大泥棒の卵 (あずきなこ)
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プロローグ
01 私とぬるい日常


 終業のチャイムが鳴る。いつものようにダラダラと引き伸ばされていた担任の話もそれを合図に終わり、ホームルーム終了の号令が掛けられる。控えめだった喧騒は次第に大きくなる。

 一日の最後に聞くチャイムの音は、その開放感もあってか他のものより小気味よく響くのは私の気のせいだろうか。まぁ音は同じだし気のせいだろうな。

 だけどそれが私だけの気のせいだとしても今日は金曜日、明日から土日の連休なので少なくとも他のどのタイミングの開放感があるだろう。

 

「芽衣ー、かえろー!」

「ねね、今日は帰りどこかに寄って行かない?」

 

 帰り支度を終えて立ち上がろうとした所で、私の席へと歩み寄ってきた二人の少女が声をかけてきた。

 この二人は私の”友達”である星野楓と、山本椎菜である。3人で一緒に行動することが多く、私がこの学校で”友達”だと思っているのはこの二人だけだ。

 他の皆は他人やクラスメイト、あとはまぁ、せいぜいが”オトモダチ”止まりの人だ。付き合いで一緒に遊ぶことは多少あれども、私からの認識はその程度だ。

 私の中で”オトモダチ”と”友達”の差は大きい。どのくらい大きいかというと、端的にぶっちゃけてしまえば”オトモダチ”程度なら必要とあれば殺せてしまうが、”友達”を殺すのは私には無理、といったところか。

 例え似たような言葉、同じような意味合いであろうとも、私にとってはそのぐらいの絶対的な差が両者の間にはあるのだ。

 そんな”友達”からのお誘い、一緒に帰るのはいつものことなので構わないのだが、寄り道か。

 普段であれば魅力的な響きだけれど、でも今日はちょっと都合が悪い。残念だけれど、困ったように笑いながら断りを入れる。

 

「んー、ごめん。行きたいのはやまやまなんだけどね、ちょっと用事がさ」

「えー、マジー? どんな用事さ?」

 

 楓の問いに私は素直に答えることはできない。

 その用事というものが、とんでもない大悪党と会うことなんですぅ、しかもその人悪党集団のリーダーやってんですぅ、だなんて言えない。言えるわけがない。

 ちなみに楓は少し間延びした喋りが良い感じに可愛い明るい子だ。地毛が焦げ茶で、肩より少し上まである少し跳ねているくせっ毛だ。目がくりくりと大きく愛らしい。

 ムードメーカー的な存在でもあり、割と物事の中心に近しい位置にいることが多い。反応がいいのでよく弄られる。

 

「もう、楓。芽衣が言葉濁してるんだから、それを追求するのは駄目だよ」

 

 言っても当たり障りの無い部分だけ話して濁そうか、と思っていたがその前に横からフォローが入る。椎菜さんマジ天使……。今度たい焼きおごってあげるからね。

 椎菜は清楚な感じのするキレイ系な子だ。髪は黒く、ミディアムボブでストレートなのがまた良い感じだ。目は少しタレ気味で優しげだが、怒ると怖い。メッチャ怖い。この私が萎縮しただと……?

 少し前に楓が怒らせた時は、側に居た私まで怖かった。怒る原因とは全く関係がなかった私でもそうだったのだから、直接怒気を浴びせられた楓さんにはご愁傷様ですと労いの言葉をかけてあげようかと思ったくらいだ。まぁ結局怒らせたのも楓が悪かったから何も言わなかったが。

 しっかりとしていておとなしめな印象を受けるがノリは良く、まとめ役な感じだが一緒に物事を楽しめる。結構人気もあるようだ。

 そんな彼女に言われた楓は、それもそうかと後頭部を掻いた。取り敢えず特に何か言わずともいいようなので椎菜には感謝である。

 

「ごめんごめん、今度埋め合わせするからさ」

「おぉ、いいのかい?」

「そんな大したもんじゃないけどさ、お詫びの気持ちだよ」

 

 軽い謝罪と共に放った私の言葉に、楓が反応する。こう言っておけばこの場はこれで完全に免れるだろう。

 気持ち程度のお詫びについては、来週辺りに何かテキトウに奢ってやればいい。

 

「お詫びかー。まぁ芽衣の気持ち次第では許してやらんでもないなー」

「さりげなくいい物もらおうとするな小娘。むかついたから椎菜にだけでいいや」

「やった!」

「あぁん、ごめんってばぁー」

 

 気持ちの大きさ、もといお詫びの品の金額を増加させようとする楓をバッサリと切り捨てる。お詫びの対象なったものは喜びの声を、そうでない者は懇願混じりの謝罪の声を上げた。

 まぁ冗談だって言うのはわかりきっているから気にしてないんだけど。せいぜいダブルのアイスがシングルになる程度だ、なんの問題もない。大した差異ではないしね。

 

 彼女達が呼んだように、私はこの学校では真城芽衣と名乗っている。名乗っているだけで本名ではない。人付き合いの範囲は元転校生ということもありそんなに広くなく、また深く付き合っているのはこの2名相手のみ。

 ジャポン人の血が混ざっているようであるし、ジャポン人のような容姿なので私が偽名を使っていることはバレない。て言うかそもそも誰も偽名だと疑うという発想がないのだろうね。

 

 両親の記憶はない。故に正確にはどんな血が混じっているのかは分からない。物心ついた時には流星街にいた。私が覚えている一番古い記憶は1枚のプレートを握りゴミの山に立ち尽くす自分だった。

 流星街というのは、ゴミで形成された街だ。何を捨てても許され、その内ゴミによって国家とも呼べる規模まで膨れていった街。そこには種類を問わず様々なものが捨てられる。鉛色の空を行き交う飛行船が何かを吐き出す所を何度も目撃した。私もそんな流星街の、端っこのほうに捨てられた。

 変なガスで臭く生ぬるい空気のそこで生きていく内に文字を覚え、手に持っていた物が私の名前や誕生日が書いてあるものだと知った。そんなものを持たしてくれたのは、両親が私を捨てることに何かしら思うところがあったからなのだろうか。

 捨てられた時点で私という人間も世界から捨てられ、戸籍は消え、人ではなくゴミになったのに。ゴミには名前やその他のゴミに関する情報は必要ないというのに。馬鹿だな。しかしそれを後生大事に抱えていた当時の私も、捨てられずに今も保管し、今尚その名を使っている私も馬鹿だ。やっぱり、一応親子関係はあるんだなとぼんやり思う。

 

 生きるためにはなんだってした。盗みなど数えきれないほどした。ゴミで形成された街には、当然まともな食料なんかない。まともとは言い難い食料を、奪い合って生き残るのだ。

 強くなった。搾取されたくなかったから。捨てられた私は、一方的に奪われていた私は、時間が経ち成長すると奪う側になった。

 それは今でも変わらずに、欲しいものがあれば度々泥棒をしている。つまるところ職業は泥棒。あ、学生も職業か、じゃあ学生も追加で。

 

 偽名も、戸籍情報も、学校や住所登録に必要な物はすべて偽装して用意した。

 その際にとある悪党集団の一人に協力してもらったので、すんなりと用意することができた。法外な値段を請求されはしたけれど。

 14歳、春に新年度が始まるとともに私はこの中学校に3年生として入学した。転校生である。理由としては、簡単にいえば人生経験である。

 

 私は学校を知らない。不特定多数と同じ組織に所属することを知らない。

 私の周りは、飢えた子供や飢えた大人、まぁつまり食料を取り合う敵しかいなかったのだ。まとまって行動している奴等も居たけれど、切羽詰まれば仲間内で争いが始まる。そんな場面を幾度も見てきたし、それ以前に最初の頃は食料奪われてばかりだったから誰かと行動しようなんて思いもしなかったし。

 流星街は中心部はきちんと秩序があり、捨てられたものも保護されることが多いらしいが、私が居た末端の方はそうもいかない。

 当時そんなことを知らなかった私は地獄で泥を啜るしか無く、苦痛だった。知っていたら何かが変わったかもしれないけれど、まぁ過ぎたことだしどうでもいい。

 変態さんがターゲットにする年齢になる前に強くなり、更に肉体を強化する特殊な技術である念、という物を習得した。

 その後私は乱暴されることはなかった。しかしミニマムサイズの子供である。外見で判断し標的にされることは多々あったので苦労はあった。

 

 私の本名はメリッサ=マジョラム。使っている偽名はマジョラムがましろ、メリッサがめい、と本名を少しもじっただけのひねりのない物ではあるが。

 生年月日は1983年6月7日、つまり1998年秋の現在私は15歳。血液型はAB型。私を捨てて下さった両親が、クソご丁寧にプレートに書いてくれたことだ。まぁ態々持たせた物に嘘を記載する理由もないだろうし、間違った情報ではないはず。

 黒髪黒目で、髪は肩より少し長い程度のストレートのセミロング。身長は少し前に測ったら148,2cmだった。もう少し頑張ってほしい。体重は秘密である。アレだ、ほら、重い分は多分筋肉だし。だって見た目細いし、贅肉無いし!

 趣味は読書と、料理。本は良い、最高である。自分の好みにあったものと出会った時の喜びと言ったら、もうね。この世界にはほぼ無限に本があり、つまりは無限に時間を潰せるのだ。料理に関しては、自分で美味いもの作り出せるから好きだ。

 好きなモノは甘いもの。甘いものマジ最高である。逆に嫌いなものは辛いもの。辛いものはマジで駄目だ。そもそもあんな味覚でなく痛覚に訴えかけてくるような不届き者、私は認めない。

 

 こんな15の小娘が泥棒をやっている理由としては、まぁ流星街での暮らしが基本奪い合いだったのもあるが、往来の気質というものでもあるだろう。

 つまり盗みが身体に染み付いているわけで。流星街を出た後でも血生臭い裏の世界を生きてきたわけで。表の世界のこととか、知識はあるけど実際にはよく知らないわけで。

 だから、私は普通の生活を送ることにした。こういうことは本をいくら読んでも意味が無い、体験しなくちゃ、そう思って中学入学を決意した。

 

 楓と椎菜。彼女たちに私の過去、真実を話す日が来るのだろうか。来なければいいな、と思う。と言うかまぁ、来ないだろうけど。

 まさか”友達”ができるなんて、思わなかった。ちょっとした経験のつもりと、好奇心だった。当初の予定では、”ああ、こんなものか”で終わるはずだった。

 二人の傍は、存外、心地が良い。

 ”友達”だって、言えない秘密を抱えるものだ。言う必要もない。変わってしまうのが怖いというのもあるが。

 今は10月。高校に行く予定はないし、そもそも私はジャポンを離れる予定だ。距離が離れてしまっても、この二人とはメールでやり取りして、そしてたまに会いに来て遊べたらな、と思う。

 そう思えるということは、つまり私がこの二人が好きだからなんだろうな。

 

「でも、それだと今日は楓と二人だね」

「だね。どうする?」

 

 目の前でこの後の予定を立てている2人の声を聞きながら、座っていた椅子から立ち上がる。

 中学3年の10月とは受験が間近に迫っている時期でもあるけれど、彼女達は普段から勉強しているので焦りはない。椎菜はともかく楓も以外にもそんな感じらしく、程よく遊び、そして勉強しているようだ。

 

「んー。何人かに声かけてカラオケいこっか?」

「そうだね、そうしよっか」

「カラオケ……だと……」

 

 楓の提案に椎菜が賛成し、そして私は絶望の滲んだ声を上げる。カラオケ羨ましい、でも私はいけない、あぁカラオケ……。私が甘美な響きのそれに心を抉られている時に、楓は私の方を見てふふんっと鼻で笑った。このアマ許せん。もういい、あいつのアイスは下のコーンだけだ。その分椎菜のをトリプルにしてやる。もはやアイスとは呼べないけど知るもんか。

 埋め合わせの約束を違えない範囲で、心の中で楓に対する処遇をシミュレートして溜飲を下げている間に、当の楓が他の人を誘うためにこの場を離れ、残った椎菜が私に話しかける。

 

「残念そうな顔してる。カラオケでも来ないなんて、よっぽど大事な用事なんだ」

「大事っていうか、まぁ、うん。ちなみに週末も無理なんだ」

「そうなの? 残念だなぁ、それってこの後のことが関係してる?」

「うん。どうしても外せないんだ」

 

 厳密に言えば、外せないではなくて外したくないのだが。それは言わないでおく。こういう機会はそんなに頻繁にあるわけでもないし。

 今日はこのあと我が家に客が来る。椎菜たちとは平日の学校で頻繁に合うが、その客とは合う回数はそんなに多いわけではない。そのせいかどうかは知らないが、彼は我が家を訪れると偶に数日滞在する。だから週末の誘いにも乗れない。

 少しして、楓がこちらに向かってくるのが見えた。”オトモダチ”が3人来るようである。いいなあカラオケ、と羨望混じりの視線を彼女たちに向ける。

 

「どうしても、かぁ」

「どうしても、だよ」

 

 そちらに目を向けながらの溜め息混じりの椎名の言葉に、同じく溜め息混じりの言葉を返す。残念だけれど、また今度誘ってくれ。

 今日は買い物をしてから帰ろうかな。夕飯はメインを肉じゃがにしたいし、他にも作るから材料が足りない。そうだ、プリンを作るための材料も切れてた気がするから買っておかなければ。無いと奴がうるさいから。

 だって、今日からあの天下の大悪党、最高ランクであるA級首の犯罪者集団、幻影旅団と呼ばれる盗賊団の団長。

 そんな肩書きを持つクロロ=ルシルフルという男。その彼が来るのだ。



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02 裏の世界と私

 途中でよったスーパーでの買い物を終えて帰宅する。買った食材はこの後使うものを除き、冷蔵庫に入れて保管。

 ココは私の自宅マンション。3LDK、風呂トイレ付き。1年しか使わないけど結構いい部屋を選んだと思う。

 クロロはまだみたいだし、来るまでに少し念の修業をしておこうと、部屋を移動する。

 

 我が家には寝室と、ゲームや本など趣味の物が置かれている部屋、それと修行用の部屋がある。

 この部屋で行うのは、筋力や体術の強化、そして自身の念能力の強化である。

 

 念とは、体内にあるオーラと呼ばれる生命エネルギーを自在に操る能力。念には様々な流派があるが、その中での他に圧倒的な差をつけて主流となっている心源流では念をそう捉えている。

 心源流は明確且つ簡潔に技術や系統について区分されており、私含めてほぼ全ての念能力者はこの流派の考えに沿って技を磨く。

 

 オーラは肉体の攻撃力や防御力を高めたり、その他様々な形で特殊な効果をもたらす。オーラを纏い強化された肉体で攻撃を行えば、オーラの量によっては一般人程度の筋力でもデコピン一発で人を殺すことも可能となる。

 念には普段は垂れ流されるだけのオーラを自身の周りに留める”纏”、纏うオーラを普段以上のものに高める”練”、オーラ体内に留めて気配を消し、回復力も高める”絶”、オーラを様々な形で放つ”発”の4つ、四大行と呼ばれる基礎がある。

 そこから物体にもオーラを纏わせ強化する”周”、練ったオーラを纏い密度と強度を増す”堅”、纏うオーラを移動させ、部分的に大きく強化する”凝”とその高速移動術”流”、オーラを1点に集める”硬”、練ったオーラを薄く広げ、範囲内の物を知覚することが出来る”円”、オーラの気配のみを絶って隠す”隠”といった、基礎の四大行を用いた応用技もある。

 肉体の強さもだが、裏の世界で自身の武力で以って生き残りたければ、こちらも鍛える必要がある。攻撃力も魅力だが、拳銃等の火力の低い兵器であればものともしない防御力は単純な筋力の強化では手に入らないが、念を纏えばそれが実現する。

 

 流星街での長いゴミ生活の中、ある偶然から私も念を修めている。念は四大行や応用技といった決まった形式があるけれど、その中で”発”のみ異色で、これは個人の資質によって様々な形と効果を示す。”発”の能力は千差万別だ。

 概念上は能力の習得数の上限はないけれど、際限なく治めれば強いわけでもない。ある程度の効果と数であれば影響はないが、それらが大きくなれば能力の行使に悪影響が出る。

 私の考えでは、能力者はその才能に応じて能力を行使するための仮想空間の個室が与えられ、能力は部屋の備品。能力は効果の大きさによってその体積を増していく。能力を行使するには、その部屋の中で該当する能力を振り回し、それによって実際の効果が出るのだ。

 そんな中で、能力が大きすぎたり、また数が多すぎたりして部屋の空きスペースが小さくなると、満足に振るうことができなくなる。それはつまり、現実に及ぼす効果が減少することを意味する。

 ソレは発動の遅延や威力の減少といったマイナスの形で現れる。故に何でもかんでも習得したりは逆効果なので、するものは居ない。

 ただ”制約と誓約”と呼ばれる、能力に条件を課す事でソレを緩和することは可能である。これは能力に何らかのルールを自信で定め、それを遵守すると誓うことで能力を強化する。

 ソレにも何通りかの形がある。発動までに何らかの手順を踏む、或いは特定の条件下でのみ可能や、自信が何らかのリスクを負う等。これにより、仮想空間上で能力の体積が減少し、何らかの条件が付き纏う代わりに威力を底上げしたり、強大な能力を扱うことも可能となる。

 

 念能力者ということで、当然私も”発”で固有の技を修めている。その数は3つ。

 1つが盗みの素養(スティールオーラ)。これは相手のオーラを盗み、それを自身の糧にする能力。盗むには相手のオーラと自分のオーラが触れている必要がある。また条件の難易度が高いほど盗める量は増加傾向にある。円で触れているくらいでは極少量だけど、直接触れればかなりの量だ、とか。

 盗んだオーラは大まかに3つの利用方法がある。量に応じて自身纏えるオーラを2倍にまで増やせる強化と、オーラの回復、それと盗んだオーラをそのまま攻防に利用する転用。制約と誓約が付き纏うけれど、私が気をつけていれば気にならない程度だ。

 

 もう1つが 卵を見て念を求む(ワンダーエッグ)。念で具現化した卵を飛ばして攻撃する。そのサイズは鶉の卵から自身の体積まで任意で決定できるけど、形は一般的な卵の形状のみ。星型等の奇抜なデザインのものは不可能だ。非常に残念ではあるけれど。当然、大きいほうが込められるオーラも多くなるので強くなる。

 盗みの素養(スティールオーラ)で強化した分、同サイズでも込められるオーラの量が増えて、弾速や威力などが上昇して強くなる。まぁ実際、あまり強い相手と戦おうとしないから最大強化時には使ったこと無いけど。逃げるときなんかは重宝する能力だ。

 接触か任意のタイミングで割って、オーラの衝撃と卵の殻を当たりに撒き散らす。一撃の威力は低いけれど、避けにくいので牽制用などにも結構使う。格下相手にはこれをぶつけ続けて虐めたりもするけど、メインの攻撃ではない。ぶっちゃけ武器持って攻撃したほうが強いし。

 

 最後の1つが卵の中にも怨念あり(リバースエッグ)。コレはかけられた念を外すことが出来る、除念と呼ばれる能力だ。

 対象に触れて、その対象が持つオーラの2倍の量のオーラで包めば念が発動して、対象を卵の殻が覆う。そこから私のオーラを更に消費して、除念が開始される。

 この間私のオーラは卵に触れていなければならないので”絶”が使えない。オーラを引っ込めて気配が発つことが出来ないとはつまり、私は除念中に身を隠せないのだ。まぁ、そもそも危険な場所でやるつもりもないんだけど。

 オーラが触れてさえいればいいので、最悪薄くオーラを広げる”円”でもいいわけだ。逆にオーラが1瞬でも離れれば除念は失敗し、対象にかかっていた念は私に振りかかる。

 これも制約と誓約によってやはり制限がある。破れば最悪の場合死に至るようなものなので、こちらは警戒せねばならない。

 

 修行用の部屋には私が丹精込めて神字を書いた大きな紙があり、その上にカーペットを置いて紙が汚れたり破れたりしないようにしている。

 神字とは、念を込めた上で特殊な文字列や記号、図形を書き込むことで、神字の書かれたものに何らかの効果を付加するものだ。これを覚えるのには苦労したなぁ。

 一文字一文字丁寧に時間をかけ、書くのに3日も費やしたのだから駄目にする訳にはいかない。そのためのカーペット上乗せ処置。

 この神字の上にいる間、私の肉体に掛かる負荷がおよそ10倍ほどになる。それは念にも言えることで、念の場合は常時よりさらに精度も落ちるので、修行にはもってこいだ。

 

 さて、今日はどうしようかな……今から汗を書くのは駄目だから筋トレは無し。時間もないし、”練”オーラを限界まで出しきって総量を上げるのも無理。なら円の練習でもしようかな。

 円はいい。周囲の状況を手に取るように把握できるこの技術が私は大好きだ。それに私の能力に関わる部分でもあるので伸ばせるだけ伸ばしたい。

 今は平均で半径180mくらいだろうか。”円”の範囲は達人でも40~50mと言われているが、コレは私が物凄い達人ってわけではなく、単純に得手不得手の問題だ。40~50の人は念の達人ではあっても、”円”の適性が私より低いだけ。まぁそれでも平均的な適性の人が達人級の念能力者だったらその範囲、という話なのでむしろ私が高いのだ。

 私よりも潜在オーラも顕在オーラも多いひとは結構いると思うが、それでも私はその大多数に得意の円の範囲で負けるつもりはない。

 ちなみにとある暗殺一家の知り合い、ゼノさんというおじいさんは別格である。あれは、ずるい。

 

 この部屋では基礎体力から念まで全てのトレーニングが出来る。系統別修行も一部我流だが負荷が大きいため結構成果はあるはずだ。

 系統とは念の利用方法の区分で、誰もが6つの系統の中のどれか一つに所属する。

 オーラで強化する強化系、形を変える変化形、物質化する具現化系、他の系統の概念に当てはまらない特殊な性質を持つ特質系、自在に操る操作系、体外に放つ放出系。

 これらが6性図と呼ばれる六角形状に有り、強化系から順に時計回りで配置される。自信の系統は100%、自身の属する系統と隣り合う配置の系統は80%、そのさらに隣は60%、自信と反対側の系統は40%、と習得できる強度の割合も変わってくる。

 私は特質系に属する能力者であり、私の場合は特質系を100、操作系と具現化系が80、放出系と変化系が60、強化系が40の割合で習得できる。

 これは習得の上限であり、鍛えなければ系統別の能力は0のままだ。故に特質系であっても、満遍なく鍛える必要がある。

 

 自信の系統の判別には水見式というものを用いる。透明なグラスに限界まで水を注ぎ、その上に葉を載せる。ソレに対して”発”を行い、起こった変化で系統がわかるというものだ。

 強化系であれば水が増え、変化形は水の味や香りが変わり、具現化系は水に何らかの物体が出現し、操作系は葉が動き、放出系は水の色が変わる。特質系はソレ以外の何らかの変化、ということになる。

 私の場合は水が減少したので、特質系ということだ。系統が分かれば、念の持久性を上げてから自信の系統を中心に書く系統を鍛える。持久性をまず上げるのは、すぐバテるようでは効率が悪いため。

 

 強化系の修行はトッポを使う。最後までチョコたっぷりなアレである。トッポ強化して金属の角にぶつける。この際に全力でトッポを強化して折れるギリギリの力でぶつけ続けるのだ。

 いつかこの負荷がかかった状態でトッポが金属を凹ませる事ができるようになるのが目標だ。あ、割れたトッポはちゃんと食べます。

 

 放出系の修行は床に手をついて手から放出したオーラで身体を浮かせるポピュラーな訓練と、身体から離れたオーラを保つ訓練だ。一度に放出する量と、離れたオーラを維持する能力を鍛える。身体を浮かせる方はたまに足でもやってみる。意味があるのかは知らないが。

 

 変化形は音楽を聞きながらその歌詞を念で文字化したり、なんだかよくわからないアートのようなものを描く。形を変えるのが主な訓練となるので、遊び心が入りまくる。今度は浮世絵にでも挑戦しよう。

 

 操作系はイライラ棒のコード部分を持って念で棒を操る。このためだけに大きめのイライラ棒を買ったのだ。ミスするとめちゃくちゃうるさいのでかなり気合が入る。

 

 具現化系は手にオーラを集めてオーラが実体を持つようにイメージし、その上におもりを載せる。つまりオーラの上に重いものを載せているのだ。慣れたら重さを増やしていく。

 はじめはうまくいかなかったが、おもりをトゲトゲのものにしたらできるようになった。危機感って凄い。

 

 特質系は、正直よくわからない。なので水見式同様水に発を行い減少させるか、私の能力を知っている人に対して能力を使わせてもらうということしかできない。

 効果はあるけれど、これで合っているのかは分からない。他にどうしろっていうんだ。おかげで毎月の水道代は結構な額だ。

 私が減らしたせいで水がどっか行ってしまっているけれど、強化系の人が増やしてくれてるはずだから問題無いだろう。

 

 まぁ今は系統別修行の事はどうでもいい。今からやるのはソレではないのだから。

 ”円”はこの念字の上では全力でも5m程度にしか広がらない。単純に範囲が10分の1にならないのは負荷と共に精度にもマイナス補正があり上手く広げられないからだが、おかげで余計なものを見ることも少ないし、あまり目立たない。

 とりあえずは修行をしよう、と本を開いてオーラを広げた。

 

 

 

 

 

 

 修行を開始してから1時間くらい立った頃。玄関先から気配を感じること無くチャイムが鳴った。どうやら来たみたいだ。

 途中だった本には栞を挟み、中断して玄関に向かう。開けた先にいたのは予想通りの人物だった。

 

「クロロ、いらっしゃい」

「ああ、邪魔するぞ」

 

 クロロを家に招き入れる。そういえばこうやって顔を合わせるのは久しぶりな気がする。

 基本的に彼らの盗みに私が加担するときか、彼が自主的に私を訪れる以外では会うことがない。私が学校に通ったので彼からの誘いは減ったから、普段より期間が空いたのか。

 

「珍しいね、何日か滞在するんでしょ?」

 

 リビングまで招き、テーブルを挟んでコの字型に配置してあるソファにクロロが座ると、私はその反対に腰掛けつつ尋ねる。

 事前に聞いてはいたけれど、クロロは今日から何泊か我が家に泊まる、らしいのだ。ホテルでも取れよと思わなくもないけど、彼も私と同じく読書好きだし本の趣味が合うし変に繕う必要もないので気は楽ではあるし、何より私にとってもおいしい話がある。

 

「あぁ、ちょうど仕事が終わって骨休めしたいと思っていたんでな」

「仕事って、一昨日のやつ?ニュースで見たよ」

「あそこに欲しい本があってな、ちょうどいいしココで読ませてもらう。それにお前の家の本で俺がまだ読んでないものがあったからそれも読みたい」

 

 本の虫め。いや私も人のこと言えないけどさ。

 一昨日のニュースでは、かなりの犠牲者が出たと言っていた。私のようにコソコソと死者や怪我人を出さない方法と違って、なんともまぁ豪快に大胆に決めたものだ。

 ぶっちゃけジャポンでやられると学校の皆にも不安という2次災害が及ぶから控えろ、と思うし、実際言ったのだが聞く耳は持たなかったようである。クロロてめぇこの野郎。

 まぁ言ったところで聞かないと最初から分かってはいたので、特に何も言わず会話を続ける。

 

「て言うか、棚の横に山積みしてあるやつは持って行っちゃっていいよ。もうデータ化してるし」

「……いいのか?あれ、希少な本だろう?」

 

 そう言って、部屋の隅に積まれた本の山を示すと、彼はその背表紙からそのタイトルと希少性を読み取りそう尋ねた。

 希少だけど、どうせ盗んだものだし。そう言うとクロロは少し笑って、じゃあ1冊100万で引き取ろう、なんて言ってきた。タダでも良かったのに律儀な男である。まぁ貰えるものは貰うけど。

 

「データ化、か。たしかに便利ではあると思うがな」

「本を読んでるって感じがしない、って?」

「ああ。ページを捲ってこそ本だろう?」

 

 彼が呟いた言葉は、以前にも交わしたことがある話題。その時に聞いた彼の持論を口にする。

 返ってきた言葉に共感できないわけではない。むしろ大いに共感する。

 

「クロロの言わんとしてることは分かるよ。私だって何でもかんでもデータ化してるわけじゃないし」

「そうなのか?」

 

 クロロが聞き返すが、私だって全部そうしているわけじゃないのだ。

 私がデータ化しているのは盗んだ本と、外出先で読む用の本が大抵である。

 盗んだ本はさっさとデータ化して売り捌いてしまうのに限る。倫理的にアレな行動ではあるけれど、もとより私は犯罪者。その程度のことは気にしない。

 盗まれたものの調査が本格的に始まる前、早いうちに裏のオークションに流してしまえば足がつく可能性も減るので売るのはかなり速い。

 

 外出先で見るのはポピュラーな、書店で普通にみかけるような小説やライトノベル、それとレシピブックや雑誌類だ。

 これらは暇つぶしとしては重宝する。何より嵩張らないのがイイ、凄くいい。

 少しレアな本や、本格的に楽しみたいものは現物で読む。やっぱり雰囲気って大事だよね。

 私はカバンから手帳サイズの2つ折りにされた機械を出して言った。

 

「コレに入ってるのは盗んだものとか、あとは暇つぶし感覚で読む本だけだよ」

 

 これは某殺し屋一家の次男坊、ミルキ君なる人物に特注で作ってもらったものだ。本を読み取るようのスキャナーと一緒に。

 ちなみに彼はゼノさんの孫。長い時代の中、代々暗殺者を輩出し続ける最強にして最恐の殺し屋一家、ソルディック家の男だ。

 ジャポンはオタク文化の国なので現地でしか買えないようなものを貢ぐと割と仲良く慣れた。それでいいのかゾルディック。

 今では私がグッズを送り、彼がたまに私が頼んだものを作るという持ちつ持たれつな関係だが、私は彼も”友達”だと思っている。

 スキャナーは本を入れれば自動でページを捲り1ページずつ画像としてデータ化する。1冊5分もあれば大抵は終わる。

 あれ中身どう動いてるんだろう。外から見えないし、”円”を使っても内部が見えない。企業秘密ってことなんだろうか。引きこもりな彼ではあるけれど、機械系に関しては流石の一言だね。

 

 手帳サイズのやつはデータ化された画像を表示する用のものだ。ズームもページ割も自由自在、耐水、耐衝撃等かなり頑丈に作られていて画像は超鮮明、バッテリー長持ち、充電端子は様々な規格に対応している優れ物だ。ミルキさん流石っす、でも2つで1千万はちょっと高くないっすか。

 なんか名前が付いてた気もするけど、忘れたので普通に”スキャナー”と”メカ本”と読んでいる。ごめんよミルキ君。

 彼とは交流があるが、ほかのゾルディックの人との関係で友好的なのはゼノさんくらいか。子供とは遠目に見ることはあっても接触しないし、あとは怖すぎるんで無理ですぅ。

 

「保存と、外出時に主に使うわけか」

 

 クロロが我が意を得たりと頷きながら呟く。まぁつまりはそういうこと、利便性を追求した結果だ。

 

「うん。あ、ちょっと早いけどご飯の準備しちゃうね」

「何を作るんだ?」

「メインは肉じゃがです」

「ほう」

 

 今夜のメニューについて尋ねられる。これに答えれば、返ってきた返事がこれ。ほうって。ちょっとクールに返事したけど、口元が笑ってて楽しみにしてるのがバレバレで台無しだ。

 彼もジャポン食が好きなのは知っているし、私の料理の腕もそれなりだと自負しているので、気持ちはわかるけど。わかるけどさ。

 ああもう、こっちにまで移っちゃったじゃないか。

 

 

 

 

「中学校とやらはどうだ?」

 

 夕飯を終え、準備と同時進行で蒸していて食事中に冷やしていたプリンをつつきながらクロロが問う。

 彼は見た目が整ってはいるが、それはゴツい感じではなく爽やかな、年の割に幼い顔立ちなのでまぁプリンも似合わなくもない。

 ちなみに彼は先月、9月の6日を以って26歳となった。もうちょっと歳相応の顔をして欲しい。まるで10台後半だ。

 

「楽しいよ、友達もできたしね。いい経験になったと思うよ」

「……そうか、よかったな」

 

 私の答えにクロロは笑みを見せるが、それにどことなく陰りがあるのは気のせいだろうか。きっと気のせいだろう、そんな反応をする理由もないし。

 些細な疑問をさらりと流し、そうだ、と手をポンと叩く。コレを言っておかなくちゃ。

 

「ねぇ。私さ、今度のハンター試験受けようと思うんだ。て言うかもう申し込んだ」

「ハンター試験をか? 楽に受かるだろうとは思うが、どうしてまた?」

「んー。あると便利だろうし、刺激にもなると思うんだ。まぁこれも経験のためだよ」

 

 本は好きだ。私の知らないもの、考え方など魅力的なものがたくさん詰っている。

 でも本を読んで得られるのは知識だけ。少し前まで盗みをしながら好き勝手生きてきた。

 それ以外のことをあまりして来なかった私はきっと頭でっかちなのだろうと思う。だから私は自分で経験して、自身で感じたいのだ。

 

 ハンター試験はその名の示す通り、ハンターになるための試験。試験は一般的には超難関とされ、命の危険もある。

 その困難を超えて手にするハンターという肩書きとライセンスは魅力的。故に危険でも毎年星の数ほど参加者がいる。

 ハンターとは、何らかのモノを追い求めることに自身の全てを費やすもの。ライセンスがなくてもハンターはハンターだけれど、ライセンスがあればプロフェッショナル、なければアマチュア。

 プロだけが持つライセンスは様々な効果でハンターを支援する。それも魅力的ではあるけれど取り敢えずは経験だ。

 

「変わったな」

「変わるよ、環境も変わったしね。そんなもん皆がそうでしょ、変わんない人なんかいないんじゃないの」

「……そうだな、変わるんだ」

 

 変わる。やけにその言葉に食いつく彼を、少し不思議に思う。

 クロロは相変わらず笑みを浮かべているけれど、その陰りが濃くなったようにも思う。

 自身でそのことに気づいているのかいないのか、彼はそのままの表情で続けた。

 

「本に書いてある内容なら、どんなに難解でも何度か読み返せば登場人物が何を考えているのかなんてほぼ完璧に理解できるが、やはり人間を理解するのは難しい。文章は不変だが、人間はそうではないからな」

「……まぁ、そりゃね。私だって自分のこと半分も理解できてるのか怪しいし。まぁでも、本質的なものはそう簡単には変わんないと思うけど」

「……本質、か」

 

 私の返答に、彼は少し俯いて顎に手を添えて考えこんでしまった。

 なんだなんだ、今日のクロロはどこかおかしいような気がする。いやおかしいというか様子が変というか、とりあえずいつもと違う感じだ。

 いつもならあのお宝がどーたらこの本がこーたらとかそんなことを話したり冗談を言い合うのに、今日はなんだか真面目な感じ?

 なぜこんな感じになっているのか、と私が不思議そうにしているのを察してか、顔を下の位置に戻したクロロが口を開く。

 

「……なんでこんな話をしたんだろうな。いや、多分……お前が、遠くへ行ってしまうような気がしたから、か?」

 

 首をひねりながら、なんとも曖昧な台詞だ。どうやら自分でもよくわかっていないみたいだ。疑問形で言われても私はどうしようもない。

 どう返事をしたものか。頬を掻きつつ困惑していると、彼はどこかに向けていた視線を戻した。

 

「……俺から、蜘蛛から離れるなよ、メリー」

 

 つまりは視線を正面、私に合わせて。

 私の本名、その愛称を呼びながら、目を見てそう言ってきた。

 

「……なにいってんのさ、」

 

 そんな関係じゃないじゃん。と、続けようとした言葉は出てこなかった。

 私と幻影旅団、蜘蛛とも呼称される彼らとの関係は、一言で言うと利害の一致からの協力関係である。

 私は彼らの盗みに呼ばれれば加担するし、逆に手を貸して欲しい時クロロに言うと蜘蛛は何人か来てくれるだろう。

 それは彼らも流星街出身者で形成された組織、という同郷のよしみだったり、昔かち合ってその結果互いの実力を認め合ったからこその共闘みたいなものであり、両者は独立しているのだ。

 だからその関係を踏まえて言えばクロロの問はナンセンスだし、私は先ほど飲み込んだ言葉を言えばいいだけの話だった。

 離れるのだってなんだって、私が彼の指示に従わなくてはならないことなんてない。蜘蛛の仕事に加担し、団長としての彼から指示を仰ぐ以外では

 

 でも、今日のクロロの雰囲気はなにか違う。きっと、そんな事実上の関係を踏まえた上での発言じゃなかっただろう。

 私と蜘蛛。数年来の付き合いだ。そうなればまぁ、そんな形式上の、単なる協力関係からは一歩踏み出す、かも知れない。

 となると、私が返すべき言葉もきっと違う。ここで答えるべき言葉は、私の気持ちからくるものであるべきだろう。

 そこまで考えて、自問し、私はこう続けた。

 

「私は、離れたりするつもりはないよ」

 

 蜘蛛という集団を私は気に入っている。彼らが私から離れることはあっても、その逆はおそらく無いだろう思えるくらいには。

 それに、私の本質は泥棒で、悪党。彼らとは根本的な部分で似通っているところがあるから、一緒にいて苦に思うこともあんまりない。ちょっとはあるけども。濃いのだ、奴等のキャラが。

 

「……そうか」

 

 クロロの返答は短いものだったけれど陰りはとれたように思う。空気が先程よりもなんだか軽く、穏やかだ。

 蜘蛛が、クロロが、私と同じように思っていてくれるといい。……それは欲張り過ぎかな。

 

 柔らかくなった空気の中、私たちはいつものように色々なことを話した。

 あの本がおすすめとか、コレ難しいとか、アレ読んだら損した気分になった、とか。

 お互い本の虫だ。話題が本だけであっても尽きることはない。

 土日にどこか行こうという話になって、甘味処に行くことになった。

 この辺りは美味しい店が多い。私がこのマンションを選んだ理由だ。

 明日が楽しみだ。クロロからオーラを根こそぎ盗んで発の修行をしたら眠ろう。

 

 しかしクロロよ、行き先で甘味処を提案するのは一応女の子である私の役目だと思うんだ。

 この甘党め。



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03 あと2ヶ月

 週が開けて月曜日。結局クロロはもう少し居付くようだ。まぁ部屋余ってるからいいんだけど。泊める部屋は男性ならリビングか趣味の部屋、女性であればそこに私の部屋が選択肢として追加される。

 それに宿代もきっちりオーラで払ってもらっているので居着くのはむしろ歓迎だ。やはり実際に能力を使うと経験値がたまりやすい気がする。

 特質系の性質上、決まった系統別の修行法が確立されていないし、私の盗みの素養(スティールオーラ)はオーラを盗む能力なので、自分以外の念能力者が居て初めて発動できるもの。訓練の観点から見ても、彼が泊まるのは大歓迎。

 向こうとしても、通常の”練”よりも遥かに速くオーラを消費するよりので、短時間でオーラの総量を増やすことが出来る。つまるところ一石二鳥なのだ。

 

 当のクロロは、オーラを絞られたにもかかわらず徹夜で本を読んでいたらしく、私が朝起きた時もソファに寝そべって読書をしていた。

 割りと元気そうだったし、一晩経ってオーラもそこそこ回復していたようなので、登校前にも絞っておいた。流石に疲労して日中は寝ているはず。

 私はそれ以外はいつも通りに学校で過ごし、今日の授業も全て終わり。帰りのHRもつい先程済んだので、筆記用具入れのみが入った軽い鞄に手を掛けたところで、クラスメイトの子が話しかけてきた。

 

「ねぇ、真城さん。昨日の夕方駅前の喫茶店にいなかった?」

「え、昨日?」

 

 そう、昨日、とオウム返し気味な私の返事に更にそれをかぶせてきた彼女から僅かに視線を外し、昨日の事を思い出す。

 彼女の言う通り、確かにいたけど。買い物帰りに休憩がてらお茶してたけど。クロロと。せっかく誰かと一緒に外に出たのに、用事が済んだらさっさと帰るのはもったいない、ということで。

 質問の経緯は分かった。見られていたのだろう。気づかなかったのは迂闊……、……いや、ひょっとしたら私を見た直後、対面に座るクロロに視線を奪われたのか。それならば気付けない、と言うか似たような意味合いの視線が多すぎて、それが誰のものかなど一々気にしてなかったし。

 話しかけてきた女子生徒の顔を見る。読み取れるのは、好奇に期待に羨望に嫉妬、その他諸々。流石はクロロ、顔の良さと収入の多さに定評のある男。性格は最悪だけど。まぁ私も偉そうに言える立場じゃないが。

 質問の意図も分かった。これはつまりあれだ、昨日の男の人誰よって感じなんだな? さすがにアレを紹介するわけには行かないし適当にあしらおう。

 

「うん。こっちに遊びに来ていた親戚のお兄さんとね」

 

 嘘はついてない、はず。親戚じゃないだろうけど流星街の人間の絆は他人より細く家族より強い――私個人としてはその表現に疑問が生じる上、あそこに居て絆なんてものを感じたことはないからこれはただの伝聞だ――から、きっと、親戚みたいなものだ。多分そんな感じ、うん。

 もうそこに住んでないからそれが私たちに当てはまるかどうかは謎だけど。

 ともあれ私の言葉を聞いた彼女の反応はというと、だ。なんと期待に目を輝かせてしまっているではないか。

 親戚というワードから私とクロロがそういう関係ではないと理解したからこその反応なんだろうけど、彼が遠くに住んでいることを仄めかした部分はまさか無視なのか?

 

「へぇ、親戚のお兄さんなんだー。凄くかっこよかったよね!」

 

 胸の前で手を合わせ、僅かに頬を染めつつにこやかに私に同意を求めてくる。ハッキリと且つ整った顔であると思うけど、内面も知ってる身としては同意しかねるので、曖昧に笑って流す。

 見た目はたしかに良いんだよ、見た目は。でもそいつ幻影旅団の団長ですことよ。世間を騒がす大悪党の頭ですことよ。なんて、当然言えるわけもない。

 興味アリアリです、の姿勢を崩さない彼女に、さてどう対処すべきかな。ここですっぱり諦めさせるのが彼女のためではあるんだろうけれど。

 椎菜と楓の方に援護を要請しようと視線を向けると、既にこちらを見ていた2人と目が合う。気づいてたんなら援護を……あれ、ていうかあいつら私の現状を面白がってないか? なんか口元ニヤけてますけど。くそ、援護は期待できないな。

 2人に話しかけてもらってこの場を脱する、という手段は向こうの協力が得られそうにないから却下。まぁこの案自体その場凌ぎの物だし、やはり別の方法が理想的かな。

 うーん、彼女いるとでも言えばいいか。これならまぁ、彼女の性格次第では即座に諦めてもらえる。どんな人か問われたらパクの写真を使おう。金髪鷲鼻、そして素敵なバストを誇る幻影旅団の団員だ。

 利用するようでごめんよパク。でもあなたのその驚異的な胸囲は女子中学生を黙らせるのに最適だと私は思うのです。

 

「言っとくけど、アレ恋人いるよ?」

「えー、そういうつもりじゃないんだけどぉ、紹介してくれたらなーって」

 

 しかし諦めてくれない。そういうつもりじゃないって、じゃあどういうつもりだよ。私にはさっぱりだよ。

 とは言え少し食い下がられたくらいで折れるわけにもいかない。再び拒否の旨を伝える。

 

「どうせこの辺には住んでないし、それにもう帰っちゃったし、意味ないよ」

「じゃあ連絡先だけでも教えてよ。知ってるでしょ?」

 

 少し不機嫌になりながらも、彼女は更に詰め寄ってきた。わぁいめんどくさい。

 その行動力や良し。自分からチャンスを物にしようと動く姿勢は評価するけれど、それを発揮する相手がマズい。

 幻影旅団団長の連絡先なんか一般人が持ってたらすごく危険じゃないだろうか。まぁわからないだろうけど。

 どうしようか。これ以上問答をしたところで、私はもちろんだが彼女も折れないだろうし。強引に話を切り上げて帰るべきだろうか。

 年明けからはハンター試験があるし、それ以降学校に来るつもりはない。出席日数も十分足りてるだろう。関係ないけど。

 それまでどうせあと2ヶ月、ここまで来ればもう角が立たないように気を使う必要もない。この人はただの”オトモダチ”だし、現時点で切れてもいい縁だ。

 ザックリ断ってやろうと口を開きかけたところで、校内放送のチャイムが鳴り響いた。出鼻をくじかれ、何だコノヤロウとスピーカーに目を向ける。

 

『3年A組の真城ー、生徒指導室まで来なさーい』

 

 そこから発せられたのは、機械越しの我がクラスの担任の声。3年A組、つまり私のクラスに、その苗字は私しか居ない。

 って、私かよ。品行方正且つ模範的なちょくちょく無断欠席する生徒の私としては、呼び出される心当たりがない……あ、あるわ。多分アレのことか。

 呼び出されたということは、アレはどうやら担任の目に止まったということ。しかもこの状況では正に渡りに船、乗っかって離脱させてもらおう。ナイスタイミングだ先生。

 

「呼び出されたから私行くね。それから教えるつもりはないし、諦めてね」

「あ、ちょっとぉ!」

 

 椅子から立ち上がりながら、一応きっぱりと断っておくのも忘れない。コレでこの話は終わりだと判断してくれればいいんだけど。明日以降も聞かれるのは嫌だ。

 最後に見えた彼女の表情は、残念だという色合いが濃い。恐らく諦めてくれたことだろう。物分かりは悪くないようで何よりだ。その行動力があれば恋人なぞ直にできるだろう、顔も整っているわけだし。

 彼女が今度は内面のまともな奴に惚れるのを心の隅で祈りつつ、鞄を腕に引っ掛け、小走りで教室の後ろの扉へと向かう。行き掛けにニヤケ顔の楓の足を踏むのも忘れない。大いに痛がるといいんじゃないかな。

 

 

 

 生徒指導室。その名の示す通り、生徒を指導するための部屋。主に間違った行いをした生徒を正す目的で使用される。方法は相談、説教など。

 入学してから半年以上経過したけれど、今まで来ることのなかったこの部屋の内装を見渡す。まぁ、あるのは中央の机と椅子だけだから殺風景としか評価のしようが無いんだけどね。

 

「呼び出した要件は、コレだ」

 

 机を挟んで対面に配置された椅子。その片側に座る私の前に、広げられたプリント。

 差し出したのは私のクラスの担任を務める教師。40半ばの彼は、少し疲れたような表情だ。

 

 プリントは、私達生徒の希望進路を調査するためのものだった。進路といっても中学校卒では企業への就職は困難であり、進学が圧倒的に多いため書かれる内容の大半は受験を希望する高校となる。

 ただ、何事にも例外はあるものだ。私の書いた内容は高校の名前ではなく、ましてや進学を希望するといった旨でも無かった。

 希望進路は第一から第三まで書く欄があるが、机の上に置かれたプリントには、第一から順に泥棒、ハンター、盗賊というもの。

 まぁ先生からしたらふざけんじゃねえと言いたくなるような内容だ。

 

 私は本気で書いたのだから、生徒の本気を汲み取ってくれても良いのではないか。

 形ばかりではあるけれど、反論する。この過程が大事なのだ。

 

「金曜までにちゃんと書いて再提出しなさい」

 

 先生は私の言い分にとんと耳を傾けることもせず、両断して下さった。

 不満顔で既に記入したものと新しいものの2枚のプリントを受け取りながら、心のなかでほくそ笑む。このふざけた記入のプリントは学校に残らずとも良い。ただ先生の印象にさえ残っていれば。

 退出を促され廊下に出る。新しい紙には適当にこの近くの高校の名前でも書こう。

 

 

 

 

「結局呼び出しってなんだったの?」

「あー、進路調査だよ。再提出だってさ」

 

 事前にメールで連絡を取っていた椎菜と楓の2人と、校門で合流して帰路に就く。呼び出しが気になったのか、合流後すぐに聞いてきた椎菜の問いに手をパタパタと振って答える。

 そういえばこの2人はどうなのだろう。聞いてみると、椎菜は近くの進学校を希望で、楓は少し離れたところにある女子高に行くらしい。楓はなんか女子高でモテそうだ。よかったね、ハーレムおめでとう。

 嬉しくないー、と嘆かれてもこの場でに居る楓以外がそう言うんだ、おそらく間違い無いだろう。どんまい。

 

「で、芽衣はなんて書いたのさ? 私らが言ったんだから教えなよー」

 

 楓が頬をつつきながら言ってきた。その指を笑顔で徐々に力を増しながら握りしめ、適度に痛がったところで離す。ちょっとやりすぎた感はあるけど、折れて無いからいいよね。

 まぁ聞いたんだからこっちも言うのが筋だね。この2人になら今のうちから言っておこうかな。”友達”だと思える相手なわけだし。

 言えるのは第二希望だけだけど。

 

「ハンターって書いた。こっちはまじめに書いてるっていうのにね」

「え゛、はんたー!?」

 

 涙目で痛む指に息を吹きかけていた楓が過剰な反応を見せる。痛みもどこかに吹っ飛んでしまったようだ。

 ハンターになるためには難関といわれる試験を突破する必要があるし、その反応も無理からぬ事かも。

 まぁまぁ問題ねぇよ、と宥めようとしたが、その前に椎菜が、次いで楓が声を上げる。

 

「芽衣、それほんと? 試験凄く危ないって聞くよ?」

「そーだよ! 毎年すごい数の死者が出てるらしいじゃん! やめときなって!」

「大丈夫だって、自信あるし。それにもう決めたことだしね」

 

 割と強めの語気の2人に対してそう返答するも、なかなか納得してくれない。

 私からしたらチョロい試験も彼女達の視線ではそうではないってことか。うぅん、理解はしていたけれど、ここまでとは想定外だ。

 心配してくれるのは嬉しいけれど、ハンター試験で私が死ぬなんてことは……あ、あのピエロ去年落ちたんだっけ。今年も来るとしたら万が一あるかもしれない。

 今年は私の知り合いの変なピエロも参加するというから、危険っちゃ危険だ。なんせ彼は快楽殺人者で戦闘狂で変態なピエロ。

 変態が何をしでかすかなんて私には想像もつかない。確か去年は試験官半殺しで失格だったとか。試験に退屈してしまったんだろうけど、それにしたって堪え性の無いピエロだ全く。

 

 結局私と2人の間の試験に対する認識の齟齬は中々埋まらず、納得してもらえるまではだいぶ時間がかかった。

 椎菜に至っては泣き出しそうになるもんだから、ヤバイなーと思ったらすぐギブアップする約束もして漸く納得してくれたのだ。

 

「しょうがないなぁ、気をつけてね?」

「まだ2ヶ月も先の話だよ。気が早いって」

 

 そんな彼女の苦笑しながらの心配する声。椎菜に関しては納得と言うよりも説得を諦めたのほうが正しいかな。にしても2ヶ月先のことを今から心配しても仕方ないだろうに。そもそも試験とか余裕なんだぜ、余裕。

 

「んー、お土産何頼もうかなー」

「いやハンター試験のお土産って何?」

「……さぁ?」

 

 対照的に楓は一度納得してからは楽観的になり、おみやげを催促しやがった。

 お土産自体はいいんだけれど、そんなものは果たしてあるのだろうか。聞き返してみるも、首をかしげられてしまった。知らないのかよ。

 うーん、なんだろう。そういうの売ってる店があるのだろうか。……あぁ、コレならば自分で調達できるし、試験ならではって感じもする。

 

「死んだ受験生の生首持って帰ってこようか? 試験ならではだよ」

「やめてっ!」

 

 軽いジョークだ。いや些かブラック過ぎたな。椎菜と楓の完璧にシンクロした突っ込みを受け、少し反省する。

 額に手を当て溜息を吐く楓が、ジロリと私を横目で見ながら口を開いた。

 

「つーかさ、それ学校にはなんて言うの? 書きなおしじゃボケェ!! って言われたんでしょ?」

「さすがにそこまで酷くないわ」

 

 軽いチョップとともに返す。そもそも担任はそんなキャラじゃないだろうが。

 

「でも却下されちゃったんだもん、実際どうするの?」

「とりあえずテキトーに高校の名前書いて出しとこうかな」

 

 椎菜の疑問は尤もだ。ただ、それについては取り敢えず納得できそうな内容を書けばいいだけ。

 生徒指導室で考えたように近所の高校か、テキトウな進学校なら問題無いだろう。

 

「あり? 学校にはハンターになるの黙っておくの?」

 

 楓から疑問の声が上がる。確かに進路希望を訂正する、となると学校側には試験を受ける予定だと伝わらない。

 私としてはそれでいいのだ。学校には試験のことが伝わっておらずとも。

 

「終業式おわって、冬休みに入ってから担任に報告するよ。職員室に行って言い逃げしてくる」

「いいね、言い逃げ! あのハゲのぽかんとした顔が目に浮かぶよ~!」

「ウチの担任そんなに禿げてないよ、楓?」

 

 ただ、担任にだけ伝わっていれば。彼にのみ複数回伝え、後にそれが冗談ではなかったのだと彼が理解しさえすれば。

 楓にハゲ呼ばわりされ、椎菜からも微妙なフォローしかもらえなかった、生徒から余り好かれていない担任を、利用する下地ができていれば。

 

「クチの悪い小娘だこと」

「女子中学生からしたら充分禿げだし! てゆーか小娘ゆーなっ!」

 

 一連の行動の理由は、折を見て彼女達にのみ明かせばいい。果たして意味はあったのかと、いずれ疑問に思うだろうし。

 私が楓を小娘呼ばわりしたのを切掛に、話題は進路から楓弄りにシフト。そうしてまた談笑が始まる。

 わいわい騒ぎながら帰るこの時間を私はかなり気に入っている。

 昔、ゴミの中で憧れていた光景は、思っていたよりも良いものだった。

 

 

 

 その後、ファーストフード店に寄って話し込んで、試験日が1月7日だから三が日の間は未だジャポンにいること、だったらクリスマスや元旦はパーティーをしようという話になった。

 合格したらジャポンから離れるから実質あと2ヶ月しかいられないことを告げたら悲しそうな顔をされたけれど、決して会えないわけじゃない。会わないわけじゃない。

 試験中も途中経過をメールすると約束した。これはかなり喜ばれたけれど、試験中に発生したグロ画像を送ってもいいだろうか。電波はシャルお手製の携帯だから多分なんとかなるだろう。

 幻影旅団の情報処理担当、電子戦に強いシャルナーク。金髪翠眼の童顔で、顔立ちに似合わない筋肉を持つ彼は、情報やソフトウェア関連では頼れる男だ。携帯ならシャルに限る。でも100万は高いと思います。いやたしかに超高性能だけどさ。

 合格してもメールのやりとりはするし、たまには会いに来ると約束した。ここは料理が美味しいし和菓子も大好きだから、ジャポンに来ることなんてこの先何回だってある。

 あと2ヶ月。惜しいと思えるのはきっと良いことだ。

 

 その日、私たちは空が暗くなってくるまで話し込んで漸く解散した。

 

 家に帰ると、すっかりその存在を忘れられていたクロロが、帰りの遅い私に不満そうな視線をぶつけてきた。

 そういえば居たんだっけ、と思ったことを正直に言ったら本を投げられた。額に直撃し、とても痛い。私が何をしたっていうんだくそったれ。

 まぁなんだ、うん、ごめんよクロロ。



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04 身内に優しい団長さん

 生徒指導室に呼び出された2日後、週の半ばの水曜日。先週の金曜から我が家に入り浸っていたクロロが明日の昼頃に帰るらしいので、ならばと奮発して今日は外食することにした。今夜の食事はジャポンの伝統料理、寿司である。

 まぁぶっちゃけクロロが帰るからっていうのは建前で、実際は何か理由をつけて私が寿司を食べたかっただけだ。しかも回らない奴。私は美味しい寿司を握れないからしょうがないのだ。

 目的地である寿司屋は、自宅からそう離れていない場所にあるので徒歩で向かう。道中クロロは折角の手料理が、と嘆いていてかなりやかましい。お前滞在中ずっと食ってただろうが。アレか、商品ではない食事に飢えているのか。

 食っちゃ寝して本を読んでの悠々自適な自堕落生活を送っていたのだから、それを提供していた私の我儘を聞いてくれてもバチは当たらないと思う。

 

 辿り着いた寿司屋は、店構えから職人まで、すべてがかなり上質なものだった。仕入れている材料も結構いいものを使っているだろう。

 美味しかったのでお腹いっぱいになるまで食べた。単価が高いものだろうがガンガン食べた。私の読みでは個々の支払いはクロロになる。私が誘ったとはいえこの状況で彼が私の分まで払わないわけがない。なので安心して貪った。

 クロロの財布事情なんざ知ったこっちゃない。というかそもそもこの程度の出費では痛くも痒くもないほどの大金持ちだから気にすることもない。それは私も同じだから、支払いが私持ちになっても全然問題ないし。

 

 ポツリポツリと会話を楽しみながら、ゆっくりと食事を楽しむ。それが終わる頃には、結構な時間が経過していた。

 案の定支払いはクロロがしてくれた。何も言わずともスッと先に動いて勘定を払ってしまえるのは経験のなせるワザか。

 イケメンはさすがにこういうところ手馴れている。

 

 店を出て帰路につく。店に入ったのが日が沈みかけた頃だったので、今ではすっかり夜の帳が下りきっている。

 見上げた空には雲ひとつ無く、頭上には綺麗な星空が広がっている。

 夜中になると流石に気温が結構下がるので、指先が冷えないようにポケットに手を突っ込みながら歩いていると、隣から声がかけられた。

 

「まったく、出発前の夕食を手料理じゃなく外食で済ませるとはな」

「でも美味しかったでしょ?」

 

 からかうようなその声音に、視線だけを向けて言い返す。

 彼だって結構な量食べてたんだから少なくとも不満はないだろうし。

 と言うか私よりも食った量多いんだから、満足してるはずだと思うんだけど。クロロは美味しいと思わないものは余り手を付けないし。

 

「舌と腹は満足だが愛が足りないな。酷い女だ」

 

 味は高評価ではあったらしい。でも愛が足りないと言われても、ただの客としてきたまるで接点のない男に愛情込めて寿司を握れっていうほうが無理な話だけど。

 そもそもコイツは愛だの何だのというものを理解できているんだろうか。私だってそんなもん概念しか知らないのに。少なくとも理解とは程遠い。

 と言うか、コイツの言葉からは私の料理には愛情が入っていると言っているようにも聞こえる。理解できていないものをどうやって入れろというのだこの男は。

 まず間違い無く勘違いである。どうせコイツも愛とか理解してないに違いない。聞いた限りでは特定の恋人を作ったこともないっぽいし。

 まぁ彼が私の料理から感じ取った愛情っぽい何かは知らんけど、取り敢えず商品としてではない料理、つまるところ手料理が食いたいのは理解できた。

 

「おうちに帰れば手作りプリンがありますが」

「よし許そう」

 

 事前に作っておいたプリンの存在を明かせば、何故か胸を張り偉そうに私を許すクロロ。許されなくちゃいけないような事をしたっけ、私。

 プリンは彼の好物。プリンにかぎらず彼は甘い菓子が好きな一面もある。私と同様に甘党なのだ。まぁ彼は辛いのも行けるクチだし、洋菓子派だという点は違うけれど。私は和菓子派だ。

 ここで言ったプリン、手作りということで色々好みに合わせてアレンジも可能。通常のものに加え、いくつか用意してあるのだ。

 

「しかもミルクティー味とココア味もありますが」

「なんていい女なんだ……」

 

 今度は私が偉そうにふんぞり返りながらそう言うと、手で顔の上半分を覆い夜空を仰ぎながら呟くクロロ。そんなおべっかが出るほど嬉しいのか、プリン好きすぎだろコイツ。

 意外とノリがいいのだ、この男は。仕事中の彼からは想像だに出来ないことではあるけれど、こうやって冗談もよく言うので通常の会話も割と弾む。こんなのが天下の幻影旅団の団長様なのだからとんだお笑い種である。

 しかし団長としての彼は髪もオールバックにして威厳たっぷり貫禄たっぷりになる。ギャップが凄まじい。オンオフの切り替えがしっかりできているとも言う。

 私としてはプライベートの方が好きである。髪型も下ろしていたほうがイイ。オールバックとか別にしなくていいんじゃないのとも思う。

 

 手で顔をおおったまま歩くクロロに特に何の反応も返さず、ただ彼の様子を見ながら歩く。何もリアクションしなかったら、彼は何時まであの体制のまま歩くのだろうか。

 そんな好奇心の元の行動だったけれど、10秒足らずでクロロは自らの顔を覆っていた手を外し、その手で私の頭を軽く叩いてきた。

 何か反応しろよと言われても、何も反応しないという反応だったのだ。そういい返すと、彼は苦笑して話題を切り替えた。

 

「ハンター試験」

「ん?」

 

 一言だけ呟かれたそれに、先を促すように反応を返す。

 相変わらず私たちは前を向いて並んで歩き、互いに目だけを合わせて会話している。

 

「試験は来年の7日だろう? 出発前にメンツ集めてパーっと騒ぐか」

「騒ぐって、それどっちの?」

「もちろん両方」

 

 殺しまくるのと飲み食いするののどっちなんだと問えば、ニヤリと口許を歪めながらの返答。あらやだとっても黒い笑み。

 コイツの外見に騙されてホイホイ寄ってくる女性たちにぜひ見てもらいたいものだ。元々本性知ってる私でも軽く引くレベルである。

 飲み食いするパーティー的なのはともかく、鮮血飛び散る真っ赤なパーティーはご遠慮願いたい。

 そもそも私は盗みの時は顔を隠すし、殺すのも顔を見られるか生かしておくと身元が割れる恐れのあるときだけだから、蜘蛛の皆殺しパーリーではフィーバーできない。時と場合によるだろうけれど、基本的には逆に精神的に疲れる。

 そのことはこの男も知っているはずなのにこんなことを言ってくる。嫌がらせか。ドSなのか。そうか。

 私の引き笑いを見た彼は、フット笑って訂正した。

 

「冗談だ」

「え、赤いお花を咲かせるだけなの?」

「そっちが冗談の方だ。なんだ、やりたかったか?」

「いや全然」

 

 意地悪く暴れるだけなのかと聞き返せば、やはりそうではないと返ってきて少し安心する。

 欲しい物があるならともかく暴れたいだけなら呼ばないでほしいですぅ。

 そもそも学校もあるんで、基本的に気乗りしない仕事には顔出したくないんですぅ。移動時間かかるし、それで学校休むと担任がうっさいんですぅ。

 簡潔な返答とは裏腹に頭のなかで色々考えていると、不意にクロロの手が私の頭の上に乗った。え、何事ですか。

 

「とりあえず、盛大に見送りをしてやる。いつ頃なら開いている?」

「……24と5は多分友達と過ごすから、27から30日くらいかな」

「わかった。俺の方から声をかけておく。詳しいことが決まったらまたこっちに来るよ」

 

 そう言って、頭の上の手を動かす。どうやら撫でられているみたいだ。何しやがると思いながらクロロを睨む。

 撫でながら私を見るクロロの目は月明かりも街の明かりさえも飲み込んで、夜の中でも一層深い漆黒で、今日の夜空よりも私を惹きつける。彼は、飲み込まれてしまいそうだと錯覚してしまう目をしている。

 私の視線を物ともせず、少し笑って手を外し、視線も正面に戻した彼に、子供扱いすんなと抗議する気にはなれなかった。

 ただ、連絡なら電話でいいのに態々会いに来てくれるのか、と考えていた。こういうところ、甘いよなぁ。

 

 

 

 家につき、冷やしてあったプリンを3種類も食べて上機嫌に本を読むクロロ。数は多めに作ったからいいけど、3種速攻でコンプリートしやがったコイツ。

 しかし食うもん食ったんだから働いてもらうぞ、と彼を私の修行部屋まで引っ張る。訓練に付き合ってもらうためだ。別にクロロは本を読んでいるだけでいい。

 ちなみにこの部屋に書かれている念字、私以外には全く負荷がかからない。念というのは効果の対象を絞れば、それだけ条件が厳しいということになるので効果が増す。それは念字においても適応されるルールなのでそうしたのだ。

 

 ”練”をしながら私も本を読む。念を鍛える場合は手元が暇になることが多く、疲弊するまでの時間は割りと自由に過ごせる。

 疲れてきたら能力を使ってクロロのオーラをもらい、自分自身のオーラを回復させればいい。なるべく多く、オーラを消費する。

 オーラというのは枯渇するほど使用すれば、それだけ総量が増えやすい。この方法で消費するオーラは私のオーラの総量よりも多いので、結構な効果が見込める、はず。

 ページをめくりながら、一つ気になっていたことがあったので、そういえばさーと前置きして話しかける。

 

「なんかクロロの念って貰える量少しだけ多い気がする。まぁ言っても誤差程度のものだけど」

「そうなのか?まぁ、共通点も多いしそれが関係してるかもな」

 

 もっと軽い、流すような反応かとおもいきや、意外な言葉が返ってきた。

 共通点。私とクロロの共通点といえば。

 

「本の虫、甘党」

「……いや、趣味趣向の話じゃなくてだな」

 

 もっと他にあるだろうが、と苦笑されてしまった。いやいやこれも立派な共通点でしょうに。

 まぁ、違うとは自分でも思っていたけどね。となると、やはり念関係だろうか。

 

「系統が同じとか? ……確かにパクもなんか多い気がするけど、ほんとにごく僅かだったしなぁ」

「お前とパクよりお前と俺のほうが共通点はあるだろう」

「……え、もしかしてクロロは女だったの?」

 

 パクノダもクロロも、私と同じ特質系に属する念能力者。そっち方面かとも思ったけれど、やはりクロロと比べると貰える量は若干見劣りする。

 自分でもなんか違うな、と思いながらの発言は、クロロが考えている共通点とは違ったようだ。

 じゃあなんなんだよと半ばなげやりになり、阿呆な冗談を言ってみたら殴られた。痛いですよお兄さん。

 いやしかしその小奇麗な顔は女装しとかしてみたら化けるんじゃなかろうか、童顔だしなんかよさそうな気がする。

 まぁ本人に言ったらまた拳が降ってくるだろうから言わないけども。

 

「色素、血液型とかあるだろう。性別よりもこちらのほうが相性に関わるんじゃないか」

「あぁ、体の根本的な部分だもんね。そっか、血液型も同じだったね」

 

 少し呆れたような表情をしながらクロロが言う。ごめん、そっち方面は考えてなかった。

 でもなるほど、なんかちょっと納得した。この誤差は肉体的な相性か。オーラと肉体は密接な関係があるとも言うし。

 あと多分心情的なものもあるんだと思う。殺人ピエロことヒソカから盗むと少ない気もするし。彼はなんか、ちょっと、嫌なのだ。何かオーラが粘着質だし。ピエロ怖い。

 

 会話が結論づいたあとは、特にお互い話すこともなくページを捲る音だけになった。

 無言の空間ではあるけれど、苦ではない。むしろ心地いい。そう思えるのはきっと素晴らしい事なのだろう。

 

 

 

 一夜が明けた木曜の朝。何故か普段より早く私は起こされた。部屋に侵入してきたクロロに。てめぇ部屋に無断で入いんじゃねぇっつっただろうが。

 放たれた私の蹴りもなんのその、この暴君はお土産にプリンを作ってくれといった。持ち帰るのかよ。プリン好きすぎだろコイツ。

 しかし当然安眠妨害は許せる所業ではない。なので今朝は普段よりもオーラをごっそり奪っておいた。このぐらいで済ませてやったのだからむしろ感謝していただきたいね。

 登校までに冷やす工程までは終わらせる必要があるので、でかい蒸し器を使って一度にたくさん仕上げる。味は普通のとココアとミルクティーでいいだろう。インスタントの粉をバランスを考えて混ぜるだけだから簡単である。

 蒸し時間と余った機材を使ってクッキーも焼いておいてあげよう。さっき私が満足するまでオーラを絞られてぐったりしているクロロへのせめてものお詫びだ。ついでに私が食いたいというのもある。むしろ本命がその理由だ。

 結構大量に作ったけど、私のぶんを除いてもこれ全部持ち帰れるだろうか。まぁ、袋は適当なの貸りてけって言えばいいか。

 

 準備も完了したので、私は学校へ。クロロは帰ってくる頃にはいなくなっているだろう。

 1周間に満たない滞在期間だったけれど、その間は充実した時間が過ごせたと思う。

 

 放課後になり家に帰ると、やはりクロロの姿はなく、大量のお菓子もどこにも見あたらなかった。

 私のぶんまで無くなっている。楽しみにしていたのに、作りなおさなくてはならなくなってしまった。ちくしょう。

 と言うか、あれ全部食う気なのか。傷む前に食べきれればいいけど。



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05 ひと足早い卒業

 あれから特に変わり映えのしない日常が過ぎ、今は12月。ジャポンはすっかり冬になってしまった。寒い。

 さらに今日は多くの生徒が待ちに待った終業式の日である。そのため明日から冬休みになるので皆嬉しそうだ。本日が最後の登校日の私としては若干の寂しさもあってか素直に喜べないけど。

 まぁその寂しさだって、この学校、このクラスと別れることに起因しているわけじゃない。楓と椎菜に会う頻度が下がるからってだけなのだ。頻度が下がるだけで会わなくなる訳でも無し、あまり気にすることでもない。

 そして今日の夜はクリスマスイヴだ。それにかこつけて色々する奴等も多く、それも相まって皆の興奮も一入だろう。

 それについては私だって例に漏れない。取り敢えずなんかしようぜ、という楓の提案のもと、椎菜と楓がうちに泊まりがけでパーティーをする予定になっている。

 

 終業式が終わり、帰りのHRも既に終わってはいるのだけれど、今日は皆なかなか帰ろうとしない。これから長期休業に入るのでしばらく会わないからなんとなく別れまでの時間を長引かせたいのだ。

 もちろん休み中に会う人もいるが、学校外で遊ぶほどの仲ではない友だちもいるし今日ぐらいは、というところだろうか。

 私にもわからなくもない。楓と椎菜以外とはこの先会うことは殆ど無いだろうから、この時間が少し惜しいような、そうでないような。いやどうでもいいかもしれない。特に誰かと会話を交わそうとも思わないし。

 

 束の間の別れを惜しむ生徒たちだってやっぱり遊びたい盛りだし、時期が迫ってきた受験に向けて勉強したい人もいるので、少しすると教室に残っている人もまばらになってきた。私たちもそろそろ帰ろう。

 数分前まで教室に残っていた担任も居ない。終業式後のHRだからなのか何なのか知らないけど普段よりも教室から出るのが遅かった。いつも通りにさっさと出ればいいものを。

 取り敢えず頃合いだろう、と教室に引き留めていた椎菜と楓を伴って教室に出て、伸びをしながら口を開く。

 

「さぁて、ちゃっちゃとやることやっちゃうとしますかね」

「芽衣、なにかあったっけ?」

「あー、あれっしょあれ。職員室で言い逃げするヤツ」

 

 それを聞いた椎菜から疑問の声が上がる。そう言えば、だらだらと教室に残って話してたけどその理由言ってなかったな。

 目的は楓の言うように職員室で言い逃げするやつである。ハンター試験受けますー、だなんて言ってまともにとり合ってくれるとも思えないので、言い逃げという形にさせてもらう。

 理想的な形としては、私のハンター受験を担任があっさり認めてくれるのが一番いいのだけれど。そうすれば学校の教師のうち最低一人は私の受験を知っているという事になる上、面倒な問答もない。

 さすがにそんな上手く行くはずもないので、言い逃げという形にしないと追求されて時間を取られてしまう。こんな些末事に時間かけたくない。その点からすれば、翌日以降登校日がしばらく無い終業式の日というの放課後はベストなタイミング。

 私の個人的な思惑はともかく、学校側と生徒側としても一応報告はするんだから問題ない、はず。多分。

 

「そう、それ。ちょっと行ってくるよ」

「待って私も付いて行きたい!」

「私も。なんか面白そうだね」

「悪趣味な」

 

 行くと言えば、楓と椎菜が揃って付いて来たがった。食いつきがいいなこの二人。多分この報告をしたら担任は変な顔をすると思うけれど、そんなにそれが見たいのだろうか?

 まぁ断る理由も特にないし、私も同じ立場だったら見たくなるだろうなとは思うので拒否はしないけれど。

 大変です先生、卒業も間近なのにひょっとしたらあなたは生徒にあまり好かれていないのかもしれません。

 ちなみに私はあんまり好きじゃないです。

 

 終業式の日は半ドンで終わるため、今は放課後とはいえ影の短い時間帯。通常通りの平日であれば昼休みで多くの生徒が行き交う頃だけれど、今日は既にその多くが帰宅してしまい人もまばらな放課後の廊下を移動して、職員室の前に辿り着く。

 扉に付けられた窓から中を覗き込めば、担任はどうやら自分の机に着いて何らかのプリントを眺めているところのようだ。

 2人をその場に残して、ひと声かけてから扉を開けてそこに歩み寄る。扉に背を向けている担任は側に立っている私に気づいていないようなので、取り敢えずこちらから話しかける。

 

「先生、今ちょっといいですか?」

「ん、なんだ? 早く帰って勉強しなくていいのか?」

 

 お前の第一志望難関校だろ、と手元に目線を落としたまま告げる先生。あの書類はどうやら生徒の受験関係のもののようだ。

 そう言えばテキトウに進学校の名前記入したな。一応私がどこを記入した内容は彼の頭に入っているようだ。

 真面目で仕事もキチンとこなせるけどイマイチ人気がないのは、きっと頭が固いせいだ。

 

「ちょっと進路のことで言っておかなくちゃならないことがありまして」

「……は? こんな時期にか」

 

 私の言葉に驚いた表情を見せ、そこで漸くこちらに顔を向ける担任。

 そして私の入ってきたドアから覗く2つの顔。凄くにやけている。大変です先生、あなたのあまり好かれていない説が事実である線が濃厚になって来ました。

 っていうか自重しろよあの2人。気づいた他の先生方が凄く変なものを見るような目をしてるから。

 もうさっさと言って退散したほうがいいな。扉のほうが気にかかりながらも、反論の隙を与えないように矢継ぎ早に告げる。

 

「私やっぱり最初の希望通りハンター試験受けることにしましたので、もう学校に来ません。合格したら報告に来ます」

 

 そのままポカンと口を開けたままフリーズしてしまった担任に向かって、それではお世話になりました、と簡単に別れの挨拶を告げてドアに向けて歩き出す。

 まぁ、もう来る気はないけどね。少なくとも会うことは2度と無い彼が最後に見せた表情は、なんともマヌケなものだった。

 いいもの見れたな。ふと向こうの反応が気になって目をやると、あの二人もニヤケ顔が笑いをこらえる顔になっている。どうやら彼女達にもご満足いただけたようだ。

 

「……、……はぁあ!?」

 

 漸く再起動し大きな声を出す担任。しかし既に私は踵を返し早足で移動しており、もう扉のすぐ側まで来ている。とりあえず、職員室ではお静かにっ!

 大声を出して注目がそちらに集まっているうちに、失礼しましたーと言ってドアを閉め、そのまま3人で昇降口に向かって走りながら笑う。

 あの間抜け面っ! とか、傑作だったねー! とか、ザマァ見さらせ! とかをクスクス笑って言い合いながら。

 ……ところでザマァは酷くないかい楓ちゃん。やっぱ嫌いなのか。

 

 

 

 その後誰かが私達を追いかけてくるでもなく、すぐさま学校を離れた。特にこの場所自体には思い入れがないので、感慨は特に湧いてこない。

 今夜のパーティーの前哨戦ということでカラオケに行き、思う存分歌ってから各自一旦家に帰る。彼女達はこの後自宅で泊りの準備をしてから我が家に集まることになっている。

 時間があるので、来る前に夕飯の準備をしてしまおう。今日のための材料は事前に買ってあるので、特に買い物の必要もない。

 帰宅すると、自宅の電話の留守番電話が来ていることを示すランプが点灯していた。発信元のチェックをしてみるとどうやら担任の仕業らしい。

 ちょっとげんなりしつつ溜息を吐くと、今度は私の目の前で電話が鳴る。発信元はさっきまでの留守電と同一人物。放っておいたらまたかかってきそうだし、煩かったので電話をとってみた。そうしたらなんか色々言われたけれど、正直聞いてなかったから何言われたのか覚えてない。

 何か話している途中だったみたいだけど、一言頑張りますと言って電話を切った。私はさっさと夕飯の準備に取り掛かりたいのである。邪魔すんじゃねぇ。

 ガチャ切りした以降はかかってこない。言うだけ無駄だと思ったか、あるいはただの冗談だと受け止めたか。おそらく後者だろう。

 彼は女子中学生がハンター試験を受けるということを現実と思うような人物ではない。今後の私の行動を考えると責任を感じさせてしまうかもしれないけれど、まぁあまり気にしないでくださいなと念じておく。私は全ッ然気にしないんで。

 

 私の方の準備が完了して完了してまもなく二人が来て、それからはクリスマスのスペシャル番組を見ながら普段より格段に豪華な夕飯を食べ、前日のうちに作って冷蔵庫に突っ込んでおいたホールケーキに舌鼓を打ち、買ってきたお菓子を食べながらゲームをして遅くまで遊んだ。

 近く高校受験を控えている受験生二人の頭からは、勉強の2文字は完全に消し去られているようだ。まぁ今日くらいはいいか。

 

 プレゼントも交換し合った。3人全員がそれぞれ色違いの指輪、ブレスレット、ネックレスを用意していてなんだかおかしくてしばらく笑っていた。

 しかも揃えた色まで一緒だった。青と、緑と、黄色。全員が抱いているそれぞれのイメージカラーまでも被っていた。椎菜が青、私は緑、楓が黄色。

 どうやら考えることはみんな一緒だったらしい。離れてしまうのだから身に着けていられるもののほうがイイ。物がかぶらなかったのは幸いだった。

 値段自体は中学生らしく大したことはないけれど、今までに盗んだどの装飾品よりも高価なものに思えた。と言うか盗んだ装飾品は即換金するから、私にとっての両者の価値というのは比べるまでもない。

 

 

 

 昼にカラオケ、夜もゲームしたりで騒いだため、流石に2人は疲れが出てきたようだ。日付が変わって少し経った頃には眠気眼になっていたので、布団を用意して寝ることにした。

 ちなみに泥棒は夜行性なので私はあまり眠くない。盗む機会を伺うために寝ずに見張るのだってよくある話だし。

 

「来年の3日ぐらいまでだっけ、芽衣がジャポンにいるのって」

 

 床に3つ並べた布団に各自が入ったら椎菜が話を切り出した。この時間は寝る準備ではなく話をする時間らしい。まぁ話している内に良い感じに眠気が来るだろう。ちなみに並び順は扉に近い側から楓、私、椎菜だ。

 室内を薄ぼんやりと照らす室内照明の弱い光を見ながら考える。ハンター試験の開始日、それとジャポンと受付会場までの距離を考えれば、彼女の言う日付よりは少し遅くても良いかな。

 

「試験が7日からだから……4日に出発かな」

「はー、まさか私の友達がハンターになる日が来るとはねぇ」

 

 うつ伏せになり、枕と頭の間で組んだ腕に顎を乗せ、溜息とともに漏らす楓。気が早いな、合格どころかまだ始まってすらいないのに。まぁ十中八九合格だろうけどね、何らかのアクシデントでもない限り。

 もうこの二人は私がハンター試験を受けるからって心配はしていない様子だ。私が自信満々でいるから問題なさそうな空気を感じ取ったのだろうか。

 それとも、受からなかった時の話をしたくないだけなのか。ハンター試験における不合格っていう言葉には、結構な確率で死が付き纏うし。

 確かに試験前にそんなケースの話をするべきではないのかもしれない。私の友達は、優しい。

 

「じゃああと2週間くらいで行っちゃうんだね」

「あ、28と29日もいないよ」

 

 椎菜の問いに視線だけを向けて答える。半月前にやってきたクロロによると、28の深夜から29の朝方まで打ち上げやる予定だから、私の見送りをそれに便乗させるらしい。近場だから移動の時間はそれほどかからないので、当日にジャポンを経てば十分だ。

 年末の近い時期に居なくなるのが気になるようで、楓は腕に乗せた顔を私に向けて聞いてきた。

 

「マジ? なんか用事なのー?」

「知り合いが見送り会的なことしてくれるみたいだから、それ行ってくる」

 

 終わったらまた準備のためにこっちに戻るけど、と締めくくる。見送り会してくれた後に一回自宅に戻るのもあれな気がするけど、まぁ問題無いだろう。

 蜘蛛の皆は何か理由をつけて騒げればそれでいいはずだ。見送る気持ちもそんなに無いだろうし。

 

「ハンターになったらいつ戻ってくるの?」

「わかんない。すぐ戻るかもしんないし、ちょっと寄り道とかするかもしれないし」

「自由気ままな感じ、いいなー」

 

 今度は試験後の予定が気になった椎菜に返した私の言葉に、楓が羨ましそうにぼやく。まぁ、確かに自由気ままだ。とはいっても学校に通う以前とあまり代わり映えしないけれど。

 ハンターは実力がないとライセンス狙いの小悪党を捌くのも命がけだが、実力さえあればかなりやりたい放題だ。殺しをしたって免責になる場合が多いし。

 もしかして快楽殺人ピエロはそれが狙いなのだろうか。いやでもアレはそんなことを気にするタマじゃ無い気がする。

 気にせずに殺しまくって、挙句追われることになって、それすらも楽しみそうだし。

 

「まぁ、ちゃんと会いに来るよ。おみやげ持ってね」

「生首は要らないからね」

 

 私がお土産の事を口にすると、楓が素早く反応した。そんなに嫌か生首。まぁ嫌だろうけど。

 しかし困った、ハンター試験のお土産っぽいものって全然ピンとこない。生首が駄目なら、何か別の首でもいいだろうか。

 

「えー……じゃあ足首欲しいの? 持ってくるのはいいけど、楓が足フェチだなんて知らなかったなぁ」

「足首もいらないからっ!」

 

 取り敢えず提案してみたが、それも楓に却下されてしまった。私としてはフェチの部分にもツッコミが欲しかったんだけれど。

 あぁ、もしかして足は臭そうだから嫌なのか、なら手の方にしようと言おうとしたが、それは椎菜の以外な言葉に阻まれる。

 

「じゃあ芽衣、お土産はチク」

「言わせねーよ!? そもそも体の一部とかいらないから! ってかなんでさっきから首つながりなのさ!」

「椎菜が下ネタ……だと……」

 

 しかし今度はそれを楓がギリギリのタイミングで阻む。ナイスインターセプトだ、よくやった。

 布団をかぶってのガールズトークって恐ろしい。普段下ネタを言わない椎菜がまさか、そんな。

 止めた楓は非常にいい仕事をした。お土産はちゃんとしたものを買ってあげよう。ちゃんとしたものが何なのか知らんけど。

 

「そうだ。帰ってきたら私の秘密を一個打ち明けてあげよう」

「なにそれ死亡フラグってやつ?」

「楓、メッ。秘密って、どんな?」

「それも言わなーい。でも、多分驚くよ」

 

 まともなお土産の代わりにはなるだろう。そんな思いも若干あっての私の言葉に、アレな反応をした楓を窘めつつ椎菜がどのようなものなのかを聞いてくる。

 前情報が少なければ少ないほど、きっと2人は良い反応を返してくれる。打ち明ける目的の大半はそれが楽しみだからだ。

 2人も追求することはせず、その後は少しだけ話してすぐに就寝した。彼女達が寝入ったのを確認し、私も目を閉じる。

 試験は本名で受ける。ハンターになってジャポンに来た時に、私の本当の名前を言おうと思う。

 彼女たちはどんな反応を見せるのか。もしかして怒るだろうか。いや、怒らないだろうな。

 

 それは予感や願望と言うよりも、確信に近かった。



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06 蜘蛛と遊びと見送りと

 フィンクスの左フックを上体を反らして避ける。

 そのまま左足で彼の腹部を蹴りあげようとするも、開いていた右手で難なく受け止められる。

 その足が掴まれる前に軸にした足で地面を蹴って後ろに下がる。フィンクスは幻影旅団の団員、それも前衛を務めるバリバリの戦闘型。彫りの深い顔に金のオールバック、上下ジャージを着てさらに眉毛を全て剃っているという見るからに怖そうな風貌の持ち主。

 実際に高水準のパワーとスピードを兼ね備えたバランス型であり、強化系に属するかなり手ごわい恐ろしい相手だ。対する私はスピード型、速度で彼に勝るが力で数段劣る。おそらく今の条件下で私が勝てる可能性は1割もないだろう。

 その条件というのは念あり”発”なし武器なしの肉弾戦。蜘蛛が遊ぶときは大体コレだ。偶に武器も可になる。

 発を封じられた私はスピードであれば蜘蛛の戦闘要員とも張り合えるがパワーはそうもいかない。

 筋力や体重などの要因もあるけれど、特質系という系統がまず自身の強化に向いていない。系統図のヘキサゴンでは強化系と正反対に位置する。なので通常の打撃ではあまりダメージを与えられないのだ。

 しかも相手のフィンクスは、単純な殴り合いでは蜘蛛でもトップクラスの実力者だ。あれ、なにこのムリゲー。

 

 とは言え心中で嘆いてばかりもいられない。一旦距離をとったら姿勢を低くしてすぐさま走りだす。瞬時に自身の最高速度まで持って行きフィンクスに迫る。

 直前で右方向へのベクトルを加え、僅かに向きを右にずらすと同時に右回転も加えて体重を乗せたローリングソバットを顔面めがけて叩きこむ。

 スピードでは私が勝るがそれでかき回せるほどの差があるわけではない。コレもどうせ防がれるが、その後に隙が生まれれば御の字。駄目だったらまた距離をとる必要がある。

 接近戦を続ければフィンクスの攻撃は確実に私にダメージを与えてくるだろう。その距離でフィンクスの攻撃をいなし続けるのは私には無理だ。

 たとえ手数で勝ろうともパワーに差がありすぎるためやはりフィンクスに軍配が上がる。まぁどのみち殴り合いでフィンクスに勝てるとは思えないので、この場合は如何に効果的な打撃を打ち込み、如何に怪我をしないようにするかが重要である。

 

 効果的にダメージを与えるにはこうやってベクトルと体重を集約した威力の高い攻撃を叩き込みながらのヒットアンドアウェイしか無い。

 普通に攻撃してもダメージを蓄積させられないわけではないが、ダメージ覚悟のカウンターが怖い。基本は防御や回避の姿勢でいて、隙を見て叩きこむ反撃しにくい攻撃をする。

 パワーのない私のただのパンチやキックは彼にとって脅威ではないからさぞカウンターを打ち込みやすいだろう。一発でも当たれば大ダメージなのでその時点でかなり不利になる。

 だからこちらは踏み込ませないように牽制するか、決まらずとも回避か防御の選択肢を取らせる攻撃をするかしかないのである。

 

 放った右足は顔には当たらず彼の両腕に阻まれた。直前でわずかに進路を変えたので動きに対応できず咄嗟に防御したのだろう、おかげで体制が崩れている。

 が、私も顔を狙ったので身体が少し浮いていてまだ体制が整っていない。せっかくの好機、フィンクスよりも早く立てなおして追撃をしなければ。

 しかし立ち直る前に私は後ろから接近してくる気配を察して右へ跳んだ。転がるような形で不恰好だったが仕方ない。

 

 直後に私がさっきまでいた地面がドゴォ!! と物騒な破壊音を発した。原因はウボォーギンの全力のパンチだ。あっぶねぇ!

 あんなの食らったらひとたまりもない。上から下に振り下ろされたあのパンチは地面のせいで力の逃げ場がないから、当たったら多分死んでたぞ。

 念を盗んでオーラを強化していない私は、アレに耐えられるほど頑丈ではない。プチッと潰れてしまう。潰れたトマトは御免である。まぁ強化してても大ダメージですけどね。

 

 フィンクスの挙動を警戒しながらも、地面にクレーターを作った男を見る。

 ウボォーギン。硬質な灰色の長髪、ワイルドな顔立ちで筋骨隆々、身長は2mを軽く超える大男だ。黒い短パンに胸毛がはみ出す白のタンクトップと、服装もワイルド。

 正に筋肉の塊のような男で、強者揃いの幻影旅団においても、肉体の強靭さで言えばナンバーワン。更に強化系のため、念をまとった彼の攻防力は半端ではない。

 筋肉で膨れ上がったでかい図体だと動きの遅そうなイメージがあるかも知れないが、とんでもない。その巨体の重さ故に初動と加速は遅いが、強靭な筋肉が生み出す最高速度はかなりのもの。実は足とかめちゃくちゃ早いし、トップスピードに乗った拳とかに当たると、防御に失敗したら確実に骨を持っていかれるし、直撃したらマジで死ねる。

 圧倒的な攻撃力、そして防御力を誇る彼が相手だと、初動が遅い分フィンクスよりは攻撃を当てやすいが、通常のパンチやキックではダメージ余りが通らない。故に隙が大きく威力も大きい攻撃を撃つしか無いけど、そうなると当然手痛い反撃を受ける確率も高い。今の条件下では最悪の相性、と言うか彼が最強。

 ていうかちょっと待て、彼がこの場に単独で現れるのはおかしい。ウボォーさんノブナガさんはどうしたんすか。確かさっきまではノブナガと殴り合ってたはずだけれど、もしかしてもうやられちゃったんですかあの人。

 さっきまではノブナガという、ジャポンによくある着物に身を包み帯刀し、口髭と丁髷のタレ目サムライ野郎がウボォーギンの相手をしていたはず。強化系のノブナガにウボォーギンの相手を任せていたのに。

 

 この状況で私から仕掛けるのは得策じゃない。腰を深く落として相手の動きに対応できるようにし、不意打ちを仕掛けてきたウボォーを睨む。

 でもまぁ一応この”遊び”、別にタイマンなんていうルールがあるわけではない。今はウボォーギン・フィンクス組とノブナガ・私組で全力で遊んでいるところで、武器や念の制限以外は何したって自由。最初に2対1で片方潰すのだって勿論ありだし、不意打ちはむしろ食らうほうが悪い。

 その辺はまぁ理解も共感もできるけど、偶に乱入とか裏切りとかもあるのはどういうことなのか。味方だと思ってた奴に後ろから攻撃されるとか、実際にやられたけど酷いものだった。がら空きの背中だったから一撃で戦闘不能だったし、数日の間腰痛に悩まされるし。

 だから遊びと言うこの行為でも、私は命がけである。というか蜘蛛の皆でもウボォーと敵対した時点で命がけである。彼の馬鹿力は当たりどころが悪いとマジで死ねる。たとえ武器を禁止にしたとしても肉体そのものが凶器なこの男にはあまり意味が無い。

 

 しかしノブナガが既にやられてしまったのならばマズイと思い、ちらりとウボォーが来た方向に視線を向ける。どうやら最悪の事態にはなっていないようで、離れたところに少し汚れたノブナガがいた。

 大方ウボォーにぶん殴られて吹っ飛んでたのだろう、急いでこちらに向かってくるのが見える。まだやられてなくてよかった。

 急げノブナガ、取り返しの付かないことになる前に早く! と心のなかで叫ぶ。2対1とかマジで死ねる。

 本気で”堅”をしている今のウボォーにダメージを与えようとしたら素手の私は攻撃の際に”流”でかなりのオーラを集め無くてはならない。近くにフィンクスのいるこの状況でそれは自殺行為だ。

 かと言って防御や回避に徹すれば、2人掛かりの攻撃を避けきれるはずもなく、そのうち袋叩きになるという不幸な未来が待っている。

 

「ウオオオオオォォォオオオッ!!」

 

 ウボォーの突進、馬鹿でかい掛け声とともに放たれた右ストレートを避け、ウボォーの動きを発端に動き出したフィンの蹴りを間一髪で回避する。うるさい事この上ない。蜘蛛の皆は慣れたもんだが、私はまだ慣れきったわけじゃない。

 ウボォーもそれは重々承知だろう。それでもこの状況で雄叫びを上げるのはこの程度何とかしてみせろということなのだろう。彼の笑みはそう言っているように思える。面倒見の良い男だ。

 しかし今その面倒見の良さを発揮されても困る。非常に困る。

 ただでさえかなり切羽詰まってるのにコレ以上試練を与えないでください。

 

 どうやら相手の二人は私を先に潰すつもりのようだ。戦略としては有りだが、なんて酷いんだ。

 私がなにをしたっていうんだ。もしかしてさっき私がフィンのジャーキー盗んだことを根に持ってるのか?

 心の狭い男だ。眉毛の面積と心の広さはきっと比例するのだろう。ジャーキーくらいで大人気ない。

 まぁウボォーには何かした覚えがないからただ単に戦略的なことなのかもしれないけど。

 

 回避に徹していた私は、それでもフィンの攻撃を右腕で受けてしまった。なにこれメッチャ痛い、バックステップしながら受けて威力殺した上に”流”で防御したのにジンジンと重く響く。

 ただ、その衝撃で大きく後ろに下がり、彼らと距離を取ることに成功した。さらに、私が下がった方向は、ノブナガのいる方向。やばい状況は脱することができた。

 痛みに顔をしかめているところで、漸く戻ってきたノブナガが戦線に復帰した。

 

「ワリーワリー。流石にウボォーとの殴り合いはキツイぜ」

 

 私の横に並び、後頭部を掻いて困ったように笑いながらそう言うノブナガ。

 ですよねー。でも私じゃダメージ与えるの難しいんだからもうちょっと頑張って欲しいですぅ。

 

「しっかりしてよ。右腕メッチャ痛いんだけど」

 

 右腕をプラプラさせながら、避難めいた視線を浴びせる。

 この状況。

 肉弾戦では蜘蛛トップクラスの二人が相手。

 片やコチラは刀のないサムライと非力な泥棒。

 無理だろコレ。せめて武器使わせろよ。

 

 なんでこんなことになってしまったのか。

 話は少し前に遡る。

 

 

 

 

 

 28日。私は蜘蛛の仮宿に招待された。見送りパーティーだ。命を散らすパーティーは無いようなので安心である。

 いや、無いというには語弊があるか。今は無いだけなのだから。

 正確に言うと私が来る前に皆さんフィーバーしてきたようだ。コレはそのパーティーの打ち上げも兼ねている。

 

 アジトにつくと、もう宴の準備はできていた。床には弁当だの惣菜だのおつまみだのと大量の酒がある。特に酒の量が物凄い。私は飲めないのだから、ジュースももうちょっと揃えて欲しい。

 あの酒全部飲む気か。いや、でも今日のメンツならイケる気がする。ものっそい飲む奴らがいるから下手したら足りなくなるかもしれない。

 今日はクロロ、パク、マチ、シャル、フィン、ノブナガ、ウボォー、フランがいた。コルとフェイも居たそうだが打ち上げ不参加らしい。ほかはそもそも仕事にも来ていないらしい。

 

「こいつらはそもそも最初は仕事だとしか言ってない。メリーが来るのもついさっき告げたばかりだ。お前のために仕事まで入れたのに先に始める訳にはいかないからな」

 

 すぐにでも飲み始めそうだったが主役が来るまで待ってもらったんだ、とクロロは言った。どうやら気を使わせてしまったらしい。ちなみにメリーは私の愛称だ。

 なんだか最近のクロロは特に優しい、気がする。

 大体ハンター試験を受けることを告げた日からだろうか。彼の中でなにがあったのだろうか。

 それに、仕事の打ち上げを利用したのも彼なりの気遣いではないか、と思う。いや、深読みのし過ぎかもしれないけど。

 

 私はヒソカが苦手だ。常日頃からクロロと殺し合いをしたがっているのは他の皆からしても丸分かりだし、私も稀にそんな目線で見られることがある。

 何よりあの粘っこい視線が苦手だ。嫌いなわけではないのだが、なんか駄目なのである。身体の上を虫が這っているような錯覚がするのだ。

 なんだか狙われているようで会うたびデート――但し行き先はあの世――に誘われる。蜘蛛には団員同士のマジギレ禁止、と言う内戦防止用のルールが有るけれど、私は蜘蛛と仲がいいけど蜘蛛じゃないからそのルールの適応外だから少し怖い。

 まぁでも苦手って言うよりは、お近づきになりたくない相手という方がしっくり来るかな。戦闘狂(バトルジャンキー)なのは構わないけど、私を狙うなら話は別。いずれにせよ、できるならば見送り会で会いたい人物ではない。

 

 ヒソカの仕事の参加率は低い。でも私の見送り会をするといえば彼は来る、気がする。

 だって参加率低いって聞くけど私が呼ばれて参加すると高確率でいるのだ。

 

 だからクロロは仕事と言うことで皆を集めたのだろうか。ヒソカの参加率を下げるために。私が狩られそうだから。

 さっき彼は言っていた。お前のために仕事まで入れた、と。つまりメインはこちらで、仕事はおまけなのだ。

 もちろんこれは私の憶測とか願望とかが入り混じった結果の推察だ。でも、そう考えると説明がつく、気がする。打ち上げが始まりそうになるまで趣旨を説明してなかったり。

 クロロはこういったことで意味のないことはしない。

 不自然な点もこう考えれば納得できなくもない。

 ……考え過ぎかな。

 

 挨拶もそこそこにすぐにどんちゃん騒ぎが始まった。

 強化系三馬鹿――蜘蛛ではノブナガ、ウボォー、フィンの3名をまとめて呼称する際に用いられる――が我慢の限界を迎えていたようだ。ものっそい飲む奴らというのもコイツらである。あの3名を押えられるクロロはやはり凄い。

 今日のクロロは仕事の後なので団長ルックだ。ファー付きの黒いコートを着て髪を上げ、額の十字に似た刺青と背中の逆十字を惜しげも無く、誇らしげに見せている。

 団長としての彼はカリスマ性に満ちている。だからだろうか、そんな彼の指令に蜘蛛の構成員が逆らうことはない。

 

 既に各々過ごし始めている。三馬鹿は大騒ぎし、クロロとシャルとフランはトランプで遊び、私は女性陣とガールズトークに花を咲かせる。

 フランことフランクリンはウボォーギンを超える巨体に、顔に傷と縫い目、そして長い耳朶を持つ、青みがかった黒髪の男。蜘蛛では比較的温厚な気質だ。念の系統は彼の口から聞いたことはないが、手の十指からとんでもない威力の念弾を連発しまくっていたので、まず間違い無く放出系だろう。

 マチは紅紫の髪を頭頂部で無造作にポニーテールにした、ツリ目の女性。袖や裾の短いシンプルな和風の衣装に身を包んでいる。下はミニスカートクラスの短さだけれど、黒のレギンスを履いているため中が見えることはない。

 

 見送りといっても打ち上げにお呼ばれしただけという感じなのは理解しているし、することは普段と特に変わりはない。

 なのでいつも通り食べ物を貪りながら、マチやパクと会話を楽しむ。お、このビーフジャーキおいしいな。お酒は飲まずともおつまみは美味しい。

 しかし甘いモノが少ない。糖分が足りない。もうちょっとこう、普通のお菓子的なのも用意して欲しかった。チョコとか。

 甘いモノがないというしょっぱい現実に打ちひしがれつつ、腰を落ち着けてジャーキーを齧っていると、マチが試験の話題を振ってきた。

 

「メリー、アンタハンター試験受けるんだって? ヒソカいるけどいいのかい?」

 

 マチがセリフの後半部分で顔をしかめながら聞いてきた。片手にはビールの缶を持っており、言い終わるとそれを煽る。

 勿論私もヒソカが今回の試験に出るということは知っている。

 

「我慢するよ。いくらヒソカでも試験会場で暴れるような真似はしない、……しない? ……まぁ、大丈夫、多分、うん」

 

 そう返答した私は、去年の試験でヒソカがやらかしたこともちゃんと知っている。だからこそ、後半にかけて曖昧な表現になってしまった。

 そういえば試験官半殺しにしてんじゃんあのピエロ。ってことは暴れても何もおかしくないじゃん。

 マチはどうやらヒソカが嫌いなようだ。名前が出るたび嫌そうな顔をする。今は自分でその名前を出したのでかなり表情が歪んでいる。

 

「気をつけなさいね……。あら? そのアクセサリー、買ったの?」

「買ったのと、後は貰ったの。プレゼント交換でね」

「へぇ、高価なものじゃなさそうだけど綺麗じゃん。似合ってるよ」

 

 パクが私の手元や首元に気づいたようだ。マチもそこに視線を向け、嬉しいことを言ってくれた。こういうところ女性は特に敏感である。

 私がネックレス、楓がブレスレット、椎菜が指輪を用意した。ネックレスは服の中に収納しているので、紐しか見えていないけど。

 皆小さな色付きの小さな石が一つ付いているだけのものであるが、派手なのはあまり好きじゃないのでコレぐらいでちょうどいい。

 椎菜はそれぞれの人差し指に会うサイズのものを買ってきた。いつの間に測ったんだろう。

 右人差し指につけると集中力が上がると言われているらしく、これから種類は違えども試験に臨む私たちにはちょうどよかったので、皆その位置にお揃いでつけている。

 

「ありがと。宝物なんだ」

「そうね、色もデザインもあなたにぴったり。いい友達ができたのね」

 

 私の言葉にそう返してパクが微笑む。マチも微笑ましいような視線を向けてくる。なんだかこそばゆかった。

 なので話題を変え、何気ないような雑談をする。空気も柔らかく心地が良い。

 直接会話するのは、11月頃にこの2名にもう1名加えて我が家に遊びに来たとき以来だ。ちなみにそのもう一名はシズクと言う、黒髪ボブに眼鏡を掛けた少女だ。彼女は制限付きだが容量が無限の掃除機を具現化することができ、物資の運搬を主に担当する。ちょいちょい毒を吐く上、一度忘れたことは2度と思い出さないという厄介な性質も持つ。

 

「おい、メリー! 暴れっぞ、お前も来い!」

「体力有り余ってんだろ?」

「試験前にいっちょ景気づけと行こうぜぇ!」

 

 純粋に会話を楽しんでいたところ、フィンクス、ウボォーギン、ノブナガの声が順番にアジトに響き渡る。

 瓦礫の積まれた高い位置から、低く平たい位置にいる彼らと、その周りを見る。どうやら酒を飲んでテンションが上がってきたので遊ぶらしい。とはいっても、まだ各自缶2本くらいか。そこまで酔ってないのに絡んでくるとは、はた迷惑な連中である。

 さっきまで女性陣の間にあった穏やかな空気は爆散した。霧散なんてもんじゃなく、本当に一気に豹変した。

 二人は汚物でも見るような視線を向けている。なんとまぁデリカシーのない連中だ、と。が、彼らは気づかない。もう既に向こうでは小競り合いが始まっている。

 非力な私は彼らと遊ぶのも結構危険が伴う。いや、危機感があって修行にはいいかもしれないが。

 アレな目を向けていようとも、この場合彼女達は抑止力にはならない。あの目は単純に空気をぶち壊した馬鹿に向けているものであり、その後の遊びに関しては、彼女達はむしろ嬉々として観客になる。

 唯一止められそうなクロロは傍観モード、他の男どもも酒の肴にする気満々。女性陣は今は呆れ顔になっているが、いそいそと飲み食いするものを集め、観戦する準備をしている。小競り合いは激しさを増していく。

 

 私は、これでもそこそこ腕は立つ。

 修羅場もいくつか抜けてきた。

 そういう者にだけ働く勘がある。

 その勘が言ってる。

 私はアレに、巻き込まれる。      

 

 そんな確信がある。というかよくあるパターンであり、回避できた試しがない。

 だが諦める訳にはいかない、近々ハンター試験があるのに無茶は良くない。試験は私からしたらそんなに難しくはないだろうがそれでも怪我をするのはマズイ。断らねば。効果はないだろうけど。

 

「やだよ。怪我したくないもん」

 

 3人でやってなよ、という言葉を続けることはできなかった。フィンクスが急接近して私に攻撃を仕掛けてきたからである。私のいる位置まで一足で跳躍してのグーパン、回避せざるを得ない。

 山なりに上から振ってきた彼が振り下ろした拳を私が避けたせいで、私の椅子役を務めていた瓦礫さんが粉々に破壊されてしまった。フィンてめぇ。

 

「ヘイ。つれねーな、遊ぼうぜ」

 

 遊ぼうぜ、じゃないよ。お前ら一分もしないうちに手加減って言葉を忘れるじゃん。そもそも強化系の群れに特質系放り込むとかなに考えてんだ眉毛とともに常識もなくしたか。

 とは、言わなかった。言えなかった。フィンクスの目は私を逃がすつもりがないと告げている。やっぱ駄目ですか、そうですか。

 諦めて付き合うしかないようだ。

 

 

 

 

 

 私は人魚。可哀想な人魚。

 数多くの逸話がある人魚と比較しても、酒の肴にされたてしまった私は結構可哀想な部類だ。

 アホなことを考えている自分をしかるべきか、まだその余裕が有ることを褒めるべきか迷うところだ、うん。

 

 ただいま私は大絶賛後悔中である。景色が後ろから前にどんどん流れていく。下を見れば地面が遠い。

 酒の肴が空を飛んでおります。どうやら私は人魚ではなくハーピィだったようだ。……自力で飛行しているわけじゃないから違うか。

 こうなった理由は単純、超簡単。ウボォーに殴られた。それだけのことである。

 

 遊び始めて一時間が経過した頃、私とノブナガはかなり押されていた。無理もない、相手が強すぎたのだ。フィンクスの出が早く隙の小さい軽めのよけにくい攻撃でチクチクとダメージを浴び、結構きつい状態になっていた。せこい攻撃しやがってちくしょうめ。

 そんなときにノブナガがウボォーに殴り飛ばされ、フリーになったウボォーが私の方に向かってきたのだ。下から掬い上げるようなボディーブロー付きで。

 

 フィンとの攻防でいっぱいいっぱいだった私に、その攻撃を回避することはできなかった。

 瞬時に回避の選択肢を捨てる。無駄に避けようとすると余計危険だ。防御に全力を注いだほうがイイ。

 こんな時こそ、冷静に。対処を誤れば大ダメージは必至。

 

 まずは地面を蹴って後方に跳んで威力を殺す。”流”で腕にオーラをすべて集めて、身体より前に出して腕全体でまず拳を受け止める。

 もう拳が当たる直前、彼我の距離はかなり近い。オーラが触れ合った時点で念を発動。オーラを盗み、それを転用するべく貯める。

 腕が触れてからは全力でオーラを盗みながらも、私の腕が拳に押されて体に当たる前に盗んだオーラも使って体と腕を強化する。

 一時的に防御力をあげるこれは、私の切り札でもある。防御を上げる前段階で相手のオーラを奪い、僅かながら攻撃力も減らしている。接触した部分から奪うため、”堅”で常にオーラを発しているとはいえ、今彼の拳が纏うオーラは通常時より僅かに少ない。これは攻撃のときにも使えるので非常に使い勝手がよい。

 身体にまで衝撃が到達するまでに、足と腕で2度攻撃の威力を殺したおかげか、ギシギシ、メキメキと嫌な音を立てながらも骨と内臓は無事だった。

 ”発”禁止のルールだったけど死んだら元も子もないので使ってもいいよねマジで。出来れば見せたくなかったけど背に腹は代えられないし、見た目変化がないので誰も気づかないだろう。

 殴ったウボォーなら違和感に気づくかもだけど、殴った感触が軽いのは私が後ろに飛んだからだ、と解釈してくれるはず。あからさまなことをしない限り、最低数回はごまかせることは実戦で確認済み。あの時は十数回だったけど。

 

 自分自身のステップも相まって、百数十メートルをノーバウンドで吹っ飛ばさている。空中で体勢を立て直した私は何とか足で地面に着地できた。”流”で下半身にオーラを集め、靴に厚めの”周”をかけてブレーキをかける。靴が台無しになるのは避けたい。

 そこから10メートル程動き続けて漸く止まれた。しかし体中が軋んでかなり痛い。さすがにギブアップしよう。死ぬかと思った……。

 

 歩いてゆっくり元いた場所に戻ると、申し訳なさそうなウボォーと、心配そうな面々に迎えられた。

 流石にこの後ハンター試験を受ける相手を、名目上は一応その見送りになっている宴で怪我させるのは、彼らからしてもバツが悪いだろう。

 私が景気よく吹っ飛ばされたことで、上がりすぎたテンションも戻り、遊びも終了したようだ。

 観客席と言う名の瓦礫から腰を上げ、クロロが近づいて声をかけてきた。

 

「怪我はなかったか? 防御はできたようだが、綺麗に入っただろう」

「ワリィ、メリー。無事だったか?」

 

 それに続いて、顔の前で片手を立てにまっすぐ伸ばしながらウボォーが聞いてくる。特に怪我らしい怪我はしていない。骨は無事だし、身体のあちこちにある打撲や裂傷なんかは怪我のうちに入らない。

 骨の1本や2本は覚悟していたけれど、そこが無事だったのは僥倖である。

 

「ん、大丈夫だよ。それとウボォーが謝ることでもないよ」

 

 そう言うと一様に安心した表情を見せた。まぁ、別にハンター試験くらいなら、腕が一本くらい折れてても問題ないけどね。本当に、何らかのアクシデントがなければね。

 それに私にとっては遊びでも戦闘訓練でもある。訓練中に殴られたからといって謝られることはないし、またウボォーが謝る必要はない。本心からの発言だった。

 

「しっかし、よく耐え切ったなオメー」

「なんか走馬灯見えた。動きスローに感じたからしっかり対応できた感じかな」

 

 ノブナガの感心したような言葉にそう返す。非力そうな私が耐えたのが意外らしい。

 嘘は言ってない。マジで見えた。ちょっと笑えない。

 楓と椎菜の顔も浮かんでた。彼女たちも心配しているだろうに、試験前に遊んでたら死んじゃいました、なんてことになったら死んでも死にきれない。

 

 とりあえず満足したらしく、クロロが手を叩いて飲み直すぞ、と号令をかけると全員が素直に従った。

 そのあとは今度こそただ飲んだり食べたりするだけになった。

 

 

 

 朝方まで飲み明かし、酔いつぶれたものも数名。そんな邪魔な物体を廃墟の済に蹴飛ばし、翌日の夕方頃までアジトでまったりしていた私だったが、コレ以上長居するとマズいと思いそろそろ帰ることにした。帰って試験に持っていく荷物をまとめなきゃいけない。

 参加者が多いということは暇な時間も多いだろう。集団行動は得てして空き時間が増えるものである。

 メカ本は必須。あとは、まとまった時間に読む用のちゃんとした本がほしい。どれにしようか今から考えておくのもいいだろう。

 余った食品でめぼしいものをカバンに詰め、帰り支度をしているとクロロが何冊かの本を持ってきた。

 

「持っていけ」

「え……いいの?」

「よくなきゃ渡さないさ」

 

 聞き返せば軽く笑いながらの当たり前な回答。それもそうか。じゃあありがたく借りることにしよう。

 手渡されたそれはだいぶしっかりした本のようで、厚みもある。

 タイトルを見るにシリーズ物を揃えて持ってきてくれたようだけれど、ジャンルが伺えなかったので聞いてみる。

 

「これってどんな本なの?」

「あるミステリー物のシリーズ全巻だ。事件自体は解決させているが謎あかしをしていない部分が多く、読者に考えさせる本だ。おかげで何度か読み返せる。試験が終わったら答え合わせでもしよう。」

「へぇ、面白そう。わかったよ、私なりの答えを用意しておくね」

「ああ、期待しておこう」

 

 そう言って笑い合う。なるほど、随分といい本を用意してくれたようだ。これで懸念事項がひとつあっさりと片付いた。

 読み応えがある本は大好きだ。本をリュックに大事にしまい、背負う。読むのが楽しみだ。

 

「それじゃ、行ってきます」

「頑張ってこいよ」

 

 挨拶をして走りだす。なんだか身体が軽い。今なら自力でも空を飛べそうだ。

 あくまで自力である。昨日みたいなのは勘弁だ。身がもたない。

 空港でチケットを買い、飲み物を飲みながら飛行船を待つ。お金はフィンの財布からスってきた。

 これぐらいは許されるだろう。昨日酷い目にあったのも元をたどればフィンのせいだ。

 

 

 

 そして、ジャポンに帰り。

 新年を迎え、楓と椎菜にも見送り会をしてもらい。

 更に空港で二人に見送られ、私はジャポンを発った。

 

 ハンター試験が始まる。



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ハンター試験
01 ザバン市を目指そう


 1月6日、私はハンター試験の会場に向かうためにドーレ港にいた。この地方は暖かく、今日は天気もいい。

 今日の私の服装は、上が灰色のパーカーの下に白地に細い黒の横線なボーダーTシャツ、下が黒の七分丈カーゴパンツにスニーカー。動きやすい服装だ。そして地味だ。

 着替えも大体こんなもんである。とくに上着はパーカーオンリーである。

 パーカーはイイ。フードがおしゃれ且つ実用的だ。

 

 さて、なんで私が目的地であるザバン市ではなくドーレ港にいるのかというと、試験関係者に連れてこられたからである。

 ここよりもザバン市に近い町でザバン市行きのバスに乗ったがなんとバスは進路を途中で反対方向のこちらに向けたのだ。

 不審に思った私以外の受験希望者は運転手を罵倒しながら途中下車した。車内に残ったのは私だけだったので、乗客全員ハンター志望だったのだろう。あれ、あいつら金払ったか?

 

 残った私はというと、この状況なら確実にこの運転手はハンター協会の息のかかった人間であると思ったため交渉を開始したのだ。殺気を飛ばして威圧するのも忘れない。

 結果、運転手は私をドーレ港で下ろした。あの山の一本杉に向かえ、と次どこに行くべきかまで教えてくれた。

 ザバン市とは反対方向だがここは従うべきだろう。お金は一応払っておいた。

 

 一本杉までは結構な距離があるので走っていく。行き先が決まったのならゆっくりする必要はない。この程度で疲労するようなやわな鍛え方もしていない。

 

 だいぶ走った頃、建物がボロくなんだか寂しい感じのする場所に入った。姿は見えないが、人の気配はする。隠れているのだろうか。それと、ほんの僅かな異臭と、空気のゆらぎ。

 更に歩みをすすめると、前方に何やら人が集まっているのを発見した。まず目についたのは全身をフードですっぽり覆った変な格好をした集団と、おばあさん。

 そしてスーツの男性と、民族衣装っぽいものを来た青年、とんがり頭の少年もいた。

 彼らがいるのは私の進行方向である一本杉のある方向なのでそこに近づくと、全員の視線がノコノコ現れた私に注がれる。

 試験官と、受験生だろうか。3人の受験生っぽい人の前には開かれた扉がある。見たところによると彼らはあそこを通る権利を得たのだろうか。

 

「あんたも一本杉を目指してんのかい? だったらクイズに答えてもらうよ」

 

 どうやらここで試験を行なっていたようだ。私が頷いたのを見て、おばあさんが説明を開始した。

 今からクイズを出題するので、それに答える。考える時間は5秒、①か②で回答。曖昧な返事は不正解。

 それを聞いて私は参加する旨を伝える。クイズなら自信はあるし、断る理由もない。

 その間受験生3人組も扉をくぐらずこちらを見ていた。私の動向を見守るつもりだろうか。見ていたって面白いものもないと思うけれど。

 おばあさんは一つ頷くと、問題を口にした。

 

「では問題。お前の最も大切な異性と同性が同時に殺人鬼に襲われている。どちらか片方しか助けられない。①異性、②同性、どちらを助ける?」

 

 そして出題されたものは、私を悩ますには十分なものだった。

 というか、これが、クイズ? どっちかって言うと心理テストみたいなものじゃないかな?

 この問題であれば回答する人によって答えは違うし、①も②も正解不正解の判断ができるものではない。試験官の主観で正解が変わるのならばこのクイズ自体がそもそもクイズとして破綻している。

 でもコレはハンター試験だ。まさか本当にこの内のどちらかが正解というわけでもないだろうし、コレは私の何かを試しているのだろう。

 とすると、何か隠された意図があるのだろう。これは少し考える必要があるかな。

 

 私の思考がそこまで至ったと同時、というか先ほどの出題が終わってから一呼吸程度の時間を置いておばあさんがカウントを開始する。カウント自体もゆっくりとしたものだからまだ時間もあるし、少し情報を整理しよう。

 先ほどおばあさんが言ったルールは、5秒以内に①か②で回答。曖昧なものは不正解。そして時間切れは……なにも、言われていない。5秒以内に回答しなかった場合のことをなにも言っていない。うっかりではなく、意図してのことだろう。

 選択できるものでないのだから選択しなければいいのか。選択しないことを選択する、つまりはこの場合であれば沈黙。で、あれば、やはりこのクイズ、2つの選択肢自体には正解も不正解もないだろう。

 不正解があるとすればそれは曖昧な返事と、あとは沈黙していたが正解と気づかずに試験官に危害を加えるか、あるいはきた道を引き返すかなど、意図に気づいての沈黙ではなかった場合。

 沈黙していればほぼ問題ないであろう。不正解の条件には入っていない。

 これらのことを踏まえ、私が出した結論は。

 

「②の同性かな」

 

 回答することであった。

 3人組がやっちまったよコイツ、というような顔をした。何だその顔、馬鹿にしてるのか。

 

「根拠は?」

 

 根拠。この問で私が思い浮かべた人物は、同性が楓と椎菜、蜘蛛の女性陣。男性はクロロ、その他蜘蛛の男性の一部。あくまで一部なのは何事にも例外があるからである。特にピエロとか、あとはピエロとか、それにピエロも。

 複数浮かべたのは”個人”であると限定するワードがなかったから。

 クロロたちなら、危機的な状況で、しかも私がどちらかを捨ててまで助け無くてはならない状況になった時に助けられることを是としないだろう。

 生かすべきは個人ではなく、蜘蛛。彼らの自身の生への執着は薄い。その状況下で彼らが望まないのだから私が助ける必要はない。あくまで必要はないだけだが。

 だが楓や椎菜は違う。遊びたい盛りの思春期だ。生きたいと強く願うだろうし、彼女たちにひどい目にあってほしくない。

 それに男性陣は全員が高い戦闘能力を持っていて簡単には死なない。この辺は彼らのことを信頼している。だからこの選択肢は②を選ぶ。

 

「異性のほうはそれを望まないだろうし、簡単に死ぬようなタマでもない。でも同性の子はそうじゃないから」

 

 そういうと、おばあさんと変な服装の集団がヒソヒソと何かしら話し始めた。

 審議中、という3文字が浮かんだ。いかん、置いてけぼりにされてしまって退屈だからって思考が変な方向に行ってしまった。

 内心喝を入れて気を引き締めたところで、おばあさんたちが私の方へ身体を向けた。どうやら結果が出たようだ。

 

「通りな」

 

 そう言って彼らが端に寄って道を開けた。通れといって示されたのはココを真っ直ぐ行く道。

 先に見える山の頂上には一本杉が見えている、3人組とは違う道である。彼らの進路はここから横道にそれる扉の先だ。

 その道を示された私に男性と少年が私に声をかけようとするが青年がそれを止める。おばあさんは試験官だろうし、そんな人の前でそんなことをしたら彼らもどうなることか。カンニングみたいなものだし、下手したらこの場で不合格通知をされてしまう。青年よくやった。

 彼らがなにを懸念しているかはわかっている。先程も感じ、この距離になって明瞭になったそれは、道の先、わずかに興奮しているのかこの距離で感じ取れる殺気と、ほんの微かな血の匂い。

 

「どうもありがとう。……それじゃ、また試験会場で会おうね」

 

 おばあさんたちに礼を言い、3人にそう声をかける。なんとも言えない表情をしていて少し愉快だ。別に不正解を選んだわけではないからそんな顔しなくてもいいのに。

 私が回答した時の表情の変化から察して、彼らは沈黙を選んだのだろう。

 その結果がコレ。

 彼らは脇道に入ったおそらく安全な回り道。片や私は危険な感じのする真っ直ぐな一本道。

 私の進む先には確実に障害となる何らかの生物がいるだろうから戦闘があるが、彼らの進む先にはそんな感じはしないので、まぁ時間はかかるだろうけど歩くだけで済むだろう。

 

 彼らはわかっていない。

 沈黙した彼らはただ単に問題を先送りにしただけである。その回答は時間のかかる回り道になって帰ってきた。

 しかし彼らにとってはそれでよかったのだろう。真っすぐ行って無事に済むとは到底思えない。

 いつか決めなければならない日が来るかもしれない選択肢、無理に今決めてその身を危険に晒すこともないけれど。

 

 選択には、常に責任が伴う。責任を果たすには様々な力が必要になる。暴力然り、財力然りだ。

 どちらを助けるか選んだ私は、その責任を全うできるだけの実力を示せ、ということだろう。

 その実力がないものは受験資格を剥奪される。出題にあった大事な場面で判断を誤ったから。

 おそらくこの血の匂いはそんな人間のものだ。実力に見合わない責任を負い、それに押しつぶされて死んだ。

 

 だから彼らはわかっていない。私はそんなに弱くない。

 私たちの進む道が違うのはそのまま現時点での私たちの実力の差だ。

 ちなみに私にとっては道だが、おそらくこの先で死んだであろう人にとっては道ではなく行き止まりだった。

 ただし人生の、だが。実力によって、道か行き止まりかが変わる。というか、ちょっと高めのハードルがある感じか。超えることが出来る者にとっては道になる。

 故に私にとっては、道。弱い人間が通っても道にはならない。なっても一本杉ではなくあの世行きのものである。

 

 彼らはまだこの道を通れるほど強くはない。彼らの選択は彼らにとって最善だった。まだ通れないのなら迂回すればいい。

 いつかは私と同じ道を選べるだろうが、今はまだ無理だ。

 私はこの道を通れる。最短ルートであろうこの道は、通れる私にとっては最善の選択なのだ。

 実力のある人間は、自分の選んだ道を突き進める。どの分野でもそれは同じ事だ。

 さらに私は彼らと同じ道も歩くことができる。強いと選べる選択肢も増えるのだ。 

 強い私は、沈黙か回答が正解。弱い彼らは、沈黙のみが正解。あえてこの試験の正解を挙げるとすればこんなところだ。

 

 この試験。簡単に言うと、短いが危険な道と、長いが安全な道の2択で、自分の実力に見合った方を選んでね、といったところか。

 

 

 

 そのまま3人組は扉の向こうへ行き、私はまっすぐ歩き出す。彼らも会場にたどり着けるだろうか。

 ライバルに成り得る私の身を心配した彼らは優しい人間のようだ。ぜひ頑張っていただきたい。



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02 正直ミディアムレアが好き

 一本杉目指して歩く。

 道中狼型の魔獣が群れで出てきたが、彼らも彼我の戦力差を本能で感じ取ったのだろう、いきなり襲い掛かってきたりはしない。

 いくら群れようが魔獣程度に負ける私ではない。念も使えるのだから。

 最初は唸り声を上げながら立ちふさがってきた。しかし私が意に介さずに歩を進めると何匹か飛びかかってきた。

 動きは速かったのでそれなりに強い種族だったようだけど、突っ込んできた奴らを受け流してはポイポイ投げて軽くあしらっておいた。怪我も特にしてないはずだ。

 それ以降は警戒しながら私を遠巻きに見つめているだけだ。獣相手は余計な手間がなくて助かる。

 

 

 魔獣たちに見送られて進んだ道の先には一人の男が立っていた。”纏”をしている。念能力者だ。

 

「こりゃ驚いた。まさか女の子がここに来るとはな」

 

 しかも一番最初に、と男は続けた。まぁ、あの数の魔獣、それもそれなりに強いのものの群れを相手にするのは些か難易度が高い。現に先ほどの魔獣の居たエリアには人骨っぽいのがゴロゴロしていたし。

 だけど念を使えなくともそれなりに強ければちゃんと通れる難易度だったとは思う。私の場合は念も使えるのだからなんの問題もなかった。

 

「しかも無傷ときたもんだ。使えそうだし、試験にもまぁ受かるだろうな。アンタ、名は?」

 

 使える、というのは念のことだろう。私も”纏”をしているし。

 ここでこの男が出てきた意味。魔獣の群れを難なく抜けた私の実力を図るにはさらに強いものが必要になる。彼はハンター協会の人間で、先ほどのおばあさんと同様に参加者をふるいにかけるためにここにいるのだ。

 戦闘になる可能性が高い。口を開く訳にはいかない。

 名前が能力の発動条件に含まれるかもしれない。偽名を答えたとしても、声を聞かれただけで私が不利になるような能力かもしれない。

 念能力者の固有能力は十人十色だ。どんな能力を持っていたとしても不思議じゃない。警戒するに越したことはない。

 そんな私の様子を見かねて、男はため息をつきながら言った。

 

「そんな警戒すんな。俺はお前とやりあう気はないし、お前がなんか喋ったからどうにかなるようなこともない。本当はここでちょっと遊ぶ予定だったが随分余裕で、しかも魔獣を特に傷つけること無く抜けてきたからな、お前は合格だ」

「……遊ぶ予定だったってことは、それも試験に含まれてたんじゃないんですか?」

「いや、あそこを切り抜けられた奴とちょっと戦ってみたかっただけで、試験自体はアレだけだ。で、お前は気に入ったから普通に合格」

 

 なんだこの人もバトルマニアか。私は違うけれども蜘蛛にもこういう奴らが多い。何でそんなに戦いたがるんだろうか、こういう人達は。

 まぁ、彼の試験はクリアできたようだし、素直に名前を答えておこう。

 

「メリッサ=マジョラムです」

「メリッサか。ではメリッサ、お前に試験会場と参加方法を教えよう」

 

 人差し指を立てながら男が言う。どうやら会場には着けそうだ。

 

「ザバン市ツバシ町2-5-10、飯処ごはん。そこが試験会場への入り口だ。でかいビルの隣の定食屋だ。そこでステーキ定食を頼め、焼き方は弱火でじっくりでな。それで試験会場にいける。覚えたな? 俺は同じ事は2度言わんぞ」

 

 ふむふむ、なるほど覚えた。しかし飯処ごはんって、随分適当なネーミングだなぁ。

 それにしても会場への入り口が定食屋とはなかなか考えられている。ザバン市内で闇雲にそれっぽい建物を虱潰しで当たっていたらまず辿り着くことはできないだろう、だれも定食屋が入り口とは思えないだろうから。

 それに焼き方の指定はおそらく合言葉的なもので、もし食事休憩とかで運良くその店に入ったとしてもそれを知らなければ会場に行く事はできない。協会の出す課題をクリアした人間以外は100%会場に辿りつけないシステム。

 私はここでその場所と合言葉の両方を手に入れることができ、試験への参加権を得た。

 

「覚えました。ありがとう、試験官さん」

「試験官と言うよりはナビゲーターだ。まぁそれはともかく、頑張ってこいよ」

 

 そう言った男性にお辞儀をして、今まで歩いて来た道へと走りだす。ドーレ港から一本杉までの方角はザバン市への方角とはまったく異なるので、ここからだと結構距離がある。日が落ちる前にザバン市に着きたい。試験は明日だから今日は宿をとって休もう。

 

 

 

 

 

 

「いらっしぇーい!!」

 

 昨日、あれからザバン市目指して走っていた私は日没前には到着し、ホテルでしっかりと休んでから、今朝になって会場の入口になっているらしい定食屋へと赴いた。

 飯処ごはん。小ぢんまりとした外見ではあったが、店内に入るととてもいい匂いがする。

 ネーミングセンスはアレだが、料理のセンスはいいのだろう。ここの料理食べたいな。

 店内には普通に食事を楽しみに来た客もいるようで、それなりに繁盛している。彼らの食べている物もとても美味しそうだ。

 涎が出そうになるのを耐えていると、店主らしき人が話しかけてきた。

 

「御注文はー?」

 

 店に入って、まだ席にも座っていなければメニューも見ていないのに注文を聞かれた。聞くタイミングが早すぎやしないだろうか。

 ああいや、この不自然さもここが会場への入口だからなのだろうか。だとしたら納得である。

 ここが”そう”だと理解して入ってくる受験生たちは、この段階で店主に回答をすることができるし、そうでない一般客ならばまだメニュー見てないんで、とかそういうことを言うだろう。

 まさか来る受験生をいちいち席に案内したりしてたら非常にめんどくさいし、時間もかかるからこそのこの対応なのかな。

 

「ステーキ定食お願いします」

 

 店主の問に対して、昨日ナビゲーターから教えてもらった答えを返すと、店主がわずかに反応し、焼き方を聞いてくる。

 

「弱火でじっくり」

「あいよー」

「お客さん奥の部屋へどうぞー」

 

 そんなやり取りの後に店員の女性に案内されてたどり着いたのは狭い個室。階数を表示するモニターもあるし、おそらく地下へのエレベーターだろう。

 そしてこの部屋の中央にはテーブルと椅子があり、その上には美味しそうなステーキ定食らしきものが置いてある。

 なんと、食べさせてくれるのかっ! しかもジュージューと小気味のいい音を立てているステーキは出来立てだ。アッツアツのホッカホカだ。

 気前のいい事だね、私さっき注文聞かれて案内もされたけどまだ代金払っていないのに。

 それとも、それは君の最後の晩餐的なヤツだからお代はいらないよ、ってことか? だとしたらなんかものすごく嫌だ。

 まぁ、エレベーターが降りてから代金請求されるかもしれないけど。それはそれでがめつく感じてやっぱり嫌だ。

 

「それでは、ご武運を」

 

 心配そうに微笑みながら言う女性に私も笑みを返す。自分より年下の同性が危険な試験を受けることに何かしら思うところがあったのだろう。

 女性が退出し扉を閉めてから少しすると部屋全体が動き出した。下へ向かっているようだ。

 とりあえず料理を食べちゃおう。到着にはどれだけの時間がかかるのかはわからないけど、早く食べるに越したことはないだろう。料理は出来立てほやほやのうちに食べるのが一番でもあることだし。

 椅子へ座り、頂きますをしてから肉を口に運ぶ。うん、思った通り非常に美味しい。試験が終わったらまた食べに来て、店員の女性にも顔を見せて上げよう。忘れられてるかもしれないけど。ていうかそもそも私が忘れてるかもしれないけど。

 

 普通に食べ始めてしまったけれど、私は毒については特に警戒していない。ここまで来て毒物とか、さすがにそれはないだろう。

 それに一応ある程度毒物への耐性はある。強くなろうと心に決めた日から少しずつ、少しずつ慣らしてきた。だってせっかく強くなったのに毒でコロリと死んじゃったらかなり切ないし。

 食事に混ぜる毒の量はあくまで少しである。体にあまり影響の出ない量で、慣れてきたらちょっとだけ増やすのだ。

 

 さすがにゾルディックのように致死量ギリギリとかは嫌だ。苦しいのは好きじゃないし、それに食事とは楽しむものだ。だから、少しだけなのだ。

 別に食事時じゃなくてもいいけど、そのほうがヤバい時に体外に排出しやすいだろうからそうしている。摂取しやすく、排出しやすいのが食事時だからそうしているのだ。

 その甲斐もあってそれなりに耐性はついた。ちょっとやそっとの毒じゃビクともしないよ。それなりに強い毒をそれなりの量食らったらマズイことになるけど。

 

 そういえばあの家にいてあそこまで太れるミルキくんって凄いんじゃないかと思う。

 毒はあちらも食事に混ぜられているらしいが、あんなに太るには、それはもう大量に食べたというわけで。つまり毒もモリモリ摂取したわけで。

 それでも彼は生きている。体に異常はなく、至って健康だ。体格的には健康とは程遠いけど。彼の食事は体に悪い感じだけれど、それはポイズン的な意味ではないし。

 もしかしたらミルキくんは世界で一番毒に強いんじゃなかろうか。すごい。でも家からでないのに毒殺に強くなっても微妙だが。使用人の教育もしっかりしているので、あの家で内部の人間がヤバい量の毒を盛るとも思えないし、そもそも彼らの毒への耐性からして致死量入れるとなると確実にバレる。

 まぁただ単にジャンクフードの食い過ぎと運動不足かもしれないけどね。

 店売りの食べ物に毒は当然入ってないし、それがミルキくんの手に渡る前に執事か誰かが入れてる可能性もなくはないけど低いだろう。

 あれ、その場合特に毒に強いってわけじゃないじゃん。だめじゃんミルキくん。

 

 考え事をしながらもステーキ定食完食。ごちそうさまでした。とっても美味しかった。焼き加減はウェルダン派じゃないけど十分満足できた。

 階数表示を見るとB90だった。何階が目的地なのかわからないから急いで食べちゃったな、もったいない事をした。

 今度食べに来るときはゆっくりと味わいたいものだ。焼き加減も好みのものを注文しよう。

 

 エレベーターの速度が下がり、B100階に到達するとチン、と高い音がして停止した。どうやらここが会場のようだ。

 扉が開く。荷物を持って扉の向こうへ踏み出す。

 

 さあ、漸くスタート地点だ。



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03 誰にも言わない隠し事

 足を踏み入れたそこは薄暗い地下道のようなところだった。エレベーターから出てきた私に一時的に目線が集まるが、すぐに興味をなくしたように逸らされる。

 ざっと見ただけでもすでに100人近くの人が到着しているようだ。ここまで来るだけあってそれなりの実力はあるようで、すこしピリピリした空気が心地よい。

 まぁでも、本当にそれなりだ。脅威には成り得ないし彼らは特に警戒する必要もないだろう。

 警戒すべきはヒソカである。あのピエロ、道に迷って辿り着けなければいいのに。

 それかナビゲーターさんがアイツが来れないようにしてくれればいいのに。

 私の視界にはいないけど、もう来ていたりするんだろうか。

 

 周囲の確認を終えると豆のような形の顔をした男性が近づいてくる。手には籠があり、中には数字の書かれたプレート。番号札のようなものか。

 

「番号札をどうぞ」

「ありがとうございます」

 

 礼を言って受け取る。私は88番か。

 まだ開始までは時間あるだろうし、どうしようかな。

 あ、そうだ。会場についたらやらなければいけないことがあるんだった。

 一応許可はもらっておこう。このお豆さんはハンター協会の人間のようだし、一応聞いておこう。

 

「あの、すいません。ここで写真とかとってもいいですか?」

「はぁ、それはかまいませんが……」

 

 そう、私は写真をとって試験の状況を報告するように椎菜と楓と約束してしまっていたのだ。まぁ写真は別になくてもいいはずなんだけれど。

 微妙な顔をされてしまったが写真を撮る事自体はどうやら問題はないようだ。

 まぁ実際問題そんなもん取ってどうするんだって話だよね、試験場所とか課題も毎年変わるから参考にもならないし。

 

「それと、さっきのステーキ定食の代金って払わなくていいんですか?」

 

 ついでなので気になっていたことも聞いておくことにした。すると返ってきた答えはなんとも気前のいいものだった。

 

「先ほどのお食事の代金でしたらこちら持ちとなっているので結構ですよ」

「そうですか、ありがとうございます。ごちそうさまでした」

 

 にこやかな豆の人にそう言ってその場を離れる。代金は払わなくていいのか。もしかしてマジで最後の晩餐的な意味合いを含んでるんじゃなかろうか。

 しかし撮影許可は貰った。とりあえず到着したことを伝えておこう。

 

 携帯を出してカメラを起動して片手に持ち、もう片方の手で番号札を見せつけるようにし、他の受験生をバックに自分撮りをする。

 肖像権とかそんなことは気にしない。泥棒に法律のことを説いても何の意味もなさない。職業からして違法なのだから。

 それに彼らにとってもコレが人生最後の写真になるかもしれないのだ。遺影替わりだと思って納得してください、あなた達は背景ですけどね。

 

 私の顔写真を二人が持っていることも、まぁ大して問題無いだろう。

 真城芽衣は、死んだ。

 本名と偽名両方で応募してある。偽名の方は指紋とかは適当に偽装したが。ちなみにこれも彼女たちは知らない。

 私と連絡がつくこと、というかメールしてることを言わない、そして試験会場で撮った写真は絶対に他人に見られないように徹底することを約束させてある。

 前者は真城芽衣を会場に辿りつけずに消息不明になってしまった可哀想な少女に仕立て上げるため。まぁすぐに死亡者認定されるだろう。

 後者の写真はそもそも二人が言い出した。心配だからとテキトウな理由を言っていたが好奇心旺盛なだけだろう。こっちは約束さえ守ってくれれば問題ない。

 

 私が犯罪者と断定されて追われる日は、その可能性を徹底的に排除しているので、もしあったとしてもかなり先の話だと思う。

 たとえその日が来てもメリッサと芽衣が同一であるとはわかりにくい。片方は戸籍が存在せず、片方は戸籍上行方不明のままか死亡しているから。

 もし繋がったとしても二人に危険はおそらくないだろう。シャルお手製の携帯は電波を傍受することができないらしくその線は問題ないし、後は私がそれなりに気を使えば私と関係があることはバレない。

 合格後は小悪党に狙われるからと理由をつけて色々納得させて徹底すればイイ。マズイことになることはないだろうが、なったらその時きちんと対応しよう。

 

 他の背景の人間については気にしない。ヤバそうなのは写さないよう配慮するが、他は何らかの志がある者か悪党でも大したことない奴ばかりだし。多分顔写真に価値は出ない。逆に価値が出たら他の部分をモザイクかけて売っぱらって儲けてやればいい。

 とりあえずヒソカは彼女たちの目に毒だから映さないようにしようと心に決めつつ、ポチポチとボタンを押してメール本文を作成する。

 

〈わたし、メリーさん。今試験会場にいるの〉

 

 メールの本文をそれにして、今とった画像を添付してまずは楓と椎菜に同時送信。ついでクロロにも同じ内容のものを送信。特に言われてないが、報告はするようにしよう。

 2回に分けたのは同時送信すると楓たちにクロロのアドレスが割れるからである。女子中学生の携帯の中に登録はされずとも極悪人のアドレスがあるのは、それと気づかずにいたとしてもちょっとイカンだろう。

 私も悪人ではあるけど、まぁ念の為に。蜘蛛はA級首でもあるし。

 私はB級首。最近上がったのだ。あまり殺しはしてないがなんでも被害額が結構大きいらしい。まあ結構長いこと泥棒として活動してるし、偶に盗り溜めと称して精力的に盗みに励む時期もあるので被害件数も結構多いだろう。

 でも私の情報は本を好む・変なお面・小柄がせいぜいである。個人を特定するための情報がほぼ割れていないので普通に暮らすには問題ない。

 しかしその程度の情報しかないにもかかわらず同一犯であると判断できるほど調べ、さらにB級にまで上がってしまうとは向こうもなかなか必死だ。

 でも古書の類は高価なものが多いからしょうがないよね。

 

 今後も顔バレ、身元バレだけは気をつけよう。平穏な暮らしもいいけれど、そのために盗みをやめるつもりも今はない。だって欲しいんだもの。

 夢はでっかく大泥棒、理想は顔も身元も名前さえも不明なA級首だ。

 

 携帯をしまい、さてどこで待機しようかと周囲を見渡し、人にぶつかられたくないので壁にあるぶっといコードの上に座る。目についたのでテキトウに選んだけれど、なかなか頑丈なようだ。こんな場所じゃ他にマシなところもないだろうし、ここでいいや。

 

「ねえ君、新顔だよね?」

 

 荷物を漁る。どれで暇をつぶそうかな。

 

「ねえ君、キミだよ、お嬢さん」

 

 あぁもううるさいな。

 顔を下に向けると、特徴的な形の鼻をした男性が人の良さそうな笑みを貼り付けてこちらを見ているのが映った。

 

「よかった、気づいてくれた。オレはトンパっていうんだ。よろしくね」

 

 友好的な態度で私に話しかけてくる男性、トンパというらしい。

 しかしその表情が”貼り付けられたもの”であるのはバレバレである。

 どことなく人の悪そうな感じがにじみ出ている。もう少し頑張って隠せないものだろうか。

 

「なあ、この試験についてアドバイスしてあげようか? この試験ももう35回受けてるし、試験のベテランみたいなもんなんだ」

 

 別にいいですぅ。

 私は何も言わない。なんかもう胡散臭い事この上ない。

 しかも35回。諦めも肝心じゃないのかな、人生ってさ。

 泥臭くあがく人間は好きだが、このおっさんはなんか違う気がする。

 

 何も言わない私をどう思ったのかは知らないが、このトンパという男性喋る喋る。ええいやかましい。耳障りだコンチクショウ。

 なんか試験についてのことを言っているようだが素直に信じるわけがない。騒音でしか無いのでやめてほしい。

 とりあえず私は彼の目をじっと見つめる。

 無表情で。

 じーーーっと見つめる。

 彼の話にはなんの反応も示さず、ただ見つめ続ける。

 

「うっ……と、とにかくわかったかな? 危険な試験だし、アドバイザーって必要だと思うんだ」

 

 あんま聞いてなかったけどそういう話の流れだったの? いや、35回落ちた男にアドバイスされましても。それって落ちるためのアドバイスじゃないんすか?

 それにしても見つめる作戦はなかなかに効果があるようだ、居心地悪そうにしている。

 

「じゃ、じゃあ何かわからないことがあったら聞いてくれよ、なんでも教えてあげるから。ホラコレ、お近づきの印にあげるよ」

 

 またな、そう言って私の座っている脇に缶ジュースを置いてそそくさと去っていくトンパ。

 さっきここまで来て毒物はないだろうとか思っていたがどうやらそんなことはないようだ。っていうか受験生(おまえ)が出すのかよ。

 どんな効能の薬かは知らないが100%入っているだろう。このジュースは放置決定だ。

 

 荷物から音楽プレーヤーとメカ本を取り出す。どちらも電力を消費するが対策として大量の電池と充電器がカバンには入っている。1ヶ月くらいは持ちそうな量だ。

 と、出したところでメールが届いた。椎菜と楓のが2つ同時に。一緒にいるのだろうか。

 椎菜からは、

 

〈会場までたどり着けるなんてすごいねっ! 無理しない程度に頑張れ~!〉

 

 称賛と応援のメール。うむ、気合が入ります。

 楓からは、

 

〈メリーさん(笑) 化けて私たちの後ろに立つような事にならないようにねっ!〉

 

 心配しているような内容のメールが届いた。どちらも絵文字略。

 しかし楓さん、メリーって私の本名の愛称なんですが、知らなかったとはいえ(笑)は酷いんじゃないでしょうか。おみやげのランク下げるぞ。

 いやまぁ確かに私も怪談ネタを意識したメール送ったけども。

 

 イヤホンを耳にはめようとしたところでところでイヤ~な気配が近づいてくる。明らかに私を目指して。居たのかちくしょうめ。

 さっきから行動妨害されすぎじゃないか私。

 いや、これはひょっとして私が暇しないようにという配慮なのかもしれない。いやいやそんなバカな。

 

「やあ、メリー◆ きみも受けに来たんだねぇ★ 見てたよ、君が新人潰しくんに絡まれてるトコ◇」

 

 変態ピエロが現れた!

 何処にも逃げ場のない地下空間、逃げるコマンドの使えない場面で出てくるだなんて、神様は私に意地悪だ。

 そりゃそうか。だって身近に逆十字を背負った人がいるんだもの。というかそれ以前に私犯罪者だもの。悪党だもの。そりゃ神様だって私のことが嫌いになるだろう。

 嫌いなら嫌いでいいからほっといてください。私に試練を与えないでください。

 

「まぁね。あると便利だから欲しくなったんだ。っていうかアイツやっぱそういう奴だったんだね、胡散臭いとは思ってたけどさ」

「うんそうだよ、まぁ今年はまだアレに引っかかった人はいないみたいだね☆ ああ、それにしても、キミがいるならボクも退屈しないで済みそうだなぁ◆」

 

 うお、イカン。これは、イカンぞぉ。試験中にヒソカとドンパチやるなんて冗談じゃない。

 そんな事になったら怪我をしてその後の試験に支障が出るかもしれないし、最悪死んでしまう可能性だって0ではないのだ。

 何とかターゲットを変更してくれないものだろうか。いやマジで。

 

「えぇー、私は何かする気ないからね。他のことで暇つぶししなよ」

「残念、また振られちゃった☆ しょうがない、ボクはまた美味しそうな果実を探しに行くとするよ◇」

 

 さっきは見なかったと思ったらそんなコトしてたのか。皆逃げてーーっ!

 いや、しかし私にとってはコレは好都合だ。運よく今回の試験にヒソカが気に入る人物が現れれば私としては一安心である。気に入られちゃった人はドンマイである。

 

「そういうの好きだね、ヒソカ。まぁ、今年はハメ外し過ぎないようにね」

「退屈だったらあまり保証はできないかな◇ それじゃ、お互いがんばろうね★」

 

 手をヒラヒラさせて去っていくヒソカ。今みたいな常識的な発言もするが、戦闘が絡むと一気に狂人へと変貌してしまうのはいかがなものか。

 それさえなければ別に悪いやつじゃないかもしれないのに。欲求が強いのは私も同じだが、ああはなりたくない。

 

 去っていくヒソカの背中を見つめていると携帯が震えた。メールだ。クロロから。

 

〈会場につけたなら合格は問題無いだろう。危険なことはするなよ〉

 

 危険なこと? ハンター試験程度で私にとって危険なことは無いような気が……あ、危険なことってもしかしてヒソカと接触することですか? だとしたらすいません、もう手遅れです。

 

 心のなかでクロロに謝り、メカ本を開く。ミルキくんお手製のこの中にはデータ化された本がぎっしり詰まっている。

 以前我が家でクロロにも言ったように盗んだものと、そこら辺の書店で買ったポピュラーな小説、雑誌類。

 しかしクロロにも言ってないものが入っている。それは”禁書フォルダ”にパス付きで入れている。

 

 これは念がかかっていた本を除念して、スキャナーで読み込んだものだ。除念せずにスキャンしたらどうなるかわからないのでそんなことはしない。

 っていうかそんなコトしたら間違い無く念は私に向かってくるだろう。それをやってみなかった人がいないわけがない。それでも読んだ人は全員非業の死を遂げるなりなんなりしていて、世間にはまったく出回っていない。

 

 私の除念能力は、あるとき唐突に発生したものだ。能力の性質は他の2つの能力の性質を受け継いでいるようなので、除念能力が発現するための基礎はできていたんだろう。

 盗んだ本に念がかかっており、何をどうやっても開くことができなかったのだ。最初に開かないタイプの念に当たったのは幸運だった。読むことができても死んでしまうような本、時間を置いてじわじわと呪うような本もあるのだ。

 開かない、開かない、なんで開かないんだよ読ませてよ邪魔なんだよコノヤロー! と本を両手で持ち叫んだ時に能力が生まれ本を卵が包んだ。

 何となくこうするべきだろうと念を送り続け、卵が自動的に割れ、中から出てきた本からはオーラが感じられず、ページを捲れるようになったときは本当に感動した。ちょっと涙ぐんでた。

 

 その後念に細かい条件をつけた。何度も使うだろうし、後に引かないような条件を付けた。

 誓いがあり、それを遵守する覚悟があれば念は強度を増す。”制約と誓約”は後付できる。一度決めたら変更はきかないが。ていうか後から変更できるようなへなちょこな覚悟ではそもそもなんの意味もない。

 結果的に除念に時間が掛かるし除念中のリスクが結構高い能力が生まれた。念のかかった本はかなりの数あるので、除念後にいちいち影響が残るのは困る。外的要因で卵を割られ念が帰って来ても自身を除念することはできないのでちょっと怖いけど。

 

 そもそも自分以前に人に有効なんだろうか。やったことがないので分からないが多分いける気がする。

 そういえば、死とか呪いとかの念ならともかく、本が開かない念がかかってるの結構多いけどアレが私にかかったらどうなるんだろう。動けなくなるのかな。試すのは怖すぎるのでやらないが。

 

 除念は、レア、らしい。あの頃は知らなかった。

 これでお金を稼げるだろうけど、そんなコトしたら多分悪用目的の輩に狙われる。だから今まで誰にも教えていない。別に金なんか無くても盗んでしまえばいいし、そこまで金に固執しない。

 除念し終えた本はメカ本をもらうまでは隠していて、データ化したら燃やした。盗まれた本の念が消えてオークションに流れてきた! なんてことになったら大変だ。盗んだ奴が除念能力者と接点を持っているか、或いは本人がそうなのかということで、私がやった盗みの捜査により一層の熱が入ってしまうだろう。

 もったいない気もするけど背に腹は代えられない。だって読みたい。

 

 除念は蜘蛛も知らない。使う必要がなかったから言わなかったし、これから先も言うつもりはない。やむを得ない時は彼らのために使うかもしれないが、そんな事態にはおそらくならないだろう。彼らは強いから。

 ワンマンプレーに走りがちな奴が多く組織的な穴はあるっちゃあるけど、それを補って余りある実力もあるし。

 人に知られないで済むならそれに越したことはない。

 私利私欲のための念だから誰かにバラして自身を危険に晒したくない。私は本が読めればそれでよかったのだ。

 

 

 

 音楽を聞きながらメカ本で本を読む。

 今読んでいるのは流行りの冒険小説だ。内容はそこそこ面白く、幾多の壁を乗り越える主人公を応援したくなる。

 這いつくばってでも目的を成し遂げようとする姿勢もイイ。これはいい暇つぶしになりそうだ。

 

 読みながら、どうか試験で壁にぶち当たりませんように、と願った。

 



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04 暗殺一家と一次試験

 カタカタカタカタカタ。

 本を読んでいた私の耳に入った奇妙な音と、感じる視線。音と視線の発信源に視線を向ければ、その音以上に奇妙な顔をした男性の姿。その身に纏うオーラが静かで、立ち姿にも隙は無く実力の高さが伺える。

 音量は絞っていたから外の音は聞こえるし、高いところに座って読んでいるから読書中でも下に立たれれば視界に入るのだ。否が応にも。出来ればこんな奇妙な風体の人物を認識するのは勘弁願いたかったのだけれど、視界に入ってきちゃうし、しかもこっちを見てるもんだから視線を向けてしまう。

 

 どうやら私に用があるようなので、嫌々ながらもイヤホンを外しておく。改めて顔面以外も認識すると、体中にも針が刺さっている。胸につけた番号札が301番ということは、あれから200人程増えたのか……って、今更ながらに針が割と太い。痛くないのかな。いや細くても痛いだろうけど、あんだけ太いと痛みも尋常じゃないんじゃなかろうか。

 しかし彼には見覚えもないし一体何の用だろう、まさかトンパと似たような感じなのか? というかいい加減見てくるだけじゃなくてなにか喋って欲しい。さっきから発しているカタカタという音は言葉ではない、断じて。

 でも、なんだか覚えのある気配な気がする。それに、顔中に針。針。心当たりは、ある。

 針を使い、更に似たような気配のする男性、しかも強い。顔がとんでもないことになっているけど、まさか。

 

「あの、もしかしてイル」

 

 ミさん? という残りの言葉は発しなかった。イルミさん(仮)が針を投げてきたからだ。超怖い。その針は私の顔のすぐ横を通過し、壁に深く刺さっている。

 当たるような軌道ではなかったけれど顔の近くを針が高速で通過するとさすがにビビる。ヒャンッて音が聞こえた。

 

「ギタラクル」

 

 何故針をなげられたか全くわからずに困惑していた私に掛けられる声。カタカタ付きで。

 ぎたらくる……ギタラクル? 偽名かな、変装っぽいこともしてるし。変装の域を超えてる気もするけど。コレはもう整形レベルじゃないの。

 私が彼の本名を呼ぶのを遮るために針を投げ、そして偽名を伝えたわけか。納得した。

 でも怖いから針は投げてほしくなかった。納得はしたが怖い思いをしたのだから不満はある。

 イルミさんは合理的な行動しか取らない人物だが、いつも言葉足らずな部分があると思う。

 

「失礼しました、ギタラクルさん。それで、どうしたんです?」

 

 顔とか。後は顔とか顔とか、それと顔。ついでに偽名と話しかけてきた理由も知りたい。

 謝ったのは変装をしているのに態々本名を呼びそうになった私にも非があったからだ。

 

「顔と名前はただの変装。それで、キルが家出したのは知ってる?」

 

 イルミさん改めギタラクルさんはそう言うけれど、私はただの変装ではないと思いますぅ。それもうどっちかって言うと変身ですぅ。言わないけど。

 

「メールで」

 

 対する私の返答は短いものだったけれど、これだけで誰が私に教えたのかは分かるだろう。あの家で私とメールのやりとりをするのはミルキくんのみである。

 ちなみにミルキくん、凄い怒ってた。メールの文面だけでもブチギレているのが丸分かりだった。刺されたっていうのに元気なことである。分厚い脂肪のお陰で内臓や筋肉は無事だったのだろう、贅肉も偶には役に立つものだ。まぁそもそもそのお肉がなければ攻撃を回避した挙句逆にキルアを捉えることができた可能性も否めないけれども。

 しかしキルアが家出か。したくなる気持ちもわからなくもないけど、なんとまぁ思い切ったことをしたものだ。

 外の世界は危険がいっぱいである。特に彼の場合は顔写真だけでも億単位の懸賞金がかかっているというのに、未熟なまま家から出ちゃうのはマズイんじゃないかな。

 メールにはあんまり興奮すると高血圧でぶっ倒れるよ、とだけ書いて送っておいた。キルアの家出は私に関係ない。

 

「キルがここにいるんだ。オレのことは言わないでね」

 

 私が頷くのを見て彼は去っていった。その口ぶりからしてキルアはこの試験を受けに来ているらしい。さらには既にこの会場内にいるようだ。

 ということはキルアを監視しに行ったのだろう。弟思いなお兄ちゃんだが、言い換えるとただのブラコンだ。いや、重度の、が頭につくか。

 つまりイルミさんは、私がキルアと接触し、さらに私がイルミさんに気づいて、尚且つそれをキルアに告げてしまうという事態を避けたかったのだろう。

 キルアに自分の存在がバレたくないからこその変装なのに、私が先に気づいて言ってしまうのは確かに避けたいだろう。キルアはまだ相手を表面上の印象だけで判断する部分があるから、姿を変えた状態なら私のほうがイルミさんに気づきやすいし。

 

 そこまでやりますか、って感じの過剰な変装もキルア対策か。アレだけ変えれば確かに気づかれにくくなるだろうし、近寄りがたい容姿だからあまり接近されないだろうしさらに可能性が下がる。

 さっさと連れ戻せばいいのにと思うが、それをしないのはきっと彼もライセンスが欲しいからだ。キルアをここで見つけたのは多分偶然なんだろうな。

 イルミさんはライセンスが欲しい。でもキルアも連れて帰りたい。どうせ最終試験までは二人とも残るだろうから、合格が決まってから自ら連れ戻せばイイ、と。あるいは逃げ場のない状況でバラそうと、そう思ったのだろう。

 せっかく見つけたのに途中でバレて逃げられちゃったら嫌だもんね。弟思いのお兄ちゃんとしては。

 逃げられたらライセンスかキルアのどちらかを諦め無くてはならない。

 合理的な彼はどちらの目的も成し遂げられる確率が高い方法を選んだのだろう。

 2つの目的を同時に達成することができそうなイルミさんは幸運だ。

 

 さらにキルアにとってもイルミさんがいたのは幸運だ。だって今年は流行の超最先端を後続を大きく突き放す勢いで突き進むシャレオツ気狂いピエロのヒソカがいるから。その部分はイルミさんが牽制してくれるだろう。

 ヒソカなら間違い無くキルアにちょっかいをかけるだろう。昔遠目に見たキルアの動きは幼いながらも洗練されたものだった。

 もしちょっかいかけられて、精孔が開かれでもしたら大変だ。殺されることはないだろうけどね、青田買い的な理由で。

 キルアは次期当主として大事にされているようだから、念も基礎からきっちり教え込みたいと思われているだろう。

 なのに師になるわけでもなく、戯れに精孔を開く。もしそんなことしたら絶対ゾルディックがブチ切れる。

 そしたらいくらヒソカでも間違い無く死ぬだろう。あらやだ魅力的。

 

 それにしてもイルミさんは301番、つまりこの場にはすでに300人以上の人がいるということか。しかも周囲に目を配らせるとおっさんばかり。そりゃむさ苦しいわけだ。

 これだけの人が集まったのだから結構な時間が経っているはずだけど、試験の開始はいつになるのだろう。早く始まってくれないかな。

 とりあえずまたすることがなくなったので本に意識を向けることにした。

 

 

 

 丁度一巻分読み終えた区切りのいいところで一息ついた時、会場に響き渡る悲鳴。かなり悲痛な叫び声だ。

 その方向に目を向けると両腕の肘から先を失った男性と、ヒソカ。何やってんだあのピエロ。始まる前に問題起こしやがった。

 

「アーーーラ不思議★ 腕が消えちゃった◆」

 

 種も仕掛けもございません◇ だなんておどけた調子で言うヒソカ。二本の腕は天井に張り付いているのが遠くから見ると分かる。その腕を天井に固定しているのは彼の能力、バンジーガムだ。

 回りにいる連中は当事者以外には目を向けないから誰も気づかない。ああやって他人の視線をコントロールして見てないところでなんやかんややるのは手品の常套手段だ。

 そういう仕掛けを彼は戦闘に応用するので、洗練された念と強靭な肉体に加えてトリッキーな戦法を取ってくるから敵に回すと厄介だ。

 

「気をつけようね◇ 人にぶつかったら謝らなくちゃ◆」

 

 常識的な発言かもしれないけどそれ以上にあなたの行動は非常識です。誰か言ってやってくれ、私はいま本を読むのに忙しいで絡まれたくないから嫌だけど。

 腕をやられてしまったのは可哀想だが、しょうがない。運が悪かったのだ、彼は。ヒソカにちょっかい出されて両腕で済んで幸運だったと思うしか無いだろう。

 実力と、危機察知能力が足りていなかった。足りていたのは命だけは助かった彼の運のみ。

 そう結論づけ、同時に興味も失せたのでまた本に意識を戻した。

 

 

 

 活字を追う作業を再開して間もない頃に、新たに増えた精錬されたオーラを感じ取りそちらに目を向ける。エレベーターとは別の所から出てきたカイゼル髭の男性は、試験官か。

 次いでカイゼルさんの持っている人の顔を模したストラップが、ジリリリリリリリリリリリリ!! と大きな音を立てる。ストラップではなくベルか。なにあれ超イカス。

 響き渡る大に全員が顔を上げ、音の発信源を探す。この場にいる全員の視線が集まったところで音を止め、カイゼルさんが口を開いた。

 

「只今を持って受付時間を終了いたします」

 

 受付が終了、ということは。

 

「ではこれよりハンター試験を開始いたします」

 

 その言葉を受けて会場全体の空気が張り詰められる。

 緊張感が漂う中、地下通路の奥へと歩き出したカイゼルさんが続ける。

 

「さて、一応確認いたしますがハンター試験は大変厳しいものもあり、実力が乏しかったりすると怪我をしたり死んだりします」

 

 歩きながら淡々と注意事項を述べ、皆がそれについていく。最後に、それでも構わなければついて来い、というカイゼルさん。

 これは無理そうなら帰れってことじゃないだろう。その程度の覚悟ではここまで辿りつけないだろうから。

 ではなぜ言ったかというと、これだけ言ってやったのについてきたんだから後は自己責任だよ、ってことだろうね。いい性格している。

 

 私も後ろの方からついていく。すると、程なくして少し周囲の様子が変わった。次第に周囲の足音が大きくなり、ペースが上がっていく。

 どうやら前のほうが走りだしたようだ。私もそれに倣う。

 

「申し遅れましたが、私一次試験担当官のサトツと申します。これより皆様を二次試験会場へ案内いたします」

 

 カイゼルさんはサトツさんというようだ。ここからはその姿が見えないが、受験生が走らざるを得ない速度で移動しながらサトツさんが一次試験の概要を告げる。

 

「二次試験会場まで私についてくること、それが一次試験でございます。場所や到着時刻はお応えできません。ただ私についてきていただきます」

 

 一次試験は目的地不明のマラソンのようだ。終わりの見えない状況の中を延々と走らされるこの試験は、精神面と肉体面のどちらも同時に測れる内容だ。

 試験が開始し、その内容もわかったところで走る受験生を背景に写真を取り、ジャポンの二人に送信。クロロにはいいや、要点だけ送れば。そもそも普段はメール自体面倒だからあまり送らないのだ。

 

 携帯を閉じ、音楽を聞きながら、本を読みつつ、走る。この程度のペースならこのくらいのことは造作も無い。

 しかしゴール不明ってことは長丁場になりそうだな。



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05 早速知り合いができました

〈安全そうなので良かったじゃん! 適当なとこで切り上げてきな~(笑)〉

〈マラソンとか試験官何考えてんの、最っ低。マラソンなんてなくなればいいんだ〉

 

 走りだして程なくして携帯がメールの着信を告げ、開いて内容をチェックした私の目に写ったのがこれだ。前者が楓からのもので、後者が椎菜からだ。

 楓は私が怪我をする前に帰って来いと言いたいらしい。でもここまで来て簡単に帰る訳にはいかないし、そもそもヤバいの二人と戦闘なんてことにならない限り怪我はしないだろう。

 対して椎菜はサトツさんに対しご立腹なようだ。彼女はスタミナの無さに定評がある。もうマラソンという種目自体が気に入らないといった風だ。

 ちなみに楓には追加でメールしておいた。さっき両腕失った人がいること。試験は安全でも危険人物がいるんですぅ。

 

 その後帰って来いコールがあったがスルーして走り続ける。

 メカ本に”周”をしながら、身体では”流”をしながら。本の内容は面白いけれど、あまりにも肉体面で退屈だから修行も追加するとしよう。

 しっかしこの位置、前の人たちのせいで空気が悪いなぁ。女の子にはちょっと地獄だ。ぜぇはぁという音とともに排出される呼気が不快だ。

 もっと前に行くべきだったと思うけど、でも今からだと人が密集していて通りにくい。壁伝いに走れば難なく前に出られるけど、目立つのはちょっと勘弁だし、しょうがないからとりあえずここでいいか。

 人が多いがぶつからないように周囲にも少し気を配りながら走っていると、後ろから声をかけられた。

 

「ねえ! お姉さん、ドキドキ2択クイズの時に会ったよね?」

 

 私を呼んだ幼さの残る声に振り向くと、そこにいたのはにこやかなツンツン頭の少年。というかドキドキ2択クイズってなんだ。もしかしてあのおばあさんのところのアレ? そんな名前だったのかあのクイズ。

 そういえば居た気がする。私とは違うルートを通った、3人組の一人だったはずだ。

 

「おいコラ、ゴン! あんま知らねー奴に話しかけんなよ、無用心だな」

「違うよレオリオ、知らない人じゃないもん。ほら、クイズの時にいた人だよ!」

 

 至極まっとうなことを言うグラサンスーツな男性。まぁ、競い合うライバル同志だもんね。受験生同士での騙し討ち不意打ちその他妨害なんでもござれなこの試験で他人と接触しまくるのはよろしくない。

 しかし少年、ゴンと呼ばれた彼はそれに言い返す。確かに知らない人ではないだろうけど、それにしたって無用心だ。

 ゴンの言葉を受けて私の顔へと視線を移した男性が声を上げる。

 

「あ? ……って、おい、マジか。アンタもここに来てるとはな」

「……これは驚いた。てっきり、その、不合格になっていたかと」

 

 私を見て驚く男性と、金髪の青年。そう、あの場に居たのもこの3人組だった。ということは3人組は全員参加できたようだ。よかったね。銀髪の少年が一緒に見える気がするけど、気にしてはいけない。とりあえず私からは接触しない、一応。

 金髪の人は不合格かと思ったって言ってるけど、あの道を通ったんだから死んだと思ってたよね、きっと。

 

「久しぶりですね。言ったじゃないですか、試験会場で会おうねって」

「しかし、君はどうやってここに? あの道は正しい道ではなかったのではないのか?」

 

 そう問いかける金髪さんに、私は自分の番号札を見せながら簡単に答えを返す。

 

「違いますよ。私が通った道は危険な最短ルート。あなたたちが通ったのは安全な迂回ルート。別にハズレの道を通ったわけじゃないです」

 

 私は88、彼らのそれは400番台。私の番号札を見て彼らは驚いている。あの分岐で、こうも違うものなのか、と。

 そして考えこむ金髪さん。あの道がハズレではなかったことを踏まえて、もう一度あのクイズの真意を考えているのだろう。

 

「……いや、しかし! あの道の先には強力な、おそらく魔獣がいたはずだ。私たちの前であの道を通った男は逃げることさえかなわず死んだ。彼も決して弱くはなかったはずだ」

 

 どうやら私より先に彼らの前であの道を通った人がいるようだ。そして彼の口ぶりからしてその男はそのまま帰らぬ人になったのだろう。

 君は、あの道を抜けたというのか? とさらに私に問う金髪さん。

 

「そうですよ。さして問題もなく」

 

 私の発言は、私自身が証明になっている。怪我もなく、服は汚れもしていない。いや服は昨日と違うもの着てるからこっちは関係ないか。

 とにかく戦闘で負傷した様子はない。

 

「へぇ~! お姉さん強かったんだね!」

「マジかよ、人は見かけによらねぇなあ……いや、なぁ、ひょっとして俺たちでもあの道を通れたと思うか?」

 

 感心しているツンツンくんと、私に問いかけるグラさん。金髪さんも私の答えに興味があるようで、目付きが更に真剣になっている。

 

「ん~、数も多かったですから少なくとも無事では済まなかったでしょうね。通れはしても3人無事に会場までは着けなかったと思いますよ」

 

 彼らもそこそこ強い。だがあの魔獣は群れていた。

 彼らと魔獣の間に私のような絶対的な戦力差はない。きっと混戦になる。

 かなりの高確率で怪我をするだろうし、大怪我、あるいは誰かが死んだり、最悪全滅も、彼らの戦闘能力ならほぼ無いとは思うが、もしかしたらあり得ただろう。

 しかもその後には念使いの男が待っている。ちょっと遊ぶだけのつもりで怪我を増やされたらエライことだ。ひょっとしたら遊んだお礼に送ってくれるとかあるのかもしれないが、その可能性は微妙。

 バス・タクシーその他公共交通機関には協会の手回しがされているだろうからそれを使っての移動はおそらく不可能。

 傷を負い、あそこから足でザバン市に向かうのはかなり厳しい。

 

「そっか。まぁいいや、結局はここに来れたんだしね! オレはゴン! お姉さんは?」

「ま、それもそうだな。オレはレオリオという。ああ、敬語はいらないぜ、さん付けも無しだ。よろしくな」

「なるほどな……。私はクラピカだ、普通に喋ってもらって構わない。よろしく」

 

 つんつん君がゴン、グラさんがレオリオ、金髪さんがクラピカね。

 そしてどうやらクラピカはほぼ私の考えと同じ所まで思考が行き着いたようで、情報を正しく整理できるし頭の回転も早いみたいだ。

 

「そう? じゃあ普通でいいや、私はメリッサ。よろしくね、ゴン、レオリオ、クラピカ」

 

 随分あっさりしてんな、とぼやくレオリオ。自分で敬語とかいらないって言ったじゃん。女の子なんてこんなもんだよ、多分ね。

 そもそも初対面だし一応の礼儀として敬語と敬称を使ってたんだから。泥棒にもその辺の常識はある。が、いらないって言うなら使わない。

 

 互いに名前の確認もしあい、最初にあった探るような空気は鳴りを潜め、僅かだが和やかな感じになった。

 だが。

 

「はぁ? ホンットに強いのかよアンタ、嘘っぱちなんじゃねーの?」

 

 全然そうは見えねー、と何気に酷いことを言いそれをぶち壊すキルア。いや何気にではないな、普通に酷い。さっきまで興味無さそうだったのに突如会話に乱入してきて暴言を吐くのは如何なものか。

 ゾルディックさん家はこういうところの教育がなってないな、うん。

 

「ちょっと、キルア! メリッサに失礼だってば! あ、メリッサ、こっちはキルアね」

「別にいいじゃん、どうせすぐへばるぜ、ソイツ」

 

 あらやだ失礼しちゃうわ。ゴンが窘めるもどこ吹く風さらに私に対して酷いこと言うキルアについに私も口を開く。

 イルミさんにはオレのことを言うな、とは言われたけど会話も接触も駄目とは特に言われてない。なので別に会話してもいいよね、向こうから私のこと口にしたわけだしさ。

 

「失礼な。そんなヤワな鍛え方してないよーだ。ってか、人を見かけで判断しちゃ駄目だって”お兄さん”に教わらなかった?」

「……んなことお前にはカンケーねぇだろ」

 

 嫌そうな顔をするキルア。でも否定もしなかったことからイルミさんにそう教えられた覚えはあるみたい。

 せっかくのイルミさんの教えを守らないなんて、家出もするし本格的に反抗期なのかな。

 イルミさんの教えはキルアを危険から守ってくれるはずなのに。人を見かけだけで判断すると痛い目見るぞ。

 私なら今のキルアをプチッと潰すコトくらい簡単にできちゃうのに、全くそれを警戒していない。たしかに強そうな風貌ではないけど、それはイカンぜキルアくんよ。あんまり私の機嫌を損ねるとヤっちまうかもだぜ。後が怖いからやんないけど。

 

 だってキルアにちょっかい出したら絶対にゾルディック全体が敵に回るし、そんなことになったら普通に死ねる。

 イルミさんの無表情から受ける印象は空虚にして深淵。あれが、般若になったら、おそらく対峙した時点で死ぬ。何もされなくても死ぬ。だって想像だけでこんなにも怖い。

 たとえ心臓の生命維持活動ボイコットが起こらなくても普通に殺される。イルミさんでなくても、シルバさんでもヤバい。更にはゼノさんもヤバい。ミルキくんは……知らんけど、マハさんとか他の家族の人達もヤバい。使用人軍団もヤバい。というかあの家は大概ヤバい。

 あの一家を怒らせて生き残れる人がいるのなら見てみたいものだ。

 

「てかなんで”お兄さん”なんだよ。そこは親とかじゃねーの、普通はさ」

「普通ってなんぞや。私が普通とは言い難いからよくわからないんだけど」

「オレも知らねーよ普通なんて」

 

 親の教育を受けるって経験を私がしたことがないからそれが普通って感覚はない。世間一般にはそれが普通であることを認識はしてるけど。

 彼も暗殺一家に生まれたせいで普通を知らない。普通の感覚があったらお互いに盗みや殺しなんてしない。

 とりあえず普通という感覚を理解してないのに口にしたことを突っ込んでおく。

 

「じゃあなんで言ったし」

「いや、まぁなんつーか、なんとなく?」

「あー、あるある。あるよねそう言うの。わかるよ、うん」

「あ、わかる? なーんか言っちゃうんだよなぁ」

 

 って、何共感してんだよ! と憤るキルア。いいじゃないか別に。人っていうのは共感することで理解を深めるのだよ、たぶん。

 

「まぁなんでもいいや、どーせこの後の試験じゃ会わないだろうし」

 

 ニヤリと嫌味な笑みを浮かべながらそう口にするキルア。さっきから失礼な小僧である。

 私も笑いながら返す。嫌味な感じじゃなく、からかう感じだけど。

 

「舐めてるね、私を。表に出て”お話し”しようか」

「望むところだぜ。特に外に出るところなんかはな」

「私も。もうやだこの地下空間。むさいし暑苦しいしカビ臭いし、そのうち汗臭くもなってくるよここ」

「愚痴かよ。でもそれ確かにやだな、さくっと皆殺ししてカビ臭さ以外の原因消すか?」

「いいねそれ! じゃあ任せたよキルア、私はとりあえず応援してるからガンバ!」

「いややらねーよ。なんでオレだけなんだよ、それだとオレ一人たぶん怒られて不合格になってお前一人残ってオレが大損じゃねえか。しかもさり気なく呼び捨てしたよな今」

「ちぇっ、バレたか。頭良くなさそうだからいけると思ったのに」

「んだとコラ」

 

 そんなふざけた会話を交わす私とキルア。別にあわよくばちょっかいかけたキルアにヒソカがカウンターかましてゾル家を怒らせてくんないかなーとかは米粒程度にしか思っていない。

 それにしても、キルアはなかなか話せる人間のようだ。冗談も言うし、ちゃんと返してくれる。ちょっとジョークがブラックすぎるところもあるが。

 うんうん、会話が弾む相手は私も嫌いじゃないよ。ハンター試験で知り合いができたのは誤算ではあるが嬉しい誤算だ。こういうのならドンと来いである。

 

 その後5人で少しだけ話しをし、喧しくなってきた頃にクラピカがそっと離れ、私は本の続きが気になるし、後ろは匂いとかがモロに来るといって彼らから離れて先頭のサトツさんがいる辺りへ向かった。すこし人もバラけて今なら通れそうだ。

 実際続きが気になっていたし、これ以上むさいのは勘弁して欲しい。時間が立つに連れ後ろの方は色々ひどくなるのだ。先頭あたりにいよう。

 

 ペースを上げ、サトツさんの斜め後ろに着く。うむ、ベストポジションだ。見晴らしもよく、野郎どもの匂いとかは気にならない。呼吸音は音量を上げてシャットダウンだ。

 というか前に来て初めて気づいたけどサトツさん歩いてる。いいなぁ、足が長いとこんなこともできるのか。

 私も彼と同じ速度で歩くことはできるが、いかんせんリーチが短いのでせかせかとせわしなく動かさなくてはならない。余計大変だからやりたくない。

 

 少し前に比べはるかに良くなった環境。最初からこうすればよかったとは思わなくもないが、まぁ、彼らと会話できたのでいいだろう。あの地獄も無駄ではなかった。

 

 そう自分を納得させ、また手元の本に没頭した。



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06 空気の不味さはどっちもどっち

 私が集団の先頭付近を走るようになってからかなりの時間が経った。おそらく80キロは走っただろうか。さっきまで読んでいた冒険小説も最終巻まで読み終わってしまった。

 次は何を読もうかな、とメカ本を操作していると近くから声が上がる。

 

「見ろよ」

 

 次いで、おいおい、とか、マジかこりゃ、とか、嘘だと言ってよ! とかが聞こえてきて何事かと思い顔を上げる。

 その私の視線の先には果てが見えないほどかな~り長い階段があった。いやーよかったよかった、おそらく太陽のものであろう光も差し込んでいるので、これで漸く地下からおさらばできるね!

 ただこの階段の果てしなさになんだか絶望している人もいるようだ。けどこのくらいで絶望するようなら今のうちに帰ったほうがいいと思うんだ。ここを乗りきれる脚力とスタミナがないとこの後の試験で高確率で死ぬと思うから。

 そして、サトツさんが更に受験生を追い詰める発言をした。

 

「さて、ちょっとペースを上げますよ」

 

 そう声をかけてからペースアップするサトツさん。さっきまでと同じく歩くような感じなのにその一歩一歩が2段飛ばし。いいなぁ、私にもあのリーチがあればなぁ、と素直に羨ましくなってしまう。

 まぁそうは言ってもないものはしょうがない。サトツさんに倣って2段飛ばしで駆け上がる。歩くのは無理っす。

 メカ本もしまおう。階段で手元に意識が行ってて転んじゃいました、なんてことになったら笑えない。いや周囲の人からしたら笑えるだろうけれども、そんなことは私が許さん。

 

 さっきのマラソン程度なら不合格者の数はそう多くないだろうけど、周りの様子を見るにここは結構な数が脱落しそうだ。

 さっきまで私と同じく先頭集団にいた受験生の何人かが徐々にペースが落ちて差が開きだしたのを尻目に、ひょいひょいと軽快に階段を登ってしばらく経った頃、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「いつの間にか一番前に来ちゃったね」

「うん、だってペース遅いんだもん」

 

 確か前者がゴンの声で、後者がキルアだ。ゴンの声は少しだけ疲れが滲んでいるが、キルアのそれは平時のそれと全く変わりない。

 キルアがこの程度のことは余裕なのはわかっていたが、意外にゴンもなかなか体力があるようだ。

 ゼェハァと周囲の人から苦しそうな呼吸音が聞こえてくる中、まるでその人達を小馬鹿にするような発言をしていたキルアが、前方を走る私に気づいた。

 

「こんなんじゃ逆に疲れちゃうよな――――って、あれ、なんだよお前もいたのか。なんだっけ、メデューサだっけ」

「誰がメデューサだっ!」

 

 そんな人を怪物呼ばわりするキルアに対し、振り返ってクワッ! と目を見開きブワッ! と髪を広げる。さながらメデューサのように。髪を広げるのには念を利用していて、更にその髪をわさわさと動かす。念って便利。

 案の定マジモノの怪物のような挙動をした私の髪を見て、更に念による不可解なプレッシャーも相まって驚く少年二人。驚愕に固まるその様子はまるで石化したかのよう。あっはっは、愉快痛快超爽快。

 

「わっ、すごい! なにそれ、いまのどうやったの!?」

「うっわ、マジでバケモノかよお前! どーなってんだお前の身体、ってか髪はよ」

「うーん、髪がそんなに長くないからちょっと微妙だったかなぁ」

 

 ゴンとキルアが順にそう問いかけるが質問はスルー。

 うーむ、少し迫力が足りなかったかな。肩より少し長い程度では広げた時のインパクトも、動かした時の不気味さも足りないような。でもだからってこんな一発芸のために髪を伸ばしたくない。あまり多いと邪魔なのだ。

 そんな風に今のネタ(?)の考察をしていると、反応のなさに焦れたキルアから声が上がった。

 

「いや聞けよ。俺らの質問スルーすんな髪の長さはどうでもいいんだよ!」

 

 なんですと? 髪の長さがどうでもいいとな? 

 その聞き捨てならない発言に私も言い返す。

 

「はぁ!? 髪は女の命なんですけど!?」

「そこだけ反応すんじゃねーよっ!」

 

 しかし結局の彼らの質問をまるっと無視した私の言葉にキルアが突っ込む。

 いやだって、女性の髪の長さがどうでもいいだなんてあんまりなことを言うから悪いんだよ、スルーは意図的なものだし。いいツッコミが入ったから許してやらんでもないが。

 まぁしょうがないから質問に答えてあげよう、と私は一つため息を付いてから口を開いた。

 

「今のは鍛えれば君たちもできるようになるよ」

「え、髪を?」

 

 いやいや髪を鍛えるのは無理だろうゴン。いや、君のその剣山のような髪型はもしかして鍛えたからなのか? だから髪を鍛えるって発想が出たのか?

 さっきから階段駆け登ってるのにその髪は固く聳え立ったままで、あまり揺れない。ついでにここまで長距離走ってきたはずなのに、最初の頃から髪型が乱れていない。マジで鍛えてますって言われても信じてしまえそうだ。

 しかし私は髪を鍛える術など知らないので訂正しておく。ただ、念はあまりペラペラ喋るもんじゃないし、特にキルアには言うわけにはいかないので内容をぼかしておく。

 

「いや髪じゃなくてね。もっとこう、肉体とか精神的なトコをね」

「なんだよそれ、もっと具体的に言えよな」

「今は言わない。まぁ、そのうち分かると思うよ」

 

 キルアならもう何年か身体を鍛えたら念を教えてもらえるだろう。お家の人が怖いから私が言う訳にはいかない。

 しかし私に教えるつもりがないのがキルアには不服なようで、不満気な声を上げた。

 

「んだよそれ、ケチくせーの。……で、マジで名前なんだっけ。えーっと……メリーダ?」

「白い実は幾つぅ?」

「たぶん4つ」

「たぶん正解。でも私の名前は不正解」

 

 惜しいけどちょっと違う。マジで私の名前忘れてんのかキルア。数時間前に話したばかりだっていうのに。

 

「キルア、メリッサだよ、メリッサ」

「ああー、そうそうそれそれ。いっやー、もういないもんだと思ってたからさっぱり忘れてたわ」

 

 ゴンが私の名前を再度告げるが、そんなことを言いつつ笑うキルア。この子なかなかの毒舌である。

 

「やっぱり舐めてるでしょ、私を。表出ろ」

「今出てる途中」

「早く着かないかな」

「だな」

 

 そんな会話をする私とキルアに、ゴンも頷いている。やっぱり皆早く出たいようだ。地下に降りるのはエレベーターを使って、地下100階だったはず。1階毎の高さがどの程度に設定されているのかは知らないが、もうそろそろ半分ぐらいは登ったのだろうか。

 取り敢えずここの空気はとっても不味いので、早く外のさわやかな空気を吸いたい。地下っていうのはどうも空気が淀んでいてよろしくない。

 疲れたから早く出たいって人が大半だろうけど、少なくとも私とキルアはそうではない。ただ単に階段を淡々と登る作業は退屈だし、何より空気が不味いからだ。

 その退屈そうな様子を隠そうともせずに、キルアがまたもや失礼なことを口にした。

 

「結構ハンター試験も楽勝かもな、つまんねーの。メリッサみたいなのが余裕そうにしてるし、ぬるすぎるんじゃねえの?」

「お前それ後ろ見ても同じ事言えんの?」

「アレは論外。ショボすぎんだろあいつら」

 

 返す私の言葉に、後ろをチラッと見てそんなことを言うキルア。各々が志を持ち、今日という日のために血の滲むような修練をしてきたであろう人達に向かってなんて言い草だ。まぁ結局これほどまでの差があるのには、私達に比べて彼らの才能とか努力とか効率とかいろんなモノが足りてないからだろうけど。

 私も後ろを見てみると、まだ余裕の有りそうな人は何人かいるが、大半はもうバテバテである。視界の端で手を振るピエロが見えたような気がしたけれど脳はそれを認識しない。とりあえずバテてる人は基礎体力からして合格は厳しいだろう。それ以外の何かが秀でているか、運が良ければ話は別だが。

 たしかにキルアからすれば論外な連中ではあるんだろうけど、彼らも多分ではあるけれど所謂普通の観点から見たら十分すごいんだからそんな事言わないであげてください。思っている分には自由だけど。

 

 その後ゴンがキルアにハンター試験への参加動機を聞き、3人が話す流れになった。

 キルアは面白そうだと思ったから。難関と言われていたけど拍子抜けだ、なんて言っていたけどそりゃ君たちゾルディックにとっては世間一般の難関なんてものは君たちの準備運動程度のレベルでしょうよ。

 ゴンは父親がハンターだから。自分自身は親のことを知らないが、たまたま会った親の知人がえらく誇らしげに話していたので強く惹かれ、自分もまたそんな存在になろうと思ったらしい。

 しかしキルアは物凄いテキトーな理由だな。ほぼ全員ゴンみたいに立派な理由があって参加しているにもかかわらず、こんな合格しようがどうでもよさそうなのが余裕そうにしているだなんて。皆必死で頑張ってるのに、世の中残酷である。

 まぁ私も人のことは言えない。だってライセンスあると便利ってだけだし。あとは試験の過程で得られる経験だけだから、大した理由じゃない。必死に頑張ってる皆ごめんなさい、精進してください。

 

 私の志望動機を、経験云々は言わなくてイイかなーと思ったので省略してライセンスの特典が欲しいとだけ告げたところ、ゴンはライセンスの特典についてよくわかっていないようだった。おい。

 ライセンスがあれば立ち入りが許可される場所があるなど、ハンターにとって嬉しい特典が山積みなのに、知っていないのは損だ。立派なハンターを志すならそれなりの功績は必要だし、その過程でライセンスが必要なときなどいくらでもある。彼は大丈夫なんだろうか。

 ちなみにライセンスがあると閲覧規制の掛けられている蔵書も読ませてくれるから私はこれが主な狙いだ。各地の大型図書館にこの手の本が多くあるが、一般人には読ませてくれない。

 読みたいけど、盗むには全体の数が多くキリがない。他に読める手段があるならまっとうな手段で読んだほうが時間も手間もかからなくてイイ。盗みに拘る必要もない。本が読めれば良い。

 キルアは何そのショボい理由、と鼻で笑って下さったが、あえて言おう。それはお互い様だ、と。っていうかどっちかって言うと君の理由のほうがアレですよ、と。

 

 今年の試験合格者の有力候補であろうキルアと私、それに加えてイルミさんとヒソカ。後者の2人もおそらく碌でもない理由でライセンスを使うだろうから、今年はハンター試験至上最も世間のためにならない結果となってしまう。だって全員犯罪者である。

 3人の志望動機についての会話がに区切りがつき、そんな切ないことを考えてしまっていた私は、わずかに後ろから聞こえてきた声に顔を上げた。

 

「見ろ、出口だ!」

 

 その言葉のとおり、階段の先から、外の光が見える。思わず嬉しくなり、またそれは他の人も同様だったようで、私もゴンとキルアと歓びをわかちあう。

 よかったよかった、これでこの淀んだカビ臭い地下の空気とオサラバだ!

 こんな場所に名残惜しさなど欠片もない、あるはずもない。とにかく外へ早く出たい。

 

 程なくして階段を登りきり、外に出る。数時間ぶりの外だ。地下の閉塞感をつい先程まで味わっていたため、尚更に素晴らしい開放感だ。

 私は気持ちの赴くままに外の新鮮な空気を思いっきり吸い込む。

 

 そしてすぐに顔をしかめ、後悔する。 

 ジメジメ、ヌトヌト、泥臭い。空気は先ほどと確かに違うが、ただ単に別のベクトルの不味さになっただけだ。

 周囲を改めて確認すると、あの地下通路からつながっていたここはどうやら湿原のようで、しかもお世辞にも綺麗な景観とはいえない。

 

 まだ不味い空気を吸い続けなければならないことに絶望し、天を仰ぐ。

 神様のバカヤロウ。



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07 湿原において怖いもの

 階段を登り切った受験生たちは、その出口付近の舗装された上に居た。サトツさんが動かないので私達も止まっているのだ。

 今も階段からは続々と受験生たちがやってきており、登り切ったものは息を整えつつ状況を把握しようと周囲を見渡す。

 私も一応、まぁこんなのいつでも見れるもんじゃないしな、とこの湿原をの景色を堪能していた。ぶっちゃけあまりおもしろくないのですぐに飽きたが、私が飽きたのとほぼ同時に後ろから機械的な作動音が聞こえて、階段と地上を隔離しだした。

 おそらく足に限界が来ていたのであろう、這い蹲りながらも地上を目指していた男の表情が絶望に染まり、その目と鼻の先で非情にもシャッターが降り切ってしまった。いや、非情でもないか。あの様子だともうしばらくはまともに動けないだろうし、命拾いしたと思えばむしろ情けをかけられたほうだ。

 

「ヌメーレ湿原、通称”詐欺師の塒”。二次試験会場へはここを通っていかねばなりません」

 

 先ほどまでのマラソンの通過者が確定したところで、サトツさんが説明を開始する。まだ二次試験会場にはついていないということは、今までのが一次試験の前半で、これからが後半といったところか。

 それを聞き流しながら私は湿原の風景を撮る。霧が多くあまり遠くが見えないので、風景写真としてはちょっと駄目な感じだけどおどろおどろしい雰囲気は何となく伝わるだろう。

 

 サトツさんが言うには、なんでもこの森には人やその他動物を騙くらかして餌にしようという珍妙な動物ばかりが生息しているのだという。普通に狩れと思わなくもない。でもまぁ珍しい生き物が多いだろうから動物の写メでも送ったら喜んでもらえるだろうか。

 とりあえず湿原の外観を写真を添付し実況中継メールをジャポンの二人に送信。彼女たちは割と貴重な体験をしているんじゃなかろうか。お願いだから言いふらさないでね、危ないから。

 私が携帯をポチポチ操作しているうちに説明も終わりを迎えたらしく、最後にサトツさんが締めくくる。

 

「十分注意してついてきてください。騙されると死にますよ」

 

 今までの単なるマラソンと違い、今度は足場が非常に悪く、疲労した状態なので足を取られやすくなっている上に、命の危険までついてくる。

 受験生の表情に緊張が走る。今までのはまさしく小手調べだったということを思い知らされているようだ。此処から先、気を抜くことは即、死につながる。

 気を引き締め、さあ行くぞといったタイミングで、響き渡る声。

 

「ウソだ!! そいつはウソをついている!!」

 

 声の方向に目を向けると、私たちの出てきた地下道につながる扉の脇から姿を現す、片手になんか細い人面サルを持った血塗れの男。っていうかサルか、アレ。気配だの骨格だのが人間のそれと違う。服を着てごまかしてはいるが、動けば中がどうなっているのか割とわかるのでバレバレであるので、気配で分からなくても見れば分かるだろう。持たれてるサルはただの死んだふりだ。

 そしてさっき叫んだサルがさらになんか喚いている。やれ自分が試験官だの、やれサトツさんが人面猿だの。そしてそれに騙されちゃう受験生がわずかにいる。んなバカな。

 騙されかけている人たちよ。サトツさんが非力な人面猿って、君たちバテバテなのにサトツさんが余裕なんだからありえないだろうが。

 君たちがサルにも劣る体力ならマジで帰ったほうがイイ。サトツさんはサルじゃないけど、どっちにしろこの程度で騙されていては合格なんてもっての外だし、そもそもここで生き残れないと思うんだ。

 

 しかしそんな茶番もヒソカがトランプを投げて喚いていたサルを殺して終了した。いやまぁ喧しかったから助かったといえば助かったけれどサトツさんにも何枚か投げるのはいかがなものか。更に私の方にも一枚飛んできたっていうのはマジでいかがなものか。狙ったのではなくヒソカがノーコンなのだと信じたい。

 さらに逃げ出そうとした死んだふりをしていたサルにもキッチリとどめを刺すヒソカ。その時にも私の方に一枚飛んできたけど、彼はよっぽどノーコンなのだろうな、うん。可哀想に。

 反応は返さない。だってそんなコトしたらきっとヒソカは喜ぶ。あとトランプも返さない。その辺にポイ捨てしておく。

 いや、無視したのになんか喜んでないかあのピエロ。ニヤニヤした薄笑いが更に濃くなった気がする。どうしろっていうんだ。

 

 サルを全滅させたことによって、ヒソカが生き残ったサトツさんが本物であるという証明をおべっかを混ぜつつ述べ始めたが、まぁバカなことをしたのは確かなのでサトツさんに叱られた。ざまぁ。

 でもサトツさん、次試験官を攻撃したらと言わず、今すぐに失格にしちゃってくださってもいいんですよ、むしろ受験資格さえも剥奪しちゃっていいんですよ、と心のなかでお願いをする。

 しかしそんな内心の願いなど叶えてもらえるわけもなく、死んだサルが鳥に貪られ、愚者の末路をまざまざと目に焼き付けてから受験生一行はマラソンを再開した。

 命がけのデモンストレーションを行い受験生の気をさらに引き締めたサルはたぶん何人かの命を救った。おつかれ、安らかにお休み。

 

 

 再び始まった終着点の見えないマラソン。それはまぁいいんだけど、しかしこの湿原、ぬかるみが酷いのなんの。私はずっとサトツさんの斜め後ろにポジショニングしているから問題ないが、ちょっと後ろの人は泥ハネとか大変だろうな。

 でも前にいるからといって油断はできない。後ろから飛んでくるかもしれない。狭い”円”を張って、泥が飛んできたら避けよう。服が汚れるのは勘弁である。

 それと、警戒するのはトランプもだ。もういつ飛んできてもおかしくないくらいヒソカが殺気立っているから。霧が濃いのをこれ幸いと暴れるつもりだろう。

 ハメ外すなっていったのに本当に堪え性のないピエロだな、とヒソカの短慮を憂いていると、後ろから大きな声が聞こえてきた。

 

「レオリオーー!! クラピカーー!! キルアが前に来たほうがいいってさーー!!」

 

 距離的に発生源はあまり離れていないであろうそれはゴンのもの。彼の発言からしてキルアはヒソカの発する禍々しい気配に気づいたようだ。そして今あれの近くにいるのは得策じゃない、むしろ自殺行為だと判断した。

 次いで、更に離れた所からレオリオの行けるなら行ってるという返事。そりゃそうだ、この濃霧で態々後方グループに甘んじる理由がない。

 その後も大声でやりとりするゴンとレオリオ。あの、体力消耗するっていうのもあるんだけど、それ以前に緊張感とかそういう言葉知ってますか?

 

 彼らに若干呆れていると、ポケットの中の携帯が震え、メールの着信を伝える。見てみると先ほど送った写真についての感想で、なんか二人とも感動していた。

 秘境っぽくて凄くいい! だなんて言われても、走っている私からすれば不快な事この上ない。それに秘境かどうかはしらないけど、卑怯者はゴロゴロいます。

 そんなくだらないことを考えていると、すぐ後ろに知った気配がしたので携帯をしまって声をかける。

 

「や」

 

 前の方に来たゴンとキルアに顔だけ軽く振り向いて軽い挨拶をする。ここで本を読むのはちょっと無理そうだし、近くに知り合いがいるなら話でもしよう。ただ走るだけだと暇だし、時間の無駄だ。

 

「あ、メリッサだ。前の方にいたんだね!」

「んだよ、またお前か。もうとっくにはぐれているもんかと思ってたぜ」

 

 そう言うゴンとキルア。ゴンはともかくキルアがこれまた嫌味な笑みを。ゴンももはや苦笑いである。

 まぁ、怒ることではない。3度目だし大体分かる。これも彼なりの挨拶と、そしてネタ振りだ。

 

「完全に舐め切ってるね、私を。表出ろや」

「ここがそうだぜ」

「せっかくの外でもこんなジメジメした場所じゃ全然嬉しくないよね」

「な。足元ヌルヌルしてウゼーのなんのって」

 

 やっぱり彼もこの湿原には不満があるようだ。多少足場が悪くてもこの程度なら苦にならないような訓練は互いにしているだろうが、ウザいものはウザいのだ。

 しかもだんだん霧が濃くなって余計ジメジメする。それだけでなく視界も悪くなるので、これも不快だ。

 

 私にとっては濃霧も只々不快なだけであるが、後ろの方の連中はやはりそうもいかないようだ。

 先程からだんだん気配が分散していっている。おそらく森の動物達に騙されて、集団の多くが正規のルートを外れてしまったのだ。

 騙され、罠にかけられた先に待つのは、死。ここで多くの死者が出るだろう。ヒソカも暴れることだし。

 

 

 程なくして、予想通り私たちが通ってきた方向とは全く別の方向から悲鳴が聞こえてきた。ついに犠牲者が出たようだ。

 この濃霧ではサトツさんに付いて行けている集団から一度でも離れてしまっては追いつくのはかなり困難。

 足音をあてにしようにも森の生物がそれを利用して騙してくるかもしれない。はぐれたらおしまいだ。ヒソカも暴れることだし。

 その周囲の様子に、表情を暗くして気もそぞろな様子でいるゴンを、キルアが叱咤する。

 

「ゴン!! ボヤっとすんなよ、人の心配してる場合じゃないだろ」

「うん……」

 

 そう、彼らにとっても人事ではない。状況把握に五感に頼らざるを得ない彼らは注意深く気を配っていないとはぐれてしまう可能性がある。ボーっとするなどもっての外だ。

 念能力者である私には”円”という広域空間把握の手段があるが、彼らにはそれがない。

 はぐれたらいくら身体能力が高くても危険だろう。キルアなら毒とか効かないからたくましく生き残れそうだけど、しかし彼にも万が一がある。ヒソカも暴れることだし。

 

「せいぜい友達の悲鳴が聞こえないように祈るんだな」

 

 今もそこかしこから悲鳴が聞こえてくる中、キルアが言う。ゴンの表情がまた少し暗くなる。レオリオとクラピカのもしものことを考えたのだろうか。彼らは無事なのだろうか、ついてこれてるといいけど。

 

「ってえーーーー!!」

 

 遠くから微かにそんな声が聞こえてきた。さっきから悲鳴が多いな、かなりの数が騙されているようだ。はぐれてしまった人ドンマイ、きっともう会うことはないだろう。ヒソカも暴れることだし。

 私には今までと変わりない、数多いる哀れな犠牲者の何の変哲もない声にしか聞こえなかったが、どうやらゴンには違ったようだ。

 

「レオリオ!!」

「ゴン!!」

 

 レオリオの名を叫び、キルアの制止の声も聞かず逆走しだすゴン。今の悲鳴はレオリオのものだったのか。言われるまで気づかなかった。

 つまりレオリオはどうやらはぐれてしまっていたらしい。ということはおそらく一緒に居たであろうクラピカも。そして叫び声を上げるような危機敵状況に直面している。叫ぶ元気があるのならば今はまだ行きはあるのだろうが、それにしたって助けに行くのは無茶だ。

 その結果ゴンまでも、正規のルートから外れてしまった。もはや彼らの生存は絶望的だ。ヒソカも暴れることだし。

 

 いや、まてよ。ヒソカが暴れるのなら彼らはひょっとしたら大丈夫かもしれない。

 というか後ろの方の気配を探ってみると、だいぶ離れているだろうにこの距離でも分かるヒソカの殺気。さらに注意深く探ると、どうやら臨戦態勢にあるようだ。

 レオリオの声が聞こえてきた方角と、ヒソカの気配のする方角はほぼ一致している。

 もし、レオリオの悲鳴が森の生物に襲われたからではなくヒソカに襲われた故のものであれば。

 さっきから何度も受験生の死因にヒソカを挙げていたが、あのピエロは将来有望な人材は青田買いして成長を見守るというよくわからない生態を持っているから、生き残れるかもしれない。

 彼ら3人は私の目から見ても将来性がありそうだった。希望的観測かもしれないが、もしかしたら。

 

「っち……あのバカ!」

 

 憤るキルア。彼にとってゴンの行動は理解できないものだろう。私だって、出会っての日の浅い人間のためにそこまでする彼を理解できない。

 彼らの生存が絶望的であるのに、自身さえも危険にさらして助けに行く。キルアからしたらあり得ない行動だ。そんなことは教えられていないから、故に共感もできない。

 理解できないものには苛立つ。彼とゴンはまるでコインの裏表のようだと思う。

 見た感じ相性はよさそうだからゼロ距離まで近づくことはあっても結局背中合わせ。根本で混じり合えず、理解し合えない。

 また一つ舌打ちをし、苦虫を噛み潰したような表情で更に吐き捨てるキルア。

 

「やっちまったな、ゴン。アレじゃもう戻ってこれねーぜ」

「いや、ひょっとしたらってこともあるかもよ」

「はぁ? さすがにねーだろ、こんな霧じゃ方角だってわからなくなるぜ。来た道辿るのも無理だろ」

 

 しかし私がその言葉に異論を唱える。しかし彼の表情は晴れない。

 まぁ、キルアの言うことが尤もだ。ひょっとしたらヒソカと相対していて、ひょっとしたらヒソカが認める。可能性は低いだろうね。後者は高そうではあるけど。

 キルアは少し残念そうにしている。家から出て、おそらく初めて会話したであろう同年代の同性。それを失ってしまったのだから当然かな。

 

 それにしても、この状況。試験中に初めてキルアと接触したが、彼といるときは大抵傍にあの3人のうちの誰かがいた。

 しかし今は二人っきりである。ちょっと元気の無いキルア少年をここでからかってみるのもいいだろう。

 

「ねぇ、キルア」

「あ? んだよ」

 

 少しだけ意地悪な、からかうような笑みを浮かべて話しかけた私に対し、不機嫌なのがありありと伝わる空気と表情のままに返すキルア。

 しかし、私の次の言葉を聞いた途端。

 

「家出したんだって? ミルキくん超怒ってたけど」

 

 その空気が、表情が、変わった。

 



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08 キミとボクはトモダチ

 細められた双眸に剣呑な光を宿らせ、私を睨みつけるキルア。発せられる空気の影響で霧の水粒一つ一つが重くさえ感じられる。

 さっきまでの私を舐めきっていた態度はどこにもなく、警戒をあらわにしている。

 

「……なんでお前が、それを知ってる」

 

 重く、低く発せられた言葉は、情報の出処を問うもの。

 でたらめであると惚けること、はぐらかすことさえしないのは、家出の事実と家族の名前、その二つが揃って出た時点で私がある程度の事情を知っていることを悟ったためで。

 しかも自分が刺した人間を名指しして怒っているとまで言ったので、私がカマをかけているという線は彼の中で消えたのだろう。コイツは何があったのか知っている、と。

 ミルキくんがその時の状況を細かく結構書いて送ってきたので大体分かる。しかし愚痴や文句が大半だったのでそのメールの文字数は物凄いことになっていたけど。まぁ彼にとってはあの程度の文章量はお茶の子さいさいだったろう。その辺のこと正直どうでもいいので言わないけど。

 質問に馬鹿正直に答えても私がつまらないので、キルアの質問を薄く笑いながら受け流す。

 

「さあ、なんででしょう?」

「はぐらかすんじゃねーよ」

 

 だけどそれがキルアにとってはつまらなかったようで、声に苛立ちを滲ませながら私の答えを急かすキルア。随分と余裕のないことで。

 しかし彼が本当に知りたいのはどこで聞いたのかということではないだろう。きっと知りたいのはその先。

 

「……どうするつもりだ」

 

 私がどのような行動を起こすのか。

 実家に告げ口をするのか、或いは既にされているのか。それとも、自分を連れ戻す、または懸賞金などが目的で捕まえようとするのか。

 年来はそこまで離れていないだろうが、少なくとも自分と同じようにこの一次試験を余裕でこなす相手。もし戦闘になったとして簡単に勝てるかどうか。

 そもそもなぜこの状況で伝えたのか。この、試験官の率いる集団から離れることのできない、自由に身動きの取れない状況で。

 それを今必死に考えていることだろう。私の回答によってどのような行動を起こすべきかも。

 

 まぁ、色々考えてるとこ悪いんだけど私は特に何かする気無いんだけどね。でもなんかからかうの予想以上に面白いし、もう少しだけ。

 あ、先頭集団にいてキルアのプレッシャーをモロに受けて息苦しそうにしてる人たちごめんなさい。なんか私の娯楽のせいで迷惑かけちゃってるみたいで。

 もう少し辛抱してね、と本来ならば被らなくていい被害を受けることになってしまった人たちに内心で気持ちのこもっていないエールお送りながら、更にキルアをおちょくる。

 

「どうしよっかなぁ。ねぇ、もし捕まえるとか、告げ口するって言ったらどうする?」

「っ、てめぇ……!」

 

 ギリリと歯ぎしりをし、僅かに冷や汗を浮かべながらも空気は凄みを増す。

 本気なのか、冗談なのか。本気だとして自分はどうするべきなのかを彼はまだ判断できない。

 冗談なら、いい。何もしないならそれに越したことはない。

 でも、本気だとしたら。私の口を封じることができるのか。返り討ちにすることができるのか。

 

 キルアからしたら特に強そうには見えないし、この試験で疲労の色が見えないからと言ってもだからどうしたという話だ。

 それだけのはずだった。

 でも今私は先程まで広げていた”円”をキルアの方へ意図して向け、更に少しだけ敵意を滲ませている。

 キルアはそれを得も言われぬ圧迫感として受け取っているのだ。理解できない不気味な感覚に呑まれそうになりながらも踏みとどまる。

 

 弱そうに見えるのに、自分の本能で感じ取った得体のしれないプレッシャー。そのせいでわからなくなる。

 自分に不利益な行動を起こすとしたら、戦うべきか、否か。私を空気で牽制しながらその答えをだそうとする。

 追い詰められ悩み威嚇する様子は、表情だけ見れば普通のこの年頃の少年と何ら変わりなく見える。発せられるプレッシャーはケタ違いだが。あと顔も結構怖いが。

 

 予想以上にいい反応を返してくれるキルアに内心ほくそ笑むけど、あんまり怒らせてしまってもなぁ。

 彼と話すのは結構楽しかったし、これから先ずっと警戒されっぱなしっていうのもなんか悲しい。

 当初のからかって遊ぶという目的も達成したし、舐めきった態度も多少は改善されるだろう。見た目で判断してはいけないことも実感できただろうし。

 私をからかう分にはいいが、マジで舐めてるのはちょっとやめていただきたい。だって背伸びをしたい年頃だもの。いや関係ないか。まぁ、そろそろ正直に話しますか。

 でもだからといってからかうのはやめないけど、と口に出したとしたらキルアが怒りそうなことを考えながら、彼の方に向けていた敵意を消し去る。”円”は維持したままだが、これだけなら特に何も感じないだろう。

 

「まぁ特に何かする気はないよ、からかってみただけだしね。家出は私に関係ないし」

「はぁ? からかったって、お前なぁ……つーかそれ、本当だろうな」

 

 私の態度の変化を皮切りに、両者の間の空気は幾分和らいだが、まだ彼の目は鋭いままだ。

 いまいち彼が私の発言を信用出来ないのも無理はないけど、それをしたって私に得はない。むしろ余計なことをしたらイルミさんが怒るので大損だ。

 

「ほんとほんと、コレについては誓約書書いてもいいよ、私は絶対に告げ口しないって。ちなみに私に漏らしたのはミルキくんね。聞いてもないのに愚痴と文句メインの事細かなメールが来た」

「……そこまで言うんならいいけど。つーかブタくんかよ、迂闊すぎんだろアイツ」

 

 とりあえずキルアはこの件については私を信用ないしは保留することにしたんだろう。安心しろ、私は本当に言わない。けど既にバレている。

 今の状況もキルアがそう判断することの後押しをしたのだろうな。こんな濃霧の中、しかも土地勘さえもない場所で事を構えるのは双方得がない。

 しかもキルアは逃げようと思えば逃げられるし、その後戦闘にでもなって結果がどうなるにせよ深手を負ったらどちらも危険。

 

 本当に告げ口や捕まえるつもりがあるのなら、もっとそれに適した状況があるし、そう判断するということも踏まえて今発言したのだ。あの3人も不在だしちょうどいい。

 しかしブタくんは酷くないかい、迂闊なのは同意だけどね。

 

「でもなんでまた家出なんかしたの? イルミさんの扱きに耐えられなかったとか?」

「イルミの事も知ってんのかよ……知ってんならいいや、聞いてくれよウチの親父とかイルミとかがさぁ――――」

 

 家での理由は知らなかったので、興味本位と少しの悪戯心と下心で質問してみたら、なんと愚痴が始まってしまった。なんてこったい。

 この後の流れとして、えーキルア家出なんかしたのー反抗期とかチョーウケるんですけどプークスクス、とかやってイルミさんに頭が上がらない事とかも弄ろうとしてたのに。

 

 どこで判断を間違えた。もしかして最初からか。

 確かに家出までしたキルアにその話を振って、事情を知っている私なら、とゾルディック家ネタで盛り上がろうという魂胆あったけども。その中でなんか役に立ちそうな情報出てこないかなとか思ってたけども。

 まさかここまで不満たらたらだとは思わなかった。そして私が困惑している間にもキルアの愚痴は止まらない。とどまるところを知らない。

 やっべー地雷踏んじゃったよ、思わぬところに家出弄りよりやばい地雷が潜んでて完璧に踏み抜いちゃったよ、と後悔するも時既に遅し。聞きに回るしか無い。

 キルアは先ほどまでの剣呑な様子は何処へやら、今も水を得た魚のように鼻息荒くしゃべり続けているが、まぁ、とりあえずは、だ。

 

「キルア、周りに人たくさんいるんだからもうちょい声抑えてね。一応キミの家アレだから」

「あ、それもそうか。んでさー……」

 

 キルアの声を小さくさせる。もちろんこれは周りの受験者が云々ってわけではない。

 さっきまでキルアのせいで息苦しかった人たちは今は普通にしているが、その分私の息苦しさが尋常ではない。

 絶対さっきまでのキルアの愚痴はイルミさんの耳にも届いていた。距離は結構あるけど、みんな普通にしてるのに私だけが冷や汗をかいているので間違いない。何だか動悸と息切れもするような気がする。あらやだ疲れてるのかしら、だなんて現実逃避をしたくなったくらいだ。

 キルアが声を落としてくれたのでイルミさんにはもう他の音と混じって聞こえなくなったのだろう。私がプレッシャーから開放されたのがその証拠。超清々しい。私がキルアを宥めたと解釈してくれると嬉しい。非常に嬉しい。

 

 イルミさんに話が聞こえなくなったので、私も色々聞き返して愚痴を引き出す。こういうのは溜めこむといけないものだが、聞いてるとキルア悲惨過ぎる。

 両親については、シルバさんはスパルタって感じではあるけどそこまで無茶はさせないようだ。そしてキキョウさんはわかってたけどモンペ臭が凄い。

 しかしイルミさんは鬼畜だなぁ。だってキルアがノルマの半分もこなせないような課題を出して、達成できないならできるまで同じ事をさせ続けるだなんて。

 確かに成長は早くなるだろうけど、ギリギリこなせる程度のものをやらせたほうがいいと思うんだ。そんなのキツすぎる。

 通りでイルミさんの悪口が多いわけだ。次いでキキョウさんが多い。

 

 それにしたって声を落としてくれてよかった。今は愚痴から悪口にシフトしてしまっているからこれ聞かれてたら私ヤバかったかもしれない。

 ド腐れ能面とか、マネキンラジコン野郎とか、頭丸坊主にしてやろうかとか言ってるけど心臓に悪いからやめて欲しい。というかやめさせよう。

 キルアが愚痴っていたものの中から悪口よりも優先しそうな話題になり得るものは……。

 

「まぁまぁ、悪口はその辺にして。キルアもその歳でまだ碌に友達いないんだね。私と一緒だ」

「え、なにメリッサも友達いねーの? 寂しいやつだな」

「いや今はいるけどさ、キルアの歳の頃はいなかったよ。ってかさり気なく呼び捨てにしたよね今」

 

 キルアは友達がいなかったようだ。それはなんとまぁ寂しいことで。今は友達のいる私だから余計にわかるが、あの頃の生活はほんとうに寂しいものだった。

 周りは敵だらけで、食べ物も死守せねば死んでしまう。成長したって盗みばっかやって友達なんか出来なかった。今は違うけどね。

 私に仲間を、”友達”を教えてくれたのは幻影旅団だ。だから彼らにはとても感謝している。

 

「使用人に話しかけたってあいつらお固い敬語だし割りとイエスマンだし、でも今みたいに事情知ってる奴に愚痴なんか言えなかったぜ。あー超スッキリしたわ」

「私で良ければまた聞くけどね。悲惨な目に遭うキルアはなかなか笑えたよ」

「笑うんじゃねーよ地獄だぞマジで。そういやお前何者だよ、家のやつの名前大体知ってたけど」

「キルアと似たようなもん」

 

 そういう私だが、まぁ裏の人間であろうことはゾルディックの内情をある程度知っていた時点で彼も察していただろうから、この質問もほとんどはぐらかしたようなものだ。

 だけどキルアはふぅん、と返しただけで、特に追求する様子はないようだ。ゾルディックは命を奪うお仕事で、私は主に物を奪うお仕事。似たようなものだ。これ以上詳しく言う気はないけど。

 彼もなかなか、いやかなり苦労しているようだ。でも。

 

「そういやキルア、不満とか言ってみたりした? 何も伝えずに飛び出たんなら結構心配してると思うんだけど」

「言ったってどうせ聞き入れやしないだろうよ。無駄無駄」

「そりゃイルミさんは聞き入れないだろうけど、シルバさん辺りは話せば伝わるとは思うけどなぁ」

 

 心配してんじゃないの、そう言うとキルアは難しい顔をしながら、また会うことがあったら考えるけどさ、と言った。表情からは何を考えているのか読めない。

 不満が爆発する前に話し合うことをしなかったようだ。シルバさんとか、ゼノさんとかに言えばよかったのにと思うも、家庭のことだからあまり首は突っ込まないでおく。

 

 キルアが今度は私についても少し聞いてきた。境遇は違うけど前は友達がいなかったこと、今はいてそれなりに好きにやって楽しんでること。少し羨ましそうだった。

 私の話を聞いて、自分には自由がないと思ったキルアが少し暗くなってしまった。暗い空気はちょっと勘弁なんで元気づけてやろう。

 家の教育方針は知らないが、どうせ私とミルキくんは既に友達だ。向こうがどう思ってるかはしらないが少なくとも好意的な関係ではあると思うし、一人も二人も変わらないだろう。だから。

 

「似たもの同士ってことで、私がキルアの”オトモダチ”に立候補しよう」

「え、いやお前はいいわ」

「酷くない!?」

 

 あっはっは、じょーだんじょーだん、だなんて笑うキルア。てめぇこんにゃろう。

 ただ表情は先程よりも明るく、元気になったようなのでよかった。これで私と君は”オトモダチ”、昇格できるかどうかはキミ次第。この試験終わったら接点あまりないから微妙かな、家に帰っちゃうし。

 でも仲良しだったゴンがいないことをこの話題で思い出してしまったようで、やっぱり少し寂しそうだ。仕方ないなぁ、と思いつつ軽い調子で口を開く。

 

「すぐにゴンも戻ってくるし、ヤッタネ! 仲良しが一日で増えたよ!」

「ゴンは無理じゃねーの? さすがにさ。てかまだ数時間話した程度だろ」

「仲良くなるには十分じゃん。てか私は戻ってくると思うね、絶対」

 

 ご丁寧に絶対、だなんて付け足してやる。キルアを元気づけるためもあるけど、やっぱりヒソカならゴンを探しまわってでも生きて連れてきそうな気さえする。

 あの歳であの身体能力。特別な修練を積んでいなさそうな彼は天賦の才を持っているだろう。ヒソカはガッツリ気に入りそうだ、不幸なことに。

 

 この会話をイルミさんが聞いていなくてよかった。私はあの家に12年間いて未だに強い”個”を持っているキルアを尊敬する。

 だから彼には知って欲しかった。仲の良い人間がいるとはどういうことかを。

 

 他人と好意で繋がると、世界はまるで違って見えるのだ。



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09 HUNTER’Sキッチン

 その後もダラダラと喋りながら走ると、地面がぬかるんだものからある程度湿った程度のしっかりしたものに変わった。深く烟っていた霧も大分晴れたので、どうやら湿原は抜けたようだ。

 それからしばらくすると、色の白い体育館のような縦長の建物が見え、その建物の前についたところでサトツさんが止まった。目的地に到着したようだ。

 この辺の空気はさっきまでと比べ幾らかマシで、漸く呼吸が不快でなくなった。

 

 サトツさんは一次試験が終わりであること、ここビスカ森林公園が二次試験会場であることを告げ、去っていった。

 残された受験生はゴール不明のマラソンが終わったことに安堵し、今のうちに息を整えている。

 建物を見ると、私たちがきた方向の正面に扉があり、その上に看板と時計がある。看板にはサトツさんの言葉通りここが二次試験会場であることに間違いはなく、試験開始は正午である、と。

 そうなると時間は余るが誰も気を抜くことだけはしない。開始まではまだ時間があるけれど、正午と見せかけて突然開始したり、または攻撃されるかもしれないから。

 建物の中からは唸り声のようなものが聞こえてくるし、それも皆の警戒度を高めるのに一役買っている。

 

 周りを見てみると一次試験を通過できたのは150人も居ないようだ。私は半分の200人くらいは超えると思っていたんだけどなぁ。

 この場に居ない人たちは地下空間でスタミナが尽きたか、ヌメーレ湿原で命が尽きたかのどっちか。

 スタミナ切れでリタイアした人はまだ幸運だっただろう。死んでしまったら再挑戦も何もないのだから。

 まぁ正直どうでもいいけど、と無意味な思考を切り上げたところで、私の隣に居たキルアが声を上げた。

 

「なんだこりゃ? なかに猛獣でもいんのかよ」

 

 キルアが言っているのは、建物内から聞こえてくる低い音のこと。彼のの疑問も尤もだ。ガルガルグルグルと、コレは人間の発している音とは思えない。

 気になるので”円”を広げ様子を見ると、中にいるのは男女一人ずつで、獣の姿はどこにもない。信じ難いが人間の発している音らしい。

 でも彼らの口は動いていないことから声ではないのだろう。

 だとすると、あの大柄な男性の腹の虫とかかな? いやいや、まさか、そんなバカな。

 

 と、広げた”円”にヒソカが入ってきた。レオリオを担いで。どうやらレオリオはマジでヒソカのやんちゃに巻き込まれてしまっていたようだ。

 ちょっと可哀想だと思ったけれど、息があるのでレオリオはヒソカ的に合格らしい。よかったね、これから苦労があるかもだけど生きているのならまぁ御の字でしょ。

 しかしよく戻ってこれたなぁあのピエロ。結構距離離れてたと思うから”円”じゃ無理だし、足跡もあてにならないのに。それとも誰か知り合いでもいて連絡をもらったのだろうか。だとしたら多分イルミさんか。

 余計なことしてくれたなぁ、と内心で舌打ちしながら、キルアの言葉に答える。

 

「少なくとも人間だとは思うけど。ていうかレオリオ生還したみたいだよ、ヒソカ……44番に担がれてるけど」

「げっ、オッサンは放置でいいや」

 

 レオリオは心配だけどヒソカがいるから嫌なのか、それともレオリオ自体どうでもいいのか……。前者ならしょうがないけど、後者だとレオリオが可哀想だ。

 そしてオッサン呼ばわりも可哀想だ。さっき19歳って言ってたじゃん。ついでに言うと名前も知っているのに何故あえてオッサン呼ばわりなのか。

 まぁ呼び方はともかく私も行かないけど。だって近くにヒソカいるし。っていうか私の”円”に気づいて手振ってるし。ええい、気づいたんならどけ、邪魔だ。

 

「なぁ、今名前言ってたけど、お前もしかしてアレと知り合いだったりするわけ?」

「誠に遺憾ながらその通り。……そんなあからさまに距離とらないでよ」

 

 スススっと私から離れたキルアに、どんだけ警戒してんだよ、と言いたくなるが気持ちはわかるので言わないでおこう。

 

 

 

 そのまま物理的に距離を保ったまま試験開始の正午を待つ。建物内から聞こえてくる音はより大きさを増している。

 もう開始まであと僅かといったところで、レオリオは生還したけれどゴンとクラピカの安否が今だ不明なので広げたままだった”円”が、2つの気配を感知した。

 ゴンとクラピカだ。キルアもそれに気づきパッと顔を上げる。

 レオリオがヒソカと接触したということは、彼らもおそらくヒソカと対峙し、そして認められたのだろう。でもどうやって戻ってきたんだろう、ヒソカとも時間差があったし。

 通常の通信機器も使えない状況なのに、と考えを巡らせていると、ちょっと離れた隣のキルアが嬉しそうに言った。

 

「おいメリッサ、ゴンだ! ゴンが戻ってきたぜ!」

「ほら、私の言ったとおりじゃん。てかキルア凄い嬉しそう。あと一応言っとくけどクラピカもいるからね」

 

 バッ、別にそんなに嬉しくねーし! と言うキルア。しかし耳が赤いのでそんなこと無いのは丸分かり。

 それにしてもキルア、クラピカの存在をスルーしすぎである。ゴンしか呼ばないし、私の言葉にもゴン関連の部分しか反応しないし。クラピカいるって言ってんでしょーが。

 しかし結局クラピカについては触れないまま、行こうぜ! とキルアがかけ出したので私もついていく。彼らはレオリオのところで、今がどういう状況なのかを考えている。

 なぜ建物の外にいるのかというゴンの疑問に、その時到着したキルアが答えた。

 

「中に入れないんだよ。ゴン、お前どんなマジック使ったんだ? 絶対もう戻ってこれないと思ってたぜ」

「キルア! それにメリッサも!」

「や。ゴン、クラピカ、レオリオ。キルアなんかすごい心配してて、戻ってきたってわかった時凄い嬉しそうに――」

 

 とそこまで言ったところでキルアがローキックをしてきた。しかも割と強めの。ちょっと待ってそれはマズイ!

 

「余計なこと言うんじゃねえ!!」

「うわっ、あっぶな!」

 

 咄嗟にバックステップで避ける。彼も結構強めに放ったであろうそれが当たらなかったことが不服なようで、舌打ちまでしている。

 しかしキルアよ、お前の足を見ろ。ぬかるみ走ったから泥が付着し放題じゃないか。

 そんな足で蹴られでもしたらせっかく泥に注意しながら走った私の努力が水の泡になってしまう。ここまで気を使ったのに汚されてはたまったもんじゃない。

 でもあんまり言うとまた蹴られそうだから、もうからかわないでおこう。

 

 私が黙ったのを確認してから、再び建物の近くへと歩きながらキルアが説明を再開する。と言ってもそもそも情報が少ないので看板に書かれたことと、変な音がするとしか言っていないが。

 そしてゴンたちはここまでレオリオの香水の匂いを辿ってきたと言う。どういう嗅覚してんだろうこの子。

 キルアにも相当変わっていると指摘されたゴンが、最初のキルアの言葉に対し疑問を投げかけた。

 

「――で、なんで中に入れないの?」

「見ての通りさ」

 

 ちょうど到着した建物の扉の上、看板を指し示してキルアが言う。変な唸り声がするだけで、今は待つしかないと締めくくった。

 待つとは言っても、もう開始まで時間はない。時計の針が正午に近づくに連れ周囲の緊張がさらに高まってきた。私は中を見たから何がいるのかわかっているけど、そうでない人は警戒して武器を構えている人までいる。

 

 そして、ピーンと高い音がして時計が正午を示した。いよいよ二次試験の開始だ。

 音が鳴り止むのと同時に、重低音とともに扉が自動で開いた。

 小ぢんまりしたその部屋の中にいたのは、先ほど私が確認した通り男性と女性一人ずつ。女性はソファに座り、男性はその後ろの床に座っていて、更にその後ろには扉。建物は縦長なので、あの扉の奥のにも何かあるのだろう。

 室内には人間しかおらず、もっとヤバい生き物でもいるんじゃなかろうかと気を張っていた人々はがくっと肩の力を抜いている。どんまい、無駄に神経すり減らしちゃったね。

 まぁ、あの二人も戦闘能力で言えばそこらの猛獣なんかよりもよっぽど上なんだけど。

 

「どお? おなかは大分すいてきた?」

「聞いての通り、もーペコペコだよ」

 

 中にいた女性の問に男性がそう返す。

 女性は露出が高くグラマラスな体型をしておられる。あと髪型が奇抜でいらっしゃる。

 男性は大柄。とにかく大柄。縦にも横にもでかい。ウボォーと相撲をとってみて欲しい。

 しかも男性の発言からして、まさかとは思っていたけれど今も聞こえてくる音は彼の空腹の証拠らしい。

 アレってマジでお腹の虫だったの? あ、また鳴った。どうやらマジみたいだ。

 

「そんなわけで二次試験は料理よ!! 美食ハンターのあたし達二人を満足させる食事を用意してちょうだい」

 

 案内され、全員が建物の中に入ったのを確認したあと、試験官の、美食ハンターらしい女性が高らかに告げる。

 二次試験の種目は料理。男性の課題をクリアしたものが女性の課題を受け、それもクリア出来れば合格。

 試験は二人が満腹になった時点で終了。早く、しかしおいしいものを作らねばならない。

 

 これはイケるんじゃなかろうか。周りのむさい男どもはろくに料理の経験なんて無いだろうしね。

 料理なんてものは知識だけ揃えたって美味しくならない。場数を踏まなくては成長しないのだ。

 レシピ通りに作ったものよりも、ノウハウを知っている人間が手を加えたもののほうが美味しいのは明らか。

 伊達に一人で生きてきていない。食事は小さい頃からの楽しみで、飢餓感が満腹感に変わるほどの食事は天にも昇るような幸福感を与えてくれた。

 生活に余裕ができてからは味にもこだわってきた。それなりのものは作れると自負している。

 この試験、貰ったね。

 

「オレのメニューは豚の丸焼き!! オレの大好物」

 

 試験官の男性が告げたメニューは豚の丸焼き。

 これならおそらく特別料理の腕を要求されることはないだろう。ちっ。

 試験のクリア条件。調味料が支給されていないし、火をおこすのはサバイバル技術の初歩として、必要なのは丁寧な下処理と焦がさないように配慮することかな。

 後は素材の確保か。ここはビスカ森林公園は、もうあの変な生き物ばかりらしいヌメーレ湿原ではないが、それでも試験会場に選ばれるような場所だし一筋縄ではいかないだろうから脱落するならここが大半だろう。

 私はどれも問題ない。合格は確実だ。

 

「それじゃ、二次試験スタート!!」

 

 その声に弾かれたように走りだす私たち。まず最初にやるべきことは、ブタの捜索。

 二次試験、開始。



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10 寿司は基本的に店で食べる

 枝から枝へと木々の間を縫うように森の中を移動していると、程なくして目的のブタを見つけた。しかも群れでだ。

 体積は私の数倍はあるだろうか。美味しそうに丸々と太った体躯に、特徴的な大きな鼻。これを丸焼きって、あの試験官の体格でも一匹食べたらそれだけでお腹いっぱいになってしまうんじゃないか。

 いや、きっとある程度の量だけ食べて審査するんだろう。毛や内臓の処理、火加減を見れれば審査はできるはずなので、全部食べる必要はない。。

 余ったブタはきっとスタッフが美味しく頂く手はずになっている。

 

 とりあえずは素材の確保ということで、大きく足音を立てて着地し、ブタの前に姿を現す。ブタは子ブタのほうが美味しいらしいし、火を通す手間も幾らか省けるので子豚に狙いを定める。

 突然現れた外敵たる私に向かって、大きな鳴き声を発しながら突進してきたブタ達を避け、狙っていた獲物の頭に踵落しを叩きこむ。

 それだけでブタは絶命した。あれ、あんま強く蹴ってないんだけどな。当たりどころでも悪かったんだろうか。

 まぁ何はともあれブタゲット。怒り狂う他のブタを尻目に、仕留めた子ブタを抱えてその場から離れ、ツーショット写真をとって二人にメールを送る。

 

 会場の方へと向かって移動し、途中で火をおこすのにちょうどいい場所を見つけたのでそこを調理の場所とする。

 カバンに入れていた折りたたみ式のハンティングナイフに”周”をしてブタの腹を開き内蔵を取り出す。

 次いで邪魔な体毛を燃やして処理。拾ってきた棒でブタを貫きブタの準備は完了。

 火をおこし、焦げないように気を使いながら全体的に火を通していくと完成。

 

 

 

 建物の一室にいる試験官のもとに戻ると、既に数人が並んでいたので後ろに並ぶ。一番乗りではなかったようで、少し残念。

 しかしこの程度の遅れなら問題無いだろうと思いつつ試験官の様子をうかがって私は絶句した。なんだ、あれは。

 私の前に3人。近くに手ぶらで休んでいる人が一人に、今食べてもらっている人。つまり私は6番目。

 休んでいる人は合格済みか。だって、あそこにブタの骨だけが転がっている。骨だけなのだ、丸々一頭分が。

 周囲には試験官の女性以外、美味しく頂いてくれそうなスタッフは存在しないし、その人もブタに手を付けることはせず、モリモリと食べる男性をただ突っ立ったまま見ている。男性は食ったのだ、アレを。一人で。

 だとするとマズイ、モタモタし過ぎた。調子こいてゆっくり移動している場合ではなかった。更に言うならちょっと生焼けでもいいからさっさと来るべきだった。

 だって2番目の人のヤツ表面以外は生肉にしか見えない。でも美味しい美味しいって言いながら食べてる。それもすごいペースだ。

 

 現時点から数えて私は5番目。試験官はブタを残さず食べている。今食っているのを除いても後3人分、つまりブタ3匹を全て食べるというのなら私の番が来る前に満腹になってしまうのでは。

 見通しが甘かったか。もしかしたら落ちてしまうかもしれない。

 

 ……なんて心配していたが杞憂だったみたいだ。だってこの人食べる食べる。止まらない。

 呆気に取られつつも無事に順番が回ってきたのでブタを渡すと、またもやペロリと平らげた。

 あまりの食べっぷりにしばらく観察していたけれど、試験通過者が10人を超えた時点で私は目をそらした。見てるだけなのに胸焼けがしてきたよ……。

 

 

 

「あ~~食った食った、もーお腹いっぱい!」

「終ーー了ォーー!!」

 

 男性が満腹を告げ、女性が銅鑼を叩き試験の終了を宣言した。

 結局ブタ71頭、つまり提出されたブタの丸焼きすべてを平らげそのすべてが合格だった。それでもおよそ半分の受験生が課題が提出できていないので、ここまで持ってくれればそれでよかったみたいだ。

 彼はとても幸せそうな顔をしていて、築きあげた骨の山は物凄いことになっている。

 受験生はその光景に唖然としている。当然私たちも例外ではない。

 

「やっぱりハンターって凄い人達ばかりなんだね」

「凄いっちゃ凄いけど、ああはなりたくないな」

 

 感心するゴンに相槌を打つキルア。クラピカは食べた量が彼の体積を圧倒的に上回っていることに悩み、それにレオリオがツッコミを入れる。

 私にも何がどうなっているのかさっぱりだけど、もしかして念能力でも使ったのかな。

 念の用途は戦闘のみに留まらない。

 食事が好きな彼が、限界を無視して好きなだけ食べられる、そんな能力を欲したとしたら。

 そう、例えば彼が放出系の念能力者で、胃の中にあるものに限って、その余剰分を自身の生み出した念空間に一時的に転移させ、消化し次第胃の中に戻してまた消化、とか。

 そう考えればこの状況の説明はつく気がするけど、こんなことまじめに考察するのもなんだか馬鹿らしいからやめておこう。

 

 提出されたすべてに合格を出したことについて、試験官の女性が男性に審査基準について文句を言うが男性は意に介さない。

 それどころか細かい味を審査するテストではないと太っ腹な発言までかましてくれた。肉体的にも精神的にもいいお腹である。

 しかしそれに対し女性もそれでは甘い、美食ハンターたるもの味覚に正直に生きろなどととんでもない発言をかました。

 美食ハンターが味覚に正直に料理審査したら料理経験のある私でも厳しいんでやめてください。

 

「ブタの丸焼き料理審査!! 71名が通過!!」

 

 結局判定はやり直すこともなく、しかたがないと前置きをしてから71名の通過が女性の口から告げられた。おそらく次が正念場。

 あの女性の審査基準を満たすのは容易では無い気がする。そんな私の不吉な予感をその後の女性の言葉が肯定する。

 

「あたしはブハラとちがってカラ党よ!! 審査もキビシクいくわよー」

 

 やさしくしてください。

 というかあの男性はブハラさんと言うのか。女性の名前はなんというのだろう。サトツさんは自己紹介したのにこの人達はしてくれない。

 そのまま女性が続けて審査内容を発表した。

 

「二次試験後半、あたしのメニューはスシよ!!」

 

 ん、今なんて言ったあの人。スシ? 寿司とな?

 目を丸くしている私とは違い、課題の内容を聞いた周囲の受験生たちが俄にざわめく。寿司がどんな料理だかわかっていない様子だ。

 

「ふふん、大分困ってるわね。ま、知らないのも無理ないわ。小さな島国の民族料理だからね」

 

 ジャポンをディスってんのかコンチクショウ。小さな島国で悪ぅござんしたねぇ。

 と、内心で試験官の女性の発言に悪態をつくも、ジャポン人以外の寿司の認知度が非常に低いのは確かなことで。あとついでに国土面積が狭いのも確かなことで。

 フォローのできないレベルの知名度の低さから、かなりの人数が寿司自体を知らないので、知識がないものは試験官の与えるヒントを元に作るしか無いんだろうね。

 

 女性がヒントをくれると言い案内したのは、建物の更に奥へと続く扉の向こう。そこにあったのは超巨大なキッチン。家庭科室なんて目じゃないほどにデカい。

 

「最低限必要な道具と材料は揃えてあるし、スシに不可欠なゴハンはこちらで用意してあげたわ」

 

 その言葉の通りに各キッチンには様々な種類の包丁その他調理器具、お櫃に入ったご飯がある。

 お酢の香りがすることからお櫃の中身はシャリで間違い無いだろう。流石にお酢に砂糖と塩ぶっ込んで米と良い感じに混ぜろ、とは言わないようだ。

 そこまでした準備が整ってるんなら案外いけるかな、と安心したのも束の間、女性がまたしてもトンデモ発言をして下さった。

 

「そして最大のヒント!! スシはスシでもニギリズシしか認めないわよ!!」

 

 え゛、握り寿司じゃないと駄目なの!?

 マズイ、コレは困った。ちらし寿司を作っていろんな材料で味をカバーするか、手巻き寿司とかバッテラ寿司とかで握らずに済ませようかと思っていたのに。

 私は料理の腕ならば人並み以上ではあるが、美味しい握り寿司を握るには寿司についての高い技術が要求される。美味い料理が作れるからと言って美味い寿司が握れるわけではないのだ。

 経験の浅い私には、美食ハンターの舌を満足させる寿司を握るなんてとてもじゃないが不可能だ。

 寿司を外食にばかり頼っていた弊害がこんなところで出るとは……。美味しいの握れないししょうがないじゃないか。

 

 私が葛藤している間に試験の開始が告げられてしまった。例によって試験は満腹になるまでがリミットらしい。

 始まってしまったし、他の選択肢がないのなら仕方ない。とりあえずやれるだけやってみよう。

 そう決断し、他の受験生がキッチンの方へ向かっていくのを尻目に私は会場から抜け出し水場を目指す。

 先ほどキッチンには水道、調理器具、シャリはあったが魚はなかった。先ほどの試験と同じく現地調達から始める必要がある。

 たしかさっきブタを探している時に川があったはずだ。本当は寿司ネタには淡水魚ではなく海水魚を使うべきなのだけれど無いものは仕方ない。

 

 川にはすぐに到着したので、早速魚を捕獲する。澄んだ水の中を確認してみると、姿形はともかく、魚自体は多く生息しているようだ。

 手頃な枝使い、魚を貫いて捕獲。枝には”周”をかけているので魚がいくら暴れようが折れることはない。

 とりあえず見た目まともそうなの2匹と、なんかゴツゴツしていて触覚まで生えている一応魚っぽいのも捕まえてみた。食えるのかコレ。

 まぁ、いいや。毒があっても少しぐらいならなんの問題もないし、味見して3匹の中で一番美味しいものを使って握って提出しよう。

 

 会場に抜けて走っていると、会場の直ぐ側で前方から集団が走ってくる。試験官が使用する食材を教えでもしたのだろうか。ちょうど私が帰るのと彼らが出発するのがほぼ同時となった。

 と、こちらに向けて走ってくる集団の中に見知った顔があった。彼は私の捕まえた魚を視認するととたんに怒鳴ってきた。

  

「あ、てめーメリッサ! 魚使うって知ってたんなら教えろよな!!」

「へへーん、試験ってのは競争なんだよキルア!」

 

 テメーぜってー泣かしてやる!! と物騒な捨て台詞とともに遠ざかっていくキルア。やれるもんならやってみんさい。

 会場の中に入ると人っ子ひとり居なかった。皆魚を求めて出ていったのだろう。

 しかしコレは好都合である。なんせ手元を見られる心配がないからね。

 どの程度が合格ラインなのかは分からないけど、私以外の合格者は少ないほどイイ。多いと試験が長引くから。

 しかし私も合格できるかどうか。とりあえず作って持って行こう。

 

 

 早速近くのキッチンにつき、まずは魚を捌く。

 鱗、鰓、内蔵を取ってよく洗い、三枚におろす。骨をとって皮を剥ぐのを3匹分終わらせて準備完了。

 一口分切り取って、寄生虫対策に軽く火で炙って味見しよう。握るのも大事だけどネタの味も大事だよね。

 ……変な形した魚が一番美味しいのはなんかちょっと納得いかない。けどまぁ寿司に使う魚はコレに決定。

 

 シャリを握り、少しの山葵と魚を乗っけてとりあえず完成。形だけ見れば立派な寿司だ。

 でも碌に握ったこと無いから自信はないけど受かっているといいなぁ。取り敢えず握れたってことで。

 そう願いを込めて試験官に提出する。が、しかし。

 

「ダメね、美味しくない。やり直し!」

 

 私の願いも虚しく結果は不合格。しかも美味しく無いと言う言葉まで添えて。がーんだな……出鼻をくじかれた。

 いやまぁ、たしかに握りが未熟でプロからしたら美味しく無いだろうけど、こうまでハッキリ美味しく無いと言われるとさすがに傷つくよ。

 

 だけど、嘆いていても仕方ない。

 チャンスは未だあるのだ。この試験は試験官の腹が満ちない限り何度でもリトライが効く。

 とりあえずシャリの質を向上すべく、私はキッチンへと戻った。



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11 寿司食いねぇ

 お寿司、お寿司、美味しいお寿司。と脳内で唱えつつ考える。

 私の知っている美味しい寿司といえばちょっとテンション上がった時に行く回らない店の寿司だ。あの値段の張るやつだ。更に言うとお皿の色とかは関係ないところだ。なぜなら寿司下駄に乗ってやってくるから。

 そんなお店に何度か行ったことがあるのでどんな感じだったか一応記憶にある。美味しいものっていうのは印象が強く、記憶に残りやすい。

 最後に行ったのはクロロと食べに行った時か。つい2ヶ月前の話だし大丈夫だ。

 

 目標をあの店のシャリに近づけることと設定して何をどうすべきかを考える。

 さっき私が握ったのはさながら回る店の寿司だ。回らないお高い寿司と比べると圧倒的な差がある。技術的な面では、機械と職人ならば当然職人に大差で軍配が上がる。

 あの味を思い出すんだ、私。クロロに奢らせたあの高い寿司を! 話そっちのけで次々と注文して貪ったあの味をっ!

 奢り補正とか入ってる気もするけどそれを抜きにしたって十分美味しかったし。

 

 寿司種はコレ以上どうしようもないし、そもそも海水魚も居ないんじゃこっちは元からまともなものを用意するのさえ難しかったろう。

 せめて鮭がいてくれれば炙りサーモンを握れたのに。鱒を用いたサーモンではなく鮭を用いた本物のサーモンならば高評価が期待できたかもしれないのに、いなかったことが悔やまれる。

 他には回転寿司にあるみたいにチャーシューだの焼肉だのを豚を狩って乗っけてもいいけど、ここは素直に魚で勝負するとしよう。

 ていうか美食ハンターなら当然その辺りも網羅してそうだから目新しさもないだろうしね。なにも高級なものばかり食べるのがグルメではないのだから。

 コレに関しては多少サイズを大きくしてゴージャス感を出せばいいかな。

 というわけで改善するべきはやはりシャリ。美味しいシャリの条件とは。

 

 さっき提出した寿司と同じように普通に握ったシャリを食べる。食べながらも頭に浮かせるのはあの店の味。

 美味しいものを想像しながらそうでもないものを食べたから口の中がかなりガッカリしているけども我慢。

 そうするとどこがどう違うのかは大体分かる。何を改善すれば理想に近づけるかを考察し、突き詰めていけば合格も見えてくるはず。

 

 イメージとの違和を下で感じ、その齟齬を埋めるように握る強さ、速さ、形など数度試行を繰り返し、それなりには改善されたと思う。っていうかコレ以上は無理。

 これでもダメならかなり危ういんじゃないかな。まだ他の受験生は戻ってきていないけどここまで仕上げるのにもそれなりの時間を要したし。

 取り敢えず一番出来のよさそうなものを持って行くとしよう。

 

 椅子にどっかりと座り込み、箸を持ちながらも反対の手でつまらなそうに頬杖をついている試験官の女性。再びやってきた私に気づいて顔をこちらに向ける。

 こうして改めて見てみると、なるほど一応ヒントはここにも存在する。箸だの、醤油だのからもサイズは推測できるだろうし。

 まぁ私には形状のヒントとか関係ないけど。

 

「あら、88番また来たの? ちょっとはマシになってるんでしょうね」

 

 私は頷き寿司を提出する。色々改善したので、今度こそいける、はず。

 女性が私の握った寿司を咀嚼する。が、なんだかさっきよりも難しい顔をしている。

 まさか、そんな。味が落ちてしまったとでも?

 落胆しかけたが、その口から出た言葉からはそういった意味合いのものではなかった。

 

「ん~……。ダメだった部分は大分マシになっているようね、ポイントは抑えられてる。さっきもだけど淡水魚であることを考慮して軽く火を通してあるのも好印象。でもねぇ、やっぱりまだまだ全体的に甘いわよねぇ……」

 

 そうぼやく女性。味が落ちたのではなく、多少マシになったからこそ判定で悩んでいるのか。つまり私の寿司は悩んでもらえるレベルにはなっているということだ。

 でも素直に喜んでもいられないよね。これ以上美味しい寿司を握るにはさらに多くの時間を要するし、ここで合格を決めておかないと……。

 食事は空腹時のほうが美味しく感じられるのだ。他の受験生が来ると私の合格率は下がってしまう。

 こいつぁヤバいぜ、とちょっと冷や汗が出てきたところで、私の窮地を救ってくれるスーパーヒーローが現れた。

 

「まぁまぁメンチ、相手は受験生なんだし改善点を考えてある程度の結果出してるんだから、細かい味までは気にしなくてもいいだろ?」

 

 すかさず苦笑いをしながらそうフォローを入れてくれたのはブハラさん。なるほどこの女性の名前はメンチさんね。

 いやいや、今は彼女の名前はどうでもいいのである。ブハラさん、今のあなたは私には超絶イケメンに見えます!

 そう、職人レベルとかプロに認めさせる味とかはハナから無理なんですよメンチさん、だから審査も少し妥協してくださいマジで。勘弁してくださいホント。

 そんな内心の私の願いが伝わるのを祈りつつ、眉根を寄せたメンチさんが口を開くのを待った。

 

「まぁそれもそうよね……じゃあ、まあいいわ。それなりには美味しかったし、88番合格で」

 

 そしてついにその口から紡がれたのは私の合格を意味する言葉。やった、合格だ! ひゃっほう!

 いやーよかったよかった、どうなることかと思ったけれどコレで二次試験も突破だ。

 ブハラさんマジありがとう! あなたのおかげです!

 合格の喜びと、料理をギリギリだけど認められた嬉しさからそこら中飛び跳ねたいくらいだけど、さすがに恥ずかしいので抑える。でも口元がにやけてしまう。

 

「ありがとうございます、メンチさん。それにブハラさんも」

「言っとっけど、アンタの合格はギリギリなんだからね、ギリギリ! それと、寿司のこと他の奴らに口外すんじゃないわよ、そんな事したらつまんな……、試験にならないからね!」

 

 その言葉にテキトウに頷き私は足取り軽くキッチンへと戻る。

 なんか最後のほうつまんないからとか言いかけた気がしなくもないけどもう私には関係ないし。

 ステーキ定食を食べてから早数時間。お腹もすいてきたことだし、余った魚を適当に調理しておかずにして食べてよう。全部はさすがに食えないけど。

 ちょうど他の受験生も魚を持って戻ってきた。皆頑張ってくれ、審査はなかなか厳しいぞ。

 上辺だけで彼らの健闘を祈りつつ、ルンルン気分のまま調理に取り掛かった。

 

 

 

 私の合格が決定してから数分が経過し、会場ではチラホラと戻ってきた受験生たちが魚とシャリを手に何やら悩んでいる。

 なるほど、メンチさんが告げたのかどうかはしらないけど魚を使うのはわかっても、どんな料理を作るべきなのかはわかっていないのか。

 ふっふっふ、私も料理をしているので傍目から見たら合格者とは気づくまい。しかし私が作っているのは自分が食べる用なので、なんだか気分がいい。

 

 先に戻ってきていた奴らがモタモタしているうちにほぼ全ての受験生がこのキッチンへと集結し、またもやキッチンの前でウンウンと唸っている。

 一人だけ、禿げた忍者は周りのその様子を見て笑っている。格好からして彼はジャポン出身だろうし、寿司も知ってるんだからさっさと握れよと思う。

 しかし悩んでいるものが大半だったこの会場でついに動きがあった。なんと、この膠着状態を破ったのはレオリオだ。それを見て悔しがる忍者はきっと頭が足りていないのだ、毛髪的な意味だけでなく。

 レオリオお手製の寿司、レオリオスペシャルと名付けられたそれは見た目ぐちゃぐちゃで糞不味そう、しかも寿司ではない。

 なにより何の下処理もしていない。鱗も付いたまま、しかも生きたままでただ米の塊に埋めただけ。魚は新鮮さが命とはいえ、アレは無い。

 しかも魚がピチピチ動くもんだから米の塊がだんだん崩れてくる。

 あれは、酷い。レオリオ、それは料理とは言えないと思うよ。それもはや寿司以前の問題だと思うよ。

 

 当然メンチさんは皿を掴んで放り投げた。レオリオは何やらご立腹だがあんなもの出されたら私だってそうする、誰だってそうする。

 料理審査なんだから、せめて自分で少しでも美味しいと思うようなものを作るべきだと私は思うんだけどなぁ。

 形ばかりに気を取られて、続くゴンもクラピカも味を全く考慮していないものを提出する。握り寿司の形云々以前に全く食指が動かない。

 キミら寿司はジャポンの”料理”だって言われたでしょーが。まさかあんなモノが料理として扱われる国だと思われているんだろうか、ジャポンは。

 そう思ってしまうような変な食べ物ばかり提出されて割と悲惨なメンチさんを尻目に私は自分の料理をガツガツ貪る。うん、うまい。本当は白米のほうが良かったけど贅沢言っちゃだめだよね。

 

「なーメリッサー、全然分かんねーんだけどさ、寿司ってどんな食いもん?」

 

 つーかお前なに普通に飯食ってんだよ、とキルアが私のもとに聞きに来たが、口止めされているのでその旨を伝えて寿司については何も言わなかった。

 でもその時何故か寿司を1貫握って食べよう思い立ち、その握っている手元をキルアがガン見していたのは不慮の事故だろう。私は悪くない。

 しかもキルアが私の握った寿司を食べてしまったのも、ただ単にキルアに近い位置に寿司を置いたら食べられてしまったというだけであって、私は決して悪くない。だって何も言ってないもん。

 

 

 

 

 

 

 私のお腹が満たされた頃、会場の雲行きはなんだか怪しくなってきていた。

 それは、先ほど私が足りていないと評した忍者の男性が、寿司の形としては正解であろうものを提出して不合格を受け、それを不服としたのかなんなのかペラペラと寿司のことについて叫んでしまったことに起因する。

 その結果メンチさんが味を重視して審査をする方向に切り替えたのだ。今の彼女から合格をもらうのは私も無理だろうね。やっぱり彼は私の思った通り足りていなかったようだ。

 ましてや他の受験生は料理の経験なんか碌に無い素人ばかり。結果は当然、惨敗。

 

 そんなメンチさんをブハラさんが宥めようとするも怒鳴り返されて効果はまるでなし。

 形だけがわかった受験生は握り加減とか形とかまるで考慮せずに寿司っぽいものをメンチさんに持っていく。中には見た目だけで不味そうな、米の潰れたものも。

 そんなものが美味しいわけもなく、頑張って美味しく握ったであろうものでさえ今のメンチさんからは合格が出ない。出るのはダメ出しのみである。

 しかしダメ出しが出たからといって、既に並んでいる人たちはメンチさんの体格の細さから食も細いだろうと推測したのか、作りなおさずにそのまま勝負するという愚行を全員が犯した。

 当然合格がもらえるわけもない。彼らは自分で自分の首を絞めたまま。

 試験が終わるその時が刻々と迫っていた。

 

 

 そんな状況がしばらく続き、ついにメンチさんがその箸を止めた。

 そして、あがりを飲んで、息をつき、一言。

 

「ワリ!! おなかいっぱいになっちった」

 

 後頭部に手を当て、てへーって感じがピッタリな笑顔を添えて。

 これにて二次試験が終了、結局合格者は私だけだった。

 あれ、これってもしかして早く帰れちゃう?

 あ、でもクロロから借りた本まだ読んでないや。

 

 



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12 卵を求めて谷底ダイブ

 受験生がざわめく中、それを無視しておそらく協会本部と連絡をとっているメンチさん。

 電話でのメンチさんの発言からして本部の方もこの結果には不満があるようだったが、メンチさんは結論を変えるつもりは無いようで。

 

「二次試験後半の料理審査、合格者は一人!! よ」

 

 その言葉を聞き更にざわめきが大きくなる。そのなかには誰だ、合格した野郎はとか言うのも混じっているが知らんぷりである。私は野郎ではない。

 でも勘の良い人は私が合格者であることに気づいている。そして何故か私まで睨まれる始末。

 まぁ、料理してたくせに自分で食べるだけで皆の前では一度も提出しなかったからバレるのは当然か。

 

 睨まれるだけなら、まだいい。大したことない奴らに睨まれても痛くも痒くもない、が。

 イルミさんと、ヒソカは殺気を滲ませるのをやめてはくれないだろうか。嫌か、そうか。

 こちらも全力で知らんぷりである。イルミさんは無いだろうとは思うけど、ヒソカが暴れるかもしれないのでヒヤヒヤはしているが。

 というか何で合格した私がおそらく一番冷や汗をかかにゃならんのだ。ヒソカてめぇ。

 

 とりあえずヒソカが暴れだしたら即逃げ出せるように腰をわずかに落とした時、会場に破壊音が響いた。

 見ると255番の男性がブチギレてキッチンを破壊したようだ。額に青筋を浮かべて怒り心頭なご様子。

 その男性はこんな結果は納得がいかないと不満を申し立てている。まぁそりゃ不満はあるだろうけど、でもだからと言って美食ハンターごときという発言はいただけない。

 賞金首ハンター志望だという彼はつまり私の敵ということになる。お前なんかに美食ハンターを貶してほしくない。っていうか死ね。今すぐに破壊したキッチンとそれによって床にばら撒かれたご飯に土下座した後死ね。

 いいじゃないか、美食ハンター。美味しいものを発見し世に発表してくれるだなんて、素晴らしい職業である。私からしてみれば賞金首ハンターよりもよっぽど有意義な存在である。

 

 メンチさんも気を悪くしたのか挑発的な言葉を返す。まぁ、自分が誇り持ってやってる仕事を軽んじる発言されたら怒るよね。

 試験官運がなかったってことで、また来年頑張ればぁー? と、にべもないことを言われて男性が激昂し、メンチさんに殴りかかろうとするが割って入ったブハラさんに張り飛ばされた。たーまやー……あ、違うか。

 しかしブハラさんさっきからナイスアシストだ。メンチさんは殺気が出ていたのであのままだったら殺されていただろうね。包丁も持ってるしね。

 あ、でもなんかアイツは死んでてもいいような気がしてきた。ブハラさんめ余計なことを。

 結果的に吹っ飛ばされた男性の命を救ったブハラさんに文句を言いながら、メンチさんが立ち上がり吼える。

 

「賞金首ハンター? 笑わせるわ!! たかが美食ハンターごときに一撃でのされちゃって」

 

 やはりメンチさんはさっきのヤツの言葉が相当お気に召さなかったようで、と言うよりかなり根に持っているようで。

 ハンターたるもの武芸の心得があって当然、と。まぁ、プロハンターになるのに念の習得は必須条件だしね。

 そしてメンチさんがこの試験で未知のものに挑戦する気概が知りたかった、と告げたところで上空からスピーカーを通したような声が響いた。

 

『それにしても、合格者一人はちと厳しすぎやせんか?』

 

 何だ何だと受験生が屋外へと出たので私もそれに倣い、空を見上げると、そこには飛行船。しかもハンター協会のマークが入っていて、受験生の誰かが審査委員会と叫んだことからなんか偉い人が乗っていそうだ。

 飛行船に注目が集まる中、誰かがそこから降りてきた、いや、落ちてきたとも言えるような高度だけど。パラシュートも何も付けずに落下してくる。

 馬鹿でかい音と共に降りてきたのは、老人。しかも高下駄まで履いているのに、難なく着地してみせた。

 

 メンチさんが老人をハンター協会の最高責任者のネテロ会長であると紹介した。なるほど、この人が。

 態々目立つ登場をして、さらに高所からの落下というパフォーマンスまで見せたネテロ会長にはお茶目な部分があるようだが。

 纏うオーラは滝のような怒涛の迫力がありながらも、湖のように静かで穏やか。所作の一つ一つはまるで隙だらけではあるが、その潜在能力は計り知れない。

 これが、ハンター協会会長。

 間近で見るのは初めてだけど、この人と敵として対峙することがないように祈ろう。今の私では勝ち目がほとんど見えない。

 

 ネテロ会長がメンチさん胸をガン見しながらも審査が不十分であることを指摘し、それをメンチさんが認め、審査を降りるという彼女に会長が代替案として再試験を行うのでその際実演をしてもらう、といったことを提案したので二次試験は再試験という運びになった。

 ちっ、余計なことを。せっかく早く帰れると思ったのになぁ。

 メンチさんは、その再試験の課題としてゆで卵を提案し、私たちは場所を移すことになった。

 まぁ、再試験だろうともう一度合格すればいいだけの話だ。いや、そもそも私の合格も取り消されているんだろうか?

 

 

 

 再試験の会場としてメンチさんが指定した山へと私たちは飛行船で移動した。

 その山は丁度真ん中の辺りで2つに割れており崖のような感じになってる。これはかなり深そうだ。

 

「安心して、下は深ーい河よ。流れが早いから落ちたら数10km先の海までノンストップだけど」

 

 軽い調子で告げるメンチさん。いや、こんだけ深ければ普通の人なら着水の衝撃だけで死ねるような気がするんですけどね。

 戦慄している受験生には目もくれず靴を脱ぎ、それじゃお先に、とこれまた軽い調子で谷底に落ちていくメンチさん。

 ゆで卵が課題らしいけど、こんな場所にあるのか。美味しいのかな。食べてみたいな。

 卵って言うと私の能力の一つでもあるし、俄然食べてみたくなるのだ。

 

「マフタツ山に生息するクモワシ、その卵を取りに行ったのじゃよ」

 

 なんであのアマいきなり投身自殺してんだ、と驚いていた受験生たちにネテロ会長が彼女の行動の意味を説明する。

 続けてこの試験の概要を説明する会長。なるほど、まぁ要するにダイブして卵取って生還してくればいいわけね、なんだ簡単じゃん。

 

 大して時間も掛けずに、余裕綽々でメンチさんが卵をその手に無事生還し、さぁやってご覧なさいということで試験が始まった。

 身体能力に自信のあるものは我先にと飛び込んでいく中、恐怖に駆られたものは踏み出せないでいる。

 まぁ、行く前にビビッてるんじゃ思うように身体が動かせなくて掴み損ねがあるかもしれない。一瞬でも躊躇った彼らはここでリタイアしたほうが身のためだろうね。

 よっし、それじゃー私も行きますかー、と意気揚々と歩き出した私の脊中にストップがかけられた。

 

「あ、88番。アンタはさっきの試験一応合格だから別に参加しなくてもいいわよ」

 

 告げたのはメンチさん。どうやら私のさっきの合格は取り消しにはなっておらず、この試験には別に参加しなくてもいいらしい。

 その事実に、私に羨ましそうな視線が集まる。ラッキーだなアイツ、とか思ってるんだろうか。残念でした、どっちにしろ私は合格ですぅ。

 おい、合格者はテメーだったのかよクソアマうぜぇマジで死ね、とか言ったやつ前にでろ、こっから落としてやるぞコノヤロウお前が死ね。

 後メンチさん、一応はやめて、一応は。軽く傷つくんで。

 しかしこの状況で止められるのは少し困る。なので、自由意志で参加する程度のことは認められないだろうかとメンチさんに聞いてみる。

 

「え、じゃあ試験とは関係なしに行ってきていいですかね? 食べてみたいし、いいネタになりそうなんですけど」

 

 既に合格が決まっているのはまぁいいとして、勝手に行くのくらいは許可してくれないかな。

 他の奴らが美味しそうに卵を頬張っている中、私だけがポツネンと佇んでいるのは嫌だ。私も食いたい。

 

「そりゃまぁ、行くのは自由だからいいけど……ネタ?」

 

 やたっ、お許しが出た。

 クモワシ、クモ。なんだか親近感が湧くようなそうでもないような、まぁとにかく食べてみたいのだ。卵好きだし。

 崖っぷちに立ち、携帯で谷底の写メを撮る。メールに画像を添付し、本文を逝ってきますにして楓と椎菜に送信。さっきまで森に居たのに突然崖に移動していて二重の意味で驚くであろう。

 反応が楽しみである、ふふふ。

 

 崖からピョンッと飛び降り卵を目指す。卵を取るにあたって、まずは手近な糸に捕まる必要がある。

 難なく近くの糸に捕まり、卵を取るために体を入れ替えて足で支えて宙ぶらりんの体制に。

 卵をとったらその姿勢のまま谷底を流れる川を背景に卵を掲げて写メを撮る。本文はうわああああああああ! にして送信しよう。彼女たちからすればいきなり崖にいて、そのメールに返信する間もなく見た感じいきなり死にかけているのだ、私は。メール打ててる時点で随分と余裕あるけど、そこに気づくだろうか。

 マジで反応が楽しみである、ふふふふふ。

 

 ひょいひょいと崖を登って頂上へ戻り、沸騰したお湯が入っている大釜のなかに卵を入れて待つ。

 待っている間に携帯が震えた。

 どうやら電話のようだ。楓から。

 というか先刻から普通にメールとかしてるけどよく電波あるよね、どうなってんだろうこの携帯。シャルさんすげぇっす。

 出ようとして、ふと思いとどまる。面白そうだしちょっと焦らしてみようか。

 

 このハンター試験、どうやら既に各試験の会場は決まっているようだし、三次試験が一次試験と二次試験のように試験会場が隣接ないしは移動込みなどで繋がっている場合であっても、突発的な事態により本来の二次試験会場から離れてこの山に来たのでこの後100%飛行船での移動があるだろう。

 多分卵を食べたら直ぐに乗り込んで移動だろうし、どうせ電話をするならばまとまった時間使ってしたほうがイイ。ハンター試験一日目、募る話もあるだろうし。

 心配かけてるかもしれないし、なんかやり過ぎなような気がするけども、一応さっきの写メで余裕そうな表情はしてたし。

 うん、ここは心を鬼にしてスルーをしよう。私の娯楽のためにもうちょっと待っててね。

 

 

 そうして携帯電話の震えを無視すること数分、卵が茹で上がったらしいので、それを一口。私は目を見開いた。

 これは、うまい! 超美味しいっ!! こんな卵食べたこと無い!

 贅沢を言えば塩か何かつけて食べたかったけど、そんな事しなくてもこれは十二分に美味しい。なにこれ超濃厚。うまー。

 たかが卵とかいくら美味いって言ってもそんな大したもんじゃないでしょ、とか思っててごめんなさい、マジで。

 周りのリアクションも大体が私と同じ。声に出して賞賛する人もいる中、それを見て満足気なメンチさん。

 

「美味しいものを発見した時の喜び! 少しは味わってもらえたかしら。こちとらこれに命かけてんのよね」

 

 そう誇らしげな表情で言うメンチさん。ええ、ええ、素晴らしい職業ですとも美食ハンター。最高ですね。

 私はなる気がないけれど、もっと増えてくれればいいのに。そして私に美味しいものを食べさせておくれ。

 さっきは美食ハンターを見下していたが結局飛び込むことさえ出来なかった255番もゴンから卵を一口もらい、唖然とした表情を浮かべた。

 数秒の沈黙の後、漸く立てなおして口を開いた。

 

「……今年は完敗だ、来年また来るぜ」

 

 そう殊勝な言葉を零す255番。来年こそ頑張って合格して、立派な美食ハンターになるんだよ。

 

 

 二次試験の再試験も終わり、メンチさんが43名の合格を言い渡した。

 受験生は全員飛行船に乗り込み、そのまま三次試験会場へと向かうことになった。不合格者はそのあとでどこかに降ろすんだろう。

 合格者は乗り込んですぐに飛行船の一室へと集められ改めてネテロ会長の挨拶を聞かされている。

 そろそろ電話に出たいので早く終わらせて欲しい。

 

「残った43名の諸君に改めてあいさつしとこうかの。ワシが今回のハンター試験審査委員会代表責任者のネテロである」

 

 その後簡単なあいさつで済んだがどうやらネテロ会長はこの後も同行するらしい。仕事とか大丈夫なんだろうか。

 会長の挨拶の後に豆の人が明日の朝8時に到着予定であると告げ、それまでは自由に過ごしていていいらしく、私たちは解散となった。

 

 最初の方は時間をおいて掛けられていた電話も、私が全く出ないので間隔がほとんどなくなっている。

 今も留守電に繋がった瞬間に切って、再度掛け直されている。これは大分心配させてしまったようだ。予想外です、すまぬ。

 取り敢えずこの移動時間は特にするべきことはないようだし電話にでることにしよう。これ以上待たせるのはさすがにマズイ。いや今も十分にマズイ気もするけどね。

 

 しかし心配をかけてしまっているだろうに、それが嬉しく感じられるのは不謹慎かな。

 少し笑って、電話に出る。

 第一声は何にしようか。



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13 休憩したら三次試験

「うらめしやー?」

『やっと出たなこのお馬鹿!! うらめしやじゃないってのもぉーっ!』

 

 全く恨めしさのこもっていない私の声にかぶせるように放たれた金切り声。

 その正体は、マジで心配したんだからね!? と電話に出たとたん私に怒鳴る楓の声。あまりの声の大きさに思わず電話を顔から離す。

 少し涙声にもなっているようだし、やはりもっと早く電話に出てあげるべきだったか。なんか一回スルーしたあとなかなか出るタイミングがなかったんだよなぁ。

 電話を顔から遠ざけたまま嵐が過ぎるのを待っていると、電話口からドタバタと慌ただしい声や音が聞こえ、続いて雑音が多くなる。スピーカーフォンに切り替えたようだ。

 もういいかなと再び電話を顔に寄せた私の耳に届いた声は、先ほどの楓のものと比較して随分と落ち着いた椎菜の声だった。

 

『あ、よかった芽衣、やっと繋がったね。楓ったらすんごいパニクっちゃっててね、メール送れる余裕もあるんだし大丈夫って言っても聞かなくてさ。大変だったよーもう少し早く電話出てよね』

 

 焦らすのはいいけど、となんだか私のせいで余計な面倒をかけてしまったようでごめんよ椎菜。ただ彼女は私の余裕っぷりには気づいていたようだ。

 まぁこれも私の一時の判断ミスが招いてしまったことだし、おみやげを奮発して許してもらおう。ハンター試験っぽいおみやげが何なのか未だに不明なままだけれど。

 一先ずは一言謝って、現状を伝える。電話口から漏れ聞こえる騒音を無視したまま。

 

「ごめんごめん、一応試験とかエライ人の挨拶とかあってさ、まとまった時間やっと取れたんだ。今二次試験まで終わって三次試験は明日なんだ。今は飛行船で移動中」

『そうなんだ? なんか大した怪我もなくあっさり通過してるみたいだけど、芽衣ってもしかして結構凄い?』

「うんうん、実はワタクシ凄いのです。ところで二人とももう夜なのに一緒にいるんだね、もしかしてお泊り?」

『楓の家でね、一応勉強しようってことで来たんだけど。ホントはハンター試験が今日だからさ、何かあったらって思って連絡取りやすいように今日は一緒にいることにしたんだ』

 

 なるほど、随分と気にかけてくれていたようで、自然と口元が綻んでしまう。

 あたしを無視するなー! と何やらさっきから喚いている楓もなんだか愛おしい。反応はしてあげないけどなっ。

 

 楓が心配性だって言うのは知っていたけどここまでとは思わなかったし、大して椎菜は普段通り落ち着いている。

 これがわかってだけでも焦らしの意味はあっただろうね。逆だったほうが面白かったかもしれないけど。

 それにしても、ごっつい野郎共に囲まれていたからか彼女たちとの会話がいつも以上にありがたいものに思える。

 この二人は殺伐とした世界にどっぷり浸かってる私にとっての清涼剤だ。

 私はいい友達を持った。

 

「そっかー、なんか気ぃ使わせちゃってごめんね?」

『いいよいいいよ、こっちもおかげで結構盛り上がってたから。ね、楓』

『まーねー。樹海とかブタとか面白かったね。崖のやつも今思えば迫力満点だしねー』

 

 喚いていた楓もスルーされているうちに落ち着きを取り戻したようで、漸く会話に加わってきた。

 私の写メとかが喜ばれてるのはまあいいんだけど、勉強の方はちゃんとしたんだろうか。あと樹海じゃなく湿原ね、一応。

 取り敢えずもう一度私のことは他言無用で写真も厳重管理と伝えたら、抜かりないと返された。ならばよし。

 

『そだ、いま時間あるんでしょ?試験の事詳しく聞かせてよー』

『あ、それ私も興味あるなぁ』

 

 好奇心旺盛な楓の言葉に椎菜が賛成する。

 まぁこうなるのは予想通りだ。写真を要求するぐらいだから当然興味津々なのだろう。

 どうせ今日はあとは寝るだけだし、バッテリーも十分。この辺は人も来ないだろうし長電話の準備はバッチリだ。

 

「いいよー。じゃあ何から話そうかな――――」 

 

 

 

 

 

 

『――――でさー、アタシその時言ってやったわけよ! アタシのほうがナウいわってね!』

「いやその言葉自体がナウくないわ」

『ウッソ、だって学校なうーとか最近流行ってんじゃん!?』

『楓、それとは用法が全然違うからね』

「やばいよ楓、あんた相当恥ずかしい人だったよその時」

『マジか……チョベリバ……』

 

 落ち込みつつも楓が言ったその言葉自体がまたもやかなり古いものである。ちょっとホワイトキックするレベルのものである。

 試験の話は彼女たちには大変好評だったようで、かなり盛り上がった。地下通路のマラソンは特に何も起きなかったので大体が湿原から崖までの話だったけれど。

 そして試験の話は終わったが、その盛り上がりのまま私たちは雑談に興じていた。本題の試験の話が終わったのはもう随分と前のことだ。

 ところで何で楓はさっきから一昔前の言葉を使うんだろう、何かに影響されでもしたのか。

 一頻り楓の失態を本人含め皆で笑い、それが収まってきたところで椎菜が声を上げた。

 

『いっけない、もうこんな時間だよ』

『ゲッ、もう日付変わってんじゃん! こっちはまだ冬休みだけど芽衣は明日も試験あるんでしょ、時間大丈夫なのー?』

「このぐらいの時間なら全然平気。あ、でもまだシャワー浴びてなかったわ」

 

 言われて時計を見ると本当に日付が変わっていた。気づかないうちにちょっと長電話しすぎてしまったようだ。

 この飛行船、ハンター協会本部のものということもあって内部の設備も整っている。

 ここに来る前にはシャワールームらしきものも見たし、寝る前に浴びてさっぱりしたい。

 汗とかはかいてないけど、カビ臭いのとか泥臭いのが身体や服に移ってるような気がしてちょっと不快なのだ。

 ……私、臭くないよね?

 

『じゃー今日は終わりにしますかぁ。明日も頑張んなさいよー』

「あんがと楓。電話はまたタイミングがあったらするね」

『私も応援してるから頑張ってね。それじゃ、おやすみ』

「うん、それとメールはちょくちょくするね。おやすみ」

『メリーさんになんないようにしなさいよね、おやすみー』

 

 就寝のあいさつをして電話を切る。うん、明日も頑張ろう。試験自体は頑張ることそんな無いと思うから、主に彼女たちに送る写真のネタ探しを、だ。

 それと楓、二度目になるが私は元からメリーさんだ。

 まぁそれについては試験終了後に打ち明けることだし、とそのまま携帯をしまい、シャワーをあびるために私はその場を離れ目をつけておいたシャワールームへと向かった。

 

 たどり着いたバスルームは男女のスペースが分かれており、狭い個室で浴びるような形になっていた。男性側は人数が多いから混みそうだ。

 私以外に人気のない女性用のシャワールームでシャワーを浴びていると、離れた場所で一瞬大きく殺気が膨れ上がり、またすぐに収まった。

 何事かと思い”円”を広げて様子を探ってみると、殺気を感知した方向に居たのは手を血で染めたキルアと、仏さんが2つ。鋭利な刃物でバラバラに切り裂かれたようなそれは、どうやら彼が殺したらしい。

 興味を失い、”円”を解く。家出をしたからといっても彼は生粋の殺し屋、今更一人二人殺したところで別に気にすることでもない。

 私に関係ないところで関係ない人が何人死のうがどうでもいい。だって関係ないから。

 せいぜい死んだ二人が二次試験通過者だったらちょっとラッキー、乗り合わせただけの脱落者が不幸な目にあっただけならドンマイ程度のものである。

 

 シャワーを浴びてさっぱりしたので受験生用に用意されていた毛布にくるまり眠る。

 そういえば借りた本まだ一度も読んでないなぁと思い至ったけど、どうせ明日からもまだまだ時間あるだろうから別にいいよね、クロロ。

 そう結論づけ、テキトウに本の主に謝ってから私は目を閉じた。

 

 

 

 

 

 翌朝。到着予定時間より少し早い時間に目を覚ました私が朝の支度を終えてボーっとしていると、到着のアナウンスがあり、その数分後に飛行船が到着したのは高い円柱状の塔のてっぺんだった。

 随分と大きいもののようだが、周囲には何もない。まさかこのためだけに作ったわけじゃないだろうな。二次試験の会場になった巨大キッチンは試験のためだけのものだっただろうし。だってあんな場所にキッチンがあるのは不自然過ぎる。

 ハンター協会の予算の無駄遣いについて思考を巡らせていると、豆の人が説明を開始した。

 

「ここはトリックタワーと呼ばれる塔のてっぺんです。ここが三次試験のスタート地点になります」

 

 既に呼称があるということは元々あったものなのだろうか。いや、それはどうでもいいとして、この塔は名前からしてなんか仕掛けが多そうだ。

 この塔が三次試験会場、通過条件は72時間以内に生きて下まで降りることであると豆の人が続けて言った。ぶっちゃけ風の音が大きくて聞き取りにくい。

 その後受験生のみを残し飛行船は飛び去っていった。会長も乗ってたし、不合格者を適当な場所で下ろしたらまた戻ってくるだろう。

 軽く周囲を見渡すと、私の他に40人。

 どうやら昨日死んだのは合格組だったらしい。キルアナイスだ。

 

 全員が状況を確認する。この屋上には特に何もなく、また塔の側面はただの壁だ。窓の一つもありはしない。

 どうすんだよこれ、と数人が顔を見合わせる中、一流のロッククライマーなら降りられると豪語する男が壁を伝って降りていった。

 だけどその男もどこからともなく飛んできた怪鳥……、……怪鳥? ……なんか変なのに食べられて死んだ。何あれキモイ。

 あんなものの餌になるだなんて死んでも死にきれないだろう。私だったら絶対に嫌だ。

 何はともあれああやって壁伝いに降りていくことさえも通常であれば不可能であることが証明された。

 それにしても一次試験のサルといい三次試験の今のオッサンといい、身体張って危険を伝えるのが流行っているんだろうか。

 

 あの鳥っぽいものを写メで撮って送ったら両名からグロい物送るな、気持ち悪い! と怒られてしまった。ですよねー。

 男の方は大分食われてたからよくわからなかったろうし、鳥っぽいものを見た感想がこれだ。

 気持ち悪いとは思ったけど、でもなんだか私だけが損した気分になったからちょっとおすそ分けしただけなのに。分け合いの精神って大事だと思うんだ。

 メールで送信して用済みになった鳥っぽい奴の写真を消す。お前は私の携帯の中に残ることさえ許さん。

 

 塔の端っこに立って下を見下ろす。おそらく今のように外壁を伝えばああいう手合いがやってきて攻撃されるんだろうね。

 私なら念弾飛ばして対処できるし、ナイフに”周”をして壁に刺して減速しながら落下すればさっさとクリアできるだろうけど、風に煽られて壁から離されたらちょっと笑えないことになるからやめておこう。念能力を使えばその状態からも復帰できるけど、試験中に使いたくないから外壁ルートは無しだ。

 この屋上も一見何もないように見えるけど塔の内部に通じる道が必ずあるはずだし、態々ショートカットはしなくてもいいだろう。

 見れば数人程だけれど減っているようだ。既に何人かは何らかの手段で塔の内部へ降りているらしい。

 

 細工があるとしたらまず間違い無く床だ。塔の内部へと侵入するべく歩きまわっていると、ある石床を踏んだ時に足音が変化した。床がなんだか不安定になっている。

 気になったので手で押してみると、一枚の石床の一端が下がり一端が上がっている。どうやらどんでん返しの扉のようになっているようだった。

 よしよし、扉発見。早速内部に降りよう。スタートは順調だ。

 

 石床の一端に身体を乗せると、ガタンと音がして床が回転し、私はそのまま屋内への侵入を果たした。おそらく私が今使った扉は同じ道を辿らせないためにロックされ、受験生はまた別のものを見つけ出さないといけなくなる。

 内部に降りるとそこは明るく、広い長方形の部屋の中だった。

 台座に乗った◯×ボタン付きの腕時計型タイマーと、その上に説明書きのようなもの、後スピーカー。扉らしきものは閉まっている。

 ひと通りの確認を終えると、スピーカーから声が聞こえてきた。

 

『この塔には幾通りものルートがあり、クリア条件も異なる。ここは多数決の道だ』

 

 その声は多数決の道らしいこのルートの説明をしてくれている。互いの協力が必要不可欠な難コース、か。

 そのアナウンスを聞き、説明書きを読んで、肩を落とした。

 ここは多数決の道ということで覚悟はしていたが、どうやら5人で進むらしい。せめて3人くらいがよかった。

 なんだかめんどくさそうだ。取り敢えず足手まといが来ませんように。

 



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14 ハート泥棒

 私は今部屋の隅で膝を抱えて座っている。別にさみしい女ってわけじゃなく、別の理由で”絶”をしながらそうしている。

 この部屋に入ってくる人は上から降ってくるのだからそれに潰されないためだ。野郎共の下敷きになるだなんて冗談じゃない。

 それと、ヒソカが来たら壁をぶち壊してでも逃げるためだ。むしろこちらがメインだ。隅っこにいれば奴に視認される前に先手を打って逃げられるかもしれない。

 他に3人いるとはいえヒソカとこういった閉鎖された空間で一緒にいるなんてとんでもない拷問だ。フェイの拷問とどっちがマシかちょっと悩むくらいには。それに下手したら奴がこの部屋に私の次にやってきて、さらに他の3人が降ってくるまで間が開いてしばらく二人きりという悪夢のような状況もなきにしもあらずだ。

 もうヒソカが他のルートへと降りているのかどうかは、感覚を研ぎ澄ますと奴に悟られるから気配を探れないし、”円”なんて使ったら確実に私の居場所がバレるからわからないけれど、気配は絶っておくべきだ。

 

 カツカツコツコツと、先程から屋上を歩き回っているのであろう足音は聞こえてくるものの、誰かが降りてくる気配はない。いい加減暇になってきた。

 隅っこでボーッとしてるのもなかなかに暇なので、つい眠くなってしまってあくびをしていると、足音が一つ近づいてきて、次いで天井がカコカコと音を立てた。誰かが仕掛けに気づいて上から押しているようだ。

 ここから侵入できると確信したようで、その足音が一旦離れ、その後この部屋の上を目的地として複数の足跡が真っ直ぐに近づいてきて、止まった。3、いや4人分か。仲間を呼びに行ったのか。

 そのまま何やら聞き覚えのある話し声が聞こえてくる。なるほど、さっきのかなりわかりにくい足音はキルアのものか。つまりこの上にいるのは人数的にもゴン君一行に間違い無いだろう。

 しかし何かジャンケンしてるみたいだけど、何やってんのあの人達。多分何処から落ちても変わんないから、そんなことしてないで早く降りてきなさい。

 

 無駄に接戦を繰り広げたジャンケンも数度のあいこの末決着が付いたようで、掛け声とともにこの部屋への扉が一斉に開く。

 降りてきたのはやはりゴン、キルア、クラピカ、レオリオの4名。レオリオ意外はきっちり着地したが、レオリオは背中から落ちてなんとも間抜けな格好となっている。着地ぐらいしっかりしろ。

 なにはともあれ、これで5人。互いに全員顔も名前も知っているし、会話もしたことがあるメンバーだったのは僥倖だ。

 

 降りてきた彼ら互いに顔を見合わせてから、何だ結局一緒のルートかと安堵の息を吐き、部屋を見渡して説明書きに目を通して自分たちの置かれた状況を把握した。

 しかしお前ら、部屋見渡したのに私を無視するとはどういう了見だコラ。私の方にも目線向けてただろうに……って、あぁ、”絶”か。

 確かに部屋の隅っこで膝を抱えて小さくなっている私がさらに”絶”なんかしたら気付けないのはしょうがないな、と内心で彼らに理不尽な怒りをぶつけかけたことをほんの少し、小指の爪の先っちょほど反省した。

 存在をスルーされた原因がわかったとはいえ、出るタイミング逃しちゃったからもう少しこのままでいよう。今はまだ早い。私は空気の読める女。

 

 このルートの説明を読んで大まかな流れを理解したあと、彼らが全員タイマーをはめた時点でスピーカーから声が響き、私にした説明と同じようなことをもう一度した。

 そして壁の一部が動いてそこから扉が現れた。なるほど、5人がタイマーをはめると扉が現れる仕組みだったのか。

 しかし彼らからしたら、5人必要なはずなのに4人しかいない時点で扉が開かれたことになる。更にタイマーもあとひとつあるはずなのにそれがない。

 

「妙だな……5人で通る道だと言っていたのに私たちの分しかタイマーがないぞ」

「おいおい、1個足んねーじゃねーかよ、試験官がミスったのかぁ? いや、でもドア開いちまってんだよなぁ」

 

 クラピカが疑問を口にし、それにレオリオが追随する。残りの一個は私の腕に装着されてるからこそ扉が開いたのだし、だからそこにないのは当然なのだけれど。

 彼らが残り一個のはどうしたのかと悩んでいる今が、私の存在を気づかせるには絶好のチャンスだ。

 そう判断して”絶”を解いた直後、キルアが私のいる方とは反対方向に瞬時に飛び、何事かと視線を向ける他の人達の視線を無視して私に鋭い目を向け、私を視認すると驚愕したように目を見開いて声を上げた。

 

「な、メリッサ!? 居たのかよお前!?」

 

 キルアの声に3人も一斉にこちらを向き、これまた驚いた表情をしている。

 彼らからしてみれば、私は彼らの後からいつの間にか来たようにも思えるだろうね。だってさっき部屋を軽く見回した時に気づかなかったから。実際には私が先に居たわけだけど。

 私は元からいた事をアピールするために、立ち上がってタイマーのついた方の手を挙げて声を掛けた。

 

「おっすー。キミらずっとシカトするもんだから切なくなっちゃったよ」

 

 まぁ私が”絶”してんのが悪いんですけどね。しかも場所と体制のせいで余計に目立たない。

 彼らが気づかないのも無理はないとは思うが、ここは彼らが気づかないのが悪いのだということにしておく。

 

「うわぁ、オレ全然気づかなかったよ!」

「オレもだ、つーかなんでそんなとこに座り込んでたんだよ」

「いや、だって降ってくる人の下敷きになりたくないじゃん」

 

 ゴンとレオリオが言う。この声にはあまり懐疑の色は含まれていない。それでいいのかキミ達。

 確かに隅っこである必要はなかったけど、なんかああいうところが落ち着くときもあるからしょうがないよね。

 

「すまない、無視していたわけではなく、何と言うかその、存在が希薄だったと言うか」

 

 クラピカが生真面目なコメントをする。存在が希薄って”絶”を表現するにはぴったり合っているから、そう直感的に感じた彼はきっと念の才能もあるのかもしれない。

 でも言葉だけ取るとフォローしてんのか貶してんのかちょっと微妙なところだよね。お前影薄いんだよと言ってるようなもんだ。

 

「まぁ別にいいや、よろしくね。顔見知りでよかったよ」

 

 良い反応をもらえたて満足したので、そう言って話題を打ち切り手元の◯ボタンを押す。扉には設問があり、開けるならば◯と書いてある。

 彼らも私の言葉に同調して軽く言葉をかわし、ボタンを押す。

 その中でキルアだけが私に得体のしれないものを見るような目を向けている。

 同じ部屋に居たのに、気づけなかった。彼からしてみれば許されない致命的なミスだ。

 探るような気配はするが無視、もちろん聞かれたとしても私は答えない。そんなコトしたら実家が怖い。

 

 扉が開くと、◯の横に5、×の横に0の数字が追加された。

 この試験、どうやら誰が何を押したかはわからないが、どちらを何人が押したのかはわかるようだ。

 少数派に回ると当然不満等の負の感情が生まれる。しかし少数派の者が何人か分かる場合、それを繰り返すうちに多数派にも僅かに負の感情が生まれてしまうので少し厄介かな。足並み乱しやがってコノ野郎とかそんな感じで。

 まぁ、個人が断定されないだけでも仲違いの確率は下がるので良心的な方だろうね。もちろんこれでも出題者は十分性格悪いと思うけど。

 

 多数決で開けた扉を出た先は突き当りになっていて左右に道があり、そこでまた設問があった。今度の出題は右に進むか、あるいは左か。

 多数決をとった結果、左が2、右が3となり、これにレオリオが異を唱えた。

 

「なんでだよ、フツーこういう時は左だろ? つーかオレはこんな場合左じゃねーとなんか落ち着かねーんだよ」

 

 もっともな意見だけど、それに対しクラピカが行動学の見地から則ってこの場合左を選ぶ人が多いと説明し、キルアと私がそれに頷く。

 どうやらレオリオとゴンが左を選んだらしいが、それなら右を選んだ方が多いのはおかしいとレオリオが言った。

 

「この法則から言うと選びやすい道のほうが難易度高いかもしれないから右に行くんだよ」

 

 それに対して私が右を選んだことの理由を告げる。

 そうしたらレオリオが拗ねてしまった。早速多数決の弊害が出てしまった。始まったばかりでこれはマズイと思うので、フォローしといたほうがよさそうだ

 

「まぁ、これは私たちがそのことを知ってたからそう答えたってだけだし、どっちが正解かはわかんないよ。それにもし今後レオリオの持ってる知識が有効な多数決があったら判断仰ぐことになると思うよ」

「オレの場合は、医療系か?」

「じゃあその時はよろしくね。設問にクイズみたいに明確な正解不正解があって、不正解の道がゲームオーバーだったら笑えないし。今回のなんてどうせちょっとルートが変わる程度だよ」

 

 そう私が言うと、レオリオは任せとけ! と言って胸を叩いた。テキトウに言った感も否めないけれど、彼の持つ医療の専門知識は万人が持つものではないだろうからその時は頼れるのも事実。

 まぁ何はともあれ機嫌が治ったようでよかったよかった。単純でありがとうレオリオ。

 

 右に曲がってしばらく道なりに進んでいくと、ポッカリと空いた空間の中央に長方形のリングがある部屋に着いた。

 そこ以外に足場のようなものはなく、底は暗くてどのくらいの深さがあるのかさえわからない。

 

 そして反対側の通路に、フードをかぶって手枷をはめた5人が居た。

 その内の一人は”纏”をしている。念能力者だ。

 

 リングがあるということから戦闘になるだろうし、その場合私があれをどうにかしろということか。

 念を覚えてない人間に念能力者を宛てがうとは思えない。だってそんな事したら絶対に通過できないから。

 おそらく私がこのルートを選んだ時点でアイツがここに配属されたんだろうね、念能力者を測るには念能力者である必要もあるし。

 ということは、ヒソカとイルミさんのところにも同様に。あの二人のもとに行かされた人はドンマイである。

 

 どこかに向かって何やら話していた先頭の人物の手枷が外れてフードも取ると頭部に傷のある男の姿が現れ、私たちに対しこの場で行うことの説明を開始した。

 

「我々は審査委員会に雇われた試練官である!! ここでお前達は我々5人と戦わなければならない」

 

 その男が言うには一人一回だけタイマンして3勝できればクリア、戦い方は自由で引き分けは存在しない。

 勝負を受けるのならば◯を押せといってきた。拒否する理由もなく、当然全員が◯を選ぶ。

 それを見て傷の男は満足気に頷き、再び口を開いた。

 

「よし、それではこちらの1番手はオレ……、ん?」

 

 自分が一番手だ、と宣言しようとした傷の男の肩を、後ろのフード人物が掴んで静止する。

 そして何やらもめている。距離があるのであまり聞き取れないが、オレが行く、事前に決めてたはず、我慢出来ない掴みたい、いやしかし、お前を掴むぞなどというやり取りの後に結局傷の男が折れた。

 なんだなんだ、何で向こうで揉めてるんだ。っていうか掴みたいって何さ。

 前に歩み出てきた掴みたい男の手枷とフードが外れて、筋肉質な肉体と顔が顕になった瞬間、レオリオとクラピカが息を呑んだ。どうしたと言うんだ。 

 

「ねぇ、最初はオレが行ってもいい? 身体動かしたくてしょうがないんだ」

 

 彼らの変化に気づいているのかいないのか、まぁほぼ気づいているであろうキルアが先鋒を買って出た。よっぽど退屈していたんだろうね。

 それを聞いてゴンは素直に応援しているけど、クラピカとレオリオが苦い顔をしている。 

 どうしたんだろう、と首を傾げているとレオリオが冷や汗を浮かべながら深刻そうな面持ちで口を開いた。

 

「ああ、先鋒はお前でいい。そんで始まったらすぐにギブアップしてこい、アイツとは戦うな」

「はぁ? なにそれわけわかんねー」

 

 それに対しキルアがそう言うけど、私も同じ気持ち。ゴンも不思議そうだし、あの男が一体どうしたんだろう。

 私たちが分かっていないのを見かねてレオリオが理由を説明する。

 曰く、相手は解体屋(バラシや)ジョネス、ザバン市犯罪史上最悪の大量殺人犯であり素手で人を解体してのけるのだと。

 犠牲者はおよそ150人。そしてその被害者のすべてが体を50以上のパーツにバラされたという、異常殺人鬼であると。

 一応なんか凄そうな肩書きだけど、その程度ならぶっちゃけキルアのほうが圧倒的に凄いよね。

 

「あんな異常殺人鬼の相手をすることはねぇ、1敗は後で取り戻せばいい」

 

 レオリオがそう締めくくったけどキルアは興味なさげに聞いていただけで、ほんとうになんとも思ってないみたいで。

 まぁそんなアホなら殺し合いとかを勝負の方法に指定するだろうし、戦力差からして警戒する必要もない。キルアの敵たりうるには実力が足りなさすぎる。

 足元から伸びてきた足場を渡りリングに向かうキルア。あんな小物に負けるわけも無し、これでまず私たちの1勝は確定かな。

 そうキルアの勝利を確信している私とは違い、レオリオとクラピカのキルアを見つめる瞳は不安げに揺れている。

 

「勝負の方法は?」

 

 リングにてジョネスと相対したキルアがそう問いかける。

 

「勝負の方法? 勘違いするな、これから行われるのは一方的な惨殺さ」

 

 それに対しジョネスが自信満々に返答する。うん、まぁ確かに一方的だよね、キルア寄りだけど。

 その後もペラペラと話すジョネスと、表情を変えずにそれを聞くキルア。

 既に結果がわかりきってしまっている私からするとちょっとシュールな光景だ。

 話が一区切り着いたタイミングでいい加減痺れを切らしたキルアが言う。

 

「じゃあ死んだほうが負けでいいね」

 

 それは、まるで死刑宣告だった。だがジョネスは己が狩られるのだと気づかずにそれに同意した。

 

「バッカ野郎、そのルールじゃギブアップが無ぇだろうが! 何考えてんだキルア!!」

 

 それを聞いて怒鳴るレオリオ。事情を知らないならまぁ当然の反応かもとは思うけれども、ちょっと耳元で叫ぶのはやめてくれませんか。

 クラピカもキルアを制止しようと声を上げる。やはりこの二人は根っこの部分が優しいようだ。

 その中でゴンだけはキルアを心配している様子がないのはきっと信頼の証だろうね。きっとゴンはキルアがどんな人物なのか知っているのだろう。

 レオリオの叫びに対するキルアの返答は、こちらを振り向いて薄く笑うだけで、それをみたレオリオが、既に足場がなく何もしてやることができない悔しさからか固く歯を食いしばった。

 

 

 が。

 目にも留まらぬ速さで動いたキルアが。

 すれ違いざまにジョネスの心臓を抜き取り。

 酷薄な笑みを浮かべてそれを握りつぶすと、その顎の力も抜け、口をあんぐりを開けた間抜け面を晒した。

 

 殺し方グロいよ馬鹿キルア!



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15 蹴りたいお腹

 地面に倒れ伏したままピクリとも動かなくなった肉塊に興味を示すこともなく、再び現れた足場をたどってキルアが私たちの待機している場所へと戻ってきた。

 その表情には先程までの残忍さは欠片もなく、歳相応の少年のように眉を寄せて不満気な顔をしていたが、それを見ても先ほどのインパクトが強すぎたのかレオリオとクラピカは固まったままだ。

 いや、今のキルアの表情を視認できているのかどうかも怪しい。だって恐れているにしてももうすぐそこにキルアがいるというのに怯える様子もないから、そうではなくてただ単に思考が停止しているのだろう。

 

「おつかれ、キルア」

「おーう。全ッ然手応えねーでやんの、つっまんねー」

 

 出迎えた私に心底つまらなそうに返すキルア。キミを満足させる相手を用意するのは難易度高いと思うなぁ、念能力者宛てがうわけにも行かないし。

 未だに対戦相手の弱さをブチブチとぼやきつつキルアが私の脇に歩きながら手を挙げる。なるほどハイタッチか、いや、まて。

 お前その真っ赤な手でハイタッチする気か。やった瞬間に血とか肉片とか飛び散るんでまじでやめてほしい。嫌がらせかコノヤロウ。

 

「ちょっとキルア、せめて逆の手出してよ汚いなぁ」

「あ、いっけね」

 

 うっかりだったようだけど、今のをわざとやってたんならローキックの一発でもかましていたところだ。

 もう私とすれ違うほどの所まで来ていたので、逆の手でハイタッチするにも私の反対側に回りこまなくてはならないので、めんどくさくなったのかハイタッチはお流れとなった。

 後ろの方で座ったキルアにゴンが駈け寄り賞賛しているけど、他の二人は今も呆然としたまま。て言うかそれが正しい反応だろう。些かフリーズ時間が長い気もするが、まぁ見た目と行動のギャップのせいでダメージが余計に大きくなったのだろう。

 彫刻のような二人から視線を外し、荷物からポケットティッシュを取り出しキルアに投げる。鉄臭いから早く拭け。

 

 各陣営の通路の上のモニター、私たち側のそれが0から1になる。あそこには両陣営の勝ち数を表示するようだ。

 次は第二試合なわけだけれど、試練官はどうやら今のを見て萎縮してしまっているようだ。

 ジョネスの肩書きは結構なものだったのにそれがあっさりと殺されてしまったのでは無理もない。そりゃ戦意も喪失するだろう。

 だけど全員がそうではない。向こうにもジョネスより格上な人物は一人いる。その念能力者はどうやら殺る気満々なようで、私の方にオーラを飛ばして挑発してきている。

 この感じなら当初の予定がどうあれ次に出てくるのはアイツだろうし、こちらは私が出るべきか。

 

「次は私が出るね」

「お、おお。頑張れよ?」

「その、無理はしないようにな」

 

 私の宣言に、やっとのことで全身の筋肉が再起動したレオリオとクラピカが返事をする。ただ若干生返事っぽいので精神的にはまだ立ち直れていないようだ。

 今の私たちの会話が聞こえていたのかヤツのオーラが膨れ上がり、足場もないのにリングまで一足飛びで移動した。

 せっかちなことで。まだ枷もフードもつけたままなのに。

 遅れて枷が外され、フードを取ると出てきたのはなんだかパッとしない男の顔。太い眉で若干タレ目の、頬がこけ鼻が小さく唇の薄い男。

 しかしそれを見てまたレオリオとクラピカが表情をこわばらせてしまった。何なんだこの男は、彼らの精神をその顔一つで再起動させるに至るだなんて、またもや少しは名の知れた悪党なのか?

 

「さっさと来い小娘。わかってんだろ、オレの相手はお前だ」

 

 男のその声とともに足元からニョキニョキ伸びる足場の先頭に乗る。歩かなくていいので楽ちんだ。

 しかしそこにレオリオが待ったをかけ、キルアにしたのと同様に私にも開始直後のギブアップを薦めた。

 私は今回のやつも全く知らないけど、いやそもそも世の中の他の悪党にあまり関心がないからそれは当然といえば当然なんだけれど、とにかく今度の敵も結構やらかした奴らしい。

 

「大量殺人犯、ヌルデ。強盗殺人に強姦殺人、わかってるだけでも100人近く殺してやがる」

 

 強盗なんかは被害者本人以外知り得ないような暗証番号や金庫の番号などもすべてのケースで彼の手に渡り、それを奪われているらしい。

 激しい拷問でもあったのかと思われたが、見目麗しい女性はともかく、男性の場合はさっくり殺されているにもかかわらずに、だ。もちろん薬を使われた形跡もなかったらしい。

 ルール上ギブアップがなかった場合は不戦敗にしろ、とも言ってきた。まぁ、たしかに女の子だしね。

 

 でもおそらく問題はない。この距離を態々オーラを練ってから跳んだこと、また現在”堅”をしている彼の身体能力もオーラも私に比べて脆弱。

 たとえシャルのアンテナのように一撃必殺の能力があったとして、それを私に当てることは不可能だろうし、また他の条件であっても格上を封殺できるようなものはそれを満たすのは厳しい。

 おそらく操作系で、物を操るのではなく相手に何らかのアクションを起こすタイプか。それなら暗証番号などを吐かせられるし。

 さらに念能力者が九人中二人しか居ないこの場で、あからさまな能力を使う人物を出すとも思えないので後者で間違い無いだろうね。更に言うならば、おそらく奴の能力にはシャルのアンテナのような媒介は存在しないか、または念能力者以外は視認できないもの。

 この状況だと私側としても他の人から見えたり不自然な現象が起こる能力は使えないから、使うとしたら盗みの素養(スティールオーラ)のみでの戦闘になるけど、その必要もないだろう。

 

 レオリオには手を振って大丈夫だとアピールしたが頭を抱えられてしまった。そんなに信用ないんだろうか、見た目と実力が比例しないことは先ほどキルアが証明済みだというのに。

 彼の反応を不満に感じながらもヌルデの正面に立ち、オーラを練って彼のそれより少し弱めの”堅”をする。

 ハンター試験中だから協会の人間の目もあるだろうし私の本気を見せるつもりはないし、こいつ相手ならこれでも十分。

 能力も個性を色濃く反映する物が多く、私のそれは盗む物なのでそこから犯罪者であると勘ぐられると困るので使わない。

 

「ひひひひひ、オレはデスマッチを希望するぜ。ギブアップ無し、どちらかが死ぬまでだ」

「いいよ、それで」

 

 互いのオーラをみて自分が優位であると思ったヌルデはそう要求してきた。もちろん私は承諾。

 ゴネたところでそれを向こうが飲むとは思えないし、殺す必要があるなら殺す。

 ゴン達4人は私達のオーラを肌で犇々と感じ、固唾を飲んで見守っている。

 

「くひひ、制限時間たっぷり犯し抜いてやるヨォ!!」

 

 そんな気持ちの悪い言葉とともにこちらへ突っ込んでくるヌルデ。キモいんでお引取り願いますぅ。

 

「オラァッ!」

 

 しかし、遅い。私と戦うにはスピードが無さすぎる。

 掛け声とともに放たれた拳を意図的に紙一重で避け、がら空きの横っ腹に蹴りでカウンターを入れる。

 回避されたという予想外の事実に目を丸くしたヌルデは、腹部に受けた重い衝撃に更にその目を見開く。

 

「がっふぉ!?」

 

 奇声を上げて吹っ飛んでいくヌルデに追撃をしようとしたところで、違和感。追撃は諦め、状態を把握するために足を止める。

 オーラの動きが、少しだけ悪い。見るとアイツのオーラがほんの僅かだけど私のオーラに入り込み、動きを阻害しているようだ。

 ”凝”はしていたし、攻撃も回避した。唯一の接触は私が蹴った時のみ。回避時ならオーラが触れ、攻撃時は肉体が触れた。発動条件を満たしたのは後者か。いや、能力の性質から言ってどちらの時でも発動できるだろう。

 触れるだけで相手に自分のオーラを流しこみ、そのオーラの動きを阻害する能力か。

 

 オーラが湯気のようなものだと考えると、私本体が熱湯で、この例えだとヤツのオーラは油のようなものか。

 たとえ熱湯がいくら暑かろうが、表面に油の膜があっては湯気は出ない。

 ヌルデの能力は、おそらく接触によって相手にオーラをどんどん送り、結果的にオーラを出せなくするものか。

 念の練度や精度を下げ、最終的にはおそらく強制的に”絶”状態になる。

 それだけではなく、それなりの量を送り込んだら体の動きをも阻害、或いは操る。そうすれば奴の犯罪の説明もつく。

 ”絶”をすれば奴のオーラも消えるのか、はたまた今度は体の内部に入り込んでくるのかはわからないので滅多なことはできない。

 私と似た、時間が立つほどに自分が有利になっていくような能力。

 

「ぐっ……、くっくくく、気づいたか? このオレを蹴りやがって、これからジワジワ嬲ってやるからなぁ」

 

 私がそう結論づけたのとほぼ同時、蹴られた痛みから顔を上げたヌルデが怒りを滲ませながらそう言い放った。

 ダメージから復帰したヌルデが再度突っ込んでくる。今度はその手が殴るためのものでなく、掴むためのものになっている。

 私と組み合い、その間に大量のオーラを送るつもりか。甘い。

 ていうかコイツ戦闘中に喋り過ぎじゃないか。

 

 こちらも姿勢を低くして急接近。そのせいでヌルデは腕を出すタイミングを逃す。最初から掴む腹づもりでいたから咄嗟に他の行動が取れない。

 身体を跳ねあげてガラ空きの鳩尾に膝を叩きこむと、呻き声を上げてその身体がくの字に折れる。

 さらけ出された背中に両腕を振り落として地面に叩きつける。これはさぞかし呼吸が苦しいだろうね。

 倒れこんだまま咳き込み、何とか空気を吸い込もうとするヌルデの横っ腹を再び蹴り、リングの端まで転がす。

 

 こういった手合いの場合、速攻で片付けるに限る。

 コイツは勘違いをしている。私たちのようなタイプの能力は、型に嵌まりさえすればかなりの効果を発揮するが、実力に大きく差がある相手には効果が薄いのだ。

 自分たちにとって有利に進める前にやられてしまっては元も子もない。だから私は主に補助用として卵を見て念を求む(ワンダーエッグ)を取得したのだ。

 これは遠距離からチクチクと効果を積み重ねられるし、逃げるときはばら撒いて相手の動きを阻害できる。

 

 おそらくコイツにはそういった能力もないだろう。そういった能力があるならさっきも思った理由からここに配属されなかったろうし、念能力者以外に見えないような能力でも私に蹴られた後に使ったはずだ。

 格下ばかりを相手にしているうちにその能力が最強であると過信してしまった、馬鹿な男だ。

 これだけ追い詰められてなお、他の能力を発動する素振りもない。その能力だけで十分だと錯覚したから。

 だから捕まる。だからここで、死ぬ。

 今までの接触で私に送り込まれたオーラは極僅か。この程度では何の障害にもならないし、また何らかの特殊効果も増えない。

 既に勝負は決した。後は殺すだけだ。

 とどめを刺すために、更にその瞬間までの恐怖が膨らむようにあえて歩いて近づく私に、蹲った物体から雑音が漏れる。

 

「グ、ガハッ、ゴホ……! ま、待て、待ってくれ。参った、オレの負けだ!」

「自分でさっき言ってたじゃん。どっちかが死ぬまで続けるってさ」

 

 咳き込みながら必死に命乞いをされたけど、ルール上死んでくれないと私が勝てないので無理な相談である。

 しかも、強盗殺人だけでなく強姦殺人までやらかしたコイツは、正直殺したい程ではないが半殺しにはしたい。

 ハンター協会はこういった犯罪者を雇ったりして、功績によっては恩赦も与えたりする。更正しているわけでもないのに。

 だから少なくとも再起不能レベルまではボコボコにしておきたいところだ。

 

「とり、取り消す! 殺しはアウトで、降参だ、負けだ、殺さないでくれぇぇえっ!!」

 

 惨めに顔を色々な液体でグチャグチャにし、命乞いをするヌルデ。

 私は聞き入れる気がないので歩みを止めようとはしなかったが、ヤツが言い切った直後にピッと高い電子音が聞こえ、私たちの来た通路の上にあるモニターの数字は1から2へとなっていた。

 今のでおそらくここを監視している試験官がルール変更を認めたのだろう。

 結果的にはこれで私たちの2勝目、リーチ。で、あるが、なんだか納得いかない。

 

「ぐふっ、た、助かった」

「えー、それってありなの?」

 

 その結果を見て安堵するヌルデと不満たらたらな私。

 殺す必要がなくなったのはそれで別にいいんだけど、不利になってからルール変更って、なんだかなぁ。

 私が窮地に陥ってギブアップを連呼しても今みたいな対応はしないだろうに、こんな汚物の理不尽な命乞いは飲むのか試験官。

 まぁ私が負けるとかそんな仮定は現実に起こり得ないのだけれど、この状況がむかつくのは事実である。ついでにまだやり足りないのも事実である。

 

「なんか納得いかないから、殺しはしないけどブチのめしてあげるよ。そのぐらいならいいでしょ?」

 

 納得いかないので、微笑みとともにそう宣告して更にヌルデへと近づく。

 阿呆みたいに口を開けて目前まで迫った私に信じられないような目を向けるヌルデ。

 それさえも何だか不愉快だったので、気の赴くまま足を振り上げて倒れるヌルデの両膝の骨を踏み砕く。

 

「は? ぎ、ぎゃあああぁぁぁぁああ!?」

 

 重く鈍い音を立てて壊れた膝と、喚き声をあげるヌルデ。非常にうるさくて更に不愉快だ。

 聞くに耐えなかったのでその右手首を掴み、痛みに喚くそれをリングの中央まで引きずって行き、向こうの試練官達にもよく見える位置でその股間を踏み潰す。

 水っぽい音と喉から空気の抜けるような音を最後に、白目をむき、泡を吹いて静かになった。うむ、これで下半身はいろんな意味で再起不能になった。

 後は仕上げにぶん回してから勢い良く相手陣営に投げる。小気味のいい音が何度か聞こえたので、今のでさらに腕の骨が数カ所折れただろう。

 まともなのは左腕だけである。一本残してやった私は優しい。

 

 高速ですっ飛んでくるヌルデを、驚愕やら恐怖やらで固まっていた向こうの3人はギリギリのところで反応できて避けたので、誰にも受け止められなかったそれはそのまま通路の奥へと消えていった。もう声も聞こえない。

 今のでひょっとしたら残った左腕もイっちゃったかもしれないけど、それは向こうの試練官が避けたのが悪いんであって、私のせいではない。

 女の敵への制裁にしてはぬるい気もするけど、私は非常に優しいのでこれくらいで許してやらんでもない。

 殺してないから問題ないよね、勝ち数も変動なしみたいだし。勝負が決まったあとに手を出してはいけないなんて言われていないから違反にもならないだろう。

 

 アイツを引きずった時に掴んでたので、その時に往生際悪くオーラを送ってきていたようだがそれも全てなくなっていた。

 気絶が能力解除の条件の一つになっていたようだ。あるいは両者の距離か。

 まぁなにはともあれヤツのオーラも取れてよかった。あんな奴のオーラが私のオーラにこびり付いているのは些か気分が悪いからね。

 ヌルデ投擲攻撃を回避されたのは少し残念だがヌルデのダメージが更に深刻になったからそれはそれでいい。

 どのみち今の私の一方的な暴力で残りの試練官に恐怖を植え付けられただろうから、次の試合への影響も大きいだろう。

 

 

 うん、非常にいい仕事をしたな、と私はとても清々しい気分で4人の元へ戻った。

 



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16 緋の目

 晴れやかな笑みとともに戻った私を出迎えた4人は、その顔を苦痛そうに歪めていた。

 なんで勝ったのはこちらだというのにそんな表情をしているんだろうか。あれか、思春期特有の歓びを素直に表情に出せないあれなのか。

 若さ故の照れ隠しなのかとちょっと思ったものの、見ると全員が股間を手で抑えてる。おいおい、人の試合中に何催してんのコイツら。

 失礼な彼らの態度に笑みを消して不服な顔をした私に、レオリオが表情そのままに弁明したので疑問は解決した。

 

「いや、お前……エグいことすんなぁ。見てるこっちが竦み上がっちまった」

 

 つまりアイツの大事な大事な男の宝玉を私が潰したから、皆もなんか肝が冷えたとかそんな感じなのか。私にはよくわからないけれど。

 一応確認として見回したけど、全員が首肯したので他の人もそういうことなのだろう。

 勝ったのに全く祝福もしてもらえなかったことはちょっと納得いかないけど、そういう事ならまぁいい。

 キルアさえも何も言ってくれないのは、多分皆と同じ理由でちょっと引いてるからと、それと私達の”念”に圧されたからか。戦闘で言えばあの程度ならキルアでも余裕でできることだし。

 私から妙なプレッシャーを感じることは既に承知なはずだが、それでもこの反応なのは敵意満々だったヌルデのオーラの影響が強いのだろう。

 しかしその発生源は再起不能になり、その影響も時間により薄れてきたので、彼がいち早く立ち直ってテキトウなお祝いを寄越した。まだ股間を押さえて嫌な顔をしたままではあるが。似たような感じで他の皆もそれに倣ったが、手を股間に置きながら言われても何だか微妙な心境である。

 

 現在、2対0で勝敗数ではこちらの圧倒的優勢。

 さらにおそらくそれなりの知名度の犯罪者がどちらもあっさりと、片方は心臓を奪われ、もう片方は男として大事なものを奪われる結果となったため残りのメンバーはかなりビビっている。

 さっきまで顔を晒していた傷の男も脱ぎ捨てたフードを拾って顔を隠してしまった。いやいやそんなにビビらなくても。

 そして残りの3人は次に戦う人間を選ぶことで揉めている。そんなに嫌がらなくても。

 こっちも受験生としては反則級の実力持ってるのは今の二人で終わりなのだけれど、それを伝える気はない。見ててなんか面白い。

 とりあえず、先ほど派手にぶちのめした効果も出ているようなので何よりである。完全に萎縮している。

 ここから私たちが3連敗してしまうような事態にはまずならないだろう。

 

「えと……次、誰が行く?」

 

 ゴンが苦笑いを浮かべながらそう聞く。その表情があちら側の悲惨な感じに対してなのか、それともさっきのがまだ尾を引いているのか。

 なんにせよ、流れも勢いもこちらのもので、誰が出ようが次で勝てそうではある。

 

「……そうだな、私が出るとしよう。無いとは思うが、もしもの時は頼むぞ、二人とも」

 

 かぶりを振って気を取り直し、まっすぐに試練官を見据えてクラピカが次の勝負への参加を申し出た。どうやら完全に立ち直ったようだ。

 彼ならば戦闘以外の勝負を提案されても安定して高い実力を発揮できそうだから安心である。

 

「わかったよ、頑張ってねクラピカ」

「任せたぜ。その、なんだ。普通に勝ってこいよ?」

「無論、そのつもりだ」

 

 素直に任せて応援するゴンと、その後に余計な言葉を付け足すレオリオに頷くクラピカ。

 普通って何さ、普通って。私の勝ちが普通じゃないとでも言うのだろうか。そりゃキルアはそもそも戦いにさえなっておらずに一撃で殺しちゃったけど。

 私は一応戦いっぽかったし、変なことといえば試合終了後の追い打ちぐらいしかしてないはず……って、それか。

 いやでもあれはヌルデが悪いよ、最初に調子こいてギブなしとか言っておきながら追い詰められてルール変更って、あれはイラつくと思うんだ。

 しかし普通に勝つ、というのは勝ち点が入るまでを意味するはずなので、勝ったあとに追い打ちをした私も一応は普通に勝ったことになるはず……いや、どうでもいいか。

 

 こちらはあっさりと次の出場者が決まり、やや遅れて向こうも次に出てくる相手は決まったようだ。でもなんやかんやなすりつけ合いがあって、しかも他の二人に背中をグイグイ押されてるからものすごく格好悪い。

 クラピカは見た感じ優男なんだから何もそこまで……いや、前の対戦者は少年と少女だったか。じゃあ青年はどんなもんなんだってなるのもわからなくないけどさぁ。

 もう彼らにとっては私たちと戦うことは罰ゲームみたいなもんなんだろうね。失礼な連中ですこと。

 

 堂々とリング中央へ歩み寄ったクラピカと、途中で漸くとぼとぼした感じから普通の歩き方に変わった試練官の両者がリング上で対峙して、それから相手が手錠を外されフードを取った。

 フードの下から出てきたそれを見てレオリオが眉をひそめて一言。

 

「げ。すげぇ体……と顔」

 

 体は筋肉ムキムキで血管の浮き出たマッチョマン、左胸にハートの刺青が19個。

 まぁ体はああ見えて実際は大したこと無い。見た目だけの、ただ肥大化した筋肉。

 顔は、何があったんだ彼に。なんかもう言葉では表せない惨状になってしまっている。

 しかし今度はクラピカもレオリオも特に反応しない。つまりさっきの二人よりは名の知れていない大したことないヤツということ。

 

「今までに19人殺したが……19って数字はキリが悪くてイライラしてたんだ、嬉しいぜ」

 

 くつくつ笑いながら男が言う。が、冷や汗をかいているので如何せん格好がつかない。顔色が悪いのは元からなのか、それともこの状況のせいか。

 レオリオがそれを聞いて今度は連続殺人犯か、と言ったが、あーそうなんだへぇー、またこの手の相手なんだー、って感じにどうでもよさそうな顔をしている。手で胸元の番号札を弄りながらだし。

 無理もない。さっきから超凶悪な犯罪者だったらしい奴らは尽く惨敗している。もうこれ以上のリアクションのしようがない。むしろ律儀にリアクションしたレオリオに感謝して欲しいくらいである。

 顔のインパクトはなかなかだったが、先の二人と比較すると殺した数が19人ではそれに欠け、故にクラピカも相手の発言を受けても動じた様子もない。

 

「オレは命のやり取りじゃなきゃ興奮できねぇ、ハンパな勝負は受けねぇぜ。血を!! 臓物を!! 苦痛を!!」

 

 不動のクラピカに気圧されながらも、そう若干声を震わせながらも啖呵を切る顔のヤバい人。デスマッチを申し込んだ人がどうなったかもう忘れたのだろうかこの人は。

 私からすれば、いや誰が見てもビビッてるのはモロバレだし、人を殺す度胸もなさそうだ。キルアも当然気づいているし、もしかしたらクラピカも。

 ハッタリかましてクラピカが辞退するのを狙っているのだろうか。

 多分そんな感じだろうね、クラピカは今のを聞いても欠片も動揺してないし、それを見て更に焦っているようで挙動が更に不自然になってきた。

 

「……と、言いたいところだがオレも鬼じゃねぇからな、ギブアップは有りにしておいてやる。それと気絶も、だ」

 

 顔を強張らせてそう付け足す顔のヤバい人。声にも先ほどまでの勢いがどこにもない。何でそこでヘタレてんだよ。

 こちらサイドはもう呆れ顔である。キルアに至っては欠伸をして目を閉じてしまった。寝んな馬鹿。

 だがヘタれておきながらまだ安心できないのか、さらなる条件を追加してきた。

 

「それと武器の使用は禁止で、純粋な殴り合いで勝負だ! こっちは凶器の類がないんだからな」

 

 そう言って武器の使用まで禁止した顔のヤバい人。ちょっとビビり過ぎである。

 クラピカは軽く了承し、服の中から武器をポイポイ取り出し始めた。そう、本当にポイポイと。どんどん出てくる。

 って、おい、クラピカ昨日ブハラさんに食ったブタの体積がブハラさんの体積より大きいとか何とか悩んでたけど、キミだって大概じゃないか。そんなに入れてたらもっと服が膨らんでなきゃおかしいでしょーが。

 

「おいおい大丈夫かよアイツ。なんか顔色悪いけどよぉ。相当頭がやばそうな相手だぜ」

 

 レオリオが心配そうに言うが、もちろん心配なのは相手の話であってクラピカではない。その証拠にさっきから顔に緊張感がない。

 もう引っ込みがつかなくなってきているのだろう。なんか可哀想になってきた。

 頭がやばそうと言ったのは、威圧しておきながらもすぐにヘタレるという阿呆なことをして、ただ単に醜態を晒していることについてだ。

 呆れ顔の私たちに気づくこともない彼は、見ていてちょっと居た堪れない。

 

「いいんだな? 後悔しても遅いからな? 今降参するなら許してやらんでもないんだぞ!?」

 

 顔のヤバい人はなんか必死に降参しろと言ってきている。もうダルイからお前降参しろ、と思うのは私だけではないはずだ。

 クラピカはそれにも反応しない。アレだけビビっている相手に降参する人間なんてもちろん居ない。

 

 やがて顔のヤバい人ではなく、どこかで見ている試験官が痺れを切らして開始の合図をした。

 それにわずかに逡巡した後、意を決したようにクラピカに接近する顔のヤバい人。

 どうやら戦う決心がついたようだけど、別にそのまま降参してくれても良かったのに。

 

「ひゃおっ!!」

 

 数歩近づいた時点で大きく跳躍し、上空からの落下の勢いを伴って拳をクラピカ目掛けて叩きつける顔がヤバい人。

 クラピカはそれをバックステップで避けたが床が砕かれる。あの男のパンチにそんな威力があるようには思えないし、音に違和感があったので拳の中になにか仕込んでいたんだろう。

 跳躍した段階では、ぼんやりとそれを眺めておぉ~と気の抜けた声を出していたレオリオもその光景には目を剥き、アイツ実は結構ヤバいんじゃないかと思い始めているようだけれど、安心していいよ、そんな事はないから。

 

 と、拳を地面から引き抜く時に不自然に向けられた背中。 正直そんな事をしたら隙だらけだからクラピカの追撃のチャンスかと思ったが、彼は固まっている。そしてレオリオも。

 向けられたその背中、なんとそこに、蜘蛛の刺青が。

 更にその足は12本ある。12本足の蜘蛛の刺青は、幻影旅団の団員の証である。

 ……証である、のだが、しかしなんか違う。あれはなんか凄くパチモン臭い感じだ。

 本物はお腹がもっとふっくらしているし、足もすごい違和感。何よりも団員番号が存在しない。もう清々しいまでに偽物である。

 ハッタリかますならもう少し似せる努力をしてくれないだろうか。何だか旅団を侮辱されているようで凄くむかつく。

 

 しかしレオリオはそう取らなかったようだ。アレが旅団員の証であることを説明し、直接クラピカにも聞いたから確実、とまで言ってのけた。

 なぜクラピカから聞いた情報だからといって確実といえるのだろう。もしかしてクラピカは旅団と何らかの因縁でもあるのだろうか。

 まぁいろんなところで恨み買ってそうだからなぁ、その内の一人だろうとそれっぽい予想で納得したところで、刺青を晒したことにより良い気になったのか、顔のヤバい人が笑みを浮かべながらゆっくりと立ち上がり振り返った。。

 

「くくくどうした? 声も出ないか? オレ様は旅団四天王の一人、マジタニ。一発目は挨拶がわりだ。負けを認めるならば今だぜ」

 

 さらにもう一度降参を進める顔のヤバいマジタニ。旅団四天王って、四天王って。

 もう私は怒りを通り越して笑いをこらえるので必死である。12本足の内4本が四天王って、つまり組織の3分の1が四天王という重要ポストについているということか。なにそれ超ウケル。ハッタリかますならせいぜい団長の右腕程度にしておけよと思う。

 しかし笑いに抗う私とは違った意味でクラピカの様子がおかしい。ふつふつと沸き立つ、殺気。そして、呼応するように戦闘能力が跳ね上がっているように思える。

 先程までとは明らかに違う、強者のオーラ。それを肌で感じとり、自然と私の頬の筋肉も落ち着く。

 圧倒するようなオーラに押されて顔のヤバいマジタニの言葉が止まる。クラピカの背中がどす黒いオーラを纏っている。

 あれは、憤怒、怨嗟、その他諸々の負の激情。

 

「ひ、な、なんだお前!?」

 

 それに怯え、後ずさる顔のヤバいマジタニ。

 しかしクラピカがその距離を瞬時に零にし、片手で顔を掴み巨体を持ち上げる。もう片方の手は固く握り締められている。

 その様子から、やはり身体能力が上がっているようだ。

 

「わっ、たっ、待て!! 許して! オレの負……」

 

 顔がさらにヤバくなったマジタニの懇願をクラピカが聞き届けることはなく、そのまま振り下ろした拳で地面に叩きつけた。

 その衝撃で地面を砕き、倒れ、痙攣するだけとなった顔が悲惨な事になったマジタニに、聞こえていないだろうがクラピカが語りかける。

 その声からは、抑えようにも抑え切れない、煮えたぎる怒りが滲んでいる。

 

「3つ、忠告しよう。1つ、本当の旅団の証には蜘蛛の中に団員ナンバーが刻まれている。2つ、奴らは殺した人間の数なんかいちいち数えない」

 

 彼の言ってることは真実だ。

 確かに本物の旅団員は蜘蛛の中にナンバーが刻まれているし、殺した人間の数には誰も興味が無い。

 しかし、なぜ彼がそのことを。

 

「3つ、2度と旅団の名を語らぬことだ。さもないと私がお前を殺す」

 

 私のその疑問は、彼自身の言葉によって解消された。いや、先ほどの予想が確信に変わっただけだ。

 蜘蛛の刺青を見せつけられて膨れ上がった殺気、そして蜘蛛の情報と、偽物と知りつつ抑えきれぬ激情。

 彼は、間違いなく復讐者だ。

 

 こちらを振り向き、戻ってくる時に僅かに見えた彼の瞳は、鮮やかな緋色。

 彼の瞳は茶色だったはず。変わったのだ、今。

 瞳が緋色になる民族を、私は知っている。それが蜘蛛によって滅ぼされたことも。

 彼は、蜘蛛に滅ぼされたクルタ族、その生き残りなのだ。

 

 

 

「大丈夫かクラピカ、つーかお前に近づいても平気か?」

 

 息をついて気持ちを落ち着かせてから戻ってきたクラピカに、そう問いかけるレオリオ。それに問題ないと返す彼の瞳はまた茶色に戻っている。

 先ほどまで憤怒に染まっていた表情も今は普段と変わりない。

 ちょっと引きながらもレオリオとゴンが勝利を賞賛し、私も一応それに倣う。

 一目で大した使い手でないことはわかっていたんだが、と語りだすクラピカ。

 

「あの刺青も理性では偽物とわかっていた。しかしあの蜘蛛を見たとたん目の前が真っ赤になって……というか実は、普通の蜘蛛を見かけただけでも逆上して性格が変わってしまうんだ」

 

 それは怒りが自分の中で失われていないということで、喜ぶべきかもしれない、と言いながら膝を抱えてどんよりと落ち込む。

 それを見る私の表情は、ちゃんと普段通りだろうか。

 

 そして私達側に3勝目が決定して通路が伸びて、顔に傷のある男から先に進むように言われた。

 顔が悲惨な事になった可哀想なマジタニは気絶したのか。気絶してないように見えるけど、戦意もなさそうだし試験官ももういいやと思ったみたいだ。

 キルアは残りの人達に遊ばないかと声をかけていたが、勘弁してくれと言われていた。そりゃそうだ。

 

 

 リングを通り先へと進む私たち、その中で未だに沈んでいるクラピカにちらりと視線を向ける。

 彼の垣間見せた幻影旅団への昏い情念。そして瞳が緋色になり跳ね上がった能力。

 肉体的にはまだまだであるが基礎的な部分はできていて、爆発的に伸びる恐れあり。

 更に念に対しても才覚を発揮するであろう、緋色の復讐者。

 それらすべてを踏まえて、私の勘が告げている。

 

 コイツ、危険だ。

 



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17 意外に親切設計

 見事に3連勝を果たし、フードをすっぽりかぶった傷の男が示した道は彼のいる後ろの通路。

 歩いてくる私たちに対し、壁にベッタリと張り付いて道を譲る残りの残りの囚人二人。もう勝負終わってるんだからそんなに距離取ろうとしなくてもいいんじゃないだろうか。別に攻撃したりしないのに。

 憐れみながらもその二人を通りぬけ奥に進むと、少しひしゃげた鉄格子に塞がれた通路と、その下で伸びているヌルデ。

 どうやらヌルデはここまで飛んできてこの鉄格子にぶつかったらしい。手足には私がやった以上の怪我はないようだから、体でぶつかったようだ。多分肋骨とか折れてるかもしれないけど、まぁ左腕は無事なんだしいいよね。

 ちなみに通る時にキルアがおもいっきり顔を踏んでいた。せっかく顔は無事だったのに鼻の骨が折れてしまったようだけどドンマイである。因果応報ってやつだよね。

 

 その後も多数決によって進む道を選択させられたり、その先でトラップに見舞われながらも順調に歩を進めていく。

 制限時間もあるので急ぎ足で進む中、レオリオが思い出したかのようにキルアに問いかけた。

 

「そういえばよ、キルア。お前何者なんだ? とんでもねー方法でジョネスを仕留めちまってたが」

「あ……そっか、二人は知らないんだね。キルアは暗殺一家のエリートなんだよ」

 

 あの連続殺人鬼を一撃のもとに仕留めた少年キルアは、たしかに一般常識の範疇を超えた存在だろう。

 その問にキルアの代わりに答えたゴンに、オウム返しに叫び驚くレオリオ。

 やはりゴンは知っていたようだ。そんな事まで打ち明けるとは、随分打ち解けているらしい。

 きっとゴンならばキルアの世界を鮮やかにすることが出来るだろう。しかしそれだけに、この試験の後に合う機会なんて無いことが少し悔やまれる。

 

「先ほどの技はどうやったんだ?」

 

 レオリオのキルアへの質問に乗っかって、今度はクラピカが問う。

 あの時のキルアは凶器を持っていなかったし、よしんば持っていたとしても心臓を抜き取るだなんて、一体どんな技を使ったのか気になるのだろう。

 その問には技って言うほどのものではなく、抜き取っただけであるとキルアは答えた。

 

「ただし、ちょっと自分の体を操作して盗み易くしたけど」

 

 そう付け加えて、キルアは自分の手を変化させた。爪も伸び、ナイフのように鋭利になっている。あれ手痛くないんだろうか、ビキビキいってるけど。

 見たことがある、というかさっきもしっかり見えていた私とは違い、これを初めて見る他の人達の表情はひきつっている。

 

「殺人鬼なんて言っても結局アマチュアじゃん。オレ一応元プロだし。親父はもっとうまく盗む。抜き取るとき相手の傷口から血が出ないからね」

 

 さらにそう言ってのけるキルア。シルバさんやっぱ怖い、心臓抜き取れるほどのサイズの傷があるはずなのに、血が出ないってどういう事だマジで。

 あれか、超高速で手を動かしたから摩擦熱で傷口の血液が凝固して止血されたのか……いや、違う気がする。駄目だサッパリわからない。

 キルアの言葉を受けて頼もしい限りであるとコメントするレオリオだが、顔は未だに強張っている。ゴンはちょっとキョトンとしているが。

 質問をしたクラピカは少し警戒をにじませている。敵に回した時のことを考えているのだろう。

 

 しかし、クラピカ。クラピカか。こいつどうしたもんだろうか。

 多数決の道だから一人殺したら先に進めなくなるかもしれないので滅多なことはできない。いや、さっきの試練官たちのところとかトラップで誰かが死亡ないしは重症で脱落する可能性もあるわけだから、強制終了の可能性は低いとも思うけれど確かではない。

 だけれども、蜘蛛への障害になりそうな可能性があるのは確か。手を出すにしても、少なくともそれは今やるべきことではない。

 取り敢えずはこのトリックタワーの攻略を最優先にするべきだ。

 

 先程は直感で危険だと感じたが、冷静になって分析すればそこまでの脅威でもないかもしれないし。

 多くの賞金首ハンターが怯えて手が出せず、一握りの賞金首ハンターでさえも蜘蛛に辿り着けるのはその中のほんの僅か、更に結局は返り討ちに合っている。そんな集団が蜘蛛だ。

 その集団相手に、彼一人でいったい如何程の事がなせるというのだろうかと、気取られないように彼を観察しながら考える。

 

 清濁併せ呑む事が出来る性格には思えないし、使えるものはなんでも使うプロの賞金首ハンターのように、裏の情報網を使っての捜索はおそらくしない。なので捜索がまず困難。

 念能力を使えば見つけられなくもないけど、顔も知らない、個人の名前も知らないで、あるのは組織の名前とその僅かな情報だけでは莫大なリスクが伴う。戦闘用の能力を修めることなどほぼ不可能。

 やろうと思えばテキトウに人間攫って、強制的に”念”を覚えさせて脅してそれを使えるようにすればいいんだけど、現実的ではないし非人道的なのでこれもおそらくしない。

 よほど彼が運に恵まれていない場合、会うことすら叶わない。よほど彼が才覚に恵まれていない場合、会えても敵わない。故に、こうやって整理して考えれば彼は脅威ではない。

 しかし、だからといって直感を無視するのも危険である。

 

 ならば殺すか、と言われれば基本的にはノーだ。復讐として蜘蛛を狙う人間なんてそれこそかなりの人数になる。そんなヤツを見つけ次第始末するなんて面倒な事この上ない。あとそんな事するとなんか小物臭い感じがする。

 さらに蜘蛛は例え相手が復讐者でも来る者拒まず、むしろかかってこんかいコンチクショウとか思っているきらいがあるので、逆に放っておくことで彼らは喜ぶだろう。

 それはクロロの、と言うよりは蜘蛛の戦闘要員の考えだけれど。バトルマニアってやっぱりよくわからないけど、そういう命のやり取りがとても楽しいらしい。私も好き勝手したいがために力をつけたけど、未だに命がけの勝負の楽しさなんてわからない。

 

 結局は、たかがの一言で片付けられてしまいそうな案件。

 たかが復讐者。今まで何人が蜘蛛に辿り着くことさえできず、また返り討ちにあってきたことか。

 たかがクルタ族。緋の目の状態で能力が上がるからなんだと言うんだ。その一族を滅ぼしたのは蜘蛛だ、恐るるに足りない。

 

 それに復讐なんて、一族のためだ、とか大層な大義を掲げてようが、結局は死者のためのものではなく、生者のためのもの。

 自分の一族を滅ぼした奴らが生きているのが不愉快だから、殺す。或いは制裁を下す。それだけだ。

 何か勘違いしている人が死者がそう言っているような気がしたとか、それが彼らの望みだとか言うけれど、死者は何も語らない。故にそれはただの思い込みで、そんな感じの理由をごちゃごちゃと並べたところで結局は自分がやりたいからやるだけで、それ以上でも以下でもない。

 復讐についてのこの考えは例え私が今後復讐者になろうとも変わらない。憎い相手がのうのうと生きているのが許せないから殺す。それが本質だ。

 そんな事したって実際はせいぜいクラピカがちょっとスッキリするくらいだ。私はそれを許すつもりはない。

 殺したいクラピカと、殺させたくない私。この本質だけを切り取れば、言わば我儘のぶつかり合いで、最終的には強い方の我儘が通る。

 クラピカが我儘で蜘蛛を殺そうとするなら、私は私の我儘でクラピカを殺すだけだ。

 私は奪う人間になったんだ。だから、もう奪われるのはたくさんだ。

 

 とはいえ、そこまでする必要があるのかどうかはやはり微妙だ。直感を信じれば殺すべきで、思考を信じれば放っておいても問題は無さそう。必要のない殺しはしない主義だから、手を汚さなくてもいいのならそれが一番なのだけれど。

 私が殺した場合、彼の背景を考えれば私と蜘蛛の関係を気づかせるきっかけとなってしまうかもしれない。そんなリスクを負う価値は果たしてあるのか。

 殺さないにしても、先程も思ったように直感は無視しない方がいい。何らかの対策はしておくべきだと思う。

 殺すか、否か。彼の運命は後で蜘蛛のコインに委ねることにしよう。

 

 そう結論づけて思考を切り上げ、最後にクラピカに視線を送る。

 彼は気づいているのだろうか、ヒロイズムで覆い隠されたエゴイズムに。

 もし気づいていないのであれば、コインの結果がどうあれ、彼に待つのは死だ。

 そして視線を前に戻したあとは、完全に試験へと意識を切り替えた。

 その後も意識的にこの事について考えないようにしたのは、ただの気まぐれだったか、それとも他の理由からだったのか、今の私には答えの出せないものであった。

 

 

 

 トリックタワーを順調に、いや順調とは言い難いけれどどんどん進んでいく私たち。時間短縮のために基本は走っての移動である。特に今は状況が状況なので割りと速い。

 しかしトリックタワーとはよく言ったものだ。電流クイズだの、迷路だの、爆発する双六だの、今後ろから迫ってきているでかい岩なんかも、ほんとに手の込んだ悪戯のようなものである。

 お陰様で服が埃とかで汚れてしまった。鬱陶しい事この上ないよまったく。

 

 しかしこのアホみたいな仕掛けの数々も楓と椎菜には好評で、割と楽しんでいらっしゃる。こっちは服が汚れて不愉快だっていうのに。

 まぁ確かに見てる分にはアトラクションみたいで面白いのかもしれないけど。

 双六に至っては二人ともちょっとやってみたいかもという返信が来たけれど、爆発するぞアレ。超危ないよ。

 ちなみに携帯片手に余裕でトラップを回避している私には、誰からも特にツッコミはなかった。せいぜいレオリオとクラピカに胡乱な目で見られたくらいで、少し寂しい。

 

 そんな仕掛けを幾つも抜け、私たちはこの多数決の道の最後の分岐点とやらに到着した。扉が2つに、その間に女性の像が埋まっている。準備ができているかという問に全員が◯を押す。

 こうやってちょいちょい要らない選択を迫ってくるのも結構鬱陶しい。レオリオなんかは目に見えてイライラしているし、他の皆も態度にこそ出ないものの若干のフラストレーションは溜まっているだろう。

 ◯の横に5の文字が表示されると像の口が動き、2つの扉についての説明を始めた。

 

『5人でいけるが長く困難な道……、3人しか行けないが短く簡単な道。ちなみに長く困難な道はどんなに早くても攻略に45時間はかかります。短く簡単な道はおよそ3分ほどでゴールに着きます』

 

 長く困難な道を選ぶなら◯、短く簡単な道なら×。

 ×なら壁にある手錠に二人がつながれたら扉が開き、その二人は時間切れまで動けなく無くなる、と言って締めくくり、口を閉じて沈黙した。

 

 残り時間は60時間程。一応ここは全員の意思を確認してから、全員の同意のもと◯が押された。反対意見もなかったしすんなりだった。

 ちょっと全員で×を選んで私とキルアをつないでもらって、扉が開いてから手錠壊して進んだほうが手っ取り早いかとも考えたけれど、時間切れまで動けないとか言われたから、なんか罰則があるのかもしれないと思い提案するのはやめておいた。

 というかめんどくさくなってきたから扉とか壁とか壊してしまいたかったけれど、ペナルティーだのなんだのゴネられたら嫌なので自重しておいた。

 

 選んだ先の長く困難な道は、さっきまでより少し危険度の上がった仕掛けが増えていた。

 槍が飛び出てきたり、ギロチンの振り子だったり、足元に地雷が埋められていたり、トゲトゲの天井が落ちてきたり。

 天井のところでは私とキルアで、ココは任せてお前達は先に進め! とかやって遊んだりもしていた。こんなもの刺をつかめば問題ない。

 でもリアクションが、あーコイツらなら問題ないなー、って感じで非常に薄かったのですぐに飽きて天井をぶち壊したらドン引きされた。理不尽である。

 

 10日にはジャポンからメールで、クラス中から私の安否を尋ねられて困ってしまったというメールもあった。そういえば始業式あったね、忘れてたけど。

 しかし彼女たちはきちんと約束は守ってくれたみたいで、質問されても知らぬ存ぜぬを貫き通してくれたみたいだ。

 今まで学校で使っていた携帯は壊したから、この携帯の番号とアドレスは楓と椎菜以外に学校には知っている人は居ないので私の方は平穏である。

 これも2人と私を守るためには必要なことであるし、”オトモダチ”の皆さんには我慢していただこう。

 

 トリックタワーには面倒な仕掛けが多く、仕掛けた奴の性格の悪さがにじみ出ているが、そんな塔の中に意外にもちょくちょく道すがらに小休止用の小部屋と、お手洗いがあった。しかも罠は特になし。

 変なところで受験生に対して優しいところもあるようだ。しかしこれはかなり助かった。おそらく設計者と罠仕掛けた奴は別人だろう。

 ただ単に塔を糞尿で汚して欲しくないだけなのかもしれないけれど、嬉しいもんは嬉しい。

 その部屋につくたびに休憩を挟むことによって、体力的にも無理すること無く塔を攻略していった。

 

 休憩も挟んでいたので少し遅くなってしまい、残りが1時間を切るとみんなの表情にも焦りが浮かんだが、あと1分を残してようやくゴールへと辿り着くことができた。

 安全面にも考慮して進んでいたので5人とも特に怪我もなく、睡眠も一応とってはいたので次の試験にもそんなに差し支えないだろう。

 とは言え、これだけギリギリになったのは予想外だったけど。どれだけ急いでも45時間かかるって、一体どんだけ死に物狂いな感じを予想していたんだろうか。やはり性格が悪い。

 まぁ最後の方は大きく円を描きながらゆっくりと下におりていくような構成になっていて、ゴールが近いのはすぐ下に固まって人の気配がするからわかっていたから、焦りは特にしなかったけど。

 

 ゴール地点である1階には既に20人以上の人が居た。1人倒れているのは死んでしまったようだ。また来世がんばれ、あるか知らんけどね。

 取り敢えずお互いを讃え合う私たち。道中協力しなが仕掛けを抜けてきたのでそれなりに親密度はあがっている。私とキルアはもっぱら助けるか側か、ふざける側だったけど。

 これはいい傾向である。今後クラピカをどうこうするような事態になった場合には、この事が私にとって有利に働く。

 油断を誘える。精神的なダメージも期待できる。私は既にその状況も想定しているので、私にマイナスはない。

 今、皮肉にも彼の命運は蜘蛛のコインが握っている。全ては私の手の中だ。

 

 ゴール地点に到着して間もなく、私が手を振るヒソカを無視し、彼らが乱れた呼吸を整えているうちに試験の終了が告げられた。

 スピーカーから第三次試験の通過者が26名であると告げられる。

 しかし通過はできても死んでしまった哀れな人もいるので、実質四次試験に進めるのは実質25名だ。

 

 三次試験、トリックタワー攻略完了。

 さぁ、次は四次試験だ。

 ポケットから取り出したコインを、ギュッと握りしめて歩き出した。




結構変えました。が、大筋は変更なし。


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18 無人島0ジェニー生活

 四次試験への通過者が徒歩での移動で塔を出ると、そこは崖の上だった。眼下には鬱蒼と生い茂った森が広がっている。

 私たちが案内された先には、髪型がパイナップルみたいなモヒカンの、丸メガネをかけた男が立っていた。

 そのパイナップルさんの厭らしく細められた三日月型の目元を見て、あぁコイツがあの塔の罠仕掛けたんだろうな、とぼんやり思った。

 

「諸君、タワー脱出おめでとう。残る試験は四次試験と最終試験のみ」

 

 彼の前に受験生が集まったところで、パイナップルさんがそう告げる。試験は後2つ、どうやらハンター試験も終盤に差し掛かったようだ。

 とは言え、一次試験と二次試験の実施、それと三次試験会場への移動が一日目、三次試験が今日までの三日間で、まだ開始から四日しか経っていない。ハンター試験とは二週間~一ヶ月かけてやるものだと聞いていたが、この分だと今年は早く終わるのだろうか。

 しかしその私の思考も、続きの説明で解答が出る。パイナップルさんが指を鳴らすと、もう一人男がキャスター付きの机に箱を乗せて持ってきた。

 当然受験生の視線はその箱に注がれ、パイナップルさんがそれを示しながら四次試験の説明を開始した。

 

「これからクジを引いてもらう。このクジで決定するのは、狩るものと狩られるもの」

 

 そう前置きをしてから、タワー攻略順にクジを引くよう指示する。

 クジで決めるのがその2つなのであれば、今度の試験は受験生同士の争いがメインになるだろう。

 最初にヒソカがクジを引き、それに続く受験生たち。当然イルミさんはかなり早い順番で、攻略時間がギリギリだった私たちは最後のほうだった。

 このクジの持つ意味はまだよくわからないけれど、残り物には福がある、はず。私が引いたのは198番だった。

 

 全員が引いたのを確認してから四次試験の説明が再開される。

 曰く、一次試験会場に到着した時に配られた番号札を奪いあい、その配点が自分の番号札が3点、引いたクジに書かれた番号がターゲットのもので、それが3点。そしてその他テキトウな人のを奪ったものは1点。試験終了時に合計6点分を所持していれば試験通過となる。

 試験会場はゼビル島。滞在期間はまだ公表されていないけれど、その間に点数分の番号札を集め、またそれを守りきらなくてはならない。

 

 じゃあ198番が私のターゲットということか。198っていうと、帽子かぶった3人組の、えーっと、ほら、あれだよあれ……どれだ?

 しまったサッパリわからない。こんなことになるならもう少し他の受験生にも注目しておくべきだったかな。

 まぁいいや、適当に盗んで違かったら他のやつから盗もう。そもそも3人組が固まって行動していたら全員から奪えるし、その時点でお釣りが来る。なんなら3人組を狙わずに会った人から適当に奪ってもいい。

 自分の番号札は、ヒソカとイルミさんだけ警戒していれば問題無い。

 

 会場のゼビル島には船での移動となった。2時間ほどで着くらしいので、少し眠いから私は仮眠をとることにしよう。

 既に殆どの受験生は自分の番号が分からないように番号札をどこかに隠してしまっている。既に誰がターゲットかを、そして誰が自分を狙っているのかを探り合っているようだ。こんな時くらいゆっくりすればいいのに、忙しい奴らである。

 まぁ例外もいるけど。私もつけっぱなしだし。

 私がターゲットのやつが来るなら来るで構わない。来てくれれば1点貰えるわけだしね。この容姿は油断を誘えるだろうし、1点でも確実に欲しいと思って私を狙う身の程知らずを迎撃していれば、それだけで6点分たまるかもしれない。

 しかし私がターゲットなのがヒソカかイルミさんだったらヤバい。だけど知り合いの番号くらい覚えているだろうから、今更隠しても意味ないだろうしね。

 とりあえずその辺の心配は置いておいて、島に水場があったらすぐに体と服を綺麗にしようと心に決めて、微睡みに身を委ねた。

 

 

 

 

 航海は順調で、何事も無くゼビル島へとたどり着いたようだ。船がゼビル島に到着したとのアナウンスで私は目を覚ました。

 そして改めて試験の概要が説明される。三次試験通過順にスタートしていき、2分間隔で次の人がスタート。そして滞在期間は1週間らしい。

 先にスタートできた人は、標的を見張るなり、身を隠すなりできてだいぶ有利だ。逆に後からスタートした人は、開始時点で既に補足されている可能性が高いのだから気が気ではないだろう。

 この場合私は最後の方の出発になって些か不利と言えなくもないけど、どうせ見つけるのはそんなに大変じゃないし、攻撃されても返り討ちだから別に問題ない。

 ”絶”も使えない一般人の気配を読み損じるだなんてことがあろうはずもないので、奇襲によって不意を打たれる心配もないしね。

 

 私を含めた三次試験のルートが一緒だった5人が最後の出発になっていたので、私はみんなに先を譲って最後に出発することにした。

 私はターゲットよりも水場優先なので順番に拘る必要はないからだ。10分程度の誤差なんてどうでもいい。

 ジャポンの二人にこれから無人島でサバイバル生活することを告げ、適当な段差に腰を下ろし出発の時を待った。

 なんでここでも携帯の電波があるのかは私にはわからない。それはわからないが、1つだけ、シャル様マジすげぇってことだけはわかる。

 だから、電波の事を聞かれても私には答えられないんだよ。ごめんね二人とも。

 

 受験生全員の出発を見送った後、コインを弾いて運命を占う。裏ならば死、表ならば生。無表情でその結果の確認を終え、コインをポケットに仕舞う。

 漸くスタートをコールされて島に出た私は、まずはテキトウに走り回ることにした。聴覚と嗅覚を研ぎ澄ませて水の音、匂いを探りながら。

 後ろから着けられている気配がするけれど、動きはそれなりで、でもこの気配には覚えがないからこれは協会の人間だろうね。おそらくは監視役とかそんなところだろうか。

 つけてくるのは別にいいんだけど、水浴びのシーンまで見られたらたまったもんじゃない。その時は目隠ししてふん縛ってその辺に転がしておこう。

 

 森に入って程なくして、水の流れる音を捉えたのでそこに向かうと小さな川があった。それを辿って更に上流の方に行くと川幅が広く、水深も水流もそれなりで水浴びに調度良さそうな場所もあった。取り敢えずはミッションコンプリートだ。

 その付近に、周囲に木々がなく、ポッカリと空いた空間に日差しが差し込んでいる場所も見つけた。ここならば割りと目立つので、他の受験生も利用しようとは思わないだろう。

 大きな岩も近くにあったり草がフカフカしてそうな場所があったりと、くつろぐには十分だ。

 魚もいるし、塩は海があるからそこで調達できる。食べ物にも困らない。

 サバイバルには好条件だ。試験中はココを拠点に行動するとしよう。

 

 そうと決まれば早速身体を清めるとしますか。しかしその前にやらなければならないことが一つあるので、私の背中に向けられる視線の先に意識を向ける。

 振り向くと同時に地面を蹴り監視しているスーツの男性に急接近し、前触れもなく突然のことに驚いて対応できないでいる彼の首筋に手刀を打ち込んで意識を刈り取る。

 糸の切れた人形のように力無く地面に倒れる男を見て、溜息を一つ。尾行もあっさり気づかれるしなんか弱いし、大丈夫なのかこの人。この人本当は事務担当とかそんな感じで、ハンター協会ひょっとして人手不足だったりするんじゃないの。

 まぁ、これに懲りたら次回以降は空気を読んでさっさと距離をとってくださいな。

 くだらない思考をカットして、倒れた男にそう念じながら目隠しをして、近くにあったやたら太い蔦で身体を縛る。

 用事がすんだら解いてあげるからしばらく我慢しててね。

 

 水場に戻ると川に入って身体の汚れを落とし、服も洗濯して着替えたところで漸く人心地ついて、大岩を背に座る。

 サッパリしたところで、さっきの男を開放してやろうかとも思ったが、ところがどっこいそうはならない。もう少し我慢してね、あまり聞かれたくないから。

 心のなかで気持ちの全くこもっていない謝罪をしながら、座ったままの体制でポケットから携帯を取り出して電話をかける。

 コール音が鳴り、その3コール目が終わって4コール目に差し掛かろうとするところで相手が電話に出た。

 

『なんだ?』

「あ、もしもしクロロ?」

 

 受話器から響く低い声は、クロロのもの。

 蜘蛛はクルタを殺した。しかし蜘蛛のコインはクラピカを生かした。

 私の手の中で占われた彼の運命は、生。コインは表を示していた。

 しかしだからといって、じゃあ存在ごとまるっと放っておいていいやとはならず、幻影旅団の団長であるクロロの耳にも一応入れておくことにした。

 僅かでも情報があるのと無いのとでは、不測の事態に陥った際に取れる対応に大きな差が出る。そんな事にはならないとは思うが絶対ではないし、この程度の対策はとっておくべきだ。

 一度でも危険だと感じたのなら、特に負担もリスクもない程度には対応し、保険をかける。例え頭では危険はないと思っていても、だ。

 直接的に何かをする必要がない程度には、クラピカの存在は軽い。この後のクロロの発言によっては、それが吹き飛んでしまうほどに。

 

 

 

 

『……なるほどな』

 

 私が一通りの説明を終えるとそう呟くクロロ。

 

『クルタ族の生き残り、か。確かに奴らは緋の目の発現時にその戦闘能力を大きく上げていた。ハンター試験は裏試験として念の習得があるから、そいつが念を覚え、さらに”制約と誓約”によってオレ達蜘蛛への復讐のためだけの能力を会得した時のことを考えると、お前が直感で警戒するのも頷けるな』

 

 とは言うものの、特に彼に何かする必要も感じていないようだ。まぁ、警戒する要素はあるってだけだし。

 彼は私の言いたいこと、危惧していたことを全て理解したようだ。クルタ族の復讐者、そして緋の目発現時の変化とそれを見た私の感覚くらいしか告げてないのに流石である。

 っていうか裏試験なんてあったんだね、知らなかった。私は既に念を使えるからそっちは免除でいいはずだ。

 

 クロロも言っていた通り、蜘蛛への復讐のためだけの能力でも会得しようものなら蜘蛛的にも警戒に値する人物になる、かもしれない。

 念能力は条件が厳しいほど効果が上昇するという法則がある。その上昇する条件には、使用する対象を限定することも当然含まれる。私が修行で使っていた念字の効果のように。

 さらにそこにその条件を破った際の罰則に、厳しいものを加えると威力、精度共にかなりの効果が出る。

 復讐をひたすらに望む人間は何をしでかすかわかったもんじゃないし、そんな暴挙に出る可能性は十分にあるのだ。

 

 能力次第では、いくら蜘蛛でもひょっとしたらってことがあるかもだ。あくまでそれも可能性の話ではあるけれど。

 けれど、賞金首ハンターの中にだって犯罪者にしか効果がなく、また犯した罪の重さによって効果が高まる能力を持ったものも何人かいるし、しかもそれらが相手でも蜘蛛は撃退してきた。

 それに毛が生えた程度だとしても、しっかり鍛えれば蜘蛛の皆もそれなりに楽しめる相手にはなるくらいで、やはりあまり警戒の必要もないように思える。

 

「まぁ必要ないとは思うけどさ、どうする? 返り討ちが大好きな奴らには悪いけど、殺したほうが良さそうって言うなら私が殺るよ。幸い今はかなりやりやすい状況だしね」

 

 受験生同士の戦闘あるいは駆け引きが大前提のこの四次試験、私が番号札欲しさに誰を殺そうとも不思議ではない。

 しかし私のその提案にクロロは首を縦に振らなかった。いや電話越しだけど、ニュアンス的にね。

 

『いや、そいつのことは心に留めておく程度でいい。殺す必要はないだろう。向かってくる奴は殺すが、そもそもオレ達にたどり着けるかどうかわからない奴を相手にすることはないさ。それに、状況的にはメリーにも少なからずリスクがあるしな』

 

 だからお前に特に何かしてもらうつもりはないよ、と言うクロロ。

 確かに私がクラピカのことを殺せば、今までの試験中はいい子だったのにどうして急に、と疑惑が出るかもしれない。いや、ヌルデの件があるからいい子とは言い切れないかもしれないけれど。

 それに、三次試験で短くない時間を共有した相手を手に掛けるということも疑惑に拍車をかける。言われてみれば、確かにこの状況では私は少し動きにくいか。

 心配されてるみたいで、なんだかくすぐったい。しかし私に気を使ってもらっても困る。

 

「いやいや、私のことは気にしないでいいよ。純粋に蜘蛛としての判断しちゃってよ」

『そうだな……それなら、お前にはソイツの動向が分かるようにしておいてもらおう。警戒の意味もあるが、現存する最後の生きた緋の目だ。欲しくなったらすぐ回収できるようにしたい。むしろこっちがメインだな』

 

 できるな? と問うクロロ。コイツあんだけ奪っておいてまだ足りないのか。

 やるのは問題ないけど、溜息を一つ吐いてから返事を返す。その声に呆れが混じるのは仕方のない事だ。

 

「……合点承知。でもクロロ、既に一回ほぼ奪い尽くして、しかもそれに飽きちゃってんのにまだ欲しいの?」

『あの時は飽きたが、また欲しくなるかもしれないからな。欲求は尽きない』

 

 理解できなくもない欲張りなその言葉に、あーそうですねーと気のない返事をすると、低く笑ってそれに、と続けられた。

 

『死んだ者の緋の目は色の変化がないからすぐに飽きた。だから今度欲しくなったら監禁でもしてやろうかと思っているんだ。憎しみの炎は、きっと緋色に良く映える』

 

 とんでもない発言だが、声からしてきっと電話越しの表情は笑顔である。対して私は若干口の端が引き攣っている。

 確かに生きている人間の移ろう瞳の色は、死者のそれよりも綺麗だろう。それに同胞を皆殺しにした蜘蛛に捕らえられるなんて、憎悪も一入だ。

 だからってそこまでしますかね、という思いはあるものの、口には出さない。彼は私の敵になり得る存在なので、気の毒とも思わないが。

 取り敢えずこの件については、適度に仲良くなって連絡先を入手しておけばいいだろう。

 

『そういえば、オレの貸した本はもう何度か読んだか?』

「ん? ……あっ」

 

 クラピカについての話に一段落ついたところでクロロがそう聞いてきた。

 そういえば忘れてた。見送りの時に貸してもらった本。

 いや、トリックタワーの時は本が汚れたら駄目だし、ほかは時間があっても電話とかしてたから、しょうがないよね、うん。

 

「……、……」

『……、……』

 

 沈黙。

 森の木々を風が撫ぜ、私を笑うかのように音を立てる。

 電話越しなのに目の前で責められているような錯覚がしてつい身を縮める。

 っべぇー、マジっべぇーわ、沈黙が痛いわー。

 いやいやいや、ふざけている場合か。さっきの私の反応からして私が忘れていたってことはクロロもわかってるだろうし、素直に謝っとこう。

 

「……すいません、忘れてました」

『はぁ……まさか、本を貸したのに忘れられるとはな。メールも2通しか寄越さないし、オレごと忘れるとは酷い女だ』

 

 すいません、タイミングがなかったというかなんというか。

 しかしクロロには普段別にこまめに連絡取ってるわけじゃないから特に送らなくてもいいかなーとか思っていたけど、どうやらお気に召さなかったようだ。

 まぁ、付き合いも長いのでこんな時にどうすればいいのかは知っている。

 

「これから読みます。あと帰ったらプリン作るんで」

『前言撤回、やはりお前はいい女だ。流石はオレの女だな』

「誰がだコラ」

 

 上機嫌に返すクロロに突っ込む。プリン作ればいい女って、随分安っぽ過ぎないかい。後いつ誰がお前の女になったっていうんだ。

 ジョークなのはわかるけど、四捨五入したら三十路の男がプリンに食いついてそんな事言うのはちょっとアレな気がしなくもない。

 髪下ろした状態なら童顔だから様になってるっちゃなってるけども。

 今度プリンと一緒に茶碗蒸しも作って出してみよう、きっと気に入るはず。そしてプリンと言いつつ茶碗蒸しを食べさせた時の反応が見ものだ。

 

 メインの話も終わったので、その後少しだけ駄弁って、そういえば監視役の人放置したままだったのに気づいて、少し名残惜しかったが電話を切る。

 彼は既に起きていて、近づいてきた私に責めるような空気をぶつけてきたが、こちらもじわりとプレッシャーをかけるとおとなしくなった。うむ、以後気をつけるように。

 

 開放した後は、寛ぎながらクロロから借りた本を読む。

 ターゲット探すのは明日でいいや。



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19 泥棒と言うよりはスリ

 四次試験開始から、3日目。その間私はこの川周辺の一帯を動くことは1度しかなかった。

 その1度も海水を汲みに行った時だけである。食べるものと言えば魚のみだったので、塩さえあれば全てが事足りる。ちなみに肉とか山菜は食べていない。何故ならば狩りに行くのが面倒だから。

 食事時は毎回火を使ってるから、その煙で人間がここにいるのはモロバレだけれど、未だに誰も来ない。何故来ないんだ、来てくれたら1点分稼げるのに。

 

 私は昨日までの2日間、ほぼ食っちゃ寝の生活を送っていた。

 日が出ている間は本を読み耽り、日が沈んでからは楓か椎菜、偶にクロロに電話をかけて、それ以外はメカ本で何か読んでぐうたら過ごす日々。

 私がだらけてしまっているのはクロロの貸した本が面白すぎるからいけないのであって、これは私のせいではない。誰がなんと言おうとも認めてなるものか。

 つまり日中私が動けなかったのはクロロのせいだ。うん、絶対そうだ。責任転嫁ではない、断じてない。おのれクロロめ。

 とは言え、動き出さなければ試験に合格できないであろうことも事実。ここに誰も来ない以上、自分の足で獲物を狩るしか無い。

 しかしこの本はかなり面白いし、まだまだ読み足りない。さっさと6点分集めてもう一回読みなおそう。

 作中で明かされていない謎の3分の1は未だに私もよくわからないし。

 

 と、言うことで、漸く私は重い腰を上げた。

 伸びをすると体中の関節が小気味の良い音を鳴らす。随分と凝っていたようだ。

 さてさて、今から私の狩りの開始であるが、他の受験生は今どういう状況なのだろうか。

 

 下手したら帽子の三人組の中の198番、つまり私のターゲットが誰かから奪われているかもしれない。けれどそれも大した問題ではなく、そうだったとしたら適当に3人狩ればいいだけだ。

 スタート地点が試験終了時の集合場所らしいし、番号札が集まったらその近くで様子を見る人がいるだろうから、そういった手合いを1人か2人狩ればそれでいい。その場合の狙い目としては最終日の前日と当日か。

 その方が楽だろうし、というかもうそれでいいような気がしてきた。やっぱ行くのやめて本読んでようかなぁ。

 いやいや、いかん。あまりだらけては駄目だ。クロロの策略にまんまと嵌ってしまう訳にはいかない。たとえそれが如何に魅力的なものであろうとも。

 そう自分を鼓舞するものの、やはりだらけていたい。どうせならばやることやってから全力でだらだらしよう、そうしよう。

 後顧の憂いを失くしてしまえば、心身共によりだらだら出来るはずだ。うん、それがいい。

 

 船上から見たこの島の全景からして、そこまで広いわけじゃないし、少しだけ早めに動けば今日1日使えばまぁ何人か見つかるだろう。

 間隔を研ぎ澄ませていれば、あの程度の人間なら近くにいれば大体気配でわかるし、テキトウにそこら中走り回ろう。

 しかし私の監視役の彼は大丈夫なんだろうか。なんか弱っちいし、あれハンター協会の人間だとしても雑用クラスの人間なんじゃなかろうか。もしくはバイトとか。

 まぁ彼がもし私に置いていかれたとしてもそんなもの知ったことじゃないけどね。

 そして私は地面を蹴り、木々の合間を縫うように駈け出した。

 

 

 

 捜索開始から1時間後。気配を頼りに捜索した私は、かすかに感じたそれの元へと向かい、大きな木の枝に着地すると同時についに周囲を伺いながら歩く私のターゲットっぽい3人組のどれかを視認することができた。

 今日の私は運がいいらしい。テキトウに走り回った割りには案外早く見つかってよかったよかった。

 私についた監視役も付いてくるぐらいは難なく出来るようで、つまりは基礎体力はあるけどなんか色々と足りてなかったんだろう。

 ちなみにここに来る途中に、金の短髪の男性が居たので行き掛けの駄賃に強襲したけれど、番号札は持ってなかったようなのでおねんねしてもらった。

 私に余計な手間を取らせるだなんて、まったく迷惑な男である。

 

 それは置いておいて。

 今は漸く視認することができたターゲットっぽいのからどう奪うのかだ。

 数は1。3人組だったはずだけど今は単独行動らしく、その前方にはキルア。彼我の距離は現在500m程。

 荷物は特に持っていないようだし、あるとすればズボンのポケットの中。上着には収納する場所があるようには見えない。内ポケットとかかもしれないけど。

 

 ターゲットっぽい人がキルアを尾行しているってことは、彼のターゲットはキルアってことだよね。なんて運のない人なのだろうか。

 それぞれのターゲットを決めるクジの中には、どの番号とは言わないがはずれクジが少なくとも4つあった。つまり4人に1人くらいの割合で不運な人ができ、彼はその内の1人なのだ。

 今現在狙われているということをキルアに伝える必要もないだろう。この二人ならキルアの敗北は万が一にもありえないし。

 

 あぁ可哀想に。このターゲットっぽい人が合格するにはこの後6点分狩らなくてはならないってことだ。私に狙われた以上、彼は自身のものを含め手持ちの番号札全てを失うことが確定してしまった。そもそも持っていない可能性も否めないけど。

 取り敢えず来年また頑張れ、キルアにちょっかいかけて殺されてなければだけど。

 キルアは実家での殺しの強要が嫌で家出したようだけど、いつもの癖でついうっかり殺っちゃうかもしれないし。っていうか飛行船の中で殺っちゃってるし。結局強要されるのが嫌なだけであって、殺し自体に抵抗なんて無いのだ。

 だからと言ってうっかりで殺されては彼も浮かばれないだろうが、そこはまぁドンマイである。

 

 まぁ彼の未来は正直どうでもいいので、それ以上無駄なことを考えるのをやめ、”絶”をして近づく。正直気配を絶つだけで十分だとは思うけど、こっちのほうが大胆に動けるからこの方がやりやすい。

 探し始めた時点からイマイチやる気がなく、またさっき一人相手にしたおかげで更になんだかめんどくさくなったので、面倒事抜きに早めに終わらせてしまいたい。

 樹上を移動してある程度の距離まで接近すると、彼のズボンの右前ポケットに不自然なシワがあるのを視認できた。あの感じから察するに、中身は薄い円形のもので、つまりは番号札である確率が高い。他の場所には見受けられないので、これが彼の持つ唯一のものだろう。

 ズボンの方でよかった。上着の内ポケットとかだったら戦う必要があったのでこれはラッキーだ。難なく勝てると言っても面倒なものは面倒なのだ。

 

 やることは決まったので一気に距離を詰め、気配を、音を殺したまま、彼らの真後ろにストンと着地する。

 私が”絶”をしていることもあって、前方のキルアにばかり意識を向けている彼は私に気づくことができない。ついでにキルアも。

 そのままキルアと一定の距離を保ちつつ歩いている彼の真後ろに、ピッタリと張り付いたままトコトコと私も一緒に歩く。枯葉を踏む僅かな足音を誤魔化すために足並みを揃えて。なにこれちょっとシュール。

 

 その状態をしばらく続けていると、近くに感じていた微かな気配が少し大きくなった。気になったのでチラリと斜め後ろを伺うと、ターゲットっぽい人の監視役らしき人が笑いをこらえていた。

 気持ちはわかるけど笑わないであげてください、この人も一応真剣なんです。

 あぁでも、あの監視役の人が私についてくれてればなぁ。彼もなかなか話せそうだ。この人のほうがよっぽど実力もありそうだし。

 私の監視役は、私が話しかけてもプイッとそっぽを向いてしまう。大の大人がちょっと伸されたくらいで大人気ない限りだ。

 

 まぁ、いいや。それよりも番号札だ。

 目の前のターゲットっぽい人のズボンの右ポケットに堂々と指を突っ込む。一応は彼に感づかれないよう気を使いながら。

 そのままさっき拾った小石を左の方に投げ、石が地面に落ちて鳴らした小さな音に彼の意識が向いた隙にそっと中身を抜き出す。

 手口としてはお粗末なものだけれど、これなら私の本職が泥棒であると勘ぐられることはないだろうね、このぐらいは誰でもできるし。というかやってることスリじゃんこれ。

 

 左に少し向けていた意識をまた前に集中させたターゲットっぽい人、いやターゲット。

 私の手の中にある番号札に書かれた数字は、198。3分の1の確率だったけれどいきなり当たりだ。

 よしよし、これで四次試験も通過決定だ。後はまただらだらと過ごしていようかな。

 やることもやったのでその場を離れる。離れる前に、私のターゲットの監視役だった人に奪った番号札をヒラヒラと見せると、口元を手で抑えながら親指を立ててくれた。目元がおもいっきり笑っている。

 あぁ、本当にあっちが私付きの監視役だったら良かったのに。

 

 

 

 目的の物を入手し終えた私は、一直線に元いた場所へと戻っていた。

 捜索に費やした時間は一時間ではあるが、ターゲットの居た場所からここまで直線距離はあまり長くなかったので、5分もあれば到着することができた。

 これで私の合格はほぼ決定だ。例えヒソカかイルミさんのターゲットが私だったとしても、戦闘を避け自分の分を渡しても手元に3点は残るので、ゴール付近で狩りをすれば足りない分はすぐに貯まるだろうから問題ない。

 そんなわけでこの試験はもう何も心配することはないので、またクロロから借りた本を読んでだらけていた。

 

『へぇー、そんじゃあ芽衣はもう四次試験クリアしたようなもんなんだ?』

「うん、後4日ぐうたらしてたらそれで終わり」

 

 そうやって過ごし今は日没、日が暮れたので本が読みにくくなってしまったので、報告も兼ねて楓に電話をして暇をつぶしているところだ。

 

『つーか、盗んだってあんたねぇ。手癖悪いわー』

「マジ照れる」

『いや褒めてないけどね』

 

 泥棒にそれは褒め言葉以外の何物でも無いです楓さん。

 

『そういえばさー、クラスが芽衣が死んだとかってちょっとお通夜モードなんだけど。やっぱ言っちゃ駄目なのー?』

「ダメダメ、面倒な事になるかもしれないし。その辺の詳しい理由も終わったら全部話すからさ」

『んー……じゃ、まぁいっかー。なんか普通に無事で帰って来そうだし、安心して待ってるよ』

 

 楓たちにとっては、私が生きていることを明かさないっていうのはやはり不思議なんだろうね。

 無理もない。彼女たちの中では今はまだ真城芽衣以外の何物でもないのだから。

 どうせ合格したら真城芽衣がハンターとして本名登録すると思ってるから、私が隠す理由がわからない。

 もしも、もしも万が一メリッサが犯罪者だとバレ、さらに芽衣として暮らしていたとバレると、報奨金欲しさに学校関係の知人を人質にしたり危害を加える危険性があるから言えないのだ。芽衣が既に死んでいればそこが私に繋がる可能性はかなり下がる。

 たとえ芽衣として試験を受けても、もしかしたら偽名とか戸籍がバレるかもしれないし、そうでなくとも今度はライセンス狙いの小悪党が同じようなことするだろうから、彼女たちの安全を考えるとこれが最善策なのだ。ライセンスを諦める気はない。

 元々ジャポンで暮らすためだけの偽の戸籍で、訪れた当初から足跡を消すために芽衣は事故か何かで殺す気だったけど、今となってはこっちの理由のほうが大きくなった。

 

『あー、そうそう。お通夜ムードなトコも確かにあるんだけど、試験はブラフで本当は駆け落ちしたって考えてる人たちもいるんだよねー。っていうか皆死んだとは思いたくないから、今じゃソッチのほうが多い感じかな』

「は? 駆け落ちって、なにそれ。どっからそういう発想が出てきたのさ」

『私も詳しくは知んないけど、楠さんが言い始めたらしいよー。真城さんはイケメンと許されざる恋に落ちて駆け落ちしたのよーって言ってたらしいけど。実際にその相手を見たとも言っているから皆結構信じてんだよね。なんか心当たりあるー?』

 

 なんじゃそれ。駆け落ちって何だ。どうしてそうなるんだ。

 そもそも楠さんって誰だ……、……あ、あれか、私とクロロが一緒にいるとこ見たって言ってた人。

 確かに親戚とは言ったけど恋人だなんて言ってないのに、どうしてそんな愉快な発想ができるんだか不思議で仕方ない。

 私的には死んでることにしてくれてたほうが助かるんだけど、まぁ、どこかで生きてると信じることでダメージも少なくなるだろうからそれぐらいならいいか。

 学校なんて狭いコミュニティーの中で生きていることになっていたとしても、世間的には死んでいればそれでいい。

 

「なんでそんな愉快なことに……。まぁ、そう勘違いされる心当たりはあるっちゃあるけど、だからってなんでそうなるかなぁ」

『ほうほう、つまりイケメンに心あたりがあると。詳しく教えてもらおうか?』

「面倒臭いからヤダ」

『ケチ!』

 

 追求しようとする楓を一蹴する。私の態度でそういう感じではないのを悟ったのか、不満を漏らしただけでそれ以上はなかった。

 その後はまたしばらく雑談をして、その後に椎菜、最後に一応クロロにも報告を電話でしておいた。クラピカのことで電話をした時連絡が少ないのことに不満気だったので、四次試験開始からはクロロにも連絡するようにしている。

 クロロは一昨日の夕方あたりからなんだか機嫌がいいようで、話も弾むし一体何があったんだろうか。一昨日の最初の電話の時はそうでもなかったというのに。

 今日は私も借りた本を何度も読んだ後だったのでその話もした。やはり他の人の見解も聞くと違った見方ができて面白い。

 こういった趣味を共有できる仲間は貴重だなぁとしみじみ思うね。おかげで自分だけでは解けなかった謎にも解答が得られた。

 

 電話もし終わり、草を布団にゴロリと寝転ぶ。

 この島は夜空が綺麗で、川のせせらぎが涼やかで、森の動植物の奏でる音色も心地良い。

 こういうまったりとした暮らしも悪くないんじゃないかと思う。

 いつか、こんなふうに毎日を過ごす日が来るんだろうか。

 盗むこともせず、友だちと話して、穏やかに過ごす日々。

 

 欲しい本はまだまだたくさんあるから少なくとも盗みをしなくなるのは無理かな、と少し笑って、そのまま目を閉じた。




以前、なろう様でのコメントにあった案を採用させていただきました。
感謝です!


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20 まったりサバイバル終了

念についての独自の考察を含みます。


 ターゲットの番号札を奪いに行った日から日数が経ち、今日は四次試験開始からちょうど1週間、つまり今日が最終日だ。

 私は番号札を盗りに行った後は、結局ずっと最初に見つけた空間でぐうたらしていた。だらけるの最高である。

 とは言え、全くそこから離れなかったわけでもない。あれからも食事は魚がメインだが、たまにちょっとだけ歩いて木の実や山菜、野うさぎなんかを狩っては食べていた。私も随分と成長したものだ。

 そして日が出ている間は本、日が沈んだら電話とメカ本。その辺は相も変わらずである。

 

 その他変わった事といえば、2日前に料理中の火を使った煙につられて受験生が一人ここに来たくらいのものである。今更来られても既に点数が集まっていた私としては何の用もなかったのだけれど。

 来たのは切羽詰まった表情をした長い黒髪の男性。見た感じ、プレート取られて焦ってたんだろうね。つまり1点分の番号札さえ無い無価値な男が食事時にやってきたのだ。

 私の聖域に土足で踏み入り、あまつさえ私の食事を邪魔した彼の罪は重い。非常に重い。菩薩のように穏やかな心を持つ私もコレには怒り心頭である。

 私の逆鱗に触れた彼は身体の自由をある程度奪ってどんぶらこっこと川へ流しておいた。頭頂部の髪の毛を剃って、リアル河童の川流れとかやらなかっただけマシだ。

 まぁ、死にはしないんじゃないかな、多分。監視役の人が、こりゃヤバイと思って救助したかもしれないし。

 そうでなくとも一応ある程度は動けるはずなので、頑張れば呼吸もできるし、少しずつなら移動できたはずだ。死んだら彼の努力とか運が足りなかったってことで、うん。

 

 そんなこんなで特に苦もなく過ごした1週間ももう終わり。これからまためんどくさい試験でもあるのかと思うと、なんだか名残惜しい気さえする。

 今度知り合いでも誘ってこんな感じのリゾート地とか、はたまた無人島でサバイバルするのも面白いかもしれない。いやサバイバルは食材狩るの面倒だからやっぱいいや。

 とは言えそこに目をつぶれば、いっそ小さな島を1つ買い取って永住するのもありかもだ。

 そんな事を考えつつ、後ろ髪を引かれる思いで一週間過ごした場所を後にし、スタート地点兼ゴール地点の方へ向かって移動を開始した。

 

 最終日ということで、やはり辺りには既に何人かの気配がちらほら。皆が息を潜めて終了の合図を待っている。

 ここで争いが起こっていないことから、既に終わったのか、はたまた点数が集まっていない人は皆何かしらの事情で行動が不能なのだろう。

 待機している中には知った気配も混じっており、察するに彼らも集め終わって待機しているのだろうことに、少しだけ安堵する。

 特にクラピカなんかは足取りがつかめなくなると困るから、合格ないしは最終試験まではいてもらわないと困る。

 

 特に隠れる必要もないので、近くの木の枝に腰を掛けてその時を待つ。

 その場でしばし待機していると、遠い海上にある船の大きな汽笛の音が島中に響き、アナウンスが入った。

 

『只今を持ちまして四次試験は終了となります。受験生の皆さん速やかにスタート地点へお戻りください』

 

 1時間の期間猶予時間以内に戻ること、と試験の終了が告げられた。

 さらにスタート地点への到着後の番号札の移動は認められないらしく、安心してぞろぞろとスタート地点に姿を現す受験生たち。

 出てきた中に案の定私のオトモダチが居たので声をかける。

 

「や、キルア。帽子の人に襲われたりしなかった?」

「は? ……あぁ、何だお前がやったのか。スろうとしたら持って無かったから聞いてみたらプレートが無いとか騒いでたな」

「キルアの方ばっか見てて隙だらけだったから超楽ちんだったよ。で、その人どうしたの?」

「ちょっと遊んだけどつまんねーから放っといた。あ、ソイツの連れ後から来てさ、ソッチのプレートでオレ合格」

 

 そう言ってキルアが99番と199番の番号札を見せてきたので、私も自分の88番とターゲットの198番を見せる。お互いにターゲットを狩ることに成功したようだ。

 そして哀れキルアと対峙した帽子の人たちは、一応殺されることはなかったらしい。よかったね。

 と、それまで普通に喋っていたはずのキルアが急に警戒心を顕にしてきた。え、なになにどうしたの?

 

「……おい、オレを尾行してるアイツからパクったってことは、お前もあの近くにいたんだよな?」

 

 一転して鋭い目で私に問いかけるキルア。

 あぁ、なんだそういうことかと、誤魔化すことでもないので私は頷いて肯定した。

 

「くっそ、あんな距離でお前に気づけねーのかよ、マジ何者だよお前!」

 

 するとちょっと不機嫌そうに表情を歪ませてそう言うキルア。

 まぁ、確かに彼からしたら、決して気を抜いていたわけでもないのにあの距離に私がいて、それに気付けないのは不服かもしれない。

 しかし彼は念を覚えていないのだから”絶”に対応できないのは仕方ない。今は、まだ。

 

「あー、その辺はほら、家の人に聞いたら教えてくれるかも? 私が何したのか、とかもさ」

 

 彼には歳相応に子供っぽいところがあるから納得できなそうなので、一応私が何かしたってことだけは伝えておこう。

 泥棒やってるのはゾルディックは大体の人が知ってるから今更だし、念については家の人に聞いてください。

 

「お前が何かしたからオレが気づけなかったってか? なんだよ、今教えろよそれ」

「やだよ、滅多なこと言ってイルミさんとかシルバさん怒らせたら私死ぬじゃん」

「オレのために死んでくれよ」

「じゃあ死ぬ前に遺言としてキルアの家族への罵詈雑言全部バラすね」

「おいマジやめろ」

 

 死なば諸共ってやつだよ。家族に聞けって言ってんのに、何故私の命をかけてまでキルアに教えてやらにゃならんのだ。

 しかし私の命を粗末にするだなんて酷いなこの子は、親の顔が見てみたい……あの親じゃこうなるのも当然ですね。

 

「つーかさ、お前そこそこ強いんだろ? 親父はともかくイルミどうにか殺せねぇ?」

 

 そんな物騒なことを聞いてくるキルア。もう私を舐めることはしないが、私の視界にはそのイルミさんが映ってるのにそんなことを聞くだなんて私を殺したいのかこの子は。

 幸いだったのはイルミさんとは距離があるし、声もキルアのお家関係の話だったから落としていたおかげで聞かれてないってことだ。

 

 しかしイルミさん、か。身体能力はあちらが上、念についてもあちらが上。基礎の能力では私が負けている。

 念に関してはイルミさんは操作系っぽいけど、あの針に操作系特有の一撃必殺的な効果があるかもだし、その場合は彼の肉体も相まってかなり厄介な相手だ。

 念能力者同士の戦闘だし、一応能力の相性次第ではどうにかならないこともないけど、それでもやはりキツいだろうね。

 やってみないとわからないとはいえ、今ある情報だけで分析しても厳しそうだと、考えた末の結論を述べる。

 

「えー、あー、んー……たぶん無理、かな」

「やっぱ無理かー……つっても一応多分なんだな。あーぁー、お前がもうちょい強ければなー」

「だってさ、キミら殺しのプロじゃん。私はそっち方面じゃないんだよ」

 

 後頭部で手を組んでぼやくキルアにそう返す。もうちょい強ければってなんだ、イケそうだったら本当にやらせるつもりだったのか。

 実際私の能力は攻撃面にも有効だが防御でこそ真価を発揮するのだ。

 私は戦闘スタイルもスピードタイプだし。腕力よりも脚力を重視して鍛えてきたのだ。

 全ては生き延びるために。だから最初から殺しのために肉体を、技を磨いたイルミさんに勝つのは難しい。

 

 というか、そもそも私の能力は実はそんなに強いわけではないのだ。オーラを盗んで自己を強化すると言うと強そうに思えるが、そうでないのは私が特質系であることに起因する。

 特質系の私はオーラの強固さでは他系統に劣る。単純な自己強化の場合、纏う量が増えようとも単位あたりの強度は変わらないから、結局は同程度の変化や放出系能力者にも劣る程度。

 しかも能力一つ使ってそのレベルの私に対し、彼らは何の能力も使わずしてそれなのだ。そこに彼らの能力が加われば、結果は言わずもがな。

 強化系相手には決定打にかけるし、操作系や具現化系のような一撃必殺やトリッキーさもないので、その系統の戦闘タイプの能力者と戦うのも厳しい。

 能力の発動条件もそれに拍車をかける。オーラの攻防力の低い私がオーラを盗むためには相手に接近する必要があるし、また盗むのは接触時しか不可能だから危険度が高く、最悪自己強化するまえにやられてしまうことだってある。

 この戦闘面での欠点は、盗むという行為が他者を肉体的に害するという行為とあまり結びつかないので仕方なくはあるが。この辺りはもう諦めて折り合いをつけている。

 このように、能力本来の性能では他系統の能力者に劣るのだ。

 牽制用の能力も、実は念弾に毛が生えた程度の威力、利便性しか無い。これはそもそも攻撃に重きをおいてないし、ある程度使えればよかったからなのだが。

 というか、同サイズの念弾と卵なら、着弾時に破裂によって威力が分散しない念弾のほうが総合的な破壊力は強かったりもする。

 追加効果もあるものの、それも効果が高いとは言い難いものだし。

 

 念能力者には、それぞれが生まれ持つ才能というものがあり、その多寡によって身につけられる能力の規模が異なる、と私は考えている。私はどちらかと言えばそれに優れていると思う。

 私の持つ2つの能力。後者はそもそもの性能から、前者は私の系統から、接近戦がそもそもリスキーなのでどちらも効果が高い能力ではない。なので能力の規模としてはあまり大きくない。

 故に私にはまだ大技1つを習得するくらいの余地があったのだが、戦闘における決定的な能力を考えていた私は、既にそれを修得することができなくなってしまっている。

 その原因は、突発的な除念能力の発現。本来除念は結構な規模の能力なのだが、自然発生だからか何なのか、原理は私には不明ではあるけれど他の2つの能力とあわせても私の才能の内に収まりきるものだった。

 とはいえ、流石に能力の行使が厳しくはなっていたので、誓約と制約によってその規模を縮小させてなんとか問題を解決したが。

 解決したとはいっても、能力が普通に行使できるギリギリのラインだ。本来は大なり小なり余裕を持たせるべきなのだけれど、これもまぁ仕方ない。

 

 便利だし、読めなかった本を読めるようになったのでいい能力ではあるけれど、私の念能力は戦闘において結局微妙な感じになっているのだ。

 世の中には、とんでもない規模の能力をバンバン使う能力者もいるにはいる。そのごく一部の人の戦闘能力はきっととんでもないものだろう。

 逆に余地があっても新たな能力を習得せず、今あるものを更に効率良く使用する方針の人もいて、実際それも戦闘能力が高い。

 

 しかしながら、微妙な感じでもそれなりにうまく活用すれば、能力の規模以上の効果を発揮することだって出来る。

 ヒソカのバンジーガムなんかがいい例だ。伸縮性と粘着性を兼ね揃えたオーラ。ただそれだけの、決して規模は大きくないであろう能力。

 だけどそれもヒソカの手にかかれば、移動攻撃防御となんでもござれなシロモノに早変わりである。あの能力は規模に反してアホみたいに高い性能を誇る。

 

 私の能力だって例外ではない。能力そのものが強くないからといって、戦闘における効果が期待できないわけはない。

 大切なのは、自分の能力を見極め良く理解し、最高の形で最大のパフォーマンスを発揮すること。自分の能力で何が出来るのかを突き詰めて考えていくことこそが重要。

 私は、そうやって自分と能力の最適化を行い、その効果を高めている。同程度の実力者でそれを行なっていない者にも勝利することが出来るほどに。

 

 だからこそ、無理だと言い切らないのは、やりようによっては勝てるかもしれないし、無理と言い切ることで自分の中でその可能性を閉ざしてしまうから。

 念は精神状態も大きく関わる。戦闘時は、自信に溢れているぐらいがいいのだ。そのほうが力を出し切れるから。

 無理だと決めつけて戦うと、念も萎縮してしまい全力を出せなくなるおそれがある。

 だから弱気な発言はしても、そうだと断定する気はない。だからいつもやればできる、私はできる子、と心で自分に言い聞かせるのだ。

 その自己暗示こそが念を安定させ、どのような状況であれ100%に近い実力を発揮することが出来るのだ。

 

 その後もポツポツと取り留めもない事を話していると、少しだけ遅れてゴンたち3人もゴール地点へ戻ってきたのでそちらと合流する。

 キルアもゴンと会えて嬉しそうだ。だからって他2名がアウトオブ眼中なのはどうかと思うけど。扱いに差がありすぎる。

 まぁいい。それならばその代わりに私があの2人に絡んで親密度を少し上げておくとしよう。

 少年たちを見守る二人に、暇つぶし目的3割、打算7割の心境で声をかける。

 

「おつかれ、レオリオ、クラピカ。3人は一緒に行動してたの?」

「おぉ、メリッサか、お前も6点集められたんだな。オレとクラピカは初日に合流して、ゴンとは昨日だ」

 

 私の質問にはレオリオが答える。そのままこの1週間の大雑把な流れを聞いた。

 ジュースおじさんトンパのとその仲間の騙し討ちを受けたこと、クラピカの介入で事なきを得、そこでクラピカの点が集まったこと。クラピカのターゲットがトンパだったらしい。

 その後は3日目にヒソカに遭遇し、番号札1枚を交換条件に戦闘を回避したこと。

 ここはマジで同情する、私は会わなくてよかった。確かその日の夜はおぞましい程の粘っこい殺気を感じた。誰だかはすぐに分かったし、触らぬピエロにたたり無し、ということで私は近寄ってきたら逃げる準備さえしていた。

 そして昨夜に漸くレオリオが6点集まったこと。その時にゴンが蛇に突っ込むというかなりの無茶をしたらしいけど、あの子はなんか凄いなぁ、思考がぶっ飛んでいると言うかなんと言うか。

 

「っていうことはさ、レオリオとクラピカは1週間ほぼ一緒だったんだね。マジでおつかれさま、クラピカ」

「あぁ、そう言ってもらえると私の苦労も報われるようだよ……」

「おい待てテメーら、どういう意味だそりゃ!」

 

 一通り話を聞いた後、神妙な顔で労う私に、これまた神妙な顔で頷くクラピカ、そしてそれを見て憤るレオリオ。一拍置いて皆で笑い合う。

 この二人もなかなかいいコンビだ。そしてレオリオは弄られた時のリアクションの良さはピカ一だ、素晴らしいね。

 だからといってクラピカがヤバいと判断したときは容赦しないけど。もしも邪魔をするなら残念だけれどレオリオも、だ。

 

 

 

 終了のアナウンスから1時間後、今現在ゴール地点に集まっている10人の四次試験通過が言い渡された。

 周囲を見渡してみると、最終試験へ進むのは私、キルア、レオリオ、ゴン、クラピカ、ヒソカ、イルミさん、頭に布巻いた人、壮年の武闘家、そして忍者。

 後半の3人は名前も知らない、特に忍者以外は印象にも残っていなかった。

 

 こうして改めて見てみると、まぁこんなもんかってメンツだ。正直頭に布巻いた人と、レオリオは予想外だけど。

 頭に布巻いた人は身体能力はこの中でも一番低いんじゃないだろうか。とはいえこの試験を通過したのだから、きっと狩り(ハント)の技術はあるのだろう。弓持ってるし、いかにも慣れてそうな感じだ。

 レオリオなんか一次試験のマラソンでバテてたのに、スタミナ以外のポテンシャルは意外に高いようだ。よくよく考えればさもありなん、なぜならヒソカも認めるレベルだし。

 武道家は、まぁここまで残ってても不思議ではないと思う。年季も入っているし、心技体のバランスもいいだろう。

 忍者は念は使えないけど身体能力はかなり高いみたいだ。二次試験の様子を見るに、少し頭が足りないかもだけど。というか彼、絶対ジャポン出身だよね、忍者だし。時間があればジャポンについて語り合いたいなぁ。

 その他は予想通りかな。イルミさんにヒソカにキルアは言わずもがなだし、クラピカは総合的に高い能力、ゴンも高い身体能力。

 

 一通り四次試験の通過者についての分析を終えて待機していると、島へとハンター協会の飛行船が近づいてきた。通過者は島にやってきたその飛行船に乗せられ、次の会場へと向かう事となった。

 四次試験開始前のパイナップルさん曰く、次が最終試験だ。長かったハンター試験も漸く終わりが見えてきた。

 思い返せば試験の期間は長かったけれど、私は試験中特に苦労した覚えはないのであっけないもんだ。私にとって一次と二次はぬるく、三次も仕掛けは特に脅威ではないし長くて面倒なだけ、四次に至ってはほとんどぐうたらしていたし。

 でもまぁ、その中でもそれなりに得るものもあったし、いい経験になったんじゃないかと思う。

 

 受験生を乗せた飛行船が飛び立ち、ゼビル島から離れて行く。飛行船の窓から見えるゼビル島は、窓に置いた左手だけで覆い隠せてしまえるほどに小さくなっている。

 あの島は私に、流星街とは違う長閑な自然の中での自給自足の経験をさせてくれた。それは決して悪いものではなかった。

 ゼビル島から視線を外し、宛もなく飛行船をさまよいながら最終試験に思いを馳せる。

 今度は何をさせてくれるのだろう。

 少し、楽しみだ。




ゴレイヌさんとか、ピトー、プフ、モラウ、レイザーとかは、ヒソカで言うところのメモリがものすごく多そうですよね。
ゴレイヌさんの入れ替えによる奇襲、ピトー、モラウ、レイザーの能力の規模、プフの物理攻撃無効の分裂などはかなり厄介なものです。


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21 二者面談

 することも特に無いので、どこかにゆっくり出来るところはないかとブラブラ歩いていると、テーブルのある広い空間で忍者のまばゆい後ろ姿が、そして同じエリアの少し離れたところに壮年の男性と青年が休憩しているのが目に入った。 

 前々から気にはなっていたし、忍者は同郷、いや私の故郷は流星街だけど第二の故郷ジャポン出身だろうし、絡んでみたいと思っていたので声をかけてみることにした。

 

「どうも、忍者さん」

「ん? おおなんだ、88番の嬢ちゃんか。よくオレが忍者だってわかったな」

 

 わからいでか。

 後ろからかけられた私の声に、振り向きながら朗らかに返答する忍者。割とでかい声で話すところも見たから寡黙ってわけじゃないだろうとは思っていたけれど、結構とっつきやすいみたいだ。

 こうして近くで見てみると、しっかりした体格の割にはまだ顔に少し幼さが残る。多分レオリオと同年代くらいだろう。いやレオリオの顔面年齢は結構いってるけど、実年齢なら同じくらいなはず。

 そんな若干レオリオに対し失礼なことを考えながらも口を開く。

 

「いやそんな格好してたら忍者知ってる人なら誰でもわかりますよ」

「あー、確かにそうかもな。アンタ、寿司も知ってたみてーだし忍者も知ってるってなると、ジャポン人か? 奇遇だなぁ、オレもジャポン人だ。まさかこの試験で同郷の人間に会えるとは思わなかったぜ」

「色素はそれっぽいけどジャポンに住んでたってだけで、故郷は別なんですよ。好きですけどねジャポン」

 

 そうなのかー、いいよなぁジャポン、和の国! とのたまう忍者。かなりのマシンガントークでちょっとビビッた。

 随分とおしゃべりな人だ。光を反射して最も目立つ頭部を惜しげもなく晒しているし忍んでいる感じは全然しない。

 機密とかポロッと喋ったりしちゃいそうだなこの人、と余計な心配をしていると忍者が自己紹介を始めた。

 

「オレはハンゾーってんだ、最終試験に残った者同士、今更なんだがよろしくな。っと、コレ名刺な。あぁそれと敬語とかそういうめんどくせーモンは取っ払っちゃってくれや、そういうのやられるとよーもうくすぐったいのなんのって。部下とかにはそういう事言っても聞いてくんねーからちょっと困ってんだけどな」

 

 お許しが出たのでりょーかい、私はメリッサねと軽い調子でハンゾーに返しつつ、差し出された名刺を受け取り、それをしげしげと眺めた。

 忍者って名刺持ち歩くものなのか。私の中の忍者のイメージが音を立てて崩れたんだけど。この人だけだと信じたい。

 しかもその名刺の内容は、雲隠流上忍の半蔵という彼の名前と、おそらく彼の携帯の番号。所属流派まで書いちゃうだなんて随分と自己主張の激しいことで。書いてる内容はサラリーマンと変わらない。

 しかしハンゾー上忍なのか、それならば納得の強さだ。確か忍者の階級には下忍、中忍、上忍があり、上中下の順に強かったはずだ。

 私が敬語を外したことに気をよくしたのか、先程よりも明るい調子の声をかけるハンゾー。

 

「あっ、そういや部下で思い出したけどよ、こないだ、つーか試験の1週間くらい前な、部下2人連れて結構穴場の上手い蕎麦屋に連れて行ったんだよ。そしたらよーその内の一人がな、なんと山葵を蕎麦のつけ汁に溶かしやがったんだよ! 信じらんねーよな!?」

「それは信じられないね、私も山葵乗っける派だし、山葵大好きだし」

「だっよなぁ、わかってんじゃねぇかメリッサ! 山葵っつーのはよぉ、一口ごとに好きな量乗っけて食うべきだよなぁ。山葵の量を変えて、蕎麦と山葵との香りや風味の比率の変化も楽しむもんだ! 汁に溶かしちまったりなんかしたら味が単調になっちまうし、そんなんじゃ薬味の意味もねーべ? いやまぁ、蕎麦の薬味の正しい使い方なんてねーし人それぞれだってのは分かってっからソイツに特になにか言ったりはしなかったけどよぉ、乗っける派からしたらちょっとモヤっとしちまうんだよな」

「食べ方は自由だもんね。山葵を口に入れてから蕎麦を啜るのも結構イケるよねー、特にいい山葵だとそっちは最高!」

「おーわかるわかる、おろしたてだと辛味を抑えて風味が強いから、そこに蕎麦をズズズーッと勢い良く啜った時なんかもうたまんねーよな! でもやっぱオレは基本的には乗っける派だね、断然」

 

 ものすごい勢いで喋るハンゾーの言葉にコクコクと頷く私。何故唐突にそんな話になったのかというツッコミは無粋なので入れない。

 しかしこの忍者、滅茶苦茶饒舌である。だがしかし、つい10日程前まで現役の女子中学生だった私を舐めないでもらいたい。

 勢いだけで中身の無い、ノリだけの会話などいくつもこなしてきたし、それを楽しんでもきた。学生というのは大概が取り留めもない会話で盛り上がるのが大好きなのだ。

 その経験を生かして、この勢いの会話でも難なく付いていってみせるさ。というかむしろウェルカムさ!

 

 そこからの私とハンゾーは和食談義に花を咲かせた。咲き乱れさせた。

 好きな納豆の粒の大きさに始まり納豆に入れる薬味のお気に入り、または意外に合うものや、漬物は何がどう美味しいのか、緑茶は何茶がいいか、和菓子は何がどう美味しくて好きかなどを熱く語り合った。

 しかし団子の話で私があんこ派、ハンゾーがみたらし派で両者譲らず熱が入り、そこからあんこはつぶあん派かこしあん派かで更にヒートアップし、最終的にはインスタント麺はたぬき派かきつね派かで双方たぬき派だったので和解に至った。

 と思ったら、かき揚げは先乗せ派か後乗せ派かでまたぶつかり合うという、なんだかよくわからない、しかし非常に実のあるような気がするトークを繰り広げていた。

 後乗せのサクサク感の素晴らしさは認めるが、私はやはり先乗せのトロッとした感じが好きだ。予め粉々に砕いて汁に溶かし込むのも大好きだ!

 

 

 

『えー、これより会長が面談を行います。番号を呼ばれた方は2階の第一応接室までお越しください』

 

 私とハンゾーの話が好きなアイスの種類になって、私のあずきバーとハンゾーの雪見だいふくでまた激突し、なぜかそこからシフトしてたい焼きは最高であると合意して固く握手をしている時にそんなアナウンスが響いた。

 思わず近くの壁についていたスピーカーを見上げる私たち。両者の意識がそれたことにより、この論争も終りを迎えることとなった。

 ちなみに同じ空間にいて一部始終を聞いていた男性と青年は、辟易しているのか感心しているのか、なんだかよくわからない表情を浮かべていた。

 しかしこのアナウンスはおそらくナイスタイミングである。たい焼きと言ったら頭から食べる派かしっぽから食べる派かでぶつかる恐れがあったからね。

 ちなみに私は頭から派である。尻尾は生地の比率が多く、食べ終わった後のあっさり感が好きだ。

 まぁたい焼きならば妥協案として真ん中から派を悪者に仕立てあげることで衝突を回避することは一応可能だけど。

 

「面談かぁ、何聞かれるんだろうね」

「さぁな、でも受験動機は聞かれるんじゃねえか? しっかしこんな時に面談とはな、試験と関係はあるんだろうが、まさかこれが最終試験ってわけでもないだろうし」

 

 思わずそう声をあげてしまう私。ちなみにこれは最初に呼ばれたヒソカの面接担当の人を憂いての発言でもある。半分もまともな答えが返って来ればいい方だから大変そうだ。

 そして返された答えになるほど、と思う。確かにハンゾーの言う通り試験に関する面談ならば動機は確実に聞かれるだろうね。

 しかし、動機か。私のは他の人からすれば大したことない理由に思えてしまうかもしれないし、それが合否に関わるとかが無ければ良いんだけど。

 あ、そういえば。

 

「今更だけど私たちお互いの受験動機とかその辺は一切触れてないよね」

「そういやそーだな。まぁオレのは隠すようなもんでもねーし教えてやるよ。幻の巻物”隠者の書”、コイツを探してんだ。一般人じゃ立ち入れねー国にあるらしいんで、ハンターライセンスが必要になったってわけだ」

 

 ハンゾーの目的は幻の巻物、か。ここに来て漸く忍者っぽいな、巻物ってところだけだけど。

 幻だなんて、そんな大層な肩書きならばさぞ貴重な書物なのだろう。どんな内容なのかは分からないが、手に入れたならぜひ貸してもらいたいものだ。

 ”隠者の書”の内容に気を取られていたせいで、へぇと生返事した私の様子を気にすることもなく、ハンゾーが私の志望動機を問いかけてきた。

 

「んで、お前は? 言いたかねーってんなら別にいいぜ、フェアじゃねーとかゴネる気もねーしな」

「私は別に明確な目的があるわけじゃないんだよね。ライセンスがあれば出来ることっていうのに興味があるだけで、大した理由じゃないよ」

 

 彼の問いかけには大雑把に少しぼかして答えておく。犯罪者なんだから趣味趣向をペラペラと喋るもんじゃない。それはつまり私の傾向が明るみになることに繋がるからだ。

 しかも彼はおしゃべり好きで、人の秘密を喋るようなことは忍者だし無いだろうけども、一般人じゃ読めない本が読みたいだなんて理由なら秘密というほどではないと思うし、”隠者の書”の流れでポロッとこぼしてしまうかもしれない。

 だからといってこんなことを秘密扱いするのも逆に怪しいというものだ。なので質問には答えられる範囲で答える。

 まぁ、彼も裏の人間だから話さなかったとしても察して流してくれるだろうけど、一応ね。

 それに明確な目的がないというのも強ち嘘ではない。ライセンス使って無節操に読みたいから特にどの本が読みたいっていうのは無いし。

 そう、嘘ではない。私は真実を話さないことはあるが、嘘はつかないのだ。

 

「ふーん。ま、いいんじゃねえの? ただの興味だろうがなんだろうが理由は理由だ。それにオレはこの場合は動機とか、過程に貴賤なんか無いと思うぜ。こんなもん取った後に実際に何をするかだろ、結局はよ」

 

 私の答えを受けてそう返すハンゾー。そんなもんなのかな。

 立派な理由でライセンス取ったのにそのあと馬鹿な事やったり、またはその逆ってうのも確かにあるんだろうし、そうなのかもしれない。

 そう思えばこそ、気が向いたらだけれど、今後ハンターとして偶々見つけた希少な本とかを協会に報告して保護してもらうのもいいかもしれない。

 あくまでも気が向いたら、だけど。

 

 その後もポツポツと会話を続け、53番の青年が呼ばれてこの空間を離れてから数分後に88番が呼ばれた。私だ。

 ヒソカと53番もあまり間が開かなかったし、面談といっても簡単なものなのかもしれない。

 

「それじゃ、呼ばれたから私行くね、楽しかったよ」

「おう、オレも楽しかったぜ。こういうのも何だが、お互いがんばろうぜ。つっても最終試験でぶつかったときは容赦しねぇがな。負けても恨むんじゃねえぞ」

「こっちのセリフ。まぁ、がんばりなよ。せいぜい私と戦う事のないように祈っておくんだね」

 

 ニヤリと笑いながら言うハンゾーに私も笑みを浮かべながら返す。

 そのまま何やらうんうん頷いている男性を尻目に応接室へと足を向けた。

 

 

 

「失礼します」

「よく来たの。まぁ座んなさい」

 

 ノックをして扉を開けるとネテロ会長に出迎えられた。まさかハンター協会会長とこんな距離で会話することになるとはね。

 ということは受験生の面接担当はこの人で、つまりヒソカも会長と会話したのか。喧嘩売ってないだろうなあの節操無し。

 迎えられた部屋の中は低いテーブルに、座布団。壁には掛け軸があり、しかも畳部屋。おもいっきり和室だ。

 和室なのでそれに倣って座布団に正座すると、ネテロさんが口を開いた。

 

「これからいくつか参考程度に質問をするがいいかの?」

 

 ここまで和室っぽくしたのだから、贅沢を言うならテーブルではなくちゃぶ台で、更にお茶とお茶受けを用意して欲しかった。

 しかし無いものは仕方ないので、テーブルに向けていた視線をネテロ会長へ向けて頷く。

 

「ではまず、なぜハンターになりたいのかな?」

 

 やはりきた、動機の質問。

 ここでもやはり馬鹿正直に本が読みたいなどと言うつもりはさらさら無い。

 しかし一応先ほどのハンゾーとの会話で、私はこの場においてある程度マシな回答を見つけることができた。

 

「ライセンスがあると様々なことが可能になるので。それで以って何を為すのかはまだ決めていませんが」

 

 実際に多少の心境の変化もあったし、これであれば変に思われることもないだろう。

 こういう手合いには隠そうと意識してはいけない。事実僅かでも思っていることを口にするのが最善だ。

 このように細かいところに気を配ってこそ安全は保証されるのだ。このお爺さん、鋭そうだし。

 身元バレ駄目、絶対。

 まったく犯罪者はこういうところ大変である。

 

「なるほど、それはじっくり決めていくといい。では、お主以外の9人の中で一番注目しているのは?」

 

 反応を見るに問題はなさそうだけど、今度はそんな質問が帰ってきた。注目、か。

 ヒソカなんかは意識しないように努めても嫌でも目につくけど、そういうことを聞きたいんじゃないだろうな。

 注目っていつとやはり現在の能力と、あとは将来への期待度を規準に考えるべきかな。

 そうすると、これはキルアかな。

 こういう場では個人名よりも受験番号のほうが適切だろうということで、キルアの番号を思い出して回答する。

 

「99番ですかね。現状の能力も高いですし、将来性も高いですし」

「ふむ……では、最後の質問じゃ。9人の中で今一番戦いたくないのは?」

 

 最後の質問、か。やはり割りとあっさり終わったなぁ。

 これは悩むまでもない。今はという意味ならば、この場でイルミさんと事を構えたところで大事には至らないだろう。

 なのでアイツ以外居ない。

 

「44番ですね。一応知り合いみたいなものですし、そういった意味でもやりにくいですから今は戦いたくないです」

 

 ヒソカも一応は蜘蛛なので表立って敵対するわけにもいかない。戦闘なんかしたら私は敵意や害意を抑えきれるとは言い切れない。

 それをしたら蜘蛛の殆どの人がよくやった! って言うかもしれないけども少なくともクロロはそれを良しとしないだろうね、あんなんでも一応蜘蛛ではあるんだから。

 その辺りクロロは頭が硬くてよろしくない。身内だからといって無条件に甘くしては駄目である。

 

 それに戦いたくないのも、あくまでも今は、だ。

 明確にヒソカが蜘蛛に、クロロに害意を表したら戦うし、殺す。

 幸い能力の相性では私に分がある。バンジーガムなんてオーラを盗みたい放題だ。

 とは言え、地形などの条件によってはやはりあの能力は脅威ではあるが。

 

「うむ、ご苦労じゃった。下がって良いぞ」

 

 やはり大して時間はかからないらしく、面談の終了がネテロさんの口から告げられたので、礼をして部屋を後にする。

 到着まではまだ時間があるだろうし、どこか適当な場所で仮眠でも取ろうかと、飛行船を彷徨う。

 

 いつの間にか飛行船は海上ではなく地上を飛んでいるようで、そこかしこにある窓から見える景色には、ありふれた街並みが広がっている。

 それを眺めつつ先ほどの面談を思い出す。ネテロさん、終始一貫してまったくの隙だらけだった。

 それなのに私が攻撃したとしたら、それが届く前に反撃を受けるビジョンは鮮明に脳裏に浮かんだ。

 垣間見えた彼の深淵は、絶対に敵として相対したくないと思わせるほどのものだった。

 

 まったく、とんでもない爺さんだこと。



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22 負け上がりトーナメント

 寝るのに適している場所を探して、人気のない通路を歩く。いや、人気のなかった、が適切か。

 適当に歩くよりもネテロ会長に休めそうな場所聞いておけばよかった、と後悔しているときにそれは起こった。

 

「やぁ☆」

 

 なんという事だろう、休める場所を探していたのにも関わらず、一緒に居て心休まらないピエロに声をかけられてしまった。

 私はげんなりした表情を隠そうともせず、気配を絶って後ろから声をかけるという無粋なことをしたヒソカへと振り向いた。

 

「……なに? 私さっさと休みたいんだけど」

「つれないなぁ、そんな事言わずにせっかくなんだからオハナシでもしようじゃないか◇」

 

 そんな私の心境を承知の上でヒソカが言う。オハナシとか言われてもこっちからは特に無いので遠慮したい。

 だけどまぁ、こういうのは拒絶するのではなく相手の要求をある程度飲んであしらうべきだろうと、溜息の後に条件付きで承諾する。

 

「しょうがないから1分だけ付き合ってあげるよ。で、何の用?」

「……短か過ぎないかい? うーん、まぁいいか★ 二次試験の時スシを知っていたようだし、それでキミは普段どんなところにいるのかってちょっと気になってね◆」

 

 キミに限らず、”彼ら”全員に言えることだけど、と付け足したヒソカ。ここで言う”彼ら”とは蜘蛛のことだろう。

 しかし普段、か。ヒソカに私がジャポンで生活していたことは知らないし、知られたくない。というかそのことを知っているのは蜘蛛の中でもクロロとマチとパク、それと戸籍を用意してくれたシャルだけ。

 コイツに自分の情報を漏らすと碌な事にならないだろうから言いたくないけど、当り障りのないことなら言ってもいいだろう。

 

「普段って言われてもなぁ……。最近ならジャポンで寿司とか蕎麦食べたり、イジプーシャでコシャリとかマハシー食べたり、トレコでケバブとかキョフテ食べてたかな。他にも色々行ってるね」

「なるほど、それでスシも作れたのか……というか、食べてばかりじゃないか◆」

「いや、一応やることはやってるけどさ」

 

 食事のことばかりで、ちょっと呆れたような顔をするヒソカ。嘘はついていない。実際その国には休日なんかを利用して盗みに行ったのだ。

 でも飽くまでも盗むのがメインで、食事はついでである。別に食事目的でその国に行っているわけではない。断じて無い。大概必要以上に滞在したりしてるけど、無いったら無い。

 

「君は食事の美味しい所を好むようだね◇ じゃあ時間もないし、ボクはもう行くよ★ ああそうだ、美味しい処知ってるんだけど今度一緒にどうだい?」

「遠慮します。お構いなく」

 

 律儀にも1分が経過する前に去って行くヒソカの提案を敬語で冷たく却下する。断られるのは予想通りだったようで、くつくつ笑って残念、と残念そうでもない口調で言って去っていった。

 ヒソカと食事なんて行ったら、胃の中のものと言わず臓物を撒き散らすことになりそうな食後の運動がもれなく付いてきそうなのでお断りだ。たとえそれがなくてもお断りだ馬鹿野郎。

 私は命がけの戦闘を楽しむ感性は持ち合わせていないので、そういうお誘いはマジでやめて欲しい。更に言うならそういうのでなくてもお誘い自体やめて欲しい。

 渡した情報も、それで私の行動が予測できるわけでもないどうでもいいものなので、難しい顔をしてその後ろ姿を見送るのをやめ、さっさと忘れて休むために踵を返した。

 

 

 

 空の旅は特に問題もなく、私たちを乗せた飛行船は審査委員会の経営するホテルへと到着し、最終試験まで少しの間休む事となった。

 そして四次試験終了から3日後、私たちはホテル内の一室へと集められ、会長の説明を聞いている。

 かなり広い部屋で、あの時のネテロさんの質問内容から察するに、おそらく受験生同士で戦闘になる可能性が高い。

 まだ勝負の形式がどういったものになるのかはわからないけれど、とりあえずヒソカと戦うことにならなければそれでいい。出来ればイルミさんも嫌だけど。

 

 ちなみに余談ではあるけれど、試験中に仲良くなった忍者から名刺をもらったことを楓と椎菜に教えたところ、絶望されてしまった。

 曰く、イメージが完全に崩れただの、サラリーマンみたいで嫌だだの、どういうことだってばよだの。

 よかった、これで私とおそろいだね。友達っていうのはかくあるべきだと私は思うんだ。

 別に道連れにしたわけじゃない、決して。

 

「最終試験は1対1のトーナメント形式で行う」

 

 最後はタイマンで決めるらしい。って、ひょっとするとこれって合格者一人になるんじゃ? と思ったけれどどうやら杞憂だったようだ。

 トーナメント形式の対戦組み合わせ表を発表したネテロさんが言うには、たった1勝するだけで合格である、と。

 つまり負け上がりのトーナメントということになる。あのトーナメントの頂点は負け続けたもの、つまり不合格者の座だ。

 対戦表にはこの場にいる全員の受験番号がある。

 

「要するに不合格はたった1人ってことか」

「さよう。しかも誰でも2回以上の勝つチャンスが与えられている。何か質問は?」

 

 ハンゾーの疑問をネテロさんが肯定し、問いかける。今年は最大で9人合格できることになるのか。

 しかし、ネテロさんの言った2回以上の言葉通り、このトーナメント表は個々の戦闘回数にばらつきがある。その最低回数が2回なのだ。

 何故このような形なのだろうという私の疑問を壮年の男性が代弁する。

 

「組み合わせが公平でない理由は?」

「うむ、当然の疑問じゃな。この取り組みは今まで行われた試験の成績を元に決められている。簡単に言えば成績のいいものに多くチャンスが与えられているということ」

 

 このトーナメント表を見る限り、多い人でチャンスは5回もあり、最低の2回と比べると倍以上の差がある。

 そしてこの表は、おおまかに左側のグループと右側のグループに大別できる。

 左側をA、右側をBと仮定すると、Aはハンゾー対ゴン、その敗者と53番の青年、その敗者とキルア、更にその敗者とイルミさん。

 右側は191番の男性対私、ヒソカ対クラピカの敗者同士が次に戦い、更にその敗者とレオリオ。最終的にAの敗者とBの敗者同士で不合格者を決める形になっている。

 私に与えられたチャンスは4回、まぁ多いほうだろう。それに相手はあの壮年の男性、私の負けはない。

 

 しかし会長が説明した対戦表の組み合わせについてキルアが不服を申し立てた。確かに彼は高いポテンシャルを持っているが、チャンスは3回と多い方ではない。

 でもキルア君よ、あなた受験動機が超テキトウじゃないですか。ネテロさんとの面談も多少参考にするって話だったんだからむしろ妥当でしょうよ、一昨日聞いたけど医者志望だなんてかなり立派な目的を持ってるレオリオなんかチャンス2回だぞ、2回。

 イルミさんもライセンス何に使うのか知らないけど2回。まぁこれもあの人はハンターとか向かないだろうから納得。

 ゴンやハンゾーが多いのは、ポテンシャルと志のどちらもがきちんと揃っているからだろうね。

 だがしかしヒソカも私と同じで4回ってのは納得いかない。割りとマジで。あいつは無条件に不合格にして、残り全員を合格させればかなり平和に解決できると思う。アイツにライセンスもたせたら哀れな犠牲者が大量に出てしまいそうだ。

 

 キルアは不機嫌そうにしていて、審査の詳細をネテロさんに問うが、答えてもらうことはなかった。

 けれど、代わりにおおまかな審査基準を教えてもらった。

 

「身体能力値、精神能力値、そして印象値。これから成る」

 

 それと、面談で話した内容を吟味してのことだと。

 身体能力値と精神能力値は、そのまんま肉体面、精神面の総合的なレベル。しかしこれは参考程度で、重要視されたのは印象値である、と。

 それならば私やヒソカ、イルミさんのチャンスがトップクラスでないのも頷ける。

 そしてその印象値というのは何かというと、その2つでは測りうることのできない何か、いうなればハンターの資質評価だという。

 

 資質評価、ねぇ。ハンターの資質として重要なのって一体なんだろうか……、……強欲さ?

 ハンターってなんか物事に貪欲であれば貪欲であるほど結果や功績を残しそうだし、強欲さな感じがしなくもないような。

 イルミさんって無欲なところあるような気がするし、ヒソカは殺人への欲求が尋常ではないし。レオリオは何故か低いけど、医者になって人を助けるって強欲とかそういう感じじゃなくてただの良い人だし、欲のベクトルがハンターにはたしかに向いていないかも。他は知らん。

 

 いやいや、まて。強欲さであれば私だって負けていないはず。強欲じゃないのに泥棒なんかやるもんか。

 とすると、チャンスが4回なのは私に酷い目に合わされたあの監視役が悪いのか……ここにいるから目を向けたら、思いっきり逸らされたし。

 まぁ、勝手に思考を進めてたけど、そもそもその資質評価が強欲さなのかどうかもわかんないんだけどね。

 

「戦い方も単純明快、武器OK反則なし、相手に”まいった”と言わせれば勝ち! ただし、相手を死に至らしめてしまった者は即失格! その時点で残りの者が合格、試験は終了じゃ、よいな」

 

 最後に戦闘のルールを説明してネテロさんが最終試験の説明を締めくくる。

 なるほどね、わりと面倒なルールになっている。ただ単純に相手を実力で圧倒していればいいというわけでもないらしい。

 重要になってくるのは、相手の心をどう挫くか。あるいは、相手にどう負けを認めさせるかに尽きるだろうね。

 正直ヒソカがクラピカ殺してくれれば一番いいんだけど、望み薄だろうなぁ、気に入ってるみたいだし。

 淡い期待を抱き、それを即座にぶち壊されたところで試験の準備が整ったらしく、審判が第一試合の選手をコールした。。

 

「それでは最終試験を開始する!! 第1試合、ハンゾー対ゴン!」

 

 その声を受けて、前へ歩み出る二人。

 ゴンとハンゾーが部屋の中央で対峙し、他は離れたところでそれを見る。退出も自由らしい。

 

 立会人、マスタさんが軽い自己紹介をすると、ハンゾーがそれに絡む。どうやら彼の四次試験での監視役はこのマスタさんだったようだ。

 ハンゾーが四次試験中は受験生にそれぞれ1人ずつ試験官が尾いていた、と今更なことを暴露し、それに驚いた表情を見せたレオリオと、ゴン。

 レオリオは修練も経験も足りてないから当然とは思うけど、ゴンも気づかなかったのか。腕の良い人が尾いていたか、はたまた他のことに気を取られていたのか。まぁ正直どっちでもいいけど。

 

「勝つ条件は”まいった”と言わせるしかないんだな? 気絶させてもカウントは取らないしTKOも無し」

 

 ハンゾーがマスタさんに再度ルールの確認をし、それを肯定される。

 この試験が厄介なものであることは彼もわかっているようだ。如何に強くとも、ただ圧倒すればいいってものじゃない。

 それ以上質問を重ねることはせず、マスタさんの指示に従い両者所定の位置についた。ハンゾーは自然体で、ゴンは腰を落として準備をする。

 いよいよ始まる最終試験の初戦に、辺りの空気も緊張を孕んだものへと変わる。

 

「それでは、始め!!」

 

 その試合開始のコールの直後、ゴンが素早く横に走りだした。ハンゾーはそれを見送り、動かない。

 スピードで撹乱するつもりか。甘い。ハンゾーはもっと早い。

 案の定ハンゾーは、ゴンのおそらくトップスピードであったであろうそれを軽く凌駕して追いついた。

 こと戦闘能力に関して、今のゴンがハンゾーに優っている部分など何一つと知ってない。

 

「大片足に自信ありってところか、認めるぜ」

 

 そう言い放ち、ゴンの首に重く響く手刀を打ち込む。脳を揺さぶるその衝撃に、ゴンの体から力が抜けるが、意識を失うようなものではない。

 倒れこむゴンに、子供にしては上出来だと語りかけるハンゾー。本当に、彼にとっては大人が子供の相手しているようなものだ。いや実際にそうだけども。

 それを見てキルアが苛立ちを隠さずに舌打ちした。自分よりも評価が上のゴンの不甲斐ない姿を見て苛立ちが増したみたいだ。子供かお前は。あ、子供か。

 これが普通の決闘であればもう勝負は決した。アレではゴンはしばらくまともに動けないだろうし、予想通り一方的な試合運びになった。

 

 そのままハンゾーはゴンの上体を起こし、ギブアップを勧める。幸いゴンにはあと5回ものチャンスがあるのだし、ここは以降の試合に影響の出ないうちに降参しておくのが利口な選択だろうね。

 私だったらそうする。なぜならば無駄なプライドに縋るよりは、どんな過程や方法であれ、目的を達成することこそが重要なのだから。

 しかし、ゴンはその要求を拒否。

 それを聞いたハンゾーが更に頭部に衝撃を与え脳を揺さぶり、えずくゴンを冷たい目で見下ろしながら忠告する。

 

「よく考えな、今なら次の試合に影響は少ない。意地はってもいいことなんか1つもないぜ。さっさと言っちまいな」

 

 それでも頑なに拒むゴンに、ハンゾーが追い打ちを食らわせる。

 レオリオもゴンに降参を薦めるが、クラピカがもし自分であれば降参するかと問うと、彼は否と答えた。

 そう、この状況で参ったと言える人間はあまり多くないだろう、これはハンター試験の最終試験なのだから。矜持だってあるだろう。

 でも矜持を持つのは結構なことだが、それとキチンと折り合いをつけていかないと厄介なものに成り下がってしまい、それに邪魔をされてしまうことがある。

 時として、自滅してしまうほどに。

 

 両者の実力差は歴然。

 戦況は覆しようも無い。

 折れないゴンへ、ハンゾーの拷問が始まった。

 



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23 譲れぬ想い

 ハンゾーとゴンの試合開始から3時間。つまりハンゾーの拷問が始まってから3時間。

 観戦者は思い思いの表情を浮かべてそれを眺めていたけれど、私はというと飽きて読書を開始していた。

 私の試合は次らしいから部屋を出るわけにもいかないから暇でしょうがない。だからといって今現在部屋の中央で行われている行為にも興味が無い。

 拷問って言ったって、あんなのぬするぎる。未だに身体のどこにも欠損がないだなんて。

 フェイの拷問を見たことのある私からすれば特に思うことはない。フェイのは腹から内蔵がこんにちはしていることなんて多々あることだし、切り落とした指とか抉り取った目玉を本人に食べさせるとかもザラにある。

 ゴンが拷問されても感想なんてへーそうなのーくらいのものだし。さっき私が本を読んでることに気づいたレオリオに文句を言われたけど、暇だと一言言ったらそれっきりだった。まぁそれどころじゃないんだろうね、レオリオにとっては。

 また何かやられたのか、視界の隅には倒れ伏すゴン。この状況を見かねたレオリオがハンゾーに向かって叫ぶ。

 

「いい加減にしやがれぶっ殺すぞてめぇ!! オレが代わりに相手してやるぜ!!」

「……見るに耐えないなら消えろよ、これからもっと酷くなるぜ」

 

 しかしそれに冷徹に返すハンゾー。ゴンが負けを認めないなら、ハンゾーは続けざるを得ない。これはそういう試合で、ハンゾーはあくまでルールに則って拷問をしている。故に批難すべきは彼でなく、この試合形式を思いついた会長あたりが妥当だ。

 耐え切れずレオリオは足を踏み出すが、同じく試合を見守っていたハンター協会の人がその前に立ちはだかる。

 審判を務めるマスタさんが言うには、この状況で手を出せば不合格になるのはゴン。迂闊に手を出せばこれまでの我慢が水の泡になってしまうとあってはどうすることもできないだろうね。

 

 こちらでごちゃごちゃやっている内に、少し試合に新たな動きがあったようなので読書を中断しそちらに注目する。

 何時まで経っても音を上げないゴンに痺れを切らしたハンゾーが、うつ伏せにした状態のゴンの左腕を極め、腕を折ると宣言した。

 それは今までのような、少し休めば回復するようなダメージではない。それに対してもゴンは降参せず。

 

 ハンゾーがその腕を折った。

 

「さあ、これで左腕は使い物にならねえ」

 

 痛みに腕を抑え蹲るゴンにハンゾーが言い渡す。ついにゴンはこれ以降の試合に確実に響いてしまうダメージを負ってしまった。

 そんなになるまで意地を張る必要なんてないのに、なぜゴンはこの試合の勝敗にそこまで拘るんだろう。

 試験に合格さえ出来ればそれでいいじゃないか。それで不合格にまでなってしまったらどうするつもりなんだろう。

 歯を食いしばり痛みを堪えるゴンの胸中に渦巻く想いは、私には理解できない。

 

 この結果に激昂したのは、レオリオ。全身で必死に怒りを押さえ込んでいるが、次に何かされたら抑え切れない、と言い、クラピカもそれを止めることはしないと言った。

 むしろクラピカも一緒になって飛び出しそうな感じだ。もう少し冷静に物事を判断できる人だと思っていたけど過大評価だったのかな。

 それにしてもこの2人、それはゴンの3時間の努力を無にしてしまうってことをさっき言われたのにまさかやる気なのかな。

 だとすると逆にゴンが可哀想だ。もしそれをしてしまったら、腕まで折られたのに自分の意志とは関係の無い事で敗北してしまうのだから。

 まぁ、やるならやるで別に止めないけど。

 

「痛みでそれどころじゃないだろうが聞きな。オレは”忍”と呼ばれる隠密集団の末裔だ」

 

 自分の出自、経歴を明かし、こと格闘に関してはゴンに勝ち目がないことを懇々と、なぜか指一本で逆立ちするパフォーマンスを混じえて語るハンゾー。戦闘中に長話をするのはどうかと思います。それとあなた今もの凄い隙だらけです。何故目まで閉じたのですか。

 ハンゾーの言葉を聞いて、それを聞いて鼻で笑うキルア。この子さっきからずっと不機嫌である。

 この辺りの話は昨日本人から仔細に渡って聞かされた。忍者の話なんてなかなか聞けるもんじゃないから面白かった、けど。

 なんでも特殊な戦闘技法や移動術、当遁術などはあるけど分身の術とか火遁の術とか、そういうものは存在しないらしく少しガッカリしてしまった。

 昨日はついに名刺だけでなくメールアドレスまで交換した。それはいいんだけど、矢文とかもやはり今の時代はないのだろうか。

 現代の忍者は、メールが届いたので携帯を開いてチェックすると、それのタイトルが”果たし状”だったりするんだろうか。

 

 忍者の現状を憂いていると、ハンゾーの長話の間にゴンはある程度ダメージが回復したようで、立ち上がって攻撃の構えを見せている。だけど本人は目まで瞑ってしまっているのでそれに気づけない。

 教えたほうがいいのかな。あ、でもなんか教えたら周りからブーイングされそうな空気だこれ。

 保身のためにもハンゾーに告げるのは諦めよう。ごめんよハンゾー。

 私は空気の読める女。だからきっとこれは私が悪いんじゃなく、この空気を醸し出す他の皆が悪いんだ、きっとそうだ。

 

「悪いことは言わねぇ、素直に負けを認めな」

 

 ここまで言って漸く目を開いてゴンを睨むハンゾー。が、遅い。

 彼が目を開けた瞬間には既にゴンが距離を詰めて、痛みに耐えつつも蹴りを放った後だった。無駄にカッコつけて、キメ顔のオプションまで追加するからそんな目に会うのだ。

 結果、ゴンの蹴りはハンゾーの顔面にクリーンヒットした。あの位置にあった頭はさぞ蹴り易かっただろうね、毛髪の無さも手伝って本当にボールのようだったし。

 吹っ飛ぶハンゾーと、痛みにバランスを崩すゴン。皆もここまで綺麗に入るとは思わず、唖然としている。

 

「よっしゃあァアアゴン!! 行け!! 蹴りまくれ!! 殺せ!! 殺すのだ!!」

 

 僅かな硬直の後に叫ぶ出すレオリオ。もうこの人ルールとか忘れるぐらいに熱くなってしまっている。殺しはアウトだ。

 ゴンは諦めていないことを告げるがしかし、この空気はなんだか納得がいかない。

 私は四次試験からの3日でハンゾーとたくさん会話し、今ではゴンよりも仲がいいからゴン寄りの感情はない。

 だからこそ、ゴンが馬鹿なだけでハンゾーは普通のことをしているのに、まるでこれでは彼が悪者だと少し同情する。

 拷問だって腕だって、ゴンが降参を拒んだからこその結果。自分で自分の首を締めているだけじゃないか。

 ただハンゾーのほうが強かった、それだけのことなのに。これ逆だったらどうなってたんだろうね、ありえないけど。

 

「わざと蹴られてやったわけだが……」

 

 アレがわざとではないのは明白であるが、そう強がりを言ってレオリオに突っ込まれるハンゾー。鼻血出して涙まで流しているもんだから締まらない。

 ハンゾーはそれらを拭って仕切りなおし、忠告ではなく命令であると告げる。

 

「足を切り落とす。2度とつかないように。取り返しのつかない傷口を見ればお前も分かるだろう。だがその前に最後の頼みだ、”まいった”と言ってくれ」

 

 腕から仕込みの刀を出し、最終通告を下す。

 ここで引かねばこの試験だけじゃなく、今後の人生にまで影響のある大怪我だ。だというのにゴンの返答は。

 

「それは困る!!」

 

 空気が固まった。皆の表情筋も、似たような状態で固まった。

 皆が考えていることもきっと一緒だ。え、今なんて? である。

 

「足を切られちゃうのは嫌だ! でも降参するのも嫌だ!! だからもっと別のやり方で戦おう!」

 

 続けてそう叫ぶ。いやいや何言ってんのあの子。どういう思考回路をしているのか理解できない。

 それはハンゾーも同じだったようで、立場をわかっているのかと激怒する。

 だけど、会場のそこかしこから漏れる笑い声。今ので空気が弛緩してしまった。かく言う私も呆気にとられている。

 

 再度脅されようとも引かないゴン。それどころか足を切って出血多量で自分が死んだらお前の負けだ、などとまで言った。

 ゴンがペースを掴んだ。私もこの返しはまったく予想していなかった。だってそういう問題ではないのだ。

 ハンゾーはその常軌を逸した言動に押されていたけれど、すぐに切り替えてゴンの額に仕込み刀を突きつけ、宣告した。

 

「やっぱりお前はなんにもわかっちゃいねぇ。死んだら次もクソもねーんだぜ。かたやオレはここでお前を死なしちまっても来年またチャレンジすればいいだけの話だ!! オレとお前は対等じゃねーんだ!!」

 

 そう、ゴンとハンゾーは決して対等なんかじゃない。ここでハンゾーを怒らせるのは得策ではない。

 ハンゾーは血が無くならないように足を切ってそのまま降参して、ライセンスは手に入ったが一生ものの怪我を負う可能性もあるのに。

 それどころか、ハンゾーの気持ち1つでは四肢を切られ達磨にされるかもしれないのに。血が出ないように傷口を処理する方法なんて、焼くなどいくらでもある。

 死なない程度に再起不能にする方法などいくらでもあり、それをハンゾーが実行することが問題なのだ。

 それにハンゾーは足を切らずとも、腱をズタズタにしてしまえばいいだけなのだ。それは失血死のリスクがなく、また足を失うのと同義だ。

 なのにゴンは引かない。ハンゾーの目をそらすこと無く見つめている。

 私には、何が彼をそうまでさせているのか理解できない。

 

「何故だ、たった一言だぞ……? それでまた来年挑戦すればいいじゃねーか」

 

 私も、そしておそらくこの会場にいる誰もがゴンがなぜこうまで頑ななのか理解できない。

 何が彼をここまで駆り立てるのか。何を考えているのか。

 

「命よりも意地が大切だってのか!! そんなことでくたばって本当に満足か!?」

 

 声を荒げるハンゾーに、ゴンが答えを返す。

 父親に会いに行くのだ、と。

 

「親父はハンターをしてる。今はすごく遠いところにいるけど、いつかは会えると信じてる」

 

 シンと静まり返った会場に彼の言葉だけが静かに響く。

 

「もしここでオレが諦めたら、一生会えない気がする。だから引かない」

 

 そう、自身の決意を語った。

 父親に会えなくなる気がするから、ここは引けないと、つまりはそういうことか。

 命を擲ってでも自分の信念を貫いた。感情論で、合理性の欠片もないけれど、一心に。

 それを語る彼の言葉はまっすぐで、その目も、決意もまっすぐで、本当に、本当に。

 

 

 

 くだらない。

 

 

 

 

 

 結局試合はハンゾーが折れてゴンが勝ち、合格者第一号となった。

 しかし折れたハンゾーに対し、納得の行かないゴンが、自分が勝てるような条件でもう一度勝負しようといった旨の提案をしてぶっ飛ばされるという一幕があった。

 なかなかとんでもない要求をするね。面白い人間だとは思うけど。

 

 いつか、彼はそのまっすぐすぎる心が仇となって取り返しのつかないことになるんじゃないだろうか、と思う。

 ハンターなんて、場合によってはとんでもない苦難に立ち向かわなくてはならない時だってある。

 そのとき、彼がさっきのような我儘を通そうとしたら、まず間違いなく死ぬか、或いはそれに近い損害を、自分か他人、もしかしたらそのどちらもが負うことになるだろうね。

 彼が強いのならば、問題ないけれど。でも今の彼は弱すぎる。きっと、我を通せるほど強くなるより先に壁にぶち当たり、自らの選択で命を落とす。

 矜持と命を天秤にかけるなんて、くだらない、愚かな行為だと思う。

 死んだらなんにもならないというのに。もう何を思うことも、何を為すこともできないのに。

 

 結局ゴンはハンゾーのその一撃で気絶。合格はしたが、なんだか締まらない。

 ゴンが気絶するように殴ることで、彼が合格を辞退するのを防ぐという思惑がハンゾーにあったのかは定かではないけれど、多分あったのだろうとおもう。綺麗に顎に入った、いいアッパーだったから。まぁ気絶は結果論であってただの素晴らしいツッコミなのかもしれないけど。

 ハンゾーがその懸念を会長に伝えるが、合格者の合格取り消しはありえないとの回答だった。

 その言葉になるほどと頷いて私達の方へ戻ってきた彼に対し、ねぎらいの言葉をかける。

 

「おつかれ、大変だったね」

「ん、おう。次はお前だろ、油断すんなよ」

 

 ハンゾーはあまり負けを気にすることなく返してきた。彼にとっては、この敗北は納得の結果なのだろう。

 ゴンの心を、決意を挫く事ができなかったから、自分の負けであると。彼が敗北を宣言した理由は、それだけではないのかもしれないけど。

 しかしこの試合結果が腑に落ちないキルアが、ハンゾーに疑問を投げかけた。

 

「なんでわざと負けたの?」

 

 殺さない程度にもっとひどい拷問をして、”まいった”くらい引き出せただろう、とキルアは言った。

 キルアの言う通り、拷問の心得があるのならそのくらいのことは簡単だ。

 試合中に私も思ったが、それがあるものからしたら本当にぬるいのだ。だからこそ、キルアはその疑問を口にした。

 

「オレは、誰かを拷問するときは一生恨まれることを覚悟してやる。その方が確実だし気も楽だ」

 

 キルアの問に、ハンゾーはそう返した。拷問をした自分を見る目に負の光がなく、その彼を気に入ったのだと。

 ハンゾーは裏の人間ではあるけれど、敵にもかける情けを持ち得ているようだ。根っからの悪人ではなく、彼にとって裏の事は仕事だからなのかな。

 私とは大違いだ。敵ならば情け容赦なくぶっ潰す。そうしないと生きてこれなかった私は、これからもそうやって生きていく。

 それでいいと思う。今更変えようだなんて思わないし。

 私達にとってはそれが普通で、けれどもそれは普通じゃない。

 

 ハンゾーの答えを受けて、キルアの表情に影が差す。理解できない、測ることのできないゴンに恐怖しているようにも、困惑しているようにも見える。

 今まで会うことのなかった、未知の存在。彼の生きる闇とは対極にある存在。

 キルアの頬を伝わる冷や汗には気づいたけれど、私が何か言うことでもないので、それを無視して部屋の中央へと歩む。

 次は、私。さっきの試合みたいにめんどくさいことにならなければいいけどなぁ、と思いながら対戦相手である壮年の男性と対峙する。

 

「第2試合、メリッサ対ボドロ!!」

 

 戦闘開始。

 さて、どう戦おうかな。



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24 決戦

 既に試合開始がコールされて戦闘が始まっているというのに、お互い臨戦態勢を取らずに自然体で立つ私と男性、審判曰くボドロさん。

 睨み合うどころか、私も彼も相手を見る目に敵意を滲ませることさえしていない。そこは同じだか両者の心情は違う。

 私はこの距離であれば十分に対応できるからこそのことだけれど、対戦相手であるボドロさんの顔に浮かぶのは、困惑。私と戦うことに迷いを感じているらしい。

 目を閉じ、僅かに逡巡した後に構えをとった彼だけど、まだその迷いを拭いきれずに口を開いた。なんでもいいけど試合中に目を閉じるの止めてください、攻撃したくなるから。

 

「私は女子供に向ける拳は持たぬが……致し方あるまい」

 

 そんな甘いことを口にするボドロさん。女子供であっても彼より強い人間は割りといるけれど、別に強弱の話ではなくて気持ちの問題だろう。

 彼が武術を修めた志が、そういった対象にその力を向けることを是としない。きっと彼の力は弱きを守るために修めたもの。

 それは立派なんだろうけど、同時に甘い事この上ない。しかしそういうことであれば、これは利用できるんじゃないだろうか。

 

「じゃあ、試合に条件でもつけます? さっきの試合みたいなことにならないよう、予め合意の上で勝利条件を決めるとか」

 

 私は微笑みを浮かべながら彼にそう提案する。条件次第では双方傷つくこともなく決着を付けられる、魅力的な提案。これで乗ってくればこっちのものだ。

 きっと彼は拒まない。ハンゾーがゴンにしたように、私が降参するまで攻撃を加えることもできないし、だからといって自分がこの試合を降りるわけにもいかない。

 相手が女だからといっても、彼もハンターになるために努力をしてきたのだから。最終試験の大一番で、数少ないチャンスをふいになどしたくないだろう。

 故に、彼の口から出たのは私の提案を肯定する言葉。

 

「ふむ……悪くない提案だ。後はその条件次第だな」

 

 そらきた。

 これでもう私の勝ちは揺るがないし、さっきの試合のような面倒な事もなくなる。

 私が提示するのは、きっと彼が納得できるルール。そして私が楽に勝負を決めることが出来るルール。

 

「お互いここまで残った者同士、私にだって武術の心得はあります。ここまできて実力以外のことで決着を付けるわけにもいかないでしょうし、格闘技みたいに3本先取なんてどうでしょう? なんなら寸止めもありでいいですよ」

 

 まるでスポーツのように、ガードや回避をかいくぐった有効な打撃の回数を競うルール。1本先取のほうが早く終わるけれど、3本先取であればまぐれでの勝利も無くなるので、彼も受け入れやすいだろう。

 武道家であろう彼にとっては願ってもない形式だろうし、さらにそこに寸止めも適用されるとあれば拒む理由はないはずだ。武術を競い、傷つける必要もない、この上なく魅力的なルール。

 十中八九これで勝負のルールは決定だろう。もし駄目だったらもう普通にボコってしまえばいいし。

 

「なるほど……うむ、それでいいだろう。寸止めも有効が良い。負けた方は素直に”まいった”と言う、これで良いな?」

「ええ、問題ありません。攻撃が入ったかどうかは審判さん、判定してもらっていいですか?」

 

 予想通り、私の案をボドロさんが受け入れた。微笑んだまま、しかし内心では全てが私の思い通りだとほくそ笑む。

 そこからさらに判定を審判に委ねる旨を確認し、審判の人がそれに頷いた。公正中立な立場の者の判定であれば文句も出ない。

 これで試合の形式は整った。ハンゾーはその手があったか、と舌を巻いている。

 相手が実直な人間であるならば、こうやって事前に曖昧な勝利条件を明確なものに変えてしまえばいい。

 更に相手が勝利に自信を持っている内にやるのが尚良い。その方が条件を飲みやすいし、逆に追い詰められてからだと変に意固地になって面倒になる。

 私はさっきの試合で学習したのだ。ありがとうハンゾー、キミの失敗は無駄にしないよ。

 

 しかしボドロさん、甘い甘い。あなたにとってこのルールは願ったりだろうけれど、実際はあなたのためのものではなく私のためのものなのだ。

 さっさと3発綺麗に入れるか寸止めしてしまえば、彼も武道家だし、まさかその後ゴネるなんてことはないだろう。

 しかも審判までちゃんとついている。ここまでやってゴネたら、もうね、ガキかと。

 

 ボドロさんが、腰を落としただけの体勢から腕を上げ、構える。

 私も構え、”纏”を解く。たとえ”纏”の状態であっても、念の使えない者をそのままぶん殴ったりしちゃったらエライことになってしまう。

 両者が臨戦態勢を取ったところでボドロさんが口を開いた。

 

「いつでも来なさい。ちなみに私は塩ラーメン派だ」

 

 先手をくれるのか。スタートは改めて審判にお願いしようと思ったけど、くれるって言うならもらっておこう。

 どうせどちらにしろ結果は変わらないのだから。

 そして私と彼は相容れない存在のようだ。3日前、面談前のハンゾーとの会話で、ハンゾーがとんこつ派、私は醤油派だったから。

 そういえば確かに彼はうんうんと頷いていたようだし、私たちのやり取りしっかり聞いていたのか。

 ちなみに結局ラーメンの話は両者譲らず、途中でゆで卵の話にシフトしていたので決着は着かないままだ。

 

「塩ですか、それは残念。では」

 

 私はそう言った次の瞬間に浮かべていた笑みを消し、地面を蹴り真っ直ぐに高速で肉薄してボドロさんの腹に拳を突きつける。拳は彼の腹に入る直前、服に僅かに触れた辺りで停止している。

 ボドロさんは構えの姿勢から動かずに、驚愕に目を見開いている。今の私の動きに反応することができていない。

 せめて油断さえ無ければ、彼は今のスピードなら常であれば対処できたとは思うけれど、見た目に騙され、最終試験まで残った相手なのだということを僅かに失念していた。

 その一瞬程度の意識の隙間は、私が攻撃を入れるのには十分すぎた。

 予想外の結果に会場にいる半数近くの人間が硬直している中、体制を維持したまま審判に視線を投げかける。

 

「い、1本!」

 

 私の視線を受けて慌ててコールをする審判。

 私は腕を引いて振り向き、また先ほどの位置へと歩いて戻り、ボドロさんに視線を向ける。今度は不敵な笑みを浮かべて。

 私の挑発を受けて、ボドロさんが驚愕に見開いていた目を細めて口を開いた。

 

「……なるほど、な。どうやら、油断ならない相手のようだ。すまなかった、全力で戦わせてもらおう」

 

 気を取り直して構えを取りなおすボドロさんの顔は、先程までとは違い鋭い気迫をにじませている。

 先ほどまであった油断や驕りはどこにもない。けれど、それがどうしたっていうんだ。

 私がこの試験で出す全力は、ヌルデ戦で見せた程度のもの。アレ以上のポテンシャルをここにいるハンターたちに見せるつもりはないし、ボドロさんもそれで十分な相手。

 本気になられようが、私の負けは万に1つも有り得ない。勝敗の境界線を明確化した時点で勝敗は決しているのだから。

 さっきの試合のような展開になって、私が飽きて参ったを言うことのみが、私のこの試合における唯一の敗北条件。そしてその心配はもうないのだ。

 

「今度は、そちらからどうぞ?」

 

 私の余裕の笑みと更なる挑発の言葉にも心乱されること無く、ボドロさんが間合いを詰めて拳を放ってきた。

 それを回避し、続けて繰り出された肘を、足をいなし、反撃の蹴りを防御され、距離を取る。

 

 彼の戦いは、まるで教科書のようで、型通りの綺麗な動きだった。何度も何度も反復練習をし、体に染み付いた体術。

 多分私が彼と同程度の身体能力、動体視力だったとしたらかなり苦戦する相手だとは思う。こんな風に基礎が固められている人間には決定打を打込みにくいのだ。

 けど、抑えていても能力はまだ私が上、更に彼の動きもハッキリと見えているので、型通りの動きは逆に対処しやすい。

 

 一呼吸置いて再び距離を詰めて攻撃を再開したボドロさんに対し、今度はこちらからも攻勢に打って出る。

 攻めながらも私の連撃をギリギリのところで捌く彼を、すこしずつフェイントを入れることで徐々に崩していく。

 腕を弾き、足を弾き、崩す。打点をずらし、タイミングをずらし、崩す。20秒にも満たない攻防の中、時間経過とともにボドロさんの手数が減り続ける。

 それに焦り、苦し紛れに放たれた正拳突きを受け流してガードの崩れた顔面へと寸止めのパンチを入れる。

 

「1本!」

 

 今度は間を置かずに審判がコールをし、これで私のリーチ。

 ボドロさんの表情が微かに強張る。彼が全力でぶつかった結果が、これ。

 私は彼の攻撃を難なく捌き、彼は私の攻撃で追い詰められた。 

 

 そのことに今一番驚いているのは観客であるはずのレオリオと、53番。

 いや、53番の人がその反応なのはわかるよ。彼にとって私はハゲ忍者と一緒に何やら変な討論してた奴だし。

 だけどレオリオ、アンタ私の戦い三次試験で見てたじゃん。あの時と同じくらいの力で戦ってるのになんで今更驚くんだろう。

 でも決して彼らの方は見ない。粘っこい視線がどうのこうのって言うことではなく、試合に集中したいからね。油断はいけない、うん。ああピエロうざい。

 

 再び所定の位置に戻り、1つ深く息をついてからボドロさんが動き出して怒涛の攻撃を浴びせてきた。

 この状況であっても一撃一撃はしっかりしたもので、焦りによるミスもない。さすが武道家、精神はタフだ。

 それどころか、キレが増しているようにも思える。まぁ、些細な事だけど。

 

 ボドロさんの攻撃を私は回避するのではなく、こちらから別のベクトルを与えて受け流す。

 私の格闘術はジャポンの武術、合気道をメインに我流で組み立てられたものだ。

 相手の体に触れ、力を受け流す、或いは利用する合気道は私の能力とも相性が良い。

 

 彼の連撃を捌きながら、今の力の私が一撃で仕留められる隙を作らせる機会を伺う。

 そして中段蹴りの足を腕で掬い上げて私の上を通過させ、大きく体勢を崩す。

 そこから立ち直る前の彼の腹部に鋭い蹴りを飛ばし、当たる手前でそれを止める。

 僅かの硬直の後、審判が1本のコールをした。

 これで私の3本、勝負有りだ。

 

「……まいった。私の、負けだ」

 

 目を閉じ、素直に負けを口にするボドロさん。

 両者に大きなダメージはない。それはこの勝負が拮抗していたものでなく、片方が圧倒していた証。彼も敗北を認めざるを得ない。

 スッキリと試合を終わらせることができて私は満足だ。そしてこの勝利の持つ意味は、ハンター試験の合格と、もう一つ。

 私はその喜びのまま、笑顔で試合を見ていた受験生たちの方を振り返り、拳を振り上げた。今だけはこの爽快感のお陰でピエロの不快ささえ吹き飛ばせる。

 

「醤油の、勝ちだー!」

「……っ、無念! 塩派の皆、すまぬっ!」

 

 ラーメン頂上決戦、醤油対塩は、醤油の勝利となった。

 私の勝利宣言に、俯いた顔を悔しさに歪めて歯を食いしばって零すボドロさんと、何故かちょっとついていけていないような、キョトンとした表情の観客たち。

 いやいやなんでポカンとしてんのさ、これは醤油派対塩派の代表戦でしょ? 開始前にその話をして、両派閥の代表として戦ったわけだから。ボドロさんの様子を見ても、双方そのつもりで戦っていたことは明白なのに。

 

 しかしその中で、ハンゾーだけがその瞳に静かに闘志を燃やして私を見ていた。

 私も彼に視線を返す。そういえば奴との決着もついていなかった。

 来いやとんこつ、醤油こそが最強だと証明してやんよ。



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25 合格争い

 立ち直ったボドロさんが私の方へと右手を差し出し、私はそれに答えて固く握手を交わした。対立する立場ではあるが、お互いの情熱を認め、讃え合う。

 握手の最中に審判から私の勝利が言い渡され、これで正式にハンター試験に合格、合格者第2号となった。そして正式に私とボドロさんの間においては醤油が塩に勝ることとなった。

 しかしそれは飽くまでもこの両者間において、である。たとえ私が醤油派の代表として塩派に勝利しようとも、それで全体として本質的な優劣を決められるわけではない。

 もっと言ってしまえば、この事に関しては真の優劣など永久に決まることはないだろう。これは人類の歴史が終わるその時まで常に競われ続け、そして高められていくものなのだ。

 

 私たちの試合は両者共に軽い打撲程度のものしか怪我がなかったので、治療の必要もないのでこの後すぐに第3試合が始まるらしい。

 キルア達に一応祝福されながら他の受験生たちの元へ戻るとき、私とハンゾーの視線が再び交差し、火花を散らした。コイツとも近いうちに決着をつける必要がある。

 視線を絡めたまま彼が口を開いた。

 

「塩に勝ったくらいでお調子に乗るんじゃねえぞ醤油。その程度じゃあオレたちの絶対的地位は揺るがねぇ」

「ほざけとんこつ。総合人気が高いからっていい気になってると足元掬われるよ」

 

 挑戦的な言葉を投げかけるハンゾーにそう返す。

 とんこつの味と人気は認める。認めるが、醤油だって決して負けていない。特に醤油の女性人気は高い。

 周囲の一部からの、お前らハンター試験なのに何を争ってるんだって感じの視線が鬱陶しいけど気にしないでおこう。そんな些細な事よりはこの戦いのほうがよっぽど重要だ。

 

「醤油の代表には負けはしたが、それでも塩がとんこつに劣るわけではないぞ、若造」

 

 そこに参戦するボドロさん、塩を見下すような発言をしたハンゾーに食って掛かる。

 睨み合うとんこつ派と醤油派、そして塩派。それぞれに譲れぬものがある。

 横から言葉輪投げかけてきたボドロさんへとハンゾーの冷ややかな視線が移り、口元には嘲笑を浮かべて言い放った。

 

「あ? なんだよオッサン、すっ込んでな。アンタはこの場において既に敗者なんだよ。醤油に負けた塩がとんこつに勝てる道理は無ぇ」

 

 醤油に負けた塩はお呼びでない、とハンゾーはとんこつスープに浮かんだ油の如く高い位置から物を言っている。

 当然ボドロさんはそれを看過することなどできず、私もハンゾーの発言には聞き流せない部分があったので論争が始まった。あの発言は、まるで醤油に負けた塩は醤油より上のとんこつに勝てる訳無いと言っているようなものだというか正しくそのつもりで言ったのだろう。許せん。

 そうして始まってしまった論争は、当然誰もが譲れるものではなくどれだけ自身の主張が正しいのかを述べ合い、それは徐々にヒートアップしていき収まりがつかなくなってきた。

 さらに我も参加せんとウズウズしだす人まで現れた頃、事態は更に動き出した。

 その発端となる口火を切ったのは、ハンゾー。

 

「クソが、このまま言い合いをしていても埒が明かねぇ! おい、お前ら表出やがれ。決着つけてやる」

「上等じゃん。確かホテルの向かいの通りにおあつらえ向きの(ばしょ)があったから、そこで続きをやろうか」

「なるほど、それはいい。ならば今すぐにでもそこに向かおう。先程は遅れを取ったが、味ならば今度はそうはイカンぞ」

 

 それに対して場所を提示する私と、闘士を燃やしつつそれに賛同したボドロさん。

 ならばこの場でコレ以上の言葉は無用、とそのまま無言でぞろぞろと出口へと向かって歩く私達。

 しかしその背中に待ったの声がかけられた。

 

「ちょい待ち、タンマじゃタンマ! ……そのー、なんじゃ。今最終試験の最中なんでの、後にしてくれんかの」

 

 ネテロさんのその言葉に私たちは足を止め、顔を見合わせる。そういえばそうだった、今はハンター試験の合格争いをしているのであって、ラーメンの味で争っている場合じゃなかった。

 仕方がないので、とりあえずこの場は試合の方に集中しようということで私たちは矛を収めた。

 というか、今更ながらに気づいたが、私以外の二人はまだ試合が残っているので今食べに行くのはマズいのだ。食べに行くものは美味いけど。

 なのでこの戦いはハンター試験終了後に改めて共にラーメンを食べに行き、そこで決着をつけようということとなった。

 この一連の流れの間、周囲との温度差は酷かった。そう、まるでラーメンとお冷のように。

 

 

 

 本来ならば第二試合終了後すぐに始まる予定だったが、想定外のアクシデントで開始が遅れた第3試合、戦うのはヒソカとクラピカ。アクシデント起こしといてなんだけど、これは私が一番注目してる試合だ。

 具体的に言うとヒソカがクラピカを殺してくれないかなーという期待を込めている試合だ。何なら逆でもいい。いやむしろそれがいいかも。

 ヒソカはトランプを持ち、クラピカは両手で2本の木製の小太刀らしきものを構えて対峙する。

 

 試合開始直後から、クラピカは臆すること無くヒソカへと突撃し、勇猛果敢に攻め始めた。

 対するヒソカはどう見ても手を抜いていて、既に何発か食らって入るがニヤニヤと楽しそうな笑みを崩すことはない。

 ヒソカがだんだんと興奮していくのが分かる。もうそのまま興奮のあまり殺っちゃってください。

 

 しかしそんな願いもそこは変態ピエロ、お気に入りをこんなところで壊す気は無いようで遊び続ける。

 防御から攻撃に転じてからもクラピカが対処できるギリギリのレベルの攻撃をし、徐々にそのヒソカの攻撃に対応し始めるクラピカを見て更に笑みを深く、気持ち悪く変貌させる。興奮に上気する彼の顔とは正反対に、私の顔色は悪くなっていく。

 あのピエロは気分が悪くなるので見たくないけど、万が一を考えてクラピカの動きを頭に入れたいから目を逸らせないのは辛い。

 

 攻防を見る限りでは実力の拮抗したいい勝負に見えないこともないけれど、その表情を見ればどちらが優位かは一目瞭然。

 歯を食いしばり、必死に食らいつくクラピカに対して、ヒソカは非常に気持ち悪い舌なめずりまでしちゃって、随分と余裕な表情だ。

 

 周囲の人間が固唾を飲んで見守る中、ついにクラピカの剣の片方がヒソカのトランプの斬撃によって両断され、使い物にならなくなってしまった。

 1瞬怯んだクラピカの、その僅かな隙を突いて肉薄したヒソカは、なぜかクラピカに攻撃することはなかった。

 攻撃するのではなく、顔を寄せ、クラピカの耳元で何かを囁く。非常にクラピカが可哀想な状況で、つい同情してしまう。私なら吐いてしまうやも知れぬ、ああ恐ろしや。

 

 私を戦慄させた光景のその直後、予想外なことが起こった。なんと、ヒソカが自ら負けを宣言した。

 耳打ちをしたのは彼であるのに、だ。一体何故。

 クラピカは悲惨な目に合わされて背筋に悪寒が走ったから目を見開いたのだと思っていたけど、流れを見るにどうやら違うようだ。

 

 その内容が、非常に気になる。

 片や蜘蛛への復讐者、片や蜘蛛の一部で有るけど頭を潰そうと虎視眈々な変態。

 あとで、ヒソカに聞いてみよう。はぐらかされるだろうけど、なんならクラピカの方でもいい。

 あまりいい予感がしない。

 

 

 第4試合は53番ポックルさん対とんこつ、じゃなかったハンゾー。

 開始と同時にハンゾーが素早く背後を取り、ポックルさんを地面に倒してその腕を極める。

 ちょうどゴンの腕を折った時と同じ状況。違うところといえば、先程よりも低いその視線の温度。

 

 僅かに身動ぎして抵抗を試みたポックルさんはしかし、お前には容赦しないとのハンゾーの一声であっさり負けを宣言した。

 ハンゾーの合格が決まり、そしてこれによってポックルさんの合格は絶望的になってしまった。

 なんせこの後彼が戦うのはキルアとイルミさんという、ゾルディックとの2連戦である。ゴンみたいに腕1本で済めば安いものだ。

 そこを抜ければもう1試合あるけど、最終試合になる前に戦闘できない身体になっていても不思議じゃない。特にイルミさんのところで。

 彼の悲惨な運命に、私は心のなかで合掌した。

 

 

 第5試合、ボドロさん対ヒソカ。

 この試合も一方的なものだった。圧倒的実力差で以ってボドロさんをボコるヒソカ。戦闘において、ボドロさんはヒソカに絶対に勝てない。

 というかこのトーナメント、パワーバランスが滅茶苦茶おかしい。本当に考えて作られているんだろうかという疑問が浮かぶ。

 だってさっきから同程度の実力同士の試合が1つもない。

 

 必死に攻め、防ぐボドロさんを、ヒソカは遊びながら翻弄していく。塩が、蹂躙されていく。なんてことだ。

 嬲るようなヒソカの攻撃は、骨こそ痛めてはいないものの、筋肉や腱にダメージを蓄積させ、身体を動かすことさえ激痛が伴うようになっていく。

 この後の試合のことを考えてあげてのことなのか、はたまた単純に面白がってるのかは知らないけど、とりあえずヒソカ許すまじ。

 派閥は違うとはいえ、我が同志たるボドロさんになんて酷いことをするんだ。死ね。マジで死ね。

 

 やがて傷つき、倒れこむボドロさん。そしてまたもやその耳元に顔を寄せ、何事か囁くという迷惑行為をするヒソカ。

 しかし今度はヒソカではなく、ボドロさんが負けを宣言した。

 囁かれたほうが負けを認める、この状況が本来なんだろうけど。だからこそさっきのクラピカとのやり取りに違和を感じずにはいられない。

 

 敗北し、ダメージを負った身体でこの後も戦わなければならないボドロさん。

 その彼を私とハンゾーで壁際まで運び、案の定骨に異常はなかったので簡単な処置を施して次の試合に備えさせる。

 ボドロさんが感謝を口にしようとするが、それを私たちは目で制す。思いが伝わったのか、ボドロさんが口元を緩めた。

 私たちは敵であり、また仲間でもあるのだ。

 

 その光景を見て、レオリオも治療に参加してきた。次にボドロさんと戦うのは自分だというのに。

 医者志望というだけあって、傷ついた人間は見逃せないようだ。いや、もしかして彼も同志なのか?

 そんな変な期待とともに盗み見た彼の横顔は、傷ついたものを放っては置けない、そんな想いが見て取れる、正しく医者に相応しいものだった。

 私はこっそりと反省した。

 

 

 第6試合、キルア対ポックルさん。

 戦闘能力に関して言えば、ポックルさんに劣っている部分が何一つないキルア。

 この試合も特に見所はない。あるとしたらキルアがどうポックルさんから”まいった”を引き出すかだけど、出来ればスプラッタな感じはなしで、さらに長引かせてくれれば尚いい。

 せいぜいポックルさんには粘っていただき、ボドロさんの回復の時間を稼いでもらいたいところだ。

 レオリオの治療のお陰でマシになったとはいえ、やはりまだ戦えるコンディションではない。

 

 だけれども、またしても予想外の結果に。なんと戦闘開始直後にキルアが負けを宣言しやがったのだ。

 何してんの、馬鹿なのあの子。ボドロさんまだダメージから立ち直れてないのに。

 私はキルアに責めるような視線を向け、ハンゾーも表情を歪める。考えることは一緒だ。キルアてめぇ。

 

 アンタとは戦う気しないんでね、と言ってあっさりとその場を離れた馬鹿キルア。

 余裕そうにしてるけど、次のキルアの対戦相手はイルミさんだ。勝ち目どうこう以前に、ここで家に帰されるんじゃないかと思うけど。

 帰らされるにしても、ここで勝っておいてライセンスだけでも貰えばよかったのに。合格確定後の取り消しはないのだから。

 まったく、無知は罪とはよく言ったものだ。

 

 

 第7試合、レオリオ対ボドロさん。

 ボドロさんはまだ戦える状態ではなく、戦闘経験や能力の差を考えたとしてもレオリオが圧倒的に有利。

 しかしレオリオが、ボドロさんの怪我の回復を待つ時間が必要である、との申し立てを審判にしたことによって、この試合は先送りになり第8試合が先に行われることになった。

 レオリオさんマジイケメン。いや、やっぱり彼も同志なのだろうか?

 

 

 第8試合、キルア対イルミさん。

 これまでの試験中の彼の戦いとは違い、ポケットから手を抜き腰を落として戦闘態勢を取ったキルア。

 イルミさんはそれを意に介する事無く、その顔に刺さっていた針を引き抜きだした。見ていてあまりいいものではない。

 ビキビキ、ゴキゴキと、骨が軋んでいるっていうレベルを余裕で超えてしまっているような音を立てながら、顔が元の形を取り戻していく。

 ものすごくグロいですイルミさん。痛くないんですかそれ。さっき一瞬顔があり得ないくらい膨張しましたけど。

 

 それを見ていたほぼ全員が驚愕する中、キルアのそれだけが違う意味合いを含んでいた。

 ここにいるはずのない、有り得ないと思っていた、自分の恐れている人物の登場。

 その状況に、完全に萎縮してしまったのだろうキルアは、おそらく無意識に、1歩後ずさる。

 

「兄……貴!!」

 

 突然のビックリ人間ショーに凍りついていた試験会場に、キルアの驚愕で彩られた声が響いた。



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26 暗殺一家のお家事情

 正義の変身ヒーローもビックリな変身方法によって、針まみれのゴツい顔から猫目の美青年へと脅威の変貌を遂げたイルミさん。

 彼はあまりの事態に困惑する周りの人間を置き去りに、マイペースにキルアに軽く挨拶をして、問いかけた。

 問うとは言っても、ただの事実確認だけど。

 

「母さんとミルキを刺したんだって?」

 

 イルミさんの言葉に、まぁね、とだけ返してキルアが肯定する。随分と余裕がなくなってしまっている。

 まぁ、無理もないか。キルアを扱くイルミさんは、彼の話を聞く限りでは百鬼夜行さえも方向転換したがりそうなほどの恐ろしさだ。

 母さん泣いてたよ、とイルミさんが言うと、漸く立ち直ったらしいレオリオが口を挟んだ。

 

「そりゃそうだろうな、息子にそんなひでー目に合わされちゃ。やっぱとんでもねーガキだぜ」

「感激してた。”あの子が立派に成長してくれてて嬉しい”ってさ」

 

 だけどそのイルミさんの発言にずっこけるレオリオ。いいリアクションしてやがる。

 ミルキくんのメールでキキョウさんの言葉はだいたい知ってるけど、マザコンだからかなりの嫉妬が混ざっていた。

 やっぱりゾルディックはかなりぶっ飛んでいる。大人の男性陣はともかくとして、個性派揃いって次元ではないよねアレ。

 

 イルミさんがキルアに受験動機を問いただすけど、その答えは私も聞いた通り、なんとなく。

 その言葉を受けて、安心したよ、これで心置きなく忠告できる、と安心したのかどうかさっぱりわからない無表情で言うイルミさん。

 

「お前はハンターには向かないよ。お前の天職は殺し屋なんだから」

 

 キルアは熱を持たぬ闇人形で、人の死を唯一の歓びとするように、自分と父親に作られた、と。

 そんなお前が何を求めてハンターになるのか、と。

 聞いてる側からすれば酷い暴論にしか聞こえないようなことを淡々と言うイルミさん。

 

 ちょっと、いやかなり行き過ぎな気もするけど、暗殺一家ゾルディックとしてはそう間違った教育方針ではない。

 子供の頃に徹底的に植えつけねばならないのは、平然と命を奪えるようにすること。

 僅かでも情けをかけたり、一瞬でも迷いがあれば、ターゲットの戦闘能力次第では逆に命を落とすこともある。

 日常的に殺しをする家なので、狙われることだって多い。復讐者がわりと酷い境遇であったとしても淡々と殺せるように。

 彼らの一族はきっと、全員が感情を殺し、命を事務的に摘み取れるように、小さな頃から教えこまれてきた。

 例え殺しをして感情が動こうとも、それは愉悦などの快楽で無くてはならない。その行為に後ろ暗さなど微塵も感じてはいけない、と。

 

 それは、ゾルディックに生まれたキルアにとっても宿命であり、生き延びるためには必要なことだ。

 生まれた瞬間から、家柄のせいで彼にとって世界は敵だらけの場所だ。

 普通に生きることは叶わない。殺しも何もしてなくとも、ゾルディック生まれってだけでもうアウトだから。

 殺しの英才教育も、彼の身を守るためには必要不可欠だ。とは言え先程も思ったように行き過ぎ感はかなりあるし、それが愛情ってやつなのかどうかも私にはよくわからないけれど。

 

 キルアは確かにハンターになりたいわけではない、とイルミさんの言葉の一部を肯定した。

 けれど、気圧されながらも反論をした。

 

「だけど、オレにだって欲しいものくらいある」

 

 あのキルアが、この状況でイルミさんに反論。かなり勇気のいる行動だったろうなぁ、と思う。

 だけどそんな勇気を振り絞った言葉も、ないと断言された。お兄ちゃん鬼ですね。

 それに更にキルアが食って掛かり、今望んでいることもある、とも言ったけど、ふーん、だなんてどうでもよさそうな反応だ。

 

「言ってごらん、何が望みか?」

 

 その問に、数秒迷った後、意を決してキルアは言った。

 ゴンと友達になりたい、と。

 

「もう人殺しなんてうんざりだ。普通に、ゴンと友だちになって、普通に遊びたい」

 

 彼が漏らした本音。家を出て、外の世界を知って、触れ合って、漸く見つけた自分の願い。

 闇にどっぷり浸かった彼が、それでも光に手を伸ばした。

 

「無理だね。お前に友達なんて出来っこないよ」

 

 だけどそれもその一言によって一刀両断される。

 普通を望み、求めた。小さくとも強いその願いはイルミさんに届かなかった。

 さすがにこれはキルアが可哀想だ。ゾルディックとしての意にそぐわない願いだからと言って、こうもあっさりと踏みにじられたのでは家出だってしたくなるだろうね、こういうことはこれが初めてじゃないだろうし。

 生きるために必要とはいえ、ここまで徹底されるのは非常に窮屈だし、私ならそんな退屈なら死んだほうがマシかもしれない。

 仕事はきっちりこなしているとはいえ、ミルキくんなんかわりとフリーダムだし。

 もうちょっとその辺を緩めてあげてもいいんじゃないだろうか、次期当主として期待されてるのは分かるんだけど。

 まぁ、ゾルディック的には少なくともゴンみたいな友達は困るんだろうけどね、後先考えない猪突猛進タイプだし。

 

 キルアはゴンが眩しすぎて測りきれないだけであって、友達になりたいわけではない、とイルミさんがキルアに追い打ちをかける。

 違う、と否定の言葉を発するキルアだけど、その声は酷く弱々しい。

 そうやって育てられたのだから自分にそういう部分があるのは理解しているからか、ハッキリ否定出来ない事に対し悔しそうに拳を固く握り締めている。

 

 更に言葉を重ね、キルアを追い詰めていくイルミさんに対し、耐えかねたレオリオがついに動き出した。

 当然黒服に止められるが、手は出さないと宣言し、こう叫んだ。

 

「キルア!! お前の兄貴かなんか知らねーが言わせてもらうぜ。そいつはバカ野郎でクソ野郎だ聞く耳持つな!」

 

 勇猛果敢にイルミさんに暴言を吐くレオリオ。

 キルアの強さを知っていて、その彼が頭の上がらないイルミさんの実力の程も察しはついているだろうに、大した度胸だ。

 

「ゴンと友達になりたいだと? 寝ぼけんな!! とっくにお前ら友達(ダチ)同士だろーがよ!」

 

 続けてそう叫ぶ。もうキルアの望みはとっくに叶っているのだと。

 私もそう思う。友達っていうのは、なるものと言うよりはなっているものなのだ。

 ゴンとキルアは、私から見ても仲の良い友達に見えた。そして二人が互いに友達でありたいと思ったならば、それだけで十分なのだ。本来ならば私がキルアにしたようにわざわざ口に出したりする必要なんて無い。

 キルアはその言葉に体をわずかに揺らして反応し、しかし逆にそれに何の反応も返さなかったイルミさんは、次のレオリオの、少なくともゴンはそう思っているという言葉には敏感に反応し、そうなのかと問い返した。

 それを荒々しい口調に罵声を加えてレオリオが肯定する。度胸があって凄いとは思うが、無謀も甚だしいので見習いたいとは思わない。

 

「そうか参ったな、あっちはもう友達のつもりなのか」

 

 そう言いつつもやっぱり参っているようには見えない表情で、顎に手を当てて考えるようなポーズを取るイルミさん。

 数秒の後に答えが出たのか、さも名案であるかのように人差し指を立てていった。

 

「よし、ゴンを殺そう」

 

 殺し屋に友達なんて邪魔なだけだからいらない、と衝撃的な発言に驚愕している一同を尻目に、針を持ちゴンの元へ向かおうとする。

 試合中にも関わらず会場から出ようとしたイルミさんを止めようとした審判に針を投げつけその顔を変形させ、さらにゴンの居場所を聞く。

 予備動作もなく投げられたそれを避けることも叶わず、哀れ顔面を歪ませながら聞かれたことに素直に答えてしまう審判。簡単に喋ってしまったのはあの針のせいだろうか。

 何あの針超怖い。

 

 顔面が大惨事な審判を放置して部屋を出ようとするイルミさん。しかし扉の前に受験生と黒服たちが立ちはだかる。

 私はというと、参加しないつもりで居たのになぜか参加してしまった。

 原因はハンゾーとボドロさんだ。その場を動かずに突っ立っていた私の背中を、ボドロさんが自分に構わず行ってこいと言い押し出し、しかし尚も動かずにいたらハンゾーが襟首掴んでここに強制連行したのだ。

 マジですか、と心で嘆きながらもズルズルと引きずられた。戦力的にアテにしてるのか何なのか知らないけど、私を巻き込まないで欲しい。

 

 ちょっと待ってくれハンゾー。私はイルミさんと面識があるって知られたくないからこの状況はマズイんだ。

 故に逃げたいけれど、この場の空気がそうさせてくれない。ここからスススっと離れたりしたらそれはもう究極のKYだ。

 連れてこられる段階でも、アレ以上グズればお前空気読めよってなるし、ならばとイルミさんがスルーしてくれる可能性にかけてはみたけど、この状況になった時点で詰んだ感は否めない。

 ボドロさんも動けないことを口押しそうに、なんか自分の分も代わりに頑張ってくれ的な視線を私に注いでくるし。

 違うんです塩老師、確かに仲良かったけど何かする気なんて私にはないんです、保身のためにも。

 

「参ったなぁ……、仕事の関係上オレは資格が必要なんだけどな。ここで彼らを殺しちゃったらオレが落ちて自動的にキルが合格しちゃうね」

 

 自分を止めようとする面々に対し、邪魔をするのならお前らも殺す、そんな事を包み隠さずに言うイルミさん。

 どうせこの状況を利用してキルアを追い詰めるためのことで実際には殺らないだろう。それはヒソカも理解しているからか動いていない。単にそこまでする価値をゴンに見出していないだけかもしれないけれど。

 なので私の懸念はイルミさんが無償労働をしだすことではなく、私個人になにか言ってくることだけだ。

 どうかこのまま私には触れないでいただきたい。そんな儚い願いは、次の瞬間にあっさりと粉々に砕かれてしまった。

 

「というかメリッサ、お前も邪魔するの? お前も分かるだろ、暗殺一家に友達はいらないって」

 

 うわああああああぁぁぁぁぁイルミさん何言ってくれちゃってんの!? 視線向けてくるだけならまだしも、必要ないのに私の名前まで出すなんて! 

 今のイルミさんの発言のせいで私に視線が集まる。お前知り合いだったのかよ的なものが。

 最悪だ。私が快楽殺人ピエロのヒソカと知り合い程度なら、まぁ、ただ単に目をつけられた幸薄い少女で済んだだろうけど。

 でもそこにイルミさんと知り合いってことまで追加されるのは駄目だ。この二人と知り合いって、もう同業者とかの線がかなり濃厚になってくるから。

 

 おのれイルミさん、恨むぞイルミさん。目線だけでも私に向かって言ってるってことは十分理解できたのに。

 なるべく悪さしてない善良な人間を装っていたというのに、ここに来てそれを崩されるとは。

 せっかく合格も決まって私の試験は実質終了したというのに、まさか試験終了後にこんな目に遭うだなんて。

 

 しかもこんな大勢のハンターの前で。これが切っ掛けで私の素行調査とかされたらどうするつもりだ。

 いや、試験にゾルディックが参加していようとも、明らかに社会的には害悪でしかないであろうピエロがいようとも、何もせずに放置しているのだから多分そんな事されないんだろう。

 その辺のことを考えれば私も調査とか何もされないと思うけれど、かと言って断定はできないし、万が一ってことがあるんだから気を使ってたのに。

 巡り巡ってジャポンにいる私の友達が危険な目に遭う可能性だって、ほぼないだろうけど0ではないのだからずっと警戒していたのに。

 おかげでその可能性がまたほんの僅かに上がってしまった、かも知れない。

 

 悪気がなかったのかどうか知らないけど、いや彼もバカじゃないから絶対わかっててやったし悪気もあったな。愛する弟と会話していて、しかもその時自分への悪口まで弟に言われてたのだから。

 だけどそれは私が言ったんじゃないのに。もういい、ソッチがその気ならこちらも徹底抗戦だ。

 意識的だろうが無意識的だろうが最早どうでもいい。先に私に不利益な行動を取ったのはイルミさんの方だ。

 それに、キルアの望みは真に叶うことは決してない。そして私はそれを身にしみて理解しているからこそ、少しなら叶えてあげたくなるのだ。

 だから私はこの場で、キルア側についてやる。

 

 見ていてください塩老師、私の勇姿を。

 いやそんな勇姿ってほどのもんじゃないだろうけどね。



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27 最終試験終了

 そう決意はしたものの、さてなんと言ったものか。

 目標としては、イルミさんからこの件での妥協を引き出すことか。仕返しにもなるし、キルアにとっても少しは特になるだろうし。

 ならばどこから突くべきか、と頭を巡らせてから、イルミさんをまっすぐ見据えて言葉を発する。

 

「邪魔するっていうか、私は既にキルアと”オトモダチ”ですからね、本人とも合意の上でですし。ね、キルア」

 

 私のその言葉に、キルアも弱々しく首肯する。まずはここからだ。

 一次試験のマラソンの時、私と彼は”オトモダチ”になった。

 空き時間にも話していたし、それなりに仲はいい。

 イルミさんが何かを言う前に私が更に言葉を重ねる。

 

「というかイルミさん達束縛し過ぎ。ぶっちゃけ重いですよ、愛が。そんなんじゃキルアじゃなくたって家出しますよ、家にいたって楽しいことなんかないんだから」

 

 言いながらもキルアに聞かされた愚痴の数々が脳裏に浮かぶ。

 やれキキョウさんがウザいだの、シルバさんスパルタすぎだの、イルミさん死ねだの、というか家族全員死ねだのそんな感じのものばかりだけれど。

 そこまで不満がたまる生活、しかもたまった不満を解消する機会もあまりない生活。

 殺しがそうだとか言われるかもしれないけど、逆にキルアにとってはそれさえも不満の種だった、らしい。

 

 愚痴られてたときは、いや飛行船で2人殺したじゃん、とは突っ込まなかったけど。

 まぁ、いつもやってるからついって感じだったんだろうね。

 衝動的に、咄嗟に殺ってしまう。そんな風になってしまっていた自分さえもが、負担になっていたのかもしれない。

 

「? なんでさ、殺しだけしてればそれで十分楽しいだろ、そう作ったんだから」

 

 しかし私の言葉を聞いても、心底不思議そうに聞いてくるイルミさん。

 そう作ったのだからそうであると信じて、いや断定して疑うことさえしない。

 こんな調子で彼を妥協させられるのだろうか、と周囲の視線に居心地の悪さを覚えながら思いつつ、私も言葉を返す。

 

「その前提がまず間違いなんですよ、キルアは殺しを続けることに不満を持ってるってさっき本人も言ったじゃないですか。キルアにとって本心では殺しは娯楽ではないんですよ、私もそう愚痴られましたし。まぁ、そういう不満をまずぶちまけることをせずに、家出だなんて強硬手段に打って出たキルアも悪いっちゃ悪いですけど」

 

 このゾルディック家出騒動、事の発端は家族側の行き過ぎた期待と情であるのは間違いないけど、キルアにも落ち度はある。

 前に彼にも言ったように、まず家族に自分の胸の内を明かして、話し合いを試みべきだった。

 特にゼノさんなんかはちゃんと話聞いてくれそうだし、行けそうな所から攻めて味方を作って、状況を変える努力をすべきだった。

 キルアの主張を彼の落ち度も交えつつ言えば、イルミさんも今度は少し考える素振りを見せてから答えた。

 

「……キルが殺しに不満を持っているって言う点については、100億歩譲って今は取り敢えずいいよ。でもやっぱり友達は邪魔だ、いらない、殺す。キルの友達だって言うならメリッサ、お前もだ」

 

 100億歩って、なんでそこで微妙に子供っぽい発言するんですかイルミさん。

 しかし取り敢えずキルアの殺しについての不満については一応のところ納得してもらえたようだ。今は、らしいけど。取り敢えずはいい調子である。

 後は友達云々の部分だけど、これは下手を打つと私の命まで危ないからちょっとやばい。というか若干雲行きが怪くなってきたかもしれない。

 でも私は空気の読める女、ここまでやっといて今更後には引けないし、トモダチ云々はもう少し突けそうだ。

 ちなみに私とイルミさんのトモダチのニュアンスの違いはスルーする。私にとってのその違いの意味を知っているのは、私の他に後1人しかいないし、それで十分だからだ。

 内心の不安を悟られぬようポーカーフェイスを心がけつつ口を開く。

 

「いやいやなっちゃったもんはもうしょうがないですし。それにほら、もうだいぶ前から私はお宅のミルキくんと仲良しこよしのお友達で、お互いに得のある良い関係を築けてますし。友達いてもプラスになるっっていう実例あるんですから、その辺ももうちょっと緩めてあげてもいいんじゃないかなー、と、思っちゃったりするわけなんですが。ほら、別にミルキくんのお仕事に支障もないじゃないですか」

 

 別にビビッてるわけじゃないけど、少ししどろもどろになりながらもイルミさんへの更なる説得を試みる。ビビってはいない、決して。

 ここでゾルディックさん家のミルキくんとの交友関係さえも暴露してしまったけれど、ヒソカとイルミさんとも知り合いなんだからもう今更だろうし。

 ていうかちょっと私の命もやばくなってきたような気がするから出し惜しみしていられない。

 実際に私とミルキくんは互いにギブアンドテイクで有益な関係なので、イルミさん本人も知っているこの事実はこの場においてなかなかの効力を持つ。

 私から視線を外してぼんやりと中空を眺め、考えているようなよくわからない様子だけど、どうなんだろう、コレはいけたんだろうか?

 

「確かにミルはお前から変なものもらって随分嬉しそうにしてたね。そうか、お前を殺すとミルは損をするかもしれないな。じゃあ他の奴らはともかく、お前は半殺しでいいよ。やっぱりキルに友達なんて認められない、ずっとそうやってきたんだから。それにハンターになるなんて以ての外だよ、理由もないのなら尚更だ。時期が来れば指示するし、キルにはまだ必要じゃない」

 

 やがて結論が出たのか、微妙な妥協がイルミさんの口から出てきた。

 わーい半殺しで済んだぞー。……いや半殺しもすごい嫌だけど。

 まぁとにかくこれで私の首の皮はつながった。殺されそうになったら全力で逃げに徹するつもりだったけど。

 

 イルミさんが変なものと言っているのは、私が外で見つけていくつか溜まったらまとめて持って行っているプレミア付きのグッズだ。

 ミルキくんからもらった分厚いリストに載っているやつか、無害そうな念を纏っているものを買って直接持っていくのだ。

 直接なのは、宅配だとあんな家だからかそもそも配達に来なかったり、執事さんが勝手に開けて中身を見るからと彼が嫌がったからだ。

 ちなみに今のイルミさんみたいに変なもの扱いすると鼻息荒く怒り出す。

 

 とりあえず殺されることはなくなったけれど、どうせなら半殺しも勘弁願いたい。このままだと私が大損である。

 というかこの私が、自分の保身もあるとはいえ弁護してあげてるんだからキルアももう少し頑張っていただきたい。さっきから顔色悪く黙り込んだままである。

 

 イルミさんの矛を収めさせるためのポイントは、やはり友達の部分か。

 もう十分弁護してあげたし、多少はキルアにとってももしかしたら分が悪い状況になろうとも我慢してもらおう。

 イルミさんへの嫌がらせも、ある程度は出来ただろうからあまり多くは望まなくてもいい。別にビビってはいない。

 

 教育方針として友達が駄目なんだし、ハンターになるのが駄目なのも、キルアが自発的に指示以外のことをするのが嫌なのか、或いは殺し以外に今は目を向けさせたくないのか、またはまだ実家で行動を縛る必要があるとの判断か。

 次期当主としての期待が高いキルアだけに、少しでも影響が出そうな部分は徹底する必要があるのだろうか。

 正確なことはよくわからないけれど、1つ確実に言えるのは、それはイルミさん意志と言うよりは、ゾルディックの意志だということ。

 そこを考慮に入れて、この場を凌ぐための折衷案を出せばいい。

 そう結論づけ、悩む素振りを見せてから人差し指を立てて提案する。

 

「ライセンスは、確かに本人も欲しがってないから別にいいと思います。でもキルアにも不満はあるので、ここで帰らせて一度家族とじっくり話す機会を設ければいいんじゃないでしょうかね。キルアの主張も聞いてあげて、それを踏まえて判断してあげればいいんじゃないでしょうか」

 

 ゾルディックも、機械ではない。キルアの行動によって、考え方に変化が生じていてもおかしくはない。

 それに私の見立てでは、ゼノさん辺りから攻めていけばある程度規制が緩和される確率はかなり高い。

 キルアが家に帰る事になればイルミさんもおとなしくなるだろうし、その後どうなるかは彼ら次第ということで。

 

 ちなみに私も、キルアの友達にゴンはあまり性格的にあまりよろしくないと思う。

 なんか、ゴンが無茶しまくってキルアが酷い目に合いそうなのだ。ゾルディックは慎重派だし、そういったところはソリがあわないと思う。

 聞けば四次試験で無謀にもヒソカに挑み、結果ピンチに陥ったらしいし。

 

「……いいだろう、どうせ何も変わりはしないだろうし。キル、今お前がおとなしく帰るんならゴンやコイツらは殺さないでおいてやるよ」

 

 僅かな沈黙の後、イルミさんが矛を収めた。よし、助かった!

 元々イルミさんも家の方針に従って教育していたわけだから、こう言えばいけると思ったが正解だった。

 私も怪我しないで済んだし、キルアも結構な確率で状況が改善されるだろうし、キルアの不合格によってライセンスが欲しい人全員が合格できるという、それなりのハッピーエンドを迎えることができた。キルアは欲しがってる理由がアレなので我慢してもらおう。

 イルミさんが当初に予定していたキルアの帰宅までのストーリーも掻き回せただろうし、私の些細な仕返しも完了だ。結果は変わらなかったけど。

 

「だってさキルア。友達はとりあえず保留だから、今日のところは家に帰って話し合ってみなよ、私も用事があるから近いうちに遊びに行くし。ちなみにゼノさん辺りから話をして味方につけておくのがオススメ」

「メリッサ、変な入れ知恵しないで」

 

 危険も去ったので一安心し、ゴンが殺されずに済んだことで多少顔色がマシになったキルアに声をかけるも反応薄く、しかもイルミさんに突っ込まれてしまった。

 そろそろミルキくんに渡すブツが溜まってきたからゾルディック訪問するつもりだったし、その時に様子を見ることにしよう。

 キルアは冷や汗を大量にかきながら考えこみ、答えが出たのか漸く口を開いた。

 

「……まいった。オレの不合格で、いい」

 

 そう言って、俯いたまま私たちの方へ、つまり外へ出る扉の方へと歩いてくる。

 レオリオやクラピカはこの結果に不満そうな視線を向けてくるが、家の事情に首を突っ込みすぎるわけにも行かないしこれ以上はどうしようもない。

 そんな目を向けるなら、じゃあキミらがどうにかしてよと言いたい。これでも私に害が及ばない範囲で結構頑張ったほうなのだ。

 まぁ、さっきからずーっとイルミさんが、キルアを威圧するために並々ならぬプレッシャーを発しているのからそれに威圧されてるんだろうけど。さすがにレオリオもこの状況で口を挟めるほどの豪胆さは無いようだ。いや、おそらくだけどある程度事情を知っている私がいるのだから知らない自分が出る必要もないと判断したんだろう。

 何はともあれとりあえず殺されることがなくなったんだからいいじゃないか。

 

 彼らにゴネられてややこしくするわけにも行かないので、キルアの通る道を開けさせる。

 審判がこの試合の勝者を宣言したところで、イルミさんがキルアに語りかけた。

 

「キル、お前は今までどおりオレや親父の言うことを聞いて、ただ仕事をこなしていればそれでいい」

 

 それに、と立ち止まったその背中に追い打ちをかける。

 

「お前、オレがゴンを殺すと言ったのに、自分では何も出来ず、何も言えなかったよな。それはゴンが死ぬことより、自分より強いオレに立ち向かうのが怖くて、嫌だったからだ」

 

 それを聞いて、更に顔色を悪くするキルア。

 イルミさんのその言葉は、正しい。

 ゾルディックでは勝ち目の無い敵とは戦うなと教えられる、とミルキくんも言っていた。

 幼い頃から叩きこまれたその習性は、一朝一夕で抜けるようなものではない。

 否定しようのない事実をイルミさんは突きつけ、キルアを追い込んでいく。

 

「そんなお前に友達をつくる資格はない。必要もない。そのことを忘れるな」

 

 キルアは一瞬だけ泣きそうなものに表情を歪め、しかしすぐに歯を食いしばって走りだして私達の間を抜け、乱暴に扉を開き試験会場を後にした。

 レオリオやクラピカの制止の声にも耳を貸さずに。

 

 イルミさんの言葉はキルアの心を的確に抉るえげつないものだったけど、友達の資格云々はともかく、事実なだけに私がかける言葉も無い。

 ヘタな励ましだって無意味だし、逆効果になることもある。

 これは時間がかかるだろうけど、彼が自分の心と向き合うしか無いだろう。

 

 イルミさんのやりたいこと、言いたいことをある程度妨害できたため仕返しはできた。

 キルアに対しても多少のケアはできただろう。今後は彼とその家族次第だ。

 そして私がイルミさんにボコられることもなくなった。ついでに他の人達も。

 

 部外者の私ではこれ以上のことは望むべくもない。

 というか、なんだか私の裏の人間との繋がりがかなり明らかになって、ぶっちゃけ私が一番損したような気分だ。視線を感じつつ、そこに触れるなという空気を全身で発しまくる。

 何だか精神的にかなり疲れた出来事だったけれど、私はやり遂げましたよ塩老師。

 もうあとは家族で存分に話しあって折り合いをつけてくれればいいと思いますぅ。

 

 投げやりな思考になりつつ、役目は終わりであると判断し扉の前から離れ、ボドロさんの近くの壁に背を預け目を閉じる。他の皆もとぼとぼと扉を離れ、試験官達はネテロさんに呼ばれて部屋の箸へと集まった。

 その後、キルアが出ていった後は誰も声を発しないままの微妙な空気の残る試験会場で、黒服達と話し合いをしていたネテロさんが、部屋の中央に歩み出て宣言した。

 曰く、キルアの発言、行動を踏まえて、これ以降の試合への参加の意志なしとみなし、キルアの不戦敗で最終試験は終了である、と。

 

 そしてこの場に残る受験生全員、9名の合格が言い渡された。



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28 ハンター始めました

 試験終了後、正式な合格通知とハンターライセンスの受け渡しは明日行うとのことなので、今日のところは解散となり、受験生はそれぞれ割り当てられたホテル内の部屋へと戻っていった。

 合格の報告メールをしたあとに一緒に居たらしい楓と椎菜から電話がかかってきたので、お祝いとか話し込んでいたらすっかり日が傾いてしまった。

 電話も終わり退屈なのでベッドに寝転がり本を読んでいると、また携帯電話が着信を知らせた。

 画面を見ると、今度はクロロからだ。何の用だろうと思いつつ電話にでる。試験結果についてならさっきメールもらったはずだけど。

 

「もしもしー?」

『無事に合格できたようだな、おめでとう』

 

 そのクロロの第一声はお祝いの言葉だった。とは言えコレは形式的なものだろう。

 特に試験で苦労してないとはいえ、祝ってもらえるのはまぁ嬉しいんだけど、まさかこれが本題ってわけじゃないだろう。

 私も簡単にお礼をいい、この電話の目的を聞く。

 

「ありがと。んで、用件は?」

『思ったよりも早く終わったようだから、こっちの仕事に参加しないかと思ってな』

 

 今度のやつは参加者が少なそうなんだ、と少し不服そうな声を上げる。なるほど、暇になった私への仕事のお誘いか。

 たしかに今年は2週間くらいで終わったから速い方ではあるだろう。1ヶ月くらいかかる年もあったようだし。

 なので来られそうな私を誘った、と。集まりが悪いってことはあんまり暴れたりしない仕事ってことだろうか。

 蜘蛛には盗むのよりもその過程の破壊と殺戮が大好物な強化系3馬鹿とか拷問狂とかその他ヤバいのがいるから、内容によっては参加しない人も多い。

 それでなくとも遠かったり物に興味がなかったりすると大抵参加しない。基本はメールの一斉送信なのに、試験終了直後の私にまで個別での呼び出しを行ったのだから、今回は都合で来られない人の数も結構いそうだ。

 そもそも呼び出す時に、暇な奴は参加って条件だからそういうことになるんだろうけど。まぁ口をだすことでもないか。

 

『それで、お前はどうかと思ってな。5日後なんだが、そっちが解散になるのはいつからだ?』

「ライセンスの受け渡しが明日らしいから、多分明日だね。っていうか、そもそも何盗むのかさえまだ聞いてないんだから行くかどうかは決めらんないよ」

 

 5日後なら、試験終了が明日で残り4日だから、移動込みで3日くらいあれば問題なく行けるか。

 でも電話での直接の呼び出しではあるけれど、場所によってはあんまり時間がカツカツなら、興味が無いものなら参加したくない。

 私の疑問にクロロは、少し笑ってから答えた。

 

『ああいや、お前なら絶対に参加すると思うぞ。今回はバウヒニア家が標的だ』

「行く。絶対行く」

『ほらやっぱり』

 

 電話口でまたクロロがくすくす笑っている。予想通りの反応が返ってきたのが面白かったようだ。

 バウヒニア家といえば、先代当主が本好きなため結構な数の蔵書を抱えていることで有名だし、希少なものも中にはいくつかある。美術品なんかも良い物持ってた気がするけど、その辺のことはあまり覚えていない。

 警備自体は問題ないのに、1人で盗むには数が多すぎてどうしようかと思い後回しにしていたけれど、蜘蛛と共同作業するのならばこれは渡りに船だ。

 シズクが参加してくれれば一気にごっそり盗み出せる、けれど。

 

「笑うなちくしょー、本盗るなら参加したくなるじゃん。ねぇ、今回シズクは?」

『残念ながら不参加でな。参加者自体少なそうだから人手不足なんだが、今から追加招集というのもな』

 

 そこで私に白羽の矢が立ったわけだ、私にこの話をするのは初めてだから。もう一回招集かけてもいいのに、何故変なところに拘るのか。

 そして思ったとおり、シズクは不参加。そうでないのなら、この程度の難易度の仕事、決行が5日後なのに態々私を呼ぶ理由もない。

 私とクロロは盗んだ本は大抵は共有しているから、参加しなくても盗んだ本は読ませてもらえる。なので別に行かなくても本は読める。

 まぁ、それでも参加したがるのは、前々から目をつけていたところだったし、本好きの泥棒としてはこういうことには参加したくなっちゃうからだ。それに持ち出せる数に限りがあるなら、欲しいものを幾つか選びたいし。

 ちなみに全部を共有していないのは、除念した本は能力がバレるからクロロに貸すこと無く燃やしているからである。念がかかってるような貴重な本燃やしたのがバレたらボコられそうな気がする。

 何はともあれ私の参加が決まったので、おおまかな概要を聞き、後は少しの間雑談に耽る。

 

『こんなところか。じゃあ、向こうの仮アジトの場所は後で送る』

「おっけー。んじゃおやすみー」

 

 数10分が経過した頃に、最後に連絡事項の確認をしてから電話を切る。

 思ったよりも話が弾んでしまい、気づけばもう日が暮れてしまった。携帯の電池も残り僅か。

 携帯を充電コードにつなげてベッドに放り投げ、自分もダイブする。5日後には蜘蛛との仕事だ。本がたくさん手に入ることもあって非常に楽しみである。

 

 今日は精神的に少しだけ疲れたので、このまま少しだらけてからご飯を食べて、お風呂に入ったらさっさと寝てしまおう。

 明日で、この2週間に及ぶハンター試験も終了だ。

 

 

 

 

 

 翌朝、私達合格者一同はホテル内にある講義室のような部屋へと通された。

 ここでこれからアリガタイお話を聞かされて、その後ライセンスをもらえるようだ。話は省略してプリントかなんかに箇条書きにして渡してくれると非常に嬉しい。

 しかし一応重要な話らしいのでそうは問屋がおろさず、退屈な時間が始まった。

 

「それではこれより、第287期試験の合格者への講習を始めます」

 

 そう言って豆の人、マーメン=ビーンズさんから、ハンターになるにあたっての心構えや、ライセンスにより可能になることなどの説明が開始された。

 心構えは興味がなく、ライセンスの恩恵も大体把握している上に目新しいものもなかったので、話半分に聞いていた。

 そしてビーンズさんの説明が終わり、ネテロさんの挨拶が終わりそうになった頃、後ろの扉が大きな音を立てて開かれた。

 会場内の視線の大半がそちらに向く。そこに居たのは折れた左腕をギブスで固定されたゴンだ。おでこのバッテンがちょっとシュールだが、何やらお冠な様子である。

 突然の登場に室内の注目を集めながら室内を見渡し、ツカツカとイルミさんの元へ歩み寄る。そして座る彼の真横で立ち止まり、怒りを滲ませながら口を開いた。

 

「キルアに謝れ」

 

 どうやら誰かから既にゴンが寝ている間の顛末を聞かされたようで、そのキルアへの仕打ちがお気に召さなかったようだ。

 しかし言われたイルミさんはゴンに目を向けることさえしない。アウトオブ眼中である。

 目は向けないまま、しかし一応質問には返した。

 

「謝る……? 何を?」

 

 心底何言ってるのかわかってないような感じで言うイルミさん。

 ゴンは少しだけ眉間にシワを寄せ、またすぐに眉を吊り上げて、そんな事もわからないのか、と問い、イルミさんはうん、とだけ返した。

 まぁ、イルミさんも似たような感じで育てられてきたんだろうし、謝るようなことをした意識は確かに無いんだろうけど。

 

「お前に兄貴の資格ないよ」

「兄弟に資格がいるのかな?」

 

 ゴンの僅かに哀れみを含んだ声も意に介さず、ある意味正論を吐くイルミさん。まぁ言ってることは間違っていない。

 だけどイルミさんの返答も態度も気に入らなかったのか、ゴンがその右腕を掴んで思いっきり引き上げた。

 その予想以上の力によってイルミさんは椅子から持ち上げられ、地面に着地した。

 私含め、部屋中の人間がその行動に驚愕している中、ゴンが吠える。

 

「友達になるのにだって資格なんていらない!!」

 

 その言葉は、ある意味では正論。だけどゴン、キミのその認識は間違ってるよ。

 少なくともキルアと友達になるなら資格が必要だ。友達になり得るに十分な強さが。故にそれは邪論だ。

 

 だって彼はゾルディック。いつも誰かに命を狙われており、いつ襲撃されるかわかったもんじゃない。

 それなのに今のゴンのような弱い人間が友達として傍にいたら、そんな状況の時に足手まといになったり、人質に取られたりする可能性がかなり高い。

 キルアの境遇を考えたら、友達になるにはある程度の強さは最低条件だ。でなければキルアが心に傷を負う事態になりかねない。見捨てられぬほどに心を寄せていれば、最悪死すら有り得る。

 世間一般では資格なんていらないだろうけど、このケースは特別だから、そんな甘いことは言ってられないと思う。

 

 というかイルミさん、右腕がビキビキと骨がヤバいことになってそうな音出してるのにまったく表情を変えない。

 念を纏うことさえしないし、反撃だってしようとしない。

 あれか、ヒソカのお手つきだから遠慮してあげてるのだろうか? 何故変なところで義理堅いんだろうかこの人は。

 なんにせよ滅茶苦茶痛そうなのに眉1つ動かさないのはかなり怖いんでなんか反応してあげてください。

 まぁ正直ちょっとザマーミロとか思ってるから助けようとは思わない。

 

「キルアのとこへ行くんだ。もう謝らなくっていいよ、案内してくれるだけでいい」

 

 イルミさんの腕を握りしめたまま振り返り、キルアの元へ連れて行くよう促す。

 そんな事をしてどうするんだ、とイルミさんに聞かれると、キルアを連れ戻すのだ、と。

 

「まるでキルが誘拐でもされたような口ぶりだな。アイツは自分の足でここを出ていったんだよ。不合格になったのだってそれはアイツの意志だ」

 

 それを聞いて流石にゴンの物言いは納得いかなかったのか反論するイルミさん。

 確かに圧力かけられてはいたけど、最終的に判断を下したのはキルアである。ちなみにその流れに持っていくのに私も一役買っているが、絡まれたくないので言わない。

 イルミさんの話した事実にゴンは一瞬悲しげな顔で俯いたが、すぐに顔を上げて口を開いた。

 

「不合格なのは、残念だけど。でもキルアならもう一度受ければ合格できるから、いい。それよりも」

 

 そこで一旦言葉を区切り、腕の力を更に強め、鋭い目でイルミさんを睨みつけるゴン。

 その目をまっすぐ見たまま、静かに、低く言葉を発する。

 

「もしも今まで望んでいないキルアに、無理やり人殺しさせていたのなら、お前を許さない」

「許さない、か……で、どうする?」

 

 ゴンが怒っていたのは、友達云々よりも、殺しの強要という部分だったようだ。

 殺しが嫌と言うよりは、言いなりが嫌で、さらに外の普通の人間と触れ合ってそれに憧れ、今までの生活への不満が高まった印象だったけど。

 やらされるのは嫌だけど、一応殺し自体に嫌悪感とか抱いてそうではなかったし。

 ゴンの言葉に、一貫して表情を変えぬままどうするのかと聞いたイルミさんに、ゴンが暴論を展開する。

 

「どうもしないさ。お前達からキルアを連れ戻して、もう逢わせないようにするだけだ」

 

 ゴンのその発言に流石にイラッとしたのか、イルミさんが左手に敵意のあるオーラを滲ませてゴンへと向ける。

 すぐに手を離して距離を取るゴン。本能的に今のが危険であると悟ったみたいだ。

 

 家族から引き離してもう逢えないようにするって、ぶっちゃけ今キミのほうが誘拐犯ぽくなってるよゴン。

 別にキルアが憎くてそういうふうな育て方をしているわけではないのに。家庭には家庭ごとの事情があり、今回はそれが特殊ではあるけれど、キルアに対する処置も必要なことでもあるのだ。

 主観的のみで、大局的に考えていない。ゾルディックだって家族間に愛も情がないわけではない、と思う。それなのにそこを度外視してそんな事言われたら誰だって怒るだろう。

 

 殺し屋一家として生まれた時点で普通の人生など送れないから、だったら素直に殺し屋してたほうがまだ幸せだとは思うけどね。

 ゾルディックにかかる懸賞金の額を考えれば、殺しの英才教育も身を守ることに繋がる。彼の人生は殺しから離れられない。

 私達のような人間は、その咎から開放されることは永遠にない。逃れることなど出来はしない。

 ゴンがキルアをあの家から連れ出したとして、その先にキルアの幸せはあるのだろうか。

 

 闇の世界を生きてきたモノが牙を失えば、そのモノに月はもう決して輝かず、先を示すことはしない。逃げ出した光の中、闇に慣れた目にそれは眩しすぎて、目を開くことさえできない。

 例え闇に戻ろうとも、月に見放されては伸ばした手の先すら見えない。身を守る術さえ持たず、どこにいても何も見えない。

 そのモノの末路はかつての同族か、或いは自らの内包する矛盾に喰い殺されるのみだ。外すことのできない首輪をはめ、その時を待つしか無い。

 だから私達は、牙を抜くことだけはしてはいけない。それに例外はない。理解はしている。理解はしている、けれど。

 

 ゴンが離れたことによって彼らの会話が途切れたタイミングを見計らって、ネテロさんが切り出した。

 試験の結果が変わることはないため議論の余地はないので、講習の続きを再開する、と。

 とはいってももうほとんど終わりそうだったので、ビーンズさんからゴンのために改めて説明がなされた形になる。

 

 再びカードの価値、それが狙われること、そして長ったらしい規約の説明がされたが、2回目なので聞く意味は無い。

 なのでその時間を私は思考に当てる。これまでのこと、これからのこと、そして私のこと。

 それらを考えている内にいつの間に話は終わり、ビーンズさんの激励の言葉のあとに正式な宣言がされた。

 

「ここにいる9名を新しくハンターとして認定いたします!」

 

 第287期ハンター試験、終了。

 薄暗い何かを残したまま、長かったそれが漸く幕を閉じた。



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29 芽

 その宣言をもって講習が終了し、そのタイミングを見計らってゴンがイルミさんにキルアの居場所を尋ねた。家に帰ったって言ってた気がするけど。

 イルミさんはそれに対しやめた方がいいと言ったけれど、しかしゴンが食い下がる。

 

「誰がやめるもんか。キルアはオレの友達だ!! 絶対に連れ戻す!!」

 

 その連れ戻すって表現は私としてはどうかと思うんだけど。まぁなんでもいいか、あまり関係ないし。

 イルミさんはゴンのそばにいるレオリオ、クラピカにも同じつもりなのかと問い、2人がそれを肯定すると、少し考えこんでから口を開いた。

 考える際に私の方をちらりと見たと感じたのは、どうやら気のせいではなかったようだ。

 

「……いいだろう。教えたところでどうせ辿りつけないし。あ、でもオレが教えるのはなんか嫌だな、メリッサにでも聞いてよ」

 

 イルミさんの発言の後半部分のせいで彼らの視線が離れた場所に座っている私に集まる。その中でもゴンは何故私なのか不思議そうだけど。

 というかなんでそこで私に振ったんですか、昨日私がごちゃごちゃ反論したからその仕返しのつもりですか。

 まぁ、私も教えるのは別にいいんだけど。どうせ辿りつけないってところも同感だし、キルアが動けるようになるのを待つのが賢明だと思う。文字通り、住んでる世界が違うのだから。

 とりあえず、彼らの視線に答えないことによってささやかな抵抗を示した。

 

「さて、これでもうこの建物を一歩出たら諸君らはワシらと同じ! ハンターとして仲間でもあるが商売敵でもあるわけじゃ。ともあれ、次に会う時まで諸君らの息災を祈るとしよう」

 

 しかしそれも、では、解散!! とネテロ会長に告げられたことによって終りを迎える。それと同時にこれで本当にハンター試験が終わった。

 何食わぬ顔で退出しようと思っていたけれどすぐに声をかけられてしまい、部屋を出た後はゴンたち3人に連行されることになってしまった。ちくしょう。

 

「んで、メリッサ。キルアがどこにいんのかお前知ってんだろ?」

 

 少しだけ歩いた辺りで、レオリオがそう切り出した。

 私は少なくとも今はやめたほうがいいと思うけど、やっぱりキルアを迎えに行くつもりのようだ。この様子では私が忠告したところで何の意味もないだろう。

 質問自体はイルミさんも言ってもいいようなことを言っていたし、答えても問題無いと判断して答える。

 

「ククルーマウンテンって山が丸々ゾルディックの敷地で、そんでその頂上に家があるからキルアはそこだね」

「山が全部敷地だとぉ!? どんだけお坊ちゃんなんだよあいつはよぉ!」

 

 私の答えにすかさず驚きの声を上げるレオリオ。うん、まぁ驚くよねぇ。

 しかもあの山はかなりの広さを誇っており、更にほとんど整備していないから強力な獣や魔獣がかなり生息していて、それを利用して小さい頃は山で命がけのサバイバル修行なんかもあるそうだ。

 普通ならば実家の敷地内じゃあサバイバルもクソもないような気もするけどそこはゾルディック、やはり規格外だ。

 つまるところ、あそこは一口に山といってもただの山ではなく、魔境のような山なのだ。

 広い危険な山の中にゾルディックの本拠地も隠されており、見つけるのさえ困難なそこにたどり着くまでにはかなりの労力を要する。

 よしんばその試練を突破したとして、今度は使用人軍団が待ち構える。正しく軍団と呼ぶに相応しい彼らは、それだけで国を落とせそうなほどの戦闘能力を持つ。

 それを退けるレベルの戦闘能力を持っていたとしても(捨て身で確実に相手を仕留められる能力者も複数擁しているので正直無理だけど)、消耗もしているだろうし結局ゾルディック一家には敵わない。苦労して突破したその先に一番強いのが待っているのだ。

 幾重にも張り巡らされた完全防御の要塞とも言えるのがククルーマウンテンである。

 

「ククルーマウンテン、か……。それで、その山はどこにあるのだ?」

「結構有名なのに……。ここからなら北東に言ったところの、パドキア共和国にあるデントラって地区にあるよ。バスも出てるし、後の詳しいことはめくれば出てくるよ」

 

 その地名を聞いて、クラピカが顎に手を当てて記憶を探ってから、該当するものがなかったようで聞いてきた。

 ゾルディックの悪名のおかげで結構知られていると思ったけれど、クラピカは知らなかったみたいだ。

 まぁ、飛行船で普通にいける国だし、これだけ教えてあげれば家の前まではいけるでしょ。

 

「バスでいけるんだね……って、メリッサ、キルアの家知ってたんだ?」

「あー、ゴンはあの時いなかったね。キルアの兄の1人と友達なんだよ、私。バス出てるのは、あの家が地元じゃ観光地扱いされてるからだね」

 

 ゴンの不思議そうな声に答えると、皆してなんか微妙な顔をした。暗殺一家の家が観光地なのはたしかに変な感じである。

 私の発言の前半部分については特に説明されなかったみたいで、私がキルアの兄と友達と聞いて、ゴンがイルミさんにまた憤っている。

 大方他の兄弟は友だちいるのにキルアだけ駄目なのが許せないんだろう。

 ミルキくんは既にある程度人間性とか仕事の方向性が定まってるから、いても影響されることはあまりないから特に何も言われないんだと思う。更に言うならば私と知り合った時点で結構ダメダメだったので、コレ以上の悪影響もクソもなかったのだろう。

 眉根を寄せていたレオリオが、私のセリフから感じた疑問を口にする。

 

「というかめくればって、なんだ、メリッサが案内してくれんじゃねーのか? 遊びに行くような仲なんだろ?」

 

 どうやら彼は私が案内してくれるものだと思っていたようだ。だけど生憎と私には先約があるのだ。

 パドキア共和国はここから北東に飛行船で大体3日くらいで、蜘蛛の仕事が入っているバウヒニア家があるのがここから南にあるヨルビアン大陸の北西端、マルメロ国。

 このホテルから見たら逆方向だし、ここからマルメロまでも飛行船で3日だから時間の都合上不可能だ。

 そもそもそれがなくとも彼らに同行する気など無いけれど。

 

 一応そんな内心を悟られないためにいつ行くのか聞いてみたけど、予想通りこの後すぐに向かうらしい。

 時期を遅らせるつもりもないようだし、私が譲歩するのはあり得ない。だから案内は無理だときっぱり断る。

 

「今すぐはちょっと予定があってね、時間的に無理なんだよ。暇になったら一回行ってみようとは思うけど」

 

 ぶっちゃけ今すぐに行っても、多分折檻とかされてるだろうから会えるとは思えない。

 それ以前に、キルアの不満への対応とかが決まらない間は会えるはずがないから、今は行くだけ無駄だ。

 それを彼らに言わないのは、言ってもやめないだろうし、どうせ門に阻まれて敷地に入ることさえ叶わないだろうとの判断からだ。

 

「そんな、メリッサはキルアが心配じゃないの?」

「そうだぜ、あんなヒデー家にいちゃ、そりゃあそこまで捻くれたガキにもなろうってもんだぜ」

 

 しかし今はまだ行かないといった私にゴンとレオリオが不満を申し立ててくる。だけどムリなものはムリだ。

 私の中の優先度的に本盗みに行く事のほうが重要だし、そんな理由でお宅訪問なんかしたら後が怖い。

 人数的に盗める数に限りがあるのであれば、自分も参加して読みたいと思うものを選びたいのだ。

 

「そうは言ってもなぁ、私も外せない用事があるし。っていうかゾルディックにはゾルディックの都合があるんだし、後は部外者が口はさむような事でもないと思うんだよね」

「都合って、キルアが殺しを強要されなくちゃいけないような事情があるっていうの?」

 

 私のその言葉に、ゴンが声に若干の怒りを滲ませながら反論する。

 それがあるからこのような事態になってるのだ。ゾルディックはキルアを苦しめようとしているわけじゃない。

 内心の呆れは表面に出さないが、諭すようにゴンの声に答える。

 

「誤解してるみたいだけど、キルアが嫌なのは行動の強制そのもので、殺すのが嫌なわけじゃないと思うよ。昨日はイルミさんの手前ああ言ったけど、自由意志で殺す分には何の抵抗もないみたいだし。この辺は定かじゃないけど、殺さないことで普通になりたいんじゃないかな」

「普通に……?」

 

 ゴンがポツリと声を漏らす。

 普通に。それが反抗心から家を出たキルアが見つけた、彼の望み。

 呆けた顔のままのゴンに対し、更に続ける。

 

「今までそれを知らなかったけど、キミらを見て憧れたんじゃないの。事情については実家の職業柄だね」

 

 まぁ後は自分たちで考えなよ、と締めくくる。キルアの為を思っているのならば、彼らが考えて答えを出して、その上でどうするのか決めるべきだ。

 知ってるんなら来てくれ、とその後も何度かせがまれたが、断固拒否し続けて何とか諦めてもらった。

 いいじゃんキミらだけで行けば。私も用事色々済ませた後でなら行くって言ってんだし。

 キルアの心情的な問題点の指摘はしたけれど、後は家族の問題なのだから家族だけでどうにかすべきだと私は思う。

 今回のことはちょっと規模が大きいだけの家庭問題なんだし、話だって家庭内でつけるべきだ。私たちが首を突っ込んでいいようなことではない。

 

 とりあえず道中困ったことがあったらなんでも聞いてね、ということでレオリオとクラピカのホームコードや携帯などの連絡先を交換した。

 これで自然な流れでクラピカの連絡先を入手することができた。さすが私である。

 理想は発信機を所持品に仕込むとかなんだけど、あいにく今は持ち合わせがないし、別にそこまでする必要もないだろう。

 

「そうだクラピカ、幻影旅団探してるんだよね? 私ソッチ方面とも交流あるし、聞いてみて有力な情報があれば教えようか?」

 

 そうクラピカに提案する。これで不穏な感じがしたらテキトウな情報流して撹乱して、今後蜘蛛と関わることのないよう誘導できればそれが一番いい。

 ゾルディックとも交流のある私からの情報であれば、それなりに信憑性があると思うだろう。

 

「そうだな……、旅団について奴らの風貌、戦闘能力、行動など何か分かったことがあれば頼む」

「おっけー。あ、それと気になってたんだけど、最終試験の時ヒソカに何を言われたの?」

 

 ついでに気になっていた疑問も解消しておこう。今後は顔を合わせることなどないのだから、今のうちに聞けることは聞いておきたい。

 あの変態ピエロは偶にとんでもないことをしでかすから警戒するに越したことはない。数多くいる復讐者の一人であるクラピカなんかよりはよっぽど危険な存在。

 しかし私の質問に対し、クラピカは少し苦い顔をしながら答えた。

 

「ヒソカは……あの時、蜘蛛についていいことを教える、とだけ言った。何の意図があったのかはまだわからない。奴に蜘蛛のことを話したことはないのだが……」 

 

 旅団に近しい人間は奴らを蜘蛛と呼ぶから、それを知っていたヒソカの持つ情報に興味がある、と。

 なるほど、だからプライド高そうなのに試合放棄を受け入れたのか。

 

 ……あのピエロ、何のつもりだ。

 クラピカが蜘蛛を狙っているということを知っている。ここは別にいい。試験中に会話を聞いたのか、クルタであると見抜き目的を推察したのかは些細な事だ。

 問題はその目的なのだ。まだそのいいことが何かはわからないけど、その内容次第ではヒソカの動向にも気を配る必要がある。

 

 ヒソカが何を考えての行動なのかは推測しかできないけれど、碌な事じゃないのは確かだと思う。

 私のようにクラピカに間違った情報をリークするとかでは絶対にないだろうね。

 危険なことがあればそれを回避するのではなく、態々それに突っ込むような男だし。

 

 ただの気紛れか、或いはさっさと試合を終わらせるためにその発言をしたのであれば問題は無いのだけれど。

 良からぬことを考えているのであれば、最悪ヒソカと戦うことも視野に入れなければならなくなる。

 

 念を用いた戦闘は通常のそれとは違い、圧倒的な戦力差を埋めるための方法なんて幾つでもある。

 ここにいる3人は念の才能がかなり有りそうだし、もしこの3人がまとめて蜘蛛の敵に回ったらと、仮定してみる。

 ゴンとレオリオはともかく、クラピカは復讐のためにとんでもない能力を身につけそうな可能性もある。となると、接触する時期によってはそれなりに手強いのかもしれない。

 蜘蛛の戦闘マニアどもが喜びそうな話だ。それはヒソカも例外ではないので、それが目的なのだろうか。

 

 しかしそうだと決めつけてしまうのも早計だ。他にヒソカの喜びそうなことはなんだろうか、と余り考えたくないことを考える。

 真っ先に思い浮かんだのは、クロロとの戦闘。コレが目的だとすれば、ヒソカ自身も蜘蛛だけどクロロを狙っているから、利害が一致する部分だってあるし。

 この場合は共闘なのか、それともコマとして扱うのか。目的が仮にそうだとしても、その場合の敵はこの二人だけなのか。

 

 思考が更に深いところまで及びそうになり、頭を振ってそれらを打ち消す。

 今は考えても詮無きことだ。奴の言ういいことが何なのかわからない以上、その目的を仮定しだしたらキリがない。

 

 考え込んでいた私に気遣わしげな視線を向けていた彼らに、気にするなと曖昧に微笑む。

 そして思考に蓋をして、気づきかけたモノから目を逸らした。

 今はまだ、それに気づいてしまいたくなかった。



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30 バイバイ

 キルアのもとに向かうための情報もある程度は揃ったので、ゴンたちはこれからすぐにククルーマウンテンのことについて調べることにしたようだ。

 私はもう彼らに用がないのでこの場を離れようとしたところ、よぉ、と後ろから声がかけられた。

 聞き覚えの有り過ぎるそれに振り向くと、ハンゾーと、その後ろにはボドロさんがいた。

 

「オレは国に戻る。長いようで短い間だったが楽しかったぜ。もしオレの国へ来ることがあったら言ってくれ、観光の穴場スポットに案内するぜ」

 

 そう言って私を除いた3人に例の名刺を渡すハンゾー。

 受け取った彼らもやはり微妙な反応だ。忍者に名刺は似合わない。どうせなら巻物にしてくれたら雰囲気出るのに。いや、それだと嵩張るか。

 ハンゾーの目的は”隠者の書”、おそらくこれからすぐにでも行動を開始するのだろう。

 いや、ボドロさんもここにいるのだから、その前に1つだけやるべきことがあるのでそれを済ませてからだ。

 そのボドロさんもハンゾーに倣ってこれからの自分の行動指針を告げる。

 

「私も自分の国へ戻り、流派を立ち上げようと思っていたのだが……。ライセンスを使い旅でもして、己を鍛え直そうと思う」

 

 どうやら私はまだまだのようだからな、と頭を掻きながら言うボドロさん。

 私に敗北したことで自分を見つめなおすことにしたのだろうか。私に勝つのってそれなりに難易度高いと思うから、あまり気にしなくてもいいのに。

 でもハンターになるのが自分の流派を持つためだったのであれば、その判断は賢明だ。そんな事したらかなり目立つので、今のままだと高確率でライセンスを奪われる。

 せめて旅の間に念を会得できればいいけど。

 

 ボドロさんからも名刺をもらい、連絡先の交換をしているとポックルさんもこちらに近づいてきた。

 これでヒソカとイルミさんを覗く合格者全員がここに集まった。

 彼らがここに居ないのは当然だ。イルミさんは仕事以外で連絡先を渡すことはしないし、ヒソカもそんな事する人間じゃない。

 まぁ、ただ単純に避けられているからかもしれないけどね。

 欲しいならあの2人の連絡先もあげるよ、私持ってるから。いらないだろうけど。

 

 ポックルさんは幻獣ハンター志望で、これから世界中を回って様々な未確認生物を見つけ出すらしい。

 似たようなのでUMAハンターってジャンルがあったけど、それとは違うんだろうか。

 いや、そんなことよりも。

 

「ポックルさん、私動物結構好きなんですけど、珍しかったり、絵になるような動物とか風景の写真撮ったらもらえないですかね? あ、これ私の連絡先です」

「ああ、そのくらいなら安い御用だ、コレがオレの携帯な。あんたたちも知りたい情報とかあったら一緒に探るぜ、こっちはオレのホームコードだからそのつもりで」

 

 秘境にも足を運ぶだろうから、さぞいい写真が撮れるだろうとポックルさんに頼む私。それをポックルさんは快諾して下さった。

 やった、ポックルさんマジ最高。もらった写真は友達と共有して楽しませてもらおう。

 その後ポックルさんの言葉を皮切りに、今度はホームコードの交換が始まった。コレは留守電的なアレである。

 しかしゴンだけは不思議そうな顔をしていて、交換の催促をされると自分はホームコードを知らない、と言った。おいマジか。

 

 レオリオが懇切丁寧にゴンにホームコードの説明をし、”めくる”という単語の説明もする。

 こういうのはハンターのみならず日常でも役に立つから、知らないのはかなりの損だよゴン。

 

「ホームコードとケータイ電話と電脳コード、こいつはハンターの電波系三種の神器だぜ。ゴンも揃えといたほうがいいぜ」

 

 レオリオの言った通りで、これらのものがあるのと無いのとでは情報収集の効率が格段に違う。

 また電脳コードに関してはライセンスがあれば無料でめくることが出来るようになるので、かなり使いやすくなっている。

 公共の場所で使わずに自宅で使うとライセンス欲しさにワラワラと変なのが湧いてくるという欠点もあるけど。

 

 ライセンスでめくれるのだから早速使うか、とクラピカがゴンに聞いたけど、彼はまだ使うつもりはないようだ。

 ゴンやレオリオの反応を見るに、何かしらの決意の元使わないと決めたようだ。

 変なとこで強情張ってないで使えるものは使っちゃえばいいのに。

 

「それじゃ、ホームコードができたら連絡くれよ」

 

 交換も終えたところで、そう言って振り返り立ち去ろうとするポックルさん。

 しかしすぐに、ああそういえば、と言ってこちらを振り返って一言。

 

「実はオレ、味噌派なんだ。お前らには負けないぜ、色々とな」

 

 そう言った。ほほう、それはそれは。

 たしかに彼は昨日、私とハンゾーとボドロさんが火花を散らしている時にソワソワしていたが、味噌だったのか、そうかそうか。

 それを聞いた私達3人は素早く目配せをする。他の2名が誰かなんてことは言わずもがなだ。そして私達の考えることは共通してただ1つ。

 

「はい味噌確保ー!」

 

 お互いがんばろうな、というセリフを添えてイイ感じに去っていこうとするポックルさんの右腕を、素早く接近した私がガッシリと掴む。

 絶対に振り払われる事の無いように、それはもう力強く掴んでいるので離されることはない。

 とは言え強く握ると骨を砕いてしまうので、ある程度以上の圧力は加えずに、手の形と位置を力を入れることにより固定している。

 

「よーよーポックルくんよぉ、それだけ言ってさっさと帰っちまうだなんて連れねえじゃねえか。ちょっと表出てオハナシしよぉぜぇ?」

 

 突然の私の行動に、なんだなんだと目を白黒させているポックルさんの左側からハンゾーが肩を組みつつ絡んで、更に包囲を固める。

 そのハンゾーの姿はまるでチンピラ、非常にガラが悪い。とんこつだけに。

 そんな私のアホな思考はともかく、だ。せっかくここに醤油、とんこつ、塩、味噌派の人間が集まったのだ、逃がす訳にはいかない。

 

「うむ、せっかくだ、キミも来るといい。後顧の憂いも無くなったことだし、そろそろ私達の戦いに決着をつけようじゃないか」

 

 さらにその背中を後ろからボドロさんがグイグイと押してホテルの出口へと向かう。完全に強制連行の形である。

 そう、試験は終わったけれど私達の戦いは終わっちゃいないのだ。

 むしろ今までの事はすべてが前菜(オードブル)で、これから漸く主菜(メインディッシュ)なのである。

 

「決着、ねぇ。とりあえず現状じゃあ塩に醤油が勝り、味噌にとんこつが勝ってるわけだが。っつーわけでオレはメリッサと頂上決戦してるからよぉ、あんたらはドベ争いでもしてるんだな」

「調子に乗らぬことだなハゲ。やはり武力で決めるべきではないのだ、私達の戦いの場としてはこれから向かう場所こそがふさわしい。そこで決めようではないか、どれがナンバーワンかを」

「おいコラ誰がハゲだジジイてめぇ、コレは剃ってんだよぶっ殺すぞ!」

 

 ハンゾーの挑発にボドロさんが挑発で返す。一回り二回りも歳が上の人間にハゲと言われるハンゾーが若干不憫な気がしないでもない。

 ここまでのやり取りで漸く合点がいったのか、ポックルさんの表情が困惑していたものから挑戦的な笑みへと変わった。

 彼も結局は同じ穴の狢。私達は競い合わずにはいられないのかもしれない。

 

「なんだそういうことか、じゃあ付き合ってやるよ。試合じゃあオレが負けたけど、味なら絶対こっちの勝ちだね」

 

 そんな自信満々に言い放つだなんて、いい度胸だねポックルさん。後で吠え面かかされても知らないよ。

 向かう場所は決まっている。ここからさほど離れていない、昨日の試験中の段階でも目星をつけていた店だ。

 ホテルの出口へと向かう道すがら、戦いは既に始まっていた。

 

「言ってくれるじゃねえか、まさかとんこつに勝てるだなんて馬鹿げたこと考えてんじゃねぇだろうな? てめぇらまとめてこってりスープのパンチで沈めてやるよ」

「調子こいてるね、今日こそは醤油が至高であると証明してあげるよ海坊主」

「おいメリッサお前後でリアルファイトな、誰が海坊主だこのアマ」

「あんたら味噌が最強ってことがわかってないのか? 哀れだね、人生損してるぜ」

「海坊主は母なる海がごとき塩スープで溺れるがよい」

「あ、そういうわけだから私ら行くねー。またね3人とも、気ぃつけていくんだよー」

 

 既にそれぞれが主張をし始めた私達を、ポカンと呆気にとられた表情で見るゴンたちに簡単に別れの挨拶をする。

 レオリオは同志なんじゃないかと思いもしたけれど、あの表情じゃ違うようだ、残念。

 そのまま私たちは互いを牽制し合いながらホテルを出、ラーメン屋を目指した。

 一応ホテルを出る際に、何やらハンター試験にまつわるおみやげを売っているコーナーがあったので皆でそこに寄って買い物を済ませた。

 お土産あったのか、と見つけたときはその場に居た全員が微妙な顔をした。

 

 

 

 店でそれぞれの属する派閥のラーメンを食しながら、何処がどう優れているのかを熱く語る私達4人。

 主張を曲げること無く、しかし相手を貶めることもせず、むしろ高め合う。これこそがあるべき姿なのだ。

 

 結局論争に決着が付くことはなかったが、食事を終えた私達は互いに讃え合い、テーブルの上で固い握手を交わした。

 声こそ張りあげていなかったものの、周囲で聞き耳をたてていたらしい客からは拍手喝采が巻き起こった。

 一緒に居た時間こそそんなに長くはないけれど、忌憚なく意見を交わした私たちは、さながら以前からの友人であるかのように仲良しになった。彼らはもう、立派な”友達”である。

 帰り際に、私たちが今年のハンター試験合格者だと知った店主から、ラーメンハンターのサインがほしいとせがまたから一応書いたけど、そんなジャンルのハンターは果たしてあるのだろうか。

 

 この短い間でかなり親密度の増した私たちは、とりあえず共通の目的地である空港までは一緒に向かった。

 その道すがら、これからもちょくちょく連絡をとりあって、都合が合えば偶には集まって何か食べに行こうという話をして、別れを惜しみながらもそれぞれ別の飛行船に乗り、別れた。

 

 

 

 マルメロ行きの便に乗って席につき、心地良い満腹感から少し眠くなりながらも、ハンター試験のことを振り返る。

 ライセンスも取れたが、それ以上に経験と、また新しく増えた”友達”と”オトモダチ”もそれなりに良い収穫になった。

 だけど飽くまでもそれなりだ。何せそこは別に不足していないのだから。無くても特に問題はなかったけど、ある分にはそれでいい。

 お土産は、ハンター饅頭だのライセンス型キーホルダーだのそれっぽいものから、何だかよくわからないものまで色々あったのでカバンに入るだけ買った。これで得られたものはかなり大きい。

 

 得られたものといえば、さっき空港へ向かう途中にボドロさんに、試合中ヒソカに何を言われたのか聞いてみた。

 ヒソカはあの時、自分は幻影旅団である、これ以上粘るならこちらにも考えがあると言われ、真偽の程は定かではないがもしそうであればマズイ、ということでギブアップをしたらしい。

 それを聞いて私たちはボドロさんに同情的な目線を向けた。あのピエロ最悪だ、情報を漏らすところも何もかも。ボドロさんの時まで蜘蛛のことを言ったとは。

 私とヒソカとの関係についても尋ねられたが、付きまとわれて困っていると言ったら神妙な顔で納得された。まぁヒソカに対する認識なんてこんなもんである。

 この点については、単にさっさと終わらせたかったと見るのが妥当だろう。あまり収穫にはならなかった。

 

 ヒソカは、何を考えて、そしてどう行動してくるのか正確なことは読めない。気まぐれな彼の一挙手一投足に果たして何らかの意味があるのか、変な行動が多すぎて考えるのも嫌になる。

 味方であるうちは、その高い戦闘能力は頼りになるけれど敵に回せば厄介、時としては手札にあるだけでも味方全体に害をもたらす存在になりうる。

 あのピエロ、まるでトランプのジョーカーそのものだ。私達の手元にあるそれは、高確率でいずれ蜘蛛に牙を剥く。

 問題はクロロが現時点でそれを良しとしていて、それ故に蜘蛛がそれを不承不承ながらも見逃している点だ。

 身内に甘いのは彼の美点でもあるが、悪癖とも言える。

 

 そしてヒソカは、蜘蛛のカードで以ってクルタ族のクラピカに接触した。

 彼らが何らかのつながりを持つかもしれないとわかったことも、この試験での大事な収穫だ。

 ヒソカではなくクラピカを探れば、ヒソカが何をしようとしているのかを予測することも可能、かもしれない。

 この点を見ればクラピカを殺さずにいてよかった。彼らが共謀した場合、ヒソカは付け入る隙がないだろうけどクラピカであればなんとかなる。

 敵であると知りながらもそれなりに仲良くした甲斐があった。

 

 この試験中に新たに現れた、暗い影。

 それは元よりの闇と相まってより一層深い。

 徐々に大きく見えるそれは、成長しているのか、近づいてきているのか、それとも私が近づいているのか。

 

 つらつらと考え事をしていたが、それ以上踏み込みたくはなかったし、そろそろ本格的に眠くなってきたので身体に毛布をかけ、目を閉じる。

 埋めてくれた蜘蛛のために、私が出来ること。

 それを考えるのはまた明日にしよう。なぜなら眠いからだ。それだけだ。

 

 いつの間にか、私の中で蜘蛛の存在は大きくなっていた。

 ああ、でもそういえば、蜘蛛との出会いって最悪だったよなぁ。

 そんな事を思いながら、微睡みに身を委ねた。



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過去
01 追憶


前回予告し忘れちゃいましたが、新章突入です。
過去と言う名の回想編が始まります。


 私が、あの何を捨てても許されるというゴミで形成された流星街に捨てられてゴミと化したのは、確か3歳くらいの頃。当時の所持品といえばその時に来ていた服と、何らかの文字が書かれていたが幼い私ではそれを読むことができなかった謎のプレートだけ。

 前後の記憶が曖昧で、詳しい時期などはわからない。ただ単に昔のこと過ぎて忘れてしまっているだけなのか、それとも思い出したくもないことだから脳がそれを拒否しているのかはよくわからない。

 ただ、脳が思い出せなくとも身体は鮮明に覚えている。いや、覚えていると言うよりも忘れることができないのだ。地獄だった、と。

 

 捨てられたものしかない街。ゴミ溜めそのものだったそこには、ほとんど死者しか居なかった。

 物は、そのほぼすべてが壊れていた。元々廃棄されたものだし、捨てるときも遥か上空から飛行船で落とされるので、落下の衝撃に耐えられたものはほぼ皆無だった。

 人は、その多くが元から死んでいたものが捨てられる。生きていたものもいたが、後に飢餓で死ぬか、或いはストレスなどの精神的な部分や外傷などの肉体的部分、食中毒やウイルスなどの病気で死ぬものがほとんど。

 何せ人の死骸が廃棄されるのだ。病原菌の苗床となってしまっているそれは、周囲に災厄を撒き散らす。

 生きていたものも、その目は尽く死んでいた。少なくとも私が捨てられた地域では。

 

 私にも幸せな家庭の中にいた事があったのかどうかは分からない。私にはその記憶が無いから、どちらとも言えないのだ。

 何せ一番古い記憶はゴミの山と、酷い腐敗臭だから。

 絶望に彩られた街で、どうしたら良いのかも分からず、途方に暮れて泣くばかりだった、と思う。

 

 それでもあの時の私には、自身に迫り来る昏い死の足音が非常に恐ろしいものに思え、生に強く執着したのだ。

 小さな子どもであっても、無意識に死には抗うものなんだろう。でなければ私はとっくの昔に御陀仏している。

 

 食料は、選びさえしなければ一応そこら中にあった。

 革製品なんかは味とか食感とかそういうものに目をつぶれば、それなりに腹は膨れた。もう絶対に食べたくないけど。

 後は、草とか、枯れ枝とか、土とか虫とか色々だ。水は最初の頃は泥水をすすっていた。

 子供はなんでも口に物を入れたがるけど、それがあったからきっと私は生き残れた。

 

 あそこで長く暮らしていてわかったことだけれど、私のように本当に小さな頃から捨てられたのではなく、中途半端に、大体少年とか少女と呼ばれるような年代で捨てられた人間は、変なものは食いたくないとか言う意識が邪魔をして、結局ろくな物も食えずに飢えて死ぬ。

 もうちょっと年齢上がって青年とかその辺になると、身体能力的に略奪という手段も取れるので死亡率は多少は下がる。

 草の根っことかはわりと皆抵抗なく食べるようで、私もせっかく掘り起こしたモノをよく強奪されたものだ。

 あぁ、思い出したら腹立ってきた。今あいつらどうしてんのかな。死んでてくんないかな。生きてるとしたらちょっと殺したくなるくらいイラッとした。

 でも、私の食料の根っこを奪って、ドヤ顔で私の目の前でそれを食べ、突如苦しんで目を見開き事切れたオッサンには感謝している。

 あれ以来見たことない植物の葉っぱとか根っこは、あえてその辺にいる誰かに強奪させて様子を見るという小賢しい習性を身につけられたから。

 

 例えどんなに劣悪な環境であろうとも、人はいずれ慣れる。それが物事の飲み込みの早い子供であれば尚更だ。

 私も徐々に慣れ、順応して行くと同時に、さらなる欲求が沸き上がっていった。

 

 

 3歳の頃。

 とりあえず、コレ以上知らない場所に行くのには漠然とした恐怖があったし、また一箇所に留まっていたほうが安心できるので、最初に居た一帯を中心に活動することにしていたと思う。あまりうろちょろした覚えはない。

 死なないために何でもかんでも食べてみた。味なんて関係ない、胃に入れられればそれだけでいい。

 小さな子供は大きな人間からしたらカモなので、よく食料を奪われていたけれど、それでもあきらめずに生き続けた。その過程で大きな怪我を負わなかったのは不幸中の幸いである。

 最初の1回は抵抗したが、その時ボコボコにされたので、それ以降はなるべく人目につかないように、もし見つかったら素直に渡すようにしていた。

 もっと食べたかった。

 

 

 4歳の頃。

 ゴミの山の中で生活しているからか、1年も経つと体重の軽さもあってヒョイヒョイと山に登れるようになり、行動範囲が広がった。

 ゴミ山の上の方には大人たちは滅多に来たがらない。崩れたりしたらただでは済まないし、頑張って登ったところで自分に得があるモノが無ければ労力の無駄遣いだから。

 上から見下ろした大人たちはその悉くが蹲っているか、或いは下を向いて歩いていて、とても惨めだった。

 私は、あいつらとは違う。あいつらのできないことが出来る、行けないところにいける、とその姿を見て思った。

 もっと勝りたかった。

 

 

 5歳の頃。

 この頃、私は初めて文字を読むことができた。本はそこら中に落ちていたが当然文字を知らないのだから読めるはずもなかったが、子供に文字を教えるための絵本だけは違った。絵本の類はこの頃に初めて見つけたのだ。その絵本はハンター文字で書かれていた。

 ある程度の物や言葉は知っていたので、イラストに対応する文字を見ることで覚えられた。世界共通語であるハンター文字の字数自体が少なかったことも幸いした。

 本を読むのは楽しかった。雨風に晒されてグチャグチャになっていたけれど、それでもその本の中の世界はとても輝いて見えた。

 文字が読めるようになって、私はここに来てから今までずっと持っていた謎のプレートに書かれたものが、私の名前やその他の情報であると理解し、”知る”事の歓びを知った。

 もっと知りたかった。

 

 

 6歳の頃。

 本を求めて足場の悪いゴミ山をあっちこっちウロチョロしていたら、いつの間にやら身体能力がかなり上がっていたらしい。よじ登ったり邪魔なゴミをどかしている内に力がついたようだ。

 そのことに気づいたのは、私の食料を奪おうとしたおっさんを、何故か素直に渡したくなかったから反撃を試みたら撃退できた時だ。

 随分とくたびれた感じのオッサンだったけれど、当然のことながら体格差はかなりあった。が、それでも私が勝った。勝ったのだ。

 それがあってから私は、狙われる側から狙う側に、奪われる側から奪う側へとなろうと強く心に決めた。

 もっと強くなりたかった。

 

 

 7歳の頃。

 ゴミも質量だけは大したものなので体を鍛えるのには役に立った。たとえ本来の用途ではなかろうとも、使えるものは使うべきだ。

 この頃には私の生活もそれなりに安定してきた。とは言え生活水準はかなり低かったけど、酷い空腹感を味わうようなことはなくなった。

 略奪者には応戦するなり逃げるなりで対処はできるようにはなっていたし、逆に今まで私からさんざん奪ってきた奴の中で、弱そうなやつから順に仕返ししたりもしていた。よくも栄養価の高い芋虫だの、何かの卵だのを奪ってくれたな、と割りと執拗に。

 気の早い変態さんも現れた。お前らには絶対に負けない、負ける訳にはいかない。死ぬ気で戦い、その全てに勝ち、そして潰しておいた。

 私が居たのは、流星街の末端の地域。治安は最悪、自分以外は全部敵なので、誰かと遊ぶことなんて無い。娯楽なんてろくに無い場所にいて、偶に見つける本は私の人生の楽しみの大部分を占めるものになっていた。

 でも、足りない。少ないのだ、本が。しばらく新しい本と出会えないなんて事もザラだった。たとえ見つけても、ボロボロで読めるような状態ではないものが多かった。

 もっと本が読みたかった。

 

 

 8歳の頃。

 ここでの暮らしにももうかなり慣れた、というかかなり順応していたし、実力も十分だと判断した私は一箇所にとどまることをやめ、テキトウに宛もなくさまようことにした。

 場所によって、ゴミの分類に偏りがあることもあった。家電が多かったり、人が多かったり。

 当然、本がたくさん捨てられる場所もあった。すぐさまそこが私の新しい活動拠点となった。

 読み切るには時間が幾つあっても足りないほどの量、日中は本ばかり読んでいて私は幸せだった。

 だけど沢山の本の中には、やっぱり沢山の人が、物語があって。わかっていたことだけれど、それらはゴミ溜めの中にいる今の私の生活とは比べ物にならないくらい輝いて見えて。

 今までよりも本を読み耽る時間が増えたせいか、本の読めない夜中になると、以前にもましてそう強く感じるようになっていた。

 私の世界には、足りないものが多すぎる。

 外の世界に憧れた。

 

 

 9歳の頃。

 不思議な本と出会った。すべて手書きの、なにやら妙に惹きつけられるその存在感。思わず拾ってしまったそれは、後から分かったことだが僅かに念が込められていて、私はその存在感に惹かれたのかもしれない。

 表紙には、”念法”とあった。念能力という秘匿技術について記されたそれとの出会いは、私の念法の会得、そして能力開花の切っ掛けである。

 まるで新しいおもちゃを与えられた子供のような心境。いや、事実そんな感じだったのだろう。とにかく、念という存在に没頭した。

 アレは禁書として処分されたのか、はたまたゴミとして捨てられて、人間ではなくなってしまった私たちへの償いに、世界へと反逆するための鍵をくれたのか。何故そこにあったのか真実はわからないけれど、私はその出会いに感謝した。

 この力があれば、もっとたくさんのことが出来る。誰にだって勝てる、なんだって手に入る。今はまだ小さな力だけど、高めれば、いつかは。

 貪欲に、強欲になった。

 

 ここには沢山の本があるので娯楽がある。食事も死にはしないので現状でも問題ない。

 つまらない、辛いことばかりじゃない。楽しみだって見つけた。

 私の足で歩いてその全貌を見るのは不可能であろうほどに広い流星街、決して窮屈ではない。

 この先の人生、ここにいれば本に困ることはない。汚くて読みにくいけれど、私が死ぬまでには読み切れないであろう量。

 

 でも。

 足りない。

 こんなのじゃ満足できない。

 もっと。

 

 もっと美味しい物が食べたい。もう内臓は十分に鍛えたからこれ以上はいい。まともな食べ物が足りない。

 もっと綺麗な水が飲みたい。慣れたとはいえ、ぶっちゃけクソ不味い。飲み水と言えるモノが足りない。

 もっといい生活がしたい。ここ、臭い。清潔さが足りない。

 もっと勝りたい。私の暮らしが底辺だなんて有り得ない。お金も家も何もかも足りない。

 もっと強くなりたい。どんな我儘でも通せるように、どんな時だって折れないように。力が足りない。

 もっと知りたい。頭に情報を入れるだけでなく、実際に体験してみたい。経験が足りない。

 もっと本が読みたい。自由に、好きな本ばかりを、綺麗なままのそれを読んでいたい。本が足りない。

 もっと楽しみたい。私の人生がこの程度なんて納得出来ない。娯楽が足りない。

 もっといろんな場所へ生きたい。流星街は広いようで、やはり狭い。地図で見たこの場所は、ちっぽけだった。自由が足りない。

 もっと人と触れ合いたい。本の中で幸せそうにしている人には、悉く誰かが傍に居た。ここには敵しかいない。他人との交流が足りない。

 もっと。全然足りない。欲求が溢れてきて、満たされない。渇く。

 もっと、もっともっと、もっと。もっとだ。

 

 

 もっと、欲しい。

 

 

 

 そして、10歳。その誕生日。

 いや、その頃は詳しい日付とか分からなかったから、後でちょっと気になったんでカレンダー見て逆算したら実際には違っていたけれど。

 季節柄から、だいたいこんなもんだよなーっていう時期に、しかもわりと意識的に結構前倒ししたから、1ヶ月以上早かったけれど。

 まぁとにかく10歳の誕生日っぽい日に、私から私へ、記憶にある限り人生で初めて貰う誕生日プレゼントとして流星街の外の世界を贈った。

 

 外にはきっと、私の欲しいものがたくさんある。

 キラキラしたものがある。幸せがある。

 今までよりもきっとずっと良くなる。

 足りないものが満たされる。

 私の隙間を埋めてくれる。

 

 私が元々居た場所。私を捨てた世界。人間だった私を、ゴミへと貶めた人間。

 奪ってしまおう。私が欲しいものは全部。

 私にはその権利がある、だなんて下らないことは言わない。欲しいから奪う、足りないから満たす。ただそれだけの我儘のために。

 

 とは言え外の世界には秩序というものが存在し、犯罪を取り締まる組織などがある。そんな場所で盗みでもしようものなら追われる立場になるだろう。それはかなりめんどくさそうだし、やりたいことが自由にできなくなってしまうから、そうならないように。

 今後は誰かに狙われることの無いように、これまでと違い落ち着いてまったりと生活できるように、安心して眠れるように。

 ゴミを分厚いウソで着飾って、ある程度のルールは一応守って、何食わぬ顔で人間社会に溶け込んで、普段は善良な人間を装って。

 ハッピーエンドの物語のように、いつか、誰かが、私の隣にいて。あり得ないであろうそんな日を夢見て。

 今までのちっぽけな世界を飛び出して、新しい広い世界で、好き勝手に生きていくのだ。

 

 こうしてメリッサ=マジョラムという泥棒が生まれた。

 欲しい物を、足りないものを手に入れるという欲望の下に。



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02 邂逅

 流星街を出ておよそ1年半。私はあの頃とは桁違いに裕福な暮らしをしていた。

 最初の頃こそスリだの窃盗だのでほそぼそと暮らしていたけれど、本格的に泥棒として活動しだしてからはお金もかなり稼げるようになっていた。

 お金持ちっぽい家に忍び込み、目ぼしい本はごっそり盗み、ついでに高そうな貴金属を見つけてはそれらを質屋や宝石店で売りさばく。

 闇市場(ブラックマーケット)の存在を知ってからは、有名な美術品を盗んだらそこに流して大儲けしたり、溜まったお金でそういう業者に頼んで戸籍を偽造してもらったり、そこから口座とか住所とかもちゃんと作って、と。

 もはややりたい放題である。やられる側からしたら迷惑極まりないが、私は幸せなのでそれでいい。

 

 特にマンションの一室を買ったときは物凄くテンションが上ったものだ。

 流星街にはそもそも家なんてものがないから、野ざらしで寝るか、或いは雨の日なら大きめの冷蔵庫の中にすっぽり収まるとかして凌いでいた。

 外の世界に出てからは野宿なんてしたくなかったのでホテルとかに寝泊まりして。ホテルはホテルでいいものだった。もふもふのベットには超感動した。

 それでも自分が帰る家を持つとなると、やはり気分がイイものだ。ホテルのほうが部屋的には豪華だったけれど、私は絶対に家の方がいい。

 やってることはアレだけど、漸く人並みの生活を手にすることができたのだから。

 

 家を持ってからは料理の練習もした。前々から知識としてはあったのだけれど機材はボロボロだし、火を使えば否応なしに目立つので飢えた奴らに寄ってこられたら厄介だし、そもそも本に載っている材料がないので作ることはできなかった。本の料理は眺めるだけで、味なんて想像もつかなかった。

 なのであっちに居た頃は食事なんて生き長らえるための手段でしかなかったけれど、こっちに来てから初めて食べたファミレスの料理の味に感動してからはそんな考えは持たなくなった。

 だって感動のあまり涙を流してしまったのだ、あの街にいてさえ滅多に泣かなかった私が。他人に変な目で見られたのは癪だったけど。

 それ以来食事は娯楽にもなり、自分好みにアレンジして更に楽しめるように料理を覚えたのだ。

 甘いモノとかチョーサイコーである。

 

 今までとは全く違った生活。私に足りなあったもの。

 美味しい食事、屋根のある家、ふかふかの寝床、裕福な暮らし、書店や図書館に行けば無限に手に入る本、そして見るものすべてが真新しくて毎日楽しい。

 私の求めていたもののほとんどがここにはあった。既に手に入ったもの、これから手に入れるもの。きっと全部見つかる。

 出発時期を前倒しにした過去の私を褒め称えてやりたい。

 

 そして忘れもしない、11歳の冬。

 おそらくあのまま暮らしていたら得られなかった、私の欲しいモノ。それが手に入る切っ掛けとなった事件があった。

 あの時は只々酷い目にあった、とかなんでこんな目に、とかネガティブな感情しかなかったけれど、今思い返せば胸が暖かくなるような気持ち……、……にはならないな、うん。あんなに肝が冷える思いをしたのは、後にも先にもアレだけだろう。

 でもまぁ、今となってはいい思い出であることも確かだけどね。

 

 

 

 その時私は、リラ共和国という国にある山奥に建つ、大富豪バーベナ家の屋敷を目指して、真っ暗な森の中を順調に進んでいた。

 時刻は深夜、辺りは真っ暗であるが、夜目は効くので問題ない。

 こんな時間にこんな場所から他人の屋敷を目指す。目的は当然、盗みである。

 

 バーベナ家の屋敷がある山奥は、交通の便も悪く人が寄り付くようなところでもないので、他に建造物はない。ほぼ私有地化していた。

 屋敷へ向かうための舗装された道路は1本しか無く、またその入口付近にはバーテル家の経営する店があり、その中はガードマンの詰所になっているともっぱらの噂だ。

 屋敷にも数多くのガードマンが配備されているので、通常であれば盗みが成功する確率はかなり低い。酔狂だけでそこに建てたのではないのだろう。警備の厳重さがそこにお宝があると物語っていると言っても過言ではないほどの警備。

 盗みが成功したとしても、逃走後に屋敷から彼らの店に連絡が行けば、挟み撃ちになる。

 私としては銃弾くらいならわけないので普通に道路を使っても問題ないのだけれど、相手にするのも面倒だし、そもそも車を運転できないから移動手段は自分の足しか無いし、それだと道路ははただ単に遮蔽物がないだけなのでそっちを通るメリットは少ない。

 

 そんなわけで私は道路は使わずに森を駆け抜けているわけだ。

 本日の私の格好は、全身真っ黒の衣装に、お面。お面は顔を見られるのを防ぐためのものである。そのデザインは、槍を持って焚き火を囲みながらなんか踊ってるのが似合いそうなデザインのものだ。

 これであればお面のインパクトが強いので、万が一顔を見られても私の人相が印象に残りにくくなるはずだ。まぁそんな事態にはならないと思うけれど。

 しかしお面は縦長で大きいのでわりと邪魔である。正直チョイスをミスった感は否めない。

 

 今回の盗みで狙っているのは、”魔の慟哭”というタイトルの、上中下巻の3部作の本だ。

 この本は大昔に行われていたと言われている魔女狩りについて書かれた本で、ある時は加害者側に立ち、またある時は被害者側に立って生々しく描写している。

 それがあまりにも生々しすぎて、精神をやられてしまったり、また読んだ人に災いが降りかかるとか言うことが真しやかに囁かれるようになってしまい、禁書指定を受けて処分されることとなってしまった。

 元々の発行部数が少なかったことも相まって、現在入手が困難な本になってしまっている。それが3部全て揃っているらしいの。

 

 この間ふらっと立ち寄った裏のオークションの会場でこの事を小耳に挟んで、情報の裏付けが取れたのでこうしてやってきたわけだ。

 また、他にも禁書指定を受けている魔導書もあるとか。魔法なんてものは信じていないけど、処分されてしまうような内容の本ならば見てみたいと思ってしまうものなのだ。

 本だけでも入手困難なものが4冊あるのだから、警備の厳重さも頷ける。

 バーベナ家は本に限らず希少価値の高いものをかなり抱え込んでいそうだけれど、持てる数に限りがあるので狙うのは本だけ。

 

 暗い森の中を走っていると、屋敷が見えてきた。ここまでずっと跳んだり走ったりしていたので、冷えきっていた身体も少しは温まっている。

 この国の冬は、気温が氷点下まではいかずともほぼ毎日1桁台の肌寒い気候だ。

 そんな中、しかも夜中に森を抜けてまで盗みに来るような人間はそういない。私だって寒いのは嫌だ。マジで嫌だ。

 警備体制も聞いている限りでは厳重で、お金がほしいなら態々ここを狙うよりはもっと別の場所をターゲットにするべきだろう。

 

 だからこそ、警備が甘くなる。

 ここにはまだ誰も盗みに入ったものがいない。傍目に見たら難しく思えてしまうから。

 だから警備の人間には油断がある。ここに来る人間なんかそういるもんじゃない、と思えば自然警備も甘くなる。

 今が寒い時期だということもそれに拍車をかける。寒いのに外で警備させられている人なんかの士気はガタ落ち。室内にいても暖房にあたっているとどうしても気が抜けてしまう。

 システム的にはそこそこだけれど、道路を使っていない上、森の中に仕掛けられた監視の目にも気を配っている私を事前に察知することができないため機械は頼りにならず、残るは弛んだ人間たちのみ。

 まぁ、楽勝である。

 

 あっさりと敷地内に侵入し、建物へと辿り着く。

 目的である本が置かれているのは、この建物の3階。屋敷を外壁伝いに登り窓を割って侵入する。

 ここまで来てしまえばもうこっちのものだ。監視カメラは内部にも設置されているけど、さっさと盗んで逃げてしまえば顔も割れないので無視していい。

 

 堂々と廊下のど真ん中を走り、すぐに目的の部屋の前へとたどり着いた。

 窓を割って侵入したにもかかわらず、ここに来るまでに誰とも会わなかったのはどういう事だろうか。下の階は何だか騒がしい様子だけれど。

 油断していたとはいえ、腑抜け過ぎているんじゃなかろうか。私はここですよ。

 

 この状況にほくそ笑みながらも、しかし何やら妙な寒気がする。

 ただ単に寒いからってだけじゃなく、この屋敷に侵入してから感じている違和。

 薄っすらと聞こえてくる足音や声が、私から遠ざかっていっているような気がするのだ。そう、ちょうど玄関の方向へ向かって。

 ひょっとしたら、私の侵入とあわせて何らかの事件が発生したのだろうか。

 

 ”硬”で足にオーラを集め、扉を蹴破る。

 部屋に入り、室内に置かれた本棚から目的の本を4冊探しだして皮袋に入れ、また近くにあったそれなりの値段で売れそうな装飾品を拝借し、また別の袋に入れる。カバーに傷がつくのは許せないので別々に分けている。

 今日の収穫はこんなもんでいいだろう。もうちょっと本に関しては選んでおきたいところだったけれど、贅沢入っていられない。

 嫌な予感がだんだんと膨れ上がってくる。私はもはやこれを杞憂で済ますことはできそうにない。無視するべきではないと本能が告げている気がする。

 少なくとも目的の物は入手できたわけだし、長居は無用だ。

 

 そう判断して部屋を出ようと足を動かした瞬間、この部屋の扉の方から私のいる方向へと向けられる鋭い殺気。私は扉を背にしており、その姿は見えていない。

 この感じ、相手も念能力者か。だとしたら、おそらくさっき私が扉を破壊した時に気づかれた。私もまた、念能力者であると。

 今までは気配を殺してここまでやってきて、そして私を補足して殺気を膨らませた。

 来る。

 

 膝を落とし、腰に括りつけてあったナイフに手を伸ばし振り向いたところで部屋の扉の影から飛び出し、私に接近してくる男。

 かなり速い! 接近と同時、腰辺りからの横薙ぎの一閃をギリギリでナイフで受け止め、その衝撃を利用し後ろへ跳躍する。

 ナイフを持つ手が痺れる。速度だけではなく、重さもある一撃だ。

 

 攻撃を受け止めた私を見て、感心したような表情をする相手の男。捉えたその姿は、なかなか特徴的なものだ。

 あの格好、本で読んだことがある。確かジャポンの着物と、あと丁髷? そして手に持っている、さっき私に斬りつけてきたものは刀か。

 たしかこういう人のこと、サムライっていうんだったっけ。

 ジャポンには興味が合ったので今後行きたいなぁとかは思っていたけれど、今回の件でなんかトラウマになりそうである。

 

 というか、トラウマで済めばマシな気がする。下手したらココで命を落としかねないのだ。

 この男、かなり強い。今の私が正面からぶつかっても勝ち目はないだろう。

 一瞬足りとも気を抜いてはいけない。警戒レベルを最大まで上げる。

 

「ほぉ……。変な格好の割になかなかやるみてぇじゃねぇか。道中暇だったんだ、ちっとは楽しませてくれよな?」

 

 笑いながら楽しそうに、本当に憎たらしいことに楽しそうに言うサムライ。

 構え、オーラを練り、殺る気満々といった風に。

 屋敷内は、まだ騒がしい。コイツの他にも何人もの侵入者が居たのだろう。

 違和感の正体は、私以外の侵入者。さっきから聞こえている音は、そいつらが暴れているから。

 最悪だ。

 

 取り敢えず変な格好はお互い様だ、と言ってもいいんじゃなかろうか。

 ああ、今日は厄日だ。



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03 悪夢

 睨み合ったまま、ジリジリと間合いを測る私とサムライ。

 殺る気満々な彼に対し、私は逃げる気満々である。私には彼と戦う理由が何一つとして存在しない。こんなヤツ相手にしたくない。

 集団でこんなところまで来て大暴れしているのだから、盗賊団か何かだろう。だとすれば彼は同業者なわけで、やることやった私は彼と事を構える必要がない。

 向こうからしてみても、屋敷の人間じゃないのは明白なわけで。別に私のことスルーしてくれてもいいんじゃないかと思うんだ。

 私が持ってる2つの袋の中身が欲しいのかもしれないけど、この線は多分ない。盗賊が金目の物より本に興味を示すとは思えないし。

 

 この狭い部屋で、このまま戦闘を行った場合、私が勝てる確率は正直かなり低い。そもそもの実力からして負けているし。

 相手の獲物は刀で、私のナイフと比較するとリーチの差は歴然。スピードで撹乱することも、先ほどの動きを見るに難易度が非常に高い。あの一閃はまさに達人級のそれだった。達人と会ったこと無いけど、多分あんな感じ。

 しかも私は、どこの未開部族の方ですかと問いたくなるようなお面を付け、視界があまりよろしくない。見やすいように目の部分を少し大きくしたけれど、やはり付けていない時と比べると劣る。

 あんな攻撃、”堅”で防御したところで何の意味もないだろうし、”流”や”硬”でもオーラの移動が間に合わないだろうし、成功したとしてもおそらくほぼ無意味。なので攻防面での念を捨てて”円”を使えば視界の問題はクリアできるが、それを維持したままの戦闘はかなりの集中力を要するので、一つのミスが命取りになるこの状況ではやはり使うべきではない。

 じゃあお面外せばいいじゃんって話だけど、私はまだ諦めたわけではないので顔を晒す気は更々無いから却下。

 そして片手には先ほど盗んだ荷物が2つ。片方は手放してもいいけれど、もう片方は大切な、それはもう大切な本が入っているので、この手が開くことはない。

 袋は巾着式なので、何処かに括りつけながら戦うこともできなくはないけれど、しっかり固定することができないので回避する際邪魔になるか、最悪攻撃があたって落とすかダメになるかしてしまう。

 どうせ相手は刃物。武器がナイフ1本の現状では、左腕を防御に使うこともないし。

 

 ここから逃げるためには、3つの道がある。

 扉。この部屋に1つしか無いそれは、今はサムライが私より近い位置にいるために無理。ただ、今後の動き次第ではあちらがフリーになる可能性も十分にある。扉は私が侵入した際に壊れている。

 壁。破壊して逃げることも可能ではあるけれど、ここのは分厚いためオーラを込める必要があるし、何より隙が大きいので臨戦態勢の彼のいるこの空間でそんな事をするのは自殺行為だ。

 窓。扉の反対側の壁に人が十分に通れそうなサイズのものが幾つもある。ここは3階だけれど、高さはさして問題ではない。突っ込めばいいだけだから勢いも殺されず、飛び出した後に遠距離攻撃をされても回避する方法は一応ある。

 他の2つを選んでも結局は短縮のために飛び降りるわけだし、プロセスが最も短いから最初はここに向かうのが妥当かな。

 

 問題は、そこまで行く方法だけど。私が逃げる可能性は当然向こうも考慮しているだろうし、扉と窓は最優先で警戒されているはず。

 考えも無しに走り出したら、まず間違いなく仕留められる。相手は私より格上なのだ。

 接近戦は私に不利。だからまずは遠距離攻撃で様子を見ることにしよう。

 

 手に直径20cm程度の念弾を作り、相手に向かってぶん投げる。放出系は特質系の私とあまり相性が良くないから普通に打ち出すと威力も速度もショボイけれど、投げることによって速度は上がるし威力もその分少しマシになる。

 しかし真正面から真っ直ぐに飛んでくるそれを相手は難なく横へ飛んで躱す。ここまでは予想通りだ。念弾とはいえ何らかの能力の可能性を考慮して防御の選択肢は取らないだろうし、室内では上方向には回避しにくい。

 そのまま横に跳んだ勢いで、弧を描きながら接近し、胴を払い、続けざまに袈裟懸けに斬りつけてくる。

 私はそれを何とか避けた。が、近くにあった本棚は巻き込まれて本ごとバッサリ切られてしまった。サムライてめぇ、よくも本を。

 

 サムライの暴挙に憤るが、しかしこれは好都合だ。おかげで助かった。

 切りつけられて宙に舞った紙をすかさず掴み、”周”で強化して投げつける。

 紙とはいえ”周”で強化されればそれは鋭利な刃物と化すので、決して無視できるような攻撃ではない。

 この場で防御するには追撃の危険ありと判断し、一旦後ろに下がりながら回避するサムライ。それでいい。

 

 自分の攻撃を回避し、あまつさえ反撃までした私に満足しているのか好戦的な笑みを浮かべ、またこちらへと走りだしてくるサムライ。だけど、もう遅い。

 彼には感謝している。おかげで活路がこんなに簡単に切り開けた。

 一気にオーラを練り上げ、右手に大量のオーラを集める。すわ”発”の兆候か、と足を止め警戒するサムライ。

 少しテンションが上がったのか攻撃に意識が傾いてしまったこと、私の足元に本をばら撒いてしまったこと、次の一手のための時間を与えてしまったこと、そして今立ち止まってしまったこと。

 これらは全て彼のミスだ。

 

 オーラを集めた右手を振り下ろし、オーラを一気に開放しつつ床にぶつける。開放されて密度の薄くなった状態のオーラは床を破壊すること無く、強い衝撃波を巻き起こした。

 それによって足元に落ちていた本はバラバラになり、無数の紙切れが部屋中に舞い上がった。

 念の衝撃に腕で顔をかばったサムライに、追い打ちのように紙が更にその視界を遮る。その隙に私は”絶”をし、気配を殺して扉の方へと移動を開始する。

 

「クソがっ……! 何処に行きやがったァ!!」

 

 吠えるサムライが、同時に”円”を展開するのを感じ取った。予想よりも対応が速い、あまり頭が良くなさそうな顔してるからもっと時間を稼げると思ったのに。

 ”円”の範囲は広くないので私の場所までは特定されていないけれど、おかげで廊下に通じる扉は奴の”円”によって遮られてしまった。だけど、窓の方へ向かうのは反対側だからちょっと手間だし、音がするので発覚が速い。

 ここはやはり、廊下に出てから脱出することにしよう。つまりアイツが扉の近くからどけばいいのだ。

 

 未だに部屋には紙が舞っていて、視界はお互いに最悪。アレだけの量の本をバラバラにした上、扉しか空気の通り道がないため私の巻き起こした衝撃波はまだ部屋の中で渦巻いているのだから、あと数秒程度は稼げるはず。

 足元の本を1冊手に取り、窓があったと思われる位置目掛けて勢い良く投げつける。次いで、ガラスの割れる音が響く。ビンゴだ。

 

「チィ、逃がしゃしねぇぞボケェ!!」

 

 その音によって私が窓から外へ脱出したと思い込んだサムライ、そのオーラが窓の方へと移動していく。

 彼が単純な男で助かった。最初はこりゃヤバいと思ったけれど、まさかここまで簡単に振りきれるとはね。

 窓の方へ移動してくれたので距離も稼げたし、更に私が逃げたと発覚するまでの時間も稼げたので、当初の予定だった窓からの脱出よりもかなりいい結果だ。この分なら逃走も問題無いだろう。

 

 そんな僅かな安心とともに扉から脱出し、左へと進路を変える。正面の壁には屋敷の庭に面した窓があるので脱出するならそこを使うべきなのだが、窓を割ると私が廊下に出たことが直ぐにバレてしまうのである程度移動してから飛び降りるのだ。

 今は夜、外は暗闇。私が”絶”をしたままあの部屋の窓から飛び降りたと思っているサムライは、そこにいない私を暗闇に紛れたと思って探しているだろう。彼のオーラは部屋の窓付近に留まったままだ。態々こちらから現在地を教えてやる気はない。

 しかしそんな思惑とともに廊下を走りだした私の目の前に、なんとも信じられない光景が。金髪の優男が目の前のT字路の角から姿を現したではないか。

 これはいったいどうしたことだろう。これが幻覚であることを切に願う。いやほんとに。

 一難去ってまた一難、前門の虎後門の狼。こんな言葉があったけれど、今の状況はまさしくそれだ。

 

「ノブナガの行ったほうが騒がしいと思って来てみたら、キミ誰? こんなとこで何してんの?」

 

 しかしそんな私の儚い願いは、目の前の彼が言葉を発したことによって一蹴されてしまった。幻覚と幻聴がダブルで来たのだという現実逃避も通用しそうにない。

 質問しながらも殺気はビンビン戦闘態勢に入っている彼も、先程の男と同様相当の実力者。

 さっきの、どうやらノブナガという名前の男と退治していた時間は決して長くはなかったはずなのに、もう増援が来るとは。その可能性を考慮していなかったのは迂闊だった。

 この金髪の声に反応して部屋の中から、そっちかぁ! という声まで聞こえてきた。バレた。もう最悪だ。

 

「おちょくってくれやがって、てめぇ覚悟はできてんだろーな」

 

 部屋から出てきて鋭い目で私を睨みつけるノブナガ。

 廊下にでてすぐに金髪に遭遇してしまった私は、部屋から出て少し左に進んだ辺りにいて、その真正面には金髪が、そして後ろにはノブナガがいる。挟まれてしまった。

 しかも私がいる辺りの廊下の庭に面した側には窓がなく、壁があるのみ。ぶち破れば外へ出れるけれど、この状況で壁を破壊するのはかなりきつい。

 金髪の方はノブナガよりも血の気が多くは無さそうだから、特に危害も加えていない私を見逃してくれたりはしないだろうか。

 

「あれ、何ノブナガこんな小さい奴にいいようにされてたの? ダッサいなぁ、それに目的のブツはどうしたのさ」

 

 金髪の言葉に、ちょっと気まずそうな顔をしたノブナガ。どうやら彼も私以外の何らかの明確な目的があって私のいた方向へきたようだ。

 だったら私に構っているよりもソッチを優先するということで、この場を納めてはくれないだろうか。今なら私を小さいやつ呼ばわりしたことも水に流してやらんでもないから。

 そんな淡い期待を抱いていたが、次の瞬間ノブナガの放った衝撃的な発言によりそれは一気に砕け散ることとなってしまった。

 

「そ、そりゃあ、あれだ! そう、ソイツが持ってる袋ん中にあんだよ!!」

 

 おいふざけんな、お前この中に何が入ってるかも知らないくせに! ていうか言い方からして今思いついた感が半端ない。

 確かに金目の物はあるけれど、目的のものというぐらいだから今回の侵入のメインがそれで、ならばもっと希少価値が高いもののはず。

 それに相手は盗賊、本が目当てのものであるとは考えられないので、私は彼らの望むものは持っていない。

 明らかに挙動の怪しいノブナガの言葉は信用に値しないはず。

 

「ふーん、そっか。じゃあさっさと捕まえちゃおっか」

 

 信じちゃうのかよ! そこのクソサムライの発言めちゃくちゃ怪しいんですけど!

 いや信じる信じないはこの際きっとどうでもいいんだろう。だって目が凄く楽しそうだ。

 どうせ私でちょっと遊んでからあとでゆっくり探せばいいとか考えているんだろう。もう死んでしまえコイツら。

 金髪の方は、何処からとも無く取り出した針状のものを構え、ノブナガは刀に手をかけ一歩こちらににじり寄る。

 

 こうなったら、出し惜しみをしている場合ではない。ココで死ぬ訳にはいかない。私にはまだまだ未練があるのだ。 

 向こうが何か仕掛けてくる前に、早くこの場から逃げ出さなくてはならない。

 

 そう判断した私は、卵を見て念を求む(ワンダーエッグ)を発動させた。この能力は、具現化した卵を破裂させて殻と衝撃で攻撃する能力。

 そのサイズを大きく出来る限界、自分の体積分で具現化する。これは私が単純に念弾を作るだけでは成し得ない特大サイズ。当然威力も高いそれを抱えるようにして持つ。

 いきなりデカい卵を召喚した私に、警戒を更に強め様子を見る二人。カウンタータイプの能力だった場合は迂闊に攻撃できないから、初見の能力に対する判断としては正解だ。

 まぁ、この場においては不正解だけれど。

 

 デカい卵を抱え込んだまま、外側の壁に背中から突っ込む。

 その時点で私の狙いに気づいてすぐさまこちらへと動き出した二人は、流石としか言いようがない。

 だけど後手に回ってしまった彼らは、今更動いたところで私を止めることなど出来はしない。

 

 背中に壁があたった瞬間に、卵を割る。

 その瞬間に辺りに飛び散る殻の破片と、強い衝撃。その衝撃で以って後方へのベクトルを加算し、壁をぶち破って外へ飛び出す。

 片や私以外の二人は、私とは違う方向へと飛ばされた。位置関係上、壁を背にした私からしておおよそ右前方と左前方という感じだったので、そのまま彼らをその方向へと弾き飛ばしたのだ。

 

 しかしその代償は大きかった。

 私はゼロ距離で食らってしまったのでかなりダメージがデカい。いくら本来殺傷力がそんなに高い方ではない能力とはいえ、あのサイズのものをこの距離で食らってしまったのだから当然ではあるけど。

 更に攻撃にオーラを使用していた分、防御が薄くなっている。全力で体の前面にのみ”堅”をしていたとはいえ、殻が刺さったり切れたりで何箇所も出血しているし、骨まではいかずとも打撲が地味にかなり痛い。あと背中も割りと痛い。

 だけど耐えられないほどではない。今の攻撃で彼らのオーラも盗んだので、それによって更に”堅”を強化しながら空中で体勢を立てなおして着地する。

 

 逃げ切った。逃げ切ったのだ。彼らは防御に全オーラを費やしただろうし、盗めたオーラの量からも大したダメージではないことは推測できるけれど、それでも衝撃で吹っ飛ばされたはずだからあいつらも今すぐに追いかけることは不可能なはず。

 酷い目にあってしまったけれど今のでも後腰に辺りでかばった本は無事だったので、傷を癒しながらこの本を読むことで今日のことはもう忘れてしまおう。

 あとはこのまま、暗い森目掛けて走るだけ。そうすれば奴らも追ってこれないだろう。

 

 なのに。

 

「ほう、あいつら二人を相手に逃げおおすとは、なかなか面白いな」

 

 私が落下した近くには。

 真っ黒いコートを着て、黒髪をオールバックにし、その額の逆十字を惜しげもなく晒す男が、圧倒的な存在感を滾らせ、薄く笑いながら立っていた。

 

 2度あることは3度ある。

 今日は厄日だ。



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04 逃亡

 その黒い男を認識した次の瞬間、私は強く地面を蹴り走りだした。速く、疾く、早くここから離れないといけない。

 彼我の位置関係は屋敷の壁に平行に、距離は5m程度。もしかしたらココは既に彼の間合いなのかもしれない。

 生き残るためには、逃げる以外の選択肢なんて取りようがない。

 

 あの場で黒い男と戦う? 冗談じゃない。勝てる気がしない。タイマンでもヤバいのに、時間をかければさっきの二人が来るだろうし、もしかしたら他の仲間も来るかもしれない。そうなったら詰む。

 私がヤツを瞬殺できれば問題ないけれど、ビックバン級の奇跡でも起こらない限りは不可能。これは却下。

 では見逃してもらえるよう交渉する? 駄目だ。これも悪手と言わざるを得ない。交渉中にあの二人が追いついてきた瞬間、状況は完全に私に不利になる。どちらかが完全に優位にたった状態では交渉なんてものは成立せず、それはただの脅迫になる。

 私の盗んだものを対価にしようにも、それはその状況では何の意味も成さない。生殺与奪権は向こうにあり、死にたくなければ従わざるを得ない。命だけは見逃してもらえるかも、なんて楽観視するべきじゃない。これも却下。

 じゃあ命乞いでもしてみる? 馬鹿げている。逃げるためとはいえあの二人に攻撃を加え、しかもサムライの方は一度私に撒かれているのだ。簡単に溜飲は下がらないだろう。

 命乞いをフェイクに騙し討ちをしようとも、それは最低でも二人以上を同時に攻撃して逃げる隙を作らねばならない。それには念能力が必要不可欠だけど、その発動までのラグの間に潰される。色々と。却下だ。

 

 ただひたすらに、できるかぎり遠くへ。その後どんな行動を取ろうとも、あの場で何かするよりはマシだ。

 そんな思いから逃げた私を、あの男が後ろから追いかけてきているのがわかる。

 もしかしたら逃げきれるかも、そんな甘い思いは打ち砕かれた。この分だとすぐに追いつかれる。

 元々の身体能力の差もあるけれど、先ほどのダメージが効いている。足を動かすたびに痛みが走る。

 それでも、追いつかれるとわかっていても、ギリギリまで走り続ける。

 

 その追いかけっこの終わりは、予想通りすぐにやってきた。

 ついに私をその射程圏内まで追い詰めた男が背中目掛けて突き出した刃物を、振り向きざまにナイフで横に弾くことで防ぐ。

 男は弾かれた方向へ、私はその逆の方向へと体を流され、僅かに距離が開けた状態で対峙した。

 刃物による刺突が来るのはオーラが感知していたのでわかっていた。本来であれば回避した上で反撃したかったけれど、予想外だったのはその速度。余裕のない状態の防御は、そのまま私達の実力差を示していた。

 それはつまり、このまま戦った場合私が負けるだろうという予感が、確信に変わったということ。勝てる気がしないのではなく、きっと勝てない。

 

 今いる場所は、屋敷の敷地の囲いの手前。敷地から出るのが理想だったけれど贅沢は言っていられないか。

 向い合い、月明かりのおかげで明らかになったその顔は、意外に幼く見えた。年齢は10代後半位だろうか。

 追手の気配はまだない。この男が私の相手をしているから勝利を確信し安心して任せているのか、以外にもダメージが大きかったのか。いや、後者はないか。

 いずれにせよ追われる側の私は、このままココで睨み合う訳にはいかない。

 戦わねばならない。その中で私が逃げられるだけの隙を作り出す、或いはこの状況を打破するための一手を考えなければならない。

 

 男に向かって駈け出し、低い姿勢からその懐へと接近して上段にナイフを払うが、それは上体を反らすだけで回避される。

 続けざまにナイフを一閃二閃、フェイントを混じえて蹴りを放ちナイフを突き出すも、その悉くが避けられる。

 そして私の刺突を往なした男が右手が揺らいだのを認識して私が防御へと体制を変えた直後、刃に映った月の光で線を描くようにして下から袈裟懸けに払われた刃物の一閃を横っ飛びで回避。

 すぐさま振り向いた私の目の前に迫った男が追撃を上段から振り落とす。

 まだ体制の整っていなかった私はそれを右手のナイフのみで受け止めるしかなくなり、更にその一撃の重さに体が一瞬だけ硬直し、その隙を突いた男の前蹴りが回避できない速度で私の腹部を捉えた。

 

「っ……!!」

 

 既の所で左腕の防御が間に合いはしたが、その防御を突き抜けて身体に衝撃が走り、息が詰まる。痺れた左腕が掴んでいる袋を落とさぬよう力を込める。

 呼吸が詰まった苦しみを感じる暇もなく、その逆の足で顔を横から蹴りつけられて吹き飛ばされ、付けていたお面が砕け散る。

 お面のおかげで思ったよりも少ないその衝撃のおかげで膝をついただけで済み、さらなる追撃に先んじて卵を見て念を求む(ワンダーエッグ)を発動、こぶし大のそれを幾つも相手の足元目掛けて飛ばして牽制する。

 

 私の方へと向かおうとしていた男はそれを見て後ろに飛び、直後に地面と接触した卵が割れ、殻と衝撃を撒き散らしつつ地面を抉る。

 仮面の下の私の素顔を見ても男に動揺が走った様子はない。まぁ、体格からして子供なのは明白だし、後は男女の違いだけなのでコレはしょうがない。隙ができなかったのは残念だけど。

 身体能力はあちらが上、体術も経験からして比べるべくもないだろう。分かってはいたがこのまま戦えばいずれは負ける。

 ならばここで、賭けに出る。未だに新手は来ていないし、来ない理由も大体は予想がつくけれどそうだとは限らない。今仕掛けるしか無い。

 距離が空いた事によって生まれた戦闘の隙間、それを利用するために立ち上がり、できるだけ余裕を取り繕って口を開いた。

 

「盗賊さん、私もここには盗みに来た身なんで、私達が戦うのは不毛だと思いません?」

 

 敵同士じゃないんだから闘う意味なんて無いぞ、と語りかける。

 私の言葉に反応してくれるかどうかは微妙なところだったけれど、それを聞いた男がその童顔から意外にも低い声で答えを返した。

 

「あぁ、そうだったのか。いや、どちらにせよお前を倒してからでもゆっくり仕事はできる。心配するな」

 

 そうだったのかとはなんて白々しい。私が屋敷の人間じゃないことくらいわかっていただろうに。それに別にお前のことなんか微塵も心配してない。死ね。

 とは言え、この答えは予想通りだ。こう言って見逃してもらえるくらいなら最初から私を追っては来なかっただろう。

 重要なのは、私の言葉にこの男が耳を傾けたこと。そしていま彼が言った言葉。

 

 先ほどの金髪の兄ちゃんは言った。目的のブツ、と。

 今この男は言った。仕事はできる、と。

 

 つまり滅茶苦茶に無秩序に強奪しているわけではなく、何らかの目的のシロモノを入手する仕事としてこの屋敷に来ているのだ。

 組織的に行われるコレは、やはり最重要なのはそれの入手となる。多分だけど、だからこそ私は彼とこの場で一対一の戦闘をしているのだろう。

 ならばこそ、私の賭けの成功率も上がる。そうはいっても、成功するには様々な条件が必要なこの策は、状況的にはいくつかクリアしているだろうけれどやはり必ず成功するとは言えない。失敗した時に打つ手も考えねばならない。

 その場合のために思考を巡らせつつも、私は左手に持った袋を身体の後ろへと隠しつつ更に言葉を発した。

 

「そう言われても、私も暇じゃないんで。ノブナガって人が言ってましたけどこれが目的でしょう? これは返しますんで、私はもう帰らせてもらいます、ね!」 

 

 こうは言ったものの素直に帰らせてもらえるわけがないので、言い終わるとともに彼が動き出す前に更に手を打つ。

 卵を見て念を求む(ワンダーエッグ)を発動して顔ほどの大きさの卵を4つ、後ろ手に持った袋の周囲を囲むように配置して彼の斜め後ろへ、彼ならば急げば間に合うであろう位置へと袋とともに放物線を描いて飛ばす。

 この能力の効果は彼の目の前で実演済み。先程のものよりも大きいそれは、袋とその中身に甚大なダメージを与えるであろうことは想像に難くないはず。ここがこの策の微妙なところでもあるだけれど。

 更に、彼の前では物体に接触した瞬間にしか卵は割れていない。本来はいつでも割ることはできるけれど、それを知らない彼からしたら地面につくまでが勝負なのだ。

 

 彼の視線がその袋を追い、更に舌打ちと共に身体がそちらの方に向かったのを見て、私は後ろを振り向いて全力で駈け出し、塀を越える。

 痛みが全身を襲うが我慢し、塀が彼から私の視界を遮ったので即座に”絶”に切り替え、後ろを警戒しながら夜闇に紛れて森へと向かう。

 森の手前まで来た時に卵が彼にダメージを与えたようで、私の中のオーラが少しだけ回復するのを感じた。しかしその量は僅かなものなので、特に怪我もしていないだろう。それはどうでもいい、大事なのは彼があの袋を追っていったこと。私と彼の現在地は結構な距離があることだ。

 そのまま後ろから彼が追ってくる様子はないまま私は森へと入り、しかし油断すること無く進路を直線にはせずに遠くへ、遠くへと走る。

 

 この策が成功するための条件。

 一つは彼らの明確な目的。なんでもいいから奪い尽くすのではなく、何か明確なものがあること。コレは会話からしてクリアしているのはわかっていた。

 一つはそれの大きさ。あの袋の膨らみ方は、私の顔より少し大きいくらい。それよりも大きな絵画や壺が彼らの目当てだったら袋を投げた時に、何言ってんのこいつ的な反応だったはず。コレが微妙だったのだが、どうやらクリア。

 一つは投げた袋。その膨らみ方を彼が見て、コレは違うと判断した場合は失敗だった。コレもクリア。

 一つは目的のブツ。彼らの狙いは私が予測したもののようで、コレもクリアだろう。

 一つは彼の行動。袋を無視して私を狙う可能性もあり、ここが最大の博打だったけれどクリアしたようだ。

 

 大きさについては微妙とは言え、おそらくそうだろうと判断できる材料はあった。なぜなら私が本を盗んでいた部屋は本の収納に使われていたらしく本棚ばかり、他には幾つかの高そうな装飾品のみだった。

 あの部屋にある物が目的だった以上、本か装飾品のどちらかが目当て。ならばサイズはあの袋に収まる程度。

 更に投げた袋の形は、私の卵が周囲に展開されているので視界が遮られて見難く、さらに暗闇であることもそれの形を正確に認識するのを妨げる。

 そして彼らの目的とは何か。あの部屋の物が狙いだったのならば、あそこにあったのは高そうなだけで態々目的として狙う程でもない装飾品を除けば後は本のみ。なので彼らの狙いはそれだ。

 本ならば卵が割れる前に彼が掴んで安全圏まで逃げるか、或いは”周”をして本を守るかしないと中身がズタズタになってしまうのであの状況を無視する訳にはいかない。オーラを盗めたことから、彼の取った行動は後者。

 そして狙いが本、と言う事で、あの部屋にあった本棚の本をバッサリ切ってしまったサムライは、黒い男が私に対応したのを知り、私を彼に任せて安否の不明な本を探すために金髪とともにあの部屋にでもいるのだろう。だから来なかったのだ、と思う。

 黒い男の行動については、彼の中の優先順位に賭けるしかなかったけれど、アレを追ってくれて助かった。

 

 肉体的にも全身ズキズキと痛いし、その上顔を見られ、あまつさえ能力を一部とは言え知られてしまったのはかなり痛い。

 だけど彼らが裏の人間であるのが不幸中の幸いだ。アレがハンターとかだったら顔がバレた上で追われるハメになっただろうけど、裏の人間はおそらくそんな事しないだろう。

 今回の私怨で追うにしても、表の奴らがやるように大掛かりなものではなく、個人的なもののはず。であれば、危険はそこまでないはずだ、と信じたい。

 正直私のことは忘れて放っておいてもらえるのが一番なのだけれど、追うにしたって戸籍も偽物なのだから難しいはず。まぁ多分大丈夫だ、うん。

 

 夜空の明かりさえあまり差し込まない森の中を走りながら後ろを振り向き、視界に人影が移らず、また追跡されているような足音もしないのを確認して、漸く安堵の息を吐く。

 そして左手に持った今日の獲物である4冊の本(・・・・)が入った袋を見てほくそ笑む。

 それを大事に両腕で抱えながら、麓の町を目指した。

 

 これが、幻影旅団との最初の出会い。

 馬鹿みたいな奇跡が起こした巡り合わせの始まりだった。



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05 偶然

長らくお待たせしました。だいぶ落ち着いたので、また更新頑張ります。
過去編はさっさと終わらせたいと思っております。


 今まで身振り手振りを合わせつつ忙しなく動かしていた口を閉じて、正面に立つ女性の瞳を真剣な面持ちで見つめる。

 その私を無表情で見返してくる彼女に対して事前に伝えるべきことは伝えたので、長ったらしい前置きの本題をついに切りだした。

 

「そんなわけですので、高めに買い取ってください」

「却下」

 

 しかし私のその要求は一切の間も躊躇もなく切り捨てられた。なんてこった。

 

 現在私がいるのは半年ほど前から馴染みになった、大通りにある普通のパン屋さんの地下にある店。私と木彫りのお洒落なレジカウンターテーブルを挟んで立っている見た目20代の女性が個人で経営しており、必要の無くなった盗品をここでお金に変えている。ちなみに見た目こそ20代でしかも美人ではあるが実際は40を超えており、それを言うと怒られる。

 闇市場(ブラックマーケット)や裏のオークションなんかに売っても儲かるは儲かるけど、あっちはあまり高く買い取ってくれないし、何より身長のせいで舐められるのであまり利用したくない。というか見た目で舐められるから高く買ってくれないんだろうけど。

 その点、このように個人で経営している店は当たり外れがあるものの、当たりさえ引いてしまえばその後は安心して利用できる。この店は確実に当たりで、客から買い取ったものをそのまま店舗販売するか、物が大きかったり店が手狭だったり競らせたほうが儲かりそうならオークションへ流している。

 注目すべきは、店舗販売があること。実際に商品を手に取ることができるから買いに来る客の購入意欲を促進する利点があるが、ここで扱っているモノがモノなのでデメリットもかなり大きい。

 一つ一つの値段が高いし、盗品が主なのでここに来る客だってほぼ犯罪者だ。金が欲しい奴からしたら、ここ一軒を襲撃するだけで一生遊んで暮らして尚大量のお釣りが出るくらいの儲けにはなる。

 だというのにこの店ではそんな事があったと思えるような痕跡はなく、床や壁は傷もなく綺麗なまま。

 何故ならばこの店は店主である彼女の念能力によって守られているからだ。故にこの店は強盗を警戒すること無く安定した商売ができるために固定客も多いので、買取も納得の値段なのだ。

 

 そんな彼女の念能力について何故私が知っているのかというと、客として何度か足を運んだものには概要だけを説明するのだそうだ。私の時は3回目に言われた。なんでも面倒臭いことを未然に防ぐためなんだそうな。

 その能力は2つある。彼女の経営する店内での一切の犯罪行為の禁止と、店主である彼女へ攻撃したものに対するペナルティ。

 前者はまず破壊等の暴力行為であれば人、商品、床や壁を問わず一切ダメージが通らず、更に未会計の商品はどんな手段であろうとも店外に持ち出せないらしい。たとえ念を使おうとも、だ。

 後者は本来店主が負うはずだったダメージを相手に返し、更に周囲100mの何もない空間への強制転移付き。地面や壁の中は無いらしい。当然商品を持っていた場合それは店に残る。

 能力の及ぼす効果だけを見れば反則クラスではあるけれど、彼女が経営する店の中でのみ効果が発動するというのだから、実践では一部の例外を除き全く役に立たない。おそらく他にも制限はあるだろうし。

 とはいえ、こういった店を経営する上では非常に役に立つし、店の安定は買取額の安定。品物も充実しているので売ったり買ったりよく利用させてもらっている。

 

 完全な守りのための能力。自身の身のみならず、生活も守れるある意味では超高性能な能力なのだとか。

 しかしこの能力には更なる真価があるとも教えてくれた。他の人には内緒とか言っていたけど、特別扱い感を出して更に財布の紐を緩めるためなのか、ここでは素顔を晒しているから油断しているのか。真意の程は定かではないけれどとにかく、それは先程の一部の例外に当てはまるもの。

 

 操作系念能力者とのコンボ。

 彼女の能力発動の鍵は、そこが自分の店であると認識しているのかどうか。つまり彼女の意識の問題になるらしい。そこを逆手に取るのだとか。

 通常であれば自分の店ではないものをそうであると認識するのは不可能。どんなに自己暗示を掛けようとも、表層心理は騙せても深層心理までは覆せない。

 

 そこで操作系念能力者の出番だ。厳密に言うと、無意識さえも操ってしまえるような能力者。肉体ではなく、精神の深いところまでを操れる能力。

 例えば彼女の運転する車を、彼女の店であると強制的に認識させる。彼女の能力は店を守るものなので、当然外側からの攻撃さえも無効化する。

 あとはえげつないドライブ攻撃でやりたい放題だとか。車という重厚な大質量の塊に”周”をして体当りすれば、そりゃもうとんでもない威力になるだろう。ある程度強い相手には当たらなそうだけど。

 まぁそれでも障害物は無視できるため逃げるには持って来いだ。

 更には何もないところでも能力を発動し、無敵カウンター状態になれる可能性もあるらしい。私が思うに、それが可能だとしても不安要素は結構思いつくし、ぶっちゃけ夢のある話程度にしか思えない。無敵ではあるけど決して最強ではないし。

 

 と、まぁそんな事が他の能力者の協力がありさえすれば理論上は可能らしい。

 理論上は、というのは彼女が実際にそれを行ったことがないから。その能力を持ち、かつ信頼出来る人間がいないため実行に移せないのだとか。

 ぼっちは辛いよ、とは彼女の弁。

 この話を嬉々として長々と語られたことは記憶に新しい。

 

 閑話休題。思考が現状から大いにそれてしまった。

 私は今、ここで買い取ってもらおうとしている盗品の値上げ交渉の真っ最中なのだ。いや真っ最中じゃないね、もう断られたし。

 目の前のテーブルに並べられた4冊の本。コレを今日は売りに来たのだけれど、値段に不満があった。

 

 この4冊を盗んだのは、4ヶ月前の寒い冬の夜。盗賊団と鉢合わせしたけれど何とか持ち帰ることに成功したあの日の獲物なのだ。

 あの時は命の危険さえもあったわけで。通常では考えられないほどの障害があったわけで。それはもうとてつもない労力を費やしたわけで。

 そんなわけで買取金額に多少の色くらいはつけてくれないですかねー、と言っていたのにバッサリと切り捨てられてしまったのだ。非情無情超薄情。

 あの日の苦労を思い返せばこそ、この4冊で500万ジェニーはやはり納得がいかないので食い下がる。

 

「いやいやいやいや、コレ盗むのにかなり苦労したんですからね? あの黒い野郎から逃げるの大変だったんですから」

「ダメダメ、1ジェニーも上げてやらないよ。そもそもこのクソつまらん4冊、内容で減額しないで希少価値のみの値段で買ってこれなんだよ。”魔の慟哭”の上中下が1冊150万、クソみたいな魔導書もどきが50万」

 

 しかしその反論には私も黙らざるを得ない。内容の話をされてしまうとぐぅの音も出ない。

 そう、この4冊は希少価値はあるものの、いざ読んでみればそれはもうとてつもなくつまらない内容なのだ。

 

 まず”魔の慟哭”シリーズ。生々しいだの災だの、何か凄そうだったけど実際は怖がらせる演出ばっかで内容はペラッペラ。1冊およそ500ページだけれど、50ページにまとめても問題ないくらいに内容が薄い。

 そして演出も寒い。”ひぎゃあああ”という悲鳴を例に挙げるのならば、まず見開きの左側のページを”ひ”の一文字で消費し、ページを捲ると見開きいっぱいに”ぎゃ”が一文字と大量の”あ”があるのだ。文字のサイズと向きがバラバラで。ページの無駄遣いである。

 そういうの要らねーから! と感情に任せて本をぶん投げなかった当時の私は褒められて然るべきだと思う。危うく本の価値が下るところだった。

 それと話の本筋自体があまり面白くないという致命的な欠点もある。

 魔導書の方はただの妄想の産物でやはりつまらなかった。こんなもののために私は命を賭けたのか、と悲しくなった。

 

 虚空を見つめ本に思いを馳せて切ない気持ちになっていると、後ろで扉の開く音が聞こえてきて店主がいらっしゃいと声を掛けた。来客である。

 なんとまぁ珍しいこともあるものだと思う。あまりこういう店で他の客と鉢合わせすることはないし、実際私も今回が初めてである。

 まぁ、だからといって気にする必要もないので、そちらに視線を向けることはしない。

 どうやら値段は上がらないようだし、他の客も来てしまったので500万で手を打つことに決め、店主に視線を戻して口を開く。

 

「じゃあもうしょうがないんで、その値段で――――」

「探したな。こんなところにあったのか」

 

 しかし私の言葉を遮る形でさっき来た客が声を発した。しかも私の真後ろで、だ。

 いつの間にこんなに近くに、と驚愕する間もなく後ろから伸びてきた手が私の前に並べられた本を1冊掴む。

 その行動に眉をしかめて振り向き、文句を言ってやろうとしたところでその人物を見た私は固まってしまった。

 なぜならばそこに居たのは、あの日、あの夜に私を追い詰めたあの男が居たからだ。

 

「久しぶりだな。こんなところで会うなんて偶然、いや必然というべきか」

 

 口をあんぐりと開けた私を見据え、面白そうに口元を歪ませながら男が言葉を紡いだ。

 何故こいつがここに? あ、いやそうか、偶然って言ってたっけ。偶々私がいるタイミングでこいつがこの店に来たと? なんてことだ、最悪だ。

 

 見た目はあの夜とは結構違う印象を受けるが、雰囲気でわかる。こいつはあの黒い男だ、と。

 以前はオールバックに真っ黒コートで額を晒していたけれど、今日は黒いスラックスに白いシャツで髪を下ろし額もバンダナで隠している。

 髪を下ろすだけで随分と印象が変わるものだ。今は人の良さそうな外見をしてはいるが、あの夜のことを思えばこの見た目に騙されたりはしない。

 二度と会いたくないし、会うこともないと思っていたのに。運命とは残酷なものだ。

 まぁ、私に接触してきた目的はどうであれ、こいつがいくら強かろうとも今この場においては恐れるに足りない。なので私は下手に出る必要もない。

 

「ウザい死ね。……高めに買い取ってもらえてありがとうございます、その値段でオッケーです」

 

 なので最初の罵声を後ろの男に向け、その後を店主に向かって意味有りげな視線とともに話す。何故ここに、とかそんなやり取りはする気がないと態度で示す。

 この空間では私の身の安全さえも彼女の能力によって守られるし、逃げるときは彼女をぶん殴れば外に出られるので何も怖くない。下手に出れば足元を見られ、不利な取引を持ちかけられる可能性が大きいし、感情的にも嫌だ。

 5文字の悪態とともにふいっと視線を外した私を見て、男は更に笑みを濃く、挑発的なものに変えた。

 

「なんだ、まだあの事を根に持っているのか? 見た目通り随分子供だな」

「いい年こいた大人がそのガキにしてやられてちゃ世話ないけどね。そもそもこっちは顔蹴られてるんだから根に持つに決まってるじゃん」

 

 男の挑発に挑発で返すと、何が面白いのかくつくつと笑い出した。何だコイツ。まぁいい、コイツは別にどうでもいい。

 店主は今の会話で我が意を得たりとニヤリと笑い、口を開いた。

 

「はいまいど。で、後ろの兄ちゃんはコイツがほしいんだよね? 4つで1200万ジェニーになるよ」

「……高くないか?」

 

 店主の提示した値段に難色を示す男。その眉根を寄せることができたので私も溜飲を下げる。

 題して”私に余計な苦労をかけさせた男に嫌がらせをしつつお金を多めにもらっちゃおう大作戦”である。

 先ほどまで高めに買い取ってもらえる予定はなかったけれど、今この場にこの商品がほしい客がいれば話は別。私から高めに買い取ったとしても十分な利益が見込めるのだから店側としては是非もない。

 私はその思惑を先ほどの言葉と視線に乗せ、それを店主は正確に把握してくれた。見事な連携プレー、もうぼっちだなんて言わせない。

 つまるところ私から高く買い取った商品をコイツに通常より高く売りつけるわけだ。

 

 顎に手を当てて考えこむ男を横目で見る。先程から私に対する敵意のようなものは感じることができない。悪意はあったけれど。

 だからと言っていつまでも同じ空間にいたいとは思えないのでもう帰ろう。どうせお金は口座に振り込まれるし、正確な金額はわからないけれど500万以上で取引が成立した以上もうここに用はない。

 結局買う決意をしたらしい男の隙のない姿を見て、ドアから帰るか店主の念で帰るか迷っていると、男が私に声をかけてきた。

 

「お前は少し待っていてくれ。話がある」

 

 その顔と口調にはやはり敵意はなく、更に悪意もない。だけど彼の真意は読めない。

 さて、どうするべきだろうか。彼の言う話とは一体何なのか。それとも私を騙してあの日の復讐でもするのか。

 たっぷり5分ほどの時間をかけて考えてから、私は返事を返した。

 

 それが正解だったと確信できるのは、もう少し先の話。




前半はこんなことも出来るんじゃないの、という話。まぁそれだけではないのですが。


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06 起点

気づいたらお気に入り登録数が1000件超えていました。ご愛読ありがとうございます!
過去編は流せそうなところはサラッと行きます。
でも久しぶりだから何だか調子が出ない……。


 クロロ=ルシルフル。

 盗賊団のリーダー。

 流星街出身。

 本の虫。

 

 私があの黒い男、いやクロロについて知っていることは、大まかに言うとこんなところだ。

 

 

 クロロと2度目に会ったあの日からおよそ2ヶ月程経過した。今私は彼の数多有る住処の一つに1ヶ月ほど前からお邪魔している。

 何故こうなっているのかは正直自分でも正確にはわからないけれど、とりあえず危険はないし面白い本が沢山読めるのでそれなりに幸せではある。

 

 結局あの店での誘いを、私は了承した。警戒していなかったわけではないけれど、憎い相手に対するような感じじゃないい彼の態度を見て、どんな話なのかという好奇心が警戒心に僅差で勝った結果だ。

 とは言えやはり店の外で会話するのは危険が高いので、店の隅っこを借りての話だったけれど。他の客が来なかったとはいえ、店主には割りと迷惑を掛けてしまった。

 そして内容はというと、平たく言えば読書仲間にならないか、ということ。聞かされた当初は正気を疑ったものだ。それは彼のものでもあるが、同時に私のものも。あんなことがあった相手にそんな話を持ちかけるなんて、私の気が触れて幻聴でも聞こえたのかと本気で思ってしまった。

 まぁ彼が正気かつ本気だったからこそ今の状況があるわけだけど。今の状況、と言えば私が彼の家にいることだってそうだ。

 

 彼の発言による驚愕から数十秒かけて漸く持ち直し、その真意を問いただしてみた。

 曰く、似たようなことをしている奴が、おそらく同じ趣味で、きっと自分並みにそれが好きで、しかも似たような嗜好っぽいから。自分の境遇では、ここで私を逃せばもうそんな存在とは出会えないかもしれないから、らしい。

 たしかに私は本が滅茶苦茶好きだけれど、確証もないのによくそんな話ができたな、と言えば、ドヤ顔で勘だと言われた。当たってるけどイラッとした。

 勘と言うよりは私が本を絶対に手放そうとせずに逃げたんだからそう判断できる材料は一応あっただろう、と指摘したら目を逸らされた。勘の部分は半分ぐらいだったようだ。

 

 盗賊と、泥棒。本が好き。同じ本を求めた。まぁ、シンパシーを感じるための材料として不足しているわけではないと思う。

 私以外に似たような奴に会えることはないかも、というのも理解できる。盗みやってるのに無類の本好きだなんて奴はそうそういるもんじゃない。

 そもそも過激な奴が多いし、そうでなくてもある程度の実力者なら好き勝手できるからいろんなものに手を出してそうだから本ばかりというわけにもいかない。

 盗賊団の身内にいなければそれ以外で、となるけれど、盗みやってる人間同士が出会うなんてそうそう無い事だし、あっても趣味嗜好を知る機会なんて普通はない。だから私なのだそうだ。

 冷酷な印象があったけれど、やはり彼にも心があり、こういう一面も存在するのだろうか。案外普段は普通なのか、それとも私は彼の欲求の受け皿なのか、と人事のように思った。

 

 とりあえず悪意がないのであれば話し相手程度なら、と了承したけれど、そうしたらクロロは私の持っている本を見てみたいと言い出した。

 趣味は同じでも嗜好までが同じとは限らない。なので私が読む本の傾向がどんなものなのか知りたかったようだ。まぁ、確かに彼から見て糞つまらないような本ばかり読んでいるようであれば私の価値は一気に下がるだろうから、最初にチェックしておきたい部分ではある。

 それは私が所持している本がある場所、つまるところ私の家に行きたいという要求だった。

 

 本来であれば突っぱねるべきその要求を、長考の末に私は受け入れてしまったのだ。

 悪意が感じられないとはいえ無警戒にも程があると思わなくもないけれど、理由はいくつか思い浮かぶものが一応ある。

 本は一人でも楽しめるけど他人と感想や意見を交わすともっと楽しめるとか、逆に彼の本も読ませてもらえるとか。主な例を上げるとすればそんなところだ。

 だけれども、それらの理由はどうもしっくりこない。そういった利害が決定打になったのではないような気がする。

 

 きっと、私は寂しかったのだ。

 ずっと、一人で生きてきた。人ではなくなったその瞬間から、誰かと何かを共有したことなんてなかった。他人か、敵しかいなかったから。

 共通の趣味を持った相手と、それを共有し、楽しむ。そんな甘い誘惑に誘われて、正常な判断が下せなかった。

 そして、それ故に無意識に彼の存在を受け入れてしまっていた。

 生き続けたいと思うのならば、そんな綱渡りをするべきではないのに。

 ぼっちは辛いよ、と最近どこかで聞いたような言葉が浮かんできた。

 

 まぁ結果だけを見れば生きる楽しみが増えた上に私の人生の転機にもなるなど、利点のほうが大きいのは確か。

 実際クロロが我が家に来て早々に人の本を物色しだし、結局気に入られてその後1ヶ月間も居座られて共同生活をするはめになったけど特に問題もなかったし。

 共同生活といっても基本的な家事は私で、普段は二人で黙々と読書をし、偶に読んだものについて話し、お腹が空いたらなにか作るかどこかに食べに行き、テキトウに寝たい時に寝るだけのもの。

 私のテリトリーに入られて若干の戸惑いはあったものの、存外悪いものではなくすんなりと受け入れられた。

 

 クロロにとって、私は合格だったのだろう。私が面白いと感じる本は彼にとってもいいものであることが多いようだし。

 万人受けしない、あまり多くの人に受け入れられ難い本でも、何故か妙に合うのだ。これはお互いにとっても幸運だった。自分の持つ嗜好を理解してもらえて、尚且つ共有できるのだから。

 お互いの基本的な情報をぽつりぽつりと漏らすようになったのは、ある程度の信頼関係が築けた証拠だと思う。

 一貫して下手に出ないように気をつけたのも功を奏した。おかげで私達の関係は対等である。

 

 とは言え、彼が自分の出身地が流星街であると話したことには驚いた。私的にはあそこの出身であるとあまり語りたくないので、彼がそうしたのは意外だった。

 でも彼は私が同郷であるとの確信を持っていたらしい。曰く、それは醸し出す雰囲気でだいたい分かるものらしい。申し訳ないけど雰囲気とか言われても私には全然ピンと来ない。

 でも、たしかに人とは違う部分は注視すれば分かるものかもしれない。言われてから改めて考えてみたけれど、私から言わせてもらえば私達は目が違うのだ。

 流星街の者たちにとって同種と呼べるものはそこに住んでいる、或いは住んでいた者のみ。それ以外の人間は別種類の生き物とみなしている傾向があるんじゃないかと思う。私もクロロも、街行く人間に向ける目は同じ生き物に向けるものではない。

 別種類の生き物。なればこそ、彼らを害するのに一抹の躊躇も存在しない。人が人以外の生き物を害するように、私達もそれ以外の生き物を害するのだ。同じではないからこそ、痛む心など存在しない。

 私にとって彼らは一部の例外を除いて羽虫のようなもの。蚊のように害を為すならば叩き潰すけれど、それ以外は手で払っておしまい。クロロの認識も似たようなものらしい。

 

 

 そんなふうに自分のことについても少しずつ話しながら、私の家での生活が始まって1ヶ月が経過しそうな頃に、今度は私がクロロの持つ本を読みたいと言い出したために私は今彼の家にいる。

 正直1ヶ月も読書に没頭していたら手持ちで読んでいないものがなくなってしまっていたから、断られるのを覚悟で言ってみたのだけれど簡単に了承された。

 生活もあまり変わっていない。私が入り浸る側になってクロロが家事をしてもてなす側になったぐらいの変化が精々だ。

 穏やかに、悪くない時間の流れる日々。本に囲まれてだらだらと過ごしていたせいで、完全に気が抜けていた。

 

 だから私は、クロロが突然言い放った言葉に呆けたような反応をしてしまい、うつ伏せの状態で本を読みつつ齧っていたクッキーをパキリと砕いてしまい、本にそのカスを散布するという愚行を犯してしまった。

 一先ずカスを払い、ゆっくりと口の中のものを咀嚼し、紅茶で喉の奥に流しこむ動作をやけにゆっくりとこなしてから、漸く彼に視線を移して言葉を発した。

 

「……、……は?」

 

 しかし時間を掛けたにもかかわらず出てきたのは文字数にしてたった一文字の言葉のみ。いや驚き過ぎだろう私。

 クロロも似たようなことを思ったようで、何だコイツとでも言いたいかのような失礼な表情を浮かべつつも、先程の言葉をそっくりそのまま繰り返した。

 

「再来週に仕事があるんだが、お前も参加しないか?」

 

 言葉は同じでも呆れを大いに含んだその言葉を、今度はきちんと理解する。

 依然うつ伏せで視線を向けたまま考え、結局クロロの考えることはよくわからないので直接聞いて見ることにした。

 

「……え、どういうこと?」

「そのまんまの意味だ。仕事に参加しないかと聞いている」

「いやそうじゃなくて、それはわかってるからその理由を教えてよ、理由」

 

 ヒラヒラと手を上下に振りながら催促すると、あぁそれもそうか、みたいな感じでポンと手を打つクロロ。言ってくれないとマジでよくわからないのでそこはしっかりしてください。

 

「今度それなりの蔵書を抱えているところに盗みに行くんだが、何せ数が多くてな。全部を持ち出せないからそれを選ぶ必要があるんだ」

 

 これがその理由らしい。つまりは私にも面白そうなのを選ばせれば自分も楽しめるし、しかも人数が増えれば持ち出せる数も増えて一石二鳥、と。

 別に盗み事態は問題ないし、聞くところによると警備は厳重だが彼らの戦力のみでも突破は容易だろうとのことで、私は選定と持ち出しだけ手伝えばいいらしい。

 手に入れたものは私にも読ませてもらえるらしいので私にも参加する利点があるので、利害は一致している。こんな感じに利害がハッキリしていると勘ぐる必要がないのでわかりやすくていい。

 参加自体は問題ない。しかも面倒な事をしなくて済むのは助かるけれど、問題がある。

 

「私としては問題ないんだけど、他の人はそうもいかないんじゃないの? 一応あの時敵対してたわけだし」

 

 そう、彼らは盗賊団。クロロの仕事を共にするということは、その仲間とも共にするということなのだ。

 クロロのことはある程度信頼はしているけれど、それ以外が問題なのだ。特にあのサムライ……あぁ、えぇっと、名前なんだっけ。まぁいいや、とにかくアイツに私があの日の泥棒だと知れたとしたら、嬉々として切りかかってきそうで怖い。

 そんな懸念が顔に出ていたようで、クロロは他の仲間については問題ない、といってくれた。

 

「他の奴らについては心配はいらない。オレの口から説明するからな」

 

 微笑みながらそう言うクロロだけど、正直その笑顔が胡散臭く思えて仕方がない。思わず眉間にシワが寄ってしまったのは本性を知ってるからだろうか。

 とは言え、早めに彼の仲間と接触して無用なトラブルが発生しないようにしたいから、受けたほうがいいのだろうか。リーダーの彼の口から私について言ってくれるのならば、いちゃもん付けられることもないだろうし。

 きっと彼とは長い付き合いになりそうな気がする。彼にとってもそうだが、私にとっても同じくらいのめり込んでる読書仲間というのは貴重な存在だ。おそらく唯一無二と言えるくらいには。

 だからこそ、この機会に後顧の憂いは断っておくべき、なのかもしれない。別にビビって迷っているわけではない。断じてない。

 

 

 顎に手を当てて中空を見つめながらしばらく考えて、女は度胸、やってやる、と言う事で参加することを告げた。正確には愛嬌だけれどそこは気にしない方向で。

 2週間後のその日に不安を抱きながらも、それを誤魔化すように本に集中し、その日が来るのを待った。




転機。
こんな一面とかきっかけはどうでしょう。正直きちんとしたものを考えるのがめんどゲフンゲフン! ……これが精一杯ですね!


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07 招待

 私の心情がどうであれ時間というものは無情にも過ぎるもので、ついにクロロの率いる盗賊団と一緒に仕事をする日となった。

 その胸中を知ってか知らずか、何度かクロロに他の構成員のことを尋ねてはみたものの、当日になってのお楽しみだ、と答えをはぐらかされたせいであまり不安は解消されていない。

 教えてもらえたのは人数だけ。リーダーであるクロロと、12人のメンバー。あわせて13人、何だかどこかで聞いたような構成に嫌な予感を感じ、それが更に不安を煽る。

 

 今回の標的は、本を大量に抱えた個人資産家らしい。本のみならず骨董品や絵画などの高額な品も結構な数持っているらしいけれど、今回はそれらは無視するようだ。

 メインとなる本は、希少価値の高いものなんかは個人でそんなに多く所持できるものではないのだけれど、そこまで希少ではないけれど通常では手に入りにくいモノ、例えば絶版していたり入手経路が限られているものはこういう金持ちが道楽で集めていることが多い。狙うのはそのそれなりの本達だ。

 金持ちの家でなく然るべき場所を狙えばもっと色々有るのだけれど、そういった場所を襲撃してその被害のせいで業務を停止されでもしたらこちらが困る。常に本が集められ保管され、それを読ませてくれる場所はまさに宝の山で、通常では読めないようなものでも盗むならばこっそり行くのが常識。だから私達のような手合いは強奪する際は個人を狙う。

 

 日が暮れた頃に私が案内されたのは、標的の家から数キロほど離れた場所にあるスラムの外れの廃墟しかない場所。この辺りは見た感じ建物の劣化がひどく、そのせいで雨風を凌げないのでほとんど人が寄り付かないので、悪い奴らが集まるにはちょうど良さそうな場所。

 その内では大きめな部類に入る建物を示される。ココで打ち合わせを行ってから仕事をし、終わったらまた戻ってくる、言わば仮アジトのようなものらしい。

 外から見た限りではその仮アジトも例に漏れず劣化がひどく、壁はボロボロで屋根も穴だらけ。雰囲気はあるけれど、何故態々コレを選んだんだ。

 

 風でグラグラと揺れてギシギシと嫌な音を立てている、側面の上下2箇所の内下側の蝶番が壊れてドアノブもないボロボロのドアの数歩手前で立ち止まる。これ絶対先客がやっただろうと思えてしまうほどに今にも壊れそうな扉から視線を上に向け、改めて建物を見上げる。うん、ボロい。もうちょいマシな所選びなよ……って、いやいやそうじゃない、そこじゃない。

 手のひらに滲んだ汗をズボンで拭う。緊張しているからか、思考が別の方向に逸れがちだ。リラックスせねばと、一度顔を伏せ頭を振る。

 改めて顔を上げ、扉を見つめる。建物の内部に人はいるのだろうけれど、その気配はしない。それはつまり、この中にいる人達の実力の高さを証明している。私では気配を察知することができないほどの実力差がある。

 そういえば、以前ノブ……、……えぇとなんだっけ、まぁいいや、ノブなんとかさんの時もそうだった。彼が私を視認し、殺気を放たれてからその存在に漸く気づけたのだ。

 少なくとも、肉体なり念なりで総合的に私より弱い人間は今この中にはいないようだ。とんでもない組織だと戦慄すると同時に、嫌な予感が確信に変わりつつある。

 まぁ気配がしないのはただ単にいないだけかもしれないけど。その場合はビビり損である。でも出来れば杞憂で有って欲しいと切に願う。

 

「もう全員来ているようだな。オレたちが最後だ」

 

 半年ほど前の私たちが出会ったあの夜と同じ格好、つまり黒いズボンにファー付きの黒いコートで髪をオールバックにしたクロロが、私の隣で同じように扉を見つめながら言う。

 何人いるのか検討もつかないけれど、今の口ぶりからすると最低でも二人以上いるのは確実らしい。あぁ恐ろしや、なんでこんなに強い奴らが群れてるんだ。

 いずれは私もこの人達と肩を並べられるのだろうか。まだ若いから伸び代はあるはずだし。ああでも、ココで死んだら伸び代も何もないか。

 

 これで罠とかだったらもうどうしようもない。たとえ建物内に入らずともほぼ絶対に逃げ切ることなんて不可能だろうね、こんなに近づいてしまったし、隣にはリーダーもいるし。

 とは言え罠の可能性はかなり低い。私を捕えるか殺すのであればクロロ一人でも十分だ。それを今までの2ヶ月間実行せずにこんな形でするとは考えにくい。

 態々こんな舞台を用意してまでそんな事をするなんて、よほどドS且つ性格が捻じ曲がっているやつじゃないとやらないだろうし。あれ、なんか不安になってきた。

 

 ちらりと隣にいる性格に何の有りそうな男を盗み見ると、タイミングよく向こうもこちらを見たようで視線があってしまい、怪訝な顔をされてしまった。

 とりあえず苦笑いをして誤魔化し、再度扉の方へ目を向ける。まぁ、悪い事にはならないでしょ、多分。

 そう自分に言い聞かせた直後、いつまでも歩みを進めない私に業を煮やしたのかクロロが背を押して催促してきた。

 

「いつまでも突っ立ってないで、さっさと中に入るぞ」

「ちょ、まだ心の準備とかソレ系のアレがコレだから!」

 

 後ろからグイグイと押してくるクロロに対して指示代名詞だらけの意味不明な反論をするも当然聞き届けてもらえるわけもなく、微かな抵抗も虚しく徐々にズルズルと扉へ近づいていく。

 待て、待て、待ってくれ。まだ私は魔窟に入る覚悟ができていない! 私は今回一応ゲストっぽい感じなんだからもう少し丁寧な扱いを要求する!

 そういった旨の主張を小声で叫んでみたけれどやはり無視され、ついにクロロがその手を扉に掛けた。

 

 ミシミシ、ギギィ、ゴシャァン!! と豪快な音を立てて扉が開いた。いや壊れた。変なふうに力を入れたのか先客の乱暴な扱いのせいで限界を迎えていたのかは知らないけれど、クロロが扉を開けようとしたらそのまま扉が前のめりに倒れてしまい、大破した。

 建物の内部への道を開くという本懐を遂げた扉の残骸を無表情で眺めつつ、冷や汗が頬に伝うのを感じながら内心で嘆く。何もそんな注目を集める散り際を演出しなくてもいいだろう、と。そのせいで目立っちゃうのは私なんだぞ、と。

 

「ぃよっしゃあ!! 賭けはオレたちの勝ちだな!」

「ちっくしょぉー!! んだよ団長、もっと丁寧に扱えよなぁ!」

 

 しかしその建物の内部からこちらへと届いたのは、冷ややかな視線などではなく喜びの声と笑い声。

 下に向けていた視線をその声の彷徨へ向けると、丁髷で着物を着たサムライのような格好のノブなんとかがかっかっかと笑い声を上げているのと、そのそばで悔しがっている灰色の髪で筋骨隆々な男が見えた。

 隣からポツリと、賭け? という呟きが聞こえてきた。隣の人物と同様に賭けとこの状況の意味がわからず首をひねっていると、その声を拾ったのかこちらに話しかける聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「さっき団長以外の参加者の中では最後に到着したウボォーが乱暴にしたせいで扉壊れかけちゃってさ。せっかくだから団長が入ってくるときに壊れるかどうかで賭けてたんだよ。んで、その結果がご覧のとおり」

 

 肩をすくめて両の手のひらを上に向けつつそう言ったのは、微笑みを浮かべた見覚えのある金髪の優男。扉に致命傷を与えたのはこの中の誰からしい。

 示されるままに薄暗い建物の中にいる人物たちを見る。中に居たのは全部で8人。左端から順に目を通していく。

 

 紅紫の髪を無造作に頭頂部付近でまとめてポニーテールっぽくした、つり目でキツ目の印象を受ける和服っぽいのを着たスレンダーな女性。

 金髪をショートボブに揃えた半袖の兄ちゃん。優男っぽい顔の割に首から下はマッチョである。この人は以前に見たことがある。

 黒髪でラウンドショートっぽい、かなり身体の大きな男性。厳つい顔に刻まれた傷跡に目が行きがちだが、それ以上に耳たぶが凄まじい。触りたくなる。

 肩ほどのハニーブロンドをセンターで分けた、長身でグラマラスな鷲鼻の女性。上下黒のスーツで、上は胸元を開けて下はスカートという、なんともセクシーな格好をしている。

 灰色の硬そうな長髪で動物の毛皮を羽織り、更に毛皮の腰蓑とゲートルを着けた、超筋肉質で野性的な顔の男性。全身から野性味が溢れ出ている。

 黒の丁髷で着物を着て刀を持った、渋めな顔のサムライ風の男、ノブなんとか。コイツには以前斬りかかられた嫌な思い出がある。

 イジプーシャっぽい被り物をかぶり、膝まである長い服を着た男性。何故あんなものを被っているのか、そしてなぜ眉毛が無いのか非常に不思議である。

 黒の長めの髪を中央で分けてサイドへ流した、小柄で細目な男。全身を黒のゆったりとした服で包み込んでいる。

 

 取り敢えず思ったのは、コイツら全員キャラが濃い、ということ。

 そして金髪兄ちゃんが言う通り、全員の表情を見れば賭けの勝敗が分かる。程度の差はあれども笑顔を浮かべている女性二人とデカブツとノブなんとかと彼自身の5人が勝ったようだ。

 

「チ、コイツらに金払うの癪ね」

「同感だぜ。あーあ、やっぱマチの方に乗っかっとくべきだったか」

 

 対して敗北したのは、眉間にシワを寄せて舌打ちをした黒い小さい奴と、腰に手を当てて溜息とともにぼやく奇抜な被り物の男、そして今もまだ悔しがっている野生の大男。

 

「普通に開けて閉めただけなのによぉ、あの扉が元々ボロ過ぎんだよ」

「おめぇが加減しねえのが悪ぃんだろうが。正直その馬鹿力に一回耐えただけでもあの扉は頑張ったほうだぜ」

 

 野生の大男がポツリと漏らした扉への不満に、ノブなんとかがツッコんだ。お前がやったのか。

 

「またお前らはくだらないことで賭けを……」

 

 少し呆れたようにクロロが中にいる全員に対してそう言うと、何人かが苦笑いとともに顔を逸らした。確かにくだらない、非常にくだらない。

 というか、私はどのタイミングで声をかければいいのだろうか。向こうがノーリアクションだし、クロロも私のこと紹介してくれないし、やはり自分から行くべきなのかもしれないけれどなかなか踏み出すタイミングが掴めない。

 そもそも私が放置されているのは何故なんだ。クロロから事前に聞いていて、だから彼がまず私を紹介するまで待っているからだろうか。ならば私も黙っているべきなのかもしれない。

 

 まぁ、そのあたりは流れに任せていればきっとなんとかなるはず。それよりも、優先して考えるべきなのは別のことだ。

 隣にいるクロロにちらりと視線だけを向け、また前を向く。彼は自分の率いる組織について詳しいことは何も教えてはくれなかった。なので、自分の持つ情報と照らし合わせて自分で判断する。

 先程から彼に対して使用されている、団長という言葉。リーダーなのだからトップを示す言葉なのはいいのだけれど、よりにもよって団長。

 そして、中に居たその仲間たちは、全員が高い実力を持ち、更に念能力者である。それも現段階の私とは実力が結構開いているほどに強い。

 

 背筋を嫌な汗が伝うのが分かる。

 少なくとも9人以上のとんでもない念能力者の精鋭で構成された、犯罪集団。

 そしてそのリーダーに使用される団長、という呼称。つまりこの組織の名前の最後にはかなりの確率で団が付くということになる。

 念能力者で構成された、なんとか団と言う名の犯罪組織。

 心当たりは、ある。しかもそれは世間にその名が知られてから瞬く間にA級首になったような組織だ。

 

 ポーカーフェイスを心がけてはいるもののおそらく強張ってしまっているであろう表情で私が、団長、と小さく呟いたのを聞き逃さなかったのだろう。

 私の隣に立つ、額と背中に逆十字を刻んだ男が、こちらへと顔を向けた。どうせ内心はほぼ察されているだろう、と私は恨みがましい目でその瞳を見つめ返す。

 その態度から私が答えにたどり着いたのを悟った彼は、その口元をニヤリと歪め、楽しそうな声音で正解を発表した。

 

「幻影旅団の仮アジトへようこそ、メリー。オレが幻影旅団団長、クロロ=ルシルフルだ」

 

 当たっていて欲しくなかった私の中の解答は、正解そのものだったようだ。幻影旅団として改めて自己紹介をしてきたクロロに対し、更に視線に込められた思いが強くなるのは仕方のない事だ。

 あぁ、私はなんてとんでもない奴と関わってしまったのだろうか。

 思えば、こんなとんでもなく強い奴がリーダーで、しかもその部下二人の実力も私は知っていたのだから、気づくのが遅すぎたのかもしれない。判断材料は既にあったのだ。

 2週間前の、そしてその更に2ヶ月前の私の選択は間違っていたのかもしれない、と本気で後悔をした。

 

 

 余談ではあるけれど、クロロが私を愛称で呼んだのはこの時が初めてだった。 




正体。


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08 蜘蛛

 幻影旅団。

 盗賊集団として盗みや殺しを主な活動としている、A級首の犯罪者。

 構成員自体は13人と小規模な集団ではあるけれど、そんな彼らをA級たらしめているのは構成員全員が念能力者であるということだ。

 念を扱えるものとそうでないものの差は絶大。通常の盗賊団ではありえないほどの武力が幻影旅団にはある。

 故に彼らはプロのハンターですら迂闊に手が出せないほどに危険な集団なのだ。各個撃破しようにも仕事を終えた後の個々の足取りは手がかりすら見つけるのが困難。まさに力に物を言わせてやりたい放題している。

 蜘蛛をシンボルとしており、団員にはもれなく12本足の蜘蛛の刺青が彫られている。故に”蜘蛛”と呼称されることもあるんだそうな。13人の内訳はリーダーである頭と、団員である足が12本の歪な蜘蛛。

 

 私が知り得ている情報はこんなところか。ちなみにこれらの情報はすべてクロロと再会したあの店の店主が喋ってくれたものだ。

 あの人も40代のオバ、……お姉さんなので、そういった年代の人として例に漏れずにお喋りが好きらしい。彼女はぼっちだけど職業柄裏の人間と接する機会は多いおかげで会話から情報も仕入れられるけれど、相手するのが大変なこともある。

 

 まぁ、今はそんな事は置いておいて。

 今まで私のことをメリッサってファーストネームで呼んでいたクロロが、このタイミングで愛称っぽいメリーで呼んだこととか、そもそも私もぼっちだったから誰かから愛称で呼ばれることさえ初めてだとかも今は脇に置いておいて。

 今重要なことは、ここに居るのがかの悪名高き幻影旅団だという事実だ。

 しかも、私はその団長と2ヶ月と少しの間同居していたということになる。

 まさに驚愕の事実だ。とんだサプライズだ。こういうのはマジで要らないからやめて欲しい。

 

 ポカンと口を開けたまま、おそらくアホ面を晒しているであろう私を見て、その笑みを満足気なものに変えたクロロ。

 イラッとしたので蹴りたくなってしまったが、流石に団員の前で団長に蹴り入れるのは不味いだろうと抑えていると、その団員の方から声がかかった。

 

「ようこそは別にいいんだけどよ、団長。そこにいるガキは一体何なんだ?」

 

 声の方向に顔を向けると、そこに居たのは凄まじい耳たぶな大男だ。漸く私の存在に触れてもらえた。ようこその部分はよろしくないと思うけれど、一応ナイスである。

 ナイスである、が、その言葉に少し引っかかるものを感じる。いや、少しどころではない。

 なぜ、私のことを何も知らないような発言をしているのだろう?

 

「念使えるみてーだし新入りかなんかじゃねーのか?」

「いや、でもそれだとおかしいよ。今は欠員なんていないだろ?」

 

 その言葉に答えたのはノブなんとかで、それに疑問を呈したのが金髪兄ちゃん。

 一応潜伏先ということで、蜘蛛の皆も私も”絶”状態なので、念が使えるのが分かるのは当然。彼らの実力からして、まさかだからこそ今までスルーされていたということはないだろうけれど、今はそれよりも会話内容が気になる。

 まただ。この二人も、まるで私のことなど何も聞かされていないかのような口ぶりだ。

 まさか、と思い隣のクロロに視線を戻す。私を見返すその瞳に、嫌な予感が膨らむ。

 いい加減学習できた。私の嫌な予感は、よく当たるのだ。

 だがしかし、もしかしたら杞憂という可能性もあるかも知れないので、一縷の望みをかけて聞いてみる。

 

「……もしかして、私のこと何も言ってないの?」

「ああ」

「言っといてよっ!」

 

 短く簡潔に返答したクロロに対し、お互い混乱するだろうがコノヤロウと憤りながらその脛に蹴りを放つ。狙いがそれることも、回避されることもなく綺麗に決まった。ザマァ見ろ!

 だが喜んだのも束の間、次の瞬間痛みに悶絶したのは私の方だった。私は”絶”状態のまま蹴ったのに対し、クロロは”凝”で防御しやがったのだ。彼はノーダメージだが、こちらはまるで金属でも蹴ったかのような衝撃が足に帰ってくる。

 痛い、超痛い。想定外のダメージに涙目になって、しゃがみ込んで患部を手で覆ってしまう。酷い、あんまりだ。

 蹴られた本人は涼しい顔して鼻で笑ってくるし、細目の小さい男の居た方向から殺気まで飛んでくるし、もう踏んだり蹴ったりである。

 その殺気をクロロが目で制し、悶絶している私を放置して話を続けた。

 

「ノブナガ、シャル。お前達は一度コイツに会っているはずなんだが、分からないか?」

 

 耳たぶ大男の発言に声を上げていた二人にそう問いかける。ああ、そうだそうだ、ノブなんとかはノブナガだったか。で、金髪兄ちゃんがシャル、と。

 問われたノブナガとシャルは、何かを思い出すような動作をしてから、同時に首をひねった。

 まぁ、そりゃわからないでしょうよ。確かに彼らと私は以前会っているし、戦闘も一応したけれど、その時私はお面を着けて顔を隠していたのだから。

 ちなみに今もお面は着けてはいないけど持ってきてはいる。仕事(わるいこと)をするにはコレがないと面倒な事になりかねないし。

 記憶に該当する人物がいなかった様子の二人を見て――そもそもそれを分かってて聞いたんだろうけど――クロロが解答を告げた。

 

「コイツの名前はメリッサ。以前お前達がバーベナで逃した泥棒だ。今回仕事を手伝ってもらうことになっている」

「……メリッサ=マジョラム、職業泥棒。よろしく」

 

 彼の言葉に続き、マシになってきた痛みに耐えながら軽く自己紹介をする。まだ屈んで足を抑えているままなので恰好がつかないが、取り敢えず敬語は下手に出たくないので使わないでおく。立場的に下に見られることを避けなければ、どんな要求をされるかわかったもんじゃない。

 バーベナで逃した泥棒、の部分で合点がいったようで、言われた二人はあの時のやつか! と声を上げた。

 

「んだよお前ら、こんなちっこいのに逃げられたのか!? ガッハッハッハッハ、だっせー!!」

「う、うっせーぞウボォー! そもそも団長だってコイツの事逃しちまっただろーが!!」

「あぁ、そういえば言ってたね。何やってんだいあんたら……」

 

 野生の大男ウボォーがゲラゲラと大声で笑い、それにノブナガが反論し、和服の美女が呆れたような声を出す。

 それを皮切りにその場に居た人間が思い思いに口を開く。やれダサいだの、情けないだのの声が多い。ノブナガとウボォーの二人にいたっては軽い小突き合いまでしていて、それを周りが囃し立てたりもしている。

 だけどその言葉の中に、私の参加に反対するようなものが出てこないのは何故なのだろうか。彼らからしても私が参加することは初耳なはずなのに。

 

 クロロが事態を放置しているので、これはいつものことなのかと思いつつ沈静化を待っていると、グラマラスな美女が歩み寄ってきて私に手を差し出してきた。

 握手を求められているようだったので思わずその手を取ると、彼女はニコリと笑って口を開いた。

 

「私はパクノダよ、よろしくね。どうかしら、ここの連中は?」

「あ、メリッサです。いや、なんというか、うん。賑やか?」

 

 その魅力に圧されて思わず部分的に敬語になってしまったが、取り敢えず思ったことを苦笑とともにオブラートに包んで言う。幻影旅団にはもっとギラギラしてて恐ろしそうなイメージを抱いていたけれど、こうやって仲間内で仲よさげに騒ぐこともあるようだ。まぁそりゃそうか、生き物だもの。それにしたって少々喧しいが。

 私がそう答えた時、何やら周囲の視線が一時的に私に集まったような気がした。いや、気がしたのではなく、実際そうだった。他の人達のしていることは先程までと変わらなかったが、意識は間違いなくこちらに向いていた。

 そのことに気づきはしたが何のことか分からなかったので首を少し傾げると、パクノダは一つ頷いてから微笑んで、元いた場所へと戻っていった。

 

 これは後から知ったことだけれど、この時私はパクの能力で心の中を読まれていたらしい。厳密には記憶なのだけれど、私が蜘蛛をどう思っているか聞くことによって、その記憶から害意の類があるのかを調べていたのだそうだ。

 頷いたのはそれらがないのを皆に知らせるため。もしパクがあそこで首を横に振っていたら、私は死んでいたらしい。それを教えてもらったときはゾッとしたものだ。

 

 とはいえそれを知らなかった当時の私は、それによって警戒が薄れるとともにこの場の雰囲気も険が少しとれて、少しは周囲が静かになったので隣にいるクロロに疑問に思っていることを聞いてみることにした。

 

「ねぇ、なんで事前に知らされてなかったのに私特に何も言われないの? 参加とかも反対意見無いっぽいし」

 

 彼らも組織として外敵には警戒しているはずだし、見たこと無い私に対してもっとキツい対応しそうなものだけど。いやされたら困るのは私なんだけどさ。

 事前に、のあたりで彼を少し責めたのだけれどどこ吹く風でクロロがそれに答えた。

 

「それはオレがお前を連れてきたからだ」

 

 これだけ聞くと理由としてはかなり弱いような気がしたけれど、続く説明を聞いて納得した。

 蜘蛛への入団条件は、現団員を倒してそれと入れ替わること。それともう一つ、欠員が出るとクロロがどこからともなく誰かを連れてきて蜘蛛へと入団させるらしい。確かにさっきシャルもそんな事を言っていた。

 彼らにとっては今までもクロロが誰かを連れてくることは何度かあったことで、故に見知らぬ私に対してもそんなに警戒心溢れる対応ではなかったのだ。当然、無警戒ということはないが。

 今回の私は欠員がいない状態だったという例外でもあったけれど、基本的に団長を信頼しているらしく、だからクロロと共に現れた私はこうも簡単に受け入れられたらしい。

 

 その他蜘蛛についての基本的な情報をクロロから教えてもらっていると、私に向かって声をかけてくる奴が居た。

 声を掛けたのは、今もウボォーとじゃれ合っているノブナガだ。

 

「くっそ、ウボォーうぜぇ! どうせお前だったとしても逃がしてたっつーの、このウスノロ!! おい、メリッサだったか!? お前仕事終わったらオレと勝負しろ! 汚名挽回してやる!!」

「ブフッ! おいノブナガ、汚名を挽回してどーすんだよ、そこは返上するとこだろーが!」

 

 しかし被り物の男が言葉の間違いを笑いながら指摘し、ノブナガがそれに言葉をつまらせた。ウスノロ呼ばわりされたウボォーは、勝負の部分に興味があるのかその発言に怒りもせずにこちらに目を向けた。いや、ウボォーだけではない。結構な数の視線がこちらに集まっている。

 だが私としてはそれは許可できない申し入れだ。自分の口から言うよりも団長から言ってもらうほうが効果的だろう、とクロロに視線を向けながら首を横に振る。やりたくありませんよ、という気持ちを込めて。

 それを見て、よしわかったと言わんばかりに微笑みながら頷いたクロロに安心したのも束の間、彼はとんでもない爆弾発言をしてくれた。

 

「死なれると困るから、やるなら死なない程度にな」

「なんで!? 私やりたくないんだけど!?」

 

 全然伝わってない! いや、こいつ絶対に嫌がってるの分かってて言ってる!

 ちょっとクロロふざけんなお前、あんな刃物振り回す危険人物の相手なんかしたくない!

 そう叫びながら今度はしっかり”硬”をして脛を蹴りまくる。痛がりながらもクロロは、これもいい戦闘経験になるだろうとかアホなことをぬかしやがった。そういう気遣いは要らない、マジで要らない。クロロを蹴りまくることで細目の男の目が怖くなったけれど無視。

 そして団長の許可が出たことで、ノブナガがうれしそうな表情をしている。いや、ノブナガだけじゃなく、他にも何人かそんな感じの反応で、女性陣だけは気の毒そうな目で見てくれたけれど、他は無反応。

 

「うっし、団長のお許しが出たぜ。っつーことで、後で付き合えよお前。帰ったら承知しねーぞ」

「んじゃ、そのあとはオレな!」

「いやいや、ヤだよ! しかも連戦とか無理に決まってるじゃん! ちょっと、助けてよクロロ!」

 

 ノブナガの脅迫混じりの宣言に、何故か連戦という形でウボォーが乗っかる。初戦だけでも死ねるのにふざけんな。

 手と首を大げさに振りながら拒絶し、クロロに助けを求める。クロロと呼んだことで細目の男の目が更に怖くなったけれど無視。

 その救助要請に、彼は私の左肩にポンと右手を置いて、見るものを安心させるような優しげな微笑みとともに死刑宣告をした。

 

「諦めろ。きっとお前のためにもなる」

 

 その言葉にガクッと肩を落とした。この悪魔め。

 確かに、死なないように強くなりたいとは言っていたけれど。確かに、そういった意味ではためになるかもしれないけれど。

 だからって、これはひどいだろう。嫌だって言ってるのに。強くなる以前に死んだらどうしてくれるんだ。

 

 肩を落としたまま顔だけを上げ、ジト目でクロロを睨む。

 なんともまぁ、楽しそうな笑顔しちゃって。そんなに私をいじめるのが楽しいかコンチクショウ。

 許せん。

 

 目には目を、歯には歯を、爆弾発言には爆弾発言を。

 声という名の空気の振動は、とんでもない効果がある。それを教えてくれた彼に、私も同様にお返しをしてあげよう。

 

 顔を俯かせて、溜息を一つ。いかにも私残念がってます、と言うかのように。

 そして、ポツリと零すように、しかしこの場にいる全員の耳に入るような声量で言った。

 

「……優しいのはベッドの中だけなんだね」

 

 ピシリ、と空気の固まる音が聞こえた。

 その場に居た皆が、緩慢な動作で私からクロロへと視線を動かす。言われたクロロは突然の発言に目を剥いていた。

 次いで、ヒソヒソと囁くような声が聞こえる。その中で、一つハッキリと聞こえたものがあった。

 

 ロリコン。

 

 それを聞いて、違う、オレは違うぞと狼狽え始めたクロロを見て、俯いたまま口元を歪める。

 季節は春、私は12歳にもなっていない少女。見た目もその年齢にしては少し小さいくらいで、そんな私が団長とベッドの中でのチョメチョメを示唆したのだ。これはもうエライコッチャだろう。

 もちろんそんな事実はない。だけど新しい団員でもないのにクロロと共に現れた私は、確かに唯の手伝いできたわけだけれども、団員からしてみたら私達がそういう関係である可能性も捨て切れないのだ。

 そこに付け入る。別に信じていなくても、こんなからかいやすいネタを投げ入れてやればそれに食いつくのは道理。

 ザマァ見ろ、と白い目を向けられつつ変態扱いされるクロロを見て溜飲を下げたのだった。

 

 

 

 暫くの間思う存分に状況を楽しんでから訂正を入れ、疲れきった表情のクロロを見て気分が良くなる。

 その後、何故か団員からの好感度が上がっており、彼らについての紹介を受けてから、仕事へと向かった。

 

 

 仕事自体は滞り無く終わったけれど、結局その後私は2回死にかけた。

 私の発言を恨んだクロロによって、ノブナガに敗北した私がウボォーと連戦するハメになったからだ。

 酷い目にあった私は、その後あのネタは封印することに決めた。




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09 友達

 夜の闇の中、建物から漏れてくる明かりだけを頼りに目的地に向かって走る。口から漏れる白い息が夜闇に溶けて消える。

 私の右隣にはクロロ、その更に右隣にパクノダ。私達3人がいるのは今回のターゲットの屋敷の庭。

 建物の内部からは破壊音や悲鳴が途切れることなく聞こえてくる。他の参加者であるフィンとシャル、コルトピとノブナガの2組のペアが大暴れしているためだ。

 参加者は合計7人。今日も私は蜘蛛の仕事に参加していた。

 

 

 幻影旅団の仕事に初めて参加したあの日から半年ほどが経過し、季節は冬になっていた。

 あの日、理不尽な連戦を強いられて死にかけた私はそれまで滞在していたクロロの家に戻り、2週間ほど痛む体を休めてから自宅へと帰り、それに合わせるようにクロロもその家を離れふらりと姿を消した。

 今は数多有る自分の家を転々としているか、ホテルにでも泊まって暮らしているようだ。たまに携帯に来る着信がそれを教えてくれる。ちなみに携帯は今まで持っていなかったけれど、クロロの家を離れる前に買っておいた。

 

 あれからも何度か仕事に呼ばれ、気が向いた時には参加をしている。もちろんお面を装備してはいるが、仕事中に足手まといにはなってはいないので特に何も言われない。やることさえやればその辺は自由なようだ。

 私に対する報酬が安上がりなのも、特に文句が出ない一因かもしれない。私が呼ばれるのは毎回ではなくて基本的に本が絡んでいる仕事の際のみ、そして報酬はその本を読ませてもらうこと。所有権は蜘蛛にあり私はそれを借りるだけなので、蜘蛛からしたらほぼ無償である。

 彼らとの関係は良好。世間一般的にはとんでもない犯罪集団で、容赦なくぶち殺しまくるので近づくことさえ忌避するような存在だけれど、その容赦の無さは敵か邪魔者にのみ向けられるものなので一応仲間となった私は特に酷い目にあわされることは無い。

 いや、無いと言い切るには語弊がある。正確には悪意のもとに酷い目にあうことはないだけで、純粋に彼らと手合わせすると私は酷い目にあうのだ。仕事の後に行われるそれに未だに一度も勝った試しがなく、毎回ボロボロになっている。誰が相手だろうとそれは変わらない。

 おかげでかなり鍛えられてはいるものの生傷が絶えない。まぁやられるのわかってて参加してるんだから自業自得だし、死のリスクを負うことなく戦闘経験を積んで強くなれているからいいんだけど。

 ちなみに彼らを私の仕事に呼ぶ気はない。あいつらを呼ぶと騒ぎが大きくなりそうだからだ。私は盗みがしたいのであって殺しがしたいのではない。

 

 彼らとそうして過ごす以外は、以前とあまり変わらない。本を買ったり盗んだりしてそれを読んで、読み終る前に補充して不要なものは処分して、というのを繰り返している。

 これだけだったら何も変化はないけれど、少し変化した部分がある。それは、たまに私の家の近くに来た蜘蛛の誰かがふらりと立ち寄ってくることだ。誰か、とは言ってもこの半年で来たのはクロロとマチとパクがそれぞれ1回か2回程度のものだけど。

 基本的に蜘蛛は同じ所に留まらない。宵越しの銭は持たないと豪語しているタイプの連中は基本的に食い物盗んで空き家で寝泊まり、家を持たないタイプはホテルなどで生活、家を持っているタイプでもバレると困るのであまり自宅に寄り付かないからホテルがメインで、クロロのような家を複数所持しているタイプは住所が多すぎて逆に住所不定なので、普段誰がどこにいるか分からない。仕事があるときだけ集まり、それ以外で会うことは殆ど無いらしい。

 その点、私は普段一つしか無い自宅であるマンションの1室で生活しているし、一度引っ越ししたけれど前の部屋は処分済みなので結局住所は一つだけ。住所は聞かれれば大抵は教えているし、私の現住所に来れば高確率で私はいるのだ。

 なので何かの用事で私の家の近くに来た時、知り合いがいるということで立ち寄るのだそうだ。マンションは広い所を選ぶので部屋も余っているし、暇も潰せるので私としては歓迎だ。暴れそうな奴らは来たら追い返すかもしれないけど。

 そんな感じで、そこそこ充実した生活を送っていた。

 

 

 思考を過去から現実へと戻す。

 建物内部の陽動によってこちらは完全に手薄になっていて、今までは警備の連中と遭遇することはなかったのだが、前方に2つの気配を感じる。それも、そこそこの手練のようだ。

 

「警戒しろ。二人いるぞ」

 

 クロロの声に、私とパクは了解と短く答える。

 そもそもなぜ陽動などという面倒な手段を使ったのかというと、事前に入手していた雇われハンターの存在があったからだ。

 プロかアマかは知らないが実力はそこそこなようで、おそらく念能力者だと思われていた。今感じている気配からして、どうやら当たりなようだ。

 雇われの連中は、大概が大して強くない。強い奴というのは誰かに雇われずとも自らの実力のみで大金を手に入れることができるからというのもあるが、そもそもこんな形で安定した収入を得ようとするものは得てして小物が多い。

 多分コイツらはその中では上位の存在だろう。あくまでもその中では、だ。陽動に気づいたからといっても、それは少し冷静に考えれば分かることではあるし大したことではない。戦闘能力ではこちらが圧倒的に優位だろう。

 とは言え、念能力者同士の戦闘とは何が起こるのかわからないものなので、不測の事態に対応できるようにこうして団長の傍に二人がついているわけだ。

 

 進行方向に見えてきた2つの影。私も夜目が利く方だけど、薄暗くて距離もあるためハッキリとは見えない。どちらも男ではあるようだ。

 どうやらクロロはあの二人の相手に時間をかけるつもりは無いらしく、速度を落とさずに真っ直ぐ走り続ける。

 私とパクもそれに倣う。彼らの実力はそれなりだろうけれど、やはりこの二人と比較すると数段劣る。相手の能力次第でもあるけれど、決着はすぐに付くだろう。

 距離を高速で縮めながらも私達に油断はない。”凝”を維持し、能力発動の瞬間を見逃さないように神経を研ぎ澄ます。

 

「こっちに来て正解だったぜ! お前がリーダーだな!?」

「頭を先に潰しちまえば後は楽なもんだ。ここを狙ったことを後悔するんだな、コソ泥!」

 

 その人相が確認できる程度の距離まで来たところで、前方の二人が声を発した。

 こちらから見て左にいるのが眉毛の太いハゲで、その手には大振りなハンマーが握られている。右がつり目で赤い髪を逆立てた男で、右手には無骨なナイフと、左手に黒い何か。

 コソ泥は私だけだと思うけれど、彼らの言葉には反応しない。こちらは既に臨戦態勢だし、向こうの会話に付き合ってやるつもりもない。

 

 武器を見るに、おそらく両方共近接戦闘タイプか。ハンマー持ってるハゲはほぼ確実、赤髪も遠距離ならばこの距離で武器を構える利点がないので多分間違いないはず。

 とりあえず、戦闘は二人に任せて私はサポートと遊撃に回るべきだろう、と”凝”から”円”に切り替える。”円”だとオーラを薄く広げるので体を守る分が少なくなるし、そのオーラを戻す手間があるため咄嗟に防御することができないので戦闘中の使用には危険が伴うけれど、視覚に頼っていてはあの黒いものの正体がつかめない。

 戦闘能力では二人に劣るが速度には自信があるし、牽制としてはそれなりの効果のある能力も有しているので、万が一あの二人を突破した敵に狙われても回避できるはず。

 

 しかし私がそう判断した直後、声を掛けられても回答どころか立ち止まるつもりさえ無い様子の私達を見た赤髪が、舌打ちととも左手をこちら側へ水平に持ち上げた。その手には、あの黒い何か。

 彼我の距離は20数メートル程度、私の”円”は発動直後なのでまだ半径数メートル。あの黒いものの正体を把握する前に、それを使用されてしまった。

 能力の発動か、とそれを注視した私達の目に次の瞬間に飛び込んできたものは、強烈な光だった。

 

「くっ!?」

 

 暗闇に慣れた目にいきなりの光。強烈なその刺激に、思わず苦痛の声が漏れ、目を瞑りお面越しに腕で覆い隠してしまう。

 やられた。あの光は私に向けられたものではないが、それでも少しの間目は碌に使えないだろう。

 おそらく正面から向けられたのはクロロだ。”円”で感知している彼の状態も、殆ど私と変わらず腕で目元を覆い隠している。タイミング的には防御に成功したのかどうかは微妙だが、口元が苦しそうに歪んでいるので多分失敗だろう。パクも同様だ。

 ”凝”をしていたクロロとパクは周囲の状況が把握できなくなったため、接近を諦めて一旦立ち止まらざるを得ない。

 唯一”円”によって、未だ広がりきっていないので狭い範囲ではあるけれど感知できる私も、奇襲に備えて立ち止まる。

 

 罠に備えて飛び退くか、潰された視界をカバーするために”円”をするか。

 その判断をするための、刹那の一瞬。

 その一瞬を縫うように、クロロの後ろに唐突に人影が現れた。

 

 ”陰”の状態で気配もなく現れたのは赤髪。

 振り上げられたその右手には、無骨なナイフ。

 目潰しと瞬間移動による奇襲。

 クロロは気づいていない。このままでは深手とはいかずともダメージは必至。

 

 奴の攻撃を潰すのは不可能。攻撃を届かせるには距離が一歩分ほど足りず、能力や念弾は発動までのラグがあるため間に合わない。

 咄嗟に右足でクロロの横っ腹を思い切り蹴りつけて吹っ飛ばす。ナイフでの攻撃よりはマシだろう。

 加減する余裕がなかったけれど、吹っ飛ばした先にはパクもいるし、受け止めてもらえば追撃には対応できるだろう。

 

 蹴り出した右足が伸びきった状態のまま、その足を引く前にナイフが私の足を掠めた。

 咄嗟に出したからその後のナイフの回避の事をすっかり忘れていた。傷が浅いのが不幸中の幸いか。

 迂闊であると反省するのも束の間、標的が横に吹っ飛んだせいでほぼ空振りして体制の崩れた男に対し、右足を地面に降ろしてそれを軸に左の回し蹴りを放つ。

 綺麗に横っ面に直撃して真横に吹っ飛んだ赤髪に追撃するため、地面を蹴った。

 

 接近しつつも後腰に着けたナイフを2本取り出し、それを1本投擲する。赤髪は足でブレーキをかけながらもそれを右手のナイフでギリギリ防ぎ、漸く止まってこちらを睨みつける。

 私の武器もナイフだけれど、赤髪は殺気を滾らせながらも今は”堅”をしているので、”円”の状態の私でダメージはあまり与えられないだろう。

 相手もそれが理解できているのかニヤリと嫌な笑みを作る。今にもこちらを攻撃してきそうな赤髪に対し、次の一手のために腰を落とし、いつでも飛び出せるようにする。

 

 しかし、私の口元に浮かんでいるのも笑みだ。

 何故ならば勝利を確信しているから。

 

「がァっ!?」

 

 赤髪が、突然の銃声と自身の体に走った衝撃に目を見開き、苦悶の声を発した。

 私の予想通り、私へと一歩踏み出した赤髪の右肩を、後ろからパクの銃弾が撃ち抜いたのだ。

 

 私に蹴られたクロロを、パクは受け止めつつ右へと飛んで距離を取っていた。

 蹴られたクロロも飛んだパクも右へと移動し、赤髪も右へと蹴り飛ばされた。当然パクたちの移動距離のほうが大きく、私と赤髪が対峙しているときにパク達は赤髪の後方に居たのだ。

 後は簡単。殺気とオーラを滾らせた存在の居場所なんて、蜘蛛であれば目をつぶってても察知出来る。故に、パクは片腕にクロロを抱えたまま、オーラを込めた渾身の一撃を赤髪に打ち込めたのだ。

 

 前進しようとした瞬間に後ろから衝撃を加えられて大きくバランスを崩して赤髪が前に傾いだ瞬間、待ってましたと地面を強く蹴って肉薄する。

 ”円”によってパク達の状態を正確に把握できていた私にとって、この状態は完全に読めていたもの。

 予想外の状態に対応できていない赤髪の顎に私の前蹴りがクリーンヒットして、その意識を刈り取ったのは当然の結果だった。

 

 

 

 結果としてその後の戦闘も盗みもあまり問題無く終わった。

 残ったハゲの能力はハンマーで壊した土をある程度操り飛ばす能力、戦闘スタイルは近接タイプのパワー馬鹿だった。攻撃範囲の広い面倒な能力だったけれど、例え”円”でも、私と比較して元々の肉体とオーラが強靭なクロロとパクならば結構ダメージが与えられたので攻撃も潰せて楽だった。

 唯一の問題点を挙げるとすれば、戦闘中に私の身体が思うように動かなくなったので戦線を離脱したくらいか。

 とは言え体の変調も痺れ程度のものだったし、移動できないほどでもなかったので特に心配もせず、ハゲをボコる二人を見守っていた。

 

 ハゲの死亡後、赤髪を文字通り叩き越したパクが私に使用した毒について尋ねたところ、即効性の麻痺薬だったらしい。哀れ赤髪は顔も真っ赤には腫れ上がってしまっていた。私としては足を浅く切られているのでそれを見て気分爽快だったけれども。

 更にパクによって引き出された男の能力は、念字を刻んだライトで生み出した影の上に瞬間移動するものだったらしい。黒い物体は、黒い布に覆われた大きな懐中電灯だったのだ。

 他にも条件はあったけれど、クロロが一応能力を貰っておくと言ったため、赤髪への拷問が決定した。詳しくは知らないけれど、クロロが直接聞き出す必要があるようだ。

 クロロの能力は、幾つかの条件を満たすことによって相手の念能力を盗み、それを自身で使用することが出来るというもの。まぁ、直接聞き出すのも盗む際の条件なのだろう。

 盗んだ能力は元の持ち主が死ねば使用不可になるから殺せないらしいけれど、その辺の対策は問題ないらしい。記憶を消す能力もどこかで盗んでいたりするのだろうか。

 ちなみに麻痺の効果はあまり強くはなかった。薬としては強力だったみたいだけれど、私が伊達に流星街で暮らしてない、といえばクロロとパクも納得した。あそこは空気も植物も生き物も大概毒なので、ある程度の耐性はついていたのだろう。とは言え、毒が厄介なことには変わりない。

 

 そんな感じで雇われ二人を処分し、盗んだモノと増えた荷物を抱えて仮アジトに戻り、現在はそこで仕事の打ち上げをしている。増えた荷物はそこら辺に雁字搦めにして転がしたまま。気を失っているので静かである。

 即効性の薬だったため効果時間も短く、既に体の痺れはない。お酒は飲めないため、少し離れた位置でジュースをちびちびと飲みながらお菓子を食べて、酒盛りをしている連中をぼんやりと見つめる。

 今日の私は、少しらしくなかったなぁ、ともの思いに耽っていると、隣に誰かが座った。クロロだ。

 クロロは私と同じように、酒盛りをしている連中を見て少し笑ってから話しかけてきた。その姿は何やら子を見守るお父さんみたいだ。いやお父さんってどんなだかよく知らないけど。

 

「今日は済まなかったな、だがおかげで助かった」

 

 突然の謝罪から始まったため、何を言われたかピンと来ずにキョトンとしていると、苦笑したクロロにそれ、と包帯の巻かれた私の右足を示された。

 なんだ、そういうことか。でも、これは別にクロロが謝ることではないのだ。

 

「気にしなくていいよ。私が何もしなくてもクロロなら避けてたかもしれないし、必要もないのに私が勝手にやったことだから」

「それでも、だよ。仮定がどうであれ、助けられたのが事実だ」

 

 思ったままのことを告げてみたのだけれど、クロロも譲る気はないようなので、膝を抱えて口を閉ざしてそっぽを向く。何だか面と向かって感謝されると気恥ずかしい。

 その私の頭をポンポンと叩いて子供をあやすかのような行動をしてくるクロロの手を抓ると、イテテテテと情けない声が漏れた。

 ジト目でクロロを見ると、彼はまたも苦笑しながら抓られた手を擦りつつ口を開いた。

 

「それにしても、意外だったな。まさかメリーがオレを身を挺して庇うとは」

 

 その言葉に、私は少し俯いた。自分でも何故かは分からない。

 自分が生き延びれば、それでよかったのに。自分のためならば、他人から何を奪っても気にすることなどなかったのに。ずっと自分のために、自分のことだけを考えて生きてきたのに。

 なのに、自分が怪我をする可能性もあったのに誰かを助けた。

 

「私も意外だった。咄嗟の事だったんだ。……ねぇ、私達の関係って何なんだろう?」

 

 そう言ってクロロを見る。分からない。分からない。分からないのが、気持ち悪い。

 私と蜘蛛の関係。ただの仕事仲間なのだろうか。でも、その程度の関係なら何故私は彼を庇ったのだろう。この関係が明確に言葉にされれば、この気持ち悪さもなくなるのだろうか。

 その思いで問いかけた言葉に対して彼は、無理に言語化する必要もないとは思うが、と前置きしてから回答した。

 

「困惑しているのか? 自分以外との関係なんて、自分でそれらしい定義を決めてそれに当てはめればいいんだ。俺なんて味方か敵か他人しか無いからな」

「なにそれ、超少ないじゃん」

「だが、簡単だ。味方は大事にするが、敵は容赦しない。他人なんかどうでもいい」

「ふぅん……。なら仲間とか、かなぁ。いや、でも少し違う気が……」

 

 無駄に胸を張って言われたそれは、確かに私達はそんな感じでいいのかもしれない、と思えるものだった。

 こんなものの定義、今まで普通とは言い難い生活をしてきた私達にとっては、既存のものに当てはめるのは相当難しいだろう。

 とは言え定義付けと言われてもどうすれば、とうんうん唸って考えこんだ私にクロロが助け舟を出した。

 

「仲間だの同業者だのの表現を淡白と感じるようなら、友達とかでもいいんじゃないか」

「ともだち」

「ああ。それにどういった性質を持たせるのかはお前次第だけどな」

 

 言われ、ポツリと呟いた単語。ともだち。

 友達。本を読んでてよく出てきたそれは、確か心を許していたりとか対等で仲がいいとかそんな感じの存在だった気がする。

 私の蜘蛛への感覚も、それに近しいものだと思えなくもないけれど、やっぱりどこかしっくり来ない。

 ならば、そう。逆に、私の感覚を友達という言葉に当てはめてしまえばいい。

 

「そっか、なんとなくわかった気がする。今日やったみたいに、私が体を張るほど大事な存在を”友達”と呼べばいいんだ」

 

 ”友達”だから、私はその身を身を挺してクロロを庇った。”友達”を助けることは、極自然なことだ。

 私と蜘蛛は”友達”。そう思えばこそ、私の不可解だった行動にも不自然な点は見当たらないし、故に先程まであった不快感も嘘のように晴れていく。

 心がスッキリし、自分の答えに満足した私は、さらにさっさと自分の中の不明瞭な点を明確にしていく。

 

「うん、結構しっくり来る。後はそうだね、そこそこ仲いいとか体張るほどじゃないのを”オトモダチ”にして、後は敵と他人でいいや」

「随分とテキトウだな。と言うかお前も少ないじゃないか」

「適当なんだよ。会話したりはするけど特に大事じゃない、微妙なものは”オトモダチ”にカテゴライズすれば変に迷うこともないし、その他の存在はどうでもいいからテキトウ。後少ないのは単にクロロのを参考にしただけ」

 

 表情の晴れた私を確認し、そうかとだけ呟いてクロロはまた彼の仲間たちへと視線を向けた。

 こんなものの分類は、私にとっては少ないくらいでちょうどいい気がするのだ。

 ”友達”は大事にして、”オトモダチ”はテキトウに扱って、敵は殺して、他人はどうでもいい。

 たったの4つ。このたったの4つが、私の新しい、ちっぽけな世界。

 

 クロロに倣って、私も蜘蛛の皆へと視線を向ける。

 蜘蛛は、私に新しい世界をくれた。

 仕事仲間、だなんて淡白なものではない。自分だけがそう思っているだけかもしれないけれど、彼らは私の”友達”になってくれた。

 何だか世界が違って見える。今ならあそこの酔っぱらい共も何だか多少は愛おしく思える、ような、気がする。

 いや、少なくとも何故か半裸のフィンとノブナガは除外させてもらおう。アレはない。バカか。

 

 私は呆れ眼で彼らを見ながらも、今度は口元が弧を描いていた。




これで終わりだー、と詰め込んだら長くなってしまった。
10話で終わらせるぞ、と思って詰め込んだのに、いざ投稿してみたらこの話が過去編の9話目という罠。酷い。

一先ずこれで過去編の蜘蛛編は終了です。急ぎ足で書いたので出来はちょっと微妙そうなので、落ち着いたら修正とか入ると思います。
次はゾルディックを消化せねば……。とりあえず作るのが最も厄介な出会い話を考えておきます。


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10 Assassin

 私が不幸を呼び寄せているのか、それとも不幸に自ら飛び込んでいるのか、はたまたただ単に自分の悪行の対価としての不幸なのか。

 原因に思考を巡らせてみるも、答えなんて出るはずもない。それはわかっているけれど、どういう事だとぼやきたくなるのは仕方のない事だ。

 最近悪いことばかりが起こる。星の綺麗な夜空を見上げてため息を付いたところで、この事実は変わらない。

 

 ちょっと前まではよかった。具体的に言うと、幻影旅団の団長様であるクロロと2度目の邂逅を果たした辺りからか。

 たしか彼と最初に会ったのは、11歳の冬。命がけの逃亡劇の末、なんとか無事に本を盗み出した。

 その翌年の春先には再会した。そして読書仲間として趣味を共有し、初めて――店などの事務的なものを除いて――他人とのつながりを持った。ちなみに、私が売ったあのつまらない本は彼にとっても非常に不評だった。まぁそれはともかく、ここからが私の変化の始まりだった。

 2ヶ月と少し後に幻影旅団と出会い、そこで彼の正体を知った。とんでもない奴と関わってしまったと後悔もしたが、割りと簡単に受け入れられ、また悪意で以って害されることもなかった。

 更に半年ほど後の冬に、私の世界は変わった。他者との関係の明確な定義ができ、同時に”友達”もできた。私が一方的に思っているだけで、彼らからしてみたら私はまた別の存在なのかもしれないけれど、重要なのは私の中で彼らが”そう”であることだ。

 

 あれからまた1年近くが経過し、季節は少し肌寒い秋。私は13歳になった。

 蜘蛛との関係も相変わらず良好。たまに近くにいる誰かがふらっと私の家に立ち寄ったり、たまに仕事に参加したりして過ごす日々。

 そんないつものことだけでなく、1年もあればまた色々なことが起きるものだ。歓迎できるものも、そうでないものも別け隔てなく。

 

 歓迎できるものといえば、今年の夏の終わり頃に蜘蛛の8番が変わったこと。団員の入れ替わりは即ち団員の死を意味しているのだけれど、前8番とは別にそこまで仲良くなかったので興味はない。蜘蛛は”友達”とはいえ当然全員がそうではないし、前8番と会話した記憶もない。蜘蛛という組織に属しているからといってそれ即ち”友達”なのではなく、あくまで私の友達の定義に当てはまる存在が”友達”であり、それがいるのは蜘蛛のみというだけなのだ。

 新しくクロロがどこからともなく連れてきたのは、メガネを掛けた美少女だった。天然で毒舌な部分はあれども、女性が増えたのは単純に嬉しいし、何よりも能力が素晴らしい。

 その能力というのが掃除機のデメちゃんである。生物と念で作られた以外の物であれば、彼女の指定したものをなんでも吸い込むことができ、更に最後に吸い込んだものは吐き出せるという、運搬に非常に便利な能力である。

 掃除機内に入っていれば獲物が破損することもないし、持ち出せる数にも制限がない。おかげで私は彼女が参加する場合に限り荷物持ちと選別の任に就く必要はなくなったけれど、いずれにせよ相変わらず誘いは来るので興味があれば参加している。

 

 そして、着実に強くなっているという事実。それを実感できること。

 彼らと”遊ぶ”とボコボコにされるのは今でも変わらないけれど、それでもその実力差は確実に縮んできている。

 やはり独力で鍛えるよりも、自分より強い相手と戦闘訓練を行うことによって得られる経験値というものは圧倒的に多い。気を抜けば死ぬかもしれないのだから尚更である。

 今が成長期であるということもあり、知識や経験の吸収効率も良い。この時期に彼らに鍛えてもらえるというのは幸福なことであろう。

 

 対して、歓迎できないものもやはりある。まず一つとして、蜘蛛の4番が変わったこと。8番の時は可愛くて能力も便利な女の子という事で歓迎できたが、ところがどっこい今回はそうもいかなかった。なんせ今回新しく蜘蛛に加入したのは変なピエロことヒソカという男である。

 前の4番が死んだのも別にどうでもいい。彼は荒事を好み、本にあまり興味が無いようだったので、私が参加するような仕事にはあまりいなかったのでやはり仲がいいわけではなかったし、思い出もない。死んだのはどうでもいいけれど、彼がヒソカに負けたせいでヒソカが蜘蛛に加入することになってしまったのだから、やはり彼には生きていて欲しかった。というか逆にヒソカを殺して欲しかった。

 蜘蛛という集団は、一見無秩序に見えてもクロロ=ルシルフルというカリスマの下に集まった、意外に統率の取れた集団だ。彼らには彼らのルールがあり、団長であるクロロを慕い、従っている。私でさえ、普段はともかく仕事であれば彼の命令を絶対とし、蜘蛛の意思のもと行動する。蜘蛛の構成員一人一人が持つ強烈な個性が、クロロによって一つにまとめられるのだ。

 そこに混じった不純物。仕事自体はどうなのか、彼は入ってからまだ日が浅いのでなんとも言えないのだけれど、明らかに異質であることはわかる。言動が色々と理解し難く変態だということを除いても、だ。

 クロロという頭の指令を忠実にこなす手足、それが蜘蛛の構成員。でもヒソカは指令に従いつつ、手足でありながらも己の頭を潰そうと虎視眈々。いや、己のではないのか。彼はおそらく、蜘蛛でありながらも蜘蛛という組織に属してはいないのだ。

 ヒソカは蜘蛛に入ることによって、団長であるクロロと戦いたいのだ。彼が蜘蛛に入ったのも、絶対にこれが理由。それは蜘蛛の誰もが理解していること。もちろんクロロ本人も。

 仕事以外であればクロロは姿をくらませるし、姿を現す仕事中ならば彼は常に傍に団員を従えるので一人にはならない。クロロと戦いたいヒソカが蜘蛛に入るという回りくどいことをしたのも、これが理由だろう。ヒソカはきっとクロロと理想的な形で、おそらく一対一で戦いたいのだ。

 周知の事実、というかヒソカも隠そうとしないそれを、クロロは容認している。なぜならばヒソカも一応は蜘蛛であり、一応は身内でもあるのだから。故に団員も危険因子だと分かってはいるのに手が出せない。これは悩みの種となっている。

 

 そして、強くなるためには新たな能力の習得が望ましいのだけれど、それが自分の予期しない形で訪れたこと。

 念がかかった本がどうしても開かず、開けよコノヤロウとかそんな感じの心境になった時に発現した私の新たな能力、除念。

 除念によって念のかかった書物でさえも全て読めるようになったのはいいのだけれど、私は強くなりたいのだ。その点で言うと除念は戦闘面では役に立たないだろう。攻撃力不足を補うようなものが欲しかったのだけれど。

 蜘蛛と関わったことによって、上には上がいることを体験した。私は天寿を全うするその時まで本を読み続けるという目標があるため、志半ばで死ぬわけにはいかないので強くなりたいのだ。

 除念は除念で非常に便利でレアな能力ではあるけれど、使い所は限られてくるし、一撃の威力が高い能力でも習得しようかと考えていた私にとっては微妙な結果と言えなくもない。結局、私の攻撃力は低いままなのだ。

 

 他にも細かいものはあるが、代表的なのはこんなところだろうか。

 特に先ほど挙げた歓迎できないものに関しては、どちらもここ最近起こったことなのだ。

 更に歓迎できないことは今も現在進行形で起こっている。あぁもう、本当にツイてない。

 

 夜空に向けていた顔を、正面に向ける。その先に私に溜息をつかせた原因がある。

 私は今とある豪邸の前の道路にいるのだが、その豪邸の門周辺には人だかりができており、パトカーの赤い回転灯が周囲を赤く照らしている。

 携帯電話で時刻を確認すると、後数分で日付が変わってしまいそうな時間だった。だと言うのにあそこに人だかりがあって、しかもパトカーまで有るのはあそこでなんかやらかした奴がいるからだ。私がやらかす前に。

 また溜息を重ね、携帯電話を上着の胸ポケットへとしまう。ポケットからチョロンと出てプラプラと揺れているストラップがなんだか物哀しい。ため息をつくと幸せが逃げるとは言うけれど、幸せが逃げた結果溜息を付くのだからこれは不幸を吐き出している事にはならないだろうか。ならないか、そうか。

 

 この豪邸は、今夜の私のターゲットだったのだ。ここに私の望むものがると分かってから下調べをし、この家の住人や使用人の生活サイクルをある程度把握したのが昨日。

 この家に住んでいるものは23時になれば大概が寝ているし、警備も交代時間である0時が近くなれば気が抜けてくる。だから日付が変わる前辺りのこの時間にこっそり忍び込んで盗もうと今夜ここに足を運んだのだ。

 だというのに、これは何事か。私の侵入前に騒ぎが起こってしまったら当然この家の住人も起きだすだろうし、人も集まれば警察だって来てしまっている。これでは忍び込めない。

 今のうちなら逆に書斎へのルートは手薄かもしれないけれど、やはりその過程で私の侵入がバレれば普段よりも面倒臭いことになるのは確実。盗む事自体は失敗しないだろうけれど、余計な手間は勘弁してほしい。

 よく見ると、赤い光はパトカーの物のみならず救急車のものまで有るようだ。怪我人か、或いは死人でも出たのか。どちらにせよ、余計なことをしてくれたものだ。

 周囲を照らす赤に恨みがましい視線を向けてから、また今度にしようと踵を返した。

 

 真っ暗な秋空の下をとぼとぼと歩き、滞在しているホテルへと向かう。今の季節は秋とは言っても冬はもうすぐそこまで来ており、吐く息は街頭に照らされて僅かに色を持つ。

 態々遠く離れた地にまでやってきて、この時間なら楽にいけそうだという情報まで集めたのに、いざやるぞという段階で思わぬトラブルが発生し、結果何もできずに帰る。

 時間帯のせいで少ない店も軒並み閉まっていて人も車も全然通らない一本道の通り、その歩道を街の灯に照らされつつ歩く。周囲に人影が見当たらない静かな夜の街と、お面だけが詰め込まれてスカスカの軽いリュックが哀愁を誘う。あぁ虚しい。

 これを不幸と言わずに何というのか。誰が騒ぎを起こしたのか知らないけれど、何故私と日程をかぶせてくるのか。意図的ではないものだろうけれど、全く以て許せん。

 思い出すのは、2年ほど前の冬、蜘蛛と仕事がかぶったあの日。あの日と違って今日はこの騒動を起こした張本人と時間帯がかぶらなかったことだけは不幸中の幸いだろうか。

 とは言えどこぞの誰かさんのせいで私の仕事に支障が出たのは事実。あーあ、と気怠げながらも割りと大きな声でボヤいてしまうのも仕方のない事だ、うん。

 

 明るい街路灯に照らされつつそうボヤいてから、30メートル程前方からこちらへと歩いてくる大小2つの人影が有ることに気づいて、ハッとする。今の、聞こえてやしないだろうか。ちょっと恥ずかしいような気もする。

 アラヤダうふふ、とお上品なお言葉を思い浮かべつつ口に手を添えてから、違和感に気づく。人影があることに、気づいた? この先も暫くは曲がり角のない、この一本道で?

 この二人は、今どこから来た? 近くの店? いいや、彼らの近くにはそれっぽいのは見当たらない。唯一そうかもしれないと思える位置にある店も、シャッターが降りている。

 それに今、私は彼らをまず最初に視認した。そこからまずおかしい。何故、私は彼らの足音に気づけなかった? これだけ周囲が静かならば、私の聴力であれば彼らの足音を難なく拾えるはず。

 気配は? 今は彼らの放つ気配を認識できる。でも、私はさっきまでそれに気づけなかったのだ。多少は落ち込みつつも、気を抜いていたわけではなかったのに。

 気配がなかった。足音が聞こえなかった。おそらく今いる位置よりも遠くから歩いてきた彼らを、今はじめて認識した。

 その答えは簡単だ。彼らが、強いから。私と同じ場所に住む存在で、だけど私よりも上の存在だから。

 

 その事実に気づいて背筋をゾッとしたものが走るのと同時、気を引き締めて前方の存在を警戒をする。この恐怖が杞憂であり、何事も無くすれ違えることを切に願いながら。

 しかしそんな願いも虚しく、私の気配が変わった瞬間大きな影がこちらへと動き出した。一気に距離を詰めてきたのだ。その動きは、やはり私よりも速い。

 何故いきなり、とかまさか事前に、とか考えてしまうが、今はそれどころではない。アレを避けなければ死ぬ。

 こちとら自分より強い相手と戦うのは慣れている。慣れてはいるものの勝った試しはないが、とにかくボコられることで攻撃への対応は磨かれているのだ。この程度、何とかしてみせる!

 

 心臓へと迫り来る死の右手の抜き手を、低く大きく斜め後方に跳躍することで回避する。その手が空を切った時に、何かを掴むような動作をしているのが見えて泣きたくなる。何を掴むつもりだったんだこの通り魔!

 その動作に私の大事なものが盗まれるイメージが浮かんだのも束の間、今度は左手から何かが投擲される。

 私が先ほどまで居た位置から投げられたそれは、当然先ほど私を照らしていた街路灯に照らされ、彼と彼が投擲した物の姿形と数を私に伝える。細く長く先端が鋭くてその反対側が丸く膨らんだ、まるで針のようなものが3本だ。

 とは言えこの場合視覚は頼れない。見えるからといって、見えている攻撃が全てではないはず。見えているのは彼も承知のうえで、死角か何らかの方法で見えざる攻撃を仕掛けているはずだ。

 ならば防御はするべきではない、とそれを横に飛んで回避する。次いで何かが刺さるような音が後方から5回聞こえてきて、私の判断が正しかったことを伝える。

 

「あれ、避けられちゃった。最初ので貰えると思ってたのになぁ」

 

 そこで攻撃の手を一旦止め、少し意外そうに、けれども特に残念そうではないような口調で、私に攻撃を仕掛けてきた男が呟く。

 光りに照らされて見えた彼の姿は、黒いサラサラとした長髪で猫目の、無表情の青年。黒のズボンに黒の長袖、その膝と肘部分のみが白く、そして肩には先ほど彼が投げたものとほぼ同形状で大きさがバラバラなものが刺さっている。痛くないのだろうか。

 彼を正面に見据えながらも、攻撃に加わらなかった彼の同行者をちらりと見る。遠目でよくわからないけれど、白っぽい髪と髭があって両手が後ろ腰に回されている立ち姿からして老人だろう。

 老人とはいえ、正面の青年よりも滅茶苦茶強そうだ。か弱い老人を盾にして逃げちゃおう大作戦は立案さえされることなく却下されてしまった。ちくしょう。

 

 日付が変わった頃の暗い、人通りのない夜道で、突然謎の通り魔に襲撃される。

 昨日は余計なことがあって盗みに入れなかったし、今日なんかもう死にそうである。もうマジヤバイのである。

 2日連続で厄日だなんて本当にツイてない。私が何をしたっていうんだ。あ、悪いことか。そりゃ沢山悪い事したけど、せめて厄日は間をおいて訪れてほしいです。

 私は自身に立て続けに訪れた不幸に、つい泣きたくなった。



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11 Zaoldyeck

 舌打ちをして、腰を落としたまま後腰に付けていたナイフを右手に持ち直し、それを肘を曲げて横に構えつつジリジリと後退して距離を取る。

 どうも私は黒い奴に命を脅かされる傾向があるらしい。クロロ然り、この男然りだ。

 黒い奴って言うのは、死を運んでくるものなのだろうか。死神のイメージも確かに黒だし。でも私も黒いのに何故私が死を運ばれる立場なんだ、と自分もちょいちょい人を殺しているという事実を棚に上げてこの状況を嘆く。

 私の行動に対して何もアクションを起こさない二人を訝しく思うも、思考を巡らせる時間があるのは幸運だ。いや、この状況自体が不幸なものではあるけれど。

 

 まず、この通り魔達は十中八九私を殺すために雇われた殺し屋かなんかだろう。こんな時間に、こんなあからさまに後ろ暗いお仕事してますって格好の人間と偶然鉢合わせする確率はかなり低い。

 なぜ私個人を特定できたのかは分からない。基本的に仕事中に遭遇した警備等の人間は気絶させているし、非常に稀だけど、素顔を見られた場合は死人に口無しということで殺している。監視カメラに写っていた可能性がある場合は、モニター等でそれを見たであろう人間も同様に。

 まさかそれに漏れがあったのだろうか。入念に処理したつもりだったけれど、それでももしかしたらという場合もある。

 それがいつの話なのか、それは定かではないけれど、以後こんなことがないように次からはさらに徹底すればいいのだ。

 

 そう、次から。まだ私は諦めてはいない。戦力差を鑑みるとかなり絶望的な状況ではあるけれど、それでも諦める訳にはいかない。私には、まだまだ未練がありすぎる。

 とは言え、この二人を倒すのはほぼ不可能。黒い長髪の青年でさえ私より強そうなのに、その連れの隙だらけにしか見えない老人はそれよりも強いのだろう。現に私は本能的に老人に畏怖している。

 私の今の実力ではあの老人の全貌を計り知ることなど不可能で、老人は全力など出さずとも私をいとも容易く葬れる。隙だらけに見えるということは、つまりそういうことだ。次元が違う。

 念能力者同士の戦闘においては、単純な戦闘力の差だけでは勝敗は決まらず、能力によってはその圧倒的な差でさえもひっくり返すことが可能にはなるけれど、生憎私にはそんな能力はない。故に、私では彼らを倒すことができない。

 

 ならば、逃げるしか無いか。逃げ足には自身があるけれど、それでも成功率が高いとはいえないだろう。と言うか、ぶっちゃけ低い。それもかなり、だ。

 私は小柄な体格なので体積が小さいため空気抵抗も少なくて済むし、何より脚力の割には体重も比較的軽いため初速度と加速度が大きい。素早いスタートからすぐに自身の最高速度まで上げ、卵をばら撒いて追跡者の行動を阻害するのが私の逃走スタイルだ。

 おそらく、青年が相手であれば初速度と加速度は私に分がある筈。だけど最高速度は向こうのほうが速いだろうから、撒くのはなかなか難しいだろう。とは言え、相手が彼だけであれば逃げられたんだろうけど。

 問題は老人である。多分スピードに関して私はあの老人に全てにおいて劣るだろう。私の長所である速さで負けているい上に、相手が二人とくれば逃げるのさえ非常に困難。

 遠くに逃げるのではなくて、その辺で”絶”をしつつ隠れるという方法もあるけれど、普通に発見されるかあの二人のどちらかが広範囲の”円”を持っていたら無意味、と言うよりもおそらく状況は悪化するだろう。そんな分の悪い賭けにはあまり出たくない。

 

 何か金品でも差し出したら見逃してくれるかな、と思ったけれど相手は雇われだろうから意味が無い。彼らは彼らの意志ではなく、クライアントの意志でここに立っているわけだし。

 他にもグルグルと考えては見たものの、やはり逃げるのが最も生存率が高いだろう。でもそれでさえも成功率が低いんだから酷い話である。

 

 つい諦めたくなってしまいそうな状況に、不思議なパワーであいつらの依頼主を殺せないかな、と若干思考が良くない方向に流れだした頃、向こうの二人に動きがあった。

 青年はそのままで、動いたのは老人。老人は一つため息を吐いてから、ゆっくりとこちらに向かって無音で歩を進めた。

 緊張に強ばり震えそうになる体を気合で叱咤し、無理やり全身の筋肉を弛緩させて攻撃に備える。瞬きの合間に死んでしまいそうだと思えるほど、威圧感さえ無い目の前の小さな影に恐怖する。

 無意識的に脅威を遠ざけようと、青年に向けていたナイフが老人へと向けられた。その肘はほとんど伸びきり、刃先も正面を向いてしまっている。内心を悟られる愚かな行為だと自覚し慌てて身体に近い位置へ戻すけれど、私がビビっているのは丸分かりだろう。

 老人は青年を照らしているものとは別の街路灯の下で立ち止まった。歩数にして10に満たない程度だったのに、その数十倍の時間が掛かっているような錯覚さえ覚えた。

 照らしだされたその姿は、上が白の長袖の上に黒い袖のない道着のような物と下は白い帯の巻かれた黒のズボン、そして胸のあたり付けられた縦長の長方形の白い布に、読めないけれどジャポンの方で使われている”カンジ”が4つ、確か”ヨジジュクゴ”とか言う物が書かれている。後ろへ流された髪と細く長い口髭の色は銀色だった。

 その老人は敵意や殺意を見せることの無いまま、私に向かって言葉を投げかけてきた。

 

「あー、すまんの、お嬢ちゃん。別にワシらはお主を殺しに来たわけじゃ無い。仕事以外で殺める気も無し。……全く、イルミがいきなり襲い掛かるから超警戒されちゃったじゃろうが」

 

 前半は私に向けられ、後半は私を攻撃しようとした男、イルミに対して向けられていた。

 私は言われた言葉の意味が飲み込めずに、目をパチクリとさせてしまう。え、私を殺しに来たわけじゃ、無い?

 心のなかで反芻し、漸く言われた内容が頭に入ってきた。それと同時に、構えていたナイフをほんの少しだけ下ろし、腰もわずかに浮かせた。

 この行動は警戒が僅かでも解けたからではない。嘘の可能性もあるため先ほど同様気を張ってはいるけれど、コレは相手の話に耳を傾け、それを聞こうとしているというポーズだ。まぁ、彼ら相手にこんなあからさまな事をしなくても私の意識が会話に向いたのくらいは分かるだろうけど、態度で示すことも大事である。

 

「別に襲いかかったわけじゃないよ。ちょっと貰おうと思っただけだし」

「いや同じじゃろうが。おもいっきり襲いかかっとったぞ」

 

 老人の言葉に対し、イルミが反論するもそれは否定される。

 それに関しては私もあの老人の言葉に賛成である。心臓を貰うために攻撃しているのだから、あれは襲いかかった以外の何物でもない。

 

「……心臓狙っておいて、殺意は無いなんて言われても信用できませんね。このまま私の前から消えてくれれば話は別ですけど」

 

 殺意がないならさっさとどっか行ってくれという意志を伝える。去らずとも、真意を教えてくれればそれでもいい。逃走が困難な現状では、私はこの会話に活路を見出すしか無い。

 少し棘のある言い方もなんのその、飄々とそれを受け流す好々爺然とした老人は特に不快感を示すこともなく返答してきた。

 

「それはできん相談じゃな。殺意はないが用があるのは事実。じゃか、その要件を伝える前にまず自己紹介と行こうかの」

 

 その言葉に内心で首を傾げる。いかにも人殺してますって出で立ちで、泥棒の私の前に現れておいて、用件は殺すことではない?

 それに、何故態々このタイミングで自己紹介なんてするんだろうか。

 後者の疑問については、彼が明かした彼のファミリネームが解を与えてくれた。

 

「ワシはゼノ=ゾルディックという。こっちのは孫のイルミじゃ」

 

 それを聞いて、顔にこそ出ないものの背中辺りでどっと冷や汗が噴出す。口の中が一気に乾燥した気さえする。

 聞き覚えのある名だ。ゾルディック。たしかそれは、シズクの前の8番を殺した殺し屋ではなかったか?

 殺された奴だって幻影旅団員、戦闘能力は決して低くはない。実際に対峙したクロロから聞いた話によると、あの時は2m近くある銀色で軽くウェーブした長髪のがっしりした男、おそらく現当主による殺害だったらしい。

 そのゾルディック家当主と色素の合致する彼の言葉を信用するのならば、彼はその男の父、前当主である可能性が高い。そうでなくとも現当主の叔父という関係だろう。どちらにせよ、殺し屋としての年季と実力はかなりのものだ。

 ゼノと言う老人の底知れない実力もその言葉の信憑性を高める。まぁ、どちらにせよとんでもない人物であるのに変わりはない。

 

 そして、彼の自己紹介の真意。

 真偽は定かではないけれど、ゾルディックであると明かしたのは明確な脅しだ。

 つまるところ、俺達ゃ天下のゾルディックだ、まさかこっちの用件を断るとかそんな愚かな真似しねえよな? ということである。

 もうほんと怖い。ただでさえ怖いのに、その名前がついているだけで尚更怖い。

 

「それはそれは、世界最強の暗殺者一家のお噂は予予。そのゾルディックが二人揃って、私に一体何の用なんですかね?」

 

 僅かに口許にのみ笑みを浮かべつつ、強がって余裕ぶった口調で返す。下手に出ては相手の思う壺、交渉というのは対等な立場だからこそ成り立つもの。生殺与奪権を与えないために、怯える肉体と精神を虚勢で覆い隠す。

 ちなみに口許の笑みは余裕さの演出のために意図したものではなく、ただ単に口許の筋肉が強張ってしまっているだけである。この場合においては上手くカモフラージュできているけれど。

 だって私は今日いつも通りに盗みに入ろうとして、それが何らかの事故で実行が困難になり、とぼとぼと帰路についている途中でまさかのゾルディック来襲である。私の精神はこの展開に耐えられるほど頑強ではない。

 

「意外に強気だね、まぁどうでもいいけど。後一応言っとくけど、厳密には用があるのはお前じゃないよ」

 

 私の強がりをどうでもいいとバッサリ切り捨てたイルミが、しかしそれ以上に気になる発言をした。

 私のハートを盗もうとしておいて、私には用がないとは一体どういう事だろうか。頭湧いてんじゃないのコイツ。

 そんな少し、いやかなり失礼なことを思いながらも、彼らの言葉によってこの状況に僅かな違和感を覚え始めた。なんだか、私の認識が間違っているような。

 

 まず、この二人は殺し屋。これはまぁ間違いではないだろう。厳密に言えば暗殺者だけれども、やってることは殺しなのでここは問題ない。いや、まあ殺しを生業としている二人が私の眼の前に立っていることは大問題ではあるんだけれども。

 誰かに私個人の殺害を依頼されたのではないのだとしたら、じゃあ何故彼らはこんな格好でこんな場所にいるのだろう、と考えたところで、ふとある可能性に思考が行き着いた。

 まさか、私のターゲットの家を襲撃したのは彼らではないのか? それならば、あの家の前に集まったパトカーと救急車、そして野次馬の存在も説明がつく。

 そしてそれは、彼らはあの仕事をするためにここに現れたのだということだ。あの闇に溶け込む服装も、そのためなのだとしたら。

 

 彼らは私の名前を一度も言っていない。意図して言っていないのか、それとも単に名前は知らないのか。もしくは、私という存在自体を知らなかったのか。

 意図して言っていない、という可能性は低い。私の名前を彼らゾルディックが知っているという事実は、それだけで私に恐怖を植え付ける要素と成り得る。まだゾルディックとは確定していないけれど、名前を知っているのならば彼がゾルディックだと明かした時点で私の名前を出すのが自然、だと思う。

 だとしたら、残るのは2つ。可能性が高いのは名前は知らないが私を狙った方だとは思うけれども、殺害以外の用件で態々私の下へ二人でやってくるものだろうかという自問には、いやいやそれはないでしょと自答するしか無い。私にはその理由が浮かばない。

 そうなると、最後の1つ。可能性は低いとは思うものの、私という存在自体を知らなかった説が状況からして適当なものなのかもしれない。

 あの家の人間を殺すという仕事が終わり、その周囲をテキトウに歩いていた彼らが、偶然夜道を歩く私を見かけ、何の因果かそれによって用事ができてしまった。

 そして、その用事とは。

 

「ワシらが用があるのは、それじゃよ、それ」

 

 その答えは、ゼノ=ゾルディックの示した人差し指の先にあった。

 そこは、私の心臓のある位置、左胸だった。




現在によって結果が限定される過去よりも、早く未来のことが書きたい。過去編早く終わらないかなー。
そう思ってはいるのに、事情によりあまり時間が取れず、次の更新もまた1週間くらい開きそうです。申し訳ないです。

ゾルディック編は蜘蛛の時のように特にイベントもないと思うので、後1・2話で終わる、と思います。
ハンター試験以降の話が気になっている方には申し訳ないですが、もう少しお付き合いくださいませ。
飽きちゃった人は読み飛ばしても正直あまり問題無いです。現在の関係に繋がる話、というものなので。


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12 Trade

 扉が複数あるどデカい部屋に、これまたどデカいテーブル、その端っこの高そうな椅子にちょこんと腰掛け、その斜め後ろには執事が一人。落ち着くことができずに意味もなく手足を動かしてしまう。

 周囲をぐるりと見渡せば、豪奢な調度品や美術品の数々。食器やテーブルクロス、何やら理解できない奇抜な色使いの絵や変な形のツボに至るまで全てが高価な物なのだろう。この家の住人の裕福さが伺える。私が今まで盗みに入ったところなどとは比較にもならない。

 まぁ、屋敷の内装を見るまでもなく、空から俯瞰した時点で大金持ちってレベルじゃない程の金を持っているであろうことは伺えたけど。家の大きさや敷地面積もさることながら、内部もかなり金が掛かっている。

 感嘆からか、それともこの状況に対してか判断の難しい溜息を吐いてしまったのと同時、扉の1つが開き、そこから新たな執事が現れた。先ほど紹介された人だ。

 確か、ゼノさん専属の執事のゴトーさんと言ったか。そのゴトーさんは配膳台を押しており、その上にはティーセットが置かれている。ゴトーさんは衣擦れの音さえさせずにこちらへ歩み寄り、私の目の前のテーブル上でそれらをセットし始めた。

 

「あ、いや、お構いなく」

「いえいえ、ご遠慮なさらずに」

 

 私の割とマジな発言をさらりと受け流し、カップに紅茶を注ぐゴトーさん。よくわからないけど高級且つ上品なデザインのコップに注がれる、きっとかなり値が張るのであろう紅茶。

 毒とか入ってそうだからできれば飲みたくないから遠慮してるのに。ちなみに毒が入っていると思っているのは彼らが私を毒殺しようとしているとか考えているのではなく、私とは無関係に元々この家の者が日常的に飲んでいるのかもしれないこの茶葉に毒が混ぜられている可能性を考えてのことだ。殺すつもりなら既に私は死んでいるだろうし。

 

 ゾルディックといえば世界最強にして最凶で最恐な暗殺一家、しかも実家の位置はかなり有名。怨みや賞金欲しさに彼らを狙うものも多いだろうから、外敵には外部のみならず内部にも気を配らなくてはならない。

 内部に入り込んだ外敵が彼らを害するにあたり、戦闘面に長ける彼らに対し奇襲等は効果が薄いため、必然的に毒殺が最も有効となる。単純に戦闘でも毒を利用して実力差を埋めるヤツもいるだろう。なのでそこを警戒して、日頃から日常的に毒を摂取することによって耐性をつけているはずだ。そう、例えば毎日何気なく飲む紅茶とか。

 私も毒に身体を慣らし始めたとはいえ、それも今はまだ一般人に毛が生えた程度である。これに毒がはいっていた場合、酷い目に合うのは確実だ。

 

 飲まずにやり過ごすことはできないものか、とゴトーさんの顔をちらりと見て、即座にそれを諦める。なんだろう、顔の表情筋は笑みを作っているのに、唯一瞳だけが全ッ然笑っていない。飲まねぇとか言わねぇよな、とでも言うかのように眼光のみが滅茶苦茶鋭い。このオジサマ、器用なことをなされる。

 ええいままよ、とカップを手に取り、香りを楽しむふりをして異物の匂いをチェックする。でもそもそもこの紅茶の本来の香りを知らないし、無臭の毒物だったらこの作業には何の意味もない。案の定毒がどうとかは何も分からず、精々超いい匂いがしたくらいである。

 取り敢えず一口飲めば文句はないだろう、とカップを口につけて少しだけ傾け、少量口の中に入れる。ここでも味から異物の存在を感じ取ることができなかったけれど、予想外の美味しさに少しだけ目を見開く。茶葉がいいのか淹れ方がいいのかはわからないけれど、偶に飲む安物のティーパックの物とは桁違いだ。

 カップを元の位置に戻し、美味いっすねコレと飲んだんでもういいっすかの2つの意味を込めた視線でゴトーさんを見ると、表情は変わらず笑顔だけど今度は瞳も穏やかだ。どうやらこれでいいようだ。

 

 この場は凌げたので、別のことに思考を巡らせる。いやまぁ、毒入ってたかもしれないから凌いだとは言い難いけれども。

 とにかく、私には考えるべきことがあるので、毒の件は後回しだ。そう、例えば私を招いておきながら今この場に居ないゼノさんのこととか、まぁ現状全般だ。

 

 私の現在地は、パドキア共和国はククルーマウンテンにあるゾルディックの屋敷内。ここはその中のダイニングルームだろうか。

 私を招き、何か用があればゴトーさんに頼め、と言い残してゼノさんは何処かへと行った。アイツを呼んでくる、とも言っていたので、その誰かを連れてまたここに戻ってくるのだろうけど、落ち着かないので早くして欲しい。

 そもそもなんでこんな所で茶をしばいてるんだ、とまだ少し水面が揺れている深い赤色の液体を見ながら、ここに来た経緯を思い出す。

 

 

 昨日の夜、対峙していた私とゾルディックのお二方。ついに私に暗殺者が差し向けられたか、と思ったけれど、実際は私にではなく他のものに用があったらしい。

 じゃあなんであの場で鉢合わせたのかと言うと、どうやら私が盗みにはいろうとした家で私より先にやらかしていたのが彼らだったらしく、仕事を終えて自家用の小型飛行船の元へ向かう途中だったようだ。あそこにパトカーとかが居たのは殺人事件が起きていたからか。

 とは言え、それだけだと色々おかしい。パトカーとかが居たことから、彼らの仕事終了から私との遭遇まで結構な時間差があるし、私はあの屋敷とは逆方向に進んでいたのに彼らはその反対側から歩いてきた。つまりは屋敷の方向へと。

 それを聞くと、仕事終わりにあの時間までやっているレストランを調べ、近くにあったのでそこで食事を取っていたらしい。態々屋敷を挟んで飛行船とは反対方向のそこへ行き、食事が終わって飛行船へと向かっていたのだ、と。

 

 つまり遭遇自体は偶然であり、危惧していたように私が狙われていたわけではない。

 このように裏の人間と仕事時に鉢合わせするのは、今回と蜘蛛以外にも例が無いわけではないが、基本は互いにノータッチなのだけれど。

 蜘蛛の場合は何故かノブナガが嬉々として攻撃してきたし、今回は彼らが用があるらしく接触があったというわけだ。

 

 その用が何なのかというと、ゼノさんが示した私の左胸、そのポケットから出ている携帯のストラップ。ゼノさんはコレがご所望らしかった。

 いや、ゼノさんが、というのは少し語弊がある。実際にコレが欲しいっぽいのはゼノさんの引きこもりの孫。とは言え、そのお孫さんが作成した欲しい物を纏めているリストに目を通した時にちらっと見ただけなので、少し曖昧らしいけれど。

 その欲しい物リストとやらは家族全員に見せて収集に協力してもらっているらしく、孫が望んでいるが故に不確かではあるけれど交渉を切り出したのだ。

 ただイルミさん曰く、コレに間違いはないらしい。彼はしっかり記憶していて、私が街路灯に照らされた際に見えたそれを貰おうとしたようだ。まぁ、確証も得ていないのに突然突っ込んできたのならぶん殴っているところだ。だとしても後が怖いからやらないだろうけど。

 

 私が身に着けているコレは、以前仕事ついでに遊びに行った田舎の、期間限定ご当地限定で少量が販売されていたもの。偶然居合わせた私はそれを買い、携帯のストラップとして使っていたのだ。

 田舎なので外部に情報がなかなか行かず、気づいた時にはネットで転売されていたものもコレクターの手にわたってしまい、もう出回っていないのだとか。

 あぁそういうことなのか、と彼ら側の事情を理解したが、欲しい物をまとめたリストを家族に見せて集めてもらっているとか、しかも引きこもりとか、ゾルディックのイメージではない。聞けば彼の収集品を収めるための部屋が複数あるとか。マニアにも程がある。

 

 まぁとにかく彼らが望むのは私の持つストラップ。レアらしいけど保管もせずに普通に使ってるから少しは傷があるけれどそれでもいいようなので、コレを渡せば何事も無く終了した。

 だがただ渡すのは癪である。私が狙われているわけではないので命の危機も去り少し安心し、さらにゼノさんが強奪ではなく交渉という手段を取ったため、私もそこに活路を見出した。つまりはそっちの条件飲むからこっちの条件も飲んでね、ということだ。怖かったけれど、この場合なら下手に出るのは対等になれないと理解してからでも遅くはない。

 断られたり怒らせたりしちゃったらすぐに撤回して、ストラップどっかブン投げてその隙に逃げようとも思っていたけれど、意外にも私の要求は通った。仕事以外では殺しはしない発言等、積極的に攻撃する性格ではないらしい。話のわかるお爺ちゃんのようで何よりだ。イルミさんの方も何も言わなかったので、了解なのだろう。

 そして私は何か珍しくて面白い本くれ、と要求し、ゼノさんがそれならば自分のを貸すからストラップの最終確認も兼ねて家に来て選べばいい、との要求をし、双方がそれを呑みこの条件でトレードは成立した。

 力尽くで奪うつもりなら交渉の余地など無いし、そのつもりならば二人がかりで本気で来れば、私がヤケクソになってそれを破壊する暇を与えずに仕留めるなんて造作も無いことなので、この時点で私の身の安全はほぼ保証されたわけだ。

 

 イルミさんはほぼ口を挟まず、私とゼノさんの間でなされた取引。ストラップの譲渡と本の貸与。

 貸与という時点で私は返却のため最低でも2回はゾルディックを訪問しなければいけないのだけれど、まぁ悪いようにはされないだろうし運さえ良ければコネもできるかもだし、何より歴史のあるゾルディック家の持つ本には興味がある。古書の類も豊富に有りそうだ。消すことのできない恐怖心や警戒心も、この溢れんばかりの好奇心には劣る。

 そんな訳で、私は彼らの飛行船で同行し、ゾルディック家の敷地内へと足を踏み入れたのだった。

 

 

 パドキア共和国に近い国に居たこともあり、翌日の昼過ぎには到着。私を無視して二人は寝てしまったが手を出せば反撃で私が死ぬだろうし、かと言って流石に眠れるはずもなく、そこら辺に転がっている本をテキトウに読みながら移動時間を過ごしていた。

 使用人たちに出迎えられ、ゼノさんの客ということで特にチェックも無く、あちこちに罠が仕掛けられている廊下を他の人の動きを真似て通過し、イルミさんは私の件をゼノさんに任せておそらく自室に戻り、ゼノさんは私にゴトーさんを宛てがってマニアで引きこもりな孫を探しに行って、十数分経つが未だに戻ってこない。

 正直お腹すいたから早く帰りたい。ちなみにココで食事するという選択肢は存在しない。下手したら死ねる。

 

 他のゾルディックには未だ遭遇していないけれど、家にいるのだろうか。これだけ堂々とデカい家に住んでいて、顔写真すら出回っていない彼らの顔を見てみたいという気持ちもある。

 さすがに写真撮影したりそれを売って稼いだりしたらブチ殺されるだろうけれど、ここまで来たついでに見てみたいという気持ちと、やはり会うのが怖いという気持ちもある。

 今回は無理でも、今後の展開次第では何度か足を運ぶことになるだろうから自分から探す必要はないだろう。本の返却にココに来るのが確定している次回以降にココに来る機会がないのならば、それは縁がなかったということでスッパリ諦めよう。損するわけでもないし。

 

「すまんな、待たせたの」

 

 そうと決まれば長居は無用、用事を済ませて早く帰りたいとまた少しそわそわしだした頃、扉の一つが開いて声とともに待望の銀髪が姿を見せた。

 後ろに流された髪と細長い髭の老人、ゼノさんだ。ちなみに胸に書かれている文字は十人十殺と読むらしい。つまりは皆殺しである。

 しかし、部屋に入ってきたのはゼノさん唯一人。孫を呼びに行ったはずなのになぜ彼が一人でここに戻ってくるのだろうか、という私の疑問に対する答えを、私が聞くまでもなくゼノさんが口にした。

 

「で、更にすまんのじゃが、孫が部屋から出たがらんでの。お主の方から行ってくれんか」

「……まぁ、引きこもりらしいんでこうなるかもとは思ってましたけど」

 

 行きましょう、と言って席を立ち、ゼノさんの方へと歩み寄る。さらば恐ろしい紅茶。私にはキミのその鮮やかな赤が私の吐血を暗示しているようで恐怖でしかなかったよ。

 それにしても、まさかとは思っていたけれど私が出向くハメになるとは。私の待機時間を返してほしい。私は空腹なのである。

 まさか普段から部屋から一歩も出ずに、使用人に部屋まで食事を運ばせているのではあるまいな。ただ懶なだけだと信じたい。

 私が近くまで来るのを待ってから、ゼノさんが先導して歩き出したので私もそれに後ろからついていく。”凝”で見破れるモノ以外にも罠があるかもしれないから、後ろで動きをトレースして歩かないと不安なのだ。

 後ろを歩く私に対し、振り向かずにゼノさんが話しかけてきた。

 

「あぁ、それとミルキが欲しがっとったのはそれで間違いないようじゃ。これで完全に取引成立じゃな」

 

 これから会いに行くゼノさんの引きこもりな孫の名前はミルキというらしい。

 そしてどうやらイルミさんの言っていた通り、このストラップに間違いはないようだ。これがレアだという意識もあまりなく、思い入れもそんなに無いので、ゾルディックとのコネ作りの対価も兼ねると思えばこそ、手放すことも惜しくない。

 取引が成立した、と言うことはきちんと確認しておくべき事項があるので、それを改めて伝える。

 

「それは良かったです。じゃあ後で本見せてくださいね」

「うむ。取引を違えるような真似はせんから安心せい」

 

 返ってきた返事に了解の旨を伝える。やはりそこはプロ、取引である以上はそれを破るような真似はしないようだ。

 そのまま後は無言で部屋へ向かうのかとも思ったけれど、ゼノさんは後ろの私に更に話しかけてきた。

 

「ミルキものう、頭はいいんじゃよ。頭がいいのにバカなんじゃ。ワシらではできないようなこともやってのけるが、如何せん努力の方向性が間違ってるというかの」

 

 いや、話しかけると言うよりは愚痴ってきた。聞き役に徹するしか無い私はそれに相槌を返す。

 爺さんの戯言、と聞き流してもいいけれどこれも貴重な情報源、かもしれないので律儀に話を聞いて適当な相槌を返し続ける。

 ゼノさんは案外話すのが好きなのだろうか。まぁ、老人というものは得てして会話が好きなものらしいけれど、この人もその例に漏れないらしい。

 

 私がきちんと反応するのに気を良くしたのか、時折こちらを振り返りつつ行われるゼノさんの話は、結局目的の部屋に着くまで行われた。




遅くなって申し訳ありません!
お詫びに頑張って明日も更新します!(願望)


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13 Partner

 石造りの廊下を歩き続け、長い螺旋階段を下り、そしてまるで洞窟のような土の廊下にある扉のうちの一つの前で、漸くゼノさんが立ち止まった。ここが目的地のようだ。

 その扉を眺めつつ、ミルキ=ゾルディックとはどういう人物なのだろうかと考える。会いたくないのではなくて部屋から出たくないとゼノさんに言ったらしいから、おそらくコミュニケーション能力が欠如しているわけではないと思うけれど。

 

「ミル、ワシじゃ。連れてきたぞ」

 

 しかし私がそれ以上のことを考える前に、ゼノさんが扉をノックして声をかけてしまったので、思考を中断せざるを得なくなった。

 扉越しのくぐもった声で、どうぞーと間延びした返答が聞こえ、それを受けてゼノさんが扉を開いて室内へと入って行き、私を手招きしたので彼に続いて入室する。

 

「サンキューじいちゃん、さっきはちょっといいとこでさ。……で、客ってそいつ?」

 

 キャスター付きの椅子に座りながら、くるりと椅子ごと身体を回転させてこちらを向きながら言葉を発した男性。彼がミルキなのだろう。あまり警戒心がないのは、ゼノさんが傍にいるからだろう。

 服装は茶色のスラックスに白のシャツ、前髪を中央で分けてショートに切り揃えられた黒い髪と細い目の、年齢は見た感じ10代後半の少年。

 この要素だけを切り取ってみれば爽やかな青年のようではあるが、実際にはそのような印象は受けない。むしろ暑苦しい感じだ。何故ならば彼はその体重が100kg以上もありそうなふくよかな体格をしているからだ。平たく言うとデブだ。デブなのに平たくとはこれ如何に。

 そんなアホな事を考えてしまうほどに、ミルキ=ゾルディックの見た目は衝撃的だった。引きこもりということで一応想定はしていたけれど、実際に目の当たりにするとその衝撃は凄まじいものがある。

 とは言え、いつまでも硬直しているわけにもいかない。内心の驚愕を表に出さないまま、彼の先ほどの問に趣向で返答する。

 

「へぇ……思ってたのより小さいのが来たな」

 

 お前は思ってたよりデカいなって言って欲しいのだろうか。正直その体格で仕事は務まるのだろうか。あぁいや、引きこもってるんだったか。じゃあ無理だろうな。

 まぁ突っ込むまい、と彼の身体については切り上げて、今度は室内に意識を向ける。

 まず目についたのは、棚。サイズの大きなそれに、所狭しと沢山のフィギュアが並べられている。美少女のみならず、特撮ヒーローや怪獣や乗り物など、ジャンルも様々だ。

 そしてパソコン。部屋に備え付けられたモニターの数は両手の指を使わないと数えきれないほどだ。パソコンのハード自体は1つか2つなのだろうけれど、とりあえず機会系統に強そうなことが伺える。

 そして私たちの方へと振り向く前に向かい合っていた机。ミルキのデカイ図体が邪魔でよく見えないが、そこにも何らかの細かい機械部品や工具があり、いいところだったとはアレの作業について言っていたのだろう。

 

「メリッサじゃ。で、こっちは孫のミルキ。それにしても、いいところ、のぅ……。ミル、お前今度は何作ってるんじゃ?」

 

 ゼノさんが私と美瑠喜をそれぞれ紹介し、私も興味を持っていた机の上の物についてもミルキに問いかけた。

 言われた彼はあぁ、と言いながら笑顔で机の上のそれを手に取り、私たちにも見えるように差し出した。とは言え、そのサイズはかなり小さいもののようだ。

 指で摘まれたそれは1辺が1mm程の黒い立方体のようなものであり、これだけを見ると机の上に散らばった機械類との関連性は見出だせない。

 

「コイツは超小型の爆弾の試作品さ! 虫かなんかにくっつけてターゲットの食い物の上に落として、これをターゲットが口に入れたらボカンッて寸法さ!」

 

 威力はまだ低いし運ぶ方法も模索中だけどな、と得意げな顔でその超小型爆弾とやらの説明をした。が、私とゼノさんの反応は薄い。

 だって仕方ないだろう。天下のゾルディックがなんか作ってたと思ったら、非常にチャチで突っ込みどころ満載な爆弾である。どうリアクションを取れと。

 そこまで超小型化できた技術力は称賛に値するものだと思うが、それ以外の部分がもうダメダメである。

 

「お前……それをどうやってターゲットのとこまで運ぶんじゃ? 正直運んだついでにサクッと殺したほうが早かろうて」

「そもそも食べ物の上に落としたら気づかれて除けられるんじゃ……」

「え? ……あっ」

 

 ゼノさんが指摘し、それに私が乗っかり、それらを聞いたミルキが間の抜けた顔を晒した後、漸くそれらの欠点に気がついたようにハッとして細い目を僅かに開き、口許を手で覆った。

 部屋中に気まずい沈黙が訪れる。アナログの時計が存在しないこの部屋では秒針の動く音さえもなく、聞こえてくるのは精々パソコンの稼動音だけだ。

 私とゼノさんは呆れ眼でミルキを見つめ、ミルキは冷や汗だか脂汗だか判断しかねる物を頬に伝わらせつつ、私たちとは目を合わせようとせず明後日の方向を向いている。なんか、ゼノさんが言っていた頭はいいけどバカの意味がわかった気がする。

 やがてこの状況に耐え切れなくなったミルキがゴホンと一つ大きな咳払いをし、別の話題を切り出した。

 

「ま、まぁそれはともかくそこのお前、アレ持ってきたんだろ、アレ」

 

 超わざとらしい話題転換ではあるが、彼が切り出したのは私たちにとっての本題。今のをからかえるような間柄でもないし、ここは素直にその流れに乗っておく。正直笑いそうではあるけれど。

 胸元のポケットに入れていた携帯電話を取り出し、取り付けていたストラップを外す。手のひらに収まったそれを感慨深げに少し見つめる。

 思えば、コイツのせいで私はここに居るわけだ。コイツのせいで私はイルミさんに攻撃され、ゼノさんに連行され、ミルキと対面しているのだ。いやまぁ、コイツのせいというよりは買った私のせいと言うべきなのかもしれないけれど。

 奇妙な巡り合わせを運んだコイツを恨めばいいのか褒めればいいのか、少し複雑な心境になったがそれを振り払って足を動かし、ミルキの前まで行くとそれを差し出す。

 

「はい。これで合ってますよね?」

「おぉーこれこれ。すっげぇ、まさか手に入るとは思ってなかったぜ。多少の汚れや傷はあるけど、この程度なら全然許容範囲内だな」

 

 私が差し出したそれを大事そうに両手で受け取り、一頻り感動してからしげしげと眺め、汚れや傷の程度を確認して満足気な笑みを浮かべる。

 その姿は歳相応の普通の人間のようで、暗殺一家などといってもやってることがアレなだけで仕事以外ではあまり他と大差ないのでは、と思えてしまうほどに純粋な歓びに溢れていた。

 私のその内心が少し表情に出てしまったのか、ミルキが少し少し頬を染めつつ怪訝な表情で問いかけてきた。

 

「な、なんだよその顔は。欲しいもの手に入ったんだからそりゃ喜ぶっつーの」

「あぁいや、なんか意外で。正直ゾルディックってもっと冷たい人形みたいな印象抱いてたんで。イルミさんの例もありますし」

「ワシだって十分その辺に入るお爺ちゃんっぽいじゃろうが」

 

 それに素直に思ったことを返す。それについてゼノさんがなんか言ってきたけれど、あなたは第一印象が既に只者ではない感じなので除外です。

 私の返事を聞いて、ミルキはあぁ~っと何やら納得したような反応である。彼からしたら実の兄弟なんだろうけれど、それでもやはり人形のような印象を抱いてしまっているようだ。

 

「イルミは確かになぁ。っつーかウチって子育てに関してはスゲー迷走してるから兄弟でかなり性格違うぜ。オレはめっちゃ甘やかされてる自覚あるしな」

「自覚有るんなら少しは痩せるなり外に出るなり頑張らんか。じゃが子育てに難儀してるのは事実じゃな。暗殺技術の面の教育は共通しとるが」

 

 ミルキの発言にゼノさんが突っ込みつつ補足を加える。痛い所を突かれたミルキはそっぽを向いて口笛を吹いている。まぁこの家であの体格で甘やかされてる自覚がなかったら色々と末期な気もするけれど。

 どうやらゾルディックもやはり個々人でそれぞれに個性というものが存在しているらしい。この二人相手ならもう少し緩めに会話しても問題無いだろう、と思いつつ口を開く。

 

「へぇー……。ぶっちゃけキリングマシーン量産してるようなイメージ持ってましたけど違うんですね」

「キリングは否定しねーけど、マシンってのは違うな。イルミがあんな風になったからやり方変えて、それでオレがこんな風になったから弟もまたやり方変わってるしな」

 

 ミルキの発言に、我が息子ながら全く……と溜息をつきつつ嘆くゼノさんの姿は、なるほど確かにその辺にいる普通のお爺ちゃんっぽいかもしれない。

 そしてミルキによって唐突に明かされたゾルディックの意外な事実。どうやら現ゾルディック当主は暗殺は得意だが子育てに関してはそうでもないらしい。

 子どもたち全員が暗殺自体には何の抵抗も覚えてはいないようだが、それぞれの性格にはバラつきがあるようだ。その辺だけ見ると、ちょっと個性的な家族という捉え方も出来なくは無いのかもしれない。

 

「ま、その辺のことは他人様に話すことでもないじゃろ。行くぞメリッサ、本を貸しちゃる」

「やっとですか、超楽しみですね」

 

 ゾルディックの知られざる内情についての話を打ち切り、ゼノさんが部屋から出ようとしながら私に退室を促す。まぁ確かに家庭の中のことをあまり他人に話すものではないのだろう。

 漸く回ってきた私のお楽しみタイムに心躍らせながら扉をくぐって廊下に出ようとしたところで、ミルキから待ったがかけられた。

 

「ちょい待て。メリッサだったか、お前にオレからプレゼントをやる、ありがたく思えよ」

「え? ……、……うわぁ」

 

 呼び止められ、振り向いて手渡されたそれを見てゲンナリとする。まぁ彼の口ぶりからして碌なもんじゃないだろうなとは思っていたけれど。

 渡されたのはA4紙の束。100枚近くあるそれに、写真とそれについての名称や補足説明が無駄に綺麗に纏められている。これがアレか、欲しい物リストってやつか。

 パラパラと捲って流し読みをしつつ、何のつもりだとか多すぎだろアホかとか様々な思いから眉間にシワが寄るのが分かる。

 

「おいそんなに露骨に嫌そうな反応すんな。安心しろよ、持ってきてくれたら礼としてそれ相応の対価は支払うぜ?」

 

 フフン、と何故か威張りながらそう宣言するミルキ。家族に頼んでおいて、更に私にまで頼むのか。

 とは言え、コレはいいかもしれない。ゾルディックとのコネにもなるし、ミルキにとってそれなりに価値のある人物であれば、ゾルディックも手心を加えてくれるようになるかもしれない。

 それでなくとも彼の言う対価も魅力的だ。少なくともそこだけはきちんとしたものを確保しておきたい。

 

「……その対価、お金じゃなくて私の望むものを用意できます? 例えば便利な機械とか、裏商売への紹介とか」

「その程度ならお安いご用だ。機械系ならオレの得意分野だからお前の働き次第では高性能なものを自作してやるし、口利きくらいは問題ねぇ。出来る範囲ならやってやる」

「その話乗った。よろしくね、ミルキ君」

 

 ミルキ君から帰ってきた気前のいい回答に、即座に了解の意を示す。私はニヤリと笑って右手を差し出し、ミルキがそれに答えて握手を交わす。多少手のベタつきはあったが、数年前を思えばこそ、この程度は気にならない。

 例を挙げはしたが、私の要求は私の望むものを用意することであり、彼はそれを出来る範囲でならと了解した。

 つまり私は彼の望むものを入手して届けさえすれば、どのようなことについても彼の出来る範囲で協力を仰げるというわけだ。要求次第では貸しの前借りも必要にはなるだろうけれど、この事が私にもたらす利点は大きい。特に機械系は嬉しい。シャルは情報機器系には強いが、それ以外の機械全般ならばおそらくミルキ君のほうが上だろう。

 しかし、何故彼がそうまでして私にこのリストの物の蒐集を要請したのか。その疑問は解消しておくべきだろう。

 

「ところで、なんで態々そんな気前のいい対価を払ってまで私に?」

 

 年も多分近いし、これからは取引の元に対等な立場でやって行きましょうね、と言う意味を込めて敬語を外して問いかける。まぁ多分私のほうが戦闘能力上だろうからあまり怖くないというのも理由の一つではあるけれど。

 言われたミルキは気分を害したような素振りも、気にした素振りも見せないため、どうやらこの対応は問題ないらしい。

 互いに利点のある、ある種のパートナーのようなもの。敬語を使わずに済むのであれば、こちらのほうが気楽なのでいい。

 

「ウチの奴らは仕事時以外じゃ滅多に外でないし、こういうのがある店に立ち寄ろうとはしないから、正直ネット以外じゃ集まんねーんだ。だから外で生活してて、こんな物買うようなお前は結構適任ってわけだ」

 

 プラプラと私が渡したストラップの紐を持って左右に揺らしながらそう言うミルキ君。求めていたレア物をこんなもの呼ばわりするのはどうなのと思うけれど、いいんだろうか。

 まぁ確かに、彼のリストに載っているのはフィギュアがほとんど。こういう物の掘り出し物が売っている場所にはゾルディックの皆さんはあまり近寄らないのだろう。そういうのは案外寂れた店にあるものらしいし。

 私も普段そういう場所には行かないが、行く事に抵抗はないから問題ない。なるほどと頷いた私に対し、ミルキ君は携帯電話を差し出した。

 

「よし、お前のアドレス教えろ。来るときは前もって言えば執事に話しとしてやるし、リストへの追加とかがあったら連絡する」

「あ、ついでにワシのもよろしく。龍が好きなんじゃが、実物じゃなくてもそれっぽい生き物とか、何かよさそうな置物あったら買ってきとくれ。本も貸すし、依頼があったら安くしとくぞ」

「ちゃっかりしてますねゼノさん……まぁいいですけ、ど?」

 

 ついでにとゼノさんが龍的な何かを要求してきたが、確かに面白そうな本があれば一度に借りるのは困難だし、ちゃんと強そうなゾルディックとのコネも出来るならお安いご用、と了解して携帯を取り出そうとしたところで、私の手がわずかに震えていることに気づく。手に力が入らず、携帯を床に落としてしまう

 そして襲ってきたのは、寒気と手足のしびれ、そして痛み。最初に違和感に気づいてから間を置かずにそれらが一気に襲ってきた。たまらず膝を折って四つん這いになり、それらに耐える。

 何だこれ、と苦しみつつも不調の原因について思考を巡らす。そして思い出したのは、あの紅茶。まさか。

 

「お? 何だ、どうかしたのか?」

「あー、アレじゃろアレ。ゴトーの紅茶飲んだんじゃろ。まぁ殆ど減ってなかったようじゃなら命に別状はないじゃろ、すぐに収まるじゃろうし安心せい」

 

 頭上からミルキ君とゼノさんの呑気な声が聞こえる。死ぬことはないと聞いて一安心だけれど、痛いのには変わりない。

 なんだよアレ飲んだのか、と呆れたようなミルキ君の声が聞こえる。だって目が怖かったんだもの、ゴトーさん。

 ぐおおぉぉ、と呻きながら私が蹲っているというのに、彼らはそれを意に介さずに私の携帯を拾い上げてカチカチと操作し始めた。おい。

 

「……よし、オレのは登録完了。ほら、次はじいちゃんのもやってやるよ」

「すまんの、助かるわい」

「ちょ……た、助け……っ」

 

 私を無視して私の携帯にそれぞれのアドレスと番号を登録するミルキ君。いや確かに了承したけども、勝手に操作するのはアレなんじゃないですかね。ゼノさんも止めてください。

 毒の量が少なかったのが逆に災いしたのか、意識もハッキリとしており、その上で感覚が麻痺しないギリギリの痛みを味わう。

 彼らは携帯の操作が終わってから、漸く私の方へと意識を向け、とは言えどうしたものか、と揃って首をひねった。せめて横になれる場所に運ぶか下に何か敷けバカヤロウ、と言う私の心の叫びは、うまく声を出すことができずに届かなかった。

 

 

 その後すぐ、私が毒に苦しむのを予想していたゴトーさんの持ってきた解毒薬によって私は漸く回復した。悶え苦しむ私にミルキ君とゼノさんがしたことといえば、ドンマイと一言声をかけたくらいである。死ね。とは言え薬を持ってきたゴトーさんは元凶なので感謝はしない。死ね。

 そしてゼノさんの書斎へ案内され、幾つかの本を自分で選ばせてもらい、それを抱えて漸くククルーマウンテンを後にし、帰路についた。

 

 ちなみに私をぞんざいに扱った報復として、ゼノさんは怖いからミルキ君の左右の足に一回ずつローキックを放っておいた。




土曜の深夜に明日とか言っておいて、結局日曜日は1時間前に終了してしまいました。すいません。

ともあれ、過去編はコレにて終了です。長らくお付き合いいただき、ありがとうございました。満足してもらえる出来かどうか、正直自信がないです。
次回からは時間軸が現在に戻ります。では、これからもよろしくおねがいします。


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胎動
01 目覚めて


 ゆっくりと意識が浮上し、目を覚ます。視界はまだ真っ暗なまま。

 寝起き直後や寝付く寸前に感じる、自分の体の輪郭とその他との境界が融けて曖昧になって混ざり合うような感覚。毎度すぐに終わってしまうけれど、私の好きな時間。

 意識の覚醒とともに終わりを告げたそれに名残惜しさを感じつつ目を開く。明るくなった視界に写ったのは眠る前と同じ、飛行船の内部。

 毛布を身体に掛けたまま手足を伸ばし、凝り固まった筋肉を解す。

 

「あー……なんかすっごい寝た……」

 

 欠伸をしてから、寝起きの若干掠れた声で小さく呟く。なんか知らんけどかなり寝た気がする。長く深い眠りの中で見た夢は、過去の出来事。ただしダイジェスト版。

 昔のことを夢に見るなんて、何時ぶりだろうか。少なくともここ最近はなかったことのはずだ。懐かしいなぁ。

 アレ以外にも、思えば蜘蛛やゾルディックとは色々あった。良い事もあれば、もちろんあんな奴らだから悪い事も沢山。特に蜘蛛は仕事だけでなくプライベートでもだ。

 基本的に遊びに来た人とは、女性陣とか買い物とかで男性陣とはゲームとかをして過ごす。まぁ彼らとの交流がそんな平和なものだけのはずもなく、酒に酔った馬鹿のせいで家がボロボロになって引越しを余儀なくされたことも何度か有る。今では我が家は基本酒は禁止である。

 遊びに、と言うよりホテル等に飽きて数日間の寝床を求めて来る奴もいるけれど。まぁ来る奴は偶に来るし、来ない奴は来ない。その中でもクロロは本が目当てなので頻度は割と多い。

 

 偶然から始まった関係は、今も尚続いている。これから蜘蛛の仕事に参加するし、その後にはミルキ君に届けるものもある。

 彼らと関わる中で、私は変わったのだろう。もし彼らと出会わなければ、今も私は一人ぼっちだったかもしれない。

 私の小さな世界。モノクロだったそれに彩りを加え、ちっぽけだったそれを広げてくれた。今もまだ小さなままだけれど、昔とは大違いだ。

 彼らが私に影響を与えたように、私も彼らに影響を与えられているのだろうか。私との関わりの中で、彼らにも変化はあったのならば嬉しいのだけれど。

 

 さっき見た夢の影響なのか、起きてから考えるのは彼らのことばかり。

 あいつらが変わったかどうかは私にはよくわからないし、じゃあ考えるのも意味ないだろうと思考を切り上げる。

 起きてから手足を伸ばすくらいしかせずに、後はぼーっと考え事をしていたので、今が何時なのかさえわかっていない。いい加減頭ではなく肉体を働かさねば。

 

 顔を横に向ければ、窓から見える外の景色。真っ暗な空に、ポツポツと光る街の灯。今は夜中のようだ。

 試験が終わった当日に、午後発のこの飛行船に乗って割りとすぐに寝たのだから、まぁ外が暗いのは当たり前か。

 次に時計で現在の正確な時刻を確認する。今が何時かを知った私は、思わず笑う。嗤う。

 

 私が寝入った時間から、既に半日ほど経っている。

 その事実に、毛布を掛けているにも関わらず体温が低下したような気さえする。

 実際にはそうではなく、急速に冷えていったのは私の心。

 時計を見たことによって意識は完全に現実へ向き、自分の身に起こったことの意味を漸く実感する。

 

 ここはどこだ。飛行船の中だ。つまりは不特定多数の人間がいるこの場所で、私はあんなに長々と夢をみるほど深い眠りに落ちていたということだ。

 外敵への対策が成されているプライベートな空間ならばともかく、こんな場所なら不測の事態に警戒して、眠りは浅いものでなくてはならないはず。

 だというのに、私はそれを怠ってしまった。普段であれば意識するまでもなく無意識下で実行しているそれを、怠ってしまったのだ。

 

 その原因。頭に即座に浮かんだのは2つ。

 そのどちらが理由なのかは分からない。だけどどちらにせよ、それが示すのは碌でもない事だ。それに片方だけでなく両方の理由が該当する場合もある。この場合だったら最悪だ。

 舌打ちして頭をガリガリと掻く。そんな事をしても当然胸にある不快感は消えない。あぁ糞、気分が悪い。

 悩み事が尽きない。ハンター試験に参加してから次々と湧いて出てくる。一々考えるのも嫌になってくる。

 

 とは言え、イライラしてもどうしようもない。逆に、そう逆に考えてみるんだ。そうだ頑張れ私。

 今回のことだって、今の自分を見つめなおす良い機会だ。それに原因がわかりさえすれば、自ずと自分に起こった心境の変化だって性格に把握できるはず。

 そう、何も悪いことばかりではない。私の世界は、確実に良い方向に進んでいるはずだ。

 良い方向に。それがどちらへ向かうことを示しているにしても、結果的に私が幸せになれさえすれば、それで十分だ。

 

 考えたって解消されない悩みは、ふとした切欠で気づき、解決されるはず。何も急ぐ必要はない。

 それよりも今は、飛行船の到着までの残り2日間をどう過ごすかだ。さすがにずっと考え事をしていたら頭がパンクしてしまう。

 とりあえず何か読むか、とメカ本を荷物から取り出し、少し悩んだ後、結局それをしまってクロロから借りた本をもう一度読み直すことにした。

 

 

 

 私の乗った飛行船はドラマチックな事故や事件に巻き込まれることもなく、ハイジャック不在のまま空の旅は恙無く終了し、予定通りの時間にマルメロの国際空港へと私を運んだ。

 しかし到着したのは夜。飛行船での移動に3日費やしたので、仕事は明日の深夜。今日はコレ以上移動しなくても間に合うだろう、と近くのホテルで休む。

 翌朝、さすがに街中を爆走して移動すれば目立ちまくるので自重し、素直にタクシーを捕まえて目的地の近くへと運んでもらう。

 中々の長距離移動ではあったけれどタクシーは日暮れ前には人気のない寂れた地域へと到着し、私はそこで料金を支払って車を降りた。

 残り数km。タクシーでコレ以上近づくのは不味いので、ここからは自分の足で走る。まぁ、あいつらはそんな事気にしないだろうけれど、一応ね。

 

 走り続けて見えてきたのは、廃工場。あまり大きくないそれが、今回の仕事の仮アジトとして指定されていた場所。

 外壁はほぼ骨組みしか残っていないせいで扉さえ存在しないそこに、正面玄関っぽいところから入る。

 最初の数回は彼らが仮アジトにしている建物に入るときに緊張していたけれど、今となってはおじゃましま~す程度の気軽なものだ。

 確か携帯に転送された詳細データには、事務室が無事だったからそこで待機とあった。部屋数自体が少ないのでそれはすぐに見つかった。

 盗みは今夜決行、今はもう夕暮れ時。到着は私が最後と見て間違いはない。だというのに、部屋の前まで来て、どうにも様子がおかしいことに気がつく。

 まさかね、と思いながらもノブに手をかけ、ガチャリという音とともに扉を開く。その先に広がる光景は、私の予想を裏切ってはくれなかった。

 

「おまたせー……うわ、少なっ」

「少ない言うな。ともあれ、よく来たな」

「やっほーメリー。案外早かったじゃん」

 

 私の接近を事前に気配で察知していた部屋の中にいた奴らが、私の声に一斉に反応してこちらに視線と声を投げかける。

 いや、一斉にという表現はあまり適切ではないかもしれない。だって部屋の中には二人しか居なかったのだ。そんな言葉を使えるような規模ではない。気配が2つしか無いとは思ったけれど、まさか本当にそれだけしか居ないとは。誰かが気配を絶っているというわけでもなかったようだ。

 中に居たのは、クロロとシャルナーク。私の声に最初に反応したのはクロロだ。少ない言うなと言うけれど、二人は明らかに少ないだろう。

 そのクロロとシャルは、事務室の空いている椅子に机を挟むようにして向かい合って座っており、彼らの前にある机の上にはトランプのカードがある。

 見覚えのある配置のそれらを前に、彼らはせーのの掛け声とともにゲームを再開し、バババッと手が高速で動いてまたすぐに止まった。

 真剣な面持ちで睨み合う両者に呆れた目を向けながら空いている席に座り、疑問を投げかける。

 

「……一応聞くけど、何やってんの?」

「見れば分かるだろう。スピードだ」

 

 私の声に答えたのはクロロだ。うん、まぁ見れば分かる。裏面を上に積まれた山札、表面を上に積まれた山札、そして両者の前に表面で並べられた4枚のカード。

 たしかに彼らがやっているのは一対一のトランプゲーム、スピードだ。しかしそのスピードがヤバい。スピードのスピードが尋常では無い。えぇいややこしい。簡単に言えば常人では目で追えない速度でスピードというゲームが行われているのだ。

 ものすごい速度と状況把握能力によってテンポよく進んだゲームはすぐに決着が付いた。今回の勝者はシャルのようだ。

 喜ぶ勝者と悔しがる敗者。ともあれ試合が終わって区切りがいいので、試合の余韻に浸っている彼らに声をかける。

 

「ねぇ、もしかして今回って参加者これだけ?」

 

 私のその声に対する返事はなかった。だけど反応はあった。クロロはふいと視線を逸らし、シャルは苦笑している。言葉にせずとも、コレ以上の参加者が居ないことを彼らの態度が雄弁に物語っている。

 蜘蛛は仕事の際、まずクロロから大まかな仕事内容が告げられ、それに参加か不参加かの返事をする。返事無しは不参加とみなされ、参加者にのみ追加で待ち合わせ場所などの情報が送られてくる。

 決行まで数時間しか無いこの段階で、この反応。おそらくシャル以外は不参加の返事で、もう今更参加者が増えるような時間的猶予はない。今回はこの3名、少数での仕事になりそうだ。

 

「一応さ、最初よりはマシになったんだよ。オレも用事があったから不参加にしてたんだけど、他の用事で団長に電話したら結構機嫌悪くてさ、どうしたのか聞いたら誰も参加しなかったらしいんだ」

 

 仕方ないからなんとか都合つけて今回参加したわけ、と苦笑したまま告げるシャル。今回は無理して参加したらしい。ご苦労さんである。

 そういえば、確かにクロロがあまり機嫌の良くない時期があったかも知れない。すぐにいつも通りに戻っていたから特に気にも留めなかったけれど、なるほどそういう事情があったのか。

 それに、たしかにこれだけしか参加者がいないのならば、時間的にあまり余裕のない私にも呼び出しがかかったのも当然だ。内容的には楽な仕事ではあるけれど、数が少ないと持ち出しが面倒だ。

 クロロのために頑張ったシャルに対して、クロロが礼を告げる。ただし余計な言葉を添えて。

 

 

 

「全員に断られたから今回は中止にしようかと思っていたが、シャルのお陰でそうせずに済んだ。感謝しているぞ」

「どういたしまし……あれ、オレが来なかったら中止だったの? じゃあオレが頑張った意味って無くない?」

 

 一人じゃクロロが可哀想だと思って参加したのに! とそれを聞いて嘆くシャル。呼び方までもプライベート時のものに戻っている。シャルさんマジ苦労人。

 一人っきりでせっせか盗みだすクロロを不憫に思って参加したのに、シャルが来なければ仕事自体がなくなっていたか、あるいはまた今度ということになっていた。シャルが来なければ仕事を実行せず、来たからこそ実行する。つまりどのみち一人で頑張るロンリークロロは存在しなかったのだ。都合をつけてまでここへきたシャルは、その事実に盛大な溜息とともに机に突っ伏した。どんまい。

 

「……まぁいいや、ちょっとスケジュールきつくなったけどそこまで問題無いし。貸し1ってことで手を打ってあげるよ」

「チッ、いいだろう」

 

 突っ伏したまま顔だけ上げてシャルがこの件を貸しにし、クロロがそれを不承不承引き受けた。舌打ちすんな。シャルもその態度に不満そうな目を向けている。

 私としてはシャルには感謝だ。こういう本狙いの仕事は、早い時期にやるに越したことはない。ここには以前から目をつけていたのだから尚更だ。

 クロロをジトッと見つめていたシャルだったけれど、ふいに何かを思い出したかのように私に話しかけて来た。切り替えの速い男である。

 

「そういえば、ハンター試験どうだった?」

「え? いや、どうと言われてもなぁ……。試験自体は簡単だったし、問題なく合格できたよ」

 

 少し考えてからそれに答える。

 そう、試験自体は楽で、問題はない。それ以外の部分で問題があったけれど。クラピカとか、ヒソカとか。

 クラピカに関してはクロロに言ってあるけれど、最終試験時のヒソカについてはまだ何も言っていない。丁度いいし、シャルにも聞いてもらおう。彼も頭脳タイプだし。

 

「でも、それ以外でちょっと問題発生。纏まった時間の時に話したいから、仕事の後にするよ。クロロには報告してたけど、また進展あったし」

「問題って、オレ等が関わってるような事なんだ? なんか面白そうじゃん」

 

 私の言葉を聞いて、そう言って笑うシャル。彼が自分たちが関係あると察したのは、私がクロロに報告していたからだろう。蜘蛛に関係なければ私がクロロに言う必要もないし。

 ああそうだ、それともう一つ、シャルには頼みたいことがあったんだ。こうして直接会えたわけだし、今のうちに頼んでおこう。

 ハンター試験に参加する際、ジャポンにいる間使っていた私の偽の戸籍、真城芽衣は既に使い物にならなくなってしまったので、新しいものがほしいのだ。

 

「面白いうかどうかは知んないけど……。それとシャル様、芽衣ちゃん死んじゃったんで新しい戸籍が欲しいんですけど」

「あぁ、試験の時に? 料金は1千万でいいよ。国籍は何処にする?」

 

 シャルは察しが良くて助かる。私が皆まで言わずともある程度の事情は持ち得ている情報から簡単に導き出してくれる。1千万ジェニーはちょっと高いけどまぁいいや。

 それにしても、国籍か。ジャポンは結構居心地がいいし、料理は私好みだ。住所だけ移せばまだあの国にいて問題無いだろう。あそこのままでいい、とシャルに告げる。

 

「オッケー、名前とか面倒だから前と同じでいいよね、同姓同名なんて珍しくもないし。じゃあ出来たら連絡するよ」

「ありがとう」

 

 シャルに礼を告げ、今のうちに告げるべきことも無くなったので、暇つぶしに大富豪でもやろうぜと提案する。地域によっては大貧民とか別の呼び名があるアレである。

 私の提案は受け入れられ、作戦決行時刻までの時間をトランプで潰すこととなった。カードを持ちながらも、ふと先ほどのことについて考える。

 ジャポンを再び私の生活拠点として選んだのは、単純にあの国が気に入っているからだ。食や文化など様々な点で。

 そう、それだけだ。他意なんて無いはず。頭を振って、浮かんだ不安を打ち消す。

 この行動が単なる問題の先送りであり、矛盾していることも気づいている。積み重なっていくそれらにも、きっと向きあうべきタイミングはあるはず。

 今はとりあえず目先のことに集中、どのタイミングで革命を起こすべきかを考えよう。

 

 

 勝負の結果はトータルで1位がクロロ、2位が私、3位がシャルとなった。

 この面子であれば手札がモノを言うこのゲーム、運が絡むとめっぽう弱いシャルがビリになるのは、予想通りの結末だった。




書き忘れた箇所を追加しました。


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02 働く

 時刻は深夜、車でバウヒニア家の付近まで近づいてきた私達。

 これからやることは単純明快だ。侵入して、本を奪う。それだけ。特に警備も厳重というわけでもないし、私達にとっては有って無いようなものだから無視してもいい。少なくとも戦闘は視野に入れていないだろう。

 

「さて、どんな感じで行くか」

 

 大きな屋敷を見つめながら、クロロがボソリと呟く。今回の仕事はテキトウにやってもあまり問題はないから、作戦なんかも練っていないのだ。

 私は今回の参加者を見る。クロロとシャル。理性的な彼らのみであれば、暴れてブチ殺しまくるよりもコソコソと侵入していったほうがいいかもしれない。こちらは数が少ないので、殲滅戦は時間が掛かるから勘弁だ。

 

「じゃあさ、いつも私が盗むときにやってる感じとかはどう?」

 

 私が盗むときにやること、つまりは強盗的な感じではなくどちらかと言うとコソ泥っぽい感じだ。まぁ遭遇したらオネンネしてもらうわけだけども。

 クロロは少し考えるように顎に手を当てたが、すぐに頷いた。

 

「よし、じゃあ今回はそんな感じで行こう」

「おっけー、メリーの感じね。で、それはどんな感じなの?」

 

 続いてシャルも私の意見に賛同する。それにしてもこいつらさっきから感じ感じうるせぇな。いや私もこいつらのこと言えないけども。

 ともあれ、方針は決定した。私は荷物に入っていた予備のお面とタオル2枚を取り出す。

 

「まずはイイ感じに顔を隠します」

 

 そう言ってそれらを彼らに渡す。両者無言のまま、お面を受け取ったクロロはそれを装着する。渡したお面はひょっとこ。ヤバい笑いそうだ。私の着けてる天狗のお面を渡したほうが良かったかもしれない。

 タオル2枚を受け取ったシャルは1枚で目から下を覆い隠して頭の後ろで縛り、もう一枚で目から上の部分を隠し、方面や頭の後ろで縛る。即席の怪しい覆面男の完成だ。

 天狗のお面を着けた小さい奴と、ひょっとこのお面を着けた奴、覆面の奴。なんとも怪しい集団である。

 ともあれこれで準備は完了である。警備の穴や目的地までの複数のルートは把握しているし、顔を隠したので監視カメラも問題ない。後はコソコソと侵入するのみ。

 

「見つからなさそうな感じで移動して、見つかったらうまい感じに眠らせて、無いとは思うけど顔を見られたら虐殺コースな感じでよろしく」

 

 まずは監視を潰すよ、と締めくくった私の言葉に彼らは頷き、ひょっとこクロロ先導の下、音を殺して移動を始めた。

 上手く行けば今回は大きな騒ぎになることもなく終われそうである。しかも、今回の件で私に対する捜査を撹乱できるかもしれない。未だにB級首としての私のビジョンは不明瞭なままだから必要かどうかは微妙だが、やっておいて損はない。

 こうして、なんとも怪しい感じのお仕事が始まった。

 

 

 監視カメラの死角を縫ってモニター室まで移動し、室内に居た全員を眠らせる。個々の担当者が交代してまだ間もないため、これに気づくのは大分時間が経ってからになるだろう。

 その後薄暗い廊下をたどり、私達は目的の部屋の前まであっさりとたどり着いた。途中で警備員を二人見かけたが、彼らが大声を出す前にクロロとシャルの速攻によって気絶させられ、更に目立たないところに放置させられたので、未だに騒ぎにはなっていない。

 クロロとシャルは私がどうするのかを見守っている。蜘蛛に私の仕事を手伝ってもらったことはないから、普段どんな感じでやってるのか興味が有るのだろう。

 彼らの視線を感じつつもノブに手をかけ、ひねる。しかし扉は開かない。案の定鍵が掛かっているようだ。めんどくさいなぁ、もう。

 彼らの方へ向き直り、小声で説明を開始する。まぁせっかくだし、こういう場合どんな行動を取るのかを教えておこう。

 

「こんな感じで鍵がかかってる時の対応は、侵入がバレてる時は嫌がらせで扉を破壊するんだけど、今回はまだ騒ぎになってないから侵入も静かにやるよ」

 

 そう言ってからナイフを取り出し、”周”でオーラを纏わせる。切れ味の増したそれで鍵穴の近くを腕が入るくらいの大きさで綺麗に切り取り、そこから腕を通してサムターンをひねり内部から解錠して扉を開ける。

 なるほどと頷く彼らを促して室内に侵入し、扉を閉めて鍵をかけ、扉の切り取った部分をはめ込む。切った後が残るけれど、廊下は暗かったので気付けないだろう。

 

「目的の物が少なく且つ明確で場所もわかってれば、壁とかの障害物破壊しながら最短コースで進んでさっさと済ませたりもするんだけどね。まぁ今回は盗むものを選ぶ手間もあるし、これならだいぶ時間稼げるでしょ」

 

 そう言いながらも物色を開始する。この部屋は結構広く、床全体が赤い絨毯で覆われている。私たちが侵入したドア側から見て左の部屋の隅、全体の1割程度のスペースのそこにはおそらく読書用と思われる幾つかの机と椅子があり、残りのスペースは全て本棚が並べられている。

 これは結構時間が掛かりそうだ。それに本の数も予想よりも多い。ひょっとしたら一度で持ち出せないくらい、欲しい物が見つかるってこともあるかもだ。

 少なくとも調べた限りではこの時間帯なら交代時間以外ではモニター室には誰も来ない。ドアを切り取ったのは別として、足跡等の侵入の痕跡を残すようなヘマはしていないし、見回りで部屋の内部まで見るような警備員もいないはず。不測の事態が起こらない限りは最低後一回はここに来れるだろうね。

 

「随分とスマートだな。手法としてはありふれたものだが、やはりこれなら邪魔も入らず手間も少ないし、効率が良い。だがオレ達蜘蛛には無縁だな」

「確かにオレ等じゃ出来ないよね。こうやってコソコソするよりも大暴れしたいって奴らが大勢いるし」

 

 クロロも物色をしながら言い、シャルがそれに続いた。まぁ彼らの言わんとしていることは分かる。通常の泥棒がやるようなことを、それを遥かに凌駕する身体能力及び念を持つ私が実行することによって最低限の手間で最大限の成果を得られる。

 警備の規模にもよるけれど監視カメラだって”絶”をしながら死角を縫い、もし映ってもそれを報告される前に接近し、沈黙させる。警備員だって障害にはならないし、扉などの解錠にも手間取らない。その気になれば普通の建造物であれば壁とか簡単にぶち壊せるので障害物という概念さえ無いし、高所への移動も大抵はひとっ飛び。

 余計な手間を全て省けるので理想的ではある。けれどコレは蜘蛛には無理だろう。まず数が多いからどうしても目立つし、大人しくしてられない奴も多い。

 彼らの言葉に対し、笑いながらそうだろうねと言うと、クロロもまた手を休めること無く口許を笑みの形にしながら言った。

 

「オレ達は効率を求める必要はないさ。暴れたい奴がいるから暴れる舞台を用意する。どうせ結果は変わらないのならば、団員が求めているものを可能な範囲で提供するのが団長の勤めだ」

「さっすが団長、我らがリーダー」

 

 その声に答えるシャルも笑顔。今まさに盗みという下衆い行為をしているというのに、その現場で交わされる会話は和気藹々としたものだ。声量は絞ってあるが。

 まぁそれも当然。警備規模からしても私達が気を張る必要なんて無いし、何よりもこのような行為は私達にとっていつものことであり、つまりは日常とさして変わらない。今回は急ぐ必要もあまりないので、会話も普段の何気ないものとあまり変わらないのだ。

 その後も手と口を休めることはなく、私達の作業は続いた。

 

 

 結局欲しいと思った物を一度で運び出すのは困難だったので、もう一度侵入して全てを運び切った。二度目の侵入時にも騒ぎになることはなく、イレギュラーが行方不明のまま仕事が完了した。

 ほのぼのと犯罪行為を終え、今回の戦利品をすべて車に積み終わった私達は漸く隠していた顔を晒し、シャルの運転の下仮アジトを目指し車を発進させた。

 

「帰る前に食べ物とか調達する? それとも一旦荷物置いてからにする?」

「スペースは空いているし、帰りがてらに寄っていけばいいだろう」

 

 視線を前方に固定したままシャルが問いかけ、それに助手席に座ったクロロが答える。トランクで本は埋まってしまっているがこの車は二列シート車なので、私の座る後部座席の隣は十分のスペースがある。

 蜘蛛は仕事が終わった後は決まって打ち上げをする。そこにお疲れ様の意味は余り込められていないが。そもそも彼らがわずかでも疲労を感じるような骨のある相手がいる仕事、というものが少ないというわけではなく、元々労いを込めてやるものではないからだ。

 蜘蛛は基本的に普段は皆バラバラで生活している。現在地が近い、用事があるなどの理由で会うことはあるだろうけれど、やはり個人間の用事なので人数も多くはないだろう。

 言わばこの打ち上げは普段会わないからこそ、それを補うための交流の場としてあるわけだ。蜘蛛という自分の属する組織の人間と集まり、他愛のない会話、近況報告、情報交換などをするための場なのだと思う。そうだと言われたことはないので推測にすぎないけれど、当たらずとも遠からずだろう。

 皆で集まって、飲んで食って酔っ払って騒いで。終わったらまた自分勝手に生活して、また集まって。そうやって、彼らは細く、しかし強靭な糸で繋がっている。

 その糸の名は何なのかは私にはわからないけれど、その蜘蛛の糸に絡まっているのではなく繋がっているのなら嬉しいし、そうでありたいと思う。

 

「おっけー。来る時にスーパーとか有ったっけ?」

「確か無かったはずだ。と言うか、そもそもこんな時間じゃスーパーは閉店してるだろうな」

 

 前から聞こえてくるシャルとクロロの会話を聞きながら、トランクに入れずに後部座席へと置いておいた数冊の本の内の一つを手に取り、パラパラと捲る。

 車内は暗いけど夜目は利くので文字を読むのに支障はないが、少し流し読みした時点で眉間にシワが寄ってしまう。なんてこった、タイトルに惹かれて盗んだはいいけどあんま面白そうじゃない。

 実際はそんなに損してないけれど何となく損をした気分になりながら次の物を手にとった。今度はマシなものでありますように。

 

「となるとコンビニとかで惣菜買うしか無いのか。あーあ、せっかく人数少ないからメリーになんか作ってもらおうと思ったのに」

「スーパーで材料買うつもりだったのかよ。ヤだよ調理器具態々買って料理すんの。私の料理が食いたいなら家に来ればいいじゃん」

 

 しかしその時聞こえてきたシャルのため息混じりの声に思わず突っ込む。以前にも主に女性陣に対してなんか作ってという要請はあったが、私も含めてそれを承諾した前例はない。

 確か以前断った時の理由が、大人数だから面倒臭いだったっけ。正直人数が少なくなろうが、自宅以外でガスコンロとか使って料理するのは結局めんどくさいものなのだ。

 コンビニでいいだろう、コンビニで。この国にもコンビニはあったはずだし。って言うか来るときに見たし。

 

「そんな事言ったってメリー今家無いじゃん。最近誰かの手料理って食べてないからちょっと飢えてるんだよ」

 

 シャルにそう言われて、ああそういえばと気づく。ちょっと前まで使ってたマンションの部屋の住人――真城芽衣、つまり私の使っていた偽の戸籍の人物――は行方不明になっていてもらわなくては困るので、もうあそこは使えないんだった。今現在の私はホームレスである。

 私がいつ新しい住所を手に入れて、彼がいつ暇になって家に来るのかは不明だけれど、我慢してもらうしかない。確か最後に来たのは半年以上も前だったか。

 と言うかその辺で美人のねーちゃん引っ掛けてその人に作ってもらえばいいんじゃねーのと思わなくもない。顔はいいんだからイケるだろう。一夜限りのアバンチュールとかはヤッてるくせに、そういう付き合いはしないのだろうか。あぁでも確かに面倒臭いとか思って避けてそうだ。

 クロロとかも含めて店以外で誰かが作った料理を食べたいと思うのは、まぁ分からなくもない。知り合いの作ったものを提供してもらえると、何となく特別な感じがするし。

 

「また今度、住む場所が決まって落ち着いてからね。とりあえずほら、そこにコンビニあるからあそこ行こう」

 

 その私の言葉に、へーいとやる気無さ気な返事をしてコンビニの駐車場で車を停めるシャル。私は普段買い物はちゃんと金を払うが、今回の彼らはどうするのだろうか。盗むのか、とも一瞬思ったが、すぐにそれを否定する。

 ココでまた盗んで騒ぎになるのは避けたいし、そんなことをしたら落ち着いて飲み食い出来ないからしないだろう。そもそも盗む気ならば追跡される可能性のある車で、しかも仮アジトに向かう途中でするはずもない。トランクには盗んだ品も入っているのだから別の場所で乗り捨てるのも厳しいし。

 金もあるだろうし、盗むメリットよりもデメリットのほうが遥かに大きいし、理性的なこの二人ならばココで盗むことはしないはず。まぁ普段は食料を調達する人によっては店が尋常じゃない被害を被ることもあるようだけど。

 

「じゃあ罰としてメリーが買ってきてね。金は自前でよろしくー」

 

 私が罰を受けるような要素があったのかどうかは甚だ疑問ではあるけれど、シャルによって買い出し要因にされてしまった。まぁ欲しい物選べるからいいんだけど。

 とは言え、私一人では問題があるだろう。マルメロで定められている法律では、この国における成人である満18歳未満の飲酒と酒の購入は禁止されている。私は身長が150cm無いので、レジ係がよほど不真面目でない限りまず売ってもらえないだろう。伸びろよちくしょう。あれか、小さい頃の栄養失調が祟ったのか。

 まさか酒が要らないわけじゃないだろうし、忘れているのをこのまま何も言わずに本当に私一人で行ってしまえば可哀想だ。

 

「行くのはまぁ構わないんだけど罰を受ける意味がわからない。それに私一人じゃ十中八九アルコール飲料買えないと思うよ」

「げっ、そういやそうだった。それならクロロと一緒に行ってきてよ」

「おい団長のオレに雑用を押し付ける気か」

「今は仕事中じゃないし、職権濫用反対。それにオレ運転してるんだから、このぐらいやってくれてもいいんじゃないの?」

 

 シャルに言われ、結局クロロは舌打ちとともに渋々了承した。どうでも良いけど、いや良くないけど何故シャルの中にはクロロ一人で行くという選択肢が存在していないのか。しかも結局質問はスルーされるし。

 小憎たらしい笑顔でヒラヒラと手を振るシャルに見送られ、私とクロロは車を降りてコンビニへと歩き出した。



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03 話し合い

 コンビニでの買い物を終えて仮アジトへと到着した私達は、メンバーがメンバーなので特に騒がず、且つゆっくりと机に並べられた飲食物を消化しつつ会話をしていた。2つの長机を並べていて、片側の中央に私が座りその正面にクロロ、その右隣にシャルが座っている。

 会話の内容はというと、私が参加したハンター試験について。口に入れた瞬間に好奇心に負けて買ってしまったことを後悔してしまう程ゲロ甘いお菓子に顔をしかめつつ、大体の流れを説明し終える。ヤバいコレは駄目なやつだ、甘いだけのなんか駄目なやつだ。

 

「――――で、試験が終わってから試験中に知り合った人とラーメン食いに行っておしまい。試験自体はほぼ問題なかったね」

「他の試験内容は大分説明が省かれてるのに、なんで寿司とか卵とかラーメンとかの食い物関係のことはきちんと話すのか甚だ疑問なんだけど。とりあえず、試験は普通にクリアできたみたいで安心したよ。見送りって名目で騒いどいて、怪我させて支障をきたしてたらって皆一応少しは気にしてたし」

 

 しかしシャルが私の説明にまずツッコミを入れた。まぁ、確かに私の説明は割りと偏っているかもしれない。一次と四次試験にいたってはほぼ一言で済ましてしまっているし。だって特に何もなかったんだもの。あと名目とか言うな、わかってるけどなんか嫌だ。

 彼らも一応はウボォーにぶっ飛ばされたことを気にしてくれていたらしい。まぁ、確かに名目上は頑張れよって送り出すために集まったのに怪我させてちゃあ本末転倒で寝覚めが悪いかもしれないのだろう。一応とか少しはとか余計な言葉がくっついてたけど。本当に心配してたのか疑問である。要らぬ心配ではあるけど。

 とにかくさっき言ったように試験自体はほぼ問題なし。二次試験でちょっと躓いたけれど結局ネテロ会長が出ずとも私は合格だったわけだし。試験よりもその他の出来事に重きをおいて説明してしまうのも仕方のない事と言えなくはないだろうか。無理か。

 試験の印象が薄いぶん、相対的に食い物系の印象が濃くなった感じだろうか。とは言えそれは実際にはどうでもいい話だ。この話の本題はそんな所じゃないのだ。

 試験について言うことはもう無いので、まずは話の大前提となるクラピカのことについて話す。

 

「それはともかくとして、大事なのはクルタ族の生き残りの部分だよ。いつだっけ、確か5年前くらいに蜘蛛がやらかしたらしいじゃん」

「……あぁ、それね。そのクラピカってのがオレたちを憎んでる上に危険因子になる可能性も一応あるのは分かったけど、だったらそう思った時点でサクッと殺っちゃえば良くない?」

 

 私が僅かでも警戒した相手をその場で見逃し、且つ今も尚生きているということを疑問に感じたのであろうシャルがそう言う。反応までに少し間があったけれど、どうかしたのだろうか。

 ともあれそれはごもっともな意見。私も最初はそれこそが最善の選択だと思ったし、私が多少のリスクを負ってでも後顧の憂いは絶つべきだとも思った。しかしあれこれ考えれば実際の彼の危険度はそれほどでもないと判断し、その後のコイン占いもクロロの指示さえも彼を生かした。

 だけど試験中、やはり独断でも殺してしまったほうがいいのではという思いは燻っていた。そう、試験中は。

 ただ、それを言うのはもう少し後。まずは前提の話をきちんと終わらせねば、とシャルの疑問に対して返答する。

 

「目ん玉の事もあるけど、私もクラピカに手を出して怪しまれたくないし。協会の奴らって事情知ってそうだし勘も良さそうだから、こっち方面の繋がりがバレて面倒な事になるのは避けたかったんだよね」

「それに元々そいつが生きてるのだってこっちの不始末だしな。リスクがあるかもしれないメリーに、態々オレ達の尻拭いをさせる気はないさ」

 

 その私の返答を聞いたクロロが、更にクラピカを殺す命令を出さなかった理由を補足説明した。

 あぁなるほど、クロロの中にはそういう考えもあったのか。確かにアレは彼らの不始末だから、それを私に始末させるっていうのは多少抵抗があるようだ。まぁ、言ってしまえば大の大人が女の子に自分のミスの尻拭いさせてるようなもんだしね。

 シャルもそれを聞いて、確かにそうだね、と頷いている。単純に気を使われただけではないと知り少し安心した。けれど

 

「……まぁ結局バレちゃったんだけどね」

「何だ、バレたのか?」

 

 私が気まずさ故に目をそらしながら漏らした声に、クロロが意外そうな声を上げる。

 仕事における私と蜘蛛は、言ってしまえば依頼人と請負人のようなもの。私はクロロに仕事を頼まれ、報酬をもらっている。報酬と言っても本だけど。とにかく私達は別個の存在なのだ。蜘蛛に仕事限定で属しているわけではなく、蜘蛛と私で仕事をしている。

 蜘蛛ではない存在。私が団員として扱われているのであれば、彼は私の負う僅かなリスクなど完全に無視し、私に言われずとも蜘蛛としての指令を下しただろう。そうでないのは彼が私を仕事時でも蜘蛛としては扱っていないため。とは言え、下された指令自体も気を使ったものかもしれないのだけれど。

 私としては、緋の目を欲しがった以外でのあの判断の理由はコレだろうと思っていたのだが、おそらく私のこの考えプラスさっきのクロロの発言が正解なのだろう。気遣いのみでの判断ではないとはいえ、結局バレていたのでは駄目だ。コレについては素直に謝っておこう。

 

「うん、ごめん。イルミさん関連でちょっとあって。でもバレたのは私が”そういう存在”だってことと、ゾルディック方面の繋がりだけだから。ひょっとしたら目をつけられてて迷惑かけちゃうかもしれないけど」

「別にいい。シャルもライセンスを取った時にかなりやらかしたらしいが、それで何らかのアクションがあったわけでもない。おそらくその程度なら今回も何もないだろう」

「あーやったやった、懐かしいなー。あの時はもう血みどろのドロッドロだったよ!」

 

 それに答えたクロロの言葉を受けて、朗らかに笑いながらそう言って昔を懐かしむシャル。血みどろって、一体彼は何をしたんだろうか。まぁ聞かないけど。きっと彼にもやんちゃな時期があったんだろう。ちなみに”そういう存在”というのは、ゾルディックと同じような事してる存在ということだ。簡単に言うと悪党である。

 ゾルディックとの繋がりがバレるのはさして問題ではない。あっちはかなりの大物でプロの殺し屋、もうかなりの年月彼らの存在は黙認され続けている。他ならぬハンター協会によって、依頼があったから実行しただけで悪意は彼らにない、とか多分そんな感じのテキトウな理由で。

 協会が彼らを悪と断ずるのなら、その総力をかけて潰しているはずだ。あの家の圧倒的な武力はとんでもない脅威だから。それをしないのは、必要悪と割り切っているからだろう。と言うか、逆に仕事とか頼んだりしてそうだ。或いは、単純に潰せなかったのかもしれないけど。

 とにかく、あのハンターだらけの場で他ならぬゾルディックさん家のイルミさんが何もされなかった以上、私も何もされない可能性が高い。

 クロロも言っているし、目を付けられたりとかはやはり無いのだろう。シャルの過去には触れずに、一つ頷いてから私は話を続ける。

 

「確かに多少のことがバレても、ハンター五箇条の三かなんかがあるから何かされたりってことは無さそうだね。私がハンターな限り余程のことがなければ同業者に狩られなくて済むらしいし、問題は無さそうかな」

「それって多分、十箇条の其の四だからね。興味ないからって数字滅茶苦茶に覚えすぎでしょ。条文半分になってんじゃん」

「……、……そうだっけ」

 

 頭を捻って考えてみるも、正直興味のあった条文以外はほぼうろ覚えだから分からない。でも多分シャルの言う通り、十箇条の四番目なのだろう。

 その条文とは、”ハンターたる者、同胞のハンターを標的にしてはいけない。但し甚だ悪質な犯罪行為に及んだ者に於いてはその限りではない”というもの。コレはあってるはず。

 要するに、ハンターがハンターを狩るのは基本的にご法度なのだ。狩るにしても、相当悪質であるという証拠を集め、おそらくそれが協会側から承認されない限り実行には移せないだろう。そのようなルールがある以上、現場が独断で動いて殺した後で事後承諾、と言う形を取るのはほぼあり得ない。

 つまりイルミさんが見逃されている現状、私がゾルディックとコネがあるからといっても、彼らの定めた規定には及ばないだろう。私自身の悪行についても、その証拠は残していないため安心。

 仮に協会が私がやった盗みについて証拠をどうにか集めたとしても、私を狩るには協会の承認というワンクッションが必要になるため、その辺に目を光らせておけば逆に私が狙われる兆候を掴める。

 協会が私を見張ったりしないのであれば、この条文によって私自身の生存率はむしろ高まる。問題がないどころかプラスである。やったぜ。

 

 とりあえずこんなところだろうか、私が彼らに話すべき前提は。まぁ足りないところがあったのならばあとで言えばいいでしょ。

 いよいよここからが本題だ。ハンター試験によって芽吹いた、面倒な問題。

 

「些細な間違いは置いておいて、ここまでがクロロにも既に話している部分が多かった、前提の話。こっからが仕事の前に言った問題の話ね」

 

 ふぅ、と一つ息を吐いてから、改めて彼らの顔を見てからそう言った。

 おそらく、いや確実に彼らは私のこの言葉だけで、本題がどのようなものなのかを悟っただろう。

 それに対する彼らの反応は、それぞれ異なるものだった。

 

「あー、っと……。今までのが前提って時点で、オレもうなんか嫌な予感しちゃってるんですけど」

 

 シャルは苦笑いを浮かべ、後頭部をポリポリと掻きながら言った。少し困ったような、そうでもないような。少なくともショックを受けているようには見えない。

 クロロは表情は変えぬまま、机へと視線を落としている。その様子から彼がどんな心境なのか、私には伺えない。

 彼らもいつかこんな日が来ることは分かっていたのだろう、どちらも驚愕は微塵も感じ取れない。まぁ、確定していた事項だったわけだし当然かな。

 言う必要もないかもだけど、事実確認の意味も込めてその問題を口にする。

 

「そのクラピカに、ヒソカが接触した。しかも蜘蛛の情報を仄めかして、ね。それについては試験後に話をしたみたいだけど詳細はまだ不明。それが何にせよ、近いうちに行動を起こすと思うよ」

「やっぱそうくるよねー。あーぁ、面倒臭いなぁ」

 

 それを聞いたシャルが盛大な溜息とともにそう言い、手を前に投げ出して机に突っ伏した。

 ヒソカが参加していた試験に、蜘蛛に強い恨みを持った奴がいて、しかしそいつは問題ではなくあくまでも前提。この3つの要素にヒソカの目的を加味して考えれば、自ずと答えは出るもの。

 ヒソカの目的は強い奴と戦うことで、今回の場合だとそのターゲットはクロロ。間違いなく、ヒソカはクラピカを利用して行動を起こす。クロロと一対一で殺しあう為に。

 

「隠そうともしていないアイツの狙いは完全にクロロ。で、団長さんはコレ聞いてどうするつもり? 謀反者は処分とかそういうのあるの?」

 

 クロロの方を向きながら言う。ココで漸く彼は視線を上げ、私と目を合わせて口を開いた。

 

「そんなルールはないが、組織を統率するのならそれを乱すものは処分しなければならないな。オレも態々殺されてやりはしないしな。ただ、今はまだ一応何もしていないからそれは先送りだ」

 

 今はまだ一応、ね。確かに今は行動を起こそうとしている段階であって、何かをしたわけではないと言えるかもしれない。限りなく黒に近い、黒といっても差し支えない黒の極限状態だけれど、完全に黒ではないからまだ処分はしない、か。

 処分は先送りと言うことは、即ち行動を起こして完全に黒となったならば処分するということ。そしてこの場合の処分は、ヒソカを殺すことを意味する。

 クロロも結構性格悪いから、ヒソカの目的を知った上で、それを果たそうとした時に返り討ちにするというのはおそらく以前から決めていただろう。それも、ヒソカの理想である一対一を妨害する形で。ならば、おそらく。

 

「それじゃあ、対策を練るってことでいいね?」

「ああ。とは言え現段階では多くは決められないだろうがな。……ほらシャル、いつまでも突っ伏してないでお前も参加しろ。団長のピンチだぞ」

 

 私の問いにクロロは肯定を返し、隣で未だに突っ伏したままのシャルの後頭部にチョップを降らせた。

 んがっ! という声がシャルの口から漏れた。後頭部を叩かれたせいで鼻が押しつぶされてしまったらしい。痛そうだ。

 殴られた場所ではなく鼻を抑えながら上体を起こしたシャルは、少し目尻に泪を浮かべながらクロロを軽く睨んだ。

 

「……まぁ、クロロは殺しても死ななそうだけど相手がアレだしなぁ。処分するにもリスクを伴いそうだし、真面目に考えるに越したことはないか」

 

 痛む鼻を擦りながらそう言って、シャルは佇まいを正した。あ、鼻赤くなってる。まぁ鼻血が出てないだけマシか。

 彼の言う通り、ヒソカ相手では処分するといってもかなりリスキーだ。生半可な対応ではこちらが返り討ちに合う可能性さえある。

 返り討ちとは行かずとも失敗して姿を消されて、いつ仕掛けてくるかわからなくなるのも面倒。クロロは処分を先送りにするとは言ったけれど、実際には今はこちらもあまり手が出せないのだ。

 確実なのはヒソカが動いた所を罠にはめ、仕留めること。これはそのための話し合いになるだろう。

 

 幸運だったのは、今回の参加者が少数だったことと、その参加者がクロロとシャルで、蜘蛛の頭脳派トップ2だということ。

 理想的な案を出すのならば、彼らさえいれば十分。話がどう進むのであれ、内容をヒソカに気取られる訳にはいかないから、知る人数は少ない方がいい。特に強化系の馬鹿はすぐ態度に出そうだから駄目だ。

 

 クロロの居ない世界は、きっとつまらない。趣味を共有する者が居なくなってしまうのは淋しいし、私は私の”友達”を失いたくない。

 自分の世界を守る。そのためならば、どんな大きな壁だって超えてみせる。




忙しかったり、体調を崩したりでかなり遅くなってしまい、申し訳ないです。
寒くなってきたので、皆さんも風邪にはお気をつけて!


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04 水底から

 菓子やおつまみ、ジュースや酒の散乱しているテーブルを囲んで、それらを口に入れながら話を進める。

 ヒソカへの対策を練るとは言え、先程クロロが言ったように、今はまだあまり多くのことを決めることは出来ない。多くを決めるには、不明瞭な点を明確にする必要がある。

 そう思ったのは当然私だけでは無いようで、シャルがそのことについて話しだした。

 

「対策を練る上でまず確認しておきたいのが、ヒソカがクラピカに渡した情報だよね。これについてはある程度予測できるけどさ」

「連絡先を交換して蜘蛛の次の出現地をリーク、後は団員の個人情報かな? 前者は確実だと思うけど、後者は多分まだだろうね」

 

 咀嚼していたチョコレートを飲み込んだ私がそれに答える。甘すぎて口の中がちょっとヤバい。甘けりゃイイって物じゃねえぞちくしょう。

 クラピカと協力するとしても、コマとして利用するとしても、少なくとも蜘蛛の居場所は絶対については絶対に教えるだろう。それはクラピカがおそらく最も欲している情報だろうし、それがないとどうにもならないからだ。

 ヒソカとしても彼自身が望むタイミングでクラピカが来てくれないと困るだろうから、この情報は必要不可欠。コレを出し惜しみして、クラピカが自分で蜘蛛の居場所を掴んだ挙句、潰されてしまっては元も子もない。

 外見、性格、能力等の個人情報については、おそらく最初には告げないだろう。協力を取り付けられると確信した段階で告げるのがタイミング的にはベスト。居場所の情報で興味を引き、協力を仰ぐ材料として個人情報を差し出す。彼らの関係はは利害関係の一致で成り立つため、こういった取引の駆け引きから推測できる。

 そう思っての発言に、頷いて肯定を示したクロロ。その直後に彼の口から出た言葉は、私にとっては意外なものだった。

 

「そうだな、オレも前者のみだと思う。更に言うならば、ヒソカは既に”何時、何処で”ということまで伝えているだろう。これも確実だろうな」

「え、マジで?」

 

 思わず素っ頓狂な声を出してしまった。それを伝えていることが分かるというのは、どういう事なのだろうか。

 考えられるのは、既に蜘蛛の仕事の予定が決まっている点。私には知らされていないのは単純にまだ知らせていないだけか、それとも本が絡まないと参加しようとしない私には伝えるだけ無駄だから何も言う気がないのか。

 どちらにせよ、既に蜘蛛の予定が決まっていることは確定。そして、クロロが確実とまで言い切ったからには、それを裏付けする明確な理由があるはず。

 私が思うに、ヒソカが”何時、何処で”を告げるために必要となるであろう条件は、ヒソカが蜘蛛の仕事の予定を知っていることと、もう一つ。

 

「9月1日、ヨークシン、か」

 

 そこまで考えが至った時点で、シャルが顎に握りこぶしを当てたままポツリと漏らした言葉。それによってクロロが確定と断言した理由もわかった。

 ヒソカの目的は蜘蛛を潰すことじゃない。これは確実だ。潰すつもりならば態々クラピカなんかに話を持ちかけず、ハンター協会に告げ口をすればよかったのだ。自分も蜘蛛掃討に参加するという条件で。

 それをしないのは彼がクロロと一対一で戦いたいから。それを実現するためには組織と手を組むよりも個人と手を組んだほうがいいと判断した。組織が絡むと、どうしても動きが大きくなる。しかし人数が少なければ、それだけ水面下で動きやすくなるというもの。

 その意味するところとは、ヒソカは大々的に暴れるのではなく、クロロが一人になる瞬間を静かにゆっくりと、虎視眈々と狙うということだ。

 9月1日、ヨークシン。その日、その場所では、裏世界にてある催し物が存在する。それは。

 

「……地下競売(アンダーグラウンドオークション)

 

 思わず声に出したそれにクロロが首肯する。

 マフィアン・コミュニティーが取り仕切る地下競売。6大陸10地区を縄張りとする筋モノの大組織の長達、十老頭と呼ばれる10人がその元締めだ。世界中のヤクザやマフィアが集まり、競りに興じる。

 シャルがあの流れで日付と場所を言ったことから、蜘蛛はこの地下競売を狙っているというのが分かる。

 そしてこの地下競売は、ヒソカがそれを告げるためのもう一つの条件を満たしている。

 

「なるほどね、事を起こすにはお誂え向きの舞台だ」

 

 その条件とは、今私が口にしたように、舞台。

 ヨークシンという都市。地下競売。ヒソカの目的。

 ヨークシンは大都会で、夜になっても大通りを綺羅びやかな光が照らし、行き交う多くの人々で賑わう場所。しかしその裏、光の届かない場所ではマフィアが蔓延る都市。

 地下競売はそんなマフィア達がこぞって参加する行事だ。そこで高い買い物をして望むものを手に入れると同時、自分の所属する組の力――この場合は財力を示すことで組の規模など――を誇示する。

 普段からヨークシンには多数のマフィアが存在しているけれど、地下競売の行われる時期は更に世界各地から集まってくるので、その数は常時の何倍にも膨れ上がる。

 これだけの舞台で蜘蛛が盗みを働けば、マフィアは必ず大騒ぎをするだろう。舐められたままでいられるか、とコミュニテイ総出で外敵を排除しようとする。

 騒がしくなる舞台。それが賑やかになればなるほど、小さなことを見落としやすくなり、舞台裏に潜む悪魔は活動を活性化できる。悪魔は蜘蛛の足を絡め取り、頭を舞台裏で嗤う死神へと差し出す一瞬の隙を作り出す。

 ヒソカにとっては願ってもないチャンス。すぐに大騒ぎしてくれるマフィアと、使えそうなコマが揃ったこの舞台。既に彼はハンター試験にて次の獲物の品定めも終えているだろうし、間違い無く動く。

 

「そこまではいいとして、具体的にどうすんの?」

 

 私が合点がいった事を察して、シャルが話を進める。

 ヒソカが仕掛けてくるであろう場所と日時は分かった。だけど、いつ、どのように動くのかは分からない。

 だからココでシャルが聞きたいのは、その日が来るまでに自分たちがすることについてだろう。クロロもそれを察して、これからのことについて話しだした。

 

「暫くは様子見しか無いだろうな。メリーの性格上オレ達にこの事を知らせるのは分かっているだろうから、監視をつけようにも警戒されて無駄足に終わるだろうな」

「何さそれ、私がチクリ魔的な性格だとでも言うの? まぁ実際チクったけどさぁ」

「チクリ魔って言うよりは慎重派ってことでしょ。少なくとも楽観的ではないからこうなるのは分かってるだろうね。だけどそれさえも楽しみそうなんだよなぁアイツ」

 

 クロロの言葉に少し眉をしかめて唇を尖らせたけれど、その後のシャルの発言で思い直す。そうか、慎重派か。なんだそういうことか。それならまぁ、思い当たるフシはありすぎて困るくらいだから納得である。

 それよりも、その後の発言だ。実際ヒソカは私がこうやって蜘蛛にあの事を言うのを分かっているのだろうか。

 きっと、分かっているのだろう。私がクラピカと接触したのは知っているだろうが、どんな会話をしたのかはヒソカにはわからない。だけどクラピカの服装は特徴的すぎて、完全に何処かの民族衣装だった。ヒソカにはあれがクルタの物だという知識があったからこそクラピカに接触したのだ。

 つまり知識がある者から見ればクラピカがクルタなのは一目瞭然。私が彼との会話でそれを知ったのを知らずとも、私がクラピカをクルタだと察しているのはヒソカも視野に入れているだろう。

 ということはやはり、私が今こうして蜘蛛とそのことについて話していることは彼も察しているということ。実際に動くかどうかは不明瞭だろうけど。

 

「実際私の目の前で堂々と接触したんだし、こうなるのを期待してたんじゃないかな」

 

 私のことを少しでも知っていれば、私が慎重に事を運ぶタイプだというのは分かるはず。まず仕事の時に顔を隠している時点で明白だし。

 ヒソカはそれを承知した上で、何もないならそれで良し、そして私たちが何をしようが自身の目的を遂げるつもりなのだろう。

 

「そのあたりのことに関しては、もう少し奴の動きが明確になってからでもいいだろう。幸い、ヒソカが動く兆候も見えることだしな」

 

 この話に関しては現段階では考えるだけ不毛、と判断したのであろうクロロがそう言った。確かに、今話してもしょうがないことだ。

 そして彼の言うヒソカが動く兆候。これはクラピカのことだ。

 どんな場合であろうと、クロロが一人になる時間はほぼ無いと言っても過言ではない。そのクロロの周囲の団員を遠ざけるには外的要因、つまりクラピカの攻撃は必要不可欠。

 どのような形であれ、必ずまず最初にクラピカが動き出す。そしてクラピカが作り出した隙を突く、或いはそれに隠れるようにヒソカが行動を開始する。

 ヒソカが動かない限りは、クロロも彼を敵とはしないだろう。そうでなければヒソカが今も蜘蛛にいる現状がありえない。それが団長としてのクロロだ。だから本命であるヒソカの出番は、おそらく王手がかかる数手前。最後の最後で、彼は蜘蛛ではなくなり、そしてクロロに勝負を挑むのだろう。だけど、なにか見落としている気がする。どうして彼は、態々私の前で――――。

 

「差し当たって、メリーにはヒソカがクラピカに話したことの内容、それに対する返答を調べて欲しい。出来れば間接的にな」

「え? あぁうん、オッケー。私もクラピカに接触するのは反対だし、他のクラピカと仲良かった奴から効き出すよ。期限は特にないでしょ?」

「遅すぎなければな。出来れば8月までには頼む」

 

 考え事をしていたせいで少しクロロに対する返答が遅れてしまったけれど、特に訝しまれる事もなかった。きっとこれも、今考えてもしょうがないことだ。

 クラピカに直接聞き出さないのは、そこから私達が何らかの動きを見せていることをヒソカに悟らせないため。相手に与える情報は少しでも少ないほうがイイ。だからこそクロロも間接的に、と言ったのだ。

 これは折を見てゴンかレオリオに接触してそれとなく聞き出すべきだろう。キルアは勘ぐりそうだからだめだ。

 

「っていうかメリーにも一枚噛んでもらうのは既に決定事項なんだね」

「今更すぎじゃね?」

 

 どのタイミングで接触しようか考えているところで聞こえたシャルの言葉に、思わず突っ込む。本当に今更すぎるだろ、それ。

 

「最初に話があるって言い出したのはコイツだ。ヤル気だったみたいだし、別にいいだろう」

「そういうこと。私もこの件に関して無関係って訳じゃないし、除け者にされるのは寂しいなぁ」

 

 私がニヤリと笑いながら言うと、シャルもそういう事ならいいか、と言って体を仰け反らせ、年季の入った椅子を軋ませた。

 クロロが言ったように、この件に参加する気がないのであれば報告という言い方をしてただろうし。話したいと言ったのはつまり参加の意志があるからだ。責任の一端もあるだろうし、ね。

 そこからまた少しの間、今決められることについて話を詰めた。相も変わらず飲み食いをしながらだけど。

 

「この事、他の奴らには?」

 

 粗方の話が終わったところで、シャルがそう切り出す。彼の手元には真っ赤なスナック菓子。すげぇ辛そうである。

 他の奴らとは、ここにいない蜘蛛の団員。これを告げるのか、告げるにしても誰にするか。

 事情を知っているものが多いほうが動きやすいけれど、下手な奴に教えてヒソカに気取られたら困る。そうなると思いつくのは。

 

「パクなら100パー問題ないんじゃない? 後は私的には微妙かなぁ」

「ああ、パクと……、……いや、パクだけにするか。ヒソカは勘がいいからな、気取られる可能性が高い」

 

 クロロとしてもパクのみに告げる方針ようだ。ヒソカの勘は侮れないから、やはり確実に大丈夫だと思えるのはパクくらいしかいない。

 パクノダ。彼女はは相手の記憶を探る念能力者として、情報収集時には非常に信頼されている。しかし、信頼の理由は何もそれだけではないのだ。

 パクは相手の一挙手一投足、表情や声の僅かな変化を読み取り、そこから相手の心理状態をほぼ性格に逆算するという技術に長けている、いわば心理戦のスペシャリストなのだ。

 彼女はほんの短い言葉の応酬でも相手の言葉の虚実を見破ることが出来る。彼女の能力はより正確な情報を引き出すことができるけれど、嘘を見破るくらいなら能力に頼らずとも造作も無いのだ。

 おそらく、クロロでさえも彼女にバレないように嘘をつくことはできないだろう。現に私はバレた。

 クロロが仕事終わりに楽しみにしていたプリンをこっそり食べた時、食った奴は名乗り上げろとクロロが言った際の僅かな違和感をパクは察知し、見事に私の犯行であると言い当てたのだ。ポーカーフェイスには自信があったのに。おかげでクロロにげんこつを落とされてしまった。

 そんな事ができるパクだからこそ、相手に自分の隠し事を気取られるような間抜けなことはしないだろう。シャルもその点信頼しているのか、パクに告げることに一切の反論はなかった。

 

「異議なーし。じゃあそんな感じでいいよね。オレそろそろ時間無くなりそうだから、もう行くね」

 

 またなんかあったら連絡頂戴、そう言ってシャルは席を立ち、ドアの方へと歩き出した。もう帰ってしまうのか。

 そういえば今回は用事がある中でなんとか都合をつけてきたんだっけ、とチョコレートを口に放り込みながら考えていると、ドアノブに手をかけたシャルがこちらを振り返って言った。

 

「ヒソカが何考えてるかよく分からない以上、メリーも油断はしないほうがいいよ。こんなふうに突然致命傷を受けるかもしんないし」

「うわ、あっぶな!」

 

 そう言いながらドアノブを持つ方と逆の手で何かを私目掛けて、正確には私の開いた口を目掛けて指で弾き飛ばしてきた。それが口に入る既の所で、声を上げつつ手で受け止める。

 掴んだそれを見てみると、先程までシャルが食べていたとても辛そうなスナック菓子。なるほど、確かにこれは渡しにとって致命傷に成りうる。辛いものは私にとって天敵である。シャルはそれを知っててやってるんだから質が悪い。

 一言、いや原稿用紙一枚分程の文句をぶつけてやろうとシャルを睨むも、彼は既にドアを開けていた。

 

「そんじゃまたね、おつかれー」

 

 シャルは笑顔でそう言い切ってすぐさまドアの向こうへと消えた。やり場をなくした怒りは、彼が閉めたドアに向かっておつかれ! と声をぶつけることでほんの少しだけ収める。

 全く以て、冗談じゃない。口の中に辛いものを突っ込まれるのも、致命傷を受けるのも御免蒙る。

 何時、どんな場所からどんな一手を指されようとも、その悉くを握りつぶしてやる。

 

 思わず拳に力を込めてしまい後悔したのは、そう思った直後のこと。

 スナック菓子を握り潰してしまったせいで赤色に脂ぎった手を見て、私は溜息を吐いた。




キルアを捕獲した時の様子からして、パクノダって念無しでも挙動から嘘を見破る能力に長けてると思うんですよね。


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05 宿題

 シャルの居なくなった室内で、私とクロロは試験前に貸してもらった本を返却し、それについて話していた。

 自分だけではわからない、新しい見解が彼との会話の中で発見される。足りなかった部分が埋まっていき、物語への理解が深まっていく。

 楽しい。素直にそう思える。本を読むという行為自体は自分のみでするものだけれど、それをこうやって共有するのは、それとはまた別の楽しみがある。

 私も彼も本の虫。会話が尽きることは中々なかった。

 

 気づいた時には夜が明けていて、太陽が真上辺りに来ていた。もうお昼である。

 私達は互いに顔を見合わせ、そして同じ意味合いを持った視線を向ける。お前のせいだ、と。

 こんなに長引いたのはクロロのせいだ。クロロが木の上にあったクマのぬいぐるみの意味について妙に食い下がるから……あぁ、いや、私も似たようなことした気がする。何だ、じゃあおあいこか。

 責めることは出来ないなーと思って私が視線を横に反らすと、クロロもまた視線を逸らした。どうやら似たようなことを考えていたらしい。

 苦笑しつつ椅子から腰を浮かせ、帰ることを告げる。

 

「キリもいいし、私も行くね。まだ他に行く所あるんだ」

「そうか、じゃあ今日はこれで解散にするか。また住所が決まったら連絡しろ」

 

 クロロの言葉に了解、と返してカバンに荷物を詰め込む。

 ジャポンに早く帰っていい物件を探したいところだけど、ゾルディック家に行くという約束もあるのでまずはそっちにしよう。

 と言うか、ここからジャポンに行って、その後パドキアに行こうとすると時間がかなり掛かる。移動時間が長いのはめんどくさくて嫌だし、ジャポンに帰るのは後回しにせざるを得ないな。

 今後の予定を立てつつ、しゃがみながら床においてあったバッグに粗方の荷物を詰め終えた所で、クロロが声をかけてきた。

 

「それと、お前ももう少しオレ達を頼れ」

「はい? 何さ、突然」

「状況が状況だからな」

 

 ククッ、と笑いながら、盗みだって自分だけでやるよりずっと楽だったろうと彼は言う。

 別に今回のはかなり楽な部類だったから、別にキミらいてもいなくても大して難易度は変わらなかったんだけど。精々往復する回数が減ったくらいか。ん、それって結構大きいかもしれない。

 考えておく、と短く返答する。そういえば私が蜘蛛の方を手伝ってばかりだな。たまには逆もいいのかも。

 多少の我儘なら聞いてくれそうだ、とぼんやり思っていると、ふと先ほどまでの話で気になることがあったので聞いてみる。

 

「そういえば9月1日って随分先の話だけど、それまでの期間は何もないの?」

 

 今はまだ1月である。ヨークシンで暴れる日までは半年以上もある。

 まさかその期間はなにもしない訳じゃないだろうな、と思っての問に、クロロは少し考えてから口を開いた。

 

「いや、それはあくまでもオークションの日程が既に決まっている上に、規模が大きいから早い段階で伝えてるんだ。仕事自体は今回みたいにやるさ」

 

 あぁ、そういうことか。まぁ蜘蛛は血の気の多い奴が多いから、あまり期間を開けると不満に思う奴もいるだろうし、暴れる舞台を用意するとか言っていたし。

 と言うよりも、確かにその予定が決まっているのに今日の仕事があったわけだし。やるのは当然か。

 地下競売の開催日は9月1日と事前に分かっているし、そこで暴れるのは確定しているわけだから既に話してあるのか。

 やるとなると、気になることが一つ。

 

「そっか……。ヒソカは来ると思う?」

「いや、来ないだろうな。もうアイツにとってヨークシン以外は参加する理由がない」

「獲物狙って虎視眈々だもんねぇ。もう蜘蛛としてクロロの隙を窺う必要はなくなったわけだし」

「そういうことだ。舞台に上がる隙を見計らうのではなく、自らその舞台を用意したんだからな」

 

 こちらも派手な演出をつけるか、とクロロが顎に手を当てて呟く。完全にヒソカの用意した舞台に上る腹積もりらしい。

 私も立ち位置が特殊だから、状況によってはゲストとしてそこに加わるだろう。……クロロもああ言った事だし、私も一応テーブルを用意しておこう。椅子の数は6つか7つ。たくさんの料理を用意して、素敵な最後の晩餐でもしようか。

 私がそう考えている内に、彼の方も考えがまとまったらしく、顎から手を外して顔を上げたクロロに問いかける。

 

「近いうちの予定は決まってるの?」

「近いうちか? そうだな……日程は未定だが、次はサギスゲ公国のラムズイヤー美術館を狙っている」

「そこって結構デカいとこだよね……。タイトル忘れたけど、マヤコウって言う有名な画家の絵が主な狙い?」

 

 その美術館に出展している絵について言及した私の言葉に、クロロは少しだけ驚いたような仕草を見せた。決して短くない付き合いだ。好みとかも大体は把握している。

 あの美術館にその作家の絵は一つしかないから、私の思い描いているもので間違いないだろう。とは言え。アレを狙うっていうのは趣味が良いとはいえないけれど。

 確か少女の裂けたお腹から色々なものがデロっと出てきているような絵だったはず。見ているこっちの頭がおかしくなるようで、狂気にまみれているという印象を受けたけれど、アレを描いたマヤコウさんの頭は大丈夫なんだろうか。

 まぁ、そのへんのことはいいか。知りたかったことは知れたわけだし。

 

「じゃあその時は予定が合えば参加させてもらおうかなぁ」

「珍しい……いや、初めてだな。お前が本が絡まないのに参加するのは」

「いやーあはは、何となく暴れたい気分だからさぁ。それに、シャルにさっきのアレの仕返しの喉仏ピンポンダッシュもしたいしね」

「喉仏ってお前、微妙なエグさだな……」

 

 この怒りが風化する前になぁっ!! ……なんて、まぁ大して怒ってないからコレは嘘だけど。とは言え、私が言った部分には嘘はないし、それ以外にもちょっとした理由はある。

 私の言葉に対するクロロの反応はというと、なんだかちょっと納得したようなものだった。何故だ。あぁーうんうん、とか今にも口に出しそうな感じだ。

 不思議に思って、しゃがんだままの体勢だからほぼ机と同じ位置にある目からその顔を見上げていると、彼が口を開いた。

 

「いっその事股間を狙ってみるのもアリじゃないか?」

「えぇー……。そんなことしたら私の加減知らずで聞かん坊な右手が取り返しの付かないことしちゃうかもしれないけど?」

「いやそれもう明らかに故意だろ。困ったな、じゃあ喉仏で妥協するしか無いか」

「今私が一番困ってんのは下ネタ振ってきたクロロに対してだけどね。なんで下ネタ振ったし」

 

 私がそう言うと、クロロは冗談だ、と言って笑った。わかってて私もちょっと乗ってますけどね、でも下ネタはどうなんでしょうねクロロさん。最近ちょっと多くないですかね。

 と言うか妥協って。シャルに何か恨みでもあるのか。今回予定も合わせて結構頑張ってたのに。若干不憫に感じてしまう。まぁ仕返しはやめないけども。

 

「下ネタを安心して振れる異性はお前ぐらいなものだからな。何故と聞かれてもな、強いて言うならば何となく、だ」

「じゃあ異性に振らずに同性内でやってればいいんじゃないですかねぇ……。つーか、そこら辺の姉ちゃんにでも振ってあげればいいのに。食いつきいいんじゃないの?」

「あいつらは駄目だ、別のところに食いついてくるからな。まるでスッポンのように」

「あぁ、うん、何となく分かった……。まぁ私は下トークも慣れてるからいいけどね」

 

 マチとパクは汚物でも見るような目を向けてきそうだし、シズクは多分無表情でジッと見てきそうな気がする。それはそれでキツいものがある。

 クロロは顔は良いからそこら辺のチャンネーに下ネタでも振ったら、誘ってんのかと思われてグイグイ来られるのだろう。顔だけは良いからな、ホント。顔だけは。

 その点、私は中学校に通っていたので下ネタの耐性はある。と言うか中学3年生は思春期真っ只中なので、周りがそういう話題をすれば普通に話す。だからまぁ、適任といえば適任か。必要性はあまり感じないけど。

 私が微妙な顔をしていると、クロロはふっと微笑んで口を開いた。

 

「お前が変わっていないようで安心したよ」

「は? この流れで言われるとなんか微妙な心境なんだけど、それは下ネタ的な意味で?」

「いや下ネタの部分は関係ないけどな。それ以外の会話と、お前の目を見てそう思ってな」

「目?」

「ああ。もう少し言うなら、変わったからこそ変わっていない、だな」

「……なんじゃそりゃ。よくわかんないんだけど。もしかして、結構前に話した本質とかってやつ?」

 

 私の問いを、クロロはまぁなと肯定した。よく分からないことを言う。私が変わったからこそ変わっていない?

 変わったとか安心とかのワードから、去年の10月頃にクロロが我が家に来た時の会話を連想したけれど、それで合っていたらしい。とは言え、その言葉の意味はよく分からないけれど。

 真意の見えてこない会話に、少し不機嫌になる。分からないのは、気持ち悪い。

 その私の様子に気づいたクロロが、その言葉について補足した。

 

「その時の会話にあったように、自分のことだって自分でわからないものだ。それこそ他人のほうが詳しいこともある」

「そりゃあ、そうだろうけど」

「とりあえずヒントを出してやろう。次に会う時までの宿題だ」

 

 納得の行かない私に、クロロはヒントを出すと言ってきた。ヒントとかいいから、今答えを言って欲しいんだけど。まぁ、もう言っても無駄か。

 

「宿題って……。もう学校行かなくていいのにそんなもの出されるとは思ってなかったわ」

「わかってると思うが、今教える気はないからな。次会った時に教えてやる」

「チッ、はーいわっかりましたよークロロせんせー」

「おい舌打ちやめろ」

 

 じゃあ宿題やめろという私の返しは綺麗にスルーされた。ちくしょう。

 まぁいいか。あとで考えよう。どうせ移動で時間はたっぷりあるんだから。

 一つ深くため息をつく。まぁクロロがハッキリと言ったわけだし、彼がそう感じたのは真実なのだろう。最近色々あったし、自分のことについて考えるいい機会かもしれない。

 私が折れたのを悟ったのだろう。未だに椅子に座ったままのクロロが腕時計をチラッと見て、少しニヤけながら口を開いた。

 

「だいぶ前にそろそろ行くと言っていたが、まだいいのか? 他に行くところがあるんだろう?」

「そういえばそうだった……。クロロが話振ってくるせいで余計な時間を使ってしまった……」

「くくく、最初に振ってきたのはお前だけどな」

 

 言われてみればそうだ。じゃあ自業自得じゃないか。ちくしょう。

 今度こそ行こう、と荷物をしまい終えたバッグを掴んで立ち上がる。

 ああ、でもまだ聞くべきこと聞いてないな。それだけ聞いたら行こう。

 

「それで、ヒントって何?」

「ああ、それはだな……」

 

 顔だけをクロロの方に向けて、気怠げな口調で問いかける。口調どころか、今の私は表情さえも気怠げだ。

 クロロは依然微笑んだまま、私の目を真っ直ぐ見つめて言った。

 

「今のお前の目は、オレ好みの目だってことだ」

 

 そんな彼の目は、いつか感じたのと同じ、不思議な引力で以って私の心を惹きつける。吸い込まれそうなほどに深い黒。

 暫くそのままの体勢、そのままの表情で見つめ合った後、彼がそっと目を閉じたのを切掛に、私も顔を正面に向けた。

 

「……ふーん」

 

 そっけない返事をして扉を開いて、じゃあまたねと言って部屋を後にした。

 あんな不思議な目をしている男の好みの目って、一体どんなものなのだろうか。

 出された宿題は私の変化について出題されたもの。目は、そのためのヒント。

 具体的に彼が私の目をどう感じているのかは、きっと私自身にはわからないだろう。まぁ、宿題の提出日に先生に聞けばきっと教えてくれるだろう。

 そう結論付け、仮アジトとなっていた廃工場を後にした。

 

 その足で向かうのは空港。この辺りは人気のない寂れた地域なので、タクシーは期待できないかな。

 時間は昼時だから、タクシーを拾える場所まで人目につかない所を走って移動して、タクシーを拾って空港に行って、そこから目指すのはパドキア共和国。

 頭の中で行動の予定を立てる。あぁ、その前にトイレにも寄っておきたいかもしれない。テキトウなコンビニにでも寄ろう。

 まだ行くには少し早いかもしれないけれど、多分お仕置きのピークは過ぎているだろうし、多分大丈夫なはずだ。お仕置きピーク時だったら会うまで時間かかるかもしれないけど。

 オーラを練り、屈伸をしてから走りだす。さぁ、”オトモダチ”との約束を果たしに行こう。



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06 開けた先

 アスファルトで舗装された山道。遠目からでもよく見える目的地へと向かってゆるやかにくねりながら続く坂道を駆け上がる。

 この道を車が通ることは殆ど無い。何故ならばこの道の先には私が目指している家の正門しか無く、その家に用事がある人間などほぼ皆無だからだ。せいぜい観光バスか、偶にその家の使用人が車で外出する時くらいにしか車が通ることはないので、遭遇率はすこぶる低い。

 この先にあるもの。それはククルーマウンテン。そしてその山一帯を敷地として所有するゾルディック家だ。

 

 マルメロの国際空港から飛行船でパドキアへと出発した私は、6日かけて漸くこのパドキア共和国の地を踏むことができた。

 移動中はミルキ君からもらったメカ本で読書をして暇をつぶしていたから退屈ではなかったけれど、それでも6日間ともなると流石に少し体が鈍ってくる。

 狭い空間でも出来る念などの修行やストレッチだけでは正直物足りなかったけれど、こうやって坂道を走るのはいい運動になる。

 

 走る私の左手には、パドキアに到着してから購入した、パンパンに膨らんだ大きな旅行用バッグ。旅行用とはいっても、この中に詰まっているのはそれとは関係のないものだけだ。

 中身はミルキ君に頼まれて買っておいた品物の数々。これらを全て詰め込むにはそれなりに大きいものが必要だったので、旅行用のものを使っているのだ。

 こんなものマルメロから離れるまで持っていなかったのに現在持っている理由はというと、至極単純。そもそも最初からこの荷物はパドキアに保管してあったのだ。

 プロ・アマ問わずに世界中を飛び回るのがハンターの仕事。そういった人たちのために、委託すれば業者が保存するスペースを貸してくれるというサービスが有るのだ。当然使用したスペースや期間に応じてお金がかかるけれど便利なので、そういった業者は世界各国ほぼどこでも存在し、ハンター以外の人にも重宝されている。

 私もそれを利用している。様々な国の様々な場所で本を盗み、そのついでに色々食べ物とか店を物色してる時に発見したら買い集めて、業者に委託してパドキアで保管してもらっていたのだ。お金は本のついでに盗んだ貴金属を売ってれば無限に湧いてくるから何の気兼ねもなく利用しまくれるので、期限も量も気にせず今回のように必要なときに引き取ればいい。

 ちなみに走っているからバックの中身が結構シャッフルされているけど、まぁ取り敢えず持ってきゃミルキ君も満足でしょ。

 

 そして右手には携帯電話。シャルナークお手製の一品で、たとえ無人島に居ようとも圏外になること無く、ハンター試験で大活躍してくれた私の相棒である。

 耳に当てたそれからは、コール音が鳴り響いている。コールは既に3回目になっており、普段は大体2回目で取る彼にしては遅いなと思う。

 その後も2回コール音が鳴り、5回目がちょうど終わった所で電話がつながった。

 携帯電話に掛けたので、呼び出し画面でこちらが誰なのかは向こうも把握しているだろうから、名乗りを省略して手短に要求を告げる。

 

「あ、もしもしー。今そっちに向かっててもうすぐ着くんで、執事の方に話し通しといて。……うん、後10分くらいで着くから今すぐよろしく」

 

 電話の相手はミルキ君だ。何故か普段よりもやけに荒々しい息遣いが聞こえてくるけれど、運動でもしているんだろうか。うん、良い事である。どんな運動してるのかはともかくとして。どうせ弟でもしばいているんだろうし。

 事前にミルキ君から執事に話を通してもらうのは、こうでもしないと敷地内に入る際に結構面倒なことになるからである。

 勝手に門を開けて進むと、すわ侵入者かと警戒心をむき出しにした執事がワラワラと湧いてきて、私の周囲を一定の距離を保って包囲した状態でお出迎えの対応を必要以上の人数でしてくるので、余計な時間がかかる上に居心地が悪くてしょうがない。

 その点事前にゾルディック家の人間から執事へと客が来ることが告げられていれば、出迎えに最低限必要な人員を寄越してくるだけで済むから、執事たちも面倒なことしなくていいのでお互いにとって良いのだ。

 問題点を挙げるとすれば、私がほぼ毎回後10分前後で到着するタイミングで連絡を入れる事か。

 あえてこのタイミングなのは、私から執事へのちょっとした仕返しが慣例化してしまっただけである。直前に連絡が入って慌ててしまえ、と言った感じの。

 まぁ、執事側は準備は特に必要ないから慌てる必要もないだろうし、嫌がらせとしての効果は余り見込めないけれど、毎回このタイミングなので何となく変えるのが面倒なだけだ。

 

「そういえば、お腹の傷はもう平気? ……、……あ、そぉ……あーはいはいはいはい、怒りの程は分かったんでもういいですー! じゃあまた後で!」

 

 そういえばミルキ君ってキルアに腹を刺されたよなーと思って聞いてみたら、そのことについて随分とお怒りのようだった。と言うか、予想通り加害者に対して仕返し中だったらしい。

 結構興奮してて罵詈雑言が長くなりそうだったので強引に話を切り上げてさっさと電話を切った。容態についての返事はなかったけれど、まぁ元気そうな様子だったので何よりだ。

 キルアも大変そうだ。家族刺して家出したから自業自得とは言え、ミルキ君はねちっこいから彼からのお仕置きは相当長引くだろう。ご愁傷様。

 

 移動しながらの通話を終え、用が済んだ携帯電話を胸ポケットにしまった直後、マナーモードに設定されていたそれが震えだした。この震え方は電話の着信を告げるものだ。

 誰からの着信だろう、とポケットから引っ張りだして画面をみてみると、そこに写っていたのは先程まで通話していたミルキ君の名前。

 訝しみながらも通話ボタンを押して電話にでる。一体何の用だろう。正直さっきの電話の続きだったら面倒臭いから聞きたくないんだけど。

 

「なーんなんすかー? ……、……いや電話さっさと切ったのはミルキ君がごちゃごちゃと喧しいからでしょーがそっちが死ね。……うん分かった死ね」

 

 やる気の無い声を出せば、聞こえてくるミルキ君の怒りの声。どうやらまだ言うことがあったのに通話を強制終了した私に文句があるようだった。用件の前にキルアへの悪口を並べ立てるから長引く前にさっさと切ったのに、死ねというありがたいお言葉を頂いたので丁寧に返却しておいた。

 そして告げられた本来の要件。今は自室にいないので、執事に現在地に案内させるから荷物だけ他の執事に頼んで部屋に運ばせておけということらしい。彼が再び言葉の最後につけてきた死ねを了承とともに投げ返して電話を切る。

 

 ミルキ君はキルアにお仕置き中だから、私はこれからそれが行われている部屋に案内されるのか。キルアに会うという目的は何の障害もなく達成できそうだ。

 これで試験の時にした会いに行くという約束は果たせるし、個人的にキルアとは話してみたいこともあったから好都合。

 ひょっとしたらキルアへの罰が私の予想よりも重くて会えなかったかもしれなかったし、よしんば会えたとしても、ちょろっと顔を見せる程度しか出来なかった可能性だってあったのだ。

 その点、今回はお仕置き部屋の中にはミルキ君一人だけみたいだし、邪魔だったら彼を部屋の外に叩きだしてしまえばいい。彼は割とテキトウに扱っても問題ないし。

 

 2度目のミルキ君との通話を終えた頃には、もう残す道は最後の直線。私の視界の先には、ゾルディック家の正門が見えている。試しの門と呼ばれているクソ重い門だ。

 こんどこそ静かになった携帯電話を再び胸ポケットにしまい込み、少しペースを上げて門へとさらに近づく。

 ある程度距離が縮まってきた頃に、ふと門の前に人影のようなものがあることに気づいた。4つくらいのそれが、門の前で何かをしている。

 

 思い当たる節はある。

 彼らは私より先にここへ向かっていたし、彼らの目的と私の目的の一つは同じ。

 どうせ門は開けられないだろうから、諦めて帰ったか麓の町で待機でもしているものかと思ったけれど、どうやら違ったらしい。彼らは、開けることの出来なかった門を開けようとしているようだ。

 近づいてくる私に彼らも気づいたようで、作業を止めてこちらへと体ごと振り向いた。

 そこに居たのは、ゾルディックの使用人のゼブロと、ゴン、レオリオ、クラピカの4名だった。

 

「メリッサ? 来てくれたんだね!?」

「久しぶりだな。ここまで走ってきたのか? それとその荷物は?」

「久しぶり。麓の町からここまで走るといい運動になるからね。コレはキルアとはまた別件のやつ」

 

 門の前まで来た私に、ゴンとクラピカが話しかけてくる。それに答えつつ、頭を下げるゼブロに会釈を返す。

 そして、身体はこちらに向けているけれど、門に背を凭れさせて俯きながら座り、息を切らせている上半身が裸のレオリオに視線を移した。

 周囲の声で私の登場に気づいたレオリオは、顔を上げた後プルプルと痙攣している手を軽く上げて、切れ切れの言葉で話しかけてきた。

 

「よう、案外、早かっ、たじゃねーか。お前が来る前に、この門、開けてやろー、としたのによ」

「用事自体は時間のかかるものじゃなかったから。っていうか別に無理して今喋らなくても、呼吸整えてからでいいよ」

 

 移動に時間がかかっただけで、盗み自体はさっさと終わったし。

 私の返事を聞いた彼は、また頭をガクリと落としてぜぇはぁと酸素を補給しだした。

 そんなレオリオを指さして、無言でゴンとクラピカへと視線を向けると、ゴンは苦笑いをし、クラピカは肩を竦めた。まぁ、相当お疲れのようだし、少しそっとしておこう。

 レオリオに向けていた手を下ろし、会話が出来る状態の二人に話しかける。

 

「この門、開けようとしてたんだね」

「うん。オレたちじゃビクともしなかったから、ゼブロさんに鍛えてもらってるんだよ」

「この通り、常にこれを着てここで生活させてもらっているのだ。徐々に重さを増やしてな」

 

 ゴンが、次いでクラピカが答える。彼らはキルアが出てくるのを待つのではなく、門を開けて自ら中に入ることを選んだようだ。

 クラピカが示した通り、彼らは大量の重り入りのベストを着用している。ゴンは緑色の上着を脱ぎ、同色の半ズボンと靴、青のシャツの上にベストを着け、クラピカは青を基調に橙で刺繍をした民族衣装っぽいのを脱いで、黒の靴に白いズボンとシャツの上からベストをつけている。

 半裸のレオリオは今はベストを付けていないけれど、彼のすぐ傍に転がっているのがそれだろう。下半身は試験中も見たスーツルックだ。

 私達の会話を聞き、回復力は高い方なのか既に息が整いかけているレオリオがぼやいた。

 

「ヒデー話だよなぁ、ダチに会うのにも資格がいるときたもんだ」

 

 正確には、門を開けることで得られるのは敷地内に足を踏み入れる資格なんだけどね。

 レオリオが一人で挑戦していたようだから、おそらく全員が一人で開けられるようになるまで鍛えるつもりなのだろう。

 

「まぁ友達として会うんだったら、尚更資格が必要になるんだけどね。何でか分かる?」

 

 私はそう言いつつ、ゴンを見る。私たちが別れる前に、最もキルアへのゾルディックの対応について不満を漏らしていたからだ。

 問われたゴンは悔しげな表情を見せながらも、強い意志の篭った瞳で答えを返した。

 

「……キルアはゾルディックで、いろんな人に狙われる立場で。それなのに一緒にいるオレたちが弱いままじゃ、足手まといになるから」

 

 目は口よりもよっぽど饒舌だ。だからこそ今ここで、強くなる。一緒にいられるように。言葉にはしなかったものの、彼の瞳からその思いは伝わってきた。

 ゾルディックにはゾルディックの事情がある。私のこの言葉を覚えていて、彼なりに自分で考えて出した答えなのだろう。

 友達として試される意味。もしもの事態の時に足手まといになって、互いに心身共に傷つく事の無いように。ゾルディックとしても、大切なキルアの傷つく事のないように。

 試しの門は単純に敷地内に足を踏み入れるものをふるいにかけるだけの物だろうけれど、キルアの友達として訪れた彼らにとってはその理由で十分なのだ。

 

「正解。キミら全員のためになることでもあるし、頑張ってね」

 

 彼らは私の言葉に対し、力強く頷いてみせた。キルアは高額賞金首なのだから、プロアマ問わずハンターに狙われたり、復讐目的での襲撃だってこの先あるかもしれない。

 もしキルアが彼らとともに行くことになって、そんな連中に襲撃を受けた時、自分の回りにいるのが弱っちい奴らだったら大きなマイナスだ。お荷物にしかならない。

 そうなるとキルアやその周囲が肉体及び精神的に傷つく可能性が高まるし、最悪の場合は誰かが死に至る可能性もある。ここでこの門を自力で開けられるようになれば、ただ中に入る資格を得るだけでなくそういったリスクも軽減できるのだ。

 私と彼らの到着のタイムラグはおよそ1週間。私の問いにあの答えを返したということは、その間にゴンはきちんとキルアの抱える事情について考えてあげられたようだ。単純そうではあるが、バカではないのだろう。

 

 まだ彼らに聞きたいことはあったけれど、そうゆっくりもしていられないか。多分執事さん達待たせちゃってるだろうし。

 さっさと中に入ろうと歩き出したところで、レオリオが私に質問を投げかけてきた。

 

「そういやメリッサ、お前ココに来たことあるんだよな? お前もコレ開けて入ってんのか?」

 

 キルアは3の門まで開けたらしいんだけどよ、と続けて言ったのは私が何処まで開けられるか知りたいということなのだろうか。他の2人も心なしか期待を込めたような目をしているような。

 この門は、1から7までの数字が有り、1の扉は片方が2トン。つまりは両方合わせて4トン。しかも数字が1増えるたびに重さは倍になる。門の数字を指数として2の累乗を計算し、それを2倍すれば各門を両側合わせた重さが求められる。1番重い7の門で128トンになる。

 開けることの出来た門の数字で、ある程度の身体能力が測れるのだ。まぁ、こちらとしては私がどの程度の実力なのか晒す気はないから、普段通りに中に入らせてもらおう。私が楽を出来る形で。

 

「普段は……レオリオ、ちょっと立って1の門の片側だけ押してみて」

「あ? ……おいおい、まさかそれアリなのか?」

 

 私が言うと、レオリオは慌てて立ち上がり扉を全力で押し始めた。1の門の、右側だけを。

 ぬおおおおお、と言う気合の声の後に、ギイイィィと低い音を出しながら扉はゆっくりと開いた。レオリオならガタイもいいしいけるかなーと思ったら本当にいけた。ちょっとびっくりだ。

 その様子を見て、ゼブロが顔を青くしてレオリオを止めようとしたので目で制し、レオリオへと歩み寄る。

 

「マジで開いた!! こんな裏技有りなのかよ!?」

「私はアリだよ。でもキミらはまだナシ」

 

 驚愕と歓喜と困惑とその他様々なな感情がごちゃまぜになったレオリオの叫びにそう返し、彼のズボンのベルトを掴んで後ろへ放り投げる。利用した挙句ぞんざいに扱ってしまってすまんな、レオリオよ。

 この手段は、当然不正である。試しの門はその名の通り、入る資格を持っているかを試すもの。ズルをすれば当然ペナルティーがある。

 うおぁっ!? と言いつつゴン達の居る所へ転がされたレオリオ。その近くで胸を撫で下ろしているゼブロ。私は空いている右手で開いた状態の門を抑えつつ、身体は門の先に向けたまま顔だけで彼らを振り向く。

 

「多分ミケはもう見てるだろうけど、ここの番犬ってアレだけじゃないんだよね。ほら、見てごらん」

 

 私がそう言うと、彼らは門の向こう側が見える立ち位置へと移動しだした。レオリオだけは投げられたことに文句を言いながらだが。レオリオ、投げたのは君のためでもあるんだよ。まぁそもそも私が自分で開ける手間を省いたからあんな目に合ってるわけだけど。

 彼らの表情が驚愕に彩られたのを確認してから、私も顔を正面へと向ける。視界に映ったのは、鬱蒼と広がる森とその先にある山、そして感情の篭っていない瞳でこちらを見つめる、超大型のゾルディックの番犬が2匹。同じ種類だ。

 

「ミケと、もう1匹増えたのがタマ。片っぽだけ開けると増えるんだよ、最低でも2トンの扉を押せる能力の外敵対策として」

「増える……? しかし、キミは既に敷地内に入っている。なのに襲わないのならば、増えた意味は無いのでは?」

 

 私の言葉を聞いて、クラピカが質問をした。彼の言う通り、開いたままの門を片手で抑えている私は既に敷地内へと足を踏み入れている。

 ゾルディックの番犬はミケだけでなく、他にも何匹も居るらしい。ミケと同タイプはもちろん、他の種類のものも居るようだ。ミルキ君に教えてもらったことだ。大概犬っぽい名前ではないらしい。

 そしてクラピカの疑問に対する返答も、ミルキ君に教えてもらったもの。

 

「1度でもいいから、きちんと両方開けて入れば喰われないらしいよ。こいつら開けた奴の匂いは覚えてるから。ただ、両方開けたことがないのに片方だけ開けて入ると不正とみなされて2匹に喰い殺される。だからさっきのレオリオ実はちょっと危なかったんだよね」

「なるほどな……」

「へぇー……」

「おいお前ら普通に納得してんじゃねーよ、オレ今ヒデー目に遭いかけてんじゃねーか!? おいメリッサこの野郎!!」

「ごめんごめん。で、既に開けたことのある私は何もされないから、普段こんな感じでちょっと豪華な出迎えと共にお邪魔してるわけ」

 

 私のテキトウな謝罪を受けて、反省してねぇなコイツ!? とショックを受けているレオリオは放置して説明を終える。もちろん反省はしていない。

 今回レオリオを巻き込んだのは、私がちょっとだけ楽をするのとデモンストレーション、それと私が何処まで開けられるかという疑問をはぐらかす目的を兼ねている。

 実際に体験したほうが効果はあるだろうし、こうしておけば咄嗟の思いつきで片方だけ開けて入って、2匹に喰い殺されてゲームオーバーにはならないだろう。ちょっとした忠告だ。

 立っていた状態から伏せの体制に入った2匹を確認し、再びゴン達へと視線を向けて問いかける。

 

「私はもう行くけど、何か伝言とかある? 会えたら伝えておくよ」

 

 門の向こうの犬を見た彼らは緊張した様子だったが、伏せをしたのを見て害はないと判断したのだろう、今はリラックスしている。

 聞かれたゴンは僅かな逡巡の後、笑顔でこう答えた。

 

「すぐに迎えに行くから待っててって! それだけ!」

 

 迎えに行くと言うよりは会いに行くのほうが正しいと思うんだけど、やっぱりまだゾルディックから取り戻すって心のどこかで感じているんだろうな。

 まぁ、内容自体はシンプルで非常にいい。キルアもきっと喜ぶだろう。

 

「おっけー。他の2人は?」

「ゴンが代弁してくれた。私からは特に無い」

「同じく。ごちゃごちゃ言うよりはシンプルな方がいいだろうから、ゴンの言葉だけ伝えてくれ」

 

 クラピカとレオリオに確認するも、彼らも微笑みながらそう答えた。ハンター試験中のみの短い付き合いだけれど、彼らの間にはしっかりとした信頼が築かれているようだ。

 彼らとともに過ごすキルアを見てみたい。私が諦めたその先を進むキルアを見てみたい。彼らの様子を見て、改めてそう思った。

 

「伝えておくよ。それじゃあ、また後でね」

 

 聞きたいこともあるし。その言葉は声に出さず、右手を扉から離して前へ進む。

 門の閉まる重厚な音を背に、2匹の番犬に見送られて走りだす。

 矛盾している、そう自重して苦笑しながら。

 

 あぁでも、道の先をキルアに示すのはゴンだけでも十分っぽいから、別にいいか。



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07 呪いみたいな宝みたいな

 私の知っている限りでは、ゾルディックの屋敷に向かう際、道に迷うことはない。試しの門を開けさえすれば、その真正面に伸びている道に沿って進めばいいだけなのだから。

 この道は執事が管理していて、両側に生えている草木も歩行の邪魔にならない程度に切られている。

 侵入者に対しても親切設計だなと思えてしまうようなそれは、やはりというか当然裏がある。

 ある程度進むと罠が配置されるようになり、最初は侵入者に対して警告するかのようにあからさまなそれも、更に歩を進めるにつれ巧妙になり、殺傷能力も高まって本気で殺りにくる。仮に突破できたとしても確実に無事では済まないレベルらしい。しかも位置を常に特定されるというオマケ付きだ。

 かと言って道を外れて森の中を進めば、今度は獣や虫を相手にすることになる。人間相手ではないと侮る無かれ、強靭な牙や爪、更に猛毒のどれか、或いはその全てを兼ね備えたバケモノばかりである。代表的な例を言うならば、ミケと同じ犬種……、……犬種? も、数十匹放し飼いにされているらしい。

 その他も、先日のハンター試験でお世話になった詐欺師の塒が近所の雑木林に思えてくるようなヤバい生物の勢揃い。私がハンター試験前に蹴散らした狼の魔獣なんかは、ここの食物連鎖ヒエラルキーでは最下層に位置するんじゃなかろうか。あいつら糞弱かったし。

 ちなみにこの2重苦について、ミルキ君が”オレが表から徒歩で外出しようとしたら余裕で死ねる自信があるぜ! 行かないけどな!”と暑苦しい図体で爽やかに言ってのけたのは記憶に新しい。

 

 とは言えまぁ、外出するたびにこんな危なげな所を通るのも馬鹿げた話である。ミルキ君なんかは本人の言う通りガチで死ぬだろう。そのため、表だが徒歩ではないルートと、表ではないルートが有る。

 ゾルディックの外出時、表の場合は飛行船などを使って空を移動し、目的地が近所であれば車を置いてある執事邸の近くへ、そうでなければそのまま飛行船で移動となる。大金持ちだから自家用機がわんさか有るのだ。

 当然外敵がおなじようなルートで侵入することは出来ない。各地に配置された対空砲などの迎撃システムを駆使して撃ち落されるのがオチらしい。撃墜担当のミルキ君は、未だに1度も使ったことがなくてつまらない、とぶちぶち言っていた。

 撃墜したって下は山だから山火事の心配とかありそうだけれど、どうせ火とか水を操る系の能力を持った執事が何とかするんだろう。どこからあの大量の執事を仕入れているのか知らないけれど、アレだけいればどのような事態にも対処できる程に多彩な能力があるだろう。

 

 それと、もう一つのルート。それが今私の歩いている地下道だ。薄暗くて道幅は2メートル程度と狭く、また現在地は迷路のように入り組んでいる。まだ対侵入者用エリア内だからだ。

 執事だって所用で何処かへ出かけることも有るだろうし、そのたびに一々空路を使っていられないだろう。そのための地下道。

 ゾルディック本邸から各施設の全てを地下で繋げているこのルートは、外敵が使用するにはどこか一つでも施設を制圧する必要がある。

 それだけでもかなり難易度が高いというのに、いざこの道を使おうとしたら入り組んでいて分かりにくいし、遠隔操作で地下道を崩壊させて生き埋めエンドや普通に挟撃も出来るため、こちらも侵入者対策はバッチリ。

 正解の道を歩き続ければ、地下とはいえそれなりに明るくて幅の広い場所に出られ、そこからは車での移動が可能になる。

 

 現在、私の正面に執事が横並びに2人。そして後ろにも同じように2人いて、全員がオッサン。前後を2人ずつに挟まれ、気分はさながら連行される罪人のようだ。まぁ犯罪者ではあるけれども。

 案内と警備の意味で3人。そして検問用にもう1人。検問用の執事は毎回同じ人が来る。彼の質問に対して嘘を言うと、身体の何処かに激痛が走るようだ。その他条件に関しては不明だけれど、だいたいこんな感じの能力で毎回私の来訪の目的と荷物検査をしてくる。彼以外の人が担当に着かないのは、いないのではなく見せたくないためだろう。

 今日は既にチェックも完了しているのでこうして地下道を歩いているのだけれど、害意はないかの質問に対してないと答えたらお腹がめちゃくちゃ痛くなった。正直にイルミさん一発ぶん殴りたいと言ったら止んだ。アレで溜飲を完全に下げたと思ったら大間違いである。そしてコレを聞いておきながら”まぁそのぐらいなら……”と言わんばかりの反応で私を通した執事たちの対応もきっと間違いである。まぁいいけど。

 以前私がゴトーに毒を盛られたのは、この過程をすっ飛ばして入邸したからである。曰く、毒を盛る事で生殺与奪権を完全に握り、私が下手なことをしないよう牽制する目的だったとか。たしかにあの場面で遅効性の致死毒を盛られていたとしたら、解毒剤を貰わねば確実に死ねるので暴れたりは出来ないだろう。

 まぁゴトーも殺す気はなかったようで、本来は胃にショックを与えて吐き出させる程度の軽い毒だったらしいけれど、私の半端な毒への耐性、それと内臓が彼の想像以上に丈夫だったため、吐き出されること無く体内に留まり続けたせいであんなに苦しい思いをしたらしい。子供の頃は碌な物食ってなかったのが意外な場面で仇となってしまったようだ。

 解毒が遅くなったのは、あからさまな警告のためだったらしいけれど、それにしたってもう少し早く来て欲しかった。

 まぁそれはともかく、荷物の方は特に問題ない。この荷物はミルキ君が漁られるのを嫌うため、毎度私に対する危険なものはないか程度の簡単な質問のみで済ませる。なので問題はない、はずなのだが……。

 

「……毎度、思うのですが」

 

 そう正面を向いたまま切り出したのは、私の前を歩く右側の執事。毎度と言ったように、彼は私が来るたび毎回迎えに来る執事である。毎回固定なのは彼と検問用の執事のみで、後はランダムだ。

 ミルキ君の専属執事でキブシという名の、短く切りそろえられた茶髪に浅黒い肌をした三十路の彼は、私の持ってきた荷物に対して苦言を呈した。

 

「あまり禍々しい物を持ち込まれるのは困るのですが……」

「えぇー、元々いっぱいあるんだしいいじゃん。今更何個か増えたところで変わらないってば」

 

 どうもキブシは私が持ってきた荷物が気に入らないらしい。彼は割と小心者な部分があるから、曰くがありそうな品を持ち込まれるのは嫌なのだろうか。他の3人もチェックの時何も言わなかったというのに。

 私が持ち込まなくとも、ゾルディックの人間は趣味の悪い変なものをポンポン買って来るので本当に今更な話なのだけれど。少しでも増えてほしくないのだろうか。

 除念を齧っているからなのか、”モノに取り憑いた念”に対して私は知り合いの中ではトップクラスに敏感な方だ。ここに居る時点ですでに少し感じるが、本邸に入ると本当にすごい。いやまぁ、決して近くないこの距離でも少し感じる時点で相当アレなわけだけれども。

 壁越しだろうがなんだろうが問答無用で各方向から伝わってくる思念の波。まさにオールレンジで放たれる強弱性質様々それは、正直かなりうざったい。特に害があるわけではないけれど、気になってしまうのは仕方がない。

 まぁ物とかだけじゃなくて、外出先で殺した人が”憑いて”来てるっていうのもあるんだろうけど。一応増えすぎて大変なことにはなっていないようなので、定期的に誰かが掃除しているんだろうか。

 ちなみに今話しているように、私は執事に敬語を使うことはない。そもそもミルキ君とはタメ口なわけだし、そのミルキ君に仕えている彼らに敬語を使うのもおかしな話だからだ。ただ単に敬語めんどいっていうのもあるけれども。

 

「それにこういうの持ってきてるのだって、頼まれたからだし。文句は頼んだ人に言いなよキブシぃ」

 

 そう言いつつ、荷物から彼が嫌がっているもの、2つある内の1つを取り出して左右に振って見せつける。私の動きに気づいてこちらを振り向いたキブシは、それを見てあからさまに表情を歪めた。

 私の手にあるのは、ジャポンの古い人形。着物を着た少女の姿をした髪の長い童人形からは確かに思念を感じるものの、そこまで害意が有るわけでも無さそうだ。つまりは多少の害意は有るわけだけど。まぁ大したことはないだろうし、顔もよく見れば可愛いような気がしないでもないような感じだし。面白いギミックもあるし、こっちは人形が好きなミルキ君用だ。

 もう1つ、バッグに仕舞ったままの方はゼノさん用で、人の頭ほどの大きさの丸い透明な水晶の周りを蛇のような金色の龍がとぐろを巻いて包んでいる置物なのだけれど、その中心に小指の爪程度の大きさのドス黒い靄がかかっている。正直手元に置いておきたくないほど嫌な、怨嗟の塊とも言えそうな思念を感じる。

 持ち主に悪影響及ぼしそうだけれど、コレぐらいのレベルなら既にいくつか置いてあるはずだし、問題ないはずだ、多分。

 

「頼まれたものは貴重そうなものであって、不気味なものではなかったはずです」

「貴重そうって条件は満たしてるでしょ? 念がかかってるわけだし」

 

 何度かココを訪れている内に、ミルキ君とゼノさんは今キブシが言ったような頼みもしてきた。まぁこっちは買い物がてら集めるだけだし、少ないコストで結構なリターンがあって得だからいいんだけど。

 ものに対して貴重であるかどうか、知識がなければ中々分かりにくいものだけれど、物が念を纏っているかどうかは割りとわかりやすい指針になる。

 大体念を纏っているものっていうのは、熟練の作り手が精魂込めて作ったものか、ある用途のためだけに作られたワンオフ品、あとは価値とか関係なしに単純に呪われたものくらいである。

 今回持ってきた人形は高確率で呪われているだろう。大穴で職人技の一品。どちらかハッキリとはしていない以上、ギリギリで貴重そうなものと言えなくもないである。

 対してもう1つの置物は、ワンオフか呪われてるかどっこいどっこいといったところか。まぁワンオフにしてもどうせ呪いとかの用途だろうから碌な物じゃないけど、一応条件はクリアー。

 詰まるところ、私は悪くないのである。

 

「まぁアレだよね、大雑把な条件出してる依頼主が悪いわけで」

「う、それは……」

 

 私の言葉に、キブシは言葉を詰まらせた。結局私が変なものを持ち込もうとも、渡されてる彼らは喜んでいるので、使用人であるキブシが嫌がったところでどうしようもない。

 私としても、ただ単に念がかかってるものを持ってくればいいだけで集めるのが簡単なので、コレを持ってくるのはやめたくない。こういうのを渡すのも正当な取引の内、恩は売れる時に売っておくべきだ。

 呪いかお宝か、私とゾルディックの関係も似たようなものだ。超危ない集団というリスクの存在は理解しているが、高確率でそれに見合ったリターンだって見込める。

 

「安心しなよ、ゼノさん宛の荷物持ってくのはキブシの隣の人に頼むから」

「それでしたら、まぁ」

「え゛っ」

 

 そう言うと渋々ながらもキブシは受け入れ、話は終了したものとして前を向いて歩き出した。隣で絶句している同僚を無視して。今回ゼノさんは外出中らしいので、執事に頼んで部屋まで運んでもらうのだ。

 流石に嫌がっているキブシにこれ以上嫌な思いをさせるつもりはないので、やばそうな念を放っている物を運ぶよう頼むときは、大体キブシと検問の人以外に頼むようにしている。

 1名が重苦しい空気を纏いながらも、音が響くはずの地下道を無音のまま歩き続けた。

 

 

 

 10分ほど歩いて迷路のような区画を抜ければ大きな道に出たので、そこからは車での移動となった。

 乗り心地の良い高級車で地下道を走り、本邸近くになるとまた迷路のように入り組んだ狭い通路になるので車を降り、再び徒歩で移動する。

 またも10分ほど歩けば扉に行き着く。そこをくぐり、入ってすぐの場所にあるエレバーターで上へ向かい、漸くゾルディック家本邸へと入廷した。

 

 ここまで来てしまえば警備用の執事たちもお役御免となる。仮に私が暴れたところで、ココの主に危害を加える前に簡単に取り押さえることができるため、私の近くに複数人でいる必要はないのだ。異常な行動を察知するためには1人ついていれば十分だし。

 そのため案内に必要なキブシ以外の執事には、ミルキ君とゼノさんそれぞれの私室へ荷物を持って行ってもらう。本邸に入ってからバッグを1つ貸してもらい、持ってきたものと借りたものに渡す相手ごとに分けて荷物を詰め、それぞれ執事に手渡す。

 渡す際にどちらの執事にも嫌な顔はされなかった。流石はプロである。まぁどうせ内心では凄い嫌がってるんだろうけど。

 能力以外の情報を全く教えてくれないため、名前も分からない検問用の執事とも別れ、キブシの案内で本邸内を歩く。

 

「ミルキ様はこちらに居ます」

 

 やがて1つの扉の前にたどり着くと、キブシが扉の横で立ち止まってそう言った。廊下は長方形の石で上下左右が構成されている。光源としては窓と、今は点いていないけれど廊下の両側にランプがある。どうやら地下ではないようだ。

 それにしても、ここにいるのか。中からバッシンバッシン聞こえてくるってことは、今も拷問中なのだろう。

 キブシも扉の傍に控えているだけだし、入ってもいいのだろう。正直私のそれなりに優れた感覚器官が伝えてくる情報のせいで、全くといっていいほどいい予感がしないのだけれど。

 とは言え、このまま音が止むまで扉の前で待ちぼうけっていうのもつまらない。えぇいままよ、と覚悟を決めてノブに手をかける。

 

「ミルキ君おひさー……って、うわ、うっわ。やっぱちょっとコレは無いわぁ……」

「フゥーー、ブフーーー……! ……お? おぉ、やっときたのか」

 

 嫌な予感を吹き飛ばすように明るめの挨拶とともに扉を開けた先にあった光景に、流石の私もドン引きである。予想はしていてもちょっときつい。

 鼻息あらくこちらを振り向いたミルキ君の手には、鞭が握られている。その鞭でしばかれていたのも予想通りキルアである。しかも半裸である。彼は私がここに来るとは思ってなかったようで、こちらを向いたまま目を見開いて固まっている。

 キルアの身体は、手足が天井から伸びた鎖と背面の壁にある枷にそれぞれ繋がれており、さらに鞭で叩かれた跡が無数のミミズ腫れとしてあちこちにある。最後に見た時より少し痩せたようにみえるのは、あまり食事をもらえていないからか。そこだけは同情である。飢えは嫌いだ。

 ここまでちゃんと情報は入ってきていて、ただの拷問だと分かっていても、兄貴が半裸の弟を鞭で叩いてるっていう絵面がもうなんかキツイ。ミルキ君の鼻息が荒いのがなんか余計に嫌だ。なぜだろう、ミルキ君が常軌を逸した変態だと知っているからかな。

 

「あぁいや、うん、なんか部屋間違えたみたい。ごめん出直すね」

 

 ドン引きしているのを隠すこともなく、なんとも言えない表情のままそう言って扉を閉める。

 廊下で控えていたキブシと顔を合わせ、無言で部屋を指さすと、彼もまた無言で首を横に振った。なんだかなぁ。

 まぁアレだ、とりあえずどっかで時間潰そう。




超お待たせしました。
お待たせしすぎてむしろもう待ってないんじゃないかってくらい待たせてすいませんでした。

今度こそしばらくは本当にそれなりのペースで更新できそうです。


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08 小さな攻防

 閉ざされた拷問部屋への扉の前の廊下で、頭の中で暇をつぶすための候補地を挙げていく。広いゾルディックの邸内には当然私のような部外者が入れない部屋や区画が数多くあるため、移動の際は行き先を予め決めておく必要がある。

 そういった場所への侵入を阻むのと監視の目的で最低限執事が1人、大概は今回と同様に私が用があるミルキ君の専属執事のキブシが付いてくる。故にそこら辺をテキトウに歩きまわって気になった場所に行くとかは出来ない。

 とりあえずさっきは部屋を間違えたと言ったから、その体で行くならばミルキ君の部屋かな。あそこなら暇をつぶせそうなものも沢山あるし。

 

 行き先も決まったので、キブシにそれを告げて移動しようと思ったところで、ふと廊下が余りにも静かなことに気づく。思えば、私がさっき扉を閉めてから、この扉の向こう側からの音が一切聞こえてこない。

 室内に意識を向けて気配を探ると、キルアはともかくミルキ君も先程立っていた場所から動いていないみたいだ。それはつまり未だにキルアを鞭でしばけるポジションに居るということなのだけれど、その音も聞こえてこない。

 なるほど、ひょっとしたら時間をつぶす必要も無さそうだ。ミルキ君はどうせ私の反応が予想外で、今思考が停止しているんだろう。確かに彼はキルアへの拷問を何故か知らないけど見せつけるつもりで、且つ私はさっき行われていたそれが拷問と知っていただけに、まさかドン引きされるとは思っていなかったはずだ。

 勘違いされた腹いせに一層激しくキルアへ当たるか、はたまた私に弁明しに来るのか。前者なら時間をつぶすはめになるけれど、後者ならばそうしなくても良い。

 少し待てば結果は現れるだろう、と移動を保留にして廊下で待つことにする。一応危ないから扉の少し脇に逸れた地点で。

 

「ちょちょ、ちょおォっと待てええぇぇぇっ!!」

 

 すると程なくして、室内からバタバタと慌ただしく扉へと近づいてくる足音が聞こえ、扉が破壊されたのかと思うほどの轟音と叫び声と共に扉が勢い良く開け放たれ、中から肉塊が、じゃなくてミルキ君が転がり出てきた。

 なんて威力のタックルしやがる。あんなの私が食らったら軽々と吹っ飛ばされてしまうことだろう。かろうじて無事だった扉に称賛の拍手を送りたいところだ。

 鞭を手に持ったままで明らかに焦った様子のミルキ君は、向かい側の壁に激突する前にたたらを踏みながらも何とか止まり、両膝に手をつきながら首を巡らせて私を補足すると、勢い良く状態を上げつつ叫んだ。

 

「違うからなっ!? お、お前は勘違いをしている!!」

 

 そして必死の弁解である。いや別に勘違いはしていないんだけれども。

 しかしまぁ、これだけ慌てているのは見ていて面白い。せっかく久しぶりに来たことだし、ちょっとからかってやろうか。

 

「大丈夫だよミルキ君、何も勘違いはしてないから」

「ほ、本当か? ならいいんだが……流石にあんな趣味だと思われたくないからな。くそ、お前ならノってくるかと思ったのに」

 

 微笑みながら勘違いしていない、と言うとほっと胸を撫で下ろすミルキ君。ブラウンのズボンに白の長袖シャツに不釣り合いな真っ黒の一本鞭が非常にシュールだ。コレがバラ鞭だったらガチだったんだろうなぁ。

 と言うか、今更私の中のミルキ君の情報に実弟にSMプレイかますド変態豚野郎という項目が追加されても、こちらとしてはかなり今更感があるので気にしないんだけど。っていうかノるって何だ。私が一緒にキルアを痛めつけるとでも? それはそれで面白そうだとここに来る前に少し考えてたけど、最初の見た目のインパクトのせいでその気は完全に失せたよ。

 上げて落とすための布石としての、私の言葉とやわらかな笑みで安心感を与えたのも束の間。

 

「見紛う事無くSMプレイだったもんね。あれには勘違いを挟む余地が無かったなぁ」

「だぁから違うっつってんだろォ!?」

「んなわきゃねぇだろーがっ!?」

 

 そういうプレイだという私の言葉尻に被せたミルキ君の叫びと、僅かに遅れて未だ室内にいるキルアの叫びがほぼ同時に響いた。廊下は石材なので余計によく響く。

 あぁ、やっぱりミルキ君をおちょくるのは面白い。打てば響くし。気が短いのが難点だけれど。

 ニヤニヤと口許と目許を緩ませながら、開きっぱなしになっている扉から室内を横目でチラリと確認すると、キルアは先ほど見た時と同様に壁と天井に磔にされていた。一応反省しているんだろうか。

 まぁ、あっちは今はいいや。取り敢えずは目の前のミルキ君と遊ぼう。

 

「あっはっはっは、照れんなってぇ、見せつけてさらに興奮するために呼んだんでしょ? 分かってるからさぁ」

「何も分かってねえじゃねぇかこのアマっ!」

「おぉっと」

 

 続けてからかう私に対し、突っ込むのと共に上段から真下へと振り落とされた鞭。それを左足を後方に引いて半身になった状態でひらりと避ける。

 鞭を振っては来ているが、私のニヤけ顔からSMしてたと思っていないと察したのだろう。彼はキレているわけではなく、戯れているだけだ。証拠に口許が若干ニヤけているし。

 私が口撃をし、ミルキ君がそれに口撃と、極希に攻撃で反撃するのはほぼお決まりのパターン、単なるコミュニケーションだ。どうせ彼の攻撃は遅すぎて私には当たらないし、彼もそれは理解しているのでやるときは全力でやってくる。こっちはからかえて楽しいし、向こうは悪口とともに全力で身体を動かしているので、いい遊びと運動になるだろう。

 まぁ今回気になることと言えば、キルアがミルキ君を応援していることだろうか。誰が当たるかクソガキめ。後でしばく。

 

「この、くそっ! 相も変わらずちょこまかと!」

「えー、だって私打たれて喜ぶドMちゃんじゃないし。キルアと一緒にしないで欲しいんですけど」

「俺だってちげぇから! あぁもうさっさと当てろよブタ君ドン臭ぇなぁ!!」

 

 風切り音と破壊音を響かせながら、狭い廊下で器用にも縦横無尽に振るわれる鞭を、上体を反らしたり半身になったり跳んだりしながら避け続ける。正直鞭使ってるミルキ君自体の動きが鈍いため、鞭の速度も余裕で見切れる程度だ。まぁ鞭が当たって僅かに砕けた廊下の石材の欠片が若干うざいけど。

 当たらない鞭を振るい続けて息が切れだしたミルキ君、へいへいその程度かいと煽りながら避ける私。当てる応援ではなく当たらない事への罵りが徐々にメインになるキルア。そしてちゃっかり鞭の射程外へと避難しているキブシ。

 不毛な争いは1分程でミルキ君のスタミナ切れによって終着した。バテるのが前より少し早い気がするが、まぁさっきまでキルアをぶっ叩いてたから疲れていたんだろう。どちらにせよゾルディックとしては情けない限りだけど。

 

「ぜぇ、はっ、ぜ、ぜぇ……、……く、くそ、やっぱ、全然、当たんねぇ。アレか、はぁ、的が、小さいっ、からか」

「うるせー馬鹿。今成長期に漸く突入したところだから。これからメキメキ伸びるから」

 

 息も切れ切れに悪態をつくミルキ君に言い返す。コイツ意外とまだ余裕あるんじゃなかろうか。あぁでも、汗がどっと噴き出してきているのを見るに、コレ以上体を動かすのはしんどいか。

 全く失礼なやつである。たとえ今はチビだろうが、遅ればせながら私にも漸く成長期が巡ってきたのだ。ここ3ヶ月くらいで2cm位伸び、ついに150の大台に突入したし。いいペースである。出来れば最低あと10cmは欲しい。

 ガリガリの栄養失調状態からよく頑張ったものだと自分の体を称賛したい。あの頃は筋肉がなかったらお腹だけがポッコリ出そうなくらいやばかったなぁ。あぁクソ、思い出したくもないもの思い出してしまった。

 

「ふぅ、はぁ、はんっ。結局、今はチビ、だろうがよ」

「ふんっ!」

「おごぉふっ!?」

 

 嫌なものを思い出させ、尚且つ失礼な物言いをしたミルキ君の腹に前蹴りを放つ。加減したそれは重厚な肉の鎧に阻まれはしたが、一応内蔵までダメージを与えることには成功した。

 うおおぉぉぉぅ、と呻きながら這いつくばる丸い物体をスルーし、部屋の中へと視線を向ける。そこには情けない兄を呆れたような半眼で見つめるキルアの姿。

 私の視線に気づき、キルアも私の方に視線をよこす。物問いたげそれは私にとっても都合がいい。ここに来た目的の一つを消化するために、そろそろミルキ君にはご退場願おうかな。

 

「ほらミルキ君、そんなに強く蹴ってないんだから、いつまでもそんなとこで這いつくばってないで汗でも流して来なよ」

「それを蹴ったお前が言うのかよ……。まぁ実際そんな痛くないけどよ、正直疲れたから動きたくねぇ……」

 

 風呂に入って来いとの私の言葉にこの返事である。オーバーリアクションもさることながら、このぐうたら具合も中々のものである。堂に入っていると言うかなんというか。

 とは言え、こちらとしてはさっさと退いて欲しいので、ミルキ君の前で中腰になり、彼が高確率で食いつきそうな餌をチラつかせる。

 

「私の持ってきた物も部屋届いてるだろうし、先行って待っててよ」

「む、そうかそれがあったな……。いやでも、俺にはキルアを叩き続けるという崇高な使命が……」

「そんなアホみたいな使命さっさと放棄しろ。全然崇高じゃねえし」

 

 地面に膝をついたまま、片手を頭に添えて少し躊躇しているミルキ君に、室内にいるキルアの冷静なツッコミが入る。たしかに全然崇高じゃないし、そもそも使命でもなんでもないんだろうけど、何故あの少年は叩かれる側だというのに強気なのだろうか。アホなのかな。それともドMちゃんなのか。

 何はともあれ、後ひと押し。彼が引っかかっているのはキルアへのお仕置きのみ。心は大きく私の持ってきたものの方に揺れ動いてるはずなので、後はすぐに済む。

 

「キルアなら私が代わりにぶっ叩いとくから、安心しなよ」

「そうか、それなら良いか」

「おいそこふざけんな。何も良くねぇよ」

 

 彼の肩にポンと手を置きながらそう言うと、それまで俯いていた顔を上げて、ケロリと軽い調子で言い放った。予想通りではあるんだけれど、良いのかそれで。自分で言っておいて何だけれど、キルアと同感で何も良くないと思う。

 まぁ結果的にミルキ君がこの場を離れるわけだし、私としてはそれだけで十分だ。

 

「よし、じゃあオレは身体を清めてからご対面と行くかな。っつー訳で、また後でな」

「ん、また」

 

 よっこらせと立ち上がったミルキ君は、正論を吐いたキルアの声に何ら反応すること無く、持っていた鞭をその場において足音を響かせながら廊下の奥へと消えていった。

 短い返事と共にそれを廊下で見送る私、そしてキブシ。チョロいのもさることながら、普通にデカい足音立てて移動するのは暗殺者一家としてどうかと思う。

 とは言え、これで条件はクリアー。暫くここには誰も近寄らないだろうし、キルアともそんなに長話をする予定じゃないから憂いはない。

 

「じゃあキブシ、廊下で待機しててね。そんなに時間かからないから」

「わかりました。ですがくれぐれも、外から移動しないようにお願いします」

 

 はいはい、とテキトウに返事をして、鞭を回収してから開けっ放しのドアから拷問部屋の中に1人で足を踏み入れ、扉を閉める。この部屋は防音されているから、会話程度の声量なら外に聞こえはしない。先ほどのミルキ君の拷問のように、デカい声と音を出すのなら聴力が良ければ聞こえてしまうけど。

 これでこの部屋の中には私と、枷と鎖で拘束されたキルアのみだ。その気になれば外せるだろうから、拘束とまでは言えないかもしれないけど。

 一歩一歩、キルアへと歩み寄る。先ほどのやりとりで気が抜けているのだろうか、キルアは胡乱げな目で近づいてくる私を見ている。

 

「やぁキルア、久しぶり。一週間ぶりくらい?」

「そんなもんか。その程度だと全然久しぶりって感じしねーけどな」

 

 取り敢えず、一応久しぶりに会ったのだから挨拶から入る。返事をする彼の様子から、さっきも思ったけれどあまり意気消沈しているようには見えない。

 まぁ、確かにこれから家族と話して今後を決めるわけだし、それについて今意気消沈するのもおかしな話かな。拷問も今更だろうし。

 さてと、じゃあまず話を聞くか、それともこちらから話そうか。あぁいや、そうだそうだ。他に1つだけやっておくことが出来たんだった。それを先に済ませてしまおう。

 

「なぁ、お前――――」

「オラァ!」

「――っッ、っでええぇぇぇぇっ!?」

 

 キルアの声を遮り気合一閃、鋭い風切り音を鳴らして上から下へと振り下ろされた鞭が、キルアの左肩へと非常に気持のいい音を立てて直撃した。

 話してる最中に激痛に見舞われたキルアの声はすぐさま叫び声へと変わった。うん、これならキブシにも聞こえただろう。

 身体を動かせないので首だけを上に向けて悶絶しているキルアを尻目に、お役目御免と用済みになった鞭を無造作に放り投げる。

 

「っがああァァ!! てんめぇ、何しやがる!」

 

 痛みから復帰したキルアが私に吼えた。おぉ、流石ゾルディックのホープ、若干涙目とはいえ痛み耐性はかなりあるようだ。ミルキ君の時のような痣じゃなくて少し出血するくらいの威力だったのに。

 すかさず体の前で両手を振り、悪気がなかったことをアピールする。悪気めっちゃあったけど。

 

「いやぁ、ほらさっきやっとくって言っちゃった手前、やらないわけにもいかないじゃん?」

「だからってお前なぁ! もう少し加減しろよ血ぃ出てんじゃねえか!」

 

 私のテキトウな弁明にも、当然彼は食って掛かる。口頭とはいえ約束したのだから、と言えば一応プロの取引の重要性を彼は分かってくれるかもしれないのでは、と思ったけれどやっぱり無理か。ですよねー。

 

「それはアレだよね、キブシに聞こえるようにしたのと、さっきミルキ君応援してたことへの私怨でついやっちゃった感じ」

「クソ、前半の理由だけだったら演技だけで良かったんじゃねぇかこの性悪め……!」

 

 一応私がきちんとキルアをしばいたかをキブシに分かる形で確認させるという目的も、無かったわけではない。ぶっちゃけ発言の後半のほうが私の中では比重が大きい。

 言葉にお前の発言のせいでもあるんだよ、というのをあからさまに匂わせるも、怒りの矛を収めさせるには至らない。

 ただまぁ感触としてはあと少し、といったところか。ここは少し私の株を上げつつ丸め込むとしよう。

 

「ごめんごめん。まぁ仕返しがしたいんだったら、この家の敷地外で相手してあげるよ」

「何で上から目線なんだよ……。チッ、覚えてろよ」

 

 軽い謝罪に仕返しならここ以外で相手になる、と添えればキルアは矛を収めた。

 一応ここから出て別の場所で会おうと言っているようなもんだから、外に出たい気持ちのあるキルアからしたら応援された感じになる。私の株も多分上がって、尚且つキルアも溜飲を下げたわけだ。

 とはいっても、怒りの精算を先延ばしにしただけであって解消したわけではない。まぁ、精算することができるかは彼次第だ。

 

 多少期待してはいるけれど、本当にここから出られるのか定かではないので、さっさとこの場で聞きたいことを聞いておこう。

 この機会を逃したら、もう2度とチャンスは巡ってこないのかもしれないわけだし。

 さぁ、オハナシの時間だ。



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09 望むものは

 キルアは怒りを今は収めたとはいえ、やはりまだ不機嫌ではあるようだ。全く、一応私がミルキ君のしつこい責め苦から開放してあげたのだという部分もあると理解しているのだろうか。むしろ感謝しやがれ、である。

 なんせしつこいくせにスタミナが無いことに定評のあるミルキ君のことだ。小まめに休憩を挟みながら、最悪の場合は後数時間はお仕置きを続けていたことだろう。それを思えばこそ、一応感謝すべき点もないわけではないというのに。

 まぁ、確かに多少威力が過剰気味だった感が否めないかもしれないような気がするような。それは、うん。さっき言ったようにちょっとだけ私怨入ってますけど。

 ともあれ、不機嫌そうなのは確か。今だって眉根に皺を寄せて顔を背けていて、私と目を合わせようとしないし。

 そういえば私が鞭で打つ直前に、私に何やら話しかけようとしていた様子だったけど、今からそれについて彼が口を開きそうな様子もないし。タイミングを誤ったか。このまま待っていてもキルアが再びそれを言い出す可能性はかなり低そうだ。

 ここは仕方ないので私から話題提供してやろう。ちょうどキルアのテンションが上がるような話題も少し前に仕入れてきたことだし。

 

「ねえ、ここに来る直前に伝言預かってきたんだけど」

「……伝言?」

 

 私の言葉にキルアが反応する。漸くこちらに向けた顔は、先程までの様子は何だったのかと問いたくなるほどに険が取れている。

 私経由で彼に何らかを伝えたがっている人といえば超限定されるし、話題選びが成功したと見ていいのか。にしてもコイツも若干チョロいような。でも子供だしただ単に意地張ってただけで会話の切掛が欲しかったという可能性も。実際どうなのかは知らないけど、成果は上々。

 恐らくキルアが今連想している人物は、今もきっと筋力強化に務めている彼ら3人で相違ないだろう。それ以外だったならこんな嬉しそうな表情をするとは思えないし。

 ……いや、或いは3人ではなく1人だろうか。少し試してみようかな。

 

「レオリオ達からね。すぐに迎えに行くから待ってて、だってさ」

 

 主にゴンからの伝言ではあったけれど、その他2名も同じ気持ちっぽかったので、別に間違っては居ないだろうと敢えてレオリオ達と言葉にしてみる。

 それを聞いたキルアは少し俯いて目を細め、しかし嬉しそうに、滲み出そうな笑みをかみ殺しているようだった。素直に喜べばいいのに、とも思うが少年の心は複雑なのか。言うだけ野暮だろう。

 しばし喜びを噛み締めている様子だったキルアは、俯いたままポツリと呟きをこぼした。

 

「……そっか、ゴン達が……」

 

 レオリオ達っつったでしょーが。彼の脳内では伝言の代表者はゴンに変換されているようだ。実際そうなんだけども。私が代表者っぽく名前を出したレオリオはキルアの中でオマケに成り下がってしまった。

 きっと、私がさっきレオリオではなくクラピカの名前を出していたとしても、どうせキルアはまた脳内でゴンに変換していたことだろう。

 事実、3人の中でキルアが最も重きを置いているのはゴンだし、キルアにとって最も影響が強いのもまたゴンだ。それは傍目から見ていても十分に分かる。

 同年代ということも有り、ここから出られた場合にキルアの今後を左右するのはやはりゴンがメインか。他2名の影響力はどの程度か知らないけど、まぁこれだけわかれば十分かな。

 

「……って、おい、迎えにってことはアイツらこっちに向かってんのか!?」

 

 突如勢い良く顔を上げたキルアが大きな声で問いかけてきた。何を聞いているんだこの子は、迎えに行くってそういう意味だろうに。

 そもそもさっきだって迎えに来ているからこそあんなふうに喜んでいたんじゃ……いや、もしかしたら会いたがってくれてるってことだけであんなに喜んでいたのかも。そこだけ抜粋して、時間を置いて言葉の意味に漸く気づいたのか、可愛い奴め。

 

「迎えにってことはそういうことでしょ。浮かれ過ぎだぜ少年」

「ばっ、浮かれてなんか……! っつーかお前も止めろよ、ウチに来たら下手したら殺されるぞ!?」

「止めるも何も、伝言だってついさっきもらったばっかだし無理だって」

「は……?」

 

 からかい混じりの私の言葉に、照れたり慌てたりと忙しない反応を見せていたキルアも、ここに来るのを止められなかった理由について言うと、口をポカンと開けて間の抜けた声を出した。

 ついさっき、詰まる所ここに来るほんの少し前ということは、彼ら3人は少なくとも既にこの近くにいるということ。

 加えて、止めるのが無理だったということは、止めても言うことを聞かなかったのか、或いは既に来ているから止めるもクソも無いのか。私は”止められなかった”ではなく”止めるのが無理だった”という意味合いの発言をしたので、まず間違い無くキルアは後者の意味で解釈しただろう。

 それはつまり、今現在あの3名がどこに入るのかということを、キルアが理解したからこそ彼は今固まってしまっているのだろう。

 まさか夢にも思うまい、家出した先で出会った友達が、反省して戻ってきた実家に迎えに来てくれるだなんて。しかも実家の家業が殺しという危険極まりないものなのに。

 嬉しいことではあるが、私から言わせてもらえば余りに無鉄砲。きっと私と同じ感想を抱いたキルアに対し、無慈悲に真実を告げる。

 

「来てるよ。門の所で会った」

「はああぁ!? おい、大丈夫なのかよアイツら!?」

 

 大声で反応するキルア。たしかにこの家の侵入者への対応を知っていれば、良からぬことが起きてしまうのではないかと心配するのも仕方のないこと。

 さっき会ったという事はその時点で命に別状はなく、また私と会話できる状態であったのは確かだが、時間の経過した今もその状態であるのかはキルアには分からないだろうし。

 

「大体1週間くらい前から居たみたいし、ゼブロさんも付いてるから大丈夫だと思うけど」

「あぁ、何だ……。1週間も前から何やってんだ?」

「試しの門開けるための筋トレしてた」

 

 彼らの現状について説明すると、キルアは安心したように息を吐いた。1週間見逃されているならば多分下手なことはされないだろうし、ゼブロさんがついていれば危険なこともしないだろうし安全だ。

 筋トレについては、キルアは納得したように頷いた。出られるにしても、流石にあの門を開けられない者達との同行が許可されるわけがないと理解しているだろうし、これはキルアにとってもクリアーして欲しい部分だ。

 レオリオは1週間そこらで片方だけなら開けられるようになったし、彼なら多分近いうちに1の門は開けられるようになるはず。

 左右の扉で合計4トンとは言っても、持ち上げるのではなく押すだけなのだから、キルアがここから出るよりも早く敷地内に入れるだろう。入った後どうするのかは知らないけど。

 ハンゾーに腕を折られたゴンは時間がかかるかも……って、そういえばさっきゴン腕にギプスも包帯もしてなかったような。綺麗に折れたとしても、まさかそんなに早く治るはずもないから、痛みを堪えて鍛えているのか。

 他の2名に遅れを取りたくないのだろうけれど、それにしたってなんという根性だ。凄いなぁ彼は。きっとそう遠くないうちに開けてしまえるだろうね。

 

「彼らについては以上だね。で、今度は私自身の用事済ませたいんだけど、いい?」

「ん、いいぜ。俺もさっきお前が何で来たのかきこうとしたんだけどな……」

 

 私がここに来た目的について切り出したら、返答と同時に睨まれてしまった。鞭で遮った言葉はそれだったのか、失敗失敗。

 まぁ気にすんなよ、とキルアをテキトウに宥め賺して続ける。

 

「試験の時イルミさんにさ、人殺しはもううんざりだ、普通にゴンと友達になって普通に遊びたいって言ったじゃん? あれ、どういう意味だったのかなーって」

「……どういう意味ってのは?」

 

 私が知りたかったのは、あの時のキルアの発言の真意。彼の望みについて。

 しかしキルアは怪訝な表情で聞き返してきた。少しわかりにくかったようだし、聞き方を変えてみるかな。

 

「人殺しやめて、ゴンと友だちになって。キルアがその先に何を求めるているのか、どう生きようと思ってるのかが知りたいんだ」

 

 私が知りたかったのは、キルアの未来。ここを出てゴンと一緒に過ごす中で、彼が何を求めているのか。

 普通に友だちになって、遊ぶ。今のような生活ではなく、大多数の誰もが過ごしているような日常を欲しているということなのか。

 それとも、ただゴンという存在がほしいだけなのか。

 

「それは……、……」

 

 呟いたキルアは下を向き、俯いている。

 沈黙。彼は答えを探しているようだ。ゴンと友達になって過ごして、その先。ハンター試験を通して出会った眩い存在対して抱いた望みの、その先。

 彼自身の言葉だ。イルミさんに反抗してまで言ったくらいだし、確かにキルアはゴンと言葉の通りの関係になることを望んでいる。

 だけどそうなって、どう過ごすのか。何を目的として生きるのか。まだ、それは彼の中で決まっていなかったのか。

 

「……お前は、なんでそんなことを聞く?」

 

 目線だけをこちらに向けて、キルアはそう私に問いかけた。

 まぁ、キルアに質問だけして私は答えない、というのもフェアじゃないし、答えてあげるのもいいだろう。

 自分のことながら私自身が不明瞭な部分もあるし、それを紐解くヒントにするためというのもあって彼ののぞみを聞きに来たわけだし、利用ばかりするのも悪い気がするし。

 

「私も、キルアが望んでいるのと同じ。普通になってみたかったんだ」

 

 普通になりたかった。それは私も持っていた望みだ。クロロと話してあれこれ考えた結果、私は少し前までの自分に対してそう結論づけた。

 ずっと昔から、憧れていた。泥を啜る必要もない、変なものを食う必要もない、楽しくて明るくて、誰かと奪いあう必要もない。流星街とは違う、普通の暮らし。

 家があって、家族があって、友達がいて、食事があって、辛いことが会ったって誰かと笑い合える、文字の羅列の中に見た暮らし。

 

「昔は手が届かないと思っていたそれが、気づいたら近くにあってさ」

 

 不思議なもので、会話という形式で言葉にしだすと、詰まること無くスラスラと出てくる。朧気だった思考も徐々にまとまりだして、私に解を与えてくれる。

 あぁ、そういえば悩みは誰かに話すといいってどこかで聞いたような。これはそういうことなのか。答えは私の中にあって、ただそれが形にしないと見えなかっただけで。当時の私の思いが、手に取るように分かる。

 

「気づいたら、無意識にそれに手を伸ばしていたんだと思う」

「普通に生きてみたくなった、てことか」

 

 キルアの言葉に、肯定を返す。

 流星街を出て、雨風をしのげる立派な家を持ち、買い物したり、自分に対して害意を持たない相手を接したり。そうやって過ごしていく中で、普通が自分のすぐそばにあることに気づいた。

 幸いというべきか何なのか、それに手を伸ばす手段はあった。

 

 学校に行った。凡その国で、私と同年代であれば皆が学校にかよって学生生活を謳歌している。まさに普通に、平和に過ごすことの象徴のようなそこに、まずは入ることにした。

 そこで、初めて普通の”友達”が出来た。椎名と楓。彼女たちと過ごす時間は楽しかったし、心地よかった。

 元より強欲だった私は更に多くを欲した。あろうことか、ずっとそこで過ごしたいとまで思ってしまった。叶うはずもないのに。

 

 そのためのハンター試験。思えば、試験を受けるといった時にクロロは僅かに勘付いていたのだろう。私が、自分でも気づかぬうちに普通に生きていくための手段を欲していることに。ライセンスがあれば便利だの経験のためだのと、知らぬ内にその理由の奥に押し込めた想いに。

 ライセンスがあれば、きっと私はずっと彼女たちのいる光の中で過ごしていけるかもしれなかったから。受験生の内の数人と触れ合う内に、私の中で密かにその思いは強くなっていた。

 そんな中でのハンゾーとの会話。制限の掛かっている本を読む以外の明確なライセンスの利用法が無かった私に、意図したかどうかはともかく彼はその先、それを以って何かを為す道を示した。

 真実、私はそれで揺さぶられたからこそ、ネテロ会長のとの対話であの発言をしたのだろう。まぁこれについては感謝だ。心からの言葉だったからこそ、会長を通して私に対してのハンター協会の警戒度も下がった、かもしれないし。

 

「まぁでも、気づいちゃったんだよね」

「……気づいた?」

 

 キルアが聞き返す。

 気づいた。昔のことを夢に見て、今の自分がどれだけ危険なのかを。

 飛行船内で無警戒にも深い眠りに落ちたこと。普通に近づくにつれて私の気が抜けたか、それとも近づきすぎて疲れたのか。

 理由が前者であれば私は自信に対して強い嫌悪感を抱く。常に気を張って生きてきた過去の私がそれを良しとしない。後者であれば私が普通に生きるのは難しい。希望を持てばそうなるならば、疲弊して生きることを未来の私が良しとしない。

 どちらかならばそのうち慣れる可能性もあった。でもきっと理由はどちらもで、私は過去と未来の板挟みに耐えることはきっと出来ない。日々自分を嫌悪して疲れながら生きていくなんて。

 学校に通っていた間は、休日を利用して盗みを働いていたからこの2つを抑えられていたけれど、ハンターライセンスという存在が切掛で表に出たのだろう。

 元より、今はまだ特に気にしていないけれど、そこで生きていたら私が今まで奪ったものに対して罪悪感を抱く可能性だって無いわけじゃない。そんな爆弾を抱えて過ごすのは御免だ。

 深い眠りに落ち、尚且つその後嫌悪感を抱くことが無い日が訪れればいいとも思うが、自分の家でさえ睡眠時は完全には安心できないのだ。この望みは夢物語でしか無い。

 

「私は、そこで。普通に、光の中で生きていくことは出来ないって。それと、」

 

 今改めて思う、私の望み。

 私はただ、私の望むものが欲しかっただけ。私の足りない部分を埋めたかっただけ。

 普通に生きていて私の望むものが手に入るかといえば、答えは当然ノー。私は強欲なのだ。欲しいものは手に入れたい。普通に生きていては、私が生きる原動力となっている想いを叶えられない。

 思い返せば、普通が欲しかったわけじゃない。私はただ、憧れていただけだ。それに気づけばこそ、未練はない。

 それに、欲しかったものは手に入った。それを手放す必要だって無いのだ。

 

「そこで生きることは出来なくても、そこで過ごすことは出来るんだってね」

 

 そう言って、右手を胸元へと持っていく。

 普通を求めた中で見つけた、そこに住む2人の”友達”。彼女たちは憧れていただけの存在ではなく、私が欲しがっていたものだ。

 そこでずっと過ごすことは出来ずとも、会いたくなれば会える。一緒に過ごせる。そのためにはライセンスなんて必要なかった。

 私の胸のあたりにある、彼女たち2人と私で交わした3つの輪。これさえあれば十分なのだ。この輪が繋いでくれる。私はそこに行けるのだ。

 

 私は、真っ暗闇の中を生きて、自分の望むものすべてを手に入れればいい。

 気が向いたら、光の中で一時的に過ごすのもいい。形のある物もない物も、切符は持っている。

 光の中で得たものを手放すこともない。闇の中で生きていても、私はそれに手が届くのだから。

 きっと私さえも今まで気づかなかったこの内面の変化を、クロロは先日私の目を見て気づいたのだろう。

 目がどんな感じに変わったのかは知らないけれど、そのクロロの宿題のおかげで、私も気づけた。

 私に先を示すのは太陽ではなく、やはり月なのだと。

 

「私はそういう結論に至って普通を求めるのを辞めたわけ。だから今その望みを持ってるキルアはどうするのか知りたかったんだけど……あーやばい、話したらなんか凄いスッキリしたわ」

 

 笑いながらそう締めくくる。キルアは私が最後に行った言葉を聞いて若干顔をしかめた。彼も今自分が私の悩み解消に体良く利用されたことに気づいたのだろう。

 私は彼の質問に答えた。簡単な言葉しか言ってはいないが、彼に伝えるのはそれで十分。今度は彼が答える番だ。

 

「オレは、正直まだよく分かんねぇけど……そうだな」

 

 そこで一旦言葉を区切ったキルアは、ニヤリと口元を歪めて、私の目をしっかりと見据えた。

 

「まずはゴンと一緒に、そこで答えを探す。ここしか知らねぇのは嫌だしな」

 

 そう言ってのけたキルアの目には、先程よりも強い強い光が宿っていた。

 彼がどう生きるのか、今後が非常に楽しみになる答えを頂いた。私と似た望みを持った彼の行末を見たい、その気持が強くなったのが分かる。ゴンという太陽のそばに居てその身を焦がさないのかということも興味をそそる。

 

「……なるほどね。いいんじゃないの」

 

 笑みとともにそう返して、部屋の隅に目を向ける。私の視線の先には、無造作に床に置かれた上着と、その上に置かれた携帯電話。恐らくどちらもキルアのものだろう。

 それに歩み寄りながら、更に言葉を紡ぐ。

 

「ここから出れたら応援してあげるよ。私のアドレス入れといてあげるから、たまには連絡してよ。知りたいこととかあったら教えてあげるし」

 

 キルアのものと同時に自分の物を同時に操作して、お互いのアドレスを交換しあう。

 キルアのおかげで悩みも解消できたし、多少の手助けはしてあげようじゃないか。あぁ私ってばなんて優しいんだ。

 

「はっ、お前に聞くことなんて特にねーよ」

「いやぁ、案外近い内に何か知りたいことできると思うけどね」

 

 鼻で笑うキルアに、私もニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて返す。

 ここを出たら近いうちに知りたいことができるはずだ。念とか念とか、念……それと念とかね。

 ゴンとともに行動するのであれば、きっと近いうちに念能力者と接触があるはずだ。ハンターとしては必須のこの技術、恐らく試験合格者には高確率で接触してくるはず。

 取り敢えず、ここでの用は済んだので、次はミルキ君の所に行かねば。

 

「じゃあ用事も済んだし、私はもう行くね。拷問頑張れ」

「だりぃなぁ、早く終わんねぇかな……。っつーかオレ暇なんだよ、時間あるならもうちょいここに居ろよ」

「いや、ミルキ君気が短いからあんま待たせると機嫌悪くなって面倒臭いし。時間あったら遊びに来るよ」

 

 私の言葉に心当たりがあるのか、呆れた表情でブタ君マジ糞だな、と呟くキルアに苦笑を浮かべ、もう一度別れを言ってとびらを開く。

 今度はなんか上手いもん持って来いよ、という声を背中に浴びつつ、部屋の外で待機していたキブシを目で促し、ミルキ君の部屋へと向かう。

 

 考え事が1つ解消されて、なんだか頭が軽い。キルアには感謝だ。

 でもまだ問題は結構あるし、これからミルキ君の所でもそれと向き合わなくちゃいけないし。

 ジャポンにいる清涼剤達を恋しく思いながら、石造りの廊下を歩き続けた。




怒涛の回収……!

でもなにか足りないような気がするので、加筆修正あるかもです。


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10 準備

 先ほどの拷問部屋には今日はじめて行ったので、あそこからだと道順が分からない私の数歩前を先導して歩くキブシとポツポツと会話をしながら移動していると、やがていつもの見慣れた区画に辿り着いた。廊下の作りが先程までの石造りから洞窟のようになったここは、ミルキ君の私室がある辺である。

 ミルキ君が外出しないせいで、彼の専属執事であるキブシの仕事は雑用ばかりで、しかも特に必要ないだろうということで専属はキブシのみ。

 雑用頼まれてばかりで大変だねと言ったら、じゃあお前も頼むのやめてくれよ的なことを言われた。それはまた別の話だろうと一蹴しておいた。もうそういう立ち位置になってしまったのだから諦めてくれ。

 

 専属らしく護衛とかしたい、と肩を落とし煤けるキブシをお座成りに宥めていると、ミルキ君の部屋の前へと辿り着いた。

 キブシは佇まいを正して扉の前で立ち止まり、3度ノックしてから中に居るミルキ君に到着したことを告げる。

 返事が帰ってくるとキブシが扉を開けて後ろに下がり、私は止めていた足を動かして開いた扉へと向かった。

 

「お待たせしましたクソ豚野郎!」

 

 爽やかな笑顔とともに毒を吐きながらは入ったその部屋の内部は、いつもの見慣れた光景。

 大きな棚に並べられた美少女やヒーロー、怪獣などのフィギュアが今では30畳ほどの部屋の2分の1程を占めている。人間大の物も複数あり、それが余計に場所を取っている。来るたびに物が増えて段々部屋の奥への道が狭くなってきている。

 奥にあるパソコンはその半分程度の割合を占めており、いくつかのハードに大量のモニターが設置されている。こちらも偶に数が増える。

 壁や天井には棚に並べてあるようなもののポスターが貼られていて、石造りのそれが露出している部分は少ない。更に他の部屋に続く扉にもびっしりだ。

 床は何も貼られていなくてカーペット等も無いので露出しているけれど、お菓子の食べかすやゴミが散乱していて汚い。

 

「うるせード腐れ性悪女。ちゃんとやっといたか?」

 

 こちらを振り向きながらそういうミルキ君。どうやら辛うじて綺麗な状態の机の上で、私が持ってきたものを並べて見ているところだった。

 と言うか何故こいつら兄弟揃って私のことを性悪と言うのだ。ちょっと職業が泥棒なだけで、とってもいい子ちゃんなはずなのに。多分、きっと、うん。

 やっといたか、というのはキルアに対してのことだろう。もちろんと答えると、ミルキ君は私の後ろへと視線を向け、キブシにも確認しているようだった。

 キブシは首肯したのだろう。ミルキ君が納得した様子を見せると、後方で扉が閉まる音がした。

 

「あ、キブシぃお茶」

「おお、俺も俺も」

「……畏まりました」

 

 閉まりきる直前に首を後ろに向けながらお茶を催促すると、ミルキ君もそれに乗っかった。

 頼まれたところで淹れるのはキブシではなく、他の厨房を担当している者だ。本来であれば私かミルキ君が内線で頼めばいいものを、態々それをキブシにやらせているだけである。性悪? いいえ違います。

 主人とその客の頼み故に断ることが出来ないキブシは、一旦動きを止めて返事をしてから今度こそ扉を閉めた。それを確認して私は部屋の奥のミルキ君の元へと向かう。

 話しかけつつも途中においてある等身大美少女フィギュアの今日のパンツチェックは忘れない。

 

「どう? リストに合った奴以外ので気に入ったのあった? ……今日は黒のレースか、いいね」

「どれもいいんだが、これだって言うのはないな……あと、いい加減来る度パンツ見るのやめろ」

「そう言うなら毎日パンツ履き替えさせるのやめろ」

 

 さながら痴女が履くようなに申し訳程度の短さのスカートを捲るとミルキ君に窘められたが、彼が毎日違うものを履かせているせいで気になるのだから、だったらそれをやめろと反論する。まぁどうせやめないだろうね。だから私も捲るのをやめない。

 ミルキ君に渡された欲しい物リストに載っていない物も、あの呪われた……じゃなくって珍しそうな人形以外にもいくつか持ってきたけれど、特に気に入ったものはないようだ。まぁどれもある程度は気に入ったようだからいいや。

 案の定露骨に視線を逸らしてごまかしたミルキ君は、その話は終わりだとばかりに別の話題を切り出した。こいつ絶対今日もあの人形のパンツ取り替えるよね。

 

「それはそうと、今回は期間がいつもより長かった割には数はあまり多くないんだな」

 

 私は大体2、3ヶ月くらいに1回のペースでここに来ているのだけれど、確かに彼の言う通り今回はそれよりも少し間が空いている。

 一度に持ってくる量も似通っている。その割には普段よりも心なしか少なめだったのが気になったらしい。

 理由としては学校とかハンター試験とかでいろんな場所に行く機会が一時的に減ったからなのだけれど、それは大まかに言えばいいだろう。

 

「ちょっと事情があったからね、仕方ないんだよ」

「それとコレ、コイツ何なんだよ。何か禍々しいんだけど。っつーかコイツ髪伸びてんだけど」

 

 そう言ってプラプラと振ったミルキ君の手が掴んでいるのは、私が持ってきた古い童人形。40cm程度の大きさのその少女は、先程よりも確かに少し髪が伸びている。

 具体的には腰の辺りまであった黒い髪が、足の付根の辺りまで伸びている。

 

「ああ、その子オーラ垂れ流してるとそれ吸って髪伸びるから。”纏”してれば触っても吸われないよ」

「マジかよめんどくせぇ……。コイツ本体はあんま価値無さそうだけど、念のお陰でソッチ方面のやつは喜びそうだな」

 

 試してみたので髪の伸びる理由は分かっている。どういう経緯でそんなことになったのかは知らないが、”纏”でオーラを留めていないとそれを吸収して髪が成長するのだ。

 念能力者でなければオーラを体外へと放出する精孔がほぼ閉じている状態のため、吸われる量も微々たるものなのだろうけど、念能力者であるミルキ君であれば話は別だ。僅かな時間でも影響が出る。

 キブシが持っていても大丈夫だったのに、今は髪が伸びてしまっている現状からわかるようにミルキ君は普段”纏”をしていない。そんなんだから念も扱えないキルアに腹刺されて大ダメージ受けるんだよ。めんどくせぇじゃないんだよ。”纏”ぐらい普段からしてなよ。

 

 それにしても人形本体はあまり価値が有るものではなかったのか。つまりただ単に呪われた品だったわけだ。まぁそうだろうなぁとは思っていたけれど。

 除念しても良かったんだけど価値も下がりそうだし、能力の特性上結構めんどくさそうだからと却下しておいて良かった。ゼノさん用の奴はよく分からないからノータッチだけど。

 ちなみに持ったまま”練”で通常以上のオーラを練ると、すごい勢いで髪が伸びる。面白いぐらいにモッサァと伸びる。まぁコレは言わなくていいだろう。何となくやってみて驚くがいいさ、私のように。

 

 手に持っていた人形をミルキ君はそっと机においた。扱いが丁寧なので捨てたりはしなさそうだ。ひょっとしたらこの部屋の棚に並ぶかもしれない。

 そして彼は私に、何かあるかと聞いてきた。彼は私の持ってきたものを見終わってから、何か頼み事があるのかと聞いてくる。ここで私が首を横に振るのが大抵の流れだ。

 しかし今日は違う。貸しも結構溜まっていることだし、タイミングもちょうどいいので少し貸しの精算をさせてもらおうと口を開く。

 

「まずはいい武器売ってる店に値引き込みで紹介お願い。ゾルディックならいいとこ利用してるでしょ」

「そのぐらいならお安いご用だな。でもよメリッサ、お前そこそこ質の良さそうなナイフ使ってなかったか?」

「ちょっと前に盗みに行った時、運悪く他の奴と鉢合わせしちゃって。勝ったけどそん時にダメになった」

 

 まずは武器の調達である。ハンター試験の際には壊れていてまともな武器を持っていなかったが、まさかこれからも試験の時に使ったような折りたたみナイフを使うわけにも行かない。

 ゾルディックといえば闇の世界の頂点。この世界は同じ辺りのレベルでの横の繋がりが強いから、ゾルディックならさぞかし良い店を知っているはずだ。値引き込みで承諾してもらえてよかった。良い物はそれだけ高いからなぁ。

 ミルキ君の言う通り少し前まではそこそこのナイフを使っていたのだけれど、この間泥棒してる時に同じ家を狙った殺し屋っぽいのと遭遇して戦闘になって、相手もそれなりの腕だったので刃が欠けてしまったのだ。

 デカい家は警備も厳重なので、下調べをしてからここぞというタイミングで決行するのだが、まぁ金持ってるとそれなりに恨みを買うようで、同じくここぞというタイミングで決行した雇われの殺し屋と鉢合わせることがあるのだ。蜘蛛やゾルディックの時も似たようなものだけれど、それを抜いても2回目である。

 

「イルミも言ってたな。決行した時に限ってイレギュラーが起こること結構あるって」

 

 ミルキ君も納得したようにそう言って頷いている。あの人なら多少の想定外の事態は実力でゴリ押ししそうだから問題無さそうだ。

 私も邪魔が入った2度はどちらも強行した。邪魔をした奴はどちらももうこの世には居ない。普段から雇われの念能力者の護衛を相手にすることも偶にあるのだから、ある程度行動には余裕をもたせているため、戦闘が長引きさえしなければ盗む事自体はわけないのだ。

 

「で、他には?」

 

 先ほど私が武器のことを頼む前に、まずと前置きしたのだから当然他にも頼みはある。

 それを聞いてきたミルキ君に、私は指でそれを示しながら2つ目の頼みを口にした。

 

「あとは、それ。できるだけ小さいのがいいな」

 

 示した先にあるのは、パソコンのモニター。だけど要求しているのはそれそのものではなく、画面が示しているもの。

 私が求めているものを把握したミルキ君は怪訝な表情をしたが、厄介事の気配を感じ取ったのか追求することはせず、ただ了解の返事をしてきた。

 

「それも問題無ぇ。どっちも今日中がいいか?」

「うん、それでお願い」

「オーケー。前者は今から先方に連絡入れるわ。多分本人照会の暗号出されるからそれは覚えとけよ。後者はすぐにでも渡せるけど、マジでかなり小さいから帰るときに渡すほうがいいな」

 

 こんな感じでいいか? と言葉を締めくくったミルキ君に肯定を返し、ありがとうと言って近くの空いている椅子に腰掛ける。

 こういう取引の話になるとミルキ君はデキる男っぽくなる。雰囲気だけで言えば結構イケメンだ。実際の見た目はちょっとアレだけれども。素材は良いんだから痩せればいいのに。

 キーボードを高速で叩くミルキ君の手元をぼんやりと見つめる。指先だけは素早く華麗に動くのに他が愚鈍すぎる、だなんて今恐らく私のために先方に文面を送っている彼に対してめちゃくちゃ失礼なことを考えていると、扉がノックされた。

 ミルキ君が手を休めずに声で入るように指示すると、ここまでお茶を持ってきた執事を廊下で待機させてキブシが室内へと茶を運ぶ。下っ端は基本的には部屋に入れないのだ。

 受け取ったお茶を啜りながらミルキ君を見守る。あ、ちくしょうまたお茶に毒入れてやがる。……この量ならまぁ平気だろうか。多分。

 

「よし、後は向こうのリアクション待ちだな。お前今日この後どうする?」

「んー……。せっかくだし泊まっていこうかな」

 

 作業を終わらせたミルキ君がこちらを向きながら質問してくる。少し考えた後に、泊まると返した。

 ここには一度来ると次来るまで結構間が開くので、急ぎではない場合は泊まって遊んでいく。彼はマイナーだけど面白い漫画を多数所持しているからそれを読ませてもらったり、後はゲームしたりして過ごす。

 期間はその時によってまちまち。最長で1週間くらい連続で泊まったこともあるけれど、今回はそんなに長居はしないだろう。

 食事はゾルディック仕様のものを食べると割と深刻な被害を被るから、出された分の半分を食べて残りはミルキ君へ。足りなければ彼のお菓子を食わせてもらう。この辺りの流れも何度もやっていることなので、慣れたものだ。

 私の答えを聞いたミルキ君は笑って、勢いよく両手の平を合わせて宣言した。

 

「よっし、そんじゃあゲームしようぜゲーム! 今日は徹夜な!」

「いいよー。でも対戦系はほとんどバランス悪いからメインは協力系ね」

 

 今日はどうやらゲームをして過ごすらしい。いい加減対戦系は特定のジャンルを除いてバランスが悪くて勝負にならないので駄目だということも学習している。

 意気揚々と、キャスター付きの椅子に乗ったまま地面を蹴って、部屋の奥にある別室への扉へと向かうミルキ君。あの奥にあるのは、絨毯やソファなどがきちんと備えられており、漫画やゲームが大量に置かれている、正に遊びのための部屋だ。

 私も椅子から立ち上がって彼の後を追う。せっかく来たんだし、ジャポンに向かうのは明日でもいい。

 今夜は長い夜になりそうだ。

 

 

 

 

 

「だあああぁぁっ!! クソ、全っ然勝てねぇ!! お前格ゲー強すぎんだよアホ!!」

「格ゲーはやめようって言ったのに。フレーム単位で見切って対応できる私にキミ風情が勝てるわけ無いじゃん。勝ちたきゃ現実で強くなりなよ」

「このジャンルはヤメだ! 次、このFPSガンシューティングで勝負だ!」

「だぁから学習しろってば!! それだと今度は私がボロ負けして勝負になんないっつーの!」

 

 深夜、ゾルディック邸内の一室に私とミルキ君の大声が響く。

 格闘ゲームのフレーム以下を争う戦闘をしている私からしてみれば、画面内の相手の初動から次どんな動きが来るのか、そしてそれへの対処も完璧。引きこもり故に一瞬を見抜く目がなく、技術のみのミルキ君の後の先を完全に取れる私が圧勝し続け、ミルキ君が吼えた。どうしてもと言うからやったけれど、結果は案の定である。

 そして次にミルキ君が提示したジャンルは、完全に技術がモノを言うゲームであり、技術もやりこみ度も段違いな彼に私が完敗するのだ。故に声を荒げて却下した。

 私達の実力が拮抗しているのは、パズル系のみ。技術と経験で勝るミルキ君に、彼以上の思考能力を持つ私が対抗する。次点がレーシングゲームで私が偶に勝てるくらいか。と言ってもやはり基本的に勝者はミルキ君で、実力差は大きい。

 動きを見て反射で対応できるゲームでは私が圧勝し、単純な技術の勝負になるとミルキ君が圧勝する。勝負としてはほとんど成り立たない。故に対戦系はバランスが悪いのだ。

 あぁもう。だから協力系にしようって言ったのに。




格闘ゲームのフレームとは、画面の動きを一つづつに分けた時のもので、ゲームによって違いますが1フレーム辺り30~60分の1秒です。
FPSは一人称視点のシューティングゲームみたいなものです。ミルキが提案したゲームは、頭や心臓を銃で撃たれると即死するようなものです。


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11 そして光の中へ

 結局ミルキ君とのゲームは白熱してしまい、私が帰路についたのは翌日の夕方前だった。私は言わずもがな、ミルキ君も意外と体力はあるのでその間ほぼ無休である。彼は身体が大きくて一挙動で消耗する体力が大きいからバテやすいのであって、ゲームやパソコンなどの動きの小さい動作は長時間できるのだ。

 部屋を出る際には頼んだ物など色々受け取り、小さいバッグに荷物をまとめた。ついでに来るとき同様に等身大美少女フィギュアのスカートを捲ってみた。パンツは淡いブルーに花の刺繍が施されたものに替わっていた。あの野郎いつの間に。

 部屋から余り出ないミルキ君とは彼の私室で別れ、今は地下道を抜けて試しの門に一番近い執事邸へ出て、そこから門に向かって伸びている一本道を歩いているところだ。

 帰りも当然執事が見送りと監視の目的で同行する。帰りの際は執事の数も減って2名となり、こちらは毎回キブシとその部下で固定である。検問塔の必要もないため来る時よりも対応は軟化している。

 

 ちなみに時間があったら遊びに行くと言っておいたキルアだが、遊んでいる最中に思い出しはしたのだけれど、食事以外であまりまとまった休憩が取れなかったので会いに行ったのは結局1度だけだった。帰る前に寄ったのを除いてである。

 しかもそれもシャワー休憩でミルキ君の部屋を離れた時に少しだけ。泊まるときは女性の使用人が使用する個室のシャワールームを借りるのだけれど、その帰りにちょっと寄ったのだ。

 中々来ない上に、髪がまだ乾ききっていない、明らかにお風呂入って来ましたというような状態の私を見て、キルアは吠えた。何普通に寛いでんだよ、と。

 キルアが知らなかっただけで私はいつもこんな感じだ、と言って宥めたけれど、来るのが遅かったのも問題だったらしい。確かにもうすぐ日付が変わるような時間だったし、既に帰ったかと思ったとも言われた。そして暇なんだから居るなら来いよ、とも。

 これはまぁ、うん、時間があったらって言ったし、無かったもんは仕方ない。私は悪くない。あんまり。

 悪いのはミルキ君だ。私が今日中に帰る事を告げると、彼は一層ゲームに熱を入れたのだ。私は彼以外にも”友達”はいるけど、彼は多分私だけだろうしまぁ仕方ないかも。

 私がここに来る頻度も多いとはいえないし、滞在期間が短いなら休憩を削れば長時間遊べると思ったんだろうけど、それにしたってやりすぎた感はある。

 故にキルアへの2度目の訪問は帰る直前になり、まぁそうなると当然再び半日以上放置されたキルアは声を荒げた。

 喧しかったので、土産として持っていたオヤツの余りのチョコレートを口いっぱいに突っ込んで退散した。

 流石に少し可哀想だったかもしれない。後で何かメールしておいてあげよう。何時見ることが出来るようになるのかは分からないけど。

 

 まぁキルアのことは、少なくとも今はどうでもいいと言える。私にとっての価値のあるキルアとは、この暗い箱庭の外にいるキルアなわけだし。

 なればこそ、今考えるべきことは彼についてではない。他にもっと優先すべきことがあるのだから。

 

 道なりに進んでいた歩みを止めると、同時に同伴している執事たちの動きも止まる。何事かと後ろを振り向いて私の顔を見てきたキブシに対して、顎で左を示す。示した先はゾルディックの深い森。

 ゾルディックの敷地内に存在する道はこの1つのみ。他の各施設へは、どこかで道を逸れて山道を突き進むしかない。

 常に似たような光景の一本道の中、当然目立った目印は存在しないため、執事たちは敷地内を熟知しなくてはならない。今自分がどこに居るのか、そして現在地から各施設への方角と距離を正確に。

 私も幾つかの施設の方角と位置を大体であれば把握してるけれど、当然それは全体として見れば決して多いとは言えない数だし、情報も結構大まかだ。

 

 私の動きを見てキブシは頷き、私の示した方向へと跳躍して、近くの足場になりそうな木の枝に上った。そこから木の枝を足場に、日が傾いてきたせいで少し薄暗い森の奥へと進んでいく。

 特に疑問に思わずに私の指示に従ったのを見るに、彼もある程度の事情を知っているのだろう。そうでなければ、この先になんの用があるのだと聞き返すはずだ。と言うことはつまり、彼が向かう先は間違い無く私の目的地。

 私もトンと地面を蹴り、彼に習って木の枝を飛び移って移動していく。下から行かないのは、足跡や植物の曲がり具合から移動の形跡が残るのを避けるためか。既にキチガイじみた対策しているくせに、ご苦労なことだね全く。

 ただ、これから向かう先にいる奴らがこんな移動を毎回しているとは思えない。と言うかあそこは唯一先程までいた道以外の所と獣道で繋がっている。施設としての重要度は恐らく最下層。なので今回このような移動をする必要はない。

 必要はないが、一応念のためといったところか。或いは獣道を通るとなると遠回りになるからとか、いつもの癖でとか。

 

 大穴でキブシが服を汚したくないからと言う理由かも知れない、と後半はほぼ無意味なことを考えて暇を潰しつつ移動していると、やがて草木の整備された開けた場所に建つ、木製の少し大きな一軒家が見えた。

 私の目的地とは、この使用人用の家。それも主に試しの門とその付近を担当する使用人が使用している家である。

 キルアを迎えに来た彼らと接触するのに何ら反対の意を示さないのは、執事たちとしてもキルアを応援しているからだろうか。でなければゴン達が敷地内に留まるのを見逃さずに、主からの指令がなくとも独断で始末しているだろうし。

 それをしないのはゴン達がキルアの友人だと理解しているから。ミルキ君とキルアは今でこそ憎まれ口ばかりたたき合う仲だけれど、昔は仲良く遊んでいたとこの前キブシも言っていたし、キブシ的にもキルアは可愛いのだろう。私を真っ直ぐここへ案内したのがその証拠だ。

 

 家の正面ではなく側面に着地したキブシの傍に着地し、後ろに居た執事も到着したのを確認して、手で彼らにここで待つように支持して玄関へと向かう。

 この家で寝泊まりしているのは、昨日門のところでゴン達と一緒に居たゼブロを含めて数名。

 ゼブロがゴン達の面倒を見ているのならば、彼らが寝泊まりしている場所もまたこの家だろう。

 軽く探ってみたけれど、家の中には彼らの気配はない。なのでこの家を使用している確証はないけど、取り敢えず最も気配がわかりやすいレオリオのものがない以上、今はここに居ないのは確定。

 

 ある意味好都合だ。彼らの目のないところで実行できるのであれば是非もない。

 今ここに居ないのは外で鍛えているからだろう。であるならば、今は日没、もうすぐ帰ってくるはず。

 扉をノックして呼びだそうとしたが、中の使用人が外に出ようとしているのを察知し、呼ばずとも来るならそれでいいかと数歩扉から離れる。

 間もなく出てきたのは、白いシャツに黒いベスト、ブラウンのズボンを履いた金髪に糸目で全体的に細い感じの男性。

 彼とは会ったことがなかったけれど、私については聞き及んでいたようで、私の姿を認めると僅かに驚いた様子を見せたが、すぐに持ち直してにこやかに話しかけてきた。

 

「これはメリッサ様、こんな場所にどのような御用でしょうか」

「ちょっと野暮用で。ゴン達に会いたいんだけど、ここに居る?」

 

 そう答えると、彼は納得したように頷いた。

 私が彼らと知り合いだというのも把握しているようだ。ゼブロが言ったんだろうか。

 用事の詳細はともかく知り合いに会いに来たのだ、と理解した彼は笑みを深くして言った。

 

「ああ、彼らなら今試しの門にいます。もうじき日も暮れますし、交代の時間なんで今から呼びに行こうと思っていたんですよ」

 

 彼の発言から、ゴン達が普段ここで寝泊まりしているのが確定した。

 そして今から迎えに行くということは、到着まで多少時間がかかるはず。

 向こうへ移動するのはこの使用人が急げばすぐだが、ゴン達は身体を動かした後だしそんなに早くは移動できないはずだから、時間も開く。

 

「そっか。彼らに用があるから、中で待たせてもらってもいいかな?」

 

 そう聞き返す。流石にここでノーとは言うまい。

 交代の時間と言う事は、試しの門以外の場所担当もこの時間のはず。

 更に意識して中の気配を探れば、居るのはたった1名。完全な無人状態にするのはありえないから、アレは移動しないだろう。

 他に居ないのは、予想通り交代で出払っているのだろう。何やらいい匂いもするし、交代の前後での食事かな。今夜はシチューか。

 

「どうぞどうぞ。すぐに向かいますので、中で寛いでお待ちください」

 

 そう言って礼をして、彼は獣道へと走りだした。ゆっくりでいいのに。

 あの獣道は、試しの門の周辺の、木が半円型に切り開かれた場所に繋がっている。一日の終わりに開けられるようになったかチェックでもしているのか。

 まぁ行きは遅くても帰りは遅いし、さっさと済ませてしまえばいいか。目当ての物があればいいんだけど。

 

 重みのある扉を開け、玄関で靴を脱ぎスリッパに履き替える。足に重みを感じるが、普段鍛える時に足に着けているもの重りよりは軽いので何ら問題はなし。

 中に唯一残り、玄関正面の廊下の右手にあるリビングで椅子に座っていた使用人が、開いた扉から来客を目にして声をかけてくる。彼に挨拶をしてお茶を頼み、そのままの足で玄関の眼の前にある階段を登り2階へ。

 ここに居る使用人の練度はやはり低い。キブシ達のように本邸に居る執事と比べると尚更だ。私の気配を察知することも出来ないだろう。

 

 2階につくと、近くにある扉を手当たり次第に開けて、中の様子を確かめる。気配では気づかれないとは言え、長い間姿が見えなければ不審に思われるので、ここは素早く且つ静かに。

 やがて廊下の最も奥にあった扉を開けると、そこが目当ての部屋だった。使用人が使うことのない、香水の香りが鼻につく。今この家にいる中で唯一使用しているのがレオリオだ。

 この家も部屋が沢山空いているわけではないので、レオリオの居る形跡があるのならば、当然あと2名もこの部屋ということになる。寝具もちょうど3組あるし。

 

 スルリと内部に侵入し、軽く見渡し、目的の物があるであろう場所へと向かう。

 特に探すでもなく、それは見つかった。折りたたまれた衣服の上に置かれている。現物を一度見たことがあるので、見紛うはずもない。

 部屋に置いてあってよかった。流石にあの変な重たいベスト着込んでいる状態でコレも所持していたら、なんかの拍子に壊してしまう恐れがあったからだろう。それにしたってココにある可能性は半々だと思っていたけれど、コイツはラッキー。

 

 痕跡が残らぬように少しだけ拝借し、また元に戻しておく。後はもう用がないので、音もなく扉を閉めて1階へと向かう。

 リビングへ入りテーブル周辺に並べられた椅子の1つに座ると、程なくして使用人がお茶を持ってくる。私がココに居なかったことに気づいた様子もないし、問題無いだろう。特に声もかけられなかったし。

 

 礼を言って茶を受け取り、ゴン達について使用人と会話しながら待つ。話すことといっても試験中の様子だけど、結構興味が有るようだ。

 そうしている内に2名の執事が戻り、それから少し遅れてゴン達が戻ってきた。

 予想以上に早く帰ってきた、ボロボロで疲れ果てた状態の彼らは、それでもどこか急ぎ足でリビングに来て、そこにいる私を見つけるとポカンとした表情を見せた。

 大方さっき交代に行った使用人に、私がここに居ることを告げられ、半信半疑で急いで来たらマジだった、ってところだろうか。

 まぁ彼らのイメージするゾルディックの本邸に言って、丸一日以上消息不明ならなんかあったと思ってしまっても仕方ないか。

 未だ固まったままの彼らに片手を上げて、よっと声を掛ける。

 

「メリッサ、お前無事だったのか!?」

 

 そう叫ぶレオリオを筆頭に彼らが詰め寄ってくる。ゾルディックをなんだと思ってるんだ。

 彼らはここに来る時に見たのと同じベストを着ている。家に入っても脱がないのだろうか。

 若干呆れ気味で座っている私の近くまで来ると、今度はクラピカとゴンが声を発した。

 

「日が落ちても戻ってきた様子がないというから心配したのだぞ」

「向こうで何かされてるんじゃないかって……」

「あーないない、そういうの無いから。キミらゾルディックに変なイメージ抱きすぎだよ」

 

 距離が近くて鬱陶しいので、手でしっしとジェスチャーを送りながら返事をする。

 茶を一口啜って頬杖をつき、少し離れてくれた彼らに問いかける。

 

「それで、もっと他に聞きたいことあるんじゃないの?」

「あ、そうだ! ねえ、キルアはどうしてた? 何か言ってた?」

 

 それにゴンが素早く食いつく。本気でキルアのことが心配なようだ。

 どうしてたか、の部分は当たり障りの無い部分でいいだろう。監禁状態とかそのくらいで。流石に私が鞭でぶっ叩いて血が出たのを言う訳にはいかない。絶対怒られて面倒だし。

 何か言ってたか、の部分は、どうしよう。伝言聞こうとして帰りに寄ったのに、チョコレート口に詰めてまたねと言って別れたから何も聞いてない。

 

「キルアは今監禁状態。会ったけど元気な様子だったし、話し聞いたらキミ達と一緒に行きたがってたよ」

 

 取り敢えずキルアの発言の一つを混ぜつつそう答えると、彼らは一様に安心した様子を見せた。でもごめんよ、キミ達って言ったけどあいつゴンの名前しか出してないんだ。

 

「そっか……、良かった。じゃあ、後はオレ達がキルアを迎えられるように強くなるだけだね!」

 

 嬉しそうにそう言ったゴンに、レオリオとクラピカも笑顔で頷き答えた。

 取り敢えず最低限の実力を備えておく必要があるのはきちんと理解しているようで何よりだ。

 まぁココの執事は心配症だし、キルアも大事に思われてるので、同行させて大丈夫かの確認のためにちょっかい出してくるかもしれないけど、頑張ってくださいな。

 言うべきことは言うったので、残っていた少し温いお茶を飲み干し、腰を上げて別れを告げる。

 

「用も済んだし、私はもう帰るよ。この後も結構やることあるしね」

「え、もう帰っちゃうの?」

 

 来た時と比べて小さくなった荷物を持ち、肩に掛けて、準備をする。

 たったこれだけのためにココに寄ったのだ、と思ったクラピカが、次いでレオリオが声を上げる。

 

「まさか、それを告げるために態々ココで待っていてくれたのか?」

「なんか、ワリーな。でもサンキューな!」

「気にしなくていいよ、大した手間でもないし。それじゃ、頑張ってね」

 

 彼らの言葉にそう返して、私の近くに立っていたゴンとクラピカの間を抜けながら、2人の肩に手をおいて激励を送る。

 今度こそ本当にすべての用事を示し、彼らの後ろにあった扉へと向かう。2人の少し後ろに立っていた、レオリオの足を踏みながら。

 

「いっでええぇ!? オイ踏んでる、足踏んでるっての!!」

「あぁらごめんあそばせ、わざとじゃないザマスよ。でもスリッパが汚れなくてよかったわー」

 

 大きな声を上げて痛がるレオリオは、私が足をどけると、痛む足を上げて手で抑えながら、残る片足でピョンピョンと飛び跳ねた。

 このスリッパ重いから結構ダメージがあっただろうな。でもその重いスリッパとベストを着けたまま跳ね回れるのはキミの成長の証だ。

 おどけた口調でオホホと笑いながら歩き出す。過去にあった処刑の際にあったとされる有名な言葉を変えた物だけれど、この場面では処刑するのも、されるのも違う。踏んだ私が処刑する側だし、ね。

 昏い笑みを僅かに浮かべ、背後で痛がるレオリオを尻目に、またねと挨拶をしてさっさと家から出る。後ろから聞こえる、お前今の明らかにわざとだよな、というレオリオの叫びを無視して。

 

 外に出て扉を閉めたら、試しの門のすぐ傍へと続く獣道を走る。程なくして追いついたキブシ達が後方にピタリと張り付くのを感じる。

 レオリオを利用して騒がせたのは彼にとっては悲劇だったけれど、おかげで仕込みは上々。

 これからの予定を立てながら走り、執事に見守られながら、守衛室の横にある門の内鍵を開けて外に出る。

 帰りは別に試される必要もないので楽だ。鍵は後で今の守衛担当が閉めるだろう。

 

 門を出てからは先程よりも速度を上げて走り、左手で携帯電話を操作して耳に当てる。

 オレンジの空を見上げながら呼び出し音を聞いていると、4コール目の途中で電話が繋がった。

 電話口から聞こえてくる声に、思わず笑みが溢れる。口許はそのままに、こちらも名を告げる。

 

「もしもし椎菜? こちらメリーちゃんですよー」

 

 つないだ先は、ジャポンにいる”友達”。メールも電話も用事がない場合はあまりこちらからしないので、こちらから掛けたのはパドキアに来る前、マルメロを発つ直前くらいだ。

 今からジャポンへと向かうため、それを告げる電話をしているのだ。

 

「今からジャポンに帰るから。今? 今はパドキアにいるよ。……いや、迷子じゃないから。どんだけダイナミックに迷ってんのさ私」

 

 アホな問答を繰り返しながら笑いあう。話しながら、右手を胸元に持っていく。

 私達が交わした、3つの輪。それを1箇所で感じながら。

 そこで生きられなくても、そこで過ごしたいと思える。手放したくないと思える。

 つまり彼女たちも、私のちっぽけな、だけど大切な世界の一つなのだ。

 

「……あぁ、そうだ。電話で悪いけど、去年の約束を今果たしてあげよう」

 

 そう強く自覚し、声を聞いたからこそ、そうしようと思ったのだろうか。

 1人づつに告げる形になってしまったが、まぁそのほうが個々のリアクションが楽しめるだろう。声しかないのは少し残念だけど。楓にはこの後で電話しよう。

 興味津津だと言わんばかりに弾んだ椎菜の声を聞きながら、笑みを深める。

 こちらとしても興味津々だ、と思いながら、私の秘密を言葉に乗せた。



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12 変わらない場所

 寒空の下、時折吹く冷たい風を忌々しく思いながら、大量の人々を吐き出す駅の出入り口を見つめる。

 気づけばもう2月。ハンター試験で年始に離れて以来、ジャポンに戻ってくるのも1ヶ月振りになる。

 待ち合わせ場所にと決めた、私が以前住んでいた場所の最寄り駅から6つ離れた駅。その出入り口から少しだけ離れた所にある木の下。

 ここで待つのは、私の”友達”である星野楓と山本椎菜の両名。共にこちらに向かっていて、もう直着く頃だろう。

 私も彼女達も電車での移動だけれど、私は彼女達とは反対方向からここへ来たので、当然乗る電車も違う。

 電車の到着時刻の都合上少しだけ早く到着した私は、僅かな時間とはいえこうして寒空の下で待つ羽目になるのならば待ち合わせを近くの屋内にすればよかった、と後悔しながら到着を待っているところだ。

 

 2月のジャポンはとても寒い。数日前まで居たパドキア共和国など、ハンター試験中やそれ以降に訪れた場所では、特に着こむ必要の無い程度の気温だったため、その落差が尚更に辛い。

 少し前までとは打って変わって大量に着こみ、寒さを凌いでいる。外から見える服装は、濃紺のデニムパンツにベージュのダッフルコート、黒いマフラーに白いニット帽。あとスニーカーと手袋。

 念には念を入れて伊達眼鏡を掛けて変装しているが、それがなくともマフラーとニット帽のおかげで人相はわかりにくくなっているだろう。

 ちなみにズボンの下にはタイツを履いているし、コートの中は4枚ほど着ている。これだけ着込んでもまだ寒い。

 この点だけで言うならば流星街のほうがマシだ。あそこは季節ごとの気候の変化が比較的穏やかなのもあるが、常時変なガスが発生していて反応熱で嫌に暖かかったから、冬にあまり厚着しなくても凍えたりはしなかったし。

 

 ポケットに手を突っ込み白い息を吐き出しながら、ただ駅の出入り口を見つめること数分。

 吐き出される人混みの中から、漸くお目当ての人影が姿を表した。

 ポケットに突っ込んでいた手を出して高く挙げ、外気に触れたせいでまたもや熱を奪われる事に耐えながら左右に振って合図を送る。

 気づいた2人はこちらに駆け寄ってくる。着ているものの種類や配色に違いはあれど、皆似たような格好だ。彼女達もこんな寒い日にスカートを履くという愚行は犯さなかったらしい。

 

「お待たせーメリーさん! ごめんねー寒かったっしょ?」

「久し振りだねメリーさん。何で眼鏡かけてるの?」

 

 朗らかに笑いながら挨拶する楓に次いで、わずかに息が上がっている椎菜。たかが数10メートル走っただけで疲れるなよ。

 特に待ってない、久しぶりとこちらが返すと、楓が視力でも悪いのかと聞いてきた。

 彼女達は真城芽衣の名前を使っていた頃の私と面識があるから、一応念を入れて掛けているのだ。特に手間でもないし。

 ひょっとしたらこの辺りに私達3人を知っている人がいるかもしれない。ソイツに見られて、何か真城さん生きてたんだけどってなったら非常に困る。そのために人相をぼかしているのだ。以前クロロと居るところを見られたりもしたし。

 1人の時ならそっくりさんで済ませられるけど、彼女達との組み合わせの際に見られると高確率で私が実は生きていると知られてしまう恐れがある。色々考えて行動していたのに、そうなってしまっては水の泡だ。

 現状要望混じりだろうけど、実は真城さんは生きてるんだよ派がクラスの大半らしいが、それだけならまだいい。そこに実際に見た、と言う言葉が合わさるとマズいのだ。

 まぁこの辺りのことは彼女達に言うことでもないので、伊達だよと短く答える。

 再会に浸るのも束の間、早く屋内へと移動したい私は彼女達に声をかけて先導する。

 

「取り敢えず場所を移動しよう。近くにいい場所があるんだ」

 

 金はこっちで持つから、と続けると彼女達は喜んで付いてきた。

 移動しながら椎菜にどこに行くのかと聞かれて、ホテルと返すと2人は声を上げて喜んだ。そうかそうか嬉しいか、それは何よりだ。

 それと、本名の愛称の方で呼ぶのはいいんだけど、さん付けがデフォルトだったりするんだろうか。

 

 

 

 フロントでパネルから空いている部屋を選択し、興味津々といった様子の二人を連れてその部屋へと移動する。

 部屋の扉を開ける前に、良いと言うまで声を出さないように言い含めてから部屋へと入り、暖房を入れる。

 言われた通りに声を上げずに、しかし物珍しそうに部屋中を見回す椎菜、声は出さないが大きな足音を立てて浴室へと駆け込む楓。

 2人を他所に私は神経を研ぎ澄ませ、更には部屋全体を覆い尽くすほどの”円”を発動し、室内を精査する。変なものまで感知しない様に、上下左右の部屋に範囲が及ばないように心がけて。

 

 私が作業を終える頃には見るものも見終わったのか、2人はソファに腰を落ち着けていた。

 その目の前に置かれたテーブルに、今の作業で集めたものを置くと、彼女達は顔をひきつらせた。

 小さな隠しカメラが4台と、盗聴器が2台。部屋の隅からコンセントの裏側まで探って集めたものである。

 それらを一つ一つ丁寧に握りつぶし、それが終わって漸くもういいよと声を掛ける。

 

「はぁー……。趣味の悪い奴らも居たもんだねぇ」

 

 大きく息を吐いてからボヤく楓。全面的に私も同意だ。コレは明らかに防犯用ではないのだから。

 破壊したものを部屋にあったゴミ箱へと捨てて私もソファに腰掛けると、今度は椎菜が声をかけてきた。

 

「これで全部なのかな? それにしても、よくこんなに見つけられたね」

「こういうの探すのは慣れてるからね。抜かりはないはず」

 

 それにそう返して、これからの話見聞きされる訳にはいかないし、と続ける。

 実際監視カメラは盗みの侵入の際に死角をついたり破壊したりするから、毎回意識して隠れたものまで見つけるし、慣れれば感覚で何となくこの方向にある、という風にある程度察知できるようになる。盗聴器も似たようなものだ。

 私の言葉に、それもそうだと頷いた楓は、次いで薄笑いで虚空を見つめながらしみじみと言った。

 

「いやーしっかし、まさかラブホに連れ込まれるとはねー……」

「ラブホじゃねーし。看板見たでしょ、ここはレジャーホテルだよ」

 

 私の言葉に、彼女達はもう一度部屋を見渡す。ベッドは大きいけれど、見た限りでは変なところはない。

 一応、それなりに設備の整ったホテルの一室と言えるような部屋だ。そうでない部屋もこのホテル内にあったかもしれないが、選んだのはそんな部屋だ。

 楓も彼女がイメージしている物とこことでは差があるようで、確かにと頷いて続ける。

 

「ここも一応そうだし、さっき見た風呂も見た目普通だったしねー。変な椅子もなかったし」

「まぁ名前こそ違うけど、利用者の主な目的自体はまるっきり同じなんですけどね」

「って、やっぱそうなのかよ!」

 

 納得しかけたところで真実を突きつけると、すかさず彼女からツッコミが入った。

 と言ってもまぁ、こっちは一応色々遊べる場所という名目で、あくまでラブホテルと類似しているホテルというものだが、結局ヤる事は同じである。

 この事について特に気にしたり動揺した様子が見受けられない椎菜は、恐らく最初から確信していたから揺るがないのだろう。つまらん。彼女は普段の調子のまま質問してきた。

 

「でも何で態々ここに? ちょっと高いし、カラオケでも良かったんじゃない?」

「金はあるから問題ないし、カラオケは店が防犯用にカメラ置いてることもあるし。ここなら仕掛けるのは変態だけだから壊しても問題ないし、広いからくつろげるでしょ。それにフロントに人居ないから、誰が入ったかも分からないようになってる」

 

 それにカラオケならここにもあるしね。そう言いながら、部屋が温まってきたのでコートやマフラーなどを外し、伊達眼鏡も今は必要ないので外す。

 この部屋にはベッドのみならず、冷蔵庫や電子レンジ、そしてカラオケまで色々とある。トイレも1部屋ごとにあるので、他人と遭遇することがほぼ無いのがいい。

 私の言葉に、そっかと返事した椎菜は、私が外して机においたメガネを見て問いかける。

 

「あれ、もう眼鏡取っちゃってもいいの?」

「部屋の中では必要ないからね」

 

 もうちょっと見ていたかったな、とも言った椎菜にそう返答する。

 普段は使っていないから、度が入っていないとはいえ、結構違和感があるので外しても問題ないなら外していたい。

 私の置いた眼鏡をひょいと持ち上げ、自分でかけてみる楓。キリリと知的そうな表情を作りこちらを見るが、正直あまり似合わない。

 正直にそう言ってやると、本人も分かっていたのか特に気にした様子もなく、今度はそれを椎菜に渡しながら口を開いた。

 

「眼鏡もだけど、徹底してるよねー。事情を知らないクラスメイトとか、利用された先生はちょっと可哀想だけどさー」

 

 不敵に笑い、流し目で顎に手を当ててポーズを決める椎菜。妙にメガネの似合う彼女に、似合う似合うと拍手をしていると、話をスルーされた楓から、聞けよと軽くチョップが跳んできた。

 まぁ、楓のいうことも分からんでもない。実は生きていると思っているとはいえ、実際にクラスメイト達は心のなかでは私は死んだことになっているだろう。

 担任に関してもそうだ。あの時態々私が担任に進路調査やその後の電話でハンター試験を受けるといったのも、偏に私のため。

 私が行方不明になった時、行き先の宛を言うのに大人と子供ではやはり信頼度が違う。クラスメイトがハンター試験を受けに行った、と言うよりも教師が言う方が説得力がある。その上で行方不明になったのであれば、普段の生活では一般の女子中学生だった私は、試験の荒波に呑まれ命を落としたと認知されるだろう。

 この辺りのことは既に2人にも言ってある。その上での楓の発言だ。全ては、真城芽依は死んだのだと世間に確実に思わせるため。そのためだけにクラスメイトを悲しませるし、私を止めることが出来なかったと担任に自責の念を背負わせることも厭わない。

 

「それについては正直どうでもいいかな。2人に名前のこと黙ってたのはちょっとだけ悪かったかなーとは思うけど」

 

 今私が言った通り、それらについて特に思うことは無い。自身の欲望のためであれば殺しだってする私にとって、興味のない人間がいくら悲しもうが本当にどうでもいいことなのだ。

 そもそも、その程度のことを気にするような細い神経であるのならば、泥棒なんてやってないし。他人から奪うことを気にしない私が、その程度のことを気にするわけもない。

 他人を気にする犯罪者なんて居るわけがない。気にするのは、自分と関わりがあり、少しでも大切だと思えるもののみだ。

 

「最初からそのつもりだったとは言っても、冷めてるねぇ。でも、今もこうして私達とあってくれるのは嬉しいかなー」

「私としては、本当はこんな風に学校終わってからも誰かと接点持つつもりは無かったんだけど」

 

 楓の言葉に対して最初のうちは、と締めくくり、少し笑う。

 本当に、最初はこんなつもりじゃなかった。ただちょっと学校に行って、満足行ったらハイさようなら。そのつもりで通った中学校だったけれど、私の本当の想いは違っていて。

 結局リスクが有ると知りながらも、今こうしてこの2人と会っている。ただ、こういうのも悪くないなと思えるのは、それほどの存在ということだ。

 

「だけど今私達とこうしてるってことは、特別ってことだもんね?」

 

 ふふっと笑いながら言う椎菜。今ちょうど似たようなことを考えていたので、少し照れる。

 それを隠すように、眼鏡を奪い返しながら少しだけ悪態をついてみる。

 

「でも私が本名教えた時2人ともリアクション薄かったし、そっちとしてはそうでもないのかも?」

 

 眼鏡を掛けて指でクイッと挙げながら、言外に実は私のことどうでもいいんじゃねーのというニュアンスを滲ませて問う。まぁこれも些細な冗談、違うのは分かっている。……、……違うよね?

 電話で告げた時、えっマジで? なんて名前? より少し大げさな程度の反応しかどちらも返してくれなかったのだ。もっと大きい反応が帰ってくると思っていたのに、酷い。まぁどんな反応が理想的だったかと問われると上手く言えないのだけれど、もっとこう、なんか、うん。なんかあってもいいじゃない。

 問われた椎菜は楓と目を合わせて、実はと前置きしてから言った。

 

「実は予想してた中で、割と早く名前の事が出てきててね。ジャポン人っぽくないのは予想外だったけど」

「え、初耳なんですけど。 予想?」

「予想っていうか、秘密ってなんだか2人で予想して遊ぼうぜー、みたいな」

 

 私が聞き返すと、今度は楓が答えた。寝耳に水な発言だ。まさかそんなことをしていたとは。

 つまるところ、私の持つ秘密に関して、いろんなものを想定して遊んでいたわけか。

 そりゃまぁ、そんなことしてたら、荒唐無稽なとんでも予想に比べたら名前が違うなんてインパクト弱いし、霞んでしまうかもしれないけど。

 

「遊びって……くそぅ、私リアクション楽しみにしてたのにぃ……」

 

 がっくりと項垂れながら呟く。まさか、まさかそんなくだらない事で私の楽しみを潰されるとは。

 いやまぁ、本名告げた時の反応を楽しみにしてた私も意地が悪いかなと思わなくもないけれど、それにしたってあんまりだ。理由がしょぼすぎる。

 

「楽しみにしてたみたいなのに、何かごめんね?」

 

 そう言って背を撫でる椎菜の腰に、邪魔な眼鏡をテーブルに投げてから抱きつき身を任せる。うむ、温かい。

 この感触に免じてこの件は不問にしてあげよう。あぁ、私はなんて心が広いのだろうか。

 しばしその感触を楽しんでいると、眼鏡を回収した楓が立ち上がり、腰に手を当て堂々と言い放った。

 

「予想なんてしなきゃ良かったねー。予想はよそう、なんちて!」

「椎菜、ルームサービスあるけど何か頼む?」

「いいの? じゃあお言葉に甘えちゃおっかな」

「あ、ちょっと待って、なんか反応を……あの、蚊帳の外はやめて。私が悪かったから」

 

 ぱっと体を離して、ルームサービスのメニューを覗く。色んな種類の食べ物があるようだ。まぁどうせ冷凍だろうけど。

 謝る楓を2人でサクッと無視し、アレでもないコレでもないと選んでいく。寒いギャクを唱えた声を聞き流しながら。

 

 蚊帳の外状態は、数十秒後に彼女が私の腰にタックルするまで続いた。

 変わらないやり取りに、思わず笑みがこぼれた。




◯◯◯と変わらない場所、みたいな。

行ったこと無いんですけど中身は千差万別みたいですし、こんな部屋もあるんじゃないのって感じでいいですよね。

4月18日3時の時点で、PV20万、お気に入り登録数ももうすぐ2千件。皆さん有難う御座います。この数字は大いに励みになっています。
同じく励みになる評価や感想、一言なども随時募集しております。
大したこと書いてませんが、更新ごとに書く活動報告も興味あったら覗いてみてくださいな。


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13 これから先も

 手当たり次第に注文した飲食物を全て平らげると、漸く彼女達の待ちわびていたものを取り出して、テーブルに載せる。

 態々この施設を選んでまで、極端に人目を避け情報の漏洩を防いだのは、コレを見せる目的があったからだ。

 楓と椎菜は並んで座った状態から、同様に身を乗り出してそれに顔を近づけ、しげしげと眺めている。腕を触りたそうにゆらゆら前後に動かしながら。

 

「別に触ってもいいんだけど」

 

 何を遠慮しているのだ、と彼女達の後押しをする。遠慮するものでもなし、置いてあるのはたかだか1枚のカードである。

 まぁ、一応かなり価値のものではあるけれど。なんたってハンターライセンスだし。

 

「マジで? え、マジで触っていいのコレ?」

 

 楓は恐る恐るといった様子で、私の顔を伺いながらも腕を伸ばし、カードに近づける。一本だけ伸びきった人差し指が、触れるか触れないかの位置でプルプルと震えている。

 普段の快活な彼女はどこへ行ったのやら、見ていて若干の不安を覚えてしまうほどに挙動が危うい。

 

「いいっていいって、ほれ」

「おぉうわあぁ!! ちょ、投げんなって!」

 

 じれったいので置い得てあったカードをひょいと手に取り、楓のお腹の辺りへと山なりに投げつける。

 彼女は突然のことに面食らいながらも何とか反応して立ち上がり、しかし上手く掴めずに何度か空中でお手玉した後、両の掌に着地させて安堵の息を吐いた。

 

「なんてテキトウな扱い……。これってかなり価値があるんじゃないの?」

 

 超ビビった……と胸を撫で下ろす楓の手にある物を見ながら、同じく立ち上がり引きつった顔で私を見た椎菜が問う。いや、問うというよりは、お前こんな高いもんぞんざいに扱うんじゃねーよ、と言うような意味合いか。

 まぁ確かに彼女の言う通りハンターライセンスは非常に価値のあるものである。私にとってすれば難易度の低かった試験も、ごく一般的な観点からすれば超難関。

 数えきれない参加希望者の中から、まずは例年事前に大まかにしか知らされていない受付会場にたどり着くまでの道のりで篩に掛ける。その時点で命を落とすものだって居る。

 その後は私が経験したような試験が始まる。年によって内容は違うようだけれど、少なくとも毎年命の危険は付き纏うだろう。今年も結構な数が死んだ。ヒソカもなんか殺ってたっぽいし。

 

 それらの試験に合格して漸く手にすることが出来るハンターライセンス。私もそうだけど、武装した警官程度では話しにならないような犯罪者、或いは危険な魔獣や未開の地が数多くある世の中では、それらに個人の武で以って対応できるハンターの存在は大きい。

 ハンターという職業が誕生した経緯は知らないが、昔はともかく今ではそのような探索、犯罪の抑止等の効果に期待が寄せられている。その効果を最大限発揮するために、ライセンス所持者には様々な恩恵が与えられる。

 制限や禁書指定のかかった本の閲覧許可を筆頭に、様々な規制の緩和が特例として認められている。武力で制圧するという場面もあるため、たとえ殺人を犯しても免責になることが多い。殺す必要のない場面であろうとも、一応は実力のある貴重な存在故に大抵は見逃される。

 危険な行為への制限さえも外してしまうからこそ、それは誰にでも与えられる物ではなく、命を賭けた試練の末に手に入る物。もたらす恩恵によって夢を後押しする物。それ故の狭き門。

 1年毎に行われる試験で、コレを手にすることが出来る者はほんの一握り。ライセンスの入手難易度とその効果から、価値は非常に高いものになっている。

 

 でもまぁ、私にとっては大して価値のあるものではない。正直表の世界で生きていく気もないし、ここに来るだけならばこんなものは必要ないのだ。通行証にもなりはしない。

 本の閲覧許可の効果もあるけれど、やろうと思えば盗むことだって可能。リスクはあれどもライセンスがなくても読めるようにはなるので、こちらの意味でも必要とは言いがたい。

 このカード1枚に比べたら、試験を経て私の内面が変化、また自覚した事ほうがよっぽど価値がある。正に価千金とも言えるコレがあっただけでも、試験を受けた意味はあったというものだ。

 

「金に換算すると……そうだなぁ、上手く捌けば100億くらいにはなるんじゃないの」

 

 それなりに権威のあるオークションに流して、上手いこと競って値段を上げてくれれば結構な値は付きそうだ、と頭でシミュレートしながら答える。

 椎菜は値段を復唱し、今では楓の手の中でひっくり返ったり撫でられたりしているカードにもう一度視線を向け、自分もと手を伸ばし指先で恐る恐る触れた。

 一方弄っている楓は既に慣れたというか、持ち主が放り投げて寄越した事で気を張って扱う必要もないと悟ったのだろう。値段を聞いても動じることもなかったし、触る手には遠慮が欠けてきている。

 

「たった1枚のカードで100億かー……一生遊んで暮らせるじゃんね。あ、コレ曲がるんだ」

 

 もっとカチカチなもの想像してたわー、と言いながら、カードの上下を両手で持って軽く曲げる楓。くにゃりくにゃりと緩く変形するそのカードは一応権力の象徴でもあると思うんだけれど、ああなってしまっては形無しだよなぁ。

 一頻り弄り倒し、ある程度満足した楓はカードを椎菜へと投げて寄越した。哀れ慌てふためいた椎菜は先程の楓のように受け取ることが出来ず、床に向かっていくカードを絶望した面持ちで見つめていた。

 落としたくらいでそんな顔しなくても、とは思いながらも一応フォローしようと、床に着地する前にカードを蹴り上げて彼女の胸辺りまで浮かせた。

 それを今度こそ受け取った椎菜は、私を信じられないものを見るような目で見てきたが、やがてそういう扱いでいいのだと理解して弄びだした。

 

「まぁ売ったとしても、本来の持ち主以外が持ってたって何の効果もないから、買うのはよっぽど酔狂な奴くらいだね」

 

 所詮はカード、弄るにも特にすることがないので割りとすぐに飽きられて手元に戻ってきたそれを仕舞いながら言う。

 金持ちの道楽かー、と大げさな溜息とともに楓が零す。彼女からしてみればたかが道楽に大金をつぎ込むなんて馬鹿馬鹿しい限りだろうね。

 金持ちにはそういう高価なものを見せびらかすのが趣味な奴が多い。豪華に綺羅びやかに飾り立てることが権威の象徴とでも思っているような奴も。そんな奴等から大事なコレクション奪って売っ払うのは結構快感だったりする。おかけで普段あまり金を使わないのも相まって貯金額は数10億に達している。

 

「芽衣……ミスった、メリーはソレ使って何かハンターっぽい活動すんの?」

 

 呼び名を言い直しながら楓が問う。まぁ呼び方変えて間もないから仕方ないし、おいおい治ってくるだろう。取り敢えずさん付けがデフォルトでは無いようで何よりだ。

 しかし、活動か。今ではハンターとして生きる気もサラサラないし、そうなると何もないなぁ。ハンターを目指して志半ばで散っていった同期の受験生には悪いけど。

 と言うか今年は合格者9名と数こそ多いけれど、その内私を含めた3分の1は大した目標もなくライセンス取っている。更に私以外の2名は殺しが目的ときたもんだ。もう少し内面も考慮して合格者出せよ、と思わなくもないが、そうすると私の合格も危ぶまれるかもしれないので微妙なところである。

 

「特に何も。やらなくても何か言われるわけでもないし、別にいいかな、と」

「えぇーもったいない……。じゃあソレ以外では使うの?」

 

 今度は椎菜が苦笑交じりに聞いてきた。ハンターとして使わないというのであればどう使うのか、というのは当然の疑問だろう。せっかく利用価値があるんだから使わない手はないし。

 必要はないとは言えども、あるのならば使ったほうが楽だし、本を読むために使わせて貰う予定である。

 

「これがあれば読ませてくれる本も多いし、色んな国のそういうのが置いてる図書館をハシゴするのに使うよ」

 

 本の虫だな、と呆れ混じりの視線を笑いながら浴びる。こうやって使うにしても本の数が多いからかなり長期間になるし、ゆっくりやっていくつもりだ。興味を持ったものを読むだけでも相当の時間が必要になるし、一般に出回っている本でも読みたいものはたくさんあるのだから。

 取り敢えずは今まででは難しかったことが簡単にできるようになったわけだし、暇をつぶす方法が一つ増えたと思えばいい。

 盗みはやめないし、余暇の過ごし方の選択肢が増えただけ。……まぁ本を読むという行動自体は同じだから増えたといえるのかは甚だ疑問だけれど、このカードが私にもたらす効果はその程度だ。

 

「っていうか、いいなー海外。私も行きてー。ねえ連れてってくんない?」

 

 なんつってねーだなんて冗談交じりに言う楓。……海外旅行か。それはなかなか面白そうかもしれない。思えば外国を満喫するのだってその国の料理食べるくらいだったし、まともな観光というのはしたことがない。

 彼女の冗談を現実のものにしてしまうのは中々良さそうだ。どうせ金は有り余ってるわけだし。反対する理由もない。 

 

「いいよ。じゃあ行こうか」

「マジで!? え、いいの!?」

 

 目を輝かせて顔を近づかせながら喜ぶ楓の顔が鬱陶しいので手でどかしつつ、椎菜にも確認を取ると賛成をもらえた。

 旅行に行くことが決定し、じゃあ日程を決める必要が有るなと思ったところで、ふと気づいた事があるので聞いてみる。

 

「入試ってまだ終わってないよね?」

 

 今は2月の上旬、さすがに高校入学試験を控えているのに旅行してちゃマズい気がする。今日1日ぐらいならまぁいいとしても。返答によればどちらもまだらしいし、楓に至っては本命である私立の女子校の入試が近いはずだし。

 となると、それ以降になるか。適切なのは椎菜の県立高校の合格発表後だけれど、まぁ今決めなくてはいけないことでもないし、それは追々打ち合わせすればいいだろう。

 取り敢えず彼女達の勉強に対するモチベーションを上げるためにも、両方志望校に合格していたら連れて行ってやる、と提案すれば、彼女達は望むところだと受け入れた。ヤル気が滾ってきたようで何よりである。

 

「海外旅行かぁ、これは絶対合格しないと。家族にもお土産たくさん買ってあげたいなぁ」

「頑張ったご褒美として、お土産代もこっちが負担……あ、そうだお土産、近くに預けてあるから帰りに渡すね」

「あ、そうそうお土産! ……生首じゃないよね?」

 

 椎菜の発言でお土産のことを思い出した。待ち合わせ場所が決まった段階で、直接手渡そうとこの近くに郵送して預かってもらっているのだ。後で渡さねば。

 何やら以前冗談で言ったお土産生首説を警戒している様子の楓に、優しく微笑みながら諭す。

 

「生首って時間経つと鼻から脳みそ出てきたり目玉落ちたりするし、匂いも酷いから私も流石にやめておいたんだよ」

「微笑みながら言うことじゃねーよー! もっと簡潔にグロいからとかでよかったよ!」

 

 大いに顔を歪ませて喚く楓。この程度で軟弱な。椎菜を見習うべき……いやあの子もちょっと引いている。まぁ取り敢えずお土産が生首ではないことと、あれは後々酷いことになるのが分かってくれたのならばいい。

 ちなみに購入したお土産はというと、教会のロゴのはいったクッキーやライセンスカードを模したストラップ、ネテロ会長の付け髭など様々なものがあった。各分野で名を挙げているハンターの内、恐らく許可の取れている人物についてはストラップが有り、キューティー=ビューティーなる人物については複数の種類のぬいぐるみまであった。正直あまり美しくも可愛くもなかったけど全種類買っておいた。

 中でも会長直下の組織である、干支を模した”十二支ん”のメンバーを模したストラップはなかなか興味深い。それぞれが干支に合わせた格好をしていて面白いのだが、協会の精鋭たちの特徴がこんなに簡単に出回っていていいのかと少し疑問に思う。

 まぁ何人かはテレビでも見る顔だし、今更か。鼠はともかく猪がまんまその動物なのはどういうわけか分からないけど。鼠は確か副会長で、彼は確か普通の格好をしていたからそのせいだろうか。

 一先ず彼女達にはお土産の詳細をぼかして、お土産らしい感じのものとだけ伝える。一応協会のロゴが入った小物入れとか、実用性がありそうなものもあるので満足いただけるだろう。

 

「話しとくことはこんなもんかな? じゃあせっかくここに来たんだし、やることやろうか!」

「おっけー! よーし、ストレス発散するぞー!」

 

 大体大まかに話しておくべきことも終わっただろうし、これからはお待ちかねのお楽しみタイムである。今日は彼女達にも日頃の受験勉強のことは忘れて、大いに楽しんでもらおう。

 入試まではあるが、今日だけは特別、と言う事で。私も彼女達が忙しい間はまたジャポンから離れるし、せっかくあったのだから遊べる時に遊んでおきたい。

 その思いからポンと手を叩いて宣言すると、椎菜が元気よく返事をした。しかし楓からは返答がない。

 テストが心配だから遊ぶ時間も惜しいのだろうか、と思い彼女を見やると、顔を赤くして慌てふためいていた。

 

「え、ここでやることって、え、えぇ?」

 

 忙しなく顔を動かしながらそういう楓。まさかとは思ったけれど、顔を向ける場所が私達、そして風呂場とベッドの3箇所であることから、疑問が確信に変わる。コイツはなにか勘違いをしてやがる

 椎菜も同じ結論に達したようだ。彼女は笑みをこらえながら、その勘違いを指摘する。

 

「楓、違うって。それじゃなくて、あれだよあれ」

「は? あれって……、……あっ」

 

 椎菜の指差す方向を見て、自分と私達とでは連想していたものが違うと悟った楓は、更に顔を赤くした。

 確かにここはそういうことをするのが主な目的のホテルだけれど、何のために私がカラオケがある部屋を選んだと思っているのだ。

 

「やーらしい、まさかそっちのケがあったりして……」

「第一希望女子校だっけ? これは百合の花が咲き乱れる予感だね」

「う、ぐっ……、うわああぁぁぁあ、マイクをよこせーっ!!」

 

 ニヤニヤしながら椎菜と私がいじると、羞恥に耐えられなくなった楓は一目散にマイクとカラオケの電子目次の元へと走り寄り、大慌てで機械を操作し始めた。歌って誤魔化す気か。

 その様子を椎菜と笑いあう。彼女に至ってはツボに入ってしまったようで、目に涙まで浮かべている。

 

 やがて流れだしたイントロの後、楓の照れを紛らわすかのような全力のシャウトを聞きながら、今この瞬間を噛み締める。

 願わくば、これからも彼女達とこうして過ごせるように。彼女達だけじゃない、私の世界が壊れぬように。

 何があろうとも決して負ける訳にはいかないと、深く心に刻み込んだ。




今回は活動報告の方で更新報告以外にお知らせがあります。
是非目を通しておいてください。でも無視しても普通に読む分には問題はないです。


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14 狂も狂とて

 時計の短針が頂点を通り過ぎ、街から街灯以外の明かりがめっきり減った、時折緩く吹く2月の風が肌寒い深夜。

 人々の大半が就寝していて、街は昼間の喧騒とは打って変わって静まり返る。まぁ日付が変わってもまだ起きている奴は居るだろうけど、どちらにせよ自宅でおとなしくしている。

 その大半以外で起きているのといえば、未だに勤務地で残業なり夜勤なりをこなしている人か、或いは今の私のように、こんな時間帯に室内外問わず騒音を出したり、夜遊びをしていたり、他人に迷惑をかけるクズに大別されるだろう。

 とはいっても、私は一応遊びでやっているわけではないし、騒音も私自体が出しているわけではない。まぁ騒がしくする原因になっているのだから同じ事なのだけれど。

 今だって静かに行動しているというのに、私を見つけた夜勤の人が、片手に持った懐中電灯でこちらを照らし、もう片方の手に持った黒光りするものを私に向け、けたたましい騒音を立てる。

 

「クソッ、何なんだよテメえひゅっ」

 

 それを銃声が遮る。静かな夜の世界で、ここだけ切り取られたかのように異質な騒がしい空間。私の目の前で、息を呑むような短い音とともに息を引き取った若い武装警備員の男が出していたような、怒号と乾いた銃声が鳴り響く場所。

 彼の脳天を撃ち抜いたのは、私の右手に握られた一丁のリボルバー。回転式弾倉の拳銃。”周”によってオーラに覆われた弾丸は、容易く頭部を貫通した。

 頭部への衝撃によって後ろに傾いだ身体が、慣性に抗うことなく地面へ倒れる。

 しかし即死には至らなかったようで、手足は破壊された脳からの信号によって地面を掻く。脳ミソをぶち抜いたっていうのに、なんて不幸な男なんだ。

 まぁどうせすぐに動かなくなるし、でかい音を立てることもない。やはり仕留めるならば首を落とすか脳を破壊するに限る。心臓だったらほんの少しの間だけ動けるし、それで増援でも呼ばれたら困る。相手するのめんどくさいし。

 彼の手から転げ落ちた懐中電灯へと銃口を向け、引き金を引く。甲高い破壊音とともに、周囲は暗くなった。

 銃口を口許に寄せて、硝煙反応によって発生した硫黄臭い煙を息で吹き飛ばし、右後方にたつ女性に話しかける。

 

「今のどう? かなりいいセン行ってると思うんだけど」

「70点くらいかしらね。最後の動作でマイナス30よ」

「えぇー……。いいじゃん、匂いつくの嫌だし」

 

 無駄な足掻きだと言う女性、蜘蛛と呼称されることもある幻影旅団、その団員であるパクノダからは辛口な回答が来た。とりあえず射撃とオーラの扱いについては問題ないようだ。

 2月も終わりが迫った今、私はヨルビアン大陸の北側に位置するサギスゲ公国という国にあるラムズイヤー美術館という場所に来ている。今月の頭にクロロが次の目的地だといった場所。目的は言わずもがな、盗みだ。

 今回の参加者は、全身包帯ぐるぐる巻き男のボノレノフと、筋骨隆々ウボォーギン、黒髪ボブで眼鏡を掛けた少女シズク、そして団長のクロロと、私のそばにいるパクノダ。蜘蛛からは計5名、平均よりは少数といったところか。前回の2名よりは遥かにマシな参加率だ。

 最初の目的は、この美術館の制圧。その後で各自欲しい物を選んで持ちだす。運搬の関係上、戦利品を一度集めなくてはいけないので、先に邪魔なものを処分するほうが楽なのだ。

 凶悪な犯罪者が蔓延る世の中、こういった施設には自衛のための武装警備員が配備される。警察の到着を待たずに襲撃者に対応できるそれは、施設の規模によって数を増やす。ここは結構多そうだから、きちんと掃除しなければ。

 

 運搬には、シズクの念能力を用いる。彼女は具現化系に属する能力者で、”デメちゃん”という掃除機を具現化し、生き物や念の込められたもの以外は際限なく吸い込むことができ、また最後に吸い込んだものであれば吐き出させることも可能。

 念空間の形成は放出系の領分なので、具現化系の彼女にとっては苦手分野ではあるのだけれど、制約によって大容量を可能としている。まぁ別に具現化系でも体の内部に擬似的に念空間を作って収納するくらいであれば、ある程度訓練すれば簡単に出来る事だし、”制約と誓約”次第では結構広げられる。

 ここで注目すべきは、蜘蛛という組織にとっての彼女。高い実力と収納に特化した彼女の能力は、盗賊団である蜘蛛にとっては非常に有用。彼女の能力のおかげで、えっちらおっちらと運び出す必要がなくなるのだ。

 問題点があるとすれば、彼女が天然で抜けている性格なことだろうか。吐き出せるものは最後に吸い込んだもののみで、念空間が上書き保存される感じなので、戦利品を吸い込んでそれを吐き出す前にまた何か吸い込むと、戦利品が全て何処かへ消え去ってしまうのだ。

 未だにそのような事態にはなったことがないらしいけれど、シズクと同行する団員はいつもその点に気を配っているそうな。

 基本的に蜘蛛は単独行動せず、蜘蛛にとって重要な役割を担う彼女は、当然同行する者に高い戦闘能力と団長からの信頼が求められる。まぁ戦闘能力だけなら蜘蛛の戦闘要員は例外なく条件満たしてるし、信頼も護衛としてきちんと動けるかってとこだけど。

 今回は団長であるクロロがペアを組んでいる。あとは私とパク、ウボォーとボノさんのペアだ。

 

「大体ね、硝煙の匂いなんて銃扱ってたら服とかに染み付くんだから。対策を取れば別だけれど」

 

 パクの言葉に、なるほどと頷く。普段から銃を武器として用いている彼女も、匂いで嫌な思いをしているようだ。それで居場所がバレたりとかするかもしれないし。

 まぁ普段から使うわけじゃないし、と思いながら妥協を口にする。

 

「頻繁に使うわけじゃないから我慢するかなー。……っと、また来たよ」

 

 まだ襲撃を開始して間もない。にも関わらず、今まで遭遇した警備の数は両手の指でギリギリ数えられる程度。

 現在地は美術館の庭。建物の内部に侵入していないのに、熱烈な歓迎を受けている。

 ゆっくりと歩きながら会話している間に、また暗がりの奥から慌ただしい足音が聞こえ、懐中電灯の光が見え始めた。人数は2。

 そして私達を視認した彼らは、また大声とともに銃声を響かせる。それを黙らせて移動すれば、また警備員。暫くこのパターンが続くと思うとうんざりする。

 

「ま、私の”コレ”は我慢の必要もないけれどね」

 

 そう言って何も持っていない手を彼らに向けて差し出したパク。開かれたその手に、何もなかったはずの空間から突如、私の持っているものと同じ拳銃が現れた。

 確かに念能力によって具現化された銃ならば、この匂いとも無縁に出来るだろうね。しかし、彼女にそんな能力があるなんて初めて知ったなぁ。

 彼女の手にある物をチラリと一瞥し、私も銃を構えるながらパクに話しかける。

 

「へぇ、銃の具現化も出来るんだね。いつもこの銃で戦ってるのかと思ってたよ」

「いつもはそっち使ってるわよ。自前の銃を壊したメリーにそれを貸してるから、コレ以外に武器がないだけよ」

 

 パクの言葉が私に刺さり、私達の銃弾が警備員の脳天に突き刺さる。ぐぅのネも出ない。

 襲撃前に現地近くの仮アジトに集合する前に、ちょっと思いついて購入したピストル。石とかぶん投げるだけで十分だろ、と特に使おうと思わなかったけれど、せっかく的もいるんだしと試しに購入したのだ。

 結果は、1発撃っただけで破損。テキトウに”周”すればいいだろ、と弾丸にのみオーラを纏わせたら、銃弾が銃内部のライフリング――銃身内にある螺旋状の溝で弾丸を旋回させ、発生したジャイロ効果によって弾の直進性を高める構造だ――を抉り取ってしまい、弾道が全く安定しなくなったのだ。

 パクに聞けば、銃弾と銃身にオーラを均一に配分するべきだ、とのこと。”周”による威力の強化は足し算ではなく掛け算。僅かなオーラのズレで大きく強度が変化する。銃の構造上、均一でなければ弾丸か銃身のどちらかが破損してしまうようだ。

 そうして使い物にならなくなった銃は捨て、今度はパクに銃を借りて試し撃ちをしているのだ。オーラの配分や照準など、結果は良好。

 

「それにしても意外ね、あなたが銃を使うなんて」

「手札は多いに越したことはないからね。っていうか、私としてはパクが手札を見せたことが意外だよ」

 

 危険地帯と化した美術館の敷地内を、まるで何事も起こっていないかのように雑談しながら歩く。流石に警戒は解いていないし、視点は正面に固定されているけれど。

 手札云々は、パクもヒソカ関連のことをクロロから聞いているから分かるはず。ただ、私にはなぜ彼女が能力を見せたのかが分からない。

 普段使っている実銃とは別の、具現化された銃。実銃が何らかの形で使用不可になり、距離を詰めてきた相手の不意を打てる、切り札にもなるような能力。

 また、具現化能力と銃は結構相性が良い。念を体から離して運用するのは放出系の領分で、それ以外の系統だと放出に比べて遠距離でのオーラ運用は威力も精度も劣る。だけど、系統図で対局に位置する具現化系は、デメリットを消せるのだ。

 具現化した念が手元を離れれば、強度も精度もガタ落ち。これは放出系の苦手な具現化系ではしかたのないこと。あぁ、彼女は特質系の能力者だったか。まぁ放出系が向かないことは同じだ。

 だけど、銃であれば。弾はたしかに脆くなるけれど、発射時に与えられた運動エネルギーはそのまま。更に実銃と同じ挙動で直進するので、操作性は関係なくなる。結果、実銃以上の速度で弾は飛ぶ。

 そして威力。これは銃弾で攻撃するのではなく、銃弾内部に込められた圧縮されたオーラによるものにすれば、威力も実銃を上回る。本来であれば手元から離れたオーラは、能力者の放出系技能と距離に比例してその量を減らしてしまうけれど、コレも対策はできるのだ。

 オーラが纏まりを失うのならば、逃げ道をなくせばいい。銃弾という薄皮の中に、オーラを閉じ込めるのだ。こうすればオーラは減衰すること無く目標物まで届き、着弾と同時に十全の状態のオーラがダメージを与える。

 私の卵を見て念を求む(ワンダーエッグ)という能力も似たような原理だ。卵の殻の中にオーラを込め、離れた場所にも威力が減ることなく届く。まぁ破裂した後はすぐにオーラが霧散してしまうため、衝撃波が影響を及ぼす範囲は狭いのだけれど。それでも破裂した卵の殻は、薄く脆いけれど鋭利で速いためきちんと対応しないと怪我をする。

 パクの銃もこの原理だろう。と言うか、こうでもしないと具現化した銃なんて使いものにならないし。純粋に弾丸を具現化して飛ばしたところで、着弾した時点で壊れるほど脆いだろうし、当然ダメージなんて与えられない。

 そもそも彼女は具現化系じゃないから、弾丸自体も少し弱め。こうするのが妥当だ。

 

 だからこそ、なぜ彼女が能力を見せたのかが余計に分からない。弾速、威力共に彼女が普段使っている銃よりも上の、彼女の戦闘用の念能力。

 この場面で使う必要なんて無い。雑魚掃除は私に任せて、後ろで見ているだけでも良かったのに。どうせあいつらの銃弾なんて、”堅”でオーラを纏っていれば痛くも痒くもないわけだし。

 意外だ、という私のさっきの発言は彼女の真意を問うためのものでもあった。

 

「団長があなたを信頼しているみたいだからね。私もそれに倣ったのよ」

「信頼、ね……」

 

 パクの回答に、ポツリと零す。

 信頼。にわかには信じ難い話ではあるけれど、この状況を鑑みるに、それはありえないと一蹴することは出来ない。

 なぜならば、クロロが私を信頼していないのならば、私とパクがペアを組むことにならないからだ。

 

「まぁそうでもなきゃこのペアにならないけどさ、ぶっちゃけウボ……、……ボノさんの方が適任だと思うんだけどなぁ」

 

 ウボォーの名を出しかけて止める。ウボォーは壁としては適任な体格をしているけれど、迂闊な部分があるので護衛には向かないかもしれない。

 だからこの場合はボノさんの方が適任だろう。彼ならば役割をきちんとこなせると思うし、彼の能力は知らないけれど総合的な戦闘能力は私以上だろうし。

 そもそも私は戦闘用以外の念能力も修めているから純粋な戦闘タイプじゃないし。ボノさんがどうかは知らないが、私よりは強いんだからこの配置はベストじゃない。

 パクも私の意見に概ね同意らしい。苦笑を漏らしてから彼女は口を開いた。

 

「今ウボォーを除外したわね、気持ちはわかるけど……。単純に考えればその配置が適当だけど、団長もなにか考えがあるんじゃないかしら?」

 

 私とパクが組むことが、クロロの信頼の証。この2つが結びつく理由は、パクの持つ能力にある。

 シズクは特殊な効果の念能力によって、蜘蛛に多大な利益をもたらす。制約のせいで自在とは言えないけれど、物の出し入れが利く大容量の念空間。これが希少な能力だからこそ構成員としては換えが利かないし、優秀な同行者が必要。

 そしてそれは、パクノダにも言えることなのだ。彼女の能力も希少性が高く、組織にとって有用であり替えの効かない物。

 パクは特質系に属する能力者。そしてその能力は、対象の記憶を読み取るというもの。対象の体に触れた状態で、知りたい記憶に関することを質問するだけで記憶を読み取れる。

 どんな秘密も暴くことが出来るこの能力は、現場での情報収集に重宝される。敵がどのくらい居るのか、念能力者は居るのか、またソイツはどんな能力なのか。対象にその記憶があればそれらは全てパクにとって読み取られ、情報という武器によって蜘蛛の任務の安全性と確実性が大幅に上昇する。

 そんなパクは当然シズクと同じように、同行する者には高い戦闘能力と団長からの信頼が条件のはず。

 

 それを私に任せるだなんて、正気の沙汰じゃないな。

 だいたい今回私はテキトウに暴れるつもりで来たのだ。こんな大事な役割を与えられたのは完全に予想外。

 今日の出で立ちだって、真っ黒いお面に同色の長ズボンとグレーのパーカーというもの。お面は問題ないけれど、服装に関しては私服である。

 私服の中でも暗色系で夜闇に紛れるものを選んだだけであって、動きにくいわけではないけれど戦闘するには不十分。私と同程度かそれ以上の戦力とぶつかった場合、パクにまで危険が及ぶ可能性が高くなるというのに。ちゃんと先に言っとけ馬鹿野郎。

 

 心中でクロロを罵倒していると、建物の内部から地を震わすような大きな破壊音が響いた。ようなって言うか、実際に若干地面が揺れた。

 大方正面から突っ込んだウボォーが大暴れしているのだろう。他の奴等はこんな豪快なことをやらないし。よくあることだし、私達は特に動揺しないけれど、警備の連中は恐慌状態に陥ったかもしれない。

 2度目の破砕音が聞こえる。音の方向に目線をやるも、視界には施設の外壁しか映らない。うん、罅は無いようで安心だ。とりあえず柱は壊すなよ、ウボォー。

 

「相変わらずやること派手だよね。まぁ目立って引きつける役割でもあるんだろうけど、私はあんま真似したくないなぁ」

「たしかあなたって単独の時は目立つ行動や殺しはしないんだっけ? この間もそんな感じだったって団長から聞いたわよ」

「まぁね。わらわら出てこられても邪魔なだけだし、殺すのだって必要な場合だけだし」

 

 壁を見て思ったことを呟けば、パクが問いかけてきた。ヒソカの事はもう聞いているだろうし、その時にクロロが話したのか。特に隠し立てすることでもないので、正直に話す。

 殲滅は目的じゃないし、警備だってあっさり無力化出来るのであれば殺す必要もない。

 並の警備をものともしないのだから、隠密に事を運ばないほうが早く終わるのだけれど、そうするとハンター協会に目を付けられやすいし。命が絡むと向こうも調査にやる気出してくるから困る。

 コソ泥やっているからこそ、私は顔も名前も割れていない泥棒で、その賞金も純粋に盗んだ物によるものなのだ。偶に皆殺しにするけど、滅多にやらないのでその犯行がコソ泥の私と結びつく可能性も低いだろう。

 正直オフの日に襲撃者の相手なんかしたくないし、狙われるのは御免蒙る。襲うのはいいけど、襲われるのは嫌だ。

 今は私は正体不明の泥棒として手配されている。だから私を見かけても、犯罪者であると認識するものはいない。

 コソコソ隠れ住む必要がないからこそ、私は街中に自宅を持って定住できるのだ。追われる暮らしになるとこれができなくなるのも嫌。

 まぁ、そんなだから未だにB級首なんだろうけど。あぁA級が遠い。

 

「あら、じゃあひょっとして殺しは嫌いかしら?」

 

 パクのからかうような声音。クスクス笑う彼女の視線の先、私たちの正面にはまた湧いてきた警備員。今度も2人だ。

 懐中電灯に照らされた私達目掛けて銃弾が雨霰のように降り注ぐ。しかしそれは、何の効果もない。

 私達は変わらず歩き続ける。当たっていないわけではない。当たっているのに何のダメージもないのだ。

 彼らもそれを理解したのだろう。徐々に近づいてくる私達に、表情は引きつり、全身が震え恐慌状態に陥っている。いつしか銃声は止み、代わりに歯を打ち鳴らす音が聞こえる。

 お面の内側で口元を歪める。まったく、今更な問いだ。彼女の目の前で、一体どれほど殺したと思っているんだ。

 

「まさか。基本的に奪うのは好きだからね、命を奪うのだって好きだよ」

 

 私の手の中にある、光を鈍く反射する灰色の凶器。そこから吐き出された2つの弾丸は、寸分違わず各々の脳天に突き刺さり、彼らは脳髄を撒き散らしながら倒れる。

 続いて懐中電灯を撃ち抜こうと引鉄を引くも、弾切れ。そういえば借りる前にパクが1発、私が5発。装填数は6だからこれで打ち止めだ。

 練習はもう十分だし、感謝の言葉とともにパクへ銃を投げ渡す。十分実戦で使えるレベルだというのも分かったし、今度は新調した武器も使わねば。

 

「でしょうね。……って、じゃあなんで普段はやらないのよ?」

「いやー、蜘蛛の仕事の時なら殺っても蜘蛛に罪擦り付けられるけどさ、単独の時だと私の罪になっちゃうじゃん?」

 

 銃をキャッチしながらのパクの問いに、それは困るんだよねーと笑いながら答える。

 すると私のデコの辺りについさっき私がパクに返した銃が飛んできた。いい音を出して直撃したそれは、お面越しで痛くはないけれど衝撃を伝えてくる。

 手で足元に落ちた銃を拾ってパクに再び投げ渡す。まったくもう……と言いながらそれを受け取り、パクは銃に弾を込めだした。

 良いツッコミである。まぁ私はボケで言ったつもりじゃないんだけどね。完全に本音なわけでもないけど。

 

 先ほど行った通り殺すのは好きだ。

 奪うという行為は私に快楽をもたらす。

 けれど、そこに命を奪う以上の価値を見出だせない。

 私が得られるのは快楽のみ。誰を殺そうとも私の手元に何も残らないのであれば、得られる悦びも微小。

 だから、好きとは言っても好きと嫌いで大別した場合での話だ。

 実際のところ、必要がないのであれば殺そうが殺さなかろうがどちらでもいい。

 誰かを殺して得られる快楽よりも、読書の楽しみや物を奪った達成感のほうがよほど良い。

 

 単独での活動時、必要のないとき以外は殺さないのだってそう。メリットとデメリットを天秤にかければ、殺すのは私にとってマイナス。

 ただ、蜘蛛の仕事で殺しをするときはそのデメリットが打ち消される。ここで私が何をしようとも、それは幻影旅団の仕業なのだから。

 私が殺しても結局犠牲者の数は変わらないだとか、そんな感じの言い訳をする気はない。私は私の目的のために、蜘蛛に紛れて人を殺す。

 殺したその先。命を奪う行為のその先に、私の求める何かがある。そんな気がするのだ。

 

 普段特に本を読ませてもらう以外の報酬を要求していないのだから、少しくらい利用したっていいんじゃないだろうか。

 一応報酬代わりってことで、と苦笑しながら言うと、パクも別に気にしていないと同じように返してきた。彼女の様子からしても偽りではないだろう。

 なんとも懐の大きいことだ。これで蜘蛛に罪をなすりつけるのは蜘蛛公認である。今のところパクしか知らないけど。

 ……さて、じゃあその分仕事をきっちりやりますか。

 

「見られてるね。”絶”で気配隠してるみたいだけど」

「えぇ。ただ気配は隠せても視線がモロバレ。二流以下ね」

 

 パクも当然気づいているようだ。彼我の距離はおよそ60m、と言うかこの施設の角。私達は建物の横を歩いて来たけれど、相手が隠れているのはここの裏側。

 つまり、あそこが建物の側面の終わり。外の此方側は制圧が完了したことになる。

 ここの美術館で雇っている念能力者か。まぁ数名いることは事前に分かっていたことだ。能力者を投入したということは、向こうも遂にこちらの排除に本腰を入れたのか。

 ライセンス持ちではない念能力者は、こういう風に雇われて生計を立てるものが多い。念を使えるというだけで報酬も破格だからだ。

 ただ、だいたいそういう奴って自分で稼げない程度の雑魚がほとんどなんだけど。建物内部で派手に暴れているのが居るのにこっちに来るくらいだし、視線もモロバレだし間違い無く雑魚。

 手伝おうかと冗談めかして聞いてくるパク。私服とはいえこの程度の相手なら何の問題もないので、首を横に振って答える。

 

「私だけで十分。パクはここで待ってて」

 

 パクをその場で待機させ、私は前へと踏み出す。

 お面は着けたまま。視界は悪いが、これを外す程の相手でもないだろう。

 ただたとえ格下であろうとも油断はない。隙のない動きで一歩、また一歩と距離を詰める。

 

 できれば準備運動くらいにはなってほしいものだけど。

 まぁ、精々足掻いてもらおうか。



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15 蹂躙

 建物の角。そこに身を潜めている能力者の元へと近づく。

 足取りは既に戦闘用のそれに移行。音を消して忍ぶためのものではなく、即座に全力で大地を蹴れるように。

 これによって、向こうもこちらが気づいていることを悟る。隠れていた能力者は、その身に纏うオーラを先程よりも強大なものにして姿を表した。

 

「チッ、やっぱこっちはハズレかよ」

 

 これじゃ楽しめそうにねぇな。彼はつまらなそうに頭を掻きながら数歩前にでてそう言った。

 背丈は180cm程だろうか。金の短髪にツリ目、黒い道着のような服の上に白いコートを前を開けたまま羽織っている。

 ガタイはまぁそこそこ。コートの揺れ方からして結構重そうだし、内側に大量武器を収納しているだろう。

 姿を表したのを意に介さず、歩みを止めずに距離を詰める。

 

「たったの6人でココを襲撃するなんてよぉ、テメェら正気か? しかも女とチビまで連れて」

 

 誰がチビだこのクソ野郎。150cmはあるっつーの。

 外見的特徴を上げるのであれば、せめて私の格好についてにして欲しかった。あるだろう、胡散臭いお面とかそんな感じのが。

 まぁ、見た感じ弱そうなのは認めるけど。パーカーのフードと黒いお面で頭部を隠しまくった少女――顔が見えなくても胸を見ればギリギリ性別が分かる、はず――と、どう見ても激しい運動には不適切なミニスカスーツのボインお姉さんの組み合わせだし。

 見た目どころか、今回の3つのペアの中で実質的な戦力も最弱だけど。

 

「……御託はいいから、さっさとかかってきなよ」

 

 それでも、目の前に居るコイツよりは圧倒的に強い。

 恐らく念という力に溺れ、修練を怠ったのだろう。彼が纏うオーラには精彩さが掛けている。

 オーラというのは、纏うだけで何とも言えぬ全能感が全身を包む。それこそ、”もうこれで十分だ”とさらなる高みを目指すのをやめてしまう気になるくらいには。

 鍛えればある程度の火器の類が脅威ではなくなるし、個別の能力を修めれば彼らの世界では事足り居るだろう。警備という観点からすればそれだけで大概の襲撃者に対処できる。態々自分を痛めつけてまで強くなる必要はなくなる。

 後はどこか羽振りのいいところに雇って貰って、そこでデカイ顔をして過ごせば安泰だ。

 

「デケェ口叩くじゃねぇか。決めたぜ、テメェは四肢をへし折って他の奴等を釣る餌にしてやる」

 

 私の挑発を受けて、彼は表情を歪めて苛立った口調で言い放った。扱いやすくて助かるね、ホント。

 さぁ、見せてみろ。先手はくれてやる。

 

「後悔しても押せェぞクソチビィ!!」

 

 チビじゃねぇっつってんだろうがビチグソが。

 心中で悪態を吐きつつ、彼が飛ばしてきた攻撃に対処する。

 飛んできたのはナイフ。刃渡り15cm程度のものをコートの内側から取り出し、同時に2本投擲。

 彼我の距離は現在40m程度。私の左側には美術館の外壁、右側は広い空間。足元同様に、舗装された地面が広がっている。相手は私と左右が逆。違うのは、数歩後ろが美術館の裏手ということか。

 飛んできたナイフはどちらも私の正面。しかもそんなに速くない。”凝”で何らかの仕掛けがあるかチェックしてみたがそれも無し。大げさに避けるものでもないだろう、と歩きながら体を捻って回避。

 

 それに舌打ちをした男は、更にナイフを投げてきた。やはり対処が容易なそれを、躱してやり過ごす。

 加減して投げているようには見えないし、アレが全力だろうか。一応それなりではあるんだけれど、私からしてみたらお遊戯程度だ。

 念を使えるようになると、肉体の方の訓練が疎かになるのはよくある話だ。攻撃力や防御力を鍛えるのであれば、素体を数倍に強化する念を鍛えるほうがはるかに効率がいいし。

 ただ、そちらにばかりかまけていると良くないのだ。元が弱かったら強化される量も少ないし、素早い相手に対処できなくなる。どちらも満遍なく鍛えるべきなのだ。

 こちとら普段から蜘蛛の戦闘要員に揉まれているのだ。その上で真面目に鍛えている私が、こんな遅い攻撃に当たるわけがない。

 と言うか何で蜘蛛の奴等は真面目に鍛えている感じでもないのにあんなに強いのだろうか。奴等の肉体の強さは異常である。念は割りとお粗末な部分があったけれど、それも最近は解消されてきてるし。私のアドバンテージがなくなってしまう。やっと追い付いて来たと思ったら何なんだアイツらは、一丁前に危機感でも抱いてやがるのか。

 才能に胡座かいていてくれればいいのに。なぜ私がいつも負けなくてはならないんだ。

 シャルとかシズクとかの後衛には勝てるんだけどなぁ。なんで今回シャルが居ないんだボコらせろちくしょう。と言うかこの間の仕返しさせろ。

 

「根性無しが、避けてんじゃねぇよ!!」

 

 現状に関係のないことに思考を割いている間にも、同様のやり取りは続いていた。それに男は声を荒げつつまたもやナイフを投げる。もう距離は20mを切った。

 だというのに、今度のナイフは先程までよりも速度が若干落ちている。さりとて何らかの念の仕掛けがあるわけでもなし。

 分かりやすい奴だ。先ほどの彼の言葉とこのナイフから察するに、コレを避ける以外の方法で対処して欲しいということか。

 

 ならば、お望み通りにしてやろう。そしてさっさと手の内を見せろ。

 こっちは相手の能力を見るのも仕事の内なのだ。団長様の言いつけである。

 なぜならばクロロの能力が、相手の念能力を盗むという反則級のものだからである。オーラを盗むだけの私とはワケが違う。

 恐らく盗むまでに厳しい条件があるんだろうけれど、生け捕り――つまり生殺与奪権を握った状態――にしてしまえばそれを満たすのは容易だろう。死をチラつかせれば大体思い通りになるし。後は多彩な能力を使いたい放題である。

 だから相手が使えそうな念能力を持っていた場合には、捕獲して団長に引き渡すよう言われている。無理してやる必要はないらしいけれど、まぁ一応仕事だし、それに今回の相手は大したことないし能力を見てから判断しても危険はあまりないだろう。

 さっさと無力化してパクの能力使って調べられたらいいんだけど、触ったら発動する能力持っててカウンターされても困るから、少なくとも相手の能力の傾向を知る程度には戦う必要がある。

 ちなみに奪った念能力はクロロの実力に準拠した威力に変わる。だから具現化や操作の念能力だったらオリジナルより強くなるかもしれないし、逆に放出や変化、強化だと弱くなるかもというのがネックだ。

 

 顔と心臓目掛けて飛んできたナイフを、どちらも柄の部分を持って受け止める。それと同時に、笑みを浮かべる男。

 さぁどうしようかな。やはり”凝”で見てみても特別な仕掛けがあるようには思えないし、手にとった感じからしても何らかの念が掛けられている痕跡はない。この辺は除念師として培った経験と感覚からしても間違いない。

 ナイフを掴んだ手をおろす。取り敢えず、投げ返して様子見を――――

 

「これで2本、っとぉ!!」

 

 男の声とともに更に飛んでくる刃。それとは別、彼の両肩の上に突然現れた左右1本づつの腕のような形状のオーラ、その先端に浮いているナイフ。

 そして、私の手元にあったはずのナイフは、まるで初めから無かったかのように忽然と姿を消していた。

 舌打ちをして、遂に歩みを止める。飛んできたナイフを躱し、状況を確認。

 

 ナイフはどこにでもあるようなものだった。念で具現化したわけではないから、敵の手に渡ったからといって消すことは不可能。

 となれば移動。あの浮いているナイフが、先程まで私が掴んでいたものか。

 彼の能力について大体の予想はついた。後はいくつか試せば確証が得られる。

 

 更に2本。投げられたそれを、右手で片方だけ掴む。

 掴んだナイフを振りかぶり投げようとするも、またもや手から消える感覚。そして同時に彼の右肩から2本目のオーラの腕が現れ、そこに3本めの浮くナイフ。

 3本目だ、とニヤニヤしながら言う男は、更に刃を飛ばす。それに対して、こちらも武器を後腰から取り出し、右手に構える。

 

 以前ミルキ君に紹介してもらった武器屋で買った私の新しい武器、両刃のダガーだ。

 柄は12cm、鍔が3cm、刃渡り30cmで厚みが1cm。刃の中腹部分の幅が若干膨らんでいて少し丸みを帯びた形状になっている。柄には小さな穴が開いており、そこにワイヤーを通す事も可能。

 基本的に左右の手に1本づつ持つスタイルだけれど、ワイヤーを付けることによって、両手に刃物を持って戦う際に機動力が落ちるのを防げる。刃物を持ったままだと地面に手をつきにくいけれど、ワイヤーで繋がっていれば一旦離しても回収できるからだ。

 他にも投げた後にワイヤーを引いて軌道を変えたり、弧を描くように飛ばしたり。……まぁ、買ったばかりだからその辺りの使い方は練習中なので、今回はワイヤー無しだけれど。

 気に入ったので予備用に数本と、投擲用のナイフを複数本購入しておいた。おかげで数億ぶっ飛んだけど。あまり値切ってもらえなかったし。

 ダガーはスチールグレイの刃に黒の柄と鍔、ナイフも似たような夜でも目立たない色合いで、どちらも蒐集品としての価値は皆無らしいけれど、武器としての質は相当いいようだ。”周”でオーラを纏わせた際もよく馴染むし、頑丈で切れ味も良好、重さも私の動きが鈍らないがそれなりにある、いい塩梅だ。

 

 それを見た男が笑みを深める。私はダガーを振るい、ナイフを弾こうとする。

 しかし2本のナイフを結ぶ直線を描こうとしたダガーは、その直前で私の手元から消えていった。

 残るのは素手の私と、迫り来る凶刃。

 

 まぁ、予想通りだ。

 手に持ったダガーで弾こうとしたのだから、当然その私の手はナイフへと向かっている。

 それを少しだけ軌道修正し、片方を掴んで止め、もう片方は回避。

 そしてすぐさま手を離すとナイフは垂直落下し、硬質な音を立てて地面に転がった。

 ナイフが消える気配は、無い。

 

「ハイ没収ー。気づいたみてぇだが今更だな、こっちの準備は大体完了だ」

 

 地に落ちたナイフを指してニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ、肩から生えた合計4本のオーラの腕を蠢かせる男。新たに左肩に生えた腕には私のダガー。完了はこっちの台詞だお馬鹿さん。

 振り向いてパクを見る。腕を組んで成り行きを見守っていた彼女は、私の視線に気づいて親指を立て、そしてそれを下に向けた。

 よくやった、殺って良し、と。パクもアイツの能力を見抜き、その上で殺して良いということだ。彼女はクロロの盗んだ能力を結構知っているみたいだし、その彼女が良いと言うのなら良いのだろう。

 そういうことならさっさと終わらせよう。どうやらもう1つ、こちらに近づく気配があるようだし。

 

 彼は放出系、或いは操作系に属する能力者だ。

 瞬間移動能力。それも俗にいうテレポートではなく、アポートと呼ばれるものだ。テレポートは自分や物体を離れた場所に送るのに対し、アポートは物体を引き寄せるのみ。似たようなもので、自分以外の物体だけを手元から離れた場所におくるアスポートというものもある。

 テレポートやアスポートは始点が固定され終点が変動するが、アポートはその逆。今回の彼の場合だと、自分以外の誰か、或いは敵が手に持っている武器を、彼の肩の上に転送する。私が落とした武器はアポートできなかったことから持っている場合限定だが、ある程度の範囲なら持っているだけで発動可能だろう。逆にアポート先は肩の上固定だ。

 オーラの腕はアポートした際に増える。大したことない使い手だが、腕は肩から伸びたのではなくまるで初めからそこにあったかのように現れた。

 腕が現れる条件がアポートだろう。でなければ態々ナイフを投げずに、初めから腕を出して持たせればいいだけのこと。

 それと、大体完了という言葉。おそらく腕の上限はあと2本程度だろう。多く見積もってもあと4本。

 まぁ、こんなものだろう。あと1つくらい隠し球があるかもしれないけれど、全く別系統の能力ってことはないはず。それに、あまり大技でもない。

 念能力っていうのは、新たに習得するにしても元々あるものと関連付けたほうが効率良く運用できるのだ。彼だってそれを理解しているからこそ、アポートと腕は関連付けて切り離せない関係にある。既にこの2つを関連付ける程に余裕が無いのだから、隠し球も似たような系統だ。予想はつく。

 

「獲物が無くっちゃあどうしようもねぇだろ。そんじゃあ、くたばりやがれぇっ!!」

 

 気合一喝、更にナイフを手に持って投擲し、腕を3本こちらに向けて放つ男。合計5本のナイフが私目掛けて飛来し、私のダガーは奴の防御用に動かぬまま。

 ただ飛んでくるだけの2本はいいとして、その後を追うように迫る腕は自由に動かせるはず。自力に差があるとはいえ、向こうに残ったままの腕と奴自身の抵抗を考えると、突破するにはちと厄介。

 ならば。

 

 腰をかがめ、オーラを足に溜める。そして地面に落ちたナイフを拾い、下手投げでアポートされるより先にすぐ投擲する。

 奴が投げたナイフより速く飛ぶそれに、奴は意識を傾けなければならない。心臓に迫るそれは防ぐ乃至は回避しなければ命を奪う。

 案の定、彼は新たに取り出したナイフで以ってそれに対処しようとする。それを確認し、私は強化された足で地面を蹴って斜め前方へと駆け出した。

 

 私のすぐ横を通り過ぎる2本のナイフ。心臓に迫るナイフを手に持ったナイフで弾く男。視線はそのナイフへ。 

 更に距離を詰める私。男がこちらを見やった時には、既に私と腕の先端は彼から見て同じライン、2者間の距離は3m程。今から急停止し、こちらに向けても間に合わない。

 残った腕、私のダガーを持つそれが振り下ろされる。難なくかいくぐり、数メートル先にはナイフを構えた男のみ。

 

 強張った表情。目に映るそれが歪む。愉悦の表情へと。

 その次の瞬間、伸びていた腕が消え、その全てが奴の肩の上にあった。

 死ね。奴の口がそう動き、そして全ての刃物が私に放たれた。

 

 だけど、これも予想の範疇。

 こちとら場数を踏んでいるんだ。そもそもこういう遠隔操作系の能力者が、懐に入られた時に対処するための能力を持っていると思わないわけがない。

 

 全てが急所に目掛けて放たれたそれを、左にずれて避ける。

 せめて逃げ場をなくすように広げて飛ばせばよかったものを。こっちはお面のせいで視界が悪いんだから。

 対処しやすいように撃ったのは明らかな悪手だ。まぁどっちにしろ想定内だから対応できたけど。

 

 笑みから一転、驚愕に目を見開いた男の横腹に、回し蹴りの右の踵がめり込んだ。

 ミシビキボキグシャ。骨の砕ける音と肉の潰れる音を立てて真横に吹っ飛び、10数m離れた所生えた木に背中からぶつかって静止した。

 吹き飛んでいる最中に腕は消失し、凶器は全て地に転がった。どうやら大きいダメージを与えると能力が解除されるようだ。

 彼の”堅”での防御は、致命傷を避ける程度には働いたようだ。もう少し真面目に鍛えていればもっとダメージを軽減できたのに。

 まぁその程度で満足しているキミが悪いわけだけど。

 

「雑魚1匹仕留めんのに獲物なんかいらないっつーの」

 

 心底バカにしたような声を出し、自分のダガーを拾って後腰に収納し、木に背をもたれて座っている男に近づく。

 もう戦闘不能だろう。増援が参戦する前に終わってよかった。2体を同時に相手するのは面倒だし。

 後頭部に視線を感じる。もう到着しているだろうに、仕掛けてこないのか。だったら。

 痛みに呻き、地を吐く彼の頭部を足蹴にし、後ろの木に押し付けて声を掛ける。

 

「ここにいる他の能力者の情報、知ってるの全部吐いて」

「ゲホ、くっ、誰がテメェなんかに……っ!?」

 

 そこで言葉を途切れさせ、叫び声を上げる男。その肩には私が投げたダガーが深々と刺さっている。

 頭にかけていた足を一旦離し、その足で蹴りつけて黙らせる。

 あぁ鼻が折れてしまったようだ。彼の声をちゃんと聞き取れるだろうか。

 まぁ別にコイツから情報をもらう気は無いんだけど。

 

「無駄口叩かないで聞かれたことだけ……あ、やっぱいいや」

 

 言葉を途中で止め、それを終えると同時に私は彼の頭にもう1本のダガーを投げつけた。2本持って使う内の、もう1本だ。

 カツンと軽い音を立てて頭部に突き立てられたそれは、用済みになった彼の命をあっさりと奪った。

 頭部と肩のダガーを抜き取って振り返れば、憤怒の表情でこちらを見やる男性が姿を表していた。

 

 釣れた釣れた。能力者としてはアレだったけど、餌としては優秀だったようだ。

 コソコソと隠れて隙を伺っていたようだったから拷問してみたけれど、こうも簡単に出てくるとはね。

 能力がバレるのを危惧して? それともコレと仲が良かったのかな?

 どっちにしろ、敵の都合なんか知ったこっちゃない。

 敵は潰す、ただそれだけ。

 

 ゆっくりと新たに湧いた敵に近づく。

 情報はこっちからパクに抜き取ってもらえばいい。

 刃に付いた血を振り払い、真っ黒い顔を向け、誘うように両手を広げる。

 

 さぁ、キミもどうぞ。



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16 風吹けば

 本日のお仕事も恙無く終了。建物を破壊しまくったウボォーと、彼とペアを組んでいたボノさんは薄汚れているけれど、私を含めた他の四名は特に汚れなどはない。

 怪我をした者も無し。施設を制圧後に価値の高そうなものを根こそぎと、後は各自で好きなものを物色して盗み出した。

 私は美術品には余り興味が無いので今回は何も盗んではいない。とは言え完全なタダ働きも嫌だし、後でお金持ちの団長さんに現金を要求することにした。

 

 仕事の後は恒例の打ち上げがある。 今回はバカがウボォーのみだったので、ハンター試験の前の時のように暴れたりなどはなかった。別の意味では酷い状況になったけれど。

 なにせウボォーは、体を動かす相手がいない場合には物凄いペースで飲食物を口に放り込むのだ。口の中が空っぽになっている瞬間なんて存在しないんじゃないかと思うようなその速度は、私が軽く引くレベルである。

 しかも酔ったら絡んでくるのだから手に負えない。ボノさんとウボォーと私は固まって話しながら過ごしていたのだけれど、絡んでくるウボォーに物理的に捕まらないようにあしらうのは中々大変だ。

 元が筋肉馬鹿なだけに、酔っていようともそれなりに力はあるわけで。しかも酔っているからこそ加減という概念がどっかに吹っ飛んでしまっているわけで。いや普段も大概加減知らずだけれども。

 こんなの相手してられるか、と少し離れたところで静かに過ごしているクロロ、パク、シズクの居る方へと物理的に放り投げても、すぐに投げ返されてウボォーのキャッチボールが始まったり。

 酔っている状態でポイポイ放り投げられるウボォーが、気分が悪くなりダウンするまで続いたその一連の流れは、私の体力をごっそりと奪っていった。調子こいて回転とかかけるんじゃなかったな。

 正直、今日相手にした雑魚2体よりも、酔ってるウボォーのほうが色々な意味で強敵だった。

 

 ウボォーは酒に結構強い。その彼が投げられまくったとはいえダウンすると言うことは、それなりの量を飲んでいるし、当然それなりに時間は経過している。

 ぐったりしている彼を私が廃墟の隅っこに転がして少し経った頃には、シズクとボノさんが連れ立って何処かへと去っていった。隅っこで唸っているデカブツも回収していってくれたのはありがたい。

 パクも何処かへ消えた。荷物はあるので戻っては来るだろうけど。トイレだろうか。ここは廃墟だから当然トイレはないし、貸してくれそうな場所まではそこそこ距離がある。

 

「よう、どうだった?」

 

 そして唯一私以外でこの場に残っている男は、軽い調子でそう言って私の隣に勢い良く腰を下ろして胡座をかいた。

 片手にはビール。そしてもう片方の手は私が貪っていた菓子達へと伸びる。

 まぁ言いたいことは多々あるけれど、とりあえず目線だけを向けて聞き返す。

 

「今日の最初とも言えるまともな会話なのに、主語を置き去りにされるとどうしたらいいのか分からないんだけど」

 

 聞かれることにも心当たりがありすぎるしね、と続けると、クロロもあぁと頷いた。

 盗みを始める前の集合だと、私は5番目に到着したからあまり時間なかったし、その時間はシズクと話してたし。

 盗みが始まればクロロの発言はすべて指令であり、会話とはいえない。事実、私は彼の言葉に了解、と答えただけだったし。

 盗みが終わった後の打ち上げでは、2つのグループに自然と別れてたし、その前の帰りの車だって違ってたし。ウボォーを投げ合ってる時もちょっとしたやり取りはあったけど会話と呼べるレベルではなかったし。お前ふざけんなよ、とかこっちだってコレいらないんだよ、とかそんなのばっかだったし。ほぼ罵り合いである。

 だというのに突然どうだったかと問われても、何について聞かれているのか定かではないので私としては答えようがない。

 

「それもそうだな。じゃあまずは……、……クラピカ、だったか。どうなった?」

「なんか今不自然な間があったよね」

「くくっ、いやいや、別に思い出すのに時間がかかったとかじゃないからな」

 

 クロロは笑いながらクラピカ忘却説を否定する。まぁ変な間もわざとらしかったし冗談なんだろうけど。

 何にせよ今度はちゃんと答えられそうだ。

 

「言質とか取ったわけじゃないから、一応まだ未確定。だけどまぁ確実に動くだろうね」

「ほう、その根拠は?」

「女の勘ってやつだ、あ、ちょっと待って、痛い痛いっ」

 

 ドヤ顔で答えたらいい笑顔を浮かべたクロロに頭を掴まれ、じわじわと握る力を強められた。変形しちゃうからやめてくださいマジで。

 と言うかその手さっきまでビールの缶持ってたじゃん。感触で分かったけどちょっと濡れてるじゃん。濡れるの嫌だからせめて肘鉄にしてくれ。

 クロロが手を離して先を促したので、痛みに顔をしかめながら頭を揉みほぐして答える。

 

「アレだよほら、目は口ほどに物を言うって言うでしょ? やったるぞ、って目をしてたんだよ彼」

「……根拠としては弱い気もするが、まぁお前が言うなら信じよう」

 

 苦笑しながらそう言うクロロは、特に冗談を言っている様子でもない。

 言い方は軽かったけれど、私としてはクラピカが動くと確信している。それは彼の瞳に宿る怨嗟の炎がより強くなっている印象を受けたことからの判断だった。

 だから私の発言を信用してくれたのはまぁ嬉しいんだけど、同時にやはり疑問も生じてしまう。

 

「そんな簡単に信じちゃっていいの? 今日の配置もそうだけど、私がパクに危害を加える可能性だってあったじゃん」

 

 これは今日ずっと引っかかっていたことだ。

 パクとシズクが持つ念能力は特殊。だからこそ彼女達と組む相手には相応の実力が求められる。

 単純な戦闘能力で言えば蜘蛛の戦闘要員より劣る私ではなく、ウボォーかボノさんをパクと組ませるべきだったのに。

 迂闊すぎる。自分たちに関する情報ですら高額で取引されているのを知らないわけでも無いだろうに。

 私と組んだパクの行動も疑問だが、やはりそれもクロロのあの采配があってこそだと思う。だから、まずはこちらを先に解消する。

 

「私は蜘蛛の団員じゃないし、だからこそルールに縛られない。売ろうと思えばいつだって――――」

「ありえないな」

 

 少し語調を強めて言及した私の声を、クロロが遮る。

 静かな、だけど力強いその声に、思わず顔ごと彼の方に向ける。

 彼は目線も正面を向いていたけれど、口許には薄い笑み。

 

「お前にメリットが無い。オレ達を売ったとしても、得られるものなんてたかが知れてるしな」

「少なくとも大金は手に入るよ。A級首組織の一員、それに女と来れば商品価値だってあるし」

「金に執着しない奴が良く言う。それに数十億程度だったらすぐ稼げるだろ」

 

 ぶっきらぼうに言い放って見ても、即座に反論される。

 確かにA級首とは言え、一網打尽にでもしない限りは数十億程度しか稼げないだろうね。しかも欲しいものは大概盗むからクロロの言うようにお金はどうでもいい。ぐぅのネも出ない。

 いやいや待て、違う。メリットデメリットの話ではなく、危険性についてだ、私が言いたいのは。

 

「そういう損得じゃなくてさ、そういう軽率な行動は危険なんじゃないかってことなんだけど」

「どちらにしろ問題ないさ。危険性は皆無だと判断したからな」

 

 随分と自信満々に言い放ってくれるな。そこまで言うのであれば、揺るぎない根拠があるんだろうけど。

 目線で続きを促せば、彼は苦笑しながら口を開いた。

 

「仲間を失い、それどころか命まで狙われる。メリーが金程度のためにそんな選択をする可能性はゼロだ」

「……、……別に仲間ってわけじゃ、」

「仲間だろ? 何年一緒にやってると思ってるんだ。同じ組織に属しているかどうかなんて関係ないさ」

 

 またもやハッキリと言い切るから反論しようとしたけれど、再び飲み込まれる。

 まぁ、うん、私自身も薄々そう思っていたから反論も弱々しかったけど。でも、こう改めて相手から言われると、こそばゆいというか、なんというか。

 

「クラピカの件だって、参加する必要はないのに拒否しなかっただろ? お前が体張ってるんだから、こっちだってそれに答えるよ」

「体張るってほどの相手じゃないし、今は餌になってるとは言え最初に私が見逃した責任だってあるし。なんかあったら寝覚めが悪いだけだよ」

 

 コレは本当の話だ。別にクラピカが何をしようとも、たかが半年と少しで私に勝てるわけがない。私にしか通用しない能力でも持っていれば話は別だけど。

 それに現状、クラピカの存在はコチラにとってはヒソカが動く目安になるからむしろ有用だけれど、下手を打てば害悪にも成りうる。そうなってしまっては先程も言った通り、見逃した私の責任だ。

 ただ既にクロロのスタンスは何を言っても変わらないようで、私の言葉も利用して押し通してきた。

 

「ほら、加えて責任感もある。要するに、オレの知ってるお前は裏切りとは無縁の奴だってことだ。それにこんな忠告までしてくれるんだ、裏切りはありえない」

「さーて筋トレでもするかなーっと」

「くくっ、もう少しまともな誤魔化し方はないのか?」

 

 うるさいのである。もう投げやりである。私は腕立て伏せをするのである。

 片手で逆立ちをし、そのまま腕を屈伸させる。重りがないからあまり効果がない。ちくしょう。

 しかしこちらをニヤニヤと意地の悪い笑顔で見て来るクロロの手前、やめるのも癪だ。

 ただ何度かやっていると、ついさっきまで食べていた物が戻ってきそうになり、もうどうにでもなれと体を投げ出して仰向けに倒れこんで盛大に溜息をつく。

 

「まぁまぁ、そう気にするなって。アレはオレの思惑も入り交じっての采配だったしな」

「……思惑ぅ? 一応聞いておくけど、どんなのよ」

「ん? とあるものを贈るにあたっての条件が2つあって、内1つがまだ完全ではなかったみたいでな。それを満たしたいんだよ」

 

 仰向けの体勢のままクロロの言葉に耳を傾ける。ただ、彼の言う思惑について聞き返してみてもイマイチ要領を得ない。抽象的すぎる。

 状況からして私が関係しているんだろうけれど、サッパリだ。贈り物ってなんだよ。

 態々ぼかしているんだからどうせ教えてくれないだろうけど、一応聞いてみる。

 

「意味わかんねー。詳しく言う気は?」

「ありません」

「ですよねー」

「ただ、オレが満たしていない条件を満たす奴等はいるが、そいつらはオレが満たしている条件を満たせていない。2つの条件を揃えている奴は今はいない、とだけ言っておこう」

 

 うん、全然分からない。むしろ聞かないほうがよかった。言ってることは分かるけど何が言いたいのか分からない。

 まぁいい。条件がどうとかは知らないけど、それをクロロが両方満たせば答えは知れるのだろうし。

 現状じゃいくら考えたって、複数の候補が挙がれども正解を導き出すには情報が不足しすぎていて不可能だし。

 

「ところで、信頼ついでにそろそろ蜘蛛に入る気はないか?」

「ついでにって、もう勧誘適当じゃん。却下だよ却下」

「いい加減断る理由くらい言えって」

 

 私がクロロの発言に対する思考の放棄を決定していると、今度は別の話題が。何となく彼の呑むペースも上がっているし、余り触れたくないのだろうか。

 しかしあからさま且つテキトウな話題転換が、蜘蛛への勧誘とは。以前から何度かされてはいたけれど、ここまでテキトウな感じなのは初だ。

 しかも毎回満員の時である。私にどうしろってんだ。

 

「えぇー……。そんじゃあ、今回は熱意が伝わってこないってことで」

「いくらなんでもテキトウすぎるだろ。お前蜘蛛でも前衛張れそうなくらい強くなってるんだし、こっちとしても文句ないんだが」

 

 教える気はないので、ぱっと思いついた言葉でテキトウにあしらうと、意外にも彼からは私を称賛する声が上がった。

 まぁ強くなってるって自負はあるけど。めちゃくちゃ頑張ってるし、むしろこれで強くなっていなかったら困る。

 でも、前衛張れるとはいえ、前衛と比べると私のほうが弱いのが現状。

 

「でも加入条件が団員ボコっての入れ替わりだしなぁ。前衛相手はきついし、勝てそうな後衛相手だと……、……ボコっても心が痛まないのはシャルくらいだよね」

「シャルはやめろ。アイツはオレにとって必要なんだよ、中間管理職的な立ち位置なんだから」

 

 クロロは困ったように笑う。私も笑いながら言った冗談だったけれど、やはりシャルがいなくなるのはきついらしい。

 入れ替わるには誰かを蹴落とさなくてはならないわけで。そんなことして心が痛まなく、また勝てる相手といえばシャルナークしかいない。

 昔、私がまだ彼よりも弱かった頃には、黒い笑顔で色々と酷いことをされたものだ。あの頃は一方的にやられてばかりだけれど、今となってはやられたらグーパンである。

 そんな彼は、クロロが出した指令にそって現場で指揮することが多く、我が強い集団をまとめる役を担うわけだから当然負担は大きめ。

 本来クロロが一身に負うべきものを、彼がいくらか肩代わりしているのだ。あのポジションに収まりたいと思う奴はいないだろうし、たしかにシャルがいなくなるのは困る。彼には気の毒な話だけれど。

 

「……なんかクロロもちょっと変わったよね。前は組織における個々の役割とか考慮せずに、取り敢えず組織最優先だったのに」

「自覚はある。お前の影響だ」

「は? 何で?」

 

 以前は誰が欠けようとも組織が存続していれば万事良し、なスタンスだったのに、近頃はある程度個々にも重きをおいていると言うか。

 先ほどのシャルに関する発言はそれが如実に現れていたので聞いてみたけれど、意外な返答だ。あまりの事に上体を上げて聞き返すくらいには。

 私かよ。何でだよ。私何かしたっけ?

 

「程度や方向の差はあれど、お前という異分子が蜘蛛に与えている影響は結構あるぞ。アイツら最近お前が強くなってきてるからって、結構鍛えたりしてるからな」

「はぁ!? なにそれ私初耳なんですけど!?」

 

 今度こそ立ち上がって声を上げる。クロロは私の行動が意外だったようで、珍しく目を剥いている。

 なんという事だ。とんでもない事実を知ってしまった。まさか蜘蛛の奴等が真面目に鍛えているだなんて。

 道理で以前ほどのペースでは差が縮まらなくなってきたわけだ。それでも成長期とか訓練の濃度とかで差は縮めているけれど、伸びがいいのも成長期の今だけ。

 マズい。このままでは非常にマズいことになる。私の悲願が!

 

「別にいいだろう、組織として強化されるんだから不都合でもないし。むしろお前の頑張りと、お前を誘った昔のオレを褒め称えてやりたいくらいだ」

「私はともかく昔のクロロとかはどうでもいいよ。それに不都合あるよ、めっちゃあるよ」

「どうでもいいって、お前な……。で、不都合って?」

 

 脱力してしまい、しゃがみこんで頭を抱えながらの私の発言に、怪訝そうな顔をしたクロロが聞き返す。

 組織の長だからと、体術と念はちゃんと鍛えていると言っていたクロロを除いて、蜘蛛の奴等は才能が有ることに胡座かいているか、強さに対してそこまで執着がないかのどちらかで、筋力強化とかオーラの運用訓練とかまじめに取り組んでなかったのに。だからこそ付け入る隙があったのに。

 思い出すのは、蜘蛛と初めてあった日のこと。出会う敵全てが私より数段格上で、順調に力をつけていた私はそこで初めて、上には上がいるということを体感し、高い壁に阻まれる感覚を覚えた。

 あの敗北があったからこそ、私はこの世界にはとんでもない強さの奴等が居ることを思い知り、ソイツらに殺されないように力をつけようと決意した。それと、もう一つ。

 

「だってさぁ、私が強くなったのって蜘蛛をボコボコにしたいってのもあったわけよ。それなのにそのせいでキミらが強くなっちゃ困るんがっ!!」

「何かと思えばくだらない、アホかお前は」

 

 しゃがみこんだ体勢のまま、顔だけを向けて力なく正直に告げると、途中で呆れ返った表情のクロロからゲンコツが振ってきた。

 酷い。聞かれたから正直に答えているだけなのに。

 あぁ、それにしてもなんてことだろう。周りのレベルが上がっているのであれば、絶対的に強くなることは出来るだろうけれど、蜘蛛と相対的に強くなりたいという願いは叶わないかもしれない。

 世界はなんて残酷なのだろうか。



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17 映すもの

 痛む頭部を擦る私を見下ろしながら、クロロは手にした缶ビールを煽る。どことなく愉快そうな目をしているのは気のせいだろうか。まさか痛がる私を肴にしてはいないだろうか。

 酒の肴になる趣味はないし、まぁ彼の内心がどうであれリアクション的にももう十分だろうということで普通に座り直す。

 

「お前のクソみたいな都合は置いておいて、今日はどうだった?」

 

 私の行動に特に反応を示さなかったクロロはつまみを口に入れながら、言うに事欠いて私の悲願をクソ扱いしやがった。

 と言うか、待って欲しい。確かにさっきの話の前振りにまずは、と言う言葉があったから聞きたいことは他にもあるんだろうけど、そもそもさっきの話が消化不良である。

 

「ちょっと待った、まださっきの話終わってない。それとクソ言うな」

 

 質問には答えず、掌をつきだして待ったをかけながら一言の文句とともに話の流れを元に戻す。

 まだ聞いておきたいことはあった。簡単に信用し過ぎではないのか、とかクロロの言った影響の話だとか。

 だけど当のクロロは私の聞きたいことは察しが付いているようで、かと言って十分ではない返答をチラ見と共に寄越した。

 

「お前の性格から可能性はゼロだし、こっちの都合もあったがゆえの判断だ。確証があった上での判断だし簡単に信用したわけじゃない。それと俺の話は気が向いたらしてやる。ハイ終わりな」

 

 聞きたかったことのどちらもがにべもなくバッサリと言い切られ、今度こそ完全にこの話は終わってしまった。これ以上追求したところで、恐らく何の情報も得られないだろう。

 まぁ前者はいい。彼の中で信用するに値する明確な下地があったのであれば、私がとやかくいう事でもない。

 ただ後者は問題がある。蜘蛛全体への影響の話で流れてしまっていた彼自身への影響の話は、今の口ぶりからしてもいつか明かされる確率は低い気がする。気が向いたら、だなんてその場をやり過ごすための常套句だし。

 食い下がる意味もないし、話が進まないから素直にさっきの質問に答えるしかないようだ。

 

「……まぁ、気分転換程度には。改めて実感するいい機会ではあったよ」

 

 結局、こういう裏の世界が私にはお似合いだということ。既にココ以外で生きることなんて出来ないところまで来ているということ。

 頭で理解し、心で感じてはいても、やはりそれを体に教えこむ必要はあった。中途半端なままでいては、それがいつか自分を殺すことになりかねないから。

 自分自身の仕事を数こなしていても良かったんだろうけれど、手っ取り早いのはこうやって蜘蛛の方に参加して手当たり次第に殺しまくることだ。

 

「くくっ。お前の気晴らしの隠れ蓑にされた甲斐はあったか?」

「あれ、パクから聞いた?」

「帰りの車でな。まぁ別に気にしないからいいさ」

 

 笑いながら言うクロロに、そりゃどうも、とこちらも笑いながら返す。

 まぁ私が殺らなければどうせ誰かが殺っているし、犠牲者の数には変化がないから向こうにはデメリットの意識とか無いんだろうけど。

 それでもこちらが利用している形で、それを許容してもらっているのは事実なので感謝はしておく。

 

「ただ、満足できるような相手はいなかったらしいな」

「ホント、惰弱脆弱超貧弱。やっぱダメだね、あの程度のところで収まっている連中じゃ」

 

 私が戦った相手についても、既にパクから聞いているらしい。

 どっかの施設の警備に収まっているような奴等では相手にならない。強い奴は雇われると言うよりは、自分の仕事に対して高い金を支払わせるのだ。ゾルディックなんかは、100%殺してやるからそれ相応の金を払えってスタンスだし。

 強い奴は金に執着しない。あの家の依頼料が超高いのは、単にそれだけの価値があるということだ。そういう商売をできずに、お給金を貰っているようじゃ駄目なのだ。

 私が遭遇した念能力者の数は2。最初に遭遇した奴はアポートとオーラの腕を繰る能力者だったけれど、蹴り一発でノックアウト。

 その次に遭遇した相手は、おそらく脚力だか速度だかを高める効果がある靴を具現化する能力者だったか。見た感じからの判断だから、詳しくは知らないけど。

 速いのはいいけど、対応できる程度だったしそれ以外がクソ。何度かいなした後の顔面へのカウンターパンチで一撃死である。もっと防御にも気を配れよ、と。

 結局はその程度。警備に収まっている程度の奴等は、今日殺した奴等と大差ない。これは経験則だ。

 私まだ本気出してなかったし、そもそもお面取ってないし。しかも先手までくれてやっても楽勝。実戦経験を積むための相手としては相応しくない。

 やはり手頃な相手といえば、多様な戦闘スタイルの奴等が揃っている蜘蛛が妥当か。それ以外で用意できなくはないけど、そっちは結構出費とか諸々が嵩みそうだ。

 そう今後の訓練について思いを馳せていると、持っていたビールを飲み干したクロロが嬉しい提案をしてきた。

 

「体動かし足りないんだったら、今からやるか? オレが相手になるぞ」

「クロロかよ……。じゃあ、まあ、うん……、……チッ」

「おいなんだその含みのある返事」

「ふっへへ、冗談冗談。んじゃやりますかー」

 

 軽口を叩きながら立ち上がり、クロロと連れ立って仮アジトの廃墟を後にする。外も幾つか似たような廃墟があるけれど、取り敢えずココだけ残しておけば他は多少壊れてもいいだろう。

 クロロは今ならアルコールが入っているし、もしかしたらやれるかもしれない。それでなくとも彼の体術はかなりのものなので、特訓相手として申し分ない。

 ただこっちからも聞きたいことがあったのに、それをまだ聞いていない。戦闘後じゃ疲れてそれどころじゃなくなるかもしれないし、開始前の雑談程度に聞いておこう。

 

「そういえばさ、宿題出してたでしょ。答え自信あるんだけど」

「あぁ、あれな。正解もうわかってるみたいだし、なら答え合わせはいらないだろ」

「まぁいらないって言えばそうなんだけど、ほんとに聞きたいのはそこじゃなくってさ」

 

 事も無げに言うクロロに、ジト目で返す。宿題に関しては別にいいんだけれど、その他に気になることがあるのだからそうもいかない。

 そりゃまぁ色々あったし、正解は導き出している。でもそれは、変わったからこそ変わっていないという部分に限ってのことだ。

 あれは私が内面的にちょっと変化があって、そこからまた変化して元に戻ったって感じの解釈で合っているはず。

 少し前のキルアとの会話の中で気づいた、自身に起きた変化。ただ、その時に理解できたのは私の内面についてのみだ。

 クロロが以前言った、私の目。それは言った彼自身しか知り得ないことだと思う。

 彼からの問いかけに対するヒントとして出されたそれだけれど、問いが解決した今となっては、むしろヒントの方が難問だ。

 

「私が聞きたいのは、ヒントとして出た私の目の話だよ」

「……あぁ、あれか」

 

 一つ息を吐いて表情を元に戻してから、彼に質問する。思い当たることがあったようで、彼は頷きながらそう言った。

 だけどすぐに表情を曇らせ、こんな言葉を漏らした。

 

「……いや、でも言ったら怒られそうだしなぁ」

 

 言い淀むクロロ。むしろそんなこと言われると余計気になるんですけど。

 とりあえず今の口ぶりからして、碌なことではないのは確かだろうけど。

 

「それって、つまるところ言ったら怒られそうなこと思ってたってことだよね」

「まぁ、つまるところそういう事になるな」

 

 確認をとってみれば、どうやら当たりらしい。

 チラリと表情を覗い見れば、無表情ではあるがずっと正面を向いたまま歩き続けている。目を合わせないのは後ろめたいことの証明だろうか。

 そうかそうか、私の目に対してなにか失礼なこと思っているわけだな。

 とはいえやはり気になる。一応彼好みの目らしいから、そんなに酷いこと思われてないはずだし。

 

「ふぅん。ねぇ、言わないで怒られるのと言って怒られないかもしれないのどっちがいい?」

「それなら言う方が……、……いや待て、その条件だとお前どうせ怒りそうだしな」

「じゃあ怒らないでやるから言え。さぁ言え」

 

 さぁさぁと催促すると、クロロもまぁそれならと話す気になったようだ。

 と言うかそもそも怒られるのを気にして言うのをためらうようなタマでもないだろうに。面倒な言葉遊びに付きあわせやがって。

 今のだって、私が厳し目の条件を出した後にそれを少し和らげて彼の妥協を引き出した、みたいな形になってはいるものの、お互いわかっててやっていること。向こうも楽しんでるみたいだし。だって顔がにやけてる。

 

「そうだな……オレが受けた印象としては、お前の目はいつも何かを求めるようにギラギラしていて……」

「うんうん」

「かと言って輝いているわけでもなく、むしろ泥沼の底のようにドス黒い何かが沈殿しているような薄暗い、何か濁ってそうな感じだな」

「うんうん……、……うん……?」

 

 腕を組んで頷きながらノリノリで聞いていたのだが、後半部分に差し掛かった辺りから首をひねる。

 前半はまぁ分からないでもない。私だって自己分析ができていないわけではないし、そう言われる心当たりだってある。的はずれなことを言っているわけではないし、特に問題はない。

 でも後半はなんか酷い。言わんとしていることは分からないでもないけれど、これもうほぼ悪口じゃないのか。何か濁ってそうとか変なの付け足した所に悪意を感じる。

 しかし別に彼はニヤけ面じゃないし、冗談言っているような雰囲気でもない。マジで言ってるのかコイツ。

 内心ちょっとイラッとしたけれど、それは表に出さないまま聞き返す。

 

「何かすっごくバカにされてるような気がするんだけど気のせいかな?」

「気のせい気のせい。オレは至って真面目だぞ」

 

 ふっと笑いながらのクロロの言葉に、尚更タチが悪いと内心突っ込む。

 それにしても濁ってるって。なんか割とショックである。

 鏡で自分の目を見る回数は多いけど、見た目だけで言えばむしろ綺麗な方だと思うけど。

 とは言っても印象の話だから、見た目は関係ないのか。でもそれにしたって濁ってるは無い。酷い。

 不服であるというのを表すように半眼で、口角だけを上げた歪な笑顔で反論する。

 

「ケッ、こんな清廉潔白純情少女の目が濁ってるとか、クロロは見る目が無いよね」

「お前を表現するにあたって全くかすりもしない、不適切な言葉だけを並べられてもな」

 

 ケッとか言ってるしネタにしても酷すぎる、そう言いながらクロロは両の掌を上にむけて、やれやれというポーズをとった。

 まぁ冗談で言ったんだけど、そこまで言わなくてもいいじゃないか。なんかいつも以上に容赦がない気がする。こいつ絶対酔ってるだろ。

 丁度戦うためのそれなりに広いスペースがある空間に到着したので立ち止まり、恨めしげな目で彼を見上げる。酔っても顔に出ないから判断がしにくい。

 

「ただオレとしては好みの目だって話だ。まぁ酔っぱらいの戯言だと思え」

「好みとかはどうでもいいんだよ。問題は濁ってるって言われたことなんだけど」

「っふふ、それがいいんじゃないか。約束したんだし怒るなよ?」

 

 今度は両の掌を私へと向け、数歩下がって距離をとるクロロ。

 酔っ払いだなんて彼の言葉が本気なのか冗談なのかは判断しかねるが、別に多少バカにされたくらいで怒ったりはしない。

 

「怒っちゃいないけど。でも戦闘開始のゴングは私からの腹パンでいいよね?」

「いいわけないだろ。怒ってないって言ったじゃないか」

「怒ってないよ、これは正当なハンデの要求だよ。何なら顔面でもいいよ」

「オレはドMじゃないから痛いのは却下。ハンデも無しだ」

 

 軽口を叩き、軽く笑いながら構えをとる私達。どうやら失言に託けてハンデをもらっちゃおう大作戦は失敗のようだ。

 目を合わせ、同時に笑みを深くし、寸分違わぬタイミングで走り出し、衝突する。

 調子は良好。クロロの酔いの程度は計りようがないけれど、ひょっとしたら行けるかもしれない。

 そんな仄かな希望を胸に、蹴りを躱し拳を突き出した。

 

 結果は惨敗だった。




毎日更新、2日目にして既にきつい。
背水の陣なんか敷くんじゃなかったと若干後悔。しかし有言実行、前言撤回はなし。

本当は今日中に明日の分少し書いておきたかったんですけどね。
アレです、全部サッカーが面白いのがいけないんです。


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18 リフレッシュ

 四肢を投げ出して畳の上に寝転がる。既に布団は敷いてあるのだけど、別に睡眠をとるわけではないし、そちらを使うよりもこちらの方が畳の感触と上質な藺草(いぐさ)の香りを楽しめる。

 頭の下には2つ折りにした座布団。流石高い金を払っただけのことは有り、頭に伝わる感触もなめらかで、折った状態から元に戻ろうとする反発力が伝わってきて、それが程よく心地良い。

 傍には黒光りする広く低いテーブル。税の限りを尽くしたという形容詞が似合うような懐石料理がところ狭しと並べられていたのは少し前の話で、今では先程まで興じていたトランプがゲーム終了時そのままに乱雑に置かれている。

 身に纏うのは浴衣。肌触りのいいそれはゆったりと着心地が良く、こうして包まれている感触が癖になってしまいそうだ。

 私と同じ格好、似たような体勢の同行者その1と共に言葉無くこの空間を全力で堪能していると、廊下から良く知った気配がこの部屋へと近づいてきているのに気づいた。同行者その2が戻ってきたのだ。

 通常の歩行速度よりは少し早め程度で移動していたそれは部屋の前で一旦立ち止まると、一拍置いてから勢い良く扉を開け、それを後ろ手に閉めながら室内の私達に声をかけてきた。

 

「ただいまー。ほれ、飲み物買ってきたぞー」

「あ、おかえりー」

「おっそーい。待ちくたびれて干乾びそうなんですけどー」

 

 まず椎菜が、次いで私が返答する。まったりとしていたこともあって間延びした調子で、しかも寝っ転がったままだ。

 こちらへと向かってくる楓の肩より少し上までの焦げ茶の髪は、風呂あがりで湿っているときはまっすぐ降りていたが、乾いた今となってはくせっ毛で外側に跳ねている。

 私達の格好を見、私の軽口を受けた彼女は朗らかに笑い、恐らく売店で買ってきたであろう瓶の容器の飲み物を腰を曲げてテーブルに並べながら言った。

 

「いやいや、流石の私でもこんな高級旅館の廊下をバタバタ走るなんて場違いな真似は出来ないって」

「それも罰ゲームの内だよ?」

「ヤダ! つーかそんなの初耳だわ!」

 

 存在しないはずの条件をいつの間にやら追加した椎菜の冗談にも鋭く切り返す楓。そんなことをしたらすれ違う他の宿泊客や従業員から高確率で変な目で見られるだろう。まぁ彼女は外見がいいから、走ろうが走るまいが意味は違えど視線は浴びたんだろうけど。

 3月の終わり頃。私達は今、それなりに有名な温泉街にある温泉旅館に来ていた。それも広い露天風呂や個室風呂などが完備され、内装も良く食事も豪華な結構お高い宿である。

 発案当初は海外旅行のはずだったけれど、そういえばメリーって外人だよね? という椎菜の発言を切掛に、彼女達が海外に別段憧れを抱いていなかったということも相まって、ならばジャポンの良さを知ってもらおう! と楓が泊まりがけの温泉旅行を提案したため行き先が変更になったのだ。それは無事彼女達の合格が決まり、お祝いも兼ねて遊びに行った先の会話での流れだった。

 私としてもジャポン以外にも数多くの国に行った経験はあれども、それは観光目的ではなかったため旅行に行っても彼女達を案内できるか不安だったし、彼女達の出資者を立てる気遣いが嬉しかったし、なにより温泉は未経験ということで2つ返事で了承した。

 海外旅行から国内旅行に規模を縮小したこともあって、本来であれば交通費に当てたぶんの金を宿泊費に回すという名目で、中学卒業直後の身空でお高い宿に泊まるのを遠慮していた彼女達を説き伏せ、こうして高い旅館に3泊4日の旅行と相成ったのである。そして今は、その旅行初日の夜。

 

「よっし、じゃあ今度は誰がどれ飲むかを決めよっかー」

 

 立ったまま腕を組み、不敵な笑顔でそう宣言する楓。

 テーブルに立ち並ぶ3つの飲み物は、真っ白い通常の牛乳と、茶色がかったコーヒー牛乳、クリーム色とオレンジ色の中間のような色のフルーツ牛乳の3種類が置かれていた。すべて牛乳系統なのは、風呂あがりには牛乳というジャポン流のこだわりということだろうか。とは言っても風呂から上がったの結構前だけど。

 

「勝負はさっきと同じ大富豪でいいよね? 階級とかはそのまんまで」

「異議なし!」

 

 私はゆっくりと上体を起こしながらそう提案する。今日は温泉でゆっくりするから、と前日までにハードなトレーニングを行なっていたため、全身筋肉痛で一挙手一投足が体に響く。幸い温泉には湯治効果、という回復力を高める効果があるようなので、同じ効果を持つ念の四大行の1つ”絶”と組み合わせると結構な効果が見込めそうだ。単なるプラシーボ効果かも知れないけど実際に身体は楽になっているし、温泉が癖になりそうだ。

 私の言葉に賛成の声を挙げた椎菜は、肩に少しかかる長さのミディアムボブを揺すりながら激しく身体を起こした。これで賛成2、飲み物が温くなる前にさっさと勝負を付けたいところだったので、素早く私の案に表を入れてくれた彼女には感謝だ。

 

「それって私に不利……、……いや、やってやろーじゃん!」

 

 楓にとっては不利なこの提案だったけれど、覆しようがない事を悟ったのか弱気を吹き飛ばしてやる気を滾らせた。

 先ほど楓が飲み物を買いに行ったのだって、この大富豪でビリになった者に対する罰ゲームでのこと。お金は私持ちだけれど、部屋でダラダラしている奴等にパシらされるという屈辱感は与えられる。

 まぁつまりさっきのゲームで罰ゲームを受ける立場だった彼女は、今回のゲーム開始時の階級が最下層なのである。

 目の前では楓がビリに課せられた任務として、カードを混ぜて配る役目に勤しんでいる。前回の私の成績はトップ。ビリの楓から良いカードを交換できるという好条件でゲームを開始できた、と内心ほくそ笑んだ。

 

 勝負は時の運、と言うのはよく聞く言葉。それもトランプゲームという、イカサマをしない限りは運の要素が大局を支配すると言っても過言ではないものであれば、勝負においてそれは重要なファクターとなる。

 端的に言って私は負けた。今回は椎菜のカードの引きが異常に良く、逆に私は余り奮わなかった。結果として椎菜がトップの座に収まり、私は都落ちという前回トップがトップを奪われたら強制的にビリ、というルールによってビリになり、2位には楓が収まった。

 椎菜はフルーツ牛乳を、楓はコーヒー牛乳を選択し、彼女達は美味しそうにそれを煽っている。私の飲んでいる牛乳も濃厚で美味しいけれど、敗北という苦味のエッセンスが効いているようなきがするのは気のせいだろうか。ちくしょうめ。

 

「そういえばさ、メリーに聞きたいことがあるんだけど」

 

 口に残る敗北の味を噛み締めつつカードを混ぜていると、不意に椎菜から声が上がった。

 断る理由もないので承諾し、混ぜ終えたカードを揃えて一旦テーブルに置き、飲みかけの牛乳を口に運ぶ。

 椎菜は位置とちらりと楓の方を見てから、トランプに視線を落として意を決したように口を開いた。

 

「こないだ楓とネットで動画見ててね、偶々見つけたんだけど……。天空闘技場っていう施設で、なんかスケボーで空を飛んでいる人が居たの」

 

 聞いてて思いっきり顔をしかめる。今、なんかすごく聞きたくないことを聞かされたような気がした。

 天空闘技場自体は、格闘家達が腕試しや金稼ぎに集うことから世界的にも有名で、関連動画も電脳ページ上に大量にある。が、椎菜の言うような動画は通常であれば一般人は見ることが出来ないような動画だ。

 空飛ぶスケボーが開発されたなんて聞いたことがないし、それを天空闘技場で使うなんてありえない。まず間違いなく念能力によるものである。

 ああ、そういえばキルアはゴンと一緒に今あそこにいるんだったか。なんか200階に行くには念ってのが必要で、お前なにか知ってるだろとメールで聞かれたなぁ。何時だっけ、3月10日くらいだったかな。

 ちょっと現実から逃れながら今のが空耳であることを祈る。事情等諸々の確認のためにも楓の方に視線を動かして話を求めるが、返ってきたのはそれを肯定する言葉。

 

「メリーがハンターってことは強いんだろーなーって思って、なんか強い人が戦う動画とか探しててさー。動画は見てる途中で消されちゃったから後半は読み込まなくて見れなかったんだけど、相手のほうもトランプ飛ばしたりして戦ってたし……ああいうのって出来るもんなの?」

 

 今度こそ私は頭を抱える。楓も言うってことはマジで2人は見たのか。しかも後半出てきた奴は選手については似たようなのが実在するのを知っている分、彼女達の冗談だと笑い飛ばすのは不可能。

 あそこは超高層施設で、勝ち上がれば勝ち上がるほど階層と勝利時の賞金が上がっていく。いくらかは忘れたけど個人が受け取れる金額に上限があるから際限なく稼ぐことこそ不可能だけれど、確か100階らへんで100万、最高で一回の勝利で2億くらいもらえる、という鍛えると同時に金を稼げる人気のスポットで、選手の数も多ければ観客も数もかなり多い。私の場合は相手と差がありすぎて経験もクソもないけど。

 200階まではそんな感じの賭博施設だが、それ以降は全く毛色が違ってくる。200階以降賞金が無くなったりルールが変更になる上、選手の全員が念能力者になるのだ。

 数10万払えばだれでも見ることは可能だけれど、一応秘匿技術扱いの念能力を用いた戦闘である。当然情報規制はされるし、特にネット上への試合動画のアップロードには厳しい監視体制が敷かれ、見つけ次第即削除しているらしい、けど。

 ネットポリスは何やってるんだ。200階以上の試合動画を一般人に見られているじゃないか。電脳ページ上で起こっていることなんだからハッカーハンターの管轄内でもあるじゃないか。

 まぁそもそもあんなふうに大々的に観客まで動員して試合しているし、ハンター制度なんてものもあるわけだし、人の口に戸は立てられないとも言うし。そりゃ隠し通すのには無理があるとは思うし、秘匿技術かっこ笑い、な状態の念能力だけど、流石にこれはザルすぎるだろう。

 彼女達の顔を見るに興味津々だし、こちらとしても看過できない情報を聞かされたし教えるのは吝かではないんだけど。

 テーブルに肘を乗せ、額に手のひらを当て、気を落ち着かせるように息を吐きだしてから苦い顔のまま一先ず問いかける。

 

「……その前に、一個だけ質問させて。トランプ使ってた奴はどんな風貌だったか覚えてる?」

「え、と。画面が荒かったから細かくは見えなかったけど……」

「たしか顔に変なメイク入れてたっぽいかなー。ひょっとして知り合い?」

「……あぁ、うん……わかった、ありがと……」

 

 楓の言ったメイクという言葉によって確信を得た。それ絶対ヒソカだ。変なメイクしてトランプで戦う変態野郎なんてヒソカ以外にはいない。別に彼女達は変態とは言わなかったけど、まぁ実際変態だから付け加えても問題なし。

 途中で見終わったということは、ヒソカが織り成す愉快な虐殺ショーは見ないで済んだようだ。彼女達がそんなものを見なくてよかった。

 それに知ったからといってどうこうなるものでもない。ちょっと世界の真実を垣間見ただけと思えば、この情報は私にとって非常に有益なものではなかろうか。

 なんせヒソカが天空闘技場の200階クラスで戦っていると言う情報だ。普段の蜘蛛の仕事での彼は、相手が弱すぎて能力を使うことはあまりない。上手い具合に強い相手と対戦して、それをヒソカに知られること無く現地で観戦出来れば、彼の能力活用法を今以上に知れるのではなかろうか。

 幸い今の私には1年間で培ったとある技能もある。バレずに観戦するのはそう難しい話ではない。ならばこそ、情報量として彼女達にいくらか教えてあげてもいいだろう。

 そこまで考えて、歪めていた表情を元に戻す。最初からポーカーフェイスでいても良かったけれど、表情を変えるのもコミュニケーションの内。友達相手に腹の探り合いは必要ないし、こうして顔を変えることで彼女達にも私の内心が少しは伝わる。今は緩めた表情を見て、やばいことを聞いたのかと不安げな表情は緩和された。

 

「結論から言うと可能だよ。むしろそれはハンターであるならば出来るようにしなきゃならないことだし、私にだってできる。こんなふうに」

 

 そう言ってテーブルの隅に寄せられた容器に入っている袋入りの煎餅を1つ手に取り、山札の一番上のトランプをもう片方の手で持ち”周”でオーラを流して強化、横一文字に薙ぐ。

 真っ二つになった煎餅を片方ずつ投げ渡し、まだ中身が残っている牛乳瓶を、中身が零れないよう余裕を持たせて上部を切り取ってテーブルに転がす。その綺麗な断面を見て目を丸くする彼女達に続きを話す。

 

「トランプだろうが葉っぱだろうがどんなものでも凶器に出来る。当然こういうのを悪用する奴は出るし、葉っぱ一枚投げるだけで人を殺せるような奴等は武装した警官程度じゃ無駄な犠牲を出すだけ。そういう輩を取り締まるのもハンターの仕事ってわけ」

 

 まぁ私はむしろ取り締まられる側なんですけどね。ただそれは今は関係ない。関係ないったらない。

 手にとって断面を指で触ったりして確かめる楓。トリックの類ではないことは実際に買ってきた彼女が一番知っているはずだ。

 ペタペタと確かめるように何度も触り、それを椎菜が覗きこむ。やがて楓が感嘆の声を上げた。

 

「おおぉぉぉ……! こ、こういうのって誰でもできるもんなの!?」

 

 まぁ、当然の疑問か。

 ただ私としては彼女達にはこういうのとは無縁でいて欲しい。こうやって話したのだって、念能力を大々的に使う奴が居る現状では、彼女達がみた動画を足がかりに念に辿り着くことを懸念してのことだ。

 私の与り知らぬところで念に触れ、それに轢かれてしまっては目も当てられない事になる可能性がある。自分を守り通せる力がない場合、この力は毒にしか成り得ない。

 

「……理論上は誰でも可能だけど。でも私の見立てだと2人とも習得直後に死ぬよ。極一部の先天的才能がある奴等を除いて、身体能力が低い場合は発現時のリスクが高いし。それに無事習得できても、今度は動画で見たピエロみたいな奴、俗にいう戦闘狂に戯れに命を狙われることもあるしね。動画のスケボの人、十中八九もうこの世にはいないよ」

 

 ならばせめて私が彼女達に教え、その上で遠ざけなくては、と敢えて彼女達が興味を無くすような言葉を選ぶ。とは言っても、これは決して嘘ではない。

 念で扱うオーラとは普段垂れ流されている生命エネルギー。念能力者として鍛える前の量は、素体の身体能力――体力と言い換えてもいい――に比例する。当然だ、身体に宿っているエネルギーなのだから。

 その前提があった上で、念を習得するためには精孔という体内の穴を開けてオーラを身体に巡らせる必要があり、それには2種類の方法が存在する。精神統一によって徐々にオーラを知覚し目覚めさせるか、外部からのオーラの刺激で無理やり精孔をこじ開けるか。

 前者の場合でも、身体能力が低いとオーラの総量が低く、またオーラを知覚して起こすのとそれを制御するのは結構勝手が違う。自身に留める感覚を掴む前にオーラが枯渇してしまうと、際限なく生命力を絞られた肉体は死に至る。後者はそもそも体内に眠るオーラや精孔を知覚する工程を省いているからリスクはかなり高い。少なくとも彼女達からは才能を感じないし、やろうとしても高確率で死ぬのは本当の話。偶に一般人程度の身体能力でも自然に能力が発現することはあるけれど、本当にごく一部の限られた者だけだ。

 この辺りの話はせめてもの気遣いとキルアにもメールで教えたことだ。その後彼からは現地へ来て念を教えるよう頼まれたが、そのためには彼らを長期間指導しなければならないため却下し、適当な人材を自分で捕まえろといった。結果彼らは師を見つけて無理やり精孔を開いて念を習得したらしいけど、私は適当な人材と言ったのであって、テキトウな人材とは言っていない。その師匠はちゃんと選んだのだろうか。無理やりやってよく死ななかったなアイツら。

 

「……うわー、現実突きつけられるとロマンが一気にぶっとぶなー……」

「うん……。変なのに狙われるのはちょっとね……。それに死にたくないなぁ私」

 

 楓と椎菜がそうぼやく。彼女達の様子からして私の目論見は成功したようで、念を自分たちで使ってみたいという気は失せたようだ。

 まぁぶっちゃけ変態に狙われることなんて滅多に無いんだけど。それでも可能性はあるわけだし、目を付けられても彼女達の身体能力じゃどうすることも出来ないから、余計な危険が増えるだけだ。暴漢対策とかはスタンガンとかで我慢してください。

 うーん、と苦い顔をしながら私が切った煎餅を貪っていた椎菜が、突然何かに気づいたように顔を上げ、勢い良く私の居る方へ身体を投げ出して声を上げた。あ、食べかすこぼれた。

 

「っていうかスケボの人、トランプピエロに殺されたかもなんでしょ? そんなのと知り合いってダイジョブなの!?」

「ん? あんまだいじょばないけど?」

「だいじょばないけど、じゃねーよっ!!」

 

 それに対する返答に、今度は楓からツッコミとチョップが飛んできた。流石楓、良い切れしてやがる。

 まぁ余り心配させるのも悪い気がするし、へらりと笑って手をプラプラさせながら軽い調子で弁明する。

 

「あはははは、まぁまぁまぁまぁ、あのクソ野郎については近い内にブチ殺す予定だから、そう気にすんなってぇ」

「そうなの? んー、それならまぁ……」

「いやいやいやいや、今の納得するとこ違うから!」

 

 顎に人差し指を当てて納得しかけた椎菜に、楓が激しく首を横に振りながらまたもやツッコミを入れる。

 楓にどう納得させようか、と次の発言に思考を巡らせる前に、椎菜が彼女の肩に手をおいて諭した。

 

「多分大丈夫だって。ほら、ハンター試験の時だってメリー自信満々で行って無事に帰ってきたでしょ? だから今回も信じて大丈夫だよ、多分」

「そーそー、友達の言うことは信じなさいな。いやぁ椎菜は良い事言うよね、椎菜ちゃんマジ天使だわー」

「そ、そうなのかな……? 何か多分2回も使ってるんですけどー……?」

 

 これ幸いとそれに便乗する。おかげで楓の勢いも削がれたようだ。椎菜の物言いに引っかかっているようではあるけれど。

 私に褒められて、うへへへへとにやける椎菜と、ブチ殺すとか物騒なこと言ってたんだけど、とまだ少し首をひねる楓。

 2人を見て、ココら辺が潮時だろう、と両手を打ち合わせて笑顔で宣言した。

 

「ハイ、じゃあ世界の真実をちょろっと垣間見たってことで。この話はオシマイです! もっかい風呂でも入りに行こっか!」

 

 異論は無いようで、2人は私の言葉を受け入れた。楓も渋々ながら納得してくれたようだ。

 こんな話はこんな場所、こんな優しい人達には似つかわしくないだろう。

 彼女達は血なまぐさいものとは無縁でいるべきだ。欲を言えば念についても知り得てほしくなかったけど、私が今日こうやって対処できただけでも及第点だろう。

 もっと別の、明るく楽しい話がしたい。その思いから、私は話題を強制的に断ち切った。




大学時代に大富豪のローカルルール、5スキップと7渡しと10捨てに出会った時の衝撃は忘れられません。9が3枚で銀河鉄道はもはやギャグですね。まだクーデターの方が……。
スペ3や8切りやJバックなんかは知ってたんですが、地方や学校で色々違うみたいですね。名前も大貧民って呼ぶこともあるんだとか。

ちなみに入浴シーンは尽くスキップします。


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19 お泊りに付き物のアレ

 旅行初日は移動の都合もあって旅館についたのが日暮れ時だったために、その日の内に堪能できたことといえば豪華な夕食と充実した温泉のみだった。

 最終日にも移動の都合があるので、昼食後少し経ったらここを立たなければならない。実質、丸一日掛けてここを堪能できるのは中2日のみとなる。

 2日目にはバスなどを利用してこの辺りにある名の知れた観光地へと赴き、記念撮影やお土産を選ぶなどして過ごした。

 3日目には2日目の疲れを癒すように旅館の温泉を堪能するのがメイン。合間に近所を散策したりはしたが、基本的にはゆっくりと身体を休めていた。

 初日と2日目は移動や歩きで疲れていたため私以外の2人は布団に入るなり早々に眠りに就いていたけれど、3日目となる今日は体力が余っているようで、夜中布団に入ってからも室内が静まることはない。

 

「それでね、梅ちゃんは卒業間際の合格発表の時期に柳君とくっついたらしいよ」

 

 薄暗い部屋で顔を突き合わせて交わされる話題は専ら恋の話である。以前私達が通っていた中学校内で、卒業が近づくにつれて焦りを覚えて秘めた思いを告げる生徒が急増し、恋の花が咲いたり散ったりとてんやわんやだったようだ。

 私は3年の時に転校してきたために、クラスが違う生徒の名前が出てもいまいちピンとこなかったが、今椎名が言ったようにクラス内でもそういう話があったようだ。

 小柄で可愛らしい梅ちゃんこと梅宮さんと、長身で切れ長の目をした柳君。仲良さそうにしているのをクラス全体で生温かく見守っていた2名の顔を思い出しながら相槌を打つ。

 

「あぁー、あの幼馴染夫婦。くっついたとか言われても今更感が半端ないね」

「よくひっついてたもんねー。でもこれで漸く名実ともに夫婦って感じ?」

「実際にはまだ違うっしょ。そのうちそうなるだろうけど」

 

 楓の言葉に軽く突っ込みつつごちる。幼稚園ぐらいからの幼馴染らしいから既にお互いの嫌な部分も知ってるだろうし、順調にゴールインする確率は高いだろう。

 

「で、橘さんはこないだバスケ部の元副部長に告白してオーケーもらったみたい」

 

 うつ伏せで枕の上に顎を乗せた椎名が、左右の足を交互に上下に振りながら話す。この子さっきから結構な数の情報口にしてるけど、どうやって仕入れてるんだ。

 

「あれ、あの子めっちゃ面食いじゃなかったっけ?」

「相手の人確か中の上くらいでパッとしない印象だったじゃんね。なんか意外」

 

 布団の上で胡座をかいた状態の私と楓がそれぞれ反応する。橘さんはイケメンが大好物だったはずだ。対していま話題に上がったバスケ部の副部長は確かそんなでもなかった気がする。私の言葉に楓も同調したので記憶違いというセンもないだろう。

 それにしても橘さん、か。そういえば以前見られたくない場面を見られたな。

 

「本人と会った時に聞いたけど、なんでも年明け頃の買い物中に会って、それで話してたら意気投合したのがきっかけだったとか。メイクも控えめになってたし、男を顔で選ぶ時代は終わりだって言ってたよ」

 

 クスクスと笑いながら椎菜が言う。記憶の中の彼女は化粧が濃かったけれど、なるほど恋が彼女を変えたらしい。

 特に最後の部分。顔で選んで失敗してきたという話は以前に本人以外の口から聞いたことがあるし、そんな彼女が言うのだから重みも一入。きっと相手は誠実な人柄なのだろう。

 

「ふーん。まぁ顔だけ見て選ぶよりはソッチのほうがいいんじゃないの」

「他人事みたいに言ってるけど、橘さんって言えばさぁ……」

 

 テキトウに相槌を打っていると、ニヤけ面の楓から声がかかった。

 あぁ、彼女が言おうとしていることが手に取るように分かってしまう。

 橘さん、面食い、私と来ればこの後彼女の口から出る話題は一つしか無い。

 

「前にクラスであったよねー? あんたがイケメンと駆け落ちしたっていう話」

「あったあった。橘さんが言ってたよね、相手はかなりのイケメンだったって」

「先に言っておくけど何もないかんね」

 

 横合いから椎菜が肯定するが、その後ですかさず口を挟んで牽制する。

 これは以前、クロロと店で茶を飲んでいるところを橘さんに見られ、その後ハンター試験に出た私が音信不通になったことで、芽衣ちゃん死亡説を吹き飛ばすかのように湧いて出てきた芽衣ちゃん駆け落ち説についてである。

 そもそも彼女達は事情知ってるし、面白半分に聞かれても実際に何もないし、早々に興味を失ってもらおうと思ったのだけれど、そうは問屋がおろさなかったらしい。

 

「まったまたー。休日に2人で出かける仲なんだから、何かあるんじゃないのー?」

「いや、アレはほら、仕事関連の話してただけだし……」

 

 グイッと顔を近づけて追求してくる楓。その勢いに押されるかのように、答える私は上体を後ろに反らしてしまう。

 本当は仕事の話じゃなくて食材の買い物帰りに寄った先での雑談だったんだけど、まぁ話題は本についてだったし、しかもその本は盗品だから嘘ではない。ちゃんとお仕事と関連してるし。

 以前から何らかの仕事をしていたと彼女達に漏らしたことはないけれど、私がハンターになっているという現状から鑑みて、その頃から何かしていると思ってくれたのだろう。今の発言に疑問が挟まれることはなかった。

 楓も思いっきり顔をしかめて大きな舌打ちをしたものの、一応納得してくれた。

 

「つまんない……。あ、じゃあメリー的にはその人どうなの?」

「おお、ナイス質問! それくらいは聞かないとこっちとしても引き下がれないね!」

 

 流石にあの質問だけでは開放してくれないらしい。椎菜の発言によって楓も再び勢いづいた。

 っていうか別に、外で男と2人でいるのは何もクロロ相手に限ったことでもないんだけど。私の家に遊びに来た蜘蛛の連中と外をぶらつく事は結構あったし。

 その時は当然変な格好して目立つのは自粛してもらったけど。ボノさんはその点隠すのが大変で、絶対に長袖長ズボンにフードをかぶらせる必要があった。包帯取れよ、とも思ったがなにか事情があるのだろう。”円”で感知すれば中がどうなってるのか分からなくもないけれど、やったら怒られそうなので自粛している。ちなみにウボォーとフランのデカブツコンビはどうしようもなく目立つから連れ立って歩くことはない。

 さて、クロロか。どうなのって言うのは勿論恋愛的な意味としてってことだろう。その質問に対する答えは決まっている。

 

「どうかって聞かれたら、うん、無い」

 

 この一言に尽きる。今の状態の付き合いであれば何ら問題はないのだけれど、そういう意味であれば話は違ってくる。

 しかし私の答えに彼女達は不服そうだ。これは理由もちゃんと言わなくては駄目だろうか。

 

「話の通りに顔はいいけど、性格めっちゃ悪いし、セフレいるし飽きたらすぐポイーするから論外」

 

 膝のあたりに頬杖をつき、その手に顎を乗せて表情で呆れを体現しつつぼやく。

 長所の後に短所をいう場合、それは長所では短所を補うことが出来ないことを意味する。逆の場合は短所を補えるほどの長所を持っている、ということになるが。

 つまりこのクロロの場合、私からすると顔の良さという長所が完全に吹っ飛ぶレベルで女癖が悪いから論外である。性格が悪い、とも言ったけれど、それは私も彼のことを言えないレベルで性格が悪いからそこは問題ではない。むしろあのぐらいの性格の悪さならば問題はない。

 セフレの辺りについては蜘蛛と仕事するようになって少し経った頃に彼自身から聞いたので、まず間違いない。

 彼女達も女癖の悪さはちょっといただけないようで、椎菜は苦笑いをしながら私と同じ評価を下した。

 

「確かに女癖が悪いのは、ちょっと無いかなぁ……」

「……、……でもそんな彼がー?」

「大好き! って、何言わせんのキミ」

「いやノッたの自分じゃん」

 

 楓がツッコミを入れる。ご尤もである。でも乗ってしまうようなフリをした彼女にも責任の一端はあると思う。

 少なくとも現段階ではありえない話だ。私の中でクロロの評価が覆らない限りは。現状だとぶっちゃけ変態だけどマニアのミルキ君のほうが遥かにマシである。あくまでマシなだけだが。

 また近い内に遊びに行くか、と最近さらに肥えて来ているひきこもりの顔を思い浮かべる。どちらにせよ近い内に連絡入れたほうが良さそうだ。

 と言うか、さっきから私ばっかり聞かれるのも気に食わないので、今度は彼女達に矛先を向けてみる。

 

「私とか他人のことばっか話してるけどさ、2人はそういうの無いの?」

「別のクラスの男子に告白されたけど、全然知らない人だったから断っちゃった」

 

 椎菜が朗らかに答える。特にもったいないとかも思っていなさそうだ。まぁ、彼女の場合は高校に行ってからでもチャンスは十分にあるだろう。

 それに別のクラス、と言われると私は人物像が全く浮かんでこない。なので追求することも出来ないので、流すしかなさそうだ。

 

「私もね――――」

「あ、楓は彼氏いないのわかってるからいいよ。高校で彼女作る予定だもんね?」

「――――いないけど、そりゃいないけど! でも彼女を作る予定もない!」

 

 楓の言葉を遮り、女子校進学の彼女を百合ネタでからかう私。続く言葉で彼女も恋人無しなのが確定したが、遮る前に私もって言ってたから椎菜同様に告白されたけど振ったのだろうか。

 自分を棚上げして悪いけど、内緒だったけど実は彼氏いますってどっちか言ってくれれば面白いのに。

 とりあえずメンゴメンゴとテキトウに謝れば、楓も特に気にしていないようであっさりと矛を収め、背を反らして後ろに手を付きながら漏らした。

 

「はぁーあ、誰も惚れた腫れたのすったもんだは無しかー」

「くふっ、すったもんだって」

「まぁしょーがない、今後に期待ってことで」

 

 枕に顔をうずめて肩を揺らしながら笑う椎菜。相も変わらず楓は言葉のチョイスがちょっとアレだ。

 今後に期待、という私の言葉も本心だ。なにせまだ15歳、焦ってテキトウに選ぶよりは落ち着いてどっしりと構えていたほうがいい。

 

「あ、今後といえばさー、メリーってこの後どーすんの? つーか家いつ買うの?」

 

 ふと思い出したように楓が聞いてきた。

 今後の予定か。ここに来る前までは、今まで集めた本を読みまくって消化しつつ戦闘能力を鍛えまくろうと思っていたのだけれど。

 

「そういえば学校行くわけじゃないんだもんね、どうするの? あと次のお泊りはいつ?」

 

 椎菜も枕に埋めていた顔を上げて問う。

 家、か。最近は暖かい国のホテルで寝泊まりして、メカ本に保存されてる本読んで過ごしてたけど。貸し倉庫に預けてた本もそろそろ読みたくなってきたし、ジャポンも暖かくなってくる頃だしそろそろマンションの部屋買うか。

 我が家は何故か彼女達に人気だった。まぁ日当たりとか近所の店とか考慮したし、部屋数もそこそこ。更には家主が私自身と来れば当然か。

 ジャポンの冬は寒いからって余り寄り付かなかったけど、春のジャポンは好きだし。そうと決まれば善は急げだ。

 

「家は旅行終わった後にでも、条件いいとこ探して買うことにするかな」

 

 既にシャルナークから私の新しい戸籍は受取済み。あとは家を買って、預けていた荷物を全部引き取ればいい。

 彼女達が遊びに来るのであれば、距離は以前の家よりそう遠くないほうがいいだろう。駅を幾つかまたぐくらいが最適か。しばらくは伊達眼鏡をかける必要があるだろうけど、別に苦じゃないし。

 

「今後の予定は……、……折を見て天空闘技場に行くつもり」

 

 そう言うと、家を買うと聞いて目を輝かせていた彼女達の顔が若干曇った。恐怖の変態殺人鬼トランプピエロのことでも思い出しているのか。

 ヒソカがあそこにいるのであれば、彼の戦いはぜひ見ておきたい。強い相手との対戦であれば彼も自身の念能力を使用するだろうし、それを見て対策を練る必要がある。ミルキ君と連絡をとるのは対戦カードの確認や観戦チケット確保のためだ。

 問題は、アソコに居るのは雑魚が大半という点だろうか。ヒソカクラスの実力者であれば物足りないはず。そこは彼のお眼鏡にかなう能力者が彼と対戦してくれることを祈るしか無い。

 闘技場に闘士として参加するつもりは毛頭ない。手札を晒すなんて馬鹿馬鹿しいし、200階クラスの雑魚と戦っても得られるものはない。フロアマスター相手なら話は別だけど、大衆の面前で戦うのであればデメリットが勝る。

 

「とは言っても戦うわけじゃないし、ピエロと会うわけでもないよ。元々オトモダチが参加してて、前から呼ばれてたからさ」

 

 手をパタパタと振りながらその旨を彼女達に伝える。ピエロとは関わらないときて安心したのか、多少は陰りもマシになった。観戦はするけど会うわけではないから問題ない。

 キルアの様子も気になるし一石二鳥なのだ。ゴンがやらかして大怪我して、師匠が怒って念の修業が停滞して、キルアもそれに付き合わされてるらしいけど。メールや電話で近況は聞けても、いい機会だから会っておくか。呼ばれてるのも本当のことだし。行く時期未定だけど。

 とはいってもまぁ、今は楽しい旅行の最中だ。彼女達の心に不安を残しておくわけにもいかない、と明るい笑顔と声で未来の約束をする。

 

「そっちが落ち着いたらさ、また予定合わせて温泉来ようよ。私これ癖になっちゃった」

「……そうだね。うん、私もまた来たいな」

「私もー! 都合と、あと周期も合わせてね!」

 

 約束は未来に繋げるもの。だから私は決して約束は破らない。これは彼女達に対する無事に帰ってくるという誓いでもある。

 嘘は心を裏切るもの。嘘を条件に発動する能力に対する警戒というのもあるが、私はそもそも裏切りという行為が大嫌いだ。だから私は決して嘘は吐かない。また来ようといった言葉に嘘はない。

 彼女達も笑顔を見せて同意する。楓は余計なことまで付け足したが。まぁそれも大事だけど、分かってるから皆まで言わずともよろしい。

 とりあえず楓をシメて、あとはまた他愛もない話が続いた。会話が途切れるのはきっと、彼女達が眠気に負けるまで。

 そうして温泉旅行最後の夜は更けていった。




これで今のところはジャポンガールズのネタ消化しきりましたかね。

ちなみにミルキが引き合いに出たのは好意以外の理由からです。
よく読むとわかりますが、わかると今後その話が出てきた時にニヤつけるかもしれませんね。


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20 愚者の塔

 天空闘技場。ジャポンの北東、そして暗殺一家ゾルディックの実家があるパドキア共和国と同じ大陸の東南東に位置し、地上251階建てで、世界第4位を誇るその高さはなんと991m。円形ではなくいびつな形に突起しながら聳えるその塔は、野蛮人の聖地とも呼ばれている。

 参加者たちの所属する階数が上がるに連れて待遇は良くなり、100階以降は個室完備、勝利時のファイトマネーもそれまでとは桁違いになる。

 トレーニングルームやサロンなどの各種施設が充実しており、個室が与えられていれば宿代もタダなので、ここに住み着く闘士も多いのだとか。

 200階以降は選手層、と言うか試合形式そのものが一新されて、武器の仕様が認められた上に念の使用が前提となる。正直ココが一番危険なのだが、ファイトマネーは存在せず、得れるのは名誉なんていうクソみたいなモノのみ。

 しかも200階手前付近の高額すぎるファイトマネーによって、そこに八百長や手抜きで長期間留まられるケースも有る。それを防ぐために個人が貰える合計のファイトマネーは上限が定められており、上限に達すると金は入ってこなくなる。それ以降も200階目指して戦い続ける者と、金が入らなくなったら帰る者の割合はほぼ半々だ。まぁそれでも10億は軽く超えるほど稼げたはず。

 

「持ってきたぜ。って、お前どこ見て……、……あぁ、あそこか。変な形だよなぁ」

 

 ファミリーレストランの窓際のテーブル席に陣取り、窓の外に見える天空闘技場を頬杖をついてぼんやりと眺めながら、それについての情報を記憶から引き出していると、横合いから声がかけられた。

 そちらに視線を向ければ、ホットとアイスの2種類のドリンクバーグラスを両手に持った銀髪の少年が、手に持ったそれらをテーブルに置くところだった。

 銀髪の少年、キルア=ゾルディックが私の前にホットカフェオレを、私の正面の彼の席にメロンソーダを置いて腰掛けた。

 

「さんきゅー。何かアレ上の方で大暴れしたら真ん中らへんからポッキリ折れそうだよね」

 

 礼を言って率直な感想を述べつつ、カフェオレに口をつける。うん、安っぽさは否めないけど甘くてまぁまぁ美味しい。

 対面のキルアもメロンソーダをストローで啜り、天空闘技場を横目で見ながら答える。

 

「バランス悪そうだしな。でも200階でドンパチやってても全然揺れねーし、かなり頑丈だぜ」

 

 その建造技術は素晴らしいの一言に尽きるだろう。電脳ページもかなり発達しているし、まったくいい時代に生まれたものだ。

 ただ、これらや陸路の移動手段と比べると、空路はどうしても発達が遅れているように思えてしまう。まぁ、そこは空路を高速で移動されると困る、とある事情のせいなんだろうけど。ぶっちゃけ今の私としては”外”に興味ないしどうでもいいから、空路の移動速度マジで何とかして欲しい。

 大陸間移動のだるさに思いを馳せて溜息をつくと、キルアが怪訝な表情でこちらを見た。すぐさま何でもないと取り繕い、カップを口に運ぶ。

 

「まぁいいや。つーかお前そういう格好するとイメージ変わるな、最初見た時誰か分かんなかったぜ。実は目ぇ悪いのか?」

「これ伊達。ハンター試験は動きやすさ重視しただけで、普段は結構こういう服装してるよ」

 

 キルアが私が掛けている眼鏡を指さしながら言い、私は眼鏡を外してフレームを指にかけてくるくると回しながら答える。

 今日の私は白いシャツに青いカーディガン、クリーム色の膝丈スカートに細い黒のベルトと茶色の動きやすいブーツという装いだ。コレにレンズ入り伊達眼鏡をかけ、肩甲骨の少し上辺りまでのセミロングの黒髪を襟足で2つに結い、ベージュのキャスケットを被っている。

 私服ではあるが、こういう服装は蜘蛛の前では一度もしたことが無い。仕事であれば暗色系の長袖長ズボンにお面、彼らが家に来た時も男女兼用(ユニセックス)な動きやすい格好だし。私だけ、或いはジャポンの友達と出かける時以外にはしないのだ。髪と帽子は余りやらないけど。眼鏡は最近では近所を歩くとき付けるようにしている。

 理由は今キルアが証明した通り、普段の私の装いとかけ離れているため、見た目での判別が難しくなるからだ。さらに小細工を加えれば、見ただけで私だと判別するのはまず無理だろう。

 私の言葉にふぅんと相槌を打つキルアは、黒いロングTシャツと茶色の長ズボンのシンプルな格好だ。

 手に持ったメロンソーダを半分ほどまで減らした彼は、それを置くとこちらに目を向けて言った。

 

「で、せっかく顔合わせたんだし幾つか聞きたいことがあるんだけどよ」

「……答えられる範囲でなら。その代わり、こっちの質問にも答えてもらうけど」

 

 これは好機かもしれない、と手の中で眼鏡を弄びながら了承する。この流れなら自然に今日の目的を果たせそうだ。

 携帯電話でやり取りはしていたけれど、それで聞いていなかったことを聞くには互いにもってこいの機会。

 質問内容も大体の予想はつくし、当たり障りの無いことだけ言って、必要な情報だけ引き出させてもらうとしよう。

 

「オレの最初の呼び出しからお前がここに来るまで、1ヶ月も掛かったのもアレだが。何でお前が来ることゴンには内緒なんだ?」

「事情があっておおっぴらに行動できないんだよ。ゴンってほら、隠し事苦手そうなタイプじゃん」

 

 私がココに居るって事を相手が誰であれ漏らされるのは困るんだよね、と続ける。キルアもそれを聞いて、あぁと頷いたので納得したようだ。さすがに彼も元裏の世界のプロ、こう言えば誰にも言わないだろうし、事情について深く突っ込んでくることもない。

 ゴンの部分についても、彼自身心当たりがあるから私の発言について疑問に思わないだろう。

 っていうか私がココに来るの遅れたのまだ根に持ってんのか。メールで忙しかったって弁明したじゃないか。詳しくは言わなかったけど、鍛えたり本読んだり旅行の計画立てたり、本読んだり鍛えたり旅行行ったり本読んだり。ほぅらすっごく忙しい。

 今日ココに来たのだって、明日の4月15日にヒソカの試合があるからなのだ。なんでも相手はヒソカから3ポイント――天空闘技場のルールで、有効打やダウンに応じてポイントが加算される仕組み。10ポイント先取かKOで勝利となる――奪取した実績の持ち主ということで、正に見逃す訳にはいかない対戦なのだ。

 観戦チケットをミルキ君に確保してもらい、前日の内に闘技場まで足を運び、余った時間でこうしてキルアと会っているという寸法だ。この格好やゴンに知らせないのはヒソカに私が居ることを悟られないための処置である。どうせゴン入院中らしいから来れないけど、やはり口を滑らす可能性があるので知られるのも駄目。

 

「確かにゴンは隠し事無理だろうなぁ。あ、そういやアレ、試験中に髪ブワッてやったやつってアレなのか?」

「うん、慣れればああいう遊びみたいなこと出来るよ。キルア達はまだ1個目だけだっけ?」

 

 キルアの言うアレ、とは間違いなく念のことだ。彼もこういう場所でその単語を口にしない辺り、認識はしっかりできているようだ。

 髪ブワッは1次試験のトンネルで私はやったやつだ。最近髪切ったからあの頃より少し短いから、今やってもやはり微妙だろう。

 そして私の言った一個目とは、念の基礎、四大行の内の最初に習得するもの、という意味合いだ。つまりは”纏”の事。キルアには正確に伝わっていたようで、彼は一つ大きな溜息をついてから零す。

 

「そ。メールでも言ったけどゴンがやらかしてさ、そのせいで師匠から2ヶ月間はアレ禁止って言われてんの。んで友達思いのオレもそれに付き合ってるってわけ」

「バカだなぁ、それが使えるだけじゃ実戦じゃ役に立たないっていうのに」

 

 私がそう答えると彼は困ったような笑顔で、アイツ頑固で言い出すと聞かねーからな、と言った。なかなかゴンとはいい関係が築けているようだ。

 キルアが光と闇どちらに転がり、またその先でうまく生きられるかはゴン次第だろうか。

 まぁ先に片付けなくちゃいけない問題があるからこっちに気を取られていられないけれど、すぐにどうこうなるわけでもないだろうし、しばらくしてから様子見ても問題ないはず。

 今は何よりも情報を。幸い念の話の流れからならば誘導しやすいので、今度はこちらから声を掛ける。

 

「っていうかキミらまだそこって、結構出遅れてるんだよね。他の奴等は今3個目やってるって言うのに」

「はあぁ!? マジかよ、どいつだよ他の奴等って!?」

「ハンゾーとポックルとボドロ。だってもう試験終了から3ヶ月近く経ってるし、全員キミらがゾルディックに居た内に師匠と接触してたしね」

 

 身を乗り出して問い返した状態から、体を反らし頭を抱えてマジかよちくしょう、と嘆くキルア。

 そりゃそうだ。キルアを迎えにゾルディック邸で時間使ったのが20日らしいし、それだけ時間があればハンター試験合格者なら念の師匠と接触できる。

 1月23日に試験が終わって、2月中旬までには3人全員が接触を終えている。彼らはベースとなる肉体もそれなりに出来ているし、精孔も上手いこと外部の刺激とか利用すれば1ヶ月あれば余裕で開くだろう。

 しかも忍者と武道家と狩猟者。自然体で流れを感じる”纏”と、2個目である気配を殺す”絶”は今までやっていたことの応用だし。

 3番目の”練”に関しては、通常以上にオーラをねって留める必要があるから前2つに比べ難易度が高く、勝手も違うので難儀しているようだ。聞く限りハンゾーはスムーズだが、他2名はそこでしばらく手こずりそうだ。

 彼らとは今でも結構連絡取り合っているから情報が入ってくる。そうこうしている内にボドロへの敬称もとれた。彼らにした幾つかのアドバイスを思い出していると、不意にキルアがこちらに顔を戻して疑問を投げかけてきた。

 

「って、お前とかそれ以外の奴はどうなんだ?」

「ん? 私とイルミさんとヒソカは四つ全部とっくに終わってるよ。レオリオは勉強中で、クラピカは返信なし」

「……分かっちゃいたけど、やっぱ差はデケェのな。っつーか後の2人は何なんだよ」

「レオリオには一応鍛えときなよってメールしといたけど、クラピカはガチで音沙汰なし」

 

 自分の兄たちとの差を今更ながら実感し、苦虫を噛み潰したような表情になるキルア。今回の試験、既に念を覚えていた者とそうでない者の差は彼の言うように、いや彼が今認識しているよりも遥かに大きい。

 彼が念について知っているのは、基礎である四大行までだろう。その先にはそれを用いた応用技があり、それを覚え、また戦闘に組み込み、更に呼吸と同レベルで行えるようになるには通常数年間の訓練が必要となる。

 ちなみにレオリオとクラピカの部分も真実だ。一応他のみんなにもメール送ってるのにクラピカだけ送らないのは不自然だし、近況を聞けるならそれで十分だ。まぁ今頃山篭りなんて時代錯誤なことやってるんだろうけどね。後ゴンは連絡手段ないから除外。

 

「……、……ちなみに、今のオレとお前が戦ったらどうなる?」

「控えめに言っても、まず戦いにすらならないと思うけど。指一本動かさずに息の音止められるし」

「怖っ! そんな事もできんのかよ! ……なぁ、お前はヒソカと兄貴と比べるとどのくらいなんだ?」

「一番下。そもそも私に限らず、そこらのまともな奴等相手にしたらだいたいそんな感じになるよ」

 

 一番下相手にそれかよ、と机に突っ伏したキルアを尻目に、少し温度が下がってきたカフェオレを口に含む。

 今のキルアを殺すのは本当に簡単。能力を使うまでもなく、キルアの急所にそれなりのサイズの念弾を当てればそれでオシマイである。

 普段蜘蛛の連中に揉まれてる私からすればキルアは遅いから簡単に当てられるし、”纏”止まりの今なら”練”が使えず、”絶”の応用技でオーラを限りなく見難くする”陰”を使えば、それを見破る”凝”を彼は使えない。

 特別なことは何もない。そもそもたった1ヶ月程度の期間では念を用いた戦闘など夢のまた夢、初心者ではそれなりの念能力者に勝てる道理はない。

 ただまぁ、それはあくまでも現状の話だとフォローは入れておこう。数年後は立場が逆転している可能性だって大いにある。そもそもコイツ3歳も年下だし。

 

「まぁ1ヶ月そこらでどうにかなるもんでもないし。キルアまだまだ伸び代あるんだから、真面目に鍛えてればいつか私くらいなら勝てると思うよ。今の自分のレベルが分かっただけでも良かったじゃん?」

「お前に勝てても兄貴に勝てなきゃなぁ……、……ここにいる間になるべく鍛えとくしかねぇな」

 

 私の言葉に、腕を組んでうんうんと唸りながらそう漏らすキルア。親切で教えてあげたのに、この野郎あろうことか私を通過点扱いしやがったな。

 

「そういやキミらココで鍛えてるんだっけね。いつ頃までやるの?」

 

 内心ちょっぴりイラッとしながらも、それはおくびにも出さずに問いかける。

 本丸を責めるにはいい頃合いだ。とりあえずはジャブで様子見。

 

「どーすっかなー。フロアマスターには興味ねーし、ゴンがやることやったら終わりにする予定だったけど……とりあえず、教わるもん全部教わるまでだなー」

 

 背もたれに体を預け、後頭部で手を組みながらキルアが言う。

 やること、か。濁してきたけど、内容いかんによっては重要だし追求はしたほうが得策か。答えるのを拒否したら流せばいい。答えてくれるかどうかは半々だろうか。

 とりあえずフロアマスターになる気はない、と言うことは200階クラスで戦い続ける気もない、と。フロアマスターは200階で10勝するのが条件だし、さすがに一箇所にとどまる気はないか。

 

「ゴンのやることって?」

「ああ……アイツ、試験でヒソカに借りがあるみたいで、それを返すって息巻いてんだよ。ここにヒソカいるんだけど、今の話聞く限りじゃキツイだろうな……」

 

 ゴンを心配するような表情を見せながらも、話してくれた。

 この情報交換は、いうなれば取引。こちらがきちんと情報を出せば、彼もそれに答えてくれる。元プロの暗殺者としての性がそうさせる。

 互いに出している情報も、彼からすれば後ろ暗いものは特に無い、世間話のようなもの。故に発言のブレーキもかかりにくい、といったところか。

 或いはただ単純に牙が抜けてしまったか。まぁどちらにせよ、これを利用しない手はない。

 新た得て頬杖をつき、カップを手に持って揺らしながら問いかける。

 

「辞めたほうがいいと思うなぁ私も……。で、それも修行も終わったらどうすんの? 他の三人はもう決まってるらしいけど」

「参考までに聞くけど、ソイツらの予定は?」

 

 情報をチラつかせれば、興味を持った彼が食いついてくる。ハラを読むつもりなのは私だけ。楽なものである。

 カップに視線を注ぎながら、なんでもない事のように3人の情報を売り渡す。

 

「ハンゾーはライセンス使って捜し物、ポックルは幻獣ハンターとして活動開始。そんでボドロは道場開きたいんだってさ。ちなみに私は自由を満喫します」

「その3人とお前との落差がハンパねぇな……オレらも似たようなもんだけど」

「あれ、ひょっとしてキルア達も予定ないクチ?」

 

 カップを揺らしていた手を止め、視線も彼の方に向ける。キルア達、をゴンと彼のみか、或いはレオリオやクラピカも含めて受け止めるのか。

 後者のほうが嬉しいけれど、多分それは無いか。正直あの2人って、キルアにとっちゃゴンのおまけ的扱いだろうし。

 

「バーカ、お前と違って忙しいからな、オレらは9月に予定があんだよ」

「意趣返しのつもりかこの野郎」

「へっ! まぁゴン次第で行ってもやることなくなるけどなー」

「ふーん……」

 

 意地悪な笑みを浮かべるキルア。私は相槌を打ちながら、手元の茶色い液体へ視線を落とす。

 9月。そのワードが聞けただけでも十分だ。それだけでは不十分だけれど、推察して確信するだけの材料はこれで揃った。

 そのままカップを煽り、ぬるくなった液体をすべて飲み干す。そして空になったカップをキルアに向けて、笑顔で言う。

 

「ハイこれ。同じのよろしく」

「あぁ? さっきオレが行ったんだから次お前がいけよ」

「いいじゃん、ココの代金私持ちなんだから。身体で払え、身体で」

 

 顔をしかめて渋るキルアに、先ほどドリンクバーを取りに行かせたのと似たような文句で催促する。

 料金のことを言われるの強く出れないようで、キルアは自分の分も飲み干し、自分のと私のを掴んで、捨て台詞を吐きながら席をたった。

 

「チッ、じゃあその代わりに後でお菓子奢れよな」

「……、……別にいいけど、自分だって金持ちなくせに……」

 

 私の言葉は聞こえないふりをして、彼は足早にドリンクバーの機会へと向かって行った。200階まで行ったなら数億稼いだはずなのに、微妙にケチである。

 ため息を付いて背もたれに体重を預け、思案する。思い出すのはつい先ほど得た情報。

 天空闘技場、ゴン、ヒソカ、借り。修行、9月、予定、ゴン次第で消えるやること。

 ある程度事情を知っており、またクラピカが9月のヨークシンの事を彼らに話していたと仮定すると、これらの言葉は綺麗につながる。

 ゴンはクラピカから、9月のヨークシンでヒソカに会えることを聞く。修行がてら天空闘技場に来たら、私も知っている通りヒソカが居た。ここにいる内にゴンがヒソカに借りを返せば、行く予定のヨークシンでのやることは消失する。ただしキルアの口ぶりからすると、その場合でも行く予定ではある。行かなくていいのであれば、ゴン次第で行く必要がなくなる、とかそんな感じのことを言うだろうし。それはつまり、ヒソカに用がなくともヨークシンには行く予定ということ……。

 流れとしては当たらずとも遠からずだろう。ヨークシンに行く予定といっても、まさかオークションに興味が有るわけでもあるまい。まだカタログすら出ていないのだから可能性はほぼ0。

 ではなぜ行くのか? 居るからだ、クラピカが。そう仮定すれば合点がいく。

 蜘蛛に滅ぼされたクルタ族の末裔。その因縁と、彼の内で滾る怨嗟、そして彼の目。

 それを思えばこそ、推察した大まかな事の流れが違っていようとも、クラピカがヨークシンに現れる事は揺るぎない事実。

 限りなく黒に近い灰色が、完全に黒になった。コレでココでやるべきことは残り1つ。

 息を漏らして目を閉じ、外したままだった伊達眼鏡をかけ直す。そうして知らぬ間に僅かに張っていた気を緩め、もうすぐ戻ってくるキルアと、やがて届く注文の品を待った。



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21 死の奇術

 クラピカが動くのであれば、それに伴い発生するであろう混乱、連携や統率の乱れに乗じてヒソカも確実に動く。それを思えばこそ、今日のヒソカの試合は増々重要性を帯びる。

 昨日キルアと食事の後にそこら辺をぶらつき、宿泊先のホテルに戻ってからミルキ君に電話をかけ、チケットを確保してもらった時に聞いた事よりも更に詳しい話を聞いてみたところ、なかなか興味深い情報が出てきた。

 本日のヒソカの対戦相手の名はカストロ。近接格闘戦闘を得意とする武道家でひらひらした服を纏っており、虎咬拳という掌を虎の牙や爪に模して裂く拳法の使い手。それは達人ならば刃物を持たずとも人体や大木を薙ぐのは容易な、極めて攻撃力の高い拳法だ。

 計10勝すればフロアマスターと呼ばれる200階以上の階層の支配者への挑戦権が得られ、逆にそれより先に4敗すれば天空闘技場の選手登録からやり直しとなるルールの中、カストロの戦績は現在9勝1敗。フロアマスターへの挑戦権に王手をかけた状態。

 しかもその1敗は、200階クラスでの最初の試合のみ。しかも対戦相手はヒソカで、その頃カストロは念を習得しておらず、ヒソカから念に攻撃を受けたことによって念を扱えるようになったらしい。

 念を習得していなかったカストロがヒソカとの試合で生き残ったということは、つまりヒソカは大いに手加減をしたということだ。それはヒソカがカストロの将来性を見抜き、成長した暁には自分で潰して快楽を得るという異常性癖によって起こった事態。

 カストロ唯一の敗北から2年。ヒソカが青田買いするほどの才能の持ち主という点を考えれば、これだけの月日があれば念能力者としてある程度の型は完成しているだろう。つまり応用技も全て習得し、自身の戦い方に合ったオーラの運用等も心得ているはず。通常、念能力者はまずその自分の型を完成させ、そこからさらに伸ばしていくものだからだ。

 どうやって集めたのか知らないが、ミルキ君から送られてきたカストロの試合動画も確認したところ、見た限りでは能力を使った形跡はなかった。彼は全力を出さずに9連勝したということになる。先ほどの試合前インタビューでの、勝算がなければ戦わないという発言からしても、この試合によほどの自信があるのだろう。

 だけど、本気で試合を行なっていないのはヒソカも同じ。まるで嘲るように、弄ぶようにこれまで6名の死者を出している。

 ヒソカは戦績こそ8勝3敗とカストロよりも下だが、この敗北は全て不戦敗らしい。なんでも試合の予定は組んだが、当日に会場に現れずに不戦敗となっているようだ。3度もそれを行ったのは、試合に出れば必ず勝てるという自信の現れか。

 今日は既に私の眼下にあるリング上にてカストロと対峙しており、まもなく告げられるであろう試合開始の合図を待っている。

 正直、カストロが勝てるとは微塵も思っていない。高々2年の修業では、百戦錬磨のヒソカに敵うわけがない。実力もそうだが、念を用いた戦闘の経験に差がありすぎる。

 ただ、少なくともいい試合はしてくれるはずだ。それをヒソカも期待しているからこそ、この会場にマチが居るのだ。

 念で作られた糸で、傷口を縫合して治療ができる彼女は、私の居る観客席ではなく会場への通路に居る。気配を絶って居なければ、知り合いのオーラを感知するぐらいは出来る。キルアのオーラも客席に確認済み。

 観衆の中対峙し、言葉をかわすヒソカとカストロ。やがてカストロの闘気が膨れ上がり、審判の試合開始の声が響いた。

 

 気合が十二分に込められた一声とともに、カストロが先に仕掛ける。

 まっすぐにヒソカに接近したカストロは、”流”でオーラを集めて攻撃力を増した右腕をヒソカの顔目掛けて振るい、ヒソカはそれを屈んで回避。

 しかし、回避したはずの右腕は、再び同じ方向から繰り出され、反応の遅れたヒソカは直撃を喰らい、吹き飛ばされるも足でブレーキをかける。

 審判がクリーンヒットの判定を出し、カストロに1ポイントが入る。10ポイント先取かKOで決着の着くルールでのカストロの先制打に、観客が湧き上がる。

 心情的にはカストロ応援派。なので私も彼らと同じ行動、同じ表情を取りながら、内心で今の事態を分析する。

 

 今日の私の擬態。昨日と似たような服装とは別に行なっていることが、”なりきる”ことである。

 学校に通った1年間、そこで学べることはいくらだってある。貪欲に織り込んでいった知識の中には、同世代の一般的な少女の思考、行動が含まれている。

 それをトレースし、プロレス好きなクラスメイトの要素を多めに取り入れる。それにそって行動すると、私らしさは消え失せ、周囲に違和感無く溶けこむことが出来る。

 余り使い所がない技能だな、と思っていたけれど、こういう時には役に立つものだ。おかげでヒソカは私に気づかないだろう。

 ただ、この状態でも念を使えばヒソカの気を引いてしまうので、”凝”を使うことは出来ない。まぁ、それは私自身の特性が解決してくれる。

 オーラを奪ってそれを自身に適用、更には除念。他者のオーラに干渉する私は、その能力を磨くことによってオーラを感知する力が優れている。それこそ、暗殺一家で曰く付きの品も数多く所持しているゾルディック邸に足を運べば、壁越しであろうとも周囲から様々な残留思念を感知できる程に。

 指向性の定まっていない死者の念ですらそれなのだから、”陰”で隠された程度であっても、生きた者が扱い、さらに明確な害意があるわけだから、姿こそ見えなくとも感知は可能。

 ヒソカの持つ能力、伸縮自在の愛(バンジーガム)については彼が仕事中に使ってるのをよく見るので知っている。雑魚相手だから、相手を引き寄せる程度の使い方しかしていなかったけれど。

 ヒソカが”陰”の状態でバンジーガムを使っても何となくわかるし、カストロの能力はどうせ死ぬと思うから別に見れなくても良い。ヒソカが既知の能力以外も持っているのであれば、それによってもたらされた結果から推察すればいいので、”凝”は使わず能力の使用を感知できれば十分だ。

 

 今のカストロの攻撃。一度は避けたはずの右手がもう一度攻撃。可能性としては、最初の腕は幻、催眠術による誤認識、腕の具現化、短期間内での肉体の状態の復元辺りか。

 誤認識は即座に除外。見きれなかった観客が大半だろうけど、見えた奴は全員違和感を覚えている。これだけ広範囲に催眠術をかけるのはほぼ不可能だし、バリバリの格闘タイプだから性格的にもこの能力はないだろう。同じ理由で幻も除外。

 状態の復元もないだろう。カストロの位置情報を僅かに戻し、腕を振る前にしたならば、カストロ全体がブレるはず。腕だけ時間を戻しても、身体との位置情報のズレのせいでもげるだろうし、コレも無し。

 消去法で行けば、腕の具現化が妥当か。あのひらひら服なら具現化の際に死角を増やせるから辻褄が合うし、何より私の感覚が攻撃の直前に何かが増え(・・)、2度目の攻撃の際にそれが消えた(・・・)のを認識している。

 恐らく最初に放った攻撃が具現化した腕によるもので、当たったのは本体か。こう考えると今の事態もしっくり来る。

 具現化出来るのが右腕だけ、それに腕は腕と同じ場所からの具現化だけという可能性も低い。全身をあのゆったりした服で覆っていることから、四肢をある程度自由な場所から具現化出来るはず。

 それにしても、こうして俯瞰していると全体像が見えるから分析しやすくて良いね。いい練習にもなるし。

 

 リング上ではカストロが再びヒソカに接近。

 先ほどと同じように、ヒソカが回避した具現化された左腕の死角から本体の腕で攻撃し、顔に食らったヒソカは流血。実際に戦っているヒソカは、まだ彼の能力の本質に気づいていない。

 そして続く次の攻撃で、私は自身の認識が少し間違っており、本質は掴めていなかったことを悟る。

 カストロの追撃を回避したヒソカの頭部に放たれた蹴り。そこからカストロがもう1人(・・・・)現れ、服で遮られた死角から防御しているヒソカの背後へ気配を殺しつつ回る。

 ヒソカが背後の気配を察し、意識を向けた時にカストロが蹴りを放つ。それと同時に目眩ましの役目を担った具現化されたカストロが消失し、ヒソカがダウン。

 恐らくまだカストロの動きに違和感を覚える程度だったはずのヒソカが、後ろのカストロに気づいたのは流石と言わざるを得ない。結局今の流れで審判がクリーンヒットとダウンを宣告してカストロに2ポイントが入った。

 

 カストロの能力の本質は、任意位置への四肢の具現化ではなく、カストロそのものを具現化する能力だったのか。

 扱いは難しいが、戦力差を覆せる良い能力だ。分身が本体と同じ力だとすると、実力でヒソカに劣るカストロでも、もしかしたらがあっただろう。

 そう、あったのだ。だけど、それはもう過去の話。今のは最悪の悪手。

 

「気のせいかな? キミが消えたように見えたが……♣」

 

 ゆっくりと立ち上がりながらそう言い、自身の違和感を口にするヒソカ。

 ヒソカはおそらく今のでカストロの能力をほぼ理解した。その証拠に、本気を出し虎咬拳の構えで接近するカストロ相手に、無防備に左腕を差し出した。

 カストロは虎咬拳を繰り出す。ヒソカの誘いに乗って、分身による目眩ましを利用して背後に周り、右腕へと。

 具現化された分身のカストロが左腕に咬みつく直前に消え、本体が右腕を咬み千切る。

 鮮血を散らしながら舞う右腕。私が顔をしかめて口元を覆っている間に、カストロの追撃を避けたヒソカは右腕の落下予測地点へ移動していた。

 

「くっくっく、なるほど♥ キミの能力の正体は……」

 

 分身(ダブル)。ドッペルゲンガーとも呼ばれるそれを口にしたヒソカの言葉を、カストロが肯定する。

 千切れた腕を弄びながら、自身の感じた違和感とその推察を述べるヒソカに対し、分身を出したカストロが肯定し、私の出した答えと同様のものを口にする。

 これぞ虎咬真拳である、と構えるカストロに対し、ヒソカは狂気に満ちた笑みを浮かべて、千切れた右腕を喰らう。その様子に観客席はどよめいた。

 ヒソカが滾らせるドス黒いオーラ。戦闘態勢に入ったそれは、怒りと落胆を感じさせた。

 

 確かに良い能力だった。扱いが難しくはあるが、それでもヒソカに対抗し得る可能性さえ存在していた。

 ただ、使い方が悪かった。勝つためであれば、最初のように一部分だけの具現化に留めて能力の全貌を隠し、ヒソカが本気をだす前にダメージを蓄積させ、頃合いを見て分身との同時攻撃で一気に攻め落とすべきだったのだ。

 惜しむらくは、カストロの馬鹿正直なまでの格闘家気質か。死合ではなく試合向きの男で、手の内を見せるのが早すぎたのが敗因だ。

 ヒソカが腕を一本差し出したのは、能力について確信を得るためでもあるが、片腕が無くとも勝てると確信したからだ。

 

「ボクの予知能力をお見せしようか♦」

 

 そう言ったヒソカは裏表共に真っ白なスカーフを取り出し、右腕を覆い隠すとそれを真上に投げた。

 右腕の代わりに舞い落ちてくる、それぞれ別の数字が書かれた13枚のトランプ。

 そして謎かけ。その中から思い浮かべた数字に4を足して倍にし、さらに6を引いて2で割った後に最初の数字を引くといくらになるか、と言うどれを選んでも答えの変わらない陳腐なもの。

 ヒソカはその答えを、右腕の傷口の中から取り出し、そのあり得ない行動によって会場の意識を自身とトランプにのみ集中させた。対戦相手のカストロさえも。

 ヒソカの右腕の傷口辺りから伸びる思念。粘着質な2つのそれを辿ると、試合会場のドーム天井に貼り付けられた右腕と地面のスカーフに行き着く。そして同様に左腕から伸びる思念は、地面のトランプへ。どちらも巧妙に”陰”で隠されていて、”凝”を行わない限り視認は不可能。私もそこに何らかの思念を感知はできるけど、何も視えていない。

 先ほど投げた際に、腕をスカーフとトランプで目眩ましをしている間に、天井に予め羽って貼り付けていたバンジーガムで急激に引っ張り上げたのだ。観客も実況もリング上に気を取られて気づかない。

 精神的な揺さぶりをかけ、更にはトリックも仕込み済み。ヒソカの中で既に勝利の方程式が組み上がっていることだろう。取り敢えず今ので分かったのは、バンジーガムの有効射程が結構長いことだ。

 

「記念にあげる♦」

 

 腕から取り出したAのカードをカストロに投げつけるヒソカ。その行為に憤ったカストロはそれを弾き、2体の内1体が猛然と突撃。

 勝敗は決した。ヒソカは”陰”で隠された計15本ものバンジーガムにオーラを割いているために、”練”で練ったオーラを”纏”で留める念の応用技”堅”、それを用いて肉体が纏うオーラは少ない。だけどカストロは今の異常な行動も相まって、それがヒソカの余裕からくるものと判断したのか、或いは精神的な余裕が無いのか”凝”を使う素振りがない。

 結果として、ヒソカがトランプを投げつけた際にカストロへと放たれた13の思念に彼は気づいていない。

 本体にバンジーガムが付いたままなのだから、ヒソカには本体がどちらか分かっている。今突っ込んだのは思念がくっついてない方、つまりは分身。

 ヒソカはカストロの方へ左側を向けて半身になり、そのまま左腕も献上。誘いに乗ったカストロはそれをそのまま虎咬拳で吹き飛ばした。腕を向けられた際にそこから放たれた、自身の顎に張り付いた思念に気づかぬまま。

 またも宙を舞う左腕。ダメージを受けたのはヒソカなのに、次の瞬間にはカストロの分身が消失した。

 単純に、自分の意志で消したのか。それとも、吹き飛ばしたはずのヒソカの右腕が、何事もなかったかのように元通りなのを見て驚愕し、精神が乱れ能力をコントロールできなかったせいか。あそこで分身を消す利点も少ないし、恐らく後者。

 

 ヒソカはカストロの攻撃時、半身になることで右腕をカストロから隠した。その時に、天井から腕が、次いで地面からスカーフが引き寄せられ、腕がくっついた直後にスカーフが傷を覆い隠したのだ。

 ただ、不審な点が一つ。あのスカーフは先程まで何の変哲もない、裏表の真っ白なものだった。それが今ではヒソカの肌と同じ色をしている。そのせいで、カストロや観客はヒソカの腕がいつの間にか治ったのだと認識してしまっている。

 恐らく、あれもヒソカの念能力。恐らく肉体を保護するための……? いや、傷口を覆う能力ならばスカーフが不要だ。態々それも使ってるなら、何かの表面を装飾するためのものかな……?

 対象は? ヒソカの肉体のみ? いや、それだと余りにも使い勝手が悪い。そう、もっと広い範囲で、何かの表面に対してであれば発動可能、とか。外観を変えて相手を欺くための。

 ヒソカの気まぐれで掴みどころのない性格から鑑みると、そうやって広義に捉えるのが妥当か。この可能性がある以上、少なくとも過小評価はするべきではない。

 それならば攻撃力や防御力は0だけど、戦闘中に何らかの方法で使用するのも可能だし。これは仮説を立てて対策を練る必要があるな。

 これは大収穫だ。知られざるヒソカの能力が発覚した。よくやったカストロ、後は詰将棋だしもう死んでいいよ。

 

「予知しよう。キミは踊り狂って死ぬ♠」

 

 思考を巡らせながらも意識は戦闘に向け、行動は一般人のそれをトレースしたもの。

 ヒソカはカストロの能力の種が割れたと威圧しながら死の宣告をする。その言葉にカストロは、腕が治るという異常事態も念によるものと気づいて落ち着きかけていた精神が再び揺れる。

 自分のほうが優勢なはずなのに、異常なまでの余裕と自信のヒソカ。それに気圧されながらも、カストロは本体と分身の同時攻撃を決行する。

 本来であればどちらが本物か分からない、と言う利点もあるそれは、様々な要因から一瞬の内にヒソカに見分けられる。

 睨みつけられた本物は恐怖を感じて下がってしまい、分身が単体で必死に攻撃する。しかしそれは全て見切られ、軽々と躱される。

 覆し様のない実力差。カストロも決して弱くはないけれど、本体と同じ力を持つ分身だけではヒソカにダメージを与えられない。うぅむ、いい動きしてやがる。

 ヒソカは攻撃を交わしながら、更にカストロを精神的に追い込む。

 

「戦いの際中にできた汚れまでは再現しきれない♦」

 

 本体を見破られた理由をカストロに明かす。実際にはそれだけではなく、彼が貼りつけたバンジーガムも目印になっている。

 ただそこは言わず、あえてカストロの認識が甘く、彼自身の落ち度であると指摘。結果、恐慌状態に陥ったカストロは冷静さを失い、本体も叫び声を挙げながらヒソカへと向かう。

 攻撃を加えようと腕にオーラが集中した刹那、そのカストロの顎に吸い寄せられるようにして飛来したヒソカの右腕が直撃。

 念による防御力が低下していた頭部への一撃は、カストロの脳を激しく揺さぶった。バンジーガムの収縮力はかなりのものと見ていい。

 カストロの分身が、再び本人の意志とは無関係に強制的に解除される。

 

 念を扱うには、集中力を要する。具現化系の場合ならば特にだ。私だって、パニックに陥った状態で卵を具現化することは出来ない。形だけならできるかもだが、内部のオーラを体から離してもなるべく留める機能は損なわれるだろう。複雑なものほどになればなるほど、高い集中力が必要となるからだ。そういった事情もあり、念能力者は精神面も鍛えねばならない。

 カストロの分身を扱いにくいと評したのもそのため。腕や足ならだけならまだいいけれど、人体のような構造の複雑なものだと必要な集中力は相当なものとなる。

 最初の強制解除も、復活した右腕を見たせいで具現化した状態を保てなくなったため。今回は脳を揺さぶられ、更に精神的にも追い詰められているので、しばらくは分身を出せないだろう。

 何にせよ、コレでオシマイ。結局ヒソカは全力を1度も出さなかったな。態々腕を切られる演出までしたのに、カストロはそれを逆手に取れなかった。

 カストロがこんな簡単に策に嵌らなければ、分身を駆使してヒソカの本気を引き出せたかもしれないのに。

 まぁ、能力が新たに判明したのだから、コレ以上を求めるのは贅沢か。ヒソカはこの勝利で9勝3敗だし、次の相手に期待しよう。

 ……ん? ゴンがここで借りを返すんだっけ? じゃあどうせヒソカは遊ぶだろうし、見る価値無いか。一応対戦カードのチェックだけミルキ君に頼んでおこう。

 

 私のこの試合への興味が完全に失せ、リング上ではふらつくカストロへとヒソカが死神の鎌を振り下ろす。

 地面に貼り付けられていたトランプが、バンジーガムの収縮によって急速にカストロの身体へと襲いかかる。

 黄泉へ誘う13段の階段は、着弾の衝撃でカストロの身体を弄び、正にヒソカの言葉である”踊り狂って死ぬ”を実現してみせた。

 致命傷を受け崩折れるカストロ。審判がヒソカのKO勝ちを宣言し、タンカが運ばれる。ヒソカは死ぬと宣言したのだし、じきに事切れるだろう。

 今回の戦闘、ヒソカは本気を出しては居ないものの、彼が自身を奇術師と評するのに相応しいトリッキーな戦いだった。

 

 血にまみれたカストロの様子に、口元を手で覆い、吐き気を我慢するように俯く。

 その私の様子を心配した隣の席の男性が、肩を貸すからココから出るよう促したので、その言葉に従う。

 名も知らぬ男性と連れ立って会場を後にしながら、隠された口元に浮かぶのは笑み。得たものは大きい。

 男性に丁寧に頭を下げて礼をし、別れてからは宿泊先に戻って、パンツスタイルの私服に着替える。

 そしてマチがヒソカの治療を終えた頃を見計らって、彼女に食事の誘いの電話を掛けた。




今回の試合の日付、4月15日は原作中では明確になっていません。
ゴンが怪我したのが3月11日。キルアがそれを1ヶ月で治しやがったと言った日の試合ですが、1ヶ月丁度の意味じゃないだろうと思い数日ずらしました。

それと今回、試験的にヒソカの台詞のトランプ記号に機種依存文字を使いました。♥♠♦♣、この4つが正常に表示されない場合は、もし良ければ携帯やパソコンのOSも添えて感想欄におねがいします。
状況次第で、今までのように全角記号の★などで代用していきます。
あと一人称視点って、今回みたいな表現ができるから楽しいですね。

それ以外の通常の感想も随時募集中です。エネルギーになります。
どんな内容でもいいので、お気軽にどうぞー。
ちなみにそろそろ活動報告内で、簡易的なオリキャラ紹介を設けるつもりです。あそこ実は機能させてるので、興味が有る方は覗いてみてくださいな。


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22 流れ行く日々

 あのヒソカとカストロの一戦のあと、誘いに応じたマチと共に個室のあるレストランで夕食を食べた。

 その席で交わした会話は主に雑談だったけれど、カストロ戦でヒソカが用いた能力についての意見交換をするためでもあった。

 治療後に間近でそれを見たと言うマチの話も踏まえて私達が出した結論は、物体の表面上に張った薄い膜で外観を任意に変更できる、という事になった。

 幻影旅団員の証である、団員ナンバーが刻まれた12本足の蜘蛛の刺青。ヒソカの刺青もあの能力で作った偽物だったりしてね、という冗談をマチが笑いながら言ったけど、9月にヒソカがガチで裏切るという事を知っている身としては笑えない。

 

 マチにはヒソカの裏切りについての話はしていない。ヒソカがこちらの動きに気づいているという確証が無いので、おおっぴらに行動しないほうがいいからだ。

 確率はそう高くはないけれど、私達がヨークシンで起きるであろうことを察知しているとヒソカが知らないと仮定すると、事情を知る者の数は必要最小限に押さえておくべき。

 勘のいいヒソカであれば、ちょっとした言動の変化からそのことを察する可能性が高い。情報の漏洩を防ぐためにも、誰彼かまわず話すのは得策ではない。

 気取られて居ないのであれば、ヒソカを討つのも簡単。これがもたらすメリットを考えれば、対策可能なデメリットは無視しても良い。

 事情を知っているのは私とパクノダ、それにクロロとシャルナークの4名だが、これだけで十分。蜘蛛はグループに分かれて行動するが、その全てに私達4名の内の誰かを配置すれば、状況を見て事態の対応に当たれるからだ。

 ぶっちゃけヨークシンに全員集合した時点で袋叩きにすればいいじゃん、と言ってみた事もあるけれど、それはクロロの団長としての矜持的に駄目らしい。以前にも言われたが、一応実際にはまだ何もやっていないかららしい。

 組織ばかりでなく個人も少しは見るようになったと思ったが、こういうところはまだまだ頑固だ。まぁ、ヒソカが動いたときに対応できるようにしている辺りは成長しているのか。

 

 そして天空闘技場といえば、9勝3敗のヒソカが行う残りの一戦。勝てばフロアマスターとの挑戦権が得られ、負ければ選手登録からやり直しとなる注目の試合。

 試合日は7月10日。そのお相手を務めたのは、予想に違わずゴン=フリークス少年だった。

 昨日行われたその試合はヒソカの勝利で幕を閉じたらしい。らしい、と言ったのは私は実際に見ておらず、キルアからの試合結果報告メールによってそのことを知ったからだ。

 私がワンパンでブチ殺せるような相手にヒソカが本気を出すはずもない。見て得られるものも無いだろうし、興味もない。

 

 試合が行われていた当時、私はジャポンの新居にいた。

 新たに購入したマンションの部屋は、手元に置いておきたい本の数の増加、また数年間はココに住む予定だということもあり、間取りは以前住んでいた場所よりも一部屋増えて4LDKとなった。

 トレーニング用の部屋の床や壁、天井に念字を書き込む作業も、以前のものを再利用することで省いた。元々デカい紙に書き込んで張り付けていたものだったので、外して預けて持ってきて貼り直せばそれで完成。

 

 そんな自宅で昨日の昼から私がしていたことは、本にかけられた念の除念作業。

 何事も経験を積まねば上達しない。特に内容に興味があったわけではないけれど、読んだものに災いが降りかかると評判の物を経験のためにと態々盗んできたのだ。結果としてそれは良からぬ念がかけられていたものだった。

 10数時間に渡る除念の末、明け方には無事に閲覧が可能となった本は、例に漏れずデータ化されて本体は燃やした。念がかかっていたはずの盗品の本を念が無くなった状態で私が持っているのも、闇市場に流すのもどちらも私にとって不都合だからだ。

 

 私の除念能力、卵の中にも怨念あり(リバースエッグ)は、発動後はオートで一定量のオーラを消費する。そして供給するオーラが一瞬でもその量を下回ると除念が失敗する。

 また除念にかかる時間と量は対象に掛けられた念次第で変化し、時間は思念の深さに、単位時間あたりのオーラ消費量は思念の強さに依存する。前者は執着の強さ、後者は感情の大きさと言い換えてもいい。

 簡単な例を上げるならば、幼少時の写真は思念が深いが弱く。最近身近な者などにもらったプレゼントは思念が浅いが強い。前者は単位時間あたりの消費オーラは控えめだが時間がかかり、後者であれば消費オーラが多いけれど時間は短くてすむ。

 今回除念したものは思念が深いがそこまで強いものではなかったので、10数時間掛かったけれどオーラが枯渇することはなかった。それでも長時間オーラを吸われ続けて疲れたし、当初の予想よりも消耗が激しい。

 除念発動後の中断は効かないため、もしも私が除念しきれないほどに思念が根強く深く、除念より先にオーラが尽きれば失敗となる。そして失敗すれば対象物は壊れ、それにかけられていた念は私に振りかかる。正に弱り目に祟り目だ。

 成功すれば後腐れがないけれど、失敗すれば生命の危機。掛けられている念の大きさを見極められなければヤバイし、そんな自分の実力ではどうしようもないレベルの念もあるわけで。手元にあるそういった本は自室に何冊か保管されている。

 念を鍛え除念の経験を積めば、その他の条件が同じでも時間と消費量は軽減できるんだけど。自分がどれくらい消耗するのか、思念の深さと強さを見極める感覚を養う必要もあるし、こうやって折を見て除念をするのも必要なことなのだ。

 内容に興味ないとはいっても、一応趣味と実益を兼ねそろえているわけだし、まぁ無駄ということはないだろう。

 

 何はともあれ昨日今日と日をまたいで行なっていた除念も成功。

 その後は朝食を済ませ、間食用のクッキーを焼き、食材の補充に買い物へ。

 そこまでは普段通りの行動を送っていたのだけれど、帰宅した私の目には普段通りではない光景が広がっていた。

 家に入る前に中から覚えのある気配がするとは思っていたけれど。事前の連絡もなしに我が家を訪れたカジュアルな格好の3名に、私は頭を抱えていた。

 

「……既に来ちゃったもんはしょうが無い。鍵をピッキングしたことも、まぁ大目に見るよ。でも、アポ無しで来るのだけはやめろ」

「ハーイ、以後気をつけまーっす」

 

 リビングに屯す連中に呆れ混じりに私が言うと、テーブルを囲うように四方に配置されたソファの1つに腰掛け、テーブルに置いてあったクッキーを食べながらテレビを観る、金髪の優男シャルナークが軽い返事をした。

 アポ無しだけは本当にやめて欲しい。今回のだって時間が少しずれれば除念の現場と鉢合わせである。

 一応手元から離せなくもないけど、その場合も常時”円”でオーラを広げて卵をその範囲内に収めないといけないし、常に消耗するから円も普段の10分の1くらいにしか広げられない。遠くに隠せないし、まず何より常時”円”は不自然。そういった自体を防ぐためにも、来るなら事前に連絡を入れるように何度も言っているというのに、こいつらときたら。

 

「ごめんなさいね、クロロが問題無いなんて言うからそのまま来ちゃったわ」

「まぁそんなことだろうと思ってたけど。パクが謝ることでもないよ」

 

 ポットからお湯を注ぎ、市販のティーパックで紅茶を4つ淹れていたパクノダの苦笑交じりの謝罪にそう返し、廊下からリビングに歩いてくるクロロをジロリと睨む。

 大方連絡済みだと嘯いたか、パクとシャルがそう思ってしまうような発言でもしたのだろう。こういうサプライズは勘弁して欲しい。

 それにしても紅茶を入れる際中のパクや家の中の様子を見るに、来た直後だろうか。ならシャルはもう少し放っておいてもいいか。クッキーもそこまで減ってないし。

 

「で、クロロはなにか私に言うことは?」

「ん? ああ、ただいま」

「おかえり……、……って、そうじゃないよね?」

 

 恐らく本を保管する部屋から出てきたのであろうクロロは、10冊ほどの積まれた本を抱えながら私の言葉にとぼけた返事をした。

 こいつらさっきからやりたい放題である。別にいいけど、いいんだけど。なにか言うべきことがあるのではなかろうか。ただいまじゃなくってさ。

 クロロはシャルの対面のソファに腰を下ろし、今からどれを読むかを吟味しながら、彼の冗談にノリつつ放った私の再びの問いを無視して口を開いた。

 

「そんなことより、オークションの出品物の情報が手に入ったから持ってきたんだ」

「いや、だから……はぁ、もういいから次から気をつけてよ」

 

 溜息混じりにそう零し、クロロとシャルの側面のソファに腰を落ち着ける。連絡なしに来た理由とか、以後気をつけるとの言葉が聞きたかったのだけれど。

 言う気も無さそうだし、もう一度念押しするのに留める。もうこういうことがなければいいけど。

 私が諦めたのを悟り、クロロは丁度テーブルに紅茶を置きに来たパクに目で合図を送った。

 それを受けた彼女は荷物をあさり、取り出したプリントの山を2つテーブルに並べて、それぞれについて軽く補足した。

 

「はいコレ。こっちが地下競売(アンダーグラウンドオークション)で、こっちがサザンピースよ」

「あれ? サザンピースもやんの?」

「いや、話の種程度にな。マフィアの方なら意地でも来年以降も続けるからいいとして、こっちは暴れたら無くなりそうだし」

 

 パクの声を聞いてを聞いてまず浮かんだ疑問を口にすると、クロロが答えた。勿論欲しいものがあるなら参加してもいいがな、と添えて。

 まぁそりゃそうか。地下の方は表立ってやってる訳じゃないからマフィアンコミュニティーの裁量次第だけど、世界的に有名且つ富豪が勢揃いするサザンピースオークションで幻影旅団が暴れたとなると、安全面を考慮してオークション取りやめも考えられるし。

 パクが私の対面のソファに座り、私に見るように促したので、プリントを手にとってパラパラとめくる。うわぁ、流石地下競売。

 そのラインナップを幾つか見て、率直に思ったことを言葉にする。

 

「エグいもの扱ってるなぁ。王女のミイラとか欲しがるヤツの気が知れないよね」

「オレそれちょっと欲しいんだが」

「えーマジかよクロロきもーい」

 

 からかうように半笑いでクロロを貶す。即座に飛んできた本の背表紙がおデコの中央に縦に直撃し、本が下に落ちる前にキャッチする。大事に扱え馬鹿野郎。

 無言のツッコミに使われた本をクロロに手渡し、熱い紅茶を一口飲んで再びプリントに目線を落とす。

 どれもこれも、表じゃ扱えないような品ばかり。曰く付きっぽい品だって数多い。念が掛かってるのも多そうだ。

 ミイラみたいに鑑賞するだけならまだいいけれど、武器や本のようなものを実際使う場合は除念は必須。とは言え、読むには蜘蛛の前で除念しなくちゃならないか。

 分け前としてもらっても怪しまれるし、蜘蛛が売り払った先で盗むのが得策かもしれない。何にせよ、ココに書かれてる本で念が掛かってるものがあったら、読むのはしばらくは我慢するしか無いか。

 他に興味をひくものはないかを探してみると、最後のページの最後の部分に目が行く。そんな私の様子を見て、クロロがニヤリと笑って言った。

 

「緋の目。なかなか面白い偶然だろう?」

 

 クラピカが蜘蛛に一矢報いるために動くヨークシンシティで、彼の一族、クルタ族が持つ緋の目が競売にかけられる。

 なるほど、と笑う。たしかに面白い偶然だ。運命的なアレで引かれてる的な感じっぽい奴だろうか。

 今年9月のヨークシンには、クラピカの求めるものが2つ存在している。そして彼は、そこで選び取るものを間違えている。

 一通り確認し終えた地下競売に関するプリントを机に置き、今度はサザンピースのものを手に取り、しみじみと呟く。

 

「クラピカも難儀だよねぇ……大人しく目ン玉集めてりゃ死なずに済むのに」

「っふふ、それ、あなたが言うことじゃないでしょう?」

「あっはは、それもそうだね」

 

 うふふあははと笑いあうパクと私。彼を難儀な目に会わせているのは私達である。死なせるのも、勿論。

 和やかな雰囲気のやり取りではあるけれど、その内容は物騒である。

 まぁ大人しく目を集める方に軌道修正したら見逃して上げる可能性がもしかしたら存在するかもしれないけど、そもそも向こうが軌道修正しないだろうし。

 手元のプリントに目を通す。その中に一つ、気になるものを発見する。

 

「グリード・アイランド……、……ハンター専用ゲーム?」

「それに興味が有るのか?」

「ちょっとだけだけど、おもしろそうかな」

 

 クロロにそう答えて、プリントの束をテーブルに放る。

 ハンター専用。なんか知んないけど”練”って書いてあったし、念を使ったゲームか。っていうかそんなこと大っぴらに書くなよ。

 まぁ頭の片隅に留めておくくらいはしておこう。欲しくなれば機を見計らって盗んでしまえばいい。

 そう結論付け、漸く私達とはずっと別のものを見ていたシャルに声を掛ける。

 

「そういえばさ、シャルはさっきから何やってんの?」

「んー? だってその資料集めたのオレだしさー、今更見る必要ないんだよね」

 

 クッキーをつまみ、テレビから視線を逸らさずに答えるシャル。完全にくつろいでいる。

 彼の台詞は言われるまでもなくわかっていたことだ。こういうものを調べるのが彼の役目なのはいつものこと。私が聞いているのはそんなことじゃない。

 これはそろそろ助け舟出してやろうと思っての発言である。口元がニヤついてるのはご愛嬌。

 

「それは知ってる。聞きたいのはそうじゃなくてさ、なんでさっきから毒摂取しまくってるのかってことなんだけど……毒、平気だったっけ?」

「え、毒? ……、……毒ぅ!?」

 

 素っ頓狂な声を上げて、テレビから視線をはがしてこちらを見やるシャル。

 その手から毒入りのクッキーがポロリと床に落ちた。あぁ、もったいない。

 

「いやー、何かシャルだけモリモリ食ってるから、知っててやってんのかと。駄目だった?」

「知らないよそんなこと、もっと早く言えよ! え、っていうかオレだけなの!?」

 

 笑顔でからかう私に対して声を張り上げるシャル。

 テレビばかり見ていた彼は気づいていなかったが、他2名はクッキーに手を付けていない。

 早く言わなかったのは、ちょっと言うのを遅らせたほうがいい反応してくれそうだったからだ。

 彼がクロロとパクに視線を向けると、彼らは順番にその理由を明かした。

 

「毒入りの食事を食うことがあるって聞いてたからな」

「あぁ、そういうことだったの。クロロがメリーのお菓子食べないなんて不自然だったから、敬遠しておいてよかったわ」

 

 パクが口元を手で隠しながら上品に笑う。仲間が毒に侵されているというのに、その対応でいいんだろうか。

 胸中はやらかした感で一杯だろう。シャルは額に手を当て、背もたれに体重を預けて天を仰ぎながら漏らす。

 

「それオレも知ってたけどさぁ、オレらの食い物には毒入れないとも言ってたじゃんか……」

「あははは、だってそれ私用だし。来るって知らなかったんだからキミらの分は用意してないんだよ」

 

 私の台詞に合点がいったのか、シャルはそのままの体勢で、薬……と一言だけ呟いた。流石に放置は可哀想なので、近くの棚からカプセルの解毒剤を取り出す。

 私は彼らの食事には毒は盛らない。蜘蛛の誰かがいる際に作る食事は、毎回毒抜きのものなのだ。

 ただ彼らが居ない時であれば、1日に一回くらいは毒入りの食事をするのだ。今回はそれが偶々毒入りクッキーだったってだけで。

 燃え尽きたシャルを愉快そうに眺めていた薄情な団長さんは、ふと気づいたように私に聞いてきた。

 

「そう言えば、この毒の効果は何なんだ?」

「手足の痺れ、頭痛に目眩、幻覚……まぁ死にゃしないよ」

 

 シャルに薬を投げ渡しながらそれに答える。今回のは致死性の毒じゃないというのも、シャルの行動をしばらく放っておいた理由の一つだ。

 すぐさま紅茶で薬を飲んだシャルを確認し、それに、と更に言葉を重ねる。

 

「私が一回で摂取するぶんが、あのクッキー全体だからね。余り食べてなかったら影響ないんじゃない?」

 

 シャルはまだ全体の5分の1程度しか消費していない。それはつまり私が摂取する予定の毒の5分の1ということだ。

 大した量ではないし、薬も上げたし苦しむことはないだろう。

 私の言葉を聞いたクロロは、ふむと一つ頷いて言葉を発した。

 

「なるほど、なら食っても大丈夫そうだな。お前ら、毒は平気か?」

「私は、少しだったら……」

「俺も少しなら平気になった……んだけど、もう食欲ないっす……」

 

 パクの後に答えたシャルは、腕でバッテンを作りながら首を左右に振って拒絶。

 クロロは平気なのか。口ぶりからするとそこまで耐性高くは無さそうだけど。パクとシャルはクロロほどではないようだけど、少しは大丈夫なのか。シャルは精神的にダメそうだけど。

 結果、残ったクッキーはシャルを抜く3名で食べることとなった。一応、テーブルの上に薬を2つ用意しておく。

 まず1枚ずつ食べたクロロとパクが、味についての感想を述べる。

 

「普通に美味いな。毒が入っていると聞かされない限り分からないな」

「あらホント。シャルが気づかずに食べたのも頷けるわね」

「オレ完っ全に騙されたよ……。味に違和感無さすぎ」

 

 シャルが苦笑いしながら、騙されただなんて人聞きの悪い事を言う。騙されたのではない、勝手に思い込んだだけだ。

 彼らの称賛は素直に受け取る。まぁ普段から毒入れて料理してるし、それ込みでの美味しい調理も心得ている。毒もエッセンスのような扱いだ。やり過ぎるとキツイけど。

 私もクッキーを1つ手に取りながら、ニヤリと口元に弧を描いて疑問を投げかける。

 

「……、……で? このメンツでココに来たって事は、他にも話すことあるんでしょ?」

「……まぁな」

 

 それにクロロが似たような表情で返す。

 彼らには既に、クラピカが確実に動くこと、更にヒソカの念能力など、私の持ち得る情報はすべて話している。

 毒をその身に取り込みながら、私たちは大まかな行動の方向性を定めていった。

 

 数日間滞在した彼らと共に鍛え、その後も偶に訪れる客をもてなしながらも、私の時間はゆっくりと進んでいく。

 私の世界を確かめるように。私の世界が壊れぬように。

 いつも私の傍にあり、隙あらば襲い来る報いに飲まれぬように。

 全力で、悔いだけは残さぬように。

 

 9月1日、ヨークシンシティ。

 その時が近づくまで、変わらぬ日常を過ごした。




ここで胎動編は終了となります。
少し駆け足感がありますが、余計な事件を起こさず日常を噛み締めさせるのも有りかな、と。

次回からは新章に突入、舞台はヨークシンシティへと移ります。
ここまで来るのに時間がかかりましたが、これからもよろしくおねがいします。

評価や一言、感想は随時受付中ですのでお気軽にどうぞ。


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孵化
01 作戦前日


 ヨークシンという都市は、2つの全く異なった顔を持つ。

 1つは表の顔。世界最大級のオークション、サザンピースが執り行われる大都会の姿。行き交う人々は自分たちを照らす光の下、綺羅びやかな街で楽しい時間を過ごす。

 1つは裏の顔。マフィアン・コミュニティー主催の裏世界最大のオークション、地下競売(アンダーグラウンドオークション)が執り行われる闇の姿。光の通らぬ路道を行けば、力が全てを支配する。

 この都市で近いうちに起こる騒動の発端となるのが、幻影旅団。通称蜘蛛と呼ばれる盗賊組織だ。

 

 蜘蛛の団長クロロ=ルシルフルは、ヨークシンに団員が集まる前に私に言った。

 地下競売のお宝をまるごとかっさらう、と。

 正直全部奪ったところで殆ど要らないだろうと思うけど、やるって言うならそれに従うまでだ。

 ちまちまと必要な物だけを奪うよりは、そちらのほうが手間もいらないだろうし。

 ただ、マフィアとの全面戦争になるのは避けられそうもない。意地とメンツを何よりも重んじるバカの集団だから、今後もしつこく狙ってくる可能性もあるだろう。

 

 全面戦争するに当たって、ぶつかる可能性のある敵も多い。

 マフィアン・コミュニティーが抱える最高の戦力は、十老頭と呼ばれる5大陸10地区を縄張りにしている大組織の長、その10名が各1名ずつ従えている武闘派構成員の集まり。

 陰獣と呼ばれる彼らは、その全員が念能力者であり、高い戦闘能力を持つ。

 おそらくマフィア直轄の戦力で障害になるのはこの陰獣のみ。一般構成員が武装したところで何の足しにもならないから、マフィア相手はこの10名を警戒すれば良い。

 

 それとは別に、殺し屋などを雇い戦力にする方法もある。

 念能力を使えて戦闘能力の高い者を雇うとなると相当な額が必要になるけれど、大量の組織が集まれば複数雇うことも可能だろう。

 最悪、ゾルディックが参戦する危険性だってある。陰獣はそれなりの強さだろうけど、こっちは世界トップクラスだ。

 流石にゾルディックへの依頼絡みの情報をミルキ君にリークしてもらうことは不可能だから、このことについては常に念頭に置いて、遭遇時に適切な対応をとる必要がある。

 即ち、逃げる。そして依頼主を誰かが殺すまで粘るしか無い。報酬を払うものがいなくなれば、彼らも仕事でやっているだけなので、矛を収めてくれるはず。

 

 そして獅子身中の虫、ヒソカ。

 正直コイツが一番厄介だ。今は一応蜘蛛の一員なので、蜘蛛の潜伏先まで把握しているコイツが。

 彼が動き出せば確実に誰かと戦闘になるし、しかもその戦闘が終了するのは勝利か敗北のどちらかだけ。外的要因が絡まない点は殺し屋連中よりも危険。

 ただ彼の目的はハッキリしている。クロロとの一対一での殺し合いだ。

 でもこちらとしてはその本懐を遂げさせてやるつもりは毛頭ない。ヒソカが目的遂行のためにどう動くかを推察して、適切に対処し仕留める。

 幸いにしてヒソカの動くタイミングの目安となる者も存在する。

 

 それが緋の目の一族、クルタ族の末裔クラピカ。

 一族を滅ぼされた恨みを蜘蛛へぶつける復讐者。ハンター試験で出会った”オトモダチ”。

 今となっては、彼を生かしておいたことが間違いではなかったと確信できる。

 彼はこの街で蜘蛛に接触する。そして、そこから発生する混乱に乗じてヒソカが行動をする。

 クラピカという便利な駒があるのだから、ヒソカも利用するはず。ならばこちらも、ヒソカの行動開始のアラームとして利用してやれば良い。

 一応戦闘能力として、蜘蛛専用の念能力を習得している危険性があるから、蜘蛛と彼を戦闘させるのはリスクが高いか。

 まぁ、用が済んだら蜘蛛ではない私直々に始末してしまえば良い。役目を終えた1度しか鳴らないアラームに用は無い。

 今はまだ”オトモダチ”だけど、戦場で会えば即座に”敵”として認識する。蜘蛛とクラピカ、どちらが私にとって大事かなんて、思考を挟む余地さえ無い。故に殺すことにためらいは欠片もない。

 幸いいつでも殺しにいける準備はしてあるし、さらに確実性を増すためのカードも近い内に手に入れよう。

 

 予想される敵対勢力はこんなものだろうか。

 この中で一番不確定要素が強いのは雇われの殺し屋だ。

 殺し屋って言ってもピンからキリまでいるし、上下の幅はかなりでかい。

 まぁ流石にマフィアン・コミュニティーが雑魚を雇うようなことはないだろうけれど、その数も内容も不明。

 願わくば、ゾルディックが雇われませんように。あんなの持ち出してこられたら、こっちにどんな被害が出るか予想もつかないし。

 

 対するコチラは、蜘蛛のヒソカを除いたメンバーに私を合わせた13名。

 蜘蛛は構成員全員が念能力者で個々の能力も高いし、ソイツらに数年間揉まれ続けた私も実力は付いている。

 基本的に単独行動は取らない方針だし、全員場数は踏んでいるので対応力も高いはず。

 戦力は十分。まぁ過信は禁物だけど。

 

 一つ息を吐きだし、座っていた椅子から立ち上がって窓へ歩み寄る。

 大都会ヨークシンシティに聳えるベーチタクルホテル、その上層階の一室から眼下に広がる町並みを見渡す。

 思えば7ヶ月ほど前のハンター試験から、よくもまぁこんな事態に発展したものだ。

 偶々私が参加した試験に、ヒソカとクラピカが居て。彼らが交わした言葉を聞いて行動して。

 こんなことでもなければオークション襲撃なんて参加しなかったのに。まぁ関わってしまった以上は最後まで付き合うけれど、偶然とは怖いものだ。

 

 知らず握りしめられていた手をほどいて、窓に宛てがう。

 今日は8月31日。本日の正午までに、まずは全団員ヨークシンシティの郊外にある廃墟に集合、その後更に競売開催地に近い場所へと移動し、元はマンション地帯として利用されていた、今では人の住まない建物を仮アジトとして行動するという手筈になっている。

 唯一毎回遅刻してくるヒソカに対してだけ、30日の正午と言い渡されているらしい。伝言役を任されたマチがそう言っていたし、クロロも何故か自慢げに言っていたし。ヒソカは遅れたつもりでも、今回は遅刻無しということになるだろう。

 そんな予定にもかかわらず、私の視界に映る昼下がりのヨークシンは、大都会のど真ん中。昼食を摂るなどの目的で歩いている人々が小さく見えているこの場所は、都市の郊外ではなく中心だ。

 私はこのベーチタクルホテルに2日前から洋風の偽名で宿泊していて、それ以来ホテルの一室で読書したり、街をぶらついたりするだけで、集合時間を過ぎた今でも蜘蛛の集合場所には一度も訪れていない。

 

 私が団員ではないから免除……というのも1つの理由ではある。全団員の中に私は含まれていないのだから、行かなくても命令に背いた事にはならないし。

 大きな理由として、私が参加している事自体が不自然だという点が挙げられる。それは勿論、ヒソカや事情を知らない団員にとっての話だ。

 さっきも思ったことだけれど、今回はヒソカの件があるから参加しているのであって、本来ならばオークション襲撃には参加しないのだ。

 それなのに私が集合場所や仮アジトに現れれば、誰しもが違和感を覚えるだろうし、ヒソカだってこちらが動いているのを察するかもしれない。

 あえて姿を見せて牽制しても良かったかもしれないけれど、それがヒソカに効果があるのかも甚だ疑問だ。

 ならばやはり隠密に事を運ぶためにも、私の潜伏先は別の場所にするのが最適なのだ。

 ちょっと値段のお高いベーチタクルホテルの、その中でも高めの上層階に宿泊しているのは、ただの贅沢だけど。

 廃墟で寝泊まりしている蜘蛛との落差がちょっと快感なのは、彼らには内緒だ。

 

 そういえば、彼らはもう仮アジトへの移動を開始したのだろうか。

 既に集合時間は過ぎているし、唯一遅刻しそうな奴も対策済み。

 となると、何も問題が発生していないのであれば、もうそろそろ連絡がないとおかしい。

 そう思った丁度その時、私の携帯が震え、メールの着信を伝える。

 すぐさま窓辺から離れ、ベッドに放り投げてあった携帯電話を手に取り、内容に目を通す。

 

『全員集合して問題なく出発した。後は手筈通りに』

 

 順調であることを伝えるメール。あまりクロロが携帯を弄るのも不自然だろうから、返信はしない。このメールだってパクやシャルを上手く配置して、他の団員に気づかれないように打ったものだろうし。

 携帯は放物線を描いて再びベットへと放たれ、次いで私も背中からダイブする。

 背中に柔らかな衝撃を感じながら、息を一気に吐き出す。

 要らぬ心配をしてしまうところだった。どうやら気が急いているらしい。

 

 これで蜘蛛は仮アジトへ移動。ここまでは何事も無く順調、ヒソカも今はまだ従順。

 事前に事情を知る4名での大まかな打ち合わせとして聞かされていた流れだと、この後は実行部隊が競売会場へ潜入、だったかな。

 実行部隊として行動するメンバーは、少なくとも3名は確定している。

 事情を知るシャルナーク、広域殲滅を得意とするフランクリン、盗品の運搬を担当するシズク。

 他のメンバーは未定だけれど、ココに数名を加えたのが実行部隊となる。

 

 そして、仮アジトで待機し、前線で不測の自体が起こった時に対処できるようにする待機部隊もある。

 こちらについても打ち合わせの段階で確定しているのは3名。

 団長であり全体を指揮するクロロ、シャルと同じく事情を知るパクノダ、そしてヒソカ。

 作戦行動内であれば自由に動ける実行部隊に配置するよりは、妙な動きをすれば確実に不自然になる待機部隊の方が、監視の面からして良いという考えのようだ。

 こちらも当然この3名だけの構成にはならない。

 

 そして私は、作戦決行前に実行部隊と地下競売場付近の潜伏先で合流し、そのまま実行部隊に加わって行動する。

 2つの部隊に私達事情を知る者を2名ずつ配備。こうすれば、何らかのトラブルでそこから2グループに別れることになっても、各グループに私達が満遍なく属することが出来る。

 そして実行部隊の方で何か問題があれば、作戦通りに動くグループと問題に対処するグループに別れる。

 その内の後者を私が指揮し、対応に当たる予定だ。とは言っても予定だし、その場の状況次第では色々違ってくる。

 事前に決めたのはあくまで大まかなこと。細かく定めて雁字搦めになるよりは、指針だけを定めて後は個々の判断に委ねるほうが効率も良い。

 

 今のところ決まっている実行部隊の大まかな仕事としては、競売会場を制圧し、金庫を何らかの方法で開けて盗み出すことだ。

 制圧はフランがやってくれるけど、他は誰が担当するのだろう。

 金庫は鍵がかかっているだろうから、それを解除する方法を聞き出す必要がある。記憶を読み取る能力者のパクノダは待機部隊にいるし、念以外の方法なら拷問で体に聞くのが得意なフェイタンになるか。

 鍵が開けられない時のことも考えると、競売品に傷が付く可能性はあるけれど、一撃の破壊力が高く力技で開けられそうなウボォーギンも必要かな。

 うぅん、これは参った。よりにもよって扱いづらい奴等が居る方の部隊である。2グループにわかれることがあったら、あいつらはシャルに押し付けよう、うん。

 

 さて、蜘蛛が問題なく仮アジトへ向かった、ということは、私が予定外の行動を取る必要が無くなったということだ。

 一応向こうで問題が起こった時の対策という意味も込めて、私は別の場所にいるようにクロロから言われてたのだけれど。

 移動中を狙われることも無くはないけど、ヒソカの駒は今使える状態じゃないし、しばらくは安泰だろうね。

 

 そうなってくると、私はやることがない。明日の夜に競売会場の襲撃があるけれど、それまで私は蜘蛛の仕事が一切ないのだ。

 いや、やることがないわけでもないか。とはいってもそれは明日の話だ。

 つまり今から丸一日以上は自由時間ということになる。

 

 とは言え流石に完全にだらけきるわけにも行かない。一応ある程度体を動かして体調を整えて明日に備える必要はある。

 まぁそれは今すぐにじゃなくてもいいだろう。せっかくゆっくり出来る時間なのだし、満喫させてもらおう。

 

 寝そべっていたベッドから起き上がり、荷物の中から音楽プレーヤーと本を取り出す。

 イヤホンを装着し、再びベッドに寝っ転がれば準備完了。

 やはりいいホテルのベッドは感触が良い。今日はほぼこうやって過ごすことにしよう。

 決してだらけているのではなく、英気を養うためにも。




新章突入です。タイトルミスと内容の誤表記修正。

物語も佳境を迎えたところで、評価や一言、特に感想をお待ちしています。


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02 作戦開始

 明くる日、9月1日。時刻は夜の7時。

 幻影旅団の地下競売(アンダーグラウンドオークション)襲撃は今夜9時に行われる。

 それに先立って、実行部隊は作戦を開始する。襲撃の前段階としての会場内への潜入だ。

 

 潜入ともなると、会場となるセメタリービルを訪れるマフィアや、コミュニティー直轄の従業員がそうしているように、服装はスーツで統一しておく必要がある。

 とは言っても、それは潜入するメンバーに限っての話だ。脱出の都合もあるため全員が潜入するわけではなく、数名は外部で待機となる。

 私は既に待機への配属が前以て決まっているので、スーツは着なくても良い。と言うより、着てはならない。

 待機はやはり有事の際の対応も仕事の内となるため、その際行動する時にスーツでは動きにくいからだ。

 

 なので今回は、動きやすい服装。それも蜘蛛の仕事に参加する際には着ていったことのない、私の仕事用の服。

 蜘蛛と行動するときはだいたい彼らに任せておいても事が済むから特に激しい運動する必要がなかった、というのが今まで彼らの前で着なかった理由だ。

 黒い長袖の首筋まで覆うタートルネックシャツ。肌にピッタリと張り付きヒラヒラせず、また伸縮性が良いので行動を邪魔しない。

 その上に濃紺色のジャケット。こちらはシャツとは対照的に肌との間にゆとりがあるサイズで、小型の武器や暗器を収納する。さらに着脱可能な濃灰色のフード付き。

 下は黒に近い濃緑のカーゴパンツ。両側面のポケットは収納に使い、足首付近は上から紫の布を巻いて裾のヒラつきを防止。

 更に鉄板や隠し刃仕込みの黒いブーツ、素顔を隠す狐のお面。それにベルトや腰にポーチや主装備のダガーを取り付けた格好。

 闇に紛れる暗色系の私の正装。どのタイミングでどんなトラブルが起きようとも、全力で対応できる状態だ。

 

 夜に溶け込みつつ人目を避けて移動し、彼らの作戦前の潜伏先を訪れる。辿り着いたのは会場付近のビルの空きフロアの一室。

 音はなく、しかし気配を隠すこと無く近づきドアを開いた私を、暗い部屋の中で思い思いの場所に佇んでいた14の瞳が一斉に見つめる。

 そこに居たのはシャルナーク、フランクリン、シズク、ウボォーギン、フェイタンという私の予想通りの5名に加え、ノブナガとマチ。

 この内スーツ姿なのがノブナガとマチを除いた5名。彼らが潜入と襲撃担当らしい。

 一通り室内のメンバーを確認し終え、顔を隠していたお面を外して彼らに声を掛ける。

 

「おっす、久しぶり。待たせちゃったかな?」

「15分くらいだね。そろそろ説明しようと思ってたし、調度良かったよ」

 

 いま来たところだよ、という待ち合わせではお決まりの返事ではなく、現実的な数字付きの回答をするシャルナーク。

 それを受け流して部屋の中に足を踏み入れると、ノブナガが怪訝な表情で口を開いた。

 

「メリーか? 待たせたって、そもそもお前ェは今回不参加じゃ、」

「はーいはいはいストップノブナガ。そりゃ皆にとっては共通の疑問だろうけど、メリーが来るのは予定通りだから。コレに関しては今回の作戦の話と一緒に簡単な説明をするから、質問はその後であるならしてくれない?」

 

 しかしそれを、手を叩きながら部屋の中央に歩み寄るシャルナークが制する。

 しょうがねぇなとノブナガもそれで一旦言葉を飲み込んだ。物分かりが良くて助かる。

 視線が今度はシャルナークに集まり、私は扉を閉めてその近くの壁に背を預けた。

 

「じゃ、概要を説明するよ。今回潜入して事に及ぶのはオレ、ウボォー、フラン、シズク、フェイ。オレ達はマフィアに扮装して内部に入り込み、中の奴等を殲滅した後にお宝を回収する」

 

 名前の上がった各々を指差しながら、シャルは潜入組のメンバーとその役割を大まかに告げる。

 やはり指名されたのはスーツ姿の全員。そのままシャルは、潜入後の流れを説明。

 

「シズクは裏方、フランとフェイはオークション進行役に扮して会場に侵入、9時の開始時間に合わせて殲滅、残骸はシズクが回収。オレとウボォーはその間にお宝がある金庫付近のゴミ掃除。合流して回収し終えたら屋上へ向かう」

 

 ここまではいいよね? とシャルが確認を取ると、全員が首肯して答えた。

 シズクの能力、掃除機のデメちゃんは、生き物や念能力で作られたもの以外はなんでも吸い込んで収納できるので、死体にしてしまえばマフィアも吸い込めるのだ。

 続けてシャルは、もう1組の方の説明に移る。

 

「マチとノブナガ、それにメリーはこのビルの屋上で待機。何かあったらすぐに来れるようにしておいて、オレが連絡したら屋上の気球でセメタリービルの屋上に移動、その後全員で空から脱出する。気球の目的地はゴルドー砂漠だ」

「ちょっと待てよ、何だってそんな所に行くんだ?」

 

 気球の進路について、ウボォーが疑問の声を上げる。

 シャルは彼に一度視線を向け、それを踏まえて続きを話す。

 

「どうせ気球は目立って追跡されるから、そこで追手を殲滅するんだよ。広くて視界を遮るものが少ないあそこなら、誘い出すのにうってつけだしね。どうせ今の流れだと暴れ足りないでしょ?」

「誘う……陰獣か」

「そーゆーこと。その後の移動手段は奴等が山ほど持ってくるだろうから、帰りはそれを頂戴すればいい」

「おお、ソイツらぶっ潰していいのか。そりゃ楽しめそうだ!」

 

 楽しげにポツリと零したフェイの呟きをシャルが笑いながら肯定すると、それを聞いたウボォーが嬉しそうに獰猛に笑う。

 会場内のマフィアは殺害後に血痕さえ残さずシズクが回収する。警備も客も誰も彼もが消えれば、明らかな異常に気づくだろう。

 そして念能力者か、それに関する知識があるものがいれば、即座にそれが念能力者の仕業だと気づく。

 そうなるとお鉢が回ってくるのが、十老頭お抱えの武闘派構成員、陰獣。

 念能力者には念能力者をぶつけるしか対抗策がないから、確実に陰獣が動く。

 

 だけど、私達の本当の狙いは陰獣ではない。

 陰獣はただの撒き餌。狙うのはその餌につられて寄ってくる、ヒソカやクラピカの勢力。

 ヒソカはアジトで待機している限り動きようがないから、実際に行動を起こすのは彼の手駒。恐らく最も確率が高いのはクラピカ。

 彼が既にマフィアに所属しているのは確認済み。ノストラード(ファミリー)であることも分かっている。少なくとも追手の中に居るだろう。

 いつ動くかわからないのであれば、こちらから動きやすい状況を作ってやればいい。

 ここで作戦についての流れを言い終えたシャルが、今回の作戦の肝を発表する。

 

「流れとしてはこんな感じだけど、ここからが重要。不測の事態が起きた場合も考えて、今後もこの2班で役割を分担する。そしてこの2班はオレとメリーがそれぞれ指揮する。勝手な行動は謹んでそれに従って行動してくれ」

「ちょと待つよ、シャルはともかく何でソイツが指揮するか?」

「つーかよォ、不測の事態ってのぁ何だ?」

「言葉の通りだよ。あとこれは団長命令だから。ハイこれ」

 

 フェイの抗議の声とウボォーの疑問に、余計な問答は無用とシャルがフェイに自分の携帯を投げつける。

 受け取ったフェイは、促されるまま光るディスプレイへと目を落とし、そこに書いてある文を黙読する。

 やがて読み終えたのか、舌打ちをしてシャルに携帯を投げ返した。フェイはその後沈黙し、これ以上抗議の意志がないことを示した。

 携帯に表示されたのはクロロからシャルへのメール。今のフェイの抗議は当然のものだから予想済み。それを鎮めるために事前に、彼直々の私達に従うようにという指令のメールが用意されていたのだ。

 フェイの様子を見て他の団員も書いてある文の内容をほぼ正しく推測したのだろう。抗議はなくなったが、やはり疑問は尽きずシズクが手を上げて発言する。

 

「うーん、団長の命令なら従うけど。でも何で彼女なの?」

「じゃあ逆に聞くけど、この中でメリーより冷静で頭いい奴ってオレ以外に居る?」

「異議あり! 私のほうがシャルナーク君より冷静で頭いいと思います!」

「異論は無いみたいだね。つまりはそういうことだよ」

 

 室内を見渡しながらのシャルナークの問いかけに手を真っ直ぐ上げて異議を申し立てるも、完全にシカトされた。シャルてめぇ。

 馬鹿っぽい言動をしたせいで突き刺さる視線が痛い。シャルと比較しての頭の善し悪しはともかく、発言自体は冗談だからそんな目で見ないでください。

 若干の居心地の悪さを感じたが、私からいち早く視線を外したフランがシャルへ向き直り、低い声で彼なりの推論を述べる。

 

「なるほどな。仕事自体は問題ないが、それ以外に問題がある。団長は何かが起きるのをほぼ確信していて、そのための対策ってことか」

「理解が早くて助かるよ。そう、今回は相手がデカい。想定外の外部戦力の参戦も有り得る。それこそ腕の良い殺し屋とかね」

 

 フランの発言はなかなか的を射ている。流石に後方からの援護射撃を担当することも多いだけあって、大局的に物事を見て判断する能力は長けている。

 規模のデカさは財布のデカさ。マフィアン・コミュニティーともなれば相当の財力がある。高い依頼料もなんのそのだ。

 蜘蛛の顔が歪む。苦々しさだったり、憎しみだったり、はたまた愉悦だったりと様々だけど。

 たしか彼らは以前団員を暗殺者に殺されていたはずだ。私は現場に居合わせなかったけれど、殺したのはゾルディック家。世界最高峰の暗殺者一家。

 きっとそのことを思い出しているのだろう。ゾルディックや、それに近いレベルの相手が参戦するかもとなると、警戒心や闘争心にも火がつく。

 

「メリーがこの時間に合流したのも、詳しくは言えないけれどそういう事情が絡んでいる。団長なりに考えての指示だ。だから所属不明の戦力と遭遇したら、対応をミスらないためにもオレたちの指示を仰ぐこと」

 

 シャルがそう言って説明を締めくくる。この意味も確かに含んでいるけれど、実際には彼らに明かされていないヒソカやクラピカ対策のほうが比重は大きい。

 詳しく言えない、というのは、その点に関してはこれ以上聞かれても答えられない事を暗に示している。

 これも打ち合わせ通り。言えない、その言葉はシャルが自分より上の立場の者、つまりはクロロから口止めされているという印象を彼らに与える。

 私達の目論見通りその点にこれ以上突っ込まれることはなく、代わりにノブナガが賛同の声を上げた。

 

「ま、メリーの指揮下に入るっつってもそりゃオレ達だけだろ? オレァ構わねぇし、おめェはどうよ?」

「アタシも構わない。意見が割れたり馬鹿に従うよりは、こっちのほうがずっといいしさ」

 

 話を振られたマチも肩をすくめながら頷く。おぉ、いい流れを作ってくれた。流石に私の家の常連客なだけはあるね。

 彼らはジャポンが好きでよくジャポンに来るし、その際私の家を利用することもあるので、家に来る頻度は高いほうだ。

 つい先月も彼らと私の3名で、私がハンゾーに天丼の旨い店を教えたお返しに教えてもらった美味しい蕎麦屋に行ったし。どちらとも親交を深めておいてよかった。

 ちなみにその時他の奴等はハナから誘っていない。和食が特に好きというわけでもなかったり、うどん派だったりするからだ。

 こうなってくると、確固たる理由で参加した5名以外に彼らが加わったのは、クロロの粋な計らいなのかもしれない。何にせよ、指揮しやすくて良い。

 

「それじゃあよろしくね。迅速かつ適切な判断で馬車馬の如くこき使ってあげるよ」

「かっかっか、そいつぁ頼もしいこった!」

「アンタ実際やったらケツ蹴るからね」

 

 笑顔で冗談を飛ばし合う私達。まぁ実際に事が起こったら私も積極的に動くから、マチに蹴られることもないだろう。

 これで作戦前の話は纏まった。この時点での最悪のケースとして、私の参加や指揮の同意が得られないという事も考えてはいたけれど、それも杞憂だったし。

 

「さて、作戦前の打ち合わせはこんなもんだけど、何か質問ある奴は居る?」

 

 最終確認をするシャルに誰も反応を返さず、それが全員が作戦内容に納得したことを伝える。

 彼はその様子を満足気に見渡して一つ頷くと、声を張り上げた。

 

「よし、じゃあ作戦開始!」

 

 その号令を受け、屯していた部屋をぞろぞろと後にする。なかなか締まらない出撃風景だ。

 廊下に出て階段へ差し掛かると、屋上へ向かう私の班と、ビルの出口へ向かうシャルの班は上下に別れる。

 予定通りにシャル達が潜入して襲撃している間は、私達は待機となる。

 ポーチには遊ぶ用のトランプも入っている。暇つぶしの準備はバッチリだ。



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03 異常事態発生

 とあるビルの屋上。そこで待機し脱出用の気球を運ぶ役目を担った私達は、顔をつき合わせるようにしてトランプをしていた。

 興じているのはページワン。親が出した記号と同じ物を手札から出し、無ければ出せるようになるまで山札からドロー。手札をなくせば勝利というルールだ。

 運の要素が強く、あまり頭を使わず遊べるので、こうしてダラダラと会話しながらやるには丁度いい。また今は待機中だし人目もないので、狐の面は外している。

 時刻はオークション開始時間の9時直前。予定であれば直にシャル班が動き出す頃だ。

 

「オレらも暇な役回りだよなぁ。正直あっちみたいに大暴れしたかったぜ」

「まぁいいじゃん、私的には雑魚をプチプチ潰してもあんま楽しくないし。フランみたいに爽快感ある殺り方できれば話は別だけど」

「アタシも。大量の雑魚を相手にすると服汚れるし、後半ダレてくるんだよねぇ」

 

 ノブナガのボヤキに、私とマチが各々の意見を言う。口にした通り、フランの能力は正直羨ましい。

 両手の指先から念弾を乱射するという、放出系に属する彼の能力。機関銃のようにばら撒かれるそれは、一発一発がかなりの威力を誇る。

 その威力を生み出しているのが、彼本来の実力と覚悟。あの巨体から生み出される無尽蔵とも言える程のオーラ量によって、大量に念弾を放つという燃費の悪い能力を扱いこなしている。

 覚悟に関しては、指の先を切り落とすことによって威力を上げたらしい。普段の指先は作り物で、能力使用の際は外されている。

 空洞から発射っていうのは確かに機関銃っぽいけれど、何もそこまでやらなくてもいいのでは。その辺を考慮すると、あまり羨ましくないかも。

 普段の生活が有った上で、そのために戦うというのが私の考え方だ。金のためであったり、他のもののためであったりと理由は様々だけど。

 対してフラン、いや蜘蛛の数名は、戦うために普段生活しているからそういうことが出来るのだろう。まぁ根本的な考え方の違いだし、好きに生きればいいんじゃないの。

 

「お前ェらはそうだろうけどよぉ、オレは斬った感触が……、……お、始まったか」

 

 親として場にスペードのカードを出しながらノブナガが喋っている途中、会場の方で強大なオーラが膨れ上がったのをこの場に居た全員が感じとり、そちらに顔を向けた。

 恐らくフランが彼の能力を駆使しての殲滅を開始したのだろう。彼がオークション進行役に扮したということは、競売が行われる部屋に居た奴はもう全滅だろうか。

 自分がカードを出す番になったマチが会場から視線を外し、手札を減らしながら疑問を口にする。

 

「あっちは仕事してんのに、アタシらは遊んでて本当にいいのかい?」

「いーのいーの。動く準備はできてるし、ビルだってちゃんと見えてるし」

「まぁ、初動が遅くなることはねぇか」

 

 手札にスペードがないため、山札からカードを引くために手を伸ばしながら笑う。

 既に気球は火を灯せば離陸できる状態。それに離陸するまでの間にカードを全部回収するのも容易だし。

 すぐさま動かなければならないような事態が起きても、気球を操縦するマチだけを残してノブナガと共にすぐ援護向かえばいい。それに遊びながらも警戒は解いてないから動きに問題は無いし。

 ノブナガの相槌に頷いて、スペードを求めて手札を増やしながら続きを話す。

 

「それに私の予想だと、何かが起きるのは迎撃戦の時……、……おいスペードどこ行った、ノブナガの陰謀かこれは」

「いや知らねぇよ、さっきカード混ぜたのお前ェだろうが」

 

 言いながらも手は手札と山札を行ったり来たり、最終的に15枚も手札を増やした時点で漸くスペードが出た。眉間に皺が寄る。なんてこった、もう勝ち目がなくなってしまった。

 しかしノブナガの言葉を信じるとすると――実際自分で混ぜたって覚えてるけど――彼の陰謀ではないということか。

 ノブナガのせいにするという姑息な手段も失敗。これはもう単純に運の話か。

 

 実際に今言いかけた通り、ヒソカが仕掛けるのならそのタイミングだろう。

 成功率を上げるためにも、交戦中で意識をそちらに割いている内にくるはず。

 或いは、確率は低いけれど移動中を狙う手もある。けれど、その時は既に私とシャルの班は合流済みだろうし、いずれにせよ今は警戒しなくてもいい。

 さっきマチが旅団全員集合時の様子を語ってくれた。その時クロロが言っていたそうだ。邪魔する奴は一人残らず殺せ、と。

 その場に居たヒソカもそれを聞いていた。なら私達実行部隊がその言葉に従うためには、襲撃後は宝を持って逃げの一手を打つのではなく、どこかで大規模な戦闘になると思うはず。

 だから事態が動くのはここではなく、ゴルドー砂漠以降になるはず。そう思えばこそ、気を張り詰めて待機するのではなく、程々に警戒しながら遊んでいる方が有意義だ。

 

「チッ……とにかく、ここですることは特に無いってこと」

「ぷっ、無様だねぇ……。まぁ、アタシもここですることは無いってのには同意だね」

 

 大量になってしまった手札に舌打ちをしながら言葉を締めくくると、横で私の手元を見たマチが嘲笑する。酷い。

 その言葉を聞いたノブナガが、彼女に問うた。

 

「そりゃお前ェの勘か?」

「ああ、勘さ。……はい、コレでページワン」

 

 答えながらマチは手元の枚数を1にし、それで口元を隠して目で笑う。最期の宣言は、言わないとペナルティのあるリーチコールだ。

 彼女の勘はよく当たる。その的中率の高さから、蜘蛛の中ではよくアテにされている。勘が当たるということは、こうやって運が絡む勝負でもめっぽう強い。

 彼女の勘も手伝い、シャルの連絡待ちになるだろうということで認識が一致し、私たちはゲームを続けた。

 実際に異変は起こらず、マチの独壇場で進行していたゲームが終了したのは、シャルから飛行船を動かす要請が来た時だった。

 

 競売品が無い、という異常を知らせる声とともに。

 

 

 

 

 

「おつかれ。で、競売品がないっていうのは?」

「そのまんまの意味。金庫が空っぽだったんだよ。どうやら陰獣の梟って奴が持ちだしたらしいけど、見た奴の話では手ぶらだったらしいからシズクみたいな能力を持ってるね。どこに持ちだしたかまでは知らないようだった」

 

 セメタリービルの屋上でシャル班と合流後、すぐさまお面越しに彼に問いかけると帰ってきたのはここで起きた一連の簡単な説明。

 他の団員は気球に先に乗ってもらい、私とシャルは少し離れた所で早急に懸念について対応している。

 私たちの班が何か行動するような異変はたしかに無かったけれど、こちらの内部では異常が起きていたのか。

 競売品の行方も不明。恐らく聞き出すときにはフェイが体に聞いたはずだ。死なないように丁寧に痛めつけて、内臓とか骨とかを剥き出しにして見せつけたりする彼の拷問であれば、今までの実績もあるし信用できる。

 ここでその情報が得られなかったのは残念だけれど、別にこれから交戦するであろう陰獣の梟から直接聞き出してしまえばいい。

 

 シャルの口ぶりからすると、梟は既にこの場に居なかった。なら競売品の方は後回しでいい。

 話を聞いてまず思い浮かんだのは、蜘蛛の襲撃が漏れ、それによって陰獣が既に動いているという事。

 今考えるべき問題点はそれ……なんだけど、すぐに違和感に気づき、それを口にする。

 

「……陰獣が出たにしては、皆なんともないみたいだけど」

 

 陰獣。念能力者でマフィアトップクラスの武闘派。

 それを相手にしたのだとすると、彼らの様子がおかしい。

 まず私の班への対応。陰獣が警備にあたっていたのなら、こちらに援護を要請するか、それをしなくとも気球の要請は戦闘の影響でもっと遅れているはず。

 そのうえダメージも消耗した感じもない。戦闘後特有の興奮状態でもない。

 競売品は移動済み。競売場は制圧済み。客は全滅。実力者との戦闘の形跡はなし。

 

「陰獣はあそこに誰も居なかったし、交戦もしていない。中に居たのは客とコミュニティー所属の連中だけだ。それも非武装のね」

 

 競売会場の中では、武装や撮影及び記録機材の持ち込みは許可されていない。信用を重んじるだとか、たしかそんな理由だったはず。

 襲撃があるのがわかっていたのならば、シャルの言葉通り客が武装していないのはおかしい。客のみを普段通りにさせて囮にし、品物だけを避難させたのであれば、コミュニティーの信用が落ちるからだ。

 それに罠や陰獣の配置などの迎撃体制も敷いていない。競売品だけは守れたけれど、対応があまりにも中途半端だ。

 情報がリークされたと考えると、まず先に浮かんだのはヒソカ。ただ、そう仮定するとやはりおかしな点は多い。

 

「品物以外の対応は無し、ね……。A級首の蜘蛛が来るって情報が入ってたとしたら、この程度じゃないと思うんだけど」

「オレも同意見。アイツでも無いだろうし、情報源は別のとこだろうね」

 

 やはりシャルもヒソカではないと思うのか。まぁアイツがマフィアを利用するメリットを考えれば、当然の結論だ。

 マフィアは実力を過信しすぎるきらいがある。利用しようにも、勝手に暴走して事態をかき回す可能性が高い。忠実に指令を聞く可能性もほぼゼロ。

 それに、この中途半端な対応。情報が不足だったのか、或いは完全なそれに対する信用が不足だったのか。どちらにせよ、現状の関係ではマフィア側としても手を組む気にはとてもなれないだろう。

 襲撃が真実となった今であれば話は別だろうけれど、むしろ情報を渡したヒソカがマフィアの敵として認識されることもあるだろうから、やはり可能性は低い。

 一先ず現状で分かっていることからの推察を口にし、シャルと私の認識を一致させる。

 

「具体的にはわからないけれど、何かが起きるかもしれない。最低限の対応として、品物を移して様子を見た?」

「そう。何らかの手段で何かが起きると知った。お粗末だった警備のレベルから鑑みるに、具体性は低いだろうね」

 

 警備はお粗末だった。客も非武装だし陰獣も居ない。少なくとも、どんな存在が何をしに来るかまでは分かっていなかったのか。

 ただ、そんな大雑把かつあやふやな情報でも、マフィアン・コミュニティーはそれに沿って行動し、結果として競売品は無事。

 ヒソカからではない、何処かから寄せられた情報。それに対する信頼はコミュニティーが行動を起こすに足り、されど抽象的なもの……、……ん?

 頭のなかで何か引っかかるものを感じ、少し俯き記憶を探る。すると程なくして、その全てに繋がりそうな人物が浮かんできた。

 

 ネオン=ノストラード。近年になって頭角を現してきた、クラピカも所属するノストラード(ファミリー)組頭(ボス)、ライト=ノストラードの娘。

 クラピカが所属する組ということで、ライセンスを使って調べていた構成員の情報。その中に彼女についての情報も有った。

 なんでも、コミュニティー内では娘の占いがよく当たると評判なのだ。それこそ、コミュニティー内で上層部に位置する組さえも、常連客となるレベルで。

 占いといえば、朝のテレビ番組や雑誌でもおなじみの、取り敢えず大まかに書いておけば的中しそうな人が多そうな、抽象的な文章。

 或いは街頭などで行われている、客となった個人の未来を予知するもの。まぁ大概はイカサマや、良い未来を告げることでその通りに動くようにし、信頼を得ているだけの紛い物だけど。

 

 眉唾な話であると本気にはしなかったけれど、もし本当に的中する占いがあるのだとしたら。

 個人に対して、抽象的ながらも未来に起こりうる事象を予知できるとしたら。

 自分より上の立場の者を占い、それが的中することで、金と信頼を同時に得ていたのだとしたら。

 その力で以って、今日の出来事に関するマフィアの未来を予知したのだとしたら。

 抽象的な情報。それが、セメタリービルで今日行われる予定だったオークションの参加客への、不幸の予告だとしたら。

 ヒソカや、或いはそれ以外の何者かが情報をリークしたと考えるよりは、遥かに可能性が高く、現状にも一致する。

 

「……そう言えば、クラピカが所属してるノストラード組。私あそこ一応調べたんだけど、娘の占いがよく当たるってことで十老頭や有力マフィアからの覚えがいいらしいんだ。近年急に力をつけ出したらしいんだけど、それがマジで占いの力って考えると……」

「占い……? ……、……なるほどね、抽象的な未来予知。確かに、念であればおそらくは可能だ。娘の念能力発現をきっかけに、それを利用してのし上がった。そうだとすると、この状況にも納得がいくな……」

 

 顔を上げた私が頭のなかで整理したことをシャルに告げると、彼は神妙な顔つきで顎に手を当て、少し考えた後に私とほぼ同様の結論を出した。

 そうであると断ずるのは危険。ただ、現状最も有力な候補としては頭にとどめておくべき。

 占いであれば、この事態を回避した時点で、そこから枝分かれする未来は分からないのか。それともその先まで予知し、蜘蛛の先の先を取り続けるのか。

 前者であれば、この後は私達の有利に事が運ぶはず。後者であれば、何をするにせよ先回りして対策されているはず。

 ただ、後者は念能力で実現できるレベルでは無い。完全な未来視はもはや神の域とも言える。恐らくは、未来が変化した直後にもう一度予知をすれば擬似的にそれを行えるだろうけど。

 いずれにせよ、事態が占いによるものと仮定するなら、少なくとも今夜中にどういった性質のモノなのかがある程度見えてくるはずだ。

 ただ、そうだとしても現状では対処している暇はない。ここは襲撃した建物の屋上なんだし、そろそろ移動しなければ。

 

「とりあえずそっちへの対応は無理だし、今はゴルドー砂漠へ。移動中にでも団長に電話して、今後の指示を仰ごう」

「陰獣おびき出す必要あるから、やることは変わんないと思うけどね。団長には予知か予言かもってことで伝えるか、アイツも聞こえてるだろうし」

 

 私に薄く笑いながら返答したシャルが、小悪魔のような意匠をあしらった携帯電話を取り出しながら気球へ移動したので、それに続いて私も乗り込む。ちなみに仕事中なのでどちらもちゃんと団長と呼んでいる。

 電話はすぐに繋がったようだ。今回の仕事中、ヒソカに私の存在や余計な情報が渡らないためにも、連絡はシャルが受け持つ手筈になっている。

 時間を取らせたことを既に乗り込んで待っていた面々に謝罪し、悪意を積み込んだ気球は空へと舞い上がる。

 シャルとクロロの通話に耳を傾けながら、人の形を認識できないほどに離れた地上へと目を落とす。

 ここで起きた騒ぎなど露知らず、普段通りの夜の街。景色の大半を占めるその光景の中、セメタリービルの付近だけが色めき立つ。

 マフィアが会場内の異変に気づいた。あとは客などが綺麗サッパリ無くなっていることが、何によるものなのか正しく認識してもらえれば。

 

 これから向かうゴルドー砂漠で陰獣を迎え撃つ理由。

 それが1つ増えたけれど、やることは何も変わらない。



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04 追手を蹴散らせ

 賑やかな集団を引き連れて辿り着いたゴルドー砂漠。

 砂漠という名称ではあるけれど、地面は砂ではなく、土や岩が大半を占める。まぁ、砂漠の名に恥じず、草木は一本もないけれど。

 乾いた緩い風が吹き抜ける大地に足を下ろすと、硬質でしっかりとした感触。動きを阻害されることは無さそうだ。風も弱いから砂埃の心配もなし。

 加えて視界。赤味がかった淡く確かな光を放つ満月が照らす夜は、私達にとって昼間と変わらぬ鮮明さで以って世界を照らしている。

 所々隆起や沈降で岩肌が見えている部分もあるけれど、基本的には遠方までよく見渡せる。コソコソ死角から近づいてからの奇襲も防げる。

 迎撃するのであれば、理想的とまでは行かないけれど、好条件が揃っている。

 

 そんな場所へノコノコと、私達から数分遅れでマフィアが車で大群を成してやって来る。

 高い岩山の上に着陸してその場で待機していた私達の下、斜面に隔てられたそこに車から降りて走ってきた彼らが続々と集結する。

 足元で大声で威嚇したりしているマフィアの総数は、100を軽く超えるだろう。今も遠くからたくさんの車のヘッドライトがこっちに近づいてきているし、数はこれからもっと増える。

 これからコイツら相手に暴れてやれば、そのうち陰獣や、それを餌に他のも釣れるはずだ。

 

「集まってきたね。じゃあここは……、……そうだな、ウボォーが行ってくれ。できるだけ派手に暴れてくれよ」

「おっ! ヨッシャ、任しとけ!!」

 

 そしてここでの大立ち回りをシャルから任されたウボォーは、豪快な笑顔を見せながら快く引き受け、岩肌を滑り降りていく。

 それを見送る面々の表情に不安の色はない。自分が暴れたかったフェイとノブナガだけは不満気な顔をしていたけど。ノブナガは私の指揮下だろうが。不測の事態用の戦力だから、この状況は予定通りだから出番じゃないぞ。

 まぁ、ウボォーが適任だろうね。肉体の強さで言えば蜘蛛イチ、しかも強化系だから単純な攻撃力、防御力は相当なものだ。

 分かりやすく言ってしまえば、とんでもない怪力と頑強な肉体の怪物を相手にしているようなもの。怪獣映画のようなそれは、当然銃などで武装しても歯がたたない。

 そんな時に必要なのが、特別な兵器。量産型では歯がたたないのなら、ワンオフの高性能なモノを持ち出せば良い。

 物語ではよくある話だ。普通の軍隊の攻撃じゃどうしようもない怪物を、どこかの組織が秘密裏に開発した兵器でやっつける。

 この場合なら、群がるマフィアが量産型、後からくる陰獣が高性能ワンオフ兵器か。

 まぁ映画と違うのは登場人物すべてが悪で、怪獣側が勝利するって部分かな。

 

「あれって掃除しなくてもいいんでしょ?」

「うん、あれは別にいいよ。それじゃ、見てるだけじゃ暇だろうし、誰かダウトやんない?」

 

 小首を傾げながら問うシズクに答えながら、シャルはダウトへの参加者を募る。私への目配せを添えて。

 ダウトもトランプのゲーム。数字を順番に裏返しで出し、そこに書かれた数字が実際に出すべき数字と違うと思っていたらダウトと宣言。数字が当っていたらダウトと言った人が、別のものなら言われた人が場にあるカードを回収する。

 

 ウボォー見ててもあまり面白くないだろうし、私もそっちに参加したかったけど、先ほどのシャルの視線のこともあって思いとどまった。

 お面越しに僅かな時間重なった視線からは、キッチリと見張りよろしく、という意思が感じられたのだ。

 まぁシャルもただ遊びたいだけでなく、ああやって余裕を見せることで誘ってるんだろうけど。それにしたって、立場逆でもいいじゃないか、という思いもある。どうせシャルは運が悪いからダウトめちゃくちゃ弱いくせに。

 結局フランとシズクとマチがダウトに加わった。あの3名にはせいぜいシャルをいたぶって貰いたいものだ。

 そしてウボォーの虐殺劇を見るのは私とフェイ、そしてノブナガ。

 先程鳴った銃声をきっかけに、すでに惨劇は始まっていた。その光景を見た私、フェイ、ノブナガがそれぞれ一言。

 

「まぁそりゃこうなるよね」

「肉体の強さは蜘蛛イチね。雑魚が何しようが無意味よ」

「アイツにとっちゃ銃なんてオモチャだぜ、オモチャ」

 

 眼下で広がる光景は、先ほどの私の予想を見事に体現したものだった。

 飛び交う怒号と銃声。しかしそれらに徐々に呻きと悲鳴が混じり、時間の経過とともに後者の比率が大きくなっていく。

 ウボォーの行動は至極単純。単身丸腰でマフィアの群れへと突っ込み、素手での殺戮を開始したのだ。

 銃での反撃などものともしない。回避する必要さえない。全てをその身で受け止め、そして壊す。見せつけるのは非常識且つ圧倒的な力。ここにいる人間では、銃火器を用いた所でどうしようもないと思ってしまうほどの。

 拳を振りかざせば頭が弾け。腕を引けば胴体がちぎれ。足を出せばひしゃげて吹っ飛ぶ。

 潰して殺す。殴って殺す。蹴って殺す。頭突きで殺す。投げて殺す。割いて殺す。嬲り殺す。ひたすら殺す。何か殺す。取り敢えず殺す。殺しました。

 地面や自身を鮮血で赤く染めながら、ウボォーはただただ規格外の暴力を振るい続ける。

 

 もちろん、マフィアだってただ黙ってやられているわけではない。

 銃による抵抗が無意味だとわかっても、前線に居るマフィアはそれしか手段がないため、それをするしか無いけれど。

 後方からは、スナイパーライフルによる強力な射撃もあった。ウボォーの頭部に直撃し、傷はつかずとも痛みを感じさせたその狙撃手は、気分を害したウボォーの投げたこぶし大の石の直撃を受けて絶命した。ナイスコントロール。

 それでも効果がないと見ると、持ちだされたのはバズーカ。だけどそれを見たウボォーに、動揺などの後ろ向きな感情は見られない。

 むしろ余裕綽々で仁王立ちし、右手を前に出して誘う始末。バズーカはさすがにキツイと思うんだけど、まぁあれだけ自信があるなら耐えられるのだろう。

 そんなウボォーへと発射されたバズーカ。白煙の尾を引いて飛来するそれは、彼の右手に当たると同時に爆発し、轟音と高熱と衝撃、そして大量の砂煙を発生させた。

 マフィアから勝利を確信した歓声が上がる。しかし、ゆっくりと風に流されて晴れた砂煙の中からは、五体満足で立っているウボォーが現れた。

 

「ひゅーぅ。おいおい、ウボォーの野郎片手でバズーカ止めてピンピンしてやがるぜ」

「つーか半裸じゃん、着替え持ってきてんの?」

 

 楽しそうにその頑強さを称賛するノブナガ。ウボォーから流石に少し痛いという声は聞こえてきたが、大したダメージでは無さそうだ。上半身の服吹っ飛んだけど。着替えマジでどうするんだろう。

 と言うかノブナガ、強化系のキミもやれば多分出来るよ。ウボォーほどじゃないけど防御力高いし。私は痛いの嫌だからやりたくないけど。

 服はどうでもいいだろうが……と呆れているノブナガを無視し、マフィアの様子を観察する。

 

 ウボォーの姿を見てから僅かな間を置き、悲鳴を上げて逃げ出した彼らからは、戦意がほぼ喪失してしまっているようだ。

 まぁ無理もない話だ。ドヤ顔で持ちだしたバズーカさえも意味を成さないのであれば、もはや彼らでは対抗のしようがない。

 しかし背中を向けた彼らを、ウボォーは逃がしはしない。すぐさま距離を詰め、手当たりしだいに殺していく。

 数分前とはまるで違う様子だ。威勢の良かった最初に比べて、今となっては敵に背を向け、腰も引けている。

 対してウボォーは装いが黒い半ズボン、そして毛皮製のソックスと腰巻とベストっぽいものから、ズボンとソックスのみになっただけの変化。

 優劣は誰の目から見ても、いや、見るもクソも戦う前から明らかだった。

 

「そろそろ終わりね」

「ああ、案外早かったな」

 

 フェイの呟きにノブナガが答える。

 今生き残っているのは極わずか。それ以外の奴等は全員死亡、或いはウボォーの異常性を察して近づく前に逃げた。

 私としても、もう少し粘るんじゃないかと思っていたけれど。せめて陰獣の到着くらいまではもって欲しかった。

 これは時間稼ぎも兼ねていた。だって別にマフィアを殺すだけならフランにやらせてさっさと終わらせればよかったのだ。

 それをせず、肉体のみの攻撃のウボォーをシャルが選んだのは、フランの能力を無意味に見せるのを避けるのもあるけれど、陰獣到着までの時間を自然にここで過ごすため。

 戦闘が終わったのならばさっさと移動してしまえばいい。用が済んだらそうするのが当たり前だし、いつまでも残っているのは明らかに不自然となる。

 ここで陰獣と接触したいのに、その不自然さを警戒して、奴等が仕掛けて来なくなるのを避けるためという狙いも有ったのだけど……、……!

 

「待って、なにか来る」

 

 更に数を減らすマフィアをちょっぴり応援していると、不意に遠方からウボォーへと近づく気配を感じ、下ろしていた視線を上げて声を出す。

 まだ遠い。だけど明らかにこちらへと敵意を向け、近づいてくる1つの気配。私達への殺意という明確な指向性があれば、遠くても察知は可能だ。

 ただ、本当に唐突に感じられた。おそらく途中までは車か何かで”絶”を使いながら接近してきたのか。つまり念能力者、陰獣か。

 有るはずのオーラを見えなくする”隠”ならば、結局はそこに有るのだから感じ取れる。だけど、オーラを完全に絶つ”絶”だと、オーラがないから感知も出来ないのだ。

 

「あぁ? オイ、何も見えねぇぞ」

「ワタシも見えないよ。テキトウ言てるか?」

「いや、来てるよ。間違いない」

 

 私が見据えている方向を見て、ノブナガとフェイが訝しげな声を上げるが、それに対して私は揺るぎない口調で答える。

 そりゃ見えるわけがない。私だって見えてないのだから。方向は大体分かるけど、その先には岩山があってその先は目視できない。

 どんどん近づいてくる思念に注意を向けていると、それが岩山に近い位置で一旦停止した。……あの岩山の奥に何かが、いや誰かがいるのか?

 可能性が高いのは陰獣の仲間だろうか。”絶”ならば私には分からない。あそこで合流した?

 奴が停止した理由を考えている所に、後ろから近づいてきたシズクとフランの声がかかった。

 

「なになに、陰獣きたの?」

「やっとお出ましか?」

「それがよぉ、オレらは見えねぇんだけど、メリーが来たっつうんだよ」

 

 ノブナガが私の代わりに答える。陰獣が来たと聞いては、恐らくダウトは中断か。まぁどうせシャルの負けだろうけど。つーか負けろ。

 負けるべきシャルが、私の斜め後ろに立ったのを感じる。視線は私と同じ方向だろう。ただ、残念ながらまだ姿は見えていない。

 

「確かに見えないけど……来てるんだよね? ウボォー!」

 

 シャルの問いかけに首肯で返すと、彼は私の見ている方向をウボォーにも示した。

 長い間他者のオーラに干渉して鍛えたこの感覚、間違えようもない。

 最後に作り出した骸を投げ捨てたウボォーが、シャルの声に気づいてこちらを振り向き、シャルの示した方向に目を向けたその時、向こうで動きがあった。

 

「来る! ……、……?」

 

 その感覚に従い、小さく鋭い声で警戒を呼びかける。ウボォーもそれが聞こえたのか、或いは背後の私たちの変化に気づいたのか身構える。

 数秒の間をおいて、岩山の影から姿を表したのは、3人。それを見て、私はおかしな点が有ることに気づく。

 距離が近くなり、思念がより鮮明になることで、疑問は確信へと変化した。

 

「お、ホントに来てやがった。相手は3人か」

「いや違う、4人だよ」

「4? でもあそこにいるのは、」

 

 現れた陰獣の姿を確認したノブナガが、感心したような声で言ったことを否定する。それを聞いたシャルは言いかけた言葉を途中で止めた。

 先ほど敵の接近を言い当てた私の言葉。信憑性の有るそれを信じたならば、皆の認識も一致したはず。誰も疑問を挟まなくなったし。

 

 姿を表した3人の位置と、私が感じている思念の位置の差異。

 戦闘態勢に入った3人が纏うオーラ、ウボォーのも合わせて4つのはずのそれを、5つ感じている。

 何処かに、もう1人居る。能力を使って姿を見せずに接近しているのだ。逆にそのせいで、私に早々に気取られるハメになったけれど。

 その方法については、感じ取れる位置が教えてくれた。奴は姿を消して移動しているのではない。あの思念の位置は、4つのそれより更に低い、地面の中――――。

 

「下だウボォー!!」

 

 それが膨れ上がり、臨戦態勢に入った瞬間。死角からの奇襲を仕掛ける直前、もう後戻りができないタイミングで。

 大きな声で私が呼びかけ、ウボォーが意識を下へと向けたコンマ数秒後、彼のすぐ後ろの土が隆起した。

 

 そして、地面の中から。

 ブーメランパンツ一丁というきわどい格好の、キツいビジュアルをした男が飛び出した。

 すごくきもい。早く殺して欲しい。



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05 陰獣を討て

 地中から忍び寄ってきた見た目がキツイ刺客。

 理屈はわかる。土の中を移動するのであれば、確かに服は邪魔だろう。

 例えるならば水泳。水の中を泳ぐあの競技だって、水着次第で記録が変わるものらしいし。

 それを思えばこそ、土の中を泳ぐのであればブーメランパンツのみという装いはまぁ納得できなくもない。

 ただ、そこに本体の見た目が合わさっているせいで余計にキツイのだ。あれが引き締まった爽やかボディのイケメンだったらスポーティーな印象を受けたのに。

 異様に縦長の頭部には小さな目に潰れた鼻、おちょぼ口。首から下は筋肉質ながらも弛んだ腹や余った皮。受ける印象は醜悪。

 

 そんなキツイ彼は、地中の移動に念能力を用いていた。

 それは私が地中の彼を感知できた事と、地上へと出てくる時の様子からして明らかだ。

 ただ単純に掘り進むのはそもそも相当きついし、蜘蛛なら地中のその音を拾うくらいは出来るはず。何より、土から出る時に何処かに手をついて体を持ち上げる必要だって有るはず。

 しかし近くに居たウボォーは音に気づかず、また出てくるときも手を使っていなかった。地面からニュルりと、身体をくねらせて這いずり出てきた。それこそ毛穴から押し出される角栓のような気持ち悪さで。

 肉体のみで説明できない動きは、念能力を用いた証。それ故に、両手はフリーのまま地面から出て次の行動に移れる。しかしそれ故に、私に早期に気取られた。

 

 地面から味方が出てきたと同時に、残りの陰獣も動き出した。

 完全な不意打ちには失敗したけれど、地中から出てきた奴は背後を取ってはいるので、そのまま攻撃するのが一般的な行動だろう。

 ならば、防御だろうが回避だろうが、ウボォーのとった行動の隙を突いて3人が攻撃してしまえばいい。

 その判断は、ある意味では正しくて、そして大きな間違いだった。

 

 ウボォーは自分の背後に有る地中からきた人影に気づき、左肩越しにそちらへ振り向いている。

 対して両手がフリーのまま出てきた刺客は、そのまま自身の右手を振りかぶっている。

 そのまま繰り出される右ストレート。陰獣の実力を思えばこそ、その行動に対して相手は直撃を受けるか、防御か回避の選択肢を取らざるを得なかっただろう。

 その後に全員で畳み掛ける。陰獣にとっては、その流れはもはや決定事項になっているはず。

 

 しかし、それは大きな間違い。

 地中からの刺客は、ウボォーが早期に自身を認識した時点で逃げておくべきだった。残りの仲間は、声を出してでも彼の攻撃を止めるべきだった。

 彼らが今まで相手してきたレベルの敵ならば、この行動でよかった。けれど、今回は格が違う。もっと慎重に攻めるべきだった。

 一般的な行動をとっては駄目な相手。最大限警戒し、本来除外していたカウンターという選択肢も視野に入れねばならなかった。

 膨れ上がる両者のオーラ。刺客のオーラは、構えられた拳に。そして獰猛に笑うウボォーも、拳へ。

 殺意のオーラが込められた刺客の拳がウボォーの顔面へと迫り――――

 

「甘ェんだよッ!!」

 

 ――――ウボォーが吠えた次の瞬間、刺客の頭部がはじけ飛んだ。

 指令を送る脳を失い、拳を突き出した体勢から、ゆっくりと傾いていく刺客の身体。

 ウボォーは迫る拳を、身体を左に傾けながら回避。結果それは顔の横を通過し、今度は回避の流れで体の回転を加えたウボォーのカウンターの右フックが炸裂。

 攻撃のために拳を集めて防御力の下がった肉体。その頭をウボォーの拳は軽々と打ち砕いた。

 

「おっ、ナイスカウンター」

「相変わらずいいパンチしてやがる。アレは食らいたくねぇなぁ」

 

 シャルが無邪気に褒め称え、ノブナガが手に顎を当てて感心したように言う。

 私はウボォーのパンチもそうだけど、頭部を失ってなおキツいあの外見に、出来れば全身木っ端微塵にして欲しかったという思いのほうが強かったけど。

 何はともあれ、早速1人倒した。ワンパンとはさすがウボォーだ。

 

「さァて……次はどいつだ?」

 

 裂けるような笑みで挑発するウボォー。そんなこと言ってないで、予想外の事態で僅かに硬直している隙に1匹でも殺っておけばいいのに。これも戦闘狂の性ってやつだろうか。

 残った3人の陰獣も、刺客の死骸が地面に倒れ伏した頃には正常な思考が戻ってきている様子。統率のとれた動きでウボォーに迫る。

 仲間の死に激昂しながらも、冷静さは欠いておらず、警戒の度合いは増しているようだ。

 

「死ぬのはテメェだ!!」

 

 叫びながら側面から回りこむ、細身で黒髪がツンツンとウニのように尖った、肉食獣を連想させる顔つきの男。

 正面から近づくのは、小柄で禿げた目の小さい男と、その後ろから追従するように大柄で太った黒髪の男。

 

「命知らずは好きだぜェ……! だが死ね!!」

 

 迎え撃つウボォーは、言いながらも正面から迫ってきた小柄な男に右ストレートを放った。

 だけどそれは、対象の肉体から無数に出てきた黒い何かによって、ダメージを与えることは出来なかった。アレは毛だろうか。

 なるほど、無策で突っ込むわけはないと思っていたけど……中々便利そうな能力を持っている。使いたいとは思わないけど。

 自身の体毛を操り針のように硬度を変えたと説明する男。言いながらも更に毛を伸ばし、ウボォーの腕に絡みついていく。

 そしてウボォーがそちらに気を取られている隙に、側面から背後へ移動した細身の男が、ウボォーの肩口に噛み付き、その肉を裂いた。

 正面から近づいて、攻撃を無効化した隙に背後からの一撃か。コンビネーションも中々のもの。フェイも彼らに高い評価をつけた。

 

「アイツら意外とやるね、毛と歯でウボォーの肉裂いたよ」

「かなり鍛えられてるな……手伝おうかウボォーギン!!」

「余計なお世話だ!!」

 

 それに答えつつ、シャルがウボォーに加勢を申し出る。が、敢え無く却下。

 彼がああ言ってるのに、こちらが勝手に加勢したら後が怖い。ウボォーが負けるか勝つかするまで見ているのが得策だ。

 毒を使っている可能性もあるけれど、致死性でもウボォーに異変が起きてからシズクに毒を吸い出してもらっても間に合うはずだし。死んではいなくとも負けてはいるのだから、そのタイミングなら文句も余り言われないはず。

 その辺のさじ加減はシャルにでも任せておけばいい。私の一番の役目は、周囲への警戒なのだから。

 地中を移動してた陰獣が一旦止まったところ。その辺りで、さっきほんの僅かな思念のゆらぎを感じた。

 あそこにまだ念能力者が居る。残りの陰獣か、はたまた別のやつか。

 

「シャル、向こうになんか居る」

「……ん、分かった」

 

 一先ずそのことをシャルに告げておく。短い返事は、私に判断を委ねるということでいいはずだ。ならば今は眼下の戦闘を見つつ、仕掛けてくるのを待とう。せっかく誘いに乗ってくれそうなのだし。

 今ウボォーは腕を激しく振り、毛むくじゃらを何とか振りほどこうとしている。が、絡みついた毛のせいで難儀しているようだ。

 ならばと毛むくじゃらを拳につけたまま、大柄の男に殴りかかったけれど、部分的に軟化された毛によってダメージは無し。攻防に秀でた能力だ。やっぱり使いたいとは思わないけど。

 素早い動きでその背後から再び迫る細身の男。しかし今度はウボォーも反応し、出は早いけど威力は控えめな肘打ちを腹に叩きこんで対処した。

 

「駄目だなぁ、オマエは遅すぎだ。そう何度も食らってやらねぇよ」

 

 腹を抑えて後ろへ飛び、距離をとった状態でむせる細身の男を見やりながら、ウボォーがにやりと笑って言う。

 心中お察しする。私もアレ食らったことあるけど、しばらく呼吸が困難になるくらいに苦しい。復帰には時間がかかるだろうね。

 あの時の苦しさを思い出して腹を抑えると、それを見たフランが話しかけてきた。

 

「そういやメリーもアレ食らってたな。ウボォーはお前にどう攻撃当てるかバカなりに工夫してたし、こりゃ犬野郎は分が悪いな」

「なんでだろうね。状況的には喜ばしいことなんだけど、全然嬉しくないんだよね」

 

 そう言えば、ウボォーは私に大振りな攻撃を仕掛ける頻度は徐々に減ってた気がするし、動きのキレも良くなっていた。

 でもそれはつまり私がウボォーの攻撃を食らう回数が増えた事を意味するわけで。単発の威力は低くても、あの肉体であのオーラだから相当痛いわけで。

 そりゃウボォーが優勢なのは良い事だけど、私の痛みの上に成り立っていると思うと素直に喜べない。それにしても犬野郎、か。たしかにそれっぽい。

 

「毛を固くしたり、柔らかくしたり、ねぇ……。じゃあよぉ、こんなのはどうだァ!?」

 

 私が若干煤けていると、ウボォーが次の行動に移った。

 しみじみと呟くように言いながらも、拳を下に向ける。ちょうど毛むくじゃらを、拳と地面で挟むように。

 私にも分かったように、毛玉の男もウボォーが何をするのか分かったのだろう。慌てて声を出したが、それはウボォーの叫びに塗りつぶされた。

 ズシンッ、という重い衝撃音。毛玉の男の声の代わりに口から出てきたのは、夥しい量の血液。ウボォーが、拳と地面とで挟み殺したのだ。

 硬化したり、軟化したり。それで衝撃までは防げても、圧までは防げなかったようだ。

 絡まっていた毛が解け、ウボォーが拳を上げると、胴体部分が陥没して絶命している元毛玉の姿があった。

 

「……ウボォーってさ、肉弾戦しかやらない割には殺しのバリエーション豊富だよね」

「楽しんでるからねぇ……。あの犬っぽいやつみたいに噛み殺してるとこ見たことあるよ、オレ」

 

 私とシャルが苦笑しながら言い合う。噛み殺すのか。あのでかい口なら確かにやれそうだ。

 そういえば以前上から振り下ろされるパンチは食らったら死ぬと評したことがあったけど、パンチじゃなくて押し付けられただけでも死ぬのか。怖いから覚えておこう。後噛み付きにも注意。

 

「ッしゃア!! コレで2匹だ……!?」

 

 喜びの声を上げたウボォーの身体が、突然膝から崩れ落ち、そのまま地面へと腰を下ろした。

 彼の表情が驚愕に染まる。今のタイミングで攻撃を受けたわけでもなし。となると、可能性としては……毒。

 マチもその異変の原因に気づき、シャルに対して疑問の声を上げた。

 

「毒?」

「毒だね。多分麻痺系」

「ゲホッ……、クソ、漸く効いてきやがったか……!」

 

 致死系にしては、ウボォーの顔に苦痛の色は見えない。だからシャルの推測で合っているはず。

 そしてその推測が正しかったことが、腹を抑えながらウボォーに歩み寄る犬野郎の説明により明らかになった。

 曰く即効性の有る神経毒らしく、さらに首から上は無事なので痛みは知覚できるとのこと。趣味悪いやつだ。

 腹を攻撃されたことにより、怒りに満ちた表情でウボォーに近づく犬野郎。そしてウボォーの背後から近づく大柄の男が、ウボォーの傷口に顔を近づけた。

 

「致死性にすればいいのに、拷問好きなのかな……あ、なんか出てる」

「うわっ、キモッ!」

 

 シズクとマチが声を上げる。マチに至っては嫌悪感バリバリだ。

 なぜなら大柄の男が、その口から管のような生物を出し、そこから蠢く小さな何かが……蛞蝓、或いは蛭が出てきて、それがウボォーの傷口から体内に侵入したのだ。

 

「ぐしゅしゅしゅ……オレは体内に大小無数の蛭を飼っている」

 

 奇妙な笑い声とともにその男の口から飛び出た内容は、膀胱に卵を産んで排尿時に激痛を与えるヒルを送ったというものだった。

 何とも気持ちの悪い能力だ。やられたウボォーには同情する。体内を蛭が這いずるとか……うわぁ。

 

「手間かけさせやがって……ゴホ、お礼に楽しませてやるよ」

 

 シズクがさっき言ったように、拷問が好きなのだろう。喋る犬野郎の表情は向きの関係上窺い知れないものの、きっと怒りと愉悦の色を浮かべているはずだ。

 犬野郎がおぼつかない足取りながらもウボォーに更に近づき、蛭野郎も大体の蛭が体内に侵入したのを見届け、ウボォーから離れようとした、その瞬間。

 

「なっ!?」

「がァ!?」

 

 ウボォーの左手が、右の肩辺りにあった蛭野郎の頭をまず掴んだ。

 そして動けないはずの相手のまさかの行動、そして体のダメージのせいで反応の遅れた犬野郎の元へ、ウボォーが急速に近づき頭を掴む。

 動けはしたものの、本調子ではないらしいウボォーはそこで地面に膝をついたけれど、それだけで十分だった。

 既にチェックメイト。自由には動かない体でも、掴んだ頭を離すことはない。

 

「てめェ、動けないはずじゃ……ぐぅ!?」

「誰が、何時そんなこと言った……! くたばれ、クソ野郎!」

 

 犬野郎の言葉を、ウボォーが力を込めた拳によって遮る。

 そしてウボォーが言い終えると同時に、ウボォーは痺れた状態で出せる全力で以って拳を握る。

 まるで胡桃を割った時の軽い音に、粘着質な音を足したような。そんな音を残して、残った陰獣の2名の頭部は砕けた。

 毒が足らなかったか、それともウボォーも毒に対してそれなりに鍛えていたのか。どちらにせよ、犬野郎の見通しが甘かったのが敗因だ。

 

 これで陰獣10人の内4人は死亡。死んだ奴等は先遣隊で、もうじき他の6人も来るはずだ。

 ウボォーが死体を放り投げて地面に腰を下ろす。動けるとはいえ痺れてはいるので、シズクによる毒の治療が必要になる。

 

「おっし、終わった終わった。シズク、オレと来てくれ」

「オッケー」

「待った、私も行く」

 

 シャルが気楽な声でウボォーの元にシズクを誘う。それに私が追従すると、シャルがこちらに目を向けたので頷いて答える。

 さっき僅かなオーラを察知した場所。死んだ陰獣が合流した地点のそこから、今では刺すような思念をひしひしと感じる。

 ウボォーが本調子ではない今、最も警戒が必要だ。シャルも分かっているからこそ、シズクを早急に連れて行った。

 

「よーうお前ら、どうよオレの戦いっぷりは」

「私ならもっと上手くやれたし。40点」

「体内に蛭仕込まれたからなぁ。30点」

「正直かなり無様だよね。10点かなぁ」

「何ィ!?」

 

 大量のマフィア達の死体を避けながら近づいた私達に、ウボォーが明るい笑顔で問う。

 私、シャル、シズクの順に点数が高い。シャルは面倒を増やしやがって、といったところか。シズクは毒で動けないウボォーに言葉の毒の追い打ちだ。

 私がやっていたら、地面からの奇襲は逆に出てきた時にカウンター、毛玉は上手いこと切るかオーラ盗んで毛を無効化、犬は私より遅いし毒効かないし。蛭はあんま強くなさそうだから普通に勝てそうだ。というわけで、勝ちはしたけど低めの点数。

 

「チッ、辛口だなぁオイ……。まぁいいや、シズク、早いとこ毒と蛭吸い出してくれや」

「あたしのデメちゃん、毒は吸えるけど蛭は無理だよ。生きてるし」

「……しまった、どうしよう!」

 

 蛭は無理だと言われ、衝撃をうけるウボォー。その様子を見たシャルはため息を吐きながら屈み、ウボォーの体内にいるのと同種の蛭を地面から拾い上げ、種類を調べている。

 そのシャルの背中を見つめる。彼の知識量は膨大だ。私が関わらずとも、すぐに対処法を発見するはず。

 

 それよりも、だ。それよりも、向こうから感じる思念が気がかりだ。

 先ほどまでの刺すような強烈さ、それがある時を境に穏やかになった。とは言っても、ここにいる私が感知できるのだから、明確にこちらを狙う意思はそのまんまだけど。

 唐突な変化だった。自分で徐々に心を落ちつけたわけではない。恐らく説得か何かで心を落ちつけたのか。となると、数は最低でも2。

 冷静にはなっても、私達への害意は収めていない。ということはそろそろ、――――来た!

 

 シャルが蛭の観察を終えて蛭を潰したのとタイミングを同じくして、岩山の影からこちらに高速で伸びてくる思念。

 まっすぐに1本伸びた思念は、間違いなく具現化された何か。”隠”によって姿を消せるのは、念によって作られたもののみ。

 

 ジャケットの内に手を伸ばす。

 その私の様子の変化を察し、油断をさせるために”纏”の状態を維持していたシャルが”凝”に切り替え、私が先ほど示した方向を見る。

 私も隠された念の実態を視るため、同じく”凝”に切り替え、同時に取り出したペティーナイフを投擲。

 

 視えたのは、地面を這いずり近づいてくる鎖。

 その環の一つをナイフが穿ち、鎖を地面に縫い止める。

 私の行動に異変を察知した他のメンバーも”凝”をする。

 ただその時点で不利を悟ったのか、鎖は消えていった。

 具現化を解いたのか。引き際は弁えているみたいだけど。

 

「何、今の? 鎖だったよね」

「攻撃……か? コソコソとうざってぇな」

 

 シズクが、ウボォーがごちる。ただ、目的は攻撃と言うよりは捕獲、だろうか。

 鎖が来た方向を見つめていると、シャルがこちらに振り向いて聞いてきた。

 

「どうする、メリー。追うか?」

「……いや、あんだけ大胆な手段に出たんだし、逃走手段は確保してるはず」

 

 頭を振って否定すると、だよね、とシャルも苦笑した。わかってるなら聞かなくていいじゃん。

 仲間もいるみたいだし、恐らく麻痺ってるウボォーを誘拐後、すぐさまその場を離れる手段はあったはず。

 勿論それは誘拐失敗時にも使える。今から追った所で、むしろ危険だ。

 

 相手が誰だかはハッキリしていない。

 クラピカかも知れないし、そうじゃないかもしれない。状況的には陰獣の可能性が一番高い。

 

 ただ、もしクラピカだったのであれば。

 今のを起点に、ヒソカが動き出す。

 そうだったとしたら―――――二度とならないアラームは、邪魔だから壊してしまえばいい。

 だって、もしそうだとしたら、もう彼はほぼ”詰んでいる”のだから。



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06 行動を開始せよ

 マダライトヒル。なんやかんやあって膀胱がヤバイ。酒飲んでれば問題なし。

 膀胱で産卵するとか、孵化には安定したアンモニア濃度が必要とか、孵化さえしなければ痛みはないとか。

 シャルがいろいろと言っていたけれど、簡単にいえば膀胱ヤバイから酒飲めってことになる。そこだけ覚えておけばいい。

 激痛は死に値するらしいけれど、その程度でショック死するようなヤワな輩じゃない。つまりウボォーは特に気に掛けなくてもいい。

 

 それよりも、だ。

 私の手に握られた携帯電話。そのディスプレイが、なかなか面白いことを教えてくれた。

 映っているのは、この携帯電話を中心とした周辺の簡易的な地図。それと、折り重なった2つの点。

 クラピカの現在地を示すそれは、少し遡れば先ほど鎖が飛んできた先に彼がいた事、そして現在ではココから高速で去っていっているという事実を教えてくれた。

 それは、あの鎖が高確率でクラピカの能力である事の証明にもなる。

 

 そもそもなぜ彼の現在地が携帯電話を通して分かるのかというと、それは試験終了後のゾルディック家訪問まで遡る。

 私があの日ミルキ君に要求したもの。2種類あったそれらのうち、片方が今画面に表示されている2つの発信機だ。

 携帯電話に仕込まれた、薄く小さい正方形のチップ型。そしてクラピカの肩辺りに埋められた、長さが約3cmで髪の毛程度の細さの針型。

 ちょうど肩に手を置くタイミング。戦闘中に急所をよく狙う関係上、ツボなども熟知しているため、手が触れる感覚に紛れて気づかれないように埋めることも可能。

 そうして仕込まれた発信機は、片方は電力を、もう片方はオーラを動力源として信号をゾルディックに送信し、そこを介して私の元へと位置情報を送り続けていた。オーラが動力源っていう原理は教えてもらえなかったけど、まぁ多分能力かなんかだろう。設置後ずっとバレないのは流石ゾルディックといったところか。

 山篭りしてたのも、ノストラードゆかりの地を何度も訪れたことも知っている。そこから彼の所属を割り出したのだから。

 全てはこの日のために。クラピカをこちらが利用するために。

 

 鎖は具現化されたもの。実態のある鎖を操作したのでは”隠”で鎖を隠せないから、まず間違いない。

 そしてそれは捕縛用。あの距離から一撃必殺の攻撃を出来るのならば目的は違うだろうけど、具現化系だとそれは厳しい。

 おそらく捉えた相手の行動を阻害できるはず。念か、はたまた肉体か。前者は具現化系のパワーだと拘束を解かれる可能性が高いから、後者のほうが確率が高い。

 なにせあの戦いぶりを見せたウボォーを捉えようというのだから、それぐらいの特殊効果が無いと実行しないはず。たとえ麻痺していようとも。

 捕獲に特化した能力も、彼の目的の一つである旅団の殲滅を思えば納得だ。13の団員を相手にするのだから、攻撃力の高い能力よりは拘束して尋問したり質にして利用したりできる能力のほうが都合が良い。

 そう思えばこそ、あの鎖はあの場に居たクラピカ以外の仲間の能力ではなく、彼自身のものと考えたほうがしっくり来る。

 とりあえず、アレには警戒しておく必要がありそうだ。

 

 そして逃げ足の速さも目を引く。

 あの距離から捕獲、そして直後の車での逃走。なるほど、成功していればリスクは少なくリターンは果てしなく大きい行動だ。

 失敗しても、こっちは追うのが非常に困難。鎖を消してすぐ車に乗り込んで発進したようだし、直後に追っていても追いつけはしなかっただろう。

 通常ならば彼らが逃げた時点で手が出せないような状態。向こうもそう思っているはずだ。

 だけど向こうの唯一の誤算は、仲間の1人の位置情報がこちらに漏れていること。

 場所が分かっているのであれば、接触するのは容易になる。

 

「シャル、ちょっと来て」

 

 手をチョイチョイと動かしながら、ちょうどシズクにウボォーの解毒の指示を出したシャルにそう告げる。

 他2名とは少し離れた場所。声を潜めれば私達の会話は届かない。

 

「なに? ひょっとしてさっきのって、そういうこと?」

 

 聡いシャルは私が彼を呼び出した時点で大体の事情を察しているようだ。囁かれた言葉も疑問というより、確認の色合いが強い。

 一度だけ彼が私の手元の携帯に目を向けた時点でほぼ確信したのだろう。彼もクラピカの発信器については知っているし。

 

「うん。私の方はこれからあっちを追う」

「待った。オレは今の攻撃、背後にアイツの影が見えないように思う」

 

 仕事の範疇内、つまりはマフィアや陰獣の対応はシャルの班の管轄内。そして私の班は、それ以外の相手への対応。

 仕掛けてきたのがクラピカなのだから、私が対応する。そう告げたけれど、シャルはそれに待ったをかけた。

 彼の言うことも分かる。と言うより、私も今回のクラピカの攻撃はヒソカとは無関係だという気がしてならない。

 そもそもクロロからの連絡がないからヒソカに不審な動きがあったわけでもないし、クラピカも失敗したと判断した瞬間逃げた。

 

「私もそう思う。でも、だからこそ追う意味がある。不確定要素が多い現状、確認できることはしておいたほうがいい」

 

 あまりにもお粗末な行動。確かに成功していれば彼らにとって有利に事が運んだだろうけど、成功させたいならもっと他に方法があったはずだ。

 今の奇襲には陰獣とクラピカしか関与していない。マフィアトップクラスの陰獣と末端構成員クラピカが手を組んでいるとは考えられないから、彼は陰獣が作ったチャンスを利用しただけ。そのクラピカが逃走した今、何らかの追撃があるわけでもなし。

 なぜさっきの鎖だけで終わった? クラピカとヒソカが手を組んでいたのならば、捕縛の成功率を上げるためにもクラピカの行動の前後に何らかのアクションがあったはずだ。

 それがないとなると、さっきのはクラピカの単独行動という可能性が高くなってくる。なぜ彼らは協力して攻撃してこない?

 少なくともヒソカがクラピカをヨークシンへ誘ったのは確実。だけど、それ以外は不明瞭なのだ。

 

 見極める必要がある。クラピカとヒソカが、どういった関係なのかを。

 ヒソカはただ単に利用する腹づもりで、クラピカが行動の末にもたらした結果を見て、好機だと感じた時に漸く動くのか。

 それとも矢面に立ったクラピカの行動をサポートし、自分にとって理想的な状況を作れるように手助けするのか。

 もしくは完全な協力体制を敷いていて、連絡を密に取り合って連携して動くのか。

 最後のやつの可能性が限りなく低いのはさっきので分かった。後はここで追えば、残り2つのどちらかが分かるはず。

 その後で方針を変えてくることだってありえるけど、その兆候さえ見逃さなければ対処は可能になるはずだ。

 

「確かにな……じゃあ、今のが”誤報”だった場合はどうするつもり?」

「”誤報”があるくらいの関係だったらあんま利用価値ないし、殺しちゃってもいいと思うけど」

 

 顎に手を当てて少し考えこんだシャルからの質問。”誤報”、つまりさっきの攻撃はヒソカの行動の予兆ではなく、クラピカが完全に独立して動いていた場合。ヒソカのサポートさえ無い場合だ。

 クラピカに私達が接近しても何のアクションも無いようならば完全に”誤報”で、クラピカとヒソカは連絡を特に取り合わない、利用し合うだけの関係という可能性が高くなる。

 ヒソカがクラピカの行動には全く興味がなく、その結果だけを欲しているならば彼に警報としての価値はほぼ無い。彼に結果を出させるつもりはないのだから。ならば今後のためにもサクッと殺っておいたほうがマシ。

 それもそうだとクスクス笑うシャルに対し、更に言葉を重ねる。

 

「まぁ追跡することで確認できることいくつかあるだろうし、状況によっては占い師の捕獲も可能かもしれないし。それに何より、団長の言うことは聞かなくちゃね?」

「邪魔する奴は一人残らず殺せ、か。うん、追うほうがオレ達らしいね」

 

 シャルの笑みが、楽しげだけど酷薄なものに変わる。お面に遮られて誰からも見えないけれど、きっと私も同じような表情だ。

 タイミングをずらし、追手が来ないと気を抜いた相手を追跡する。奇襲の成功率はかなり高い。

 クラピカはどこへ向かうのだろうか。ノストラードの下か、それとも他の協力者の下か。

 前者なら、ひょっとしたら占いの娘を誘拐できる。クラピカと同じ場所に居るかは分からないけど。後者ならば一網打尽とまでは行かなくとも、戦力を削ることは出来る。どちらにせよ、邪魔者は減るのだ。

 もしも占いで対応されたとしても、所詮は抽象的なもの。不利になったとしても機を見て撤退するのは容易だ。しかもこの場合、変化した未来まで予知可能というセンが濃厚になる。

 

「そうそう。やられたらキッチリやり返さないとね!」

「あっはは……メリーが言うと怖いなぁ、それ」

 

 顔の横辺りで握りこぶしを作ると、シャルが苦笑いをした。

 やられたらやり返す。私の信条でもあるそれは、相手が蜘蛛だろうがゾルディックだろうが誰だろうが区別なく発揮される。

 私にちょっかい出しては反撃され、この間も喉仏を執拗に責められたシャルはそれをよく理解している。彼の言葉には実感が篭っていた。

 私が反応を気に入ってしまったせいで、喉仏ピンポンダッシュ攻撃以降狙われることの多くなった喉をさすりながらシャルが口を開く。

 

「まぁ、分かった。メリー達はあっちを追ってくれ。オレたちはここで残りの陰獣を待つよ」

「おっけー。それじゃあ善は急げってことで、早速出発しようかな」

 

 世間一般的にはどちらかと言うと、いや明らかに悪いことをしに行くわけだけれど、私にとっては善だから問題無し。

 小声での会話を終えてさっきまでいた場所に戻ると、毒が抜けて自由になった体を軽い体操で解していたウボォーと、それを見ていたシズクが反応してこちらに振り向く。

 

「お、話は済んだみてぇだな」

「さっきから何の話をしてたの?」

「メリーがさっきの鎖使いを追うから、そっちにウボォーが加わるって話」

「おい待て、後半のは一切聞いてないんだけど」

 

 彼らの問いかけにシレッと嘘をつくシャル。前半はあってるけれど、後半は全然違う。ウボォーの名前なんて出て来なかった。

 どういうことだと顔を向けると、シャルは笑いながら説明した。

 

「ウボォーは蛭が居るから早めに酒飲ませないといけないだろ? ほらオレ達まだ陰獣の相手しないといけないからここ離れられないし、終わった後も梟ってやつに競売品の在処吐かせて、可能ならその回収もしなくちゃいけないし。時間どのくらいかかるかわからないんだよ」

「それ先に言っといてよ。なんでここで言うんだよ」

「だって今言えば1回で両方に話が通るじゃん? 別にいいだろ、偶数のほうが動きやすいだろうし」

 

 私が指摘すれば、シャルは当然の事のように言った。理屈は分からないでもないけれどなんか納得いかない。

 まぁ、ウボォーは膀胱がヤバイから酒を飲ませなくちゃいけないのは分かる。処置は早めのほうがいいっていうのも。

 偶数なら、何らかの事態で班を2つに分ける場合に誰かが孤立することもなくなるし、それはいいんだけど。

 

「鎖使いを追うってことは殺っちまうんだろ? イイゼ、まだ暴れたりなかったしな!」

「いや暴れんなよバカ。連れてくのはいいけど、余程のことがない限りウボォーの仕事は酒のんで大人しくしてるだけだからね」

「アァ!? ンだよ、いいじゃねーかちょっとぐらいよぉ!!」

 

 何故か馬鹿が無意味にやる気を滾らせてるのだけは勘弁して欲しい。

 コイツ今から自分が大量飲酒するってことを忘れてるんじゃなかろうか。酔っ払いなんて何が起こるかわからないから使えない。

 

「さっき十分暴れたでしょーが。大人しくしてろ。……マチー! ノブナガー!」

「チッ! ……しょうがねェ、余程のことが起きるよう期待しておくか」

「何でもいいけどちゃんとメリーの指示には従いなよ、ウボォー」

 

 溜息を吐いてからウボォーにそう言い、崖の上で待機している2名を手招きしながら呼ぶ。後ろの馬鹿の不穏当なつぶやきは無視だ。あっちはシャルに任せよう。

 私の声に答えて、彼らは動き出した。あちらもあそこから周囲を警戒しながら事態を見守っていたようだ。

 

 斜面を降り、こちらに近づいてきたマチとノブナガに簡単に事のあらましを告げる。

 鎖で攻撃されたこと、今からソイツを追うこと、そこにウボォーが加わること。

 

「追うのはいいけどさ、もう逃げられてからだいぶ経つのに居場所分かるのかい?」

「心配ご無用、マーキング済みだよ」

 

 マチの投げかけた当然の疑問に、その方法は告げずに答える。深く踏み込む必要もないと判断したのか、彼女はそれで納得してくれた。

 ノブナガは取り敢えず仕事に有りつけたことがよほど嬉しいらしい。目は鋭く、口元は弧を描き、手は腰の刀へと自然と向かい、滾るオーラからは抑えきれない殺気が漏れている。

 

「くくくく、オレぁなんだっていいぜぇ。漸く退屈な待機が終わるんだからよぉ」

 

 まぁ興奮したら大体の蜘蛛のメンバーはこんな感じになる。昔はビビっていたけれど、今はもう慣れたか、或いはビビるほどの実力差が無くなっているから特に感じることはない。

 興奮すんなよ、とか戦う役目があるかは別だけど、とか言いたいことはあるけれど、今は言う必要はないか。

 せいぜい滾らせておいてもらおう。そのほうが有事の際に役立ちそうだし。

 

 半裸になっているウボォーの上着の確保や、ウボォー用のビールの用意もあるし、一旦コンビニかどこかによる必要がある。

 少し余計な手間が増えたけれど、まぁいい。獲物の場所は常にこちらで把握しているのだから。

 ゆっくり、じっくり。追い詰めてあげればいい。




なんかダメだ……後半部分が特になんかダメだ……。
うまく言い表せないけれど、こう、なんか駄目です。

多分近い内に修正入れます……。
スッキリした頭でチェックすれば、何が駄目か分かるはず……!
今日はなんか調子悪いので、これでご勘弁を。


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07 鎖使いを追え

 ヨークシンシティは夜中でも人々の往来は多い。

 現在時刻は23時手前。だというのにも関わらず、私達以外にも多くの車が道路を走っている。

 綺羅びやかな街灯も合わせて、夜中だというのに太陽が照らしているかのようにこの街は明るい。

 そんな光源の中で今日は殊更に黒塗りの車が多く見られることと、先ほど蜘蛛がマフィア相手にやらかしたこととは無関係ではないだろう。問題へ対応するためにアチラコチラへと人を動かしている。

 オークションに依るものだけではない喧騒。それに紛れるように、私達もまた黒塗りの車でヨークシンを移動している。

 

「見えてきた。この道を真っすぐ行けば目的地だけど、皆やることわかってるよね?」

 

 指揮官で偉い立場、ということでその車の運転席の後ろの席、つまり上座に座っている私は、前方に目的地のホテルを視認して他のメンバーの声を掛ける。

 手元のケイタイを確認してもあのホテルから信号が2つとも出ているし、クラピカが居るのは確実。流石に部屋番号まではわからないけれど、それは既に調べてある。クラピカのではないけれど。

 確定しているのはノストラードの娘のボディーガードとして雇われている、眼の下に刺青があるダルツォルネという男の宿泊している場所。それが、今から向かうホテルにある。

 この場にいるメンバーにもそのことは教えてある。まずやることはその部屋に相手に気づかれること無く接近すること。

 

「オウ。男はぶっ殺して女は攫えばいいんだろ?」

「馬鹿かオメーは、顔に刺青のある男も攫うんだっつーの」

 

 そして部屋に突入してからやることは、今私の隣に座るウボォーと運転中のノブナガが言ったことで大体合っている。

 ウボォーは途中立ち寄ったコンビニで調達した白のタンクトップを着ることで半裸ではなくなっていて、同じく調達した大量のビールを飲んでいる。酔って使い物にならなくなっても困るので酒は私が管理している。車内が酒臭いのは我慢である。でも窓開けてても隣だから結構臭う。死ね。

 まぁ酔っ払っても計画上ウボォーがすることは殆ど無いから問題ないといえば無いんだけど、念のため。

 だって今のところは本当にさっき彼らが言ったことを実行するだけなのだ。男はダルツォルネは攫ってそれ以外は殺して、女は取り敢えず全員攫う。目的は占いの娘ネオンだ。

 まずは居合わせた女全員攫って、ネオン=ノストラードが居るか確認する。違ったら殺処分してしまえばいい。

 居なかった場合は、ダルツォルネから情報を聞き出す。護衛のリーダーらしいし、繋がりの多さからもコイツが適任だろう。

 

「そーかソイツは攫うんだったな……つーか、やっぱオレは鎖使いをブチ殺してぇんだけどよぉ」

「まだ言うのかいアンタ。さっき散々暴れたんだから少しは大人しくしてな」

「そーそー。それにアレは私の獲物だっつってんでしょーが」

 

 自分が奇襲されかけたのがよほど腹立たしいのか、飲み干した缶をビー玉サイズにまで握りつぶしながらウボォーがぼやいた。

 それを助手席のマチが却下し、当然私も却下。そもそも外見的特徴さえ教えていないのだから、殺らせる気がないのは明白だろうに。

 その後は何やら雑談し始めた彼らを尻目に窓の外に視線を移す。クラピカについては決定事項なので、今更何を言われようが変える気はない。

 襲撃するのは護衛リーダーのダルツォルネの部屋。発信機があっても信号の位置は割とおおまかなのでクラピカの泊まっている部屋を割り出せなかったため、同ホテル内で唯一ノストラード構成員名義の部屋だし、立場的にも適切だということで標的にしたけれど、同じ部屋にクラピカが居るかどうかは分からない。

 居たら仕留めればいい……、……って、あぁ、そういえば仮アジトに連れて行ってパクの能力使ってもらえれば、明確な裏切りの証拠があるわけだから組織としてヒソカを討伐できるか。組織というしがらみに縛られて面倒だとは思うけれど、要はそれをクリアしてちゃっちゃとヒソカを殺せば済む話だから捕縛も有りかな。

 部屋に居なければ”円”でホテル全体を感知する。その後はこちらに向かってくるか逃げるかの2択だ。向かってくればやることは同じ。逃げても私が追いかけて同じように対処すればいい。

 いずれにせよ、このままこの計画通りに事が運べば、思っていたよりも早く決着が着くことになるはずだ。可能性低そうだけど。

 

 彼は復讐者。能力的に蜘蛛は相性悪い可能性が大いにあるし、出来れば攻撃される前に速攻でケリを着けたい。

 そうなると部屋に突入するときは私が先頭のほうがいいのか……と、近くなってきたホテルを見ながら計画の細かい部分に思考を巡らせ始めた所で、不意に車内から車の駆動音以外の一切の音が消え失せた。

 何かが来る。誰も口には出さないし、気配も、ましてやオーラも感知できていないけれど、空気が変わったのだけは肌で感じている。先程まで緊張感のない会話に包まれていた車内だったけど、今では全員鋭い目つきで周囲を警戒している。

 しかしそれも僅か数秒。張り詰めていた空気は、突如として破られた。

 

――――上!

 

 オープンカーなどでもない限り、必ず死角になる場所。上空から降ってきた人影は、直前まで私達が乗っていた車に直撃して豪快な破壊音を立てた。

 中に誰も乗っていない車は大きくひしゃげ、タイヤも外れて車体を道路にこすりながらも慣性に従って滑っていく。直にガソリンが漏れて引火するだろう。

 襲撃してきたのは、黒いスーツのパンツに白のYシャツを着た、筋肉質で精悍な顔立ちの男。落下したままの、屈んで両腕を車体にめり込ませた体勢で、耳障りな音と共に地面を滑る車に乗っている。

 

 ここは片側2車線の道路。

 襲撃の直前に車外へと脱出した私達。左側に居たノブナガと私は、隣の車線を同じ方向に走っていた同じ車の上に飛び乗り、右側に居たウボォーとマチは歩道へと飛び出していた。

 マチとウボォーは地面に着地してブレーキを掛けているので体勢も若干崩れているし、未だ動いている壊れた車の上にいる男への反撃は不可能。可能なのは、ほぼ同速度で隣を走っていた車の上に飛び乗った、私とノブナガだけだ。

 幸い今はまだ無事だけど、この車の運転手がパニックに陥ったり急ブレーキをかける可能性もある。反撃するなら今すぐに、だ。

 しかし私は咄嗟に掴んだ酒の入ったビニール袋を持っているせいで片手がふさがっている。ならばとノブナガに視線を向けると、彼は既に居合の構えをとっていた。

 そうか行くのか。ならば、私がすべきことはキミの援護だ。

 

「斬るぜ」

 

 私が腰を落として衝撃に備えたのと、静かに言い放ったノブナガが足場の車を蹴ったのはほぼ同時。馬鹿が、こっちの状況の確認くらいしろ。

 ノブナガに蹴られて衝撃を与えられた車は大きく揺らぐ。構えていたからバランスは崩れなかったけれど、そんなの結果論だ。ノブナガは後でお仕置き決定。

 一直線に対象へと突撃したノブナガは、それを射程圏内に収めると、腰溜めから超高速の居合い切りを放つ。

 

「ナニッ!?」

 

 それを男は車体にめり込んでいた腕を上げて対応。でもそのまま斬られると思っていた手には、鉄製の鉤爪。刀と鉤爪のぶつかり合う甲高い音が響く。

 ノブナガの驚愕の声が聞こえるが、私も同じ心境だ。不完全な攻撃とはいえ、まさかアレを受け止めるとは……少なくともさっきの陰獣クラスの実力はありそうな相手だ。

 

 足場が不安定でスピードが乗っていなかったけど相手も足場が不安定な状態。ノブナガの居合い切りの衝撃を受けて、体勢は崩れている。

 だけど、もっと悲惨な状況なのはノブナガだ。相手のガードはおそらくノブナガの想定外。空中で隙ができ、まともな着地点も確保できていない。このままの速度で地面に着地すれば更なる隙が生まれる。

 相手がなかなか腕を上げなかったのはこのためか……いや、違う。まだだ。まだある。

 相手の獲物は手甲鈎。手に取り付けるタイプの武器で、手の甲から4本の鋭い刃が突き出ているものだ。それを、片方にしか装着していないはずがないのだ。

 

 恐らく狙いは、もう片方の手での追撃。防いだ手は弾かれてすぐさま攻防に用いることは出来ないけれど、もう片方であれば可能。

 ここで追撃し、さらにノブナガの接地に合わせて攻撃を叩きこむつもりか。

 この状況でも、放っておいてもノブナガなら多分軽傷で済ませることは出来るのだろうけれど、みすみす味方がダメージを追うのを見過ごす理由もない。

 それに――――どうやら敵はアイツだけじゃないようだし。怪我は少ないほうがいいはずだ。

 

 私が濃紺のジャケットの内側から取り出した小振りのナイフを投げつけるのと、男がもう片方の腕を抜きざまに突き出したのはほぼ同時。

 相手は私の援護に気づき、攻撃を中断して車の進行方向へと飛び退いて躱した。ノブナガに攻撃可能なタイミングではあったけれど、それをすると今度は私の攻撃にさらされるからだ。

 一旦距離をとるつもりならば、私もここにいる必要はない。ほんの僅かな間の攻防を終え、足場にしていた車を軽く蹴って歩道へと移動した直後、その車の運転手が急ブレーキをかけたのはほぼ同時。

 ノブナガが着地し、私達が集まっている歩道へと移動し終えた頃には、私たちの乗っていた車は爆発、炎上して周囲に熱気と混乱をまき散らしていた。

 

「ンだぁ、アイツ。陰獣はもう全部仕留めたんだろ?」

「そのはずだ。でも、アイツも結構やるね」

「そんなんどっちでもいいぜ。とにかく気に食わねーな、あの野郎」

 

 ウボォーとマチの言葉に、ノブナガが舌打ちとともに吐き捨てる。ただ、少なくとも陰獣じゃないのは確実なはずだ。

 シャルから陰獣を全滅させたというメールが来たのは今から10分ほど前のこと。負けて携帯を奪われたというのも考えにくい話しだし、それは真実のはず。

 じゃあアイツはどこの勢力なんだろうか。マフィアか、それともまた別口なのか。

 20m程先で男が立ちふさがる歩道をまっすぐ進めば、その200m程先には目的地のホテルが有る。そして後ろから、先ほど戦闘中に感じた気配が接近してきている。

 

「私としてはさ、足止めする気満々なあの立ち位置が気になるんだよね」

「あ? なんでそう言い切れんだよ」

 

 ケイタイを顎に当てながら喋る私に、片眉を上げながらノブナガが聞き返す。

 こちらへと高速で向かってきている気配は”隠”でオーラを隠している。”絶”だったら私も気づけなかっただろうけれど、速度を重視した結果だろう。”絶”だとオーラを絶つわけだから移動速度も落ちるのだ。

 気配を察知していないノブナガの疑問は尤もだ。偶々そちらに避けた可能性もあるし、ホテルを背にしたからといって、この状況だと足止め目的だと断定するのは早計。

 

「増援が5。全部アイツの後ろ側から近づいてきてる。私達を倒したいんなら立ち位置が逆で、自分を意識させてる内に挟撃させるべきだからね」

 

 それをしないから足止め目的、と締めくくる。後ろと言うよりは横と言う方が正確っぽい場所のやつもいるけれど。

 攻撃だって、別に向こう側に避けなくちゃいけないようなものじゃなかった。倒すのが目的なら同じ方向に居るべきじゃないのだ。それを証明するように、徐々に集まりだした敵の増援を見て皆も納得する。

 これも少し引っかかる。徐々に集まりだした……と言うことはつまり、全員がバラバラの場所に居たということの証明だ。

 いや、オーラを察知した時点でわかってはいたけれど、それを隠す気もないのか。足止めが目的だと悟られても問題ないと思っているらしい。

 

 恐らくこちらに向かってきたのは、あの手甲鈎の男の襲撃時の轟音や、隠されること無く膨らんだオーラが原因のはず。

 それを合図に、”隠”で隠したオーラを足に集めて高速でこちらに向かってきたのだ。おかげでそれぞれの初期位置はだいたい把握できた。

 手甲鈎の男を含め、それぞれがホテルを中心とした200から300m程度の距離の6箇所、ホテルへのルートを全て塞ぐ形で待機していたようだ。

 反対側に居た奴は500mぐらい離れていたけれど、あれだけこちらを意識していてくれたら嫌でもわかるというものだ。

 この配置は、私達を警戒したものなのか、それとも何が起きても対応できるようにというものなのだろうか。現状では確定出来るだけの材料はない。

 ただ、少なくとも私達の位置情報が把握されているということは無さそうだ。真っ直ぐホテルに向かってきていたし、位置を知っていればもっとこちら寄りの配置になっていたはず。

 

 向こうも6人全員揃い、私達は奴等と睨み合う形で対峙している。道路などの周囲の喧騒からは、そこ一帯が切り取られたかのように空気が張り詰めている。

 獲物こそ違えども、全員似たような格好。そして、同じくらいの実力の持ち主。陰獣全員とどっちが上だろうか。

 随分と立派な戦力を投入してきたものだ。断定こそまだ出来ないけれど、蜘蛛を警戒しての戦力である可能性がかなり高い。

 そりゃスムーズに事が運ぶとは余り思ってなかったけれど。これは全体の状況を意識していないと足元を救われかねない。

 まずは目の前のコイツらか。一触即発の空気ではあるけれど、どうやら向こうから仕掛けてくる気はないようだ。つまり現状はお互いに相手の出方待ち。

 

「で、アイツらどうすんだい?」

「んー……、どうしよっかなー」

 

 マチが戦闘態勢に移行したオーラを滾らせながら質問してきたけれど、さてどうするべきだろうか、とケイタイの画面を見ながら返事する。

 こちらも気になる。クラピカから発せられる信号は少し揺らいでいる程度で、内部で動いてはいるのだろうけどまだ逃げ出した様子ではない。

 離れた位置や壁を隔てた場所では、他者のオーラを知覚するのは難しい。音も遮られただろうし、クラピカの実力じゃ気づけなかったはず。

 ただ動きがあるという事は外の様子に気づいたのだろう。でも、この行動の遅さが気になる。もう少し様子見するべきなのだろうか。

 

 不明瞭な点が多い。この状況は、占いに依るものなのか、それとも。

 とりあえず当初の計画は使えなくなったけれど、私達はどう動くべきなのだろう。



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08 戦闘開始

 既にほぼ全員が”堅”で臨戦態勢。唯一私のみが先ほどの戦闘後は”纏”に切り替えてそれを維持している。

 確定はできないけれど、状況からしてそれなりの確率で仮定することは出来る。

 複数の候補を除外して絞り込む。占いか、ヒソカか。可能性が高いのは、圧倒的に後者。

 

 向こうの6人。戦闘能力的には、明らかに幻影旅団クラスを意識している。少なくともマフィア対策の戦力ではない。まぁ意識している、とはいっても、それは勝利ではなく足止めだろうけど。

 戦えば必ず私達が勝つ。ただ、すぐにでも全員を始末できるわけではない。少なくとも数分は要するはず。

 それだけの時間があれば、クラピカを逃がしつつ、次の一手を打つことは出来るはずだ。あの変態ならば、どんな事をしてきても不思議ではない。

 それに、これが占いに依るものではないと判断した理由。その確証を得るため、向こうには聞こえぬように小さく問いかける。

 

「ねぇ、ノブナガ。さっきの奴さ、綺麗な動きだったと思わない? ……まるで誰かに教わったみたいに」

「あ? ……あぁ、そう言やそうだな。我流には思えねぇし、格上との戦い方も心得てるみてぇだし、武術の型が出来てやがった。他の奴等も似たようなもんだろうな」

 

 正面に顔と意識を向けたまま、同じような声量でのノブナガが返答に、だよねと相槌を打つ。直接切り結んだ彼が言うのだから、これはほぼ確定と見ていいだろう。

 私や蜘蛛、そして散っていった陰獣。これらの荒くれ者は、誰かに師事することがないため我流での戦いになる。型に嵌らず自由に、或いは型から自己流に発展させた自分だけの戦い方をする。私は後者に分類される。

 対して向こうの奴等。動作が綺麗で、だれにでも扱える武術の動きだった。悪く言うと没個性なそれは、立ち姿や纏う雰囲気からして相手は全員そんな感じだろう。

 ノブナガとの攻防。居合に合わせたカウンターや、それ以外にもノーダメージ且つ攻撃的な対応はいくつかあったはず。だけど選んだのは、何よりも安全性を重視した防御からの反撃。

 それは格上相手の常套手段。攻撃を確実に防ぎ、生じた僅かな隙を叩く消極的な戦い。あれだけ動けるならもっと自信満々に大胆に攻めてもおかしくはないのに、実力にそぐわぬ戦い方を選ぶのは、格上相手と日常的に戦闘をしていた可能性の高さを示唆する。つまり誰かに教えを受けていたということだ。

 

 そんな彼らが荒くれ者の集まりであるマフィアに所属しているかといえば、高確率で否だ。私が見た陰獣でさえも、4人全員動きが我流だった。

 実力的にもこの6人で陰獣全員と同等かそれ以上なはず。そんな彼らが、抽象的な占いで動くとは到底思えない。

 地下競売の時だって、占いで襲撃が仄めかされていたとはいえ、競売品を他所へ移すという対策のみで、襲撃者に関しては特に対応していなかったのに。

 未来予知能力者とはいえたかが小娘一人に対して、独自の護衛団も持っているというのにマフィアン・コミュニティーがさらにこれだけの戦力を動かすとは到底思えない。どうせなら再びの襲撃に備えて戦力を温存しておくべきだ。

 マフィアの所属とは思えない。仮にその所属だとしても、ここにいるのはおかしい。だから、彼らの登場は占いの結果に依るものではないはずだ。

 

 だからこそ、彼らはヒソカが何処かから調達してきた戦力の可能性が高い。

 無論、突破するのは可能……だけれど、ノーダメージでは済まないだろうし、その先にまた策が張り巡らされているかもしれない。危険度は高い。

 少なくとも、目的は1つ達した。クロロから連絡がない以上はヒソカはまだ仮アジトにいて、だけど目の前にヒソカの息がかかった者達が居る。ヒソカはクラピカをサポートしているというスタンスは判明した。

 そして、目の前の彼らの目的が足止めだということ。それはつまり、彼らは今はまだ仕掛けるつもりがないのか、或いはその準備ができていないのかだ。

 ならば、ここで見逃しても分が悪くなるわけではない。互いに準備期間があるのだから、事態が悪転する可能性もそんなに無いはず。

 何より、深追いは危険。ならばこそ、ここは撤退を……、……!?

 

 視界に入ったものに驚愕する。先程からあれこれ考えはしたが、全員揃った彼らと対峙していた時間は短い。

 撤退。分の悪さを感じてその判断を下そうとした時、ふと視線を落とした先にあったのは、口元に当てていた状態から前に傾けられたケイタイの画面。

 そこに映っていたのは、先ほどの位置よりもいくらか横にずれた――――そう、あのホテル内で言うと、丁度エレベーターのある付近へと移動していたクラピカの信号。

 ということはつまり、下に降りてホテルから離れるつもり?

 

――――クラピカが逃走を開始した? この状況で?

 

 私達の目の前に敵が立ちふさがっているのに。下手に動けばむしろ危険なのに。

 私がさっき決断しようとしたように、こちらが撤退する可能性だってあるのに。睨み合っている現状、このタイミングで動き出す利点はあまりないはず。

 まだこちらがどのようにして追跡したのかだって、向こうからすれば判断材料が少なくて分からないはず。下手に逃げて目の前の6人と離れるよりは、事態が動くまでじっとしていたほうが安全だ。

 なのに動く。それが意味するところは……。

 

 外の状況が分かっていないのか? もしかして、連携があまりとれていない? そこを突けば、一気に崩せる?

 それとも、これもヒソカの策のうち? 追えばむしろこちらが追い込まれる?

 ならやっぱり撤退を……、……いや待て、私は自他ともに認める慎重派。この選択を読まれていて、後ろに新手が布陣しているかもしれない。どうせこの状況がヒソカの仕業と仮定するなら、私がここにいることを彼が知っていても何らおかしくはない。

 追うべきか追わざるべきか……、……あぁクソ、駄目だ。ヒソカが相手なら全てを読まれている気さえしてくる。あの変態ピエロなら何をやってのけても不思議ではない。思考の袋小路から抜け出せない。

 なぜ相手の動きは不揃いなんだ。ただの連携不足なのか、狙ってやっているのか。せめてそれさえ分かれば動けるのに、ヒソカの影が私を踏みとどまらせる。

 正解が見えてこない。どれもある程度のリスクを伴う可能性があるし、どれもリターンを見込めない気もしてくる。あの嫌らしい笑いがこびり付いて離れない。弄ばれているとでも言うのか、私が!

 

「……、……マチ」

 

 ケイタイをジャケットのポケットに突っ込み、正面を見据えて小さく問いかける。

 混迷した思考を切り捨てる。狙って作った状況なのか、そうでないのか。もうこうなったら、今はそんなことはどうでもいい。

 後でいくらでも考える時間はある。今は何よりもまずは動くべきだ。現状を大局的に判断できる材料を増やせ。正解の選択肢を掴みとって。

 

「突破するか、撤退するか。闘争心を抜きにして勘で答えるなら、どっちが正解だと思う?」

 

 私の質問を受けて、斜め前に立っていたマチは少し首をひねり、視線を私に向ける。

 私では解決できない問題ならば、私じゃない誰かへ託す。私の思考が通用しないのならば、マチの優れた直感で切り抜ける。

 突破と撤退。簡単な2択。ターゲットが動いたことも告げずに出した選択肢は、余計な情報がないからこそ完全な直感頼り。

 彼女の視線と私のそれを合わせる。それだけで彼女もこの判断の重要性は感じたのだろう。闘争本能を抑えこむように一つ息を吐きだし、僅かな間の後に答えを出した。

 

「あんまアテにされても困るけど……そうだね、アタシは突っ込むべきだと思う」

 

 ここで引くべきではない。彼女の勘がそう告げたのであれば、私はそれを元に次の行動を練ろう。

 彼女の答えを聞いて口角を上げると、彼女も笑みを返して正面を向いた。とは言っても私の表情はお面越しなので彼女には見えてないから、笑みを返すという表現は語弊があるかも知れないけど。まぁ笑ったような雰囲気的な何かを感じ取ってくれていたらな、と思う。

 そして今のやりとりを聞いていたノブナガとウボォーも、小声に嬉しさと狂気をにじませて笑う。

 

「うっし、ヤるんだな? ここで撤退とかほざいたらぶった斬ってるところだったぜ」

「オレだったらペシャンコに潰してたな。ここで逃げるとか冗談じゃねぇぜ」

「アタシは多分締めてたね。こう、キュッと」

 

 正面を向いたまま物騒なことを言う男ども。本気かどうかは定かではないけれど、一応指揮してるのは私なんだから決定には素直に従ってほしいんだけど。

 そしてマチも。私の首の高さ辺りで、水平に並べた両の握り拳を左右に引く動作は止めて欲しい。何でどこをキュッとするつもりなのかが容易に分かって怖い。無いはずの”念の糸”がそこにあるような錯覚さえ覚える。

 というか、マチにまでそんな反応されると、先ほど彼女に仰いだ判断が本当に勘に依るものなのかどうか疑わしくなってくる。

 

「いやマチ、さっきのはホントに勘で言った? 欲望を口にしただけとかじゃないよね?」

「あぁ、アタシのはさっきの発言踏まえて撤退って判断したらって話。アレには私情は挟んでないよ、多分」

 

 少し不安になったので聞いてみると、またこちらを向いてニヤリと笑いながらそう答えられた。色々と引っかかるところはあるけれど不安になっても仕方ないし。まぁいいけど、と溜息とともに流す。

 なにはともあれ次に取るべき行動の方向性は決まったのだ。あとはどのように突っ込むのかを考えるだけだ。

 偏に突破すると言っても、その方法だって色々ある。ターゲットであるクラピカの現在位置は既に駐車場。それも踏まえて、さてどうするべきか。

 ……ここはやはり相手の出方も気になるし、ちょっと大胆にこの手で行ってみようか。

 

「とりあえず、あそこに突っ込むとしようか……で、アレの処理はマチとノブナガに任せて、私とウボォーで逃げたターゲットを追う」

「逃げた……? 既に逃げてんなら、全員でコイツら殺っちまってもいいんじゃねぇのか?」

「まぁそれでもいいんだけど、向こうの反応も見たいしね」

 

 私が告げた内容に、ノブナガが疑問を呈する。

 逃げたと告げても焦りが全く表れないのは、方法は告げていないけれど私が相手の位置を把握しているから。だけど、位置を把握しているのであれば、態々急いで追う必要もない。全員で仕留めてからでもいいのではと言う彼の疑問も尤もだ。

 実際その方が安全性は高いし、私だってそっちのほう楽そうでいい。ただ、相手のバックがあのヒソカであり、私の存在も認識していると仮定して動く以上、読みやすい行動は極力避けたい。

 

「ここは大通りだし、アイツら全員抑えるのは無理そうだけど。アンタらの方を追いかけてった場合はどうするんだい?」

「そしたらウボォーを残して私が単独で追うよ。逃げるの得意だから、足の遅いウボォーが居なければ簡単に振りきれるし」

 

 マチの問にそう答えると、違ぇねぇやとノブナガがくつくつ笑う。足が遅いと言われたウボォーは、言った相手が自分より明らかに早い私だからうまく反論できないため、笑ったノブナガに矛先を向けるようにギロリと睨んだ。

 ウボォーも別に普段から足が遅いというわけではなくて、アルコールが入って筋力が低下しているから今日は遅いのだ。普段であっても私よりは遅いけど、それでもあの筋肉のお陰で巨体の割りにはかなり素早く動く。

 酒も適量であればノルアドレナリンの働きで一時的に筋力だけはアップするかもしれないけど、排尿のためにそこそこ飲ませてるから、そのラインは超えてるはず。追われる状況で普段より遅いウボォーが居ると確実にお荷物になるから、置いていったほうがスムーズにことが進むはず。

 マチとノブナガが立ちふさがる状況で、逃げる私とウボォーを追撃するのは相応のリスクが存在する。その上でもそれを実行するとなると、よほど今すぐ突破されたくはないということになる。

 つまり、私とウボォーがあっさり抜けられた場合、向こうはまだ何らかの策が残っている。そうでないのであれば、ただ只管に逃げるしかない状況。確実ではないけれど、この可能性は高い。

 勘を頼りに動くことを決めた。それに対してどちらの反応をするのか知りたい。前者であれば状況を見てまた考えるし、後者であれば私だけでも全員ブチ殺せるだろうからそれで終わりだ。

 

「で、マチ達はアイツら仕留めた後に余裕があったら――――」

 

 と、そこで一旦言葉を区切る。と言うよりも、言葉を訂正するために一旦止めた、という方が正しいけど。

 彼女達の役目はアイツらの殲滅だけじゃない。どんな存在なのかを見極めたりは言わないでもしてくれるだろうからいいとして、頼みたいのはその後だ。

 クラピカが逃げたのは分かる。だけど、彼以外のノストラード組が動いたかどうかは定かではないのだ。それの確認と、もし居た場合は対処当初の予定通り対処して欲しい。

 それについて余裕があったらやってほしい、というつもりだったけれど、そんな生温い言い方はしなくていいだろう。

 もっと、口調は挑発的に。しかし戦闘能力への信頼を込めて、発破を掛けるような言葉を選びなおす。

 

「――――いや、まぁ当然圧勝ですぐに終わってめちゃくちゃ余裕だろうから、その後は最初の予定通りに動いてね?」

 

 まさかこんな奴等に手こずらないよねー、だってキミ達あの幻影旅団だもんねー。

 言外にそんな思いを滲ませると、私に背を向けたままのマチ達のオーラが分かりやすく反応した。

 当たり前だ、舐めるな。そんな思いが伝わってきそうなほどに、突き刺すような鋭さを増したドス黒いオーラが滲み出ている。感受性が良かったのだろう、車の方に注目していた野次馬の何人かが青ざめた顔でこちらを向く。

 

「ったりめェだクソボケ。あんな雑魚共5分もありゃァ十分だ」

「随分弱気じゃないかいノブナガ。殺るのがアタシだけでも3分ありゃ余裕だけどね」

「お゛?」

「あ゛?」

 

 その状態でやはり小声で返答したノブナガにマチが張り合い、そのまま二者間でオーラの小競り合いが発生した。

 私達が乗っていた車の事故の影響で止まっていた数多くの車。それらの窓に罅が入り、私達に近いものはそのまま割れる。

 まぁ5分かそこらじゃ終わらないだろうけど、テンションを上げることには成功、なかなかいい状態に仕上がった。相手も決して雑魚ではないし、これぐらいはやっておいたほうがいいだろう。

 ちょっと効果が出すぎて同士討ちしそうでむしろ逆効果っぽく今はなっているけど、そこは心配ない。

 

 この場にいる念能力者。その中で唯一”纏”を保っていた私が、オーラを一気に練り上げ”堅”の状態に移行する。

 ”練”で練ったオーラを”纏”で留める応用技。大量のオーラを身に纏うそれは、念能力者が戦闘状態に移行したことを意味する。

 告げるべきことは告げた。後は行動を起こすのみ。オーラで以ってそれを蜘蛛に伝えると、マチとノブナガの意識も自然とお互いではなく対峙する相手へと向かう。

 ただその相手は、私の”堅”による戦闘の意思表示を受けても、動く気配は無い。どうやらあくまでも”待ち”の姿勢らしい。

 

 この広い大通り、私達はお互いに同じ歩道の上、固まって睨み合っている。

 どこからだって向こう側に抜けられる。車道は事故の影響で車が走っていないし、何なら路地から回り込んだっていい。

 だけど私が先ほど言ったのは、あそこに突っ込むということ。回り道をせずに、正面に道を切り開くのだ。

 そうする理由は時間短縮などではなくて、そうすることであることがより分かりやすくなるからだ。

 だからこその正面突破。お面の下で薄く笑い、その起点となる指示をウボォーに出す。

 

「じゃ、行こっか――――ブチかませ、ウボォー」

 

 直後、全身に強靭なオーラを滾らせたウボォーが咆吼と共に突撃し、その彼を先頭にして、残りの3名がカバーできる距離を保ちつつ続く。

 相手もそれを見てさらに身構える。距離が縮まりながら睨み合う両者の中で、私は彼らではなくその先を見据えていた。



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09 防衛線を突破せよ

 強化系に属する念能力者は、何かを強化することに長けている。その強化する対象は多岐にわたり、当然能力者自身の肉体も含まれている。

 ウボォーギンの系統はその強化系。彼自身が元々備えている屈強な肉体、鍛えあげられた筋肉が発揮する攻撃力や防御力が、念によってさらに強靭なものとなる。私を基準に評価するならば、彼の本気の攻撃の”受け”にたった1度失敗しただけで致命傷になり、更にこちらの通常の打撃ではダメージが通らないほどだ。

 そんな彼を先頭にして突撃すれば、生半可な攻撃を全て弾き飛ばしてくれるし、後ろに控えた私達がその後の隙を突いて敵の布陣をこじ開けるのは容易。そう思っての判断だった。

 しかし接近する途中で、私は1つの誤算に気づいた。おそらくそれは、アルコールが入ったせいで彼のテンションが結構高くなっており、またここでの彼の仕事が戦闘ではないと告げていたのだから余計なことはしないだろうと思っていた私の油断が招いたこと。

 とはいえ、その誤算は別に悪い方向のものではない。むしろこの場を切り抜けるということだけを考えれば、手段としてはただ突っ込んで強引にこじ開けるよりは有効だといえる。

 そのことに気づいた要因。私の前を駆けるウボォーの右腕に込められた、膨大なオーラ。

 それは彼の能力発動の兆候。ちょっとリスキーだけど随分と思い切った行動に出たなぁ、ウボォー。

 

 ウボォーの発動しようとしている能力は、端的に言えば物凄いパンチだ。超破壊拳(ビックバンインパクト)と名付けられたその能力は、名前に見合った威力を誇る。

 ただこの能力は、1度大きく姿を変えている。以前のは、ただ単に名前が付けられただけの右ストレートで、”念能力”と言うよりは”技”と言ったほうが正しいものだった。

 念能力というのは、能力者が固有に持つ”発”の形を指して言う。以前の超破壊拳(ビックバンインパクト)は、とりあえず”凝”でオーラを集めた右の拳で殴るだけというものであり、悪く言えば念の技術を用いただけのパンチ。

 ただその威力が凄まじかったから名前を持つに至っただけであり、ぶっちゃけてしまえば私がオーラを込めた右ストレートをやったとしても不完全ながら超破壊拳(ビックバンインパクト)を使用したということになる。そんな風に、技術があればだれでも出来るものはただの”技”であり、その能力を持つ能力者以外には原則使用不可能な”発”とは到底言えないものだった。

 ちなみにこの原則に当てはまらない例が、クロロだ。人の能力盗んで使うとか、とんでもなく型破りである。

 

 ただ、それも以前の話。大体1年と半年くらい前までのことだ。

 今からウボォーが発動するのは念がこもっただけのパンチではなく、”発”として固有の形を持った超破壊拳(ビックバンインパクト)

 彼の右腕に込められたオーラに、向こうの6人も能力発動の兆候を察して警戒を強めて身構える。防御や回避、そしてその後の反撃のため。

 

 ウボォーは敵の中央、多節棍を持った男目掛けて肉薄。その間に他の敵からチャクラムと念弾での迎撃があったけれど、チャクラムを一時的に前に出たノブナガが刀で弾き、念弾を私とマチで相殺して道を作る。

 そして敵を間合いに収めたウボォーが右腕を振り上げると、敵もいよいよ持ってその脅威を肌で感じる。防御など何の意味も持たない程の念が篭った拳を間近にし、カウンターや防御ではなく全員が回避を選択した。攻撃後の隙を突くために。

 様々な方向へ跳躍した敵を見て私はほくそ笑む。この場にいる蜘蛛のメンバーと私は、いずれもが1度はウボォーのその能力を目撃しているが故に、この時点で勝利条件を満たせることを確信した。

 元居た位置から離れた敵に構わず、ウボォーは上げた右腕を勢い良く振り下ろす。それと同時に私達は姿勢を限りなく低くする。

 その場に踏み留まる(・・・・・)ために。

 

 進化したウボォーの超破壊拳(ビックバンインパクト)は、強化系と放出系の複合能力。

 元来の系統である強化系の念によって高められた拳自体の攻撃力。そこに、更に強化系と相性の良い放出系を組み合わせたもの。

 拳が対象に触れる、或いは外した場合にでも発動されるそれは、念の篭ったパンチに、追い打ちのように周囲に衝撃波をまき散らす。直撃などしようものなら、2重のダメージに依って誰であろうと無事では済まない。

 正しく”ビッグバン”の名を冠するのに相応しい”衝撃(インパクト)”。

 込められた大量のオーラが、まるで爆発のように周囲に放出される。全てを吹き飛ばすように。

 

 防御は意味を成さない。仮に私がアレを正面から受け止めたとして、粉微塵になって死ぬのがオチだ。上手く”受け”たとしても、一撃で勝負が決まるほどの代物。っていうか多分それでも死ねる気がする。当たったらマジでヤバイ。

 反撃さえ許されない。オーラから発せられた暴風は、実体もオーラもその悉くを寄せ付けない。

 唯一可能なのは回避。だけどそれも、能力の実態を知っていなければ、私達と対峙していた彼らのように吹き飛ばされてしまう。

 超攻撃的な殴打と衝撃波、そしてその副産物として発生する鉄壁の暴風。攻防一体の一方的な、衝撃波も含めれば不可避の超暴力。

 これがウボォーの能力。鍛えあげられた肉体と膨大なオーラが織り成す彼の真髄。

 

「くっ……! ったくよォ、いつ見てもとんでもねぇなコリャ」

「ホントにね……。メリー、アンタちっこいから吹っ飛んでないだろうね?」

「馬鹿にすんなし! ……まぁちょっとやばかったけど」

 

 爆心地に立っているウボォーの背中を睨みながらノブナガがぼやき、それにマチが同調しながらこちらにからかいの色が浮かぶ顔を向ける。両者とも両足と片手で地を掴み、残った手で顔を風と瓦礫から守っている。

 私もマチに言い返しながらも、両手足の力は緩めない。成長して今は150cmはあるのでそんなに小さくないはず。そうは思いつつも、お面で顔をカバーできているから両手を使いながら耐えているのに、気を抜いたら飛ばされそうだ。オーラ混じりの暴風も、そのオーラを”盗んで”軽減しているというのに。

 体の下に抱え込んだビニール袋がガサガサとうるさく音を立てる。もう一度酒を調達すると時間を結構ロスするので、これを守り切れたのは僥倖だ。

 本当に、とんでもない能力だ。もし彼と能力使用ありのガチバトルをする場合は、アレだけは絶対に直撃しないようにしなければならない。

 

 ウボォーの攻撃は、ヨークシンの街さえも破壊していた。

 正面には、半径数10mにも及ぶ巨大なクレーター。歩道に面した建物が近い物は崩れ、またある程度離れた物でも壁がひび割れている。

 事故現場を見ていた野次馬たちも吹き飛び、近くの乗用車もひっくり返っている。何が起こったかわからない混乱と、何かが起こった恐怖に依る悲鳴が周囲を包む。

 更に視界は最悪。アスファルトを破壊したことで土埃が辺りを覆い尽くしている。

 まぁ、敵の位置は気配でわかるからそこは問題ないか。むしろ明らかに事件の中心に居るところを目撃されずに済むし。どっちにしろ見られても私は顔隠してるけど。コイツらは砂漠で顔見られてるから気にしなくていいか。

 突破の際に”隠”で気配を消せば姿ををくらませることが出来るから、それがあるだけでもこの砂煙は中々いい仕事をしてくれている。

 

 敵は各方向に吹き飛ばされて陣形はバラバラ。中には建物の壁を利用して早々に復帰するものも居るだろうけれど、少数では食い止めることは不可能。むしろ反撃で死ぬ可能性が高いから、直接立ちはだかりはしないだろう。

 つまり、今が最大の好機。衝撃をやり過ごした直後、”隠”に切り替えてビニール袋を左手に持ち直し、素早く前へ駆ける。

 ほぼ同じタイミングで同じように気配を消したマチとノブナガ、そして前方に居たウボォーを伴い、砂煙の中を抜け、更に前へ。

 視界が悪いのはお互い様なので、相手も何人かは”隠”で気配を消したけれど、”絶”でない限り私は補足可能。

 隠れている相手とそうでない相手、合わせても私達より前のラインに居るのは2人のみ。隠れているのが右前方の地面から5m程の位置、隠れてないのが道路を挟んだ左前方。左側は横に大きく逸れている。左は遠距離攻撃の手段がなければ無視しても良い。

 

「なにか来る!」

 

 マチの警告。膨れ上がったオーラを察知し、先んじてその方向へ動いていた私が対応に当たる。

 飛来してきたのは、先ほど弾いたものと同じ形のチャクラム。右斜め前方から飛来してきたということは、飛び道具を使うチャクラム男が右前に居るのか。

 しかも、先ほど飛ばされた物よりも内包するオーラが明らかに多い。しかも見るからに通常の投擲攻撃ではなく、能力に依る攻撃。

 なればこそ、私が咄嗟に動いたのは最善といえるだろう。ナイス私。

 

「風か!!」

 

 ノブナガがチャクラムの異常を見抜き叫ぶ。直径が30cm程の大型のチャクラムが1つ、彼の言うように刃の方向に鋭い風を纏い、中心の円から両側に向けて竜巻のような風が噴出している。

 十字に展開する風は攻撃範囲が広く、また刃の方向は殺傷能力も高そうだ。私達が全員突破してしまいそうな状況下で1つしか飛ばさないということは、おそらく連発は効かないのだろう。出し惜しみしている場合じゃないし。

 別に回避も防御もそう難しいことじゃない。しかし他の物も投げないということが引っかかる。……多分、対処されても問題ないからか。

 おそらく遠隔操作が可能。しかも一回弾いた程度じゃもう一度飛んでくるだろう。そうでもなければ、小型のものを投げまくったほうが足止めとしてはよっぽど効果的だ。

 

「任しといて、私の得意分野。足は止めんなよ」

 

 相手の能力の傾向を分析し、問題無いと判断する。メンバーに短く指示を出し、右手で後ろ腰から取り出した両刃のダガーを取り出してチャクラムの軌道上に立ち、構える。

 対象は1つ。ならばこちらも1本で十分……っていうか、手が空いてない。本来もう1本ある私の主武装であるこのダガーは、厚みが1cmで刃渡り30cmの大きいサイズ。重厚な作りのコレは、ちっとやそっとじゃ傷付きはしない。

 そしてあの鬱陶しい蠅をたたき落とすには、コレと私の能力を組み合わせるだけでいい。

 

 真っ直ぐ飛んでくるチャクラムに対して狙いを定める。軌道を見るに、向こうの狙いは私の首辺り。

 しかしそれが私の手前で急に角度を落とし、竜巻で体を煽る。そして直後に左上方、心臓目掛けて軌道修正する。こちらの体制を崩し、その上で心臓を刈るためのその動きは、しかし私の想定内。

 急所の首から、体勢を崩した上で更に当てやすい胴体部分の急所を狙うとは。分り易すぎて笑えるレベルだ。

 構えていたダガーと体勢をずらし、それを真正面から受け止める形にし、ダガーと念で形成された刃をぶつけあう。

 

 竜巻を喰らう直前に、私は自身の能力である盗みの素養(スティールオーラ)を発動させていた。

 この能力は、相手のオーラを奪いそれを自身に還元するもの。竜巻もオーラが込められたものであれば、それを奪い威力を殺せる。迎撃に問題はない。

 そしてチャクラムに込められたオーラがなくなるまで攻撃を繰り返せるのであれば、それを全て奪い尽くしてしまえばいい。

 金属と念の刃の衝突が、硬質な甲高い音を響かせる。絶え間なく発せられるそれは、衝突しようともチャクラムが弾き飛ばされないこと、そしてそれ自体が念による推力を持っていることを証明する。

 オーラが切れるまで継続して縦横無尽に攻撃可能なそれは、敵の足を止める必要があるこの状況では非常に有効。だけどそれが逆に、私が簡単に能力の実態を掴ませた。

 本当に、綺麗な戦い方で分かりやすい相手だ。

 

 接触さえしてしまえばこっちのものだ。武器を介しているため素手よりは効率が落ちるけれど、それでもたかがチャクラム1つに込められたオーラを奪い切るのは数秒あれば十分。逃す前に墜としてやる。

 ダガーがチャクラムの纏う念の刃に食い込み、侵食していく。それに伴って、念の刃は小さくなり、竜巻は勢いが削がれていく。推力も弱まってきている。

 手元から離れた念の状態を、正確に把握しているのは困難。念で遠隔操作している物体の状況を細かく把握するようにすればするほど、能力は複雑になり扱いにくくなる。こういった能力の場合、せいぜい位置座標がわかればいい。

 それは彼も例にもれない共通認識。目視でのみ念の残量を確認する能力だったため、彼は異変に気づくのが遅れてしまった。

 結果。私の刃は接触から3秒後にはチャクラムそのものの刃に届き、その後全てのオーラを奪いつくされたチャクラムは、念を纏わぬただの投擲武器となり私の手中に収まった。

 

 コレを投げてきたチャクラム男を見、手元のチャクラムを見る。そしてもう一度彼に視線を向けてから、私はすぐさま先を走る皆に追いつくよう走りだした。

 彼が僅かに焦っている気配を感じるが、私の知ったことではないと脱兎の如く駆ける。この武器は没収である。

 投擲武器を扱う場合、大型のものほど携行数は少なくなる。直径30cmは結構なサイズだし、1つなくなるだけでそれなりの痛手だろう。

 

 これ以上は無駄撃ち。そう悟った彼を尻目に、私達はすぐさま抵抗が無くなった向こうの最終ラインを超える。

 ウボォーが能力を使ってくれたおかげで、随分と楽に攻略することができた。

 勝利条件達成。マチとノブナガが反転して構え、今度はこちらが敵の行く手を阻む。

 後方を見据えるその横を私とウボォーは止まらず走り抜ける。

 

「無様に仕留め損なったら承知しねぇからな」

「誰に物言ってやがるボケ」

「油断すんじゃないよ」

「そっちもね」

 

 すれ違いざまにウボォーとノブナガ、マチと私が短く言葉を交わす。そのまま振り返らずに、ただ前へと進む。

 後方から追ってくる気配はない。ノブナガとマチが足止めに成功している……いや、少し違うか。

 まぁ何はともあれ、ウボォーを置き去りにする必要はなくなった。

 そして確認も出来た。この先も、マチの言ったように油断してはいけないだろう。

 

 とにかく私とウボォー、特に私が無傷で切り抜けたことは大きい。さっきのチャクラムから奪ったオーラで多少なりとも回復できたし。元々ほとんど消耗してなかったけど。ウボォーは元々ちょっとダメージあるし酔っ払いだから別にいい。

 とりあえずクラピカの現在位置の確認と、速度や経路から移動手段の割り出し。場合によってはコチラも移動手段を確保する必要がある、か。

 ただ、それをする前に1つだけウボォーに確認しておくことがある。

 

「ねぇ、ウボォーはなんであの時能力使ったの?」

「あん?」

 

 隣を走るウボォーが、私のお面を見返しながら声を出す。

 確認したいこと。それは、あそこで能力を使用した理由。

 おそらく私とかぶる部分があるはず。そう思っての質問。

 

「そりゃぁ、周りの奴等はどうせわかんねぇだろうし、見られても問題ねぇ能力だったし――――」

 

 顔を上に向けながら、確認するように理由を話すウボォーが、そこで一旦言葉を区切る。

 そこまでは、私と同じだ。周囲にいた一般人はそもそも理解できないだろうし、ウボォーの時は大半が事故現場に注目していたし。私のは一般人が見ても何もわからないし。

 更に、お互いにアレはよく使う能力。ぶっちゃけ知られてもそこまで支障のない能力なのだ。隠しておくべき”切り札”となる能力を見せたわけでもない。

 そして、ウボォーは区切った言葉を再開させる。まるでこれから言うことが一番の理由だとでも言わんばかりの笑みを浮かべて。

 

「――――それによぉ、どうせ敵はアイツらが全部始末すんだろ? まともな目撃者なんか残りゃしねぇよ!」

「……ふふっ。まぁ、確かにそうだよね」

 

 確信したように言い放たれたそれに、コチラも思わず笑みを漏らす。

 一般人に見られても、どうせ水道管の爆発か何かにするだろう。水吹き出してたし、そうやって現実的な線と結びつければ安心できる。能力者に見られたって、死人に口なしと言うし。

 やっぱさっきすれ違いざまに発破をかけたのは、能力の目撃者を確実に消せって意図もあってのことか。多分、向こうにも正確に伝わっているだろう。

 その前の私のも合わせて、彼らの気合は十分。まず間違いなく全滅させてくれることだろう。

 ひょっとしたら、生け捕りにする余裕もあるかも知れない。

 

 それにしても、能力を使った理由。

 なぜ、多少なりともリスキーな手段をとったのか。

 かぶる部分どころか丸かぶりじゃないか、全く。



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10 標的に追いつけ

 ヨークシンの街が部分的に破壊されるという大惨事となった現場を背に、目的地だったはずのホテルを素通りして、ウボォーは野次馬しに向かう人達の合間を縫うように飛び跳ねながら、私は街灯の上を飛び移りながら真っ直ぐ進む。

 ケイタイで確認したところ、交戦前の打ち合わせで少し時間を使った分、クラピカは既にホテルから離れていた。

 まぁむしろホテルの敷地内で接触した場合、さっき抜いた6人から思わぬ妨害を受ける可能性もあったし、この状況は私の狙い通りと言える。

 どうせ位置情報は完全に把握しているんだし、いくら逃げようが無駄。追いつくのが早いか遅いかの違いでしか無いのだし。

 

 クラピカはこの道の先を車で移動しているようだ。ただこの辺りは11時過ぎた辺りのこの時間でも車の数が多い。渋滞とまではいかないけれど、周りの速度に合わせて移動しているため、そう遠くまでは行っていない。

 急いで追い付くつもりもないので、コチラも車を使わせてもらうことにしよう。ウボォーとも情報を共有しておきたいし、会話をするためには今の状況よりもそっちのほうがいい。

 目前に丁度赤信号で止まっているたくさんの車。その先頭に見慣れた黒い車とその中の黒スーツを見つけて口角を上げる。すぐさまウボォーに手で合図をして呼び寄せ、街灯からその車の脇へ飛び降りる。

 突然真横に狐の面をつけた何者かが現れ、車内の男は目を見開き、慌てながらも銃を取り出して構えようとする。が、そうは問屋が卸さない。別に撃たれても痛くも痒くもないけれど、多少イラつくし。

 閉まっていた運転席の横の窓を右腕でぶち抜き、そのまま男の首を掴む。頸動脈を圧迫してオトしてからドアのロックを外す。

 やってきたウボォーを助手席へ促し、ドアを開けると失神した男を歩道へと投げ捨てて荷物とともに車へ乗り込む。数メートルの距離ぶん投げたから骨何本かイったと思うけど気にしない。つーかどうでもいい。

 周囲の車に乗っていた人々は突然の暴行、或いは凶行に目を見開いていたけれど、奪った車は信号待ちの最前列。信号が青になると同時に、パニックに陥った周囲を置き去りに発進する。後ろ、クラクション鳴らされてますけど。

 

「意外だな、お前運転できたのかよ?」

「当たり前でしょ。ホラ、1本飲んどきな」

 

 微妙に不安そうな顔をながら聞いてくるウボォーに答えながら、ビール缶を1つ投げ渡す。少なくとも酔っぱらいのウボォーが運転するよりは遥かにマシだ。免許証ないけど。まぁむしろ蜘蛛も誰も正規のモノは持ってないから言いっこなしだ。

 隣で缶の蓋を開けて勢い良く中身を飲む音を聞きつつ、胸ポケットから携帯を取り出して片手で幾つか操作をする。メール作成画面の宛先だけを入力してクロロへと空メールを送信、すぐに来る返信に備えて手に持ったまま運転する。

 この空メールは予め打合せていたもの。受信側は自分やヒソカの状況を返信するのだ。文字を打たないのは文字入力の手間やを省くためや、コチラの送ったメッセージを見られることの防止などの理由から。

 程なくしてメールの着信が告げられる。ケイタイを弄っている、とだけ書いてあった。勿論これはヒソカのことだろう。クロロならメールしてるんだからそりゃケイタイ弄ってるだろうし。

 ケイタイ……、……。メールでもしてるんだろうか。とにかくアイツ自身は動いていないようだけど、指示ぐらいは出しているんだろうか。

 

「後はこのまま追い詰めるだけ、か? 今んとこは順調だな」

 

 飲み干した缶をその豪腕で握りつぶし、小さなアルミ塊へと変貌させながらウボォーが言う。

 順調、か。その発言に、私は口元を皮肉げに歪ませた。……まぁ、順調と言えなくもないんだろうけど。

 表情は見て取れなかっただろうに、私のその微妙な変化を雰囲気から察したのか、彼は訝しげな表情でコチラを見た。

 

「さぁ、どうなのかなぁ……。順調とも言えるし、逆に追い込まれたとも言えるんだけどね」

「は? そりゃどういうことだよ」

 

 さすがに追い込まれたっていう表現は言いすぎかもしれないけど。でも、あながち間違いじゃないんじゃないかと思う。

 聞き返してくるウボォーに、さて何から話したものか、と少し考えてから口を開く。

 

「もう気づいてると思うけど、私って他人のオーラにすごく敏感なんだよね。”隠”なら知覚できるくらいに。自分に向けられている場合なんかは特にね」

「……あぁ、それは何となくな。さっきの奴等が来るのも、攻撃も、陰獣も。誰よりも早くメリーが反応してたしな」

 

 私の言葉に、ウボォーも正面を向きながら真面目に答える。

 今まで彼らの前でこの特技……、……特技? を見せたことはなかった。隠していたし、彼らとの仕事の時には見せるほどの相手が居なかった、というのもある。

 今回それを見せたのは、手札を出し惜しみしている余裕はないと思ったから。

 流石に2度も見せれば気がついているだろうと思っていたけど、どうやらビンゴだ。ならば話は早い。

 

「オーラは正直だ。敵意も、害意も。少しでも私を意識してそれを滲ませていたなら、数100m離れていようが容易く伝わる」

 

 ここまでが前提ね、と言えばウボォーが頷く。

 この前提がまず真実であると信じてもらえないと、この後の話が彼にとって荒唐無稽なものに成り下がってしまう。

 理解が早くて助かる。まぁ実際にそれを見せているからこそすんなりと受け入れてもらえたのか。

 

「だからこそ分かる。さっきのアイツら、私達が抜けた後はこっちに全く興味を示していなかった。追うか止めるかの意識をしていれば、私はそれに気づけたのに」

 

 アイツらは何のために立ちふさがった。私達の足止めじゃなかったのか。

 目的が足止めだけなら、まだよかった。だけど、実際は違った。それも、悪い方向に。

 対峙していた時にはヒシヒシと伝わってきていた敵意。それが、あの戦場を抜けた瞬間から全く感じられなくなった。

 

「マチとノブナガが足止めに成功したんじゃない。逆に足止めされているんだ」

「……オレ達は突破に成功した。同時に、アッチも分断に成功したってわけか」

 

 そういうこと、と彼の言葉を肯定する。

 私達を追おうとしなかったのは、その必要がなかったから。むしろ2手に分かれてくれたのは向こうにとって僥倖で、危険を承知で追い討ちするよりは、万全の戦力であの場でマチ達を足止めした。

 結局、アイツらはその先を見ていなかった。あそこに残り、そして死ぬのだろう。あの時先を見ていたのは私だけなのだ。

 そして分断された。結果、向こうも幾らかの戦力が削れたが、減った戦力としてはコチラのほうが大きい。

 足止めだけではなく、分断させるのも目的だった。それの意味するところがわからないほど、私もウボォーも馬鹿じゃない。

 明らかに、誘い込まれている。このまま行くと、最悪敗北も有り得る。

 

 だけど、と頭の冷静な部分でそれを否定する声もある。

 あの場を切り抜け、現状をゆっくりと吟味した頭が別の可能性を提唱する。

 視線を落として視界に映る影は、黒い輪郭しか映らない。しかし顔を上げれば、影を作っていた姿はハッキリと見える。

 それは可能性としては、筋も通るし確かに高い。けれど、そうだと信じて動いて、もしもそれが間違いだったら。まだ、情報が足りない。

 

 アレきり、車内には沈黙が降りたままだ。ウボォーも顎に手を当て、何か思案している様子。

 車はクラピカと数kmの距離を保ちながら、どんどんと人気のない方向へと進んでいく。

 脳内に叩き込んだヨークシンの周辺地図を思い返す。この先には、都市開発に置き去りにされた廃工場や廃ビル、マンション。捨て去られた郊外がある。

 ここまでは一応クラピカと同じルートは避けてきた。しかしこれから先はそうもいかない。

 狭い路地が増え、車が通れるルートは限られてくる。遠回りになりすぎることだってザラだ。

 あからさますぎる。これが好機ともとれるし、危険ともとれる。

 進行か、撤退か。

 

「誘い込まれてるね、完全に。これ以上進むと接触前に攻撃を受けると思うけど、どうする?」

「こんな場所じゃあ補足されんのも時間の問題だしな。こうなりゃスピード上げてさっさと追いついたほうがいいんじゃねぇか?」

 

 一応ウボォーにも意見を仰いでみたけれど、案の定撤退は選択肢なかった。まぁ、私としても現段階での撤退はあり得ないと思っているけど。

 追跡している私達は、まだ補足されては居ない。しかし彼の言う通り時間の問題なのだ。

 私達のターゲットはクラピカ。目的地が分かっているなら、後はその周辺を見張っていればいい。

 移動手段がわかっていれば、ルートの割り出しも容易になる。接触前に確実に補足されるし、攻撃もされるだろう。

 少なくとも、クラピカと一緒に行動しているはずだ。

 

「りょーかーい。……あーあ、もうやんなっちゃうよなー、さっさと終わらせてベッドで寝たいわー。お面長時間つけてんのもダルいしさー」

「いやお面はお前の意思でっ、うおおあぁ!?」

 

 ハンドルに顎を乗せながらボヤきつつ、アクセルをべた踏みして急加速させる。隣の大男の悲鳴が若干心地良い。

 これからの事を考えると憂鬱だ。多分、碌な目に合わないだろう。

 ただ、何も起きないうちから撤退するのはやはり出来ない。それをしてしまうと、何のためにマチとノブナガをあそこで切り離したのか分からない。

 あそこに居た6人の目的はわかった。ただこの先にいる奴等が、分断して何を成そうとしているのかは不明瞭。

 

 打ち合わせの際、私は所属不明勢力への対応を任された。該当するのはマフィア以外の勢力。その蜘蛛本来の作戦とは関わりのない相手には、当然クラピカも含まれている。

 対応の内容は情報収集や偵察、或いはその殲滅だったのだ。

 まだ私は、どれも満足にこなせてはいない。

 接触が足りない。危険を犯してでも進む必要がある。

 

「おまっ、思い切り良すぎんだろ!! せめて前もって言えよ舌噛むとこだったじゃねェか!!」

「うっさいなー、何でもいいけどビビったからってシートベルトすんなよ?」

「ビビるわけねーだろナメてんのかコラ」

 

 横から飛ばされる文句を軽く流し、スピードを出したままハンドルを切って路地を曲がる。多少側面を擦ったけど気にしない。

 高速で後ろへ流れていく景色を横目に、ケイタイの画面の確認は怠らない。

 少し前から、クラピカはあまり真っ直ぐ進んでいない。これだとルートが予測できないから、先回りするのは難しいか。

 ただコチラを惑わせるためだけの行動か、それともポイントにコチラをおびき寄せるためなのか。

 まぁいい。どちらでも構わない。不規則なルートで進むのならば、コチラは速度が出やすいように真っ直ぐ、最短ルートで。

 逃げ足には自信があるし、ヤバくなったら逃げればいい。今はとりあえず、追うのみだ。

 

「後数分で追いつく。警戒して」

「オウ。油断はしねぇ」

 

 距離を急速に縮めながらも、神経を張り巡らせて周囲を探る。

 攻撃が来るのであれば、その前に悟れるように。対処を誤らないように。

 ピリピリとした緊張感が車内に漂う中、両者の距離はどんどん縮まっていく。

 そして道を曲がって少し幅の広い道に出た時、遂にその後姿を捉えた。

 

「アレか――――!!」

 

 横でウボォーが獰猛な笑みを浮かべる。引き裂くように形作られたそれは、非常に残忍な色をしている。

 遂に肉眼で見つけた。しかし、正念場はここからだ。決して気は抜かない。僅かな思念も見逃さない。

 向こうの車内もコチラに気づいたことを、彼らのオーラが教える。あの中にいるのはクラピカも含めて、3人。

 前方の車の速度が上がる。逃がすものか。まずはこれ以上遠くへ行けないようにタイヤを、――――っ!!

 

「ヤベェ逃げるぞ!!」

「クソッ!!」

 

 ウボォーが叫ぶ。同時に事態に気づいた私も毒づき、舌打ちをする。

 ぬかっていた。失念していた。まさか、こんな手段で来るなんて!

 

 クラピカの他に2人。あの車に乗っている奴で確認できたのはそれだけ。

 少ないと思った。当然まだどこか、近くにいるとは思っていた。接触前に攻撃されるとも。

 それは分かっていたのだ。なのに、してやられた。

 ポイントで待ち伏せしたわけでもない。惑わせようとしたわけでもない。

 ただ、待っていたのか。なるべくやりやすいような場所ばかりを通り、追いついた私達を奇襲するこの瞬間を!

 

 相手は念能力者。それは正しい。

 では念能力者の攻撃は、全てが念能力に依るものだろうか。答えは、否。

 思念を全く感じ取ることの出来ない、完璧な”絶”。その使い手が、突如として左の横合いの道から現れた車に乗っていたのだろう。私達の乗っているものと、同種類のものだ。

 質量兵器を用いた特攻。自車のエンジンの音が、破壊され閉まることのなかった窓から入る風の音が。それが接近する音を霞ませた。オーラにばかり気を取られ、その他の感覚が御座なりになっていた。

 車同士の衝突は避けられない。いや、もし避けたとしても、嫌な予感がする。視界に入ったあの車には、既に誰も乗っていない。その周囲にも、人影は見受けられない。

 離脱が早い。その理由に思い至り、背筋が冷える。

 

 歯軋りの音が頭蓋に響く。

 そしてその直後、車同士が衝突し、目も眩む閃光と凄まじい爆発が周囲を包んだ。



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11 作戦変更

 爆発の規模からして爆弾が詰んであったのだろう。衝突直後に発生した爆発は2台の車のみならず、周囲にまでその影響を及ぼしていた。

 まず私達の進行方向。そちらには私達の車の残骸が大なり小なり吹っ飛んでおり、それが周囲の建物を削り爪痕を残していた。元々時速100kmオーバーで移動してたから、小さな破片も中々の脅威だ。

 次にもう1台の車の進行方向。衝突地点がT字路だったのでその先は道ではなく廃ビルだった。ここら一帯は既に使われていない高層建築物しか無いので人的被害はないが、廃ビルは1階と2階部分が大きくえぐれている。

 また衝突地点の道路は半径数mにわたりアスファルトが破壊されていて、あの道を車が進むのは困難だろう。道路がぶっ壊れてしまったけれど、まぁこんな道はチンピラが集会かなんかの時に使う以外に用途ないと思うから問題ないはず。

 眼下のそこかしこで黒煙を上げている車の残骸を見、地上の安全を確認したところで、既に割られている大きな窓ガラスの縁に足をかけ、そのまま自分の居た廃ビルの4階から飛び降りる。

 

「ウボォー、無事……、……って、聞くまでもないか」

 

 着地したのはウボォーの隣。今回も守り通したビニール袋が音を立てる。衝突地点から私達の車の進行方向に20m程度進んだ辺りに彼は立っていた。

 お互いに、爆発の瞬間までには既に車外へと退避していた。予期せぬ攻撃手段だったとはいえ、流石に直撃を喰らうようなヘマはお互いにしない。

 けれど、私の記憶が確かであればあの時彼は私より爆心地に近かったはず。だというのに現状の格差はなかなか大きい。

 ちょっと悲惨な目にあったお陰で20mの移動ですんだ私とは違い、彼はどうやら建物の外壁に指を突き立てて勢いを殺していたようだ。指の先が汚れ、建物に5本の傷跡が残っている。

 位置的に私よりも強く爆発に煽られ、且つ残骸の衝突を受けたはずの彼の肉体には目立った傷は見受けられなかった。

 流石、このコンディションでも彼の肉体の強度は健在なようだ。羨ましい。

 

「ったりめーだろボケ、あんなん余裕だっつーの。お前の方はどうなんだよ」

「髪が焦げた。それと左側頭部から出血、背中を強打、全身何箇所か軽く打撲。何よりも髪が焦げた」

 

 ウボォーの言葉に大事なことを2回言いながら返しつつ、左側頭部を片手で抑えてもう片手で後ろ髪を一房手に取る。彼とは違いこっちは結構な被害だ。

 左手からはぬるりとした感触、そして鉄の匂い。その他外傷はいくつかあるけれど、ダメージが大きいのはココと背中だ。打撲と頭部の傷は、超高速で飛来してきた車や道路の残骸が直撃したのが原因。

 そして私が背中を強打したのと、吹っ飛んだ距離がこの程度で済んだ理由は同じ。不幸にも廃ビル4階の窓の高さまで飛ばされ、そのまま窓をぶち破って建物内に突っ込んだからである。さっき降りてくるときに窓が既に割れていたのは、私が入るときに割れたからだ。

 本来であれば建物の外壁にダガーを突き立てて勢いを殺してからなんとか姿勢を制御して止まる予定だったのに、勢いを殺せず建物に突っ込んでそのまま背中から壁にぶち当たって強引に止まったのだ。”堅”で防御しても勢いが勢いだから結構痛い。時速100kmオーバーは伊達じゃない。

 

 ただ、体の傷はさして問題ない。動作には問題ないし、この程度であればすぐに治る。

 問題は髪だ。私の大事な大事な髪が、被害の大きい部分だと毛先から3cm辺りまで焦げてしまっているのだ。

 肩甲骨の上辺りまであった髪も、この分だと肩口辺りまで切らなくてはならない。なんということだ。

 確かに髪があまり長いと戦闘時には邪魔だ。邪魔だが、私の生活は別に戦闘メインで成り立っているわけではないのだ。

 当然オシャレだってするし、気分で髪型を変えて楽しんだりといったこともする。だというのに、髪が短くなってしまっては可能な髪型のバリエーションが減ってしまうではないか。

 胸中を満たす感情は、悲しみと怒り。ともすれば思考さえ塗りつぶしそうなほど大きなそれらだけれど、身体の痛みと出血に上書きされて判断を誤らせない。

 

「……髪はともかく、そこそこダメージはあるのか。アッチからは仕掛けてこねぇようだが、どうすんだ?」

「予定変更」

 

 周囲を警戒しながら、ウボォーが私の状態の感想を述べ、今後の行動の確認をとる。髪はともかくじゃねーよ、そこ一番重要なんだよバカ。

 その言葉は口に出さずに視線に込めて彼を睨み、短く返答する。

 予定変更。その言葉に、すわ撤退かと鋭く睨み返してくるウボォー。どうやらそれは気に喰わないようだ。

 まぁ、その行動も分からなくもない。私が手負いになったことで、コチラ側はどちらもベストコンディションではなくなったのだ。相手の手が見えないうちは、撤退が最善策。

 だから彼は変更を撤退と捉えた。だけど、彼の思っている変更後の予定と、私の思うそれは違う。つまり。

 

「そう睨まないでよ、別に撤退するわけじゃないから。変更したのは別の部分だよ」

 

 作戦続行。その旨を告げれば、ならばよしと彼の顔は楽しげに歪む。残忍さが滲むその表情は、そうこなくてはと言葉にせず語っている。

 この状況ならば、最善の策は撤退。しかし、それは相手の手の内が見えていない時に限る。

 しかし既に相手の狙いがわかっており、尚且つそれがこの戦力で打ち破れるものならば、撤退をする必要はない。

 ウボォーの腕を掴んで下へ引っ張り、彼の頭の高さを私と同じにする。はたから見れば内緒話をしているとまるわかりな状態だ。

 

「これで追跡に横槍を入れられたのは2度目。どちらも露骨で、どちらも先手を取るだけ」

 

 一応声を落としながら、ウボォーに説明を開始する。別に言わないで指示だけだして動かしてもいいけれど、あまりにも言わないことだらけだと不信につながるし。

 

「動きを読んで先回りされているみたいだけど、行動自体はまるで威嚇でしょ? これは別の見方をすることも出来るんだよ」

「……あぁ、なるほどな。撤退して欲しい、ってとこか」

 

 私の言った内容へのウボォーの返事に満足し、頷いて肯定する。

 2度の妨害は、どちらもファーストアタックが派手。不意を突き、対応が遅れれば生死に関わるような攻撃は自然だったけれど、今回の爆発はさすがにやり過ぎた。

 爆弾を積んでいた車の突撃。強大な衝撃と爆発はコチラの恐怖と不安を煽るのには十二分な効果だった。でもその過剰分が策の底を見せた。

 

 1度目の妨害の際は、情報の少なさから判断をしかねた。先手を打ったような向こうの対応も、ヒソカが相手なら何が起こっても不思議ではないと最大限に警戒した。

 だけど、そんなことはあり得ない。いくら変態ヒソカだからといって、コチラの動きを読むのは不可能だ。クラピカの位置情報を把握されていることだって知っているはずがない。

 何しろこっちは半年以上前から対策し、更に下準備まできちんとしているのだ。本来であればもっと簡単に事が済んでいてもおかしくはない。

 

 2度もコチラを補足して妨害してきたのだって、目的地がクラピカで確定しているのだから、そちらを張っていれば可能なだけ。何も特別なことではない。

 ホテルでのクラピカの不自然なタイミングの逃走も、連携を密にとれていなかったから。更に逃走の直前にもたついていたことから、これは予言されていなかった、或いは新入りの彼は個人的に占われていないことが予想できる。

 爆弾詰んだ車で突っ込んできた奴等は、ホテルの地下か逃走途中で合流。私達が間近に迫るまで攻撃しなかったのは単に補足できていなかっただけ。

 それに爆弾があるのならば、完全に隠れて気配を消し、どこかに仕掛けて爆破したほうが確実にもっとダメージを与えられたはず。そうしなかったのは時間がなかったため。時間がないのはつまり、事前準備というものが全くなかったということ。

 彼らの間に打ち合わせは存在していない。どこかで雇った戦力を、コチラの行動に対し、その都度ヒソカが指示を出していると見ていい。

 どう転んでも、ヒソカの目的を果たす方向へ行くような指示を。

 

 ヒソカは信用に値する存在ではない。それはクラピカも分かっているはずだ。

 だからこそ連絡は最低限。おそらく、私達がホテルに接近する前は碌に連絡をとっていなかっただろう。

 今回私達の接近に伴い、連絡の必要性が発生した。だからおそらく今はヒソカの指示通りに動いているだろう。利用されているのも承知で。

 だけどクラピカは一族を殺されたらしいし、蜘蛛への恨みは根深い。駒で終わる気もないはず。

 故に、ヒソカもクラピカも、結局は互いを利用しあう腹積もり。共に戦う共闘関係ではあるが、力を合わせる協力関係ではない。信用など有りはしない。

 

「形だけ見れば誘い込まれてる感じだし、実際そのセンも無いとは言い切れないけどね」

「お前にしちゃあ大胆な決断だな。読み違えてたらヤベェんじゃねぇか?」

 

 あからさまな攻撃を仕掛けることで、コチラの撤退を促す。これまでの行動で得た情報はその確率が最も高いことを示し、そうならば今までの相手の行動も筋が通る。

 しかし、まだ確実ではない。そのことを言うと、ウボォーが意地悪く笑いながら問うてきた。

 確かに、高確率とはいえ確実じゃないのなら、読み違えていた場合はコチラが窮地に立たされる可能性が大だ。最悪全滅もあり得る。

 常の私であれば、この状況なら確実に撤退を選択していた。だけど。

 

「まぁそのへんは心配要らないんじゃない? マチの勘もあることだしさ」

 

 笑いながらそう答える。思考だけでは判断しかねるなら、別の手段で。

 高確率、だけど外した時のリスクがかなり高い。自他ともに認める慎重派の私としては、この選択は本来はあり得ない。

 だけどそれは、私だけで状況を判断し、行動を選択した場合の話だ。

 マチは言った、突っ込むべきだと。私は彼女の勘の良さを信用している。彼女の勘がそう告げたのならば、きっとそれが正解なのだ。

 

 ヒソカは知らない。私が蜘蛛の意見を自分の行動に組み込める程度には信用していることを。ここ最近の彼らの訪問頻度上昇もあって、心情的には既に利害関係の一致に依る関係だけではなくなり、団長の命令以外も私の行動に影響をおよぼすことを。

 ヒソカは知らない。ハンター試験以降の私を。なにせアレ以降は1度も会っていないのだし、私やその周囲がどのように変化したのかなんて彼には知るすべがない。

 ヒソカは知らない。そもそもの絡みが少なかったこともあって、彼の前ではそういう面を見せたことはないけれど、私はやられたら絶対にやり返す主義なのだ。蜘蛛だろうがゾルディックだろうがピエロだろうが、例外はない。

 

 状況の判断、マチの勘。さらに仕返し。

 この3つが揃ったからこそ、危険は承知で撤退の選択肢を捨てる事ができる。

 これはヒソカの策。彼の最終目的から、彼がここで何を成したいのかを逆算し、動く。

 

「で、こっからが作戦の変更内容。ウボォー、ケイタイ出して」

 

 私に言われ、ウボォーは私に掴まれていない方の手でズボンのポケットからケイタイを取り出す。

 ちゃんと持っててくれてよかった。まぁ、さすがにこれがないと蜘蛛としても連絡の取りようがないから持ってて当然なんだけど。

 彼の手からそれを取り、代わりに私のケイタイを渡して説明をする。

 

「ウボォーには鎖使いの相手を任せる。その画面の交点で示されてるのが標的の現在位置ね。見方は分かる?」

「ああ……。いいんだな? オレがコイツを殺っちまっても」

 

 それを聞いたウボォーは、怪訝な表情をガラリと変えて嗜虐的な笑みを浮かべた。

 1台目の車内でも言っていたし、自分に不意打ちしようとした相手を自ら仕留められるのが嬉しいのだろう。

 

 クラピカの進行方向は今までと同じっぽいけど、そう遠くまでは行っていない。当然だ、もう彼らの車は使いものにならないのだから。

 私は車から退避する際、敵から奪取していたチャクラムを前方の車目掛けて投擲していた。投げたのがそれだった理由は、酒の入ったビニールの近くにむき出しで置いてあり、武器を取り出す動作を省けたからだ。

 一応投擲武器は一通り練習してあるので、命中率には自信があった。実際、きちんと後部タイヤの1つを切り裂き、彼らの移動手段を奪うことに成功している。つまり今は、足で移動しているのだ。

 転んでもただでは起きない。今の状況を考えれば、多少の危険を犯してでも攻撃したかいがあったというものだ。あまり距離を離されると面倒だし。

 

「コイツを追うのがオレだけってことは、お前がここに残るのか?」

「うん、私はここで舐めた真似しくさったクズ共をブチ殺す。多分3、多くても4人くらいだと思うからまぁ何とかなるでしょ」

 

 ウボォーの問に、彼の腕を掴む手に力を込めながら返答する。全然痛がってくれない。

 髪と出血と全身打撲の恨み。まぁ私がここに残る役目を担う理由はそれだけじゃないけど、当然それだって含んでいるのだ。

 未だに動きを見せない敵の気配を探る。……察知することは出来ないけれど、まず間違いなく近くで待機しているだろう。察知できないのは、それなりの実力を持っていることの証明。

 クズ共の役目には分断もあるのだ。ウボォーが単独でここから動けば、ここに残った私をここに縫い止める、或いは始末するために動き出すだろう。

 ウボォーの方は、おそらくここからしばらく距離をとった場所で布陣して迎え撃つはず。速度はウボォーのほうがありそうだから、そこまで遠くはならない。

 

「ってわけで、ハイこれ。戦闘前に2本、戦闘後に3本。飲んだゴミは捨てないで、小さく丸めて私に提出すること。わかった?」

「あァ? 何でんなめんどくせぇことすんだよ、確認されなくてもちゃんと飲むってーの」

「これは命令。別に嵩張るものでもないし、文句言うんじゃないよ」

 

 握っていた手を離し、ビニールに残っていたビールをすべて渡しながら言葉を交わす。これも結構大事なことだからちゃんとしてもらわないと困る。

 結局命令という言葉が出たことにより、舌打ちをしながらも彼が折れる。本来なら嵩張るけど彼の握力なら圧縮しまくれるから、命令に逆らってまで拒否することでもない。

 彼は早速ビールを一本開け、進行方向へと身体の向きを変える。そして振り向きざまに私のケイタイを示しながら口を開いた。

 

「そんじゃあ行ってくるぜ。……今お前にやった分は、コイツを譲ったことでチャラにしといてやる」

 

 それきり彼は夜の街の更に光の弱い場所へと駆け出した。

 彼が言っていたのは、ずっと掴んでいた腕から盗んでいたオーラのことだ。まぁメチャクチャ堂々と盗んでたし、バレないはずがない。

 太っ腹なことだ。別にクラピカを殺る権利を譲ったつもりはないのに、オーラをもらった事とそれで相殺してくれたようだ。

 まぁ、多分多少減ったところで戦闘結果に変化はないと思っているのだろう。それは事実だ。

 

 ウボォーは、ほぼ確実に負ける。

 

 私が向こうに行く役目でも結果は変わらないだろう。だからこそ彼を行かせたのだ。

 向こうで負けるのがウボォーならば別に構わない。私がこっちで勝てばいいのだから。

 

 ただ、この作戦の現時点での最大の不安要素は、私が単独でクソ共に勝てるのか、という部分。

 多少痛む身体。既にトップギアのオーラ。現在の状態を確認しながら、ふと思う。

 そういえば、最近それなりに強い相手と殺し合いしたこと無いな。蜘蛛とのアレは遊びだからカウントしないし。今回のは結構久しぶりなのか。

 それを認識した途端、お面の下の表情が少しだけ歪んだ。唇が僅かに弧を描く。

 

 ……おかしいな。私は戦闘狂じゃないし、勝利が確定していない殺し合いって好きじゃないはずなんだけど。

 気分が少し高揚しているのは、何故なんだろうか。




更新間隔が結構開いてしまったので、とりあえず投稿。話を先にすすめるためにも、未熟ながらですが。
なんか今回のは納得の行く文にならなかったので、ここも折を見て修正入れようと思います。
ヘタしたら大幅に文章直すハメになるかもしれません。前後の流れは変えませんが、折を見てやろうとおもいます。


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12 前哨戦

 お面で遮られているので見られることは無いけれど、意識を切り替えて笑みを消す。平常心であるに越したことはない。

 ウボォーが去っていった方向を背にするように道路の中央に立つ。見た目だけで言うならば私がここで敵を食い止める意志がある感じだ。

 ぶっちゃけそんな気は毛頭ないのだけれど、相手の思惑通りに動いているように見せておけば、調子に乗って精神的な隙も増えるだろう。

 コチラが相手を探す必要はない。私達を分断したのが分かっているのならば、すぐに向こうから出てくるはず。

 数10秒後か、或いは数分後か。……あまり時間がかかるようだと、コチラから打って出る必要もあるか。

 手に持ったままだったウボォーのケイタイを仕舞い、月明かりとまばらな街灯の作る夜闇の中、”纏”を維持した状態で感覚を研ぎ澄まして向こうの出方を伺う。

 

 およそ6分。

 それだけの時間が経過して漸く、周囲から人の気配とオーラを感じることができた。”絶”を解除したようだ。

 時間を掛けた理由は、ウボォーが戻ってくるのを警戒してだろうか。あとは戦闘の下準備とか。何にせよ、これ以上遅かったらコチラから動かざるを得なかった。

 相手の位置は衝突地点のT字路の車が突っ込んできた方の道。私から見て正面右手の道からゆっくりとコチラに近づいてくる。

 2……か。予想よりも少ない。どこかに隠れて奇襲するつもりなのか、或いはこれで全部なのか。後者の確率は低いけど、もしそうだとしたらだいぶ楽だからぜひそうであって欲しい。

 

 徐々に近づいてくる2つの気配。音もなく建物の影から現れたのは、どちらも男。ただ、その人相はだいぶ差異がある。

 片方は大柄で筋肉質な男。と言ってもウボォーのようなスーパーマッチョではなく、がっしりと太い体躯だけどアレよりはもう少しシャープ。精悍且つ凶悪な顔立ちで見た目は30歳前後、焦げ茶の短髪に同色の瞳、灰色のズボンに上半身は裸。そして背中には大きな斧を背負っている。……どうでもいいけど、何でコイツ半裸なの。

 もう片方は、成人男性の平均的な身長で結構細身。20代に見えるタレ目の顔にいやらしい笑みを貼り付けていてウザい。金のマッシュルームカットに青の瞳、上下白のスーツに黒いシャツ、そして赤いネクタイ。持ち手が曲線になっているステッキは、武器か。

 最初に襲撃してきた奴等とは違って、今度は格好に統一性がない。マチとノブナガが相手にしているのが雑魚い量産型でこっちがどこかで拾った優秀なやつなのか、またはその逆か。それともどっちも同程度か。

 彼らは少しだけコチラに近づいたあと、抉れた道路を背にするように立ち止まった。彼我の距離はほぼ私があそこから吹っ飛んだ距離、つまりは20mほど。全員が目に”凝”をして、警戒しながら向かい合う。

 

「……んだよ、妙ちくりんな面のせいで顔は見えねぇけど、近くで見てもやっぱガキだな。こんなのが居るなんて、天下の幻影旅団も結局は名前だけのお遊び集団ってわけか」

「ックク、弱っちそうでいいじゃあないですか。これなら仕事も楽に終わりそうですねぇ」

 

 短髪の、次いでマッシュルームの声が聞こえる。初対面で早速見た目を馬鹿にするとか、このクソ共は命が惜しくないらしい。

 とは言え、短髪の方からは舐めている様子は見受けられない。粗雑な口調だが隙もなく油断もない様子だし、むしろさっきの言葉は挑発としての意味合いが強いか。私のことを蜘蛛の一員だと勘違いしているのも、彼の警戒度を引き上げている要因だろうか。

 大してマッシュルームの方は完全に舐めきっている。服装だけは紳士っぽいけど、いやらしい笑みやねっとりとした口調のせいで似非紳士っぽい印象を受ける。なんかムカツクし、コイツの呼称はもうクソキノコでいいだろう。どうせ爆弾もコイツだ多分。苦しませて殺してやるクソキノコめ。

 戦うときに最初に狙うならクソキノコの方か。短髪は獲物が大斧だから前衛のアタッカーだろうし、そうなるとクソキノコはその援護を担当するはず。

 と言うか、アッチの短髪はどこかで顔を見たことがあるような気がする。それに武器も、大斧……、……あぁ、思い出した。

 

「……そっちの奴、確かA級首の”破砕鬼”トーガンだっけ? ブラックリストとかで見た記憶あるよ」

「その声、女か。たしかにオレがそのトーガンだ。……で、それを知っちまったお嬢ちゃんはどうするんだ? 尻尾巻いて逃げたっていいんだぜ?」

 

 私が記憶を頼りに彼の正体を確かめると、返ってきたのはニヤけながらの肯定。そうかそうか、短髪はあのトーガンか。

 たしか大斧の使い手で大量殺人鬼。彼がその手にかけた人数はよく覚えてないけれど、200をちょっと超えたぐらいだったと思う。

 200人という犠牲者の数は、それだけでA級首と扱うのには数が足りない。人数的にはB級ぐらいだ。しかしそれでも彼がA級なのはその殺害現場の状況に依るものだ。

 彼の殺害現場に共通しているのは、10数mに渡り一直線に抉られた地面、そして扇状に広がる破壊の跡。大斧に依る振り下ろしで地が裂け、衝撃が広がったのが見て取れる現場。そしてその破壊の始点近くに散らばって存在する、潰れた真っ赤な死骸。

 量より質。被害者の数ではなく、加害者の能力の高さが伺えたことがA級首になった理由。それだけ危険だと判断されたということ。

 人体も地面も粉々に破砕されていたからこその”破砕鬼”という呼び名。ここまではブラックリストにも載っていた情報。ただ、私が彼について見たのはそれだけではない。

 

「フッ、別に雑魚をプチプチ潰して名前だけ広めた小物相手に逃げる必要ないし。つーかキミさ、ブシドラとか言う1ツ星(シングル)程度の賞金首狩り(ブラックリストハンター)に捕まえられてムショ行きになった雑魚じゃん。何で出てきてんのか知んないけど、死にたくなければキャンキャン吠えてないでさっさと逃げたら?」

 

 7分。

 鼻で笑いながら散々馬鹿にする。シングル認定って特定の分野でいい業績を残すのが条件らしいけど、そっちも数だけ積めばなんとかなるのでブシドラとやらも小物の可能性は否めない。確かトーガン捕まえたときは集団で行ったらしいし。

 そう、トーガンについてはニュースでも見たのだ。2年ほど前にブシドラというハンターが率いる集団に捕まったと言うのは、一応A級首ということもあって数日間はそのニュースで持ちきりだった。

 ムショにぶち込まれたのは確実なはずなんだけど。まぁプロハンターならそういった手合いでも契約して雇えるから、一応プロハンターのヒソカが雇ったんだろう。

 

「……おい糞ガキ、舐めた口利いてんじゃねえぞ。テメェも幻影旅団もまとめてブチ砕いてやろうか?」

「私の天使のような愛嬌と優しさ溢れる忠告を無碍にして、出来もしないことをピーチクパーチクと……。救いようのないアホだね、雑魚のくせに増長してるから簡単に捕まったんじゃないの? 学習能力も皆無なんだね」

「このっ……!!」

 

 眦を吊り上げてコチラを睨みつつ、低く唸るような声で威嚇するトーガン。短気は損気、この程度で怒ってちゃ駄目だと思う。

 対して私は余裕の姿勢を崩さず、表情を見せられないので大げさに両手を肩の位置まで持ち上げて、やれやれとジェスチャーをしながら追い打ちをかける。

 既に戦いは始まっている。舌戦という名の前哨戦は、先に心を少しでも乱せばそこにつけ込まれ、激昂した感情は冷静さを失い、更に心をかき乱される。

 そうなれば戦闘時の思考や肉体の動作にまで影響を及ぼす。徐々に染みわたる毒のように、自由を奪い死へと追いやる。

 相手には捕まっていた期間である2年のブランクが有る。出てきたのだってつい最近だろう。おそらく2年前当時の戦闘能力に戻すくらいが関の山だ。

 元々どの程度の実力だったのかは知らないけれど、一対一なら高確率で私が勝つ、と思う。ただ、それでも勝率をあげられるなら上げておきたい。

 それに、怒らせた割にはこっちに突っ込んでこない。一応まだ冷静さが残っているのか、それとも初撃は誰がやるか既に決まっているのか。

 何にせよまだ向かってこないのであれば、もう少し精神攻撃を仕掛けるか、と思ったところで、クソキノコがトーガンを手で制して一歩前に出て口を開いた。

 

「まぁ落ち着きなさい、相手の思う壺です。……アナタも、このボクを無視するとはいい度胸ですね。このB級――――」

「おいウルセーよ私発言許可してねーだろクズ。雑魚の金魚の糞になんか微塵も興味ないからしゃしゃり出てくんなバカ死ね」

「なっ……!」

 

 しかしそれを遮って、今度は口撃の対象をクソキノコへと移行させる。彼についての情報は持っていなかったけれど、B級首であろうところまでは聞き取ったしこれで十分だろう。

 とりあえず物凄い上から目線な言葉と、B級ということからトーガンの金魚の糞扱い。そしてさらに罵声を浴びせる。場税の割合が多いのは、彼の情報がないせいでそれ以外言うことがないせいだ。

 多分コイツもトーガンと同じように、捕まったB級首をヒソカが雇ったのだろう。……トーガンは誰かと手を組んでいたという情報はないから、このチームは急造のものか。

 ……それとどうやら、3人目もお出ましのようだ。私の言葉にわずかに表情を歪めたクソキノコが、私のから視線を少し斜め上に移してから元の表情に戻った。

 先手を取って、そこから一方的に攻撃する予定だからこの場は溜飲を下げた、と言ったところだろうか。後ろのやつの”絶”は大したものだけど、このクソキノコのせいで台無しだな。

 

「……随分と口が回るようですが、その態度後悔させ――」

「もう相手すんのめんどいからさっさとまとめて肥溜めに帰りなよ。負け犬どもの相手してる暇無いんだよ私は」

 

 もう1度、今度はトーガンとまとめて挑発する。うーん、事態が向こうにとって好転したと思ってるみたいだから、これ以上は効果が薄いか。

 近い未来で私が無残な姿になっていることは、彼らの脳内では確定事項だろう。圧倒的優位に居ると思っている状態で挑発しても、精神的に余裕があるし、こんなもんでいいか。

 まぁ、そういう方向でいい気になってくれているのも、それはそれで私にとって都合がいい。想定外の事態が起きた時に、冷静な判断力を失うだろうから。それに今までの挑発も、戦闘が長引けば後々生きてくるはずだし。

 そして3人目の相手は、”絶”から”隠”に移行したようだ。オーラの発生源が1つ……、……いや、6つ? 大きいのが1つ、おそらく能力者本体と小さいのが5つ。何らかの放出系等に属する能力でも使ったのだろうか。

 そのまま小さな5つがゆっくりと移動し、私の側面や背後へと移動していく。……おいクソキノコ、だからお前の目線は分り易すぎるんだよ。感知するまでもないんじゃないかコレ。

 

「負け犬だと……? もう許さねぇ、テメェはオレが殺す!」

「聞き捨てなりませんねぇ……アレはボクの獲物ですよ!」

 

 トーガンとその金魚の糞が、それぞれ自分の武器を構えながら叫ぶ。

 構えられたトーガンの大斧は、全長1,5mほどの長さで、柄の両側に半円型の半径25cmくらいの大型の刃が付いている。目測だけど大体合ってるはずだ。柄の先端には小型のナイフのような刃が付いていて、突きにも対応している。リーチは長くて破壊力もありそうだけど、懐にもぐりこめればなんとかなるか。

 結局名前を聞き出さなかったクソキノコの構えたステッキは、1m近くある長めのもの。尖った部分があるわけでもないし、所持者の肉体が屈強なわけでもない。アレで接近戦をするつもりじゃないだろうけど、どう使うつもりなのだろうか。

 それにしても、あえて声を出して構えることで私の意識を前方に向ける魂胆か。まぁ手段としては良いものだし流れとしては自然だけど、クソキノコのせいで台無し。アイツは実戦経験少ないだろうなぁ。

 対する私は未だに武器を構えていない。その代わり、しばらくそのまま睨み合ったあと、ゆっくりと右手を顔の方へと持って行き、顔を覆い隠していたお面を外した。

 

「あっそう、そんなに死にたいんなら全力で殺してあげるよ。……死にたいやつからかかってこい」

 

 そう言いながら、お面を横へと放り投げる。放物線を描いて宙を舞う面に隠されていた素顔が闇夜に浮かび上がる。

 私が素顔を晒すのは、視界を狭めていたものを取り外して、万全の状態で戦うということ。そして、私が仕事している時の素顔を見た”敵”は、誰であろうと生かしてはおけない。

 元より、今夜の作戦を成功させるには、私がここで勝利しなければならない。私が敗北か敗走をした場合、作戦は失敗となるのだ。この場で引く気はない。

 ……そういえば、ウボォーには今夜の作戦の勝利条件も変更になったことを言ってなかったな。まぁ、終わってから言えばいいか。

 

 背後と側面で、配置を終えたオーラが更に膨らむのを感じる。

 私はまだ素手のまま、お面を右に放り投げた状態、右手を広げたままの体勢。武装もしていない今は攻撃するにはまたとないチャンス。

 そして、お面が地面に衝突して硬質な音が周囲に響いたのと同時。それを合図にして、周囲から”隠”で隠された不可視の念弾が5つ放たれた。

 

 ここまでで、9分と少し。

 ずっと頭のなかでカウントしていた数字は、私がウボォーからオーラを盗んでから経過した時間。

 私の能力、盗みの素養(スティールオーラ)での自己強化の効果適用時間は、最後に自己強化目的でオーラを盗んでからちょうど10分。

 つまり、今はまだ効果が適用されている!

 

 念弾が発射されたのを合図に、私も地面を蹴り正面へと駆ける。

 最初に仕留めるべき相手を正確に見定めるように、目を鋭く光らせながら。




アンビシャス先輩、名前だけ出演。


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13 敵戦力を把握せよ

 地を這うように体勢を低くし、クソキノコとトーガンへと急速に迫る。

 相手の意表をついたタイミングでの接近、そして回避。一瞬だけ思考を塗りつぶすことに成功した私だけど、しかし20mという距離もあって必殺の隙には成り得なかった。まぁ一瞬だけ気を反らせても、攻撃を当てるのであれば距離が5mでも遠いくらいだし仕方ない。よほど相手が格下でないとあり得ない。

 とは言え、少なくとも先手を取るきっかけにはなった。彼らより先に動いた私を見て、彼らは攻めではなく守りの姿勢に入った。

 私としてはそれだけでも御の字。現在の私の目的を鑑みるに、どちらを狙うも私次第な状況は非常に良い。

 私の目的は、まず相手の能力を把握すること。相手とは言ってもそれはトーガン以外の2名に限られる。

 バリバリ前衛タイプのトーガンと、ヒョロい見た目のクソキノコ、そして先ほど念弾を飛ばしてきた奴。トーガン以外は彼の戦闘をサポートする役目の可能性が高い。つまりは後衛タイプの能力者。

 ならば。相手を分断し、多少のダメージは覚悟で速攻を仕掛ければ、どちらか片方であれば潰すのことは可能。3対1という状況は厳しいけれど、もとより自力では相手の誰と比較しても私が勝るのだ。後衛とタイマンに持ち込めば、ほぼ確実に、早々に仕留められる。

 分断する手段も幾つかある。その前に今からするのは、後衛のどちらが厄介かを見極めること。

 

 走りながらも腕を交差させてジャケットの内側に入れ、片手に2本ずつ小型のナイフを掴み、”周”でオーラを纏わせる。

 後方で地面に念弾が着弾した音を聞きつつ、両の腕を体の外側へ横に弧を描くように振るいながら投擲。そしてその腕をそのまま後腰へと運び、ダガーを手に取る。

 投擲したナイフの狙いは、それぞれの頭部と心臓。急所へと放たれたそれを、両者ともに最小限の動きで回避し、迫る私に備える。

 なるほど、反応も動きも悪くない。ただ、それが逆にアダとなったね。

 私の能力盗みの素養(スティールオーラ)は、直接接触とは比較にならないほど微小量ではあるけれどオーラ同士の接触でさえも効果を発揮する。最小限の動き、つまりナイフは肉体のすぐ傍を通過。確かに身体には当たらなかったけれど、彼らが”堅”で纏うオーラを掠め、奪うことに成功した。

 奪ったオーラで自己の纏えるオーラ量を強化。ただ既にウボォーのオーラのおかげで強化量が上限に定めた2倍に到達しているので、強化解除までのカウントダウンのリセットという効果に留まる。

 しかし今回の目的はコレだ。コレであと数分は別の目的で盗み続けても問題ない。なのでオーラを盗む目的を変更。

 まだ”堅”で纏うオーラは強化分を抜いた場合の私の全力の量。でも今は相手を探るだけだしこれで十分だ。

 

 最初に探るのは、クソキノコ。彼は私の攻撃を警戒してトーガンの右後方へ下がる。

 私は彼を追うための方向転換をせずに、そのまま突っ込んでトーガンの方へと向かう。このまま進めば大斧を持ったトーガンのほうがリーチが長いので、おそらく先制攻撃は向こうになる。

 しかし彼の間合いに入る手前で足の動きを変える。前へと走るためのものではなく、その場で勢いを殺すためのものに。

 右足の踵を前方斜め下に強くつきだし、アスファルトを深く抉りつつ足をめり込ませる。更にその瞬間に衝撃で前方へ飛び散った瓦礫にオーラを纏わせ、トーガンへと無数の攻撃を加える。

 

「ぐっぅ!」

 

 当然ながら威力の低いそれは、しかしオーラを纏うだけあってチクチクとした痛みはあり、また目に入れば失明ぐらいはする程度のもの。なので顔面への着弾を防ぐために、トーガンは小さくうめき声を上げつつ自身の腕でガードした。

 彼が攻撃をしようとする直前のコチラからの攻撃、更には片腕のガードが上がっている。しかしここで攻め込んでも彼は接近戦型なので、おそらくこういう事への復帰と対応が早くダメージは見込めない。

 だけど、彼が復帰するまでの僅かな時間と、今ので自分が狙われていると認識したからこその構えの変化。その隙は、私がもう片方へと接近するためには十分なもの。

 

「ッちぃっ!」

 

 地面に突き刺した足を支点にして体を捻り、進路は一転してクソキノコへ。

 トーガンの横をすり抜けて肉薄し、舌打ちとともに上から振るわれたステッキの一撃を左手のダガーでいなす。

 ステッキは私の体の横を通り地面へと刺さり、私は接近の勢いを乗せて右手のダガーで刺突を繰り出す。

 それを大きく体を捻り、全身を動かして回避されるが、そのせいで向こうは体勢が崩れている。

 トーガンの援護までまだ少しだけ猶予がある。もう少しつついてみようか。

 そう思い横に僅か一歩分だけ開いた距離を詰め、鈍く光る凶器を振るおうとしたところで、足元近くのアスファルトが突如隆起し、その形を変えて私の踏み出した足へと伸びてきた。

 元よりクソキノコに何らかの能力を使わせるのが目的の突進だったため、攻撃は特に意識していない。そのため変化を認識した瞬間に地を強く蹴って前へ跳び、危なげなくその場から離れて様子をうかがう。

 

 地面から生えているのは、腕。それも肘から先のみが、私の足を掴むべく拳を握りしめていた。

 彼らより後ろの位置へ着地。立ち位置が入れ替わったが、これはこれで次の行動には都合がいい。

 それにしても、腕か。アスファルトを変異させたみたいだけど、彼の様子からしてあのステッキから地面にオーラを流したのか。地面に刺さるほどの強い振り下ろし、その後の隙だらけの回避。私の攻撃を誘発して捕まえる気だったのか。捕まえさえすればトーガンの攻撃で一気に情勢が決まっていただろうし、攻撃じゃなくて観察と回避を念頭に行動しておいてよかった。

 能力の発動条件は……とりあえずステッキの接触。ただ、それだけだと使い勝手が悪いし、他にも何らかの手段があると見ていい。変化させるものやその形態も然りだ。

 何にせよ、あの能力は拘束系。今のはちょっと危なかったし、まだ全貌は明かされていないけど、とりあえずこっちは保留。

 

 もう一人の能力者へと思考を割く。

 この位置からならば、トーガンとクソキノコ、そして私がさっきまで立っていた位置がすべて見える。当然、一番最初に私を攻撃した”何か”と、その威力も。

 こちらへと宙に浮かびながら接近してくる5つのそれらは、握り拳ほどの大きさの目玉。血走った眼球が迫ってくる光景はちょっと視覚的によろしくない。何故目なんだ。目からビームがやりたかったのか。

 そしてそれから発せられた攻撃の威力。さっき破壊音が聞こえてたけど、深さ、そして地表の直径共に50cm程の円錐形の穴が開いていた。そりゃ破壊音も聞こえるだろうと納得の威力だ。まず間違いなく放出系に属する能力者だろう。

 衝撃タイプと言うよりは、貫通タイプの念弾か。前者なら円錐よりも半円の形の破壊になっただろうし。となると、直撃したら結構痛そうだ。

 

 こちらへと接近し、袈裟懸けに大斧を振るうトーガンの一撃を左に移動し回避。それと同時に右腕にオーラを集め、胸元から横へと振るい念弾を発射。

 トーガンは威力の低いそれを大斧の柄の部分で難なく弾く。が、その代わりに足は一時的に止まった。

 正直コイツの相手をするのはタイマンでも骨が折れる。労力的な意味では勿論のこと、物理的な意味合いでもマジで折れかねない。後者の場合は骨が折れるではなく、骨が折られるとでも言い直すべきなのだろうか。いや、どうでもいいかなそんなもん。

 まぁとにかくそんな相手と3対1の現状で戦いたくなんて無いのだ。だからここはテキトウにあしらって標的を移す。

 と言うか3対1とか言う馬鹿げた戦いに、態々付き合ってやる義理も義務もない。数的には3対1でも、私は私の土俵で戦わせてもらう。

 

「んだとぉ!? クソがァ!!」

 

 彼の攻撃を回避した流れで、私は再び走りだす。今度は先ほどとは逆の向き、私が最初立っていた方向へ向かって。標的は、空飛ぶ目玉の能力者。

 トーガンもその私の狙いに気づき毒突き、私を追おうとするも、速度は私のほうが明らかに上。初動の差も相まって、既に追いつける距離ではなくなっている。クソキノコも同様だ。一応更に念弾を撃って彼らの行動を阻害する。

 当然この動きは目玉の能力者も察知しており、目からビームという名の細い念弾を連射してくる。先程よりも威力は控えめだが、1発でも食らったら動きが止まるだろうし、その後集中砲火を食らいそうだ。

 ただ、目玉の移動速度はそんなに速くないようで、全力で駆ける私は囲まれることもなく、斜め後方から放たれるのを身体を少しずらすだけで回避し続ける。トーガンたちが居る方に動かしていたのがアダになったな。

 そして顔を上げ、とあるビルの3階の一室。窓が開いているのはそこだけでなく他にもいくつかあるけれど、相手が念能力を私に対して使ったことで正確に把握した、相手のいる場所を睨む。

 ふわりと身体を浮かせ、その部屋の窓枠へと立つ。当然私の到達を妨害しようと念弾が放たれていたけれど、撃ってくる場所がここへの軌道上だと分かっていたので、念弾を放ちその軌道を悉く逸らした。

 その室内には、真っ赤な袖なし膝丈のワンピースドレスを着て、グリーンの右目と真っ黒な眼帯で覆い隠した左目の金髪ロングの女性が、真っ赤なルージュを引いた口を忌々しげに歪めて立っていた。

 

 左目が真っ黒な眼帯で覆われている、ということは、彼女はおそらくその目の視力を失っていて、だけどあの目玉がおそらく彼女の左目の代わりをしているのだろう。あの形状はそのためなのか。態々意味もなく隠す必要ないし。

 この場合、能力発現の理由は2つ考えられる。

 1つは、彼女が能力を得る代わりに本来の視力を失った。

 もう1つは、彼女は失った視力を補うために能力を得た。

 この2つは、少し似ているようで実際は全く違う。能力発現のタイミングも、前者は視力を失うのと同時だし、後者は視力を失った以降であればいつでもだ。

 念能力とは、その覚悟が大きければ大きいほどその強さを増していく。そう、例えば能力で換えが利くとは言っても、視力を代償に能力を得たらそれはとてつもない威力になるだろう。

 ……でもまぁ、この威力なら失った視力の代わりに目の働きをする能力を得たということか。片目が使えなくなるだけでも距離感掴めなくなって大変だし。それに態々能力のために視力を失うとか馬鹿げてると思うし。

 能力のために指の先っちょを切り落としたバカなら知ってるけど。フランとかフランとか、それとフランとか。

 まぁ何はともあれ、アレは視力を補う働きがある。となると完全なオーラの集合体である放出系では無理だから、あの目は具現化能力で生み出したと考えるのが妥当だ。

 失った視力の代替品として、念で視力を持った目を具現化し、更にロマン溢れる目からビームを実現させた。私が言うのもアレだけど、中々欲張りな女性である。

 

「もう来るなんて!? でもこれで!!」

 

 女性が焦った口調で叫ぶと同時、外にあった5つのオーラが消え、直後に彼女の周囲に先ほどと同サイズの目玉が出現した。その数はまずは5個、少しの間をおいて更に5個の合計10個。これが彼女の全力か。

 半分が私にめがけて一斉に念弾を発射し、残った半分が彼女の周囲に展開され私を待ち受ける。

 

「舐めるな!」

 

 そう叫び返しつつ室内へと飛び込み、念弾を回避。

 更に放たれた念弾を天井へ斜めに飛び上がって避け、そこ目掛けて撃たれたものを今度は壁へと移動して避ける。

 私に迫る念弾。幾度も体を掠めるその攻撃を、床を、壁を、天井を飛び跳ねるように移動して回避する。このような狭い空間であれば、2次元的ではなく3次元的な回避が可能になる。なので広い場所よりはむしろ有利に動ける。

 そして先ほど彼女の能力について考えた時に気づいた、攻略の糸口。このまま一旦引いてもまぁ悪くはないんだけど、それを確かめるために攻勢に打って出る。

 

 最初に居た位置から動かないままで居た彼女目掛けて、手に持っていたダガーを2本とも投げる。

 どちらも急所へと放たれた即死級の攻撃を、彼女は周囲の目玉からの念弾で撃ちぬいて弾き飛ばした。

 そして彼女の意識が防御に向いたその一瞬の間に、私は卵を見て念を求む(ワンダーエッグ)を発動。合計4つの拳大の卵を周囲へと投げつける。

 

 当然何らかの攻撃と認識した彼女は、それを撃ちぬいた。

 しかし、既に手遅れ。対処が一瞬遅れた間に、卵は全て私の近くを離れ、部屋の中心あたりへと近づいていた。

 ワンダーエッグはオーラを卵の中に入れ、手元から離れても威力が減衰しないようにしたもの。そして飛ばされたそれは、割れると同時に内部のオーラが周囲に一気に放出され、威力は低いものの狭い範囲に衝撃波と広範囲に卵の殻をランダムで飛ばす能力。

 

 つまり。撃ちぬかれたことで割れた卵は、周囲へと卵の殻をまき散らし。

 どこへ避ければいいのかわからないほどのそれに当たった目玉が8つ、破壊された。

 接近戦に持ち込むなら、能力の目をすべて潰してしまえればベストだったけれど、贅沢は言っていられない。

 

 好機。

 先ほどまでの彼女の猛攻が止み、接近して攻撃する余裕が出来た。目玉は再度具現化が可能だろうけど、先ほどの様子から見るに少しだけ時間を要するはず。この部屋に来た時、使ってなかった目玉5個と、使ってて再度具現化した5個はそのタイミングがずれていたし。ならば2個の目玉は脅威ではない。

 この女性のような、中距離で一方的に攻撃できるような能力を持った能力者は、何らかの方法で掻い潜って接近戦に持ち込むのが効果的。近距離戦では取り回しの難しい物が多いからだ。彼女の能力も自身を誤射する可能性があるし。

 ただ、それは相手も承知のこと。私に接近された時に、彼女は必ず別の能力を見せる!

 

「甘いのよっ!!」

「舐めるなと言ったァ!!」

 

 吠える彼女の突き出した両手。その手のひらには、先程から何度も見ている目玉が埋め込まれていた。

 ”妖怪手の目”のようになった彼女の手から、先程から何度も見ている、しかしそれよりも威力が高いレーザー上の念弾が放たれた。

 しかし。しかしだ。

 彼女の間合いは中から遠距離。対して私は近距離。そして近距離戦で手の平から念弾放出というのは、ただ槍を穿つのと一体何が変わろうか。何らかの隠し球に対する心構えもあったため、不意を撃たれたわけでもないのに。

 

「くあぁぅっ!」

 

 苦しげな悲鳴とともに彼女が後方へと吹き飛び、その背後にあった窓から道路へと放り出される。

 胴体目掛けて放たれた念弾を、上体を寝かせることで回避。そしてその体制のまま、ドロップキックの要領で彼女の腹部に両足を叩き込んだのだ。

 オーラは結構込めたけど体勢が不十分だったし、ダメージはあまり大きくなさそうだ。鳩尾より下のヘソ当たりに当たったから腹筋で防御可能だし。しかし、ダメージを与えると同時に残りの目玉も消えた。

 威力はさておき攻撃を加える位置と窓の位置はコチラの予定通り。部屋から彼女を出すことには成功した。引きこもりは許さん。

 

 やはり彼女の目玉は、強度がかなり低かった。さすがにアレだけの威力の念弾は放出系じゃないと撃てないし、まぁ当然ではあるけれど。

 本来放出系に属する能力者が具現化能力を使っても、相性の悪さからかなり脆いものしか出来ない。またその逆も然りで、具現化系能力者が具現化した念を手元から離せば、その強度は著しく低下する。

 具現化系の立場から考えてみると、手元から離して運用する放出系の念は基本的には使えないが、放出系が具現化系を使用する場合はそうでもないのだ。

 その理由としては放出系の能力の代表的なものである、離れた念を維持する力と、またオーラの力で瞬間移動(テレポート)させる力に依るものだ。

 テレポートは、何を送るにしてもその転移元や転移先の設定が手間となる。ならば、そういった性質をもった物体を具現化すればいいのだ。いかに脆くとも、ただの転移先として利用するなら欠点よりも利点が勝る。

 彼女の場合は、転移の始点を自分に、終点を目玉に設定。脆くとも自由に飛び回る視力と転移先の性質を持った目玉に、テレポートで念を送って念弾を撃てば便利な強行偵察移動砲台の完成だ。

 厄介極まりない能力ではあるけれど、しかし強度は無いのだ。私のワンダーエッグの卵の殻の欠片が当たっただけで壊れてしまうくらいには。

 

 やはり1人1人、慎重に戦えばそう苦戦する相手でもない。

 まぁ当たり前か。あのヒソカが用意した戦力なんだ。あいつ交流関係狭そうだから、強力な力を持った個人は用意できそうにないし。イルミさんは別として。こういった捕まった犯罪者共か、後はどっかの組織から雇うか。

 よしんばそこそこ強いやつを用意出来ても、ヒソカなら我慢できずに摘み食いくらいはしそうだ。だからこそ、単純に戦闘能力で私に勝る相手はここに居ない。

 それでもやはり3という数字は厄介だ。正面からまともにぶつかれば私の敗北は必至だろう。全方位攻撃と拘束、更にパワータイプが相手には揃っているのだし。

 だからこそ、私は絶対に奴らと3対1では戦わない。

 

 室内に落ちていたダガーを回収して収納し、外の様子を確認してから私も部屋から飛び出す。

 降り立った位置から10m離れた位置では、敵の3人が集結してコチラを睨んでいた。

 コチラも殺気を飛ばし、威圧しあう。周囲の空気が震え、得も言えぬ緊張感が辺りを包む。

 油断ならない相手。おそらく向こうは全員が私をそう認識し、次からは完全に全力で攻撃してくるだろう。

 それでいい。私を警戒していればしているほど、私としては都合がいい。

 

 私もそうだけれど、向こうにも今までの戦闘でのダメージは特に無い。

 強いて言うなら、戦闘の前に受けたダメージが私にはある。だけど動きが阻害されるほどじゃないし、もう痛みも引いてきた。

 おそらく合流後すぐに彼女はさっき使った私の能力を告げただろうから、今のところは互いが互いの能力を幾らか把握した程度。

 むしろ3人が固まっている分、向こうの守りは先程よりも強固になっている。

 

 ……というのが、多分彼らの認識だろう。

 見た目だけで言えば、どちらかに戦況が大きく傾いたわけではない。数も減っていないし、有効打もない。

 だけど、攻撃の中で、回避の中で。私は彼らと何度も接触をした。

 たったそれだけのことは、しかし私にとって大きな意味を持つ。この後に1度きり、自分の思い描く戦況を作り出すことができる。

 その確率をさらに上げるための下準備。片鱗すら見せること無く入念に隠し、そしてさらに積み上げる。

 

「なぁんだ、やっぱ全員雑魚じゃん。……もういいや、さっさとキミら全員全力でブチ殺してやるよ」

 

 酷薄な笑みを浮かべながら宣告する。

 イニシアチブは既に私が握った。

 次で1人、確実に仕留める。

 

――――標的は、既に決まっている。



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14 戦力を削れ

 ウボォーから奪ったオーラで自身の”堅”を強化。纏っていたオーラが急速に膨張し、それまでの2倍の量が私の全身を包む。

 轟々と全身から湧き出るオーラが足元の細かい瓦礫を吹き飛ばし、私の存在を彼らに大きく見せつける。

 全力で殺す宣言の後のパワーアップ。彼らの目には私が今まで完全に手を抜いていて、戦力差を把握した上でさっさとケリをつけるつもりとでも映ることだろう。

 まぁ実際戦力は大体把握したけどそんなに大差はないし、手を抜いていたとしても能力の強化分だけであって身体能力的には完全に本気だったけど。

 それでもとりあえず私の期待していた視覚的且つ精神的効果は確実に現れている。……威圧という形で。

 目を見開く彼らへと魅せつけるように、顔に貼り付けた笑みをさらに濃くしていく。

 

 盗みの素養(スティールオーラ)に依る強化は、”堅”で自身の纏えるオーラの量を2倍にする能力。これは最大値であり、最大にするには当然奪うオーラもそれなりの量が必要になる。

 強化は”堅”のみに留まらない。”堅”とは通常以上のオーラを生み出す”練”と、オーラを留める”纏”の複合技術。その念の基礎の基礎同士を組み合わせた技術が強化されるということはつまり、私のオーラの出力と安定性が共に強化されるということ。その他の念の技術や能力にまで効果は及ぶ。

 2倍というのは中々欲張った量に思えがちだが、強化量がここまで多いのは私の系統と本来の強化方法に依るもの。

 特質系の私は強化系の念と相性が悪く、オーラの単位量あたりの力強さで他系統に劣る。どういうことかというと、同じ量のオーラでも攻防力に大きな差がでてしまうのだ。系統別修行によりある程度はカバーできるとしても、そのある程度の量にだって限界はある。

 そんなわけで念系統から考えると接近戦は危険。だというのに、強化条件のオーラを奪うために必要なことが、相手の念と接触すること。しかもその距離が近ければ近いほど奪取量が多い。今回はちょっとズルをしたけれど、基本的には戦闘開始から何度も接触しないと強化が完全にはならない。

 条件を満たし2倍に増やしたところで、元の自分と同じ量の強化系能力者に勝るわけでも無し。さすがに同程度の具現化や操作系には勝てるけど、その代わり2倍のオーラを扱うということはつまり消耗も2倍ということになるのだ。一応リスクも増える。

 能力を完全な形で使用するのに時間がかかるけど、それ以降であれば自己を強化した上で更に能力まで強力になる。戦闘時間の経過とともにじわりじわりとコチラが有利になる、相手を精神的にも肉体的にも追い詰めることのできる能力。

 

 能力使用の準備は完璧。真っ向からぶつかっては勝率は低いが、ならば小細工を使えばいい。

 複数体を相手する場合は、当然1人ずつ仕留めていくしか無い。狙った相手のみと戦闘できるのが理想だけれど、それは相手の味方が許さない。

 誰かを殺そうとすれば他の奴の妨害にあい、致命傷を与えることは難しい。逆にコチラがじわじわとダメージを蓄積させてしまう恐れもある。

 だったら他の奴らを標的から引き剥がし、邪魔が入る前に仕留めればいい。

 デカい斧を持っている割には結構機敏に動いてくるトーガンとは違い、後衛の2人と1対1の状況であれば冷静な思考も対処も可能。能力もある程度暴いたので今度は先程よりも攻めやすい。

 散々に繰り返してきた挑発的な言葉。トーガン以外の2人相手に対して示した近接戦闘での優位性、それを加味して恐怖心を煽る言葉。

 冷静さを奪い、力を示し、恐怖心を与える。舐めた態度で怒らせ、更に力を出し切っていないとまで告げて。

 

 一発デカいのかましてやるか、とやや重心を前に傾けた瞬間、向こうから動きがあった。

 トーガンだ。彼が私より先に攻めに転じてきた。

 そしてそれに追随する形で、他2名からも支援攻撃が飛んでくる。片方は先ほど見た通りの目玉を6つ、もう片方はステッキの先端から発射した……灰色の球体?

 綺麗な形ではなく、ところどころ不安定に変形しつつも基本は楕円の形を取りながらこちらへ飛来する。何だアレは、新しい能力か。

 まだ彼の方は能力の一部しか見えていないから不確定要素が多い。……まぁ、なんとかなるだろう。

 

 それにしても、少しだけしてやられた感がある。

 トーガンが私よりも先んじて動いたことにより、私が握っていた戦闘の主導権を少しだけ取り戻された。

 理想は私が攻め続けて完全に戦場を掌握した上での完全勝利だったけど、さすがにそう上手くはいかないか。思ったよりも早く彼は精神面を持ち直してきた。

 戦力の要であるトーガンに引きずられるように、他の奴らも。やはり総合的に見てもトーガンが最も厄介だ。

 ……まぁいいか。向こうが攻めの姿勢に転じたのなら、コチラもそれはそれでやりようはある。

 

 武器は構えずに素手で構え、彼らの攻撃を迎え撃つ。

 振り下ろされた大斧を横にずれて避ける。鋭い風切り音と衝撃の余波。

 追撃の連撃を大斧の柄、或いは刃の横の広い面を手足で打って軌道を逸らしていなす。

 こんなデカい凶器、小型の刃物で防御したところでほぼ無意味。だったらすべて避けるしか無い。幸い速度は私が上なのだ。

 トーガンの連撃の合間にも目から念弾のビームが放たれ、灰色の球体は私が回避した後、軌道を下にずらして地面に着弾すると、粘着質な音を立てて灰色が地面へと吸い込まれ、そこから腕が生えて足を拘束しようとしてくる。

 なるほど、ステッキから発射されたあの灰色の球体で物質を操っていたわけか。最初の発動時は直接地面に流しでもしたのだろうか。

 直撃したらどうなるかはわからないけれど、まぁ弾速から言っても回避はさほど難しくない。球を回避した後の腕という2段構えが嫌らしいけれど、それだって回避は可能。

 

 狙いを定められないように立ち位置を大きく変えながら、相手の攻撃を見据えて避け続ける。反撃の糸口は見えているけど、あまりこの状態を続けていたらいずれ直撃を貰うだろう。

 現状、私が回避し続けていられるのは、偏に彼らの連携が碌なものじゃないからだ。

 前衛はただ只管に私に張り付いて私を逃さないように努めている。大ぶりではない攻撃を繰り返し、常に私の意識が自分に向くように仕向け、後衛の援護射撃で私が隙を晒すのを虎視眈々と狙っている。

 その彼の基本姿勢は間違いではない。間違いではないけれど、正解には程遠い。

 自分勝手に暴れた挙句に捕まった犯罪者達。少なくともトーガンは常に単独で反抗に及んでいたし、今回のように共闘などしたことがないだろう。攻撃のぎこちなさから後衛の2名も同じような感じだ。

 刑務所から出てきたのもつい最近のはず。その時点で初対面だったであろう彼らは、互いの戦闘スタイルなど知る由もない。加えて、勘を取り戻すのに精一杯で連携訓練などしている時間もない。

 つまるところチームワーク最悪。反撃する余裕はないけれど、私が回避し続けていられるのもそれが理由だ。トーガンが私に張り付きすぎて後衛は思うように攻撃できない。埋めるべき攻撃の隙間が埋まらず、逆に互いに見合うぎこちない攻撃。

 とは言え、いつまでもこの状況に甘んじているわけにもいかない。連携の悪さなど実戦の中で改善することは可能。

 準備だけは怠らぬよう、只管に避け続けてその時を待つ。

 

「この、チョコマカと……っ!!」

 

 トーガンが短く毒づく。

 振り下ろし、横薙ぎ、刺突。全方位攻撃、拘束。致死性の攻撃が幾度も私を掠め、破壊音が響き渡る。

 息つぐ間もなく繰り返される攻撃の合間、しかし遂にわずかに見つけた反撃の隙。

 それを逃さぬよう、更なる能力を発動させる。

 

 私の右腕に、突如として出現した大量のオーラ。回避の合間に彼らから盗み続けたオーラを、右腕1本に集中させる。

 盗んだオーラの攻防への転用。盗んだ量がそのまま任意のタイミングで自身の攻防力に還元される、私の持つ切り札の一つ。

 量の上限が定められているわけではないので、オーラを集めれば理論上では1撃で大陸を破壊することも可能。まぁあくまでも理論上であって、実際の上限は私がこの能力を使用時に扱える量、つまり私の実力次第。

 その上限も、強化された状態の私であれば増加する。集まったオーラの量は膨大で、圧倒的な存在感と更なる威圧感を周囲に放つ。

 

 能力発動の兆候か、或いは直接その腕で殴るのか。

 少なくとも私が強化系でないことは、私からのドレスの女性への攻撃から推察されてるはず。とは言え、能力と打撃のどちらであってもこの量は脅威。

 咄嗟の出来事にトーガンは、確実性を選び回避ではなく防御を選択。本能的に自身を守るための最適解を導き出し、後ろに下がりつつ斧を全面に構えて攻撃に備えた。

 それこそが、私の狙いとも知らずに。

 

 私は敵の数が減るまでトーガンの相手をするつもりはないのだ。

 だけど彼は前衛として常に私に張り付き、他2名のもとへ行く暇を与えないようにしている。

 しかし彼はチームプレイ初心者。後ろをカバーするための動きは、そのことを意識していなければ実行できない。

 で、あるならば。意識も思考も入り込む余地のないの無い、反射的な行動を取らせてしまえばいい。

 突如膨らんだ私のオーラ。彼はそれを見て反射的に取った行動は、味方ではなく自身(・・)を守るための行動。今まで連携などしたことがない彼は、咄嗟の判断の際に味方を守るという選択肢が浮かび上がらない。

 彼は多少の危険を犯してでも私を止めるべきだった。そもそも彼には仲間がいるので、彼らの援護が最適であれば私の反撃も潰すことは出来たかもしれない。

 しかしもはや手遅れ。私とトーガンは常に至近距離で戦闘していたため、先ほどまで同様に援護射撃も思い切って行えない。加えてトーガンの攻撃が止み、私の行動を阻害する要素が減った。

 動きが咬み合わない。それが、奴の死因。

 

 肉薄し右腕を鋭く前へ突き出す。狙ったのはトーガン本体ではなく、彼の持つ武器の柄。それを強く掴む。

 武器を捨てる選択肢も彼にはあったけれど、彼はそれを選択しなかった。……捨ててくれたほうが後々楽だったけれど、贅沢は言えないか。

 掴んだ斧の柄を膂力に任せて強引に振り回す。後方の上空へと放り投げると同時に、右腕のオーラを全て放出。トーガンとともに上後方へと飛ばす。

 攻撃ではなく、障害の排除へ。アレだけの量のオーラを、ダメージにならない方法で運用する。私が練り出したオーラじゃないから負担はないけど、それを知らない相手からすればかなり意外な行動。フェイント効果も十分。

 後方から聞こえてくる声を無視し、ドレスの女とクソキノコの方へと全神経を集中させる。

 

「チッ、使えない……! 冗談じゃないわよ!!」

 

 女の声に焦りが混じる。自分たちのどちらかが狙いであるという事を悟り、彼女たちはほぼ同じタイミングで地を蹴って後方へと距離をとる。

 しかし、ここでも足並みが揃わない。基本的な連携の確認くらいはしているだろうけれど、やはりこういう咄嗟の際の行動はそれぞれ勝手に動いてしまう。

 ドレスの女は真っ直ぐ遠く後方へ、クソキノコは斜め後方に短い距離。戦闘スタイル、そして間合いの違いが彼らの動きを違えさせ、互いが互いをカバーしきれぬ程に距離が開く。

 

 今度は複数の投擲用ナイフを何度も投げつけながら、女へ接近する。狙いはコイツ。

 迎撃のために各方向から放たれる念弾を避けるために、低い体勢で地を這うように、ジグザグな軌道で。

 紙一重で攻撃を避け続けながらも、進む速度は緩めない。距離を急速に縮めながらも、ナイフを投げて横の動きを抑制させ路地に逃がさないようにする。私への迎撃、さらに防御に向かない彼女の能力では対処しきれず、逃走ルートは真後ろに固定される。

 漸く巡ってきたチャンス、逃しはしない。ただ只管に、前へ、前へ!

 

「やらせませんよぉ!!」

 

 最初に私の方へと仕向けられていた6つの目玉は、既に私の後方。どうも撃つときは一瞬動きが止まるようで、撃ちながらだと私に追いつけない。そして後ろからの射撃も、オーラの位置が把握できる私は見ずとも回避できる。

 後ろへ下がりつつ手のひらの目から射撃する彼女の周囲には、彼女を守るように残りの4つが展開されて、彼女の傍を離れない程度にコチラに射撃を行っている。

 キノコは叫びながらも頭大の石を飛ばして来た……が、その石には灰色をした蝙蝠の羽のようなものが付いている。地面から生える腕に似たような能力の一環だろうか。

 速度は灰色の球体とは比べ物にならないほど早い。能力で物体を高速で打ち出して、羽で軌道修正くらいの効果だろう。女に近づく前に私に当たりそうなコースだけれど、避けるのは容易。

 

 後方からの射撃が止まる――――いや、目玉が全て消えた。再度具現化するつもりか!

 だけど、もう遅い。再度具現化するまでタイムラグがあることも、その時間も先ほど承知している。

 直線的な動きになってしまうけれど、オーラを足に集中させて突っ込めば多少のダメージと引き換えに仕留められる。

 準備は出来た。次の一歩、このキノコの飛ばしてきた岩を回避したら――――っ、地面から腕!?

 

 慌てて横へと飛び退く。地に足がつくまでの僅かな時間に、何が起きたのかを脳内で瞬時に整理。思考は私の強み、戦況は常に高速で思考して処理する。

 斜め後ろから後ろ腰あたりへと飛んできた、羽が生えた頭大の石を避けた。予想通り回避方向にわずかに追尾してきたけれど確かに避けたのだ。そこまではいい。

 問題は、その後。その石がさらに軌道を下へと変え、地面にあたったその瞬間。そこからアスファルトの腕が生えてきたのだ。

 

 石からは羽が失われている。状況から察するに、あの石はただ単に速度と追尾性が付加された攻撃だけじゃなくて、さらに能力の中継点としての役割があると見える。

 本体が持つステッキや灰色の球だけじゃなくて能力で飛ばした物体からもアクセスできるのか!

 回避しても多少なら軌道修正してくる物体を躱しても、更に軌道を変えたその物体が媒介となって、もう1度その着弾点から捕縛用の能力を発動するのか。いやらしい攻撃だ。

 先程よりも警戒度を上げるべき……だけど、やはり早急に対処すべきなのは手数が多く全方位攻撃ができる女の方!

 

 意識をキノコから女へ切り替え、接地した瞬間に再び女へと突っ込む。

 タイミング的には最悪。今の回避行動のせいでわずかに時間を消費し、向こうはおそらく目玉をもう一度具現化するまでの時間が稼げているはずだ。

 だけどやるしか無い。次以降は警戒されるし、回避ルートも合わせてくるはずだ。

 危険度が高かろうともチャンスを逃すべきではない!

 

 投擲用のナイフではなく、主武装のダガーへと持ち換える。

 間合いまで後数歩にまで近づいた女の姿。その周囲を守るように飛ぶ目玉は、撃つときは止まるという性質上やたらと撃てない。私の攻撃にカウンターで合わせるタイミングに使うのだろう。

 他の敵からの妨害は無し。ならば今最も警戒すべきは、目の前に再度現れた6つの目玉!

 

「死ねぇ!!」

 

 覆われていない片方の目を限界まで見開いた女の殺意の込められた叫びに呼応するように、6つの目玉に変化が起きる。

 見せたのは今までになかった動き。ぼこり、ぼこりと、泡立つように表面が球状に、いくつも隆起しだす。

 内包するオーラ量がどんどんと増えていく。今まで見ていた限りでは瞳が発射口だったけれど、今は閉じてしまったのかそこから念弾が射出されることはない。

 本能が警鐘を鳴らす。コレは掻い潜って標的を仕留められるような攻撃じゃない。標的から遠ざかってでも回避しなければならない!

 

 瞬間。

 過剰なオーラの供給に耐えられなくなった目玉が、遂に崩壊した。

 周囲へと無差別に、何本もの光条を放ちながら。

 更にそれに合わせるように、残りの目玉が私を正確に狙い撃つ。

 

 数が多すぎる! やはり掻い潜って攻撃するのは不可能!

 6つの目玉が一斉に崩壊した瞬間、反射的にその全ての軌道を読み取ろうとする。

 だけど間に合わない。仕方なしに、不完全だけど現段階では一番安全且つ効果的なルートを選出し、即座に実行に移す。

 体を少し浮かせ、捻り、反らし。手足を伸ばし、畳み。ドレスの女の横を通過し、空中で横になった体を回転させながらも被弾数を抑える。

 手足や脇腹に痛みを感じながらも、光条で構成された網を直撃だけは回避して抜けきった。

 それと時を同じくして、距離が近かったせいで自身も光条に煽られたドレスの女も、漸く私の状態を確認する余裕が生まれる。

 

 被弾箇所の確認は後回し。空中で体勢を整え、反撃に移行。

 回避も、そしてその後の行動も。体が軽く体積の小さい私には、アクロバットな動きやそこからの復帰の速さについてはかなりの自信がある。体勢を整えながらも持っていた左手のダガーを予想着地点へ投擲。

 オーラを纏った凶器は地面へ斜めに深々と刺さる。その持ち手の先端部分を足で踏みつけ、膝を曲げて前進の勢いを殺しながら、ダガーを通して地面へとオーラを流しこみ、足元の強度を増加させる。

 そして勢いを殺しきれないまま、ダガーをスパイク代わりに足の筋肉をを酷使して無理矢理に進行方向を反対にする。――――標的へと向けて。

 

「ッ!!」

 

 息を呑む音は、私が苦痛から漏らしたものか、それとも彼女の驚愕からくるものか。

 どちらにせよ、彼女の捨て身の攻撃を何とか掻い潜り、逸れた軌道を強引に修正して、私と彼女は互いの向きを入れ替えて再び対峙する。

 視線が交錯する。彼女の周囲には目玉が1つしかない。本人も僅かにかすり傷を負っていることから、先ほどの捨て身のカウンターで彼女自身も軽くない被害だったと推察。

 巡ってきた最大の好機。今度こそ仕留める!

 

 彼女本体の攻撃に先んじて、目玉の瞳にオーラが集まる。幾度も撃たれるうちに気づいた、発射の兆候。この直後に、瞳の位置と向きからまっすぐに発射されるのだ。

 直後に放たれる念弾と、それに突っ込んでいく私。相対的にかなりの速度になっているけれど、発射タイミングも軌道も完全に読みきっている。

 ”流”で瞬時に左手に全てのオーラを集める。強化状態によって、”硬”の状態で集められたオーラの量もかなりのもの。

 その左手で、向かってくる細長い楕円形の念弾を、横合いから殴りつける。

 貫通力があるのならば、正面からではなく横からぶっ叩く! 結果、念弾は弾き飛ばされて防御に成功。

 目玉の第2射も、新たに具現化するのも間に合わない。正真正銘の一騎打ち。

 

 間合いまであと一歩。

 恐怖と焦りに彩られた女が、構えた両の手の目から、高威力の念弾を放つ。

 正真正銘、彼女の最後の一撃。

 

 舐めるなと、言ったはずだ!

 

 心中で吼える。速度も、体捌きも、反応速度も。近接戦闘における命中や回避に関する全ての能力が、遠距離タイプの彼女だと私より下回る。

 ただ真っ直ぐと、掌の角度から射線が、集まったオーラから発射のタイミングが。圧縮された時の中、伝わってきた情報を頼りに体を捻る。

 屈んだ私の頭のすぐ上を、ひねった私の胴体の真横を、念弾が通過する。

 躱された。それを悟り絶望に歪んだ彼女の顔を鋭く睨みつけ、口元だけで酷薄に笑う。

 魅せつけるように、右手に持つダガーに”周”で全身のオーラを流し、”硬”の状態にする。

 わずかない時間での、部位を変えての2度の”硬”。単位量あたりのオーラの威力が低い特質系が、総量や顕在量よりも優先して鍛える、オーラの超高速かつ繊細で大胆な扱い。

 最後の抵抗をするための心さえも奪い去るように。必殺の腕を振りかぶる。

 

 勢いをそのまま、恐怖に縛られた彼女の横を流れるように通過しながら、殺意を振るう。

 その際に夜闇に煌めいた一本の鈍い光の線。カツン、と、硬いものを刃が一息に切り落とした軽い音。

 そして彼女の首元に現れた赤い線と、その直後にその頭が落ちたことが、交差した瞬間何が起こったのかを如実に表した。

 首を切り落とす。私が普段からよくやる殺し方で、最も静かに、そして確実に命を奪える方法。

 

 ゆっくりと傾いた体が、何の抵抗もなく後ろから地面へと倒れ伏す。

 まずは、これで1人。

 

「なっ……!? くっ、おのれぇ……!」

 

 進行方向を1度真逆に変えたことによって、私の正面の視界には先ほどまで後方に居たクソキノコが映る。憎々しげな呻き声を上げる彼を一睨みし、その場で足を止める。

 彼以外にもう一つ視界に映るのが、彼のさらに遥か後方にぶん投げられたトーガン。……オーラの位置でわかってはいたけど既に着地済みか。

 まぁ吹っ飛ばされててもオーラを放出すればその時の推進力で、少し軌道を変えるくらいなら空中でも身動きが取れるし、それは予想出来ていた。下方に軌道修正すれば、重力も手伝って着地はかなり早まる。

 余計な知恵を使わず、素直に長距離を長時間吹っ飛ばされててくれるのが1番良かったけど。そうしたらその隙にもう1人殺せたかもしれないし。

 まぁ贅沢は言うまい。一先ず味方と合流しようとするトーガンを睨みながら、止めた足をジリジリと後退させる。

 この位置関係だと、キノコが下がれば私が彼に到達するよりも向こうの合流のほうが先になる。2対1なら何とかなりそうだけど、やはりダメージを抑えるためにはもう1度後衛とタイマンに持ち込むのが懸命だ。

 ……今夜は、コイツらの後にもう1戦控えていることだし。無理は禁物だね。

 

 彼らに背を向け、すぐさま死体を回収。切り離した頭も、胴体も。

 そして地面に刺したままだったダガーを回収し、”絶”で気配を消して路地に入る。

 上を見上げ、開いている窓を発見する。両側の壁を交互に蹴って上昇し、そこから建物内部に侵入。

 

 私の姿と気配が消えたことで、彼らも無理に追うことはせずに”絶”で気配を立ち、さっきまで戦闘をしていた通りから姿を消して潜伏した。

 これも、私の望む通りの展開だ。建物内を更に移動して、侵入したのとはまた別の、さっきまで居た通りが見える部屋へと辿り着き室内で座り込むと、ほくそ笑む。

 まぁ彼らは仲間を失って、位置はまだバラバラ。無理してでも追えるような状態じゃなかった。更に私は血を流し、死体も回収していったので、血の匂いを追えば私を補足できる。

 むしろある種最善ではある。状況的には向こうは私を補足できるけれど、私はそうではないのだから。……あくまでも一般的には。

 知ってか知らずか、確かに”絶”で潜伏された場合はオーラを感知できない。けれど、その状態だって見つける方法はあるのだ。

 

 一先ず、受けたダメージを確認。

 ……脇腹や腕、足から数箇所出血。傷は深いものじゃないし、出血も大した量じゃないのですぐに収まるだろう。

 方向転換の時に酷使した足も、”絶”の状態でいればすぐに回復する。念弾を殴った手も、血が少し滲んでいる程度。

 受けたダメージは予想以上だったけれど、戦闘続行は可能。数が減った分やりやすくなったし問題ない。

 やはり後衛のキノコも接近戦であれば速度で圧倒できる。タイマンに持ち込んで急所に必殺の一撃を叩き込めば難なく殺せるはずだ。

 できればトーガンとはまだあまり接触したくない。速度のみで圧倒している現状、アイツとパワー勝負に持ち込まれたら仕留めるのが難しくなるし。

 単純な攻撃力も防御力も、純粋な強化系であろうトーガンには敵わない。そこに気づかれるのは遅ければ遅いほどいい。ならばこそ、私は私の土俵で戦い続ける。

 そうすれば、今回のように多少予定から外れても被害は少なくて済む。

 

 まぁ、とりあえずは肉体の休息と、クソキノコを殺すための下拵えだ。

 隣に転がる首のない死体へと刃物を突き立てながら、次の行動に思いを馳せる。

 ……どうせ全員殺すんだし、使える技は使っておくか。



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15 戦場を支配せよ

 姿を隠してからおよそ3分ほどが経過した。あまり長い時間隠れていると、指示を仰ぐためヒソカに連絡される恐れもあるため、腰を上げて動く準備をする。

 潜伏先の室内に蔓延する鉄臭さと生臭さ。そしてベタベタと纏わりつくように湿った空気。

 赤黒く染まった床と室内の空気を嗅ぎとって思う。この部屋めっちゃ居心地悪い。

 

 身を潜めてからまずしたことは、女の死体の腹をナイフで掻っ捌く事だった。

 人間、と言うか動物全般に言えることだろうけれど、死にたてのホヤホヤの死体は血が凝固していない上に肉が柔らかいのだ。なので肌を傷つければ生前ほどではないけれど血は流れる。

 ならばと思いついたのが、この死体の(はらわた)を抉り出し、ポッカリと空いた腹に卵を見て念を求む(ワンダーエッグ)を詰めて利用するという手段。腹の中で破裂させれば人間水風船として恐怖と血肉をまき散らして大いに活躍してくれるはずだ。

 卵の威力も上がっているので、ゼロ距離で威力減衰がほぼ無い腹部内爆発であれば、この死体をバラバラにする威力ぐらいは発揮できるはずだ。何より今の私は能力に依る強化状態によって、ワンダーエッグの性能も上昇しているし。

 成人女性はそこそこの質量と長さがあるから、足でも掴んでぶん回して武器にして、ちょうどいいタイミングで卵を破裂させてしまえばいい。頭部も顎を外して口の中に卵を詰める予定だけど、これは振り回したりぶん投げるよりももっと有効な方法で使わせてもらう。

 短い時間だったとはいえ、元仲間の肉体を使われるのは精神的にクルものがあるはずだし。死体だからといって捨て置くのはもったいない。

 ちなみに内臓を掻き出したせいで血に塗れた手は、彼女の着ていたドレスの裾で綺麗にさせてもらった。

 

 これで次の攻撃の時に使う道具の下拵えは完成。その後は傷口の治療を行った。

 出血はしていたけれどどれも深い傷ではなかったため、既に血はほぼ止まっている。

 これは今私が”絶”の状態であるのも大いに関係している。オーラが外に漏れないように体内に留めるこの技術は、気配を消すためだけのものではない。

 生命エネルギーとも呼べるオーラを体内のみで循環させることによって、自己治癒能力を高める効果もあるのだ。俗にいう”内功”というやつである。

 その治りかけの傷口を、足首に巻きつけてある細長い布を幾らか使って縛り応急処置。裾がひらひらするのを防止するためでなく、一応治療にも利用できるのだ。

 

 処置が必要そうな箇所を全てやり終え、準備完了さぁ殺そう、と思った頃には室内にが悲惨な状況になっていたというわけだ。

 正直こんな手段を使わずとも、残り2体であれば他の手段を使っても十分に勝利することは可能なんだけど。

 だけど私はここで無駄に傷を増やすわけにはいかないのだ。アイツらとの戦いは今夜のメインではなく、次に控えている戦いこそが私にとって重要なのだ。

 傷を増やさないようにするという意味ではここで逃げるという選択肢も無いわけではないけれど、今夜以降のことも考えると彼らは今仕留めるのが最良なので、ここで放置するわけにもいかない。顔も能力も見せたことだし。

 勝利しつつ、自身へのダメージは最小限に抑える。そのためには使えるものはなんだって使うべきだ。

 

 首から上は髪の毛を鷲掴みして持ち、下は片方の足首を掴んで引きずりながら、先ほどまで私達の戦闘が繰り広げられていた通りに面した窓の傍まで移動し、勢い良く窓を蹴破る。

 ガラスの砕ける音と途端に流れ込んでくる清涼な外気が心地よく、一つ大きく息を吸う。

 ヨークシンの郊外にあたる現在地は、打ち捨てられた高層建築物はあれども街灯はまばらで、雲一つ無い夜空が都心と比べて殊更に映える。

 しかし視線を落とせば、眼下の街並みには戦闘の余波に依る破壊の跡。清らかな空に反し、地上は悪意で汚されている。

 まぁやったのは私なんだけど。ここに更に鮮血の朱を添えるということを背徳的な思いに浸っても、特に何の感情も湧いてこない。

 基本的にぶっ壊すのが大好きってわけじゃないからそれは不思議じゃないんだけれど、そうなると私はこの状況の何を楽しんでいるというのだろうか。

 戦闘前の高鳴り。その後戦闘中は特に湧き上がってこなかった愉悦の感情は、ドレスの女を仕留める直前と、その瞬間に大きく膨れ上がっていた。

 しかしながら、こうやって破壊や殺害に思いを馳せても心は動かない。いやまぁ楽しいっちゃ楽しいんだけど、別に心が震えるほどではないと言うか。そう、求めているものと少しずれている感じが。

 破壊でも、殺しでも、純粋に戦闘を楽しんでいるわけでもなく。”奪う”ことが好きだから殺すことを楽しむのかもしれないけれど、それでは何かが足りない。

 いつかにも考えた、殺したその先。命を奪ったその先。掴んだ手の平からすり抜けていくような不明瞭な”何か”こそが、私が求めているものなのだろう。

 愉悦に浸れたということは、感じ取れるほどすぐ近くにあるということなのだろう。その瞬間、見えはしなかったけれど確かにここにあったのだ。

 きっと、この街でそれは見つかる。なんとなく、そんな気がする。

 

 見えないし触れられないそれは、立ち止まって考えていても答えの出るものではない。答えはそれを感じた戦場にこそある。意識は戦いへ。

 深く吸い込んでいた息をゆっくりと吐き出し、窓枠に足をかけてビルの5階から飛び降りる。

 降り立ったのは先ほどまで戦っていたのと同じ場所。両手にまだ卵を詰め込んでいない肉塊を持ちながら、”絶”を解いてゆっくりと道の中央へと歩み寄る。

 今までの私と同様に”絶”で気配を絶った彼らの現在地をオーラから読み取ることは出来ない。しかし、大まかにではあるけれど分かる。

 彼らは元長期服役囚で、現在は雇われの身としてシャバに出てきた。そんな彼らは自身の雇用主の意思に反する行動は出来ないのだ。

 彼らの勝手な判断で私から逃げることは許されない。それが雇用主の意に反する行いであった場合、彼らに支払われる報酬――この場合はおそらく刑期の短縮――も無かったことになるし、むしろマイナスになる可能性があるため。

 雇用主と連絡を取ろうにも、当のヒソカは電話が不可能な状況なはず。メールでは細かい状況の報告や、それを踏まえての指示を受け取るのに多大な時間を要する。このまま隠れ続けているとその猶予を与えてしまうけれど、この時間ならまだ問題はない。

 加えて私は出会った当初からアイツらを散々馬鹿にしてきた。繰り返される挑発は私への怒りを産み、その執着が彼らをここに縛り続ける。

 総合して考えると、ほぼ確実に彼らはまだこの付近へと潜伏し、ヒソカへと連絡を取ること無く私の命を狙い続けている。

 

 と、なると、だ。

 方角こそはまったくもって分からないけれど、距離の推察は簡単。

 私と同様に戦闘続行の意思があるのであれば、潜伏先もまた似通った場所を選ぶ。

 即ち、私達の戦っていた場所、この通りが見える位置。標的と離れすぎないよう、この場所を中心とした円形状の。

 

――――ここからそう離れていない位置。

 

 瞬間。私のオーラが周囲へと一気に拡散し、球状にヨークシンの郊外を包み込んでいく。

 ”纏”と”練”の複合技術、”円”。これによって私のオーラは高性能のレーダーとなり、オーラの触れた物体の形状を正確に私の脳へと反映する。

 範囲は最大で常の状態で200m弱。私より戦闘能力は高いと思われる念の達人と呼ばれる連中でも私の4分の1程度が平均値という話だから、私は元々索敵系だの感知系の適正が高いのだろう。オーラに干渉する能力で鍛えたとはいえ、オーラを読み取る能力にも長けているし。

 更に最高強化状態の私は”纏”と”練”の性能も飛躍的に上昇中。流石に”円”の範囲もそのまんま2倍とはならないけれど、四捨五入すればおそらく300mには届きそうな程。……まだゾルディックさん家のゼノさんには届かないというのかちくしょう。

 トーガン達はノコノコと姿を表した私を真っ先に補足したことによって、どう先手を打つか画策しようとしていたのだろうけれど。

 しかし彼らの目論見は潰された。こう暗くてはいくら夜目が効こうとも、そもそも昼間でさえも見つけるのが非常に困難なほどの距離。

 およそ80m程離れた、ボロボロで落書きだらけの廃マンションにある5階一室。その窓からほんの僅かだけ顔をのぞかせてコチラを見る人影と、そのすぐ傍にあるもう1つのそれ。

 目視も、ましてやこんな方法で補足されるとも思っていなかったのだろう。私のオーラに触れた彼らは、一瞬身をこわばらせ、そのオーラを僅かに揺らがせた。

 

 勘違いさせてはならない。イニシアチブは私が握っているのだ。

 彼らは私に食らいつくのみだと自覚させねばならない。

 そうであればこそ、彼らは私に焦り、怒り、畏怖し、思考を曇らせる。

 

 ゆっくりと身体の向きを入れ替え、彼らのいる位置を正面に据える。

 身を隠していたことを嘲笑うかのように口元を弧にし、ゆっくりと彼らのいる方向へと歩いていく。

 ”円”は半径100mにまで広げたところで安定させている。更にその中にいる彼らから少しずつオーラを奪い、能力の強化解除までの時間をリセット。

 魅せつけるのは余裕。言葉こそ発せずとも、態度で、空気で、全身で彼らを見下す。彼らに私の存在を刻みこむ。

 

 常に位置や姿勢を完全に把握されているトーガンたちの奇襲は不可能。しかしだからと言って後手に回る気もないらしい。

 まず動いたのはトーガン、次いでクソキノコ。先ほどまでと同様、トーガンが先陣を切る。

 隠れていた部屋から飛び出し、真っ直ぐにコチラに向かってくる。常に補足されているのであればどの方角から攻めても同じことだし、最短距離で突っ込むことを選択したようだ。

 向かってくる彼に対し、私も瞬時に”堅”へと切り替えて応戦。肉塊バットのフルスイングで様子を見るか、と首から下の方を握った右腕に力を込めるが、先ほどまでと違うトーガンのオーラを感じ取り、迎撃の構えを見せながらも内心では回避を選択。

 見た目こそは今までと変わらないトーガンのオーラ。しかしながら彼の持つ大斧から感じ取れるオーラはその見た目に反し膨大。多すぎるオーラの一部分を”隠”で隠し、今まで同様の一撃に見せる腹積もりか。

 この手口は念能力者同士の戦闘ではよくあること。おそらく彼の放つ一撃は、”破砕屋”の異名の所以ともなった能力。

 

「ヒヒャハ、くたばりやがれェッ!!」

 

 咆哮。そして爆音。

 上段に両手で構えられた大斧は、彼の一声に呼応するように明確な殺意で以って膨れ上がり、私の数歩手前で振り下ろされると同時にその猛威を振るった。

 直線軌道上で暴れ狂うトーガンのオーラ。扇状に広がりつつ、穿たれた地を砕いていく。

 その光景は、正しく破壊ではなく破砕。地面が壊れて瓦礫が飛ぶのではなく、地面が砕かれて砂礫が舞う。

 直線距離にして20mに届きそうな暴力の波。それを私は大きく横に高度をとって飛ぶことで回避していた。

 生首の髪を掴んだ左手の自由に動かせる指を使い、建物の外壁に小型のナイフを投げて刺して、”周”で外壁を強化して崩れないようにし足場にして壁に張り付く。

 とんでもない威力だ。あんなの食らったら、いくら強化してあるとは言っても一発で死ぬ。確実に真っ赤なオブジェになって死んじゃう。

 防御も意味なさそうだし、当たらなければ問題無いとはいえ……あまりアレを撃たせるべきじゃないかな。

 高い位置から俯瞰した彼の攻撃の威力は称賛に値するものだ。流石にウボォーには劣るけれども。

 

 しかし解せない。何故彼はこの状況で能力を使ったのか。しかも誇示するように。

 この戦闘での前衛としての彼に求められる役割は、私の攻撃対象を何とかして自分に固定させ、後衛に自分をサポートさせることだ。

 1対1の戦闘での私の優位性は、トーガンに対してもクソキノコに対しても先ほど証明済み。彼らの攻撃は私が回避に専念した場合ほぼ当たらないのだから。

 回避能力は戦闘結果に如実に現れる。避けられるほど早いということはつまり当てられるのだ。この状況で私が先にキノコの方を仕留めたとすると、トーガン達の勝率はかなり下がる。

 しかも後衛と近接戦闘に持ち込んだ場合、速度と戦闘技術で圧倒的に勝る上に自分の間合いの私が圧倒的に有利。サシで接近さえできれば即座に命を奪える。

 だというのにこんな、私がトーガンから離れて後衛に簡単に接近できるような隙をみすみす作り出すだろうか。

 答えは否。

 少なくともキノコの方は、接近戦を挑む私に対して何らかの対応策がなければ――――あぁ、そういうこと、ね。

 

「ぐぅっ!」

 

 右腕を振り下ろす。叩きつけられた肉塊バットの標的は、”隠”で気配を隠して接近してきたキノコ。

 攻撃のために構えていた()を防御のために頭上に掲げ、刃を肉塊の背中に食い込ませつつ私の反撃を防ぐも、上方向へと向かっていたベクトルと下へと反転させられて地面へと落下する。

 不意打ちに対するカウンター。直撃だと思ったけれど想定以上の動きで防いだ彼を見る。空中で姿勢を不自然に制御して何とか着地した彼の風貌は、先ほどまでと若干変わっていた。

 手首と足首、膝と肘のすぐ上、腰回りに首元、そして両のこめかみ。計11個の灰色の光沢のある物体が、まるでサポーターのごとく各部位を被覆していた。更にステッキではなく、これまた灰色の剣に武器が変わっている。

 ……そういえば彼の能力は、灰色の何かを流しこんで物体の形状変化と操作、それと飛び道具なら確かスピード上がってたな。

 ちょっと、試してみるか。

 

 彼を追うように地上へ降り立ち、接地と同時に突進する。

 元仲間の肉体を道具として扱う私を嫌悪しているのか、それとも先の防御で傷つけたことに関してか彼の表情は少し歪んでいる。あくまで少しだけれど、精神的な効果は上々。ゼロよりマシだ。

 ただコチラとしてもあまりボロボロにされても困るので、攻撃は足技のみに限定して行う。

 

 袈裟懸けに振るわれた剣をのけぞって避け、腹部に蹴りを放つ。

 が、それは彼が蹴りの射程内から遠ざかったことにより不発に。

 続けて足を狙う。避けられる。切りつけられる。回避する。蹴る、避けられる。切られる、避ける。

 短時間に数度繰り返し、遂に私の足が彼にあたった。が、コレは防御される。

 間髪置かず切り返され、それを避けると私は大きく下がって距離をとった。

 これ以上やるとこっちにやってきたトーガンに横合いから攻撃されそうだったからだ。目的も達成したので、そのような危険な状況は御免こうむる。

 

「こっの、逃げてんじゃねぇぞ糞ガキがぁ!!」

 

 キノコから距離をとれば、再び接近してきたトーガンとの接近戦。しかし私は攻めずに避けるのみ。

 憤慨して叫ぶトーガンの要求は頭の中で即座に却下し、荷物があっても私のほうが早いため走って彼との距離を一定に保ちつつキノコを見やる。

 さっきのやり取り、それまでとは格段に一つ一つの動きの速さが違った。私の攻撃を幾度か避け、また私の衣服を少し切り裂く程度のことまでしてきた。

 しかもアイツが私の攻撃を防御したとき。アイツが防御に使ったのは、灰色に覆われた手首の部分だった。

 感触も通常の肉体とは違い硬質なもの。しかも痛みを感じた様子はなく、バランスも崩れず即座に反撃してきた。

 多分能力で強引に体を動かして速度とパワーを上げて、更には姿勢制御も行っているのだろう。動きには時々振り回されるような不自然さが目についた。

 硬いから盾の役割もあるし、いざというときは強引に体を動かして避ければいい。近づかれても一方的にやられないし、それでトーガンが来るまでの時間稼ぎをする。

 お陰で必死こいて後衛を守らなくて良くなったトーガンは攻めに専念できる、と。

 まぁ向こうの狙いはこんな感じだろう。

 

 浅はかな。

 確かに動きは早くなったけれど、それだけだ。

 

 逃げながらも時折追いつき繰り返されるトーガンの攻撃を避け損なったように見せ、右手に持った肉塊の左腕を肘辺りから切断させる。

 元仲間の肉体を傷つけたトーガンは何かを感じた様子はない。相変わらず怖い顔のまま私を追いかけてくる。うぅむ、やはりこれを使うのはキノコに対してのほうが有効そうだ。

 当のキノコは肉体に張り付かせていた灰色の物体を解除し、また遠距離から2段構えの拘束攻撃を放ってくる。多分これ、灰色の球体状態に当たっても動きを拘束されるんだろうなぁ。

 相手の数は減り、戦闘スタイルは同じようなものに戻ったけれど、のびのびと攻めてくるトーガンのおかげで厄介さはあまり変わらない。

 キノコの能力も、肉体の被覆と発射は両立して行っていないけれど、見たまんま同時発動できないとは限らない。まぁ、どちらにせよ変わらないけど。

 もう大体のことは分かった。機を見て一気に攻勢に出て、そのまま終わらせてみせる。

 

 コイツらみたいに冷静に理詰めで戦えば勝てるような相手であれば、強くはあるけれど手強いとはいえない。

 私にとって手強い相手とは、理詰めが通用しない相手。対抗しうる頭脳、或いは肉体、若しくはどちらをも兼ね揃えた相手だ。クロロとかはどっちも揃えてる野郎だ。闘争本能に身を委ねて戦わざるを得ない相手。

 そんな相手との戦闘が控えているのだ。これ以上傷は負えない。

 今夜は最大の好機。いつまでもコイツらと遊んでいるわけにはいかないのだ。



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16 敵に勝利しろ

 短期決着を決意したが、急いては事を仕損じると言う諺にもあるよう、さっさと終わらせたいからといって性急に事を運ぶのは愚策。

 相手が3人から2人に減った時点で自力での戦力差は覆ったようなものなので、正面から突っ込んで攻めまくっても一応勝てるだろうけど、その場合は確実にこっちも手痛いダメージを受ける。

 回避に専念するのと、それに反撃も加えるのとでは回避率に大きな差が出る。攻撃を受けないためにも、コチラからの攻撃は反撃の来ない状況を狙い、殺意を込めた一撃を確実に当てて終わらせるのが理想。

 

 それを実現する土台作りのために、私は攻撃ではなく牽制に留め、基本は相手の攻撃を避けることに専念している。

 トーガンの攻撃は最初の交戦時よりも激しさを増している。あの大斧による高威力且つ広範囲攻撃能力は先ほど避けたのが5発目。既にこの近辺は道路としての機能を失い、また周辺の建物は崩れたり抉れたりと甚大な損害を被っている。

 クソキノコの方は足を絶え間なく動かし、攻撃位置を変えながら遠距離攻撃を放ってくる。更には機を伺い時折灰色の能力をその身に纏って近接戦闘を挑んできたりと、戦闘スタイルをガラリと変えてきた。

 共通した変化といえば、攻め方が大胆になったところか。多分潜伏中に話し合って決めたんだろうけど。

 トーガンの攻撃は速度的に当てるのが難しい。キノコは遠距離攻撃が攻撃の着弾点から更に能力を遠隔発動できる2段構えだけど、発動地点が着弾点固定という性質上回避が容易い。

 圧倒的な手数と索敵能力を持つドレスの女が掛けた時点で、攻撃面ではかなりの損失だし、しかも私の”円”があるから隠れても私が見つけるほうが早いため潜伏しての奇襲も不可能。

 下手を打てば戦力の要であるトーガンさえも一瞬で大ダメージを受けかねない現状、それをカバーする意味でもキノコが前に出てきたのだろうけど。

 

「ッハ、クソッ、何で当たらねぇんだ!!」

「いい加減、鬱陶しい蝿ですねぇ……!」

 

 トーガンとクソキノコの焦燥と苛立ち混じりの声が、鳴り止まない風切り音と破砕音に混じって夜闇に消えていく。

 反撃できる隙こそ少ないけれど、手数が減った分先ほどよりかなり楽だ。掠る頻度も低下している。

 袈裟懸けに振り下ろされた大斧からバックステップで範囲外に逃げ、後方から胴体目掛けて放たれた剣の突きを体を捻って回避。

 その勢いのまま生首の髪を掴んだ左手を振るい、”周”で覆った女の頭部を振るう。キノコはそれを後方へ下がってやり過ごし、その隙にトーガンが私に攻めてくる。

 先程から似たようなやり取りが続いている。彼らの攻撃を躱しがてら、牽制程度にキノコにのみちょっかいを出す。

 ほぼ相手にされていないトーガンは怒り、キノコは次に狙われているのが自分であると悟って警戒し、そして恐怖している。

 そう、その調子だ。もっとその感情を増幅させろ。

 

「キミら遅すぎて相手になんないなぁ。私も暇じゃないし、そろそろ終わらせよっか?」

「――――ほざけェ!!」

 

 つまらなさ気に眉をひそめながらの私の挑発。それに激高したトーガンの放った斬撃が、私が持っていた生首の髪を頭部の根元付近で切り裂き、髪を掴んで振り回されていた生首が私の手元を離れ宙を舞った。

 放物線を描き音も無く(・・・・)地に落ちた頭は、そのまま数度転がり静止した。

 距離を取りつつそれを一瞥し、左手がフリーになったのを切掛にコチラも動きを変える。私は左手に卵を見て念を求む(ワンダーエッグ)を具現化。

 サッカーボール程度の体積のそれを態と手から零し、即座にもう一つ同じサイズで左手に具現化させる。

 左手のものをトーガンに投げつけ、それをトーガンが横に避けたタイミングで破裂させる。

 トーガンが衝撃に煽られてバランスを崩し、そこに先ほど手から零したものを足の甲で受け止め、割れないように押し出して飛ばす。

 が、トーガンは前面に構えた大斧でガード。さすがに直径1mの円は飛び散る卵の殻を通さなかったが、衝撃によってトーガンの体は後ろに下がる。

 

「チッ、厄介な……!」

 

 口元を憎々しげに歪めて漏らすトーガン。

 強化系ゆえの防御力により、1発目は殻も幾つか当たったけれど無傷。ただ、私次第でいつでも殻と衝撃を撒き散らせる厄介さは悟ったようだ。

 体勢を崩したところで仕掛けられたら危険であるとしっかり自覚させる。今のところ仕込みは上々だ。

 今使った能力はドレスの女が簡単に説明していただろうけど、それを実際に見て、防がせることに意義がある。

 ……さて、後は位置と向き、そしてタイミングを合わせるだけだ。

 

「っふふ。ねぇ、全ッ然当てられない上に躱せなかった気分はどう? 割と楽しかったりすんの?」

「舐めた口をォ!!」

 

 薄く笑ってトーガンへと問いかけると、彼ではなくキノコが叫び灰色の球体を射出してきた。

 外した後に地面に落とし、そこからアスファルトが針のように鋭く尖って伸びてくる。狙いは心臓部。

 それを足で蹴って破壊してトーガンのいる方向へ飛ばし、反撃に頭大の卵を投擲。彼はそれを灰色の球体を放ち空中で撃ち落として対処。

 飛んできた物体を腕を振るって壊し、私が攻撃した隙を狙い突撃してくるトーガンの攻撃を下がって回避、再び卵を投げつけて破裂させる。

 攻撃直後のため回避距離を稼げず、直撃こそ免れたもののまた衝撃と殻に煽られたトーガンに再び声をかける。

 

「聞いてんだから教えてくれたっていいじゃん。私ウスノロじゃないからそういう経験なくて分からないんだよね」

「ケッ……! 最ッ高の気分だぜクズ野郎!!」

「なるほど、ドMちゃんなわけね」

 

 引きつった口元だけの笑顔で言われた皮肉に、更に挑発で返す。どうでもいいけど私は野郎じゃない。

 私は基本的に速度重視だから当てられないことはないし、ワンダーエッグも命中重視の牽制か補助攻撃の能力なので基本的に命中率は高い。一応単純な疑問を1割り程度含めての問いは、しかし望んでいた方向の回答は得られなかった。まぁ怒らせるのには成功したから十分だ。

 攻撃は当たらなくちゃ何の意味もない。そういう意味ではドレスの女は相当厄介で、アレが1発当たれば連鎖的に他の攻撃が当たる危険もあったのだ。傷を負ってでも倒した価値はある。

 トーガンはもう喋らず、しかし顔面に浮き出た血管の数を増やして怒りを顕にし、これまで以上に殺意の篭った連撃を繰り出してくる。

 それを私は最小限の動きで避ける。右手に持って居る死体の片足が、そして残っていた腕が切り飛ばされる。もう私が持っている足しか四肢は残っていない。

 この位置、この向き、いい感じだ。トーガンに目線は固定しつつ、意識は後ろにいるクソキノコへと。

 さぁ来い。死体にだけど当たっている。畳み掛けるチャンスだぞ、来い――――来た!

 

「――――ドMなキミにプレゼントをあげよう」

 

 クソキノコが私の背後で能力を自身に纏い近接戦闘をしようとしたタイミングで、私はトーガンの攻撃を上に飛んで回避。高さは1m程度。

 振り切った体勢で上にいる私を見上げるトーガンに、彼だけに聞こえるような声量で優しく囁くと、彼はその目を最大限に見開いた。そして更に私は能力を発動する。

 基本的に動きが制限される空中にいる私をトーガンと同じように見、好機であると思ったキノコが後方からまっすぐに向かってくるのを感知する。

 トーガンから見えるキノコの姿、そして隙だらけの空中から囁かれた声。そして、トーガンの目の前に突如出現した、一度に具現化できる限度である私の体積に僅かに届かない程度の巨大な卵。

 ワンダーエッグで具現化可能な最大サイズに近い。最大級の威力と攻撃範囲のそれに、更に盗みの素養(スティールオーラ)で貯めたオーラを使えるだけ全て使い、その性能を最大限強化。この瞬間の為に貯めに貯めたオーラを全て転用。扱いきれなかった分のオーラは無駄になってしまうが、それでも構わない。

 私の左手が添えられたその卵を見て、トーガンはこの状況が私によって意図的に生み出されたことを瞬時に悟る。狙いが囁かれた自分ではなく、作られた状況だと知らぬ味方であることも。

 そして思うのだ。ダメージ覚悟で初動を遅らせつつも味方に注意を呼びかけるか、それとも自身を再優先にし只管に回避するのか、どちらがいいのかを――――そう、今のように。

 私の能力の性質を考えれば、卵の周囲全体が攻撃範囲なので、その影響でこの位置関係のまま破裂させると私はトーガンを追撃できない。私も食らうからだ。だからこそ、彼は死なない自分より死ぬかも知れない味方を即座に優先すべきだった。

 しかし彼は考えた。考えてしまった。その一瞬の間が命取り。

 反射的に味方を優先すべき場面。しかし今まで味方のいなかった彼には、その選択が出来ない。

 結果、味方を守れない。そしてそのことを自覚し、動きが鈍る。思考に費やしてしまった僅かな間のせいもあって、彼はこれを正面から受けるしか無い。

 

 巨大な卵に対し足を使い身体の向きを微調整しつつ、即座に新たに具現化した拳大の卵を死体の腹に詰める。

 割れないように卵を軽く足で蹴り、体をクソキノコの居る方向へと流す。

 そして彼と目があった瞬間、卵を破裂させる。

 強力な衝撃が背後から強かに背中を打ち付け、それを受けて私の身体はまっすぐに飛んで行く。正面のキノコ目掛けて。

 卵の殻の飛ぶ位置はランダム。しかし衝撃は卵の形に忠実に、規則正しく円形に広がっていく。それを利用し、私は私の狙い通りの向きへ飛ぶ。

 

 突っ込んでくるクソキノコと、更にそれに向かっていく私。

 表情を驚愕に染めつつも彼は迎撃を選択。体勢の崩れた私と彼では、攻撃面では向こうが有利。

 しかし、関係ない。私はたたこの右手に持った肉塊を振るえばいいだけだ。当てる必要さえもない。

 

 互いが互いを射程内に収める前に、私は死体をキノコ目掛けて振り――――それを爆散させた。

 飛び散る肉片と骨、そして血液。卵の殻よりも高密度な人間の残骸は、私の方にも多少飛んできたけれど、慣性に従ってその多くは敵へと向かう。

 相手からすれば、突然視界が肉片の朱に染められたのだ。前は見えなくなるし、目への飛沫の侵入を防ぐためにどうにかして防がないといけない。

 それはつまり自ら完全に視界を閉ざすこと。予期せぬ攻撃とその状況ではもはや彼に攻撃の選択肢は残っていない。

 視えないのであればこの場を何とか離れるしか無い。前に向かう肉体に逆らい、彼が能力で強制的に動かす方向は――――真後ろだ。

 

 彼が前衛に出てきたのがそもそもの失策。

 能力を使って動きを補助している以上、どうしたってその動きはぎこちないものになるし、また能力で操作する関係上動きはすべて意識して行う必要がある。

 どうしたって動きの自由度は減ってしまう。選択できる行動の数が少ないのだ。

 その状況で何度か間近で交戦すれば、動きのパターンは見えてくるし、特定の状況下での行動選択の癖も把握できてしまう。

 そう。彼は危険な状況や、当たりたくない攻撃をされた時に――――絶対に後ろに下がって距離をとるのだ。

 近接タイプじゃないために、多少危険な攻撃に対しても距離を保って避ける癖と胆力が付いていない。また危機から離れるという生存本能、そして全箇所の物体を後ろに向けて動かせばいいという単純さ。

 癖の裏付けだって簡単に推察できる。故に自信を持って私は行動でき、そして見事にキノコは策にハマる。

 

 血肉を浴びて後方へと下がったクソキノコへ、着地した私がそれ以上の速度で追い打ちをかける。

 迫り来る私を彼が意識し、次の行動を選択しようとした瞬間を狙い、私はその場に仕掛けてあったトラップを発動する。

 彼から見て斜め正面の地面。そこに先ほど切り飛ばされて転がっていた生首が――――突如として彼の顔面めがけて頭頂部から飛んで行く。

 トーガンを完全に足止めできて、更にこの付近へとクソキノコを誘導する。これこそが私の思い描いた状況。

 トーガンと違い、彼は死体や血肉に完全に慣れきっていない。それは私が死体を武器にしてぶん回しているのことに対する反応から予想。

 予想が当たれば楽になる。当たってなくてもそこまで問題はなかったけれど、果たして予想はあたっていた。

 夥しい量の血肉をその身に浴び、全身から死の匂いを感じ取り、更に何故か自分へと目掛けて死んだ仲間の生首が、何の予兆も無しに突如飛んでくる。

 最期のだけでインパクトとしては十分なそれに、彼の精神がかなり不安定になる。更に追い打ちで頭部を爆散。目玉が、脳が、脳髄が飛び散り彼を汚す。

 身に纏った能力が揺らいだ。それは彼が私の術中に完全にハマったことを意味し。

 

「うっ……、うわああァァーーーーッ!!」

 

 狼狽し、思考を塗りつぶされながらも何とか体を動かし、その手に持った剣で斬りつけてくる。

 しかし彼の攻撃は、確かに能力のお陰で速度は上がっているけれど、ただ振り回すだけの技術もへったくれもないものなのだ。

 トーガン以上の鋭さの攻撃が全く私に当たらなかったのもそれが原因。力任せにブンブンと振られても当たるわけがない。

 予想通り単純な軌道で振るわれたそれを難なく避け、懐に潜り込み、彼の顔に私の顔を思いっきり近づける。

 限界まで見開かれた瞳。恐怖に慄く唇。青ざめた色彩。血にまみれた顔。絶望を映した表情を間近で見て、私の口角が自然と釣り上がり。

 

「――――っ!!」

 

 そのまま足を思いっきり振り上げ、彼の股間を蹴り潰した。

 哀れ声にならない悲鳴を上げて、白目をむいてその場に倒れこんだクソキノコ。もう彼のモノは使いものにならないだろうね。

 まぁ、別にもうすぐ死ぬわけだし、頭のシルエットは似たようなものだから大丈夫だろう。何が大丈夫なのかは知らないけど。

 ……とりあえず、ショック死していないかだけ確認。どうやら脈はあるようなので安心。即死されてはちょっと困るところだった。

 ピクピクと痙攣する肉体の足首を掴み、オーラを奪う。生きている念能力者であれば、たとえ失神してようが奪取は可能なのだ。

 一部機能を完全に殺したとはいえ、一応は生け捕りに成功したのだから、残り少ない余生は私専用のオーラタンクとして有効活用させてもらう。

 しかし間もなく、背後でコチラに近づきつつ膨らんだオーラを察知して横に大きく飛ぶ。

 これで6度目。トーガンが破砕の能力に依る力の奔流が、轟音をたてて私が立っていた場所を飲み込んだ。

 

「ハッ、ハァ……、……フン、懲りずにまたそれを武器にすんのか? ワンパターンじゃこっちも飽きちまうぜ」

 

 乱れた息を整えつつ、大斧を振り下ろした体勢でコチラを睨むトーガン。

 大斧を盾にして何とか殻が当たるのだけは防いだのか、小さな切り傷が多少見受けられるもののダメージ自体は大きくなさそうだ。

 ただ強い衝撃で吹き飛ばされたため、その際の踏ん張りなどでスタミナは幾らか消耗しているみたいだ。

 ……まぁ、ぶっちゃけアイツのダメージとかもう関係ないけど。彼の様子を見るに、もう決着は付いた。

 

「また仲間助けられなかったね。もう勝負付いちゃったよ?」

「……馬鹿言ってんじゃねえよ。このオレがサシでテメェに負けるとでも?」

 

 私の言葉に、彼は視線に憎しみを込めて強気な姿勢で返す。

 念能力者として、戦闘時に常に勝ち気で居るのは大切なこと。

 だけどもう遅いのだ。もう戦闘と呼べるものは終わっている。

 

「そんな熱の篭った視線で見られると照れちゃうなぁ、私の事意識しすぎだっつーの。惚れてんの?」

「あぁ、意識しまくってるぜぇ。どうやってテメェをぐちゃぐちゃにしてやろうかって思うぐらい、テメェに惚れ込んでるぜぇ……!!」

 

 私の軽口に彼は更に表情を歪ませる。余裕の態度が気に入らないのだろうけれど、口調にも力が篭っている。

 これ見よがしにため息を吐いてクソキノコを手から離す。失神している彼は糸の切れた人形のように抵抗なく地面に落ちる。

 右手にダガーを構え、左手には拳大のワンダーエッグを具現化。更に右腕にはついさっきキノコから奪ったオーラを転用し、全身の”堅”を保ったまま右腕に更に大きなオーラを纏う。

 右腕に集まった大量のオーラ。そして彼を今まで苦しめた卵。彼の私に対する警戒度が高まる。

 スティールオーラは盗むのが目に見えないという性質上、発覚に時間がかかる。トーガンはキノコを掴んだ私を見て、ただ武器にするとしか思っていないため能力に気づいていない。そのため、彼が感じる威圧感はかなりのものとなる。

 見えていないのだから気づかないのは仕方がないのだけれど。ただまぁ、何も知らずに死ぬのは少し哀れでもあるかもしれない。

 あぁ、そうだ。私は優しいから、冥土の土産に1個だけ彼の知らない私の能力の真実を教えてあげよう。

 どうせこれから始まるのはただの消化試合だし。

 

「そういえば、言ってなかったことがあったんだけどさ」

「あ゛? ――――がはァ!?」

 

 私の呼びがけに、トーガンが眉間に皺を寄せながら相槌を打った瞬間。

 彼の後ろから、”隠”で姿と気配を隠されたワンダーエッグが背中に斜め下から、身体を浮かせるように直撃し。

 同タイミングで飛び出した私が、意識していなかった背後からの奇襲に体勢を完全に崩したトーガンに肉薄し。

 なんとか私の攻撃を防ぐために動かそうとした大斧は、その手元に高速で飛来した小さな卵によって妨害され。

 無防備になった彼の心臓へと、私のダガーが吸い込まれるように刺さった。

 

「ごッ……!」

「私の能力って、別に投げなくても飛ばせるんだよね」

 

 口から血を吐き、体の力が急激に失われたトーガンの耳元へと、口元を弧にして甘く囁く。

 今夜の戦闘中、彼らが見ている前で。その時に使っていたワンダーエッグは、全て手元に具現化し、投げるか蹴るかして飛ばしていた。だけど、それはカモフラージュ。

 ワンダーエッグは”スティールオーラで強化した分、同サイズでも込められるオーラの量が増えて、弾速や威力などが上昇して強くなる”のだ。

 弾速が上昇するという事は、速度もオーラに依存しているということ。単純に投げるだけではオーラが増えたところで速度が上がるはずもない。

 つまり、この能力はオーラで推進力(・・・)を得ることができるのだ。だからオーラの量によって弾速に影響が出るし、手元から離れた後も飛ばしたり操作が可能。

 

 女の生首が地面に落ちた時に音がしなかったのは、口の中に詰めた”隠”で隠された卵が衝撃で割れないように、中のオーラを動かして勢いを殺したため。

 そして中に卵が入ったままの生首の位置を確認し、その近くへと誘導されたクソキノコ目掛けて飛び、その精神を大きくかき乱した。

 そしてそのシーンをトーガンは見ていない。彼はあの場で防御のために最適な行動を選択したからだ。

 彼は直径1mの円を持つ大斧にその身を隠した。事前に同じ能力に依る攻撃をされ、その防御方法を学んだからだ。

 しかしそれは正面が見えなくなることを意味する。加えてあの規模の卵だと目を開けていることはほぼ不可能。だから彼は生首が飛ぶのは見えていなかった。

 そして彼の後ろから急襲した卵。アレは彼が6度目の能力使用時に”隠”で上空に放り投げ、山なりに彼の後ろへと回りこんで攻撃させた。小型のものも同様。

 

「私の事意識し過ぎだって言ったじゃん、バーカ」

 

 結局それが彼の死因。

 何度と無く繰り返された言葉での挑発。相手にされない苛立ち。攻撃が当たらない憎しみ。

 執拗に私を意識させ、執着させ、視界を狭め。

 最初に仲間が死ぬきっかけとなったでかいオーラ。自身を傷つけた手の中の卵。

 それを魅せつけることで彼の意識を正面の私に固定。結果、奇襲は難なく成功した。

 この私がせっかく忠告してあげていたというのに、全くバカな男である。

 

 心臓に突き刺さったダガーはそのままに、開いている左手でもう1本のダガーを持つ。

 ごぽり、と喉奥から血が吹き出すトーガンの表情を一瞥してから、その首を切り落とした。




キノコの人に前2文字が付くか否かは、主人公が悪感情を込めているかどうかで区別しています。
多分何箇所かミスってると思いますが、ミスと思わず気にせず読んでください。


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88 状況確認

 頭部を切り落とした首から血が吹き出すより前に、腹部を強く蹴って胴体を弾き飛ばす。地面に赤い線を引きながら転がった胴体は、数m離れた位置で停止した。

 刃物に着いた血を拭い取りって後ろ腰に収め、足元に落ちていたトーガンの顔を拾い上げる。

 見開かれた目。引きつった口元。恐怖と絶望に歪んだ筋肉。血の気の失せた色。無念を伝える表情。

 特に思うこともなく、死体に背を向けて歩き出す。思考を切り替え、戦闘前に放り投げていたお面を回収し、一応生き残っている相手の元へと戻る。

 

 幾つかわかったことがある。

 死ぬ直前と、死んだ後。トーガンの浮かべていた表情に変わりはないのだけれど、それに対して私が抱く感情がまるで違う。

 そもそも殺す直前に何らかの感情が湧き上がることは稀で、ケースが少ないせいで判断材料に欠けるから今はなんとも言えないけれど、それはこれから自分の中でじっくり消化していけばいい。

 何にせよ、多少は気持ち悪さが軽減されてよかった。

 それと人間の死体をぶん回すのは攻撃能力に欠けるということだ。特に今回は女の肉ということもあって硬さが足りないし、用途がアレだったからあまり振り回せなかったし。

 でもまぁ人間水風船は相手次第では中々の効果だ。目眩ましにもなるし精神攻撃にもなる。胴体はデカいからアレだけど頭だけなら使えるかもしれない。基本的に自分の仕事の時は1対多だし、その時上手く使えば多少楽できるかもだ。

 そして最後に、アイツらは結局大して強くないということだ。いや、まぁ速度やパワー、手数は脅威を感じる部分もあったけれど、結局はそれだけだったというか。

 速いし、力も強いけど、それを戦闘……と言うか、同格以上の相手に上手に扱う術を知らないというか。要するに実戦経験が乏しく、ただ動いているだけなのだ。

 トーガンや、能力で動きを強化したキノコはその典型。力に振り回されているせいで動きに無駄が多いし軌道も読めるし、何よりも彼ら2人になってからは終始私のペースで進み、結局実力を出し切れていない。

 今までであれば基礎能力でゴリ押しできていたからこその、戦闘技術の低さ。だからこそ生け捕りになるし、それで学習はできても動きに反映させるための訓練の時間はなかった。

 まぁ最初に私を見た目で侮っていた時点でお察しだったか。そう考えるとマチ達が担当した方は4もの幻影旅団員を前にして平常心だったし、あっちは苦戦してそうだな。

 

「あ゛ー……、……疲れたぁ……」

 

 低めの溜息とぼやきを発し、うつ伏せで倒れ伏しているキノコの背中に腰を下ろす。そして彼からオーラを回収。

 多少落ち着いた状況になり、脳内麻薬の分泌も止まった今では背中の痛みが一番強い。最初に壁にたたきつけられたのと、突撃のためにほぼ最大威力の自分の能力食らったから仕方ないことだけど。

 状況を確認がてら、柔らかい敷物の上で少し休憩させてもらおう。攻撃食らわないために数分間全力で動きまわったせいで疲れた。

 オーラは私の尻の下のタンクから死ぬまで搾り取って回復できるけれど、身体を動かしたことによって失われた体力なんかは回復できないのだ。

 そういえばキノコとドレスの女の名前はともかく、私の髪を燃やしやがった犯人が特定されていない……けど、もうコイツでいいか。初見で何かそれっぽいって思っただけだけど。

 

 焦げて短くなった毛先をいたわるように指先で撫でながら、ウボォーの携帯電話を操作する。

 夜の中で明るく光る画面のある一点、現在の時刻を表示する部分を見ると、既に日付が変わって現在は9月2日の0時過ぎ。

 この時間なら多分、ウボォーの方はもう終わっているはずだ。それを確認するために、そして他にもとある事柄を確認するためにする電話。

 私のケイタイの電話帳にも入っている、とある番号。頭の中にもしっかりと刻みつけていたそれを淀みなく打ち込む。

 電話を発信し、耳に押し当ててコール音を聞く。が、一向に繋がらない。おかしいな、いつもなら電話するとすぐ出るのに。アレか、今は珍しく出かけてるからか、それとも番号非通知設定だからか。

 今度は番号通知設定にして発信。コール音が4回ほど聞こえた後、それが途切れて電話がつながった。なるほど、非通知は取らないのか。

 

『……誰だ?』

「私だ」

『誰だ』

 

 警戒心が強く表面に現れた、硬い男性の声が聞こえてくる。私もあまり聞いたことのない種類の声だった。2度目のそれには呆れと若干の動揺が混じっていたけれど。

 まぁ当然か。使ってるのが私のケイタイじゃないから、2度目は番号通知設定にして彼が電話に出やすくしたとはいえ、ディスプレイに表示されたのは彼にとって心当たりの無い番号だし。そこから私の声が聞こえてきたら疑うのも当然。

 しかも今のところほぼオレオレ詐欺みたいな状況だし。声で検討はついただろうけど、そんなもの偽造は簡単だから本人か偽物かはそれだけじゃ判断できない。

 

「みんなのアイドルメリーちゃんことメリッサ=マジョラムだよ、ミルキ君」

『そんな名前の知り合いは居ないな』

 

 電話口の相手は世界一の暗殺一家の次男坊、ミルキ=ゾルディック。今回の件のある意味での協力者。

 きちんとフルネームで自己紹介をしてみたけれど、返ってきたのはつれないお言葉。まぁこの辺りは想定内だ。

 彼はお家柄の都合上、こういった電話に対する警戒心がかなり強い。私が自分のケイタイから電話すれば会話してくれるけど、やはり事前申告無しの他の携帯からでは警戒が先立って会話は困難。

 さて、どうやって彼に私が本物であると証明したものだろうか。やはり普段通りに話しながら、ミルキ君と私の身が知り得る情報を言うべきかな。

 記憶だけだと少し足りないだろうけど、普段通りに話していれば口調や会話のテンポも本物だと感じ取れるだろうし。

 

「えーっと……じゃあとりあえず、ミルキ君が私に死ねって言った回数と私が言った回数確認する?」

『馬鹿かお前、オレはそんなもん覚えてねーよどんだけ執念深いんだよ死ね』

「失敬な、私は覚えてるなんて言ってないじゃん。つーかなんでカウント増やすんだよ死ね」

 

 まず最初は軽いジャブとして冗談を言ってみる。意外と好感触で、ミルキ君は知らんぷりはやめたようだ。彼も会話から判断しようとしているんだろう。

 私達の間では”死ね”という言葉は何度も交わされているので、正直回数とか覚えていない。多分お互い3桁は超えてるけど。

 その回数を無意味に1ずつ増やし、更にミルキ君がうるせぇ死ねともう1度言ったことに対しても、今更なので怒るでもなく会話を続ける。

 

「後はアレだね、私がミルキ君の家に行った時に、あのデカい美少女フィギュアが履いてたパンツの色とか? こっちはマジで覚えてるけど」

『何でそんなもん覚えてるんだよ……いや、オレも覚えてるけどよぉ』

「毎回必ずチェックしてたからね。つーか、毎日見てるであろうキミが私が行った日のパンツを覚えてるとか、むしろそっちが何でなんだけど」

 

 どうせミルキ君は覚えてなさそうだけどなー、と思いながらもあの等身大フィギュアのパンツの事を言ってみたら、何故かミルキ君も覚えていた。

 客である私が、訪れるたびに見るパンツを覚えているのは、まぁ記憶力があれば可能だろうけど、ミルキ君はそうじゃないはずなのに。

 という思いから逆に聞き返してみると、意外な答えが返ってきた。

 

『だってお前毎回見るから、それならその日はオシャレさせてやろうと思って。んで結構印象に残ってた。後実はブラジャーも変えてた』

「マジか、そっちは見たこと無いから知らなかった。じゃあ答え合わせする?」

 

 道理で黒のレースとかスケスケとか、やたらと気合の入ったモノ履いてる事が多かったわけだ。正直自分がもうちょっとオシャレな服着ろよとか思わなくもないけれど。

 なんでミルキ君がそういう下着をもってるのかについては、直接聞いたところによると着せ替えに対する情熱だったらしいけど。真偽はともかく、ドン引きしなかった私はきっとえらい。

 とは言え、同じ事柄に対する情報を共有しているのならば記憶の証明をしようと思ったのだけれど、それはミルキ君がため息混じりに断った。

 

『いや、いい。ノリもテンポも本物そのものだ。共有情報の確認だって、なりすましてるんだったらもっとマシなのチョイスすんだろ』

「話が早くて助かるわー。じゃあ早速だけど本題言ってもいい?」

『おう』

 

 どうやら早くも本物だと認めてもらえたらしい。

 引きこもっているとはいっても、職業柄真贋を見極める能力や感性は鋭いようだ。もう少し手間がかかると覚悟していたけれど、嬉しい誤算。

 何はともあれ、電話をかけた要件を言わせてもらう。

 

「例の発信機と、私のケイタイ。その位置が合流した後の動きを教えてくれない? どっちもそっちから見れるでしょ?」

 

 クラピカとウボォが接触した後の、その両者の動き。

 彼らが未だに戦闘中なのか、或いはもう終わったのか。

 終わっているのであれば、その後なにか変化はあったのか。

 

『おーあれか、ちょっと待ってろ。……つか、やっぱお前のケイタイの事も知ってたんだな』

「当たり前じゃん、ミルキ君経由で位置座標送られてるんだから。この件が終わったら機能全部消してよね」

 

 私のケイタイの位置座標がミルキ君に筒抜けなのは百も承知。やっぱりかという反応だったけど、送信先の位置くらい知ってるのは言われずとも分かっていたし。

 あとで消すようにという私の言葉には、取引次第だなという返答。ちゃっかりしているけれど、まぁ何かしら貢げばいいだろう。

 天を仰いで星を見ながら、ケイタイの向こうで何やらキーボードを叩いて作業をする音を聞く。あ、何かスナック菓子食ってやがる。

 

『ちょい待ってろ、今確認してるから。……そういえばメリー、お前って今ヨークシンに居るんだよな?』

「ん、そうだけど。それがどうかした?」

『ああ、実はオレもヨークシンにちょっと用があってな、昨日の夕方頃からそっちに移動中なんだよ』

「えぇ!?」

 

 驚愕である。あのミルキ君が、動かざること山の如しを体現するかのような体型と生き方のミルキ君が、今移動中? つまり、ひきこもりを卒業しただと!?

 ということは今自家用の飛行船の中なのだろうか。移動中もパソコンは使える環境であるというところは流石と言うべきか。

 

「ミルキ君が外出とか……そりゃあ昨晩ヨークシンに血の雨が降ったのも頷けるね、道理でって感じ」

『いやいやそれはオレ関係ねぇだろ。お前らが故意に引き起こした事態じゃねえか』

「あっはは、まぁそうとも言うかもしれないね。用事って何?」

『へっ、そうとしか言わねーっつーのバカ。買い物だ、買い物』

 

 電話越しに笑い合う。

 ヨークシンで9月1日の夜に起こったことは、既にある程度彼も知っているようだ。相変わらず情報の入手が早い。

 そのまま取り留めの無い雑談をいくつか交わした頃に、ミルキ君が発信機の履歴のチェックを終えたようだ。

 

『よし、終わったぜ。途中で1個信号が途切れてるな』

「あぁ、それは予定通りだから問題ないよ。で、どんな感じの動きだった?」

 

 ミルキ君から見える信号3つの内、1つがダメになるのは想定内。なのでそれについては軽く流し、ミルキ君に続きを促す。

 履歴をチェックしていたミルキ君も思い当たるフシがあったようで、そのことについてはそれ以上何も言わなかった。

 

『合流した後はしばらくその場を動きまわった後、今から約7分20秒前辺りで両方停止。その3分10秒後に発信器一個破壊、更に2分40秒後らへん、つまり今からおよそ2分30秒前に別れたな。片方はお前に接近中、もう片方は離れてる。こんなもんでいいか?』

「うん、これで十分。向こうの状況はほぼ把握できた」

 

 淡々と言葉を紡ぐミルキ君からもたらされた情報は、私の口角を上げさせた。

 大まかな流れは理解した。私はウボォーと別れた当初の予定通りに動けばいいということも。

 まぁ私の考えていたよりも少し向こうの進行が早いのが問題といえば問題か。

 向こうがさらなるアクションを起こす前に、もう1箇所と連絡をとっておきたいところだ。

 

「ちょっと急いだほうがいいみたいだからもう切るね。情報ありがとう」

『おう、時間があったらヨークシンで遊ぼうぜ。生きてたらまた電話くれよな』

「ねぇ何で変なフラグ建てんの? 馬鹿なの?」

 

 何やら死亡フラグ的なものを建ててきたミルキ君に抗議すると、笑ってじゃあなと電話を切られた。クソが。

 生きていたらとか物騒なこと言うのは止めて欲しい。今のところ予定通りとはいえ油断は禁物なのだから洒落にならない。

 まぁ何はともあれ、全体の流れは良好。私の尻の下に居るコイツにも聞くことは特になさそうだし、回復が終わったらさっさと殺そう。起こす手間がもったいない、時間は有限だ。

 とりあえず別の箇所に連絡を、とケイタイを耳から離しその画面を見ると、通話中に着信があったことを示していた。

 少し嫌な予感がしながらも、着信元を確認。

 果たしてそこに表示されていたのは、今一番連絡してきて欲しくなかった相手。

 

 おもいっきり表情を歪めて画面を見つめていると、また同じ相手からの着信が来た。

 これはミルキ君のせいだ。フラグを建てた彼が悪いのだ。タイミングとか諸々のものが悪いとは分かっていながらも、責任転嫁したくなるというものだ。

 最悪なことに、現時点でこの着信を無視するという選択肢はない。

 さっき着信が来た時、向こうは私が別の場所と通話中であることと同時に、電話できる状態であることを知った。

 そして今、私は電話できる状態で、尚且つどことも通話中でないことを相手は知っている。

 分断されている現状、連絡をとりあうことは非常に重要。なのに無視などしたら非常に不自然。

 意図してか、そうでないか。どちらにせよ、私の中にしてやられた感があるのは否めない。

 

 出るしか無い。緩慢な動作で通話ボタンへと指を伸ばす。

 大丈夫。まだ大丈夫。予定が前後しただけだ。

 難易度は上がったけれど、私の頑張り次第ではどうとでもなる話。

 動揺を内に押し殺す、自然な声と会話ができるように。

 

 暗い夜空の下、私の顔を照らす光。

 その中には、私がウボォーに貸した、私のケイタイの名前と番号が表示されてた。



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