慣れないステップを踏んで (迦楼羅。)
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靴紐を結んで
▼1話 始まりの話


 

やあやあ初めましてこんにちは。

 

鳴海 出流(なるうみ いづる)って言います。

どうもどうも、熱烈な歓迎照れるねー。

え?してない??…ウッ、心折れたわ…。

 

…気を取り直して心の中でナレーションを続ける。

さて、俺は今何処にいるでしょうか!

 

てん、てん、てん…

 

こっこでーすこっここっこ〜

今俺は烏野高校入学式に参加してます〜!!!

 

いやいやいやいやどうしてなん!!?

現実を理解しきれていない俺のために

改めて整理して現状を説明しよう。

 

大学から帰ってきた。

 

レポートを無事提出した。

 

ご飯食べて風呂入って寝た。

 

起きたら知らない部屋だった。

 

何やかんやで親から追い出され

高校へと向かった。

 

そして新入生集められて体育館へ。

 

入学式始まる。←イマココ!

 

 

いや、イマココ!じゃねえよ!!!???

21歳がなんで唐突に15歳になってんの?!?

意味わかんねえ!!!!!!

 

ひえ、とガクブル震えていれば

校歌斉唱が終わったらしく

あとは閉会の言葉だけになる。

というか烏野高校ってめっさ聞いたことあるー…

 

あの排球漫画の主人公のいる学校じゃないですかー…

初期の頃からハマって小説版とかCDとか

買うくらいには好きだったものです、あい。

 

むんむんと悩みながら

入学式を終えて教室へと戻る。

 

「鳴海、どうしたの」

 

『エッ、あ、いや体験入部って

いつからかなって思ってただけだ!』

 

口からでまかせの嘘を吐く。

いや嘘ってわけでもないけど…

だって気になるじゃん????

 

教室の席に着いた途端金髪高身長眼鏡の

トンデモ男子に声をかけられて俺は

返事をした後に顔を上げる。

 

「あれ、君何部に入るの」

 

俺の一つ前の席。月島 蛍である。

ちなみに山口 忠も月島の隣に立っている。

 

『男バレ入りてえなぁって思っててさ』

 

お前らは?と月島達に聞き返せば

明らかに月島は眉を顰め

山口はそれと反対に顔を明るくした。

 

「俺達も男バレだよ、ね、ツッキー!」

 

「…うん」

 

月島が肯定するときのその間は何!?と

つっこみたかったけど

まあ特に意味は無いと思うから口には出さない。

 

『へぇー、一緒じゃん!

同じクラスで同じ部活とか有難いわ〜

部活でもヨロシクな!』

 

実は部活が一緒なの知ってたんですけどね!!!

にこにこと笑うのを忘れない。

 

月島も山口もまあよろしく、といった感じで

担任であろう先生が入ってきたので

それぞれ着席して前を向いた。

 

 

…いやー、それにしても。

今回の俺完璧に漫研に入ろうとしてたなこりゃ。

ん?現状把握とかもういいのかって?

都合の良い夢ということで解釈した。

名前同じだし。顔はイケメン化してたけど。

怖くて頬はつねれてない。

 

都合の良い夢と言う割には

思い切りスマホの写真欄とか

オタクオタクしてるけどな。

 

リュックの中に入ってたメモ帳らしきものも

色々中にイラストが描いてあった。

正直に言おう。めちゃくちゃ上手い。

素人だからもっとこうした方がいいとか

わからんが上手い。

 

だが悪いな…俺は男バレに入る…。

漫研に入ってたらばりばりの運動部と

関わる機会なんて全くないじゃないか!!!!!!

(とてつもないミーハー)

 

「はい、次どうぞ」

 

そんなこんなでいつの間にか始まった

自己紹介は俺の番らしい。

頷いて立ち上がった。

 

その際に自分の青みがかった黒髪が視界の隅で

さらりと揺れてキューティクルサラッサラかよ

なんて思った。

 

『鳴海 出流です、趣味は読書と音楽を聴くことです

漫画とかも読むのでいいのあったら教えて欲しいです

これから一年間よろしくお願いします』

 

まばらな拍手とともに席に座る。

 

さて、と配布されたプリントに目を向けた。

どうやら体験入部開始は三日後らしい。

む、と口を尖らせた。

 

 

 



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▼2話 慣れないことはするもんじゃない

さて、前回から日にちは飛ぶ。

 

あっという間に三日経って

今日が体験入部開始の日である。

勿論これもご都合主義。

 

ぼちぼちと始まった授業をこなし

さて、放課後である。

廊下には新入生を勧誘しようと各部活の

先輩達が集まっていた。

 

…まあ、俺は男バレ入るんですけどね!!!!

ちなみに入学式の日の夜母親にその事を話したら

「漫研に入るとか言ってたのにどうしたの?

天変地異の前触れかしら?」とか言われて。

 

でも新しいことに興味を持つのはいいことね、と

シューズとか部費を出してもらえることになった。

すごく有難い。とんでもなくかかるからね…。

 

運動部の方々に勧誘されつつ

それをやんわりと断りながら進む。

下へと降りる階段の先でアニメで

よく聞いていた声が響いていた。

 

「そろそろ部活開始時間だし

勧誘切り上げて行くか」

 

「そうだな…」

 

ひょい、と壁から顔を覗かせれば

そのうちの一人と目が合ってしまった。

し、しまった…気づかれる予定ではなかったのに…!

 

先輩と目が合っときながら何もしない俺ではない。

 

 

 

 

 

丁寧におじぎした。

 

 

 

 

いや声かけるとか無理。

爽やか笑顔で「こんにちは先輩」とかも無理。

普通に無理では????

 

「あっうん…?」

 

普通に会釈してくれた。

ちょっと呆気にとられた顔だったけど。

見つかってしまったものは仕方ない、と

とてとてと歩いて3人の横を通り抜けた。

 

『すみません、失礼します…』

 

「あっ、ねえ、君」

 

なんの前触れもなく声をかけられて

肩がびくり、と上がるが

何事も無かったのように振り向いた。

 

先輩の垂れ下がった眠そうな瞳と視線があう。

 

「部活どこに入るか、決めた?」

 

その言葉に思わず

ニヤリ、と口角を上げて答えた。

 

 

『男バレです』

 

 

その瞬間3人とも一瞬固まったあとに

口を緩ませた。

 

「そっか、じゃあ俺たちの後輩になるんだな」

 

俺は成田、と黒髪坊主の人が声をかけてくる。

それに便乗するように縁下先輩と木下先輩の

名前を教えてもらった。

まぁ、実は3人とも存じ上げておりましたけどネ!!

 

『1年4組 鳴海 出流です、よろしくお願いします』

 

改めて頭を下げた。

よろしく、と言う違う音色の声が降ってきて

思わず頬が緩む。

 

さて、部活の場所へと向かおう。

 

縁下先輩が勧誘用のプラカードを小さく振って

片付けがあるので先に行っていいよと

言ってくださる。手伝おうとすれば

着替える時間とかも含めたら早く行った方がいいと

成田先輩にまで言われてしまった。

 

その隣で笑う木下先輩を見て

苦笑いを零しつつお言葉に甘えることにする。

 

「じゃあ、また後でな鳴海」

 

そう言って3人は俺が降りようとした

階段の方とは逆方向へと歩きだそうとする。

俺ははた、と大事なことに気がついて

口を開いた。

 

『先輩』

 

そう呼び止めれば3人とも俺の方を向いて

不思議そうな顔をした。

 

少しいい感じで終わりそうだったけど

申し訳ねえ…!

こちとら死活問題なんだよォ…!!

 

 

 

『部活場所って何処でしたっけ』

 

 

その瞬間ずっこける音と呆れたような笑い声が

廊下に響いたのだった。

 

 



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▼3話 絶望があった件について

 

なんだこのカオス。

体育館についてまず最初に思ったことである。

 

顔の怖い先輩。ガンガン叩かれる脇側の扉。

散らばったバレーボールと

その側で困ったようにする先輩2人。

 

「いっ入れて下さいっ影山ともちゃんと仲良く

なかよくしますからああああ」

 

そしてフェードアウトする音声。

チベットスナギツネ顔になるのは

仕方が無いと思うんだ、うん。

 

「日向ともちゃんと協力します!

部活に参加させてください!!」

 

どういうことだってばよ…、と

原作知識あるけれど困惑していれば

気づいてくださった柔らかな髪色の先輩、

つまり菅原さんである、が声をかけてくれた。

 

「…もしかして入部希望者かな?」

 

『あっはい、1年の鳴海出流って言います』

 

ぺこり、と頭を下げればそうかそうかと

笑いかけてくれる。

これが噂の天使スマイル…ほわほわと

していれば田中さんにも声をかけられる。

 

2人に経緯を説明してもらい澤村さん、

影山、日向の名前も難なく知ることができた。

先輩の名前を紹介されてないのに知ってるとか

おかしいからね、そういうところも

考えなきゃってのが面倒臭いとは思う。

 

 

 

ピシャーーーン!!

 

 

 

 

はあ、と溜息を無意識のうちに

吐こうとしたところで

唐突に響いた音に肩をびくつかせる。

 

その音の方向へ顔を向ければ

澤村さんがちょうど扉を閉めて

こちらへと歩み寄ってくるところだった。

 

ああ、影山のあの馬鹿正直発言が

終わったところなのか。

 

漫画でも怖かったあの据わった瞳を

思い出して肩がこわばる。

いや、まじであれ現実で見たら無理な気がする。

 

がくがくぷるぷる…つまり

ひえぇ、ぼくわるいスラ○ムじゃないよぉ、と

怯えていれば菅原さんに

肩をポン、と叩かれた。

 

振り向けばすぐ側に菅原さんの笑顔。

あらまぁ素敵ッッ、とふざけたことを

内心で披露していれば菅原さんが口を開く。

 

「大地、そんな怖い顔すんなって!」

 

ほら、新入部員来たぞ!とそのままの勢いで

突き出されこれが噂の人身御供!!?と

怯える勢いのまま頭を下げた。

 

『いっ1年4組の鳴海出流ですっ

よろしくお願いしますっ』

 

あれ(変人コンビ)の二の舞には

絶対なりたくねえぞ…と緊張していれば

苦笑いする気配が頭上から伝わってくる。

 

カチコチになりながらも顔をあげれば

澤村さんが困ったような顔で頬をかきながら

どう言葉を出そうか悩んでいた。

 

「あー、主将の3年澤村大地だよ

ごめんな、変なところ見せちゃって」

 

ちょーーーっと問題児が来ちゃってな…と

眉を下げたまま笑う姿に

なんとなく肩の荷が下りる。

 

そんな人ではないだろう、と漫画を

読んでた時に予測はつけてたし

実際そうだったんだけれど3次元として

目の前に立たれるとまた違う。

 

心の準備はしてたつもりだったんだけどなぁ、と

澤村さんの笑う姿につられるようにして

笑みを零せば自己紹介が終わったと踏んだ

菅原さんが声をかけてきた。

 

「縁下達もそろそろ帰ってくるし

練習始めんべ?」

 

そう言われて思わずソワっとする。

俺以外1年生がいないっていうのが

不安要素ではあるけれど

アイツらも含めればのちのち4人入ってくるわけだし。

 

田中さんが準備すんぞ!鳴海!と

倉庫へ走っていったのについて

慌てて駆け出す。そして気づく。

 

あれ…2人組になったとき…

1年で俺、ぼっちじゃね…?

 

 

絶望しかなかった。

 



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▼4話 限界超えたら吐く

「休憩ーっ!!!」

 

澤村さんの声が体育館に響き渡る。

それと同時に俺の足腰の力が抜けた。

 

はい、どーもみなさんこんにちは鳴海出流です。

早速ですが

 

『吐きそう……!』

 

チョーシ乗りすぎた…。

 

特に冷たくもない体育館の床に五体投地である。

頭がギュウギュウと締め付けられるように痛いし

足やら腕やらもはや全身が重い。

筋肉が変に伸びきらないような気色悪い感覚がある。

 

流石にこれはまずい。

いくら休憩中とは言えどこの無様な姿はいかがなものか。

けど無理。マジで力入んねえ。

 

立ち上がれずにウンウン唸っていれば

コトリ、とプラスチック製のものが

床にぶつかる音。

 

「鳴海大丈夫?」

 

あなたが神か。

 

マジで後光しか見えねえ、と思うくらいに

心配げな縁下さんの姿があった。

 

『すみません……日頃の運動不足が祟ったようです』

 

うぐぐ、と気合を入れながら立ち上がる。

ほんと、まじで、つらい。

この体の持ち主運動とか本当にしてねーんだな…!?

ボールになれるための準備運動ですら既に

キツかったぞこんちくしょう…!!!

 

「ぶはっ」

 

ぷるぷると震えながら立ち上がれば背後から噴き出す音。

なんじゃなんじゃと振り返れば

腹を抱えて笑う田中さんの姿が。

 

「鳴海オメーそれまさに産まれたての小鹿じゃねえか」

 

視界の隅で他の方々が笑うのも見える。

ちくしょう……言い返せねえ…!

 

『くっ……』

 

羞恥に思わず目を閉じれば広がる光景はアルプス。

 

小屋の近くの柵に寄りかかりながらも

立ち上がる健気な少女。

 

 

「クララ!クララが立ったー…!(裏声)」

 

 

「「『ブフォ』」」

 

思わず噴き出して膝から崩れ落ちる。

その際にクララー!という野太い声が聞こえた気がするが

今はそれどころではない。

 

声の元に視線をばっ、と向ければそこには

にこやかに笑う菅原さんの姿が。

隣で澤村さんが笑いを堪えている。

 

確信犯だなアンタ…!

 

田中さんも木下さんも成田さんも縁下さんも行動不能である。

流石にこれはひどい。

 

(いつかぜってーハイジって呼んでやる…)

 

お、覚えてろよ…だなんて三流の悪役のような

ことを思いながら座り直して

縁下さんが置いてくれたスポーツドリンクを

1口飲む俺なのだった…。

 

 

それにしても。

 

 

深呼吸をして手のひらを見つめる。

ジンジンとレシーブした腕の部分が

熱を持っている。

 

さっきトスをしようとして変な風に

突いたらしい指が熱を持っている。

夢じゃないことはもうわかった。

 

溜息を吐く。

 

割り切っているわけじゃない。

確かにワクワクしてる自分はいるが

そういうことじゃない。

向こうに俺は家族や友人がいる。

 

こっちに家族や友人がいないわけがない。

父親のことは知らないが唐突に男バレに

入部した息子を応援してくれる母親がいる。

 

でも大丈夫ではない。

 

寝て起きたら漫画の世界でしたとか

笑えない事態である。

本当に夢だったらいいのに。

 

帰りたい。なんでこんなとこにいんだ。

何をしてるんだ、俺。

 

明日起きたら昨日母さんの作ってくれた

肉じゃがとひじき煮と切り干し大根を

卵かけご飯で食って電車に乗って

大学入っていつものようにじいちゃん教授の

講義受けてたまに意識飛んじまって

隣の奴に小突かれたりしてノートに纏めるんだ。

昼になったら食堂行っていつもの面子で

食券買って机囲んで飯食ってそれでそれで、

バカ騒ぎして「おーい、鳴海」顔を上げた。

 

田中さんが目の前にしゃがんで顔を覗き込んでいる。

 

『アッハイ!?!?』

 

声が裏返りながら返事をすれば

眼前でひらひらと手を振られる。

 

「大丈夫かあ?」

 

声をかけても返事しばらくなかったから

心配したんだぞ、と言われた。

考え込みすぎたかな、と首を回しながら

大丈夫です、すみませんと返した。

 

「ならいいけどな、休憩終わりだぞ」

 

『えっマジですか』

 

「マジだぞ」

 

そう言って田中さんの指さす先を見れば

ぞくぞくと先輩方が体育館の中央に集まり始めている。

えっマジだやばいな????

 

慌てていつの間にか垂れていた汗を

手に持っていたタオルで拭き取って

1口ドリンクを飲んでから立ち上がって

田中さんとともに他の皆さんの元へと向かった。

 



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▼5話 俺よ、成長せよ

「声出せ声ー!」

 

『あーっス!!!!!!』

 

縁下さんのスパイクを腕に受けながら

声を張り上げる。

ポン、と弾んだボールは見事セッター位置に…

返るはずなくむしろ丁度その真逆の位置へと

落ちてしまった。

 

「鳴海もっと腰落とせー!」

 

『はい!!!!!!』

 

もう一回受ける。

今度は田中さんのスパイクだ。

鋭く入るスパイクの着弾位置を予測して

その下へ体を滑り込ませる。

ここまで一秒もない。

 

そして言われた通りに腰を落として

レシーブをしようとスパイクを受けた。

身体がしなやかなバネのように

スパイクを受けて少し弾むのを感じる。

 

レシーブされたボールは腕から離れ、

見事スガさんの立っていたセッター位置に

返された。

 

そのまま助走に入って独特なリズムで

踏み切り、跳ぶ。

 

 

 

 

タ、

 

 

タン、

 

 

タッ

 

 

 

両足で踏み切れば

いつもとは違う高さの景色。

 

入ってきたボールに合わせて、腕を大きく

振るえば見事掌の中心がボールの芯に当たり

直線を描いて体育館の床へと落ちた。

 

『ぎりぎりぃ……』

 

汗を垂らしながら思わずこぼす。

バレーなんて体育の授業でしかやった事なかったし

なんだかんだいってここに来る前も

そんな運動神経いいってわけじゃなかったしな。

 

そのまま走って列の後ろに再び回る。

さっきからそれの繰り返し。

今日は時間が少ないから3対3は

やらないらしい。

 

…くそ、ちょっと楽しみにしてたのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カラスが鳴くこともなくなった頃。

 

「じゃあ今日はここまで!!!

おつかれっしたーっ!!!!!!」

 

「「「したーっ!!!!!!」」」

 

声がガラガラになりながら

返事をする。

窓の外はすっかり暗くなっていた。

 

汗かきすぎた…ひえ、と体育着をぱたぱたと振る。

東北だからか春だからか薄らと

肌を撫でる冷気にすぐに身体は冷えて、

というかむしろ寒くなった。

 

ぶるるっ、と身体が震えて

腕を思わずさする。

うーん、さっさとポールとかネットとか

片付けよう、あっ明日も朝練あるから

モップがけだけなんだったか。

 

倉庫へと走りモップを1本持ち出して

体育館の入口の方へと向かう。

その道中で菅原さんと合流した。

全員でモップがけだ。

 

2人隣合わせで無言で床を拭いていた中

唐突に菅原さんが口を開く。

 

「鳴海ってもしかして初心者?」

 

『あー…………………はい…』

 

肯定したくないけど嘘ついても

すぐにバレるし悲しい。

恥ずかしいな、と思いながらも頷いた。

 

「やっぱり?スパイクの歩幅とか

タイミングとか…なんだろ、踏み込み方とか

田中とか大地とかに比べると甘かったからさ

気になったんだよなー」

 

そう、ケラケラ笑いながら言われる。

そこまで見られてたのかよ…こわ……

いや、当たり前かと意識を切り替える。

 

それにしても悔しい。

 

下手くそではないとは思ってはいたんだけど

(高校の頃体育はいつも評価5だったから)

やっぱりそれをやってきた、経験を積んだ人間には

バレるし劣るかあ…!

 

うぐぐぐ、と唸っていれば

菅原さんに苦笑いされる。

 

「まあ、運動神経悪いとかじゃないから

大丈夫大丈夫、すぐ上達するって!」

 

『だといいんですがね…!』

 

これは…もう…原作の日向より下手したら

酷いレベルだったりするのかもしれない……!

早急に練習するべし…!!

 

ボールは流石に家にない…。

母さんに頼りすぎるのもいかがなものか……。

バイトしてボールを買うしかないのでは。

待て、相場はいくらだ。

ボールって高いのかやはり???

ていうかどこで買えばいいんだ、通販?

 

頭の中でぐるぐると購入計画を立てていれば

いつの間にか体育館の隅から隅まで

掃除を終えていたらしい。

 

菅原さんに肩を軽く叩かれて

着替えに行くことを催促される。

 

「まあ、レシーブとか最後の方めちゃくちゃ

上手くなってたし大丈夫!

これから頑張ろうな」

 

にっ、と音がつきそうな笑みで

微笑まれてお世辞だと分かっていても嬉しかった。

はい、と小さく掠れた声で返事をして

菅原さんの後をついて行こうとした。

 

 



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▼6話 更に上へは行けないから

感想読みました、とても嬉しいです。
ありがとうございます…!


 

そう、したのだ。

 

「勝負して勝ったら入れて下さい!!!」

 

『「!?」』

 

ほのぼのとしていた中で突如響いた

大声に勢いよく振り向けば、

 

「とか言ってきそうじゃないスか?」

 

なんて田中さんが飲んでいたのであろう

ドリンクのボトルを振りながら

話しかけてきた。

 

唐突すぎてびっくりしたわ……。

飛び跳ねた心臓を宥めるように

胸を撫でて菅原さんを見れば

彼は苦笑いしていた。

 

「有り得るけどな!」

 

そう言いつつジャージの裾を直す。

 

「頭冷やしてちょこっと反省の色でも

見せればいいんだけどな」

 

な、なんて同意を求めてくるから

俺も頷いた。知ってはいるけど

俺その現場見てないからね???

 

「アイツらもそこまで単細胞じゃないだろ」

 

澤村さんがそう笑って言うから

俺は思わず口を開きそうになって

慌てて閉じた。

 

単細胞です……単細胞なんです…。

原作知識として知っているから

口を挟みたくなるけど

俺は知らないんだ、そう、ヾノ・ω・`)シラナイ…。

 

そわ、そわ、としていれば

田中さんが何を勘違いしたのか

こそこそっと近寄ってきて

今度教えてやるからな、なんて言うものだから

お願いします、と笑った。

 

今度(教頭のカツラ吹っ飛び事件)教えてやるからな、

ということなのだろうな。

くすくす堪えきれずに笑っていれば

でも、と澤村さんの低い声が響いて

笑いを抑えてそちらを向く。

 

「……仮にそう来るとしたら、

影山が自分の個人技で何とかしようとするんだろうな」

 

バレーは個人技ではない。

 

「影山は、中学から成長してないって事だな」

 

俺は思わず目を伏せる。

正直な話、個人的な意見だけど

あの環境下で成長しろっていうのは酷だと思う。

あの性格にあの環境、さらには周りとの

歯車の噛み合わなさ。噛み合っていた、または

成長出来ていたら烏野には来なかっただろう。

 

酷いことを言うようだけれど。

俺は、影山がその状態で烏野に来てくれて良かった。

 

白鳥沢に落ちて、烏野に受かって、

日向と出会えたから、烏野排球部に入ってくれたから

未来の影山があるのだと思いたい。

っていう勝手な自己主張は置いといて。

 

「中学でそうだったようにある程度までは

個人技で通用しても更に上へは行けない」

 

「「『……。』」」

 

澤村さんの言葉は、正しい。

あれは、身体も頭も出来上がっていなかった

中学までだったから出来たことだ。

 

空気が重い。首を振ってどうしようか、と

思考しようとした時だった。

 

「「キャプテン!!!!」」

 

「「!?」」

 

『ひぇっ……』

 

「何だっ誰だっ」

 

田中さんがばっと振り向いて声のした方へと向かった。

菅原さんと2人で胸を撫でて落ち着かせる。

怖……シーンとなってたから余計響いてたわ…。

心臓がバクバクとなっている。無理怖…。

 

「……あれっ、お前らっ」

 

田中さんの驚いたような声がしてそちらを向けば

開いた扉の隙間から黒髪と橙色の頭が覗いていて

ああ、と察した。

 

「ずっとそこにいたのかよ!?」

 

澤村さんと菅原さんが顔を見合わせて

扉の方へと向かっていくので

俺も野次馬精神で付いていく。

 

視界の隅に入った縁下さん達は

苦笑いしながらこちらを見ていた。

 

「勝負させて下さい!」

 

「俺達対先輩達とで!!」

 

その声が聞こえて思わず笑いそうになる。

す、と流れのまま扉付近まで近づけば

2人の顔が良く見えた。

 

「!!ブホッマジでかっ」

 

田中さんが噴き出す。

さっき言ってた通りに

なりましたからね…予言かな??

 

「「(せーのっ)」」

 

「「ちゃんと協力して戦えるって証明します!!」」

 

せーのって…もろ聞こえてるがな。

身を乗り出した田中さんのビバ単細胞!という言葉に

思わず頷いてしまった。

 

 



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▼7話 まさかの参戦

というか先輩達と戦って勝てると思ってんのか…。

逆にすげえわ、なんて感心してしまう。

いや、勝ち負けとかじゃなくて協力して

戦えるってことに重きを置いてるからいいのだろうか?

うーん、と悩んでいれば澤村さんが口を開いた。

 

「……負けたら?」

 

ズン、と空気が重みを増す。

俺、そっち側じゃなくて良かった…マジで。

メンタル折れる…元々運動系じゃねえからって

言い訳したい。日向がつ、と冷や汗をかいて

一歩後ずさったのを見て同情した。

 

「どんな罰でも受けます」

 

それとは対照的に一歩踏み出した影山を見て

うわ、嘘だろと思った。知ってたけど!!!

どんだけ自信過剰なんだよ…いやマジで。

 

「ふーん……丁度良いや」

 

澤村さんが田中さんの前に躍り出た。

逆に後ろに下がってきた田中さんがニヤニヤしながら

俺の脇腹を小突いてきた。

 

「お前の未来のチームメイトだぞ〜」

 

『もう癖がありすぎて既に心が折れそうなんですが』

 

俺が先輩とかだったら指導とか出来るけど

仮にも同級生。ぶつかり方とか分かんねえぞ…。

小声でヒソヒソとやり取りをしていれば

突如苗字を呼ばれる。

 

「鳴海」

 

『っはい!!!』

 

手招きされて小走りで駆け寄った。

影山の考えを看破してるであろう

澤村さんの目が怖い。そしてなぜ呼ばれた俺。

 

肩に手を置かれてびくり、とした。

悪いことしてないのに

悪いことした気分になるな。怖…。

 

「お前らの他に数人1年が入る予定なんだ」

 

この先の言葉を予想して胃が重たくなる。

いや待てよ?俺はどっちに入るんだ…??

 

「…で、そいつらと3対3で試合をやってもらおうか」

 

「えっ」

 

俺がいるから他に…その月島と山口の他に

新入部員来るのか…?ええ、誰だよ…

いや待てわんちゃん俺だけ…で

先輩が一人はいる…?

 

「毎年新入部員が入ってすぐ雰囲気をみる為に

やってる試合だ」

 

そう言いきった澤村さんに対し

日向がでも、と戸惑ったように声を出す。

 

「3対3……ですか?俺達のもう一人は…」

 

そんな日向の言葉を予想してたかのように

澤村さんが再び口を開いた。

 

「鳴海」

 

『っはい!?』

 

「当日日向達の方入ってくれ」

 

頼むぞ、とポン、と肩を叩かれ

言葉が出ない。反対意見は聞いてないんですね…。

 

『あ、あー……よろしく…』

 

ひらり、と手を振れば戸惑ったように

手を振り返してくる日向と

眉間のシワをさらに深くした影山。

名前のように対照的なそれに思わず苦笑いが零れた。

 

「……で、お前らが負けたときだけど」

 

肩に置かれた手がするり、と外され

澤村さんが腕を組む。

発せられる威圧感、主将としてそこにいた。

 

「少なくとも俺達3年が居る間、

影山にセッターはやらせない。

…勿論、顧問の了承も得た上でな」

 

その言葉の意味を噛み締めろ。

冷たい風が吹いて体育館に流れ込む。

 

「……は?」

 

影山が初めて表情を大きく変えた。

 

「??……それだけっ?ですかっ?」

 

対して日向は呑み込めてないようだ。

そうだよな、お前への罰はないんだもんな。

影山のセッターへの執着を知らないお前には

軽く感じるのかもしれない。

 

「単なる罰じゃないぞ」

 

そんな日向を置いて言葉を進める澤村さん。

 

「どうした?別に入部を認めないって

言ってる訳じゃない」

 

影山がぎり、と奥歯を噛み締めたのが俺でもわかった。

理解が追いついていない日向は

そんな影山と澤村さんを交互に見遣るので精一杯だ。

 

「お前なら、他のポジションだって余裕だろ?」

 

恐らくこの人は分かって言ってるんだろうな。

……さすが、人の上に立つ人だ、よく見てる。

澤村さんへの尊敬の念を深めた時だった。

 

「俺はっ!!セッターです!!!!」

 

ビリビリと大声が静かな体育館に響く。

そんな影山を静かに澤村さんは見下ろした。

 

「__勝てばいいだろ」

 

そう、勝てばな。

 

「試合は土曜の午前。」

 

いいな、と言い含めて澤村さんが踵を返した。

去り際に背中をトン、と押されて

一二歩日向達の方へと寄った。

 

振り返れば菅原さんと目が合って苦笑いされた。

田中さんはその横でサムズアップしてるし。

なんか話しておけとかそういうことなのだろうか。

 

自然に2人の視線が俺に集まって気まずくなる。

 

『1年、鳴海出流…ここに入るまで

バレーはやってなかった』

 

その途端一気に影山が詰め寄ってくる。

 

「スパイクは」

 

『打てる』

 

「レシーブは」

 

『人並み』

 

「トスは」

 

『……ド下手くそ』

 

チッと露骨に舌打ちされて頬が引き攣った。

生意気だなこいつ。

 

『……いいか、俺は初心者だし高校から始めるから

誰よりもド下手くそだ』

初心者、高校から始めた、という言葉に2人が反応する。

正直、日向と一緒にして申し訳ねえけど

初心者ど素人2人に天才1人にした澤村さんの

意図は読めない。

 

だけどな、と継ぐ。

 

『チームプレイの大切さは分かる』

 

社会性にも関係あるしな。

 

『影山、お前が、お前の個人プレーで

なんとかしようと思ってるうちは

俺はお前を信じない』

 

信じられないって言った方が正しいかもしれないな。

 

「鳴海ーそろそろ体育館閉めんぞー?」

 

はあい、と返事をして再び視線を2人に向けた。

 

『……まっ、なんて面倒くせぇこと言ったけど

取り敢えずよろしくな』

 

そう言ってひらり、と手を振り

そのまま体育館の扉を閉めた。

 

 

 



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▼8話 使えるものは使う主義です

 

 

「鳴海大丈夫か〜?」

 

『ウッ……』

 

全然大丈夫じゃないですやだーーーー!!!!

からかうように顔を覗き込んでくる田中さんを

躱しつつ少し不安そうな顔をした菅原さんの

隣にいる澤村さんをじとっと見る。

 

……何も言えないけどな!

 

そんな俺の視線を苦笑いで受け流す

澤村さんが実に恨めしいぞ…。

文句が言えない…パワハラだあ…。

 

「大地、3対3つったけど他に入る数人って

あと2人だろ?もう1人どうすんべ」

 

『エッ』

 

ウッッッッソダロ、てことは

部員の誰かが月島達のチームに

入るってことだろ?

エッ勝ち目なくない????

 

「流石に影山への罰といい

キツイんじゃね…?」

 

ビシリ、と石のように固まった俺を横目に

菅原さんが眉を寄せながら言う。

田中さんも俺を追い越して2人の元へと歩き寄った。

 

「確かにいつもより厳しいッスよね大地さん」

 

「なにか特別な理由でもあんの?」

 

ゆっくりと俺も歩み寄る。

 

「…お前らも去年のあいつらの試合見たろ」

 

大地さんがゆっくりと瞬きをしてから

堰を切ったように話し始めた。

 

「影山は中学生としてはずば抜けた実力を

持ってたはずなのにいまいち結果は残せてない。

そんで個人主義じゃ中学のリピートだ、

チームの足を引っ張りかねない」

 

ある程度体の出来上がっていなかった

中学で圧倒的な才能による個人主義は

ギリギリでやっていけていた。

 

そう、ギリギリで、だ。

結果は決勝で光仙学園に北川第一が

負けたことから分かるだろう。

 

最善を導くための思考する頭も

中学の頃より遥かに成人に近い身体も

出来上がってきている。

尚且つ精神性も

上下関係を学び、ある程度経験を積んで

非常に大人に近くなってきている。

 

そんな中で個人主義の王様プレーを

したらどうなるだろうか?

……答えは簡単。

 

崩壊だ。

 

「でも、」

 

一旦息を吐いて澤村さんが

顔を上げた。瞳の向かう先は、光だ。

 

「此処には日向がいる」

 

田中さんと菅原さんが揃って首を傾げた。

 

「日向??」

 

「類い稀なスピードと反射神経、さらにあのバネだ

でも中学では満足なトスを上げられるセッターに

恵まれなかった」

 

ふふん、そこから先は俺でもわかる。

 

『対して影山は非常に高い技術…才能を

持ったセッターで中学の試合からわかる通り

自分のトスを打てる早いスパイカーを求めている』

 

ですよね、と俺が言えば

澤村さんは俺を見て口角を上げながら頷いた。

 

「もし、2人の才能が合わさったら?」

 

ぞくぞくしてくる。

帰りたい。そうは思う。

けど、せっかくここに居るなら。

 

「連携攻撃が使えたなら?」

 

けどあの二人を見てみたい。

 

「烏野は爆発的に進化する」

 

そう思わないか、と笑った

澤村さんに俺も笑ってしまった。

思う思う超思います。

菅原さんも田中さんも

納得したように頷いている。

 

「楽しみだな」

 

そう笑った菅原さんに笑い返そうとして、

気づいた。微笑もうとした口が引き攣るのが分かる。

 

向かいの窓にそのコンビが貼り付いとるーーーーーー!!

 

えっ待って待て待て待って?????

なんで!!!張り付いてるんですかあ!!!?!?

えっなんか口パクしてるエッ!何言ってんの!?

 

明らかに挙動不審になった俺を心配するように

菅原さんが首を傾げる。

アッ大丈夫です具合が悪いとか

そういう訳ではなくーーー……!

 

影山が日向の頭を抑えながら口をパクパクと

開閉させている。餌を求める池の鯉みたいだな、

なんて思ってしまった。口パクですね分かります。

 

なになに……え、ん、い、…分かったーー!!

練習だァァァァ!!!!!!!!

何、朝練か!?そっか漫画では田中さんの

下手な誤魔化し方で朝練の時間決めてたな!?

 

『アッアーーッ…明日って朝練何時に始まります?』

 

喉を鳴らして誤魔化したあと

朝練の時間を聞いてみる。

 

「?…7時からだがどうした?」

 

『おっ俺、ちょっと早めに体育館入りたくて!

練習したいです!』

 

「おおー……いい心がけだ、な!?」

 

田中さんが笑いながらそういうところで

俺の視線の先の光景に気づいてしまったようだ。

 

「田中?」

 

俺と同じように固まった田中さんが咳払いをした。

察したようだ。

 

「いやなんでもないっす!なら俺が明日鍵開けるッスよ」

 

『!……いいんですか!?』

 

えっなんて優しさプライスレス。

田中さんほぼ今回関係ないのに

優しすぎるのでは???

俺だったらそのままスルーするだろうに。

 

「おう、なんていったって俺は先輩だからな!」

 

ふはははは、先輩と呼べ!と威張る

田中さんが神々しく見える。

菩薩か……?菩薩なのか……??

 

ちらり、と窓を見れば先程の影山とは代わって

オレンジ色のくせっ毛の頭が覗いている。

日向だ。手のひらをこちらに見せて

口パクしている。……2文字。

 

5時ですね分かりました〜〜〜(白目)

 

『田中先輩よろしくお願いしまーっす!!!!』

 

田中さんも日向の口パクを見ていたようだ。

若干顔がひきつっていた。

確かに5時って早いもんな……。

 

高笑いする田中さんと先輩呼びをする俺を

微笑ましい、といった感じで

見ながら菅原さんと澤村さんが外に出るよう催促する。

もう日はどっぷり暮れて春先の寒さが

指先からゆっくりと入り込んでくる。

 

当日は敵チームに誰が入るんだろう。

原作通りなのだろうか。

無事に勝てるといいけど、と俺は小さく呟いて

先輩達の背中を追った。

 

 

 

 

 



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▼9話 朝練習開始

ジリリリリリリ、とけたたましく

耳元で目覚ましの音がする。

 

出たくない……寒い…

オイルヒーター付けてんのに寒い…。

てか外暗くねーか…今何時だよ……。

 

『うぇ…』

 

バチリ、と振動する目覚まし時計を

叩けば音が止む。寒いんだ寝かせてくれ…。

こちとら東京の人間じゃ…

寒さには弱いんだ…関係ないけど…。

 

ごろり、とベッドの上で転がり

薄らと目を開ける。

まだ学校まで時間あるよな…?

そう思いつつ時計に目を向けた。

 

 

『、アーーーーーッッ!!!!』

 

やっべ!!!?

思い切り飛び起きれば

少しくらりと頭が痛んだが

そんなこと気にしてる場合じゃない。

 

今!!4時!!!!半!!!!

集合5時!!!!!!!!!!!!

 

慌ててベッドから転がり落ちるように抜け

クローゼットを開けて体育着とジャージに

袖を通す。昨日のうちに詰めといた鞄を掴み

どたどたどた、と階段を駆け下りた。

 

リビングの電気がついていない。

ということはまだ自分の部屋で

母さんはまだ寝ているようだ。

 

は、と気づいて慌てて足音を立てないように

尚且つ素早く動くように務める。

こんな朝っぱらから起こすのも可哀想すぎる。

 

冷蔵庫の隣にあるパン用のボックスから

数個ほど適当にランチパックや惣菜パンを

抜き取りぎゅうぎゅうの鞄の中身の上から

押し込んで入れた。

 

昼には潰れてんだろうなこれ。

飲み物は学校の自販機が安かったので

そこで買えばいい。

 

時計を見ればもう40分になっていた。

髪の毛はぐしゃぐしゃのままでもいいが

さすがに顔は洗いたいし歯も磨きたい。

音を立てないように洗面所に駆け込んで

迅速に、なおかつ丁寧に事を済ませた。

 

ジャンパーを羽織り、ネックウォーマーを着け、

いざ出陣!先輩を待たせるわけにはいかないし

日向と影山は早めに着いてそうだ。

 

自転車の鍵を持って玄関の扉を開けた。

 

『いってきます』

 

小さな声で誰にも聞こえないように言ったはずなのに

上からか細く行ってらっしゃい、と

見送りの声がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うーん、なんとかなるもんだ、と

息を上げながら思う。

なんとか10分前には辿り着いていた。

 

『腹減った…』

 

ぎゅる、とお腹が鳴っている。

寒さと空腹で身体が不調を訴える。

やだ俺の体軟弱すぎ……?

 

朝練をこのまま行えば絶対的に

身が持たないので

持ってきた惣菜パンを朝食として食べながら

体育館へと向かう。

 

まだ誰も来ていないようで

入口付近はガラン、としている。

何だか雰囲気があって怖い。

 

扉の階段に腰掛けぼーっとしながら

パンを咀嚼した。

身を刺すような寒さだ。慣れないうちは

これは辛いだろうな、と思いながら

すぐ側にあった自販機で買った

ぐんぐんヨーグルを飲む。

 

田中さんとかいつ来るんだろ、と

空を見上げながらパンの包装紙を

握りつぶしたときだった。

 

じゃり、と石を踏みしめる音が聞こえて

バッと顔をそちらへと向ける。

特徴的な太陽の色の髪の毛がちらり、と見えた。

 

『お』

 

即座に立ち上がってジャージのケツ部分に

着いた砂埃を手で払う。

 

『おはよう』

 

「おはよう!」

 

俺は覚えてるけど日向は

覚えててくれてるんだろうか、と少し不安になった。

一日で忘れるということはないと思いたい…!

 

『昨日流れで紹介はしたけど

改めまして、俺は鳴海出流。よろしくな!』

 

「俺は日向翔陽!よろしく!!!」

 

差し出された手をしっかり握って握手握手。

何組?と聞かれ4組だ、と答えれば頭良いな!と

驚いたような、感心したような顔。

褒められたと思いたい。そして照れたい。

 

日向とは普通に良い友達関係を

築けそうで少し安心した。

 

 

 

 

 



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▼10話 説得力って必要だよね!

 

ホッコリしていれば校門の方から

じゃり、と砂をふむ音がした。それも複数。

ふ、と視線を動かしてそちらを見遣れば

見覚えのあるシルエットが並んでいた。

 

「やっぱキッツいなー5時は」

 

欠伸をしながら田中さんが歩いてくる。

申し訳ないなぁ、田中さんは別に

今回俺たちのチームに入るとかじゃない、

ある意味部外者なのに巻き込んじゃって。

 

『おはようございます、田中さん』

 

影山、と朝の挨拶を続けていえば

田中さんの苦笑いと影山の小さな返事が

返ってきた。

 

『朝からすみません…昨日巻き込んだばかりに』

 

「いーや、いいってことよ!むしろお前だけだと

まだ鍵の管理できねえし開いてなけりゃ

こいつら窓から入るとか言いそうだしな!」

 

快活に笑いながら田中さんがそう言う。

……確かに言い出しそう、

てか言ってなかったっけ…?

 

思わず首の後ろに手を当てながら

俺も笑みを零した。

 

「じゃあ開けんぞー」

 

そう言って田中さんが鍵を開けるのを見つつ

俺は影山に話しかけた。

 

『俺の名前は覚えてる?』

 

「…おー…なるみ?」

 

惜しい!なるうみ!と

自分の額にぺちん、と手を当てながら笑う。

 

『改めて鳴海出流!よろしく!

……そんで今日練習何すんだ?』

 

「おう、レシーブとスパイクだな

拾えなきゃ話になんねえから、

お前と日向のレベルを見る」

 

『まあ、そうだよな…』

 

多分素人に毛も生えてないレベルだから俺…。

迷惑かけちゃうかもなあ、なんて

遠い目をした。当たり前のことなんだけど。

 

「おら、練習すんぞー!」

 

「「『オス!!!』」」

 

田中さんの呼ぶ声に反応すれば

3人の声が揃って寒空に響く。

 

頑張らないとなあ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~決意から一時間後。~

 

 

 

「前」

 

『オラッ』

 

トン、とボールが腕の上で跳ねた。

綺麗に影山のもとへと返る。

即座に立ち上がって構えれば

大分上の方に飛ばされた。

 

位置は多分さっきより5歩くらい後ろ。

 

たたたっとボールの着地点に先回りして構える。

これは、アンダー?それともオーバー?

ぐるぐると考えてるうちにボールが落ちてくる。

はええわ!!!!!!!!!!

 

混乱する頭のままアンダーの手を振っ…

振っちゃダメじゃん!!!!!!!!!!

 

間違って振ってしまい勢いをつけたボールは

影山の遥か頭上を通過して壁にぶつかった。

 

『うわ、影山ごめん!!!!』

 

「腕を振るなって言ってるだろボゲ!!!」

 

『ごめんてー!!!!!』

 

今のは完璧に俺に非があったから

茶化せない、辛い~!

影山が軽く溜息を吐いて

俺のフォームのどこが悪かっただの

こうするべきだのを教えこんでくる。

 

影山の優しさが身に染みる…もっと

罵倒されるかと…!日向だからなのか???

あの罵倒のボキャブラリーは日向だからなの?

 

まあそんなこと置いといて。

 

「影山!!!!」

 

あ、来た。

 

「ずっとパスだけ!

時間なくなっちゃうじゃんか!!!

スパイク打ちたいジャンプもしたい!!」

 

「そこらで跳ねてろ!!!」

 

田中さんにレシーブやらトスやらの

練習に付き合って貰ってた日向が飛んだボールを

取りに来たついでに影山に噛み付く。

 

うーん、気持ちはわかるけど!

確かに俺たちにとって1番楽しいのは

スパイク練だけれども!

 

思わず噴けば影山にギロっと見られた。

ひえ……眼光が…鋭いです…先生…。

 

「おいお前ら!」

 

そんなやり取りの中田中さんの

声が飛び込んできた。

 

「「『?』」」

 

振り向けば神妙な顔をした田中さん。

 

「…ひとつ、言っておく」

 

「…大地さんは普段優しいけど

怒るとすごく怖い。すごくだ」

 

「「知ってます」」

 

そうだよなあ、お前ら直で味わってるもんなあ…

余波ですら怖かったわ。俺怒られてないのに。

 

「この早朝練がバレたらヤバい

俺がやばい……別にビビってるとか

じゃねえぞ全然全く全然」

 

後半の語尾が小さくなると

説得力がないと思うんです田中さん。

完璧ビビってるじゃないですか、なんて

無粋な言葉を胸の内に

閉まっちゃおうねおじさんだから。

ピチピチのにじゅう…15歳だけれども!

 

「とにかくこの早朝練を知ってるのは

俺たち4人だけだからくれぐれも」

 

バレないように、なんて

続けられようとした言葉は

体育館の扉を開ける音に掻き消された。

 

「おー!やっぱ早朝練かあ」

 

思い切り肩を跳ね上げた田中さんと日向を横目に

隣で地味に身体が固まった影山を見て笑った。

リアクションが小さいけど

驚いてる顔である。面白い。

 

「おーす」

 

ひょっこりと扉の開いた入口から

入ってきたのは柔らかなクリーム色の

髪の持ち主である菅原さんだった。

 

『菅原さんおはようございます!』

 

まあ、知ってたからね、覚えてたからね。

普通に俺は菅原さんに挨拶をする。

 

おー、とにこやかな笑みで返してくれた

菅原さんはまじ先輩の鑑。

 

「スガさん!?なんで?!」

 

アイエエエニンジャ!?ニンジャナンデ!?

なんて言い出しそうな田中さんに

菅原さんが思わずと言ったように笑う。

 

「だって昨日のお前ら変だったじゃん

田中なんていつも遅刻ギリギリのくせに

鍵の管理申し出ちゃったりしてさァ」

 

お前らっていうことは

勿論俺も含まれてるんですねちくしょう!

 

「ま、俺も手伝うから練習しような!」

 

「「『おす!!!』」」

 

 

 

 



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▼11話 空に憧れる魚

日向は菅原さんがレシーブ練習に

付き合ってくれている。

田中さんは原作と違い

同じチームではないので

スパイク練する必要は無いのだが。

 

どうしてこうなった。

 

「いいか、ここからガッといって

バッッて飛んでダンッて振り下ろすんだ」

 

『ん……???んんんんん?????』

 

擬音ばかりで正直分からない。

首を傾げれば思わずと言ったように笑う

田中さんが視界に入る。

 

言葉で説明しようとしても駄目だと気づいたのか

呆れたように溜息を吐いて

影山がボールを持つ。

 

「田中さん、いいですか」

 

「おう!」

 

綺麗なトスのフォームだ。素人目にもわかる。

 

「いいか、こうだ」

 

そう言って影山が田中さんにトスをあげる。

 

口角を吊り上げた田中さんが

高めのトスに飛び込んでいく。

助走をつけ、両手を翼のように広げて

 

 

 

ダンッ!!!!

 

 

ボールネットの向こう側に叩き落とされた。

うーん、うん???ダメだ全然わからない。

教えられても見せられてもわかんない。

最早才能ないのでは?…元からだったわ。

 

『いいや、影山ちょーだい!!』

 

「ちゃんと打てよ」

 

「さっきからへぼスパイクばっかだもんな!」

 

ぐ、と言葉に詰まる。

何でかわかんないけど影山のトスを

ちゃんと受けれないんだよなあ。

タイミングが合わないと言うか、

身体が追いつかない。

ま、合わせないといけないんだけどな!

 

気合を入れるようにぐるぐると両腕を回す。

 

『影山!』

 

ポーン、とボールをセッターの手元に

届けるように投げれば

綺麗に手元に納まったボールがそのまま

空へと押し出される。

 

それを目で追いつつ駆け出す。

 

 

タン、

 

タン、

 

タン、

 

タ、

 

勢いのまま片脚に力を込めて飛び出した。

 

ドン、

 

『ピシャじゃないぃぃぃぃ!!!!』

 

手に当たりはしたものの半分だけ当たったような。

力が綺麗に叩き込まれるわけなくて

そのまま、勢いをなくしたボールがぽん、と

ネットの向こうのコート内に落ちた。

 

「俺はフェイントをやれなんて

言ってねえぞ鳴海ィィィ!!!!」

 

『うわごめんんんん!!!!!!!』

 

本当にそんなつもりはなかったんだけどな、

なんでこんなに上手くいかないんだろ、

と顔を覆って考えていれば

田中さんに声をかけられる。

 

「思ってたけどよ、なんで鳴海は

両足で跳ばねえの?」

 

『えっ!両足で跳ぶんですか!?』

 

「はっ!?」

 

田中さんの驚いたような声に

うわあ、と視線を下に向けた。

そっか、確かに両足で跳んだ方が跳ぶよな。

つい勢いのままに片足で飛び出してた。

 

両足で、両足で……タイミング合うのか?

 

顔をバッと上げた。

 

『影山!もっかい!!!』

 

「ちゃんと打て、ド下手くそ」

 

『そんな言い方してたら友達なんて

できねーんだからな!コノヤロー!!!』

 

「お前は影山の母ちゃんですかw」

 

『こんな大きな子供を産んだ覚えはありません!』

 

「そもそも男だろうがボゲ!!!」

 

なんだかんだしながら田中さんが

ボールを持ってレシーバーの位置に立った。

 

影山が構える。

 

両足で跳ぶ……跳べるか不安だなあ。

タイミングっていうかリズムが分からない。

 

「いくぞ」

 

『お願いします!!』

 

 

タン、

 

 

 

タンッ

 

 

(お)

 

球の中心に響いた気がする。

手のひらが熱くなるような感覚が広がって。

 

 

ドッ

 

 

 

床が足に着くと同時に

影山と田中さんの方を振り返った。

 

『〜~!!出来ましたよ!オラ!!!』

 

「おー、できたな!すげぇぞ!」

 

「基礎中の基礎だボゲ」

 

笑顔で褒めてくれる

田中さんとは違って全く……。

 

『俺は大人だから今の言葉は見逃してやるよ』

 

「いや同い年だろ」

 

伊達に20歳越えてないんだから

ドヤァ、と腕を組めば

田中さんが笑ってツッコむ。

 

『俺の方が大人なんですぅー』

 

ほら影山もっかい上げて!と催促すれば

仕方ねえな、と言うようにボールを持った。

 

またフワリ、とボールが上がって

空を真っ直ぐに泳いだ。

ボールは綺麗に俺の前に飛んでくる。

 

こいつ、本当に上手いんだな、なんて

思いながらボールを追う。

 

『あ』

 

「片足で跳ぶなっつってんだろ!」

 

ミスった。

 

 

 

『ていうか、そう、』

 

思ったんだけどさ、と続ける。

 

『日向にはスパイク練参加させないの?』

 

俺よりよっぽど上手いと思うんだけど。

影山からしたら

同レベルなのかもしれないけど。

 

「……」

 

『?お~い?』

 

「……」

 

影山~?と顔の目の前で手を振れば

ギロ、と睨みつけられる。

なんだよ、目付き悪すぎだろ、なんて

思えば影山がもご、と口を動かした。

 

「…レシーブはお前の方が全然うめぇ

体格的にもお前の方がパワーもでやすい。

スパイクだってとりあえず形になればいい」

 

俺が勝つ、影山はそう言って

レシーブをしていた日向を睨みつけた。

 

……難儀だなあ。

 

あ、日向レシーブ失敗した。

 

 

 

 

 



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▼12話 絵空事の香りがする

 

 

 

時は流れ放課後。

 

ぽーん、とバレーボールを腕の上で

バウンドさせる。

 

今はまだ部活前。ホームルームが

早く終わった俺は

さっさと着替えて体育館で1人、

レシーブの練習をしていた。

 

暖かかったはずの気温が

日が暮れてゆくにつれて

だんだん下がっていくのを感じる。

す、と目を細めて深く呼吸をした。

 

こんな時はなんだか

変なこと考えちゃうんだよな。

例えば例えば、ふぉあ いぐざんぷる。

例えば、俺に才能があったとして。

 

それは、

 

 

 

 

 

(どんな才能?)

 

 

 

 

 

片手から投げ出したボールが

美しい弧を描いて空へと飛び出す。

それに向かって1歩、2歩と踏み込んだ。

 

身体を宙へと投げ出す勢いのまま

利き手を、

 

 

 

 

 

 

 

俺は思わず口角を上げる。

 

『まあ、そんな上手く行くわけないかあ』

 

てん、と空気がしっかりと入った

ボールが足元で跳ねた。

この調子だとサーブも練習しないとなあ。

 

テレビとかで見るプロの

バレー選手のサーブとかやばいから

あれできるようになりたいとは思う。

無理だろうけど。

簡単に出来たらただの才能マンだし。

 

はああ、と溜め息を吐いた、その時だった。

 

「お」

 

ば、と振り向けば黒髪の短髪、

がっしりとした男子高校生らしいガタイ。

 

『澤村さん、こんにちは』

 

「おーおー、やってるなあ~」

 

そう言いながらニコニコと

黒いジャージの上を脱ぎ捨てつつ

駆け寄ってくる。

 

『レシーブ練してたんですけど

なんかサーブ打ってみたくて』

 

そう笑えばにやり、と笑い返されて

どうだった、と聞かれる。

俺はそれに肩を竦める振りをする。

 

『全然……ジャンプサーブ難しいですね』

 

「ジャンプサーブやろうとしてたのか!」

 

そりゃそうだ、難しいべ!と

さらに笑われた。ええ、ええ仰る通りです。

魚が空を飛ぼうとするのと

同じようなもんだろうか。

少し恥ずかしくなって頬をポリポリとかいた。

 

『そういえば菅原さんはどうしたんですか?』

 

部活来る時いつも一緒って

イメージがあるんだけどなあ、なんて思いつつ

そう聞いてみれば澤村さんが答える。

 

「あいつは今日掃除当番だってさ

俺だけ先に来たら鳴海が居るんだから

びっくりした」

 

そう言いながら澤村さんが俺の隣に並ぶ。

 

「ジャンプサーブもいいけど

鳴海は普通のサーブは入るのか?」

 

『あー……あ、分かんないです』

 

「じゃあやってみような、アンダー分かる?」

 

俺はその言葉に頷いた。

さすがに体育の授業でやった事はある。

視線に促されるままにボールを構えて

そのまま芯を穿つように叩き飛ばした。

 

「……」

 

『……ホームラン!!!!!』

 

反対側のコートを飛び越えて

ボールが飛んでいくのを見届けて

思わず叫ぶ。

 

恥ずかしい、嗚呼、恥ずかしい。

 

片手で顔を覆えば隣で噴き出す音がする。

 

『笑うなら思い切り

笑ってくれていいんですよ…』

 

澤村さん、と言葉を続けようとして

突如として響き渡る大爆笑に

驚いて飛び上がった。

 

「だーっはっはっはっw鳴海、おま、

ホームランてwアンダーで、」

 

ひぃひぃと笑いながら入ってくるのは田中さんだ。

勿論澤村さんへの挨拶は忘れていない。

……見てたんか。

 

ここまで笑われれば逆に

睨む気も起きない。

 

『くっそー…田中さんか澤村さんが

お手本見せてくださいよ…!』

 

せめてもの教本を得るために

そう言えば澤村さんがニッコリと笑って

前に進みでる。

 

「アンダーを確実に入るようになったら

フローターサーブも練習しような」

 

物事には基礎と順番があるから、と

言った澤村さんは

す、とボールを構えた。

 

「まずは、アンダーな」

 

俺は瞬きするのをできるだけ控えて

目に焼き付けるように

その姿をじっと観察した。

 

 



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▼13話 一息吐かないか

 

しっかり澤村さんに扱かれた後。

休憩中に俺は隅に座り込んで

おもむろにスマホのロック画面を解除した。

 

『バレー フローターサーブ コツ……』

 

勿論調べることは目下の課題である、

サーブについてである。

アンダーはなんとかなってきたけど、

未だに上から打つのがネットに引っかかる。

 

バチコーンって綺麗に曲線を描くように

打てないし決まらないんだよなあ…。

 

いやあ、それにしても世の中便利便利…

文明の利器ってやつ?最高だわ。

なんてなことを脳内でほざきながら

スマホのいじる手を止めない。

 

検索すれば数十件もでてきた。

個人で設立して運営しているらしい

バレー専門のホームページとかあるくらいだ。

 

すげえな、なんて呟きながら

スライドしていく。

 

見てるだけで楽しいとはまさにこのこと。

 

『右肘をしっかり引いて…?』

 

立ち上がってボールを構える。

 

『ボールを高く投げ過ぎない…』

 

回転をさせないように

手首を使わないように…

ああ、だめだ!手首を使わないってなに!!?

軽く反動をつけてボールを上に放る。

 

『あ、』

 

これでいいのかな、なんてぽすり、と

ボールをキャッチして首を傾げた。

 

何度かボールを投げたり

キャッチしたりを繰り返す。

なんとなく、本当になんとなくだけど

ボールを投げるのに慣れてきた気がする。

 

やってみるか、と立ち上がろうとすれば

ちょうど同タイミングで縁下さんから

声をかけられた。

 

「自主練?」

 

『あっ、はい!』

 

そう頷けば目を細められる。

縁下さんの緩む口元。

 

「偉いね」

 

褒められて?いや、褒められたのか?

褒められたのだろう、多分。

縁下さんの言葉に

俺は後頭部をかいた。

 

『いや、全然…俺初心者なんで

誰よりも下手で……』

 

ボールも上手く飛ばないし

サーブもスパイクもレシーブも

全然上手くなくて、と付け足す。

いや、本当のことだから余計悔しいな!?

 

『体力も全然ないし走り込みとかも

着いてくのがやっとなんで…ほんと…』

 

ぎゅ、と掌を強く、握り締めた。

 

『もっと、頑張んなきゃなあ、って

思います』

 

そう、言葉を吐いたあと、

不意に頭に手を載せられる。

 

「鳴海は偉いな、本当に偉い」

 

いや、偉いというよりもすごいのかもな、

なんて縁下さんが笑う。

 

「普通は、部活でそんな風に思って

考えて行動して努力するやついないよ

しかも初心者で」

 

バレーボールは高校からなんだろ?

やるの、と言われて俺は頷く。

その返答に頷けば、縁下さんは

小さく息を吐いた。

そうして緩やかに微笑む。

 

「大丈夫、鳴海は傍から見ても頑張ってるし

むしろ少し頑張りすぎかもしれない」

 

縁下さんが俺の隣にすとん、と座る。

 

「そんなに気張るっていうか、

急がなくていいんだよ」

 

確かに出来るようになるのが早い方がいいし

俺たちも即戦力になる奴は欲しいけど、と

縁下さんが笑った。

 

『…そんなもんですかね』

 

「そんなもんだよ」

 

鳴海は頑張りすぎ、と縁下さんに

優しく肩を叩かれる。

うーん、そっかあ……。

 

よし、と大きく深呼吸して

思い切り立ち上がった。

 

『縁下さん!サーブ教えて下さい!!

ジャンプのやつ!!!』

 

そう言えば縁下さんが

きょとん、とした後

1拍置いて破顔する。

 

「よしきた、でも」

 

俺の前に立った縁下さんが

意地悪そうに笑った。

 

「サーブだけでいいの?」

 

『!』

 

いいわけないじゃん!!!!

 

『レシーブとか、

スパイクとかもお願いします!!!』

 

反射的に頭を下げる。

うわ、なんかもういかにも体育会色に

染まってきたのかもしれない。

……偏見だけれど、なんて

内心笑っていれば

縁下さんがさらに笑った。

 

「ふふ、……だってさ!」

 

その声に合わせて顔を上げ

縁下さんの視線の先を追えば

木下さん、成田さんに田中さんまでいた。

2年生(例のあの人以外)が

全員揃ってる……だと…!?

 

「おっしゃ、任せろ〜!」

 

「俺達も練習になるからね、

宜しく鳴海〜」

 

「なんてったって!俺達は

センパイだからな!!!!」

 

いや、本当に、

 

いい先輩に恵まれたわ。

 

 

 

 

 

 



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▼14話 出来ること

 

 

 

暫く時はすぎて

水曜日の話である。

 

『今日も昨日と同じ感じ?』

 

俺は4人の準備が出来るまで

その場でトスの練習を行いながら

影山に聞く。

 

ボールはちなみに昨日の帰りに買った。

駅前商店街の中のこじんまりとした

スポーツショップで買った。

おっちゃんがサポーターとかもおまけして

安くしてくれたので昨日は多分占いで

1位だったんだろうなとか思ってる。

 

ちなみに今日はおは朝で7位だった。

 

ポーン、ポーン、と指先で

優しく受け止めてから

軽く放るようにトスをすれば

真っ直ぐに俺の手の中に戻ってくる。

 

ボール買ってから寝るまでテレビ見ながら

練習してた甲斐があったのか

大分つき指というか、とる時に

鈍い音はしなくなったように思う。

 

「……いや、今日は対人式でやる」

 

影山の目がボールを追っている。

 

『ほほう、』

 

対人式、と聞いた時

日向が影山を凝視したのが見えた。

5人いるけれど2対2で1人審判だろうか。

 

「2対2かな?何点先取?」

 

ゆっくり身体を解していた菅原さんが

そう聞けば影山が少し思案したあと

口を開いた。

 

「7点で」

 

『おっけ、チーム分けはどうするん?』

 

「じゃんけんで分かれるか、

出来るだけ試合連続しないように」

 

その影山の言葉で全員が一斉に手を出す。

5人いるから出す3種の手のうち

必ず1人は審判になる。

 

「せーのっ分かれっましょォ!」

 

田中さんの掛け声で出された手は

グー2つとパーとチョキ2つ。

 

「俺が最初審判か〜」

 

田中さんと影山、俺と日向のチーム分け。

 

「よろしくな!」

 

『うん、よろしく』

 

……守備力がちょっと不安かなあ。

やる気に満ち溢れた日向が

両腕を回しながら飛び跳ねる。

 

胸を借りるつもりで頑張るか、と

大きく深呼吸をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バコッ

 

「ワンチ!」

 

『オーライ!!』

 

体育館ばきの床を滑る音が響き渡る。

日向のブロックで緩やかに飛んできた

ボールをふわり、とトスする。

大きく、高く、緩やかに。

 

会心のトスは既に床に着いていた

日向が追っていた。

 

うん、日向の身体能力正直舐めてました。

とんでもなかったです、生で見ると。

守備力が心配かな?とかの問題じゃない、

俺が足を引っ張らないように

するので精一杯だ。

 

正直心折れそう。

 

漫画越しに見て笑ってるのと

実際一緒にバレーすんのとは

当たり前だけど全然違って。

さらに言うと体力とか経験の差がすごい。

如実に現れている気がする。

 

『ォェ、』

 

2対2だから休んでいる暇はない。

ただひたすらにぐるぐると回る。

誰かがやってくれる、なんてない。

サボれない、常に動くこの試合。

 

ドゴッ!

 

日向のスパイクが拾われた後

影山がトスを上げる。

田中さんがそれを思い切り叩いた。

 

『(ここか、)』

 

身体の向きを咄嗟に見つつ

スパイクのラインを見てレシーブをしようと

構えれば視界の端に跳び上がる姿。

日向がブロックをしようと宙を跳ぶ、が

腕を弾かれ、そのままボールは

コート外へと飛んでいった。

 

『(届かない、)』

 

形だけでも追いかけるが全力で走っても

どう考えても届かなかった。

 

「よし、交代〜」

 

7点先取され交代する。

今度のチーム分けは菅原さんと影山、

日向と田中さんだった。俺が審判。

その間に五分程休憩を挟む。

 

『お疲れ様、日向』

 

「おう、おつかれ〜…!悔しい!!」

 

そうだなあ、と相槌を打ちながら

ドリンクを飲む。

サーブミスが日向と合わせて3回、

サーブレシーブミスが1回、

相手によるスパイクブロックが2回、

スパイクを拾えなかったのが1回。

 

ラリーが結構続いたから疲労がすごい。

日向に至っては根性で拾ってた。

 

『サーブ練習しなきゃなあ…』

 

折角澤村さんや縁下さん達に教えて

貰ってたけどフローターサーブ

まだまだだなあ、と実感する。

正規の試合でサーブミスはマズいだろう。

 

得点は俺が3点、日向が2点だった。

とは言っても俺は1回ツーアタックで

落としただけだし、さらにもう一点は

サーブネットインだったから

スパイクを決めれたのは1回だけ。

 

日向はちゃんとスパイクで撃ち抜けてた。

ううん、と唸る。

せっかくだからこの機会見て勉強しよう。

 

と言ってもどこを見たらいいのか

分からないけれど。

観察して全てが分かるってわけではないし。

 

「?」

 

日向が不思議そうな顔して俺を見る。

うーん…うん……野生児にアドバイスを

求めてもなあ、って思っちゃうんだけど

聞く価値はある気がする。失礼かな。

 

『日向ってゲームしてる時何考えてる?

どこを見てる?どう考えてる?』

 

疑問符だらけの疑問を投げかければ

うん…?とハテナマークを浮かべて

思案する日向。

 

顎に手を当ててうんうんと唸ったあと

顔をバッと上げて俺を見た。

 

「相手チームの動きとタイミングかなあ!

なんかこう、来るっ!ってなったら

そこに跳んでブロックしようとしたり

弾道とか見るようにしてる!!

後、」

 

意外に色々考えてた。

考えてたっていうか見てたっていうか。

ポカン、と口を開けていれば

日向が言葉を続ける。

 

「俺が出来ることは頑張る!!ってことかな!」

 

出来ることは頑張る。

 

『…うーん』

 

そっかあ、と俺は息を吐いた。

本当に日向って凄いな、と思う。

出来ることは頑張るって…。

頑張れちゃうんだ……。

 

休憩が終わり4人がコート内へ入っていく。

その後ろ姿を見ながら

俺は頭をガシガシとかいた。

 

『流石だなあ…』

 

出来ること、ねえ…。

滴り落ちた汗を拭って

俺は開始のホイッスルを鳴らした。

 

 

 

 



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▼15話 努力は滲む

_________________その日の放課後。

 

 

 

「鳴海!」

 

名前を呼ばれて咄嗟に構えた。

 

『ハイッ!』

 

菅原さんへとボールをレシーブであげる。

少し体勢が崩れたけれどなかなかにいい感じ。

返球されたところに菅原さんが

柔らかくトスを上げていく。

 

そこに木下さんがスパイクを打ち込んだ。

縁下さんがブロックをするが

弾かれてコート外へ。

 

「『ナイスー!!』」

 

3人でハイタッチをする。

 

「くそー…負けちゃったか…、

よし!休憩ーー!」

 

『「「あス!!!!」」』

 

皆で清水さんの持って

きてくれたドリンクを飲む。

 

いやほんと清水さん綺麗なのな……?

美人すぎて目が潰れる…田中さんの

反応もわかるわ…、惚れる……。

 

タオルで汗を拭きながら座り込む。

そう、今は部活で3対3をしていた。

朝の2対2といい今日は戦うのが多いなあ、と

練習内容を教えて貰った時

思わず乾いた笑いを漏らしてしまった。

 

正直運動部、ましてやバレー部の

部活内容なんて知らないし、

想像出来ないから

少し怯えてたところもあるけど。

 

経験を積めるのはいいことだ、と

大きく息を吐く。

あっつい。外は寒いけど体内が

熱を持っている。

 

サポーターもなんだか汗を吸って

気持ちが悪い。あんまり良くないの

買っちゃったか……?

眉をひそめながらサポーターを外せば

結構滑り込みでレシーブをしたから

膝のサポーターが

擦れていた。

 

買ったばっかりなんだけどなあ、と

体育着でパタパタと扇いでいれば

菅原さんに声をかけられる。

 

「そういえば鳴海めっっちゃ

上手くなったなー!

なんか、こう…慣れがでてきたというか」

 

ジェスチャーつきでわたわたと

手を動かしながら菅原さんが言った。

それに同意するように成田さんが口を開く。

 

「あー!分かります!」

 

特にレシーブに安定感出てきましたよね、

と言われて照れる。いやマジで照れる。

 

「秘密の特訓の成果だな!鳴海!」

 

田中さんに背中をバンバン叩かれながら

そう言われて頷けば澤村さんに

感心したように頷かれる。

 

「そうか、朝練少し早めに来ているんだったか

……偉いな、頑張っているんだな」

 

まるで父親のような眼差しで見られて

褒められて…いやマジで、照れる……。

 

『先輩達のおかげですわ……』

 

そう小さくこぼしつつ

視線から顔を逸らして鼻頭をかけば

照れ隠しと分かったらしい菅原さんに

頭をガシガシと撫でられた。

 

「も〜〜お前ってやつは〜!!」

 

「おりゃりゃりゃ!」

 

悪ノリした田中さんにもこづかれつつ

思う。なんだかんだいって

俺も頑張ってはいるけれど

その前に先輩達が色々教えてくれるから

上手くなってんだよなあ……。

 

でも口に出すのは恥ずかしすぎるので

黙っておくことにする。

 

自分で実感したように、

他の人にも見えるんだ。

何年かぶりに直球で褒められたそれに

俺は小さく笑ったのだった。

 

努力は報われる。

 

それだけで俺は救われた。

もっと頑張ろう。

 

「よし、次やるぞ!」

 

澤村さんが空気を変えるように

手を打ち鳴らす。

バラバラとドリンクを飲み干して

立ち上がる中縁下さんがボードを確認した。

 

「ローテは……大地さん、俺、鳴海対

スガさん、成田、田中ですね」

 

『縁下さんと澤村さんと一緒のチーム…!』

 

チーム分けに思わず声に出る。

主将と未来の主将と同じチーム…!

2人とも安心感かな

 

「はは、よろしくな」

 

「じゃあ、審判俺ですね

サーブはどちらから?」

 

「鳴海の練習の成果を見せてもらうべ!」

 

『ぎゃー……プレッシャー…』

 

からからと笑いながらボールを手に持った。

もう何度も手に馴染ませた感触。

他の人より歴は短いけど

それを埋めるために頑張った!

 

スゥ、と息を吸って

向かいのコートを見据える。

 

右肘をしっかり引いて、

 

ボールを高く上げすぎない。

 

上体をしっかり反らせ、

 

ボールの芯を叩く。

 

踵が少し浮いたがその代わり

ボールにしっかりと体重を乗せられた。

背筋がヒヤリとしたのも束の間、

ボールは綺麗にコート内へと入っていった。

 

「「「ナイスー!」」」

 

『ありがとうございます!!!』

 

内心ガッツポーズをしながら

コート内へと駆け込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうしてハイテンションのまま部活を終えた

翌日、木曜日の事だった。

 

やっぱりアイツらはやばいんだって

肌で実感する。

 

 

 

 



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▼16話 脚を前に

木曜日、午前4時50分

 

流石に先輩より遅く来るわけには

いかないので少し早めに到着する。

もう早起きにも身体が慣れてきた。

 

もう既に光が体育館から漏れていて

あの二人か、と思い切り扉を開けた。

 

『おはよ、……う』

 

 

ドッ

 

 

目の前を通り過ぎるボール。

それを追ってレシーブをあげる日向。

綺麗に影山の立つ位置へと返球される。

 

え、と思わず視線を彷徨わせた。

散乱したジャージ、スポーツバッグ。

スマホも適当にタオルにくるまれて

投げ捨てるように置かれている。

 

半目になった。

いつもの調子で口喧嘩して

そのまま意地になって

対人レシーブしてるのか?

 

なんとなく邪魔になりそうなものを

さくさくっと除ける。

散乱しているジャージはそれぞれ畳み、

日向と影山2人のバッグの近くに

寄せておく。

 

スマホとかも割れたら大惨事なので

ボールが当たらないように、

バッグの後ろに隠しておく。

 

本当ならステージの上とかに

置くのがいいんだろうけど

2人の動く範囲が広すぎて

下手に動けない。

 

邪魔にならないようにいそいそと片付けて

自分の支度をする。さすがに5分10分すれば

終わるだろう、と目処を付けて

俺は少し柔らかくなってきたシューズの

靴紐を丁寧に結び直し始めたのだった。

 

 

 

 

 

〜5時15分〜

 

おもむろに扉がガラガラと音を立てて開く。

 

「ごめん遅刻したわ」

 

そう言って靴を脱ぎ履き替えたのは

菅原さんだ。田中さんもまだ来ておらず

珍しいな、と思う。

靴を履き替えた菅原さんが

顔を上げて俺と目が合った。

 

『おはようございます、菅原さん』

 

「おっす、てあれ?」

 

俺の挨拶に答えた後、す、と

激しいボールの応酬といえばいいのか、

未だに続いてるラリーに菅原さんが

目を止めた。

 

影山が柔らかく手前にボールを落とせば

体を落として日向が拾い、

影山が少し強めに叩いたボールを

日向は片手で綺麗にレシーブした。

 

そんなことの繰り返し。

 

「え、いつからやってんの…?」

 

『少なくとも俺が来てからずっとですね

5時ちょっと前からこの調子です』

 

2人とも体力が尽きないのか、とか

どうしてそこまで反応できるのか、とか

一旦やめようとか思わないのか、とか

色々と思うことはあるが。

 

ドパッ!

 

「おいっ!手加減すんなっ!!」

 

それに思い切り影山が目をつりあげた。

ボールに振り下ろす手に

力が入ったのが見ててわかる。

 

「上等だァ!!!」

 

影山の怒声が体育館に響いた。

 

ダァンッッ!!!!

 

キュッ

 

素直に感心している自分と

嫉妬している自分がいる。

なんていうかなあ…って感じだ。

 

「やばいな…」

 

菅原さんが片眉をあげながら

自分の準備をし始める。

 

『やばいですよね……』

 

ぼんやりとそれを眺めながら

ボールを弄ったり

その場でレシーブやトスをしていれば

続けてうっすらと

変な曲調の歌が聞こえてくる。

 

「角を曲がったら食パン銜えた

美少女とドーンッ☆つって、」

 

……歌か?これ…違うな、

 

「え、」

 

ダンッ

 

一際大きな音が響く。

日向が床を踏みしめてから

腕を大きく伸ばしてボールをレシーブした。

 

『おはようございます、田中さん』

 

「おお、やっときたか」

 

俺達の声に我に返ったらしい

田中さんが慌てて靴を脱いだ。

 

「え、コレどれくらいやってんスか」

 

2人のラリーを横目に見ながら

シューズを履き変えて田中さんが問う。

 

「俺が来てからは15分…でも

5時ちょっと前からやってるって

言ってたから…」

 

『最低でも30分以上はやってますねコレ』

 

「うわあ……」

 

しなやかな身体、瞬発力、反射神経、

1歩の速さ…いわゆる圧倒的な運動センス。

日向を取り囲む環境が生んだ才能だ。

 

「もうそろそろ限界だろ!!」

 

日向の顔がここからでも

白くなってきているのがわかる。

 

汗もすごいかいているし、

さすがに不味いんじゃないか、と

俺がタオルとドリンクを片手に

持ったところで日向の声が響いた。

 

「まだ!!!!」

 

片膝をつきながらも

まだ身体を動かそうと力を入れる。

 

「ボールッッ!!!

……落ちてない!!!!!」

 

汗でぐしゃぐしゃで、

顔色も悪くて、唾とか飛んじゃってて

凄く情けないというか、必死すぎて

カッコ悪い顔になっているのに、

ひたすらにそれだけを、

頑張れる日向に目を細めた。

 

『……やっぱ凄いよ、主人公』

 

息を呑んだ影山が少し強めに

ボールを飛ばした。

日向の後方へと飛んでゆく。

 

「うわっ性格悪っ」

 

田中さんが思わずと言ったふうに

小さく言葉を零すのを横目に

菅原さんが口を開いた。

 

「日向の運動能力…中学ん時から凄いよな」

 

でも、と一拍置いた。

 

「それだけじゃないんだ」

 

菅原さんの柔らかなブラウンの瞳が

日向を映した。

 

「日向には勝利にしがみつく力が

ある気がする」

 

俺も視線を菅原さんから

日向へと再び移す。

 

息も上がっている。

 

足は重い。

 

体力はほぼ底をついている。

 

【苦しい、もう止まってしまいたい。】

 

そう思った瞬間からの一歩。

 

『なかなか出来ないことを

やってのけますよね』

 

それもまた別の才能。

 

日向が大きく跳んで伸ばした腕に

ボールが当たり、上手い具合に

影山の元へと返球される。

 

田中さんが隣で感嘆の声を漏らすのが分かった。

 

返ってくるボールに合わせて影山が

手を添える。大きく、柔らかく、

山なりにネット際へと飛ばされたトス。

 

「影山がトスをあげた!?」

 

驚いた顔の田中さんと菅原さん。

 

「でも、日向にはもうトスを

打つ気力なんて……」

 

菅原さんが心配気に日向の方へと

顔を向けたのを見て思わず笑ってしまう。

そうして口元が緩んだまま

俺は日向へと声を送った。

 

『日向!ラスト!』

 

その声に汗をだくだくに流して息をするたびに

呼吸音をさせていた日向がバッと顔を上げた。

 

 

その顔は晴れやかな笑顔だ。

 

 

ある意味変態っていうか、

バレー馬鹿っていうか…。

呆れながら笑う。

 

綺麗に向かいのコートへと打ち込まれた

スパイクを見て俺も、と気合を入れ直す。

 

中途半端じゃ駄目だ。

 

ちょっとまだ戸惑っている部分はあるけれど、

なんて内心で零しながら。

 

床にへたりこんだ日向と影山が

二言三言言葉を交わしているのを

穏やかな気持ちで眺めていれば

いきなり日向が床へと

朝食に食べたらしきものを

ぶちまけた。

 

いやそれはふざけんな!?

慌てて駆け寄り日向へと水を飲ませ、

ビニールへと吐かせる。

 

脱水症状とかやばい事になってたら

どうするんだ、と慌てたが

本人の様子的にただ長時間激しく

動きすぎたせいで

気持ち悪くなったってだけっぽい。

日向の背中を優しく撫でながら

思わず遠い目をする。

 

吐瀉物は田中さん達と綺麗に処理しました。

…その日の朝練は

ほぼ潰れたことだけをお伝えしておく。

 

換気はしっかりしたし

アルコールで除菌もした。

ただ部活動中は出来るだけ

その付近に近寄らないようにしていたのは

俺達3人の秘密である。

 

 

 

 

 

 



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▼17話 察しが良いからバレやすい

 

金曜日、午後。

 

授業も全て終わり、ワイシャツを脱いで

予め着ていた体育着に着替えた俺は

鞄を持ち上げた。

 

(忘れ物はないな……)

 

土日を挟むため金曜日配布されて

月曜日に提出しなきゃいけない課題が

3つほど出されたのだ。

忘れたら死活問題である。

 

入念にチェックして鞄の学校用ファイルに

入っていることを再度確認する。

そのまま鞄を背負って席を離れたときだった。

 

「鳴海ー、部活一緒に行こう!」

 

山口が教室の出入口で手を振りながら

呼んでいる。その傍らには月島が。

 

『お、マジで?行こ行こ』

 

誘われたのは嬉しい。

というか月島と山口、バレー部に

来るの初めてなんじゃないか。

 

体験入部期間最終日に来るとか

強者だな、なんて思いながら

2人に駆け寄る。

 

『いや〜今1年俺しかいないから

2人が今日来てくれるの助かる…』

 

マジで精神的にきついんだからな…。

先輩方はいい人ばっかりなのは

分かってるけど!同年代がいないのは

正直寂しいし。

 

目を細めながらそういえば

ああ、そういえば、と月島が頷いた。

 

「なんだっけ?入部早々問題起こした

バカが居るんだっけ?」

 

「あー、俺もそれ聞いた」

 

バカじゃん、と笑う2人に

いやはやその通りです、と肩を落とす。

 

『てかそもそも入部すらさせて

もらえてないけどね…』

 

はは、と乾いた笑みを漏らせば

月島は引いた顔をする。

 

「本当…?よっぽどのこと

やらかしたんだねそいつ」

 

『そいつっていうかそいつらね

複数形なんだよなあ』

 

単数を指していたのを

指を2本立てて訂正すれば

山口がうわ、と声を漏らした。

 

いやあ、客観的に聞くと完璧

やばい奴らだよね。

体験入部期間初日に入部拒否…。

字面がエグい。

 

くだらない話も交えながら足を進めれば

あっという間に体育館へ到着する。

 

上履きを脱ぎながら体育館の扉を開けた。

 

『こんにちはー!』

 

声を張り上げて挨拶をすれば

もう既に何人か居て

返事がちらほらと返ってくる。

 

あ、澤村さんいる。

2人を連れていった方がいいか、と

バレーシューズに履き替えた2人とともに

澤村さんの元へと向かう。

 

『澤村さん、入部希望者です』

 

「おっ、ありがとうな」

 

声をかければ気づいたらしい澤村さんが

顔を上げる。そうして目線を動かした後

月島の頭部付近で視線が止まった。

驚いたような顔をしていたが

すぐに我に戻り月島と山口の

差し出す入部届けを受け取る。

 

月島の背の高さびっくりするよな…。

 

『エート、背の高い方の金髪が月島で

こっちが山口です』

 

俺と同じクラスメイトなんです、と

澤村さんに教えれば

おお、と澤村さんが口を開く。

 

「そうか!1年生全然来なかったから

寂しかったろ、鳴海」

 

『ヌッ』

 

ばれてーら。

まあ、普通に考えれば…うん……。

寂しかった。寂しかったです!!!!(ヤケクソ)

 

鳴海良かったなあ、とにこにこと

口角を上げる澤村さんが

2人に向けて口を開く。

 

「月島と山口、ね。俺は澤村大地

男バレの主将をやっているから

何かあったらなんでも聞いていいからな」

 

「「ありがとうございます」!」

 

じゃあ、まだ部員集まってないから

ストレッチとかしといて、と

言われたので返事をしてから

たったったー、といつもの位置へ向かう。

 

この位置窓からの光で

日が当たるから暖かいし

気持ちいいんだよなあ。最高。

 

『ここでやろうぜ、準備運動から!』

 

着いてきた2人にそう声をかければ

別々のタイミングで返事が返ってくる。

 

「いいよ」

 

「おっけー!」

 

いっち、にー、さん、し、と

体育の授業でも行う準備運動。

何となく3人で輪を描く形になったけど

背の高い野郎3人が円になって

準備運動って絵面がやばくないか???

 

いやいやいやいや、待て。

これ以上考えるのはやめよう。

考えるな、感じるんだ(誤用)

 

そんなくだらないことを考えていれば

あっという間に準備運動は終わり

身体をほぐすストレッチのターン。

 

いや、本当に準備運動もストレッチも大事。

するのとしないのと全然動きが違うって

知りました。

…この前時間ないから

準備運動サボったからね。

 

実況中継とかスポーツ漫画とかで

アップはすんでるか?とかそういう場面

絶対あるじゃん?

 

俺試合前なら体力温存するために

むしろ動かない方がいいんじゃないの?

なんて疑問を持ってるクチだったんだけど

高校の体育の授業でやっと分かりました。

…それについこの間の準備サボりで

痛感しました……。

 

悲しい。

 

そんなこんなでいつも以上に

念入りにストレッチを行う。

怪我なんてしたくないからな!

 

この後ストレッチをしながら

妙に気合いの入った俺の顔を見て

2人が訝しげに首を傾げていたけれど。

 

 

 

 



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▼番外編 難しく考えないで伝えるだけ

⚠︎色々と時系列すっ飛んでます。

主人公誕生日話。

 

 

『おはよう』

 

「おはよう、誕生日おめでとう」

 

そう、朝食を用意する母さんに言われて

俺ははっ、と気がついた。

カレンダーを振り返り見れば

5月14日。俺の誕生日だ。

 

『そっか、そうだわ……』

 

てか、ここの俺も同じ誕生日なんだな…。

 

「あら、忘れてたの?」

 

『いや、色々ありすぎて…』

 

おかしそうに笑う母さんに

思わず笑い返しながら首に手を当てる。

本当に、色々とありすぎた。

 

というか、帰れないまま1ヶ月が

経過している…。

 

今はそれより皆に食らいつくのに必死だし

俺自身ももっと頑張って

スタメンになりたいって言うのが

あるんだけど。

 

「ふふ、頑張ってるのね」

 

今日はすき焼きだからね、と言われ

俺は喜びに跳び、そのまま跳ね回ったせいで

階段の角に小指をぶつけて

痛みのあまりにしばらく蹲ったのは

俺と母さんだけの秘密でお願いします。

 

『行ってきます』

 

「いってらっしゃい」

 

なんも変哲もない日常なんだけど、

誕生日ってだけで色が変わる。

俺は夕飯のすき焼きに想いを馳せながら

家を元気よく飛び出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして普通に朝練をこなして

授業、小テストを挟んだり、

席が近い月島やと話したりしながら昼休み。

 

ゲームのログインボーナスを受け取ろうと

スマホに電源を入れれば

不意に目に入る通知。

 

『あっ』

 

見覚えのある名前と贈られた言葉に

思わず口元が緩む。

 

【研磨:誕生日おめでとう】

 

嬉しい不意打ちだ。

MP全回復くらいには価値がある。

母さん特製の弁当を膝に置きながら

スマホを見てニヤニヤしている俺に

気づいたのか月島が微妙な顔をしている。

 

「どうしたの?」

 

それに気づいたらしい山口が

月島の視線の先である俺を見て、

首を傾げた。

 

『…いや、研磨からL○NE貰って、』

 

口元の緩みを誤魔化すために

手で覆い隠す。

思ってたより嬉しかった。

まさか覚えてるとは思っていなかったけど。

 

俺とか忘れちゃうからなあ。

周りが祝ってたらそれに合わせて祝う感じ。

……研磨の誕生日聞かなきゃな。

 

見ていい?と言われたので画面を

見せる。ちなみに以前L○NEが来たのは

音駒戦の翌日。

 

マルチの討伐クエストに

行こうという誘いのときだ。

徹夜で素材狩りしてへろへろになりながら

朝練こなしたっけ。

 

画面を見たらしい山口が

前回のゲームについての俺らの会話に

一瞬呆れた目をした後突然目を見開いた。

 

「えっ鳴海今日誕生日だったの!?」

 

『えっ、うん』

 

もっと早く言えよー!と山口。

いや、自分の誕生日大々的に宣伝はしないだろ、と

突っ込めばまあね、と月島が頷いた。

 

「初めて知った……」

 

山口が不貞腐れたようにそう零せば

月島も、僕も知らないよ、と

興味なさげに呟いたあと、

 

「誕生日おめでとう、はいコレ」

 

月島が持っていたらしい未開封のガムが

手渡される。…グリーンアップル味だ。

 

『さんきゅ〜』

 

「もー!俺持ち歩いてる菓子とかないから

今度商店の肉まんでいい!?」

 

『え〜〜アイスがいいなあ!

ハーゲン○ッツ!』

 

笑いながらそういえば山口に

高いよ!と小突かれる。

バイトとかしてないとキツイよな。

あれの値段で箱アイス1個買えたりするし。

 

じゃあガリ○リ君な!といえば

呆れたように笑ってそれならいいよ、と

言われた。ラッキー。

最近暑くなってきているから

アイス食べれるのは嬉しい。

 

へへ、と笑う。

あんまりこういう誕生日イベを

気にしたことがなかったから

自分がいざ構って貰えるとなんだか

気恥しいものがある。……嬉しいけどさ。

 

「分かったよ、ツッキー」

 

「……」

 

いそいそとカバンにガムをしまっていれば

頭上で会話が交わされる。

不思議に思って顔を上げてみれば

山口が再び弁当を頬張っていた。

 

『……?』

 

月島もスマホを少し弄っていたかと思うと

また昼食を再開した。

……ま、いっか。

俺も弁当の蓋を開けて、

思わずニンマリする。

 

弁当のおかずに唐揚げが入ってるし、

白米の上には昨晩の夕飯に出てきた

ナスとひき肉のカレーが

少し乗せられている。

めっちゃ美味いんだよなあ…!

 

幸せいっぱいになりながら頬張った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

__________5月14日火曜日午後6時過ぎ。

 

 

部活も終わり、片づけも終わり。

あとは着替えるだけ。

そんな時だった。

 

「鳴海〜!ちょっとこっち

手伝ってくれないか?」

 

縁下さんの声が倉庫から聞こえて

慌てて返事をして駆けつけた。

 

『どうしました?』

 

「悪いんだけどちょっとここ

支えててくんない?」

 

『了解です』

 

そう返事をして縁下さんが

支えていた板を倒れないように

両手でしっかり持って支える。

……意外と重い。

 

しばらくした後。

 

「ん、ごめんな、ありがとう」

 

『いえいえ!』

 

縁下さんが柔らかく笑って

後頭部をかくのを俺は両手を振って

当たり前のことだ、と返す。

 

縁下さんにはいつも

お世話になってるわけだし。

これくらいのことはしたい。

 

「じゃあ、そろそろ着替えに行こうか」

 

そう促されて体育館を閉めて

部室へと向かった。

 

『あ、先にどうぞ!』

 

そう言って

縁下さんのために扉を

先に開けた瞬間だった。

 

パンッッッ!!!!

 

クラッカーの音がして

思わず飛び跳ねた。

 

肩を上げながら音源を見れば。

 

「「「誕生日おめでとう!」」」

 

 

 

『……えっ』

 

ぽかん、と口を開けば

縁下さんに背中を押される。

 

「ほら入った入った!」

 

中央の小さい机には

ポテチやチョコクッキーやら、

お菓子の袋が置かれている。

部屋の隅にビニール袋が

投げ捨てられていて笑った、

……乱雑だな!?

 

「よっ誕生日男!!」

 

「本日の主役!」

 

そう田中さんと西谷さんに

言われてまた笑う。

ノリノリじゃねーか。

 

というか、いつの間に、と驚いた。

別に大々的に誕生日お知らせしたとか

そういうわけじゃないし、

そもそも一部員の誕生日イベ

こんなことすんの?って感じ。

 

先輩方が知ってるってことに

驚きを隠せない。

 

そんな俺を見越したのか、菅原さんが

笑いながら俺の肩を叩いてきた。

 

「皆山口と月島に教えて貰ったんだよ」

 

『えっ』

 

思わず振り返れば

そっぽを向く月島と頬をかく山口。

……昼休みのときか!!!!

 

『まじか……!』

 

「へへ、あの時にツッキーと話したんだよ」

 

どうせなら、ねって!と山口が

月島に同意を求める。

 

「山口うるさい」

 

「ごめんツッキー!」

 

もう部活に入ってから何回目だ

このやりとり。それにしても嬉しい。

 

「つーわけで日向と影山に

ひとっ走りして貰って坂ノ下商店で

菓子やらなんやら買ってきてもらいました〜」

 

もちろん全員の割り勘〜、と

菅原さんに言われてそのパシられた

2人の姿を探した。

 

『?』

 

そんな俺に気づいたのか澤村さんが

おもむろに俺の足元、の少し左を指さした。

 

「探し人ならそこだよ」

 

そのまま指先を辿って

視線を向ければ黒とオレンジの塊が

床に転がっていた。

 

「ゼェ…ゼェ……」

 

「ボゲ……日向ボゲ…」

 

『うわ……』

 

汗だくだくの2人が足元で転がっている。

反射的に足を後ろに引いてしまった。

影山に至っては罵倒のボキャブラリーが

少なすぎて一種の鳴き声みたいだ。

 

ていうか通りで俺を迎え入れた時の

声が少し足りないはずだ。可哀想すぎる…。

よっぽど全力で走ったんだな、と

2人に哀れみの視線を送った。

 

「はは、いや、改めて誕生日おめでとう

まさか今日だとは知らなかったわ」

 

とは澤村さん。

 

「俺らの中で1番早くて6月の俺だもんな」

 

菅原さんが合わせるように口を開いた。

 

「4月、5月っていないもんなー…

鳴海、おめでとうな」

 

東峰さんが俺と目を合わせて

笑いながらそう言ってくれる。

 

その隣にいた清水さんが口を開いた。

 

「誕生日、おめでとう」

 

その言葉が聞けただけでも十分です…。

女子に祝って貰えて感謝の極み……。

思わず拝みそうになってしまった。

 

「もっと早くに言ってくれたら

ちゃんと準備出来たけどな!」

 

「まあ自分の誕生日なんて、

なかなか言わねーよ!!ノヤさん!」

 

田中さんと西谷さんが

がはは、と笑いながら言う。

西谷さんには

あとでガリガ○君奢るからな!と

言われてしまった。

 

まずい、山口と被る。

やはり山口にはダッツ奢ってもらおう。

 

「俺からも個別にこれあげる」

 

そう言って成田さんがのど飴をくれる。

りんご味だ。

…今日はやたらとりんごに縁がある。

 

「俺からは悪いけどないわ…

でも誕生日おめでとうな」

 

頭を撫でてくれたのは木下さん。

 

「まだまだこれからだし

インハイも春高も頑張ってこうな?」

 

縁下さんが笑いかけてくれる。

はい、と頷いた。

 

「改めまして、おめでとう!」

 

「昼休みに一応言ったけどね」

 

「そうだね、ツッキー」

 

でも言ってくれるだけで嬉しい。

俺が笑ってしまえば

月島には怪訝そうな顔をされたが

山口は終始笑顔だった。

 

「ゼェ……鳴海…おめでとう…!!!!ゼェ…」

 

鼻水やら汗やらを垂らしていて

正直汚い。日向にタオルを差し出せば

震える手で受け取ってくれる。

 

「……ボゲ……鳴海…誕生日おめでとう…」

 

同じように影山にも渡せば

持っているからいい、と断られ

ついでに、といった感じで言葉を貰った。

なんとなく驚いた。おめでとうとか

言うタイプに全然見えないし。

 

いや、それにしても、と口をもごもごさせる。

 

『あ、あーー……』

 

言わなきゃいけない言葉が

恥ずかしくて出てこない。

 

『その、まあ、なんていうか。』

 

視線が自分に集まるのを感じて

さらに顔が熱くなるのを感じた。

赤くなってる気がする。

 

でもここまでやってもらって。

言うことは1つだろ。

 

口を動かして、言葉を絞り出した。

 

『あ、ありがとうございます…

……めちゃくちゃ嬉しいっス』

 

次の瞬間もみくちゃにされて

倒れた中で笑ってしまったのも

また、秘密の話。

 

 

 

 

 

その日の夕飯のすき焼きは、

家族でワイワイと楽しみながら

完食しました。

 

 

 



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▼18話 ステップアップチームアップ

 

 

 

バンッ!!!!

 

山口があげたレシーブが

セッター位置から少しズレて飛んでくる。

問題ない、と俺はそのボールに手を伸ばした。

 

『月島ッ』

 

俺があげたトスの行き先は月島。

丁寧に出来るだけ高く上げた

それは綺麗に月島の手の中へ。

 

「……!」

 

ズドン、と音を立てて向かい側のコートへと落ちる。

 

「ツッキーナイスキー!」

 

鳴海もナイストス、なんて山口が言ってくれるので

笑顔になりながら俺は山口とハイタッチした。

褒められるのは嬉しいよな。

 

部活内での3対3。

9人いるからローテで回して行っていて

今回は偶然月島と山口と同じチームに

なったってだけ。

 

1年坊でのチームで戦うの

正直キツイんじゃないかなって思ってたけど

よく良く考えればこの2人、

俺とは違って小学生くらいから

やってたんじゃなかったっけか。

 

「…ナイストス」

 

月島が眉間に皺を寄せながら

俺に声をかけてくる。

正直皺寄せながらこっち見られると

めっちゃ怖い…かもしれない。

 

高身長だから余計に圧迫感あるよなあ、

なんて目を逸らしそうになるが

俺には月島に聞きたいことがあった。

 

『低すぎなかった?問題ねえ?』

 

「もうちょっと高くてもいいかもね」

 

そう返答が返ってきてほーん、と頷く。

例えセッターやる予定がなくても

誰かに繋ぐタイミングが

あるかもしれないからな。

 

…セッターじゃなきゃあげちゃいけないって

ルールもないし、とまだここにはいない

あの人を思い浮かべながら俺は口を尖らせた。

ボールを操るのは難しい。

 

「次は止めるぞ月島ァーッッ!」

 

田中さんが腕をぶん回しながら

月島にターゲットを決めるのを横目に

手を握りしめる。

 

ゆっくりと開いた手はまだ数週間も経っていないのに

それなりに“運動する人間”の手になっていた。

 

(大丈夫、努力はきっと報われる)

 

愚かであると笑われても今が楽しいのだ。

取り敢えず今は明日の3対3に向けて

沢山練習しなくては。

 

「鳴海、次サーブだぞ〜」

 

縁下さんの声が耳に届いた。

皆が俺を見ている。月島が呆れたように

鼻を鳴らして俺にボールを投げた。

 

『はいはい!今行きます!』

 

「練習の成果ちゃんと見せてくれよ〜」

 

外野から木下さんにやんやと野次を飛ばされて

思わず笑ってしまった。

 

『見てて下さいね!ちゃんと入れますから!』

 

「ホームランしないでよ?」

 

『当たり前だ!』

 

月島に煽られてムッとしたのも束の間。

ボールをバウンドさせて助走距離を取る。

澤村さんがブザーを鳴らしたのを確認して

俺はボールを投げた。

 

もうこの動作にも慣れた。

ここで止まっていられない。

もっと、

 

…もっと、

 

 

_________……この先へ。

 

 

この試合前に見た動画を思い出す。

ブラジルだったか、アメリカだったか。

海外の選手の強烈なサーブ。

 

様々なカメラ視点があったので目に焼き付けて

今までずっと練習していた。

 

朝、ジョギング後のちょっとした空き時間に。

昼休み、誰もいない校舎裏で。

放課後、それぞれがサーブ練を行うとき。

夜、帰り道誰もいない公園で。

寝る前に何度も動画を見直して、

サイトも調べて研究を重ねる。

 

そうして今、

空へ跳んだ時の自分の手の最大到達点に

丁度ボールが落ちてきた時。

弓のようにしならせた上体を

 

 

弾き出す!

 

 

 

 

 

ドバッ!!!!!!

 

 

形容し難い音を鳴らしてボールは

相手コートに落ちる。

一瞬の静寂の後、体育館中の視線が

俺に集まった。

 

「え?……え??鳴海、

じゃん、ジャンプサーブ…!?」

 

菅原さんが何度もボールと俺を

指さして交互に見て困惑している。

 

『頑張りました!』

 

大声で笑いだしそうになるのを我慢して

歯を見せてにっこり笑顔を作れば

澤村さんがまじ?と声を漏らした。

 

いやほんとに頑張ったんですってば。

 

「君って、イイ性格してそうだね」

 

月島が何とも言い難い顔をして

俺を見る。俺どう考えても

性格悪くないのでよろしくお願いします。

驚かせたかっただけなんだってば。

あと、できると思ったんです。

 

同じだけの精度のサーブを

また出せる気がしないけど

挑戦をしたい俺はまた助走距離を取る。

さっきと同じくらい離れた俺に

向かい側の3人が構える。

 

俺はふ、と肩の力を抜いてボールを上へと放った。

 

案の定次のサーブはネットに引っかかり。

ちょっとだけからかわれる俺であったのだが。

悔しい。

 

 

 

 



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