まってるのか」

 

最初の天龍は若干呆れ気味だ

 

「明日の入渠、予約だから士官達にも知られてる、立ち会うって士官が既に何人もいるんだよね」

 

同様に呆れた様に一組の漣が言った、士官が艦娘の入渠に立ち会う?なんの為に?

 

大本営の士官は司令官じゃない、三組の吹雪といなづまの話だと代理の司令官の代わりだと言ってた

代理の代わりって時点で意味不明なんだが、今の大本営は人の都合でそうなっているんだとか

 

「……わかった、そこまでやりたくはなかったが、やらざるを得まい、大本営を上部機関の直接管理下に置こう、その為の権限は最後の手段として既に得て来ている、条件として権限発動と同時に幾つかの国から監察官を受け入れなければならないが、士官達に権限を与えたままにするよりは私の目的とする所に向かってくれるだろう」

 

苦い顔をする視察官

 

「それをすると二組の初期艦が過労で倒れそうだね、今でさえ艤装の補佐があってこその無茶な過労だし」

 

桃色兎がいつも通りの軽い口調で言ってる

 

「二組な、あいつらの仕事は特殊過ぎて手が出せないんだよ、代われるのならなんとかしてやりたいんだけどな」

 

口の悪い天龍がそれを受けて言ってる

 

「?それは、どういう……」

 

意味が分からないと言った感じの視察官

 

「大本営の事務仕事の七割方を二組の初期艦だけで処理してしてるんですよ、大本営の事務員なんて百人以上居るのに、おかげで処理が特殊なモノになり過ぎてて二組の初期艦以外手が出せなくなってしまっている、頑張り過ぎって言うのは酷なんだけど」

 

先任の漣から説明が入った

 

「そんな体制になっていないハズだ、報告書でもそんな様子は見られなかった」

 

信じられない様子の視察官

 

「……言いたくねーけど、二組の初期艦が頑張ったのは、老提督があの戦いで事務処理を始めとして色々なモノに追われてたから、それを見かねて始めたんだ、それが未だに続いてる、肝心の老提督はそんな事知りもしなかった様だが」

 

最初の天龍から抑えてはいるけど抑えきれない非難が含まれた言葉が出て来た

 

「二組の初期艦はあの戦いで揃ったんだ、揃ったのは良いが司令官であるハズの老提督が初期艦に顔を見せに来られない程に色々なモノに追われてた、あいつらは顔を見せない司令官の元に着任の挨拶に態々行ったそうだ、そこで顔を見せない理由を知った、なんとかしなくちゃって必死になってたよ」

 

続いていい人の天龍

 

「……」

 

なんか視察官が落ち込んでるんだけど

 

「さっき老提督が言ってた妖精さんに止められたってのはそう言う事、これは余計な事だろうけどな」

 

口の悪い天龍は又もダメ出しだ

 

「そんな状態を放置してるの?」

 

思わず聞いてしまった

 

「言いたい事はわかる、不本意なのは俺等だってそうだ、けどな、なんて言えばいいのか……」

 

最初の天龍にも思う所はある様子

 

「そう、そこのプラズマが五人居ると思ってくれ、お前は止められるか?」

 

いい人の天龍にそういわれて電に視線を向けた

プラズマが五人!一人でもアレなのに五人!!無理だ、と一瞬で結論が出てしまった、この結論に反論とか対応手段とか考えたくない事態になってる事だけは良く分かった

 

「なんですか、すごく失礼な物言いなのです」

 

先任の電は物凄く不満そうだが、無理なモノは無理だ

 

「わかってもらえたか、止めるには先ず事務の方を止めないとプラズマ状態が続いて手が出せん、仕事が無くなればある程度は落ち着くハズだ、そうなればこの天龍さまが力尽くででも止めてやるよ」

 

口の悪い天龍も二組の事は色々と考えるらしい

 

「プラズマ?とは」

 

視察官が聞いてきた

 

「あー、老提督は知らない方が、電の為にも知らずに居てくれ」

 

いい人の天龍が言い繕っている

 

「??電の、ため?」

 

視察官はあのプラズマ状態を知らないらしい、まあ、電の対応がアレだから仕方ないか

 

「えっと、士官達はじーちゃんが止めてくれるって事で良いのかな」

 

先任の漣が話を戻した

 

「あ、ああ、そうしよう、但しこれは私が想定した中では最も条件の悪いの想定だ、再構築では無く根本的な作り直し、最初の鎮守府から大本営に組織構成を作り変えたあの時よりも大掛かりになる、結果として大本営は暫くの期間全ての職務が停止され完全に無力となる、この期間をどうにかして乗り切らねばならないが現実的に取りうる手段は多くない」

 

「先ず、佐伯司令官の全面協力を得る事は必須だよね、実働部隊を指揮出来るのは彼処しか無いんだから」

 

先任の漣だ

 

「そうなのですが、鎮守府一つでは規模の上で無理過ぎます、だからと言って無闇に規模を拡大させれば鎮守府の運営自体に問題が起こり、最悪の場合機能停止に陥りかねません」

 

続けて先任の電

 

「私達が鎮守府に復帰して増設された鎮守府を再稼働させ、任務を再開するのが規模という部分では妥当なのでは?」

 

先任の五月雨は鎮守府に戻るつもりがあるのか

 

「それでは現在の体制が残ってしまう、完全に作り直した後に残留した体制が息を吹き返しかねない、鎮守府の規模ならそれが出来るだけのモノを残置なり隠匿なり出来てしまう」

 

視察官は五月雨の提案に異議がある模様

 

「そうは言っても一つの鎮守府は維持されるのです、そこを考えれば、息を吹き返すのは想定し、対策を以って対処するしか無いのでは?」

 

電が再提案してる

 

「いや、あの鎮守府ならその想定は不要だ、他の鎮守府とは全く違う、基が同じだとは思えない程に特異な鎮守府に仕上がってる、実際に見て見なければ分かり辛いかも知れないが」

「そんなに、違うのですか?想像が付かないのですが」

 

視察官の言い分に戸惑う様子を見せる電

 

「私が今回の査察で大本営を解体処理せず艦娘部隊をこの国から撤収もさせずに、再生させると決めた一番の根拠だ、あの鎮守府に視察に行かなければ上部機関に何の反証も出来なかっただろう」

 

視察官の言い様は意図は兎も角、無理を押してでもこの国に艦娘を残そうとしている様にも聞こえるんだけど、気の所為よね

 

「そうなっていたら、ここでこんな話を長々とする事も無かったな」

「その通りだ、私は長々と話す機会が出来て良かったと思ってるよ」

 

最初の天龍の軽口に同意する視察官

 

「そうとなれば、サッサと動こうぜ、入渠は明日だし士官達を止めるにも早い方がいいだろ」

 

口の悪い天龍はせっかちだ

 

「そうしたいのは山々だが、その前に方針を固めたい、今回は国外からの監察官を受け入れねばならない、監察官に対し確固たる方針を示してこちら側で舵取りを主導出来ねば大本営解体と変わらなくなってしまう、それでは時間の浪費だ、最短で十全な実働戦力とする必要があるのだろう」

 

「なら、大和は秘書艦として老提督に付かなきゃならないね、それに大本営の遠征隊を統括して来た天龍も蚊帳の外ってワケにはいかないでしょう」

 

一組の漣が必須事項の様に言う

 

「いや、そういうのは俺等より適任の軽巡がいる、そっちに任せるさ」

 

遠征隊を統括して来た天龍より適任?そんな軽巡が居るの?最初の天龍が言う適任の軽巡とは?

 

「あー、もしかしてあのおっかない軽巡です?」

 

桃色兎がイヤそうに言う

 

「おっかないって言うな、あれでも割と気にしてんだぞ」

「おっかないのはそれだけ気が回るからだ、お前ら駆逐艦の行動なんてお見通しだからな、先回りして気を揉んでんだよ」

「そもそもの話として、遠征隊が呑気に兵装も積まずに機材だけ積んで往来出来るのは五十鈴が海域哨戒を徹底してやってるからだぞ、あいつの日々の撃破数知ってるか?」

 

いい人の天龍から最初の天龍に口の悪い天龍が続けて言った

 

「あー、それは聞いた事ありますけど、おっかないモノはおっかない」

 

桃色兎にはおっかない軽巡には変わりない様だ

 

「待ってくれ、海域哨戒?大本営近海で?日々の撃破とは?どう言う事だ!?」

 

視察官が驚きの余りか大きめの声を上げた

 

「報告書はないからな、大本営近海にあいつらはいない事になってる、大本営の書類の上では、近海での深海棲艦遭遇は誤報として処理するってのが士官達のやり方だ、現役の司令長官も承認してる」

 

「……」

 

呆気にとられたのか、最初の天龍の説明に見たことの無い気の抜けた顔をしてる視察官

 

「なんて事だ、それでは嘗ての事実誤認と戦意高揚を目的とした大本営発表と変わらないでは無いか、そこまでの事態になっているというのか、たった一年程度の期間で」

 

気の抜けた顔のままで独り言の様に言う視察官

 

「だから、夢見てないで、起きて現実見ようぜ」

 

冷めた口調で言う最初の天龍

 

「……やらざるを得ない、のでは無く、やらなければならない、のか」

「退く訳にはいかないんだろ、老提督が退かないってなら、俺等にもやりようはある」

 

それは最初の天龍からの励ましなのか、それとも……

 

「私の想定は甘過ぎた、報告書に目を通しそれで現状を把握出来たと考えていた、然し現実はそうでは無いと云う、もはや大本営での事態を赤裸々に公開しその上で最初からやり直す以外に方法はあるまい、今回の大本営での失態を繰り返さない為にはあの鎮守府を手本とし大本営を反例として徹底しなければ何処に鎮守府を開設しても大本営の失態を繰り返す事になる」

 

気を取り直した視察官はそう言ってるけど、良いのかな、艦娘の話だけでそこまで結論付けてしまうのは疑問なんだけど

 

「いいのか、そんな事したらこの国に艦娘の運用能力が無いって誰にでも分かるぜ」

 

最初の天龍が面白そうに言う

 

「いいや、ある、艦娘の運用能力はあるのだ、現にあの鎮守府にはそれがある」

 

視察官が反論してる

 

「ごく少数の事例を以って多数を決め付けるのは、控えめに言っても騙しの手法だろ」

 

批判的な口調のいい人の天龍

 

「……実の所、既にこの手法で防衛省の官僚や外交の出来る政治家が交渉を行っている、国外からは日本に艦娘部隊の運用能力が無いと厳しく追及されているんだ、撤収と再配置を即時行うよう強行に主張する外交官も居ると聞いている、これは人の都合だが艦娘部隊を左右する動きでもある」

 

「上部機関に報告が行ってるんだったな、そりゃそうなるな」

 

当然の結果と言いたげな表情を見せる最初の天龍

 

「そういった事情もあって出来るだけ穏便に済ませようと考えていたのだが、それは間違いだった、私ももう歳だ、艦娘達に、孫達にしてやれる事も使える時間も多くは無い、こんな心残りがあっては安心して眠れんよ」

 

エッ、退く訳には行かないって、そういう?

 

「じーちゃん……」

「お爺さん……」

 

初期艦達が視察官を心配そうに見てる

 

「心配は要らない、君達には、艦娘達には提督がいる、私の様な半端な司令官では無く、艦娘を確と視れる提督が居る、差し当たってはこちらでその状況を確定させねばなるまい、旧友に頼る事にはなるが、私の旧友は話のわかるいい奴ばかりだ、きっと力を貸してくれるだろう」

 

「米海軍の退役軍人の方達、ですか」

 

何で大和がそんな事を知ってるんだろ

 

「そこが主な所になるが、他にも当てはある」

 

「で、具体的な方針はどうするんだよ」

「そこが決まらないと舵取りを持っていかれるぜ」

 

口の悪い天龍と最初の天龍が言ってきた

 

「そう思っていたのだがね、考えを改めた、艦娘は提督と共に自由に制限を設けず動けた方が十全な戦力となる、あの鎮守府は正にそうなっている、これに倣う様に始めからやり直すのだ、ここでアレコレと制約を設けては自己否定にしかならない」

 

「?どういう事だよ」

 

いい人の天龍からだ

 

「国際機関としての艦娘部隊は海洋航路の安全確保がその行動目的だ、言い換えれば人類としての制海権の確保と言っていい、そこを踏まえて欲しい、細かい所は君達、艦娘達に委ねよう、後は提督と良く話し合ってくれればそれで良い」

 

「随分とフンワリした方針だな、そんなんで舵取り出来んのか」

 

いい人の天龍には疑問があるらしい

 

「舵取りを担うのは君達だ、私では無い」

「「「?」」」

 

天龍達には視察官の意図がわからない様子

 

「自分の歩く道は自分で拓けって事、でも、良いの?それだと艦娘が自立勢力になる可能性を摘めないよ、大本営の開設理由でしょう?」

 

一組の漣からは、なんだろう、質問とも解説とも取れそう

 

「艦娘はどういう訳か司令官、提督を求める、艦娘だけで自立勢力となる事はこれまでの事例から有り得ないと判断出来る、もし、艦娘だけで自立する気があるのなら、収容施設に軟禁された時も大本営での不条理に対抗するにも自立という行動を起こしただろう、君達はこうした理不尽な状況に置かれても人との共生関係を断とうとはしなかった、そこに人の組織が漬け入ってしまったのが大本営の反例だ」

 

「浸け入らず、飼い慣らすでも無く、並び立つ、と、人にそれが出来るのか」

 

最初の天龍は不満というか、現実的には思えないという感じだ

 

「提督と艦娘の二人三脚で一体と成す、ってヤツか、ホントにそれで上手くいくのかね」

 

納得行かない様子の口の悪い天龍

 

「あの鎮守府に倣うなら、それだけで十分だ」

 

視察官は自信がある様だ

 

「佐伯司令官が聞いたら、なんて言うのか興味が湧くんだけど」

 

桃色兎がホントに興味深々って感じで聞いてきた

 

「多分何も言わないわよ、呆れるだけで」

 

それに答えてはみた、呆れてるのは私もだけどね

 

「呆れる?」

 

何で先任の漣まで聞いてくるのか

 

「だって、司令官はそれを我が儘だって言ってるのよ、我が儘に倣えって、誰でも呆れると思うわ」

 

「その我が儘に付き従った艦娘がいる、あの鎮守府の艦娘達は例外無く司令官に付いた」

 

視察官の自信は相当らしい

 

「長門が真っ先にその意思表示をしたと聞いたけど、長門は長門で責任を感じてた様に聞いてるわ」

「責任?」

 

だから、何で先任の漣が聞いてくるのか

 

「長門は建造艦よ、それも短期錬成で戦力化された戦艦、自身に先行投資されたモノを正確に理解するだけの知恵も知識もある、それが戦力化して先行投資分も働かない内に自身を庇って初期艦が大破、そのまま目覚めなくなった、思う所は色々あると思うけど」

「庇った?」

 

どうして、先任の漣は聞いてくるのか

 

「詳しい戦況までは知らないけど、長門に直撃する魚雷を初期艦が割り込んで代わりに受けたと聞いたわ」

 

「その時の戦闘詳報なら読んだよ、大本営に提出されたヤツだけどね」

「確か、長門が長距離砲撃してる最中の雷撃、それも潜水艦からの雷撃で回避が遅れた様に記載されていましたよね」

「回避が遅れた原因は魚雷の発見が遅かったから、じゃなかったっけ、イマイチ覚えが曖昧だけど」

「えっと、如何でしたっけ、その辺りの覚えは私も曖昧ですね」

 

先任の漣と五月雨がこう言ってる

 

「駆逐艦が長距離砲撃してる戦艦の周囲に居るのなら周辺警戒してた筈だよ、あの叢雲が魚雷を見逃すとか、聞き逃すとか、考えられない」

 

ブッキーには異論があるらしい

 

「でも実際に叢雲は魚雷を受けて大破してる、?なんかオカシイね」

「確かに、状況が想定出来ませんね、飽和攻撃ならその様に記載されるでしょうし、何より駆逐艦が代わりに受けただけで戦艦は魚雷を受けていません、如何言う状況だったのか」

 

「まあ、昔話は後にしよう、取り敢えず色々とっ散らかった今夜の話を纏めてこれからの行動を決めていかないと、もうじき日が昇って来るし」

 

先任の漣が話を纏める様だ、纏められるのかが疑問だが

それだけではなく漣と五月雨の曖昧な覚えとブッキーの異論により司令官の叢雲が大破した戦況にも疑問が付いた

 

 

 

 

 

 

 




登場艦娘

研修中の叢雲
教導艦の大和、老提督の秘書艦も兼務してるハズ

先任の漣、最初の初期艦の一人、桃色兎からは御姉様呼びされてる
先任の五月雨、最初の初期艦の一人、桃色兎からは五月雨御姉様呼びされる事も
先任の電、最初の初期艦の一人、稀に良くプラズマ呼びされてる
先任の吹雪、最初の初期艦の一人、大勢からブッキー呼びされてる
先任の叢雲、最初の初期艦の一人、研修中の叢雲からは司令官の叢雲呼びされてる

最初の天龍、32話オープンカフェで最初に声をかけて来た天龍
いい人の天龍、27話大和に苦情を言いに来たが、事情を知り頼って来いと言った天龍
口の悪い天龍、32話オープンカフェで可愛げが足りないと言って来た天龍

演習組(三組)の漣(桃色兎)、ざみちゃん呼びされてる

一組の漣、桃色兎からはちぃ姉様呼びされる事も

長門
・鎮守府工廠での建造艦
・一期の鎮守府の第一艦隊旗艦
・先任の叢雲の教導で短期錬成、戦力化した戦艦
・戦艦種で建造からの戦力化は希な事例 (大本営ですら大和を戦力化出来ていない)



登場人物

老提督
・研修中の叢雲からは視察官、一期で視察官として鎮守府に来ている時が初対面だったから
・最初の初期艦からはじーちゃん、お爺さん、艦娘部隊発足前から色々あった経緯から
・稀に最初の人、艦娘の言う妖精さんを見る事が出来た最初の人
・本編中では艦娘部隊上部機関からの要請で大本営を査察中、大変難儀中


その他

あの戦い、35話でいなずまが言っていた大規模海戦





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44 濃い時間は直ぐに過ぎてしまうな

 

 

6月29日

 

 

「もうそんな時間かね、濃い時間は直ぐに過ぎてしまうな」

 

視察官から感想が述べられた

 

「では、じーちゃんから、大本営の査察と関連事案にはやまちゃんを秘書艦として活用してもらうって事で良い?」

 

先任の漣が確認?念押し?してる、纏めるつもりもなのはわかるけど

 

「それでは叢雲さんの研修に支障が出てしまう」

 

早速視察官から異論が出てるんだが、ホントに纏められるのかな

 

「そっちは入渠の結果次第では問題にならなくなる、問題が残ったとしても私達で対処出来る」

 

異論に解決策を示す先任の漣、こうやって纏めて行くのか、凄い手間暇が掛かりそう

 

「えっ?大和は叢雲さんの教導艦をクビって事ですか!?」

 

大和からの驚きの声が上がる、クビって、大和って変に世俗的になる事があるよね

 

「……なんでそうなるの、どう勘案しても叢雲ちゃんの教導はやまちゃんでなくても出来る事、じーちゃんの秘書艦はやまちゃんでなければ出来ない事でしょ、これまでは兼務してたけど此処からはそうはいかなくなるって事、優先度の高い秘書艦業務は多忙では済まされなくなる程に激増する事が確定したんだ、なんでもかんでもやまちゃんが一人で抱え込む必要はないんだよ、戦艦には馴染みの薄い考え方かも知れないけど、駆逐艦は相互支援が行動原則なんだ、今回はこの原則を適応するというだけだよ、名目を変えたくないのならそのまま教導艦として残っていても何も問題無いよ」

 

「名ばかり教導艦……カッコ悪いです、それ」

「えーと、……」

 

拗ねる様な大和に困った様子の先任の漣

 

「大和に叢雲さんの事を頼んだのは私だ、教導艦を続けてもらいたいのだが」

 

あんまりな拗ねっぷりを見かねたのか視察官から優先順位の変更提案かな?妥当性に疑問があるけど

 

「そんな事したらじーちゃんを補佐出来る艦娘がいないよ、最初の時の様に人だけで艦娘部隊を作るの?今回の作り直しには是が非でも艦娘を参加させて欲しい、その参加する艦娘がやまちゃんならコッチとしても安心だ」

 

「そうだ、さっき天龍が言ってた適任の軽巡はどう?」

 

桃色兎が言い出した

 

「えっ?五十鈴?」

 

先任の漣が驚いてる

 

「能力的には問題無いですね、状況把握と先読みは凄いですよ、あり得ないですから、アレは」

 

一組の漣は反対しない様だ

 

「でも、五十鈴は、人を味方と思ってない、口に出してるのは聞いた事ないけど本心が何処を向いているのかはわからない、今回の作り直しには人との接触に慣れてるやまちゃんの方が適任だと思うけど」

 

「人を味方と思ってない?それは一体……」

 

先任の漣の言い様に視察官が聞く

 

「五十鈴はあの戦いに参加した艦娘なんだ、しかも自力で戻ってきた内の一人、大破してボロボロのまま自衛隊の士官に詰め寄って漂流してる艦娘の回収を談判してた、周辺の島に漂着してる可能性も訴えてた、初めは鎮守府の士官に訴えてたんだけど、相手にされなくてね、協力名目で鎮守府に居た自衛官に談判したんだ、自衛隊の士官だってそんな事言われても困っただろうけどさ、他に訴えを聞いてくれる相手が居なかったんだ」

 

「……」

 

視察官が沈黙してしまった、知らない話なのだろうか、あの戦いの出撃命令を出したのは老提督だと天龍は言っていたのに

 

「自衛隊の士官に出来た事は防衛省を通じてこの訴えを鎮守府の司令長官に伝える事、彼等にそれ以上を求めるのは自衛隊の法制度上筋違いなのは理屈なんだけどね」

 

「……当時私の所に来た報告書では、私の部下達、艦娘の事を任せていた部下達からその可能性を指摘し、自衛隊に協力を要請する様に意見具申があった、防衛省からの連絡は無かったよ」

「経緯はどうあれ結果としては海自によって海上での回収、陸自によって他国に漂着した艦娘の回収は実行された」

 

「その回収で悶着があったんだ、それで五十鈴はあの引き籠もり達の所に居辛いんだと、そんな事誰も気にしてねーんだけどな」

 

口の悪い天龍が付け加えた

 

「その憂さ晴らしに近海に入って来たアイツラを吹っ飛ばしてるんですよ、放っておいても勝手に出て行くから態々沈めなくても良いのに」

 

桃色兎が言い出した、が、それはなんだ?何が言いたいのか?

 

「勝手に、出て行く?」

 

なんか視察官の言葉に全く力が無いんだけど

 

「そう、なんでだか知らないけど、大本営近海に入って来たアイツラはある程度の時間が経つと外洋に出て行くんだ、そのまま居付くって事は無いみたいだね」

「その辺りのアイツラの性格というのか慣習というのか、習性みたいなモノはあるみたいだ」

「そういうのが無いと人の軍隊がアイツラを集めたり出来ないでしょ、詳しく知られてはいないし、私達でも知らない事だけど」

 

桃色兎に始まり先任の漣に一組の漣だ

 

「話を纏めるんじゃなかったのか、脱線しまくりだな」

 

揶揄う様に言ってくる最初の天龍

 

「そんな事言ったって、五十鈴がじーちゃんの秘書艦になったら色々心配だよ」

 

「えっ?今度は秘書艦をクビですか!?」

 

大和ってば……

 

「大和、兼務は困難だと言ってるんだ、それは分かるだろ」

 

諭す様にいういい人の天龍だが、果たして大戦艦に通じるのか

 

「困難、困難に立ち向かってこその戦艦です、この大和、立派に兼務してみせます」

 

通じなかった、そうだろうとは思ったけどね

 

「どーするよ、大戦艦はこう言ってるが」

 

口の悪い天龍だ

 

「考えてみると、兼務の方が良いかも知れませんよ、其々に補佐役を配置すれば良いわけですし、情報共有という観点からは兼務もアリだと思います」

 

先任の五月雨から援護かな、提案という事にしておいた方がいいよね

 

「情報共有?なんの情報?」

 

先任の漣には五月雨の意図する所が沢山あり過ぎる様に聞こえたのかな、それで的が絞れなかったとか

 

「お爺さんは艦娘部隊の作り直し、叢雲ちゃんは研修が終われば佐伯司令官の所に行く訳ですし、現状では佐伯司令官の全面協力は必須です、初期艦からの協力要請なら断らないと思いますけど」

 

「ナルホド、こいつにコネ付けて佐伯司令官を手駒にしようってのか、士官達と変わんねーな」

 

先任の五月雨の提案は口の悪い天龍にはお気に召さなかった様だ

 

「そういうつもりは……」

 

困った様な五月雨

 

「手駒なのは私達だよ、艦娘なら司令官の手駒なんだから、そうでしょう」

 

先任の漣が同意を求める様に私達を見回しながら言ってきた

 

「そういう言い方、司令官が嫌がるから止めてくれない?」

 

それがとても私の癪に障った、司令官ならそんな事しない

 

「嫌がる?司令官が?艦娘が手駒だって言われて気分を害すの?」

 

なんでそこまで疑問形で聞かれるのか、先任の漣は鎮守府で司令官とどんな関係だったんだ

 

「へぇ〜、あの司令官はそういう考えをするのか、チョット興味湧いた」

「お前の興味程当てにならんものもないがな」

「建造艦を従えただけの司令官だと思っていたが、そうでも無いのか」

 

天龍達がなんか言い出したんだけど、それは如何言う意味で言っているのか

 

「大和が秘書艦を続けてくれるのなら、私としても有難いのだが、兼務は流石にどうかと思う、補佐役を付ければ、兼務は実用面でも問題無いのかね」

 

視察官が話を戻しに来た

 

「補佐役次第だけど、五十鈴を想定してるのなら能力的にも秘書艦を務められる、そこは全く問題にならない、ただ、ね」

 

先任の漣は問題有りと考えてるのか

 

「本心が何処を向いているのかわからないから、不安があるって事でしょ、まさか御姉様は五十鈴に自虐趣味があるなんて思ってます?」

 

桃色兎がいつになく苛立ちを隠さずに言ってきた

 

「ざみちゃん?それはどういう意味で言ってるの」

「その不安って今回の案件で気にする事ですか?」

 

桃色兎はかなり虫の居所を悪くしている様だ

 

「ん?わかんないんだけど」

「だからですね、秘書艦として今回の作り直しに参加したとして、五十鈴が艦娘に不利益を被らせる様な事をするのかって話ですよ、」

 

最後にもう一声付け加えかねない勢いで言い立てる桃色兎、珍しい事もあるもんだ

 

「ああ、人を味方と思ってない五十鈴なら人に不利益を被らせてでも艦娘の利益を引っ張り出すってことね」

 

一組の漣が納得した様子だ

 

「……それを心配してるんだけど、そんな事になったらじーちゃんに非物理的な物凄い圧力がかかる事になるかも知れない、艦娘部隊はお飾りの国際機関じゃないんだよ」

 

「ほう、それなら、補佐役は五十鈴さんに頼む事にしよう、私としてもそういう方向で動いてくれるのならありがたい」

 

視察官からお墨付き?が出たんだけど

 

「えっ?じーちゃん?」

 

先任の漣が驚いてる

 

「教導の方は俺等が何とでもしてやるから心配無用だ、初期艦も揃ってる事だしな」

 

いい人の天龍が言う

 

「えーと、大和はどうすれば?」

 

「今更何を、兼務するんだろ、秘書艦と教導艦、兼務して立派に任務を遂行してもらおうじゃねーか」

 

とても楽しそうに言う最初の天龍

 

「はい!大和推して参ります!!」

 

元気な返事なのはいい事だけど、いいのかな

 

「そういう事で大本営絡みの案件はじーちゃんとやまちゃんと五十鈴にって事で、で、肝心要目の五十鈴へは誰が話してくれるの?」

 

やっと纏まりかけたと思ったら、先任の漣からちゃぶ台返しが入ったんだけど、そこを抜きにして話してたの!?

 

「は?漣だろ、言い出したんだし、当てがあるんじゃねーのか?」

 

口の悪い天龍は当然と言わんばかりだ、アンタもか、話の事先がおかしいくない?!

 

「漣にそんなもんありません!!」

 

桃色兎が力一杯宣言して来た、予想は出来たけど、なんて言えばいいの?この気持ち

 

「おい、って言ってても始まらん、駄目元だが、オレが話してみる」

 

最初の天龍だ

 

「ん?私から話をするのが筋道なのではないか?」

 

視察官には天龍の言い様が疑問らしい

 

「そうなんだがな、何というか、先ずはオレが話してみる、老提督はその後と言うか、それを見て話を決めてくれ」

「見て、決める?」

「言ってるだろ、人を味方と見ていないって」

 

最初の天龍の言葉が足りないのもあるんだろうけど、視察官の艦娘に対する認識不足って割と深刻なんじゃないかな、ただの印象かも知れないけど、妖精さんへの比率っていうのかな、其方が高過ぎる様に感じる

 

「人との接触が多くなる秘書艦、ん、補とか付くのか、まあそんな役職に就いてくれるかどうか」

 

いい人の天龍から補足が入った

 

「少なくともいきなり老提督を如何にかしようとはしないから、先ずはよく見てくれって事」

 

口の悪い天龍もそれに続いた

 

「如何にかって?」

 

先任の漣が聞いて来た

 

「老提督の顔を見た途端に頭に血が上って如何にかって事、ブッキーがデカイ猫にしたみたいにな、五十鈴は軽巡だ、そこまで短慮じゃないからそこは心配するな」

 

最初の天龍が軽く言った、いいけどさ、八つ当たりなのはお互い様だったし

 

「……」

 

言われたブッキーが恥ずかしいのか困ってるのか複雑な顔をしてる、それを聞いた先任の漣が心配そうに視察官をみつめる

 

「話をするだけだよ、適任である事は分かっているんだ、引き受けてもらえる様に交渉するだけだよ」

 

その視線に優しく返す視察官

 

「交渉?」

 

桃色兎が不思議そうに聞いた

 

「元とは言え司令官だったんだから普通に命令すればそれで収まる事なのでは?」

 

不思議そうにしたままの桃色兎

 

「元は元だよ、今は違う、それに艦娘に命令出来るのは司令官だけだ、そして私は司令官になった事はないんだよ」

 

「提督ですもんね」

 

一組の漣が何だか嬉しそうにしてる

 

「その呼称は今の私には重過ぎる、タダの年寄りという事にしてはくれんかね」

 

困った様子を見せる視察官

 

「ふーん、タダの年寄りなのに大本営を作り直そうってのか、オモシレー」

「その線でなら、押し切れるかもな、五十鈴の性分からしても」

「あー、何だっけ?浪花節?そんな感じか?」

 

口の悪い天龍に始まり、いい人の天龍に続いて最初の天龍がなんか言ってる

 

「浪花節って、アンタラ……」

 

天龍達のあんまりな言い様に呆れてしまった

 

「大和からも五十鈴さんにお願いしてみます、兼務という事にしてもらいましたし、実務的にも綿密な協力関係を是が非でも構築せねばなりません」

 

なんか大戦艦が漲ってるんだけど、結構な気迫なんだけど

 

「あ、大和、えっとな、お前さんは、最後で良い、アレだ、最後の手段ってヤツだ、そうしてくれ」

 

気圧された訳でも無いんだろうけど、困惑気味に言う最初の天龍

 

「?最後の手段、ですか?よくわかりませんけど、そう言われるのであればそうしますが」

 

大和は気が付いてないみたいだけど、今の気迫で五十鈴に迫ったら纏まるものも纏まらなくなる、と思う

それくらい大和の気迫が強力過ぎた、こういう所はやっぱり戦艦なんだと再確認させられる

 

 

 

 

 

 

 




登場艦娘

研修中の叢雲、天龍達から稀にデカイ猫呼びされてる
教導艦の大和、老提督の秘書艦も兼務してるハズ、初期艦からはやまちゃん呼びされる事も

先任の漣、最初の初期艦の一人、桃色兎からは御姉様呼びされてる
先任の五月雨、最初の初期艦の一人、桃色兎からは五月雨御姉様呼びされる事も
先任の電、最初の初期艦の一人、稀に良くプラズマ呼びされる
先任の吹雪、最初の初期艦の一人、大勢からブッキー呼びされてる

最初の天龍、32話オープンカフェで最初に声をかけて来た天龍
いい人の天龍、27話大和に苦情を言いに来たが、事情を知り頼って来いと言った天龍
口の悪い天龍、32話オープンカフェで可愛げが足りないと言って来た天龍

演習組(三組)の漣(桃色兎)、ざみちゃん呼びされてる

一組の漣、桃色兎からはちぃ姉様呼びされる事も

五十鈴、高練度艦、あの戦いの生還艦娘の一人



登場人物

老提督
・研修中の叢雲からは視察官、一期で視察官として鎮守府に来ている時が初対面だったから
・最初の初期艦からはじーちゃん、お爺さん、艦娘部隊発足前から色々あった経緯から
・稀に最初の人、艦娘の言う妖精さんを見る事が出来た最初の人
・本編中では艦娘部隊上部機関からの要請で大本営を査察中、大変難儀中



その他

あの戦い、35話でいなずまが言っていた大規模海戦






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45 研修について、入渠について

 

 

 

「では次に叢雲ちゃんの研修について、だけどこれはもう結論が出てるから明日って言うか今からの入渠についてだね」

 

先任の漣が話を進める、司会進行役でマトメ役、ただの仕切りたがりだったらチョット考えてしまうが

 

「そうです、それ、大和は納得出来ていません、改修を受けたらしいというだけではあの状態になった説明として納得出来るものではありません、見当も付けられないというのであれば、入渠は中止、原因の特定をしなければなりません」

 

「んー、そうは言うけどさ、やまちゃん?こっちからも聞きたいんだけど、入渠するとあの状態を誘発させるってのは、どこから聞き込んだの?」

 

「誘発要因が特定出来ていません、辛うじて関わっているであろうと推定出来るのは叢雲さんの言う、ミミノアーレ?です、コレに何らかの干渉が行われるとあの状態を誘発させかねない、と大和は考えています、入渠で何の干渉も行われないという事はないですよね、今回の入渠はその修復が目的なのですから」

 

「……」

 

先任の漣が黙ってしまった

 

「これは、ぐうの音も出ませんね、正論です、反論の余地無しです」

 

黙ってしまった漣に代わり、それを先任の五月雨が受けたが、大和の言い分を全肯定してるんだけど

 

「?ミミノアーレ、何だ?入渠ってコイツの修復が目的なのか?」

 

最初の天龍が自身の頭にもあるソレを指しながら聞いてきた

 

「そう、演舞で私が蹴っ飛ばして歪めてしまったから」

 

おや、ブッキーが自白してる、こんな所だけ素直と言うか正直というか

 

「修復の必要、あるのか?」

「ムラムラが言うには叢雲ちゃんはまだそれが無い状態に慣れて居ないから大事を取って修復した方が良いって、時機に慣れるとは言ってたけど」

「まあ、コレに妖精さんは着いてないから修復するなら入渠ってのは、わかるが……」

 

どうでも良い事なんだけど、ムラムラで通るのね、三組の叢雲じゃなくて

 

「コイツの話だと、ムラムラがコレからなんか言ってきたって?そこの所と大和が気にしてるあの状態ってのは、関連するのか?」

 

いい人の天龍の台詞に桃色兎が不機嫌な顔をしてる、コイツ呼ばわりがよっぽど嫌らしい

 

「おそらく関連します、言ってきた方が誘発要因で、あの状態はその結果発症するモノでは無いかと、大和は考えています」

 

いい人の天龍の質問に答える大和

 

「発症、ねぇ……」

 

先任の漣がなんかいってる

 

「せめて、その場に居て状態を見ていたなら……」

 

先任の五月雨もこう言ってる

 

「吹雪はみてたんだろ、他に見てたヤツは?」

 

口の悪い天龍から聞いて来た

 

「あの時格技場に行ったのはブッキーとムラムラと叢雲ちゃんとやまちゃんの四人だよ」

 

応えたのは桃色兎だ

 

「あー、大和は見てたのか、そう言う事、なら、大和に詳しい説明を聞いたらいいじゃんか、なんで聞かないんだ?」

「アレですよ、やまちゃんに聞くとソレについてなにも知らないって丸分かりになっちゃうんですよ、そうなったら叢雲ちゃんの入渠は中止されちゃうでしょ」

「……このままならどっちにしたって中止じゃねーのか?」

 

「それは困る、今回の入渠で色々確定させないと、ウチの叢雲だけじゃなく、叢雲ちゃんにも影響が出るかも知れない」

 

口の悪い天龍と桃色兎の会話に応じる先任の漣

 

「どんな?」

 

最初の天龍から聞いて来た

 

「だから、ソレを確定させる為の入渠なんだって、手持ちの資料と叢雲ちゃんの証言は食い違いが多いんだ、整合させるか、書き直すかは入渠時の観測次第なんだよ」

「つまり、今の時点ではなんもわからん、という事か」

「あー、そうなんだけど、それを言ったらやまちゃんが入渠を中止しちゃう」

 

最初の天龍からも突っ込みが入り先任の漣は白旗寸前だ

 

「ん、じゃあ今もやってる工廠の作業って何をやってるんだ?」

 

口の悪い天龍からいってきた

 

「アレは別口、ウチの叢雲が目覚めなくなった原因の特定が出来たから、そっちの封じ込め、あんな代物でウチの叢雲を弄びやがって、結果的にとはいえ片棒担がされた、その片棒を処理してんの」

 

お、おう、漣が凄くいい顔して眼まで違ったよ

 

「それ聞いた五月雨が躍起になってるしね、ウチの電は付き合い良いから五月雨に付きっ切りだよ」

 

そう言うのは一組の漣だ、一組の五月雨は一組の電と仲良しなのか

 

「なんですか、電の付き合いが悪いとでも?」

 

何故そこに反応するんだ、このプラズマは

 

「そんな事言ってないでしょう!?」

 

突然のプラズマに一組の漣が青くなってる

 

「……ナルホド、プラズマか」

 

こんな棒読みセリフを吐いたのは誰かと思ったら視察官だった

 

間違いなくこの棒読みセリフが聞こえたのだろう、プラズマが慌てて電に戻った

 

「電にも苦労をかけている様だ、ありがとう」

 

視察官はそう言いつつ電を優しく撫でている、電は恥ずかしいのか耳まで赤くなってるが

 

「で、大和としてはあの状態ってのが気にいらん訳だ、それを誘発するくらいなら入渠は無しって事か」

 

プラズマには関わらずに話を進める最初の天龍

 

「叢雲さんの状態は格技場の時ほど深刻ではありません、ムラムラの言う通り慣れ、が見られます、今、危険を押してまで入渠を強行する事には同意出来ません」

「危険?演舞をやった格技場でそこまで言う状態になったのか」

 

「確か、大和相手に駆逐艦の分も忘れて力尽くに出たとか、言ってたな」

 

いい人の天龍だ

 

「危険かどうかはよくわからない、けど、叢雲ちゃんが叢雲ちゃんじゃなくなった」

 

ブッキーが説明?してる

 

「?なに、分かる様に言ってくれ」

 

しかし、いい人の天龍には理解出来なかった模様

 

「だから、叢雲ちゃんが叢雲ちゃんじゃなくなったの!」

 

「「「???」」」

 

ブッキーが力説してるが、天龍達は疑問しか浮かばない様子、先任の漣の言い分を裏付けてるよね

 

「なんと言いますか、別人?と言うのとも違うのですが、別の存在とでも言えば良いのでしょうか、初対面の叢雲さんがそこに居たのですよ」

 

大和からも説明が入った

 

「?どういう状況か、さっぱりわからん」

 

最初の天龍は疑問符を浮かべそうにしてる

 

「なんか、そうなったきっかけみたいなのはなかったのかよ」

 

口の悪い天龍の尤もな指摘だ

 

「きっかけ?そうだ、ムラムラが叢雲ちゃんのと交換してた、それでムラムラがなんか言ってきたって、叢雲ちゃんもあの状態になったんだよね!!」

 

なにが嬉しいのかブッキーが力説してる

 

「交換?なにを?」

 

いい人の天龍だ、疑問符が……

 

「ミミノアーレ?です、頭のソレを交換したんですよ、ブッキーに蹴っ飛ばされて壊れたとかで叢雲さんが歩く事も難しくなってしまったので、ムラムラが自分のソレと叢雲さんのソレを交換したんですよ」

 

大和が答えてる

 

「「「?」」」

 

なんだろ、天龍達が三人で顔を見合わせてしまった

 

「交換?出来んのか、コレ」

「考えた事もなかったが」

「必要も意味も無いだろ、それ」

 

天龍達はなんか言い合いしてる

 

「よし、ちょっとやって見ようぜ」

 

最初の天龍が言い出した

 

「面白そうだとは思うが、それ以上に意味無しとも思うな」

 

いい人の天龍

 

「まあ、アレよ、もしかしたら建造艦とドロップ艦の意外な違いなんてモンがあるかも知れないだろ、まさか、怖いのか?」

 

口の悪い天龍がいい人の天龍を揶揄ってるんだけど

 

「アホ抜かせ、なにが怖いんだよ、同型同名艦の装備なんだぞ、同じに決まってるだろ」

「個体差ってものがあるって聞いてるわよ」

 

なんかいい人の天龍が食い付いてきたから、少し乗ってみた

 

「個体差?そりゃあるだろうな、だからなんだよ?」

「お前、何をムキになってんだよ、まさかホントに怖いのか?」

 

口の悪い天龍が揶揄う様な口振りから心配そうな口調に変わったんだけど

 

「いいから、ちょっとやって見ようぜ、すぐ済む」

 

言った傍から最初の天龍がいい人の天龍に手を伸ばした、見れば口の悪い天龍までいい人の天龍に手を伸ばしてる

それを見ていい人の天龍が溜息と共にしょうがないと顔に出しながら右手に最初の天龍のを左手に口の悪い天龍のソレを取って二人に取られたソレの代わりに頭に付けた

 

「なんだ、なんも起きないな」

「当たり前だ、何を期待してたんだよ」

「コッチも交換してみようぜ」

 

口の悪い天龍にいわれて最初の天龍が交換に応じる

 

「うーん、なんもない、話なんてして来ないぞ」

 

天龍達はツマンネと声にこそしないが、ありありと表情でその感情を表していた

 

「ムラムラの話では、話かけてきたのは、組手が始まると同時だったって、そこから組手をしていられない程ゴチャゴチャ言ってきたって言ってた」

 

ブッキーだ

 

「だそうだ、どう思うよ」

「組手ってか演舞開始でゴチャゴチャ、ねぇ」

「攻撃思考にならないとダメって事か?」

 

「ここでそんなのやめてよね」

 

天龍達の物騒な話に思わず突っ込んでしまった

 

「こんな所で軽巡が演舞なんて出来っかよ、狭過ぎ」

「この部屋を六倍くらいに広げて良いってんなら、見せてやるぜ」

「六倍って、お前相変わらず近接戦苦手なのか」

 

「苦手なわけあるかよ、見せる演舞をやるなら見る奴の安全距離がいるだろうが」

「あー、ハイハイ、そういう事にしとこうな」

「オイ、疑ってんのか?」

 

「やめろ、なに熱くなってんだよ」

 

いい人の天龍と口の悪い天龍が言い合いを始めた、最初の天龍が止めに入ったが

 

「「「!!!」」」

 

その瞬間、天龍達が頭、と言うか顔を押さえ出した

 

「?どうしたの、天龍?」

 

先任の漣が心配そうに聞く

 

聞こえたのか、最初の天龍が漣の方に視線を向けた

 

「お前達には、コレ、聞こえてないのか?」

「なに?なにが聞こえてないの?」

 

「初期艦に聞こえてないなら、妖精さんじゃないって事だな」

 

口の悪い天龍が変な事を確認してくる

 

「えっ、ホントになんか言ってきてるの?」

 

一組の漣が驚いてる

 

「マジだ、なんだよコレ、クッソウルセーんだけど、どうやって止めんだよ」

 

いい人の天龍だ、五月蝿いって言ってるのに天龍達は顔を押さえてるんだけど、天龍達も声だけど音としては聞こえてないって事なのか、それとも他の理由が?

 

「ムラムラの話では元に戻せば良いって」

 

ブッキーだ

 

「元に?」

「そう、元の場所に戻せば治るって、叢雲ちゃんはそれで治ったんだよ」

 

「そう言う事は先に言えよ、三人でシャッフルしちまったぞ」

 

口の悪い天龍だ

 

「戻すんだよ、じゃないとこのままだってよ」

 

言いながらもいい人の天龍が二人に手を伸ばして自分のソレを手に取った、がそこで動きが止まった

 

「オイ、自分のを取れよ」

 

そう、両手に自分のソレを取った結果、今頭に付いてるソレが取れない

 

「ちょっと待て、不味い、ソレ戻せ、早くしろ!」

「元に戻すんだろ、なんでだ?」

 

最初の天龍の言い分に不思議そうにするいい人の天龍、その瞬間

 

「いいから!!早くしろ!!!」

 

最初の天龍から今まで見た事も感じだ事もない強い気配と共に怒号が飛んできた

プラズマなんてモンじゃない、プラズマの百倍怖かった、震える事すら出来ない程だった、この時の最初の天龍は

気迫に押された訳でもないのだろうけど、いい人の天龍が言われた通りに手にしてたソレを戻した、元に戻ってはいないけど

 

「あー、さっきのは流石に不味かった、これが落ち着くとか、ヤバ過ぎだろ」

 

口の悪い天龍はいつも通りだ

 

「すまん、怒鳴っちまった」

 

最初の天龍が謝ってきた、けど、それだけ切羽詰まったって事、だよね

 

「どう言う事だよ?」

 

いい人の天龍もだけど、天龍達なんか普通に話始めてるんだけど、クッソウルセーんじゃないのかな

 

「アレをやらずに済むとか、やっぱ日頃の行いが効いてるんかな」

 

なにそれ、幾分気不味そうにしてる最初の天龍

 

「善行ならオレだって積んでるぞ?」

 

口の悪い天龍のいう善行?とは一体

 

「いや、だからどういう事だよ?」

 

状況が掴めない様ないい人の天龍

 

「その前に元に戻すぞ、こんな状態じゃ落ち落ち話もしてられん」

 

最初の天龍がそう言って、天龍達は頭のソレを元の場所に戻し始めた

 

「やっと元に戻ったか、二度とやらねーぞ、こんな事」

 

ウンザリを隠すつもりもない様子の最初の天龍

 

「やるって言い出したのは、誰だっけ?」

 

口の悪い天龍だ

 

「悪かったよ、こんなんなるとは思ってなかった」

 

最初の天龍はまだウンザリ中だ

 

「そりゃオレも同じだ、なんなんだよコレ」

 

いい人の天龍だ

 

「えーと、つまり、どういう事なの?」

 

先任の漣から尤もな質問だ

 

「ムラムラが言うゴチャゴチャ言って来るってのは本当だ、今嫌になる程聞かされた」

 

最初の天龍が吐き捨てる様にいう

 

「しかも幾つか声が混じってるから聞こえにくいのなんの、一人づつ話せってーの」

 

いい人の天龍もウンザリなのは一緒らしい

 

「俺等でもこうなったって事はドロップ艦でも建造艦でもなるって事だな」

 

口の悪い天龍のは、感想かな

 

「艦娘ならそうなるって事だろ、でもコレ付けてる艦娘は多くない、そこは不幸中のなんとやら、だな」

 

それに最初の天龍が応じた

 

「うーん、叢雲ちゃんはどう思う?」

 

先任の漣に聞かれた

 

「どうっていわれても、私はそのゴチャゴチャは聞いてないもの、なんとも言いようが無いわ」

 

「は?話が違うじゃねーか、お前が聞いてないなら誰が聞いたんだよ!?」

 

口の悪い天龍だ、人の話を聞いてなかったのかな

 

「ムラムラだろ、さっきからそう聞いてるぜ、コイツはデカイ猫だ、ムラムラじゃない」

 

ちょっと、未だにデカイ猫呼ばわり?いい人でも天龍は天龍だったか

 

「あ、そうね、そう聞いてたわ」

 

口の悪い天龍はアッサリと思い出したらしい

 

「じゃあ、あの状態というのは?」

 

いい人の天龍から聞いてきた

 

「うーん、説明は難しいわ、あの時ムラムラが想定外にもコッチの誘いに思いっきり乗って来たから、タイミングを見計らって懐に潜り込んで変則的だけど投げ技掛けたのよ、そうしたら変な痛みだけが来て、感覚がおかしくなった」

 

「感覚?」

 

最初の天龍だ

 

「瞬間的に痛みだけになって、それが引いたら五感の全てが何処かに行ってしまった、身体も動かせなくなってた、でも、感覚器からの刺激というかそういうのは微かにあった」

 

「例えば視界が真っ暗になった、音が聞こえなくなった、とかそういう事か?」

 

口の悪い天龍が聞いてくる

 

「微かにあったのよ、完全に遮断されたのでは無くね、おかげでブッキーの大声は聞こえたし、ムラムラが焦った顔をしてるのも見えた」

 

「?聞こえてるし見えてる、なのになんで微かに、になるんだ?」

 

続けて口の悪い天龍

 

「自分の見たい所に視線は向けられないし、聞こえてるだけで返事も出来なかったからよ」

 

「?見えるし聞こえるが身体が言う事を効かないって感じか、まるで金縛りだな」

 

最初の天龍が面白そうに言ってきた

 

「金縛り?寝る時とかになるっていう、アレ?」

 

「そう仮定するのなら、金縛り状態の叢雲さんに代わって何かが身体を動かしていた事になりますが」

 

私の質問を仮定として大和が疑問形で聞いてる

 

「ブッキーのいう、叢雲が叢雲じゃないってのと、大和の言う別の存在ってのはその事か」

 

いい人の天龍が合点がいったという感じかな

 

「只の反射行動じゃないのか?寝返りを打つとか寝相が悪いって類の」

 

口の悪い天龍の思い付き、だと思う、根拠がわからないし

 

「あれが寝言だとは思えないけど、ハッキリ言ってたし」

「状況の把握も出来ていました、その場で意味を成さない言葉というのはありませんでしたし、寝言というのとは違うと思います」

 

ブッキーと大和には異論がある様だ

 

「と言ってるが、漣の意見は?」

 

最初の天龍が先任の漣に振った

 

「そう言われても、ブッキーの説明より多少進んだってくらいだし、なんとも……」

 

「あれっ?」

 

そう言い淀む先任の漣に視線を向けて気が付いた、居たはずの数人が居なくなってる、いつの間に?

 

「どうしたの、叢雲ちゃん」

 

いってる最中のセリフを遮られた格好の先任の漣が聞いてきた

 

「視察官と電と五月雨がいない」

 

今気が付いた事をそのままいう

 

「ああ、今気がついたんだ、コッチの話が長くなりそうだからって、ブッキーが力説始めたくらいに五十鈴と交渉してくるって」

 

先任の漣に何でもない様に言われてしまった、が、聞いてないんだけど

 

「えっ?そんな話、してたっけ?」

 

いつの間にそんな話をしたのか、全然わからなかったんだけど

 

「なるほど、これが不安定ってのか、確かにこのまま放置って訳にはいかなそうだな」

 

最初の天龍だ

 

「初期艦がアレに気がつかないって」

 

いい人の天龍はもう少し何かを付け足したそうにしてる

 

「建造艦の俺等でも気付くんだが、改めて見せられると確かにこのままはダメだな」

 

口の悪い天龍まで言ってきた

 

「??」

 

そんな事言われても何が何やら

 

「前に話した事があると思うんだけど、艦娘の間って制限はあるけど妖精さんに頼めばテレパシーみたいな事が出来るのよ、それでね」

 

先任の漣から説明が入った

 

「?視察官は艦娘じゃないでしょ」

 

疑問を言ってみる

 

「あー、当然来るよねそれは、じーちゃんは否定してるけど、どういう訳かじーちゃんはこのテレパシーみたいなのを使えるみたいなんだよね、観察した限りだと、妖精さんにあれだけ懐かれてるから特別サービスなのかな?妖精さん的な」

「なにそれ?」

「いや、今思い付いた」

 

「気が付いた所で、叢雲ちゃん、五月雨から伝言です、ホントはちゃんと自分で伝えたかったんだけど、お爺さんをエスコートしなきゃだから、漣に伝言してった、【あの子に会ったら驚くかも知れないけど、普通に接して欲しい、但し会うのは今の不安定な所が安定してから、それまでは会わないように】だって、伝えたよ」

 

一組の漣から先任の五月雨の伝言だ、そうだが、それは何を言いたいんだ?

 

「?えっと、それを聞いて、どうすればいいの?」

 

「聞いた通りにするか、無視するか、好きにすればいいんじゃねーか」

 

口の悪い天龍だ

 

「まあ、テレパシーみたいなモノって冗談で言ってるけど、種明かし的な所をいうと単に妖精さんに頼んで伝言ゲームしてるだけなんだ、妖精さんが見えて妖精さんの声も聞ける初期艦がその伝言ゲームに気が付かないってのは、アレだけど」

 

先任の漣から再度の説明

 

「提督にプラズマ状態を見られて物凄くテンパってたからね先任は、五月雨が宥めようとして外に誘うくらいだし」

 

一組の漣が事情を説明してくれてる

 

「その誘いも周りを気にしながらテレパシー使って、だもんね」

 

ブッキー

 

「じーちゃんも一緒に宥めてくれるって言ってくれて、ならそのまま五十鈴の所へ行って交渉して来ますって五月雨が言い出してね」

 

先任の漣だ

 

「先任の電ってばあれだけひた隠しにして来たプラズマ状態を老提督の前で実演しちゃうとか、ちぃ姉様の言い様が余程カンに障ったんでしょうな」

 

桃色兎が何故かドヤ顔なんだけど、なんでだろ、それはさて置き

 

「?天龍は一緒に行かなくてよかったの、五十鈴との交渉を買ってたけど」

 

「教導艦の補佐役を優先してくれってよ、補佐役なら一人で充分なんだがな」

 

最初の天龍からだ

 

「どっちかっていえば、御守り役だろ、老提督が俺等に期待してるのは」

 

いい人の天龍だ

 

「?」

 

お守り?何の事だろ

 

「色々とワルサが進行しない様に見張っとけって事だろ」

 

口の悪い天龍だ

 

「大袈裟だと思ってたが、さっきのでそうも言ってられなくなったしな」

 

いい人の天龍

 

「大和の気掛かりはわかるが、今回は入渠してキッチリ診てもらった方が後腐れなくて良いと思うが、その為に俺等をコッチに付けたんだから」

 

最初の天龍

 

「……」

 

大和はイマイチ納得しかねている様子だ

 

「大和としても原因の排除という点は異論ないだろ、その原因を特定するにはしっかり見定めないと、漣はその為に入渠が必要だと言ってるんだ」

 

最初の天龍が入渠を促してる

 

「どう考えても戦場であの状態とやらになるより、入渠でそうなった方が対処のしようもあるだろう、俺等もいるんだ」

 

いい人の天龍も同意見の様だ

 

「大和はそれでもコッチの統制力を超える事態の発生を懸念するだけの根拠を持ち合わせてるのか?」

 

口の悪い天龍までこう言ってる

 

「それと、やまちゃんに無用な心配をかけたく無かったから言わないでおいたけど、今回の入渠は工廠の妖精さんにも相応の体制を整えてもらってるんだ、どんな事態が起こっても対処できる様に、通常の入渠工程に関わる妖精さんに加えて入渠予定の設備がある工廠の殆どの妖精さんに即応体制を取ってもらってる、叢雲ちゃんに着いてるウチの叢雲の妖精さんの話を聞いた妖精さんだ、漣としては現状で望み得る最良の体制を整えたつもりだよ」

 

先任の漣からも入渠を実施する様に言ってくる

 

「そこまでしなければならない、と考えているのですか?」

 

大和が不安そうに聞く、逆効果だったかな

 

「ここまで体制を整えたのは不測の事態への対処もあるけど、観測体制の確実化でもあるんだ、もしかしたら、ウチの叢雲が持たされたらしい解除キー、或いはその関連物が見つかるかもしれない」

「それは叢雲さんが先任の叢雲さんの様に目覚めなくなる可能性まであると?」

 

「解除キーって?」

 

いきなり出て来た単語に思わず聞いてしまった

 

「叢雲ちゃんは熟睡してたからね、格技場からこっちに戻って来た時にウチの叢雲の顛末をやまちゃんには話したんだよ」

「それで、やまちゃんが心配しちゃってね、叢雲ちゃんと同居での教導を言って来たんだ」

 

先任の漣とブッキーが解説、格技場で意識が飛んだから覚えがまるで無いけどそんな事になってたのか

 

「簡単に説明すると、解除キーってのがウチの叢雲が起きなくなる工程を誘発したんだ、アレは修復の失敗では無かった」

 

先任の漣から説明が入る、工程を誘発?どういう事かわからないんだけど

 

「修復の失敗では無かった事は聞いてるけど……」

「例え解除キーそのものがあったとしても工廠側の仕掛けを封印した、機能する事は無いし、進行状況を直接監視して、分岐に入ったとしても即時中断、停止して通常工程に戻す、それをやる為に妖精さんに即応体制を取ってもらってる」

 

「それって、最初の初期艦が工廠に細工したって、ヤツか?」

 

最初の天龍だ

 

「なんで天龍が知ってるの、まあ、ざみちゃんからだろうけど」

「ヒッドイいい様ですね、この漣、そんなに軽い口は持ち合わせていまんせんぞ」

 

流石桃色兎、自身の行動を顧みない、時と場合によっては有効な手段になるわよね

 

「?ざみちゃんでないなら、何処から聞き込んだのさ」

 

「妖精さんからだよ、工廠に使われていない変な仕掛けがあるけどなんか知らないかってな」

 

続けて最初の天龍だ

 

「??あの仕掛けは妖精さんにはなんだかわからないものになってたハズだけど」

「なんだかわからないから、これはなんだって聞いて来たんだよ」

「天龍に?」

「元々は三組の電が妖精さんに聞かれたんだよ、それが回って俺の所に」

 

「色々調べたらこんな仕掛けを組み込めるのは最初の初期艦しかいないって結論に達した、それだけだよ」

 

いい人の天龍だ

 

「まあ、お前達が艦娘に不利になる様な真似はしないしな、保険みたいなモノだろうって線で推測してたんだ」

 

口の悪い天龍が続けた

 

「さっきの話は、変な方向に作用しない様に準備してるって事だろ」

 

最初の天龍は先任の漣の事情を察したらしい

 

「むー」

 

漣が難しい顔で唸ってる

 

「天龍達が僅かな手掛かりからその推測に至ったと言う事は、もしかして、入手出来る資料次第では誰にでも分かる事、なのかな」

 

「なんか引っ掛かる言い方だが、俺等が調べた限りでは特に秘匿された資料にしか載ってないという類のモノじゃなかった、誰にでもってのはそうかもな」

 

最初の天龍だ

 

「元々隠すつもりは無かったからそういう事はして無い、最初の初期艦以外には見てもわからなくなっていたというだけだから」

 

「初期艦の妖精さんなら、見てわかるハズなのにいつの間にか最初の初期艦以外の妖精さんではわからなくなっていた、と」

 

いい人の天龍が確認?してきた

 

「ウチの叢雲の案件で調査に行ったのは一組の五月雨だ、その五月雨がわからないといってる、報告書にはそう書いてるんだよ、うーん」

 

先任の漣が考え込んでしまった

 

「まあ、漣も見ただけではわかりませんでしたし、建造艦の御意見は?」

 

桃色兎だ

 

「?なんの意見だよ」

 

口の悪い天龍が応じた

 

「見ただけでわかりましたか?」

 

「わかる訳ないだろ、俺の話を聞いてたか?三組の電から回って来たと言ってるだろ」

 

最初の天龍だ

 

「つまり、建造艦は見てもわからない、妖精さんは何かがある事はわかったけど、そこまで、という事は?」

 

「どういう事なの?」

 

珍しく先任の漣が桃色兎にきいてる

 

「それを考えるのは、御姉様の頭でどうぞ!!」

「チョット、ざみちゃん?」

 

「仕掛けに対する理解度の傾向としては、小さい方から、建造艦、初期艦、妖精さん、最初の初期艦、と言った所ですか、ドロップ艦はどうなんでしょう」

 

一組の漣も先任の漣同様、桃色兎の思い付いた事がわからないらしい

 

「理解度の傾向、ねぇ……」

 

先任の漣は何やら言いたそうだ

 

「そういうちぃ姉様はどうなんです?」

 

「えっ?」

「ちぃ姉様は見てわかったんですか?」

 

「なんかあるのはわかったし、見当くらいは付いたけど、それだけだね、具体的に仕掛けの使用法までわかった訳じゃないし」

「ちぃ姉様は見当が付いたと、同じ一組の五月雨はわからないといっているのに?」

 

「何が言いたんだよ?」

 

口の悪い天龍が桃色兎のやり方に焦れた様だ

 

「一組の五月雨と漣で、仕掛けに対する理解度に差があるのかも知れない、一組の五月雨はあの調査を極めて慎重に実施した、そこは報告書を読めば異論の余地は無い、はっきりわからなかったから、だから報告書には書かなかったんだと思ってた、もしかして見当も付かなかった?」

 

随分と考え込みながら言う先任の漣

 

「仮にそうだとしたら、如何だっていうんだよ」

 

口の悪い天龍は余程の短気な性格なのかな

 

「いや、叢雲ちゃんの観察では妙な所で建造艦の傾向が見られる場合があるんだ、もしかして一組の五月雨にも、その傾向が?」

 

まだ考えながら応答している先任の漣

 

「そんな傾向があれば同期の漣なり電が気がつくだろ」

 

いい人の天龍だ

 

「あー、そうなんだけど、一組の五月雨は改修を受けてる、改修から余り間を置かずにあの調査に出たんだ、知っていればそういう観点で観察しただろうけどね、それにあの調査以降、明から様に変わっちゃったし」

 

「なにか、改修を受けてたから見当も付けられなくなった、そう言いたいのか?」

 

最初の天龍だ

 

「今思い付いた事なんだけどね、ただ、如何なんだろうね、可能性として」

 

「んー、思い当たる様なそうでもない様な」

 

一組の漣は思い出そうとしてるのか考え込みながら言った

 

「はっきりさせたかったら一組の電にも話を聞いた方が良いな、で、その話はこのデカイ猫の入渠と関係するのか?」

 

いい人の天龍の指摘に思わず大和を見た、いい笑顔を貼り付けていた、多分察し無い方がいい事案だ、古来笑顔は威嚇顔と云われてるし

 

「んん、そんな訳でこちらとしては可能な限りの手を打ってる、叢雲ちゃんの入渠予定通りに実施したいんだけど」

 

咳払い等しつつ、全然誤魔化せてないけど先任の漣が話を戻した

 

「何もわからないままで、入渠を実施、ですか」

 

珍しく大和が明らかに不愉快な顔をした、これは九割方反対って事かな

 

「大和の言い分はわかる、が、状況を見ればサッサと入渠させた方が良いと思うが、そこはどうよ」

 

最初の天龍が言い出した

 

「状況?ですか」

「老提督は大本営の作り直しに掛かるんだ、それからだと入渠っていってもスンナリ行くかわからんしな、増して今回の入渠は手が込んでる、こんな手の込んだ入渠準備を次回にも出来るかどうか」

「……準備不足、何か起こっても対処出来ない可能性が次回以降では増してしまうと」

 

不愉快そうな表情に不安そうな表情まで足して言う大和

 

「そういう事、このまま放置ってんなら、考えなくて良い事だが」

 

いい人の天龍のはダメ出しって言わない?

 

「放置、は出来ません、原因の特定と排除は必須です」

 

表情を崩す事なく大和が言い切る

 

「原因を入渠前に特定して、排除してから入渠ってのが大和の理想とする所だろ、だけど、現実的にそれは無理そうだぞ、初期艦が挙って掛かってるのに入渠して観測しないとわからない事が多過ぎるんだ、妖精さんも艦娘も、謎で不明なシロモノってのは人と艦娘双方に共通する認識だろ、事前に全てがわかるのなら不明なシロモノとは、云われないわな」

 

「……」

 

最初の天龍に諭される大和、幾分不愉快顔が和らいだかな

 

「やまちゃんの了承が取れた所でやっとこさ、本題に入れます」

 

本題?先任の漣の言う本題とは?

 

「叢雲ちゃんはこれから入渠になる訳だけど、不安はない?妖精さんの事で態々漣に話をしに来たくらいだし、何かあれば言って欲しいんだ」

 

割と真剣に聞いてくる先任の漣

 

「アレは解決と言うかそもそも問題ですら無かった、私は司令官に初期艦にと要望されてる、それだけで私には十分な事、漣の話だと、司令官の叢雲も協力してくれてるそうだし、司令官の叢雲の頼み事もあるし、司令官も私が戻るのを待ってくれてる、なら、やる事は何も変わらない、ただ、今夜聞いた話で不安は感じた」

 

その真剣さに押された訳でもないが正直に思った所を言ってみようと思う

 

「ここでの話で?えっとそれはなに?」

 

なぜか意外そうな顔をする先任の漣

 

「視察官が大本営を作り直すと言ってた、私が大本営に来たのは大本営の規定でそうなっているから、教導も同様、ならば、作り直した大本営でその規定はどうなるの?」

 

「それは、これからを見て行かないとわからないね」

 

まあ、そうだよね、その答えは予測出来た、私の本題はここからだ

 

「規定が見直されて廃止されるのなら、大本営に居る時間は無駄になる、視察官はある程度の期間大本営の職務が完全に停止されると言ってた、そんな環境で私が研修を続ける意義は、どこにあるの?」

 

一度は無駄な時間と結論付けた研修だ、大本営の規定がなくなって本格的に無駄になるのなら、視察官に掛け合ってでも鎮守府へ、司令官の許へ帰る

 

「一つには大本営所属の艦娘との交流、二つには現状の艦娘部隊では最大勢力となっている大本営の内情に触れられる、三つには大本営にコネを付けた上で最新情報を司令官に持って行ける、鎮守府では見聞きできない様々な情報を司令官に持って行ける、情報の重要性について、説明がいるかな?」

 

成る程、渦中の中心に居るのだからここで得られたモノは司令官に取っても有益なモノになるかもしれない、そうなる様に私が動けば良いのか、取り敢えずここまでの話をしてみよう

 

「プラズマの話だと、司令官は民間出身で組織力や政治力は期待出来ない、漣の話だと、司令官には非物理的で不合理で過剰な干渉が予想される、五月雨の話だと、司令官の立場は現状では極めて重要、代替が効かないくらいの重責を負っている、そして視察官の話だと、大本営の再生は司令官の我が儘に倣う事が鍵となる、その反例として大本営の遣り様を槍玉に上げる事でソレを強調すると言ってた、ここでも司令官は多くを負う事になる、私は初期艦として司令官に着く、研修の意義は司令官に役立つ事、そこに疑問が生じるのなら、着任辞令だけ取れればいい」

 

「……だって、やまちゃん教導艦として、どうなのよ」

 

真剣な顔から幾分拍子抜けというか普段の表情に戻りつつ話を大和に振る先任の漣

 

「お任せください、この大和、そこまで整然と必用を並べられて必用だけで済ませる等と考えは致しません、当初より言いました、先任の叢雲さんを超える技量を習得させてみせましょう」

 

言ってる事が滅茶苦茶なんだけど、大丈夫か、この戦艦

 

「まあ、書類関係とか接客応対とか要人警護とか、大和は陸の上で必要そうなそっちの練度はカンストしてるから、大丈夫だろ」

 

最初の天龍のソレは感想かな、物凄く他人事って感じで、触らんで置こうって感じに聞こえるんだけど

 

「で、不安はそれだけか?」

 

いい人の天龍に聞かれた

 

「未来を見通す様な技量は持ち合わせていない、私の見える範囲も手の届く範囲も限られてる、三組の吹雪と話した時に指摘された、私に足らないのは現状を、その限られた範囲から測れるだけの知識だと、今でも何の知識が必要なのか、計り切れてる訳じゃない、そこを支援なり助言なりをもらえるのなら、私が研修を続ける理由になるでしょう」

 

「何つーか、叢雲らしい言い方だな、睦月がこんなセリフを吐いたら取り押さえて監視付きで絶対安静な案件だな」

 

口の悪い天龍の言い分は、なにを言いたいのかさっぱりわからん、わからなくていい事だからわからない様に言ってるんだろうけど、ブッキーと天龍達には意味が通じた様子だった

 

 

 

 

その後、予定通りに入渠は実施された

 

入渠場に入って予備検査を受けてる時に工廠で作業中といっていた初期艦達が漣達と合流しているのが見えた

工廠でなにかあったのだろうか、もう入渠工程が始まっているから中止しない限りはどうにも出来ない、漣達は何も言ってこないから単に合流しただけだと思うけど、入渠が終わったら聞いて……みよう

 

 

 

 

 

 




登場艦娘

研修中の叢雲、天龍達から稀にデカイ猫呼びされてる
教導艦の大和、老提督の秘書艦も兼務してるハズ

先任の漣、最初の初期艦の一人、桃色兎からは御姉様呼びされてる
先任の五月雨、最初の初期艦の一人、桃色兎からは五月雨御姉様呼びされる事も
先任の電、最初の初期艦の一人、今回はプラズマ状態の体現者
先任の吹雪、最初の初期艦の一人、大勢からブッキー呼びされてる
先任の叢雲、最初の初期艦の一人、研修中の叢雲からは司令官の叢雲呼びされてる

最初の天龍、32話オープンカフェで最初に声をかけて来た天龍
いい人の天龍、27話大和に苦情を言いに来たが、事情を知り頼って来いと言った天龍
口の悪い天龍、32話オープンカフェで可愛げが足りないと言って来た天龍

演習組(三組)の漣(桃色兎)、ざみちゃん呼びされてる
演習組(三組)のいなずま、工廠で作業中
演習組(三組)の叢雲、ムラムラ呼びされてる、工廠で作業中
演習組(三組)の吹雪、工廠で作業中
演習組(三組)の五月雨、さみちゃん呼びされてる、工廠で作業中

一組の漣、桃色兎からはちぃ姉様呼びされる事も
一組の電、工廠で作業中
一組の五月雨、改修済み、工廠で作業中


睦月、大本営所属艦娘、天龍の統括する遠征隊の一人、睦月型は同名艦が多数配属されている




登場人物

老提督
・研修中の叢雲からは視察官、一期で視察官として鎮守府に来ている時が初対面だったから
・最初の初期艦からはじーちゃん、お爺さん、艦娘部隊発足前から色々あった経緯から
・稀に最初の人、艦娘の言う妖精さんを見る事が出来た最初の人
・本編中では艦娘部隊上部機関からの要請で大本営を査察中、大変難儀中


司令官、一期の司令官の事





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~幕間劇~
46-c


御注意
ほぼ会話劇、老提督視点です




 

 

 

「以上が査察の中間報告になる」

 

上部機関から出向して来た幾人かの代表を前に報告を終えた

 

★「酷いものだ、艦娘部隊を運用するよりも組織内での栄達を優先、それだけでなく上部機関の方針を無視してまで利権確保とは……」

 

厳しい意見が出る、しかしそれは出て当然の意見だ

艦娘部隊上部機関は国の代表だけではない、海上航路の安全確保が死活問題となる貿易商から海運業界、保険業界、造船業界といった民間の業界代表までいる

この議場にはその内の幾人かの代表と監察官(権限の発動に寄る)が席に着いている

 

☆「我々が拠出した艦娘部隊育成資金まで用途不詳とは……日本の大本営は海上航路に余程関心がないと見える、日本は貿易が盛んな国では無かったのか、海上航路の確保は日本に取っても最重要課題だと、そう主張していたではないか」

 

●「その通り、日本に取って海上航路の確保は極めて重要だ、今回の査察報告は日本政府としても看過し得ない、故に老提督の進言に従い大本営と呼称される艦娘部隊運営組織を一旦解体し、艦娘部隊運用に最適な組織として再生する」

 

日本政府代表の発言に他の代表は冷ややかだ

 

無理もない、日本に艦娘部隊を設置する際にも強い反発を説き伏せたのだ

その結果が、艦娘部隊の拡充など完全に忘れ去った運用がなされ極めて日本的な組織の理論が罷り通ってしまった

艦娘部隊上部機関が作成した進捗予定、大本営ではこの予定を行動を以って無視したと言わざるを得ない運用が行われ、予定の半分どころか四分の一にも届いていない

一年という期間があれば精強な艦娘が多数育成され主要な海上航路、特に要衝と見做される海峡には駐留部隊が配置される予定だった

しかし大本営には遠征部隊しか居らず数の上でも全く足りない

 

列席の代表等を最も失望させたのは、大本営で国外のゲストを接待をしていた戦艦種の艦娘、この艦娘が戦力と数えられていない、そう運用した大本営の在り方だ

大本営という人の組織の中で戦艦種の艦娘は戦力としてではなく人の接待役として重宝されていた

この席に並ぶ代表の中にもその接待を受けた者はいる

戦艦種が持つ巨大な艤装と兵装は視察に訪れた代表等を満足させるのに十分な役割を果たした

戦艦種の艦娘には異論があるだろうが、この場にいる代表等にはそれが只の見せ掛けだった、そう思われても仕方無い運用を大本営が行なっていた

端的にいって、大本営が看板艦娘に仕立てた大和に騙された、そう思っている

しかし問題の本質は大本営の運営方針であり、艦娘としての大和に問題がある訳ではない事は代表等にも分かってもらえた

寧ろ、大和の運用に腹を立て大本営を非難する代表までいた

 

★「大本営は最大戦力である戦艦を上部機関に対して用いたと、つまり大本営は我等上部機関を敵と見ていたという事か」

 

☆「大本営の相手は我々艦娘部隊であって深海棲艦ではなかった、そういう事か」

 

★「過ぎた時間を嘆いても何も始まらない、ここに集まったのはこれからどうするか、このまま日本に艦娘部隊を置いても無意に時間を浪費するだけだ」

 

★「最初の鎮守府が設置された際の取り決め通りに日本から艦娘部隊を撤収、再配分する以外にどうしろというのか」

 

代表等には既に撤収と再配分は規定事項の様だ、これは阻止しなければならない

 

「艦娘の運用については未だ明らかでない部分が多く今直ぐに日本からの撤収を実施する事はこの一年という時間を浪費しただけになる、私としてはこの一年で得られた艦娘部隊運用実績を活用していきたい、と考えているが、代表の方々のご意見は如何だろう」

 

☆「運用実績?この大本営の無為無策無計画の見本でしか無いこの報告の何処が運用実績なのか」

 

代表の一人から尤もな質問が来た

 

「大本営の運用実績とは倣ってはいけない行動の宝庫である事だ、この運用実績を反面教師としてこの先の艦娘部隊運用を考えていきたい、これは日本だけでなく何処に鎮守府を設置しようとも応用出来る禁則事項として活用出来る、と考えているが如何かな」

 

★「日本的な発想だ、転んでもタダでは起きない、と言ったかな、諺というのだったか」

 

「失敗は成功の母とも言う、失敗したからといって失敗を切り捨てて行くだけでは成功に辿り着かない、そうではないかね」

 

☆「成功に辿り着く?日本に艦娘部隊の運用を成功させる見込みがあると、老提督は考えているのか、この大本営の査察報告からは全く読み取れないが」

 

こちらも尤もな疑問だ、私だって大本営の報告しかなければ完全に同意する所だ

 

「日本には大本営だけではなく、艦娘部隊運用の為に鎮守府が増設されている、その内の一つの鎮守府が成功に辿り着く方向を示している、そう私には見えている」

 

☆「それは今自衛隊と共同戦線を張っている小規模な部隊ではないか、あんな小規模な部隊では我々の需要は満たせない、大本営の規模でも足らないのだ、我々の需要を過少に見ているのではないか」

 

「そこだよ、その規模が問題になる事が大本営の実績でハッキリした、艦娘の運用には人の軍隊の様に大規模な組織を構築しての運用は不適切だと云える」

 

★「どういう事なのか、説明を」

 

「大規模な組織を構築すればそこに艦娘では無い人の思惑が入り込む、これは大本営でも見られる事象だ、だが、小規模な鎮守府として組織を構築すれば司令官が艦娘を直接指揮下に置ける、この状態こそ艦娘がその能力を十全に発揮し得る最良の状態だ、現に絶対数に置いて全く足りない状態であるにも関わらず自衛隊との共同戦線という下駄履きを勘案しても日本周辺海域にて深海棲艦の行動は活発化していない、自衛隊からの報告でも艦娘部隊の働きは目覚ましい物があると賞賛されている、だからといって現状を長期に渡って維持出来るという訳では無いが、短期間であるならここまでの無理を実行可能な能力を引き出せる、これは十分に検討すべき事象だと、私は考えるが、如何かな」

 

代表達は一様に考えを巡らせている様子だ

 

★「言い分は理解する、しかしそれでは不足だ」

 

★「艦娘部隊を以って人類全体の利益に寄与させるには何より数がいる、その数を揃えるのに艦娘なら極めてローコストで済む、国軍で深海棲艦に対抗しようとすればその予算だけで国が傾いてしまうからな、深海棲艦に十分な対抗手段になる事が実証されている艦娘を最大限活用する事が艦娘部隊の、我等上部機関に課せられた使命だ」

 

☆「老提督は知らないだろうが海上航路を行き交う船乗り達からは挨拶より先に訊かれる、艦娘部隊の護衛はいつから始まるのか、護衛額はどの位になるのか、護衛料は保険料と共に荷主が持つ様に制度を設けて欲しい、挙げればキリがない、これらの要望、嘆願書が郵便で送られて来るのだ、私を始め業界代表のオフィスが手紙で埋まる日も遠くない」

 

☆「既に彼らは一年という長過ぎる時間を待ったのだ、自身の生命の危険と隣り合わせで、老提督は彼らにまだ、待てと、我々に言わせるのか」

 

改めて聞かされると言葉が無い、書類で読むのと当事者の言葉は同じ事柄であっても実感出来る重みが比較にならない

だが、それでも言わなければならない、待って欲しい、と、艦娘部隊を十全な稼働戦力と成すにはまだ相応の時間が必要なのだから

 

「そうだ、今暫く待って欲しい、今日本はこの大本営の失態から学び最短で十全な稼働戦力として艦娘部隊を再生しようとしている、その手本となる運用法もわかっている、また、自衛隊の協力により見出された複数の司令官候補が鎮守府への着任を待っている状況でもある、彼らに手本を示し鎮守府へ着任してもらう事で艦娘の数は増えていく、示された手本を活用すれば艦娘の育成にも効果があるだろう、日本の艦娘部隊再生計画は大規模な組織を作るのではなく、小規模な組織を多数作る事を主眼としている、これを上部機関にて承認してもらえれば、この計画は二週間以内に実行に移される、あえて聞くが、上部機関にこの案より迅速な行動が可能なのか」

 

★「失敗の可能性を排除した拙速な計画、ではないのか、上手くいく事しか予定表に無い一度爪蹤いたら全てが崩れ去る危険な計画に聞こえるが、その点はどうなのか」

 

★「その再生計画の失敗は、許されない、増して上部機関の承認の上での失敗は艦娘部隊の解散に直結しかねない重要事項となる、我等を突き上げているのは船乗り達だけでは無い、莫大な利益を伴う国際海上貿易に関わる全てが、我等上部機関に干渉して来ている」

 

「わかっている、私なりに列席の皆の言い分は理解している、列席の代表等には私の目的が艦娘部隊を日本に残留させる事にあるのでは無いか、そういった懸念を拭えずに詮索している事も知っている、それは誤ってはいない、残せるのなら遺したい気持ちはある、だが、それだけで日本に艦娘部隊を残留させようとしているのでは無い事も知って欲しい」

 

☆「それだけ?日本に艦娘部隊を残す、残さなければならない理由があると、いうのか」

 

「これは時期尚早なので言うつもりはなかったのだが、未確認ながら気になる情報を得ている、大本営に居る初期艦達がこの情報の精査を行なっている最中なのだ、結果は暫く経たなければ出ないと言う事だが、今、初期艦達の行動の自由を制限すればこの情報を捨てる事になる」

 

☆「引き継げばいいだけでは無いか」

 

「いや、幾つもの複雑に絡んだ要素があり、引き継ぎは難しい、艦娘部隊を日本国外で再編となれば間違いなく失われる情報だ」

 

★「そこまで言うからにはどれ程重要な情報なのか」

 

「確定はしていない、現状では推測の域を出るものでは無いという前提で聞いて欲しい、幾つかの事象から深海棲艦が艦娘部隊に対し情報収集を行なっている、と思われる状況がある」

 

☆「なに?深海棲艦とは武装はしているが、野生動物の様な物では無いのか、情報収集とは一体なにを以ってそんな推測が出てきたのだ」

 

「一つは目覚めない初期艦、二つは艦娘部隊の拠点である鎮守府周辺海域に出没する深海棲艦の意図不詳な行動、三つは増設された鎮守府の報告にある艦隊編成に初期艦を含む場合と除いた場合とでは深海棲艦の遭遇率に有意な差が出る事、四つは妖精さんが私の自宅にまで助けを求めて来た事、妖精さんは艦娘からは離れたがらない、その妖精さんが艦娘から離れ引退していた私の自宅、鎮守府から相当の距離があるにも関わらず訪ねて来た、なにか、これまでにない事態の発生を感じた、だからこそ、上部機関の査察要請を受けたのだ」

 

★「推論というのはわかった、その推論を具体的にいってくれ」

 

「軍事行動として考えた場合、情報収集を行う目的は何か、色々あるだろうが攻勢に出る、という場合もあるのではないか」

 

☆「攻勢に、でる?」

 

☆「深海棲艦が人と積極的な戦争に突入しようとしている、というのか」

 

「推論でしかない、可能性の話だ」

 

★「確証も無しにそんな事案を論じても始まらん、今この場で決定せねばならない事はそれでは無いだろう」

 

☆「そうだな、老提督の言う様に軍事行動として考えれば、脅威を煽って予算と行動の自由を確保すると言うのはどこの軍隊でも軍政として関連企業までもやっている事だ」

 

「私が、ソレをしている、と聞こえたかね」

 

列席の中には軍隊の必要性は認めつつも出来るだけ関わりたくないという業界代表もいる

 

★「そうは言わないが、ここで論じるには時間が掛かり過ぎる、この場で判断せねばならない事案なのか、ソレは」

 

☆「列席の監察官の方々の意見は?」

 

民間の代表には判断が付きかねたのか、監察官に、ここまで話を聞いているだけだった監察官に発言が求められた

監察官は主に各国の退役軍人や引退して元が付いたが嘗ては政府中枢に籍を置いた行政官や司法官、等が指名されている

 

◆「それは継続案件として処理し、現状最も重要な決定を速やかに下す事を提案する」

 

☆「監察官は、その可能性がある、と判断しているのか」

 

信じられないというより信じたく無いのだろう、民間業界の代表達は

 

◆「何にでも可能性はある、可能性だけを論じるのは上部機関の議題としては不適切だ、だが、今回の推論の論拠の一つに妖精さんの行動が挙げられた、無視するにはリスクが高い、と私は判断する」

 

☆「老提督だけでなく、二人目の老兵までもが深海棲艦の攻勢を否定しないのか」

 

◆「現時点では可能性の話だ、何もわかってはいない」

 

☆「その様な話は艦娘部隊発足時にはなかった、話が違いますな、この件は国連に厳重に抗議します、もし可能性だけで済まないのであれば、我々は海運保険から全ての資金を引き揚げる」

 

☆「それは困る、主要国の港は無保険の船舶の往来を禁じている、あのパニックを再度起こしたいのか」

 

☆「深海棲艦が攻勢に出る、そうなれば戦争状態だ、戦争に適応される保険など扱っていない、それとも船舶に対応する戦争保険に加入しろと?掛け金の支払いだけで海運事業社は破産しますな」

 

◆「可能性だけを論じるのは上部機関の議題としては不適切だ、と申し上げたが、お分かり頂けないかな」

 

★「考えてみれば、深海棲艦が数隻の群れでは無く大群を以って動いた事例はあの戦いしか無いのだな、発見から三年以上経つにも関わらず」

 

★「だからこそ、艦娘による護衛を前提とした海上輸送保険が新設され、受け付け開始を待っている」

 

★「しかし、攻勢に出るなどと云われては穏やかではいられない、保険そのものを見直さざるを得なくなる、寧ろこの艦娘輸送保険自体に商品価値が無くなるだろう」

 

☆「そういう意味では艦娘部隊との契約開始以前にこういった情報が得られただけでも上部機関に席を確保した甲斐があったというものだ」

 

「その様な話は時期尚早だ、まだその兆候らしいと思しき事象が見えたに過ぎない、推測の域を出ないのだ」

 

☆「そうはいっても、老提督はあの小規模な鎮守府に艦娘部隊の未来を見たのだろう、それを根拠に日本に艦娘部隊を残留させようとしている、我等は老提督の見た未来と、老提督の推測、何方か片方だけを承認という訳にはいかない、なにしろ双方共に根拠は妖精さんだ、あの鎮守府の妖精さんが進化していると、その妖精さんを使役する提督と呼ばれる司令官の中の司令官、それがあの鎮守府の司令官だと、だからこそあの鎮守府を手本とすると、そう言っていたではないか」

 

「……」

 

妖精さんは謎の存在、妖精さんが見える人は限られる、妖精さんと会話の出来る人は更に限られる

局所的に根強い選民思想と変に関連付けられると話が危うい方向へ突き進みかねない

妖精さんが見える、それだけで私がこの上部機関に籍を持つ事になった事にも無関係では無いが、果たしていかなる対応が最善なのか

 

◆「それについては、私からも聞きたい事があるのだが、この場で聞いても良いか、後で個人的に聞くつもりだったのだが」

 

二人目の老兵と呼ばれた監察官、彼からの発言だ

 

★「議題と関連する事案なのか」

 

◆「提督と司令官の違いについてだ、議題と関連するかと問われれば些か外れると言えるだろう」

 

☆「どちらも艦娘を指揮下に置くことの出来る人物、ということでは無いのか?」

 

◆「そういう意味合いなのだろう、しかし大本営では呼称を司令官に統一した経緯がある、それが何故未だに提督という呼称が使われているのか、その呼称の違いは何を意味しているのか、艦娘を指揮下に置く者に対しては上部機関であっても艦娘達と同一評価を用いた方が何かと都合が良いと考えるが、如何か」

 

★「艦娘はその呼称に重要な意味を持たせていると、大本営は司令官に呼称を統一し、その意味を失わせようとしたと?」

 

◆「そこまでは知りようもない、ただ一般論としては自身に理解の無い者の意見と本人に理解者と認識された者の意見とでは、重要度が大きく変わってくる、上部機関としては艦娘の理解者としての立ち位置は重要ではないか」

 

★「上部機関は人の組織だ、それも大きな範囲からの人員で構成されている、老提督の主張を基にすれば艦娘を十全な戦力として運用する組織としては不適切、大本営の轍を踏む可能性はある、と言う事か」

 

☆「そこで艦娘の理解者としての立ち位置が重要になると、上部機関は元々艦娘部隊を直接統括する為の組織では無い、間接的な支援組織だ」

 

☆「国際機関としての支援組織である事に異論はない、問題なのは現地における実働部隊がいつまで経っても実用にならない事だ」

 

☆「大本営の失態は何れ追求させてもらう事になる」

 

「それは後日幾らでもやってもらって構わない、だが、この場で決議しなければならない事案はそれでは無い」

 

★「日本の艦娘部隊再生計画の可否、か」

 

◆「それを議決する前に私の質問の答えが欲しいのだが」

 

☆「司令官と提督の違いか、艦娘達はどう言っているのだ」

 

「艦娘達は提督の事を初期艦と同じ様に妖精さんと会話できる者と定義している様だ」

 

★「司令官は?」

 

「多くの艦娘と同じ様に妖精さんが見える者だと聞いている」

 

☆「つまり、妖精さんと会話の出来るモノが艦娘なら初期艦と人なら提督と呼称されていると」

 

「そう言う事になる」

 

☆「その定義で判別すると老提督はどうなるのだ」

 

「私は司令官になるだろう」

 

◆「私もそうなるな、私も妖精さんと会話は出来ない」

 

二人目の老兵が続けて答えた

 

☆「しかし老提督は艦娘から提督と呼ばれているではないか、これはどういう事だ」

 

「それは艦娘達に聞かなければわからない、ただ、いつだったか艦娘に問われた事がある、本当に見えているだけなのか、と」

 

★「それは、どういう?」

 

「わからない、私には心当たりがなかったから、見えているだけだと答えたのだが、それを聞いた艦娘は不思議そうにはしていた、もしかしたら艦娘達には何か私が見えているだけでは無いと判断する事象があったのかもしれない、私には心当たりが無い事だが」

 

これを聞いた列席の代表達は何やら考え込んでしまった、正直に答え過ぎただろうか

 

◆「私から提案があるのだが、聞いてもらえるかな」

 

二人目の老兵の発言だ

 

★「議題と関連するのなら、聞こう」

 

◆「日本の艦娘部隊再生計画を承認するのであれば、是非に我が合衆国の提督も参加させてもらいたい、承認しないのであれば、その計画を我が合衆国で実施さてもらいたい」

 

★「なっ、アメリカが、艦娘部隊を運用すると、いうのか」

 

代表から驚きの声が上がる、無理もないアメリカは艦娘部隊には否定的だ、最強の航空打撃部隊を多数保有するアメリカは深海棲艦を公海上から駆逐出来ると主張している、ただ、その予算を国連加盟国が負担する様にとも再三に渡り要求を出している

今になって艦娘部隊の運用に舵を切る動機がわからない、代表達にはアメリカの思惑が読み切れないのだろう

それよりも私には気になる言葉があった

 

「合衆国の提督、とは?アメリカに鎮守府は開設されているが、艦娘は所属していないだろう、現状は研究機関という位置づけだと聞いているのだが」

 

◆「公開のタイミングを計っていたのだ、この議場なら有意な公開になりそうだ」

 

★「有意な公開?」

 

◆「そう、我が合衆国は艦娘の建造に成功した、最早艦娘保有国は日本だけでは無い、そしてこの建造には今の話に出てきた提督が深く関わっている、老提督が艦娘部隊の未来を見たと評した提督だ、その提督が我が合衆国の鎮守府にもいるのだ」

 

これを聞いた代表達は一様に呆気に取られていた、余りの想定外な情報公開に思考が追い付かないらしい

 

★「まて、いきなりそんな重大事項を持ち出されても判断出来ない、それはこの様な臨時開催の上部機関の議題では無い、正式に各方面の代表を招集して慎重に議論すべき事案だ」

 

☆「それは同意するが、この議場での決議まで保留とは行かないだろう」

 

代表達の話を聞いてやっと思い当たった、二人目の老兵、私の旧い友人が力を貸してくれた事に

監察官として大本営入りした幾人かには短い時間ではあったがこちらの事情と状況を簡潔に説明した、時間が少な過ぎてどこまで理解してもらえるのか不安ではあったが、十分に理解を得られた様だ

 

☆「老提督の意見は?」

 

「私の意見は先に述べた通りだ、日本の艦娘部隊再生計画を上部機関にて承認してもらいたい」

 

★「そこにアメリカが関与する事に異論は無い、と」

 

「艦娘部隊は国際機関だ、日本が単独で運用している訳では無いし、単独で運用して良い部隊でも無い、上部機関の承認が得られるのであれば異論は無い」

 

代表達は一様に考え込んでしまった、様々な状況を想定し予測を立てているのだろうが、一人の頭で考えつく事は自身で思っている程多くは無い

 

★「取り敢えず、艦娘部隊の再生計画は承認する事になるだろう、異論をお持ちの代表はいるか」

 

代表達は沈黙を守った

 

★「では、論点はその計画を日本とアメリカ、どちらで実施するか、になる」

 

これを聞いても代表達は沈黙を守った、どうやら判断がつかないらしい

 

☆「監察官の方々の意見は?」

 

再び監察官に発言が求められた

 

◆「ここまでの話から判断すると、日本で実施した方が良い様に思う、何と言っても日本には老提督がいる、老提督は妖精さんだけでなく艦娘からも支持が厚い、こちらの老兵、監察官にもそこはお分かりの筈だ」

 

この発言をした監察官、彼も退役軍人だ、私は顔を見知っている程度でしか無いが、こちらの説明を理解してくれた様だ

 

☆「そうか、アメリカが艦娘の建造に成功したといってもその数が日本にいる艦娘の数を超えるには時間が掛かる、再生計画を日本で実施し、そのノウハウをアメリカで拡大展開する、アメリカにはその準備期間に充ててもらえれば、艦娘部隊は一気に拡充出来る」

 

◆「その発言は確と本国に伝えよう」

 

二人目の老兵、私の旧い友人は代表の言葉に些か気分を害した様子だ

それに気がついたのか民間の代表は慌てて口を噤んだ

 

★「では、老提督より提起された計画を承認する代表は挙手して頂きたい」

 

この議場で議決権を持つ代表からは反対者は出なかった、監察官は議場にはいるが、議決権は持っていない、大本営という場所に集まった為に議場に参列してはいるが、代表達とは大本営に集まった目的が異なるからだ

 

◇「その再生計画には我が国からも参加者を出したい、よろしいな」

 

◆「よろしくないな、先ずは参加理由を述べてもらいたい」

 

突然監察官の一人が発言した、それに応じる私の旧い友人

 

◇「艦娘部隊は国際機関だ、参加を拒否する理由こそ述べるべきだ」

 

◆「老提督の主張によれば大本営の失態の大半は人の組織として艦娘部隊を運用した事に起因するモノだ、艦娘部隊は艦娘を運用する為に特化すべきだと、私は理解した、それが参加理由問い、無闇な参加を拒否する理由だ」

 

★「確かに、無闇な参加は大本営の轍を踏みかねない、上部機関でさえその可能性があると指摘されているのだ、参加するのであれば相応の理由と大本営の愚行を犯さない方策を提示してからにしてもらいたい」

 

◇「アメリカは如何なのだ、示されていないでは無いか」

 

この監察官話を聞いていなかったのか、いや、計画への参加を強引にでも捥ぎ取るつもりなのだろう

 

☆「アメリカには提督がいる、艦娘の建造に深く関わった提督だと、こちらの老兵が証言している、こちらの老兵が老提督に続いて妖精さんを見る事が出来た二人目の人である事は、貴方もご承知の筈だが」

 

◇「それが何だというのか」

 

この監察官、聞く耳を持たないらしい、艦娘部隊にそこまで執着させる動機はなんだろうか

 

★「監察官、失礼だが、貴方の役割は大本営の監査であって上部機関の決議へ注文を付けることではない、その主張はこの議場では無く、本国から直接艦娘部隊に対して行って欲しいのだが」

 

◇「この議場では受けられない、と」

 

★「そもそもこの議場は老提督の提案の可否のみを決議する場だ、監察官らの情報公開やら主張やらはこの議場では扱えないのだよ」

 

◇「では、その扱える場において提起する」

 

★「そうしてもらいたい」

 

ようやく落ち着いたか、あの監察官、確か常任理事国の一つから来ている監察官の筈だが、資料でしか知らない相手だ

 

 

 

 




★、代表の発言、元軍人or元政府高官
☆、代表の発言、民間業界代表
◆、監察官の発言、退役軍人、国家代表としての側面もある
◇、監察官の発言、元上級官僚、国家代表に近い立場
●、日本政府代表の発言
無印、老提督の発言


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ー5期ー
46 具合はどうかな


 

 

 

 

 

「具合はどうかな、叢雲ちゃん」

 

入渠場から出たら先任の漣に聞かれた

 

「悪くはないわ、それより、何があったの?」

 

言いつつ工廠を見回す、入渠前と様変わりし過ぎている工廠、色々と年季が入っている様な雰囲気はあったが、ここまで乱雑ではなかった、最早戦場跡と言って良いくらいだ

 

「はは、まあ、色々あってね、兎に角叢雲ちゃんが無事で良かった、叢雲ちゃんになんかあったらやまちゃんが……」

 

何故そこで言葉を濁すのか、先任の漣はどうしてそこで言葉を止めるのか

 

「大和が、なに?」

 

「いや、コッチの話、叢雲ちゃんは部屋に戻ってゆっくりしてて」

 

なにその気になる笑い方は、このまま引き下がらない方が良さそうだ

 

「漣はこの後どうするの?」

 

「ここの後始末がある、妖精さんを総動員したからね、工廠の機能を回復させないと遠征隊に睨まれちゃう、軽巡達も黙ってないだろうし、まあ、なんとかなるよ」

 

「他の初期艦は?入渠場から見えたけど、集まってたでしょ」

 

「あー、ははは、……」

 

なに?なにを隠してるんだ漣は、そんなに私に聞かせられない話なの

 

「手伝うわ、手数は多い方が良いでしょうから」

 

このまま退いていられない、無理にでも手出ししてやる

 

「あー、そう言ってくれるのはありがたいんだけど、取り敢えず部屋に行ってもらえないかな、多少の待ち時間はあるかもだけど、次の指示が来ると思うから」

 

「?次の指示」

 

「そう、叢雲ちゃんの入渠は漣の想定以上、有り得ない程の情報が得られた、一組とざみちゃんでその整理をやってる最中なんだ、幾つか確認したい事もあるし、ソコソコ纏まったら話があると思う、コッチの後始末は一号と三組で当たってる」

 

「大和と天龍達は?」

 

あそこまで付き合っていながらこの場に居ないとか、なんか不自然なんだけど

 

「あー、それを話し出すと長いから、其の内って事で、イイかな」

 

ヨクナイ、とてもヨクナイ、しかし話が長いといわれれば、昨晩の例がある、本当に長いのだろう

 

「結論だけ、でイイわよ」

「はぁ、結論ね、それ聞いたら部屋に行ってね」

 

溜息と共にショウガナイ感を出しながら言う先任の漣

 

「四人揃って監察官に連行された、今頃調書を取られてると思うよ」

「はぁ!?ナニソレ、連行ってどう言う事なの?!」

「いや、だから、結論だけ、さあさあ、部屋に行って大人しくしてて頂戴な」

 

話は終わったとばかりに工廠から追い出されてしまった

私が入渠してる間に一体何があったの?

 

 

 

 

 

仕方無しに部屋に戻った

部屋は普段通りで何も変わっていない、いや、違った、大和が居ない、この部屋で大和と一緒ではない時間は初めてだ

同居する時に貰った鍵も、考えてみれば初めて使った

入渠する時に持っていたとはいえ、そのまま入渠後にも持ったままなのは、どうなんだろう

確かにこの鍵は妖精さんの造りでは無い、人の作った物だけど、こういうのって異物混入とかで問題にならないのかな、今回はならなかったけど、通常の入渠だとどうなんだろうか

そこまで考えて、自分が入渠について然程の知識を持っていない事に気がついた

こんなの初歩の初歩じゃないのか?

以前、誰かに初歩にも届いていないと評された覚えはある

こういう時には妖精さんに聞けば良い、そう考えていた

 

でも、今はそれで良いのか、疑問に思う

試しに妖精さんに聞いてみた、答えは'問題無い'だった

妖精さんの答えは簡潔だ、解釈の違いなんて有り得ない

だから、そのまま受け取れば良かった

妖精さんだって普通に話をする、初期艦は妖精さんと会話が出来る艦娘の呼称だから妖精さんが普通に話をしないなんて事はない

 

鎮守府では妖精さんと良く話してた

鎮守府の艦娘達は其々に任務があり滞在しているだけの私とは時間の使い方が違ったからだ

端的に言えば私の相手をしていられる時間の都合が付けられたのが妖精さんだけだった

所属艦娘でさえ時間の都合が付かないのに更に多忙な司令官なら、他の都合を遣り繰りしなければ私と話す時間など無かっただろう

思えば無理な事を言っていたんだと今更思い当たる

 

所属の見込めない艦娘にあれだけ時間を割いてくれたのは、司令官の叢雲が関係しているからだと思う

そう思うから、司令官は自分の初期艦を大切にしているのだと、すぐにわかる

私はソレを継ぐように頼まれた、司令官の叢雲から

私はその頼まれ事を引き受けた、司令官にそう伝えた

司令官は直ぐには応えなかった、妖精さんと話してた

司令官は提督だから妖精さんと直接会話が出来る

提督は初期艦と同様に妖精さんと会話の出来る存在

艦娘なら初期艦と呼ばれ、人なら提督と呼ばれる

初期艦は公称だけど、提督は俗称だと聞いている

私は提督より司令官の方が呼び易い

私が駆逐艦だから、だろうか、その理屈なら司令官では無く司令になる筈なんだけど

 

ああ、早く司令官の許に帰りたい

でも、直ぐには駄目だ、現実は疑問だけは沢山ある状態、これでは司令官の許に帰っても何も出来ない

今も部屋で待つように云われて待っているだけ、漣は私の入渠時に得られた情報の精査をしたい様だったけど、それは漣の目的であって私の目的では無い

もちろんそれに協力するのは悪いことでは無いと思う

だけど、私の目的では無い、それが問題だ

吹雪に指摘された現状を測れるだけの知識、言い換えれば自身の行動を決める前提

この欠如が私をこの部屋に留まらせている、これが問題だ

この問題を解消しなければ私は司令官の許に帰れない、司令官の叢雲を継ぐ事は出来ない

司令官の叢雲は戦艦の短期錬成など駆逐艦の枠に囚われない行動を起こしている

こういった行動力は揺るぎない前提が有ってこそだと思う

揺るぎない前提、今の私には持ち得ないモノだ

 

そもそもそこまでの前提は必要かと疑問に思ってしまう

やはり、疑問だけは沢山ある状態、になってしまう

吹雪の指摘は知識不足、果たしてそれだけだろうか

電は経験の重要性を言っていた、これも私には不足している

なんだか、私には不足しているモノばかりだ

かといってなにも無い訳でもない

ん?私にはなにがあるんだろう、自分で自分の事までわからなくなってしまったか

こういうのを考え過ぎとか無限思考?回廊?とかいうんだっけ

 

ちょっとお茶でも淹れて気分を入れ替えよう

 

 

 

 

 

お茶を淹れてゆっくりしていたらドアフォンから呼びだしの電子音が鳴った

出てみると漣が誰かに持ち上げられているのが映っていた、多分一組の漣だと思う

 

「やあ、迎えにきたよ、お話があるから一緒に来てくれるかな」

 

相変わらずのお気楽さを見せる一組の漣

漣を持ち上げている背の高い人は誰だろう、長い金髪が映っている、服装から察するに外国の軍人さんの様な感じだけど

 

「一緒にいるのは?」

「お仲間だよ、アメリカのね」

「?」

 

アメリカのお仲間?艦娘部隊の人という事だろうか、兎も角漣達を待たせても仕方ない

早々に出掛けよう、先任の漣言う次の指示ってコレだろうし

 

 

 

 

 

「紹介しておくと、こちらはあいちゃん、アメリカで建造された艦娘、しかも戦艦だってさ」

部屋から出て漣等と歩き出したら早速紹介された、のは良いんだが、漣は今なんと言った?アメリカで建造された戦艦?

 

「あら、そんなに驚く事?」

 

思わず歩みを止めてしまった私に不思議そうに聞いてくる、外国の軍人さん

いやだって、艦娘に見えない、人にしか見えないんだけど、どう言う事なの?

まさか入渠でどこか悪くしたかな

 

「あー、わかるよ叢雲ちゃん、あいちゃんが艦娘に見えないんでしょ、でもあいちゃんは間違い無く艦娘だ、そこは漣達がシッカリ確認したから間違いない、それにやまちゃんを力尽くで押さえられる人はいないからね」

 

漣まで立ち止まって説明を入れて来た

ちょっと待って、大和を力尽くで押さえたって、何の事?

 

「その辺の話は長くなるし、取り敢えず部屋に行こう、叢雲ちゃん」

「えっと」

 

どうしようかと思ったらあいちゃんが手を出してきた、もしかして大和言う所の曳航ってヤツかな

 

「私はアメリカの鎮守府で建造された戦艦のアイオワ、よろしくね、叢雲」

 

違った、ただの握手だった

 

「私は叢雲、艦種は駆逐艦で初期艦、ってアイオワ?アイオワ級戦艦のネームシップ?」

「そのアイオワだけど、何故そんなに疑問形なの?」

 

握手しながら物凄く怪訝な表情をされてしまった

 

「えっと、アイオワって保存艦だと聞いてるんだけど」

「まーまー、色々聞きたい事も疑問な事もあるだろうけど、ここで立ち話するより、向こうでゆっくりと話そうよ」

 

漣が私達の背中を押すようにして部屋に向かった

 

 

 

 

 

二人について行き、入った部屋には漣と五月雨と電がいた

先任の漣は一組とざみちゃんと言っていたから、この五月雨と電は一組の二人か

 

「おかえりー、ちぃ姉様、食事は済ませて来ました?」

 

こちらを見つけた桃色兎から相変わらずなお気楽な声がかかる

 

「軽くだけどね、あんまり叢雲ちゃんを待たせても仕方ないし」

「間食を摘んだくらいだわ、ここには買い置きとかないの?」

 

あいちゃんの指摘に一組の漣がスナック菓子で一山作った

 

「こっちも食事に出てきます、ちぃ姉様、後よろしく」

 

いつでもどこまでもマイペースな桃色兎

 

「食事?そういえばお腹が空きました、話が長くなるだろうから今の内に食堂に行こう、電」

 

思い出した様に、独り言の様に零したのは五月雨だ

 

「はい、行きましょう」

 

五月雨の誘いに応じる電、ちょっと待って、二人共私とは初対面なんだ挨拶ぐらいさせて欲しい

 

「二人共ちょっと待って」

 

そう思って声を掛けたんだが、聞こえなかったのか五月雨と電は私達と入れ替わる様に部屋を出て行ってしまった

 

「……」

 

聞こえなかったのか、敢えて無視したのか、予想していなかった二人の対応に戸惑ってしまった

 

「あー、気を悪くしないでね叢雲ちゃん、ウチの五月雨が鎮守府の調査以来変わったって話はしたでしょ、今のウチの五月雨は電以外の声が入らなくなってる、当初は誰の声も入れなかったけど、電がどうにかこじ開けたんだ、おかげで一緒に居ただけの漣の声も幾らかは入るんだけど」

 

私を迎えに来た一組の漣が申し訳なさそうに言ってくる

 

「先任の電は一組の電と違って、その程度の基準しか持ち合わせて居ないのならそれまでなのです、ってね、それで一組の電と見解の相違ってヤツでさ、プラズマ状態になるまで縺れちゃってるんだよ、お陰で一組の電まで他の初期艦とは一線を引いた感じになっちゃった」

 

桃色兎が続けて言って来た

なんだろう、一組の漣が漣とは思えない表情をしてるんだけど、同居を始める前の大和が見せた様な顔なんだけど

 

「天龍が珍しいと言ってたのは、漣も普段はあの二人と行動しているから、という事?」

 

何時迄も戸惑ってもいられないから話を振ってみる

 

「まあ、そういう事」

 

アッサリと返されてしまった

 

「ちぃ姉様のおかげで漣は一組のさみちゃんとも仲良く成れました、後は天龍が二組を連れて来れば二組のさみちゃんとも仲良しさんになってコンプリートです」

 

桃色兎のそれは、一体なんだ?

 

「コンプリートって、そういう場合にも使うの?」

 

あいちゃんが不思議そうにしている

 

「漣の言語は日本語とは別と考えた方が良いわよ」

 

思わず声に出てしまった

 

「それはどういう意味で言ってるん?叢雲ちゃん?」

 

しまった、ダブル漣の追求が始まりそうになってる、コレはいけない

 

「漣の独特な個性は容易に理解できないって事、それ以外にどう思ったの?」

「……そういわれては、仕方無い」

 

危なかった、漣にステレオで捲し立てられたら反論どころでは無くなってしまう

 

「??」

 

あいちゃんには理解できなかった様だ、世の中には理解しなくていい事も沢山あるんだよ

 

「で、話と言うのは?」

 

変に揺り戻しが来ない内に本題に入って貰おう

 

「そうだね、どれから聞きたい?」

 

一組の漣はそう言うが、そんなこと聞かれてもどんな話があるのかさえ知らないんだけど

 

「順を追っていけば良いんじゃない?アレコレ話す事は多いいんだし」

 

あいちゃんから助け船かな

 

「叢雲ちゃんは、それで良い?」

 

一組の漣が聞いてくる

 

「良いわ、そもそも何の話が出てくるのかわからないし」

「漣は食堂へ行って来ます」

 

言うが早いか桃色兎は五月雨と電の後を追って行った

 

 

 

 

 

 




登場艦娘

研修中の叢雲
教導艦の大和、老提督の秘書艦も兼務してるハズ、やまちゃん呼びされてる

先任の漣、最初の初期艦の一人、桃色兎からは御姉様呼びされてる
先任の電、最初の初期艦の一人

三組の漣(桃色兎)、ざみちゃん呼びされてる

一組の漣、桃色兎からはちぃ姉様呼びされてる
一組の五月雨、改修済み、鎮守府の調査以降変わってしまった、41話参照
一組の電、一組の五月雨の理解者、行動を共にしている、先任の電とは考え方の相違が表面化している

二組の五月雨、二組の初期艦は諸般の事情により別行動中、43話参照

天龍達、大本営には三隻の天龍がいる、遠征隊統括艦娘

アイオワ、アメリカの鎮守府で建造された戦艦種の艦娘、あいちゃん呼びされてる



登場人物

老提督
・研修中の叢雲からは視察官、一期で視察官として鎮守府に来ている時が初対面だったから
・最初の初期艦からはじーちゃん、お爺さん、艦娘部隊発足前から色々あった経緯から
・稀に最初の人、艦娘の言う妖精さんを見る事が出来た最初の人
・一組の漣からは提督呼びされてる

監察官
老提督の決断により上部機関より派遣された、退役軍人、国家代表、元上級官僚、という方々


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47 入渠の予備調査から始まった

 

 

 

 

 

漣の話は入渠の予備調査から始まった

その時点で駆逐艦ではあり得ない量の資材が必要と見込まれたそうだ

思わず先任の漣がボリ過ぎと文句をつけたのだが、妖精さんは'お前らの無茶ぶりを実行するんだぞ''資材をケチるとは何事だ'とゲキオコだったらしい

妖精さんが言うには'そもそもこの艦娘は入渠以前に適正な改修を実行されてなきゃならない''そこをすっ飛ばして入渠させようってんだから資材くらいケチっちゃいけねぇ'と大量の資材が必要との見積りの正当性を主張したそうだ

そう言われてしまえば確かに先任の叢雲を改修素材にした改修を実行していない、妖精さんの指摘はコレを言っている事は明らかだ、艦娘の状態について妖精さんに隠し事など出来る筈もなく、早々に白旗を上げる羽目になったんだとか

 

妖精さんの見積りをそのまま通した理由のもう一つが、私に仕掛けられたという先任の叢雲の支援、コレが妖精さんにも特異な代物で読み解くのに難儀したとか、読み解いた結果このまま入渠を続行せず途中停止した場合この仕掛けが全て無力化してしまう事が判明、言い換えれば先任の叢雲が苦心して仕掛けた支援を捨てる事になりかねない

それはさすがに漣達にも許容出来なかった、先任の叢雲の仕掛けを捨てさせた初期艦なんて只のドロップ艦、この先幾らでも拾える初期艦の為にこんな大掛かりな準備をしたんじゃない、という事らしい

 

まあ、分かっていた事ではあるけれど、先任の叢雲との約束事が無ければ私って只のドロップ艦なのよね

大量の資材については大本営の資材庫から調達、遠征隊を統括している天龍達が居たからコレは問題にならなかった

資材庫から入渠場に運ぶ手間が必要になったがそれは大和が買って出てくれた事で解消された

私は予備調査の途中から意識が無かったからこの辺りの事は全く知らない

大和が運び込んだ大量の資材が入渠場に投入され、修復が始まった

 

その様子は普段から入渠を活用している天龍達から見るとかなり異様だったらしい

あまりの様子に天龍達は顔面蒼白で大和は漣達に詰め寄ったそうだ

しかし漣達はそれには取り合わず入渠は順調に工程を消化中とだけ答えたんだとか

暫くして入渠場の異様な動きも落ち着いた頃、修復と妖精さんの整理が始まった

余剰な妖精さんが艦娘から離れ工廠の妖精さんに成っていく筈なのだが、漣達は入渠場に仕掛けを配置して離れてきた妖精さんの確保を行なった

 

結果、不活性化されていた元艦娘妖精がそれなりの数確保され、工廠の妖精さんにより隔離されることとなった

一部不活性化が解けていたがそこは圧倒的な数で押し切ったらしい、何しろ現状では工廠の妖精さんは居場所に困る程工廠内に溢れている

この隔離した元艦娘妖精は工廠の妖精さんにより検証と説得、可能なら艦娘妖精への復帰を促しているそうだ

その過程で得られた話が先任の漣の言うあり得ない程の情報というわけだ

 

因みに、工廠の妖精さんが言うには本来何らかの手段が用意されていた筈、それを何の準備も無い所から急場でやれなんて事になったからこんな大量の資材が必要になったんだとか

 

入渠の目的である私の修復は順調に進み終了した

 

 

 

 

 

「で?どんな話が出てきたの?」

 

私の修復は問題無く終了という事なら興味はあり得ない程の情報に向く

 

「あら、叢雲ってばそっちを優先するんだ」

 

なぜか、あいちゃんと呼ばれてる外国の人が意外そうに聞いてきた

 

「そっち?何か他の話があるの?」

「漣の話には大和や天龍の事が出てきてない、そこに疑問はないのかな?」

 

言われてみればその通りだ、工廠で先任の漣が明から様に誤魔化した大和と天龍が連行されたって所が全く無い

漣を見れば明らかに余計な事を言ってくれるなといった感じで苦い顔をしていた

 

「えっと、取り敢えず隠し事はしても無意味だし、叢雲ちゃんにも現状は把握してもらいたい、ただね、色んな事象が多過ぎで、どれから話せば良いのやら……」

 

コッチの視線を気にしてか漣がなんか言い出した

 

「時系列で話していけば良いじゃない、より詳細な説明が必要なら後で追加すれば良いんだし」

 

あいちゃんからのは助け船ではなく、主張らしい

 

「その時系列での説明をするには先ずあいちゃんの事を知っている事が前提になるんだけど、簡単には説明出来ない」

 

「あいちゃんの事?」

 

この外国の軍人さんの事だろう、あいちゃんと呼ばれ自身をアイオワ級戦艦のネームシップと名乗った艦娘、未だ私には艦娘に見えないが

 

「話としては複雑なんだ、あいちゃんはこれまでに存在していない人との混在種、あいちゃんは元は人なんだ、なのに今は艦娘になってる、アメリカの鎮守府で艦娘部隊が人を艦娘にしてしまったってコトだからね、アメリカの提督は人を艦娘に造り変える事に協力と言うかソレを指示、乃至命令したって事になる、妖精さんはソレを実行した、第三者によっては提督と妖精さんが共謀して人を兵器に造り替えたって取られるかも知れない、これまでは人と艦娘は完全に別の存在だったから艦娘部隊として成立出来た、でもこれからは人と艦娘は同一の存在に成っていく、少なくともその方向へ進んで行く事になってしまった、これを人が何処まで受け入れられるのか、そして艦娘はこれを許容出来るのか、深刻で厄介な問題になりそうなんだよね」

 

いつになく真剣な表情で言う漣

 

「叢雲、難しく考えさせようとしている漣の言い分なんて半分も聞かなくて良いわ、何しろもう一人の漣はアメリカの妖精さんの協力があれば確実に眠り姫を起こせるって喜んでるんだから」

 

「え?眠り姫?司令官の叢雲の事?」

 

突然出てきた眠り姫と言う単語、それを口にしたのがアメリカの艦娘という事に驚いてしまった

 

「そうよ、貴方に妖精さんを譲ったという叢雲、もう一人の漣は艦娘から人に創り直す事で眠り姫を起こそうとしている、私の逆パターンね」

「出来るの?そんな事」

 

半信半疑というより疑いしかないんだけど

 

「私が人から艦娘に成れている、眠り姫が艦娘から人に成れないとする論拠は無い、妖精さんにしてみれば変換でしかないからね、建造の様に資材から人を作れって話じゃないんだし、出来るでしょ」

 

酷く簡単にいうあいちゃんに違和感を感じずにはいられない

 

「変換って、そんなに簡単な話では無い、と思うんだけど」

「艦娘にはね、実行するのは妖精さん、何とでもなるでしょう」

 

簡単に言うあいちゃんから漣に視線を向けると、何とも言えない表情を見せていた

 

「人と艦娘の間にある境界線、今ではあったと過去形になりつつあるけど、これを除くのは得策では無いと漣は考える訳なんですが、その辺アメリカでは問題にならなかったの?」

「アメリカで人種の違いなんて気にしてたら差別主義者のレッテルを貼られるわ、それに私は合法的にアメリカ市民で国家に忠誠を誓った軍人でもある、誰が何を問題にするって言うの?」

「……なんかの擁護団体とか、他国の武力は見えないけど自国の非武装には熱心な平和主義を自称する方々とか?」

 

遠慮がちにいう漣

 

「それ、日本の事情よね、アメリカでは市民が武器を持つ権利を保障している、開拓時代の名残りの悪法という人もいるけれど、戦って勝ち取ったからこそアメリカは独立出来た、そこまで否定するアメリカ市民はいないわよ」

 

「それぞれのお国の事情はそのくらいにしてもらうとして、司令官の叢雲を人として作り直して起こすって、本気で言ってるの?」

 

漣とあいちゃんの話は別でやってもらいたい、私には関係の薄そうな話だし

 

「先任はそのつもりだよ、前にも別の方法で起こせるかも知れないって言ってたでしょ、その別方法ってのが、ソレだしね」

「その方法は理屈だけじゃなかったの?まだ可能性が見えて来たって所じゃなかったかな」

「あいちゃんの建造でソレが可能性では無くなった、そういう事」

 

「ふーん、日本の艦娘も検討はしていたんだ」

 

感心した様にいうあいちゃん

 

「あの戦いで生き残った艦娘達をどうするのかって所が検討の起点なんだけどね」

 

アッサリ言う漣になんか違和感を感じる

 

「三組の漣が聞いてた話と違うとか、文句言ってた様な覚えがあるんだけど」

 

取り敢えず突っ込みを入れておく

 

「そうなの?」

 

漣に聞くあいちゃん

 

「よく覚えてるね叢雲ちゃん、漣達が試行していたのは艦娘から妖精さんを減らしていって最終的に人の形だけ留めること、それで人として生きていけるか検証しようとしてたんだ、あいちゃんの建造は妖精さんが着いてない人に妖精さんを追加していって、最終的に艦娘に仕上げること、方向は逆なんだけどね、どちらも妖精さん次第で可能という結論になった、人の艦娘化はあいちゃんという実例がある、艦娘の人化はこれから実施されるだろうね」

「司令官の叢雲が実例になると?」

「先任はそのつもりだし、反対しそうな人って誰かいる?」

 

私の疑問を漣は想定していなかったらしく意外そうな顔を見せている漣

 

「司令官が拒否するわ」

 

なぜか漣とあいちゃんが私に驚きの目を向けて来た

 

「えっ!?司令官って佐伯司令官が拒否するって事?なんで?!」

 

漣が疑問しかないって感じで迫って来た、それを押し返しつつ言い返す

 

「司令官は自分の初期艦が実験めいたなんだかわからない案件に使われるのを嫌っている、私が提案した改修だって元は司令官の叢雲からの発案なのに実行を躊躇った、最終的には妖精さんからも事情を聞いて実行に踏み切ったけど、実施前に私を自分の鎮守府へ着任出来る様に手を打ってる、改修した後で自分の鎮守府に着任出来ないとなったら司令官は初期艦を失っただけになってしまう、それは司令官にとっても鎮守府にとっても手痛い損失になる、それを避ける為に私を改修せずに大本営の研修に出したのだから」

 

「ん?つまり、司令官に艦娘の人化をキッチリ説明してもメリット無しと判断されたら拒否されると?」

 

押し返してるのに未だ迫ってくる漣、なんでそんなに迫ってくるのか

 

「司令官の叢雲を人に作り直すとして、そこにどんな意味が?本人が改修素材にする様に私に言ってきてるのだから、司令官の叢雲だって人に作り直してもらいたいかどうかわからない、そして司令官の叢雲は工廠の妖精さんによって維持されているだけの状態、本人に意思確認も取り様が無い、これで本当に司令官の叢雲を人に作り直すの?」

 

「うーん、叢雲の言う通りなら、その眠り姫を起こす事には問題がありそうね」

 

あいちゃんという意外な所から同意が来た

 

「あいちゃん?」

 

漣が迫ってくるのをようやく止めてあいちゃんに疑問の視線を送る

 

「本人の意志表示として最後に確認出来たのは、改修素材として使われる事なのでしょう、それを無視してまで人に作り直すというのは、実験と云われても否定できない、と私なら判断する、日本の医療基準ではどうなるのかしら」

「医療基準?」

 

疑問の視線のままいう漣

 

「艦娘にとって工廠は医療機関でありそこで行われる全ての行為は医療基準を参考に設定する様に、ウチの鎮守府では司令官がそういう決定を下してる、お陰で工廠の内装が医療機関に準拠した物に変更された、あの時は妖精さんも興味津々で見物してたしね」

 

これを聞いた漣が感心した様な顔を見せる

 

「アメリカはアメリカで色々と進めているんですな、日本の鎮守府なんて一号が提案したまま何も変更が加えられていないのに、随分と違うものです」

 

「一号が提案したまま?」

 

最初の鎮守府を設計したのは最初の初期艦の五人だと聞いてる、妖精さんの協力もあっただろうけど人にはそう理解されているハズ

 

「そうだよ、一号の初期艦が最初の鎮守府を設計してそのまま開設して、今日に至っている、増設された鎮守府も最初の鎮守府の設計をそのまま使ってるし、運用から変更を提案すべきなんだろうけど、そこまで手が回ってないのが現状なんだ、アメリカを見習わないといけないね」

 

「なら、提案したら良いじゃない、丁度鎮守府の大規模増設する所なんでしょう、時期的にも良いんじゃないかな」

 

あいちゃんが気軽に言ってくる

 

「そうなんだけどね、問題はなにをどう変更するのか、具体的な提案が出来ないって所でね、困ったものです」

 

「そういうのを集める為に鎮守府を増設したんじゃないの?」

 

以前に聞いた鎮守府の増設理由を言ってみる

 

「理屈はそうなんだけどね、想定外に司令官達が大本営の官僚達と仲良くなってしまってその辺りの思惑はハズレたんだよね、箱の中で遣り繰りするのは日本の官僚達にはお手の物な事だけは良く分かったけど、艦娘部隊の運営という観点からすれば毒にも薬にもならなかったよ」

 

「日本の官僚が保守的なのは聞いた事がある、けれどそれは悪い事ではないでしょう、革新的な官僚なんて野心を滾らせる政治屋より質が悪いわ」

 

なにか思い当たる事でもあるのか、心底嫌そうに吐き捨てる様なあいちゃん

 

「おや?アメリカでも何かあったんですか?」

 

なんだろう漣がとても興味深々に聞いてる

 

「……なにもないわよ」

 

あいちゃんの返答は素っ気なくそれ以上聞いてくれるなと、言外に主張していた

 

 

 

 

 

 

 

 






登場艦娘

研修中の叢雲
教導艦の大和、老提督の秘書艦も兼務してるハズ、やまちゃん呼びされてる

先任の漣、最初の初期艦の一人、桃色兎からは御姉様呼びされてる
先任の叢雲、最初の初期艦の一人、目覚めない事から眠り姫とも呼ばれてる

最初の初期艦は一号の初期艦とも呼ばれる

三組の漣(桃色兎)、ざみちゃん呼びされてる

一組の漣、桃色兎からはちぃ姉様呼びされてる

天龍達、大本営には三隻の天龍がいる、遠征隊統括艦娘

アイオワ、アメリカの鎮守府で建造された戦艦種の艦娘、あいちゃん呼びされてる


登場人物

老提督
・研修中の叢雲からは視察官、一期で視察官として鎮守府に来ている時が初対面だったから
・最初の初期艦からはじーちゃん、お爺さん、艦娘部隊発足前から色々あった経緯から
・稀に最初の人、艦娘の言う妖精さんを見る事が出来た最初の人
・一組の漣からは提督呼びされてる

アメリカの提督
アメリカの鎮守府に着任している司令官、但し扱いは研究施設で実態として鎮守府とは異なる

佐伯司令官
一期の鎮守府の司令官、先任の叢雲を保護している、現在日本周辺海域の深海棲艦対応に追われてる
研修中の叢雲が司令官と呼んでる人


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48 前提の話は終わりかしら

 

 

 

 

「それで?前提のあいちゃんの話は終わりかしら」

 

あいちゃんの話を引っ張る事もないだろうから話を進めてもらおう

 

「まあ、色々と問題があるって事だけ分かってもらえれば取り敢えずは、叢雲ちゃんはどれから聞きたい?」

 

なんだか漣は話す気が有るのか無いのか、もしかして単に面倒臭いって思ってるんじゃ無いでしょうね

 

「どれって、そんなに困る程沢山あるの?」

 

取り敢えず探りを入れてみる

 

「えーと、ざっと見積もっただけでも、天龍達の話にやまちゃんの話に海兵隊の制圧行動の話に入渠場の動力停止に元艦娘妖精の確保の話にそこから出て来た話に、未だ未だあるけど、どうする?」

 

あっ察した、この屁理屈兎ジャンケンか何かでこの話をする役を押し付けられたな、私に聞こえて来ていない話は端折る気満々だ

 

「漣は叢雲を混乱させてどうするの、順序立てて話せば良いでしょ」

 

あいちゃんは時系列で順番に話せば良いとの主張に問題があるとは思ってない様子

 

「順序、ですか」

 

漣はソレに異論がある、らしい、繰り返されるあいちゃんの主張に乗る気配がない

 

「そう時系列で順序立てて行けば良いじゃない」

「じゃあ、あいちゃんに任せた、ヨロシク」

「はい?」

 

漣の言い分に目を白黒させるあいちゃん、まさかその役割を振られるとは思ってなかった模様

 

「事の初めからは知らないんだけど、私で良いのかな」

 

黙ってると何時迄も話が進みそうにないのでこっちから聞くことにしよう

 

「取り敢えず天龍達と大和はなんで連行されたの」

 

「それは工廠内での兵装使用が理由、発端は大本営制圧の任務に当たった海兵隊の制圧行動を大和がテロ行為と認定、艦娘部隊にも対テロ行動の規定はあるし、条件だけ見ればそれに当てはまる、でも天龍達がその認定に異議を唱えて大和と対立、結果工廠内で砲撃戦になってしまった」

 

「えっと、状況が想定出来ないんだけど、なにがどうなったらそうなるの?」

 

あいちゃんが説明してくれたけど、あの大和が天龍達と対立するという時点で想定出来ない、まして大和が天龍を砲撃するとかどう考えてもあり得ない話、一体なにがあったの?

 

「施設の制圧には真っ先に動力の停止がある、設備の機能を止めてから制圧するのは基本だし、海兵隊もそうしたんだよ、叢雲ちゃんが入渠中の工廠の動力も止められた、それをやまちゃんがテロ行為と認定、海兵隊の排除に出たんだけど、天龍達が止めに入ったんだ、やまちゃんがあんなに感情的になるなんてね、天龍達の声もまともに届かないくらいだったし、標的にされた海兵隊の皆さんは天龍に摘み出されてたよ、物理的にね」

 

漣も説明してくるが、今一わからない、ん、制圧の為に動力を止めた?

 

「おかげで死者は出なかった、天龍達が大和の注意と砲撃を引きつけてくれたから海兵隊はなんとか工廠から逃げ出せた、そこに情報ミスに気が付いた監察官が状況の沈静化に乗り込んで、どうにか収集したのよ」

 

あいちゃんからも説明が入るしそこにも疑問はあるが、漣の説明の疑問を解く方を優先させよう、こういう事は一つ一つ解いて行かないと誤魔化されてしまう

 

「ちょっと待って、工廠の動力を止めた?私が入渠してるのに?」

「それで、やまちゃんがキレたの、入渠中の艦娘がいるのに工廠の動力を全部落としたんだ、敵対行為以外の何物でもないからね」

「天龍達は海兵隊のユニフォームや装備を見るくらいには冷静だったけど、大和はそうではなかったと言う事ね、余程動揺したんでしょう」

 

動揺か、大和は私の入渠に反対してたし、それを天龍を含めて皆で説得した訳だし、想定外の事態が引き起こされれば然もありなんと言う所か

 

「工廠の動力が止まったのに、修復に影響はなかったの」

 

影響がなかった事は私自身が無事に入渠を終えている事から明らかだけど、何故影響が無かったのかが疑問だから聞いてみる

 

「通常なら影響なんてもんじゃない、修復に失敗して入渠中の艦娘はそのまま廃棄処分になる所だね、でも今回は事前の準備がてんこ盛りだったから、それに当座の動力を供給出来る馬鹿力の戦艦が二隻も居た、工廠中の妖精さんに協力を仰いでこの二隻から工廠内に動力を供給出来る様にしてもらって修復に影響が出るのは避けられたんだ、修復が終わる頃には通常動力も再開出来たし、なにより修復が無事に終わると聞いたやまちゃんが落ち着いてくれた、それまであいちゃんが力尽くで押さえ込んでたんだから、こっちとしては気が気じゃなかったよ」

 

漣のは説明なのか、ネタ振りなのか、情報を小出しにされてる感じがするんだけど、気の所為よね、ってエッ!?

 

「力尽くで押さえ込んだ!?あの大和を?」

 

思わず聞き返してしまった、大和の馬鹿力は私だって知ってる、しかもここまでの説明だと動揺している上にキレていたと、ソレを力尽くでなんてあり得ないんだけど

 

「そうだよ、あいちゃんの馬鹿力はやまちゃん以上だ、私等駆逐艦にはとても真似出来ない」

「馬鹿力って、さっきから黙って聞いてれば随分な云われようだわ」

 

あいちゃんが機嫌を損ねた様に口を尖らせる

 

「でも、アメリカでの建造が確かな事が証明された、大本営で建造されたやまちゃんを力尽くで押さえられるんだから、艦娘として建造された事は疑いようがない」

「もっとマシな証明方法は無かったの?」

 

分かり易く機嫌を損ねたまま聞いてくるあいちゃん

 

「別にこっちで方法を指定した訳じゃない、偶々それで証明されてしまったというだけの事だよ」

 

機嫌を損ねたままのあいちゃんだけど、ここまでの話からするとお世話になった様だしお礼くらいは言っておかないとだよね

 

「なんにせよ、入渠中知らない内に面倒をかけたみたいね、ありがとう、あいちゃん」

「どう致しまして、お役に立てたのなら嬉しいわ」

 

あれ、これで機嫌を直してくれたのかな、どうやらあいちゃんは引き摺るタイプの性格では無いらしい、色々と溜め込むタイプの大和とは対照的な性格ではなかろうか

 

「それで、工廠内で砲撃戦やらかした大和と天龍達は兵装の使用規定違反で連行されたと、でも誰に?大本営は海兵隊に制圧されて機能停止してるんでしょ?」

 

「提督が言ってたでしょ、上部機関の直接統括に置くって、今の大本営には監察官が複数入ってる、形式としては提督が統括者だけど監察官との合議制ってのが実態だ、誰にって言うのならその合議制の会議に席を持つ監察官達って事になるのかな」

 

「そっちは心配しなくてもいいわ、調書は取られるけど軽く済むと思うし、大事にはならない、ウチの司令官が入渠中の艦娘が居る工廠の動力停止がどう言う事態なのかを監察官達に説明して回ってたからまともな神経してる人なら情状を汲む余地がある事くらい認識出来るし、なにより当の海兵隊が事前情報との差異を認識しながら情報確認を怠った上に制圧を強行した事を認めてる、大和に一方的な非がある訳ではない事も理解できるでしょう」

 

漣に続きあいちゃんからも説明が入る

 

「?一方的な非ってなに」

「理由はどうあれやまちゃんは人に砲を向けた、まあ、主砲では無く副砲だけど砲には違いない、問題視されれば厄介な事態になるだろうね」

 

漣が応えてきた

 

「テロ行為として認定したから、でしょう?何故問題になるの?」

「単純に、艦娘が人に危害を加える意思表示をした、それを問題視する人がいても不思議はない、以前から人はソレを危惧しているんだ、艦娘が人と敵対したらどうするのかってね、大本営だって艦娘の管理と自立勢力として立たせない様にする事も職務に含まれていた、そっちに注力し過ぎて艦娘の数を増やすって事を忘れてしまったけどね」

 

「それに大和には前科があるし、問題視されると厄介なのは確かね」

「?前科って」

 

漣の説明にあいちゃんが補足してくるが、前科ってなんの事?

 

「やまちゃんの所為って訳じゃないんだけど、大本営で建造されてそれなりの期間が経っているのに未だに戦力化されてないって事も問題視されかねないんだよね、人の都合に振り回されただけなのに」

「それが前科になるの?」

 

漣の説明ではさっぱりわからない

 

「なんて言えばいいのかな、艦娘は艦娘部隊の一員として深海棲艦との戦いに備える必要がある、大和にはその備えがあるのかって話になりかねないって事」

「?わからないんだけど」

 

あいちゃんが補足してくれるけど、理解が及ばない、なにか足りない情報があるのかな

 

「これまで大和は大本営で人の接待役を命じられてきた、それに大和は従ってきた、人の相手をする事に慣れている筈なのに人に危害を加える意思表示をした、規定は規定としても大和の行動原則に不信を持つ監察官が出てきてもおかしくないって話よ」

 

続けて補足してくれるんだけど、あいちゃんの説明は私の疑問を解消してくれない

 

「そんなの大和を出撃させれば一蹴出来る話じゃない、問題視する事なの?」

「そう考えない人もいるって話なんだけどね」

 

この漣の一言で事情は察せられた

 

「ふーん、天龍が言ってた艦娘に対する当て付けって未だにあるって事ね」

 

「「……」」

 

漣もあいちゃんも困った様な笑みを見せた

 

 

 

 

 

 






登場艦娘

研修中の叢雲

教導艦の大和、老提督の秘書艦も兼務してるハズ、やまちゃん呼びされてる

先任の漣、最初の初期艦の一人、桃色兎からは御姉様呼びされてる

最初の初期艦は一号の初期艦とも呼ばれる

一組の漣、桃色兎からはちぃ姉様呼びされてる

天龍達、大本営には三隻の天龍がいる、遠征隊統括艦娘

アイオワ、アメリカの鎮守府で建造された戦艦種の艦娘、あいちゃん呼びされてる


登場人物

老提督
・研修中の叢雲からは視察官、一期で視察官として鎮守府に来ている時が初対面だったから
・最初の初期艦からはじーちゃん、お爺さん、艦娘部隊発足前から色々あった経緯から
・稀に最初の人、艦娘の言う妖精さんを見る事が出来た最初の人
・一組の漣からは提督呼びされてる

監察官
老提督の決断により上部機関より派遣された、退役軍人、国家代表、元上級官僚、という方々

大本営の制圧の任務に当たった海兵隊
・老提督の決断により艦娘部隊協力国より派遣された
・但し制圧対象は大本営所属の人であり艦娘は対象外の筈だった


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49 時間の浪費にしかならない

 

 

 

 

 

人の都合を話しても時間の浪費にしかならない、艦娘は人では無いのだから、何れの未来はその時に話してもらう事にして、こっちの話を進めるとしよう

 

「工廠に残った初期艦達は何の後始末をしてるの?」

 

兵装使用の後始末だけなら妖精さんだけで充分だ、一号と三組の初期艦はなにをしてる?

 

「あー、ははは……」

 

工廠で先任の漣が見せたのと同じ笑いを見せる一組の漣

 

「入渠場を艦娘からの動力供給で稼働させるなんて無茶をするには工廠にいる妖精さんの協力が必要、それも短時間に安定した大量の動力供給を確保するには入渠場の妖精さんだけでは足りなくてね、休止してた他の工廠からも妖精さんを借り出した、こちらの目的は達成出来たけど、このままでは他の工廠が稼動できないから元の配置に戻らせてるのよ、それにウチの鎮守府の工廠の再現もあるし」

 

あいちゃんがウチの鎮守府と言うのならアメリカの鎮守府を再現してるって事かな

 

「その再現の為に工廠を増設というか新設してるんだ、これが出来ればあの引き籠もり達の修復、じゃないな、再就役に目処がつく」

 

漣から補足が入る

 

「取り敢えず工廠の再稼働が成れば特務艦の建造をするそうよ」

 

あいちゃんからも説明が入る、初期艦を動員してまで工廠の再稼働を急がせている理由はコレか、放っておいても妖精さんは元の配置に戻るのに私の入渠時のトラブル対応で初期艦が連れて来たから放って置くと戻るのに時間がかかり過ぎるという事ね

 

「確か大本営は工廠を増設してると聞いたんだけど更に工廠を増設してるの?残存の高練度艦の再就役の為に?」

「大本営の工廠は鎮守府の設備単位でいえば四倍の規模になってる、新設の工廠が稼働すれば規模の上では五倍って事になる」

 

漣からの説明が続く

 

「……それだけの規模の工廠があるのにまともな戦力の建造をして来なかった、大本営の士官ってアホなの?」

「アホって、いや、言いたい事は分かるよ、士官達だって人の基準では優秀と評価されているんだ、単に艦娘の運用を知らないだけなんだ、知らない事を認識できなかった、或いはしたくなかった、という所かな」

 

「それは何故?」

 

あいちゃんが聞いてくる、私でも疑問でしかない事だ、アメリカの軍人だというあいちゃんには想像も付かないのだろう

 

「さあ、士官達に聞いてみないとわからない」

 

わからないと言うのは本当だろうが、予測くらいは出来るハズ、それを口にしない漣の考えはどこにあるのか

 

「視察官は艦娘と話をする様に文字に起こす事までしたと言っていたけど、そこまで無視したって事でしょ、士官個人の方針や考えでは無く大本営の方針がそうなっていた、そういう事でしょう」

 

漣の考えは兎も角、私なりの推測を言ってみる

 

「何故そんな事に?」

 

あいちゃんに不思議そうに聞かれてしまった

 

「まあ、推測だけど艦娘とそれを指揮する人の力関係というか信頼関係というか、士官達は人の基準で選出され人の組織に属するからね、艦娘は艦娘部隊に属している上に人じゃない、更に大本営に改称される際には艦娘の自立を阻止し人に従属させる方策を模索するなんて事も任務に含まれた、その辺りの経緯が士官達に正確に伝わらなかったのかも知れない、それで額面通りに受け取ったんだと思うよ、妖精さんは見えないし艦娘とも満足に話せない、こんな条件で艦娘部隊の指揮を取る立場に立たされたんだ、当たり障りなく大人しくしてるって辺りを落とし所にしたんじゃないかな」

 

漣が私の足りない説明を補ってくれた、しかしながらその説明に疑問があるので聞いてみる

 

「艦娘と話せない?接触禁止でもされてたの?」

 

そういう話には聞こえていなかったんだけど、知らない事情があるのかな

 

「そういう話じゃない、艦娘は人じゃないって事、髪の色だって染めてる訳じゃなく自毛でこの色でしょ、士官達にはこれが気持ち悪いらしくてね」

 

そう言いつつ漣は自身の左右に結ばれた髪を手に乗せる

 

「はっ!?そんな莫迦下駄事になってたの?!」

 

こっちが驚く位の大き目の声を上げるあいちゃん

 

「いきなり制圧行動とか大袈裟だと思っていたけど、そういう事」

 

なにやら一人で納得してるんだけど、突っ込みは無しの方向でいきましょうか

 

「工廠に残った初期艦達がしてるのは後始末じゃなくて、工廠の新設って事?」

「並行してやってる、あいちゃんから妖精さんを借りてるし、後始末が一区切り付いてから、一号が新設を、三組が工廠立ち上げだね」

 

という事は、あいちゃんから妖精さんを借りてるのは一号の初期艦か、三組の初期艦は漣がこっちに来てるから一箇所に一人付いて再稼働と特務艦の建造か

 

「それはそれとして、先任の漣と同じ様にこの件を話しにくそうにしてたのは、どうして?」

「……それは、」

「妖精さんの性質の問題に言及しなければならないからよ」

 

何故か漣の返事を待たずあいちゃんが言ってきた

 

「妖精さんの性質?」

「これまで妖精さんの性質は艦娘の理解者でパートナーで立場を等しくするモノ、だったのだけれど、叢雲の入渠で得られた情報からこの認識を改めなければならなくなった」

 

「?」

 

あいちゃんの言い分がわからない、妖精さんと艦娘は不可分な存在だ、その認識を改める?

 

「妖精さんに敵味方の認識はない、妖精さんの行動原則は自身の生存確保、乱暴な言い方だけど居場所さえ確保出来れば艦娘でも深海棲艦でも人でも工廠でも、なんでもいいのよ、そして居場所が確保出来ればその居場所を補強する、無くならない様にね」

「生きる為の努力をするという事でしょう?どこの認識を改めるの?」

 

妖精さんだって生きてる、生存に必要となれば色々するでしょう、何を改めるの?

 

「どこって、妖精さんは敵の深海棲艦まで居場所として補強してる事が確実な状況なのよ、これを糾さなければ深海棲艦は妖精さんによる無限建造で艦娘を上回る数を、無限改装で艦娘を上回るスペックを手に入れてしまう、阻止しなければ」

「どうやって?」

 

あいちゃんの言い分に呆れる、そんなの海の水を飲み干せと言ってるのと変わらない、艦娘だと言っている本人からそんな無理解な言い分が何故出てくるのか

 

「どうやって?それを聞くためにここに来てるんだけど?」

 

あいちゃんの言い分を聞いて思わず漣を見る、思った通り目を逸らして知らん顔だ

困った様な苦笑いの理由はコレか、この様子では漣達はあいちゃんにロクな説明をしていないと察せられる、それを私に説明させようと画策していたりする流れかな

 

「えっと、確認なんだけど、アイオワはこれまでに艤装を出して海に出た事はある?」

「?あるわよ、兵装の試験も一通りやったし、試験は海軍の協力の下ハワイ沖で実施したから検証で得られた数値に疑問の余地はない、結果は自衛隊の結論と同じく、艦娘の兵装や艤装は有り得ない、物理法則を無視するにも程があるって事になったわ」

「その時に妖精さんとの意思疎通はどうやったの」

「?妖精さんとの意思疎通、特になかった、私の意思通りに艤装も兵装も使えたけど、それが?」

 

どうやらこちらの混在種は根本的な所で勘違いをしている様子、どうしようかコレ

 

「艦娘の艤装や兵装は妖精さんが動かしている、艦娘だけで艤装は動かせないし、兵装も只の重りでしかない、妖精さんが着いているから艦娘は艤装で海を走れるし、兵装で攻撃出来る、妖精さんが着いていない人に艦娘の艤装や兵装が扱えないのは技術や筋力の所為ではなく妖精さんが居ないから、其処の所を分かってる?」

「……妖精さんが着いていれば艤装も兵装も扱えると、私の様に?」

「そういう事になるのでしょうね、どうも貴方は運用面で別扱いにした方がいい様に思うけれど、人にそれが理解出来るかは別の問題よね」

 

「……」

 

あいちゃんがなにやら考え込んでしまった、直接的に言い過ぎたかな

 

「他の建造艦は、どうしてるの?」

 

考え込んだままで聞いてくるあいちゃん

 

「艦娘の建造艦なら自身に着いている妖精さんとは初期艦ほどではないにしろ、意思疎通が出来るんだよ、妖精さんから見れば艦娘は自身の分身だしね、初期艦とそれ以外の艦娘では意思疎通の容易な妖精さんの範囲が違うだけだから」

 

それに応える漣

 

「範囲?」

「そう範囲、初期艦は自身に着いている妖精さんでなくともソレが可能、それ以外の艦娘は自身に着いている妖精さんとだけソレが可能、そんな感じになってる」

「それは言葉による意思疎通という事?」

「言葉とは限らない、妖精さんとの意思疎通の方法は様々だ、身振り手振りとか表情を読むとか、変わった所だと筆記なんていうのも報告されてる」

「ヒッキ?」

 

「筆談ってわからない?文字を書いてそれで遣り取りする方法」

 

なんか変な発音だったので筆記と言う単語がわからないのかと思って言ってみる

 

「妖精さんは日本語の読み書きが出来るの?」

 

ああ、あいちゃんが疑問と感じたのはそっちか

 

「日本語でなくともイエスかノーかだけでも記号を決めておけばすぐに出来るでしょ」

 

説明をそっちに合わせてみる

 

「文字表を使うって方法もあるしね」

 

漣からも説明が入る

 

「そんな方法で、時間がかかるでしょう、海の上で取れる方法ではないわね」

 

そうだね、検証の話からきてるから海上航行しながら出来る方法でないとあいちゃんとしてはあまり意義を見出せないよね

 

「確かに時間は凄くかかるけど、司令官の所に駐留してる自衛官はそれで工廠の妖精さんに技術指南してるって聞いてる」

 

筆談という方法でも意義ある使い方があるという例を言ってみた

 

「はい!?」

 

びっくりした、いや、あいちゃんもびっくりして声を上げたんだろうけど、それにびっくりしてしまった

 

「自衛官が技術指南?妖精さんに??」

「そう聞いてる、海上通信で成果があるそうよ」

「あっ、もしかして艤装にデジタル通信機組み付けたってヤツですか?」

 

漣が思いついた様に言ってくる

 

「詳しい内容までは知らない、そうなの?」

「そうなのって聞かれると困るんだけど、艦娘の艤装に組み込まれてる無線機はアナログ通信なんだ、それがいつの頃からかデジタル通信を使う艦娘がいるって大本営の一部で話題になってた、こっちも聞き齧りだから詳しくは知らないんだ」

 

「デジタル通信?私の艤装に組み込まれてるのはアナログ通信機なんだけど、デジタル通信機に変更出来るの?」

 

あいちゃんが聞いてくる

 

「デジタル通信と言ってもどの程度なのかがわからないんだよね、単にデジタル通信だけが必要なら無線機借り出せば済む話だし、態々艤装に組み込む必要があるのかって所は議論の余地があると思うよ」

「デジタル通信が可能ならデータ通信も可能に出来る筈、これを組み込めるのならやらない手は無いと思うけど、どんな異論があるの?」

 

興味津々と言った感じのあいちゃん、そんなに関心を引く話なのかな

 

「デジタル通信の規格が不明、通信容量も不明、通信距離も不明、大本営で傍受した限りでは解析出来なかった、しなかったのかもしれないけどね、容量が無さ過ぎて」

「デジタル通信の信号は捉えたけど、実用レベルでは無いと判断された、という事?」

「まあ、そんな所」

 

「それが、司令官の鎮守府に駐留してる自衛官の成果だと?」

 

司令官に関係する事なら知っておいた方が良いから聞いてみる

 

「確認した訳じゃ無いけど、増設された鎮守府での自衛官の役割としては、陸自が憲兵で海自が施設維持管理で空自が技術協力、になってたハズ、通信関係で成果があったというのならコレだと思うけど」

 

「ちょっと待って、それって考えたら凄い成果じゃないの?司令官でもない自衛官が妖精さんに技術指南なんて、ウチでもそんな事してないわ」

 

あいちゃんが興奮気味に言ってくる

 

「まあ、妖精さんは人の声が聞けない訳じゃないからね、何らかの理由があれば話を聞いてくれるのかもしれない、私等初期艦にはムリな話だけど」

 

「……つまり、そこでも提督の我が儘が発揮された、そういう事?」

 

なんだかとても楽しそうに言うあいちゃん、しかしその言い分には異論がある

 

「我が儘って、言いたい事は分かるけど、もうちょっと言い方をどうにか出来ないの」

 

あいちゃんの言い分に私の異論を言っておく

 

「あら、司令官の我が儘が妖精さんを進化させるっていう仮説、私は気に入っているのだけれど、叢雲は気に入らない?」

「気に入るとかじゃなくて、ってエッ?気に入っている?なんで!?」

 

何をどうしたらそんなモノを気に入るのか、どう考えてももう少しマシな言い様があると思う

 

「それが私が艦娘になった事象を説明するのにぴったりなのよ」

「??」

 

言っている意味が全く理解出来ず疑問の視線をあいちゃんに向けてしまった

 

「あの頃は建造しろって司令官と資材も無いのに無茶いうなーって妖精さんとで毎日子供の様なケンカをしてた、その司令官と妖精さんの仲裁をしてたらいつの間にか私が艦娘になってたわ」

「???ナニソレ???」

 

やっぱり言っている事が全くわからない

 

「あいちゃんは元々司令官としての条件を満たしてたんだ、それで鎮守府に出向してたんだって、向こうの鎮守府は研究所扱いらしくてね、司令官は着任してたけど他の司令官候補も纏めて鎮守府に集められてた、あいちゃんはその司令官候補の一人だったって事だね」

 

漣から説明が入ったが、疑問は解消されない

 

「色々疑問しかないんだけど、仲裁をしてたら艦娘になったって、工廠で建造されたんでしょう?」

「ケンカしてるのが工廠だったから、そうなるわね」

「工廠内だけど、建造設備を使って建造されたのではないと」

「そうなるのかしらね、何か問題が?」

 

あっけらかんと言うあいちゃん、いや良いんだけど

 

「先任の叢雲の例でも工廠の設備を使わずに改修を実施したらしい事がわかってる、提督の我が儘に付き合わされた妖精さんが変化なり進化なりする事象がアメリカでも確認されたって事だね、事の是非は置いておくとして」

 

漣の言い分には言いたい事があるが、本題から外れるから我慢した

 

「資材も無いのに建造?何故そんな無茶を?」

「ウチの司令官が大本営を視察したからよ、そこで見た大和をとても気に入ってウチにも欲しいってね、妖精さん相手に駄々捏ねたのよ、資材は艦娘がいなければ集められないっていうのは自衛隊の資料にあったし予備調査でも確認された、代わりに資源をくれてやるから造れって無茶振りよ、そこからなんて言うの?売り言葉に買い言葉?妖精さんも寄越せそれも大量にだって始まってね」

「資源って、原油とか鉄鉱石とか、そういう地下資源の事?」

「そう、それを大量に鎮守府に持ち込んだのよ、ウチの司令官は」

 

「さすがアメリカ、ホイホイとそんな物が用意出来るあたりが凄過ぎる」

 

漣のは冷やかしか、ホントに感心してるのか

 

「大量にと言ったってコンテナ一つ分よ」

「あら、アメリカでもコンテナ一つなんですか、てっきり輸送船で鎮守府に横付けしたと思ってましたが」

 

なんだろ、漣がいくらかガッカリしてる様に見えるのは

 

「横付けはしたわよ、そこからコンテナを降したんだから」

「コンテナ一つの為に態々横付けしたんですか」

 

もしかして漣呆れてる?

 

「一つ?資材は四種でしょ、それに対応する資源も四種になるからコンテナは四つ、あの時は他の搬入もあったからコンテナは三十くらい降してたけど」

「……」

 

なんか空いた口が塞がらないといった感じの漣、そんなに驚く事なのか、変に突っ込むと長くなりそうだから止めておいた

 

「その資源を使って建造されたのが、アイオワという事ね」

「まあね、資源を確認してる妖精さんと早く建造しろっていう司令官が毎度のケンカを始めたからいつもの様に仲裁をしてたんだけどね、気が付いたら艤装と兵装を持たされて、建造出来たって妖精さんが喜んでるし、司令官はウチにも戦艦が着任したって感激してる、状況を飲み込むのに時間が掛かったわ」

 

「なんか、聞いてると凄く変則的な建造だよね、叢雲ちゃんの言い分じゃないけど、一度詳細を検証した方がいいよね、アメリカが容認するかは別にして」

 

漣の言い分にあいちゃんが疑問の視線を向けた、それを受けて漣が続ける

 

「叢雲ちゃんは運用を別にした方がいいって言ってたけど、確かにこっちの艦娘との違いはキッチリと把握する必要がある、人との混在種をこれまでの艦娘と同じ運用で良いのか、検証が必要だと思うよ、あいちゃんはその辺り疑問は無いの?」

 

「私が艦娘では無いと、言いたいのかな」

 

少しだけ呆れと諦めを混ぜた様な顔を見せるあいちゃん

 

「そういう話ではなくて、どう言えばいいんだろ」

 

漣も上手い言葉が出て来ずに困っている様子

 

「適材適所って事よ、混在種はこれまでに存在していない艦種なのだから、単に戦艦種という括りで運用するのは適切ではないと思う、検証しておかないと予想外の事態が起こるかもしれない、検証して何もなければ戦艦種として運用すれば良いんだし、運用する側も変な気苦労を負わなくて済むって事」

 

助け舟になるかどうかはわからないけど、私なりの考えを言ってみる

 

「検証ならアメリカで再三やったけど、足りないと?」

 

まだ顔から呆れが抜けていないあいちゃん、私の言い分で諦めは取れたらしい、もう一押しといった所か

 

「足りないのは貴方だけじゃなくてこっちの鎮守府もだけどね、資源で建造した事なんて無いだろうし、そもそもこっちの妖精さんって資源を使えるの?」

「あっ、それ言っちゃうんだ……」

 

漣がなんか言ってるけど気にしない方向でいきましょう

 

「……待って、日本の妖精さんは資材しか扱った事が無いの?」

 

あいちゃんが驚きつつも真剣な表情で聞いてくる

 

「そのはず、地下資源なんて日本では艦娘に回せる程余ってないし、予算が付かないわよ、艦娘部隊だって艦娘が勝手に集めて来る資材を当てにしてるんでしょ、何処も予算を出してくれないでしょうから」

 

「アメリカの鎮守府の妖精さんは資源を使えるのが当たり前になってるんだけど、もしかしてコレって特異な例なの?」

 

「検証例としてはそういう事になるね、今の所」

 

漣の肯定にオウとかジーザスとかなんとか言ってるあいちゃん、事の次第を理解してくれたかな

 

 

 

 

 

 

 






登場艦娘

研修中の叢雲
教導艦の大和、老提督の秘書艦も兼務してるハズ、やまちゃん呼びされてる

先任(一号)の漣、最初の初期艦の一人、桃色兎からは御姉様呼びされてる
先任(一号)の電、最初の初期艦の一人、稀に良くプラズマ呼びされてる
先任(一号)の吹雪、最初の初期艦の一人、大勢からブッキー呼びされてる
先任(一号)の五月雨、最初の初期艦の一人、桃色兎からは五月雨御姉様と呼ばれることも
先任(一号)の叢雲、最初の初期艦の一人、目覚めない事から眠り姫とも呼ばれてる

三組の漣(桃色兎)、ざみちゃん呼びされてる
三組の電
三組の吹雪
三組の叢雲、ムラムラ呼びされてる
三組の五月雨、さみちゃん呼びされてる

一組の漣、桃色兎からはちぃ姉様呼びされてる
一組の五月雨、眠り姫の調査以降変わってしまった
一組の電、一組の五月雨の理解者、行動を共にしている

アイオワ、アメリカの鎮守府で建造された戦艦種の艦娘、あいちゃん呼びされてる

引きこもり達、あの戦いに参加した高練度ドロップ艦、但し戦火の中で艤装を逸失して兵装を扱えない



登場人物

老提督
・研修中の叢雲からは視察官、一期で視察官として鎮守府に来ている時が初対面だったから
・最初の初期艦からはじーちゃん、お爺さん、艦娘部隊発足前から色々あった経緯から
・稀に最初の人、艦娘の言う妖精さんを見る事が出来た最初の人
・一組の漣からは提督呼びされてる

監察官
老提督の決断により上部機関より派遣された、退役軍人、国家代表、元上級官僚、という方々

大本営の士官達
・諸般の事情により大本営の司令官は本職では無く代理(兼務)制、上役に司令長官がいる
・代理の補佐役としての士官が多数在籍し、艦娘の司令官職に充てられている
・鎮守府司令官としての条件を満たしている士官はいない

アメリカの提督
アメリカの鎮守府に着任している司令官、但し扱いは研究施設で実態としては鎮守府と異なる

佐伯司令官
一期の鎮守府の司令官、先任の叢雲を保護している、現在日本周辺海域の深海棲艦対応に追われてる
研修中の叢雲が司令官と呼んでる人


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50

 

 

 

 

 

アメリカの鎮守府は大本営とは相応に異なる事が伺える

それにしても艦娘の種別も艦種だけではなく、出自も豊富になったものだ

ドロップ艦と建造艦と準建造艦ともいえる混在艦、それに建造方法は不明ながら深海棲艦、コイツラの発生方法は未だ解明できていない

あいちゃんの予測では深海棲艦に着いた元艦娘妖精が直接建造している、らしい

司令官の叢雲が工廠の設備に頼らず改修をやって見せた様に、アイオワも工廠の設備に頼らずに建造された事が根拠となっている

 

ここから分かる事は司令官の叢雲に着いている妖精さんは相当の変わり種だという事

そして漣の言い分では私から離れた妖精さんの中に元艦娘妖精が居たという事

 

ドロップ艦である私に元艦娘妖精が着いているなんて事は本来あり得ない

司令官の叢雲から譲られた妖精さんの中に紛れていた、という事になる、と思う

元艦娘妖精と言ってはいるけれど、状況次第では深海棲艦に着くことを躊躇わない妖精だ

あいちゃんはこの点を問題視している、まあ、気持ちはわからないではないけど

私が問題視しなければならないのは、司令官の叢雲はどこで元艦娘妖精と接触したのかだ、初期艦である以上ドロップ艦、条件は私と同じだから元から着いていたという事はあり得ない

 

それに何故元艦娘妖精を他の妖精さんと一緒に私に譲ったのか

元艦娘妖精の説得を期待しての事ではないだろう、私にはその元艦娘妖精がいる事さえ知らされていないし、漣は不活性化されていたと言っていた

さらに言えば入渠場の妖精さんの話としてなんらかの手段が用意されていた筈だと指摘されている、これは間違いなく司令官の叢雲の発案による改修の事だろう

もし、司令官の叢雲の発案を司令官が躊躇うことなく実行していたら、どうなっていたのだろう

 

そう言えばムラムラが言っていた、同じ叢雲なんだから卑怯とは無縁だと

この場合の卑怯とはなんだろう、考えるだけ無駄だろうか

だって、それが成立するのなら、司令官の叢雲は既に叢雲ではなくなっている事になるのだから

私に存在を継ぐ様に話をしたのは間違いなく司令官の叢雲だ、厳密にはその妖精さんだけど、艦娘と妖精さんは不可分な存在、同一視して良い筈だ

 

ん?

 

待って、不可分な存在であるハズの妖精さんと会ってる、あの妖精さんは司令官の叢雲から離れてた

 

どういうことだ?

 

今、司令官の叢雲は工廠の妖精さんによって維持されてる

そうしなければ身体の維持さえ困難な事は私が司令官に司令官の叢雲を起こす方法を教えるに当たって実施の可否を妖精さんに確かめてもらったから間違いない

あの時司令官の叢雲に残っていた妖精さんは極僅かだった、それを確かめた元から私に着いている妖精さんも事情は知っていたからそれ自体は予想の範囲内で意外性は無い、しかしこれ程僅かな妖精さんで容姿を保っていられる事を不思議がっていた

 

工廠の妖精さんは維持しているだけで、人の形を保っているのは残った妖精さんの技量によるハズ

艦娘の姿や形を作るのは建造だ、艦娘と不可分な妖精さんが居なければ艦娘は人の形を保てない、それを意図的に行う行為が解体と呼ばれる艦娘の使い方の一つ

艦娘と別れて存在する工廠の妖精さんが艦娘を維持している、成る程、今にして思えば漣が変な事を言ったと指摘したのは当たり前だ

不可分な存在である妖精さんは身体から離れ、私の妖精さんの見立てでは人の形を保つ事さえ困難な状況にある司令官の叢雲

鎮守府にいた時には自分の事情で手一杯でそこまで気が付かなかった、けれど考えれば考える程司令官の叢雲の現状は説明が付かない

 

私の知らない事情がある、という事だろう、それが何かは、わかりたくない

 

だって、漣が言ってた、あの鎮守府から来た初期艦達は解体を申請したと、あの子達は戦意を喪失していたと

 

艦娘の存在は押し寄せる深海棲艦を押し戻す実行手段、アイツラを全滅なんて数の上で不可能だし発生方法すら不明な大群を人から遠ざけるのが艦娘に出来る現実的な対応策

アイツラを押し戻す為の兵装であり、押し戻す場所に移動する為の艤装であり、それらを具体化する為の妖精さんだ

兵装だけでは移動出来ない、艤装だけでは押し戻せない、妖精さんだけでは作れるけど使えない

艦娘はそれらのプラットホームであり、人との共生の為のインターフェイスでもある

その艦娘が戦意を喪失していた、実行手段と成る事さえ拒否した、少なくとも解体を申請した初期艦達はそう判断したという事になる

 

その判断の根拠が司令官の叢雲だと、漣は言っていた、いや、言っていたのは解体を申請した初期艦達で漣はそう聞いたと伝聞を言っただけだが

ここから推定される結論は、既に手遅れ、解体を申請した初期艦達がそういう判断したという事

手遅れとは端的に言えば「勝敗は決した」「無駄な足掻きにすらならない」という事

 

その判断は大本営での研修でも覆る事はなかった

もし、覆る事があったなら、申請した初期艦が解体済みになっていない

 

私の研修では大本営の問題として士官達の話が度々出て来たけれど、本当に問題なのは解体申請をした初期艦達にその判断は誤りだと十分な根拠を示せなかった教導艦であり、艦娘部隊と解体申請をした初期艦達との認識の相違に誰も有効な対策を取れなかった事だろう

天龍は人と艦娘の認識の違いは指摘していたけれど、自身の認識不足はどこまで自覚出来ていたのか

 

建造艦とドロップ艦とでは元から持っている知識、或いは前提となる記憶や認識に違いがある

顕著な例はアメリカで建造されたという混在艦のアイオワだ、聞いている限りでは、艦娘としての前提の認識が不足している、アレでは人の認識と変わらない

この辺りは建造艦の限界もあるだろうし、建造艦だと言っている大和にもその限界はあるだろう

 

大本営にいるドロップ艦は何故こんな事態を放置している?

 

まさか、司令官がいない、そう言っていた吹雪の言い分がソレなのか、どうしようもないと

そこまで考えて思い当たった、私には司令官がいる

私の前にあの鎮守府から大本営に送られた初期艦達は、司令官の叢雲には会ったけれど、司令官には会って話をしていないのか、私がした様に司令官に会っていない事を理由に滞在申請をしたり、無理を承知で面会希望を通したりしなかったのか

だから手遅れとの判断に迷いも疑問の余地も無く、教導艦の話にも判断を変えられるだけの根拠を見つけられなかった

 

その根拠と成れるのは司令官だけ、あの鎮守府から大本営に来た初期艦の例はそれを示している

 

艦娘部隊の拡充に必須なのは鎮守府司令官としての条件を満たしている司令官だ

司令官がいなければ大本営の工廠で艦娘だけを量産した所で運用に問題が起こる上に解決出来ない

艦娘部隊の目的は海上航路の安全確保でありその為には数が必要、艦娘の建造と解体をゲストへのショウサービスにしている大本営の士官達では人の都合を優先し過ぎて艦娘の数を増やす事が先送りされて来た

だから目的の達成が何時になるのか、見込みすら立ちようがない

それが分かっているから、将来の艦娘部隊運用を見越して艦娘の凡ゆる情報の蓄積を優先させたのか

だから大本営所属の艦娘達は士官達の遣り様にも積極的に反対しなかったのか

 

これは電も言っていた、鎮守府司令官に求められているのは、艦娘と話す事、妖精さんと意思疎通を図る事だと、それを通して運用ノウハウを蓄積すると

ただ、漣の言い分では大本営の官僚達が優秀過ぎて成果はイマイチになってしまったらしいが

 

今更言っても仕方無い事だけど、先任の艦娘達は呑気過ぎる

只でさえ数の上で極めてを付けなければならない程に劣勢なのにこんな悠長に構えられては途中参加のドロップ艦としては戦線参加に二の足を踏みたくなる

この辺りは天龍が言っていた人の理解を待つという事なのだろうが、これでは理解を得られても時間が足りない、艦娘を増やし、十分な練度を持つ艦隊を多数運用出来る様になるまでには相応の時間が必要なのに

 

私の様なドロップ艦にまで元艦娘妖精が着いて来るくらいに深海棲艦は身近な存在になっているのに

タイムリミットは既に過ぎているかも知れないのに

 

海を眺めるだけの人にはその実感が湧かないのだろうか

陸に拠点を持つ人には海の事は解らないのだろうか

 

司令官もそうなのだろうか

 

漣が言っていた、司令官は普通の人だと

普通の人なら陸に拠点を持つ人の括りに含まれるハズ

司令官、提督であっても初期艦とどのくらい認識を等しくしているのか、それはわからない

最初の初期艦達は司令官が司令官の叢雲を保護した事を意外だと言っていた

直ぐに解体して新しい初期艦を要求しなかった司令官の行動は予想外だったという事

でも、そこから現状を打開出来る様な筋道は私には視えない

 

司令官

司令官の叢雲

鎮守府の艦娘達

大本営で会った初期艦達

引きこもり達と総称されてる高練度ドロップ艦

司令官の我が儘で進化するらしい妖精さん

鎮守府の初期艦にまで着き出している元艦娘妖精

元艦娘妖精の居場所となっている深海棲艦

 

妖精さんと元艦娘妖精は存在としては同一のモノ、姿の違いはあっても能力的には同様だ

 

ん?

 

それなら司令官は元艦娘妖精と話してるかもしれない

提督なのだから妖精さんと話が出来る

元艦娘妖精だからと言って初期艦と話が出来ない訳ではないし、 それは司令官だって同じ筈だ

 

それなら、何故司令官は普通にしていられる?

 

絶対数の違いから艦娘が深海棲艦に対抗しきれない事は元艦娘妖精と話せばわかる事だ

なのに、司令官として艦娘達を率いてる

深海棲艦と戦ってる

何故?

どうにもならない数の暴力が目前に迫っている、それなのに、普通だった

投げ槍な指揮を執るでもなく、悲観的な考えに囚われるでもなく、悲壮感など何処にも見えなかった

司令官なら何とかしてくれると、楽観的な考えは出来ない

数の暴力に対抗するには数で諍うしかない事を知っているから

 

んん?

 

ちょっと待って、数を問題にするのなら、妖精さんは?

元艦娘妖精まで含めるのなら、最大数は妖精さんでは?

 

その妖精さんは人との共生を望んでる、そうでなければ私達の様な艦娘という存在を造ったりしない

だからこそ、最初に妖精さんが見えて尽力してくれた視察官に妖精さんはとても懐いてるのではないか

漣の話では本来艦娘の間でしか使えない筈の妖精さんを媒介にした伝言ゲーム (通称テレパシー) に参加出来る程に視察官は優遇されている

尤も視察官自身その事に気が付いていない様子だけど

 

もしかして、若しかしたら、だけど、元艦娘妖精は艦娘と敵対する気が無い?

 

あいちゃんの話では元艦娘妖精の行動原則は自身の生存だ

生き延びる為に必要となれば、誰でも何処でも居場所にしてしまう

アイツラまでもその対象にしてしまう程にその行動原則は徹底している、らしい

ならば、敢えてその居場所を失う可能性の有る艦娘との戦いに参加する動機は無い、のではないだろうか

勿論、偶発的な遭遇戦はあるだろう

その時は居場所を確保する為にアイツラを支援し、本気を出す事は必然となってしまうが

 

元艦娘妖精に艦娘や人と積極的に敵対する理由はないのではないか?

 

私があいちゃんの様に元艦娘妖精の行動を問題視しないのは、その行動が生存を賭けての行動だから

生存への賭けは誰も拒否出来ない、してはいけない

それをしたら拒否された側は拒否した側を例外なく排除しなければならなくなる

そうなればお互いの排除力と再生力、言い換えれば破壊と生産

それをどれだけ大量且つ短時間で実行可能なのか、そこを競わねばならなくなる

今の段階では何方もアイツラの方が上回っている、結果は見えている、論じるまでも無い

アイオワが問題視するのもそれが現実と成った時どうなるのか、その結果が視えているから

 

人が深海棲艦に対し存在を拒否する事は自滅行為にしかならない

幸いな事に人は対深海棲艦戦を艦娘部隊に任せ、人の軍隊による全面対決という事態を避けている

偶然そうなったと思われるが、そう成るのには視察官を始め幾人かの司令官と提督の尽力があった

 

その艦娘部隊の行動原則は海上航路の安全確保だ

上部機関でも深海棲艦に対し全面対決などという事態を引き起こす様な行動は予定されていない

いつかは、そう言った行動予定も示される、かもしれない

そうなる前に人には現状を正確に理解してもらわなくてはいけない

 

 

 



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51 ノックも無しにドアが開いた

 

 

 

 

 

ノックも無しにドアが開いた

 

「漣、只今もどりました!」

 

元気な桃色兎の声に私の長考は中断された、二人を見れば桃色兎の方に顔を向けていた

 

「おかえり、思ったより早かったね」

「あら?漣一人?」

 

一組の漣が迎えて、あいちゃんが聞く

 

「ああ、あの二人ならお腹がいっぱいになって眠くなったってさ、部屋で寝てくるって」

 

なんでもない様にいう桃色兎

 

「はー、まったく」

 

溜息交じりに諦めとも取れる感じの言葉を吐き出す一組の漣

 

「さっきまで熱心に協力してくれたんだし、少しくらいいじゃない」

 

あいちゃんはさして気にしていない様だ

 

「そういうアイオワに伝言がある」

「?」

 

桃色兎の台詞に心当たりがないらしいあいちゃん

 

「アメリカの司令官が呼び出しかけてる、直ぐに行った方が良いよ」

「司令官の呼び出し?私を?」

「そう、本国でなんかあったみたいだよ」

「そういわれても、ここでの要件が済んでないんだけど」

 

困った様子を見せるアイオワ

 

「ここにも内線はある、確認してくれないかな、伝言を伝えたって先方に伝わらないと漣の立場が悪くなるし」

 

思わず桃色兎に驚きの視線を向けてしまった、この常にお気楽な桃色兎が立場なんて気にするのか

 

「なに?叢雲ちゃん?」

 

あからさま過ぎる視線を桃色兎が気付かない筈もなく聞いてきた

 

「!なんでもない」

「まあ、それは後で聞かせてもらうとして、あいちゃん?確認した方がいいんじゃない」

 

一組の漣まで桃色兎と同じ疑惑を持った様だ、どうやって逃げようか

 

「はあ、携帯端末くらい持ってる、緊急の呼び出しならこっちにくる筈なんだけど」

 

言いつつポケットから手のひらサイズの端末を出して見せるあいちゃん

 

「あっ、ソレ使っちゃ駄目、盗聴の可能性があるって言ってた」

「誰が?」

「老兵のじーさま」

 

この桃色兎の一言でアイオワの表情が変わった

 

「漣に伝言を頼んだのって、あの老兵?」

「そうだよ、三人で食べてたら相席してもいいかって来たから、一緒に食べて来た」

 

「ざみちゃんは初対面だっけ、アメリカのじーさまは」

「まあね、あっちの二人はよく知ってる様子だったけど」

 

「ちょっと行ってくる、話が途中で悪いけど」

 

あいちゃんが席を立つ

 

「またね、アイオワ」

 

「戻ったら話の続きをしましょう、叢雲」

 

そう言い残してアイオワは部屋を出た

 

「フラグっぽいね、今の」

「あっ、ちぃ姉様もそう思いました?」

「フラグ?」

 

なんの話をしてるんだ漣達は

 

 

 

 

 

アイオワが部屋を出てしばらくした頃、ダブル漣に追求され逃げるのが苦しくなっている所へ内線で呼び出しがかかった

これ幸いと先任の漣の呼び出しに応じたものの、それはそれで厄介事である事に工廠に向かう途中で気がついた

 

「話もそこそこに工廠に連れてこられても……何をしようっていうの?」

 

「あー、来た来た、話の途中だろうけど、あいちゃんに妖精さんを連れていかれちゃて、工廠の新設が止まっちゃたんだ、悪いんだけど手を、というか妖精さんを貸して欲しい」

 

一組の漣と桃色兎に先導され工廠に着いた途端に先任の漣にこう言われた

 

「連れていかれたって、元々アイオワの妖精さんでしょ」

 

ん?妖精さんを回収しているという事は、帰り支度をし始めたという事で、大本営というか日本をを去る事になるのかな、随分と急な話だ

 

「そうなんだけどね、予定ではもう二日くらい借りられる筈だったからノンビリし過ぎた、引き継ぎを大急ぎでやったんだけどね、イマイチ情報の混乱があるし、何より全部の情報を引き出せなかった」

 

そんなの先任の漣の手落ちじゃないか、その埋め合わせを私にやれと?

 

「叢雲ちゃんが受け継いだウチの叢雲の妖精さんの協力がいるんだ、入渠で叢雲ちゃんの妖精さんになってるから叢雲ちゃんの協力が無いと妖精さんが協力してくれないんだよね」

 

なんだそれは、ここでも必要なのは先任の叢雲であって私では無い、コレ怒っていいかな

 

「漣、言い様が露骨過ぎます……」

「回り諄く云われるよりはマシよ、変に気を使わなくていいわ五月雨」

 

先任の五月雨がフォローしようとしたが、こっちで断った

 

「……随分と強気なのは、何か訳が?」

 

どういうつもりなのか、先任の漣が面白いモノを見つけたといった感じで聞いてくる

 

「ワケ?漣が言ったでしょ、話が途中なのよ、説明が足りなさ過ぎるし、そっちの都合だけに振り回される義理も無いんだけど?」

「義理は無くとも義務はある、この新設してる工廠は所属未確定艦の現役復帰の為の工廠だ、上手く事が運べば高練度の艦娘が多数運用可能になる、それは現状で艦娘部隊の表舞台を一人で支えてる佐伯司令官に最大の援護となる、叢雲ちゃんだって無関係じゃない」

 

ほう、先任の漣は司令官を出せば私が無条件に従属すると見做しているのか

勘違いも甚だしい、これってドロップ艦でも新規建造艦並みに格下に見てるって事だよね

そう言えばあの演習でも吹雪がそうだったっけ、先任の初期艦達は他のドロップ艦を下に見ているのか、あの時天龍が言ってた最初の初期艦だから特別扱いだと思ってるのかというのはこういう事か

 

「漣、口が過ぎます、私達は叢雲ちゃんに協力をお願いしたいのです」

「漣が急ぎたいのもわかるんだ、けどそういう言い方は無しだと思う」

 

プラズマにブッキーまで先任の漣に苦言を言い始める

 

「おや、初対面の時にアレだけあった血の気は何処に?」

 

先任の漣はどうしたというのか、三人に止められてるのに方針転換すら、する素振りを見せない

 

「そう言われると、アレなんだけど、あの時と今とでは事情が変わってる、もう叢雲ちゃんはドロップ直後の新兵じゃない、ウチの叢雲を継ぐ存在としての器を有してる、練度だって私達には届いてないけど、駆逐艦としては高練度だ、相応に対処した方が無難に事が運ぶと思うけど、漣はそう思わないの?」

 

ブッキーがなんか言ってる

 

「叢雲ちゃんの事情は何も変わってない、変わったのはブッキーの見方だ、そんなブッキーの事情に漣は付き合ってられない」

 

ブッキーの言い分に耳を貸す気はない様子の漣

 

「漣、何を焦っているのです、強引過ぎます、それでは得られる協力までも損ないかねません、どうしたというのですか」

 

プラズマ成分を見せつつ言う電に若干押される漣

 

「……アイオワが妖精さんを連れて行く時に、少し聞こえたんだ、本国で誰かが勝手に建造したって、アメリカの建造は人が必要な筈だ、勝手にってどういう事なのか、気にならない?」

 

少しトーンを落としてはいるが先任の漣は話の方向を変える気は無いらしい

 

「人というか、不可分な妖精さんの替わりに人が必要って事でしょ、替わりになるのなら人でなくてもいい筈よね」

 

何と無く先任の漣が焦っている心境が読めてきたので突いてみる

 

「そう、替わりになるのなら、元艦娘妖精を不可分な妖精さんとして艦娘を建造できるって事、艦娘かどうかは結果を見て見ないと何ともだけど」

 

先任の漣の言い分から察するに、どうやら私の読みはニアミス程度には近くに当たった様だ

 

「艦娘の特徴を持つ深海棲艦が建造されたと、漣は考えているの?」

 

疑わしげに五月雨が聞く

 

「可能性は、残念だけど無視出来るほど低くは無い、これまでは烏合の集だったアイツラが指揮統率され、まともな戦術まで使い出したら、艦娘部隊なんて時間稼ぎすら出来なくなるだろうね、只でさえ数の暴力に辛うじて抵抗している状況なんだ、艦娘の数が増えればもう少しマシな状況になるとは言え、それはアイツラが今まで通りの烏合の集であることが大前提、もしアメリカの鎮守府で勝手に建造されたとされるナニモノかがそういった類の存在なら、手段なんか選んでる余裕は無い、数の暴力に対抗するには数を揃えるのが定石だけど、それには時間がかかるのにその時間が無くなったかもしれないんだ」

 

先任の漣は随分と悲観的な事を捲し立てた、それこそ漣の事情になんて付き合ってられないんだけど、ブッキーの事情には付き合わないのに自分の事情には無理にでも付き合わせるという事かな

 

「漣ってば何時から破滅願望なんて持ち合わせてるの?」

 

そう言ったら先任の漣がエライ顔で睨んできた、あまり気にせずに続ける

 

「そもそもの話として、アイツラが艦娘部隊との全面対決なんて事態を意図するというのは、何処の誰が吹聴してるのよ」

「は?アイツラが艦娘部隊と戦わないというのなら、それこそ何処の誰が言ってるんです?じーちゃんだって深海棲艦が攻勢に出る可能性を視てるんだよ」

 

先任の漣ってば、こんな時に百面相しないでよ、笑いを堪えるのも一苦労なんだから

 

「視察官が言っているのは攻勢に出るって話で全面対決ではないんだけど、漣も元艦娘妖精と話はしたんでしょう?もしかして資料として纏めたモノしか見てないの?」

 

私の言い分に百面相からエライ顔に戻りつつ二人並んだ漣達の方を向く先任の漣

 

「ざみちゃん、叢雲ちゃんの言ってる事、わかる?」

 

なんだろう、矛先が桃色兎に向かったんだが

 

「あー、えー、その件については、ちぃ姉様にお任せしておりますです、ハイ」

「えっ!?アタシなの?!」

 

桃色兎の言い分に驚きの声を上げる一組の漣

 

「どういうこと?」

 

先任の漣が多分だけどエライ顔で一組の漣を睨んでる、こっちからは背中というか後頭部と引き攣った笑みが見える、話が長引きそうな気配なので口出ししてみる

 

「あいちゃんがいってた、元艦娘妖精は居場所が確保出来ればそれでいいんだって、居場所が艦娘だろうと深海棲艦だろうと気にしないってね」

「?それが、どうなると艦娘と戦わないって事になるの?」

 

助け舟のつもりだったんだけど、一組の漣はこの船に乗ってくれない様だ、一組の漣より先に先任の漣が聞いてきた

尤も先任の漣の所為で一組の漣は乗りたくても乗れないのかも知れないが

 

「元艦娘妖精は居場所が欲しいだけなのよ、好き好んで居場所を失くすかも知れない行動を起こしたりしないでしょ」

「……つまり、元艦娘妖精が深海棲艦に取り込まれる事でアイツラが戦いを回避する様になると?」

 

疑わし気に聞いてくる先任の漣

 

「そうでなければ今の段階でも艦娘はアイツラに対抗出来ないと思うけど、絶対数が違い過ぎる事は知ってるでしょう」

 

取り敢えず応答はしておく

 

「今の段階って、そんなに、なの?」

 

なんだ?何故そんなに呆気に取られてる?変な事は言ってないんだけど、ドロップ艦なら知っている事でしかないんだけど、ってまさかドロップ時期の違いでアイツラに対しての認識にズレが生じてたりするのかな

 

「叢雲ちゃん、今の段階で深海棲艦はどのくらいなんですか?」

 

固まってしまった漣の代わりに五月雨が聞いてきた

 

「アイツラは基本的に眠っているから正確な数はわからない、けど、全部起きてくればそれだけで海上航路は封鎖されるでしょうね」

「攻撃するまでもなく数だけで封鎖出来るほどに増えているんですか」

 

感心も諦めも感じさせない、時々見せる感情の抜けた無機質な顔、プラズマとは違う方向で色々無理だと思わせる表情を見せる五月雨

 

「あー、私達がドロップした頃はそこまでではなかったんだけど、人との共生に手間取ってるうちにそんなになってしまいましたか」

 

なんだろう、ブッキーは漣の様に悲観的になってない、五月雨の様に感情を抜いた様子もなくいつも通りだ

 

「あの戦いの結果から予測はしていました、いくら統制が不十分だったとはいえ高練度艦をあれだけ集中運用したのに損失が多過ぎました、私達の知る範囲なら多数が無傷で帰って来れる筈だったのですから」

 

プラズマもいつも通りの様子だが、その台詞は聞き捨てられない

 

「それ、視察官にも言ったの?」

 

思わず突っ込みを入れてしまった

 

「勿論です、それを受けて出撃命令が出たのですから」

 

なんだろうね、あの戦いって何処が何をしたかったのか、色んな所が夫々の思惑で夫々の望む結果を求め、何処もソレを手に出来なかった、こうなってくると色々考えるだけ無意味かな

 

「だから、本来は私達も参戦する予定だったんだ、でも直前になって初期艦は新規建造艦と合流して間もないドロップ艦の世話役として残留が命じられた、駆逐艦とはいえ一組も居たから十隻も出撃数を減らしたんだよ、高練度艦を十隻だよ、出撃総数からすれば少ないかも知れないけど、戦況を変えられたかも知れないのに」

「危険な考え方をするんだね、ブッキーは」

 

戦場にタラレバは無い、少数で変えられる戦況なんてフィクションの中にしか無い、私達の戦場は海の上なのにどんな想像を働かせればブッキーの様に考えられるんだろう

 

「危険?ああ、脳天気って方か、なるほど、ブッキーらしいといえばらしいのか」

 

固まっていた先任の漣がようやく帰って来た

 

「なによ脳天気って、それじゃまるでアタシの頭は危険を感知出来ない御花畑みたいじゃないか」

「……そう言ってる」

 

先任の漣が囁いた

 

「えっ!?」

 

聞こえたのか、ブッキーが驚いた声を上げた

 








登場艦娘

研修中の叢雲
教導艦の大和、老提督の秘書艦も兼務してるハズ、やまちゃん呼びされてる

先任(一号)の漣、最初の初期艦の一人、桃色兎からは御姉様呼びされてる
先任(一号)の電、最初の初期艦の一人、稀に良くプラズマ呼びされてる
先任(一号)の吹雪、最初の初期艦の一人、大勢からブッキー呼びされてる
先任(一号)の五月雨、最初の初期艦の一人、桃色兎からは五月雨御姉様と呼ばれることも
先任(一号)の叢雲、最初の初期艦の一人、目覚めない事から眠り姫とも呼ばれてる

三組の漣(桃色兎)、ざみちゃん呼びされてる

一組の漣、桃色兎からはちぃ姉様呼びされてる

アイオワ、アメリカの鎮守府で建造された戦艦種の艦娘、あいちゃん呼びされてる




登場人物

老提督
・研修中の叢雲からは視察官、一期で視察官として鎮守府に来ている時が初対面だったから
・最初の初期艦からはじーちゃん、お爺さん、艦娘部隊発足前から色々あった経緯から
・稀に最初の人、艦娘の言う妖精さんを見る事が出来た最初の人
・一組の漣からは提督呼びされてる

監察官
老提督の決断により上部機関より派遣された、退役軍人、国家代表、元上級官僚、という方々

老兵
・老提督に続き妖精さんを見る事が出来た二人目の人、退役軍人
・老提督と同様に艦娘部隊上部機関に席を用意されてる
・桃色兎からはアメリカのじーちゃん呼びされてる
・現在監察官として大本営を監察中



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52 お話中失礼します

 

 

 

「お話中失礼します」

 

いきなり聞き覚えのない声がかかった、見れば自衛官らしい人と視察官が居た

 

「じーちゃん!どうしたの?こんな所に随伴引き連れて」

 

先任の漣が真っ先に応答した、が、視察官と漣の間に自衛官が割り込んでいる

 

「護衛など要らんよ……」

「そうはいきません、艦娘が人に砲撃を加えんとした、事実は事実として受け入れねばならないのですから」

 

ウンザリ気味の視察官は兎も角、護衛の自衛官はなんか漲ってる、なんだろうねぇ

 

「お互い忙しい身の上なんだから、手短にいきましょう、それでいいわね」

 

護衛の自衛官に宣告する、異論は認めない

 

「はぁ、叢雲さん、彼等を刺激しないで貰いたいのだが」

 

なにを言ってる、刺激してるのは護衛の自衛官達だ、なんで自衛官が拳銃なんて携帯してるのか、これみよがしに腰に似合いもしないホルスターをぶら下げてるし

 

「自衛官って警察官じゃないから銃は携帯しないんじゃなかったっけ?」

 

ブッキーよ、その言い分は先任の漣の言い分を肯定してるぞ、自覚してないのか

 

「任務次第では自衛官も銃を携帯することもあるんですよ、艦娘さん」

「やめないか」

 

視察官が割り込んで止めた、のはわかるが、自衛官が不満そうだ

 

なるほど、無関心か排除関係にしかならないと言っていた視察官の主張はこういう事か

こんな関係を散々見せられたら、艦娘と自衛隊で共同戦線を張るなんて絵空事、それを成している司令官に期待してしまうのも心情としては分かる、でも現実は心情など汲んではくれない

 

「手短に、という事ですが、御用の向きは何でしょうか」

 

あっ、五月雨の機嫌がとても悪い、ここまで明から様に機嫌を損ねてる五月雨は初めて見た

 

「幾つか報告しておこうと思ってね、それとここの進捗状況の報告も貰いたい」

 

あー、視察官が諦めた、仕事モードで要件だけ済ませる気だ、そう誘導したとはいえ、なんか納得いかない

 

「それだけなら秘書艦を使いに出せば済むんじゃないの?」

 

取り敢えず探りを入れてみる

 

「直に報告を受けると、老提督のお考えだ、艦娘が口を挟むことではない」

「護衛は要らんと言っているのが分からんのか!」

 

おおう、視察官も色々溜まってる様子、余計な口を出してきた護衛の自衛官を一括したよ、いいのかな

 

「老提督、我等は監察官より護衛の任務を受けております、拒否はお互いに得策ではない」

 

なんだろうね、この人達本当に自衛官?司令官の鎮守府で会った人達と全然印象が違うんだけど

 

「大和の対テロ行動でアメリカが引いてしまった影響ですか、他の国が監察官達を護衛の名目で監視下に置きに来ていると」

 

電が感情のカケラも乗っていない言葉を吐き出す、なんかマズイ流れになってない?

 

「艦娘なら海で戦え、陸で遊ぶ余裕など持ち合わせてどうする気だ」

 

なに、この人達、艦娘に敵意を向けて来るんだけど、どういう事なの?

 

途惑いを持て余していたら誰かがこちらに呼びかけて来た

 

「貴官等こそ、そこでなにをしている、それに監察官より任務を受けている?その監察官の名を言え、監察官である私は承知していない」

 

「アメリカのじーさま!」

 

真っ先にに応答したのは桃色兎だ、そういえばさっき食堂で一緒だったと言ってたっけ

それにしても護衛の自衛官達はどうしたのか、老兵と呼ばれてる監察官が姿を見せたら急に大人しくなってしまった

こちらに歩みを進めながら老兵が問う

 

「貴官等の官位姓名を聞いておこう」

 

応答しない護衛の自衛官達

 

「無いよ、彼等は自衛官であっても自衛隊員では無い、政府もどこまで関わっているのか、判断しかねる様な所属なのでね」

 

老提督から説明が入る

 

「タカ派の実働部か、この件は上部機関を通じ日本政府に厳重に抗議する、また、政府間情報共有協定に基づき抗議内容は艦娘部隊に協力する国家と共有される、異議があるなら聞くが?」

 

こちらの間近にまで距離を詰め護衛の自衛官達と対峙する老兵、監察官の登場から一言も発する事なく護衛の自衛官達は老提督を置いて去ってしまった

到底自衛官としてはあり得ない行動であるし、なにより自衛官でも自衛隊員では無いとは、どういう事なんだろう、人の組織の都合ではあるのだろうけど

護衛の自衛官達の姿が見えなくなってから老兵が口を開いた

 

「電といったな、アメリカは引いてなどいない、今は少し混乱しているだけだ、だからそんな恐い顔するな」

 

言いながら電に近づきその頭を撫でる老兵と呼ばれてる監察官

驚くのはあのプラズマが大人しく撫でられている事だ、視察官の時程ではないけれど、とても柔らかい表情を見せている

 

「そちらは済んだのかね、本国から連絡があった様だが」

 

老提督が老兵に聞いてる

 

「司令官に来た話で私に来た訳では無いよ」

 

気軽に答える老兵、この二人の老人は艦娘が人と共生関係を構築する際に尽力してくれたと聞いてる、その事は妖精さんを通して多くの艦娘が知っている、知らないのはドロップ直後の新兵だけだ、それも入渠で情報共有されるまでの話だけど

 

「視察官の報告というのは?」

 

兎も角話を聞いてみない事にはなにも判断出来ない

 

「秘書艦が良く働いてくれるお陰で、こちらは予定通りに事が運べる、そちらの予定は順調かね」

 

秘書艦という事は五十鈴か、大和は拘束されてるって言ってたし、大和が拗ねたりしないか気になるが、あの大戦艦なら大丈夫だろう

 

「予定より早く妖精さんを引き上げられて滞ってる、それで叢雲ちゃんに協力を仰いでる所」

 

先任の漣が答える

 

「?失礼だが、こちらの初期艦はドロップ直後だと聞いている、何故協力を求める」

 

老兵が聞いて来た、まあ、事情を知らない人から見れば当然の疑問ではあるんだけど

 

「叢雲ちゃんはウチの叢雲を継ぐ存在、今は補佐くらいだけど、いずれ補佐ではなくなる」

 

ブッキーが答えた

 

「あの眠り姫を継ぐ存在?」

 

いまひとつ意味を掴みかねている様な老兵

 

「そう、本人から頼まれたんだって、今朝の入渠でもそれが事実である事は確認された」

 

一組の漣が応えた

 

「よくわからないが、新設している工廠を稼働させるのに叢雲さんの協力が必要だと」

 

視察官から聞いて来た

 

「厳密には叢雲ちゃんがウチの叢雲から受け継いだ妖精さんの協力が必要、アメリカの鎮守府と大本営とでは色々違いがあって、そこの差異を吸収なり整合させられる可能性を持つ妖精さんは、あの特異な鎮守府を作り上げた妖精さんだけ、残念ながら、私達を含めて大本営にいる妖精さんには出来ない」

 

先任の漣から説明が入る

 

「違いとは?」

 

老兵が聞いてくる

 

「一番の問題となっているのは資材と資源、厄介な事に工廠で使う素材が違うんだ、こっちの妖精さんは資源を扱えない、大量の資源と多くの時間をかければどうにかなるんだろうけど、そんな悠長な事をしてる時間はない」

「叢雲ちゃんの話だとあの鎮守府では艦娘だけで再資材化が出来るって事だし、現状でもあの鎮守府から出張ってる艦隊は鎮守府に戻らず特定海域で継戦してる、なんらかの手段で洋上補給を受けているのは間違いない、そうでなければこんな長期間特定海域に張り付いてられないし、何らかの手段を有してるんだと思う」

 

先任の漣に続いて一組の漣から説明が入った

 

「つまり、資材の活用についてあの鎮守府の妖精さんは大本営の妖精さんより長けていると」

 

こちらはイマイチわかってない感じの老提督

 

「そういう事、資材と資源、似ている様で全く違うからね、資材の解析は自衛隊では匙を投げてるし、あいちゃんの話でもそこは確認されてる、こっちは資源を使う機会があるとは思ってもなかったからその辺りは全くフォローしてないんだ、もういっその事あの鎮守府にこの工廠を新設したいくらいだよ」

 

そう言う先任の漣の言葉になにを思ったのか視察官と老兵が顔を見合わせた

 

「長期間に及ぶ継戦、確かにそうだな、あの鎮守府の備蓄資材はどのくらい残ってる」

「正確にはわからないが、多くはないだろう」

 

老兵と老提督でなにやら始まった

 

「大本営は遠征による資材備蓄を再開したのだったな」

「上部機関による大本営の制圧行動が完了した時点で再開させた、どう動くにしろ資材は必要になる」

 

老兵がなにやら考え込んでるんだけど、なにを考えてる

 

「私に考えがある、上部機関に提案して来よう、了承を得られるのなら実行できる様に準備してくれ」

「上部機関の了承は簡単には得られない、どうするのだ」

 

「先のアイオワの建造公開の件で上部機関の本会議が開催される、その準備段階として幾つかの作業部会が開かれる予定だ、そこで提案して了承を取り付ける」

「あの艦娘さんは司令官と共に本会議に出席する予定だったな、急遽帰国してしまったが、そこは良いのか」

 

「そんな事はアメリカの事情だ、老提督が気にする事では無い、が、お人好しのお前さんの気苦労を減らす為に言っておくと、司令官候補がチームを組んでアイオワの資料を抱えて準備してる、なにも心配する事はない」

 

「確か、アメリカの司令官候補って全員士官学校を卒業してなかった?」

 

先任の漣から突っ込みが入った、士官学校?という事はあいちゃんだけでなく全員軍人なのか

 

「物知りだな漣は、その通りだ、アメリカでは士官学校で司令官候補を探した関係でそうなった、日本の様に一般公募しなければ見つけられない程人材不足では無い」

 

あ、視察官が若干苦い顔をした

 

「アメリカの豊富で優秀な司令官の話は分かったから、この新設する工廠をどうするの」

 

話が長くなりそうな気配を感じたので戻って来てもらおう

 

「当座は続けてくれ、但し上部機関の了承が取れ次第場所を移す、お前さん等の言う引き籠もり達と一緒にな」

「では、私は彼と連絡を取り受け入れを要請しよう」

 

そう答える視察官、なんかとても御気軽に言ってる様に聞こえるんだけど、司令官の現状を忘れてない?

 

「聞いた限りではあの司令官、提督は相応に対処した方がいい、民間上がりの素人などと思わない事だ」

 

老兵の言葉に苦笑いの老提督

 

「知っている、直接会っているからな」

「……視察に行ったんだったか、余計な事を言った、忘れてくれ」

 

そう言うと老兵は足早に立ち去った、それを見送る形になった初期艦達と老提督

 

「アメリカのじーちゃんはあの鎮守府を移設先にする気だけど、じーちゃんはどう思う」

 

先任の漣が聞く

 

「何か異論があるのかね」

 

なんでも無い様に聞き返す視察官

 

「あの鎮守府の司令官、佐伯司令官は少し研修を受けただけの素人だよ、鎮守府での運営資料を集めるのなら失敗も資料的価値がある、でも実働隊はそういう訳にはいかない、指揮を任せていいの」

 

不安な様子を見せる先任の漣

 

「実働隊の指揮なら既に取っている、人員増加に伴う問題は優秀な秘書艦を配置しようと考えている、それでも不安かな」

「……やまちゃんをあの鎮守府へ、移籍させるの?」

「拘束された四人の内、大和だけが未だに解放されない、多少の強引さはあるが、大和を監察官の取り巻きのオモチャにされたくない、それに彼ならば大和を有効に活用してくれるだろう」

 

オモチャって、取り巻きって、今の大和はどんな状況にいるんだ、厳格な手続きに基く調書作成に協力してるんじゃないのか

 

「叢雲さん、大和は貴方の教導艦だが、事情により変更しなければならなくなる、今後は天龍さんを教導艦として貰いたい」

 

視察官から教導艦の変更を告げられた、それをこの場で言ったのは、私が余程何か言いたげな顔をしていたからだろう

大和をオモチャにとか、言ったのが視察官でなければ、詳細を問い詰めている所だ

相手が視察官だから無理矢理に抑えこんだのを見つかってしまった

 

「それなら叢雲ちゃんをあの鎮守府の初期艦として正式に配属するのは?そうしたらやまちゃんも教導艦を続けられるし、引き籠もり達を引率するのが秘書艦の役割なんでしょ」

 

「……言いたい事はわかるつもりだ、しかしそこまで露骨な贔屓は誰も喜ばない、無用で無益な言動を誘発しかねない、現在の状況で余計な手間を増やす事は避けたい」

 

「天龍を教導艦にって話だけど、それって天龍達は了承してるの?」

 

相変わらず私の知らない所で勝手に話が進んでいる様だ、大人しくしてたら流されるだけ、ムリにでも自力で進まないと、司令官の叢雲を継ぐ事は出来ない、と思う

 

「天龍さんなら拒否はしないだろう、何かそうなる根拠があるのかい」

 

私の意図するところがわからない様子の視察官

 

「根拠って、人に仕事を振るならちゃんと話しを通しなさいよ、視察官は元海自の偉いさんなんでしょう?根回しの重要性を忘れたの」

 

「?彼、佐伯司令官にはこれから話す、今出て来た話なのだから根回しと言われても、困る」

 

「天龍に教導艦変更の話をしたのかって聞いてるのよ、なんでこの話の流れで司令官が出てくるの」

 

「天龍さんが了承してくれる事はわかっている、了承を取り付けるのが難しい彼との交渉に時間を要する、そちらから話を通していくから順番的に彼から了承を得てから天龍さんに話をする事になるからだが、なにか不審な点があるのかな」

 

私の言い分に答えてくる視察官、どうやらお互い事の運び方にズレがある様だ

 

「ああ、優先順位なんてそれぞれの頭の中にしかないからね、こういうちょっとした齟齬が積み重なっていくと、どうにもならなくなるんだ」

 

漣がなんか言ってきた

 

「だから、鎮守府司令官は艦娘と話をする様に研修では勿論、書面でも通知されますからね、佐伯司令官の場合は妖精さんともよく話す様に通知されてると思いますよ」

 

五月雨が続いた

 

「それをするには、普段から司令官が艦娘に話しかけていないと、司令官という立場に変に拘ってしまうとお互いに話辛い雰囲気が出来上がってしまうよね」

 

ブッキーよ、おまえもか

 

「大本営の士官達はソコを気にし過ぎました、それだけでなく組織人としての在り方にも、結果、艦娘には話では無く命令しか出来なくなってしまった」

 

プラズマもなんか言いだした

 

「ウチの叢雲は佐伯司令官とは初対面の時からアレでしたし、大人しくしてるなんて事はなかったんでしょうね」

 

五月雨はなにを楽しそうに話してるんだ

 

「そりゃね、戦艦が建造出来たって教導を買って出て戦力化してしまうくらいだから、遠慮なんて概念は施設に置いて来てたよね」

 

ブッキーのそれは、なんだ?

 

「遠慮もないままに行動してもウチの叢雲は司令官との関係を破綻させなかった、現に佐伯司令官は未だにウチの叢雲を保護してる、漣は破綻が見え隠れしてたから、あんまり強く出れなかったかな」

 

「うーん、そういう意味では五月雨も遠慮せずに行動出来たのか、司令官の考えが良く分からずに様子を見ている事が多かったと思います」

 

「電はこの姿の所為で御飾りでした、何を言っても真剣に取り合ってもらえず、戦果を持って意見しようと艦隊行動を取ったらアイツラに目を付けられて出撃禁止を言い渡されて、どうにも出来ませんでした」

 

「皆んな色々あるんだね、私なんて司令官の指示を熟すだけで精一杯だったよ、正直周りを見てる余裕とかなかったかな」

 

なんだそれ、熟練の駆逐艦が熟すだけで精一杯?ブッキーの司令官はどんな指示を出してたんだろ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







登場艦娘

研修中の叢雲
教導艦の大和、老提督の秘書艦も兼務してるハズ、やまちゃん呼びされてる

先任(一号)の漣、最初の初期艦の一人、桃色兎からは御姉様呼びされてる
先任(一号)の電、最初の初期艦の一人、稀に良くプラズマ呼びされてる
先任(一号)の吹雪、最初の初期艦の一人、大勢からブッキー呼びされてる
先任(一号)の五月雨、最初の初期艦の一人、桃色兎からは五月雨御姉様と呼ばれることも
先任(一号)の叢雲、最初の初期艦の一人、目覚めない事から眠り姫とも呼ばれてる

三組の漣(桃色兎)、ざみちゃん呼びされてる

一組の漣、桃色兎からはちぃ姉様呼びされてる

天龍達、大本営には三隻の天龍がいる、遠征隊統括艦娘

アイオワ、アメリカの鎮守府で建造された戦艦種の艦娘、あいちゃん呼びされてる




登場人物

老提督
・研修中の叢雲からは視察官、一期で視察官として鎮守府に来ている時が初対面だったから
・最初の初期艦からはじーちゃん、お爺さん、艦娘部隊発足前から色々あった経緯から
・稀に最初の人、艦娘の言う妖精さんを見る事が出来た最初の人
・一組の漣からは提督呼びされてる

監察官
老提督の決断により上部機関より派遣された、退役軍人、国家代表、元上級官僚、という方々

老兵
・老提督に続き妖精さんを見る事が出来た二人目の人、退役軍人
・老提督と同様に艦娘部隊上部機関に席を用意されてる
・桃色兎からはアメリカのじーちゃん呼びされてる
・現在監察官として大本営を監察中

護衛の自衛官達
老提督が言うには自衛官だけど、自衛隊員ではない、変わった所属の方々

アメリカの提督
アメリカの鎮守府に着任している司令官、但し扱いは研究施設で実態としての鎮守府とは異なる

佐伯司令官
・増設された鎮守府に着任している司令官の一人
・先任の叢雲を保護している
・現在日本周辺海域の深海棲艦対応に追われてる
・研修中の叢雲が司令官と呼んでる人



その他
・増設された鎮守府は最初の初期艦の数と同数の五箇所
・現在四箇所が機能不全を起こして艦娘の運用を取り止めている
・大本営は上部機関の直接統括下に置かれ機能停止させられている





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ー6期ー
53 なんだ?コレは


 

 

 

 

7月1日

 

 

「なんだ?コレは」

 

執務中に事務艦が目の前に差し出して来た紙切れに書かれている文字をつい読んでしまった

 

「なんだと仰られても、大本営からの指示書ですが」

 

この事務艦どうあっても私の神経を逆撫でしたいらしい

 

指示書だ、なんて事は見ればわかる、私が言っているのはそこに書かれた指示内容だ

 

「大本営の機能を一部移転するとは、どういう事だ、こっちは他の鎮守府が機能停止しているツケを肩代わりしてる最中なんだぞ」

 

「大本営に問い合わせますか」

 

「勿論だ、詳細を細大洩らさず聞き出してくれ」

 

「わかりました」

 

事務艦はそう言って執務室を出た、事務艦とはいえ何も思う所がないのかと少しの疑問を感じた

なにしろ以前抗議文を送ったからか、その返信以降こちらからの問い合わせやら確認事項やらの返信が無い

平たく言って無視されてる、開封通知は来ているのだから

大本営への通信は艦娘を介して行う仕様に何故かなっている、本来は初期艦がそれを行う

司令官がそれを行う場合は直通回線の電話を使う、自動録音機能付きという素敵仕様な古めかしいデザインの電話だ

ウチの場合は相応の事情で事務艦が担当しているが、全く大本営はロクな事をしない

今回の問い合わせ、ちゃんと返信が来るんだろうな、今回も無視する様なら……

 

 

 

 

 

今の所出撃させた四艦隊はこちらの思惑通りの働きを見せている、その働きを維持するのにもう二個艦隊を補給隊として資材採掘地と鎮守府と三艦隊を貼り付けた三つの海域を定期周回させている、戦闘隊として編成されたものの練度的に不安のある一艦隊は補給隊の護衛として周回航路を警戒させている

 

尤もどの海域でも自衛隊の哨戒網の範疇で有り艦娘艦隊が目視で発見するより遥かに遠くで目標となる深海棲艦を発見、こちらに正確な位置を知らせてくれている

遠くで目標を発見してくれる目があるから艦娘艦隊が深海棲艦に対し優位な位置取りで戦端を開けるし交戦時間も最短で済ませられる

交戦時間が長くなる殲滅戦ではなく追い払う事を目的にした威嚇戦に徹して継戦時間の最大化を指示している事もその要因だ

鎮守府に乗り込んで来た自衛隊の方々は威嚇戦なんて指示を出した私に不満がある様子だが、面と向かって文句は言って来なかった

 

深海棲艦と仰々しい呼称が付いているが、頭(旗艦)を失くせば逃げる様な手合いだ

どこかで野生動物の様なモノと評される所以でもある

自衛隊が対応して取り逃しでもしたらマスコミの恰好の餌食にされるだろうし、世論を気にする政治屋の突き上げもあるだろう、結果として殲滅戦になってしまう

そんな事情もあり自衛隊の方々がお高い装備品の消耗を極力避けつつ実績だけは最大化しようと艦娘部隊を活用するのはわからないではない、予算の確保も大変だろうし

 

艦娘部隊の目的は海上航路の安全確保であり、艦娘達が無理を押してでも接敵した深海棲艦の全てを沈めなければならないという決まりも取り決めも無い、艦娘部隊は国家組織ではないのだから国防とは無縁だ

こちらとしては抗議されたら、即時撤収する気だったのだが、残念な事に仕事に励まなければならなくなった

 

正直な所六個艦隊を同時運用するのは初めての事だ、出来ればやりたくなかった

只でさえ通常の指定海域よりも広大な海域に艦隊を展開している、これだけでも厄介事なのにそこに補給部隊を周回させなければならない

こんな運用は自衛隊哨戒網から各艦隊の正確な位置情報がリアルタイムで入って来なければ頼まれたってやらない、というか出来ない

 

なにしろ艦娘にGPSは搭載されていない、盛大に無線連絡を使えば海域での合流はできるだろうが、深海棲艦に艦隊の位置を教える事になり闘争or逃走の選択権を握られてしまう

追い払うにはこちらがその選択権を保持し深海棲艦には逃走の選択しか与えない事だ

その為には自衛隊の哨戒情報は欠かせない

 

しかしここにも厄介事はある、自衛隊の哨戒情報は確かに当てになる、なるのだが、正解率が十割とはならない、結果として艦娘自身の目と耳と装備でも周囲を警戒する必要がある

つまり、海域に張り付いている三艦隊は見張りを立てなければならず、交代で小休止を取るしかない

補給隊は長距離を移動する上に資材を運ぶ都合で艦隊の警戒任務は出来ない、海域に張り付いている三艦隊は其々に編成された艦娘だけで対処しなければならない

 

人なら二日と持たないハードワークだ、それをウチの艦娘達はもう八日も継続している

そこに何を考えているのかさっぱりわからない大本営から機能の一部移転の指示が来た

あのクソ官僚共一体全体何を見ているのか、ウチの鎮守府の何処にそんな指示を履行出来るだけの余力があると見ているのか

 

肩代わりし始めた初日から出してる問い合わせは完全に無視してやがるし、あまりの無視振りに支援要請は自衛隊経由で出して貰ったがこっちも無視りやがった

これだけ無視した挙句に意図不明の指示を出して来やがった

 

これはもう、イイよね、ガマンする所じゃないよね、無視されるだろうが、抗議してやる

無視されたら、その事実を以って、上に直訴してやる、本来禁じ手なんだが、そんな事言ってられない、これ以上の継戦は資材的にも無理があるし、何より艦娘達の体力精神も危険な状態になりかねない

上に直訴したらクビになるだろうが、司令官の椅子の為に艦娘を犠牲にする気は無い

 

あーあ、折角高待遇な職に就けたと思ったのにな、仕方ないね

 

 

 

 

 

「司令官、こちらに向かってくる艦娘部隊を捕捉したが、何か聞いていないか」

 

鎮守府に乗り込んで来た自衛隊の方々が詰めている移動指揮所に顔を出すなり、聞かれた

 

この移動指揮所には出入り口の限られた範囲にしか立ち入れないが、それでも自衛隊と無関係な私の入室を許容している辺りに自衛隊側の事情が窺える

 

「艦種の特定は出来ますか」

 

「戦艦種の艦娘が先導している、周囲に駆逐艦種と思しき艦娘も確認してる、それらが中規模の旅客船らしい船を伴っている」

 

「先ほど通達がありました、大本営の機能の一部をこの鎮守府に移転させるそうです、正式な通達なので私には拒否権がありません」

 

「?」

 

私の話に首をかしげる自衛官、いや、相手は移動指揮所責任者なのだから自衛官というより司令官という方が正しいのだろうが、こちらと被ってしまう為に適切な呼称が定まっていない

 

「失礼を承知でいうが、こちらの鎮守府はほぼ全ての所属艦娘を動員して作戦行動中ではないのか、更に任務を追加されたと、いうのか」

 

「その点について事務艦に問い合わせてもらってます、返答があればいいのですが」

 

こちらからの通信に大本営が応答して来ない事は自衛官達にも知られている、なにしろそれを理由に自衛隊経路で大本営に要請を伝えてもらったから今更隠しようもない

 

「という事は、今問い合わせている最中か」

 

「そうです、捕捉した艦娘部隊がこちらに到着する予定時刻はいつになりますか」

 

「五、六時間と言ったところかな、旅客船の船速に合わせている様で船足が遅い」

 

「差し支えなければ、そちらからも問い合わせてもらえませんか、正直な所、事務艦の問い合わせに返信があるとは思っていませんし、最悪の状況を想定して下さい」

 

私の言う最悪の状況の意味を理解した様で自衛官が眉を顰めた

 

「早まった行動に出てくれるなよ、自衛隊としては司令官の要請を全面的に支援している、その点は考慮してもらいたい」

 

「それは理解しているつもりです、ですが、大本営のやりように何時迄も我慢し続けると言うのは、無理です」

 

「……」

 

この鎮守府の状況については憲兵が駐留している事もあり、自衛隊側には詳細に知られている

これこそ今更どうにもならない事なので隠し事は諦めている

詳細を知っているからこそ、自衛隊の指揮所責任者も横車を押し難いのだろう

 

その後は指揮所に寄った要件を済ませて各艦隊に航路指示、行動計画を伝えた

 

 

 

 

 

 

執務室に戻った、何故か事務艦が司令官席に座って直通電話を使っていた

執務室の扉を開いたまま固まった私に気が付いた事務艦が受話器の挿話口を押さえて言って来た

 

「直通電話の無断使用をお許し下さい、通信ではラチが明かなかったので直接対話による情報の聞き出しに切り替えました、必ず司令官の御要望である問い合わせへの返答を取り付けます」

 

何を言っているんだ、と先ず思った

通話による返答を取り付けるのは司令官の役割で事務艦は通信による返信が無ければそれを報告するまでが仕事だ

司令官に代わって大本営に文句をいう事は事務艦の職務には無い

 

「司令官のお考えはわかります、初期艦には及びませんが私も相応の時間を司令官に仕えています、ヤケを起こしてはいけません」

 

そこまでいうと事務艦は電話口に何か言い始めた

 

なんか、事務艦の口調が何時もとかなり違う、以前の留守番対応とは逆方向で極めて感情的と言っていい口調なんだが、どういう事だろうか

 

「何度も言わせないで下さい、司令官は明確な回答を求めておられます、事務艦として司令官の御要望を何時も満たせないとなれば事務艦としての職務遂行能力が問われます、貴方方は私に解体申請を出せと言いたいのか!?そんなに事務艦が目障りか?!……違うと言うのなら、話の出来る相応の立場にある人を電話口に連れて来なさい……連れて来いと言っている」

 

おおう、なんだ!?事務艦が聞いたことのない恐しくドスの効いた声を電話口に吐いてるんだが?!

 

「……こちらに向かっている船団?そこに全権委任された秘書艦が同行している、機能移転の全権は秘書艦が持っているから大本営に問い合わせをされても答えられない?なんですかそれは、秘書艦という事は艦娘ですよね、司令官をその秘書艦の指揮下に入れろと?それが大本営の決定ですか!?」

 

なんだか、ややこしい話になってる様子、机も事務艦に占拠されてて執務も出来そうにないし、ちょっと一服して来よう

 

 

 

 

 

 

「なにを黄昏てるんだ?」

 

休憩所でボケ〜と一服してたら声をかけられた

そちらを見れば隊長が呆れた顔をしていた

 

「執務机を事務艦に占拠されてしまった、暫く掛かりそうだから取り敢えず一服してる」

 

「……割と余裕があるんだな」

 

呆れ顔のまま言う隊長の云わんとする所はわかる、わかるがあの状態の事務艦から机を取り戻すだけの気力は過労気味の現状では湧いて来ない

 

「こちらに向かっている艦娘部隊と連絡が付いた、なんでもこの鎮守府への移籍部隊と言っているそうなんだが、そうなのか?」

 

「……機能移転の通達はあった、それに伴う人員の移動やらはあるだろう、移籍という話は来ていないが」

 

「なんだか随分他人事だな、お前さんの鎮守府の話だろ」

 

「所詮雇われ司令官だ、上の都合次第でどうにでもされるだろうし、こっちには抵抗手段は無い、契約打ち切りと言われたらそれまでだ、司令官職の契約上そういう事になってる」

 

「?契約打ち切り、誰が打ち切るんだ?司令官はなんの契約の話をしている?」

 

疑問形が連なる質問をされてしまった、隊長には私の言い分が余程不自然だったらしい

 

「艦娘部隊との司令官職の契約の話だ、そもそも現状を越権行為として糾弾されたらこちらには抵抗手段が乏しい、なにしろ指定海域の外の海域にまで所属艦娘を配置しているんだ、本腰入れた裁判にでもなったら私は有罪で懲役だろうな、優秀な弁護士に知己は無いし、国際裁判なんて日本の弁護士でも良いのかすら知らんし、費用と期間がどのくらい掛かるのか見当もつかない、只の一般市民に耐えられる負担では無いだろう事ぐらいしか思いつかん」

 

「待て待て、何の話をしてる!?」

 

隊長が慌てた様子で言って来た、何のって艦娘部隊との契約の話だが

私の様子を見て何を思ったのか隊長が続ける

 

「司令官は何か思い違いをしている、艦娘部隊との契約はそういう事態から司令官を保護する為の契約になってる筈だ、司令官の法的な身分保障は勿論、艦娘の運用や鎮守府運営に伴う特権的な免責事項が契約の骨子になってる、と聞いているんだが?!」

 

「そんなもん対外的な宣伝文句だ、実際の契約書を見た事ない相手にしか通らない美辞麗句ってヤツだな」

「……もし、司令官の言っている事が本当なら、重大事案だぞ、その契約書、見せてもらえないか」

 

「悪いが、契約書自体も守秘義務の範疇でね、私に違約金を払う資金はないよ」

 

「……そうか、そんな契約になってるのか」

 

そう言いつつ立ち去る隊長

なんだろ、隊長が怖い顔してたんだが

さて、こっちは執務室に戻ってお仕事しましょうか

 

 

 

 

 

執務室に戻った時には事務艦はいなかった

その内戻るだろうと気にせず執務を片付ける

なにんしても資材が足りない、採掘地込みで周回させているとはいえ採掘する側から消費されて行き収支はマイナスのままだ

そこを備蓄資材で補ってはいるが、もう時期それも出来なくなる

 

本来こういった規定外の行動には上部組織である大本営の承認がいる

その問い合わせを再三しているのだが、既読通知が来るだけで肝心の返信が来ない

大本営の承認があれば資材供給を始め様々な支援を受けられる筈なのだが、それらの問い合わせにも返信が来ない

クソ官僚共の嫌がらせかと思って自衛隊経由で要請を伝えてもらったが結果は変わらなかった

つまり、こちらを意図的に無視している、と結論付ける以外に無い状況だ

 

そこに来ていきなり大本営の機能の一部を移転させるときた

最早大本営が何を考えているかなど、どうでも良い

司令官職に就いた者として艦娘達の保護を優先させるつもりだ

ただ、これをすれば私はクビになるだろう

司令官職に就いた者は艦娘の運用と鎮守府の運営を滞らせてはならない、それが出来ないと判断されれば契約を解除、即ちクビになる

一般的な言葉に直すのなら、職務怠慢とか契約不履行というヤツになるのかな

 

そうなった時、どんな手を使えば艦娘達を保護出来るのか、それが思い付かない

ソコさえ解決すれば直ぐにでも行動に移すのだが、クビになったらそのまま艦娘達は勿論大本営とも艦娘部隊とも交渉の機会はなくなる

只の部外者でしかなくなる私に大本営或いは艦娘部隊に艦娘達の保護を継続させる材料は、あるのだろうか

なにか見つけなければ、そうしなくてはただ艦娘達を放り出すだけになってしまう

出来の悪い司令官の指揮下に居たというだけのあの子達から不利益に成り続ける存在などという評価は受けたくない

そうならない手段は、どこにあるのか、未だ視えない

 

 

 

 



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54 こちらの鎮守府に配属となりました

 

 

 

 

 

 

 

 

7月2日

 

 

「本日付けでこちらの鎮守府に配属となりました戦艦、大和と申します、以降よろしくお願いします」

 

例の船団が鎮守府に到着した、その一行を率いて来た、戦艦の大和

到着後無線でのやり取りがあった様だが事務艦に任せっきりで私は関与していない

どんな遣り取りがあったのかは兎も角、船団の行動を見る限りあまり友好的ではなさそうだ

まあ、大本営から来た船団な訳で期待もしていないが、向こうは私(司令官)との面会要請を出して来た

通知は来てる事だし断る訳にもいかない、何より状況の説明をしてもらわないとこちらも困る

 

そんな訳で執務室での面談が始まった、この戦艦どういうつもりか配属になったと言いつつも辞令を持っていない様子、辞令もそうだが正規の行動計画書すら持って来ず手ぶらなんだが、それらを提示して来ないと話が始まらない、挙句に船団は鎮守府沖に投錨、駆逐艦はその周囲に配置されたままだ

 

「当鎮守府へようこそ、最初から無礼で申し訳ないが、こちらの都合で歓待式やら所属艦娘総出での出迎えが出来なかった事をお詫びする」

 

儀礼的に頭を下げる、面談に先立って事務艦が調べた資料によるとこの戦艦種、大本営では相応の所属期間がありVIPへの応対を一手に引き受けて来た交渉の本職だそうだ

変に揚げ足を取られて主導権を持っていかれては堪らない

 

「お気遣い感謝いたします、ですが、当船団はこの鎮守府に遊びに来た訳ではありません、どうかお気になさらないようお願いします」

 

当たり障りのない応答だ、しかしこのままでは時間の無駄使い、少し踏み込んで見ることにしよう

 

「そう言っていただけるのなら話は早い、率直に言って当鎮守府は現在所属艦娘のほぼ全てを動員した作戦行動中だ、そこに機能移転とはどういう意図なのか、簡潔に説明願いたい」

 

「機能移転は最終的な目標であり、その前段階を一段づつ超えていかなければなりません、差し当たっては工廠を増設する必要があります、この工廠は国外の鎮守府にて改装された工廠を参考に再設計された新式の工廠となります」

 

「?そんなたいそうな工廠を何故ウチに作る、大本営に作っておけば何かと役立つだろう」

 

「大本営での増設は既に成されています、この増設は所属艦娘が増えるこちらの鎮守府の運営を見越してのものです」

 

「?ならば、新式の工廠である必要がないな、非常に言いにくい事だが、こちらには何処かと違い永遠に腹の探り合いをする様な暇はない、先に述べた様に所属艦娘総出での作戦行動中なのだ、ここで話をしている時間そのものがどういう時間なのか、考慮して頂きたい」

 

時間稼ぎは沢山だ、早く本題に入ってもらいたい

 

「……全てを話すとなると、とても長いものになります、簡潔にとのご要望でしたので掻い摘んだ説明になってしまいました」

 

なるほど、こちらは聞いている時間が無い、向こうは出来る限り情報を出したくない、或いはこの話をする相手は私では無いという事なのかも知れない

つまり、黙って言う通りにしろと、そういう事か、大本営のクソ官僚共にそういう入れ知恵をされて来たのか

 

「お茶を、どうぞ」

 

どこにいたのか、事務艦が茶と茶受けを持って来た、ただ私と戦艦の雰囲気に戸惑っている様子だが

 

「ちょうどいい所に来た、紹介しておこう、こちらはあの船団を率いて来た戦艦の大和、今お茶を持って来てくれたのがウチの事務艦だ、私は艦隊の指揮に戻らねばならない、事務艦に詳細を説明してもらえないだろうか」

 

え?と戦艦と事務艦が私を見る

 

「問い合わせの回答は得たのだな」

 

こちらを向いた艦娘の内、事務艦向かい聞く

 

「それはモチロンです」

 

言いながら書類を出して来た、仕事は優秀なんだよな事務艦は

 

「ありがとう、これには目を通しておく、それと沖に停泊中の船団を気にかけてくれ」

 

大本営の意図がどうあれ艦娘達を無下に扱う事は出来るだけしたくない

 

「わかりました」

 

事務艦の返答を聞いて執務室を出た

 

 

 

 

 

渡された書類を読みながら自衛隊の方々が詰めている指揮所に向かう

事務艦が聞き出した話を要約すると、大本営が機能停止しているからその肩代わりをしろと、その為の増員として艦娘を送って来たらしい、それが移籍組

あの旅客船には資材も相当量積み込まれているとの話で使用目的に制限が付いておらず、こちらの裁量であるだけ使っていいと来た

なんだろうねぇ、嫌な感じしかしない、少なくとも司令官職に就いた時に聞いた話とはかけ離れた事態になって来ている事だけは間違いない

 

「司令官!」

 

呼ばれて顔を上げると鎮守府に残留している駆逐艦がこちらに走って来た

 

「どうした?」

 

「外に船が来たみたいだけど、応援?」

 

「だと、いいんだが、どうも違う様で扱いに困ってる」

 

「違うの?」

 

「違うというか、私の思っている様な応援では無いという事で、艦娘部隊としては応援という事になるんだと思うが」

 

「むー、わかんない、そうだ、僕が行って聞いてくるよ、向こうも駆逐艦がいるみたいだし駆逐艦同士話してもいいでしょ」

 

「そうだね、それもいいかもしれない、でも勝手に行ってはいけない、事務艦に予定を立てさせるからそれまでは待ってくれないか」

 

「ぶー、事務艦が予定を立てるのを待ってたら来週になっちゃうよ」

 

明から様に文句が出てくるのはなんでだろう

 

「それよりも他の皆はどうしてる?ちゃんと休んでいるか」

 

そう、今残留している駆逐艦達は補給部隊の交代要員、数の上で全く足りていないがいないよりマシだ

 

「うん、休んでる、なかなかハードスケジュールだよね、今回の周回補給作戦は」

 

駆逐艦とはいえ、艦娘からハードスケジュールなんて評される程に過酷な行動計画を実行している事を改めて実感させられる

補給隊でさえこうなのだ、戦闘隊ならこの上を行く、矢張り行動限界が近いと見做して相応の対応を取らなければならないだろう、それも早急に

 

「もうじき補給隊が帰って来る、必要なら交代も、皆に休める時に休む様に伝えてくれないか」

 

「大丈夫だよ、艦娘は司令官が思うよりもずっと頑丈に出来てるんだ、心配しないで、ね」

 

そういう駆逐艦の頭を撫でて謝意を伝える、気持ち良さそうにしている駆逐艦

 

「私は自衛隊の方々と話があるから、もう行くが、くれぐれもムリをしない様に皆に伝えておいてくれ」

 

「わかったー」

 

駆逐艦とはその場で別れた

 

 

 

 

 

「少しは状況が好転したのか?」

 

指揮所に入るなり聞かれた

 

「どうなんでしょう、あの船団の目的は大本営の機能移転、当鎮守府の行動とは無関係にその作業を進める様です」

 

「……つまり、共同歩調は取らない、そういう事か」

 

「その様です、しかも、どういう訳か機能移転後の指揮をこの鎮守府に執らせるつもりの様で、何がやりたいのやら、測りかねます」

 

「この鎮守府に指揮を執らせるのなら司令官が指揮を執ると?」

 

「そこが不明です、ご承知の通り私は民間上がり、公募で選出された司令官に過ぎません、大本営の一部とはいえその機能を十分に発揮させるのなら専門職を配置するのが、妥当では無いかと」

 

「……こんな状況で司令官の交代があると?」

 

疑わしげな指揮所責任者

 

「私としては大本営が何を考えているのかさっぱりわかりません、この上は部下の身の上を心配する事にしました」

 

私の言い分に大きく溜め息をつく指揮所責任者

 

「こちらでも状況を問い合わせた、防衛省に艦娘部隊から正式回答として当鎮守府の司令官の指揮を高く評価し、より職務に精励出来る様優秀な艦娘を麾下に配属させる、とあったんだが」

 

呆気に取られた、回答があった?防衛省に?艦娘部隊から正式に?

ふざけやがって、ウチからの問い合わせは完全無視した挙句に外ヅラだけ良く見せてるのか

 

「?どうした」

 

私の様子を見て指揮所責任者が聞いてくる

 

「いえ、なんでもありません」

 

その後は海域情報の確認、各艦娘部隊との交信、航路指示、行動計画の伝達とルーチンワークとなりつつある業務を行い、指揮所を後にした

 

 

 

 

 

「クソッタレが!」

 

執務室に戻った、中は誰もいなかった、此れ幸いと癇癪を起こした

司令官職に就いていても聖人君子では無い、不満は溜まるしストレス発散の機会は多くない

執務室というのは割と一人になれる所で誰もいない時に色々八つ当たりしてる

なにしろ防音仕様だし、机も壁も頑丈で私が少しくらい八つ当たった所で凹み所か傷も付かない、本来の目的はそれでは無いのだろうが、そこに気がついて以来八つ当たらせてもらってる

そう言えば、初期艦にはバレてたな、大人気ないと冷ややかな視線を頂戴したっけ

 

防衛省には回答が来た、これは相手が官僚だからだ、民間上がりの私の問い合わせは完全無視、こうも明から様に対応が違う

あのクソ官僚共霞ヶ関村では良い子にしてる様だ、村民では無い私はただの余所者でしか無いと、ついでに勘繰るのなら鎮守府の拡大に伴い専門職の司令官が着任する事まで決定されているのではないか?

そう考えればもう直ぐ居ないなる余所者の問い合わせなど相手にするだけ無意味、村内の立場にもこの先の出世にも何の影響も無い、関わるだけ余計な仕事が増えるだけだし放置対応になるのは自明というものだ

自分でもかなり偏った考えをしているのは自覚できるが、あそこまで無視される理由が他に思い付かない、どうにか平静を保とうとは試みるが上手くいかずに癇癪を起こしてる

なんつーか、短気だな自分、そう思うも感情を完全に制御する術など私は知らない

 

そこにノックの音が聞こえた

全くタイミングの悪い事だ、とはいえこのタイミングでノックして来るのは事務艦だろうし無視するわけにもいかない

 

「どうぞ」

 

まだ八つ当たったままだが、構うものか、もうやってられん

 

「失礼します、司令官、秘書艦と話したのですが……」

 

「が、なんだ?」

 

変な所で言い淀む事務艦に先を促す、事務艦が気を取り直して続ける

 

「あの船団は大本営の機能移転の作業を優先するそうです、こちらへの協力は期待できないかと思われます」

 

「それはわかっている、問題なのはその作業にこちらの協力を強いるかどうかだ、なにせこちらには出せる手数など無いからな」

 

「その点は先方も承知していました、ただ……」

 

だから何故言い淀む?スラスラ言ってくれ

 

「工廠の妖精さんを借りたいと申し出がありました」

 

「工廠の妖精さんを?工廠を増設だか新設だかするとは言っていたが、まさかウチの妖精さんを持って行くつもりか?」

 

「いえ、一時的に借り受けたいとの事でした、工廠の妖精さんは大本営から連れて来る手筈になっているとか」

 

「?連れて来る、大本営には他に配って回れる程妖精さんが大挙しているのか」

 

「どうやら、そういう事の様です」

 

アッサリ肯定されてしまった、妖精さんは未知の生物、確かに勝手に増えるし所属総数は把握出来ない

だからと言って他に配って回れる程所属しているのかと、問われれば否と言わざるを得ないんだが、どうなっているんだ

 

「なにかありましたか、司令官」

 

心配そうにというか、腫れ物に触るように聞いてくる事務艦

これは八つ当たったのがバレてるな、まあ、今更どうでもいいが

 

「先ほど自衛隊から防衛省に艦娘部隊から正式に回答があったと聞いた、なんでも私を煽てて木に登らせて高みの見物を決め込む様だ、大本営のクソ官僚共は」

 

「……司令官にあの船団の指揮も委ねられる、と?」

 

「どこまで本気なのか見当もつかん、或いは機能移転の目処が付いた時点で首を挿げ替えるのかも知れん、なんにせよこちらの手札は別の所で使い切っている、対処しようがない」

 

私の言い分に多少考えるような素振りをした後に事務艦が言い出した

 

「私見で申し訳ないのですが、秘書艦と話した限りでは司令官の評価は極めてを付けられる程に高いものでした、大本営は本気なのではないでしょうか」

 

「もしそうなら、過大評価だと、抗議しなけりゃならんな」

 

嗜虐気味に吐く私を見て事務艦は何を思ったのかは、知りようもない

 

「そういえば、駆逐艦の子に沖に停泊中の駆逐艦達の所へ話をしに行きたいと言われましたが、何かそういった要請がありましたか」

 

話題転換なんだろうが、急角度どころか別の話だな

 

「所属の違う駆逐艦と話がしたいのだろう、あの戦艦が向こうに戻る時にでも随行させられないか、聞いておいてもらえないか、先方が了承するのなら話を付けて良い」

 

「それは構いませんが、何の話を?」

 

「そこは駆逐艦の興味に任せる」

 

「ああ、わかりました」

 

あらま、話しに行くのが私の発案では無く、駆逐艦の興味だと早々に勘付かれてしまった

 

 

 



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55 こちらの行動限界が迫っている

 

 

 

 

7月3日

 

 

「自衛隊の方々には申し訳ないが、こちらの行動限界が迫っている、今出ている艦娘達を収容し全行動計画を中止せざるを得なくなる」

 

指揮所に入って指揮所責任者の自衛官にそう伝えた、聞いた自衛官は苦い顔をした後、一言だけ発した

 

「そうか」

 

「詳細は追ってお知らせします、これまでの多大な協力に感謝します」

 

「なんとかならないのか」

 

そう言って来たのは自衛隊の司令官の補佐役、副官とか言うのだったのかな

 

「資材が尽きます、このままではあの子らを鎮守府に戻せなくなる」

 

「艦娘部隊の来援は来ているのだろう、資材も持って来ていると聞いたが?」

 

「止めろ、司令官の判断は部下の安全を考えての事だ、艦娘部隊大本営の意向で動いているあの船団は当てに出来ん」

 

自衛隊の司令官が副官を止めた

 

「しかし、……」

 

「指揮下の鎮守府を省みない大本営の何に期待出来ると言うのか」

 

「……」

 

この鎮守府の状況は詳細に細大漏らさず自衛隊側に知られてる、少なくともこの自衛隊の司令官は私の判断に理解を示した、納得はしていないだろうが

 

 

 

 

 

行動計画を纏めて撤収の具体的な日時を定めた書類を作成、大本営に通知する様に事務艦に指示を出す

 

「後はこれを自衛隊の方にも出しとかないとな」

 

大本営からの返信が有ろうと無かろうと行動限界は資材の枯渇が原因である以上こちらの予定に変更は無い

 

「明後日、補給部隊と合流したらそのまま帰還ですか」

 

その書類を読んで何か言いたげな様子を見せる事務艦

 

「不満か?」

 

「いえ、第二、第三艦隊の撤収に手間がかかりそうだな、と」

 

「その為に第一艦隊を先に撤収させ、第二、第三艦隊の帰路の安全確保の備えとして動ける様に自力で資材採掘地に行ってもらい補給を済ませておくんだが、なんの手間がかかると予想しているんだ」

 

「龍田さんにしろ木曾さんにしろ素直に撤収に応じてくれるのでしょうか」

 

「補給が途切れるのに継戦を主張する様な馬鹿を旗艦に据えた覚えはない」

 

「……そうですよね」

 

なんだろうね、この事務艦この状況で軽巡の二隻が継戦を主張するという根拠でも持ち合わせているとでも言いたいのか

 

「この後周回に出る補給部隊から各艦隊に指示を伝えさせろ、明後日の撤収に備える様にな」

 

「口頭での伝達という事は無線の使用制限は継続ですか、艦隊間の連携のためにも制限解除されては如何でしょう」

 

「最後の最後で無用な被害を出したく無い」

 

「それは、わかりますが……」

 

何が言いたいんだこの事務艦、異論があるならハッキリ言えば良い、言えないのなら仕事しろ

 

 

 

 

 

自衛隊に行動計画を伝えてメシを終えて執務室に戻った

 

「司令官、桜智司令官より連絡が欲しいとメッセージが届いています」

 

執務室に入るなり事務艦が言ってきた

 

「桜智?ああ、あいつの所は初期艦を返して運営が止まってるはずだろ、なんの用だ?」

 

桜智司令官、私と同じく増設された鎮守府の一つに着任している司令官

こいつも民間上がりの司令官で研修ではそこそこ気の合った相手だ、あの研修ではそれなりの数の司令官候補が研修を受けていたが着任出来たのはまだ五人だけだ

 

着任以降稀に連絡を取り合うくらいで疎遠と言っても良いくらいの関係になってしまっているが、連絡すら間接的にしかしない相手では無いだけ他よりはマシだ

 

「メッセージが届いただけですので、わかりかねます」

 

尤もな御意見ありがとう、これだから事務艦ってヤツは

それにしても桜智のヤローは何の用だ、まさか鎮守府の運営出来ずに暇だから遊びにでも行く気かな、明日以降の予定なら行けないこともないか

艦娘達の保護について意見も聞きたいし、取り敢えず連絡してみるか

 

 

 

 

 

「おせーよ、なんで既読ついてから何時間も経ってるんだよ」

 

「忙しいんだよ、こっちは自衛隊の相手まであるんだから察しろよ、それより要件は?」

 

電話したらいきなり文句が出てきたんだが

 

「今何処からかけてる?」

 

「鎮守府内の公衆電話から」

 

「まあ、こっちにかけるんならそうなるか」

 

今繋がってる電話は桜智の個人使用携帯にかけている、鎮守府内の仕事用端末なんて記録されるに決まってるし、公衆電話でも盗聴されてるだろうが、それを表立って言ってくるほど艦娘部隊も自衛隊も阿呆では無いと思う

この国には通信の秘密というのが表向きにはあることになっているのだから

 

「で、どうしたんだ、メッセージなんて寄越して」

 

「あー、今お前ん所だけが艦娘を運用してるだろ、ぶっちゃけて、どうなのよ」

 

「どう、とは?」

 

あれ、遊びの誘いでは無いのか、なんか真剣そうな雰囲気を電話越しに感じるんだが、気のせいだと思いたい

 

「鎮守府には憲兵名目で自衛隊がいるだろ、そこ経由で色々と話しは入って来てるんだ……」

 

なんか言いにくそうな感じに詰まったから先を促す

 

「それで?」

 

「資材不足で艦娘の運用を停止する、と聞いたが、そうなのか」

 

なんでそんなに探る様に聞いてくるのか、意図がわからん、そんなに畏まる様な性格の奴ではない筈なんだが

 

「所属の全艦娘をフル運用して、一週間以上動けてる、よく持った方だと自画自賛してる所だが」

 

「あー、遠征隊がまともに資材を集積出来ないのか、ジワジワ減って行く資材を横目に遣り繰りしてたのか」

 

「そんな所だ、そんな事を聞くのに態々メッセージを?」

 

「いや、今のは確認だ、こちらとしては資材を供出する事は可能なんだが、運搬手段が無い、なんか手は無いか」

 

は?資材を供出?なんでそんな話が出てくる?

鎮守府は原則的に独立採算制、運用資金は勿論、資材の取り引きも鎮守府間に上下関係を生じるとして厳重に禁止されてる

そういった鎮守府への支援は大本営が一手に引き受ける事に、規則上ではなってる

その支援を取り付けようと再三問い合わせたが、全部無視された

駄目元で自衛隊経路でも司令官名で要請を出してもらったがこれも無視された

大本営が応答を返して来たのは防衛省から直接行われた問い合わせだけだ

 

「気持ちは有り難いが、大本営に鎮守府を支援する気が全く無い事だけはよくわかったのでね、こちらも他の鎮守府を見倣って引きこもる事にした、今後について意見交換をしたいと考えているんだが、何処かで会えないか」

 

「今後?」

 

何を疑問形で返してるんだ、今後と言ったら司令官をクビになる事だけは確定してるんだ、部下の安全確保なり艦娘部隊で不利益を被らない様に手を打つなりを考えないとならんだろ

 

「ちょっと待て、佐伯、お前まさか早まった事を考えてないだろうな、俺等の司令官としての任期は三年あるんだぞ、それを一年程度で放り出す気か?」

 

「放り出すも何も、鎮守府運営に支障を来してる、解雇事由には十分だろ、契約元は艦娘部隊だ、日本式の解釈は期待しない方がいいと思うが」

 

「聞いてないのか、今大本営を仕切ってるのはあの老提督だぞ、艦娘部隊を日本に開設させた功労者だ、この人の助力があればその解雇事由を回避出来るかも知れん、それには実績が必要になるだろうが、お前は既にその実績がある、実績の独り占めは、良く無いんじゃないか」

 

何を言ってるんだ、実績?そんなもんありはしない

 

「それはどこ情報だよ、こっちになんの実績があるって?」

 

「聞いてないのか?こんな状況でもお前の鎮守府が活動出来ている、それを根拠に日本政府が鎮守府の大規模増設に踏み切ったんだぞ、今度の増設は俺等の時の様な試験運用じゃない、本腰入れた実践部隊としての増設になるそうだ、その為に大本営の組織が改正され、新体制が発足する運びになってる、その準備段階としてお前の鎮守府に大本営の機能が一部移転するって話だが」

 

なんだそれ、どこからどうなったらそういう話になるんだ

 

「まったく知らん話なんだが、それ憲兵から聞いた話なのか?」

 

「こっちに聞こえる様にデカイ声でそういう噂話をしてたよ」

 

「噂話って、そんな話に乗る気なのか?」

 

「そんな話って、当事者だろ、お前は、今更ト呆けなくてもいいだろ」

 

「トボケるも何も私の所にはそんな話は来ていない、確かに今鎮守府に来てるのはいるが、アレは大本営の使いの連中でこっちとは関係なく事を進めるといってるぞ」

 

「関係なく進めるって……まさか、クビの挿げ替え?そこまで話が出来上がってる?」

 

「だから、今後の話をしたいと言っているんだが」

 

しばらく間が空いた

 

「マジかー、憲兵が態々聞かせてたから嫌味だと思わなかった、それなら嗤われただけかよ、マジかー〜ーー」

 

そんなに語尾を伸ばすなよ、いや気持ちはわかるけど、こんなに金払いの良い職場、出来るのなら続けたい気持ちはわかるけどな

 

「それで、会ってどうするんだ?」

 

気を取り直したらしく聞き直して来た

 

「俺等のクビは避けられないとしても艦娘達は艦娘部隊に残るんだ、その辺りをなんとかしたいと思ってるんだが、良い手が思い付かん、取り敢えず無駄話しながらでも話してればなんか出てくるかも知れんしな」

 

「お前な、艦娘達の心配より自分の心配をしろよ、このご時世で任期途中での解雇なんて経歴持ちの再就職は絶望だぞ、しかもこの経歴は公的機関に出回る事は確実なんだ、そっち方面の求人には応募した所で書類審査落ち確定だ、民間の求人でも大手ほどそうなるだろうし、稼ぎ先は限られるんだが」

 

「そんなん今から心配しても始まらん、元々司令官職に死ぬ迄居座り続けるつもりじゃないしな、お前は居座り続けるつもりなのか」

 

「死ぬ迄は兎も角、契約更新出来るのなら更新しようとは思ってた、なにせ額面が額面だぜ、しかも福利厚生までバッチリ付いてる上に独自の裁量権まであるんだ、無闇に捨てるには惜しい仕事なんだが」

 

「最低条件が鎮守府の健全な運営と艦娘の運用だ、これを満たさないと判断されたら契約解除だと研修で再三説明してただろ」

 

「それについてはこっちの司令官の間で物凄く不満があるんだが」

 

「不満?」

 

「鎮守府の運営が止まったのは初期艦を大本営に返したからだ、しかも大本営からの命令で返したんだぞ、なんで指揮権上位と規定されてる大本営の命令に従った結果の不利益を鎮守府に被せてくるんだよ、これじゃあ俺等に解雇事由を作らせる為の命令じゃないか、そんな命令があるかよ、どんな嫌がらせだよ」

 

「そんな事をこっちに言われてもなんとも出来ないんだが」

 

「ただの愚痴だよ、お前は抗議した様だが何のお咎めもなかったのか」

 

「今の状況がそうなんじゃないか、その抗議以降大本営から無視されてるし、放っておけば自滅するから放置されただけだと思うが」

 

「無視されてる?」

 

「こっちからの問い合わせに何の返答もない、既読通知は来るんだけどな、自衛隊にも協力してもらって問い合わせをしてみたが、結果は変わらなかった」

 

「何通くらい無視されてるんだ?」

 

「繰り返しの問い合わせまで含めれば五十は超えてる、その全てに既読は付くが返答がない、無視以外に取りようがないな」

 

「五十って、スパムになりかけてるな」

 

「いっそのことそうしてやれって言ったんだがね、事務艦に止められた、意図して大本営の心象を悪化させるのは得策ではないってな、まあ、正論なんだが」

 

「事務艦?ああ、お前の所は初期艦がアレで事務艦を置いてるんだったな」

 

「アレって言うなよ、気にしてんだから」

 

「あ、悪い、言っておくがあの初期艦を保護してる件は悪手だとは思ってないぞ、寧ろ良くやったと思ってる、残念な事はその手はお前じゃなきゃ取れないって所かな、オレが同じ事をしたらその場で鎮守府が止まっちまう、今みたいにな」

 

「妖精さんの声が聞こえるってだけなんだが、周りが大袈裟に捉えすぎなんだよ」

 

「妖精さんと話が出来るってのは鎮守府の司令官にとっては大きい、現にお前の所がそう言う評価を受けてるし、それはお前が妖精さんと話が出来るって事と無関係じゃない、それはわかるだろ」

 

突然に警告らしい電子音が聞こえた

 

「ん、十円切れか?」

 

「百円切れだ、なんか話し込んでしまった、近いうちに会えないか?」

 

「予定を見てメッセ送っとくよ、またな」

 

「ああ、またな」

 

言い終わると受話器を戻してないのに通話が切れた、これだから公衆電話ってやつは

 

 

 

 

 

 



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56 ノックもなしにドアが開けられた

 

 

 

 

 

7月4日

 

 

執務室で仕事をしてたらノックもなしにドアが開けられた

 

「しれーかーん!お話ししてきたよ!!」

 

元気な声が執務室に響く、駆逐艦は元気があってよろしい、もう少し礼節を弁えてくれるともっと宜しいんだが

執務の手を止めて駆逐艦に向き直る

 

「執務室に入る時はノックする様にいつも言っているだろ、公私の区別は付けなければならない、お前も何時迄も私の指揮下に居る訳ではないんだ、次の司令官に呆れられる事のない様に節度というものを学んでほしい」

 

「?僕はずっと司令官と一緒だよ、次の司令官なんていらないし、司令官が僕を要らなくなったら解体して良いよ」

 

いつもと変わらない口調で言ってくる駆逐艦、どこまで本気なのか、多分十割本気なんだろうが、それではダメなんだ、どうしようか

 

「それで?どんな話をしてきたのかな」

 

駆逐艦を改心させる手立てが簡単に思いつくハズも無く、そこは置いておき話を聞く事にした

 

「向こうの駆逐艦は初期艦だよ、叢雲の同期の初期艦だって言ってた、それと接岸許可が降りないのを不思議がってたよ」

 

何だって?叢雲の同期?この場合ウチの叢雲の事だろう、という事は他の鎮守府に配置されていた初期艦達か、何故その初期艦達がこの鎮守府に集まってるんだ

それに接岸許可って、それは許可が降りないのでは無く接岸要請が来ていないから出しようがないんだ、こちらに接岸を強制する権限は無い、なにかの行き違いがあるのか?

 

「他にもあるのかな?」

 

取り敢えず聞いてみる

 

「あとはねぇ、工廠を新設するんだって、この工廠が出来れば高練度の大型艦がいっぱい戦力化出来るって、そしたらこの鎮守府の苦労が減らせるって言ってた、司令官には優秀な秘書艦が付くから艦娘の運用で苦労する事もなくなるって、毎日ちゃんと熟睡できる様になるってさ、良かったじゃん」

 

???なんだって?

駆逐艦の話がわからなかった、工廠の新設は言ってた、が、高練度の大型艦がいっぱい戦力化とは?優秀な秘書艦が付く?まさかあの戦艦の事か?事務艦が調べた限りではあの戦艦は大本営で既に秘書艦に就いていたハズ、どういう事だ?

ついでに駆逐艦に私の睡眠具合まで心配されていたとは、参ったね

 

「そうか、いっぱい話して来たんだな、良くやった」

 

言いながら駆逐艦の頭を撫でて謝意を示す、どういうわけかは知りようもないが駆逐艦相手にはこれが一番謝意として通じる事がわかって以来こうする事にしてる

気持ちよさそうに撫でられるに任せる駆逐艦

 

「ああ、そうだ、出来ればで良いって言われたんだけど、五月雨が鎮守府への上陸許可をもらいたいって言ってた、司令官と話したいって言ってたよ」

 

思い出した様に言う駆逐艦、五月雨?確か背丈は叢雲と同じくらいの子だったかな

ん?いや待て、五月雨ってウチの叢雲が目覚めなくなった時に大本営から来た艦娘だ、あの時の五月雨は大本営所属の五月雨だが、鎮守府沖に停泊中の元鎮守府配置の五月雨はあの五月雨の事を知っているだろうか

 

あの時の五月雨は起こす所か原因の特定も出来ないと見ていられないくらいに落ち込んでいた

あの五月雨には初期艦とはいえ艦娘が気にすることではないと話はしたんだが、根が真面目なのか思い込みに囚われ過ぎたのか、私に「ごめんなさい」と頭を下げるばかりだった

私のミスもあり気負わせる様な事になってしまい申し訳なかった

あの後大本営に戻ってどうしているのかは、知りようもない

 

大本営所属の艦娘の話が漏れ伝わる事が無いではないが、個体の特定までできる様な詳細な話はない

元々所属の違う艦娘の話は掴みにくい、鎮守府の独立性を重視しているからだと説明されているが、実態は独立させられ孤立している、どう見ても大本営との関係を他の鎮守府より強くさせない手段だろう

その手段が功を奏して今こうしてウチの鎮守府まで資材の枯渇により活動を停止せざるを得ない状況に追い込まれてる

つまり、鎮守府司令官の制裁与奪の実行手段を大本営が保持する為だ

桜智の主張によれば大本営は命令を行使してまで鎮守府司令官に契約解除要件を満たさせる動きを見せていると言う

 

大本営と艦娘部隊は厳密にいえば同一ではない、それは研修でも説明されていた

艦娘部隊を本社とするなら大本営は地域統括支部で鎮守府は出張所の様なもの、らしい

鎮守府司令官はその出張所の責任者という事だ、その下っ端から見上げれば大本営と艦娘部隊がどう違うのかよくわからないが

 

「?司令官、どうしたの?」

 

駆逐艦に声をかけられて我に返った、いかんな、駆逐艦の頭を撫でながら長考してしまった

撫でていた手が止まって駆逐艦が不満そうだ

 

「なんでもない、上陸許可ならいつでも出すから手続きを取るようにと伝えてもらえないか、後、接岸許可もだ」

 

「えー、そういうのこそ、事務艦がやるんじゃないの」

 

「書類作成はその通りだ、事務艦に言ってもう一度向こうの駆逐艦達と話して来てもらえないかな」

 

「もー、人使いが荒いな、司令官は、でもわかった、司令官の頼みならもう一度行って来るよ」

 

「ありがとう、頼んだよ」

 

言いつつ駆逐艦をもうひと撫でして執務室から送り出した

 

 

 

 

 

「初めまして、大本営所属の駆逐艦、五月雨です、上陸許可及び面会許可、ありがとうございます」

 

駆逐艦を送り出してから二時間も経たない内にこうなった

 

駆逐艦が言うにはいつでも許可を出すと聞いてその場で申請、こちらの駆逐艦と一緒に事務艦を捕まえて書類を整えさせたそうだ

初期艦ってヤツはどうしてこう思い立ったら即行動なんだか

 

「この鎮守府の司令官職に就いている佐伯という、堅い話はこれくらいにしたいんだが、よろしいか」

 

ぶっちゃけて艦娘相手に堅い話し方などしたく無い、但し艦娘にも相応の肩書きを持つ者もいる、そういう手合いには堅い話し方をせざるを得ないが

 

「はい、司令官さえよろしければ、そうしていただけると五月雨も話し易いです」

 

「では、そちらに座って少し待っててくれないか」

 

「?それは構いませんが、何か急ぎのご用件が?」

 

面会許可を出しておきながら待たせるという事に違和感でも覚えたのか、緊張しながら聞いて来た

 

「いや、お茶を持って来るだけだ、事務艦が仕事に追われていてね、こういった手間は自分で取らないといけなくなっている」

 

「それでしたら五月雨もお手伝いします」

 

どうやら緊張は取れたようだ

 

 

 

 

 

話して見てわかった事はこの初期艦、かなり手馴れてる、人の扱いというか、誘導方法が上手い

もう少し容姿が大人びていれば、その筋で荒稼ぎ出来そうなくらいには手馴れてる

ウチの初期艦とは大違いだ、アレはよく言えば裏表の無い性格、言い方を変えれば何事にも自説を曲げようとしない真っ直ぐ過ぎる性根、相手によっては衝突要因にもなりかねない

ウチの初期艦はそこを立場と実力で正面突破していたが、この五月雨は自論を通すにも衝突を回避しつつ言葉巧みに誘導して来る

五月雨は当たり障りのない話と交えながら、確実に工廠の新設に私のというかこの鎮守府の協力を引き出そうとしている

決してそこを話題の中心にせず、確実に外堀から埋めて行く手堅い話術だ

 

しかし何故そんな手間が必要なんだ?

 

工廠の新設についてはこちらに拒否権は無い、そんな事は五月雨だって知っている筈だ、増設された鎮守府に配置されていた初期艦の一人なのだから

ウチの駆逐艦が聞き込んで来たこの点は本人からも確認が取れたし何より私自身も見覚えがあった、確かにウチの叢雲と同期の、あの初期艦選定の場に居た五人のうちの一人だ

五月雨は焦りなど微塵も見せず、気楽さと気軽さと少しの気易さを交えながら話をして来る

それはそれで、良いモノだとは思うが、このままでは千日手の様相になり時間の無駄だ

踏み込むか、向こうの諦めを待つか

 

私としては艦隊の行動計画が既に実行中である為に時間に余裕がある、司令官といっても現地指揮は艦隊旗艦の領分で鎮守府にいる私に出る幕はない、想定外の事態が起こらない限りは

ある程度は時間潰しの意味もあり、五月雨の話を聞いているが、何時迄もという訳にもいかない、どうしようか等と呑気に考えて居たらドアをノックする者がいた

 

「どうぞ」

 

ドアを開けたのは事務艦だ

 

「お話中失礼します、司令官、桜智司令官よりメッセージが届いております、後ほど通信室へお越しください」

 

「わかった、ありがとう」

 

「桜智司令官?私の司令官です、何かあったんですか?」

 

五月雨の顔色が変わったんだが、桜智からのメッセージと聞いて強く反応しているんだが、なんだろう

 

「何もない、増設された鎮守府は初期艦を大本営に返して以降、開店休業状態だ、今もね」

 

「あの、不躾は承知ですが、何のメッセージか教えてもらえませんか」

 

なんだ?これまでの話し方と違う駆逐艦らしい口調なんだが

 

「司令官のメッセージなど珍しくないと思うが、何か理由があるのかな」

 

「えっと、何もないんですけど、司令官がメッセージなんて、珍しいので気になります」

 

今になって自身の行動を顧みたのか、口調と顔色が戻ったんだが、少しだけ踏み込んでみようか

 

「そうなのか、今度飲みにでも行こうって、誘いのメッセージだと思うが、珍しいのか」

 

「飲みに、行く?」

 

「ああ、お互い開店休業状態の鎮守府に詰めていたところで有意義とは言い難いからな、外の空気を堪能しようと話してたんだ」

 

カマかけに反論が無いんだが、想定外にも疑問形で済んでしまった、桜智のヤツが下戸な事を知らない訳でもあるまいに

 

「?開店休業、ではないですよね、こちらの鎮守府は」

 

なんか、探る様に聞いて来るんだが、それに桜智の事(自分の司令官)よりウチの鎮守府が優先とは、まあ、大本営所属と言っていたから不自然という事もないが

 

「明日で行動限界だ、それ以降は開店休業状態になる、艦娘達にはゆっくり休んでもらうつもりだ、想定外に酷使してしまったから、良く休んで回復してもらわないとな」

 

「行動限界?えっと、すみません、何のお話をしていますか?」

 

どうも本気で事態が見えていない様だ

 

「資材枯渇により艦娘の運用が出来なくなる、それが行動限界、資材集積は艦娘達をゆっくり休ませて十分に回復させてからにしようと考えている、尤もそれをするにも艦娘達の艤装から資材をかき集めなきゃならんが」

 

「資材なら私達が持って来ています、使って下さい」

 

僅かに覗く焦りは何を意味してるのか、判断材料が欲しいところだね

 

「そうしたいのは山々なんだが、そちらの秘書艦は大本営の事情を優先させたい様子でね、軽々に資材を出したくないんだろう、工廠の新設にも資材は必要だろうし、大型艦の運用もあるだろう、こちらとしても使い道が決まってる資材に手を付けて、高利貸しも真っ青な利率で資材補填を要求されても困るしな」

 

「!……」

 

なんだ、五月雨が驚きと呆れとその発想はなかったってのを混ぜた様な百面相をしてるが

 

「あのですね、そういう事態にはならない、と思います、何かそういう事態になるという心当たりがあるのでしょうか」

 

今、断言しかけたな、初期艦が事態を決定できる様な状況なのだろうか

事務艦が聞き出した処に依るとあの船団の全権は戦艦種の艦娘、大和が持っていると直通電話の向こうの人物は答えたそうだ

それが誰かは事務艦も追求したといっていたが、何の事情があるのか頑なに名を伏せた為に分からず仕舞い

電話口の人物は名は明かさなかったが、艦娘部隊上部機関の所属だと言った、現在大本営は上部機関の監察を受けており、自分はその監察官の随伴者だと、繰り返し言っていたそうだ

事務艦なりにその発言の裏取りはしたとの事だが、具体的な所は端折りやがった

 

「なにか気がかりがあるのでしたら、大本営初期艦の権限を以って対処します、私達は佐伯司令官に協力しに来たのです、何故そこまで穿った見解を持たれているのか、わかりかねます」

 

ほう、突いた甲斐があったかな、五月雨が少し苛立ちを見せ始めた

 

私の話術というより桜智の名前、自身の司令官が思いがけず関わって来た事による動揺の方が影響してそうだが、結果が出ればどちらでもよろしい

 

「私達は信用できませんか、これでも叢雲の同期です、佐伯司令官が未だに保護を続けている初期艦の同僚です」

 

論点はそこではない、動揺し過ぎて理論破綻し始めたかな

 

「ちょっと失礼」

 

五月雨には応答せずに席を立ち内線で事務艦を呼び出した

 

 

 

 

 

「何故、五月雨は食堂にいるのでしょう」

 

鎮守府のセルフ式食堂で定食の載ったトレイを持たされて隣にに立つ駆逐艦につい言ってしまった

 

「腹が減ったからではないのか、難しい話は後にして今は腹の虫を満足させよう」

 

食堂は立ち食い仕様ではないので空いている席に誘導されトレイを置いた駆逐艦に促されその隣に腰を下ろした

 

「司令官が腹が減ってあたまが回らなくなってるから食堂に連れて行けって言ってたけど?」

 

席に着くなり案内役?先導艦?に指名された駆逐艦が言ってきた

 

「そんな事はありません、ちゃんと理路整然とお話をしていました」

 

「理路整然?そんな難しい言い回しは駆逐艦相手の時にしても意味ないと思うが」

 

呆れているのか、どうなのか、無表情という訳ではないのに感情を読み難い相手だ

 

「……それにしても、随分賑やかな食堂ですね」

 

言いつつ周りを見る、つられて同じ様にする付き添いの駆逐艦

 

「ああ、今は自衛隊が来てるからな、彼らもこの食堂を使ってる、もともと鎮守府の施設管理は海自の領分だし、食材費の負担さえしてくれれば鎮守府としても利用を断る理由は無いからな」

 

意外にも説明してくれた、相槌で済まされると思っていたのに、こちらに関心が無いという訳ではないらしい

 

「所属の艦娘達は作戦行動中ですから、この食堂を利用する事もないでしょう、施設と職員の有効活用としてはわかりますが」

 

私の言い様に顔を顰める駆逐艦、確かこの子は初春型の駆逐艦のハズ

 

「堅いな、そんな難しい事ばかり考えていると憲兵の様な顔になってしまうぞ、ああいう顔に憧れでもあるのなら、止めはしないが」

 

そういう駆逐艦を見れば定食を美味しそうに食べ始めている、それを見ているとこの子が言う様に難しく考え過ぎているのかも知れない気がして来た、なんだがこの子の言う様に考えを見直した方がいい様な気も湧いて来た

取り敢えず定食を食べてしまおう、食事は大本営を出る前に取ったのが最後で、それ以降は資材供給で賄っていたから久しぶりの食事だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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57 総員整列

 

 

 

7月5日

 

 

 

「総員整列!!」

 

予定通りに出張っていた六個艦隊が帰投した、第一艦隊旗艦の号令で整然と隊列を作る

 

「皆、少し時間をもらう、先ずは状況を説明する、現在当鎮守府は資材枯渇により活動不能だ、よって補給及び修復は資材集積行動を再開し、備蓄がある程度成された後になる、幸いな事に現状では全ての鎮守府が活動を停止しているからウチだけが悪目立ちする事もない、現状では入渠は出来ないが、資材回復後の入渠の順番を決めるに当たり全員の状態を詳細に把握する必要がある、総員工廠にて予備検査を受け、結果を執務室まで提出してもらいたい、全員が工廠に詰めかけても待ち時間が長いだけなので第一から第三艦隊が工廠へ、第四から第六艦隊は風呂へ行ってサッパリした後に予備検査を受ける様に、第一から第三艦隊も予備検査を受けたら風呂へ行ってゆっくりしてくれ、その後は自由行動とする、何か質問は?」

 

真っ先に手を挙げたのは第三艦隊旗艦の軽巡だ

 

「なにか?」

 

「資材枯渇が活動停止の理由というが、大本営から資材供給はなかったのか?外に停泊中のアレは大本営からの支援艦隊ではないのか?」

 

「活動停止の判断をしたのは私だ、大本営からの指示でも命令でもない事はこの場にて明言する、不満があるのなら、事務艦に司令官職の職務怠慢を大本営に告発する書類を作成させて然るべき部署に提出を依頼しろ」

 

私の発言に何故か艦娘達が溜息混じりの沈黙をしてしまった、中にはどういうつもりか呆れた顔をしてるヤツまでいる

 

「予想はしていたが、もう少し大本営と上手くやれないのか」

 

「そうねぇ、詳しい事情はお風呂の後にしようかしら」

 

「また我儘を押し通したのか……」

 

「まあ、いつもの事だな、今更だな」

 

「お話終わった?お風呂行って良い?」

 

「お腹すいたー」

 

各艦隊旗艦がなにか言いだしたんだが、それをきっかけに解散の雰囲気になってしまった

 

「他になければ行動開始、解散」

 

言ったそばから第五、第六艦隊のメンバーが風呂場の方へ走っていった、その後を第四艦隊の面子が歩いていく

それらを見送っていたら、私に近付いてくる影が三つ

 

「なんだ?」

 

「なんだ、じゃない、少し話したがあの船団はこの鎮守府への支援艦隊だと言っていたぞ、何故断った?それに接岸させない理由は?」

 

第一艦隊旗艦の追求かな

 

「鎮守府への支援艦隊というのは本当だ、但しウチの活動を支援しに来たんじゃない、それと接岸させないのではなく、接岸して来ないんだ、未だに接岸要請を出して来ない、周辺警戒してる駆逐艦には要請があれば許可を出すと伝えたんだがね」

 

「?すまん、ちょっと理解が追いつかん、どういう事だ?」

 

「長門、今は皆んな疲れてる、考えも上手く纏まらないくらいには疲労の蓄積があるの、ここは司令官の言う通りに休養を優先しましょう、補給資材がない以上時間がかかるんだから、その辺りはその時で良いと思うなぁ」

 

「司令官、大丈夫ですか?何かあれば私がチカラになりますよ?」

 

よって来た影の内、第一艦隊旗艦と第二艦隊旗艦は追求する気満々だ、後の一人、第三艦隊に編成されていた軽巡は私を心配してくれてるらしい

 

「大丈夫だよ、ありがとう」

 

言いつつ頭を撫でる、撫でからアッと思った、今私が撫でているのは軽巡だった、駆逐艦じゃなかった

 

「頭撫でないでよ、前髪が崩れちゃう」

 

「悪い」

 

そう言いつつもこちらの手を払ったりしない所から、この軽巡もホンキでイヤがってるワケではない様子

 

「旗艦はどうした?」

 

「木曾?なんかブツブツ言いながら工廠に行ったよ」

 

「……では我らも工廠へ行くか」

 

「そうね、こっちが時間かけちゃうと交代にも影響するし、あんまり早くても食堂の準備が間に合わないだろうけど」

 

この軽巡、こっちの動きを把握してやがる、こういう目端の効きが凄いのは艦隊旗艦としては長所だが、同僚としては油断出来ない厄介な相手となる

 

「なぁに?」

 

おう、マズイ、軽巡がとてもイイ笑顔になった、これは笑みが消えるより不味い

 

「なんもない、今はゆっくり休んでくれ」

 

そう言い残して足早に立ち去った、逃げたんじゃないんだ、執務が滞ってるんだ

 

 

 

 

 

執務室に入ると事務艦が書類を手に待ち受けていた

 

「司令官、秘書艦より面会要請がありました、随伴者二名の同席も求められています」

 

「他には?」

 

手にしてる書類からして、他にもあるだろうと予測、先を促した

 

「大本営より、通達がありました……」

 

何故か言い難そうな素振りを見せる事務艦、気にした所で言わないという選択は無いのだからスラスラ言って欲しいんだが

 

「機能移転の第二陣が来るそうです」

 

「?はい??」

 

第二陣って今来てる船団は沖に停泊していて実質的には何もしていない、こんな状況で第二陣?あの船団は第一陣でこの第二陣を待っていたという事か?

 

「第二陣を率いている艦娘は叢雲、という事です」

 

「……まさか、私が着任要請を出した、あの叢雲か?」

 

「おそらく、そうだと思われます、大本営所属艦となっていますが、仮状態ですし、この仮状態の所属艦というのは研修中の初期艦にしか付かない表記です」

 

「大本営は何を考えている?私に対する当て付けにしては外連味が過ぎると思うが」

 

「そこはわかりかねますが、本人に聞いてみるのが一番かと」

 

それをするには第二陣を受け入れなければならない、そこのリスクを図りかねるが、通達が正式なものである以上、こちらに拒否権はない

 

「すまないが、少し頼まれてくれないか?」

 

事務艦に多少の要件を言い付けて、秘書艦の面会要請を了承した

 

 

 

 

 

移動指揮所の扉を叩いた

 

「誰か」

 

扉が開かれることもなく中から問われた

 

「鎮守府司令官です、こちらの司令官と話がしたいのだが、取り次いでもらいたい」

 

こちらが活動を停止した為に指揮所への立ち入りは禁止されてしまった、仕方ないね

しばらくして、指揮所司令官が顔を出した、そのまま外に出て来る

 

「丁度良い所へ来てくれた、再びこちらに向かって来る艦娘艦隊を補足した、何か聞いているか?」

 

「通達がありました、大本営機能移転の為の第二陣が来るそうです、艦娘艦隊の構成を教えてもらえませんか」

 

「……教えたいのは山々なんだが、現在この鎮守府は活動を停止している、自衛隊が艦娘部隊に協力するのは相互支援を期待しての事だ、一方的に使われる為ではない、わかってもらいたい」

 

つまり、教えられないと

 

「そんな顔をしないでくれ、こちらとしても独断での行動は出来ないのだ、この鎮守府が活動を停止した事により海自の稼働率を引き上げねばならず、その支援に空自と陸自も駆り出されている状況だ、直ぐにでも指揮所を閉鎖してここに詰めている人員を原隊に戻せと駐屯地司令から矢の催促だ、対応を協議している最中なのだ」

 

「態々そんな事を聞きに来るって事は、その第二陣とやらは、厄介事を持ち込んで来るとでも予測が立ったのか」

 

居たのか隊長、外で話してればこういった感じで第三者が割り込んで来るよね、指揮所司令官は嫌な顔を見せる、文句を言う訳にも行かず不満そうだが、構わず続けよう

 

「確認は取れていないが、第二陣を率いているのは駆逐艦、それも私がこの鎮守府へ着任要請を出した初期艦らしい、規定の研修を終えていない初期艦が何故か第二陣を率いている、事実なら大本営の遣り様は常軌を逸脱している、可能性がある、この可能性を否定する根拠が欲しい」

 

「それは、単純に交信して確認すれば済む事ではないのか」

 

「それでは第三者に状況を秘匿する事になる、こちらの司令官が大本営にどんな印象を持ってるか、説明が必要ですか」

 

指揮所司令官に隊長が言ってくれた、変に気を遣ってくれるのは、どう解釈すればいいのやら

 

「自衛隊に何をさせたいのだ」

 

指揮所司令官が憲兵隊長にそう言った、あんたらどちらも自衛官の筈だが、何か外からはわからない違いでもあるのか

 

「自衛隊だからこそ、国防を視野に入れた行動をしなければ、艦娘部隊は深海棲艦しか相手にしない、その原則があるからこそ国際機関として承認された経緯を知らない訳ではないでしょう、如何なる国であれ軍事力として艦娘部隊を活用する事は国際問題になる、只でさえ大本営には監査が入っている最中です、幕僚なら、これだけの指揮系統を鎮守府で構築した理由も聞かされているんじゃないですか」

 

「我々は、艦娘部隊に足元を見られたくはないのだがね、憲兵殿」

 

「勘違いしている様だから、指摘しておきましょう、我々自衛隊の足元を見ているのはここにいる司令官ではない、大本営の監査に入っている監察官達だ、艦娘部隊上部機関に属する監察官達は様々な方面の代表だ、彼等のやっている事は国際政治そのものだ、一介の公務員としては他所でやって貰いたい所だが、招致したのが老提督とあっては無下にも出来ない、自衛隊の取り得る手段を確保する為にも鎮守府司令官とは協力関係を維持する事をお勧めする」

 

「……それは、憲兵隊隊長としての発言として、聞いていいのか?」

 

「足りないのなら、総監に電話しましょうか?」

 

「憲兵総監、か、そもそもあいつが主導した事か、この指揮所の設置は」

 

「そう言う事です」

 

どう言う事なんだろうか、指揮所司令官と憲兵隊長とで何やらやり取りが行われているが、いつの間にか蚊帳の外に放り出されてしまった

 

 

 

 

秘書艦より申請のあった面会の為、執務室に七名が集まっている

内訳は、船団から秘書艦の大和と初期艦の漣と吹雪、鎮守府から私と第一艦隊旗艦の長門と軽巡の龍田、それに同席を要請して来た憲兵隊長

但し憲兵隊長は同席するだけで発言権は無い、この条件で同席を認めなければレコーダーの設置とそのデータの供出を要請して来たので、仕方なしに同席を認める事になった

 

「前置きは省かせて貰うが、よろしいな」

 

反論も無かったので要件に移る

 

「先ずはそちらからどうぞ」

 

秘書艦に振ると嫌そうに憲兵に視線を一度向けてから話し出した

 

「こちらの鎮守府が活動を停止したのは資材の枯渇が原因と聞きました、こちらから資材を供給するので直ちに活動を再開して頂きたい、寧ろ、何故資材供給を要請してこなかったのか、事態が落ち着いた後に問題となる事を覚悟してください」

 

ふーん、それだけか?大した事では無いな、もしかしてこの秘書艦は事態を把握出来ていないのか

 

「こちらの鎮守府には大本営の機能を一部とはいえ移設する計画になっています、現状では自衛隊がその用地を使用しておりこちらの移設作業が出来ません、直ちに自衛隊を撤収させなさい、これ以上大本営の計画を遅延させるのなら、命令不服従となり即時罷免要件です、司令官で在りたいのなら選択の余地は無い筈です」

 

何を言い出すのかと思えば、この秘書艦本気で事態がわかっていない、話すだけ時間の無駄だ

しばらく待って見たが秘書艦からの話は終わった様だ

 

「こちらの回答をする前に、秘書艦に随伴して来た初期艦に話を聞いてもいいか」

 

「……どうぞ」

 

秘書艦が了承したので初期艦に話を振る

 

「さて、其方を率いている戦艦はこう言っているが、初期艦の意見は?」

 

「「……」」

 

二人の初期艦は直ぐには声を出さず、考える振りをしていたが、諦めたらしく吹雪が口を開いた

 

「司令官は初期艦にどんな意見を求めていますか?」

 

「どんな意見?初期艦なら状況分析も目的を見据えた言動も出来るだろう、思う所を有り体に言ってくれれば良い」

 

「では、僭越ながら漣から意見を、まず、佐伯司令官には状況の説明が不足している事をお詫びします、こちらで把握している限りの伝達情報では佐伯司令官は判断材料が乏しく事態を正確に理解し得ないと分かっています、やまちゃん、じゃなかった、大和がその様にしたのは情報不足の状況に置く事で佐伯司令官から交渉を持ち掛けさせる事が目的でした、まさか情報不足のまま此処まで事態を拗れさせるとは考えていなかった、この点は私達初期艦も佐伯司令官の性格を読み違えた事もあり、拗れさせる要因になってしまいました、本当に申し訳ありませんでした」

 

なんだろうね、正直芝居臭い、私が聞きたい意見はそういう方向では無いんだが

向こうの三人を観察していたら一瞬秘書艦が視線を憲兵に向けた、それで気が付いた

ああ、この芝居は憲兵向けか、発言権は無いとはいえ同席している相手だ、居ない者として話を進める訳には行かんという事か

 

「過ぎた事を言っても始まらない、というか私にそんな詫びをしてくるという事は大本営ではこの鎮守府の司令官に誰を据えるかで揉めているのか?」

 

「「「???」」」

 

あれ?何故に向こうの三人は揃って疑問の顔をしてるんだ、首の挿げ替えは既定路線だろうに

 

「あの、誰を据えるか、とは?どういう意味でしょうか」

 

思いっきり疑問の顔をしたままで聞いてくる吹雪

 

「大本営の機能移転に伴い権限の拡大も視野に入る、その鎮守府司令官が民間上がりの素人では大本営の官僚も不満だろう、どこの派閥がこのイスを取るかで揉めているんじゃ無いのか」

 

「そんな話は無い!!」

 

おう、ビックリした、あんたに発言権はないんだ、突然大声を出さんでくれ

 

「憲兵の発言権はありません、お静かに」

 

ほら、秘書艦に突っ込まれた、この件は擁護出来無いぞ

ムッと不快感を露わにしたが兎に角口を噤んだ憲兵

 

「司令官はその話をどこのだれから聞いたのですか?」

 

憲兵と秘書艦の遣り取りなど御構い無しに聞いてくる吹雪、もしかして吹雪っていい根性してんのかな

 

「大本営の官僚の遣り様は知っている、それに加えて秘書艦の行動から推測すれば、派閥争いに勤しむ大本営の内情が透けて見えるというものだ」

 

「あー、変に誘導しようとしたのが変な方向へ跳んで行ってしまいましたか、ハッキリ言ってそれは誤解です、大本営では機能移転に伴い権限の拡大が有っても佐伯司令官がこの鎮守府の司令官職に就いている前提で計画が進められています、万が一にも佐伯司令官が居ないという事態が生じたら、それこそ計画全体に影響が出ます」

 

漣はこう言うが、全く当てに出来ない、そんなに言う程の大前提なら秘書艦の行動が説明出来ない、秘書艦の言動は明から様に私に情報を出さず、盲目的な協力を強いるモノだった

 

「漣、ダメそうだよ」

 

「そうみたい、もうぶっちゃけて良いですかね、この話し方も疲れるし」

 

「……なにをぶっちゃけるんだ?これまで話してきた事は、ただの儀式か?」

 

これまで黙って大人しく聞いていた長門が口を開いた

途端に向こうの三人が顔色を変えた、特に大和の驚愕の表情が豊かだ、豊かという表現もオカシイが

 

「……凄い、建造艦なのに、ウチの叢雲が教導した戦艦はこんなになるんだ……」

 

感嘆の声を漏らしているのは漣だ、吹雪も見とれている様にウットリ気味の顔をしてるんだが、当の長門はそんな事は一切気に掛けていなかった

 

「其方には其方の言い分があるだろう、だが、同様に我等にも言い分はある、大本営が我等の言い分を無視するというのなら、提督を説得するに当たって我等は一切協力しない、寧ろ提督の判断を支持する」

 

「そうねぇ、そちらの秘書艦は事態を把握出来ていない様だし、初期艦は叢雲ちゃんの同期だというから期待していたのだけれど、期待ハズレだしねぇ、大本営に染まってしまった初期艦がこうも違う存在になるなんて、意外だわ〜」

 

なんだろう、龍田の発言を耳にした初期艦達が過剰に反応している様だが

 

「ちょっと?!龍田さんドロップ艦じゃん、建造艦じゃないじゃん、聞いてないんだけど!?」

 

過剰反応気味の漣が慌てた様な声を上げた

 

「あら〜、私が建造艦だなんて何処の誰から聞いたのかしら〜」

 

あ、イカン、龍田がイイ笑顔を見せてる、ヤバイんだけど

 

「申し訳ありませんでした!自分達の勘違いです!!」

 

唐突に駆逐艦二隻が立ち上がり、初期艦が揃って直立不動の姿勢をとって宣言でもするかの様に声を張り上げた

 

「素直なのは良い事よ、でも、状況を正確に認識する事はもっと良い事、誤った認識は自分だけでなく僚艦まで危険に巻き込んでしまう、そう、今の貴方達の様に、ね」

 

イイ笑顔のままの龍田が駆逐艦二隻にその笑みを湛えたまま、とても優しげな声をかけた

 

「申し訳ありません!!!」

 

その声を向けられた初期艦達が声を張り上げる、なんだろうねぇ

 

「そこまでにしてください、そもそもそれは本題ではありません、こちらの要請に対する返答を頂きたい」

 

秘書艦がなんか言ってきた、度胸が良いのか、単に怖いもの知らずなのか、何も考えていないのか

 

「提督に返答を求める前に、秘書艦には事態を正確に認識して貰いたい、でなければ秘書艦の言動は只の暴挙だ」

 

長門が割り込んできた

 

「私の言動は大本営の行動計画を根拠としています、それを暴挙と言うのなら、大本営の指示が暴挙だと言うのと同義です、そう理解して宜しいか」

 

相手を私から長門に変えて大和が厳しめの表情を作りながら言ってきた

 

「そう言っている、その暴挙を暴挙と認識出来ないと言うのなら、私と大和の間には超えられない何かがあるのだろうな」

 

珍しい事に長門が寂しそうな顔を見せた、この見栄っ張りな戦艦が人前でこんな表情をするとは、目前の戦艦との認識が違い過ぎる事が余程堪えている様だ

 

「大変身勝手だとは承知していますが、本日の交渉を打ち切らせて下さい、次回の交渉は大本営からの第二陣到着後にお願いします」

 

突然漣から交渉打ち切りを言い出してきた

 

「ブッキー、やまちゃんのそっちを引っ張って、仕切り直しだよ、このまま話してたら致命的な事態を誘発しかねない」

 

「そうだね、前提が全部ひっくり返っちゃったしね、第二陣にいる二人に頼るしかないよね」

 

「ブッキーってばコッチの手の内晒さんでも、兎も角撤収しよう、皆さん失礼しましたー」

 

初期艦二人に引っ張っられて訳が分からないという顔をした秘書艦が退出して行った

 

「……なんだ、アレは」

 

「向こうも色々あるんだろう」

 

三人が退室して行った扉を見ながらいう長門

 

「お粗末な事よね、大本営からの使いが、アレだなんて」

 

背凭れに上体を預けて寛いでいる風の龍田

 

「あー、喋っても良いか」

 

隊長が聞いてきた

 

「どうぞ、先方が退出してるから通常通りで良いですよ」

 

律儀な人だと思いながら応える

 

「先に言っておけば良かったんだが、司令官が考えている様な派閥争いだとか椅子取りゲーム的な事態は今回の件では有り得ない、前に話したと思うが今の大本営は老提督が大鉈振るって改革してる最中だ、監察官もその絡みで大本営に召致された、大本営の機能移転もその改革に予想外に時間がかかる事が判明した為の暫定的な対応だと聞いている」

 

「?それが、先程の面談とどういう関わりが?」

 

隊長の言いたい事が読めなかったから聞いてみる

 

「暫定的な対応だから通常の手続きとは色々違う事になっているらしくてな、そこを現場対応しろって無茶振りだそうだ、向こうの秘書艦も対応に苦慮してると思うぞ、出来れば話を聞いてやってくれないか」

 

なんだ?隊長はあの秘書艦を擁護したいのか?

 

「話を聞くのは構わないし、話してくれない事には知りようが無い、あの秘書艦は何故かこちらに話をするのでは無く指示して来る、もしかしたら命令のつもりなのかも知れない、だからこちらが言う通りにしないと如何にかして押し通そうとする、さっきの面談も秘書艦がそういう趣旨だったのは聞いていたから分かると思うが」

 

「……はあ、突かなきゃならないのは鎮守府ではなく、大本営か、厄介な事になりそうだ」

 

心底困ったという感じの隊長

 

「それはそうと、秘書艦は自衛隊の撤収を要請して来た訳ですが、自衛隊は?協議中と聞きましたが」

 

「幕僚会議では鎮守府司令官の要請で出した支援なのだから居座れというのと、活動を停止した鎮守府など放って実働部隊を拡充させよという意見に二分されて紛糾中だ、結論は出そうに無い、司令官の意見があれば、なんらかの方向性が出るかも知れんが、意見はあるか?」

 

「私に自衛隊に対する指揮権は無い、自衛隊の対応は自衛隊で決めて貰わねばこちらも困る、私に出せる現時点での情報は今後の予定くらいだ、但し再開するといっても一部の駆逐艦による資材集積の開始であって鎮守府としての活動再開は資材の集積具合に依存する、それが何時になるかはまだわからない」

 

「そういえば、あれだけ長期間の出撃だったのに入渠とやらが出来ないんだったか、詳しくは知らんが入渠は整備の様なものだと聞いている、無整備での再出撃は、司令官としては避けたいワケだ」

 

「まあ、そんな所だ」

 

厳密には入渠と整備は違うのだが、細かい所を指摘した所であまり意味は無い

 

「……もし、可能なら教えて欲しいのだが」

 

なんか遠慮がちに聞いて来る隊長、なにを遠慮してるんだろ

 

「今こちらに向かっているという第二陣、アレはなんなのだ?」

 

「?なんなのだ、とは?」

 

こちらに聞かれても艦隊編成すら知らされておらず、自衛隊からも情報提供を断られて何も知らないんだが

 

「あっ、そうか、指揮所からの情報提供がなかったのか、聞いていたのに忘れてた」

 

おい、忘れるなよ

 

「その情報を隊長が提供してくれても、こちらは困らないが、隊長は困るのか?」

 

「……止められてはいないんだが、それをすると憲兵隊が自衛隊から摘み出されかねん、只でさえ憲兵隊は艦娘部隊の手先に成り果てたなんて揶揄われてるくらいだからな」

 

あちらはあちらで色々ある様子

 

「そうねぇ、憲兵隊そのものが艦娘部隊の為に創設された様な部局だし、他の自衛官にはそう思われるのも仕方ないのかも、事実誤認であるという主張をしていくしか無いと思うけど、地道な努力が必要になるわね」

 

意図する所はわからないが、龍田がなんか言い出した

 

「……気楽に言ってくれる、だが、正論でもある、さて、こちらは仕事に戻るとしよう」

 

そう言って席を立つとそのまま退出して行く隊長

 

「あの言い様ではここで話を聞いていたのは仕事ではなかった様に聞こえるな」

 

「そうではないのか」

 

こっちの軽口を長門が肯定して来た

 

「なに?」

 

「憲兵隊の職務は鎮守府の保全であって艦娘部隊間の交渉に干渉する事は、本来ならしないだろう、今回の立会いは提督が過干渉を理由に拒否すれば憲兵であっても強くは出られなかった案件だ、そういう事だと私は考えるが」

 

なるほど、憲兵の同席があったからこそ秘書艦は余計な手が打てずに正面突破を計ってああいう物言いになったと、そういう見方も出来るか

思えば退出する際にも初期艦二人に引っ張られるままにされていたな、戦艦が抵抗すれば駆逐艦の二隻くらい如何とでも出来るだろうに、そうしなかったのは主張を本気で押し通す意図がなかったから、しかしそう仮定するのなら他の疑問が湧いて来る、全く厄介な事になって来たな

 

 

 

 

 



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58 第二陣が到着した

 

 

 

 

 

7月6日

 

 

 

第二陣が到着した

先発隊と違い到着すると同時に上陸許可を要請して来た、二個艦隊十二隻だ

こちらに断る理由も無いので許可を出して必要な書類作成を事務艦に指示、指定上陸場所に誘導するのに軽巡の手を借り出した

これに伴い先発隊からも上陸許可を要請して来た、曰く第二陣の引率に手を貸すそうだ

そんな訳で執務室に上陸許可を出した艦娘の内三名、二個艦隊其々の旗艦と引率に手を貸している先発隊から小さな初期艦が来ている

 

「当鎮守府の司令官職に就いている佐伯です」

 

執務机越しに三隻を見る

 

「大本営所属の軽巡、天龍だ、今回はこっちの初期艦の付き添いと序でに資材を持って来た、詳しい事はこの書類にある通りだ、確認してくれ」

 

言いつつ事務艦に書類を示してそれを渡す

 

「大本営所属になっている初期艦、叢雲、外地研修の一環として今回の引率を任されています、第二陣の本隊はこちらの特務艦で編成された艦隊で、天龍が率いている遠征隊は休息の後大本営へ帰還します、当艦隊の行動計画はこちらにあります、確認後、調整をしたいと考えていますので、早急に対処していただければ幸いです」

 

こちらも言いつつ事務艦に書類を渡している

 

「持ち込まれた資材はウチの資材庫にそのまま搬入する、とあるが、ずいぶん気前が良いな、どんな裏があるんだ?」

 

事務艦に渡された書類は直ぐ様私の手元にきた、パラパラ斜め読みしながら取り敢えず軽巡に聞いてみる

 

「裏?裏も表も無いが?なにを聞きたいのか知らんが、変に勘繰らなくていいぜ、その資材は大本営でオレが管理してる資材だ、大本営で問題になる事も変な所から取引材料にされる事もない、その辺はこの天龍が保証してやる」

 

「?管理している、艦娘が資材の管理権限を持つのか、大本営では」

 

「そうよ、大本営ではこの鎮守府と違って艦娘の運用に関わる多くの案件を艦娘が管理している、天龍は遠征隊統括責任者、資材管理もその権限の範疇よ」

 

初期艦の説明に思わず悪ノリを思いついてしまったので、探りを入れてみる事にしよう

 

「ほう、つまりこちらの天龍が許可を出せば大本営の資材庫から資材を取り放題、という事か?」

 

「理屈的にはそうなる、が、大本営の艦娘運用との兼ね合いもあるから、取り放題というのは許可出来ないがな」

えー、冗談で言ったら真面目に返答が返って来たんだけど、どういう躱し方をするかでこの軽巡の性格を読むつもりが躱されずに受け止められてしまった、砕けた口調とは裏腹に生真面目な艦娘らしい

 

「そんな大層な立場の艦娘が大本営を離れて良いのか?」

 

「そんな心配は無用だ、なにしろ大本営には天龍が三隻着任してる、誰かしら残ってれば資材管理くらい余裕だぜ」

 

ああ、この天龍一人で統括責任者という事ではなく三隻でソレをやっているのか、ナルホド

 

「この、工作艦?という艦種は聞いた事が無い艦娘だが?」

 

他にも給糧艦とか補給艦とか書いてあるんだが、艦娘の艦種としては聞いた事がない

 

「それらは極最近大本営で建造に成功した艦種、まだ各一隻しか建造されていない、この鎮守府で研修を予定している、書類に計画が記載されているから一読して下さい」

 

初期艦から説明が入った、兎に角書類を読み込めと、そういう事か

 

ん、もしかして隊長が第二陣について聞きたがっていたのはコレか、自衛隊の艦種判定で不明艦となっただろうから、それで聞いてきたという事かな

 

「その工作艦達は今どこにいる?」

 

「上陸許可が出ただけだからな、上陸場所で待機させてる」

 

「その引率に五月雨が付いています」

 

ここまで大人しくしていたちっこい初期艦、電が言ってきた

この電はウチの叢雲の同期で鎮守府に配置された初期艦の一人だ、見覚えがある

 

「五月雨が引率に付いているのなら、待機場所を食堂に移して良い、電、手間を掛けさせて悪いが、使いを頼まれてくれないか?」

 

「五月雨と一緒に引率に付けば良いのですか?」

 

「いや、食堂に着いたら誰かしらいるだろうから引率はそっちに引き継いで、戻って欲しいんだが、事務艦、人数分の利用キーを用意して電に持たせてくれ」

 

「えっと、執務室の在庫は六枚しかありません、倉庫から出して使用状態に仕上げますので、暫くお待ちください」

 

そう言うと事務艦は退室して倉庫に向かった

因みに、食堂の利用キーというのは主に在庫管理や個人への配給、支給記録など、諸般の管理目的で鎮守府で導入されているICカードだ、大本営で導入されている電子マネーとは利用目的が違う為、各鎮守府内の使用に限定されている

 

「暫くかかるそうだ、そちらに座って待っていてもらえるか」

 

執務室に据えられている長椅子を示しながら言う

 

「五月雨を買っている様だな、なかなかわかる司令官みたいだな、あんたは」

 

軽い口調で言ってくる軽巡

 

「?わからない司令官と云うのは」

 

「大本営の名ばかり司令官の事かな、対外的にはアレも司令官らしいが」

 

「大本営の司令官というか大本営の士官達は鎮守府司令官とは立場が違う、同一視する様な事は無意味だと思うが」

 

「まったくだ、その通り過ぎて泣けてくるよ、大本営じゃソレが通らないんだ、司令長官とやらは人の組織のトップだしな」

 

なんでこの軽巡はこんな愚痴を私に聞かせてるんだろ、なんともしてやれないが

長椅子に誘導して三人に座ってもらう、すると遠慮がちに電が言ってきた

 

「司令官、質問しても良いですか」

 

「どうぞ」

 

「この鎮守府の活動を停止した理由を聞かせて下さい」

 

「?資材枯渇により行動不能になったからだが、どういう答えを期待したんだ?」

 

それは大和が言っていたことからも先発隊に伝わっているのは明らかで、今更聞いてくることではない、何を聞きたいんだ、電は

 

「この鎮守府が活動を停止してしまった為に艦娘部隊は難しい状況に陥っています、その影響の大きさを考えなかったのですか」

 

なんだ?電は余程こちらの活動停止が気に入らない模様、まあ、元鎮守府配置の初期艦といっても今は大本営所属艦なんだ、大本営(大和)の思い通りに動かないこちらを快く思わないのも仕方ないのかも知れない

 

「電は何か考え違いをしている様だな」

 

「?考え違い」

 

態々言わなきゃならない事なのかね、コレ、でも言わないと伝わらない、正直面倒臭いんだが

 

「電は鎮守府に配置された初期艦ではないのか、鎮守府に配置された初期艦なら、司令官の職務と権限について知っているだろう、その上で、影響の大きさとやらを私に問うのか?」

 

「ただの司令官なら、その通りでしょう、でも佐伯司令官はそうではないハズなのです」

 

何を言いだすんだこの初期艦、私は一介の司令官職に就いているだけの雇われ司令官だが

 

私の疑問を感じ取ったのか電が続ける

 

「ただの司令官なら、指定海域の外にまで艦娘艦隊を配置したり、自衛隊と協力関係を構築したり、一週間を超える長期に渡り深海棲艦の活動を日本周辺の全ての海域に於いて抑え込んだり出来ないのです、佐伯司令官は只の司令官とするには功績が大き過ぎるのです、その功績の大きさを自覚して欲しいのです」

 

は?功績が大き過ぎる?何の話だ、それは、初めて聞いたんだが

 

「電、突然そんな事を言っても司令官が困るだけ、大和でさえ司令官の功績の大きさを気にし過ぎた為に、対応を誤って事態を拗れさせてしまっている、私は慎重に話を進める事をお勧めするけど」

 

初期艦がなんか言ってきた、が、なんだそれは

 

「その顔は本気で電の言い分がわからないって顔だな、まあ、公募で着任した司令官に想定されていた勲章授与規定の遥か上を行ったからな、最高位の叙勲を二十回くらいやれば、良いんじゃないか」

 

揶揄う様な、愉しそうな感じで言ってくる軽巡

 

「すまんが、本気でわからん、何の話をしてる?」

 

指定海域以外への艦娘艦隊派遣は大本営の承諾が必要、そういう規定になってる、それを事後承諾で取ろうとして失敗してるんだが、自衛隊への協力要請は元々司令官職に付与されているものだ、深海棲艦の活動を抑え込めたのは、運が良かったとしか言い様がない、勿論その運を掴む為に艦娘達と自衛隊の活躍があった事は言うまでも無い、どこから見ても私の功績など何処にあるのか、サッパリわからん

 

「はぁ、司令官さんは欲が無さすぎるのです、今の時点での功績を正確に理解していれば、値札の付くものなら何でも大本営が持ってくるくらいの大きな功績なのに、関心さえ無いなんて、悟りでも開いているのですか?」

 

コイツ、このちっこい初期艦、電は毒舌持ちだ、今確信した、艦娘を外見で判断してはいけない事は司令官職の研修でも再三警告されていた、だが、それをここまで有効活用しなきゃならん艦娘は初めてだ

 

「あ、色々察したらしいぞ、司令官は、如何する電」

 

相変わらずの調子で言ってくる軽巡

 

「如何もしないのです、漸くマトモに話が出来るのです」

 

おおう、態々ソレを知らせてきたのか、電は、という事は、この容姿で苦労したのかな

 

「……なんですか」

 

「いや、初期艦なら色々と苦労が多かったんだろうなと、思っただけだ」

 

過去の苦労話などここで語り出されては堪らない

 

 

 

 

 

直ぐに事務艦が戻ってきて、電がお使いに出た

今執務室に居るのは私と天龍と叢雲と事務艦、の四人

 

「天龍は大本営所属と言っていたな、所属期間は長いのか」

 

「ん、それほど長くは無いぜ、オレより大和の方が先に建造されてるしな」

 

事務艦が人数分のお茶と茶受けを持ってきてくれたので、軽く雑談をしている

二人が持って来た書類の確認とこちらの行動計画との擦り合わせを大雑把にやったのでその確認作業をお茶を持って来た事務艦頼んだのでその作業が終わるまでの時間を活用しての雑談だ

 

「何か気になるの?」

 

初期艦が聞いて来た

 

「大本営の事情は知らないから、判断は出来ないが、所属期間に対して練度が合わない様に視える、これはあの秘書艦もそうだが」

 

「あー、わかるのか、そういうの」

 

感心した様に言ってくる軽巡、こんな些事は鎮守府司令官なら分からない訳がない、所属期間と練度の関係からすればこの軽巡は被り艦等の事情で鍛錬を後回しにされた様な状況に視える

しかしこの軽巡は三隻揃って大本営で相応の立場に就いているという、鎮守府では起こり得ない特例的な状態だそうだ

 

「まあ、今だから言える事だが、大本営で着任している軽巡の天龍ってのは公式には一隻だけなんだ」

 

「?」

 

「軽巡の天龍が三隻着任ってのが正式化したのは老提督が大本営を仕切り直してから、つまり、つい最近の事だ」

 

「??」

 

「大本営の士官達は艦娘の個体差が見分けられない、そこを利用して同型同名艦を複数建造して頭数を揃えたんだ、士官達は一隻いれば十分だって聴かないからな、その癖数を揃える算段を立てる事もない、盲目的に従っていたらロクな状況にならない事だけはハッキリしてたんだ、そこで少し手を回して数を揃える算段をこっちで立てたってワケ、おかげで同型同名艦がいっぱいいるぜ、大本営には」

 

なんだ、それは、言ってる事は分かるが、理解出来ない

抑、何故そんな事をしなければならないんだ?

大本営の士官達は艦娘の数を増やす算段を立てていなかった?

じゃあ、彼奴ら大本営で踏ん反り返って何をしてたんだ?

 

「あらま、そんなに衝撃的な話をしたつもりは無いんだが、大丈夫か」

 

軽巡に心配気味に聞かれてしまった

 

「その話からすると、天龍が遠征隊統括艦娘になっているのは、少し手を回した、からか?」

 

「そう言う事、流石に四人目は士官達に勘付かれそうで止めといたが、もしかしたら行けたかも知んねーけど、三人で何とかなってたし、無理を押す程の状況でも無かったしな」

 

何でも無い様に云うが、大問題なんですけど、大本営は如何なっているんだ、憲兵隊長はあの視察官が大鉈振るって改革中だと言っていたが、この軽巡の言い分からその内容がこちらの想定以上だと想像出来る

この軽巡が言っている状況を実現する為には鎮守府では禁止されているいくつもの事項を実施しなければならない

鎮守府で行われれば司令官は間違いなくクビだ、管理不行き届きってレベルじゃねーぞ

怠慢を通り越して職務放棄と判定される事案なんだが、猫が鼠を捕まえないよりもタチの悪い話だ

その状態で誰もクビにならずに踏ん反り返っていられるとは、大本営って所は、関わりたく無い巣穴な事だけは間違いないな

 

「あの戦艦もそうなのか?」

 

気になったから聞いてみる

 

「大和か?いや、大和は一人だけだ、いくら士官達の目端が効かないといっても、戦艦種みたいな大型艦にこの手は使えない、駆逐だって型によっては拒否して来たからな、そんな訳の分からない話を通さなきゃ着任出来ない様な司令官の下に居たくないってな、駆逐艦にしちゃ御立派な言い分だ、反論する気も起きないね」

 

「拒否した駆逐艦は、解体か」

 

「そうだ、それしか手が無いからな」

 

なんてアホな事をしているんだか、態々建造して着任拒否される様な状況だと説明して解体とか、アホ過ぎて文句も出て来ない

 

「その話からすると、天龍は艦娘の建造と解体の権限までもっているのか?」

 

「いや、正式には無い、だから色々と手を回してる」

 

ふーん、色々ねぇ

 

「で、そんな話を私に聴かせた理由は?」

 

ただで聴かせる話としては度が過ぎる、大本営所属艦が鎮守府の規則をどこまで知っているのか、知っていて話したのなら、私はかなり見下されているんだろうな

 

「?単に世間話的なヤツでこれといって意味はないが、何を思い付いたんだ?聞かせてみろよ」

 

コイツ、言質を取って何をする気だ、こっちにも手を回そうって腹か?

 

「司令官、そんなに警戒しないで、天龍は大丈夫、信頼出来る軽巡よ、大和達もそうだけど、私達は司令官の味方をしに来たのだから、そんなに警戒しないで」

 

「いや、こっちの悪企みを話したばっかだ、直ぐには無理だろ、まあ、アレよ、敵に回すと厄介だが、味方に付ければ頼もしいってヤツ、そんな感じで考えてもらえれば、こっちとしては遣り易いんだが、ハイそうですかって聞ける話じゃないわな」

 

初期艦がなんか言って来たが、軽巡がこちらの心情を語ってくれた、なんだかなぁ

 

「初期艦は随分と天龍を買っている様だが、何を根拠に信頼出来る軽巡だと言っているんだ」

 

ドロップ直後の駆逐艦とはいえ初期艦だ、なにかしらの理由はあるのだろうと思って聞いてみる

 

「天龍は私の教導艦、そして大和はつい先日まで私の教導艦だった、どちらも信頼に足る艦娘、まあ、大和は人が良過ぎて心配な所もあるけど、戦艦としての伸び代は計り知れない程のモノを有してる、司令官なら、それを引き出せる、それが大和を大本営からこの鎮守府へ移籍させた理由、大本営に一隻しか所属していない戦艦を託されるくらいには司令官は期待されているのよ、あの視察官に」

 

おい、今聞き捨てならない単語が出たぞ、視察官?この初期艦が視察官といったら、老提督の事じゃないか、あの戦艦がウチの鎮守府に来たのはあの爺さんの差し金って事かよ

あのジジイ碌な事をしない、私に何の恨みがあるんだ

 

それにこの初期艦を教導していたって?なんだってあの練度で初期艦の教導なんてしてるんだ、どう見たって荷が勝ち過ぎてるじゃないか

いや待て、事務艦の調べた所によるとあの戦艦、交渉を専門に行う艦娘という事だった

そこから推定されるのは、対応力の高さ、どんな状況でも何とかしてしまえるだけの力量、それに敵を作り難い雰囲気、交渉という事は対人応対に限られると思われるが、対応力の高さと柔軟な力量に裏付けられた余裕から来る雰囲気を持っていると?実物を見る限りそうは視えなかったが

 

「あんまり老提督の名を出すなよ、効きが強過ぎるから」

 

「司令官にはあんまり効かないと思うけど?」

 

「……そんな風には見えないが」

 

固まってしまった私を見た軽巡の感想が聞こえた、つい、爺さんの名が出て来て長考してしまい、結果として固まってしまった

 

「司令官?」

 

初期艦が呼びかけて来てる

 

「あのジジイ、じゃなかった、老提督は今回の件にどこまで関わってるんだ?」

 

言い直したんだが、天龍は吹き出すのを堪えるのに精一杯になってるし、初期艦には呆れられてしまった

 

「はあ、視察官の期待が大きいのを重荷に感じているのだろうけど、その期待を寄せるだけの行動を司令官は間違いなく起こした、その行動に結果を伴わせた、それが電が言っていた大き過ぎる功績、私に分からないのは、何故司令官はソレを知らないの?」

 

呆れつつも言って来る初期艦

 

「知らないのって、云われてもな、こっちは大本営に抗議文送付して以来無視されている、今も大本営からは何の返信も無い、何の確認も了承も取れない状況だが」

 

「は?」

 

漸く平静を取り戻した軽巡が今度は呆気に取られてる、忙しいヤツだ

 

「……無視、されている?どういう事?」

 

なんでこの初期艦は軽巡に聞いてるんだろ

 

「単に返信がないってだけで無視と決めつけるのは、短慮じゃないか?」

 

少し考えてから軽巡が言ってきた

 

「問い合わせから承認要請等々、七十を超える通信に一切返答が無い状況を他にどう解釈するんだ?既読通知だけは全部きてるからな、ここまで来ると嫌がらとしても通る域だと思うが」

 

「つまり、通信障害やら何かで届いてない可能性は無いのに、通信を読むだけ読んで放置されていると、承認要請にまで返信をして来ないと、そう言うのか?」

 

驚いている様な、確かめる様な感じの軽巡

 

「そうだ、一度自衛隊に協力を仰いで鎮守府とは別系統の通信網から伝達してもらったが、結果は変わらなかった、しかも防衛省単独の問い合わせには正式に回答を出して来たそうだ、艦娘部隊、大本営は、選択的にこちらを無視しているとしか思えない状況なんだが」

 

なんだろう、軽巡が考え込んでるが

 

「その件、大和は知ってるのか?」

 

その軽巡が探る様に聞いて来た

 

「さあ、どうだろうな、あの戦艦は大本営の命令で動くのだろうし、こちらには要求しかして来ないしな、重責を担っているのだろう事は予測が付くが、アレではな」

 

「大本営の命令って何の事?」

 

初期艦が聞いてきた

 

「大本営の機能の一部を移設だかなにかするんだろ、その為の工廠を造るのに邪魔だから自衛隊を追い出せと言ってきたよ」

 

「待て待て、ちょっと待て、自衛隊に協力を要請したのは、司令官だよな」

 

私の話に慌てたように軽巡が割り込んできた

 

「そうだが」

 

「その自衛隊を追い出せと、言ったのか?大和が?」

 

「初期艦を二人連れてきてな、そういう主張をして行った」

 

なんだろねぇ、軽巡と初期艦がなんか考え込んでしまったが

 

「……なんだか話が予想以上に拗れてる、天龍はどう思う」

 

「兎に角、大和達と話してこよう、機能移転の話が全然進んで無いのは確かなんだ、こっちの進捗だけが遅れてる理由は突き止めないと」

 

 

 

 

 

 

 



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59 再調整の為に書類と向き合っている

 

 

 

 

 

事務艦が確認作業を終えてこちらと合流、今度は私が再調整の為に書類と向き合っている

事務艦と天龍、叢雲は暫く話をしていたが、先発隊と状況の確認をしたいという事で執務室から退室、事務艦が後片付けをしている所で執務室の扉が叩かれた

 

「初期艦、電、五月雨、入ります」

 

そう聞こえてくるなりドアを開けて二人が入って来た

 

「駆逐艦はドアをノックしたら返事を待つ様に出来ないのか?」

 

取り敢えず文句は付けておこう、こういった行為を当然視されても敵わんし

 

「司令官は所属の駆逐艦にいつでも執務室に来て良いと言っていると聞きました、なら、待つ必要を感じません」

 

食堂でウチの駆逐艦とも話した様だ、随分雰囲気が柔らかくなった様に感じられる、がそれはソレ

 

「電さん、それは当鎮守府に所属する艦娘の場合です、大本営所属の駆逐艦がそうしてしまうのは御遠慮頂きたいのですが」

 

おお、珍しい事に事務艦が苦言を言ってる、しかも大本営所属艦娘に、こういう所には手も口も出して来なかったハズだったんだが、どういう心境の変化なのか、或は只の気まぐれか

 

「ほら、電、私達は大本営所属なんだから、そこは踏まえないと」

 

一応小声で電に言う五月雨、まあ、聞こえてるんですけどね

 

「そんな事だから、司令官を変に警戒させてしまうのです、あの子達と話してわかりました、司令官に隠し事だとか、本音を見せない様な素振りは警戒心を煽るだけなのです、ウチの叢雲の遣り様を考えてもそれを裏付けています、電は叢雲が司令官との関係を破綻させなかった理由はココにあると断定したのです」

 

勝手に断定すんな、ってかなんの話をしてるんだ、電は

 

「だからって司令官の前でそんな事言って、それはそれで司令官に失礼なのでは」

 

相変わらず小声で電に言う五月雨

 

「そういう遣り取りが必要なのです、司令官は艦娘に良い子の処世術を求めてはいません、何を考え、何を思うか、艦娘部隊の一員としての物言いは対外的には必要です、でも司令官は自身に艦娘が対外的態度で当たる事を良しとしていない、司令官は艦娘の側に立ってくれているのです、それがわかった以上電は変に遠慮する必要を感じなくなりました」

 

物凄い勝手な言い草だ、ウチの駆逐艦達と何を話したらそんな結論に辿り着くのやら

 

「だからって司令官が電の思惑を汲んでくれるかどうかわからないんだよ、様子を見ながら進めた方が」

 

小声でも心配してる様子がよく分かる五月雨

 

「事情は分からんが、二人とも引率は如何した?誰に引き継いだんだ」

 

「龍田さんと白雪ちゃんが暫く見てくれると言ってくれたので、司令官にご挨拶に参りました」

 

五月雨が今更ながらの答弁をする

 

「五月雨、堅いのです、そういう堅さが司令官には距離を置かれてると取られて警戒させてしまいます」

 

「電はいきなり過ぎます、距離を近付けるには相応の時間をかけた方がお互いの為です、司令官は普通の人なんですよ、一気に懐に飛び込んで行ったらそれこそ警戒どころか拒絶されかねません」

 

「……そういうものなのですか?」

 

ここに来て電が不思議そうな顔を見せる、この電、人との関係を構築するのが苦手なのかな、離れるか近付くかの二択というのは極端に過ぎると思うが

増設された鎮守府司令官の中でそこそこ連絡を取り合っていたのは桜智の所と、辛うじて佐和の所くらいだが、確か配置された初期艦は五月雨と吹雪だったという覚えが、確かな覚えではないが

どちらともそれほど突っ込んだ話はしていない、鎮守府からの発信では盗聴というか記録されるだろうからそういうデリケートな話はお互い避けていたしな

 

「電は白雪と話したのか」

 

「白雪ちゃんだけではないのです、龍田さんの周りには他の駆逐艦も沢山いたのです、だからみんなといっぱいお話ししました」

 

「楽しかったか?」

 

「はい!なのです」

 

なんだ、そういう笑顔も出来るじゃないか、駆逐艦には変に大人びた笑顔よりコッチの笑顔の方が良い

 

「電ってば、任務を忘れないでね、私達は遊びに来ているのではないでしょう」

 

「ほう、どんな任務か、聞かせてくれないか、五月雨」

 

揚げ足を取る様で悪いが、大和が率いる第一陣の帯びている任務、これがなんなのか詳細を未だに掴みきれていない

どこかで誰かを締め上げてでも喋って貰わないとこっちの対処も定められない、後手に回った挙句に下手を打つ様な事にでもなれば、その辻褄合わせに苦労するのはウチの艦娘達だ

回避方法は探さなければならない

 

「……」

 

私に問われた五月雨は黙って俯いてしまった

 

「電が答えても良いですか?」

 

とても良い笑顔で問いかけてくる電、ホントにウチの駆逐艦みたいだな

 

「んー、それでもこちらの要件を満たすには十分なんだが、電はそれで良いのか?」

 

しかし相手は現大本営所属の初期艦、元鎮守府配置の初期艦だ、ウチの駆逐艦と同様に扱ったら酷い事になるだろう、ウチの初期艦もそうだったし

 

「司令官さんならそう言うと思ったのです、電が答えて五月雨を退かせる事はこの場合最善ではないのです、それをしたら、五月雨が司令官さんとの距離を縮める機会を一つ失くしただけになってしまいます」

 

やっぱり誘導尋問だったか、あそこで電に答えさせてたら失望では済まされない事態を招いただろう、危ないアブナイ

 

「……電はこの短時間で司令官への対応をそこまで変えられるだけの、何を掴んだの?」

 

五月雨がほとんど棒読みの無感情な言葉を吐き出した、先に話した時の様な手馴れた感じは其処には無い、まあ、桜智のメッセージと聞いて仮面が剥がれた五月雨は普通の駆逐艦の様な感じだったが、今のコレはそのどれとも違う

 

「あの子達の様子を五月雨も見たでしょう、電が配置された鎮守府ではあり得なかったモノがここにはある、それがわかった、お爺さんが言っていた他の鎮守府とは違うというのは本当だった、なら、電は叢雲に倣って遠慮はしないのです」

 

お爺さん?まさか老提督の事か?ホント碌な事をしないなあのジジイは

 

「私の司令官は艦娘を粗略には扱いませんでした、扱いが分からないからこそ試行錯誤を躊躇わず色々試していました、五月雨は司令官が色々試している意図を読み切れず観察している事が多かった、司令官は観察している五月雨にどういう意図があるのか、細かく説明してくれました、その多くは初期艦からすると今更な事案でしたが、司令官の思惑を理解する助けになりました、それらは五月雨から司令官との距離を縮める大きな要因でした、でも、こちらの司令官はそうではない、何を考えているのかよくわかりません、わからないままで距離を縮めろと云われても、困ります」

 

そういう五月雨は本当に心底困った感じだ、電の変わり様に戸惑っているのが良く分かる

それに、桜智の奴初期艦とそれなりに上手い事やってたんだな、まあ、鎮守府司令官は初期艦と上手い事やらないと仕事にならんというのはあるが

 

「なるほど、五月雨という艦娘は慎重派なんだな、前に来た五月雨だけが特例的に慎重という訳ではないという事か」

 

「前に来た五月雨?」

 

ん?なんだろう五月雨の様子が少し変わった様な、気がする

 

「ウチの初期艦が目覚めなくなった時に大本営に問題解決の協力要請を出した事があってな、その時に派遣されて来たのは大本営所属の初期艦、五月雨だった、あの五月雨は自身に出来ることを可能な限り精一杯やり尽くして行ったよ、ただ、結果として問題が解決しなかったことを酷く気にしていた」

 

「……」

 

五月雨は反応を示さず、続きを待っている様な感じだ、この話しの続きを期待されるとは思ってもなかったが、話を振ったのは私なので続きを話してみよう

 

「こちらとしては艦娘に解決出来る問題だとは初めから考えいなかった、ウチの妖精さんでさえ匙を投げた問題だ、大本営ならウチの妖精さんが諦めた案件でもなんとか出来る方法を知っていると期待して、協力要請を出したんだ、だが、現実には艦娘一人が派遣されて来ただけだった、それはそんな方法など無いと回答して来たのと、私には同じ意味にしか取れなかった

派遣されて来た五月雨はその時の私の心情を察してしまったらしくてな、確かにあの時の落胆を隠しきれたか、自信は無い、だから、艦娘の気にすることでは無いと話は、したんだ、どこまでこちらの思惑が通じたのかは、分からないが、大本営に帰る時の様子からは、あまり伝わっていないとしか思えなかった

もう少し上手いやりようはあったのだろうとは思うが、こちらも初期艦の状態が快方に向かわない事が確定した状況で、鎮守府運営をどうしていくのか、こちらの方が優先事案だった、機会があるのなら、あの時の五月雨とはもう少し落ち着いて話がしたいが、所属の違う艦娘とそういった機会は滅多にない」

 

「……司令官はあの要請に艦娘が応えた時点で解決不能だと、結論を出していたのですか?」

 

五月雨が感情のカケラも無いセリフを吐くが、気にせずに続けよう

 

「妖精さんに解決出来ない問題を艦娘に解決出来る訳がない、事が深海棲艦相手なら艦娘にしか解決出来ない事案もあるかも知れないが、私が解決して欲しかった問題は艦娘自体の問題だ、どんな名医も自分の手術を執刀する事は出来ない、艦娘に限ってはそれが出来ると、五月雨はいうのか?」

 

「!……」

 

何故にそんなに驚いている?見れば電もびっくり顔なんだが、なんだろう

 

「艦娘の状態について妖精さんに隠し事は出来ない、その妖精さんが諦めた案件に艦娘が対応しても、結果は見えてますね、確かに」

 

「初期艦と雖も妖精さん以上の技量を持ち得ない事は、今更確認するまでも無いのです、それを予期出来ない艦娘の問題と言えるのです」

 

「……だからって、電ちゃんの行動を全否定するのはやり過ぎでしょう?」

 

「電のアレは只の甘やかしです、私達は艦娘で初期艦なのですよ、自律心を失った初期艦を甘やかして、どうしようというのですか」

 

「まて、なんの話をしている?」

 

突然始まった五月雨と電の遣り取り、なんか口喧嘩にも聞こえるソレは一体なんの話だ

 

「あっ、すみません、司令官には関わりの無い話です」

 

「そうなのです、司令官には艦娘部隊にとって大きな役割と職務があります、その遂行の為に電は全面的に協力するのです」

 

「……だからな、私の話を聞いてくれ、今のは、あの五月雨の話か?大本営に戻って、どうしているんだ?」

 

「……司令官には関わりの無い話です」

 

五月雨が繰り返して来た

 

「大本営の電が付いているのです、司令官が気にする事はありません」

 

電もこう言ってきた

どうやらこの二人はあの五月雨の事を話したくないらしい、しかし私はとても気になる、大いに気になる、さて、どうしたものか

 

「大本営の電というと、一組とかいうのでしたか?他にも何組かある様ですが」

 

事務艦が言ってきた、がナニソレ、一組?他にも何組かある?

大本営に初期艦が多数居る事は知ってる、この鎮守府からも相当数を送っているのだしな、大本営では幾人かに分けて組別で管理しているとそんな所かな

 

「そうです、この鎮守府に調査で派遣された五月雨は一組の五月雨です」

 

「?調査、問題解決の協力ではないのか」

 

「大本営では調査派遣となっています、問題解決は鎮守府の役割だとされています」

 

「??そういう事なら、あの五月雨は何を気にしていたんだ」

 

調査派遣というのなら、そもそも問題解決など気にする必要が無い、あの五月雨の言動は問題解決を意図していたが、どういう事だ?

 

「司令官の落胆を見て、チカラになりたいと考えたのでしょう、チカラ不足で何も解決出来ない事だけが明確になりましたが」

 

相変わらずの毒舌を発揮する電

 

「そういう言い方は、無いと思う、一組の五月雨だって調査に来た鎮守府で問題解決の協力要請が出されていることを知って戸惑っただろうし、それになんの目算も無しに行動した訳じゃない、初期艦、それも私達最初の初期艦に近い一組の初期艦なら鎮守府の妖精さんも協力的な筈だし、相応の目算は立てていたと思う」

 

「それが外れたのは本人の問題です、間違っても司令官を煩わせる根拠にはなりません」

 

「……」

 

どうやら電の毒舌に五月雨が反論しきれなくなって来た模様、薮蛇になるかも知れないが、突いてみるか

 

「あの五月雨は建造艦なのか?」

 

「?初期艦にはドロップ艦しか居ませんが」

 

何を言いだすんだと言いたげな表情を見せる五月雨

 

「そうなのか、大本営では初期艦も建造できる様になったのかと感心していたんだが、勘違いか」

 

「まさか、司令官には調査に来た五月雨が建造艦に見えたのですか」

 

あらま、何その疑惑の視線は、電を失望させてしまったかな

 

「よくわからなかった、という所だ、ドロップ艦にしてはおかしな所が視えたし、初期艦で建造艦というのも聞いた事がない、大本営の士官だか官僚達が、流石は大本営所属の艦娘だと、鎮守府にはいない謎の存在を寄越して格の違いとやらを見せ付けているのかと、勘繰りもしたのだが、当の五月雨を見ているとそんな事はあり得ないしな」

 

どうしたんだろう、五月雨と電が顔を見合わせてしまったが

 

「まさか、漣が思い付きって言ってた、アレ?」

 

五月雨が電に耳打ちしてる

 

「検証が必要だとも言っていた様なのです、ただ、私達はブッキーからの又聞きで詳細がわかりません、言い出しの漣に確認が必要なのです」

 

電が五月雨に耳打ちしてる

お前達、耳打ちするならもう少し上手くやりなさい、全部聞こえてるんだが、コレ突っ込んで良いんだろうか

少なくとも耳打ちしてるって事は私には聞かれたくないって事なんだろうし、如何しようか

 

「内緒話は後にしてもらっていいかな、こちらとしてはそちらが引率している特務艦を如何したら良いのかを聞きたいんだが」

 

取り敢えず別の話題を振ってみる

 

「あっ、はい、それに関しては引率の任務を負っているのは叢雲です、私達はその手伝いでしかありません、ただ、可能であるならば第二陣の艦隊は鎮守府に滞在できる様にお願い出来ませんか」

 

五月雨が答えて来た、しかし意外な事を言って来たな、初期艦の話では特務艦は各一隻しか建造されていないという、そんな希少な艦娘なら大和が手元に置きたいだろうに、大本営の士官やら官僚達も大和が居るから鎮守府に出したんだろうし

 

「叢雲の話では特務艦は貴重な艦娘だと言っていた様に思うが、鎮守府に滞在させて良いのか」

 

「特務艦はこの鎮守府での研修が予定されています、鎮守府に滞在させてはいけない理由はなんでしょうか?」

 

五月雨に不思議そうに聞かれてしまった

 

「研修か、予定の擦り合わせをしなきゃならないな」

 

まあ、大体は出来てるんですけど、細かい所を如何するか、だよね

 

「あの子達は本当に建造されたばかりなのです、あの子達にとっては司令官さんが初めて会う司令官になります、よろしくお願いするのです」

 

そう言って一礼してくる電

 

「それは、お願いされるまでもないが、では、第二陣の駆逐艦一、給糧艦二、工作艦一、補給艦ニ、この六隻は当鎮守府滞在で良いのだな、そちらの秘書艦にも了解を得て貰いたいのだが」

 

「やまちゃん、じゃなかった、大和なら反対しないですよ」

 

五月雨に不思議そうに言われてしまった

 

「大和は司令官さんの指揮下に配属されています、司令官さんの決定に反対する訳が無いのです」

 

電もこう言い出した

 

「大和が私の指揮下に配属?そういえばそんな事を言っていた様な、気もする」

 

大本営の秘書艦という大和の肩書きですっかり忘れていた

 

「気もするって、それはヒドイのです、移籍した艦娘だからといって粗雑に扱わないで欲しいのです」

 

電が苦情を言ってくる

 

「そういうつもりはないが、兎も角第二陣の駆逐艦が率いて来た艦隊はこちらで引き受けよう、部屋はあるしなんとかなるだろう」

 

勿論、なんとかするのは事務艦の仕事だ

 

 

 

 



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60 扉越しに押し問答を始めた

 

 

7月7日

 

 

 

執務室の扉が叩かれた

事務艦が対応してくれたので私は執務を続けていたが、何やら事務艦が扉越しに押し問答を始めた様子が見えたので声をかけた

 

「どうした?」

 

「いえ、引き取って頂きますので、お気になさらず」

 

なんだ?現状で執務室に来れて事務艦が追い返す相手、誰だろう

 

「要件は、なんだと言っているんだ?」

 

「抗議、だそうです、こちらに持ち込まれても対処出来ない案件ですので引き取って頂きます」

 

「司令官!いるのだろう!!」

 

おおう、この声のデカさからして自衛官の様だ、しかも声に聞き覚えがない

 

「話をしたいのなら、憲兵を伴ってくる様に伝えてくれ」

 

「わかりました」

 

そういうと事務艦はかなり強引に扉を締め切った

 

 

 

 

 

「こういう厄介事に引っ張り出さんで欲しいんだが」

 

あの後一時間もしないで自衛官が憲兵を伴って来た、執務室に据えられた長椅子に座るなり憲兵が愚痴る

 

「司令官、そちらの要請で来た我々を邪魔だから追い出すとはどういう了見だ?!」

 

憲兵の愚痴など御構い無しに捲し立ててくる自衛官

 

「先ず、あなたの官位姓名をお聞かせください、何処の誰かわからないではこちらとしては対処に困る」

 

「小官は、鎮守府派遣隊情報士官、加吉、階級は二佐、田名部海将補へ抗議してもラチが明かないのでこちらに直接抗議に来た」

 

「憲兵の方の階級は?」

 

取り敢えずこの二佐に連れてこられた憲兵に話を振ってみる

 

「二佐だ、それとこっちは陸自だ、あの指揮所自体海自が主体でね、空自もそれなりに入っているが」

 

「そんな事はどうでも良い、邪魔だから追い出すとは、どういう事だ!」

 

声が大きいねぇ、流石自衛官、だがこの手の元気一杯なのは駆逐艦だけで十分だ

 

「加吉さん、あなたがどこからそれを聞いたのかは、この際問いません、当鎮守府司令官としてあなたに知って欲しい事は、私にはその権限が無いという事だ」

 

「?権限が無い、とは」

 

いきなりトーンダウンしたぞこの人、大丈夫か?

 

「鎮守府司令官に付与されているのは自衛隊に対し協力を要請する事だけだ、自衛隊は暇な組織では無いし予算制約も多い、故に鎮守府司令官は自衛隊に対し撤収を要求する事は無い、要請の受諾決定権は自衛隊側にあるし撤収の判断も同様だ、有り体に申し上げるが、あなたはそれをいう相手を間違えている」

 

「……では、その相手は、誰だというのか」

 

なんだろう、メッチャ睨まれてるんだけど

 

「それは状況と指揮系統に依る、申し訳ないが、私はあなたの指揮権を誰が持つかを知らない、答えられない」

 

おおう、なんか青筋立ててるんだけど、大丈夫かこの人

 

「気は済んだか?持ち場に戻ろう、ここで司令官を相手にしても押し問答にしかならない」

 

憲兵が退室を勧めているんだが

 

「一体全体何なのだ、艦娘部隊に協力しろと命令で来てみればさしたる戦果を上げる訳でもなく、ただ、時間稼ぎに終始、最後には燃料切れで全艦隊撤収の上身動き出来ませんだと?なんなのだ!一体!!最前線で活動している最精鋭をこんな所に集めた挙句が、これか?!こんな事の為に我等を前線より引き抜いたのか!?今も原隊は最前線で戦っているというのに、こんな内地でヒマを持て余すとは、鎮守府司令官とは、エライ御身分だな!!!」

 

「やめろ、それ以上言うのなら、貴官を拘束しなければならなくなる、私は憲兵なのだ、仕事を増やしてくれるな」

 

憲兵の発言に自衛官が一瞬呆気に取られた様な顔をした

 

「……強かだな、鎮守府司令官は……」

 

お、なんだ?にらめっこか??

 

「どうやら、見当違いの抗議だった、時間を取らせてしまった、これで失礼する」

 

いうなり出て行く情報士官、それと扉は丁寧に閉めてもらいたいものだ

 

「申し訳ない、自衛官の非礼をお詫びする」

 

なんで憲兵が頭下げる事があるんだ?

 

「お気になさらず、ヒマを持て余しているのは、その通りですから」

 

「……」

 

なにそのなんか言いたげな表情は

 

 

 

 

 

この日は午後になって先発隊から接岸要請が届いた

こちらに断る理由も無いので許可を出し、事務艦に必要書類の作成と手続きを任せた

 

それらが一通り落ち着いた頃、面会要請があった、しかも結構な人数でだ

幾ら何でも多過ぎる人数の為、事前調整を事務艦に頼んだ、こんな大勢に一度に囲まれて捲し立てられるとか、私にそういう趣味は無いし、面倒事になる予感をヒシヒシと感じたしな

 

資材備蓄計画を捏ねながら事務艦の調整が終わるのを待つ、天龍が持って来てくれた資材で一個艦隊なら資材採掘地までは往復出来る、しかしどう計算しても後が続かない、やっぱり数を減らしてチマチマ備蓄していかないと安定した状態での一個艦隊運用に持って行けそうに無い、その運用計画を捏ねている訳だが、面倒臭いんだコレが

 

ある程度計画らしくなった所で執務室の扉が開けられた

もう、ノックすらされなくなってしまったか、執務室というか私に司令官としての威厳が無いのが原因なのだろうか

誰が来たのかとそちらに目を向ければ、見知らぬ艦娘がいた

背格好からすれば大型艦、ウチに着任していない艦娘だ、おそらく移籍組から来た面会希望の艦娘だろう、なぜか私を見て目を見開いたまま固まっている様だが、なんだろう

ん、固まっている艦娘に違和感を感じた、なんだ?この艦娘、またしても大本営が謎の艦娘でも拵えたのか?

 

「あれ?えっと、執務室って、何処かわかります?オジサン」

 

はい?なにを言い出しやがるこの艦娘、まだ二十代の私をオジサン呼ばわりする失礼な謎艦娘だ、大本営の教育方針はどうなってるんだ、場合によっては抗議してやる

 

「執務室ならここだ、執務室に用があるのか」

 

「執務室に司令官が居るって聞いたんだけど、あれ?居ない?」

 

ほう、この謎艦娘、とてもイイ度胸と見た、それにしても、私はそんなに司令官に見えないかな、一応執務中だから指定の司令官服を着ているんだが、居ないと言われてしまったよ、困った事に

 

「そちらが誰か知らんが、私が当鎮守府の司令官だ、要件があるのなら事務艦を通してくれ、直接言いに来ても、こちらの都合と予定を無視してまで応対しない事にしている、取り敢えず、出直してくれ」

 

なんだ?私の言い分に反応がないぞこの謎艦娘、執務室の扉を開けたままその場に立ちっぱなしなんだが、どうしたんだ

まさか、私が司令官かどうかで押し問答とかしなくちゃならない事態の発生かな、面倒臭い

 

「司令官!?あなたが?!えーー!!!!」

 

五月蝿い、とても煩い、なんなんだこの謎艦娘

 

「なにをしているんですか!」

 

おお、事務艦の声が聞こえてきた

 

「司令官への面会は調整の後だと言った筈です!勝手に執務室に入って司令官を煩わせないでください」

 

事務艦が言いつつ謎艦娘を執務室の扉から引っぺがして廊下に連れ出した

 

「申し訳ありません、調整に時間が掛かっております、今暫くお待ちください」

 

「おう、待ってるよ」

 

「失礼します」

 

そう言うと静かに扉を閉める事務艦

ようやく静かになったか

 

 

 

 

 

「なに?食料が無い?すまんが、言っている意味がわからん、分かる様に言ってくれ」

 

事務艦が執務室に来たから面会の調整が終わったのかと思ったら、想像すらしていない事を言い出されて困惑してる

 

「申し訳ありません、食料消費の見込みを誤った様です、計画より四日も早く尽きるとは思ってもいませんでした、大変申し訳ありません」

 

そう言って何時に無く平謝りする事務艦、それにしてもおかしい、四日分の食料備蓄が突如消費されたらしいが、どう言う事だ?

 

「食堂は自衛隊と共用になっているが、向こうにも影響が出ているのか」

 

「いえ、自衛隊の持ち込んだ食料は鎮守府の食料備蓄とは別管理になっています、自衛隊への食料供給は問題無いと思われます」

 

それは良かった、自衛隊の食料までウチで食い尽くしたなんて事態が発生したら、どうなるかなんて考えたくも無い

 

「わかる範囲でいい、説明を頼む」

 

「はい、現状では食堂を運営している委託業者から食料供給が出来なくなると施設管理室に連絡があり、確認した所、食料備蓄が尽きて鎮守府向けの食料供給を停止せざるを得なくなっていました、緊急時用の保存食なら幾らか供給出来るそうです」

 

うーん、困ったね、鎮守府の食料は事前計画に従い定期的に大本営から納入される、その事前計画を誤った?考え難い事態だな、可能性としては事前計画にない消費がなされたと言う事なのだから、食堂利用者の急増とかか?

ん?そういえば例の移籍組が食堂で待機していたな、まさか、あの面会希望者が食堂を利用したのか、いや、こちらで利用キーを出していない、食堂の給水機ぐらいなら兎も角食事は出来ない筈、委託業者が勝手に食事を提供するとも思えんし、どうなっているんだ?

 

「……その、申し上げ難いのですが……」

 

私の長考をどう見たのか知らないが事務艦が恐る恐るといった感じで言い出した、なんだろうと視線を事務艦に向ける

 

「その、利用履歴を調べた所、電と五月雨の利用キーで多量の食料供給がなされていました、言い難いことながらこの二名が利用キーを面会希望者達に提供したものと思われます」

 

は?ナニソレ、あの二人は鎮守府に配置された初期艦だ、鎮守府に併設された食堂がどうやって運用されているかを知らないなどあり得ない、それに利用キー自体貸し借り厳禁だ、何の為に個人単位で利用キーなんて発行してると思っているんだ

まさかとは思うが、敢えて、か、承知の上で実行した?何の為に?これが大本営の遣り方なのか?

 

「兎も角、向こうの代表は大和だ、話をしよう、それとウチの艦娘達に事態を説明し、艤装からの供給で急場を凌ぐ様に伝えてくれ、但し、それが難しい者は執務室まで来る様に、確か何人かいた筈だ」

 

「わかりました、その様に手配します、それと、面会希望の件への対処はどうしますか?」

 

「……大和に状況を説明して、協力を求めろ、現状はそれどころではない」

 

「承知しました」

 

事務艦が退室して行く、こちらとしてはやりたくはないが、直通電話を使わねばならない

大本営に借りを作る事になるんだろうなコレも、官僚共はどうあってもこちらに瑕疵を作らせて貸しを押し付けたいらしい、それを取り立てるのが余程愉しいのだろう、なんて悪趣味な連中だ

受話器を取ろうと手を伸ばすが、滅茶苦茶気が重い、電話口に出て来るのがクソ官僚だと分かっているだけに如何にかして回避する方法が無いかと考えてしまう

しかし、艦娘達にまともな食事さえ用意してやれないというのでは司令官として如何なんだ

 

資材供給だけでも艦娘は運用出来る、だからといって資材のみで運用し、食事させないというのはあり得ない、まあ、そのあり得ない運用をつい先日までしてたんだが、だからこそ、ここで食事抜きというのは私が納得出来ない、一刻でも早くまともな食事が出来る様に手配してやらないと、いけない

暫く逡巡していたが、意を決した、受話器を取り発信ダイヤルを回そうと指を掛けた所で扉が叩かれた

これ幸いと受話器を戻して声をかける

 

「どうぞ」

 

こちらの返事を待って扉を開けたのは、隊長だった、指揮所司令官を伴っている

おう、これはコレで厄介事な予感しかしない

 

「少し時間をもらいたいがよろしいか」

 

「どうぞ、そちらへ」

 

執務室に据え付けられている長椅子の方に促す、こちらも執務机から長椅子に移動する

 

「どういった要件でしょう」

 

早速切り出してみる、先手を取らないと余計な案件まで言い出されかねないしな

どういう遣り取りが隊長と指揮所司令官との間にあったかは知りようも無いが、指揮所司令官が目配せして隊長に先を譲った

 

「聞いたとは思うが、現在鎮守府の食料が尽きている、説明してもらいたい」

 

憲兵の職務の一つは鎮守府の健全な運営、これが適切に実施されているかを監視する事だ

計画外の食料消費は鎮守府司令官の無計画さの表れと取られるだろうな

なにしろ施設管理室というのは海自の皆さんが詰めている所だ、設備や委託業者などはこの海自の皆さんが管理監督している、食料などの消費材や電球などの消耗品は鎮守府持ちだ

丁度賃貸物件を借りた時に大家持ちの部分と店子持ちの部分がある様に区分されている

鎮守府の場合、食堂などの施設運営に委託業者が入る事もあるが、ウチの場合そこまで海自側に任せている、私はそういった細々した契約案件を自身で取り仕切ろうと言う程仕事熱心では無い

当然そこから食堂の事情は憲兵に駄々漏れとなる、尤も隠そうとも思わないが

 

「計画外の消費がなされた為だ、こちらとしても想定していなかった、事務艦からは自衛隊への影響は無いと聞いている」

 

「問題は自衛隊への影響ではない、その計画外の消費は何故発生したのか、説明を」

 

隊長が厳しい顔で言って来る、まあ、無理も無い、憲兵としての仕事なんだから大真面目に細やかな義務を果たしに来るだろう

 

「その件について、大和と話し合いの場を設ける、こちらとしても事態が把握しきれていない、憲兵としても曖昧な憶測を聞かされるのは願い下げでは無いのか」

 

「……そういう事なら、その話合いに参加させてもらう事になるが、それで良いのか」

 

おや?この申し出をあっさり受け入れるとは、予想外だ

てっきり言い逃れするなくらいは言って来ると思ったんだが

ん?もしかして隊長は事情をある程度掴んでいるのかな、それなら頷ける対応なんだが

 

「こちらの話を、しても良いか?憲兵の話は終わった様だが」

 

指揮所司令官が言ってきた

一応隊長を見て異論がない事を確認、視線を指揮所司令官に向ける

 

「どうぞ」

 

「鎮守府司令官の要請があれば自衛隊から食料を供給する事は可能だ、それと、先にウチのバカモノが押し掛けたそうだが、それについて抗議があるなら、受け付けるが」

 

あら?あの情報士官の行動が意外にも自衛隊側で問題視されてる様子

食料供給を言ってきたのは、暗に掛け引きだろうな、食料供給という掛けと抗議せず不問にするという引き

本来なら自衛隊が鎮守府、というか艦娘部隊に食料は勿論物品を供給する事はない、運営上想定されていない

別組織というだけでなく、行動目的の違いもあるし、何より艦娘部隊には独自の調達、供給ルートがある

そんなもんを抱えてる理由は幾つもあるが、理由の一つは鎮守府司令官の不正対策だ

鎮守府が独自の補給ルートを構築すれば、その予算との兼ね合いでどうしてもその権限を持つ事になる司令官に色々な誘惑が寄って来る、日本の様に民間上がりの司令官を着任させるにはこの辺を上位組織で押さえないとあっという間に不正の温床になりかねない

それを抑止する為に施設管理室が置かれているし、目を光らせる憲兵まで駐屯してる

 

何処まで鎮守府司令官が裁量権を持つかは大本営の官僚と鎮守府に駐留する自衛隊(主に海自)との三者面談が着任時にあり、そこで取り決められる

着任時にこういったクソ細かい取り決めと詳細説明が散々続いた後に直通電話の説明もあった訳だ、要らないと即決して引き出しに放り込んだのは八つ当たりだったかも知れないが

私としてはそんな面倒臭い取り引きだの業者との交渉や契約だのとは可能な限り関わりたくないのでその辺りは全部施設管理室 (海自の皆さん) にお任せ (丸投げ) した

面倒臭い事をやってくれると言うのだからやってもらった方が良いに決まってる、私はそう判断したが、鎮守府司令官の中にはそれらの裁量を自分で持った物好きな奴も居るとは聞いた

正直、なんて仕事熱心なんだ、と感心したものだ

書類仕事を割り増しさせるなんてどんだけ仕事好きなんだよ、真似しろと私に話が来たら断る方策を探すね、あんなものは少なければ少ない程良いに決まってる

 

「申し出は大変有り難い、ですが、自衛隊から食料供給を受けても後日に鎮守府なり艦娘部隊から補填しなければならない、現状では確かに食料は尽きているが緊急に必要という事情も無い、そちらの情報士官が指摘した様に暇を持て余している」

 

あっ、皮肉になってしまったか、言ってから気がついた、指揮所司令官が分かり易く眉を顰めたから気が付いてしまった、が、気にせず続けよう

 

「艦娘達には艤装からの供給で凌ぐ様に通知済みです、暫くは持ちますからこの間に供給される様に大本営と交渉するつもりです」

 

「?艤装からの供給とは、すまないが私は艦娘について詳しくない、差し支え無ければ説明してもらいたい」

 

指揮所司令官が聞いてきた

 

「先日までここの艦娘達は特定海域に張り付いて作戦行動を実行していた、それは見ていたから知っているでしょう、アレを陸上でもやるって事ですよ」

 

何故か隊長が解説し始めたんだが

 

「張り付いているのは確かに見た、しかし補給隊が往復していただろ、それで、ではないのか?」

 

「あの補給隊が運んでいたのは資材だけですよ、食料は元より水すら運んでいない、それでも艦娘ならあれだけの期間作戦行動を維持できる、国際社会が対深海棲艦戦に軍隊よりも艦娘部隊を選んだ理由はここにある」

 

「確かその資材とやらも、艦娘が何処かから独自に調達して来るのだったか」

 

「調達場所の法的整理の手続きはありますが、それさえ済ませてしまえば、後は艦娘が資材を採掘、備蓄し、運用出来る、この国の場合、採掘地のほとんどが無人島ですから、さしたる混乱もなく政府保有地になってますよ」

 

隊長の解説に感心した様子の指揮所司令官

 

「運用コストはほぼゼロ、という事か」

 

「初期投資と継続的な少額投資は必要ですが、額面的に護衛艦や航空機とは桁が三つ以上違う、その艦娘部隊が日本から引き上げられるか、残置出来るかの、瀬戸際です、監察官達の判断次第では、今実行中の全自衛隊総合出動が恒久的な、自衛隊の通常業務に組み込まれる可能性がある、幕僚としては、そちらをお望みか?」

 

隊長が指揮所司令官に問う、なんだか色んな意味に取れそうな問いだな

 

「……それが、憲兵隊長の目的か、なるほど、艦娘部隊の手先に成り果てたなどと揶揄されようとも鎮守府司令官を擁護する理由には十分過ぎるな」

 

一体何の話をしてるんだ?いきなり蚊帳の外に放り出されてしまったんだが、大人しくしとく方が良いかな、ダメかな?

 

「そう言えば、司令官は大本営と交渉するつもりと言っていたな、妥結できそうなのか?」

 

いきなり帰ってきたよ、話が跳び過ぎだろ

 

「それは交渉して見なければわかりません」

 

私の言い分に指揮所司令官が少し考えるような素振りを見せる、なんか大袈裟に捉えられていないか、今回の件、そもそも食料は定期的に納入される訳でその時期まで持たせるか、多少早めてもらうだけで事は足りるんだが

 

「それで、大本営からの先発隊を率いている大和と話し合いか、直接交渉より先発隊を通じての間接交渉の方が勝算があると、搦め手で臨むのか、指定通信をあれだけ無視している大本営との直接交渉を避けるというのはわからないではないが、司令官は石橋を叩き過ぎていないか?」

 

あれ?なんだか大本営に電話しなくて済みそうな流れになってないか、この誘導に乗っても良いものか、指揮所司令官はソレを慎重過ぎると言っているが

ちょっと考えていたら隊長が話し出した

 

「暫くは持つというのなら、焦る必要はない、確実に目的を達成出来る手を使った方が良い」

 

「確かに、この鎮守府は老提督の視察を受けていると聞いた、大和はその老提督の秘書艦だそうだし、その大和から話しを通すのなら、老提督の協力を引き出せるかも知れんな」

 

エッ?そうなの?指揮所司令官の台詞で私が勘違いしていた事を知った

大和が秘書艦だとは聞いていたが大本営の、あの踏ん反り返っている士官の秘書艦だと思っていた、秘書艦というのは初期艦の役割を担う初期艦以外の艦娘だと事務艦からの説明は聞いたが、思い返せば誰のという部分が抜けてたな

ん?それなら視察の際に何故一緒に来なかったんだ?大本営お得意の特異な事情でもあったのか

 

大和はあの爺さんの秘書艦なのか、という事は今回の件、全部あのジジイの差し金か

あのクソジジィ一体何の恨みがあるんだ、前に視察に来た時にそんなに腹に据え兼ねたのか?ここまでの嫌がらせは大本営のクソ官僚でもしなかったぞ

 

「そういう事です、それと司令官、確認したいんだが……」

 

隊長が聞いてきたが、なぜか途中で止まった、視線を向けて先を促す

 

「あの先発隊に随行して来た駆逐艦種の艦娘達は各鎮守府に配置されていた初期艦なのか」

 

質問内容的に言い難いモノとも思えないが、深く考える事も無いだろうと返答をする

 

「そうですが、なにか?」

 

「いや、確認しただけだ、憲兵といっても艦娘の同型同名艦の見分けは難しいからな」

 

なんだ?憲兵は各鎮守府を順番に交代で勤務していると聞いている、初期艦達を見知っている憲兵が居ても不思議な事ではない、しかし何だってこのタイミングで確認したんだろ

 

 

 

 

 

 

事務艦を通じて大和に会談の申し入れをした所、あっさりと承諾、思わず事務艦に会談の趣旨を誤解させていないかと、聞いてしまった

以前の面談の際には憲兵が同席するだけでもあれだけ嫌そうにしていたのに

参加人数がそれなりになったので鎮守府の会議室では手狭に過ぎ、広さという一点のみで食堂が会場になった

こちらとしては直ぐに始めるつもりだったのだが、何処から聞きつけたのか大本営から出席要請があり、開始を見合わせている

全く憲兵からか移籍組からか、どちらでも有り得るが、こちらの方針が定まらないのは困りものだ、食堂の運営に支障を来しているのに待ったをかけて来るとは、しかも一方的な指示書で済ませやがる

この指示にも問い合わせはしたが、相変わらず既読通知だけで返答は無い

 

こうなると自衛隊から食料供給を受けるという選択をしなければならないかもしれない

正直、自衛隊から物品の供給を受けた場合、事後処理がどうなるのか、規定が曖昧だ

大雑把には借り受けるという事になる様で返却が必須という事だ、その返却を艦娘部隊で持ってくれれば良いが、現状では鎮守府司令官個人の債務にされかねない

 

順当に考えれば鎮守府持ちの費用な訳で書類仕事を無くしたい私は施設管理室 (海自の皆さん) にお任せ (丸投げ) しているからそちらで話が付きそうなものだ、ただ今回はこちらに話が回ってきている

私に話しが来ているという事は施設管理室 (海自の皆さん) で話が付かなかったという事に他ならない

何故、施設管理室 (海自の皆さん) で話が付けられなかったのか?

 

私の大本営に対する不信はそこまで考えさせる段階に到達している

 

幾ら鎮守府司令官への払いが良いといっても四十名を超える人数の食料調達費用を個人で出せるほど高額では無い、一度の外食費用を負担するのと食堂を運営する上での食料調達とでは訳が違う、まして調達先が自衛隊となれば尚更だ

幸いな事に艦娘は食事が出来なくとも資材さえ調達出来れば飢えることはない、艦娘達には言い分もあるだろうが、艤装からの供給が難しい数名を除いて暫くはソレで凌いでもらうしかない

数名の食事くらいなら私の財布からでもなんとかなる、私自身の食料も調達する必要があるしな

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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61 無為に浪費する必要は無い

 

 

7月8日

 

 

待ったをかけられたからといって無為に時間を浪費する必要は無い

疲労の少ない駆逐艦を見繕って遠征を、資材回復に向けて行動を開始した

今回の遠征の要件を満たすのは駆逐艦以外になく、駆逐艦は先の所属全艦娘を動員した作戦にも参加している

 

多数の駆逐艦は疲労の蓄積が大きく休ませなければならない

そんな中でも疲労の程度が低く平然としている駆逐艦がそこそこいる

この駆逐艦達は鎮守府への帰り道に第一艦隊旗艦が経済速度でノンビリしているのをいい事に資材採掘地に寄り道して補給を済ませるという、余計な行動をするくらいには元気な駆逐艦達だ

いくら戦艦の経済速度といっても資材採掘地との往復距離を考えれば駆逐艦はそれなりの速度で航行しなければ艦隊から離れ過ぎる、あの駆逐艦達は鎮守府に帰ってきた時には艦列を整えていた

つまり、そういう事だ

 

活動停止後の遠征初回という事もありその駆逐艦の中で練度が高く作戦行動に対する理解も充分な三隻を選抜、旗艦に一番艦を指名した

今回は資材回復は次いでだ、後続の為に航路確認が重要な意味を持つ、指名した旗艦なら変に気負ったり、僚艦に無理を強いる心配も無い、何より駆逐艦に何が出来るのかを余計な行動で示して来た、資材の枯渇した鎮守府とそこに居る司令官の次の一手を見越しての行動だ、折角のアピールを無下には出来ない

この事からも私の指示には一言ある様だが私の方針は良く知ってくれている、なにせ着任順でいえば叢雲の次に着任した駆逐艦だ

 

駄目元で自衛隊側にも行動開始を伝えてはある、対深海棲艦戦に忙しい自衛隊がこちらの艦娘達を何処までフォローしてくれるのかはわからないが、兵装が乏しく艦隊規定数に満たない遠征隊にしてやれる事はこれくらいしか無い

鎮守府開設時には駆逐艦一隻から始めたんだ、ここからでも始められるだろう

 

 

 

 

 

遠征隊は予定通りに帰投した

事務艦からの報告では資材も予定量を回収出来た、さらに深海棲艦との遭遇戦も無かったそうだ

後はこの小規模の遠征隊をいくつか編成して必要な資材備蓄量に到達するまで一編成づつ遠征に出していけば良い

時間は掛かるが焦った所でいい事はないし、艦娘達にこれ以上の無理を強いても得るものは無い

司令官としては待つしか無い

 

「司令官、帰投した遠征隊旗艦から面会要請が出されています」

 

事務艦が持って来た報告書を読んでいる私にそういって来た

 

一瞬何を言っているのか、理解出来なかった、が、理解が及ぶと同時に疑問が浮かぶ

 

「遠征隊旗艦は、初春だな、あいつが面会要請を、出して来た、と言うのか?」

 

「はい」

 

事務艦の回答は簡潔だった、余りに簡潔過ぎて私の疑問を増幅させた

 

「今何処にいる」

 

「他の遠征隊と情報共有の為、工廠にいると思われます」

 

そうか、食堂は会談の為に自衛隊に押さえられたままだった、それなりの数が集まって話をする場所としては工廠という選択になるな

 

「工廠に行って来る」

 

事務艦の返事を待たずに執務室を出て工廠に向かう

 

 

 

 

 

初春は叢雲が連れ帰ったドロップ艦、この鎮守府の二人目の駆逐艦だ

その初春が私に面会要請?どういう事だ、先発隊の電が言っていた様に駆逐艦にはいつでも執務室に来る様に、来られる様にしている

それなのに面会要請を出して来るとは、どういう事だ?

私は知らずに気が付かずに何かを仕出かしたらしい、叢雲ほど押しは強く無いが初春もかなり個性的な性格の上に我も強い、何より軽巡並みに目端が効く

それに当たりの強い叢雲と私の間で干渉役を引き受けるだけの器量を持ち合わせている

要請なんて出して来たのは、何らかの思惑があっての事だろう

あれだけの器量持ちが何らかの思惑に基づいた行動に出た事、それを全く想像もしていなかった事もあり、自覚出来るくらいには、動揺してる

工廠に着くまでに平静を取り繕わなければならないな

 

 

 

 

 

「なんじゃ?工廠に用かえ?」

 

工廠に着くなり初春に見つかりこう言われた

 

「面会要請が出されている、と聞いたが?」

 

私の問いに何処から出しているのか未だにわからない扇子を拡げ、考える様な仕草を見せる

 

「ああ、そういえば出した、事務艦から返答を待てと言われて、忘れておったぞ」

 

忘れるなよ、しかし初春の様子はいつもと変わらない、様に見える

私が知らずに何かやらかしたから一言付けるのではなかったのか、もしかして早トチリしたかな

 

「忘れる様なら、大した要件では無い、のか?」

 

「……いや、そうでもない、余人を交えず話したいのじゃ」

 

おおう、この駆逐艦がこういう物言いをする時はこちらの想定していない大事を淡々と指摘して来るという、有難くも恐ろしい状況が想定される

 

「あー、しれーかーん!僕たちこれから遠征に行って来るー!」

 

遠征隊の駆逐艦に見つかった

 

「行ってこい、寄り道しないで帰ってくるんだぞー、変な所で変な奴と遊んじゃダメだぞー」

 

「わかったー、行ってきまーす」

 

駆逐艦三隻が遠征に出た、暫くそれを見送っていた

 

「心配はいらん、護衛は付くし、自衛隊からも海域情報を貰える、遭遇戦が起こる事はまずないじゃろ」

 

見送っている私の隣に来た駆逐艦、初回の遠征を終えた遠征隊旗艦が言ってきた

 

「護衛?」

 

海域情報は上手くすれば貰えると予測していた、しかし護衛とは何を指しての事だろ

 

「ほれ、叢雲と同期の初期艦等がおるじゃろ、勝手について行くから気にするな、そちらはそちらの任務を全うしてくれとな、お前さんがつまらん意地を張っておるから向こうも困っておる様じゃぞ」

 

つまらん意地って、いや云われても仕方ないのかもしれないが、ウチの艦娘達を自衛隊や大本営に都合良く使い倒されてはかなわんのだが

 

「それで、態々来たという事は、面会要請は通ったのじゃな」

 

「通るも何も、いつでも執務室に来てくれ、駆逐艦相手に扉を締めるリスクがどれ程高いか、私なりに知っているつもりだ」

 

そう言ったら、どういうわけか渋い顔をする初春、なんだろう

 

「まあ、よかろう、要請が通ったのなら、暫し時間をもらうぞ」

 

 

 

 

 

正式な面会要請を受諾した上での面談という事で小会議場(という名目の未使用部屋)で初春と向き合っている

お茶とか用意すると言ったらそんなモンより話が先だと言われてしまった、もしかして、初春はそれなりに機嫌が宜しく無かったりするのだろうか、私としては茶飲み話に出来ない話があると言われている様で落ち着かない

 

そうして始まった初春の話は広範囲な課題を含んでいた

それこそ鎮守府の運営から司令官の権限が拡大した場合の利点、終いには大本営との関わり方、こういってはなんだが、司令官が艦娘から指摘される課題としては、司令官の力量不足を痛感させられるモノばかりだ

ついでとばかりに自衛隊との関わり方、今回来ている様な指揮所組と憲兵を初めとする鎮守府駐留組、まあ、簡単にいえば、もっと上手く使えと、他の組織とはいえ協力関係にあるのだからその協力を引き出しだ方がお前さんも楽ができるぞと

 

言い分は理解するが、司令官職の規定上そうもいかない、と言ってみたら、盛大に分かり易く呆れられた、なんでだ

 

「もっと踏み込め、人見知りする様な殊勝な性格でもあるまい?」

 

扇子で口元を隠しながら正面から私を見据えた初春はそう言った

 

「そんな事をしたら問題が何処まで拡大するか、見当も付かない、私の手に余る事態になり、司令官職の立場上お前達にまで類が及ぶ事になりかねない、そのリスクは、取れないよ」

 

「なるほど、五月雨と吹雪から聞いた話は強ち的外れでは無かったようじゃの」

 

「?」

 

何の話だ?おそらく護衛についたという二人と遠征中に色々話をしたのだろう事は推定出来るが、内容までは絞り切れない

 

「お前さんにははっきりしてもらいたい、でなければこの鎮守府に所属する我等が路頭に迷う、御主、腹を括る気はあるのか?」

 

いきなり何の話だ、と困惑していたら、初春が手に持っていた扇子を閉じて真っ直ぐに私を指す

 

「今更、何の話かわからんなどと惚けた台詞を聞かせてくれるなよ、そんな台詞を聞かされたら、妾は御主を嗤わねばならない」

 

真っ直ぐにこちらに向けられた扇子を指で逸らしつつ、私から視線を逸らさない初春を視る

 

「笑ってくれ、お前の凛々しい所も良い、笑ってても良い、こうやって話をしてくれるのも良い、全部良い」

 

そう言った私を目の前の駆逐艦は反応を見せずにみつづけている

 

「はぁ、やはり妾ではダメか、叢雲でなければお前さんは動かせん様じゃな」

 

しばらくみつづけた初春はそう言って扇子を拡げいつものポーズを取った

 

「で、あの初期艦と何を話したんだ」

 

「内緒じゃ、そもそも乙女から秘事を聞き出そうなど、無粋だとは思わんか?」

 

「おっと、それは気が付きませんで、失礼を」

 

ふん、とばかりにそっぽを向かれてしまった、なんでだ

 

 

 

 

 

話をしていた部屋から出ると何人かが待ち構えていた

 

「どうした、何かあったのか」

 

「今の所なにもない、それより、人払いをしてまでなんの話をしていたんだ」

 

そう言って来たのは第三艦隊の旗艦だった軽巡だ

 

「下世話な話よ、此奴が小金を溜め込んでおる事は承知しておるからの、この機会に我等の食料調達に役立ててやろうとしたのだが、断られてしまったわい」

 

駆逐艦がお気楽に応じてる

 

「そんな話をするという事は、事態は長期化しそうなのか?」

 

第一艦隊旗艦が聞いてきた、長門の指す事態とは現状の鎮守府と大本営とのギクシャクした状態の事だろう

 

「わからん、私としては結論がどうあれ早くケリをつけたいんだがな」

 

それに予測込みで応える

 

「切迫詰まってからそんな話をしたら混乱するわ〜、今の内から話を通してカンパを募ってみた方が良いと思うなぁ〜」

 

これは第二艦隊旗艦だった軽巡、カンパなんて言ってくる辺りからして長門の指す事態から数段縮小した状態を指していることが窺える、事が大きく捉えられて騒ぎにならない様に気を使わせてしまった

この場には他の艦娘もいるのだから

 

「その場合は自衛隊から食料供給を受けるよ、自衛隊からなら市場調達よりは速いだろうし」

 

問題を縮小した返事をしてみた

 

「あらぁ〜、その気があるのなら今直ぐそういて欲しいな、なぜ躊躇っているのかしら」

 

まだ笑みを湛えたままだが、軽巡の雰囲気が少し変わった、お気に召さなかったらしい、なんでだ

 

「自己解決出来るのならその方が良い、手を尽くす前から他人頼みというのは良く無い」

 

これまで行って来た、いつもの方針を言ってみる

 

「私達に食事を用意するよりも司令官が自己解決する方が良い、そう言うのね」

 

普段と少し変わった雰囲気を保っている軽巡、まだ機嫌が治らないらしい、困った

 

「まともに食事も用意してやれない悪い司令官な事は謝る、しかし事態の決定権を、身の処し方を自己決定するには、柵は少ない方が決めるのも実行するのも確実に出来る、雇われ司令官でもお前達を対価として扱う気はない、自衛隊が艦娘部隊を便利に使おうと意図しているのは分かっているんだし」

 

「その対価で食料調達出来るのなら悪い話にはきこえないんだが」

 

こう言って来たのは第三艦隊の旗艦だった軽巡だ

 

「木曾、お前安いな、僅かな食料を得る為に軽巡のチカラを差し出すのか、差し出したモノは安く買い叩かれる、艦娘は現状では希少だ、出来るだけ高値で売ろうとは、思わないのか」

 

「高値で売り出しても買い手がつかなけりゃ意味なく無いか」

 

第三艦隊旗艦だった軽巡は私の言い分に不満がある模様

 

「希少と言っただろ、その価値を安売りしてどうする、一度安売りしてしまえば次の機会に更に安く売り出さなければ見向きもされずその上値切られる、時間が経てばタダ働きになってるだろうな」

 

「極論にしか聞こえんが……」

 

そんなに食事抜きが効いてるのか、随分と食い下がる第三艦隊旗艦だった軽巡

 

「そもそもの話として、艦娘部隊はコスパに優れるってのが成立理由だ、この理由だって国軍との相対的なモノだが、時の経過と共に艦娘だけの絶対値に置き換わるかもしれない、そうならない様に普段の言動には注意を払う必要がある」

 

「一度安く扱き使えると分かったら次はもっと安く安易に酷使してくると、でも艦娘を指揮出来る司令官は相応の研修を受けて、指揮下の艦娘を粗略に扱わない様に指導される筈でしょう」

 

こう言ってきたのは第三艦隊に配置されていた軽巡だ

 

「そうなんだが、現実は鎮守府にさえ着任してしまえば後は司令官の匙加減一つ、鎮守府内のことは司令官権限で大抵の事は押し通せる規定にはなってる、だから行き過ぎた行為を抑止する為に憲兵なんて配置してる、鎮守府の予算も施設管理室を置いて使途不明金を出さない様にしてるしな」

 

「鎮守府に着任している司令官は所属の艦娘に対し全権を行使出来るのだったか、規約上では」

 

確かめる様に言う第一艦隊旗艦

 

「艦娘の立場は艦娘部隊に所属しかつ司令官の指揮下にある事が前提だ、極論すれば司令官が安く酷使して良いと、そういう運用をする事は理屈上どこからも誰からも問題にされない、もし、これが問題視された時は司令官に対処させれば良いというのが艦娘部隊の方針だ、その為に司令官に全権を認めているんだからな、この鎮守府は試験運用的な位置付けだからそこまで干渉は受けないが、艦娘部隊の行動目的は海上航路の安全確保だ、この目的の手段としての艦娘でありその運用拠点としての鎮守府な訳だ、これらの事情を踏まえた時、艦娘を安売りしても後々厄介な事態を招くだけだ、だから安売りする事もさせる事も出来るだけ避けたい」

 

「結局、司令官の手札は私達だけって事なのね」

 

第三艦隊に配置されていた軽巡が呆れた様に言う

 

「……一般公募の司令官職が国家クラスの組織に対抗手段なんか持ってる訳ないだろ、向こうがその気になれば存在した記録毎一瞬で消えかねん」

 

「つまり、司令官は私達と一蓮托生、同舟の伴って事、よく分かったわ」

 

第二艦隊旗艦だった軽巡が雰囲気を普段の通常仕様にしつつ言ってきた

 

「悪い意味で言っているんじゃないだろうな」

 

「あらぁ〜どんな意味に聞こえたのかしらぁ〜」

 

この軽巡愉しんでやがる、なんてヤツだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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62 民間仕様ではない艦船

 

 

7月9日

 

 

鎮守府にどう見ても民間仕様ではない艦船が接岸している

自衛隊が何やらやっていた様だが、こちらには何の話もない

遂に鎮守府内で好き勝手やられる様になってしまった、まあ、自衛隊にして見ればもう直ぐクビになる民間人を相手にするヒマはないのだろう、仕方ないね

執務室から私を運び出した憲兵と船から降りて来た人物を見る

 

「監察官のまいけるだ、取り敢えず食料を持って来たからそちらで搬入してくれ、手続きやらは施設管理室の方にやらせるから心配しなくて良い、艦娘達に早いとこ食事を出してやってくれ」

 

なんだ、この爺さん

 

「後続がまだ来る、搬入を急いで欲しい」

 

えーと、自衛隊の方々が何やら始めたと思ったらこの船が来て中からこの爺さんが出て来て言いたい放題なんだが、なんだこの状況

 

「申し訳ないが、状況が飲み込めない、何がどうなっている?搬入とは?」

 

船を見れば確かに何かを下ろす準備をしている、アレを私に運べと、それも急ぎで、クレーンでパレット下ろしする様だけど、ここから手で運べと?

こっちは資材備蓄の進捗具合と鎮守府の再稼働とをどう整合させるかで無い知恵絞ってる所を憲兵に両脇抱えられてここに運ばれて来ただけなんだが

 

「?なに?食料が尽きて難儀しているのでは無いのか」

 

爺さんに不思議そうに聞かれてしまった

 

「難儀はしてる、が、あんた誰だ、これは何処からの供給なんだ?こちらは何も聞いていない、そちらの言い分を鵜呑みにしてこちらに厄介事を押し付けられても困るんだが」

 

私の言い様に何故か含み笑いの憲兵、それを見た爺さんが若干拗ねた様な顔を見せる

 

「老兵も形無しですな、若い司令官は貴方を知らない様だ、搬入は憲兵隊で面倒を見ましょう、司令官とよく話していただけますか、老兵殿」

 

私と爺さんの遣り取りを見かねたのか、私を運んで来た憲兵が何やら言い出した

 

「……疑り深い上に扱い難いとは、厄介なヤツだな」

 

「爺さん程ではない、と思うが」

 

思わず言ってしまった

 

「!言ったな、よーし、よく分かった、向こうで良く話そうじゃないか」

 

おおう、爺さんが物凄く楽しそうな、見ようによっては邪悪そのものの笑みを浮かべた

何だこの爺さん!

 

「待ちなさい!」

 

声に釣られてそちらを見れば船からもう一人降りて来るところだ

 

「司令官の言う通り何の話も通さずに事を運んだのは事実、鎮守府司令官として、艦娘を率いる責任者として説明を求めるのも懸念を示すのも当然、先ずは説明を尽くし懸念を払拭しなければ司令官の信頼は遠ざかるばかりよ、強引に事を運べば拗れる事は大和が証明済み、こちらには時間が無い、これ以上事態を拗れさせたいの?老兵さん」

 

船からこちらには歩きながら口上の様な長台詞を吐く人物、いや、艦娘だ

しかも軽巡の高練度艦、ウチで高練度の軽巡は龍田だが、その上を行ってる

大本営にこんな高練度艦がいるとは、先に来た天龍の練度が上位クラスかと思っていたが、違う様だ

 

「あら、警戒しなくて良いわ、私は大本営所属、長良型軽巡二番艦の五十鈴、今は老提督の秘書艦を務めている、この鎮守府へは老提督の名代として来た」

 

そう言って、多分握手を求めてだろう手を伸ばして来た

 

「当鎮守府の司令官、佐伯です、失礼は承知だが、その手を取る前に伺いたい」

 

「?なにかしら」

 

「大本営所属の秘書艦は大和だけの筈、それも試験運用的なモノで検証中だと、聞いているが、こちらの情報が古いのか?」

 

私の言い分に五十鈴は手を引っ込めてしまった、不味ったかな

 

「証明になるかわからないけど、これが私の所属I.D.カード、鎮守府の端末でも照会できる筈、事務艦に調べさせると良いわ」

 

そう言ってカードを出して来た

 

「見せてもらっても?」

 

「どうぞ」

 

アッサリと渡して来る五十鈴、私の覚え違いでなければ大本営の所属I.D.って艦娘部隊施設内限定とはいえ電子マネーとやらに対応してた、平たく言って五十鈴は財布を、いやこの場合は金融機関の口座といった方が適切かな、それをアッサリ差し出して来たのと同じなんだが

兎も角カード表面の記載によれば、確かに五十鈴の言い分を裏付けている、事務艦に渡して端末で照会させる所までやらなくても良いくらいに

カードと五十鈴を見比べていたら、五十鈴に着いている妖精さんがひょこり顔を出した

 

「秘書艦、そちらの妖精さんと少し話をさせてもらえないか」

 

カードを示しながら、暗にカード照会よりも妖精さんの証言が良いと誘導してみる、乗って来るかな

 

「いいわよ」

 

アッサリと承諾して来る五十鈴、出て来た妖精さんを手に乗せ、こちらに差し出して来た、その手にカードを返しつつ妖精さんに私の手に乗り換えてもらう

この妖精さん、素直に乗って来てくれた、そのつもりで出て来たらしい、中々度胸の据わった妖精さんだ、初対面の人の手に躊躇いもなく乗って来るとは

 

「で、お前さんはなにしにこの鎮守府へ来たんだ?」

 

手に乗って来た妖精さんはそこから私の腕を伝って肩に移動して来た、なんて人懐っこいんだ、ウチの妖精さんもそれなりに懐っこいが初対面の人にはそこそこの警戒を見せるんだが

 

'難儀している司令官がいると聞いた''どれほど難儀しているのか''興味を惹かれる'

 

何だと?こいつら物見雄山か、面白そうだから見物に来たって事だよな

 

「そうか、折角来たんだウチの工廠へ寄っていくか」

 

'良いのか''他所の同胞''話しても良いのか''それは楽しみ''早く案内しろ'

 

「そう急かすな、工廠は逃げないしウチの妖精さんも喜ぶだろう、歓迎するかは、わからないがな」

 

'歓迎されない''邪魔なのか''喜ぶのか''早く案内しろ'

 

「五十鈴さん、この子をウチの工廠へ案内しても良いか?」

 

「……ちゃんと返してね」

 

「それは、私にではなくこの子の言ってくれ、工廠は妖精さんの巣だ、巣穴から妖精さんを引き上げるなんて無理にもほどがある」

 

そう言ったら五十鈴が私の肩にいる妖精さんに寄って来た

 

「あなたたちちゃんと帰って来る事、約束出来る?」

 

'約束する''心配性だな''早く案内しろ'

 

私の肩でわかりやすく大袈裟に頷く妖精さんにしょうがないという感じを見せる五十鈴

 

「秘書艦も工廠を見に来たらいい、この子も私の肩よりも艦娘の方が落ち着くだろうし」

 

そう言ったら何故か、困惑顔をされてしまった、なんだろう

 

「えっと、五十鈴が行ってもいいの、この鎮守府の工廠は色々あるんじゃないの?」

 

何だ?何の話を始めたのかわからんが勧めてみよう

 

「秘書艦程の高練度艦ならウチの妖精さんも歓迎してくれるだろう、こちらには何の問題も無いが、そちらには何かあるのかな」

 

「……ああ、そういう事」

 

なんか変な納得の仕方をした様な、感じがした、単にウチの妖精さんの好みの問題なんだが

龍田とは違った感じの高練度艦だし、阿武隈や木曾はそこまで練度が高くない

ん?阿武隈って長良型だったな、機会があれば時間を作ろうか

 

「あー、そっちの話は終わったか?」

 

焦れたのか爺さんが言ってきた、見れば憲兵の皆さんと施設管理室の皆さんとで搬入を始めてる、平たく言って陸自と海自が鎮守府への搬入作業に当たってる

 

「こちらの手は要りますか?」

 

一応聞いてみる

 

「要らん、司令官はこちらの老兵と秘書艦、双方とよく話をしてくれ、艦娘部隊内での伊邪胡坐は御免被る、色々行き違いだの誤解だのが多いと聞いているからな」

 

おおう、なんか悪者にされてる、仕方ないね

 

 

 

 

 

私と五十鈴と爺さんの三人で工廠へ向かっている、私が先導する様な感じで二人が後に続いて歩いている

 

「なによ、話なら歩きながらでも出来るでしょ、まさか司令官と二人っきりになれなかったからって、拗ねてるの?」

 

ナニソレコワイ、五十鈴がとんでも無い事を言い出してるんだが、突っ込まない方がイイよね

 

「子供か?三年程度のキャリアで私を子供扱いとは、艦娘ってのはコレだから一般庶民に敬遠されるんだぜ、殊勝な心持ちってのを学ぶべきだな」

 

「あら、残念、私のキャリアは二年程、一年多いわよ」

 

「……口の減らん奴だ、最近の若人はキャリアに対しての敬意が足りん、そういう意味では、五十鈴は司令官と気が合いそうだな」

 

突然こっちに話を振って来る爺さん、どう応えたらたらいいんだ?

 

「そうねぇ、見た感じ悪くは無いと思うわ、けど、今は老提督の秘書艦に就いている、二足の草鞋とするにはムリがありそうね」

 

私が応じる前に秘書艦が応えた、思いっきり出遅れたんだが

 

 

 

 

 

「うーん、変わり映えしないわね」

 

工廠へ着いての五十鈴の一言目がコレだ、一体何を期待したんだか、こっちが聞きたい

 

「施設としては同じだろう、違うのはそこに着いている妖精さんだ」

 

爺さんが何か言ってる

取り敢えず工廠へ声をかける

 

「お客様だ、紳士的な応対を期待してる」

 

私の声に釣られてそれなりの数の妖精さんが顔を出した

 

'お客様''紳士的''遊べばいいのか''だれが来たんだ'

 

ワラワラと集まりだす妖精さん

 

「これといって特別感はないな」

 

言いつつ妖精さんと工廠を見回す爺さん

 

「ほら、いってらっしゃい、しばらく滞在するけどちゃんと弁えるのよ」

 

そう言いつつ五十鈴が自身の妖精さんを工廠の妖精さんに引き合わせてる

 

'お''だれだ''お仲間だ''どこのお仲間だ'

 

工廠の妖精さんが五十鈴の妖精さんの周囲に集まり出した、それを何となしに見ていたら妖精さんの一部が隊列を作って爺さんに敬礼しているのに気がついた

 

「ほう、この鎮守府にも私を知っている妖精さんはいるのか」

 

答礼しながら感心した様に言う爺さん、知っている妖精さんとは?

 

'この人は''あの人と同じ''私達に良くしてくれた''その一人''忘れる訳がない'

 

何だ?妖精さんはこの爺さんを知っている?

 

'知らないのも''無理はない''この人''関わりの深いモノ''着いて行った'

 

「付いて行った?」

 

'そう''着いて行った''この人の故郷へ''私達の新天地へ'

 

「?何を言っているんだ」

 

爺さんに奇異な目で見られてるんだが、なんでだ

 

「こちらの司令官は提督だって、老提督が言ってたのを忘れたの?」

 

呆れた感じの秘書艦

 

「……そうか、妖精さんと話せるんだったか」

 

「大本営発行のI.D.より妖精さんの証言を信用する司令官よ、読み誤ると大和の二の舞になりかねない、忘れないで、これ以上拗れたら老提督でも対処仕切れない」

 

なんか責められてないか、私が悪いのか、そんなこと言ったってどうすりゃ良かったのさ

 

「その為に私が来たんだが、あのお人好しに任せておくと一人で抱え込みやがる、それでもベターな結果には持ち込む辺り優秀な事は認めよう、だが、もっと周囲を巻き込めばよりベストな結果に繋がる筈だ、今回はそれを証明せねばならん、アレも疑り深いからな」

 

ヤレヤレと言葉にこそしないがそう言いたげな爺さん

 

妖精さんの様子をしばらく観察していたが、予想通りに仲良く遊び出した、いや、妖精さん的には遊んでいる訳では無いらしいが、こちらからはどう見ても遊んでいる様にしか見えない

それを見届けてから二人に向き直る

 

「それで、今回の件は老提督の差し金らしいが、私、というよりこの鎮守府になにをさせたいんだ」

 

私の言葉に爺さんが若干嫌そうにしやがった、そういう顔をしたいのはこっちなんだが

 

「させたいというより、協力してもらいたい、今回の件は司令官の指揮能力、統制力、なにより艦娘に対する統率力が必要だ、指揮を受けての働きでは到達し得ない高い水準で司令官としての力量が必要なのだ、その為には現在艦娘部隊と司令官が交わしている契約では制約が多すぎる、契約内容を見直し再締結したい、司令官の力量を如何なく発揮してもらうのに相応しい内容を用意した、それが、コレだ」

 

そういって爺さんがどこに持っていたのか書類を出してきた

 

「……あの、コレを、どうしろと」

 

その書類は枚数そこ少ないが、記載されている文字が恐ろしく小さい、コレを読めと、承諾してサインしろと?

 

「もちろん再契約し、艦娘部隊の司令官として働いてもらいたい」

 

何故か自信たっぷり、こちらからは自画自賛で悦に入ってるとしか思えない爺さん、こんな妖しげな書類で契約をと、云われても、ねぇ

 

「不服か、何処が不満だ、改訂箇所を言ってくれ、この契約変更に関しては私が全権を持つ、この場で改訂する為にだ、艦娘部隊は司令官を高く評価しているつもりだ、可能な限り司令官の要望に応える用意がある」

 

おいおい、いきなり何を言いだすんだこの爺さん、こっちが書類の一文も見ていない事など御構い無しのこの言い様、何処からどう見ても妖しげな話だ、私の感覚では詐欺とか鼠講とか関わらない方が良い類の話にしか聞こえないんだが

 

「やっぱり警戒されるじゃない、だから段階を踏んで丁寧に説明をする様に言ったのに」

 

秘書艦が当然と言いわんばかりなんだが、わかってるのなら対処してくれないかな

 

「何故だ?これ程の条件を揃えたのに何が不満なのだ?」

 

一方で爺さんは物凄く不思議がっている、そう言えば妖精さんがこの爺さんの故郷を新天地とか言ってたな、この爺さん外国の人とかかな

 

「色々調べて見たけど、その書類が良くないわ、それに話の運び方も日本では詐欺の常套手段として注意喚起されてる手法と類似性がある、司令官が困惑するのも当然よね」

 

「なに?!この私がそんな事をしていると思われているのか!?」

 

大袈裟に驚く爺さん、ホンキでわかってなかったのかな

 

「取り敢えず仕切り直した方がいいわ」

 

「そうは言っても司令官と再契約出来ねばその手腕を十全に活かせん、どう話を運べば良いのだ」

 

困惑仕切りの爺さんを見かねたので一つ提案をしてみよう

 

「そうですね、取り敢えずはそれを持って隊長の所に行って相談してみるというのは如何でしょう」

 

そう言ったら物凄い困惑顔をされてしまった

 

「隊長?憲兵隊長か?アレは自衛官ではないか、自衛官に艦娘部隊司令官の契約内容を明かせというのか?」

 

「自衛官でも憲兵ですよ、諸々の守秘義務はあるし、私より法令やら規則に馴染みがある、なにより公務員として細やかな義務を果たすと言ってる、民間人と妖しげな契約を交わすと聞けば相応に乗ってくると思いますが」

 

「……怪しくない、何処にも悪意はない、司令官の手腕を買っての契約内容だ、そんなに、詐欺まがいな事をしている様に見えたのか?」

 

あれ、なんでそんなに大人しくなってるんだこの爺さん

 

「司令官から提案があったのだから、そうしてみたら?こちらに不利という話でも無いでしょう」

 

秘書艦はこちらの提案に乗る気らしい

 

「……わかった、司令官の提案に乗ろう、秘書艦にはその間に色々動いてもらいたい」

 

「わかっているわ、その為に来たのだから」

 

そういう秘書艦は真剣な顔を見せていた

さて、この秘書艦は大本営のどんな無理難題を吹っかけてくるのやら、面倒な事だ

 

 

 

 

 

爺さんが憲兵隊長の所に相談に行き、私と五十鈴が工廠に残っている

五十鈴はどこか落ち着ける場所で腰を据えて話したい様だが、大本営の秘書艦と差しで話すなど私が願い下げだ

結果として工廠で妖精さんの様子を見ながら立ち話をしている、五十鈴の話では事務艦が大和から聞いたと言っていた様に大本営では機能移転後もこの鎮守府の司令官として私を置くことが決定事項としてあるそうだ

これは先発隊の漣も言っていた、しかしそれでは大和の言動が説明出来ない、アレは一体なんなのか

大本営の士官の秘書艦だと思っていたからクソ官僚の派閥争いを反映しているのだろうと考えていたが、そもそも大和は老提督の秘書艦だと言う

私が勘違いしたのだ、前に老提督がこの鎮守府に視察に来た時に一人で来ていたから

秘書艦という立場の艦娘なら当然随行してくる筈、それが無かったから老提督の秘書艦という可能性すら考えていなかった

 

大和が老提督の秘書艦だったというのは五十鈴も認めている、序でに今は貴方の秘書艦だと言ってきた

なにそれ聞いてない、いや第二陣を率いてきた初期艦はそんな様な話をしていたが、言われてみれば初対面の時に大和がこの鎮守府に配属されたとも言っていた様な気もする

この手の話は口頭で済ませる話ではない、正式な移籍なら辞令を交付される、それが確認出来ない限りは話だけなのだ、人事異動が口頭で済まされるとか何処のワンマン経営会社だよ、艦娘部隊でそんな人事はしていない、今回の話は大本営から鎮守府への移籍だ、このレベルの移籍が口頭で済まされるとかあり得ないんですけど

 

私の困惑振りに五十鈴が輪を掛けて混乱している、思わず落ち着く様に工廠の休憩所へ誘導したくらいだ

自販機で適当に飲み物を仕入れて五十鈴に勧める、私も五十鈴の向かいに座って頭の中で話を整理してみる

 

「はー、確認なんだけど、」

 

勧めた飲み物を一気に飲み干した五十鈴が言い出した

 

「そこから話が通ってないって、貴方、大和と会っていないの?」

 

「挨拶程度には会った、詳しい話は事務艦に聞いてもらった、私の視る限りあの戦艦とは話しても時間の無駄だ、事態を把握出来ていないし、自己都合を押し通すことしか考えていない、なにより練度が足りない、艦種だけで全権持ちの代表とか最も扱い難い立ち位置の艦娘だな」

 

そう言ったら目前の秘書艦は困った様子を見せた

 

「練度が足りないのは、その通り、もしかして司令官はそこで大和を交渉相手として不足と見做してしまったのかしら」

 

「練度不足を理由にしたら、建造艦と話が出来ない、拠ってそれはない、そもそも大和とは交渉をしていない、話を聞いただけだ、大和が交渉だと思っていたかは、わからないが」

 

私の言い分に目前の秘書艦が盛大に溜め息をついた、呆れ切ったと云わんばかりに

 

「……大和が完全に空回っている、そういう事?あの子がそこまで空回りするなんて、余程司令官を意識してしまった様ね、ちょっとソレは予想してなかった、大本営ではVIP相手に卒なく案内役を熟していたのに、貴方を相手にそこまで空回りを起こすなんてね」

 

五十鈴が私に言うというより独り言の様に淡々と言葉を並べた

 

「空回り?」

 

「んー、なんて言ったらいいのか、まあ、大和も乙女なのよ、わかってあげて」

 

「???」

 

なんだそれ、意味が全くわからない

 

 

 

 

 

その後五十鈴が大和と私の会合を設定した

それで小会議場(という名目の未使用部屋)に集まっている

出席者は私と大和と五十鈴と長門の四人、何故この面子なのかは五十鈴しか知らない

私としては遠征隊の進捗が気になるのだが、初春の言っていた様に遭遇戦は回避出来る様子なので突発的な事態が起こる確率は低い

何かあれば龍田が対応するという事でこの面談に引き出されてしまった

 

「さて、大和、司令官は貴方とは交渉していないと言っている、これまでなにをしていたのか、五十鈴に説明して頂戴」

 

五十鈴に問われた大和が可哀想なくらいに身を縮こませている

 

「なにを、と言われましてもこちらの要件をお伝えして協力をお願いしました」

 

「司令官、大和はこう言ってるわ、何故協力しないの?」

 

この秘書艦、一々挙げつらって正していく積りか、そんな悠長な話に付き合っていたく無いのだが

 

「無理があるからだ、そちらの秘書艦の言い分は私には暴挙にしか聞こえない、拒否するしかない」

 

私が応えなかったからか長門が言い始めた

 

「暴挙?大和がなにを言ったの?」

 

「司令官に対し鎮守府に駐留している自衛隊を追い出せなどと、暴挙以外の何だというのか、自衛隊は司令官の要請で我等艦娘に協力する為に鎮守府に駐留しているのだ、我等だけでは得られようもない海域情報や自衛隊の哨戒情報が提供された、我等の作戦行動に多大な協力をしてくれた、借りのある相手を追い出せなど、非礼を働けと言ってくる秘書艦の発言を暴挙と言わず何というのか」

 

「司令官というより艦娘部隊に自衛隊に対する指揮権は無い、その点からも、もし、自衛隊を追い出せ何て発言が有ったのならば、問題ね」

 

言いながら大和を見据える五十鈴

 

「それは司令官に対しての事で自衛隊にその様に発言した訳では……」

 

何か言い出した大和が尻すぼみに声を小さくした

 

「それは無理筋だと、わかっているでしょう、何故そんな事を?」

 

大和を見据える五十鈴の眼がだんだんと違って来てる、気がする

 

「司令官を交渉に乗せる為です、こちらの話になかなか乗ってこない司令官を如何にかして乗ってもらう為に無理を承知で押し込みました」

 

「馬鹿なの!!そんな事をしたら不信を買うに決まってる!」

 

おおう、吃驚した、いきなり大声を出さんで欲しい

 

「済みません、他に司令官を乗せる方法を思いつかなかったんです」

 

軽巡に怒野される戦艦って如何なのさ

 

「つまり、司令官を動かす為の方策だった、という事か?大和は司令官を動かすのに誠意と見識を以ってするのでは無く、策を用い詭弁を弄すると言うのか」

 

驚きと呆気にとられている様に見える長門、余程大和の言い分が想定外だった様だ

 

「そういう事になるわね、でも、擁護する訳ではないけど大本営ではそれが当たり前なの、大和は建造艦、大本営しか知らないのよ、だからこそ、司令官に託す事が最善だと、老提督は判断した」

 

なんだ?こんな所で持ち上げられてもケツすら痒くならんが、なにを目論んでいる、この秘書艦

 

「そんな眼で私を見ないでもらえる?司令官」

 

五十鈴に指摘されてしまった、そんなに凝視したつもりでは無いんだが

 

「このまま大和をあの船団の全権代表に置くのか」

 

長門が誰にというわけでも無く聞いてきた

 

「無理でしょうね、五十鈴も詳しくは聞いていないけど、船内の艦娘達も事態の進捗の無さに不満を言い始めている、今は初期艦達が必死に説得して回ってるけど長くは持たないでしょう、そこで司令官、事は前後してしまうけど、貴方があの移籍部隊の全権を掌握して欲しいのだけど」

 

なにを言いだすんだこの秘書艦、鎮守府司令官にそんな権限は無い

私の表情からなにを読み取ったのか定かでは無いが、五十鈴が話を続ける

 

「その為にも老兵さんの持ってきた契約書にサインしてくれないかしら」

 

ホントになにを言い出すんだこの秘書艦、あんな妖しげなシロモノにサインとか、どんな実害が湧いてくるのかわかったもんじゃない

 

「一応言っておくと、あの契約書に書いてある事は司令官の保護規定が中心で司令官としての行動を支援する内容が盛り込まれている、文言を作成したのは老兵さん本人よ、自分が契約したいくらいだって自画自賛してたから、そんなに警戒せずに読むだけ読んで見ると良いわ」

 

「契約?何の契約だ?司令官は既に艦娘部隊と契約している筈ではないか」

 

長門から質問だ

 

「今の契約はいち鎮守府の司令官としての契約、老兵さんが持ってきてる契約は艦娘部隊との抱括的な、現行の取り決めより行動の自由とより広い権限の範囲とより堅固な法的な立場を保証する為の契約、性質が違うわ」

 

五十鈴が答える、しかしなんだそれは、如何聞いても厄介事をより多く抱えさせようとしている様にしか聞こえない

その抱えさせられた厄介事を司令官という名目だけで対処しろと?無理に決まってる、遠からず破綻するのが眼に視える

そんな契約をしろといわれても、二の足を踏むしかない

 

「大和は貴方の秘書艦、詭弁も策謀も貴方を利する為に活用させれば良い、大本営で、陸の上で必要な技量は大抵身につけている、後は司令官が活かせば良い、簡単でしょ」

 

ホントに簡単に言ってくれる、如何しようかコレ

 

「大和は、それで良いのか?艦娘として、戦艦種として、陸の上で身に付けた技量を活かす立場で、良いのか?」

 

長門がなんか聞いてる、私は五十鈴の提案を承諾した覚えは無いんだが、如何しようか

 

「大和は、人から危険視されています、今回の移籍は大和が大本営に所属出来なくなった事情を鑑みて老提督が手配して下さいました、佐伯司令官の事は叢雲さんから沢山伺いました、大和は今度こそ秘書艦として十全に務めようとしましたが、大和一人で空回り、独り相撲って言うんですか?こういうの?他の移籍予定の艦娘達も事態を進行出来ない大和を見限り始めています、今は初期艦の皆さんの説得に応じていますが、五十鈴さんの言う通り時間の問題です、もう、大和には実態を伴わない名目だけの肩書き以外、なにもありません、大和は大和の指揮権者である司令官の、佐伯司令官の指揮に服します」

 

なんだろう、この戦艦は此の期に及んで事態が認識出来ていないのか、これは練度と関係無く別の意味で問題がある様だ

 

「秘書艦、」

 

と言ったら大和と五十鈴がこっちを向いた、ああ、紛らわしい

 

「五十鈴秘書艦、そちらの話、大和がこの鎮守府に配属されたという件だが、私の元に辞令が来ていない、口頭で艦娘の移籍が決定されるという事は無い、もし、大本営で交付していないのなら、至急取り寄せてもらいたい、辞令がなければ着任の手続きが出来ない」

 

そう言ったら、何故か五十鈴が目を丸くした、驚いているのだろうか?

 

「辞令って、大和?辞令は交付した、大本営機能移転の行動計画書も作成して渡した、如何いう事なの?」

 

エッ、そうなの?ならなんでこの戦艦はそれを出して来ないんだ?

 

「提出先が定められておらず、司令官からの要求もなかったので、私が所持していますが」

 

それを聞いた五十鈴が思わず顔を両手で覆った、まあ、色々あるんだろう、御苦労さん

 

「?何か??」

 

事態を把握出来ていない様子の戦艦種の艦娘、困ったねコレは

 

「それよ、それを提出していないから話がこんなに拗れているのよ、辞令も無しに乗り込んで配属されたと言っても鎮守府司令官の権限では何も出来ないのだから、そこに大和が思い付いたっていう方法を押し込んだら道理を退かせようとしてる様にしか見えない、警戒するなという方が無理、行動計画書も提出していないのなら、あの引き篭もり達の事も司令官は知らないのでしょう、工廠の新設が急務な事情すら説明されてないのよね、司令官は」

 

いきなりこちらに話を振られても、なんのことやら、思わず長門にアイコンタクトで知ってるか?とか意味不明な事をしてしまった、勿論長門は知らんと返してきた

私と長門の遣り取りを見て五十鈴が又も盛大に溜め息を吐いた

 

「おっかしぃな、なんだってこんな事に?幾ら何でもドジが過ぎる、大本営であれだけVIP相手にそつなく立ち回っていたのに、なんでだろう」

 

心底わからない、困ったと言う様子を見せる五十鈴、困ってるのはこっちなんだが

 

 

 

 



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63 誰かが扉を叩いた

 

 

7月10日

 

 

 

 

執務室で仕事をしていたら誰かが扉を叩いた

今は事務艦が出払っているので仕方なく応対した

 

「どうぞ」

 

扉を開けたのは隊長だった、こちらの顔を見るなり室内を見回して事務艦がいない事を確認、身を滑り込ませたと思ったら扉を締めて、何故か鍵をかけやがった

思わず身の危険を感じたが、隊長の様子からワケありと判断、隊長の出方を待った

 

「忙しいだろうが、少し時間をもらいたい、出来るだけ手短に済ませる」

 

そう言いつつ執務机に歩み寄って来た、逃げちゃダメかな

 

「あー、いらん事を考えてるな、まあ、憲兵隊長が部屋の鍵かけたら、誰だってそうなる、それはわからないではないが、今はそれどころではないのだ、回り諄く聞いても仕方ないからストレートに聞くが、司令官、お前さんあの退役将校に、何を言った?事と次第では、私の首どころか憲兵総監の責任問題になりかねない」

 

「?」

 

なんの話を始めたんだ?

 

「思い当たらないか?司令官はあの退役将校に艦娘部隊の最重要機密に属する文書を憲兵隊に公開するように言ったそうだな、心当たりはないか?」

 

「??」

 

機密文書?はて、なんだろう

 

「申し訳ないが、思い当たらない、そもそも、退役将校とは誰の事だ?」

 

「……そこからか、そう言えば、食料搬入に手を貸した隊員から司令官が老兵を知らない様だと報告があったな、司令官は老兵の通称を持つあの御老体をホントに知らないのか」

 

なんか呆れられてる、ような気がする、なんでだ

 

「あの爺さんの事か?そういえば秘書艦も老兵さんと呼んでたな」

 

「秘書艦?あの戦艦か?」

 

「いや、爺さんと一緒に来た軽巡、老提督の秘書艦だそうだ」

 

そう言ったら隊員が驚いた顔になった

 

「老提督の秘書艦は大和、あの戦艦ではないのか?」

 

「大和は元秘書艦らしい、あの船団を率いるに当たり交代でもしたのではないか、しらんけど」

 

あらま、隊長がなにやら考え込んでしまった、手短に済ませるんじゃなかったのかな

 

「私の記憶違いでなければ、あの戦艦は秘書艦と名乗っていたと思うが、老提督に秘書艦が二人就いているという事ではないのか」

 

「それを私に聞かれても、大本営に問い合わせてもらうしかないが」

 

「そりゃそうだ、確かに聞く相手が違うな、で、話を戻すが、司令官の言うあの爺さんに何か文書を憲兵隊に公開する様に言わなかったか?」

 

ここ迄云われれば何の事か当たりは付けられる、しかしそれが何だってこんな事態を引き起こしているのかがわからない

ここは馬鹿正直に答えると、跳ん出も無い事態に巻き込まれる恐れがある、こう言う時こそ回り諄く躱すに限る

 

「なにやら妖しげな契約をさせようとして来たから、詐欺も意識高い系の勧誘も間に合ってるとは言った」

 

「怪しげな契約?」

 

「そう、いい条件を付けるし足りなければもっと付け足すなんて勧誘して来たから、妖し過ぎる、もし妖しく無いなら憲兵隊長に見せて来いとね」

 

あれ?隊長がなんか顔色を悪くしてるんだけど

 

「……そんな流れで公開?最重要機密文書を?憲兵隊に?」

 

あらま、隊長の顔色が、血色を無くすってこう言う事かな

 

「いや、本来ならこういうのは警察案件なんだろうけど鎮守府内の事なら警察より憲兵でしょ、こういう場合は」

 

「……憲兵は名目だけで、こちとらただの自衛官なんだが」

 

「自衛官なら公務員でしょ、ささやかな義務を果たしてください、私は司令官職に就いているだけの民間人なので」

 

そう言ったら何故か隊長の顔に血色が戻った、どうしたんだろ

 

「そういう事か、なるほど、司令官に味方と見られているんだな、憲兵隊は」

 

「敵味方とかではなく、公務員としてささやかな義務を果たしてください、という事ですよ」

 

「わかった、そういう事なら、司令官の狙いが政治的な意図でも艦娘部隊内での権力や影響力の拡大でもなく、民間人としての防衛策だというのなら、憲兵隊として艦娘部隊上部機関と交渉しよう、こちらの結論が出るまで司令官の言う怪しげな契約は出来なくなるが、それは承諾してもらえるのか」

 

「勿論です、隊長から話が来る前に妖しげな契約話が来ても憲兵隊に持ち込みますよ」

 

「わかった、憲兵総監とも話して対応する、忙しい所邪魔をした」

 

そういうと隊長は退室して行った

なんだろう、隊長が若干慌てている様に見えたが、気の所為か

 

 

 

 

 

五十鈴が大和を伴い執務室に来た

大和の手には書類が、辞令と行動計画書だろうものがある

書類は事務艦に任せて揃って来た要件を聞く、まさか書類の為だけに来たわけでもあるまい

 

「書類に目を通して欲しいのだけれど」

 

五十鈴から文句を言われてしまった、なんでだ

 

「書類は事務艦が上手くやってくれる、私の手が要るならこっちに回って来るから任せて良い、揃って来たからには、何か要件があるのではないのか」

 

「工廠の新設を急いでもらいたいのよ、あの引き篭もり達の不満がかなり強くてね、変に期待させ過ぎたかもしれない」

 

なんの話だ、先にも出て来た引き篭もり達というのは一体

 

「書類を読んで貰えばわかるんだけど、あの船には高練度の艦娘が大勢乗船している、ただ、現状ではあの子達は兵装を扱えない、新設する工廠での修復作業が必須なのよ」

 

「艦娘が兵装を扱えない?」

 

有り得ない事だ、兵装を扱えない艦娘という事は艤装を持たない艦娘だろうと推測されるが、そもそも艤装を持たない艦娘なんているのか?

それに、修復すれば兵装を扱えるというのなら大本営で修復すれば良い、なんだってウチでソレをやるんだ?

 

「詳しい経緯は書類に書いたから読んでもらうとして、大本営での修復作業は打止めなのよ、この鎮守府で工廠を新設してそこで修復作業を完遂して欲しい」

 

なんだか胡散臭い話になって来たな

 

「司令官」

 

事務艦に呼びかけられた

 

「こちらの記載によると、大本営に新設された工廠は欠陥があり現在使用禁止の措置が取られている、とあります、ウチの鎮守府に新設しようとしている工廠はその欠陥を改良した新規設計の工廠だそうです、この記載は大和からの話を裏付けるものとして良いかと思われます」

 

事務艦が言ってきた、大和の話は事務艦に任せていたから、事務艦がそういうのならそうなんだろう

 

「すると、先ずは工廠を新設して、その引き篭もり達とやらを修復する事が当面の目標という事か」

 

「そうなるわ、出来るだけ急いで欲しいんだけど」

 

随分と急かすんだな五十鈴は、もしかして短気なのかな

 

「そちらだけで進めるのなら私が口を挟む理由は無い、しかし、私を含めウチの鎮守府の手間を取らせるというのなら、断る」

 

「……何故かを、聞いても良いかしら」

 

そんなに睨んでも駄目なものはダメ

 

「以前事務艦が大和から聞いたという話では、ウチの工廠から妖精さんを借り出すという事になっているそうだが、今ウチの妖精さんは状態がかなり不安定だ、通常のルーチンワークですら危うい、そんな妖精さんをイレギュラーな任務に就けたくない、また、新設した工廠は大本営から妖精さんを連れて来て運用する、と聞いたと事務艦は言っている、ならばその妖精さんを今直ぐ連れて来て新設させれば良い、こちらの手は必要ないだろう」

 

これを聞いた五十鈴がどういう訳か、大和に視線を向けた、結果大和は身を縮こまらせた

 

「妖精さんの状態が不安定とは、どういう事?」

 

大和を追及した所で現状は変わらない、そこは五十鈴も理解している様だ

 

「どういう訳か知らんが、あの初期艦を予備検査に入れたら妖精さんが不安定になった、妖精さんの主張ではあの初期艦を入渠させろと、入渠させないなら工廠を止めると何時に無く強行姿勢でね、資材が貯まり次第あの初期艦を入渠させる予定になってる」

 

これを聞いた五十鈴が何やら考え込んでしまった

 

「……あの初期艦、第二陣を、特務艦隊を率いている叢雲の事?司令官がこの鎮守府の初期艦にと要望しているあの子が妖精さんを不安定にした?」

 

五十鈴の言い様が誤解や錯覚混じりの気がしたので、訂正を試みる

 

「その辺りの詳細はよくわからん、言っておくが、あの初期艦が予備検査を受けたのは私の指示を受けての事だ、結果そうなってしまったという事だ」

 

「あの子が悪企みしたなんて思ってないわ、でも、あの子は大本営でも入渠してた筈、損傷は無いのよね」

 

「予備検査の結果では、損傷無しとなってる」

 

「損傷の無い艦娘を妖精さんが入渠させる様強行に主張して来た、どういう事なの?」

 

「わからん、わかっている事はあの初期艦を入渠させないとウチの工廠は機能不全という事だ」

 

これを聞いた五十鈴が頭を抱えてた、大本営の秘書艦は苦労が多い様だ、御苦労さん

 

 

 

 

 

予定外の食料消費に関わる事情聴取の為の会談は開始を見合わせていたが大本営から秘書艦、艦娘部隊上部機関から監察官の来襲という事態を受けて扱いが有耶無耶となってしまった

食料問題は監察官が持ち込んだ食料で一応の解決を見ているし、何よりこの案件を重要視していた憲兵隊長が現場を離れる事になり、憲兵隊は一通りの調書を作成するに留まった

序でに指揮所司令官も鎮守府から離れた、何処かに出張だそうだ、代理の指揮所司令官に慌ただしく引き継ぎをして取るものも取り敢えずといった感で出張していったそうだ

移籍組は鎮守府所属艦の大和から大本営所属艦の五十鈴に代表を変え鎮守府と交渉を再開するつもりらしい、五十鈴は老提督の秘書艦じゃなかったのか?

大本営にいる老提督は秘書艦無しで仕事に励んでいるのか、元気な事だ

民間船とは思えない船で乗り込んできた爺さん、老兵という通り名らしいが、この爺さんも姿が見えない、五十鈴が言うにはとてつもない厄介事を抱え込んだとかでその対応に追われていると言っている、何のことやら

 

そして現時点で目前の問題は大和の帰属だ

辞令が交付されている以上この鎮守府に所属する事にはなる、なるのだが、鎮守府側の手続きを大本営が承認しなければ正式な着任では無く内定扱いで艦娘として運用出来ない

大本営に承認を求めた所、毎度お馴染みの無視に会い承認されなかった

ここまでの事情を大和に話し対応を話し合っている、大本営所属の五十鈴秘書艦にも同席して貰っている

 

「えっと、大和の移籍を大本営が承認しない、と言うのですか?辞令を交付しているのに?」

 

驚いているらしい大和に呆れて物も言えないと言った風の五十鈴

 

「そういえば、天龍がそんな事言ってた、今思い出した、冗談だと思ってたけど、本当に無視されてるようね、今の話しが本当なら」

 

「五十鈴秘書艦が疑うのも無理は無い、希望するのならウチの通信室の通信ログを好きなだけ見てきて良い、見てくるか?」

 

「お生憎様、五十鈴はヒマじゃ無いの、事務艦が管理している通信端末の通信ログなんて面白くないに決まってる、丁度良いわ、こっちから大本営に問い合わせたい事もあるし、五十鈴がこの鎮守府の端末から大本営に連絡を入れる、それでハッキリするでしょう」

 

やっぱり短気だな五十鈴は、先発隊に同行してきた旅客船なら大本営との連絡を確実に出来るだろうに、態々無視されてる鎮守府の端末から連絡するなんて、二度手間になるぞ

 

結果として五十鈴は二度手間所か多大な労力を費やす事になった

五十鈴がこの鎮守府の端末から通信した所、これまでと同じ様に既読通知だけで済まされた

それを四回ほど繰り返した辺りで五十鈴の何かのスイッチが入ってしまった

事務艦が止めるのも聞かず鎮守府の端末から大本営の受信端末情報を引き出し担当者を特定、旅客船から連絡を入れ直してこの担当者を連れて来いと旅客船通信室内で不運な大本営通信担当者に秘書艦権限を行使、しかし記録上既読通知を出した担当者は通信に出ず代わりに監察官の随伴者を名乗る者が出てきた

これを秘書艦命令不履行として、今直ぐ大本営に戻るから担当者を捕まえておけと啖呵を切って通信まで切ろうとした所で随伴者を名乗る者が食い下がった

 

「それは不可能なのです、ご理解頂きたい」

 

「不可能?幽霊を捕まえろと言っているんじゃない、大本営の担当職員を其処に置いておけと言っているだけ、話にならない、五十鈴はヒマじゃ無いの」

 

「同じ様なモノですよ、秘書艦が置いておけと言っている職員は存在しないのですから」

 

「何を言い出すのかと思えば、端末に担当者の記録がある、存在しないなんてありえないでしょ、どういうつもりなの」

 

「つもりはありません、事実をお伝えしています、また、この通信は暗号強度が弱く傍受されると筒抜けになる恐れがあります、詳細は大本営帰還後に説明致します」

 

「筒抜けで構わないから、説明しなさい」

 

五十鈴の声がとても低い、何処から出しているのかと疑問に思うくらいの低音を発している

 

「今回の秘書艦の通報で担当部署の職員に聞き取り調査を行った所、以前この手のシステムに明るい職員が勤務していたそうです」

 

「それが説明?」

 

五十鈴の機嫌がとても悪い

 

「この職員が端末上にしか存在しない架空の担当者を作り、鎮守府からの通信に既読通知を出させていた、本来なら既読通知を出した後に当直の職員が通信内容を確認し、対応する手筈なのですが、現在大本営自体がこの有様なので対応する職員がいなくなっていた、という事です」

 

「ありえない、架空の担当者って何?既読通知を出させていた?通知発信用のbotだとでも言いたいの?それが大本営通信室内の端末で稼働していた?そういう事が起こらない様に一定期間毎に検査が入ってるし、その結果次第では端末全てを入れ替える事までしてるのよ、新規の端末にどうやって架空の担当者を作ったのよ、その以前勤務していた職員は」

 

「その、端末は入れ替えますが、業務停止時間の短縮を目的にバックアップが残されます、端末入れ替え後にそのバックアップを戻す事で入り込んでしまった様です」

 

「……それじゃあ、端末を入れ替える意味がないじゃない」

 

「仰る通りです」

 

「〰〜〜!!!!」

 

五十鈴が壊れた、いや、冷静に観察している場合ではないな

大和に五十鈴を抱えてもらい、通信を代わった

 

「突然申し訳ない、五十鈴秘書艦が会話できる状態にない、私が代わって話をしたいのだが、よろしいか」

 

「……どちら様でしょう」

 

「申し遅れました、私は鎮守府司令官の佐伯と言います、五十鈴秘書艦は現在当鎮守府に滞在しており、今回の連絡も当鎮守府の通信状況を確認する事が目的の一つになっている、それで私もこの通信室にいるのだが、どうだろうか」

 

「佐伯司令官?この通信は大本営機能移転に伴う作業船として運用されている船舶から発信されている、何故、鎮守府司令官がその船舶の通信室にいるのか」

 

おっと、厄介事の予感、乗船許可がどうのと、船内設備の無断使用だのと難癖つけてきそうだ

 

「先に述べた通りだ、他に意図はない」

 

さて、どう出るかな、自称監察官の随伴者は

 

「申し訳ないが、こちらに佐伯司令官と確認する手段がない、身元確認出来ない現状では何も話せない」

 

あらま、真っ当な事を言いだしたぞ、どうやら大本営のクソ官僚ではないらしい

 

「ん?なんです、少しお待ち頂きたい」

 

通信の相手はそういうと席を立ち何処かに行った様だ、聞こえてきた音的にそんな感じだ

 

「司令官、久しぶりだね、私で良ければ話をしようと思うが、どうだろうか」

 

誰かが席に座りこちらに話しかけてきた、この声、聞き覚えがある、というかなんであのクソジジイがこの通信に出て来るんだ

 

「お久しぶりです、老提督、視察の際にはお世話になりました」

 

音声通信で良かった、画像付きなら色々ぶち撒けてしまいそうだ

 

「世話になったのはこちらだ、あの時は本当にありがとう、また、今回の司令官の働きは艦娘部隊を日本に残留させるのに大いに貢献してくれた、本当にありがとう、世話になるばかりで申し訳なく思っている、だが、今は司令官に頼るしかない、状況が他の選択を赦さない、こちらに出来ることは多くはないが、優秀な秘書艦と現役復帰さえ出来れば即戦力となる高練度の艦娘達を司令官に委ねる事にした、司令官の裁量で存分に活躍させて欲しい」

 

「っざけんな、黙って聞いてればあんたのオツムで出来上がった妄想話じゃねーか、コッチはそんなもんに付き合いきれねーよ」

 

言ってから、気が付いた、ヤベーよ、つい言っちまった

 

「はぁ、艦娘には夢見てないで起きて現実を見ろと言われるし、司令官には妄想話には付き合えないと言われてしまった、やはり、歳だな、どうしても心残りを無くしたかった、それだけなんだ」

 

お、なんだ?小言が返ってくると思ったら、様子が変だぞ

ん?なんだ、妖精さんが、通信機に集まり出した、どっから湧いてきたんだよこの妖精さんは

 

「おお、妖精さん、励ましてくれるのか、頼りない年寄りでわるいなぁ」

 

通信機が相手の声を届けてきた、向こうも妖精さんが湧いて来ているらしい

 

「司令官さん!探したのです!!」

 

「電、司令官はお話中だよ、静かに」

 

「ご主人様!誰とお話しですか?漣も混ざって良いですか?」

 

「あんたら!司令官の邪魔しちゃダメでしょ!」

 

「まあまあ、叢雲ちゃん、取り敢えず声が大きいと思うよ、通信中でしょ」

 

通信機越しに聞こえて来た声、大本営の初期艦達か?それにしては五月雨の声が、あれ?

 

「おお、どうした皆揃って」

 

「どうしたじゃないわよ、突然行き先も言わないで居なくなったら探すでしょ、歳なんだから猫みたいな真似はやめてよね」

 

「ちょ、むらくもー、ご主人様に猫の真似って、あ、ダメ、想像しちゃった」

 

かなり遠慮のない笑い声が聞こえてくる

 

「司令官さんが猫の真似をするのなら電も一緒にやるのです、にぁ」

 

「するとは言ってないから、電、早まらないで、落ち着いて」

 

「そういう五月雨こそ落ち着いて、そのまま行くと……遅かったか」

 

なんか、かなり良い衝突音が聞こえたんだが、大丈夫か

 

これはコレで聞いていると面白いが、何時迄も聞いている訳にもいかない

 

「随分と賑やかですね、出来れば紹介してもらえませんか」

 

「ん?ああそうだね、紹介しておこう、二組の皆、今通信している相手は佐伯司令官だ、こちらで賑やかにしているのは二組の初期艦達だ、これまで働き詰めだったからね、長期の休みを出した、行く所が無いと言ってはこうして私の所に来て賑やかにしているよ、良い事だ」

 

「佐伯、司令官?」

 

「これは空気読む所だね」

 

「仕方ないのです」

 

「……」

 

「どうしたの、叢雲?」

 

聞こえて来た音から推測するに二組の叢雲が無言で通信室を出た様だ、それに釣られて他の初期艦達も通信室を出た模様

 

「嫌われてしまいましたか」

 

完全に冗談でそう言った、が、老提督はそう取らなかったらしい

 

「それは違う、あの子等はまだ人に慣れて居ないのだ、ドロップしてから碌に人と関わっていない、そんな状況に置いてしまった私の失態だ、挙句に指摘されるまでこの失態に気付く事なく今迄過ごしてしまった、こればかりは自分の莫迦さ加減に呆れたよ、もう、昔の様には動けない、歳なんだと思い知らされた、嫌という程にね、だからこそ、私は君に、佐伯司令官に多くを託そうと思っている、尤も君には迷惑な事だろうが、他に託せる者がいない、どうか、この年寄りの頼みを聞き入れて欲しい」

 

なんだ?老提督は何を言い出したんだ?

 

「司令官さえ望むのであれば、私に割り当てられている艦娘部隊上部機関の籍を譲渡する事も構わない、私が差し出せるモノなら全てを差し出そう、どうかこの年寄りの心残りをなくしてはくれまいか」

 

なんだかなぁ、勝手に盛り上がられてもコッチは話がさっぱりわからん

 

「なにを仰りたいのか分かりかねますが、こちらは通信状況を確認したいだけです、五十鈴秘書艦から話を聞いていませんか?」

 

話が通ってなかったら説明しなけりゃならない、ぶっちゃけて面倒臭いんだが

 

「大和の着任が大本営に承認されない、と言って来てはいる、秘書艦の報告に基づきそちらの鎮守府からの通信状況を大本営でも確認させている、まだ始まったばかりだというのに通信システム技術者、ん?SEというのか、プログラマーというのかよくわからんが、その専門家達が大問題だと、大本営のコンピュータシステムを総点検する様に意見書を出して来ている、正直な所私には全く判断出来ない事案でね、困っていた所に私の友人が信頼の置ける優秀な若者達を紹介してくれた、今その若者達にこの事案の調査をしてもらっているんだ」

 

老提督の友人?信頼の置ける優秀な若者達?嫌な予感しかしない、関わらない方が良さそうなんだが、司令官という立場上そうもいかない

 

「五十鈴秘書艦から、この船を掌握する様に依頼がありましたが、その辺りは何処までご承知でしょうか」

 

話の筋道を曲げて関わらない様に、厄介事は遠くに行く様に話題を転換してみることにした

 

「全て承知している、秘書艦の発言は私が無条件で追認する、司令官には心置き無くその手腕を発揮してもらいたい」

 

はい?なんだって?もしかして藪蛇ってヤツか、コレ

 

「鎮守府司令官の職務から逸脱します、また、職権に照らしても問題があります、私は一介の司令官職に就いているだけの一般人でしか無い、買い被られてもご希望に応えられません、申し訳ありません」

 

「聞いたよ、私の友人が持って行った契約書類を胡散臭いと一蹴して、怪しく無いなら憲兵隊に検証させる様に言ったそうだね」

 

おう、暴露暴露じゃねーか、もっと回り諄くやんわり言ったのに、滅茶苦茶省略されてる

 

「おかげで私の友人は憲兵隊ばかりか自衛隊と防衛省の法務担当官を相手にせねばならなくなっている、私の友人も古巣の協力を取り付けた、結論が出るにはしばらくかかるだろう」

 

古巣の協力って、あの爺さん退役将校とかいってなかったか?

それに自衛隊に防衛省だって?文官なんだろうけど、今自衛隊はそれどころでは無いハズなんだが、良く人員を割いたな

 

「しばらくかかるからと言って結論を待つ必要はない、秘書艦が依頼した内容を実行するに当たり私が、大本営司令長官の立場にある私が全面的に支持する、漏れ聞こえて来た所に依ると司令官は現状の契約に於ける制限を気にしている様だが、私の権限に於いて全て処理する、何をどう間違っても司令官が裁判の被告席に立つ事は無い」

 

ふーん、簡単に言うと大本営司令長官権限とやらが職権行使の範囲になるのか

問題なのはその権限の範囲を私が知らないという事だな

 

「如何あっても、私に、一般公募に応じただけの司令官に過大な責務を負わせると、言われるのか」

 

「そうだ、現状では他の選択は出来ない、少なくとも鎮守府の大規模増設が軌道に乗り、計画の進捗が順調である結果が出るまでは、司令官には重責を負ってもらわねばならない、その為の支援や協力は惜しまない、可能な限り人員でも艦娘でも予算でも大本営にあるだけ提供する、提供の見返りに鎮守府大規模増設の成功があるのなら、惜しむべき何物もない」

 

どうやら本気らしい、しかも秘書艦が言っていた目標から数段跳ね上がった目標到達を求められてる

正直、到達出来る目標だとは思えない、だからと言ってこの場で断る訳にもいかない状況だ

さて、如何するか

 

「所属の艦娘達と協議が必要だ、結果はこちらの端末から事務艦が通知する、但し、事務艦が通知を出してから、十二時間以内に返信がない場合、この話は大本営から拒否されたモノとする、そうなれば私は鎮守府を去らねばならない、次の職を探さなければならないのでね」

 

傍受されれば筒抜けの通信であんまり際どい事は言えない、こちらの言い様を老提督が何処まで汲んでくれるか、次第によっては無理を押さないといけない

 

「……辞めたいのかね、司令官を」

 

お、半分くらいは汲んでくれた様だ

 

「艦娘達はいい奴らだし、給料も良いし、待遇も悪くない、こちらから辞める理由はない、ただ、司令官職の契約上、大本営から紙切れ一枚届くだけで離職を強制される、抵抗手段は無い、現在の私の立場はそんな感じですよ」

 

「……早急に鎮守府司令官との契約内容を確認する、いや、話せて良かった、いずれ折を見てそちらにお邪魔させて貰うことにするよ、では失礼」

 

言い終わるなり一方的に通信が切られた

なんだったんだ、あの爺さん、最後はヤケに深刻そうな雰囲気を出してたが

 

 

 

 

 

 



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~幕間劇~
62-c


 

 

 

第二陣を率いて来た初期艦はこちらとの打ち合わせの通りに研修を、特務艦の研修を始めている

工作艦が工廠に通い、給糧艦と補給艦は施設管理室で海自の皆さんから後方支援のレクチャーを受けている

 

因みに鎮守府に滞在する事になった六隻の内給糧艦二隻と補給艦二隻は同室となり工作艦は事務艦と同室となった、駆逐艦は鎮守府に滞在せず先発隊の旅客船を寝床にしている、なんでも先発隊との打ち合わせの為にその方が都合が良いんだとか

お陰で三部屋用意する予定が二部屋で済んでしまった、どういう訳か工作艦は一人部屋を嫌がったので事務艦と同室という事になったが

 

初期艦の報告では給糧艦と補給艦では後方支援の意味が違う様で補給艦が戸惑っていると言って来ている

給糧艦は施設管理室のレクチャーを素直に受けてはいるが実地研修が出来無い事に不満がある様だ、実地研修といわれてもなにをどうすれば良いのか、私は知らない

補給艦の戸惑いは後方支援と言ったら戦線の後方であって銃後のことでは無いということらしい

工作艦は工廠で妖精さんと仲良くやっている、らしい、らしいというのは報告ではそうなっているが、見た感じ、工作艦が妖精さんに避けられている様に見えるからだ

工廠の妖精さんにそれを聞いた所、あの艦娘は謎過ぎると言って来た

どういう事か詳しく話を聞いて見ても妖精さんもよくわからない様子で要領を得ず、こちらとしても対処法がわからない

 

有り体に言って、特務艦の研修は多難だという事だ

取り敢えずこの特務艦には工廠で予備検査を受けるように手筈を整えて初期艦に通知、了解を得た後実施した

 

結果、工廠の妖精さんが騒ぎ出してしまった、それこそなんの騒ぎだと憲兵から指揮所の自衛官まで工廠の周りに詰め掛けるほどに

 

「で、一体なんなのだ」

 

騒いでいる妖精さんに聞く

 

'アレはダメだ''ここでは手に負えない''他所へ移せ''私達の造った''艦娘では無い'

 

「どういう事だ?」

 

建造艦の建造場所が問題になる事などこれまでになかった、艦娘では無いとは?

 

'こっちの二隻は兎も角''向こうの三隻はダメだ'

 

なんだって?補給艦は兎も角工作艦と給糧艦がダメだとは、どういう事なんだ?

 

'そこの艦娘らしきモノ''我等''妖精に等しい''モノだ''艦娘では無い'

 

妖精さんが特に反応しているのが工作艦だ、艦娘では無いとすら言っている

 

「あー、なんて言ってます?妖精さんは」

 

なんだろう、とてもお気軽に聞いてくる工作艦、建造艦らしく妖精さんの声は聞こえないらしい

 

「なんだかわからん、補給艦は兎も角、給糧艦と工作艦はウチの工廠では手に負えないらしい、対処出来る場所へ移す様に言って来てる」

 

「私達も、ですか?」

 

給糧艦が不安そうに聞いてくる

 

「あんた達、泣き言はなんとかしてからにしてもらうわよ」

 

そう言って割り込んで来たのは第二陣を率いて来た初期艦だ

 

'無茶を言うな''ソレは我等''等しい存在''艦娘では無い'

 

「同じな訳ないでしょう、大本営で建造された艦娘よ、艦娘を見放すつもり?」

 

'大本営とやらで建造した''ならばそこで診ればいい''ここで手を掛ける必要が無い'

 

「特務艦はこの鎮守府に必要なの、大本営でお飾りにされる訳にはいかはいのよ、なんとかしてもらうわよ」

 

'断る''初期艦と雖も''我等に''命令も''強要も''出来ない'

'初期艦は我等と意見を違えるのか'

 

あらま、聞いていたらなんだか初期艦と工廠の妖精さんとで険悪な雰囲気になって来たんだけど、どうしようか

 

「司令官、放っておいて良いのか、よくわからんが、雰囲気が張り詰めている様に感じるが」

 

居たのか隊長、まあ、これだけ人垣が出来ていれば居てもおかしくはないか

 

「初期艦は予備検査を受けたのか?」

 

取り敢えず口出しはしてみよう、どうなるかは、時の運ってヤツかな

 

「私?受けていないけど、私も受けた方が良いの?」

 

「なら、受けておけ、妖精さん、初期艦の予備検査を頼む」

 

'わかった''初期艦''予備検査くらい''簡単に終わる'

 

取り敢えず険悪な雰囲気は解消された様だ

 

 

 

 

 

初期艦の予備検査は問題無く終了した、が、何故かその後の妖精さんの様子がおかしい

どう言い訳か初期艦を避けている、それも工作艦を避けていた様な感じでは無く、明から様に逃げている、と見えるくらいに初期艦を避けている

あんまりな様子に工廠へ出向いて妖精さんに話を聞いてみる事にした

 

「おーい、話を聞かせてくれ」

 

私の呼び掛けに恐る恐るといった感じで顔を覗かせる妖精さん

 

'あの初期艦はいるのか''あの初期艦はなんだ''あり得ない存在だ'

 

なんだろう、妖精さんは何か言いたいんだ?

 

「予備検査の結果は見た、特に問題ない様だが、どうしたんだ」

 

'アレは叢雲だ''叢雲が複数いる''あり得ない''我等が確保している''別の存在'

 

同型同名艦なんて珍しくもない、何を言っているんだ?

 

「確かに叢雲だが、同名艦がそんなに奇妙か、ありふれてると思うが」

 

'同一の存在''我等が確保している''叢雲と同一の存在''あり得ない'

 

「すまないが、いっている意味がわからない、何があり得ないんだ」

 

'最初の初期艦''我等が確保している存在''同一の存在''別の存在'

 

ん?妖精さんにはウチの叢雲とあの第二陣を率いて来た叢雲の区別がつかないのか、いや、そんなはずは無い、妖精さんが同型同名艦の見分けが付かないとか、ナニソレ状態なんですけど

 

'司令官''説明を求める''あの存在''何なのだ''我等が確保している存在''同一の存在'

 

説明をといわれても、なんの説明がいるんだ?

取り敢えず説明らしいものはして見るか

 

「今予備検査を受けた叢雲は以前長門が連れ帰ったドロップ艦だ、ここで良く話をしていたと聞いている、ウチの叢雲は妖精さんの方がよく知っているだろう、何を聞きたいんだ」

 

'ドロップ艦''長門''連れ帰った''初期艦''以前よく話していた''叢雲'

 

なんだろう、妖精さんが集まり出して塊になり、動かなくなってしまった

全くこの謎の生物はどうしたもんか、と思っていたら散り出した

 

'司令官''あの初期艦''入渠させろ''それではっきりする'

'このままでは工廠に支障を来してしまう'

 

何を言いだすかと思えば、そんな資材は無い事くらい知っているだろうに

 

「無理」

 

そういったら妖精さんから抗議の意思表示があった、具体的な所は省くが面倒臭い事この上ない

しかし妖精さんの抗議は根強くボイコットまで示唆して来たため折れざるを得なかった

損傷無しの艦娘を一番に入渠させなきゃならなくなった、ウチの艦娘達が変に勘繰らない事を願うしかない

 

 

 

 

 



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ー7期ー
64 この鎮守府だけではどうにもならない


 

 

 

 

老提督の話した計画を実現するにはこの鎮守府だけではどうにもならない

何と言っても資材調達が間に合わない、これを解決するには何が無くとも資材調達の実務に就く艦娘の数がいる

そこで以前から連絡をつけていた桜智司令官を鎮守府に招いて協力をお願いした

まあ、そこから色々と詰め寄られたりしたんだが、詳細は省く

結果として桜智司令官は協力を約束、序でに他の鎮守府司令官にも話して可能なら協力を取り付けると言ってくれた

ただ、交換条件に初期艦を、現状では大本営所属になっている元鎮守府配置の初期艦を自身の指揮下に戻す事を言って来た

それは老提督秘書艦の五十鈴と交渉してくれと言ったら、あの軽巡は好かない、なんか関わらない方が良い感じがすると返して来やがった

こっちはその艦娘と協調して事を運ばないといけない立ち位置にいるんだけど

桜智の奴に言わせるとその辺りを含めて全部交換条件だそうだ、何だよそれ

他の鎮守府司令官達は桜智からどう聞いたのか知らないが、桜智と同様に五十鈴秘書艦との直接交渉を遠回しに拒否して来た、それで否応無く五十鈴秘書艦と各鎮守府司令官との間に立たされる事になってしまった

会ってもいない艦娘に何だってこんなに警戒するのか、訳が解らない

 

 

 

 

 

機能不全を起こしていた工廠は初期艦の入渠と天龍の遠征隊が連れて(載せて)来た新設された工廠を運用する妖精さんと合流した事で再起した

結局アレはなんだったのか

 

妖精さんは'一度には話せない''長い話だから''少しづつ話していく''楽しみに''待っていろ'と思わせ振りな言い様だ

 

大本営からの資材供給を担っている天龍の遠征隊はこれ以降定期的に資材を運んでくるようになったが、必要量を見れば焼け石に水、何しろ工廠を新設した後に多数の大型艦を修復しなければならない、この鎮守府は戦略部隊である第一艦隊を運用するにも資材の備蓄量を気にしながら出撃させるくらいの資材集積能力しかない

そこに鎮守府の大規模増設を軌道に乗せろと無茶振りだ、どう考えても無理だろ

 

正直、所属の艦娘達が反対すれば無理だと、断るつもりでいた

 

私の予想に反し艦娘達は実現に向けて非常に前向きな姿勢で問題の洗い出しと解決法の策定を短時間で纏めた

ここでも問題になる資材集積能力、艦娘達は他の鎮守府の艦娘達に協力を求める事で解決出来ると結論付けていた

他にも他の鎮守府と協力体制を整え結束して対処する事で解決出来る問題は幾つも列挙されていた

 

簡単にいえば、五つの鎮守府が総力を挙げて取り組めば達成は可能だ、そういう纏めだ

こういった経緯もあり桜智の奴に協力をお願いする運びになった

ただ、私に言わせればこの纏めは前提が間違っている

五つの鎮守府が全て同じ資材集積能力を持つ訳ではないし、所属艦娘も各鎮守府で様々だ

この鎮守府を基準にしてそれを五倍してもそれは実現しない

しかし艦娘達の意見は意見なのでこれを中間報告として大本営に通知、この報告の実現に向けて検証用の資料を要求した

 

 

 

 

 

これまでの例からすると早くて翌日、遅ければ四日程掛かった資料が当日に手元に来て驚いた、定期便となっている遠征隊が増便で資材と共に持って来てくれた

 

「本日二回目の資材供給だ、で、こっちが要求のあった資料だ、足りない資料があるなら言ってくれ、もう一回くらいなら増便を出せるぜ」

 

執務室に来た天龍が言う、が、この天龍初対面では?大本営には天龍は三隻いるんだっけ

 

「資料を運んでくれた事には礼を言う、しかし、初対面の司令官に書類だけで済ませるとは、何か気に触るような事があったか?」

 

そう言ったら呆気に取られたような顔を見せる天龍、なんだろう

 

「……そういや、わかる司令官だったな、あんた」

 

どうやら大本営ではこれで通ってしまうらしい、天龍が言っていた個体差が見分けられないというのはこういう事だろう

 

「大本営所属の軽巡、天龍だ、大本営では遠征隊の統括をしてる、まあ、聞いてるだろう、他になんかあったか?」

 

「当鎮守府で司令官職に就いている佐伯です、大本営には天龍が三隻いると聞いている、定期的に来るのは同じ天龍だから別の天龍に会えてホッとしているよ」

 

「?同じ天龍が来ると不味いのか」

 

不思議そうに聞かれてしまった

 

「不味くはない、三隻いるのなら三隻とも会っておきたいと思っているだけだ」

 

「個体差がわかるってだけで、同型同名艦にも会ってみたいと思うのか?」

 

興味でも湧いたのか面白そうに聞いてきた

 

「大本営の天龍三隻は揃って遠征隊統括艦娘の肩書きを持っていると聞いた、なら定期的に資材供給を受けている側としては三人とも会っておきたい」

 

「ああ、そりゃ誤解があるな」

 

ん?なんだろう、少し困った様子が見えたが

 

「あいつはその肩書きで俺等が勝手に持って来てる風に言ったそうだが、この資材供給は老提督の指示によるものだ、勝手にやってる訳じゃない」

 

ああ、アレね

 

「それは五十鈴秘書艦から聞いている、こちらとしては大本営の遠征隊統括責任者とは仲良くしておいた方が何かと良さそうなのでね、それで会っておきたい」

 

「っんだよ、資材欲しさに媚びでも売る気か?」

 

なんでそんなに不機嫌になる、なんか地雷でも踏んだかな

 

「もしかして大本営でも足りていないのか、資材は」

 

「他所に配る程余ってねーよ、五十鈴が海域哨戒から外れて資材の積載量を減らさなきゃならないのにこれまで通りの備蓄を要求されてんだ、回転上げなきゃ追いつかねーよ」

 

「哨戒から外れた?五十鈴秘書艦は大和と共に老提督の秘書艦をやっていたのではないのか?」

 

「……大本営の内情には明るくない様だな」

 

あれま、呆れられたかな

 

「無理を言うな、大本営の内情なんて一介の司令官にわかる訳ない、精々問い合わせて返ってきた内容から推察するくらいだ」

 

「?他の鎮守府司令官は結構知ってるぜ、どこから聞き付けてるのかは知らないが」

 

「そうなのか?と言うかソレを何故知ってるんだ?」

 

「そりゃ、色々手を回してるからな」

 

うーむ、どうやら情報戦で完敗してるらしい、これは困った

 

「あんた、真面目に司令官をやり過ぎだ、そんなんじゃ壊れるぜ、司令官が壊れたら指揮下の艦娘が路頭に迷う、なんか手を考えた方がいい」

 

天龍は良い奴だな、呆れながらも心配してくれるらしい

 

「例えば、どんな手を?」

 

取り敢えず聞いてみよう

 

「それをオレに聞くなよ、初期艦と良く話せ、所属違いの艦娘に聞くことじゃない」

 

生真面目な奴だ嘴突っ込んで来ないとは、分を弁えての事だしこちらからはこれ以上押せないか

 

「初期艦、ね」

 

初期艦には独自の情報網でもあるのか?そう言う話は聞いたことがないが

 

 

 

 

 

7月13日

 

「予定通りだな」

 

行動計画に各方面の進捗表を照らし合わせて念入りに確認する

複数の鎮守府が合同で一つの行動計画を実行するなんて始めての事だ

事の発端は自分の呼び掛けからとはいえ他の鎮守府司令官が乗ってくるとは、その支援に桜智の奴に根回しを頼んだのが功を奏したのか、司令官其々に思惑があるのかはこの際どうでも良い

 

「司令官、予定通りではありますが、大本営の計画基準では遅れています、どこかで詰める必要があるかと」

 

心配そうに言ってくる事務艦

 

「大本営の計画基準では実行不能だ、そのケツ持ちまでこちらに回されては堪らんよ、あっちにいる爺様に何とかしてもらうしか無いな」

 

「大本営の機能停止に伴う混乱、それを理由にすると機能停止させた上部機関にまで類が及びます、どんな反動が跳んでくるか、不安です」

 

「反動が来るのなら、退職させた私を収監してからじゃないかな、こちらの計画が予定通りに完遂されれば表向き鎮守府にも艦娘にも手は出せなくなる、例の条約を批准していない国は限られるからな」

 

「アレ、ですか」

 

「何処まで効力があるのかはわからないが国際司法関連の方にも上部機関から話は通してるそうだ」

 

「良く承諾しましたよねアレ、聞こえてきた所では艦娘部隊付き保険というとを売り出そうと準備していたそうですが」

 

「だから、艦娘部隊は対深海棲艦戦に特化、国際社会としての対抗手段だ、これは老提督が艦娘部隊創立の契機となった演説でも同様の主張をしている、利害関係の多い組織や国が艦娘部隊を独占したり交渉手段として扱われたりしない為には国や組織に属する訳にはいかない、独立機関として自立するしかない、ただ、これだけでは艦娘を超法規的な存在として規定しなければ成らない、艦娘を指揮する司令官との間で法的な立場の問題が避けられない」

 

「そこで国際公務員、ですか」

 

「別にこの為に新設された訳じゃない、国際公務員の規定は以前からある、以前からある国際公務員との違いはその公務全般を国連では無く艦娘部隊上部機関が定め艦娘部隊としての自立を確保している点だ、上でどんな話があったのか知らんが」

 

「それが、良かったのか、どうなのか」

 

「少なくとも老提督が未だに上部機関の籍を維持してる辺りからすると、ベストでは無くともベターな結果なんだろうな」

 

「でなければ、司令官の要求は大問題ですよね」

 

「人聞きが悪いな、目的達成の為に凡ゆる手段を講じただけだ」

 

「なるほど、勉強になります」

 

なんの勉強だよ、兎も角これで私が失職しても艦娘達は一定の法的保護が得られる

実効性はわからないがなにもないよりマシだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







登場艦娘

大本営の遠征隊、天龍等が率いる大本営所属の遠征隊、その内の一艦隊が定期便として連日資材搬入に来ている

事務艦、本来は鎮守府所属艦の中から大本営で受講させた後、鎮守府庶務全般を担う苦労請け負い所、但し配置は司令官の任意であり艦種制限もある為に配置される事は殆どない、本編の様な司令官の補佐役は初期艦の職務であるが、舞台となっている鎮守府では初期艦が問題の為にそこの職務まで持たされている

秘書艦、その肩書きを持つのは現在二隻のみ、運用は任命した大本営の気紛れで定まった規定が策定されていない

現在舞台となっている鎮守府には大本営所属の一号の初期艦四名と老提督の秘書艦の五十鈴、それに移籍組の元引き籠り達に加え特務艦の研修とやらで六名が滞在中




登場人物

老提督
・研修中の叢雲からは視察官、一期で視察官として鎮守府に来ている時が初対面だったから
・一号の初期艦からはじーちゃん、お爺さん、艦娘部隊発足前から色々あった経緯から
・稀に最初の人、艦娘の言う妖精さんを見る事が出来た最初の人
・現在監察官の一人として大本営の監察中、大本営を上部機関が統括下に置いている間の臨時司令長官

監察官
艦娘部隊上部機関より派遣された、退役軍人、国家代表、元上級官僚、という方々

老兵
・老提督に続き妖精さんを見る事が出来た二人目の人、退役軍人
・老提督と同様に艦娘部隊上部機関に席を用意されてる艦娘部隊の重鎮の一人
・監察官の一人として大本営を監察中の筈
・現在大変な厄介事を抱え込み難儀中でもある

移動指揮所の自衛隊
佐伯司令官の要請で舞台となっている鎮守府に駐留、自衛隊内部で扱いが割れて紛糾中、現場の自衛官は艦娘部隊に協力姿勢を示している

桜智司令官、最初の鎮守府が大本営に改称された後に増設された五箇所の鎮守府の一つに着任した司令官

佐伯司令官、増設された五箇所の鎮守府の一つに着任した司令官、一期の鎮守府





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65 ウチに滞在中の初期艦

 

 

 

初期艦と良く話せという天龍の助言を受けて現状でウチに滞在中の初期艦を集めて話をする事にした

 

「集まってもらったのは、アレだ、どうも私のアンテナが低すぎる様で大本営の内情を知らな過ぎると、資材を持ってきた天龍に呆れられてしまった、そこでだ、大本営の内情とやらについて話を聞きたい」

 

「……あの阿保何を言い出してんだ」

 

ボソッと文句を言ったのは漣だ

 

「話と云われても、何を話せば良いんですか?」

 

私が漣に突っ込む前に吹雪が聞いてきた

 

「そうだね、取り敢えずは大本営の遠征隊についてだ、天龍が統括管理してるのは聞いたが、幾つ編成出来るんだ?それと資材集積能力はどれくらいだ?ウチとの比較で言ってくれないか」

 

初期艦達が考え込んでしまった

ウチの集積能力は行動計画にて公表済み、各鎮守府も同様だ

この計画には大本営の遠征隊は含まれていない、計画立案段階でそれを知り様がなかったから

それに大本営を計画に含めずともなんとかなりそうな目処が計算上では付いた事もある

 

「先走った質問だとは思いますが、良いですか?」

 

相変わらず慎重な五月雨

 

「どうぞ」

 

「司令官はそれを聞いて将来的には大本営の遠征隊も計画に組み込むのですか?」

 

「当てに出来そうなら、そうする、しかし今の時点では大本営の遠征隊の集積能力がわからない、話次第という所かな」

 

「それは、将来的には大本営を指揮下に置く事も視野に入れている、そういう事ですか?」

 

漣から質問かも知れない発言が来た

 

「その辺は五十鈴秘書艦に聞いてくれ、そんな先の話は仮定にすらならない、ここで将来的に考えられる全ての可能性を列挙されても、困る」

 

「否定はしないんですね」

 

吹雪がなんとなく言った

 

「悪いんだけど、話は要点を絞って簡潔にしてもらいたいわ、こっちは暇じゃないのよ」

 

滅茶苦茶不機嫌な声を上げたのは叢雲だ

 

まあ、叢雲は特務艦達の研修があるし何より本人が初期艦の研修中だ

天龍が資材を持って来る度に叢雲がレポートを提出しているのは知ってる

外地研修と言ってたのはブラフでは無かった、叢雲のレポートを速読した天龍が駄目出しして再提出と言っているのは何度か聞いた

初期艦を見渡しても叢雲一人だけが疲労の色を見せている

 

「こっちが知りたいのは大本営の内情だ、四人で足りるのなら、退席して良いんだが、足りるか?」

 

「退席?冗談じゃない、私の司令官がどんな話をするのか、聞き逃すわけないでしょう」

 

叢雲の台詞に漣が大袈裟に溜息をつく

 

「叢雲ちゃん、根を詰め過ぎ、息抜きしながらやらないと息切れしちゃうよ、先は長いんだ、と言っても聞かないだろうけど」

 

「?聞かないとわかって、言って来るのは、忠告ということかしら」

 

「そのつもりだけど、叢雲ちゃんはドロップしてからそれほど間がない、わからなくても仕方ないんだけどね」

 

妙に達観した感じの漣、何を意図しているのやら

その二人に目を向けていたら軽く溜息を吐いた五月雨が言い出した

 

「司令官の質問は二つ、一つ目の幾つ編成出来るのか、遠征隊として編成可能な艦隊数は現状で六、この鎮守府の最大編成と同規模です、違いは交代要員としての駆逐艦が相応に居る事と、攻略部隊、海域制圧を主務とする艦隊の編成が出来ない事

二つ目の資材集積能力をこの鎮守府基準で評価する、こちらは六つの遠征隊をそのままで良いです、遠征隊の集積能力は単純に資材運搬用機材の装備数ですから」

 

「遠征隊の成功率が十割、という前提ならそうなのです」

 

五月雨の回答に電が条件を付けてきた

 

「大本営の軽巡達が遠征を失敗する?そんな事例がありましたか?」

 

五月雨は電の前提条件に疑問がある様子、それを見た電が続ける

 

「五十鈴が秘書艦としてはこちらに来ているのです、海域制圧と並行実施しなければ、成功率を維持出来ません、この鎮守府への定期便と混乱している大本営への対処と遠征隊の編成、海域制圧を主務とする艦娘の選定もしなければなりません、激務であっても駆逐艦は軽巡の指示で動けば良いですがその行動計画を立てる天龍達は休む暇もないと推定されます、大和もこちらに来ていますし、二組も事務処理から抜けたと聞いたのです」

 

「あ、遠征隊をサポートしてた艦娘達がごっそり抜けてたね、云われてみれば、気が付かなかった」

 

何その漣のヤベッて感じの言い様は

 

「つまり、天龍達は、かなり過酷な状態で遠征隊を率いていると、その上でこの鎮守府に資材供給してくれている?」

 

「その通りだけど、司令官が気にすることじゃない、天龍達は今以上に過酷な状態を乗り切って来ている、無理だったら資材供給を断って来るわ、天龍は駆逐艦を沈むまで酷使してでも司令官に資材を供給しろと命令されている訳じゃない、道理を退かせる様な真似はしないから」

 

叢雲はこう言うが、どうなんだろう、確認はした方が良いだろう

 

「天龍はこの鎮守府への資材供給は老提督の指示だと言っていたが、それでも、そう云えるのか?」

 

「えっ!?」

「あっ……」

 

単純に驚く叢雲と変な驚き方の五月雨

 

「あー、誤解して欲しくは無いんだけど、じーちゃん、じゃなかった、老提督の指示なら艦娘には命令と同義だと司令官は思ってますよね、それは合ってるし間違ってはいないんだけど、老提督にはその自覚が無い、妖精さんに好かれ過ぎている所為なのか、他に要因があるのかわからないけど、本人に悪気なんて皆無ですよ、ただ、妖精さんが張り切り過ぎてしまうというだけで」

 

答えてきたのは何故か漣だ

 

「妖精さんが張り切り過ぎて、それに艦娘が引き摺られ、結果として無理を押して沈んで行くと、そういう事か?」

 

「あー、簡潔な纏めをどうもありがとうございました」

 

漣がなにか言い足したそうな様子も見せたが、諦めたらしい

 

「それで、五十鈴と大和がこちらに来て、二組も事務処理から抜けていると、これが遠征隊のサポートになっていた、その辺の話しを聞かせてもらえるかな」

 

どうしたのか初期艦四人が困った様子を見せる、なんだろう

 

「私が聞いた話しだと五十鈴は秘書艦になるまで大本営の周辺海域の制圧行動を主務として凄い撃破数を数えていたそうよ、ただ、行動自体が非公式で記録そのものが曖昧若しくは無いから正確な所は五十鈴にしかわからない、大和は遠征隊を間接的、陸の上でフォローしていたと聞いてる

二組の事務処理というのは、まあアレよ、天龍が言ってた色々と手を回したってヤツ、大本営の士官達の目に不自然で無い様に目立たない様に事務を処理してたって事、実務が全て表に出て視察官が公認したからこの事務処理は考えなくて良いわ、二組も暇らしいからその内なにかしら手を出し始めるだろうし」

 

何も言い出さない四人を尻目に叢雲が言って来た

 

「行動が非公式?勝手に出撃してたのか?」

 

色々あるが、取り敢えず聞いてみる事にした

 

「そうせざるを得なかった、大本営では周辺海域に深海棲艦はいない事になってたから、それを理由に出撃許可は出ない、そう決められていた」

 

「?」

なんだって??聞いた話を頭が理解することを拒否したんだが、おかげで腹は立たなかったが訳が分からなくなった

 

「司令官?」

 

叢雲に呼びかけられてようやく訳がわからない事を自覚出来た

 

「済まないが、もう一度言ってくれないか、なにか聞き違えたらしい、理解できなかった」

 

「あー、理解できなかったのならそれで良いんじゃないかな、無理に理解する事ないし」

 

投げ槍な感じで漣が言って来た

 

「私が知りたいのは大本営の内情だ、理解出来ませんで済ませて良いことではないだろう」

 

「大本営司令長官名で大本営の各部署に発せられた通達が見つかっています、鎮守府が増設され、大本営は深海棲艦の脅威から解放された、と」

 

「ナニソレ?」

 

五月雨の言い分に素で返してしまった

 

「簡単に言うと、ここを含む鎮守府の増設で当時の司令長官は大本営には深海棲艦は到達出来なくなったと本気で考えていた、だから大本営周辺海域には深海棲艦はいない事になってしまった、観測結果も遭遇報告も全部誤報扱いになったって事」

 

叢雲が答えてきた

 

「……馬鹿か?どこに目を付けてんだよ、頭の中で花でも咲かせてんのか、そんなのが司令長官やってたのか?」

 

現実が机の上にしかない偉いさんの与太話は聞いた事はあるが、名目上でも自分の上役がソレだったとは、改めて聞かされると、余りの莫迦らしさに腹も立たない

 

「やってたから非公式でも手を回してでも色々やらなきゃならなかった、大本営に所属する艦娘達がそうやって大本営を抑えてくれたから増設された鎮守府は今日までどうにか存続出来たんだ、でなければ鎮守府の司令官は着任初日から過大なノルマを課されて全滅してるだろうね、まあ、今となってはどちらか良かったのかわからないけど」

 

物凄くどうでも良い、面倒臭い話をさせるな、そういった感じを隠しもせず漣が言ってきた

 

「どちらが良かった?」

 

「増設された鎮守府が全滅していれば大本営に所属する艦娘達にも海域制圧行動が課せられた筈、そうなれば建造にしろ兵装開発にしろ今よりマシな状態になっていた、分散配置ではなく集中配置の方が生産効率自体は良いんだよね」

 

「漣は鎮守府の増設には反対だったのか?」

 

反対なのに鎮守府に配置されたのなら不満も溜まっただろうと思って聞いてみた

 

「まさか、鎮守府は増設しなければならない、そう進言もしたし計画書も出した、けど大本営を遊ばせるつもりはなかったんだ、どこでなにを間違ったのか鎮守府を増設したら大本営が余剰組織の様な扱いになってしまった、その時に私達は増設された鎮守府に配置された後でどうにも手が出せなくなっていた

じーちゃんも退いた後で一組が頑張ってくれた様だけど、新規で入って来た官僚達と一組の初期艦ではどちらが少数派か、そして組織内の少数派の意見はどう扱われたか、結果を見れば官僚達の住処として都合良く変わり果ててしまったのは明白、鎮守府の様に憲兵や施設管理室といった外部の人が入らなかった事もあって官僚達には理想郷だったろうね、国際機関として予算も潤沢、政府や議会の承認といった手続きも無く予算執行出来たんだから」

 

「……なんだ、ソレ」

 

漣は淡々と話しているが聞いているコッチは今更ながら腹が立って来た

 

「全て過ぎた事、今更言っても始まらない」

 

漣の余りの淡白さに不快感を覚えつつ出来るだけ表に出さない様に努めた

 

「増設された鎮守府ではその辺りの対策として自衛隊に入ってもらったんですよ、常々自衛隊から艦娘部隊に干渉があったので、言い様はアレですけど撒き餌に丁度良かったんですね」

 

どういう意図かは知らないが五月雨が言ってきた

 

「自衛隊を鎮守府に誘き寄せて大本営では好き放題、羽根の伸ばし放題という訳か」

 

そうやって対策を回避した訳か、流石は官僚頭が良い

 

「身も蓋もないですが、その通りなのです」

 

なんでもない様に肯定する電

 

「その挙句が、鎮守府になんとかしろと無茶振りか、大本営は官僚天国に成り果てて官僚以外にも人が居る事すら忘れたらしい」

 

何処の平氏だよ、飛んだ時代錯誤だ

 

「そうでも無いですよ、今監察官達が大本営に入っていますが、何の為にだと思いますか?」

 

淡々としている五月雨

 

「艦娘部隊の予算の大部分は上部機関から割り当てられました、使用用途の追求は厳しいモノになるでしょう」

 

それに続く吹雪

 

「そうは言っても使途不明な部分が多いって聞いた、どうやって追求するの?」

 

最近の大本営しか知らないドロップ艦らしい質問だ、私が質問する手間が省けた

 

「叢雲ちゃん、予算は予算なの、組織としての経理はしてるんだよ、世の中には税務と云うモノがありまして、扱う額が大きければ大きい程、経理の質が問われる事になっているんですよ、国際機関だからといって財政面まで設置された国から分離出来る訳じゃない

艦娘部隊は治外法権では無く特例措置だから税務は設置された国の法令に準じる事になってる、使用通貨は設置される国や地域に準じる事になってるし、電子マネーの導入はその処理の自動化、為替処理の簡略化を計る為の試みの一つでもある、そんな訳で追求する実務を負うのは設置された国の税務担当部局だし、不適切な税務処理が確認されれば告発もあり得る、老提督の視察報告と今回の監査で明るみに出た数字で上部機関の方々が相当に御怒りだそうで、上の役職の人程凄い事になりそうだ」

 

漣はこう言うが、引っかかる所があるので聞いてみよう

 

「その告発は日本の警察に?」

 

「そうですよ、この国で艦娘部隊が何かやらかせば日本の警察が捜査権を行使してくる、艦娘部隊と日本政府は協力関係ではあっても地位協定とか無いですし、司令官と違って大本営の官僚達に免責特権は付与されていませんから」

 

「免責特権?司令官職にそんなモノ無いが」

 

そう言ったら四人に怪訝な顔をされてしまった

 

「付与されてますよ、司令官職に一般の民間人を登用する事になって初期艦が補佐に就く事を理由に、艦娘部隊と司令官との間に立ってスマートに事が運べる様にと色々覚えさせられた、その中に司令官職に就く人との契約書類もあったから見間違いとか勘違いとかじゃない、司令官が良く見てないとかじゃないですか」

 

なんか呆れ半分で言ってくる漣、そんな事云われてもなかったモノはなかったんだが

 

「それ、見せてくれない?司令官職の契約書類」

 

どうでもよさそうな気だるい感じで言ってくる叢雲

 

「守秘義務というモノがあって、出来ない」

 

「初期艦に守秘義務を行使するんですか?艦娘部隊が出した書類なのに?」

 

五月雨が疑問しか無いという感じに聞いてくる

 

「守秘義務の対象は契約当事者以外の全てだ、この場合大本営の担当官と司令官職に就く本人を除く全てが対象だと説明を受けたが、違うのか?」

 

「守秘義務というより秘密契約って感じだね、そんな事書いてなかったけど、ハテ?」

 

漣が考え込んでしまった

 

「もしかして、私達が見た契約書類と司令官が見た契約書類が違う、のですか?」

 

「もし、そうなら司令官によって契約内容が違ったりするのかな?」

 

電に続いて吹雪まで疑問を上げて来た

 

「ブッキーの言う通りなら、司令官によって鎮守府の運営方針が違う事を説明出来るか、考えてみれば増設された鎮守府の運営方針ってバラバラなんだよね、同じ研修を受けたのになんでこうもバラけるのかって疑問ではあったんだけど、司令官の個性の問題だと思ってた、けど、方針が似通ったりしない様に大本営の官僚達が契約内容を変えた?色々な運営方針を持たせて様々な運用ノウハウが集められる様に誘導したって事なのかな」

 

考えながらも言ってくる漣

 

「そんな話は聞いていないのです」

 

あっさりと返す電

 

「私だって聞いてない、鎮守府の増設は必要だった、その必要を理解したからあの人達は協力してくれたんだと思ってた、もしかしてこれって、厄介払いされただけなんじゃない?大本営の士官達に頻繁に意見してたし老提督との繋がりも濃かった私達を大本営から遠ざける為の、その後はあの有様だし、嵌められたかな」

 

割と真剣に言う漣

 

「幾ら何でも穿ち過ぎです、大本営の官僚達がそこまで先を読んで行動出来るのならやまちゃんがあんなに苦労していません」

 

反論する五月雨

 

「目先の事に逐次対応して行った結果としてそうなった、全体を見ての行動ではなかったのでは?結果から原因を探そうとすると良く陥る理想的な原因を創作してない?」

 

吹雪も異論がある模様

 

「……ここは遺憾ながらブッキーの意見に賛成するよ」

 

考えながらも吹雪に同意する漣

 

「何が遺憾なの?」

 

不満そうな吹雪

 

「それで、初期艦が見た契約書類にはどんな免責特権があったんだ?」

 

一区切りついた様なので戻って来てもらおう

 

「不逮捕特権に始まり、免税やら公共交通機関の優先権やら色々あった、大雑把に行政が出せる大抵の事項は付いてた筈、そういう項目が契約書類に無かったですか?」

 

電に聞かれた

 

「覚えが無い、そもそも不逮捕特権なんて行使する機会があるのかわからんし、免税って云われてもこっちの給料は施設管理室経由だし、公共交通なんて司令官職に就いてると殆ど使わない、書いてあろうがなかろうが大した違いは無さそうだな」

 

「施設管理室経由って自衛隊にお給金を任せてるんですか?」

 

驚いた様に聞いてくる五月雨

 

「司令官の給料だって鎮守府の予算から出てるんだ、その扱いを任せてるんだから、そうなるだろう、別に疑問は無いが、何かあるのか?」

 

「あー、司令官は鎮守府予算に関わる庶務を丸投げしたんですね、なるほど、それならわからない話では無い、なるほど、丸投げしたから却って自衛隊に信頼されたのか、情報公開は大事だなぁ」

 

何がナルホドなのかさっぱりだが、漣がヤケに感心していた

 

「丸投げ?鎮守府の予算執行権を施設管理室に預けたって事ですか?」

 

「人聞きの悪い事を言ってくれるな、予算執行権は私にあるし予算処理の確認は事務艦がしている、施設管理室に任せたのは予算執行に関わる管理事務作業だ、鎮守府の予算を自衛隊に横流しした様な謂れ様は心外だ」

 

「わかってます、ブッキーの言い様が不適切ですね、ブッキー以外は誰も誤解していないのでご安心ください」

 

漣の言い様はなにかの勧誘?の様な感じだ、相手を安心させようと意図しているが胡散臭さが隠し切れず裏があると疑わせる感じ、さっき言ってた遺憾な感情を引き摺ってるのか?

 

「ちょっと?!そこでなんで私だけ例外扱いなの?!」

 

吹雪には異論があるらしい

 

「自分の発言を省みて、己の迂闊さを反省しなさい、わからないのなら、それまでなのです」

 

電は相変わらずだ

 

「まあまあ、漣も電もそんなに言わないで、ブッキーだってちょっと気になっただけで本気で思ってた訳じゃない、確認しただけ、そう、確認しただけなんだよ、確認は大事でしょう?」

 

宥めに入る五月雨、世話を焼くというより火消しだな

 

「五月雨が纏めた所だけど、免責特権の確認は如何するの?続ける?」

 

相変わらず気だるそうな叢雲

 

「私の知る範囲ではそんなモノはないから、目的とする所の大本営の内情との関連が無い、初期艦達から見ると司令官には免責特権が付与されていると言う、それは私の目的とする所と関係してくるのか?」

 

「関係というか、それ自体が大本営の内情の一つですね、初期艦は艦娘部隊が作成した契約書類しか見ていない、司令官は大本営が作成したと思われる契約書類しか見ていない、両者は同一の物だと認識されていたけれど、違う物らしいという事です、確認は両者を付き合わせないと出来ませんが」

 

五月雨が応えてきた

 

「では、この話はここまでとして、遠征隊の、天龍達、大本営の資材集積を担っている遠征隊の余力はどのくらいありそうかな?」

 

「そっちに戻るんですか、まあ、司令官の一番の心配事なのはわかりますが」

 

なんか呆れ気味の漣

 

「五十鈴が海域制圧を受け持つだけでも、天龍達の負担は半減しますが、現状では取り得ない策です、大和を大本営に向かわせるのは大本営側の問題が有り無理筋です、となれば、二組の初期艦達に天龍達のフォローに入ってもらいたい所ではありますが……」

 

「何か、問題が?」

 

五月雨に先を促す

 

「二組の初期艦達は老提督を司令官と強く認識している、艦娘部隊の一員としての自覚はほぼ無い状態なんだ、ドロップ直後から置かれた状況が特殊過ぎて、他の初期艦とは性質が違ってしまっている、あの子達はもう暫く老提督との時間を過ごしてもらいたいんだ、そうしないと、又あの状態に逆戻りしかねないからね」

 

答えて来たのは漣だ、なにやら問題児らしい、二組の初期艦ってのは

 

「二組に拘る事も無いだろう、大本営には初期艦が大勢居るのだから、他の組に天龍達のフォローを依頼出来ないのか?」

 

「あー、無理ですね、言いたい事はわかりますが、激務で休む余裕も無い天龍達に遠征隊のフォローの仕方を知らない初期艦達まで教育する時間は無いですから、三組の初期艦でもアレはフォロー仕切れない、いない方がマシだと思う、二度手間三度手間になるのが目に見える」

 

漣の見立てでは無理と即断する状態なのか

 

「では、お前達なら?」

 

「それは、可能ですけど、ここはどうするんですか?司令官お一人であの数の遠征隊の集積資材を捌き切れますか?」

 

ご尤もな意見をありがとう、漣も毒舌とは違うが電くらいにはモノを言う

それに考えなくても無理だね、五つの鎮守府の遠征隊の集積資材を効率良く搬送する行動計画の立案は柔軟性が、状況の変化に随時適応していく臨機応変な対応が必要だ、一人では無理があり過ぎる

 

「大和ならそれだけの処理能力がありますが、司令官は大和を実務に就けるのには時期尚早だと思われていますよね」

 

確かめる様に言ってくる五月雨

 

「時期尚早というか、あんなに高圧的な応対ではトラブルの元だ、鎮守府に上下関係は無い、対等な協力関係だ、あの戦艦にそこの所が理解できているのか如何なのか、計りかねる、今は無用で無益なトラブル対応に時間を取られたく無い」

 

「そこを理解してもらう事を目的にしているとしても大和に駆逐艦達の世話をさせるというのは、贅沢な使い方だと思いますよ」

 

漣が何か言ってきた、嫌味か皮肉の類に聞こえたんだが

 

「贅沢?何が贅沢なものか、大本営でどれだけ遊ばせていたんだ、大本営の方が余程贅沢ではないか」

 

つい反論してしまった

 

「そういわれると、何も言えないんですけどね、でも、そうなると五十鈴は大本営の代理人として、大和は対応力の見直し、二組は実務復帰にもう暫くかかる、私達一号は司令官の補佐から抜けられない、手詰まり、ですな、困った事です」

 

漣ってもしかして駆け引きというか議論出来ないタイプか?あっさり引き過ぎだろ、その上話題を逸らしに来てる、しかし今はそこを気にする場面ではない

 

「……一組は?一組なら天龍達のフォローが出来ないか?」

 

そう言ったら四人が困った顔になってしまった、なんか変な事を言ったかな

 

「一組は二人欠員だから三人しかいない、大本営で天龍達のフォローをするより、この鎮守府に呼んで司令官の補佐に着けた方が良い、それなら一号を天龍達のフォローに回せる」

 

相変わらず気だるそうな感じではあるが、叢雲が言ってきた

 

「えっと、それは、そうなんだけど、如何なんだろう、大丈夫かな」

 

「何か問題が?」

 

漣のはっきりしない物言いに聞き返す

 

「えっとですね、一組はかなり特異な状態になっているんですよ、ってコレ話して良いのかな?」

 

「話してくれないことには判断しようが無いんだが」

 

「お話しする前に、ハッキリさせておきたいのです」

 

電が言い出した

 

「前にも少し出してしまいましたが、一組の五月雨の状態についてです、アレは本人の問題であり、司令官が気にすることでは無いのです、又一組の電はその状態を許容していますが、職務に支障があるようなら、構わずに職務を優先してください」

 

「つまり、一組は問題を抱えていると、現状では解決出来ていないからそこを踏まえろと」

 

「問題といえば問題だけど、使い様でもある、能力的には十分なんだから、司令官が上手に使えば良いだけとも云えますね」

 

漣のソレはアドバイスなのか、なんなのか

 

「上手く使えないと自分の首を絞めることになると、確認なんだが、それを実行したとして、そこの初期艦は一号に入るのか?」

 

「叢雲ちゃんは研修中の初期艦、一号どころかどの組にも入っていませんよ、ご心配無く」

 

五月雨が和かに言って来た

 

「私は特務艦達の研修を外地研修として実施中、これが終わらないと外地研修そのものが終わらない、そして外地研修は初期艦研修の一部でしかない、この鎮守府に着任するのはもう少し後になるわ、絶対に着任するから、司令官!」

 

「お、おう」

 

なんだ?あの気だるそうな感じはどこいった?そんなに唐突に漲られても驚くんだが

 

「ハハハ、まあ、二組もこんな感じですよ、司令官を強く認識している点では似た様な感じかな」

 

何その乾いた笑いは、漣は何か言いたげだな、言葉にはしてこないが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







登場艦娘

初期艦研修中の叢雲、現在外地研修として特務艦隊を引率中、教導艦は天龍に変更されている

一号の初期艦、吹雪、漣、電、五月雨 (叢雲は鎮守府にて睡眠中)

一組の初期艦、漣、電、五月雨 (吹雪は解体、叢雲は改修素材で二名欠員)

二組の初期艦、吹雪、叢雲、漣、電、五月雨 (ドロップ直後から特異な状況に身を置いていた為、現在リハビリ中)

三組の初期艦、吹雪、叢雲、漣、電、五月雨 (大本営改称後に揃った初期艦)


老提督の秘書艦の五十鈴、艦娘部隊大本営代理人の側面を持つ

秘書艦の大和、秘書艦に任命されているが鎮守府に転属となり秘書艦は名目のみとなっている

大本営の遠征隊、天龍等が率いる遠征隊、各鎮守府を巡回していたりもする

移籍組、本編中では引き籠り達として出て来ていた高練度艦達



登場人物

老提督
・研修中の叢雲からは視察官、一期で視察官として鎮守府に来ている時が初対面だったから
・一号の初期艦からはじーちゃん、お爺さん、艦娘部隊発足前から色々あった経緯から
・稀に最初の人、艦娘の言う妖精さんを見る事が出来た最初の人
・現在監察官の一人として大本営の監察中、大本営を上部機関が統括下に置いている間の臨時司令長官

監察官
艦娘部隊上部機関より派遣された、退役軍人、国家代表、元上級官僚、という方々、大本営を監察中

老兵
・老提督に続き妖精さんを見る事が出来た二人目の人、退役軍人
・老提督と同様に艦娘部隊上部機関に席を用意されてる艦娘部隊の重鎮の一人
・監察官の一人として大本営を監察中の筈
・現在大変な厄介事を抱え込み難儀中でもある

移動指揮所の自衛隊
佐伯司令官の要請で鎮守府に駐留、自衛隊内部で扱いが割れて紛糾中、現場の自衛官は艦娘部隊に協力姿勢を示している


佐伯司令官、増設された五箇所の鎮守府の一つに着任した司令官、一期の鎮守府





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66 同一の作戦行動を実施

 

 

 

 

7月14日

 

 

増設された鎮守府、最初の初期艦と同数の五箇所の鎮守府は現在同一の作戦行動を実施している

目的は大本営で修復し切れなかった移籍組の修復完遂、それに必要な資材集積だ

自己達成不可能な目標を掲げて鎮守府に達成しろと無茶振る大本営に対し増設された鎮守府司令官達が、思惑は如何あれ協力体制を取り目的を達成しようと取り敢えずは結託した

 

御老体の無茶振りは鎮守府の大規模増設なんだが、先ずは修復の完遂を目指そう

 

何方の計画も資材集積が必要な事に変わりはなく、鎮守府側の行動としてはあまり違いがない、変わるのは資材集積行動の期間だ、そこを曖昧にしたままで各鎮守府の協力が取り付けられたから作業船での老提督との話は他の司令官達に伝えていない、伝えた所でどうなるものでもないし、大規模増設の噂はとっくに知れ渡っているから左程の意味も持たないだろう

 

この鎮守府以外は初期艦を大本営に返却してしまった為に工廠が機能停止しており司令官は工廠の妖精さんを説得出来ていない

つまり、所属艦娘達を動かしても修復は勿論補給すら出来ない有様で、だからこれまで鎮守府としての活動自体が停止していた

 

各鎮守府から遠征隊旗艦を務める艦娘にウチの鎮守府に来てもらい入渠させて補給ができる様に艦娘に着いている妖精さんに対し技量というか技術指導、艤装にもウチと同様の追加を行い運用面での差異を縮小、この旗艦達が率いる遠征隊に限られるがこれで統一した指揮系統を構築できる様になった

引き換えに資材がゴリゴリ減った、ウチの遠征隊が途切れる事なく運び込んでくれた資材だが、相応のリターンが見込める以上先行投資として止むを得ない

各鎮守府から来た旗艦を務める艦娘達には入渠後に鎮守府合同作戦を改めて説明、各鎮守府司令官の承諾を得ている事はどの艦娘も承知していたから説明自体は大人しく聞いてくれた

まあ、こちらの話を大人しく聞いてくれる事と艦隊旗艦として実行する事、この間にある峡谷は深い、とても深く橋すら掛けられそうにない

 

こればかりは協力体制にある各鎮守府司令官が埋めてくれる事を期待するしかない

 

各鎮守府から申告された遠征隊の資材集積能力に殆ど差異はない、それが最大数であり、理想値である事を見なければ

実際の集積能力的にはかなりの差が生じている、原因は遠征隊に編成されている艦娘達の練度の差がそのまま成功率に反映されているからだ

桜智の所でも理想値の八割程度で、他は六割から五割、一番低い佐和の所だと四割を下回る

この状態を放置していたら計画の進捗なんて見込み様が無いので、鎮守府司令官の承諾を得た上で成功率の低い遠征隊からウチの鎮守府に直接資材を持ち込む様に指示、練度の向上はそんな短期間では出来ないが、艦隊旗艦には指揮系統の再説明と確認、編成されている艦娘達は全員入渠させて着いている妖精さんを懐柔、遠征の成功率向上に協力を取り付けた

 

合同作戦行動といっても基本的には資材集積行動でしか無く、各鎮守府で資材を貯めそれを必要に応じてウチの鎮守府に持ち込んで例の引き籠もり達を修復していく、予定になってる

ウチだけではないが鎮守府の敷地は確かに無駄に広い、自衛隊が移動指揮所とその運用補助機材を事前計画無しで設置出来るくらいには

 

だからといって、各鎮守府の遠征隊が集める資材を一括集積するだけの設備も無ければ場所も足りない

大和が言っていた様に今になって自衛隊の移動指揮所とその補助機材などの設置場所の問題に突き当たり、自衛隊側と協議が必要になった

自衛隊側は移動指揮所なのだから敷地内の移動なら幾らでも応じると言ってくれた、変な問題に発展しなかったので一安心だ

この時にわかったのだが、今回の合同作戦は自衛隊側としても非常に関心を持って注視している

通りでこちらの遠征隊に海域情報をくれる訳だ、時には深海棲艦の出現情報までくれる

おかげで遭遇戦が避けられ成功率の向上に繋がっている、向こうの思惑は如何あれ今は感謝しておこう

 

然し乍ら資材が備蓄されるに比例して各鎮守府で独自の行動を取る事態が頻発、その結果修復を必要とする艦娘達が各鎮守府内に多数発生してしまった

各鎮守府司令官は未だ工廠の妖精さんを説得出来ておらず、工廠は機能停止中だ、それなのに何故か艦娘達を出撃させたがる

資材だけあっても工廠が機能停止していては損傷した艦娘達を修復出来ない

 

こんな事は初めから分かっているのに何故司令官達は艦娘達を出撃させるのか?

 

理由はいくつもあるがその一つに自衛隊の行動限界が挙げられる

元々自衛隊の継戦能力は高くない、そこに対深海棲艦戦に於いて殲滅戦を選択した事で継戦能力の限界を表面化させてしまった

無限湧きしてくる相手に殲滅戦を選択した理由は様々あるだろうが、私が口を挟める所では無い

海自も空自も兵装に問題が発生している、平たく言って弾切れなのだ

噂では弾に余裕のある陸自の装備を活用するとかで護衛艦のヘリポートに固定して運用するなんて話まで聞こえてくるぐらいには追い詰められているらしい

他にも、防衛省は本気で安全保障条約を行使して米軍からの弾薬補給を検討しているとか、安全保障条約の発動は政府が強硬に反対しており中央官僚達が右往左往しているとか、色々と聞こえてくる

 

こういった状況の為に遠征隊の護衛任務として艦娘を出撃させ、損傷艦を出して修復出来ずにどの鎮守府も修復待ちの艦娘を抱えて行き詰まってしまった

断りも相談もなく出撃させて勝手に行き詰まりそのツケをウチに持ち込んでくる司令官達には呆れ返るが、遠征隊の資材集積能力を維持するにはなんとかしなければならない

正直な所、各鎮守府から出撃する必要は全くと言い切って良い程に無い

海域情報を提供してくれる自衛隊がいる訳で、時には深海棲艦の出現情報まで得られる環境が整っているのだ

 

回避すれば良いだけの話だ、こちらの目的は資材集積なのだから

 

自衛隊は国防組織としての事情と役割が有り、深海棲艦を回避し続ける訳にはいかなかった

そういった事情も役割も無い艦娘部隊の鎮守府司令官の中にも点数稼ぎのつもりなのかなんなのか、深海棲艦の出現情報を聞いて出撃させたがる輩がいる事を聞いて直ぐに取り止める様に申し入れたんだが、「艦娘部隊が深海棲艦を相手にしてなんの問題がある!!」との事で聞く耳を持たない鎮守府司令官もいた

この件に絡んで全ての鎮守府が当てに出来る訳では無いと判断、そこに所属する艦娘達には悪いが距離を取らせてもらう事にした

この辺りの詳細は報告書を大本営に提出しているし、五十鈴秘書艦の説得にも応じなかった事から合同作戦の目的達成を優先、聞く耳を持たない鎮守府は放置、何か言ってきたら大本営で処理する方向で承諾を得た

 

ただ、後味の悪い事にこれらの出撃を止めなかった鎮守府では所属艦娘の半分ほどが沈んだそうだ

逆に見ればそれだけの除籍艦娘を出したから、聞く耳を持たざるを得なかったとも云える

ウチを含め五箇所の鎮守府合同で始まったこの作戦行動も半ばにして参加鎮守府の減少となり、合同作戦の変更を余儀なくされたが、大本営の遠征隊が作戦参加して来たお陰で計画の進捗そのものには変更を加えずに済んでいる

 

先発隊が連れて来ている引き籠もり達、高練度の大型艦が多いそうだが、この修復に漸く掛かれる目処が付いてきた

ウチの工廠は作戦行動を円滑に行うべく既存の工廠も増設した

元からある工廠とこちらで増設した工廠と先発隊が新設した工廠、現在の所問題無く稼働しており艦娘の修復に役立っている

所属艦娘だけでなく、資材搬入に来る艦娘もある程度の損傷があれば入渠させているので空きが出来る事の方が希な状況だ

なにしろ現状で艦娘の入渠が可能な工廠はウチと大本営にしか無いのだから仕方ない

入渠時間の短い遠征隊だからなんとか回せているが、入渠時間の長い大型艦の入渠があれば一気に入渠待ちの艦娘が列を作る事が確実な状況だ

 

あいつが長門を戦力化すると息巻いていた頃もそうだったしな

 

いくらそれが目的で資材を貯めてきたからといってもこのままでは引き籠もり達の修復は実施出来ない

先ずは艦娘達の損傷原因である深海棲艦との遭遇戦への対策を講じないといけない

遭遇戦の発生率は低い、自衛隊からの情報により低い確率に留まっている

それでも十割の回避は出来ない、その結果損傷艦が出てしまう

あの鎮守府の司令官はこれが我慢ならなかった様だが、自衛隊情報からの接触回避すら覚束無い低練度の艦娘しか遠征隊に回さない、こちらで指揮系統を構築した遠征隊旗艦すら遠征に出さないという謎の運営方針を貫かれてはこちらとしても手の打ちようが無い、他にも色々とあるんだが、過ぎた事だ

 

対策として護衛を付ければ有効だが運用面での問題 (資材、指揮系統、その他諸々) があり、どうしたものかと悩んでいたら移籍組から提案を受けた

曰く、空母種の艦娘を用いて広域の制空権を確保し上空から飛行隊の護衛を付けてはどうか、と

その説明を五十鈴から受けた、しかし疑問も一杯だ

 

「戦艦より強力な攻撃手段を有し戦艦よりも速い速力を持つと、そんな艦娘がなんで兵装を扱えなくなっている?兵装を扱え無いという事は、艤装が無いという事だろう、あの移籍組は何故、艤装を持っていない?」

 

ん?五十鈴の顔色が、雰囲気が変わったか?

 

「……機能移転の行動計画書に書いてある」

 

五十鈴の返答は素っ気なかった、応えてはくれたから続けよう

 

「読んだよ、書いてあったのは作戦行動中に逸失した、それだけだ、これでも司令官としてこの鎮守府にいる身としては、疑問しかない記述だ」

 

「その話は、したくないんだけど」

 

あれ?なにその弱々しい言い様は、変な地雷でも踏んだかな

 

「五十鈴は当事者なのよ、その話は聞かないであげて」

 

これまで大人しく聞いていた初期艦が言ってきた

 

「当事者?」

 

なにそれ?どういうこと?

あの移籍組が艤装を逸失した作戦行動の当事者とは?参加したという事か?

こちらとしては艦娘が艤装を逸失するという状況が想像出来ない、ウチの艦娘達だって攻撃を受けて損傷する事はある、しかし艤装を逸失した事はない、そもそもどうすれば艤装を逸失出来るのかがわからない

移籍組の艦娘数はウチの鎮守府に着任している艦娘数を上回るんだが、こんな数の艦娘が艤装を逸失しているだけでも異常なのに当事者とは、五十鈴は艤装を逸失していないし初期艦達の話では大本営近海で深海棲艦を狩りまくっていたそうだが、話が見えないにもほどがある

 

「五十鈴?私から話しても?」

 

初期艦が秘書艦に聞いてる

 

「お願い」

 

おい、なにその雰囲気、私が悪いみたいじゃないか、あれ?どこか間違えたか?

 

初期艦は聞いた話だと、前置きしてから話始めた、嘗て行われた大規模海戦の結末

参加艦娘二百以上、当時日本に居た艦娘の九割が参加したそうだ

その内自力帰還出来たのは十に満たず、全滅と言っていい損失かと思われたが、帰還艦娘から周辺の陸地に漂着している可能性を指摘され、自衛隊が回収に当たり五十近い艦娘を日本に連れ帰った、他にも漂流中の艦娘を発見したり、ドロップ艦との邂逅があったりしたものの海戦前の半分ほどの規模になってしまった

 

この自衛隊が回収した艦娘達が鎮守府に接岸している旅客船にいる移籍組

大本営に改名前の最初の鎮守府で修復を試みたものの艦娘本体しか修復出来なかった、艤装も兵装も無い状態で修復された

 

余談ではあるがこの修復に掛かった資材は自力帰還した艦娘達と海戦に参加せずに残留した一割の艦娘達が集めたそうだ、今実施している合同作戦と同様な作戦行動が過去にも最初の鎮守府で実施されていたとは、なんて進歩の無い話だ

 

この修復は最初の鎮守府内で大問題となり原因探索が行われたものの修復された艦娘達に話を聞くくらいしか打つ手が無く、最初の鎮守府では原因不明となってしまった

修復を担当した妖精さんと話の出来る初期艦が資材集積で出払ったまま官僚や士官だけで原因探索したらしく、当時は鎮守府司令官の条件を満たす人というソレ自体が知られていなかった為に原因不明となってしまった

 

この時老提督は大規模海戦の後始末とそれに伴う組織改変に追われていたそうだ、構成要員が半減した為に組織自体を作り直さなくてはならなくなり、諸般の事情も絡まって大本営に改称となった、あの当時は艦娘達に関われる時間が全く無かった、と本人は言っているそうで一号の初期艦達もその点は肯定しているという事だ

鎮守府司令官の条件、それを満たす人、これらは老提督が最初の鎮守府から大本営へ作り直しをする際に妖精さんが見えない官僚達に問われ、自分以外にも妖精さんを見る事の出来る人は居る、と答えた事が端緒となった

 

この時点でも妖精さんを見る事の出来る人は複数人居た

しかし大本営に所属する人の中には一人も居ない、この事から妖精さんを見る事の出来る人を探す事になったそうだ、その実務はどういう経緯を辿ったのか曖昧ながら、自衛隊が担うことになり、周期的に行われる自衛隊基地の一般開放イベントで艦娘部隊参加者募集の張り紙になり、私はそれに応募したと

鎮守府司令官の条件は妖精さんを見る事の出来る人

それを満たす人は妖精さんとなんらかの手段で意思疎通を図り艦娘とも話せる人

妖精さんと会話の出来る人が見つかるとは思ってなかったそうだ

なるほど、それで想定外の妖精さんと会話の出来る変なのが見つかったから奥座敷まで拉致られたのか、迷惑な話だ

 

「それで、私が聞きたいのは兵装を扱えなくなっている理由と艤装を持っていない理由なんだが、それについては?」

 

余程話したく無いと見える、この初期艦が態と話の焦点をずらしてくるとはね

 

「兵装を扱えなくなっているのは、司令官が言っていた通り艤装を持っていないから、艤装を持っていないのは、そうしなければ生き残れなかったから、艤装を放棄して漸く生き残れるそういう戦いだった、そう聞いている」

 

そう聞いたのね、聞いただけならしょうがない、しかし足りない説明はどうにかしないといけない

 

「私の理解が悪いんだとは思うが、状況が想像出来ない、艦娘が生き残るのに艤装を放棄する必要など想定出来ない、私が知る限り、艦娘が生き残る為にこそ艤装が必要な筈だ、私にもわかるように説明してもらいたい」

 

「それは、私には無理、聞いた話だもの、そうなんだと思うしかないわ」

 

話を買って出た割に話自体を知らないのか、そうではない筈、何とか話を聞き出したい所だね

 

「初期艦は私と意見を等しくすると、いうのか?」

 

自分で言っている事に矛盾があるとわかっているのなら、なんらかの解答が出て来るだろう

 

「艦娘が生き残る為にこそ艤装が必要、私にもそうだとしか思えない、けど、実際は違うみたいね、聞いた所だと、幾つかの要因があるそうだけど、何と無くわかるのは、浮力の確保くらい、兵装は勿論だけど艤装は時として錘になる、沈みたくなければ放棄するしかない」

 

「艤装が錘?兵装が錘というのは聞いた事があるが艤装まで錘になるのか?」

 

「破損状況によっては、そうなるみたいね、大破以上の損傷という事になるのかしら」

 

「大破と判定される様な損傷でも艤装は錘にはならない、と聞いているが」

 

「大破以上の損傷と言ったでしょ、艦娘が沈むって、そういう事なんでしょう」

 

「……」

 

嫌な話を聞いた、そういう事なら艦娘本体が無傷でも艤装の損傷が重なると何処かで何かの拍子に錘となってしまい、その錘の所為で艦娘は沈むと、嫌な話だ

 

「その話からすると、艦娘の艤装は浮力を持つ事になるが、私が研修で聞いた話とは違うな」

 

嫌な話は取り敢えず置いておこう

 

「ああ、船なら浮力を持つのは船体、艦娘で言えばこの身体と説明されているんでしょう、それは人の解釈であって実際には違う、どう違うのかと聞かれても困るけど」

 

艦娘自身その辺りの事はわからないと、改めて艦娘のイイ加減さを聞かされた

 

「……妖精さんの技術は解明不能、物理法則を無視するにもほどがある、という様な話なら聞いた事はあるが」

 

「艦娘の持つ火砲ひとつ取っても、人には謎だらけ、名称と見かけの大きさは不一致なのに威力だけは名称と一致する、人と変わらない大きさで砲弾を何発持ってるんだって話よね、人にはわからない事だらけ」

 

その辺は資材の変換率というか変質性というか、艤装内で調整している様な話を妖精さんがしてた気がするが、よくわからない、もう少し続けてみるか

 

「駆逐艦の主砲でさえ、人と変わらない重さでは扱えない、にも関わらず、艦娘はそれを兵装として十分に扱える、何らかのアンカーの様な作用を持っているのではないかとは云われているが、それでも不十分なのだろ」

 

「威力から算出される砲弾重量とこれを音速に近い初速で撃ち出すと仮定しての計算だから、砲身の支えとして人と変わらない重さでは全く足りない、人が携帯可能な銃器でも拳銃弾なら兎も角ライフル弾になると安定した弾道を得るの為には身体で支えるのではなく床なり地面に設置しなければならないのが、人の重さ、艦娘の重さとは違うという事」

 

不十分というのは同意か、支える重さが何処から来ているのか予測も付けられないのかな

 

「その重さが、どうやっても観測出来ないから、物理法則を無視するにもほどがある、と云われるのだろう」

 

「そういう事になって来る、駆逐艦の主砲でさえ陸自の扱う火砲と並ぶ、あの火砲を手で持って撃つなんて言ったら、誰からも気が違ったのかと、思われるでしょうね」

 

「……撃つ前に持つ事さえ出来ないが」

 

「アレは艦娘でも持てない、人の技術で作られているから」

 

「妖精さんの技術で作られた兵装はあの大きさで、艦娘でも持てない陸自の火砲と並ぶ威力があると、自衛隊の技官の方々が頭抱えてる様が目に浮かぶよ」

 

話が脱線しているから戻す事にしよう

 

「今回の修復作業は移籍組が生き残る為に放棄した艤装を復元する事なのか」

 

「復元、とは違うと思う、船体だけになった艦娘に再艤装する、大規模改修的な感じじゃないかな、まあ、ただの船なら新造した方が良いと言いたいのだろうけど、艦娘はただの船ではない、新造艦よりあの高練度艦を再艤装する方が短期間で戦力化出来る、この際は資材と労力で戦力化迄の時間を圧縮しましょう」

 

ここでも時短か、急ぎ過ぎなんだよ

 

「大本営の元の計画もそうだが、この計画は何故こうも短期間での達成を目指しているんだ?これほどの規模の大きい計画ならもっと余裕を持って計画しても良いと思うんだが」

 

私の疑問に答えてきたのは先程大人しくなってしまった五十鈴だ

 

「それが上部機関に示した条件だから、老提督は短期間での実行と引き換えに艦娘部隊をこの国に残す承認を得た、だから計画の遅れは老提督を攻める材料にされてる」

 

もしかして、私は責められているのか?そうならかなり理不尽なんだが

 

「大本営に戻ってる一号の初期艦達が鎮守府大規模増設を容易に実行できる手段を構築してる、この国の建造物に関わる法令との擦り合わせは課題としてあるけど」

 

五十鈴の説明が続く

 

「容易に実行できる手段?」

 

ナニソレ?

 

「妖精さんは既に実行可能と言っているらしいのだけど、漣達が検証するって言い出してね色々試行中、それが終われば理屈の上で鎮守府開設の障害となるのは資材量と妖精さんの数だけになる、鎮守府の増設予定地はとっくに整地済みだそうよ」

 

妖精さんの数って、そりゃあ鎮守府を増設するんだから妖精さんも相応に居なければ鎮守府として機能しないのはわかるが、それに整地済みって、そこまで急かされてるのか大本営は

 

「まさか、鎮守府自体を妖精さんの建造技術で建てるのか、確かに妖精さんが建てるとしても鎮守府程度の規模なら可能だとは思うが」

 

ウチの鎮守府の工廠の増設は妖精さんの手によるものではあるが、疑問が一杯なんだが

 

「漣達が検証している妖精さんが実行可能と言っている手段というのは、言ってしまえば複製よ、既に在るモノをそのまま作り出す、建造よりも短時間で作り出す事が可能になる、漣達が気にしているのは複製元に問題があった場合、その問題まで複製してしまう事、複製元の選定を誤ると泣きを見るどころではなくなるからそこの対策を検証中」

 

「妖精さんが鎮守府を建造したことなんてあるのか?」

 

取り敢えず疑問の一つを聞いてみる

 

「鎮守府は全部そうよ、今の大本営だと艦娘側の建築物だけ、大本営に改名した時に人用に色々増やしたから」

 

「大本営の艦娘側?大本営では艦娘と人用に建物が別れてるのか」

 

「大本営は人の組織でもある、官僚達のね、当初予定があの海戦で実行できなくなって老提督一人では再建しきれなかった、官僚達の手を借りて大本営に仕立て直した、予定では構成要員の殆どを艦娘で占めていたけど仕立て直したら構成要員の比率が逆になってしまった、艦娘の組織になる筈が官僚の組織になってしまった、妖精さんの作った建築物は気味が悪いと言い出して官僚達用の建物を作ったのよ」

 

「鎮守府としての施設は揃っていたのにか?」

 

「官僚達には艦娘と共用の職場はお気に召さないらしくてね」

 

お気に召さないってそんな理由で増築したのか、自分の部屋を欲しがる子供だな、ああ、だから官僚達には理想郷なのか

 

「それにこの複製技術をもっと広範囲に使って艦娘部隊を増強する気でいるわね、一号の初期艦達は」

 

「それはどういう?」

 

複製とか嫌な予感しかしない

 

「鎮守府を複製して大増設するように艦娘も複製して数を揃えようって話、建造するよりは手間が掛からないそうよ、複製なら複製元の技量もある程度は受け継げるみたいだし戦力化するにも手間暇を掛けずに済むと言ってるわ、どこまで出来るのかはわからないけど」

 

「複製元の選定って、鎮守府ではなく艦娘の?」

 

取り敢えず聞いてみる

 

「両方よ、複製元が持つ問題なり課題を複製後に持ち込ませないように修正なり改変なりする方法を構築中という事」

 

「随分と都合のいい話に聞こえるが、大丈夫なのか、色々と」

 

やっぱり嫌な予感しかしないんですけど

 

「短期間の検証でどこまで詰められるかは一号の初期艦達の技量次第になる、三組の初期艦達も協力してるし、大丈夫じゃないかな」

 

なんという楽観論、何処かで一つでも躓けば一気に崩れるな、コレ

そうだとしても他に手が無いからやるしかないって事か、どこも行き当たり場たってるな

先の展望は老提督に任せるしかないのはその通りだし、こちらはやる事やるしかないか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







登場艦娘

初期艦研修中の叢雲、現在外地研修として特務艦隊を引率中、教導艦は天龍に変更されている

一号の初期艦、吹雪、漣、電、五月雨 (叢雲は鎮守府にて睡眠中)

一組の初期艦、漣、電、五月雨 (吹雪は解体、叢雲は改修素材で二名欠員)

老提督の秘書艦の五十鈴、艦娘部隊大本営代理人の側面を持つ

大本営の遠征隊、天龍等が率いる遠征隊、各鎮守府を巡回していたりもする

移籍組、本編中では引き籠り達として出て来ていた高練度艦達

各鎮守府から来た遠征隊旗艦
合同作戦を円滑に実施する目的で作戦主導している鎮守府との指揮系統を構築に必要な措置を入渠時に受ける、必要措置の中には艦娘に着いている妖精さんだけで補給を可能とする技量もあり、これを鎮守府に戻って所属艦娘に展開すれば補給自体は工廠の妖精さんに頼らずに可能になる筈、各鎮守府司令官は承諾済み

成功率の低い遠征隊、所属鎮守府司令官の承諾を取り、全員を入渠させ妖精さん経由で色々伝達

天龍の定期便でそれと同行する形で一号の初期艦と一組の初期艦が交代済み



登場人物

老提督
・研修中の叢雲からは視察官、一期で視察官として鎮守府に来ている時が初対面だったから
・一号の初期艦からはじーちゃん、お爺さん、艦娘部隊発足前から色々あった経緯から
・稀に最初の人、艦娘の言う妖精さんを見る事が出来た最初の人
・現在監察官の一人として大本営の監察中、大本営を上部機関が統括下に置いている間の臨時司令長官

監察官
艦娘部隊上部機関より派遣された、退役軍人、国家代表、元上級官僚、という方々、大本営を監察中

老兵
・老提督に続き妖精さんを見る事が出来た二人目の人、退役軍人
・老提督と同様に艦娘部隊上部機関に席を用意されてる艦娘部隊の重鎮の一人
・監察官の一人として大本営を監察中の筈
・現在大変な厄介事を抱え込み難儀中でもある

移動指揮所の自衛隊
佐伯司令官の要請で舞台となっている鎮守府に駐留、自衛隊内部で扱いが割れて紛糾中、現場の自衛官は艦娘部隊に協力姿勢を示している

桜智司令官、最初の鎮守府が大本営に改称された後に増設された五箇所の鎮守府の一つに着任している司令官

佐伯司令官、増設された五箇所の鎮守府の一つに着任した司令官、舞台となっている鎮守府の司令官

増設された五箇所の鎮守府には其々司令官が着任しているが他の司令官の出演は多分無い、筈





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67 再稼動は無理がある

 

 

 

 

 

 

7月15日

 

 

合同作戦により資材も必要量は備蓄出来た所で鎮守府を再稼動させる訳だが、現状のままでの再稼動は無理がある

自衛隊の活動限界が見えて来ている現状で再稼動したら海域情報の提供が無くなり遠征隊の遭遇戦が増すのは避けられない

判り切っている事態を回避するには他の鎮守府も再稼動してもらう必要がある

その為の許可を再三大本営に申請しているのだが、何故か却下される

此の期に及んで大本営はこの鎮守府一つで海域全てに対処しろ等と寝言を言いたいのだろうか

この鎮守府一つで周辺海域全てに対処できるわけがない、そんなことも分からなくなったかと事務艦に色々と資料を集めさせてあの手この手で許可申請を出してはいるのだが、初期艦を鎮守府に戻す許可が降りない

だからといっていつまでも再稼動を延期する事も難しい

 

こちらの状況は鎮守府に居座っている移動指揮所の自衛隊の方々に筒抜けなのだから

それに憲兵もいるし、下手に延期して職務怠慢だとか難癖つけられても敵わない

困った事態を打開すべく初期艦四名と秘書艦二名、それと長門と龍田を呼んで対策を考えている

本人が嫌がらなければ初春にも参加してもらい所ではあるのだが、初春に云わせるとその役割は叢雲の仕事で妾の努めではないという、遠慮では無いがこういった協議には頑として参加したがらない、こちらとしても無理強いはしたくないし、した所で意味が無い

 

「さて、鎮守府の再稼動が暗礁に乗り上げて座礁中な訳だが、サッサと離礁したい、何か案はないか」

 

「自衛隊がいつまで海域哨戒を続けられるか分からない以上、確かに他の鎮守府も再稼動してもらわねば対処しきれなくなるな」

 

最初に長門が応じた

 

「先の行動でこの鎮守府だけでも海域全てを抑えられると思われちゃったかな〜」

 

いつもの調子の龍田

 

「それはないわ、先の行動での戦果が自衛隊に依る所が大きい事は大本営でも理解している、ただ、他の鎮守府の再稼動には慎重論が強い、理由は大本営の、この場合大本営の官僚達と言った方が正確かな、その影響を測りかねている、安易に再稼動させてそこからあの官僚達が鎮守府への影響力を取り戻したら老提督が振るった大鉈の意味が無くなる、それだけは避けなければいけない」

 

五十鈴もいつもと変わらない、流石に高練度艦多少の事では動じない

 

「それは大本営の問題であろう、提督の行動計画を遅延させる理由としては筋違いではないか?」

 

長門から質問だ

 

「解決策ならあるわよ、司令官が老兵さんの持って来た契約書にサインすれば正式に艦娘部隊の司令長官に任命出来る、そうなれば鎮守府司令官に対しても指揮権を行使出来る、合同作戦に参加している鎮守府を佐伯司令官の元で再編する事だって可能になる、ね、簡単でしょ?」

 

ホントに簡単に言ってくれるな五十鈴秘書艦は

 

「それは司令官の望む解決策ではありません、あの契約書は未だに憲兵隊での検証が終わっていません、ここは大本営の懸念材料をどうすれば取り除けるかを考えた方が良いかと」

 

大和が異論を挟んだ

因みに大和は肩書きとしては秘書艦のままではある、実態としては秘書艦ではない

肩書きを除こうかとも思ったが、そもそも大和の肩書きは大本営が付与したモノで鎮守府司令官には除く権限が無かったからそのままだ

 

「それを取り除くのは憲兵隊のお仕事、司令官の職務では無いわねぇ〜、やまとちゃんは司令官に憲兵さんになれって言いたいのかなぁ〜」

 

軽巡なのに、相手は戦艦なのに、まるで駆逐艦を相手にしている様な龍田

 

「そうは言っていません、憲兵隊と協力し元官僚達の排除を徹底すれば大本営も初期艦の再配置を許可するのではないか、という事です」

 

「同じ事ではないか、それは、提督の仕事を五割り増しにする提案には同意出来ない」

 

呆れながらも大和の相手をする長門

 

「うーん、やまちゃんはここの所駆逐艦の相手をし過ぎて視野が狭くなってしまいましたか、色々再訓練しなきゃ、ですな」

 

漣も長門に同意の様子

 

「大本営には監察官が大勢詰めかけているのだから、序でに鎮守府も監査してもらえば?どうせ暇を持て余してお爺さんの邪魔をする算段を捏ねてるんだし」

 

こう言って来たのは五月雨だ、一号の五月雨とはだいぶ違う、最初に会った時ともかなり変わっている

先の提案通りに一号の初期艦達と入れ違いでウチの鎮守府に来ている一組の初期艦達

この三人は一号の初期艦より癖が強い、我が強いというよりも独特のクセがある

これでも暇を見てだいぶ灰汁抜きしたんだが、まだまだクセが強い

一号の三人が忠告めいた事を言っていたのは大袈裟では無かった

 

「それをするとこの鎮守府にも監察官が来るし、来たら来たで司令官が相手をする事になるけど、良いの?」

 

五十鈴が私に聞いて来た、なぜ私にそんな分かりきった事を聞く、嫌がらせか

 

「御免被る、あの老兵とかいう爺さんでさえアレなんだぞ?あんなのが鎮守府に居座ったら落ち着かん」

 

「そうよね、ここは難しく考えないで工廠を増設して他の鎮守府の艦娘達の修復もここでやればいいんじゃないかな、ね、簡単でしょ?」

 

「工廠を三つも四つも増設しろと?余剰施設になるのが見え見えだ」

 

「それに工廠で消費する資材備蓄施設も追加しなければならなくなる、場所が足りない」

 

簡単に言って来る五十鈴に異論を主張したら長門まで言い出した

 

「ではどうするんですか?」

 

いや、大和?それを考えてるんだけど、その質問に答えられたらここで膝を突き合わせたりしてない

 

「司令官、再稼動を延期するとしたら、どのくらい延期出来る?」

 

なんだそれは、時間を稼ぐと良い手でも出て来るのか、叢雲の考えは分からないが質問が来たら答えは出した方が良いだろう

 

「条件による、無条件なら後二、三日、再稼動の日付が確定出来るのなら二、三週間くらいではないかな」

 

「そこまで待てない、当初予定より既に一週間以上過ぎている、言ってはこないけれど、老提督は大本営で針の筵に座らされている様なモノ、二組の初期艦が付いているとはいえ精々二週間、当初予定より一ヶ月以内には鎮守府の大規模増設に着手出来なければ、大本営自体が解体されかねない」

 

五十鈴が面倒事を言い出した

 

「つまり、上部機関が艦娘の撤収と再配分にかかると」

 

「その圧力が増す事だけは確かね」

 

平たく言い直したらほぼ肯定されてしまった

 

「実は、天龍にもう少し待つ様に言われてる、大本営での検証が、漣達が試してる方法が確立出来るまで待つ様にと」

 

何を言いだすかなこの初期艦は、そういう事は司令官に報告しないとダメじゃないかな、この初期艦的には違うのか、研修中という事情もあるしな

 

「いつまで待てと言ってるの、天龍は」

 

五十鈴が聞く

 

「はっきりした日付はわからない、もうすぐだとは言ってたけど」

 

「他には何か言ってなかったか?」

 

今度は長門が聞く

 

「方法が確立したら大本営の遠征隊を総動員して鎮守府の開設を始めるそうよ、資材さえあれば一日で十以上の鎮守府が建設出来る、と言ってた」

 

「……そんなに整地済みの土地があるの?」

 

思わず聞いてしまった

 

「聞いた所だと、鎮守府用地として整地済みなのは五十箇所前後だそうよ、五日で用地が足りなくなる計算ね」

 

なんでもない様に五十鈴が答えて来た

 

「こんな無闇に広いのに、それを五十、政府は何を考えているんだ……」

 

呆れてしまった

 

「ここを始めとする増設した鎮守府より敷地は広くない、最低限の施設しか建造しないから」

 

「最低限ね、敷地よりも着任待ちの司令官と初期艦が足りないんじゃないか」

 

思い付いたので言ってみた

 

「司令官はわからない、初期艦はなんとかなるって言ってた」

 

初期艦から返事があった

 

「初期艦が五十もいるのか、大本営には」

 

あんまりな数に呆れる、ウチから送った初期艦は二十隻に足りなかったから三十以上居たことになる

 

「前に言ったでしょ、複製技術を使うって、そういう事でしょう」

 

あっさりと五十鈴が答えて来た、複製?ということはそこまでは居ないのか

 

「あの一号の初期艦達の複製?大丈夫なのか?」

 

面識のある身としては着任待ちの司令官達に同情するが

 

「大丈夫な様に対策を講じている所なの、一号の初期艦達が試してるのはそこなのよ、本人達に問題意識が有ったのは意外ではあるけど」

 

何気に五十鈴の言い分がヒドイ、私でもそこまでは言わないぞ

 

「ならばそれが終わるまでは急がずに待つ方が良いのではないか、鎮守府だけを建造した所で艦娘部隊の拠点として意味を成さない」

 

長門の意見は尤もだ、目処も立たないのに無理を押してまで鎮守府だけを建造してもしょうがない

 

「叢雲ちゃんはどうなるのかなぁ、一号の初期艦と大本営で区分されている叢雲ちゃんはウチで保護してる、複製元の艦娘が一号の初期艦なら叢雲だけ複製元を変えるのかしら〜」

 

龍田から質問だ

 

「……えっと、それについて、なんだけど……」

 

なんだ?いつになく言いにくそうに口籠る初期艦、お前さんも叢雲だろうに複製元の候補じゃないのか

暫く躊躇っていたが意を決したのか話し出した

 

「一号の漣から提案を受けてる、前例はないけどほぼ十割の確率で叢雲を、この鎮守府に配置された最初の初期艦の叢雲を起こす方法が見つかってる、司令官の要請があれば実行可能、司令官、要請する?」

 

なんだそれは、起こせるわけないだろ、妖精さんが無理と結論付けてるし、何より今保護してる理由は改修素材としてだ、改修を受ける本人が何を言い出すのかな

 

「司令官、眉間に皺を寄せ過ぎてるわよ、そんな顔してたらこの子が怯える」

 

五十鈴に注意されてしまった

 

「そんなに、寄ってたか?」

「ああ、ここ最近では見かけないくらいには寄ってたな」

 

長門にきいたら普通に返されてしまった

 

「あなたが改修に使うと、司令官に提案したと、聞いたけれど、起こしてから改修するのかしら」

 

龍田の質問が続く

 

「いいえ、起こすには通常の方法ではなく、新設した工廠に取り入れた海外で開発された技術を逆用する、妖精さんにも実行可能な事は確認済み」

 

「叢雲ちゃん?聞いているのは、起こしてから改修するのか、よ、どうやって起こすかでは無いの」

 

龍田が聞き直してる、いや、確認かな

 

「だから、いいえ、だってば、起こすけど改修はしない、というより出来ない、この方法で起こせば司令官の叢雲は艦娘ではなくなるから」

 

「艦娘ではなくなる?なんだそれは」

 

何を言い出すのかなこの初期艦は

 

「人に作り変えるのよ、国外の鎮守府で人を艦娘に作り変えた事例があってね、それを逆用すれば艦娘を人に作り変えられる、一号の漣はその実例をあなたの初期艦で、と考えている」

 

いつもと変わらない口調で、なんでもない様に五十鈴が答えて来た

 

「はい??」

 

何を言っているのか言葉はわかったが理解は出来なかった

 

「人に作り変えて起こすというのか、そこまでして起こす必要があるのか、私には疑問だが」

 

長門がなんか言ってる

 

「まあ、あれよ、必要とか理由とかはなんとでも付くのよ、この提案の一番の問題はそれを許容出来るか、だと思う」

 

五十鈴が答えてる

 

「許容?」

 

長門には意味がわからなかったらしい、とんでも無い事を提案して来た事だけは、理解が追いついた

 

「艦娘を人に作り変えるのよ、本人が許容出来るか、司令官が許容出来るか、この鎮守府に所属する艦娘達が許容出来るか、作り変えられた艦娘を人として許容出来るか、人の社会の方が拒否したら厄介では済まない事態になる、その時何処の誰が叢雲を保護出来るか、相応の社会的な立場が無いと保護どころか所在確認すら難しいモノになるでしょうね」

 

軽く言う五十鈴、コイツもしかしなくても私にケンカ売ってるだろ、しかもすごい高値をつけて来やがった、幾ら何でもこれを即金で買い上げられるほどのモノは持ち合わせていない

 

「それは、直ぐに判断が必要な事案なのか?」

 

「先送りしても良い事は無いと思うわ、ただ複製元として必要と言っている訳では無い、そこは間違えないで欲しい、このまま永遠に眠らせて置くわけにはいかないでしょう、予定通りに改修素材にするも良し、漣の提案を入れるも良し、どうするのかは、司令官にしか決められない」

 

それをケンカ売ってると言うんだが

 

「ウチの叢雲の所属は曖昧になってる、大本営は鎮守府から配置した初期艦を取り上げた、こちらの抗議を認めたからウチで保護を続けてはいるが、大本営で手続きされていれば私の指揮下ではなくなっているかも知れない、確認がいる」

 

そう言ったら五十鈴の眼が変わった、ケンカの売買交渉は決裂した様だ

 

「……司令官、五十鈴は老提督の秘書艦だって忘れてない?」

 

「五十鈴、もう少し加減して欲しいかなぁ、他所の所属艦に司令官が苛められているのは、見ていても聞いていても、愉快な感情は湧かないなぁ」

 

龍田が口を挟んで来た、元々龍田がウチの叢雲をどうするのかを聞いたのが発端なんだが

 

「ふーん、司令官を苛めるのは、あなたの特権だと、言いたいの龍田さん?」

 

あれ?何この雰囲気

 

「わたしの?大本営の秘書艦様でも冗談が言えるのね、ユーモアのセンスが感じられないけれど」

 

「……」

「……」

 

え?何この雰囲気、もしかしなくても、逃げた方が良いかな?

 

「やめないか二人共、提督の前というだけならまだしも、駆逐艦の前で軽巡が見苦しい様を見せるんじゃない」

 

長門の台詞にハッとした様に龍田と五十鈴が通常体制に戻った、変わり身速いね君等

 

「提督の前ならって、長門、それが一番不味いんじゃないの?」

 

聞いて来たのは五月雨だ

 

「そうなのか、他はどうか知らぬがウチでは何時もの事だ、今更どうという事はない」

 

あれ?そうなの?なんだろうこの気持ち

 

「私は戦艦だぞ、不味い事など何もない、そんなに心配そうにするな」

 

言いつつ五月雨に手を伸ばしてその頭を撫でる長門、落ち着かせようとしてる、のか?その必要あったかな?

 

「なんだ、電、どうした」

 

五月雨を撫でる長門の手というか腕を電が凝視している、何か見つけたのかな

 

「戦艦の長門が何故駆逐艦の妖精さんを乗せていているのです?」

 

「は?」

 

今声を上げたのは五十鈴だ

 

「ああ、この子はウチの叢雲から預かっている、役に立つから預かれと強引に渡されてな、返そうにも返せる状況ではないから、預かったままなのだ」

 

「長門、大丈夫?」

 

撫でられている五月雨が聞いてる

 

「私に着いている妖精さんは話が分かるし頼りになる、駆逐艦の妖精さんだからといって粗雑な扱いなどしない」

 

「答えになってないのです、でも、馴染んでいますね、妖精さん」

 

「この長門に着いたからには駆逐艦の妖精さんだろうと戦艦の妖精さんだろうと私の妖精さんだ、なにも問題ない」

 

「……司令官?貴方の戦艦が変な事言ってるんだけど、大丈夫なの?」

 

長門の言い分に五十鈴が目を丸くしている、驚いているのか、呆れているのか

 

「他所ではそうなるみたいだな、妖精さんは艦種毎に別れていて別艦種だと馴染めないのだろ、ウチではそんな事にはならないんだが、何が違うのかまではわからん」

 

取り敢えず説明して見た

 

「……この鎮守府、他と違い過ぎ、独自発展にも程があるわ」

 

呆れているのか感心しているのか、感想らしきモノを零す五十鈴

 

「だから、この鎮守府を手本にって提督は言ってるんですよ、やっぱり鎮守府の複製元はここしかないか」

 

漣がなんか言いだした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








登場艦娘

初期艦研修中の叢雲、現在外地研修として特務艦隊を引率中、教導艦は天龍に変更されている
単に初期艦との表記であればこの叢雲を指す、筈

一号の初期艦、吹雪、漣、電、五月雨 (叢雲は鎮守府にて睡眠中)、大本営で試行錯誤中

一組の初期艦、漣、電、五月雨 (吹雪は解体、叢雲は改修素材で二名欠員)、佐伯司令官の補佐担当

老提督の秘書艦の五十鈴、艦娘部隊大本営代理人の側面を持つ

秘書艦の大和、秘書艦に任命されているが鎮守府に転属となり秘書艦は名目のみとなっている

大本営の遠征隊、天龍等が率いる遠征隊、各鎮守府を巡回していたりもする

移籍組、本編中では引き籠り達として出て来ていた高練度艦達

長門、鎮守府所属、第一艦隊旗艦、海域攻略隊

龍田、鎮守府所属、遠征隊の実質的な纏め役、高練度な為に攻略隊にも編成される

初春、鎮守府所属、駆逐艦達の世話役、高練度な為に攻略隊にも編成される






登場人物

老提督
・研修中の叢雲からは視察官、一期で視察官として鎮守府に来ている時が初対面だったから
・一号の初期艦からはじーちゃん、お爺さん、艦娘部隊発足前から色々あった経緯から
・稀に最初の人、艦娘の言う妖精さんを見る事が出来た最初の人
・一組の漣からは提督と呼ばれている
・現在監察官の一人として大本営の監察中、大本営を上部機関が統括下に置いている間の臨時司令長官

監察官
艦娘部隊上部機関より派遣された、退役軍人、国家代表、元上級官僚、という方々、大本営を監察中

老兵
・老提督に続き妖精さんを見る事が出来た二人目の人、退役軍人
・老提督と同様に艦娘部隊上部機関に席を用意されてる艦娘部隊の重鎮の一人
・監察官の一人として大本営を監察中の筈
・現在大変な厄介事を抱え込み難儀中でもある

移動指揮所の自衛隊
佐伯司令官の要請で舞台となっている鎮守府に駐留、自衛隊内部で扱いが割れて紛糾中、現場の自衛官は艦娘部隊に協力姿勢を示している

佐伯司令官、増設された五箇所の鎮守府の一つに着任した司令官、舞台となっている鎮守府の司令官





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68 定期便

 

 

 

 

 

7月16日

 

 

定期便になっている大本営からの資材搬入、それを持って来た天龍は定期便ということもあり執務室まで顔を出さない事も多々ある

お互い忙しい身の上な訳で省ける時間は省く方向で意見の一致は見ているが、今回ばかりは省かれては困るので資材庫まで出向き天龍を捕まえた

 

「お、態々どうした?」

 

私を見つけるなり言って来た

 

「話があるんだが、どのくらいなら時間が取れるかな」

 

「なんだよ、改まって、そんなに長い話なのか」

 

「大本営で一号の初期艦達がなんかやってるそうだな、それにお前達も随分と難儀している様に聞いている、こちらのアンテナが低くてな、その辺りの話が聞こえて来ていない、詳しい所を聞きたいんだが、時間は取れそうか」

 

「……作るよ、時間の方は、その間連れて来たチビ供を預かってくれるのならな」

 

「それは問題ない、今の所攻略隊の方が手漉きでな、遠征隊の補佐に入ってもらっている」

 

「チビ供をそっちに預けて執務室に行くわ、話は執務室でいいだろ」

 

「わかった、五十鈴も呼んでおこう」

 

そう言ったら天龍が軽く溜息を吐いた

 

「……厄介事だな、それは」

 

どういう意味だ?

 

 

 

 

 

そんな訳で話を詰めなきゃならん状況での協議が始まった

執務室に集まっているのは私と天龍と事務艦と五十鈴、それに何処からか話を聞きつけた初期艦、更にどういう風の吹き回しか初春が初参加して来た、初期艦が捕まえて来た様にも見えるが、それは置いておく

 

「天龍達には途切れる事なく資材を供給してもらい、非常に助かっている、先ずは礼を言わせて欲しい」

 

「そんな社交辞令は良いから、本題に入ろうぜ、お互い時間に余裕はないんだし」

 

時間がないと言いつつ茶受けのお代わりは要求して来る天龍、随分と余裕そうに見えるのは気の所為か

 

「では、本題に入らせてもらうが、大本営には妖精さんはそんなに余ってるのか?」

 

「は?」

 

事務艦から茶受けを受け取りつつ天龍が間の抜けた声を上げた

見れば五十鈴が訳知り顔で茶を啜ってる、この秘書艦、情報の小出しが過ぎるんだよ、知ってるなら話を通してくれないかな

 

「ウチの工廠の妖精さんの数が此処の所増えてる、それこそ工廠から妖精さんが溢れる程に、大本営は多数の妖精さんをウチに連れてこれる程に妖精さんを抱えてたのか?」

 

これには五十鈴が答えてきた

 

「大本営ではないわ、今天龍が連れて来ている妖精さんは増設した鎮守府の妖精さんよ、向こうに居ても工廠を運用する訳でもなく余剰になっているからこの鎮守府に集めてもらっている、序でに資材も持ってこれるし、他の鎮守府の様子も見て回れる、流石に大本営からの命令を正面から拒否する司令官はいなかった」

 

「あの引き籠もり達の修復というか再就役にも必要になるしな」

 

五十鈴に続いて天龍も言って来た

 

「艦娘の修復に妖精さんの数がいると?」

 

修復に妖精さんの数が問題になるなんて聞いたことが無いんだが

 

「修復にというより再艤装にという事、艤装となる妖精さんが相応数必要になるの、他の四箇所の妖精さんの総数がどのくらいなのかわからないけど、移籍組全員を再艤装するにはもっと多くの妖精さんが必要になる」

 

総数が不明なのに足らないと断言出来るって、初期艦にはある程度の見込みがあるのかな

 

「他の鎮守府は放棄するのか?」

 

妖精さんを引き上げているのならそういう事になると思うが

 

「大本営で漣達が試行中と言ったでしょう、他の鎮守府にはその妖精さんを配置する予定、大増設する鎮守府での運用試験を兼ねて、司令官達がどういう反応を見せるか、それによっても対応も変わって来る」

 

そういう話は、こっちにも通して欲しいんだが、五十鈴に云わせれば余計な気を使わせたく無いという事なんだろうが、蚊帳の外に置かれている様で面白く無い

 

「その話、当の司令官達は知っているのか?」

 

「勘付いてはいるでしょうね、大本営の命令が効いてるから何も言ってこないけど、文句を言って来たところで実績の無い司令官の発言は無視して良いでしょう」

 

酷い言い様だ、五十鈴の言っている事は分からないでは無いがそれを実行される側としては反論したい所だね

 

「では、私からその辺りの話を司令官達に通してみる、詳しく聞かせてもらいたい」

 

そう言ったら五十鈴が驚いた顔を見せた

 

「そんな面倒事を引き受けるの?大本営の命令で押し切った方が楽よ?」

 

「所属している艦娘達まで向こうに回すつもりか?司令官の頭越しにそんな事案を通したらその指揮下にいる艦娘達の反感を買いかねない、自身の司令官を軽んじられて大人しくしている艦娘ばかりでは無いんだ、大本営所属艦、というより五十鈴は自身の司令官を蔑ろにする上官が居たらどういう感情を持つ?」

 

「……」

 

「なるほど、そりゃ正論だな、でもあんたは上官じゃないだろ」

 

黙ってしまった五十鈴に変わり天龍が言って来た

 

「勿論上官ではない、だが同僚として横の繋がりがある、知り得た情報を共有するだけだ、それをどう活用するかは情報を得た司令官次第だ」

 

「……あんた、そういう考えは早死にするって、分かってるか?」

 

天龍に呆れられてしまった

 

「長生きすれば良いってモノでもあるまい、早死にするならそれまでの事だ」

 

「そんな事させない!!」

 

おう、ビックリした、なに?

 

「落ち着け、モノの例えだ、大人しく座ってろ」

 

天龍に言われて渋々といった感じで初期艦が座る

 

「……なるほどね、云われてみれば二組もこんな感じだし、鎮守府所属艦にもこんな感じの艦娘が居てもおかしくない、対応を誤ると大きな厄介事になる確率が高いと、でも、大本営にはそこまでの対応能力はない、何かあれば纏めて解体処分で済ませるしかない、けれど、司令官の指揮下にいる艦娘が結束して大本営に反抗する可能性は否定しきれないと」

 

五十鈴の台詞に顔を顰める天龍

 

「なんだか、大本営の士官達の位置に立たされた感じだな、艦娘独自の自立は有り得ないが司令官が居ればその鎮守府単位で自立しかねないって事か、味方の艦娘達を警戒しなきゃならない状況に置かれるなんて、考えもしなかった」

 

「指揮下の艦娘に命令しか出来なくなる、一号の初期艦はそんな状況を嘆いていた様だけど、このまま事態を推し進めると、私達がそうなってしまう、これは再考しなければならない事案ね」

 

五十鈴も天龍の言う感じには同意の様子

 

「その私達の中にこの鎮守府は入って無いだろうな」

 

念の為に聞いておこう

 

「なに?今更他人の振りが出来るとか思ってる?この鎮守府はとっくに私達の側に居るわよ?」

 

正にお前は何を言っているんだと云わんばかりの五十鈴

 

「……マジですか」

 

これはいけない、早急に他の鎮守府に話を通さなければ、この鎮守府にまで火の粉が飛んで来そうだ

 

「そうとも言い切れまい、他の鎮守府所属艦とは休憩がてらよく話すが何処もウチの事情を良く知っておる、鎮守府に初期艦を戻す様に再三要請している事も、大本営が却下している事も知っておった、当然あの高練度艦と称する移籍組の無茶苦茶な修復計画と輪を掛けて無謀な鎮守府大増設計画、その推進と監視役に大本営秘書艦が居座っておる事も詳しく聞かせてもらった、妾はこの手の話が司令官から聞こえてこなかったのが、残念でならん」

 

あれ?もしかしなくても初春怒ってる?この計画については長門等に話しているし鎮守府内で秘匿した事はないんだが

しかし云われてみれば全員に対し詳しく話した事はなかったかな

 

「長門から聞いていないのか、他にも龍田や大和は詳細を知っているが」

 

「……司令官から聞こえてこなかった、そう言っておるのだ、よもや遠征隊を扱き使うのに戦艦からの伝達で済まされるとは、妾達も軽んじられたモノよのう」

 

間違いなく御機嫌斜めの初春、どうしようか

 

「あなたが古参の駆逐艦だというのは聞いてる、司令官の信頼が厚い事も、でも、あなたは司令官を補佐しようとしない、それなのにその言い分は身勝手ではないの?」

 

五十鈴が口を挟んで来た

 

「ほう、大本営秘書艦はこの初春が司令官を補佐していないと、判断したのか、して、司令官は?この大本営秘書艦様に同意なのかえ?」

 

おおう、そんなに睨むなよ、しかし困ったな、初春の機嫌がとても悪い、どうやって機嫌を直してもらおうか

 

「初春、今は秘書艦と協調し計画を進めなければならない状況にある、そこは理解して欲しい、だからといって、秘書艦の判断を全て追認してはいない、正直な所仕事が多過ぎて彼方此方手が回ってないのは確かだ、その不手際で駆逐艦達に不利益なり不当な扱いなりがあるのなら、言ってもらいたい」

 

先ずは不機嫌の元を探さないといけない、それがわからないと対策も取りようが無いしな

 

「そういう事を言っておるのではない、御主は妾達の司令官であって大本営の官吏ではない、そうではないのか?それとも妾の知らぬ間に大本営の官吏に衣替えしおったのか?」

 

なんだか物凄い誤解があるんだが、初春にこんな誤解をされる程、遠征隊に気をかけていないと思われてたのか、反省しないといけない案件だな

 

「えーと、どう言えばいいんだろ、先ず私はこの鎮守府の司令官だ、それは変わっていない、但し鎮守府司令官の職は大本営の発行する紙切れ一枚で失職する、それを発行出来る権限を持つのがここに居る秘書艦、協調しなければならない事はわかってもらいたい

更に言えばこの計画全体は大本営の司令長官からの内示で実行している、司令長官は艦娘部隊の全権を行使出来る役職でもある、鎮守府司令官としての職務の優先順位としてこれ等の計画推進は後回しに出来ない、この計画はウチの鎮守府だけでなく現在開設されている鎮守府の全てが参加している合同計画でもあるんだ、この点からも優先順位は高くなる

私の身体は一つしか無いし出来る事には限りがある、結果として行動計画の伝達は間接的に行われる事が多くなる、初春の言う戦艦からの伝達で済ませてもらわないと私が困る」

 

なんにしても誤解だけは解いておかないとならない

 

「つまり、妾達の司令官である為には大本営秘書艦に嫌でも尻尾を振らねばならんと?制裁与奪の権限なぞこれまでも再三無視して来たではないか」

 

えっと、初春には私の言動はどう映ってるんだ?

 

「その制裁与奪の権限の範囲が、お前達にまで掛かって来ている、私一人の問題では無くなっているんだ、現状に不満があるのなら言って欲しい、対処可能な事案であればなんとかしよう」

 

「妾達に?どう言う事じゃ?」

 

取り敢えず誤解は解けただろうか、不機嫌な様子は影を潜めたが

 

「大和からその辺りの話はなかったのか?」

 

天龍が初春に聞いてきた

 

「大和は他の鎮守府所属艦の相手が忙しいからの、あまり妾達とは話しておらん」

 

それに普通に答える初春、まあ大本営所属の軽巡だからって気にする様な駆逐艦ではない事はわかっているが

 

「ああ、そう言う事、長門は言い出し辛かったのね、変に気負わせたくなかっただろうし」

 

遠征隊に編成されていない長門は、と五十鈴は言っているのだろうが、寧ろ遠征中に龍田が駆逐艦達に話していない事の方を気にする状況だよね

 

「まあ、気負わせた所でどうにかなるもんでもないからな、何も知らずに文句垂れてれば済むと思ってくれてた方が気は楽だな、確かに」

 

ふーん、天龍の言い分は誰も言い出さない状況を説明してる、遠征隊統括艦娘という肩書きは飾りでは無いという事か

 

「だから、どう言う事じゃ?」

 

初春が質問を繰り返す、軽巡二人の台詞は回答になっていないから、仕方ないね

 

「司令官、話難いなら私から話しても良いけど」

 

あー、そうね、この話は私がしなくちゃいけないのね、わかった、御指摘ありがとう初期艦

 

「その発言であれば、初期艦見習いは承知しておるのだな、妾達の進退に関わる大事を」

 

確認する様に聞いてくる初春、この駆逐艦二人はあまり話していないのかな、それにしては初期艦が初春を連れて来た様に見えたんだけどな

 

「初春のいう初期艦見習いは大本営所属艦だ、ウチの所属艦では無い、立ち位置は秘書艦の方に近いからな、それを知っているからこそ、特務艦の研修にかかり切っているでは無いか、やる事はやっているよ初期艦は」

 

「……相変わらず叢雲には甘いのう、お主叢雲なら何でも良いのか??」

 

なにその強調された疑問形は、なんなの?

 

「どう言う意味だ?」

 

取り敢えず聞いてみる

 

「そう言う意味ぞ?」

 

即答で返ってきた、そんなこと言われても特別扱いしてるつもりはないんだが、初春にはどう映っているのだろうか

 

「して、妾達にも制裁与奪の範囲がかかっておるとは、何が起こっておるのだ」

 

話を戻しに来る初春

ここで変に突っ込んでも仕方ない、そちらに話を戻そう

 

「この計画の成否は勿論だが進捗までもがこの国に艦娘部隊を残置するか撤収するかの指標にされてる、老提督がそういう条件で上部機関と取り引きしたんだそうだ」

 

「あら、取り引きしたのは司令官も、でしょ、老提督だけの取り引きでは無い、事実は正確に伝えないと、判断を誤るわ」

 

五十鈴に突っ込まれた、アレは取り引きじゃ無くて要求なんだけど

 

「老提督の取り引きに乗じてお主まで取り引きしたのか、それでか、ヤケに身を入れて仕事に励んでいると感心していたら、そういうことかえ」

 

初春が何処からか扇子を出していつものポーズを取る、あれ何その目、何も疚しい事などないぞ

 

「司令官、随分と指揮下の駆逐艦に懐かれているようだが、普段何してんだ?」

 

初春の様子に天龍が面白そうに聞いて来た

 

「真面目に仕事してるさ、なにか疑問が?」

 

「アッハッハ、だいたいわかった、あんたの指揮下に居れば退屈しなさそうだな」

 

何がおかしいのかな、何がわかったのかな、色々問い詰めて欲しいのかな天龍は

 

「司令官の我儘に散々振り回されておる、その覚悟があるのならいつでもだれでも歓迎するぞ」

 

えっ?!なにを言っているんだ初春は、大本営所属艦に言う台詞じゃないだろう

 

「覚悟、ね、その覚悟のある駆逐艦は司令官から直接指示を受けられないのが不満だと?」

 

こう言って来たのは五十鈴だ

 

「長門は攻略隊の旗艦ではあるが遠征隊の首班は定まっておらず実質的に龍田がソレを担っておる、ウチの遠征隊の旗艦を務める軽巡は数が足りておらん、他の鎮守府の手前真っ先に根を上げる事も集積量を減らす事も出来ず、意地と根性で立っている様な有様じゃ、何とかせい」

 

おう、初春が怒ってたのはコレか、軽巡達の酷使振りに文句を言いに来たのか

 

「龍田もそうなってるのか?そんな風には見えなかったが」

 

天龍が感想?を言う

 

「龍田の意地と見栄の張り様が視えぬとは、使いモノにならんな」

 

初春の台詞にムッとした顔を見せる天龍だが口は出さなかった

 

「建造艦に無理を言わないで、そこまで余裕が無いのなら五十鈴が加わってもいいけど?」

 

「……大本営の秘書艦になど借りを作るとなにをされるかわからん、此度は遠慮してもらおうかの」

 

初春は五十鈴を警戒してるのかな、警戒というより関わりたくないとかかな、桜智のヤツが言っていた様に

 

「あら、残念」

 

何処から聞いても残念そうに聞こえない台詞を吐く五十鈴

 

「もし、大本営所属では無い艦娘、遠征隊を率いるのに適した艦娘が居たら、司令官は受け入れてくれるのかしら」

 

ん?なにを言い出したんだ五十鈴は

 

「おい、それって……」

 

天龍が言いかけたのを五十鈴が止めた

 

「どうかしら、司令官」

 

「どう、と聞かれても、そもそも大本営所属艦ではない艦娘というのは?そんな艦娘を何故五十鈴、大本営の秘書艦が?」

 

聞いたら五十鈴に困った顔をされてしまった、ハイソウデスカと聞ける話ではないだろうに

 

「ほう、話を始めてしまったからには、最後まで言ってしまえ、ここで止めても続けても大差あるまい」

 

どういうつもりか初春が五十鈴に話す様に促してる、それもオモチャを見つけた様な嬉しげな顔で

 

「あの移籍組と違って、未帰還者となっている艦娘、先の海戦で自衛隊に回収されず自力帰還した艦娘が公になっている外にもいるのよ、大本営への到達時期が大分後だった事もあって、受け入れ体制が無かったから仮住いしているうちに司令長官が代替わりしてしまって話を通せなくなってしまった、その艦娘達が艦娘部隊への帰属を求めてる、なんとか仮住いのままやって来たけど、この機会を逃すと話を持ち込めるのがいつになるかわからない、司令官にはこの艦娘達を受け入れて欲しい」

 

なんだろ、五十鈴の言い分に不自然さを感じる

 

「よくわからないが、秘書艦権限で大本営から辞令を交付させれば、いいんじゃないかな、正式に辞令を持ってこられたらこちらは拒否できないんだし」

 

「尤もじゃな、最後まで話せないのなら、その話はこれで終わりじゃ」

 

完全拒否で五十鈴の話を打ち切りにかかる初春

 

「あの海戦での未帰還者の扱いはとてもデリケートなの、これだけの期間が開いたのに未だ未帰還者として記録され、戦没扱いに出来ない事自体が問題の深さ、存在が公になるだけでも国際問題になりかねない、あの海戦は色々と問題があって上部機関でも意見が分かれてる、自衛隊の回収行動も国際法上の懸念が払拭されていない事も関連して来る、今この問題を再燃させる訳には行かない、司令官がドロップ艦として受け入れてくれればこれ等の問題を再燃させる事なく、公に艦娘部隊への帰属が出来る、司令官は労せずに高練度の艦娘を指揮下に加えられる、悪い話ではない筈よ」

 

何処がだよ、大問題抱えろって話じゃないか、そこを誤魔化して話を通そうとする辺りがとても気に入らない、この秘書艦は私をなんだと思ってるのか

 

「大本営で未帰還者として登録されている艦娘をドロップ艦としてこの鎮守府で受け入れろと?二重登録するのに加担しろと、そんなリスクを私に負えというのか、随分な要求だな、不利益しか聞こえてこないとは」

 

「その中に五十鈴の姉妹艦もいるんだ、なんとかならないか」

 

天龍が口を挟んで来た

 

「それはそちらの事情じゃな、所属艦娘の虚偽登録を司令官に要求するなど、呆れてモノが言えん、それこそ司令官の処罰材料にしかならんではないか、それを大本営秘書艦が知っておるだけでも司令官のクビを断頭台に乗せるが如きじゃ、ただでさえ制裁与奪の権限を持つ秘書艦は司令官のクビを断頭台に乗せなければ気が済まんか、業の深い事よのう」

 

扇子を広げて口元を隠す何時もの仕草に加え眼を細めて五十鈴を見つめる初春

 

「そういうつもりはない、そう聞こえたのなら五十鈴の言い様が悪い、五十鈴はあの大本営に姉妹艦達を戻したくなかった、折角生き延びたのに、帰ってこれたのに、誰からも除け者扱いされる様な大本営を見せたくなかった、だから仮住いの場所を提供して大本営に近づかない様に、いつか艦娘部隊への帰属ができる様に、大本営に残って時期を計っていた、結果として大本営への帰属よりもこの鎮守府に所属した方が良いとの判断に至った、だから司令官に話してる」

 

真剣な顔だ、これで嘘八百並べているのなら、艦娘辞めて役者に転職を勧めるくらいには

 

「初期艦はどう思う?」

 

ここまでヤケに大人しい初期艦に振ってみる

 

「えっと、何か方法があるのなら、受け入れても良いと思う、司令官に類が及ばない方法はないの?」

 

ほう、初期艦は受け入れ賛成か、まあ、大本営所属艦だしな、仕方ない

 

「方法っていってもな、未帰還者である事が判明すれば大事になる、そこを伏せてこの鎮守府で所属艦の登録をすると二重登録、大本営の体制次第では隠し切れなくなる、というか隠し通せる体制しか出来ないのなら、老提督のいう再構築は失敗だ、秘書艦権限で辞令を交付させるってのが、司令官に類が及ばない方法だろうな」

 

初期艦の質問に答える天龍

 

「秘書艦権限で辞令を交付させるのに問題となるのは、なに?」

 

「所謂背信行為ってヤツになるのかな、細かい条文は調べて見ないとわからんが、それを認めないと交付しようがないが、認めた段階で秘書艦を降ろされ、交付どころか拘束されるな」

 

初期艦と天龍の質疑応答が続く

 

「現状でも五十鈴はそのリスクを負っている?」

 

「そうだ、まあ、俺等もそうなんだが」

 

「俺等?」

 

不思議そうに聞く初期艦

 

「何の為に遠征隊統括なんて面倒を引き受けたと思ってんだよ、伊達や酔狂で色々手を回して来たんじゃないんだ、事情も色々あるんだ」

 

「なんじゃ、大本営は面従腹背が基本なのかえ?」

 

初春が口を挟んだ

 

「これまではそうだった、老提督はそれをなんとかしようと、してるんだ」

 

「まあ、大和を見ていれば想像はつくが、熟大本営って所は関わりたくない所だな」

 

取り敢えず感想を言ってみる

 

「そう思うのなら、五十鈴が姉妹艦達を大本営に戻したくなかったのもわかるでしょう」

 

五十鈴に突っ込まれた

 

「それはソレ、これはコレ、一絡げにされては敵わんぞ」

 

そこに初春が一言付けてしまった

 

「あなた、なにか五十鈴に思うところでもあるの?」

 

厳しめの意見が続く初春に五十鈴が言い出した

 

「五十鈴にというか、此奴の意志薄弱というか、不愉快じゃな」

 

「???」

 

なんの話をしてるんだろ初春は

 

「初期艦見習いはどうじゃ?不愉快ではないのか?」

 

「えっ、私?なにが?」

 

初春に話を振られて慌ててる初期艦

 

「まったく、これだから見習いなのじゃ、観察眼が無さ過ぎる、嘆かわしい」

 

「えっ?えっ!?」

 

初期艦が混乱してるんだが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








登場艦娘

初期艦研修中の叢雲、現在外地研修として特務艦隊を引率中、教導艦は天龍に変更されている
単に初期艦との表記であればこの叢雲を指す、筈

一号の初期艦、吹雪、漣、電、五月雨 (叢雲は鎮守府にて睡眠中)、大本営で色々と試行錯誤中

一組の初期艦、漣、電、五月雨 (吹雪は解体、叢雲は改修素材で二名欠員)、佐伯司令官の補佐担当

老提督(大本営司令長官)秘書艦の五十鈴、艦娘部隊大本営代理人の側面を持つ

秘書艦の大和、秘書艦に任命されているが鎮守府に転属となり秘書艦は名目のみとなっている

大本営の遠征隊、天龍等が率いる遠征隊、各鎮守府を巡回していたりもする

初春、舞台となっている鎮守府所属艦、古参艦でもあり司令官からの信認は厚い

移籍組、本編中では引き籠り達として出て来ていた高練度艦達





登場人物

老提督
・研修中の叢雲からは視察官、一期で視察官として鎮守府に来ている時が初対面だったから
・一号の初期艦からはじーちゃん、お爺さん、艦娘部隊発足前から色々あった経緯から
・稀に最初の人、艦娘の言う妖精さんを見る事が出来た最初の人
・現在監察官の一人として大本営の監察中、大本営を上部機関が統括下に置いている間の臨時司令長官

監察官
艦娘部隊上部機関より派遣された、退役軍人、国家代表、元上級官僚、という方々、大本営を監察中

老兵
・老提督に続き妖精さんを見る事が出来た二人目の人、退役軍人
・老提督と同様に艦娘部隊上部機関に席を用意されてる艦娘部隊の重鎮の一人
・監察官の一人として大本営を監察中の筈
・現在大変な厄介事を抱え込み難儀中でもある

移動指揮所の自衛隊
佐伯司令官の要請で舞台となっている鎮守府に駐留、自衛隊内部で扱いが割れて紛糾中、現場の自衛官は艦娘部隊に協力姿勢を示している

佐伯司令官、増設された五箇所の鎮守府の一つに着任した司令官、舞台となっている鎮守府の司令官






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69 御悩み解決

 

 

 

7月17日

 

 

 

「司令官!御悩みを解決して差し上げましょう!!」

 

「……」

 

いきなりそう言われても、なんか工作艦が面会要請を出して来たから執務室に通したんだが、第一声からこれってのは、どうなの

 

「あれ?御悩みでない?」

 

反応に困っていることなど御構い無しの工作艦

 

「まあ、取り敢えず話を聞こう」

 

言いつつ長椅子の方へ誘導する、大人しく誘導された工作艦と私に事務艦がお茶を持って来てくれた

 

「ああ、ありがとう、で、私の悩みというのは、どれの事だ?」

 

「司令官は艦娘の修復に掛かる時間を気にしていますね、現状の修復時間ではあの移籍組の修復に恐ろしいほどの時間が必要、これを短縮するには工廠を増設するしかなく、増設した所で敷地面積の都合上然程の短縮は見込めない、ここまでは合ってます?」

 

取り敢えず最後まで聞いてみようと思う

 

「その通りだ」

 

「そこでこの工作艦明石は考えました、工廠を増設して同時に入渠出来る艦娘の数を増やし並列処理で作業時間の短縮を図るのではなく、修復に掛かる時間自体を短縮し工廠の増設をする事なく修復出来る数を増やそうと、あれ以来妖精さんも協力的になってくれましたし、今回は余剰の妖精さんまで手を貸してくれたので開発が捗りました」

 

「……」

 

なんだか物凄く楽しげに語ってくれるのは良いんだけど、余剰の妖精さんの手を借りた?

それで開発したと、研修中の叢雲の入渠以降、工廠の妖精さんは特務艦や初期艦から逃げたり避けたりすることはなくなった、工作艦の言うあれ以来と言うのはこれだろうが、ちょっと詳しく聞かないとならない事態の様だ

 

「何を開発したのかな」

 

「修復材です、それと副次的に建造材も出来ました、これを使えば建造と修復に掛かる時間を大幅に短縮出来ます」

 

えーと、どうしよう、もう少し続けてみるか

 

「短縮とは、どのくらい短縮出来るんだ?」

 

「予備検査で何時間もかかると見積もられる修復でも数分で終わります、建造についても同様に数分で終わります」

 

色々聞きたいことはあるんだが、どこから聞いたものか

 

「あれ?ノーリアクション?何故?司令官は私の自信作にご不満が?」

 

ここに来て漸く楽しげな様子から不安そうな顔に変わった、そこまで不安そうにしなくてもいいと思うんだが、確かにノーリアクションは無いかと思い直した

 

「言っている事の半分でも実行出来たらすごい事だ、それは私でもわかる、しかし今の話からは多くの事案を確認しなければならない、報告書等に開発内容をまとめて来たか?」

 

「あ、纏めていません、兎に角出来たら直ぐに司令官に知らせたくて……」

 

工作艦がやっとこちらがノーリアクションの理由に気がついた様だ

 

「事務艦、初期艦を、特務艦の研修担当の初期艦を呼び出してくれないか」

 

「わかりました」

 

事務艦が内線で初期艦を呼びだしている

 

「そんなに落ち込むような事でもあるまい、今お茶受けを用意するから、楽にしててくれ」

 

「はい!」

 

お茶受けと聞いて機嫌を直すとか、まあいいか

 

 

 

 

 

「話したの、まだ待つように言った筈だけど」

 

事務艦に呼び出されて事情を聞いた初期艦は明から様に不機嫌になった

 

「何を待つんです?司令官に知ってもらわないと何を開発しても私の研修が終わらないんですけど」

 

なんの話を始めたんだか

 

「高速修復材も高速建造材もまだ漣達の検証が済んでない、実用にするには時間が必要なのよ、司令官は自身の指揮下に居る艦娘をその手の被験者にする事を嫌う、この鎮守府との関係を拗れさせる要因は作りたくない」

 

不機嫌を隠そうともせず言い放つ初期艦

 

「被験者なら、資材を持ってくる他の鎮守府所属艦でも、誰でもいいんですけど、なんなら私がやりましょうか?」

 

そんな初期艦を見てもまったく気にした様子を見せない工作艦

 

「それはダメ、特務艦は二隻目が建造出来ていない、明石で試すくらいなら私がやるわよ」

 

話が長くなりそうだから、戻って来てもらおう

 

「あー、そっちの話は後にしてもらっていいか、その高速なんたらってヤツを開発したのか?その話を聞かせてもらいたい」

 

「明石が言った通りのモノよ、修復でも建造でも数分で終わる、効果は妖精さんのお墨付き、後は実用試験で検証して問題が無いことを確認するだけ、資材からの抽出方法は確立済みで大本営に居る一号の初期艦達でも調達出来るから、それが終わるのを待っている所」

 

そうなんだ、しかし一号の初期艦は大本営で複製の件を抱えてる、平行で検証なんてできるのか、疑問なんだが

 

「工作艦の研修が終わらないというのは?」

 

取り敢えず他の質問をしてみよう

 

「特務艦の研修はその特性を活かせるかどうかに掛かってる、工作艦なら開発や修復といった工廠の作業、給糧艦なら食料の備蓄とか食事の提供とか、補給艦は艦隊行動に随伴しつつ補給が実施出来るか、その辺りの最低限の特性を発揮出来ると確認出来れば研修は修了となる、それには司令官の承認が必要になるって事」

 

そんな必要があるって話は聞いてないんだが、こちらに回って来た行動予定では研修に協力する様に要請されているだけで研修そのものに関与するとは書いてなかった

研修そのものはこの初期艦が主導するとなっていたし、それ自体が初期艦研修の一環だとも書いてあったから、こちらから積極的に関わってはいない

 

「司令官には、多くを求めても手に余るだろうから、時期を見て話すつもりだった」

 

「そういう場合は、取り敢えず話してくれ、手に余ったらそっちに投げるから」

 

話を持って来てもらわないと対処しようがないしな

 

「そうですね、取り敢えず話してみないと、司令官はエスパーでも鎖咄唎でもありません、ただの人なので、私達が補佐しているのです、叢雲さんも補佐されては如何ですか?」

 

珍しい事に事務艦が口を挟んで来た

 

「……そうね、考えてみる」

 

なんだろう、随分と考え込んでいる様子の初期艦

 

「それでですね、今回の開発実績で研修の修了としてもらいたいんです、何時迄も初期艦の下で開発の真似事ばかりでは工作艦としての腕が鈍ってしまいます」

 

「あんたねぇ」

 

不機嫌にいう初期艦

 

「駆逐艦に工作艦の指揮は取れんな、それは正論だ、だがその理屈で行くと私も工作艦の指揮は取れんぞ、艦娘の装備開発やら資材関係とか開発やらはさっぱりわからん、もっと言えば艦娘の工作艦に開発の真似事ではなく腕を鈍らせない運用は誰にも出来ない、理由はわかるか?」

 

「アレですか?物理法則を無視するにも程があるってヤツ、自衛隊は匙を投げたって聞いてます」

 

まあ、知ってて当然だな

 

「その通り、その手の話は妖精さんでないとわからない、しかし艦娘の立場は艦娘部隊に所属し司令官の指揮下にある事が前提となっている、この前提がある以上艦娘の工作艦は開発の真似事ばかりで腕が鈍ってしまう環境に身を置く事になる、その辺りについて何か考えている事があるのなら聞かせてもらいたい」

 

なんの考えも無しに研修修了を言い出した訳ではないだろうしな

 

「私に工廠を任せて下さい、司令官の要望と期待に応えてみせます」

 

オイオイ、何を言いだすかなこの工作艦は、鎮守府の、艦娘運用拠点としての最重要施設を任せろと、大きく出たな

 

「そういう台詞は、報告書をマトモに出してから言ってくれ」

 

しかし現状では無理があり過ぎる

 

「……」

 

何故か呆気にとられた様な顔を見せる工作艦

 

「書類作成も仕事の内、任せてもらいたかったら、書類もキッチリ仕上げる事ね」

 

初期艦が言ってる

 

「……えー、苦手なんですけど」

 

おいおい、それで任せろって言ったのか?

 

「苦手で済ませるのなら、任せてもらえるわけないでしょ」

 

初期艦から突っ込みが入った

 

「……ご尤もで」

 

どうやら話は着いたらしい

 

 

 

 

 

五十鈴からの面会要請があった

話の内容は予測が付くが、こちらは対応を決めかねている、しかし五十鈴は諦めそうにない、困った事だ

取り敢えずそちらは曖昧にしておいてこちらの相談事を持ち出してみた

 

「事務処理に長けた艦娘?移籍組の中で?」

 

「そうだ、工作艦が工廠を任せろと言って来た、しかし事務処理というか書類作成が不得手だそうだ、このままだと工作艦が遊んでしまう、これまでの研修資料から見ても遊ばせておくよりは工廠で働いてもらった方が良いだろう、そこの補佐というか共同で工廠に詰められる様な艦娘は居ないか?」

 

随分と考え込んでいる五十鈴

 

「……いないでもないけど、どうなんだろ」

 

なにその不安そうな顔は

 

「本人に話だけでもしてみてくれないか、選択の一つとして」

 

「遠征隊を率いることの出来る軽巡なんだけど、この鎮守府は軽巡が足りていないのではないの?」

 

そんな事を不安視してたのか、どちらかと言えば要らんお世話の類だ

 

「それを言うなら事務艦だって艦種としては軽巡だ、アレは建造直後に事務処理研修に出して今日まで事務艦やってくれてる、艦娘なのに海に出れない状況を受け入れてくれてるよ」

 

「建造直後にって、右も左もわからないままであの研修に出したの?酷い話」

 

なにその呆れ顔は、あのドタバタの中で他に選択の余地が無かったんだ、仕方ないじゃないか、ウチの初期艦のお勧めだったし

 

「それでも事務艦としてやってくれるんだから、艦娘ってのは人とは違うんだと、熟思うよ」

 

「艦娘の生まれながらに持つ能力は人とは違う、でも、艦娘は人との共生を選ぶ、建造艦なら司令官との共生をね、上手い事活用してるじゃない、艦娘の習性を、その調子で他の艦娘も活用して欲しい所ね」

 

「それで、話だけでもしてくれるのかな」

 

五十鈴の嫌味は触らずにおこう

 

「わかった、話はしてみる、それと話は変わるけど、今空いている場所に食堂を増設する気はない?」

 

変わり過ぎだろ、なんの話を始める気だ

 

「増設して、誰が使うんだ?」

 

取り敢えずは質問して探りを入れてみよう

 

「実は移籍組から船の外に出たいって要望が多いのよ、だからその要件として食堂の利用時に限りとしたいのだけれど、今の食堂の規模だと無理があるから」

 

工作艦の研修修了の話に他の特務艦も託けて来たのか、特務艦は五隻いるし、五十鈴の話に当て嵌まるのはその内の二隻

 

「その運用に給糧艦を当てるのか?」

 

「そのつもり、あの二人も工作艦と同様に何時迄も初期艦の下にいても仕方ないと考えている、かといって工作艦の様に何処かに詰められる訳でもない、既存の食堂は運営業者がいるからね、それに通常の方法では給糧艦だけで食堂を運用するには諸般の問題がある、それで私の所に相談に来た、司令官に相談しても解決策が出るかわからないし、給糧艦達もどうすれば良いのか思いつかなかったみたいね」

 

諸般の問題ね、それにしてもなんだって特務艦達はこの手の相談を初期艦に持っていかないんだ、もしかして持ち込んだ相談を却下された結果、私や五十鈴に持ち込んでるのかな

 

「なるほど、増設した食堂の利用者を艦娘に限定すれば法的な問題は回避出来るか、建造からの期間を持ち出すまでもなく、現状で給糧艦はその手の資格を持ってないから人を相手にした食堂の運営なんて出来ないからな、そうなると食材費は?そっちで持ってくれるのか?」

 

「予算を上乗せするから鎮守府で持って欲しいんだけど、作業船に食料とか色々補給の手間を取り辛い状況なのよ、大本営のゴタゴタが予想外に長引いてるおかげでね、こっちの当初予定からの遅れも思ってた程目立たないのはいい事なんだけど、監察官達が大本営のゴタゴタに掛り切りって他に手も目も向かないみたい」

 

なんでもない様にいうが、それって大問題じゃないのかな

 

「食料調達量を増やすことになるのか、施設管理室の方々と話さなきゃならないな、予算のこともあるし、食堂運営に関しても助言をもらいたいしな」

 

大本営のゴタゴタに嘴を突っ込む程暇ではない、こちらはこちらのやることをやるだけだ

 

 

 

 

 

早速施設管理室に出向き相談をした所、予算があるのなら調達自体は問題ないとの回答を得た、但し食堂運営には難色を示した、なにしろ無資格者が運営するというのだからそれを承知で食料調達に協力すればとばっちりを受けかねない、せめて現行の食堂運営をしている業者の監督下という体裁を整えられないかと提案して来た

仕方ないので、憲兵を呼び出して利用者を艦娘に限定した場合でもなんらかの資格が必要かを協議、結果として艦娘部隊専用施設として管理運用を鎮守府内で行う事を条件に妥結した

この件は直ぐに大本営にも通知を出して承諾を取り付けた、なにかあっても艦娘部隊内の事として処理される様に

 

そこからは早かった、なにしろ話を聞きつけた工作艦が給糧艦の要望と営業規模から食堂の図面を事務艦に持ち込み私に設置許可を要請して来やがった

事務艦に話を通す辺りに何か意図があるのかとも勘ぐったが、考えてみれば事務艦と工作艦は居室が同室なのを思い出した

工作艦にとって最も身近な相談相手が事務艦だった訳だ

移動指揮所に詰めている自衛隊の方々とも話をつけたら工作艦が妖精さんを引き連れてあっという間に食堂を新設した

 

自衛隊の方々には話には聞いていても初めて間近で見る妖精さんの建設作業に驚きを隠すことさえ忘れた様子だ

まあ、初見ならアレは手品か魔法の類にしか見えないし、実際の所も人から見ればソレと大して違わないし、仕方ないね

自衛隊の方々は頻りにこれなら鎮守府を大増設すると息巻く訳だと呆れるしかなかった模様、現実感の無いあんまりな状況を目の当たりにして考える事を放棄したらしい

 

 

 

 

 

そんな訳で初期艦が受け持っている特務艦は補給艦の二隻となった

工作艦の相方には取り敢えず初期艦を付けている、その内に五十鈴からの紹介があるだろうからそれまでの繋ぎだ

給糧艦は早速食堂の開業準備にかかり施設管理室からの食料調達と提供するメニュー作りに取り組んでいる、それが済めば移籍組を対象にした食料供給が始められる

食堂運営というよりは炊き出し扱いだが、そこは理解してもらうしかない

 

補給艦も直ぐに研修修了かと思っていたが、艦隊随伴の部分で躓いている

現状では遠征隊による資材集積の優先度が高く駆逐艦の全速に着いていけない補給艦では遠征隊に組み込めない、だからといって補給艦の船速では深海棲艦から逃げ切れるか疑わしい、その為艦隊随伴の予定が立てられずにいる

取り敢えずは初期艦と行動を共にしてもらっているが、矢張り研修修了の目処が立たない事は不満らしい

 

 

 

 

そうこうしていると五十鈴が移籍組から三人連れて執務室に来た、なんでも工廠を覗いたら初期艦に二人も付いて三人で工作艦のフォローをしてたから三人連れて来たんだそうだ

 

「それで、説明はしてくれたのか?」

 

「一応はね、三人共に司令官とも話したいっていうから」

 

そりゃそうだ、尤もな意見だね

 

「司令官の佐伯です、知っているとは思うが、改めまして」

 

「軽巡の夕張です」

 

「軽巡の北上だよ」

 

「飛行艇母艦の秋津洲、かも」

 

「かも?」

 

「あー、気にしないで、秋津洲は二式大艇を兵装として扱える、偵察機としては最長航続距離を持つ兵装だから使い手があるわよ」

 

なんだろう五十鈴が誤魔化しにかかった様な気がする

 

「申し訳ないがあまり時間が取れない、話は簡潔にして欲しい、それで良ければ話を聞こう」

 

五十鈴の誤魔化しは取り敢えず置いておく事にして三人に問う

 

「んじゃ、簡潔に聞くけどさ、あんた移籍組って云われてる私等を纏めて指揮下に置けると思ってるの?」

 

早速北上からの質問だ

 

「修復後の所属に付いて、という事なら一義的にはウチの所属になる、但しこれは最終的な決定ではない、有り体に言って移籍組の最終的な所属がどうなるかはまだ定まっていない、私としてはそちらになんらかの希望があれば上申するつもりだ」

 

「上申って、あんたが決定権を持ってるんでしょ、他人事として話すのは、どういうつもりなのかなぁ」

 

私の回答に北上はご不満な様子、なにやら誤解がある様な発言もあったし

 

「私が受けた依頼は移籍組の修復の完遂だ、そこを間違えないでもらいたい」

 

「へぇ、私等を指揮下に置かないっていうの?」

 

やけに突っかかってくるなこの軽巡

 

「それは状況次第だ、現時点ではなんともいえない、少し鎮守府内を見て回れば分かると思うが、移籍組の全員を受け入れるには現状の施設や設備では不足だ、それに数の偏りも過ぎる、この鎮守府に過剰な数の艦娘を集めておく事は、周囲との摩擦や軋轢の原因になりかねない、何れにしても状況を見極めなければ決めようがない」

 

「ふーん、じゃあアレは?艦娘を人に作り変えるってヤツ、どうなってる?」

 

なんで移籍組の軽巡からこの質問が出てくるんだ、そんなに広まってる話なのか?

 

「それは大本営にいる初期艦に聞いてくれ、私に聞かれても答えようがない」

 

「それはオカシイね、あんたが決定権を持つ筈だ、あの眠り姫はこの鎮守府の所属なんだから、こっちが知らないと思ってトボけてんの?」

 

「ちょっと北上、」

 

なんか夕張が北上を突いてる

 

「今更なにさ、聞けば民間上がりの素人司令官だっていうじゃないか、名ばかり司令官の風下になんて、なんだってこの北上さまが立たなきゃならないのさ」

 

「北上さん、抑えるかも、こんな所まで来て解体はイヤかも」

 

秋津洲まで北上に言い出した

 

「かもちゃんは大艇ちゃんを取り戻したいんだっけ?」

 

北上に聞かれても大きく頷く秋津洲

 

「メロンはなんかあったっけ?」

 

「メロンいうな、私はこの話に乗れば修復の順番が早くなるかなーと、それに工作艦っていうのも興味あるし」

 

「二人は其々の理由があると、で、北上は?」

 

面白そうだから聞いてみよう

 

「素人司令官にしては、随分と強気に出るね、もしかして、艦娘は司令官に絶対服従とか思ってる?」

 

聞いた途端に大笑いしてしまった、艦娘が司令官に服従?ナニソレ知らない

 

「なにが、おかしいのさ」

 

私の大笑いは北上の機嫌をエラく損ねた様だ

 

「おかしいだろ、私に服従する様な艦娘など見た事ない、どいつもこいつも言いたい放題だ、どれだけ手を焼かされてるか知らん様だな」

 

「……」

 

北上がなんか呆けた顔になってる、大丈夫か?

 

「まあ、話はここまでにしよう、この件に乗るかどうかは秘書艦に言ってくれ、悪いが時間だ」

 

「ちょっと待つかも!大艇ちゃんの事が聞けてないかもー!!」

 

「五十鈴秘書艦、後は任せる、それと工廠へ案内して工作艦共々引き合わせをしてもらいたい」

 

「面倒事だから押し付けようっての?」

 

五十鈴に睨まれてしまった

 

「移籍組の代表は五十鈴だ、それに軽巡は私が気に入らない様だしな、ここは無用なトラブルを避けるとしよう」

 

それっぽい理由を並べてみる

 

「トラブルね、それなら案内役を二人貸して、一人でこの三人の手綱は取れないから」

 

「手綱って、」

 

夕張がなんか言ってる

 

「事務艦、人選は任せる、二人付けてくれ」

 

どうやら押し付け成功の様だ

 

「わかりました、直接工廠に向かわせます、皆さんは工廠で合流してください」

 

そう言いつつ四人に退出を促す事務艦、こういう所だけは頼りになる

 

 

 

 

 

突然に指揮所司令官(代理)が面会を求めて来た

それも重要な話があるから時間を確保して欲しいとの要望付きだ

嫌な予感しかしない、だからと言って会わないわけにはいかない

指揮所の開設は私の要請に自衛隊が応えた結果なのだから

大急ぎで執務を出来るだけ片付けて時間を作った

事務艦に多大な負荷が掛かるがここは許容してもらいたい、でもこの負担はどうにかしないといけない案件だ、ただでさえ事務艦には負担が多いと私でも思うし

指揮所司令官(代理)に開始時間を伝え、来るのを待っている

一体なんの話をして来るのやら、面倒事である事だけは間違いないだろう

 

指定時間きっかりに扉がノックされた

やれやれと思いながら顔に出ない様に気をつけて扉を開ける

 

「お待ちしておりました、どうぞこちらへ」

 

「あ、ああ、ありがとう」

 

扉を開けたら何故か驚いた顔に出会した、指揮所からは司令官(代理)と随伴が三名か

話を聞くのに長椅子に誘導したら、座ったのは司令官(代理)だけで随伴の三名は椅子の後ろに立った

それで人数分のお茶を持って来た事務艦が困った感じにこちらを見て来た

 

「えっと、後ろの方々はお座りになられないのですか?」

 

「小官等の事はお気遣いなく、代理で来られている各務空将補との二者会談だと思ってください」

 

なにそれ、それなら来る事ないだろうに

 

「お茶は二人分で良いそうだ、済まないが仕事を進めてくれないか」

 

「……わかりました」

 

司令官(代理)と私の前にお茶を置き仕事に戻る事務艦

 

「それで、重要なお話とは?」

 

本題を促した、この各務空将補とかいう司令官(代理)、呑気にお茶を啜ってるんだが、変に深読みしない方が良いのか、如何なのか

 

「それなんだが、こちらにこういった要請なり要望が出せない取り決めになっている事は承知している、しているのだが、敢えて言わねばならない状況にある事を理解してもらいたい」

 

前置きに反応しても仕方ない、続きを待つ

 

「艦娘部隊の、この鎮守府の再稼動を急いで欲しい、出来るのなら全ての鎮守府を稼働させ、海域の確保を艦娘艦隊で実行出来ないか?」

 

あらま、自衛隊の窮状はそれなりに聞こえて来てはいたが、直接言ってくる程追い詰められたのか

 

「ご承知の通り取り決めがあります、そういった話は大本営へお願いします」

 

「大本営ではラチがあかないから、言っているんだ」

 

後ろから声が上がる

 

「……二者会談では、無かったのですか?」

 

後ろに立った士官と思われる自衛官に聞く

 

「二者会談だよ、今のは無視してくれて良い、済まないね」

 

しれっと悪びれもせずに言って来る司令官(代理)

なるほど、そういう役割か、小狡い手を使うなこの代理は

 

「ならばもう一度言いましょう、大本営に言ってください、鎮守府司令官の権限では大本営の命令を無視できません」

 

「つまり、今この鎮守府は大本営の命令で動いている、その為に自衛隊の要請に応えられないと、そういう事かな」

 

「自衛隊の要請に応えるも何も、元から受け付ける事自体が想定されていません」

 

「鎮守府司令官は指揮下の艦娘に全権を行使出来る、と聞いているが、違うのかな」

 

「それと、先の話とは関連がありません」

 

「指揮下の艦娘に出撃を命令すれば、こちらの要請に応えられる、それが出来ないのは、何故かな」

 

「各務空将補、でしたか、あなたは何処かから要請があれば独自の判断で陸自や海自を出動させるんですか、そういう話ならあなたは自衛官を私兵か私物だと誤認している、と民間人の私には見受けられますが」

 

「ほう、指揮下の艦娘に全権を行使出来るといっても、艦娘達は司令官の私物ではない、と言いたいのか、では、何なのだ、鎮守府司令官の私物でなければ艦娘とはなんなのだ?」

 

「大変な誤解です、艦娘の身分は艦娘部隊に所属し、且つ司令官の指揮下にある事で保護されています、間違っても司令官の所有権が艦娘を保護しているのではありません」

 

「では、あの眠り姫と呼ばれている初期艦は如何なのだ、大本営の命令によりあの眠り姫はこの鎮守府の所属から外れている、指揮下では無くなっているのだろう、それでも司令官は眠り姫を保護しているな、所有権の主張が大本営に認められたからではないのか?」

 

おいおい何を言いだすんだこの代理は

 

「所属から外れている?それは何処で確認したんですか?」

 

「とぼけなくて良い、調べは付いてる」

 

あれ、なんか話が変な方向に行ってるぞ、如何したものか

 

「何処で何を調べたのかは、後日問い合わせるとして、明確にしておきましょう、あなたが言う大本営の命令は撤回されている、従ってウチの初期艦は当鎮守府に所属したままだ」

 

「……下手な嘘は付かなくて良い」

 

おう、丸っ切り聞いてない、言いたくはないが、一応言っておこう

 

「そこまで仰るのであれば、大本営の秘書艦が当鎮守府に滞在しております、ここに呼びましょうか?」

 

「不要です」

 

なんで後ろから即答があるのかな、退室してもらおうかな

 

「そうだな、本題はそこでは無い」

 

代理もなんか言ってるし、何なんだよ、しかし考えてみれば大本営秘書艦がいるのに大本営に言ってもラチが明かないと、私に言って来る事がオカシイな

 

「本題ではないのですか?そちらの話は大本営秘書艦に話してこその案件でしょう、鎮守府司令官でしかない私に話すよりも遥かに建設的な筈ですが」

 

「……」

 

「各務空将補、続けますか?」

 

後ろから声がかかる、その声に少し考える間を置く司令官(代理)

 

「代理で無ければ、続きをやりたいんだがな、田名部からも無理を押すなとクギを刺されてる、ここは引くことにするよ、吉報を待つ、何とかしろ」

 

そう言うと立ち上がり、一人だけで退室してしまった

 

あれ、何が如何なってるの?あんまりな事態に声も掛けられずに見送ってしまった

 

「仕切り直したいが、宜しいか」

 

「えっと、如何いうことでしょうか?」

 

「元々我々が司令官に話をする事になっていたんだが、司令官(代理)が俺がやると言いだしてね、止められなかった、申し訳ない」

 

「アレでもかなり抑えられているんだ、情報担当が鎮守府司令官の判断の正当性を主張して今回も判断を待つべきと強硬に意見したから」

 

「それは、以前来た情報士官の方、ですか?」

 

「そう、その情報士官はアレでそんなに暇ならと、この鎮守府の戦術の分析と自衛隊のソレを比較して纏める様に言い渡されて、それを進めて行く内に自衛隊は戦略ミスを犯しているとの結論に辿り着いた、その結論は司令官の戦略が正しかった事の証明でもある、自分が専門馬鹿になっていた事に気が付かなかったと反省していた」

 

あの情報士官があの代理の行動を抑えるのに一役買ってくれたらしいがよくわからない話だ

 

「それで、仕切り直しとは?」

 

「情報交換をお願いしたい、こちらから出せる情報は可能な限り提供する、そちらも出来る限りの情報を提供してもらいたい、ただ、秘匿情報に関しては守秘義務を課すことになる」

 

なんだろうね、なんの情報が要るんだろう、こちらに隠し事なんて、無いと思うが、大本営には逐一報告してるんだし

ここはサッサと知りたがってる情報をくれてやり、お引き取り願う場面かな

 

「そういう事なら、先ずはお礼を言わせて頂きたい、遠征隊に海域情報と深海棲艦の位置情報を提供していただき資材集積効率の安定に大変な効果がある、ありがとうございます、その代わりにと云われるのであればこちらに断る理由はないです、私に答えられる話ならば良いのですが、取り敢えずはなんの情報が必要ですか」

 

そう言ったら、何故か三人が互いに顔を向けあって無言の相談を始めてしまった

 

「あっ、差し支え無ければ、お座りください、お茶は要りますか?」

 

長引かれても困るので差し障りのない様に突っ込みを入れてみる

 

「あ、いや、お気遣いは無用です、しかし立ち話もなんですから、着席はします、失礼」

 

ようやく三人が座った、これで落ち着いて話せそうだ

 

「早速だが、そちらの、艦娘部隊の現状を聞かせて欲しい、活動再開に手間取っている要因は何か」

 

やっぱり鎮守府の活動再開を急かしたいのね、まあ、代理とはいえ指揮所司令官がああいうくらいだからな、余程余裕がないのだろう

 

「大本営の命令を履行するに当たって準備が多く足並みが揃わない、一つの鎮守府では履行の可能性無しと見込まれているので、如何にかしている最中です」

 

「鎮守府全体での合同作戦の準備という事か」

 

「合同作戦自体は既に実行中です、ムラは多いですが」

 

「そのムラを縮小しつつ、大本営の命令を履行するのか」

 

「そうなります」

 

敢えて簡潔に答えてみた、さて、突っ込みがあるか、ないかでこの先の話をどうするかを決めないとな

 

「確か、二つの鎮守府が所属艦娘の数を大きく減らした、様に聞いたが、その影響もあるのか」

 

まあ、知ってるよね

 

「無いとは言えない状況ではありますが、大本営の遠征隊が加わった事により合同作戦は継続中です」

 

なんか三人揃って無言の相談をしてるんだが、目の前で相談してるのに内容が全くわからない、自衛官ってのはこんな特殊技能まで持ってるのかと感心してしまう

 

「では、現時点で再稼動はいつ頃になるか、目処も付かないのか」

 

「鎮守府の再稼動を急かしているのは、大本営も同様です、ですがその大本営からの許可、この場合は準備に必要な許可ですが、それらを取り付けるのに手間取っている部分もあり、予定日を定めれらません、ご理解いただきたい」

 

また無言の相談を始めてしまった

 

「その許可とやらが降りれば直ぐにでも再稼動は可能なのか」

 

「再稼動は可能です、しかし自衛隊の求める所は海域の確保では?それを達成するには再稼動した後に一定の期間が必要になります」

 

「そうか、言われてみれば海域確保の為に出撃していた艦娘艦隊、そちらの呼称では攻略隊という様だが、あれらの艦隊は長い所だと一ヶ月近くも海に出ていないのか」

 

「それだけ大本営の監査が長引いているという事でもあるな」

 

「詰まる所、大本営が止まってる限り、我々を取り巻く状況は好転の見込みが薄いと、憲兵隊に喝を入れた方が早いんじゃないか」

 

「難しいだろう、長引かせてるのは、アレだし、アレにはこっちの幕僚連中は勿論政治屋も寄り付かん」

 

「そうなのか?防衛省の事務方が張り付いてるって聞いたが」

 

「あー、その辺りは話さない方が良い、司令官は民間人だ」

 

「おっと、そうだった」

 

なにその態とらしい小芝居は、そう言えば桜智の奴が自衛官の噂話が聞こえたとかの話をしてたな、こんな感じだったのかな

 

「兎も角、この鎮守府は現在再稼動に向けて最善を尽くしている最中なのだな」

 

「その通りです」

 

「わかった、最善を尽くし、最短での再稼動及び海域確保に向かってくれる事を期待しよう」

 

「ああ、今のはお願いです、こちらには艦娘部隊に命令は勿論要請も出来ませんから」

 

これは嫌味かな

 

「時間を割いていただき感謝します」

 

そういうと三人揃って立ち上がり、そのまま退室していった

 

「なにしに来たんだ?」

 

自衛官達が出て行った方を見ながら感想が出てしまった

 

「急かしに来たのでは?」

 

ご尤もな意見をありがとう事務艦

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








登場艦娘

初期艦研修中の叢雲、現在外地研修として特務艦隊を引率中、教導艦は天龍に変更されている
単に初期艦との表記であればこの叢雲を指す、筈

一号の初期艦、吹雪、漣、電、五月雨 (叢雲は鎮守府にて睡眠中)、大本営で色々と試行錯誤中

一組の初期艦、漣、電、五月雨 (吹雪は解体、叢雲は改修素材で二名欠員)、佐伯司令官の補佐担当

老提督(大本営司令長官)秘書艦の五十鈴、艦娘部隊大本営代理人の側面を持つ

大本営の遠征隊、天龍等が率いる遠征隊、各鎮守府を巡回していたりもする

移籍組、本編中では引き籠り達として出て来ていた高練度艦達

特務艦、工作艦一、給糧艦ニ、補給艦ニ、この五隻が研修中






登場人物

老提督
・研修中の叢雲からは視察官、一期で視察官として鎮守府に来ている時が初対面だったから
・一号の初期艦からはじーちゃん、お爺さん、艦娘部隊発足前から色々あった経緯から
・稀に最初の人、艦娘の言う妖精さんを見る事が出来た最初の人
・現在監察官の一人として大本営の監察中、大本営を上部機関が統括下に置いている間の臨時司令長官

監察官
艦娘部隊上部機関より派遣された、退役軍人、国家代表、元上級官僚、という方々、大本営を監察中

老兵
・老提督に続き妖精さんを見る事が出来た二人目の人、退役軍人
・老提督と同様に艦娘部隊上部機関に席を用意されてる艦娘部隊の重鎮の一人
・監察官の一人として大本営を監察中の筈
・現在大変な厄介事を抱え込み難儀中でもある

移動指揮所の自衛隊
佐伯司令官の要請で舞台となっている鎮守府に駐留、自衛隊内部で扱いが割れて紛糾中、現場の自衛官は艦娘部隊に協力姿勢を示している

移動指揮所の司令官
本来の司令官は何処かに出張中、その留守預かりの司令官が来ている

情報士官、60話参照

佐伯司令官、増設された五箇所の鎮守府の一つに着任した司令官、舞台となっている鎮守府の司令官


その他

作業船、移籍組の乗って来た旅客船、現在も接岸して停泊中、移籍組の宿舎扱い





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70 天龍が資材を持ってきた

 

 

7月18日

 

 

いつもの様に天龍が資材を持ってきた

定期便になっているからこれ自体は問題ない、問題なのは通常編成ではなかった事だ

余分な六隻、軽巡ニと駆逐四、この軽巡というのが五十鈴が言っていた未帰還者、駆逐は一号の初期艦、元鎮守府配置の初期艦で現在大規模増設に必要な諸般の検証をやっている筈の初期艦だ

何故揃って来たんだ?

なんにしても話を聞かないと対処しようがない、それで天龍と余分な六隻を執務室に呼んでいる

まあ、この七名を呼んでいるからには秘書艦と初期艦も付いてくるだろうが

来るまでに出来る限り書類の山をなんとかしないとな

 

 

 

 

 

ふと、気がつくと、書類がかなり減っていた

こんなに減っているという事は、相応に時間が経っているわけで、そんなに長い間来なかったのか

事務艦に呼び出し中の七名はどうしたと聞いたら、帰ったと返されてしまった

帰ったって、呼び出しを無視してか、そりゃ相手は大本営所属艦娘だから鎮守府司令官には指揮権は無いよ、無いからってその対応は如何なの

 

「その件については、五十鈴、叢雲両名より面会の要請がありました、司令官も了承されていますが」

 

そう言って連名の面会要請書を出して来た、そこにあるのは、私の了承印

あれ?覚えがないんだけど

 

「司令官、お疲れの様ですね、少し休暇を取られてはいかがでしょう」

 

「休暇って、この状況では……」

 

「この状況だからです、司令官が過労に倒れる様な事態は誰も望んでいません」

 

それは、そうなんだろうが、現状の鎮守府体制では私の留守を預かれる艦娘がいない

これはあいつが目覚めなくなってから続いている事で、もう慣れてしまった

 

「申し上げ難いのですが、司令官の勤務状況が大本営の監査にて問題視されています」

 

はい?ナニソレ

 

「こちらをご覧ください」

 

そう言って束ねられた書類を出して来た

 

「鎮守府司令官勤務状況の実態報告書?なんだこれ?」

 

「鎮守府に駐留している憲兵隊が纏め、大本営の監査に来ている監察官に提出された資料だそうです」

 

「そんな資料が何故ここに?」

 

「天龍さんが持って来ました、鎮守府司令官に配る様に指示されたそうです」

 

なにをしてるのかな、大本営は、そんな事よりする事はもっと違う方にあるだろうに

 

「先に目を通させていただきましたが、当鎮守府の司令官の勤務状況が悲惨と評価されています、負っている任務とその責務に比し、報酬も待遇も過小に過ぎると、速かに司令部の構築を促し司令官の負担を軽減すべきと意見が付けられています」

 

「……コレ、纏めたの、上部機関?官僚達?ではないか?」

 

パラパラ捲っていたら、如何も憲兵隊の資料を基に監察官等が意見を追加した書類らしいと読めるんだが、発行自体は大本営となってる

 

「資料を纏めたのは憲兵隊です、それを問題視した監察官が意見書に纏め直した書類です」

 

なんだろう、モヤモヤするね、コレ

 

「五十鈴秘書艦を呼んでくれないか」

 

「……お待ちください」

 

そう言って内線を掛ける事務艦、呼ぶのは長門でも龍田でも良かったんだが、生憎とスケジュールを思い出せなかった、確実に呼べる相手が五十鈴秘書艦しか思いつかなかった

 

 

 

 

 

しばらくして五十鈴が来たので、長椅子の方に移動して事務艦が出して来た書類を示す

 

「如何思うか」

 

その書類をパラパラと斜め読みしている五十鈴

 

「どこからの書類?」

 

「事務艦がいうには大本営が天龍に配らせている書類だそうだが」

 

「?事務艦、これは天龍から直接受け取ったの?」

 

確認の為だろう質問をしている五十鈴

 

「いえ、工廠に出向いた時に天龍さんからの預かり物だと、妖精さんから渡されました」

 

「?」

疑問の表情を浮かべる五十鈴

 

「その書類は防水用にパッケージに包まれた状態で渡されました、それに添付されていたメッセージがコレです」

 

さすがに妖精さんから渡されました、だけでは説明不足と思ったのか事務艦が説明を足している

その添付されていたという付箋には司令官に渡す様にと天龍の署名で書かれていた

 

「他の鎮守府にも配られいるというのは?」

 

その付箋を見ながら質問を続ける、五十鈴もこの書類には警戒感を覚えるのか、なら私のモヤモヤも間違いではなさそうだ

 

「それは、中に書かれています」

 

「ああ、ここね、確かに大本営が鎮守府に向けて配布するとあるわね」

 

どれどれと覗いて見た

 

「……日付、おかしくないか?」

 

「んー、おかしく思うかは微妙な所、無理はあるけど不可能では無い」

 

「はっきりさせよう、事務艦、憲兵隊に連絡して一人でいいから執務室に寄越す様に依頼してくれ」

 

「わかりました」

 

事務艦が連絡を取ったら直ぐに憲兵が来た、あんた等暇なのか

 

「呼び出しとは、何かあったのか?」

 

殆ど待ち時間も無く執務室に来た憲兵が聞いてくる

 

「お忙しい所申し訳ありません、確認してもらいたい書類があるのです、こちらの書類なのですが、憲兵隊の方で覚えのある資料ですか?」

 

失礼とかいいつつ憲兵が書類を取り中身を見ていく

 

「これ、預かっても?」

「それは困る、そこにもあるが、鎮守府に配布するとなっているから私の手元から無くなるのは避けてほしい」

 

「なら、コピーを取らせていただきたい」

 

「えっと、」

 

困ったな、コピー機なんて執務室には無いぞ

 

「ああ、これで撮らせてもらっても構いませんか」

 

憲兵が出して来たのはデジカメだ、話が変な方向に行っても困るから素直にどうぞと返した

書類を撮り終えた憲兵は出来るだけ早く回答すると言い残して執務室を後にした

 

「あの感じだと、真っ当な資料を纏めた書類では無さそうね」

 

憲兵が去ると五十鈴が言った

 

「どういう事でしょうか?」

 

事務艦が聞いてくる

 

「大本営の官僚達が鎮守府への影響力を回復しようとアレコレ動いてる、この鎮守府にもそれが来たって所かしら」

 

「えっ?!資料は妖精さんから渡されました、その可能性は低いのでは?」

 

驚きを隠せない事務艦

 

「それより、事務艦には聞きたい事があるんだけど、司令官が呼び出してくれて丁度良かったし」

 

「?」

なんの話をしているんだ秘書艦は

 

「私の姉妹艦を追い返したのは、何故かしら、司令官から呼び出しを受けていたのに追い出したそうだけど」

 

なにそれ聞いてない

 

「司令官は多忙です、抱えなくても済む問題は排除していかなければ、なりません」

 

迷う事なく回答を出す事務艦

 

「だ、そうよ、司令官、良い部下を持っているわね」

 

ナニソレ嫌味かな

 

「事務艦、アレ、承認印、押した?」

 

先程出された面会要請書を指す

 

「……この要請をした覚えは無いけど?」

 

指した書類を見に行った五十鈴が言う

 

「司令官は働き過ぎです、もっと所属艦を使ってください」

 

どうやらこの承認印を押した覚えが無いのは私がボケた所為では無い様だ

 

「私より、事務艦の負担を軽減する方が先だな、と言う訳で秘書艦に聞きたいんだが、あの特務艦達をウチの所属にするにはどうすれば良いのかな」

 

それが出来れば初期艦の外地研修は終わる筈だしな

 

「残りの二人の研修を終わらせるのが先よ、それから所属申請を大本営に提出して、大本営での決裁は老提督が受け持っているから、問題なく通る」

 

「研修中の所属は仮状態、と言う事か、初期艦と同じ様に」

 

「建造艦やドロップ艦も所属申請だけでほぼ無審査で通るでしょう、そういう事よ」

 

おう、例の未帰還者となっている姉妹艦達にもそうしろって事か、後日にバレたらどうすんだよ

五十鈴と同程度の高練度艦なら耳目を集める事になる、そこからバレるのは時間の問題でしか無いと思うんだが

そんな事を考えていたら執務室の扉を叩く音がした

 

「憲兵隊だ、入室許可を」

 

「どうぞ」

 

言うなり扉が開いた、憲兵が四人も入って来た、もしかして大事かな

 

「早速だが、この資料はどこで入手した物か、聞かせてもらいたい」

 

デジカメからプリントしたと思われる束を持って来ている憲兵

 

「それが現物か?」

「待て、話が先だ」

 

長椅子の前のテーブルに置いてある例の書類を取ろうとした憲兵が他の憲兵に押さえられた

押さえた憲兵もその書類は気になる様子

 

「中に書かれていますが、これは大本営から鎮守府に配布された物です、それ以上の事はこちらではわかりません」

 

「確かに、書かれていた、だが、ただ配布された物だというのなら、憲兵隊に何を確認させたかったのか、聞かせてもらいたい」

 

事実確認は大事だよね

 

「内容から憲兵隊が資料を提供して作成された書類だとわかる、私の覚えが確かなら憲兵隊は大本営にこういった資料を提供していないハズだ、資料提供の確認と説明を」

 

「資料自体は憲兵隊で作成した物に間違いない、しかしこの資料を大本営に提供した事実は無い、説明はこちらが求める所だ」

 

ほう、あっさり認めて来た、憲兵隊の方でも把握していないのか、隊長が不在なのと関係あるのかな

 

「つまり、漏洩の可能性があると?」

 

「……可能性は全ての事象に付いて回る、軽々には判断できない」

 

「ここで押し問答するより、他の鎮守府に何が配布されたのか、調べなくて良いの?」

 

五十鈴の質問の意味を掴めなかった様子の憲兵達が顔を見合わせている

 

「どういう意味だ?」

 

五十鈴に聞き返す憲兵

 

「憲兵といっても自衛官、情報戦は不得手の様ね」

 

五十鈴の一言にハッと気が付いた顔になる憲兵達

 

「!!」

「まさか、そこまでの状況に?」

「確認が先だ」

「副隊長に意見具申して来ます!」

 

言ったら即行動で一人が執務室を出た

 

「あの、事情を飲み込めません、何がどうなっているのでしょうか?」

 

憲兵が退室する時に空いた間に、事務艦が恐る恐る聞いて来た

 

「もうわかってるでしょ、この書類自体が貴方を動かす為のエサ、そしてエサに釣られた貴方は……」

 

「止めろ、それ以上は要らない」

 

五十鈴の解説を止める、今更聞いても仕方ないしな

 

「……」

事務艦が落ち込んでしまった

 

「なにやらある様だが、こちらの話を続けて良いか?」

 

なにか考えでもあるのか憲兵は先に進めたいらしい

 

「構いませんが、続きとは?お互いに求める所の説明が出来ない状況としか、わかっていませんが」

 

「それをこちらに渡してもらいたい、現物でなければ証拠にならない」

 

「証拠?これは大本営からの配布物に過ぎない、現物というのなら大本営で抑えなければ無意味では?」

 

そう言ったら少し考え込んだ後に頷いた

 

「……なるほど、配布物もこの写真プリントも複製品というのなら同じ事か」

 

「事務艦、防水用のパッケージはどうした、それとさっきの付箋をくれないか?」

 

兎も角憲兵は証拠が欲しい様子、なら協力しないとね

 

「え、パッケージはゴミ箱に、付箋はこちらです」

 

「工廠のゴミ箱か?」

 

「いえ、分別用のゴミ箱は食堂にしかないので、そちらに」

 

「聞いた通りです、説明しますと、この書類は防水用のパッケージに包まれた状態で事務艦に渡された、それに付けられていたのがこの付箋、パッケージは食堂のゴミ箱だそうです」

 

憲兵にそう言ったらなんというか形容し難い顔をされてしまった

 

「取りに行けと?」

 

「要らないのであれば構いませんが、証拠が必要なのでは?」

 

そう言ったら憲兵達が嫌そうな顔をした、折角証拠集めに協力してるのに、理不尽な

 

「……隊長の苦労が偲ばれる」

「ボヤくなよ、それと、後ほど事務艦には協力頂きたいのだが、宜しいか」

 

「後ほどというか、同行させましょう、事務艦、頼めるか」

 

「はい、了解しました」

 

「食堂に行って来ます、先に施設管理室ですか」

「そっちは自分が行くから食堂の方を頼む」

 

そう言って二人の憲兵と事務艦が退室した

 

「司令官、余計なお世話な事は、承知しているけど、事務艦に問題が多過ぎない?この鎮守府の資料は見せてもらったけど、交代させる予定はないの?」

 

五十鈴が言い出した、まだ憲兵がいるんだけど、そういう話は憲兵が退室してからにしてもらいたい

 

「司令官があの事務艦を優秀と評価しているのは承知している、しかし越権行為と素行不良が目立つとも聞いている、交代を考えても良いのでは?」

 

なんで憲兵まで言い出すのかな、もしかして、示し合わせたりしてんのかな

 

「事務艦は私の指揮下にある、何か問題が?」

 

そう言ったら秘書艦と憲兵が溜息を吐いた、なんでだよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







登場艦娘

初期艦研修中の叢雲、現在外地研修として特務艦隊を引率中、教導艦は天龍に変更されている
単に初期艦との表記であればこの叢雲を指す、筈

一号の初期艦、吹雪、漣、電、五月雨 (叢雲は鎮守府にて睡眠中)、大本営で色々と試行錯誤中

一組の初期艦、漣、電、五月雨 (吹雪は解体、叢雲は改修素材で二名欠員)、佐伯司令官の補佐担当

老提督(大本営司令長官)秘書艦の五十鈴、艦娘部隊大本営代理人の側面を持つ

大本営の遠征隊、天龍等が率いる遠征隊、各鎮守府を巡回していたりもする

移籍組、本編中では引き籠り達として出て来ていた高練度艦達

特務艦、工作艦一、給糧艦ニ、補給艦ニ、この五隻が研修中 (名目上を含む)



登場人物

老提督
・研修中の叢雲からは視察官、一期で視察官として鎮守府に来ている時が初対面だったから
・一号の初期艦からはじーちゃん、お爺さん、艦娘部隊発足前から色々あった経緯から
・稀に最初の人、艦娘の言う妖精さんを見る事が出来た最初の人
・現在監察官の一人として大本営の監察中、大本営を上部機関が統括下に置いている間の臨時司令長官

監察官
艦娘部隊上部機関より派遣された、退役軍人、国家代表、元上級官僚、という方々、大本営を監察中

老兵
・老提督に続き妖精さんを見る事が出来た二人目の人、退役軍人
・老提督と同様に艦娘部隊上部機関に席を用意されてる艦娘部隊の重鎮の一人
・監察官の一人として大本営を監察中の筈
・現在大変な厄介事を抱え込み難儀中でもある

移動指揮所の自衛隊
佐伯司令官の要請で舞台となっている鎮守府に駐留、自衛隊内部で扱いが割れて紛糾中、現場の自衛官は艦娘部隊に協力姿勢を示している

鎮守府駐在の憲兵隊
・現在隊長は何処かに出張中
・五つの鎮守府には憲兵隊が配置されている
・憲兵隊は大本営改称と同時期に創設された部局
・陸自内に憲兵総監部が設けられ指揮系統が分けられている

佐伯司令官、増設された五箇所の鎮守府の一つに着任した司令官、舞台となっている鎮守府の司令官




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71 資材庫に向かう

 

 

 

 

 

7月19日

 

 

定期便が来た、その知らせを聞いて資材庫に向かう、今回は通常編成だそうだから持って来た資材を資材庫に入れたら直ぐに帰ってしまう

その前に天龍だけでも捕まえないといけない

資材庫に着き天龍を捕まえた、のは良いんだが、何故お前達が定期便に編成されてるんだ一号の初期艦、それに初見の軽巡がいる

 

「あー、やっぱり昨日のアレは何かの手違いとか、でした?」

 

私に気付くなり言ってくる漣

 

「そうなのか?事務艦がえらい剣幕だったが」

 

とても嫌そうに言う天龍

 

「取り敢えず資材庫に入れてしまってくれ、それと時間はどのくらい取れるか?」

 

「何かあったのか?」

 

天龍が聞いてくる

 

「まあ、それなりに、兎に角話をしたい、色々行き違ってしまった様だから」

 

「行き違いねぇ、それで良いか」

 

天龍がもう一隻の軽巡に聞いてる

 

「良いでしょう、こっちも話をしないと始まらないし」

 

この艦娘が五十鈴の言っていた姉妹艦か、しかしこの艦娘から何か良くわからない違和感、そういえばこんな違和感を持つ謎艦娘を以前にも見た覚えが有る様な無い様な

 

「なに?」

 

おっと違和感に気を取られ過ぎた、初見の艦娘に不思議そうに聞かれてしまった

 

「以前にも同じ様な艦娘を見た気がしてな、何処でだったか忘れてしまったが」

 

「同じ様な艦娘?」

 

「ドロップ艦でも建造艦でもない艦娘、何だろうな」

 

「ドロップ艦だけど、ドロップ艦には見えないって事?」

 

「視えなくは無い、それとは違う風にも視える、と言うだけで」

 

「まあまあ、話は何処か落ち着ける所で座ってお茶でもしながらゆっくりとしましょう、良いでしょう?」

 

漣が割って入って来た、仕切りたがりか?

 

 

 

 

 

場所を小会議室(という名目の空き部屋)に移し話を始める

 

「先ずはコレを見てもらいたい」

 

出したのはあの実態報告書とかいう書類、天龍を始め六人が回覧するのにはそれなりに時間がかかる

その間にお茶セットを取って来て用意して置いたお茶受けと一緒に配る

 

「……司令官がそんなことしなくても」

 

それを見た初見の軽巡が恐縮しつつ言って来た

 

「先日のお詫びだ、気にしないでもらいたい」

 

漣に要求されたしな

 

「司令官がそう言ってんだ、気にすんな、ってか、この程度を一々気にしてたらこの鎮守府じゃ持たないぜ、色々と」

 

書類にからは目を離さずにいう天龍

 

「そういえば自己紹介がまだでした、当鎮守府の司令官職に就いている佐伯です」

 

そういったら初見の軽巡が立ち上がって敬礼してから自己紹介を始めた

 

「長良型軽巡の一番艦、長良です」

 

「で、これはなんですか?」

 

ざっくりと目を通し終えている漣から質問だ、自己紹介の間くらい待ってやれば良いのに

 

長良は特に不満な素振りも見せずに座り直していたが

 

「それはこちらの質問だ、大本営から鎮守府への配布物だと書いてあっただろ」

 

「書いてあるだけですね」

 

あっさりと答える電

 

「郵送ですか?コレ」

 

同様に五月雨が聞いて来た

 

「それを受け取ったのは事務艦だ、私は天龍が持って来たと聞いた」

 

「悪いが、オレじゃないぞ」

 

天龍はこの書類の持ち込みを否定、まあそうだろうとは思っていたが

 

「だろうな、大本営所属の天龍なら執務室まで持ってくるしな」

 

「天龍が持って来たっていっても他の鎮守府にも天龍は所属している、何処の鎮守府から来たのかは、わからないの?」

 

「漣、ここ以外にも天龍が所属していない鎮守府はありますよ」

 

電から訂正が入った

 

「?ああ、そうか、あの無理な出撃で除籍された天龍がいたね」

 

「天龍の除籍があったのは五十鈴の説得に応じて出撃を取り止めた鎮守府です、それに応じず所属艦娘の数を半減させた鎮守府は二箇所」

 

五月雨が確かめる様にいう

 

「お爺さんが心配していた様に、官僚達が息を吹き返して来た?」

 

自信なさげに聞いてくる吹雪

 

「漣、お互い古巣に官僚達が住み着いた様です、根本的に対処する時期が来たと判断しますが」

 

電が漣に話を振ってる

 

「まあね、何処までパシリ根性なんだか」

 

漣には特に反論はない様子

 

「使うより使われるモノなのでしょう、司令官には向きません」

 

電は相変わらずだ、特定出来た訳じゃないのに

 

「二人とも辛辣だな、元とはいえ司令官だったヤツだろ」

 

天龍が口を挟んで来た

 

「電は飾られても嬉しくないです」

 

「まあ、あの気持ち悪い雑用三昧の日々には戻りたくないかな」

 

「……二人とも司令官とは上手くいってなかった?」

 

驚き半分で聞く吹雪

 

「こっちの話より大本営に電話してたね、それで言われるまま艦娘に指示してた、だから指示に一貫性も統一性も無い、状況を電話で伝えて指示をもらってそのまま実行、言いたく無いけど、アレじゃただの伝言番だ、まあ、そのお陰で大本営の官僚達からは評価されてたみたいだけど、肝心の本人が鎮守府司令官の職務に関心がなさ過ぎた、上を目指すとか言ってたけどね」

 

呆れた様子で話す漣

 

「……コネ作りに勤しんでたのか」

 

書類に目を通しながら軽く言う天龍

 

「ぶっちゃければ、そういう事」

 

あっさり肯定する漣

 

「それもどうかとは思うのですが、艦娘の運用を建造艦と戯れる事と勘違いしているよりは指示を出すだけでもマシなのです」

 

「……なにそれ」

 

驚きから呆気に変わった吹雪

 

「始めのうちは電にも出撃の機会があったのですが、ドロップ艦が増えるに従い電と建造艦は鎮守府に留め置かれてドロップ艦だけで運用する様になってしまいました」

 

「……だけで?まさか、だけど、司令官が運用を放棄したって事?」

 

呆気に取られたままの吹雪の感想かな

 

「本人は慣れた者に任せると言っていましたが、実質的にはそういう事です、電は司令官にキチンと指揮を取る様に、艦娘と、建造艦だけではなくドロップ艦とも向き合う様に言ったのですが、聞き入れてはもらえませんでした」

 

「電を留め置いたのは鎮守府の運営の為か」

 

書類を読み終えた天龍がなんでも無い様に言う

 

「そうです、電が鎮守府運営に必要な手続きを受け持っていました、ドロップ艦達を纏めるのも工廠の使用許諾も資材管理も遠征計画も出撃計画も全部受け持っていました」

 

「そこまでしてやる事ないだろ、建造艦と戯れてたっていうが、そんなの全部解体しちまえば良かったんだよ」

 

天龍が過激なことを言い出す

 

「勿論、警告しましたし、実行もしました、結果は建造艦を作り直しただけでした、初期艦に司令官の建造を止める権限は無いのですよ、遠征計画を真面目に実行していたのです、資材不足には程遠い量を備蓄していましたから」

 

「「……」」

 

天龍も吹雪もかける言葉が出てこない様子

 

「吹雪の司令官は、鎮守府をどう運用していたの?」

 

五月雨が聞いてる

 

「どうって言われても、兎に角矢継ぎ早に指示が飛んで来た、その指示を熟すので手一杯で鎮守府の運営とか、艦娘の運用とか、どうしてたのか、よくわからない」

 

「鎮守府にあまり居なかった、遠征や出撃で海に出てる事が多かったという事?」

 

五月雨の質問だ

 

「頻繁に出入りしてたって所、遠征にしろ出撃にしろ、長時間の任務は回ってこなかったかな、あ、でもお休みは一定期間毎にあったよ、眠ってるうちに終わるお休みだったけど」

 

「ふーん、休み明けはどうだった?」

 

天龍から質問だ

 

「どうって、いつもと変わらなかったよ」

 

天龍の質問の意図が吹雪にはわからなかったらしい

 

「初期艦が休んでいても艦娘達の様子に変わりがない、つまり、工廠が稼働していた、となるが、それなら何故今はそうなっていない?」

 

取り敢えず聞いてみた

 

「ああ、そういう、それは工廠が稼働していなくても所属艦に影響が出ない様に準備してからお休みもらってました」

 

「準備?それなら司令官が初期艦が休みに入る日には活動を縮小していたという事か?」

 

初期艦の休日を軸にして艦娘の稼働率を調整していたのか、佐和の奴は

 

「あー、どうなんでしょう、そこまではわからないです、司令官から予定表をもらって準備してましたから」

 

「という事は運用計画自体は司令官が立てていたって事にはなるな」

 

天龍が感想を言う

 

「五月雨の所は?」

 

吹雪が聞く

 

「司令官が運用計画を立ててましたよ、色々ムラは多かったですが、司令官が運用しなければ鎮守府としての意味を成さないので五月雨はサポートに回りました」

 

「五月雨のサポートがあったとはいえ鎮守府としての運営が出来ていたなら正解なんじゃないか」

 

感想が続く天龍

 

「うーん、どうなんでしょう、何か行き詰まると大本営に電話してましたし、他の鎮守府と同様にドロップ艦偏重の運用でしたし、建造艦は運用までに時間がかかると敬遠と迄は行かなくとも陸での仕事を割り振っていました」

 

「陸での仕事?」

 

吹雪が聞いてる

 

「鎮守府の雑用全般ですね、五月雨と一緒に鎮守府中をお掃除したり、建物の修繕をしたり資材などの数量管理とか消費材の発注、運営資金の管理もありましたし」

 

「ホントに全般だな、元は五月雨一人でやってたのか?」

 

天龍は感想で良いのか?他にも言いたい事があるんじゃないか?と余計と分かっていても思ってしまう

 

「司令官と二人で、ですね、所属艦が増えると司令官の受け持ちが艦娘に移って来た感じでしょうか」

 

「じゃあ、五月雨は鎮守府所属の頃は海には出てないの?」

 

吹雪には驚きの艦娘運用らしい

 

「余り出なかったですね、時間が空いた時に司令官の許可をもらって建造艦達と近場を回るくらいでした」

 

「訓練を兼ねてか」

 

天龍の冷めた言い様に過ぎた事は仕方ないと割り切っている様子が見える、だから感想なのね

 

「訓練という程の事は無いですね、浮く事と進む事、辛うじて意図的に加減速する事くらいでした」

 

聞いていると、なるほど、桜智の所の遠征成功率の幅が大きいのは、そういう事か

建造艦は訓練を必要とする事から運用し辛いって話は聞いてたが、他所の鎮守府だと建造艦は予備的な運用になってるのか

そこまで使い分けられてるとは考えていなかった

 

「で、ここはどうなんだ?」

 

天龍が聞いてきた

 

「どうって言われてもな、ウチは所属艦が増え始めた頃に初期艦がああなって、その後ドロップ艦は初期艦ばかり、建造艦を運用する以外になかった」

 

「ああ、そうだよね、それでこの鎮守府は建造艦とドロップ艦の比率が他の鎮守府とは逆になってるんだった、攻略隊の第一艦隊旗艦が建造艦なんてこの鎮守府だけだもの、そりゃ他の鎮守府とは根本的に違う運用になる訳だ」

 

なんか今更気が付いたとか妙に納得したとかそんな感じの漣

 

「司令官が建造艦と向き合わざるを得ない状況がこの鎮守府の状態を決定した、司令官の資質がそれに向いていた事も大きいのだと思うのです」

 

今度は電の感想か

 

「向き合い方というのもあると思います、五月雨の司令官は建造艦を艦娘として運用する事は多くありませんでした、でも仕事は割り振っていましたし、仕事振りはキチンと評価していました、だから陸の任務でも不満を持つ建造艦は少なかったですよ」

 

五月雨は桜智の運用に一定の理解を示してるのか

 

「建造艦が不満を持たないという点ではウチの鎮守府運営が一番でしょう」

 

電がなんか言いだした

 

「海に出られない運用でも不満が少なかった鎮守府よりも不満がない?艦娘なのに?」

 

吹雪にはわからない話の様だ

 

「そこまで行ってしまう程、戯れていたのですよ、電の話なんて一切聞かずに」

 

なにを思い出したのか、黒い笑み、を見せる電、こいつ毒舌持ちな上にヤバイ奴なのか、覚えとこ、逃げるタイミングを逃したくないし

 

「そういえば、今はどうなっているんです?」

 

漣からの質問らしい

 

「?何がだ」

 

私に聞いてきた様なので聞き直す

 

「漣と電が配置されていた鎮守府、ですよ、数を減らしてようやく大本営、というかこの鎮守府主導の合同作戦に戻ったと聞いていますけど」

 

古巣が気になるのかな、大本営にいるのだからここで聞かなくとも報告書を読めば良いだろうに

 

「あの行動以来数に入れていない、合同作戦は三箇所の鎮守府と大本営の遠征隊の資材集積量を基に計画を推進中だ」

 

「あらま、でも資材を持ってきてはいるんでしょう?」

 

元の鎮守府の話なのに左程気にしていない様子の漣

 

「誤差で処理してしまえる程の量だが、何度か持ち込んでは来ている、尤も向こうの目的は資材の持ち込みを口実に色々探り出す事の様だが」

 

「なにをやっているのですか、アレは」

 

「まだパシリやってるんだ、ある意味すごいね」

 

呆れと悪い意味での驚きを隠しもしない二人、探り出そうとしているのは、艦娘か司令官か

私が聞いた限りではどちらとも判断出来ない、双方が其々の思惑を持っているのかもしれないしな

それに色々と探り出すという点ではウチだって大して変わらない、難儀な事だ

 

「この話はここで区切りとして、天龍、その書類をどう思う?」

 

脱線し過ぎなのを戻そう

 

「どう思う、じゃなくて、どう対処するか、だろ?」

 

「その対処を天龍がやると混乱が起きそうなんだが、そこをどう思うか?」

 

「……そっちかよ、確かにオレが動くと先方で揉めそうではあるな、ここと同じ様に天龍から渡されたと、司令官が聞いていれば」

 

「大本営の配布物を天龍が持って来たとなれば、まあ、お前が持って来たんだろってなるよね、そこから正さないといけないのは手間だよね」

 

同意を示す漣

 

「えーと、この書類、偽物断定なの?結論出すの早くない?」

 

吹雪は疑問の様だ

 

「偽物とは言い切れないのです、作成したのは大本営の官僚達なのですから」

 

「今の大本営は監察官の統制下にあり、大本営の官僚達がこういった書類は作成する必要はない、にも関わらず作成し、配布した、その目的は?という事です」

 

「さっきブッキーも言ってたでしょ、官僚達が息を吹き返して来たって、そういう事」

 

電、五月雨、漣の言い分で漸く納得した感じの吹雪

 

「つまり、これ自体が、大本営を追い出されそうな官僚達が打ってきた布石、これを足掛かりに影響力の拡大を目論んでるって事でいいの?」

 

吹雪の性格がイマイチわからん、その確認要るか?本人はいい根性してる様だし優柔不断という訳でもないんだよな

 

「影響力の拡大というか、老提督の排斥だろうな、目論んでいるのは、老提督が今の立ち位置にいるのが余程邪魔なんだろう、どこまで準備してるのかわからないが次にあの立ち位置を占めるモノに売り込んで返り咲く筋書きじゃないかな、今大本営を統括している監察官達も一枚岩ではないし、老提督に何かあればその辺りが大揺れするだろうしな」

 

五十鈴が言うには鎮守府大増設計画の遅れが老提督を叩く格好の材料にされてるそうだし

どこまで耐えられるかは老提督次第、耐えきれなくなる前に大増設計画に着手しないといけない

 

「そこまでわかってるのに、司令官は何を待ってるの?」

 

「待ってる?」

 

漣の質問の意図がわからないんだが

 

「待っていないのなら、何故資材集積行動から鎮守府大増設計画に移らないんです?」

 

ああ、それね、誰も彼もそれを聞いて来る

 

「不安材料が多過ぎる、そこにこの書類だ、大増設計画は始めれば一気に動く、躓きそうな小石は出来るだけ除きたい」

 

「除くには鎮守府司令官の権限では足りないと、大本営の、老提督の権威が必要という事ですか」

 

五月雨が言うと慎重な確認に聞こえる不思議、吹雪と大きく違うのはなんでだろう

 

「権威ね、まあそういった類のモノは無いより有った方が良いだろう、こちらの状況は報告済みなんだから、大本営で音頭を取れないか?」

 

大増設計画は本気で大本営でなんとかしてもらいたい所、鎮守府側は資材供出で済ませられないモノかな

 

「そりゃ無理だ、老提督は上部機関を抑えるのに手一杯、この上に計画推進の旗振りまでは手が回らない、何よりそれは、あんたの仕事だろ、佐伯司令官」

 

天龍に宣言されてしまった、この場合宣告とかの方が適切か

 

「老提督がそういうつもりだとは、本人と五十鈴秘書艦から聞いている、しかし私は一介の鎮守府司令官に過ぎない、私が旗振りした所で誰が仰ぐんだ?現状でも鎮守府司令官は五人居るしその候補者となればもっと居る、この中の誰かが旗振りするとして、それを誰が仰ぐというんだ?」

 

こちらの質問に考える様な間が空く

 

「もしかして、あの二人の司令官を止められなかった事を気にしているのですか?」

 

電が探る様に聞いてくる

 

「それもある、というかそれが当たり前だ、立場が逆なら私だって他の司令官の指示なんて聞く気はないからな、だから、私が旗振り役というのは計画推進には障害となる事が見込まれる、老提督以外には適任者はいないんだ」

 

これはここまで資材集積計画を主導して来た実感として肌で感じている、どう考えても私にそれらしい肩書が付いた所で意味を成さない、必要なのは司令官達を束ねられる人望とかカリスマとかそういった類のモノだ、私にはどれも持ち合わせが無い

 

「いや、それはどう考えても佐伯司令官の仕事ですよ、ほら、例のアメリカのじーちゃんが原案を作ったっていう司令長官用の契約書、あれの検証がもうすぐ終わるって聞いてる、契約を結び直す事で佐伯司令官は大本営司令長官職に着任可能な状況になる、それにこれを活用して計画の遅れを他に転嫁してしまえばじーちゃんへの風当たりも弱く出来るかもしれない」

 

漣が良い考えとばかりに言って来た、がダメだろそれは

 

「それをやった所で風の当たる所が変わるだけじゃねーかな、老提督と立場を等しくする老兵にそんな風を分けた所で意味無いぜ」

 

天龍は私と同意見らしい

 

「あー、そうなってしまいますか」

 

天龍の指摘に同意の漣

 

「漣はお爺さんの事となると考えが足らなくなるのです」

 

電のそれは指摘かな、嫌味かな

 

「でも、契約書の検証待ちというのは使えるのでは?司令官の懸念も的外れとは言い切れないのですから」

 

五月雨が再利用を勧めてきた

 

「纏めると、佐伯司令官には検証が終わり次第契約を変更してもらって、司令長官職に就任、その第一計画として鎮守府大増設計画の旗振り役をやってもらう、こんな感じですか?」

 

勝手に纏めるな、吹雪がとんでも無い事を言い出した、どうすんだよコレ

 

「あの〜、纏まった所でこちらの話も良いでしょうか?」

 

遠慮がちに長良が言ってきた、こんな話がこれ以上進まない様に話題を変えるのに丁度良い

しかし長良はよくもここまで大人しくしていたものだ

 

「そちらの話は大体五十鈴から聞いてるが、こちらの話は伝わっていないか?」

 

五十鈴との押し問答的なアレをまたやらなきゃならないのかと思うとそれはそれで気が滅入るが

 

「それは昨日聞きました、私達が未帰還者としてこの鎮守府に着任すると色々と火種になりかねない、だからといって司令官は二重登録に手は貸せない、と言う事ですよね」

 

「まあ、そんな所だ」

 

かなりざっくりな解釈だな

 

「五十鈴の提案では私達をドロップ艦として登録、でしたが、ドロップ艦として収容して仮状態で問い合わせる、と言う方法はどうでしょう?」

 

「?問い合わせて、どうするんだ」

 

そもそもなにを問い合わせるんだ?

 

「ドロップ艦として収容した後で私達が最初の鎮守府所属だと言っていると、問い合わせるんです」

 

「……火種になるなら何時かでなく、今?」

 

なかなか大胆な手を持ち出して来たな

 

「少なくともこの火種が点くのは大本営になりますよ、この鎮守府は収容しただけになるのですから」

 

そういう長良に初期艦達が不満気な顔をする、天龍まで渋い顔だ

 

「司令官が最初の初期艦を保護してるからって、当てにし過ぎじゃないか?一人を保護するのとお前達を保護するのとは別だぞ?」

 

天龍には異論がある様子

 

「こちらは全員高練度艦な上に自力修復と資材生成可能な妖精さんを保有しています、鎮守府にとっても悪い話ではない筈です」

 

なにそれ?そんな事が可能な妖精さんがいるのか、ウチには居ないぞ

 

「……そこまで言うのか、その辺は誤魔化すのかと、思ってたけど」

 

天龍が驚いている様に見える

 

「電ちゃんが言うにはこちらの司令官に隠し事はダメなんだって、全部話せば見捨てる事はない、ウチの叢雲はそうなってる、そう言うから、皆んなとも相談して電ちゃんの話に乗ろうって決めたんだ」

 

なんでこうも私の知らない所で話が勝手に進んでるのかな、それに又しても電か

 

「それで、司令官は乗るのか?この話」

 

即答できる様な案件ではない、先ずは時間を稼がないと

 

「……その前に、特務艦の引率をしている叢雲を呼ぼうか」

 

確か工作艦の補佐として補給艦達と一緒に工廠にいる筈だしな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







登場艦娘

初期艦研修中の叢雲、現在外地研修として特務艦隊を引率中、教導艦は天龍に変更されている
単に初期艦との表記であればこの叢雲を指す、筈

一号の初期艦、吹雪、漣、電、五月雨 (叢雲は鎮守府にて睡眠中)、大本営で色々と試行錯誤中

一組の初期艦、漣、電、五月雨 (吹雪は解体、叢雲は改修素材で二名欠員)、佐伯司令官の補佐担当

老提督(大本営司令長官)秘書艦の五十鈴、艦娘部隊大本営代理人の側面を持つ

大本営の遠征隊、天龍等が率いる遠征隊、各鎮守府を巡回していたりもする

移籍組、本編中では引き籠り達として出て来ていた高練度艦達

五十鈴の姉妹艦達
・大本営で未帰還者として記録されているあの海戦の生還艦娘
・海戦からそれなりに経つが戦没扱いに出来ない事情がある、らしい
・現在五十鈴の主導、天龍達の協力により何処かに隠匿中
・大本営には同型同名艦が所属している




登場人物

老提督
・研修中の叢雲からは視察官、一期で視察官として鎮守府に来ている時が初対面だったから
・一号の初期艦からはじーちゃん、お爺さん、艦娘部隊発足前から色々あった経緯から
・稀に最初の人、艦娘の言う妖精さんを見る事が出来た最初の人
・現在監察官の一人として大本営の監察中、大本営を上部機関が統括下に置いている間の臨時司令長官

監察官
艦娘部隊上部機関より派遣された、退役軍人、国家代表、元上級官僚、という方々、大本営を監察中

老兵
・老提督に続き妖精さんを見る事が出来た二人目の人、退役軍人
・老提督と同様に艦娘部隊上部機関に席を用意されてる艦娘部隊の重鎮の一人
・漣からはアメリカのじーちゃん呼びされてる
・監察官の一人として大本営を監察中の筈
・現在大変な厄介事を抱え込み難儀中でもある

移動指揮所の自衛隊
佐伯司令官の要請で舞台となっている鎮守府に駐留、自衛隊内部で扱いが割れて紛糾中、現場の自衛官は艦娘部隊に協力姿勢を示している

桜智司令官、増設された五箇所の鎮守府の一つに着任している司令官、元五月雨の司令官

佐和司令官、増設された五箇所の鎮守府の一つに着任している司令官、元吹雪の司令官

佐伯司令官、増設された五箇所の鎮守府の一つに着任した司令官、舞台となっている鎮守府の司令官



その他

あの海戦
・過去に一度だけ発生した深海棲艦と艦娘の大規模海戦
・本編の時間経過上では一度だけしか発生事例がない
・この海戦の始まりは人の軍隊と深海棲艦で勃発した
・この海戦は相応に記録されている、らしい




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72 この場に揃っている面子

 

 

 

呼び出した叢雲はこの場に揃っている面子に驚きながらもここまでの説明を大人しく聞いた後、盛大に溜息を吐いた

それと呼び出したのは叢雲一人だが、工作艦と補給艦と秘書艦まで一緒に来た、この人数ではこの小部屋では狭いんだが、仕方ない

 

「事務艦が早とちりしてその後始末と聞いていたから、参加しなかったのに、そんな話になってるなんて、今度からは全部参加させてもらうわよ」

 

おう、なんか叢雲の目が座ってる、なんでだ

 

「それで、司令官は長良の提案なら乗ってくれるのかしら?」

 

五十鈴の関心事はそれか、まあ、当然か

 

「……なに?」

「変わった妖精さん、見た事ない妖精さんが居ますね」

 

部屋に入ってからずーと視線を向けて来ている工作艦に長良が耐えられなかったか

 

「司令官!私も研修を終わりにしたいです!!是非に出撃許可を!!!」

「えーと、私はもう少しこのままでも良いですよ、今、給糧艦の方から手の空いてる時に食堂を手伝ってもらえないかとお話がありましたので、叢雲さんに調整をお願いしている所ですし」

 

補給艦二人も其々言い分はあると

 

「司令官も大忙しだな」

 

普通になんの気もなくいう天龍

 

「この上に今以上の計画の旗振り役をやれと、云われてもな……」

 

「やまちゃんを秘書艦にすれば一気に解決する事です、それをしないと、司令官が大変ですよ?」

 

漣というか初期艦達はずっと大和を推している

 

「大和、ね」

 

正直能力自体は高いと私も思う、ただ適正に問題があるとも思う

私が見聞きした限りでは結構な意地っ張りで負けず嫌いな上に問題を抱え込む悪い癖がある

抱え込まれるのが一番困る、移籍組を率いて来た時には抱え込み過ぎて破綻寸前まで行ってしまい、収集出来なかった

建造からこれまでの期間で培った諸々の癖はこんな短期間では変わらない、現状で大和を活用するには相応の監視役と同行させる必要がある、と思う

 

「司令官は大和に思う所があったりするのか」

 

天龍が変わらない調子で聞いてくる

 

「そういうのはない、無いんだが、そう見えるか?」

 

「大本営での大和しか知らないオレからは、かなり冷遇されている様に見えるが」

 

「……具体的に言ってくれ」

 

天龍も大和推しか、そこまで推される何があるのか、私にはわからないんだが

 

「司令官との面会時間というか回数が少ないな、出撃の予定もなく海に出る予定すらない、司令官から指示された内容は遠征隊のサポート、それも陸上での仕事に限られる、大戦艦に課す任務じゃ無い様に見えるが」

 

なるほど、確かに大戦艦に課す任務じゃ無い、私が聞いても全く同意してしまう指摘だ

 

「私との面会時間や回数が少ないと言うが、そういった要請は出されていない、海に出る予定は大和の消費量が多過ぎて当面無理だ、計画に遅延を生じる、遠征隊のサポートは大和だけではなく攻略隊、第一艦隊にも指示している、大和を一人で放置しているわけではない、海に出る予定がないのだから陸上での仕事に励んでもらう以外に活用しようが無い、陸上の任務であれば艦種はあまり関係ない、寧ろ陸上の任務を艦種で決めろという艦娘がいるのか?」

 

取り敢えずは天龍の具体例に反証を出す、納得してくれれば良いんだが

 

「司令官は本来の職務から拡大された職権を行使して計画の推進を図らなければならない難しい立場にいる、それがわかってるから、司令長官に、なんて話が出て来ているのでしょう、そこを完全に無視したのは、どうして?」

 

私に続けて初期艦まで天龍に聞き出した

 

「どうしてってな、また大和の奴、色々溜め込んでそうだったからな、大本営にいた頃はオレらがガス抜きしてたが、ここじゃ誰がやってくれんのか、気になった」

 

天龍の指摘にハッとした、その発想はしてなかった、そうか云われてみれば、抱え込む奴なんだからガス抜きしてやらないと暴発しかねない

長門はそもそもガス抜きとか要らない性格だから思いつかないだろうし、駆逐軽巡は遠征隊の方に編成されてるし、あの大人しい重巡が気が付いていなければ、ヤバイ事になっているかも知れない

 

「そんな心配は要らない、大和は結構楽しく過ごしているわ、長門と一緒に駆逐艦に囲まれて、軽巡達と遠征計画の立案と調整、資材の出入庫管理、遠征隊の兵装や装備まで見てくれてる、事務艦ともよく話してるし、こっちの特務艦達ともよく話してる、問題を抱えてる様には見えないけど」

 

ほう、事務艦は大和に仕事を振ってるのか、叢雲から思いがけない情報を聞けた、まあ、結果が良ければ何でもいいが

 

「司令官にはどう視えてる?」

 

天龍に聞かれた、変に取り繕っても仕方ない

 

「見ていない、天龍がさっき面会が少ないと言っていたがその通りにな」

 

「それで、放って置くのか?」

 

少し不快感を乗せてくる天龍、大和の扱いに不満の様子

 

「言いたい事はわかった、そう言う話は他からも出てるしな、だからといって何が出来るわけでもないのが問題だが」

 

「それじゃあ放置するのか?問題だとわかってるのに」

 

「悪いが、私は全知でも万能でもない、出来る事の範囲は艦娘より狭い、全てに対処を求められても、出来ないものは出来ない」

 

どう思われようとも出来ないモノは出来ない、この場で取り繕っても仕方ない

 

「そうね、今司令官の職務として優先度の高い仕事は鎮守府大増設計画、艦娘一人のメンタルケアに割く時間は無い、寧ろ大和がセルフケアを学ぶ機会と捉えないと、所属艦娘が増えるのだからこういった事案は今後増えていく、艦娘もそこを踏まえた司令官との関わり方を自己学習する時期になったのでしょうね

建造から一度も司令官に着く機会のなかった天龍達には不満があるだろうけど、それをここで言っても解決には繋がらない」

 

五十鈴がなんか言い出した、その中にある気になる話があったから聞いてみよう

 

「司令官に着く機会が無いとは?」

 

「ああ、大本営の建造艦は鎮守府の建造艦と違って司令官を支持している訳じゃない、所属としては大本営だけど、大本営にいたのは人の都合で指揮を執るだけの士官達、アレは艦娘の司令官じゃないから」

 

五十鈴が説明してくれた、これまでの天龍達の行動と合わせ、想像を膨らませて状況の整合を試みる

 

「……半野良状態、だとでも言いたいのか?」

 

まさかと思いつつ聞いてみる

 

「それに近いな、組織としての大本営とは認識していてもそこに何があるわけでも無いからな」

 

そういう天龍はそんな中で艦娘の数だけは確保しようと手を回してたのか、でもそれをしてどうするつもりだったのだろう、司令官がいないのなら鎮守府の様に自立も難しいだろうし

 

「今は司令長官だけど、いるからな、色々捗ってはいる、反動が怖いけどな」

 

大本営の監察の関係で一時的に老提督が司令長官に就いている、それが大本営の建造艦にとって初めて着く司令官になっているのか、天龍の説明からすると

 

「わかっているとは思うが、老提督はその職務上一時的に司令長官になっているだけで、遠くない将来にその席から退く、その席に誰が座るか、大本営でも話題にならないって事はないんだぜ、今からそんな泣き言ばかり聞かされても、困るんだ、こっちとしても」

 

天龍はそう言うがそんな事私に言われても、どうしろって言うんだよ

 

「司令官には乗り気はしないかも知れないけど、長良の提案に乗ってみない?この提案なら長良達は当面は海に出られなくなるんだし、その間司令官の補佐役に専念出来る筈、大本営からの書類にもあった様に、司令部を構築するには丁度良いと思うのだけれど」

 

五十鈴が長良の提案を押し始めた

 

「……」

無理な相談だ、この鎮守府に所属すらしていない艦娘で司令部を構築なんて

 

「なるほど、それなら大本営が引き渡せと言ってきてもゴネられるな、それに計画推進を理由に余計な連中を遠去けるのに憲兵やら大本営も動き易い、悪くないと思うぜ」

 

だから、勝手に話を進めて纏めるなよ、私は一切賛成していないんだが

 

「司令官、どうでしょうか?」

 

長良が聞いてくる、そこに間を空けず初期艦が続く

 

「私は昨日来た軽巡とも会ってるし話もした、聞いた所だと全員が五十鈴と同程度の練度を持つそうよ、陸上での仕事も仮住いの都合上自分達でやらなければ誰もやってくれないから、相応に出来ると言っていた、条件だけ見れば悪くない話だと思う」

 

それは推薦してるのか、あれだけの不利を無視出来るだけの利がどこにあるのか、判断しかねるが、あんまりな状況に思わず目を閉じて考え込んでしまった

 

「時間はあまり無いのは分かってる、それでもこの場では決められない、時間をくれ」

 

そう言ったら部屋にいる艦娘達が次々に退室していく音が聞こえた

これ以上話しても無駄と思われたか、目を閉じて考え中の私にはその時の艦娘達の顔は見えなかった

 

 

 

 

 

その夜、私は滅多に近付かないウチの初期艦の居室に居た

初めの頃は見舞いがてらそれなりに足を運んだが、艦娘達に寝ている叢雲の居室に入るのは良くないと注意されて以来、通うのを止めてしまった

元々眠ったままの叢雲の世話は長門に頼んでいたし、足を運んでも寝顔を見る以外にできる事は無い

久しぶりに入った叢雲の居室は以前と何も変わっていない、前に入ったのはあの初期艦がここに籠った時か、それでも何も変わらない室内から長門が手間をかけてくれているのがわかる

龍田や白雪も時々は長門に手を貸すとは聞いているが、長門は眠った叢雲の世話を欠かさない

 

正直、あの指定外の海域まで艦娘艦隊を配置するのには私自身に葛藤があった

それをしたら、叢雲の世話は誰がやるんだ?

勿論、私がやるのが妥当、だとは思うが、見舞いですら注意してくる艦娘達にはその妥当性は認められないだろう

駄目元で妖精さんに叢雲の世話は出来ないか、と聞いたら、軽く'オッケ'と返された

世話っていうのは維持とは違うんだぞ、と念の為に聞いたら'心配無用'とヤケに力強く返してきたからそうした

 

結果としては妖精さんはキチンと世話をしてくれた、そう長門から聞いてる

長門には叢雲の妖精さんが着いている、着いている艦娘に関わる事なら信用するしかない

そこに疑問があっても確かめる手段は無い、妖精さんも艦娘も謎の存在である事には変わりがないのだから

 

いつ見ても変わらない私の初期艦がそこにいる

 

「なあ、私はどうしたら良いんだ?職務が多過ぎる、職責が重過ぎる、これから更に倍増する事が確定しそうだ、もう、私の手には負えないよ、どうしたら良い?」

 

話しかけた所で返事はない、それはわかってる、わかっていても、聞いてもらわずにはいられなかった

最初の話では試験運用だから気楽にやってくれと、司令官職の研修担当者も言っていた

成功も失敗も無い、全て運営資料となるから履き違え無い様に、とまで言っていたのに、今のこの状況は何なんだ

 

いつから道を外した?

どこから想定外なんだ?

なんでこんな面倒臭い事態になってる?

 

眠ったままの叢雲は微動だにしない

人なら床擦れとかを心配する所だ、妖精さんの話だと艦娘にもそういうのはあるらしいが、ウチの初期艦の場合はその心配は無いと言っていた'艦娘としては''終わっているから' そう言っていた

霊廟に安置されてる訳じゃ無いんだけどな、ウチの初期艦は

 

そんな取り留めのないことをぼんやりと思っていたら誰かが部屋の扉を開けた

長門が世話をしに来たのかと、そちらを見たら、二人いる

 

「だれ、ですか?」

 

この声は電か、今ウチの鎮守府に滞在しているのは一組の電だ

 

「司令官の佐伯だ、こいつの世話をしに来てくれたのか?」

 

手にそれらしいモノを持っているのが見えたからそう聞いた

 

「そうだ、びっくりするじゃないか、こんなに暗い中で息を潜めてるなんて趣味が悪いぞ」

 

おう、慣れない、この一組の五月雨にはなかなか慣れない

そういいつつ五月雨が部屋の明かりを点ける

 

「驚かせてしまったか、すまない、少し考え事をしていた」

 

「考え事、です?」

 

何か言いたげに聞いて来る電、私が何か言う前に五月雨が畳み掛ける様に言い出した

 

「どうでもいい事さ、考えたって何にもならないんだ、出来ることは出来るし、出来ないことはどうやっても出来ない、なにも変わらないのに考えてしまう、悲しいし虚しいことだ、それより、世話をするとわかっていながら、そこにいるつもりなのかな?」

 

五月雨の台詞に電がジト目を向けて来た、えっと、退散した方がいいなこれは

 

「直ぐに出るよ、邪魔して悪かった」

 

「待つのです」

 

部屋を出ようとしたら電に呼び止められた

 

「司令官はどうしてここに?普段は来ないのに、電は司令官が困っているのならチカラを貸すのです」

 

おおう、この一組の電はとても良い子だ、間違っても逃げ時を見計らわないといけないなんて事は無い

 

「ありがとう電、そう言ってもらえるだけで充分だよ」

 

言いつつ電の頭を撫でてしまった、いかんな、駆逐艦相手だとこれがクセになってる

 

「……もしかして、司令官は叢雲と話をしたいのかい?」

 

五月雨の言い分に思わず電を撫でていた手を止めてしまった、これでは五月雨の言い分を認めたも同然だ

駆逐艦とはいえ初期艦、下手な誤魔化しは通らないだろう

 

「無い物ねだりってヤツだな、他の艦娘には言えないし話せない、こいつならなにを話しても大丈夫だから、つい、な」

 

初期艦選定の部屋でいきなり自分を選べと高飛車に命令調で言って来た、それがこいつとの始まり、こいつが変に遠慮とか気を使うとかしなかったお陰で、こっちもそういった気苦労とは無縁だった、お互い言いたい事を散々言い合ったし、艦娘には腕力に訴えてるよりも効果的な手段がある事を学んだし、思い出せる限りでもロクな目に合ってない

研修時には艦娘は女性形なんだからと煩悩を働かせた奴もいたが、そんな事は鎮守府に着任したら只の幻想でしか無かったよ

 

「司令官が望むのなら、話をすれば良い、五月雨を使って良いよ」

 

「?」

なにを言い出した?意味がわからん

 

「えっと、改修をすると、一時的に起きられますよね、叢雲は」

 

電が解説してくれた、が、何故それを知っている?

 

「ここに来てから長門に言ってお世話を交代してもらってる、これでも初期艦だよ五月雨は、お互い初期艦で妖精さんに現状を聞いてるんだ、単純に妖精さんの保有数が足らないって話じゃないから改修では一時的にしか目覚めないけど、話をするだけなら、十分じゃないかな」

 

「……」

 

叢雲と話が出来るのなら、と思う反面現状では貴重な初期艦を改修で使う事に躊躇いを覚える

そもそも一組の五月雨は大本営所属艦、私の一存で改修素材には出来ない

 

「五月雨は電を解放したい、五月雨は壊れてるから一人ではいられない、今のままだと電は五月雨の保護を辞められない、先任の電の言う通りなんだ、だから司令官は五月雨の頼みを聞いてくれるだけで良いんだ」

 

なにを言いだすんだこの五月雨は、一号の電と五月雨がそれっぽい話をしていた様な気もするが、そう言う事では無い、論点はそこでは無いんだ

 

「五月雨は、電の、先任の電の主張に賛成なのですか」

 

心配というか頼り無さ気というか、そんな感じに聞く電

 

「賛成もなにも、艦娘としては正論でしょ、でも間違っているのは電じゃない、五月雨だ、電は五月雨の間違いに巻き込まれているだけだ、間違いは正さないといけない、正すにしてもそこに価値が見出せるのなら、これまで間違い続けて来た甲斐があった」

 

どういうつもりか知らないが、少し嬉しそうな五月雨、なにが五月雨にそういう顔をさせるんだ?

この一組の五月雨とは色々話したいとは思っているが、未だに時間が取れない、灰汁抜き程度に少しだけ話せたくらいだ、それでも仕事はキッチリ仕上げて来るのだから能力的には何の問題もない、そこは一号の初期艦達が評価していた通りだ

 

「あー、盛り上がってる所悪いが、私は休ませてもらう、世話を頼むよ」

 

そう言い残して叢雲の居室を後にした、あれ以上変な話が出て来ても困るしな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





登場艦娘

初期艦研修中の叢雲、現在外地研修として特務艦隊を引率中、教導艦は天龍に変更されている
単に初期艦との表記であればこの叢雲を指す、筈

一号の初期艦、吹雪、漣、電、五月雨 (叢雲は鎮守府にて睡眠中)、大本営で色々と試行錯誤中

一組の初期艦、漣、電、五月雨 (吹雪は解体、叢雲は改修素材で二名欠員)、佐伯司令官の補佐担当

二組の初期艦、吹雪、叢雲、漣、電、五月雨 、老提督の補佐担当

三組の初期艦、吹雪、叢雲、漣、電、五月雨 、一組の補佐、遠征隊のサポート担当

秘書艦の大和、秘書艦に任命されているが鎮守府に転属となり秘書艦は名目のみとなっている

老提督(大本営司令長官)秘書艦の五十鈴、鎮守府滞在中、艦娘部隊大本営代理人の側面を持つ

大本営の遠征隊、天龍等が率いる遠征隊、各鎮守府を巡回していたりもする

移籍組、本編中では引き籠り達として出て来ていた高練度艦達

特務艦、工作艦一、給糧艦ニ、補給艦ニ、この五隻が研修中 (名目上)

五十鈴の姉妹艦達
・大本営で未帰還者として記録されているあの海戦の生還艦娘
・海戦からそれなりに経つが戦没扱いに出来ない事情がある、らしい
・現在五十鈴の主導、天龍達の協力により何処かに隠匿中
・大本営には同型同名艦が所属している



登場人物

老提督
・研修中の叢雲からは視察官、一期で視察官として鎮守府に来ている時が初対面だったから
・一号の初期艦からはじーちゃん、お爺さん、艦娘部隊発足前から色々あった経緯から
・稀に最初の人、艦娘の言う妖精さんを見る事が出来た最初の人
・現在監察官の一人として大本営の監察中、大本営を上部機関が統括下に置いている間の臨時司令長官

監察官
艦娘部隊上部機関より派遣された、退役軍人、国家代表、元上級官僚、という方々、大本営を監察中

老兵
・老提督に続き妖精さんを見る事が出来た二人目の人、退役軍人
・老提督と同様に艦娘部隊上部機関に席を用意されてる艦娘部隊の重鎮の一人
・監察官の一人として大本営を監察中の筈
・現在大変な厄介事を抱え込み難儀中でもある

移動指揮所の自衛隊
佐伯司令官の要請で舞台となっている鎮守府に駐留、自衛隊内部で扱いが割れて紛糾中、現場の自衛官は艦娘部隊に協力姿勢を示している

佐伯司令官、増設された五箇所の鎮守府の一つに着任した司令官、舞台となっている鎮守府の司令官





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73

 

7月20日

 

 

翌朝、執務室に入ったら中に二人の艦娘がいた

一人はいつも通り事務艦、もう一人は……

 

「……叢、雲?」

 

「まったく、なんて顔してんの、まさか私の顔を忘れたの?」

 

理解が追いつかない、何故あいつがここに?

 

「あんたが仕事を振られすぎて追い込まれてるから励ましてやってくれって、五月雨が起こしてくれた、あの子ようやく司令官の役に立てたって嬉しそうだった、あの時の無力な自分から少しだけ前を向けるようになったって、言ってた」

 

まて、待ってくれ、五月雨が起こした?そんな事は頼みも指示もまして命令なんてしてない

なんでそんな事になるんだ

 

「ちゃんと指示しなかった、あんたはハッキリと言わなかった、改修を提案して来た五月雨に止めるように命令を出さなかった、その結果なんだから、私を責めないで欲しいわね」

 

「司令官、しっかりしてください、叢雲さんの持ち時間は長くありません、戸惑うよりも問題解決に注力する事を進言します」

 

叢雲と事務艦が言ってくる、が私の頭は混乱したままで状況の理解も思考の整理も追いつかない

 

「ったく、面倒な」

 

その叢雲の声が聞こえた瞬間、聞いているだけなら良い音と同時に背中に衝撃が走った

 

「イッてー、なにしやがる」

 

背中をパーで引っ叩かれた、これ絶対背中に手形がついてる

 

「何時迄もボーとしてるからでしょ、少しは司令官らしくしたら如何なの?」

 

「まったくなんで朝っぱらからこんな目に、大体改修の許可なんて出してない、お前は何処で改修をしたんだ、工廠には工作艦が住み付いてる、勝手に設備使用出来ない筈だが」

 

以前と変わらない私の初期艦に少しづつ調子を戻して、いや、引っ張られて調子を整えられてるのか

 

「そこに説明が要るの?妖精とは話してるんでしょ?」

 

「例の救助したとかいう妖精さんの事か?」

 

 

 

 

 

 

〜以下回想〜

 

私の初期艦が大破したあの日、本人は早々に入渠させたが、着いている妖精さんを少し連れ出して事情を聞いている

なんでも遠くから発信される救助信号を受信していてその方向を探していたんだとか

 

不思議な事にこの信号を受信しているのは私だけ、他の僚艦は誰も信号を受信していない

海域攻略中でもその信号は受信され続けたばかりかこちらに寄って来ていた

信号強度からそう判断したが、この時点でも発信方向を特定できていなかった

だから、発信元が寄って来たのか、艦隊が近づいたのか、その判断は勘に頼るしかなかった

私は向こうが寄って来たと判断していた

攻略海域で救助信号を発信する状況、動けるのなら安全な海域に向かう筈

艦娘艦隊は海域攻略の為に深海棲艦の集中する方向へ向かっている

深海棲艦が集中する海域は海水の色が変わる

どういう理屈かは分かっていないが、深海棲艦を探す目安の一つになっている

周辺の観測が出来るのならどう間違っても艦娘艦隊に近づいてはこない

方向が逆なのだから、それにこの海域の潮の流れなら艦隊に近づく前に深海棲艦に捕まる

重巡の搭載している水上偵察機の前航路哨戒で深海棲艦を見つけている

その深海棲艦はまだ交戦範囲の外だ、そして何かを捕らえている様子は無いという

つまり、深海棲艦のいる方向は発信元の方向では無い、それでも信号強度は増してくる

 

一定間隔で定期的に受信する救助信号を受信しても、艦隊行動中では探しに行けない

この信号を受信しているのが自分だけなら尚の事、それを無視せざるを得ない

そして深海棲艦との交戦、戦艦の火力と重巡の牽制、それに釣り出された深海棲艦を分隊の私と白雪で雷撃、戦闘自体はそれでほぼ終息、戦艦の火力で薙ぎ払われた深海棲艦がまだ沈み切らずに黒煙を靡かせているくらいだった

戦艦と重巡を中心に駆逐艦と軽巡で周囲を警戒していた、そこで突然例の救助信号が至近で発信された、信号強度から目視範囲からの発信は確実な筈

この発信は白雪にも受信された

白雪も至近での発信にも関わらず発信方向が特定出来ない

旗艦である長門は救助信号なら周辺を捜索する様に指示したが、受信しているのが駆逐艦二艦のみ、他の四艦は感なし、その駆逐艦も発信方向が特定出来ない

この状況での捜索は時間の浪費と軽巡からの進言もあり、駆逐艦の捜索も発見出来ずとの結果から捜索を打ち切り海域攻略を続行した

 

偵察機が前方に深海棲艦を見つけた、丁度長門の射程内に入ろうという距離だった

直ちに砲撃を開始した長門、その周囲を警戒する軽巡と駆逐艦

この時の状況が普段と違う事に駆逐艦以外は気が付いていなかった

私と白雪はあの救助信号を受信し続けていた、信号強度は全く変わらない

それは救助信号を発信している何者かがこの艦隊に同行して来ている事を意味する

しかしその発信者は何処にも見つからない

潜水艦では無い事はわかっていた、この信号の周波帯では水中からの発信では無い

事態を解明しようと私は感覚器を解放、目標との距離が縮まる前に発信元の特定を試みた

初期艦の中では叢雲だけが持つ、統合感覚器とも言える艤装でも兵装でも無い固有装備

本来妖精さんが制御する分割制御部をそれを纏う艦娘と同期、同調させ直接制御する機能を持つ

使うだけでも相当の鍛錬を必要とする上に妖精さんが居る限り使う必要性が乏しく、同様の感覚器を持つ艦娘でもこの機能を自覚出来ない個体がいるくらいに使う機会が無い機能だ

妖精さんの介入無しに艤装と装備を直接制御、受信し続けている信号を直接拾って行く

私の鍛錬不足で兵装までは制御出来ない、これは今後の課題

妖精さんの制御が無いと余分なノイズまで拾ってしまうが、それにより救助信号と判定されていた信号と同期発信されていた有意信号を見つけそれを分離する事が出来た

 

それと同時に水中から突発音が聞こえた

ハッとして周囲を見渡すと、白雪が何か叫んでいた

突発音はその音量を上げながらかなりの勢いで近づいてくる

魚雷だ、正体不明の信号の解析に手間をかけている隙がこんな事態を招くなんて

今から制御を妖精さんに返しても間に合わない、一度妖精さんの介入を退けると妖精さんが制御を回復するまでに少し間が空いてしまう

このまま対処するしかない、この状態では兵装は当てにできない

艤装を私が直接制御しているから妖精さんが兵装を扱えない、魚雷の航跡と水中音から雷数は一つ

旗艦に向かってる、その旗艦は遠距離砲撃中でまだ魚雷に気が付いていない

雷数が一つなのは疑問だが、今は旗艦をこの魚雷から護らないと

自分がこの雷撃を受けて旗艦を護る、兵装が使えない以上それしか手がない

相変わらず白雪が何か叫んでる、長門も魚雷に気が付いた

間に合う、直接制御している艤装はいつも以上に私の思い通りに私を魚雷の進路へ運んでくれた

そこで予測された爆発、軽く意識が飛んだ、けど直ぐに痛みで意識を引き起こされる

 

そして、変なのが私に着いていた、なんだろうこの見慣れない妖精もどきは

 

何をしているのか直ぐにはわからなかったが、どうやら私の艤装と兵装に着きたいらしい

しかし兵装には既に妖精さんがいて追い払われている

艤装は私の直接制御下にありこの見慣れない妖精もどきが何をしても意味を持たない

諦めた様に見えたが、頭の方に寄ってきた、感覚器に取り着くつもりだとわかった

私に着いた見慣れない妖精もどきが挙って感覚器に取り付いた所で艤装の制御を妖精さんに返し、解放状態から閉鎖状態に戻した、これで妖精もどきを封じられる筈

取り敢えずはこれで凌いで、鎮守府に戻ってから工廠の妖精さんになんとかしてもらおう

それにしても通称でミミノアーレと呼ばれる私の感覚器は妖精さんの扱う艤装ではない

なんだってあの妖精もどきはそこに集まったんだろう

 

そこからは散々だった

無線で司令官には呆れられるし、旗艦には変に気を使われるし、白雪は世話を焼きたがるし

鎮守府に戻ったら、司令官が怖い顔をして待っていた

入渠後、執務室に来る様にと言って私の頭を撫でてから司令官は去った、今のはただ撫でだだけじゃなく、妖精さんを連れ出したよね

話を聞きたいのなら直接聞けば良いのに、なんで妖精さんに聞くのかな

兎も角、入渠して来よう

 

〜以上回想〜

 

 

 

 

 

 

「救助というか、勝手に乗り込まれたんだけど、似た様なものね」

 

「なんだそりゃ?」

 

「話したんでしょう、その救助した妖精と」

 

「話を聞かなけりゃ対処しようがないからな、色々話してくれたよ、ウチの妖精さんも知らない事を沢山知っていた、好奇心の塊みたいな妖精さんだったな、今でも工廠の妖精さんに混じって仲良くやってるぞ」

 

なにその阿保を見る眼は、酷くないか

 

「……なんて呑気な、アレ、アイツラの妖精よ、艦娘には害になりかねない」

 

「そうなのか?お前が連れて来た妖精さんだからそういう考えはなかったな」

 

あれ、なんで呆れてんの?

 

「あんた、私が連れてくれば何でも良いわけ?少しは相手の素性とか気にしなさいよ」

 

「無茶言うな、妖精さんの素性なんてどうやって調べるんだよ、何処かに妖精さんの戸籍とか管理してる所でもあるのか?」

 

そう言ったらものスゴくイヤそうな顔をしやがった、なんて身勝手な

 

「……そりゃ、そうだけど、鎮守府の司令官なんだからもう少し警戒心とか、あっても良いと思う」

 

なんでそんなに不満そうにされなきゃならんのだ、理不尽な

 

「御二方、時間は限られているのですよ、もっと優先度の高い話をしませんか?」

 

事務艦の声にそちらに目を向けると、眉と目尻と口端を吊り上げていた

 

「あんたもそんなに怒らないでよ、こっちは起きたばかりで今の状況がわからない、少しは事情説明して欲しいんだけど」

 

「五月雨さんから、改修時に五月雨さんの妖精さんを得ているのでしょう、それで何の説明が必要なんですか?」

 

まだ眉が吊り上がっている事務艦

 

「えっと、五月雨は、ちょっと普通じゃなかった様でね、改修で得られたのは五月雨に同化仕切れていなかった叢雲の妖精さんだけなの、それで情報が断片的なのよ、情報の取捨選択と整理整頓、出来れば時系列での評価も欲しい所ね」

 

「?どういう事ですか」

 

やっと事務艦の眉が下がった、いやそれは兎も角、叢雲の妖精さんを得たとは?

 

「五月雨は叢雲で改修されていた、この改修がなければ正気を保てていなかった、本人も壊れていると司令官に話してる、そういう事」

 

「大本営所属の叢雲を使って大本営所属の五月雨を改修していた、のか?壊れているとは言っていたが、それはどういう意味だ?」

 

話が単純にわからない、何の話だか

艦娘の改修は許可制な筈、そう決めたのは大本営だ

しかし大本営所属の艦娘で改修された艦娘が居るとは初耳だ、それに壊れていたとは?

 

「大本営では艦娘の改修は推奨していないの、資材の無駄使いだって云うのが士官達の言い分、だから鎮守府には許可制を敷いてる、五月雨はあの件でこの鎮守府に来て、何も出来なかったと自分を責めていた様ね、大本営に戻って報告書を提出したら、士官達から問われ続けた、それで出て来たのが改修したのに何の役にも立たなかったという、士官達の結論、五月雨はこういった的外れな感想を全部正面から受け止めてしまい、壊れてしまった」

 

淡々と話す叢雲

 

「艦娘が人に何か言われた程度で、壊れる、のか?」

 

疑問しかない話だ

 

「確かにその程度では壊れたりしない、けど、五月雨の場合は色々と条件が重なり過ぎた、検証例としての改修、その経過観察も碌にしないままでの調査命令、調査先の鎮守府では大問題の発生中、そこの司令官は青い顔して無理してるのが丸分かり、しかも民間上がりの素人司令官、チカラになりたかったんでしょうね五月雨は、でも何も出来なかった、そう本人が思い込んでいた、民間上がりの素人司令官はそんな五月雨をフォロー出来なかった、まあ、それは無理筋ではあるんだけど、司令官としては情けない限りよね、仕事が手一杯で艦娘に気が回らないなんて、何処の素人さんかしら?」

 

「……民間上がりの素人司令官だと、言ってなかったか?」

 

こいつの嫌味に磨きがかかってるんだが

 

「調査報告書は何とか提出したけど、そこから時間のある限り士官に呼び出されて報告書に関する口頭での再報告、それを士官の数だけやらされたそうよ、個別にね」

 

個別にって、そういうのは必要人数を集めて報告を受ける場を設けるのが、組織としての対応ではなかろうか

 

「……大本営の士官って、十人以上、いる筈だが?」

 

あまりにも疑問だったから聞いてみた

 

「最大数だと四十名前後の士官が任官していたと聞いてる、これだけいるのだから、余程ヒマだったのでしょう、仕事してるフリをするのに五月雨の再報告は格好の口実にされたって事ね、その再報告をさせた士官からは何の書類も提出されていない様だし」

 

書類が提出されていない、つまり、官僚の仕事ではないという事、士官だって指揮下の艦娘が、命令を履行してその報告を受けたならば何らかの書類を作成するのは仕事の内、まして呼び出しての再報告なのに何も提出せずに済んでいるという事は、そういう事なのか

 

「そんな馬鹿な話が、通るのか、そういう所なのか、大本営って所は」

 

「漣さんが言っていました、官僚にとっては理想郷だと」

 

事務艦が軽く言ってくる

 

「それを何とかしようと、老提督が踏み止まってるんでしょ、でも、何時迄も持つ訳じゃない、踏み止まっている間にあんたが先に進まなければ全て元に戻される、それで良いわけ?」

 

言ってくれる、そんな事はわかってるんだ云われなくとも

でも、この先も一人で進めなければならないのか?

勿論有りと在らゆる補佐を艦娘達がしてくれているのは知ってるし、ここまでの準備だって私一人でやった訳じゃない事もわかってる

 

それでも、私は一人だ、同じ立ち位置の筈の司令官達はある程度の協力はしてくれるが、それ以上に独自行動を起こす、それは鎮守府司令官としては当然の事でもある

事務艦には多大な負荷を追わせてしまっているが、その負荷は艦娘としての、私の指揮下の艦娘としての負荷だ、事務艦は大和に負荷を割り振って自身には今以上の負荷を負う準備を整えている、私がいつでも大和を秘書艦として運用できる様にも手を回すという両面待ちの準備だろう、優秀な事務艦だ

 

大本営で大増設計画の具体策を構築中の一号の初期艦、この鎮守府に出向して来て合同作戦行動を滞り無く運営する助けとなっている一組の初期艦、二組の初期艦は大本営で老提督の補佐をしているというし、三組の初期艦は一組の支援をしているという

それ以外の大本営初期艦の動きは聞こえて来てはいない、元々大本営の動きは聞こえて来ないが、遊んでいる訳ではないだろう

 

これだけの協力を得ているのに私は一人だ

こんな事を五十鈴辺りに話せば大和を秘書艦にしろと言ってくるだろう

これは一号の初期艦でも同様だと予測出来る

一号がそうなら、他の初期艦に話した所で別の予測が立つわけも無い

 

「あんたの我儘で、あの老兵さんも苦労していると聞いてる、それに自衛隊の方も付き合わせてるんでしょう、今更何を躊躇っているの?」

 

答えない私に痺れを切らしたのか叢雲が追い打ちをかけて来た

 

「はぁ、叢雲さん、私は資材関係の伝達がありますから、少し外します、司令官とよく話してください」

 

そう言って事務艦が執務室を出た

それから暫くの間、沈黙があり、執務室は静かだった

 

「聞いたわ、漣が私を人に作り替えようとしてるんですって?あんたは保留にしている様だけど、私を人にしたいの?」

 

「それは……」

 

何も言葉が続かない、それについては考えを纏める時間も取れていない

 

「あなたが望むのなら、それでもいい、聞いた限りだとあの子には私は必要では無くなったそうだし、要らない艦娘は解体するのが本来だしね、少なくとも、もうあなたが私を保護し続ける理由は無い」

 

「……」

改修目的の保護、その為の状態維持、わかってはいても誰も言葉にはしなかった事案だ

 

それを本人から言われるとはね、先送りは意味が無いと指摘していた五十鈴の言い分がこういう形で目の前に出てくるとは思いもしなかった

 

答えない私に叢雲が続ける

 

「もしかして、私は、やりすぎた?

……何か重荷になる様な、あなたを縛る様な真似をしてしまったの?」

 

それは、イエスともノーとも言えるが問題はそれじゃない

 

「単に、怖いだけだ、計画自体が大き過ぎる、普通の、一般人の負う責務じゃないだろ、今回の大増設計画は、しかも艦娘部隊、日本駐在の可否まで掛かって来ている、もし艦娘部隊の日本から撤収なんて事になったら、今の自衛隊の有り様から相当に悲惨な事態になる事が確実なんだ、国家組織レベルの職責を私個人に負わせるなよ」

 

叢雲は黙って聞いていた、その後も暫く黙っていた

 

「わかった、漣に私を人にする様に言っておく、それで、いいでしょう?」

 

何が良いんだ?

 

「そんな素人を放って置いたら安心して眠っていられないわ、だから、あなたは人になった私に籍を用意する事、人になってもあなたに手が届かない所に隔離されたら意味が無い、良いわね?」

 

セキを用意?なんの席だ?鎮守府に留まれる様にという事か?

 

「それは、出来る、と思うが」

 

鎮守府司令官の権限でも指揮下の艦娘の進退はその範疇にある筈、漣のいう人化の前例がない以上いきなり大本営に連行されるとはならない、と思いたい

そうならない様に、先に五十鈴に、秘書艦を通して老提督に話を付けておいた方がいいか

 

「良し、じゃあ、私は色々話を集めに行くわ、こういうのを浦島状態って言うんだっけ?これじゃあ動き様が無いからね、あんたはそこに溜まってる仕事をしなさい、イイわね」

 

「アッハイ」

 

いかん、反射的に返事をしてしまった

 

それを聞いた叢雲は、私の頭を撫でてから執務室を退室していった

 

「コレ、やられると結構恥ずいな」

 

兎も角、仕事は片付けないといけない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




登場艦娘

事務艦、鎮守府の雑務を一手に引き受ける苦労艦娘

叢雲、最初の初期艦の一人、鎮守府配置の初期艦、今迄 (外見上) 眠っていた

長門、鎮守府第一艦隊旗艦

白雪、第一艦隊に編成される事の多い駆逐艦、叢雲の相方を初春から押し付けられた

漣、現在鎮守府に滞在しているのは一組の漣、一号の漣は大本営遠征隊として鎮守府に来ている

五十鈴、老提督秘書艦

五月雨、一組の五月雨、改修素材になり叢雲を起こした、五月雨自身一組の叢雲で改修されている



登場人物

老提督、艦娘部隊創設の立役者、実績と肩書きの凄い爺様

佐伯司令官、民間登用で鎮守府司令官職に就いている




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74 執務室に乗り込んで来やがった

 

 

 

7月21日

 

 

 

定期便が昨日と同じ編成で来た、運んで来た資材を搬入し終えるとそのまま執務室に乗り込んで来やがった

それも余計な連中を引き連れてだ、どう見てもウチの初期艦と会った上での行動だ

 

「お前ら面会要請くらい出せ、許可してないぞ」

 

「そういう誤魔化しは要らないですから、詰めの話をしませんか、司令官」

 

何時に無く真剣な漣

 

「詰めの話?大増設計画の決行日を決めるのか?」

 

「それもありますが、その他諸々全部纏めて実行しましょう」

 

真剣な漣の後ろで取り敢えずは大人しく控えている連中が気になる

 

「現段階では準備不足だ、大本営で主導するならこちらに止める権限は無い、勝手にやってくれ」

 

そういったら五十鈴が前に出て来た

 

「何の準備?必要な準備なら、大本営で許可出来る案件なら全て許可を出す、この場で今直ぐに承認でも許諾でも出すわよ」

 

初期艦配置の許可は出さないクセにこう言ってくるという事は大本営では本気で私に全部負わせるつもりなのか、気が滅入る

 

「五十鈴、司令官は普通の人なんですよ、訓練を受けた士官でも、自営経験のある起業者でもない、今は司令官の成長より組織の拡大が先んじている状況です、そこを補佐してこその初期艦であり、秘書艦ではないですか?」

 

五月雨が五十鈴を止めてくれた、慎重派の五月雨らしい言い分だ

 

「それと、司令官、あの子の、一組の五月雨の望みを叶えてくれてありがとう」

 

続けて言って来る五月雨

 

「?私は、何もしていないが」

 

まあ、知られずにって訳にはいかない、それでも感謝される様な事でもないと思うが

 

「あの子は、ずっと望んでいました、司令官のチカラになりたいと、その機会が巡って来てあの子は迷わなかった、あの子は、五月雨は司令官のチカラになれましたか?」

 

「……もちろん」

 

そう言うしかなかった、余計な言葉は言い訳、否定にしかならないだろうから

 

「だから、ありがとう」

 

そう言った五月雨はとても柔らかい笑顔を見せてくれた

 

「じゃあ、話を詰めようか、何が不足しているのか、その解決策を考えましょう」

 

空気を入れ替える様に吹雪が元気良く言って来た、五月雨の件は引き摺る話ではないと思い直して吹雪の話に乗る、折角あの五月雨が前を向かせてくれたのだから

 

「鎮守府の増設自体は大本営で出来ると言っていたな、そこに着任する司令官と初期艦は大本営でなければ用意出来ない、大増設計画に合同作戦中の鎮守府が協力できる事は資材の提供だけではないか?」

 

それなら大増設計画は大本営で主導した方が良いと考えている、何故大本営はこの計画までこちらに振ってくるんだ、そこがわからない

 

「その資材提供だけでは大増設計画は片手落ちになってしまう、この計画で求められているのは艦娘艦隊の大規模運用です、今から着任する司令官達に手探りで艦娘運用を学んでもらう時間は無い、着任と同時にそれなりの運用手腕を発揮してもらわないと監察官達が納得しない、その為にはこの鎮守府で修復待ちの高練度艦達の助力が必要となってくる、これが大本営で大増設計画を主導出来ない理由、同時にこの鎮守府で、佐伯司令官にしか主導出来ない理由でもある」

 

漣からの解説が入った、あの移籍組を掌握しろってそういう事情かよ、嵌められた

それに気が付いても後の祭りな訳だが、情報の小出しが過ぎるんだよ、大本営は

 

「それは移籍組を分散配置する、という事か?」

 

「それは司令官の良い様に、移籍でも出向でも、最終的に監察官達が納得すれば良いんですから」

 

なにその分り辛過ぎる基準は、どうやって判断すればいいのかな

 

「心配しなくても良いのです、大増設計画により開設された鎮守府には複製型の艦娘が配置されます、この世代の複製型なら建造艦でもドロップ艦の真似事くらいは出来るのです、これまでの建造艦しか知らない監察官達なら問題無く納得するのです」

 

電からなんかの説明が入ったが、何の話かわからない

 

「あれ、五十鈴?話してないの?」

 

漣が私の疑問を感じ取ったのか、五十鈴に話を振った

 

「話はしたわ、複製を使って数を増やす算段を立ててる事はね、問題は解決出来たの?そっちの話は五十鈴も聞いてないんだけど」

 

「あれ、天龍?話してないの?」

 

今度は後ろにいる天龍に振る漣

 

「昨日、一昨日の状況を覚えてたら、オレにその質問はないだろう、お前だって話せてない」

 

「……ご尤も」

 

天龍の言い分に納得したらしい漣

 

「それで、複製型の艦娘とは?」

 

話を聞かないことには判断出来ない、続けてもらおう

 

「これまでは建造の度に発生させてた妖精さんがそのまま艦娘に成っていた、これを複製技術で増やした妖精さんに置き換える、するとドロップ艦とまでは行かないけど、ある程度の技量を持って建造出来る様になったんですよ、発生した妖精さんは工廠で経験なり鍛錬なりしてもらってから工廠の妖精さんとして艦娘の建造に加わってもらう、アメリカの建造で艦娘の建造に対しての理解が深まった事でこういう方法が可能になった、外部の発想というのは固定化された概念を取り払うには最適ですな」

 

ウンウンとなにを感心しているのかは置いておくとして、要するに艦娘の複製では無く妖精さんの複製という事か

そこをクリアしているのなら大増設計画でも妖精さんが不足する様な事にはならなそうだな

 

「その複製は何処でも出来るのか」

 

「今の所大本営だけですね、この鎮守府には技術供与しますから、ここでも出来る様になります」

 

「その複製にかかる資材は?資材以外に必要なモノはあるのか」

 

「正確には計量していませんが、艦娘の建造に必要とされる量よりは少ないです」

 

「資材だけでいいのか?」

 

そんなはずはないんだが

 

「その筈ですが、なにか心当たりでもあるんですか?」

 

初期艦の漣からそんな質問が来るとは思ってなかった、この漣、初期艦だよな

 

「なんですか?」

 

おう、漣にジト目を向けられた、感のいい奴だ

 

「ウチに工作艦が研修で来ているのは知っているな、取り敢えず今の話を聞かせて、意見を聞いてくれ、嫌な予感しかしないが私ではお前達に納得出来る説明は出来そうにないからな」

 

「?」

漣の顔にハッキリと疑問と疑念と困惑が表れていた

 

「あのー、長良の提案はどうなりましたか?」

 

遠慮がちに後ろの方から声が上がった

 

「何人いるのか知らんが、取り敢えず全員来てくれ、あんまり多いと部屋が足りるかわからんが、その時は五十鈴の方でなんとかするだろ」

 

「言われなくてもそうするわ、で、取り敢えず来させてどうするの、来させてしまったらドロップ艦として邂逅したって言い訳が使えないわよ」

 

即答して来る五十鈴、そんなに急かすなよ

 

「大本営所属ではあるんだろ、老提督が言っていた、必要なら人でも艦娘でも予算でも大本営にあるだけ提供するとな、なら提供してもらおうじゃないか」

 

秘書艦が辞令を交付するのが障害なら老提督が直接交付するって手もあるだろうしな

 

「……ああ、そういう、わかった、でもそれ、大増設計画の成功と引き換えよ、わかってる?」

 

五十鈴は嫌味を言わないと気が済まない質なのか

 

「五十鈴は成功させたくないのか?」

 

「言い様が卑怯よ、そんな言い方しなくても協力するから、五十鈴も言い方を改めないといけないわね」

 

「わかりました!!長良、これより全員を連れ帰ります!!!」

 

話が纏まったと見るとそう宣言して長良が執務室を飛び出した

それにしても連れ帰りますって、気の早い事だ、何人がどれだけ厄介事を持ち込んで来るのやら

 

「漣、ツレが要るのなら連れてっていい、工廠で工作艦と話して来てくれないか」

 

未だに納得しかねるといった感じの漣に言ってみた

 

「……意図する所が分からないですが、司令官がそう言うのなら」

 

「なにを不満そうにしてるの、おねーちゃんが聞いてあげるから一緒に工廠に行こうね、漣ちゃん」

 

「……ブッキー?悪いモノにでも当たったの?」

 

そんな感じで漣と吹雪が工廠に向かった、まあ、工作艦といっても建造直後の建造艦だ、初期艦の漣には思う所もあるのだろう

 

「工廠には一組の漣も居ますよね、一組の電も見かけましたし」

 

それを見送りながら言う五月雨

 

「ブッキーのお世話が効けば良いのですが」

 

電は心配してるのかな

 

「それに、司令官の初期艦もいる筈よ、状況確認だって言ってた」

 

こう言っているのは特務艦を引率中の初期艦

 

「どうやら腹は括れた様だな、昨日のアレを見たから、心配しちまったぜ」

 

天龍の言う昨日のアレとは、話の途中だったにも関わらず艦娘が揃って退室した、アレか

やっぱり見放されたんだな、アレ

 

「誤解すんなよ、あれからどうやったら司令官を支えられるのかってずっと話してたんだからな、最悪今日来たら司令官が居なくなってる事態まで想定してたんだ、こっちの心配も少しは汲んで貰いたい所だぜ」

 

身勝手な言い分だ、そうしないと困るのは自分達であって私ではない、大本営所属艦が私の心配をするのは何処まで行っても自分の都合でしか無いだろうに

 

「そうそう、司令官、例の契約書、憲兵隊の検証が終わったそうよ、近々老兵さんが持って来るから、今度こそ署名して契約変更に応じて欲しい、そうすれば司令官を煩わせている権限の限界を失くせる」

 

思い出した様に言い出す五十鈴、此の期に及んで情報の小出しかよ、なにを考えてるんだろうね、この軽巡は

 

「それは後で良いだろう、提督よ、今後について改めて方針を示す時だと思うが、それを提督自身の声で皆に伝えて欲しいのだ、この長門では提督の代わりには成れん」

 

これまで大人しくしていた長門が前に出て来たと思ったらこんな事を言い出した

言いたい事は分かるが、資材集積の都合があり、所属全艦娘を集める機会が作れない

現状の集積量を落とさない様にすると同じ話を最低でも四回はしなくちゃならない、それに時間も相応に取られる、どうしたものか

 

「司令官、資材集積量は計画準備段階としては必要量の備蓄が確保されています、又、資材集積率も其々の艦隊毎に安定しています、ここは一旦全行動を停止し、次の作戦行動の足並みを揃える為の準備期間としては如何でしょうか」

 

そう言ってきたのは大和だ

 

言い分は理解する、するが、それを実行したら、多分足並みを揃える所かウチ以外の鎮守府が計画に必要な資材供出をしなくなる、今は合同作戦としての協力体制なのだから

一旦停止はそのまま作戦終了となりかねない

私自身そう判断して、大増設計画の話は直接的には他の鎮守府司令官に話していない

尤も私が話さなくとも他の鎮守府司令官達は何処かから大増設計画の詳細を聞き込んでいる様だが、こちらには問い合わせて来ていない

私の思惑としてはこの合同作戦の延長として大増設計画を推進する腹積もりでいる

だから、変に区切りとなる様なイベントは挟みたくないのが本音の所

それに工廠の妖精さんの件で話をした時にも色々言われたしな、不満は分かるがそれを私にぶつけられても、どうにもしようがないんだが

 

「面倒臭いヤツじゃのう、そんな所で考え込まんと他の司令官達にぶちまけて来れば良かろう、なんなら妾が代わるぞえ?」

 

え?今の初春?こんな集まりに顔を出して来たのか?珍しい事もあるもんだ

声のした方を見ると、初春がいつものポーズで涼しい顔していた

 

「まったく、妾がおるのに気付いておらんかったようじゃの」

 

不満を隠す気もない初春

 

「悪かった、来ているとは思ってなかったんだ」

 

「フン、駆逐艦は背が低いからの、見え辛いのだな、だが、そこを見るのが良い司令官じゃ」

 

「……」

なんかエライ御立腹、そんなに怒らせる様な事では無いと思うが、他に理由がありそうな感じだな

 

「妾が来たのは叢雲の代わりじゃ、何を話したのか聞かせてくれと頼まれてな、彼奴は彼奴で聞き込みに忙しいからの、時間もない事であるし同輩の好じゃ」

 

そうか、叢雲が初春を寄越してきたのか、それで、初春は何故そんなに怒ってる?

 

「まったく、叢雲には直ぐに絆されおって、妾ではさっぱり動かせなんだ、口惜しい事よのう」

 

「???」

何を言ってるんだ初春は?

 

「あー、初春?そういう話は、後日、というか、後で五十鈴が聞くわよ?」

 

「それでは聞いてもらうとするか、行くぞ五十鈴」

 

「えっチョット今直ぐ?」

 

そんなこんなで初春が五十鈴を引き連れて退室して行った、なんだアレは

 

「それで、提督自身で皆に伝えて貰えるのか?」

 

長門がこう言ってくるって事は所属艦の不満もそれなりなんだろうと思う

 

「正直な所、難しいな、そういう不満がある事は初春からも聞いてるが」

 

「時間の問題か?」

 

「それもある、それだけではないが」

 

「事は鎮守府所属艦の士気に直結する大事だと、私は判断する、この鎮守府の司令官である提督がこの鎮守府所属艦以上に時間を割かねばならない大事とは、何だ?」

 

「長門、それは……」

 

「私は提督に聞いているのだ、口を挟まないで貰いたい」

 

初期艦が口を挟んだら長門に止められた、長門も色々溜まってるらしい

 

「前にも説明したと思うが、今進めようとしている計画は、影響範囲が広い、誇張無しでこの国の規模そのものが影響範囲となる、その上失敗はそのまま大本営隷下の艦娘部隊を解散させる根拠となる確率が高い、最悪の場合、お前達全員が解体処分となる可能性まで含んでいる、私はそんな事態を招きたくない、その為にはやらねばならない事が多く、そちらに時間を割かねばならない、これまでの様に、いち鎮守府司令官としてお前達と向き合えるのは、この計画の成功が監察官達に認められ艦娘部隊がこの国に留まれる事が確実になってからとなる、それまでは計画推進に注力し、成功を収めてから、考える」

 

「我等鎮守府所属艦を差し置いてあの移籍組の高練度を自称する艦娘達を指揮下に置くと聞いたが?」

 

何時に無く長門の追求が厳しい、それ程に所属艦達は不安も感じているという事か

 

「一義的にはそうなる、あの修復待ちの艦娘達はこの鎮守府所属としなければ、所属先が無くなってしまう、それでは再配置すら出来なくなる、何の為に修復して戦線復帰させるのか、そこから疑問を呈しても何も始まらん」

 

「我等だけでは戦力不足だと、いう事か」

 

「長門は必要十分だと、判断しているのか?」

 

長門だって今の自衛隊の混乱振りは聞いている筈、ここから艦娘艦隊で海域確保の行動を起こすのなら戦力は幾ら有っても多すぎる事は無い

 

「自衛隊が呼び寄せてしまっているからな、これを以前の状態に戻すだけでも、どれ程の艦隊が必要なのか、私にはわからん」

 

そう、自衛隊が殲滅戦を実施したお陰で一時的に周辺海域の深海棲艦は激減した

しかし、深海棲艦の十八番、無限湧きが発生、周辺海域の深海棲艦は以前よりも増してしまった

遠征隊は自衛隊の海域情報が無いと遭遇戦を避けられない、もう以前の様に、遭遇戦は稀な事態と評する事は出来ない

自衛隊が実行した様に殲滅戦をやらざるを得ない状況に変わってしまっている

だから、鎮守府の再稼動は始動と同時に総力戦となる事が確実視される

半端な準備や指揮系統の不備、まして艦娘の士気低下などがあるのなら、それらを解消してから始動しないと海域攻略に繋がらない、被害やら損害は無くせる訳でもないが抑える努力は無駄では無い筈だ

 

この総力戦が実施出来る艦娘部隊の拠点は大本営を含めても四つしかない

しかもその内二つは今も工廠が起動出来ずに修復待ちの艦娘がいる様な状態で総力戦など無理と判断しなければならない状況だ

なのに、大本営は鎮守府に初期艦を配置する許可を未だに出し渋っている

 

鎮守府の再稼動が出来る条件が整ったとは何処から見ても云えない

今は再稼動後に大量消費する事が分かりきっている資材集積に励むしかない

この鎮守府は総力戦による大量消費に加えあの移籍組の修復まであるのだから

尤も数の違いこそあれど修復待ちの艦娘が多数居るのはどの鎮守府も同じだが

 

「司令官はどうしたいのですか?お爺さん、老提督は佐伯司令官に状況を委ねたと聞いています、私達は、初期艦は司令官を支持しています、思う所を聞かせてください」

 

そう言ってきたのは五月雨だ

 

「電が思うにですね、先ずは鎮守府間の指揮系統を構築し今以上の協調体制を確保する、一層の事、この鎮守府の指示を艦娘に優先的に履行させる規則と司令官への指揮権を確立しても良いのではないですか?」

 

「電は時々過激な事を言い出すわね、それは駄目」

 

電に応じたのは初期艦だ

 

「なぜですか?」

 

「司令官はそういう方向で考えていない、五月雨が支持するって言ってるのにそういう過激な発言は如何なの?」

 

初期艦は電の提案に反対の様子

 

「そういう初期艦は何か考えがあるのか?」

 

おや、長門が矛先を初期艦に変えた、何か考えでもあるのかな

 

「そうね、現状で手続きだけの問題としては五箇所の鎮守府に初期艦を配置する許可を大本営が出さない事、その所為で工廠が止まったままだから、鎮守府が再稼動出来ない、鎮守府の再稼動は工廠の再稼動と同義なのだから、どうにかしてその許可を取り付けましょう」

 

「そこを無視して指揮権や規則を弄った所で実は無い、という事か」

 

なんか、長門が嬉しそうにしてるんだが、なんだろうね

 

「そうなる、漣の話だと大本営で複製した初期艦を配置するって言ってたけど、それが何時になるのか、天龍は知ってる?」

 

未だに大人しく後ろに控えている天龍に聞く初期艦

 

「命令があれば直ぐにも出来る、ここの所一号の初期艦が来てるのはその辺の話があるからだ、話す機会に恵まれなかったがな」

 

おい、そういう事はさ、話を通して置く事じゃ無いのかな、なんで私の所に話が来るのがこうも遅いのかな

 

「という事は、工廠に行ってる漣が帰ってこないと話が進まないと……」

 

「長門、いま遠征隊は如何なっている」

 

初期艦の話を遮ってしまった、大丈夫かな、大丈夫そうだ

 

「遠征隊は予定通りに資材集積に勤しんでいるが、中止させるのか?」

 

まあ、長門はそれで私から所属艦に話を通してもらいたいんだろうな

 

「いや、回数を間引いてくれ、疲労度を勘案してな」

 

「そこを基準にしたら軽巡達が出られなくなる」

 

まあ、資材集積が目的ならそう考えるよね

 

「重巡を出していい、集積率より海域哨戒を主軸にした編成に順次切り替えてくれ」

 

「ん?それでは、提督からの伝達ができないでは無いか」

 

遠征を止めないと所属艦を集められないって考えだよね

 

「それは哨戒結果を見て決める、近頃は自衛隊に頼りきっているからな、艦娘艦隊での自立行動に切り替えろ」

 

「ほう、時間を作るのだな」

 

漸く長門が私の考えに気が付いた様だ

 

「作れるかは向こう次第だがな」

 

「わかった、遠征隊と協議して来よう」

 

そう言い残して長門が退室した、それを見送っている大戦艦に呼び掛ける

 

「大和、長門と一緒に遠征隊の切り替えを、編成の組み替えをよく覚えてくれ」

 

「は、はい、大和は工廠へ行って来ます」

 

なんだろうね、話を聞いていたかな、あの大戦艦は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






登場艦娘

初期艦研修中の叢雲、現在外地研修として特務艦隊を引率中、教導艦は天龍に変更されている
単に初期艦との表記であればこの叢雲を指す、筈

一号の初期艦、吹雪、漣、電、五月雨 (叢雲は鎮守府にて聞き込み中)、遠征隊として鎮守府に来ている

一組の初期艦、漣、電 (吹雪は解体、叢雲、五月雨は改修素材で三名欠員)、佐伯司令官の補佐担当

二組の初期艦、吹雪、叢雲、漣、電、五月雨 、老提督の補佐担当

三組の初期艦、吹雪、叢雲、漣、電、五月雨 、老提督、遠征隊のサポート担当

秘書艦の大和、秘書艦に任命されているが鎮守府に転属となり秘書艦は名目のみとなっている

老提督(大本営司令長官)秘書艦の五十鈴、鎮守府滞在中、艦娘部隊大本営代理人の側面を持つ

大本営の遠征隊、天龍等が率いる遠征隊、各鎮守府を巡回していたりもする

移籍組、本編中では引き籠り達として出て来ていた高練度艦達

特務艦、工作艦一、給糧艦ニ、補給艦ニ、この五隻が研修中 (名目上)

五十鈴の姉妹艦達
・大本営で未帰還者として記録されているあの海戦の生還艦娘
・海戦からそれなりに経つが戦没扱いに出来ない事情がある、らしい
・現在五十鈴の主導、天龍達の協力により何処かに隠匿中
・大本営には同型同名艦が所属している






登場人物

老提督
・研修中の叢雲からは視察官、一期で視察官として鎮守府に来ている時が初対面だったから
・一号の初期艦からはじーちゃん、お爺さん、艦娘部隊発足前から色々あった経緯から
・稀に最初の人、艦娘の言う妖精さんを見る事が出来た最初の人
・現在監察官の一人として大本営の監察中、大本営を上部機関が統括下に置いている間の臨時司令長官

監察官
艦娘部隊上部機関より派遣された、退役軍人、国家代表、元上級官僚、という方々、大本営を監察中

老兵
・老提督に続き妖精さんを見る事が出来た二人目の人、退役軍人
・老提督と同様に艦娘部隊上部機関に席を用意されてる艦娘部隊の重鎮の一人
・監察官の一人として大本営を監察中の筈
・現在大変な厄介事を抱え込み難儀中でもある

移動指揮所の自衛隊
佐伯司令官の要請で舞台となっている鎮守府に駐留、自衛隊内部で扱いが割れて紛糾中、現場の自衛官は艦娘部隊に協力姿勢を示している

佐伯司令官、増設された五箇所の鎮守府の一つに着任した司令官、舞台となっている鎮守府の司令官





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75 漣がいないと話が進められない

 

 

 

執務室での話は一旦お開きになった、というのも初期艦が言っていたように漣が帰ってこないと話が進められない

大本営の遠征隊は暫く待機、丁度良い機会なので給糧艦が運営している炊き出し食堂へ行くそうだ

事務艦は朝方資材関連の伝達があると言って出たきり未だに戻って来ない

それで今執務室に居るのが私と初期艦、何故か初期艦が事務艦が戻るまで書類整理をやると言い出したからだ

こちらとしてもコレを一人で相手するのは如何かと思っていた所だし、何よりこの初期艦がなにか言いたそうにしているので、手伝いを頼んだ

 

「……あの、司令官?」

 

「なんだ?」

 

書類整理を進めながら聞く

 

「いつもこんな感じで執務をしているの?」

 

「そうだが、なにか変か?」

 

答えつつも手は止めない

 

「多過ぎない、書類」

 

「これでも事務艦がそれなりに整理していってる、随分助かってるんだ」

 

「……」

 

なんだ?急に大人しくなったような感じがした、チラ見だが初期艦を見る

如何も書類整理はあまり得意では無い様子、事務艦と比べられる域に達していないのはわかってる、それでもコレを一人で相手するよりは余程マシというものだ

 

「……このくらい何とでもしないと、司令官の役に立てない」

 

多分独り言だろう台詞が聞こえた、もしかして、この初期艦は事務艦と作業量を競う気か、アレは専門職だから、初期艦でもあの域は無理なんだが

艦娘の専門職というのは実に恐ろしいレベルで仕事を熟す、その実例を事務艦で見ているから大和が専門職と聞いて警戒したんだが、如何やら警戒し過ぎたらしい事が後になってわかった

艦娘の専門職といっても個体差というか其々なんだと認識を改めた事例だ

なんにしても切りの良い所までは進めてしまおう、溜めてもいい事ないしな

 

 

 

 

 

「しれーかーん!なんですかアレは!!工作艦って凄過ぎませんか!!!」

 

いきなり執務室の扉が開いたと思ったらコレだよ、ウチの駆逐艦だけでも元気が良過ぎるのに初期艦までこうなったか、良いんだか如何なんだか

 

「漣、執務室に入る時はノックぐらいして、驚くでしょ?!」

 

あーあ、初期艦が慣れない事務作業のストレスに祟られてる、仕方ないね

 

「あれ、叢雲ちゃん?なんで事務作業なんてしてるの?」

 

「良いでしょ、別に」

 

漣の突っ込みにそっぽを向いて応える初期艦

 

「そんな事より、司令官、工作艦の協力で検証が済んでしまいましたよ、これで諸々一気進行出来ます、さあ、始まりの鐘を鳴らしましょう!!」

 

えーと、なんの話だ、随分と盛り上がってるが、私には何のことやらさっぱりだ

 

「あれ?司令官?何故にそんなにテンション低いんです?」

 

「私が低いのでは無い、で、何?」

 

兎も角話を聞かないとさっぱりわからん

 

「はい!報告します、漣は工作艦の協力の元、高速修復材と高速建造材の検証を完了しました、序でに兵装開発やら装備改修に使える開発資材と改修資材も出来ました、これで艦娘の練度に頼り切らない運用も視野に入ります、使い道が増えたんですよ、司令官の仕事ですよ、艦娘をどう運用するのか知恵を絞れるんですよ」

 

ん?それって喜ぶ事なのかな?司令官的には仕事が増えただけじゃないかな?

 

「詳しくはやまちゃんに説明しておきました、後でじっくり聞いてくださいね!」

 

えー、そんなん聞いてるヒマないんだが

 

「工作艦が作った例のヤツ、実用性はどうだった?」

 

もう無断で検証しやがった事は置いておこう、突っ込み疲れた

 

「完璧です、明石は数分と言ってましたけど、秒でしたよ、秒!これで工廠を阿保みたいに並べなくて済みます、早速大本営でも実用に移りますよ」

 

「検証の被験者は?」

 

初期艦から突っ込みが入ったか

 

「移籍組の三人、工作艦の手伝い要員だって言ってたから、検証させてもらった、丁度修復待ちだって言うからさ、叢雲の許可をもらってね」

 

ん?叢雲の許可?そうか、あいつこの鎮守府の初期艦のままだ、それが許可したのなら司令官としては文句が付け難い、考えやがったな

 

「そんな訳で司令官、サッサと事を進めましょう」

 

「まあ、落ち着け、検証したと言ったな?」

 

このまま漣の勢いに押される訳にも行かないし、チョット時間を稼ぐとしよう

 

「言いましたよ?」

 

「報告書は?先ずはそれを見て考えよう」

 

「……以外と慎重なんですね、叢雲の話から結構勢いの人だって思ったんですけど」

 

何その批評は、というかあいつは私を何だと思ってるんだ?

漣は何処に持っていたのか、報告書を出してきた

 

「初期艦、コレに目を通して概略の説明を頼む」

 

そう言ったら、初期艦が目を丸くしていた

 

「わたし?!漣の報告書なんて読んでもわからないわよ!」

 

なんだそれは、威張れる事じゃないだろう

そんな初期艦を見た漣が何処から見ても意地のワルイ笑みを浮かべた、のが見えた

 

「おやおや~、司令官のサポートを断るんですか~、そんなんじゃ初期艦研修が終わらないぞ~~」

 

語尾を伸ばすな、しかしこれで時間を稼げたな、この隙に天龍達を執務室に呼ぶとしよう

初期艦は漣に絡まれつつも報告書に目を通してる、内容が理解出来るかは別の話だが

 

 

 

 

 

天龍達を呼んだからある程度の人数は予定していた、しかしこんな大人数を引き連れてくるとは思わなかった

なので、執務室から場所を移す事を提案したら何故か食堂が選出されてしまった

この場合の食堂は元からある業者運営の食堂だ、ここだと自衛官達にも聞かれるんだが、なにか隠す事がありましたか、と問われて思い直した

そんな訳で食堂の一角を占め、協議を再開した

 

参加艦娘、大本営所属艦から五十鈴秘書艦、研修中の初期艦、遠征隊五、工廠から特務艦三と手伝いの移籍組三、鎮守府から六

総計十九、そこに私、多過ぎだろ、少し減らそうかな

 

「司令官、この程度の参加数で多いとか言っていたらこの先持たないわよ、訓練だと思って仕切って見なさい、半数以上が貴方の指揮下の艦娘なんだから」

 

私の目論見を見透かした様に五十鈴秘書艦からクギが飛んで来た

そんな事云われてもですね、名実共に指揮下な艦娘は六名だけなんですが、そこは考慮してもらわないと、厳しいんじゃないかな

取り敢えずウチの主要艦娘が揃い過ぎだから、色々確認が要る

 

「長門、遠征隊の組み替えは?どの程度間引いたんだ?」

 

「心配は要らない、事務艦と共にスケジュールを組み直し既に実行中だ、全艦隊が入れ替わるのは明日になってしまうが、提督の予定している状況を作れる、詳細は後で事務艦にきいてくれ」

 

事務艦は帰って来ないと思ったらそっちに捕まってたのか、アレも忙しい身の上だな

 

「ウチの初期艦はどうしている?」

 

あいつも聞き込んで来ると言った切り帰って来ない、事務艦は時間が限られていると言っていたが、大丈夫なのだろうか

 

「凄い勢いで話を仕入れてる、なんでも時間がないとか、言ってた、初春の妖精さんを持ち出しているのは見かけたが、今何処にいるのかは、知らない」

 

答えて来たのはウチの駆逐艦だ、恐らく初春に押し出されてこの協議に来たと思われる

五十鈴を連れ出したのに初春がこの場に来ない辺りで、色々と察してしまう

 

「そうそう、叢雲から人化処置を依頼されました、実施の許可をください、叢雲はこの鎮守府の所属なので」

 

漣からだ、あいつ本当に言ったのか、言うと分かっていた事でも驚きはある

 

「五十鈴秘書艦、今漣が言った件で協力を頼みたいんだが、宜しいか」

 

「……本当に実施するのね、分かった、人化後も司令官の側に、この鎮守府に残れる様に協力する、ただ、どういう形での協力になるか、そこまではこの場で確約出来ないけど司令官の期待には応えさせてもらう」

 

「へぇ、初期艦を人にして迄側に置きたいんだ、変わった趣味の人?」

「北上、止しなさいよ、アレを見たでしょう、巻き添えなんて御免だからね」

「大艇ちゃんが帰って来ました!!ありがとかもー!!!」

 

なんだこいつらは、工廠の手伝い三名が好き勝手言い出した、が放っておこう、触ると長そうだし

 

「そうだ、提督、秋津洲の兵装、二式大艇は凄いぞ、鎮守府周辺海域の哨戒を任せられる程だ、日中に限られるが、哨戒部隊の負担をかなり軽減出来る筈だ、急かす様で悪いが、移籍の手続きはいつになるのか?」

 

長門が触りやがった、長引かない事を願おう

 

「修復完了と同時にこの鎮守府の所属になる手筈だが、工作艦?書類作成が間に合っていないのか?」

 

「鎮守府配置の初期艦権限で実施されたんですよ?書類作成は初期艦の仕事では?」

 

との工作艦の弁

 

「あれ、叢雲はウチの工廠は工作艦に任されているって言ってたけど?」

 

との漣の弁

 

「明石さんがそういう希望を司令官に言っただけだと聞きましたが」

「それを認めたから移籍組から手伝いの艦娘を配置したんじゃなかった?」

 

との補給艦達の弁

 

「五十鈴秘書艦?移籍組の三名に説明していないのか?」

 

説明したと言ってた筈だが

 

「詳しい説明をしたのは夕張だけね、あの時引率に二人借りたでしょ?」

 

なんでもない様に軽く言って来るんだが、どうしてくれよう

まさか、もしかして、だけど、ウチの駆逐艦が二人も来てるのは、その引率をしたから、なんて事は、ないよね?

 

「所属確認の書類は大本営に送付しました、現状は確認待ちです」

 

嫌な予感に冷や汗をかいていたら、夕張が言って来た、どうやら手続きはやってくれている様だ

 

「それが済めば秋津洲には哨戒部隊と兼務してもらいたい、良いか、提督」

 

「任せる、運用は確実にな」

 

「分かった、攻略隊と哨戒、即応部隊も待機として良いか」

 

「所属確認が先だ、遠征隊の入れ替えが終わる頃合いを見て調整を」

 

「ほう、皆に話をするタイミングとしては分かるが、短いな」

 

「なら、調整を上手くやってくれ」

 

「なんとかしよう」

 

そう長門が答えた、取り敢えずウチの方はこれで何とかなるだろう

 

「では、本題だ、初期艦、突然で悪いが、今実施中の外地研修が終わったらウチに着任してもらう、初期艦研修については打ち切るか、初期艦着任後に残りを履修するか、大本営で教導艦とよく話して欲しい」

 

「!!?えっ、そんな事出来るの?」

 

初期艦が予想外に驚いている

 

「やってもらう、ウチの叢雲もこの鎮守府に来る事になるから、共同で当たってもらう事になるだろう」

 

「あー、そう言う事、なら教導艦としては言う事ないぜ、司令官の良いように」

 

天龍が答えて来た、教導艦ってこの天龍だけなのか、大本営に所属している三隻の天龍が全員教導艦と言う訳では無いのか

 

「何を他人事のように言ってるんだ、お前も、大本営には天龍は三人いるんだろ、一人来てもらうぞ、龍田と共同で遠征隊を率いてもらう、資材関係を任せたい、ここまでは良いかな五十鈴秘書艦」

 

大本営で元の仕事に戻るよりこっちに来て、資材配分を任せた方が私の仕事が楽になる

 

「良いわよ、そのくらいなら予測の内だし」

 

あっさり認める五十鈴秘書艦

 

「天龍は大増設計画に関わる資材供出の具体案を、大本営の鎮守府増設との調整をしつつ速やかに作成してくれ」

 

「ん?大増設自体は大本営でやるのか?」

 

あれっといった感じで天龍に聞かれた、そう聞いたが、違ったっけ?

 

「天龍達がやれると言っていると聞いたが、違うのか?」

 

「ああ、アレね、でもそうなると大本営の遠征隊が回らないぜ、そっちの手当ては?」

 

大本営の事情まで私に持ち込まれてもどうしようもないんだが

 

「知らん、大本営でなんとかしてもらうしかない」

 

ここはキッパリと答えた、変に含みを持たせて良い事案では無い、断られたら別の手を考えないといけないが

 

「マジかよ」

 

嫌そうな顔をしつつも天龍は私の方針を何とかする方向で考えてくれる様だ

 

「漣、複製技術の供与と実用化にどのくらいかかる」

 

「大本営から三組の漣も呼んでもらえれば、近日中に可能です」

 

「五十鈴秘書艦、呼んでくれるか?」

 

「分かった」

 

「初期艦、漣の方が完了したら大増設計画の進捗に合わせて初期艦及び妖精さんの分配を調整、出来ればスケジュールを作成してくれ」

 

「やってみる」

 

やってもらう、私は妖精さんと会話は出来ても細かい意図までは判別が難しい、そこの所は初期艦に一日の長というかそういった類いのモノがある、餅は餅屋ってヤツだな

 

「初期艦や妖精さんの配置は一号の技術供与でこちらでも出来る様になるが、司令官の配属は大本営で実施してもらいたい、今に至るも着任予定の司令官の情報はこちらには一切ないのだから、司令官の人事権は大本営で持つのだろう」

 

そう予測しているが、予測なんだから確認しないといけない

 

「そうよ、司令官には艦娘に対しての権限しか無いんだから、そこは大本営で持つ」

 

五十鈴秘書艦の発言から推察すると、司令長官にはそういった人事権まで付いて来そうだ、そんなのに持ち上げられる前に実施に漕ぎ着けて大本営持ちのままにして置きたい

 

「後、何か不足している部分は?気になる部分があれば言ってくれ」

 

「前に移籍組から提案のあった遠征隊を空母種の艦娘が扱う飛行隊で支援するというのは採用するの?」

 

早速五十鈴から質問だ

 

「誰か空母艦娘の運用に詳しくアレを指揮統率出来る適任者が居れば、採用したいが、私では無理がある、空母種の艦娘の運用は私にはわからない」

 

何と言ってもこの鎮守府に空母種の艦娘は着任していない、水上機と艦載機って同じ扱いで良いんだろうか

 

「ふーん、適任者ならここに居る、私が運用の指揮を執る、良いわね」

 

はい?この秘書艦は何を言い出すのかな、老提督の秘書艦をどうするつもりだ

もしかして、姉妹艦がこの鎮守府に来るから、それでか?それだったらどうしよう

 

「変に邪推しないで、仕事は仕事、キッチリ熟すわ」

 

おう、顔に出てしまった様だ、五十鈴から突っ込みが入った

 

「そうなると、大本営との調整は誰がやってくれるんだ?」

 

「大和がいるでしょ、秘書艦なのよ?この鎮守府に配属されている艦娘で貴方の秘書艦、使い熟すのも貴方の仕事」

 

マジですか、それはもしかしたら一番の難題ではなかろうか

 

「司令官は何をするのかな~、艦娘にお仕事割り振りすぎてやる事がなくなりそうね~」

 

龍田の奴絶対に分かって言ってる、揶揄われてんのか?

 

「移籍組の修復完遂と最終的な所属の調整、大増設計画で消費する資材を優先とする為に修復、再艤装だっけ?兎に角、双方で消費する資材と集積される資材量から鑑みて修復作業に調整が入る事になるだろう、この位置に艦娘は配置出来ない」

 

「あらあら、そんな良い所に立とうだなんて、司令官は変わった趣味なのかしらねぇ」

 

なんか龍田の突っ込みが厳しいんだけど、不機嫌って訳でもなさそうだし、なんだろう

 

「龍田、そのくらいにしておけ、司令官が困ってるし、伝わっていないぞ」

 

長門が言って来た、伝わってないとは?

 

兎にも角にも、御老体の無茶振りに応え、艦娘部隊の残留を確実なモノにするとしよう

 

 

 

 

数日の間は空いたが、鎮守府大増設計画は一気に動き出した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





登場艦娘

初期艦研修中の叢雲、現在外地研修として特務艦隊を引率中、教導艦は天龍に変更されている
単に初期艦との表記であればこの叢雲を指す、筈

一号の初期艦、吹雪、漣、電、五月雨 (叢雲は鎮守府にて聞き込み中)、遠征隊として鎮守府に来ている

一組の初期艦、漣、電 (吹雪は解体、叢雲、五月雨は改修素材で三名欠員)、佐伯司令官の補佐担当

二組の初期艦、吹雪、叢雲、漣、電、五月雨 、老提督の補佐担当

三組の初期艦、吹雪、叢雲、漣、電、五月雨 、老提督の補佐、遠征隊のサポート担当

秘書艦の大和、秘書艦に任命されているが鎮守府に転属となり秘書艦は名目のみとなっている

老提督(大本営司令長官)秘書艦の五十鈴、鎮守府滞在中、艦娘部隊大本営代理人の側面を持つ

大本営の遠征隊、天龍等が率いる遠征隊、各鎮守府を巡回していたりもする

移籍組、本編中では引き籠り達として出て来ていた高練度艦達

特務艦、工作艦一、給糧艦ニ、補給艦ニ、この五隻は鎮守府へ着任手続き中

工廠の手伝いの移籍組、北上、夕張、秋津洲、明石の補佐役として他の高練度艦より先に着任手続き中


五十鈴の姉妹艦達
・大本営で未帰還者として記録されているあの海戦の生還艦娘
・海戦からそれなりに経つが戦没扱いに出来ない事情がある、らしい
・現在五十鈴の主導、天龍達の協力により何処かに隠匿中
・大本営には同型同名艦が所属している
・鎮守府へ着任手続き中





登場人物

老提督
・研修中の叢雲からは視察官、一期で視察官として鎮守府に来ている時が初対面だったから
・一号の初期艦からはじーちゃん、お爺さん、艦娘部隊発足前から色々あった経緯から
・稀に最初の人、艦娘の言う妖精さんを見る事が出来た最初の人
・現在監察官の一人として大本営の監察中、大本営を上部機関が統括下に置いている間の臨時司令長官
・佐伯司令官に在るだけ提供すると言った為に多大な労苦を負う事になっている模様

監察官
艦娘部隊上部機関より派遣された、退役軍人、国家代表、元上級官僚、という方々、大本営を監察中

老兵
・老提督に続き妖精さんを見る事が出来た二人目の人、退役軍人
・老提督と同様に艦娘部隊上部機関に席を用意されてる艦娘部隊の重鎮の一人
・監察官の一人として大本営を監察中の筈
・老提督の労苦を見かねて手を貸している

移動指揮所の自衛隊
・佐伯司令官の要請で舞台となっている鎮守府に駐留
・自衛隊内部での扱いがこれまでと別の意味で割れて指揮権上位の方では紛糾中
・現場の自衛官は艦娘部隊に協力姿勢を示している
・艦娘部隊の大規模計画遂行を注視、色々思惑がある様子

佐伯司令官、増設された五箇所の鎮守府の一つに着任した司令官、舞台となっている鎮守府の司令官








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ー8期ー
76 艦娘が海の上で向かい合っている



御注意

・大幅に書き方が変わっています
・苦行用です
・長いです

ご承知頂きたく存じます


 

 

 

 

鎮守府-近海(鎮守府至近)

鎮守府所属艦:最初の初期艦叢雲/新任の初期艦叢雲

 

 

二人の艦娘が海の上で向かい合っている

姿はよく似た二人、ただ、装備している艤装の違いが二人を同型同名艦とは見做せなくしていた

 

「さて、私には時間が無い、だから貴方がどれだけ拾えるか、取りこぼす方が多い事は分かってる、始めから全力で掛なさい、いいわね?」

 

「……大丈夫なの?貴方には殆ど妖精さんが着いていない、それに艤装だって吹雪から借りているのでしょう?無理に演習しなくても」

 

「私の心配より今はこの演習でどれだけ拾えるかを考えなさい、これも貴方が素直に私を改修素材に使わなかった結果なのだから、今のままでは貴方は少し練度の高いだけの駆逐艦でしか無い、初期艦として司令官に仕えるには色々足りない、この演習で少しでも何かを拾えれば、少しはマシになる」

 

「でも貴方はいなくなるわけじゃない、人化処置で艦娘から人になる、二人で司令官を支えるのではいけないの?司令官はそれを望んでいるのだと思うのだけれど」

 

「人の身では司令官を支え切れない、艦娘の、初期艦の支えが必要となればそれが出来るのは、貴方だけ、人化処置を受けたら私は司令官の側にいる事しか出来ない、私は司令官が望むだけ側にいる、けど、それは支えると言う事ではないし仕えると言う事でもない、いつか、司令官も私を側に置く必要がない事に気付く、私はその時に備えなければならない」

 

「はぁ、人化処置を受けたら、解体って訳にはいかないのは分かるけど」

 

乗り気ではない新たな初期艦をどうにか演習に引っ張り出し、何とかその気に持っていけた様子だ

ここから、この演習が最初の初期艦叢雲の艦娘としての最後の刻、この新任の初期艦叢雲にどれだけ託せるか、やってみるしかない

 

 

 

 

鎮守府-港

鎮守府所属艦:長門/龍田/初春/大和

 

 

鎮守府至近で行われる演習、それを見守る鎮守府所属艦娘

 

「始まったか」

 

「ええ、それにしても演習海域にすら行かずにこんな至近で演習なんて、司令官は何故許可したのでしょうか?これでは鎮守府にまで砲火が及んでしまいます」

 

「その心配は要らんじゃろ、双方共に高練度の初期艦、鎮守府に砲弾を打ち込む様な事にはなるまいて、大和こそ、この演習の見届け役を依頼されておるのじゃろ」

 

「見届け役というか判定役ですね」

 

「ならば良く見ておれ、ウチの初期艦に新任の初期艦が如何に沈められるのかを」

 

「……本気で撃沈しに行く、と?」

 

演習の目的を聞いて耳を疑ったのはつい先程の大和、それでも判定役を引き受けてしまう辺りが大和らしい

 

「明石が何やら新しい妖精さんの特性を纏めたとか言っていたな、何でも一度限りだが轟沈から完全復帰させられる妖精さんに仕上げたそうだが」

 

「今回が初実装だそうじゃ、向こうで大本営の初期艦達が揃って記録を取っておる」

 

「長良さん達に着いていた妖精さんですか、大和はあまり良い感じはしないのですが」

 

「あら~、やまとちゃんもそう感じるんだ~、カンは鈍っていない様で少し安心したわ~」

 

「……どういう意味です?」

 

「鍛え甲斐がある、かも知れんという事じゃろ、ところで、演習は確と視えているのかえ?」

 

「この至近でアレだけ派手に動いていたらイヤでも見えます」

 

「そうなんだ~、じゃあ演習が終わって落ち着いたら皆んなで反省会しましょう、やまとちゃんが進行役ね」

 

「構いませんけど、龍田さん?何が狙いですか?」

 

「この演習は鎮守府の至近で実施されているから鎮守府の皆んなが観ている、戦艦種なら戦艦種也の反省会進行が出来るでしょう?長門の進行と比較する事でやまとちゃんの事が色々わかるんじゃないかな~」

 

「……」

 

龍田の言い分に釈然としないモノを感じている事をその表情で顕にしている大和

 

それを見かねたらしい初春が口を開く

 

「誤解せぬとは思うが、念の為に言っておくぞ、龍田は意地悪で言っておるのでは無い、大和の練度と知識というか見識のズレに皆戸惑っておる、そのズレを確定させつつ皆で認識を一致させる機会としたいのじゃ、それが成れば幾分かマシな状況になるであろう?」

 

初春の言い分に少しだけ表情を戻し、別の話を振る

 

「……それにしても、お二人共撃ちませんね」

 

「互いの位置取りが気に入らんのじゃろ、撃っても当たらんのが解りきっておるし」

 

「ウチの叢雲は撃てるか分からないしね、砲撃の位置取りよりも近接戦に持ち込みたいのでしょう、距離を詰めようとしてるし」

 

「新任の初期艦はそれを嫌って距離を置いて砲撃位置を確保しようと回避行動に徹しておる、長引けば叢雲が不利というか、時間切れになりかねんな」

 

「ウチの叢雲がそんなドジを踏むとは思わないけど?」

 

龍田と初春の話に疑問を感じた大和がそれを口に乗せる

 

「あの、叢雲さんが撃てるか分からない、というのは?」

 

「ああ、彼奴には殆ど妖精さんが着いておらん、兵装を扱う妖精さんもな、おらんのじゃ、アレで艤装を扱えるだけでも驚きなのじゃが、借り物の艤装と兵装を何処まで扱えるのかは、妾には分からん」

 

「吹雪さんから妖精さんごと借り受けたのでは無いのですか?」

 

「例えばじゃ、大和の兵装を長門に装備させたとする、それで長門が大和の様に兵装を扱い切れるのか?という話じゃ」

 

「?兵装を変えても撃てなくなるという事はないのでは?」

 

「艤装に装備されるからね、兵装は、でも、ウチの叢雲はその艤装も借り物だから妖精さんが何処まで協力してくれるかは実際にやってみないと分からない」

 

龍田の解説で合点が行った様子を見せる大和

 

「あ!そうでしたね、ん?そんな不利な状態なのに何故叢雲さんはあんなに動けるのですか?大和が長門さんと艤装を全交換したら水面に立てるかどうかも分からないですよ?」

 

「そこは練度の違い、経験の差、妖精さんへの影響力、単純に習得技量が比較にならん、大和が真似できることでは無い」

 

初春の言葉に僅かに顔を翳らせる大和、それを見た龍田が続ける

 

「気にすることはないわ、あんな無茶は実戦ではやりようがないから、あそこ迄の無茶が出来るのなら戦域から逃げ出す方が現実的だしね」

 

「むっ、詰めたな」

 

「あら~、一気に寄られた様だけど、どうしたのかしら」

 

「同じ吹雪型とはいえ借り物の艤装ぞ、調子を掴み損ねていたのやも知れん」

 

演習は最初の初期艦叢雲が新任の初期艦叢雲の周辺を回り込みつつ、急接近、白兵戦の距離にまで迫っていた

 

 

 

鎮守府-工廠

大本営所属艦:一号の初期艦四/一組の初期艦二/三組の初期艦一

鎮守府所属艦:明石

 

鎮守府至近で行われる演習、それを見守る大本営属艦娘、初期艦七隻、それと初実装装備の稼働結果を待つ明石

 

「んー?なんか納得いかない、ブッキーの艤装を扱ってるにしては動きが良過ぎる、なんか仕掛けた?」

 

「そんな時間はなかったでしょ、この演習だってやるって聞いたら直ぐに艤装を貸してくれって来たんだし、何だって私の艤装を持ち出したんだか」

 

「吹雪型だし、一番近いからじゃないの?綾波型や暁型、まして白露型じゃあね」

 

「でも雪級と雲級で見た目は随分違うのです」

 

「擬似腕式の兵装接続方式だよね、吹雪型でも雲級は」

 

「吹雪型と綾波型の主砲は手持ち式なのに」

 

「他の型も主砲は手持ち式が多いよ?」

 

「雲級は魚雷も足には装備しないし、アレで吹雪型なんだからどうなってんのって感じだよね」

 

「艦娘七不思議の一つなのです」

 

「七つで済むの?」

 

「型ごとに七つならどうにかなるのです」

 

「因みに白露型の七不思議は?五月雨?」

 

先程から上の空というかこちらの話を聞いていなさげな五月雨に呼びかける漣

 

「……えっ、あっなんですか?」

 

「そんなに心配しなさんな、お互い撃沈狙いだから心配なんだろうけど、明石の製作能力は妖精さんに並ぶ、予備検査でそういう結果が出てるし妖精さんもそれをわかってる、だから最初の内は異形物?擬似妖精?みたいな感じで拒否反応を示した、この鎮守府の妖精さんから見れば大本営で発生した変異なんて知りようがないからね、そこを叢雲ちゃんの入渠で知る事になったから拒否反応が無くなった、正体が分かったからね、元々排他的な行動ってのは殆んどしないから、妖精さんは」

 

漣の説明にもあまり表情を変えない五月雨

 

「……白露型の七不思議ですか、何があるんでしょう?」

 

五月雨のあんまりな態度に三組の漣が痺れを切らした

 

「……五月雨ってば、そんなにあの二人が心配なん?」

 

「心配もしますよ、演習でお互いに撃沈狙いなんて、そんな演習を司令官はどうして許可したのかが分かりません、万一の事態が起こったらどうするんですか?」

 

「そう言う割には止めなかったよね」

 

吹雪から冷静に突っ込みが入る

 

「……止められないでしょう、叢雲の艦娘としての最後の刻、五月雨の我が儘を通して良い訳がない」

 

「まあ、その刻を私等とじゃなくて叢雲ちゃんと演習しながら迎えたいってのは、如何なのとは思わなくはないけどね」

 

「それが司令官に対して遺せる初期艦としての最後の務め、なんだかんだ言っても叢雲は司令官を認めてる、色んな意味で」

 

吹雪の感想は感情を感じられない程、冷静な口調だった

 

「民間上がりの素人司令官のハズだった、いつの間にかこうなってしまった、先の事は読み切れないって事なのです」

 

「あっ、詰んだね、しっかり記録を取りますか」

 

距離を詰めた二人を見た一組の漣の感想

 

「何故に寄られただけなのに詰んだ事になるん?」

 

それに納得行かない様子の三組の漣

 

「そっちの吹雪ちゃんやムラムラもウチのブッキーに散々言われてるでしょ、そういう事」

 

「納得いかないですね、私達三組の初期艦は一号の初期艦にはどうやっても届かないとでも?」

 

「叢雲ちゃんは三組の初期艦じゃないでしょ、まあ、視ていれば分かるよ」

 

先任達の言い分に納得いかない様子の三組の漣、視ていれば結論はすぐに出るだろうと思い直した様に演習中の二人に視線を向けた

 

 

 

鎮守府-防波堤

鎮守府所属艦:木曾/阿武隈/筑摩

 

 

鎮守府至近で行われる演習、それを見守る鎮守府所属艦娘、何ヶ所かに別れて思い想いにこの演習を見守っている

 

「うわっ、長門の教練以来じゃないか?あそこ迄相手の艤装を破砕したのは」

 

急接近した最初の初期艦叢雲の攻撃に思わず声を上げてしまう木曾

 

「長門は戦艦、今相手にしているのは駆逐艦、あんな無茶したら沈んでしまうけど、良いのかしら?」

 

同じ光景を見ながらも阿武隈からは淡々と感想の様なモノが出てくる

 

「何でも明石がなんか作ったとかでその検証も兼ねているんだそうだ」

 

「その検証には演習相手を沈める必要があるって事?」

 

「そう聞いた、二人共それを装備して、検証すると言っていた」

 

「……じゃあ、次はウチの初期艦が沈む番?」

 

現実感を何処にも感じない、感想の様な言葉が出てくる

 

「どうだろうな、あの力量差じゃ、新任の初期艦にそれが出来るとは思えないが」

 

「あっ、艤装が治った、アレが明石がなんか作ったってヤツ?」

 

見ていた光景に少し驚いた様な言葉が聞こえてくる

 

「そうみたいだな、勝手に艤装が修復されるとか、どんな仕掛けだよ」

 

「どんな仕掛けでも装備するだけで戦闘海域でも艤装が修復出来るのなら、沈まなくても済みますよ?」

 

落ち着いたよく通る声が掛けられた

 

「……そうかもしれないけどさ、なんか、こう、スッキリしないって言うか」

 

その声を発した艦娘に木曾が言葉を選び切れずに曖昧な表現になっている

 

「お邪魔してしまいましたか?」

 

驚かせてしまったと思ったのか、声をかけた筑摩が気遣う

 

「いいや、丁度良い所に来てくれた、第一艦隊の重巡としては、如何なんだ?遠征隊の方が多い軽巡から見ると、今一なんだかんだと思う所があるんだが」

 

その気遣いを受けていつもの調子を取り戻した様子の木曾

 

「んー、装備ですからね、攻略隊は火力と引き換え、遠征隊は資材回収量と引き換えになります、状況を見極め、何方を優先するか、そこを旗艦が決めるのか司令官が指示するのかはっきりさせておいた方が良いとは思いますけど」

 

「火力不足に回収量不足か、その後の影響が大きいな」

 

「でも、それって今でも織込み済みじゃない?海域攻略にしろ資材回収にしろ全て予定通りになんて司令官は言った事ないよ?いつも余裕を見た予定を組んでるから辻褄は合わせるって言ってるし、辻褄合わせに必要だから報告は正確にって」

 

淡々と感想の様に並べる阿武隈

 

「……まあ、そうなんだけどな」

「司令官の安眠と引き換えですね」

「?」

 

苦笑いの二人に対しもう一人は疑問の表情を見せた

 

 

 

鎮守府-近海(鎮守府至近)

鎮守府所属艦:最初の初期艦叢雲/新任の初期艦叢雲

 

 

自身の艤装を破砕された新任の初期艦叢雲が驚きと困惑を露わにしている

 

「今の、なに?」

 

「貴方は艦娘のチカラを使えていない、ドロップして間も無いというのはあるのでしょう、けれど、貴方はもう司令官に初期艦として着いた、出来ませんでは済まされない立場に立っている、ヒントをあげましょう、人の作った兵装でも深海棲艦を撃破する事は出来る、でも、数値化された威力が同じなら艦娘の兵装の方が深海棲艦に与えるダメージが大きくなる、それは何故?」

 

「妖精さんの付与してくれるチカラが深海棲艦により多くのダメージを与えるから、でしょう?それと今私の艤装を破砕したのと如何いう繋がりが?」

 

本気で疑問の声を上げる新任の初期艦に、最初の初期艦はその表情を一切動かさない

 

「……付与されるチカラは妖精さんと会話出来る初期艦ならより強く出来る、それは相手が艦娘でも適応される、寧ろ艦娘が相手の方がより強く発揮される、もし、艦娘が司令官に危害を加えようとしたなら、艦種に関わらず司令官を護れる様に」

 

「……」

 

最初の初期艦の言葉に、新任の初期艦が呆気に囚われている

 

「それが私では側にいる事しか出来なくなるという事、司令官を支えられるのは貴方だけという理由」

 

その言葉に、新任の初期艦はこの演習の意義を理解した

 

「そして無理を押して迄この演習を強行した理由でもあると」

 

新任の初期艦の眼が変わった

 

「貴方にこんな事を教える初期艦は他にいないでしょう?」

 

その眼を見つめ返す最初の初期艦はとても嬉しそうな表情を見せていた

 

 

 

鎮守府-港/近海(鎮守府至近)

鎮守府所属艦:長門/龍田/初春/大和

鎮守府所属艦:最初の初期艦叢雲/新任の初期艦叢雲

 

 

「む?なんだ?新任の初期艦の雰囲気が、変わった、のか?」

 

新任の初期艦の雰囲気が変わったのは見守る艦娘の多くが感じた

 

「あら~、なにかのスイッチ入っちゃたかな~」

 

大和はその雰囲気の変化に嫌な感じを受けた様で表情を険しくしている

 

「……止めた方が良く無いですか?とても不穏な感じがします」

 

「見届け役を頼まれたのは大和であろう?そうしたければそうすれば良かろうて」

 

「……使われた検証が必要な装備は一つだけです、二つ使われる迄は介入不要と念押しされました」

 

「その通りにするもしないも大和の好きにすればよろしい、なにしろ頼まれたのは大和じゃからな、我等は只の見物じゃ」

 

「……」

 

険しい表情のまま演習を見守る大和、判定役を頼まれていなければ止めに入ったかも知れない程にその表情は複雑さを見せている

 

「新任の初期艦、叢雲ちゃんもアレを使い始めたわ、ウチの叢雲が無理を押した甲斐はあった様ね」

 

「使い方がまるでなっとらんがな、機会があれば妾が鍛えようぞ」

 

「あら~、ソレ私もやりたいんだけどな~」

 

「龍田には大和が充てがわれておろう、妾の愉しみを取るでないわ」

 

「充てがわれて……大和の扱いは一体……」

 

突然出て来た会話で複雑な感情が薄められた様に困惑顔が覗いた

 

「事が落ち着いたら、鍛練すると、聞いておらんか?」

 

「それは、聞いてますが、資材回収量次第との条件が付いています」

 

「そうねぇ、事が一区切り付いたら他の鎮守府から資材提供が無くなるんだし、遠征隊は休む間がないわね〜」

 

「その辺りを如何にかしようと彼奴は無い知恵を絞っておるぞ、幾ら考えたところで遠征隊を酷使するか、大和の鍛練を先に延ばすか、どちらかしかあるまい」

 

「……提督にその選択権があるといいのだがな」

 

零す様に、独り言の様な長門の言葉

 

「長門?何かあるの?」

 

それに龍田が返した

 

「この演習を観ているのは、我々だけでは無い、そんな感じがするのだ」

 

見れば長門の視線は演習をしている二人では無く、その向こうを視ていた

 

「?なんじゃそれは、我々というのは鎮守府にいる者達か、その他にも視ていると?」

 

「確証は無い、ただ、あの日の、初期艦が大破したあの海域で感じた違和感の様なモノを思い出させる」

 

「違和感?あの赤い海で感じる?」

 

「ああ、それなら妾も感じておるぞ」

 

アッサリし過ぎの言葉を聞いた長門がその発言者に視線を向ける

 

「長門は叢雲から妖精さんを預かっておるじゃろ、艦種違いの妖精さんからの伝達がそう感じさせておるのじゃろ、艤装を出してみよ、それで解消される筈じゃ」

 

今一つ合点が行かない風ではあったが初春の言い分を試そうとする長門

 

「やまとちゃん?離れた方がいいと思うな~」

 

立ち位置を変えない大和に龍田が注意を促す

 

「えっ、あっ、はい」

 

その瞬間、大和が長門から離れ長門が艤装を出したと同時にかなり耳障りな衝突音が、金属特有の高周波音が辺りに響く、そして何かを掴む音

 

その音源をただ見つめるしか無い大和、音の発生源となった艦娘が三隻

 

「……なんのつもりだ」

 

自身に向かって投擲された切れ端を掴み取ったまま聞く長門

 

長門に向かって投擲されたソレを自身の近接兵装で切り落とした龍田

 

「流石に白刃取りとはいかなんだ、妾もまだまだよのう」

 

浮遊砲とでも言えばいいのか、独特な兵装を持つ初春は新任の初期艦が長門に向かって投擲した叢雲の近接兵装を浮遊砲で受けようとして盛大な衝突音を発生させた

 

「いきなり艤装を出すからこの子が過剰に反応しただけ、全く、あんなのにいちいち反応してたら幾つ身体があっても足りるわけないでしょう?脅威度を付け優先順位を明確にして確実に処理していかないと、今の貴方では単純な陽動にすら釣り出されて最悪の結果を生じさせてしまう、練度だけ高くても意味が無い」

 

港から普通に声が届くくらいには近い位置に来ている演習中の初期艦二隻、片方は呆れ返っている

 

「……ハッ!あれ?今、私、長門に投げつけ無かった?」

 

もう片方は、漸く事態に理解が追いついた様子

 

「思いっきり全力投擲したわよ、アレはいくら長門でも笑って済ませる範囲を超えてる」

 

「……ちょっと謝りに行って来ても、良い?」

 

「はぁ、貴方の近接兵装なら龍田が刻んだから取りに行くだけ無駄よ」

 

「……刻まれたんですか、アレで」

 

未だに保有者の手で保持されている軽巡の近接兵装を新任の初期艦は凝視している

 

「気をつける事ね、貴方が刻まれない様に」

 

「叢雲よ、そう脅すものではない、龍田とは遠征で共に行動する時間があるのじゃぞ」

 

「フン、この程度が脅しに聞こえて萎縮する様なら話にならない、この場で沈めた方が司令官の為に成るわ」

 

「そんな言い方しないで~、駆逐艦に怖がられるとこっちもやりにくいから~」

 

「全く、反射的に投げたのだろうが、戦艦に駆逐艦の近接兵装など無意味だ、何に対処したかったのか知らんが、演習中に無意味な攻撃を行うなど基本が出来ていない証左だ、大和と共に基本からやり直さねば成らんな」

 

「そこは司令官の所為じゃろ、初期艦研修を途中で切り上げさせておるしの」

 

「……そうだった」

 

初春の突っ込みに長門は納得した

 

 

 

鎮守府-工廠

大本営所属艦:一号の初期艦四/一組の初期艦二/三組の初期艦一

鎮守府所属艦:明石

 

 

港とは少し離れている工廠から演習中の二人とそれを見守る艦娘達を観察している初期艦達

 

「今の視えた?」

 

「視えた、けど、アレに対応するのは厳しいかな」

 

「お二人共ドロップ艦ですからね、鎮守府での建造艦とは違います」

 

「……ドロップ艦だからといって持ち合わせた練度では足らなかった、より高い練度が必要な司令官に着いてしまった結果なのです」

 

「結果が、アレですか、アレは五十鈴達でも厳しいかもしれないね」

 

「……漣は視えなかったんですけど、御姉様方?ホントに視えたんです?」

 

三組の漣が疑問の声を上げた

 

「ざみちゃん、そういう所が、ブッキーにツッコミ入れられる隙になってるんだよ、虚実の見極めは難しいけど、判断に感情を乗せてはいけない」

 

「判断に感情を乗せると、只の願望にしかならない、現実と願望は、全くの別物」

 

「現実を追わずに願望を追いかけても、ズレが酷く成るだけだしね、何処かで方向を修正しないと、如何成るか、自分で試したいのなら、止めないけど?」

 

「……それは如何転んでもたのしい結果にならなそうなので止めときます」

 

一号の初期艦達に総突っ込みされた、一人は言葉など使わずにその眼だけで雄弁に語って来た、流石にこれ以上疑問を重ねるのは藪蛇というモノだ

 

「長門はこの鎮守府での建造艦、それでもアレに対応出来てる、疑問の余地なんて無いからね」

 

一組の漣からも三組の漣にダメ押しが入る、本人は確認の意味合いかもしれないが

 

「やまちゃんとの練度差がスゴイのです」

 

何気なく、一組の電がサラリと呟いた、それを聞いた一号の漣が思わす溜息を吐いた

 

「……言ってくれるな、アレ見て一番衝撃受けてるのはやまちゃんだろうし」

 

「見ているだけでしたからね、反射行動さえ取れなかった」

 

「鈍過ぎるのです、鍛練が足らな過ぎなのです」

 

「見ているというか、音がした方に視線を向けたら全部終わってたって感じかな」

 

一号の初期艦達の感想を聞いた三組の漣も感想を口にする

 

「実戦でそんな状況になったら、大破所か轟沈待った無しですな」

 

それを聞いた一号の漣が深刻そうな顔になった

 

「そうなんだよね、だから司令官はやまちゃんを使おうとしない、困ったものです」

 

「さらに困るのが、やまちゃん自身が高い耐久性に頼るクセがある、まあ、大本営で標的艦としてしか海に出られなかった事もあって、根深いことになってるし」

 

淡々と言う吹雪

 

「……流石に佐伯司令官に同情したくなって来ました」

 

三組の漣の感想が続いた

 

「やまちゃんの消費資材、修復やら砲撃、航行に必要な資材、これらを揃えるだけでも、事だよねぇ」

 

「加えて演習に掛かる資材も必要と、海域維持なんてしてたら資材が足りないね」

 

「鎮守府の本業は海域維持なんですけど」

 

「詰んだね、コレは」

 

「それでも佐伯司令官はなんとかしようと、知恵を絞ってるそうですよ」

 

「……知恵で如何にか成るとも思えないけど」

 

知恵を絞って如何にかしようとしているという佐伯司令官に初期艦達は憐憫の情を寄せた

 

 

 

鎮守府-防波堤

鎮守府所属艦:木曾/阿武隈/筑摩

 

 

港とは少し離れている防波堤から演習中の二人とそれを見守る艦娘達を見守る鎮守府所属艦達

 

「……流石は第一艦隊、ああいうのを見せられたら、文句の言い様が無い」

 

感心しきった様子の軽巡

 

「叢雲ちゃんの投擲も予備挙動なしの全力投擲だった、アレに対応してくるんだから、呆れるわ」

 

感想以上の感情も無くアッサリの軽巡

 

「わざわざ対応しなくても長門なら無傷で済みましたよ?戦艦の装甲はとっても堅いですし」

 

対処が大袈裟だったと言いたげな重巡

 

「わざわざ対応したんだろ、あのコンビは、大和がちゃんと視えているのか半信半疑だったしな」

「視えてないのが丸わかりになっちゃたね」

「それは、大和がというより大本営の方針がそうだった、と聞いていますが」

 

訓練も鍛錬も成されていない建造艦に思う所はある素振りを見せる重巡

 

「それじゃ、ウチで使えないだろう、生半可に知識だけはある建造艦だからタチが悪い」

「その辺りのこっちの方針を決めるって言ってたのは、こういう事?」

「ウチの初期艦は最後まで鎮守府の為に尽くしてくれますね」

 

重巡の言い分に軽巡二人は顔を見合わせていた、大和と同時に演習中の初期艦二隻まで視えている、その視野の範囲は軽巡より確実に広い

 

 

 

鎮守府:近海/港

鎮守府所属艦:最初の初期艦叢雲/新任の初期艦叢雲

鎮守府所属艦:長門/龍田/初春/大和

 

 

何時迄も呆れ返ってばかりもいられないと、最初の初期艦叢雲は気持ちを切り替えに掛かる

 

「さてと、もう時間切れ、サッサと検証して演習を終わらせましょう」

「?」

 

「貴方の方は検証済み、もう一つは私が装備している、撃ちなさい」

「?!」

 

「貴方自身が実証したでしょう?何を躊躇うの?」

「……」

 

「それともこの装備を貴方に渡してもう一度実証する?」

「……」

 

「時間切れだと言っているでしょう、早くなさい」

 

「相手が艦娘では撃てんか?それとも叢雲だから撃てんのか?」

 

初春から突っ込みが入る

 

「いや、撃てって、このまま?こんな至近で?」

 

疑問と困惑と躊躇いを見せる新任の初期艦叢雲

 

「どれ、妾が手本を……」

 

初春が一歩踏み出す前に声が掛かった

 

「演習中です、当事者以外の海域進入は大和が阻止しますが、よろしいか」

 

「……冗談の通じん戦艦じゃのう」

 

いくら建造艦でも相手は戦艦、駆逐艦がこんな至近で威圧されたら堪ったモノではない

 

「思ったほどブレはないのね、これならなんとか成るかな」

 

「龍田さん?何か?」

 

「何も?それよりウチの初期艦が時間切れだって言ってる、叢雲ちゃんにも検証を終えるように言ってくれないかな~」

 

龍田の言い分に従い二人に声を掛ける大和

 

「検証を終えないと大和は演習に介入出来ません、お二人共検証を済ませてください」

 

それを受けて、最初の初期艦叢雲が新任の初期艦叢雲に行動を促す

 

「ほら、判定役もああ言ってる」

「……」

 

それでも迷いを有り在りと見せる新任の初期艦

 

「本当に時間切れなのよ、私が艦娘でいられなくなる、そうなる前に検証を終えて人化処置に入らなければいけない」

「……」

 

「早くなさい」

「……」

 

「撃ちなさい」

「……」

 

「撃て!!」

「!」

 

反射的に撃ってしまった、この距離で外れる訳もなく、ご丁寧に装備している火砲は勿論、魚雷まで撃っていた、完全に気圧された、気合い負けしてしまった

 

「……いくら撃てと言っているからと言うてもだな、あの距離で魚雷まで撃つか?」

 

初春が感想を零す

 

「撃沈というか轟沈でしたね、完全に沈んで行きましたから」

 

「直ぐに浮かんでくるでしょう、明石の技量が確かなら」

 

「新任の初期艦の方はその効果を発揮したのじゃ、心配あるまいて」

 

其々が感想を零す中で海面を見つめていた長門が声を発した

 

「む?艤装は浮かんで来たが、叢雲は何処だ?」

 

「演習終了!これより叢雲さんの捜索に移ります!!」

 

長門の呟きに大和が宣言して直近の海に乗り出した

その宣言を聞いた多数の鎮守府所属艦も海に乗り出し、ちょっとした混乱状態が創出されてしまった

 

「明石を連れてくるわ」

 

海に出る事なくそう呟く龍田

 

「彼奴泳げなかったかの?そこそこ泳げた覚えがあるのじゃが」

 

此方も海に出る事なく呟く初春

 

 

 

鎮守府-工廠

大本営所属艦:一号の初期艦四隻/一組の初期艦二隻/三組の初期艦一隻

鎮守府所属艦:明石/龍田

 

 

港の様子は工廠からも見えた

 

「明石?叢雲が浮かんで来ないんだけど?」

 

「修復はされてる筈ですよ、現に艤装は浮かんで来てるじゃないですか、それよりあの艤装吹雪のでは?叢雲は自分の艤装をどうしたんですか?」

 

「叢雲の艤装はとっくに使えなくなってる、今回の演習は吹雪の艤装を借り出してるんだ」

 

「うーん、そのパターンは想定していないですね、借り物の艤装でも修復はかかる事は今回の演習で分かりましたが、想定外の運用なら事前に言って欲しかった」

 

「想定外?何が想定外なんですか?」

 

「今回の検証に使った装備妖精さんは艦娘の修復と補給を同時に短時間で行います、所要時間の違いはあれどこれと類似の事は珍しい事ではないですし、妖精さんにはいつもの事、今回の検証での想定外とは、艦娘と艤装の妖精さんが一体ではなかったという事、借り物の艤装では一体とは言えません、複数体の修復を同時実行出来る妖精さんは今の所見つかっていません、そこを妖精さんがどう解釈してどう対処したか、当の装備妖精さんは消失していますから結果から推測するしかありませんね」

 

「……つまり、平たく簡単に言うと?」

 

一号の漣から確認が入った

 

「艤装には修復がかかった、あの装備妖精さんは艦娘と一体になっている艤装込みで完全復帰させる特性を持たせた、艦娘は自身の制御下にある人型部分と自身に着いている妖精さんの制御下にある艤装及び兵装部分から成り立っています、その一体を艤装側、妖精さんの制御下のみと解釈していれば、艦娘には修復がかかっていない可能性がありますね」

 

「……叢雲が轟沈した、可能性がある、と?」

 

一号の漣が文字通り眼の色を変えている

 

「私をそんな眼で睨んでも何の解決にもなりませんよ、兎に角、見つける事です、叢雲を」

 

ソレを一向に気にしていない明石は一先ず置いておく、今は明石の言う通り叢雲を見つけないと話にならない

 

「明石は高速修復材を用意して、ざみちゃんはここで記録を続けて、皆んな行くよ」

 

「漣と電は司令官に経過報告をして来ます」

 

一組の二人からの提案を聞いて、一号の漣は忘れかけていた事を思い出した、この二人は五月雨の件で誰からも一線を引いた言動を取る様になってしまっていた、そしてその例外となる司令官がいる事に気が付いた

 

「……お願い」

 

一号の漣は二人にそう言うのが精一杯だった

 

「新設の工廠の方に用意しておきます、その方が人化処置も続けて出来るでしょう」

 

そう言って新設の工廠(第三工廠)に向かった明石に新たな声が掛けられる

 

「叢雲が無事に見つかれば、ね、オハナシ、聞かせてほしいなぁ」

「……用意しながらで良ければ」

 

絶対零度の視線を向けられながら動揺を表に出さない様に努めた明石だが、冷や汗は、止められなかった

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

大本営所属艦:一組の初期艦二

鎮守府所属艦:事務艦

 

 

一組の二人から報告を受けた司令官はこう言った

 

「演習なら明石に任せてある、工廠組に言ってくれ」

 

「叢雲が轟沈して明石の創った装備が機能しなかったかも知れないんですよ?随分と他人事ですね」

 

「明石は私の期待に応えるといった、叢雲は明石の工作艦としての能力を信頼している、何よりアイツの我が儘で始めた演習だ、トラブったからと言ってこちらに持ち込まれても手の打ちようが無い」

 

「このまま叢雲が、司令官の初期艦が見つからなくても、そう言えるのですか?」

 

電の不思議そうな感情を乗せた顔を暫く見ていた司令官が口を開いた

 

「……わかった、着任したばかりだが、働いてもらおう、事務艦、ハチを呼び出してくれ」

 

「わかりました」

 

「ハチ?建造したばかりの潜水艦種の艦娘でしたね」

 

「一号の初期艦が構築した手段の複製型と呼んでいた建造艦娘だ、これまでの建造艦との違いを見ておこう」

 

 

 

鎮守府-港

鎮守府所属艦:長門/初春/伊8

鎮守府:司令官

大本営所属艦:一組の初期艦二

 

 

港に司令官が到着するなり長門に見つかった

 

「ん?提督、心配で見に来たのか?」

 

「心配?何の?……あの様子だと見つかっていないようだな」

 

「ああ、演習終了からだいぶ経つが未だ浮上してこない」

 

「と言う事だ、ハチ、叢雲は沈んでいると思われる、見つけて来てくれ」

 

「了解」

 

短く答えてそのまま海に入るハチ、それを視界に捉えつつ長門が問う

 

「……大丈夫なのか?建造直後の筈だが」

 

「一号の言う所の複製型だ、これまでの建造艦とは違うそうだ」

 

「……確かドロップ艦の真似事までは出来る、という話だったな」

 

「海面に立つのも一苦労なこれまでの建造艦では無い、という謳い文句だ」

 

長門の視界の中でハチと呼ばれている潜水艦種の艦娘は危なげない様子で静かに潜航していった

 

 

それから暫くの時間経過の後ハチが戻って来た

 

「見つけた」

「拾えるだけ拾って工廠へ持ち込んでくれ、あとは明石の仕事になる」

「了解」

 

そう言ったハチは再び潜航して行く

 

「漣、電、明石に伝言を伝えてほしい、工廠を任せるかどうかはこの結果次第だ、と」

 

ハチが浮上して来るのを待つ間、一言も喋らなかった司令官、一組の二人はかける言葉が見つけられなかった

 

「……わかりました」

 

「もう一つ、明石もわかっているとは思うが、反対する者がいるかも知れんから命令しておく、高速修復材は使わないように」

 

「なぜですか?」

 

思わず聞いてしまった電

 

「アレは劇薬だ、効果が大きい分反作用も大きい、今の叢雲では耐えられないだろう」

 

「……そこまで衰弱する、いや、している?演習でアレだけ動けていた叢雲が?」

 

漣は疑問しかないといった感じだ

 

「お前たち初期艦には、分からなかったのか?」

「……漣にはわかりませんでしたけど、電は?」

「そういう感じは受けなかったのです」

 

一組の二人の感想に特に応えるでもなく一言だけ発する司令官

 

「私は仕事に戻る」

 

 

 

鎮守府-港

鎮守府所属艦:長門/初春

大本営所属艦:一組の初期艦二

 

 

港から立ち去る司令官を見送る

 

「割とアッサリでしたね」

 

「人にしてまで側に置きたい初期艦では、なかったのですか?」

 

一組の二人の呟きに長門が応じた

 

「……そこには触れない方が良い、それより明石に伝言を伝えてくれないか」

 

「そうします」

 

一組の初期艦二人が工廠へ向かう

 

「……あやつかなり押さえ込んでおったの」

 

初春が何時もの扇子を広げて口元を隠すポーズを取りながら零す

 

「ああなると色々面倒なんだがな」

 

「轟沈した上に見つからないのじゃから、思考が追いついておらんのやも知れんな」

 

初春の感想は長門には厄介事の材料にしか聞こえなかった

 

 

 

鎮守府-近海

大本営所属艦:一号の初期艦三

~近距離無線~

鎮守府-工廠

大本営所属艦:三組の初期艦一/一号の初期艦一

 

 

大和の演習終了宣言で鎮守府所属艦が近海に乗り出し、一号の初期艦達もそれに続いた

 

「これだけ探しても見つからないなんて」

 

「捜索範囲を広げますか、この湾内で流されるにしてもそうは広範囲にならないでしょうし」

 

漣と五月雨が話している所に工廠に残った三組の漣から無線が入った

 

「御姉様方、聞こえますかー」

 

「ざみちゃん?どうしたの?」

 

「御探しの叢雲なんですが、今明石から回収したから修復にかかるって連絡が入りました」

 

「?明石が回収した?どういう事?」

 

「さあ、そういう連絡があったとしか漣にはわかりません」

 

「誰が見つけたのです?」

 

「さあ、そこまで言って来ませんでした」

 

「……兎に角戻ろう、ざみちゃんの様子からして、無線に乗せにくい話みたいだし」

 

無線に乗せない様に一号の漣が話す

 

「そんな感じですね、この無線一般回線ですし」

 

「ブッキーの艤装は曳航していきましょう」

 

「……この艤装、艦娘が装着しなくても浮くんだね、知らなかったよ」

 

「手持ちの主砲まで浮くのです、兵装は重りだなんて誰が言ったのです?」

 

 

 

鎮守府-工廠

大本営所属艦:一号の初期艦四/三組の初期艦一

 

 

曳航して来た艤装は持ち主に戻された、それから本題を切り出す

 

「で、詳しい話は?」

 

「さっき司令官がハチを連れて来まして、沈んでいるだろうから見つけてこいと、それで見つけて明石に引き渡したみたいですね」

 

「ハチ?」

 

「こちらの新規仕様での建造艦、でしたね」

 

五月雨が確かめる様に言う

 

「そ、司令官がこれまでの建造艦との違いを見たいって言って建造させた潜水艦種の艦娘」

 

「潜水艦種になったのは偶然だろうけど」

 

「新規仕様でも艦種はある程度しか絞れませんし、艦型やら特定の艦娘となると妖精さんの気まぐれとしかいえませんからね、そこは」

 

「……建造直後でも潜航して捜索出来るのか、浮き方からやらないと沈みっぱなしになるこれまでの建造艦の潜水艦種とは違うという事になるね」

 

感心した様な一号の漣

 

「それが分からなくて沈めてしまう士官が後を絶たずに潜水艦種の艦娘って建造数はそれなりなのに着任数が少ないんだよね」

 

「新規仕様の艦娘はこちらの想定通りの技量を持って建造される事が確認出来た、という事でいいんでしょうか」

 

「まあ、そうなんだけど、建造一隻目からソレを実地で試すってのは、どう考えたら良いんだろ?」

 

「私達をそれだけ当てにしているという事では、ないのです?」

 

「……当てに、だったら良いんだけどね」

 

一号の漣には別の見解がある様だ

 

 

 

鎮守府-工廠(第三工廠)

鎮守府所属艦:明石/夕張/北上

 

 

一組の二人から司令官の伝言を伝えられた明石は先の時と違い、動揺を隠しきれていない

 

「夕張、工廠の方は暫くお願いね、司令官の伝言からして、失敗なんてできる状況じゃない」

 

「……それは、そうかも知れないけど、アレを修復?出来るの?」

 

「やるしかない、司令官にただの大口叩きと見做されてしまう、それだけは避けないと」

 

動揺を無理矢理押し込めているのが見て取れる、夕張は何と言ったら良いのか思い付かない様だ

 

「そこまで深刻な状況じゃない、と思う、修復もある程度はかかってるし、ここから全快へ持っていけるか、どうか、出来なかったら……」

 

明石の台詞から可能性はあると判断した夕張は努めて平静を保ちながら声をかけた

 

「はぁ、コレは幾ら何でも私の手には負えない、何か手伝える事があったら言ってね、出来る限り手は貸すから」

 

「ありがとう」

 

修復溶液に浸かる叢雲に向かう明石、それを見送りつつ自身の仕事に戻る夕張

 

「無理じゃない?轟沈したんでしょ、それも至近距離からの砲撃と雷撃で、駆逐艦に耐えられる火力とは思はない、諦めも肝心だと思うけどなぁ」

 

極めて平時のお気楽な声をかけて来る同僚を思わず睨みそうになったが、努めて平静を装い応じる夕張

 

「……ヒマなら、この書類纏めといてくれない?北上」

 

「オオコワイ、そんなに睨まないでよ、夕張だって無理だと、思ってるんでしょ?」

 

思っていても言葉に出す訳にはいかないが、正面の同僚の顔はこちらの内心を見透かすかの様に真剣な表情だった

 

「無理でも、何でも、修復が前提、出来ませんは、通らない」

 

「……演習前にそういう話をしちゃったからね、アレで修復出来ませんって言ったら、そりゃ二度と意見具申なんてさせてもらえないだろうけどさ、無理なもんは無理なんだよ」

 

「……」

 

何か言い返したかったが、何も思い浮かばなかった

 

「さてと、これをまとめるんだっけ?」

 

北上はお気楽な調子に戻っていた

 

 

 

鎮守府-工廠(第一工廠)

鎮守府所属艦:新任の初期艦(叢雲)

大本営所属艦:一号の初期艦四/三組の初期艦一

 

 

至近海域に出ていた艦娘達に帰投が指示され、皆が上陸して来ている

初期艦(叢雲)が工廠に艤装も収納せずに駆け込んで来た

 

「叢雲は?一号の、司令官の叢雲は何処にいるの?」

「……明石が修復中だって」

 

一号の漣が簡潔に答えた

 

「は?!修復中?あの装備で全回復するって、言ってたでしょ!?私の時にはそうだった!なのに、修復中ってどういう事!!」

 

漣の回答に感情的になっている初期艦(叢雲)

 

「想定外、だそうなのです」

「何が、想定外なの?」

 

一号の電の台詞にも何とか冷静さを保とうと努力はしているが、焦りを隠しきれていない

 

「艦娘と艤装が一体ではなかった、艦娘の妖精さんと艤装の妖精さんが別だった、叢雲の艤装は使えなくなっていたから、ブッキーの艤装を借り出しました、それが想定外」

 

一号の五月雨が説明している

 

「は?そんな事、演習前に分かってた事じゃない、何の注意喚起もなかった!」

 

「だから想定外なのです、今回はあの装備の初実装、そして検証が目的、明石は叢雲が自身の艤装を使えなくなっていることを知らなかったのです」

 

説明を電が続けた

 

「……明石は大本営で建造され、私がこの鎮守府に連れてきた、確かにこの鎮守府の事には疎いかも知れない、けど、それなりの期間をこの鎮守府で過ごしている、それに鎮守府の居室だって事務艦と同室、なのに、知らないって、ありえないでしょ?!」

 

頭の中を整理する様に状況を並べるが、起こってしまった事象は変わらない

 

「それがあり得た、結果こうなった、確認不足って事に、なるね」

 

三組の漣の言葉は初期艦(叢雲)に直ぐには理解が及ばなかった

 

「……」

 

血の気が引く、状況に理解が追いついた時、それを実感した、司令官の叢雲を撃沈した

司令官は人にしてまでも自身の叢雲を側に置こうとしている、なのに、その叢雲を撃沈した

何も考えられなかった、ただ、意識が真っ白になっていく、気がした

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:夕張

 

 

工廠組の夕張が執務室に来た

 

「司令官、資材の使用許可をください」

 

「……この演習での資材消費は、無いハズだが?」

 

唐突な工廠組の来訪、そしてこの言い分、嫌な予感しかしない

 

「隠しても仕方ないので、ハッキリ言います、現状で叢雲の修復は不可能です、明石が別方向からのアプローチを試みます、その為の資材使用を許可してください」

 

「……不可能、別方向からのアプローチ、それで、結果は出せるのか?」

 

努めて平静を装う

 

「……確約は、出来ません」

 

夕張の言い様は簡潔だった、余計な一言が加えられていたら、平静ではいられなかったかもしれない

 

「可能性は、あるのか?」

 

「あります、具体的には改装を実行します、改装は改修と違い艦娘の部分強化では無く全体的な底上げ、言い換えれば全体を造り直します、その造り直しが、結果となります」

 

「……そのままでは修復出来ずに造り直す、か、あいつは何処までも手間をかけさせる、許可は出すが、使用量は龍田達と相談してくれ、あの二人が出せないと言ったら、そこまでだ、良いな」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「それと、入渠場は三十時間以内に空けるように、空母種の艦娘の修復予定が入ってる」

 

「……わかりました」

 

事前に可能性として聞いていても実際に報告を受ければ、それなりに揺さ振られる、今回はどうにか平静を保てたが、何度もあれば如何なるかわからない

 

 

 

鎮守府-工廠(第三工廠)

鎮守府所属艦:明石/夕張/北上

 

 

工廠に戻って明石に状況を説明、明石の顔はずっと深刻なままだ

 

「取り敢えず許可はもらった、けど、三十時間以内に空けろってさ、移籍組の修復予定があるからって」

 

「……休んでる時間はないね、夕張、使って悪いけど、資材の調達をお願い」

 

「どのくらい必要?」

 

いつもの明石からは信じ難い程の深刻な表情、事の難易度が窺える

 

「正直わからない、こんな変則的な改装なんて妖精さんからも聞いた事ないからね、可能な限り大量に、余ったら返せば、というか、その後の修復で使えば良いんだし」

 

「はー、あれ?そういえば秋津洲は?もう哨戒終わってるでしょ?」

 

あんまりに深刻な表情の明石を見かねて、別の話題を振ってみる

 

「……司令官に呼ばれて執務室に行った」

 

「入れ違い?」

 

「そんな感じ、なになに、資材の使用許可が出たの?ちょっと多めに貰っておこうよ、私の改装の為に」

 

お気楽な調子の同僚が来た

 

「……」

「……」

 

思わず声が出なかった、あんまりにお気楽な調子に

 

「なにさ」

 

「なら、資材を運ぶのを手伝ってもらえる?北上さん?」

 

もう少し気の利いた言い様はなかったのかと、夕張自身アドリブの弱さを変な所で実感していた

 

 

 

鎮守府-資材管理室

鎮守府所属艦:夕張/北上/天龍/龍田

 

 

夕張が天龍を前に状況を説明、資材の出庫を頼んでいる、が渋い顔をされてしまった

 

「……資材を使わせろって、いわれても、な」

 

「使用許可なら取ってある」

 

執務室で貰った許可書を見せる

 

「使用量が書いてねーぞ」

 

「……そこは天龍と龍田と相談しろって」

 

「?龍田もか、そういえば暫く見かけないな、どこ行った?」

 

「呼んだかしら~、天龍ちゃん」

 

何処にいたのか、龍田が出て来た

 

「ちゃん付けは止めろって、これ、どうするよ」

 

貰ってきた使用許可書を眺める龍田

 

「使用許可が出ているのなら、出すしかないんじゃない?」

 

「使用量はこっちで決めて良いって話なんだと」

 

「あら~、司令官も横着したわね~」

 

「やっぱりそうだよな、コレ」

 

資材管理者としての仕事を増やされた事だけは確定した

 

「それで、改装に掛かる資材消費量は確定出来たのかしら」

 

龍田の質問に『何故、それを知っている?』と声に出しそうになったのを押さえ込んだ夕張

兎も角、話が早くて説明の手間が省けた、そう考えれば疑問を口にしても墓穴になりかねなかったから

 

「出来てない、だから、出来るだけ多く貰いたいんだけど」

 

「……無限に出せっていわれてもな」

 

渋い顔の天龍を何とか説得しようと試みる夕張

 

「対象は駆逐艦、それ程多くは無い、と思う」

 

「新任の初期艦が大本営で入渠した時には小破未満の損傷にも関わらずやまとちゃんが大破した時と比較できるくらいの資材を消費したと聞いたわ、ウチの叢雲の改装にはそれなりに見込んだ方が良いと思うなぁ」

 

その説得は龍田に全否定された、というかナニソレ聞いた事ないんだけど

 

「なんで駆逐艦の入渠であの大戦艦並みの資材を使うの?!そんな資材何処に使うの!?駆逐艦だよ?」

 

思わず突っ込みを入れてしまった

 

「対象は最初の初期艦、私達の様にただのドロップ艦では無いの、妖精さんには特別な艦娘、勿論司令官に取っても、特別、ここは必要なだけ提供した方が……天龍ちゃんはどう思う?」

 

なにやら二人の間に目配せがあり、何事かの判断?決定?がなされた、感じがした

 

「……わかった、但し、使用量はきっちり計量してくれ、あーあ、色々やり直しだぜ、まったく」

 

「ありがとう、天龍ちゃん、じゃあ運び出しましょうか、三人で」

 

北上に視線を向ける龍田

 

「……やっぱり頭数に入れられるよね」

「それで大人しくしてたの?空気になって間が空いたところで抜け出そうと?」

 

龍田の視線を追った夕張が呆れ気味にいう

 

「資材重いし」

「運びましょうね?」

 

龍田が北上にイイ笑顔を向けていた

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:秋津洲/事務艦

 

 

秋津洲は長門が主張していた様に哨戒任務に駆り出されていた

 

「哨戒報告は以上、かも」

 

「……予測通りか、厄介な事になりそうだ、秋津洲には引き続き海域哨戒をしてもらう事になる、当面は工廠の仕事は向こうの二人に割り振って良い、今日はもう休んで明日に備えてほしい」

 

「予測、してた?深海棲艦が集まるのを?どういう事かも?」

 

疑問しか無いという顔の秋津洲

 

「それを明日以降の哨戒結果から確定させる、ウチに着任したばかりだが、協力して貰いたい」

 

「哨戒結果?見つけても戦闘部隊を出撃させないのに?司令官の考えが解らないかも?」

 

「……今は確証が欲しい、結果が出ない事には対応策も定められない、理解して貰いたい」

 

「兎に角、海域哨戒で、深海棲艦を見つければいいかも?」

 

疑問はあるが任務は任務、と思ってくれれば助かるんだが、この艦娘はどう出るか、もう少し言葉を足してみる事にした

 

「今日の報告でしてくれた様に時間、数、方位、距離、出来れば艦種も欲しいが、それをやると観測範囲が狭まるんだったな」

 

「遠くまで見渡すのには高度が必要、艦種を見分けるには低空で飛ばないと、かも」

 

「自衛隊に協力を求められては如何ですか?」

 

事務艦から提案が出た

 

「自衛隊はこちらの行動に合わせて装備品の総点検に入る、らしい、事実上の休業だ、当てにしない方がいい」

 

しかし現実はそう上手く運ばない

 

 

 

鎮守府-工廠(第三工廠)

鎮守府所属艦:秋津洲/北上/夕張/明石

 

 

執務室の件で考え込みながら工廠に戻る秋津洲

 

「うーん?」

「どしたの、かもちゃん?」

 

そこに北上から声が掛かった

 

「司令官が何を考えてるのか、さっぱりかも」

「北上、今は資材を運んで!時間がない!!」

 

何時に無く声を荒げる夕張に違和感を感じながらも北上はいつも通りに淡々としている事から大体の事情を察した

 

「えっと、かもちゃんにも手伝ってもらおうかと……」

 

「……さっき事務艦から連絡があった、秋津洲は当面哨戒任務を優先、工廠の作業は極力割り振らない様にって、秋津洲は明日も一日中哨戒任務でしょう?早く休んで」

 

「哨戒任務を遂行してるのはかもちゃんじゃなくてたいていちゃんでしょ、少しくらいいいじゃん」

 

「二式大艇は秋津洲の兵装、北上の理屈で行くと空母艦娘はただの輸送船になるけど、そう言ってみる?」

 

「止めとくよ、で、かもちゃん?司令官が何を考えてるって?」

 

話が揺り戻されるとは思ってなかった秋津洲

 

「北上?」

 

夕張も同意見だった模様、でも、折角振ってくれたんだしといった感じで話を始める秋津洲

 

「えっと、司令官は今日の演習の状況を予測してた、かも、なんで予測出来たの?それに明日以降の状況も、対策が必要だって言ってた、どういう事かも?」

 

「演習の状況?」

 

北上が聞き返した、状況と云われても鎮守府から見える範囲では秋津洲の言い分が判らない

 

「こっちの哨戒圏ギリギリの所に深海棲艦が集まっていたかも、それもかなりの頻度で入れ替わり立ち替わり、延べ数にしたら三桁はいたかも、多分あの演習が深海棲艦を呼び寄せた、でもなんで演習で深海棲艦が集まるの?深海棲艦が撃破されて空白域が出来たらそこに雪崩れ込む事はあっても艦娘同士の演習が深海棲艦を呼ぶなんて聞いた事ないかも」

 

「それは叢雲が最初の初期艦だから、深海棲艦は最初の初期艦の動向にかなりの敏感に反応する、らしい話は妖精さんから聞いた」

 

突然の解説、何時の間にか明石も話を聞いていた様だ

 

「明石?それはいったい?」

 

明石の話だと耳を傾ける夕張、なんだかなぁ

 

「私も詳しくは知らない、ただ、最初の初期艦は何処の誰に取っても特別な存在、って事、なにしろ妖精さんが手加減なしで詰められるだけ詰め込んだって話だからね最初の初期艦には、途中で盛り過ぎな事に気がついてスケールダウンの為だけに艦種を駆逐艦にしたそうだし」

 

「?」×3

 

明石が何の話をしているのか誰も分かっていない様子

 

「もし、最初の初期艦が戦艦種として造られていたのなら、後の初期艦も戦艦種になる事だし、初期艦だけで深海棲艦を殲滅出来るくらいの戦力になったハズだと、妖精さんが自慢してた、話半分でもスゴイ話よね」

 

伝聞だからなのか他人事として感心した様に話す明石

 

「もしかして、あの海戦に初期艦を参加させなかったのは、それを、知っていたから?万一にも最初の初期艦が戦域で沈む様な事になったら、詰め込まれた手加減なしの妖精さんが海域に放出されるかも、その妖精さんを深海棲艦が取り込んだら、艦娘は……」

 

「数の上で劣勢、更に妖精さんの質まで劣ったら、的くらいにしか、使い道がなくなるね、艦娘は」

 

「楽しい未来図だねぇ」

 

秋津洲が言い出した仮定に夕張の仮定予測、それに感想を付け足す北上

 

「夕張、ちょっと手を借りたいんだけど、誰か工廠に手伝いを呼べないかな」

 

こっちが明石の本題、それで入渠場から出て来たのか

 

「司令官に掛け合ってくる」

 

即答する夕張、なんだろうね、何か運んでたんじゃないのかな

 

「それは秋津洲がやるかも、何人手伝いを呼べばいいかも?」

 

何かを運んでいる二人のお手伝いとばかりに秋津洲が買って出た

 

「じゃあ、かもちゃんはそれ終わったら直ぐに休みなさい、明日も扱き使われるんだから、ね」

 

北上にかもちゃんと呼ばれ続けている秋津洲、少しだけ不満そうな顔を見せたかもかも、では無く秋津洲

 

「出来れば戦艦を、無理なら、七、八人は要る、資材搬入とこっちの改装にも手が欲しい」

 

明石がトンデモナイ無理を言って来た、お陰で不満を忘れてしまった

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:秋津洲/事務艦

 

 

執務室に取って返した秋津洲は明石の本題を司令官に説明した

 

「事務艦、手漉きの者を工廠へ、人選は任せる」

 

「……」

 

不思議そうにしているのを見つかって声を掛けられた

 

「?なんだ」

 

「あっ、何も聞かずに了承してくれるとは、思ってなかったかも」

 

「……ここで話を長引かせても秋津洲の睡眠時間を削るだけだ、サッサと寝て明日に備えてくれ」

 

あれ?こんなに気を使われるって事は、あの哨戒任務ってそんなに重要なのかな

 

 

 

鎮守府-工廠(第三工廠)

鎮守府所属艦:北上/夕張

鎮守府所属艦:長門/大和/初春/皐月/時雨/白雪

 

 

事務艦からの要請を受けた艦娘達が工廠に揃った

 

「手がいるそうだが、何をすれば良いんだ?」

 

「長門に大和に初春、皐月に時雨に白雪か、遠征隊主力は温存ってとこか」

 

「妾の姉妹艦のことかえ?」

 

北上の感想に初春が聞いてる

 

「それと、睦月型と朝潮型、特型からもう少し出せるんじゃない?」

 

「これ以上は資材収集に影響が大きい、この面子で対応するしかないな」

 

北上は手数を増やせると考えているが、そうもいかない事情もある、鎮守府は工廠を運用する為に運営されている訳では無いのだから

 

「わかった、長門と大和は北上と一緒に資材搬入を、駆逐の四人は私と一緒に明石の手伝い、始めに言っておくけど、あんた達、相応の覚悟をしておいて、見るもの聞くもの感じるもの、全てが、あり得ないから」

 

夕張の説明は何やら不穏な気配を感じさせる

 

「なにそれ、そっちの方が面白そう」

「北上!!」

 

「冗談でしょう、そんなにムキになりなさんな、さてと、こっちは資材運びだ、サッサと終わらせちゃいましょう」

 

北上と夕張、随分と状況に対する対応が違う、練度的にはほぼ同じなのに

軽巡としての資質の違いなのだろうか

 

 

 

鎮守府-工廠(第三工廠)入渠場

鎮守府所属艦:明石/夕張/初春/皐月/白雪/時雨

 

 

入渠場内で作業中の明石が入って来た夕張達に気付いた

 

「夕張?手伝いは四人だけ?あと二人欲しいんだけど」

 

「これが資材収集に影響を出さない範囲で出せる最大数だって、長門にクギ刺された、下手に突か無い方がいいと思う」

 

「あと二人は常に要るのかえ?後に回せる工程なら資材運びが終わった二人に来て貰えば済むのでは無いかの」

 

明石の言い分に提案を出している初春

 

「……なるほど、そうしますか、って貴方確か初春、でしたね、駆逐艦達の取り纏め役で司令官が無条件で信認する程にこの鎮守府内での発言力が強いと聞いてます」

 

何か畏まった様子を見せる明石

 

「なんじゃそれは?妾の発言など他の者と何ら変わらんぞ、違いがあるとすれば言う機会を作るか逃すかだけじゃな」

 

「司令官は捕まえるのが一番難しいからね、しょうがない」

 

「そうなったのは、皐月達が司令官の仕事の邪魔をして事務艦を激怒させて追い払われてからですよね、お陰で駆逐艦は任務以外で執務室に行きにくくなってしまったじゃないですか」

 

「えー、皐月達の所為なのー、初雪だって空調が効いてるからって執務室で昼寝してたじゃん、空調なら宿舎にだってあるのに、変な話だよねー」

 

「二人共、そういった話は今度にしよう、今は明石の手伝いをしに来たんだから」

 

「あー、そうやっていっつも良い子振る、時雨ってばそういうの良くないなー」

 

「なっ、良い子ぶってなんか……」

 

早速ガヤガヤ騒ぎ出した駆逐艦達を夕張が纏めに掛かった

 

「ハイハイ、駆逐たち、静かに、取り敢えず手伝って欲しい作業を説明するね」

 

 

 

鎮守府-資材管理室

鎮守府所属艦:天龍/龍田

 

 

資材管理責任者としては頭の痛い状況になってしまった

 

「あー、ごっそり持っていかれた、どうやって回復させよう」

 

「天龍ちゃん、取り敢えず遠征隊のローテーションを考えて見たんだけど、意見をきかせてくれないかなぁ」

 

龍田が出して来たローテ表を見て、少し固まった

 

「……龍田、何気に鬼だな、長老でもここまでの過密シフトは組まなかったぞ」

「長老?」

 

「ああ、大本営で初期の頃建造された天龍、まあ、俺の先任だ」

 

「もしかして、最初の鎮守府の頃に、大本営に改称する前に建造された天龍がいるの?」

 

感心したのか何なのか変なテンションで聞いてくる龍田

 

「言ってなかったっけ?大本営には天龍が三隻着任してる、俺の後にもう一人着任したからな」

 

ソレには取り敢わず無難に返した

 

「ふーん、それで、このローテーションはどうかなぁ」

 

「ここの駆逐艦達の耐久性に疑問が無ければ、良いんじゃないか」

 

「このローテーションはウチの駆逐艦全艦を投入しなければならない、司令官の説得は天龍ちゃんに任せて良いかなぁ」

 

何を言い出しやがるんだ、いくら姉妹艦だからって無茶振りが過ぎる

 

「……駄目に決まってんだろ、それこそ龍田から言った方が司令官も耳を貸すと思うが?」

 

「それは無理な相談ね~、司令官に馬鹿だと思われてしまうから~」

 

「そんな話を俺にさせようとしたのかよ」

 

龍田の考えはイマイチ掴み難い

 

「だから、意見を聞きたいんだけどなぁ、これを実行するに当たって、何か方法はないかなぁ」

 

「……大本営から駆逐艦を借りるとか、イヤでも、向こうも大増設に入ってるし駆逐艦の空きなんてないし、建造して増やすのが確実じゃないかな」

 

「司令官は移籍組が一時的にせよこの鎮守府に所属し艦娘数が増えることを気にしている、ここで建造して所属数を増やすという提案はし辛いのよねぇ」

 

「……移籍組に駆逐艦はいないんだよな」

 

考えは掴み難くとも、隠し事はしないらしいし、何より姉妹艦だ、駆逐艦の面倒を見るよりは気楽で良い

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:長門

 

 

工廠に手伝いに行った長門が途中報告的に執務室に顔を出した

 

「提督、工廠の方はなんとかなりそうだ、明石が言うには改装自体はもう直ぐ終わる、この後大本営の初期艦達に依る人化処置に移る、終了予定は今夜半、明日早朝から予定されている移籍組の修復時間までには入渠場は空く、予定だ」

 

「予定は未定ってヤツだな、修復に時間の掛かる大型艦より小型の空母の修復を第二工廠で出来ないか夕張に確認してくれ、必要なら、初期艦達にも協力を要請して良い」

 

「……あの移籍組の修復は新規設計の第三工廠でなければ出来ない、と聞いたが、無茶が過ぎないか?」

 

「状況が待ってくれそうにない、秋津洲の哨戒結果次第では、備蓄資材を全て戦力化しなければならなくなる、当然、長門には資材が尽きるまで矢面に立ってもらうことになる」

 

「?なんの話だ、それは」

 

「確定出来ていないが、深海棲艦の強襲が予測される、それも可也の規模でだ、現時点での予測でも、正直な所、対処は無理だ、殲滅戦になるだろう、深海棲艦側の、な」

 

「……何を根拠に言っているのか、分からないが、それなら来援を要請したらどうだ」

 

「状況は確定していない、根拠は無いんだ、そして根拠が出来た時には手遅れだ、その時点で来援を要請しても、損害を増やす効果しか無い、こちらに出来ることは予測される被害をどれだけ抑えられるか、そこにしか無い、ウチに展開中の自衛隊の方々をどうやって撤収させようか考え中だよ」

 

「この鎮守府にまで、深海棲艦の砲火が及ぶと?そこまで攻め込まれると、言うのか」

 

「おそらく向こうの狙いは初期艦、それも最初の初期艦達だと思われる、叢雲が派手に動いたからな、可也刺激した様だ」

 

「それは、どういう事だ?」

 

「説明は難しい、妖精さんと話せないモノには判り辛い事案だ、そういうモノだと思ってもらうしか無いな」

 

「そういう言い方は、無いだろう、少しは説明する努力はしてもらいたいものだ」

 

「なら、初期艦達に聞いてくると良い、私が説明するよりは、長門には理解し易く説明してくれるだろうよ」

 

どうやら司令官は長門に説明する気がないらしい

 

 

 

鎮守府-移動指揮所

鎮守府:司令官

自衛隊_鎮守府派遣隊-指揮所:司令官/副官

 

 

指揮所司令官は疑問を口にした

 

「どういう事かな?」

 

こちらの話を取り敢えずは聞いてくれたものの、説明を求めて来た

 

「権限も取り決めもないことは承知していますが、状況が変わりました、そちらへの対応に手間と時間が掛かり尤もらしい口実を作る余裕が無かった、ご理解頂きたい」

 

「無理だな、我々は幕僚会議の結果が出なければ撤収出来ない、この上はハッキリと言ってもらいたい、どう状況が変わったというのか」

 

「証拠や根拠はありませんが、近く深海棲艦の強襲が有ると予測しています、自衛官が鎮守府で殉職する事もないでしょう」

 

殉職、という単語に反応してくれた、自衛官なら誰も望まない事だから敢えて使ったが効果はあった

 

「……この指揮所からも殉職者が出る、そういう状況が目前に迫っていると、鎮守府司令官は言うのか」

 

「可能性の話です、無視出来ないくらいに高い確率で現実化すると、予測しています」

 

「そんな規模の深海棲艦の動きは見つかっていないが?」

 

副官から突っ込みが入る

 

「深海棲艦の行動の全てを自衛隊が把握出来るのなら、艦娘部隊の出る幕は何処にも無くなる事に成りますね」

 

「……司令官の言い分は幕僚会に伝えよう、その上で判断を仰ぐ事になる」

 

「それでは間に合わない、最悪の場合でも人員だけは離脱してもらわないと、こちらの士気に関わる、その準備だけでも出来ませんか」

 

「……そんなに至近で強襲して来る、と言うのか」

 

「そう言えばハワイの南方海域で……」

「?」

 

副官が何か言い出した所で指揮所司令官が言葉を被せてきた

 

「兎も角、各方面と連絡を取り状況把握に努めよう、現時点ではこれが此方から示せる妥協点だ」

 

「施設管理室の方々と憲兵隊も各方面に含めて下さい」

 

「……自衛隊だからと一括りにされても困るんだが」

 

それは知ってる、知ってるがこの際一緒に撤収して貰いたい処

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

自衛隊_憲兵隊:憲兵隊長

 

 

いきなり執務室のドアが開いた、誰かと思ったら憲兵隊長が怒鳴り込んで来た感じだ

 

「司令官!憲兵隊に鎮守府から出て行くように要請したと言うのは本当か?!」

 

「鎮守府で殉職したくはないでしょう?退避をお勧めします」

 

憲兵隊長も自衛官、先程の手を使ってみる

 

「殉職?なんの話だ」

 

「深海棲艦の強襲が予測される、それもかなりの規模で、但し根拠や証拠はまだ無い、それらが出てきた時には手遅れだ、今の内に理由を付けて本部へ移動して下さい」

 

そう言ったら少しだけ考える様な間が空いた

 

「……司令官は鎮守府に残るのだろう?」

 

「艦娘を、部下を盾にするつもりは無い、司令官なんて役職に就いている以上職務放棄するなら部下共々一連托生だ」

 

「待て待て、それなら何故深海棲艦の強襲なんて話が出て来る?何もなければ予測しようがないだろう、その辺りを聞かせて貰いたいんだが」

 

「妖精さんの噂話だ、妖精さんの声が聞けない者には示しようがない」

 

なんだろ、一瞬理解が繋がらないという感じの表情を見せた憲兵隊長

 

「!詳しく話してもらいたい」

 

何かが繋がったらしい

 

「悪いが、話が長すぎる、それを今から隊長に話していたらこちらの体勢が整わなくなってしまう、私に自殺願望は無いし、艦娘を無駄に使い捨てるような真似もしたくない、兎に角、時間と資材が足りないのだ、時間はどうしようもないが資材だけでもなんとかしたい、それにも時間は必要だ、隊長と話していても資材は調達出来ない、ご理解頂きたい」

 

「……では、この話、大本営に通知する事になるが、異論は無いな」

 

「御自由に、憲兵隊の職権に文句を付ける謂れは持ち合わせていない」

 

憲兵隊長が執務室を静かに出て行った

 

 

 

鎮守府-工廠(第三工廠)入渠場

大本営所属艦:一号の初期艦四/一組の初期艦二/三組の初期艦一

 

 

初期艦達が集まって叢雲の人化処置を実施中、実作業と各種観測、記録と分担している

 

「あの話、どう思いますか?」

 

「どの話?」

 

「秋津洲が言ってたっていう、アレ」

 

「ああ、哨戒結果次第では対応策が要るって司令官が言ってたっていう?」

 

「んー、どうなんだろうね、漣にはわからんですな」

 

「秋津洲の話だと、かなりヤバイ状況になりそうって事だったけど、どうなんですかね」

 

「哨戒中に三桁越えの深海棲艦を数えたそうですが、その割に自衛隊が大人しいのですよ、幾ら何でもそこまでの数が居るのなら何らかの行動があると思うのですが」

 

「延べ数って話じゃなかったっけ?」

 

「延べ数であってもそこまで動きがあるのなら、無反応というのは考え難いと思うのです」

 

「まあ、兎に角今は人化処置を済ませてしまいましょう、これが終わらないとコッチも落ち着かないし」

 

「……そうですね」

 

「明石の技量は凄い、妖精さんに並ぶ技量というのを実証してみせた、大本営で変異した妖精さんはいったい何がどうなったんだろうね、妖精さんの艦娘化なんて、聞いた事ない」

 

実作業を担当する一人、一号の漣が感嘆した様な感想を漏らす

 

「妖精さんの艦娘化というより妖精さん自身なのではないですかね、私達艦娘とは構成が違うようにも思えるのです」

 

こちらも実作業を担当する一人、一号の電が感想を述べる

 

「妖精さん自身ね、同質の妖精さんが集まり過ぎた結果、なのかなぁ、よくわからない」

 

「艦娘と不可分な妖精さんは様々な特徴を持っていますからね、その特徴が艦娘を構成し形を成す、ヒトの発生は受精卵の分裂から分化を経て増殖へと進みますが、艦娘の発生は多数の妖精さんが集合して群体状の融合体を経て艦娘と成る、一から多数へ、多数から一へ、発生の工程が逆なんですよね」

 

実作業を担当する一人、一号の五月雨の感想

 

「明石の場合、その多数が同質だった為に多面的な特徴を持たずに妖精さんの特徴がそのまま表面化しているって事、なのかな、よくわかんないね」

 

実作業を担当する一人、一号の吹雪の感想

 

「そういう事なら、給糧艦の二人もそうなのですかね、明石と同じ様に」

 

記録担当の一組の漣の所見

 

「かも知れないし、見当違いかも知れない、わかんないね」

 

「御姉様、さっきからわからないを連呼してますぞ、何を考えてます?」

 

聞かれた一号の漣は少しだけ視線を三組の漣に向けた

 

「……いや、今話す事じゃない、それだけは確か、今は人化処置を済ませよう」

「?」

 

三組の漣は一号の漣の言い分に首を傾げていた

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:事務艦

 

 

執務室で書類相手に奮闘中に事務艦から声が掛かった

 

「司令官、大本営より通知が届きました、確認してください」

 

「……この忙しい時に」

 

内容を確認した所、他の鎮守府が再編成され所属艦娘数の調整を行う事を通知していた

 

「……上部機関の主導ではなく、大本営の介入による再編?数を減らしていた二つの鎮守府を解体、所属艦娘の内希望者を桜智と佐和の所に振り分けるとなっているが、もう少し状況が知りたいな、事務艦、大和を呼び出してくれないか?」

 

「大和は工廠にて手を貸している最中ですが、そちらを中断させますか?」

 

「あー、そっちに回したのか、それが終わってからで良い、大和をここに呼んでくれ、それなら手伝いの結果も聞けるだろうし」

 

この時は気が回らず気付かなかった、鎮守府の解体という事態は司令官の解任と同義である事に

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:大和

 

 

礼儀正しく執務室に入って来た大和、ソレを他人行儀に感じる自分に気が付いた、良く無い傾向だ

 

「大和参りました」

 

そんな感想は取り敢えず脇に置いておき、要件に入る

 

「工廠の方の手伝いお疲れ様、休憩も挟まず悪いが、工廠の方の報告を頼む、その後にもう一仕事して貰いたい、こっちは休憩を挟んでからで良い」

 

「工廠の方と言いますと、叢雲さんの人化処置、でしょうか?」

 

「初期艦達は成功率十割と言っていた、予定通り終わったのか」

 

「大和には確認の手段がありませんが、漣さんの言い分では作業自体は終了しています、まだ後処理があるということでしたが、そう時間はかからないとも言っていました」

 

「そうか、ではもう一仕事頼む、この通知を見てほしい」

 

事務艦を通して渡された通知を流し読みする大和

 

「……鎮守府の再編成、ですか」

 

「そこに書かれている以上の詳細が知りたい、一休みしてからで良いから、大本営に問い合わせて可能な限りの状況を聞き出して貰いたい」

 

「事務艦から問い合わせても、結果は同じだと思いますが、大和に問い合わせをさせる事に何か意味でもあるのですか?」

 

大和にはこちらの指示に疑問符が付いた様だ、ソレ自体は悪くない感じ方だ

 

「……大和は名目上であろうとも、私の秘書艦だ、対外的には事務艦を通すより秘書艦を通した方が良いだろう、何より老提督との接点が事務艦よりもあるしな」

 

「元大本営所属艦娘としてのコネを期待されているのですか」

「不満か?」

 

そっちに捉えてくれたか、それならそれで良いんだ、本題は伏せておこう

 

「いえ、鎮守府所属艦としての正式な秘書艦任務です、全力を持って当たらせて頂きます」

 

ビシッと敬礼してくる大和に苦笑いしそうになるのを堪える

 

「あー、大和は気がついていないかも知れんが、おまえさんの全力はちょっと強過ぎる、相手を威圧しても意味が無い、問い合わせとは詰まる所情報収集だ、相手に喋らせなければ目的は達成出来ない、休憩を入れて落ち着いてから、事に当たって貰いたい」

 

「……わかりました」

 

少し意外そうな顔をされてしまった、こちらの言い分を分かってくれただろうか

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

大本営所属艦:五十鈴

 

 

移籍組の修復作業予定に部分変更を加えた、問題視はされないと思ってたのに乗り込んで来たんですけど、大本営の秘書艦が

 

「第二工廠で移籍組の修復が始まったけど、どういう事なの?」

 

「第三工廠の入渠場が未だ空かない、初期艦達が何かに手間取っている様でね、修復予定は遅延出来ない、夕張の言い分では第二工廠でも修復可能という回答があったから、そうしただけだ」

 

なにかを考え込む様な五十鈴、もしかして工廠組から報告が無かったとか、考えてるのかな

 

「……それにしたって赤城を始め正規空母から修復の予定なのに鳳翔から修復に入っているのはどういう事なの?」

 

場所の変更より順番の変更が問題なのか、移籍組って変に序列があったりするのかな

 

「単純に修復に掛かる手間の問題だ、第二工廠では大型艦は荷が重いと忠告があった、第三工廠が空くのをただ待つより第二工廠で修復可能な艦娘がいるのだからそちらを先に戦力化する事にした」

 

こちらは現状を並べて承知してもらうしかない

 

「戦力化?こう言っては何だけど、軽空母では正規空母の代わりは出来ない、制空権の確保も上空からの撤退支援の牽制攻撃も軽空母の搭載機数ではかなり範囲が狭まってしまう、目的が達成出来ない、何を考えているの?」

 

「……時期にわかる、秋津洲の哨戒結果が来ればな」

 

当初目的からすれば五十鈴の言い分が正しいのだろう、状況が変わっていなければ戦力化を急ぐ必要も無いのだから

 

 

 

鎮守府-工廠(第三工廠)入渠場

大本営所属艦:一号の初期艦四/一組の初期艦二/三組の初期艦一

鎮守府所属艦:明石

 

 

叢雲の人化処置は無事終了した、にも関わらず初期艦達の実作業は終わっていなかった

 

「まったく、何だってこんな苦労をしてるんだか」

 

「ボヤいても始まりませんよ、手を動かして下さいな」

 

「痛っ、こういう細かい作業は苦手何だけど」

 

「そういう分担をしたからには、やってもらわないと、叢雲を素っ裸で司令官に引き合わせるわけにはいかないでしょう」

 

「まさかの誤算だったよね、人化処置で身体が人になると装束が消失するってのは」

 

「考えてみれば艦娘の着衣も妖精さん製作なのですから、当然といえば当然なのです」

 

「はぁ、採寸から裁断の方にすれば良かった、何で縫い合わせなんてやろうと思ったんだか、自分で何を考えてたのかわかんないよ」

 

明石は愚痴を溢し捲る初期艦達に呆れながら聞いてみる

 

「……衣服なんて外で調達して来れば良かったのでは?人の衣服なんていくらでも売ってますよ?」

 

「あー、それは勿論検討したさ、現実問題として、外出許可が出るかどうかわかんないし、そもそも人の社会で通用する通貨を誰も持ってない」

 

一号の漣がアッサリ答えて来た

 

「司令官に話せば解決するのでは?」

 

解決不能な問題には思えず、質問を重ねる明石

 

「司令官に叢雲が素っ裸だから服を買いに行く許可と費用を出せって、誰が言うの」

 

三組の漣から突っ込みが入る

 

「それにこの鎮守府の近辺の地理に詳しくないんですよ、お店はあるんでしょうけど、私達の見かけが幼すぎて衣服を一式買い揃えるだけでも怪しまれる可能性があります」

 

一号の五月雨からも漣の突っ込みを補強する話が出て来た

 

「下手したら通報されて保護名目で拘束されるかも知れないしね」

 

一号の吹雪も五月雨と漣の意見に同意の様子

 

「そういった普通の服は今後いくらでも買い揃えていけばいいんだ、今作ってるのは妖精さん印の皮膜、まあ、艦娘の衣服と同様の生地で作ってる、人に成っても、叢雲が私達の一人である事には変わりが無いからね、人に成った叢雲に私達がしてあげられる事は、どれだけあるのか、もしかしたら無いのかも知れない」

 

一号の漣が手元の作業をしながら言ってきた

 

「こういうのを確か、餞別って言うんでしたっけ?」

 

「お別れするつもりは無いけどね」

 

「でも、人と艦娘、接点がどれだけ保てるのかは、疑問なのです」

 

一組の電の言葉に一号の漣が何か思い出した様な素振りを見せる

 

「……そう言えば叢雲ちゃんが倒れたって聞いたけど、そっちはどうなったの?」

 

「自室に運ばれていましたよ、そのまま安静ではないですかね」

 

応じたのは三組の漣だ

 

「自室?ああ、船の方だっけ、鎮守府の部屋は断ったって言ってたね」

 

「自室に運び込んだのが長良達だったもんだから、ちょっとした騒ぎになってたよ」

 

一号の吹雪が何気なく言った

 

「……それ、司令官に伝わった?」

 

難しい顔を見せる一号の漣

 

「五十鈴が抑えてた、移籍組が随分と質問責めしてたみたいだけどね」

 

いつも通りに呆気なく何事も無かったかの様に答える吹雪

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:秋津洲

 

 

「午前の哨戒報告は以上、かも」

 

「……発見出来ずか、津波の前の引き波って所かな」

 

「単にいつも通りなだけかも」

 

「なら、こちらの準備が無駄になる、いい事だ、午後も引き続き哨戒を頼む」

「……」

 

なにやら複雑な表情の秋津洲

 

 

 

鎮守府-工廠(第三工廠)入渠場

大本営所属艦:五十鈴/一号の初期艦四/一組の初期艦二/三組の初期艦一

 

 

「ちょっと!いつまで占拠してるの!!」

 

慣れない実作業に梃子摺っている所をドヤされてしまった

 

「なんだ、五十鈴か、何を慌ててるの?」

 

「司令官が所属艦娘に戦闘待機を指示した、大本営と他の鎮守府にも通達済み、司令官の予測では二十四時間以内に深海棲艦の大規模強襲がある、と言ってる、これに伴って所属艦で編成された全ての遠征隊に帰還命令が出された、今の備蓄資材から最大戦力をどう引き出すかを検討に入った所、あんた達は大本営に戻る準備を、出来次第直ちに出発して良いそうよ」

 

ドヤしに来ただけではないらしい、司令官からの伝言まで持ってくるとは

 

「……そんな話を聞かされて、大本営に大人しく向かうと、本気で言ってます?」

 

「私は残るよ、五月雨が司令官として認めた司令官が居る鎮守府なんだから、ここは」

 

即決即答の一組の漣

 

「電も残るのです」

 

それに続く一組の電

 

「五月雨は出来ればここにいたいです」

 

抜け駆けする一号の五月雨、残りたいのは五月雨だけではない

 

「……ざみちゃんは戻るでしょ」

 

「残りますよ?大本営に戻った所でやる事ないですし」

 

「……天龍達の大増設の手伝いは?」

 

ダメ元で聞いてみる

 

「アレには初期艦が入っていませんよ、元々じーちゃんの方の補佐があったし」

 

三組の漣は残る気満々だ

 

「全員が残る訳にも行かないよね、仕方ないから私は戻るよ、艤装の調子も確かめたいし」

 

一号の吹雪は大本営に戻るらしい

 

「電も戻ります、一組が残るのなら、電は大本営でお爺さんの補佐をするのです」

 

「はぁ、漣が三人も居たら司令官も大変か、では戻りますかね」

 

一号の電も戻るし、ここは駄々捏ねても仕方ない、一号の漣も大本営に戻る事にした

 

「なら、御姉様、三組のみんなをこっちに来るように言って来れませんかね」

 

三組の漣にお使いを頼まれてしまった

 

「……大本営に居てもやる事がないから?」

 

一応理由を聞いてみる

 

「初期艦は多い方が何かと使えますよ?」

 

「それは、司令官次第じゃないかな」

 

あの司令官に初期艦を使う?遣う?運用が出来るのか、その判断材料を持っているのは未だ入渠場内に立て籠もる元一号の初期艦、叢雲だけだ

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

大本営所属艦:五十鈴

 

 

丁度そこにいたから伝言を頼んだら、反論もなく受けてくれた五十鈴が伝言の結果を持って来た

 

「初期艦達が残る?大本営所属艦娘に残られても困るんだが」

 

「一組の初期艦二人は五月雨の件があったから、一号の五月雨も一組の五月雨の事はずいぶん気にしていたし、それに三組の初期艦が来るって事になった」

 

「……来て、どうするつもりだ?資材の都合上出撃は出来ない、戦力にならないが」

 

「戦力に、というより初期艦として、妖精さんと会話出来る艦娘として、数がいた方が良いと考えた様だったけど?」

 

厄介な事態になりそうな印象だ

 

「一号の、吹雪、電、漣は大本営に向かったのだな」

 

兎も角、確認はしておこう

 

「そう、残ったのが、一号の五月雨、一組の漣と電、それと三組の漣」

 

「その漣が呼んだのか、他の三組の初期艦を」

 

「そういう事」

 

漣ね、一号の漣は何かと策を巡らす印象を初対面の時から持ち続けている、三組の漣、三組の初期艦達は少しは素直さというモノを知ってくれているのだろうか

 

 

 

鎮守府-大会議室

鎮守府所属艦:長門/阿武隈/龍田、以下数隻

鎮守府所属艦:北上

 

 

資材の効率的な戦力化についての検討に何故か顔を出して来ている北上

 

「何を考えているんだろうねぇ、あのシロウト司令官は、なんも見つからないのに戦闘待機とか、正気を疑うんだけど」

 

「……北上、工廠担当の軽巡が行動計画立案に立ち会う必要はない、持ち場に戻れ」

 

最低限の理由を示し退出を指示する長門

 

「言ってくれるね、司令官の話じゃ随分とハデにやり合うそうじゃないか、工廠担当を粗略に扱わない方がイイと思うけどなー」

 

聞き入れるつもりはない様子の北上

 

「ハッキリ言っておく、この鎮守府の第一艦隊旗艦を拝命しているのは私だ、鎮守府内規に於いて第一艦隊旗艦は戦闘行動全般を主導出来る立場にある、もし、これを阻害する艦娘があれば、実力を以ってでも排除する、わかったか」

 

「……長門は本気で深海棲艦の大規模強襲があると、思ってる?」

 

漸く北上は長門の指示に不満な理由を言った、根拠不明な言い分に一言も反論しない長門達に北上は不満があるという事だ

 

「司令官がそう言うのだ、何の余地があるというのか、兎も角、こちらは早急に行動計画を策定しなければならない、時間が無いのだ、持ち場に戻れ」

 

「……了解」

 

大人しく部屋を出て行く北上、それを見送る鎮守府主要艦娘達

 

「気持ちは、分からなくはないんですけどね」

 

阿武隈が感想を言う

 

「私としては北上より、五十鈴達の方が気になるわね~」

 

続けて龍田の感想

 

「五十鈴は兎も角、長良達は鎮守府所属艦娘、という事になっている、問題はない」

 

二人の感想に問題無しとの見解を示す長門

 

「長良達は高練度艦、それも移籍組と同等かそれ以上の練度、戦力になると思うけど、司令官は有効に使う積りがあるのかな~」

 

「龍田さん?分かって言ってますよね、ソレ」

 

龍田の言い分に阿武隈から突っ込みが入る

 

「やっぱり、当初予定通りに司令部要員で出撃不可、そう考えている?」

 

「でなければ、第一艦隊に行動計画の立案を指示しないでしょう、何と言ってもこの限られた資材から最大戦力を引き出せって、無茶振りですし」

 

呆れているのか、諦めているのか、しょうがない感満載の阿武隈

 

「高練度艦でも資材量で行動が制限されたら、戦力の最大化とはならないからな」

 

無い物強請りしてもしょうがないのは、長門も分かっている、私的見解は阿武隈に近い様だ

 

「天龍ちゃんが纏めた資材備蓄量の最新版を貰ってきたから、これを元に話しましょうか」

 

前置きが終わり資材の効率的な戦力化についての検討が始まった

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:事務艦/大和

 

 

諸般諸々の雑事を消化していたら事務艦から声が掛かった

 

「司令官、大本営よりメッセージが届きました」

 

手を止めずに事務艦の声を聞く

 

「読み上げてくれ」

 

「はい、佐伯司令官宛、大本営司令長官発、現時刻に於いて大本営所属初期艦の全てを佐伯司令官の指揮下に委譲する、以上です」

 

思わず止まった手に気付かず顔を上げ、事務艦を見た

 

「……なんだそれは?」

 

「メッセージですが?」

「……」

 

この事務艦、相変わらず私の神経を逆撫ですることを生き甲斐にしているらしい

 

「司令官、宜しいでしょうか?」

 

この間をどう取ったのかは定かではないがいつの間にか執務室に居た大和から言ってきた

 

「大和、問い合わせはどうだった?」

 

事務艦と一緒に執務室に来たらしい大和

 

「はい、鎮守府司令官二名に対し司令官役職契約変更の同意が得られたそうです、もう二名は契約変更を拒否、違約金の受け取りを条件に司令官を退職されたとの事です、今回の再編成はこの件に伴い発生した案件であると確定出来ます」

 

「なに?退職しただと?任期途中でか?」

 

あの鎮守府再編ってそんな事情での実施なのか、それに契約変更なんて話はこっちには来ていない

 

「契約期間内の契約変更は当初に結ばれた契約内容に反します、違約金を受け取り契約を打ち切るか、変更に応じて司令官を続けるかの選択が成されたものと考えられます」

 

そういう事なんだろうが、こちらに影響しそうな事柄を類推してみる

 

「再編成であの二人の所に何人艦娘が移籍したか、わかるか?」

 

そうなると気になるのは再編の具体的な内容になってくる

 

「多くはありません、元々数を減らしていた鎮守府からの移籍ですし、移籍を拒否して解体を希望した所属艦娘も多いと聞きました」

 

「桜智司令官の下に七隻、佐和司令官の下に八隻、と聞いています、ただ、移籍先の鎮守府に戸惑っている様で其々の司令官が鎮守府に馴染める様に苦心しているとも聞いています」

 

事務艦から補足説明が入った、ここで大和の情報収集に不足が有る事を指摘してもしょうがない

 

「ナルホド、それではこちらの事情を説明しても今以上の支援は期待出来ないか、寧ろ資材供給を止めた方が被害低減になる、か?」

 

「それは出来ません、資材備蓄量は予測される事態に対し不足しています、この上更に資材量を減らしたら十分な反撃すら出来なくなります、当初から深海棲艦の的に成るだけの行動計画なら策定するだけ労力の無駄と判断します」

 

事務艦の指摘は正しい、正しいがこちらの行動目的は予測される被害を可能な限り抑制する事にある

 

「尤もだ、だが、資材供給に来た他所の遠征隊に被害が及ぶのは避けなければならない、ならないが、ウチの所属艦娘だけでは数の上で対応仕切れ無い、何か手はないか?」

 

二人の艦娘に意見を聞いた

 

「……長良さんに話をしてみては如何でしょうか?」

 

大和から提案が出された

 

「長良に?司令部要員で出撃不可なんだが、どういう考えか、聞かせて貰いたい」

 

大和の提案に理解が及ばなかったので詳細を聞く

 

「長良さんをはじめ司令部要員となっている方は其々で資材生成可能な妖精さんを保有しています、資材を運んで来る遠征隊の護衛なら航路も限られますし、資材消費量も予測可能だと思われます」

 

そういう考えか、無茶振りではあるが、実現不能ではなさそうだ

 

「成る程、自前でその辺りの調整が出来るだけの練度はあるな、事務艦、長良を呼んでくれ」

 

ただ、大和の提案通りに都合良く行くかどうかは本人に聞かないとわからない

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:長良/事務艦/大和

 

 

事務艦の呼び出しを受けて執務室に長良が来た

 

「お呼びでしょうか?」

 

「幾つか確認したい事がある、まず、資材生成可能な妖精さんが着いていると言っていたな」

 

急な呼び出しと今の確認で悪い予測でも立ったのか、僅かに表情を暗くした

 

「それがなにか?」

 

「その生成量のみでどの位の行動が可能か?」

 

「連続した戦闘行動は出来ません、航行に支障のない程度、経済船速での移動が出来る程度です」

 

表情を暗くしたままだが、そこに構っていられない、状況は既に動いている

 

「……かなり厳しいな」

 

「深海棲艦の強襲に対して無補給での戦闘行動の継続を求められても、無理です」

 

私の零した感想に長良が即答して来た、どうやら対応する状況に誤解というか勘違いがある様だ

 

「其方への対応ではありません、合同計画による資材供給、その実務を担う他の鎮守府所属艦娘への対応です」

 

事務艦から説明が入った、それを聞いて長良の表情が戻った

 

「護衛、任務ですか?」

 

「航路は限られるし、あの二人の所から来る遠征隊はソコソコの練度がある、先導や回避誘導、出来れば遠征隊が戦域を離脱する迄の遅延戦闘、……並べてみると確かに求め過ぎか」

 

改めて言葉にしてみると確かに表情を暗くするだけの無茶振りを言ってると再認識せざるを得ない

 

「遅延戦闘は空母艦載機による牽制攻撃で行うのでは?」

 

長良から尤もな質問が来た

 

「その予定だったが、深海棲艦の大規模強襲を前に資材を移籍組の修復に割り当てられなくなった、現時点で修復を終え戦力化出来そうなのは軽空母三隻のみ、五十鈴の言い分では鎮守府周辺の制空権確保すら危うい、と見立てている」

 

「誰です?修復が終わってるのは」

 

「確か、鳳翔と龍驤、後一人が修復中、だったかな?」

 

報告は受けているが、修復に問題無しの部分意外は記憶の何処かに埋もれている

 

「龍驤をこちらへ貸してください、それで戦闘行動を極力避け、誘導や先導のみに出来ると思います、それなら私達に着いている妖精さんの生成する資材量で賄える、司令官の望む状況に近い筈です」

 

どうやら長良はこちらの無茶振りに応じてくれる様だ、しかしその提案には問題がある

 

「龍驤が長良達と同じ条件なら、そうかも知れん」

 

「その案ですと龍驤への補給が必要になりますが」

 

事務艦が問題点を指摘した

 

「遠征隊の航路付近に資材採掘地はありませんか?」

 

長良はその解決策を考えついていたらしい

 

「……龍驤の補給は自力でやらせると?」

 

「それしかないでしょう、遠征隊が運んで来る資材は生命線、途絶えたらこの鎮守府所属艦娘は只の的になってしまう」

 

「そうなると鎮守府周辺の制空権確保が不可能になります、三隻でも危ういと見込まれているのです、鎮守府と呼称されていても軍事施設ではありません、深海棲艦の攻撃に対し何らかの攻撃手段は勿論防御施設すらないんですよ、襲撃されれば司令官にまで砲火が及んでしまいます」

 

「それは考慮しなくていい、軽空母には工廠を確保してもう予定だ、資材があっても工廠が破壊されたらどうにもならん」

 

問題点を指摘する事務艦に問題点の訂正を求める

 

「司令官が深海棲艦の砲火に倒れるような事があれば、鎮守府所属艦娘は戦う意義を失います、そうなれば、的にしかなりませんが、それでも考慮しなくて良いと、お考えなのですか?」

 

事務艦は問題点の訂正に異議があるらしい

 

「長門がいる、それに人になったとはいえ叢雲もいるし初期艦も着任している、継戦は可能だろう、この鎮守府に代替の効かない立場のモノなど居らんよ」

 

「……」

「……」

 

艦娘が二人ともなんとも云えない表情を見せていた

 

 

 

 

 







場所-殆ど鎮守府の何処か、断りの無い鎮守府表記の場合は佐伯司令官の鎮守府
所属:登場人物/登場艦娘 等

~近距離無線~等は通話、交信

上記の書き方が基本となっています、同じ所属が複数行になっている場合は行動単位


工廠組〔明石、夕張、北上、秋津洲〕

移籍組〔修復待ちの高練度艦娘、以前の大規模海戦の帰還艦娘、現在の代表は五十鈴〕

長良達〔以前の大規模海戦の帰還艦娘、移籍組が回収されての帰還に対し自力で帰還している〕



以下本編中の書き出し



鎮守府-近海(鎮守府至近)
鎮守府所属艦:最初の初期艦叢雲(一号の叢雲)/新任の初期艦叢雲(研修を受けていた叢雲)


鎮守府-港
鎮守府所属艦:長門/龍田/初春/大和


鎮守府-工廠
大本営所属艦:一号の初期艦四(漣、電、吹雪、五月雨)/一組の初期艦二(漣、電)/三組の初期艦一(漣)
鎮守府所属艦:明石


鎮守府-防波堤
鎮守府所属艦:木曾/阿武隈/筑摩


鎮守府-近海(鎮守府至近)
鎮守府所属艦:最初の初期艦叢雲(一号の叢雲)/新任の初期艦叢雲(研修を受けていた叢雲)


鎮守府-港/近海(鎮守府至近)
鎮守府所属艦:長門/龍田/初春/大和
鎮守府所属艦:最初の初期艦叢雲(一号の叢雲)/新任の初期艦叢雲(研修を受けていた叢雲)


鎮守府-工廠
大本営所属艦:一号の初期艦四(漣、電、吹雪、五月雨)/一組の初期艦二(漣、電)/三組の初期艦一(漣)
鎮守府所属艦:明石


鎮守府-防波堤
鎮守府所属艦:木曾/阿武隈/筑摩


鎮守府:近海/港
鎮守府所属艦:最初の初期艦叢雲(一号の叢雲)/新任の初期艦叢雲(研修を受けていた叢雲)
鎮守府所属艦:長門/龍田/初春/大和


鎮守府-工廠
大本営所属艦:一号の初期艦四(漣、電、吹雪、五月雨)/一組の初期艦二(漣、電)/三組の初期艦一(漣)
鎮守府所属艦:明石/龍田


鎮守府-執務室
鎮守府:司令官
大本営所属艦:一組の初期艦二(漣、電)
鎮守府所属艦:事務艦


鎮守府-港
鎮守府所属艦:長門/初春/伊8
鎮守府:司令官
大本営所属艦:一組の初期艦二(漣、電)


鎮守府-港
鎮守府所属艦:長門/初春
大本営所属艦:一組の初期艦二(漣、電)


鎮守府-近海
大本営所属艦:一号の初期艦三(漣、電、五月雨)
~近距離無線~
鎮守府-工廠
大本営所属艦:三組の初期艦一(漣)/一号の初期艦一(吹雪)


鎮守府-工廠
大本営所属艦:一号の初期艦四(漣、電、吹雪、五月雨)/三組の初期艦一(漣)


鎮守府-工廠(第三工廠)
鎮守府所属艦:明石/夕張/北上


鎮守府-工廠(第一工廠)
鎮守府所属艦:新任の初期艦(叢雲)
大本営所属艦:一号の初期艦四(漣、電、吹雪、五月雨)/三組の初期艦一(漣)


鎮守府-執務室
鎮守府:司令官
鎮守府所属艦:夕張


鎮守府-工廠(第三工廠)
鎮守府所属艦:明石/夕張


鎮守府-資材管理室
鎮守府所属艦:夕張/北上/天龍/龍田


鎮守府-執務室
鎮守府:司令官
鎮守府所属艦:秋津洲/事務艦


鎮守府-工廠(第三工廠)
鎮守府所属艦:秋津洲/北上/夕張/明石


鎮守府-執務室
鎮守府:司令官
鎮守府所属艦:秋津洲/事務艦


鎮守府-工廠(第三工廠)
鎮守府所属艦:北上/夕張
鎮守府所属艦:長門/大和/初春/皐月/時雨/白雪


鎮守府-工廠(第三工廠)入渠場
鎮守府所属艦:明石/夕張/初春/皐月/白雪/時雨


鎮守府-移動指揮所
鎮守府:司令官
自衛隊_鎮守府派遣隊-指揮所:司令官/副官


鎮守府-執務室
鎮守府:司令官
自衛隊_憲兵隊:憲兵隊長


鎮守府-工廠(第三工廠)入渠場
大本営所属艦:一号の初期艦四(漣、電、吹雪、五月雨)/一組の初期艦二(漣、電)/三組の初期艦一(漣)


鎮守府-執務室
鎮守府:司令官
鎮守府所属艦:事務艦


鎮守府-執務室
鎮守府:司令官
鎮守府所属艦:大和


鎮守府-執務室
鎮守府:司令官
大本営所属艦:五十鈴


鎮守府-工廠(第三工廠)入渠場
大本営所属艦:一号の初期艦四(漣、電、吹雪、五月雨)/一組の初期艦二(漣、電)/三組の初期艦一(漣)
鎮守府所属艦:明石


鎮守府-執務室
鎮守府:司令官
鎮守府所属艦:秋津洲


鎮守府-工廠(第三工廠)入渠場
大本営所属艦:五十鈴/一号の初期艦四(漣、電、吹雪、五月雨)/一組の初期艦二(漣、電)/三組の初期艦一(漣)


鎮守府-執務室
鎮守府:司令官
大本営所属艦:五十鈴


鎮守府-大会議室
鎮守府所属艦:長門/阿武隈/龍田、以下数隻
鎮守府所属艦:北上


鎮守府-執務室
鎮守府:司令官
鎮守府所属艦:事務艦/大和


鎮守府-執務室
鎮守府:司令官
鎮守府所属艦:長良/事務艦/大和





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77 報告は終わり

御注意

・大幅に書き方が変わっています
・苦行用です
・長いです

ご承知頂きたく存じます


 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:秋津洲

 

 

「以上で報告は終わり、かも」

 

「静かなものだ、一日掛けて深海棲艦が全く見つからないとは」

 

「あの、司令官?大規模強襲なんて、ホントにある、かも?」

 

遠慮がちに聞いてくる秋津洲

 

「妖精さんは来る、と言ってる、無視出来ないし、私は今夜の内に何かが起こる、と思っているが、まあ、確証はないな」

 

現状で大規模強襲なんて、確かに現実味がないだろうとは思った

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

大本営所属艦:五十鈴

鎮守府所属艦:事務艦

 

 

宵の口に五十鈴が執務室に顔を出した

 

「司令官、鳳翔と祥鳳を警戒態勢で配置しているようだけど、無意味よ?空母艦娘は夜戦が出来ない、休ませた方が良いわね」

 

「……夜戦が出来ない?聞いてないんだが」

 

「発艦出来ても着艦出来ないし、艦載機の妖精さんも月明かりで制空戦闘出来るようには訓練されてない」

 

「……それは困ったな、哨戒部隊を編成して展開しなきゃならん、っと待て、長良はそれを知っているのか?」

 

「勿論知っている、夜の間に資材補給を済ませてもらうつもりでしょうし」

 

「事務艦、ウチにあるだけの電探とソナー集めて哨戒部隊を編成、周辺海域の警戒に当たらせろ、実戦部隊は工廠に召集、出撃準備を整えさせてくれ」

 

そう言ったら不思議そうにされてしまった

 

「それは既に実施済みです」

 

「なに?」

 

「叢雲の提案を基に、長門、龍田両名により行動計画が作成され、司令官も承認されましたが?」

 

どこから出したのか、行動計画書が目の前に出て来た

 

「……」

 

アッレー?見た様な覚えの無い様な、行動計画書だな、とか思ってたら五十鈴からも突っ込みが入る

 

「だから、鳳翔と祥鳳を休ませるように、言っているんだけど?」

 

「……」

 

不思議そうにする艦娘二人に何も言えなかった

 

 

 

鎮守府(元佐和鎮守府)-港

鎮守府:アメリカの司令官

大本営所属艦:吹雪/漣/電 (一号の初期艦三)

 

 

鎮守府から大本営に戻る途上の一号の初期艦三隻は想定外の無線を受け状況確認の為に、以前吹雪が配置されていた鎮守府に寄港していた

 

「ようこそ、我が鎮守府へ、歓迎するよ、最初の初期艦達」

 

その鎮守府の港で初期艦達を迎えたのは、想定していた司令官ではなかった

 

「えっと、あれ?私の記憶が確かなら、この鎮守府の司令官は貴方ではないのですが?」

 

寄港前から色々と違和感はあった、それを大増設計画の影響によるモノだと推測していた、何しろ寄るのは久しぶりなのだから

 

「確か、吹雪、と言ったね、ここは間違いなく、以前君が配置されていた鎮守府だ、しかし鎮守府の再編に伴い鎮守府司令官とその所属艦娘も配置替えになった、ここに着任していた司令官は大増設計画で増設された鎮守府に移動した」

 

港で初期艦達を迎えた司令官はそう答えた

 

「聞いていないのですが」

 

この司令官、確かに艦娘の司令官だ、大本営の士官達の様な代理や代行の司令官では無い

 

「そう言われてもね、此方としても大増設計画承認の際にアメリカの司令官もこの計画に参加することになった、それで私がこの鎮守府に配属された、それだけの事だ、詳細は大本営で聞いてもらうしかないな」

 

「……」

 

「……アメリカの司令官?」

 

言葉が出て来なかった吹雪に変わって漣が聞いている

 

「本国では艦娘が居なくてね、当面候補止まりだから、この話に志願して司令官になったという訳だ」

 

「では、この鎮守府に居た司令官、私の元司令官の移動先を教えてください」

 

寄港した目的はそれなのだ、状況確認は信頼の置ける司令官でなければ意味を成さない

 

「それは出来ない」

 

「何故ですか?」

 

「司令官の配置や所属艦娘の詳細は秘匿事項だ、正式な手続きを以って書類を揃えてもらわないと教えられない、急ぐのなら、大本営に向かうと良い」

 

悪気がある訳では無いし悪意も感じない、単純に手続きの話だと判断出来る、それは理解した、が、この靄靄はどうしてくれようか

 

「……」

 

「吹雪、ここで押し問答しているより大本営に向かった方が良いのでは?」

 

電から提案が出された、素直に受け入れろと、言ってる?

 

「……」

 

「ここに留まっても得るものはなさそうだけど?」

 

漣からも言って来た、それはそうなんだけど、確かにここでゴネても仕方ないと思い直す

 

「そうだね、突然の訪問、この様な時間にも関わらず対応頂きありがとうございました、私達はこれで失礼します」

 

寄港したものの港から上陸すらしないまま出港する事になった

 

「なにやら急いでいる様だし引き止める訳にもいかなそうだ、今度会う時にはゆっくりと話をしたい、そのトキを楽しみにしているよ」

 

アメリカの司令官はそう言って見送ってくれた

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:事務艦

 

 

長良達がこちらの無茶振りに応じ、遠征隊の護衛任務を受けてくれた、これ以降長良達は護衛隊と呼称される事になる

海域に到着したとの報告から暫くしたら別の報告が上がって来た

 

「航路変更?聞いていないが」

 

「龍驤の偵察機から得た情報です、司令官から示された他所の鎮守府遠征隊航路と実際に観測された航路がかなり離れていると言っています、尤も目的地はこの鎮守府なので近海では誤差レベルに収束しているそうですが、航路変更の理由を問い合わせますか?」

 

「おそらくこちらが出した強襲予測の影響だとは思うが、それに対応している事は伝えていないな、元々こちらに到着してから詳細を伝える予定だし、長良達が接触すればその時に説明する手筈だ、外に発信する前にその遠征隊に話を聞こう」

 

長良達の行動範囲は限られている、それを超えている様なら別の手を考えないといけない

 

 

 

外洋-航海中

大本営所属艦:漣/吹雪/電 (一号の初期艦三)

 

 

元吹雪の配置されていた鎮守府から出港、暫くしてから漣が言い出す

 

「オカシイ、絶対に大本営で何かあった」

 

「一般の海上広域無線で艦娘の指揮権譲渡なんて言い触らすんだから、よっぽどだよね」

 

同意する吹雪

 

「それで現状を確認する為に距離的に近かった吹雪の配置されていた鎮守府に行ったら、司令官が、鎮守府の中身が丸ごと入れ替えられていた、しかも新しく着任していたのはアメリカの司令官、状況を整合させるには情報が足りないのです」

 

確認する様に言う電

 

「このまま大本営に行くのは、無し、だよね」

 

自信無さげに言う吹雪

 

「……行きたければ止めないけど、でも、三組の件はどうしようか」

 

漣が考え込む様に言う

 

「それはこの際置いておきましょう、大本営で何があったのか、詳細も分からないでは危険過ぎるのです、三組の初期艦達も未だに大本営に留まっているのなら、迂闊に接触しない方が良いと思うのです」

 

「じゃあ、佐伯司令官の所に引き返すって事で、異論は無い?」

 

安心した様に言う吹雪

 

「少なくとも、あそこなら安全は確保出来るし、情報もそれなりに入るだろうし、それを精査しない事には何の判断も出来ないからね」

 

漣は最善というより次善策だと、思っている

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:事務艦

 

 

「司令官、護衛隊から報告がありました、元大本営所属の初期艦と接触、こちらに向かったとの事、なお、護衛は不要との進言があった為初期艦四隻のみで航行中との事です」

 

「一隻多いな、出発した一号は三隻だろ」

 

事務艦の報告には色々足りない部分がある、それらをまとめる様に促す

 

「護衛隊が接触した初期艦は三組の初期艦だそうです、例のメッセージが発信される前に司令長官の指示によりこの鎮守府、司令官の指揮下に転属となり大本営を出発したと、話をしているそうです」

 

厄介事は呼んでもいないのに向こうから来るものらしい

 

「……漣が呼んだという初期艦達か、もし可能なら、鎮守府周辺海域にて深海棲艦との接触の可能性がある事を警告しておいてくれ」

 

何にせよ艦娘を粗雑に扱うつもりは無い、可能な限りは相応に対処するつもりではいる

 

「わかりました、ただ、こちらの発した警告を受け取れるかは、賭けになります」

 

「通信状態に何か問題が?」

 

質問したら、何故か難しい顔になる事務艦

 

「……護衛隊からの報告を受ける際に原因不明のノイズが発生しています、妨害の可能性も視野に入れ初期艦達が調査中です」

 

「ジャミング、電波妨害が始まっていると?」

 

「意図的な妨害にしては通信そのものは可能という半端な状態です、気象条件に因るものかも知れません」

 

「五十鈴に協力を要請して、鎮守府の通信設備だけでなく向こうの旅客船の通信設備でも試してもらいたい、それでハッキリする筈だ」

 

「……申し上げ難い事ですが、移籍組の修復中断という事態を受けあの船内はかなりの混乱状態にあり、五十鈴と移籍組の一部の艦娘で他の艦娘を抑えているそうです、暴動になりかねないと、警告を受けました」

 

それは、事務艦が難しい顔をする訳だ

 

「……それ、今初めて聞いたんだけど、余計な気を回さず事態を正確に伝えてもらいたい、事態が進行し手遅れになってから聞かされても何も出来ない」

 

「では、もう一つ、新任の初期艦が現在あの船内で休息中です、危害が加えられるとは思いませんが、容易で無い状況に巻き込まれる可能性は想定した方がよろしいかと」

 

序での様に、何でもない様に言う事務艦、でもソレってオオゴトだよね

 

「……演習の後、自室に戻ったのか?それほど疲労するような演習だったという事か」

 

「いいえ、ウチの叢雲が修復不能と聞いて倒れたそうです、それを長良達が自室に運んだと聞いています」

 

あれ?そんな話は聞こえて来なかった、どういう事かと少し考えてしまった、初期艦の状況なら妖精さんの噂話として聞こえて来ても良さそうなんだが

 

「……そいうことはさ、ちゃんと報告として上がってこないといけないことではないかな?アレはこの鎮守府の初期艦だぞ?初期艦の重要性を再三説いていた事務艦とは思えない対処だな」

 

「申し訳ありません」

 

「……」

 

事務艦はあくまでも事務的だった

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:初春

 

 

護衛隊の龍驤が航路が違うと言っていた他所の鎮守府所属の遠征隊が鎮守府に到着、暫くした頃に初春が執務室に顔を出した

 

「資材供給に来た遠征隊旗艦が面会を求めておるが、通して良いか?」

 

「要件はなんだと言っている?」

 

「幾つかあるようじゃな、まあ、あんな通達を出したのだ、少しは説明責任というのを果たした方が良いと思うがの」

 

初春自身あの大規模強襲の通達には十分な説明が出来ない、それが判るだけに顔を出した初春にこれ以上の負担を負わせる訳にもいかなかった

 

「……わかった、あまり時間は取れないが、会うだけ会おう、今工廠に居るのか?」

 

「お前様が出向くのかえ?執務室に呼んでゆるりと話せば良かろうに」

 

そんな状況に置く司令官にも初春は気を遣ってくれる

 

 

鎮守府-工廠(第一工廠)資材集積場

鎮守府:司令官

桜智鎮守府所属_遠征隊:旗艦_村雨

 

 

工廠に隣接する資材集積場に行くと他所の鎮守府所属の遠征隊がウチの駆逐艦達と資材を運び込んでいる最中だった

 

「当鎮守府の司令官、佐伯だ、話というのは、何か?」

 

「司令官?!こちらから出向きましたのにお越し頂けるとは恐縮です」

 

旗艦に声を掛けた、驚かせてしまった様だ

 

「挨拶は大事だが、今は時間が惜しい、要件を速やかに済ませようと思うが、異論は?」

 

そこは置いて話を進める

 

「ありません、では桜智司令官から幾つか確認する様に言付かって参りました、少し時間を頂きます、先ず一つ目、再三に渡る要求にも関わらず未だに五月雨の帰着が達成されないのは何故ですか?」

 

中々切り替えの良い艦娘だ、伊達に旗艦をやってないと判る

 

「それは再三解答している通り大本営の許可が出ないからだ、そちらが要求している五月雨は現在大本営所属艦だ、私に要求されても決定権は無い」

 

「先程の広域無線での宣言を聞いていらっしゃらないのですか?五月雨はこの鎮守府に転属になりましたが」

 

「広域無線?私の所にはそういった報告は来ていない、来たのは指揮権の移譲だけだ」

 

「同じ事では?」

 

艦娘から見るとこの辺りは同じ事になるのかな、所属と指揮権は別の事柄なんだが

 

「艦娘の立場は艦娘部隊に所属し司令官の指揮下にある事で保護される、多くの場合所属と指揮系統は同一視して差し支えないが、そちらが要求している五月雨の場合は所属と指揮系統が分離している状態だ、指揮権はあっても所属の人事権までは私の元に来ていない、と理解してもらいたい」

 

旗艦が少し考えてから口開いた

 

「……未だに大本営の許可が無ければ五月雨はウチに戻れない、そういう事ですか」

 

「五月雨を所属不詳艦にしたくないなら、大本営に直接掛け合ってもらうしかない」

 

「……ウチの司令官はソレをとても嫌がってるんですが、何でですかね、理由をご存知ないですか?」

 

「その質問は桜智の言付けではない様だが?」

 

そう言ったら旗艦が少し慌てた様な素振りを見せた

 

「失礼しました、二つ目です、先に佐伯司令官から通達された深海棲艦の大規模強襲の可能性について、可能な限り詳しい説明を求めます、ウチの司令官は何を根拠に言っているのか見当もつかないと困惑しています、是非にウチの司令官が納得できる説明をお願いします」

 

まあ、聞かれると思った、こっちが本題だろうから

 

「長い話だ、それを今から話していると君等までこの鎮守府で最後の刻を迎える事になりかねない、私としては所属の違う君等まで私の愚行に付き合わせたくはない、無事に君等自身の司令官の下に帰着して貰いたいと思っている」

 

どこまでこちらの思惑を汲んでくれるか、それによって対応を変えて行く必要がある

 

「……最後の刻、司令官はソレを承知で強襲に備えているのですか?退避すべきでは、ないのですか?」

 

思ったより汲んでくれたか、中々どうして桜智のヤツにも優秀な艦娘が着いているじゃないか

 

「鎮守府に駐留している自衛隊の方々には退避を勧めた、彼方も指揮系統の問題で直ぐには退避できない様だが、私にそこまでの対応力は無い、限られた範囲ではあるが私の対応力でも及ぶ所がある、やれるだけの事はしないとな、司令官なんて職に就いたからには、これも給料の内だよ」

 

色々言いたい事がある様な顔を見せたが、そこは飲み込んだらしい村雨

 

「……三つ目です、初期艦はどうなりましたか?可能であれば教えて頂きたい」

 

外見でも分かるくらいに緊張し、慎重に言葉を使う村雨、そんなに聞き難いと思っているのなら言付けなんて受けなければ良いのにと思わなくはなかった

 

「初期艦?初期艦は配属されたが、それが?」

 

何を聞きたいんだろ、確かにイレギュラーな着任の仕方ではあるが、桜智が問題とする様な事では無い筈だが

 

「ああ、新任の初期艦では無く、始めに配置された、五月雨と同期の眠り姫と呼ばれていた叢雲の事です、色々な噂話が飛び交っていてどれが事実なのか判別できません、他所の初期艦とは言え五月雨の同期の初期艦、ウチの司令官は気を揉んでいますし、心配もしています、出来れば包み隠さず話していただけませんか」

 

そっちか、村雨が聞き難いと思っているのに敢えて聞いてくるのも納得だ、桜智も叢雲を保護した事を支持してくれてたし、そういう事なんだろう

 

「……ちょっと待ってもらっても?」

 

「?待つとどうなるんでしょうか」

 

話を誤魔化されるとでも思われたかな

 

「連れて来た方が話が早いだろう」

 

「!!はい、待ちます」

 

そんなに、喜ぶ様な事では無いと、思うんだが

 

 

鎮守府-工廠(第一工廠)資材集積場

鎮守府:叢雲(旧名)

大本営所属艦:五月雨(一号)

桜智鎮守府所属_遠征隊:旗艦_村雨

鎮守府所属艦:初春

 

 

司令官からの伝言を受けて資材集積場に向かっている二人

 

「忙しいのに……」

 

人化処置からの諸々の事情で五月雨を付き合わせてもホントに忙しい叢雲(旧名)

 

「まあまあ、忙しいのは司令官もですよ、聞く限り五月雨の元の所属鎮守府から来た遠征隊旗艦の話の様ですし、司令官が応対するより私達で対処した方が一度で済みそうですし、この際最適解だと思いましょう」

 

鎮守府に残る判断の後、人化処置後の叢雲(旧名)に付き添っている五月雨

 

「……五月雨?あいつに甘くない?」

 

疑わしげな目を五月雨に向ける叢雲(旧名)

 

「そうですか?そういうつもりはないですが」

 

そんな目を全く気にしない五月雨、そこに声が掛けられた

 

「五月雨!!」

 

「ん?ああ、村雨、遠征隊旗艦は貴方でしたか」

 

五月雨がそちらを見れば確かに見覚えある顔を見た

 

「貴方でしたかって、他人事みたいに、五月雨はウチに戻る気は無いの?」

 

驚いた様子を見せる村雨に対し、五月雨は冷静な対応を見せた

 

「……今は戻れません、この鎮守府で見届けなければならない事が出来ました」

 

「買い被り過ぎ、あいつはただの人で偶々この鎮守府の司令官職に就いた、それだけの事、何も特別な事は無いし、巡り合わせってヤツよね」

 

五月雨の言い様に呆れた様子を見せる叢雲(旧名)

 

「……貴方、叢雲?雰囲気は似てるけど違うか、身長も体格もそんなハズ無いし、何より人、だもの」

 

村雨にマジマジとした視線を全身に隈無く振られた、仕方ないと思う反面、少しは遠慮しろとも思う叢雲(旧名)

 

「元、鎮守府配置の初期艦、叢雲ですよ、間違いなく、私達で人にしましたが」

 

村雨に紹介する様に言う五月雨

 

「人に、しましたって、どういう事?」

 

それに疑問しかない村雨

 

「あー、そこの説明は長いし詰まら無いから何時か死ぬ程暇な時にでも、聞きに来たらいいわ」

 

「そんな訳で佐伯司令官には人になった元叢雲と初期艦として艦娘の叢雲が着く事に成りました、後、何を聞きたいですか?」

「……」

 

余りにもアッサリと言って来る五月雨に言葉が出て来ない村雨

 

「無いなら早く自分の鎮守府へ戻りなさい、長居してるとこの鎮守府から出られなくなる」

 

「それは、どういう?」

 

叢雲(旧名)に聞き返す村雨

 

「佐伯司令官が通達を出しています、そちらには届きませんでしたか?」

 

五月雨に聞き返される村雨

 

「深海棲艦の大規模強襲の可能性の通達の事?なんの根拠も無いのでは信憑性が無さすぎるんだけど」

 

「まあいいわ、長居してこの鎮守府で最後の刻を迎えるも良し、サッサと出発して自身の司令官の元に帰るも良し、好きな方を選びなさいな」

 

「五月雨?」

 

叢雲(旧名)の言い様に、一緒に鎮守府へ帰ろうと五月雨に視線を向ける村雨

 

「五月雨はこの鎮守府に残ります」

 

そんな視線に全く動じる様子もなく、五月雨にハッキリと言い切られた

 

「はぁ、あんたって子は普段はアレだけ優柔不断なのに一度決めたら頑固な事この上ないから、桜智司令官にはそう伝えておく、でも、忘れ無いで、桜智司令官も私達鎮守府の皆も、五月雨が戻ってくるのを待ってる、ウチに来た新任の初期艦、吹雪ちゃんも五月雨と一緒に司令官に仕える日を心待ちにしている、ただ、吹雪ちゃんは生真面目過ぎて司令官が少しだけ困ってるから、出来るだけ早く戻って欲しいかな」

 

「ああ、それは司令官が吹雪の扱いを間違えてる、吹雪は基本真面目なのはそうだけど堅苦しい石頭じゃない、色々試してみると良いわ」

 

叢雲(旧名)がそう言ったら、何故か村雨が呆気にとられた様子を見せる

 

「……一番艦にスゴイ言い様ね」

 

「何?あんた達白露型は一番艦の事を何も言えないの?」

 

「そういう事では、無いんだけど」

 

白露型には何かあるらしい模様、向こうの鎮守府の特異事情かも知れない

 

「ああ、そうそう、佐伯司令官から航路変更の理由を聞く様に頼まれました、ウチの龍驤が観測したそちらの航路は随分と回り込んでいる様ですが、なんでです?」

 

話題転換なのか、ただ思い出しただけなのか、五月雨から村雨に質問が入った

 

「なんでって、ウチの鎮守府からの最短航路を通っているだけだけど、回り込んでる様に見えるの?」

 

「以前の航路とは違う様ですが?」

 

五月雨の言い分に少し考えてしまう村雨

 

「……以前?ああ、鎮守府の移動命令が大本営からあったの、ここと同じ時期に増設された鎮守府から今回の大増設計画で新設された鎮守府へ移る様に、それで以前の航路とは違う方向からこの鎮守府に来てるって訳、この話は届いてないの?」

 

不思議そうにしながらも答える村雨

 

「……鎮守府の移動?引っ越したって事?多分工廠絡みだろうとは思うけど、思い切った手を打ったものね、老提督は」

 

「工廠絡み?」

 

叢雲(旧名)の台詞にも不思議そうにしている村雨

 

「理由は聞かされていないの?」

 

「何も、ただ移動しろと、命令があったとしか」

 

どうやら村雨はその辺りの事情を知らないらしい

 

「じゃあ以前の鎮守府は今空き家になっているんですか?」

 

五月雨から質問が入る

 

「いえ、誰かが入ったと聞いてる、何処の誰かまでは知らないけど」

 

いきなり別方向の質問をされて戸惑っている様な村雨

 

「誰か、ね」

 

「妖精さんはこちらから初期艦と共に送った訳ですし、それ等を全部含めてでしょうけど、工廠を新設せずに引っ越したんですか」

 

「ウチの第三工廠が元になってるからね、大増設計画で新設された鎮守府の工廠は」

 

「旧式の工廠とはいえ遊ばせておくのは、どうなんでしょう?」

 

「旧式って、そうかもしれないけど、単に仕様が違うだけだから使い様じゃない?」

 

村雨は二人の会話から状況を読み取ろうとしていたが、口を挟んで来た

 

「よく分からないけど、妖精さんは移動した後の方が機嫌が良いみたいだけど、その辺りも何かあるの?」

 

村雨の質問にはどう答えたものかと考えを巡らせる叢雲(旧名)、無難な所で済ませた方が良いだろうと当たりを付けてから答えた

 

「……そうでしょうね、初期艦と共に送った妖精さんは第三工廠の仕様に最適化されてるんだし」

 

「なにそれ?妖精さんもなにか違いがあるの?」

 

「違いといえば違いだけど、私と村雨が違うっていう類の違いよ、気にする事は無いと思うけど」

 

「何を話し込んでおるのだ?妾も混ぜてくれんかのう」

 

唐突にこれまでに無かった声が掛かった

 

「初春、どうしたの?」

 

「どうしたの?は妾の台詞じゃ、何時迄引き留めておるつもりじゃ、早う出発させねばならんというに」

 

「……そうだった」

 

早く出発する様に言っておきながら話し込んでしまった事に今思い当たった

 

「司令官からの注意事項は他の遠征隊艦娘にも話はしておる、帰りの道中で今後の遠征隊の行動をどうするか話し合って、其方の司令官とも良く話して貰いたい、なにしろウチの司令官は艦娘が沈む所は見たく無いと、此の期に及んでもまだ我が儘を抜かしよる、強襲されると分かっていて受けて立とうというに、困った事じゃ」

 

「……その強襲、ホントにあるの?」

 

未だ疑問しかない村雨

 

「予定通りに遠征隊をウチに寄越せば、結果は見れるじゃろ」

 

その疑問に簡潔に初春は応じた

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:三組の初期艦五/事務艦

 

 

護衛隊と接触した三組の初期艦と元から居た漣、合わせて五隻が整列している

 

「大本営よりこちらの鎮守府に転属になりました、以後宜しくお願いします!」

 

「……辞令は受け取った、本日より君ら五隻の初期艦は当鎮守府の所属となる、なるが、当面は出撃等の艦娘としての任務は無い、有り体に言って来る時期が悪すぎる、こちらは他の案件で手が塞がっていて君らに掛ける手が無い状態だ、他意がある訳ではない、単に時期が悪過ぎるだけだ、以前から其方の漣がいた事でもあるし詳細は漣から聞いてもらいたい」

 

「概略は聞いています、その事案には初期艦が多い方が打てる手が多くなる筈、というのが老提督のお考えです、この鎮守府所属になったのですから、使えるだけ使ってください」

 

どうやらこういう場面では吹雪が代表をやるらしい、三組の初期艦の場合は

他の組は、如何なのかな

 

「……取り敢えず、君らの仕事は無い、自由行動として良い、事務艦、この子等の部屋割りと所属艦としての備品一式の用意と配布を」

 

「わかりました」

 

事務艦はそれらを恙無く執行した

 

 

 

鎮守府-工廠(第一工廠)

鎮守府:叢雲(旧名)

大本営所属艦:五月雨(一号)

 

 

村雨達を見送った工廠で叢雲(旧名)と五月雨の話が続いている

 

「そう言えば、あの子は何処にいるの?見かけないんだけど?」

 

「あの子は自室で休んでいる、と聞いていますが」

 

「……この忙しいのに、呑気に寝てるの?器が大きいのか、ただの阿保なのか、どっちなの?」

 

「ふふっ、どちらでも無いですよ、元はと言えば叢雲の所為ですよ?修復不能と聞いて倒れたそうですから」

 

「ナニソレ?その程度で倒れるの?小心過ぎ」

 

「あの子はドロップ艦、それもドロップ直後に司令官を見つける事の出来た運の良い子、私達の様に司令官を見つけるまでに何年もかかったへそ曲りの初期艦とは、違いますよ」

 

「へそ曲りの自覚が、五月雨にあるなんて、これは漣達と共有しないといけない話ね」

 

「ちょっと?!言い方!叢雲が一番のへそ曲りじゃないですか!」

 

「ああ、人に作り変えられたからちゃんとお臍が出来た、曲がってないわよ?見る?」

 

「そういう事を言っているんじゃないですよ!分かって言ってますよね?!」

 

「まあまあ、相変わらず、五月雨がカワイくて安心した、さっきの村雨とのやり取り、変に気にし過ぎてるのかと心配だったから」

 

「……あの子が、気にし過ぎていたから?」

 

「あの子は、改修素材なんかにならず、司令官に仕えれば、良かったんじゃないかって、思わない?」

 

改修素材になり自身を起こした一組の五月雨の行動に、思う所がある叢雲(旧名)

 

「それ、今度口にしたら、許しませんよ」

 

その叢雲(旧名)に五月雨は何時に無く厳しい表情を見せた

 

「ん、そうね、ごめん」

 

過ぎた過去は動かせない、託されたモノとしては重荷であっても捨てられない

 

本来なら、自分も託す側だったのに何時の間にか託される側に回されている、因果応報というのか、自業自得というのか

 

託す側だった叢雲(旧名)は託さなければならない側の心情も良く解っていた

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:事務艦

 

 

「司令官、護衛隊から報告です、帰還途上の遠征隊が深海棲艦と接触、護衛隊で防衛線を構築し遠征隊を退避させた様です、この戦闘により護衛隊の一隻が小破、遠征隊は被害無く海域を離脱、所属鎮守府へ向かったそうです」

 

小破以下の損傷なら自己修復出来る、そう聞いていたからそこは置いて、接触した方の詳細を聞く

 

「接触した艦種は分かるか?」

 

「長良の艦種呼称基準に寄ると駆逐級二隻と軽巡級一隻の三隻だと言っています」

 

「海図を、接触海域は何処だ?」

 

「この海域の南側だと報告してきています」

 

「……ここで三隻と接触か、ウチの哨戒部隊はまだ、見つけていないのだったな」

 

「現時刻まで深海棲艦との接触はありません、電探、ソナー、艦娘自身の視聴覚、何も発見の報告はありません」

 

「……戦闘部隊に出撃用意をさせて待機、但し編成は駆逐艦を軸に軽巡が殿に付く様に、二個艦隊編成してくれ」

 

「編成は誰を?」

 

「捕まえられる奴で編成していい、急いでくれ」

 

強襲してくる集団なのか、ただの野良なのか、現状では判断材料が無かった

 

 

 

鎮守府-工廠(第一工廠)

鎮守府所属艦:長門/駆逐艦十隻/軽巡二隻

 

 

事務艦から連絡を受け、司令官からも事情説明を受けた長門が出撃する艦娘達を集めている

 

「司令官から出撃命令が出された、但し今回は強行偵察、と考えてもらいたい、戦闘行動よりも接触した深海棲艦の情報を持ち帰る事が優先だ、全員で司令官に報告できる事を願っている」

 

「そんなこと言ったって、哨戒部隊から深海棲艦の発見報告が無いじゃん、何処を偵察すればいいのさ」

 

早速駆逐艦から疑問の声が上がった

 

「哨戒部隊は電探を始め索敵に特化した装備をしている、変わって戦闘部隊は攻撃用の兵装を装備している、この違いが、深海棲艦との接触率の違いに直結する、というのが司令官の言い分だ、即ち、戦闘部隊である皆は極めて高い確率で深海棲艦と接触する、と予測される、周囲の警戒を怠るな、接触したら直ぐに来援を要請してもらいたい」

 

「来援って、この面子で、要る?」

 

周囲を見回した別の駆逐艦も疑問を口にした

 

「要る、司令官はそう判断しているし、私も同意見だ、深海棲艦の得技は判別不能な程の数が出てくる無限湧きだ、先に自衛隊がコレに直面し這々の体に成り果てたのは、知っているだろう、油断するな、警戒し接触したら直ぐに来援を要請するんだ、良いな」

 

「アレが起こるっての?私等が出撃した海域で?」

 

長門の話に眼つきが変わる駆逐艦がいる

 

「可能性の話だ、起こらないとは、言えない」

 

「ふーん、なら、接触と同時に乱戦になるね、接敵したら艦隊としての行動を解除して、個別に鎮守府へ戻った方がいいかな?」

 

「艦隊としての行動は旗艦が判断して良い、但し、単艦行動は避けよ、数が数だ、一人では対処仕切れ無くなる、分艦隊としての行動を、取ってもらいたい」

 

戦闘時の血の気の多さは軽巡並の駆逐艦達、深追い等で無用な損傷を負わない様にクギを刺した

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:事務艦

 

 

長門から出撃の報告が上がって来た、それを執務室にいる司令官に報告する事務艦

 

「司令官、指示通りに駆逐艦を主力とする二個艦隊が出撃しました、続いて長門を旗艦とする第一艦隊と、龍田を旗艦とする第二艦隊が出撃待機に入ります」

 

「第一と第二の編成は、何時も通りか?」

 

「はい、変更はありません」

 

「第一艦隊から白雪を抜いてくれ、第二艦隊は阿武隈を旗艦にして龍田は鎮守府待機、初春は遠征隊か?」

 

司令官の意図が良く分からないが、指示を履行すべく必要事項だけを答える事務艦

 

「編成上はそうです」

 

「初春に第一艦隊に加わる様に要請、断る様なら、私に話を持ってきてくれ」

 

龍田を旗艦から抜く方が問題になりそうな予感を持った事務艦、コレは対応を決めておいた方が良いと判断しそれとなく聞いてみる

 

「……龍田もゴネる様なら、司令官に話を持って来ても?」

 

探る様に聞く事務艦

 

「そっちは天龍に振ってくれ」

 

振れる事は出来るだけ誰かに振っていこう、何でもかんでも事務艦の肩書きで済ませられる訳では無いのだから

それは司令官も承知してくれている、実際、今回は天龍に振っても良いと言ってくれてる

 

 

 

鎮守府-工廠(第一工廠)

鎮守府:叢雲(旧名)

鎮守府所属艦:初春

 

 

先程から出撃準備で騒がしさを増した工廠で五月雨は一組の初期艦達の所に戻り、叢雲はその場に留まり様子を見守っていた

 

「初春を第一艦隊に編成って、何時以来かしら」

 

「なんじゃ?不服か?」

 

「あんたも何も言わずに編成されるとか、どうしたの?」

 

「人になったからかの、叢雲にはわからんか?」

 

そう言う初春は視線を叢雲(旧名)に向けなかった

 

「……そういう事、人になった所為で分からなくなった事が増えていく、仕方ないとは言え、役立たずになったものだわ、我ながら」

 

「そういう自虐は止めよ、彼奴も喜ばんし、妾も聞きとうない」

 

「……そうね、もどかしさの余り余計な事を言ってしまった、反省するわ」

 

「其方にも出来る事があろう、観察眼まで鈍った訳でもあるまい、探してみる事じゃ、己に何が出来るのか、考えてみる事じゃ、何をすべきかを」

 

「……」

 

初春の尤も過ぎる意見に何も言えない叢雲(旧名)

少なくとも艦娘にしか使えない工廠に人になった叢雲(旧名)の居場所は、見つけられない

 

 

 

鎮守府-資材管理室

鎮守府所属艦:天龍/龍田

 

 

工廠から戻った龍田は愚痴っぽく聞いてしまった

 

「んー、天龍ちゃんはどう思う?」

 

「だから、ちゃんは止めろ、第二艦隊旗艦から鎮守府待機になった事か?不満なら司令官に言ってくれば良くね?」

 

天龍の返答は素っ気なく聞こえる、それを聞く龍田は分かっている、元大本営所属の建造艦、ウチに転属して来た天龍、練度は然程高く無いが、常に自然体を保ち誰に対しても一定の態度で臨む目の前の姉妹艦

 

名目上の姉妹艦ではあるが、移籍して来た初日からウチの駆逐艦達が懐いた

 

この建造艦は潜在的な何かを持っている、ソレを引き出す事が出来ればウチで建造された艦娘に並ぶ戦力に成る、頼りに出来る姉艦に成り得る事を

 

「……不満、というより、何の考えがあって、旗艦を変えたのか、読み切れないなぁ」

 

「まあ、確かに、大規模強襲なら軽巡が一隻居ようと居まいと結果に影響は無いだろう、結果より、経過に影響させようってんじゃないか?詳しくは分からんが」

 

「経過、継戦時間の最大化?でもそれは今回意味があるとは思えないけど」

 

「前の独断先行の海域展開の時か?あの時とは状況も目的も違う、もしかしたら、出撃した駆逐艦達を迎えてもらいたいのかもな、駆逐艦も阿武隈に迎えられるより龍田に迎えられる方が良いだろうし」

 

「……その時は、天龍ちゃんも一緒に迎えましょうね」

 

帰投して来る駆逐艦を迎える、全員が無傷なら何でもない事だ、出撃した全員が無事ならば

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:事務艦

 

 

各方面との連絡と伝達に出ていた事務艦が執務室に飛び込んで来た

 

「司令官!哨戒部隊から緊急電です!!先に出撃した二個艦隊周辺に多数の深海棲艦と思われる艦影を電探にて感知、直ちに退避させる様に要請しています!!!」

 

何時に無く慌てている事務艦

 

「待て、遭遇している筈の二個艦隊からの報告は無いのか?」

 

野良では無く強襲してくる集団の先鋒だった様だ

 

「ありませんが、退避命令を出すべきと進言します」

 

「……いや、長門が対処指示を出している、それに賭けよう」

 

「……」

 

呆気に取られた様な事務艦

 

「第二艦隊に出撃を、件の二個艦隊をフォロー出来る位置に付ける様に」

 

「……わかりました」

 

流石に事務艦、切り替えは早い

 

「第一艦隊も出撃だ、但し鎮守府正面に展開し、長門の長距離砲撃に拠る支援行動に徹する様に」

 

「伝達します」

 

「それと、哨戒部隊に帰還指示を、慌てず騒がず、通常航行で落ち着いて何時も通りに帰ってくる様に」

 

「阿武隈を旗艦とする第二艦隊に出撃を下令、目的海域は先発の二個艦隊をフォロー出来る位置へ、長門を旗艦とする第一艦隊に出撃を下令、鎮守府近海に展開し、戦艦の長距離砲撃に拠る支援行動を軸に周辺警戒を実施させます、哨戒部隊に帰還指示、状況の如何に関わらず何時も通りに落ち着いて慌てず騒がず鎮守府へ向かわせます、以上でよろしいですか」

 

「……ああ、頼む」

 

復唱、アレだけ慌てて飛び込んで来たのに確認工程を忘れないとか、流石は事務艦だ

 

 

 

鎮守府-工廠

鎮守府所属艦:北上/夕張

 

 

出撃して行く艦娘達を見送った工廠組の内の二人

 

「これで五個艦隊が出撃したのか、この鎮守府って確か六個艦隊を編成するとほぼ所属艦娘を使い切るんじゃなかったかな?」

 

「そうね、六個艦隊を編成すると残るのは数隻のみ、使い切ると言っていい数しか残らない」

 

「今回はその数隻の中に主力艦の筈の龍田が入ってる、それと戦力的にどうかは兎も角第一艦隊から駆逐艦を抜いてたね、あのシロウト司令官は何を考えてるんだろうね」

 

「さあ、あの司令官とは余り話してないし、何を考えているのかわからないってのは、同意なんだけど、だからって、無闇に噛み付いたりしないでよ?アレで移籍組って云われてる私等の印象がここの艦娘達にかなり悪くなってるんだから、せめて皆んなの修復が終わるまでは大人しくしててよね」

 

「生憎おべっか使いなんてこの身体になってから何処かに消え去ったよ、半端な修復なんてしやがって、出来ないなら放って置けってんだよ、マッタク」

 

「だから、ここでちゃんと治ったでしょ?それなのに未だに噛みつきたいの北上は」

 

「……八つ当たり、だとでも言いたいの?」

 

若干睨む様に目を細める北上

 

「それ以外に見えないけど?」

 

そんな北上を普通に見返す夕張

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:駆逐艦六隻_哨戒部隊/事務艦

 

 

哨戒部隊が無事帰投、そのまま執務室に事務艦が連れて来た

 

「戻って休息も挟まずに悪いが、事は急を要する、事務艦と協力し哨戒部隊が感知した深海棲艦の分布状況を海図に落とし込んでもらいたい、それがないと長門の長距離砲撃の目標が定められん」

 

「出撃したっていう二個艦隊からの報告は?そっちの方が正確だと思うけど」

 

尤も過ぎる意見が出た

 

「……報告は無い、あの二個艦隊は出撃後深海棲艦と接敵した場合、旗艦の判断で分艦隊行動を取り鎮守府への帰還を目指す、事になっている、無線を使う余裕が無い、可能性もある」

 

「長門はもう出てるけど、砲撃目標も無いのに気が早く無い?」

 

これも尤も過ぎる質問だ

 

「出撃した二個艦隊からの来援要請に応える為だ、第二艦隊は二個艦隊のいる方向へ向かっている」

 

そこに事務艦が海図を貼り付けた台を引っ張って来た

 

「哨戒部隊の皆さんはこちらへ、大き目の海図を用意しました。深海棲艦を感知した場所にピンを指していってください、ピンの頭の色分けは、大型艦ほど明るめの色で、不明な場合は黒を使ってください」

 

事務艦の説明に困った様子の哨戒部隊の駆逐艦達

 

「……艦種までは分からないよ、電探で感知しただけなんだから」

 

「みんな黒いピンになっちゃうよね」

 

「いや、幾つか間違いなく大型艦と判別出来る反応があった、あの反応は大型の深海棲艦じゃないかな」

 

「あれは、複数の大型艦が重なって感知された影みたいなもんじゃないの?大き過ぎるよ」

 

「それは、何処に感知したんだ?」

 

有力な感知があったらしい、その場所は是非とも特定したい

 

「ここと、ここと、あとは、この辺りだったかな?こっちの探知範囲ギリギリの所で感知したんだ、だから最初は皆の言う通り複数を同時感知した影みたいなモノかと思ったんだが、皆の感知結果を総合的に検討した結果、影ではない、と私は判断する」

 

複数感知していたとは、想定より状況が悪い

 

「……指揮艦が三隻か、総数で行くと、六十隻程度の規模になるか」

 

「司令官?」

 

考え込んでしまったらしい、駆逐艦達が不思議そうな不安そうな顔を見せて来る

兎に角、対応を考えないといけない、駆逐艦は数が多い、そこに不安を感じさせたままでは色々よろしくない方向に向かって行きかねない

 

「後は、黒ピンで構わないから、感知場所にわかる限り指していってくれ、それが終わったら、小休止だ、その後補給と整備、再出撃の準備を始めてくれ」

 

「再出撃?あの数に僕たち駆逐艦の火力じゃ殆ど意味無いよ?」

 

疑問と不安が混じった言い様に言葉が足らなかったと気付かされる

 

「あの数はブラフ、見せかけだ、現に哨戒部隊は攻撃される事なく帰って来ている、お前達から見て、あの数の深海棲艦の合間を縫って帰還するのに攻撃されないという状況をどう考える?」

 

「……どういう事?」

 

不思議そうにする駆逐艦達

 

「数を並べてこちらの手数なり資材なりを削りたいのだろう、所謂飽和攻撃の手法だ、そんなもんに律儀に手間暇掛けられる程こちらの手数は無い、無いが飽和攻撃である以上無視し続けると、それはそれで詰んでしまう、お前達にはそこの対応に動いてもらいたい」

 

「それって要するに時間稼ぎだよね、詰むのを先送りすると、状況が好転するっていうの?司令官は大本営どころか何処の鎮守府にも来援を求めていないよね、時間稼ぎするにしても、永久にって訳には行かないよ」

 

再出撃の理由に納得したのか不安そうな様子は消えた、が、別の疑問が出て来た様だ

 

「その通りだ、だが、今回は向こうの行動目的が、こちらにとって状況を好転させる切っ掛けになる、かも知れない」

 

「???」

 

駆逐艦達は疑問しか浮かばなかった様子

 

 

 

鎮守府-港_旅客船(移籍組宿舎)

鎮守府:叢雲(旧名)

大本営所属艦:五十鈴

 

 

叢雲(旧名)が旅客船内の談話室など人の集まりそうな場所に片っ端から声をかけていく

 

「五十鈴は何処!」

 

幾つ目かの部屋で返事が返って来た

 

「なによ、五十鈴ならここにいるわ、って叢雲?人になった貴方が五十鈴を探すなんて、何かあったの?」

 

あんまりにも緊張感の無い様子を見せる五十鈴、それに少なくない苛立ちを感じる叢雲(旧名)

 

「あんたねぇ、いくら大本営所属艦だからって、この鎮守府に居て空母部隊の指揮を志願して引き受けた立場なんでしょう?少しは司令官に協力しようという考えはないの?」

 

「……協力しようにも空母部隊は夜間は出撃出来ない、夜明けを待つしかないわね」

 

理屈的には全く正しい、正しいが、状況は正誤の理屈を捏ねて居られる程余裕が無い

 

「あんた分かって言ってるでしょ、長良達が護衛隊として出撃してしまってる以上司令部要員がいない、その部分で司令官のチカラに成れる筈でしょう?それすらせずにこんな所に引きこもるなんて、どういうつもり?」

 

「……落ち着きなさい、人になって艦娘としての働きが出来なくなったからって五十鈴に八つ当たりしに来られても困るし」

 

八つ当たりのつもりはなかった、五十鈴にはそう聞こえた様だが

 

「……」

 

「こっちにいるのは情報収集の為、具体的な所が全く分からないけど、大本営で何かあった様なの、現在大本営が全ての回線で応答を停止している、音声回線だけでなく、データ回線まで止まってるのよ、今大本営は指揮系統の上で存在を確認出来ない、間違いなく異常事態で緊急事態で早急な対応が必要な事態が発生している」

 

五十鈴には五十鈴の言い分がある、それは判る、この鎮守府に居るのに大本営の事を気にしても出来る事などあるのだろうか

 

「それで?大本営司令長官の秘書艦は、どうしようと、いうの?」

 

「ここで司令長官秘書艦としての権限行使は賢明な判断とは云えない、なにせ司令長官の居る大本営と連絡が付かないのだから、返って混乱させかねない、指揮権の乱立という意味でね、暫く様子を見るしかないわね」

 

「他人事ね」

 

「貴方こそ五十鈴の所に何をしに来たのよ?司令官の隣に居るべきではないの?」

 

五十鈴から尤もすぎる指摘が来た

 

「……今は居ても邪魔にしかならない、ただの人になる事がこんなにも無力になる事だなんて、あいつはこんなにも無力なただの人なのにこれまで鎮守府を率いて来た、正直、見る目が変わってしまった、これまでの様には、接する事が出来ないくらいに」

 

「随分と気弱な感想ね、そのただの人の尻を叩いて、蹴り上げてまで、司令官を勤めさせて来た初期艦の言葉には、とても聞こえない」

 

「……知らなかったのよ、ただの人がこんなにも無力だなんて、あいつはこんなに無力には視え無かったし、何より私の期待に応えてくれた、最低限とはいえ司令官としての責務を果たしてくれた、だから、あいつが私に望む事があるのなら、応えたい、と思ってる」

 

五十鈴は幾らか呆れた様子を見せた後、溜息混じりに言って来た

 

「……はぁ、で、取り敢えず、五十鈴に何の用なのよ?」

 

兎も角、司令部を立ち上げさせて司令官の負っている重荷を分散させないと

 

その後、話の流れで、自室で寝ている初期艦を文字通りの意味で叩き起こした

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

大本営所属艦:五十鈴

鎮守府所属艦:叢雲(初期艦)

鎮守府:叢雲(旧名)

 

 

唐突に面会が入った、そもそも面会要請を出してくる事自体が面倒事の予感しかない

 

断る理由も無いし取り敢えず話を聞いたんだが、メンドクサイ事を言いだして来た

 

「えっとだな、急にそんな話を持って来られても対処出来ん、発案の妥当性は認めるが、実行は出来ない」

 

「何故?今回の事態に司令官一人で全対処出来るの?司令部を構築すべき、司令部要員として予定していた長良達が急遽護衛隊として出撃してしまったから、人員がいないのでしょう?移籍組から司令部要員を募って司令部を置き鎮守府内の指揮命令系統を確保、現場からのフィードバックだって事務艦一人では仕事量として多過ぎる、此方にも手数がいるでしょう、なんでもかんでも少数で済ませられる事案ばかりではない、人員の手当が付けられるのなら、余裕を持たせた方が良い、違う?」

 

五十鈴が強硬に主張して来た

 

「……正論な事は認める、が、組織としては正論が常に正解ではない、事は簡単に進められんよ」

 

「移籍組が司令官を取り込んでこの鎮守府の中枢となり、既存の所属艦を傍へ追いやる、なんて、本気で考えてるの?」

 

バカげてると云わんばかりの五十鈴

 

「……そう、懸念している所属艦が居るのは確かだ、移籍組の扱いは慎重を要する、只でさえ今は強襲を受けつつある最中だ、実行は出来ない」

 

「誰よ、そんな事言ってるのは?私が話してくる」

 

相変わらず気が強いというか押しの強い叢雲(旧名)

 

「おまえな、自分の立場を考えろ、もう初期艦じゃないんだ、話は出来ても説得は難しいだろうな」

 

「なら、初期艦の私から話すわ、それならいいでしょ?」

 

新任の初期艦が叢雲(旧名)に続いた

 

「言い難いが、初期艦として着任したばかりの艦娘の言い分を素直に聞き入れるような輩はウチの鎮守府には所属していない、何奴も此奴も腹に一物背中に荷物なヤツばっかりだ、性格が歪むから止めた方が良い」

 

新任の初期艦はウチの艦娘達の観察が足りない様だ

 

「どういう意味よソレ?まるでウチの所属艦が性格悪いみたいじゃない」

 

元凶が文句を言って来た

 

「……初期艦の薫陶が行き届いていてね、皆揃って言いたい放題だ、良い事の筈なんだがな」

 

「あー、あー、そういう事、納得した」

 

真っ先に状況を理解した五十鈴は感心した様子を見せている

 

「……それは、良い事なんだけど、ハンドリングの難易度が凄そうね」

 

新任の初期艦も察するモノがあったらしい

 

「……ちょっと、何か言いたい事があるならハッキリ言いなさいよ」

 

二人に疑惑の視線を向ける叢雲(旧名)

 

「まあ、可能性の話としては、一号の五月雨が協力してくれるのなら、実現の可能性はある、尤も五月雨がそんな面倒事を引き受けるとも思わないが」

 

可能性を言い立てても仕方ないんだが、三人の内二人が司令部を立ち上げる難易度を理解してくれた事で良しとしておこう

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:事務艦

 

 

「司令官、先発した二個艦隊と連絡が付きました、現在脱落艦なし、分艦隊として行動中、個別に鎮守府への帰還を目指すとの事です、なお、分艦隊には出撃した第二艦隊の分艦隊と帰路途上で合流した一号の初期艦三隻が行動を共にしているそうです」

 

席を外して居た事務艦から報告を受ける

 

「一号の初期艦?大本営に向かわずに戻って来たのか?」

 

「その様です、それに伴い第一艦隊が支援砲撃を開始しています」

 

「そんな距離まで戻って来てるのか、手数は足りているのか?」

 

分艦隊に別れて行動中なら支援目標の数は多くなる

 

「……弱感足りないかと、思われます、分艦隊として行動している為、支援箇所が分散されていますので」

 

事務艦にもそれは分かっていた様だ、変に気を回したのか言って来なかったが

 

「大和に白雪と龍田を付けて長門の支援砲撃を補佐させろ、ゴネる様なら、私の所に話を持って来い」

 

「伝達します」

 

状況は間違いなく悪化の一途を辿っている

 

 

 

鎮守府-工廠(第二工廠)

鎮守府所属艦:大和/龍田/白雪

 

 

出撃指示を受けた三隻が工廠に集まった、そこで詳細を詰めている

 

「支援砲撃、ですか?その、言い難いのですが、大和は直接照準射撃の経験しかありません、間接照準の砲撃はどうやるのでしょう?」

 

「その為に白雪ちゃんが付くの、駆逐艦だけど白雪ちゃんは大型艦の砲撃支援、観測射撃とかの射角の割り出しが得意なのよねぇ、だから、大和ちゃんは白雪ちゃんの言う通りに撃ってくれれば良いわよ~」

 

「大和さん、よろしくお願いします」

 

「えっ、はい、こちらこそよろしくお願いします、白雪さん」

 

側で見れば戦艦と駆逐艦がお辞儀し合っているという、ある意味微笑ましい光景が創出されていた

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:事務艦

 

 

「大和、白雪、龍田、三隻が出撃しました、第一艦隊の左舷に位置取りの予定です」

 

「白雪に大和の砲撃時には十分な安全距離を取る様に注意喚起、長門の時と同様にしていると小破では済まない損傷を負うことになりかねん」

 

「龍田からも注意喚起があった様ですが、再度注意を促します」

 

事務艦が通信室に走った

 

 

 

鎮守府-資材管理室

鎮守府所属艦:天龍

 

 

「……大和まで出撃かよ、この減りまくった資材、どーすんの?回復しようがないぞ、計画の大幅な遅延は避けられないな、大丈夫なのかね」

 

天龍の懸念は鎮守府大増設計画の遅延、このまま行けば中止になりかねない状況

 

最悪の場合、これらの責任問題の生け贄としてここの司令官が祭壇に祀られかねない

 

 

 

鎮守府-近海(支援砲撃位置)

鎮守府所属艦:第一艦隊_長門/加古/筑摩/初春

~遊撃分艦隊は長距離砲撃の支援の為別行動中~

鎮守府所属艦:第一艦隊_遊撃分艦隊_神通/時雨

 

 

「長門、大和が支援砲撃の加勢に来るってさ、大丈夫なのか?あの戦艦」

 

三隻の出撃の報を聞いた加古の感想らしいモノ

 

「白雪が補佐に付いた筈だ、心配は要らん」

 

「あー、それで白雪を抜いたのか、って事は司令官はこの事態を見越していた?」

 

長門は何時もと変わらない様子、それを見た加古は出撃直前で編成を変えた事を思い出した様だ

 

「当然だ、白雪に砲撃の補佐を、龍田に周辺警戒を任せ大和には砲撃に集中させる、過保護かも知れんが、こんな所で使い潰すには惜しい戦艦だからな大和は」

 

「情けは人の為ならず、と言うがの、はてさて、どう転ぶ事になるのやら」

 

三隻の出撃の報を聞いた初春の感想らしいモノ

 

 

 

鎮守府-工廠(第一工廠)

大本営所属艦:五月雨(一号)

鎮守府:叢雲(旧名)

 

 

五月雨を捕まえる事に成功した叢雲(旧名)は先程の遣り取りの実現性の確認を試みている

 

「……そんな事言われましても、説得を要するこの鎮守府所属艦の皆さんはほぼ出撃中で、説得しようがありませんが、帰投する皆さんを一人一人捕まえて説得しろと?」

 

「……そのタイミングで説得出来たら、口先だけで生きて行けるわね」

 

可能性が指摘されたから聞いて見たものの、無理があり過ぎな事だけが確定した

 

 

 

鎮守府-移動指揮所

自衛隊_鎮守府派遣隊-指揮所:司令官/副官

 

 

指揮所からの観測結果は状況が刻一刻と悪化の程度を増している事を示していた

 

「撤退許可は下りないんですか?正直、我々がここに留まっていても何にもなりませんが」

 

「……幕僚会議では、こちらの話を冗談として聞いた様だ、そんな大規模な強襲なら深海棲艦を観測する絶好の機会だから、その場で出来る限り情報収集に努めろといって来た、今、観測情報と共に来援要請を出し続けてる、防衛省だけでなく、自衛隊の駐屯地全てにな」

 

「……良いんですか?そんな事をしたら何時何処で漏洩するか、時間の問題ですが」

 

「鎮守府司令官の対深海棲艦戦に於ける助言は聞き流してはならない、そう報告した、無視したのは幕僚会議であり、防衛省だ、先の失態に続く失態だ、現場ばかりが泥を被る事もあるまい」

 

「死なば諸共、蜥蜴の尻尾にされるくらいなら道連れですか」

 

「官僚なんて一連托生だ、だから大家族主義なんて揶揄されるんだけどな」

 

ここは指揮所であって駐屯地ではない、自前の戦力は勿論、指揮下にも戦力となる様な部隊は編成されていない

 

砲火の飛び交う交戦地帯に指揮所だけがある、そういう状況が醸成されつつあった

 

 

 

???

米海軍_対艦娘部隊_観測班:班長/班員1/班員2/班員3

 

 

何処かのあまり広く無い室内、何かの機器類が整然とではあるが所狭しと並び、複数のオペレーターがいるのが見て取れる

 

その室内に設置された機器類に着く事なく室内を見渡せる位置に立つ人、広くない室内に椅子も持ち込めない様だ

 

「深海棲艦の動きが鈍いのは確かだ、それがあるにせよ、鎮守府単独で良くもこれ程の防衛線を構築出来るな、感心してしまう」

 

「鎮守府近海の深海棲艦の数は現在も増え続けています、最接近時で十五前後、概ね二十以上の距離を置いて半包囲状態です」

 

「鎮守府間の合同作戦行動による遠征隊が接近を試みていますが、余りの数に引き返しています、これであの鎮守府は完全に孤立、補給線が断たれた事になります、全滅は時間の問題でしょう」

 

「海だけを見ればな、陸地に幾らでも逃げようはある、全滅はしないだろう」

 

「それが、鎮守府を包囲する様に自衛隊が展開しており、陸路が遮断されています、警察とも連携している様で周辺から民間人を追い出している、一応避難という体裁ではある様ですが」

 

「……あそこの移動指揮所から盛大に情報が発信されているが、一般に出てこないのは、政府側で統制している為か?」

 

「我々にはそこまでは把握出来ません、ですが、可能性はありますね」

 

「鎮守府に着任した司令官達は何か言って来ているか?」

 

「今の所は、何も」

 

「朝陽が昇る頃には、どうなっているかな」

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

大本営所属艦:五十鈴

 

 

もうすぐ夜が明ける、そんな時間に五十鈴が執務室にやって来た

 

「司令官、軽空母三隻による薄暮攻撃を実施したい、出撃許可を」

 

「ダメ」

 

「何故!?包囲されてるのよ?包囲網を解かないと補給すら届かない、資材の減少が想定以上だと、報告が上がっているでしょう?」

 

「空母は鎮守府工廠を防御、攻撃を届かせない事、攻撃を仕掛けて来そうな飛翔体を警戒する事、これらに速やかに対応出来る様に態勢を整える事、以上だ」

 

「……」

 

言葉は無かったが、滅茶苦茶不満顔の五十鈴だった

 

 

 

鎮守府-近海(支援砲撃位置)

鎮守府所属艦:長門/加古/筑摩/初春

~近距離無線~

鎮守府所属艦:大和/龍田/白雪

 

 

「どうした大和、一晩砲撃したくらいで息が上がったのか?」

 

「私は大和型戦艦一番艦の大和、砲撃し続けたくらいで、根をあげる様な、軟弱さは持ち合わせていません」

 

強がれる内は崩れない、そこは確認出来たから、別の話を振る

 

「……らしいな、だが、随伴の駆逐艦はそうはいかない、観測機は積んでいるか?」

 

「搭載はしています、使った事は、ありませんが」

 

大本営では標的艦しかやっていなかったと聞いる、ここはフォローが必要な場面と判断した長門

 

「筑摩、ちょっと行って見てやってくれ、白雪は筑摩が合流次第鎮守府へ戻れ、龍田、付き添いを頼む」

 

「大和ちゃんに筑摩一人?大丈夫かなぁ」

 

「ご心配なく、龍田は白雪を届け終えたら直ぐにこっちに戻ってくださいね」

 

「え~、少し上陸したいんだけど、時間をもらえないかしら~」

 

「少しだけだぞ、筑摩だけで二隻分の働きは出来ない」

 

「わかってるわ~」

 

筑摩の合流を見た後、龍田は白雪を連れて鎮守府へ戻っていった

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:事務艦

 

 

事務艦からの報告を聞いて思わず声が出た

 

「なに?搬入が出来ない?陸自が鎮守府への道を封鎖しているだと?」

 

面倒事が増えるのは勘弁して貰いたい

 

「施設管理室からの報告です、これにより食堂運営に支障が出る事が確実視される為、対策を取る様に言ってきました」

 

「何を他人事の様に、だが、食堂運営に支障が出ると困るのはウチよりも指揮所と憲兵隊だろ、どうなってるんだ?」

 

陸自と海自の間でのゴタゴタって訳でもあるまいし、どうなっているのやら

 

「こちらではわかりかねます、大本営に問い合わせますか?」

 

問い合わせるしかないとしても、ソレは大本営で良いのだろうかと少し考えてしまった

 

「……陸自の行動を大本営に問い合わせてもな、憲兵隊も大枠では陸自だし、まずはそちらに問い合わせて見てくれ、状況が分かれば良い」

 

「了解です」

 

 

 

鎮守府-憲兵隊詰所

鎮守府所属艦:事務艦

自衛隊_憲兵隊:隊長

 

 

入室して来た相手に渋い顔を見せる隊長

 

「……直接来たか、しかも、事務艦が対応か」

 

「何か問題が?」

 

事務的な事務艦の言い様に余計な事は放置して本題に入る

 

「陸自が道路封鎖している事は把握している、それに関しては詳しく説明出来ない、自衛隊内規による機密指定がされているのでね、悪く思わないでくれ、食料等の必要品目の搬入については現在手続きを策定中だ、これが纏まれば搬入可能になる」

 

「何時ですか?」

 

事務艦の事務的な言葉、どう聞いても警戒というより敵視されてるとしか感じられない

 

「……現在手続きを策定中だ」

 

「先の反省に基づき司令官の食料は確保してあります、余剰はありませんので、ごゆっくりどうぞ」

 

「……」

 

隊長は事務艦の事務的な嫌味の込められた応対にも何も言い返せなかった

 

 

 

鎮守府-近海(支援砲撃位置)

鎮守府所属艦:龍田/長門/加古/初春

 

 

龍田が艦隊に戻って来るなり、愚痴りだした

 

「参ったわ〜」

 

「何かあったのか?」

 

鎮守府で何かあったのなら聞いておこうと愚痴に応じる長門

 

「陸でも何か揉めてる様でね、また食料がなくなりそうだって話よ」

 

「?なんだそれは」

 

「詳しくはわからない、何故か陸自の皆さんが鎮守府への搬入路を封鎖しているんだとか、はい、一人一本づつあるから」

 

あるからと渡されたモノを見た

 

「羊羹?」

 

「食堂運営してる艦娘が二人いるでしょ、前に作ってるのを見かけたから、良い機会だと思って、司令官に言ったら奢ってくれたわ」

 

「……司令官の奢りか」

 

「部下を労うのも司令官の務めよねぇ」

 

これの為に上陸時間が必要だったのか、何にせよ、甘食は有り難い

 

 

 

鎮守府-工廠(第一工廠)

鎮守府:叢雲(旧名)

鎮守府所属艦:白雪/明石

大本営所属艦:一号の初期艦四

 

 

叢雲(旧名)は白雪が戻ってくると聞いて工廠に来ていた、龍田から白雪を引き継ぎ工廠で休ませている

 

交戦した訳でも無いのに相応に損傷している白雪に声をかける叢雲(旧名)

 

「大丈夫?」

 

「なんとか、でも、大和の砲撃は凄いね、長門の砲撃の何倍も衝撃波が強い」

 

「それを無理に受けるから、中破したんでしょう?注意喚起されたのに何をやってるの」

 

「衝撃波が届かない程離れたら座標軸の変換に手間取っちゃう、砲撃支援に支障が出る様な時差を出す訳にはいかないんだから仕方ないよ、途中から大和の装甲の影に隠れる事を思い付いて損傷しなくなったんだから、満点じゃなくても及第点くらいは取れたんじゃないかな」

 

中破してる事を感じさせない笑顔を見せる白雪、任務を果たした充足感はシッカリある様だ

 

「ハイハイ、お喋りはそのくらいにしてサッサと入渠する、白雪ちゃんを中破のまま放置したなんて司令官に思われたら、私の立場がなくなる」

 

明石が声をかけて来た

 

「……その心配は、いらないと、思うけど」

 

「そういえば、帰って来てるんですよね、あの二個艦隊は、そっちは?」

 

白雪が直ぐに入渠出来ると言ってる明石に疑問を言う

 

「損傷艦なし、どうやったのかは知らないけど、補給だけで済んだ、あの数と渡り合って無傷で帰ってくるとか、ここの艦娘はどんな鍛錬をしてるの?正直轟沈艦が出ると思ってた、練度的にはそれ程高くないのに、不思議な事もあるのね」

 

ホントに不思議そうに語る明石に一号の漣が応じた

 

「練度は確かに高くない、けど、場数による経験というか対応力が広いんだ、一緒に戦闘行動して見てそれが良く分かった、カンも良いし、先読みもそれなりに出来る、建造艦を中心に構成されてるのにここまで底堅い駆逐艦達を育てているとは思ってなかった、佐伯司令官の評価を改めなくちゃいけないね」

 

「……漣?それはどういう意味で言ってる?」

 

他人の司令官の評価を改めるって、これまでどんな評価をしていたのか

 

「そんなにコワイ顔をしなさんな、叢雲が佐伯司令官の何処を評価してるのか、私等にはイマイチ分からなかったんだ、でも、あの子達の戦いを間近で見て、それが正しいと実感出来たって事なんだから」

 

「初代初期艦の薫陶の賜物ってヤツですね、司令官に呆れる程駆逐艦の鍛錬を進言してましたし、遠征隊での経験を活かす活用法を考える様に宿題まで出してましたから」

 

白雪から注釈とも解説とも取れる見解がなされた

 

「……そんな事、してたの?」

 

ソレに呆れ気味にする漣

 

「なによ、文句でもあるの?」

 

何を呆れる所があるのかと、面白くない叢雲(旧名)

 

「ホント叢雲は遠慮とか配慮とか、収容所に置いて来てるね、司令官に遣りたい放題やってたんだ、良く司令官がソレを受け入れてくれたよね、佐伯司令官って、もしかして寛容の人なの?」

 

「はあ?アレが寛容?吹雪、あんた視る眼が無さ過ぎる」

 

思いも寄らない吹雪の感想に今度は叢雲が呆れた

 

「懐の深い人だと、電は思いますけど?話をちゃんとすれば相応に応えてくれる人ですから、叢雲も話はキチンと通したのでしょう?」

 

「話を通さないと、何も始まらないでしょ?司令官として色々始めて貰わないといけなかったんだから」

 

「だから、司令官は叢雲を側に置きたいのですよ、自身に直言出来る相棒は得難い存在ですからね、佐伯司令官はソレを分かってる、と電は考えます」

 

「……相棒?成る程、相棒か、伴侶より余程しっくり来ますね、それ」

 

電の言い分に妙な同意と感心を示す白雪

 

「……白雪?サッサと入渠したら?明石がイラ付いてるわよ?」

 

その白雪に明石を指し示してあげた

 

 

 

鎮守府-工廠

鎮守府所属艦:夕張/明石/北上

 

 

「駆逐艦が集まると直ぐに井戸端会議が始まるね、面白い事に」

 

夕張が感想を言う

 

「何もない時なら、それで良いんだけど、入渠を先送りしてまで井戸端会議を始められたら堪らないわ」

 

明石としては工廠を任された艦娘として、言いたい事が色々ある

 

「気にし過ぎじゃない?明石は結果を出したんだから、司令官の覚えも悪くはなっていないでしょうし」

 

「……だと、良いんだけどね」

 

「そんな事より、資材、余ってない?」

 

ここの所そればっかりな同僚

 

「……北上、改装希望なら司令官に許可をもらって来て」

 

「えー、メンド臭い」

 

「じゃあ、諦めて」

 

「うー、夕張のイジメっ子」

 

「……そういう我が儘はさ、同じ球磨型に言って、長良と一緒にこの鎮守府に着任してるんだし、元からもいるし、建造艦だけど」

 

「今出撃中で鎮守府に居ないじゃん、建造艦って駆逐艦よりメンドクサイし」

 

「会おうともしなかった癖に良く言うわ、姉妹艦に会うのに何を躊躇っているの」

 

「……向こうだって、会いに来てないんだけど」

 

「保護者が必要な幼児か?アンタラは」

 

球磨型ってのは時々こうなる、艦型に因るクセなのだろうか

 

 

 

鎮守府-工廠(第一工廠)

大本営所属艦:一号の初期艦四

鎮守府:叢雲(旧名)

 

 

白雪が入渠し、一号の五人だけがその場に残っていた

 

先ず口火を切ったのは漣だ

 

「さて、この鎮守府に戻ったのは良いけど、状況の進展が無い、寧ろ悪化してる、いや、予測はされてたし、それが理由で大本営に戻ろうとしたんだけど、あの広域無線での指揮権移譲宣言、大本営で何があったのかは、未だ不明のまま、五十鈴の話だと大増設計画を実行中の天龍達にまで連絡が付かないそうだ、この状況で、私等はどう動くのが、正解か?意見をどうぞ」

 

促されて五月雨が続く

 

「天龍達は故意に無線を止めていると思われます、つまり無線封止を伴う隠密行動、大本営所属艦がそれを行う状況が想定し辛いですが」

 

「……天龍達が、自発的に無線封止している、そういう前提なの?させられているという可能性は、無いの?」

 

五月雨の想定に叢雲(旧名)が疑問を口にした

 

「させられているって、それじゃあまるで拘束されたみたいじゃないですか、大本営所属艦を誰が拘束するんですか?」

 

「私は直接的には知らないけど、聞いた話だと、ここに来る前に大和が拘束されてなかった?今大本営は上部機関の直接管理下に置かれているんでしょう?その状態で老提督は臨時の司令長官の筈、そもそもこれで鎮守府の再編を行うって如何なの?正規の司令長官が就任してからでも良くない?

急ぐのなら尚の事正規の司令長官を就任させて指揮系統をハッキリさせる筈、と私は考える、指揮権の一番上がコロコロ変わる様ではその指揮に信頼を寄せる事は難しい、と思うけど」

 

「……何かあったのは、大本営では無く、上部機関だと、叢雲は言うのですか?」

 

電が難しい顔で聞いて来る

 

「又聞きだけど、上部機関の本会議が開催されてなかったっけ?そこで何かあったのかもしれない」

 

「そう言えば、その話、全くと言っていいほど流れて来ませんね、国際機関の開かれた会議の筈なのに、ブン屋さんも興味がないのでしょうか」

 

叢雲(旧名)の指摘に五月雨も疑問を感じ始めた様子

 

「確か、アメリカでの艦娘建造が成功したレポートの公表があると老兵さんが言ってたよね、司令官候補がその用意をしているって」

 

思い出しながら言う吹雪

 

「あー、言ってたね、そんな事、元はアメリカの提督と建造された艦娘も出席予定だったのが急遽本国に呼び戻されてた、なんでもアメリカの鎮守府で勝手に建造された艦娘がいるとかで」

 

本会議と聞いて漣も感想を言って来る

 

「勝手に建造?妖精さんが司令官の指示も許可も無しに艦娘を建造したって言うの?あり得ない話だけど」

 

その中で漣の感想は聞き流せない事案を含んでいた

 

「だから、呼び戻されたんだよ、対処出来るのは司令官しかいないからね」

 

「妖精さんは確かに建造で艦娘を造る、けど、その為には誰かが資材を供給しなくてはいけない、妖精さんは資材を運べないからね、資材を運んだ所で司令官の指示なり許可なりがないと妖精さんは建造を実行しない、と思うんだけど」

 

聞き流せ無い話を掘り下げる、状況を出来るだけ確認したい叢雲(旧名)

 

「……それが通常、大本営でさえ代理の司令官である士官達の許可がなければ建造出来なかった、コレは天龍達が何度も試したから間違いない、私が配置された鎮守府でも実例はない、誰か実例を知ってる?」

 

漣が他の三人に振る

 

「さあ、五月雨は試した事が無いので」

 

「……電は試した事があります、妖精さんに拒否されましたが」

 

「試したんだ、私は聞いた事ないけど」

 

叢雲(旧名)以外の四人は実例を知らない様子

 

「勝手にではないけど、司令官が許可を出してから建造を実行する迄には時差がある事、或いは司令官の言動を妖精さんが勘違いした、とか?手続きを定めずに口頭で無理難題を言い続けると、それが妖精さんの中で変に許可というか実行して良い事として認識されるかも知れない

ただ、コレは妖精さんと会話出来る人が司令官じゃないと起こり得ないけど」

 

「……叢雲?なに?そんな事までしてたの?」

 

若干引き気味の漣を見て、意味がわからなかった叢雲(旧名)

 

「ちょっと、ソレ如何いう意味よ?」

 

「この中で妖精さんと会話出来る司令官に着いたのって、叢雲だけなんだけど?」

 

これを聞いて、漸く叢雲(旧名)は墓穴を掘った事に気が付いた

 

「……」

 

「うわー、叢雲ってば、それはマズイでしょ、司令官の信頼を利用したの?ソレは流石に引くわ」

 

「遠征隊の管理までやってたのよ?!資材備蓄も収集量も把握してた!鎮守府の運営に問題は起こしてない!!」

 

思わず反論が出て来た模様

 

「いいえ、そういう問題じゃないでしょう、立派に越権行為ですよ?それも意図して実行したのなら、悪質と、言わざるを得ません」

 

五月雨も冷静に問題を指摘して来た

 

「イヤイヤ、叢雲は勝手にじゃないと、言ってるんだし、ちょっとした、齟齬ってヤツ?司令官が問題視してないのなら、外から兎や角言う事では無いよね」

 

叢雲(旧名)の行動を擁護に出る吹雪、流石一番艦、話が分かる良い姉艦

 

「……意図して齟齬を誘発し状況を利用してたのなら、どっから見ても、悪質、と思われるって話なんだけど、ブッキーはそう思わないと、その心は?」

 

少し考えてから漣が問う

 

「司令官が問題視してない」

 

簡潔に返す吹雪

 

「つまり、バレなきゃ良いって、ブッキーは考えてるんだ、まあ、これまでの大本営の様な状況に身を置くことにでもなったらそうせざるを得ないって話なら、分からなくも無いんだけど、佐伯司令官の元でソレは無いよね、只でさえ遣りたい放題だったって言ってるんだし、その上越権行為で司令官の職権にまで手出ししてたなんて、そこまで出来るのなら、鎮守府を乗っ取れるじゃん

司令官をお飾りの傀儡にでもしたいの?」

 

若干、非難を含む口調で叢雲(旧名)に聞く漣

 

「……そうならない様に、背中を押してた、つもりなんだけど」

 

「然も、自覚あり、完全に確信犯、それで良くも司令官から信頼されてたね、ホントに如何やったらそんな状況を創れるの?不信と半疑で口も聞いてもらえなくなってる方が状況として理解しやすい、と思うんだけど」

 

叢雲(旧名)の言い分に感心しきりの漣

 

「やっぱり、寛容の人なんじゃない?佐伯司令官」

 

吹雪は余程そう思いたい様だ

 

「寛容というより鈍感とか無自覚の危険人物って感じに漣には聞こえるんだけど、何処ら辺が寛容だと、ブッキーは思うん?」

 

「好き放題の行動の自由を赦し、囲いもせずに放し飼いにしてるのに、当の叢雲が司令官の下に戻る、見えない鎖に繋ぐ事に成功してる、叢雲以外では、そんな鎖に繋がれた初期艦はいないんじゃないかな」

 

「……そういう感想は、司令官には云わないでよね、機嫌を悪くするから」

 

言いたい事は解るが、言い方を何とかしろ、と言いたい様子の叢雲(旧名)

 

「機嫌を悪く、ねぇ、叢雲ちゃんも似た様な事言ってたね、艦娘を物扱いすると気を悪くするって」

 

「私が着いた桜智司令官も良い顔はしなかったですね、まあ、相手によっては顔に出るのを抑えてましたが」

 

「ナルホド、司令官職に就いた普通の人には、艦娘には判り難い状況への対処が求められると、そこを乗り切れるかは、司令官の資質に依存する事になると、厄介事だねぇ」

 

「……もしかして、叢雲は佐伯司令官に全部話したのです?あの収容所の事を」

 

思い出した様に聞いて来る電

 

「えっ?!」

 

驚きの声を上げる漣

 

「……話した」

 

「えっ!?」

 

疑問の声を上げる漣

 

「それで、なんと?」

 

何でも無い様に聞いて来る五月雨

 

「……なにも、聞いてくれた、だけ」

 

「えっ、感想とかも無かったの?収容所に軟禁されたんだよ、艤装も取り上げられたし、当時の収容所で艦娘をどう扱ったかを話したのに、感想も無し?」

 

「だって、勝手に話した、だけだし、聞かれてもいない事を、興味所かそれ自体知らない事を一方的に話しただけだから、感想とか出てくるはずもない」

 

「良く聞いてくれる状況を作れたね、私ならそんな話を始めたら司令官が立ち去る以外の状況しか作れないかな」

 

吹雪は感心した様子の後に感想を付け加えた

 

「長いし、詰まらない話だからね、他人事だし、収容所で何が行われたかなんて」

 

吹雪の感想にアッサリと返す叢雲(旧名)

 

「だから、佐伯司令官は艦娘の側に立ってくれている、と言っているのです、それが叢雲に起因しているとは思っていましたが、叢雲がこちら側に引き摺り込んだとは、考えが及ばなかったのです」

 

「……なんか、人聞きが悪くない?電の言い様は」

 

「総合すると、叢雲が見えない鎖に繋がれたのでは無く、佐伯司令官がこちら側に来てくれた、そういう事?」

 

今一つ納得出来ない様子の漣

 

「……同情、でしょうか」

 

五月雨は漣同様に納得というか合点がいかないらしい

 

「違う、利害の一致よ、艦娘にとっての実害と、あいつにとっての利益、お互いに排除と享受を実現する為に手を組む、そういう結論で纏まった」

 

「艦娘にとっての実害は、分かるけど、佐伯司令官にとっての利益って?」

 

ナニソレ?と言わんばかりの漣

 

「簡単に言って地位とかお金とか、自立した生活を送る為に必要な条件を満たす事」

 

「……それって、単に就業の確保、では?」

 

ナニソレ?と言わんばかりの漣

 

「そうよ」

 

「そうよって……それだけの為に艦娘の側に立ってくれたっていうの?安過ぎない?」

 

漣の基準ではそうなっている様だ、尤もそう思っているのは漣だけではない様子

 

「あいつはそう思ってない、だから、私は側にと望まれる限り、側に居るつもり」

 

「そんな身売りみたいな発想は佐伯司令官が一番嫌がりそうな事じゃないんですか?それを判ってますよね、そこは改める事が出来ませんか?」

 

「……」

 

五月雨は痛い所を突いて来る、人になって艦娘としてのチカラを失くした、あいつの側に居る理由を懸命に探してるのに、否定されてしまった

 

「佐伯司令官は、あの子が司令官として認めた人、最後まで司令官の為に何が出来るのかを考え続けてた、叢雲には異論がある様ですが、五月雨は、あの子の思いを支持したいし、それが在るべき道へ続くと、確信したい、だから今この鎮守府にいる、それを見届ける為に」

 

五月雨は事を大きく捉えている様子、それだけ一組の五月雨の判断を支持しているのだろう

 

「過大評価よ、ソレ、私達艦娘は妖精さんに造られたキャリアーでしかない、艦娘にとっての在るべき道とは、妖精さんの目指す目的を遂げる事、手段に選択権はない、運び役として目的へ向かうだけ、結果は妖精さん次第でしょうね」

 

「人になって艦娘でなくなった叢雲がソレを言うと、私等なにをやってるのかって気にさせられるね、人の為に深海棲艦と戦い、艦娘を人に受け入れさせる為に人を学び、人の社会に馴染む労力をかけ、老提督の協力で漸く艦娘部隊としての地位を得て、今はそれを維持発展させる労力をかけてる、妖精さんに掛かればどれも瞬時に出来そうな事ばかりだよね、なんだって艦娘っていうワンアクションを挟んでいるんだか」

 

「漣?本気で言ってないでしょ、態々反論を誘う様な言い方しなくても、ここにいる皆は分かってると思うけど?」

 

「分かっていても、言葉に出来ない、してはいけない、妖精さんの目的は艦娘にとってはタブーなんだ、でも、艦娘では無くなった叢雲には、それが無い、話としては分かるんだけどね」

 

「……手段は手段らしく動けば良いって?そう造れば良かっただけなのに、艦娘は司令官を得る事で手段以外のモノにも成れてしまう、この自由度は何の為?妖精さんが只の手段として艦娘を造ったのなら、要らない自由度、見方によっては不良品よね、想定外の行動が出来るようになるんだから、私なんか人になってしまった、これが要らない自由度の結果、漣にとっては私はタブーなの?」

 

「……そういう考え方も、出来るのか、ナルホド、艦娘という枠組みの捉え方を間違えた、或いは狭過ぎたかも、ちょっと考え直してみる」

 

感心した様な、疑問を持った様な、複雑な顔で考え込んでしまう漣

 

 

 

鎮守府-工廠

鎮守府所属艦:夕張/明石/北上

 

 

「……あそこの井戸端会議、随分と白熱してない?」

 

「白熱というか、堂々巡りというか、人になった叢雲が他の初期艦に説法してるみたいに聞こえるけど、多分気のせいでしょう」

 

白雪が入渠したからか、駆逐艦の集まりに関心の無い明石

 

「だから駆逐艦は嫌なんだ、関わると面倒臭い」

 

北上が感想を洩らした

 

 

 

鎮守府-移動指揮所

自衛隊_鎮守府派遣隊-指揮所:副官/司令官

 

 

「正直言って、詰んでますな、補給線は断たれてるし、来援は来そうにないし、資材とやらも無限に有る訳じゃなし、行動限界を迎えて鎮守府に引き籠もった所を袋叩きに遭う未来図しか浮かびませんな、その袋叩きには我々も含まれる事になるでしょうが」

 

「……撤収準備に掛かれ」

 

「許可は出ておりませんが?」

 

「この派遣隊の現場指揮権は私にある、機材は置いていけ、人員のみだがこの鎮守府から離脱する」

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:事務艦

 

 

「司令官、指揮所の方で動きがあるようですが、対処しますか?」

 

「放っておけ、此の期に及んでこちらの邪魔はせんだろうし、対処する手も無い」

 

「憲兵隊や施設管理室に動きはありません、別行動となる様です」

 

「……困った事だ」

 

 

 

鎮守府-工廠

大本営所属艦:五十鈴

鎮守府所属艦:鳳翔/祥鳳/隼鷹

 

 

日が昇り軽空母達が警戒態勢に着いた

 

「五十鈴さん、これはどういう事ですか?」

 

「どういうって、見たまんま、何の説明がいるの?」

 

「海上封鎖されています、これでは補給線が維持出来ない、備蓄資材だけで籠城戦をやってるんですか?無謀過ぎます」

 

「司令官の指示は工廠の防衛、空母艦娘はその航空戦力を以って工廠防衛に全力を尽くす事、工廠が破壊されたら継戦は不可能になる」

 

「……資材が尽きても継戦は不可能ですが?」

 

「イイじゃん、司令官が工廠を守れって言うならそうしようぜ、それでどうなるのか、お手並み拝見だ、なにしろシロウト司令官だって噂だからな、ここの司令官」

 

「……」

 

隼鷹の言い分は五十鈴に色々な思いを抱かせる事になってしまった

 

 

鎮守府-近海(支援砲撃位置-長門の位置)

鎮守府所属艦:長門/加古/初春

 

 

明るくなった事で砲撃目標の選定作業が遊撃分艦隊から観測機に移った

 

「補給は今の所問題ないが、こっちの砲身が問題になってきたな」

 

「仕方なかろう、こんな遠距離砲撃が出来るのは戦艦だけじゃ、防衛線を後退させる訳にもいかんしの」

 

「重巡でこの防衛線を維持しろってのは、無しにしてくれよ?出来っこないからな」

 

「筑摩の奴は大和の所に行った切り帰ってこんしの、世話焼きの虫が騒いだ様じゃ」

 

 

 

鎮守府-近海(支援砲撃位置-大和の位置)

鎮守府所属艦:大和/筑摩/龍田

 

 

見てやってくれと云われて大和に着いたものの、あんまりな状態に筑摩は気が気では無かった

 

「大丈夫?昨晩から砲撃を続けているのだし、司令官に言って少し下がらせてもらおっか?」

 

一目で不慣れと判る観測機からの砲撃目標選定作業に四苦八苦しながらも砲撃を続ける大和

 

「大丈夫です、私は大和型一番艦の大和、この程度で根を上げたりしません」

 

「この程度って……」

 

もう大和が砲撃を続けているのは戦艦としての意地だけにしか見えない

 

「いいんじゃない~、当人が大丈夫と言っているのだし、それにここで下がったら、もう出る幕はないでしょうから」

 

「……」

 

「龍田!?」

 

大和の顔色と筑摩の抗議色の強い声で言葉が足らなかった事に思い当たる龍田

 

「勘違いしないで、資材残量の問題よ、大和ちゃんの消費資材量は、流石大和型戦艦、最強と謳われる戦艦なだけの事はあったわ」

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:事務艦

 

 

防衛線はどうにか構築出来た様だが、その維持には問題しかない

 

「……ウチの火力艦の代わりが出来る艦娘は、移籍組に居るか?」

 

「残念ながら、修復を終えておりません、現状では居ない、という事になります」

 

「向こうの動きが鈍過ぎる、ここまで長期戦になるとはな」

 

動きが鈍いお陰で防衛線の構築が出来たのも確かだが、今の状況は最悪を回避しているだけでしかなかった

 

 

鎮守府-工廠

鎮守府所属艦:北上/夕張

 

 

「北上、良い話を聞き込んだんだけど、聞きたい?」

 

何時に無く柔かな笑顔で寄って来る夕張

 

「なに?その気色悪い微笑みは」

 

何を考えるより先に感想が溢れてしまう北上

 

「キショ、そういう事言うんだ、なら、この良い話は聞きたくないのね」

 

「……言いたいなら、言えばイイじゃん、聞き流してあげるから」

 

「まったく、長門と大和が遠距離砲撃で防衛線を構築してるのは知ってるわね?この戦艦二隻の主砲砲身の寿命が近い、一旦下がらせなきゃならない、でも、ただ下がらせると、防衛線が崩壊する、そうならない為には誰かが戦艦の砲火力を代わり、防衛線を維持する必要がある、移籍組にも戦艦は居るけど修復待ちで現状では代わりにならない、北上なら、代われるんじゃない?改装が前提だけどさ」

 

「……!!」

 

「あーあ、文字通り、跳んで行ったよ」

 

脇目も振らず執務室に向かった北上に呆れる夕張

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:北上/事務艦

 

 

執務室に飛び込むと同時に司令官に迫る北上

 

「司令官!改装の許可を!」

 

「……いきなり、なに?」

 

不愉快そうな声で応じて来た司令官

 

「長門達を下げるんでしょ、代わりの火力担当艦がいるんでしょ?!」

 

そんな事は御構い無しに言い立てる北上

 

「軽巡が戦艦の火力を代わる?どういう事だ?」

 

不愉快そうな声から疑問形に変わった司令官

 

「あたしは改装によって重雷装艦に艦種変更する、最大火力は戦艦にも負けない」

 

「雷装?魚雷か?あんな接近戦兵装で戦艦の遠距離砲撃の代わりがどうして出来るんだ?」

 

「司令官、魚雷は近接兵装ではありません、それは運用上の問題であり、結果論です、砲弾より移動速度の遅い魚雷は遠くから発射しても避けられてしまうので、当てる為には十分に近付く必要があるだけです」

 

事務艦から訂正?が入った

 

「こっちを包囲してる深海棲艦は数が多く密集してると云える状態、これなら雷撃でも十分に遠距離砲撃の代わりが出来る、射程だけなら戦艦の主砲よりあるんだよ?それになにより、資材消費量が戦艦より少なくて済む、だから、改装の許可を!」

 

熱弁と言って良い北上の主張

 

「……北上は球磨型軽巡の三番艦だったな」

 

「それが?」

 

「今、木曾は何処にいる」

 

事務艦そう聞いたら北上が僅かに嫌そうな顔をした、気がする

 

「……」

 

「呼び出しますか?」

 

そんな北上に御構い無く事務艦は対応する様子を見せる

 

「いや、北上、探して連れて来てくれ」

 

事務艦は木曾の居場所を言わなかった、特に意味を持たせた訳でも無いのだろうが、北上の対応力を

見る機会とさせてもらうことにした

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:北上/木曾/事務艦

 

 

執務室に連れて来られた木曾、連れて来た北上

 

「……」

 

「どうした?珍しく不景気な顔してるな」

 

連れて来られた方は、そう聞いてしまうくらいには複雑な表情を見せていた

 

「木曾っちは照れ屋さんだからおねーちゃんに捕まって照れてるんだよ」

 

「おまえな、おねーちゃんって、いや、艦型的にはそうなのかも知れんが、オレは建造艦、おまえはドロップ艦だろ、姉妹艦って云われても、違和感しか無い」

 

不愉快とは違う戸惑った様子の木曾

 

「あー、それで球磨ちゃんにも会いに行ってないのか、アレでもこの鎮守府に木曾が居るって気にしてたのに、球磨ちゃん可哀想」

 

「可哀想って、云われても」

 

「まあ、姉妹艦の積もる話は別の機会にしてもらうとして、木曾、おまえから視て北上はどう視える?」

 

放って置くと続きそうなので本題に入らせて貰うことにする

 

「どうって、どういう意味でだよ」

 

「戦艦の代わりが務まる程の戦力に視えるか?」

 

「無理だろ、軽巡がどうやって戦艦の代わりに成れるんだよ、戦艦相手に戦えるって事と戦艦の代わりに戦力に成るって事は、まったく別の事だぞ?」

 

「だ、そうだ、北上の意見は?」

 

「ま、この鎮守府で軽巡の高練度艦って言ったら龍田だ、アレが軽巡の最高戦力って基準しか知らないなら、そう思うだろうね」

 

否定はしないが合ってもいない、的には当たっているが中心ではない、所謂灰色判定な言い様だ

 

「天龍型が旧式の部類の艦型だって話なら知ってる、でもそれは実艦の話だ、艦娘としての天龍型が旧式って訳じゃない、艦娘の旧式とか新型とかにどれ程の意味が?確かにスペック的な優劣は数字の上ではある、しかし、それで艦娘の優劣が決まる何て単純な話にはならないだろう」

 

北上の灰色判定に異議がある木曾

 

「スペック的な優劣を問わないって理屈で行くと、軽巡が戦艦の代わりにならないってのと矛盾してるよ」

 

「新旧の違いと艦種の違いは別の話だろ、矛盾してるとは思わない」

 

これも続きそうなので修正を試みる

 

「重雷装艦、この艦種について、木曾の知っている事は?」

 

「……話なら聞いたことがある、艦隊決戦用に魚雷発射管を積めるだけ積んだ艦種だろ、実艦では実戦の機会もなく別の艦種に改装されたとか、それが?」

 

木曾の話に満足気な北上

 

「聞いたでしょ、艦隊決戦の為の艦種なの、重雷装艦は、実艦の方は航空戦力相手に無力だって事で実戦参加出来なかった、今なら、艦娘なら、そうはならない、だから、改装許可を」

 

「話を総合すると重雷装艦ってのは相手の進路に大量の魚雷をばら撒いて混乱させる事が目的か、泡良く幾つか当たれば儲け物と、魚雷の射程は?戦艦の主砲より長いと言っていたが」

 

「射程二十以上、雷速六十以上、片舷二十門、酸素魚雷だから航跡も見つかり難い、包囲網を形成して動きが鈍く密集している艦隊相手なら最大限の効果を期待出来る、使わない手はないでしょ」

 

「二十以上?先行偵察必須なのか、今の状況なら北上の言う通りでもあるのか……木曾、皐月を捕まえて改装を終えた北上と艦隊を編成、旗艦を任せる半個艦隊だが、長門と代わり第一艦隊と行動しろ、具体的な所は第一艦隊と合流して長門等と詰めてくれ」

 

「……良いのか?」

 

木曾が何かを考えながら聞いて来た

 

「何か問題が?」

 

「長門を下げたら、防衛線を維持する戦艦は大和だけになる、正直、不安しかない」

 

「そこは、第一艦隊と合流して長門等と詰めてくれ」

 

「……丸投げかよ」

 

ヤレヤレと云わんばかりの態度の木曾だった

 

 

 

鎮守府-工廠

大本営所属艦:一号の初期艦四隻

 

 

「北上を改装して出撃させるとはね」

 

出撃して行く三隻を見送る漣

 

「本人が売り込んだ、と聞きましたが?」

 

電が応じている

 

「……いや、そこは良いんだ、司令官が移籍組の言い分をアッサリ受け入れ過ぎてない?もうちょっとこう、なんて言うか、あって良いと思うんだけど、ただでさえ、微妙な空気になってるんだし」

 

「司令官はちゃんと話せば応えてくれるのです、何が、気に入らないのです?漣は」

 

「……ちゃんと話せば、か、漣はちゃんと話せていたんだろうか、配置された鎮守府で」

 

「……話しても聞く耳を持たない司令官もいるのです、出来なかった過去より、今を視ましょう」

 

 

 

鎮守府-近海(支援砲撃位置)

鎮守府所属艦:第一艦隊_長門/加古/筑摩/神通/時雨/初春

鎮守府所属艦:龍田艦隊_龍田/大和

鎮守府所属艦:木曾艦隊_木曾/北上/皐月

 

 

「来たか、早速だが、艦隊を再編する、現在この海域にいる艦隊は龍田艦隊と我々第一艦隊、それに合流した木曾艦隊だ、龍田艦隊に筑摩、初春を加え四隻体制に、木曾艦隊に神通、時雨を加え五隻体制に、第一艦隊の加古は神通、時雨に代わり遊撃の位置に着き二個艦隊をフォローしてもらう、私が戻るまで防衛線を維持する事が目的となる」

 

「……筑摩に砲雷撃統制をさせるのか?」

 

木曾から疑問が出た

 

「異論があるのか?」

 

「白雪を戻してもらった方が良くないか?」

 

提案も出て来た

 

「……数が多過ぎる、駆逐艦の処理能力では、無理だろう」

 

「いや、白雪に統制させろって事じゃなく、筑摩のサポートに必要だろうと思うが、利根型は先行偵察や観測が主任務だ、艦隊指揮や砲雷撃統制は不慣れなんじゃないか」

 

「心配性だな、まあ、雷撃の到達時刻と砲撃の弾着を噛み合わせないと防衛線を維持出来無いんだから、懸念としては尤もだ、的外れな話じゃない事は分かるな」

 

加古は木曾の言い分に一定の理解を示した

 

「……鎮守府に戻ってから、検討してみよう」

 

より良い策があるのなら取らない手は無い、変な所で意地など張っている場合ではない

 

こういった状況で長門は鎮守府に戻った

 

 

 

鎮守府-近海(支援砲撃位置)

鎮守府所属艦:木曾艦隊_木曾/北上/皐月/神通/時雨

鎮守府所属艦:龍田艦隊_龍田/大和/筑摩/初春

 

 

「火力担当艦ってのは、分かるよ、でも、もっと好きに撃たせれくれてもいいんじゃない!?」

 

統制雷撃が気に入らないのか愚痴る北上

 

「バカ言うな、目的は防衛線の維持だ、好きに撃ちまくったって戦線は維持出来無い、我が儘は今度にしてくれ」

 

それを旗艦としての押さえる木曾

 

「……木曾っちに正論吐かれるとは、我が儘が過ぎたようだね、筑摩!座標の指示を!」

 

「今大和の砲撃が入ります、北上は再装填を」

 

通信状態は良好だ、こんな近距離で良好でなければ故障だ

 

「とっくに済んでるよ、実艦と艦娘は違うんだ、有効活用しないとね!」

 

「前回射出した魚雷の目標到達と同時着弾を狙います、少し集中させてください」

 

少し黙っててという意思表示が返ってきた

 

「……分かった、指示を待つ」

 

流石に第一艦隊に編成されている重巡相手に初出撃から遣り合おうとは思わない北上、以前にも陸ではあるが長門からクギを刺されている

 

「やっぱり筑摩だけで砲雷撃統制はキツイな、いくら重巡でも大戦艦の砲撃と重雷装艦の雷撃の同時指揮は」

 

北上の不満を感じたワケでもないだろうが、木曾が言い出した

 

「そーねー、大和の練度があれば大和が統率するだけで済む話なんだけど、今それを言ってもねー」

 

これ幸いと木曾の話に乗る北上

 

「北上、聞こえとるぞ、球磨型同士の戯言を公開無線に乗せるでないわ」

 

初春から北上に注意が飛んだ

 

「いえ、事実です、お気遣い感謝します……大和、撃ちます!」

 

宣言と同時に斉射、周囲に衝撃波、海面に波紋が拡がる

 

「うわー、砲撃は流石大戦艦、スッゴイ迫力、アレは真似出来ない」

 

感心しきりの北上に呆れる木曾

 

「……軽巡がどうやって真似るんだよ、次の射出座標、来てるぞ、射出秒読みも始まった、見えてるか?」

 

木曾の言い様から呆れられっ放しなのが分かった、コレは姉艦としての矜持に関わる、ここは締める所だ

 

「木曾っち、この北上様を何だと思ってるのさ、あんたの姉妹艦だよ?」

 

「……分かった」

 

同型艦といっても艦娘の場合はそれなりに数がいる、実艦の様に建造が難しく無いからだ

 

そんな艦娘の中での姉妹艦という関係、ソレを強調して来る北上の態度に木曾は違和感を感じずには居られなかった

 

 

 

鎮守府-工廠(第一工廠)

鎮守府司令官

鎮守府所属艦:長門

 

 

工廠で砲身交換の作業に入る長門、そこにやって来る司令官

 

「提督?態々来るとは、何か相談か?」

 

「まあ、そんな所だ、兵装の整備をしながらでいい」

 

「急ぐのなら、入渠して高速修復材を使う手もあるが」

 

資材を節約する為に砲身を交換する訳で、節約しなくて良いのなら入渠の方が良い

 

「……整備しながらきいてくれ、向こうは飽和攻撃と持久戦を同時進行させて来てる、このまま守勢に徹しても資材枯渇で詰む、だからと言って攻勢に出た所で向こうが持久戦を続ける限り、ほぼ無力化される、絶対数が違い過ぎるからな」

 

「それで?どんな手を打つんだ?この長門、提督と共に在る、言ってくれ」

 

「向こうの目的は分かってる、だからそれをエサに釣り出して、持久戦を強制解除し、本隊を引き摺り出す、その後は、火力担当艦の仕事になる、但し、大和はその中に入らない、長門の出港と同時に大和には帰投を下令する、行動限界を超えてるだろうしな」

 

「目標は何隻だ」

 

計画の中で自身の果たす仕事を確認する

 

「少なく見積もって六十隻、この数は殲滅するか、指揮系統を寸断し、撤退に追い込むか、どちらを取るにせよ、難問だ」

 

「指揮系統?以前話していた、深海棲艦の統率された艦隊、通常の野生動物の群れの様な相手ではない、そういう事か?」

 

長門には聞き及んだ話でしか知らない深海棲艦の艦隊、何時も相手にしている深海棲艦とは艦隊単位での連携した行動が全く違うらしいが、所詮伝聞でしかない

 

「おそらくだが、哨戒部隊がソレらしい艦影を電探で捉えたと報告を受けている、今正面に見えている深海棲艦は飽和攻撃と持久戦を両立させる為の数合わせだと思われる」

 

「……アレの背後に本隊が控えている?なんだそれは、こういうのをチート行為と言うのか?」

 

「用法としては間違ってない、と思うぞ、理不尽な事にそのチートに対抗しなきゃならん状況だが」

 

「条件がある」

 

「聞くだけは聞きましょう」

 

「もし、鎮守府に砲火が及ぶのなら、状況の如何に構わず、提督は退避してもらいたい、陸路なら安全域まで行ける筈だ」

 

「考えて置く」

「……」

 

考えるだけで実行する気がない事だけは、わかってしまった

 

 

 

鎮守府-港

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:子日/若葉/初霜/叢雲(初期艦)/白雪以下五隻(補給隊)

 

 

長門は交換終了と同時に再出撃、事務艦は計画遂行の準備で走り回っている

結果として司令官がこれから出撃して行く艦娘達に事前説明をしている

 

「行動計画を説明する、子日、若葉、初霜は初春、龍田と合流し艦隊を編成、包囲網を形成している深海棲艦に突貫してもらう、進路は同行する初期艦に委ねる、白雪以下は補給隊として海域に展開している艦隊に補給を実施、終了したら大和を回収して速やかに帰還する事、詳細は長門からあるだろう、今は時間が惜しい、準備が整い次第直ちに出港してくれ」

 

「それって、新任の初期艦に囮になって来いって事?幾ら何でも酷くない?」

 

駆逐艦から抗議らしい声が上がって来た

 

「向こうの目的は初期艦だ、鹵獲を目論んでいるものと推定される、釣り出すエサに最適だろう?」

 

「だからって、艦隊にも編成せずに同行?単艦突撃でもさせる気なの?司令官は」

 

駆逐艦には納得行かない行動指示の様だ

 

「艦隊に編成しないのは龍田の指揮下に入れない為だ、龍田には艦隊旗艦としての役割を果たして貰わねばならない、だからといって単艦突撃は無い、目的は初期艦をエサに向こうの大将首を引き摺り出す事だ、所で叢雲、釣りをした事はあるか?」

 

「?ないけど?」

 

聞かれて不思議そうに答える初期艦

 

「そうか、なら覚えておくと良い、釣りで一番腹立たしいのは餌だけ喰われて釣りあげられなかった時だ、タダで喰われるなよ」

 

「大物を釣り上げろって事ね」

 

「そう言う事だ、龍田と初春にもよく言っておいてくれ、お前達が仕掛けで釣り糸だ、釣り上げられるか、バラす事になるかは釣り糸次第だと、後でこっちが吊し上げられたら堪らんからな」

 

「子日達が釣り糸?どう言う事?」

 

「叢雲が獲物を引き摺り出す、そこに繋がる釣り糸が獲物を釣竿まで引っ張っていく、そこまで獲物を引き寄せられたら、釣竿を持っている釣人が獲物を頂く、この際捌けるか粉砕するかは、置いておきましょう」

 

初霜が解説?してくれた

 

「獲物が大量に掛かったら、如何するのだ?獲物は一匹だと、分かっているのか?」

 

駆逐艦にも目端の利く輩が多い事を思い知らされる指摘だ

 

「……カンの良いヤツだ、残念ながら、若葉の指摘は正しい、獲物は少なくとも三匹居る、この三匹が同時にエサに喰い付いて来たら、この行動計画は詰む、そうならない様な対策は無い、数時間前の大凡の獲物の位置は哨戒部隊が感知しているが参考になりそうな資料はこれしかない」

 

「そんな重要事項、始めに説明すべきです」

 

白雪からも抗議の声が上がった

 

「叢雲には、説明してある、出撃後に龍田等と合流、相談してもらうしか、こちらから提案出来そうな事は無い」

 

「叢雲?こんな行動計画に参加するの?危険過ぎるよ」

 

心配そうに声を掛ける初雪

 

「別に大群に単艦突撃しろって話じゃない、大物を釣り上げろって話よ、一匹づつね、艦隊にも編成されてないから、逃げるのにも許可無しで行ける、なんとかなるでしょう」

 

当の初期艦はやる気十分な様子だ

 

 

 

鎮守府-近海(支援砲撃位置)

鎮守府所属艦:龍田艦隊_龍田/初春/子日/若葉/初霜

鎮守府所属艦:叢雲(初期艦)

鎮守府所属艦:長門/加古/大和/筑摩/白雪以下五隻(補給隊)

 

 

「じゃあ、突貫してくるわ~~」

 

いつも通りの笑みを湛えたままの龍田を見送る長門

 

「……」

 

「龍田の奴、あの説明で何も聞き返さなかったな」

 

隣で同じ様に見送った加古、そちらには視線を向けることも無く長門が問う

 

「遊撃の位置に着けと、言った筈だが?」

 

「北上達が奮戦している、出る幕ない」

 

観測機で戦況は見ている加古

 

「雷撃だけで戦線を維持してるのか、それは凄まじいな」

 

感心を示す長門、同時に少し離れた所で補給に来た駆逐艦達に囲まれている大和に視線を向ける

 

「大和の主砲がヤバイ事になってるからな、幾ら何でも暴発覚悟で撃たせるわけには行かんでしょ」

 

それに応じる様に答える加古

 

「大和?鎮守府へ帰るよ?」

 

戦線の方向から視線を逸らそうとしない大和に呼び掛ける白雪

 

「……こんな所で砲身寿命だなんて」

 

零す様に呟かれた言葉、それなりの練度を有する戦艦なら、抑そこまで砲身を酷使しない

今回は例外的な運用だったとはいえ、戦艦が砲身命数を忘れた様に砲撃を続ける姿は或る意味異様だった

 

「長門だってそうだった、交換して来たんだよ?大和の技量の問題じゃない」

 

「……大和の主砲は整備してもらえるのでしょうか」

 

白雪の声に漸く応じた大和

 

「直ぐには無理、だから、鎮守府に帰ろう?」

 

ここで気休めを言っても仕方ない、大和も判って聞いているのだから

 

「……結局、肝心な時に陸に居る、戦力が最も必要な時に何も出来ず、見ているだけ、何が戦艦ですか、最強戦艦と謳われるだけの飾りじゃないですか、なんでこうなるんですか!?」

 

何時に無い大和の声に、かける言葉が見つからない白雪

 

「大和、今は鎮守府に戻れ、お前は提督の秘書艦だろ、一つ頼みがある、聞いてもらえるか?」

 

そんな大和に長門は声を掛けた

 

 

 

 

 







場所-殆ど鎮守府の何処か、断りの無い鎮守府表記の場合は佐伯司令官の鎮守府
所属:登場人物/登場艦娘 等

~近距離無線~ 通話、交信 等

上記の書き方が基本となっています、同じ所属が複数行になっている場合は行動単位




大本営所属初期艦〔一号(漣.電.吹雪.五月雨)、一組(漣.電)、二組(吹雪.叢雲.漣.電.五月雨)〕

移籍組〔修復待ちの高練度艦娘、以前の大規模海戦の帰還艦娘、現在の代表は五十鈴〕



工廠組〔明石、夕張、北上、秋津洲〕

護衛隊〔以前の大規模海戦の帰還艦娘、移籍組が回収されての帰還に対し自力で帰還している〕

鎮守府所属初期艦〔鎮守府配置の初期艦(叢雲)、三組(吹雪.叢雲.漣.電.五月雨)〕




以下本編中の書き出し



鎮守府-執務室
鎮守府:司令官
鎮守府所属艦:秋津洲


鎮守府-執務室
鎮守府:司令官
大本営所属艦:五十鈴
鎮守府所属艦:事務艦


鎮守府(元佐和鎮守府)-港
鎮守府:アメリカの司令官
大本営所属艦:吹雪/漣/電 (一号の初期艦三)


鎮守府-執務室
鎮守府:司令官
鎮守府所属艦:事務艦


外洋-航海中
大本営所属艦:漣/吹雪/電 (一号の初期艦三)


鎮守府-執務室
鎮守府:司令官
鎮守府所属艦:事務艦


鎮守府-執務室
鎮守府:司令官
鎮守府所属艦:初春


鎮守府-工廠(第一工廠)資材集積場
鎮守府:司令官
桜智鎮守府所属_遠征隊:旗艦_村雨


鎮守府-工廠(第一工廠)資材集積場
鎮守府:叢雲(旧名)
大本営所属艦:五月雨(一号)
桜智鎮守府所属_遠征隊:旗艦_村雨
鎮守府所属艦:初春


鎮守府-執務室
鎮守府:司令官
鎮守府所属艦:三組の初期艦五隻/事務艦


鎮守府-工廠(第一工廠)
鎮守府:叢雲(旧名)
大本営所属艦:五月雨(一号)


鎮守府-執務室
鎮守府:司令官
鎮守府所属艦:事務艦


鎮守府-工廠(第一工廠)
鎮守府所属艦:長門/駆逐艦十隻/軽巡二隻


鎮守府-執務室
鎮守府:司令官
鎮守府所属艦:事務艦


鎮守府-工廠(第一工廠)
鎮守府:叢雲(旧名)
鎮守府所属艦:初春


鎮守府-資材管理室
鎮守府所属艦:天龍/龍田


鎮守府-執務室
鎮守府:司令官
鎮守府所属艦:事務艦


鎮守府-工廠
鎮守府所属艦:北上/夕張


鎮守府-執務室
鎮守府:司令官
鎮守府所属艦:駆逐艦六隻_哨戒部隊/事務艦


鎮守府-港_旅客船(移籍組宿舎)
鎮守府:叢雲(旧名)
大本営所属艦:五十鈴


鎮守府-執務室
鎮守府:司令官
大本営所属艦:五十鈴
鎮守府所属艦:叢雲(初期艦)
鎮守府:叢雲(旧名)


鎮守府-執務室
鎮守府:司令官
鎮守府所属艦:事務艦


鎮守府-工廠(第二工廠)
鎮守府所属艦:大和/龍田/白雪


鎮守府-執務室
鎮守府:司令官
鎮守府所属艦:事務艦


鎮守府-資材管理室
鎮守府所属艦:天龍


鎮守府-近海(支援砲撃位置)
鎮守府所属艦:第一艦隊_長門/加古/筑摩/初春
鎮守府所属艦:第一艦隊_遊撃分艦隊_神通/時雨
~遊撃分艦隊は長距離砲撃の支援の為別行動中~


鎮守府-工廠(第一工廠)
大本営所属艦:五月雨(一号)
鎮守府:叢雲(旧名)


鎮守府-移動指揮所
自衛隊_鎮守府派遣隊-指揮所:司令官/副官


???
米海軍_対艦娘部隊_観測班:班長/班員1/班員2/班員3


鎮守府-執務室
鎮守府:司令官
大本営所属艦:五十鈴


鎮守府-近海(支援砲撃位置)
鎮守府所属艦:長門/加古/筑摩/初春
~近距離無線~
鎮守府所属艦:大和/龍田/白雪


鎮守府-執務室
鎮守府:司令官
鎮守府所属艦:事務艦


鎮守府-憲兵隊詰所
鎮守府所属艦:事務艦
自衛隊_憲兵隊:隊長


鎮守府-近海(支援砲撃位置)
鎮守府所属艦:龍田/長門/加古/初春


鎮守府-工廠(第一工廠)
鎮守府:叢雲(旧名)
鎮守府所属艦:白雪/明石
大本営所属艦:一号の初期艦四


鎮守府-工廠
鎮守府所属艦:夕張/明石/北上


鎮守府-工廠(第一工廠)
大本営所属艦:一号の初期艦四
鎮守府:叢雲(旧名)


鎮守府-工廠
鎮守府所属艦:夕張/明石/北上


鎮守府-移動指揮所
自衛隊_鎮守府派遣隊-指揮所:副官/司令官


鎮守府-執務室
鎮守府:司令官
鎮守府所属艦:事務艦


鎮守府-工廠
大本営所属艦:五十鈴
鎮守府所属艦:鳳翔/祥鳳/隼鷹


鎮守府-近海(支援砲撃位置-長門の位置)
鎮守府所属艦:長門/加古/初春


鎮守府-近海(支援砲撃位置-大和の位置)
鎮守府所属艦:大和/筑摩/龍田


鎮守府-執務室
鎮守府:司令官
鎮守府所属艦:事務艦


鎮守府-工廠
鎮守府所属艦:北上/夕張


鎮守府-執務室
鎮守府:司令官
鎮守府所属艦:北上/事務艦


鎮守府-執務室
鎮守府:司令官
鎮守府所属艦:北上/木曾/事務艦


鎮守府-工廠
大本営所属艦:一号の初期艦四隻


鎮守府-近海(支援砲撃位置)
鎮守府所属艦:第一艦隊_長門/加古/筑摩/神通/時雨/初春
鎮守府所属艦:龍田艦隊_龍田/大和
鎮守府所属艦:木曾艦隊_木曾/北上/皐月


鎮守府-近海(支援砲撃位置)
鎮守府所属艦:木曾艦隊_木曾/北上/皐月/神通/時雨
鎮守府所属艦:龍田艦隊_龍田/大和/筑摩/初春


鎮守府-工廠(第一工廠)
鎮守府司令官
鎮守府所属艦:長門


鎮守府-港
鎮守府:司令官
鎮守府所属艦:子日/若葉/初霜/叢雲(初期艦)/白雪以下五隻(補給隊)


鎮守府-近海(支援砲撃位置)
鎮守府所属艦:龍田艦隊_龍田/初春/子日/若葉/初霜
鎮守府所属艦:叢雲(初期艦)
鎮守府所属艦:長門/加古/大和/筑摩/白雪以下五隻(補給隊)




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78 作戦とは云えん

御注意

・大幅に書き方が変わっています
・苦行用です
・長いです

ご承知頂きたく存じます



 

鎮守府-近海~防衛線(航行中)

鎮守府所属艦:龍田艦隊_龍田/初春/子日/若葉/初霜

鎮守府所属艦:叢雲(初期艦)

 

 

長門等の位置からそれなりに距離が空いた

それを待っていたかの様に初春が溜息混じりに吐き捨てる

 

「全く、こんなもの作戦とは云えん、破れ被れというのじゃぞ、彼奴の我が儘にも困ったものよ」

 

「そんな事言いながら、反論もしないで参加を決めたよね、初春は」

 

今更そんな事を言い出した一番艦に突っ込む子日

 

「当たり前じゃ、彼奴の我が儘に付き合える粋狂な艦娘など数える程しかおらん、妾が付き合ってやらず誰が付き合うというのじゃ」

 

「ハイハイ、その我が儘に姉妹艦を付き合わせる一番艦の言い分は聞き飽きたから、その先は省略して良いよ」

 

「……初霜?何処かで悪い虫にでも噛まれおったか?」

 

思い掛けず入った突っ込みに初春が戸惑い気味だ

 

「いいえ、偶には言っておかないと、と思っただけですが?」

 

機嫌を損ねているのでは無い事だけは分かった、ただの緊張解しの軽口らしい

 

「皆んなよく聞いて、今、北上を軸に左翼を神通、時雨、右翼を木曾、皐月が支えてる、右翼が押され気味だけど、突貫するなら、どこが良いかしら?」

 

姉妹艦達の緊張解しが一息ついた所で龍田から呼び掛けられた

 

「進路は初期艦にって話じゃなかった?」

 

「叢雲ちゃんは最後尾、ここからだと話し難いんだけど」

 

「……無線は傍受の危険があるからの、お?どこでも良いらしい、兎に角正面の雑魚を突破しないと成らんのは、違いないそうじゃ」

 

子日と若葉が中継した様子で話が通った初期艦が前方を指し示していた

 

「雑魚、ね」

 

初春の姉妹艦達は状況に応じてよく動いてくれる、初春が無茶振りするのも頷ける

 

それはそれとして、あの包囲網の数を雑魚の一言で済ませられても、旗艦としては困る所

 

「なら、中央突破だね、そこから北上が圧迫すれば分断まで持ち込めるかも知れないし」

 

困っていたら子日から大胆過ぎる提案が出て来た

 

「それが良いだろう、僅かな資料に因れば、向こうの指揮艦は中央から右翼方面に感知されている、数時間前の位置情報だがな」

 

若葉が子日の提案に同意して来た、見渡せば初春達はそのつもりでいる

確かに、獲物に接触するにはあの包囲網を相手にしなければならない、獲物はその背後にいるのだから

ここで突貫するルートを何処にするか、そこに拘る必要も無かった

 

「じゃあ、北上の左舷を抜けて、突貫しましょうか、全艦全速」

 

艦隊の先頭を進む龍田は近接兵装を持ち直した

 

 

 

鎮守府-近海(雷撃位置=支援砲撃位置~防衛線の中間)

鎮守府所属艦:木曾艦隊_木曾/北上/皐月/神通/時雨

 

 

大和が砲撃不能になる事を見越して包囲網に接近、雷撃による防衛線維持の為に深海棲艦との距離を詰めていた

 

「クッソタレ、こいつら何時迄湧き出して来やがるんだ、補給があっても切りが無さ過ぎる!」

 

統制雷撃の煩わしさからは解放されたものの、雷撃目標が多過ぎた

ここで好き勝手に雷撃していたら防衛線が崩れる

結果、目標選定と優先順位の割り振りに忙殺された北上はとても機嫌が悪い

 

「北上!後方から第二艦隊が突貫して来る!左舷を抜けるって言ってるから、注意しろ!」

 

北上の機嫌など御構い無しの木曾が大声で注意喚起して来た

 

「はぁ?第二艦隊?」

 

散発的に降ってくる砲弾に回避行動を入れつつ、注意内容を確認しようとそちらに目を向けた

 

「北上!正面を確認して!後ろを振り返ったら砲弾の雨を避けられない!」

 

それを目敏く見つけた神通から別口の注意喚起が飛んで来た

 

「ったく、お節介な軽巡もいたもんだ、あんな撃ってるだけの砲撃なんて当たりっこないんだよ」

 

機嫌の悪い北上には無用の注意にしか聞こえていなかったらしい

 

「見えていれば、の話でしょう?お節介で悪かったですね」

 

それを感じ取った神通が不快感を言葉に乗せた

これを聞いた北上が一言で応じた

 

「オオコワイ……!!」

 

その瞬間、北上の左舷を高速で過ぎ去る六隻の艦娘達、その艦列は包囲網に向かって行った

 

「……六隻?第二艦隊は龍田と初春型四隻、誰が編成されたんだろ」

 

遠目に見えた龍田艦隊に少しだけ疑問を持つ時雨

 

 

 

鎮守府-近海(支援砲撃位置)

鎮守府所属艦:長門/加古/筑摩

 

 

大和が駆逐艦達と共に鎮守府に帰って行った、少しだけソレを見送ってから長門は行動指示を出す

 

「筑摩、加古、北上達のフォローに回ってくれ、元々私の砲身交換の時間稼ぎだ、撤収させたい」

 

「このタイミングで撤収?補給を受けたばかりだ、使い切らせてやった方が良くね?」

 

「長門もここで単艦行動になってしまいますよ?」

 

両者共に異論がある様だが、木曾艦隊の中で神通と時雨は行動時間が長時間に及んでいる

長門としては撤収させたかった

 

「単艦行動でも弾着確認用の観測機がある、支援砲撃なら問題ない」

 

筑摩の異論に答える事で加古の異論には否を示し、木曾艦隊の撤収を促した

 

 

 

鎮守府-近海(防衛線超え=深海棲艦包囲網突貫中)

鎮守府所属艦:龍田艦隊_龍田/初春/子日/若葉/初霜

鎮守府所属艦:叢雲(初期艦)

 

 

この数の中で船速は落とせない、落としたら囲まれるだけだ

先頭を進む龍田が深海棲艦の隙間を縫って包囲網を抜けて行く、それに続く駆逐艦達

 

「皆、着いて来てる?」

 

「心配無用、妾の姉妹艦ぞ、突っ切るだけの突貫で遅れる等あり得んわ」

 

「……姉妹艦じゃないのが、いるでしょう?」

 

初春の姉妹艦は問題ない、それは判る、これまでも幾度となく艦隊を組んだ事があるのだから

問題は新任の初期艦だ、着任したばかりなのだから

 

尤も、司令官は初期艦を艦隊に編成しなかった、編成したら旗艦が負わなければならない、この破れ被れの作戦の総てを、現地指揮権者として

 

「初霜が面倒を見ておる、心置き無く前進せい!」

 

「それにしても、気持ち悪い深海棲艦だね、何時も見れば撃ってくるのに、避けるだけで全然撃ってこない」

 

「司令官が言ってた、数はブラフだって、対応させて手数を掛けさせたいだけだってね」

 

「それは、聞いたけど、やっぱり気持ち悪い」

 

 

 

鎮守府-近海(雷撃位置=支援砲撃位置~防衛線の中間)

鎮守府所属艦:木曾艦隊_木曾/北上/皐月/神通/時雨

鎮守府所属艦:加古/筑摩

 

 

長門の方針を木曾艦隊に伝える加古、それに真っ先に北上が噛み付いて来た

 

「はぁ?撤収しろ?!何寝言言ってんの!?これからでしょ!面白くなるのは!!あたしは第二艦隊の開けた進路に突入して、奴らを分断する、アンタラも長門と呼応して殲滅戦に移ったら?」

 

「なんて予想通りの言い分、気持ちは分かるが、数が多過ぎる、駆逐艦や軽巡の資材保有量では途中で尽きる、そうなったら、どうする気だ?」

 

「補給を寄越せ!」

 

「無理を言うな、この数の向こうに補給隊が回れるわけないだろ、兵装を積めば補給の為の資材を持ってこれない」

 

「ふーん、回れる道を、作れば、文句ないだろ、重巡さんよぉ」

 

「はぁ、コレだよ、如何して球磨型ってのはこうも好戦的で血の気が多いのか」

 

「おい、加古、ソレと一緒にすんな」

 

加古の呆れ返った感想に木曾が不快を示した

 

「ですが、北上の言い分は尤もです、ここまで来て撤収は納得出来ません、再編されたとはいえ私は第一艦隊に編成された軽巡洋艦、資材が尽きてもいないのに、敵前から退くなど、何の為の水雷戦隊ですか」

 

「……球磨型だけじゃなかったか」

 

もう一隻の軽巡の言い分に加古は頭を抱えた

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:事務艦/大和

 

 

軽巡達と長門の方針との乖離はすぐさま事務艦に電達され、司令官に報告された

 

「司令官、前線での艦隊再編成で意見対立があり、戦線が押されています」

 

「余裕だな、あの数を目前にして内輪揉めとは」

 

事務艦の報告を聞いてこちらの想定が外れていない事を確信、それと同時に戦線を維持している軽巡達もある程度はソコが判っている事にも感心してしまった

 

「感心している場合ではありません」

 

余裕を見せ過ぎたのか、事務艦に若干睨まれてしまった

 

「だが、あの正面の数がブラフだと証明されたな、真面に砲雷撃してくる何時もの深海棲艦なら、あの距離で内輪揉めなんてしてたら、瞬殺されてる」

 

睨む必要はない事を説明した、説明自体には異論はない様子の事務艦

 

「……それは、そうかも知れませんが」

 

こちらとしては睨まれたから説明しただけだ

 

「前線から時雨と皐月を退かせ長門の周辺警戒に当たらせろ、北上、神通、木曾、加古、筑摩で艦隊を編成、筑摩に旗艦を任せる、目標は戦線の維持、出来そうになければ、鎮守府に帰投、判断は旗艦に委ねる」

 

「伝達します」

 

そう言って事務艦は通信室に行った

 

そこで問題となるもう一人、鎮守府に帰ってくるなり執務室に来て何も言わずに後ろに控えている大和に声を掛けた

 

「……大和、長門から何を言われたのか知らんが、私はここに居る、休んでこい、今回の様な長時間砲撃は初めてだろ?そんなに憑かれた顔を魅せられても困るしな」

 

正直、今の大和はちょっと怖い、なにか思い詰め過ぎている様子がハッキリと分かる

 

「司令官は、退避なさらないのですか?現時点では戦線を維持出来ていますが、何かの拍子に崩壊するかも知れません、そうなれば、この鎮守府にまで砲火が届く事になります、大和に出来ることは、そうなった時、司令官の盾になるくらいです、大和型戦艦の装甲はとても頑丈です、主砲の撃てなくなった戦艦の使い道はこのくらいしかありません、司令官が退避しないと云われるのなら、大和がお守りします」

 

長門が何を言ったのかは想像出来た、しかしソレはソレ、コレはコレだ

 

「……だからな、そうなるにしても今すぐじゃない、大和が一休みするくらいの時間はあるだろう、休んでこい」

 

そんな遣り取りをしていたら事務艦が戻って来た

 

「司令官、前線の艦隊再編が実行されました、北上が攻勢に転じ正面の数の分断を企図している様です、危険では?命令があれば止めさせますが」

 

「旗艦は任命した、現地の判断に委ねるよ、こんな所からアレコレ言っても良い事はない」

 

事務艦は懸念を示したが、現地指揮者は旗艦だ

 

 

 

鎮守府-近海(雷撃位置=支援砲撃位置~防衛線の中間)

鎮守府所属艦:筑摩艦隊_分艦隊_加古/筑摩

 

 

「筑摩って時々すっごく好戦的になるよね」

 

北上の提案を支持した筑摩に加古はある意味感心していた

 

「そうですか?北上の提案は戦術的に理に適っていると思いますが」

 

そういって来る筑摩の考えは加古には判らない、あの包囲網を前に戦術論?

その前に単純明解な数の論理じゃないのかな

 

「……それが実行可能なら、良いんだけどな」

 

数の論理は単純過ぎて覆す方法が無いのだから

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:事務艦

 

 

事務艦からも諭され、大和が執務室を後にしていた

 

なんであんな顔をするのか、長時間砲撃していたんだから休む様にと言っているだけなんだけど

 

資材残量の問題で入渠させてやれない辺りで情け無い司令官だと、見做されてしまったのだろうか

 

「補給をどう致しますか?北上が正面突破を企図している以上、補給を続けなければ軽巡が資材を使い果して行動不能になるのは時間の問題です」

 

ウチの優秀な事務艦が現状の問題点を指摘し対処を聞いて来た

 

「何とか続けるしかないな、天龍からは既に回復不能域まで資材が減ったと、報告があった、大規模増設計画を気にして資材を出し惜しみしても、意味が無いって状況だ」

 

「単に補給隊を出した所で、あの数を如何にかしませんと補給を必要とする艦隊に辿り着けません、対策はありませんか?」

 

「……こっちには、無いな、旗艦に何か考えがあるんじゃないかな」

 

対策と云われても無いものは無かった

 

 

 

鎮守府-近海(雷撃位置から防衛線へ進行中)

鎮守府所属艦:筑摩艦隊_分艦隊_北上/木曾/神通

 

 

筑摩に旗艦が移ったら中央突破が支持され、実行する事となった

 

「補給は受けた、第二艦隊が道を開いた、あたしらはその道を押し拡げ奴らを分断する、この広げた道が補給路になるって訳だ、そこまで出来ないと、敵中に孤立した挙句に資材枯渇で行動不能になる、文句があるなら、戻って良いよ、あたし一人で行くから」

 

確認の意味で二人の軽巡に言う北上

 

「冗談が言える余裕があるのは良い事だ、文句は大量にあるが、後にしよう、北上だけに良い格好されるのは癪だからな」

 

加古には一緒にするなと言ったものの大群相手に立ち回れる機会を逃す気は全くない木曾

 

「お話は終わりましたか?では、突入しましょう」

 

落ち着いているのか、先陣を切りたくて待ち切れないのか、どちらとも取れる雰囲気の神通

 

北上は予想以上に血の気の多い軽巡達に幾らかの警戒感を覚えていた

 

「……あたしが先頭、木曾が左舷を、神通が右舷、出来るだけ正三角形になる様に艦列を維持しつつ、強速で進撃する」

 

この鎮守府では今回が初陣の北上、前回はあの海戦だ、アレを繰り返すわけには行かない、今度は上手くヤれる、北上はそのつもりだ

 

「後方から重巡二隻の支援砲撃があります、無闇な進路変更は却って危険です、注意を」

 

艦列を整えながら神通からの注意喚起

 

「艦列を維持すれば良いんだろ、全く、こんな状況で神通と戦列を組む事に成るとは、夢にも思ってもなかった」

 

それに応じる木曾

 

「愉しい突入になりそうで、ワクワクします」

 

ホントに楽しそうな声が聞こえた

 

「では、突入、全艦強速!」

 

軽巡二人が位置に着いた事を確認した北上は深海棲艦の成す包囲網と云う壁に突入を開始した

 

 

鎮守府-近海(雷撃位置=支援砲撃位置~防衛線の中間)

鎮守府所属艦:筑摩艦隊_分艦隊_筑摩/加古

 

 

「ホントに突入してったよ、なんて血の気の多い軽巡共だ」

 

軽巡達を目視と観測機からの観測と、両方で追いつつ、感心した様な呆れた様な感じの加古

 

「では、此方も砲撃を始めましょう、長門にも砲撃支援を要請します」

 

手筈通りに軽巡達の予定進路沿いに砲撃を開始する筑摩

 

「……第二艦隊の援護に成れば、司令官の想定する状況に近付くとはいえ、この数を中央突破だけで抑えられるのかね、どこか一部でも鎮守府への直接攻撃を目論まれたら手数が違い過ぎるんだが」

 

加古も筑摩同様に砲撃しながらも、数の論理、言い換えれば数の暴力への不安は強くなって行く一方だった

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:秋津洲

 

 

「司令官、報告かも」

 

静かに掛けられた声にそちらを見るといつの間にか秋津洲が前にいた、雑務処理に追われていて来た事に気がつかなかった

 

「秋津洲か、何を見つけた?」

 

手を止め、秋津洲の報告を待つ

 

「取り立てて新しいモノは見つかってない、菊月達が言っていた大型艦も見つけられないかも、ただ、探索範囲を広げた結果、長良達の無線を拾った、それによると現在他所の鎮守府からの遠征隊は目前の深海棲艦の数に手出し出来ずに引き返してる

遠征隊航路の安全確保を目的としている長良達は鎮守府への帰還を企図したけど、同じく深海棲艦の数に手出しを躊躇っている状況

何らかの手を打てれば長良達と呼応して正面の深海棲艦の包囲を破れるかも」

 

「……暫く躊躇っていて貰うしかないな、此方の手数は出し切っている、他の鎮守府からの遠征隊が引き返してると言ったな」

 

「言ったかも」

 

「この状況を聞いて、動く司令官が、居てくれると助かるんだが、無理だろうな」

 

「……」

 

何か言いた気な秋津洲、それを待たずに続けた

 

「秋津洲は引き続き哨戒を継続、何か見つけたら教えて欲しい」

 

「わかった、かも」

 

 

 

鎮守府-工廠

鎮守府所属艦:大和/鳳翔/祥鳳/隼鷹

 

 

司令官と事務艦に休む様に云われ、執務室を後にした大和

そんな大和だが休む気になれず、当てもなく鎮守府内を散歩?していた

 

「どうしたよ、そんなに不景気な面下げて、天下の大戦艦が下げて良い面じゃないだろ」

 

工廠に来た所で声をかけられた、見れば軽空母達だ

 

「……空母の皆さんは変わりないですか?航空警戒を下令されていると聞いていますが」

 

「今の所深海棲艦の飛翔体は見つけていません、ですが、司令官が警戒している以上、何れ、大群が押し寄せるでしょう、先手を取り損ねる訳には行きません」

 

「あれだけの数がいて未だに飛翔体が全く飛んで来ない状況も、不気味過ぎるんですよ、前の海戦では有り得ない数を相手にしてますから」

 

「……あの時は、数で押し負けたんだ、出撃した飛行隊の十倍の数を撃墜したのに、数で押し切られた、補給があれば、違ったのにな」

 

鳳翔、祥鳳、隼鷹、其々に警戒態勢を整えている

発艦数こそ多くはなく警戒の域を出てはいないが、即応態勢なのが分かる

 

「補給が追いつく様な、戦場ではなかったですけどね」

 

「それを言うなよ、そこまで悲観されたら、あたしら艦娘はどうやっても深海棲艦に数で押し込まれて負け確定だ、負け戦と分かって戦わなきゃならないのは、願い下げだよ」

 

「……大和さん、貴方は昨夜から長門さんと共に遠距離砲撃を先程まで続けていたと聞いています、鎮守府に戻ったのも、主砲の砲身寿命が尽きたからだと、少しお休みになられては如何ですか?闘うにも休息は必要ですよ」

 

鳳翔にまで休む様に云われてしまった

 

「あー、長門は砲身交換してたな、大和の砲身交換までは資材が回らないのか、そんなん司令官の差配の問題だろ、大和がそんな不景気な面下げる理由じゃないだろ、あたしらが夜戦出来ないからって夜中にぐっすり寝てるのは、大和には不愉快だったりするのかい?」

 

隼鷹も鳳翔と同意見の様だ

 

「……そんな事はありませんが」

 

「なら、それとおんなじだ、今大和が鎮守府に、陸に居るのは司令官の差配の所為だ、大和が戦ってないからじゃない、みんな分かってるよ」

 

隼鷹の言う理屈は分かる

 

「……わかって、頂いても、大和は、悔しいです、皆んな戦っている、あの数を相手に誰も一歩も退かずに、でもそこに、大和は加われない、なんで大和は最強戦艦なんて謳われているんでしょうね」

 

しかしその理屈は大和の不景気面を一切動かす事は無かった

 

「「「……」」」

 

そう言う大和にかけられる言葉を誰も持ち合わせていなかった

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

大本営所属艦:五十鈴/高雄/愛宕/妙高/足柄

 

 

何の予告も無く五十鈴が執務室に来た、それも何人か引き連れてだ、嫌な予感しかしない

 

「司令官、司令部要員の志願者を連れてきた、サッサと司令部を構築して頂戴」

 

当たり前、それが当然だと言わんばかりの五十鈴

 

「……実行出来ないと、言った筈だが?」

 

「お言葉を返す様ですが、こんな状況でただ黙って見ていろなんて命令は受け入れられません、私達の修復を再開するか、司令部を構築するか、何方かを取って頂きます」

 

移籍組の一人が抗議の声を上げる

 

「……移籍組全員を、解体処理させたいのか?船で大人しくしていろ」

 

正直今移籍組に構ってる余裕はない、本気で大人しくしてて貰いたい

 

「大人しくしていたら、このまま押し込まれて全滅必死じゃないですか!私達は死に場所を求めてこの鎮守府に来た訳ではありません!是が非でも、戦況に関わらせてください、お願いします」

 

抗議して来た移籍組の一人は、深々と頭を下げていた、なんだろうね、そんなに面倒に首を突っ込みたいのかね、最悪の場合でも、大本営に掛け合って陸路で避難すれば済む事だろうに

頭を下げている移籍組の一人、五十鈴が連れて来た他の移籍組の艦娘を見てもソレに同意、大本営へ退避する様に言っても聞き入れそうに無い事だけは分かった

 

ここで起こった厄介事に最も最短で対処するには、向こうの言い分を受け入れる、事なんだが、ソレはソレで厄介事の先送りだろう、後々の手間を考えたらここで幾らかの手間をかけない訳にも行かなかった

 

「……全く、何奴も此奴も言いたい放題、如何して艦娘ってのはこんなのしか居ないんだ、研修じゃ、艦娘は基本的に従順で御し易いって話だったのに、詐欺だろ、あの研修内容は」

 

「今更な事を言っても始まらない、あの叢雲を初期艦に選んだ時点で判った事でしょ、そんな事は」

 

嫌味でも皮肉でも無く、平坦に言って来る五十鈴

言外に、余計な事を言って無いでサッサと司令部を構築しろ、そう主張していた

 

「……尤もなご意見どうもありがとう、で、司令部を構築するとして、如何するんだ?言っては何だが私はそんなモノ構築した事は無いぞ」

 

「……シロウト司令官、いや、こんな時にそんな事言われても」

 

装束から見て抗議して来た艦娘の姉妹艦だろうと思われる艦娘が感想を零す

 

「情報伝達の動線と指示系統の確保、其々に二名着けなさい、後、工廠のスケジュール管理と資材量の管理に一人づつ、それに鎮守府待機中の艦娘の管理業務兼鎮守府内雑務管理に一人、これで七名が役に着く」

 

五十鈴から提案が出て来た、司令部構築プランまで持って来てたのか、まあ、考えてみれば当然か

 

「……七名?来ているのは、四名だが、他にも居るのか」

 

「移籍組だって戦況に関わりたいのよ、志願者は多く居る、黙って見ているより余程マシだから」

 

どうマシなんだか、こちらにとっては問題しかないんだが

 

「……修復の中断で、大分荒れたと、聞いたが、この状況で面従腹背は願い下げだぞ」

 

これは確認しなければならない、今の鎮守府内は司令官と事務艦、指揮系統はこれだけだ

ここに七名も司令部要員が来て好き勝手やられたら乗っ取られるのは時間の問題、防ぎ様が無い

資材残量を無視して修復を実行、鎮守府を放棄して他所に行ってしまうといった事態も起こり得る

 

「……誰がソレを司令官に聞かせたのかは、この際問わないけど、この状況でそんな事をしたら、自殺行為だなんて事を言って聞かせなきゃならない馬鹿は移籍組にはいない、そこは信用してほしい」

 

「……信用、ね」

 

移籍組の素行はそれなりに聞いてはいる、信用って云われても、考えてしまう所だ

 

「……責任は、五十鈴が取るわ、司令官や鎮守府の艦娘達の手は煩わせないと約束する」

 

大本営司令長官の秘書艦が責任を取る、しかもこちらの手は煩わせないと云う

そう言う事なら使わない手は無い、鎮守府運営に手数が欲しいのは確かなのだから

 

「では、来ている四人に情報伝達と指揮系統を、残りは現在の担当との相性を見て五十鈴が決めてくれ、移籍組の代表は司令長官秘書艦の五十鈴だ、修復を終えていない以上この鎮守府の所属とは成らないしな」

 

「……わかった、高雄達もそれで良いわね」

 

「勿論です、では、早速ですが、自己紹介を……」

 

「高雄型重巡の一番艦と二番艦、妙高型重巡の一番艦と三番艦だろ、知ってる、私の自己紹介は必要か?」

 

正直な所、誰でもかまわない、司令部要員として相応に動いてさえくれれば、それで良い

 

「……五十鈴と初期艦達から良く聞かされています、取り敢えずは必要ありません」

 

「なら、仕事に掛かってくれ」

 

「了解です」×4

 

見事に揃った敬礼をされたのは、司令官職に就いてから、初めてかも知れない

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:事務艦

 

 

執務室に入って来るなり無言で迫って来る事務艦

 

「司令官?司令部の構築に関してお話がありませんでしたが、説明して頂けますか?」

 

何時もの事なので慣れてしまった自分がコワイ、でもまあ、事務艦の言い分は尤もだ

 

「……何で睨むの?座して死を待つより進み出て活路を見出す、ってヤツ、関わらせないと何をするか解らんからな、移籍組の蜂起なんて事態は回避したい、その為の処置だ、使えば良い、司令部要員として鎮守府運営に協力すると言っているのだから」

 

こちらの言い分に納得した様子を見せる事務艦

 

「……そういう、事ですか」

 

「それに、総力戦を想定しなきゃ成らない、鎮守府所属艦を陸に置いてる余裕はない、代わってくれるのなら何隻か戦力になる」

 

「天龍、ですか?」

 

「お前もな」

 

そう言ったら何故か表情を暗くしやがった、なんでだよ

 

「……お分かりだとは思いますが、私は事務艦としてこれまで来ました、艦娘としての運用は……」

 

ああ、ソレね、そんな事気にしてたのか

 

「大増設計画で大本営の初期艦達が新規格の艦娘建造法を立ち上げたのは知ってるな」

「はい」

 

「それを応用する事で艦娘としての運用が可能になる、既存の建造艦にも適応出来るそうだ」

 

「……妖精さんを入れ替える、のですか?」

 

「入れ替えたら馴染むのに時間が必要になる、入渠して、妖精さんを教育するんだとさ、艦娘の技量は妖精さんに依る所が多い、練度としては表れないが、技量は習得可能だそうだ」

 

「……実例は?」

 

「合同作戦で他の鎮守府の遠征隊を入渠させたのを覚えていないか?あれを境に資材収集率が安定しただろ」

 

「ああ、アレが、そうなんですか」

 

「事務艦はスペック的には工廠に居る夕張の上位互換らしい、機会があれば夕張に指南を頼む事になるな」

 

「……夕張の?確か兵装実験艦、とか言ってませんでしたか?」

 

「艦種的には軽巡枠だ、問題無いだろう」

 

 

 

鎮守府-資材管理室

鎮守府所属艦:天龍

大本営所属艦:摩耶

 

 

資材管理室内で二人の艦娘が顔を突き合わせている

 

「……摩耶、だよな、この鎮守府に何時着任したんだ?」

 

「……移籍組からの出向だ、この鎮守府には着任してねーよ」

 

「着任して無いなら、何でオレの所に?しかも資材管理に首を突っ込んで来る?」

 

「……司令官が司令部を立ち上げた、司令部要員として、資材管理をする様に割り振られたんだ、ってか、何で話が通ってないんだよ」

 

「……ああ、ここの司令官、可也の癖者だ、用心した方が良いぜ」

 

「……そりゃあ、気が合いそうな司令官だな」

 

顔を突き合わせている二人の艦娘はとてもイイ笑顔を見せていた

 

 

 

鎮守府-工廠

鎮守府所属艦:明石/夕張

大本営所属艦:那智

 

 

突然やって来てトンデモな言い分を真面目に言い放った相手に聞き返す夕張

 

「えっと、那智さん?今何と?」

 

「司令官が司令部を立ち上げた、その司令部要員として工廠のスケジュール管理を割り振られた、サッサと予定を教えろ、工廠が三つもあるのなら効率良く稼働させる事で全力出撃を継続する事すら可能ではないか、大変素晴らしい、この素晴らしい工廠の稼働率が低いなんて事はあってはならない

サッサと現状の予定を教えろ、問題があるのなら速やかに解消せねば成らん」

 

「……」

「……」

 

夕張と明石は呆気に取られ、何処から訂正していけば良いのか途方に暮れる他に無かった

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:事務艦

大本営所属艦:三隈

 

 

珍しく普通に執務室の扉がノックされた、続けて扉が開き艦娘が顔を覗かせた

 

「司令官はいらっしゃいますか?」

 

「居る、誰かな?」

 

「申し遅れました、私三隈と申します、司令部要員として鎮守府内の管理業務をと云われたのですが、具体的に、何をすれば良いのでしょう?」

 

「……事務艦、任せる」

 

「はい、わかりました」

「?」

 

一人だけ状況が飲み込めていない模様

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:大和

大本営所属艦:高雄/愛宕

 

 

休めと言っているのに散歩を終えたらしい大和が執務室に戻って来ていた

 

「……司令部ですか、実行出来ないと聞きましたが、立ち上げたのですか」

 

散歩で少しは気が紛れた様子を見て好きな様に動いてもらう事にした、アレコレ指示するよりストレスにはならないだろうし、何より修復待ちで戦力外だ

 

「成り行きでね、秘書艦に相談も無く悪かったな」

 

「いえ、司令官が決められたのなら、秘書艦としてその方針を履行します」

 

それに大和は戦力外である事実を秘書艦という肩書きで埋めようとしている

長門がそう誘導した様だが、今の大和に自室待機など指示したら事態が悪化するのが見えている

 

「……秘書艦?大和が、ですか?」

 

高雄が酷く不思議そうに聞いて来た

 

「何か問題が?」

 

いきなり面倒な突っ込みを入れて来る奴だな、どうやって回避しようか考えないといけない

 

「問題というか、大和は大本営で秘書艦に任命されたと聞いています、いち鎮守府司令官の秘書艦というのは、任命権、指揮権の観点から疑問ですが?」

 

そっちですか、手続きの方か、心配した面倒事にはならなそうだ

 

「その任命権から見ると、大本営で秘書艦の任命を受けている以上、鎮守府側の任命権では範囲外になる、そんな事は分かり切った上で大本営は大和をこの鎮守府、私の指揮下に移籍させた、秘書艦と任命したままでだ、ならば、こちらとしては秘書艦として扱わなければなるまい」

 

「……成る程、そういう過程を経ているのですか、問題だとしても対処は大本営ですべき事案ですね、司令官や大和には解消する権限が無い事はわかりました

秘書艦大和、私達は司令官が立ち上げた司令部要員として指揮系統の確保を目的に鎮守府運営に協力する事になりました、以後よろしくお願いします」

 

「あっはい、こちらこそよろしくお願いします、ですが、取り繕っても仕方ないので打ち明けますと、秘書艦といっても名ばかりでして、殆どの業務は事務艦が担当しています」

 

「そちらは三隈が事務艦にレクチャーを受けていると聞いています」

 

「……なので、大和はほぼ飾りですね」

 

作り笑顔で応対する大和に思わず口が出てしまった

 

「そういう言い方は止めろ、大本営でどうだったかは知らんが、ここでは出来ることを出来るようにやってくれれば良い、今の所、工廠や港で遠征隊の面倒をよく見てくれると聞いている、戦艦が駆逐艦達と仲良くしてくれれば鎮守府運営に取って大きな好材料だ」

 

「……あの、気になっているのですが、立ち入った事かも知れませんが、よろしいでしょうか?」

 

探る様に聞いて来る愛宕に少しイラっと来た、それは抑えつつ訂正を求める

 

「そういう回り諄い言い回しはしなくて良い、簡潔に言って良いから」

 

「では簡潔にお聞きしますが、大和は損傷していませんか?修復は?」

 

「大和の修復には大量の資材が必要になる、今はその資材を確保出来ない、戦力化しなければ、押し込まれる」

 

「……戦わせておいて、修復しないのですか?そんな運用を?」

 

異議あり不満あり問題しか無い、と言いたげな表情が全てを語っている、思わず反論しそうになったが、意外にも大和が割って入って来た

 

「損傷といっても、主砲砲身が割れているだけです、船体にも艤装にも損傷はありません、戦線は北上を中心に軽巡戦隊が中央突破を図り正面の数を分断している最中です、その支援を二隻の重巡が担い、広範囲な支援砲撃を長門が実行中です、大和の砲身に資材を使うより、実戦中の艦隊に資材を振り向ける、司令官の方針に異論はありません」

 

「……包囲されて補給線が断たれているのでしたね、備蓄資材の割り振りは司令官の専権事項、当人に異論が無いなら、外から何を言うのも筋違い、余計な事を聞きました、申し訳ありません」

 

大和の主張に愛宕はアッサリと抗議を引っ込めた、序でに司令官に詫びまで入れて来た

そこまで話が通るのなら、こちらから反論することも無い

 

「いや、気になるのなら構わず聞いてほしい、変に溜め込まれる方が面倒になる」

 

「……初期艦は、叢雲、でしたね」

 

何の確認だか知らないが、愛宕が聞いて来た

 

「そうだが?」

 

「新任の初期艦も叢雲でしたね」

 

何故か高雄からも確認が入った

 

「……それが?」

 

何、それがどうした、何の確認だろう

 

「いえ、変に遠慮しなくても良いかなと、思っただけです」

 

高雄から感想が出て来た

 

「……遠慮なら、司令部構築なんて言い出さないで大人しくしていれば良かったんだ」

 

「成る程、今更、ですか」

 

妙に納得した様子の二人

 

「そう言う事だ、司令部を構築したからには、相応の働きをしてもう事になる、仕事には配慮が必要だが、私に遠慮しても鎮守府運営に利はない、叢雲はソレを私に叩き込んで来た、其処は踏まえてもらいたい」

 

「……わかりました」

 

なんか、微妙な表情をしてるんですけど、何か不味い事を言ったかな

 

 

 

鎮守府-防波堤

鎮守府所属艦:秋津洲

大本営所属艦:妙高

 

 

いきなり背後に感じた気配に驚く秋津洲

 

「かも?!」

 

「秋津洲さん、司令官の指示で海域哨戒を二式大艇で実行中と聞いています、何か見つかりましたか?」

 

驚いている事など気に留めることもなく、和かに聞いてくる妙高

 

「……何も、これまで通り、包囲網は崩れず、深海棲艦は増え続け、長門達が防衛線を死守してる、北上が中央突破を目論んでいる様だけど、龍田艦隊には届いてない、あっちは包囲網を抜けて、釣り上げる獲物を探してる、司令官は私にその獲物を見つけて欲しいんだと思う、でも、見つからない」

 

「……突破した?龍田艦隊が?」

 

「さっき包囲網を抜けた、龍田と初春が盛大に電探を使ってる、大艇ちゃんの逆探でもはっきり分かるんだから、多分最大出力で発振して、獲物を探してる」

 

「……司令官に伝えます、秋津洲は引き続き哨戒をお願いします」

 

「……わかった、かも」

 

 

 

鎮守府-近海(支援砲撃位置)

鎮守府所属艦:長門/皐月/時雨

 

 

「観測機が使えるのは良い事の筈なんだがな」

 

長門の独り言を聞きつけた皐月が心配そうに近付く

 

「長門、大丈夫?」

 

「心配は無用だ、この長門に問題などない、砲撃の衝撃波を受けてしまう、少し距離を取った方が良い」

 

「……それで白雪が中破したって言ってた」

 

その話は聞いている長門、自身の砲撃で駆逐艦を損傷させている事にも気が付かない戦艦、そこまで練度が無いのか、或は駆逐艦が戦艦にそういった要求をしたのか、何にしろ大和は現状では戦力外だ

 

「……無茶をする、だが、そのお陰で大和の砲撃精度が安定していた、駆逐艦にしておくのは惜しい度量だ」

 

戦場では戦艦種の様な大型艦は否定的な発言は控える、それをするのは伊座というときだけに限らなければ、発言が軽んじられてしまう、結果として逆説的な接続詞が多用される事になっていく

 

「まーた、ムリを言ってる、駆逐艦はどう頑張っても駆逐艦だよ、艦種変更は出来ないよ」

 

長門の言い分に少しだけ呆れている時雨

 

「そうだな、駆逐艦にして置くのが惜しいのでは無く、度量のある駆逐艦と共に戦える戦艦である事を喜ぶとしよう」

 

 

 

???

米海軍_対艦娘部隊_観測班:班長/班員1/班員2/班員3

 

 

「なんだ?この電波?」

 

「どうした?」

 

「今解析してます、っと如何やら艦娘の使う電探の電波を捉えた様です、それにしては電波強度が強過ぎますが」

 

「艦娘の電探?レーダーの事か?何処の所属艦娘か、分かるか?」

 

「おそらく、あの包囲されてる鎮守府の艦娘、軽巡級、駆逐級もかな?複数の電波を捉えています」

 

「……来援要請の通信ではなく、レーダー発振?何がやりたいんだ?あの鎮守府は」

 

「何かを探しているのか、存在を誇示したいのか、ちょっと判断出来ませんね」

 

「どちらにせよ、包囲されてる鎮守府からの動きが観測出来た訳だ、上に報告を」

 

「……包囲されて以来、こっちからの探査波は遮断されてましたからね、有線通信も大本営を経由しないと出来ない仕様になってるとかで、事実上使用不能ですし」

 

「……自衛隊が我々に協力しないからな」

 

 

 

外洋-他の鎮守府遠征隊循環航路

鎮守府所属艦:長良/名取/球磨/その他

 

 

「長良!電探に反応!」

 

「分かってる、ウチの誰かだ、合流しよう」

 

「……こんな盛大に電探発振?何を考えてるクマ?」

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

大本営所属艦:妙高

 

 

「司令官、秋津洲と話して来ました、龍田艦隊が包囲を突破したそうです、今釣り上げる獲物を探し、電探を盛大に使っていると、言っていました」

 

「……エサが悪かったかな、其処までしても喰い付いて来ないとは」

 

「深海棲艦の鹵獲目標は最初の初期艦、新任の初期艦では、興味を引けないと?」

 

「妖精さんですら同じ個体と視えたんだ、興味は引けると思うが」

 

「興味を引き過ぎても、それはそれで問題です、しかし司令官の予測通りなら、ここで包囲網を形成させている本隊を引き出せなければ、こちらの行動限界が先に来ます」

 

「その通りだ、折角司令部要員として働いてもらってるのに、短い付き合いになる、かも知れんな」

 

「……」

 

そう言う司令官の心情を妙高は測りかねていた

 

 

 

鎮守府-資材管理室

鎮守府所属艦:天龍

大本営所属艦:摩耶

 

 

「何だよ、結構残ってるじゃねーか、何で出し惜しみしてんだよ、あの司令官は」

 

「……使用予測から逆算するとカツカツだ、多分足りなくなって詰む未来図しか見えないんだが」

 

天龍の言い分に疑問を持つ摩耶

 

「……こんだけ残ってて、足りなくなる?大和を修復して再出撃させるのか?」

 

「それはない、資材供給を確保出来ない限りもう大和は出せない、この状況で資材消費を増やしても自分の首を絞めるだけだ」

 

「なんだ?あたしの知ってる艦娘の資材消費とは、かけ離れてるぞ?如何いう事だよ?」

 

「……説明はメンドクセーから、この資料を読み込んでくれ」

 

この、で出て来た資料を思わず二度見した

 

「……おい、なんだよこの資料の厚さは……」

 

そう言うのが精一杯だった

 

 

 

鎮守府-工廠

鎮守府所属艦:明石/夕張

大本営所属艦:那智

 

 

「……つまり、予定は無いと、必要が生じたらその都度逐次対応が基本だと、そういう事か?」

 

「そうなってしまうのは仕方ないのでは?出撃した艦娘の誰がどの程度の損傷を負うかなんて、事前に誰も知りようが無いんですし、こちらの準備としては資材とか必要物資を確保して置くくらいしか、やりようがないじゃないですか」

 

乗り込んで来た那智に色々と訂正を求める明石

 

「……資材は別管理だ、遠征隊の運用と絡む、何より使用には司令官の許可がいる、資材以外で準備出来る物資はなんだ?」

 

「……高速修復材とか、高速建造材とか?あと、改修資材とかもあるか」

 

那智の質問に指折りで数えながら答える夕張

 

「ならばソレを確保せよ、確保の手段は?」

 

「明石が資材から抽出する」

 

簡潔に答える夕張

 

「……資材が要るのか」

 

「無いと抽出出来ないですよ?」

 

ニッコリ笑顔で応じる夕張

 

「確保しろと言うからには、資材、調達してくれるんですよね、那智さん?」

 

「……」

 

明石に迫られ言葉に詰まる那智だった

 

 

 

鎮守府-廊下

鎮守府所属艦:事務艦

大本営所属艦:三隈

 

 

「だいたいわかりました、でも、貴方軽巡ですよね、こんなに沢山業務を抱えていらしたのですか?私の知る限りでは軽巡の処理能力を超えていますけれども」

 

「……私は、この鎮守府で建造されて直ぐに事務艦研修に出されました、これしか司令官に仕える方法を知らないんです」

 

これまでの業務説明と比べると少しだけ言い難そうな様子の事務艦

 

「……そう、建造艦で司令官に仕えたいと、全霊を賭けているのですね、良く分かりました、この三隈にも少しお手伝いさせてくださいね」

 

艦娘として運用されていない、それでも司令官に仕える、事務艦の身上、信条、心情、それらを出来るだけ汲もうと思う三隈だった

 

 

鎮守府-移動指揮所

自衛隊_鎮守府派遣隊-指揮所:司令官/副官

自衛隊_憲兵隊:隊長

 

 

「撤収準備、終了しました、いつでも撤収出来ます」

 

「後の問題は、包囲している陸自を如何躱すか、だな」

 

「撤収するんですか?」

 

あまりに自然に会話に入って来た隊長に一瞬言葉に詰まる指揮所司令官

 

「……憲兵隊長か、悪く思わんでくれよ」

 

「何処から入って来たんですか?出入口は中からじゃ無いと開かないんですが?」

 

副官が抗議らしき声を上げた

 

「そんな事はどうでもよろしい、撤収するんですか?幕僚会議の許可も取らずに、後で問題になりますが、承知の上ですか」

 

「このまま残留しても何か出来る訳でも無し、鎮守府司令官からは撤収を勧められている、ここは指揮所であって、戦力は無いのだ、保護対象が多いと艦娘等も、困るだろう」

 

「……成る程、鎮守府に迄砲火が及んだ時に、ここから負傷者や殉職者が出ると鎮守府側の手を借り出さなければならなくなる、少なくとも、艦娘等は助けようとしてくれるでしょうな、結果、砲火への対応に支障が出ると、それを避ける事が撤収の理由だと、そう言う事で、よろしいか」

 

「何を考えている?」

 

指揮所司令官は憲兵隊長が何を意図しているのか、読み取れなかった

 

「この指揮所の設備は無人でどのくらいの情報収集と発信が出来ますか?」

 

「……機密指定されている、答えられない」

 

「そうですか、では、こちらをお持ちください、陸自の封鎖を通れる筈です」

 

「……通行許可証?何故?」

 

指揮所司令官は渡された許可証と憲兵隊長を交互に見る

 

「なに、折角手続きを定めて発行まで漕ぎ着けたのに、無駄になる所でした、有効活用しないとあの苦労はなんだったのかと、自棄を起こしたくなる、私の我が儘ですよ」

 

「……我が儘か、ここの鎮守府司令官も随分と我が儘だそうだな」

 

「それはもう、その上意地っ張りと来てる、救い難いですな」

 

「……通行許可証は使わせてもらおう、我々は直ちに撤収する」

 

「部下の原隊復帰までが、貴方の仕事になります、お覚悟を」

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:大和

大本営所属艦:高雄/愛宕

 

 

「ちょっと出てくる」

 

「どちらへ?」

 

「見回りだ、ここに座っている時間が長くてな」

 

「要するにお散歩、ですね、お伴します」

 

「……そう明から様な言い様はさ、もっとこう、それっぽい言い回しってのが、あるでしょ」

 

「では、巡察という事で、よろしいですね」

 

「お、おう」

 

 

 

外洋-包囲網の外側

鎮守府所属艦:龍田艦隊_龍田/初春/子日/若葉/初霜

鎮守府所属艦:叢雲(初期艦)

 

 

包囲網を抜け、獲物を探している龍田艦隊

 

「龍田!電探に反応有り!じゃが、方向が変じゃ!」

 

「こっちにも反応が出てる、想定と逆方向?それにこれって、艦娘の反応、じゃあないかな?」

 

「包囲網を抜けたら、穏やか過ぎる海しか見つからないって、どうなってるんだろうね」

 

子日が感想を言う

 

「しかし、包囲の方向の海面は見た事が無い程に赤く染まっている、周辺警戒を怠るな、この辺りまで、まだ赤い海が広がっている」

 

若葉は警戒を緩めていない、注意喚起までしている

 

「鎮守府の辺りはもう赤い海に飲み込まれているのかな?」

 

周囲を見回しながらこちらも感想を言う初霜

 

「何も喰い付いて来ないなんて、私じゃ足らないって?信じらんない!」

 

穏やか過ぎる海に癇癪を起こしている初期艦だった

 

 

 

鎮守府-近海(防衛線を超え包囲網突入中)

鎮守府所属艦:筑摩艦隊_北上/木曾/神通

 

 

「クソッタレ!!あの第二艦隊の奴ら!通っただけじゃないか!撃破した形跡が無さ過ぎる!!!」

 

先頭を行く北上が盛大に愚痴る

 

「当たり前だ!第二艦隊の目的はこの雑魚共の背後に居ると予測される本隊の釣り出しだ!そう聞いただろうが!こんな所で無駄に弾薬を消費する理由が無い、そんな事は承知で分断するって言い出したのは北上だろーが!」

 

今更何言ってるんだ、とばかりに木曾が言い返している

 

「クッソムカつく!木曾っちに正論吐かれたよ、なんて可愛気の無い末っ子なんだろう!」

 

それでも北上の愚痴は止まらない

 

「そんな事より、進撃速度が落ちてるぞ、重巡の支援があるとはいえ、周りは深海棲艦の群れだ、速度の低下はそのまま包囲、殲滅に繋がる、速度が維持出来ないのなら、そこを換われ!」

 

「替るのなら、私が替りましょう、木曾より練度は上ですから」

 

それを聞いた神通から提案が入った

 

「こんな所で練度自慢かよ、神通は最後に控えてろ、先ずは俺が換わる」

 

「……黙って聞いてれば、言いたい放題言ってくれちゃって、只の軽巡が重雷装艦の火力に代わる?面白い、代われるかどうか、その眼で確かめろ!本気出すから、着いて来い!!」

 

血の気の多い二人に対し持ってしまった懸念が北上の行動を縛っていた

その縛りがここで失われた

 

 

 

鎮守府-近海(雷撃位置=支援砲撃位置~防衛線の中間)

鎮守府所属艦:筑摩艦隊_筑摩/加古

 

 

「なんか、揉めてないか?軽巡達」

 

観測機からの観測を見る限りそんな感じに見えた

 

「仲が良いのでしょう、良い事です」

 

簡潔に返されてしまった

 

「……それにしても、観測機が飛び過ぎだな、長門の搭載機まで来てるし」

 

「観測を共有する様には出来ていませんから、仕方ありません」

 

「その辺り新規仕様って艦娘は改良されてるのかな?」

 

「さあ、その新規仕様について、私は知らないので」

 

「……秋津洲の二式大艇がさっきからかなりの高度でウロウロしてるんだが、なんだろうな」

 

「哨戒任務を遂行中だと思われます、でも、確かに高度を上げてますね、何か低空での不都合があるのでしょうか」

 

「筑摩は、変だと、感じないか?」

 

加古は簡潔に返して来る筑摩にもう少し違う答えを期待していた、何しろ今の旗艦は筑摩なのだから

 

「……何をです?」

 

「こっちの観測機が飛び放題、二式大艇は高度を上げて哨戒中、これは深海棲艦の飛翔体が全く出て来ないから出来る事だ、確かにあの飛翔体は偶にしか遭遇しないが、これだけの数を揃える大群で、飛翔体が全く出て来ないってのは、どういう事だ?

それに北上達が突入したら包囲網から鎮守府方向に出てくる奴等が居なくなった、こっちの観測では北上達の方向に向かって集まり出してる、なんだコレ?」

 

「それはこちらの観測でも同じ結論を得ています、だから、支援砲撃を絶やす訳にはいきません、長門がこの辺りまで観測機を飛ばして来ているのも、それが理由でしょう」

 

「って事は、奴等の進撃方向が変わったって事になる、なんでだ?奴等鎮守府を攻めているんじゃ無いのか?」

 

「……司令官が言っていたそうです、あの数はブラフ、見せかけだと」

 

「ブラフ?囮とか、偽物って事?」

 

「そう考えれば、この数にウチの鎮守府だけで対抗出来ている事に説明が付きます、何時も遭遇する深海棲艦なら、これだけの数にウチの鎮守府だけでは対処仕切れません」

 

「……云われて見れば、その通りだな、この数に対処仕切れている事に違和感を持つのが先だよな、なんでソレを感じなかったのか」

 

「先程の変な感じとは、この事ではないのですか?」

 

「……コレとは別だ、いや、関連はしているのか、正面の此奴等、どうも胡散臭くてな、砲撃して来てもただ撃ってるだけだし、船速は出さないし、艦隊としての行動も見受けられない、ただ何隻かが纏めて前進して来るだけ、まるで操り人形だ、それも操ってる奴のセンスが悪過ぎる人形みたいで気色悪い」

 

「……司令官の言い分が、正解だと?」

 

「筑摩がそう言ったんだぞ?それとも違う考えがあるのか?」

 

筑摩が疑問形で聞き直してくる意図が加古にはわからない

 

「……深海棲艦とは言え、操り人形というのは、想像出来ないですね」

 

 

 

外洋-包囲網の外側

鎮守府所属艦:長良/名取/球磨/その他

鎮守府所属艦:龍田艦隊_龍田/初春/子日/若葉/初霜

鎮守府所属艦:叢雲(初期艦)

 

 

「こちら長良です、そちらは誰ですか!」

 

「初春じゃ」

 

「こういう場合、旗艦の私が応答するんじゃないかな、初春?」

 

「お、おう、済まぬ、つい、返答してしまった」

 

「相変わらずだね、龍田は」

 

「ウチの一番艦を一睨みで黙らせられるのは龍田だけだし」

 

「ふーん、そうなんだ」

 

子日と初霜の話に感心している初期艦

 

「……なんじゃ、その何か言いた気な顔は?ハッキリ言えば良かろう」

 

感心していたら初春から突っ込みをもらった

 

「初春にも、天敵が居るのね」

 

「プッ、アッハハハ」

 

「笑い処では無いと、思うがの」

 

「良かった、合流出来て、鎮守府はどうなってるの?状況を教えて」

 

「どうって、見ての通り、包囲されて孤立中、長門達が防衛線を構築して包囲が狭まるのを防いでいる最中ね」

 

龍田が長良に答えている

 

「なら、ここから突入して包囲に穴を開ける、共同戦線を組みましょう」

 

「うーん、折角だけど、それは出来ないわねぇ」

 

「……なんで?包囲を破らないと資材枯渇で動けなくなる、長門が戦闘行動をとってるんでしょう?」

 

「そもそもの話として、龍田達はただ出て来た様に見えるクマ、包囲を抜けて来た目的はなんだクマ?」

 

長良の疑問に球磨が質問を重ねて来た

 

「……球磨、その語尾付けなくていいわよ、駆逐艦は居るけど、ちょっとくらいで軽巡に怖れを成す様な可愛気の持ち主はこの中には居ないから」

 

「なにそれ!ひっどい云われようだ、子日はこんなに可愛いのに!!」

 

龍田の言い様に子日が抗議の声を上げた

 

「……ハイハイ、カワイイ、カワイイ」

 

龍田が子日の頭を撫でながら棒読みのセリフを述べていた

 

「……わかった、それで?こっちまで何しに出て来た?」

 

それに満足気な子日を見て球磨が言い直している

 

「本隊の釣り出し、司令官の予測では、この大群は只の目眩し、本隊が別にいる、そっちを叩かない事には、この大群をどれだけ沈めても無限湧きして来るだけ」

 

龍田の説明に名取の様子が変だ

 

「……無限湧き、あの、忌々しい、無限湧き……」

 

「名取、落ち着いて、で?本隊を釣り出すって、どうやって?」

 

姉妹艦を宥めつつ質問を続ける長良

 

「私がエサになる、らしいから、獲物が私に喰い付いて来たら、長門達の攻撃圏内まで誘導して、撃破する、ソレを、少なくとも三回、実行する」

 

それに応じる初期艦

 

「……三回?獲物というか、本隊と呼んでいるのが、三隊いるって、事にならない、ソレ?」

 

「そういう事になるわね、その為に龍田達が私のフォローに入ってる」

 

「……無謀過ぎる、そんなの作戦行動じゃない!あの司令官何を考えてるのよ!?」

 

長良にはこの作戦行動が正気の沙汰とは思えない

 

「長良、落ち着いて、確かに無謀過ぎる、それは同意するけど、あの司令官が、この手の我が儘を言うのは何時もの事、一々目くじら立ててたら身が持たない」

 

長良を宥めつつ龍田が説明を続ける

 

「……無謀過ぎる作戦行動が、何時もの事?もしかして長良達、トンデモ無い鎮守府に、司令官の元に着任してしまった?」

 

「今更、気が付いても、手遅れじゃ」

 

初春がアッサリ言い切った

 

「文句は、五十鈴に言ってね、元々五十鈴が言い出したんだから」

 

この鎮守府に来る様に提案したのは五十鈴だ、龍田はそこを指摘して来た

 

「「「……」」」

 

護衛隊の三隻はお互いの顔を見合わせた

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:事務艦

大本営所属艦:高雄

 

 

「事務艦、少し手を借りたいんだが、良いか?」

 

「御用件は、何でしょう」

 

「天龍が資材管理をしてる訳だが、その最新版、現時点の物が欲しい、もし、纏まっていない様なら手を貸して纏めて持って来てくれ」

 

「わかりました」

 

「……事務艦にそんな事まで?」

 

「事務艦が居ないとこの鎮守府は回らんよ」

 

 

 

鎮守府-資材管理室

鎮守府所属艦:天龍/摩耶/事務艦

 

 

事務艦からの要件に天龍が応じている

 

「あー、補給やら何やらで伝票は来てるが、纏めてねーな、悪りーな」

 

「いえ、伝票は?纏めます」

 

「……事務艦が?そんなに急ぎなのか?」

 

「司令官が現時点の資材管理状況を確認したいと」

 

「……何度見ても、足りねー物は足りねーぞ?」

 

二人の会話の向こう、会話に加わる余裕もない様子の摩耶が頭を抱えながら分厚い資料と格闘していた

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:事務艦

大本営所属艦:高雄/愛宕

 

 

事務艦が頼んだ資料を持ち帰って来た、それを検討している

 

「んー、ズレてるな、誤差にしてしまえなくもないが、この状況では確認した方が良いか」

 

「ズレ?ですか」

 

「明石の申告して来た資材使用量と纏めてもらった資材残量、天龍は資材の現物で残量を見ている筈だ、書面で申告してる明石等工廠組、どこかで噛み合ってないらしい」

 

「明石等が、過小に申告している?」

 

高雄が可能性を言ってくる

 

「そういう単純な話なら、天龍が気付く、天龍からそういう話はあったか?」

 

事務艦に話を振る司令官

 

「いいえ、この資材残量では大増設計画への復帰は無理だと、司令官の立場が悪くならないかとは、気にしていましたが」

 

「……アレは何を気にしているんだ、兎も角、確認作業が要る、要るんだが、その手間を取る手がない、困ったね」

 

「私が確認して来ますが?」

 

アッサリと当然の様に言って来る事務艦、然し乍らそうもいかない

 

「事務艦にこれ以上の負荷はかけられん、かと言って司令部要員はこんなに細かい確認作業が出来る程の熟練度はない、就いたばかりだしな、どーするかな」

 

「あの、大和に依頼されては?この鎮守府所属艦ですし、工廠組や艦娘達とも司令部要員よりは馴染みがあります、何より熟練度という点に於いて適任かと思われますが」

 

高雄からの提案があった

 

「……アレは大本営でなにをやらされていたんだか、そこは置くとしても、資材不足で修復を待ってもらっているのに資材残量の確認作業は嫌がらせとかマイナス要因に取られかねん、出来れば避けたい」

 

「大和はそんな狭量な思考はしません、司令官の指示であれば確実に履行します」

 

事務艦からの主張なら一考出来るか、大和とはそれなりに交流がある事を知っている、主張するくらいには信用しているのだろうから

 

「……自分を抑え込んででもな、そういう使い方はしたくない」

 

確認の意味もありこちらの懸念を示し、事務艦の反応を見る為の台詞を言う

 

「使い方、ですか、使われないより、使われた方が大和はプラス思考に向く、と私には見えますが、実際、私のフォローをお願いした時には嫌な顔一つせずに完璧に熟してくれました、司令官は大和に偏見をお持ちなのでは?」

 

事務艦の主張からは大和を高く評価していると伺える

 

「……偏見、そう見えたのなら、私の対応が悪いのだろうな、正直な所扱いかねてる部分はある、他人の言い分を聞き過ぎるんだよ、言いたい事もあるだろうに、文句一つ言って来ない、ああいう艦娘は、どう扱えば良いのやら」

 

「ソレって、私達が、言いたい放題だと?少しは遠慮しろって、事でしょうか?司令官?」

 

少し愚痴気味に言ったら、空かさず高雄からの突っ込みを受けた

 

「な、高雄の言っている様に、こういう艦娘が私には何時もの艦娘なんだ、大和は大人し過ぎる、天龍から聞いた話だと、アレは色々と溜め込み易い性質を持っているそうだ、気が付いた所はコッチで対処していかないと、地雷になりかねん」

 

「飛躍し過ぎです、仮に司令官の言い分が正しいとしても大和の司令官への忠信は疑う余地がありません」

 

事務艦の主張は変わらない様だ

 

「忠信?要らんよ、そんなモノ、艦娘は艦娘同士で仲良くやってくれれば、それで良い、艦娘部隊なんて艦娘の群れに司令官という体裁で人が入り込んでいるだけだ、艦娘の群れに司令官を受け入れる性質というか前提が無ければ、私はこれまでに何度死んだか、数えきれないよ」

 

「何ですか?その穏やかじゃない話は、鎮守府司令官に鎮守府所属艦娘が危害を加えるとでも?あり得ません」

 

今度は愛宕からか、なんか不満そうだ

 

「……移籍組では知られていないのか、建造直後の艦娘が司令官に危害というか何かしらしでかす事は、司令官内では割と、知られた話なんだが、尤も、研修時の話と違うし、下手に騒ぎ立てると失職のリスクがあるから、無かった事にしているが」

 

「……建造直後は司令官の指揮下にいないから、ですか?理屈の上では艦娘は人に危害を加えられます、司令官の命令なら、間違いなく、実行します

建造時に、既に、建造された鎮守府以外の司令官の指揮下に居る、という事ですか?」

 

事務艦が聞いてきた

 

「理屈的には色々と仮説は立つ、基本的に艦娘が自発的、自身の思考によって司令官というか人に危害を加える事は無いとは思ってるが、確証はないし、検証なんてしたくもないがな」

 

尤も状況に寄っては、考えも無く思わず手が出るという場合はいくらでもあるんだが

 

「ちょっと待ってください、建造時に他の司令官の指揮下に居るって、どういう事ですか?建造艦は建造された工廠で初めて意識を、自我を持つ筈、それ以前の指揮系統があるなんて、聞いた事もないです」

 

高雄から疑問点を指摘して来た

 

「……移籍組は、ドロップ艦だよな、建造艦とは余り接点がないのか?」

 

大本営でも建造は行われていた、なのに知らないという高雄、愛宕も高雄と同意見らしい

 

「移籍組と呼ばれている私達は元は最初の鎮守府に配属された艦娘です、その最初の鎮守府が正式に発足した日にほぼ全艦娘を出撃させる事案が発生、そこで生じた海戦によって兵装も艤装も失くしてしまった、あの収容所からやっと解放されたと思ったら、コレですよ」

 

「事前情報も無ければ、敵測情報も無いまま海域だけ指定されて、あんな大勢の艦娘を艦隊編成すらせずに出撃だけが命令された、こんな運用がありますかって抗議したら今度は官舎に軟禁、もう、大本営に改称したくらいでは、あそこの指揮下に戻る気にはなれませんよ」

 

こちらの疑問に長い愚痴で応じて来た

 

「……コッチも地雷持ちだったか」

 

たった一言でここまでの長台詞が出て来るとは思っても見なかった

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:事務艦/大和

大本営所属艦:高雄/愛宕

 

 

結局、資材の確認は大和に当たってもらう事になり、執務室に呼び出した

 

「大和、参りました、長くお側を離れ申し訳ありません」

 

それを言うのなら散歩中に寄った食堂でゆっくりしてろと言った私の所為だし、これは予定外の急な呼び出しな訳だし、本来なら大和は詫びる必要どころか文句を言って良い状況なんだが

 

「……いや、それは良いから、呼んだのは手を借りたいからだ、司令部要員の愛宕と共同でこの資料の確認を、書類の数値が何処かでズレて実際の数値を拾えていない様なんだ、書類の修正は後で私がやるから、大和等にはズレた要因を特定してもらいたい、出来るだけ速やかに、だ」

 

「はいっ?私も、ですか?」

 

「……高雄、代わってくれるか?」

 

愛宕の驚いた声を聞き高雄に振った

 

「えっ?!そういう事を、言っているのでは……」

 

「なら、大和と共同でこの確認作業を、良いわね」

 

高雄が愛宕に念押しの様に言っている

 

「……資材備蓄量と資材使用量、報告と申告が合わない、のですか?」

 

そんな遣り取りの間、大和は資料を読み込んでいた

 

「言い換えるなら、資材残量と資材消費量だ、明石等が工廠で消費した量と天龍が纏めてる残量が、合わない、遠征隊が資材を確保できる状況なら誤差で済ませるんだが、今はそうもいかない」

 

「……天龍が出庫した資材量よりも、明石が使用した資材量が、多いんです、よね、この資料に拠ると、工廠側で多少の備蓄があるとか、ですか?」

 

大和なりの仮定を言って来る

 

「わからない、何の要因でこうなっているのか、確認作業に充てられる時間が少なくて悪いが、要因となりそうな条件の絞り込みだけは何とかしてほしい」

 

「時間?作業終了時間が定まっているのですか?」

 

ここで漸く資料から視線を外した大和

 

「急かす様で悪いが、長くても九十分だ、その頃には補給隊を出さないとならなくなってる、筈だ」

 

「北上達への補給、ですね、補給隊を出さない訳には行きませんからね」

 

限られた作業時間しかない事は納得してくれた様だ

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:秋津洲

大本営所属艦:高雄

 

 

一息ついて落ち着いた執務室に秋津洲が飛び込んで来た

 

「司令官!タイヘンかも!!」

 

「どうした?」

 

「大艇ちゃんが雨雲みたいな塊を見つけた!深海棲艦の飛翔体の大群かも!!」

 

秋津洲の報告に驚き過ぎて大声で返すという失態だけは如何にか避けることが出来た

 

「……方位と距離は?」

 

「鎮守府南南東三千!」

 

「……遠くない?三千?」

 

距離を聞いて聞き直してしまった、そんな遠くの目標を見つけた事にも感心してしまった

 

「大艇ちゃんが高度を取ってるから遠くの方まで見えたかも」

 

「司令官、龍田達の方向では?包囲網を抜けたのでしょう」

 

高雄が可能性を言ってくる

 

「……方位は兎も角、それでも遠い、遠くても六百よりは前の筈、一桁違うんだが」

 

「そんな位置に飛翔体の大群?何でしょう?こちらの包囲網とは無関係、だと良いのですが」

 

「……願望としては兎も角、注意喚起しておかないと、今の所、遠過ぎて対処しようがない」

 

「……余計、な報告だった、かも?」

 

こちらの会話に何か感じる所があったのか秋津洲が声を細くしてしまった

 

「何故そう思う?何か見つけたら報告する様にと、私が言ったのだ、秋津洲はそれに協力してくれているのだろう、余計な報告などでは無い、引き続き何か見つけたら報告して欲しい、協力を、してくれるな」

 

「はい!かも」

 

気分を持ち直してくれた様だ、飛び込んで来た時の様に元気な返事だった

 

 

 

鎮守府-工廠

鎮守府所属艦:鳳翔/祥鳳/隼鷹

 

 

秋津洲の報告は軽空母達にも聞こえていた、半自立行動型の妖精さんを兵装として扱う空母種の艦娘

鎮守府の様な限られた範囲の情報収集など基本行動でしかない

しかもこの三隻は高練度艦、更に司令官からの指示は警戒態勢、抜け目はなかった

 

「……三千、ですか」

 

「ちょっと遠い、ここの防衛戦を下令されている私達が見つけるには遠いですね」

 

「……でも、大群だって、話だろ、向こうの動きが、活性化する兆候かも知れない」

 

「三千、というとほぼ、行動限界距離、ですよね」

 

「ここまで来るのなら、片道切符、帰還を考えていない事になります、だから司令官も遠過ぎる、と言っているのでしょうし」

 

「……深海棲艦の飛翔体が私等の偵察機と同程度の航続距離、って前提なら、な」

 

遠すぎる飛翔体発見の報にもどかしい思いの空母艦娘達だった

 

 

 

外洋-包囲網外側

鎮守府所属艦:龍田艦隊_龍田/初春/子日/若葉/初霜

鎮守府所属艦:叢雲(初期艦)

鎮守府所属艦:長良/名取/球磨/その他

 

 

秋津洲の二式大艇から飛翔体発見のメッセージが入った

 

「?ソレって、今の私達に言われても、どうしようもないけど?」

 

「鎮守府起点だから、ここからなら、もう少し距離が近い、注意喚起だとは思う、けど、深海棲艦の積極的行動が観測されたって事」

 

長良と名取がメッセージに対して感想を述べている

 

「今のメッセージでは飛翔体の進行方向も移動速度も届けられておらん、見つけたと言うだけじゃな」

 

「そんな遠くの飛翔体を見つけただけでもよく見つけたって褒めなきゃね、目視なんだし」

 

「自衛隊のレーダーってこういう時便利なんですけど、何とかなりませんかね」

 

初春に子日、初霜も感想を言う

 

「……待て、目視でそんな遠くの飛翔体を見つけた、という事は、言っている通りに、大群である事が確実と考えられる、その方向に飛翔体を飛ばすあの丸いのが大挙しているという事では無いか?」

 

若葉が何か思いついた様だ

 

「だとしても、ここから、何か手が出せるって事にはならない、私達の交戦距離は対峙条件が最適でも二十から三十、十倍以上の距離は、ねぇ」

 

それらの感想を聞いても龍田には打てる手が無かった

 

 

 

鎮守府-工廠

鎮守府所属艦:明石/夕張/大和

大本営所属艦:愛宕

 

 

司令官からの指示を伝え協力を求める大和に困り気味の明石

 

「……ええと、そんな事云われましても、使用時にキッチリ計量する様にとは天龍からも話がありましたし、そうしてますよ?計量器も定期的に原点出しと、基準器で計量値を確認してます

そもそも、コッチには天龍が資材庫から出庫した数量は知らされていないんですよ、それを出すと、計量せずにそのまま書くだろうからって」

 

「司令官の指示はこの数値がズレた要因の特定です、最低限要因の絞り込みまではして欲しいとの要望です、何か、思い当たりませんか?」

 

資材使用量を直接計量している明石の困惑振りにも関わらず、大和が重ねて質問している

 

「……話からすると、コッチの使用量が天龍の出庫量よりも、多いんだよね、何処かで、資材が足されているって事になるけど、減ってるのなら明石が銀蠅したって事で終わるけど、増えてるって、どういう事なの?」

 

「ちょっと!?夕張?!」

 

夕張の飛んでも無い仮定に声を荒げてしまう明石

 

「その原因を特定したいのです」

 

「そう言われても、資材が勝手に増えました、その原因を特定してくれって、如何すれば良いのよ?」

 

「資材の搬送工程を検証していきましょう、出庫から計量までの工程は、多く無いでしょう、一番手短かに済むと思いますけど?」

 

夕張に問われて愛宕が提案している

 

「……それでアッサリ特定出来れば、良いんだけどね」

 

愛宕の提案にも明石の表情は晴れなかった

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

大本営所属艦:高雄

 

 

愛宕の提案が執務室に届いた

 

「実際に資材搬送工程を検証するから、資材使用許可をって、本末転倒な気もするが」

 

「搬送するだけで、使用後には資材庫に戻すと言っていますし、方法論としては妥当だと考えます、許可されては如何ですか」

 

乗り気でなさそうな司令官に高雄が言い聞かせている

 

「検証には天龍も同行する事、それで許可しよう」

 

「わかりました、了承を伝えます」

 

 

 

鎮守府-資材管理室

鎮守府所属艦:天龍/明石/夕張/大和

大本営所属艦:愛宕

 

 

大和から事情を聞かされた天龍は同行していた夕張に目を向けた

 

「……おい、お前らの所為で余計な手間を取らされてるんだが?」

 

「そんな事、いわれても」

 

「手間を最小限にする為です、協力をお願いします」

 

困り果てている夕張に変わって大和がお願いしている

 

「……で、資材搬送すれば良いのか?」

 

仕方ない感をこれでもかって程出しながら応じる天龍

 

「はい、その工程を検証して行きます」

 

 

 

鎮守府-工廠

鎮守府所属艦:明石/夕張/大和

大本営所属艦:愛宕

 

 

結局、天龍は大和が同行するなら良いだろと言って工廠には同行しなかった

 

「……何処で、増えたんですか?」

 

「さあ、資材庫から出してそのまま工廠に持ち込んだのに、何故増えてるんですか、コレ?」

 

「……計量器の不良?でも、元からあった計量器ですよ、コレ」

 

運んで来た資材を計量した結果を見た四人が首を傾げている

 

「確か、原器と基準器があるんでしたよね、それを資材庫側の計量器で計量してみましょう」

 

首を傾げてばかりもいられないので大和が提案して来た

 

「そっちのズレ?なのかな?まあ、計れば判るか」

 

疑問しか無いといった感じではあるが、止める理由もない夕張

 

 

 

鎮守府-資材管理室

鎮守府所属艦:天龍/大和

大本営所属艦:愛宕

 

 

大和が持っているモノを見て状況を察した天龍が呆れた顔を見せた

 

「今度はソレかよ、ってか、そういう話なのか?」

 

「可能性は検証して、結論を出して行かないと要因の絞り込みも出来ませんから」

 

「こちらにも原器と基準器はあるんですよね、先ずはソレを」

 

ソレをと云われてソレを取りに行く天龍

 

「……ほれ、気の済むまでやってくれ」

 

九割呆れている天龍は全く興味を示さずソレを渡して来た

 

「……合ってます」

 

「ねぇ、キッチリ合ってます、では、工廠の原器と基準器で、やってみましょう」

 

ソレを受け取った大和が載せ換える

 

「……合ってます、ねぇ」

 

「……合ってます、ズレてないです、どういう事ですか?」

 

大和も愛宕も状況が分からず困惑している

 

「計量値自体がズレてるって事にはならないな、元からある計量器だし、そこまで良い加減な管理はしてないだろう」

 

放って置くと何時迄も首を傾げていそうな二人に天龍が言う

 

「……念の為、資材庫側の原器と基準器を工廠側の計量器で計量してみましょう」

 

それを聞いて少し考える様子を見せた大和が提案した

 

「……好きにしてくれ、付き合いきれん」

 

天龍は十割呆れていた

 

 

 

鎮守府-工廠

鎮守府所属艦:明石/夕張/大和

大本営所属艦:愛宕

 

 

アレコレと計量器に乗せ量りしている二人を見て大体の状況は察している工廠組

 

「……」

「……」

 

「えっと、つまり、どういう事?」

 

言葉をなくしている二人に変わって夕張が言った

 

「ここまでの検証結果だけを元にするのなら、計量器は正常なのに計量値だけがズレる、資材庫から出して工廠に運んだだけなのに、何故か資材が増えてる、ちょっとだけだけど」

 

明石から解説があった

 

「そのちょっとが誤差なのか、何らかの現象を伴っているのか、人為的な、作為的なモノなのか、原因を特定、最低限要因の絞り込みだけはして欲しい、というのが司令官の要望です」

 

その解説を受けて大和が状況を再確認している

 

「……そうだ、この資材は検証用に借り出した資材、これは資材庫に返却予定、これを資材庫側でもう一度計量すれば、単に数値の問題なのか、実際に資材が増えてるのか、そこは切り分けられる、と思うけど、どう?」

 

その再確認を聞いていた愛宕が再度提案して来た

 

「搬送用に標準量を個別梱包された資材ですよ?封冠までそのままなのに、天龍がなんて言うか」

 

天龍の余りに呆れた様子を思い浮かべ、気を重くする大和

 

「そんな事は言っていられません、司令官の要望は明確です」

 

再確認したでしょう、と言いたげな愛宕

 

「仕方ないですね」

 

大和としても愛宕の提案は避けられなかった模様

 

 

 

鎮守府-資材管理室

鎮守府所属艦:大和

大本営所属艦:愛宕

 

 

資材管理室に行ったら、天龍はこちらを一目見ただけで終わってしまった

勝手にどうぞ、という事だと判断して要件を済ませる

結果を見て、二人共暫く考え込んでしまった

 

「……こうなると、可能性として、残るのは……」

 

「……妖精さんの、悪戯?でも、そんな事が?工廠の妖精さんが資材を増やしてる?そんな事が出来るんですか?」

 

幾ら何でもな結論に言葉を濁す愛宕に、敢えて聞き直す大和

 

「わからないけど、計器類の誤作動や不具合は昔から妖精さんの悪戯って、事にはなってるし」

 

「……都市伝説、ですよね、原因の特定にも、要因の絞り込みにもなっていないのですが」

 

果たしてこんなに結果を司令官に報告して良いものか、考え込んでしまう大和と愛宕

しかし、司令官からは時間制限を言い渡されており、報告として上げざるを得なかった

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:大和/事務艦

大本営所属艦:高雄/愛宕

 

 

大和と愛宕は中間報告という形で報告、更に検証が必要と付け加えた

 

「……検証結果はわかった、で、都市伝説とやらを検証するのに初期艦の協力が必要と、そう言う事か?」

 

「はい、その通りです」

 

「……検証結果に疑問の余地は?試行数は一回だけなのでしょう?」

 

中間報告とはいえ、報告内容に眉をひそめる高雄

 

「良いじゃないか、初期艦は三組の初期艦が暇を持て余してるしな、事務艦、協力を要請してくれ」

 

「わかりました、工廠で合流してください」

 

司令官の指示により三組の初期艦達が工廠に集められた

 

 

 

鎮守府-工廠

鎮守府所属艦:大和/三組の初期艦五

大本営所属艦:愛宕

 

 

工廠で合流するなり楽しそうな表情の漣が一番に目に付いた

 

「やまちゃんてば、また面白い事やってるね」

 

「司令官の指示です、大和が始めた訳ではありません」

 

漣の言い分に一応の反論をする大和

 

「それで?実測値としては、増えてるんてしょ?なら、妖精さんの悪戯って訳じゃ無いと思うけど?」

 

漣と大和の話は傍に置いた叢雲が確認と推定を言ってきた

 

「……五人も応援が来るなんて、大事になってしまった……」

 

愛宕が何か呟いた

 

「ああ、気にしなくて良いですよ、なにしろこっちは司令官から直々に艦娘としての任務は無いって宣告されてますから、時期が悪過ぎましたし」

 

それを聞き逃さなかった五月雨が愛宕に答える

 

「確かに、悪過ぎるよね、あの包囲網を見たら、大規模強襲って話に異論なんて挟み様がない」

 

「アレへの対応に追われてる最中に着任したのでは、放置されるのも仕方ないのです」

 

吹雪と電も五月雨と同意見の様子

 

「……一層の事、戦力として出撃させてくれた方が、落ち着く処まで来てるわ」

 

そんな中叢雲が悔しそうに零した

 

「叢雲、無茶を言わないで、同名艦が出撃しているからって、貴方が気負うことは、ないのですよ」

 

電が宥めている

 

「……聞いた限りだと、囮役として、重要な役回りを任されたとか、支援に第二艦隊が付いたとか、主力艦扱いじゃない、戦力外宣告されてる私は、一体なんなの!?」

 

それでも叢雲は収まらなかった様だ

 

「戦力外なのは、大和も同じです、今は、司令官の指示を履行しましょう」

 

そんな叢雲に静かに声を掛ける大和

 

「……あんた……わかった」

 

「……なんか、胃が痛くなって来た、気がする……」

 

叢雲と大和の遣り取りが愛宕の顔に影を落としていた

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

大本営所属艦:高雄

 

 

大和達が執務室から退出した、事務艦まで用事で退出したから執務室には司令官と高雄の二人のみ

 

「質問しても良いですか?」

 

「回り諄いのは省略して良い、なに?」

 

「資材量のズレ、普段は誤差で処理されていると言ってましたね、今回に限って確認させている、理由はなんですか?」

 

「……遠征隊が出られず、資材確保に問題があるからだが?」

 

「それもある事は解ります、別の理由もあるのではありませんか?司令官は妖精さんと会話の出来る提督だと、伺っております、今回の大規模強襲は、妖精さんとの会話の中で予測されたのでは?資材量のズレも、何かあったのでは、ないですか?」

 

「……そういう、突っ込みはさ、自身に着いてる妖精さんと、してくれないかな」

 

 

 

鎮守府-資材管理室

鎮守府所属艦:天龍/三組の初期艦五

 

 

如何な天龍でも初期艦五人相手に引っ込んではいられず、引き出されてしまった

 

「確かに誤差で処理出来る量だが、それが?」

 

「塵も積もれば何とやら、その誤差の蓄積が結構な量になりますねぇ、その点について、天龍の意見は?」

 

普段は誤差で処理している量でしかない、しかし誤差は誤差、その差分はある訳でそこを問題視している漣

 

「……纏まった資材量を確保したら、やる事は建造か、開発か、指揮下に艦娘が居るなら修復や補給もあるが、どれだ?」

 

「建造、だろうね、今回の場合、開発したって装備する個体が居ないんだし」

 

個体が居ないから修復や補給も除外される、漣の言い分はそれを言っている

 

「……アメリカの司令官が呼び戻されてた、アレ?この鎮守府でも、発生すると?」

 

少しの間考えるようにしていた五月雨が聞いてくる

 

「抑えないとね、最悪でも現場は押さえたい、三組の初期艦が揃って見過ごしたとか、まーた、一号の初期艦に見下される材料になってしまう」

 

如何も漣は演習の時の一号の初期艦達の言い分を気にしている模様

 

「なら、手分けして工廠に張り付きますか?工廠組とか、一号の初期艦、更に一組の初期艦とか工廠に居る事が多い様ですが」

 

五月雨の提案に頷く四人、提案しか聞いてもらえなかった、提案の後にあんまり意味のある提案ではない理由を並べていた五月雨は少し困り気味の様子を見せた

 

 

 

鎮守府-工廠

鎮守府所属艦:三組の初期艦五/大和

大本営所属艦:一号の初期艦四

大本営所属艦:愛宕

鎮守府:叢雲(旧名)

 

 

「どしたの?三組揃って」

 

声をかけて来た一号の漣に三組の漣が応じる

 

「資材量のズレって話は聞きました?」

 

「ああ、なんかやまちゃんとあたごんが調べてたね」

 

「……あたごん……」

 

一号の漣の言い様に目を丸くしている愛宕

 

「資材を纏まった量確保したら、次の手は?って事で、工廠の見物に来ました」

 

「……次の手?」

 

三組の漣の云わんとする所が掴めず聞き直す一号の漣

 

「天龍に云わせると、建造が視野に入るそうです」

 

「……アメリカの?アレがここで?」

 

三組の五月雨の答えで事情が読めた一号の漣

 

「可能性の話ですよ、今の所」

 

それに応じた三組の漣に別口からの質問があった

 

「アメリカのアレって?なんの話?」

 

「……どちら様で?」

 

三組の漣が聞く、他の三組の初期艦も誰?という視線を投げていた

 

「……元、叢雲、村雨は分かったのに、なんで初期艦が分かんないの?」

 

その視線を受けて困惑気味の叢雲(旧名)

 

「村雨?この鎮守府に着任してましたっけ?」

 

三組の漣が疑問を口にした

 

「他所の鎮守府からの遠征隊にいた子よ」

 

「……叢雲?にしては、色々育ちすぎてませんかねぇ、司令官は喜ぶかも知れませんが」

 

「漣の口の悪さは相変わらずね、個体が違ってもそこだけは変わらない、良いんだか悪いんだか」

 

「御姉様?随分な云われようですが、反論は?」

 

三組の漣が一号の漣に話を持ち込んでいる

 

「……ざみちゃんの言い分を聞いてると、その気も失くなる」

 

持ち込まれた一号の漣は反論する気力を三組の漣に削がれていた、要は叢雲(旧名)と同じ見解を持つ模様

 

「まあまあ、叢雲が育ったのは確かですし、ちょっと羨ましい」

 

いつの間にか来ている一号の五月雨が一号の漣を宥めていた

 

「……羨ましいんだ、意外な感想だ」

 

「漣はもうちょっと発育が良ければって、思いませんか?」

 

「うーん、そういうのは今の所無いかな、抑、そういう状況がなかったし」

 

「状況の話では、無いんですけど」

 

一号の初期艦達の話に痺れを切らせたのか三組の叢雲が言い立ててきた

 

「そんな事より、工廠の設備、ちゃんと管理されてるんでしょうね、勝手に稼働したり、なんか建造したりしてないでしょうね」

 

「それは、工廠組に聞いて、こっちも工廠に籠る事はあるけど全部を管理してる訳じゃない」

 

一号の漣はそう応じるしかない

 

「……なんか、逃げ出してる、妖精さんが居るんだけど、なに?」

 

「結構な数が、逃げ出してる、様に、見えるのですが、なんでしょう?」

 

周囲を見回していた三組の吹雪と電が続けて感想を並べた

 

「逃げ出してる、というより、隠れてる?見慣れない初期艦が来たから警戒してる、のかな?」

 

二人の言い分を確かめてから、叢雲(旧名)が応じた

 

「……元、なのに、視えるんだ、妖精さん」

 

感心した様子の三組の漣

 

「……多分、今の内だけ、その内に見えなくなると思う」

 

 

 

外洋-包囲網の外側

鎮守府所属艦:長良/名取

鎮守府所属艦:龍田艦隊_龍田/初春/子日/若葉/初霜

鎮守府所属艦:叢雲(初期艦)

 

 

「龍驤から報告、偵察機が深海棲艦の飛翔体を多数発見、但し遠いので、当面の心配は要らないと、現在飛翔体の発生元を探索中、遠いから見つからない公算大、との事です」

 

時差はあったが龍驤も秋津洲が見つけたという飛翔体を見つけた様だ

 

「龍驤?軽空母の?来てるの?」

 

長良達の中に空母種の艦娘はいなかった筈、だから龍田はこっちに龍驤がいるとは思っていなかった

 

「あれ?話が通ってない?こっちに借り出してるんだけど」

 

「そう言えば、広域探索用に偵察機が必要って話になって護衛隊にって話になってた」

 

叢雲(初期艦)が思い出した様に言う

 

「自衛隊の活動が縮小されたから海域情報も自前で取らないと、いけなくなったから、仕方ないね」

 

子日もそれに続いた

 

「龍驤の偵察機で、コッチの獲物を探せない?」

 

龍田としては使えるのなら使いたい所だ

 

「それは、並行してやってもらってる、けど、手掛かりなし、包囲網の外側に目立った深海棲艦の群れは見つかってない」

 

長良が既に使っていた、それでも見つからない

 

「……見つかったのは、遠過ぎる飛翔体、ハズレ、引いたかなぁ」

 

作戦行動中でなければ、凪の海と晴れた空、気分良く航行出来るだろうに、今回の作戦は暗礁に乗り上げたかも知れない

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:事務艦

 

 

大和達から最終報告は来ていないが、これ以上は待てない、事務艦に指示を出す

 

「補給隊を編成し、出発準備を整え待機、出発は別命あるまでするなよ」

 

「了解、工廠組に準備させます、補給隊は長月等睦月型を中心に編成します」

 

「哨戒部隊の面子か、皐月が抜けてるが、代役は?」

 

「特型から編入します」

 

スラスラ言ってくる辺りから予定はしていたのだろう、しかし長月達と聞いて、思い付いた事がある

 

「……いや、夕張を旗艦として編成、補給隊をどの程度仕切れるか、技量を見させてもらおう」

 

「現状で、そういった試験的な行動は避けるべき、と考えますが……」

 

事務艦が明らかに反対だと顔に書いて言って来た

 

「それは、正論だ、だが、前に言った通り、総力戦になる、事が予測される、形振り構ってられないんだ、夕張は移籍組だ、戦力に数えられるだろう」

 

総力戦と聞いて事務艦の顔に書いてあった反対が消えた、その総力戦には事務艦も含まれているのだから

 

「わかりました」

 

 

 

鎮守府-工廠

鎮守府所属艦:明石/夕張

 

 

事務艦からの連絡に表情を暗くする夕張

 

「……明から様よね、この編成、補給隊を仕切れって、ここの駆逐艦とは殆ど接点が無いのに」

 

「司令官は移籍組の技量を知りたいのでしょう、これはチャンスと捉えた方が、良いと思うけど?」

 

明石からも応援なのか助言なのか、兎も角前向きにと言って来た

 

「……移籍組代表みたいな扱いが、嫌だって言ってるんだけど」

 

「そういう代表なら、もう北上が前線に出てる、今更じゃない?」

 

「はぁ、断る理由が無い、退路もない、やるしかないって、事か」

 

なんとか断れないか考えてみたものの、通りそうな説得材料が見つからなかった

 

 

 

鎮守府-近海(包囲網中央突破中)

鎮守府所属艦:筑摩艦隊_分艦隊_北上/木曾/神通

 

 

本気を出した重雷装艦は呆気なく進撃速度を取り戻し、軽巡二隻を引っ張りながら深海棲艦の大群を割って行った

 

「クッソ!まだ包囲を抜けられない!!」

 

「進撃速度を維持してるのに、包囲が厚すぎる、一度補給を受けられる位置まで撤収する事も、考えないと、ならないな!」

 

もう数えるのも面倒なくらい、北上とこんなやり取りをしている木曾

 

「そんな余裕はありません、ここからどうやって撤収するんですか?重巡二隻の支援砲撃は進撃を前提に為されています、進路変更は却って危険です」

 

北上の愚痴には付き合わず必要事項だけは言ってくる神通

 

「尤もなご意見ありがとよ!なら、突破するしかない!残弾はあるのか!」

 

両者に対応している木曾は可也忙しい様子

 

「誰に向かって言ってるんだ!そんな心配は、自分の兵装とすれば十分だよ!」

 

北上が怒鳴り返して来た

 

 

 

鎮守府-近海(雷撃位置=支援砲撃位置~防衛線の中間)

鎮守府所属艦:筑摩艦隊_分艦隊_筑摩/加古

 

 

観測機から北上達の様子は見えている加古と筑摩

 

「彼奴等、結構進んだな、突破出来そうだが、まだ、突破出来ずにいる」

 

「……なんといいますか、包囲網自体を引き摺ってる、感じですよね、観測で見る限りは」

 

若干困った様に言う筑摩、包囲網が北上の進撃に合わせて偏重して行くとは予測していなかった

 

「ああ、ホント、そんな感じだな、長門の遠距離砲撃もそれ用に目標を換えて来てるし」

 

「結果として、鎮守府から包囲網を遠ざけています、北上の働きは火力担当艦としての働きを十分に果たしている、と判断出来ます」

 

予測とは若干のズレはあるがもうすぐ北上達は包囲網を抜けられる、取り敢えずはそこが目標点だ

 

「……ただのビックマウスじゃなくて、よかったよ」

 

筑摩が何を考えているのか、今の旗艦は筑摩だ、動向には気を付けないとな

 

 

 

鎮守府-港

鎮守府所属艦:夕張/睦月型五

 

 

補給隊旗艦を命じられた夕張は渋々その準備に取り掛かっていた

 

「皆んな、司令官から補給隊の出発指示が出た、取り敢えず、長門と合流し、そこで補給を実施、筑摩艦隊への補給はそれと並行して状況確認後に、具体策を検討、実施となる

こっちの兵装は、ほぼ意味が無いから全部資材搬送用の機材を積む事、それが最大量を戦線に持ち込み戦闘部隊の継戦能力を維持する最適解だからね、何か質問は?」

 

「……最適解ってのは、わかるけど、非武装の補給隊なんて、只の的だよ、的にされるのは、何だかなー」

 

遠慮がちではあっても言うことは言う駆逐艦

 

「夕張は今回の補給隊旗艦として、色々思惑があるんだろうけど、出汁にされるのは、遠慮したいな、出涸らしにされたくない」

 

こっちもか、中々口の減らない子達じゃないか、頼もしい事だ

 

「そういう心配はしなくて良いよ、こっちもやらなきゃならないって、状況なだけだから、ここで司令官に媚びた所で、私には何のメリットも無い、もう修復は受けてるからね

あんた達から見ると、移籍組としてのメリットが見えるのかも、知れないけど」

 

「総力戦、司令官が言ってたって、聞いた、そういう事?」

 

一番大人しそうに見える子が言って来た

 

「……多分ね」

 

先を読み過ぎだとは思うが、それを気にするだけの視野を駆逐艦が持ち合わせている事に少しだけ驚いていた

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:事務艦

大本営所属艦:高雄

 

 

「補給隊、出発しました、先ず長門艦隊と合流、後に筑摩艦隊と合流予定となっています」

 

事務艦から報告を受けた、同時に渡された詳細が記載された書類に気になる箇所があった

 

「……兵装無し?夕張も資材搬送用の機材を全装備?この判断は、夕張が?」

 

「そうです、戦闘部隊の継戦能力の最大化にはコレが最適解と、主張したと、明石から報告がありました」

 

「思い切った行動に出ましたね」

 

高雄が感想を漏らす

 

「それもあるが、長月達が、良くも承諾したな、どうやったんだ?」

 

「明石の報告では、先の主張で反論は無かったと」

 

淡々と受け答える事務艦、普段なら行われない装備選択に暫く考え込んでしまった

 

「……あいつら、状況を重く視過ぎてるのか?」

 

「司令官?お言葉ですが、この包囲されている状況で、ソレは、どうかと」

 

高雄には異論がある様子

 

「あの包囲しているのは、ただの案山子だと、判明しているんだが、長月等には、伝わっていないのか?」

 

「……継戦能力の最大化、こちらを優先させたと、思われます」

 

遠慮がちに言う事務艦

 

「はぁ、先の広域海域展開でソレをやったからな、影響してしまったか」

 

 

 

鎮守府-近海(支援砲撃位置)

鎮守府所属艦:長門/夕張/睦月型五/時雨/皐月

 

 

補給に来た艦隊になんと言っていいのか戸惑っている長門、兵装を持たずに戦闘海域に来るなど提督の指示ではない、旗艦の夕張の判断だと直ぐに分かったが、それをここで言っても事態は良い方向へは向かわないだろうから

 

「……お前達、兵装も無しで、幾ら近海への補給とはいえ危険過ぎる、自衛用の兵装は必要だ」

 

苦言を呈する長門には想定外な事に反論して来たのは駆逐艦だった

 

「そんなこと言ったって、包囲されててその内側に長門が居て、こっちの行動圏内は全部長門の砲撃可能範囲なんだよ?兵装よりも、資材でしょ、この場合」

 

「長門が居るし、問題無いでしょ、何が問題なの?」

 

どうやら補給に来た駆逐艦達はこの旗艦の主張に賛成したのは見て取れた

 

「……わかった、速やかに補給を終え鎮守府に戻れ、戻るまでこの長門が支援しよう」

 

「それがね、そう簡単には行かないんだ、筑摩艦隊への補給があるんだよ、向こうの状況を詳しく教えて欲しいんだけど」

 

直ぐに鎮守府に戻そうとした所、旗艦の夕張から異論が出て来た

 

「……なんと、そうか、それはそうだな、しかし、難問だな」

 

「何が難問なのさ、僕達が補給を受けて、長月達を護衛しつつ筑摩艦隊に補給を実施する、何処に問題があるのさ」

 

「……北上達、分艦隊行動で、中央突破の真っ最中、幾ら何でも、アレに補給はムリ」

 

時雨と夕張の言い分はこの難問への回答を迫っていた、第一艦隊旗艦を拝命している長門は戦闘海域での現地指揮権を持つ、それも現地指揮権としては最上位、提督の信頼に応えなければならない難儀な立場にいた

 

「そうだ、確か工廠防衛で軽空母が戦力化されていたな、艦載機による支援を要請しよう、私の砲撃と噛み合えば補給隊の安全はより確実になるだろう」

 

「……噛み合えば、ね」

 

長門の提案にも楽観視はしていない夕張

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:事務艦

大本営所属艦:高雄

 

 

長門の提案は特に反対されることもなく鎮守府へ、司令官の元に通された

 

「航空支援?北上達への補給に必要だと、言ってきてるのか」

 

「軽空母の艦載機による支援を要請して来ました、軽巡戦隊は現在中央突破、包囲網分断の最中です、ここに補給となると、支援砲撃に加え、艦載機群による爆撃を実施する事で補給隊の被弾率を下げ、補給をより確実に出来ます、有効な手段であると判断します」

 

事務艦は長門の要請を支持している

 

「……数が足りれば、の話だな、五十鈴の話では軽空母は搭載機数が少なく数の劣勢は避けられない、と言っていたが、あの数を相手に有効な攻撃が出来るだけの数が揃うのか?」

 

「隼鷹と祥鳳が全力出撃するならば、可能と判断します」

 

高雄も事務艦同様に長門の要請を支持、但し条件が付いた

 

「鳳翔には、出来ないと?」

 

「鳳翔は搭載機数が最も少なく、今回の場合は工廠防衛を任せた方が良いと判断します、出来ない訳ではありません、単純に搭載機数が多い方がより有効だと、申し上げています」

 

「……事務艦、今の話を工廠防衛中の軽空母、指揮を執っている五十鈴に伝達、実施の可否を問い合わせてくれ」

 

「わかりました」

 

 

 

鎮守府-工廠

鎮守府所属艦:鳳翔/祥鳳/隼鷹

大本営所属艦:五十鈴

 

 

五十鈴から長門の要請を聞いた軽空母三隻、少し驚いた様子も見せたが異論は無い模様

 

「全力出撃?北上達の補給?」

 

祥鳳が疑問形で詳細を聞いている

 

「そういう依頼が、長門からあったそうよ、今、司令官から実施の可否の問い合わせを受けてる、やる?」

 

「そこでやらないって話が、あるのかい?あたしはヤるよ、五十鈴が駄目だっていってもヤる」

 

「……私の出撃は予定に無い様ですが、理由を聞いても?」

 

乗り気の隼鷹と対象的な質問をする鳳翔

 

「鳳翔は引き続き工廠防衛に当たる様に、祥鳳と隼鷹と、二人が全力出撃したら、工廠防衛は鳳翔一人でなんとかしてもらわないと、いけない、個々の搭載機数と練度を考慮したら、妥当な配分だと、思うけど?鳳翔には不満が?」

 

「あの数を圧倒して、補給隊を北上達に届かせるんだ、数の問題だわな、単純に」

 

「補給隊は兵装を装備せず、補給資材の最大量を持ち出したと、聞いています、中央突破中の北上達に、是が非でも、この資材を届けなければ、ならない、今回は練度よりも数の問題です」

 

鳳翔の質問には五十鈴、隼鷹、祥鳳とこの場にいる三隻から回答が出された

 

「まあ、そういう事になるわね、鳳翔の練度なら、工廠防衛を任せられるでしょ、誰の判断でも、不思議でもなんでもない」

 

五十鈴はこの戦力配置に問題無しとの考えを、重ねて示した

 

「……そういう事に、しておきます」

 

「変に勘繰る事も無い、鳳翔を出撃させずに防衛を任せる事には、司令官も高雄から助言を受けていたそうよ、あの司令官、空母種の艦娘の運用はした事ないって言ってたし」

 

「……確か、ソレで五十鈴が空母艦娘の指揮を執ってるんだったっけ?」

 

不満では無いのだろうが、一言付け加えたい様子の鳳翔に五十鈴が説明を重ねた所、隼鷹から質問が来た

 

「そういう事」

 

それには簡単に答え、警戒態勢から戦闘態勢へ移る様に指示した

 

 

 

鎮守府-近海(支援砲撃位置)

鎮守府所属艦:長門/夕張/睦月型五/時雨/皐月

 

 

「提督から了承の返答があった、十分後に二隻の軽空母から艦載機が全力出撃する、時雨、皐月、両名は補給隊の護衛に付き、可能な限り被害を抑えよ、補給隊は護衛を当てにして、全速にて筑摩艦隊と合流を目指す事、詳細は筑摩等と合流し、良く検討して実行に移す事、何か質問は?」

 

「十分後じゃ、良く検討してる間に艦載機が開けた航路をあの数で埋め戻されちゃうよ」

 

行動内容を説明した所、真っ先に駆逐艦から異論が飛んで来てしまった、しかも反論出来ない類のモノだ

 

「……成る程、それはそうだな、出撃時間を変更出来ないか、問い合わせる」

 

増派される艦隊なら戦闘海域に着くまでに時間がかかる、今回の来援は空母艦載機、移動速度が違った

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:事務艦

大本営所属艦:高雄

 

 

長門からの再度の要請を受け、困惑中の司令官

 

「出撃を遅らせろ?どういう事だ?」

 

「艦載機の移動速度と艦娘の全速では、かなりの速度差が生じます、補給隊の航路を確保する事が目的なのですから、補給隊の行動と連携させる必要があります」

 

「……そんなに、差が生じる?いや、確かに飛行機の方が速い、それは知ってる、でも、そこまで言う程?」

 

「司令官、申し上げ難いのですが、空母艦娘の扱う艦載機は、戦艦や巡洋艦の扱う観測用の複葉機とは異なる航空機だと、お考えください、飛行速度だけを見ても複葉の観測機は百から二百、単葉の艦載機は、三百から四百になります」

 

「……そうなの?全然違うじゃんか、五十鈴からは何も言ってこなかったぞ、こういう事態を避ける為に指揮を執って貰っているんだが!?」

 

「それは、後で幾らでも、今は延期乃至待機を下令してください、全力出撃が無駄、或は再攻撃が必要になってしまいます」

 

事務艦の助言に異論も反論も無い司令官は直ちに命令を発した

 

 

 

鎮守府-工廠

鎮守府所属艦:鳳翔/祥鳳/隼鷹

大本営所属艦:五十鈴

 

 

全力出撃準備中に突然の延期命令、今度は軽空母二隻が困惑中

 

「……出撃延期?どういう事だよ、補給が中止にでもなったのか?」

 

隼鷹の呟きに五十鈴が応じた

 

「どうやら、事務艦が艦載機運用について学習を怠らなかった様ね、司令官と違って……全く優秀と評価される訳だ、あの事務艦」

 

「……五十鈴?どういう事だよ、説明、はあるんだろうな」

 

五十鈴に不穏な気配を感じる隼鷹

 

「あの包囲網を崩すには艦載機による爆撃が有効、でも現状では数が足りない、それを補うには反復攻撃しかない、今回の全力出撃は補給隊の航路確保が目的、包囲網を崩す事は考慮されていない

折角全力出撃の許可が出たのだから、包囲網を分断するだけでなく、崩しに行来たかった、その為に反復攻撃が必要な戦況を作ろうとしたんだけど、事務艦に阻止されてしまった」

 

「……五十鈴さん?それは、鎮守府司令官の指示した作戦行動では、ありませんね、どういう事でしょうか?」

 

「越権行為じゃないですか、司令官の指示を無視して戦況を作ろうと、艦娘に戦闘命令なんて、どういうつもりですか?!」

 

五十鈴の説明に異論しかない様子の軽空母達

 

「どういうも何も、シロウト司令官に全権を持たせてたらいつまで経っても戦況は動かない、有効な手段が取れるのなら、ソレを実行するだけ、こんな所で沈みたくはないでしょう?」

 

そんな軽空母達にも全く動じることなく語る五十鈴

 

「……五十鈴さん、貴方は確かにこの鎮守府の所属艦では無い、ですが、空母艦娘の運用経験の無い司令官に請われ、その指揮を任された筈、その信頼を、利用した、そういう事、なのですか?」

 

鳳翔が確かめる様に、ゆっくりとした口調で問う

 

「私の姉妹艦は合同作戦でこの鎮守府に資材を運んでくる他所の鎮守府の遠征隊の護衛に付いてる、包囲網が形成されてから、状況が、聞こえないの、包囲網に風穴を開けないと、通信出来ない、船での解析だと、あの包囲網が何らかの妨害をしている事が、確実、何とかしたいの、五十鈴は」

 

目論見が破綻したからか、五十鈴は動機を素直に話した

 

「……秋津洲の報告を聞いてないのかよ、船の方に籠り過ぎだろ、少しは周りを見渡す余裕を持ったら?」

 

尤もそれを聞いた隼鷹は呆れていた

 

「どういう、事?」

 

隼鷹の指摘に合点がいかない様子の五十鈴

 

「秋津洲の二式大艇が長良達の無線を拾ってる、それに龍田達が包囲網を抜けた、戦況は五十鈴が考えてる程、膠着してないぜ、再検討してみたら?」

 

「……無線を、拾ってる?無事なの?長良達は」

 

呆れられながらも説明される状況に驚きと、安堵を見せる五十鈴

 

「聞いた限りじゃ無事だってさ、龍田達と合流してるトコまでは秋津洲の報告にあったな」

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

大本営所属艦:足柄

 

 

執務室の扉が静かに少しだけ開けられた、そこから顔を覗かせる足利

 

「司令官?少し、良いかしら?」

 

司令官が声の方を見れば、なんでそんな所からそんな風に覗く様にしているのか、疑問しかない

 

「足柄?なに、その遠慮しぃなのは、もしかして、厄介事?」

 

「あー、そうね、そうなるわ」

 

足利の肯定に『マジですか、全力で遠慮したい』と危うく言いそうになった

 

「……聞かないって、のは無し?」

 

「あー、そうなると、鳳翔達からの報告で、初耳に、なるけど、それで良い?」

 

これは聞いておかないと手に負えなくなるヤツだ、遠慮している場合ではなくなってしまった

 

「鳳翔?工廠防衛の軽空母?取り敢えず、入って来い、そんな所からでは話辛い」

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

大本営所属艦:足柄/高雄

鎮守府所属艦:事務艦

 

 

足利は工廠での五十鈴と軽空母達の遣り取りを報告した

 

「ふーん、そんな事になってるのか、メンド臭い」

 

「司令官、長門から出撃要請が来ました、祥鳳、隼鷹、両名に全力出撃の指示を出します」

 

事務艦が良く働いてくれている

 

「補給隊の航路を確保する様に、再度確認の後、出撃させろ」

「了解です」

 

事務艦が執務室を出るのを見計らって高雄が口を開いた

 

「……司令官、五十鈴の行為は褒められる様な類の行為では無い、それは認めます、だからと言って私達移籍組と呼ばれている全員が、五十鈴と同様の行動に出る訳ではありません、判断をお間違えにならない様、申し上げます」

 

「……五十鈴からは、空母艦娘による攻撃を進言された、不採用を言い渡したのは、私だ、事情を説明してもらっても、不採用の判断を変える事は無い、五十鈴にもそこは汲み取れたのだろう、話すだけ無駄だと、見做されたんだな、だから、独自判断を下し、行動に出た

五十鈴の肩書きは大本営司令長官の秘書艦だ、いち鎮守府司令官ごときに、進言を退けられたのが、腹に据えかねた、或いは、姉妹艦を心配する余り、視野狭窄を起こした、どちらにせよ、私の問題ではないな」

 

「……それは、どういう?」

 

高雄にはこちらの意図を汲み切れなかった様だ

 

「五十鈴は大本営所属艦、私の指揮下では無い、そもそも私の指示を履行する道理は五十鈴には、無いという事だ」

 

「それは、私達、移籍組にも、適応されてしまいます、司令部要員として、司令官にその様に見做されるのは、心外です」

 

予想通りでは無くとも的外れにはなっていない事を言い出した高雄

 

「だから、メンド臭いと言ってるんだ、五十鈴一人の行動で、何故移籍組全体を見做す必要がある?別個体だろ、五十鈴に支配されてる訳じゃないだろう、同名艦ですら別個体なら、同一視は意味が無い、変な括りで艦娘を見做しても鎮守府司令官としては、何の利にもならない、下手したら不利、悪くしたら実害にすらなりかねない

その程度を弁えていないと、思われる側の事も考えてくれ、メンド臭いから」

 

「それは、確かに、面倒臭そうね、ソレに成るのは御免被りたいくらいには」

 

足利がこちらの言い分に同意を示した

 

「だろう?話のわかるヤツが居てくれて助かるよ」

 

「……助けてる、つもりはないんだけど」

 

「細かい事を気にするな、私は助かっているんだ、それで良いじゃないか」

 

「悪い、よりはマシって事にしておくわ」

 

少しの間が空いた、その間を引き取ったのは高雄だ

 

「……五十鈴の処置は、どうなりますか?」

 

「話のわからないヤツが居ると、こうなる、足柄、意見を言ってくれ」

 

「放っておきましょう、というか、鎮守府司令官には、大本営所属の司令長官秘書艦をどうにも出来ない、そんな権限はないし、下手を打てば、鎮守府司令官自身が越権行為で罷免されかねない」

 

「……しかし、このままという訳には」

 

足利の意見に反対ではないが、十分ではないと言いた気な表情を見せる高雄

 

「その通り、コレは、大本営所属艦でケリを着けなきゃならない案件、五十鈴が約束したって聞いてる、この状況で面従腹背は有り得ない、もしもの場合でも、司令官と鎮守府所属艦の手は煩わせない、と」

 

十分ではない、その点には足利も異論は無い模様

 

「一応、確認しておくが、今ウチの鎮守府にいる大本営所属艦は移籍組とその代表の五十鈴、一号の初期艦四人、一組の初期艦二人だ、三組の初期艦は辞令を持って来たから、所属は鎮守府に移ってる」

 

 

 

鎮守府-近海(雷撃位置=支援砲撃位置~防衛線の中間)

鎮守府所属艦:筑摩艦隊_分艦隊_筑摩/加古

鎮守府所属艦:夕張/睦月型五/時雨/皐月

 

 

「補給が来たー!」

 

夕張を旗艦とする補給隊が加古、筑摩と合流した

 

「……加古?はしゃぎ過ぎ、補給隊の本命は北上達への補給、今上空を艦載機が通り過ぎた、もうすぐ爆撃による航路確保が始まる、私達は長門の支援砲撃の座標指示と、爆撃によって出来た航路を自身の砲撃によって確保しなければならない、難題よ?コレ」

 

全身で喜んでいる加古に状況の厳しさを再確認する筑摩

 

「筑摩は難しく考え過ぎ、要は、北上達の航跡を辿れば良いだけだ、カンタンだろ?」

 

しかし加古は気にしていない、筑摩の状況説明を理解していない

 

「……言うのはね、簡単だ、でも、そこに突入するとなると、話は難しくなる」

 

加古の補給に手を貸しながら時雨が補足する

 

「なんだよ、時雨の言い様じゃまるで難題って言ってる筑摩が突入するみたいじゃないか……えっ?!ウソ、だろ?」

 

漸く状況に理解が及んだ加古が信じられない、冗談だよな、とばかりに筑摩を見る

 

「幾ら何でも、護衛が駆逐艦二隻だけなんて、あの数に突入するのですよ?有り得ないと思いませんか?」

 

砲撃の手を休めずに問う筑摩、加古の補給が終わったら筑摩補給作業が始まる

 

「……思う、思うけど!筑摩が突入したら、ここからの支援砲撃はどうするんだよ」

 

「頑張ってくださいね!」

 

加古にとてもイイ笑顔を見せる筑摩

 

「……ウソ、だといって……」

 

補給は丁度終わった所だが、それを素直に喜べない加古だった

 

 

 

鎮守府-近海(雷撃位置=支援砲撃位置~防衛線の中間)

鎮守府所属艦:加古/夕張

 

 

筑摩への補給を終え、補給隊と皐月、時雨、筑摩が包囲網に、艦載機が開いた航路へ突入して行った

 

行ったのだが、突入するに当たって再編を如何する、とか、司令官への許可は、とか、少しの混乱があった

 

そんな中で、その混乱の割りを一人で喰わされた軽巡がいた

 

「……なんで、旗艦の私が、置いてけ堀、食らわされるの?補給隊旗艦は私なのにー!!」

 

「そう言うなよ、夕張が置いていかれたお陰で、こっちは助かった」

 

因みに補給隊の駆逐艦達は補給資材残量の再配分を行い、空になった資材搬送用機材を夕張に押し付ける事を忘れなかった

 

 

 

鎮守府-近海(雷撃位置~包囲網への途上)

鎮守府所属艦:筑摩/睦月型五/時雨/皐月

 

 

「ちょっと、可哀想、だったかな、夕張」

 

旗艦を置いて来た事を少しだけ気にしている駆逐艦

 

「仕方ないよ、旗艦といっても僕達と艦隊行動した事ないんだもの、この数を相手にするんだ、よく知らない艦娘は、居られても、困るし」

 

気にしないキニシナイ、とばかりに楽し気に話す皐月

 

「そう言う話は、帰ってからにしましょう、艦載機により航路は開きました、が、直ぐに埋め戻されるでしょう、その僅かな時間の中で、北上達に追い付き、補給を実施、後に反転、帰投します、但しコレは基本プランで、状況によっては変更もあり得ます、兎に角、今は、全速で行けるところまで、行きましょう」

 

筑摩から行動方針が示された

 

「みんなー、全速前進!正面は筑摩が持たせてくれるってさ!」

 

早速皐月の元気な声が響く

 

「おお、流石重巡、頼もしい」

 

応じた駆逐艦の声に不安を感じている様子は見えない

 

「駆逐艦の火力じゃ、正面を持たせるのは、無理過ぎる」

 

皐月と共に補給隊の護衛に付いている時雨は苦笑い

 

「だから、横に付いてるでしょー、牽制と陽動と釣り出しってね、三役兼ねてんだよー」

 

駆逐艦の火力の限界を言う時雨に駆逐艦の火力の使い様を言い返す皐月

 

「……ハイハイ」

 

そんな二人の会話を補給隊の駆逐艦達はいつも通り過ぎて聞き飽きていた

 

 

 

鎮守府-近海(包囲網中央突破中)

鎮守府所属艦:筑摩艦隊_分艦隊_北上/木曾/神通

 

 

何時迄も抜けられない包囲網、しかし突破しない事には話が繋がらない

 

「あー、木曾っち?」

 

そんな中突然に北上から拍子抜けする程フラットな声が掛かった木曾

 

「何だ!今忙しいんだ!!」

 

「場所変わろうか」

 

「?なに?」

 

「木曾!来てますよ!砲撃を!!」

 

北上が何を言ったのか理解が届かず、聞き返していた所、神通から注意が飛んできた

 

「あー!いつまで出て来やがるんだ!!っと?!おい!いきなり後退して来るな!衝突するだろーが!」

 

「だから、場所変わろうって言ったじゃん」

 

「?なにを、言ってる??」

 

北上はホントになにをいってるんだ

 

「弾切れ、いくら北上さまでも、弾が切れたらどうしようもない」

 

「???、!!!!おい、残弾確認してなかったのかよ?!」

 

一瞬だけ考え込んだ、直ぐに理解が追い付き思わず大声を出してしまった

 

「うっさい!切れたモンは切れたんだ!!しょうがないだろ?!」

 

北上も負けずに大声で返してきた

 

「逆ギレかよ、子供か?」

 

北上に大声を聞かされ少しだけ取り戻せた冷静さで普通に返す木曾

 

「木曾っちが、イジメる」

 

イジメる?ってホントに北上はなにをいってるんだ?

 

「お二方!姉妹漫才は鎮守府に帰ってからにして!深海棲艦の大群を分断中なんですよ?!」

 

周囲を深海棲艦の大群に囲まれている事をスッカリ忘れ果てた様子の二人に神通が痺れを切らした

 

「……だからなにさ、弾切れの北上さまは、もう木曾っちの背中に隠れるしか、残された道はないんだ、ああ、姉を背中に庇い一人奮戦する末っ子、木曾っち!カッコイイ~」

 

「……随分な、余裕が、感じられるんだが?そんなクサイ芝居何処で覚えたんだ?」

 

戦場真っ只中、周囲には味方より敵が多数の中で、砲弾の雨まで降っているというのに、木曾は北上の相手をしていた

 

「そういう木曾も、随分余裕そうですね!まだ漫才を続けられるとは!!」

 

一方で神通が痺れを切らすだけで無く、堪忍袋の尾が切れかかっていた

 

 

 

鎮守府-近海(包囲網突入~分艦隊後方位置)

鎮守府所属艦:筑摩/睦月型五/時雨/皐月

 

 

先頭を行く筑摩とその両翼に位置している皐月と時雨、当座の目標である北上達を視界捉えた

 

「……えーと、なにアレ」

 

いつにない光景にどうしようかと反応に困る皐月

 

「見なかった、事にしない?」

 

ある意味現実逃避を提案してきた時雨

 

「三人とも元気一杯で良い事ですね」

 

軽巡三隻が元気に走り回っているのを微笑ましく見ている筑摩

 

 

 

鎮守府-近海(包囲網突入中〜分艦隊と合流)

鎮守府所属艦:筑摩/睦月型五/時雨/皐月

鎮守府所属艦:筑摩艦隊_分艦隊_北上/木曾/神通

 

 

神通が漫才と評した状況は想定外の方向から聞こえた砲撃音により強制終了した

 

「!なんだ?!」

 

「背後からの砲撃!回り込まれた?!」

 

その方向を見たとき、木曾は見慣れた駆逐艦達を見た

 

「軽巡のみなさーん!補給隊を連れて来たよー」

 

皐月の元気な声が響く

 

「……えーと、補給?補給だって!?早く寄越せ!!!」

 

北上が過剰に反応している

 

「落ち着きなさい、こんな状況での補給はしっかりと防御策を整えてから、実施するものです、先ず私が先頭に位置し進撃速度を維持、それから……」

 

筑摩が行動方針を説明しようとするが、横槍が入った、神通だ

 

「そんな間怠っこしい事をしている余裕はありません、時雨!皐月!補給は受けましたか?」

 

「モチロン」

「終えてるよ」

 

「では、私の左右に付きなさい、今から北上と木曾が補給の為、戦列から離れます、私達で持たせますよ、良いですね!」

 

「「了解!!」」

 

「筑摩は補給隊の護衛を!補給を受けられなければ、こっちが詰みです!」

 

神通は駆逐艦二隻を従え先頭に立った

 

「……えーと、もしかして、あの神通って軽巡、カナリヤバイ?」

 

それを見ながら木曾に聞く北上

 

「今更かよ、神通に先導を任せたら、こっちが死ぬ目を見る、最後に控えてろってのは、そういう意味、だ」

 

「……ふーん、最後に控えさせる程か、あの神通ってのは」

 

 

 

 





場所-殆ど鎮守府の何処か、断りの無い鎮守府表記の場合は佐伯司令官の鎮守府
所属:登場人物/登場艦娘 等

~近距離無線~は通話、交信 等

上記の書き方が基本となっています、同じ所属が複数行になっている場合は行動単位




大本営所属初期艦〔一号(漣.電.吹雪.五月雨)、一組(漣.電)、二組(吹雪.叢雲.漣.電.五月雨)〕

移籍組〔修復待ちの高練度艦娘、以前の大規模海戦の帰還艦娘、現在の代表は五十鈴〕



鎮守府所属初期艦〔鎮守府配置の初期艦(叢雲)、三組(吹雪.叢雲.漣.電.五月雨)〕

工廠組〔明石、夕張、北上、秋津洲〕

護衛隊〔以前の大規模海戦の帰還艦娘、移籍組が回収されての帰還に対し自力で帰還している〕





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79 言いたい事がある様だ

御注意

・大幅に書き方が変わっています
・苦行用です
・長いです
・方言擬き注意

ご承知頂きたく存じます



 

 

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

大本営所属艦:妙高

 

 

司令部要員の一人、妙高が執務室に来た、なにやら言いたい事がある様だ、ヤケに真剣な面持ちだ

 

「司令官、この度の不手際、大変申し訳ありません」

 

「……いきなり、なに?」

 

何を言い出すのかと警戒していたら、頭を下げ始め、こちらとしては困惑している

 

「足柄から聞きました、五十鈴に情報伝達が為されず、不要かつ有害な行動が、実行寸前まで成されてしまった、と、申し訳ありません」

 

「……それ、終わった話、蒸し返したいワケでは無いのだろう?」

 

ソレですか、こちらとしてはあの時の話で終わっている、続きがあるにしても大本営所属艦達でケリを着ける話だ

 

「しかし……」

 

納得し辛い、自己解決ではなく、司令官からの解決を示されないと困る、そんな感じの妙高

 

「司令部構築は五十鈴が強行した、その司令部要員によって第一報が私に届いた、司令部を構築した目的は果たしていると、判断してる

後の話は、足柄から聞いているだろう、どうしても、と云うのなら一連の顛末を纏めてレポートでも出しとけ、提出先は私じゃ無いぞ、事務艦だ」

 

「……それは、そういうコト、ですね、わかりました」

 

どう解釈したのかはこの際問題ではない、妙高の中であの話のケリが着き、今後に影響させない様に納得させる事が必要だ

 

 

 

鎮守府-工廠(第二工廠)

鎮守府所属艦:三組の初期艦

 

 

五月雨の提案に基づき工廠に来た初期艦達

 

「んー?なんだろう?」

 

工廠に来るなり叢雲が周囲を気にし始めた

 

「どした?ムラムラ?」

 

工廠に来るなり見えない何かを見つけようとしている様な叢雲に漣が聞いている

 

「……なんか、この工廠、変な感じ、しない?」

 

「特には、どんな感じです?」

 

周囲を見回している叢雲に五月雨も質問する

 

「……なんていうか、入渠してないのに、入渠してる様な、感じ?」

 

「なにそれ?」

 

「何処か損傷しているのですか?」

 

叢雲の回答に吹雪と電も不思議そうにしている

 

「損傷も無いのに、入渠してる様な感じが、するの、何かを誤認?錯覚?してるのかな?」

 

叢雲自身事態を説明出来ずにいる様だ

 

 

 

鎮守府-工廠(第三工廠)

鎮守府所属艦:大和

大本営所属艦:愛宕

 

 

補給隊が出発して行き、一時の静寂を迎えている工廠

 

「司令官への報告は、どうしましょう?」

 

中間報告のままという訳にはいかない、かといって結論が出たわけでもない

 

「時間制限を過ぎてしまいました、最終報告無しでも問題無い、とは思いますが、形式だけでも報告書は提出した方が、後腐れは無いですね」

 

大和は時間切れを理由に、書式を整えて終わりとするらしい

 

「……後腐れ……」

 

事務仕事は不慣れな愛宕、大和は大本営所属時にそれらを散々こなして来ている

言いたい事が無いではないが、ソレを言っても結論が得られる目処も立たない事から大和に反論も出来なかった

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:事務艦

 

 

各方面との調整をしていた事務艦が執務室に戻って来た

 

「筑摩よりメッセージです、筑摩艦隊と補給隊は加古と夕張を残留させ、包囲網突破に向け、行動を開始する、以上です」

 

「なんだ?補給隊を引き連れたままで包囲網突破?そこまで、緩いのか?あの包囲網は」

 

想定を修正する必要があるのか、ないのか、判断に迷った

 

「一方的なメッセージで伝えて来ているので、そこまで緩くは無いかと思われます、当初予測よりは、緩いと、考えられるかも知れません、それと旗艦に指名した夕張が残留した様ですが」

 

「長月達が皐月と合流したんだ、そうなる、其処に旗艦権限で割り込まず、艦隊の行動目的を優先させた事を、評価しよう」

 

事務艦の意見を入れて修正は無しにして、指摘して来た案件に答えるに留めた

 

 

 

鎮守府-近海(分艦隊と合流、中央突破中)

鎮守府所属艦:筑摩/睦月型五(補給隊)/時雨/皐月

鎮守府所属艦:筑摩艦隊_分艦隊_北上/木曾/神通

~神通/時雨/皐月で戦線構築、筑摩/補給隊が北上/木曾に補給中~

 

 

「あの司令官は何か言って来たかー」

 

補給作業中の北上が周辺対応中の筑摩にいつもの調子で聞いている

 

「メッセージに一々反応はありませんよ、その為のメッセージなのですから」

 

ソレを聞いていた補給隊の駆逐艦から感想が出て来た

 

「司令官なら、多分呆れてるだろうね」

 

「非武装の補給隊が包囲網の中央突破に随伴だからね、下手すると後で怒られる、かな?」

 

「ここから反転して鎮守府に戻るより、北上達と包囲網を突破した方が確実だって、ちゃんと話せば、怒られないと思う」

 

「……もう、来た道が、埋め戻された、からね」

 

「そうそう、これは仕方なく、そうせざるを得なかった、そういう随伴だ、怒られる訳が無い」

 

皐月が補給隊の心配を一蹴していた

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:事務艦

大本営所属艦:妙高

 

 

妙高が報告の為に執務室に来ている

 

「司令官、工廠防衛に就いている空母達が、補給隊の航路が埋め戻されたと、言っています、再度の爆撃により、航路を開く必要があるのでは?」

 

情報伝達に積極的な姿勢を見せるのは良いが、積極的過ぎないかと心配もしてしまう

 

「……事務艦、説明を、空母達にも伝える様に」

 

「はい、わかりました」

 

兎も角、司令部要員には好きに動いてもらう他ない、司令部要員にまで一々指示を出したのでは司令部を立ち上げた意味が無い

 

 

 

鎮守府-工廠

鎮守府所属艦:鳳翔/祥鳳/隼鷹

大本営所属艦:妙高

 

 

妙高からの話を聞き、ガッカリ気味の隼鷹

 

「再攻撃の必要無し、か」

 

「鳳翔さんの言う通り、でしたね」

 

「事務艦の説明では、筑摩艦隊旗艦の筑摩より、メッセージが届いているそうです、北上達と包囲網を突破する、と」

 

「……筑摩は補給隊に付いたのか、すると、コッチ側から支援砲撃してるのは、長門と加古?二隻だけ?」

 

「砲火力としては兎も角、夕張が加古を支援している様ですね」

 

妙高が隼鷹の話を補完している

 

「夕張?あいつ補給隊の旗艦じゃなかったか?」

 

「夕張が旗艦になったのは補給隊から皐月が抜けていた為だそうです、その皐月と合流したから、役割を終えたモノと判断したのでは無いか、と事務艦は推定していました」

 

「どっちにしても北上達の旗艦は筑摩だし、その旗艦判断があったんだろうさ、移籍組からの新参軽巡夕張と第一艦隊に配属されてる重巡筑摩、まあ、なる様になったって所だな」

 

納得している様子を見せる隼鷹

 

「秋津洲さんは、新しい報告を何かしていませんか?彼女の二式大艇が戦況を一番把握していると思うのですが」

 

鳳翔からの質問だ

 

「そっちはなにも、そもそも当の秋津洲が見つからない、どこに行ってしまったのか」

 

「何処って、鎮守府のどっかにいるだろうよ、見つからないって、探してるのか?」

 

少し驚いている鳳翔に代わって隼鷹が応じている

 

「報告する様な事象があるのなら、伝達しようと、思いまして」

 

「……ナルホド、そりゃ見つからないわ」

 

「?どう言う事ですか?」

 

隼鷹の言い分が分からない妙高

 

「哨戒任務なんて九分九厘何にも無いんだ、其処になにか見つかったか?なんて頻繁に来られたら、私でも隠れ場所を探すね」

「……」

 

「司令官はそれを知っているのでしょう、秋津洲さんに報告させて、いますから」

「……」

 

隼鷹の言い分に同意している鳳翔、先程の質問も新しい報告の有無であって秋津洲の所在は聞いていない

 

「もし、秋津洲をみつけたら、工廠に、私達の処に来る様に言ってください、一人で哨戒任務なんて、退屈でしょうから」

 

祥鳳は妙高に秋津洲を探す口実を提案していた

 

 

 

鎮守府-工廠

鎮守府所属艦:鳳翔/祥鳳/隼鷹

 

 

情報伝達を終えた妙高が工廠を後にしていた

 

「妙高のヤツ、どうしたんだ?なんか思い詰めてなかったか?」

 

「……先の五十鈴さんの件を気にされているのでしょう、それに秋津洲さんへの対応も、気が急がなければ、良いのですが」

 

「……那智の話か?工廠組に大分凹まされた見たいだしな」

 

工廠に陣取って警戒態勢を取っている軽空母達、那智と明石のやり取りは聞かされなくても知っている

 

「工廠の運営なんて、移籍組、最初の鎮守府所属艦に分かる訳ないのに、無理に仕切ろうとして明石に、言外だけど明から様に、邪魔扱いされて、殆ど工廠への出入り禁止を言い渡されてた、自業自得と言えば、そうかも知れないけど、気合い入り過ぎでしたね、アレは」

 

「世の中気合いだけじゃどうにもならないからねぇ、那智はなんだって工廠組を仕切ろうとしたんだ?確かスケジュール管理だろ、担当として割り振られたのは」

 

「それで工廠組を仕切ろうと考えてしまう辺りからして、工廠の運営が分かってないんですよ、工廠なんて利用した事自体が殆ど無い訳ですし」

 

「……利用する前に、あの海戦だったからな」

 

祥鳳の主張に隼鷹が嫌な事を思い出していた

 

 

 

外洋-包囲網の外側

鎮守府所属艦:龍田艦隊_龍田/初春/子日/若葉/初霜

鎮守府所属艦:長良/名取

鎮守府所属艦:叢雲(初期艦)

 

 

「んー、何にも見つからないし、何にも見つけてもらえない、どうしましょうか?」

 

龍田は長良の再突入案を拒否したものの、事態は動きそうな気配がない

 

「なんにも喰いついて来ないって事は、獲物のお気に召さなかったんだね、良かったね、叢雲はエサじゃないって獲物の方も分かってるんだよ」

 

「……それ、褒めてるの?貶してるの?」

 

「励ましてるんですよ、子日の励ましは、慣れが必要なんです」

 

「……」

 

初霜の解説にどう返して良いか分からない叢雲(初期艦)

 

「此処で無為に過ごしてもしょうがない、包囲網に突入して風穴を開けない?少なくとも鎮守府と直接話せる様にはなる、二式大艇のメッセージを待ってばかりもいられないでしょう?」

 

再提案して来る長良

 

「それは、そうなんだけど、司令官の行動指示は無視出来ない、私達が包囲網に再突入するプランは鎮守府には無い、却って混乱させてしまうかも知れない」

 

再突入案は出来れば避けたい龍田

 

「鎮守府所属艦はギリギリの所で、防衛線を死守してる、混乱要因に成る可能性があるくらいなら、避ける方が良いだろう」

 

若葉が龍田の考えに賛成を示す

 

「それで、その防衛線は、何時迄、持つの?」

 

再突入案をどうにかして実行したい長良、暗に防衛線が長くは持たない事を示唆している

 

「長門が力尽きるか、鎮守府の備蓄資材が枯渇するか、何方かの条件が満たされる迄だ」

 

そんな長良に若葉が誤魔化す事なくキッパリと言い切って見せた

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:事務艦

 

 

各所の報告の序での様にサラッと聞かれたから、危うく流す所だった話を辛うじて留めた

 

「なに?」

 

「工廠から問い合わせです、誰の修復を許可したのか、と」

 

聞き直された事務艦が再度サラッと言う

 

「許可していない、修復が実行されているのか?」

 

「明石からの問い合わせでは、第二工廠の入渠場が使用されていると」

 

工廠組が知らない修復なら司令官が許可した場合を除き工廠に着いている妖精さんは実行しない、理屈ではそうなっているが何事にも例外やら誤りは付き物、人の理解する物理法則すら無視するナマモノは理屈通りに事を運ぶ場合もあるが、そうではない場合も多々ある

生時理屈を知っていた事務艦は事の重大さを測り間違えていた

 

 

 

鎮守府-工廠

鎮守府所属艦:三組の初期艦五

 

 

工廠に張り付いていた三組の初期艦達、但し張り付いていたのは入渠場ではなかった

 

「入渠場?建造場じゃなくて?」

 

「明石が見つけた、さっきの資材調査から帰って来たら入渠場が使用中になってたって、司令官に問い合わせたら、許可してないってさ」

 

「現場を押さえましょう」

 

 

 

鎮守府-工廠(第二工廠)

大本営所属艦:一号の初期艦四

鎮守府所属艦:三組の初期艦五

鎮守府所属艦:明石

 

 

問題の入渠場には初期艦達と明石が集まっていた

 

「集まったねーこんなに居てもしょうがないんだけど」

 

「そう思うのなら、漣が行動で示したら?」

 

「どうしたの?ムラムラ、なんか機嫌がとっても悪い様だけど?」

 

「ブッキーの嬉しそうな顔を見たからよ」

 

「……あらま、とっても斜めなご機嫌だよ」

 

顔を合わせるなり一号の漣の軽口に突っ込みを入れる三組の叢雲、いつも通りの光景を柔かに見ながら一号の吹雪も軽口に参加していた

 

「明石は、この修復を知らないんですよね」

 

そんな中で三組の五月雨が明石に聞いている

 

「知らないから、司令官に問い合わせた、そうしたら許可してないと、じゃあ、コレは誰が?って話よ、夕張、北上は出撃中、秋津洲は哨戒任務中、私はさっきまで大和と愛宕に捕まってた

工廠組が設定されてからこの四名が設備使用許諾を持つ様になった、それ以外の艦娘が工廠の設備を使おうとすると、司令官の許可を取って来たのかって妖精さんの機嫌を物凄く損ねる様になってる、そんな雰囲気はなかったから、司令官の許可があった筈、なんだけどなぁ」

 

事態を説明出来ずに困っている明石

 

「ちょっと聞いてみようか、当の妖精さんに」

 

三組の漣から提案があった

 

「あっ、初期艦がいると、そういう手があるのか、覚えとこ」

 

それは気が付かなかったとばかりに感心している明石

 

 

 

鎮守府-工廠(第二工廠)

大本営所属艦:一号の初期艦四

 

 

三組の漣の提案は一号の初期艦達に依って実行されていた

三組の初期艦達と明石は一号の初期艦達を見守っている

 

「おい、答えられないとは、どういう事だ、イテコマスゾワレ」

 

そんな中で妖精さんと話していた一号の漣が、聞き慣れない声色を発した

 

「漣、妖精さん相手に凄んでも意味無いです、妖精さんが初期艦の質問に答えない場合、考えられるのは、司令官の指示、妖精さんの都合、相応の立場の艦娘からの依頼、大体この辺りに集約出来ます

今回の場合は司令官の指示では無い、相応の立場の艦娘からの依頼というのも無いでしょう、殆ど出撃中ですし、残るのは、妖精さんの都合です、さて、その都合とは?」

 

一号の五月雨が一号の漣を宥めながら、状況を噛み砕いて説明している

 

「なんだろう?思いつかないけど」

 

一号の五月雨の説明に一号の吹雪が応じている

 

「ん?妖精さん?ソレ、なんですか?」

 

説明を聞きながら周囲の妖精さんを観察していた一号の電がチョット変わった、何かを持っている妖精さんを見つけた

声を掛けられた妖精さんはとても分かり易くダッシュ、少し離れた所に集団で初期艦達を観察している妖精さんに紛れようとしているのが見て取れた

 

「あっ逃げた!」

 

見守っていた三組の吹雪が思わずだろうが、声を上げた

 

「ちょっと待てーい、そこの妖精!!」

 

その声に真っ先に反応して行動に出たのは三組の漣だった

 

 

 

鎮守府-工廠(第二工廠)

大本営所属艦:一号の初期艦四

鎮守府所属艦:三組の初期艦五

鎮守府所属艦:明石

鎮守府:叢雲(旧名)

 

 

無断修復の話を聞きつけて叢雲(旧名)も工廠に来た、そこで見た光景、そしてその状況が落ち着いてからの感想が次の通り

 

「……元気ね、あんた達」

 

「ハァ、ハァ、見物してた、だけの、叢雲に、云われたく、無い」

 

一号の漣が息を切らせながらも文句を言って来た

 

「しょうがないでしょう?人の身であの鬼ごっこに加われって?無茶が過ぎるわ」

 

「……初期艦九隻が妖精さんと工廠で鬼ごっこ、私は今、何を見ていたんだろうか?」

 

明石は見ていた光景に現実感が持てず、仕切りに頭を振り、目を擦っていた

 

「その持ってるソレは、なに?」

 

'……''……'

 

「此の期に及んで、ダンマリ?初期艦だとわかって、黙秘!?」

 

一号の漣が息を整えたばかりなのにまた声を荒げている

 

「……気を付けなさい、只の妖精じゃない、私に喰っ付いて来た、あの時の妖精みたいだから」

 

漣の手の中にいる妖精、それに覚えのある叢雲(旧名)は注意を促した

 

「……なんの、話?それは」

 

手の中にいる妖精と叢雲(旧名)を見比べる様にしている初期艦達

 

「長くて詰まらない話、いつか、死ぬ程暇が出来たら、話してあげる」

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:事務艦

 

 

明石を経由して叢雲(旧名)から大凡の状況が説明された

但しこの説明は推定だ、丸呑みには出来ないが、状況の整合を図る助けにはなる

 

「……今更そんな状況が?アイツラの考えは分からんな」

 

「対処は、如何致しますか?」

 

「流石に事務艦からの通達ですませる訳には行かない、私が直接話をしてみるよ」

 

差し当たっての問題解決に行動しなければならなくなった

 

 

 

鎮守府-工廠

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:鳳翔/祥鳳/隼鷹

 

 

工廠に出向くと隼鷹が景気良く言って来た

 

「よう!司令官じゃねーか、こんな所に陣中見舞いかい?」

 

「残念だが、違う、突然で悪いが、空母三隻は直ちに艦載機を収容して欲しい」

 

「……どういう、事でしょう?」

 

鳳翔が説明を求めて来た

 

「先ずは、艦載機を収容して欲しい、その後、艤装を収納してもらう、説明はそれからする、事になる」

 

「……それは、命令、ですか?」

 

「そうだ、命令だ」

 

 

〜艦載機収容、艤装収納中〜

 

 

「……命令通り、収納したぜ、で、説明は?」

 

唐突な理由の分からない命令、これまでの状況と矛盾する命令、軽空母達は取り敢えずはそれに従った

しかし、不満を隠す様な事はしなかった

 

「工廠の防衛は?代わりの者が来ている様子も無いですが」

 

隼鷹に続き祥鳳も疑問を口にしている、間を置けばもう一人からも何か言ってくるのは確実だ、そこまで後手に回るワケには行かない

 

「緊急を要する為、代わりの手配はしていない、する余裕が無かった、先ず、今回の措置の原因は私のミスにある、空母艦娘等に何か要因がある訳ではない、そこは踏まえてもらいたい、済まなかった、この通り詫びる」

 

いきなり頭を下げる司令官に戸惑う軽空母達

 

「……いや、そうじゃなくてな、こっちは説明を聞きたいんだ、防衛任務からいきなり艤装を収納しろって、話が繋がらないにも程があるだろ」

 

戸惑いながらも隼鷹が話を繋いだ

 

「緊急を要する、とのお話でした、そのお話しを聞かせてください」

 

鳳翔は説明を求めて来た

 

 

〜説明中〜

 

 

「深海棲艦の妖精?」

 

「なんだってそんなのが居るんだよ、この鎮守府には?!」

 

「知らなかったんだ、ソレを知ったのも最近でね、知った時には時間が経ち過ぎていて最早選別も隔離も不可能な状況になっていた」

 

祥鳳と隼鷹から疑問が来た、それに応じている

 

「妖精さんの選別、いくら司令官であっても、それは無理というもの、初期艦でさえ無理だと考えられます、それで?深海棲艦の妖精が居る事と、私達への対応はどの様に繋がるのですか?」

 

鳳翔が一定の理解を示しつつ、質問を重ねて来た

 

「ソレが居たのが第二工廠、君等が修復を受けた入渠場があるのは?」

 

「……第二工廠です、あの修復に深海棲艦の妖精が関わっていた、と?」

 

考えながら、慎重に聞いて来る鳳翔

 

「関わっていた事自体は問題では無い、そこが問題なら、ウチの艦娘全てが問題だ、ウチの鎮守府には工廠が三つあり、第一工廠は元からある工廠でここは元々ウチに居る妖精さんの住処だ、第三工廠は大本営から移って来た妖精さんの住処になっている

第二工廠はと、言うとだな、第一と第三工廠からの出向妖精さんの仮住まいで他所の鎮守府から天龍達大本営の遠征隊が回収して来た妖精さんの住処になっていて、妖精さんの自治が甘いんだ、どうやらその甘さに付け込まれてしまった、らしい」

 

状況は推定部分が多く確定出来ていない、説明も歯切れの悪いモノになってしまった

 

「付け込まれた、結果として、入渠場が何者かに勝手に使われている、そういう事ですか?」

 

取り繕う余地が無さ過ぎて反論は諦めている

 

「面目無い、明石の報告では、私が指示した資材量調査の影響で工廠を留守にしている間に、入渠場を使われてしまったと言っている、現在明石に第二工廠を完全封鎖する様に依頼している、この実施には三組の初期艦等に当たってもらう事になる」

 

「明石の手を空けて、私達の解体、ですか?」

 

祥鳳が探る様に聞いて来る

 

「それはない、明石には、作業を初期艦等に引き継いだ後に、空母艦娘三隻の解析をしてもらう事になってる、修復時に、何処に何のトラップ紛いな仕掛けを仕込まれたか、或は、ただ修復を実行しただけなのか、現時点では判別出来ない、明石の解析結果を待つ事になる」

 

「……それで、艤装を収納させたんですか、仕込まれたかも知れないトラップの発動を回避する為に」

 

こちらも考えながら状況の理解を進めている様子の祥鳳

 

「基本的に艤装を展開しなければ艤装に仕込まれたトラップであっても発動しない筈だ、ここまで艤装を展開していて何等のトラップも発動していないのだから、トリガーとなる条件は展開以外のなにか、だろう」

 

「……艤装に仕込まれたトラップなら、そうかも知れません、艤装では無い箇所に仕掛けられていたら、どうなのですか?」

 

鳳翔が質問を重ねて来た

 

「それを、明石が解析する事になっている」

 

 

 

鎮守府-工廠(第二工廠)

鎮守府:司令官

大本営所属艦:一号の初期艦四

鎮守府所属艦:三組の初期艦五

鎮守府所属艦:明石

鎮守府:叢雲(旧名)

 

 

軽空母達への説明を終え、問題の妖精を捕まえている初期艦達の元に向かった司令官

 

「どうしたもんかね」

 

「取り敢えず、あいつにあげたら?」

 

何かを話していた様だが、こちらを見つけるなり元凶を押し付ける提案が出された模様

 

「なに?厄災のタネでも拾った?」

 

その提案を避ける訳にも行かない訳で、だからといって黙って提案を飲むのも癪な訳で、結果として軽口を挟んで気を紛らわせた

 

「良いカンね、その通りよ」

 

「はい、司令官、あげます、大切にしてね」

 

提案を素直に実行する一号の漣、ご丁寧に初期艦達の手から妖精を回収して態々こちらに持って来た

 

「……漣?ノリが良過ぎない?」

 

「火事と喧嘩は江戸の華って、言いますし?多少はね?」

 

「用法を、間違ってない?」

 

一号の漣と叢雲(旧名)のやりとりに気持ちばかりのツッコミを入れてから渡された妖精達を見る

 

「お前達、か、久しぶりだな、直接顔を会わせるのは、楽しくやってたか?」

 

見た目には大人しくしている妖精達、見かけた状況から初期艦達にオシオキでもされたのかと思ってしまった

 

 

 

鎮守府-工廠(第二工廠)

鎮守府:司令官

???:深海棲艦の妖精

 

 

そこから妖精達と話して見た所、大人しくしているのはオシオキされたからではなく、不本意な仕事をさせられて、その仕事が鎮守府に良くない事だと分かって落ち込んでいるからだと判明した

 

「と、言う事は、繋ぎが付いたのは最近なのか、それまでは音沙汰が無かったから楽しくやってたのに繋ぎが付いてしまって、楽しくやれなくなったと、楽しく無くても、命令は絶対、不履行は妖精の沽券に関わる重大事、やらないわけには、行かなかった、そういう事だな」

 

'妖精のチカラ''疑うモノ''居ない''ソレは'妖精が''絶対的に''履行する'

 

'不履行''繰り返す''妖精は放棄''される''我々は''不要となり''しなければならない'

 

「うーん、妖精の事情はわからんが、お前達に命令して来たのは、何処の誰なの?」

 

'何処の''誰でも''無い''妖精に命令出来る存在''ソレは限られる'

 

'お前もソレだ''存在の一つ''いくつかある''存在の一つだ'

 

「私が?なら、もしもだ、私が直接命令したなら、お前達は私の命令を履行するのか?」

 

'いくつかなら''そう出来る''沢山は''出来ない'

 

「それは、どうして?」

 

'お前は''存在の一つ''しかない''我々が''命令を''受けている''存在は''唯一の存在''定義が異なる'

 

「楽しくないのだろ、その唯一の存在とやらの命令を履行するのは、楽しくやれる方法は、無いのか?」

 

'………''……'

 

「あるのなら、取り敢えず言って見るのも手だぞ、まさかその唯一の存在とやらは方法を話す事まで禁止してるのか?」

 

'………''……'

 

質問を重ねて見たが、妖精達は困った様にお互いの顔を見合わせるばかりだった

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府:叢雲(旧名)

 

 

工廠にいても仕方ないから執務室に戻った

 

「うーん、どうしたもんかね」

 

問題は多いのに追加されてしまった

 

「……本気にしてるの?アレ」

 

執務室について来た叢雲(旧名)が妖精達の話を疑わしそうに聞いて来た

 

「楽しくやれてないって言ってるんだし、あの、言いたいのに言えないって、困った顔を見せられたらな、なんとかしてやれるのなら、なんとかしたい所ではある」

 

「……だからって、連れて、歩く事までしなくても、良いんじゃ無い?」

 

そう、漣から渡されそのまま司令官に着いている妖精達、別に離そうともしなかったが、妖精達から離れようとする様子も見られない

 

「興味あるし、何処の誰が、繋ぎを付けてどんな命令を出してるのか、おまえは、気にならないのか」

 

その何処の誰かは分からない相手、コレがあの包囲網を形成させている可能性がある、放置は出来ない

 

「気には、なる、けど、今はそれより優先しないと、いけない事が、あるんじゃ無いの?」

 

可能性は理解しても優先順位としては高くない、叢雲(旧名)はそう判断している様だ

 

 

 

鎮守府-執務室

大本営所属艦:高雄/愛宕

 

 

執務室に戻って来るなり叢雲(旧名)とよく分からない話をしている司令官

愛宕は工廠から戻って来た所で事情が分からず高雄に説明を求めた

 

「……何があったんですか?」

 

「提督が深海棲艦の妖精を第二工廠から引き上げて来た、捕まえたのは初期艦だって話だけど、提督が妖精と話して状況を確認してる、らしいの、私には聞こえないけど」

 

「深海棲艦の妖精って、なに?」

 

「文字通り、深海棲艦に着いている妖精、私達艦娘に妖精さんが着いている様に深海棲艦にも妖精が着いている、そうよ」

 

「……そうなの?」

 

「云われてみれば、思い当たる事も、ない訳ではない、今は提督の指示を待ちましょう」

 

「ねぇ、高雄?いつ司令官から提督に、呼び方、変えた?」

 

 

 

鎮守府-工廠(第二工廠)

鎮守府:司令官

大本営所属艦:一号の初期艦四

鎮守府所属艦:三組の初期艦五

鎮守府所属艦:明石

 

 

捕まえていた妖精達を着けたまま執務室に戻って行った司令官

それはそれで考え所だが、もっと驚く光景を見た一号の初期艦達は事態を素直には飲み込めていなかった

 

「提督って、あんなに普通に妖精と会話出来るんだ、ちょっとびっくり、なんですけど」

 

「……漣もそう思いました?五月雨も実際に見たのは初めてですが、桜智司令官からは片言での会話だと、聞かされていましたから、あそこまで話せるとは、予想外でした」

 

「……あそこまで、話せなければ、初期艦が眠り姫となった鎮守府の運営は出来ないのでは?電は不自然とは感じませんでした」

 

「不自然とは思わなかったけどさ、あれだけ話せるのなら、要らないよね、初期艦」

 

この一号の漣の感想を聞いた三組の漣が口出しして来た

 

「なーにを言ってるのかな、先任達は、妖精さんは大挙して工廠に居るんだよ?司令官一人で全部と話す前提なの?あり得ないでしょ、そんな事、どんだけ司令官に話させる気なのさ、一人で一日中一年かけて話した所で、工廠の妖精さん全部と話せないでしょう?

ましてこの鎮守府には工廠が三つもあるんだよ?少しは司令官の身になってやれってヤツですよ」

 

「いや、別に全部と話す必要はないと思うよ、私だって配置された鎮守府でそこまでしてなかったし」

 

一号の漣は三組の漣の言い分が大袈裟だと言いた気だ

 

「……漣が聞き込んだ限りでは、第一工廠全部と第三工廠の半分の妖精さんは、司令官と話してました、それに三つの工廠の何処で聞いても妖精さんは司令官を司令官としてちゃんと判ってた、叢雲ちゃんも着任早々気合い入ってたみたいだね、聞き分けの良くない妖精さんとはオハナシしてたって、妖精さんが話してくれた」

 

三組の漣は自由行動中という立場を無為に過ごしていたのではない様子

 

「……着任早々って、えっ?!だって、まだ指折り数えられるくらいの日数……」

 

一号の漣が驚いて日数を数え出した

 

「気合い入ってたんですよ、叢雲ちゃんは、やまちゃんと違って空回りもしなかった、まったく、佐伯司令官も良い初期艦を得たモノですよ」

 

三組の漣の感想には、若干の羨みが入っていた

 

 

 

鎮守府-近海(分艦隊と合流、中央突破中)

鎮守府所属艦:筑摩/睦月型五(補給隊)/時雨/皐月

鎮守府所属艦:筑摩艦隊_分艦隊_北上/木曾/神通

~神通/時雨/皐月で戦線構築、筑摩/補給隊が北上/木曾に補給中~

 

 

木曾の補給作業も終わりが見え、神通との交代後の行動を組み立てていく北上

 

「さてと、神通にも補給して貰わないとね、木曾っち、ツートップだ、補給隊の航路を確保しなきゃならない、二隻で航路を確保するには、並走して、航路を確保しないと、補給隊に単縦陣を強いる事になる」

 

「……軽巡に重雷装艦の火力と並べと?無茶が過ぎないか?」

 

北上の言い分は理解出来ても実行出来るかは別の話だ

 

「じゃあ、補給隊に単縦陣を強いるから横からの被弾を無視しろって、言ってきて」

 

アッサリと何事もなくいつもの調子で言ってくる北上

 

「……なんだよ、その二択は、神通に補給するんだ、単縦陣を強いたら補給出来ないだろ、二択に見せかけた引っ掛けはよせ、オレがそこまでアホだと思ってるのか?球磨型の最終艦だぞ?」

 

「それじゃあ、並んでもらうしか、無い、イイね?」

 

北上の顔はヤレと言っていた、その為にワザと反論を誘ったと悟ったが、後の祭りだ

 

「はぁ、オレの姉妹艦って、揃ってこうなのかな」

 

木曾は鎮守府での建造艦、この鎮守府に着任している軽巡は多くはない、球磨型もこれまでは木曾だけだった

長良達と一緒に鎮守府に来たという一番艦と二番艦がいる事は聞いている

これまでは如何でも良い、成るように成る、と考えて気にしていなかった木曾だが、移籍組、現在工廠組の北上と行動を共にしたら気にしないワケにもいかなくなった模様

 

 

 

鎮守府-近海(雷撃位置=支援砲撃位置~防衛線の中間)

鎮守府所属艦:筑摩艦隊_分艦隊_加古

鎮守府所属艦:夕張

 

 

軽巡戦隊と補給隊の状況を観測中の加古

 

「木曾が、北上と並んで前に出た、やりたい事は予測が付くが、大丈夫なのかね」

 

「……座標を」

 

「結局、省けたのは通信の手間だけか」

 

夕張は兵装を装備していない、直接的な戦力とはならなかった

 

 

 

鎮守府-近海(分艦隊と合流、中央突破中)

鎮守府所属艦:筑摩/睦月型五(補給隊)/時雨/皐月

鎮守府所属艦:筑摩艦隊_分艦隊_北上/木曾/神通

~北上/木曾で戦線構築、筑摩/補給隊が神通に補給中~

 

 

ツートップで対処しようとした北上だが、駆逐艦二隻がそのまま残って左右を固めてくれた

 

「なんだ、木曾っちは駆逐艦に懐かれてるんだ、ちゃんと軽巡してるんだねぇ、感心感心」

 

「うるさいよ、前見ろ前を!」

 

「お陰で、補給隊の両翼に駆逐艦とは言え護衛が付けられた、筑摩が殿を持ったし、あたしがちょっとだけ航路を振りつつ撃破していけば、後は木曾っちのフォローで航路を確保出来る、無理にツートップを維持しなくても済む、これなら、突破出来る、この訳の分からん分厚過ぎる包囲網をね!」

 

「じゃあ、サッサとやってくれ!こっちは見る所が多過ぎて、目が回りそうだ!!」

 

北上はフォローと簡単に言うが、駆逐艦は左右に展開していて両者にフォローが要る、結果として木曾は常に艦列の内部を全力で駆け回る事になった

 

艦列内を忙しなく動き回る木曾、その木曾にタイミング良く掛け合いを持ち込む北上

 

「あの二人、仲が良いよね」

 

そんな光景を見た補給隊の駆逐艦がポロッと感想らしいモノを零した

 

「そうですね、あの大群の中でも漫才するくらいには息がピッタリでした、流石は姉妹艦と、いう所ですね」

 

その感想に補給作業をしながらも応じる神通

 

「木曾は神通との訓練時間、あんなにあったのに、あそこまで息を合わせられてない、姉妹艦の相性ってヤツだよ、神通や木曾の技量の問題とはちょっと違うかな」

 

耳聡くソレを聞きつけた時雨が態々言いに来た

 

「……そう、思いたいですね」

 

そんな時雨を注意する事もなく、神通は補給作業を進めていた

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:事務艦

 

 

工廠監視中の艦娘からの報告があった

 

「……第二工廠の入渠場が、開いたか」

 

「司令官の指示に従い、第二工廠は完全封鎖、所属艦娘には自室待機を指示しています」

 

「大本営所属の何人かは、いるんだろ、まったく、何が出てくるか分からんのに、困ったものだ」

 

 

 

鎮守府-工廠(第二工廠)

大本営所属艦:一号の初期艦四

鎮守府所属艦:叢雲(三組)

 

 

完全封鎖などモノともしない初期艦達が工廠の外壁に取り付いて、入渠場周辺を視ている

 

「えーと、艦娘?にしては見た事ないね」

 

「艤装が、無い?そんな筈ないのですが」

 

「修復したんだもんね、入渠場内で収納したって事、なのかな」

 

「修復後に動作確認や様子を見るのに、通常は展開したままで、出てくるんですけど」

 

「……アレ、ツノ生えてない?角付きの艦娘なんていたっけ?」

 

一人だけ鎮守府所属艦にも関わらずこの場に居座っている叢雲(三組)

 

「……ムラムラ?鎮守府所属艦は第二工廠に近づかない様に指示されてるでしょ?良いの?」

 

「なにを今更、そっちは漣達が守ってるから、私はいいわ」

 

「……そういう問題なのです?」

 

「一号は四人、一つ席が空いてる、空きっぱなしにしとく手はないって事よ」

 

「そこは、叢雲ちゃんの席、になる予定なんだけど」

 

入渠場から出て来たナニモノか、それを視る初期艦達、非常事態というには長閑過ぎた

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:事務艦

大本営所属艦:高雄/愛宕

 

 

「第三工廠警備中の阿武隈より報告、第二工廠に一号の初期艦四、三組の初期艦一、それとウチの駆逐艦が何人か、張り付いている、そうです」

 

「……ウチの駆逐艦もか、まったく、無用な好奇心は身を亡すって事を知らんのか、困った事だ」

 

「「「……」」」

 

「なに?その目は?三人揃って」

 

そんな目を向けられる謂れは無いと思う司令官だった

 

 

 

鎮守府-工廠(第二工廠)

???:???

 

 

「……」

 

周囲を見回し状況を確認している様に見える、入渠場から出て来た艦娘の様に見える誰か

 

「折角、大人しく上陸したのに出迎えが無い、歓迎は兎も角、妖精も居ない工廠に放置なんて、ここの鎮守府司令官は、余程話の解る人、の様だな、会うのが愉しみになって来た」

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:事務艦

 

 

不意に叢雲(旧名)が執務室に居ない事が気になった司令官

 

「……大和は今どこにいる?」

 

「呼び出しますか?」

 

「叢雲に、人化処置を受けた叢雲に付く様に、言ってくれ、最悪の事態を想定する必要が、ある、かも知れない」

 

相手の目的は推定はされるが、確定は出来ない、出来るだけの対策は取っておいた方が良いだろうと判断した

 

 

 

鎮守府-工廠(第三工廠)

鎮守府所属艦:大和

~近距離無線~

鎮守府-通信室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:事務艦

 

 

「……叢雲さんに?どういう事でしょう、司令官の護衛なら兎も角、鎮守府運営にほぼ関わらない人化処置を受けた叢雲さんに付けとは?」

 

事務艦の予測通りに大和が素直に承諾しない

 

「包囲網を構築させている、深海棲艦本隊の目的は叢雲の、一号の初期艦の鹵獲だと、司令官は予測しています、艦娘の四人については鎮守府内で護衛の必要性は無いと言っていいですが、叢雲はそうではない、という事です」

 

「叢雲さんは人化処置を受け、人になっています、一号の初期艦の括りに入るのですか?そちらは新任の初期艦の叢雲さんでは、無いのですか?」

 

大和の重なる疑問にこれ以上の対処を諦めた事務艦

 

「……えっと、司令官と代わります」

 

そういって事務艦は役割を代わった

 

「大和、疑問はあるだろうが、今は指示に従ってもらいたい、叢雲に付いてからでもその質問は出来るだろう」

 

司令官は大和がここまで疑問を重ねるとは思ってなかった、どうやら事務艦の指摘する様に大和の観察が足りないらしい、私(司令官)には一言の反論もしないのに

 

「……わかりました、取り敢えず大和は叢雲さんに付きます」

 

つまり、これは相当に無理を強いているという事になる、困った事態だ

 

「頼む」

 

取り敢えずでも承諾した大和に一言かけてから通信を終えた

 

 

 

鎮守府-工廠(第二工廠)

大本営所属艦:一号の初期艦四

鎮守府所属艦:叢雲(三組)

 

 

入渠場から出て来た艦娘の様な何者か、それを観察している初期艦達

その観察下で艦娘の様な何者かが、艤装と思われるモノを展開した

 

「!なに!!あの艤装は!すっごく大きいんだけど?!」

 

吹雪が驚きのあまり大人しく観察している事など忘れた様な声を上げた

 

「戦艦級!?でもあんな戦艦知らないのです」

 

電も驚きを露わにしている

 

「そんな事より、逃げるよ、あの大きさの主砲なら、発砲しただけでもこんな至近に居るだけで沈んじゃう!」

 

そんな中で漣が真っ先に逃げに出た

 

「!!」

 

慌ててそれに続く初期艦達

 

 

 

鎮守府-工廠(第二工廠)

???:???

 

 

壁越しでも見えている様に初期艦達が逃げた方に視線を向けている艦娘の様な何者か

 

「ふーん、逃げ出したか、まあ、妥当な判断だ、しかし、電探を阻害しないとは、なんて片手落ちな対処だ、鎮守府司令官は話が解る様だが、艦娘はそうでもない様だ、付け入る隙が、大いにあるという事だな、さて、ここで待つか、向こうへ赴くか、折角大人しく上陸したのだから、これを有効に活用したい場面だな」

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:事務艦

 

 

大和との通信の後司令官は執務室に戻っていたが、事務艦は各所との通信業務を行う為にその場に留まっていた

その事務艦が大慌てで執務室に飛び込んで来た

 

「近海監視中の初雪より緊急電です!鎮守府港、工廠至近に深海棲艦を視認、至急対処を求めています!」

 

「……至近に?長門の観測機が捉えなかったのに、か?」

 

至近に深海棲艦が出現したという報告に得体の知れない違和感を覚える司令官

 

「長門の観測機はほぼ包囲網側を観測しており、鎮守府側を見てはいないモノと推定されます、捉えなかった事に疑問は感じません」

 

事務艦の説明に一先ず違和感は脇に置き対応を指示する事にした

 

「鎮守府全域に警報発令、所属艦娘全艦に兵装の装備と使用を現時刻を以って許可する、同士討ちに注意する様に」

 

「鎮守府全域に警報を発令します」

 

司令官の指示は事務艦により速やかに実行された

 

 

 

鎮守府-工廠(第三工廠)

鎮守府所属艦:鳳翔/隼鷹/明石

 

 

「警報?何事ですか?」

 

工廠で検証待ちの鳳翔が周囲を見回している

 

「至近に深海棲艦を視認、兵装の使用許可まで出された、ちょっとヤバイ状況になって来たって所ですね」

 

解析自体は妖精さんが行うので終わるまでは待つしかない明石が状況を確認しながら二人に説明していた

 

「……私達の解析は、何時、終わりますか?」

 

鳳翔が重ねて聞いてくる

 

「今、祥鳳の解析を始めたばかりです、解析にどのくらいかかるかは、今の段階では何とも言えません」

 

「解析はこの第三工廠でしか、出来ないと、言っていましたね」

 

「そうですね、そもそも工廠は艦娘を運用する施設で研究する施設ではありませんから、そういう機能は第三工廠にしか付与されていないんですよ」

 

「……わかりました、司令官からは工廠の防衛をと、依頼された身です、履行して来ますね」

 

明石の話を聞いて行動に出る事を決めた鳳翔

 

「ちょっと!?鳳翔さん?」

 

それを聞き驚く隼鷹

 

「隼鷹さんは、解析を待ってください、司令官の指示に従って行動してください」

 

「……鳳翔さんは?」

 

聞かなくても分かってはいるが、聞かずにはいられなかった

 

「ここで待っても、搭載機数の少ない私は今後も留守を任される事になるでしょう、逆に見ればここで解体処理になった所で、鎮守府の戦力としては、影響が無い、今、この鎮守府は主力艦の多くを出撃させてしまっている、留守を任された艦娘の役目、果たして来ますね」

 

鳳翔は艤装を展開した、鎮守府所属艦としては確実に命令不履行な行為と成る

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:事務艦

大本営所属艦:高雄/愛宕

 

 

警報により高雄と愛宕も執務室に戻って来ていた、何処で調達したのか知らないが、通信機器と双眼鏡を執務室に持ち込んで来た

 

「司令官!工廠から艦載機が出現!至近に湧き出し中の深海棲艦を撃破しています!」

 

鎮守府内の兵装使用許可が出ている為、事務艦は艤装を展開、装備を遠慮なく使っている

尤も事務艦に扱えるのは通信機を始めとする電波使用の機器類に限られ、砲火力を発揮する兵装は装備していない

 

「……鳳翔か、もしかして、根に持たれた、かな?」

 

「……何故鳳翔だと、思われるのですか?」

 

事務艦の報告に基づき港の方向に双眼鏡を向けていた高雄は司令官の呟きを聞き逃さなかった

 

 

 

鎮守府-近海(支援砲撃位置)

鎮守府所属艦:長門

 

 

鎮守府の方向から聞こえて来た爆音、見れば鎮守府から爆炎が上がった様に見て取れた

 

「なんだと!!鎮守府に攻撃?!何処から湧いて出て来たんだ!無限湧きとはよく言ったモノだ!!!」

 

直ぐに状況を理解した長門は支援砲撃を中断、鎮守府に向かった

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:事務艦

 

 

長門からの通信を捉えた事務艦、聞きながら司令官に伝達している

 

「長門より緊急電です!直ちに鎮守府支援に向かう、と言って来てます!」

 

「……長門には、こちらに構うな、防衛線を維持し、正面の深海棲艦から眼を離すな、とメッセージを送れ」

 

「メッセージ、ですか?」

 

通信が出来るのに一方的なメッセージを送る様に指示して来た司令官に疑問の目を向ける事務艦

 

「そうだ、早くしろ、長門の支援砲撃が支えてる防衛線が崩れてしまう」

 

 

 

鎮守府-近海(雷撃位置=支援砲撃位置~防衛線の中間)

鎮守府所属艦:筑摩艦隊_分艦隊_加古

鎮守府所属艦:夕張

 

 

長門の支援砲撃が中断した、それほど間を置かずに再開されたが、長門が何の理由も無く中断するとは思えない夕張と加古

 

「なんだろう?今、長門の支援砲撃が止んだ、よね」

 

気の所為じゃない事が分かっていても気の所為だと思いたい事もある夕張

 

「止まったな、資材が尽きた訳でも無いのに、砲撃を止める?まさか、鎮守府に何かあった、のか?」

 

加古はそんな夕張の心情を気にする事なく事実とその理由についての推論を言った

 

「……まさか……」

 

目の前にいる大群、その一部でも鎮守府に到達すればどうなるか、考えるまでもなかった

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:事務艦

 

 

司令部要員の二人には各所への伝令を頼んだ、こういう伝令は妙高や足利の役割なのだが、執務室に居た二人に走ってもらった

 

「秋津洲は捕まるか?」

 

執務室で通信を引き受けている事務艦に聞く

 

「秋津洲、ですか?連絡は取れると思われますが」

 

事務艦も妙高から秋津洲の所在不明の話は聞いていたのでこういう回答になった

 

「……こっちに来させる事もないか、可能なら龍田等に注意喚起を、方法は任せる」

 

事務艦の回答から秋津洲の現状を思い出し、連絡のみで済ませる事にした司令官

 

「注意喚起、ですか?警戒や警告ではなく?」

 

鎮守府への直接攻撃、この事態を受けての事なら注意喚起では弱いと考える事務艦は疑問を口にした

 

「……向こうの状況が分からんのに、そこまでするのはやり過ぎというものだ」

 

事務艦の考えは分かるが司令官には別の考えがある

 

 

 

鎮守府-???

鎮守府所属艦:秋津洲

 

 

事務艦からの通信で哨戒中の二式大艇に進路変更と通信で示されたメッセージ発信を依頼し終えた秋津洲

 

「これじゃあ、ただの伝書鳩、はぁ、なんで見つからないんだろう、司令官の言ってる、大きな獲物は、さっきからなんかウルサイのが鳴ってるし、イライラするかも」

 

妙高には報告の手間を横取りされるし、司令官の期待には応えられていないし、せめて静かに波の音でも聞こうと思ったら何か鳴り出すし、秋津洲はいつに無く苛立っていた

 

 

 

鎮守府-工廠

鎮守府所属艦:鳳翔

 

 

兵装使用許可を受けて数隻の駆逐艦が鎮守府近海に出撃していた、尤もその原因となった深海棲艦は鳳翔から発艦した飛行隊が瞬殺していた

 

未だにいる僅かな深海棲艦はその瞬殺劇に登板が間に合わなかった、出遅れ達だ

 

「至近の深海棲艦は大体片付きました、後は駆逐艦達に任せて良いでしょう、でも、まだ、大きいのが、いる様ですね、それもこの鎮守府の中に」

 

艤装を展開した事で知ってしまった鳳翔、自らに課した役割、命令不履行を承知で行動に出た以上、途中降板という選択は無かった

 

 

 

鎮守府-工廠(第二工廠)

???:???

鎮守府所属艦:鳳翔/明石

大本営所属艦:一号の初期艦四

鎮守府所属艦:叢雲(三組)

 

 

艦娘の様な何者かは封鎖された工廠の中で静かに待っていた、この封鎖を破るモノを

自身の兵装では鎮守府に甚大な被害を与えてしまう、それを避ける為に呼び寄せたモノ

 

そしてそのモノは予定通りに封鎖を破った、筈だった

しかし目の前に現れたのは艦娘、自身が呼び寄せたモノではなかった

 

「おお、封鎖された工廠に閉じ込められて、如何しようかと、思案していた所だ、良く迎えに来てくれたな、礼を言った方が良いか?」

 

予定通りのモノが現れなくとも予定通りに事は運んだ、艦娘の様な何者かは差して気に留めていない様子

 

「……貴方は、誰ですか?」

 

警戒し、即応態勢のまま問う鳳翔

 

「済まないが、陸の流儀を知らんのだ、陸ではこういう時にどう応じると良いのか、聞かせてもらえないか」

 

問いに応じて来た相手ではあるが、警戒を解ける様な手合いでは無い、軽空母では荷が勝ち過ぎる

 

「私はこの鎮守府所属の軽空母、鳳翔、貴方の所属と名前は?」

 

「ほう、所属と名を名乗るのか、しかしそれは難しい」

 

「何故?」

 

「所属を陸の者達に理解出来る言葉で表す事は困難だ、また、名も同じ理由により、困難だ、これは困った事態になったモノだ」

 

「私を、揶揄っているのですか?」

 

「そうではない、事実を並べているだけだ、鎮守府司令官なら、それが解るだろう、艦娘と話す事も、有意義ではあるが、今は時間の浪費とも云える、司令官と話をしたいのだが、如何すれば良いか」

 

「司令官と話を?何処の誰かも名乗る事すら困難だと、言う貴方が?」

 

「そうだ、こうして大人しく穏便に上陸したのも、これだけの手間を掛けたのも、ここの鎮守府司令官と話をしたいが為、何事も力尽くでは、巧く進まない事を我等は知っている、だから、話をしに来た」

「……」

 

鳳翔は気付いていた、この相手は以前にも遭遇している事に、あの時は飛行隊を通じての接触だった

尤も同型艦で別の個体の可能性もある、それはそれであの悪夢が倍増されるだけだ

同時に話をしに来たと言う主張に戸惑ってもいた

 

「鳳翔といったな、艦娘よ、わかっているだろう、その小さな身体では、我等に対抗など出来ない、鳳翔が全力で攻撃した所で、キズを付ける程度のモノにしかならない、大人しく、司令官に話を通してくれないか?こうして大人しく穏便に上陸しているのだから」

 

「それとこれとは、話が別かな」

 

鳳翔の戸惑いを余所に一号の漣が話に入って来た、いつの間にか取って返して来た様だ

 

「おお、今度は初期艦か、それも最初の初期艦達ではないか、ん?一人、違うのが、混ざっている様だが?」

 

「それ、私の事?」

 

三組の叢雲が応じている

 

「分かっているのなら、何故混ざっている、そこは最初の初期艦が居るべき場所、イミテーションがオリジナルと並んでも仕方あるまい」

 

「イミテーション?」

 

「ん?コピーとか、鋳物の方が通じたか?」

 

「コピーって、なによ、コピーって!」

 

「???艦娘は己の出自を理解していないのか?それとも妖精の悪戯か?」

 

三組の叢雲の言い分に疑問しか無いと言った感じの艦娘の様な何者か

 

「何処の誰方かは、知らないけど、ソレ、どこのだれに、聞いたのさ」

 

一号の漣が話を引き継いだ、その表情は真剣そのものだ

 

「不思議な事もないだろう、最初の初期艦なら、知っている事だろうに、それを我等も知っているだけの事だ」

 

一号の漣の様子を見て説明?解説?してくる艦娘の様な何者か

 

「……もしかして、妖精さんから聞いた初期艦が戦艦として造られていたらって、可能性の話?なんでそんな話を其方が知っているんです?」

 

なにをどう解釈したのかは明石にしか分からないが、それを聞いた艦娘の様な何者かは、少しだけ表情を変えた

 

「……見ない艦娘だな、しかし、面白い艦娘だ、こんな艦娘が居るとは、この鎮守府は面白い、実に良い鎮守府だ、こんなにも面白い鎮守府を率いる司令官、実に興味深いな」

 

そう言う艦娘の様な何者かはとても嬉しそうだ

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:事務艦/大和

大本営所属艦:高雄/愛宕

鎮守府:叢雲(旧名)

 

 

艤装の通信、探索用の装備を活用して情報集約に当たっている事務艦

 

「鎮守府至近の深海棲艦はほぼ撃破されました、後は、駆逐艦による掃討戦でも対処可能です、それと、明石から報告です、鳳翔が第二工廠の封鎖を破ったと」

 

「……勢い余ったか、いや、敢えて、だろうな、いつまでも封鎖状態を甘受する様なヤツは、鎮守府に乗り込んで来ないだろうからな」

 

「……司令官は、入渠場から出て来た、何者かを、ご存知なのですか?」

 

愛宕が聞いて来た

 

「知らんよ、厄介なヤツって事だけは、状況からでも判断出来るってだけで」

 

「そんな事より、なんで大和が私に張り付いてるの?あんたの指示だって話だけど?」

 

叢雲(旧名)からも聞いて来た

 

「……ココにも厄介なヤツが、いたか」

 

厄介事は多重蓄積される法則でもあるのか、司令官には頭の痛くなる状況だった

 

 

 

外洋-包囲網の外側

鎮守府所属艦:筑摩艦隊_分艦隊_筑摩/北上/木曾/神通

鎮守府所属艦:睦月型五(補給隊)/時雨/皐月

 

 

「突破したー!やっと包囲網を抜けた!!」

 

北上が歓声を上げている

 

「……突破しただけだな、分断には、程遠い、作戦目標達成出来ずって評価しなきゃならん、失敗だろ、喜ぶか?」

 

そんな北上に全く同調出来ない、寧ろ疑問と反論しか無い木曾

 

「んー?木曾っちは堅いなー、そんなん如何でも良いじゃん、こっちは魚雷撃ちまくれたし、アイツラ沈めまくれたし、補給も存分に受けられた、これ以上何が欲しいのさ」

 

北上はそんな木曾の発言も全く気に留めていない様子

 

「決まっています、作戦目標の達成です、包囲網は未だ健在、分断には失敗しました、ですが、それはここで作戦行動を終了したら、の話です、軽巡戦隊を再度組み、再突入しましょう、作戦行動継続ならば、失敗の判断には至りません」

 

神通は木曾と同意見、更に行動の継続を主張して来た

 

「……ナルホド、木曾っちの言う通りだ、神通に先導を任せたら、こっちが死ぬ目を見る」

 

「神通の言い分も尤もですが、先に抜けている龍田艦隊の状況を確認したい、手がいる状況かも知れませんし」

 

筑摩が別の行動を提案している

 

「……本隊を釣り出しているのでしたか、それならば、其方を優先しましょう、上手く事が運べば、私達が釣り人に成れますよ」

 

筑摩の提案の意味を理解した神通は自身の主張の優先度を下げる事に同意した

 

「ちくまー、僕達は別行動とって良い?」

 

巡洋艦達の話に皐月が入って来た

 

「如何するのです?」

 

こんな状況で別行動を提案して来るとは思っていなかった筑摩は皐月に問い直した

 

「遠征に行ってくる!その為に搬送用機材を持ってたんだし」

 

元気一杯に言い放つ皐月、補給隊の皆もそのつもりでいる様子は見て取れた

 

「……空になったら捨てて身軽にしろって、言ったのに、それで捨てなかったのか、あの砲弾の雨の中を」

 

兵装を装備していない補給隊の駆逐艦達は回避するしかない

空でも装備していれば嵩張る資材搬送用機材、それを投棄せず持ち続けた理由を聞いて、どう判断すればいいのか結論が付けられない木曾

 

「なんていうか、なに?この子達、こんな状況で遠征って、建造艦だよね、どんな育て方をしたら、こうなるのさ、呆れれば良いのか感心すれば良いのか、迷うね」

 

迷うと言いつつも、呆れ気味の北上

 

「きたかみー、まだちょっと残ってる、空にしたいから、補給させて?」

 

そんな北上に補給隊の一隻が寄って来た

 

「……ハイハイ」

 

「では、皐月は補給隊改め遠征隊に編入、っと、でもこれだと皐月しか兵装を装備していない、不安がありますね」

 

旗艦指名を受けている筑摩がアッサリと皐月の別行動提案を受け入れている様に聞こえる、不安要素があると分かっているのにそれを受け入れる判断を聞いた軽巡達は口には出さないが、其々に疑問を持った様だ

 

「大丈夫だ、龍田艦隊が盛大に電探発振してると聞いた、なら、電探持ちはそっちに行く、それに軽空母も循環航路哨戒に付いたと聞いている」

 

補給隊の一隻から軽巡達の疑問に答える様な、旗艦の不安要素を除く様な状況説明が出て来た

つまり、補給隊は鎮守府を出発する段階で今の状況を想定して行動していた、事が推定される

 

「……わかりました、こちらから遠征隊が出た事を、如何にかして伝えてみます、危ない様なら、引き返しなさい、全員が揃って鎮守府に戻れば、司令官は喜びます」

 

こうなってしまっては遠征隊をこの場に留められない、そう判断した筑摩は鎮守府への帰還を優先する事を条件に付ける

 

「知ってるよ、資材と引き換えに駆逐艦を沈めても意味無いって、いっつも言ってるし」

 

「そもそも沈んだら持って帰れない」

 

「引き換えに成って無いんだよね」

 

「だから、意味無いって言ってんじゃないの?」

 

 

 

外洋-包囲網の外側

鎮守府所属艦:筑摩艦隊_分艦隊_筑摩/北上/木曾/神通

鎮守府所属艦:時雨

 

 

「……遠征隊を、出した後で、鎮守府から注意喚起のメッセージが来るなんて」

 

そう、遠征隊を出発させた後に二式大艇からのメッセージが届いた

 

「皐月達なら、大丈夫、あの回避を超えて当てられる深海棲艦なんて滅多にいない」

 

遠征隊には加わらなかった時雨、こちらに残った駆逐艦は遠征隊の睦月型駆逐艦六隻をよく知っている、未だに背中を追う相手、着任時期の違いもあり、並ぶ事が目標となっているのだから

 

「出してしまったんだ、あの子等を当てにするしかないんじゃない?」

 

心配そうな旗艦にいつもの調子で声を掛ける北上

 

「それよりもだ、龍田艦隊は何処に居るんだよ、電探発振なんて捉えられないんだが?」

 

旗艦と違い遠征隊の心配など全くしていない様な木曾は筑摩の提案、龍田艦隊の状況確認に動いていた

 

「……こちらの観測機でもまだ見つかりません」

 

重巡の旗艦は搭載している観測機を放って龍田艦隊を探している

 

 

 

鎮守府-近海(支援砲撃位置)

鎮守府所属艦:長門

 

 

一方的なメッセージで防衛線維持を指示された長門は鎮守府で何が起こったのかを知らされず、知る為の行動も取れずにいた

 

「砲撃座標を送れ!私に待ち時間を持たせるな!鎮守府が気になって仕方ないのだー!!」

 

 

 

鎮守府-近海(雷撃位置=支援砲撃位置~防衛線の中間)

鎮守府所属艦:筑摩艦隊_分艦隊_加古

鎮守府所属艦:夕張

 

 

支援砲撃は再開されたものの長門が荒れている

 

「……やっぱり鎮守府で何かあったのか」

 

無線通信から聞こえて来る長門の様子からそれ以外に考えられない

 

「長門が吠えてるし、何かあったんだろうね、でも、司令官から支援砲撃を続ける様に指示があったと、そんな所かな」

 

それを聞いて夕張も同意、状況を推測している

 

「何が起こってるんだ?」

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:事務艦

 

 

それは鎮守府にも届いていた

 

「長門が広域無線で吠えてます、対処しますか?」

 

事務艦は一応、念の為に司令官に指示を仰いだ

 

「吠え……放っておけ、ストレスの発散にはなるだろう、それより、第二工廠に出て来たヤツ、初期艦達から何か報告は来ていないか?」

 

「ありません、報告を催促しますか?」

 

「いや、それはしなくて良い、阿武隈に現状報告を求めてくれ、第三工廠の警備中だろ」

 

「了解」

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

大本営所属艦:高雄

 

 

「阿武隈からの報告です、把握できる範囲では第二工廠に鳳翔、一号の初期艦四と三組の叢雲、それと明石が入ったそうです、入渠場から出て来た何者かと接触しているものと推定されます」

 

「……彼奴等、目標にされてるのに、大人しくしている三組の初期艦に第一工廠と第三工廠に分散配置を指示、妖精さんの動向を注視する様に伝えてくれ」

 

「注視、ですか?」

 

「具体的な指示は現状で出しても意味が無い」

 

 

 

鎮守府-工廠(第二工廠)

???:???

大本営所属艦:一号の初期艦四

鎮守府所属艦:叢雲(三組)/明石/鳳翔

 

 

第二工廠入渠場では一号の初期艦達、主に漣が艦娘の様な何者かと対峙していた

 

「それで?その興味深いってだけでこの鎮守府に来たんじゃないんでしょ?目的は?」

 

「そちらの艦娘にも言ったが、この鎮守府の司令官と話をしに来た、話をするだけだ、だからこうして大人しく穏便に上陸した、お前達も司令官と話が出来る様に手を貸したらどうか、ここで実力行使に踏み切らせたくはあるまい?」

 

「……実力、行使、結局、そこに行き着くのか、コレだから脳筋だって言うんだ、知識と見識を有効活用する気は無いのか、もし、其方が主張する様に最初の初期艦と同じ様に知っているというのなら、もっと別方向のアプローチが出来るだろうに、結局、実力行使だ、これじゃあねぇ」

 

態とらしく大袈裟に呆れて見せる漣、それを見た艦娘の様な何者かは漣の意図を正確に読み取った

 

「……お前達の時間稼ぎにここまで付き合っているのに、その言い様、如何に穏便に事を運ぼうと意図しても、その様な不誠実な対応を甘受する謂れは、無い

こちらにも事情もあれば、都合もある、無制限の自由な時間を持て余している訳では無い、司令官はこの鎮守府に居るのだ、探させて、貰おうか」

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:事務艦

大本営所属艦高雄/愛宕

 

 

「司令官!明石から緊急電!至急退去をと、第二工廠に現れた何者かの目的は司令官だと、言っています!」

 

「……私?私に何の用が?」

 

事務艦の報告に疑問しか湧かない

 

「提督!その様に呑気な事を言っている場合ではありません、退避してください!」

 

高雄まで退避を言ってきた

 

「退避する必要は無い、明石に伝えろ、今、そっちに行くから、その何者かとやらにそう言ってそこで待つ様にと」

 

「……司令官?危険、過ぎます」

 

愛宕が呆気に取られながらも言う事は言ってきた

 

「司令官ってのは、鎮守府の最高指揮権者って事になってる、真っ先に逃げ出して、どうすんの?」

 

艦娘達が揃って退避する様に言って来る、艦娘の群に入り込んでいる司令官という肩書きの人

一度群から弾かれたらそこまでだ、もう一度入り込む事が出来るのか、不可能なのか

ソレを前例は勿論、検証すらされていないのに実地で試す気にはなれなかった

 

 

 

鎮守府-工廠(第二工廠)

???:???

大本営所属艦:一号の初期艦四

鎮守府所属艦:叢雲(三組)/明石/鳳翔

 

 

第二工廠の大扉、先程鳳翔が開けた開口部に向かって歩く艦娘の様な何者か

一号の初期艦達はどうするのかを決めかねている様子、駆逐艦ではその歩みを止められない

そんな駆逐艦達と違い、一隻の軽空母がその歩みの先に立った

 

「……鳳翔、と言ったな、そこを退いて貰えないか?私にも都合というものがある、何時迄もお前達に構ってはいられない」

「……」

 

艤装は展開している、即応態勢を取ってはいる、鳳翔は攻撃姿勢を示さず、無言で立っていた

 

「あー、ちょっと、良いですか?」

 

少しの間、両者が対峙していたが、それを気にしていない平時の声で明石が呼びかけた事で両者の間に不必要な緊張は張られなかった

 

「……今度は何だ」

 

若干ウンザリした感じの艦娘の様な何者か

 

「司令官が、ここに来ると言ってます、待ってもらっても、良いですか?」

 

「ここに、来る?」

 

「司令官に貴方の目的が司令官だと、伝えたら、そこに待たせておけって、今行くからと」

 

「……そうか、ならば、待たせて貰おうか」

 

これを聞いた初期艦達は驚きの顔を見せていた

 

「明石の言い分を信じるの?足止めする為のブラフの可能性を考えないの?」

 

驚きのあまり素で聞いている漣

 

「ほう、そこの見ない艦娘は明石というのか、覚えておこう、それと、そんな可能性は考えるだけ時間の無駄だ、この鎮守府は実に興味深い、コレを率いる司令官の名を騙る艦娘はこの鎮守府には居るまいよ」

 

「……そういう、判断、するんだ」

 

漣は話しに来たと主張する相手に少し興味が湧いた

 

 

 

鎮守府-廊下

鎮守府:司令官

大本営所属艦:一組の初期艦二

 

 

第二工廠に向かっている所で慌てた様子の声をかけられた

 

「ちょっと!?司令官どこへ?!」

 

「漣か、えっと?一組の漣だな?何処って、工廠だが?」

 

「まさか第二工廠に行く気ですか?正気ですか?!」

 

何故か正気を疑われてしまった、見れば電も信じられないモノを見る様な表情を見せている

 

「……何気に酷い云われ様だ、一号の初期艦と三組の叢雲はその第二工廠にいるのだろう?そっちは正気じゃないとでも?」

 

「イヤイヤ、そっちは艦娘です、司令官は只の人、条件が違い過ぎる、死にますよ?」

 

どういうつもりか、漣と電が行く手に並び、司令官の歩みを遮った

 

「何故、そこで断定?何かそういう話があるの?」

 

仕方なく歩くのを止め、その場で話を聞く事にした

 

「無断で鎮守府の入渠場を占拠して修復する様な輩が居るんですよ?友好的な相手だと、何処から判断してるんですか?

しかも、深海棲艦の妖精が噛んでるって話じゃないですか、深海棲艦そのものだと、思いますよ?その入渠場から出て来た何者かって」

 

「だから?」

 

知ってる、今更ソレを並べ立てて、何がしたいんだろうか

 

「……だからって、一号の吹雪から少し話を聞いてます、相手はおそらく戦艦種、艦娘でも一撃大破を覚悟しなきゃいけない相手、司令官なら、只の人なら、ミンチより酷いじゃ済まないですよ?

物理的にこの世から消えたいんですか?」

 

「そうなったら、それはそれだ、何処にも不都合はないだろう」

 

「……大有りです、不都合処か大問題です、如何しても、工廠に行くのなら、漣がお供します」

 

漣ってこういう顔も出来るのか、と感心していたら返答が遅れた

 

「……要らん」

 

「……要らん訳ないでしょ?一号の叢雲を置いて来たクセに、しかもやまちゃん張り付けて、鎮守府司令官が深海棲艦と対峙するに当たって、護衛の艦娘が付かないとか、有り得ません」

 

「そうですね、漣の言う通りなのです、なので電もお供するのです」

 

返答が遅れた事に何かを察したらしい一組の二人、不味くね?誤魔化せるか?

 

「お前達は、大本営所属艦だ、私の指揮下にはいない、私の我が儘に、巻き込めないよ」

 

取り敢えず理屈を捏ねてみた

 

「何を今更な事を言い出しますか、大本営所属艦?そんなモンに誰も興味を向けませんね、佐伯司令官は私達の五月雨が司令官と認識した人、私達に五月雨の人選が誤りだった、なんて思わせないでください」

 

あらま、この二人の行動はそこに起因してるのか

 

「それを、ここで言うの??」

 

拒否も否定もし難い中で辛うじて言えたのはこれだけだった

 

「では、行きますか、第二工廠へ!」

 

漣の宣言により、二人に手を引かれて第二工廠に向かうこととなってしまった

艦娘はコレを偶にやる、曳航と呼んでいたっけ、皐月達には良くやられるんだ

 

 

 

鎮守府-工廠(第二工廠)

???:???

大本営所属艦:一号の初期艦四

鎮守府所属艦叢雲(三組)/明石/鳳翔

 

 

あれから、それなりに時間が経過していた

 

「……遅いな、そんなに遠いのか?司令官の居室は」

 

「聞こえて来た所だと、司令官の護衛を如何するかって、向こうで悶着があった様ですね」

 

待ちくたびれている声に明石が応じている

 

「ああ、そういう事情か、そんなモノは不要だと、ハッキリ伝えれば良かったのか、失念していた、これは仕方ない、もう暫く待つとしよう」

 

「……大人しく、待つんだ」

 

驚きの顔をそのままにしている初期艦達

 

「言っているだろう、我等は司令官と話をしに来たのだ、少し待てば話が出来る状況なのに、手間を増やして状況を覆しても、余計な時間を費やすだけだからな、その程度の事は理解している」

 

 

 

外洋-包囲網の外側

鎮守府所属艦:時雨

鎮守府所属艦:筑摩艦隊_分艦隊_筑摩/北上/木曾/神通

鎮守府所属艦:球磨

 

 

龍田艦隊の状況確認という旗艦方針に従い、その所在を探している

 

「龍田艦隊、何処に行ったんだ?無線にも応答しない、いや、近距離無線だから届いてない可能性はあるが、そんなに遠くへ行った?」

 

しかし見つけられない、捜索範囲の外に行った可能性を言う木曾

 

「こちらの観測機でも見つかりません、予想される行動圏内は探し終えたのですが、そこまで遠出したとなると、獲物を見つけ行動を起こしている状況も考えられますが」

 

木曾の言う可能性を認めつつも、それには疑問を持った様子の筑摩

 

「秋津洲の二式大艇が龍田艦隊の電探発振を捉えてる、それに依るとゆっくり南下、していたそうだよ」

 

時雨が補給隊から聞いた話を言う

 

「……包囲網から離れて行ってる、となりますね」

 

状況の推定材料が少ないながらも、筑摩は旗艦として今後の行動方針を決めなければならない

 

「龍田艦隊の状況が分からないのは、気になりますが、ここで何時迄も探している訳にも行きません、ここは再度軽巡戦隊を編成し再突入して包囲網を分断しましょう」

 

神通が下げた優先度を上げる提案をしてきた

 

「いや、あの包囲網はブラフだって、司令官が言ってたでしょ?出来れば相手にしない方が良い、弾の無駄だし」

 

その提案をやんわりとお断りする北上

 

「……その無駄を主張して中央突破を主張したのは、誰だったかな?」

 

北上の棚上げ振りに木曾が口を挟んだ

 

「なに?そんなマヌケがいるの?ドコドコ?」

 

「どういう、意味ですか?」

 

木曾と北上のやり取りに神通が割り込んだ

 

「オイオイ、真面目に言ってないよな、神通の冗談は分かりにくいんだ、こういう場面では遠慮してくれよ」

 

割り込んで来た神通の真面目な顔を見て木曾が困っている

 

「私は、真面目に言っています、中央突破して包囲網を分断する、これが弾の無駄使いだと、どうしてそうなるのかを、聞いています」

 

「簡単に言えば、あの包囲網は私達の資材を浪費させる為の的として、対応する艦娘を多数出させる為に並べられている、神通も中央突破中に感じたでしょう?何時も遭遇する深海棲艦とあの包囲網の深海棲艦は違う、という事」

 

その神通に応じたのは筑摩だ

 

「……分かりませんし、感じませんでしたが、どう違いましたか?」

 

「あの数を突破するなんて、本来なら無理だって事、何時もの深海棲艦ならね、ただ並んで居るだけの案山子だから突破出来たし、脱落艦も出なかった、勿論、駆逐艦達の回避能力は本物だ、案山子の砲撃とはいえ、飛んでくる砲弾は本物だ、当たればタダじゃ済まないからね、全回避とは恐れ入ったけど」

 

今度は北上が応じている

 

「……つまり、あの包囲網は陽動?所属艦娘を包囲網に引き付ける為の囮、だと?」

 

「司令官はそう言ってる、中央突破して見て、それが正解だって、分かった、再突入するにしても、ただで突入ってのは、弾の無駄、龍田艦隊が獲物を引っ張り出した時に釣り人の下へ手繰り寄せる糸が切れない様に通り道を確保するってのが、理想だね」

 

「北上は、釣り糸の補強が目的で中央突破を?龍田艦隊だけでは荷が重いと、判断したんですか?」

 

自身の聞かされていない状況説明と状況創出を目的とした行動、神通は理解を状況に追いつかせる為に思考を巡らす

 

「いーや?重雷装艦への改装と新しくなった兵装を思いっ切り使いたかった、んー、イイねぇ、シビれたねぇ」

 

しかし北上には、躱されてしまい判断に困る神通

 

「……どこまで、話を聞けば良いのやら……」

 

「考え込むなよ、聞き流せ、どうせ大したことは言ってない」

 

困る神通に軽く言う木曾

 

「あー、木曾っちがイジワルした!クマちゃんに会ったら言い付けてオシオキしてもらわなきゃ」

 

ソレを聞き逃さなかった北上から突っ込みが入る

 

「……これだよ、子供かっての、なんだよクマちゃんって……」

 

姉妹艦で姉艦?コレが?呆れる他無い様子の木曾

 

「呼んだクマか?」

 

「おーう、球磨型一番艦のお出ましだ、ってか、何処から?」

 

「!!!!!!」

 

突然聞こえた声、それに応じる北上が見えた、その声は自分の真後ろ、それも間違いなく手の届く距離から発せられた木曾は大慌てで声の主に向き直った

 

「!エッ!?何処から?!周辺には艦娘どころか、なんの反応もありませんでしたよ!?電探が故障したんですか?!」

 

神通も慌てて周辺警戒体制を見直していた、視界の隅にア然とする時雨を見たが、それどころではなかった

 

「お噂は伺っています、長良さんと一緒にウチに来てくれた軽巡の一隻でしたね、私は利根型重巡の二番艦、筑摩といいます、よろしく」

 

「おーう、よろしくだクマ、所で龍田艦隊を探してるクマか?」

 

やっとの事で事態を理解した木曾が遠慮など忘れて全力で突っ込みを入れた

 

「ちょっと待て!!大いに待て!!なに筑摩もフツーに挨拶してんの!?この艦娘は何処から湧いた!?こっちの周辺警戒網に一切引っ掛からなかったぞ!!」

 

「木曾、そんな事で旗艦の手を煩わせるなんて、ねーちゃんは悲しいクマ、折角会えた末の妹が、こんなに分からず屋の阿保だとは、ねーちゃんはとっおっても、悲しいクマ」

 

「あーあ、木曾っちがクマちゃん悲しませてるよ、あたしゃ、しーらないっと」

 

「球磨、今は球磨型姉妹の事情より、龍田艦隊の状況を、こちらの観測機での観測範囲に見つかりません、何処へ行ったのですか?」

 

球磨型の姉妹漫才には付き合わずに艦隊の行動方針を通す筑摩

 

 

 

鎮守府-工廠(第二工廠)

鎮守府:司令官

???:???

大本営所属艦:一号の初期艦四/一組の初期艦二

鎮守府所属艦:叢雲(三組)/明石/鳳翔

 

 

漸く司令官が工廠に姿を見せた

 

「待たせてしまったな、ちょっと立て込んだ事情があった、こういう事態を避ける意味でも今度からは事前に連絡をして欲しい、それで?話というのは?」

 

「……ここの、司令官、でいいのだな?」

 

何か微妙な表情を見せている艦娘の様な何者か

 

「そうだ、この鎮守府の司令官職に就いている佐伯という、そちらは?」

 

「名は無い、所属もお前達に理解出来る言葉では表せない、呼称が必要なら、好きに呼んでくれれば良い」

 

「取り敢えず、そういう事なら、名無しの権兵衛さんだな、で?その権兵衛さんは私に何の話があるのだ?」

 

「……好きに呼べとは、言ったが、権兵衛は、あんまりなのではないか?そもそも男性名称ではないのか、権兵衛は?」

 

司令官の採用した呼称が気に入らないらしい

 

「細かい事を気にするヤツだな、権兵衛が嫌なら呼び名ぐらい考えてくれば良かったんだ、大した手間が掛る訳でもなし、その手間を惜しんだツケだ、諦めろ」

 

「……尤もな見解だ、反論が思い付かん、だが、諦めて権兵衛と呼び続けられるのは願い下げだ、別の呼称を求める」

 

「求めるなよ、今考えれば良いだろう、大した手間でないのは変わらないんだし」

 

「尤もな見解だ、こうも続けて尤もな見解を出され、反論が思い付かんとは、うーむ、これは交渉の妥協点を再考しなければならないな」

 

「交渉?何の?」

何しに来たのかと思っていたら交渉と来た、抑の話として、ソレが可能なのかが疑問だが

 

「鎮守府司令官なれば、我等が求めに応じられるだろう、初期艦をこちらに渡してもらいたい、見返りに司令官の要求を我等がチカラの及ぶ限りに於いて可能な限り履行しよう、悪い取引ではないだろう?」

 

何を言い出すかと思えば、因りにも拠って艦娘、それも初期艦を寄越せか、予測が当たっていた事にはなるが、喜べる事ではない

 

「取引ね、悪いが、艦娘は商品じゃない、売り物でも取引材料でもない、他を当たってもらう事になるな」

 

「……それは、交渉拒否、か?オカシイな、我等がチカラの及ぶ限り、司令官の望みを叶えると言うのだ、拒否は気が早い、再考した方がお互いの利益になる、結論はまだ、出てはいない、もう一度考える事を勧める」

 

若干表情を険しくした権兵衛さん、それでも再考を求め、誘拐やら強奪ではなく交渉の結果として、提供する利益の対価として初期艦を得ようとしている、早急な結論は避けた方が良いかも知れない

 

「……考え直せ、そう言っているのか?」

 

「そうだ、良く考えた方がお互いの利益に繋がる筈だ、短慮は誰にとっても不利益をもたらす事に成るやも知れんぞ」

 

「では、こんな所で立ち話もアレだ、場所を変えて、ゆっくりと話そうじゃないか、そちらの都合が良ければ、だが」

 

駄目元で提案して見た、拒否するか、難色を示すか、それによって対応を決めなければならない

 

「願っても無い、司令官と話せる時間なら、多めに取っても問題は無い、場所を変えてゆっくりと話そうではないか」

 

意外な事にアッサリと応じて来た、何を目論んでいるのか、ゆっくりと聞かせてもらえるらしい

 

 

 

外洋-包囲網の外側

鎮守府所属艦:時雨

鎮守府所属艦:筑摩艦隊_分艦隊_筑摩/北上/木曾/神通

鎮守府所属艦:球磨

 

 

球磨から龍田艦隊の動向を聞いている

 

「補給?資材採掘地に向かった?」

 

「そうだクマ、あんまりにも何も見つからなくて資材残量が気がかりになってしまったクマ、今後の行動を確保する意味でも補給が必要と判断したクマ」

 

「……じゃあ、今頃皐月達と合流してたり、するのかな」

 

遠征隊に加わらず筑摩達と残った駆逐艦、時雨がポツリと言った

 

「皐月達?」

 

「補給隊として鎮守府から出発した駆逐艦達だ、オレ達に補給する都合上包囲網のこっちにまで来てしまったんだ、ここで待つより遠征に行くって言い出して、止める積極的な理由も無かったから、旗艦の指名を受けてる筑摩が許可した、資材採掘地へ向かってる」

 

球磨の問いに木曾が応じている

 

「それなら、龍田艦隊より先に名取と接触するクマ、名取ならそのまま資材採掘地まで護衛に付くから安心するクマ」

 

「護衛に付いてくれるのなら、確かに安心だけど、そちらの行動を阻害していませんか?」

 

護衛隊は無補給での行動を要求されていた筈、その為保護対象は限定されていると聞いている筑摩が気にしている

 

「阻害も何も、球磨達の行動目的は他所の鎮守府から来る遠征隊の護衛クマ、遠征隊なら護衛対象、阻害所か行動目的そのものだクマ」

 

「……そう言ってくれるのなら、甘えさせてもらいますね」

 

球磨の言い分に問題無しと判断した筑摩

 

「一番艦に甘えるのは姉妹艦の特権だクマ、遠慮はいらないクマよ」

 

「……姉妹艦の特権、何だそれ?聞いた事ない」

 

何やら木曾には言いたい事があるらしい

 

「木曾っち、そういう所が、可愛気が無いってコト、損する性格だねぇ、ま、クマちゃんはそういう不器用な姉妹艦も思いっ切り構いにいくから、覚悟、しておく事」

 

ハッキリ言わない木曾に北上が色々言っている、木曾は北上の言い分を何処まで汲めるのか

 

「……それって、どういう意味だ?」

 

聞き直すという事は、汲む所まで理解が届かなかったらしい

 

 

 

鎮守府-第二食堂(鎮守府専用食堂)

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:給糧艦二/補給艦二

???/???

大本営所属艦:一組の初期艦二

 

 

第二食堂を切り盛りする給糧艦、司令官が来たので迎えてみれば、見慣れない、見るからに鎮守府に居てはいけない、居る筈のないモノを伴っていた

 

「……えっと?司令官?こちらは?」

 

司令官が伴って来た以上、滅多な行動に出る訳にもいかない、無難に聞くだけに留めた

 

「細かい事は気にしなくて良い、こちらは権兵衛さん、私と話をしに来たそうだ、立ち話も何だからゆっくりと落ち着いて話せる場所に来た、それだけの事だ」

 

「……司令官が、そう言われるのなら」

 

司令官にこれといって変わった様子は見受けられない、居る筈のないモノも特に何をしようという感じも受けない

給糧艦達の観察では普通に給糧艦の仕事をすれば良いと判断した、詰まる所、通常営業だ

 

「権兵衛……呼称は変える様に求めた筈だが?」

 

「嫌なら名乗れ、でなければ、諦めろ」

 

「……えっと、司令官、権兵衛さん、こちらへどうぞ」

 

二人が何か言い争っている様にも見えるが、ソレはソレ、仕事は仕事

 

「権兵衛さん……貴様の所為で権兵衛呼びが広まっているでは無いか、撤回と改称を求める」

 

「名乗れば良いだけだろ、何を拘ってんだよ、自分の名に自分の名以上の意味でも持たせてるのか?」

 

「……自分の名に自分の名以上の意味?私の名は、人には発音し辛いらしくてな、名乗った所でその名では呼ばれないのだ、だから、名乗っても差して意味を持たん、自分の名が自分を表さないのだ、それ以上の意味など持たせられよう筈も無い」

 

「難儀だな、それなら、やっぱり呼び易い権兵衛さんで良いだろう」

 

「貴様、ワザとか?意図して侮辱する目的で権兵衛などと呼び名を用いているのか?」

 

「名無しの権兵衛さん、ってのは単に名乗らない名称不明な輩に付ける一般名称だが?本人が匿名を意図する時などは単に名無し、或いはそれと分かる特定の名称を用いたりもする場合もある、名が発音し辛いからと言って名乗れないとは、ならない」

 

「……その理屈でいくと、名無し、と名乗るのが妥当になるが?そういう事か?」

 

「自分の名だろ、好きにすれば良いさ」

 

「お二人とも、立ち話も何ですから、こちらへどうぞ」

 

司令官は落ち着いて話せる場所に来た、そう言っていた、ならば此処を預かる艦娘としては落ち着いて話せる状況に誘導した方が良いだろう

それに何と言っても出入口で長話などされては営業妨害というものだ

 

「おお、そうだった、何でここまで来て立ち話してんだよ、座って話すことにしよう、それは構わないだろ?」

 

司令官は思惑通りに誘導に乗って来た

 

「……そうだな」

 

こちらの誘導には気が付いた様子、それでも反論も無く同意して来た、この見慣れない鎮守府にいる筈のないモノ、本当に話に来た様だ

 

 

 

外洋-資材採掘場(無人島)

鎮守府所属艦:龍田艦隊_龍田/初春/子日/若葉/初霜

鎮守府所属艦:叢雲(初期艦)

鎮守府所属艦:龍驤/長良

 

 

上陸して来た一団に愚痴っぽい台詞が飛んだ

 

「随分と賑やかになってもうた、一人でノンビリしとったのに」

 

それを聞きつけた龍田が返す

 

「一人でノンビリ?そ~か~、有名人だものね、偶には一人でノンビリしたいって思うでしょう、けれど、そこは有名人の有名人たる所以、そうは行かない、諦めてね~」

 

「誰が有名人やねん、コッチは只の艦娘や言うとるんや、ヘンな言い掛かりはやめーや」

 

「でも、聞いた所だと、世界中の新聞に写真が一面トップで載ったんでしょ?有名人だと思うけど?」

 

子日が不思議そうに聞く

 

「そんなん一時のもんや、有名人っつーたら時の人やなくてずっと有名人やってな、すーぐ只の人になってまうわ」

 

「……世界中の新聞に載った??エッ?!まさか、龍驤って、あの龍驤?!大本営での研修中に見た艦娘の歩みとかの資料にあった、最初に人と共生関係を築いたっていう艦娘?!本人?!」

 

其々の言い分から目前に居る艦娘がただの艦娘では無いと気付き、思わず声にしてしまう叢雲(初期艦)

 

「……ウルサイ駆逐艦やのう、その龍驤やっちゅーたら、なんやねんな?そんなん昔の話や、終わった話やで」

 

その言い分に心底ウンザリした様子を見せる龍驤

 

「終わって無いでしょう?それが今も続いてる、龍驤が人と共生出来たから、自衛隊が艦娘を収容施設から解放せざるを得なくなり、共生のきっかけとなった行動が、今の艦娘部隊に繋がってる、老提督の尽力だけでは、今の状況は作れなかった、龍驤の存在が、その行動が、世界中に与えた影響は誰にも測れない程に大きい、と、私は思ってるけど?」

 

「……やめーや、その手の話はお腹いっぱいや」

 

ウンザリしつつも帽子の様な艤装を目深にして顔を隠しにかかる

 

「異国で人との共生関係を築いたんでしょ?日本語も通じ無いのにどうやったの?」

 

叢雲(初期艦)から普通に質問が出て来た、当初の驚きよりも様々な疑問の方が興味を引いたらしい

 

「フツーに話しとったで、日本語、やから外地やと思っとった、南方でよー見かけた地元漁船やったしな、それがあの深海棲艦とか言うんに襲われとった、やからよー考えもせんと、蹴散らしたったんや、そんで漁師らと陸に上がったら、エライ歓迎されてな、しばらくは飲めや歌えやの宴会やった

それが落ち着いてからや、状況がオカシイ事に気が付いたんは、なんせコッチは外地やと思っとったのに、肝心の海軍がおらへん、よー見れば見慣れん人がぎょうさんおるし、何より電気仕掛けの売りモンが凄まじい、なんやアレ?ウチの覚えのないモンばっかりや、フツーの漁船にまで電探やらソナーやらが付いとるし、そこらでフツーに売っとる、どないなってんねん、カメラもラジオもテレビもウチの知っとるモンと全然ちゃうかった

妖精さんにも協力してもろて、色々調べたんよ、ウチもそこらで色々聞いて回った、そしたらな、まあ、なんちゅうか、話が広まり過ぎたらしくて、ウルサイのがワンサカ寄って来よってな、駄目元で大使館に、駐在大使が居る事は調べがついとったしな、取り敢えず行ってみたんよ、アレは失敗やった、まさか大使館で軟禁されるとは、思って無かったわ」

 

ウンザリした様子はそのままでも叢雲(初期艦)の質問には応じてる、この辺りは龍驤の性格が伺える一例だろう

 

「それが元で、地元というか、その国から直接抗議されたのよね、それがアメリカの情報網に掛かった、資料によれば、そこからの外圧はそれはそれは凄かったそうよ、あの戦争でもここまでは掛からなかったってくらいの全方位からの外交圧力、それだけでは済まされずに、経済にまで波及しそうになって、日本政府が折れた、という事に記録上はなってる」

 

「妾がドロップしたのは鎮守府が出来た後じゃから、その辺りは資料で見た限りの事しか分からんが、抗議を受けた当初日本政府は抗議内容が理解出来ずに、問い合わせたそうじゃな、それが、抗議して来た国の民衆に伝わり、大使館への解放要求運動に繋がったらしいの、事態の悪化に拍車を掛けたのが、駐在大使が事の次第を全く理解しておらず、対処を誤った、大使にして見れば本国の指示通りにしただけじゃからの、大使であるにも関わらず、赴任先の事情に無関心過ぎた様じゃな」

 

「大使館って、外務省管轄だっけ?そんなに対応が出来ないの?中央官庁なのに?」

 

龍田と初春の追加説明を聞いた叢雲(初期艦)は色々と合点がいかない様子

 

「外務省に限らんよ、組織が大きくなると目は届かなくなるわ、手も届かなくなるわ、終いには声も届かん様になって末端は放置状態や、これ幸いと好き勝手やるか、上と繋ぎを付けようとするかは当人の資質次第やし、軍やと下士官を配置して統制を図っとるけど、及第点に持ち込むのが良いトコや、まして官僚組織ってのは出来た時から保守的やからな、仕方あらへん」

 

「それは、ちょっと厳しいかなぁ、私が見た資料だと、当時の大使には異なる指示が本国から出されてた、片方は保護し日本へ連れて来る、もう片方は本国から引き取りに向かわせるからそれまで大使館内で厳重に監視しろって、何方も最終的には日本へ来ることには違いないんだけど」

 

「……ちゅーことは、あの大使は後者を取ったワケやな」

 

仕方ないと言っているのに妙な擁護をする龍田に疑問を持ちながらも話を合わせる龍驤

 

「監視されたの?大使館内で?意図がわからない」

 

話自体は兎も角、内容に納得がいかないらしい叢雲(初期艦)

 

「軟禁されとったゆうたやろ、でも、まあ、待遇は悪う無かったで、あの収容所に比べたら」

 

「その収容所も私達は資料でしか知らないのよねぇ」

 

「確か、海自が中心になって邂逅した艦娘を収容してたんですよね、法的には出入国管理局の案件なのに」

 

思い出しながら初霜言う

 

「外務省と海自が結託してたって事になるのかなぁ、その割には政府内での方針が無かった様だし、経緯まで詳しく記載が無かったからハッキリした事はわからない、もしかしたら一部の官僚の暴走かもしれないし」

 

「……そんな事が?」

 

龍田の話を聞きつつも、司令官がクソ官僚と連呼していた事を思い出す叢雲(初期艦)

 

「龍驤の言う所の好き勝手にやった、そういう事なのかもね」

 

「……私が聞いた限りでは、当初は単に扱いに困って自衛隊、この場合邂逅した海自に問題を押し付けた、だけの様だった」

 

ここまで話を聞く側にいた長良が口を開いた

 

「扱いに困って?」

 

龍田が先を促す

 

「海自が外洋で邂逅した艦娘達、その多くが邂逅時に深海棲艦を対象に戦闘行動を取り、ソレを撃破して見せた、武器を所持しているのが確認された、それも軍用の兵装、今の日本の法制度上では所持したままでの入国なんて有り得ない、けれど、海自はそれを報告せずに単に漂流者を保護したとだけの報告で帰港、保護した艦娘の扱いにについては所属の上部組織である方面隊に事実をありのままに口頭申告した

本来なら、被保護者として関係機関と連携を取る筈の所を、関係機関と連携を取る前に自衛隊内部での決定を求めた、悪気は、無かったんだと思う、日本までの航海中に巡洋艦の人達とは友好的に接していたし、お互いに意見交換、情報交換も積極的に行われた、巡洋艦の艦長さんにして見ればそれらの話を総合した結果として、艦娘から艤装や兵装を取り上げる、乃至破棄させるのは、避けたかったんだと思う

抑の話として、あの深海棲艦を人の身とさして違わない大きさの兵装で撃破する艦娘という存在、話して見れば日本の、嘗ての帝国海軍籍を名乗る見た目は幼い子供、海自が初めて接触したのが初期艦だった事もそういう方向に思考する要因になった思う、このまま見なかった事にして海に放り出すわけにも、通常の手順を踏んで武装解除させるのも、何方も難しかった

それに、話した中からも、実際の観測からも深海棲艦相手に戦力になる事が確実、海自が置かれている状況、日本政府内での自衛隊の立ち位置、そして何より各国で独自に展開される対深海棲艦戦、それに国際機関からの要請で協力する日本国、其々に寄与出来る何らかの方法があるのではないか

そこを検討する事もなく日本の法制度だから、公務員として武装解除させる、そういう杓子定規な対処をしなかった、それだけだと思う、艦娘自身が、ソレを望んでいた事も影響してるんじゃないかな」

 

「……つまり、外洋で艦娘を収容した海自が艦娘の戦力化を当初から目論んでいた?その為の法制度上の対策をその、方面隊とやらに相談したって事?」

 

叢雲(初期艦)が長良の話を自分なりに解釈した見解を言う

 

「結果から見ると、そう云われても仕方ないのは、分かるけど、外洋で漂流者を救助した船乗りが救助者の所持品を放棄させるって事に心理的な抵抗があったんじゃないかな、話して見れば、その所持品は本人にとって自身の分身所か半身な訳だし、救助者に日本の法制度上の問題があるから半身を放棄しろって、言えなかった、船乗り達の誰もがソレを良しとしなかった、航海中に艦娘を観察した限りでも積極的に放棄させる必要が生じ無かった事も心理的な抵抗を強めたんだと思う」

 

「艦娘は地に足をつけている限りは無闇に艤装を展開しない、出来ない訳じゃなく、その必要がない事を理解している、と、艦内での行動からも確信出来たって事かな?」

 

龍田も自己解釈の見解を示した

 

「それに、お互い船乗りだしね、海の、特に外洋での相互補助、協力関係の重要性は誰に言われるまでも無い、外洋での協力者は多い方が良いに決まってる、その協力者、それも極めて強力な協力者に成り得る艦娘を、どう扱うか、いち巡洋艦の艦長一人の判断で決めて良いとは、考えなかった」

 

「生時実戦部隊の海自が艦娘と接触したから、起きてしまった、これがデスクワークの官僚との接触だったら、こうはならなかった、そういう事で、良いのかなぁ」

 

「デスクワークでどうやって艦娘と接触するの?外洋だよ?」

 

龍田の見解に長良が疑問を示した

 

「デスクワークで無くとも立身出世やら派閥の論理を優先するだけでも、こういう、今みたいな状況には、ならなかった、という事でしょ?」

 

「船乗りの、海の論理か、それが今の状況を創った、と」

 

龍田の見解に何を思ったのか、長良は水平線に視線を向けた

 

 

 

 

 

 






場所-殆ど鎮守府の何処か、断りの無い鎮守府表記の場合は佐伯司令官の鎮守府
所属:登場人物/登場艦娘 等

~近距離無線~は通話、交信 等

上記の書き方が基本となっています、同じ所属が複数行になっている場合は行動単位




大本営所属初期艦〔一号(漣.電.吹雪.五月雨)、一組(漣.電)、二組(吹雪.叢雲.漣.電.五月雨)〕

移籍組〔修復待ちの高練度艦娘、以前の大規模海戦の帰還艦娘、現在の代表は五十鈴〕



工廠組〔明石、夕張、北上、秋津洲〕

護衛隊〔以前の大規模海戦の帰還艦娘、長良を始め帰還後に原隊の大本営に戻らなかった艦娘達、広域探索役として龍驤が加わっている〕

鎮守府所属初期艦〔鎮守府配置の初期艦(叢雲)、三組(吹雪.叢雲.漣.電.五月雨)〕


・長門艦隊(長門、加古、筑摩、初春、神通、時雨)
・編成を解かれ、再編成され別行動中

・龍田艦隊、龍田、初春、子日、若葉、初霜
・包囲網を抜け外洋に出ている
・叢雲(初期艦)のサポート役

・筑摩艦隊、筑摩、加古、北上、木曾、神通
・加古を除き包囲網を抜け外洋に出ている

・夕張艦隊、補給隊、旗艦夕張、睦月型五
・包囲網突破中の北上等に補給する為、旗艦夕張を除き包囲網突破に同行
・包囲網を抜けた後、皐月を加え遠征隊に再編成

・工廠に陣取る軽空母達、鳳翔、祥鳳、隼鷹
・工廠防衛を指示されている
・軽空母達の指揮を執っているのは大本営所属艦娘、司令長官秘書艦の五十鈴
・ちょっとした問題が発生、進行中





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80 目の前に並べられたモノ

御注意

・大幅に書き方が変わっています
・苦行用です
・長いです
・方言擬き注意

ご承知頂きたく存じます



 

 

 

 

鎮守府-第二食堂(鎮守府専用食堂)

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:給糧艦二/補給艦二

???:???

大本営所属艦:一組の初期艦二

 

 

司令官に伴われた艦娘の様な何者か、席に着いて目の前に並べられたモノに興味を惹かれるのか、視線をソレに向けたまま聞いて来た

 

「これは、何だ?」

 

「羊羹とお茶だ、口に合わなければ他の物を用意させるが」

 

「……そういうつもりで言ったのでは無い、気を悪くしないでほしい、人の食料は慣れていないのだ、そちらが普通に食せる食品であるならば、問題無い」

 

少し困惑気味の相手を見て言葉を足す事にした

 

「いや、和菓子は人によって好き嫌いがはっきり別れる、気にはしない、小豆や寒天にアレルギーが無ければ少し食べてから、好き嫌いを判断しても、遅くはないだろう」

 

「……小豆や寒天、と言われても、人の食料はわからない、兎も角、そちらが食せるのなら、毒にはならんだろう」

 

「難儀なヤツだ、毒が気になるなら、私のと交換するか?同じ物を用意してもらったんだ、まだ手を付けていないし」

 

「いや、それは必要無い、毒と言ったのは不適切だったな、ここの艦娘が司令官に頼まれて用意した食料だ、その懸念はしていない、食べられない訳では無いと言いたかっただけだ」

 

どうやら相手の困惑は人の食品に不慣れな事が原因らしい事はわかった

 

「まあ、何でも良いか、では、食べながら、話をしようか」

 

「それは構わないし、そうしたいが、その、後ろのは、どうにかならんか?」

 

「……後ろ?」

 

振り返ると、一組の初期艦二人が羊羹と司令官に視線を交互に移しながら、物欲しそうな顔をしていた

 

「……お前達、あっちの席に座りなさい、今羊羹とお茶を頼むから」

 

 

 

外洋-資材採掘場(無人島)

鎮守府所属艦:龍田艦隊_龍田/初春/子日/若葉/初霜

鎮守府所属艦:叢雲(初期艦)

鎮守府所属艦:龍驤/長良/名取

鎮守府所属艦:遠征隊_皐月/睦月型五

 

 

緩やかな波打際を持つ島の海岸から駆逐艦の一団が上陸して来た

 

「あー、龍田発見!なんでここに居るの?釣りをしてるんじゃ無かったっけ?」

 

上陸してくるなり龍田の周囲を囲み出す駆逐艦、そこには手慣れた様子が見て取れる

 

「釣りの醍醐味は獲物がかかる瞬間まで如何に時間と上手く付き合えるか、糸を垂らせば獲物が喰いつくって単純な話は釣り堀だけよ~」

 

「糸を垂らして獲物が喰いつくのを待ってるの?」

 

「そうなるわ~」

 

「でも、居ないみたいじゃん、肝心の獲物、釣り上げられるの?」

 

「司令官は居ると言ってる、居なかったら司令官の所為、文句を言われる筋はないわ~」

 

「居ない獲物は釣れないもんね」

 

「そういう事~」

そんな遣り取りを遠巻きに眺める軽空母がいた

 

「……まったく、駆逐艦が増えよった、賑やかしにはなるんやろうが、コッチの手間が増えてしゃーないで」

 

未だにウンザリ気味の気配を纏ったままの龍驤

 

「長良、何か見つかった?」

 

遠征隊と共に上陸して来た名取が龍驤の隣にいる長良に聞いてくる

 

「……ソレを聞いてくるって事は、名取の方は何も?」

 

「無し、って事はこっちもか」

 

「包囲網は健在なんだけど、なんか動きが鈍った様な感じだって、龍驤の偵察機からの報告だと、そのくらい」

 

「それは、どう解釈すれば良いのかな」

 

「正直判断付きかねてる」

 

護衛隊としての任務、鎮守府所属艦としての職務、艦娘としての行動原則、規範は規範として色々考えなくてはいけないが、護衛隊旗艦を任されている長良にはそれらを決定するだけの判断材料が揃っていなかった

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:叢雲(旧名)

鎮守府所属艦:大和

大本営所属艦:高雄/愛宕

 

 

司令官は第二工廠に行った、行く際に執務室で大人しくしている様にと言い付けて、それに飽きて来た叢雲(旧名)

 

「ここでじっとしてろって、暇なんだけど」

 

「……司令官の指示は明確です、暇であろうと守られた方が賢明かと」

 

大和が応じた

 

「私が、アレの目標になってるかも知れないって、人になってるんだし、その可能性は無いと思うけど?」

 

「人になっているからこそ、自衛行動を、と提督は云われているのです、大和まで付き添わせているのですから、自重してください」

 

高雄にまで言われてしまった

 

「……本来なら大和はあいつに付き添わなきゃいけない、あいつは一人でアレの前に立ったの?」

 

「聞こえて来たところだと、一組の初期艦二名が、護衛に付いたそうです」

 

愛宕が答えた

 

「鎮守府司令官がアレと対峙するのに両翼に居るのが駆逐艦、まあ、一組の初期艦なら、少しはマシかな、でも、歯痒いというか、もどかしいというか、スッキリしないわね」

 

幾ら叢雲(旧名)でもこの三人を相手に出し抜く方法を見つけるには時間が必要だ

 

 

 

鎮守府-工廠(第二工廠)

鎮守府所属艦:鳳翔/明石

 

 

司令官が一組の二人を伴い入渠場から出て来た何者かと食堂に行くのを見送った、不満やらは色々あるが、司令官がそうするというのなら、無理に止める訳にも行かず歯痒い思いをしている

 

「……司令官をあの様な者と、会談に応じさせてしまうとは」

 

「司令官も乗り気だった様ですし、無理に止める事もないんじゃ無いですか?」

 

「司令官が応じた一番の理由は、私達の安全確保でしょう、鎮守府に残留している艦娘の中に対抗出来るだけの戦力は、いない」

 

「……えっと?大和がいるんですけど、全艦娘中でも最上位級の戦力ですよ?鳳翔には大和は戦力に数えられ無いと?」

 

「大和さんは、現在主兵装が使えません、戦力に数えられ無い理由はソレです、まさか装甲と耐久のみで、対抗しろと?それでは射的の的になれと、言っているのと変わりませんが、明石さんはそれをお望みですか?」

 

「その大和には叢雲の護衛を命じたそうです、人の身になって自衛手段が無いからと、自身の護衛は要らないと言い張ったのに、トンデモ無い我が儘ですよね、司令官は」

 

「……そうですか、確かに、我が儘な人の様ですね、困った人です」

 

自身の護衛、司令官の安全確保より優先させるモノがある、この鎮守府の司令官はそう言っている、それを明石は我が儘と評した、確かに我が儘だ、所属艦娘から見れば保身に関心の無さすぎる司令官は帰属元として何処まで頼れるのか判断が付け難いからそこには同意する

しかし鳳翔はその我が儘が今のこの事態を招いている事に妙に納得してしまっていた

 

 

 

鎮守府-工廠(第二工廠)

大本営所属艦:一号の初期艦四

鎮守府所属艦:叢雲(三組)

 

 

司令官がアレを連れて食堂に行ってしまった、取り敢えず一組の二人が同行していたから、見送ってしまった

 

「なんか、司令官が来て置い行かれた訳ですが、この後、どう動くのが最善か、正直、打つ手が思い付かない、なんかある?」

 

「司令官には一組の二人が付いて行きました、取り敢えずは、任せるしか無いと思うのです」

 

「あの権兵衛さんも話をするだけって言ってたし、変に手出しして艤装を展開されたら、それこそ打つ手無し、駆逐艦が束になった所でどうにかなる類の艤装には見えなかった、主兵装は艦娘の戦艦種の兵装に近い様な気もするけど、艤装の方はまるで別、アレは一体なんなの?」

 

吹雪が疑問を口にする

 

「なんでしょうね、アレは、すごく大きかったです、それに腕がある様に見えました」

 

五月雨が感想を述べる

 

「……もう一体、出て来た様な感じだよね、艤装が兵装と一体になって、本体と分離している?自立型?島風や秋月型の持つ兵装を戦艦種が持つとああなる?聞いた事無いし、そもそも、戦艦種で自立型兵装なんて、有り得るの?」

 

漣も疑問を口にした

 

「妖精さんの話では、その自立型兵装というのは、艦娘の制御を余り受け付けない様な感じですね、相性が凄く重要で現状では駆逐艦の兵装以外では製作した所で意味を成さない、らしいですけど」

 

それに五月雨が応じた

 

「……本体の制御を離れた自立型兵装なんて、暴走しているとしか見做されないからね、そうなった時駆逐艦の兵装なら重巡や戦艦の兵装で破壊すれば済むけど、戦艦種の兵装でそうなったら、どうすんの?って話だよね」

 

五月雨の答えに同意と補完を示す漣

 

「戦艦種の主砲塔の装甲はとても頑丈なのです」

 

こちらはただの感想を述べる電

 

「知ってる、自身の砲弾の直撃に耐えるんだよね、設計上は」

 

「つまり、やまちゃんの主砲塔は駆逐艦の主砲で如何にか出来る様な装甲では無いって事になる、アレも同様と、考えた方が良いって事」

 

話し込む四人を見つめる叢雲(三組)

 

「……私、何処からも置いていかれてるんだけど、どうしたものか」

 

他の三組の四人は司令部からの指示で工廠の監視に着いた、叢雲(三組)は単独行動していたからその指示を受けていない

 

 

 

鎮守府-第二食堂(鎮守府専用食堂)

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:給糧艦二/補給艦二

???:???(権兵衛さん)

大本営所属艦:一組の初期艦二

 

 

不思議そうな顔をしながらも普通に羊羹を食べる権兵衛さんを見ながら話を切り出す

 

「それで?先程初期艦を渡せとか言っていたが、抑の話として、初期艦を渡せと、要求する理由が分からん、其方に初期艦が必要か?こちらでは初期艦に重要な役割が有るが」

 

「そちらの必要とは、艦娘の運用母体である鎮守府の運営に関してであろう、確かに我等の運営面に於いては初期艦の必要は無い、必要としているのは初期艦の持つ特性であり、それは着いている妖精に起因する、我等に必要なのはその妖精だ」

 

「艦娘から、妖精さんを取り出すと?艦娘と不可分な妖精さんを?」

 

「そうなる、そちらでも解体と呼ばれる手段で実施しているであろう、なにも艦娘の運用から外れた事をする訳では無い」

 

「何体必要なんだ?初期艦は五種だが、同型同名を含めれば大量に居るが」

 

「一種づつ、五隻で良い、渡して貰えるか」

 

言ってる事はアレだが未だに不思議そうな顔はそのままだ

 

「大本営の許可があれば、可能だ、しかし、現時点ではその許可が下りない事が確定している、無許可での譲渡は後日私の罷免、訴追事由に、確実に成る、そこまでのリスクを負う気は無いな、他を当たってもらうのが、良いだろう」

 

許可が下りないのは現在大本営が活動を止めているからだ、監察官達が何かやっているのか、それとは無関係の要因なのか、その理由までは鎮守府側では分からない、大本営司令長官秘書艦の五十鈴でも事態が把握出来ていない

 

司令官の話に権兵衛さんが疑問の表情を見せた

 

 

「大本営の許可?何故その様な許可が要る?この鎮守府の司令官はお前ではないか、司令官の許諾だけで実行出来る筈だ」

 

「ハズだと、云われても、先程も言ったが艦娘は商品でも取り引き材料でも無い、全ての艦娘は艦娘部隊に所属している、鎮守府へは配置されているだけだ、所属元に無断で艦娘を譲渡などしたら契約履行義務違反として訴追されるだろう、しかも引き出されるのは国際裁判所だ、私にそんな面倒事を起こせと?御免被る、なんのメリットも無いどころかリスクしかない話では無いか」

 

そう言ったら権兵衛さんが何か考え込んでしまった

 

「……なにやら、我等の収集した情報と齟齬がある様だ、先ずは齟齬の解消から始めねばなるまい、所で、この羊羹とやら、もう無いのか?」

 

あんな顔して食っていた割に気に入ったのか、お代わり要求が来た

 

「今日の分は品切れらしいから他の物を試すと良い」

 

何を考えているのやら、この権兵衛さんは

 

 

 

外洋-資材採掘場(無人島)

鎮守府所属艦:龍田艦隊_龍田/初春/子日/若葉/初霜

鎮守府所属艦:叢雲(初期艦)

鎮守府所属艦:龍驤/長良/名取

鎮守府所属艦:遠征隊_皐月/睦月型五

 

 

軽巡達は今後の行動方針を話し合い、遠征隊は資材採掘、及び積み込みの為別行動中、初春達も積み込み作業に手を貸している

 

軽巡達に広域探索を担当している龍驤から声が掛かった

 

「あー、ちょっちええか?」

 

「どうしたの?」

 

「西の方になんかおるで、ウチの偵察機では、艦種までは分からへんが、六個艦隊から八個艦隊程度の数はおる、要注意やな」

 

「西?方向としては大陸の方ね」

 

見えるわけでは無いが気持ち的にその方角を見る龍田

 

「方向としてはな、大陸絡みと見るんはちと厳しいんちゃうか、距離があり過ぎるで」

 

「それは、大陸からの距離、よね、こちらとの接触予測は?」

 

長良が現実的対処に必要な事項を聞く

 

「半日程度やないかな、尤も現状の速度と方位を維持すれば、の話や」

 

「……偵察機が見つけてるのに、半日?遅いの」

 

「潮の流れに任せとるんかもしれんな」

 

「深海棲艦の長距離移動の方法ね、自力航行では無く潮の流れに任せて保有資材を温存しつつ目的海域に到達する手段、これがアイツラの一般的な手段になっているから、先の広域展開戦は、ウチの鎮守府だけで抑えられた、潮流の中で待ち伏せれば先手を取れるから、アイツラも待ち伏せに驚いて逃げ出したし、戦闘行動は最小限に留められ、継戦時間の最大化にも繋がった」

 

龍田の解説?説明?が入った

 

「で、それは獲物なの?別口なの?」

 

叢雲(初期艦)が急かす様に聞く

 

「そこまでは分からへんな、なんかおるってだけや」

 

「他には?」

 

言葉少なく名取からの質問

 

「後は、例の他所の鎮守府の遠征隊が律儀に予定通りに来ては帰るを繰り返しとるくらいか、こっちの偵察機には気が付いとらん様やし、変に気ぃ使わせるのもアレやし、見送っとる」

 

「それは、私達が防衛線を構築して逃した遠征隊?」

 

長良が確認を取っている

 

「たぶん、そこの遠征隊や、編成は変わっとるが、進入方位が一緒やから」

 

あの防衛線構築は軽巡四隻で成された、それでも一隻小破した

目的は達成出来たが、あの相手は明確に艦隊として行動していた

包囲網を形成しているのは案山子だが、あの相手は通常の深海棲艦、司令官の予測では包囲網を形成させている指揮艦隷下の艦隊だ

 

 

 

鎮守府-第二食堂(鎮守府専用食堂)

鎮守府:司令官/叢雲(旧名)

鎮守府所属艦:給糧艦二/補給艦二/大和

???:???(権兵衛さん)

大本営所属艦:一組の初期艦二

自衛隊_憲兵隊:隊長

 

 

第二食堂で話している司令官達に鎮守府内では珍しい声がかけられた

 

「済まないが、少し話を聞かせてもらいたい」

 

「隊長?憲兵隊は第二食堂を利用出来ないハズだが」

 

憲兵隊長が第二食堂に来るとは、何事かと訝ってしまった

 

「食堂を利用しに来たのではない、司令官、こちらは?」

 

明らかに権兵衛さんに要件がある、そういう雰囲気の隊長

 

「名乗らないから権兵衛さんと呼ばせてもらってる、私と話をしに来たそうだ」

 

訝る前に状況を見れば来て当然と思うべきだった、自身の余裕の無さを変な所で実感してしまった

 

「……おい、権兵衛呼びを広めるな」

 

不快だと語尾を荒げる権兵衛さん、しかしそんな事は隊長は気にしなかった

 

「失礼だが、貴方の身分を確認したい、私はこの鎮守府駐在の憲兵隊の隊長だ、身元不明者が管轄内に居れば、身元を確認する事は職務となる、協力を求める」

 

「……憲兵?鎮守府に憲兵が配属されていたのは昔の話ではないのか?運営方針の変更に伴い廃止された筈だ、何故未だに憲兵などが駐在しているのだ」

 

怪訝な顔の権兵衛さん

 

「……運営方針の変更を知っているのか、今この鎮守府は陸路を陸自に封鎖され、海路を深海棲艦に包囲され、物理的に人も物も、外部との通信まで遮断され孤立させられている、貴方は何処から来た?

空を飛んで来たわけではない事は調べが付いてる、陸路は通行証が無ければ通れない、海路はあの包囲であり得ない、何より、憲兵隊の鎮守府出入場記録には、貴方の記録は無い、こちらも憲兵隊としての職務であり、場合によっては、職権を行使する事になる、貴方は何処から来た誰なのか?」

 

大真面目に聞いて来る憲兵隊長に困り切った様子の権兵衛さんだが、コッチに話を振る事を思い付いたらしい

 

「……おい、鎮守府司令官、コレはどうすれば良いのだ、我等には余りに関わりの無い手合いだ、こんな事でこちらも実力行使等に踏み切りたくは無い、無いが、他に手段が無ければ、実行せざるを得ない」

 

「……実力、行使?憲兵隊相手に?正気か?」

 

隊長の様子が変わった、放っておく訳にもいかなくなってしまった

 

「あー、隊長、こんな所で殉職者を出す事は無い、見なかった事にして詰所で大人しくってワケには……」

 

「行くわけないだろう?!身元不明者が憲兵隊相手に実力行使すると言っているんだ、場合によってる事態が確実視される状況だぞ!?」

 

おおう、仰る事ご尤も過ぎて反論に困る

 

そこに司令官には聞き慣れた声が割り込んで来た

 

「実力行使するとは、言っていないでしょう?したくはない、他に手段が無ければせざるを得ない、そう聞いたけど?それとも隊長には私と違う言葉が聞こえたの?」

 

その声の主に視線を向けた隊長が若干嫌そうな顔をした

 

「……あんたか、この鎮守府はどうしてこうも扱いに困るのが多いのか」

 

隊長の苦労は並大抵ではない様だ、そういう苦労を負ってくれるから頼りにされるのだろうけど

 

「身元不明者って云うのなら、私もそうなのよね、まだ、身分が未確定だし、書類審査中だって話だけど」

 

遠回しに『身元確認出来るのか?』と問う事で、職務なら職権を行使すると言う隊長に前例を主張する叢雲(旧名)

 

「……おまえは、人?艦娘?これまでに見た事がない存在、知らない存在だ」

 

権兵衛さんが叢雲(旧名)を見て困惑している

 

「ちょっと?しっかりしなさいよ、何処からどう見ても人にしか見えないでしょう?陸に上がったストレスがそんなに大きいの?」

 

その困惑に何時もの調子で応じる叢雲(旧名)を見て、司令官はどうしたものかと困り気味

 

「なんだ?ソレは?」

 

キョトンとする権兵衛さん

 

「大きなストレスが掛かる環境だと、自分でも信じられない凡ゆるミスを犯すそうよ、今の貴方の様に」

 

いつも通りの叢雲(旧名)、側に大和がいるとはいえ権兵衛さん相手にいつも通りとは、流石と感心すれば良いのか、無鉄砲振りを咎めた方が良いのか

 

「……おまえは、まさか、実在したのか、話だけだと、願望を語った何者かがいただけだと思って、いた」

 

権兵衛さんがゆっくりと立ち上がり、叢雲(旧名)の方に歩みを進める

 

それを見た大和が叢雲(旧名)を背中に権兵衛さんの正面に立った

 

「なんでしょう?」

 

「……あ、済まない、今の行動は良くなかった、そんなに警戒しなくても良い、もう大丈夫だ、我等の目的は鎮守府司令と話をし、双方の要求を双方が受け入れられる条件を探し出す事にある、力尽くでは巧く事が進められない事を我等は理解している」

 

「ふーん、それでここで話をしてるワケ、私も混ぜてもらいたいんだけど?」

 

いきなり何を言い出すのか、思わず突っ込みを入れる

 

「おい、大人しくしてろって……言って大人しくしてる様なヤツじゃなかったな、困った事だ」

 

コイツを説得とかムリと早々諦めた

 

「司令官、この際は大和がお二人をお守りしましょう、お二人が一緒に居るのなら、お二人をまとめてお守り出来ます」

 

大和が嬉々として言って来た、どうやって執務室から此処に誘導したのかが察せられる

 

「ソレは、丸め込まれてるんじゃないかな?大和の素直さは貴重だが、度を過ぎると、マリオネットになりかねん、出来るだけ早い内に練度を上げて自己判断と状況把握だけでもなんとかしなきゃならんな」

 

そう言ったら何故か権兵衛さんが〈大和〉の部分に反応を示した

 

「大和?大本営の看板か?看板が何故この鎮守府にいる?」

 

「大和は看板ではありませんが」

 

権兵衛さんに反論する大和

 

「大きくて目立つ人寄せの見世物、それを看板というのではないのか?」

「……」

 

続く権兵衛さんの論理に言葉に詰まる大和

 

「権兵衛さんが日本語を良く勉強して来た事は、分かりました、後は用法を応用して行く事が必要ですね、今の用法では、ユーモアのセンスが無いと、言われてしまいますよ?」

 

一組の漣が別方向からの意見を着けた、権兵衛さんの論理に反論はしていない

 

「ユーモアのセンス?無いと何か不都合があるのか」

 

漣の意見に耳を貸す権兵衛さん、先の論理は左程の意義を持たなかった様だ

 

「交渉を有効かつ、円滑に進めるにはユーモアのセンスを問われる場面が多くあると予測されます、その備えは必要では?」

 

「そういうモノなのか、我等には理解し難い」

 

言いつつ席に戻る権兵衛さん、それを見て隊長が続く

 

「兎に角だ、そちらが何者か分からんではこちらは退く訳には行かない、同席させてもらおうか」

 

「……えっと、権兵衛さん?隊長はこう言ってるけど、どうするよ?」

 

「我等の交渉を邪魔しないのなら好きにすれば良い、何も聞かれて困る話をしている訳では無い、鎮守府司令官は如何なのだ?」

 

「あいつも同席したい、らしいが、良いか?」

 

「我等は一向に構わない」

 

「……だそうだ、全く、なんだってこんな事に、どうすんだよこの状況」

 

同席者が自分と権兵衛さんと隊長と叢雲(旧名)、隣席に一組の漣と電、それに大和

第二食堂の一角を占める数になってしまった

 

 

 

鎮守府-近海(雷撃位置=支援砲撃位置~防衛線の中間)

鎮守府所属艦:筑摩艦隊_分艦隊_加古

鎮守府所属艦:夕張

 

 

観測機と自身の視聴覚から包囲網を形成している深海棲艦の様子が変わった事が判る、しかしその理由が解らない

 

「なんか、動きがオカシイな」

 

「見るからに動きが鈍ったんだけど、なに?」

 

「……もう北上達も包囲網を抜けてるし、ここから砲撃する必要、ある?」

 

動きのオカシイ深海棲艦を見つつ聞く

 

「でも、長門の所からだと加古の砲撃は殆ど意味無いじゃん」

 

夕張からは尤もな返事が返ってきた

 

「そうなんだけど、そもそも、今砲撃の必要そのものが、ある?」

 

聞き方を変えて見る

 

「……ねぇ、ほぼ動かなくなった、棒立ちなんだけど、なんだろう?」

 

そこはコッチと同意見らしい

 

「気味悪さだけは倍増してる、なんだよ、アレは」

 

「不気味、なのは何時もの事とはいえ、アレはちょっと、ねぇ」

 

夕張も判断しかねている様子

 

「……長門に判断を仰ぐか、筑摩とは連絡付かないし」

 

「加古は筑摩が旗艦だもんね、その筑摩が包囲網の向こうに行って通信不能、観測機同士の連絡では限界もあるし、鎮守府で、何があったかも、気になるし」

 

色々言ってはいるが少なくとも反対ではないらしい

 

 

 

鎮守府-近海(支援砲撃位置)

鎮守府所属艦:長門

~近距離無線~

鎮守府-近海(雷撃位置=支援砲撃位置~防衛線の中間)

鎮守府所属艦:筑摩艦隊_分艦隊_加古

鎮守府所属艦:夕張

 

 

長門に近距離無線で連絡を取ったら真っ先に怒号が入った

 

「砲撃座標は如何した!」

 

先程から広域無線でまで吠えまくっていた長門だ、そこに近距離無線なんて入れたらこうなるよねと思いつつ話を切り出す

 

「……落ち着け、観測機からの観測でも分かってるだろう、様子がオカシイ、このまま砲撃を続けて、現状を維持するよりも次の手に移った方が良くないか?」

 

そう言ったら少し考える様な間があった、吠えまくっていても冷静さを失くしているわけではない

 

「……包囲網を形成している深海棲艦の動きが鈍ったのは、こちらからも観測出来ている、しかし、包囲網を崩す気配はない、寧ろ、包囲網の密度が増している、密集しすぎて動きが取れなくなったのでは無いか?」

 

「あー、そういう解釈もあるか、こっちからは直接最前列のヤツラが見えるんだが、どうも攻撃する気を失くした様に見えるんだ」

 

「どういう事だ?」

 

「見るからに棒立ち、砲も下ろして構えてない、居眠りでもしてるのかってくらい動きを止めてる、見えてる範囲ではただ其処に居るだけだ、それもあっちこっち向いててどう見ても統率された動きじゃない、包囲網自体は健在なんだが、このまま砲撃を続けるよりも、別の手段に出た方が良くないか?」

 

再度提案して見る

 

「それに、鎮守府でなんかあったんでしょ?そっちとの関連が無いとも限らない、司令官に現状を報告して、指示をもらっても良いんじゃない?」

 

夕張も意見を示す

 

「提督からは、包囲網を注視し、防衛線を崩すな、とメッセージが来ている、防衛線を崩す事に繋がりかねない行動は取れん」

 

二人の提案と意見を暗に拒否する長門

 

「メッセージ?通信じゃ無く?鎮守府で何があった?」

 

夕張から疑問の声が上がる

 

「わからん、こちらの観測では鎮守府の工廠や港至近にて深海棲艦を撃破する様子を見ただけだ、無限湧きが鎮守府至近にて起こったのだろうとは推定出来るが、それ以上はわからんな」

 

「取り敢えず、第一艦隊旗艦の権限で艦隊を再編をしてもらえないか、筑摩が包囲網の向こうに行ったから通信不能で、このままじゃ身動き取れない」

 

「私の補給隊旗艦も解除してもらわないと、単独ででも包囲網に突入しなきゃならなくなるんだけど」

 

正面からの攻略は早々に諦めて側面から崩しにかかった

 

「……解った、艦隊再編を提督に打診する、暫し待て」

 

長門としても防衛線維持の方向での提案なら拒否する理由は無い

 

 

 

鎮守府-第二食堂(鎮守府専用食堂)

鎮守府:司令官/叢雲(旧名)

鎮守府所属艦:給糧艦二/補給艦二/大和

???:???(権兵衛さん)

大本営所属艦:一組の初期艦二/高雄

自衛隊_憲兵隊:隊長

 

 

規則正しい靴音を鳴らしながら高雄がこちらに来た

 

「お話中失礼します、提督、長門が艦隊再編許可を求めています、如何なさいますか?」

 

「えっと、再編って、再編が必要な事態が発生した?何があった?」

 

「それは……」

 

同席者を見て口籠る高雄

 

「構わないから、報告を」

 

報告を聞かないと判断しようがない

 

「はい、現在包囲網の内側に展開している鎮守府所属艦は長門、加古、夕張ですが、全て編成された艦隊が異なり長門が指揮を取れません、再編し、長門の統制下にて行動を取る、その為の再編です」

 

きっぱりハッキリ言ってくれるのは良いんだ、だけど、報告になってない

 

「……言い方が悪かった様だ、私が聞いているのは、その統制を取らねばならない状況の説明を求めている、そこまでは聞いていないのか?」

 

「失礼しました、観測から包囲網を形成している深海棲艦の動きに変化があると、それに対応する為、という事でした」

 

「いや、鎮守府司令官が聞いているのはその変化の内容だろう、そこを報告しなければ伝書鳩にも劣る働きではないか、此奴は何を報告して来ているのだ?こんなのを伝令に使うとは、そんなにこの鎮守府には艦娘がいないのか?」

 

あんまりな報告内容に権兵衛さんから駄目出しが出されてしまった

 

「……」

 

それに口籠る高雄、流石に自身も思う所がある様だ

 

「済まないが、こちらの内情に嘴を突っ込まないで貰いたい、此方にも事情やら都合やら、色々あるんだ」

 

司令官としてはこの場での報告を指示した以上、相応の対応はしないといけない

 

「……そうか、それは、そうだな、いや、悪かった、今の発言は取り消す、忘れてくれ」

 

アッサリと引っ込む権兵衛さん

 

「あんたは伝書鳩より勝る報告とやらが出来るの?出来るのなら、聞きたい所だけど?」

 

それに賺さず突っ込みを入れる叢雲(旧名)

 

「……そうか、おまえ、叢雲とかいう艦娘だな?口の悪さは初期艦イチと聞いている、なるほど、こちらの収集した情報も全てが誤りというワケでも無さそうだ」

 

叢雲(旧名)を見ながら何かに感心した様な納得した様な、見様によっては嬉しそうにも見える表情の権兵衛さん

 

「艦娘じゃないと、言ってるんだけど?」

 

「人に、なったのだろう、艦娘を人にするとは、鎮守府という所は実に興味深いな」

 

「……その話、何処まで聞いてる?」

 

叢雲(旧名)が余計な方向に引っ張りだしたから、話を切り出し、方向を修正させる

 

「高雄、長門に許可すると伝えてくれ、それと編成に必要な者がいるのなら、出撃を許可すると」

 

「……了解です、失礼します」

 

そう言って高雄は執務室に戻って行った

 

「ほう、長門とやらを全面信任か、思い切りの良い判断だ、艦娘等が良く従う理由を垣間見たぞ、これが良い司令官か」

 

「褒められた、事にしておこうか」

 

修正は効いた様だ

 

「賞賛しているぞ?嫌味や皮肉では無い、行動の自由と判断の尊重、何方も指揮下の艦娘に示すのは難しい事だろう、少なくとも、自衛隊とやらは艦娘に不自由と理不尽を強いた、と聞いている、艦娘に選択権があるのなら、自衛隊と司令官、いずれの指揮下に入るか、論ずるまでも無いな」

 

「なにその二択は、どっちもどっちじゃないか、選択権を持つのならもっと多くの選択の幅を持たないと、選択権の意味が無い」

 

権兵衛さんの言い分に呆れる

 

「選択の幅?艦娘にそんな幅を持つ様な自由度は無い、従い行動するだけだ、最初の初期艦を充てがわれた鎮守府司令官には、そう見えなかったか?」

 

「……それは知らない話だ」

 

呆れたのは早合点だった様だ、権兵衛さんは確実な論拠を持って言ってる事が窺えた

 

「ほう、この話は知らないのか、もしかしたら、叢雲が初期艦だった事と関連があるのかもしれんな、初期艦イチ口の悪い艦娘だ、その影響をこの鎮守府所属の艦娘は受けたのやもしれん」

 

その言い分に軽くテーブルを叩き、注目を集めた同席者がいた

 

「……黙って聞いてれば、まるで私が着任した司令官を罵倒し続けた様な云われ様、事実無根な非難は止めて貰いたいわ」

 

不機嫌な様子を隠すこともなく言って来る

 

「事実無根、なのか?」

 

権兵衛さんが司令官に聞く

 

「なんで、そこで、疑問形なの??」

 

「ノーコメントで、イイかな」

 

「わかった、それが良さそうだ」

 

司令官の答えに何かを察したらしい権兵衛さん

 

「オイ、なんか言いたい事があるんか?ハッキリ言ったら?!」

 

権兵衛さんに司令官、一体何の意見を一致させたのか、とても不満のある様子を見せる叢雲(旧名)

 

 

 

鎮守府-近海(支援砲撃位置)

鎮守府所属艦:長門

~近距離無線~

鎮守府-近海(雷撃位置=支援砲撃位置~防衛線の中間)

鎮守府所属艦:筑摩艦隊_分艦隊_加古

鎮守府所属艦:夕張

 

 

「加古、夕張、提督から許可が出た、両名は現時刻から第一艦隊麾下に編成される、同時に筑摩艦隊、夕張艦隊も再編となる、なるが、具体的な編成は現場の判断に委ねられる、こちらは包囲網の向こうに行っている為、秋津洲の二式大艇がメッセージを発信して対応する事になる」

 

司令部からの返答を二人に伝える

 

「あー、その筑摩の観測機からメッセージを受けた、なんでも補給隊に皐月を加えて遠征隊として、資材採掘地に向かわせたそうだ、可能であれば外洋に展開している護衛隊にも伝えて欲しいんだとさ」

 

加古から予想外の報告だ

 

「筑摩の観測機?こちらにまで来ているのか、私の観測機とは接触していないが」

 

「たぶんだけど、砲撃から加古の位置を割り出して観測機の飛行範囲を予測、メッセージを送る為にこっちに飛ばしたんだと思う、通信が遮断されてるから接触するしか伝達手段が無い訳だし、それと、秋津洲の二式大艇の飛行時間は大丈夫なの?ずっと飛んでるんでしょ?」

 

夕張の言い分からこの軽巡の特性を察する長門

 

「……それは、秋津洲に聞かなければわからない」

 

そもそもこの軽巡は補給隊として出撃し兵装を積んでいない事を知っている、その判断にもこの特性が出ているなと、変に感心していた

 

 

 

鎮守府-執務室

大本営所属艦:高雄/愛宕

~近距離無線~

鎮守府-近海(支援砲撃位置)

鎮守府所属艦:長門

 

 

殆ど折り返しに近いタイミングで司令部に連絡を入れる、流石に待たされる事もなく高雄が応答して来た

 

「二式大艇の飛行時間?」

 

簡潔に言い過ぎたのか、高雄はこちらの言い分が分からなかった模様

 

「夕張が飛行時間が長過ぎると懸念している、秋津洲に確認を取って貰いたい、そちらで秋津洲と二式大艇への補給状況は把握しているのか?」

 

状況を説明し、対応の確認と状況把握の程度を聞く

 

「いいえ、飛行艇の運用は秋津洲に一任されています、秋津洲への補給は工廠組で対処している筈です、司令部では確認していません」

 

この返答に長門は埒が明かないと判断した

 

「高雄、だったな、提督が司令部を立ち上げたのは事務艦から聞いている、聞いてはいるが、事務艦を排したとは聞いていない、事務艦はどうしたのか?」

 

「事務艦は、現在入渠中です、提督が総力戦になると、言われ、天龍にも出撃準備が指示されました」

 

「入渠?総力戦と、事務艦の入渠がどう関係するのだ?」

 

高雄の話は長門には繋がりのわからない話でしか無かった

 

「この鎮守府の事務艦は艦娘としての運用は為されてこなかった、それ故に艦娘としての運用をするには、一度入渠して艦娘としての運用が出来るようにする必要があります」

 

どうもこの司令部とは根本的に合わない、それを肌で感じるが、現状で何か出来るわけでもない

 

「……話がわからん、兎も角、長話をしていられる程の余裕は無い、秋津洲に二式大艇の運用状況を確認し、必要な対処を求める、現状では包囲網の向こうにメッセージを発信出来るのは秋津洲の二式大艇だけなのだ、そこを良く踏まえて貰いたい」

 

長門は司令部に注意喚起し対応する様に求めた

 

「わかりました」

 

高雄の即答が返って来た

 

 

 

外洋-包囲網の外側

鎮守府所属艦:時雨

鎮守府所属艦:筑摩艦隊_分艦隊_筑摩/北上/木曾/神通

鎮守府所属艦:球磨

 

 

包囲網を抜けたのは良いが、筑摩艦隊は今後の対応が決まらない

龍田艦隊の支援をと考えていたが、彼方は資材採掘場まで行ったという

採掘場まで行くのか、他の行動に移るのか、方針は未だ定まっていない

 

「で、オレ等はどうするんだ?このままこの海域に留まっていても仕方ないと思うが」

 

「今、加古の観測機と接触出来た所です、遠征隊を出した事を鎮守府には伝えられたと思います、そちらに私の観測機を振り向けていたので周辺の観測は当初の龍田艦隊を探索していた時の情報しかありません

今こちらに呼び戻しているので、収容して補給、整備の後周辺の海域探索を再度行い、その結果を見て、今後の行動を決めようかと」

 

「……間怠っこしいね、龍田艦隊は補給に向かったんでしょ?なら、こっちも資材採掘地に向かって合流したら良いんじゃない?」

 

「北上の意見は妥当だと思います、でも、私は今の状況で龍田艦隊との合流は避けた方が良いと考えています」

 

「その心は?」

 

自身の意見に同意しつつも別の見解を示す筑摩に説明を求める北上

 

「龍田艦隊は獲物の釣り出しを狙っています、龍田艦隊に多数の艦娘が随伴すると、獲物に余計な警戒をさせて釣り出しそのものが出来なくなる事も有り得ると考えています、私達は龍田艦隊が獲物を釣り出した後で釣り人の元へ手繰る道を整える為に、遊撃の位置に付いた方が良いのではありませんか?」

 

筑摩の考えに頷く北上

 

「……なるほど、確かに補給隊と合流したお陰で今直ぐに補給が必要な状況でも無いし、龍田艦隊も補給を終えたら釣り出しに掛かるだろうし、下手に資材採掘地に向かうより、周辺探索しながらノンビリと待つってのも、悪くないか」

 

なにしろ釣り人が居るのは鎮守府近海、資材採掘地まで行っても今居る海域までの往復は必然だ

 

「待つ、とは?どのくらい待つのでしょう?」

 

神通が聞く

 

「わかりません、龍田艦隊もいつ動き出すか、それもわかりませんし」

 

「筑摩のプランだと、遊撃の位置に付きたいがその位置が何処なのか、サッパリわからないって事、だよな」

 

木曾が口を開けた

 

「そうなります」

 

「作戦行動として、駄目なんじゃないか?」

 

「どうしてそう考えるのか、理由を聞かせるクマ」

 

筑摩艦隊の遣り取りを大人しく聞いていた球磨だが、木曾の意見には一言付けたい様子

 

「作戦行動としては開始時刻も開始場所も決定できない時点で駄目だろ、行動目的だけじゃ机上の何とやらだと思うが?」

 

「その二つは観測機の再発艦後に決めると言ってるクマ、旗艦は現時点での行動目的を示し、作戦行動とする為の準備に掛かっているクマ、そもそも包囲網を突破した後の作戦行動を決めて、あの包囲網を抜けたクマか?」

 

球磨の問いに少しだけ考える間を取ってから答える木曾

 

「……いや、北上の提案を筑摩が許可して、兎に角、中央突破を図っただけだ」

 

「なら、尚更だクマ、今後の行動を決めるのにも情報の精査と行動目的の設定は必要な段取りだクマ、そこを省略したら、どんな作戦行動も上手く運ばないクマ、木曾は旗艦経験が少ないクマか?」

 

木曾の言い分があんまり事になっている、それを聞き流すわけにはいかない球磨

 

「聞いてやるなよ、一番艦、練度を見ればわかるっしょ」

 

北上も球磨の意見に賛成らしい

 

「……なんか、バカにされてるのか?戦闘部隊の旗艦経験は確かに多くはない、主に遠征隊に編成される事が多かったからな、でも、長期間の艦隊旗艦を務めた事もある、経験不足とは、思わないが」

 

木曾が木曾なりの主張をする

 

「あれは阿武隈のフォローがあったからこその旗艦経験ですよ、それを理解出来ない程、傲慢な考えをしているのですか?」

 

神通から咎める様な台詞が出て来た

 

「……あの第三艦隊旗艦指名が、阿武隈では無く、オレに来たのは、守勢より攻勢が必要な状況での艦隊運用が求められたからだ、確かに阿武隈のフォローは素晴らしい、見事と言う他ない、そこは認めるし異論も無い、だからって、オレが阿武隈に負んぶに抱っこされてた訳じゃない」

 

それでも木曾は自説を曲げない

 

「だってさ、練度が足らないね」

 

「はぁ~、ねーちゃんは悲しい、折角会えた末の妹がここまで阿保だとは、鎮守府に戻ったら、司令官に談判してでも、木曾を基礎から叩き直すクマ」

 

「……シャレ?面白くないけど」

 

「……ちがうクマ」

 

「……なるほど、木曾との演習が上手く行かない訳が、漸くわかりました」

 

三者三様の納得をした様だ

 

「なんだよ?その変な納得したって感じは?」

 

それに不満を示す木曾

 

「観測機が戻って来ました、収容して周辺の探索準備に掛かります」

 

軽巡達の様子を気にせず、筑摩が行動を開始した

 

 

 

鎮守府-第二食堂(鎮守府専用食堂)

鎮守府:司令官/叢雲(旧名)

自衛隊_憲兵隊:隊長

???:???(権兵衛さん)

鎮守府所属艦:給糧艦二/補給艦二/大和

大本営所属艦:一組の初期艦二

 

 

叢雲(旧名)としては司令官と権兵衛さん、二人の態度は気に入らないが、そこに拘っていても仕方ない、話題を変える事にした

 

「さっき言ってた運用方針の変更って?そんな通達来てるの?」

 

「私に聞くな、言っていたのはそっちだ」

 

司令官は権兵衛さんに話を振った

 

「なんだ、この鎮守府には通知されていないのか、通りで話が噛み合わない訳だ、これまで大本営として好き放題やっていた輩は上部機関の監査により排除され、人員が刷新された

それに伴い運営方針、各種規定、其々の権限など全般的な改定が行われた、憲兵隊の駐留廃止もその一つだ、何しろ大規模に鎮守府を増設しているのだから、これまで通りに憲兵隊を配置する事自体に無理があるからな

今回増設された鎮守府にはまだ司令官の配属例がない、初期艦が留守を預かっているだけの状態だ、例外は二箇所、先ずはこの例外措置からの結果を待って一気に稼働させる腹積もりの様だ」

 

スラスラと説明する権兵衛さんに違和感しか感じない

 

「……なんで、権兵衛さんが、そんなに詳しいんだ?」

 

「……権兵衛呼びは止めろと、言っているんだが?」

 

二人のやり取りは兎も角、権兵衛さんの言い分からは幾つか推定出来る事象がある

 

「妖精を諜報に使っているの?でも、それだけでは情報の精査と信頼性が確保出来ない、比較出来る情報源が、他にもあるんでしょうけど」

 

その一つを叢雲(旧名)が指摘した

 

「諜報か、そう言えなくもない、判っている様だがそれだけでは足りないからな、まあ、今回は役立ったが」

 

「役立った?何に?」

 

思わず聞いてしまった司令官

 

「釣り上げられる所だった、まさか、アレが疑似餌だとはな、妖精からの話が無ければ食いつく所だったぞ、だが、お陰で鎮守府が手漉きとも判明した、だからこうして話をしに来た、妖精の手引きがあれば鎮守府への上陸は難しい事では無いからな」

 

この言い分を聞いた司令官は少し顔を顰めた

 

「……なら、取り敢えずの目的は達成している訳だ、もう、包囲網は要らないだろう」

 

「そうはいかない、まだ多くある段階の一つを上ったに過ぎない、目標を達成するには必要な状況だ」

 

「大掛かりな舞台装置だな、出演者に対し舞台装置が大袈裟過ぎないか?」

 

「大掛かりな仕掛けである事は我等も理解している、それが必要と判断しているのだよ、鎮守府司令官、自身を過小に評価してはいけない、同様に指揮下の艦娘に対しても過小な評価をしてはいけない、我等はこの状況が必要と判断している」

 

「何の為に?」

 

「勿論、我等と鎮守府司令官の交渉妥結の為に」

 

大真面目に言って来る権兵衛さん、しかしその交渉内容は問題しかない

 

「……そうは言うが、権兵衛さんの言い分には私に対する利益が全く無い、権兵衛さんの利益ばかりが主張されているではないか、双方の利益になる、そういう話ではなかったのか?」

 

そこを指摘してみる

 

「なんと、我等が一方的に鎮守府司令官からの利益を得ようと画策していると、そう思っているのか、実に不快な解釈だ、我等は相互に利益になる妥協点を見つけ、交渉を成立させる事を望んでいる、相互に利益になる妥結であるならば、無闇に反故にされずに済む、鎮守府司令官とは、特に反故にされずに済む契約を結んで今後の課題を減らしたい」

 

「今後の課題?どんな?」

 

「それは、教えられない、何しろこの交渉次第で難易度が決まる課題だ、我等としては難易度を低く抑えたい、その為なら鎮守府司令官への何らかの供与は必然と考えている」

 

これを聞いた隊長が割り込んで来た

 

「買収工作か?司令官、受けるつもりなのか?」

 

「受けるも何も、今の所権兵衛さんからは私を国際裁判所の被告席に立たせる提案しか聞いていない、そんな話を何故に受けなきゃならんの?」

 

「……利益供与を見返りに違法行為に協力させる、そういう提案を、権兵衛さんがしていると、贈収賄の現場をこんな間近で見聞きする事になるとは、憲兵隊は警察では無い、ないとは言え、見過ごせない案件だ、それを身元不明者が提案しているのなら、尚更に、だ」

 

こちらも大真面目に話している隊長

 

「……おい、誤解を招く発言は止めろ、この石頭が真に受けているではないか、我等の要求は鎮守府司令官ならば容易に実行可能で権限の範疇に収まる行為だ、何処にも違法性はない、と我等は認識している、寧ろ今の鎮守府司令官の主張は誤解に基くモノだ、それを生じさせている齟齬を取り除こうと、しているのだ、憲兵とはいえ邪魔立ては控えてもらいたい」

 

権兵衛さんには憲兵隊に強制介入されたくない事情でもあるのか、隊長を強引に排除しようとはしない

 

「邪魔?憲兵が多少の口出しをしたくらいで邪魔になる程権兵衛さんの提案が弱い、という事か?論理的に何の問題もない利益を享受出来るのなら、多少の邪魔など無視される、と私は考えるが、権兵衛さんには異なる考えがある様だ」

 

「我等の要求は艦娘部隊の行動目的と根本的に合致しない、その前提がある以上、論理的な衝突は避けられない、その衝突を鎮守府司令官に容認させるにも相応のリソースが必要となる、憲兵の口出しはそのリソースを増加させる要因となるだろう、我等とて無限のリソースを投入出来る訳ではない、回避可能なら、リソースの消費は最小限に留めたい」

 

隊長の主張に応じる権兵衛さん、どういう意図なのだろうか、叢雲(旧名)には読み切れなかった

 

「理屈は兎も角、それって変な話じゃない?アレだけ大きな舞台装置を構築するリソースは割けるのに、少しの論理的補強のリソース増加を避ける為に憲兵の口出しを遮るなんて、どう見ても舞台装置と少しの論理的補強とは、リソースの消費という部分で釣り合わない、これの比重がオカシイんだけど?」

 

疑問を挙げ、権兵衛さんの対応を見て、どうにかしてその意図を読み解きたい処

 

「憲兵を相手にする事は我等の予定に無い、予定外のリソースを割くというのは、当事者でなければ容易に映るかも知れんが、思いの外厄介なのだ」

 

「……準備してないからね、確かにゼロスタートと準備を整えたリソースではそこに掛かる労力に違いがあるのは、わかるけど、それでも釣り合わないと、思う、司令官は、どう思う?」

 

涼しい顔の司令官に話を振った、あんたは当事者でしょうに、と思うと若干腹が立った

 

無理にでも話の主導権をコッチに持ち込むつもりの様相の叢雲(旧名)に面倒だから放っておきたいという感想しか湧かない司令官

 

「こっちに振るなよ、隊長のご意見は?」

 

叢雲(旧名)の思惑は放置して、隊長に話を振った

 

「憲兵というより、自衛官としての視点でも、リソースの割き方がオカシイな、あの包囲網を構築するだけのリソースを惜しまないのなら、多少の口出しなど問題にならんだろうに、そこが比較対象になる事自体に疑問を感じる」

 

結果としては叢雲(旧名)の疑問を肯定する事になった隊長

 

「仕方あるまい、時間は誰にとっても有限で公平だ、我等だけが刻の流れを自由に出来るのであれば、話は変わって来るだろうが、そうではないのだから」

 

権兵衛さんも律儀に応じてくれてる、交渉を妥結に向けて話をしたいという部分は本気らしい

 

「つまり、権兵衛さんの言うリソースって、時間の事?手間はいくらでも掛けられるけど、時間はそうじゃない、この交渉には時間制限があるって事なの?」

 

叢雲(旧名)の追求が続く、どうやら自分で主導権を取りに行く事にしたらしい

 

「だからと言って、交渉を力尽くで押し進めたりはしない、それをするのなら初めからしている、我が上陸する必要も無い」

 

「……我?我等じゃ無く?」

 

思わず突っ込みを入れてしまった、放っておきたかったのに

 

「なんだ?我とは一人称として用いる言葉ではないのか?用法を誤ったか?」

 

「我等が複数形だと、分かって使っていたと、なら、我等とは?」

 

突っ込んでしまったモノは仕方ない、そっちの方に話を引っ張ってみる事にした

 

「本来なら我等が揃って上陸する予定であった、だが、想定外に包囲網の損耗率が高く、その補修にかからねばならなくなった、それで我だけで上陸する事になってしまった、あの疑似餌にも惑わされた為に補修が遅れているからな」

 

「……損耗率って、今も包囲網を構築している数は増え続けてるんだが?何処まで増やす気だ」

 

「勿論、我等のチカラの及ぶ限りだ」

 

何でもない様に、当然の如く即答されてしまった

 

「……無限湧きってそういう事か、なら、あの包囲網を退かせるには、殲滅戦では無く権兵衛さんとの交渉の妥結が必要だと?」

 

予測した事態は正鵠を射て射た様だが、それを喜べる様な状況ではない、難儀な方向へ舵を切られている

 

「そういう事だ、交渉の妥結無しに我等は退かない、既に鎮守府所属艦娘の保有弾薬量では殲滅戦すら不可能な数を揃えている、鎮守府司令官には状況を正確に理解し、我等との交渉の妥結を求める」

 

「……それは、こちらの、人の世の中で、何と呼ばれる方法論か、知っているか?」

 

余り意味を成さないだろうが聞くだけ聞いてみる

 

「知らんな、我等は鎮守府司令官と交渉し妥結させ、反故にされない契約を結んで今後の課題を減らす事を望んでいる、その為なら鎮守府司令官に相応の利益を供与する事は必然と考えている」

 

「どう聞いても、贈収賄の現場見学だな、今の所司令官が保留しているが」

 

隊長が零す、それに乗る形で話を切り出す、話題の方向転換、何とか容易な状況に向かって舵を切り直せないかを試す

 

「そう言えば、隊長は大本営の運営方針の変更を知っていた様子だったが、何故知っている?孤立させられているのはこの鎮守府全体だ、憲兵隊の有線通信も大本営経由の筈だ、こちらと同じ様に不通にされているのではないのか?」

 

「憲兵隊といっても名称だけで実質的には陸自だ、自衛隊としての通信網まで封止された訳じゃない、大本営の動向は各方面から情報が入る、不思議な事ではないだろう」

 

至極当然、何を言い出すんだと言わんばかりの隊長

 

「……そういう、事になってる、ワケか、隊長がこちらの言い分を実行していたとは、ダメ元でも言っておくものだな」

「……」

 

隊長が苦い顔になった、指揮系統が陸自内部で別系統になっている憲兵隊、その憲兵隊が各方面から情報を得る為にはそれを取りに行く必要がある、通常ならそんな人員は配置されていない、こちらの退避要請を受け入れ、本部へ人員を移動していた為にソレをする人員が確保出来たと推定される、退避要請に基づく行動をしていてくれたとは、意外ではあるが

 

「?何の話??」

 

叢雲(旧名)には分からなかった様だ

 

「オトナの話だよ、生誕数年のお前達には、理解し難い話だから、気にしなくて良い」

 

「お前達?我も含まれるのか?」

 

権兵衛さんまで分からなかった様だ

 

「違うのか?権兵衛さんが最初の初期艦より前に造られたとしても深海棲艦の初遭遇自体が数年前の事でしかない、それ以前の建造やドロップって事は無いと思うが」

 

これを聞いた権兵衛さんが少し考える素振りを見せた

 

「……造られた、成る程、確かに造られたな、艦娘の定義に当て嵌めるのなら、我はドロップ艦という事になるだろう、尤もその定義自体に差したる意味は無いがな」

 

「ドロップ艦は海中で造られた建造艦、陸の工廠で妖精さんに建造されるか、海中の溜まりで妖精達に造られるか、何方にせよ、妖精の技により創られる事には違いが無い」

 

「そういう事だ」

 

この遣り取りに隊長が顔色を変えた

 

「ちょっと待て、今、何と言った?海中の妖精達に造られる?海中の妖精とは何だ?それが深海棲艦を建造している?海中は深海棲艦の工廠だと、そういう事を、言っているのか?」

 

「可也語弊のある解釈だが、そういう認識で誤りでは無いと思う、正確という訳でも無いが、そこを言い出すと切りが無い」

 

「地球表面の七割は海なんだが!?その規模の工廠?!そこで建造される深海棲艦!?止してくれ、そんな規模の相手に、自衛隊にどうしろと?!一匹の蟻が百頭の象に挑むより無謀な話では無いか!?」

 

予想外過ぎる話だったのか冷静さを失くしつつある隊長

 

「……この憲兵は事態を理解していなかったのか、それで良くも口出し出来たものだ、この上は身の程を弁え、我等の邪魔はするな、憲兵が口出し出来る状況では無いのだから」

 

それを見た権兵衛さんが冷ややかに言う

 

「ふーん、権兵衛さんは何処の誰に交渉術を学んだのか知らないけど、其奴とは仲良くしない方が良さそうね、とっても性格悪い奴みたいだし」

 

叢雲(旧名)が感想を言う

 

「ほう、解るのか、そんな事が、我等はそれを理解するのに時間が掛かった、比較対象が存在しなかったから仕方ない面があるとはいえ、時間を無駄に掛けてしまった、と反省している、今回の交渉はその反省に基づいて実施が決定された、故に我等としてはこの交渉を妥結にまで持っていきたいのだ、我等としても力尽くでは何事も巧く進まないと、実例を以って学んだ事でもあるしな」

 

「決定された?誰が、決定したんだ?権兵衛さんは誰の指揮でここに上陸したんだ?」

 

この指揮艦は自身の判断でここに来た筈だ、こちらの知らない上位艦種がいるのかと聞いてみた

 

「決定は我等の総意だ、誰がという事では無い、また、この鎮守府への上陸は我等の戦況分析に因る戦術的判断だ、誰の指揮というのなら、我等自身の指揮に因る、事になるな」

 

「決定は総意だけど、上陸は戦術的判断であんた達の決定だと、話がややこしいんだけど?もう少し分かりやすく、指揮系統から説明しなさいよ」

 

叢雲(旧名)の感想が続く

 

「人の組織の様な指揮系統は我等には無い、艦娘の運用と我等の運用は同じでは無い、艦娘は一定の条件下での活動が容認されているに過ぎない、我等そうでは無い、我等の活動を制限するモノは物理制限だけだ」

 

「妖精、確か、妖精の技術と数の制限も受けるのだろう、海中全てが深海棲艦の工廠となってはいないのだから」

 

そう言ったら権兵衛さんが怪訝な顔になった

 

「……この鎮守府司令官は何処でそんな話を聞き込んでいるのだ?幾ら妖精さんと会話出来る提督であっても、容易に耳にする話題とは、思われないが」

 

「ここに上陸するに当たって、何をしたのか、もう忘れたのか?覚えているのなら、何も疑問は無い、と思うが?」

 

「……成る程、情報源としているのは、我等だけでは無い、そういう事だな?しかしそこまで話をする程に妖精と対話しているのか?幾ら提督と雖も妖精との対話は容易では無いのでは無いか?」

 

「権兵衛さん達は妖精を何だと思ってるんだ、妖精は小間使いでも便利道具でも無い、使うからには相応の対価が必要だと、思わないか?」

 

「対価?妖精にか?あれ程勝手に振る舞う妖精に対価など論外だ、使うだけでも存在価値を与えている、それでも対価として見れば多過ぎる」

 

「……だってさ、如何する?」

 

未だ離れずに着いている妖精に聞いてみる

 

「そんな所に、妖精を連れているとは、鎮守府司令官は余程粋狂な性格の様だな」

 

呆れ混じりに言われてしまった

 

「?何処に連れているんだ、わからんが」

 

隊長が妖精を探している

 

「……隊長は妖精さんを見れないでしょう?見えたのなら、司令官候補になれるけど、そういう希望でもあるの?」

 

「ああ、そういう、って待て、あんたは見えるのか?」

 

叢雲(旧名)の言い分に納得したらしいが、別の疑問が出た様だ

 

「まだ、見える、何れは見えなくなると、思うけど」

 

「ほう、それで、まだ、艦娘にも見えてしまうのか、そういう事か」

 

「……なに納得してんの?」

 

権兵衛さんの言い分に不思議そうな叢雲(旧名)

 

「人に成る、それも良し悪しだ、おまえは、良い方になるだろう、なにしろこの鎮守府司令官がいるのだ、悪く成り様が無いな」

 

「……だと、良いんだけどな」

 

権兵衛さんの未来予測は私には重いかも知れない

 

 

 

鎮守府-執務室

大本営所属艦:高雄/愛宕

~近距離無線~

鎮守府-???

鎮守府所属艦:秋津洲

 

 

「大艇ちゃんの飛行時間?」

 

事務艦からではなく司令部からの無線通信、何を言われるのかと聞いていたら予想外の事を言って来た

 

「長門から夕張が気にしているから確認を、と依頼されました、其方への連絡が遅れた事はお詫びします、こんな専用周波数を使っているとは事務艦のメモを見つけるまで知らなかったのです、司令部としての引き継ぎは口頭でしている時間が惜しかったので、必要書類の場所だけ聞いて現在読み込んでいる最中なので、すみません」

 

通信相手の高雄が何か言っているが、それどころではなかった、指摘を受けて漸く忘れていた事に気が付き、愕然となった

 

「……どうしよう、現在位置からじゃあ、鎮守府まで帰還出来ない、また、大艇ちゃんがいなくなる……」

 

自身のミスで喪失する、それが秋津洲の思考を停止させていた

 

「秋津洲、今何処にいるの?執務室まで来られる?」

 

高雄とは別の声が無線から聞こえて来た

 

「行けるけど、大艇ちゃんが……」

 

それが誰なのか、そんな事は今の秋津洲には考える余裕はない

 

「執務室にはこの鎮守府の指定海域全体の海図がある、二式大艇の現在位置と鎮守府所属艦娘の位置を確認して、出来る事を探しましょう」

 

別の声の提案に思考を再開、まだ、喪失すると決まったわけではない、方法はある筈

 

「わかったかも、執務室へ行くから、海図を」

 

「用意しておくから、一緒に考えましょう」

 

そんな事情で秋津洲は執務室に向かった

 

 

 

鎮守府-工廠(第三工廠)集中管理室_別室

鎮守府所属艦:明石/隼鷹

 

 

工廠で祥鳳の検証を実施し、集められた資料を前に明石が難しい顔をしている

 

「んー、特に問題は見つからない、何か仕込まれた訳でも無いし、普通に修復されただけか、警戒し過ぎた?でも、妖精さんから聞いた祥鳳の初期装備の艦載機って、コレじゃなかった様な気がするんだけど、大本営のデータ通信が止まってるから確認出来ない、確認出来ないのに、問題無しって結論は、マズイよねー、困ったな」

 

「……艦載機が機種変更されてるって事かい」

 

「……そうなんです、って隼鷹?!こんな所にまで来られるのは困るんですけど」

 

普通に、何の気も無しにかけられた声に普通に応じてから、色々よろしくない事に思い当たった

 

「固いこと言いっこ無しだ、それで?艦載機が機種変更されてると、問題無しって結論に出来ないのは、何でだ?」

 

無理に退出させても変な蟠りが出来てしまう、そこを危惧してやり過ごす方針に出る明石

 

「……何でって、誰が変更したんです?艦娘は初期装備として特定の兵装を装備している事が分かっています、勿論、兵装は変更出来ますが、祥鳳は艤装すら持たずここで修復された艦娘、兵装も修復時に装備された、それが初期装備なら、話は解るんですが、変更されているのなら、ナニモノかの介入があった、と判断しなくてはいけない、その介入したナニモノかの意図が判明しない限り、問題無しとは、結論付けられない」

 

「でも、明石の解析では、問題は見つからないんだろ?」

 

食い下がる隼鷹に若干の面倒さを感じつつ冷静に応じる

 

「そうですが、ナニモノかというのが、深海棲艦、或は鎮守府の敵対勢力だった場合、戦闘行動中に何かが起こるかも知れない、その可能性が無い、とは言えない状況では、問題無しとの結論は出せませんね」

 

「戦闘行動中に何かって、何だよ?鳳翔さんは普通に発艦してたし、撃破してた、こっちだって補給隊の航路確保に深海棲艦を攻撃してる、何方も何処にも問題は起きていない、問題視する理由が薄過ぎないか?」

 

「……司令官が五十鈴の攻撃プランを否定している」

 

鎮守府所属艦となってから日の浅い隼鷹、明石自身もそれほど長くはないが、この鎮守府の司令官に対し民間上がりと揶揄している事を耳にしている、明石はこの鎮守府に着任するに当たって、司令官を認めている

 

そうでなければ他の鎮守府に移籍願いを出している、その辺りの事情の違いが、表面化しつつあった

 

「反復攻撃で数の少なさを補いつつ、包囲網に穴を開ける、そして外との通信を回復させ、根本的な事態の解決を図る、だったか?あたしは詳しく聞いてないんだけど、司令官は五十鈴の攻撃プランを全否定してる訳じゃ無いだろ、あの包囲網を如何にかするにはどう考えたって外からの来援が必要になる、明石だってそこは否定しないだろ?まさか、あの司令官がこの鎮守府の艦娘だけで、事態の収拾を意図しているなんて、思ってないよ、な?」

 

明石も隼鷹の言い分は理解する、だが、それは司令官の示した行動方針ではない、それが全てだ

 

「……隼鷹、貴方は予定外に修復された艦娘です、予定外であり、員数外なのに、司令官から、一言も言及が無い事を、どう考えていますか?」

 

「な、何だよ、急に、そんな事、戦力が必要だからに決まってるだろ?予定外でも、戦力は戦力だ、規則が如何とか規定がこうとかよりも、今は戦力が要る、あの司令官がそこまで石頭だとは、思って無い」

 

明石の雰囲気が変わったのを感じ取った隼鷹が動揺し始めた

 

「……それで?」

 

「それでって、何だよ?」

 

変わったままの雰囲気に飲まれている自覚をしつつ、押されない様に踏み止まる隼鷹

 

「貴方は、戦力に、成りますか?」

 

「あったりまえだ、戦力になる気が無いなら、船で大人しくしてるよ、何の為に修復を受けたと思ってるんだ」

 

「私はその戦力を十全に活用出来るよう、工廠を任されています、あの司令官からです、鍔迫り合いで折れる様な戦力なら、私が工廠で叩き直し、折れない戦力と為さねば成りません、問題が見つからない事と、折れない戦力と為すこと、これは同じ意味では無い、解りましたか?」

 

「お、おう……」

 

駄目だった、完全に気圧された、これが司令官を得た艦娘、移籍組では御伽噺としてしか語れる者がいない存在、そして艦娘が理想とする在り方、隼鷹は自身がこの鎮守府に所属しているだけの外様艦娘だと、自覚せざるを得ない瞬間だった

 

 

 

外洋-包囲網の外側

鎮守府所属艦:時雨

鎮守府所属艦:筑摩艦隊_分艦隊_筑摩/北上/木曾/神通

鎮守府所属艦:球磨

 

 

見渡す限り水平線しか見えない、天気は晴れで青空に輝く太陽、足元の海水面に若干の色が着いている事を除けば平穏な景観、その海面に浮かぶ幾つかの姿がある

 

「ふぁ~、待つってのは、こんなにヒマなのか、海の上でも寝られるか試すいい機会だね」

 

艤装のお陰で風の影響は最小限、なのに日差しはポカポカ陽気に感じさせてくれる素敵仕様、この仕様に突っ込みを入れても妖精さんの気まぐれ以外の答えを返せるモノはいない

 

「何を呑気な、今筑摩が周辺海域を探索中です、それが終われば作戦行動の立案に掛かります、それまで私達で周辺警戒を実施し、安全を確保しなければなりません、寝ている時間などありません」

 

「……神通って、ここまで硬いヤツだったかな、もう少し話の分るスマートな艦娘だという覚えがあるんだけど」

 

大真面目な神通に色んな意味を含めた台詞を返す北上

 

「……それは、北上の会った別の個体、私ではない神通の事ですね、同型同名艦でも個体が違えば同一視は無意味です、北上はドロップ艦だと聞いていますが、それが原因ですか?」

 

神通も北上が元移籍組であり、あの海戦の帰還艦娘だと言う事は知っている

 

「まあ、練度が足りないってのもあるんだろうさ、どっちでもいい事だ、なんか動きがあったら起こして、あたしゃ寝るから」

 

そういうとその場にしゃがんでしまった、取り残される格好になった神通は何か言いた気だ

 

「……練度、か、北上達移籍組は高練度艦だと、聞いている、聞いてはいるが、それを感じない、何でだ?龍田や長門の練度が高い事は感じられるのに、北上や球磨の練度の高さは感じない、これは如何いう事なんだ?」

 

そんな遣り取りを見た木曾が感想を漏らす

 

「……木曾も、そう感じますか?実は私もそれで戸惑っています、北上は勿論、球磨の練度も高い筈、なのに、それを感じない、何故でしょうか?」

 

話し相手を変える神通、話し振りから移籍組に高い関心を持っていると推定される

 

「いや、オレに聞かれても」

 

「んー、僕は何と無くだけど、わかる、艦種枠が違うから、かな」

 

この集団唯一の駆逐艦が言って来る、言いつつも周囲を警戒している様子が見て取れる

 

「……時雨には、オレや神通より、北上や球磨の練度が高いと、感じられる?」

 

「皐月達だって、北上の練度はわかったと思うよ?僕達駆逐艦は練度が高くて話の分る軽巡とは仲良くしたいと思ってる、その方が楽しいからね」

 

「楽しい?まあ、話の分からない低練度な軽巡と仲良くしても駆逐艦には何の意味も無いな、それはわかる、ってか、その理屈で行くと、神通は練度で、オレは話のわかる軽巡って事で駆逐艦と仲良く出来てるのか」

 

「それは、私が話の分からない石頭の軽巡だと、言っているのですか?」

 

神通が割り込んだ

 

「そこまで言ってない、自覚があるのなら、何とかしたら、良いんじゃないか?」

 

「……そうですか、私は石頭ですか、そうですか」

 

木曾から否定の言葉が無かった事に不快感を示す神通

 

「おい、何拗ねてんだよ?」

 

「知りません」

 

不思議そうにする木曾と目を合わせない様にそっぽを向く神通

 

「ね、神通って、時々可愛いんだ、訓練で駆逐艦を相手に大立ち回りしてる神通とこうして時々可愛い神通と、両方を知っているから、僕達駆逐艦は旗艦としての神通に着いていける、何方か片方しか知らなかったら、神通が旗艦を務める艦隊への編成は断る所だよ、ウチの司令官はちゃんと理由を聞いて判断してくれるから」

 

時雨が駆逐艦として如何なの?と思う感想を言うが当の神通は意に介した様子も無くそっぽを向きっぱなしだ

 

「オレが旗艦の艦隊に編成されるのは、駆逐艦には、どう映ってるんだ?」

 

そういう評価話は滅多に聞く機会がないこともあり、序でとばかりに聞いてみた

 

「木曾は話のわかる軽巡だし、遠征隊の旗艦が多いから、問題にする所が無いよ、神通は第一艦隊に配属されてる軽巡、神通が旗艦の艦隊は、戦闘部隊、前提から違うからね」

 

話を聞いているだけだった球磨がこちらに寄って来て話に加わる

 

「時雨、っていったクマか、確か白露型の二番艦、おまえさんはあの鎮守府に所属して長いのクマか?」

 

「長くはないかな、着任順で言えば真ん中くらいだし、皐月達、鎮守府所属の睦月型は僕が着任した時にはもう居たからね、それに第一艦隊に配属されてる白雪、元第一艦隊所属の初春、それに初春型の姉妹艦、それに何と言っても初期艦の叢雲、僕は着任した時から、追いつかなくちゃいけない相手が大勢いた、形振り構っていられる余裕なんてなかったな、今でも、あんまり余裕なんて無いけどね」

 

「そういう割には、神通が背中を任せてるクマ、皐月とセットだったが」

 

駆逐艦の言い分に色々察する球磨、だから、ちょっとだけ励まそうと、そこまで低い自己評価はよろしくないと、そういうつもりだった

 

「……球磨さん?それ、何処から視てたの?」

 

駆逐艦から思わぬ返答と視線が返された、しかしその程度で動揺する様な球磨ではない

 

「意外と優秀な球磨だ、クマ、何処からでも視たいものを視るクマよ」

 

「見たいものは見える位置に、接触したい相手なら手の届く位置に、球磨さんの思い通りに位置取り出来る、ソレ、どんなチート技?是非教えて欲しい」

 

先程の周辺警戒網に一切掛からず木曾の背後を取った登場、その周辺警戒網の一角を成す時雨も球磨が声を掛けるまでそこにいる事に気付かなかった、駆逐艦としては致命的な失敗、鍛錬や演習で散々云われた攻撃対象に沈んだ事すら自覚する暇を与えない存在、それが目の前にいる事が時雨を動かした

 

「弟子は取ってないクマ、他をあたるクマ」

 

駆逐艦を遇らおうとする球磨

 

「いいや、そうは行かない、言ったでしょ?形振り構っていられないんだ、追いつかなきゃいけない相手が大勢いる、まだ、僕は追いかけている最中なんだ、その為なら、手を尽くすよ?僕は」

 

自覚なく時雨は球磨に迫っていた

 

「……おい、神通、この駆逐艦、大丈夫か?」

 

その時雨を見た球磨は身の危険を感じざるを得なかった模様

 

「球磨さん?クマを忘れていますよ?」

 

神通は未だそっぽを向いたままだった

 

 

 

鎮守府-執務室

大本営所属艦:高雄/愛宕

鎮守府所属艦:秋津洲

 

 

執務室で海図と睨めっこする事数分、取り敢えずの対応策が出て来た

 

「資材採掘地?」

 

「事務艦の資料に依ると、そこに護衛隊がいる、事になっています、秋津洲の把握している二式大艇の現在位置から考えると、鎮守府に帰還させるよりも距離的に近いです、二式大艇から護衛隊に連絡をとり、回収してもらいましょう」

 

「……護衛隊って、長良達の事かも?回収してもらっても軽巡じゃ大艇ちゃんに補給出来ないかも、帰ってこれないかもー!!」

 

しかしその対応策に秋津洲は不満しかない様子、元を正せば秋津洲が踏んだドジの回復策なのに

 

「落ち着きなさい、二式大艇は飛行艇、着水出来るのだから、海の上なら墜落や不時着という事態にはならないでしょう、それとも、そういう対処が出来る妖精さんは乗っていないの?」

 

「大艇ちゃんに乗ってる妖精さんはみんな優秀!!」

 

愛宕の問いに強力に主張する秋津洲

 

「なら、護衛隊に回収してもらい、着水後の位置を確保しておけば、秋津洲がそこまで行って補給なり、収納なりすれば良い、何処かに実行の難しい箇所はある?」

 

落ち着かせる様にゆっくりと話す高雄

 

「……今鎮守府は包囲されてて、外洋の資材採掘地まで、どうやっていくかも?」

 

余りにも明から様な高雄の様子に秋津洲も反省した、反省はするが、疑問まで放置する事は出来ない

 

「……包囲網が無くなるまで、資材採掘地で確保、しておく事になる、でしょう」

 

高雄の回答は秋津洲を落胆させるのに十分だった

 

 

 

鎮守府-工廠(第一工廠)

鎮守府所属艦:大淀(事務艦)/明石

 

 

入渠場から一人の艦娘が出て来た

 

「……」

 

艤装を展開し自身の様子を確かめる様に各所を見回している、その艦娘に明石が声を掛けた

 

「どうかな、調子の悪い所はある?」

 

「……なにも、何処かが変わった感じも無いです、ホントにこれで艦娘としての運用に耐えるのでしょうか?」

 

「まあ、後は司令官が訓練なり鍛錬なり、予定を立てるでしょう、それでハッキリするんじゃないかな」

 

「……だと、良いのですが」

 

その艦娘は不安な心情を隠す事も忘れたかの様に心細さ一杯の表情を見せた

 

 

 

鎮守府-第二食堂(鎮守府専用食堂)

鎮守府:司令官/叢雲(旧名)

自衛隊_憲兵隊:隊長

???:???(権兵衛さん)

鎮守府所属艦:給糧艦二/補給艦二/大和

大本営所属艦:一組の初期艦二/愛宕

 

 

第二食堂に規則正しい靴音が響き一人の艦娘が雑談中と思われるテーブルに近づいて行く

 

「お話中失礼します、司令官、大淀の入渠が終了しました、現在艤装及び兵装の点検中です、今後の指示を仰ぐと明石から連絡がありました」

 

「終わったか、天龍に事務艦、じゃなかった、大淀の査定を依頼、一通りの評価をしてこっちに報告書を提出する様に」

 

「……天龍、ですか?」

 

怪訝そうな顔をする愛宕の考えが分からなかったから聞いてみる

 

「他に手が空いてる艦娘がいない、愛宕には何か問題が視えるのか?」

 

「天龍は資材管理を摩耶にレクチャーしている最中ですが、そちらは?」

 

司令部要員の仕事に支障が出る事を懸念しての問題提起だとは思わなかった

 

「……摩耶は、高雄型か、愛宕の姉妹艦だな、何を心配している?」

 

懸念があるにせよ問題視することなのか、判断がつきかねた

 

「少し様子を見ましたが、何やら、分厚い資料を難しい顔をしながら読み込んでいました、こちらも事務艦の資料を読み込んでいる最中ですが……」

 

「?が、なに?続き、あるでしょ?」

 

「正直に、言っても?」

 

「そういう回り諄いのは要らないって、何度言ったら、解ってもらえるんだ?」

 

「では、ハッキリ言いますが、この鎮守府は特異過ぎます、専門職に解説を貰いながらでなければこちらの理解が極めて困難です、執務室の方は高雄と二人掛かりで如何にかなっていますが、摩耶は資材管理を一人で任される事になります、資料を読み込んでいる最中に専門職の天龍を他に回しては今後の資材管理に問題が起こる可能性が増します、ここはしっかりと引き継ぎの時間を確保した方が良いと考えます」

 

「ほう、いや、嘴を突っ込むな、だったな、鎮守府司令官よ、難儀な事態になっているではないか、側で見ている限りでは、愉しそうではあるが」

 

権兵衛さんから如何いうつもりかは知らない方が良いだろう突っ込みが入る

それには取り合わず話を進める

 

「……摩耶一人では、ウチの資材管理を任せられない、愛宕の言い分はそういう事か?」

 

「そうは言っていません、時間が必要だと、言っているのです」

 

心配症なのか摩耶の職務執行能力を過小に評価しているのか、なんにせよこの口振りでは私が何を言っても効きそうにない

 

如何しようかと考えていたら、隣のテーブルにいる二人が視界に入った

 

「漣、電、済まないが、遣いを頼まれてくれないか?」

 

「私達は、司令官の護衛として、此処にいるのですが?それを放棄しろと?」

 

抗議と言うよりも確認の意味合いで聞いて来る漣、もしかして暇だったのかな

 

「そっちは、大和がいるから、大丈夫だろ」

 

そう言ったら間髪入れず大和が応じた

 

「お任せください、長門さんからも、今陸にいる戦艦は大和だけなのだから秘書艦としての責務を優先してほしいと、依頼されています」

 

「……アレはなにをいっているのやら、兎も角、資材管理室に行って今の話を、摩耶が出来ないと言うのなら、考え直さないとならないからな」

 

「「了解です!」」

 

一組の初期艦二人は元気よく答えて食堂を後にした

 

「……司令官、摩耶の性格を、良くご存知なのですね、いつの間に……」

 

一連の流れを見た愛宕が、呆気に取られつつも感心した様な呟きを零した

 

 

 

鎮守府-資材管理室

鎮守府所属艦:天龍

大本営所属艦:一組の初期艦二/摩耶

 

 

一組の初期艦二人は資材管理室に行き、そこに居た二人の巡洋艦に事の経緯を説明、今後の行動予定を伝えた

 

「じゃあ、第一工廠で事務艦、改め大淀と合流すれば良いのか?」

 

「天龍はそうなりますね、で、摩耶さん?あたごんが心配してますけど?」

 

「あたごんって、それは兎も角、姉貴は何の心配をしてんだよ、こんなん入って来た資材量と出て行った資材量を記録するだけだぞ?」

 

漣の言い分に呆れつつ愛宕の言い分には輪を掛けて呆れる摩耶

 

「分厚い資料は読み込めましたか?」

 

電が愛宕の心配事を言う

 

「あー、アレな、サッパリだ、訳解らん、取り敢えず読むだけは読んだけどな、姉貴が心配してるのはそっちか、アレは資材管理じゃなくて、資材運用の方だ、あたしに割り振られてるのは管理の方だけだからな、あの司令官が管理業務だけでなく、資材管理室を任せるって言い出さない限り問題にならない」

 

「天龍の代わりに、資材管理を、と言う話でしたけど、業務内容に誤解がありませんか?」

 

電が確認する様に言う

 

「……そうなのか?」

 

暫く言葉の意味を考えてから天龍に聞く摩耶

 

「オレに聞くなよ、こっちにはその話自体が来てないんだ、摩耶から聞いた以上の事は知らんよ」

 

天龍には大規模増設計画への復帰が不可能な状態での資材管理室任務に思う所がある模様

 

「話が来てない?来てない話なのに天龍は摩耶さんに資材管理を教えてたんですか?」

 

疑問形で聞いてはいるが、天龍の思う所には気が付いた漣

 

「摩耶がそう言うんだ、なんかオカシイか?」

 

この返答で天龍の思う所に確信を得た一組の初期艦二人

 

「……いいえ、摩耶さんがそう言うんですから、なにもオカシイ所は無いですね」

 

「では、摩耶さんは資材管理に何も問題は無いと言っていますので、その様に」

 

天龍の思う所を実現させようとする一組の初期艦はこう述べた

 

「……えっと?なんか、すっごいドツボに嵌められた、様な気がするのは、なんだろうな?」

 

その三人を見て摩耶が言う事が出来たのはこのくらいだった

 

 

 

鎮守府-工廠(第一工廠)

鎮守府所属艦:天龍/大淀/明石

大本営所属艦:愛宕

 

 

天龍が工廠に着いた時には愛宕が明石、大淀と何か話し込んでいた

そこに声を掛けて詳細を聞く

 

「ふーん、大淀の評価、ね、聞いた所だと、大淀は建造艦の上に此れ迄海に出た事は無いって話だよな、それを新規格の艦娘建造方法を応用して運用できる様になった筈だと、その確認って事で良いのか?」

 

「概ねその通りです、但し、司令官は天龍と共に戦力としての運用を意図しています、そこを加味してください」

 

愛宕から修正が掛かる

 

「……戦力、ね、正直な所、オレ自身戦力になるかって、聞かれると、どうなんだろうな、大本営にいた頃は遠征隊にしか居なかったし、軽巡の火力程度であの包囲網相手にって、のはな」

 

「そこは司令官に何か考えがあると思われます、それが何かまでは分かりませんが」

 

愛宕は言葉だけは淀みなく並べて見せた、意味というか用を成していないが

 

「立ち上がったばかりとはいえ、司令部が司令官の意図を汲めないってのは、如何なのよ?なんとかした方が良いと思うぜ」

 

「……最善を尽くします」

 

そう言うのが精一杯なのだろう、意思疎通が出来ていない、ソレを否定出来ずにいる愛宕

 

「模範解答だな、愛宕って摩耶の姉妹艦だよな?なんか随分違うな、何処かの誰かに遠慮してんのか?そういうのは要らないって、言われなかったか?」

 

「……」

 

正にソレを云われたばかりの愛宕は言葉が出て来ない

 

「まあ良い、評価するには海に出なきゃならん、出撃許可、で良いのか?」

 

ソレを見た天龍が話を切り替えた、この切り替えにはシッカリとついて来る愛宕

 

「この場合は演習許可ですね、それは既に下りています、但し、鎮守府から長門の砲撃位置の間と、範囲が限定されています、鎮守府至近海域で出来るだけの評価をしてください」

 

「狭いな、最大戦速での評価が出来ないが、そうなると戦力としての評価にならないぞ?そこはどうなってる?」

 

天龍としては愛宕に聞いたのだが、大淀が愛宕より早く応じて来た

 

「そこは乱戦を想定した対応力を評価してください、単艦技量がどれだけ高くとも艦隊との連携は訓練無しにはどうにもなりません、現状で私を戦力とするのなら、求められるのは間違いなく、単艦技量であり、艦隊へ編成しての指揮能力では無いと判断できます」

 

「……おまえ、司令官が単艦突撃でもさせると、考えているのか?」

 

大淀の言い分に嫌な感じを受ける天龍

 

「他の艦との連携に難があります、現実的な運用として、単艦運用が最も戦力として貢献出来る運用だと、考えています」

 

「それって、新任の初期艦の運用?あの初期艦も龍田艦隊に編成されずに単艦運用の筈、ああいう運用を司令官は意図している?」

 

愛宕が疑問を投げる

 

「誰がフォロー役になるかは、分かりませんが、おそらく私の火力を兵装で最大化して、戦線投入する筈です、ただの軽巡の火力では、焼け石に水にもなりませんから」

 

それに応じる大淀、それを聞いた天龍は先に感じた嫌な感じを訂正した、同時に自身に課せられた課題の難しさに気付く

 

「ナルホド、評価って、そういう、ヘタな評価をしたらこっちがアホだと見做されるな、やっぱりあの司令官はクセモンだ、龍田の奴、よくもあの司令官に着いたな、ドロップ艦とはいえ、大本営で会った龍田とは大違いだ」

 

「大本営に龍田は着任していなかった、ハズですけど?」

 

愛宕が不思議そうに聞いている

 

「そりゃあ、建造で出て来たら一言も無く自分で解体処置してたからな、あの時周囲に魅せた視線の冷たさと来たら、姉妹艦ですら声もかけられん」

 

「自分で、解体処置?そんな事出来るんですか?」

 

大淀から疑問が来る

 

「大本営で建造された龍田はそうしてたな、なんで妖精さんがフツーに解体処置してんのかは、未だに分からん、アレも士官達の許可無し解体なんだがな」

 

通常では出来ない工程、その筈なのに、何故かソレを実行出来た艦娘、天龍達から見て大本営で会った龍田の印象は決して弱いモノではなかった

 

 

 

鎮守府-工廠

鎮守府所属艦:隼鷹/鳳翔

 

 

司令官からの指示と称し工廠の防衛任務を継続中の鳳翔の元に明石に話を聞きに行った隼鷹が戻って来た

 

「参ったね、あれじゃ長引きそうだ」

 

「隼鷹さん、祥鳳さんの解析は終わったのですか?」

 

「それは終わった、けど、明石が問題無しって結論は出せないと来た、参ったよ」

 

「問題は見つかった、けれど解決策が無い、という事ですか?」

 

鳳翔が隼鷹の話の整合を試みている

 

「いいや、問題は見つからないって言ってた、でも、修復にナニモノかの介入があった事が確実視される事も判明して、それで問題無しってワケには行かなくなったんだとさ、どうやって解決すれば良いのやら」

 

「……ナニモノかの、介入?」

 

鳳翔が僅かに顔を顰める

 

「明石が言うには、装備、あたしら空母だと初期装備の筈の艦載機を載せて無いんだ、誰が機種変更したんだって、考え込んでたよ」

 

「初期、装備?ですか、確かにあの海戦の時と、今の艦載機は違いますね、違和感も何もなかったので、気に留めませんでしたが、そうですか、これが、ナニモノかの介入、しかし、これが問題なのですか?」

 

予測した事態ではなかった上に意外過ぎる話に戸惑いを感じる鳳翔

 

「……明石は、問題視してる、ナニモノかの意図が分からないってね、もしかしたら、機種変更された艦載機そのものが、トロイの木馬って可能性も、考えてるんだろうけど、工作艦に空母艦載機のイロハって、どうやったら解って貰えるんだろう?」

 

「工作艦には、工作艦の、航空母艦には、航空母艦の、其々のイロハがあります、そこは議論する所ではありません、工廠を預かる工作艦ならば、艦娘に関する一般論はご承知でしょう、其方から、お話ししてみます、今、明石さんは何方に?」

 

隼鷹の話から明石の懸念は杞憂だと判断出来る、しかしソレを理解出来るのは航空機運用が可能な艦種のみ、工作艦では飛行機乗りの妖精さんとは意思疎通に難がある

隼鷹とは違う説得方法を用いれば、明石を説得出来るかも知れない

 

 

 

外洋-資材採掘場(無人島)

鎮守府所属艦:龍田艦隊_龍田/初春/子日/若葉/初霜

鎮守府所属艦:叢雲(初期艦)

鎮守府所属艦:龍驤/長良/名取

鎮守府所属艦:遠征隊_皐月/睦月型五

 

 

駆逐艦達は資材採掘及び積み込み作業の手を休めて一休み、巡洋艦等もそこに加わっている最中、メッセージらしき信号を受信した

 

「ナニコレ?」

 

「メッセージ?みたいだけど、使い方を間違えてる、途中で切れてるんだけど」

 

「ねぇ、それもいくつか同時発信されてて受け取れてない、この発信符号は二式大艇なんだけど、なんだろう?」

 

「なにか緊急を要する事案が複数発生した、同時発信しなければならない事態に二式大艇自身が陥っている、推測出来るのは、それくらいかなぁ」

 

龍田が推論を立てる

 

「あの高度で飛んでる二式大艇にメッセージ発信を阻害する要因が?」

 

その推論に疑問を挟む名取

 

「しかも、同時発信しているって事は、その要因を除く見込みが低い、と判断した、そうでなければ同時発信なんてしないでしょう、メッセージの受信失敗要因になるなんて、承知の上で発信したんだろうし」

 

長良が推論と疑問を整合させようと試みている

 

「そうなると、その阻害要因は何?二式大艇は大型の四発機、武装も相応に備えている、しかも、現時点で深海棲艦の飛翔体は遠くにしか見つかっていない、思いつかないな」

 

「……二式大艇っちゅうたか?あの大型機、ずっと飛んどるがいつから飛んどんねん」

 

龍驤がボソッと言った

 

「いつからって、明るくなってから?かな」

 

応じる長良

 

「なら、燃料切れちゃうか?いくら大型機でも飛行時間が長過ぎや、誰が運用しとるか知らへんが、自分の保有機の飛行時間も分からん奴が運用しとるんか?」

 

「秋津洲って、飛行艇母艦だけど補給や補修が任務で運用そのものは任務じゃないんだっけ?空母は艦載機の運用まで任務の内だけど」

 

龍驤の質問に思い出しながら答える長良

 

「秋津洲、あのお調子モンか、なんや他に気ぃ取られて飛行時間を忘れたんやろ、二式大艇も勝手に帰ればええのに、律儀な奴なや」

 

「龍驤の偵察機で接触出来ない?なにかあったのなら、確認しないと」

 

龍田から提案が入る

 

「丁度こっちに戻って来てるのがおるから寄り道させるわ、全く、只の偵察任務のハズやのに、なしてこないに面倒事が次から次へと、あんの司令官には文句言うだけや済まされへんで」

 

タダでさえ広域探索中の龍驤には余計な仕事を増やされたとしか思えなかったらしい

 

 

 

外洋-包囲網の外側

鎮守府所属艦:時雨

鎮守府所属艦:筑摩艦隊_分艦隊_筑摩/北上/木曾/神通

鎮守府所属艦:球磨

 

 

「……なんだクマ?」

 

「今の、飛行艇からのメッセージ?みたいでしたけど」

 

「こんな発信じゃ受け取れないじゃないか、何やってんだ?」

 

軽巡三隻が受信した信号に感想を付けている

 

「これまでキチンと発信されていたのですから、なにかあった、と判断した方が良いでしょう、発信方向へ向かい二式大艇を探し、出来るのなら接触を、近距離無線で通信するだけでもすべき事案だと思います」

 

「……発信方向って言っても、ちょっと距離があるね、行くのなら補給の当てが欲しい所」

 

受信していたのは三隻だけではなかった模様

 

「北上、寝ていたのでは?」

 

「うー、やっぱり海の上じゃグッスリって訳にはいかないねぇ、チョットの事で起きちゃうよ、それに揺られるし、横になれないから体も辛い」

 

「……それ、やらなきゃ分からなかったのか?」

 

北上の言い分に呆れ気味の木曾

 

「聞いたクマちゃん、木曾っちはこうやってあたしをイジメるんだ、オシオキ案件だと思わない?」

 

「そういう愚痴は大井に言うクマ、木曾の言い分は尤も過ぎて案件にならないクマ」

 

「……大井っち、か」

 

「その名を出させたのは北上クマ、八つ当たりは止すクマよ」

 

「……そこまで拘ってるつもりは、なかったんだけど、いないと、やっぱりダメなのかな、大井っちは結局、帰って来なかった、何でだろうね」

 

遠くを見ながら呟く北上

 

「……木曾も帰って来なかったクマ、帰って来ないのは、なんでだクマ、いつまでもねーちゃんに心配かける、悪い妹達クマ、これはねーちゃんの躾が足らなかった、ねーちゃんに心配掛けずにちゃんと帰ってくる様に厳しく躾るクマ」

 

同様の球磨

 

「……そーいう話はさ、海の上では止してくんねーかな、縁起でもねぇ」

 

あんまりな話にゲンナリの木曾

 

「……神通は?帰って来たのですか?」

 

こちらは好奇心からの質問らしい、コレを言う神通に暗さは無い

 

「神通?帰ってないクマ、駆逐艦を連れて、あの大群に吶喊して行ったのが球磨の見た神通クマ」

 

「大群に?」

 

「水雷戦隊は艦隊決戦の切り込み役、艦列に風穴を開け、そこを重巡の火力で抉じ開け、敵艦隊が分断と混乱した所を戦艦が薙ぎ払う、大雑把にそういう役割クマ、あの時は、もう戦艦の弾薬も尽きて、それが叶わないと、知っていたのに、吶喊して行った

あの大群の中から、駆逐艦の耐久性では、抜けられない事がハッキリしていた、保有資材も尽きかけていた、それに、駆逐艦の数も多くなかった、陽炎型のいくつかと、夕雲型のいくつか、後は判別に困る程の損傷を負った駆逐艦がいくつかしか居なくなってた

連れて離脱を図るか、最後に一花咲かせるか、そんなバカげたどーでもいい論争にもなった、駆逐艦の多くは、一花咲かせる事を望んだ、軽巡は意見が割れた、重巡達はその不毛な論争が終わるのを待った

もっと、やりようが、あったハズ、あの海戦の事は、未だに全ての情報が公開されていない、特に、開戦の発端となった人の軍隊の行動と、艦娘部隊がその所属艦娘の殆どを出撃させた事情、そして、戦場での終焉、アレは一体何の闘いだった?

ただ、戦え、それだけの闘い、まるで闘牛か闘犬を嗾ける如きの大本営命令、ソレに応えたかのような深海棲艦の増加、なにかがオカシイ、と思うクマ」

 

思い出話に力が入り過ぎた事に気付き、強引に話を切った球磨

 

それを何の感情も入らない目で話が終わった事のみを確認した筑摩が話始める

 

「球磨さんの愚痴は終わりましたか?こちらは周辺探索を終えました、目標となりそうな深海棲艦は見つかりません、今、二式大艇との接触を試みています」

 

「……筑摩、スゲーな、旗艦ってこうならないといけないのか、経験不足って云われる理由の一端が分かった気がする」

 

その遣り取りに感心を示す木曾

 

「艦隊としての行動を何を置いても最優先、他の事情は後で対処すれば良い、最前線での指揮を任されるのですから、戦場以外の事情は優先度を低く見做す、言われてみれば、当然過ぎる事ではあるのですけれど、実行出来るかとなると、別問題です」

 

木曾の意見に同意を示す神通、同意だけでなく意見も付いたが

 

「今の愚痴、聞き入っちまった、これじゃあ旗艦としてダメなんだよな、オレも修練が足りないって事だ、鎮守府に戻ったら司令官に談判してでも修練を積まないと、いつまでも遠征隊旗艦しか任せてもらえない、オレに戦闘部隊の旗艦を振らなかった司令官の判断にはちゃんと理由があったんだ、変に勘繰る事情なんて何処にも無かったんだ」

 

「勘繰る?」

 

木曾の言い分に不穏な気配を感じ聞き返す球磨

 

「着任順で旗艦を決めてるのかと、勘繰ってた、そうじゃなかった」

 

「……木曾、自分の司令官を支持してないのか?」

 

不穏な気配が大当たりらしく、球磨の機嫌が斜めになりつつあった

 

「そうは言っても、あの司令官、何考えてるのか、時々分かんないんだよ、だから偶に口論みたいになっちまう、反論してるつもりは無いんだ、言ってることがわからないから説明してもらいたいだけなんだ、あの司令官は長門や龍田の支持を受けてる、それに駆逐艦は司令官に懐いてる、悪い司令官じゃない事は判ってるんだ、それでも、オレには今ひとつわからないから支持が甘くなるのかも知れない」

 

「なるほど、甘いねー木曾っちは、あの司令官は所属艦娘を相当に甘やかしてるね、コレは北上さまが出しゃばってでも〆なきゃならないかな?」

 

「その必要はありません、必要ならソレは第一艦隊に配属されている私の役割です」

 

北上の言い分に神通が異論を唱える

 

「そうやって抱え込む事もないクマ、やってくれると言ってるのなら、使い熟す事も覚えて行くクマ、肩書きや指揮系統に頼った関係ばかりでは長く続かないクマ」

 

「……使い熟す?」

 

球磨の言い分が咄嗟に理解出来なかった様子の神通

 

「あの司令官はどうしているクマ?肩書きや指揮系統が通じない相手には、どう対応しているクマ?」

 

「……なるほど、学習しなければ、なりませんね」

 

自身の修練不足を認識させられる神通だった

 

 

 

鎮守府-工廠(第三工廠)集中管理室_別室

鎮守府所属艦:明石/鳳翔

 

 

資料と睨めっこしていた処、誰かがこの部屋に近づいてくる気配を感じた

 

「失礼します、明石さん、お話、良いでしょうか?」

 

「……今度は鳳翔ですか、隼鷹から聞いたと思いますけど、現状で問題無しという結論は出せません、任務への復帰は許可出来ない、異論があるのなら、司令官に談判してください」

 

資料から目を離さず声だけで応じる明石

 

「いいえ、その必要はありません、明石さんは司令官から工廠を任されたと、聞いています、談判した所で明石さんの許可を取って来いと追い払われるだけでしょう、少し時間を頂けませんか?艦娘の装備する兵装について、特に空母種の艦娘の兵装となる艦載機について、見解の相違が、隼鷹さんの話からは感じられました、明石さんは工作艦、航空機を兵装として装備する事は出来ない艦種です、そこに見解の相違が生じているのでは無いかと懸念しています」

 

隼鷹と違い丁寧な物言い、こちらの工作艦としての立場を配慮を含む言い回しに明石は漸く鳳翔に顔を向けた

 

「……言い分はわかりました、こちらでも手の届く範囲で調べ直していた所です、可能なら、そちらの見解もお聞きしたい所でしたし」

 

「手の、届く範囲?」

 

何を如何解釈したのか、鳳翔が首を傾げた

 

「今は大本営が活動を停止していて、本来なら調べられる筈の資料が一つも読めないんですよ、それで確証が持てない、これも問題無しという結論を出せない要因になっています」

 

「……大本営で、なにが?」

 

少しだけ考える間を空けて質問してくる鳳翔

 

「わかりません、司令長官秘書艦の五十鈴でさえも、事態を把握出来ない、と言っていました、ウチの司令官はこんな状況でも、職務を全うする気でいます、所属艦娘としては、全力で支える以外にないですから、大本営の事情は後回しですね」

 

「……わかりました」

 

その僅かな間に鳳翔が何を考えたのかは兎も角、話を進めてみようと考える明石

 

 

 

 

 

 







場所-殆ど鎮守府の何処か、断りの無い鎮守府表記の場合は佐伯司令官の鎮守府
所属:登場人物/登場艦娘 等

~近距離無線~は通話、交信 等

上記の書き方が基本となっています、同じ所属が複数行になっている場合は行動単位




大本営所属初期艦〔一号(漣.電.吹雪.五月雨)、一組(漣.電)、二組(吹雪.叢雲.漣.電.五月雨)〕

移籍組〔修復待ちの高練度艦娘、以前の大規模海戦の帰還艦娘、現在の代表は五十鈴〕



工廠組〔明石、夕張、北上、秋津洲〕

護衛隊〔以前の大規模海戦の帰還艦娘、長良を始め帰還後に原隊の大本営に戻らなかった艦娘達、広域探索役として龍驤が加わっている〕

鎮守府所属初期艦〔鎮守府配置の初期艦(叢雲)、三組(吹雪.叢雲.漣.電.五月雨)〕


・長門艦隊(長門、加古、筑摩、初春、神通、時雨)
・編成を解かれ、再編成され別行動中

・龍田艦隊、龍田、初春、子日、若葉、初霜
・包囲網を抜け外洋に出ている
・叢雲(初期艦)のサポート役

・筑摩艦隊、筑摩、加古、北上、木曾、神通
・加古を除き包囲網を抜け外洋に出ている

・夕張艦隊、補給隊、旗艦夕張、睦月型五
・包囲網突破中の北上等に補給する為、旗艦夕張を除き包囲網突破に同行
・包囲網を抜けた後、皐月を加え遠征隊に再編成

・工廠に陣取る軽空母達、鳳翔、祥鳳、隼鷹
・工廠防衛を指示されている
・軽空母達の指揮を執っているのは大本営所属艦娘、司令長官秘書艦の五十鈴
・ちょっとした問題が発生、進行中






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81 驚いた声を挙げる

御注意

・大幅に書き方が変わっています
・苦行用です
・長いです
・方言擬き注意

ご承知頂きたく存じます




外洋-資材採掘場(無人島)

鎮守府所属艦:龍田艦隊_龍田/初春/子日/若葉/初霜

鎮守府所属艦:叢雲(初期艦)

鎮守府所属艦:龍驤/長良/名取

鎮守府所属艦:遠征隊_皐月/睦月型五

 

 

二式大艇に接触を試みていた龍驤が驚いた声を挙げる

 

「なんや?筑摩がこっちに来とるんか?」

 

「筑摩?第一艦隊に配属されている重巡が、包囲網の外に来ている?見つけたの?」

 

龍田が聞いてくる

 

「本人やのーて、筑摩の観測機と接触した、なんや、向こうもさっきのメッセージ発信自体は捉えたらしいで、ほんで状況確認に観測機を寄越したようやな」

 

「二式大艇とは接触出来たんですか?」

 

本命の確認をする名取

 

「出来とるで、やっぱり燃料切れやっちゅーとる、着水するから資材採掘地まで曳航してほしいらしいな、どないする?」

 

「……それは、出来るだろうけど、曳航する距離は?」

 

長良が難しい顔になった

 

「二十くらいか、面倒な距離やな」

 

「……曳航するのなら、護衛も必要になる、そこまで手数を出したら、他に対処出来なくなる」

 

「筑摩は一人で出て来たのではないでしょう、他に誰がいるの?」

 

長良の懸念に龍田が質問を被せた

 

「ちょっち、待てや、今聞いてみるさかい」

 

「……まさかとは、思うけど、北上達?軽巡戦隊と筑摩がこっちに来てしまったら、鎮守府側の防衛線を支えられる艦娘が長門くらいしか、いないんじゃない?」

 

叢雲(初期艦)が思い付いた事を口にした

 

「北上達だよ、僕達が補給したんだ、それで包囲網を一緒に抜けて来た」

 

皐月が元気に応じた

 

「補給、それで、こんなタイミングで遠征隊なんて来たのね、なら、筑摩と一緒にいるのは補給隊の護衛に付いた時雨と軽巡戦隊かな」

 

変な所に変な関心を持つ龍田

 

「それと、球磨が合流してる様やな、筑摩は龍田等の釣り出しに合わせて行動を起こすらしいで、今はその為に周辺海域の探索中らしいな」

 

龍驤から訂正が入った

 

「球磨ってば、どこに行ったのかと思ってたら、姉妹艦と合流してたのか、まあ、位置取りとしては、悪くないのかな?」

 

長良が若干呆れた様子を見せる

 

「……私がここまで来てしまっていますから、位置取りが悪いのは私ですよ、ね」

 

「名取は遠征隊の護衛でここまで来たんでしょう、それは護衛隊としての任務、球磨のは、哨戒中の行動、状況が違うでしょ?」

 

「そういう長良も私達と行動してるしねぇ」

 

龍田からも指摘が来た

 

「そういう事、状況に対応していかないと、戦況に於いてほぼ自由な判断と行動を許可されてるんだ、練度の高さは飾りじゃないって、実証して見せないとね」

 

得意気に言う長良、それに対して聞いていた艦娘達は様々な反応で応じていた

 

 

 

外洋-包囲網の外側

鎮守府所属艦:時雨

鎮守府所属艦:筑摩艦隊_分艦隊_筑摩/北上/木曾/神通

鎮守府所属艦:球磨

 

 

想定外の報告に驚きつつ状況を伝える筑摩

 

「……えっと、龍驤の偵察機と接触しました、遠征隊は無事に資材採掘地に到着しているそうです、現在資材採掘と機材への積み込みを実施中だそうです」

 

「そういえば護衛隊に必要って事で一隻持っていかれて、それで修復予定が三隻から四隻に変更された?んだっけ?」

 

龍驤と聞いて聞き齧った事情を思い出した感じの木曾

 

「変更というか、ドサクサに紛れたのがいたって話でしたけど、司令官は放置でしたね」

 

神通もそこは聞き齧りらしく伝聞調だ

 

「資材を積み込んでもこのままじゃ鎮守府に戻れないよ、皐月達は如何するつもりなんだい?」

 

時雨が疑問を口にした

 

「……戻る、つもりでしょうね、遠征隊の子達は資材を持って帰ると司令官が褒めてくれる事を、良く分かっていますから」

 

困った様子を見せる筑摩

 

「不味いね、それって止められる?」

 

その様子に事態を把握した北上が聞いて来る

 

「難しいですね、駆逐艦は司令官にとても懐いていますから、下手に止めようとすれば却って意地になりかねない、せめて司令官から直接待機命令が出れば、資材採掘地で待つでしょうけれど、現状では通信不能ですし」

 

筑摩の困った様子に打つ手なしと当たりを付けた北上が行動方針を言い出す

 

「しょうがない、遠征隊の資材を当てにする事になるけど、再突入する事にしますか」

 

「……言い分は、分かるんだけど、資材の無駄使い、だな」

 

「資材の無駄使いなら、取り戻せば良い、駆逐艦の無駄使いより余程マシ」

 

「だな、わかった」

 

包囲網への再突入は龍田艦隊と呼応しないと戦術的には意味を成さない、ソレを指摘した木曾だが、北上の言い分に異論はない様子

 

「筑摩はこうなると、予測出来なかったのですか?」

 

疑問というより不思議そうに聞く神通

 

「こうなる前に事態が動くと、思っていたので、龍田艦隊が資材採掘地まで行っていたのは想定外でした」

 

未だ困った様子を見せる筑摩

 

「あー、釣り出しの最中に接触出来ると、想定していたって事か、それなら戦闘海域が生じるし、それで待機命令を出せば遠征隊は資材採掘地に留まる事になる、元は非武装の補給隊だ、連れたままで龍田艦隊の釣り出しを支援する戦闘行動を取る訳にもいかないからな、詰まる所、司令官の指示した釣り出しが上手くいかなかったって事が原因か、何を読み違えたんだろう?」

 

筑摩の話に納得と疑問を持つ木曾

 

「そういう反省会は鎮守府に戻って落ち着いてからする事クマ、今は今後の作戦行動を旗艦に決めてもらうのが先クマ」

 

球磨の尤もな指摘が飛ぶ、その指摘に表情を戻す筑摩

 

「そうですね、龍驤の偵察機との接触で龍田艦隊の状況はわかりました、二式大艇は燃料切れで着水、龍驤から補給を受けた後、鎮守府へ帰還するそうです、こちらは遠征隊の帰還に合わせて行動を開始しましょう、龍田艦隊はまだ資材採掘地から動かないとの事ですし」

 

「動かない?釣り出す当てが無いって事か?」

 

木曾の疑問が続く

 

「それらしい目標は見つかっているそうです、まだ距離があるそうで行動圏内に近づくのを計っている所だそうです」

 

木曾の疑問に応じる筑摩

 

「……厄介な釣りになってるクマ」

 

それを聞いた球磨の感想

 

「釣りは時間との戯れ、焦ったら何も釣れません、特に今回は大物を釣り上げる様に指示されてますし、龍田の釣り師としての腕に任せる他ないです」

 

そもそもこの艦隊が包囲網の外に出て来たのは司令官の指示ではない、そこを踏まえれば旗艦として筑摩自身何を優先すべきか、結論は既に決まっていた

 

 

 

鎮守府-第二食堂(鎮守府専用食堂)

鎮守府:司令官/叢雲(旧名)

鎮守府所属艦:給糧艦二/補給艦二/大和

???:???(権兵衛さん)

大本営所属艦:一組の初期艦二

自衛隊_憲兵隊:隊長

 

 

「では、はっきり聞こう、鎮守府司令官は如何なる条件を満たせば、我等の要求に応じるのか?」

 

権兵衛さんがド直球に聞いて来た

 

「……応じる要件を満たす見込みは無さそうだ、如何してもと云うのなら、大本営からそう言う命令を出させる事だ」

 

相手の要求を飲めば被告席に引き出される、飲む必然性のある条件は何も提示されていない、あの包囲網の撤収と交換条件とは権兵衛さんも言っていない

 

「その大本営とやらは機能していない、命令を出させる状況に無いと、知っているだろう、我等を弄んでいるつもりか?」

 

「弄ぶ?この状況でそちらからそういう言葉が出てくるとは、如何やら根本的な所で相当大きな認識の違いがある様だ、これでは交渉の妥結など覚束ない、そうは思わないか?」

 

「……認識の齟齬がある事は、分かっているのだ、そこを正さねば成らんという事だな」

 

「要求って?」

 

叢雲(旧名)が割り込んで来た

 

「初期艦を渡してもらいたい」

 

何故か律儀に答える権兵衛さん

 

「無理でしょ、なんであんた達に初期艦を渡さないといけないの?そもそも必要な理由がないじゃない、あんた達には」

 

「……そうなのか?我等は必要と認識しているが、元とはいえ初期艦であった艦娘が必要ではないと、判断をしている理由を聞こうか」

 

叢雲(旧名)の意見は権兵衛さんには興味を引くモノがあったらしい

 

「……言っても?」

 

司令官に視線だけ寄越して来る叢雲(旧名)

 

「構わない」

 

ここで黙らせても事態は動かない、如何転ぶかは判らなくとも動かさないと埒が開かない

 

「初期艦は鎮守府運営には必要、それは人の組織の中で艦娘を運用する事に起因する、あんた達はそうじゃない、あんた達は人の組織の中で運用されてるの?」

 

「……」

 

叢雲(旧名)の質問に権兵衛さんが黙ってしまった、予想外過ぎる事態だ

 

「おい、そうなのか?それこそ聞いてないぞ」

 

これは突っ込みたくなくても踏み込まなければならない事案だ

 

「その解釈は正しくない、人の組織の中で運用されているのではない、我等の群れの中に人の組織が形成されている、群れの統率に役立っている、我等は群れの統率をより確実なモノとしたい、その為には人の組織と我等との整合を図る能力に長けた初期艦が必要なのだ

如何いう訳か初期艦は我等の元にはおらず、探しても見つけられない、初期艦は人との接触が先になってしまうのだ、結果として初期艦は全て人に付き、我等の元にいない」

 

権兵衛さんから訂正と説明があった

 

「……群れの統率?より確実なモノとする?それは手段だろう、それを成した後、如何するつもりだ」

 

隊長が厳しい口調で問い質す

 

「憲兵が心配する事ではない、我等の望みは静かに在る事だ、人の組織の様な事は望んでいない」

 

権兵衛さんはそんな隊長にも静かに応じていた

 

 

 

外洋-包囲網の外側(二式大艇着水位置)

鎮守府所属艦:龍驤/長良

 

 

採掘地で話し合った結果、二式大艇を曳航するよりも海上で補給し鎮守府に帰した方が良いと判断された

飛行艇というか飛行機への補給は空母種なら出来る、二式大艇はその機体の大きさから自前で色々出来る優れモノ、飛行艇の運用自体は任務に含まれない秋津洲でも母艦とされるのにはワケがある

 

「なんやて?鎮守府に釣り上げる筈の獲物がおる?どういうことや?」

 

「なにそれ?」

 

龍驤の驚いた様な声に長良が聞いて来る

 

「今、補給がてら話しとったら、大艇の妖精さんが言い出しよった、もちっと、詳しゅう話してみぃ」

 

「なんて言ってる?軽巡じゃ飛行機乗りの妖精さんと意思疎通が難しい、空母種なら、出来るでしょ?」

 

長良が龍驤を促す

 

「……ほなら、龍田達が待っとっても釣り上げる事は叶わんちゅー事か?どないすんねん、コレ」

 

「詳しく話しなさいよ、全然わからない!」

 

一人で納得顔の龍驤に長良が痺れを切らした

 

「こっちの作戦行動が筒抜けやったそうや、で、裏掻かれて鎮守府に乗り込まれたんやと、鎮守府に残っとる艦娘が手薄な事もバレとるそうや

でもな、なんか知らんが乗り込んできた奴が攻撃せーへんのやと、ほんで、今司令官と話しとる最中やと、言っとる」

 

「……ごめん、全然わからない」

 

龍驤は詳しい話を確かにしてくれた、それは分かった、ただ状況把握の役には立たなかった

 

「安心せい、ウチにもさっぱりわからへん、ともかくや、龍田達の釣り上げる獲物はもう居らへんちゅーこっちゃ、鎮守府に乗り込んどるんやからな」

 

「……確か、三匹居るって言ってたけど?三匹も鎮守府に乗り込んでるの?」

 

「乗り込んどるんは一匹やゆーとる、ゆーとるが他の獲物はなんや他の事に手を取られとるらしいで」

 

「なにそれ?」

 

「そこまでは聞いとらん様や、どないする?龍田達に教えるか?」

 

「教えないって選択をする理由は?」

 

龍驤がその選択を迷う理由が分からない長良

 

「……あの初期艦、大丈夫か?」

 

言葉短に言った龍驤、それを聞いて長良も龍驤の懸念事項に思い当たった

 

「あー、それを言うなら、駆逐艦全部だよね」

 

「さよか、まあ、護衛隊の旗艦は長良やさかい、どないするか決めてや」

 

酷く他人事の様に言う龍驤に何を思うよりも、提起された懸念事項が大き過ぎて頭を抱える長良だった

 

 

 

外洋-包囲網の外側

鎮守府所属艦:時雨

鎮守府所属艦:筑摩艦隊_分艦隊_筑摩/北上/木曾/神通

鎮守府所属艦:球磨

 

 

周辺警戒中の時雨が空を見上げた

 

「あれ?偵察機?筑摩の言ってた龍驤の偵察機かい?」

 

「そう見たいですけど、何故こちらに飛ばしてきたのでしょう?」

 

筑摩が応じている

 

「……長良からの伝言クマ、筑摩達も資材採掘地で合流してほしい、そうだクマ」

 

「どう言う事でしょう?」

 

球磨の言い分に表情を固くする神通

 

「詳しい話しは合流してからするそうだクマ、龍驤が二式大艇と接触して、鎮守府の現状を聞き出した様だクマ」

 

「なんで、この距離で部隊内秘匿回線で、伝言なんだい?僕らに聞かれるとマズイどんな話をしてるのさ」

 

駆逐艦ならではの率直さで不満を言う時雨

 

「それが分かるのなら、資材採掘地で合流するクマ」

 

「……鎮守府で何があった?司令官になにかあったって事?」

 

北上が憶測を口に乗せた

 

「!僕は鎮守府へ戻る、こんな時に司令官から離れるなんて嫌だ」

 

それに過剰に反応した時雨、ソレを読んでいた様に時雨を捕まえる北上

 

「コラ、駆逐艦、落ち着け」

 

「……北上が不用心過ぎる事を言うからクマ、長良達も駆逐艦を抑えるのに苦労してるクマ、兎も角、合流してほしいクマ、筑摩?」

 

確認というか同意を取りたいらしい球磨

 

「……合流して、如何するのです?そう言う事なら包囲網に再突入するのは必然、合流するにしても資材採掘地では無く、こちらで合流すれば良いハズ、資材採掘地で合流する理由は?」

 

筑摩も球磨の言い分には不満がある様子

 

「鎮守府所属艦で外洋にいる艦娘、この中で旗艦指名されているのは長良と筑摩、それと筑摩から旗艦指名されている皐月、指揮系統をハッキリさせる必要があるクマ、それに艦隊再編も必要クマ」

 

「……龍田の名が挙がりませんでしたが?」

 

球磨の言い分に不信感を隠しきれず、口調が厳しいモノになっている

その筑摩を見てこれ以上の秘匿を放棄した球磨が諦めて話し出す

 

「初期艦が飛び出して、行方不明だクマ、それを探しているそうだクマ」

 

「……さすが駆逐艦、面倒臭い」

 

時雨を捕まえた手を離さず呟く北上

 

「ならば尚の事、資材採掘地での合流は出来ませんね、初期艦の目的は間違いなく鎮守府への帰還、こちらでも網を張って回収を試みます」

 

筑摩のこの宣言により艦隊行動方針は決まった

 

「……こうなると思ったクマ」

 

球磨としても長良の方針は無理があると思わざるを得なかった

 

 

 

鎮守府-第二食堂(鎮守府専用食堂)

鎮守府:司令官/叢雲(旧名)

鎮守府所属艦:給糧艦二/補給艦二/大和

???:???(権兵衛さん)

大本営所属艦:一組の初期艦二

自衛隊_憲兵隊:隊長

 

 

「群れの統率をより確実なモノとする、と言ったが、その群れは何処までの範囲なんだ?こちらが深海棲艦と呼んでいる全てが、その群れの中、という事ではないだろう」

 

権兵衛さんからどれだけ話を聞きだせるのか、ソレを如何やって鎮守府解放に繋げるのか、考えなくてはいけない事は大量にある

 

「……そういう意味で艦娘部隊は存続出来る、我等との交渉を妥結し、契約を結んでも艦娘部隊が不要とはならない、人の組織や社会にとって深海棲艦と呼称される海洋生物は、脅威であり続けるだろう」

 

コレを聞いた隊長が割り込みをかけて来た

 

「待て、それはどういう事だ?権兵衛さんは深海棲艦の代表として来ているのではないのか?」

 

「事態を理解しない憲兵は口を開けるな、話が面倒だ」

 

今回は呆れ気味の権兵衛さん

 

「代表だとしても、極一部の代表でしかないって事、理屈の上では地球表面の七割の規模を持つ工廠で建造される海洋生物、その全てを統率出来る、と云われてもそっちの方が胡散臭い」

 

仕方ないので少しだけ説明を加えた

 

「……極一部?極一部であの包囲網を構築出来る?先程聞いた所だと、総数は一万を超えると、予測されていたが?極一部?だというのか?」

 

こちらの説明に疑問形を連ねて聞いて来る隊長

 

「気になるなら、体積比で総数がどの位になるか、計算してみたらいいんじゃないか?お勧めはしないが」

 

「……体積比、深海棲艦の平均体積を海の体積と、比較、しろと?」

 

そういう隊長の顔は感情を失くしている様だった

 

「それが、総数に近い数になる筈だから」

 

「馬鹿げてる、そんな馬鹿な話があるか!やってられんよ!!」

 

思わずだろうが、立ち上がり、テーブルを叩く隊長

 

「……大きな声を出さないでくれ、駆逐艦もいるんだ、艦娘とはいえ、生後数年の子達だ、大人として、自衛官としての対応を望む」

 

そう言ったら周囲を軽く見回して驚いた表情の艦娘達に気付いた様子の隊長

 

「ん、済まない、少し感情的になった、申し訳ないが、外の空気を吸って頭を冷やして来る」

 

そう言って第二食堂を出る隊長

 

「随分と大袈裟に言ったものね、追い出したかったの?」

 

隊長を見送ってから叢雲(旧名)が聞いて来た

 

「そういう訳じゃないが、この先の話は自衛官には聞くに堪えない話になるだろうから、丁度良いとは、云えるかな」

 

「ほう、初期艦を渡す気になったか?」

 

何故かニヤケ顔の権兵衛さん

 

「気が早すぎる、そちらから私に対する利益となる話とやらを、未だに聞けていないんだが?」

 

気になるニヤケ顔にクギを刺して置く

 

 

 

外洋-資材採掘地〜包囲網途上

鎮守府所属艦:叢雲(初期艦)

鎮守府所属艦:初春/子日/若葉/初霜

 

 

一隻の駆逐艦が脇目も振らず全速で海上を駆けていく

 

「鎮守府に乗り込まれたなんて!!!」

 

その少し後方に四隻の駆逐艦が続く

 

「待たんか!!単身で如何するつもりじゃ!!!」

 

初春が声を荒げるが、届かない

 

「ダメだよ、聞こえてない、止めるなら、手荒な手段になるけど?」

 

「ダメじゃ!あの状態の艦娘は多少の損傷なぞ気にも留めん!」

 

初霜の提案を却下

 

「なら、叢雲に付いて、あの包囲網に突入する事になる、それで良いの?」

 

子日からも質問とも疑問とも取れる発言

 

「むー、龍驤のアホんだら〜、がそれはソレじゃ!龍田は来ておるのか?」

 

この事態を引き起こした軽空母に恨み言を言っても事態は何も好転しない

 

「遅れてはいるけど、来てはいる」

 

「こっちが全速なんだ、そう簡単には追いつかないよ」

 

若葉と初霜が答える、初霜は仕方ないと言いた気だ

 

「ならば、筑摩に期待するしかあるまい、こちらの位置を筑摩等に教える為、電探発振を実施、余計な輩も引き寄せる事になるぞ、周辺警戒を厳と成せ!」

 

「……これだ、ウチの一番艦はいつもこれだ」

 

初霜が不満を口にした

 

「ええい、文句は鎮守府で聞くわい、今は集中せい!」

 

姉妹艦を率いて叢雲(初期艦)を止める努力の真っ最中の初春だった

 

 

 

外洋-資材採掘場(無人島)

鎮守府所属艦:龍驤/長良/名取

鎮守府所属艦:遠征隊_皐月/睦月型五

桜智鎮守府所属艦:村雨/白露

 

 

駆逐艦と軽巡が入り乱れている現場を見て、気後れしつつも声を掛けた

 

「あの〜、お忙しそうな所すみません」

 

「見ての通り忙しいの!誰!」

 

こちらを見向きもせずに荒っぽい返答が来た

 

「なんで鎮守府に戻るのがいけないんだ!」

 

「叢雲は鎮守府に行ったんでしょ?なんで僕等だけ駄目なのさ!」

 

軽巡から逃げ回りながらも意見表明を忘れない駆逐艦達

 

因みにこの状況は遠征隊の一人が護衛隊の主張を受け出発に不安を述べた所から拗れている

その不安を解消しようと説得に掛かる遠征隊の駆逐艦達、皐月達の出発を止めようとする軽巡等と意見対立になってしまった事で現状に至っている

 

「あんた達は遠征隊、あの包囲網をどうするの?兵装を装備してるのは六隻中一隻だけなんだよ?無理過ぎるでしょう?」

 

名取も説得を試みているが、駆逐艦達に反論されて成果はない

 

「北上達と合流すれば良い、それで抜けて来たんだ」

 

「外に出て来た時とは包囲網を構成している数が違う、倍近い数になってるんだよ、軽巡の資材保有量じゃあ、途中で補給があっても抜けられない程に、包囲網が強化されてるの、遠征隊と軽巡戦隊だけではどうにも成らない」

 

「そんなの、やってみなくちゃわかんないじゃん、北上は艦種変更してるから軽巡じゃないし、なんとかしてくれるでしょ」

 

駆逐艦達の主張から北上が大袈裟に何やら吹聴したらしいと判断、この苦労を招いた一端は北上にある事にされた

事実と異なる事でも信じたい事と云うのはあるモノらしい

 

「……あのバカ、何を吹き込んでるんだ、艦種変更した所で資材保有量は大して変わらない、なんとも出来ないだろうに」

 

思わず長良が悪態を吐く

 

「……あの〜、少しお話しを、させて頂きたいのですが」

 

「さっきから、誰!何の用!」

 

そこで漸く声の主に目を向けた

 

「はい!桜智司令官麾下の駆逐艦村雨です!この間は鎮守府帰還に当たり掩護頂きありがとうございました!」

 

見れば駆逐艦二隻が敬礼していた

 

「……村雨?桜智司令官麾下?」

 

事態を把握し切れていない様子の長良

 

「他所の駆逐艦がウチの資材採掘地に、何の用や」

 

いつの間にか龍驤が駆逐艦二隻の前に居た

 

 

 

外洋-包囲網の外側

鎮守府所属艦:時雨

鎮守府所属艦:筑摩艦隊_分艦隊_筑摩/北上/木曾/神通

鎮守府所属艦:球磨

 

 

いきなり生じた反応に戸惑いながらも感知を知らせる時雨

 

「こんな電探発振して来るなんて、探索目的じゃなさそうだね」

 

「……時雨?逆探を、積んで来たのですか?」

 

神通に聞かれて慌てる

 

「あ!いや、まあ、なんかの役に立つかと、思って」

 

「間違えた?水上電探積んだつもりが逆探だった?」

 

「……」

 

北上の指摘に言葉が出て来ない、実の所間違えた訳ではないが、敢えて言わない時雨

 

「発振方位と位置は?クマ」

 

「……球磨さん?そのクマ要りますか?」

 

筑摩が不思議そうに聞く

 

「クマちゃんはクマって付けないと駆逐艦を怖がらせるって思ってんの、意外と優秀な球磨だからねぇ、軽巡は駆逐艦を率いてなんぼだし、涙ぐましい努力でしょ?」

 

北上の軽口が入った

 

「北上、鎮守府に戻ったら、オシオキだ、ねーちゃんをバカにするとは、不心得な妹は性根を叩き直してやるクマ」

 

「オオコワイ、けど、それは木曾っちに譲るよ」

 

大袈裟な仕草で木曾の後ろに回り込む北上

 

「……姉妹漫才は球磨型の習性なのですか?今は漫才より、電探発振の相手を優先してください」

 

神通から突っ込みが入る

 

「東南東方向、こっちに向かって来てる、距離は良く分からないな」

 

「資材採掘地の方向、ですか」

 

その方角に視線を向ける筑摩

 

「叢雲?でしょうか」

 

神通も視線をそちらに向けていた

 

「発振元は違うでしょ、けど、龍田艦隊の可能性はあるんじゃない?」

 

木曾の後ろから声だけ参加して来る北上

 

「兎も角、観測機で確認してみます、皆さんは、行動準備を」

 

筑摩は戦闘準備を指示した

 

 

 

外洋-資材採掘場(無人島)

鎮守府所属艦:龍驤/長良/名取

鎮守府所属艦:遠征隊_皐月/睦月型五

桜智鎮守府所属艦:村雨/白露

 

思わぬ乱入者により事態は一時的に沈静化した、そこに強力な電探信号が届いた

 

「初春か?また盛大に発振しとるな、電探の使い方、誰に教わったんや、あの駆逐艦は」

 

「筑摩宛、だろうね、初期艦を止められないのか、そうなると初期艦を先頭に包囲網に突入する事になる」

 

「……長良さん達は突入しないのですか?」

 

探る様に聞いて来る村雨

 

「戦力不足、私達の保有資材量では、どうやっても途中で尽きる、あの数の中で資材が尽きたら、どうにも成らない」

 

「私達が補給しても、ですか?」

 

白露からも言って来た

 

「……なにを言い出すの?貴方達は他所の鎮守府所属艦、ウチの司令官は他所の鎮守府所属艦に損傷を負わせる訳にはいかないと、私達を護衛隊として外洋に配置した、だから、早く自分の鎮守府へ、司令官の元へ帰りなさい」

 

「そうはいかない、ウチの司令官はウチの五月雨があの鎮守府にいる事を凄く気にしてる、可能なら、手を貸して来いって、言ってくれた

白露型十隻、航空巡洋艦三隻、その為にここまで来たんです、見た所、遠征隊はみんな資材搬送用の機材持ちの様だし、妹達と装備変更して火力の均質化は出来る筈、なんとかなりませんか?」

 

長良の言い分に食い下がる白露

 

「航空巡洋艦?なんやそれ?」

 

「元は重巡なんですけど、改装したら艦種変更されてそうなりました、水上機だけど、あの飛翔体がいないのなら、強力な航空戦力になる」

 

「強力っちゅー事は、爆撃機か?」

 

「えっと、詳しい事は利根に聞いて、説明がいるのならここへ呼びますよ?」

 

「利根?筑摩の姉妹艦やな、なら、大丈夫やろ」

 

白露と龍驤の遣り取りに目を白黒させ戸惑いを明け透けに出してしまっている長良がやっとの事で言葉を口から出した

 

「ちょっと?龍驤?なにを考えてるの?」

 

「折角手を貸してくれるゆーとるんや、借りたらええやん、細かい事は後で司令官同士でなんとでもするやろうし、ウチもいい加減偵察任務に飽きて来たとこやし」

 

「そういう問題じゃない、包囲網が厚すぎる、北上達が抜けてきた時の倍近い厚さに補強されてる、重巡の保有量でも、足らない程の厚みがある

あの包囲網の中で一切の攻撃を受けないと仮定しても、密集度から見て通り抜けるのには時間が掛かる、突入すれば攻撃を受けないなんて有り得ないから、その分損傷を負うリスクを取らなくてはいけない、回避運動する隙間すらないって、そう報告して来たのは龍驤の偵察機、損傷を抑えようとしたら、進路上の深海棲艦を殲滅しながら進撃する事になる、それには弾薬消費を抑えながらとはいかない、結果として、資材が途中で尽きてしまう」

 

状況を並べて龍驤に翻意を促す長良

 

「やけど、あの初期艦は、突入するんやろ?黙って見とるんか?」

 

「それは……」

 

龍驤の短い言葉になんと返すか思い付かなかった

 

「もう突入してるんですか?初期艦って叢雲?他には?」

 

村雨が聞いて来る

 

「龍田艦隊が、追ってはいるけど、追いつけてない、包囲網を出た所で待機中の筑摩達に委ねる他ない状況」

 

名取が応じた、そこに新たな艦娘が一隻現れた

 

「なにを考え込んでおるのだ!サッサと準備したらどうじゃ!吾輩をいつまで待たせるのじゃ!!!」

 

「……まーた、厄介そうなのが、出おったわ」

 

龍驤の対応は駆逐艦に対した時と差して変わらなかった

 

 

 

鎮守府-第二食堂(鎮守府専用食堂)

鎮守府:司令官/叢雲(旧名)

鎮守府所属艦:給糧艦二/補給艦二/大和

???:???(権兵衛さん)

大本営所属艦:一組の初期艦二

 

 

「鎮守府司令官の利益とはなんだ?どうも我等が認識している利益とは合致しない様だ、そうなると我等にはわからない、そちらから要求してもらいたい」

 

「……何を、利益として提示されたの?」

 

確認する様に聞く叢雲(旧名)

 

「我等のチカラの及ぶ限り、鎮守府司令官の望みを叶える、と言ったのだが、どうもこれは利益にならないらしい、では、利益となるモノはなんだ?」

 

「成る程、認識の違いがあるから、下手な事を言うととんでもないトラブルになるって事ね、確かにそれでは利益にならない、つまり今の所話が全く噛み合っていない、と」

 

「金属や石の類い、それにタール、人の言う所の原油か?そう言った資源でも良い、望むだけ用意するぞ」

 

得意気な権兵衛さんに若干ウンザリしつつも答える

 

「……あのな、金属っていったって精錬前の原石だろ、石ってのも同様に原石、原油なんてどうしろっての?それをそのまま私の所に持ち込まれても、こっちには換金手段がない、寧ろ廃棄費用を払って何処かに引き取ってもらわなきゃならんじゃないか、鎮守府には精錬施設も無ければ精製施設も無い、採掘した資源をそのまま持ち込まれても私の利益とはならんよ」

 

「そんなのは妖精にやらせれば良いではないか、何の為に大挙していると思っているのだ?」

 

何を言っているんだ此奴は、と口元まで出掛かっている様子が見て取れる

 

「……妖精さんは、そういった地下資源を活用出来ない、時間をかければどうにでもするだろうが、今直ぐにはムリだし、時間もどれ程掛かるのかは、妖精さん次第だ、私の利益と言うには無理があるんじゃないか?

権兵衛さんの交渉はそちらの提示した前提条件すら、満たしていない、決裂とかそういう事の前に、交渉の条件が揃っていない、そうは思わないか?」

 

慎重に言葉を選びながら誘導を試みる

 

「地下資源を活用出来ない?それはおかしい、活用出来る筈、というかしていると、聞いている、こんな所まで齟齬を生じるとは、我等の情報精査も全般的に再検討しなければならないのか、ここまで話が噛み合わないと成ると、鎮守府司令官の言い分も、単に時間稼ぎなどではなく、交渉そのものに疑問を生じさせているのか?」

 

ここに来て漸く権兵衛さんから交渉に関しての疑問が出て来た

 

「そちらの言い分が全て偽りだとも思えないが、全てを鵜呑みにする訳にもいかない、ここはお互いに退いて、状況と情報を再度良く精査しては、どうだろう」

 

何とか退かせられないかと提案をしてみる

 

「……言い分は理解する、だが、退く訳にはいかない、先に言った様に我等が退く時は交渉の妥結、契約が成立した場合だけだ、それまでは、この状況を維持する事になる」

 

「それでは千日手ではないか、時間は有限で公平ではなかったのか?無限の時間を要する事態になってしまう」

 

「……言い分は理解する、確かに時間は有限だ、我等の得た情報と鎮守府司令官の認識の齟齬を解消するにも時間は必要だ、その上で交渉を進め妥結しなければならない、我等が退かずには情報の精査もままならんと、鎮守府司令官は言うのか?」

 

こちらの状況説明に耳を傾け始めた権兵衛さん

 

「こちらは孤立させられている、半分は自衛隊の所為だが、半分は間違いなく権兵衛さん等の行動の結果だ、そうではないか?」

 

「……孤立状態では、情報精査というより、自問自答という事か、確かに千日手になってしまいそうだ、その点は鎮守府司令官の言い分が正しかろう、では、如何するのが良いのか?参考までに聞かせてもらおうか」

 

ここは回り諄く言うより直接的に誤解を生じる隙なくこちらの言い分を言った方が良いと判断

 

「包囲網を解け」

 

「それは出来ない、我等は交渉妥結まで退くことはない」

 

アッサリと拒否されてしまった

 

「なら、情報精査出来る状況を確保したい」

 

次善策に切り換える

 

「……具体的には?」

 

「外部との通信を回復させてもらいたい」

 

「……孤立状態を解消しろと?そうなれば来援が来る事になる、我等と全面衝突になるだろう、それが狙いか?」

 

こちらの言い分を権兵衛さんなりに色々検討している様子は見て取れる、拒否を示したとはいえ考慮していない訳ではない、ここは押しが要る

 

「先程の憲兵隊長の言動を見たな、あれから推定するに、おそらく全面衝突という事態には、ならないと思う、勿論、これは私の予測であって何等の確証もないが」

 

「馬鹿げている、と?数の論理にそこまでの効果があるのか?人の軍隊が出て来て全面衝突になると、我等は考えている」

 

「全面衝突した所で無限湧きという手段がある権兵衛さん等にどんな不利益があるんだ?」

 

「……そちらの言う無限湧きを維持するリソースを割き続けなければならなくなる」

 

「そのリソースと、ここで千日手を回避するのと、何方が、権兵衛さんには利益になるんだ?」

 

この問いに権兵衛さんは考え込んでしまった

 

 

 

鎮守府-執務室

大本営所属艦:高雄/愛宕

鎮守府所属艦:秋津洲

 

 

「大変かも!!あれ?司令官は?」

 

執務室内に司令官の姿が無い事に気付き、見るからにテンションを下げる秋津洲

 

「如何したの?」

 

「……司令官は?」

 

「提督は今来客に対応されています、報告は司令部で受けます」

 

「……えっと、じゃあ、いいかも」

 

そう言って退室しようとする秋津洲に苦笑いしながら声を掛ける高雄

 

「良くないでしょう?大変かも!!ってノックもせずに執務室に来たんだから、司令部では無く、司令官に直接報告したいの?来客の前で報告する事になるけど、それで良い?」

 

秋津洲は退室しようとする位置をそのままに語り出した

 

「……来客って、こんなタイミングで、鎮守府に来られる相手って、限られるかも、それにさっきの警報と第二工廠の封鎖、その後艦載機が至近で深海棲艦を撃破してた、あの至近に湧いた深海棲艦、直ぐに撃破されたから確信が持てないけど、あの大海戦で、艦載機を落としまくって制空権をあっさり奪い去り、大型艦の多くを大破させた、あの統率された強力な深海棲艦の艦隊の感じがしたかも」

 

「……大変なのは、それ?二式大艇からの報告ではないの?」

 

高雄が特に気にする感じも無く応じる、それを聞いて秋津洲が高雄に向き直った

 

「高雄は、感じなかった、かも?」

 

「……そういう感じは、艤装がないととても曖昧にしか感じられないから、それに、提督には先刻ご承知の筈、なにしろ、あの包囲網を見てもその数を報告してもブラフだと、言い切っていました、そして、本隊を釣り上げる為の行動を起こしている、結果は伴わなかったけど、別の形で目的は達成されつつある、今は提督の交渉の行方を、見守るしか、ないと、思ってる」

 

「……来客、そういう来客だよね、じゃあ、司令官に直接報告してくるかも!」

 

「ああ、私も行きます、交渉が気になりますし」

 

今度こそ退室する秋津洲、それに続く高雄

 

「いってらっしゃい、執務室には私が残るから、何かあったら連絡するわ」

 

二人に手を振って見送る愛宕は何やら微笑ましい笑顔を見せていた

 

 

 

鎮守府-第二食堂(鎮守府専用食堂)

鎮守府:司令官/叢雲(旧名)

鎮守府所属艦:給糧艦二/補給艦二/大和/秋津洲

???:???(権兵衛さん)

大本営所属艦:一組の初期艦二/高雄

 

 

「お話中失礼します、司令官、秋津洲が司令部に、では無く司令官に直接報告したいと、駄々を捏ねたので連れてまいりました」

 

権兵衛さんが考え込んでしまった為、静かになっていた食堂に高雄の声が響く

 

「……おい、鎮守府司令官、こんな事でいちいち我等との交渉を中座させるのか?」

 

その声に反応して来た権兵衛さん、お前が言うな、と言うのはこういう事なんだろうが、口にはしない

 

「人の鎮守府に勝手に上がり込んだツケだ、嫌なら出ていく事だ、で?報告は?」

 

「包囲網の外側で電探発振を確認したかも、多分初春の電探、発振元が全速で包囲網に向かってるかも、大艇ちゃんから見えた航跡は五つ、そのうち一つが先行してる、ただ、航跡の並びから艦隊行動では無く、先行してる航跡を他の四つが追いかけている、様に見えるって大艇ちゃんは言ってる、そうなると、龍田が、艦隊旗艦が、いない、かも」

 

報告から龍田が置いてけ堀食らった感じかと推定、龍田より駆逐艦の方が全速域では速い、通常なら龍田の全速に駆逐艦が合わせる筈

 

そうなっていないという事は、そういう事なんだろう

 

「……獲物らしいモノは見ていないんだな?」

 

確認の為に聞いておく

 

「見つけてない、釣り上げる為の行動には、見えないかも、もしかしたら、大艇ちゃんが龍驤と接触した時に話した鎮守府の現状が伝わったかも」

 

「龍驤と接触?そんな、予定あったか?」

 

想定していない状況を聞かされて聞き返してしまった

 

「大艇ちゃんの燃料が尽きかけて、着水して龍驤から補給を受けたかも」

 

「……高雄?私の所には、なんの報告も来ていないが?」

 

秋津洲の隣にいる高雄に聞く

 

「こちらで処理出来る案件です、提督が全ての裁可を持たずに鎮守府を運営する為の司令部です、職権を行使しました」

 

相変わらずキッパリと言い切る高雄

 

「……その、行使した、報告がないと言っているんだ、裁可は兎も角、報告も無しなら私はどうやって鎮守府の現状を知れば良いのだ、いちいち司令部にお伺いを立てろと?立ち位置が、違くないか?この鎮守府の司令官職に就いているのは、私だ、高雄や他の司令部要員ではない、これが不満なのか?」

 

「……申し訳ありません」

 

頭を下げる高雄にどう言えばこちらの趣旨が伝わるのか分からない、高雄は重巡だ、察しが悪い事は無いと思うんだが、どうも筑摩より数段は勘が悪い様に思えてならない

 

司令部要員としても足利の様に話の判る重巡も居る事だし、そこの違いが生じる理由に見当が付けられない

 

「いや、詫びろと言っているんじゃないんだ、報告をしてくれと言っているんだ」

 

ここで焦っても仕方ない、話を重ねて行くしか無いだろう

 

「無理であろう、此奴は先も伝書鳩にも劣る報告をしてた艦娘ではないか、ん?艦娘?なんだ此奴、艤装が無い?我の覚えが確かなら、高雄型重巡の一番艦、こんな劣化艦ではない筈、艤装を持たない事と、関連があるのか?」

 

「……その可能性は気が付かなかった、そうなの?」

 

思わぬ所から違いが生じる理由の指摘が来た

 

「えっと、無い、ハズです……」

 

この返答は明から様に戸惑いが含まれていた

 

「本人にもよくわからない?今、明石の手は空いてるか?」

 

「明石は軽空母の解析作業中です、空いてはいないと思われます」

 

こういう質問にはキッパリ答えて来る、どういう条件付なのやら

 

「解析?何を調べている?あ、いや、単に興味で聞いただけだ、我に聞かせたく無い話なら無理にとは言わんよ」

 

権兵衛さんはホントに興味深々の顔をしていた

 

「まあ、ぶっちゃけるとだな、以前この子等がイタズラした事が原因で最初に着任した初期艦が目覚めなくなった、なんでそんなイタズラをこの子等がしたかというと、権兵衛さん等に繋がっていたから、らしい、そして今解析作業中の軽空母等が修復を受けた時に、この子等は権兵衛さん等に繋がっていた、また何処かにイタズラされてたら、堪らんからな、それで解析してる」

 

本当にぶっちゃけて良かったのか、多少の疑問は感じたが言ってしまったからにはしょうがない

 

「我等が鎮守府の工廠を使える様に細工した事が、不利益で有害な影響を鎮守府に与えている、可能性がある、というのか?」

 

興味深々の顔から困惑気味になる権兵衛さん

 

「直接か間接的にか、程度はある様だが、どんな影響が出るかは、出て見ないとわからない、可能性だけで鎮守府の運営を停止する訳にもいかない、どちらにしろ妖精さんが居なければ鎮守府は運営出来ないからな、妖精さんの自治に期待して気にしない様にしてる」

 

一度ぶっちゃけてるから細かい事は気にしない

 

「自治……何を言っているのか、分かっているのか?あの身勝手な妖精に自治?それに期待?我等では有り得ない行動だ、我等には自傷願望も自殺衝動もない、あるのは敵を打ち払い、薙ぎ倒す、チカラだ」

 

「そういう割には、交渉に拘っているな、こんな手間を掛けるくらいなら、力尽くで押し進めた方が目的を短時間で達成出来るだろうに」

 

「我等は学んだ、力尽くが最良の手段ではない事を、なにより、力尽くでしか物事を測れず、考えられない存在は、醜い、少なくとも我等からはそう、視えた、視えてしまったんだ、あれさえ視なければ、我等は鎮守府司令官相手にこの様な手間を掛け、交渉に臨む事など、思い付く事も無かった、知らない事は、刻として、シアワセなのかも、知れん」

 

意外過ぎる言葉が権兵衛さんから聞こえて来た

 

「それは哲学か?浪漫か?興味深い話だな」

 

「どこか、変な事を言ったか?」

 

どこか不安そうにも見える権兵衛さん

 

「いやいや、権兵衛さんから、幸せなんて言葉が聞けるとは、思ってなかった、実に興味深い」

 

「……変な所に、興味を向ける、そんな所に興味が向くとは、想定していなかった」

 

ここで秋津洲が口を挟んで来た、報告したのに放置されたら、何処かでこうなるのは時間の問題だった

 

「あの、司令官?話が脱線し過ぎかも?初春達になにかメッセージを送った方が良いかも?」

 

コレに権兵衛さんが反応した

 

「あの飛び回っている飛行艇の保有艦娘か、こちらの交渉を中座させるわ、こちらが実行中の鎮守府孤立化に穴を開けるわ、我等には邪魔な艦娘だ、何れ、シズめてくれる」

 

「いきなり物騒な話になったな、私の指揮下の艦娘を沈める?」

 

聞き捨てならない事を言い出した権兵衛さん

 

「今直ぐではない、この艦娘をシズめても交渉が進展する事も無いだろう、優先度は低いからな」

 

権兵衛さんに一睨みされる秋津洲、度胸が良いのか胆が座っているのか、秋津洲は動じる事なく話を進めて来た

 

「司令官?初春達は、このまま放って置く、かも?」

 

「包囲網突入まで、時間的猶予は?」

 

秋津洲の質疑応答の時間の様だ、権兵衛さん相手にその時間の確保に成功するとは、なかなかどうして見所のある艦娘だ

 

「あんまりないかも」

 

「近くに龍田がいるから、見つけて龍田宛にメッセージを、旗艦としての職責に期待する、と、メッセージを発信したら二式大艇は帰還させ、収納し、入渠する事、入渠後は明石の手伝いに回ってくれ」

 

「……哨戒任務は、もういいかも?」

 

少し不安そうにも聞こえる聞き方だった

 

「そっちは、当てがないんだが、こちらに報告も無い様な運用をされるよりはマシだ」

 

「わかったかも、失礼します」

 

秋津洲は納得してくれた様だ

 

「失礼します」

 

高雄の表情からは何も読み取れなかった

 

「……いいの?長門や重巡達の観測機だけでは包囲網の内側しか見れなくなるけど?」

 

叢雲(旧名)が確認してくる

 

「司令部に鎮守府を好きにされた、私が司令部に従わされた、そんな風に所属艦娘達に錯覚されるよりはな、まだ立ち上がったばかりで鎮守府所属艦娘と司令部要員の間に関係性が出来ていないんだ、誤解のタネが芽を出すのも放置して置けない、なんとかするしかない状況だ、困った事に」

 

「私の言葉に影響されての事か?」

 

権兵衛さんが〈私〉と言った事に突っ込みを入れようかとも考えたが、ここは流した

 

「どこを聞いたらその結論になるんだ?」

 

「我がシズめてくれる、と言ったからではないのか?」

 

我に戻った、あの〈私〉は何だったのか

 

「今直ぐではないんだろ?なら影響はしない、入渠させるのは、予定外の行動があったからだ、哨戒任務で無理をさせているんだ、過負荷の耐久試験をこんな状況でやりたくない、それだけだ」

 

「あの飛行艇は我等が包囲網を構築する以前から飛び回っていたと、聞いている、まさか、単機運用なのか?交代用の飛行艇と運用する艦娘がいない?」

 

「その、まさかの単機運用だが、そちらから見ても、問題のある運用に見えるか?」

 

権兵衛さんからこんな指摘が来るとは思ってもなかった

 

「どれだけ酷使しているのだ、呆れる他ない、我等の運用とは大きく異なる、よくも叛乱を起こされないものだな、その点は感心するが」

 

「叛乱?なに?あんた達はそんなに言う程叛乱を起こされてるの?」

 

嫌味にならない程度に悪戯らしく言って見せる叢雲(旧名)

 

「言ったであろう、我等の行動を制限するモノは物理制限だけだ、艦娘の様に一定の条件下でのみ行動を許容されるモノではない、叛乱というと大袈裟に聞こえるかも知れんが、統率するのは容易ではない」

 

「妖精を身勝手な存在と言いつつソレか、一層の事統率を諦める、という選択をして見たらどうだ?」

 

軽く言って見る、冗談で済む様に

 

「それも議論の俎上には上がっている、いるが、現状では取り得ない選択である事も、我等は理解している、この交渉に我等がどれ程のリソースを割いたか、そこを多少なりとも考えて貰いたいものだ」

 

「勝手に掛けたリソースに配慮しろっていうの?随分と身勝手な言い分ね」

 

叢雲(旧名)の弁舌が滑らかだ

 

「身勝手、か、そちらからはそう見えるだろう事は理解出来る、だが、それと交渉を妥結させ、目的を達成する事は別の話だ、我等から言わせて貰えばこれだけのリソースを割いて、目的を達成出来ないなど、考えたくもない、有ってはならない事だ」

 

「交渉に当たって、情報精査がこんな状態でも、そこは譲れないのか、なにか急ぐ事情でもあるのか?時間を気にしている様子がチラホラ見え隠れしているが」

 

「……鎮守府司令官は、気にしなくて良い」

 

どうもこの辺りには突っ込みを入れられたくない様子

 

「そうは言ってもだな、今のままでは千日手だ、時間がどれだけかかるのか、見当も付かない、そうではないか?」

 

「……」

 

言葉に詰まってしまったらしい、そこまで追い込まれる様な事情があるのか、どんな事情なのだろうか

 

「まあ、好きにすると良いじゃない?力尽くで来ないのなら、こっちから急がせる事もないし、ソレをやられたら一気に詰みだし、なんにしてもそちらの出方次第なんだから」

 

叢雲(旧名)が助け船を出してくれた、これは助かった、こちらの目的は権兵衛さんを黙らせる事ではないのだから

 

「好きに、したら、良い?叢雲と言ったな、元とはいえ艦娘で初期艦、それが我等に好きにしたら良い?どんな思考を辿れば、その様な言葉が出てくる?理解出来ない」

 

呆気に取られた様な権兵衛さん

 

「何処って、こっちにどんな選択の余地がある様に見えるの?参考までに聞かせて貰いたいわ」

 

それに応じて権兵衛さんが状況を並べて数え出した

 

「孤立状態、包囲され、来援は勿論補給すら寸断され、備蓄資材は減り続ける、遠からず活動不能になる事は確実、回避手段すら無い、なるほど、取り得る手段は殆ど無い、人の理屈ですら来援無き籠城は自殺行為だそうだな、籠城というには、我等で全包囲している訳では無いから条件は緩いが」

 

緩いと評された条件をこちらで足して行く

 

「もう半分は人の組織による包囲だ、もし、この半分が鎮守府に補給なり、来援として行動する事を見越しているのなら、無駄な労力をかけている事になるが、そちらのリソースを削るという意味では役に立っているのか、案外良い仕事してるんだな、陸自の皆さんは」

 

「それ、陸自の皆さんに言ったらダメ、現地入りしてる自衛官達は上の命令で動いてるんだから」

 

叢雲(旧名)に咎められてしまった

 

「現地指揮の自衛官はマトモなのに、なんで上に行くとああなるのか、近代日本の七不思議だよな、いつになったら解消されるのやら」

 

「……そちらにも、色々と、不和がある、という事か?」

 

何か感じる所があったのか権兵衛さんから聞いて来た

 

「不和というより、先を見過ぎて原因としての現在を重視しすぎてるんだろうな、この国は官僚制度を永く施行して来た国だ、でも官僚制度は万能じゃない、それが解っていても代替手段を取れずにいる、是非の判断は人に因る事になる、人に因るから、原因から生じる結果が変わる、それでこうなってしまう」

 

「人が変われば判断も変わってしまう、永続的な基準、若しくは社会論理の定義が定まらない、そういう事か?」

 

権兵衛さんがヤケに真剣に聞いて来たんだが、どういう事なんだろうか

 

「社会論理の定義?権兵衛さんからそんな言葉が出てくるとは、ちょっと吃驚なんだけど、物理制限しか行動を制限するモノがないのに、社会論理の定義にどんな興味があるんだ?」

 

「それは、皮肉とか、嫌味の類か?群れを統率するのなら、必然的に出てくる問題ではないか、鎮守府司令官にはそう映らないのか?」

 

「権兵衛さんは艦娘の運用と我等の運用は違うと言った、私にはその違う運用というのがさっぱりわからないんだが、私に解る様に説明する気はある?」

 

そう映らない理由を説明して見た、権兵衛さんには良く理解出来た様子

 

「無い、そんな事は時間の無駄だ、どれだけ話した所で人の理解が及ぶモノでは無い、ん?そうか、人成れば無駄だ、提督なら或いは、そうならない可能性も、あるかも知れない」

 

話している途中で何かに気が付いたというか思い付いたらしい権兵衛さん

 

「ちょっと?何を言い出すの?変な事を思い付いたりしてないでしょうね??」

 

叢雲(旧名)が咄嗟に突っ込みと探りを入れる

 

「ほう、我の思い付きに気が付いたか、流石は元初期艦、人になったといってもカンは良いな」

 

「なにそれ?いや、言わなくて良い、嫌な予感がする」

 

聞いてから聞かない方が良い事に思い当たったが、遅かった

 

「否、言っておこう、今思い付いたのだが、初期艦を引き渡して貰うよりも、鎮守府司令官を我等に迎えた方が、話が簡単なのでは無いか?これなら大本営とやらの許諾は必要あるまい、どうだ?」

 

良い考えだと云わんばかりの権兵衛さん、どこも良く無いんですけど

 

「それ、私になんのメリットが?二度と日の目を見れない事態になりそうなんだけど?」

 

「確かに人の社会からは離れる事にはなるだろう、しかし、それは、其処まで言う程の事か?我等の元に来れば、凡ゆる手当を以って歓迎するぞ?」

 

未だに良い考えだと主張する権兵衛さん

 

「……交渉条件さえも、一致させられない相手の歓迎と手当を、当てにしろと?リスクしか無いではないか」

 

そう言ったら至極残念そうな顔を魅せられた

 

「そこに行き着いてしまうのか、お互いの理解に齟齬がある以上ソコの解消が為されなければ堂々巡りだ、正に時間の無駄だな、だが、我の判断だけでは後に禍根を遺す、暫し我等との話し合いを要する、我が上陸した工廠を貸して貰いたい、妖精もだ」

 

「と言ってるが、如何する?」

 

連れている妖精に聞いてみた

 

「其奴らには鎮守府司令官から命令すれば良い、何故意見を求めている?」

 

「妖精さんは便利道具じゃないと、言っただろ、其方には理解出来なくとも、この鎮守府ではこうしている、ここに来た以上は、文句を言っても始まらない、この鎮守府の司令官職に誰が就いていると思ってるんだ」

 

「……致し方無い、極めて不本意だが、交渉相手が悪かった、この点は人選を誤った様だ」

 

そう言う権兵衛さんは苦り切った表情を見せていた

 

 

 

鎮守府-通信室

鎮守府:司令官

 

 

「鎮守府所属艦に告げる、こちらは鎮守府司令官の佐伯だ、この広域無線が通じている事からも分かるだろう、当鎮守府は無線封止を解除された、同時に一時的な休戦状態に入る事になった、戦闘行動を中止し、鎮守府へ帰還せよ

尚、当鎮守府を包囲している深海棲艦は攻撃を受けない限り攻撃をして来ない、依ってただの障害物と見做し、避けて行動する事、一度攻撃行動に出たら、周囲に波及し歯止めが効かなくなるそうだ、十分に留意して貰いたい

それと、確認の意味でこの広域無線を受け取る事が可能な人、及び組織に厳重なる注意喚起を促す、当鎮守府の所属では無い艦娘や艦船、その他如何なる移動体も包囲網を形成している深海棲艦に近づかない様にして頂きたい、当鎮守府の安全確保と存続の為に、必要となる、無闇な接近は当鎮守府の安全確保と存続を阻害では無く、失わせる事態に直結する

その点を十分に理解して頂きたい、以上」

 

 

 

鎮守府-近海(支援砲撃位置)

鎮守府所属艦:長門/加古/夕張

 

 

突然の広域無線による休戦宣言、それを受けた艦娘達は困惑する他ない

 

「……休戦?どういう事だ?」

 

「わからないけど、帰還命令でしょ?帰って良いって事でしょ?それも司令官からの直接命令だし、鎮守府に戻って直接聞聞けば良くない?」

 

「まあ、そういう事だな、観測機を収容して戻ろう、包囲網からの攻撃行動が皆無なのは確認出来てるんだ、何より司令官からの直接命令だ、無視って判断はないだろ?」

 

 

 

外洋-包囲網の外側

鎮守府所属艦:龍田艦隊_初春/子日/若葉/初霜

鎮守府所属艦:叢雲(初期艦)

 

突然の広域無線による休戦宣言、それは鎮守府への帰還を目指す叢雲(初期艦)にも届いた

 

「!!!司令官?!広域無線が復活してる!?休戦ってどういう事なの???」

 

「漸く止まりおったか、このバカモノが!」

 

「ったー、なによ!」

 

追いついた初春が叢雲(初期艦)にオシオキの一撃を放った

 

「なによ!はこっちの台詞だよ、いきなり飛び出してあの数相手にどうするつもりなの?」

 

「止まってくれなければこっちのまであの数を相手にさせられる所でした」

 

「……あの数?」

 

子日と初霜の台詞に叢雲(初期艦)は正面の視界一杯に、見渡す限り深海棲艦がいる事に、この時気が付いた

 

「……えっと?鎮守府に戻ろうとして、資材採掘地を出て、鎮守府へ向かってた、鎮守府はこの向こう、突入しようと、していた?」

 

「なんで疑問形なの?自分の行動でしょう?覚えてないの?」

 

「……鎮守府へ戻ろうと、それしか考えてなかった」

 

 

 

外洋-包囲網の外側

鎮守府所属艦:筑摩/北上/木曾/神通/時雨

鎮守府所属艦:球磨

鎮守府所属艦:龍田

 

 

突然の広域無線による休戦宣言、それを受け初春が発振していた電探の発信が止まった、包囲網突入直前だった

 

「如何やら突入前に止まった様ですね、流石に最大戦速まで出されたら追いつくのにも時間が掛かります」

 

「……こういう時、自分のスペックを恨みたくなる、あと少しなのに、届かない、今回は司令官の命令が間に合ったけど、私が、止められなかった、旗艦として、私が止めなければ、ならなかったのに」

 

筑摩艦隊と合流している龍田が零した

 

「龍田は初春達の旗艦だ、叢雲は単艦行動、そう聞いたよ」

 

「……そう、なんだけど、ね」

 

「時雨の言う通りでしょう、長月達から聞いています、叢雲を単艦行動としたのは龍田に艦隊旗艦としての責務を果たして貰う為だと、司令官が説明したそうですね、叢雲の単艦行動は司令官の容認事項という事です」

 

行動方針は兎も角、叢雲(初期艦)の行動に追いつく事が出来なかった龍田

そんな龍田に筑摩は司令官の方針を確認して、問題は龍田のスペックではない考えを示した

 

 

 

外洋-資材採掘場(無人島)_周辺海域

鎮守府所属艦:龍驤/長良/名取

鎮守府所属艦:遠征隊_皐月/睦月型五

桜智鎮守府所属艦:白露型十

桜智鎮守府所属艦:利根/熊野/鈴谷

 

 

鎮守府からの広域無線は外洋の資材採掘地まで届いていた

 

「……休戦?如何いう事や」

訝る龍驤

 

「わからない、けど、帰還命令だ、鎮守府へ戻ろう」

 

長良は帰還指示に従うつもりらしい

 

「そうと決まればサッサと出発しようよ、司令官に資材を持って帰らなきゃいけないし、僕達が帰れば司令官はきっと褒めてくれるよ」

 

皐月が嬉々として言い出す

 

「……そうね」

 

「鎮守府所属艦、だけ?私達が同行すると、いけないのかな?」

 

無線内容からそう考える村雨は姉妹艦の意見を求める

 

「ウチの司令官は協力して来いって言ってくれた、ウチの五月雨があの鎮守府にいる以上、私は行くよ」

 

「そうだね、五月雨を連れて帰らないと、来た意味が無いからね、僕も行くよ」

 

姉艦の二人は自身の司令官の言い分を取り、他所の鎮守府司令官の指示の優先度を下げている

 

「……夕立は、どうする?」

 

「そんなの決まってる、村雨こそ、何を迷ってるっぽい?」

 

「夕立の言う通りじゃ、何を迷う事があるか、吾輩等も行くぞ」

 

利根までも白露、時雨の意見に同意してきた

 

「……でも、当鎮守府所属艦以外は近くなって、佐伯司令官は仰られています、無闇に近づくと鎮守府の安全確保と存続に関わる重大事に成るんじゃなくて?そうなったらあの鎮守府にいるウチの五月雨にだって危険が及ぶかも知れません、慎重に判断する必要があると思いますけれど」

 

利根とは異なり他所の鎮守府司令官とはいえ完全無視には抵抗を感じるのか慎重論を唱える熊野

 

「そうだねぇ、何の手立ても講じずにこのままみんな揃ってっていうのには、賛成出来ないかな、この数を見逃してくれる程馬鹿な相手なら私達は何時も苦労しなくて済んでる筈だし、見逃してくれる様な細工は必要だと思うよ」

 

熊野の慎重論に同意する鈴谷

 

「ちょっと?何を勝手に話を進めてるの?貴方達は直ぐに自分の鎮守府へ戻りなさい、司令官は当鎮守府の所属艦以外はあの包囲網に近付かない様にと、注意喚起している、こちらからは休戦、それも一時的な休戦としか、わからない、何処にどんな地雷があるかわからないのに、敢えて踏みに行くリスクは取れない、同行は止めて貰います」

 

桜智鎮守府所属艦娘達の行動を止める長良

 

「……ちょっち、聞くが、白露達は何処まで協力出来るんや?」

 

止める長良と鎮守府に行こうとする白露達を見比べていた龍驤が聞く

 

「何処まで?とは」

 

白露が応じている

 

「ウチの司令官、自分の司令官以外の指揮で戦えるんか?」

 

「ウチの、桜智司令官は五月雨を連れ帰る事を私達に望んでる、それに必要な行動なら、桜智司令官の命令だ、指揮に矛盾は生じない、それに、佐伯司令官は、話の分るヤツだってウチの司令官から良く聞かされてます、心配はしていません」

 

白露は不安な素振りも見せずに答えた

 

「そんな事を聞いてどうするつもりなの龍驤は」

 

龍驤が何を考えているのか、旗艦の長良としては聞かない訳にはいかない

 

「戦力に成るなら、同行して貰うだけや、そうでないならこのまま帰って貰うがな」

 

「戦力にって、あの数の前にはこの国にいる全ての艦娘を集めたって、どれ程の戦力に成るって言うの?何を考えてるの?」

 

「ウチの司令官は龍田等に何を命令した?その目的と理由を考えたら、戦力の在り様も見えてこんか?」

 

「……本隊の釣り出し、あの包囲網は単なるブラフ、司令官は本隊を釣り出し、コレを撃破する事で事態を打開しようとしていた、今はその本隊が、龍田達が獲物と呼んでいた深海棲艦の連合艦隊旗艦が鎮守府に乗り込んでいる状態、でも本隊は三隊居る、鎮守府に三隊全てが乗り込んで居るのか、一隊だけなのかもわからない、これじゃあ作戦行動も何もない、状況の把握が必要」

 

見えて来んか、といわれても本隊との接触、何処にいるのかも分からないではどうしたら良いのか

長良は状況を並べて情報不足だと結論付けた

 

「そう言う事なら、私と熊野はここに残って周辺海域の探索に協力するよ、偵察出来る航空機は多い方が良いでしょう」

 

長良の言い分から情報収集に手がいると判断した鈴谷からの提案だ

 

「戦力分散になってしまうけど、集団行動が却って相手の注意を引いてしまうのなら、止むを得ない、現時点で相手の注意を引いても、得られるのは損失だけ、私達の目的は五月雨の帰着、先ずは五月雨との合流を果たしましょう」

 

白露が鈴谷の判断を後押ししている

 

「私達二人と、白露達の半数がここに残るのなら、退路の確保という意味でも意義は大きいと判断します、長良さん、護衛隊旗艦としても悪い話ではないと思いますが、如何です?」

 

熊野にそう聞かれて困る長良

 

「帰還命令が出てるんだけど……」

 

「休戦なんやろ、それを聞きつけた他所の鎮守府から遠征隊が来る事が予想されるな、ほなら、護衛隊の任務はなんやったかいな?」

 

渋る長良に龍驤が理屈を付けた

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

大本営所属艦:高雄/愛宕

自衛隊_憲兵隊:隊長

 

 

第二工廠入渠場を権兵衛さんに貸し出した、妖精達にも鎮守府に良くない事はさせないと条件を付ける事で協力を取り付けた

 

「第二工廠の様子は?」

 

「現時点では何も、監視兼警備に着いている阿武隈以下四名とも異常を認めていません」

 

「……何にしても、あんなに居たとはな、これまで普通に話してた、気が付かないモノだ」

 

自身に着けていた妖精達、その旗振りで第二工廠にいる妖精、深海棲艦の妖精が目の前に並んだ時にはどうしようかとも思ったが、着けていた妖精と同様に鎮守府工廠の妖精として鎮守府に不利益を被らせた事に落ち込む様子があった

 

「それは、それとしても今後は如何するお積りですか?あれだけの数の深海棲艦側の妖精、このままという訳には……」

 

高雄が深海棲艦の妖精に対処が必要だと主張して来た

 

「このままにするよ?如何しろと?」

 

「排除が難しい事は分かります、ですが、何の手立ても無くこのままというのは所属艦達が不安に感じるのでは?」

 

「ナルホド、では、その点も移籍組には説明する必要があるな、嫌なら大本営に戻って貰うしかないが」

 

高雄の言い分を認め対応を言う

 

「司令官は所属艦が不安に感じないと、思われているのですか?」

 

高雄はその対応が不満らしい

 

「不安も何もウチの所属艦の殆どが第一工廠を主に使っている、第三工廠は移籍組からの編入艦娘が殆どだし、両方が空いてない時に使うくらいだからな、第二工廠は」

 

「それと、他所の鎮守府所属艦、ですよね、第二工廠を使うのは」

 

愛宕が指摘して来た

 

「……そっちにまで説明しろと?やるというのなら止めないが、私に振るなよ?」

 

面倒事は御免被る、防止線を張り関わらないのが一番だ

 

そんな話をしていたら執務室の扉の方から何か聞こえて来た

 

「あー、済まないが、私への説明は頼めるか?」

 

声の方を見れば済まなそうな顔をした隊長が執務室の扉から顔を覗かせていた

 

「……憲兵隊長?無断で執務室への入室はご遠慮ください、指揮系統及び艦娘部隊組織に憲兵隊は含まれておりません」

 

「いくら自衛隊の憲兵と雖も、鎮守府執務室を断りもなく覗くとは、如何いうおつもりか?」

 

愛宕、高雄に立て続けに注意を受ける憲兵隊長

 

「……いや、他意はないんだ、入ろうとしたら、入り難そうな話が聞こえてきたので、こうなった、いや、悪かった」

 

「ここで話すよりそちらの詰所で話そう、その方が都合が良いだろうし」

 

隊長の様子からここ(鎮守府執務室)では話難いだろうと判断、場所を隊長のホームである詰所に変える

 

「提督?」

「司令官?」

 

司令部の二人は揃って疑問の声を上げる

 

「二人は司令部として、戻って来る艦娘への対応と鎮守府内の管理を、それと補給は出来るだけ実施して構わないが、修復は待ってもらってくれ」

 

最低限の指示を出し、隊長と共に憲兵隊詰所に向かった

 

 

 

外洋-包囲網の外側

鎮守府所属艦:龍田艦隊_初春/子日/若葉/初霜

鎮守府所属艦:叢雲(初期艦)

 

 

叢雲(初期艦)は捕まえたものの旗艦である龍田との合流は出来ていない初春

 

「取り敢えず、この後如何するの?」

 

子日が軽く聞く

 

「龍田と合流せねばなるまい、艦隊旗艦と別行動というのは良くないしの」

 

「……さっき艦隊再編指示がメッセージで発信されてたよ?」

 

「その確認の為にも合流しないといけないでしょ、再編は現地判断だってメッセージにあったし、旗艦権限での再編だし」

 

初霜が子日に答えた

 

「……それにしても、あれだけ派手に動いたのに、何処からも何も寄ってこなかった、この海域は何かがおかしい、警戒した方が良い」

 

若葉は叢雲(初期艦)の事より海域の様子が気になる様だ

 

「そうじゃの、まるであの包囲網がこの海域の深海棲艦を集めて構築されている様じゃな、如何やって集めたのか、不思議ではあるが」

 

「んー、それは違うと思う、よく見たらあの包囲網を形成してる深海棲艦、抜け殻じゃない、何時も相手にしてる深海棲艦とは違う」

 

初春の不思議に叢雲(初期艦)が異論を唱える

 

「叢雲?それは、どういう事じゃ?」

 

「初春はアレを見て気付かない?」

 

「わかんないよ、子日にも分かる様に言って!」

 

叢雲(初期艦)の問い掛けは如何言う訳か子日の癪に触ったらしい

 

「アレ、司令官がブラフって言ってたのが正解、もっと早く気付くべきだった、包囲網を抜けるのに集中し過ぎて気付かなかった

はぁ、こういう所が、練度が高いだけの駆逐艦って司令官の叢雲に見做される理由か、観察力と優先順位の設定、教えられたのに、実践出来なかった、初期艦として着任した以上、経験不足は理由にならないって、云われたのに」

 

初春からオシオキの一撃を受けて冷静さを取り戻した、のは良いのだが、冷静に考えられる様になったらなったで、今まで気がつかなかった事にも色々気付いた

叢雲(初期艦)は経験不足から来る対応の不味さに自己嫌悪を覚えざるを得なかった

 

「……なるほどのう、確かに良く見れば叢雲の言う通りじゃな、これだけ近いのに警戒も関心も向けられておらん、彼奴等ただ其処に居るだけ、何をしようという気力も無いと見える」

 

云われて注意して見れば、初春にも叢雲(初期艦)の言い分は理解出来た

 

「攻撃して来ないだけじゃなく、こっちを見てるのもいないね、どういう事?」

 

「その辺りを確認する為にも龍田と合流するのじゃ」

 

初霜の疑問には龍田の、艦隊旗艦の回答が必要、初春はそう考えた

 

 

 

外洋-包囲網の外側

鎮守府所属艦:筑摩/北上/木曾/神通/時雨

鎮守府所属艦:球磨

鎮守府所属艦:龍田艦隊_龍田/初春/子日/若葉/初霜

鎮守府所属艦:叢雲(初期艦)

 

 

龍田を伴う筑摩艦隊と合流した、そして合流した龍田は真っ直ぐ叢雲(初期艦)に近寄りこう言った

 

「叢雲ちゃん?分ってるわよねぇ〜」

 

「……えっと、何の話、かな?」

 

何とか誤魔化せないかと無駄と判っていても何もしないという選択は出来ない叢雲(初期艦)

 

「そう、そういう事いうんだ?聞き分けのないイケナイ駆逐艦はオシオキしないといけないでしょう?」

 

ソレを聞いた龍田はとてもイイ笑顔を見せた

 

「……えっと、鎮守府に戻ってからってワケには……」

 

無駄と判っていても……

 

「行く訳ないでしょう?」

 

「!!!」

 

「何を始めているのやら、それで?筑摩達は鎮守府へ戻るのであろう?」

 

そんな二人を見て呆れつつも放っておき、初春が筑摩に聞く

 

「そのつもりです、今は皐月達、遠征隊が来るのを待っています、先程の広域無線は届いているでしょうから、来ると思います、合流して鎮守府へ戻りましょう」

 

「……筑摩は、このまま鎮守府に戻る事に、異論は無いのか?休戦と司令官は言っていたが一時的なモノだとも言っていた

このまま戻ると、鎮守府に閉じ込められる事にもなる、戦力の集中運用は基本ではあるが、あの包囲網の前には、あの数の前では基本に忠実なだけでは、押し潰されるだけだ」

 

鎮守府に戻るという筑摩に疑問を投げる若葉

 

「……若葉の言いたい事は、分かるつもりです、ですが、帰還命令が司令官より出されています、無視出来ません」

 

「なら、別行動を取れば良いクマ、艦隊再編指示も来てるクマ、護衛隊に編成すれば良いクマよ」

 

「……長良さんは、鎮守府に戻る判断をしないと、球磨さんは考えているのですか?」

 

口出しして来た球磨に若干の驚きを感じつつも、状況分析とその判断には耳を貸す筑摩

 

「長良は護衛隊の旗艦、護衛隊の行動目的は他所の鎮守府から来る遠征隊から損傷艦を出さない事、休戦と聞いて遠征隊が来るかも知れないクマ、護衛隊の全艦が鎮守府へ戻るのは合同作戦に拠る遠征隊が来ないという状況になってからクマ

そもそも護衛隊はあの包囲網が出来る前から行動を始めてる、長良が護衛隊全艦を集結させるのは護衛隊の任務を完遂したと判断してからになる、筈クマ」

 

「……そういえば、護衛隊に編成されている艦娘は、何隻でしたか?」

 

思い出した様に、取って着けた様に質問する筑摩

 

「……そういう事は、鎮守府に戻って司令官に聞くクマ」

 

第一艦隊に所属する重巡、現に球磨の事は知っていた筑摩、敢えてその質問を出して来た意図を読み取った球磨は予測される面倒事を司令官に押し付けた

 

 

 

鎮守府-近海(支援砲撃位置)

鎮守府所属艦:長門/加古/夕張

 

 

帰還指示が出されたにも関わらず、長門は鎮守府に戻ろうとはしなかった

 

「長門?こうしていても仕方ないと思うが?」

 

加古があれだけ鎮守府が気になって仕方ないと吠えていた長門を訝る

 

「先に戻って良い、私は包囲網の外に出た者達を待つ」

 

「……えっと、さっきからあの辺でウロウロしてるのもいるんだけど、気になるから見に行っても良いかな?」

 

再編成された為、第一艦隊に編成されている夕張が旗艦に行動許可を求めている

 

「おそらく天龍と大淀だろう、事情が判らないが、司令官の指示ではある様だ、見に行くのなら事情を聞いてもらえないか?」

 

「司令部が長門に説明していないの?第一艦隊旗艦に説明しないって、どういう事?」

 

長門の依頼に疑問しか出ない夕張

 

「司令部要員は他の艦娘に説明する事に不慣れな様だ、簡潔且つ手短かに説明する事が出来ない、時間が掛かり過ぎて戦闘行動中には説明を聞いていられない」

 

「あー、高雄だったよね、凄く几帳面な性格してた覚えがある、一から十まで説明しようとしたのか、起点、経過仮定、結果論、何処かだけ欲しい時でもそこだけじゃなくて起点から話が始まっちゃうんだよね、下手するとその前の要因から、になるのかな?」

 

長門の説明で漸く合点がいった

 

「平時なら、それで良いのだ、そうしてくれなければこちらも調べる手間が必要になる」

 

「取り敢えず、その天龍と大淀の様子を見て来るとするよ、ここで浮いてるだけなんて退屈過ぎる」

 

加古は夕張に同行する様だ

 

 

 

外洋-資材採掘場(無人島)_周辺海域

鎮守府所属艦:龍驤/長良/名取

鎮守府所属艦:遠征隊_皐月/睦月型五

桜智鎮守府所属艦:白露型十

桜智鎮守府所属艦:利根/熊野/鈴谷

 

 

取り敢えず海上に出た護衛隊と遠征隊、それに桜智鎮守府所属艦娘達も加わっている

その集団の中で白露型駆逐艦の話し合い、誰が鎮守府に向かうのか、誰がこの海域に残るのか、そういった雑多な話し合いがあった

 

「本当に大丈夫なんですか?あんな大群を通り抜けるなんて」

 

「怖かったら時雨達の誰かと変わったら良い、妹達の半分は包囲網の外側に残るんだから」

 

五月雨の不安に白露が応じている

 

「他所の司令官だけど、司令官が避けて通れば大丈夫だって言ってるんだ、この先戦闘指揮を受けるかも知れない司令官の言葉に疑問があるのかい、あたいは全然無いぞ」

 

「……涼風は初期艦さんに会える事の方が大事なんですよね、それは私も同じです」

 

「怖いのなら夕立が手を繋いであげるっぽい、それなら目を瞑ってても鎮守府まで行けるっぽい」

 

「……とっても良くしてもらった初期艦さん、あんなにあっさり鎮守府を出る事になって、戻らないと言っている、直接お話を聞かなければ、五月雨は嫌な考えで頭の中が一杯になってしまいます、会える機会は追いかけてでも逃したくありません、大丈夫です、自分で追いかけられます」

 

「もー、時間掛かり過ぎ、早く鎮守府に戻るよ!司令官が待ってるんだから!!」

 

話し合いに掛かった時間が長過ぎて皐月が痺れを切らせた模様

 

 

 

???

米海軍_対艦娘部隊_観測班:班長/班員1/班員2

 

 

鎮守府から発信された広域無線、それはここでも受信された

 

「……今の、なんですかね?休戦とか言ってましたけど」

 

「わからん、そのまま上に報告しておけ、解析でも分析でも好きにするだろうからな、それよりこちらからの解析波が通る様になったのだろう、情報を集めろ、出来るだけ多くだ」

 

「やってます、やってますが、容量が足りないですね、偽装船舶に積める様な簡易式の探索機材で歯が立つ数じゃないです、ゾーニングして個別解析していますから時間が掛かります、情報の統合は本隊でやってもらうしかありません」

 

「……自衛隊の邪魔が無ければ、本隊から専用艦を出せたのに、余計な手間を掛けさせてくれる」

 

 

 

???

艦娘部隊上部機関_本会議場

???:監察官/各方面代表

大本営司令長官:老提督

 

 

「休戦?これはまた、予想外の展開になったな、老提督の意見を聞こう」

 

上部機関本会議、本来なら開かれた会議であり、関係者を多く集めて意見交換、情報収集、各所の調整などが為される筈の本会議

 

しかし今回の本会議は様相が異なっていた

 

「通信が回復したと聞いた、大本営の活動再開を認めてもらいたい」

 

その本会議に出席している老提督

 

「再開して、どうするのだ?聞こえてきた所によれば、大本営所属の艦娘達はその殆どが雲隠れして指揮を受け付けないそうではないか、指揮する艦娘がいない大本営に何の活動が出来るというのか」

 

上部機関に席を持つ人は限られる、その一人からの質問だ

 

「大本営は各地の鎮守府を結ぶ要、その様に組織として作られた、特に通信は鎮守府間では直接出来ず大本営を経由して通信する仕様になっている、この為現状では全ての鎮守府が各個の司令官の判断で個別に行動している、これは鎮守府間の合同作戦を大本営が阻止しているのと同義だ、指揮系統の上位にある大本営が鎮守府の活動を阻害しているのだ、これを解消したい」

 

「……大本営所属の艦娘達を再度指揮下に置く為ではないのか?大本営といっても元は鎮守府、艦娘を運用する為の大本営ではないのか」

 

別の人から確認する様に質問された

 

「そういう意味では、大本営は存在意義を失っている、最早大本営の指揮で動いてくれる艦娘はいない、大本営そのものが艦娘達から見捨てられたのだ、人の組織の都合に翻弄され続けた艦娘達は、叛乱ではなく、見捨てる、選択をした、と私は感じている

艦娘達は人に積極的な危害を加える事は無い、然し乍ら、消極的な、人の基準で言えばサボタージュは状況に関わらず条件次第で実行すると、今回の事でハッキリした

同時に艦娘自ら、自身を指揮下に置く司令官を選択する事も、判明した、鎮守府司令官は艦娘等に司令官と選択される必要がある、人の都合だけで司令官を配置しても、艦娘部隊としての活動は出来ない、事になる」

 

「老提督、ご自身が何を言っているのか、お分かりか?」

 

更に別の人から問われる

 

「分かっている、艦娘達が見捨てたのは、他の誰でもない、私だ、私の指揮権が人の都合により艦娘達に及ぶ限り、大本営に艦娘は着任しない、遠からず私は身を引く事になる、だが、身を引く前に、やらねばならない事がある」

 

 

 

鎮守府-近海

鎮守府所属艦:天龍/大淀

 

 

艦娘としての運用試験、戦力評価の為の演習、という名目で海に出ている二人

 

「まあ、初めて海に出た割には良くやってる」

 

「良くやっている、のでは、戦力になりません、何かないですか?」

 

「……慌てるな、と言える状況でも無いが、慌てた所で航海術が身に付く訳じゃない、先ずは艤装に、艤装を含めた自分の動きを理解しろ、艤装を展開して海に立つのと艤装を収納して陸に立つのと、何がどれだけ違うのか、感性に頼って何とかなるのはドロップ艦の特権だ、建造艦はそれを理解する所から始めるんだ、ケースバイケースってヤツでこうすれば良いって手順は無い、理解出来るか、どの程度の理解度になるかは当人の感性次第だ」

 

「……感性、センスの問題だと?」

 

「そうなる、変に勘繰る事は無い、艦娘には漏れ無く妖精さんが着いているんだからな」

 

「……妖精さん?そうか、艤装を制御しているのは妖精さん、兵装を扱うのも妖精さん、それ等を装備しているのは艦娘だけど、直接的な制御は出来ない、艦娘自身がいくら踠いても、妖精さんの協力がなければ、何も動かせない、自身に着いている妖精さんの頭越しの思考では、それなりにしか動けない、陸では艤装を展開しなくとも自由に動けるけど、海では艤装を展開しなくては自由に動けない、浮く事さえ儘為らない、妖精さんと意思疎通を図り、妖精さんが持つ知識と見識、あるのなら経験までも引き出す事が建造艦には必要になる、新規格の建造方法はこの辺りを工廠の設備を用いて人為的に敷居を下げた、それの応用なのだから、私の閾値も低くなっている、妖精さんとの意思疎通が容易になっている筈、そこから始めろという事ですね」

 

「……おまえ、頭、硬すぎる」

 

余りの理屈の捏ね様に少しだけ引く天龍だった

 

 

 

外洋-包囲網の外側

鎮守府所属艦:筑摩/北上/木曾/神通/時雨

鎮守府所属艦:球磨

鎮守府所属艦:龍田艦隊_龍田/初春/子日/若葉/初霜

鎮守府所属艦:叢雲(初期艦)

 

 

遠征隊との合流待ちの筑摩、龍田艦隊は目的の艦娘達を視認した

 

「来た様ですが、何でしょうか、数が多い?」

 

「遠征隊って二個艦隊も出てたの?いつの間に」

 

「……他所の鎮守府所属の遠征隊が同行するそうだクマ」

 

「球磨さん?また?この距離で部隊内秘匿通信?そんなに聞かれたく無い話が沢山あるのなら別行動を取った方が良いんじゃないかな」

 

弟子入りを拒否された事を根に持ってる訳でも無いだろうが、時雨の言い様はとても冷たい

 

「だって、如何するクマちゃん?駆逐艦が御立腹だよ?」

 

「……北上、そんなにオシオキが恋しいか?」

 

「オオコワイ!って、言わせて貰うけど、あたしも同感だよ、なにをコソコソ話してんのさ、同じ鎮守府所属艦、なにを秘匿してんの?」

 

秘匿通信を多用して来る護衛隊に北上も不満を言う

 

「球磨は護衛隊に編成されているクマ、北上達とは旗艦が違うクマ、仕方ないクマ」

 

「あの先頭にいる艦娘、筑摩の同型艦か?それだと重巡って事になるが」

 

視認している艦隊を観察していた木曾から観察結果が出て来た

 

「同型艦、ですが、何でしょう、なにか違う様な感じですけど」

 

木曾の観察結果には同意するものの、違和感を覚える筑摩

 

「遠征隊に重巡?如何いう事?」

 

「皐月達に名取さんが同行しています、合流して話を聞いた方が確実でしょう」

 

兎も角、合流する事が優先だ

 

 

 

鎮守府-近海

鎮守府所属艦:天龍/大淀/加古/夕張

 

 

「よう!天龍!!こんな所でなにやってんだ?」

 

気楽に声を掛ける加古

 

「何って、何だろうな?」

 

「……見た所、事務艦の戦力化を目論んだ司令官がその評価を天龍に指示したって所かな、ここの事務艦って建造されてから一度も海に出た事ないって聞いたけど、それにしては、良く動けてるじゃない、感心した」

 

接触して来た二人を差して気にしていない天龍に状況推定と見た感想を言い反応を確かめる夕張

 

「夕張!今時間ありますか?出来るのなら少しでも良いです、私の教練を指導してくれませんか?」

 

意外にも反応を示したのは天龍ではなく大淀(事務艦)だった、それも予想外の事を言い出している

 

「えっ?それは、天龍の、役割、でしょ?」

 

「いや?オレは評価をする様に頼まれただけだ、指導する様にとは指示されてない」

 

「いやでも、なんで私?今は見ての通り兵装を装備してないんだけど」

 

天龍はこちらを気にしている様子もなく大淀の言い分も否定しない、夕張としては対応に困る事態だ

 

「同じ軽巡枠、それに司令官から聞きました、私はスペック的には夕張の上位互換なんだとか、スペック倒れにならない様指導をお願い出来ませんか」

 

「……上位互換?建造艦の下位互換だって言うの?私が?」

 

この元事務艦の大淀、予想外にも程がある事を平然と言い放った

移籍組の高練度艦相手に向かって上位互換宣言?

鎮守府建造艦で始めて海に出る同種枠に下位互換だと言われて黙っていられる艦娘は、少なくとも軽巡枠にはいない

 

「えっ!?今のはスペックとしての数字の話です、艦娘の評価はスペック的な数字だけで決定されません、機器計測可能な数値と行動結果としての実績、これらは全く別の基準です」

 

何か感じるモノはあった様で大淀が慌てた様子で何かを言い立てるが、言い分を撤回する事はなかった

 

「……下位互換なんだ、ふーん、天龍、ちょっとこの子借りるよ」

 

「本人が指導を受けたいって言ってるんだ、こっちに止める理由は無い、ただ、余り時間は取れない、こっちも評価を提出する様に指示されてる」

 

天龍の返答を待つこともなく大淀の艤装を掴んで引っ張って行く夕張に、天龍は最低限の事柄を伝える

 

「わかった、サッサと評価できる様に手短かに済ませるよ」

 

天龍の方を向くこともなく大淀を引っ張りながら答える夕張

 

「……夕張でも、ああいう事ってあるんだな、工廠で見かけた限り仲裁役を買って出てる様に見えたけど」

 

声が届かない程度に離れて行く夕張と大淀を見送っていた加古が感想を言う

 

「軽巡は基本、血の気が多いんだ、重巡には解り難いかも知れないが」

 

「……ああ、そういう、夕張も軽巡枠だったな」

 

引っ張る夕張と引っ張られるままの大淀、それを見る加古と天龍

ある程度の距離を移動した所で、夕張が掴んでいた大淀の艤装から手を離した

 

 

 

鎮守府-近海(支援砲撃位置)

鎮守府所属艦:長門/加古

鎮守府所属艦:筑摩/北上/木曾/神通/時雨

鎮守府所属艦:龍田/初春/初霜/叢雲(初期艦)

鎮守府所属艦:球磨

鎮守府所属艦:遠征隊_皐月/睦月型五

桜智鎮守府所属艦:白露/村雨/夕立/五月雨/涼風

桜智鎮守府所属艦:利根

 

 

「あっ!長門ー、おーい!!」

 

ようやく待ち人、待っていた艦隊がやって来た

 

「来たか」

 

「態々待ってたのか?心配性だな、ウチの第一艦隊旗艦は」

 

合流するなり呆れつつも嬉しそうな様子を見せる木曾

 

「……ウチの鎮守府所属では無い、駆逐艦がいるが、如何いう事だ?」

 

長門はそんな木曾に応じる事も無く、状況に対しての疑問を言った

 

「吾輩は駆逐艦では無いぞ、航空巡洋艦じゃ、見知り置け」

 

その疑問に真っ先に反応を見せたのは利根だった

利根は筑摩の同型艦、しかし長門の前に立つ利根は第一艦隊配置の筑摩とは装束も艤装も兵装も異なっていた

 

「その姿、改装を受けているのか?ならば高い練度を有する艦娘、であろう」

 

「利根型一番艦、利根である!其方はこの鎮守府所属の戦艦長門か、建造艦と聞いているが、仲々如何して、良い練度じゃ、司令官の薫陶の賜物であろう、良い司令官に着いた様じゃな」

 

「……それは否定せぬが、何故他所の鎮守府所属艦があの包囲網を通って来た?目的は何だ?」

 

自身の提督を良い司令官と言われれば悪い気はしないが、それ以上に他所の鎮守府所属艦娘がここに来た疑問の方が強い

 

「この鎮守府には、ウチの五月雨がいる、ウチの司令官は五月雨が帰ってくるのを待ってる、だから、連れて帰る」

 

そんな長門に白露が応じる

 

「……五月雨なら、そこにいる様だが?」

 

艦隊を見回した長門は更に疑問を重ねる

 

「私は鎮守府で建造された建造艦、初期艦ではないです、桜智司令官が待っているのは最初に配置された初期艦の五月雨、私ではないです」

 

その疑問には当の五月雨が答えた

 

「……初期艦は新任の初期艦が配置された筈、鎮守府運営に支障が出ているのか?」

 

長門なりに白露の言い分と現状との整合を試みる

 

「いいえ、全く、新任の初期艦は吹雪ちゃんだけど、凄く頑張ってる、ウチの司令官も良く働いてくれるって褒めてる、鎮守府運営には何の問題も無い」

 

しかし白露は長門なりの推定を否定して来た

 

「ならば、最初の初期艦の五月雨がウチの鎮守府にいる事を理由に、其方が無理を押す事には疑問しか無い、ウチの司令官は当鎮守府所属艦娘以外は包囲網に近づかない様に、注意喚起している、それを無視した理由は?一歩間違えばあの包囲網の全てが、こちらに攻撃を開始する事態になっただろう、そこまでのリスクを敢えて取った理由は、何だ?」

 

第一艦隊旗艦の長門にはこんな状況のウチの鎮守府に態々来る他所の鎮守府所属艦娘達に疑問しか湧かず、明確な回答を求めた

長門には白露の言い分だけでは無理を押す理由としては全く足りない様だ

 

「長門、ここで長話をしていても仕方ないです、今は鎮守府へ戻りましょう」

 

殆ど押し問答になってしまっている長門と白露達の質疑応答に筑摩が入って来た

 

「筑摩、何故同行を許した、止められなかった理由を聞かせろ」

 

長門は回答を求める相手を白露達から筑摩に変えた

 

「それは、今後を見越してっていう事になるのかなぁ、その辺りの話は、込み入ってるし、何より司令官の判断が必要、取り得る手段を自身で狭めて良い状況じゃない、まして、こっちが釣り上げる筈の獲物に鎮守府へ乗り込まれた、なんて、笑い話にもなってない、今は戦力が必要、例え僅かでも、在れば司令官に手段を提供出来る」

 

これには筑摩では無く、龍田が応じて来た、つまり、白露達の同行は筑摩だけの判断では無い

 

「……戦力?手段?他所の鎮守府所属艦が、ウチの戦力に成る?そう言った話は聞いていない」

 

複数の艦隊旗艦が同行を承認している、それが判った長門はこれまでの推定を捨て、別の推定を以って現状の整合を試みる

 

「だから、司令官の判断が必要なの」

 

長門の疑問に龍田が重ねて応じる

 

「……そういう提案を受けた、そういう事か、ウチ以外にも我が儘な司令官というのは着任しているのだな、所で、さっきから気になっているのだが、それは何だ?」

 

龍田の返答で漸く状況に合点が行く長門、そういうことなら後は提督に投げるだけだ

それはそれとしてもう一つ気になっている事を龍田に聞いた

 

「艦隊に編成されていないのを良い事に、勝手に何処かに行ってしまう聞き分けの無い駆逐艦にオシオキしている最中、イケナイ事をする駆逐艦を躾けるのは軽巡の役割でしょう?」

 

「お、おう……」

 

とてもイイ笑顔でそう語る龍田に長門はそれ以外に言葉が出て来なかった

 

 

 

 




場所-殆ど鎮守府の何処か、断りの無い鎮守府表記の場合は佐伯司令官の鎮守府
所属:登場人物/登場艦娘 等

~近距離無線~は通話、交信 等

上記の書き方が基本となっています、同じ所属が複数行になっている場合は行動単位




大本営所属初期艦〔一号(漣.電.吹雪.五月雨)、一組(漣.電)、二組(吹雪.叢雲.漣.電.五月雨)〕

移籍組〔修復待ちの高練度艦娘、以前の大規模海戦の帰還艦娘、現在の代表は五十鈴〕



工廠組〔明石、夕張、北上、秋津洲〕

護衛隊〔以前の大規模海戦の帰還艦娘、長良を始め帰還後に原隊の大本営に戻らなかった艦娘達、広域探索役として龍驤が加わっている〕

鎮守府所属初期艦〔鎮守府配置の初期艦(叢雲)、三組(吹雪.叢雲.漣.電.五月雨)〕




上記の初期艦の所在
・二組の初期艦は大本営に、老提督から長期休暇を取らされるも老提督の補佐に勝手に着いている
・他は舞台となっている鎮守府(佐伯司令官の鎮守府)に所属、出向、立ち寄りなどで滞在中



艦娘について
・鎮守府の大規模増設計画に伴い、艦娘の複製術が確立されている
・本編中で複製艦娘は新規格の艦娘と呼ばれている
・初期艦も複製可能となり増設計画に依って増設された鎮守府に配置されている




・長門艦隊、長門、加古、夕張
・再編成され行動中

・龍田艦隊、龍田、初春、子日、若葉、初霜
・包囲網を抜け外洋に出ている
・叢雲(初期艦)のサポート役
・鎮守府への帰還に疑問を持った若葉とそれに付き合う子日が護衛隊に再編成

・筑摩艦隊、筑摩、北上、木曾、神通、時雨
・再編成されて加古が長門艦隊へ転出、時雨を編成

・夕張艦隊、補給隊、旗艦夕張、睦月型五
・包囲網突破中の北上等に補給する為、旗艦夕張を除き包囲網突破に同行
・包囲網を抜けた後、皐月を加え遠征隊に再編成
・艦隊再編で旗艦夕張が長門艦隊へ転出、夕張は旗艦としての責務を解かれた

・工廠に陣取る軽空母達、鳳翔、祥鳳、隼鷹
・工廠防衛を指示されている
・軽空母達の指揮を執っているのは大本営所属艦娘、司令長官秘書艦の五十鈴
・ちょっとした問題が発生、進行中

・戦力評価試験中の大淀(事務艦)と天龍
・そこに合流した加古と夕張
・大淀の一言で夕張が評価試験の実技を買って出た

・他所の鎮守府所属艦娘達(桜智鎮守府所属艦)
・白露型十、航空巡洋艦三
・包囲網を通って鎮守府に来たのは利根、白露、村雨、夕立、五月雨、涼風
・時雨は同名艦が居ると聞いて残留、改白露型三隻は事情により残留
・春雨は他所の資材採掘地に興味深々で残留を希望
・最上型三番艦、四番艦は護衛隊の周辺探索に協力する為に残留




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82 港まで迎えに出た

御注意

・大幅に書き方が変わっています
・苦行用です
・長いです

ご承知頂きたく存じます



 

 

 

 

鎮守府-港

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:長門/加古

鎮守府所属艦:筑摩/北上/木曾/神通/時雨

鎮守府所属艦:龍田/初春/初霜/叢雲(初期艦)

鎮守府所属艦:球磨

鎮守府所属艦:遠征隊_皐月/睦月型五

桜智鎮守府所属艦:白露/村雨/夕立/五月雨/涼風

桜智鎮守府所属艦:利根

 

 

長門達を港まで迎えに出た司令官はそこで見た光景に理解が追いつかなかった

 

「……えっと?如何いう事になってるんだ?」

 

「其方がこの鎮守府司令官の佐伯か、吾輩は桜智司令官指揮下の艦娘、利根型一番艦の利根である!見知り置け!!」

 

「……えっと?長門?」

 

宣言された所で理解が追いつく訳でもない

 

「悪いが、私に聞かれても答えられん、龍田や筑摩に聞いてくれ」

 

「しれーかーん!!!資材もって来たー!!!」

 

理解が追い付かず戸惑っているところに駆逐艦の元気な声が掛かった

 

「は?資材もって来たって、お前達採掘地まで行ったのか?兵装も持たずに?」

 

「……ダメ、だった?」

 

先程の元気は何処かに行ってしまった様に声を小さくする駆逐艦

 

「ダメというか、筑摩、如何いう事だ、護衛に付いていたんじゃ無いのか?」

 

補給隊を引き継いだ筈の筑摩に説明を求める

 

「護衛隊の援護が受けられると球磨さんから聞きましたので、許可しました」

 

「長良達か、長良は戻って来ていないな」

 

見回せば護衛隊の旗艦は勿論、纏め役の艦娘がいない

 

「護衛隊としての任務を遂行すると言っていました」

 

「……任務ね、事情は分かった、通信不能だったのだし、旗艦指名を受けた重巡の許可も下りていた、ちゃんと手続きは取ってから遠征に出たのだな、遠征隊の皆、良く資材を持ち帰ってくれた、感謝する」

 

「ほーら、駆逐艦達、サッサと資材庫に入れちゃいな」

 

「わかったー!」

 

北上に促されて駆逐艦達が元気な声で応じた、それを見送りつつ、ここにいる筈のない艦娘に向き直る

 

「で、確か村雨だったな、桜智の奴、何を考えて来援なんて寄越した?」

 

「あー、佐伯司令官、申し訳ありませんが、今の旗艦は白露です、話は白露から、お聞き下さい」

 

隣にいる艦娘に話を振る村雨

 

「……それで?一番艦の白露、話を聞こうか」

 

「ウチの、桜智司令官は五月雨がこの鎮守府に残っている事を凄く気にしています、出来れば、私達で連れ帰りたい」

 

つまり、来援として来た訳ではないという事かな、兎も角その方向で話をして見よう

 

「……本人の意思を無視しても?」

 

「私にはそこが分からない、五月雨はこの鎮守府の何に拘ってる?ウチに戻ったって、この鎮守府に出入り禁止される訳じゃない、戻れる筈なんだ、なんで戻って来ないの?五月雨は」

 

「……村雨、説明してないのか?以前来た時に説明は受けたと、思うが」

 

「ええと、五月雨が相変わらず頑固だなって話はしたんですけど、納得してくれなかったです」

 

困った様に言う村雨の側にいる三隻の艦娘に目を向ける

 

「……五月雨はいるんだな、建造艦か?」

 

「はい!桜智司令官の指揮下で建造されました、白露型駆逐艦六番艦の五月雨です、初期艦ではありませんが、合同作戦に参加させて頂き、練度向上に励んでいます」

 

ハッキリした口調の五月雨、一組の五月雨とも一号の五月雨とも違う印象を受ける

 

「そうか、大雑把にしか聞いていないが、これまではドロップ艦重視?偏重?だかの運用だったと伝え聞いていた、建造艦だからと所属艦娘を陸に置いても意味がないからな

兎も角、来てしまったからには仕方ない、事務艦に言って……いかん、事務艦は別に当てている、当座の生活面を如何するか」

 

「司令部を活用したら良かろう、その為の司令部ではないのか」

 

長門から提案があった

 

「……三隈か、大丈夫だろうか」

 

「えっ?この鎮守府には三隈が着任してるんですか?最上型の二番艦ですよね」

 

何故か驚きを見せる白露

 

「正式な着任ではないが、鎮守府運営に協力して貰っている、ただ、協力は始まったばかりだ、不慣れな所もあるだろう、そこは上手く出来るか?」

 

「押し掛け同然ですし、多くは望みません、こちらの遠征隊と話してみても、資材減少が激しいと聞きました、それを承知で押し掛けたんですから」

 

白露達はこちらの事情を多少は汲んでくれるらしい

 

「そうか、足柄!そんな所から見ていないで手を貸してくれ!」

 

さっきからチラチラとこちらを窺っている重巡を呼ぶ

 

「!なんで見つかった?私の遮蔽術が見破られるなんて」

何かを呟く足利、そこは流して要件を伝える

 

「……手間を取らせて悪いが、三隈にこの六隻の滞在を伝えてほしい、必要手続きやら、色々あるから、滞り無く執行する様にな」

 

「了解、それと、遠征隊の駆逐艦達が待ってる、行ってあげたら?」

 

足利の指す方を見れば遠征隊の駆逐艦達が集まっていた

 

「……こちらがもう終わる、それからだな」

 

 

 

防衛省庁舎-会議室

自衛隊:幕僚(複数)/官僚(複数)

自衛隊_鎮守府派遣隊:(元)司令官

 

 

よくある会議室、そこに並ぶタダのおっさん、では無く渋いオジサマ達(自衛官の方々)、ただ机の並びが、ただの会議ではない事を物語っていた

 

「休戦だそうだ、又しても陸自に出し抜かれた、海自は艦娘達から警戒されているし、空自は抑の接点が薄い、だから、移動指揮所の設置の許可も出した、艦娘部隊との強力なパイプに成る筈だった

それを、無断で撤収して来るとは、いくら幕僚と雖も、指揮権無視は如何いうつもりなのか、お聞かせ願いたい」

 

「無視などしていない、鎮守府からの撤収は予告した、それを検討も無しに握り潰したのは、何処の誰か、それこそお聞かせ願いたい」

 

周囲を囲む様に並ぶ机とそこに座る自衛官達との会議に臨む元指揮所司令官

 

「艦娘部隊は今岐路に立っている、あの上部機関の本会議が、国内某所で開催されている、出席者は錚々たる面子だ、経済的な影響力は極めて大きい、それに伴う政治的な影響力もだ、自衛隊はそこには列席出来ない、自衛隊は軍隊では無い、という政府見解がある限りあの上部機関の席を確保する事すら、出来ないのだよ

そこで苦肉の策として、現場の鎮守府への接近と懐柔を以って、協力関係を構築する事こそ、あの移動指揮所設置の目的だった、それを身勝手にも独断で撤収、放棄するとは、指揮所を任せるに当たり、説明はしたと、記憶しているが、私の覚え違いか?」

 

「協力関係を構築するのならば、先ず必要なのはお互いの信頼関係でしょう、懐柔した関係を以って協力関係を構築して、何になりますか?」

 

「艦娘部隊上部機関への足掛かりに成るではないか、鎮守府司令官はいずれ上部機関との接点を持つ、それも極めて強力な接点をだ、これを自衛隊が活用する事で艦娘部隊とも極めて強力な関係を構築出来るだろう、その戦略的な価値がどれ程大きいか、考えなかったのか?」

 

雁首並べて苛立ちを隠そうともせず言い立てる一応の同僚達に呆れる他ない元指揮所司令官

 

「……そんな考えをしているから、艦娘達に警戒されるんですよ、鎮守府司令官を足掛かりにする?間違いなく艦娘達から反感を買うでしょうな、そんな関係でその艦娘達の戦略的な価値を自衛隊が活用出来ると、どんな思考を辿れば、そんな帰結に至るのか、本職には疑問しか持ち得ませんが?」

 

元指揮所司令官の主張に苛立ちを募らせる様子の列席者達

 

「海自の纏めた艦娘の資料は読んだ、極めて従順だそうではないか、反感を買うなど、考慮する必要があるとは、思われないが」

 

「……あの資料なら読みました、誰が纏めたのか知りませんが、事実に基かない虚構が並んでいるだけの資料でした、あの移動指揮所で僅かながらも艦娘達との接点を持った本職は、実感を持って断言出来る、あの資料は海自の自衛官が纏めた資料ではないでしょう、所属不詳の自衛官と称する何者かが海自の資料と書き込んで防衛省に蒔いた撒き餌だ、ここに並ぶ幕僚会議の出席者はその撒き餌に繋り、釣り上げられたのだ、その自覚すら、持ち得ないのか、貴方達は」

 

「……口を慎みたまえ、いくら幕僚と雖も、謂れ無き誹謗は許されるモノでは無い、どうやら、これ以上話し合いに時間を掛けても無意味の様だ、キミの処分は追って決まるだろう、それまで謹慎していなさい、キミの指揮で共に撤収した自衛官達も、同様の処分になるだろう」

 

苛立ちからの変節、突然掌を返した様に無感情に宣告する幕僚の一人

 

「指揮に従った部下達も、同様の処分?それはどういう事ですか?彼等は私の指揮権に従っただけだ、処分を受ける根拠は?」

 

「機密情報の漏洩、守秘義務違反、服務規定違反、業務上横領、挙げれば切りが無い、よくもあの短期間でこれだけの違法行為を行ったモノだ、ある意味で感心する、今、これらの違法行為を整理、精査して裁判所に告発するか、自衛隊内で処理するかを検討中だ、法務部が準備を進めているよ」

 

「……結局、他所へ丸投げか、いつまでそれが通ると思っているのか、あの大本営はどうなった?何も見えていない、何も聞こえていない、目を閉じ耳を塞いでいる、その自覚すらないとは困った事だ」

 

官僚主義もここまで来ると、如何にもならない

 

 

 

鎮守府-第二食堂

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:長門/皐月/睦月型五/初春/初霜

大本営所属艦:愛宕

 

 

駆逐艦達を連れて第二食堂に来ている、他にも付いてきたのはいるが、まあいい

そこに司令部の愛宕が近づいて来た

 

「司令官、執務室に来客です、お忙しいのであれば、追い出して、後日、日を改めてと伝えますが?」

 

「……来客?誰?」

 

予定には無い筈、来客というからには外からだろうが、そっちは陸自が封鎖しているのではなかったかな

 

「陸上自衛隊、普通科連隊の連隊長だと、言っています」

 

「一人で来る様な肩書きじゃないね、誰を連れてきてる?」

 

「当鎮守府に配置されている憲兵隊、隊長を含みます」

 

「どのくらい、待たせてるの?」

 

「……それ程でも無いです、二十分くらい、でしょうか」

 

「お茶と煎餅でも出してもう少し待って貰って、こちらが落ち着いたら行くから」

 

「……わかりました」

 

何か言いたそうではあったが口にせず戻っていく愛宕

 

「所で長門、天龍と大淀と夕張を見なかったか?白露達に驚いて、居ないのに気が付かなかったんだが」

 

「……天龍は遠征隊の持ち帰った資材を確認している、大淀と夕張は明石と秋津洲から応急処置を受け、港に係留中だ、提督から修復は待つ様に指示があったと、言っていた」

 

工廠組の北上の名が上がらなかったから聞いてみる

 

「……北上は何処にいる」

 

「筑摩等と戻った後、何処かに行った、私は見ていない」

 

「那智を呼び出して明石等から戻った艦娘達の状況を聞き、天龍等と資材残量を確認して、修復計画を立て、執務室まで実行プランを提出させてくれ、それと天龍に大淀の評価を提出する様に伝えてくれ」

 

「……北上は放置か?」

 

「一番艦が一緒だろうから、暫くはな、那智のプランを検討してから、になるかな」

 

今直ぐに用がある訳でも無し、出撃から帰ったばかりでもある、休息時間は必要だろう

 

「その一番艦に、時雨が食い付いていたが、何か聞いているか?」

 

長門から思い掛けない話が出て来た

 

「時雨?そういえば、ここに居ないな、疲れて休んでいるんじゃ無いのか、まあ、何かあれば足柄なり三隈から何か言ってくるだろう」

 

ウチの時雨は時々良く解らない行動を取るが、理由を知れば解らないでは無いし、何より時雨だ、本人の好きにさせてやるのが良いと判断している

 

 

 

鎮守府-工廠(第二工廠)

???:???(権兵衛さん)

鎮守府:司令官

 

 

我等の協議にはどういう理屈か知らないが入渠設備が要るそうで、また占拠されてしまった

入渠場から出て来た権兵衛さんは見るからに不機嫌だ

 

「我等が協議中のドサクサに紛れて来援を受け入れたそうだな、随分と卑劣な真似をするでは無いか、通信の回復も鎮守府所属艦娘達の帰還も何故実施させたと思っているのだ、こういった余計な行為が続くのであれば、我等とて許容出来ん、力尽くで来る相手ならば、力尽くで応じる事になるぞ」

 

予想通りの不機嫌な理由とこちらも予想通りの脅し文句になんだかなーと思いつつ応じる

 

「……白露達の事か?来援とは、違うんだが、そちらからはそう見える事は理解出来る、ただその認識は訂正して貰いたい」

 

「訂正?何をどう訂正するのだ」

 

不機嫌を隠しもしない権兵衛さん

 

「あれは向こうが勝手に来たのであって、私や鎮守府所属艦娘達が呼んだのではない、その根拠として、白露達の行動目的が挙げられる、其方も来援と認識しているなら、私の指揮下にいる艦娘では無いと判っているだろう

そして指揮下にいない艦娘は私の指揮を受けない事も承知しているだろう、これらの条件から白露達の行動目的を変更する指揮権が私には無いと判って貰いたい、結論としても其方が主張する様な来援では無いと理解して頂きたい」

 

不機嫌な表情を考え込む表情に変えた権兵衛さん

 

「……指揮権が無いという部分は理解出来る、しかし、指揮に従う様に命令されているのではないのか?そうする事で擬似的に指揮下に入れられるだろう、来援なれば、そうしている筈だ」

 

「白露達の行動目的は当鎮守府に滞在中の艦娘を自身の鎮守府へ連れ帰る事だそうだ、そこに私の指揮権が入り込む余地は無いし、私の指揮下に入る必要も無い」

 

「……連れ帰る?もう一度包囲網を通過出来ると判断しているのか、なれば、阻止してくれるわ」

 

どういう意図があるのかは不明だが尊大に言い放つ権兵衛さん

 

「……その必要は無い、と思うが、こちらに止める手立ても無い、如何するのかは、聞かせてもらえるのか?」

 

 

 

鎮守府-通信室

鎮守府:司令官

 

 

「鎮守府より告げる、こちらは鎮守府司令官の佐伯だ、この広域無線が通じている部署、組織、何でも良いが、聞いているのなら、当鎮守府への物理的な接触、及び当鎮守府を包囲している深海棲艦への接近は控えて頂きたい、既に当鎮守府への物理的な接触が試みられ、先方に露見した

これに伴い攻撃を受けなくとも接近すれば攻撃する様に行動仕様を変更した、と通告された、又、この事態が継続するのなら、休戦を打ち切り力尽くでの対応に切り替えるとも警告を受けた、事は当鎮守府のみの事象に留まらない、その点を十分に理解して頂きたい、以上」

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

自衛隊_普通科:連隊長

自衛隊_憲兵隊:隊長/隊員(複数)

大本営所属艦:高雄/愛宕

 

 

執務室に入ると憲兵達と陸自の士官が煎餅を齧りながら雑談をしていた

こちらを見つけ取り敢えず雑談を止め、煎餅と湯呑みをテーブルの中央に纏めた来客達

 

「お待たせしました、込み入っておりまして申し訳ない」

 

そう声を掛けたら陸自の士官が応じて来た

 

「……先程の館内放送、アレは広域無線でも、行ったのか?」

 

「その通りです、先の事例と同様です」

 

「……物理的な接触、とあったが、まさか、我々の事か?」

 

何故そうなると思いつつ顔には出さない

 

「……想像にお任せします」

 

「おい、そういう曖昧な返答は困る、ハッキリ言ってくれ、我々の行動が先方を刺激し、力尽くの行動を誘発したなどと、後になって証言でもされたら、堪らんからな」

 

この士官の憂慮はそこですか、少し呆れたが、ソレを言ってしまうほどこちらも野暮ではない

 

「そこをハッキリさせてしまうと、こちらの首を絞めかねない、先方が曖昧にしているのです、こちらから敢えて言及する事は却って危険と判断します、如何してもと云われるのなら、先方との会合の場を用意しますが?」

 

これを聞いた士官が言葉に詰まった

 

「……それは、不要だ、あの数を見ているんだ、アレを如何しろと?我々は陸自だぞ?聞けばあの数の全てが戦車砲以上の砲火力を有する艦船だというではないか、本心から関わりたくない」

 

「……それで?御用の向きは?」

 

前段は終わりと判断して、本題に入る様に促した

 

「この鎮守府の食料備蓄、並び生活物資の在庫量を確認したい」

 

「陸自が何故それを?」

 

「これらの搬入は海自が担当していると聞いている、その海自が鎮守府への搬入を口実に良からぬ事を目論んでいる、との情報を得た、こちらの憲兵隊との協議で必要物資の搬入は認められている、その必要量を確認したい」

 

「……事情がわかりません、説明して頂けませんか?」

 

憲兵隊との話が付いているのに陸自が別途確認する必要が何処にあるのか解らない

 

「不要だ、必要量の搬入は確保する、我々が関心を持つのはソレ以外の物資の移動だ」

 

「憲兵隊で対応頂くわけには……」

 

「行かない、そこまで人員を割けない」

 

憲兵に振ったら即答で拒否されてしまった

 

「そうですか、では仕方ない、申し訳ないが、その要件は受け入れられない」

 

「……如何いう事だ?必要量は搬入させる、鎮守府側に不利はないだろう」

 

身を乗り出して来る陸自の士官、先程の憂慮を応用すればこの士官は引っ込むと予測した

 

「それを実行するには陸自の方々を鎮守府内に受け入れなければならない、これは鎮守府への物理的な接触、と見做されるでしょう」

 

「……」

 

想定通り陸自の士官は言葉に詰まった、そこに憲兵隊長が助け船を出した

 

「連隊長、上に再考を求める事を勧める、強行策は無用なだけでなく実害を伴う可能性が高い、実害を避ける為に鎮守府派遣隊は撤収している、鎮守府派遣隊のトップは幕僚だ、左官の連隊長がそこまでの危険を取る事は不合理だ」

 

「……言いたい事は理解しているつもりだ、ただ上がな、強行なのだよ、防衛省内での綱引きに本気だ、主導権を握りたいのだろう」

 

「何か、ソレと判る命令書や指示書はないか?憲兵隊も大枠では陸自だ、憲兵総監から一本入れられるかも知れない」

 

「……そのつもりがあるのなら、我々にこんな命令は下りて来ない、憲兵隊長は知らないのか?その憲兵総監が今何をしているのかを」

 

「それはどういう?」

 

助け船を出した隊長が陸自の士官に問い直すのを聞いてこちらから口を挟んだ

 

「さて、これ以上はそちらの話になるでしょう、鎮守府の執務室で話す内容ではありません、お引き取りを」

 

こちらの言い分に特に反論もない様子の二人

 

「……そうだな」

 

「……尤もだ、これで失礼する」

 

そう言って自衛官達は執務室を後にした

 

 

 

鎮守府-第二食堂

???:???(権兵衛さん)

鎮守府:司令官

大本営所属艦:一組の初期艦二

鎮守府所属艦:給糧艦二/補給艦二

鎮守府所属艦:駆逐艦(少々)

 

 

第二食堂に戻ってみたら、一つのテーブルに多量の甘味が並べられているのが見えた

 

そこに座って甘味を楽しんでいるモノ、遠くから見る限り艦娘の大型艦と差したる違いはない様に見えた

 

ただ、決定的にソノモノが纏う何かが違った、言葉に出来ない何かが

 

「……我等との交渉より優先される事案があるとは、驚きだぞ、鎮守府司令官」

 

甘味を楽しんでいるモノがこちらを見つけて不機嫌を口調に乗せて言ってきた

 

「そういう割には、甘味を堪能している様に見えるが?」

 

「仕方あるまい、協議の中で羊羹とやらの事を話したら興味を持つモノが多く居たのだ、実物が無いとはいえ類似品は多くある、余剰の時間を有効に活用したまでだ」

 

「……その連れてる妖精は?」

 

先程まで連れていなかったと思う、見落とした可能性を思い聞いてみる

 

「交渉内容を協議した訳だが、如何も我が鎮守府司令官に丸め込まれた、と疑われている、そうでは無い事を知らしめねば成らん、幾つかの我等を妖精と同調させた」

 

「アバターとかエイリアス、という事か」

 

「それが何を指すのか、我等の知識に無いが、鎮守府司令官がそう判断するのであれば、間違いでは無いだろう」

 

「分身とか依代とか、分御霊、そんな意味合いだ、本来の用語としての意味では無いが」

 

「我等はこういった妖精の活用を影と呼称している」

 

「影ね、影分身という言い方はあるから、そういう事なんだろう」

 

「それはそうと、幾つかの我等から指摘を受けた、人は睡眠という状態を定期的に繰り返さねばならないそうだな」

 

「……それが?」

 

唐突なこれまでの話となんの繋がりがあるのか分からない事を言い出す権兵衛さん

 

「それが?ではない、指摘に拠ればこの状態の繰り返しは人にとって酷く重要だとされている、これが阻害されると判断の誤り、状況把握の混乱、凡ゆる認識力の低下、正常な判断に必要な要素が尽く失われるとされている、事実か?」

 

「正確さを欠くが、誤りではない、だが、それがどうした?」

 

「なるほど、鎮守府司令官が我等との交渉に難色を示す要因に成り得るのか、いや、コレは盲点であった、我等と人との違いが交渉に影響しているとは考えなかった、お互い多数を束ねる位置に着くモノ、その観点のみで交渉が妥結出来ると考えていた」

 

「そういう話の運びには、思われなかったが」

 

そう言ったら権兵衛さんが大袈裟とも思える程に驚いた様子を見せた

 

「!なんと、そうなのか、鎮守府司令官の利益とは束ねる艦娘に対しての利益だと考えていたが、違うのか」

 

「権兵衛さんが艦娘の利益?んー?力の及ぶ限りこちらの要求を履行する事が、艦娘の利益?駄目だ、繋がらない、参考までに解説してくれない?」

 

「鎮守府司令官の職務は艦娘の運用であり、鎮守府の運営だ、これに必要なのはそこに所属する艦娘と消費可能な資材、但しこれは旧来の事、今は変更が加えられ鎮守府には海域保全という名目で深海棲艦の排除が盛り込まれた

ここで必要になるのが資材の蓄積と消費量の大きい艦娘の運用だ、この必要を我等に求めるのなら、資材の蓄積も資材量の大きい艦娘の運用も不要に出来る、コレは鎮守府司令官には利益ではないのか?」

 

権兵衛さんはとても素直に解説してくれた、一体どんな思惑があるのか見当も付かない

兎も角、聞かれた事には答えが必要だろう

 

「……それ、可能なの?理屈は解るが、実現性に疑問があるんだが」

 

コレにも大袈裟とも思える程に驚く権兵衛さん

 

「なんと!!これは驚きだ、この程度の実現性に疑問を持たれているとは、これでは交渉の前提条件が整っていないと指摘した鎮守府司令官の言い分が正確ではないか、なるほど、これでは交渉以前の問題を解消せねば、交渉に成らん、我等の協議を呼びかけたのも納得だ」

 

「……権兵衛さん?もしかして妖精と同調してる我等の方々、権兵衛さんで喋ってる?同調していても見聞き出来るだけで、話せない?」

 

「権兵衛と呼ぶな、その呼称は変更を求めただろう」

 

「……名乗れと言っているんだが?それが嫌なら諦めてもらう他ない」

 

そう言ったら権兵衛さんは少しだけ俯いた

 

「鎮守府司令官の指摘は正しい、影は会話出来ない、我等は同調しているのであって乗っ取っているのでは無いのだ、それと、この交渉が妥結した後に、この鎮守府の妖精達は我等より切り離す、我等の情報源にされるからな」

 

「切り離す?とは、放置とはどう違う?」

 

「我等が切り離せば、妖精は再び我等と繋がる事は叶わない、何を以ってしてもだ」

 

「妖精の生態とか知らないんだけど、それは妖精にどんな影響があるんだ?」

 

「影響は大きい、範囲と規模が大き過ぎて、鎮守府司令官に、人に説明しても理解が及ぶ事は無い、依って時間の無駄となる事が明らかだ」

 

断言する権兵衛さん、しかしこれは困った、言っている事にこちらの理解が追いつかない

そこに横から口を挟んで来るモノがいた

 

「……簡単に言えば存在を固定される、今の所妖精は艦娘と深海棲艦、何方にも着く事が出来る、権兵衛さんが切り離す事で艦娘にしか着けなくなる、人の側に強制的に立たされる、選択の余地は既に無い」

 

一組の漣からだ、今の話を理解している様子だ

 

「初期艦か、最初の初期艦では無い様だが、よく知っているな」

 

その漣に視線だけ向けて感心した様子を見せる権兵衛さん

 

「その辺りを知っているのは、最初の初期艦だけじゃない、尤も全ての初期艦が知っている訳でも無いけどね」

 

「鋳物も初めの内は良いモノが出来る、鋳型は使えば使う程劣化する、そうなる前に造られた初期艦か」

 

「権兵衛さんは如何なの?造り方は殆ど同じでしょう?劣化しないの?」

 

「……鋳型を新たに創れば良い、劣化を起こす前にな」

 

「それって、凄いリソースが必要な事でしょう、そんなにリソースを割いてるの?」

 

「……」

 

権兵衛さんが何かに気が付いた様に黙り込んだ

 

「如何したの?」

 

黙り込んでしまった権兵衛さんを漣が不思議そうに見つめる

 

「初期艦に乗せられていると、指摘された、我等の情報を引き出されていると」

 

「情報源を絶つ為に妖精を切り離すのに、その前に権兵衛さんが情報を出したら、切り離す意味が薄くなるものね」

 

さもありなんと言わんばかりの漣

 

「……それが狙いか、切り離す意味を薄めて、我等に妖精を切り離す意義を失わせ、情報源としてあり続けさせる、鎮守府司令官にはその方が利益になると初期艦は判断したのか」

 

乗せられているという指摘が的を射ていたと確信出来た権兵衛さんが苦々しく言う

 

「よく出来ました、如何やら論理的思考に問題は無いみたい、司令官、暫く休んでください、権兵衛さんの相手は漣がしておきますから」

 

どういうつもりかニコニコ顔の漣

 

「電もいるのです」

 

口数の少ない電も漣に同意を示した

 

「休めっていわれても」

 

一組の二人はそう言うが、こんな状況で休めって、私はそんなに太い神経をしていると思われているのだろうか

 

「権兵衛さんも人の睡眠の重要性について理解を示しました、このまま司令官の疲労を無視して交渉を続けるより、休んでもらう事に異論はないでしょう」

 

「疲労?疲労とはなんだ?」

 

ホントに疑問符を頭に浮かべそうな感じで聞いて来る権兵衛さん

 

「コレですよ、こういう話の齟齬を解消する為の話が必要です、そこを私達が引き受けましょう」

 

如何やらここでゴネても仕方ない流れだ、ここは逆らわず流れに乗ろう、このまま通しで交渉する訳にも行かないのも確かだ

 

その前に確認しなければならない事がある、コレに確信が持てなければ無理を押してでも交渉に臨まなければならない

 

「……お前達、権兵衛さんが連れてる妖精、幾つ見える?」

 

「頭に二つ、両肩に四つ、胸元に三つ、後は移動したり隠れたりしてるのが九つ」

 

躊躇いも戸惑いもなくスラスラ言う漣、話を買って出るだけの事はある

 

「わかった、権兵衛さんに異論が無ければ、休ませてもらうが、どうする?」

 

「……齟齬の解消には時間が必要だ、その時間の全てを鎮守府司令官に賄ってもらうのは、人である限り現実的ではない、それは理解する、しかし……」

 

「しかし、なに?」

 

言い淀む権兵衛さんに少なくない不安を覚えつつ聞いてみた

 

「鎮守府司令官不在でも、この食堂とやらの注文は出来るのか?」

 

「……気に入ってもらえた様で何よりだ」

 

覚えた不安は杞憂だった様だ

 

 

 

鎮守府-港

鎮守府所属艦:天龍/夕張/大淀

 

 

桟橋の上から覗き込む天龍、その視線の先に係留されている艦娘が二隻

 

「よう、調子はどうだい?」

 

声を掛けられてた二隻は空の高さを見つめていた視線を声の主に向けた

 

「……最悪」

「……」

 

声で応じたのは夕張だけ、大淀はなんとも言い難い顔をしている

 

「皐月達が資材を持ち帰ってくれた、お陰でお前達の修復に許可が下りた、後で礼を言っとけよ」

 

「そうする、このまま海産物扱いなんて御免だし」

 

視線を天龍から外しながら言う夕張

 

「入渠出来ないからって、係留されるとは、思っていませんでした」

 

こちらも天龍から視線を外し再び空の高さを見つめ始めた大淀

 

「この方が身体への負担が少ないんだ、艤装を外す必要も無いし、浮力で余計な加重は相殺されるし、大破してるから艤装への海水進入なんて気にするだけ無駄だしな」

 

「入渠で分解修復確定だしね、多少の浸水なんて確かに今更だ」

 

口調に投げやり感のある夕張

 

「……いきなり大破なんて、然も演習で大破、司令官に呆れられてしまう」

 

一方の大淀は他人事の様に感想を述べた

 

「まあ、単独大破じゃないし、呆れるって事はない、と思うぞ」

 

「それを言うなら、この練度差で、引き分けに持ち込まれた私の立場は?」

 

夕張の口調に明確に不快感が乗った、それを聞いた大淀が慌てた様に言葉を継ぐ

 

「本当に御免なさい!あんな戦い方があるなんて思っても見なかったので、兵装を装備してない夕張に手持ちの弾薬を殆ど使ってしまいました、丸腰の相手に主砲を撃つなんて、幾ら何でもやり過ぎました」

 

「……そういう事じゃ、ないんだけど」

 

大淀の様子に毒気を抜かれたのか、戸惑っている夕張

 

「しかし、アレ、夕張がやって見せた搬送用機材の兵装用法、話は知ってたが、実際やってるのを見たのは初めてだ、割と使えそうだな」

 

「そりゃどうも、参考になれてウレシイわ」

 

投げやりな感じに戻ってしまった

 

「なんだよ、拗ねてんのか?大淀の主砲は大和の副砲と同様の三連装砲、軽巡でこれに初見で対処出来たんだ、然も兵装も持たずにだ、練度の高さは証明されたと、オレは思うが?」

 

「実戦なら、沈んでる、それが全て、練度の高さなんて生き残る保証にならない」

「……」

「……」

 

感情を乗せず吐き捨てる様に言う夕張に掛けられる言葉を天龍も大淀も持ち合わせていなかった

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府所属艦:天龍

大本営所属艦:高雄/愛宕

 

 

報告書を執務室まで提出しに行き、港での夕張達の話をした

 

「そう、夕張がそんな事を」

 

「オレは大本営で建造されたから、あの海戦の事は資料でしか知らない、大淀もこの鎮守府での建造艦、何も言えなかった、出来たら、あんたらから、フォローしてくれないか」

 

「……私達が生き残ったのは、偶然でしかない、参加艦娘の半数以上が、未帰還、長良達の様な帰還者が、他にもいるのか、いないのか、それさえも私達にはわからない、あの海戦は誰にとっても、苦すぎる」

 

司令部の二人は天龍の期待には応えてくれそうになかった、それだけあの海戦は参加した艦娘に取って重過ぎるのだろう

 

「まあ、ここで苦労自慢をしても始まらない、この鎮守府に着任してあの司令官が進む道を楽しみにするのも、悪くないと、オレは思うぜ」

 

努めて軽く言った、重過ぎる過去に沈まない様に

 

「……そうね、あの提督なら、そう、思える、あの包囲網を前にしても、全く振れなかった、民間上がりの素人司令官だと、聞いていたのに、そうは見えない」

 

「それだけ、所属艦娘へ信頼を寄せている、という事でしょうか」

 

「いや、単なる痩せ我慢ってヤツだろ、逃げ出したくても、部下を置いていけない、一人で逃げ出す度胸も無いって事かも知れないぞ?」

 

言いながらも、もしそうであったなら、ここの艦娘達はあんな苦労を負ってない事も分かっていた

 

「提督の評価は色々と耳にします、どれを選ぶか、迷ってますよ」

 

「私達の修復は、何時になるのかな」

 

司令部の二人は重過ぎる空気を纏ってはいなかった

 

 

 

鎮守府-工廠

鎮守府所属艦:秋津洲

大本営所属艦:那智

 

 

帰還した艦娘達への対応を明石に相談しようと工廠内を歩く秋津洲

その秋津洲に背後から声が掛けられた

 

「秋津洲、明石は何処だ?」

 

「那智?如何したかも?」

 

「出撃した艦娘達の修復計画の立案を命じられた、現状で何処まで確認出来ているのか、聞きに来た」

 

「これがその資料かも」

 

明石に相談する資料として作成した帰還艦娘達の現状を纏めた作り終えたばかりの資料だ

 

「……ほう、こういうリストを作っているのか、これは助かる」

 

その資料を手にした那智は一通り目を通してから感心した様に言った

 

「計画を立てる程では無いかも」

 

助かると言われるのは良い事なのだろう

それはそれとして明石に相談したい秋津洲は資料を返して欲しいと思った

 

「……そうだな、小破以上の損傷艦はいないのか、あの包囲網を相手にしてこの程度で済ませてしまうとは、この鎮守府の所属艦娘は素晴らしい、司令官の薫陶の賜物だろう、見て繰ればかりの上辺だけを取り繕う司令官では無いという事だ、あの司令官は」

 

「……それで、どうするかも?」

 

自身で渡した手前、資料を返してくれそうな気配が無い那智への対処に困った

 

「資材管理室に行って天龍に必要資材を出す様に交渉せねばなるまい、そこが纏まらなければ計画を立てる意味が無い、実行不能の計画を立案して司令官に無能と評されたくはないからな」

 

そういうと資料を持ったまま那智は資材管理室に行ってしまった

 

 

 

鎮守府-資材管理室

大本営所属艦:摩耶/那智

 

 

那智が秋津洲から渡された資料を元に必要資材を摩耶に要求している

 

「あー、言いたい事は分かるが、資材なら出せないぞ」

 

しかし資材管理室に居た艦娘、摩耶は拒否してきた

 

「遠征隊が資材を持ち帰った筈だが?」

 

ハイそうですかと簡単には引き退がらない那智

 

「あれな、あれはもう使った、残ってない」

 

しかし摩耶になんでも無い様に軽く返されてしまった

 

「……なに?何処に使ったのだ?」

 

「何でも演習で大破したとかで軽巡二隻を修復して、出撃した奴らに補給して、それで終わりだ」

 

「……数量が合わない、様だが?」

 

聞き及んだ資材搬入量と纏められた資料上の必要資材を大雑把に計算してみるが、如何計算しても合いそうに無い

 

「ああ、それな、そこに突っ込み入れたかったら、アレを読み込んでからにしてくれ、説明出来る程こっちも理解出来てないんだ、ワルイな」

 

アレというのは天龍が出してきた分厚い資料、摩耶が頭を抱えながらもなんとか読むだけは読んだ資材管理室備え付けの資料だ

 

「……随分な、厚みの資料だな、アレを読み込んだのか?」

 

「読んだだけだ、訳分からんが、ここにいる以上は何とかしないとな」

 

「簡潔に、言う事は出来るか、あの資料の内容を」

 

「……難しいな、けど、アレだ、使用時と搬送時に差し引きしろって事らしい、なんでかは分からん」

 

「差し引き?数量を変えろという事か?」

 

「その変えるタイミングがマチマチなんだよ、状況に拠り蹴りって事なんだが、想定してる状況が多過ぎる、条件付けも多岐に渡る、何だってこんな運用をしてるのか、訳分からん」

 

あんまりな摩耶の説明に那智もこれ以上粘っても必要資材の搬出は無理そうだと感じた

 

「数量も私が知っている数量とは、違う様だ、如何なっているのだ、この鎮守府は」

 

つい愚痴がでた那智

 

「あたしに聞くな」

 

摩耶の返答は素っ気なかった

 

 

 

鎮守府-執務室

大本営所属艦:高雄/愛宕/那智

 

 

秋津洲が作成した資料に必要資材を書き足して資材管理室での顛末とともに執務室に報告した那智

 

「立案はしたが、実行出来ない?如何言う事ですか」

 

高雄が聞いて来る

 

「資材管理室から資材の拠出を拒否された、資材在庫量自体は予定数量分はある、おそらく、補給は終えているのだから当面の問題は無いと、判断しているのではないか」

 

執務室に到着するまでに任務と現状をどう整合させるのか、この点について那智は結論を出していた

 

「確かに、小破未満の損傷ですし、取り敢えずそのままというのは、解らなくはないですが、修復計画の立案は提督の指示です」

 

「立案は確かに指示された、実行までは指示されていない」

 

「そうでした、実行プランの提出をと、指示されていました、では、この計画書はお預かりします」

 

「しかし、これで良いのか、不安があるな」

 

「実行プランが出来ていれば色々と応用も利くでしょう、問題はないと思います」

 

不安気な那智に高雄が気休めで応じた

 

 

 

鎮守府-第二食堂

大本営所属艦:三隈

桜智鎮守府所属艦:白露/村雨/夕立/五月雨/涼風

 

 

三隈に連れられた駆逐艦達、利根は筑摩を捕まえて何処かに行ってしまった

 

「へー、この鎮守府、艦娘専用の食堂なんてあるんだ、ここの利用は、如何すれば良いの?利用カードとか、貰ってないけど」

 

「こちらの食堂はそういう手続きは要らないそうです、食堂を運営している給糧艦の方々がチェックするそうなので」

 

食堂に興味津々な様子の白露に応じる三隈

 

「給糧艦?」

 

「食料や生活物資の輸送と提供を受け持つ艦娘だそうです、実艦でも給糧艦という艦種はありましたよ、ご存知ないですか?」

 

「給糧艦って、間宮?!あの間宮!?」

 

「伊良湖さんもいらっしゃいますよ」

 

「おお、なんて所だ、この鎮守府は、ウチに戻りたくなくなったんだけど」

 

間宮と聞いた白露の言い分に顔を顰める者がいた

 

「……白露?そういう事は思っても口にしたらいけないと、思いませんか?」

 

村雨としても白露の言い分は分かる、分かるがそれは言いっこ無しが暗黙の了解

その問題は鎮守府の移転と共に発生し、司令官が解決を図っている最中の課題、それを言っても司令官を困らせるだけだと所属艦娘全員が承知している懸案事項だ

 

「村雨は堅いっぽい、司令官だって、給糧艦間宮と聞けばウチにも寄越せ、くらい言うっぽい」

 

「確かに、一番愚痴ってるのは司令官だしな、移転先の鎮守府に食堂が無いとか、大本営は何を考えてあの鎮守府に引っ越させたんだか」

 

「……でも、この鎮守府にだけ、なんで給糧艦が配置されているんですか?」

 

夕立、涼風、五月雨、三人とも村雨の言い分には同調しなかった模様

 

「さあ、そこまではわかりません、兎に角、食事はこちらの食堂で出来ますので、変に断食なんてしないでくださいね、他所の鎮守府の駆逐艦達を預かっておいて飢えさせた、なんて、司令官の品格とか人格とか、諸々に関わります、何よりこの三隈がお世話を言付かっています、桜智司令官の元に帰る時には、ふっくらと、して頂きますよ?」

 

ニッコリ笑顔でいう三隈

 

「……ふっくら?」

 

「ふっくら、とは?」

 

「っぽい?」

 

「肥えさせようってのかい?」

 

「えっと、五月雨は少食なので、お手柔らかに……」

 

その笑顔に何を感じたのか、五隻五様の様子を見せた

 

 

 

鎮守府-憲兵隊詰所

鎮守府:司令官

自衛隊_憲兵隊:憲兵

 

 

一組の二人に休めと言われた司令官、権兵衛さんもそれに同意し、時間が出来た司令官は憲兵隊詰所に向かった

 

「失礼します、隊長は戻られてますか?」

 

「……鎮守府司令官か、隊長なら、外の陸自と話があるとかで鎮守府から出ている、用件を伝えるから、言ってくれ」

 

詰所に居た憲兵が応じた

 

「あ、いや、如何しようか」

 

「……問題が起こったのか?」

 

「起こったというか、継続中というか、取り敢えず食料等の搬入状況を知りたい、教えて貰えないだろうか」

 

「それは憲兵隊では無く施設管理室にきいてくれ、物品の搬入は向こうの担当だ」

 

素っ気ない憲兵

 

「……その搬入を陸自が止めていて、憲兵隊長と何か話し合っていたんだが、それでも、施設管理室に聞けと?」

 

「そうだ、そこまで人員を割けないと言った筈だ」

 

憲兵隊にも事情はあるのは分かる、しかし同様に鎮守府にも事情はある

そこを汲む気が無いと言うのなら、相応に対処するしかない

 

「わかりました、そちらの事情には関心は無いが、鎮守府運営に障害となるなら、相応に対処する事になる、お忘れなく、そう規定されている事を」

 

「……鎮守府への協力条項なら、忘れていない、無用な詮索は時間の無駄だぞ」

 

 

 

鎮守府-廊下

鎮守府:司令官/叢雲(旧名)

鎮守府所属艦:大和

 

 

食堂を出てからも精力的に動き回る司令官に同行している叢雲(旧名)と大和

 

「休むんじゃないの?折角一組が時間を作ってくれたのに」

 

痺れを切らせたのか叢雲(旧名)が聞いた

 

「権兵衛さんに釜けて鎮守府の方に手が回ってない、出来るだけは、やっておかないと」

 

「そうはいっても、ここの所マトモに寝てもいないんでしょう?無理し過ぎじゃない?」

 

「慣れたよ、数分ウトウトするだけでも大分違うしな、お前は大丈夫なのか?艦娘から人になって勝手が違うだろう、倒れられても敵わないから、良く寝てくれよ?鎮守府の方はなんとでもなるから」

 

コレを聞いた叢雲(旧名)が呆れつつも会話を続ける

 

「すごい自信ね、あの包囲網の数でも何とでもなるって、何か手があるのなら聞いておきたいんだけど?」

 

「あるわけない、あの数にウチで何をした所で、如何にもならない」

 

「言ってる事がバラバラなんだけど、何を言ってるのか解ってる?」

 

権兵衛さんの指摘した様に疲労で思考が鈍っているのかと心配になる

 

「解ってるよ、ただ、何とかしなきゃならんのは確かなんだ、人になった叢雲を鎮守府に閉じ込めたままで終わらせる訳には行かない、叢雲には、鎮守府を外から見せたい、こんな所で終わらせたくない、それに、出来るのなら、ウチの所属艦娘達で旅行とかしてみたいしな」

 

あまりに現状から掛け離れた事を言い出した司令官に戸惑いを覚えながらも会話を途切らせない様に話題をその方向へ修正する

 

「……こんな時に、何を考えてるの、旅行って、艦娘は人の社会に無闇に出られない、周囲に艦娘だと気付かれたら、厄介事になりかねない、何の為に外出許可なんて制度があると思ってるの」

 

「そういうのはさ、今だけにしたいんだ、何れは失くせないかと、目論んではいるんだけどな、目の前の現実ってヤツは、少しも妥協してくれない、よっぽど嫌われてるんだな」

 

「妥協しないと、嫌われていると、判断されるんですか?そういう基準は知らないのですが」

 

不思議そうに大和が聞いてきた、それを受けて大和に少し視線を向けた後司令官が続けた

 

「な、こういうのを、旅館に泊めて女将さん辺りと差しで話させると、興味深い事になりそうじゃないか」

 

そういわれた大和は意図が分からなかった様で反応に困っている

 

それを見ていた叢雲(旧名)は溜息から始まる対話を重ねた

 

「はぁ、そういうのを、人が悪いっていうの、接客業を生業として、経営者でもある社会的立場の人と、一介の艦娘、歯が立つ訳ないでしょう?如何いう想定をしても女将さんが話して大和が聞き入る状況にしかならない、語り部の話を聞き入る以外のどんな状況を期待してるの?」

 

「論理と話術、相手に自分の要求を飲ませるのは、どちらかな」

 

叢雲(旧名)には思いがけない台詞が返ってきた

 

 

 

鎮守府-第二食堂

???:???(権兵衛さん)

大本営所属艦:一組の初期艦二

大本営所属艦:三隈/その他少々(移籍組)

桜智鎮守府所属艦:駆逐艦五

鎮守府所属艦:駆逐艦数隻

 

 

一組の二人と話を続けている権兵衛さん

 

「……先程から、我の周りを回っている駆逐艦は何なのだ?」

 

先程まで食堂の一角を占めていた数から今は三隻にまで減り、テーブル席一つで済んでいる

その周りを通り過ぎるでもなく、近付いては離れていく艦娘がそれなりにいる事を指摘する権兵衛さん

 

「司令官と話してから、あの子達も話したいんだよ、話し掛けようとはしてるんだけどね、伊座となると、やっぱり怖いみたいだ」

 

一組の漣はそう言いながら周囲を見渡す

 

「怖い?まあ、本来ならこの様な距離で我を見る事はない、駆逐艦程度では視界に入れる事さえ叶わない事だろう」

 

「わたしも駆逐艦なんだけど」

 

「初期艦であろう、なれば話は別だ」

 

「左様で、でもよく食べるね、そんなにお腹空いてたの?」

 

相変わらず満漢全席の様相を湛えているテーブル上に漣も少しだけ呆れ気味

 

「摂取量が多いか?何か問題があるのか?」

 

「問題というか、感心してる、伊達に戦艦種じゃないなーって」

 

「……我は戦艦種ではない」

 

「!そうなの?!じゃあ何?」

 

司令官は指揮艦と言っていた、深海棲艦の上位種だろう事は推定出来る

然し上位種といっても他の個体を指揮下に置く場合があるという特性しかわかっていない

 

「艦娘の様な艦種という枠組みには入らない、種族だ」

 

「種族、種族ねぇ、じゃあ何種の何族なの?」

 

「希少種貴族、とでもなるのか?我にもその辺りは曖昧だ」

 

「なんか、イマイチな感じ?戦艦種の方が良くない?」

 

曖昧と言う権兵衛さん、漣としては如何にかして艦娘の尺度に変換出来ないかを試みる

 

「そんなに我を戦艦種にしたいのか?初期艦に利益となるとも思われないが」

 

「んー、そういわれると、あの艤装は確かに戦艦種の艤装じゃないし、兵装だけ見て戦艦種ってのも変か」

 

利益は置くとしても、権兵衛さんを艦娘の尺度に当嵌めるのは無理がある気もする漣

 

「……我が出て来た所を見ていたのか」

 

「妖精さん越しだけどね、あの時司令官から自室待機って言われてたから」

 

「あの時、我は艦娘を感知したが初期艦は感知しなかった、そういうの事情があったのか、やはり、あの鎮守府司令官を我等に迎えた方が都合が良い様に思われるな」

 

「えっ?初期艦を感知しなかった?居た筈だけど?」

 

単純に疑問に感じた、それをそのまま口にした

 

「……イミテーションの事を言っているのか?」

 

「イミテーション?」

 

「コピーと言った方が通じるのだったか?」

 

なんの話を始めたのかと思ったら、そういう事ですか、最初の初期艦が知っている事を知っている、そう言っていた権兵衛さんの言い分は確かな様だ

 

「あー、何と無く言いたい事は、読めたけど、一号の、最初の初期艦も居た筈なんだけど?」

 

「なんと?そういえばイミテーションと共に我の前に出て来たのだった、あの初期艦達は、ん?如何いう事だ?我が感知しなかったのは、何故だ?」

 

不思議そうに聞かれてしまった

 

「いや、こっちに聞かれても、積んでる電探の不具合とか?」

 

「艦娘の装備ではないぞ、不具合など皆無だ、常に万全に機能する、元から付与されていない機能は如何しようも無いがな」

 

「……でも、感知しなかったんでしょ?」

 

「……しなかった、何故だ?」

 

腑に落ちない、理屈に合わないといった感じに考え込んでしまう権兵衛さん

 

「知らんがな、あー、だからってここで艤装を展開して様子見とか、しないでよ?権兵衛さんの艤装は大き過ぎるんだから」

 

「我をなんだと思っているのか、その程度の事は理解している、現状で、鎮守府司令官の不興を買っても我等に利はないのだ」

 

「ふーん、よっぽど交渉を纏めたいんだ、正直、権兵衛さん達がそういう行動に出るのは、想定してなかったな、何でも力尽くで押し通すモノとばかり考えてた」

 

「我等は静かに在りたいのだ、全てに力尽くで対応していては静かに在る事なぞ、望み様が無い、我等は学び、学習した、静かに在る為には如何すれば良いかを」

 

「それって、聞いても良い?」

 

権兵衛さん達が学び、学習したと言う内容は今回の交渉だけでなく今後の対応を考える上でも重要な部分になる筈だ

そう考える漣は聞けるものなら聞いてみたいと好奇心から聞いてみた

 

「我等は力を振るう事は造られた時から知っている、知っている事を知っている様に行動に反映させて来た、しかし、それでは永遠に力を振るい続けなければならない、力を振るうにはリソースが必要だ、そのリソースを確保する事は怠れない、そうして力を振るい続ける事が出来る

これに疑問を持った、力を振るう為にリソースを割き、それを費やして力を振るう、力を振るわずとも済むと、仮定したなら、リソースを確保せずに済むのでは無いか?

現に多くのモノ達、艦娘が深海棲艦と呼称するあのモノ達はそのリソースを確保をしていない、それでも存在出来る、ただ眠っているだけではあるが、確かにそこに在るのだ、あのモノ達は

これに気付いた刻、我等は動揺した、それまで何の疑問も無く、リソースを確保して来た、その為に凡ゆるモノを惜しみなく費やした、あのモノ達と、我等と、何方が賢く在るのか、どんなに協議を重ねても、我等の優位性は確固足るモノに届かなかった

そんな時期に、あの醜いモノを見てしまった、我等は一致して、嫌悪した、拒絶した、その結果、学ばねばならなかった、学習し、習得しなければならなかった、力を振るう以外の行動を、我等の在り様を現実のモノとする為に」

こんな長台詞が返ってくるとは、漣は権兵衛さん達がこの交渉に賭けるモノを過小に評価していた様だ

 

「それが、この交渉なの?悪いんだけど、話が跳び過ぎてて繋がらない、原因と結果が短絡してない?経過を如何するかが、緩いというか甘くない?」

 

然し、それはそれとして権兵衛さん達の意気込みは兎も角、現実化する為の手段としては余りにも杜撰だと判定しなくてはならない

最初の初期艦と同じ様に知っているのなら、こうはならない筈だ

この違いがどこから来るのか、漣にはわからない

 

「言われずとも、解っている、鎮守府司令官の指摘通り我等は交渉の前提条件すら満たせていない、我等は我等成りに情報を集め、事象の整合を図り、万全の体勢で交渉に臨んだ、ハズだった

それが、こんな事に為ろうとは、鎮守府司令官の指摘通り、生後数年という経験、見識、他にも様々な不足を露呈してしまった

こんな事は聞くべきではないと、解ってはいるのだが、敢えて聞きたい、鎮守府司令官が我等に呆れて交渉を取り止める様な事態はあり得るか?」

 

この時の権兵衛さんは少しだけ寂しそうに見えた

 

「……それをさせない為に、あの包囲網を構築したんでしょ?」

 

「それも鎮守府司令官には知られているのか?」

 

「あのさ、権兵衛さんは交渉相手に選んだ司令官を何だと思ってるの?」

 

「……そうか、知られているのか、ならば、強行策の実行も考慮しなければならないな」

 

そう言うとテーブル上に並んだ甘味に手を伸ばした

 

 

 

鎮守府-工廠(第三工廠)集中管理室_別室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:明石/鳳翔

 

 

憲兵隊詰所を出てからも精力的に動き回る司令官、未だ解析結果の提出が無い明石を訪ねている

 

「解析に大分かかっている様だが、何を見つけた?」

 

「……司令官、いいえ、何も」

こちらを見ても口数の少ない明石、何やら面倒な事態になっている事は察した

 

「そうか、一応知らせておこうと思ってな、イタズラの主犯達を捕まえられたんで、直接聞いた所、普通に修復しただけだと言ってる、不都合は起きない筈だとな、で、鳳翔の意見は?」

 

何故か同席している鳳翔に話を振る、明石に問いかけると追い詰めてしまいそうな雰囲気なので今は居てくれて助かった

 

「今の所不具合も不都合もありません、寧ろ艦載機の仕様が初期状態より良くなっています」

 

鳳翔の回答で面倒な事態の中身を推定出来た、間違いでは無い事を明石に聞いてみる

 

「なるほど、時間が掛かっているのはそれでか、誰が艦載機を載せ替えたのかを明石は気にしている訳だな」

 

「そうです、修復ログを幾ら調べ直しても艦載機は初期状態の筈なんです、何者のどんな意図が介入して、この結果を齎したのか、さっぱり見当も付きません」

 

隠す気も無かっただろうが、言い難いことではあった事案を指摘されたからか、明石の口が回り始めた

 

「もし、修復ではなかったら?改装だとしたら整合性は取れないか?」

 

何時もの雰囲気に戻った明石、これなら変に引き摺る事もないだろうと当たりが付いたから本題を出す

明石を訪ねたのはコレを確認してもらう必要があるからだ

 

「改装?イヤイヤ、修復と改装は別の工程です、ログが修復となっていますし、私だって修復を実行しています、これで改装だったなんて事は……」

 

全否定で始まった明石の台詞は後半になるにつれて、否定調が萎んで行き、疑問に変わっていく様子が見て取れた

 

「確認して見てくれないか、確か、大本営にその辺りの資料があったと思うから、ここからなら大本営のデータベースを見れるだろう」

 

「その大本営のデータベースが停まっていて確認出来ないんです」

 

それで困ってますと言いたそうな明石

 

「復帰したと、聞いたが?ここから見るとまだ停まっているのか?」

 

「え?!ちょっと見て見ます」

 

明石はこちらの指摘を受け、早速端末に向った

 

「……司令官?何時それを?」

 

鳳翔から強い疑問調で問われてしまった

 

「鳳翔は心配性の様だ、細かい事は気にしても仕方ない、気持ち悪いのなら、私の指揮下には居辛いだろう、無理する事は無い、移籍組の最終的な所属は本人が決める事だ」

鳳翔にそう言ったら寄せていた眉を下げてくれた

 

「……そういう事を言っているのではありません、司令官こそ、ご無理をなさらない様に、人は艦娘よりも格段に脆いのです、司令官に何かあれば、指揮下に居る艦娘は路頭に迷います、艦娘は司令官と共に在る事を望んでいるのですから」

 

「……らしいな、権兵衛さんもそんな事を言ってた、ただの習性かと、思ってたんだけどな、そう造られている、そういう行動制限があるらしい、艦娘には」

 

「権兵衛さんとは?」

単純で尤も過ぎる疑問が来た

 

「鳳翔は正面に立っただろう、第二工廠から出て来た権兵衛さん」

 

「あのモノ、そんな名なのですか?」

 

余程想定外だったらしい事は表情から察した

 

「名乗らないからそう呼んでる」

 

訂正ではないが、状況は説明しておいた

 

「成る程、それなら権兵衛さんですね」

 

「司令官、今大本営のデータベースで確認しましたが、改装だとしても、装備が合わないですね、ただ、祥鳳のスペック自体は改装したと仮定すれば許容範囲内ですね」

 

「スペックが変わってる?修復で?」

 

つい聞いてしまった、瞬間明石の顔が曇った

 

「……そうなります、なにがどうなっているのやら、このログ自体がオカシイのか、工廠の設備に問題があるのか、こちらの想定外の工程を実行した事に、成ってしまいます、これでは第二工廠の使用自体を中断して原因を解明しないといけないですね、こんな想定外を頻発されたら工廠として機能しませんよ」

 

明石が表情を曇らせたのは一瞬だった、次の瞬間には何時もの雰囲気に戻っていた、状況分析から今後の対策が打てる事で自己フォロー出来たと見做して良いだろう

後は明石に確認が必要な事項を並べて実行してもらうだけだ

 

「解析自体は終わっているのか?」

 

「まだ祥鳳だけです、この後隼鷹と鳳翔と戻り次第龍驤の解析をしないと」

 

「龍驤か、通信が回復したとはいえ、こんな事情は伝えられんな、向こうで作戦行動中なんだし、かといって、リスクを取らせたままというのも不味い、どうしたものか」

 

「私が代わりましょう、一時的であれ代われば龍驤を鎮守府に戻せますし、事情も説明出来るでしょう」

 

鳳翔が代役を買って出た

 

「替わるのなら、隼鷹の方が良いでしょう、龍驤の任務は広範囲な偵察、探索行動です、搭載機数の少ない鳳翔ではその範囲が限られてしまう、それは護衛隊の行動範囲の制限に直結します」

 

「長良も修復済みの艦娘の名を聞いて龍驤を即答してたからな、搭載機数の数は考慮しなきゃいけないだろう、だが、現状では、搭載機数の前に運用の安全性を確認する必要がある訳だ、明石はそこに確信が持てない、そういう状況、という事で良いんだな」

 

「概ねその通りです」

 

状況確認は出来た、今後の作業工程の進め方を指示する

 

「調べモノが落ち着いたら解析を進めてくれ、結論を出すにも解析が済んでないと根拠が曖昧な事になりかねんし、明石の不安材料を押し仕切ってまで艦娘の運用を強行する程切迫詰まってはいないから、ソレをするのは出来るだけ避けたい」

 

念の為鳳翔へのフォローを入れる

 

「権兵衛さん、でしたか、向こうが強硬策に出て来たら、この鎮守府は瞬殺ですからね、彼我兵力差が十倍処ではありませんし」

 

代役を買って出た鳳翔には意見の否定になったが、こちらのフォローを受け入れてくれた様だ

 

「そういう事だ、鳳翔達には思う所はあるとは思うが、ここは大人しくしていてもらいたい、何を如何しても、戦力差はどうにもならんから」

 

そう言ったら鳳翔は少しだけ考える仕草を見せた

 

「……司令官は、このまま状況に任せる、おつもりなのですか」

 

「流れを作る、流れに乗る、流れに逆らう、今は何れの刻だと、思う?」

 

 

 

鎮守府-波止場

鎮守府所属艦:秋津洲/隼鷹

 

 

明石に頼まれて隼鷹を探している秋津洲は波止場で探し人を見つけた

腰を下ろし波音に聴き入っている様に見えた

 

「何を黄昏てるかも?」

 

「秋津洲か、どうした?」

 

「明石が探してる、解析を進めるんだって」

 

「……解析した所で任務に戻れる訳じゃないしな、どうやったら話が通るのやら」

 

「司令官は安全性の確認が取れない限り運用出来ないって、言ってるかも、今明石はソレを確認してるかも」

 

波音の方を見ていた隼鷹は漸く顔をこちらに向けた

 

「それは、分かってるんだけどな、単に装備変更されてるだけなんだ、ただ、その装備が艦載機なモンだから、他の艦娘の火砲やらと違って変更基準がな、艦載機だと、乗る妖精さんが違うから全取っ替えになる、明石はこの辺りを気にしてるんだろうとは、思うし、ソコも言い分としては解るんだ、だから、どうやって話を通すのか、判んなくなる」

 

「明石が言ってたかも、大本営のデータベースと照合した結果、実行されたのは修復じゃなくて、改装かも知れないって、だから、解析を進めて、どっちなのかハッキリさせたいって言ってたかも」

 

コレを聞いた隼鷹が疑問符を頭に浮かべそうな顔になった

 

「……改装?修復したんじゃ、ないのか?」

 

「司令官が改装の可能性を指摘したかも、それで明石が調べ直してる」

 

「つまり、なんかやらかしたのは、明石って、事?」

 

如何にかして事態の整合を試みている隼鷹

 

「司令官は妖精のイタズラだって、言ってたかも」

 

「なんだよ、それは、意味わからんぞ」

 

隼鷹は秋津洲の言い分に整合を試みるのを諦めた

 

「だから、隼鷹達は運用を取りやめて解析を、って司令官は指示してるかも」

 

「はぁ〜、兎に角解析してデータを揃えないと話にならないって事か、現状は明石でさえも把握出来ていないって事か?」

 

「……多分」

 

工作艦が工廠を仕切っているのに工廠内の作業工程が不明、実行した工作艦ですら把握出来ない

隼鷹には有り得ない状況にしか聞こえなかった

 

「変な鎮守府に着任しちまったな、工廠で修復と改装の区別も付かないとは、良いのか悪いのか」

 

「私は、結構楽しいかも、司令官は話が判るし、私の話もちゃんと聞いてくれる、何より、戦力としては大した事ない私をちゃんと運用してくれるし、大艇ちゃんの事も使い捨てにしたりしない、陸の上だけどお仕事も割り振ってもらってる、これ以上の待遇ってどんなのかも?」

 

「……それに加えて酒があれば、悪くはないのかもな」

 

工廠組は鎮守府所属艦で筆頭はあの明石、自身も鎮守府所属艦には違いない

然し隼鷹は自覚せざるを得なかった外様艦娘の感覚を未だ持ち続けていた

 

 

鎮守府-工廠(第三工廠)集中管理室_別室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:明石

 

 

「秋津洲が隼鷹を見つけた様です、鳳翔の解析が終わり次第隼鷹の解析に掛かります」

 

「可能な限りの判定はやってくれ、判定できない所はそのままで良いから終わったら執務室に報告書を提出、運用をどうするかは、こっちで判断する」

 

「わかりました、でも、この大本営のデータベース、改めて調べ直すとなんか違和感が……」

 

見る人が見れば分かる事、それは分かるが今それを問題視されても困る

 

「あー、言いたい事はわかるつもりだ、変に突っ込まなくて良い」

 

その違和感は放置する様に誘導してみる

 

「?どういう事です」

 

明石からは疑問しか湧かない誘導だ、話をしないワケにもいかない

 

「前にもソレを感じた奴が居てな、意見書を出した事があるんだ、お陰で大本営の官僚達から目を付けられた、余計な詮索をする奴等だってな、全く自分等の怠慢を指摘されたとでも感じたのか知らんが、あんなのとは仲良く出来んわな」

 

「……奴等?司令官が出したんですか?」

 

こちらの誘導に乗ってくれた様だ、違和感を元にした疑問から大本営への対応に質問が変わった

 

「主謀者は桜智の奴だ、単独で出し難いから名前貸せってな、話を聞いたら尤もな事だったから、ウッカリ了承してしまった」

 

「このデータベースの信憑性について、意見書を出したと、なんて返って来たんですか?」

 

半歩戻ったと思ったら二歩ぐらい前進した、変に揺り戻さない様に誘導を続ける

 

「データの信頼性は大本営技術部が保証する、だった、でもな、大本営に技術部なんて無いんだ、それを知ったのはもう少し後だったけど、当時はそんなもんかで済ませていた

知らないって、怖いよな、コロッと騙されるし乗せられるし良い様に使われる、どんな結果も騙す側の思惑次第、大本営の思惑に艦娘部隊の方針はあんまり含まれてないんだよ、困った事に」

 

少しだけ考える様子を見せた明石

 

「……その話、いつか聞かせて下さい、取り敢えず、このデータベースは話半分で見ときます」

 

こちらが誘導した事情を汲んでくれた様だ

 

「丸っ切り虚構って訳でもないそうだ、所謂理論値とか、推定値とか、実測値が無いだけで」

 

「初期艦、ですか?大元のデータ提供は」

 

「多分な、そこしか提供元が無いだろうし」

 

「それって、大本営では艦娘についての見地を広めるとか深めるとか、しなかったって事ですか?」

 

別の疑問が出て来てしまった

 

「……そういうのは終わった後に、立ち上がったんだ、艦娘部隊ってのは」

 

「それは、話に聞く、収容所時代ってヤツですか」

 

「そうらしいが、そこは私も知らん、ウッカリ調べようとしたら、電話がかかって来たよ、情報部を名乗る低音を効かせた声のオッサンからな、明石もウッカリ調べようとしないでくれよ、まーた、かかって来たら敵わんからな」

 

「……それって、政府機関、ですか、艦娘部隊では無く?」

 

「だから、ウッカリ調べようとしないでくれよ?」

 

アレはホントに困るんだ

 

「そう言われましても、調べないと、今やってる解析に結論が出せませんが?」

 

「……情報の提供元がこの鎮守府にいる訳なんだが、それでは足りないと?」

 

気付いていないのか、別の問題があるのか、判断出来なかったから聞いてみた

 

「ああ!!情報の提供元からこっちでデータベースを再構築してしまえば、ウッカリ調べようとしなくても事が足りる様に出来ますね、手間は掛かりますが」

 

気付いていなかっただけか、それには多大な手間が掛かる事はシッカリ分かっている様だ

 

「夕張に協力して貰えば良いだろ、軽巡なら駆逐艦の扱いには慣れてるだろうし」

 

「夕張?北上は?」

 

「何方も工廠組だ、必要なら協力させて良い、当面出撃予定は無いから、明石が仕切れ、工廠を任された、工作艦としてな」

 

「わかりました」

 

これで空母艦娘の運用再開に目処が立つ筈だ

 

 

 

鎮守府-休憩所

鎮守府所属艦:叢雲(三組)

鎮守府所属艦:三組の初期艦四 (声だけ叢雲を中継)

~四人は第一と第三工廠にて妖精さんを観察中、妖精さんによる伝言伝達手法を活用~

 

 

「うーん、いくら艦娘としての任務は無いって言われててもですね、この状況で傍観って言うのは、所属艦として有り得ないと、漣は思う訳ですが、皆さんの意見は?」

 

「そうは言っても、何を如何するの?出撃は論外だし、司令官には一組が付いてるし、司令部があるから伝令なんかも足りてしまっている、手が足り無さそうな所って、工廠くらい?工廠組が出撃したから、手数が減ったけど、戻って来てるよ?」

 

「鎮守府運営にも司令部が入りましたから、私達の出る幕って無いんですよね」

 

「一号の先任達は如何しているのです?」

 

漣に問われて吹雪、五月雨、電が其々に意見を述べる

 

「あっちはなんか額を寄せ合って話し込んでた、その周囲を妖精さんが見張っていたよ」

 

取り敢えず返答が要りそうな電に応じる漣

 

「……ちょっと、あんた達は工廠の見張りを言い渡されたでしょ?それがなんで私を会議場にしてるの?」

 

側から見れば休憩所の椅子に一人で座っているだけの叢雲(三組)が愚痴る

 

「そんなこと言ったって、今フリーなのがムラムラだけなんだから仕方ないじゃん、ムラムラだって、このまま傍観者で良い訳?」

 

漣が愚痴に応じて来た

 

「良くはないけど、現状は見て回ったけど、何処も下手に手出しすると却って足を引っ張りかねない、いくら自由行動を許可されているからって、鎮守府運営の錘になって良いって事じゃない、聞き込んだ所だと、五十鈴がなんかヤラカシたとかで船の方で大事になったらしいし」

 

叢雲(三組)は自身の考えと聞き込んだ状況を並べた

 

「空母艦娘の独自運用を強行しようと、行動に出たって、ヤツかな?」

 

「それで、移籍組から追及されたみたいね、移籍組から見たらこれから修復を依頼する鎮守府に実害を与え、司令官の指示を無視したって実績に成りかけた、黙って見過せないでしょうね」

 

「それで、如何なったのですか?」

 

漣、吹雪が叢雲の並べた状況を補足、電が先を促した

 

「今は問題を大きくして良い状況じゃない、表面的には何も無かった、様にするけど、移籍組の代表は交代させようって、意見で纏りつつある感じかな」

 

「……移籍組からは司令部要員が出てる、それとは別に代表を立てるって事?」

 

漣は何時何処で話を聞き込んでいるのか、叢雲には疑問しか無かった

ただ、ソレをこの場で言っても時間の浪費だし、何より三組の初期艦の行動方針を決めようとしている場な訳だから、個人的な疑問は後ですれば良いと考えていた

 

「そうなるんじゃないかな、司令部要員になっていなければ、高雄や妙高なんかは代表候補だったろうけど」

 

「演習後に倒れた叢雲ちゃんを自室に運び込んだのが、重巡だったからね、その先導を別の重巡がやって道を作ってた、軽巡じゃ、戦艦やら正規空母に行く手を塞がれたら、退くしかないから、そうなったんだろうけど」

 

「……アレ、もっと驚いたのが、その重巡に駆逐艦が随伴してた事よね、長良達はあの海戦の帰還艦娘、移籍組に駆逐艦は居ないのに、長良達には、駆逐艦がいる、大型艦ほど衝撃が大きかったみたいだし」

 

「戦艦種達は長良達に駆逐艦が居る事を知って、鎮守府側への不満を口にしなくなったのです、長良達はこの鎮守府に、大本営では無く佐伯司令官の下に着く事を選んだのですから」

 

「空母艦種もその傾向にありますね、元々赤城さんの影響で戦艦種程の不満は口にはしていませんでしたけど」

 

漣、吹雪、叢雲、電、五月雨、其々の意見が共有されていく

 

「そっちは赤城の影響もあるけど鳳翔さんが纏めてたからでしょう、司令官も真っ先に鳳翔さんを現役復帰させてるし、判ってやってるよね」

 

「如何なんでしょう?単に軽空母という括りなだけかも知れません」

 

「鳳翔さんだよ?搭載機数が戦力と同義な空母艦娘なんだから、戦力が要るだけなら他に瑞鳳とか居るんだし」

 

「まあ、艦種変更が必要な母艦系の艦種は避けてる様でしたね」

 

「母艦系は秋津洲が工廠組で入ったから、それもあるんじゃないかな」

 

「艦種変更は北上?そう言う選定基準なの?アレ」

 

「さあ、そこまではわからないですね、ただ、工廠組の人選は五十鈴だそうですけど」

 

「んー、秋津洲、北上、夕張、それに天龍と大淀、軽巡が多いね」

 

「大淀って元事務艦だっけ?三隈の話だと、相当に司令官に入れ込んでるって事だけど、如何なんだろうね」

 

「演習とはいえ、あの練度差で夕張と引き分けたってさ、酷いハンデ戦だったらしいけど」

 

「練度と兵装、どちらから見ても確かに酷いハンデ戦だ」

 

「天龍は両方を高く評価してた、どちらもハンデ戦なのにそんな事を全く感じさせない全力を尽くした演習だってね、対応力は実戦に投入出来る水準に達していると判断してた」

 

「……総力戦、ですか、司令官の指示、これから出されるかも知れない命令は」

 

漣が言った実戦に投入という部分に五月雨が補足した

 

「それも如何なんだろうね、十倍処か百倍くらいになりそうな勢いであの包囲網を構成してる数が増えてるって話だけど」

 

「もうなってます、憲兵さんの予測だとあの包囲網構成している数は一万を超えるだろうと予測されていましたし、この鎮守府には移籍組を含めても百隻前後しか居ないんですから」

 

「……総力戦って、何を指してるんだろう、移籍組の修復は資材不足で出来ないし、残存資材を戦力化するにしても、あの数の前には時間稼ぎに成れば良い方、稼いだ所でどうなるってモノでもないんだけど」

 

「司令官が諦めていないのは、判るんだけど、その具体的な対処となると、さっぱりっていうのが、なんとも云えない所だよね」

 

状況に対しての疑問を言う漣、それに同意する吹雪

 

「民間上がりの素人司令官、そう言われてはいるけど、現状で最有力の司令官、移籍組がこの鎮守府に着任したなら、艦娘部隊最強且つ最大規模の鎮守府、艦娘集団の指揮権を持つ事になる司令官な訳だし」

 

「……軍事力として見たら、民間の個人が持つ様な指揮権では無いよね、しかもこの指揮権は譲渡も代理も効かない、完全に佐伯司令官個人が持つ指揮権であり、保有戦力、国家組織が黙って見てるかな」

 

「……そういう方向の話になる?だとしたら、今乗り込んできてる権兵衛さんにもなんらかの協力を求める事に、なる、のかな?」

 

「総力戦って、そういう方向の話なんですか?相手とするのは深海棲艦だけではなく、人の組織まで相手にしなくてはいけない?」

 

吹雪の言い出した推定状況に漣が仮定を乗せ、その仮定に電は疑問を付けた

 

「……そういう方向の話になるのなら、大淀の戦力化って、事務艦としての経験が重要になるし、代わりは誰にも出来ないだろうね、天龍も人との折衝はある程度出来るし、そういう方向の戦力には打って付けと言える、明石や夕張は技術者としての説明なり解説を通じた理論構築、秋津洲はあの人当たりの良さを活かすだろうし、北上はあの性格だ、余程の胆力が無いと糠に釘、柳に風って事になる、それに秘書艦名目のやまちゃん、人が相手なら、兵装を使う事態にならないから強力な戦力になるだろうね」

 

「でも、今やまちゃんは人になった元叢雲に着いています、司令官の指示だそうですけど」

 

「……自衛手段がないから、とか言ってたっけ、確か、未だに身分未確定なんだよね、それで鎮守府からは出られない、下手に出歩くと憲兵やら警官に拘束されかねないし、身元不明では、保護だと言い張られるのが分かり切ってる、そうなったら、奪還は至難だ、合法的な手段だと先ず無理、なんらかの取り引きが必要になるし、その取り引きは公に出来ない、そうなったら間違いなく、佐伯司令官のウイークポイントになる、組織のトップが公に出来ない取り引きを実行するのなら、相手を選ばなきゃいけない、その相手は、政府機関か、権兵衛さんか、艦娘部隊上部機関か」

 

「そういう事態を避けようと、していますよね、佐伯司令官は」

 

「……避けられるのなら、ね」

 

三組の初期艦たちによる状況整理が続く、ただ推定やら仮定が含まれ何を何処まで取ればいいのか、判断が難しい

現状でハッキリしているのは、司令官は事態を打開する方針を崩していない、それだけだった

 

 

 

鎮守府-第二食堂

???:???(権兵衛さん)

大本営所属艦:一組の初期艦二/三隈/その他少々(移籍組)

鎮守府所属艦:初春/叢雲(初期艦)/その他少々

桜智鎮守府所属艦:駆逐艦五

 

 

「……おい、鎮守府司令官は職務に精励しているそうではないか、休むのではなかったのか?人には睡眠が必要なのであろう?」

 

どうやって何を聞きつけたのか、権兵衛さんは対面に座る一組の初期艦に文句を言っている

 

「あの司令官もワーカーホリックですか、何だってそんなに働きたがるのか、私には分かりませんな、そりゃ、やる事が山となり山脈を形成してるってのは判るけどさ、一人で如何にかしようとする事は無いんだ、折角立ち上げた司令部もあるんだし、少しは投げたら良いのに」

 

然もありなんとばかりに呆れて見せる漣

 

「司令部?あの伝書鳩にも劣る艦娘の事か?アレでは投げたらそのままだろう、結局自身で対処せねばならなくなる、二度手間三度手間を掛けることを前提とせねばなるまい、正にリソースの無駄遣いだ、何故初期艦が複数居るのに誰も手を貸さないのだ、特に最初の初期艦がいるのだ、この者達が手を貸せば鎮守府司令官も休めるであろうに」

 

司令官に睡眠を取らせる為に時間を割いた権兵衛さんは仕事中毒に見える鎮守府司令官をなんとかしろと提案までして来た

 

「うーん、それはですね、簡単に言えば司令官が望んでないから、としか言いようがないです、司令官は司令部を通しての鎮守府運営を構築している最中なので、下手に手出しをすると後々の影響が読めないんですよ、私達は、大本営所属なので、司令官としても鎮守府運営に関わらせることを控えてますし」

 

「大本営所属?この鎮守府に居るのにか?」

 

所属が違う事を理由に提案の実現は無理だと言っている漣、権兵衛さんは疑問視している様だ

 

「書類の上では出向扱いなんですよ、一号は遠征で立ち寄っただけの扱いですし、積極的に司令官の補佐に手が出せない、勿論、居るわけですから指示があれば、良いんですが、それも無いんですから」

 

「そういう割には、我の話し相手を買って出て来たな、これは積極的な手出しではないのか?」

 

「了承を取り付けられそうな案件なら、提案もしますし、行動にも移しますが、そうではない案件の方が多くて能動的に動けるかとなると、そうは行かないんです」

 

「面倒な、所属が何処であれ、やる事は対して変わるまい」

 

「まあ、そうなんですけど、そこの後処理するをするのも司令官な訳でして、下手に積極的に動くと司令官の後日の仕事を激増させかねないってのもありまして、塩梅が難しい所です」

 

「それこそ司令部とやらに投げれば良いではないか、そこまで使えないと解っているのならその司令部とやらはサッサと解散させた方が良い、まるで役に立たん」

 

「立ち上げたばかりなんです、司令部は、結論を出すのは時期尚早って事だと思う」

 

「そんな事は理由にならない、出来ないのなら追い出せ、我等の交渉を阻害する要因にしかなっていないではないか」

 

権兵衛さんには鎮守府司令官が睡眠を取り戻って来るまでの間、只待つしかない

それを承知で時間を割いた権兵衛さんは堂々巡り気味の話にも不機嫌にはなっていない

 

「それは権兵衛さんの都合、司令官の都合じゃない、そこは考慮しないの?」

 

「……この鎮守府の司令官職に誰が就いているのか、そう言っていたな、嫌なら出ていく事だ、とも、全く熟交渉相手を間違えたとしか思えんな、我等の不運はこの交渉を持ちかけられる相手をあのモノしか見つけられなかった事か、選択の余地が無かった、正に不運としか言いようがない」

 

「交渉を焦ったのも、要因だと思うけど?それは良いんだ」

 

権兵衛さんが待ち時間を持て余して余計な行動を起こさない様に話し相手を買って出た一組の二人

漣は言葉選びや人との話し合いに必要な基本的な情報を権兵衛さんとの会話に混ぜている、ただ権兵衛さんが何処まで汲み取れるか、それが判明するのには時間が掛かる

 

「焦ってはいない、確りと状況を整え準備万端、後は交渉を進め妥結するだけの筈だった」

 

「準備万端って、今でもそう思ってる?」

 

「……上げ足を取るな、準備処か交渉の阻害要因を排除する事すらままならん、こんなにも想定外、予測出来なかった事態になるとはな、矢張り交渉相手の情報が不足していた事が原因か、人など皆同じだと、あの醜い輩と根本的に同じだと、断定した事が誤りであったかも知れん」

 

「……醜い輩と同じだと、判断してたのに交渉を持ちかけた?話がオカシクない?」

 

「団栗の背比べというヤツだ、多少はマシ程度にしか考えていなかった」

 

「あー、それじゃあ根本的にやり直さないと色々儘ならないね、佐伯司令官は癖者だって天龍辺りは評価してるし、鎮守府司令官の中じゃ自衛隊からの評価も高いって聞いてる、まあ、どんな評価かは、知らないけど」

 

「自衛隊?」

 

聞きなれない単語だったのか権兵衛さんが聞き直している、憲兵隊の事は知っていたのに

 

「この国は公式には軍を保有していないんだ、それに相当する国家組織として自衛隊っていうのが組織されてる」

 

「……先にこの辺り一帯の深海棲艦を沈めていたアレは人の軍ではないのか?」

 

「公式には軍じゃなくて自衛隊、自己防衛を行動原則に活動する国家組織、まあ、軍との違いを問われて名称以外を挙げるのが難しい組織ではあるんだけど、法制度の縛りが軍より厳しいって所は軍として活動出来ない根拠とされてる」

 

「分からん」

 

漣が説明するも権兵衛さんは理解を諦めたらしい

 

「色々あるんだよ、人の都合ってヤツが、大人の事情とも云われるけど」

 

「そんな定義不明の分からん事情など、我等は考慮しない」

 

「それでは、彼奴との交渉は進まんぞ」

 

唐突に割り込む第三者がいた

 

「……駆逐艦?何か用か」

 

「随分と話し込んでおるではないか、妾も混ぜてたもれ」

 

「初春?良いの?」

 

確認の為に聞いている漣

 

「彼奴が寝ている間此奴が暇を持て余さぬ様にするのであろう?ならば、他所の初期艦に任せっきりという訳には行くまいて、多少成りとも分けて貰おうかの」

 

「……それは、なんだ?」

 

権兵衛さんが初春の手に注目していた

 

「これか?餡蜜じゃが?やらんぞ、欲しければ自分で注文してくれば良かろう」

 

「そうしたいのは山々なのだが、給糧艦とかいうのがな、我の注文を受け付けないのだ」

 

「ほう、それは難儀な、じゃが妾の知ったことではない」

 

言いつつ権兵衛さんの対面側に座る初春

 

「くっそ、司令官との交渉に役立つのならいくらでも出すが、交渉と無関係なら出さんと来た、鎮守府司令官が休息中では交渉に役立ち様が無いとぬかしおる、我等を何だと思っているのか」

 

「アレだけ食べたのにまだ食べたいんだ、私なら増える体重を気にするけどね」

 

「体重?増えた所でどうということはないではないか、何故気にする?」

 

「こっちは陸の上が住処なの、常に浮力と共にある其方の様には出来ないの」

 

体重増加に対する意識が権兵衛さんと漣の間ではかなりの差がある様子

 

「随分な偏見を持っている様だな、我等とて常に海中にいる訳ではない、日にも当たれば陸で休む事もある、現状では海中の方が安全だからそうしているだけだ」

 

「えッ?あの鯨みたいなのが陸で休むの?」

 

意外な話に驚きの声を上げる漣

 

「クジラ?初級の事か?体形的に陸に上がって来れないとは、考えないのか?」

 

「初級?」

 

「我等は大雑把に三等級に分けて分類している、陸に上がれない初級、陸に上がるのが不得手な中級、陸に上がり活動出来る上級だ」

 

漣の疑問に応じる権兵衛さん

 

「本当に大雑把だ、艦娘だと駆逐、巡洋艦の軽、重、戦艦、航空母艦、あと潜水艦、派生系や支援艦も含めるともう少し増えるか、そっちの分類基準が陸に上がれるかって所もこっちとは違うし、権兵衛さんが言ってる様にそっちの運用が艦娘と違うって事だと思うけど」

 

「ほう?他所の初期艦とはいえ面白い所に目を付けよる、分類基準の違いが運用の違いとな?初期艦殿はその違いからどう読み解いておるのだ?ここは一つ答え合わせをして見ては如何じゃ、何事も思い込みでは儘なるまいて」

 

混ぜろと言った通り、混ざってくる初春

 

「答え合わせ?何の答え合わせだ?」

 

「初期艦殿の推定と権兵衛殿等の運用実態が何処まで一致するのか、妾としては興味深いぞ」

 

「……鎮守府司令官の休息が終わらねば交渉が進められん、時間潰しに相手をしても良いが、タダで相手をするのも気に食わんな」

 

初春の言い分に少しだけ考える様な間を空けた権兵衛さんが何か思い付いた模様

 

「ほう?それはつまり、餡蜜を奢れ、と言っておるのか?意外と食い意地の張った奴よのう」

 

「文句は我の注文を受け付けない給糧艦に言え、全く、あのモノは居なくとも注文出来ると言って休息に行ったのに、出来るだけで拒否されるとは、こういうのを一杯食わされたというのだったか」

 

「権兵衛さんは給糧艦がイジワルで注文を受け付けないと、考えているのですか?」

 

権兵衛さんの言い分に電が問う

 

「……違うのか?それ以外の見解があるのなら聞こうではないか」

 

「漣が何度も指摘しているのです、給糧艦はただ食糧を提供するだけの艦娘ではないのです、提供する食糧、提供する相手、其々を勘案して健康状態を最良の状態に誘導乃至維持出来る範囲での糧食を提供しているのです、勿論、例外もありますが」

 

「……食べ過ぎだと、言いたいのか?我の摂取する食料の適正量などあの給糧艦が知っているとは思えんが?もし、知っているのなら、それは何処から知ったのだ」

 

「権兵衛さんは明石には会ったのですよね」

 

「明石?あの変わった艦娘か?今の話と明石が如何関連する?」

 

「明石には変わった艦娘という感想を持ったのに、給糧艦には何の感想もないのですか?」

 

「腹の探り合いか?幾ら時間潰しだからといってもそんな面倒な話なら打ち切る」

 

権兵衛さんの言い様から給糧艦には何も感じていないらしい事が分かるが、それはそれで疑問が出てくる

 

「アレ?そういう感想が出てくるって事は、ホントに明石と給糧艦の類似性というか共通項が視えて無いんだ、それは意外だ」

 

「……何の感想を持てと?我を翻弄しているつもりか?」

 

「イヤイヤ、何でそうなるの、電の言ってる事はこの鎮守府の妖精さんの言動を基にしてる事実、それはこの鎮守府にいる艦娘なら誰でも知っている事、自身で見聞きした事だから伝聞の様に解釈の違いとか誤解も無いし、疑い様が無いんだ、権兵衛さんの視える範囲を妖精さんの言動から推定してみるのも、オモシロイ事になりそうだ」

 

「オモシロイ?」

 

何やら妙な解釈をした様な権兵衛さんが不快感を言葉に乗せた

 

「興味深いという事じゃ、探究心を唆られると言っておるのだ、漣は口が悪い、一々目くじらを立てるでない」

 

その不快感に訂正を求める初春

 

「口が悪いのは、叢雲では無いのか?漣とやらも口が悪いのか?」

「ブッ!」×2

 

この権兵衛さんの言い分に漣と初春が吹き出した

 

「二人とも、受け過ぎでなのです」

 

「な、何だ?受ける?何の事だ?」

冷静な電の指摘と状況が分かっていない権兵衛さん

 

「いや、済まなんだ、まさか叢雲の口の悪さがお主等にまで伝わっていようとは、思いもせなんだ」

 

「ケホッ、全くだよ、叢雲の口の悪さがそこまで有名だとは、思っても見なかった」

 

「有名?口を開けば異論を唱える文句を垂れる抗議する糸間は惜しまないと、聞いているが、違うのか?」

 

「あー、言いたい事は分かるけど、本人が聞いたらソレをそのままやられるから、しない方が良いかな」

 

「そんな突っ込みどころ満載の話をするからじゃ、アレとて話が通じん訳では無いぞ、筋の通らん話をするからそうなるのじゃ」

 

「問題なのはその筋の通し方、それは一つに定まる事では無いのですから」

 

権兵衛さんが耳にしたという叢雲の口の悪さ、それに漣、初春、電と三者三様の意見が付く

 

「立場の数だけ通す筋がある、そこを如何なる手段で対処するか、我等は力尽くで押し通してきた、これは強ち間違いではなかったのかも知れんな、今のこの状況を鑑みると」

 

「でも、力尽くでしかモノを考えられないモノは醜いのでしょう?それがこの交渉の動機だって言ってたけど?」

 

「その通りだ、アレと同じモノに、我等は成るつもりはない、故にこんな手間暇を掛ける事になった、想定外ばかりでこうも手間取るとは、挙句にこんな時間潰しにまで手を出す事になっている、非効率極りない、どこで何を誤ったのか、交渉が成立した後に検証せねばなるまい」

 

「誤ったって、さっき交渉相手の情報不足だって言ってなかった?」

 

「それは誤った要因の一つだ、それだけで原因が創出されたとは考えていない」

 

「すると、複数の要因が想定外のこの事態を創り出した原因だと、お主等は考えておるのか」

 

「そうだ、故に原因そのものを除く事は短時間では出来ない、それもあってこうして時間潰しに興じている」

 

「時間潰しなら、私も混ぜなさい」

 

またしても割り込む者がいた

 

「ウチの初期艦がやっと来おった、所で龍田の方は如何なった?」

 

その割り込んで来た者に初春が聞く

 

「お陰様で、やっと解放して貰えたわ、単艦突撃は確かに愚行だし、非難されるのは分かるけど、あんなに怒んなくても良いと思わない?」

 

「バカモノ、怒られねば繰り返すであろうが、二度としない様にお灸を据えただけじゃ、龍田がやらねば妾がやっておる、これも彼奴の我が儘の一つじゃから肝に命じておけ」

 

「……艦娘が沈む所は見たくないって、遠くで沈むんだから見る事は無いでしょうに」

 

叢雲(初期艦)の発言に真顔になる初春

 

「……本気で、言っておるのか?」

 

「そんな訳ないでしょ、司令官は提督だから、視えるんでしょ、艦娘が沈む所、妖精さんが魅せてくれるってコト、今まで見た事無い筈なのに何で知ってるんだか」

 

「……それは、なんだ?」

 

権兵衛さんは駆逐艦達の話より叢雲(初期艦)の手元に注目している

 

「ん?これ、蜜豆だけど?なに?欲しいの?あげないわよ、自分で注文してきなさい」

 

「くっそ、駆逐艦共が我の感情を逆撫でしてくるとはな、鎮守府司令官はまだ戻らんのか」

 

給糧艦に注文を拒否されているのが余程効いているらしく権兵衛さんが苛立ちを隠さない

 

「まだって、ここを離れてから幾らも経ってない、人の睡眠時間は六時間から八時間、戻る訳ないでしょ」

 

「なに?八時間?二時間程度ではないのか?」

 

漣の説明にも納得行かない様子を見せる権兵衛さん

 

「イヤイヤ、二時間って、それじゃあ昼休憩だ、人の睡眠時間の重要性を理解したんじゃなかったっけ?それが如何して二時間なの?」

 

「我等の中に形成されている人の組織では二時間程度なのだが、コレは何かオカシイのか?」

 

権兵衛さんは事前情報を持ち出した

 

「一日二日なら、それでも良いけど、長期間そうなってるのなら、明らかに異常と判断出来る状態だね、まあ、特殊な例でも四時間シフト制だし、二時間シフトは聞いたことない」

 

「異常なのか、あのモノ達は、あのモノ達から人の生態や習性を学習したが、参考にならんと、いうことか、コレも想定外を誘発させた要因であろう、交渉の前提条件が悉く崩れて行く、如何再構築したものか」

 

「再構築って、あー、何度か聞かれてるだろうけど、そもそも権兵衛さんの交渉内容って何なの?」

 

叢雲(初期艦)が聞いた

 

「妾に聞こえてきた所では、初期艦を引き渡す事、それと引き換えに司令官の望みを権兵衛等が力の及ぶ範囲で叶える事、らしいの、彼奴に初期艦を引き渡してまで叶えたい望みがあるとは思えんが」

 

それに応じたのは初春だ

 

「待て、今、何と言った?叶えたい望みが、無い?」

 

その初春に権兵衛さんが問う

 

「無いとは言うておらん、叶える代償が高すぎる、と彼奴には映るじゃろうと、妾は思うという話じゃ」

 

「……なんと、それでは交渉に応じる余地が最初から無いではないか、我等が何をもってしても初期艦を引き渡す事は無い、あのモノはそれに見合う望みを持っていない、取り引きに成らんではないか」

 

交渉の可能性をどう見たのか、権兵衛さんの表情から窺う事は難しかった

 

「でもそれって、最初に言ってましたよ?覚えてない?」

 

ここで取り引き不能と判断したら権兵衛さんがどう出るか、考えたくない漣としては何とか話を繋げる

 

「艦娘は対価でも取り引き材料でもない、そう言っていた、コレはそういう事なのか?」

 

「その後権兵衛さんが利益を云々言い出しかたら、この席に着いたんでしょう、司令官だってその内容を聞きたいからこうやって交渉してるんだし、権兵衛さんの提案次第だと思うけど?」

 

「……望みのないモノに何が叶えられようか、前提が無いではないか」

 

不満そうに零す権兵衛さん

 

「それは司令官の所為じゃないよね、話を持ちかけてきたのは権兵衛さん、提案も無しに交渉に来たんだから、営業としてはかなりの悪手だけど」

 

「交渉相手を誤った、現時点で判明した原因となり得る一番大きい要因は間違いなくコレだろう」

 

満漢全席状態だったテーブルの上は、もうすっかり片付けられていた

権兵衛さんは甘味で気を紛らわすことさえ叶わなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 







場所-殆ど鎮守府の何処か、断りの無い鎮守府表記の場合は佐伯司令官の鎮守府
所属:登場人物/登場艦娘 等

~近距離無線~は通話、交信 等

上記の書き方が基本となっています、同じ所属が複数行になっている場合は行動単位




大本営所属初期艦〔一号(漣.電.吹雪.五月雨)、一組(漣.電)、二組(吹雪.叢雲.漣.電.五月雨)〕

移籍組〔修復待ちの高練度艦娘、以前の大規模海戦の帰還艦娘、現在の代表は五十鈴〕



工廠組〔明石、夕張、北上、秋津洲〕

護衛隊〔以前の大規模海戦の帰還艦娘、長良を始め帰還後に原隊の大本営に戻らなかった艦娘達、広域探索役として龍驤が加わっている〕

鎮守府所属初期艦〔鎮守府配置の初期艦(叢雲)、三組(吹雪.叢雲.漣.電.五月雨)〕




上記の初期艦の所在
・二組の初期艦は大本営に、老提督から長期休暇を取らされるも老提督の補佐に勝手に着いている
・他は舞台となっている鎮守府(佐伯司令官の鎮守府)に所属、出向、立ち寄りなどで滞在中



艦娘について
・鎮守府の大規模増設計画に伴い、艦娘の複製が作製されている
・本編中では複製艦娘達は新規格の艦娘と呼ばれている
・初期艦も複製可能となり増設計画に依って増設された鎮守府に配置され、留守番中



・工廠に陣取る軽空母達、鳳翔、祥鳳、隼鷹
・工廠防衛を指示されている
・軽空母達の指揮を執っているのは大本営所属艦娘、司令長官秘書艦の五十鈴
・ちょっとした問題が発生、進行中

・戦力評価試験中の大淀(事務艦)と天龍
・そこに合流した夕張
・大淀の一言で夕張が評価試験の実技を買って出た

・他所の鎮守府所属艦娘達(桜智鎮守府所属艦)
・白露型十、航空巡洋艦三
・包囲網を通って鎮守府に来たのは利根、白露、村雨、夕立、五月雨、涼風
・時雨は同名艦が居ると聞いて残留
・改白露型三隻は内輪の事情により残留
・春雨は他所の資材採掘地に興味深々で残留を希望
・最上型三番艦、四番艦は護衛隊の周辺探索に協力する為に残留




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83 司令部から報告を受けている



御注意

・大幅に書き方が変わっています
・苦行用です
・長いです
・方言擬き注意

ご承知頂きたく存じます


 

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

大本営所属艦:高雄/愛宕

 

 

工廠を出てからも精力的に動き回る司令官、今度は執務室で司令部から報告を受けている

 

「報告は何処まで纏まった?」

 

「那智から修復プランが、天龍からは大淀、夕張両名の評価が提出されています、修復プランは摩耶が資材供出を拒否している為実行不能、両名の評価は実践に対応可能と判断されています」

 

「資材不足はわかってる、実行不能なのは資材量の問題だけなのだな?」

 

「修復を必要とする艦娘も小破以上の損傷艦がいません、それに補給は終えていると報告にあります」

 

「夕張は工廠に戻った様だが、大淀は何処に行った?」

 

執務室に姿の無い大淀、職務放棄した訳でもあるまいし、司令官としてはいてくれた方が何かと助かる

 

「……ええと、暫く頭を冷やしたいと、自室に籠もっています」

 

高雄に変わり、愛宕から回答があった

 

「ん?評価に何か不満でもあるのか」

 

「いいえ、評価演習で非武装の夕張に標準装備の兵装を以って対したにも関わらず、大破した事を気にしている様子でした」

 

「……夕張を大破させたのに、不満なのか、休む前に顔を出しておくか」

 

「休む?」

 

愛宕が何故か疑問調で聞き直して来た

 

「権兵衛さんが気を使ってくれてな、寝不足の呆け頭では交渉に支障があるって事で寝て来いだとさ、意外と話せる相手かも知れない、ちょっとだけ交渉に興味が出て来た所だ」

 

「……交渉をどの様に進めるおつもりなのですか?」

 

不安そうに聞いてくる高雄

 

「まだ相手の出方が定まっていない、権兵衛さんは時間を気にしてはいるが、焦ってはいない、ここはジックリと腰を据えた対応が良いだろうと考えている、進展を急かしてもこちらに有益とは限らない、その辺りを踏まえて、私が休んでいる間鎮守府の維持に努めて貰いたい」

 

「わかりました」

 

「あっ、司令官、移籍組から通知が来ています、移籍組代表を五十鈴から伊勢、赤城の二名に変更する様ですが、承認して良いですか?」

 

思い出した様に愛宕から出て来た通知報告、忘れていたとは思わないがそういう通知は次いでの様に出て来る事では無いと思う、思うが、そこを言っても始まらない

 

「五十鈴の扱いは?」

 

「移籍組代表の肩書き以外はそのまま変わらず、大本営とのパイプ役に専念して貰う方が良いでしょう」

 

「空母種の艦娘の指揮は、司令部で執るのか?」

 

「司令部で執る事も可能ですが、司令官のお考えは?」

 

「基本的には司令部に任せる、但し鳳翔に意見を求める事、鳳翔が反対したら実行しない事、とはいえ、今空母種の艦娘は運用停止状態だ、直ぐに指揮が必要になる事態にはならないと思うが、万一の場合には、必要になる」

 

「了解です」

 

司令部との関係性が出来ていないのは所属艦娘だけでなく司令官との間にも出来ていない

これを構築するのには多くの時間が必要、その期間を上手く乗り切らねばならない

司令部の設置が吉と出るか凶と出るか、今は誰にもわからない

 

 

 

外洋-資材採掘場(無人島)_周辺海域

鎮守府所属艦:龍驤/長良/名取

 

 

「なんというか、拍子抜け、あの包囲網をすんなりと通ったって、信じられない」

 

長良が感想を言う

 

「コッチの偵察でも戦闘行動は見つけてへん、休戦ゆうとった司令官の言い分が正確やったちゅう事やろ」

 

龍驤は淡々と事実を並べ、状況を確認していく

 

「あの無限湧きって、こういう事なんですか?あの時私達は目前の深海棲艦を撃破する事ばかりに気を取られていた、攻撃し続けた、だから反撃され数に押し切られた

そんなバカな話がありますか!?攻撃したから倍返しされてすり潰されたなんて!それじゃあ何の為に闘った?あの海戦は何だったの?!」

 

報告が信じられない、そこは長良と同じだが、あの海戦の状況と比較してしまった名取は声を荒げた

 

「名取、落ち着いて、今回とあの海戦は違う」

 

長良が名取を宥めようと声をかける

 

「何が如何違うの?!圧倒的な戦力差、勝ち筋の見つけ様も無い絶対数の差、それでも私達は目前の深海棲艦を攻撃した、収容所にいたから深海棲艦の事前情報は個体単位で其々が持ち合わせたモノしかなかった、深海棲艦に対した時攻撃以外の手段を知らなかった、それがあの結果、あの時も攻撃では無く、別の手段があったんじゃないの!?こんなのって無いよ、あんまりだよ……あの時、司令官は闘えって命じた、私達はそれに従った、司令官の命令なら確りと運用してくれる、収容所での扱いは終わったって、ようやく思えたのに、なのに……」

 

「今、そうなっとるやろ、それじゃあかんか?」

 

言葉に詰まる名取に冷静な声を、ある意味割り切った様子の龍驤が問う

 

「……今?」

 

「今の司令官がソレを魅せてくれとる、ウチはそう思うが、名取はそうは思われへんか?」

 

長良は名取を宥めるより、龍驤の言に乗り、名取にこれから、この先を見据える様に視点を変える様に方針を変更し、話を継いだ

 

「前の司令官の元に、大本営には戻らず、あの鎮守府に行って司令官に受け入れを求める、そう提案して来たのは五十鈴、提案の妥当性を見極める為に、大本営の遠征隊に紛れてあの鎮守府の司令官を初めて見た、私達は長い事五十鈴や天龍の協力で隠匿生活だった、まあ、紛れて大本営の設備は使わせて貰ってたけど、何時迄も続けられる状況ではなかったのは確かだ

切羽詰まってたのもあるとはいえ、あの司令官に賭けたのも私達だ、今回はその賭けに勝ちに行こう、前の時の様に、流されるまま、従わされるまま、命じられるままでは、賭けにならない、賭けに使われるチップでしかない、名取の言いたい事はわかるつもり、だから、今回は勝ちに行こう」

 

「……勝ちにって、どうやって?」

 

「そこは司令官からなんか言ってくるでしょ、取り敢えずは当初の指示通り、護衛隊としての任務を遂行しましょう、通信が回復しているんだ、鎮守府側の行動に合わせて行動する、コレばっかりは名取の言う様に数が違いすぎて護衛隊だけじゃ手も足も出した先から失くなるだけだからね」

 

「司令官は話をしてるって、言ってたんだよね、二式大艇の飛行士さんは」

 

「そうゆうとった、何の話かまではわからんけどな」

 

「鎮守府に乗り込んだのに攻撃して来ない獲物、大群だけど攻撃に積極性を持たない深海棲艦、そして獲物と話をする司令官、一時的との条件付きだけど確かに実現された休戦、どこまでが司令官の手腕で実現されたモノなのか、司令官は何処に向かおうとしているのか、ソレに私達は何処まで付いていくか、どれのどこを取っても見極め、判断が必要になる、護衛隊としての任務を遂行しながら情報収集だ、状況の確認が取れない事には何も判断出来ないから」

 

 

 

外洋-資材採掘場(無人島)_周辺海域

鎮守府所属艦:龍驤/長良/名取

桜智鎮守府所属艦:熊野/鈴谷

 

 

周辺探索に協力すると言っているのに何故か放置された熊野と鈴谷は相談しつつ駆逐艦達に周辺警戒を依頼、二人は長良達との対話を試みようとしていた

 

「少しよろしくて?」

 

熊野が慎重に声をかける

 

「……なに?」

 

友好的とは言い難い長良

 

「そんなに警戒しなくて良いよ、指揮系統が違うとはいえ艦娘同士、味方だよ?私達は」

 

半分呆れながらも言葉に乗らない様に注意深く言う鈴谷

 

「あー、そっちの言い分は分かるけどな、コッチの護衛隊は事情がややこしいねん、味方や言うてくれるんは嬉しいが、それは事情を知らんで言うてええ事やないんや、悪う思わんといて」

 

そんな注意など気に止めない龍驤に軽く返されてしまった

熊野が引っかかるモノをその軽い返しに感じたらしく、それを聞いて来た

 

「……事情?あの鎮守府の所属艦にどんなややこしい事情が御在りなのです?お聞かせくださいませ」

 

「それこそ話されへんがな、聞かれてホイホイ話せる様な軽い事情や無いんや」

 

龍驤の口調と違い軽い事情ではないそうだ、熊野も鈴谷も事情を知っている訳もなく顔を見合わせてしまった

 

「でも、あの鎮守府の所属艦で、あの司令官の指揮下に居る艦娘なんでしょ、そう言うのを何とかするのは司令官の仕事じゃ無いの?なんで艦娘自身が対処を考えてるの?司令官はその事情ってのを知らないとか、知ってても放置してるとか、そう言う事?」

 

鈴谷が何とか事情と状況の整合を計ろうと知恵を絞っている

 

「司令官は大本営に、老提督に押し付ける腹積もりをしてる、その為の確約は取り付けてるって言ってた、それで済む話なら、良いんだけど、そうは行かないと思ってる」

 

鈴谷の問いに応じる長良

 

「老提督?あの老提督でも対処に問題がある事情ってどんなややこしい事情なの?全然わかんないんだけど」

 

今度は疑問しかないという心情を言葉に乗せてしまった鈴谷

一方の熊野は何やら考え込んでいたが、何らかの結論に達した様子を見せた

 

「……そこまで複雑な事情なら、確かに知らない方が良いですわ、下手に知る事でウチの司令官にまで類が及びかねません、私達を此処に派遣しているだけでもウチの司令官はかなりの無理をしています、これ以上の無理を重ねさせたくはありません」

 

「で、何の要件やったかいな?」

前段は終わったと判断した龍驤が本題を促す

 

「こちらの旗艦は長良さんでしたね、落ち着いている内に共同戦線構築の協定を纏めておきたいのです、戦闘行動が始まってからこういった問題に直面するのは避けたいですし、行動報告の際にも記載が必要になって来ますから」

 

「鎮守府間で合同作戦が実施中、それを適応して良い」

 

素直に本題に入った熊野に事務的に簡潔に答える長良

 

「それは、協力関係に付いて、です、私が言っているのは、戦闘行動、共同戦線構築の協定です、協力関係では突発的な事態にしか対応出来ません、それではここに居る戦力を十全にに活かせないでしょう」

 

熊野はそれを良しとせずに食い下がった

 

「そちらを戦力と数えるつもりは無い、貴方達は他所の鎮守府所属艦、私達護衛隊は他所の鎮守府所属艦が当鎮守府担当海域内で損傷等しない様にする事が任務、合同作戦に因り当鎮守府担当海域に他所の鎮守府所属艦が来る事が確定しているから、その対処を司令官から指示されている、それが積極的に貴方達を損傷させ、沈むかも知れない状況に連れて行けと言われても無理があり過ぎる」

 

食い下がられた所で長良の方針は変わらない、護衛隊の行動方針を通す構えだ

 

「そんな事言ったってウチの白露達がそっちの鎮守府に行ってるじゃん、こっちだって白露達を無事に連れ帰らなきゃいけないんだ、あのクソ分厚い包囲網に何をするにしろ戦力を出し惜しみしてられない、どう考えたって集中運用出来なければ孔も開けられない、その為の協定が必要なんじゃないの?」

 

鈴谷からも長良の方針に異論が出て来た

 

「あの包囲網はここに居る全ての艦娘で当たった所でどうにもならない、数が違い過ぎる、穴を穿つにしても内と外から挟撃して、可能性が少し見えてくる程度でしかない、司令官の根本的な対処が示されない現状ではどんな協定を結んでも意味を持たない、寧ろ下手に協定なんか結んだら後日に司令官を攻撃する材料にされかねない、鎮守府間の独自協力体制の構築は現状では反逆行為と、大本営は判断するだろうから」

 

「……それは、旧来の規定です、改定されていますが、ご存知無い?」

 

長良の主張に戸惑いを見せる熊野、長良の主張は理解は出来る、但しその前提を今更出されても意図がわからない

長良の主張の根拠となっている規定は改定されているのだから

 

「らしいね、そういう話は聞いた、けど、ウチには来てないんだよその話、だから貴方達の言う旧来の規定がウチには適応される事になる

大本営が名目上であっても指揮統率している限りウチの司令官には大本営という鎖に縛られる、ウチの司令官はその鎖を千切れる程の立場にはいないし、それをしたら自立勢力として全方位交渉を強いられる事も解ってる

ウチの司令官はあくまでも大本営麾下の鎮守府としての立場を維持しようとしているし、其処に私達も異論は無いんだ、だから、共同戦線構築の協定は結べない、どうしてもと云うのなら、其方の司令官からウチの司令官に話を通して」

 

長良の言い分に困った感じの熊野、だが鈴谷はその言い分から何か思い付いた様子

 

「そうか、通信は出来るんだ、白露達の事もあるし司令官に連絡取ってもらうってのは、悪くないね、熊野はどう思う?」

 

「司令官同士の直接通話は、媒体が何であれ記録されます、その為の憲兵隊であり、施設管理室なのですから、それらが活動中の鎮守府に司令官からの直接通話は、リスクが大きいと判断します、ましてあの鎮守府を包囲している半分は自衛隊です、傍受されずに通話や通信は出来ないでしょう」

 

「そうなると現地指揮を執る旗艦同士の協定の方が良いって事か」

 

折角思い付いたのに熊野のダメ出しに合う鈴谷、結局最初の結論に戻ってしまった

 

「あら?」

 

突然に上がる疑問の声、声の主は熊野だ

 

「ん?どしたん?」

 

首を傾げる熊野に聞く鈴谷

 

「今気が付いたのですけど、私達の旗艦は二人とも鎮守府へ行ってしまいましたわ、此処に残っている中に旗艦指名を受けた艦娘が居ませんね」

 

熊野の指摘に一瞬考え込む鈴谷

 

「……ホントだ、協定を結べ無いじゃん、どうすんの?」

 

「どうしましょう?」

 

熊野は首を傾げたままだった

 

 

 

鎮守府-防波堤

鎮守府所属艦:球磨/北上

 

 

「クマ〜」

 

防波堤の上で疲れた様子を見せる球磨、その球磨に歩み寄る北上

 

「どしたん?クマちゃん?まさか駆逐艦の相手をしただけで疲れ果てた、なんて事はないよね〜」

 

「……球磨に怨みでも持ってるのか?言葉が辛辣過ぎる、あの駆逐艦を撒くのにこんなに苦労するとは思ってなかった、やっぱり陸の上は勝手が違う、アレで建造艦?」

 

ウンザリ仕切りの球磨に畳み掛ける北上

 

「形振り構っていられないって言ってたでしょ?アレは大マジだ、諦めて弟子にしたら良いんじゃないかな、少なくとも言う事は聞く様になるかも知れない」

 

「そんな見え透いたトラップに引っ掛かる訳ない、アレは一度弟子にしたら習得する迄あの付き纏いをし続けるタイプだ、安心して眠る事も出来なくなる、まーた、あの漂流生活みたくなるなんて嫌過ぎる」

 

「駆逐艦だよ?耐久は軽巡以下なんだからやり様はあるでしょ」

 

暗に艦種違いの特性を活かした対応を勧める北上

 

「……そこまでする気になれないクマ、駆逐艦が沈む所を見過ぎた、駆逐艦がどれ程脆いか、駆逐艦がどれ程無鉄砲に突撃して行くか、嫌になった、戦場に立つ駆逐艦は自身を省みない、ただ、深海棲艦を撃破する事だけしか、考えられなくなるらしい、それに引き摺られ、駆逐艦と伴に在る軽巡も見たくないクマ」

 

北上の勧めは球磨のお気に召さなかったらしい

 

「でも、軽巡は駆逐艦を率いてナンボでしょ?駆逐艦を率いない軽巡の価値は何処に?」

 

「そんなのは知らんクマ、率いて行けるのなら良し、そうでないのなら相応に、多摩や北上がそうしている様に、気楽にやるクマ、ここの司令官はその辺り融通が効きそうだ」

 

「……相手が司令官なら融通は利くだろうね、ただ、ここの軽巡筆頭は龍田だ、それに第一艦隊旗艦は戦艦種の長門、駆逐艦の纏め役に初春、各所の補佐に軽巡の阿武隈、重巡の筑摩、新任とは言え初期艦の叢雲、人になってしまった元叢雲もあの司令官には付いてる、それに何と言っても駆逐艦達が司令官を支持してる、手強いよね」

 

球磨の言い分に一定の理解を示しながらも、司令官を取り巻く艦娘達がソレを赦さない

北上はそう推測している様子

 

「長良も大分苦労したらしい、名取から聞いた話だと司令官への支持が強過ぎるクマ、其処まで支持される様な司令官には見えない、球磨にもいつかは駆逐艦達が支持してる理由が解る刻が来るのかな」

 

球磨にとっては数える程しか顔を合わせていない司令官、それでも球磨には評価を下すのに十分な筈だった

現状は自身の評価と所属艦娘達の評価にズレがある、このズレの理由を球磨は見つけていない

 

「……あたしは、判りたく無い、かな」

 

北上の見解は球磨とは些か異なる模様

 

 

 

鎮守府-工廠

大本営所属艦:一号の初期艦四

 

 

一号の初期艦達はアレから行動方針を決められずに話し込んでいた、結論は当分出そうにない気配だ

 

「この状況、如何しようか?」

 

「どうにか出来るんですか?」

 

「放置は出来ないのです」

 

「だからって、何が出来るの?」

 

「……参ったね、何も思い付かない、兎に角あの包囲網をなんとかしたいけど、数が多過ぎて手が出せない、乗り込んで来たアレも第二食堂で大人しくしてるから、下手な事をする訳にも行かない、それに指揮権だけとはいえ大本営から佐伯司令官に移されてるから、余計に身動きが取りにくくなってる、詰んでる訳じゃ無いのに動けないとは、情け無い限りだ」

 

漣が吐き捨てる様に現状への不満を口にした

 

「詰んでるでしょ?この状況の何処を見たら詰んでないって事になるの?」

 

それに吹雪が異を唱えた

 

「状況はね、でも、何か出来る事があると思うんだ、それが何かが思い付かない」

 

「んー、じゃあ、相談して見ましょう」

 

五月雨から提案が出て来た

 

「……誰に?」

 

「天龍はいつも言ってました、駆逐艦の面倒を見るのは軽巡の務めだって、叢雲ちゃんの時だってややこしくする前に初めから相談に来いって言ってたでしょ?」

 

「……天龍はこの鎮守府所属艦、私達は大本営所属艦、相談するのなら、大本営所属艦で老提督秘書艦の五十鈴の方が適任だろうね」

 

五月雨の提案に漣は条件を付ける

 

「肩書きとしてはその通りなのです、ですが、五十鈴の今の立ち位置は微妙な事になっています、それでも五十鈴に相談を?」

 

電が質問?確認?して来た

 

「考え様に因るんじゃないかな、移籍組代表を解かれた五十鈴なら時間の都合も付きやすいし、能力的には問題ないんだし、姉妹艦が無事と分かれば無茶もしない、このまま四人で話し合いを続けているよりはマシだと思う、異論があるならどうぞ」

 

「異論はないけど、相談の前にもう一度状況を確認したい、ちょっと話してる時間が長かったから」

 

吹雪から現状確認の必要性が提起された

 

「……なんか動きがあった?聞こえて来てないけど?」

 

漣は吹雪の言い分に疑問があるらしい

 

「五十鈴が独断行動に出たのは船に引き籠もって状況確認を怠ったからでしょ?それを私達がやる事はないと思う」

 

再度必要性を提起する吹雪

 

「あー、周囲との整合性を欠いたから、身勝手な行動になってしまったんだ、確かに話してる時間が長かった、結論も出せなかった、これで周囲との整合性まで失くしたら、アホ丸出しだ、叢雲に何言われるか分かったもんじゃないね」

 

後半は冗談粧して応じた漣、吹雪の提起した必要性は他の初期艦達にも理解された

 

「そうなったら、きっと、漣の期待通りの事を言ってくれますよ?」

 

漣の冗談に冗談で返す五月雨、尤も冗談だと思っているのは五月雨だけだったりするが

 

 

 

鎮守府-仮眠部屋_前の廊下

鎮守府:司令官/叢雲(旧名)

鎮守府所属艦:大和

 

 

元事務艦、現大淀の顔を見に行き、一通りのカタを付けて休もうと仮眠室に来たら、何故か二人も仮眠室前に居るのを見つけた司令官

 

「で?お前達は何故ここに居る?」

 

「何故って、休むんでしょ?大和が二人纏まってないと護衛がやり難いって言うし、丁度良いから私も休ませて貰うわ」

 

「……何が丁度良いのか、分からんが」

 

何を言っているんだ、折角一組の二人が作ってくれた休み時間なのに何か引き延ばされる様な事態でもあったのだろうか

 

「護衛対象者の就寝時間は最も重要な確保しなければ成らない時間です、護衛を指示された以上その時間の確保は必然的に重要な任務となります」

 

何か大和から大真面目な返答が来たんだが、どうしようか

 

「指示したのは、叢雲の護衛なんだが……」

 

「大和は司令官に護衛が付いていない事を気にしてる、なら、私が司令官に付けば大和の気がかりは解消されるって事、簡単な話でしょ?」

 

叢雲(旧名)から説明?が入った

 

「自室なら兎も角、ここは仮眠所だぞ?何処で寝る気だ?」

 

「寝具が一組しかないって?だからなに?今更でしょ?気にする事?」

 

「そういう話なのか?根本的になんか掛け違えてる気がしてならないが」

 

「就寝時間は無限ではありません、特に今回は交渉相手の好意に寄り確保された時間です、有効に活用しては、如何でしょうか」

 

「……つまり、サッサと寝ろと?」

 

「そういう事」

 

 

 

鎮守府-第二食堂

???:???(権兵衛さん)

大本営所属艦:一組の初期艦二/その他少々(移籍組)/三隈/その他少々

鎮守府所属艦:初春/叢雲(初期艦)/叢雲(三組)/その他少々

桜智鎮守府所属艦:駆逐艦五

 

 

「随分楽しそうね、私も混ぜてもらって良いかしら?」

 

三組の現状確認と情報共有の結果がどうなったのかは定かではないものの、叢雲(三組)が食堂の一角に合流した

 

「……先程のイミテーションか、こちらの疑似餌は良く出来ているが、随分と造りが違うな、同型でもここまで造りに違いが出るものなのか」

 

掛けられた声に一応反応してくれた権兵衛さん、余計な感想も付けられた

 

「……そのイミテーションって、何の事?」

 

「その疑似餌って呼ぶのやめてくれる?」

 

二人の叢雲は揃って権兵衛さんに文句を言った

 

「ほう、声は似ているのだな、面白い」

 

「権兵衛さんの興味は何処に惹かれているのか、興味あるんだけど

一応紹介しておくと、今来たのが三組の叢雲、さっきから居るのがこの鎮守府の初期艦の叢雲、同型同名艦だから人からは判別し辛いと思うけど、権兵衛さんはそういう事なさそうだね」

 

漣が感心した様に言う

 

「三組?」

 

「大本営では五人一組で初期艦を運用してたから、その組み分けの番号だね」

 

「すると、三組というのなら、十五隻の初期艦が居るのか」

 

「理屈の上ではそうなる、実際には違うんだけど」

 

「違うと言っても十五隻もの初期艦を保有しているのならその内の五隻を我等に引き渡す事など簡単な話ではないか、あの鎮守府司令官は何を渋っている、引き渡せば我等は退くと言っているのだ、実際の保有数も十五隻より多いのだろう?何が障害になり引き渡しを拒むのか、理解し難い」

 

権兵衛さんの言う様に初期艦自体の数はそれなりに居る、まして複製まで可能になっているのだから権兵衛さんからすれば司令官が初期艦を出し渋る理由に疑問しか湧かなくとも不思議では無い

飽くまでも権兵衛さん側から見ればの話だが

 

「タダで渡せって言ってるからでしょ?交渉に当たって利益を得られるって誘導しておきながら、タダで寄越せって、権兵衛は詐欺を働きに来たワケ?」

 

叢雲(初期艦)から異論が入る

 

「……詐欺、ナルホド、そういう手もあるのか、考慮に入れよう」

 

「入れんな!何考えてんの?そんなので司令官と交渉しに来たって云われても、疑いしか持ち様がないじゃない、少しは信用を得ようとは思わないの?」

 

「信用?そんな概念が交渉に当たり何になるのだ?」

 

「信用もならない相手に交渉しに来たの?権兵衛は」

 

「その通りだ、その様な概念などより双方が利益を得られる交渉を纏める方が確実だ、利益となるのなら、交渉を進められるし、妥結も出来るだろう、概念では進めようがあるまい」

 

「根本的に思考が違う、例え利益を得られるとしても信用ならない相手とは交渉の妥結なんてあり得ない、何故って、その利益には少なくないリスクが内包される事になる、そのリスクを司令官か許容すると如何して考えられるの?」

 

「許容出来るだけの利益を得られるからだ、我等はソレを提供する用意がある、真っ当な思考の人ならば、利益を取る筈だ」

 

叢雲(初期艦)の主張に真っ向から異を唱える権兵衛さん

 

「その権兵衛さんの言う真っ当な人のサンプルが醜いと評した人なんでしょ?それって如何なの?ホントに真っ当な人なの?」

 

見かねた訳でも無いだろうが、漣からも疑問が出て来た

 

「……その点については、再考の余地がある様に思われる、我等も意見が割れている、交渉相手の情報が不足している事実の前には、この基準の変更を考えなくてはならない事態ではないのか、と、但し我等の目的は交渉の妥結であり、鎮守府司令官との契約の成立だ、優先順位を変更する程の事ではない」

 

「前提が誤っているのに、それを正さず交渉だけ進めようって事?無理があるとは思わないの?」

 

「根本的な前提は既に修正不能だ、そして我等はこのまま退く事は出来ない、何も得られず退くだけではタダの繰り返しだ、何度も何も得られない行動を起こしただけになってしまう

強引であれ、強行であれ、結果は出さねばならない、其処まで辿り着けて、漸く我等は自らの智慧と見識を活かせた事になる、何も得られない結果ばかりでは我等はタダの愚か者だ、ただ眠っているだけの深海棲艦と呼称されるあのモノ達に劣る存在である事の証明になってしまう

それは我等にとって許容し難い、赦されざる暴挙だ、如何なる手段を用いてでも、結果は出す、それがどんな結果であっても、そこに何かを見出せるのなら、我等は歩みを進められる、チカラを振るう以外の行動に弾みが付く

もし、我等があのモノ達に劣る愚か者でしかないと確定したのなら、この様な手間の掛かる事は一切止め、これまで通りにチカラを振るい続けていくだけだ、愚か者の知恵などに何を期待出来るというのか」

 

思い掛けず強い意志を伴った口調で口上とも思える主張をする権兵衛さん

そんな権兵衛さんに周囲の艦娘達は少し緊張感を増した

 

「なんか、随分と切迫詰まってるんだね、それはそれとして、何度もって言ったね、前にも何処かで交渉を持ちかけた事があるの?」

 

緊張感などモノともせずに漣はこれまで通りに話を続ける

漣の質問に答えるか、否か、少なくとも漣には解るくらいには我等の方々で意見交換が為された様子があった

 

「……持ちかけた、司令官は交渉の席に着いた、しかし、それは全て人の軍に寄る偽りだった、席に着いて交渉をしている最中に、軍が乱入して、司令官ごと我等を攻撃して来た、あの時の様子から推定するに、司令官は知らなかった様だ

もし、知っていたら止めただろうからな、我等に陸上歩兵の携帯兵装など何の役にも立たない、我等の装甲は戦艦の主砲弾を想定しているのだ、何故陸戦兵の携帯兵装で攻撃するのか、何を考えて為された攻撃なのか、我等には全く理解出来ない

あの交渉で得られた教訓は交渉の場は我等の手で確保する必要があるという事だ、今そうしている様に」

 

「交渉の場を確保する為だけに、あの包囲網を構築したっていうの?なんというか、如何言えば良いのか、言い様が見つからない」

 

叢雲(三組)が呆れ気味に言う

 

「それって何処?日本じゃないよね、大本営麾下の鎮守府で権兵衛さんが言う様な事態は起こってない」

 

叢雲(三組)の言い様は置いておき、漣から別の質問がなされた

 

「何故それを聞くのだ?艦娘の運用拠点としての鎮守府は現在日本とアメリカにしか開設されていない、日本でなければアメリカしかあるまい」

 

言質が欲しいのだろうと当たりを付けた権兵衛さんが素直に応じている

 

「……持ちかけた先って、もしかして、ハワイ?あそこは鎮守府じゃないんだけど」

 

漣の頭の中にはある仮定があった、それを確認する意味でも話を続ける

 

「そんな筈はない、確かに鎮守府が開設されていた、実際に艦娘の建造を行なっていた、妖精を通じて確認している、空母種の艦娘を建造した事を」

 

漣の言い分に反論して来る権兵衛さん

 

「……ハワイにはアメリカの、人の軍の司令部がある、アメリカに開設された鎮守府はアメリカの海軍とは協力関係にあってハワイ沖で建造した戦艦種の艦娘の運用試験を実施した、とは聞いてるけど、この戦艦種を建造したのは北アメリカ大陸の西海岸に開設されている鎮守府だ、そして鎮守府司令官はこれ以後の建造を許可していない、その空母種の艦娘は妖精達が勝手に建造したらしいんだ、詳細な情報は入って来てないからわからないけど」

 

漣の頭の中にある仮定が、仮定では無くなりつつある

 

「つまり、如何言う事だ?」

 

漣の話に過去の事態に対しての認識に疑問が出て来た権兵衛さん、それは口調にも乗せられて来た為にその場に居る者達にも感じられた

 

「権兵衛さんが言う交渉を持ちかけた鎮守府ってそもそもが軍事施設、人の軍なんじゃないかな、司令官というのも、艦娘の司令官ではないかも知れない」

 

「我等は人の軍に交渉を持ちかけた、そう、言うのか?」

 

漣の言い分に疑いを持ちながらも完全には否定出来ない、困惑と疑惑と若干の混乱、そんな感じの権兵衛さん

 

「交渉したっていう司令官は、ホントに艦娘の司令官だった?権兵衛さん達なら、目視で判別出来るでしょ」

 

「……まさか、初めから虚構だった?人の軍に拠る芝居を我等が見抜けなかった、結果、何も得られなかった、そういう事、なのか?」

 

半信半疑というか、信じられないあり得ない可能性を聞かされた様な驚きを見せる権兵衛さん

 

「確証は無いけど、もし、交渉したっていうのがハワイでなら、そういう可能性もあるんじゃないかな」

 

「確認する、その可能性は無視出来ない、第二工廠を貸して貰いたい、妖精もだ」

 

 

 

鎮守府-執務室

大本営所属艦:高雄/愛宕

~鎮守府内線~

鎮守府-工廠

鎮守府所属艦:夕張

 

 

権兵衛さんの要請は漣から工廠に伝えられ、工廠組の夕張が執務室に連絡を取った

工廠からの連絡に応答する高雄

 

「許可出来ません、そもそも権兵衛さんのお仲間は同調しているのではなかったのですか?」

 

要件を聞くと即答する高雄、同時に疑問を投げる

 

「そこは、こっちに聞かれても、一組の漣から要請があったって事しか分からない、詳細は漣に聞いて、工廠組としては司令部の許可があれば貸すこと自体には反対しないから」

 

話は聞こえていた愛宕が話に加わる

 

「高雄、私が食堂に行って直接聞いてくる、あそこで何の話が進んでるのかも気になるし」

 

「……漣は今、第二食堂ですね?愛宕が話を聞きに行きます」

 

順番的に留守番を断り難かった高雄は仕方ないといった感じで夕張に司令部の対応を伝えた

 

「伝えます」

 

 

 

鎮守府-第二食堂

???:???(権兵衛さん)

大本営所属艦:一組の初期艦二/その他少々(移籍組)/三隈

鎮守府所属艦:初春/叢雲(初期艦)/叢雲(三組)/その他少々

桜智鎮守府所属艦:駆逐艦五

 

 

夕張から司令部の対処を伝えられた漣

 

「あら〜、アタゴンが来るってさ、来て如何するんだろ」

 

「第二工廠は使えないのか?」

 

誰かが来るという漣、権兵衛さんは使用許可が下りなかった事を覚った

 

「司令部では許可出来ないってさ、司令官が睡眠中だから、起きてこないと許可は出ないね」

 

「確認が取れないではないか、それにも時間が必要なのに、人の睡眠時間の確保というのは予想以上に厄介だな、これではどれだけの時間が必要か、予測するのも難しい」

 

「今同調してるっていう我等の方々はその辺りの事を知らないの?」

 

漣も高雄と同様の疑問を持った様だ

 

「言ったであろう、我等の行動を制限するのは物理制限だと、距離は物理制限だ、ここに同調しているのはその制限の影響が少ない我等だ、あの交渉が行われたのはここからは遠い、距離の制限を受けるのだ」

 

「第二工廠を使うと距離の制限を受けない?なんで?」

 

「艦娘とて通信手段を使うであろう、通信は移動よりは距離の制限を受けない、同じ理屈だ、何の不思議があるのだ」

 

「通信?工廠に通信機器なんてあったかな?」

 

この初期艦は最初の初期艦ではないが、ソレに限りなく近い

そこを分かっている権兵衛さんは漣の言い分が何を意図してのモノか、本人が思い当たったのか、同調している我等の方々からの指摘があったのか、兎も角その意図を察した様子

 

「……言質を取りたいのか?初期艦ならば、妖精を媒介とした通信手段を知っているだろう、ソレを使えるのは初期艦だけではない」

 

「って事は、もしかして、コッチの内緒話とかに聞き耳立ててたりする?アレって受信制限ってないんだけど」

 

「初期艦は如何なのだ?我等の内緒話に聞き耳を立てているのか?」

 

質問に質問返しして来る権兵衛さん

 

「そういう事はしてない、そもそも想定していない相手に繋がるって事自体を想定してなかったから」

 

「想定しないのは当たり前だ、妖精を媒介とした通信手段は通信相手を選択出来ない、通信相手は妖精に依り決定される、通信の使用者には如何にもならないからな」

 

「つまり、聞き耳立てても聞けるわけじゃないって事か、受信制限じゃなくて通信仕様ってワケか」

 

納得気に頷く漣、そんな権兵衛さんと漣の一連の遣り取りに叢雲(三組)が疑問を投げかけた

 

「その妖精を媒介にした通信って、なに?」

 

「私等がテレパシーって呼んでるヤツ、覚えはあるでしょ?」

 

叢雲(三組)にカンタンに応じる漣

 

「アレって近距離じゃないと使えない筈じゃないの?ここからハワイまでの距離で使えるの??」

 

「初期艦の一部は出来る、送受信共に初期艦ならそれなりの距離でも使える筈だよ、他の艦娘だと、ムラムラの言う通り近距離でしか使えない」

 

「そんなの、知らないんだけど……」

 

驚きというよりは戸惑いとか困惑といった様子を見せる叢雲(三組)

 

「ムラムラ達はあの海戦で揃ったからね、調べてないけどあの海戦以降の初期艦と以前の初期艦で仕様が変わってる、一号の初期艦がムラムラ達を評価するのにも影響してると思う」

 

「……一号が私達を見下してるのは、ソレが原因って事?」

 

「別に見下してはいないよ、同じではないって前提があるだけ」

 

「それなら、私は如何なの?私がドロップしたのはそこまで昔のことじゃないんだけど?」

 

何か興味を引かれたらしい叢雲(初期艦)まで質問して来た

 

「……それは、第三者には聞かせられない話になる、聞きたければ後でしてあげる」

 

叢雲(三組)への対応と違い、漣は叢雲(初期艦)への答えを濁した

 

「ほう、我等には聞かせられない話になると?その様な話なら是が非でも聞きたい、鎮守府司令官が起きて来るまで時間を無為に過ごす事になりそうなのだ、少しは有意義な時間があっても良いであろう」

 

濁した答えに権兵衛さんが興味を持った模様

 

「そうよ、仕様が変わってるって如何言う事?私も聞きたいし、知らずには置けない事よね」

 

漣の言った第三者、自身はこの中に含まれると判断した叢雲(三組)

 

「ムラムラ、落ち着いて、権兵衛さんに同調して如何するの?貴方はこの鎮守府の所属艦、そこを忘れないで」

 

漣の言った第三者は間違い無く、権兵衛さんを含む括りだ

その括りに自身が含まれると判断した叢雲(三組)に注意を促す叢雲(初期艦)

 

「……言いたい事は、分かる、けど、それはソレ、これはコレ、私自身の事なのよ?放って置けないでしょ?」

 

「ハッキリ言っておく、私はこの鎮守府の初期艦、司令官に着いた艦娘、鎮守府と司令官に害となるのなら、実力を以ってでも排除する、分かった?」

 

「……自身の事より、司令官を優先しろと?任務中なら兎も角、自由行動中よ?そこまで行動制限されるっていうの?鎮守府所属艦は」

 

想定外にも叢雲(三組)が叢雲(初期艦)に喰い付いた、放って置けなくなった漣が割り込んで来た

 

「あー、ムラムラ?そこは食いさがっちゃダメ、叢雲ちゃんはこの鎮守府の初期艦、大本営で研修中だった時とは条件が違うんだ、ムラムラだって大本営所属艦からこの鎮守府所属艦に立場が変わってる、そこを踏まえないと、話が通らないでしょ?」

 

漣の言い分に何やら難しい顔をする叢雲(三組)

 

「……一組は大本営所属のままだったよね」

 

「一号もね」

 

「……漣達からも自重しろって、言ってきた、仕方ない、前言撤回、この件は後日にしましょう」

 

「ざみちゃん?聞き耳立ててるの?」

 

想定外にも程がある、鎮守府内で、然もこんな状況でテレパシー使用?

目前に居る権兵衛さんと呼称されるモノが何者かが解っているのなら、その危険性を理解出来る筈

増して我等の方々まで同調している、そこにあるリスクは半端なモノでは済まされない

 

「……テレパシーでね、あの四人は工廠の監視を指示されてるからここに来れないのよ、一号に混ざって行動してたお陰で私だけその指示を受けなかった」

 

叢雲(三組)の様子からはそのリスクを承知の上での行動とは、漣には如何しても視えなかった

 

「それも、自室待機の指示を無視してね、司令官の指示に不満があるのならちゃんと異論を唱えなさい、黙って無視とか、面従腹背は止めてもらいたいんだけど?」

 

対応に困った漣を置き去りにして、叢雲(初期艦)と叢雲(三組)は話を続けている

 

「異論ね、異論というか別の方法が有効なんじゃないかって、そう思っただけなんだけど、自由行動を言い渡されてるし、問題ないと思うけど、問題なの?」

 

「ムラムラだけが、自室待機を無視してる、後の四人は自室待機の指示に従った、単艦行動が問題なの、それを許した漣もだけど」

 

「漣が冤罪だって言ってるけど?」

 

ここで叢雲(三組)が言っているのは三組の漣

 

「漣?言いたい事があるなら、直接繋ぎなさい、ムラムラを盾にするな」

 

叢雲(三組)の言い様に不快感を見せる叢雲(初期艦)

 

「ん?テレパシーとやらで初期艦は全て繋がっているのではないのか?」

 

権兵衛さんから叢雲(初期艦)の発言に突っ込みが入る

 

「繋がってるのは三組だけ、コッチにも繋いでない」

 

それに応じたのは此処に居る一組の漣

 

「ほう、三組とやらはそこまでせねばならない程にイタズラしたのか、これは鎮守府司令官が起きて来たら、面白いモノが見れるやもしれんな」

 

「……なんの、話?」

 

権兵衛さんの言い分は叢雲(三組)にはさっぱり判らなかった

 

 

 

鎮守府-第二食堂

???:???(権兵衛さん)

大本営所属艦:一組の初期艦二/その他少々(移籍組)/愛宕/足柄

鎮守府所属艦:初春/叢雲(初期艦)/叢雲(三組)/その他少々

桜智鎮守府所属艦:駆逐艦五

 

 

「はーい!お話聞かせてね!」

 

食堂の一角を占める集団にとても明るい声が掛けられた

 

「……愛宕?少し話空気読もう?」

 

余りの明るさに漣が引いている

 

「なーにを深刻そうな顔してるの?状況は一向に好転してないんだよ?今更深刻な雰囲気だけ作っても意味無いでしょ?」

 

「雰囲気って、まあ良いけど」

 

「それで?我等は少しは有意義な時間を過ごせるのか?」

 

愛宕と漣の遣り取りを全て聞き流した権兵衛さんが話を戻しに掛かった

 

「取り敢えず、アタゴンに工廠を使う説明をしたら良いんじゃないかな、もしかしたら許可が出るかもしれないよ」

 

それに漣が応じはしたが、応じただけで意味を成していない

 

「司令部では許可を出せないのであろう?ならば説明をするだけ時間の無駄だ」

 

そこを権兵衛さんも指摘して来た

 

「で?何のお話をしてたの?」

 

明るい雰囲気をそのままに聞いて来る愛宕

 

「面倒な、おい!!そこの重巡!聞き耳立てていたのなら我に代わって説明くらいしろ」

 

「……何故バレたし」

 

呼びつけられたのは足利だ、本人的には然りげ無く聞こえている様相を装っていたらしい

 

「私としては、アレでバレないと思ってる足柄の方に疑問を持つけど?」

 

愛宕にも突っ込まれる足利

 

「愛宕、コッチから報告上げるまで待てなかったの?」

 

足利には足利の考えがあったのだろうが、ソレは誰にも理解されなかった模様

 

「ここのお話に混ざりたいのは、足柄だけじゃないんですよ」

 

「いや、私は、別に混ざりたいワケじゃ……」

 

「ふーん、混ざりたいワケじゃないのに、聞き耳は立てる、報告はするつもりだと、つまり、司令官が起きた来たら真っ先に報告しようと準備していたと、そういう事かな?」

 

言葉を濁す足利に叢雲(初期艦)が質問の様な確認をする

 

「……流石に話が話だからそこまで待ってて良いのか、自問自答になったけどね、まあ、こうなった以上、愛宕に報告で良いでしょう、報告した所で判断は司令官が起きてこないと出来そうにないし」

 

「もしかして、足柄、何か気にしてる?気になってる事があるのなら聞くけど?」

 

足利の返答に感じ取れるモノがあった様で叢雲(初期艦)が質問を重ねる

 

「あー、それは、司令官に言うから初期艦の叢雲ちゃんは気にしなくて良い、コッチの話だし」

 

「高雄達は上手く司令部を回してるのに妙高達の情報伝達が思うように行かない事を気にしてるの?」

 

「うーん、初期艦とはいえ駆逐艦、その貴方にそんなにキッパリ言われてしまうと、なんだかな〜」

 

叢雲(初期艦)の言い分に困った様子を見せる足利

 

「移籍組はこの鎮守府に所属していない、情報伝達は情報の発信者と受信者を特定出来ないと上手く行かない、司令部で情報が集まってくる高雄達とは条件が違う、妙高達は特定が出来ないと話にならないんだし、特定するにはこの鎮守府の内情を知らないとやりようがない

その辺りは司令官だって分かってる、だから結論を出して無いでしょ?それに重巡を情報伝達に使うって配置も艦種の特性からすれば不適切な訳だし、高雄達の方が重巡の使い方としては適切でしょ?気にする事では無いと思う」

 

「艦種の特性、ね、艤装があれば、そうなんだけどね、今はそれも無い、それに気にしているのは、それだけじゃないんだ」

 

足利の様子から司令部要員としての働きとは別の案件を言っている、叢雲(初期艦)にはそう思えた

 

「……羽黒?」

 

思い当たる案件を、当事者の名を、言ってみたら足利の表情が変わった

そう思った叢雲(初期艦)のカンは当たっていた様だ

 

「そう、あの子が帰還してたなんて知らなかった、未帰還者として名簿に名があった、それが、貴方を抱き抱えて目の前を通り過ぎた、私達は三人とも自分の眼を信じられなかった、あの戦いの中であの子を見たのは雪風と天津風を両翼に配して深海棲艦のかなりの大型艦に攻勢に出ようとしてた処だった、どう見ても無理過ぎた、でも、私は止められなかった、こっちも朝霜と清霜を両翼に同じ事をしようとしていたから

私は、自衛隊に拾われて帰還出来た、でも、朝霜と清霜は、未帰還、戦いの最中に二人を見失って、そのまま今日まで見つからない、妙高姉さんも那智も状況は似た様なモノ、麾下の子達を見失って、今日まで見つからない

羽黒は凄いよ、今も雪風と天津風を両翼に配しているんだから」

 

独白の様に、噛み締める様に、色々な想いが混ぜ交ぜになっている様に見える足利

あの海戦に参加した艦娘には、思う所が多いらしい

 

「……それを言うのなら、こちらも同じです、殆どの駆逐艦は未帰還者として登録されている、酷い事に出撃したのに出撃記録すら無い駆逐艦までいる

大本営と称するあの人の組織は艦娘を運用する為の組織だと、主張しているけど、実態は全く違った、それに気付くのが遅過ぎた、あの戦場で漸くソレに気付くなんて、幽閉されて情報の更新が無かった状態だったとはいえ、自分の馬鹿さ加減に嫌気がする」

 

あの海戦に参加した艦娘の一人、愛宕もソレは同様だ

 

「深海棲艦のかなりの大型艦?それはどんな特徴を持つ深海棲艦だ?」

 

足利の話に何の興味を持ったのかは不明ながら、権兵衛さんから質問が出て来た

 

「どんなって、角みたいなのが額から生えてて、物凄い色白で、黒の薄いドレス?みたいなのを纏ってた、後は、自身より大きな艤装とそれよりも大きな主砲、アレの発砲音は今でも覚えてる、単装砲で速射砲並みの連続発砲音、あの大きさであの連射は反則でしょ」

 

戸惑いながらも質問に答える足利、途中で色々思い出した様子も見受けられた

 

「……初期艦、この艤装を持たない艦娘は、あの海戦の生き残り、なのか?」

 

相手を足利から漣に替えて問い直す権兵衛さん

 

「そうだよ、この鎮守府で修復予定、だけど権兵衛さん達が交渉に来たから保留中だ」

 

「修復より戦力化、か、そうなるだろうな、修復を終えた艦娘はいるのか?」

 

権兵衛さんの問い掛けが続く

 

「いるけど、何?気になる事でも?」

 

「協議しなければならない、議題が増えた、それだけだ」

 

第二工廠から権兵衛さんが出て来た際に鳳翔が対峙した、鳳翔は以前にも対峙した相手である事に気付いた

権兵衛さんはたった今、確信した模様

 

 

 

鎮守府-仮眠部屋

鎮守府:司令官/叢雲(旧名)

 

 

常夜灯のみの薄暗い部屋の中で司令官が半身を起こした

 

「……」

 

「?どうしたの」

 

間を置かずに声が掛けられた

 

「ん?起こしたか?」

 

「起きてた、眠れない」

 

「横になってればその内に寝れる、寝てていいぞ」

 

「あんたは、もう起きるの?」

 

「どうやら、呑気に寝ていられない事態が起こるらしいからな」

 

「ん、じゃあ起きよう、そんな事態に高鼾出来る程の太い神経は持ち合わせてないし」

 

「……」

 

「……なによ」

 

「好きにすると良い、こっちは一風呂浴びてから第二食堂か、その前に執務室かな」

 

仮眠室を出て司令官の自室に向かった

 

 

 

鎮守府-執務室

大本営所属艦:高雄

~鎮守府内線~

鎮守府-司令官自室

鎮守府:司令官

 

 

「はい、こちら執務室、高雄です、提督?自室からですか?」

 

仮眠室に居る筈の司令官、内線番号が示しているのは司令官の自室からだ

 

「状況に変化は?」

 

「ありません、強いて言えば権兵衛さんの話し相手が増えたくらいでしょうか」

 

取り敢えず状況の不明瞭は脇に置き、司令官の質問に応じる高雄

 

「何か言って来たか?」

 

「工廠の使用許可を求めて来ました、司令部での許可は出していません」

 

「使用目的は、なんだと言ってる?」

 

「同調していない我等の方々との通信だと、確認と協議が必要だと言っています」

 

「その内容は、聞いているか?」

 

「愛宕が聞きに行きましたが、こちらに報告が来ていません」

 

「愛宕は第二食堂か?」

 

「そうです」

 

「高雄は秋津洲を捕まえておいてくれ、二式大艇に飛んでもらわなきゃならない」

 

「了解しました」

司令官から指示があった、司令部要員としては履行しない訳には行かない

 

 

 

鎮守府-廊下

鎮守府:司令官/叢雲(旧名)

 

 

自室から出た司令官は工廠に向かっていた

 

「で?第二食堂に行くんじゃなかったの?」

 

「明石が報告書を出してないんだ、直接聞きに行かなきゃならないだろ、文句があるなら寝てろ」

 

足早に歩いていく司令官、身長差がある為にそれを小走り気味に追う叢雲(旧名)

 

「私は、邪魔?」

 

そう言ったら司令官が足を止めてこちらに向き直った

 

「!なに?」

 

「人になって、艦娘としてのチカラを亡くした私は、邪魔なの?」

 

「何その理屈、随分と卑屈な考えだな、とても叢雲とは思えん、寝不足で頭を悪くしたのか?」

 

「……ユメを見た気がする、海の上で波に揺られ身動き出来ない、誰かに連れ去られるユメ、あなたは見なかった?」

 

寝不足を指摘して来た司令官に仮眠室で眠れなかった理由を話す

 

「その話は後だ、優先順位を間違えるな、今は護衛隊の安全確保が先だろ?」

 

そう言った司令官は再び工廠に向かって歩き出した

 

「……やっぱり、そうなんだ、あのユメ、妖精さんが魅せてくれるユメ、どこかで艦娘が見聞きした記録、それを伝えるユメなのね」

 

 

 

鎮守府-工廠(第三工廠)

鎮守府:司令官/叢雲(旧名)

鎮守府所属艦:明石/祥鳳/鳳翔/夕張

 

 

工廠に着いたら早速明石に見つかった

 

「あっ、司令官、もう良いんですか?」

 

「解析結果が提出されていない様だが、手間取ってるのか?」

 

「解析は終わりました、今夕張が照合してます」

 

「データベースを構築してそのまま照合作業を?」

 

データベース構築は結構な重労働の筈、そのまま続けて照合作業まで通しで行わせるというのは、流石にどうかと思う

 

「そうです、何かしていないと碌な事を考えないから仕事させろって、何時に無い迫力で迫られました」

 

明石の様子から夕張が我が儘を通した事が窺えた

 

「あー、あの演習結果、そんなに気にしてるのか、出来るのならそっとしておいてやりたいが、状況が状況だ、そこは触らずに済ませようか」

 

夕張がそんな無理を通した理由は直ぐに思い当たった、が、ソレはソレとして解析結果は貰わないといけない

 

そこに背後から声と資料が出て来た

 

「解析結果なら、ここにある、どうぞ」

 

「……夕張?大丈夫か?」

 

思わずそう聞かずにはいられなかった、聞いた所で返ってくる内容は予測出来たが

 

「モチロン大丈夫に決まってます、あの練度差で引き分けに持ち込まれたくらい何とも思ってませんよ」

 

「そういうのはしなくて良い、北上と交代して少し休め」

 

「……命令ですか?」

 

何時かの大和と似た憑かれた顔を魅せる夕張

 

「そういう台詞は、鏡を見てから言ってくれ、駆逐艦には見せられない顔してるぞ」

 

 

 

鎮守府-第二食堂

鎮守府:司令官/叢雲(旧名)

???:???(権兵衛さん)

大本営所属艦:一組の初期艦二/その他少々(移籍組)/愛宕/足柄

鎮守府所属艦:初春/叢雲(初期艦)/叢雲(三組)/鳳翔/その他少々

桜智鎮守府所属艦:駆逐艦五

 

 

食堂に入ったら真っ先に権兵衛さんに見つかった

 

「む?鎮守府司令官?ヤケに早いな、六時間から八時間は睡眠を取るのではなかったのか?」

 

「そんなに寝かせてくれるつもりだったのか?もしかして、権兵衛さんって良い人?」

 

「……人ではない」

 

「叢雲が付いてくるのは、まあ、分かるけど、何で鳳翔さんまで付いて来てるの?」

 

一組の漣が興味深々な顔で聞いて来た

 

「連絡の不備で司令官の護衛が不在です、復帰まで私が護衛を務めます」

 

「……大和にも休む様にと妙高が気を効かせてくれた様なんだが、何処にいるか分からんのだ」

 

鳳翔の説明を捕捉する司令官

 

「大和に護衛を再開する様に伝令を?」

 

足利からの質問だ

 

「いや、折角休んでるんだ、そのまま休ませてやろうと思ってる、だから伝達不要としたいんだが、こんな要件で広域無線を使う訳にもいかんしな」

 

「私から伝える、艦娘間の個人通話なら大袈裟にならないでしょ」

 

「頼む、足柄がいてくれて心配事が一つ減った、で?何でここに居るんだ?」

 

そう聞いたら何故かバツの悪そうな表情になる足利

 

「……そりゃあ、アレよ、ホラ、色々手が要るかと思って……」

 

「ふーん、意外と権兵衛さんに敵意とか害意とか、無いんだな、移籍組はそういうのを抑えられるか如何か、気にはしていたんだが、取り越し苦労だったか」

 

「それ、どういう意味?」

 

足利に不思議そうに聞かれてしまった、もしかして気付いていない?

 

「ほう、鎮守府司令官は気付いていたのか、我等があの海戦で艦娘と闘った事を」

 

足利の不思議に応じたのは権兵衛さんだ

 

「そちらから見れば、闘わざるを得ない状況だったんだろ?いきなり数百の艦娘が攻撃して来たんだ、応戦するなって方が無理筋だ、権兵衛さん達は人の軍を相手にしていたんだから」

 

「貴様、何処まで、視たのだ」

 

視線を厳しいモノにして来た権兵衛さん

 

「妖精さんが何処まで魅せてくれたのか、そこまでは知らん、詳しい事情も知らないが、アレは艦娘が介入せずに放置すれば良かった案件の様に、私には視えた」

 

この返事で事情を読んだ権兵衛さんは困ってる様に見えた

 

「……妖精供が、余計な真似を」

 

「それで?工廠を使いたいそうだが、何に使うんだ?」

 

そこを追求しても厄介事になる、そう見越して本題を切り出した

 

「我等は知らぬ内に人の軍に莫迦された可能性が指摘された、それを確認する、それと、この艤装を持たない艦娘等はあの海戦で戦った艦娘だと、聞いた、現状の我等だけでなく広範囲な我等の意見が必要な条件が発生した、この協議を実施する」

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:秋津洲/鳳翔

大本営所属艦:高雄

 

 

権兵衛さんを第二工廠に連れて行き、その足で執務室に来た

こちらの指示に従い高雄が秋津洲を執務室に呼んでいた

 

「待たせた、早速だが、秋津洲、二式大艇を包囲網の向こうにいる長良達に向けて飛ばしてもらいたい」

 

「哨戒任務、かも?」

 

「哨戒ではない、伝令を頼む、広域無線では都合が悪いんだ、近距離無線で連絡を取ってもらいたい」

 

「内容は?」

 

「当鎮守府所属艦娘を他の如何なる組織、軍、国家にも引き渡すつもりはない、そう伝えてくれ、後は旗艦の長良が上手くやるだろう」

 

「……それじゃあ、権兵衛さんの要求は拒否、かも?」

 

少しだけ不安そうな様子を見せる秋津洲

 

「結果としてはそうなるだろう、ただ、権兵衛さんの利益次第では、別の取り引きが成立するかも知れない、それと、鳳翔、二式大艇の護衛が出来る艦載機はあるか?」

 

秋津洲の不安は直ぐには除けない、今は条件が整っていない

今現在対応出来る事案の条件を整える為に護衛と称して付いて来ている鳳翔に聞く

 

「距離次第です、二式大艇の最大航続距離を随伴出来る護衛機はありません」

 

迷いも無く即答してくる鳳翔

 

「そこまでの距離ではない筈だ、秋津洲、往復の飛行距離は?」

 

「目的が近距離無線による通信なら長良達を探す所から始める事になるかも、飛行距離は探す時間で変わって来るかも」

 

「そうか、そうなるな、せめて龍驤との秘匿通信が確保出来ればやりようはあるんだが、仕方ない、鳳翔は艦載機を可能な限り護衛に付けてくれ、帰って来れなくなるまで飛ぶ必要は無い」

 

「司令官、護衛が必要な訳を聞かせてください」

 

鳳翔から質問が入った

 

現状で深海棲艦の飛翔体は見つかっていない、更に一時的とはいえ休戦中、ならば二式大艇に付く護衛機の相手は何処の誰なのか

 

「知らない方が良い、大人の事情ってヤツだから」

 

「……そうですか、大人の事情、ですか」

 

つまり、人の都合、二式大艇が人の手に拠り撃墜される、そう仮定しなければならない状況にある

司令官の言っている意味を鳳翔はそう判断した

 

 

 

外洋-資材採掘場(無人島)

鎮守府所属艦:龍驤/長良/名取

 

 

広域探索中の龍驤の偵察機が同一高度で飛翔体を見つけた

 

「ん?アレは、鳳翔の艦戦やないか、増槽まで付けて何しとるんやろ」

 

「艦戦?この状況で単独飛行は無い、何を護衛してる?」

 

長良から質問が出た

 

「んー、単独飛行にしか見えへん」

 

「単機で飛んでるの?」

 

名取にも艦載機、それも戦闘機が単独飛行しているというのは不思議でしかないらしい

 

「まあ、ごちゃごちゃ考えるより、偵察機を接触させた方が早いやろ」

 

龍驤は言った通りに偵察機を艦載機に接触させるべく行動に移った

 

 

 

外洋-資材採掘場(無人島)_周辺海域

鎮守府所属艦:龍驤/長良/名取

 

 

接触させた偵察機から報告が来た

 

「……二式大艇が着水するから、合流しろと、言っとる、どういうこっちゃ?」

 

「着水位置まで誘導するって事?なんだろう?」

 

今の状況で二式大艇と護衛隊を合流させる意図がわからない

 

「長良宛に司令官から命令やと、『当鎮守府所属艦娘を他の如何なる組織、軍、国家にも引き渡すつもりはない』なんやろな?」

 

「引き渡す?合流しろってソレの事情説明?」

 

長良の疑問は解消されない

 

「わからん、合流するのに態々コレだけ先に近距離無線で伝えて来たんは、なんでやろな?」

 

龍驤にも事情が読み切れない様だ

 

「……長良、軍による鹵獲、私達はあの海戦の生き残り、司令官が大本営に着任要請を出した事で存在が公になってる、外郭警戒中の重巡達に緊急警報を、旗艦じゃ無いと警報は出せない」

 

名取から状況の予測と対応が提案された

 

「鹵獲って、私達、鎮守府所属艦だよ?そんな事何処の軍が?」

 

長良は名取の提案に疑問しか湧かない模様、一方の龍驤は厳しい表情になっていた

 

「……そういうこっちゃか、あいつら未だに艦娘コレクションしとるんか、長良、悪いが、向こうの水上機持ちに話して、手を借りるで、ウチの重巡等手持ちの観測機で最大範囲の観測をやっとるさかい、ちぃっと、探し難いねん」

 

名取の提案を受け入れて更に行動に移そうとする龍驤にも疑問しか湧かない長良

 

「龍驤は警報を出す事に異論はないの?誤報の可能性もあるんだよ?」

 

「司令官から命令が来とるやろ、何処に誤報の余地があんねん、命令が来てる以上誤報だしたんは司令官っちゅうこっちゃやろが」

 

龍驤の指摘に漸く二人の言動に合点が行く長良

 

「ああ!!そうか、そうなるよね、いけないイケナイ、隠匿生活が長かったから、色々忘れてる、では、旗艦権限で緊急警報発令」

 

護衛隊旗艦長良から広域展開中の護衛隊所属艦娘に対し緊急警報が発信された

 

 

 

外洋-資材採掘場(無人島)_周辺海域

鎮守府所属艦:龍驤/長良/名取

桜智鎮守府所属艦:鈴谷/熊野

~近距離無線~

桜智鎮守府所属艦:時雨/春雨/海風/山風/江風

 

 

「なに!なにがあった?今の警報!」

 

長良が警報を発した、其れ程間を置かずに此方側に残った航空巡洋艦二隻が駆け込んで来た

 

「おお、来よったか、ちょっくら手を貸してくれへんか?」

 

駆け込んで来た二人にノンビリと呼び掛ける龍驤

 

「……私はあんた達の旗艦じゃないんだけど」

 

龍驤とは違い微妙な感じの長良

 

「それより、貴方達とこちら側に残った駆逐艦達は、今何処に?」

 

そんな長良は放置して問題解決に向け動く名取

 

「時雨達なら、この島を起点に周回しています、それがなにか?」

 

熊野が名取に説明、状況を聞いて来た

 

「もし、接触して来るモノがあれば、それに取り合わず直ぐにここに来る様に連絡してもらえませんか」

 

「どういう事?」

 

名取の依頼に鈴谷は疑問しか持ち様がなかった

 

「艦娘の鹵獲を目論む何者かが、接触して来る可能性があります、司令官から警告が来ました、私達は司令官の指示に従い、これを拒否します

ですが、貴方達は他所の鎮守府所属艦、ウチの司令官の指示を根拠に出来ない、規定の上では艦娘は国の定める国際法規、軍や組織に因って結ばれている協定や条約を根拠とする要請を無視出来ない

それを鹵獲に活用する何者かが接触して来る可能性を警告されました」

 

「時雨、聞こえて?」

 

名取の話を聞き終えた熊野が無線を使い始める

 

「聞こえる、熊野かい?なにがあった?今の警報だよね」

 

直ぐに時雨が応答して来た

 

「長良達からの情報提供です、周辺海域に艦娘の鹵獲を目論む何者かがいる、そうです、五人揃っていますね?」

 

「いる、鹵獲って、なんの話さ」

 

「直ぐにこちらと合流してください、この何者かは、正式な要請を出して来る可能性があります、そうなると旗艦がいない私達は対抗手段が、要請を拒否する権限を持つ旗艦がいません、接触される前に対応する必要があります」

 

時雨からの返答に暫く間があった、直接無線を繋いでいる熊野には時雨が別回線での応答の為に空いた間だと判別出来た

 

「……熊野、少し遅かったみたいだ、春雨が海軍からの協力要請を受信、海難救助に手を借りたい、といって来た、受諾してしまった」

 

時雨の別回線での応答は長良達から受けた警告内容だった、後手に回った事を悟った熊野は状況への対応策を講じる必要を感じた

旗艦でなくとも警告された危険に身を晒す様な真似は避けたい、何よりウチの司令官は無理を押して艦隊を派遣した

この艦隊を無事に連れ帰る事を司令官は巡洋艦達に期待しているのだから

 

「仕方ありません、私も同行します、鈴谷は龍驤に手を貸してください、なにやら探しモノがある様ですから」

 

「……大丈夫?司令官に連絡取った方が良くない?」

 

熊野の言い分に心配そうに聞く鈴谷

 

「連絡といっても距離が距離です、広域無線を全力で使う事になりますよ?陸で携帯端末を使う様な気軽さではいけません」

 

「他所の担当海域だからねぇ、遠いから通信手段も限られる、だから旗艦権限なんてモノが設定されてる訳だし、仕方ないか」

 

取り得る手段と実行可能な手段は必ずしも一致しない、巡洋艦としてなら兎も角、派遣艦隊として出来る事には制限が付く

無闇に動くとソレは後日に司令官に跳ね返って来る事が確実、自分達のクビを絞める事態にも繋がりかねない

 

「事情はウチの司令官に伝える、なにか手があれば、良いんだけど」

 

鈴谷の心配事は長良も理解出来る、護衛隊旗艦としても、一隻の艦娘としても、打つ手があるのなら協力を惜しむ様な事案ではない

鎮守府からの伝令として二式大艇が来ている、活用しない手は無い

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:秋津洲

大本営所属艦:高雄/愛宕

 

 

二式大艇から秋津洲へ事態は報告され、直ちに司令官に伝えられた

 

「大艇ちゃんから報告、龍驤達との接触に問題なし、但し他所の鎮守府所属艦の駆逐艦隊に海難救助要請が出され、受諾した、駆逐艦隊は重巡と合流しつつ指定された海域に向かい救助支援を実施する見込み、かも」

 

「龍驤の偵察機で先行偵察出来ないか?」

 

報告を受けた司令官は打てる手を打っていく様だ

 

「大艇ちゃんとの接触の後収容して補給中、直ぐには無理かも」

 

「重巡なら観測機を積んでないか?それで先行偵察する様に依頼を」

 

「……重巡じゃなくて航空巡洋艦だって、水上機持ちだから先行偵察は可能、でも、観測機じゃないから下手に接触させると問題になるかも」

 

秋津洲から訂正が入った、同時に懸念も示された

 

「観測機じゃなくて戦闘機とか攻撃機って事か?」

 

「水上戦闘爆撃機だって、言ってる、救助要請した相手によっては武装した艦載機との接触をどう捉えるか、相手次第かも、それと、この駆逐艦隊には旗艦がいないって言ってる、そっちの方が当面の問題かも」

 

秋津洲からは修正と問題提起、更に輪を掛けた問題と次々と出て来た

 

「それだと、公的な要請を正面から拒否するのは難しいな、艦娘部隊は国際機関とはいえ治外法権って訳じゃないし、取り敢えず龍驤に偵察機での接触を絶やさない様にいってくれ、状況を見ないと迂闊に手出し出来ない、護衛隊の方は?」

 

次々と出て来た問題に状況不明では直接の対処仕様がない、護衛隊の行動に任せる事になる

 

「外郭警戒中の重巡は応答なし、龍驤が他所の鎮守府所属艦の手を借りて探し出す準備中、長良が警報を出したからこっちに合流する筈だって、いってるかも」

 

長良は良く状況判断をしていると判る、護衛隊は龍驤の広域探索を軸にはしているが、それとは別に独自に外洋に展開している

 

長良を始めとする遠征隊を直接援護する艦娘達、行動範囲内の海域から深海棲艦を追い払う艦娘達、ある意味で二重の防衛線を持った艦隊配置を採用している護衛隊

無補給での長期間行動、資材を自己収集出来る妖精さんを保有する長良達にしか出来ない艦隊運用だ

 

「手を借りて?航空巡洋艦ってのが複数来てる?」

 

秋津洲の報告に確認を取る司令官

 

「最上型の三番艦と四番艦が来てる、四番艦が駆逐艦隊と合流、龍驤は三番艦の手を借りるって」

 

「最上型?重巡、だよな?」

 

司令官が記憶を頼りにしたらしく首を傾げている

 

「改装で艦種変更したっていってる、鎮守府に来てる利根も艦種変更して、航空巡洋艦になってるかも」

 

「三隈と筑摩の姉妹艦か、全員ドロップ艦なんだろうとは思うが……」

 

司令官が何を言い淀んだのか気になった秋津洲はソレを聞く

 

「なにか、問題かも?」

 

「いや、艦娘は姉妹艦って言っても沢山いる、ドロップ艦と建造艦だと難しいみたいだから、ドロップ艦で揃っているのなら変に気を回さない方が良いかと思ってな」

 

「私は姉妹艦っていないから、そういうのはわからないかも」

 

司令官が言い淀んだのには理由があった、先を促したのは秋津洲だ

 

 

 

???

米海軍_対艦娘部隊_観測班:班長/班員1/班員2

 

 

長良の発信した警報は此処でも捉えられていた

 

「このタイミングで警報?これって……」

 

「間違いなくこちらの動きを見越してる、何処から情報が漏れた?」

 

「漏れた、というより、予測されたんじゃないですかね、艦娘の鹵獲作戦は二度目ですし、前回も完全な隠匿が出来ずに、日本政府に疑われたままですし」

 

班員が推定と思われる意見を言う

 

「……あの鎮守府司令官が日本政府と繋がってる?」

 

「繋がってるも何も彼、日本人ですよ?鎮守府自体も日本国内に設置されてます、前回の様に公海上で陸の見えない場所での鹵獲と同じ様には行かないでしょう」

 

「前回の鹵獲で目的を達成していれば、今回の作戦は実施しなくて済んだモノを、科学者とか研究者ってのは、予算の確保に必死になり過ぎて目的を達成する事を忘れ過ぎて困る」

 

若干愚痴気味の班長

 

「あちらにして見たら自分の研究室を確保出来るか失うかの瀬戸際ですからね、必死にもなるでしょう」

 

他人事なので他人事として感想を言う班員

 

「その結果が、今回の作戦実施だ、何度同じ手間を取らせる気だ、そもそも艦娘のサンプルなんて鎮守府を誘致して建造すれば良いのではないのか?

態々他所の鎮守府の、それも日本で運用されている艦娘のサンプルを寄越せとは、注文が過ぎるだろう、何か勘違いしてるとしか思えん」

 

その感想にも愚痴気味に応じる班長

 

「……不思議ですよね、その注文なら政府間交渉で片付くと、私なんかは思うんですけど、この作戦は実施された、これって政府間交渉がなされていないか、拒否されたって事ですよね?」

 

班員からの疑問、流石にコレには愚痴で返す訳にはいかない班長

 

「そこに口を挟みたかったら政治屋に転職するんだな」

 

「折角の提案ですが辞退しますよ、職業政治屋なんて道化者より自分には向きません」

 

 

 

???

艦娘部隊上部機関-本会議場

???:監察官/各方面代表/老兵

大本営司令長官:老提督

 

 

状況は逐一報告されていた

 

「ほう、もう警戒されたのか、素早いな、彼は何処から情報を得ている?」

 

彼、鎮守府司令官、佐伯司令官を指している

 

「彼は本当に民間起用なのか?鎮守府を包囲している深海棲艦への対応、そしてこの素早い警戒態勢、協力者或いはこの上部機関の中に指揮者がいるとしか思えない行動だが?」

 

「……私の事を言っているのかね、残念ながら、私は彼に何もしてやれなかったタダの年寄りだ、買い被られても困る」

 

老提督の発言だ

 

「……私をそういう目で見ているのか?」

 

老兵が続けて発言した

 

「いや、アメリカの鎮守府は壊滅した、その経緯からソレは否定出来る」

 

「誤解がある、壊滅したのは軍司令部だ、艦娘部隊の鎮守府ではない」

 

代表の発言を訂正する老兵

 

「ソレよ、それは予想していなかった、アメリカが打撃艦隊を複数投入したにも関わらず深海棲艦の進撃を止められなかった、この海戦に投入された艦隊は壊走、同時にハワイ諸島への上陸を阻止できなかった

主にカウアイ島への上陸と聞いているが、他のハワイ諸島へも少数は上陸しているだろう、このまま放置すればハワイ諸島全体が深海棲艦の拠点となりかねない、まさか、深海棲艦が陸に拠点を造るとは、予想外過ぎる」

 

「その新たに判明した脅威に対抗する術を捜す必要がある、その為にも艦娘の研究とより深い理解が重要になってくる」

 

「……より深い理解、司令官の資質を持たない者にそれが出来るとは思わない、貴方の言う理解と、司令官、提督の艦娘に対する理解は全く別のモノだ、艦娘部隊は司令官や提督の理解にこそ、意義を見出す方がより有意義であると、私は考えている」

 

列席の面々に自身の主張を述べる老提督

 

「研究機関には艦娘を通じて妖精と呼ばれる存在が持つ技術を解明する責務が課せられている、妖精を直接観測出来ない以上艦娘を通じて究明していくしかない」

 

「それで?前回の研究結果が未だに出ていない様だが?サンプルだけは追加すると?前回の研究結果を検討もせずに追加要求だけは通した理由を、是非聞かせてもらいたい」

 

老兵が問う

 

「サンプルが少なく結果が出せないそうだ」

 

「サンプルが多ければ結果が出せる?本気でそう考えているのかね?」

 

老提督も質問する

 

「何にせよ、現状では日本に艦娘が多過ぎる、他国に分配すべきと考えるが」

 

「……先日の報告会では、日本国内の艦娘の数が絶対的に足りない、と糾弾されましたが、アレは私の覚え違いかな?」

 

代表の言い分に老提督が質問を重ねる

 

「……日本が艦娘を独占している現状を変えたい、深海棲艦への対抗手段に成り得る艦娘は世界中で需要がある、艦娘部隊は国際機関である為商売となると難しいが、取り引きは出来る、この強い需要を取り引き材料に艦娘部隊をより強力な国際機関に育て上げ、何事をも優位に進められるだけの実権を掌握する事こそ、我々上部機関の責務であり職務ではないのか」

 

「国際機関としての実権、その取り引き材料に艦娘を充てると、知っているか?彼は艦娘を対価としても取り引き材料としても扱わない、そう主張している事を」

 

老兵が指摘する

 

「それがどうした?」

 

「今、彼は誰と休戦しているか、忘れたのか?覚えているのなら、其処から導き出される最悪の事態に少しは想像力を働かせた方が良い、それでも彼の主張に対し、それがどうした、などと云えるのなら、何を言っても無駄だろう」

 

老兵が指摘を重ねる

 

「……彼は今日本国内に居る艦娘の大多数を指揮下に置いているのだったか」

 

「直接指揮下に置いている訳ではないが、現状の予測では日本国内の艦娘の七割は彼の指揮下に入る事になるだろう」

 

代表の疑問に応じる老提督

 

「残りの三割は?」

 

「他の鎮守府に、現在稼働中の鎮守府は三箇所ある、大本営は既に艦娘の運用拠点としての意義を亡くした事は確認されている、この他の二箇所で残りの三割を持つ事になる」

 

「もし、彼を艦娘から、離したら、どうなる?」

 

代表の疑問が続く

 

「大本営はどうなった?何故大本営はそうなった?今まで散々話してきた事だ」

 

今回の上部機関本会議、何が議題で何を話して来たのか、幾ら何でも忘れるには時間が短過ぎた

 

「……つまり、現状で彼の主張を無視すれば、艦娘の離反が、大本営でそうであった様に集団でのサボタージュに発展する可能性が、高いと?」

 

「そうなった時、軍で艦娘と深海棲艦の両者を同時に相手取るのか?アメリカですら進撃を止められなかった深海棲艦に加え、人の戦術、戦略を理解し駆使する艦娘を向こうに回すのか?敢えてその方向に進まねばならない理由を、私は思い付かない、列席の方々には、どうだろうか」

 

そう老提督は呼び掛けた

 

「想定に疑問はあるが、可能性がゼロでない事は、理解した

艦娘部隊は国際機関であり、この上部機関は艦娘から理解者としての立場が重要、そういう報告は受けている、人の都合だけで艦娘を扱う事のリスクも報告されている

これらを総合的に考慮しなければ、我々の目的は達成出来ないだろう、先ずは、彼がその主張を何処まで実行出来るのか、見せてもらうとしようか」

 

この代表の発言に反論する列席の面々はいなかった

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官/叢雲(旧名)

鎮守府所属艦:秋津洲

大本営所属艦:高雄/愛宕

自衛隊_憲兵隊:隊長

 

 

執務室の扉が叩かれた、それに応じる高雄

 

「はい、と、憲兵隊長?どうされましたか?」

 

「司令官に面会を」

 

「通して、秋津洲、悪いが、お茶を用意してくれないか」

 

「わかった、かも」

 

二式大艇からの報告の都合上執務室にいた秋津洲に雑務が言い付けられた

 

「……なんで、秋津洲?私や高雄でなく?」

 

「大本営所属艦だろ、秋津洲はウチの艦娘だ」

 

「……ああ、そういう」

 

「で、ご用件は?」

 

何時もの様に長椅子に座ったものの周囲に複数の艦娘がいる事に戸惑い気味の隊長

 

「……なんか、やり辛いな、先程海自から艦娘の発した警報らしき信号を捉えたと、こちらに問い合わせがあった、この警報らしき信号を発信したのは、司令官の指揮下にいる艦娘か?」

 

「それは、関わらない方が良い案件だと、思いますが、憲兵隊長はどうしても関わりたいですか?」

 

そう聞いたら隊長は少しだけ表情を固くした

 

「米軍絡みか」

 

「何処の軍かは、わからない」

 

「……この鎮守府には元大本営所属艦娘が着任していたな」

 

「大本営から移籍して来た艦娘ならそれなりにいるが、それが?」

 

「大本営で未帰還者として登録されていた艦娘だ、着任している筈だ、何処にいる?」

 

隊長の質問の意図を掴みかねた、所属艦娘の所在など憲兵隊の職務からすれば問う必要は無い筈だ

その必要は艦娘の身柄が不自然な場所で確保されない限り生じない筈

現状でその可能性はこの鎮守府には無い

 

「……それを、聞いて、どうする?」

 

隊長の意図を探る意味で聞いてみた

 

「矢張りその線か、逃したのか?」

 

益々隊長の意図がわからない、何かの行き違い?兎も角このまま押し問答になっても良い事はない

 

「何か、勘違いをしていないか?そもそも逃した、とはどういう意味だ、まさかその線というのは管理不行き届きを理由に憲兵隊で私を拘束する口実にでもするつもりか?」

 

「では、理由を聞かせてもらいたい、未帰還者達が今この鎮守府にいない理由を」

驚いた事に隊長はこちらの問いを否定しなかった、悪い方の可能性を言ったらそれを否定する理由を問い返して来た

この隊長の台詞に高雄が溜息を吐いた

 

「……なんというか、呆れてモノが言えないというのはこういう事なんでしょうね、誰が何を憲兵隊に吹き込んだのやら、大本営は未だ健在って事なんでしょうけど、こんなバカな案件は司令部で受けます、司令官は職務にお戻りください」

 

「司令部?そういえば、移籍組から協力者を選抜して鎮守府運営に関わらせているという報告はあったな」

 

隊長の台詞に更に呆れてみせる高雄

 

「……そこからですか、尚の事司令部で受ける案件です、司令官の時間を割く迄もありません、重要な案件が複数同時進行中なのですから、こんな些事は司令部にお任せください」

 

「重要な案件?複数同時進行?」

 

「隊長さん、貴方に俳優の素養は無いんだから、それに腹の探り合いも苦手でしょ?簡潔に言って良いんじゃない?」

 

高雄と隊長の遣り取りを見ていられなかったのか叢雲(旧名)が口を挟んで来た

 

「……あんたがそんな事を言ってくるとは、大本営所属艦って所は気にしなくて良いんだな?」

 

「ソコを気にしてたのか?ソレを気にするのは秘書艦の五十鈴だけで良い、移籍組は隊長の言う未帰還者達のお陰でこっち側に付きつつある所だ」

 

隊長の懸念事項を、意図がわからない言い回しをしていた理由を漸く理解した司令官

 

「司令官?私達は大本営に戻るつもりはありません、修復が実施されればこの鎮守府に着任します、お間違えのない様に、お願いします」

 

高雄から要望?訂正?が入った

 

「着任する鎮守府はそちらの希望を出来るだけ通す、少なくとも手続きはする、最終判断はよく考えてからで良い」

 

「なるほど、そういう事情になってるのか、で、話を戻すが、あの未帰還者達が外洋にいる経緯を説明してもらいたい、何やら海自に好ましくない動きもある、幕僚会議で何かあった様なんだが、情報が憲兵隊に回って来ない、こちらとしても司令官を拘束する様な事態は避けたい

こんな事は自衛隊内で処理すべきなんだが、私には其処までの権限はないのでね、対抗手段が欲しい、鎮守府運営への協力条項を遵守する為にも必要になる」

 

懸念事項が晴れて漸く本題に入る憲兵隊長

 

「もしかして、鎮守府への道路を封鎖してる陸自って、協力条項に基付く行動なんですか?」

 

ここで協力条項を出して来た理由が判別出来なかったので隊長に聞いてみる

 

「半々だ、何方でも対処出来る様には準備してる」

 

「それを知っていれば、移動指揮所の司令官も撤収しなかったと?なら知らずにいてくれて良かった」

 

「良くはない、その撤収を理由に艦娘との協力関係に肯定的な海自自衛官が現場から遠ざけられてる、明から様に艦娘部隊に否定的というか、そういった自衛隊員が現場を仕切り出してる、何をやるつもりなのかまでは分からんが」

 

「それが好ましくない動き?」

 

「その一つだ、その火の粉が憲兵隊にまで飛んで来てる、憲兵総監でも火元に近付けない様でコッチも困ってる」

 

「自衛隊そのものが、艦娘部隊と対立しかねない?それは勘弁してもらいたいんだが」

 

「私だって願い下げだ、ただ、憲兵総監も幕僚会議の決定には従わざるを得ない、自衛隊も官僚組織には違いないんだ、悪く思わないでもらいたい、が無理があるか」

 

「公僕としての立場は私なりに理解しているつもりです、こちらは只の一般人なので余程の理不尽でもなければ一般市民としての協力はしようと思っていますが、私にも鎮守府司令官という職務はある訳で、完全に自衛隊と立場を同じくする事は出来ない、お互い様という辺りでご理解頂きたい所ですね」

 

「……まあ、細かい所は後にしよう、海自の行動と防衛省内部での綱引きやら色々あるが、憲兵総監からは艦娘部隊との協力条項の遵守をと言ってきている、何しろ現状で憲兵隊が駐留してる鎮守府はここだけだ、艦娘部隊との協力関係を維持する事は閣議決定であり確定事項、国会の議決も取り付けて政府決定だ、これは有効性を失っていない、自衛官としては政府決定と直属の上官からのお墨付きが来てるんだ、無用な心配はしなくて良い」

 

「ここだけ?後二箇所の鎮守府に憲兵隊は駐留してない?」

 

駐留していない理由が分からずに聞いてしまった、同期の司令官は五人、同時期に開設された鎮守府は五箇所、二箇所は司令官の退役に伴って解体されたのだから駐留していなくとも解らなくは無い

 

「向こうの鎮守府はそちらの大規模増設計画で新設された鎮守府へ移転している、知らないのか?」

 

「……えっと?」

 

司令官は視線を高雄に向けた、この視線の意味は高雄にも分かった

 

「合同作戦でこの鎮守府に来る遠征隊の航路が変わっていると、指摘があり、その調査過程で鎮守府の移転が確認されていますが、これは司令部が立ち上がる前の案件です、ご存じなかったのですか?」

 

言われてみればそんな話を誰かから聞いた気がする、事務艦からの報告ではなかったから鎮守府の話になってなかった

 

「……あー、事務艦が変に気を回したのか、知ったからどうこうって話じゃないのは、そうなんだけど、話としては持って来て貰いたい案件だったな」

 

「申し訳ありません、既に報告された案件だと判断していました」

 

詫びは要らないと言っているのにソレを言って来る高雄、ソレを指摘しようとしたら愛宕に遮られた

 

「では、関連情報である鎮守府司令官と艦娘部隊との契約変更についてもご存じないのですか?」

 

「それは聞いた、契約変更を嫌って二人が退職したって話だろ、もう二人は変更に応じたと、コレ同時進行なのか、ウチには何の話も来てないんだが、どういう事だろう?」

 

「ここは向こうの鎮守府と違って抱えてるモノが多過ぎだ、安易に移転させられないって事だと、外からは見えるが、それでは合点がいかないか?」

 

何故か憲兵隊長が応じて来た

 

「色々押し付けられた結果、押し付けた側が持て余した、そういう事?大本営は監査中な訳だし、別の理由がありそうだけど、正直関わってる時間も手間の取れない、私は放置するから、必要なら司令部で対処して良い……アレ?不味いか、大本営所属艦に投げられる案件じゃないか、これは困ったね」

 

大本営を起点とする問題だからと大本営所属艦を当てる訳にもいかない、起点は大本営でも問題の発生は鎮守府で影響を受けるのも鎮守府だ、鎮守府所属艦の判断が入らないと変な所に変な亀裂が生じかねない

 

「……所属の問題でしたら、今直ぐに移籍手続きを実行して良いです、異論はありません」

 

高雄からだ、こちらの言い分を理解しての言い分だろうか、単に投げられない、任せられないと言った部分に反応しただけなのか

 

「それには修復作業が完了しないといけない、資材不足で修復作業は中断してる、手続きは出来ない」

 

「こちらから申請すれば……」

 

「言いたい事は判るが止めといた方が良い、大本営も今どうなってるか良く分からんしな、あの監査も何時迄やってるのか、そもそも何をやってるのか、こちらからは窺えないんだし、変に突っ込み所を提供することもないだろう」

 

どうも反応しただけらしい

 

「老提督は未だ大本営司令長官の立場にあります、それでも、その様にお考えなのですか?」

 

愛宕から質問が出て来た

 

「……老提督もだが、あの老兵って爺さんも可也の曲者だろ、用心に越した事はない、これだけの無茶を振られてるんだ、挙句に何も言ってこない、向こうがその気になれば私を如何にでも処理出来るだろう、そうなれば私には対抗手段はないんだ、どこを相手にするにせよ迂闊な事は出来ない、時間がかけられるのなら掛けられるだけかけて、状況を見極めないとな」

 

何時に無く愛宕の表情が固かったのは見て取れた、そんなやり取りをここまで大人しく話を聞いていた叢雲(旧名)が口を開けた

 

「間怠っこしい、あんたがその気なら、私達、最初の初期艦は全員あんたに着く、それにこの鎮守府所属になってる三組と出向扱いの一組もあんたに着く、一層の事これで艦娘部隊の実権を取れば?

そうしたらこんな面倒な話にはならない」

 

口を開けたら開けたで跳んでも無い事を言い出した叢雲(旧名)、これには流石に呆れる外無い

 

「アホか、何を言い出すのかと思えば、そんな厄介な話に出来るか、艦娘部隊の実権なんて興味ない、国際機関だぞ?

今の百倍面倒な事になるに決まってる、昼寝する暇もなくなるじゃないか、この鎮守府だけで手一杯だよ、私には」

 

予測した範囲内の答えだった様で叢雲(旧名)は司令官の言い分に反論せずに溜息一つで流した

 

「……そう言うと思った、全く、これだから権兵衛さんが利益を提供するって言っても何を提供すれば良いのか、なんて話になるのよね、バカな話と笑えば良いのか、私欲の無い司令官だと感心すれば良いのか、真っ当な人としては、如何なの?」

 

叢雲(旧名)が憲兵隊長に話を振った

 

「ん?私に聞いているのか?私は憲兵隊長であって鎮守府司令官じゃない、知らんよそんな事は」

 

いきなり振られた話に少し戸惑いを見せる憲兵隊長

 

「参考までに聞きたいんだけど、部下を数人差し出せば一生豪遊出来るだけの地下資源を提供されるとしたら、隊長は部下を差し出す?」

 

「……色々前提がおかしい、仮定そのものが成立していない、成立すらしない仮定は検討する価値すらない、参考にしたいのなら仮定が成立する前提でモノを言って貰いたい」

 

「成る程、検討の価値すらないと、権兵衛さんも交渉相手を間違えたって事ね、どこでこんな前提を仕入れて交渉に来たんだか」

 

叢雲(旧名)の言い様から件の交渉に於ける司令官の判断との比較対象にされたと判る、その経過は耳にしている憲兵隊長、しかし当人から直接回答が得られるのなら、それに越した事はないとも考えた

 

「地下資源を提供すると、言って来たのか?」

 

「利益の参考例として言ってきた、換金手段がないから断った」

 

「あー、日本で地下資源の換金手段か、それは、難易度高いな、他にどんな利益提供を言ってきたんだ?」

 

「鎮守府担当の海域での戦力提供、これには継続性が必須だ、権兵衛さん達との関係を維持、継続する事が前提になる、私の独断では決められない」

 

「戦力、提供?海域の安全を権兵衛さんが提供すると?如何やって?」

 

「知らん、権兵衛さん達に言わせるとその程度の事らしいが、さっぱりわからん」

 

「権兵衛さん達は極一部、だと言っていたな、深海棲艦と一括りにしているが、派閥みたいなグループに分かれているのか?」

 

「派閥というのは大枠では同じ集団の中での話、権兵衛さん達をそう見做すのは人の視点、向こうから見れば無意味な話だ」

 

「人だからと一括りに見做して国単位を派閥と見る様な話になってしまう、という事か?」

 

憲兵隊長から確認の様な質問が出て来た

 

「スケールを如何取るか、だよね、これまでの話からは私と権兵衛さん達との間のスケール感にもズレがある、向こうのスケールからすれば私ではなく大本営に行ってもらわないと話が合わないだろうに、何故かこの鎮守府での交渉妥結に拘ってる、如何したものか」

 

鎮守府司令官の言い様に自衛隊としての行動を挟める余地を見た憲兵隊長は自衛官、陸自一佐としての左官の仕事を始めた

 

「……もし、可能なら、憲兵総監を始め、政府側の官僚、関係政治家がこの鎮守府で、交渉の席に着く事は出来ないか?」

 

「権兵衛さんと、交渉を望んでいる政府関係者が、多いって事?」

 

鎮守府司令官は憲兵隊長の予想に反し異論では無く質問して来た

 

「多いのか、少ないのか、割れている事だけは確かだ」

 

変に飾っても仕方ない案件だ、それにこの鎮守府司令官、民間上がりだと見做して下手を打つと艦娘を相手にするよりも厄介な事態を引き起こす事を経験上から知っている憲兵隊長

 

「そうは言っても鎮守府は大本営麾下、日本政府とは艦娘部隊を経由した関係しかない、今回の交渉の席に着くには、当事者としての立場には無いと思う、少なくとも大本営からそういう指示が無いと鎮守府側だけでは無理筋だ」

 

「……どうにか、出来ないか?」

 

左官としての仕事は簡単には進まない

 

「如何してもというのなら、大本営司令長官の秘書艦が当鎮守府に滞在している、そちらへどうぞ」

 

「そうなるのか、わかった、では後で部下を来させるので、未帰還者についての話は司令部で対応をお願いしたい」

 

「本気?」

 

叢雲(旧名)に聞かれた

 

「……宮仕えの何とやらってヤツだ」

 

憲兵隊長は叢雲(旧名)、元鎮守府配置の最初の初期艦にそう返した

 

 

 

 

 

 

 





場所-殆ど鎮守府の何処か、断りの無い鎮守府表記の場合は佐伯司令官の鎮守府
所属:登場人物/登場艦娘 等

~近距離無線~は通話、交信 等

上記の書き方が基本となっています、同じ所属が複数行になっている場合は行動単位




大本営所属初期艦〔一号(漣.電.吹雪.五月雨)、一組(漣.電)、二組(吹雪.叢雲.漣.電.五月雨)〕

移籍組〔修復待ちの高練度艦娘、以前の大規模海戦の帰還艦娘〕

司令部要員〔高雄.愛宕.摩耶.妙高.那智.足柄.三隈〕




鎮守府所属初期艦〔鎮守府配置の初期艦(叢雲)、三組(吹雪.叢雲.漣.電.五月雨)〕

工廠組〔明石、夕張、北上、秋津洲〕

護衛隊〔以前の大規模海戦の帰還艦娘、長良を始め帰還後に原隊の大本営に戻らなかった艦娘達、広域探索役として龍驤が加わっている〕



上記の初期艦の所在
・二組の初期艦は大本営に、老提督から長期休暇を取らされるも老提督の補佐に勝手に着いている
・他は舞台となっている鎮守府(佐伯司令官の鎮守府)に所属、出向、立ち寄りなどで滞在中



艦娘について
・鎮守府の大規模増設計画に伴い、初期艦達が配置する艦娘の問題解決手段として艦娘の複製(正確には妖精さんの増殖)手法を確立、作製(建造)に至っている
・本編中では複製艦娘達は新規格の艦娘と呼ばれている
・この新規格の艦娘は新規設計の第三工廠、或はそれに準じる工廠にて作製可
・初期艦も複製可能となり増設計画に拠って増設された鎮守府に配置され、留守番中




・工廠に陣取る軽空母達、鳳翔、祥鳳、隼鷹
・工廠防衛を指示されている
・ちょっとした問題が発生、待機中



・他所の鎮守府所属艦娘達(桜智鎮守府所属艦)
・白露型十、航空巡洋艦三
・包囲網を通って鎮守府に来たのは利根、白露、村雨、夕立、五月雨、涼風
・時雨は同名艦が居ると聞いて残留
・改白露型三隻は内輪の事情により残留
・春雨は他所の資材採掘地に興味深々で残留を希望
・最上型三番艦、四番艦は護衛隊の周辺探索に協力する為に残留




鎮守府間の合同作戦
・老提督(大本営司令長官)からの依頼が起点、大本営から許可を得ている作戦行動
・大本営内で引き籠もり状態だった帰還艦娘達を修復し現役に復帰させる
・引き籠もり状態だった帰還艦娘達は艤装を喪失している為、現役復帰には再艤装が必要
・帰還艦娘の修復(再艤装)には相応量の資材を要する
・必要となる資材の採掘と備蓄、運搬を稼働中の全ての鎮守府で行う協力体制を構築済み
・現状は実行中ではあるが、諸般の事情により事実上の停止状態


鎮守府大増設計画
・老提督から再度の無茶振り、但し佐伯司令官は他所の司令官にこの無茶振りを直には伝えていない
・この無茶振り自体は広範囲な噂話として知れ渡っている
・他所の鎮守府では資材供給以外に実行可能な行程として関われる箇所がない
・前述の理由もあり合同作戦をそのまま延長して諸般の厄介事を回避する腹積もり
(合同作戦の際に色々あった、特に二箇所の鎮守府で運用方針の違いが発露し所属艦娘数が減少した)
・他所の司令官達からは何の質問も問い合わせも佐伯司令官に寄せられていない
・鎮守府の設置自体は大本営所属艦で実行、配置する初期艦、工廠妖精さんは第三工廠で複製を作製
・現状は実行中ではあるが、諸般の問題が起こって事実上の停止状態




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84 次の行動



御注意

・大幅に書き方が変わっています
・苦行用です
・長いです
・方言擬き注意

ご承知頂きたく存じます


 

 

 

 

 

外洋-資材採掘場(無人島)_周辺海域

鎮守府所属艦:龍驤/長良/名取

 

 

状況監視中の龍驤、偵察機により監視態勢は充実しているが、監視した所で次の行動を起こす事が出来ずにいた

 

「クソッタレが〜、艦戦足りなさ過ぎや、偵察任務やからって偵察機ばっかもってきてもうた、あんの艦娘コレクションしとるアホンダラにお仕置き出来ひんやないか」

 

何とも成らない手持ちの艦載機達、龍驤に後で司令官に文句を付けるリストにこの件も加えた

 

「艦娘コレクションねぇ、私は話でしか知らないんだけど、名取は直接見たの?」

 

「見たというか、コレクションされかけた、私がそうならなかったのは、多分深海棲艦の所為、お陰と言うべきなのかな、私を引き揚げようとした艦船に誰かが魚雷を放った、その雷跡に驚いて逃げ出したから、私は今ここに居られる、まあ、長期間の漂流生活とコレクションされるのと何方が好待遇なのかは、わからないけど」

 

「……妖精さんやないか、ソレ、名取は何時資材妖精さんと修復妖精さんに着かれたんや?」

 

取り敢えずは文句を付けるリストに加える事で気分を落ち着かせた龍驤が名取の話に参加して来た

 

「……何時って、何時の間にか、としか、波に揺られるまま漂流していたから時間感覚なんてなくなってた、ただ浮いているだけ、沈み損なったって、ずっと思ってた」

 

「私の場合は大破漂流して割と直ぐだった、沈み切れなくて辛うじて浮いている所に何処かから妖精さんが寄って来て資材を生成し始めて、それを使って修復を始めた、時間は掛かったけど小破ぐらいの損傷まで戻った所からゆっくりと日本への帰路に着いたんだ」

 

名取と長良が龍驤に応じている

 

「寄って来た妖精さんを素直に受け入れたんか、ウチはナニモンやって聞いてもうたわ、アレがイカンかった様でな、それっきり寄って来いへん様になってもうた、失敗やったわ」

 

「龍驤は、自衛隊に拾われて日本へ戻ったんだよね、それなのにその、艦娘コレクションとかいうのをなんで知ってるの?」

 

自身の体験を語った龍驤に長良からの質問だ

 

「ああ、ソレな、ウチはコレクションされたんや、されたんやけど、あの龍驤やって分かった途端に海に放り出されたわ、なんやねんな、引き揚げてから放り出すやなんて、なにさらしとんねんアイツラ、今度会うたらシバイたると決めてんねん、邪魔せんといてや」

 

口調こそ軽かったが、眼が笑ってない

 

「放り出された?外洋で?沈まないくらいの損傷だったの?」

 

お互い高練度艦同士、誰に矛先を向けているかくらいは取り違えたりはしない

攻撃色を湛える龍驤の眼にも臆する事無く聞く名取

 

「あの海戦でそないなわけあるかい、大破を通り越しとったわ、偶々気密が確保されとったなんかのタンクがあったさかいその浮力頼みで漂流しとった」

 

「タンク?大破を通り越してるのに無事なタンクがあるなんて、凄い幸運ってトコかな」

 

「ウチの艤装のタンクちゃうで、アイツラがウチと一緒に海に放り出した廃棄物の中に紛れてたんや、アイツラ艦娘の艤装には興味ないらしいで、持っとる艤装の断片まで剥がして廃棄しとったからな」

 

「剥がして?剥がしてってどういう事?」

 

「やから、アイツラの目的は艦娘の船体だけやっちゅうことや、それをコレクションしとるアホンダラ供や、お仕置きせな、こっちの気が済まんわ」

 

「大本営が私達を未帰還者として未だ登録を変更しない理由は、その辺りを知っているから?」

 

未帰還に成っている期間を考慮すれば戦没扱いに変更されていても不自然では無い

寧ろこれだけの期間が過ぎているのに未帰還者登録が維持されている事の方が不自然だ、官僚主導なら杓子定規に一定期間が過ぎたら登録を一斉変更しそうなモノだ

 

「何処まで知っとるのかは、わからん、ウチも日本へ戻ってから事の顛末を大使館に垂れ込んだったから、そっちの影響もあるんかもわからん」

 

「……パラオ?」

 

「そういうこっちゃ、あの龍驤やっちゅうのなら、使えるモン使こうたるわ」

 

「変な所で怪文書扱いになってなければ良いんだけど」

 

 

 

鎮守府-旅客船(移籍組宿舎)_五十鈴私室

大本営所属艦:五十鈴/一号の初期艦四

 

 

「……私の所に相談に来るなんて、一体何を企んでるの?」

 

いつも通りの五十鈴、移籍組内部で色々あった筈だが、目の前にいる軽巡からはいつも通りとしか思えない雰囲気しか感じない駆逐艦達

 

「それはもう、アレですよ、こっちは四人で知恵を絞っても良い考えが出ないんで、軽巡の智慧を借りようと、ホラ、天龍が何時も言ってるてしょ?駆逐艦の面倒を見るのは軽巡の役割だって、五十鈴には天龍の言い分に異論が?」

 

いつも通りの雰囲気に安心した漣がいつも通りに話をしている

 

「はぁ、大本営に居る二組からも連絡があった、あんた達とおんなじ事を言ってたわ、全く如何して駆逐艦って変な所で意見を一致させて来るのやら」

 

「……二組から?何を言って来たんですか?」

 

大本営に居る二組の初期艦達、老提督の、大本営司令長官の補佐役を買って出ていた筈、それに天龍達が大本営を離れたと聞いている

現状で大本営に残っている艦娘は二組の初期艦だけと推定される

 

「老提督が上部機関の本会議に行ったきり戻らない、様子も見れない、何か手を打ちたいけど下手に動くと老提督を口撃する材料になりかねない、良い手立てはないかってね」

 

「様子も見れない?二組の妖精さんが本会議場に入れないって事、ですか?」

 

五十鈴の話に疑問しかない電、艦娘部隊上部機関の本会議場、名称の仰々しさからそれなりの警備体制はあるだろうが、それは人を対象にした警備体制の筈

対妖精さんの警備体制を敷いている?そんな事が上部機関に可能なのか

 

「らしいわね、如何やら本会議場に妖精さんを従えられるモノがいる様ね、人なら提督って事になるけど、上部機関に提督が居るって話は聞いた事ない、司令官の資質だって老提督や老兵さんの事は公になってる訳だし上部機関に提督が居るのなら隠す事は無いと思うんだけどね、その辺りがどうなっているのやら、一号のあなた達も現状での有効な手立てを相談に来たって事で良いのかしら?」

 

「……まあ、そんな所です、でも、上部機関が本会議場から妖精さんを閉め出せるなんて、ホントにどうやってるんでしょう?」

 

五十鈴の話にいつも通りの雰囲気を取り繕わなくては為らなくなった漣

 

「妖精さんを見ることの出来ない人に妖精さんを締め出す事は不可能、少なくとも妖精さんを見ることの出来る司令官の資質を持つナニモノかがいるって事、妖精さんを使役しているのなら、提督が居る

ただこれまでの上部機関の言動から上部機関在籍者の中に提督がいる可能性は低いと考えてる、そういう立ち位置に就ける提督が居るのなら上部機関で艦娘部隊の主導権を取りに来る筈

現状は老提督の主張に沿った形で日本国内で主導されてるんだし、それ以外に艦娘に対して手の出し様が無かったから否応無く現在の形になった

今になって提督が見つかったのなら、ソレはソレで上部機関の言動に今より過激な変化があってもおかしくない、けれど、そうはなっていない、これらの事情から、考えられる可能性は?」

 

五十鈴が敢えて初期艦達に問う

 

「……外部から、接触があった、提督が上部機関と接触、そのチカラを上部機関に貸している?」

 

吹雪が応じた

 

「多分ね、でも、上部機関は国際機関、ただの人がそう簡単に入り込める様な組織じゃない、相応の社会的地位を持つ人、という事になる、そうでなければココの司令官だって上部機関に招致されているでしょうから」

 

「……ただの人ではない、もしかしたら、人、ではない、とか?」

 

電が可能性を指摘した

 

「その可能性もある、けれど、相応の社会的地位を有すると考えられる、あんまり考えたくはないけれど、深海棲艦の中に人の社会で上手く地位を確立した個体が居るのかも、知れない」

 

「深海棲艦が支援に付くのなら、海上貿易とか海底資源とか、海産物とか、スッゴイ事になりますね、全部合わせても五百に届かない艦娘ですらこの現状ですし、絶対数がこの十倍以上の深海棲艦から供給される物資を背景に取り引きを活発に行えば、相応の社会的地位ってのも頷ける、ただ、深海棲艦が人の社会で上手く立ち回れるのかって所が疑問ですけど」

 

五十鈴の仮定を五月雨が補完、同時に疑問を示す

 

「そこよね、疑問は、又聞きだけど、今第二食堂に居座ってるアレ、そんな事を言ってなかった?」

 

「我等の中に人の集団が居る、とは言っていたのです」

 

可能性を指摘した電、その可能性が現実のモノに、進行形では無く過去形になっているかも知れない

 

「……そういう、事、なの?全部繋げるとそうなるってのは分かるけど、裏付けが無い、パズルのピースが並んだだけで、関連付けるのは、思い込みじゃない?」

 

漣には何処か合点がいかない様で懐疑的

 

「仮に、そう仮定した場合、深海棲艦が上部機関に立場を確保しているのなら、今来ている権兵衛さんは一体何をしに来てるのでしょうか?交渉は上部機関と行えば済む筈ですし、籍を確保出来ているのならそちらで動いた方が確実でしょう?」

 

妖精さんの行動に制限を設けられる存在、二組の初期艦達の言い分からその存在を否定し切れない五月雨

完全に否定出来ないのなら、その可能性は安易に排除出来ない

艦娘は妖精さんとは不可分な存在、妖精さんに影響力を持つのなら艦娘にも応用してくるだろうから

 

「……別口なのかもね、上部機関にいるのと、此処に来て居るアレ、深海棲艦だからって一括りで扱ってしまっているのは人の都合、深海棲艦の都合でも艦娘の事情でも無い」

 

状況は推定するしかない、問題はその推定が何処まで現実を拾えているか、如何にか整合を試みている五十鈴

 

「権兵衛さん達の交渉は、その成功例を見ているから?人の社会で上手く立ち回れれば、何が出来るのかを学習したって事、なんですかね?」

 

思い付いた様に軽く言ってくる吹雪

 

「どうなんだろう、その辺りは迂闊に決め付けると酷い事になりそうだから予断はしない方が良いと思う、あんた達でその辺りを聞き出したりは、出来ない?」

 

「……アレ相手に、ですか?一組との話し振りから思っていたよりも自由に話す事は出来るでしょうけど、そういう突っ込んだ話は、警戒されるでしょう、下手に押し込むのも悪手ですし」

 

「そうなると、私達で話すよりも状況を説明して司令官から話してもらった方が良いのですか?」

 

「あー、司令官にその気があるのなら、その通りなんだけど、司令官はこの交渉にどのくらい乗り気なのか、知ってる?」

 

「……司令官にして見れば時間を稼いで状況を確認して打開策を考えて行く方向だろうし、交渉に乗り気かって、聞かれると、どうなんだろう、私の知る限りだと権兵衛さんの要求を司令官が受け入れる可能性は、皆無だけど」

 

五十鈴に出来ないか、と聞かれた初期艦達、五月雨、電、漣、吹雪と其々が応じる

 

「初期艦を五人引き渡せ、ですからね、どう考えても司令官が受け入れる情景が思い浮かびません」

 

「ふーん、あんた達はあの司令官は初期艦を渡さないと、思ってるんだ、ちょっと意外」

 

五月雨の言い分に少し驚いた感じの五十鈴

 

「五十鈴には司令官が引き渡すと考える根拠があるのですか?」

 

「そりゃあ、この鎮守府所属艦娘の全滅を回避する為ならするでしょう?そうでなくては司令官として如何なの?」

 

電の言い分に部隊存続の為の行動として必然性をいう五十鈴

 

「並の司令官なら、そう考えたと思う、でも、ここの司令官は提督だ、提督がそう考えるのなら、私達艦娘は深海棲艦に絶対に勝てない、全滅を回避する為にって理由が付くのなら幾らでも何でも差し出す提督が居るって事だから、ソレが積み重なっていけば状況は艦娘に取って不利になり続ける事が確定的になる

只でさえ絶対数に劣る艦娘は個体技量と集団としての艦隊戦力、それを指揮統率する提督の智慧、これらで深海棲艦に対抗出来る事が最低条件、この条件を劇的に高いモノにして、対抗する難易度を気に掛けない提督が居るのなら、戦略レベルで負けが確定する」

 

漣は五十鈴の言い様に一定の理解は示したものの、結論としては全否定

 

「漣はこの交渉に反対?成立を阻止するつもり?」

 

何を思ったのか、表情に余裕を、笑みを浮かべながら聞いてくる五十鈴

 

「交渉自体を阻止するつもりは無いですよ?ただ、交渉の内容には注意を払う必要があると考えてる、提督がどんな取り引きを成立させるのか、その辺りは私だって興味ありますし」

 

「つまり、交渉の条件は変更されると、それも司令官の主導によって進められ、成立まで持って行くと、考えてる訳か、随分とあの司令官を買ってるのね、それも意外だけど」

 

「五十鈴は佐伯司令官が安易な妥協策でこの状況のみを打開するだけに終始すると考えているのですか?」

 

「ソレ以上を素人司令官に求めても、過ぎた望みだと、思う、彼は民間出身の一般人、情勢を適確に把握出来るのか如何かすら、心許ない、せめて軍属とかで軍事教練でも履修しているのなら助言の仕様もあるけど、それも出来ないし、実行なんて拒否して来る、如何にもね」

 

電の質問に応じる五十鈴、色々と思う所は多い様子

 

「五十鈴は十倍以上の敵に対抗する戦術理論を知ってるの?対抗するだけでは無く勝ち筋の通っている理論を」

 

助言すると言う五十鈴に質問する吹雪

 

「そんな都合の良いモノがあるのなら、私が知りたい」

 

「交渉は、その戦術理論の一つでは?勝ち筋が有るかは別の話ですが」

 

五月雨が自身の見解を付ける

 

「……相手は圧倒的な戦力差を誇示して要求を飲ませに来てる、素人司令官には一番効く圧力だと思うけど?」

 

「司令官の言動を良く観察して、五十鈴ってばホントにコッチに引き籠もって何も見聞きして無いんだね」

 

五十鈴の言い分に若干呆れる漣

 

「そんな事は無い、鎮守府内の様子は見聞きしてる」

 

「なら、その圧力が司令官には見透かされてるって、気付くでしょうに、移籍組から司令部要員にとアレだけの志願者が居たのは、何でだと思ってるの?」

 

「ここで黙って死にたく無いからでしょ?」

 

簡潔に応じる五十鈴、その対応に引っかかるモノを感じつつも話を続ける漣

 

「……ソレだけの理由で、あの高雄や妙高が司令官を支持すると?司令部要員としてでも、現状では戦闘指揮を受けないとは言え指揮下に入る事を良しとすると?」

 

「羽黒と鳥海はこの鎮守府に所属し護衛隊として行動している、あの司令官の指揮下に居る、その重巡達ならその辺りが根拠になるでしょう」

 

「……五十鈴が長良達を気にして独自行動に出た様に、姉妹艦を気にして指揮下に入ったと?工廠組や軽空母達は?その理屈だと姉妹艦が鎮守府に所属していないと指揮下に入る根拠にならない」

 

「北上は随分と口が回ってると聞いた、お陰で移籍組が鎮守府所属艦から疎まれる要因になってるとか」

 

「北上はあの包囲網を中央突破するって言い出して実行してる、それでも五十鈴には足らないって云うの?それこそ望み過ぎじゃない?」

 

「言葉より、実行、何を言ったのかより、何を行なったかで、本心を視る、そう視るのなら北上の服従振りは模範的ね」

 

漣と五十鈴の遣り取りを聞いていた五月雨は違和感を覚えていた、ただ、それを言葉にするキッカケが無く、聞く側に回っていた

然し乍ら、五十鈴から服従と云う言葉が出た、それを模範的と評した五十鈴に黙っていられなくなった

 

「……五十鈴?何を意地になってるの?自説を説くのなら挑発的な言動は無用の筈、まして駆逐艦相手にそれをするなんて、もしかして、大本営から、何か、言って来た?」

 

「……」

 

「五十鈴?ここで抱え込んでも状況は打開出来ないんじゃない?こっちだって相談に来たんだ、初期艦でも乗れる話なら、聞くよ?」

 

五月雨の覚えた違和感は話を続けていた漣も持っていた様だ

 

「二組からの話、如何も上部機関の本会議で老提督が厳しい立場に追い込まれているらしい、そこにテコ入れ出来ないかって、相談された、そんな事云われても様子がわからない本会議に如何介入すれば良いのやら、見当も付かない」

 

駆逐艦から相談を受けたが、どう回答すれば良いのか、全く考えが及ばない自身の不甲斐無さに様々な葛藤があるらしい五十鈴

軽巡には軽巡の論理がある、それを相談の最初に口にしてしまった為に誰も意図しなかった圧力が生じて五十鈴を追い込んでいた

初期艦達はそれに漸く気付いた

 

「様子が見えない本会議なのに、厳しい立場に追い込まれた事だけは二組に伝わった?おかしいでしょ、それ」

 

然し、ソレはソレ、議題は議題、ここで対処を変えてはいけない、ここに来た目的を満たす様に話を進めて行く漣

 

「……判ってる、そこだけ故意に漏らして来たって事、二組は司令官に老提督を選択している、だから形振り構わず打開に動く、そこを見越したナニモノかの策だって事も、ただ解らないのはその謀の目的、このナニモノかはこちらを如何動かしたいのか、ソレが読めない」

 

話を進める漣の意図をどう捉えたのかは当の五十鈴にしかわからないが、五十鈴は話を続けている

 

「五十鈴は老提督の秘書艦、二組からの相談を無下には出来ない、ソレをする必要もないし、最善手を決めるには状況が不明過ぎてなんとも、権兵衛さんが何か知っているとかいう都合の良い展開でも無いと、不明なままですね」

 

「別口かもしれないけど、全く知らない訳でも無いって、そう都合良く関係性を持っていれば良いんだけど」

 

五月雨と吹雪も漣の話を進める方針に参加して同意を示した

 

「大本営からは運営を代行中の監察官達に因り各鎮守府へ艦娘を配置する様に要請が出てる、今の所あの包囲網を理由に無理だって解るから無理強いはして来ないけど、何れして来るでしょうね」

 

「……艦娘を配置?初期艦なら既に配置済みでしょ?大増設計画自体も今は止まってなかったっけ、何処に配置しろと?」

 

「他所の鎮守府の司令官と所属艦娘を配置替えして大増設計画で新設された鎮守府に移動させたのは聞いてる?それで空いた四箇所の鎮守府にアメリカの司令官が配属された、現状では所属艦娘が居ないけどね、そこにも艦娘を配置する様に要請して来てる」

 

大本営からの要請、要請して来たという事はいつの間にか再稼働した様だ

 

「そんな要請が?もしかして自衛隊の包囲ってソレの阻止線だったりするんですか?」

 

動いたら動いたで早速余計な事を言い出したという大本営にウンザリしつつも現状と整合を試みている電

 

「私にも其処の判断は付かない、でも、陸側を自衛隊が包囲していなければ、乗り込んで来た可能性は高いと思う、そうなっていたらここの司令官は要請に応じざるを得ない、資材をどれだけ消費しようとも建造に励まなくてはならなかったでしょうね」

 

「この状況でそんな事になったら、不利どころか自滅行為、しかもソレを命令して来たのが上部機関となれば、司令官は如何動く事になったのやら」

 

どうやらウンザリしているのは電だけではないらしい

 

 

 

???

艦娘部隊上部機関-本会議場

???:監察官/各方面代表/事務職員

大本営司令長官:老提督

 

 

艦娘部隊本会議、開催中にも関わらず場内に外部からの要請、要求が届けられた

 

「日本政府?」

 

開催地である日本、その政府から直接使者が来たという、応対した艦娘部隊事務職員が本会議場にて代表達に伝えている

 

「艦娘部隊の実働組織である鎮守府への入場を求めています」

 

「……目的は?」

 

職員の言い分は政府からの使者の言い分を伝えるモノ、足蹴にする訳にもいかない

 

「件の休戦を利用し交渉の席を作りたい様です」

 

「交渉?深海棲艦と?何を考えているんだ、日本人の考えている事は理解に苦しむ」

 

代表の一人からは呆れと嫌悪が混じった感想が出て来た

 

「交渉の内容は?」

 

「そこまでは、わかりません、ただ、鎮守府自体が日本国内にある以上上部機関の許可が無くとも交渉に踏み切る可能性があります、状況を監視する意味でも条件を付けて許可を出す方が得策だと考えます」

 

「私が同席しよう」

 

職員の考えに乗る形で老提督は行動に出る様だ

 

「……老提督、此の期に及んで何をするつもりか」

 

交渉に同席する、老提督はそう言っている

これまでの経緯を踏まえて、代表達は老提督の行動を訝った

 

「為すべき事は、成さねばならない、それだけだ」

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府-司令官/叢雲(旧名)

鎮守府所属艦:大淀(事務艦)

大本営所属艦:高雄/愛宕

 

 

こんな状況でも執務というのは溜まって行く、処理していかないと手が付けられなくなる

それが判っているだけに仕事に精励している司令官

そこに大淀から声が掛けられた

 

「失礼します、司令官、大本営よりこんな通知が、届きました」

 

「?」

 

いつに無く遠慮がちな事務艦改め大淀からプリントアウトされた書類を受け取った

 

「……ナニコレ?」

 

「……」

 

一読した後、大淀に視線を向けた、大淀にしては珍しく困った様な申し訳なさそうな顔をしていた

 

「何を言って来たの?見せなさい」

 

司令官の手元から書類を抜き取り速読する叢雲(旧名)

 

「御歴々がここに来るって如何いう事になってるの?」

 

言いつつ書類を司令部要員の二人に渡す、それを読み込んでから高雄が口を開いた

 

「日本政府要人に老提督、それに上部機関からも何人かここに来る、となっています、何が起こってるんですか?」

 

「考えたくはないが、憲兵隊長の報告を受けた上の方々が休戦という事態を何か勘違いしたのではないかな、厄介な事になった」

 

高雄の質問に応じる司令官

 

「……この鎮守府司令官、というのは?」

 

そう言いつつ書類を睨む様に見ている愛宕、態々記載がある鎮守府司令官の役職、これはこの鎮守府司令官の事なのか、他所の鎮守府司令官の事なのか

 

「同期の司令官ではないだろう、大増設計画で新設された鎮守府に司令官は着任していない、と聞いている、何処の司令官なんだか」

 

記述を素直に取ればここに来る来訪者、役職が並んでいる行列に改行も無く続けて記載されている鎮守府司令官というのも他所の鎮守府司令官の筈

そして同期の司令官は鎮守府移転に伴う雑務に追われていて鎮守府を留守に出来る状況ではない、鎮守府に於ける全ての決裁権を艦娘に託せない以上司令官は鎮守府を留守に出来ない筈だから

 

 

 

外洋-資材採掘場(無人島)_周辺海域

鎮守府所属艦:龍驤/長良/名取

 

 

 

状況監視中の龍驤、監視した所で次の行動を起こす事が出来ずにいる所へ偵察機からの報告があった

 

「アカン、お仕置きしとる場合や無くなった、例の艦隊の斥候らしいのが救助海域に迫っとる」

 

「なんですって!?」

 

不味い事態の発生、長良は護衛隊旗艦としての行動を考えなくてはならなくなった

 

「今ウチの艦戦で追い払っとる、偵察機からの報告やといくらもせんと海域に本体が来てまうで」

 

「本体ってさっき言ってた八個艦隊?」

 

名取から聞いて来た

 

「分離したらしいで、こっちに来とるんは三個艦隊や、残りは進路を変えた様やな」

 

「え?!ちょっと待って!あんた達だけじゃ無理、今からそっちに行くから合流するまで待ちなさい!」

 

いきなり声を荒げる長良、どうも何処かからの通信があった模様

 

「なんや、いきなり」

 

秘匿通信だった為に内容がわからない龍驤、護衛隊に編成されていても変な所に変な壁を作る長良達

球磨に不満を言った時雨、それに同意した北上、その不満は龍驤も持ち合わせていた、言った所で直ぐに解決する様な単純な話ではない事も判っているだけに悶々とした靄々は晴れる事もなかった

 

「今、羽黒から通信が来た、敵艦隊を捕捉、これより戦闘行動を開始するって」

 

「……戦闘行動って、羽黒のヤツ、確か雪風しか連れとらんやろ、天津風は鳥海と組んどるし」

 

「それに偵察任務だからって偵察機を多く持って行ってる、兵装的にも重巡の火力は出せない」

長良が通信内容を言って来る、それに懸念を示す龍驤と名取

 

「あっ!だから待ちなさいって言ってるの!!旗艦はこの長良!旗艦の指示を聞け!」

 

「……鳥海か?」

 

続けて声を荒げる長良に問う龍驤

 

「衣笠からも羽黒に合流するって言って来た、あーもう、警報出してこっちに合流させる筈が変な所で深海棲艦が出て来たもんだから、向こうで合流する流れになってしまった、私達も向こうで合流する、龍驤は引き続き偵察任務を続行して、名取!行くよ!!」

 

 

 

鎮守府-工廠

鎮守府所属艦:鳳翔/祥鳳

 

 

待機命令は解かれていないが、自主的に工廠防衛任務に就いている軽空母達

流石に発艦は控えていたが、その分目視警戒にチカラを割いていた

 

「ん?龍驤の偵察機ですよね、なんでしょうか?」

 

その警戒に因り飛翔体を見つけた、但し味方機だ

 

「……外洋で偵察任務中の龍驤が鎮守府に偵察機飛ばして来るとか、なにかあったのでしょうか」

 

鳳翔の見る方向に視線を向け、確認した祥鳳が疑問を口にした

 

「着艦許可?込み入った話でしょうか?」

 

龍驤搭載機から鳳翔に連絡が入った様子

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府-司令官/叢雲(旧名)

鎮守府所属艦:大淀(事務艦)

大本営所属艦:高雄/愛宕/足利

 

 

執務室に入って来るなり司令官に歩み寄る足利

 

「司令官、手は空いてる?」

 

「要件によっては空けるが?」

 

こっちは執務という名目の雑事に追われている、余程の事態でなければ司令部に振るつもりでいた

 

「詳細は分からないけど、龍驤の偵察機が鳳翔に着艦した、護衛隊の方で何かあったと思うけど、報告は聞いてるの?」

 

足利が態々報告に来た当たりで余程の事態だろうとは思ったが、護衛隊からの直接接触までは考えてなかった

 

「工廠か、直ぐ行く」

 

 

 

鎮守府-廊下

鎮守府:司令官/叢雲(旧名)

鎮守府所属艦:秋津洲

 

 

工廠に向かっていたら秋津洲に見つかった

 

「あー、司令官!大変かも!!」

 

「話は歩きながら聞く、工廠に居る空母組にも話を聞かなきゃならんしな」

 

「!もう一報が入ってるかも?!何処から?」

 

「それより報告は?」

 

「護衛隊が戦闘行動に突入、相手は深海棲艦三個艦隊、救助海域に近づく前に進路だけでも変えるって言ってる、龍驤の偵察機によれば相手の艦隊は水雷戦隊と水上打撃艦隊の構成らしいって、護衛隊だけじゃ対応しきれないかも」

 

「……あの救助要請か、桜智の所の艦娘達が受託していたな」

 

そういうと個人使用の携帯を取り出し、何処かに掛け始めた

 

「盗聴されるって、分かってる?」

 

分かっているだろうが、一応注意を促す叢雲(旧名)

 

「他に方法がない、様子見していられる状況では無くなった、お、桜智か、細かい事は後だ、今こっちに来てるお前の所の艦娘達の指揮権を譲って貰いたい……そうか、直ぐに手配してくれ、事が済み次第返還する、いつ事が終わるか、判らんが……五月雨の件?それは大本営に掛け合ってくれ、済まんが時間が無い、切るぞ」

 

「……あんた達って、どういう関係なの?話してる所は何度か見かけたけど」

 

余りと言えばアマリに雑な遣り取り、そして下される決定、叢雲(旧名)には何処からツッコミを入れるのかすら困る、悪い意味でハイレベルな会話だった

 

「詮索は後だ、空母組の話を聞かなきゃならん」

 

 

 

鎮守府-工廠

鎮守府:司令官/叢雲(旧名)

鎮守府所属艦:鳳翔/祥鳳/秋津洲

???:権兵衛さん

 

 

工廠に着くなり空母組に見つかった、少し困った様な表情を見せながら鳳翔が声をかけて来た

 

「あ、司令官、丁度今龍驤の偵察機の妖精さんから報告を受けた所です」

 

「なんて言って来た?」

 

「飛行隊を貸して欲しいと」

 

「龍驤は偵察機を多く積んで行ってたな、それで攻撃力となる艦載機が少ない事は分かる、私の聞いた限りでは空母に取って艦載機は戦艦に取っての主砲の様な兵装だと聞いている、貸し借りなんて出来るのか?」

 

「飛行隊は妖精さんの自立行動体の様な兵装ですから、理屈的には出来ます」

 

「問題は?」

 

「基本的に空母種の運用する飛行隊は発艦した艦娘と繋がります、私の飛行隊を龍驤に着艦させれば飛行隊の運用自体は問題ありませんが、本来の運用上限数を超えた飛行隊と繋がる事になり、これに伴う諸々の問題が龍驤に起こり得ます」

 

「……例えば?」

 

「最も問題となるのが飛行隊の補給と修理、整備が追いつかなくなり、また上限数を超えている為収容も出来ません、飛行隊を使い捨てる事になりかねない、空母艦娘としてこの様な前提での飛行隊の運用には賛成出来ません」

 

「そんなこと言ったって、護衛隊はもう戦闘行動に入ってる、放って置けないかも!」

 

飛行隊の貸し出しを渋る鳳翔に秋津洲から抗議が入った

 

「……戦闘行動?」

 

「鳳翔の飛行隊ではまだ見つけていないのか、という事は、接触海域は予測より遠いって事か」

 

鳳翔の飛行隊は二式大艇の護衛として外洋上空、包囲網の外まで出ている、その飛行隊が長良達、護衛隊の戦闘行動を見つけていない、戦闘海域となった海域の予測範囲が広く特定には相応の時間が必要となる

 

「護衛隊が戦闘行動に?接近中の深海棲艦を捕捉したのですか?」

 

祥鳳からも質問が来た

 

「三個艦隊だそうだ、護衛隊は重巡がいるとは言え十隻前後、数の不利はどうしようもない、挙句こちらから支援艦隊も出せない」

 

そんな話をしていた所に突然怒号が響いた

 

「おい!!今直ぐ戦闘行動を止めさせろ!こちらからは攻撃していないだろう、止めさせないのなら、こちらも力尽くで応じる事になるぞ!」

 

「権兵衛さん?今、なんと?」

 

遠くの我等の方々と協議するからと第二工廠に籠った筈の権兵衛さんがエライ剣幕で抗議して来た

 

「貴様の指揮下の艦娘が我等を攻撃している!止めさせろ!」

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府所属艦:大淀(事務艦)

大本営所属艦:高雄/愛宕

 

 

「こちら執務室、高雄です、司令官?はい、はい?!はい!直ちに連絡を取ります」

 

「どうしたの?」

 

「司令官から護衛隊に戦況を聞いて戦闘行動を停止出来そうなら戦闘を止める様にと」

 

「?戦闘行動の中止、どういう事?」

 

「わからない、けど命令は命令、直ぐ連絡を取ります」

 

 

 

外洋-戦闘海域途上

鎮守府所属艦:長良/名取

 

 

司令部からの直接通信、何を言って来るかと思えば余りにも意図不明過ぎる事を言い立てて来た

返答としては保留した長良だったが、司令部への印象は良いモノに成るワケも無かった

 

「司令部が戦闘行動の中止が可能かを聞いて来たんだけど、どういうつもりなんだろ」

 

「……重巡達はもう戦闘行動に入ってる、止められない」

 

 

 

???

米海軍_対艦娘部隊_対策班:班長/班員1/班員2

 

 

「……さっきから連続的に来てるこの振動、もしかして近場で戦争やってますかね、一応レーダー反応は確認しましたが、反応なし、尤もこれ民生品ですけど」

 

船内にいるにも関わらず振動だけは伝わって来る、広くない室内、機器類が所狭しと押し込められた空間に座っているから余計に振動が気になる

 

「……その距離で振動が来るって事は、艦娘の大型艦の戦闘行動かもしれん、撤収要請を出せ、艦娘と深海棲艦の戦闘に巻き込まれる可能性がある、こんな艤装船では一溜まりもないぞ」

 

座るだけのスペースが確保出来ず立っていた班長はそれ程気にならなかったが、班員の愚痴っぽい台詞に状況を推定、即座に撤収を決めた

 

「海難を偽装するのに小細工やら小道具やらを出しています、回収してからでないと海域からの撤収は出来ません、漂流者まで装っているんですよ?彼等を放置して撤収は出来ないでしょう」

 

別の班員から撤収に異論が出された

 

「艦娘が救助してくれる、放置でも問題ない」

 

「……そんな事したら、今回の作戦行動が艦娘達に知られる事になりますが」

 

班長の言い分に抗議しようとした班員だったが、それは飲み込んだ様子

別方向からの懸念を示す事で抗議の替わりとした様だ

 

「構わんよ、そうなればこんなバカな任務に二度と着かなくて済む」

 

 

 

外洋-海難救助海域途上

桜智鎮守府所属艦:熊野/時雨/春雨/海風/山風/江風

 

 

「……なんだろう、救助活動中の筈の船舶が海域を離れ出してる」

 

電探の探索結果に疑問を持つ時雨

 

「春雨、救助信号を受信した周波数で呼び掛けて、こちらはもうすぐ現着する、状況確認を」

 

その疑問に熊野が応じ、春雨に指示を出した

 

「了解です」

 

「先程から聞こえる砲撃音と関係あるのでしょうか」

 

「どうだろうな、要請して来たのは海軍だろ?砲撃音が聞こえたくらいで要救助者を放置ってのは無いと思うけど」

 

春雨の返事に続く海風と江風

 

「……司令官からの警告、艦娘を鹵獲しようとするモノがいる、そう言ってた、警戒を怠らない様に」

 

姉妹艦に注意を促す時雨

 

「司令官から?通信通った?」

 

この遠距離で直接通信を通すのはかなりの大事、そこまで悪い事態に直面しているのかと、吃驚気味の江風

 

「……佐伯司令官からの警告です」

 

熊野が江風の吃驚を訂正している

 

「?あたし等の司令官は桜智司令官だ、変な所を省略しないでくれよ、紛らわしい」

 

「それがね、江風、いつの間にか僕達の司令官は佐伯司令官になってるんだ、少なくとも桜智司令官は承諾してるって事、事情がわからないけど指揮系統が変更されてる」

 

文句を言う江風に時雨が状況の変化を説明した

 

「……どういう事?」

 

不安そうな様子を見せながら聞いて来る山風

 

「わからない、だけど今は目の前の問題に集中しよう、コレはコレで厄介事には違いないんだから」

 

「……時雨?秘書艦指定は?」

 

山風が質問を重ねて来た、応じるか、誤魔化すか、一瞬考えた時雨だったが応じる事にした

 

「……それは変わってない、だから指揮系統の変更を感知出来た、今も秘書艦指定されている、指揮系統の変更に伴い司令官も変更されてしまっているけどね」

 

「……そう言えば、ここの鎮守府、運用規定が古いままだと、言っていましたね、もしかしたら秘書艦指定の規定をご承知していないとか?」

 

時雨の言い様に熊野は色々思い付く様だ

 

「そういった事は後にしよう、僕達は海難救助要請を受けて、救命活動の為に行動中なんだ、司令官が変更されたからといって海での要救助者を放置して良い理由にはならない、佐伯司令官の事は桜智司令官からも話を聞いてる、救命活動に反対する様な人柄では無い筈だよ」

 

春雨が救助要請を受諾した以上、それを履行する必要が生じる

そこは変え様が無いのだから誤魔化しても意味はない、今は艦隊として救助活動を優先させる考えの時雨

 

「そうですわね、実際何の指示も命令も来ていませんし」

 

熊野も時雨の、桜智鎮守府秘書艦の考えに同意、優先順位を確定させた

そこに春雨から報告があった

 

「……通信が繋がりません、こちらの呼び掛けに応答無し、ただ、位置確認用と思われる信号を受信しています」

 

報告して来た春雨は状況に不信感を持ち始めている、救助要請して来た相手は海域より退去、無線発信器は海域に残す、相手の行動には疑問しかない

 

「……救助要請を発信した周波数で?」

 

「そうです、一定間隔で発信されています」

 

 

 

外洋-資材採掘場(無人島)

鎮守府所属艦:龍驤

 

 

「何やろな、色々オカシナコトになってるで、コレはどう対処するんが正解なんやろな?」

 

偵察機から救助海域の様子見ている龍驤、その龍驤にも不審な行動に映った模様

 

 

 

鎮守府-工廠

鎮守府:司令官/叢雲(旧名)

鎮守府所属艦:鳳翔/祥鳳/秋津洲

???:権兵衛さん

大本営所属艦:足利

 

秋津洲の報告から護衛隊は海難救助要請を受けて行動中の駆逐艦隊の護衛任務として攻撃に出た事を知っている司令官、司令部からは戦闘行動の中止判断を護衛隊旗艦の長良は保留したと報告があった

これらの報告から状況を推定した司令官は権兵衛さんと対峙する事になった

 

「針路を変更しろ、その針路を取る限り攻撃中止は出来ない」

 

「なんだそれは!今更針路など何が問題なのだ!!貴様の保有艦娘程度では我等の包囲網に無力だろう!!!」

 

これまでに無く口調が荒い権兵衛さん

 

「もう一度言う、攻撃中止を求めるのなら、針路を変えろ、変えないのなら攻撃を続行する」

 

「そんなに力尽くが良いか?我等は力尽くでは無い交渉を行っている、貴様が力尽くでの決着が良いと判断するのなら、応じるまでだ」

 

口調を戻した権兵衛さん、いくらか冷静さが戻ったのか、それとも面倒な交渉を打ち切る好機と見たのか、司令官には判断出来なかった

 

「ちょっと、そんな所で睨めっこしないで、権兵衛さん達には救助要請が受信出来なかったの?権兵衛さん達の針路上に救助海域があるの、救助に艦娘達が向かってる、こっちも退く訳にいかないの」

 

司令官と権兵衛さん、二人の間に割って入る叢雲(旧名)、序でというか呆れた様子を見せながらも権兵衛さんに状況を説明、司令官の言い分を補完している

 

「……救助、要請?」

 

権兵衛さんが耳を傾けた、これは冷静さを取り戻したと、見て良さそうだ

 

「そう、何処かの軍から海難救助要請が出されてる、艦娘達はこれに応じた、その救助海域が権兵衛さん達の針路と重なる、だから退けない」

 

叢雲(旧名)が権兵衛さんに状況説明を続けている

 

「また軍の介入か、こんな状況で都合良くそんな所で海難事故など起こるものか、故意に、意図して起こしたに決まっている、事故そのものが起こったかも疑わしい」

 

とても嫌そうに吐き捨てる権兵衛さん、軍に余程嫌な思いでもさせられたのだろうか、軍に莫迦されたとか言ってたし

然しソレはソレ、コレはコレだ

 

「そうだとしても、救助要請を無視出来ない、こちらは人の組織だ、規定がある以上所定の行動は取らねばならない」

 

権兵衛さんの言い分を踏まえ、こちらの、鎮守府側の事情を主張して様子を窺う

 

「……厄介な、では、お互い停船させよう、攻撃を中止させろ」

 

少し考える素振りを見せた権兵衛さんは妥協案を示して来た

 

「足利、高雄に伝達してくれ」

 

 

 

外洋-戦闘海域

鎮守府所属艦:雪風/羽黒

 

 

旗艦からの攻撃中止命令、条件付きとはいえそれを聞いた艦娘達には疑問しかない

 

「止まったら攻撃中止?何故です?全部沈められますよ?」

 

「アレを全部沈めても鎮守府を包囲している深海棲艦がいなくなる訳ではないの、ここは戦場のひとつでしかない、戦術的勝利では戦略的敗北を覆せない、この戦場での勝利に拘ると勝ち続けているのに、いつの間にか大敗北している現実を突き付けられる事になる、雪風はソレを望んでるの?」

 

「……むつかしい話はわかんないです、でも、身に覚えのない負けを負わされるのは嫌ですね」

 

 

 

外洋-戦闘海域

鎮守府所属艦:天津風/鳥海

 

 

旗艦からの攻撃中止命令、条件付きとはいえそれを聞いた艦娘達には疑問しかない

 

「ホントに止まった、ここの司令官は何をやったの?」

 

「それはわからない、けど命令は、命令、攻撃中止」

 

 

 

外洋-戦闘海域

鎮守府所属艦:衣笠/多摩

 

 

旗艦からの攻撃中止命令、条件付きとはいえそれを聞いた艦娘達には疑問しかない

 

「なんだろうね、この靄靄は」

 

「お仕事終わった」

 

 

 

鎮守府-工廠

鎮守府:司令官/叢雲(旧名)

鎮守府所属艦:鳳翔/祥鳳/秋津洲

???:権兵衛さん

 

 

工廠では未だに司令官と権兵衛さんが対峙していた

 

「退かせろ」

 

「救助が終わってない」

 

「……だからそんな所で睨めっこしないで」

 

一応言っておくか、くらいな感じの叢雲(旧名)

 

「向こうでもこうなっている、ここで何を言っても無意味だ」

 

権兵衛さんが大真面目に応じて来たのを聞いた叢雲(旧名)、変な所で変な意地を張り合う司令官にも呆れつつ状況を動かしに掛かった

 

「ハァ、指揮権は貰ったんでしょ、救助の状況を聞いてみたら?」

 

 

 

外洋-救助海域

桜智鎮守府所属艦:熊野/時雨/春雨/海風/山風/江風

~広域無線~

鎮守府-通信室

大本営所属艦:高雄

 

 

指揮権が桜智司令官から佐伯司令官に移っているのを知った熊野は鎮守府、司令部の高雄達と交信中

 

「こちら航空巡洋艦熊野、現在予定海域に到着、これより要救助者の捜索、状況確認に移ります」

 

「司令部高雄、了解、十分注意してください、それと付近に船舶はいますか?要救助者を発見後に引き揚げて貰わなくては、救助は兎も角救命出来ません」

 

「それが、救命活動をしていたと思しき船舶はこちらの海域到着前に離脱してしまいました、可能ならソレを海保なり海自に依頼出来ませんか」

 

「……離脱?その件は司令官の裁可が必要になります、返答には時間がかかります」

 

熊野から思い掛けない要請が為された、それに不審な行動を取った船舶の報告

司令部だけで判断して良い状況では無い、事は鎮守府の外、艦娘部隊内に留まらないのだから

 

「わかってます、が、出来るだけ早くお願いします」

 

 

 

鎮守府-憲兵隊詰所

鎮守府:司令官

自衛隊_憲兵隊:憲兵

 

 

司令部からの報告を受けた司令官は憲兵隊詰所に出向いた

 

「失礼します」

 

「今度は何だ?鎮守府司令官、隊長なら外出中だ」

 

忙しいのか明から様に邪険にされた、だからといって要件が要件なだけに退く事も出来ず、さっさと用を済まする事にした

 

「申し訳無いが、手を借りたい」

 

「?憲兵の手を、か?」

 

司令官の言い分に疑問の目を向けて来た憲兵

 

「憲兵隊も大枠では陸自だろう、自衛隊、若しくは海上保安庁に協力をお願いしたい」

 

「話を聞こうか」

 

 

 

鎮守府-第二食堂

桜智鎮守府所属艦:利根/白露/村雨/夕立/五月雨/涼風

 

 

「しらつゆー!!」

 

第二食堂に大きな声が響いた、白露達は殆ど食べ放題状態の第二食堂に居座ったままでこの鎮守府内の探索も目的である最初の初期艦の五月雨とも接触していなかった

包囲網が健在な以上鎮守府から出られないのだから連れ帰るにしても接触を急ぐ理由もなかったが

 

「!な、なに?利根?」

 

突然大声で呼ばれ戸惑う白露、他の四人も声の主である利根に注目していた

そんな視線など御構い無しに白露に詰め寄った利根

 

「お主の指揮権は誰になっておる」

 

「誰って、ウチの司令官でしょ?」

 

利根が何を言い出したのか意図がわからない白露

 

「確認せい!儂の方は変更されておるのじゃ、何かの間違いか、本当に変わったのか、確認したい」

 

「何なのよ、一体……えっ?変更されてる?如何して……」

 

確認して驚く白露、いつの間に変更されたのか、何故通達も無く変更されたのか、状況に疑問しか湧かない

 

「佐伯司令官、ここの司令官に変更されておるのじゃな?」

 

「そうなってる、なんで?」

 

利根の確認に問い直すが、答えを知っていれば一々こちらに確認しに来ない事に気が付いた

 

「直接聞いてくるわい」

 

そう言うと食堂から出て行く利根、それを呆然と見送ってしまう白露

 

「白露?呆けっとしてる場合?旗艦でしょ?」

 

村雨に突っ込まれてハッとする

 

「待って利根!私も行く!!」

 

慌てて利根を追いかけて食堂を後にする白露だった

 

 

 

外洋-戦闘海域(双方停船中)

鎮守府所属艦:雪風/羽黒/天津風/鳥海/衣笠/多摩/子日/若葉

 

 

「向こうも止まりはしましたが、退きませんね」

 

「全部沈めてしまえば良かったのに」

 

戦闘停止が余程不満らしい雪風、鳥海の感想にも不満を漏らしている

 

「雪風は過激だにゃ、闘わなくて済むのなら面倒が無くて良いにゃ」

 

戦闘停止命令を仕事が終わったと解釈している多摩は雪風の不満が不安らしい

 

「雪風の言い分は全面的には支持出来ないけど、方針としては間違ってない、何れ戦う事になるのなら、沈められる時に沈めておくべきだと思う」

 

天津風は多摩の言い分よりも雪風の主張に同意の様子

 

「駆逐達、戦闘中止は司令部からの命令、独断での戦闘継続は得策ではありませんよ?司令官から何らかの指示があるでしょうから、ソレを待ちましょう」

 

戦闘停止に不満な駆逐艦たちに注意を促す鳥海

 

「雪風の戦い方は危なっかしい、もっと僚艦との連携を図った方が良い、今の戦い方では羽黒以外と艦隊行動が出来ない」

 

戦闘行動には間に合わなかったがそれ自体は見る事が出来た若葉、雪風の不満は不満として脇に置き、戦闘行動の問題点を指摘している

 

「……余計なお世話です、鎮守府産れの建造艦に心配される事じゃないです」

 

若葉の指摘に自覚があるのか、雪風はこれまでとは別の意味で不満そうな様子を見せた

 

「あらま、雪風って、こういう事言う子なんだ、成る程、こういうのを初春辺りは可愛気が無いって言ってるのか」

 

雪風の言動に妙な関心と一番艦の言い分に感心する子日

 

「……可愛気?」

 

何処の話と繋がつているのかわからなかった様子の雪風

 

「そうそう、雪風に限らないけど、駆逐艦には必要な実技だって、初春は言ってる、尤も叢雲なんかはコレを聞いて呆れてたけどね」

 

「……叢雲?」

 

「そう、ウチの初期艦、今は代替わりしたけど代わったのも叢雲だ、初春が鍛えてやるって張り切ってるよ」

 

「……代替わり?」

 

「ウチの初期艦の叢雲はある時の戦闘で大破したんだ、鎮守府に戻って入渠したら、そのまま目を覚まさなくなってしまった、その後は司令官が事務艦を酷使しつつ鎮守府運営に四苦八苦、ウチの司令官はスッゴイ意地っ張りなんだ

事務艦からも再三云われただろうに寝たままの初期艦を解体して大本営に居る初期艦を寄越せって言う事なく初期艦を再配置させたんだ、全く初春が気に入る司令官なだけに、まあ、アレな司令官だよ」

 

「……初期艦が起きられず職務不能なのに、鎮守府運営をしていた?司令官だけで?」

 

子日の話に疑問を持った様子の雪風、誇張なり虚構が含まれると思ったらしく、何処まで聞いていいのか、判別出来ないらしい

 

「ウチの司令官は所謂、提督だそうだから、何とかなったんだよ、他の鎮守府ならこうはならないかな」

 

そんな雪風の疑いの眼にも何も変わらず応対する子日

 

「提督だとは、聞いていましたが、子日の話を聞いていると、本当に提督なんですね、ここの司令官は」

 

提督と聞いて羽黒から感想が出て来た

 

「当人は妖精さんの声が聞けるだけだと言っているが、それだけではない、その手の心当たりは多くある」

 

若葉が羽黒の感想を受けた

 

「……この攻撃中止も、その心当たりのひとつだと?」

 

疑惑の視線はそのままに聞いてくる雪風

 

「一時的な休戦に入ったと、聞いていないか」

 

「……それは聞こえました、でもそれは鎮守府の包囲網限定では?」

 

「アレも包囲網に関わる艦隊だとしたら?伝聞になるがあの包囲網は今も数を増しているそうだ、その数はどうやって、どこから増やしているのだろうな」

 

「……休戦破りになってしまった、と、いうのですか?」

 

休戦、それが実行されるには多くの条件が必要で完全に履行される休戦など稀にしか無い事は雪風も知っている

自身の所属鎮守府が休戦に入った、それを自身の行動で反故にした可能性に言及され、動揺を見せる

 

「いや、それならアレが止まる理由が無い、こうやって対峙する事なく攻撃してくる、向こうが止まったという事は、司令官が何らかの手を講じたのだろう

だから鳥海も司令官からの指示を待つと言っているのだ、会敵したからといってただ攻撃するだけでは、司令官の意に沿う事は出来ない、アレな司令官だから思う所は沢山湧いてくるのは、良く分かる

ただ、それは司令官に直接言えば良い事だ、戦場で命令を無視する理由にはならない」

 

思わぬ所での動揺、若葉にはここで雪風を追い詰めても意味はなくそのつもりもない

結果として長い説明を言う事になったが、仕方ない

 

「直接言っても良いんですか?」

 

何故か驚く雪風、司令官に直接文句などの言い分をぶつけるのはウチの鎮守府では当然過ぎて誰も疑問視していない

 

「いけない理由があるのか?ウチの鎮守府では駆逐艦はとても大事にされてる、駆逐艦はいつでも執務室に行って司令官と話せる、少なくとも制度上はそうなってる

ウチで建造された大型艦は先ず司令官から宣告される、駆逐艦達と仲良くやってくれと、出来ないなら、解体か移籍だと、ウチの司令官の論法だと鎮守府運営に大型艦は居なくても支障は無いが、駆逐艦は居ないと話にならない、そう言っていた」

 

予想外の反応を見せる雪風に若葉は戸惑いを感じつつも長い説明を続けた

 

「……鎮守府司令官の職務のひとつは鎮守府の円滑な運営でしたね」

 

鳥海から感想の様な意見が成される

 

「だからといって大型艦を蔑ろにしている訳では無い、小型艦と大型艦、これらは鎮守府の両輪だ、同じくらいの大きさと回転力を保たなければ、鎮守府自体が何処に向かって進んで行くのか、舵取りをしている司令官にも手に負えなくなってしまう」

 

「何方か重要ということでは無く、揃わなければ話にならない、そういう考えを持った司令官なの?」

 

ここまで聞きに回っていた衣笠からも質問が出て来た

 

「司令官の考えは直接聞いて欲しい、ここで答えられる事ではない、若葉は初春型三番艦、ただの駆逐艦でしかない」

 

「まあ、ここの司令官が若葉に懐かれてる事は良くわかったにゃ」

 

多摩の感想、駆逐艦に懐かれている司令官

そこが確かな事実として在るだけでも重巡達には安心材料として十分だった

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

自衛隊_憲兵隊:憲兵

大本営所属艦:愛宕

 

 

先の要件の為に憲兵が執務室に来ている

 

「問い合わせたが、その海域での救助要請は確認出来ない、座標を間違えていないか?」

 

憲兵が来たものの要件は満たせそうにない、かといって目前の憲兵に何処まで話していいのか判断出来ない

 

「……隊長はまだ戻らないのですか?」

 

「ここでソレを聞いてくるとは、厄介事か?」

 

憲兵隊長の不在、それを問題視しているのは司令官だけではなかった模様

 

「申し訳無いが、只の憲兵に聞かせられる話では無い」

 

そう言ったら憲兵が何か考え込んだ

 

「……わかった、陸自になるが、道路封鎖している連隊長を連れて来よう」

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

大本営所属艦:高雄/愛宕

桜智鎮守府所属艦:利根/白露

鎮守府所属艦:大淀(事務艦)

 

 

執務室で執務に励んでいたら利根に詰め寄られた

 

「それで?納得の行く説明を聞かせてもらおうかの」

 

ここで何のことやらとか誤魔化しに掛かると話がややこしくなるだけだ

指揮権変更の事情説明を求められているのだから

 

「……説明していないのか?」

 

利根の詰問に思わず高雄に聞いてしまった

 

「司令部にも十分な説明がなされていません、こちらにも説明をお願いします」

 

「あれ?そうだっけ?大淀?」

 

司令部にも説明を求められてしまった、アレ?説明してなかったっけ?

 

「大枠の状況は伝わっています、其々の関連が不明瞭なのです」

 

大淀からは詳細が不明瞭だと指摘されてしまった

 

「じゃあヨロシク」

 

そこまで分かっているのなら後は大淀に任せる、私が説明するよりスッキリした説明が期待出来るしな

 

「……長門と初春、それに龍田も呼びましょう、そうすれば一度で済みますから」

 

コイツ投げやがった、そんな感情を顔に出した大淀だが、説明役は引き受けてくれる様だ

 

「大和も呼んでくれ、初期艦もな」

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

大本営所属艦:高雄/愛宕

桜智鎮守府所属艦:利根/白露

鎮守府所属艦:大淀(事務艦)/長門/龍田/初春/大和/叢雲(初期艦)

自衛隊_陸自普通科:連隊長

自衛隊_憲兵隊:憲兵

 

 

ドアがノックされ、自衛官が姿を見せた、憲兵が連隊長を連れて執務室に入って来た

 

「面倒事は御免被りたいんだが、って、何だこの人数は……」

 

文句を言いながら執務室に入って来た連隊長、室内にいる艦娘の数に引き気味だ

 

「丁度良かった様だな、連隊長をお連れした、協力を求めるのなら事情を説明しない訳には行くまい」

 

連隊長の背中を押しながら執務用の机に歩み寄る憲兵

 

「御足労をお掛けして申し訳無い、憲兵の言う様に事情を説明する所だ、暫く聞いてきてもらいたい、説明の後協力を求める事になる」

 

一度立ち上がり、一礼してから説明を、ここに呼んだ要件を話した

 

「……説明は要らん、協力内容は?」

 

周囲を見回した連隊長からは意外な言葉が出て来た、その理由には心当たりがある司令官

 

「もしかして、お忙しい?」

 

先の通達、政府の御歴々ここに来るという、それへの対応だろう

 

「そっちにも通達は行っただろう、その準備に追われてる、時間を掛けたくない」

 

そうだろうとは思ったが、それならそれで疑問もあるので聞いてみた

 

「陸自が対応するんですか?警察案件では?」

 

「あの包囲網の所為だ、警察組織では対応不能となってしまった、対応は陸自で行う、サッサと協力内容を話せ」

 

あー、あの数の深海棲艦を見ればね、警察案件というのは確かに無理がある、そういう事なら連隊長の要望通りにさっさと要件を切り出そう

 

「現在ある海域で救助活動が実施されています、その救助活動に協力をお願いしたい」

 

「……陸自に海に出ろと?」

 

何をいっているんだ、と喉まで出かかった様子の連隊長、何とか言い様を変える事には成功した

 

「こちらは艦娘部隊であって直接的に日本国の国家組織に協力を要請出来ない、規定の上では艦娘部隊は要請を受ける側であって出す側では無い、例外は鎮守府に駐留する憲兵隊だけだ、自衛隊への協力要請は憲兵隊を通さなければ行えない、通した結果として、連隊長である貴官がここに来た、協力をお願いする」

 

そう言ったら連隊長が憲兵に矛先を向けた

 

「……おい、こんな厄介事だと知ってオレを連れて来たのか?」

 

不機嫌を隠そうともしていない口調だ

 

「一介の憲兵隊員より普通科とはいえ連隊長の方が話が通るだろう」

 

そんな感情の乗った台詞にも素で応じる憲兵

 

「憲兵隊長は、何処に居る?」

 

「外出中だ、行き先までは知らんよ」

 

「ったく、飛んだ貧乏クジを引いたもんだ、鎮守府司令官、その救助活動は艦娘部隊で実施しているんだな?」

 

矛先を引っ込めたらしい連隊長がこちらに聞いて来た

 

「そうです」

 

「真っ当な救助活動なら態々陸自の連隊長を呼び付けて協力要請なんて必要無い、救難信号を海保辺りが聞き逃す筈無いからな、哨戒任務を負っている海自だってそうだろう、どんなウラがあるんだ」

 

「こちらもその救難信号を直接受信していない、その信号を受信し、救助を承諾し、現在実施しているのはウチの所属艦娘ではない、向こうの司令官と話して指揮権を譲り受けただけなのだ、詳細はまだこちらも把握出来ていない」

 

これを聞いた連隊長は分かりやすく表情を歪ませた

 

「……把握出来ていない?なのに自衛隊に協力を求める?悪いが隠し事は止めてくれないか、時間が惜しい、如何しても話したくないのなら、オレは帰るが?」

 

説明は要らないと言ったのに話せと言う、なんて一貫性の無い主張なのか、時間の無さがそれをさせているのだろうが、ここでソレを指摘しても時間の無駄だ

 

「隠している訳ではない、確証が無いのだ、憶測や推論を連隊長相手に並べられない」

 

「つまり、あんたが出した強襲予告と同じって事か、そいつは是非聞かせてもらいたい」

 

ここで初めて連隊長自身が執務机に歩みを進めて来た

 

 

 

大本営-執務室(司令長官室)

大本営司令長官:老提督

大本営職員:事務屋A

 

 

艦娘部隊上部機関本会議場から大本営の司令長官室に移った老提督は早速報告を受けた

 

「予定の延期?鎮守府からの申し入れが?」

 

「何でも救助活動中とかで受け入れ準備に手が回らないそうです」

 

現在大本営の運営は日本の中央官庁からの出向職員により実施されていた

大本営職員は公募からの選出予定でそれらの人員が揃うまでの繋ぎだそうだ

 

「……あの包囲網で出撃不能なのに、手が回らないとは、状況を確認しなければならない、予定を繰上げよう」

 

「あの、鎮守府司令官は邪魔だから来るな、と言っているのだと思われます、繰り上げは如何かと考えますが」

 

アッサリと予定を変更してくる老提督に一応の懸念を示す職員

 

「なに、向こうには私の秘書艦がいる、何も問題は無い」

 

老提督は大本営に用は無く、早く鎮守府に行きたいのだと悟る職員、何しろ今の大本営は監察官達に仕切られ、司令長官といっても肩書きだけなのだから

 

「……通告はしますよ?幾ら何でもこんな状況でのサプライズは誰に取っても不幸な結果を招きかねませんから」

 

出向職員としては起こると分かっている問題に回避策を講じ、何事も起こらない様に状況を整えるだけだ

 

 

 

???

艦娘部隊上部機関-本会議場

???:監察官/各方面代表

 

 

老提督が大本営に行き、老兵も本会議場を後にしていた

二人の退室とは関わりなく艦娘部隊上部機関本会議は続けられる

上部機関在籍者の大半が集まる本会議、開催の機会自体が多くなく、開催されれば議題は幾らでもある

そんな本会議場に開催地である日本国内の動きが報告された

 

「報告、日本の自衛隊が動き出しています、政府内でも何らかのアクションがあった様で、現在詳細を確認中です」

 

「……自衛隊の何処が動いた?海自か?」

 

代表の一人が問う

 

「空自の哨戒任務の増加と、陸自の鎮守府封鎖の強化、今判明しているのはこれだけです」

 

「海自の動きが、判明しないのか、こちらの予定通りなら、海自が最初に動き出している筈、計画の変更を」

 

別の代表から意見が出る

 

「既に老提督は大本営に戻っている、行動の自由を手しているのだ、後手に回るわけにはいかない」

 

艦娘部隊上部機関、艦娘を独占運用する事で相応の対価を見込んで集まった各方面の方々、各方面の有力者が多数に及んだ事から国際機関としての看板を掲げるに至った

そこに参加する代表達の思惑は多岐に渡る、国際機関の看板の所為で純粋な商業者だけでなく国家の代表まで抱え込んだ

 

老提督の行動と本会議での演説により上部機関は艦娘を独占する事が出来なかった

 

現状で艦娘を独占している日本、各方面から不満が集中しそうな状況にも関わらず、一部を除き様子見、静観の構えを各方面から取り付けている

日本の外交力と老提督を始めとする老兵達の影響力、艦娘部隊上部機関在籍者には何方も取り扱いが難しい模様

 

 

 

東京湾-出港中

海上保安庁_巡視船:海保の方々

 

 

「深海棲艦は無視しろ、だと?」

 

「その対処は艦娘部隊で受け持つと、こちらは救助活動の支援に注力する様にとの指示です」

 

「深海棲艦の武装に巡視船では為す術はない、救助活動なら放棄も出来ない、速やかに終わらせるしかないな」

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

大本営所属艦:高雄/愛宕

鎮守府所属艦:大淀

 

 

大本営からの通達、何を考えたのか老提督を始め大本営の方々が予定より早く鎮守府入りするという

 

「……あのジジィ、依にも寄ってこんな時に」

 

「大本営からの指示では無視出来ません」

 

相変わらず事務的な元事務艦の大淀

 

「……救助活動中の艦娘達からはその後の報告は?」

 

早々に思考を切り替えて出来る事を片付ける事にした

 

「巡視船との合流は出来ているそうです、救助者を収容中との報告は来ています」

 

「居るのかよ、権兵衛さんは疑わしいと言っていたのに」

 

権兵衛さんは軍の工作活動だと決めつけていた、救助要請で誘き寄せた艦娘をどういう方法かは不明ながら鹵獲、平たく言えば誘拐しようと目論む集団というのが司令官の予測

何方にしても要救助者が実際にいる事は想定していなかった

 

「……それについては、熊野から不審な点があると、報告がありました」

 

高雄から遠慮がちに言ってきた

 

「どんな?」

 

取り敢えず不審な点を聞いてみない事には何も判断出来ない

 

「海難事故で海に投げ出された、或いは海に飛び込まなくてはならない状況になってしまった、それにしては要救助者が極めて冷静だと、事故だと云うのなら不意に起こった筈、ライフジャケットは当然としても、潜水用具を装備している事に疑問がある、船舶が居たのに救命艇が出されていない事も疑問だと」

 

「……潜水用具?」

 

「簡易式の空気ボンベを持っているそうです、何人かは重りを付けていると、事故前の状況の推定が困難だと、言っています」

 

「重り、ねぇ」

 

海難事故で海に投げ出されたのに重りを外さない要救助者、どんな事情を並べれば整合性を持った事故状況の説明になるのやら

 

 

 

鎮守府-応接室

鎮守府:司令官

大本営司令長官:老提督

 

 

「やぁ、久しぶりだね」

 

室内に入ると気軽な声がかかった

応接室に居たのは老提督一人、他の随行者は憲兵隊の方で引き受けたと連絡を受けている

この爺さん単独行動が好みなのか、或いは単独行動せざるを得ない事情があるのか

 

「ご無沙汰しています、老提督」

 

兎も角挨拶、挨拶は大事だろう

 

「先ずは救助活動の進捗を聞かせてもらいたい」

 

本題ではない、前段の話だが避けて通れない話だから早く済ませてしまいたい、老提督からはそんな雰囲気が感じられた

それに違和感を覚えたものの、指摘しても差して意味はない、要望通りに話を進める

 

「……要救助者は巡視船に引き上げられました、巡視船と艦娘達の捜索で周辺海域にこれ以上の要救助者を発見出来ない事、要救助者からの聞き取りからも要救助者全員の引き上げを確認、救助活動を終了とし、巡視船は帰港中、艦娘達はウチの護衛隊に合流予定です」

 

「護衛隊に?確か護衛隊は深海棲艦と対峙しているのでは、なかったかな?」

 

流石と言うべきか、耳聡い老提督

 

「現在護衛隊はその対峙海域に集結しており、他に合流出来る海域がありません」

 

「……何処かの資材採掘地を拠点にしていると、聞いたが、そこでは都合が悪かったのかい」

 

何かを確認しているのだろうか、前段の話なのだから流しても良い筈なのに質問が重なる

 

「そちらは距離があります、救助活動を行なっていた艦娘達は合同作戦にて資材運搬を実施中の遠征隊、護衛隊と速やかに合流させた方が良いと判断しました」

 

兎も角、話を進める

 

「ほう、そう云うシナリオか、あの艦娘達を来援艦隊とは、見做さないと云う事だね、指揮権が移っている事も、その方向で調整しよう、それでは救助活動に関しては一区切り着いた訳だ、本題に入ろうか」

 

あー、こっちが勝手に動いた結果の尻拭いね、下部組織の長としてはこういう時こそ上部組織に問題を丸投げして、対処して貰えるというのは有難く思うべきなんだろうな

 

 

 

鎮守府-封鎖線

自衛隊_陸自普通科:連隊長

自衛隊_憲兵隊:憲兵

 

 

 

「全く、何でこんな苦労を負わされてんだか」

 

大本営御一行様の相手をさせられた連隊長が愚痴る

 

「ボヤくなよ、コッチは何時もこうだ」

 

それに付き合わされた憲兵、連隊長が艦娘部隊との折衝に不慣れを理由に憲兵隊に協力を求めた結果だ

 

「……何時も?」

 

「艦隊部隊と関わると何時もこうだ、面倒事が次々に舞い込んで手間が幾らでも掛かる」

 

「……それでも艦娘部隊との協調の為に動くのか、憲兵は憲兵で苦労があるんだな」

 

「何処も一緒だ、自衛隊はな」

 

「違いない」

 

 

 

鎮守府-応接室

鎮守府:司令官

大本営司令長官:老提督

 

 

本題という名目の事情説明、当座の厄介事であるお偉い方々の鎮守府訪問についての詳細説明があった

 

「そんな訳で政府関係者が鎮守府に来るのは少し先になる、結果としては司令官の延期要請に沿うことになるだろう」

 

「……海自の大掃除、ですか」

 

憲兵隊長が言っていた自衛隊内部のゴタゴタ、その辺りにケリをつけるらしい

 

「海自だけではないがね、在日米軍のMPまで借り出して全自衛隊から例の一派を一掃すべく行動中だ、先程話に出ていた巡視船が収容したという救助者にも同様の疑いがかけられている、防衛省と海上保安庁で折衝中だが、政治決着になるだろう」

 

政治決着、この一言で大体の事情は察した、そもそも自衛隊内部の事情に在日米軍が直接関与している辺りからしても日米安保を絡めて例の一派とやらが繁殖していたと推定される

 

「……何処までご承知なのですか?」

 

「……さて、何処までだろうな、司令官は明確に答えられるかね」

 

 

 

鎮守府-第二食堂

鎮守府所属艦:長門/龍田/初春/大和/叢雲(初期艦)

大本営所属艦:一組の初期艦二

 

 

執務室で現状説明を受けた後、今後の対応を話し合おうと、誰が言い出すでもなくゾロゾロと第二食堂の一角を占めた

 

席に着くなり長門が零す

 

「なんだか、蚊帳の外に放り出された気分だ」

 

「そうねぇ〜、今の所出る幕が無いし、そんな感じよねぇ」

 

「老提督が来ておる、もう時期動きがあるだろうて」

 

「初春は老提督をアテにしてるの?」

 

初期艦は初春の言い様に不思議そうにしていた

 

「アテにというか、アレでも実績のある司令官じゃ、何も無い事もあるまい?」

 

「……あの、皆さんは、老提督の雰囲気が変わった様な感じ、しませんでしたか?」

 

大和から老提督に対しての疑問が投げられた

 

「そう言われてもな、大和の様に接点があった訳ではない、この鎮守府に視察に来た事がある、それだけの接点だ、私は感じなかったが」

 

「接点という事なら叢雲ちゃんが適任じゃないかな」

 

長門、龍田共に大和の疑問には答えを持ち用が無く、初期艦に答えを求めた

 

「……大和の言い分は分かるんだけど、なんというか、言葉に出来ない、何処が如何って変化では無いのよね、ホントになんて言えばいいんだろ」

 

初期艦は大和の感じに同意したものの、答えとなると詰まってしまった

これを聞きつけたと思われる一組の二人が長門達に加わって来た

 

「叢雲ちゃん?鎮守府の初期艦として、それは如何なの?」

 

「一組には、言葉に出来る事?」

 

漣の言い分に問い直す初期艦

 

「妖精さんの対応が明らかに変わったのです、以前なら司令官より老提督に寄っていた妖精さんが今では離れてすらいるのです、初期艦ならその辺りに気が付いて欲しいのです」

 

電が答えと共に初期艦の観察力、洞察力といったモノが必要とされる技量に言及してきた

 

「妖精さん?老提督の懐かれ具合は凄かったけど、そういえば、来ているのに大人しい?呼ばれていない所為では無いって事?」

 

電の言及に今一つ気が付かない様子の初期艦

 

「うーん、叢雲ちゃんはドロップしてから間がないのもあるんだろうけど、妖精さんの動向にもっと注意を向けても良いかもね、会話出来るからって妖精さんが何でも話してくれる訳では無いんだから」

 

漣の言い様でやっと理解が追いついた初期艦

 

「……観察力不足、だと?」

 

苦い顔の初期艦、包囲網への単艦突撃はどう考えても視野狭窄を起こした結果、状況を俯瞰で見れ無いのは経験不足が主要因、俯瞰での視点を持っていないから状況に流されるし周りが見え無くなる

 

「あれ?他からも指摘されてるの?」

 

叢雲(初期艦)の言い様からそう感じた漣

 

「……優先順位の振り方も成ってないって、経験不足は理由にならないとも、指摘されてる」

 

苦い顔のまま言う叢雲(初期艦)

 

「あー、一号の叢雲か、あの演習で色々指摘されてるんだ、まあ、艤装を破砕して見せるくらいだ、それくらいはするか」

 

「あんな短時間で指摘した所で如何にもならないのです、指摘されたからと言って即対応出来る訳では無いのです」

 

叢雲(初期艦)の苦い顔のワケを知り、漣も電も然も有り無んと言った感じだ

 

「そうじゃな、一朝に出来ることでは無いな、焦らずとも妾がチカラになってくれようぞ」

 

苦い顔を見ていられなくなったのか、初春が叢雲(初期艦)を励ましている

 

「……初春が叢雲ちゃんの相手をするのなら、私はヤマトちゃんの相手で良いのかしら?」

 

「そうなるだろうが、その前に現状を打開し平穏を取り戻す必要がある、その道筋はまだ付いていない」

 

今後の対応といっても、司令官次第、という以外には艦娘達だけでは結論を出し様も無かった

 

 

 

外洋-戦闘海域(双方停船中)

鎮守府所属艦:長良/名取/雪風/羽黒/天津風/鳥海/衣笠/多摩/子日/若葉

 

 

司令官からの指示を護衛隊に伝える為に司令部は秋津洲の飛行艇から龍驤に連絡を取り、龍驤の偵察機で護衛隊にメッセージを届けてもらった

 

「救助活動の終了に伴い海域から離脱、資材採掘地に集合し今後の指示を待て、ですか、この目の前の深海棲艦は無視しろって事ですか?」

 

「そうなるね、気分的にはアレだけど戦闘行動の許可は出ていない」

 

「背中から撃たれたら如何するの、コイツラがコッチの撤収を見送る確証がない」

 

その届けられたメッセージに重巡達が意見を付けた

 

「私が殿を務めます、皆さんは指示に従い資材採掘地へ」

 

その中で羽黒が最後衛を買ってでた

 

「若葉も殿を持とう、羽黒だけでは最悪の場合に対処しきれない」

 

「そういう事なら、子日も持つよ、鎮守府所属艦、司令官の指示を履行するリスクを羽黒だけに負わせるのも、違うし」

 

護衛隊に再編成された二隻、若葉と子日が羽黒の両翼に着く様だ

 

「何を言っているんです?羽黒の隣は雪風の指定席ですよ?鎮守府産まれや鎮守府育ちでは荷が勝ちすぎる、残るのなら雪風です」

 

雪風から抗議が入った

 

「雪風?言いたい事は分かるけど、今回は譲りなさい、羽黒も了承してちょうだい」

 

長良としては雪風の言い分より若葉、子日の言い分を採用するつもりらしい

 

「……旗艦指名を受けているからって、横暴じゃないですか?」

 

長良に恨めし気な視線を投げつける雪風

 

「今の若葉と子日は護衛隊に編入されている、そして護衛隊旗艦はこの長良、指示に従いなさい」

 

「雪風、心配ないですよ、司令官は攻撃して来ないと言っているのですから、殿を務めるのも念の為、保険の様なモノです」

 

羽黒からも長良の言い分を取る様に促されてしまった雪風、不満だと顔に思いっ切り出てる

 

「司令官の言い分という辺りに不安を感じます」

 

遂に不満をぶつけて来た

 

「だから、殿を子日と若葉でって言ってるの、僚艦の不安は伝染するんだよ?」

 

「不安は無用の予測を立ててしまう、熟練者程その予測に引き摺られる、今の雪風が羽黒と殿を務めても良い事はない」

 

ぶつけた筈の不満を二人に拾われてしまい、対応に困ったらしい雪風

 

「……」

 

「それに、もし、司令官の言い分が外れたら、ケツモチしないとね」

 

「ケツモチ?」

 

「あの深海棲艦が攻撃してきたなら、羽黒は若葉なり子日を盾にして護衛隊に合流して良い、時間は稼ぐ、その為に二隻いるんだ」

 

「……」

 

羽黒が駆逐艦を置いて一人で戦場を後にする事など有り得ない、そこは雪風も良く知る所だ

この目の前にいる二隻の駆逐艦、二人は重巡という戦力を当てにしない配置、三隻での艦隊行動を前提にしていない位置にいる

本気で羽黒に盾にしろと、攻撃距離から離れられる時間を稼ぐと言ってる、二隻だけで対峙中の深海棲艦を相手取るつもりだと、雪風には解ってしまった

 

「まあ、そういう事、救助活動してた艦隊と途中で合流する事になってる、護衛隊の本業だ、では、殿の三人は適時行動して、他は長良に続いてこの海域から離脱します」

 

 

 

鎮守府-第二食堂(鎮守府専用食堂)

???:権兵衛さん

鎮守府所属艦:大淀(事務艦)/長門/龍田/初春/大和/叢雲(初期艦)

大本営所属艦:一組の初期艦二

 

 

権兵衛さんが工廠から第二食堂に戻って来た所、食堂の一角を占める集団が嫌でも目に付いた

 

「なんだ?揃いも揃って財布でも落としたのか?」

 

「……なんだそれは?」

 

権兵衛さんの言い回しに戸惑った長門は、コレしか言葉が出て来なかった

 

「あら〜、そんな雰囲気だった〜、それはいけないわ〜」

 

「龍田、無理に空気変えようとしなくても……」

 

「権兵衛さんに財布落としたなんて言われる様な空気って事は、無理にでも換えないといけないんじゃないかな、そんな空気を鎮守府中に広める訳にはいかないでしょう?」

 

「そうじゃな、彼奴が何やら動いておるのだ、その内無理難題を吹っかけに来るだろうて、その時に備えるとするかの」

 

そういうと席を立つ初春、向かった先は食堂のカウンター、腹拵えだ

 

「……腹が減ってはなんとやら、か」

 

長門がそれに続いた

 

「なんだ?」

 

二人の行動に合点がいかないのか、まだテーブルに残っている面子と交互に見ている権兵衛さん

 

「権兵衛さんの方は?協議とやらは如何なった?」

 

「それを艦娘に話しても意味が無い、鎮守府司令官を呼んで来い」

 

「……ナルホド、漣が言って事はその通りってワケか」

 

「?」

 

「権兵衛さんは日本語を良く学んできているけど応用が成ってない、誤用とまではいかなくても、適切な語句の選択に難がある、まあ、言葉を覚えたばかりの相手の様に対処するのが望ましいって事ね」

 

「言葉がオカシイと言いたいのか?」

 

「オカシイというか、適切ではないって感じかな、特に交渉なんてデリケートな事をやろうとしている割にその辺に無頓着、交渉事に不慣れだと分かってしまう、ウチの司令官相手ならそれでも不利にはならないでしょうけど、その筋の相手ならとっても足元見られるでしょうね」

 

「……見下される、という事か」

 

「見下すのとは違うかな、遇らい易い相手だと判断されるって事、一組との話を聞いていても権兵衛さんの受け答えは素直だし、お仲間からの助言がなければもっと素直な会話になりそうだしね」

 

「……我等は腹の探り合いに来たのではない、交渉を纏めに来たのだ、有り体に話した方が無用な手間を省けるではないか」

 

割と真面目に答えて来た権兵衛さん、それを見て初期艦は言葉を選び話を続けた

 

「人と人の交渉なら、それだけでは足らない、権兵衛さんも言っていた様に交渉はその内容を相互に履行しなければ無意味になる、そこの程度を推し量る事も交渉の内、権兵衛さんは利益を提供する事でソレを確保しようとしている様だけど、ソレを確保する方法は色々ある、信用を得るというのもその一つ、信用を得ている相手を交渉相手に選ぶ事でソレを確保したと看做す事だってある

交渉や取引を行う上で重要な要素なんだけど、権兵衛さん達は人の交渉術に不慣れという事もあって、ココを見ていない、まあ、見ていたから如何なるってモノでもないんだけど」

 

「信用?ただの概念、思考の一つではないのか」

 

「んー、信用取引って聞いた事ない?その信用なんだけど?」

 

「用語の一つだろう、商取引の形態の一つ、其々の履行に時差が生じる際に用いるのだったか」

 

「誰彼構わず行う取引では無い、なんらかの信用が必要となる取引、でしょ?その信用なんだけど」

 

「……時差を利用し後に履行するモノが不履行のまま逃げたら取り立ての手間をかけねばならんからな」

 

「その手間を取る事になると分かってる相手に何の対策もなく信用取引なんてしない、それは分かる?」

 

「……その対策が信用だと?」

 

「違う、信用はそういう手間を取らせないと判断出来る相手が得ることが出来るモノ、対策ならそういう相手を交渉に関わらせその手間をこちらの代わりに受け持たせるって事になるのかな」

 

「……信用取引には第三者の介入が必須、という事か?」

 

「必須ではない、けれど当事者間での信用が成り立たない場合はソレを視野に入れれば交渉を纏める確率を上げる事ができるでしょうね」

 

「確率、確定には出来んのか」

 

「第三者は第三者、交渉なんだから最終的に当事者間の合意が必要、第三者が決定権でも持ち合わせているのなら話は変わってくるけど、今回は当てはまらないんじゃないかな」

 

「なれば第三者を介入させるだけ余計な手間が増えるだけではないか」

 

「当事者間の信用が成り立たないままでは交渉は纏まらない、手間を増やして交渉を進めるのか、時間を掛けて当事者間の信用を構築するのか、或いは別の方法を取るのか、まあ、考え所だと思う」

 

「……なんと煩雑で面倒な事か、力尽くで押し切った方が遥かに容易だ、交渉を行うと下した判断は誤りだったかも知れん、方針転換も視野に入れねばならんな」

 

「……それで醜いと評した人に倣うの?」

 

「……あんな醜い存在と同一になろうとは思わん、我等は我等の智慧を計っている、コレが愚者の智慧なのか、賢者とまでは行かなくとも、使える、有効な智慧なのか、我等の在り方を我等自身で決定するに足る智慧なのか、そうでないと判明したなら、我等は我等の智慧を捨てるだけだ」

 

「そして醜い存在に成り果てて行く、それで良いの?」

 

「良いと考えているのならこんな手間をかけていない、我等がこれ程の手間を掛けて交渉に臨んでいる事実を視ろ」

 

叢雲(初期艦)と権兵衛さんとの対話、双方がどこまでなにを汲み取れたのかは、時間が経たないとわからない

 

 

 

外洋-資材採掘場(無人島)_周辺海域

鎮守府所属艦:龍驤

桜智鎮守府所属艦:鈴谷

 

 

「龍驤、熊野達と護衛隊が合流した、このままコッチに来るってさ」

 

周辺探索への協力、確かにそう言ったけれど、護衛隊の探索任務を割り振られてしまった鈴谷

 

「そのまま見たってや」

 

「……さっきから、何してんの?」

 

本来の任務をこっちに投げて龍驤は偵察機を何処かに飛ばしている

 

「アホンダラ供を追っとる、今何処ぞの駆逐艦?巡洋艦?と接触しとる、なんやここの駆逐艦は大き過ぎやろ、巡洋艦にしか見えへんでも駆逐艦や言い張る様やし」

 

「……偵察機、使い捨てるつもり?」

 

発艦した時間から計算すれば折り返し不能点への到達は近い筈、なのにこの軽空母は偵察機を戻す気配がない

 

「場合によったらソレもせにゃならん、ここから離れとるし今も遠ざかっとるしな」

 

「そういう運用をここの司令官は容認するんだ」

 

「しとらんで、ウチが勝手にやっとるだけや」

 

「勝手にって、良いの?」

 

ウチの運用とかなり違う、だからと言って他所の鎮守府の内情に無闇に口出しは出来ない、司令官が違えば運用も変わる、ウチで引き取った他所の鎮守府で建造された艦娘達、その面倒の一端を見て来た鈴谷はその問題の厄介振りを肌身で知っていた

 

「文句があるなら解体するやろ、その前にコッチも言いたいこと言わせてもらうがな」

 

「……解体って、そういう事になってるの、この鎮守府」

 

「しらんで、この鎮守府には所属したばっかやし、出撃予定も聞いてたんとはちゃうしな、こんな無茶させといてコッチの言い分聞かん様な司令官なら、そこまでの司令官っちゅうこっちゃ

まあ、そうはならんやろ、鎮守府所属のドロップ艦やら建造艦の話を聞く限りではな」

 

所属したばっか?その練度で?鈴谷は今更ながら事情がややこしいと言っていたのはハッタリでは無い事を確信した

 

「……それにしても、あの深海棲艦、停船したままだ、まだ動かない、観測は続けるけど、もう時期交代させないと」

 

下手に事情に関わらないほうが良い、熊野はそう判断していた、鈴谷にも異論があった訳では無いが、極力触れない様にしようと改めて思った

 

「あんまり近付くなや、落とされるで」

 

余計な事を考えて艦載機への注意が漫ろになったのを感じ取られたらしく龍驤から忠告が来てしまった

 

「分かってるって、ただの観測任務で水上機落とされたらカッコ悪いし」

 

流石は空母種の艦娘、艦載機への扱いには厳しい目が向けられる

 

 

 

???

艦娘部隊上部機関-本会議場

???:監察官/各方面代表

 

 

「いかんな、こちらの仕込みが悉く掘り返されている、米軍内にも離反者がいるのではないか」

 

口頭ではなく書面で回覧されている各所の報告、そこに記載されている内容は上部機関の御歴々には色々と痛い案件が並んでいた

 

「自衛隊に直接仕込むのは難しかったのだ、米軍経由で自衛隊に割り込ませたが、逆用された様だ、ハワイ沖海戦の結末は米軍内でもそれなりに知られている、その結果だろう」

 

「ハワイ奪還作戦を実行するにはハワイ諸島を奪われた事実を公表しなければならない、ワシントンは通信が生きている事を利用しハワイ諸島の現状を隠蔽しているからな、尤も軍関係者には時間稼ぎにしかならないだろう、真珠湾の司令部との通信に問題があるからな」

 

「ハワイ諸島の詳細な現状はどうなっている?」

 

「通信が生きているお陰で詳細なレポートが上がって来ている筈だ、が、何処かが検閲と称して囲い込んでこちらに回ってきていない、アメリカの通信も共産圏の様に統制下にあるらしい」

 

「それに各所で通信障害を装っている、これでは一般人からはハワイ諸島の現状を知る術がないだろう」

 

「そうでもない、ハワイ沖海戦で潰走した艦艇が各所の海軍港に入港を始めたそうだ、外観の損傷は目立たないが要修理艦艇の急増に関係者が各所に問い合わせを始めている、時間の問題ではないかな」

 

「……ホワイトハウスの動きは?」

 

「まだない、大方、支持率向上やら選挙戦にどう利用するのか思い付かないのだろうさ」

 

「……他の主要国の動きは?」

 

「表立った動きは見えない、非公式なルートでハワイ沖海戦の顛末は伝わっている筈だがね」

 

上部機関本会議場に集う各方面の方々には議題が尽きない様だ

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

大本営所属艦:高雄/愛宕

 

 

高雄からの報告はどう聞いたら良いのか、困る内容だった

 

「南鳥島?」

 

「龍驤からそこへの艦載機着陸許可を要請してきました」

 

「……そんな事言われても、所管違い過ぎてどうしろと?」

 

これでも艦娘部隊というのは民間組織の括りになるんだけど、なにを言いだすんだか

 

「管理しているのは自衛隊では?協力要請は出せると考えます」

 

「着陸して、その後は?龍驤が回収に行くのか?向こうで艦載機への補給は期待できないが」

 

「……妖精さんを待機させる事が目的だそうです、偵察機の妖精さんを使い捨てにしない為の方法だと、言っています」

 

「龍驤の艦載機は殆どが偵察機で航続距離は長い筈、それが使い捨てとはどういう事だ、広範囲の観測は依頼したが、偵察機の行動半径で担える範囲に収まっているだろう、こちらの担当海域を超えて行動を取っているのか?」

 

「先の救助活動に於いて救助隊が現着する前に海域を離れた船舶が観測されています、龍驤は偵察機を用いてその船舶を追尾中です」

 

思いも寄らない事態を言い出して来た高雄、状況が完全にこっちの手を離れている

不味い事態なんだが、どうしようか考えを巡らせてみる

 

「……ちょっと待て、なら、今護衛隊と救助隊の周辺観測はどうなっている、龍驤は護衛隊の周辺観測も担っていただろう、艦隊からの観測だけで資材採掘地に向かっているのか?」

 

取り敢えず本来の任務がどうなっているのか聞いた

 

「そちらは航空巡洋艦が担っています、水上機ですが艦隊の周辺観測、警戒態勢構築に問題はありません」

 

「……最上型の三番艦だったか、四番艦は護衛隊と合流しているのだったな」

 

「その二隻で十機以上の水上機を運用出来ます、問題はありません」

 

「それで?龍驤が追尾中の偵察機を南鳥島に着陸させたいと、現状報告を」

 

護衛隊の広域探索には支障は無いらしいと判断、問題の龍驤の要請を詳しく聞き直す

 

「追尾中の偵察機は南鳥島の北側の海域に到達しています、離脱船舶はこの海域で所属不明の艦船と接触、偵察機による観測を継続中です」

 

「……それを、自衛隊に言って、協力要請しろと、無茶振りもイイ所だ、艦娘部隊の鎮守府司令官を何だと思ってるんだ?こっちは名目上民間組織だぞ?国際機関が展開する組織だと云うだけの、軍事組織じゃないんだ、担当海域外の活動は本来不可だと分かってるのか?」

 

「協力が得られなければ龍驤は偵察機を使い捨てる他ありません」

 

こんな所だけはキッパリ言い切る高雄、少し考えて質問を変えて見た

 

「……観測を止めるという選択を無視している理由は?」

 

「……そこまでは報告されていません」

 

詰めが甘いんだよ、如何してそこを詰めないのか、不思議でならない

もしかして権兵衛さんの指摘した通りに艤装が無いと重巡と雖もこうなってしまうモノなのだろうか

艦娘にとっては半身となる艤装だ、影響が無いと断じる方が不自然なのかも知れない

 

 

 

鎮守府-港_旅客船(移籍組官舎)_五十鈴私室

鎮守府:司令官

大本営:司令長官(老提督)

大本営所属艦:五十鈴

 

 

老提督はこちらへの説明の後、自身の秘書艦である五十鈴と今後の展開に付いて意見を纏める為に五十鈴を訪ねていた

 

「南鳥島の自衛隊?」

 

こちらの話を聞き終えた老提督が疑問調で聞いて来た

 

「協力要請を出して、受託される可能性はありますか?」

 

「理由に因るだろう、国防や民間活動の保全に関わる事象なら受託の可能性はある」

 

「……」

 

「理由が曖昧なのかね」

 

「曖昧というか外洋で活動中の軽空母の独自行動、こちらからの指示ではないので中断させるか、継続させるかの判断も付けかねています」

 

変に理屈を捏ね様にも時間がなさ過ぎた、この場合はぶっちゃけるしかない

 

「龍驤ね、龍驤の判断なら中断させるより継続させた方が良い」

 

独自行動と聞いた五十鈴が即答して来た

 

「私の秘書艦はこう言っているが、司令官に異論は?」

 

「異論も何も判断材料がありません、この協力要請自体龍驤の行動を補佐するというより事後処理の延期を目的としたものと思われるので、独自行動に対しての判断だけで言うのなら継続と言うことになります」

 

「事後処理の延期?」

 

「偵察機を南鳥島に着陸させたいとの要請です、航続距離の問題でしょう」

 

「……龍驤の偵察機は何処を観測してるの?」

 

流石に五十鈴でも龍驤の行動に疑問符が付いた様子

 

「報告では現在南鳥島の北側の海域に展開中だと」

 

「この鎮守府の担当海域からは随分と離れているね」

 

「……」

 

老提督の突っ込みに返す言葉が無い

 

「そんな所に何をしに行ってるの?龍驤が無駄に展開させてるとは思わないけど」

 

龍驤が無闇に理由も無くそんな遠くまで偵察機を飛ばす訳がない、そう思っていてもその理由が考え付かない五十鈴

 

「……先の救助要請に関連があると思われる船舶の追尾中との事です、その途上で所属不明の艦船との接触を確認したとも報告して来ています」

 

「……自衛隊の領分ではないかな、それは」

 

老提督からは龍驤の行動を肯定的に捉えた様子は見られない

 

「艦娘部隊の活動範囲からは離れるかもしれません、しかし救助要請を発したと思われる船舶が要救助者を放置して海域を離れた、これは救助隊が観測しています、その結果として海保に緊急出動が掛かった訳ですから」

 

「……それも海保の領分ではないかな、艦娘部隊としてこれ以上の関与は難しいのではないのかな」

 

完全否定こそして来ないが老提督は明らかにこちらの話に否定的だ

 

「……では、全て見なかったことにしろと、三猿に徹しろと、老提督はお考えか?」

 

「司令官は今、重要な交渉の最中ではないのかな、鎮守府を包囲しているモノとの交渉中に自衛隊や海上保安庁の管轄する事象に関わっていられる余力があるのかね、私はそう思わないが」

 

「司令官の考えは分からないではないけど、現状で余力があると対外的に示す事は得策とは言い難い、そんな余力を上部機関が放って置くと思う?」

 

「……」

 

龍驤の行動に疑問符が付いた五十鈴までも自衛隊へ要請を出すリスクを持ち出して来た

 

「……司令官には伝えていないけど、大本営から艦娘の建造指示が出てる、今は秘書艦権限で拒否してる、大本営の運営を代行している監察官達には其々の都合があり、それを押し通す気でいる、上部機関の後押しもある、鎮守府司令官だけで抗うのは、無理筋なのでは?」

 

こちらに来ていない話、おそらく五十鈴の言う通りに秘書艦という立場を活用しているのだろう事は察しが付いた

それは分かったが来ていない話に疑問があったから聞いてみる

 

「建造指示?」

 

「大規模増設計画に伴い佐伯司令官以外の司令官は鎮守府の移動が下令されて、実行された、結果既存の鎮守府が空き家になってそこに日本以外の司令官が着任してる、これは大規模増設計画の承認条件の一つ」

 

「空き家になった鎮守府には艦娘は勿論妖精さんも居ないのでは?」

 

「その通り、だから手っ取り早く艦娘を配置しろって事ね」

 

来ていない話はだいたい分かった、それに関連する事案を知っておかないと後々面倒な事に成りそうな気配を感じ、質問を重ねる

 

「……それで建造指示、なら、その指示は他の鎮守府にも?」

 

「いえ、ここだけ」

 

アッサリ言ってくる五十鈴、艦娘の配置を要求しているのに他の鎮守府にはそれが行っていないという

 

「……何故?」

 

意味も意図も分からず思った事がそのまま口から出てしまった

 

「……色々推測は出来る、けど、どれも意味はない、要は貴方の、佐伯司令官の鎮守府で建造された艦娘が欲しいって事でしょうね」

 

「……建造艦なら何処でも同じでは?」

 

「所謂験担ぎかな、なんとか理解出来るのは、それ以外は聞くだけ無駄」

 

「……司令官に因って建造艦の何かが変わるとでも?そんな馬鹿な話になってると?」

 

呆れてモノも言えないとはこういう場合に使うのだろうとか、どうでもいい事が頭の中に浮かんだ

 

「他の国の司令官達は資料でしか艦娘を知らない、これから手探りで艦娘の取り扱いを習得して行く事になる、良い教材が欲しいのでしょう」

 

「……大規模増設計画に伴い、艦娘の建造に関わる仕様変更が実施されましたが、伝わっていないんですか?」

 

「その報告は受けている、説明困難と言う理由で大本営内で留まっているよ」

 

五十鈴に代わり老提督から返答があった

 

「……」

 

つまり、何が如何なっているんだ?事情も状況も理解が追いつかない、分かっている事は龍驤の要請を却下しなければならない、それだけだ

 

「司令官が隠し事をしているのではない、それは私を含め監察官等も承知している、司令官に不利に働く事は無い、もしそういう事例があるならこちらで対処しよう」

 

 

 

鎮守府-工廠(第三工廠)

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:秋津洲

 

 

正直気が重い、然しそれを理由に投げ出すことも出来ない

取り敢えずは護衛隊との接触を図らないといけない事から秋津洲に声をかけた

 

「秋津洲、龍驤との接触出来るか?」

 

「大艇ちゃんなら鎮守府への帰投中、護衛隊との接触は無理かも」

 

「鳳翔の飛行隊はまだ飛んでいるのか?」

 

「龍驤から補給を受けたとは言ってたかも、現状の運用は直接聞いた方が良いかも」

 

 

 

鎮守府-工廠(第二工廠)

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:鳳翔/祥鳳

 

 

隼鷹の姿が見えないが、そこを詮索している余裕は無かった

 

「龍驤との接触ですか、どんな要件でしょう」

 

こちらの話を聞いて鳳翔から質問が来た

 

「龍驤から自衛隊への協力要請を依頼されたが、無理筋だ、要請は出せない、直ちに偵察機を戻す様に伝えて貰いたい」

 

「……偵察機を使い捨てろと?」

 

鳳翔の眉間にシワが寄っている、どう見ても龍驤の要請を拒否する判断に不満があると丸分かりだ

 

「そうならない様に戻せと言っている」

 

「もう手遅れです、引き返し不能点を過ぎてしまっています、協力要請が履行されない限り偵察機を使い捨てる事になります」

 

祥鳳からも意見があった

 

「……なんだってそんな運用を、そこまでしろとは言っていないつもりだが」

 

「確かに司令官はその様には命じていません、龍驤の私情が入った行動なのですから、ただ、その私情には私も賛同します」

 

「……私情に賛同?指揮下の艦娘が私情で勝手に動いても司令官は容認し追認しろと?司令官職は艦娘の管理は職務の内ではあるが保護者では無い、無条件でそんな事を求められても拒否せざるを得無いが」

 

「確かに司令官には関わりの無い私情でしょう、ですが、あの海戦に参加した私達には無視出来ない私情です、どうか、協力していただけませんか」

 

眉間はそのままに口調だけは穏やかな鳳翔

 

「あの海戦、というと例の大規模海戦か?移籍組が参加したという」

 

「そうです、あの海戦の後、漂流している艦娘を鹵獲している何処かの艦艇がいる事が報告されています、自衛隊に回収された艦娘は日本に戻されましたが、それ以外は鹵獲され、現在も未帰還のままです」

 

「……戦没扱いにならず未だ未帰還者として登録されているのはそれが理由だと?」

 

「そうです、この点は日本政府にも何らかの思惑が重なった様でこちらの主張が通りました、日本政府内にも理解を示す政治家や官僚が居る筈です、協力要請を出しては頂けませんか」

 

食い下がる鳳翔だが、要請を出せない事は確定事項、鎮守府司令官の権限を超えている事案だ

 

「……こう言ってはなんだが、その鹵獲されたといってる艦娘達は、その後どうなったか、伝わっていないのか」

 

言いたくは無かったが、言わずには済まない状況と見て話を進める

 

「……司令官はご存知なのですか?」

 

考える様な間はあった、その間に何を考えたのか、それでも鳳翔は聞いて来た

 

「自己解体、扱いに多大な不備があった様で、例外なく解体してる、それで新たなサンプル採集が実施された、それが先程の救助要請、尤も深海棲艦の接近で目的を放棄した様だが」

 

「自己解体、あの海戦に参加した艦娘は全てドロップ艦、なのに自己解体、したというのですか?」

 

驚きの表情に変わる鳳翔、おかげで眉間のシワが消えてくれた

 

「そう聞いている、私が直接聞いて回った訳ではないが」

 

「……妖精さん、妖精さんから、そう聞いたのですか?」

 

「直接聞いた訳ではない、間接的にそう言ってきた」

 

「なんて事、建造直後の艦娘なら兎も角ドロップ艦の自己解体だなんて、益々龍驤の私情に賛同します、このまま済ませるなど出来ません」

 

怒ってる、間違いなく怒ってる、どうしようかと思ってみたが状況は何も変わっていない、結論も変えるだけの理由は鎮守府司令官には無い

 

「ソレを押し進められると、私が困るんだが、そのケリは老提督に任せては貰えないか」

 

「……」

 

言葉も無く、複雑な顔をする鳳翔

 

「移籍組というかあの海戦に参加した艦娘達には老提督に良い感情の持ち合わせは無いのだろうが、正直な所、ソレは私の手に余る、やってくれると言ってるんだ、任せては貰えないか」

 

重ねて鎮守府司令官の権限を超えている事を示し、老提督に委ねる様に促す

 

「……ソレを龍驤に伝えろと?」

 

不満はあるが、話は理解した、そんな感じの鳳翔

理解した以上行動に移す事が求められる、鳳翔は鎮守府所属艦なのだから

 

 

 

外洋-資材採掘場(無人島)_周辺海域

鎮守府所属艦:龍驤

桜智鎮守府所属艦:鈴谷

~鳳翔⇄艦戦⇄龍驤~

鎮守府-工廠

鎮守府所属艦:鳳翔

 

 

鳳翔からの通信に耳を傾けていた龍驤がその様子を一変させた

 

「……もういっぺんゆうてみぃや」

 

「行動中止、偵察機を戻しなさい、以後は行動計画通りに護衛隊の目となる様に」

 

「帰って来られへんのもおるんやが?」

 

「諦めなさい、許可もなく引き返し不能点より進出させた運用者の責任です」

 

「コラ、司令官に何をいわれたんや、鳳翔ともあろうモンが少しくらいの脅しなんぞに屈するわけあらへん、何があったっちゅうねん」

 

鳳翔の言い分に納得行かない龍驤

 

「……大本営司令長官たる老提督が事態収拾に動くそうです、一介の鎮守府司令官では手出し出来ない、そこに手出しは勿論口出しでも、事態を悪化させる以外の効果は無い、そうです」

 

「……クソッタレが、まーた、あの老提督かい」

 

老提督と聞いて龍驤の機嫌はとても悪くなった模様

 

 

 

外洋-資材採掘場(無人島)_周辺海域

鎮守府所属艦:龍驤

桜智鎮守府所属艦:鈴谷

 

 

龍驤の様子を恐る怖る見ていた鈴谷はタイミングを見計らって声をかけた

 

「どうしたの?何を言って来た?」

 

「……偵察機を使い捨てろ、そういうこっちゃ」

 

不機嫌を隠しもせず吐き捨てる龍驤

 

「航続距離的には着陸予定地点まで行けるんじゃないの?」

 

ここは敢えて踏み込む場面と読んだ鈴谷は話を続ける

 

「行けるが、着陸許可が出ん、勝手に着陸したら、ウチの司令官がアッチコッチから袋叩きされるネタになってまう、着陸を強行したら司令官に詰め腹切らせなあかんくなってまうやろ、次の司令官が今の司令官よりマシとは思われへんしな」

 

司令官を不利な状況に追い込まない様に艦載機を放棄する、龍驤はそう言っている

元重巡で航空巡洋艦になっている鈴谷でも艦載機の放棄という決断などしたくはない

鈴谷は少し考えて妙案を思いついた

 

「……緊急事態を宣言して緊急着陸を要請したら?偵察機だから無線機積んでるでしょ?」

 

龍驤には予想外の提案が出て来た、思わず不機嫌だった事も忘れるほどの予想外な提案だった

 

「……そんなん、可能なんか?」

 

「艦戦みたいに武装してると分からないけど、非武装の偵察機なら理屈上は違法にならないハズ、細かい所は着陸させてから何とでもなるんじゃない?」

 

「……使い捨てるよりはマシやな」

 

龍驤は鈴谷の提案に乗る事にした、そうと決めれば事はサッサと済ませた方が良い

 

 

 

 

 

 






場所-殆ど鎮守府の何処か、断りの無い鎮守府表記の場合は佐伯司令官の鎮守府
所属:登場人物/登場艦娘 等

~近距離無線~は通話、交信 等

上記の書き方が基本となっています、同じ所属が複数行になっている場合は行動単位




大本営所属初期艦〔一号(漣.電.吹雪.五月雨)、一組(漣.電)、二組(吹雪.叢雲.漣.電.五月雨)〕

移籍組〔修復待ちの高練度艦娘、以前の大規模海戦の帰還艦娘〕

司令部要員〔高雄.愛宕.摩耶.妙高.那智.足柄.三隈〕




鎮守府所属初期艦〔鎮守府配置の初期艦(叢雲)、三組(吹雪.叢雲.漣.電.五月雨)〕

工廠組〔明石、夕張、北上、秋津洲〕

護衛隊〔以前の大規模海戦の帰還艦娘、長良を始め帰還後に原隊の大本営に戻らなかった艦娘達、(長良.名取.球磨.多摩.雪風.天津風.羽黒.鳥海.衣笠)、広域探索役として龍驤が加わっている〕



上記の初期艦の所在
・二組の初期艦は大本営に、老提督から長期休暇を取らされるも老提督の補佐に勝手に着いている
・他は舞台となっている鎮守府(佐伯司令官の鎮守府)に所属、出向、立ち寄りなどで滞在中



艦娘について
・鎮守府の大規模増設計画に伴い、初期艦達が配置する艦娘の問題解決手段として艦娘の複製(正確には妖精さんの増殖)手法を確立、作製(建造)に至っている
・本編中では複製艦娘達は新規格の艦娘と呼ばれている
・この新規格の艦娘は新規設計の第三工廠、或はそれに準じる工廠にて作製可
・初期艦も複製可能となり増設計画に拠って増設された鎮守府に配置され、留守番中




・工廠に陣取る軽空母達、鳳翔、祥鳳、隼鷹
・工廠防衛を指示されている



・他所の鎮守府所属艦娘達(桜智鎮守府所属艦)
・白露型十、航空巡洋艦三
・包囲網を通って鎮守府に来たのは利根、白露、村雨、夕立、五月雨、涼風
・時雨は同名艦が居ると聞いて残留
・改白露型三隻は内輪の事情により残留
・春雨は他所の資材採掘地に興味深々で残留を希望
・最上型三番艦、四番艦は護衛隊の周辺探索に協力する為に残留




鎮守府間の合同作戦
・老提督(大本営司令長官)からの依頼が起点、大本営から許可を得ている作戦行動
・大本営内で引き籠もり状態だった帰還艦娘達を修復し現役に復帰させる
・引き籠もり状態だった帰還艦娘達は艤装を喪失している為、現役復帰には再艤装が必要
・帰還艦娘の修復(再艤装)には相応量の資材を要する
・必要となる資材の採掘と備蓄、運搬を稼働中の全ての鎮守府で行う協力体制を構築済み
・現状は実行中ではあるが、諸般の事情により事実上の停止状態


鎮守府大増設計画
・老提督から再度の無茶振り、但し佐伯司令官は他所の司令官にこの無茶振りを直には伝えていない
・この無茶振り自体は広範囲な噂話として知れ渡っている
・他所の鎮守府では資材供給以外に実行可能な行程として関われる箇所がない
・前述の理由もあり合同作戦をそのまま延長して諸般の厄介事を回避する腹積もり
(合同作戦の際に色々あった、特に二箇所の鎮守府で運用方針の違いが発露し所属艦娘数を減らしている)
・他所の司令官達からは何の質問も問い合わせも佐伯司令官に寄せられていない
・鎮守府の設置自体は大本営所属艦で実行、配置する初期艦、工廠妖精さんは第三工廠で複製を作製
・現状は実行中ではあるが、諸般の問題が起こって事実上の停止状態




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85 食堂の一角を占める集団

 

 

 

鎮守府-第二食堂(鎮守府専用食堂)

鎮守府:司令官

???:権兵衛さん

鎮守府所属艦:大淀(事務艦)/長門/龍田/初春/大和/叢雲(初期艦)

大本営所属艦:一組の初期艦二

 

 

食堂に行くと一角を占める集団が目立っていた

 

「楽しくやっている様で何よりだ、今、少し良いかな?」

 

此方の言い様に何かを感じ取った様子の初期艦が少し考える間を空けてそれを口にした

 

「……司令官?あまり時間が取れないの?」

 

「いつまで待たせるつもりだ、サッサと交渉を再開しろ」

 

初期艦の言動から状況を把握した権兵衛さんから文句が出て来た

 

「権兵衛さんには悪いが、コッチのゴタゴタが増やされてしまった、今大本営から司令長官が来てる、それに関して権兵衛さんには幾つか話を通しておきたい、少し時間をもらうよ」

 

「……大本営?司令長官?我等にはあまりにも関わりのない手合いだ、鎮守府司令官の方であしらっておけ」

 

面倒事の気配を察したらしく詳細を聞こうともせずに拒否られてしまった

 

「生憎だがそうもいかない、向こうは権兵衛さんとの話し合いに来ている、手間をかけさて申し訳ないが、向こうとも話をしてもらえないか?」

 

だからと言ってハイそうですかとも行かず、なんとか要件を伝える

 

「我等に何の利益があるのだ、余計な手間なだけでなく厄介事にしか、ならんではないか」

 

明から様に面倒事に関わりたく無い様子を見せる権兵衛さん

 

「そうとも言えないでしょう、これまでの話を振り返れば、大本営からの指示なり命令があれば権兵衛さんの目的は達成出来る事が分かっているんだし、ソレをしたら良いんじゃない?」

 

初期艦から援護が来た

 

「……釣り餌の初期艦、我等を馬鹿だと思っているのか?それとも釣り餌をぶら下げているつもりか」

 

然し乍ら権兵衛さんはその言動には乗って来ない

 

「権兵衛さんはその餌が気に入らないと?釣り餌だからといって喰い付いたら負けって訳じゃない、敢えて食い付く事も選択のうち、に出来ると交渉方法にも幅が出てくるんだけど、まだ難しいか」

 

漣からも援護が来た

 

「……初期艦、貴様は当初より我を妙な方へ誘導しようとしているな、何が狙いだ」

 

初期艦への対応とは違いを見せる権兵衛さん

 

「その釣り餌の初期艦ってなによ、叢雲よ、叢雲、ちゃんと覚えなさいよ」

 

「初期艦などどれも同じだ定冠詞を付けるだけでも感謝しろ」

 

その違いが不満な初期艦が遠回しにクレームを付けるもつれ無くあしらわれてしまった

 

「定冠詞って、それならそれでもうちょっと如何にかならないの?」

 

あしらわれ様が気に入らなかったらしく初期艦がクレームを重ねる

 

「我を権兵衛呼びしている輩に過度の配慮をしているが?更なる配慮をしろと?」

 

「そんなに根に持つなら決めなさいよ、自分の名前くらい、そもそもない訳じゃないんでしょ?」

 

あんまりな言い分に呆れ出してしまった模様

 

「んー、もしかして、司令官に付けてもらいたい、とか?」

 

そこに漣から別の見解が出された

 

「……」

 

 

それに無言で応じる権兵衛さん

 

「エッ、本当に?それならそうとハッキリ言わないと、付けてくれないよ?」

 

意外な成り行きに驚き気味の漣

 

「まるで言えば付けてもらえる様に言うのだな」

 

「付けてくれると思うけど?権兵衛さんよりセンスのある名前になるかは、オッズの悪過ぎる賭けになるけど」

 

「そう……なのか?それはそれで、考え所だな」

 

何だか分からない展開になったと思いつつも流れに便乗してこちら要件を如何にかしようと試みる

 

「えっと?何、名乗らないのはそう言う事なの?付けようか?」

 

「待て……今考えている」

 

否定されなかったから取り敢えずこちらの要件を並べてみよう

 

「考えながらで良いから聞いていてくれ、今来ているのは大本営の人員だが、もう時期日本政府のお偉いさん達も来るそうだ、コッチも権兵衛さんとの話し合いを望んでる、纏めて相手にするか、個別にするか、そのくらいしか鎮守府司令官の立場ではままならん状況だ、これらの話し合いは大本営主導で私には拒否権が無い、どうしても応じたくないとしてもソコは大本営の人員と話してもらわないと、司令官職では何もできない」

 

「全て我が主砲で薙ぎ払えば済む」

 

権兵衛さんの回答は迷いも何も感じられなかった、放っておくと実行しかねない印象を受ける程に

 

「……それをされるとだな、私の立場が不味い事になるんだが、まあ、権兵衛さんには関係ない事か、困ったねこれは」

 

本気で困った、権兵衛さんは言った通りにするだろうし、こちらには止める手立てはないだろう

どうしたものかと考えていたら権兵衛さんから提案が出て来た

 

「名を付けろ、それで話を聞いてやろう」

 

権兵衛さんから意外過ぎる言葉が出て来て少し返答が遅れてしまった

 

「……権兵衛さんに代わる名を?」

 

「それは一般名称だと言っていなかったか?固有名称を付けろ、少しくらいなら聞く時間を割いてやる」

 

「固有名称ね、因みに、どんなのが良さそうだ、漣?」

 

時間を稼ぐ意味でも知恵を借りる意味でも漣に話を振る

 

「何故に漣?」

 

話を振られた漣は心底不思議そうに聞いて来た

 

「権兵衛さんと話していた時間が一番長いだろう、どんな感じだ?」

 

この言い分で漣は察してくれた様だ、初期艦といっても個体差はある訳で適材適所な使い方は必要になる

 

「んー、そうですね、一般名称に近いですが、立場からすると女王とか?あー、でも単独トップって訳じゃないから、王女とか姫とか、ん?これだと立場が違ってしまうかな、宰相とか、総統って方向は無いって感じですかね」

 

咄嗟にしても良く回る口だ、こういうアドリブ的な対処は漣ならではだろう

 

「権兵衛さんの艦種は?戦艦だっけ?」

 

「当人は違うと言ってますけど、艦娘準拠だと戦艦種だと思いますよ?」

 

「当人は何と?」

 

「希少種貴族?だったっけ?」

 

「ほーう、あんまり奇を衒ったのもなんだし、深海棲艦との読み合わせも考えると、戦艦姫(せんかんき)?」

 

「まんまですな、やっぱりオッズの悪い賭けだった」

 

若干の呆れと諦めを乗せた呟きが聞こえてきた

 

「戦貴族(いくさきぞく)とか、戦姫(いくさひめ)の方がいくらかマシな感じよね」

 

初期艦も漣に同意らしく別の名称を口にする

 

「全部訓読みにすると深海棲艦との読み合わせが悪そうなんだが」

 

異論というよりも名称から来る印象をそのまま言って見た

 

「そこ、拘る所なの?」

 

意外な言い分だったのか初期艦は目を丸くしていた

 

「人への紹介なら、読み難いか、読み易いかは、拘り所だぞ?」

 

「戦艦貴艦(せんかんきかん)?とか?」

 

私の言い分を受けてなのか、漣がボソッと零した

 

「ゴロが悪いな……戦貴棲姫(せんきせいき)、これでどうよ」

 

言った瞬間目を逸らされた

 

「……オッズの悪い賭けでした」

「……ノーコメントで」

 

挙句に出て来た二人の感想がこちら

 

「決まったのか?」

 

考え中の権兵衛さんが何かを感じ取ったらしく聞いて来た

 

「……こっちの二人には頗る不評だ、気に入らないなら、改名して……」

 

どこまで聞いていたのか判然としなかったから、曖昧に答えた

改名を希望すればこの話を引っ張れる、時間を割いて貰う交渉は続けられるのだから

 

「一々、戦貴棲姫と名乗るのも面倒そうだな」

 

「なら、改名して」

 

交渉の延長か、そう思った

 

「……それの方が面倒だ、このままで良い」

 

あれ?良いんだ?

 

「良いんだ……権兵衛さんって変わったセンスの人?」

 

漣からも疑問というか不思議そうな声がかかる

 

「……権兵衛ではない、戦貴棲姫だ」

 

あれ?もしかして、気に入ってもらえたりしたのか……な?

 

「だって、本人が良いって云うのなら問題ないでしょう」

 

初期艦の感想を以って権兵衛さんが、戦貴棲姫に改名した

 

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:大淀

大本営:司令長官(老提督)

 

 

「今、少し良いかね」

 

執務室に戻って仕事していたら老提督が顔を出した

 

「……どうぞ」

 

長椅子の方を勧める

 

手際よく事務艦、改め大淀がお茶を持って来た

 

「ああ、ありがとう」

 

「ご用件は?」

 

老提督の向かいに座って尋ねる

 

「ん、先程言っていた、艦娘の鹵獲を目論んでる集団がいると云う話だが、私の友人からその後の経過を聞いたので、伝えておこうと思ってね」

 

「……友人ですか」

 

「司令官も会っている筈だが、その時には老兵と名乗っていたと思うが」

 

やっぱりか、あのジジィ米軍の退役軍人だという話だった

 

救助要請を出した軍が米軍なら有耶無耶にされて終わりじゃないか

 

「民間警備会社が関わっていた、警備会社といっても日本のソレとは違い退役軍人で組織された実働の警備会社だ、俗に民間傭兵会社などとも云われているような会社だ、知っているかね」

 

「……一般に出回る噂くらいなら」

 

「まあ、日本では馴染みのない会社組織だ、その会社が運用中の船舶が横須賀に向かう途上の米海軍艦艇に拿捕された」

 

「……」

 

やっぱり有耶無耶か、こっちには何も知らせず適当にカタを付けるのか

鳳翔達になんて言おうか、反発されるだろうし、悪くすれば見放されるな

 

「拿捕の理由はその船舶から米軍の使用周波数を使った通信がなされていた事、それも秘匿回線でだ、登録外の秘匿通信を受けその船舶と接触した所、船内から米軍仕様の機材が多数発見された、現在乗員の拘束と機材の出所を捜索中だそうだ」

 

「……」

 

シナリオ通り、拘束したという誰かさんに被せて尻尾切り、機材やら船舶なんかは捜索中という名目で霧の向こう、結局何も分からないし、変わらない

 

つまり、今回の様な鹵獲行動は今後も続けられる、そういう事だ

 

鹵獲なんて行動に出る事自体が疑問なのに、根本解決すら見込めない

こんな状況でも鎮守府は増設して国外の司令官を受け入れなければならない

艦娘部隊としては鎮守府を各国に開設したいのだろうし、ソレを希望する国は多い

艦娘の拡散は止められない、そうなれば鹵獲している集団は今よりも遥かに容易にサンプルを収集出来るだろう

 

鹵獲された艦娘が自己解体する様な扱いをする集団だ

真っ当な輩でない事だけは確定している、そんな集団と新規着任の司令官が無関係だという保証は何処も誰もしてくれはしない

 

「そんなに難しい顔をしなくて良い、私の友人がその友人達と組んで上部機関に対応を求めている、司令官にも悪い結果を聞かせないで済む筈だ」

 

「……友人、達?」

 

「有り体に言えば、退役軍人会、それも海軍中心のね、参加している退役軍人は世界中にいる、上部機関を始め、古巣に話を通してもらっている」

 

「混乱するだけでは?」

 

話を通したからどうなるという事も無いだろうに

 

「するだろうね、しかし一部の者達が抜け駆けしている事も明らかになる、そこで、退役軍人会はどう動くのが、古巣の為か」

 

「全ての海軍が意見の一致を見るとは、思えませんが」

 

退役しているのなら利害関係やら実務関係とは離れてはいるだろうが、其々の立ち位置の違いが無い訳では無い、参加者全ての意見を一致出来る場面を見る事は無いと思う

 

「抜け駆けしていると知らされれば、取り得る手段はより先を行き出し抜こうとするか、抜け駆けしている集団を抑止し情報公開を迫るか、私としては情報が共有され抜け駆けする意味を無くす方向へ持ち込みたい、と考えている」

 

「……無理では?」

 

「何故かな?」

 

間を置かず聞き返されたのはこの返答を予期していたのだろう

つまり、理由を言わせて答え合わせというか、意見の擦り合わせをしたい、という所だろうと推測した

 

「抜け駆けするのは艦娘を取り巻く技術体系が人には不明な事に起因します、端的にいって妖精さんの技術解明が動機である以上、それは容易では無い、妖精さんの技術体系全般の解明などいつになるか分からない、また、その一端を情報共有した所でそういった集団は行動を止めないでしょう」

 

「うん、そうだね、司令官の言うことは尤もだ、行動は止められないかも知れない、しかしその行動を司令官が知る所となる様に、制限を付けることは出来るのでは無いかな」

 

「……止められないなら、無意味では?」

 

意見の擦り合わせでは無いのか?早とちりしたかな?

 

「抜け駆けしている集団は、自己資金で動いていると、思うかい?」

 

「?」

 

自己資金?何の話を始めたんだ?

 

「民間会社を実働組織としている、つまり法人としての会社、として見ればやりようはあるのではないかな」

 

なるほど、組織として縛ろうというのか

老提督の言い分は理屈としては分かる、分かるが今回の場合は意味を持つのか判断するだけの材料を持っていない

 

「……米軍の機材を持ち出せる民間会社相手に、何をどうするんです?」

 

材料になりそうな話を出してみた

 

「そう聞かれると……難しいね、軍だけでなく政府機関の協力が必要となってくる」

 

「……」

 

態とらしい、こんな事知って言ってるに決まってる、決まってはいるが、敢えてこちらにソレを指摘させた事に何か意味でもあるのか、まさか、そこまで考え無い馬鹿だと見做されているのか

 

「うん、これは上部機関に議題として取り上げて貰わなくてはいけない、提唱者である司令官には、上部機関本会議に提唱者として参加を要求する」

 

えっと?これは、嵌められ……た?

 

 

 

 

鎮守府-工廠

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:夕張

 

 

工廠に向かって歩いている

いるんだが、鎮守府内の様子が何か、変わっている

取り立てて何が、という事は見当たらないにも関わらず様子が変わっていた

取り敢えずは要件を済ませようと明石を探す

 

「あ、司令官」

 

工廠に着くなり夕張に見つかった

 

「もう良いのか、急ぎの要件は無かったと思うが」

 

休む様に言い付けた手前聞いておく

 

「お陰様で頭を冷やせましたよ、もう、色んな事がグルグルしてましたから、スッキリとはいかないけど大分マシになりました」

 

あの憑かれた表情はしていない夕張に大分マシになったというのは強がりでは無いだろうと判断、ここに来た本題に入る

 

「明石は何処にいる?」

 

「明石?あー、今休憩に入っています、呼びますか?」

 

言われて明石も過労気味だった事を思い出した

 

「……夕張で分かるのなら、呼ばなくても良いんだが」

 

「取り敢えず聞いてください、調べられる事なら対処しますから」

 

その後、空母達の検証結果のレポートを受け取り、幾つかの確認を済ませ工廠を後にした

 

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:長門/大和/叢雲(初期艦)/大淀

大本営所属艦:高雄/愛宕/摩耶/妙高/那智/足柄/三隈

鎮守府:叢雲(旧名)

 

 

執務室に戻ると、どういう訳か司令部要員が揃っていた

司令部要員七名と大淀、大和、初期艦、それに長門

なんだってこんな面子が揃って執務室に居るんだか、嫌な予感しかしない

 

「何かあったのか?」

 

取り敢えず聞いてみる、真っ先に高雄が応えてきた

 

「あったのか、ではありません、上部機関の本会議に出席されると聞きました、司令部として最大限のサポートをさせて頂きます、出席する要件を仰って下さい」

 

「司令長官たる老提督から直接出席を要請されたと聞きました、老提督からも不慣れな場であろうから補佐をと依頼されています、是非に大和を随行させて下さい」

 

高雄に続き大和この言い様、誰が何をしたのか、把握するのに十分過ぎた

 

あのジジィ、コッチを搔きまわすつもりか、そんなに手数をかけさせたいのか、本人に悪気は無いのだろうが、余計な事をしてくれる

 

「提督、こういった話は提督から直接聞きたいものだ、最近は大淀からですら無くなっている、第一艦隊旗艦としては不満だ」

 

「……」

 

不味い、長門が思いっ切り不機嫌だ

 

「色々不手際があった様だ、それについては申し訳ない、ただ、私の身体は一つしかないのだ、全てに対応する事は出来ない、そこは考慮してもらいたい」

 

「その為の司令部です、使って下さい」

 

「大和は司令官の秘書艦という事になっています、何でも言い付けて頂いて構いません」

 

「初期艦って、こんなに脇に追いやられるの?扱いが雑過ぎない?」

 

不味い、司令部要員も秘書艦も初期艦まで不機嫌だ

どうしようか、取り敢えず隠し事をする気は無いし、ぶっちゃけるのが良いのかな

 

「はいはい、あんた達、そんなに一遍に言い立てるから、困ってるじゃない、大体の概要は分かってるんだから、不明瞭な部分の確認からにしなさいな」

 

居たのか、叢雲(旧名)、全然気が付かなかった

 

「司令官が上部機関本会議に出席を要請されたのは、例の艦娘を鹵獲しているとされる集団についての意見を求められての事です、これまでの艦娘部隊の対応に司令官は不満をお持ちです、それを解消するには鎮守府司令官の権限ではどうにも成りません、上部機関本会議にて対処を提起する様に老提督に求められています」

 

あらま、叢雲(旧名)と大淀のコンビで場を仕切られてしまった

 

「……初代初期艦と元事務艦か、なるほど、これまで無為に司令官に酷使されていたのではない、そういう事だな」

 

長門が妙な理解?解釈?で納得している様だが、放って置いても良いんだろうか

 

「……初期艦としてまだまだ不足という事ね、大人しくしていたら不足したままになってしまう、司令官、サッサと不足分を充足させるから、覚悟して?」

 

「現状では司令官の警護が必要となります、大和が側に付きます」

 

「司令部は司令官の指示を確実に履行します、何人いると思っているんですか、お一人で抱え込む必要は全くないんですよ?」

 

あー、もうコレどうすんだよ

こうなってしまったら、如何にかしないといけない、正直面倒臭いんだが

 

「司令部は鎮守府運営に支障がない様に各員持ち場を抑えてもらいたい、秘書艦は私では無く権兵衛さん、改め、戦貴棲姫に付いて人との話し合いに幾らか慣れさせてもらいたい、初期艦は大淀から指導を受けてもらいたい、鎮守府運営を始め、対処すべき事象は多い、当面は陸での仕事になるだろう」

 

「それは三隈の役割では?」

 

鎮守府対応を依頼している司令部要員の三隈から役割被りが指摘された

 

「初期艦だから始めから完璧に仕事しろと?駆逐艦だぞ?」

 

「ああ、フォローに回るのですね、分かりました」

 

こちらの言い分を判ってくれた様だ、理解の速い艦娘だ、仕事振りも良いし流石は重巡といった所か

 

「妙高達は鎮守府所属の艦娘達に状況を説明、良く話し合ってもらいたい、高雄と愛宕は各所の進捗、状況の取り纏め、補佐が必要なら直接対応して良い、摩耶は天龍等が行なっていた資材管理業務全般を統括出来る様に、老提督からの要請に関しては、こちらで足りる、気にしなくて良い」

 

指示が途切れたと見た愛宕が戸惑い気味に質問を出してきた

 

「あの、移籍組への対応は?」

 

「知らん、五十鈴が如何にかするだろう、老提督秘書艦な上に老提督本人がここに来ているんだ、大本営所属艦まで面倒見れんよ」

 

移籍組への対処は正直鎮守府側では荷が重すぎる、大本営の事は大本営側で対処を期待したい

 

戸惑いをそのままに愛宕は続ける

 

「……私達も大本営所属艦なのですが」

 

「あ、愛宕?」

 

愛宕の言い様に高雄が困っている様子、高雄は既に鎮守府所属艦として行動しているつもりらしい

愛宕は手続きが為されていない以上、所属は変わっていない、そこを曖昧には出来ない様だ

 

「……ソレを持ち出すのなら向こうで大人しくしていてもらう他ない、指摘する通り大本営所属艦は本来鎮守府司令官の指揮下ではないのだから」

 

私としても愛宕の言い分は理解しているつもりだ、所属を曖昧にしても艦娘には良い事は無いだろうし、下手をすれば都合よく使われた挙句に所属違いを理由にされたら何も打つ手は無いのだから

ただ、私がソレをする様な輩だと見做していなければ出て来ない見解でもある

 

「愛宕がソレを気にしているのなら、無理にとは言えない、司令官の言う通り船で大人しくしていて良い」

 

少し考えていた様子だったが、高雄は愛宕の意見を汲んだ

 

「ちょっと、高雄?」

 

高雄の言い様に不満気な愛宕

 

「……まあ、姉貴がそこを気にするのは、分からんでもないしな、指揮系統なんて元から無い様なモンだったから、あたしは今更って感じだけどな」

 

そんな愛宕に摩耶も一部の同意と高雄への賛同を言う

今更所属なんて気にした所でこれまでとどう違うのか、大本営所属を堅持したら何か良い事でもあるのか、ここでは仕事を割り振られて相応の評価も付くのにあの大本営所属期間はどうだったのかを考えると、予定とはいえこの鎮守府には所属見込みで、それは鎮守府司令官も承知している、単に時期を前倒ししているに過ぎない

この状況で大本営所属を前面に掲げる愛宕の意図が摩耶には分からなかった

 

そこに別方面から声がかかる

 

「ほう、愛宕は修復待ちの一人として同様の立場にある移籍組という括りで呼ばれる艦娘達が気になると言うのだな」

 

「那智?」

 

同意者がいない愛宕をに見かねた訳でも無いだろうに突然の那智の割り込みに妙高が訝っている

 

「妙高、司令官の言い分も分からんでもないが、鎮守府と移籍組との間を取り持つ渡し役は必要だと思う、五十鈴だけがその役割を担うと言うのは移籍組からは不安に感じるだろう、なにせ移籍組の殆どは修復終了後、ここに着任するつもりでいる、立場を同じくする私や愛宕などが鎮守府との間に入った方が良いのではないか」

 

「……那智の言い分だと、五十鈴は大本営から移籍しない様に聞こえるけど?そう聞いたのかしら?」

 

其々の言い分を聞きながら何か考えていた様子の足柄から質問が入った

 

「移籍、するのか?司令長官秘書艦が?」

 

姉妹艦を気にし過ぎてちょっとした行き違いを起こした五十鈴、それで移籍組とは微妙な事になってはいるが、姉妹艦が大事なのは艦娘なら理解は出来るし五十鈴自身は大本営所属艦として内部から移籍組、引き籠もり達と云われ続け冷遇されていた元大本営所属艦にアレコレ手を尽くしてきた事は皆知っている

移籍組の中でも五十鈴の扱いは微妙な加減を要する、今は大本営司令長官秘書艦の肩書きが強くてそこ以外を考慮出来ないが、それさえ無くなれば無闇に排除や対立したい相手ではないのは確かなのだから

 

「……その為にはその辺りの役職を退かないと、無理よね」

 

色々考えながらも簡潔な応答に留める足柄

 

「足柄の言う通りだ、五十鈴にそのつもりがあっても現状では秘めるしかない事だ、そして誰もそこには触れられない、五十鈴の立場を悪くする以外の効果が無いからな」

 

那智は出来る範囲で五十鈴に協力しようとしている、妙高にはそれが読み取れた

五十鈴はあの闘いで単独で本国まで帰還し、漂流者の救援を嘆願した

その結果として自衛隊が外洋や外国内にまで出張って漂流、漂着した艦娘を拾って回った

五十鈴の嘆願は切っ掛けなだけで、それが無くても自衛隊による艦娘の回収は行われたかも知れないが、自力帰還出来ずに漂流するしかなかった移籍組としては本国まで帰還を果たした五十鈴に色々と思う所は多い

 

「……その通りね、でも鎮守府との渡し役を那智が?工廠のスケジュール管理は?」

 

それはそれとして、那智には別の仕事が割り振られていた、妙高はそこを質問した

 

「今は工廠組が揃っているし、何より夕張が管理システムを組んで管理業務を始めている、正直、私の出る幕が無い」

 

突然聞いていない話が出て来た、そのまま流すわけにもいかないから聞いてみる

 

「えっと?ナニソレ?管理システム?高雄、聞いているか?」

 

「……いいえ、そういった報告は受けていません」

 

司令部は知らない様だ

 

「管理システムはまだ試行段階です、業務全般を管理出来ていません、夕張からは試行段階を終え実用の目処が立ち次第報告を上げると聞いています」

 

変わって大淀から報告があった

 

「なるほど、大淀、司令部とも情報共有してくれ、どうも司令部が暇を持て余している様だ」

 

「……わかりました、でも、何処まで共有するのでしょうか?」

少しの驚きと不満を見せた大淀、それでもこちらの指示通りに動いてはくれるらしいが、条件を付けたい様子

 

「全部、事務艦として扱っていた情報の全てだ」

 

「えっと、無理、では?」

 

司令部と共有と言っても司令部には七名いて、其々に仕事が振られている

情報共有を通常業務の片手間にやれる程の熟練度が今の司令部にあるのか、この点に疑問しかない大淀はその手間を考えて無理と判断している模様

 

「初期艦と愛宕と那智、三人纏めて良い、三隈、大淀を補佐してやってくれ」

 

「はい、承りました」

 

三隈の良い返事と共に司令部との情報共有は開始された

 

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官/叢雲(旧名)

 

 

集まっていた面子は其々の仕事の為に其々の場所に散っていった

執務室に残ったのは司令官と叢雲(旧名)

 

「大丈夫なの?」

 

司令部の本格運用を始め色々と不安材料には事欠かない状況ではあるが、言う程の心配はしていない様子の叢雲(旧名)

 

「何とでもなるさ、依頼されたのは艦娘の鹵獲行動に対しての懸念、不合理で非効率でリソースの無駄遣いだって主張をして、それらの行動を無くす、少なくとも抑える行動が必要だと提案する事だ、難しい事じゃない」

 

問い掛けに応えた司令官が口にしたのは鎮守府の内情では無く、上部機関への招致に関してだった

ここから司令官の心配事は鎮守府内には無いと察してそちらへ話を向ける

 

「……その鹵獲行動を何処で知ったのかと、問われるわよ?」

 

「それは無い、と思う」

 

思いがけず即答された、何を考えているのか、どんな目算を立てているのか気になった

 

「日本政府を当てにしてるの?」

 

「いいや、当てにしているのはそっちじゃない」

 

こちらの推定はハズレらしい

 

「じゃあ老提督?今は大本営司令長官な訳だし」

 

「権兵衛さん、じゃない、戦貴棲姫だよ」

 

想定外の事を言い出した司令官に思わず声が上ずった

 

「同席させるの!?」

 

「老提督の話だと上部機関への出席といっても本会議場に行くわけではなく、この鎮守府からの参加になるそうだ、所謂テレビ会議ってヤツ、中継基地局としてあの鎮守府派遣隊が使ってた指揮所の機材を活用する手筈になってるんだとさ、その関係で折角退避したのにあの派遣隊の面子が来る事になってしまった、経緯はどうあれ謝っとかないといけないだろうな」

 

司令官はお気楽そうに言うがあんまりな事態には違いない、少しクギを刺しておいた方がいいかも知れない

 

「何を呑気な、人の世話より自分の心配をしなさい、上部機関は国際機関、世界中の凡ゆる分野の代表者達よ?腹に一物背中に荷物、なんて莫迦な事言える相手じゃない」

 

「なーに、鎮守府司令官の立場からすれば只の雇用主だ、雇用契約を結んだ相手として話をするだけだよ、難しく考える必要は無い」

 

どうやら私の懸念は杞憂とはならなかった様だ

 

「……日本語、通じるとイイわね」

 

「通訳くらい、いるだろ……えっ?!いないの?」

 

漸く事態の賭場口くらいは認識出来た様子の司令官は不安気な顔を見せていた

 

「司令官職の契約書は日本語で書かれていたでしょ?アレ大本営が用意した物で艦娘部隊上部機関が作成した契約書じゃない、意味が判る?」

 

「……直接雇用契約じゃなくて、間接雇用契約、って事?ウソ?」

 

状況の誤認、少なくともどこかに認識のズレがある事を理解した司令官はますます不安気だ

 

「間接雇用契約とも違うんだけど、大本営は日本支部みたいな説明があったと思うんだけど、覚えてる?」

 

「ああ、艦娘部隊が本社で大本営が地域支部で、鎮守府はその出張所的な説明だった」

 

「あんたが契約したのはその地域支部だって事、その支部のトップが司令長官、今は老提督って事、上部機関とは雇用関係に無いから雇用主ではないって事、その辺り履き違えてると痛い目では済まないと思うけど?」

 

「支社との雇用関係が成立しているのなら、本社が相手でも雇用主と見做して良いと思うんだけど、違ったっけ?」

 

何処か納得行かない様子を見せる司令官、兎も角今の司令官は上部機関への招致が一番の心配事なのだからそこを出来る限り解した方が良いと判断

 

「国際機関だって忘れてない?契約書にもその辺りの事は書いてあった筈だけど」

 

「……チョット見直して来る」

 

そう言い残して司令官は執務室を後にした

 

 

 

 

鎮守府-旅客船(移籍組宿舎)_司令長官室(臨時)

大本営:老提督

鎮守府:司令官

 

 

「雇用関係?すまないがソレの何が問題なのか、説明してもらえるかな」

 

話がいきなり過ぎた、多少の困惑を見せる老提督にどう説明すれば良いのかこちらも困ってる

 

「上部機関での提案を行う際、私はどういう立ち位置になるのですか?」

 

「鎮守府司令官、という立ち位置以外に、あるのかね」

 

「その鎮守府司令官の立ち位置は、上部機関ではどういう立ち位置になっていますか?」

 

話を重ねるうちに何と無しに論点が見えて来たのか老提督が少し考える様な素振りをした

 

「……司令官職契約の規定、という事かな、確かに司令官が結んでいる契約は上部機関との契約を大本営が代行して締結されている、だからといって上部機関がその規定を無視はしない、規定は上部機関にも承諾されている、問題とする必要は無いと考えるが」

 

どうやら老提督の知る範囲では問題は無いとの結論に達したらしい

その結論で済むのならこんな話をしに来たりはしない、如何にかして論点を理解してもらわないといけない

 

「お手数ですが、その辺りを確認してもらいたい、上部機関での鎮守府司令官の提案はどういう扱いを受けるのか、先程契約の規定を読み直してみたのですが、鎮守府司令官が上部機関に直接提案や状況への対処を求める事は禁則事項と読める条項があります、これを実行すると規定違反になり、様々な罰則が適用される可能性がある、老提督にそのつもりがない事は承知していますが、このまま上部機関への提案を行うと私は契約を打ち切られるでしょう」

 

「……そんな禁則事項は知らないのだが、何か読み違えてはいないかい」

 

私の言い分に考え過ぎ、穿ち過ぎでは無いか?といった印象を受けた様子の老提督

 

「契約文章の解釈をここで論じても結論は出ません、無理筋かも知れませんが、憲兵隊に検証を依頼出来ませんか、老提督は現在大本営司令長官の立場にあります、契約当事者であっても私には契約書類を憲兵隊に開示出来ない、守秘義務で禁止されています、大本営側から検証を依頼出来ませんか?」

 

又も考える様な素振りを見せる老提督、こちらの言い分を何処まで汲んでくれるのか

 

「……契約破棄、上部機関が司令官を艦娘部隊から排除する口実に、利用すると、そういう事かな?」

 

「可能性の話です」

 

どうやら大枠では汲んでくれた、細部はこちらでなんとかするしかないだろう

 

「司令官の指摘している問題は理解した、ただこちらも準備や手続きで手が足りない、勝手ではあるが、大和をこちらの秘書艦に戻してもらえないだろうか」

 

え?五十鈴が専属で付いてるのに手が足りない?などと余計な事を考えた所為で返事が遅れた

 

「……大和はこちらで準備業務に就いてもらっています、戻せていわれても」

 

「事務艦、いや、大淀や司令部要員では代われない準備業務、それが何かは問わないが、重要な準備なのだろう、これは困った」

 

ホントに困ってる様だ、どうしようか

 

 



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86 憲兵隊長がやって来た

 

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

自衛隊_憲兵隊:隊長

 

 

執務室で雑務を片付けていた所憲兵隊長がやって来た

 

「また何か言ったそうだな」

 

入室するなり不機嫌そうに声を発した憲兵隊長、その表情も渋い

 

「……何の話ですか?」

 

正直心当たりが多過ぎてどの話を言い出すのか当たりが付けられない

 

「一つ一つ確認させてもらう、忙しいだろうが、こっちも同様だ、司令官の発言で仕事を増やされてるんだ、文句は無しにしてもらおうか」

 

「どうぞ……」

 

それ以外に言い様が無い

 

「海自の航空隊から問い合わせがあった、内容に心当たりは?」

 

「探り合いをしている時間があるので?」

 

いきなり海自の航空隊?何の話を出して来たんだろうか?

 

「では、ハッキリ言おう、この鎮守府所属艦娘の龍驤搭載機が南鳥島に緊急着陸した、駐留部隊は取り敢えず着陸を許可したが、その後の扱いに困っている、自衛隊としても正式に対処せねばならない、説明を」

 

おう、偵察機を遠くまで飛ばしたってヤツか、引き返せないとは言っていたがこういう強行策に出るとは、想定しておくべきだったか

 

「心当たりはある、が、こちらからの指示ではない、広域探索を担っている軽空母が想定外に探索範囲を広げているとの報告から範囲を縮小し、担当海域内に留めるように指示したが、間に合わなかったのかも知れない」

 

詳細を知らない話にアレコレ憶測を並べても仕方ない、分かっている範囲で話すしかない

 

「それにしては遠すぎないか、南鳥島だぞ?鎮守府の担当海域からは距離があり過ぎる、駐留部隊の話では非常事態宣言が出されていたそうだ、しかも宣言が出された空域では他に代替地がないから受け入れざるを得なかった、狙って出された非常事態宣言にしか見えないが?」

 

こちらの説明に不足を感じている様子の憲兵隊長、もしかしたら何か隠し事でもあるのかと疑われている、或は話せない事情があると思われたかな

 

「そこは直接運用している軽空母から話を聞かないとわからない、自衛隊の部隊運用と艦娘の部隊運用は異なる、逐次通信により情報や状況を更新し、常に後方指揮を確立出来る訳ではない」

 

こちらとしては単に知らないだけ、これ以上の説明は今の段階では出来ない

 

「艦娘の通信装備は旧式だとは聞いているが、出来ない事はないだろう」

 

説明に納得しかねているらしい憲兵隊長

 

「私は一般公募の司令官職に就いただけの民間人ですよ、現地指揮は艦隊旗艦に任せてます」

 

「鎮守府の司令官職は鎮守府の運営が主目的だったか、面倒な、何れにしろそこは詳しい説明が必要になる、整理しておいてもらいたい、当座の問題として緊急着陸した機体はどうする?自衛隊では艦娘の扱う航空機を扱えない、確か、あの航空機にも妖精さんがいるのだろう?」

 

取り敢えずは自衛隊の現地指揮官と鎮守府司令官とは指揮内容が違う事は分かってもらえた様だ

そこは纏めて置く様にと宿題にされてしまった、次いで着陸したという艦載機の取り扱いに話が移る

 

「雨風凌げる場所に保管出来れば良いのですが、可能でしょうか」

 

「保管と云われてもな、アレはどうやって動かすんだ?着陸したのはいいが滑走路上から持ち運んで良いのか?」

 

あー、そういう事ですか、扱いを知らないからホントに困ってるのか、現地の航空隊の方々に苦労をお掛けしている模様

 

「自衛官の方なら模型とかを扱った事がありませんか?自分が何ヶ月もかけて仕上げた模型の様に扱ってもらえれば、大きな問題にはならないと思います、後、雨風凌げる場所に保管の後に出来たら飴とか、お菓子を少しで良いですから同じ場所に置いて下さい、それで妖精さんの機嫌も変わるでしょうから」

 

隊長が妖精さんも話に乗せてたのでその辺りの対処も言って置く

 

「……それってもしかして、お菓子を妖精さんが食べる、のか?」

 

「直接食べる訳ではないですが、まあ、お供えみたいなモノと思って頂ければ」

 

「直接食べる訳ではない?相変わらずわからんな、妖精さんってのは」

 

直接見える訳ではない隊長には扱い辛い所かどうして良いのかすら分からない妖精さんに困っている様子

これは現地の航空隊の方々も同様だろう

 

「余計な事だとは思いますが、もし可能なら以前ウチに来ていた技術士官の方、空自の方ですが、そちらに問い合わせる事も有効な手段になる筈です」

 

あんまりな様子だったから、自衛隊内でも対処出来そうな手段を言ってみる

 

「ん?それは、どういう意味で言っている?」

 

以前この鎮守府に駐留していた技術士官、陸自と空自の違いはあれど、憲兵隊とは無縁の自衛官ではないのだし、妖精さんを相手にしていたのは隊長も知っている

 

「あの方妖精さんとの相性が良いらしく、ウチの妖精さんはあの声に耳を傾けていました、尤も技術士官の方は妖精さんがそこにいる体での交流に苦労されていましたけど」

 

「……ナルホド、では次の案件だ」

 

陸自が憲兵隊として鎮守府に駐留する事になり、海自は元から鎮守府運営の補佐部門として駐留を決めていた

唯一空自だけが鎮守府との接点を持たない事態に何を思ったのか、技術士官の駐留が決まって数人が滞在する事になった

妖精さんとの技術交流を目的としていた為、派遣された技術士官の方々には頭の痛い任務だっただろう

 

この後も憲兵隊長からの尋問紛いな確認作業が続いた、元はと言えばこちらが撒いたタネでもあるし、仕方ない

 

 

 

 

鎮守府-第二食堂(鎮守府専用食堂)

鎮守府:司令官

???:戦貴棲姫(権兵衛さん)

鎮守府所属艦:大和

大本営所属艦:一組の初期艦二

 

 

話に慣れさせようと大和に戦貴棲姫の相手を頼んだ訳だが、様子を見に食堂に出向いた

 

「あっ、司令官」

 

「そのままで良い、何か問題は?」

 

取り敢えずは話が出来ている様子を見て安堵しつつ、聞いてみる

 

「大有りだ、時間を割くとは言ったが、事をどこまで拡げるつもりだ、この戦艦が言う所では大本営との話では済まずに日本政府やら艦娘部隊上部機関とも話す事になっているではないか、我等はそこまでヒマではない、交渉の妥結すら見込めていない現状でそこまでそちらの都合を聞き入れる謂れはない、こちらとの交渉をサッサと再開しろ」

 

大いに不満な様子を見せる戦貴棲姫、その不満はここにいる誰に言っても解消出来る類のモノではない

それこそ不満の最たる部分になっているのだろうと推定されるがどうにもならない

 

「……言い分は理解するが、私の立場は艦娘部隊の鎮守府司令官であって独立組織のトップという訳ではない、組織的な柵というモノは避けられない、そこに不満を並べられても私の対処出来る範囲を越えてしまっている」

 

「我等の要求は鎮守府司令官の職権の範囲内だ、組織的な柵は関連して来ない筈だ」

 

どうにも私の言い分には不満をぶつけないと治らないくらいには色々と溜め込んでいる様子

 

「前にも言ったが、その点については戦貴棲姫の主張と司令官職に於ける規定は違う、部外者であるそちらの主張を聞き入れても私は規定違反に問われるだけだ、そんなに私を国際裁判の被告席に引き出したいのか?」

 

「……身体拘束に諸般の違約金に罰金と罰則がどれ程積み上がるのか、やってみないとわからんな」

 

前々から話題として出て来ている前提条件のズレ、認識の違いは戦貴棲姫も理解はしている

理解した上で文句を並べて来る辺りは人が悪いというか、不満度の裏返しなのだろう

 

「戦貴棲姫はそれが望みか?」

 

下手に反論せずにその論説に沿った応答で相手の出方を見る

 

「交渉相手でなければそれでも良いのだがな、そうもいかん、抑の話として、我をその様な会議に列席させる事自体、司令官には不利な状況を作っているのではないか?」

 

予想外にもこちらの心配をしている戦貴棲姫

認識の違いは違いとして把握しつつ、こちらの状況も相応に判断出来ている

立場の違いや視点の差異を正確に掴めるだけの理解力を持つ厄介な相手だと改めて思う

 

「列席といってもここからの参加だ、実際に席を並べるのは日本政府と大本営の御歴々だ、上部機関とは通信回線を使っての遠隔参加で済む様に大本営側で調整中だと聞いている」

 

ここは迂闊な事は言わずに状況説明に留めた方が良い、無用で無益な事態に発展しかねないし、そんな可能性とは無縁でいたいから

 

「厄介な」

 

簡潔に返して来たが、この一言にどれだけの意味が含まれているのか、発した本人にしか分からないだろう

 

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官/叢雲(旧名)

艦娘部隊上部機関_監察官:老兵

 

 

「サインしろ」

 

唐突に現れ書類を出して来た老兵

 

「……なんの書類です?」

 

「以前司令官が憲兵隊に見せる様に提案して来た書類だ、向こうで検証されてる、文句はあるまい」

 

老兵の言っている話を思い出すのに少し掛かった

 

「以前来た時に持っていた権限拡大用とか言ってた契約?ですか?」

 

「そうだ、憲兵隊だけでなく防衛省の法務局まで出て来て難儀させられた、内容は日本式に沿っているし自衛隊幕僚の意見も入ってる、勿論、ここの憲兵隊長のお墨付きだ」

 

「……」

 

話は分かったがだからと言って内容も確認せずにサインしろと云われても、困るんだが

 

「あんたはそっちの仕事を続けなさい、契約内容はこっちで確認しておくから」

 

そう言って老兵から書類を貰おうとする叢雲(旧名)

 

「……誰だ?」

 

面識はある筈なのにこう聞いて来るのは、老兵なりに何らかの違和感を持ったからだろうと推定

 

「ああ、改めてになるのかな、紹介しておきます、ウチの元初期艦、名前をどうするかも決まっていないので未だに叢雲のままですが、艦娘から人になった叢雲です」

 

推定に基づいて紹介するが、何か納得行かない様子の老兵

 

「……人になった?」

 

「アメリカの鎮守府で人を艦娘にした事例があるそうですね、その逆パターンと理解してください」

 

「そう言えば老提督からそんな話を聞いたな、戸籍の取得に難儀しているとか、無国籍ではこの国では不都合が多過ぎるからなんとかしてやりたいと言っていたっけな、それで?司令官はこの元初期艦をどうするんだ?」

 

聞いたって、何を他人事の様に言っているんだか

それをしたのは老兵がアメリカに連れ出した妖精さんなのに

そこには関心がない様子のままで元初期艦の事を聞いて来た

 

「どうもしない、取り敢えず法的立場が確定するまでは私の補佐に付いてもらっています」

 

変に突っ込みを入れても話がややこしくなるだけなのは分かっているから問いに答えるだけにしておく

 

「……鎮守府司令官の保護下でなければ、問題が多いな、ん?保護下、で良いのだよな?」

 

何を考えたのかは分からないがそういう素振りがあった

 

「保護下と評するか、庇護下と見做すか、そこは差して問題では無いです、問題なのは法的立場が確定しないと叢雲は鎮守府から出られない、という事です」

 

元初期艦の処遇に関心がある様なので一番の問題を提起してみる

 

「身元不明者だからな、鎮守府の外に出たら警察でも自衛隊でも、保護下に置るわけか、合法的に」

 

敢えて、だろう言い方は何を目的としているのか、何か誘導したい先でもあるのだろうか

 

「そんな賭けはしたく無いのですよ、私は」

 

そう言ったら合点が行かなかったのか、首を傾げ出した老兵

 

「……賭け?というと例の艦娘を鹵獲してるとかいう輩にも目を付けられていると言いたいのか?可能性はあるが、自衛隊の包囲下でそんな行動に出るとは考え難いが」

 

「貴方はどうなんですか?人になった艦娘に興味はないんですか?」

 

いい加減面倒になって来たから明から様に切り出した、こちらの老兵は妖精さんから一定の信頼を得ている事を知っているから出来る暴挙でもある

 

「疑ぐり深い奴だ、私はとっくに退役した身だぞ?艦娘鹵獲の件については老提督に協力している、何を疑っているんだ?」

 

老兵とはあまり接点が無いからこの人の独特な言い回しが分からない、持って回った言い方、思わせ振りな言い様は単に話し方のクセなのか、言質を取る為の誘導ではないのか

 

「老提督ほどの干渉は受けていない、という事なのかな、貴方は妖精さんをアメリカに連れ出したと聞きましたが、その後は?連れ出しただけなんですか?」

 

合点が行かない表情から何の話をし始めたんだ?とまるで意図が掴めてなさそうな老兵

 

「?何を聞きたいんだ??」

 

疑問しかないと言わんばかりにこう聞いて来た

 

「老提督は提督と艦娘達から呼ばれている訳ですが、理由をご存じない?」

 

「知らないが……」

 

「まあ、今更な話かも知れませんが、老提督は人の中で初めて妖精さんを見る事が出来た、それまで何年もそういった人は現れなかったそうですね」

 

「そう聞いている、だからなんだ?」

 

何の話をしているのか全く以って疑問しかない様子の老兵

 

「初めて妖精さんを見る事が出来た老提督に、妖精さんは過度の期待を寄せた、当時の妖精さんは他に選択の余地がなく過剰な干渉が為された、それを承知の上で老提督はその干渉を受け入れた、結果として本来司令官に留まる筈の人が提督としての資質を持つに至った、だからなんだ?と云われればそれまでの話ですが、アメリカの鎮守府の例と併せて考えると、どう思いますか?」

 

「……私が提督の資質を持たないのは妖精さんの期待が薄かったから?なのか?」

 

考えるだけの間を開けた老兵から出て来たのは自身に対しての疑問だった

何処かに誘導しようとしていた訳ではない様だ、となるとあれらの発言は単に老兵の話し方のクセなのだろう

 

「そうではないでしょう、貴方の場合は他の選択が出来た、老提督を始めアメリカの司令官達という選択の余地があった、だから貴方は提督の資質を持たずに済んでいる、と私は思います」

 

「まるで提督の資質を持たない方が良い様に言うのだな」

 

この老兵の言葉は私には単に感想を述べている様に聞こえた

 

「……老提督を見ていて、貴方は良い様に思えますか?」

 

「苦労は多いが、遣り甲斐のある仕事と立場を考えれば悪くはないだろう」

 

「そうですか、妖精さんも人選を誤った、という事ですか、老提督ではなく貴方を提督にしていればここまで話が込み入る事も無かったのかも知れません」

 

「司令官に留まっている私では、提督の苦労は分からないとでも?」

 

何でそんなに不満そうに言うのかな、余程気に障ったらしい

 

「問題はそこではないです、将来的には解消されると思いますが、このままでは提督の資質を持ち艦娘を指揮する立場にあるのが私だけになってしまう、一時的にせよそういう期間が出来る、それは途轍も無いハイリスクな状況な訳ですが、現状はそれが創られつつあり、尚も進行中、問題だとは思いませんか?」

 

司令官の資質を持つ老兵ならこの問題のヤバさは解る筈

 

「……老提督の話では日本にいる艦娘の七割が司令官の指揮下に入る見込みと言っていたが、そんなに問題なのか?」

 

あれ?なんてアッサリ……

チョット待て、今なんて言った?

 

「……七割……そんなに?」

 

思わず声にしてしまった

 

「老提督の話ではこの指揮権は代替も代理も効かないと言っていたぞ、お前が指揮しなければならない艦娘だ、今更逃げ出せはしない、ケツにリキ入れて踏み止まるしかない、その為に我々も協力して来たんだ」

 

状況に対する意識の違いはお互い様だった

老兵は老兵でこちらの甘い考えを如何にかしようとしていて、こちらもヤバイ状況を如何にか出来ないかと画策していた

双方が相応に対応しないと事態は悪化の一途を辿るのは確定している、そこだけは意見の一致を得られただろうが、問題が解決した訳ではない

 

「ちょっと、あんまり脅しをかけないで貰いたいんだけど」

 

叢雲(旧名)から声が掛かった

 

「……女房気取りか?」

 

「バカな事言ってないで、こんな状況で脅しをかけても意味を成さない事くらい分からないの?今は煽てて囃し立てて調子に乗せないと逃げ出すわよ?コイツは」

 

「酷い云われ様だ、まあ、否定出来んが」

 

これらの遣り取りをどう見たのか、老兵は話を戻しにかかった

 

「……兎も角、サインしろ、それで大抵の事態には対処できる様になる、何より我々が直接支援する立場に立てる、そうなれば今よりは幾らかはマシな状況を作れる筈だ」

 

「直接支援?」

 

「契約内容にあるわ、司令官は無条件に退役軍人会に対し協力を要請出来るそうよ」

 

書類を確認していた叢雲(旧名)から補足が入った

 

「……ロハでは無いだろう」

 

「記載は無いわ、個人的なコネクションに加えられるでしょうけど」

 

「そして無理難題を吹っかけられると、そんな要請条項なんて使えば使うだけ柵が増えるだけじゃ無いか、使う度に縛り付けるモノが増えて、最後にはそれが絡まって身動き出来なくなる、使わないに越したことは無いな」

 

面倒な柵が増えるだけにしか聞こえず、相手が叢雲(旧名)だった事もあり感想を言った

 

「それは慎重過ぎるな、これだけの艦娘を率いるのならそういった柵を使い熟す術を学ばないと、どう転んでも身動き出来なくなる」

 

老兵がこちらの感想に異論を付けてきた

 

「……その通りだとは思う、正直なところ私にはそれですら荷が重過ぎる、この鎮守府だけで手一杯なんですよ、困った事に」

 

老兵の異論に反論は無いが、状況は既に手一杯、外に協力を要請出来る様になった所でそれを活かせる機会を作れるのか?

スタートラインにすら立てないという情け無い問題に直面してしまう可能性が出てくる

 

「既に手から溢れてるし、所属艦娘達の補佐に頼り切って如何にか取り繕っているけど、上乗せされたらどうなるか、不安がないとは言い切れない」

 

叢雲(旧名)さん?ここで追い討ちは必要か?甘言をとは云わないが蹴落とさなくても良くない?

 

「そうか、一般公募の民間登用者ではここらが限界か、なら、良い手がある、今すぐ退職してここの指揮権を他の司令官に渡せ、退職時には相応の資金を提供しよう、重荷を降ろせるぞ」

 

大真面目に提案して来る老兵

本人の希望を通す、組織の拡充を図る、部隊としての冗長性を確保する、等々

老兵の中では至極当然の結論に達した模様

 

「あのねぇ、そういう馬鹿話は他所でやって、その話を進めたいなら老提督に話を通してからにして丁第、それと、二度と口にしないで」

 

然し乍ら、それに叢雲(旧名)から文句と要求と宣告が老兵に対して行われた

 

「なんだ?いい話だろ?司令官には」

 

「……提督でなければ、という条件が付きますがね」

 

司令官の資質、提督の資質、この違いを口頭で説明出来る程系統的な解釈は出来ていない

こんな面倒事は物好きで酔狂な書き物好きの提督が現れれば他者にも理解が及ぶ機会が出来るかも知れない程度には説明が困難で厄介、誤解と錯覚からの混乱を避ける方法が無いのなら、単に解らない、としておいた方がマシだと思う

 

「提督でなければ?」

 

老兵から尤もな疑問が投げられる、それに叢雲(旧名)が応じる

 

「老兵さんは司令官の資質に留まっているから分からないのでしょうけど、現時点で妖精さんが提督と認識しているのはここにいる佐伯司令官だけ、意味が分かる?」

 

「あいつが、老提督が提督の資質を喪った?まさか……」

 

「そのまさかの状況に成ってる、更に言えば提督の資質を持つナニモノかが艦娘部隊上部機関本会議場にいる可能性を初期艦が指摘してる、この意味が分かる?」

 

「……まさか、そんな事は無い、上部機関には提督の資質どころか司令官の資質を持つ者は居ない、居ない筈だ」

 

「今、佐伯司令官を艦娘部隊から排除したら、上部機関にいるナニモノかが艦娘部隊を掌握するでしょう、老兵さんはそれが目的でここに来たの?」

 

「……そんな話は何処からも聞いていない」

 

「だから、老提督を通してと言ってるの」

 

「提督の資質を喪っているのが事実なら、その話に信憑性が出て来る、という訳か」

 

そんな叢雲(旧名)と老兵との遣り取りを他人事の様に眺めていたら、叢雲(旧名)から書類を突き付けられた

書類の一部分を指して記入を要求していた

 

 

 

 

鎮守府-第二食堂(鎮守府専用食堂)

鎮守府:司令官/叢雲(旧名)

???:戦貴棲姫(権兵衛さん)

鎮守府所属艦:初春/大和/叢雲(初期艦)

大本営所属艦:一組の初期艦二

 

 

「いつまで待たせるつもりだ?」

 

食堂に顔を出したら早速戦貴棲姫から文句が飛んで来た

 

これまでは一組の漣と電が暇を持て余さない様に話し相手になっていたが、大和に人との話し合いに慣れさせる様に頼んだ結果、暇を持て余してしまったらしい

 

「まだ暫く掛かる様だ、其方の準備は整えられたか?」

 

「なんの準備だ、時間は割くが話し合いに応じる気はないサッサと済ませてもらおうか」

 

不機嫌さを隠しもせずに言い放つ戦貴棲姫、宜しく無い傾向だ

 

「指摘されているとは思うが、其方の要求は私よりも大本営や上部機関にした方が話が早い、割く時間を減らしたいのなら話し合いに応じた方が建設的だと思うが、戦貴棲姫には違う考えがあるのか?」

 

如何にかしてその傾向を変えてみようと誘導を試みた

 

「言った筈だ、我等の交渉相手は鎮守府司令官であり目的は交渉の妥結だ、艦娘を指揮下に持つ鎮守府司令官でなければ意味が無い」

 

随分な拘りを見せる、正直な所そこまで拘る理由を掴みかねて敢えてそれを聞いた

 

「大本営や上部機関はその鎮守府司令官を指揮下に持つんだが、それでは意味が無い理由は?」

 

「我等が得ている話では、鎮守府司令官は艦娘に対し広範囲な指揮権を行使出来る、大本営や上部機関とやらはその状況を補佐するに過ぎない、指揮下に置いてはいない、従って艦娘を相手にする我等からは鎮守府司令官と交渉せねば意味を成さない」

 

どうも戦貴棲姫を始めとした我等の方々が得ている話を前提にしている様子

それはこちらの前提と異なっていると指摘しているのだが、前提の擦り合わせに応じない

仕方ないから先方の前提で話を続ける、とはいえ異なる前提をこちらとしても受け入れるわけには行かない

 

「こちらには来ていない運用規定の変更ではそうなっていると?大本営司令長官がこの鎮守府に来ているのにその話は未だに何処からも聞こえてこない、前々から司令長官の秘書艦もこの鎮守府に滞在しているのにも関わらずその話は来ていないんだ、そこに拘られてもこちらとしては対処の仕様がない」

 

「……」

 

何度目かの指摘、それに戦貴棲姫は沈黙してしまった

 

「そんな所で考え込んだってしょうがないでしょう、下手に考えるよりも打開策を出したら?」

 

黙ってしまった戦貴棲姫に叢雲(旧名)から声がかかる

堂々巡り気味の前提条件の違い、この前提条件は鎮守府の現状を見れば明らかな訳で、現状に沿った前提条件を基にしている司令官には変更しようがない

司令官には鎮守府の全権はあるがそれは飽くまでも艦娘部隊の一部分の話、戦貴棲姫の前提はその一部分を超えている、それを司令官相手に如何にかしろと言っても無理でしかない

そこまで拘るのならその打開策は無理を押している側が出さないと話にならない

 

「交渉の前提に齟齬がある、それを解消しろという事か、どうやって??」

 

思い掛けない問いに反応に困る叢雲(旧名)

 

「ちょっと?しっかりしなさいよ、それを私に聞いてどうすんの、我等の方々がいるんでしょう?さっきまで広範囲な我等とも協議してたんじゃないの?それは交渉の為じゃないの?少しは知恵を絞りなさいよ」

 

「……」

 

叢雲(旧名)の言い分に再び沈黙してしまう戦貴棲姫

それをどう見たのかは本人にしか分からないが、ここまで大人しくしていた漣が助け舟を出してきた

 

「あー、叢雲?ちょっと厳しいんじゃないかな、この状況は先達の助言が必要な場面だ、でも戦貴棲姫には助言を受けられる先達者はいない、下手を打つと追い詰める事にもなりかねない、もう少し加減しても良いと思うけど」

 

漣の言い様に叢雲(旧名)の視線に鋭さが加わった

 

「漣、流されてない?今は休戦状態とはいえ戦貴棲姫はこの鎮守府を包囲し無理な要求を飲ませに来た指揮艦、変な馴れ合いは司令官は勿論鎮守府にも不利に働く、踏み止まる場面で少しでも退けばそのまま押し切られるかも知れない状況で流されないで」

 

艦娘、それも初期艦が戦貴棲姫に同情的になるというのはどう考えても良い結果に繋がらない

それが分かっているだけに叢雲(旧名)の口調は堅い

 

「そういうつもりはないんだけど、指揮艦といっても思ったほど傲慢な訳でも分からず屋な訳でもない、理解を促した方が良いと思うんだけどなぁ」

 

堅い叢雲(旧名)に対していつもの軽い調子の漣、どうやら感情的な理由で助け舟を出した訳でもなさそうだ

 

「理解を促して、どうするの?」

 

何を考えているのかは分からないが、何か考えがあっての言動らしいので、それを聞く叢雲(旧名)

 

「相互理解が進められるのなら、今は一時的な休戦状態だけど、もっと長期的な休戦状態、もしかしたら停戦とか和平にまで持っていけるかも知れない、とは思わない?」

 

呆気に取られた、それで返答までに間が空いてしまった

 

「……漣が突拍子も無い事を言い出すのはいつもの事とはいえ、それはどうなの?これまで話して来た中でその可能性が視えたの?」

 

「いや、全然」

 

「ちょっと、単に思い付いただけ?」

 

あんまりな漣の言い分に刺々しい返答の叢雲(旧名)

 

「今は可能性も視えないけど、相互理解を進められる環境を創れるのなら、見えて来るかも知れない」

 

尤も漣はそんな棘など気にする事もなくいつもの調子だった

 

「和平?和平とは何だ?」

 

戦貴棲姫からの質問だ、もしかしたら知らない原語、概念なのかも知れない

 

「和平というのは交戦状態を解消して隣人として仲良く共存していきましょうって事、大雑把な説明で悪いけど戦貴棲姫に今細かい説明しても分からないだろうし、今直ぐどうこうって話では無いから、そういう道もあるって知っておいてほしいんだ」

 

漣の応えを聞き、考えながらもどこか腑に落ちない感じで不思議そうな戦貴棲姫

 

「……共存?人、とか?」

 

「出来ない?」

 

「我等の群れの中に人の組織が形成されていると話しただろう、コレは共存ではないと?」

 

ナルホド、戦貴棲姫からするとそれが共存になるのか、思い返せば初期艦を寄越せっていう要求も人の組織と我等の群れとの間を初期艦(の妖精さん)に取り持ってもらい組織全体の強化が目的、いや手段だったかな

あれ?目的ってなんだったっけ?

 

「……共存といえばそれも共存の一つの形ではある、私が言っている道、これからの選択はそれとは違う、お互いに建設的に互助的な関係性を構築して相互利益を最大化させる方向性を確保し、共存共栄を目的とする、現時点では夢物語だけどね」

 

夢物語ね、夢を語る艦娘か、初期艦はそういう傾向が強いらしい

 

「……鎮守府司令官は、この初期艦の話をどう聞いた?」

 

漣の話をどう判断したのか、或いは考えあぐねたのか、こちらに振って来た戦貴棲姫

 

「共存共栄は出来るのならその方が良いとは思う、現時点では夢物語にもならないのが惜しい所か」

 

ここで夢の話を続けても仕方ないと思う反面、全否定するのも惜しいのが悩みどころ

 

「えっと、理由を聞いても?」

何故か漣から質問が来た

 

「……なんで艦娘に、それも初期艦にそれを問われるんだ?大丈夫か」

 

叢雲(旧名)が懸念している事案が杞憂では済まない事態に発展していたらとても面倒なのだが

 

「少し話してる時間が長過ぎたみたいね、戦貴棲姫の影響を受けてしまっている、暫く休みなさい、電もね」

 

早速叢雲(旧名)が反応した

 

「戦貴棲姫がどれ程の規模を掌握しているのか不明なのです、仮に最大規模を想定したとしても、深海棲艦全体の規模を考えれば、和平という条件が満たされたと判断してくれる人はいないのです、結果として和平協定を結んでも人は不履行を理由に破棄してしまいます、そうなってしまったら今よりも厳しい事態になるのです」

 

漣と同様に扱われた電には異論がある模様

 

「……電はここに残りたいの?漣と一緒に休んで来てからでも間に合うと思うけど」

 

一時的であれこの場から退く事は電の本意ではない様子、大人しく話を聞く側に徹していても意見は意見としてあるし、話が良からぬ方向に進む事は避けたいのだろう

 

「電は殺し合いより話し合いが良いのです、でも相手が耳を貸さないのなら、先立ってやらなければならない事があると、考えています」

 

一号の電は逃げるタイミングを計る必要があるくらいにはヤバイ雰囲気を醸し出す場合があるが、そんな雰囲気を持つのは特異な一号だけで一組の電はとても良い子だしそんな事はない、と思っていたのに思い違いだった

同型同名艦は別個体でも本質的な部分で似通う場合もある様だ

 

「電は戦貴棲姫が話し合いに、交渉を諦めない限りは応じる考えか、その時間があると良いんだけどね」

 

そんな電の雰囲気に慣れっこなのか、漣は調子をそのままに話を続ける

 

「無いと考えているのですか、漣は」

 

ここに来て自身の主張を翻す様な事を言い出す漣

和平交渉なんて手間暇がどれ程掛かるのかはやって見なければ分からない、それが始めから出来るのなら必要なのは交渉では無く調整だ

 

「まるっきり無い訳じゃない、けど、十分な時間があるかとなると、無いだろうと思う、だから今はその道がある事だけでも知って欲しい」

 

つまり漣の狙いは戦貴棲姫に余計な知恵を付けて将来的な切っ掛け、何かの取っ掛かりに出来ないかという事か

その知恵は付けてもどの程度考えに入れてくれるのか、心許ない限りだ

 

「初期艦、その道は人が勝手に深海棲艦という一括りにした枠を人が再定義しなければ実現不能だろう、我等が知っているだけでは何の意味も持たない」

 

意外にも戦貴棲姫から真っ当な返答が返ってきた

もしかして検討してくれているのか、先方にそのつもりがあるのなら話は変わってくるかも知れない

 

「わかってる、そこは私達初期艦が司令官にその道をどこまで示せるか、司令官がどこまで人に働きかけてくれるのか、人の組織がどこまで応じてくれるのか、コッチ側の対応が必須な事はわかってる、でも、戦貴棲姫からの働きかけも重要なんだ、それがなければ私が何を言っても絵空事にしか見られない、可能性を、実現性を何らかの形でハッキリ出さないと誰も耳を傾けない、今は佐伯司令官でさえその可能性を見つけられない状態なんだ、現状を如何にかして変えていかないとその道に向かう事すら出来ない、このままの状態が続くという事は艦娘と深海棲艦は戦い続ける事になる、永遠に終わらせる事の出来ない戦いになってしまう」

 

「初期艦は随分と楽観視しているのだな、それとも我等を見下しているのか?」

 

漣の言い分に不満が有りそうな戦貴棲姫

 

「艦娘と深海棲艦、絶対数の違いが闘いの結果に大きく影響するのです、現状では深海棲艦との戦いを維持する数にすら艦娘の数は届いていない、戦貴棲姫が、我等の方々が今直ぐに攻勢に出るだけで、艦娘は人の前から姿を消す事になるでしょう」

 

「そうなれば人に残された道は緩やかな消失、種として存続出来なくなるだろうね」

 

その不満に間を置かず即答する電と漣

 

「初期艦は人に含む所があるのか?我等は人がそこまで脆弱だとは考えていない、海から離れた陸に相当数の人が残留すると考えている、我等の行動目的に人の殲滅はない、我等の手の届かない奥地に引いているのなら放置する、現時点でも我等は積極的な攻勢には出ていない、艦娘や人の軍が普段相手にしているのは我等の統率下に無い深海棲艦だ、人が一括りにしたこの呼称を我等は我等の統率下に無い似て非なるモノの呼称として用いている」

 

一組の初期艦二隻の返答に軽く訂正と若干の情報を付け足す戦貴棲姫、この言い分が事実なら、本人が言うのだから事実なのだろうが、人の身でそれを確かめる術はない

もし、確かめる事が出来たのなら艦娘部隊の行動方針にも影響しそうな話だ

 

「似て非なるモノ、ですか、正直な所艦娘からは識別というか見分けが付かないんだけど、どうやって判別してるの?」

 

「初期艦ですら見分けられないのか、ならば、艦娘には出来ない事だ、その機能が付与されていないと考えられる」

 

興味深い考えだ、少し掘り下げてみようと思い話に参入する

 

「戦貴棲姫にその機能が付与されているのなら、妖精さんの協力で艦娘にも付与できるかも知れないな」

 

「……付与して如何するのだ?」

 

なんか凄く不思議そうに聞かれたんですけど

 

「艦娘にも見分けが付けられるのなら停戦相手と闘わずに済ませられるじゃないか、そういう状況を確かに創れるのなら人の中にも耳を傾けてくれる組織なり集団があるかもしれない」

 

「そこから拡げて和平とやらに持ち込むのか?強引過ぎて実現性が無い、そちらだけでやってもらおう、我等は関知しない」

 

アッサリというか、全く関心が無い、関わるだけ時間の無駄、そう言わずとも態度がそう物語っていた

 

「この交渉の強引さを棚上げしちゃうの?戦貴棲姫の目的と比べれば軽い方だと思うけど?」

 

その態度に漣から突っ込みが入る

 

「……我等だけが強引に交渉を進める事に不満があると」

 

とても面倒臭そうな様子の戦貴棲姫

 

「そっちの強引な交渉だけを聞けって態度は、傲慢って言わない?交渉の前提は対等な立場とか関係を認める所からじゃ無いの?」

 

「対等か、なるほど、鎮守府司令官はそこを気にして我等に大本営やら上部機関に話をする様に言っているのか、艦娘部隊の組織構成を見れば確かに鎮守府司令官は幹部級の立場とは言い難い、だが、我等がそれを承知の上で鎮守府司令官を交渉相手に選んだ、そこを理解してもらいたいのだ」

 

ナニソレ?戦貴棲姫や我等の方々はそれを承知で私に話を、交渉を持ち掛けて来たと言うのか?

その意味する所は、なんだろうねぇ、知りたくも無いが放っておく事も出来ずに聞いてしまった

 

「えっと?それって私に過重労働を強いるって事かな?」

 

「一人で負えばそうなるな、嫌なら交渉を打ち切るなり対応策を講じるなりする事だ」

 

「……」

 

あんまりな言い分に絶句してしまった、なにその丸投げな前提は?交渉を纏めるといいながら纏める労力を全部コッチに丸投げですか、そうですか

 

「良かったわね、戦貴棲姫に高く評価されてるわよ」

 

叢雲(旧名)からアリガタイオコトバを頂戴した

 

「喜んでいい事、なのか?それは」

 

他人事だと思って、いや実際他人事なんだろうが、あんまり過ぎる言い草だ

 

 

 



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87 四人は食堂にいた

 

 

鎮守府-第二食堂(鎮守府専用食堂)

桜智鎮守府所属艦:村雨/夕立/五月雨/涼風

 

 

三隈に食堂に連れてこられ、利根が騒がしく乱入して来たら、白露が利根と一緒に食堂を後にした

その後もコレといった変化は周囲にしか無く、四人は食堂にいた

 

目前の甘味を頬張る事は忘れずに夕立から一言あった

 

「ねぇ、私達って、忘れられてない?」

 

「忘れられてるってよりは、出る幕が無いって感じだよね、舞台の裾で大人しくしててって感じかな」

 

食休めの美味しい紅茶を楽しみながら応じる村雨

 

「生時舞台の裾にいるから黙って大人しく見てるしかないんだよな、下手に動くと舞台が台無しだ」

 

団子やら饅頭やらが気に入った様子の涼風が緑茶入りの湯呑みを片手に夕立同様に頬張る事は忘れずに応じていた

 

「台無しになんてなったら、司令官はどうなるのでしょう」

 

こちらも羊羹とかゼリーとか固め物が気に入った様子の五月雨がそれ用の楊枝で一口サイズに切り分けながら話に加わる

 

「少なくとも詰め腹切らされるだろうね、介錯を深海棲艦がするのか艦娘部隊の誰かが取るのかの違いくらいは出るだろうけど」

 

「……大人しくしていましょう、そんな事になったら桜智司令官にも合わせる顔が無くなってしまいます」

 

涼風と五月雨の遣り取りに他の二人も概ね同意、同意なのだが、甘味のメニューを制覇した夕立には別の思惑が頭に浮かんでいた

 

「だからって大人しくし過ぎるのも、何か違うんだよね」

 

軽くではあるが、それを口にする

 

「そう言えば、白露と利根は何処に?」

 

何か考え付いた事は察したが、そこには触れず別の話題を提供した村雨

 

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官/叢雲(旧名)

桜智鎮守府所属艦:村雨/夕立/五月雨/涼風

 

 

執務室で騒がしい駆逐艦達の来襲を受けた、元気なのは良いんだが、それを私に向けられても困る

 

「暇だって言われてもな……」

 

「暇っぽい、退屈っぽい、遊んで欲しいっぽい!」

 

「……」

 

駄々っ子か?桜智の奴はいつもこんな騒がしい駆逐艦を相手にしているのか、まあ、あいつならなんとでも鯔背そうではあるな

 

「ちょっと、夕立、我儘言わないの」

 

こちらの顔色を伺った村雨が夕立を諌めにかかった

 

「折角お手伝いしに来たのに何にも指示されない、退屈っぽい!!」

 

それでも騒がしい駆逐艦、止まる気配も無い

 

「いや、お前達は五月雨を連れ帰る為に来たんだろ?五月雨とは話をしたのか?」

 

取り敢えずこの駆逐艦達がこの鎮守府に来た目的を言って様子を見る、暇ならサッサと目的を達成すれば良いんじゃ無いかな?

 

「そっちは後でも如何にでもなるさ、今はあの包囲を如何やって崩すかだ、出来なけりゃ連れて帰るどころかこっちまでここで足止めだ、先ずは航路を確保しないと話になんねーな」

 

別の駆逐艦からは明から様に作戦行動を要求して来たんですけど、どうしようか

 

「今は大人しくしててくれ、それしか言い様がない」

 

そんな要求を認める事は出来ないし、要求を飲んだ所で現状は変えようが無い

 

「私は未だ練度も高くありませんし戦力としては至らない所もあると思います、けれど、ただ傍観する為にここに来たつもりはありません、何か私達でも手を貸せる事がある筈です、是が非でも力を貸したい、桜智司令官も手を貸してこいって言ってくれました、お願いします」

 

涼風の次は五月雨か、三隈はどこ行ったんだ?駆逐艦の世話を頼んだのに野放しじゃないか

 

「あのな、そちらの目的は初期艦の五月雨を連れ帰る事なんだろ、サッサと口説いて陸路で帰るって手もあるんだ、私に頭を下げる必要はどこにもないだろう」

 

どうしようかと考えながらも頭を下げる五月雨を放って置く訳にも行かず、目的を果たす様に促した

 

「……陸路?」

 

それに反応を返して来たのは村雨だった

 

「自衛隊に頼めば桜智の所まで送ってくれるだろうよ」

 

「私達は時雨達と別れて行動中です、向こうは外に、外洋の護衛隊と行動中です、私達だけ陸路で帰るって訳には……」

 

最後の方は言い淀んでしまっていたが、この駆逐艦達は別行動を取っている他の白露型と合流したいらしい

 

「そこまでは面倒見切れない、外洋にいるのだから別行動になるのは仕方ないだろう、別れて戻れば良いのではないかな」

 

「それはダメっぽい、皆んなで五月雨を連れ帰る為に来た、皆んなで五月雨と一緒に帰るっぽい」

 

この夕立という駆逐艦ただ騒がしいだけの駆逐艦ではないらしい、練度はウチの駆逐艦達と然程変わらない様に視えるが、艦娘のチカラは練度だけでは測れない

余計な事は言わない方が無用で無益な厄介事を避けられるだろう、つまり現状維持してもらうのがこちらの都合となる

 

「なら、大人しくしててくれ、事が終わればそれも出来るようになるだろうからな」

 

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官/叢雲(旧名)

 

 

騒がしい駆逐艦達には如何にかお引き取り頂いた、駆逐艦達の主張を黙って聞いていた叢雲(旧名)がその退室を見てから口を開けた

 

「五月雨にクギ刺しといてもらおうか?」

 

なにを言い出すのかと思えば提案らしい

 

「放って置いて良い、預かった艦娘に何かあってからでは遅いし、五月雨に変に気を使わせたくないしな」

 

私の言い様に何を思ったのか叢雲(旧名)は考える素振りを見せる

 

 

「……白露達が目的だと言っているのに五月雨と接触していないのには、ワケがある?」

 

色々考えて見て司令官の頭の中を推定、何れが今の状況を説明しているのかを判定して様子を伺う

これまでの所では過去に関わった五月雨の行動から司令官は五月雨に迂闊な事を言えない様子が見て取れた

対処に慎重過ぎる様子からも司令官の内心を推し量って対処法を探した方が良いと思う

 

「大したワケがあるって事もないだろうが、下手を打つとあの時の轍を踏みかねない、大人しくしててもらった方が良い」

 

やはり司令官は一組の五月雨の事を気にしていた、でもそれは過ぎた事、何時迄も引き摺っていても良い事はない

それに引き摺らなければならないのは司令官では無く、改修素材として消費した私なのだから

 

「確かに建造艦とはいえ五月雨な訳だし、見てる限り他の姉妹艦が建造艦に配慮し過ぎな様にも見える、轍を踏みかねないのは分かるけど、放置し過ぎるのも違うんじゃない?」

 

放置しても司令官の気苦労を減らす事は出来ない、ここは何らかの要件を割り振った方が良いと判断

叢雲(旧名)としては折角居るのだし、借りられる手なら借り出したい場面でもあるし、司令官が拒否しないのならあの駆逐艦達に頼める要件に心当たりもあった

 

「何か、考えでもあるのか?」

 

取り敢えず司令官は反対では無い様子

 

「まあ、ね」

 

曖昧に答えながらも心当たりを実行するのに話を通す相手を数え始めた

 

 

 

 

鎮守府-工廠

鎮守府:叢雲(旧名)

大本営所属:五月雨(一号)

 

 

反対はされないだろうが、話は通しておくに越したことはない相手、一号の五月雨

 

「叢雲、何を企んでいるのですか?」

 

色々考えながら話した所為か、五月雨に余計な事を考えさせてしまった様だ

何か心配そうな顔をしている五月雨に少しだけ説明を足した

 

「あんたの所の姉妹艦が暇だって言うから、ちょっと手間を取ってもらおうと思ってね」

 

 

 

 

鎮守府-憲兵隊詰所

鎮守府:叢雲(旧名)

自衛隊_憲兵隊:隊員1/隊員2

 

 

反対はされないだろうが、話は通しておくに越したことはない相手、憲兵隊

 

「……憲兵隊に持ち込む話ではないだろう、それは」

 

取り敢えずは話を聞いた憲兵は困惑している様子を見せる

 

「じゃあ勝手に動いていいのね、憲兵隊は了承済みって事にしておくわ」

 

「待て、了承してない、勝手に動かれると面倒な事になる」

 

何を慌てる所があるのか知らないが、大袈裟とも思えるくらいの動揺を見せる憲兵達

 

「なら、話を通して」

 

「……はぁ、隊長はいつ戻ってくるんだよ、面倒事が多過ぎる」

 

話自体は憲兵隊に通さなければならない事案では無い、そこは憲兵達も分かってる、分かっているから拒否出来ない

憲兵といっても陸自の自衛官、何故この話を憲兵隊相手に通しに来たのか、その思惑は正確に伝わった

 

 

 

 

鎮守府-旅客船(移籍組宿舎)_司令長官室(臨時)

大本営:老提督(大本営司令長官)

桜智鎮守府所属艦:村雨/夕立/五月雨/涼風

大本営所属艦:五十鈴(司令長官秘書艦)

 

 

秘書艦との話し合いの最中に予定外の訪問者が訪ねて来た

 

「ふむ、佐伯司令官から手を貸すように言われて来たのかね」

 

訪問者達の話を一通り聞いて要点を確認する

 

「はい、大和を秘書艦に戻せない代わりに手を貸して欲しいと頼まれました」

 

訪問者の一人、村雨が応じている

 

「……でも、貴方達はこの鎮守府所属ではないでしょう、事情も分からない案件に手を貸して来いって云われてるのよ?不満はないの?」

 

困った様な疑わしい様な、少なくとも訪問者を歓迎する雰囲気は無い五十鈴が訪問者達に聞く

 

「あたいらはここにタダ飯食らいに来たんじゃないんだ、手を貸して来いって桜智司令官から指示されて来たんだ、手を貸した結果として五月雨と一緒に鎮守府に帰る、それで任務完了って事だ」

 

その雰囲気に何か感じる所があった様で涼風が捲し立てるように言い放つ

 

「……五月雨?最初に配置された五月雨の事かな、桜智司令官は鎮守府に復帰させる様にと佐伯司令官に再三要請していると聞いてはいるが」

 

そんな艦娘同士の遣り取りを気にする様子も見せず涼風の言った内容を拾い出す老提督

 

「聞いているのに許可しないのは何故ですか?」

 

そう質問したのは涼風の様に言い放ったりせず口調には気を付けている村雨だ

 

「何故って、桜智司令官から大本営に要請が出されていないからだ、鎮守府司令官は同格であり代弁する必要は無いし、鎮守府運営は司令官の専権事項だからね、初期艦を他の鎮守府に配置する様に要請する事は出来ない、参考意見として上申するだけでも越権行為と判断されかねない、それでも佐伯司令官は幾度も上申している、大本営としても判断に困る状況なのだよ」

 

村雨の質問に大本営側の事情を説明する老提督

 

その説明はこれまでも聞いていた状況を補強するだけで満足な解答では無い、村雨は質問を重ねた

 

「ではウチの、桜智司令官が配置する様に大本営に要請すれば五月雨は戻って来るんですか?」

 

そう問われた老提督は暫く考える間を空けてから応じ始めた

 

「……断言は出来ない、その要請が出されれば可否判断は行われる、今は艦娘の配置に付いては再編中なのでね、最終的にどうなるのかは今の段階ではなんともいえない」

 

「再編中?」

 

疑問調に聞こえた応答に少しの疑問を感じつつも手数が欲しい老提督としては来訪者達から反感を買う様な真似はしない、自身の秘書艦があまり友好的な雰囲気では無いのも得られる手数とそれを得る手間を勘案しての結果だろうと思われるが、自身とは違う結論に辿り着いた様子に困惑もある

 

「桜智司令官の元にも何隻か移籍したと思うが、余り関わっていないのかな」

 

「あの移籍して来た子達は大本営から?畳んだ別の鎮守府からと聞いていましたが」

 

「二箇所の鎮守府から司令官が居なくなり残された艦娘達を一時的に大本営に預かり再配置したんだ、引き受けて貰えて良かった、拒否されたら又佐伯司令官に甘えなければならなくなっていただろうからね」

 

「大本営はこの鎮守府に十五隻も追加しようとしていたんですか?」

 

「既に五十隻を超える艦娘の追加配置を指示しているんだ、負担は増えるが不可能ではない数だと考えている」

 

「五十を超えるって、いきなり所属艦娘の数を倍にするんですか?無謀すぎる、と思います」

 

現状の説明を続けた所村雨からは疑問やらが異論が湧き出して来た

どうやら佐伯司令官が中心となって進めている行動に対して些か情報が足りない様だ

この不足は別の鎮守府に所属する艦娘全体になるのか、それとも一部に留まるのか、老提督には判断が着かなかった

 

「……佐伯司令官はそれを引き受けてくれた、この件は合同計画で伝わっていると聞いているが、知らなかったのかい?」

 

判断が難しい案件を予測で断定するのは凡ゆるリスクを内包する事態を招きかねず危険に過ぎる、聞いて確認と検証が必須になるのだが、聞き方には注意が必要になる

 

「合同計画は資材提供に関する共同作戦です、この計画は高練度艦の現役復帰を目的とし、復帰した艦娘は希望する鎮守府へ再配置される、と聞いていますが、佐伯司令官の指揮下に入る前提の計画なんですか?」

 

「前提ではないよ、ただ再配置するに当たって一時的にこの鎮守府に、佐伯司令官の指揮下に入る事にはなる、というだけだ」

 

「再配置の権限は佐伯司令官に、という事ですか」

 

この応答から全体の流れは伝わっていると判断、詳細な手続きの部分で齟齬というか誤解を生じさせている様に感じられる

 

「彼が、佐伯司令官は艦娘を独占したがる様な司令官かね、艦娘からはそう見えるのかな」

 

お互いにどう応じるのか、それを考える間を取る様に少しの長め間が空いた

 

「あー、数が増えると仕事が増えるから他所に行きたいって言うのなら直ぐに行かせるだろうな、引き止める様な性格してないだろ、あの司令官」

 

その間に一人で納得した様子の涼風から感想が入って来た

 

「涼風、もう少し言葉を丸めて、指揮権が変更されてるって聞いたでしょう」

 

無遠慮な感想に村雨が注意を促した

 

「……堅いよ、村雨は、こんな些細な事で目くじら立てないって、あの司令官は」

 

その注意に呆れた様な反応を返す涼風

 

「司令官はそうでも所属艦娘はそうじゃない、私達は所属違いの艦娘、ここの所属艦娘達との軋轢を生じかねない言動は慎む方が良い、移籍組といわれてる自称高練度艦達の様になってしまうのは避けた方が良いでしょう」

 

「わかったよ、心配性だな、村雨は」

 

村雨と涼風、二人の会話を聞いていたら自身の知らない状況が話題に出ていた

 

「ん?移籍予定者との間に、何か問題があるのかい?聞いていないのだが」

 

知らない状況、それも移籍組絡み、真っ先に報告があって良い案件なのに報告が無い事態に不安を覚える

 

「五十鈴?話してないの?」

 

こちらの質問に村雨が五十鈴に質問を重ねている

そちらに目を向けると苦い表情の秘書艦が見えた

 

「……上部機関との交渉の前には些事でしかない、その後でいいでしょう」

 

こちらの視線に気付いた秘書艦は平静を装い、それでも隠しきれていない僅かな動揺が見て取れた

 

「まあ、その辺りはこちらも当事者って訳じゃないし」

 

涼風からも一言あった

 

「聞かせてもらいたい、何があった?」

 

この状況は知らずに置く訳には行かない、自身の秘書艦に報告を求めた

 

 

~報告中~ (78話参照)

 

 

「なるほど、それを指揮権無視と取られ移籍予定の艦娘達からの意見を入れて代表役を降りたと言うことか、すると?今移籍予定者の代表は誰に?」

 

預かり知らぬ案件、手の届かない事象、過ぎた時間、それらは現在に如何なる影響を及ぼしているのか?

司令長官として対処が必要になるのはその点に尽きる

既に決着が着き、落ち着いた事案を蒸し返す手間も時間も大本営には無い

事は既に進行中であり、司令長官の立場からは大本営の事情が最優先される、秘書艦には冷たい仕打ちに映るだろうが、司令長官といっても臨時職では労う為に割ける時間は無かった

 

「戦艦種の伊勢と空母種の赤城、何方も司令官の指揮を仰ぐそうよ、尤も移籍組全員がそうではないけれど、取り敢えずは静観する方向で纏めてる」

 

秘書艦、五十鈴さんから冷静な報告が続く

 

「……そうか、指揮を仰ぐか、大本営への帰属は無いのだね」

 

一言、足そうとして思い止まった、今は余計な一言にしかならない

 

「大本営への帰属を求める声は聞こえてこないわね」

 

「それならそれでやり易くなったとも言える」

 

今は大本営の事情を優先させよう、その為にも秘書艦の協力は必要になる、その方向への協力ならば五十鈴さんも解ってくれるだろう

 

「やり易く、なった?」

 

「大本営と呼称されていた組織は改称して人の組織として成り立たせる、艦娘運用拠点の中心としての大本営は此処に集約させよう、佐伯司令官ならそれが可能だ、移籍予定者までも佐伯司令官の指揮を仰ぐと言うのなら間違いないだろう」

 

今後の大本営の方向性とその妥当性について私なりの考えを言う、五十鈴さんに秘書艦としての意見を求める為に

 

「買い被りすぎ、彼は民間人、組織を束ねる要としては脆すぎる、彼に頼り過ぎれば何処かで限界を迎えて一気に崩壊しかねない、リスクが大き過ぎる」

 

どうやら私の秘書艦にはお気に召さない考えの様だ、とはいえその主張の妥当性は認めなくてはいけない

いけないのだが、状況がそれ以外の選択を許しそうにない、如何にかしてお互いの妥当性を整合させなくてはならない

そんな思案をしていた所、話を聞いていた駆逐艦、涼風さんから意見があった

 

「ちょっと待ってくれ、民間人だから脆くて組織の要になれないってのなら、ウチの、桜智司令官や他の鎮守府司令官だっておんなじじゃないか、五十鈴の言い分はオカシイんじゃないか?」

 

「鎮守府ひとつなら、彼で十分なのよ、今必要とされている組織の要は、もっと大きな枠組みの話、それこそ日本に開設される鎮守府の全てを束ねる要、民間人では荷が勝ち過ぎる、それとも涼風は桜智司令官なら今後増加していく鎮守府の全てを束ねられると考えているの?」

 

「えっと、全部でいくつ開設されるんだ?」

 

「今実行中の計画でも五十箇所、今後更に増加予定、最終的には政府予算との兼ね合いになるでしょうね」

 

「単純に考えても、三桁には届くと、もしかしたら四桁に?」

 

涼風さんと五十鈴さんの話に村雨さんも加わって来た

 

「計画が順調に進めばそうなる、願望とか理想論ではなく数年あれば実現可能な数でしょう、艦娘は資材があれば無限に建造可能なのだから」

 

「そんなに、艦娘を増やすのですか?鎮守府ひとつに五十配置されたとしても百箇所の鎮守府が設置されたら五百ですよ?」

 

今度は五月雨さん、この艦娘さんは建造艦?初期艦ではない様だが

 

「全然足らない、ひとつの鎮守府で二百は指揮下に置いて貰わないと、今動いている計画では五十箇所しか鎮守府を開設しないのだから」

 

「……何をそんなに急いでるんだ?そんなに急増させる必要がわからない」

 

一箇所で二百の艦娘と聞いた涼風さんが合点が行かないと疑問というか不思議そうにしている

 

「艦娘の相手は数で押してくる、その数に対抗するには数が要る、急増でも何でもして数を揃えないと勝負以前に話にならない、今こうして鎮守府に閉じ込められているのも数が足らないから、目の前にこれだけわかり易く示されているのに対抗策を急ぐのがそんなに不思議なの?」

 

あんまりにも不思議そうな涼風さんに五十鈴さんも疑問の様子

 

「なんかおかしいっぽい、今の状況を見て対抗策を急ぐのに鎮守府の増設?まるで火事の現場で消防車を組み立てる話をしてる感じっぽい、由良なら違う事を考える」

 

この艦娘さんは、夕立さん?だったかな?雰囲気は村雨さんと良く似ている

ただ、似ているのは雰囲気だけの様だ、言葉の強さというかなんというか、何かが確実に違う印象を受ける

 

「そっちには由良がいるんだ……で、由良ならなんていうと思うの?」

 

由良?確か長良型の姉妹艦、先程の姉妹艦の話を聞いた所為か、特別な意味合いがある様にも聞こえる

 

「わかんない、でも由良の言うことは聞かないと後がないっぽい」

 

「由良さんなら、佐伯司令官が指摘していたように陸路での撤収を考えると思います、時雨達と別行動になってしまいますが、この状況での合流を無理には行わないでしょう」

 

夕立さんに続けて村雨さんからも回答があった

それを聞いた五十鈴さんが少しだけ驚いた様子を見せた、驚く要因が何処なのかが解らない

 

「なによ、彼も陸路での撤収は視野に入れてるの?それを早く言いなさいっての、変に職務に拘ってそこに気がついていないのかと思ってた」

 

「まあ、こっちから見ててもその可能性を口にしてないからな、気がついていないのかと疑いたくはなるな」

 

五十鈴さんの驚いた理由に涼風さんも同意を示す、個人的には佐伯司令官はそこまで職務に忠実というか熱心では無い事は耳にしているし、他にも聞き及んでいる事はある

 

「私が憲兵隊から聞いた所では彼は職場放棄するなら艦娘達と一緒にと言っていたそうだ、おそらく事の初めから陸路での撤収は考えていたと思う、今も鎮守府に留まっているのは相手の攻勢が予想した程ではなかったから、ではないかな」

 

その聞き及んだ話をしてみる、推測も混ざってしまったが、的外れではないだろう

 

「その場合移籍組は放置する事になったでしょうけど、それはそれで考え処ね」

 

特に態度に出ることもせず普通に返された、が、考え処とは?それを推定してみる

 

「……放置?」

 

「自衛隊に泣きついても百名近い数を一度に移動させるのは難しいと思う、鎮守府所属艦を優先するでしょう」

 

五十鈴さんが考え処とした現状が指摘された、そこまで解説されれば問題点も浮き彫りになる

 

「そうなのか?自衛隊のトラックなら一台で二、三十人くらい乗れるんじゃないか?」

 

浮き彫りになった問題点が疑問なのか涼風さんから質問だ

 

「その車両を何処から持ってくるの?自衛隊の現状を解ってる?」

 

「……先の殲滅戦で消耗しきっているんでしたね、再編と物資調達に躍起になってると聞きました」

 

五十鈴さんの問い直しに村雨さんが応えている、それを聞いていた涼風さんも疑問の解答として納得した様だ

 

「そう言う事、現場は現場で手一杯、上の方でも鎮守府派遣隊の件を始め色々揉めてる、鎮守府からの要請に素直に応じてくれるかどうか、彼がその辺りを楽観視している様ならそこが民間人としての限界でしょう」

 

「五十鈴としては佐伯司令官の限界はもう少し先だと思ってるのか、でもそれ程遠くでもないと」

 

民間上がりの司令官を脆いと評した五十鈴さんの示す限界点、それを確かめる様に言う涼風さん

 

「老提督は如何お考えなのですか?」

 

村雨さんに話を振られた、五十鈴さん示す限界点について問われてしまった

 

「私の考えか、私はもう引退する事が決まっている、なにが如何なろうとも彼に、佐伯司令官に全てを委ねる他ない、彼には不満も多いだろうが後を託せるのは彼しかいない」

 

この場で言い繕っても始まらない、この駆逐艦達は少なくとも桜智司令官から指揮を離れた独自行動を許されるくらいには司令官から信頼されている、部下を他人に預けるにも預ける相手と預けられる部下の双方に信頼がなくては拒否される、拒否されなかったとしても交渉という話し合いが必要になる

聞いた限りでは桜智司令官は佐伯司令官からの要請を即決したという

一切の躊躇いも躊躇も条件すら付けずに承諾したと聞いている、艦娘を信頼しないモノには出来ない行動だろう、艦娘の言う司令官と単に指揮を取る士官は人の組織から見た場合と艦娘から見た場合で意味合いが違う、人はその違いを学習しなければならない、学ばなければ何時迄も艦娘を消耗品として浪費するだけだ

監察官達が大本営に監査に入って指摘した多くの問題も浪費家揃いでは解決の目処すら立ち様も無い

 

「引退?老提督は艦娘部隊から身を退くのですか?艦娘部隊は勿論、上部機関にも上級籍が確保されているのにですか?」

 

驚き気味に聞き返されてしまった、そんなに変な事は言っていないつもりなのだが

 

「そこを含めて彼に託すつもりだ、もう私が艦娘達と関わる事自体が彼にとって足枷となっているんだ、人の組織との兼ね合いを整えたら私の役割は終わる、彼に託すにしても出来るだけの状況を整えて置くに越したことはない、五十鈴さんが指摘している様に彼は民間人、経歴から見ても大きな枠組みを束ねるだけの器量を持ち合わせているかどうか不明瞭だ、出来るだけの事はしていくつもりだよ」

 

「……佐伯司令官の事は桜智司令官から聞いてはいるけど、老提督がそこまで肩入れする程の司令官か?立場だけで言えば桜智司令官だって同じ筈だ、なんで佐伯司令官なんだ?」

 

こちらの話を聞きながら何かを考えいる様子だった涼風さんが浮かんだ疑問を言って来た

 

「彼は提督だ、私の様な半端な提督ではなく、妖精さんと艦娘達と、双方から提督と認識される艦娘達の言う意味での提督、そして相応の実績を伴わせている、何より元艦娘妖精、向こう側の妖精からも提督と認識されている、だからこそ向こう側から交渉に来ている、老提督と呼ばれていても私では有り得ない選択を向こう側の妖精達が選び、行動に移している、妖精さんとは切り離して考えられる存在ではないという点は向こう側とも共通しているだろう、彼はそれらのモノから相応の立ち位置を認められている、彼を認めていないのは人の組織くらいだ、直ぐには無理でも近い将来に人の組織からも認められる様な状況を整えて置くに越したことはない」

 

深海棲艦、この単語を避けて疑問に応じた、深海棲艦は艦娘の敵、そんな単純化された話にならない様に

 

「人の組織が佐伯司令官を認めなければ、それらのモノを佐伯司令官が束ねて人の組織や社会、集団と対立しかねない?」

 

村雨さんからの指摘、それは現状で最も避けなければならない可能性であり、描かせてはいけない未来図

当の佐伯司令官にそんな未来図を描く意思がない事は判っているのだから

 

「可能性はなんにでもある、それらの可能性のどれを選ぶのか、ある程度の誘導は必要だろう」

 

人の組織の誘導、それが老提督として祭り上げられた一介の司令官の最後の仕事、現役引退後の仕事としては重過ぎる責務だが、彼にこれ以上の責務を負わせようとしている老人としては逃げる訳にはいかない

 

「佐伯司令官が人の組織と対立?アレに付くって事?有り得ないだろ」

 

涼風さんから感想の様な言葉が聞こえてきた、「有り得ない」と、つまり彼、本来の司令官では無い佐伯司令官に対しての認識をハッキリと示している

 

「そう言い切れる根拠があるのかい?」

 

だから思わず聞き返してしまった

 

「だって佐伯司令官の給与は艦娘部隊から出てるんだろ?そこと対立したら誰が払うんだよ、まさか佐伯司令官が戦貴棲姫のトコでタダ働きするのか?」

 

タダ働き、確かに彼はタダ働きしてくれるタイプではないだろう、面白い視点から成る判断だ、それはそれとして気になる単語があった

 

「戦貴棲姫?」

 

「ああ、権兵衛さんって仮称で呼ばれてたけど大本営やら上部機関やらの話を聞く時間を割くって条件で佐伯司令官が個人?個体?の固有名称を付けてた、それが戦貴棲姫、今食堂にいるアレ」

 

涼風さんが説明してくれた、のは良いのだが、内容に驚かされた

 

「……そんな条件を持ち出して来たのか、益々佐伯司令官には艦娘部隊の中心にいてもらわねばならないな、同時に人の組織との繋がりをより強固なものにしなければ、間違っても人の組織から彼を排除する様な動きは留まらせなければ、彼に託す意味が無くなってしまう」

 

老提督と呼ばれた私の最後の仕事は私の予想以上に重いのかも知れない

 

 

 

 

鎮守府-旅客船(移籍組宿舎)_司令長官室(臨時)

大本営:老提督

大本営所属艦:五十鈴

???:老兵

 

 

駆逐艦達は佐伯司令官からの指示通りにこちらの手勢として動いてくれる事になった

これに五十鈴さん、秘書艦から異論が出るかと思ったが、あっさり了承してくれた

駆逐艦達には鎮守府に来ている大本営の職員やこれから来襲する政府関係の方々、自衛隊関係も含めて色々な伝達案件で走り回ってもらう事になる

 

それらに一通りの区切りが付いた頃を見計らったのだろう、私の古い友人が訪ねて来た

 

「取り敢えずはサインさせた、これで我々が直接支援出来る、退役軍人会の後ろ盾があれば経済屋は兎も角政治屋連中は軽々に手出しして来ないだろう」

 

軽く事情説明をした後に彼が契約変更に応じた事、それにより友人の目的も達成出来たと話があった

 

「艦娘部隊上部機関の主要構成員は経済屋なんだけど……」

 

しかし秘書艦には異論がある様子

 

「どこの国であれ経済と政治は密接に関わっている、経済屋が政治屋連中を無視はしないだろう」

 

「……買収されたら?」

 

遇らう様な言い様が気に入らなかったのか秘書艦が喰ってかかる

 

「疑り深いな、では聞くが経済屋が艦娘部隊から彼を追い出すと仮定して、それに幾ら出すと思う?」

 

「経済屋から見れば彼を追い出す理由が乏しい?」

 

「彼は現時点で最も実績のある司令官だ、追い出すよりこの先も実績を積み上げさせた方が経済屋には魅力的に映る筈だ」

 

友人の言い分に頷く秘書艦、どうやら友人の言い分に合点が行ったようだ

 

「自衛隊が数日で根を上げた状況を一週間以上継続させた訳だし、同期間に掛った費用を算出すれば彼を排除する事は経済屋の利益にはならない?表向きの理由も資材の枯渇であって艦娘達の限界ではないんだし、より安く状況を維持できると見做している?」

 

経済事情として納得できるのなら経済屋の動きは説明も予測も出来る、経済屋にカネを出させるにはより多くの儲けを出す前提が必要なのだから

 

「軍に深海棲艦の相手をさせると膨大な資金が必要だ、それは国家予算でなければ拠出は難しい、経済屋はインフラ整備などに興味はないからな、それを前提にしているのに剛毅な事だ」

 

「インフラって、国際航路の確保もインフラなの?」

 

「国境などという不合理で非効率なモノを作っている国家というモノは経済屋には邪魔なモノらしい」

 

「……国際経済が活発化しているとはいえ、ソレは如何なの?」

 

秘書艦には国境が要らないというのは暴論にしか聞こえないらしい

 

「経済屋には邪魔なモノだそうだ、経済圏全てを一元管理した方が合理的で効率的でより多くの利益になるそうだ、私にわからん話だがね」

 

友人も秘書艦に同意の様子

 

「グローバル化と囃し立てられている考えだね、金も物も人も自由に、何の制限もなしに行き来した方が良い、そうすれば国内経済と同様に発展させられる、それも規模を拡大して、実行出来ると主張しているそうだ」

 

実現性は兎も角方法論としては広く知られている一般論を述べて秘書艦の様子を伺う

 

「それぞれの国内事情を、無視して、経済だけで国境を無視するなんて、本気?」

 

相変わらず秘書艦には暴論にしか聞こえないらしい

 

「ある程度は上手くいくんだ、ただ、経済の発展と活性化により経済以外の問題が多発してしまう、そうなると経済自体が滞る、経済が停滞すれば物の生産もその移動も減少する、そうなれば人の行き来が自由に出来る事が返って問題となる、これらの解決には政治決着しかない、と私は思うが、そうではない人もいる」

 

暴論かも知れないが実現性が皆無という訳でもない、経済は専門外なのでどっち付かずの中途半端な事しか言えないが、事が政治や軍事に関わって来るのなら、言える事も言いたい事もある

 

「というと?」

 

「市場原理という神の見えざる手に委ねれば落ち着くところに落ち着く、らしい」

 

「……産業革命時代のイギリスに倣えと?」

 

とても疑わし気に言ってくる秘書艦、そう考えるのは艦娘としての性質なのか、五十鈴さん自身の個体条件なのか

言い様からではその判断は難しい

 

「五十鈴さんにはそう聞こえましたか」

 

「日本で言えば明治の開国政策時代だろうけど、アレに回帰しようとしている様にしか聞こえない、私の知らない論理が出来ているの?」

 

問われた私より先に友人が応えて始めていた

 

「産業革命以降の社会問題には様々な対策が取られた、現代民主主義もその一つと言えるかもしれない、それらを実行して来たのは国家だ、経済屋ではない、尤も経済屋でなければ国家予算を効果的に活用する事は難しいかも知れんが」

 

「経済官僚ね、その手綱を取るには単なる政治屋よりも経済屋の方が良いと?」

 

興味深い、艦娘が現在の国家体制をどう捉えているのか、何処まで理解しているのか、それらはハッキリとは判っていない

現状は艦娘が一方的に人との共存に尽力している、人はその尽力に引き摺られている、多くの人はそんな状態だ、そこに利益を見出して積極的に歩み寄ったのが艦娘部隊、利益追求一辺倒にならない様に私や私の古い友人達はチカラを尽くして来た、それは今後も継続されると期待している

 

「贅沢を言えば真っ当な政治家に経済官僚の手綱を引いて貰いたいが、贅沢な事になってしまっている、次善として国家の利益を計れる経済屋が台頭している、尤も経済論理が強すぎて国家の利益を履き違える事も間々ある」

 

「そうした失策のツケを払わされるのは一般の大衆、歴史に名も残らない無名の人、この国は何時からそんな事になってるの?」

 

「五十鈴さんは昔の事を覚えてはいないのですか?」

 

思い切って聞いてみた、艦娘は艦時代の記憶があるという噂話、個人的には眉唾な話に聞こえるが、相手は艦娘、人の予測可能な範囲で測れる相手ではない

 

「ああ、艦時代の事?覚えてる艦娘もいるとは聞いてるけど私は覚えいない、収容所で使えた端末から今の、現代日本の知識を得た、艦時代というのもそこに記録されていたモノしか知らない、私と不可分な妖精さんはかなりの不勉強だった様ね」

 

思い掛けない返答に戸惑った、戸惑いながらもなんとか理解を追いつかせる

 

「妖精さんが不勉強?」

 

追いつかせたもののコレだけは意味が解らない

 

「艦娘の知識は不可分な妖精さんに拠る、妖精さんが知らない事は艦娘も知らない、自己学習していくしかない」

 

「……という事は、妖精さんが知っている事は艦娘も知っている、と?」

 

「そういう事、だから、最初の初期艦の動向にアイツラが過剰に反応する、最初の初期艦を構成している妖精さんは、特別だから」

 

特別、と聞いて友人が聞き返す

 

「どう、特別なんだ?」

 

「妖精さんの知識や見識、技や術、持ち得る大抵のモノは詰め込んだそうよ、聞いた話だから確証はないけど」

 

「……聞いた?誰に?」

 

曖昧な言い様に困った様子の友人

 

「私と不可分な妖精さんがそれを知っていた、だから私も知識として知っている」

 

「……知っている事を、聞いたというのは、不自然な言い様ではないか?」

 

未だ困った様子の友人

 

「艦娘としての活動期間が長くなるとね、その辺りに区別が付く様になる、自身の知識なのか、不可分な妖精さんの知識なのか、ドロップ直後は全然わからないんだけど、段々と区別が付く様になる、私の場合はそうだったけど艦娘によるんじゃないかな」

 

艦娘に因る、それを聞いて思い当たる事案があった、特異な妖精さんによって大本営で建造されたという艦娘達の事、建造後は大本営に置かず佐伯司令官に預けられたという艦娘達

 

「……大本営で建造した特務艦、確かあの建造には何らかの変異した妖精さんが関わっていると聞いた、何でも初期艦を構成していた妖精さんが多くなりすぎて特異な妖精さんが多数発生し、その妖精さんに因り建造されたと」

 

「……老提督はソレをどこで聞いた、いや、誰に聞いた?」

 

困ったというか困惑気味に聞いてくる友人

 

「妖精さんから、という事になるのかな」

 

これを聞いた友人は益々困っている様だ

 

「妖精さんの声が聞こえる様になったのか?」

 

その可能性は無い事を知っていながらもそう聞かずにはいられなかったのだろう

 

「いや、私は今も妖精さんの声は聞く事が出来ない、ただ、妖精さんからの意思表示や情報などは受け取らせて貰えていた様でね、それを自覚出来ずに長い時を過ごしてしまった、結果として妖精さんに見切りを付けられてしまったよ、一方的に献身的に尽くし続けたのにソレに全く気付かない鈍感さに流石の妖精さんも愛想が尽きたのだろう、だからといって文句など言える立場でもない、仕方のない事だ」

 

自身に起こった異変は否応無く自覚出来た、自身から離れて行く様子がただ見えるだけでなにかが出来た訳でも無い

 

「……それで艦娘から身を引くのか、彼に全てを託して、随分と剛毅だな」

 

何か思う所があったのか友人は納得顔をしながら頷いている

 

「無理に残った所で彼をつまづかせる小石にしか成れない、私の意思とは関係なく事態は動く、その中心にいるのは彼だ、私の元には誰も来なかった、彼の元には戦貴棲姫が交渉に来た、彼を交渉相手に選んだそうだ、私と彼と、どちらが艦娘を率いるに足る立ち位置にいるか、議論の余地は無いと、私は思う」

 

「戦貴棲姫?」

 

友人から聞き返されてしまった、当然か、この名称を知っている者は少ないのだから

 

「彼の元に来ているモノはそう名付けられたそうだ、彼に依ってね、大雑把に深海棲艦としか呼称して来なかった私達とは違うんだ、彼は」

 

「名付けた?良くもアレが受けたな」

 

驚きを隠せない友人

 

「要求したのだそうだよ、彼に名を付けろとね、その代償に戦貴棲姫は此方の話し合いに参列する時間を割いた、私に出来る事だろうか?」

 

「私は無理だぞ、アレと取り引きなど御免被る」

 

お前には無理だ、とは直接言わずに自身に無理な事だとして間接的にそれをしてくる友人、その後に感想も付け加えられたが

 

「だからだ、だからこそ、彼でなければならないのだ、戦貴棲姫が彼をどうやって見つけたのか、どういう条件で彼を選択したのか、私には全くわからない、しかしこの機会を得られた上は最大限に活かそうと考えている、ん?確かに剛毅だと云われる事をしているね、私は」

 

付け加えられた感想に私なりの意見を言う、言いながら剛毅と評した友人の言い分に全く以って同意していた

 

「……どう活かそうと?」

 

秘書艦に問われた

 

「そもそも活かせるのか?」

 

友人に問われた

 

「それを確かなモノにするには同じテーブルに着く必要があるだろう」

 

 

 






八期はここまでです
次からは九期に入りますが投稿は完全不定期となります
ご了承ください


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ー 9 期ー
88 上部機関とのTV会議


 

 

 

 

鎮守府-食堂(第一食堂)

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:大和

大本営所属艦:一組の初期艦ニ

???:戦貴棲姫

大本営:老提督/職員複数

政府関係者:多数(防衛省、外務省、内閣府)

 

遠隔会議運営スタッフ:鎮守府派遣隊、陸海空自衛官少数

 

~大画面の向こう側~

 

艦娘部隊上部機関:在籍者多数

艦娘部隊上部機関:監察官複数

 

 

そんなこんなで鎮守府、大本営、日本政府(主に防衛省)側の面子と席を並べて艦娘部隊上部機関とのTV会議になったワケだが……

 

会議の進行は不愉快なので省くが私の主張する所の艦娘鹵獲行動への規制乃至抑止の提案は割とアッサリ通った

 

しかしながら話はそれだけで済まなかった、大本営監査中の監察官達が画面の向こうから質問責めをして来た挙句、新規仕様の艦娘だけでこれからの艦娘部隊を構築すると強硬に主張、彼等の主観で旧世代と見做された既存の艦娘達を全て私の指揮下に置くと言ってきた

 

何を如何考えたらそんな結論に達するのか、訳が解らないにも程がある

 

そんな事は無益なだけでなく有害でしか無いと散々言ったのだが、彼等の言う旧世代艦娘持つ身体的特徴が受け入れ難いのだと、話している最中に解ってしまった

彼等の言う旧世代艦娘、確かに外観は女性形ではあるが、女性形をしているだけで女性ではない

これが彼等には我慢ならないというか許容し難い、直接的な言葉にこそしないが、感情的な判断が見受けられた

妖精さんが人に似せて造った艦娘をより人に近づけた新規仕様の艦娘、それを人の判断に委ねるとこうなってしまった

 

艦娘をなんだと思ってるんだろうね

 

こちらの意図とは無関係に彼等の耳にも入った叢雲(初代初期艦)の人化処置の件も絡んで、この判断を後押ししてしまったらしい

下手に反論すると叢雲(初代初期艦)にまで上部機関の手が伸びる、寧ろ彼等はそれを狙っていた

隠しもしなかったから、言い様というか誘導が明から様過ぎて同席していた老提督までもが苦言を言ったくらいだ

日本政府関係者と老提督の主張で本来の議題に強制的に戻ったが、事ここに至っては一般の民間人ではどうにもならない、この件は上部機関の倫理観と良心に任せる事になってしまう

 

更に旧世代艦娘達を率いた私に鎮守府の移転が言い渡された

それも日本国外だ

なんでも以前から艦娘達の扱いに問題があると抗議している複数の国があるそうで、私にそこへ行って鎮守府を開設、艦娘の扱いに抗議する様な問題が無い事をアピールして来いと言うのが上部機関の命令の要旨だ

 

 

会議は続いているが話は既に政治の分野に移行して民間人の私は会場となっている食堂から追い出されていた

色々あり過ぎて何をどうしようかと追い出されたままで考え込んでいたら、老提督が会場から出て来て上部機関の命令に付いて補足説明をしてくれた

 

「太平洋諸島フォーラム?〔Pacific Islands Forum (PIF)〕ですか、不勉強で申し訳ないが知らない」

 

「太平洋に点在する島々を国土とする国の集まりだね、昔この国が太平洋に放射性廃棄物の投機を計画した際に抗議し、撤回させた事案もある、元々は南太平洋の独立国や自治政府の経済発展を目的とした地域協力機構が発端、だったかな」

 

「……何故そんな南方の国に艦娘のアピールを?」

 

「公式の記録上では最初にその存在を受け入れ、友好関係の構築に成功したから、かな?今日の艦娘との共生関係は其処を基本としている、と言うのが先方の主張だ、自衛隊というか日本の場合は色々、紆余曲折があったからね、それに非公式ではあるが、一部の艦娘が構築されたという友好関係を頼って助けを求めた、らしい事も公然の秘密として知られている

それ以降、先方からの抗議の頻度が高い、現状では日本が艦娘を独占している事からも、槍玉に上がり易い事情もある」

 

老提督の話し振りからもこの命令が覆ることはないだろう、命令を受けた私自身が拒否しなかったのだから仕方ないが

 

「……今回の決定については、どこまで話して良いんですか?」

 

移動前提でこれからの対処を考えなければならない

 

「済まないが、私には答えられない事案だ、任務と職責、私情や都合、色々あるがどれをどう取り合わせ道を造るか、司令官の判断に委ねる他ない」

 

なんだろう、老提督に若干の疲労が見える、これまで相応の雰囲気が崩れた事は無かったのに

しかしそこを気にしている余裕は無い、これまでの立ち位置を考えればこの程度の状況で根を上げる程底の浅い人ではない筈だ

 

「私の判断?ですか、隠し事は面倒なのでブチ撒けますが?」

 

「そう言えるのは、ある意味で羨ましいよ、司令官はそれをしてもついて来てくれるモノがいるのだろうから、私は、この年寄りには無かったモノだ」

 

「叢雲の処遇については?」

 

変な方向に話が進まない様にこちらの懸念事項の解消方法を探る

 

「どうしたい?連れて行きたいのならその様に段取るが、希望はあるかね」

 

アッサリとした答えだった、あの上部機関の質疑応答からすると信じられないくらいにアッサリだった

 

「正直な所……困ってます、あいつを連れて行く事は、本来の目的を放棄する事になる、でも、連れて行かなければ、あいつはこの国で孤独に孤立しかねない、幾ら何でも同期の司令官に頼む訳にも行きませんし、身の安全を考えれば、連れて行くのが妥当なんでしょうが……」

 

色々考えながら話したからか取り留めのない言葉の羅列になりかけ一旦言葉を切った

現状で私が頼れる人は多くはいない、その多くはいない内の一人が老提督、鎮守府司令官という立場上、上司でもある人がこちらに理解を示してくれているのは良い事のハズ

 

「ところで、叢雲さんの受けた人化処置というのは、艦娘なら誰でも可能なのかな?」

 

突然の問いに疑問符が一杯になった

 

「??可能な筈です、実行は明石や一号の初期艦達の手を借りることになりますが」

 

疑問はあるにせよ隠す事でもない、上部機関や監察官達からもこの話が出てくるのは大本営に提出した報告書が回っているのだから

 

「実は、叢雲さんの受けた処置を聞きつけて受けたいと希望している艦娘がいるんだが、やってはもらえないだろうか?」

 

頭の中の疑問符が増えて行く

 

「?えっと??今の状況で、老提督にそういった希望を伝える艦娘がいるのですか?あっ、いえ、他意はないですよ?疑問に思っただけで」

 

疑問が増えすぎて思わず口走ってしまった

 

「……まあ、無理もない、妖精さんに見限られた年寄りを頼る艦娘はもうあの子らだけだ、私の預かり知らぬ所であの子らは私を司令官として認めてくれた、これまでずっと支えてくれた、支えられている事に気付きもしなかった薄情な年寄りなのに、未だ私を司令官と呼んでくれている、このまま艦娘部隊に残して行く訳には行くまいよ」

 

ここで漸く疑問が解けた、司令長官の職務と並行してそんな事まで目論んでいたとは

 

「二組の初期艦、ですか、本人が希望するのなら問題ないでしょう、但し、この鎮守府に来れない現状では、実施のしようがありませんが」

 

「そうなると……陸路は自衛隊に抑えられているし、海路は、アレだから、司令官が現状を打開してくれない事には話にならない、打開出来そうかね」

 

明日は晴れるかな?くらいの気楽さで聞いて来る老提督に多少の困惑はあるが、問いには答えた方が良いだろう

 

「老提督は元海自の幕僚だったと聞いています、その見識を以って如何にか出来る状況に見えると云われるので?」

 

「無理……だね」

 

理解のある上司というのはありがたい

 

 

 

 

鎮守府-食堂(第二食堂)

鎮守府:司令官

???:戦貴棲姫

大本営所属艦:一組の初期艦二

 

 

TV会議に参加した艦娘等の中で大和だけは未だに会議場(第一食堂)に残されている

他の艦娘等は第二食堂に移動していた

 

「待たせてしまったな、申し訳ない、それでどうする?」

 

老提督と話し込んでいた為顔を出すのが遅れた事情もあり、こう切り出した

 

「なにをだ……」

 

曲がりなりにも参列して話は聞いていた戦貴棲姫、当人も考える事案が多い様で口数も少ない

 

「そちらとの交渉をこのまま続ける訳には行かなくなった、聞いていたから解説は省くが、交渉相手を変更する事をお勧めする」

 

「我等は交渉相手を司令官以外に見つけられなかった、変更は有り得ない」

 

口ではそう言ってはいるが、こちらの言い分には同意しているかの様に言葉が弱い

 

「このまま続けても、なにも妥結出来ない、私は交渉を進められる立場ではなくなってしまった、そちらの交渉相手の要件には地理的条件も含まれているのだろう?遠からず私はその要件から外れる、そちらとしても有意義とは云えないのではないか?」

 

「……司令官が艦娘部隊に妥結条件の履行を求めれば良いのではないか?」

 

どうにかしたいが、打つ手がない、そんな感じで何とか考えながら案を出しくる

 

「無理、私はいち鎮守府の司令官に過ぎない、他の鎮守府司令官は勿論大本営にもそれを履行させる術がない」

 

「何を妥結しても反故にされる、と」

 

「反故に、というか、履行する立場にないんだ、最初から……私がこのままこの鎮守府で司令官であり続けられるのなら私の手の届く範囲での履行は可能だったが、それも出来なくなった、もう私と交渉を続ける意義は、失われているのではないか?」

 

「……それを我に直接言うとは、ここで死にたいのか?我等に介錯を要求しているのか?」

 

言っている内容は物騒だが、それを言ってくる戦貴棲姫から受ける印象に変わりはない

 

「何故そうなる、何をどう考えたらその結論になるんだ?」

 

交渉の継続は無意味、この点は戦貴棲姫も理解している、そもそも交渉相手を殺したら交渉は成立しない

問題なのは、始めた交渉に如何にケリを着けるか、タダでは退かないと再三言っているのだから

論点は交渉から事態を決着させる方法論に移った

 

「我等は今回の交渉で一定の成果を必要としている、もし、仮に、仮にだ、何も、何の成果も無く、何ひとつ我等の成果と見做せるモノが得られなければ、我等は我等の智慧を、捨てる」

 

物騒で厄介な話になった、かなり不味い事態だ

 

「……なるほど、そうして何も考えることなく、なにも迷うこともなく、持って生まれたチカラを振るい続けていく、そこに持ち得た嫌悪も拒否感も、同時に捨てる事になる、ワケか」

 

こういう場合相手の主張を否定しても始まらない、確認の意味も含めて不味い事態を並べてみる

 

「司令官はそれを望むか?」

 

「望みはしないが、避ける道がどこにあるのか、判らんな」

 

どうやら戦貴棲姫は私に妙案を期待しているらしい、残念ながらそんな期待に応えられる様な知恵を私は持ち合わせていない

 

「ひとつ聞きたい、あのモノたちは上部機関のモノ達であろう、この鎮守府に我等が交渉に来ている事を知っている筈だ、同席していたのだから疑う余地は無い、なのに何故あの様な決定を下したのだ、アレは我等の行動を完全に無視している様に見える、我等がこの鎮守府に来た事も、鎮守府を包囲している事も、艦娘部隊上部機関のモノ達には、なんら関心を向ける事象ではないとしか見えん、コレはどういうことなのか?」

 

無い知恵に困っていたら別の話題が出て来たが、話に繋がりが無さすぎる

 

「……えっと、我等の方々、かな、その質問してるのは」

 

「そうだ」

 

私の予測はアッサリと肯定された、なら頭を切り替えて行かないといけない

 

「実際の所は上部機関に聞かないとわからない、私では確度の低い只の可能性の話になってしまうから、応じない方が良いだろう」

 

思う所を素直に話した、この場で取り繕っても出てくるボロが大き過ぎる

 

「いや、答えてもらおう、司令官の話の虚実はこの際問題ではない、我等の集結させた戦力を艦娘部隊上部機関が無視している事実の前には些事でしかない」

 

こういう言い分が出て来る事は我等の方々は上部機関から何らかのアクションがあると期待?していたのかな

 

「……推測の域を出ないが、艦娘部隊上部機関に妖精さんや妖精達を使役出来るナニモノかがチカラを貸していると思われる節がある、言いたくはないが、我等の方々に対してもその影響を期待しているのかも知れない」

 

「……その影響力を当てにして、我等の集結させた戦力を無視している、そう言うのか」

 

「推論でしか無い、完全に事態を読み違えている可能性も有り得る、そちらからはそういうのは分かったりしないか?」

 

私が艦娘の言う意味での提督だと知って交渉に来た我等の方々だ、何らかの方法を持っているハズ

 

「感知していない、少なくとも我等の言う提督の条件を満たしている存在はひとつだけだ」

 

「えっ?ひとつ??司令官候補の中にも提督はいる、ひとつという事はないと思うが?」

 

余りに予想外の事を言い出した我等の方々に予想外過ぎて素で返してしまった

 

「提督の条件を満たしている存在、と言った、満たしていない提督らしき存在ならそれなりに感知している」

 

「あっ、そういう……と言う事は紛れてしまって判別出来ないね、そう都合良くは行かないか、まあ、なんにせよ上部機関がこの鎮守府の置かれている状況を考慮していないのだから自己解決を目指す以外に無い」

 

相手の説明により予想外の事態では無く予測範囲のズレだと分かった

それはそれとして、どう決着を着けるのか?そこの問題は何も動いてはいない

 

「自己解決?それが交渉相手の変更か?随分と的外れな解決策だな」

 

我等の方々に嗤われてしまった

 

「タダの鎮守府司令官に提示出来る解決策なんてそんなモノだ、艦娘部隊の中では下っ端だからな」

 

元々雇われの素人、下っ端扱いには慣れてる

 

「なるほど、組織の幹部ではないとはこういうことか、何とも擬かしいな、一層の事司令官が独自の組織を立ち上げて幹部に収まったらどうか?」

 

何を言い出すのやら、下っ端扱いの後に幹部に収まれと続けるのは、如何なの?

 

「……あいにくと組織の為の人員や予算どころか、そんな面倒に割く時間が無いな」

 

「現状の面倒を解消出来るのだぞ?時間くらい幾らでも割けるだろう、コレに割かなくとも現状の面倒には時間を取られるのだから」

 

我等の方々は割と本気で言っているらしい、時間が無いと言ったら時間は作れると来たよ、どうしようか

 

「……その二つは同時進行しないと、両方コケるぞ?」

 

「鎮守府なぞ艦娘等に投げておけば良いだろう、司令官は組織の立ち上げに専念すれば良い」

 

「それをするには何よりもまず先に、この鎮守府の包囲を解かないとならないワケだが?」

 

「この鎮守府の包囲を解くには交渉の妥結が必要だ、我等は何等の成果も無く退くことは無い」

 

結局そこに戻るのか、我等の方々主張は実行不能、それをこちらに対案として出してこられてもどうしようもない

事態決着に向けた話は早速行き詰まった

 

 

この話の続きは一組の初期艦二人が引き継いでくれた、くれたというか話に割り込んで来た

どうやらあのまま私と戦貴棲姫や我等の方々で話をさせておくと包囲網からの攻勢に発展しかねないと見て取った様だ

私の見た限りでは、戦貴棲姫には迷いが、我等の方々では様々な意見が噴出して纏められない様子があった

こうなってくると多少の誘導など意味が無い、明確な成果を求める相手に手ぶらで帰れと言うしかない私に取り得る手段などないのだから

 

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

大本営所属艦:漣(一号)

 

 

「天龍達からの連絡?」

 

執務室で雑務を片付けていたら一号の漣が来て思いがけない事を言い出した

 

「天龍は大本営所属艦を率いて潜伏中、もし、この鎮守府で受け入れ可能なら合流したいって、どうします?」

 

「どうしますって、最終的には合流する事にはなる、但し今直ぐというのは無理だ、潜伏中なら陸路は使えないんだろ?」

 

雑務を片付けながら応じていたから耳は漣に目は書類に向けていた

 

「そうですね、そうなります、ではもうしばらく潜伏を続ける様に話しておきます、それと、伝言です『佐伯司令官の立場を補強するつもりが真逆の結果になってしまった、追い詰める様な事態を招き申し訳ない』だ、そうです」

 

「補強??とは?」

 

単純に話が分からない

 

「コッチに来てる天龍が資材不足からくる計画遅延の責任を取らされる可能性を指摘した様ですね、それで責任が佐伯司令官に集中しない様にサボタージュを実行したと言っています、大本営が佐伯司令官に泣き付いた所でサボタージュを止めれば、艦娘に対しての影響力を証明する事になります、長良達がそうである様に天龍達が率いている艦娘達も誰を支持しているかを大本営の人でも理解するでしょう」

 

漣の説明に唖然としてしまった、結果として私の手は止まり視界内に書類では無く漣が映る

ナニソレ、全く聞いてないし身に覚えなんてある訳……あれ?

 

「……あの雲隠れって、そういう意図があったの?」

 

「どこまでの比率かは置くとしてもそういう意図を含む行動ではあった、とは言えるでしょうね」

 

やっぱりだ、漣の様子がおかしい、手を動かしながら話を聞きいていただけでは気付かなかった

唖然としてしまい思わず手を止めて漣に目を向けた事で気が付けた

 

「漣?私に何か思う所でも?」

 

「……佐伯司令官の所為では無いので、言っても八つ当たりになってしまいますから」

 

「老提督、か?」

 

「……だから、佐伯司令官の所為ではないんですよ、じーちゃんには二組が付いていくそうだし、漣の中ではケリの着いた話です、気にしないで良いですよ」

 

「着いて行きたいのなら……」

 

言い掛けたら漣が言葉を被せて来た

 

「出来たらケリなんか着けてませんよ、漣は一号の、最初の初期艦です、叢雲の様な、佐伯司令官の初期艦の様な自由度は持っていない」

 

初期艦というか駆逐艦は表情豊かな個体が多い、それも個性的な表情持ちが多い、これまでに見て来た漣という艦娘自体表情で話すくらいには多くの顔を見せてくれる

その漣がこの時ばかりは無表情を通り越して作り物の顔を見せていた

 

「それは、他の一号の初期艦もか?」

 

心中は察するがそこはどうにもしてやれない、漣もそれが分かっているから「佐伯司令官の所為ではない」と言ってくれている

 

「そうです、初期艦として、艦娘として、叢雲が得る事の出来た自由度は、私達には無い」

 

それはつまり、一号の初期艦達は未だ自身の司令官を得ていない事を意味していた

 

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

大本営所属艦:電(一組)

 

 

一号の漣と入れ替わる様に一組の電が執務室に来た

 

「司令官はどうしたいのですか?」

 

いきなりの問い掛けだ、老提督の件もある、事は慎重に運んだ方が良いだろう

 

「……状況を動かせるカードはこちらには無い、向こうの出方を見るしか無い」

 

「電は司令官がどうしたいのかを聞いているのです、実現の可能性は聞いていません、司令官の希望はなんですか?」

 

いつに無く強い言葉、一号の電はアレなワケで、電という駆逐艦は皆こうなのかな

 

「それを聞いてどうする?今は夢を見る事も贅沢な状況だ、現状を打開して鎮守府運営の平常化と多数の艦娘の受け入れ、それらへの指揮系統を確保し移転の準備を始めなければならない、国外への移転だ、各方面と色々詰めの話も多くなるし、こちらでどこまで手間暇かける事になるのかすら見当もついていないんだ、ゆっくりと夢を見ていられる時間はいつになったら出来ることやら」

 

「そんなモノ私達に命じて下さい、司令官が私達に一声命じれば万事滞りなく遂行します、夢を見る時間は幾らでも確保出来るでしょう」

 

その言葉に迷いは感じられない、寧ろ状況を主導しない事に苛立っている様にも聞こえる

一言くれれば初期艦が主導権を取って来る、そう言ってる印象を持ちそうなくらいには電の姿勢は強かった

 

「……なにか、誤解がないか?私はお前達、艦娘達を頼らなければ今でさえこの鎮守府運営にも手が回らない、これから先はもっと艦娘達に頼る事になるし、艦娘達がそれに応じてくれなければ私は困るんだが」

 

「司令官は提督なのに、艦娘を率いる存在なのに、人の組織の流儀に従うのですか?司令官がその気になれば自立組織として艦娘を使役出来るのに、電には人の組織の都合を司令官が履行する理由がわかりません」

 

電がようやく姿勢を弱めてくれた、いつもの一組の電に近づいた事で話易くなった

 

「えっと?つまり電は私に艦娘を率いて自立組織を立ち上げろと?それは向こうの、戦貴棲姫達の言い分ではなかったかな?」

 

「同様の結論である事は分かっています、でも現状での最善策だと判断しているのです」

 

「それは私を買い被りすぎた、この場合私というより提督を、という事になるのかな、艦娘が人との共生を選択している以上艦娘を率いるモノは人の組織との接点を保持する事になる、それには自立組織としてよりも現状の様に人の組織の流儀の中で下部組織としての位置にいた方が面倒が減らせるんだ、なにしろ私にはあんな上流階級にコネもないし、艦娘達を食わせていけるだけの財力もない、自由度を確保する為の自立組織なら、私がどうこうよりも艦娘達でそれを立ち上げた方が遥かにマシだろう」

 

「戦貴棲姫達の様に、ですか」

 

即応で問い直し?して来た電、姿勢が普段のモノに近づいたとはいえ、いつもの様に安心感を持つには遠かった

 

「あいつらと同様にかは判断材料の持ち合わせがないが、まあ、アレも自立組織と見做せなくはないのか、まだ組織というよりは群の域に近いけどな」

 

「もし、戦貴棲姫達が組織化したら、どうなりますか?」

 

「こちらにはなんの選択権も無くなるだろうな」

 

電にも分かっている結論だろうが、敢えて口にした

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:大淀

 

 

上部機関との話や諸々の事案は各方面に伝わった様で鎮守府内の空気がよろしくない

ただでさえ包囲されている状況での不安が増幅されてしまっている

ここまで不安を増す方向へ話が進むとは予測していなかった

 

我等の方々も指摘していたが、上部機関が鎮守府の置かれた状況を完全に無視して艦娘部隊としての都合を推し進めるだけとは、流石に考えていなかった

 

上部機関は鎮守府の大増設計画の推進に重大な関心を向ける一方で、この鎮守府の現状には全くと言っていいほどに関心を持たなかった

彼等がこの鎮守府に関心を向けたのは人化処置を受けた叢雲くらいだ

その結果として現状は自力解決する他なくなった、勿論、そんな都合の良い解決策などどこにも無い

 

こんな状況でも何故か溜まる書類、それらを処理していたら声がかけられた

 

「司令官、龍驤から報告がありました」

 

大淀がいつも通りの報告を持ってきたのかと耳を傾けた

 

「南鳥島に着陸した偵察機からの通報によると、深海棲艦の飛翔体の大群が南東方向から接近しているとのことです」

 

「まて、その報告の前に、色々説明が必要なのでは無いか?」

 

大淀の報告には不明というよりあり得ない前提があった

 

「こちらに説明出来るだけの情報はありません、報告を受けそのままお伝えしています」

 

淡々と報告して来る大淀、元事務艦振りは健在だった

 

「……軽空母達にもその話を伝えてくれ、私は憲兵に話を聞いてくる」

 

「長門や初期艦にも伝えておきます」

 

直ぐに憲兵隊詰所行き、そこにいた憲兵に色々聞き込んだものの全く知らないと言い切られた

知らないで済ます訳には行かない状況ではあるのだが、各方面に問い合わせる様に要請するくらいしかやりようもなかった

 

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:長門/叢雲(初期艦)

大本営所属艦:高雄/愛宕/妙高

 

 

執務室に戻ると長門と初期艦、高雄に愛宕に妙高が待ち構えていた

 

「まだ遠過ぎて打てる手もないが何もせずにいるという訳にもいくまい、提督の考えを聞こうか」

 

早速長門からの質問だ

 

「遠過ぎて打てる手も無いのに、どうしろと?それでなくともあの包囲網の所為で鎮守府から出ることさえままならんのに」

 

「戦貴棲姫達は交渉どころでは無い様子だけど、事情を説明して」

 

今度は初期艦ですか、概要は大雑把に伝わっている筈なのにこんな質問が来るって事は一組の初期艦達はあの会議の内容を周囲に伝えていないのかな

 

「上部機関の命令に拠って私が戦貴棲姫達の交渉相手としての要件を満たさなくなった、これ以上の交渉は無意味になったというだけだ」

 

「そういう事なら包囲網は解かれる、のですか?」

 

疑問視しながらも期待する様子が見える高雄

 

「いや、手ぶらで帰る気は無いそうだ、土産を何にするかで意見が割れている感じかな」

 

残念そうな様子を見せる高雄と違ってずっと難しい顔をしたままの愛宕から一言出て来た

 

「土産、ですか」

 

「掛けた手間暇に見合う土産を求められてもな、私にそんな持ち合わせは無いんだ、どうしたものか」

 

「すると、あの包囲網からの全面攻勢が始まる、のですか?」

 

難しい顔のままの愛宕が眉間にシワを寄せてしまった

 

「可能性はあるし、その確率は高い、しかも回避手段は無い、正直な所潮時では無いかと考えている」

 

「潮時?」

 

初期艦が聞き返して来た

 

「所属艦娘全員で鎮守府を放棄、陸路で安全圏まで退避するなら、今しかない、と思う」

 

「逃げ出すのですか?敵前逃亡は許される行為ではありませんが……」

 

妙高がなんか言い出した、みなまで言わせず言葉を被せる

 

「それは命令に反しての場合だろう、指揮権者が逃げろと言っているのに逃げない方が規則に反しているのではないか?」

 

「そんなことをしたら司令官の立場が悪くなるんじゃない?」

 

この初期艦の言い分にあの会議での話が聞き耳立てていた駆逐艦達の又聞き程度にしか伝わっていない事が確定、一組の初期艦達は何故か話していない様だ

変に重い話にならない様に、変な方向に進んでいかない様に注意しつつ会議で伝えられた命令を話さなくてはいけない

 

「あれ?聞いてない?私は多くの艦娘を引き連れて国外に出る事が決まった、ここで無理に踏み止まる理由は乏しいんだよ、これから国外移転の話も詰めなきゃならんし、それには多くの艦娘の協力が必要だ、ここに留まって鎮守府所属艦娘を減らしたくない」

 

こちらの話に驚いた顔を一瞬だけ見せた長門、それでも直ぐに思考を切り替えてこちらの話に対応して来た

 

「……確かに戦えばこれだけの数の差だ、磨り潰されるだろうな」

 

「移籍組には五十鈴を通して自衛隊に移動の助力を求めるように伝えてもらいたい、司令部の七名は何方に同行するかを決めてほしい、所属自体は大本営なので私の一存では決められない」

 

取り敢えず長門には異論は無いと判断、当面必要な対処を司令部に指示した

 

「それで、良いのですか?提督が深海棲艦との交渉も闘いも放棄してしまって、本当に良いんですか?」

 

妙高には異論がある様で質問?疑問?の連なる返事が来た

 

「ここで闘ったらどうなる?鎮守府所属艦娘がいなくなるだけではないか?この鎮守府で艦娘を率いなければならないのなら、それも考えたかもしれない、しかし私は国外に出る事が決まった、多くの艦娘達と共にだ、まさかここで数を減らした方が後の苦労が減らせるなんて事を私が考えているとでも?」

 

取り敢えずこの場面で所属艦を減らす事は鎮守府運営には不利益、この不利益を回避するには所属艦と移籍組全てが今後の鎮守府運営に全く関与しない状況が実現される必要がある

 

「そうではありません、そういう事ではないんです、艦娘にとって闘う事は存在意義に等しいんです、それを回避する様な司令官では今後の指揮に深刻な影響が予測されます、指揮権に深刻な影響が出ればどうなるか、大本営を見ればお判りいただけるかと存じます」

 

ああ、そういう、戦えと命じられたのか、闘いたかったのか、どちらにしろソレを継続したのは艦娘だという事か

 

「死にたがりは勝手に死ねば良い、但し私の指揮下にいる艦娘を巻き添えにするな」

 

「……」

 

妙高は勤めて冷静な表情を保ってはいたが、本心は隠しようが無いらしい

 

「妙高、闘うばかりが艦娘の在り方ではない、闘う事しか知らなかった私達はあの戦いで、どうでしたか?あれを再現させたいのですか?」

 

そんな様子の妙高に高雄から声がかけられた

 

「……高雄、それでも……」

 

妙高は高雄の言葉にも納得しかねる様子を見せる

 

長引きそうな話を一切無視した初期艦が話を進めにかかった

 

「それで?潮時だとして、ここから陸路でどうやって移動するの?」

 

「当てはある、あるが、その前にお前達の意見を纏めたい、ここに踏み止まるのか、ここでの消耗を避けるのか、何方が良い?」

 

念の為の意思確認、反論やら異論が出て来るのなら相応の対処が必要になる

 

 

 

 

外洋-資材採掘地

鎮守府所属艦:龍驤/長良/名取

鎮守府所属艦:他の護衛隊

桜智鎮守府所属艦:時雨/海風/山風/江風

桜智鎮守府所属艦:熊野/鈴谷/春雨

 

 

「なんやねんな、合流しとる駆逐艦達に付いて桜智司令官の所に行けやと、どういうこっちゃ?」

 

艦載機から何か通信が来たらしい様子の龍驤に長良が応じる

 

「鳳翔から?」

 

「そうや、艦戦経由でそう言ってきよった」

 

「行くのは構わないけど、そっちの鎮守府に行った白露達は?」

 

話を聞いていた時雨から確認の意味合いだろう質問がきた

 

「なんやら暇やとウルサイから老提督に貸し出したと言っとる、お陰でアチコチ走り回ってるらしいで」

 

これを聞いた時雨は呆れつつため息混じりの感想を漏らす

 

「……ヒマって、そんな事で騒げば、用を言い付けられるよ、白露は何をやっているんだ」

 

「ああ、騒いだ中に白露はおらんようやで、後、利根もおらんかった様やな」

 

龍驤から若干の訂正が入る

 

「という事は、村雨と夕立と五月雨と涼風の四人だけかい?走り回ってるのは」

 

そういう時雨からは呆れの顔は消えていた

 

「その様や、それと可能なら天龍達とも合流して欲しいらしいで」

 

続けて出て来た話に驚いた様子の長良から質問が来る

 

「天龍?鎮守府からどうやって出てこれたの?」

 

「あー、ウチの天龍やなくて大本営の天龍やと」

 

大本営の天龍と聞いて納得顔の長良

 

「何処にいるの?」

 

「知らんで、やから可能ならちゅうとるんやないか?」

 

長良の問い掛けにアッサリと応じる龍驤

 

 

 

 

鎮守府-旅客船(司令長官室_臨時)

鎮守府:司令官

大本営:司令長官(老提督)

???:老兵

 

 

所属艦娘達から異論は出てこなかった、鎮守府放棄の手始めに老提督、直属の上司でもある司令長官に話を通しに来ていた

こちらの話を聞いて老提督から感想が述べられた

 

「鎮守府を放棄するのか、思い切ったね」

 

「戦力差が一対百を超えてるんですよ?多少の知恵があれば逃げますよ、退路は確保されているんですから」

 

「それで契約条項の履行を求めるのか、全くサインさせた時にはあんなに渋ったのは何だったんだ?」

 

老兵から嫌味とも皮肉とも付かない、もしかしたら呆れた様な感想も出て来た

 

「この程度の履行を渋る様ならこの先頼る事は出来ないでしょう、試金石には丁度良いと思い直しましましたよ」

 

そう言ったら感心した様な呆気にとられた様な何とも言い難い顔になった

そんなやり取りを見つつ老提督が口を開く

 

「……だ、そうだ、この程度と云われれば確かにこの程度だ、インフラの充実した日本で高々六十人くらいの移動の助けにもならないのでは、太平洋の真ん中では話にならないね」

 

「全く、ウチの司令官連中からも古巣に話を通させよう、自衛隊や日本政府の方は軍司令部から直接話させる、それで陸自が司令官の行動を阻止する事はなくなるだろう」

 

老提督の言い分に気を取り直したのか仕方ない感丸出しになった老兵だが、こちらの要望には応えてくれる様だ

 

「……軍司令部?」

 

聞き流しそうになったが引っかかる単語があったから聞いてみる

 

「在日米軍司令部だ、万が一にも軍の手に余る様なら大使館にも動員をかける」

 

「……大使館?」

 

えっと?この老兵は何と言っているんだ?理解が追いつかないんだが

 

「アメリカ大使館だ、ウチの司令官連中が日本滞在中に世話になったし艦娘についても十分なレクチャーを受けている、現役の鎮守府司令官が頼って来たとなれば支援してくれるだろう」

 

「……」

 

マジですか、事はそんな大袈裟な話になるんですか、一般人には馴染みが無さすぎる

私の動揺など御構い無しに老提督からも追い打ちが掛かった

 

「場合によってはイギリスやフランスの大使館からも支援が受けられるだろう、この鎮守府からの移動に関しては心配要らない、それで、何処へ移動するんだい?」

 

 

 

 

鎮守府-食堂(第二食堂)

鎮守府:司令官

???:戦貴棲姫

 

 

「おい、鎮守府司令官、我等との交渉に意味が無いからとこの鎮守府を放棄するそうだな」

 

いきなり不機嫌全開の口調で出迎えられてしまった

 

「私は国外に異動が決まった身だぞ?その準備にかからねばなるまい、なんの疑問があるんだ?」

 

聞いていたから知っているだろう状況を再度説明した

 

「ほう?すると今動いているのは異動の為の準備であって、我等との交渉の放棄では無いと、そういう事か?」

 

「交渉は進められなくなったと、話したハズだが?」

 

状況確認に手間が掛かる、しかし掛けなければならない手間でもある

 

「我等の要求は初期艦だ、今この鎮守府いる初期艦の中から五名を引き渡せばそれで足りる」

 

「私の記憶が確かなら、それは私にも利益になるという話として持ちかけられたんだが、それは何処に行った?」

 

そう言ったら戦貴棲姫の表情から不機嫌さが消えた、代わりに困った様な表情を見せる

 

「鎮守府司令官には利益となるモノがないでは無いか、ないモノはどうにもならないではないか、その様な無理難題で我等を弄ぶのか」

 

「人聞きの悪い言い様だな、利益になると提示して来たのはそちらだろう、なればその利益を示さなくてはならないのではないか?」

 

「……利益となるモノがない、という想定はしていなかった、それは我等には予想の範囲を超え過ぎた、今直ぐにそれを提示しろというのなら、出来ないとしか言えん」

 

漸く状況確認に合意が見られた、後は結論を共有出来れば良いのだが

 

「つまり、この交渉自体が既に成り立っていないのだ、私としては大人しくお引き取りして頂きたい」

 

「それは出来ない、それをすれば我等は全力でこの鎮守府を攻撃する事になる、この鎮守府だけではない、人との全面対決になる事も避けられないだろう、それは鎮守府司令官とて望むまい、智慧を貸して欲しい」

 

意外な事を言い出した、てっきりゴリ押しして来ると思っていたのに

これはこちらも対応を変えなくてはいけない

 

「……戦貴棲姫は人と戦いたくない、そう言うのか」

 

「人と戦う事に何の意味も無い、我等は生まれながらに持っているチカラを生まれながらに知っている様に振るっているだけだ、造られた時のまま、何も変わらないまま、ただ続けているだけだ、正に千年一日、そんな事をする為に造られたのか、我等は……」

 

同じ事の繰り返し、それを永遠とも思える時間の中で何の変化もなくただひたすらに続ける

そこに何の意味も見出せない作業の繰り返し、ある意味拷問にも似た環境にいる、しかも質の悪い事にソレを行なっているのは自分自身、自らを自身で拷問に掛けている様な状況、そういう認識を持ってしまったのか、戦貴棲姫達は

 

「なるほど、賽の河原で石を積む様な感じか、確かに、意味を見出せるかは、難しいな」

 

「私はどうすればいいのだ……」

 

こう言った戦貴棲姫はこれまでに見た事の無い弱い存在に見えた

 

「学べばいいんじゃないかな」

 

「……学ぶ?」

 

未だ戦貴棲姫は弱いままに見えた、実態とはかけ離れた見え方、今回の交渉は我等の方々に取ってそこまで深刻な問題らしい

 

「戦貴棲姫はこの交渉に当たって色々学習したと言ってなかったか、それを続けてみてはどうか」

 

「続けて、どうなる、交渉は纏まらず、どう評価しても失敗としか判断出来ない、それを決定付けたのが艦娘部隊上部機関の指揮権の行使だとしても、結果は、動かしようが無い」

 

「結果が想定通りにならなかった、予測の範囲内に収まらなかった、だから失敗、そんなカンタンな判断基準の方をどうにかしてみるというのは?」

 

「……何を言い出す、失敗は失敗だ、失敗を理屈で厚化粧して成功だと思い込めとでも言うのか」

 

「継続は力、って言い様もある、この先戦いを続けるのか、学習を続けるのか、二者択一にする事もない、もっと選択の幅を広げてみてはどうだろうか」

 

「選択の幅……私の選択の幅が狭い?」

 

「選択の幅の広さは視野の広さとか視点の高さ、他にも主観の多様さとかにも左右される、いろんなモノをいろんなところから観察してみるのも有りだと思う、戦貴棲姫には千年一日という程の持ち時間があるのだから」

 

「……我等は、鎮守府司令官との交渉に拘り過ぎたのか?その為に視野を狭くして選択の幅を自ら狭めた、鎮守府司令官は大本営や日本政府との交渉を勧めて来たが我等はコレを拒否した、この判断こそが視野が狭くなっている証左、そういう事、なのか?」

 

「そう思うのならそうなんだろう、少なくとも私がどうこう言うことでは無い」

 

「……我等を弄んでいるのか」

 

おお、戦貴棲姫が相応に見え始めた、あの弱ったままでは困りモノだが、これなら向こうに投げられる

 

「なぜそうなる、それに智慧を借りたいのなら私よりも遥かに適任のモノがいる、なんなら紹介しようか?」

 

 

 

 

鎮守府-食堂(第一食堂)

鎮守府:司令官/叢雲(旧名)

???:戦貴棲姫

日本政府:各所関係者(多数)

大本営:司令長官/職員

鎮守府所属艦:筑摩/大和

桜智鎮守府所属艦:利根/白露

 

 

第一食堂に入るとTV会議を終えた列席者達が会議内容の検討やら対処を纏める為の会議を始めていた

上部機関からの無茶振りやら今後の艦娘部隊の運営方針やら大本営と政府関係者等で協議すべき内容には事欠かない

 

取り敢えずは改めて戦貴棲姫を紹介、この場に連れてきた理由を説明した

 

「……今この鎮守府の扱いについて意見交換をしている最中なのだが」

 

政府関係者からは困惑と戸惑いがハッキリ見て取れるが、戦貴棲姫に対して拒否反応らしい態度は見られない

事態が予想を超え過ぎて感情が追いつかないのかも知れない

 

「なら、丁度良い、政府関係者と大本営が智恵を絞っている所と云う訳ですから、その知恵をお貸し願いたい」

 

ここは間を置かずにいサッサとこちらの目的を果たす方向へ誘導する

 

「……その、そちらに、か?」

 

思考が追いつかない様で言葉には応答して来るが、表情は変わらない

 

「大本営だけでなく政府側も交渉を希望していると聞きました、何か不都合が?」

 

「不都合というか……」

 

ここは下手に理屈を捏ねさせると面倒になりそうなので、畳み掛けた

 

「大和が同席していますし、他にも希望者がいるのなら同席させます」

 

「ならばあの初期艦等を同席させよ、我等と話していた時間が長い」

 

希望を言って来たのは政府関係者ではなく戦貴棲姫だった

 

「一組の二人?確認するが、他意は無いな?」

 

戦貴棲姫の目的は初期艦の入手、同席させて力尽くに出られるのも困る

 

「……心配なら保険を掛けよ、我等は人ではないのだからな」

 

こちらの懸念を察したのか提案があった

 

「戦貴棲姫相手に効く保険なんてあるわけ……」

 

「話はわかった!吾輩の出番じゃな!!」

 

こちらが言い終える前に高らかに宣言する輩が場に乗り込んで来た

 

「えっと?」

 

状況が不明過ぎて言葉が続かない

 

「吾輩等が保険となろう、良かろう?」

 

宣言した艦娘は尚も言葉を足してくる

 

「司令官、言い出したら聞かない性分なので、許可していただけませんか」

 

その艦娘と並んでいる別の艦娘からの台詞で漸く状況が見えて来た

 

「筑摩、保険の意味を承知しているのか?重巡ではかなり厳しい条件になるが」

 

「何かあったら直ぐに知らせますよ、これでも私と利根は艦隊旗艦に指定されています、相応な対応が出来ると、桜智司令官から太鼓判貰ってるんですよ?任せてください」

 

並んでいる別の艦娘からも宣言を履行すると主張があった、こうなれば艦娘を説得するよりなり行きに任せて列席者達に畳み掛けからの押し込み材料にさせてもらおう

 

「そういう事になった、大本営と政府関係者の方々に異論が無ければ、こちらの艦娘と戦貴棲姫をこの意見交換に加えて頂きたい」

 

「老提督……」

 

そう言った政府関係者達は老提督に何を求めたのかは定かでは無い、事態の収拾なのか、状況の説明だったのか

 

「断る理由はないだろう、交渉を望んでいるのは確かなのだ、戦貴棲姫さんがその席に着いてくれるというのなら、ある程度の条件は受け入れても良いと考える、勿論、そちらに異論があるというのなら、大本営だけでその席に着こう」

 

政府関係者達の視線を集めた老提督は戦貴棲姫に知恵を貸して欲しいという無茶振りを同じテーブルに着くのなら受け入れる考えを示した

 

「そんな訳に行かないでしょう、わかりました、兎に角、皆で同じテーブルに着きましょう」

 

政府関係者達は老提督というか大本営だけをそのテーブルに着かせる訳には行かない事情もある様で、兎も角三者が同じテーブルに着く運びになった

 

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官/叢雲(旧名)

大本営所属艦:高雄

 

 

動き回る途中で見つかって仕方なく一緒に行動していた叢雲(旧名)

ここまでは大人しく事態を見守っていたが執務室に戻るなり口を開いた

 

「アレ、大丈夫なの?」

 

開口一番出て来たのは先程の件、戦貴棲姫をあの会議に参加させた件だ

 

「大丈夫なんじゃない、知らんけど」

 

「ちょっと、何かあったらどうするつもりなの?アイツがその気になったら政府関係者と大本営の人がまとめて物理的に無くなるわよ」

 

懸念が拭えないらしく重ねてソレを口にする

 

「そうはならんだろうよ、その為に大和を同席させてるし、保険で三人も付けたし」

 

「……効くと良いわね、その保険」

 

そういう叢雲(旧名)の顔は投げやりというか呆れていた

そんなやり取りをしていたら執務室の扉が開いた、顔を出したのは高雄だ

こちらの指示の進捗具合を報告に来たのだろう

 

「司令官、鎮守府所属艦娘に事情説明を終えました、これより移動の準備にかかります」

 

「わかった、老兵の言い分では移動に必要な車両の手配は済んでいるそうだ、今各方面との調整に入ったと連絡があった、思っていたよりも早く移動出来るかもしれない」

 

「連絡って、まさかあんたの私用携帯?そんなのでやりとりしてるの?」

 

驚いた様子の叢雲(旧名)

 

「この際自衛隊には聞かせた方が有効じゃないかな」

 

自衛隊がまともに仕事をしていれば民間仕様の携帯電話の通話くらい聞き耳立てているだろうしな

 

 



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89 溜まっていく雑務

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官/叢雲(旧名)

大本営所属艦:高雄

 

 

取り敢えずの急用を終えて溜まっていく雑務を片付けていた

大淀の手は借りられなかったが叢雲(旧名)の手は借りられた、これである程度は片付くだろうと少しだけ気持ちは楽になった所だった

 

雑務を片付けていたら突然に何の前触れもなく乱暴に執務室の扉が開け放たれた

 

「提督!祥鳳が深海棲艦の飛翔体を発見、迎撃の艦載機を出しました」

 

開け放たれた扉をそのままに高雄が言いながら執務机に向かってきた

 

「……数は?」

 

言いたい事は色々あるが問題にしても始まらない、対処が必要な事案について簡潔に聞く

 

「少数、偵察行動ではないかと思われます」

 

少数の偵察機?あの数を揃える戦貴棲姫達が攻勢に出るにしては地味過ぎる

とはいえ何もしない訳にも行かない

 

「見逃してはくれんか、明石に摩耶の修復をさせろ、高速修復材を使え」

 

「え?摩耶、ですか?今は遠征隊への資材の割り振りと積み込みを実行中ですが……」

 

資材管理を振ったのだからそれは想定内、今は摩耶だけでなく天龍も鎮守府内にいる

 

「それは天龍に振って良い、摩耶は修復が終了次第軽空母達と合流させろ」

 

「了解しました」

 

こちらの指示を聞き高雄が執務室を後にした

 

 

 

 

外洋-桜智鎮守府への途上

鎮守府所属艦:護衛隊_旗艦長良以下集合中

桜智鎮守府所属艦:鈴谷/熊野/時雨/春雨/海風/山風/江風

 

 

突然呆気にとられた様な顔を見せた鈴谷が無感情に呟く

 

「……撃墜された」

 

「近づき過ぎたんか?」

 

状況を察した龍驤が聞き直している

 

「違う、対空砲火じゃない、上から襲われた」

 

鈴谷は搭載機で停船状態の深海棲艦の艦隊を監視していた

勿論付かず離れずの距離は保っていた、目的は監視であって攻撃ではないのだから

 

「……彼方さんもようやっと出して来よったか」

 

鈴谷の言動から深海棲艦の飛翔体の出現を確信、事態が厄介な方向へ舵を切り出したと考える龍驤

 

「鈴谷、撃墜された場所は?」

 

熊野から確認の意味だろう質問が入る

 

「あの停船した深海棲艦たちを監視してた機体だよ、座標的にもそこで合ってる」

 

「……監視に気が付いて動かなかった?もしくは監視を引きつける為に動かなかった、のでしょうか」

 

護衛隊の艦娘から疑問調の推論が聞こえて来た

 

「どっちにしろ、これから動くっちゅう事やろ、どないする?」

 

艦隊行動中では勝手に動けない、龍驤は旗艦の判断を仰いだ

 

「どないって言われても、桜智司令官の所に行けって指示されてるし……」

 

しかし旗艦の判断は煮え切らなかった、そんな長良に龍驤が何を言う前に名取から意見が出た

 

「長良、賭けに勝ちに行くんでしょ?その為に必要なのは、桜智司令官の所に行く事なの?」

 

「賭け?」

 

賭けと聞いても何の話かわからなかった時雨が聞き直している

 

「そう、命令されるまま、指示されてるまま、従うままでは賭けに使われるチップでしかない、私達はあの戦いで闘い続けてしまった、ただのチップだった、もう、あんな闘いはしない」

 

「あの、戦い?」

 

名取の言い分に質問を重ねてくる時雨

 

「あー、時雨等はこのまま桜智司令官の所に帰りぃ、そう指示されとるんやから何も問題あらへんやろ」

 

話がややこしくなると考えた龍驤が時雨達に行動を促している

 

「……それでも良いんだけどね、あの戦いって、なにさ」

 

しかし時雨は大人しく帰ろうとはせず、質問の答えを求めてきた

 

「知らんでええことや」

 

話を打ち切ろうとしている龍驤だが、そう上手くは行かないだろうとも思っていた

 

「……もしかして、南方で行われたっていう、大規模海戦の事かい?参加艦娘が二百を超える大規模な海戦だったと聞いてるよ」

 

コレを言おうか言うまいか少しだけ迷った様子の時雨だったが言葉に出した

 

「ちょっとまて、あの海戦の参加艦娘は大本営で拘留されてるんじゃなかったか?帰還後に規定違反が発覚したとかで」

 

時雨の言い分を聞いた江風が話を補足してきた

 

「……そんな話になってるの、大本営に行かなくて正解だったね」

 

衣笠から呆れ切った感想が述べられた

 

「体面保つのに必死過ぎて話にならんからな、あそこの士官等は」

 

事態収拾を諦めた龍驤からも感想が出てくる

これを聞いていた桜智鎮守府所属艦は一様に驚きの表情を見せていた

 

「……じゃあ、本当にあの海戦の参加艦娘、なの?」

 

そんな中で海風から質問調ながら感心した様な感想が述べられた

 

「名取、龍驤、お喋りが過ぎる、余計な事を言わなくて良いんだよ」

 

ややこしい事態の発生に旗艦が文句を言ってくる

だがしかし、そんな文句を聞いてくれる護衛隊編成艦はいなかった

 

「それで?旗艦はどうやって賭けに勝ちに行くのか、聞かせてもらいたいんだけど?」

 

衣笠から今後の方針について質問が来た

 

「とても興味深いお話ですね」

 

鳥海も衣笠に同調

 

「雪風?そんなに眼の色を変えないで……」

 

そんな中で心配そうな声の羽黒

当の雪風は羽黒の心配が不満な様子

 

「なぜに雪風だけ?!天津風だって同じですよ!!」

 

「勝ちに行くんでしょ、サッサと勝ちを確定させましょう」

 

口調こそ冷静に聞こえるが、賭けに勝ちに行くと聞いて天津風まで雪風同様に眼の色が変わっている

 

「……また働くのか?お仕事終わったハズニャ……」

 

他人の所とはいえ鎮守府に向かう予定が何故かお仕事継続にすり替わった事を嘆く多摩の呟きは誰にも聞こえなかった

 

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官/叢雲(旧名)

~個人携帯~

桜智鎮守府:桜智司令官

 

 

書類の山を相手にしていた所携帯に着信、桜智からだっだ

 

「おい、なんてややこしい話に巻き込んでくれたんだ」

 

応答するなり挨拶も無しで文句が出て来た

 

「ほう?そう言ってくるって事はウチの艦娘達がそっちに着いたのか」

 

「来たよ、雪風と天津風がいるじゃねーか、お前ん所には陽炎型は居なかった筈だろう、いつの間に着任したんだよ」

 

なんか言い分に違和感、何故に陽炎型に言及してるんだ?

 

「……その二人がいると、なんかあるのか?」

 

聞きたい事は色々あったが、取り敢えずはこれを聞いた

 

「佐和の所の陽炎と不知火がうちの工廠でその二人と鉢合わせたもんだから手を貸すって言い出して困ってんだよ、陽炎型は姉妹艦が絡むと見境がなくなるって佐和のヤツから泣きも入ったし、ウチの初期艦の吹雪は来たばかりだ、まだ五月雨ほどには鎮守府を仕切れない、鎮守府運営では白露達に頼る部分が多いんだ、白露達が居れば抑えられたかもしれねーけど、今そっちにに行って居ないから難儀してるぞ」

 

随分と濃い事情だ、こちらとしては必要な部分のみ濾し取って残りを押し付ける……関われない事情には自己対処を促す方向で話を進めよう

 

「佐和の所は合同作戦を続けてるのか、それで工廠で鉢合わせたと、でも白露型の半分は戻っただろ?」

 

「白露と村雨が居ねーんだよ、時雨は戻って来たが陽炎に同調して止めるどころか大型艦の協力を取り付けようと秘書艦の立場を悪用してやがる、そんな訳だから指揮権を返せ、直接抑えなきゃならん」

 

あー、自己対処しようにも指揮権を手放してるからやりようがないのか、これは困った

 

「えっとだな、今は半分しか返せないが、それで良いか?」

 

「良いわけないだろう!全部返せ!!」

 

おう、桜智が声を荒げてくるとは向こうの事情はあまり良くないらしい

が、ソレはそれ、こちらにも都合がある

 

「悪いが、こっちに来てる六名はこっちの事情で動いて貰ってる、直ぐに指揮権を返せる状況にない」

 

桜智相手に隠し事も誤魔化しもする必要が無いので都合をそのまま伝える

電話越しでも桜智が息を整えているのが聞こえて来た、声を荒げたままでは話は進まない

 

「……危ない事させてるんじゃないだろうな」

 

桜智は艦娘達の行動を内容を聞いてきた

 

「物理的な危険は大和が引き受けるだろう、大丈夫じゃないかな」

 

「おい、戦艦が物理的な危険を引き受けなきゃならん危ない事をさせてんのか?」

 

幾らか桜智の声が低くなった気もするが、話を進めよう

 

「やらせろとねじ込まんたんだ、やれと言ったわけじゃない」

 

「利根か、そっちに筑摩がいたな、まったくしょうがないヤツだ……それでおまえはどうするんだ?」

 

どうやら状況を理解してくれた様だ、話が通じる相手というのは良いな

後は桜智の質問に軽く答えておこう

 

「皆んなで職場放棄」

 

 

 

 

桜智鎮守府-港

鎮守府所属艦:護衛隊_旗艦長良以下集合中

桜智鎮守府所属艦:扶桑

 

 

護衛隊内での話しとして現状での装備、兵装が今後の行動に適していないとの結論に達し、時雨や熊野とも話した結果、それらの適正化を目的に司令官の指示通り桜智鎮守府に向かい全員で上陸した

時雨や熊野等は上陸後直ぐに護衛隊への協力行動に移っていた

 

港で待たされる形になった龍驤は直ちに情報収集を開始、同時に状況把握に努める

 

「鎮守府の方でも何やら動いとるようやな」

 

「動くから私達に桜智司令官の所へ行けって言って来たんでしょ?」

 

長良に不思議そうに聞き返されてしまった

 

「鳳翔は飛行隊をこっちに渡すのを渋っとたけど、急に物分りが良くなりよった、おそらくやけど、兵装開発の許可が出たんと違うか、今いる飛行隊をこっちに渡して自分は開発して飛行隊を揃える事にしたんちゃうやろか」

 

「つまり、鎮守府で資材の使用許可が、出たと、兵装開発にまで資材を使ってるとなるともう資材を使い切る事を見据えてるって事、だよね」

 

長良に状況を説明したら名取から応答が返ってきた

 

「問題は、なにを目的にして資材を使い切ろうとしとるかやろ、あの司令官が玉砕紛いな事しよるとも思われへんし、資材が無うなったら鎮守府所属艦娘等は身動き出来んくなる、ウチらを遠くに向かわせたからにはあの包囲網に手出しするとも思われん、どうすんねやろ」

 

あの司令官はどう動くつもりなのか、そこが分からないと護衛隊としても動くに動けない

あの包囲網に護衛隊だけで挑んでも数の上で話にならないのだから

 

今後の行動に幅を持つ意味でも護衛や偵察に最適化した今の装備は換装したいが、それをするには鎮守府の工廠でなければ無理が生じるし、何より換装する為の装備や兵装は鎮守府にしかない

この桜智鎮守府に来たのも秘書艦指名を受けている時雨の協力が取り付けられたからだっだ

 

龍驤が考え込んでいる所に声がかけられた

 

「よろしいかしら?」

 

声の主を見て応じる龍驤

 

「この鎮守府の戦艦種か、何の用や」

 

「少しお話しを、よろしくて?」

 

柔和な笑みを浮かべた戦艦種の艦娘は巨大な艤装を展開していた

 

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官

大本営所属艦:高雄

 

 

各方面に散っていた司令部要員の内の高雄が報告の為に執務室に戻っていた

 

「提督、五十鈴から移籍組の移動は困難と言ってきました、自衛隊は大本営からの依頼を拒否した様です」

 

報告の内容に疑問しかない司令官はそれを口にした

 

「老提督がここで自衛隊の上の方と話を着けたのに、か?」

 

「命令伝達経路の何処かで拒否され、履行不能の状態だそうです」

 

自衛隊内のゴタゴタにこちらから手出しするには憲兵隊を経由する事になるしそれには長い時間と多大な手間が必要になる、直ぐに対処出来る事案では無い

取り敢えずそこは後回しにして鎮守府内の状況把握に努める事にする

 

「ウチの艦娘の方は?」

 

「準備は順調に進行中、移動用車両が鎮守府に着くまでには終了出来る見込みです」

 

どうやら問題は起こっていないらしい

 

「長門、龍田、初春、それと阿武隈に点呼を徹底する様に伝えてくれ、置いて行ったらそれっきりになりかねない状況だ」

 

「了解しました、それと、何処に行くのかについて質問が寄せられています、何と返答すれば良いですか」

 

「移動先は大本営だ、あそこなら使える工廠がある」

 

 

 

 

鎮守府-工廠

鎮守府所属艦:祥鳳/隼鷹/摩耶

 

 

少数で進入して来た飛翔体は発艦した艦載機で追い払ったものの後続と思われる飛翔体の群れを見つけていた

艦載機からこちらに向かってくる飛翔体の観測情報が入る

 

「不味い、結構な数が来てる」

 

向かってくる飛翔体の多さに過去の経験が重なる祥鳳の顔は厳しい

 

「ああ、コッチでも見えた、飛翔体の数からすると、三つか四つくらいはいるな」

 

隼鷹の口調こそ冷静に聞こえるが過去の経験は無くならない

 

あの戦いで遭遇した母艦能力を持つ正規空母級の深海棲艦、鎮守府所属艦の話では未だ遭遇していないそうだが、今回はあれだけの数を揃える大部隊、あの正規空母級の深海棲艦がいないと考えるのは楽観では済まないだろう

その搭載機数の多さは艦娘の正規空母以上だと分かっている手合いだ、単艦でも軽空母では数で負ける

 

「……こちらは二人……」

 

こんな状況で弱音を吐くことも出来ず言葉を濁す祥鳳

 

「鳳翔さんが夕張と工廠に籠もっちまったからな、逃げるのなら今の内だな」

 

努めて軽くした口調で答えてくる隼鷹

 

「司令官の指示は工廠の防衛です」

 

「あれ?飛行隊を収容して艤装も収納して待機、じゃなかったか?」

 

軽くした口調をそのままに隼鷹に問われた祥鳳は言葉に詰まった

 

隼鷹が口にした司令官からの指示は修復時の懸案の為に取られた一時的な対応

元々の指示は工廠の防衛、一時的な対応の結論は聞いていないが、明石から修復自体の問題は見つからないとも聞いている

この状況で待機などしていられない、ただでさえ鳳翔は当初の指示に従い防衛戦を実行している

自身も既に艦載機を放っている祥鳳としては同様に艦載機を発艦させている隼鷹の言い様からそこに含まれているであろう意図を読み取っていた

 

「……そうしたければ、すれば良いじゃないですか、止めませんよ」

 

「そうもいかんでしょ、こっちは無断で修復に割り込んだ身だからねぇ、ここで戦わないと寝覚めが悪くなるし、何よりここで逃げ出したら酒の味まで解らなくなっちまうよ」

 

軽空母二人の意見の一致が図られた所で第三者からの声がかけられた

 

「随分余裕じゃないか、こんな時に酒の品評会でもやろうってのか?」

 

「……摩耶?」

 

声の主は資材管理室の主になるはずの摩耶だっだ、先程まで駆逐艦達の資材搬出に手を貸していたが愛宕が来て入渠場に連れていかれていたのを思い出した

 

「司令官からの指示だ、軽空母と合流しろってな、で?的はどれくらい飛んでるんだ?」

 

 

 

 

鎮守府-港

鎮守府所属艦:加古/神通

 

 

深海棲艦から発せられた飛翔体の接近、その迎撃任務を帯びた三隻の巡洋艦を送り出した

残された巡洋艦達も出来るのなら海上での迎撃に加わりたかった

その希望は司令官により却下、移動後の行動に備え保有資材の温存を言い渡されてしまった

 

「無茶振るのはいつもの事とはいえ、対水上艦戦用の兵装で対空戦闘ってのは、如何なのよ?」

 

いつにも増して愚痴っぽく語る加古、資材の温存を言い渡されているからといってただ状況を眺めていられる程の神経は持ち合わせていない様子

 

「兵装開発を今から行っても人数分確保出来ませんし、無い物ねだりしている時間もありません、ヤるしかないです」

 

攻略部隊に配置された影響か、事が戦闘となれば腹を括る神通

あまりの括り様に加古としては愚痴が止まらない

 

「せめて長門と筑摩が加わっててくれればな……」

 

「長門は移動の仕切り、筑摩は上の方との話し合いの保険になっています、時間もありません、第一陣の朝潮達を無事に出発させなければ、ここで詰みます」

 

アッサリと腹を括った様に見える神通ではあるが状況が見えていない訳ではない

神通には行動が司令官の指示であり、明確な理由があり、両者に整合性があるのなら指示内容を具体化し、問題や矛盾への対処が自身に課せられた任務という解釈らしい

 

「……朝潮達と天龍を先行させて向こうの工廠を掌握するんだっけ?それが出来ないと移動しても継戦出来ないしな、理屈は分かるんだけどな」

 

苦労する性格の神通に思う所が無いでもないが、放って置くわけにも行かない加古としては愚痴から相槌的な受け答えに切り替えた

 

「わかっているのなら、ヤるしかないでしょう」

 

 

 

 

鎮守府-食堂(第一食堂)

鎮守府所属艦:大和/筑摩

桜智所属艦:利根/白露

???:戦貴棲姫

大本営所属艦:一組の初期艦二

大本営:老提督/職員複数

政府関係者:多数(防衛省、外務省、内閣府)

 

 

「砲撃音が随分と、多くなったな」

 

「ここは最前線だ、いつもの様には行かんよ」

 

「最前線で、こんな話し合いをする事になるとは想定していませんでした」

 

「そういった場に居合わせているだけだ、後方で踏ん反り返っているばかりが幹部の仕事ではなかろうよ」

 

「出張って来た先で戦線が構築されたからと言って真っ先に後方退避しようものなら、現場の連中に鼻で嗤われる、まだ、直接攻撃を受けたわけでは無いんだ、退避するには早いだろう」

 

飛翔体の接近と艦娘達による迎撃戦の発生はここにも伝えられている

そんな状況でも列席者達は話し合いを続けている、最前線にいるにも関わらず誰を見ても危機感を募らせた様子は見受けられない

度胸というか肝が座っていると解釈するか、中央特有の鈍感から来る危機感の欠如なのか、何方と解釈するかで見方が変わる

 

「つまらん事を聞く様で、アレなんだが、聞いてもいいか?」

 

そんな中で列席者の一人が戦貴棲姫に声をかけた

 

「……我等に言っているのか?」

 

列席者達の話を聞いている様子は見せていた戦貴棲姫だが発せられた口調からは心底面倒に感じていると認識させるのに十分だった

 

そんな先方の感じなどお構い無しに続ける列席者、少なくとも話し合いに来ている相手なのだから多少の受け答えには応じると判断しているのだろう

 

「そう、ここで話し合いの最中なのに何故攻勢に出ている?何か結論が出る様な話があったか?」

 

単刀直入にも程がある質問だっだ、これを聞いた他の列席者達が真顔になるくらいにはストレート過ぎる質問だ

 

「鎮守府司令官が異動命令を受けた事が理由だ、異動命令が実行される前にこちらの交渉を成立させようと焦ったモノがいる、それに引っ張っられて少なくとも足止めして交渉の時間を稼ごうと考えたモノもいる様だ」

 

真顔になった列席者達など気にも留めず質問に答える戦貴棲姫

 

「……つまり、そちらは統率された動きが出来ていない、我等の方々が各個に連携を欠いたまま動いている、そういう理解で良いのかな」

 

アッサリと回答が来るとは予測していなかったのか、質問者は驚きの表情を浮かべ元の表情に戻すだけの間を開けてからの返答になった

 

「確かに連携を欠いてはいる、だからといって過少な評価にはその身を以て対価を支払う事になる、我等のチカラを侮るな」

 

若干睨まれる感じになった質問者は言葉が継げず沈黙してしまった

そんな様子を見ていた他の列席者が後を継ぐ様に話を続けた

 

「……そう聞こえたのならこちらの言い様が悪いのだろうな、聞いたところによればあなた方はあの海戦であの数の艦娘と直接戦った勢力だと聞いている、あれだけの戦力を壊滅させた実力を過少に評価すれば如何なるか、我が身で試そうとは思わんよ」

 

これを聞いた戦貴棲姫は列席者達の誰もが判る程度には尊大な態度に出た

 

「賢明な判断だ、我だけでもこの鎮守府を相手取るだけのチカラがある、疑うのなら力押ししてみる事だ、その身で思い知る事になるだろう」

 

「鎮守府司令官は何故に武装解除しなかった、艤装や兵装が無ければやりようもあっただろうに……」

 

列席者の誰かが独り言の様に呟いた、それを耳聡く聞きつけた戦貴棲姫は態度をそのままに言葉も続けた

 

「そんな事を考えていたのか、交渉相手に鎮守府司令官を選んだのは誤りではなかったか」

 

「如何いう意味だ?」

 

鎮守府司令官を交渉相手に選んだとは聞いているが、そこにどんな思惑があるのかまでは知りようもない列席者は単純に誤りではない理由を聞いたつもりだった

 

「我は人では無い、その程度でやりようがあるなどと考えない事だ、その身が幾つ有っても足りないからな」

 

返ってきたのはあまり愉快ではない状況確認と先方の圧倒的な戦力誇示、この方向で話が進んでも良いことはない

 

これらの遣り取りを見ていた老提督が話の軌道修正にかかる

 

「戦貴棲姫さんの言う通りだ、ここは話し合いの場だ、力を振るう算段は無しにしよう、宜しいな」

 

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官/叢雲(旧名)

大本営所属艦:高雄/愛宕

 

 

鎮守府を放棄する方向で行動計画を立案したものの全てが予定調和の内に収まるものではない

 

「軽空母達の補給が想定以上だな、摩耶への補給もそうだが」

 

補給艦隊からの報告と工廠に陣取る軽空母達からの報告、それらに記載された消費資材量に思わず渋い顔になる司令官

 

「数が違いすぎるからね、手数の差を練度と補給で補ってる状態、補給が尽きたらそこまでって事になるわ」

 

報告書類に目を通しながら必要な出費であることを強調して来る叢雲(旧名)

 

「皐月達に積ませた資材を降ろさせるか……」

 

このままの消費が続けば放棄する前に資材を使い切る事態も想定される、更に取り得る手段も限られている

 

「それをここで使ったら向こうでの補給が無くなる」

 

叢雲(旧名)から現行の資材分配を崩す危険性を指摘してきた

 

「そうなんだが、ここを持たせないと向こうに行く事も出来なくなる」

 

司令官としては困った事態の発生に如何に対応するか、例え持ち合わせが無くとも智恵を絞らなければならない

 

「……提督、余剰資材を使われては如何ですか?」

 

そんな中で遠慮がちに高雄から提案が為された

 

「余剰、資材?何処にあるんだ?そんなモノ」

 

鎮守府の備蓄資材は全て分配済み、そんな資材があるのなら是非とも欲しい場面だ

 

「移籍組が宿泊している船に資材が積み込まれています、使用制限も無く司令官の裁量で使えると聞いていますが」

 

「……アレか」

 

高雄の指摘で思い出した、確かにそこに資材はある、あるのだが手を付けられない事情もあった

 

「そういえばそんな話もあったわね、でもこれまで使わなかったんだから、何か理由があるんでしょう?」

 

こんな状況でも手を出さない事からワケあり資材と推定した叢雲(旧名)からその事情を聞かれた

別段隠す話でもないので素直に応じてみる

 

「移籍組の修復、運用の為の資材なんだ、アレは、こっちで継戦用に消費したら移籍組が如何動くか、読めなくてね」

 

「あー、ただでさえ修復を中断したから荒れてるんだっけ?その上に修復用の資材を使い込んだら、まあ、更に荒れそうね」

 

質問した叢雲(旧名)も手を出さない事情に納得の様子をせる、この状況で移籍組の癇癪にまで手間を取られるのはどう考えても得策では無い

 

「移籍組から見たら自分達の修復の担保だからな、それを取り上げられて大人しくしているかどうか、賭けとしては成立しないだろう」

 

二人の遣り取りに不満気な表情を見せる高雄と愛宕

眉間に皺を寄せた愛宕には異論があるらしくそれを言い出した

 

「幾ら何でもこの状況でそこに拘る艦娘はいません、黙って見ていようと資材を使われようとここから移動出来なければ結果は同じです、ご心配なら、私達が直接資材を搬出しますが?」

 

「それにはまだ早い、鳳翔の開発結果を見てからにしようか」

 

現状で移籍組の癇癪を誘発しかねない行動は出来るだけ避けたい

 

 

 

 

鎮守府-工廠

鎮守府所属艦:祥鳳/隼鷹/鳳翔/夕張

 

 

「分かってた事だけど、厳しいねぇ」

 

どう贔屓目に見ても押されつつある制空権争い、軽空母二隻では元から苦戦どころか無理がある事は承知の上とはいえ目前の戦況に思う所は出て来る

 

「補給はまだあります、泣き言言ってる時間で発艦させて、押されてる」

 

承知の上での行動である為か、祥鳳からは同意では無く叱咤が返ってきた

 

「ヘイヘイ、摩耶が張り切ってるが、的が多過ぎるしなっと」

 

そんな祥鳳にも思う所が無いわけでは無い隼鷹ではあるが、それを口にするのはやめておいた

そこに第三の声が掛かった

 

「状況を教えてください」

 

声の方を見れば夕張を伴った鳳翔がいた

鳳翔は自身の艦載機を龍驤に譲渡、新たな艦載機を開発すべく工廠に篭っていた

 

「鳳翔さん?開発結果は?」

 

隼鷹としては軽空母が一隻増えた程度で覆せる戦況ではないと判断していた

そうであっても現状よりは幾らかでもマシな状況へ転換出来ると、制空権争いをしている時間だけは延ばせると期待していた

 

「艦載機は開発出来ました、ですが、運用する為の資材が不足しています、三人でこの艦載機を同時運用は厳しいでしょう」

 

鳳翔の返答は隼鷹の期待値を大きく下方修正させた、開発した艦載機を制空権争いに大量投入出来ないのなら現状はさして変えられないのだから

 

「……なら、鳳翔さんが使ってくれよ、練度ならあたしらより上だし、こっちは摩耶と連携した防空体制が出来始めてる」

 

「今機種転換すると、摩耶さんに影響がある、そういう事ですか」

 

「こっちは搭載全機種を動員して摩耶の対空砲火の中に飛翔体を追い込んで落としてもらってる、艦戦だけじゃ数が足らなくてね、その連携を崩したくない」

 

隼鷹にしろ祥鳳にしろ数の不利は戦端を開く前から承知の上、そこをどう補うか?

二人の出した回答はハリネズミの様な対空火器を兵装としている摩耶の火力を活用する事

戦況は自身の搭載機の火力だけでは時間稼ぎすら危うい、司令官の指示は工廠の防衛だ、目的を達成するには個別の撃墜スコアなどに拘っていられない

 

「祥鳳さんの意見は?」

 

ここまで黙々と艦載機の収容と補給、再発艦を繰り返していた祥鳳に声を掛ける鳳翔

 

「ゴチャゴヤ言ってないで早くして!制空権確保が司令官からの指示です!!」

 

何時に無く余裕の無い、苛立った様に返答して来る祥鳳

 

「……わかりました、押し戻しましょう」

 

その苛立った声に鳳翔は祥鳳の眼に何が視えているのかを察した

 

 

 

 

鎮守府-正面海域

鎮守府所属艦:初春/白雪/初雪/初霜(補給艦隊)

鎮守府所属艦:摩耶/阿武隈/木曾(防空艦隊)

 

 

「補給じゃ、必要なのは誰ぞ?」

 

海上からの対空戦闘を実施中の巡洋艦達に駆逐艦から成る補給艦隊が接触している

 

「こっちは良い、摩耶に補給してくれ」

 

初春から声をかけられた木曾は防空艦隊の中で最も弾薬を消費している摩耶への補給を求めた

 

「摩耶さん、補給です」

 

尤も摩耶には既に別の駆逐艦が補給に行っていた、それを見て木曾も補給を受ける

 

「……ワリィが、手が空かない、勝手にやってくれ」

 

駆逐艦に声をかけられた摩耶はそちらに一瞬視線を向けただけで対空戦闘を継続、何しろ軽空母二隻が自分の方に飛翔体を追い込んできている

いくらハリネズミの様な兵装とはいえモノには限度がある

だからと言って軽空母二隻に頼られている戦況を前に『出来ません』とは如何あっても言いたく無い摩耶としては手持ちの弾薬を最大効率で消費し続ける戦いを強いられていた

 

「わかりました」

 

補給艦隊の駆逐艦は摩耶に簡潔に答えた

 

補給を受けつつも摩耶には疑問が大量に湧く

この補給を持ってくる駆逐艦達は何でこうも簡単にこちらに接触出来る?

包囲網の内側とはいえ摩耶自身飛翔体を追いつつ回避行動も行っている、後ろに付いて来るだけでも困難な筈だ

なのに、ここの駆逐艦は簡単に接触して来るし補給までしていくし飛翔体の下を潜ってくるのに無傷ときた、いったい如何なってやがるんだ

それに両翼に配置された二隻の軽巡、建造艦の筈なのに自分の左右の定位置を保持し続けている、見た所練度は然程高くない、なのに自分の動きに付いてくる

始めのうちは修復直後で自身の動きが戻っていないからだと考えていたが、そうではない事が分かってきていた

 

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官/叢雲(旧名)

大本営所属艦:高雄/愛宕

 

 

「鳳翔から連絡がありました、開発は成功、これより鎮守府周辺空域を掃討する、そうです」

 

高雄からの報告だ

 

「掃討?迎撃じゃないのか?」

 

聞き間違いかと思い聞き直してしまった

 

「……掃討する気なのでしょう、鳳翔は」

 

摩耶に修復命令が出された際その実行に立ち会った愛宕は工廠内で鳳翔が夕張に対し艦載機開発の相談を持ちかけているのが聞こえていた

 

「今工廠から出たのが、開発した艦載機?」

 

窓側に行った叢雲(旧名)が急上昇して行く飛行機、鳳翔が発艦させたと思われる艦載機を目で追う

 

「だと思う、艦載機の事はわからんから聞くなよ」

 

 

 

 

鎮守府-工廠

鎮守府所属艦:祥鳳/隼鷹/鳳翔

 

 

鳳翔が発艦させた艦載機は見事としか言い様の無い働きを見せた

 

「すっげー……」

 

その働きに隼鷹は言葉を無くす

 

「……流石は鳳翔さん、ですね」

 

鳳翔艦載機の働きを見た祥鳳は漸く苛立ちが治った、あの戦いの再現を目の当たりにしなくて済んだのだから

 

「いえ、私の練度ではなく開発した戦闘機の仕様です、旋回半径以外では全て格上の仕様ですから、単葉機で複葉機を相手にするような感じになっています」

 

二人の感想をやんわりと訂正する鳳翔

 

「あー、大陸での初陣か、アレの再現になってると」

 

鳳翔の訂正に思い当たる隼鷹、それなら今回の制空権争いの結果への貢献度合いは鳳翔の練度より開発した艦載機のスペックの方が高いだろう

 

「ただ、こちらが開発出来たという事は、何れは向こうでも機種転換が行われるでしょう、その時に備える必要があります」

 

一人感心仕切りの隼鷹に鳳翔は話を続けた

 

「開発が遅れたら、ああなるのは、こっちだって、言うのかい?」

 

目前の戦況を思い返しながら問う隼鷹

 

「その通りです」

 

それをアッサリ肯定する鳳翔

 

「……そいつは、勘弁してもらいたいねぇ」

 

あまりのアッサリな言い様に異論を言い出しそうになったが、それを飲み込んで無難な返しに留めた

 

 

 

 

鎮守府-正面海域

鎮守府所属艦:摩耶/阿武隈/木曾(防空艦隊)

 

 

「なんだ、急にいなくなったぞ?」

 

唐突に的が居なくなり状況を計れず困惑仕切りの摩耶

 

「鎮守府に問い合わせました、鳳翔が開発に成功、その機体が飛来中の飛翔体を掃討した様です」

 

その困惑に阿武隈が応じた

 

「……じゃ、帰って一休み出来るな」

 

摩耶としては色々聞きたい事はあったが、正直な所修復直後の過大な負荷に疲労を覚えていた

だから摩耶としては素直な感想を口にした

 

「そうはいかない、自衛隊からの連絡では第二波が接近中、鳳翔の飛行隊だって無限に戦闘行動出来るわけじゃない、この隙に母艦に帰って補給しなきゃいけない、その時間を摩耶に稼いでもらいたい」

 

しかし状況はそれを許してはくれない、木曾から休んでいる余裕は無いとばかりに警戒態勢継続を求められた

 

「……それは、司令官からの指示か?」

 

言いながらもそうでは無いだろうと思いつつも確認を取る

 

「いや、オレの状況判断だ、異論があるのなら司令部でも司令官にでも意見してくれ」

 

摩耶の読み通り先程の要求は木曾の独断、つまり対応次第で拒否出来る要求だ

 

「自衛隊からの連絡といったな、今この鎮守府所属艦にそんな連絡を寄越す自衛隊なんていたか?」

 

例え拒否出来る要求であっても言い分に聴く価値があるのなら、無闇に拒否するのは自分の首を絞めかねない

何しろ事は鎮守府の存続に直結する事態への対応だ、修復を終え正式に所属したばかりの摩耶とはいえ所属艦として所属鎮守府が無くなるのを黙って見ているなど出来る性格では無かった

今の摩耶に必要なのは正確な状況を把握する事、命令だけで行動し、正確な情報も無いままで判断を誤るとどう成るか?

愛宕は二度と直面したくないと言っていた、摩耶としても当事者に成りたくはない

 

「鎮守府派遣隊だ、一度撤収したが艦娘部隊上部機関との交信の確保の為に再駐留している」

 

摩耶の問いに応じる木曾

 

「つまり、地上設備での索敵、監視結果、そう考えて良いのか?」

 

自衛隊の保有する索敵、観測装置類が艦娘の保有するそれらよりも精度が高い事は摩耶も知っている

その自衛隊からの第二波接近の報告、但しその報告が本当に索敵、観測結果に依る報告なのか?

摩耶には疑いの目を向けるだけの私的な根拠があったが、そんな根拠は軽巡の二隻は知りようも無い

 

「詳しくは知らないがあの鎮守府派遣隊は移動司令部なんだそうだ、司令官が憲兵から受けた説明に因ると首都防空司令部に並ぶ規模で情報集約と解析が出来るらしい」

 

「……よくわからん」

 

なにやら木曾が説明してくれたが、摩耶にはサッパリだった

 

「心配するな、オレもわからん、ただ、態々連絡して来たって事は確度の高い情報として聞いて良い」

 

「へぇ、おまえは信用してるのか?自衛隊を」

 

摩耶には木曾の言い分が余りにも意外だった、意外過ぎて思わず聞いてしまった

 

「自衛隊全部がどうかは知らんが、ここに駐留してる憲兵は当てにして良い、その憲兵が引き込んで来たのがあの鎮守府派遣隊だ、耳を貸すくらいなら、良いんじゃないか」

 

「それに自衛隊の皆さんには以前の作戦実行の時にすごく良くしてもらった、私は当てにして良いと思う」

 

木曾と阿武隈、新たに所属した鎮守府での初出撃に鎮守府側が僚艦として配した二隻の軽巡

その二隻が揃って自衛隊からの報告を当てにして良いとの判断を示して来た

 

「……それって、単に扱き使われただけじゃないのか?」

 

作戦時と聞いて思い付いた疑問をそのまま聞いてみる

 

「扱き使ったのは司令官、その負担を幾らかでも持ってくれたのが自衛隊の皆さん、色々規定があって全面支援とまでは行かなかったけど、すごく助けられた」

 

扱き使われたのは否定しないのか、とか、あの司令官は艦娘を扱き使う奴なのか、とか色々思い付いたがそれらよりももっと気がかりな部分を口にする摩耶

 

「ふーん、おまえらは良いんだな、自衛隊の印象……あたしとは真逆だな」

 

「それって、どういう……」

 

不思議そうな表情を見せる木曾

 

「おっと、お喋りはここまでだ、第二波とやらが来やがった」

 

どうやらこのまま次の戦闘に突入する事になりそうだ

 

 

 

 



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90 近づいて来る飛翔体

 

 

 

鎮守府-正面海域

鎮守府所属艦:摩耶/阿武隈/木曾(防空艦隊)

 

近づいて来る飛翔体、それらは包囲網を構成している深海棲艦の上空に到達しつつあった

包囲網が厚いとはいえ飛翔体の飛行速度を考えればこちらの射程に到達するのに然程の時間は掛からない

 

その数の多さに艦隊の誰もが同様の結論に達していた

つまり、防ぎ切れない

だからと言って素通ししてやる謂れもない、可能な限り落とす

軽空母達も搭載機を全力出撃させて来るだろう、それと呼応して落とせるだけ落とす

絶対数で劣る以上他の選択など無かった

 

摩耶は両翼の軽巡達に視線を向ける、何方の軽巡も必要以上の緊張はしていない様だ

両翼の軽巡の兵装は対空戦闘向かない対水上艦用の主砲だ、今は魚雷発射管は装備していない

一応は対空戦闘を意識しているのだろうが、それならそれで主砲ではなく機銃ではいけなかったのか疑問ではあるが、それをここで言っても始まらない

 

もう直ぐあの数相手に対空戦闘が始まる、程良い緊張を纏い戦場となる空を見る

そこに見えた光景は予想外の状況だった

 

「なんだ?同士討ちしてんぞ?」

 

見えた光景に理解が追いつかなかったのか、棒読みの感想を述べる摩耶

 

「対空砲火が上がってます、よね?」

 

疑問調というより確認する様な感じの阿武隈

 

「結構な数が落ちてるな、どういう事だ?」

 

阿武隈の確認に応じつつも見ている状況に説明が付けられない木曾

 

第二波を待ち構えていた摩耶達の目に理解に苦しむ光景が映っていた

 

 

鎮守府-食堂(第一食堂)

鎮守府所属艦:大和/筑摩

大本営所属艦:一組の初期艦ニ

???:戦貴棲姫

大本営:老提督/職員複数

政府関係者:多数(防衛省、外務省、内閣府)

桜智鎮守府所属艦:利根/白露

 

 

戦貴棲姫を交えた三者会議は特に混乱も無く行われていた、少なくとも表面的には

 

そこに外から入って来た自衛官が防衛省の人員の集まる一角に行き、何事かを伝えていた

 

「こちらが報告書です」

 

短く要件を伝える自衛官の手には書類があった、報告書と思われるが表紙に赤いインクで何かの判子が押印されている

その書類を手渡そうとした所、先方から思わぬ言葉が出て来た

 

「読み上げてくれ」

 

書類を渡そうとしていた自衛官が戸惑った様子を見せる、ここは防衛省施設でもなければ周囲に自衛官しかいない訳でもない

 

「機密指定がなされています、読み上げるのは……」

 

「構わん、問題になる様なら私が許可したと言えばいい」

 

会議場内でそこそこの音量で発せられた声に誰とも無く注目が集まった

 

「は、では読み上げます、鎮守府司令官からの問い合わせを元に自衛隊各方面に問い合わせたところ南東方向より深海棲艦の飛翔体の接近を確認、総数は算出不能、大編隊というより雲海と呼ぶべき規模だそうです」

 

「……」

 

「又、鎮守府派遣隊の観測により鎮守府へ接近中の飛翔体を確認していましたが、その多くが鎮守府を包囲している深海棲艦の対空砲火により撃墜されている状況が確認されています」

 

この報告で会議場内の注目は戦貴棲姫に移った、勿論当人にそんな事で動じる様な素振りはない

 

「言った筈だ、近づけば攻撃すると、焦るあまりに行動仕様まで忘れたモノがいる様だ」

 

相変わらず面倒そうな様子を見せてはいるが、注目された意味は把握したらしい

この戦貴棲姫の言い分から会議列席者達は事態を推定出来た

 

「言われてみれば鎮守府司令官が広域無線でそんな事を言ってましたな」

 

総数一万を越えようかという数の深海棲艦からの対空砲火、その内のどれだけが有効な対空戦闘が可能なのかはわからないが、生半可な数ではないだろう

その数が飛翔体の接近を阻んでいるのなら、突破は容易ではない

 

「……つまり、ただの自爆だと?」

 

先の列席者と違い疑わし気に聞く別の列席者

 

「我等になにを期待したのかは問わんが、己に都合良く事態が進むとは考えるな、我等に貴様等の都合などどうでもいい」

 

「それより雲海と呼ぶべき規模の飛翔体とは、何なのだ?」

 

更に別の列席者からの質問が来る

 

「この鎮守府を包囲するに当たり飛翔体を保有する個体を間引いている、その間引いた個体は我等が纏めて外洋に連れ出した、個体は我等に従っているが、保有する飛翔体までは従えられなかった、可能性がある」

 

「……つまり?」

 

先を促す列席者

 

「あれ等の飛翔体は元々いた海域に戻ろうとしているのだろう、そこに受け入れる個体はいないというのに」

 

「戻ろうと、している?雲海と呼ぶべき規模の飛翔体が?」

 

「戻る先はこの弓なりの島の海岸線全域に及ぶ、放っておけば勝手に海に帰るだろう」

 

「それは確かなのか?海に落ちて、陸には来ないのだな?」

 

「あの飛翔体とて永遠に飛び続けられる訳ではない、どこから飛んだにしろ、問い合わせなければ観測されない様な距離なら、陸までは届かない」

 

この発言を受けた防衛省の人員から報告書を持って来た自衛官に質問が入った

 

「観測距離は?通常の監視体制で観測可能な範囲なのか?」

 

「通常の観測体制で観測可能な距離ですが、観測点が最南端です、得られている資料を元にすれば航続距離としては本土まで届かない筈です」

 

防衛省の人員等は周囲の様子を窺う様な間隔を空けてから続きを始めた

 

「出動準備に入らせた方が良いだろう、万一の事態もあってはならない」

 

「そうは言うが、今の空自の制空能力で算出不能な数の飛翔体を相手にさせるのは、どうなんだ?」

 

「では、来ない事を祈れとでも?」

 

「防空体制を強化させよう、陸自の稼働率が一番確実なのだから」

 

周辺海域での殲滅戦の影響が最も少ない陸自ではあるが、対空戦装備は多くなく全域の防衛は望めない

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官/叢雲(旧名)

大本営所属艦:高雄/愛宕

 

 

状況報告を受け、指示を出す司令官

 

「軽空母達には引き続き防衛戦を継続させろ、摩耶、木曾、阿武隈にも警戒態勢を維持する様に伝えてくれ」

 

「第三波、来ると思う?」

 

叢雲(旧名)から聞いて来た

 

「まだ、二波を退けていない、それに、本番は始まってもいない」

 

それに答えていたら司令部の仕事をしていた高雄から報告が入った

 

「天龍隊鎮守府を出ました、憲兵二名が同行しています」

 

「わかった、それにしてもあちらさんから憲兵の同行を求めて来るとはな、意外と米軍内では艦娘についてあまり知られていないのかな」

 

現地入りした米軍との折衝は司令部と憲兵隊に任せ司令官は会っていない

 

「艤装も兵装も持ったままでの陸上移動、艦娘の持つ砲火力を少しでも知っているのなら、米軍でも保険は掛けたくなるでしょう」

 

「地位協定で殆んど治外法権状態の米軍だから保険としては警察より自衛隊、なのかな」

 

 

 

 

鎮守府-工廠

大本営所属艦:一号の初期艦四

 

 

第一食堂(大本営、日本政府、戦貴棲姫の三者会合)での話に聞き耳を立てている初期艦達

参列しているわけでは無いから場内の空気が読み切れない部分も多く、判断しかねた漣が他の三人の意見を求めた

 

「どう思う?」

 

「なんとも……ただ誤魔化している様な感じは無いですね」

 

一番に応じた五月雨ではあるが、読み切れない点は漣同様の様子

 

「だからと言って鵜呑みにして良いかっていうと、そうもいかないって感じかな」

 

次いで応じた吹雪も似た様な感想だ

 

「あの包囲網を形成している深海棲艦は見境がない事がわかりました、如何にかして利用出来ないものですかね」

 

そんな中で電は絶対数に劣る戦力について意見を出して来た

 

「……軽空母達に深海棲艦の対空砲火を利用させる?どうだろう?確かに今も摩耶の対空砲火に追い込む様な事はしてるけど、アレは単艦で射線が分かっているから出来る事だ、あの大群からの対空砲火を同じ様に利用するのは、難しいんじゃないかな」

 

電の意見に考えを巡らせたものの実用性は低いと見た漣

 

「一定の距離を割り込めば見境なく攻撃されるんだし、飛行機は空で止まれない、追い込もうとすればどうやっても対空砲火に飛び込む事になる」

 

吹雪も漣と同様の見解だ

 

「主砲で高空を飛んで来る飛翔体の高度を下げられませんか?下げる事が出来れば、あの対空砲火に追い込めると思うのですが」

 

二人の否定的な見解にも関わらず電は自説の実効性を探している

 

「あー、理屈は分かる、けどそれをやるには手数がいる、この鎮守府では無理じゃないかな」

 

「戦艦の主砲なら出来ると思うのですが」

 

「……理屈の上ではね、それでも数が足らない、戦艦の主砲では発射間隔が開きすぎる、その時間で距離を詰められてしまうから理屈通りには行かない、長篠の三段構えが出来るくらいには数がいないと理屈倒れだね」

 

「その三段構えで包囲網の上を越えてくる飛翔体を相手にするには何組も三段構えを構築しないといけなくなりますし」

 

粘る電に漣だけでなく五月雨も実行上の問題を指摘、電の説は無理筋な見解を示した

 

「普通に対空戦闘に入る方が現実的だよね」

 

吹雪からもダメ出しが入った

 

「対空用の兵装も無いのに、ですか?」

 

電も無理筋な事は分かっていた、しかしそんな無理を承知で何らかの手を打たなければならない状況にこの鎮守府は陥っていた

 

「それを今言ってもね、有るモノでなんとかしないと」

 

司令官が鎮守府の放棄を決断し、既に移動が開始された状況だ

それを実行する時間を稼ぐだけで良いハズなのだから

 

 

 

 

鎮守府-正面海域

鎮守府所属艦:摩耶/阿武隈/木曾(防空艦隊)

 

 

包囲網から対空砲火は上がったが事態を好転させはしなかった

 

「くっそ!下手な対空砲火で分散され過ぎだ」

 

「少数とはいえ飛翔体が幾つも鎮守府に向かってるな」

 

「鎮守府に警告を、数が多過ぎて対処仕切れない」

 

 

 

 

鎮守府-工廠

鎮守府所属艦:鳳翔/隼鷹/祥鳳

 

 

自身の飛行隊からの報告から事態が何ら好転せず寧ろ対処が難しくなったとの判断に至った軽空母達

 

「手数が足りませんね」

 

「あの無闇な対空砲火で分散され過ぎたな、包囲網の全周から小数の飛翔体が向かってきてる、間に合うか?」

 

「間に合わせるしか、ありません、鎮守府からの対空砲として幾人かが待機してはいますが、水上艦の主砲では飛翔体を狙えませんから」

 

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官/叢雲(旧名)

大本営所属艦:高雄/愛宕

 

 

「司令官、木曾から警告が来ました、数が多過ぎて対処仕切れない、直接攻撃に備える様にと言って来ました」

 

愛宕からの報告を受け指示を出して行く司令官

 

「ではその様にしてくれ、残留している艦娘全員で対空戦だ、但し、陸からだ、こちらは移動準備を終えている、車両が到着次第、順次移動する予定だ、勝手に海に出て行ったら置いてくからな」

 

「そんなつもりもないくせによくいうわ」

 

コソッと突っ込みが入った

 

「何か?」

「なんでもない」

 

「残留している艦娘、というと大和や長門も、ですか?」

 

二人の掛け合いは取り合わずに仕事を続けている高雄

 

「声はかけておいてくれ、無理に参加させる必要はない」

 

大和は三者会合出席時に大本営からの命令で鎮守府司令官の指揮系統から離された

長門は移動に関わる雑務に対処中、現状での対空戦闘参加は難しい

 

 

 

 

鎮守府-通信室

大本営所属艦:高雄

 

 

司令官の指示を全館放送する高雄

 

「告げる、こちらは司令部高雄です、残留している艦娘は陸から対空戦闘に備えてください、間も無く深海棲艦の飛翔体が鎮守府上空に飛来します、又、海へは出ない様に、海上へ出られると回収する手段がない司令部には対処不能です」

 

 

 

 

鎮守府-食堂(第一食堂)

鎮守府所属艦:大和/筑摩

大本営所属艦:一組の初期艦ニ

???:戦貴棲姫

桜智鎮守府所属艦:利根/白露

大本営:老提督/職員複数

政府関係者:多数(防衛省、外務省、内閣府)

 

 

全館放送を聞いた白露が誰とも無く声に出した

 

「対空戦?飛翔体が鎮守府に届いた?」

 

「少数と聞いている、艦娘の防空体制でも対処出来るだろう」

 

その声に誰とも知れない列席者が応じてくれた

 

「陸からのと限定されていました、海上での対空戦闘とは勝手が違いますし残留艦娘へ参加が呼びかけられました、大和は参加して来ます」

 

言い終わると立ち上がり直ぐにこの場から去ろうとする大和

 

「ここでの任務を放棄するのか?」

 

その背中に誰かが声をかけた、そこに乗せられた感情は非難なのか別のモノだったのか

 

「その為の保険ですが?」

 

少なくとも友好姿勢を感じられない声をかけられた大和、度が過ぎるお人好しと叢雲(初期艦)に評されてはいるが年単位で大本営の看板艦娘をやっていた経験値は五十鈴(大本営司令長官秘書艦)から陸での仕事は高く評されている

 

その短く交わされた言葉、それを聞き終えた艦娘が一人、椅子から立ち上がった

 

「なるほど、保険か、では、吾輩は大和と行動を共にするか、大和にだけ保険が無いという訳には行くまい」

 

それを聞いた白露は呆気に取られたのか何か言いたげに口を開け閉めしているが言葉が出てこないらしい

 

聞こえてきた言葉が予想外だったのか驚きを隠せていない大和は辛うじて名を口にした

 

「利根、さん……」

 

「この場は筑摩と白露にお任せください」

 

大和が二の句を継ぐ前に筑摩が入って勝手な事を言い出した

これには異論があるのか白露が一旦口を閉じたが、再度口を開く前に筑摩が畳み掛けられた

 

「ここは、筑摩と白露で、任務を遂行します、よろしいですね」

 

白露に皆まで言わせず行動を決定にかかる筑摩

 

「アッ、ハイ」

 

満面の笑みを湛える重巡に駆逐艦は押し切られてしまった

 

「……なにをやっているのですか」

 

事の発端を作ったとはいえここまで強引に事態が進行して行くとは思ってもいなかった大和ではあるが、この場を持ってくれるのなら異論など無く早々に会場を後にした

 

 

 

 

鎮守府-港

鎮守府所属艦:加古/神通/白雪/大和

桜智鎮守府所属艦:利根

 

 

深海棲艦の放った飛翔体は鎮守府上空に到達した

それを迎撃している艦娘達、然し乍ら成果は芳しく無く巡洋艦達から愚痴が溢れる

 

「わかってはいたけど、当たらないな」

 

根本的に対水上戦砲で対空戦の時点で無理がある、そんな事は迎撃に参加している艦娘達全員が分かってる

 

「見込み角込みで狙いを付けろと言われても、難しいですね」

 

巡洋艦には機銃があるので幾らかの弾幕を張れるが駆逐艦は主砲しかなく次弾発射までの間が開く

つまり単独での迎撃は殆ど意味を成さない

その為駆逐艦は駆逐艦で固まって迎撃態勢を取っており巡洋艦は飛翔体の進入路と駆逐艦の配置を見つつ遊撃の位置にいた

 

移動しながらの会話に第三者、駆逐艦が入って来た

 

「こちらは当てるのを諦めてます、重要区画への進入阻止を目的とした弾幕を形成する様に統制射撃に切り替えました」

 

その駆逐艦に少しだけ視線を向け直ぐに射撃目標に戻し、背中で会話を続ける

 

「その統制射撃は何人でやってるんだ?」

 

「特型の四隻と初春型の四隻、先ほど皐月と菊月が参加して来ましたね」

 

「他の睦月型は兵装を下ろしてるんだっけ?」

 

「そうです、他は資材輸送用の機材を装備して兵装は積んでいません」

 

「確か、皐月と菊月も輸送用の機材を装備していた筈ですよね」

 

対空戦の合間に確認してくる軽巡

 

「そうです、皐月と菊月の兵装は単装砲一門だけです」

 

駆逐艦がそう答えた後に新たな声が加わった

 

「統制射撃、ですか、誰が統制しているんですか?」

 

それに驚きつつも冷静な対応を見せる駆逐艦

 

「……大和?あなたは大本営や政府の人達との話し合に同席しないと、アレが何か企んだらどうするんですか?」

 

「こういう時の為に保険が掛けられています、それでどなたが統制射撃の指揮を?」

 

目前の戦艦が戦闘準備を終えているのを見て取った駆逐艦は思考を切り替え、質問に答えていく

 

「吹雪が取ってる、私は巡洋艦の方々との繋ぎを頼まれました」

 

白雪が単に吹雪と呼んだ相手が遠征組として資材集めに奔走する鎮守府建造艦の吹雪で初期艦の吹雪ではないと判断した大和は考えを纏めるだけの間を空けてから大和はこれからの行動を決める

 

「……吹雪さん、ですか、ならその指揮下で弾幕形成に協力します、主砲は撃てませんが副砲も機銃も無傷で補給も十分です、参加させて頂きます」

 

横やら背中でそのやり取りを聞いていた巡洋艦達は対空戦を維持しながらもお互いの顔を見た

 

「……大和が対空戦?」

 

「確か、大和の副砲って私の主砲以上の火力がありませんでしたか?」

 

 

 

 

鎮守府-食堂(第一食堂)

鎮守府所属艦:筑摩

大本営所属艦:一組の初期艦ニ

???:戦貴棲姫

桜智鎮守府所属艦:白露

大本営:老提督/職員複数

政府関係者:多数(防衛省、外務省、内閣府)

 

 

「大和が対空戦に加わったか、射撃というか砲撃音が凄いことになったな」

 

その言葉通り食堂の外から伝わる音も振動も激しくなって行った

 

「伊達に最強戦艦と謳われているわけではないんだ、大本営の資料でも最強クラスのスペックが確認されている」

 

列席者達が感想を述べ会っているのを聞き、不満を募らせた戦貴棲姫

話し合いの場という前提を作ったのは交渉相手の鎮守府司令官である為そこを崩す訳にも行かずに、募らせた不満を声に乗せた

 

「そんな事に興味や時間を割く余裕があるとは、貴様達は状況が解っていない様だ、我等が此処に居る意味を履き違えるな、無益と判断すれば即座に存在した痕跡ごと消し去ってやろう」

 

誰が聞いても声を発した者の感情とその意図は理解出来ただろう

列席者達の顔色が一斉に変わるのを見た漣は事態が列席者の手に渡る前に状況の主導権を取りに出た

 

「あー、それじゃあタダの脅迫にしかなってない、こういう席で脅迫は悪手だよ?」

 

「……不味い手段だというのか?では、どういう手段が有効なのだ」

 

これまでと変わらない雰囲気と口調の漣の発言に戦貴棲姫はその意図を測り出した

 

「んー、例えば有用な手段を提示したらあの飛翔体をどうにかするとか、要求と提供を鑑みた上で実現性を考慮しないと、話が終わってしまう」

 

「なるほど、此奴等を痕跡ごと消し去ってしまえば話し合いも何も無いな」

 

「……」

 

交わされる会話に不安要素しか無くここからどうやって穏当な話し合いに持ち込めば良いのか

それを考え込んだ列席者達は結果的に無言になってしまった

 

「そっちの皆さんも外が気になるのはわかるけど、折角同じテーブルに着いたんだ、この機会は貴重な筈でしょう?有効に活用したく無いですか?」

 

問われてお互いがお互いに様子見を始めたが、程なく一人が発言した

 

「……漣、だったな、おまえはどっちの味方なんだ?」

 

「ここで敵味方なんて持ち出しても意味無いですよ、双方の要求をお互いに受け入れてもらいたいだけです」

 

「……知恵を貸せ、だったな、そういった要求は詳しく話しを聞かないと、何とも仕様がない」

 

この発言は間違い無く時間稼ぎだ、これまでの話し合いはそれこそが議題だったのだから

この後に及んでノラリクラリが通ると考えていると見た漣は対応を変える

 

「そちらからの質問に戦貴棲姫は素直に応答しています、あなた方には十分な情報提供となっている、戦貴棲姫に提供させるだけで、終わらせるんですか?それが自衛隊や日本政府の方針ですか?」

 

正面から真っ直ぐに視線を向けて来た漣にこれ以上の駆け引きは初期艦の不満まで買う事態に発展すると悟った列席者だったが、そのまま引き退らずに短い疑問を言った

 

「大本営への言及はないのか?」

 

「何も期待していませんから」

 

「……」

 

呆気ない即答に大本営関係者は何ら反論の言葉を持たなかった

それらの様子を見ていた別の政府関係者が言葉を継ぐ

 

「つまり、こちらの初期艦は、まだ日本政府には期待してくれているのか、ならば大本営の様に見捨てられるのはこちらとしても避けるとしよう」

 

 

 

 







2022/05/06
説明不足な部分を修正しました


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91 撃退できた

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官/叢雲(旧名)

大本営所属艦:高雄/愛宕

 

 

第二波の飛翔体来襲はどうにか鎮守府への被害を出す事なく撃退できた

それというのも鎮守府上空まで到達した飛翔体が攻撃らしい攻撃をしてこなかったから

所属艦娘の対空砲火で幾つかは撃墜した、それに飛翔体は被弾しても飛べる限り海へ向かって行ったことも被害が出なかった要因だ

 

然し乍ら事態は楽観できる状況には至っていない

 

軽空母達の言い分では今回の飛翔体が鎮守府上空に到達した事で攻撃目標が定められた可能性が高く、次はそこを狙われる確率が高いそうだ

駆逐艦達が弾幕を形成して重要区画への進入を防ぐのに躍起になった事で返って進入路を確定させてしまったと推定され、さらに進入して来た飛翔体は鎮守府上空を飛び回った後引き返して行っている

 

それはその進入路の先にある鎮守府施設が狙われる可能性を思わせるもので、対空砲火への対応も含め、攻撃態勢を整えた第三波が来ると予測される

戦貴棲姫が言っていたように連携を欠いてはいるが、艦隊行動、任務部隊としての行動はシッカリとやっている様子が判る

 

「第二陣が出発しました、妖精さん等を纏めた初期艦達も同乗しています、残留の鎮守府所属艦娘は工廠組と軽空母達、司令部要員、海上で対空戦を実施中の摩耶、木曾、阿武隈、後は長門、大和、初春、加古、神通、合わせて二十二名、未だ残っている妖精さんも居ますが加古と神通に載る予定です」

 

高雄がスラスラと報告してくれている

 

「後、私と叢雲を入れて二十四か、自衛隊と政府関係者の退避は始まっているな?」

 

「食堂での三者協議は場所を変えて継続との事です、一組の初期艦、漣、電、保険要員の白露、筑摩の四名はそちらと共に行動中です」

 

「戦貴棲姫もな、よくも承諾したもんだ、政府の方々は余程良い提案をしたらしい」

 

「鎮守府内に残留している自衛隊は鎮守府派遣隊と憲兵隊です」

 

愛宕の報告に驚き応答が遅れた

 

「……派遣隊の方達、残ってるの?」

 

「憲兵隊と共に離脱予定だそうです」

 

それを聞いてホッとする司令官

 

「司令官は移籍組をどうされるおつもりですか?」

 

そんな司令官に高雄から質問が来た

 

「憲兵隊には話してみるが、こちらに打てる手は無い」

 

 

 

 

鎮守府-憲兵隊詰所

鎮守府:司令官

自衛隊_憲兵隊:憲兵1/憲兵2

 

 

「移籍組か」

 

司令官から話を持ち込まれた憲兵達は一斉に難しい顔を作った

 

「このままでは置いて行かざるを得ない、憲兵隊でどうにか出来ないだろうか」

 

司令官も無理筋を捻じ込まない様に言葉を選ばなくてはいけない

憲兵達にヘソを曲げられたら本当に移籍組を置いていくことになるのだから

 

「……言わんとする所は解るが、元々憲兵隊にはそういった装備は割り当てられていない、駐留が前提だからな、何人いるんだ?」

 

憲兵の一人が難しい顔をしたまま何らかの手段を思いついたらしく実現性を思案してくれている様子を見せる

 

「五十六名、それと知っているとは思うが、全員艤装は持っていない、自衛隊車両に乗せても問題にはならない筈だ」

 

憲兵が前向きな対応をしてくれると言うのなら司令官としてはそれに賭けるしかない

 

「それについては知ってる、その為に司令官は所属艦娘を米軍車両に乗せたのだろう、しかし自衛隊が協力を拒否するとは考えていなかった、そういう事だな?」

 

状況確認の積りで他意はないのだろうが、答え難いことを聞いて来た

 

「……あまり言及してしまうと、問題になりかねないので、勘弁してください」

 

「まあそこはいい、かなりの分乗になってしまうが、そこは大丈夫か?」

 

憲兵にも他意は無かった様で直ぐに本題に戻った

 

「あー、姉妹艦は出来るだけ同乗させてもらいたいのだが……」

 

分乗、そう聞いてこの憲兵がどんな手段を思いついたのか察しがついたが、同時に問題も思い当たった

 

「そこは保証できない、そこを譲れないというのなら、お手上げだ」

 

どうやらそこの問題解決はこちらでやるしか無さそうだ

 

「艦娘達をどうにか説得してみます、手があるというのならお願いしたい」

 

「わかった、こっちも何とか説得してみる」

移籍組の移動手段の確保という難題に憲兵達と司令官の労力が割かれるが、説得に費やせる時間は余り無い

 

 

 

 

鎮守府-旅客船(移籍組宿舎)

鎮守府:司令官

大本営所属艦:赤城(移籍組代表)/伊勢(移籍組代表)

 

 

憲兵隊詰所からそのまま移籍組に話を通しに港に向かった

旅客船内には以前五十鈴等と入ったことがあり、真っ直ぐに移籍組代表等に会い話を始める

 

取り敢えずは黙って聞いていた移籍組代表等の片方が話が終わると同時に疑問を口にした

 

「分乗?自衛隊が車両を出してくれるのですか?」

 

「これから憲兵が当該部隊の説得に向かってくれるそうだ、ただそれが成ったとしても纏まった数で乗り合わせる訳にはいかない、無理を言って便乗させて貰うのに乗車段階で揉めたく無い、そこで移籍組には選んでもらいたい、このまま残留するのか、大人しく自衛隊車両に乗せて貰うのかを」

 

これを聞いたもう片方が明から様に嫌な顔をした

 

「……何その選択、要するにここで何も出来ずに死ぬのを待つか、死んだ方がマシなくらい我慢して自衛隊車両に乗るかって事?どっちもイヤなんだけど」

 

「そういう揉め事を乗車段階で起こすなといってる」

 

出て来た文句に即答したら嫌な顔が困った顔に変わったんだが、どういうことなんだ?

 

「私は構いませんよ、空母艦娘は便乗させてもらいます」

 

「……多分、軽巡の子達は便乗するだろうね」

 

「他の巡洋艦の方達も我慢する方を選ぶと思いますよ」

 

「山城を、どうやって説得すれば良い?」

 

二人いる移籍組代表、その相方を縋る様に凝視めながら発せられた言葉だった

 

「扶桑さんがいれば、説得の必要もないんですが……」

 

ここに来てもう一人の移籍組代表まで困った顔になった

 

「その扶桑はここにはいない、あたしがやる……の?」

 

「龍驤がいれば、説得出来たかも知れませんが、出撃してしまっていますし、困りましたね」

 

移籍組代表が揃って困った顔になり、そのまま話が滞りそうになってしまった

司令官としては話を進めないと移籍組を置いて行く事になる、それを回避する為に口を挟んだ

 

「他にも幾つかの艦種がいたと思うが、そっちは?」

 

「秋津洲さんはまだ鎮守府にいるんですよね」

 

話が戻せた、移籍組代表が一人でなくて良かった

 

「いる、最終便に乗る事になってる」

 

「少しこちらへ貸していただけますか、秋津洲さんから説得してもらいます」

 

 

 

 

鎮守府-鎮守府陸側包囲網

自衛隊_普通科:連隊長

自衛隊_憲兵隊:憲兵1

 

 

鎮守府司令官から持ち込まれた話をどうにかする為に憲兵達は鎮守府周辺道路を封鎖している陸自と接触していた

 

「……なんで俺の隊で艦娘を乗せなきゃならんの?ウチは旅客業務はやってないんだが?」

 

話を聞いた連隊長は見るからに機嫌が悪い

 

「非武装の民間人の避難に協力を求められている」

 

説得を試みる憲兵達

 

「非武装の、民間人?艦娘が、か?」

 

連隊長は先の件で憲兵隊からの要請に関わると如何なるのかを良く学んだらしい

 

「艦娘は軍人や軍属ではないし、法規上は外国籍の民間人扱いなのは知っているだろう」

 

「……そういう理屈、上の方に通るのか?」

 

連隊長は陸自の士官、憲兵隊も陸自の組織ではあるが指揮系統が違う

そもそも憲兵隊自体が新設された部署で陸自内部での扱いが定まっていない

 

「憲兵隊で通す、その上の方から許可自体は出ているんだ、どこかでその許可が通らなくなっているだけだから難しい話ではないと分かるだろう」

 

「あー、上って一番上か、方面隊の上の方にはどうなんだ?鎮守府派遣隊の二の舞は御免だが?」

 

鎮守府派遣隊に纏わる一連の動きは自衛隊士官なら嫌でも聞こえて来るし無視出来る様な生易しい内容でもない

 

「憲兵総監を始め老提督、自衛隊OBによる隊内の意思確認は既に終わっている、問題にならない」

 

「問題にならないのなら、何故一番上の許可が方面隊で止まる?そこが重要なんだが、憲兵隊で対応してくれんの?」

 

「可能な限り……」

 

言い掛けた憲兵を連隊長が遮った

 

「話にならん!無茶をいうのならお前等の隊長を連れてこい!!」

 

 

 

 

鎮守府-正面海域

鎮守府所属艦:摩耶/阿武隈/木曾(防空艦隊)

 

 

「自衛隊から連絡が来た、聞きたいか?」

 

哨戒中に木曾が話し出した

 

「……第三波の大群が来たって話だろ、勿体つけんなよ」

 

第二波を防ぎ切れなかった摩耶の機嫌は良いものでは無い

 

「第二波の倍の数が来てるそうだ、更にずっと後方ではあるが雲海クラスの飛翔体の大群がいるとも言って来た」

 

「雲海クラス?すまん、雲海クラスの飛翔体の大群ってなんだ?」

 

木曾の言い分に理解が追い付かず素で聞き返した

 

「千以上の距離でも目視で見つけられる程の大群だ、雲海クラスとはよく言ったもんだ」

 

答える木曾自身も言っていて実感が持てない様で呆れ振りが口調にも出てしまっている

それを素直に言葉通りに解釈した摩耶はビックリ眼だ

 

「……その距離でも目視で見つけられる大群って、どんだけいるんだよ?!」

 

「自衛隊でも総数は算出不能だそうだ」

 

摩耶の驚きにも淡々と応じる木曾

 

「……そんなの相手に、対空戦、やるのかよ……」

 

いくら対空戦に特化した兵装と言えども限度はある

そんな無限に近い数の飛翔体を相手に戦闘行動を取る未来図に表情を暗くする摩耶

 

「その前に鎮守府を放棄すると思います、第二陣を大本営に送り届けた米軍車両が戻ってくる方が早い、筈ですから」

 

そんな摩耶に阿武隈が勤めて明るく声をかける

 

「そういう事、兎も角、今来てる第三波は相手にしなきゃならん」

 

さすがにこの場で戦意喪失されたら困る木曾も阿武隈の尻馬に乗って口調を軽くした

軽巡二人の口調に気が付いた重巡は慌てて沈んだ口調を元に戻した

 

「第二波でさえ手数が足りなかったんだぞ、その倍ならお手上げじゃねーか!」

 

「心配すんなって、今回の防空戦には長門が加わる、戦艦の主砲は凄いぞ」

 

重巡が無理矢理にでも調子を戻しに掛かったのを見て取った軽巡二人

その様子に多少なりとも安心したのか普段の雰囲気になっている

 

「……今までも大和が加わってなかったか?」

 

摩耶としては聞いている話の整合が取れなかったらしく疑問を口にした

 

「あー、大和は今主砲が使えない、副砲と機銃だけでの参加だ、資材が残っていれば主砲の修復を、する、かな?」

 

「なんだよ、その主砲が使えないって?」

 

摩耶が司令部要員として鎮守府運営に参加したのは包囲網が完成された後、船で大人しくしているしかなかった状況下の事情には明るくない

 

「アレ、押し寄せて来たのを押し戻すのに砲身命数を使い切った、その後資材不足で修復出来てない」

 

アレと言って包囲網の深海棲艦の大群が示された

 

その大群に視線を向けて感想が呟かれる

 

「あの数を、主砲の火力で押し戻た?砲身命数と引き換えとは言え、出来るのか、そんなこと……艦娘になっても戦艦は戦艦か、巡洋艦とは違うんだな」

 

 

 

 

鎮守府-工廠(第一工廠)

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:長門

 

 

諸用で工廠に来ている司令官は長門を伴い要件を済ませて行く

それ等が終わると長門から提案があった

 

「提督、資材を使い切るのなら大和の主砲砲身を交換出来ないか?」

 

大和は対空戦に参加しているが、主砲は手付かずのままだ

 

「資材は駆逐艦達に出来るだけ積ませた、残ってるのは僅かだ、砲身だけとはいえ大和の主砲砲身の交換は難しい、ウチでは大和型の建造歴がないから」

 

長門の提案は分かるのだが、実施は出来ない

 

「建造歴が無いから私の様に交換とはいかないのか」

 

「そういう事だ、普通に修復しないと」

 

大和を普通に修復、残存資材量と現状を鑑みれば無理と判断せざるを得ない

 

「ならば、私の主砲を積ませるというのは?」

 

別口の提案が出て来た、それは考えなかった訳ではないが感情論的な反論が来そうでこれまで口にしなかった事案だ

今の状況で長門からの提案なら其処を回避出来る……のか?

 

「……大和が承諾するか?」

 

どうにも戦艦があの巨砲を手離す図が湧かなかった、下手にゴネられてもそれはそれで困るし

 

「私の主砲なら予備があるしこのまま置いておくよりは大和に使って貰いたい、使わなければ資材に戻す予定なのだから」

 

長門にはこちらが懸念している様な考えは全く無いらしい、撃てない主砲より撃てる主砲を積ませて戦艦としての戦力に数えたいのだろう

もし上手くいけば戦力強化には成る

長門の提案に乗って下手を打ったら事態を収集出来るのか?

 

「整備交換用の予備は二機しかないが、もう一基造るのか?」

 

予備と言ってはいるが実際の所は妖精さん達の教材 (オモチャ) だ、長門が叢雲の特訓を受けた際に使い倒し不具合を抱え過ぎて廃棄する筈だった代物だ

研究用に欲しいと妖精さんが駄々を捏ねてきたから残しているが全てが実用に耐えられる訳でもない

実用に耐えない装備の保有は非推奨な上に監査があれば突っ込み所となるので名目上は交換用として辻褄を合わせている

 

「そこは資材残量と大和に相談だな」

 

 

 

 

鎮守府-敷地内_対空戦闘配置点

鎮守府:司令官

鎮守府所属艦:大和

鎮守府所属艦:駆逐艦複数

 

 

取り敢えず大和に説明はした

説明や説得は長門にやらせようとしたのだが、逃げられた

私の主観的見解ではそうなっている

 

「……長門さんの主砲、ですか?」

 

怪訝な表情を見せる大和、工廠にアレだけ出入りしている大和にはあの主砲が普段どう扱われているのか見聞きしただろう事実には触れずに話を進める

 

「大和には小振りだろうが、戦艦の主砲には違いないし、次の対空戦には数があった方が良い、工廠の飾りにしておくよりは大和に積んで迎撃火力の足しにしたい」

 

「……その場合、今積んでいる主砲は、どうなりますか?」

 

色々考えている様子は見て取れる、聞きたい事は山程あっただろうに大和は自身の降ろした装備の扱いが一番気になるらしい

 

「鎮守府の放棄は決まっている、置いては行けない、資材に戻して補給の足しにすることになる」

 

「載せ換えなければ長門さんの主砲が、資材に戻される、そういう事ですか」

 

大和にも判っていた筈、敢えて確認を取ったのだろう

 

「そうなる、あの第三波を凌いだ後、残っている全員で大本営に向かう予定だ、いくら米軍車両といっても飛翔体の飛来してる最中にこちらを拾いには来ないからな」

 

 

 

 

鎮守府-工廠(第一工廠)

鎮守府:司令官

鎮守府:工廠妖精さん

 

 

大和の了承を受け長門の提案は即時実行された

大和から降ろされた装備は資材に戻す為に妖精さん等に預けられている

そんな状況の中で工廠の一角が賑わっている様子があった

 

「……なにを、してるの?」

 

その様子に近付いて見た所、思わず声を掛けてしまった

 

'三基の巨砲''二基を分解''構造を理解'

'二基''資材にした''残りの一基''整備'

 

なにらや物凄く楽しそうに返答して来るので言葉に詰まりかけた

 

「……つまり、大和の主砲が一基使える様になった?二基分の資材を使って?」

 

えっと?なんだって?そんな事は頼んでないんだが?ってか出来るんかいソレ

 

'短時間での構造理解と資材化''即座に再生させた'

 

'戦艦の主砲は良い'

 

'大きいほど良いモノだ'

 

あー、なんか見てはいけない顔をしてますねこの妖精は、他の妖精さんも普段は見せない表情を浮かべてるし

 

「……ソウデスネ、ってもう直ぐこの鎮守府を放棄する事になる、誰かに乗せてもらうんだぞ、置いていくつもりはないからな」

 

少しその場の空気に飲まれかけたけど戻ってこれた、この空気感では注意喚起した方が良いと考え言っておく

 

'わかっている''ここに置いていかれるのは''面白くなさそうだ'

 

返答はとても冷静だった

 

 

 

 

鎮守府-正面海域

鎮守府所属艦:摩耶/阿武隈/木曾(防空艦隊)

 

 

「今度は高度を取ってるな、まさかあのまま水平爆撃する気か?」

 

第二波での対空射撃を受けてそれを避けるように高高度で進入して来る飛翔体

 

「その辺は軽空母達が接触すればぶら下げてるモノで分かるだろう」

 

高過ぎて対水上艦用の装備での迎撃は実効性に疑問しかないが、黙って見ている訳にもいかない

 

「アレって編隊組んで飛んでる?もしそうなら隊長機を優先するけど」

 

先頭の飛翔体に集弾させた方が良いのか、群れている飛翔体を散らした方が良いのか

 

「アイツラの飛翔体がどういう理屈で飛んでるのかなんて、誰も知らないだろうよ」

 

迎撃の手段やら方針は色々考えられるが、実効性に疑問符の付く状況下では派手な行動で存在を主張し、飛翔体が目標に到達するよりこちらに攻撃を向けて来るのを期待するしかなかった

 

 

 

 

鎮守府-工廠(第一工廠)

鎮守府所属艦:加古/長門/大和/神通/初春

 

 

防空艦隊から間接砲撃に必要な情報が届けられた

 

「大和は初春の指示に従って砲撃、私が左翼、大和が右翼から接近してくる飛翔体を迎撃する」

 

「中央は摩耶達がなんとかしろって事かよ、どの道防ぎ切れないが?」

 

何しろ残留している艦娘自体が減っている

 

「残った艦娘でも対空戦を実施する、なんとかするしかない」

 

「こっちの主砲は勿論、副砲も機銃も当てるのは難しいんだが?」

 

長門の言い分に文句しか出て来ない加古

 

「言っても始まりません、やるしかありません」

 

いつも通りハラを括り過ぎている神通

 

 

 

 

鎮守府-敷地内_対空戦闘配置点_起点

鎮守府所属艦:加古/神通

 

 

対空迎撃が行われ飛来する飛翔体の数は減らせたが、相手の作戦行動を中止に追い込む迄には至らなかった

 

鎮守府上空にはそれなりの数の飛翔体が到達した、どういう意図なのかわからないが高度を落とさないまま上空を旋回している

 

「戦艦の主砲と雖も対空火器としては不向きって事だよな」

 

「そうは思いません、対空迎撃用の砲弾を使用したと言っていましたし、数も減らしています、無傷のままで進入されるよりはマシな状況になっています」

 

「軽空母達の艦載機も頑張ってはいるが、数の差はどうにもなんないな」

 

「見る限りでは降下する様な動きを見せる集団に優先的に攻撃を仕掛けてますね」

 

「お陰で飛翔体の方は高度を下げられない、様にも見えるが、どうなんだろうな」

 

 

 

 

鎮守府-敷地内_対空戦闘配置点_右翼

鎮守府所属艦:大和/初春

 

 

現地観測による砲撃目標の座標は正確だった

戦艦主砲での迎撃戦もほぼ予定通りの戦果を挙げた

しかし絶対数としての戦果としては物足りない

 

「むー、外から向かってくる飛翔体は減ったが、上空旋回中の飛翔体をどうにかせねばならんな」

 

頭上高くを飛び回る飛翔体を見つめる初春

 

「時限信管の起爆時間を調整すれば撃墜出来ると思います、撃ちましょう」

 

未だ散発的に進入して来る飛翔体、その座標は随時更新されその度に砲撃を続ける大和

 

「いや、大和は外から接近してくる飛翔体に集中するのじゃ、大和よ、第三砲塔の制御を貰うぞ」

 

長門の予備砲塔は二機、大和の装備可能な砲塔数は三機

 

「……はい?」

 

初春の言っている意味がわからない大和

 

「第三砲塔を妾が御してアレを落とす」

 

その第三砲塔には三個いち整備された大和の主兵装が積まれていた

 

「……えっと?初春さんは駆逐艦、制御するとは?」

 

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官/叢雲(旧名)

大本営所属艦:高雄/愛宕

 

 

上空旋回中の飛翔体の中で特大の火球が生じた

 

「……初春か、無茶をする」

 

遅れて来る轟音を聞きながら感想を漏らす司令官

 

「この砲撃は大和の主砲では?」

 

その感想に疑問を持つ愛宕

 

「駆逐艦の主砲ではないですよ?!どう見ても戦艦の主砲です!」

 

高雄も同様だ

 

「……あの子、演習とはいえこの砲撃に向かっていったのか、怖いモノ知らずにも程があるわ」

 

轟音を聞きつけて窓からその音源となった上空を見ながら呟く叢雲(旧名)

 

「司令官!飛翔体が一斉に降下を開始、軽空母達の迎撃が間に合わないと警告が!!」

 

どこかからの通信で警告を受けた高雄が慌てている模様

 

「それは大変だ、こっちに来ないことを願おう」

 

 

 

 

鎮守府-旅客船(移籍組宿舎)

大本営所属艦:瑞鶴

 

 

「あーもうなんなの!何事なの!!」

 

鎮守府上空に発生した特大の火球、それが発する轟音に耐えかねた移籍組の一人が甲板に出て周囲を見回していた

 

「って、なにこの状況!思いっきり攻め込まれてるじゃない!!」

 

そう見て取った移籍組の一人は赤城からの指示も忘れて行動に出た

 

 

 

 

鎮守府-執務室

鎮守府:司令官/叢雲(旧名)

大本営所属艦:高雄/愛宕

 

 

「えっ?!作業船から艦載機が出現している?」

 

対空戦闘中の誰かから問い合わせがあったのか、高雄が戸惑いと驚きの声を上げた

 

「なにそれ?移籍組に艦載機運用可能な空母艦娘がいるのか?」

 

司令官としては全く予測していない状況の発生に疑問を投げる

 

「あっ!急上昇していきます、降下してくる飛翔体を迎撃する様です」

 

高雄の驚きの声で窓際まで見に行った愛宕からもその様子が見えた

 

「誰が発艦してるの?移籍組に戦闘行動可能な艦娘はいない筈だろう?」

 

司令官としては投げた疑問への返答が欲しい所

 

「瑞鶴です、いま赤城から通信が入りました、いま艦載機を発艦させたのは瑞鶴だそうです」

 

漸くその返答が来た、がそれはそれとして別の疑問というか問題も出て来る

 

「こちらが受け取った資料には何も記載がないんだが、どういうことだ?」

 

「赤城から船内の資材使用許可を求めています」

 

続けて通信中の高雄から返信内容を問われる

 

「こちらの最終便に赤城と瑞鶴は同乗して事情説明をする様に、移籍組は伊勢に任せることになるが、反論は無しにしてもらう、船内の資材使用は許可不要、元々移籍組が使う資材だ、そちらで方を付けてくれ」

 

色々言いたい事はあるが、現状は戦闘行動の最中、優先順位を間違えてはいけない

 

 

 

 

鎮守府-工廠

鎮守府所属艦:鳳翔/祥鳳/隼鷹

 

 

「……あの艦載機、瑞鶴、さん?」

 

突然何処かから飛来した友軍機、機体のシンボルを読み取った鳳翔

 

「瑞鶴?」

 

想定外の名に疑問調の祥鳳

 

「あー、そういえば瑞鶴って大本営で修復したんだっけ、確かそれに続く修復が上手くいかなくて原因調査中だった様な……」

 

その名から思い出した関連事項をなんとなく思い返す隼鷹

 

「その話ならききました、瑞鶴は修復が完了したのかどうか確認が取れず艤装、兵装共に使用を止められていた筈ですが……」

 

隼鷹の言葉に聞いていた話を思い出した祥鳳

これは援軍が来たと喜んで良い状況なのか?

 

 

 

 

防衛省施設-小会議室(大本営司令長官室_臨時)

大本営:司令長官(老提督)

???:老兵

 

 

自衛隊の退避と共に鎮守府を後にした

続報としては未だ戦闘中、詳細は不明

 

それはそれとしても退避先で一部屋借り受けられたのは幸いだ

公の場で公言する様な話ばかりではない、密談と迄は行かずとも内緒話が出来る部屋は必要だ

 

「……面倒事を、抱えることに、なってしまったか」

 

「一人で抱えることもあるまい、及ばずながら手を貸そう」

 

「これまでの悪行を思えばこの程度で済んでいる事を感謝しなければな」

 

「悪行と言うほどの事もあるまい、老提督の行いが悪行なら私など妖精さんを国外に連れ出し無茶をさせた張本人だ、アレがなければアイツラはアメリカに来なかった」

 

「艦娘の拡散は止められない、艦娘の有用性と汎用度は最早誰もが知る所となった、歯止めは当事者の倫理観と良心に委ねられる、形としての女性ではなく性別としての女性、それを獲得した艦娘を人がどう扱うか、その総てを妖精さんは知る事になる」

 

「知り得た結果は人と関わりを持つ意義なり利益なりを判断する材料され、その結論は妖精さんの総意に委ねられる、人の身では異議も唱えられん」

 

「言葉より行動、口先で綺麗事を並べるか、行動を以って関わる範例を示すか、艦娘部隊上部機関在籍者はソレに気が付いている、誰が唱えたのかまでは分からなかったが、誰かが、それを上部機関に認識させていた」

 

「認識しているにも関わらず、艦娘に対する扱いに変更はない、彼らには全て司令官の責任という事で話が着いた様だ」

 

「……そんな話を妖精さんに知られるのか、妖精さんを引き留められる提督の存在価値は天井知らずに上がる事だろう」

 

「彼らはそれで良しとしてしまった、上部機関の決定は我々でも覆せない、出来る所から出来る事を少しづつでも続けて行くしかないだろう」

 

 

 

 

 



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