仮面ライダーインテグラ (御成門バリカゲ)
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#0 設定/人物

霧島 楓(きりしま かえで)/ウイニングラフム/仮面ライダー

 

誕生日 3月21日 

血液型 A

身長 168cm 体重 55kg

 

 本作の主人公。国立東城大学教育学部1年。防衛組織バディ所属。18歳。

 ストレートに流れた黒髪に緑のグラデーションが末端に入っている、不細工では無いが端整とも言えない程度の顔をした、全く目立たない容姿の青年。

 突如自宅に襲撃したラフムにより家族と親友を無くし、自らも死亡。その際ラフムの力に目覚め怪物と化した自分に戸惑う。

 しかしラフムの力をコントロール出来る彼は正義のラフムとしてバディで戦う事を決意。

 対ラフム用装甲転送システム「ライドツール」を介し緑の鎧の戦士"仮面ライダー"へ変身する。

 

 自分が人で無くなった事に恐怖はあったがそれ以上に誰かを助けられる事に喜びを感じている。

 正義感と責任感が強く、昔から親友である勇太郎に守られてきた為に誰かを助ける存在に憧れを抱いていた。

 大切な存在を全て奪ったラフムへの憎しみと人を守らなければいけないヒーローとしての責任感に板挟みにされ苦悩する事も少なくない。

 高校生の頃にバイク免許を取得。その運転テクニックは凡庸な楓の唯一無二の特技でもある。

 大学では友達は少なくサークルにも属していなかった為に"勇太郎の隣の人"と呼ばれていた。

 もとより人見知りがちで勇太郎以外の人とあまり話したりはしないが、実際はジョークが好きでわざわざ決め台詞を考えて来る程にひょうきん。

 

 仮面ライダーは正義のヒーローと言う神格化にも近いイメージを持っており自分自身にその責務を迫っている節があり、それゆえ道を誤る可能性が危ぶまれている。

 

 

藤村 榛名(ふじむら はるな)

 

誕生日 4月16日

血液型 AB

身長 159cm 体重 50kg

 

 バディ技術顧問であり医療指揮、さらに戦闘指揮官もこなすスーパーウーマン。バディの人手不足を身一つで補う才女。本人曰く22歳。

 様々な方向に跳ねた茶髪を無理くり後ろにまとめた容姿の小柄な女性。どの様な状況下においても白衣を身に纏っている。

 現在ライドツールの開発と改良を行っている張本人だが、元となるライドシステムの基礎を作り上げたのは彼女では無いらしいが、未だその真実は明かされていない。

 基本的には真面目で仕事熱心な性格。だが、彼女の一存で特殊車両でバイクの導入がなされたりライダー装甲のデザインが異様に凝っていたりと大の"カッコいいもの好き"である面が垣間見える。一方で彼女のそのセンスがあった事によって仮面ライダーのヒーロー像が築き上げられ、一般国民からの支持を受けやすくなったと言える。この世界の人類は割とみんなカッコいいもの好きだ。

 

 

武蔵 大護(むさし だいご)

 

誕生日 12月18日

血液型 AB

身長 196cm 体重 90kg

 

 バディ機動隊長。大柄長身で、男性としては非常に長い黒髪を後ろ手に結わいている。25歳の成人男性。

 多くの格闘技に精通する抜群の運動スキルを持ち、バディ職員らからは"人類最強の男"と呼ばれているが本人は全く自覚が無く、常に己の心技体を高める事に励んでいる。

 その抜きんでた戦闘能力は全て人類を守る為であり、今まで死んでいった仲間達の命を決して無駄にするまいと日夜戦い続けている。

 ラフムとの戦いに出でた光明の様な存在である仮面ライダー、楓には絶大な信頼を置いており、彼の戦闘指導すると共に戦闘中の鼓舞は絶やさない。

 武蔵の戦闘スペックは人間としては最早異常の域まで達しており、素手でウイニングラフムの暴走を食い止めたり、防御力の弱い相手なら素手での一撃を見舞う事も出来る。本来は彼がライドシステムを扱うのが最適とされているが、ラフムではない人間である為にその起動条件を満たさなかった。その経緯から、通常の人間でも扱える新たな変身機構の開発を求める声が多く上がっている。

 

 

長良 衡壱(ながら こういち)

 

誕生日 3月10日

血液型 A

身長 176cm 体重 68kg

 

 バディ長官。人類を守る使命を持った組織であるバディの全指揮権と全責任を担っている。

 痩せ身の長身で、常にスーツを着ており、白髪交じりのオールバックとメガネがトレードマークの紳士。年齢不詳。

 現場においては藤村を始めとした指揮官らが戦闘指示を行っているが、それらは長良長官の戦闘指揮委譲を受けている。

 彼の仕事は長官としての指令が多くを占めるが、彼自身は現場に立つ機動隊やライダーの支援を重きに置いている。自ら戦闘に参加しない人間として、戦闘中常に死の危険を背負っている彼らのメンタルケアや精神衛生の保全が重要と考えている。

 長官本人の人物に関して彼自身が多くを語る事は無く謎が多いが、食事には必ずデザートを付けるタイプ。

 

 

火島 勇太郎(かしま ゆうたろう)/バーンラフム

 

誕生日 8月5日

血液型 B

身長 178cm 体重 70kg

 

 死亡したと思われていた楓の親友であり幼馴染。国立東城大学教育学部1年。バディ所属。19歳。

 全体的に跳ねた髪が少し下方に落ちた明るい茶髪に赤いメッシュが入った出で立ちで、暖色系のパーカーが好みで普段良く着ている。

 楓と共にラフムに殺害され、その際楓に続いてラフムと化し、ラフムを生み出した組織「ティアマト」に回収された。それを察知したバディの協力者「御剣家」に救出され戦闘訓練を受けた経緯を持つ。

 楓と同じく自らの意志を残しバディに所属する二人目のラフムとして楓を支え人々を守るヒーローとしての仕事に熱意を燃やしている。

 性格は快活な熱血漢。スポーツ万能で楓に迫るバイクテクニックを持ち、大学の体育会系サークルのピンチヒッターとして多くの学生から人気。様々な交遊に誘われる機会に恵まれているが、本人は楓や霧島家との時間を大切にしている。

 バイク免許は楓と同時に取得し、愛車としてたカワサキニンジャのオレンジモデルは御剣家に回収され、それを用いてバディまでやって来た。

 

 

御剣 吹雪(みつるぎ ふぶき)

 

誕生日 2月1日

血液型 O

身長 145cm 体重 40kg

 

 バディの支援を行う集団である「御剣家」の当主。国家の危機に対して裏から支援を行ういわゆる秘密結社である。

 本人は薄い水色の髪色でツインテールで12歳程の少女の容姿をしている。ロリータファッションは趣味。何故彼女が少女でありながら御剣家の当主を務めているのか、その事情を知る者は少ないとされている。

 紅茶が大好物で、インドから仕入れた茶葉を嗜んでいる。

 

 

風露(ふうろ)

 

誕生日 5月21日

血液型 A

身長 172cm 体重 66kg

 

 御剣家の使用人であり勇太郎の師匠。人工的な力でラフムの力を駆る"ビルダー"であり、勇太郎を凌ぐ戦闘能力でライダーの登場以前の対ラフム戦を牽引していた。勇太郎を救出したのも彼である。

 タキシード姿で焦げ茶の横に流した髪型が特徴。紳士然とした立ち振る舞いをしている。

 

 

(くろ)(よろい)

 

誕生日 ?

血液型 ?

身長 推定200cm

体重 ?

 

 現在ティアマトに襲われてラフムと化した人々が口に出す人物。その手によって多くのラフムを作り上げてきた極悪非道。

 その名の通りの黒い鎧とライダーの様な仮面の姿でフード付きのマントを羽織っており、夜間の人のいない頃合いに行動する為、未だ謎が多い。



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#0 設定/用語

ラフム

 

 ティアマトの手により生み出された人間と生物や無機物、現象の意匠が融合した様な異形の怪物。

 メソポタミア神話の「新しき神」を意味している。

 全人類の中で極稀に存在している素質を持った人間がラフムに殺害されるとラフムと化す。

 その発生は本編開始より2年前から確認されており、効果的な対抗策を持たなかったバディと日本国家はその存在を秘匿していた。

 知能と意識を失い人を殺害しながら暴走を続ける”オリジン”個体と、ティアマトの開発したイートリッジを用いて人工的に変貌する”ビルダー”個体の二種が確認されている。

 ラフムの一部には自らの意識を保ちながら変貌するオリジン個体も存在しており、霧島楓もその一人である。

 ラフムは撃破後、イートリッジに格納される成分と変貌前のただの人間に分離する。バディでは意図せずして暴走していたオリジンの元となった人への事情聴取と死亡届の返上などの処理を行い、十分な検査を行った後普通の生活へ戻れる様支援している。

 理論上今までラフムに殺害された人がラフムになると言う、人間異形化のバイオハザードが危惧されるが、現在はその発生が見受けられていない。

 

 

ティアマト

 

 ラフムを生み出し、日本中の人々を殺害、恐怖に陥れている組織の名前。その呼称はティアマトの組織を作った者が最初に言い始めたとされているが、その正体についてはバディすら掴めていない。

 表立って活動する事は無く、密かにラフムを生み出した後はそのラフムが勝手にラフムを増やすのを待つ。が、ティアマトに所属する人間が自らビルダーラフムとして姿を現す状況も見られる。そのパターンはライダーが登場してからの物である故、ラフムの増加、暴走を邪魔する強敵であるライダーを殲滅する為に動き出している事を意味している。

 構成員不明、目的不明。声明を出す事も無い為にその活動内容は捕らえた構成員の証言による物が多く信憑性に欠ける。

 

 

BADY(バディ)

 

 Break Against DYsplasiamonster(異形成怪物に対抗し砕く)と言う意味を持つ、ラフムに対抗する為の組織。

 その規模は1000人程で構成され、その内の七割が対ラフムの機動部隊として配備されている。が、人類の持ちうる兵器はラフムに対して有効な攻撃になる事は無かった。ライダー登場以前は民間人が避難する時間を稼ぐ肉壁でしか無かった。

 以前までは政府からの認可を受けつつもラフムの存在を発表する訳にはいかないとの内閣総理大臣の考えから存在が秘匿されていた。が、ラフムへの決定的な対抗手段となるライダーが表れた事により、ラフムと共にその存在を公表するに至った。

 所在地は不明だが、おおよそ東京に位置しているとされている。日本各地に伸びる地下通路”レイライン”により、全国へ出動が可能。

 民間人からはラフムと戦っている事から応援の声を多く受け取るが、元がラフムであるライダーの力に依存する事を懸念する声もある。

 機動部隊の人材採用には移動用としてバイクの運転免許が必要となる。学歴経歴は不問とするが自衛隊からの転職の際は初任給にボーナスが加算される。採用された場合にはホンダ社の「CBR-400RR」を軍事特化させた改造品が一人一台提供される。

 オペレーターをはじめとした非戦闘員の採用は基本的に筆記試験と履歴書による面接がなされる。指揮を行う機器の操作技術が求められる為、機械分野への精通も必須。

 

 

御剣家(みつるぎけ)

 

 バディの協力者としている謎の集団。御剣吹雪と名乗る少女が長となり、各地のラフム出現の報告、監視を行っている。ラフムとなりティアマトに拉致されていた勇太郎を助け、訓練を行った。

 

 

東城大学

 

 楓らの通う国立大学。教育学部をはじめ、社会学部から経済学部、ロボット工学部まである。

 東京都文京区に所在し、日本においても有数の学力を持っているが、楓は成績に伸び悩んでいる節がある。 



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#0 設定/戦士

【注意】今回の設定にはネタバレが含まれます。章ごとに紹介ページが分かれていますが、各章をご読了の後にご覧いただく事を強くおすすめいたします。

 

 

章一覧

 #5~#27「仮面ライダーウイニング」編

 #28~#49「仮面ライダーバーン」編

 #50~#70「仮面ライダーズ」編

 #71~#80「死斗 桜島決戦」編

 

 

 

#5~#27「仮面ライダーウイニング」編に登場した戦士

 ウイニングラフム

 仮面ライダーウイニング

 バーンラフム

 サンダーラフム

 

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ウイニングラフム

 楓が変貌する深緑の体と白濁色の(はね)を携えた蜻蛉(とんぼ)型の異形。凶悪な顔をしているが人を守る為に戦う。

 風の性質を持ち、高い機動性を活かした戦法を得意とする。

 「ウイニング」とは本来”勝利”を意味する単語である為実際の名称としては「ウインド」等が正しい筈だが、バディ長官・長良の提案により命名されており変更されていない。ただし、ウイニングの存在によってようやく人類はラフムに勝利出来た事からこの名称もあながち間違いでは無いだろう。

 スペック

  身長:198cm

  体重:92.0kg

  パンチ力:5.0t

  キック力:8.0t

  ジャンプ力:180m

  走力100m:2.2秒

 

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仮面ライダーウイニング

 緑のインナーに銀の装甲、赤い目と金の双角を携えた本作の1号ライダー。当初は仮面を付けたライドシステムの戦士として仮面ライダーとだけ名乗っていたが新たなライダーの計画に際しラフム態の名称からウイニングの名が与えられた。

 有している性質は「風」。各フォーム時の属性に流動性、俊敏性を付加する。

 視覚を補助するセンサーは基本的な目の役割を担う主眼、「センシングアイ」と、視覚を補強しラフム時の優れた視力と視野の代替を行う「ブーストアイ」で構成されている。

 バディの開発したライドシステムでは共通してブートトリガーを引く事による能力の解放で強化されていく。一段階で一.五倍、二段階で二倍、三段階で三倍。体に致命的な負担を掛けるものの、さらに解放強化が可能である。その場合は前述の倍率と同様の強化が加算されるのみとなり、四.五倍、五倍、六倍となる。

 

 

劇中登場フォーム一覧

 ウイニングフォーム

 ロックフォーム

 フロッグフォーム

 ペイルフォーム

 

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ウイニングフォーム

 仮面ライダーウイニングの基本形態で、「風」の性質を持った深緑色のフォーム。有する性質と同調し圧倒的な機動性を発揮し敵を翻弄する。

 スペック

  身長:200m

  体重:90.8kg

  パンチ力:2.5t

  キック力:4.0t

  ジャンプ力:120m

  走力100m:3.2秒

 

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ロックフォーム

 「岩」の性質を持った頑強なフォーム。明るい土色をした追加装甲は大抵の攻撃を防ぐが、機動力は落ちる。風の性質と同調して破壊力を地面へ流動させ広範囲に攻撃が可能となる。

 スペック

  身長:195cm

 体重:170.8kg

  パンチ力:7t

  キック力:4.0t

  ジャンプ力:30m

  走力100m:6.8秒

 

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フロッグフォーム

 「蛙」の性質を持った跳躍特化フォーム。鮮やかな黄緑色の追加装甲により蛙の様な跳躍力を発揮し、風の性質、重力の影響と合わさって強力な飛び蹴りを敵に見舞う。

 スペック

  身長:198cm

  体重:92.3kg

  パンチ力:2.5t

  キック力:4.5t

  ジャンプ力:180m

  走力100m:5.2秒

 

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ペイルフォーム

 「淡水魚」の性質を持った潜行を得意とするフォーム。淡い青色で、魚のヒレ状の追加パーツを有しており水面をはじめ、地面にすら潜航して敵に奇襲を掛けられる。

 スペック

  身長:200m

  体重:89.8kg

  パンチ力:2.5t

  キック力:5.0t

  ジャンプ力:50m

  走力100m:2.5秒(潜航時)

 

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バーンラフム

 楓の親友、勇太郎が変貌する赤茶色の甲殻に包まれたカブトムシ型の異形。勇猛かつ端正な表情をしておりウイニングより市井から怖がられる事は少ない。

 命名したのは勇太郎を救出した御剣家の当主、御剣吹雪である。

 有している性質は「炎」。ファイアでは無くバーンと命名されたのは勇太郎の燃え上がる様な決意を評したものである。

 スペック

  身長:201cm

  体重:92.1kg

  パンチ力:5.0t

  キック力:8.0t

  ジャンプ力:180m

  走力100m:2.2秒

 

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サンダーラフム

 両親をラフムに殺された少年、雷電が変身するライダーと似た姿の怪人。

 黄色の鎧に身を包み、仮面には至近距離で電撃を放っても失明しない様にバイザーが搭載されている。

 仮面ライダーと同じくライドシステムを使用しており、ライダーと同様の技を使用可能。

 有している性質は「雷」。雷を自在に発生、操作し敵を内側まで焼き焦がす。

 スペック

  身長:196m

  体重:90.8kg

  パンチ力:3.0t

  キック力:4.1t

  ジャンプ力:100m

  走力100m:2.3秒

 

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#28~#49「仮面ライダーバーン」編に登場した戦士

 仮面ライダーバーン

 仮面ライダーウイニング

 仮面ライダー霹靂

 シャドーラフム

 

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仮面ライダーバーン

 赤のインナーに銀の装甲、緑の目と橙の一本角を携えた本作の2号ライダー。二つ目のロインクロスが開発された事により実現したバーンの仮面ライダーとしての姿。負傷したウイニングの代わりに人々を守る。

 有している性質は「炎」。各フォーム時の属性に燃焼性、炎そのものを付加する。

 

 

劇中登場フォーム一覧

 バーンフォーム

 ディアーフォーム

 サイクロンフォーム

 ガトリングフォーム

 ウッドフォーム

 ジェミニフォーム

 スネークフォーム

 ウイニングフォーム

 ロックフォーム

 

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バーンフォーム

 仮面ライダーバーンの基本形態で、「炎」の性質を持った赤色のフォーム。有する性質と同調し炎を纏った拳が敵を打ち砕く。

 スペック

  身長:204cm

  体重:90.2kg

  パンチ力:5.5t

  キック力:3.6t

  ジャンプ力:80m

  走力100m:3.5秒

 

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ディアーフォーム

 「鹿」の性質を持った打突特化フォーム。腕に取り付けられた鹿の角を模した突起を使い、自慢の脚力で突進する。

 スペック

  身長:204cm

  体重:90.8kg

  パンチ力:6.5t

  キック力:4.1t

  ジャンプ力:100m

  走力100m:2.7秒

 

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サイクロンフォーム

 簡易イートリッジ”ライドサイクロン”を使用して変身する爆撃型重装甲形態。

 通常はバイク型起動マシンであるライドサイクロンを変形させ、巨大なパワードスーツとしている。

 上空からのミサイルを用いた攻撃で大型のラフムを相手に出来る大規模戦闘特化フォームであるが、機動力も高く、この状態で飛行し目的地へ移動する事も可能。

 スペック

  身長:455cm

  体重:310.3kg

  パンチ力:7.3t

  キック力:7.6t

  ジャンプ力(飛行限界距離):1200m

  走力100m:2.7秒

 

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ガトリングフォーム

 「ガトリング砲」の性質を持った銃撃戦型フォーム。その名の通りガトリング砲を装備しており、右腕に装着したり、右肩に担ぎ連射する事が可能。

 スペック

  身長:207cm

  体重:100.1kg

  パンチ力:4.3t

  キック力:3.0t

  ジャンプ力:69m

  走力100m:6.0秒

 

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ウッドフォーム

 「木」の性質を持ったトリッキーなフォーム。腕部装甲からライドシステムを用いて木の板を呼び出し、防御及び視界の遮蔽、避雷にも使える。

 スペック

  身長:204cm

  体重:91.1kg

  パンチ力:5.5t

  キック力:3.6t

  ジャンプ力:80m

  走力100m:3.5秒

 

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ジェミニフォーム

 「双子」の性質を持った分身を可能とするフォーム。鏡映しの様な装甲を纏った分身体を形成し、本体の指示を受けて行動する。その内部にはアンドロイドが収められており、割とハイテクである。

 スペック(分身体)

  身長:204cm

  体重:88.8kg

  パンチ力:5.0t

  キック力:3.0t

  ジャンプ力:70m

  走力100m:4.5秒

 

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スネークフォーム

 「蛇」の性質を持った毒を扱うフォーム。腕部に装着された伸縮可能なチューブ針をガス噴射で射出し、敵に刺して非致死性麻痺薬剤”ファーライズ”を打ち込む。

 スペック

  身長:203cm

  体重:91.8kg

  パンチ力:5.5t

  キック力:3.6t

  ジャンプ力:100m

  走力100m:3.3秒

 

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ウイニングフォーム

 風と炎の性質が融合して機動力の補強と火力を増した炎で敵を翻弄しながら焼き払う友情のフォーム。

 

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ロックフォーム

 堅牢な防御特化フォーム。バーンの特性上機動力に比重が偏る事が無い為、ウイニング以上にその強みを活かしている形態。

 

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仮面ライダーウイニング

 サンダーラフムとの激闘から復活を遂げた我らが仮面ライダー第1号。新たな力を手に入れ強化変身を果たす。

 

 

劇中登場フォーム一覧

 タックルフォーム

 ウイニングボルテックス

 

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タックルフォーム

 「猪」の性質を持った突撃型フォーム。腕に装着された牙状の装備が敵へと突貫する。一直線に突き進む為ディアーと異なり突進時の軌道コントロールに難があるが、その代わりに非常に強い攻撃性能を有している。

 スペック

  身長:200cm

  体重:100.4kg

  パンチ力:12.8t

  キック力:3.6t

  ジャンプ力:100m

  走力100m:2.4秒

 

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ウイニングボルテックス

 ライダー変身用起動キーであるブートトリガーに代わる、強化型起動キー”ボルトリガー”を用いて変身したウイニングの強化形態。

 イートリッジの持っている元々の性質にプラスして「雷」の性質を有しており、本編ではウイニングイートリッジと併用して風と雷を操ってみせた。

 ロインクロスを使用しているライダーならば理論上は誰でも変身可能であり、バーンボルテックスやサンダーボルテックス等の形態も想定されている。また、このフォームでもイートリッジの交換は可能で、今まで使用して来た各フォームに雷のエネルギーを持たせる事が可能。

 ・スペック

  身長:202cm

  体重:93.3kg

  パンチ力:3.5t

  キック力:5.0t

  ジャンプ力:128m

  走力100m:2.2秒

 

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仮面ライダー霹靂

 正義の戦士として戦いたいと言う願いを持ってティアマトを寝返ったサンダーラフムが変身した仮面ライダーとしての姿。

 容姿はラフムとして変身していた頃とは変わらず、黄の鎧に青いバイザー、そこから伸びる蜘蛛の足と雷を意識した装飾を持っている。

 ウイニング、バーンと同じくライドシステム及びロインクロスを使用したライダーだが、開発に携わった人物は異なっている為に仕様が異なっていた。それ故、バディ加入後の仕様変更を行うまではバディ所有のイートリッジは使えなかった。

 有している性質は「雷」。各フォーム時に帯電性を付加し、敵を感電させる。

 

 

劇中登場フォーム一覧

 サンダーフォーム

 ブレードフォーム

 ロックフォーム

 

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サンダーフォーム

 仮面ライダー霹靂の基本形態で、「雷」の性質を持った黄色のフォーム。有する性質と同調し眩い電光を放つ。

 スペック

  身長:196m

  体重:90.8kg

  パンチ力:3.0t

  キック力:4.1t

  ジャンプ力:100m

  走力100m:2.3秒

 

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ブレードフォーム

 「刃」の性質を持った高機動型斬撃フォーム。銀色の軽装と共に背中のアタッチメントには二本一対の小刀が内蔵されている。

 右側に装備する小刀は”一流輪(いちりゅうりん)”、左側に装備する小刀は”二天舞(にてんまい)”とそれぞれ名付けられており、非常に高い切れ味を有している。

 スペック

  身長:199m

  体重:89.0kg

  パンチ力:2.4t

  キック力:3.8t

  ジャンプ力:110m

  走力100m:2.2秒

 

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ロックフォーム

 ウイニング、バーンに続いて仕様した防御フォーム。

 本編においてはその巨腕で岩壁を作りバーン・タックルフォームと連携した(つぶて)攻撃を見せた。

 

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シャドーラフム

 ティアマトで暗躍していたラフムを生み出していた謎の”黒い鎧”、その正体。

 当初は自称していた”藤村金剛”こそが彼の正体だと思われていたが、実際は内閣府直属のバディ査察官、黒木陽炎であった。

 変貌時にはロインクロスとは異なる端末を左腕に取り付け、そこへイートリッジを装填していた。このアイテムの詳細は後に語られる事となる。

 スペック

  身長:199m

  体重:90.7kg

  パンチ力:5.0t

  キック力:8.0t

  ジャンプ力:150m

  走力100m:2.2秒

 

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#50~#70「仮面ライダーズ」編に登場した戦士

 仮面ライダーフラストル

 仮面ライダーオイオノス

 ボマーラフム

 バットラフム

 仮面ライダーバーン

 仮面ライダープロトアイアス

 

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仮面ライダーフラストル

 ロインクロスとはまた別のライドツール、”ウェアラブレス”を左腕に装着した戦士。

 便宜上は仮面ライダーとしているが、人を守る正義の味方から逸脱したこの力を仮面ライダーと呼ぶ者はいない。

 変身者の持つ憎悪、破壊衝動、本能を増幅しそれを力とする恐るべき暴走形態。

 ロインクロスと同様に、グリップを押す事による能力の解放で強化されていく。一段階で一.五倍、二段階で二倍、三段階で三倍となる。

 

 

劇中登場フォーム一覧

 ウイニングフォーム

 シャドーフォーム

 

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ウイニングフォーム

 楓が変身する形態。心理的に常に不安な為戦闘においても勇猛さ以上に危うさが目立つ。

 スペック

  身長:200m

  体重:90.7kg

  パンチ力:5.0t

  キック力:8.0t

  ジャンプ力:150m

  走力100m:2.2秒

 

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シャドーフォーム

 ティアマト幹部・黒木が変貌するシャドーラフムの正式名称。サンダーラフムと同様にライドツールを使用しているものの本人の立場上ライダーとは名乗らない。

 「影」の性質を持っており、物影と融合して隠密活動を行ったり奇襲を仕掛けたりする事が可能。

 スペック

  身長:199m

  体重:90.7kg

  パンチ力:5.0t

  キック力:8.0t

  ジャンプ力:150m

  走力100m:2.2秒

 

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仮面ライダーオイオノス

 フラストルと同様にウェアラブレスを用いて変身するライダー。変身者である本物の藤村金剛は右腕のみ改造されており、その効果で適合化を図りウェアラブレスの影響を低減している。

 実際の所はフラストルと同じ仕組みのライダーではあるが、保有している能力にあやかった”前兆”のギリシャ読みであり英雄ヘラクレスの友の名でもあったオイオノスと命名している。

 有している性質は「パンドラ」。自身の身体能力を活性化させる事が主な使用方法であり、エネルギーの貯蓄と解放を必殺技とする。

 改造された右腕は”カセットアーム”と呼ばれる可変型兵装となっており、状況に合わせてロープ、スイング、ネット、パワー、ドリル、マシンガンへと多彩に切り替える。

 スペック

  身長:200m

  体重:90.7kg

  パンチ力:3.0t

  キック力:4.4t

  ジャンプ力:100m

  走力100m:3.2秒

 

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ボマーラフム

 金剛と武蔵博士の協力者である外国人の男、ボンバーが変貌するバディに味方するラフム。爆弾と爆撃機を模した姿が特徴。

 「爆弾」の性質を持ち、辺りを焦土と化す。

 スペック

  身長:204m

  体重:100.3kg

  パンチ力:2.7t

  キック力:3.4t

  ジャンプ力:80m

  走力100m:5.2秒

 

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バットラフム

 御剣家の使用人、風露が変貌する「コウモリ」の性質を持ったラフム。隠密活動を主としており、バディ設立以前の対ラフム戦においての戦力を担っていた。

 上空から敵を翻弄する機動性を武器としている。

 スペック

  身長:204m

  体重:100.3kg

  パンチ力:2.7t

  キック力:3.4t

  ジャンプ力:80m

  走力100m:5.2秒

 

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仮面ライダーバーン

 行方をくらました楓の捜索を続けながら人々を守る戦士。彼の心には親友を想う気持ちが募り、常に不安を抱えている状態にある。

 

 

劇中登場フォーム一覧

 フロッグフォーム

 

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フロッグフォーム

 跳躍力及び機動力の高いフォーム。移動手段が限られている際にその能力をふんだんに発揮する。

 

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仮面ライダープロトアイアス

 人類が遂に辿り着いた人のみの力で開発された初めての仮面ライダー。

 未だ研究すべき点は多く使用時に破損してしまう問題を抱えているがそのスペックはラフムと同等以上に戦闘出来る凄まじい性能を持っている。

 多くの人の努力や犠牲が結実して誕生した可能性は人類の勝利に光明を兆す。

 スペック

  身長:200m

  体重:105.7kg

  パンチ力:2.8t

  キック力:4.3t

  ジャンプ力:80m

  走力100m:2.9秒

 

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#71~#80「死斗 桜島決戦」編に登場した戦士

 仮面ライダーアイアス

 仮面ライダー霹靂

 仮面ライダーバーン

 仮面ライダーフラストル

 仮面ライダーウイニング

 

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仮面ライダーアイアス

 プロトアイアスをベースに安定した運用と量産を念頭に組み直された実用型。

 以前に存在していたライドシステム同様の能力解放機能は破損リスクが高くオミットされたが、人工イートリッジを使用した装備変更が可能となった。

 

 

 

劇中登場フォーム一覧

アーマード・パラディオン 

 

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アーマード・パラディオン

 ギリシャ神話等における都市を守るとされる像であるパラディオンに由来する、アイアスの拡張装甲。

 騎士や石膏像を思わせる白銀の装甲と各部に走る青いラインが特徴。

 通常時よりも遥かに動きやすくなっており、変身者である大護の身体能力に適合した性能となっている。

 スペック(アイアス通常形態)

  身長:200m

  体重:103.1kg

  パンチ力:2.9t

  キック力:4.5t

  ジャンプ力:80m

  走力100m:3.0秒

 

 スペック(アーマード・パラディオン)

  身長:200m

  体重:99.4kg

  パンチ力:2.5t

  キック力:3.9t

  ジャンプ力:85m

  走力100m:2.5秒

 

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仮面ライダー霹靂

 桜島決戦では逃亡する敵の迎撃を担当。ティアマト大幹部であるシャングリラと交戦し仲間を守る為己の限界を突破した戦いを見せた。

 

 

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サンダーボルテックス 

 

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サンダーボルテックス

 自分の持つ性質と同じ雷の力を蓄えたボルトリガーを用いて強化変身をした姿。

 霹靂は自身が強力な電気を浴びると力が暴走し巨大なラフムの姿へと変貌する危険性があった為にボルトリガーも使用不可とされていたが、仲間の危機に応じて使用した。

 たゆまぬ努力と意志の強さにより力を一時的にコントロールしボルテックスの力を我が物としてみせた。

 本来はライダーにプラスして雷の力を与えるが、霹靂の場合は雷の力が乗算され、他のライダーのボルテックスを大幅に凌駕する力を見せる。

 スペック

  身長:198m

  体重:92.1kg

  パンチ力:4.8t

  キック力:8.2t

  ジャンプ力:134m

  走力100m:1.6秒

 

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仮面ライダーバーン

 楓の深層心理へ突入し、彼と拳を交えての対話を図る。今まで二人の親友が相手との距離感に怯え、知らずに遠ざけていた言葉をぶつけていく。

 

 

劇中登場フォーム一覧

バーンボルテックス 

 

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バーンボルテックス

 深層心理にて変身した強化形態。炎と雷の力が合わさった拳を見舞う。

 スペック

  身長:205cm

  体重:93.3kg

  パンチ力:6.5t

  キック力:4.6t

  ジャンプ力:90m

  走力100m:2.2秒

 

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仮面ライダーフラストル

 勇太郎が有事の際に備え持ち出していたウェアラブレスとバーンイートリッジを使用して変身した。

 急造的な形態ではあるが楓の苦しみに寄り添いながら戦い抜いた。

 

 

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バーンフォーム 

 

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バーンフォーム

 仮面ライダーバーンとしての形態を上回る火力を誇るが、コントロール性能は著しく落ちている為に扱いが難しいフォーム。

 強靭な精神を持っている勇太郎でさえも長時間の変身は困難を極めるいわゆる暴走形態に近い状態である。

 スペック

  身長:204m

  体重:90.8kg

  パンチ力:5.0t

  キック力:8.0t

  ジャンプ力:150m

  走力100m:2.2秒

 

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仮面ライダーウイニング

 遂に復活を果たした一号ライダー。ウイニングラフムとして覚醒した彼の力は今までよりも高まっているが、それは楓本人の迷いや苦しみを断ち切った事による躊躇(ためら)いの無さに起因する。

 

 

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仮面ライダーウイニングカタルシス

 

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仮面ライダーウイニングカタルシス

 インテグララフムの力により生成された、新たなる風”ネオウインド”、長官より託された勝利の希望”ネオウイニング”、これら二つの力を有した一組のイートリッジ、”ダブルイートリッジ”を用いて変身したフォーム。

 ロインクロスとウェアラブレスの同時装着により今まで三段階までだった能力解放が六段階まで解放可能になっている。

 二つの風の力が合わさって強大な力を得る様はサンダーボルテックスにも酷似しているが、二つのライドシステムを同時運用して得られるエネルギー量は彼を大きく凌駕している。

 インテグララフムの統合する力により吸収、退化、人間、その他諸々の概念を組み合わせて放たれる”カタルシスライダーキック”は攻撃を受けたラフムの能力を奪い、ヒトへと戻す作用を持っている。これによりラフムの全能感に浸っていたウインドは非力な人間へと戻り、人間としての裁きを一生受ける事となる。

 大いなる力には大いなる責任が伴う―――その様な言葉があるが、カタルシスはラフムと言う大いなる力を無責任に弄ぶ悪人を裁く究極の鉄槌なのである。

 スペック

  身長:202m

  体重:92.8kg

  パンチ力:6.5t

  キック力:8.8t

  ジャンプ力:180m

  走力100m:1.7秒

 

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仮面ライダーウイニング
#1 喪失


 当たり前にある日常は、いとも容易く崩れ去る。

 

 続くと思っていた幸せな時間が、世界に蔓延る邪悪に飲み込まれていく。

 

 自宅にて食事を共にしていた筈の家族が、親友が、そして自分が、まるで矮小な虫の様に殺害されていく様子を見る事しか出来なかった。

 

 何も出来ず死ぬ自分が悔しい。いつも一緒に笑いあった家族や友と暮らせなくなるのが嫌だ。

 みんなの幸せを屠るあの怪物が―――。

 ―――憎い。

 

「ーーーーーーッッ!!!!!!」

 

 

 

 力無き青年の最後の叫びと共に爆風が巻き起こる。辺りに舞う粉塵に包まれると青年の意識は途絶えた。

 

――

 

 霧島 楓(きりしま かえで)は気が付くと病室と思しき空間でベッドに横たわっていた。窓ガラスも無く薄暗いので不安が立ち込める。

 先程まで怪物に襲われていたのでは、と思考を巡らせるが頭痛が邪魔をしてその後の記憶が蘇らない。

 この状況に困惑していると、扉が開く音がする。そちらへ目を向けると、白衣を着た小柄な女性が目を丸くして楓を見ていた。

 

「霧島君、意識を取り戻したの!?」

 

 直立不動で絶句したままの女性に楓は事情を聞いてみる。

 

「あの、僕は一体…何があったんですか? それに僕の家族や友人は……」

 

 戸惑いながらも楓が問うと女性ははっと我に帰る。

 

「まだ安静にしてて頂戴。今からゆっくり状況を説明するわ」

 

 女性が自分の胸に手を当てて深呼吸をする。

 

「私は藤村 榛名(ふじむら はるな)。あなたが襲われていた怪物を追っている組織の者よ。あなたは”ラフム”と呼ばれる怪物に、襲われて、救出されたのよ」

「怪物、あれは夢じゃ無かったんですか……それじゃあ僕の家族は、友達は、どうなったんですか!?」

「……遺体の情報と身元から照合した限り、ご家族は亡くなられたわ。ご友人と思われる血痕や衣服の破片は残っていたけれど、遺体自体は発見されなかったわ」

 

 目の前に叩きつけられる事に楓の目から涙が溢れ出す。

 

「嘘、つかないで下さいよ。いきなり出て来て何ですかそれ、そんな訳ないでしょ」

 

 言葉ではそう言うが、楓には分かっていた。あの時誰も助かっていなかった事を。そして自分さえも生きている訳が無いと。 

 

「それじゃあ僕だけなんで生きてるんですか?」

「あなたが……」

 

 藤村が口をつぐんで唇を噛み締めるが、意を決して伝える。

 

「その怪物、ラフムになったからよ」

「は?」

「ラフムは”ティアマト”と呼ばれている組織が生み出した異形の怪物。ラフムは知能を持たず、ただ人を殺害するの。その中でラフムとなる素質のある人間がまたラフムになる、とされているわ。現状はね」

「じゃあ僕はまさかそのラフムってのになる素質があったからここにいるんですか?」

「その通りよ。霧島君も辛い事があったのに、こんな事しか言えなくて、ごめんなさい」

 

 藤村が淡々と答える。が、その手は確実に震えていた。

 

 次々と告げられる信じられない真実に楓は頭の中が真っ白になった。手を見る。人間のまま。足を見る。人間のままだ。

 

「嘘をつくな! 僕の姿は人間だ!」

「まだ研究中だけれど、ラフムはどうやら人間の姿に戻れる、らしいわ」

 

 それを聞いて楓の記憶が少し蘇る。家にいきなり押し入った数人の男達がラフムに変わる瞬間の記憶だった。その情景がフラッシュバックした時、楓が筆舌尽くしがたい鳴咽を含んだ叫び声を上げた。

 

「僕がラフム!? 僕が怪物!? 意味が分からない!!」

 

 楓が信じられるか!と絶叫する。

 

「落ち着いて霧島君! どうか私の話を聞いてちょうだい」

 

 楓の顔をがしっと掴み藤村が言う。いつの間にか大粒の涙を溢す楓はただ素直にはい、と答える。

 

 それから時間を置いて、楓が落ち着いたタイミングを見計らって再び藤村が口を開く。本人は淡々と語り始めるが、彼女は青白い顔をしている。怪物となった楓に恐怖しているのだろうか。

 

「私達があなたの家に向かった時、その場で生きていたのはラフムとなっていたあなたとラフムだったと見られる男達しかいなかったの。これがどう言う状況か分かるかしら?」

 

 藤村の問いに楓は乱れた呼吸でしか応答が出来なかった。そこで彼女は楓に深呼吸をさせる。と、楓は先程の問いに答える。

 

「もしかして……僕が倒したんですか? ラフムを」

「とても勘が良いわね、霧島君。大正解よ。あなたが世界で初めてラフムを倒した人間なのよ」

 

 人間?楓がそう呟く。

 

「さっきはラフムだなんて言ってごめんなさい。あなたは、そう、特別な人間なの。ラフムの力と人間の意思を持った唯一無二の存在……その証拠に、あなたを目撃した私達を一人も攻撃せずにラフムの力を解いて、眠ったの」

「え?」

 

 と、唐突に藤村が眉を上げて微笑む。

 

「今は記憶が曖昧になっていて困惑しているでしょうけど、あなたは、既にラフムの力をコントロールしているの」

 

 再び楓の記憶の一片がフラッシュバックする。大切な人が皆奪われた悲しみ。そして怪物への怒り。

 それが彼の力となって体中を緑色の粒子が覆いラフムへ変貌する瞬間。

 と共に目の前の凶悪な怪物を薙ぎ払う光景。

 自分は奴らを、倒していた。まるで路地裏の不良を蹴散らす様に。

 

「思い出しました、やっと…そうか。僕は、人間です。ラフムの力を持った、人間です」

「その意気よ霧島君。ご両親、ご友人の事を救い切れなかったのは我々の落ち度だけれど…あなたにはその力で私達”BADY(バディ)”に協力して貰いたいの」

 

 そうは言いつつ藤村の蒼白した面持ちは変わらない。

 そんな彼女を見て楓は彼女に問う。

 

「僕の事は、これから考えます。それより今は、藤村さんの事も心配です……怖いですよね、僕がラフムの力をコントロール出来ていないかも知れないですから」

「あ…そうね。そんなにひどい顔してたのね。そう、まだやっぱり怖いのかも知れないわ」

「ですよね……僕でさえ自分が怖いですし。でも、そうしたら僕を拘束でもしたら良いのに」

「これは、あなたが人間である事の証明であり、私達を信頼してもらう為の覚悟よ。ただのケガ人に拘束なんてするかしら?」

 

 藤村が楓の顔を覗きながら問うと、楓は少し儚げな表情をしつつも微笑んだ。彼女の一存なのか、組織の意向なのかは知らないが、自分を良く扱っている事だけは理解し、安堵した。

 

――

 

 楓が藤村から自分がラフムに襲われてからの事を教えて貰いつつ回復に専念する。彼女の話によると襲われてから一日が経過し、この組織、「Break Against DYsplasia・monster(異形成怪物に対抗し砕く)」の地下基地でぐっすり眠っていたと言う。

 

「それにしてもラフムって言うのは凄いわね。ラフムとの戦闘で恐らく人間では致命傷レベルのダメージを受けているにも関わらず、たった一日で意識を取り戻して、もうこんなに会話が成立するなんて」

「自分でも実感湧きませんよ。でも、この力が僕の命と大切な物を奪ったんです。どんなに治りが早くても、あまり嬉しい物じゃありません」

 

そうよね、ごめんなさい、と藤村が不謹慎な発言であった事を謝罪するが楓はでも、と続ける。

 

「こんな強い力なんです。僕みたいに大切な人を奪われる前にラフムと戦って誰かの役に立ちたいです。この力でも誰か守れるかも知れない。そう考えたいんです。例えば核エネルギーだって、誰かを傷付ける事も誰かの暮らしを支える事も出来た。ラフムも、きっとそう出来ますよね」

 

その言葉に藤村は何も言わないが、感動を覚えた。

 

「あなたがラフムで良かったわ、霧島君」

「僕の大切な人達が奪われた事を無駄にはしたくないんです」

 

楓はそう言うとよし! と気を張った。

 

「お陰様で体力も回復してきました。藤村さんの言う、バディ?の力になりたいです。僕に何か出来る事はありませんか?」

 

いきり立つ楓に藤村は苦笑いを浮かべる。

 

「そんないきなり張り切らなくて良いのよ、病み上がりだし。でも、あなたに今すぐ協力して貰いたいのも山々ね。取り敢えず長官に報告するわ」

 

と言って藤村は懐から連絡機器を取り出し連絡をする。しばらくはい、とか了解です、等と会話すると連絡機器をオフにする。

 

「取り敢えず私について来て」

 

 こく、と楓は頷き立ち上がる。

 

――

 

 バディの基地の広い構内をしばらく歩き、藤村は大きな区画に入る。そこは正しくオペレーションルームと言った様相で、全国各地のバディ職員が状況確認を連絡している。楓が今立ち入っているのは恐らくその中央指令室だろう。そして指令室の中央の一回り大きいデスクに座しているのが、多分にこのバディを統べるリーダー、と楓は推測した。

 

「長官、霧島君を連れて来ました」

 

 藤村がそう告げると長官と呼ばれたバディのリーダーであろう細身で長身の男性が椅子を回転させこちらへ向く。

 

「ああ、良かった。正常に意識を取り戻したね」

 

 楓を見ると長官ははにかんでこちらへと歩み寄る。

 

「私はこのバディの長官、つまり最高責任者を務める長良 衡壱(ながら こういち)だ。よろしく」

 

 爽やかにそう言うと長良長官は楓に手を差し伸べる。

 

「これは、君が我々に協力してくれると言う証明となる握手だ」

「はぁ、協力って具体的に何をすれば?」

 

 楓が握手しようと手を出すと長官は手を後ろに引く。彼の不可思議な挙動に楓が怪訝な顔を見せるが、長官は笑顔を崩さない。

 

「第一に…ラフムと戦って欲しい」

 

 先程の笑顔から一転、長官の表情が険しい物になる。

 

「先に手を出しておいて悪いがこれからラフムと戦闘をして、君が傷付くかも知れない。誰かの犠牲を目の当たりにするかも知れない。知りたくない事を知るかも知れない。それを覚悟して私達バディの力となる事を許諾した時に初めての握手だ」

 

 それを聞いて楓はそうですか、と呟いて拳を握った。

 

「僕はあなた方の力になりたいですが、この力についてまだ何も分かっていないんです。もう少し時間を頂けませんか?」

「勿論だ。私…いいや、私達は君の意見を尊重するよ」

 

そう言うと長官は差し伸べていた手で楓の肩を叩く。

 

「もう少し見て行くと良い。きっと色んな事が学べる。あ! バディって組織の事は公には内緒だけどね!!」

 

 長官はそう釘を刺す様に言って笑った。その言葉に甘えて楓もはい、と答えようとしたその瞬間だった。

 

 バディの基地にけたたましく非常事態を告げるサイレンが鳴り響く。

職員らは一斉に持ち場につき状況確認に従事する。と、指令室の目の前のモニターに現場の職員が映る。

 

「本部! こちらは東京都港区海岸一丁目! 竹芝埠頭にラフムが出現しま」

 

 その瞬間モニターに映っていた職員が堅牢な鎧を纏ったラフムに殴打された。

 

「午前九時二十三分! コードネーム”ロックラフム”出現を確認、機動隊は直ちに急行せよ!!」

 

 オペレーターの号令と共に機動隊長の合図が聞こえる。それを見て長官は再び楓を見る。

 

「霧島君、握手もままならないけど、行ってくれるか?」

「……じゃないとまた誰かが死にますよね」

 

 長官が眉間にしわを寄せながらうなづく。

 それを見た楓は滝の様に流れ出る冷や汗を拭いながら、行きます、と呟いた。

 

 彼は少し前までの平和な日常とのコントラストに気が動転し、今にも卒倒しそうだった。

 だがその緊張が返って彼を…”怪物(ラフム)”を奮い立たせた。



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#2 交戦

 バディ地下三階。駐車場。

 藤村、その他バディ機動隊と共に楓はそこへ案内される。

 

「霧島君、このバイクを使って。免許あるのは自宅の押収品から確認済みよ。ナビゲーションもしてくれるから」

 

 そう言って藤村は目の前のバイクを指差す。

 

「って霧島君今免許持ってたっけ?」

 

 そんな事今は良いでしょ! と藤村の問いに楓は反論する。

 現在楓は入院服のまま、ラフムに追われる前に持っていた物の行方等いざ知らず、と言った様相を呈していた。

 藤村と楓が焦燥していると、後ろからオイ! と楓を呼ぶ声が聞こえた。

 そちらへ楓が振り向くと、彼が元々持っていたリュックサックを持った機動隊員が立っていた。

 

「お前のリュックと財布。どうせ”先生”が置いていくだろうと思ってな」

 

 気だるそうに楓に荷物を渡すと、また会おうぜ、と言葉を残してバイクに搭乗し出撃してしまった。

 

「何だったんだ……?」

 

 呆然と立ち尽くす楓に他の機動隊員が出撃を促す。

 一秒の猶予も許されない状況である事をそれは物語っていた。それにやっとではあるが気付いた楓は先程手渡されたリュックを背負い、財布をリュックに突っ込んだ。

 

「霧島君、これを」

 

 藤村がさっきはゴメン! と言いつつ持って来たのは、指示を連絡する為のインカムだった。

 

「それ、付けておいてね。こちらから指示を出すから」

 

 それを聞いて楓は即座にインカムを装着する。

 藤村は隣に駐車されていたワゴン車に乗車すると、瞬く間に行ってしまった。楓も置いて行かれない様準備を済ませ発進する。

 

 暗いトンネルを進み続けると、やがて機動隊は通常の道路と繋がる地下道に出る。光の広がる先に出るとそこは見覚えのある風景だった。

 

「ここって、東京タワーの目の前!?」

 

 楓が辺りを見回していると、インカムを通じて先程の機動隊員の声が聞こえる。

 

「バディの基地から伸びる道、”レイライン”は日本各地に通じている。今回の目的地は港区だからな…急ぐぞ!」

 

 機動隊員の走る前の方向を見ると、彼がこちらに注意しながらバイクを走らせているのが伺える。何より親切な人だなあ、と楓は思いながらも、自らのやるべき事に思いを巡らせる。

 

(とにかく、急ごう……)

 

――

 

「ーーーーーッ!!」

 

 東京都港区、竹芝埠頭。午前九時三十五分。

 ようやく楓らが到着すると、彼らの目の前には凄惨な光景が広がっていた。

 人々の死体が辺り一面に転がり、その中央には堅牢な岩の様な異形、ロックラフムが佇み、雄叫びをあげていた。

 

(これが、ラフム!?)

 

 楓がバイクから降りて地に這う。惨状を目の当たりにした途端に恐怖、そして吐き気が彼を襲った。

 

「ううぅッ! ううぐぅ…」 

「クソッタレ! こんな時に何してやがるこのガキ! テメエのやる事分かってんのか!?」

 

 嘔吐する楓に一人の機動隊員が愚痴を溢す。が、その一秒後には彼の命は儚く散っていた。

 

「クソがッ! 全員銃口をラフムに!」

 

 先の機動隊員、もとい機動隊長が指示をすると、隊員らが小銃をロックラフムめがけ乱射する。

 が、その強固な体に傷一つ付かずにいる。体制を立て直したロックラフムは目の前にいた機動隊員を襲う。

 しかし未だ楓は動けない。その様子に藤村も叱責する。

 

「立ち上がりなさい霧島君! 何であなたがそこにいるのか思い出して!」

 

 が、楓は目の前の状況にただ怯える事しか出来なかった。

 彼からすれば、少し前までただの人間、この日本で争いに縁の無い生活を送っていたのだ。それがいきなりこんな場所にいるとは、自分の選択とは思えない状況だった。

 今思えば、自分は争い事なんてしないんだったと考えを巡らせる。

 自分は今まで何を気張っていたのか、何故”みんなを守る”と虚栄を張ったのか。何もかも思い出せない。頭が真っ白だった。

 目を見開いたままうずくまる楓に、一発。重い打撃が加わった。

 吹き飛ばされながら前を見ると、ロックラフムが拳を振り上げていた。

 そうか、だから飛んでいる。だから…”顎が抉れている”。

 

 人間における致命傷を負った楓は遥か後方に身を投げられ、体をぶつける。その衝撃で手足の骨が砕ける。

 薄れていく意識の中で、目に映ったのは、ロックラフムの次の標的。先程楓を助けてくれた機動隊長である青年。彼はロックラフムに首を掴まれ、うっ血により顔面を赤くしている。

 

「ぐッ!」

 

 青年は苦しくとも息を吸い込み、楓の名を再び呼ぶ。

 

「霧島ァ!! コイツを、倒せェ! お前にしか出来ねェンだ…よ!!」

 

 咆哮の様にそう叫ぶと彼は体の力を失い、さっきまでロックラフムの腕を引き離そうとしていた手が垂れ下がる。

 

 その光景、言葉に楓の脳裏に過去の記憶がよぎる。

 

 

「勇太郎!」

「楓!」

 

 あの日、ラフムに襲われたあの日。ラフムに襲われている友人に手を伸ばす楓。その手は、友人には届かなかった。目の前で殺戮される友人の伸ばしていた右腕は、噛み砕かれて地に落ちる。

 ―――あの時掴めなかった腕。誰も助けられなかった弱い自分。

 理不尽に人を殺すラフム。そしてそれらを生み出すティアマト。

 

 (…許せないッ!!)

 

 過去の自分のラフムへの怒りと、今の自分の悲しみが同じ言葉を以て重なり合う。

 そして今思う、過去の弱者への決別、そして変身。

 もう誰も失わない強い自分になる為に。

 体が瞬く間に再生し、先程まで失せていた顎を震わせ、叫ぶ。

 

「変身ッ!!」

 

 楓のその掛け声が響くと、彼の体を砂粒の様な粒子が覆い被さり、隆起した筋肉の様な形を作り出す。

 先程までの傷も全て癒え、内部から輝く緑色の光と共に砂が弾け飛び異形の姿が組成される。

 

 深緑の体と白濁色の翅を携えた蜻蛉(とんぼ)に似た異形。

 コードネーム、「ウイニングラフム」。

 

 まさしく”変身”した彼はその変身と共にロックラフムの腕に拳を炸裂させた。

 それに怯んだロックラフムは青年を離す。隙を逃さずウイニングラフムはロックラフムの右胸に蹴りを加えて距離を取り、青年を抱えて跳躍する。

 

「無事ですか?」

 

 ああ、と答えた青年は楓の姿を見て少し微笑んだ。

 

「変身、か。まるで違うな、さっきと比べて。それがお前の”強さ”だ。気を張って、ヤツを倒せ…。絶対だぞ……」

 

「はい!!」

 

 ウイニングラフムは背中のから生える四枚の(はね)を広げて少し浮遊しつつ

着地する。戦闘していた場所から少し離れた安全な場所に青年を運んで休ませる。

 

「後は自分で救援をお願いして下さい。この状態だとインカムが使えないので」

 

 おう、と青年が答えたのを確認すると、すぐに立ち上がる。

 

「あと、ボロボロの所悪いんですけど藤村さんに(こと)つてを。僕の今の呼称に”ラフムはいらない”って」

「…任せろ」

 

 青年がそう答える頃にはウイニングの姿は無かった。

 

――

 

 戦場に舞い戻ったウイニングをロックラフムが待ち構える。

 

「ラフムめ……!」

 

 ウイニングがラフムの口に当たる部分を噛み締めて呟いた。

 

「うおおおおお!!」

 

 その咆哮と共にロックラフムめがけて彼は助走を付けたパンチを見舞う。が、その体には傷が付かない。ロックラフムはまるで笑っているかの様に口角を上げた。

 

「なっ! 効かない!?」

 

 ウイニングが焦りと共に口漏らすとロックラフムの攻撃がウイニングを狙う。しかし彼はその攻撃をいとも容易くかわす。

 

「体が軽い…これがラフムの力か!それにあのラフム、動きが鈍重でかわしやすい」

 

 ロックラフムの大きな隙を突いて更に攻撃を加える。だが今までと同じく攻撃は中々通らない。

 

「この岩石野郎…ッ! そろそろ砕けろ!!」

 

半ば自暴自棄になりながらもロックラフムに蹴りを与える。すると、その蹴られた部分が裂け、出血を始めた。

 

「!? …何だ、たった一発で鎧が砕けた?」

 

 ウイニングが突然の事に唖然としていると、憤怒したロックラフムが重厚な拳をウイニングの顔面に叩き付ける。

 

「ぐあっ!」

 

 顔の左半分を粉砕されたが、ウイニングは諸共せずに再生させる。それと同時に、先程のロックラフムの裂傷に関して考えを連ねる。

 

(―――あのラフムが傷付いた場所…僕がさっき蹴った右胸だ!)

 

 再びロックラフムがウイニングめがけ突進してくる。

 

「ヤツに蹴りは効く! 今がチャンスだッ!!」

 

 走って来るまま、先程の傷の部分がガラ空きになっているロックラフムの右胸に渾身のキックを蹴り込む。ひび割れた傷の部分を足がくさびの様に貫通しロックラフムの断末魔が轟く。

 

「ーーーーーーッッ!!!」

 

 その瞬間、ロックラフムは粒子となって吹き飛ぶ。そして飛び散った粒子が収束し、元の人間の姿へと変わる。

 

「……終わった、のか」

 

 ウイニングも粒子を霧散させた後に楓の姿へ戻る。

 いつの間にか楓の背後にはバディの車両が停車し、楓の活躍を機動隊員や職員が目の当たりにしていた。

 彼らに気付いた楓は、後ろを振り向いて、親指を突き出す。サムズアップ。戦闘終了の合図の様にそのジェスチャーを送ると、満面の笑みのまま楓は倒れた。

 そこにワゴン車で状況確認と指揮を行っていた藤村が飛び出して来て楓を抱き抱える。

 

「お疲れ様、霧島君。多くの人の命は奪われた…けど、君のお陰でもっと多くの人の命が救われたのよ」

 

 そして、勝利を知った職員達はラフムを初めて倒すと言う功績に歓喜したのだった。



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#3 契約

 楓が目覚めると、そこは見覚えのある部屋だった。以前と同じバディの医務室。

 だが、前とは違う光景を見た。少し離れた隣のベッドには以前倒したロックラフムの元の人間の姿であった。

 

「気付いた? 霧島君。病床足らずで保護した人もここにいるわ」

 

 後ろからいきなり藤村の声がするので思わず楓は驚いて声を出してしまう。医務室で叫ぶので藤村がしーっ、と楓をたしなめる。

 

「藤村さん…いつからここに?」

「さっきからよ。あと、武蔵君も」

 

 そう言って藤村は隣を見る。そこには楓が助けられ、助けた機動隊員の青年がいた。

 

武蔵 大護(むさし だいご)だ。”昨日”は助かった、礼を言う。ありがとう」

 

 と丁寧に自己紹介をする武蔵に楓はどうも、と簡単に挨拶をしつつ彼に一つ質問をする。

 

「昨日って、まさかあの戦いから一日経っちゃったんですか?」

「正確には現在深夜一時。まだ一日は経ってないがそれまでずっと眠っていた」

 

 それを聞いてはぁぁ、と楓が溜め息をつく。疲労感よりも不甲斐ない気持ちが勝る。

 

――

 

 午前七時。あの後からまたしばらく眠っていた楓は長官に呼ばれ、目覚めた。

 彼は話したい事がある、とだけ言って楓をある場所へ案内する。

 ここだ、と長官に案内されたのはバディの基地から出たビルの屋上だった。

 地上十九階から臨む光景は目を見張る物だった。恐らく長官と二人きりで黙ったままの二十分が無ければもっと感動出来たのだろう。

 

「霧島君、ここから見える景色はどうだい?」

 

 唐突に長官が聞いてくるのでえっ、と楓が言葉に詰まる。

 

「っと、綺麗です」

「ははは、そうだろう。ここは私のお気に入りの場所なんだ」

 

 そう言って長官は再び目の前に広がる景色を見つめた。視野のいっぱいに見えるビルや街。走る車の中で笑う家族。

 

「そう言えばラフムの能力、なのか視力も良くなってまして。注視すると沢山の物がここから見えますね」

「へえ…例えばどんな人や物が見えるんだい?」

 

 嬉々として報告する楓に長官は笑顔で問うた。それを聞いて楓はえーと、と街並みを見る。

 

 「……楽しそうにしている家族です。今日は何を食べようか、とか…今日は楽しかったね、とか話しています。…聴覚も凄いんですね」

 

 家族連れを見て少し曇った微笑みを見せる楓に長官はもう一つ、質問をした。

 

「もし、今君が見ている家族がラフムに襲われるとしたら?」

「絶対に助けます!」

 

 先程とは相反して、間髪入れずに答える楓の頭を長官が撫でる。

 

「ちょ、長官!? 藪から棒に!?」

「私も同じだ。そしてこのバディにいる人々も同じ事を思っている」

 

 長官は子供の様に無邪気な笑顔で言葉を続ける。

 

「我々バディは、罪の無い誰かの命が奪われる前に全力で助ける為に誰かの死には涙を流し、誰かが生還すれば歓喜する。そう言う組織だ。無論君の大切な人を守れなかった時、昨日の戦いで出た犠牲に私達は…そりゃもう泣いたさ」

「…え?」

 

 楓が振り向くと、長官は眉をしかめて、苦しそうな顔をしていた。

 

「本当はあの時、君をちゃんと助けられていれば、と思うよ。だが、今君がラフムで無かったら、死んでいなければあのラフムに勝てなかった、とも思うんだ。”ジレンマ”だね。本来救うべき命を救えなかったのに、それを喜んでいるのさ」

「そんな……」

「さっきまで大層な事を言っていたが現状君に頼る事しか出来ない私達は無責任だ」

 

 その瞬間、楓がそんな事無いですよ! と怒号を飛ばす。

 

「ラフムになってしまって、家族も友達も失くした僕に生きている価値と意味をくれたのはここにいる人達なんですよ! ただの怪物じゃなくて人の為に戦うラフムでいる事を認めてくれたんですから! …そうか、長官がここに連れて来てくれた意味、分かりました。きっと僕が、この広い世界を守っていかなければならないって事ですね?」

「本当に君は勘が鋭いね。でも…その使命を持つのは私達も同じだ。この世界を守る。それがバディの存在する意味」

 

 僕と同じですね、と楓が笑う。確かに、と長官も続けて笑う。一通り声を上げると、楓は長官に向けて手を差し伸べる。

 

「えーと、これが契約の証でしたよね? 僕も、この力の存在する意味を求める為に、そして僕の様に大切なモノをラフムによって失くす人がいなくなる為に。だから」

「…共に戦おう、楓君!」

 

 長官が楓の手を固く握り締める。

 

「協力してくれるって言ってくれたから早速で悪いんだけれど、君にやって欲しい事があるんだ」

「え? やって欲しい、事?」

 

 すると長官はバディ基地用の内線で藤村と連絡する。連絡が終了すると、楓を呼んでそのやって欲しい事の概要を説明する。

 

「これからこちらへ藤村君が来るから、彼女について行ってくれ。ラフムに対抗する為の新たな装備を作る為の実験台になって欲しいそうだ」

 

 苦笑しながら言う長官に実験台ィ!? と楓が聞き返す。

 

「いや何、人体実験と言う意味では無くて、その装備はラフムが装着する事によって真価を発揮する代物らしい。私にも良く分からないがね、藤村君の考えている事は」

「何か凄いなソレ…ところで藤村さんって何をしてらっしゃる方なんですか? 装備についても詳しいし医務室にも出入りしているし」

「彼女はバディの技術顧問でありブレイン、さらに医療指揮をしているんだ」

 

 え、と楓が耳を疑う。まさか彼女はそんなに凄い人だったのか? と言った表情を浮かべる楓にそうよ、といつの間にか現れた藤村が呟く。

 

「藤村さん!?」

「そんな驚く事無いじゃない。とにかく、実験室に案内するわ」

 

――

 

「さ、ここが私の実験室よ」

 

 そう言って案内された場所にはガラス越しに見える閉鎖空間が見える。

 

「ここで…ラフム用の装備を実験するんでしたよね?」

 

 楓が問うと藤村がふふ、と笑う。

 

「あの、それ笑う事ですかね?」

「ああごめんごめん。その通りよ、霧島君。ただ何だかワクワクして来ちゃって」

 

 そう言うと藤村は実験室の机の上にあったアタッシュケースを取り出した。

 さらに彼女が息を呑むと”Tactical・Utility・Tool”と記され厳重に管理されたそのケースを開く。

 

「何ですか、ソレ?」

「タクティカル・ユーティリティ・ツール…正式名称は”ライドツール”と言うわ。私達が開発した異次元を介して物質を特定の座標へ転送するシステム、”ライドシステム”を使って対ラフム用装甲を転送するアイテムよ」

「え~っと、それってつまり……?」

 

 楓が頬を掻きながら問うと、分からないわよね! と藤村が笑う。飄々とした態度を取る彼女を楓が睨むと藤村はごめんなさい、と謝罪をする。

 

「簡単に説明するならば、物をどこからでも持って来れる超凄いシステムでラフムと戦うのに適した装備を呼び出せる”スグレモノ”って、所かしら」

 

 今度は楓も納得してふーん、と相槌を打つ。

 

「それで、これらのギミックを戦闘の中で最大限活かせるのは、ベルト状の物なのよ。しゃがんでいても走っていても扱いやすいのよ」

 

「成程、そのライド、ツール? でしたっけ。ソイツは腰に巻いて使うんですか?」

 

 そうそう、と人差し指を立てて藤村が答える。

 

「まぁ、百聞は一見にしかずと言うから。使ってみれば分かるわ」

 

 と言いながら藤村はアタッシュケースを楓に渡す。

 

「え?」

「え?じゃないわよ。実践で使う為にテストしないと。今からそっちのガラスの向こうの実験室に行って頂戴。私の指示の通り、やってみて」

 

 楓はあ、はい、と呟き気乗りしないながらも実験室に入る。どうなるのかと緊張していると、早速藤村から最初の指示が下るのだった。



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#4 決意

「―――駄目だァ」

 

 実験開始から三時間。藤村の指示通りにやっている筈だが全くもって成功しない。

 

――

 

 時は遡り三時間前。

 

「私の指示通りやってみて」

「はい!」

 

 藤村はまずライドツールの収納されたアタッシュケースを楓は開封する。

 中には先述のベルトと、黒鉄色のカートリッジが入っていた。

 

「あの藤村さん、このカートリッジ的なモノは何でしょう?」

「それはエレメンタル・カートリッジ、略してE(イー)トリッジよ。ラフムから抽出された粒子の入ったソレをライドツールに挿入して力を与えるの」

 

 ラフムから抽出された粒子、そう聞いた楓はえ? と聞き直した。

 

「その粒子って、どうやって取り出したんですか?」

「ああ、それね。ラフムが人間の姿に戻る時にその力が欠片となって一点に戻る力を応用してその力を収集した物なの。霧島君もラフムから戻る時にそのアタッシュケースの中にあるブランクイートリッジを使えば霧島君のラフムの粒子を持ったイートリッジが完成するかも知れないわ。と言うかそれが無いと他のイートリッジも使えないみたいだし」

「へぇ…それじゃあ、試してみますか!―――」

 

――

 

 時は現在に戻る。楓は体内からイートリッジの元となる粒子を取り出す為に体中に力を込めるが、粒子が発生する様子は全く無い。

 一度ラフムに変身してみるも、変化は起きない。

 

「一体どうするべきなんですかねぇ?」

「私も知りたい所だわ……」

 

 藤村と楓は同時に溜め息をつく。全く先の見えない状況に流石に落ち込む他無かった。

 

「やっぱり僕は力になれないんでしょうか…」

「霧島君、それは違うでしょう! あなたはここにいる義務と理由があるからここにいる。でしょ?」

「そう、でしたね。すみません…じゃあ続けます!」

 

 楓はそう呟くとまた実験を試みる。彼のその姿に藤村は何か重たいモノを感じた。

 

(家族や友人を失くしたばかりなのに彼に気を遣わせてしまっているわね)

「…取り敢えず彼の自由を確保しなきゃ」

 

――

 

 それから更に暫らく。

 バディ基地内の休憩室で二人が休んでいると、長官が軽く挨拶しながら彼らの隣に座る。

 

「楓君。君のこれからの事なんだが―――」

 

 ここまで長官が言った所で、藤村がそれを遮り言い放つ。

 

「その事ですが、彼に外での行動を解放してもよろしいと思います!」

 

 藤村が楓の自由を懇願する。それに対し当の楓、そして長官も驚きを隠せずえっ、と言葉を返した。だが、長官はすぐにいつもの爽やかな笑顔に戻った。

 

「丁度私もそう言おうと思っていた所だ。楓君のこれからの行動を保障しよう」

 

 本当ですか、と楓が問う。すると長官は大きく頷く。

 

「まぁその前にちょっとやって欲しい事があるんだよね」

「やって欲しい事? またですか?」

 

 楓が復唱してみるが、さっぱり分からなかった。

 

「これから分かるよ」

 

 またも所長は爽やかな笑顔を向ける。

 

――

 

 気付けば楓はバディ基地の広い構内を進んでいた。以前見た場所とは違うまた新たな光景に目を奪われる。

 と、行く先々で楓に声を掛ける人がいた。それはよろしくだとか、頑張ってねだとか、何気ない言葉だった。

 

 案内されるがままに向かうとそこはバディの機動隊員達が集まるミーティングルームにだった。

 長官が語った”やって欲しい事”。それは、共に闘う機動隊員への挨拶だった。

 

「彼は霧島楓、初めて人類と意思を交わし、人類の味方となったラフムです」

 

 藤村がやや仰々しく言い放った。それに対し機動隊員らから厚い拍手が手向けられる。ここで藤村にポンと背中を叩かれ、楓が前に出る。

 楓が振り向き、藤村を見ると彼女は挨拶して、と言わんばかりに頷いていた。それに従い楓は口を開いた。

 

「どうも…ご紹介に預かりました、霧島です」

 

 控えめにそう言いつつ楓は礼をした後に更に話を続ける。

 

「一つ質問があります。何故皆さんは…ラフムである僕を認めてくれるのでしょうか?」

 

 唐突に言い放った質問に皆が注目する。

 

「ここに来るまでに様々な方が僕を見て、笑顔で、言葉を掛けてくれました。それが、とても不思議だったんです。”僕はラフムなのに”って」

 

 楓が一旦話を止めると、その場にいる人々の顔を見渡す。

 それぞれの人が神妙な面持ちをしているが、彼を侮蔑する様な表情は見せず、ただ彼の言葉に聞き入っていた。

 バディ職員らの気持ちを少しだけ汲み取ってから楓は話を続ける。

 

「ラフムは、皆さんの仲間を殺し、意味も無く暴虐を繰り返す異形です。それがいきなり人としての意思を持ち、ラフムと戦うと言ったからって恐怖や憎しみは消えないでしょうに……現に僕は、苦しいです。大切な人を奪ったラフムに、自分が変身してしまった事が」

「―――バーカ、そんだけ考えてる時点でお前は人間だ」

 

 悲しみを疑問と共に吐露する楓にそう答えたのは、武蔵大護。楓が昨日助けたバディの機動隊員である。

 彼の発言に楓はどう言う事ですか、と静かに問うた。

 

「お前は自分はラフムになってしまったと嘆いているが、どうしようと悩んだ結果誰かを助ける為にその力を使っただろ? それのどこがラフムの…怪物のやる事なんだよ? …お前は人として泣いて笑って、人助けをしてる、それは立派な人間だ。図体がどうなろうと知ったこっちゃねぇ。今ここにいる、勇敢なヤツを称えてんだよ、皆」

「僕が、立派な…人間?」

 

 楓が目を見開いて小突かれた様な表情で武蔵を見る。

 

「お前はラフムと戦えるラフムの力を有した唯一の人間なんだ。お前の力だけが今の俺達の頼りなんだ。だから、今のお前の正義を皆が信頼していると言っても過言ではない」

 

 自分の正義を皆が信頼している…。

 その言葉に楓は気付かされる物があった。

 自分を人間として見たバディの職員達。自分の力を必要だと言う武蔵。

 戦う勇気をくれた長官。そして自分を霧島楓として協力を仰いだ藤村。

 

 ここで出会った、新たな大切なモノに楓は気付いた。

 

「……本当にありがとうございます」

 

 滲み出て来る涙を拭って楓は再び礼をする。

 

――

 

 それから程無くして楓はバディ職員用のマンションで生活する事となった。

 衣服も一応に支給され、家族を失った彼の衣食住は保証された。

 

「ところで霧島君、こうなった以上これからもバディの招集には応じなくてはいけないけれど、大丈夫かしら?」

 

 藤村の問いに楓はええ、と即答する。

 

「ここまで良くしてくれて、恩返しのつもりで…あと正義のラフムとして。僕は頑張ります」

「それは良いのだけれど…今まで学校に行けていなかった様だから」

 

 楓の住民票を確認しながら藤村が言う。と、楓が照れながら頭を掻いた。

 

「あ、はい。今まで失念していましたが…問題無いです」

「そう、それならオッケーね。今までありがとう、霧島君」

「これからもよろしくお願いします、藤村さん」

 

 そう楓は言うと、藤村と握手を交わす。

 

――

 

「―――行動開始だ、フロッグ」

「あいよ、火の粉払いなら任せろ」

 

 夜の街に佇む廃墟にて、その会話は行われた。

 黒の鎧に身を包んだ謎の男が、フロッグと呼ばれるもう一人の若い男に伝える。フロッグは黒鎧に手を差し伸べ、何かを渡す事を頼む様にハンドサインを送る。

 

「ああ、コイツだ」

 

 黒鎧は手にしていたアタッシュケースを開いて中の物をフロッグに渡す。

 それは、フロッグの”イートリッジ”であった。フロッグはそれを貰うとスイッチを押して起動させる。

 

《Frog》

 

 フロッグイートリッジの起動を確認し、フロッグは悦に浸る。

 と、イートリッジが体内に吸収され、そこを起点にして粒子が飛散しフロッグの体を包む。瞬く間にフロッグの体は異形と化し、蛙を模したラフムが誕生する。

 

「霧島楓……殺す!!」



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#5 変身

 久しぶりの大学。あんな事があってからだとやはり気落ちする部分が楓にはあった。

 東京都文京区に位置する国立東城大学。そこの教育学部に楓は通っている。が。

 同じ大学、学部に通っていた親友、火島 勇太郎(かしま ゆうたろう)の死が浮き彫りになり、苦悩する。

 彼は楓の親友であり、人々から尊敬される人格者だった。

 頭脳明晰、運動神経抜群。彼程にこの言葉が似合う人間はいないだろうとまで称されていた。

 そんな勇太郎が死んだと言うのだ、一緒にいた楓への視線が冷たい。

 数日前に楓の自宅へ勇太郎が訪問し、楓を残して皆死亡した、そんな噂がどこからか出回った様で、生徒は勿論教授からも楓は白い目で見られた。

 

 一週間の間ずっとそんな調子だったので楓は気を落としながら過ごしていたので週末の時間が出来た時にバディの基地へと向かった。自分にはここしかないと。

 

「こんにちは」

 

 楓は軽々と藤村の実験室へ入る。そこにいた藤村がやっ、と気持ちの良い挨拶をする。

 

「早速変身の練習? 精が出るわね」

「いえそんな……大学が居づらかっただけです」

 

 謙遜とは違う、楓の気苦労を察して藤村が彼の背中をバン、と叩く。

 

「どうせ耳の早い連中が君に心の無い事を言うのでしょう? 君が悪くない事は私達が良く知っているから。君は人知れず悪と戦うヒーロー、そう思っていれば良いのよ」

 

 藤村の言葉に楓は救われた心地がした。だから楓は彼女らの為に尽くす。

 

「ええ、だから僕が出来る事をします」

 

 楓がそう言うとよろしい、と藤村がイートリッジを楓に渡す。

 

「ともかくコイツをどう起動させるか、ね…”兄さん”ならどうしたかしら」

 

 藤村の発言にお兄さん? と楓が聞き返す。

 

「うん。私には兄がいて―――」

 

 と藤村が言い掛けたその瞬間、バディの管内全域に緊急警報が鳴り響く。

 

「ラフム出現! 場所は神奈川県川崎市中原区井田1丁目井田公園! 機動隊は直ちに現場に急行せよ!!」

 

 緊迫したアナウンスが聞こえると楓はすぐに実験室を後にする。すると道すがら武蔵と出会う。

 

「川崎か…急ぐぞ!」

 

 武蔵が機動隊を牽引しつつ楓に促す。楓を含めた機動隊が全員出動する。

 

 十月十二日、午後十三時二十分に出現した今回のラフムはその姿と跳躍する特性から”フロッグラフム”と名付けられた。

 と言うより、”相手が名乗った”と言った方が正しかった。

 

 指揮車両で後を追う藤村から聞いたその情報に楓は驚愕した。まさか自分以外の意思を持ったラフムがいたのか、と。

 確かに楓の例が存在しているので意思のあるラフムがいないとは限らないが、思う所では非常に”やりづらい”のである。

 自分と同じ境遇であるラフムに対して自分は肩入れしてしまうのではと考える。

 

「ところで藤村さん、被害状況は?」

「被害状況…負傷者が九人、死者が三人。うち二人の犠牲者がバディの機動隊員よ」

 

 そうですか、と楓が答えるとバイクの速度を上げる。

 

(……相手は人殺しだ。どんな奴であろうと、絶対に倒す!)

 

 楓は戸惑う自分の心に言い聞かせ、覚悟を決めて井田へと走った。

 

――

 

 神奈川県川崎市、井田公園。

 フロッグと称された意思を持つラフムが人々を襲っていると、銃撃がフロッグの頭部に直撃する。

 

「そこまでだラフム!」

 

 雄々しく叫んだ楓が変わった形状をした銃で再度フロッグを撃つ。

 その銃の名は”ライドツール・バレットナックル”。

 敵への攻撃アイテムであり、引き金に当たるパーツである”ライドツール・ブートトリガー”こそが強化装甲を転送する為の起動キーでもある。

 

「やれやれ、やっと来たか、ウイニング」

 

 その時、フロッグが人間の言葉を発した。その光景に目の前にいた楓や機動隊員が驚愕する。

 

「そんな驚く事無いんだぜ? そこのウイニングだって喋れんのによ。まぁいいや、無駄口叩く前に…テメェを叩くッ!」

 

 フロッグがその言葉を皮切りに楓へ迫る。

 一瞬で間合いを詰められた楓は成す術も無く体を反転させて放たれたフロッグの蹴りを思い切り腹部に食らう。

 

「うあぁっ!!」

 

 武蔵らが口々に楓の名前を呼ぶ。それを聞いて楓が大丈夫、と体を起こす。

 

「やっぱ”選ばれたヤツ”は違うねぇ、良い根性だぜ」

 

 フロッグの意味深な言葉に耳を貸さず、楓はフロッグを睨む。

 

「…変身!」

 

 楓が叫ぶと全身を粒子が包み、ウイニングラフムに変身する。

 

「おお、流石だぜウイニング! イートリッジを使用せずラフムに変身するなんて」

 

 ウイニングを指差してフロッグが興奮する。その様子にウイニングははあ? と答える。

 

「まさか知らないのか? お前の事」

「知らない! そんなの、どうでも良い!」

 

 そう言ってウイニングが跳躍する。それに負けじとフロッグも足を縮め、伸ばす事で空へと大きく跳んだ。

 

「こんのおおおおおお!」

 

 ウイニングが拳を大きく振りかぶってフロッグの胸部にパンチを叩き込む。その反動でフロッグは地面へ強く激突し、土煙を巻き上げる。が、フロッグはすぐさま跳躍し、降下するウイニングの顔面を殴る。

 

「ぐあっ!」

「バーカ、空中は俺の方が上手だっつー、の!!」

 

 勢いを付けて繰り出されたフロッグの回し蹴りはウイニングの顔面に更なるダメージを与え、地面に叩き付ける。

 ウイニングはその場に倒れ込みながら立ち込める土煙を翅で吹き飛ばす。すると、目の前には飛び蹴りの体勢で急降下するフロッグの姿があった。避け切れなかったウイニングはフロッグのキックを真っ向から受けてしまう。

 

「があああああっっっ!!」

「俺の全体重を乗せたフロッグキック、大成功だぜ」

 

 ウイニングを踏み台にして跳躍したフロッグは少し後ろに下がって体に大穴を開けたウイニングを見て高笑いを浮かべる。

 

「ハハハハ、ハハハハハ! ハハぐはぁっ!」

 

 フロッグがよろめいた先にはバディの機動隊がフロッグに向けて弾幕を張っていた。フロッグは全身に弾丸が当たり、体のバランスを崩してその場に座り込む。

 

「ウイニングを援護しろ! 絶対にフロッグを近付けさせるな!」

 

 機動隊はかの織田信長よろしく銃撃する隊員と装填する隊員のルーティングを作り、迎撃を続ける。

 

 聞こえて来る銃撃音で気を失っていた楓が意識を取り戻す。その手の先には”ウイニング”のイートリッジが握られていた。どうやらフロッグの初撃でライドツールのアタッシュケースに収納していた物が散乱したらしい。

 

(イートリッジ? そうか、持ったまま出動したんだっけ…。それよりコレ、ウイニング…と書かれている?)

 

 楓は疲弊しつつも、近くに転がっていたインカムとライドツールを手に取り藤村に連絡する。

 

「藤村さん…?」

「霧島君!? 無事なの!?」

「大丈夫です。それより、あの強化装甲の変身の仕方、結局教えて貰って無かったですよね」

 

 まさか!? と藤村が問い質す。それに対して楓はイートリッジに成分が注入された事を伝える。その事を聞いた藤村は一拍置いて口を開く。

 

「…分かったわ、良く聞いてね」

 

――

 

 一方その頃、機動隊はフロッグへの弾幕が切れて、窮地に立たされていた。

 

「さっきからウザかったんだよな、お前ら。ウイニングもどーせ虫の息だろ、まずはお前らから死ね―――」

 

「そこまでだ!」

 

 丸腰になった機動隊に歩み寄るフロッグに言い放つのは、傷が少し残りながらも回復した楓だった。

 

「なッ!? ウイニング…!」

 

 フロッグが怯んでいると、バディの指揮車両が楓の背後に止まる。

 

「霧島君、これを!」

 

 指揮車両のドアを思い切り開けて出て来た藤村が楓にライドツール一式を揃えたアタッシュケースを投げる。

 

「ブートトリガーとバレットナックルは武装として渡せたけど他はそのまんまだったからね! 健闘を祈るよ!」

 

 藤村はそれだけ伝えると指揮車両に戻り退避する。

 

「オイ、それってライドツール!?」

 

 動揺するフロッグを尻目に楓はベルト型ライドツール・ロインクロスを腰に巻く。

するとロインクロスの装着時の電子音が鳴り響く。

 

《Account・Winning》

 

 楓の装着したロインクロスが彼専用の物となった事を表す為か右下のパーツ、”クレストカラー”がウイニング仕様となる。

 

《Winning》

 

 待機音が流れる中楓はロインクロスに先程生成したウイニングイートリッジを起動。差し込む。

 

 

「これが僕の……本当の…」

 

 楓が目を閉じて呟く。その隙にフロッグがこちらへと走り出す。が、それにも動じずに楓は目を見開いた。

 

「―――変身ッ!!」

 

 バレットナックルから取り出したブートトリガーをロインクロスにセットする。そして、ブートトリガーの引き金を強く引く。

 

《Change・Winning》

 

 ウイニングイートリッジを差し込んだベルトは認識音声を響き渡らせる。

 それと同時に発生するライドシステムが生み出す粒子。

 楓の体にそれらの粒子が蒸着され、素体となるフレームボディを完成させると、凝固した粒子が緑の鎧の形を形成しフレームボディに合体する。

 鎧に収納されていた仮面が顔の部分に装着され、変身完了する。

 

 フロッグはその光景に慄きつつも立ち向かうが、変身後の冷却を兼ねたエネルギー排出に巻き込まれ、吹き飛ばされた。

 

「なっ!?」

 

 吹き飛ばされた衝撃で遊具にぶつかり瓦礫まみれになったフロッグが目の前に佇む戦士の姿に大きく口を開ける。

 

「なんだ、ソレはッ!?」

 

 フロッグの問いに楓は自身満々に答える。

 

「……正義を叫びライドする仮面の戦士! その名をまさしく…」

 

 楓―――緑の鎧の戦士がマフラーをたなびかせながらフロッグに指を指してその名を叫ぶ。

 

「仮面ライダー!!」



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#6 仮面

「仮面ライダー!!」

 

 楓が名乗るその戦士の名は、仮面ライダー。

 赤いマフラーに緑の鎧。

 先程楓が変身したウイニングとは全くもって異なる勇敢な魂とその威厳。

 

 雄々しくそびえ立つ”正義”に、フロッグはよろめく。

 

「そんな姿…所詮子供騙しの道化人形なんだよォォォォォォ!!」

 

 フロッグが顔をしかめてこちらへ走る。が、一瞬。フロッグが走った道を振り出しにされた様な蹴りを食らうまで一秒と時間はかからなかった。

 仮面ライダーのキックは今までのウイニングの蹴りとは比べ物にならないスピードとパワーを兼ね備えていた。

 その力に驚くのはフロッグだけでは無かった。

 

「これが仮面ライダーの力!」

 

 変身している楓本人でさえ想像を絶するその性能はバディの全員が驚愕するには容易であった。

 

「まさかあんな威力の攻撃が出来るなんて…カタログスペックをいとも簡単に超越しているわ」

 

 藤村がライドツールのシステムを確認しながら呟く。

 

「何故変身できたのか、全然わからないけれど…”霧島君の思いが起こした奇跡”、そう形容するに相応しいわね」

 

 仮面ライダーの存在感に藤村はそう語るしか無かった。が、フロッグはその存在感に反感を示すのだった。

 

「仮面ライダー? そんなフザケた格好で正義のヒーローを気取るんじゃねぇよ!!」

 

 持ち前の瞬発力でフロッグが仮面ライダーに飛びかかる。

 拳を握り仮面ライダーの顔面に目掛けて振るう。

 しかしそれらの攻撃は視力強化を受けた仮面ライダーにとってはなんら意味の無い物でしか無い。

 

「見える! お前の攻撃全部ッ!!」

 

 仮面ライダーがフロッグの拳を防ぐと、左腕でフロッグの腕を持ち、フロッグを文字通り放り投げた。

 

「うおおおおっ!!」

 

 空中に飛ぶフロッグを追って仮面ライダーが疾走していると、藤村からの連絡が来る。

 

「霧島君!ブートトリガーの引き金を引く事で一時的に肉体が強化されて更に強力な攻撃をお見舞い出来るわよ! 三段階あるからね!」

「了解!」

 

 威勢良く仮面ライダーが答えるとブートトリガーの引き金を一回引く。

 

《Winning・Attack》

 

 電子音声と共に仮面ライダーの肉体が強化され、走力が上がる。

 大きくジャンプしフロッグを見下ろす様に飛び上がると、下へ向けて拳を振り下ろす。

 

「おぉりゃあああああ!」

 

 強化された”ライダーパンチ”はフロッグの腹部を強打し、地面へ落下させる。

 その衝撃で大きなクレーターが出来上がり、風圧で近くの木々が薙ぎ倒される。

 

「ダメ押しだぁあぁぁあああ!!」

 

 次にブートトリガーの引き金を三回引く。

 

《Winnig…Impact!!》

 

 上空に残った仮面ライダーはその場で大きく回転し、足をフロッグへ向けて突き出し、重力に乗って急降下する。

 と、その時ウイニングの翼が大きく展開し、更に落下速度を高める。瞬間時速160kmで突進し、そのままフロッグの胴体へ強大な一撃を見舞う。

 キックの衝撃によって井田公園の半分が吹き飛ぶ。遊具全壊、緑地は更地に。そして、フロッグは跡形もなく爆散した。

 

 立ち込める炎の中で仮面ライダーはフロッグのイートリッジを持って生還する。

 

「……フロッグラフム、討伐完了」

 

 オペレーターがそう言うと、バディ職員らがよっしゃあ、と歓喜する。だがその中で長官は冷静に状況を考えていた。

 

(仮面ライダー、その力は圧倒的、だが…)

(損害も大きい、か―――)

 

――

 

 その後、井田公園は完全閉鎖。事後の調査で発見されたフロッグの変身者はバディに運ばれた。そして、楓はと言うと。

 

「藤村さん、ありがとうございました!」

 

 研究室で今回収集出来たデータを調べていた藤村に、楓は感謝を述べていた。

 

「どうしたの、藪から棒に」

「いえ、前の戦いの時、藤村さんが迅速に変身方法を教えてくれたお陰で僕はフロッグに勝つことが出来ました。そのお礼を言いたくて」

 

 そっか、と藤村は楓の頭をポン、と叩いて言う。

 

「でも、君が仮面ライダーに変身出来たのは私だけの力じゃないわ。君が、そのウイニングのイートリッジを完成させたから成功したのよ。それにしても…何故今になってウイニングイートリッジが起動したのかしら?」

 

 藤村が顎に手を添えて問うと、楓が心当たりを見つけたのかああ、と手を叩く。

 

「多分、そのイートリッジは僕がラフムから人間へ強制的に戻るときの粒子を吸収して生まれたんだと思います。そう考えればフロッグの時にイートリッジを回収出来たのも説明が付きます」

「成程ね。実はロックの時もこちらで粒子を回収してみたのだけれど、これを使えばイートリッジを生成する事も出来るのね」

 

 ようやく分かったわ、と藤村が呟くと再び調査を開始する。

 

「ところで藤村さん。このライドツールを作ったのって藤村さんじゃないんですか? だったらこう言うシステムとかギミックとか分かる筈なのに」

 

 楓の質問に藤村は狐につままれた様な表情を見せた。

 

「ええ、あ、うん。そうね…私は後任なのよ、ここの技術顧問の」

 

 藤村はふふ、と笑って見せているが、その目には憂いが垣間見えた。

 

「私は任されただけだから調整や設計が出来ても、その根本まで理解出来た訳じゃないの」

「するとライドツールを作った人は余程の天才だったって事ですよね?」

「そうね…彼は天才だったわ」

 

 先程からの藤村の口調に楓はまずい事を聞いてしまったのでないか、と思った。

 

「……失礼な事を聞いて、しまいましたか」

 

 楓が申し訳なさから呟くとそうじゃないの! と藤村が誤解を解くように言い放つ。

 

「そうじゃないけど、その先任が…行方不明になった私の兄だから、気になってしまってね」

「そうだったんですか。…やっぱり失礼な事を」

「失礼って思う方が失礼な事だってあるのよ霧島君。兄さんは生きてるわ。私には分かるのよ。希望がある限りこの話題は ”真実への出発点”になるの」

 

 ”真実への出発点”。その言葉の意味を楓はすぐに理解する事は出来なかったが、

それがいつか重要な意味を持つのだろう、と感じた。

 

「そうですね、いつか藤村さんのお兄さんは見つかります。その為に、僕も出来る限りの事をさせて下さい!」

 

 楓の意志に藤村は感動したのか目をつむってありがとう、とだけ言った。

 

――

 

 楓は自宅に帰ると、明日の授業の準備をしつつ、藤村との話によって気付いた事について考えていた。

 

(もしも”真実への出発点”と言う物が自分の信じる希望へのスタートライン、だとしたら……僕が誰かを助ける度に、僕の持つ力の意味が紐解ける日が来るかも知れない。僕が戦う毎に藤村さんのお兄さんについて、そしてティアマトの正体が分かってくるかも知れない)

 

 すると楓は先日の事を思い出す。家族の断末魔。目の前で引き千切られる親友。まるで楽しむ様に容易く肉を裂くラフム。そして…。

 

 怒りと共に変貌する自分の姿。フラッシュバックする後光を纏う鎧の戦士。

 楓の瞳からは涙が零れ落ちていた。

 

「…やっと分かったよ、僕の戦う理由。なんで僕が”生きてしまった”のか」

 

 おもむろに立ち上がると楓は洗面台の鏡を見つめ。呟く。

 

「僕を生き残らせたのは怪物(ラフム)を倒す為、だよな」

 

 一瞬、鏡に映る楓の姿は復讐に燃える怪物の姿と変貌した様に見えた。

 

 

 時を同じくして、楓の携帯に電話が入っていた。藤村からである。

 その内容は言わずもがな―――ラフムの出現。



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#7 剛堅

「午後十一時三十九分! コードネーム”タックルラフム”出現を確認! 場所は埼玉県所沢市県道四号線! 機動隊は直ちに急行せよ!」

 

 十月十五日。夜も更けた時分に起こった突然の事態にバディも焦りを催す。同じく楓もそろそろ眠ろうかと思っていた頃の連絡だったので不満もやぶさかでは無かった。

 

 楓は帰宅する際に藤村からライドツールを受け取っていた。それを思い出し咄嗟にライドツールを収納しているアタッシュケースを手に取る。

 自宅であるマンションの入り口に出ると、藤村の乗る指揮車両が止まっていた。

 ドアを開けて藤村が顔を覗かせる。

 

「迎えに来たわ! 乗って!」

 

 楓が指揮車両に乗るとすぐさま藤村が状況を伝える。

 

「さっき携帯に送信しておいた通り、埼玉県にラフムが出たわ。猪の様な身体的特徴を持ったラフムで、突進攻撃を仕掛けて来る様ね」

「まさしく突進(タックル)ラフムって事ですか」

「そう。君の俊敏な攻撃で迎え撃って欲しいの」

「……了解です」

 

 楓は鈍重に呟くと、車に乗る。すぐに発進するとライドツールが収納されたアタッシュケースを開き、中のロインクロス、バレットナックル、ブートトリガーを取り出し、装着する。

 

「それと、霧島君。新しく制作した”イートリッジホルダー”よ。受け取って」

 

 そう言って藤村は指揮車両のダッシュボードからイートリッジを格納する小型のケースを渡す。楓はケースを見て、ベルトに装着する。

 

「ああ、こうやって付ける、と」

「バッチリよ。中には取り敢えずウイニングとロック、そして”ライドサイクロン”のイ―トリッジを入れてあるわ」

 

 ケースを開いて楓が確認する。その中にある見覚えの無いイ―トリッジ。

 ”Ridecyclone”と英字で表記された今までのイートリッジとは異なる雰囲気を持ったアイテムに興味を示す。

 

「これは、何ですか?」

「それは”ライドサイクロン”と呼称しているバイク型機動マシンの呼び出し用の簡易イ―トリッジ。霧島君のウイニングを解析して得られた情報を元にようやく完成したんだ!」

 

「ところで…何でバイク?」

 

と、楓がその質問をした所藤村が嬉々として立ち上がり説明しようとしらたが、車が信号で停車し、藤村が横転する。

 

「アァオ!!」

「藤村さん! 大丈夫すか!?」

「何でバイクかって……」

 

 頭を抱えながらも話を続ける藤村の熱意と言うのか何なのか、形容しがたいその意気込みに楓は息を飲む。

 

「何でバイクかってそれはカッコいいし実用的だからなのよ!」

 

 は、はあ、と楓が硬直しつつ答える。だが利便性、汎用性が高いのはその通りだ。

 

「速度ならライドサイクロンの方が出るわ。とにもかくにも、今から停車させるから外で発進させてみて」

 

 藤村の言う通りに、楓は下車すると、持ち出していたアタッシュケースを開き、ライドツールを装着する。

 

《Account・Winning》

 

 ロインクロスの起動を知らせる音声を確認すると、バレットナックルとイ―トリッジホルダーをロインクロスの横へ装着してブートトリガーを引き抜く。

 左手でウイニングのイートリッジをホルダーから取り出すと、起動させる。

 

《Winning》

 

 イートリッジの起動を確認するとロインクロス中央部分へ挿入する。

 

「変身」

 

 楓が静かにそう言って、ブートトリガーをロインクロスにセットする。と、そこから電子音声が響き渡る。

 

《Change・Winning》

 

 ライドシステムによって強化装甲が転送され、楓の全身に装着される。

 最後に、緑の鎧が体を包んで、展開する。

 

 エネルギーが排出されると、藤村達の目の前には仮面ライダーが立っていた。

 

「国道四号線へ向かいましょう、霧島君」

「了解です」

 

 藤村の指示を受けて彼は、先程渡された人工イートリッジをホルダーから取り出す。

 ライドサイクロンと銘打たれたそのイートリッジのスイッチを押す。

 

《Cyclone》

 

 起動音が鳴り響くと、楓はウイニングのイートリッジを取り外す。

 待機音声の聞こえる中、今度はサイクロンイートリッジをロインクロスに装填し、ブートトリガーの引き金を引く。

 

《Ride・Cyclone》

 

 ロインクロスに装填され、その能力を本領発揮させたそのイートリッジから粒子がバイクの形を形成する。

 

「…これがライドサイクロン!?」

 

 目の前の大型バイクに楓は驚きと興奮を合わせた様に感嘆する。

 

「こんな大きなバイク…普通二輪免許で乗れますか?」

「大丈夫だから! 取り敢えずそれに乗って向かいましょう。私もそっちのデータが欲しいし」

 

 藤村が笑いながらそう言う。それに安心し、楓はバイクのエンジンをかける。

 どうやら起動する為に鍵では無くブートトリガーを使用する様だ。

 ハンドルの上にある穴にブートトリガーを差し込む。するとエンジンが駆動し始める。

 

「行けます!」

「オーケー、それじゃあ埼玉方面へ今すぐ向かうわよ!」

 

 藤村の指示を聞くと、指揮車両の後を追う様にライドサイクロンは走り出した。

 

――

 

「ーーーーーッ!!」

 

 深夜の県道に異形の雄叫びがこだまする。

 しかしそれをかき消す様にして、バイクのエンジン音が聞こえて来る。

 

「ッ!?」

 

 タックルラフムと呼称される猪型の怪物はバイクの音に耳を立て音の方向へ振り向く。

 と、そこには逆光に照らされた仮面ライダーの姿があった。

 

「ラフム…お前達の好きにはさせない!」

 

 仮面ライダー…楓はラフムを指差し、勇ましく叫んだ。

 

「正義を叫びライドする仮面の―――」

 

 ”決め台詞”をまだ完全に言っていない楓に向かってタックルラフムが突進する。

 間一髪で避けた楓はラフムに対し怒りを吐露する。

 

「何すんだよ! こっちがカッコよく決めようとしてんのに!」

 

 楓が目の前のラフムに言うが、それを無視してラフムは再びこちらへ突進する。

 今度はその突進を食らってしまう。

 後方へ弾き飛ばされた楓は、思い切り体を打った為に怯んでしまった。

 その隙にタックルラフムはもう一撃と言わんばかりに楓の方向へまた突進を仕掛ける。

 ライダーの機動性が有利になると思いきや、タックルラフムは非常に俊敏であった。

 

「こんなのが続いたら、流石のライドシステムでも…」

「イートリッジを交換して!」

 

 藤村から通信が入る。―――イートリッジの交換。

 彼女の言葉で、過去の情報を辿る。

 イートリッジがロインクロスに能力を与える物であり、先程のライドストライカーの起動方法。

 

「成程、イートリッジの使い方、結構分かって来たぞ!」

 

 楓はタックルラフムの上空からの落下激突を回避し、イートリッジホルダーからイートリッジを取り出す。

 

 ”ロック”のイートリッジ。初戦で撃破したラフムの成分から回収した物。それを今、使う。

 

《Rock》

 

 ロックイートリッジを起動させるとウイニングイートリッジを取り外し、ロインクロスに取り付ける。そして、ブートトリガーの引き金を引く。

 

《Form・change・Rock》

 

 その電子音声と共に、土色の鎧が生成されて宙に浮かぶ。

 と、ウイニングの鎧が粒子となって飛散し土色の鎧が楓に覆い被さる。

 

 それはまさしく”ロックの鎧”。それは正しく剛健なる装い。

 フォームチェンジした仮面ライダーはその重厚なアーマーに身を固め敵を迎え撃つ。

 

 「仮面ライダー・ロックフォーム」。

 

 そう呼称されるのが相応しいだろう。



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#8 敏捷

 仮面ライダー・ロックフォーム。

 それが楓の新たな姿。強靭な体を持つラフムに対抗する術。

 

「おお…! これがライダーの新しい力!」

 

 楓が感嘆しているところで、またもやタックルラフムが突進攻撃を仕掛ける。が、そのまま楓はタックルを受け止める。

 先程とは打って変わってラフムの重圧に耐え切れず吹き飛ばされる訳も無く、摩擦で地面を抉りながら敵の動きを止めた。

 

「―――――ッ!!」

 

 ライダー・ロックフォームによって動きを封じられたラフムが怒りの雄叫びを上げる。

 

「全く、深夜にそんな大声を上げやがって…」

 

そう楓は呟きながらタックルラフムを投げ飛ばし、ブートトリガーの引き金を二回引く。

 

《Rock・Crash》

 

 その電子音声と共にライダー・ロックフォームの腕を肥大化する様に展開するとその腕を振り下ろして反動によって空中に跳ぶ。そして、先程の攻撃で宙に舞い上がっていラフムの直上を望む。

 

「いけぇぇぇえ!!」

 

 真下で浮かび続けるタックルラフムを”睨んで”、その大きな拳をラフムに叩き付けた。

 その力と、重力が加えられてタックルラフムは地面へと落下、爆散した。

 そして爆散した炎と煙は細かな粒子となって収束し、消える。

 抉られた地面にはタックルラフムになっていたと思われる女性と”タックル”のイートリッジが転がっている。

 

「藤村さん、救護班を。戦闘が終了しました」

 

 変身を解除した楓がインカムを使用して伝える。と、藤村から待って、と返事が届く。

 

「東京都小金井市、小金井公園付近の民家にシソーラスラフムが出現したわ。今すぐ向かって!」

「”シソーラス”?」

 

 効き慣れない単語に楓は首を傾げながら藤村に問う。

 

「シソーラス、チョウバエね。昆虫の。その名の通り今度のラフムは素早い機動力でこちらを翻弄しているわ。民家が襲われているわ、急いで」

 

 緊迫した声色で要請する藤村に了解、と一言告げて楓らは小金井市へ急行する。

 一方で楓は民家が襲われているとの情報に自分の過去と照らし合わせた。

 

「僕も前、ラフムに家を襲われて…皆を失いました」

 

 藤村との通信の最中、ふと楓が口漏らす。最初はえ?と聞き返した藤村だったが、咄嗟にええ、と答えた。

 

「あ、その、何か伝えたい訳じゃありませんがただ、僕と同じ思いをする人はいて欲しくないなってだけです」

 

 楓が素っ気無く言うとライドサイクロンのスピードを上げる。

 

「バイクなら早いです、急ぎましょう!」

 

――

 

 一方その頃民家では―――。

 

「ひ、ひぃぃいぃ!!」

 

 機動隊を蹂躙し、ドアをこじ開けて侵入してきた怪物(ラフム)に、民家に住む家族らはただ怯える事しか出来なかった。

 母親と父親は幼い子供の顔を抑え、被さる様に子供を守る。

 

「お願いです、この子だけは…!」

「頼む…頼むから……」

 

涙を飲んでそう呟く父母を見て月光を浴びた虹色の光沢を輝かせる怪物、シソーラスラフムはシャシャッ、と不気味な笑みを浮かべて笑う。

 

「子供を助けようなんて涙モンだねぇ~~~。俺の趣味だぜそう言うの、いつまで”ダイジナヒト”を守ってられるか勝負をするのが大好きなんだよ、俺さぁ」

 

 自らの悪趣味を露呈させたところでシソーラスラフムは自身の腕から生える体毛を針の様に尖らせ、父親の足を刺す。

 

「うっ、ぐぁぁぁあああッ!!」

「良い叫びだ、涙モンだねぇ~~~」

 

 もういっちょ!とシソーラスが高ぶった声色で言うと再び鋭利な体毛を家族らへ向ける。

 

「そこまでだ!」

 

 その声に気付きシソーラスが体を玄関の方向へ向けると、そこには楓が立っていた。

 

「ラフム…また家族を、誰かの幸せを奪うのか……」

「なんだ、テメェ?」

「仮面ライダー。人の幸せを守る者だ!!」

「…邪魔するならお前から殺すぜぇ~~~?」

 

 シソーラスが楓目掛けて飛翔する。と、楓はそれをしゃがんで回避する。

 勢い余ったシソーラスは玄関を破壊してそのまま外へ出る。

 

「好都合だぜ…(やっこ)さんよぉ!」

 

 上空に舞い上がるシソーラスを捉えると、手に持っていたライドツールのアタッシュを開き、中のライドツールを次々と装着していく。

 

《Account・Winning》

 

 ウイニングイ―トリッジのスイッチを押す。

 

《Winning》

 

 イ―トリッジをロインクロスにセットし、ブートトリガーを装填し、引き金を引く。

 

「変身!!」

 

《Change・Winning》

 

 その叫びと共に、光の粒子が楓を包むアーマーとなり、そこへ強化装甲が装着されていく。

 強化装甲のマスク部分が装着された瞬間に主眼となる部分、センシングアイと額部に設置された視覚増強センサー、ブーストアイが発光する。その紅い輝きが、ラフムを捉える。

 

「はは~ん、お前が音に聞こえし仮面ライダー。成程、面白くなってきた」

「こっちは何も面白くない! お前らラフムのせいで僕は大切なモノを奪われた! 父さんも、母さんも、勇太郎も! 全て!!」

 

 楓は怒りに任せてブートトリガーを装着したバレットナックルで空中のシソーラスを射撃する。が、その弾丸はすべて回避される。

 

「ダッセー! おめーの攻撃なんざ当たんねーよ! バーカ」

 

 不快な羽音を立てながらシソーラスが煽り立てる。

 

「うるせぇぇぇぇぇ!!」

 

 楓が咆哮しながらバレットナックルを乱射する。

 

「だから…効かないっつってんだろうがよォ!」

 

 再び弾丸を回避したシソーラスがウイニングに向かって飛来する。

 ―――その時だった。ウイニングに藤村からの連絡が届いた。

 

「霧島君、民間人の救出が完了したわ! 時間稼ぎは必要無いわ、好きにやっちゃって!!」

 

それを聞くと、ウイニングはフフ、と不敵な笑みを浮かべてシソーラスの前に立ち塞がる。

 

《Winning・Attack》

 

 ウイニングがブートトリガーを一回押した事によって電子音声と共に肉体強化が発動、目の前に飛んで来たシソーラスを全力で叩き落とす。

 

「ふごッ!?」

 

 地面にめり込んだシソーラスを見てウイニングが吐き捨てる。

 

「手加減しないとこれか。まるで飛んで火に入る夏の虫……終わりだ」

 

《Winning…Impact!!》

 

 ブートトリガーを三回押す事によって発動する、ウイニングの必殺技。アーマーの全体から緑の粒子と共に風が放出され、空中へ浮かぶと、体を回転させ、足をシソーラスへ向ける。

 そして、体の上部からブースターの様に風が噴出し、思い切り勢いを付けながらシソーラス目掛けて飛んでいく。その加速を受けたキックによってシソーラス諸共周囲の地域が爆風によって破砕される。

 

「シソーラスラフム、撃破。戦闘終了しました」

 

 爆炎の中からシソーラスイ―トリッジと、ラフムに変貌していた人物を回収して出て来たウイニングが呟く。

 

――

 

 翌朝。二体のラフムを倒し終わったバディの指令室では、今回の戦闘で殉職した三名の黙祷が行われていた。

 黙祷を終えると、バディ長官の長良衡一がマイクを手にして、職員らに宣言する。

 

「―――ラフムによってまた、犠牲者が増えた。その事に対して皆は遺憾に思うだろう……」

 

 そう言うと、多数の職員が頷いたり、返事を返す。

 

「だが、私は違う」

「私は、残念だとか悔しいなどとは思いたくない。私は…私達は失った命の思いを受けて多くの命を助けていくんだ!」

 

 長官はここまで言うとマイクを下げる。が、再びマイクを口元に近付け、宣言を再会する。

 

「あの怪物らを打破する為に、我々バディは、本日より極秘の、では無く正式に、政府直属の防衛組織として活動する!」

 

 長官の宣言で場が一気にざわつく。

 

「これによって国家による直接的支援、海外からの技術派遣、そして私達が守るべき人々からの信頼が確かなものになる……皆、どうかこれからのバディに、力を貸してくれ!」

 

 長官が述べ終わると、一斉に拍手が上がる。

 すると、長官の後ろから老年の男性がやってきて長官に会釈をする。

 それを見た長官は深々と礼をして、老年の男性にマイクを手渡す。

 老年の男性は咳払いを軽く済ませると、話は聞いてくれましたね、と始めた。

 

「今長良長官が言った様に、これからバディは国家に直属するものとなります。そして私がその国家の長、内閣総理大臣、清瀬です。君達が日夜戦う異形成体ラフム、その恐ろしさは私も知らぬ所ではありません。国民の命の為、皆の安寧の為、我々に出来る事は限られていますが、バディへの支援は惜しむ事無くさせて頂きます」

 

 そして総理は職員らへ礼をする。と直後に拍手が起こる。

 

「…成程。見た? 霧島君。これよりバディは国からの支援を可能な限り受けられるって訳よ」

 

 バディ施設の最下部。ラフムとなった人間が収容されている場所。

 そこにある管理室でモニターから先程の映像を見ていた藤村がコーヒーをすすりながら楓に説明する。一方の楓は俯きながらはい、と答える。

 

「それは良いんですが、重要なのはそれによって今までよりラフムに対抗出来るかどうかです」

「勿論そうよね。そうでなくっちゃ、だわ。皆そう思ってる」

 

 再び楓ははい、とだけ答えると、別のモニターに顔を向ける。そこには、ロックラフムに変身していた男が取り調べを受けている様が映っていた。

 

「……勇太郎、父さん、母さん」

 

 楓は非常に深刻な面持ちでモニターを凝視していた。



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#9 潜航

 ラフムとなった人間は、対外的要因によって倒されると、元のラフムの力を凝縮したイートリッジと、元の人間に分離する。

 元の人間はその後二週間近く昏睡し、目覚めるとラフムだった時の記憶を失っている。

 

 これらの事が現状の調査で分かった。そして、これら以外の、さらなる情報を掴む為にバディでは調査や研究を日夜行ってきた。

 

 しかし、上記の事柄以上の情報が獲得出来ず、ラフムに対する理解は進まなかった。

 

 ―――が。

 敵性ラフムの変身者である男が目を覚ました事によって事態は一変した。

 新たなラフムの、そしてティアマトの手掛かりを得る可能性が生まれたのだ。

 

 

「―――と言う訳です。覚えている限りで良いので二週間前からの出来事を教えて下さい」

 

 バディ最下層の聴取室。そこでロックラフムに変身していた男、巌 武(いわお たけし)に事情聴取が行われる事になった。

 

「そう言われましても、先日現場からの帰りに変な黒い鎧の男に襲われた事までしか覚えていませんけど…」

 

 現在聴取を取り行っている研究員が身を乗り出してその時の事を教えて下さい! と食い気味に問う。

 

「分かりました……今私は土木作業員をしているのですが、その作業現場からの帰り、午後七時位でしょうか…足立区の千住の辺りを歩いていると、突然後ろから男に覆い被され、ビックリして後ろを向くと、そいつは笑いながら私に薬物を嗅がせてきました。酷い臭いでしたよ」

 

 巌は茶を飲んで息を継いでから、続きを話す。

 

「それで、私は眠ってしまい、気付いたらここに…その他の事は何も分かりません。一体私に何が起きたのか私にもさっぱり……」

 

 そう言うと巌は頭を抱え押し黙った。

 

「分かりました。混乱している中で申し訳ありませんでした。後は他の者の誘導に従って、お休み下さい」

 

 研究員がそう伝えると巌ははい、と物憂げに答えると聴取室を後にする。

 

――

 

「霧島君、今のを見て何か思う所とかはある?」

 

 モニター越しに先程の聴取を見ていた藤村が楓に問う。

 

「はい、今の話だけで分かった事は色々とあります。一つは手口の違い。さっきの男性は男に襲われてラフムになったと推測出来ますが、僕の場合は直接ラフムに襲われ、ラフムになった…恐らくラフムになる過程は異なるプロセスがあるのでしょう。二つ目は、謎の”黒い鎧の男”。コイツが一体何なのか、一切分からないんですが、彼がティアマトに関係している事は間違いが無さそうです」

 

 やはりそれだけね、と藤村が溜め息混じりに言う。その言葉に楓も眉をひそめる。

 

「後は例のフロッグとシソーラス、二体の”喋るラフム”が目覚めてくれればもっと多くの情報を掴めるかも知れないけれど…」

 

 藤村の独り言に楓がどうでしょうね、と返す。半ば反論する様に割り入った楓に藤村はえ? と問う。

 

「アイツらが喋れていたと言う事は、既に自我があったと言う事になりますよね?第一、僕だって言わせてみれば”喋るラフム”でしょ。もしかしたらラフムの時の記憶があるかも知れません」

「すると、彼らは意図して人を殺害している、と?」

 

 藤村が口元に手を当てて問う。それに対して楓は黙って頷く。

 

「そんな奴らが素直に聴取を受けてくれるか…って事ね」

 

 藤村がその可能性に不安を覚える。と、ラフムの出現を伝えるサイレンが研究室に響き渡る

 

「―――午後十四時十三分、東京都千代田区神田駿河台、御茶ノ水駅にラフム出現!機動隊は直ちに出動せよ!」

「こんな時にもラフムは現れるのね」

 

 藤村は調整が完了したライドツールを収納したアタッシュケースを楓に渡す。

 

「これ以上誰も傷付かない様にお願いね、霧島君」

「はい!」

 

 楓が決意の満ちた声で返事をする。

 

 バディ地下駐車場。楓を含めた機動隊がバイクに搭乗する。

 楓もライドサイクロンに乗ろうとした時、インカムから藤村の指示が聞こえてくる。

 

「霧島君、今回は昼過ぎで人の多い場所よ、現地で変身すると正体がバレるわ。まだ公表前だからここで変身して頂戴」

「? バレると何かまずいんですか?こないだだって公道で変身したし」

 

 楓の能天気な問いに藤村は少し溜め息を吐いて急いで、と返す。

 

「あなたが仮面ライダーだと世間に知れればティアマトが必ずあなたを、そして近くの人を狙うわ」

 

 確かに、と楓は呟く。

 

「了解しました。正体がバレないよう努めます」

 

 そう言うと、楓は急いで準備を始める。

 ライドサイクロンの後部にはライドツールアタッシュをマウントするスペースがある。そこへアタッシュケースをマウントすると、蓋を開けてツールを取り出す。

 

《Account・Winning》

 

 ロインクロスの起動、認証音が鳴る。

 

《Winning》

 

 イートリッジの起動音。そしてロインクロスに装填。ブートトリガーを取り外し、顔の横に近付ける。

 

「変身!!」

 

 楓の叫びと共にブートトリガーをロインクロスへセット、引き金を引く。

 

《Change・Winning》

 

 ロインクロスから粒子が発生し、楓の体を包み込む。

 素体スーツが生成されると、次に強化装甲が粒子から造られ、装着される。

 

 変身が完了すると、センシングアイとブーストアイ、二つの眼を構成するセンサーが発光する。

 

「仮面ライダー、霧島楓。出撃します!」

 

 ライドサイクロンにまたがった仮面ライダーは御茶ノ水へ急行する。

 

――

 

 午後十四時二十二分。御茶ノ水駅前、聖橋。

 そこに現れたラフムはペイルラフム。淡水魚の様な姿の水中を泳ぐラフム。現在その姿を捉えているのはバディの調査部門と”協力者”のみ。彼らの立案により被害が出る前に神田川で敵を倒す作戦が敢行された。

 

 警察と自衛隊が神田川沿いに駐留。発見された場所である御茶ノ水では鉄道会社と連携し、車内トラブルによる電車の遅延と称して御茶ノ水駅を通るJR総武線と中央線、東京メトロ丸ノ内線を運行停止。近隣の路線も遅延とする。

 

 駅や付近の橋にもバディ機動隊員が動員され、まさしく鉄壁の布陣が出来上がる。

 

 一方楓は、随時送信されるペイルラフムの移動データを基に川沿いから追い掛ける。

 と、それからしばらくしてついにペイルの移動データが自分の真横に迫る。

 

「ラフムと対敵します!」

 

 楓はそう伝えると、ホルダーから”フロッグ”のイートリッジを取り出す。

 

「水中戦闘なら蛙だ!」

 

《Frog》

 

 ロインクロスからウイニングイートリッジを取り外し、フロッグを装填する。そしてもう一度ブートトリガーの引き金を引く。

 

 

《Form・Change・Frog》

 

 

 その電子音と共にライダーは自身の搭乗するライドサイクロンと共に神田川へ飛び出す。

 仮面ライダーの強化装甲が取り外され、粒子となって消える。

 すると上空に集まる粒子が蛙を模した強化装甲を形成し、装着される。

 水の跳ねる鈍い音が響くと、神田川の水中にペイルラフムと仮面ライダー・フロッグフォームが対峙する。

 

「ほう…お前が例の仮面ライダー。相手させてもらう」

 

 ペイルラフムが体中のヒレを動かしながら言う。

 

「ラフム…! お前らを許さない!」

 

 一方のライダーは足裏に装備されているフィンを回転させ始め、駆動を開始する。

 

「私は許しを乞う為にやっている訳では無い。私には使命がある」

「―――使命?」

 

 水中に浮遊しながらライダーとラフムは会話を続ける。

 ペイルラフムの冷静な挙動に楓は少し興味を持ち、使命とは何か問い質した。

 

 ペイルラフムの語る”使命”とは。

 病床の恋人を治療する事。彼女の病気を治す為に必要な金をティアマトの使者と名乗る男が出すと言ったのだった。

 

「…その為に、私は戦わなければいけないのだ」

 

 ペイルの語った戦う理由。それを聞くと楓は溜め息を吐く。

 

「はぁ、何かと思えば泣き落としか。毎度毎度凶悪な事を考えるよ」

「まさに問答無用か、仮面ライダー!」

 

 悲痛な声色でペイルが叫び、こちらへ向かって来る。

 

「来るかッ!」

 

 フロッグフォームの足裏にあるフィンが高速回転し、ライダーが水中を自在に動き回る。

 

 ペイルが胸部の体皮を開き、あばらから魚雷の様な体の一部を飛ばして来る。一方ライダーは体の向きを柔軟に変えながら回避していく。

 

「そんな攻撃効くか! 今度は…こっちの番だッ!!」

 

 濁る水中に楓の声が響き渡る。



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#10 怒涛

 反撃と言わんばかりに楓がロインクロスに装着されたブートトリガーを外し、腰のベルトの右側に搭載されている射撃武装、バレットナックルに装着し直し、ペイルに銃口を向ける。

 濁った川の水の中で相手を狙うのは難しい。が、相手との距離は近く、狙い撃つと言う程でも無い。

 

「…当たれ!」

 

 が、バレットナックルによる銃撃はいとも容易くペイルに避けられる。

 そして、水泡が消えた先に見えたペイルの顔は笑っている様にも、悲しんでいる様にも見えた。

 それが渡には気に食わなかった。怪物に心なんて、と心外に思ったからだ。しかしそんな気迷いが楓の動きを鈍くした。

 無尽蔵に発射されるペイルの”体内魚雷”がライダーの体に命中し続ける。

 魚雷による絨毯爆撃によってライダーは後方へ大きく流され、ピンチに陥る。

 

「馬鹿を見たな仮面ライダー! お前もこれで―――」

 

 止めを刺そうとするペイルの魚雷をかわし、ライダーは一撃のパンチをお見舞いする。が、水中でのそんな攻撃に力があるとは言えない。ペイルは何も食らわなかった様な声色で楓に言葉を返す。

 

「お前がラフムにどんな感情を抱いているかは到底測り知れまい。だが、こうやって会話しているんだ、ラフムにだって心はあるのさ! お前の様にな!」

 

ペイルが楓を指差し、叫ぶ。それは誰でも無い人の感情。

怪物になり果てたとて残った心。

 

 自分と同じだ。楓はそう思った。異形に形を変えたこの身に宿る魂は同じ。

 ペイルラフムは恋人を助ける為に戦っている。ラフムになっても誰かを助ける為に戦う自分と同じ。

 今目の前で相対している怪物が自分の様に見えた。

 

「…ペイル……お前の事、信じるよ」

 

 決意を固めた様に楓は静かに言った。その言葉の意味を理解したのか否か、ペイルはむ、と唸った。

 

「ティアマトは”人”のいるべき組織じゃない。一緒にバディへ行こう。バディで恋人さんを助けるんだ」

 

 ペイルの肩を掴み楓が説き付ける。

 語りかける楓にペイルはありがとう、と告げると水中から上を見上げた。

 それにつられて同じ様に楓も上を向く。濁った水から見える晴天の空は少し黒ずんでいたが、眩しかった。

 と、上空からペイルを影で覆う様に蝶の様な翅を持つラフムが飛来して来た。

 

「どうやらここでお別れだ、仮面ライダー。裏切り者は処分される、と言った所だ」

「そんなッ!」

 

 楓が手を伸ばす間も無くペイルは楓の体を突き飛ばし、自分から離れさせる。そしてその瞬間に上空のラフムが持っていた特殊な機関銃によって銃撃された後、川に流されたライドサイクロンまで機関銃で破壊され、その爆発にペイルが巻き込まれた。

 

「ペイル! ペイル!!」

 

辺りに溢れる泡飛沫を払い、ペイルの行方を楓は探す。

と、泡の中から人の手が見える。楓はその手を掴み、

水上に顔を出す。

 

「大丈夫か!?」

 

 楓が必死にペイルであろう男を呼ぶ。それに答える様に男が唸っていたので、楓は安心すると、川岸まで男を運ぶ。

 男の安全を確保し、バディの救護班を要請し、ふぅ、と溜め息を吐く。

 一息吐いた後に楓は、上空に飛んでいるままのラフムを見つめる。

 

「お前がペイルを……」

 

 ”誰かの為に戦おうとしたラフムと、誰かを傷付ける為に戦うラフム”。

 そのコントラストに揺れる楓には、目の前の機関銃を持った蝶型ラフムが何なのか分からなくなっていた。

 敵も味方もラフム、怪人なのだ。もっと極端な戦いだったら良かったのに、と楓は思う。

 だから、楓は―――仮面ライダーは問う。

 

「おまえは―――”どっちだ”」

 

 フロッグのフィンを最大まで回転させて、加速しながら浮上する。段々と速度と高度を上げていき、遂には神田川から飛び上がって、蝶型ラフムの直上に到達する。

 その跳躍力に驚きつつラフムは真上のライダーに機関銃を向ける。その瞬間、機関銃を撃ち放つ。が、ライダーは全身の外装を開き、特殊な粘液を噴出させる。粘液は銃弾を滑らせて弾き、攻撃を無に帰す。

 

「おまえは―――”どっちだ”!!」

 

 先程と同じ質問をラフムに投げ掛ける。が、蝶型ラフムは依然として答えず、再び機関銃を発砲する。

 

「しゃべらないラフム…すぐに助けてやる…すぐに、すぐに!」

 

 ライダーは機関銃の攻撃を撃ち消しながら落下し、ラフムを神田川に自分ごと叩き落とす。そのままフィンを回転させ御茶ノ水方面へ神田川を進む。

 神田川の途中、川の橋の壁際にラフムをぶつけて、壁を破壊して削り上げる。

 

「―――ッ!!」

「ん?なんだ、今の音?」

 

 ラフムの叫びと打撃音が混ざった大きな音に気付いた人々は異変が何か起きたのかと口々に言い始める。その場にいた機動隊や警察は口を濁す。

 が、その瞬間だった。

 機動隊の弁解も虚しく、”ウイニング”がラフムを持ち上げながら神田川から聖橋に飛び上がって来た。その驚きのあまり声も上がらない群衆を前に、撃破したラフムをその場に放り投げて御茶ノ水駅へ近付く。

 ゆっくりと、しかししっかりとこちらへ近付いて来る異形を前に、御茶ノ水駅にいた人々が阿鼻叫喚の声を響かせる。駅周辺は逃げ惑う人や、ウイニングを撮影しようとする人で溢れ返る。居合わせた警察らも手に負えず、事態はさらに悪化する。

 この様子を見ていた藤村はすぐに御茶ノ水駅前まで指揮車両を走らせると一般の人々とウイニングの間に挟まる様に回り込んでウイニングを回収する。

 この一瞬の出来事に彼らは訳も分からなかったが、もうすぐで総武線が動き始めると言うアナウンスを聞いてその場を後にする。

 

 一方、指揮車両の中では、機動隊員、武蔵と暴走したウイニングが狭い空間の中で格闘を繰り広げていた。

 

「クソッ…先生アンタこんな無茶な事を!!」

 

 襲い掛かるウイニングを拘束しながら武蔵が叫ぶ。藤村はそれに対ししょうがないでしょ! と声を荒げて運転する。いつも指揮車両を運転している研究員にはあらかじめ降車してもらっている様だ。

 腕を大きく上げて飛びかかるウイニングの腹目掛けて武蔵渾身の拳を見舞う。これを食らって怯んだ隙にウイニングの股間を全力で蹴り上げる。

 

「ゴッ!? ガ―――」

 

 重い一撃が炸裂したウイニングは気を失い、楓の姿に戻る。

 

「へぇ、強力なラフムをたった二撃で。あなたもライダーの資格あるんじゃないかしら?」

「冗談はよして下さい、コイツ暴走してても手加減してやがった」

 

 武蔵が埃を払う様に手を打つ。

 

「…にしても、最悪な登場だったわね、霧島君」

 

 指揮車両に備え付けられた無線から蝶型のラフムだったであろう女性を保護したと情報が入る。

 

「とにかく帰りましょう、先生。霧島の事も気がかりだし」

「何故今までコントロール出来ていたラフムの力が暴走したのか…ね」

 

 神田川沿いを抜けて指揮車両はバディ基地へ帰る。

 

――

 

 神奈川県横浜市みなとみらい地区。

 象徴的な建造物である横浜ランドマークタワーの真下、オレンジのパーカーの男がスマホのSNSを見る。

 ”謎の怪物、お茶の水に現る!”と書かれた見出しを筆頭に様々な人のコメントが載せられている。

 UMAだとか、怪人だとか、宇宙人だとか、そう言った陳腐な情報を男は見続ける。と、その途中に画像がアップロードされている物を見つけて、画像を開く。

 緑色のマフラーの怪物。その姿を見て男は口を開けて呟く。

 

「―――楓!」

 

 男は寄りかかっていたバイクのエンジンをかけ、東京へ向け発進させる。



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#11 再会

 楓が目覚めると、そこはバディの医務室の中だった。その様子に既視感を覚えつつ、体を起こす。

 

「ん、起きたか霧島。お前が暴走してから一日経ったぞ」

 

 武蔵の登場にやはり既視感を覚えるが、それよりも、彼の言う”暴走”と言う言葉が気に掛かった。

 

「武蔵さん…その暴走って……」

「お前が、ラフムの力を制御出来ずに被害を大きくし、醜態を”世間”に晒した」

 

 楓は目と口を大きく開いて驚く。それから間もなく汗が噴き出て来る。

 自分の起こしてしまった事に気付き、焦りとどうしようも無い自責の念がこみ上げて来る。

 

「もしかして、誰か傷付けてしまったとか……」

「傷付けちゃあいない。だが、暴走したお前はラフムになったその姿を一般人に見せた。しかもあの蝶ラフムを引きずってな」

 

 楓が眉を八の字にしかめて絶句する。

 

「それを、僕がやったんですね…?」

 

 武蔵は黙って頷く。それを見て楓は自分の手の平を見つめる。

 自分のこの手が無為にラフムを傷付けた。もしかしたらあのペイルの様に”人”の心を持っていたかも知れなかったと言うのに。そして、楓自信が、あの場所にいた人々を恐怖させた。藤村や長官、バディの職員らがそうならない様務めてきた筈なのに。

 全く、と見つめていた手の平で自分の顔を覆う。

 ずっとこのラフムの力を意のままに扱えると思っていた。自分の手中にあると思っていた。だが、それは全くもって浅はかな考えだった。ラフムは怪物だ。今まで戦って来た怪物と自分は同じだ。自分自身が怪物である事を、楓は忘れていた。

 

 楓が深い溜め息を吐く。自分がラフムである事を再認識させられ、どうにも悔しい気分が晴れない。楓は、自分がラフムでは無く、正義のヒーロー”仮面ライダー”である事に意義を感じていた。

 

「武蔵さん。僕はこれからどうすれば良いのでしょう……」

「決まってるだろ。お前が何であったとしてもやるべき事があるだろ。どんなにお前が非難されようとお前は誰かを助けるヒーローだ。霧島。もしお前が辛くても、俺達がお前を助けるヒーローになってやる。安心して自分の義務を果たせ」

 

 そう言い放つ武蔵の瞳は厳しくも優しさを感じる。楓の現状を察してくれている武蔵に楓は少し目を瞬きさせながら会釈する。

 

「ありがとうございます、武蔵さん」

「大護で良い。…楓」

 

 二人はお互いの距離を少し縮め、笑い合う。

 

「そうだ、楓。あれからラフムにされた人達の意識が戻って来ているそうだ。今日も事情聴取を続けている、先生の所で話を聞くぞ」

 

 楓の背中を叩いて武蔵が先に医務室を後にする。残された渡はもう一度自分の手の平を見る。

 

「僕は、仮面ライダーだ」

 

 自分の決意を更に強固なものとし、楓はベッドから起きて藤村の元へ向かう。

 

――

 

 楓がバディの研究室に入ると、案の定そこに藤村の姿があった。

 

「あ、藤村さん。昨日はお騒がせしました。大護さんから話は聞いています」

「君達いつの間に仲良くなったわね。まあその方が良いに決まってるわよね、と」

 

 藤村がパソコンを操作して録画してあった事情聴取の際の映像を流す。まず最初にフロッグラフムだった人間の聴取が行われた。が、彼は終始何も話さず、研究員を睨み続けていた。

 

「思ってた通り、フロッグは何も話さない。けれど、彼の聴取はなおも続けるわ。恐らく今、ティアマトに最も詳しいのは彼でしょうから」

 

 藤村は他の映像を開く。次はタックルラフムになっていた女性である。彼女は”喋らないラフム”だった故にやはりラフムとして暴れていた時の記憶は無く、巌と同じく黒いコートに襲われた事しか記憶に無いと言う。

 ここまでは全く進展が無かった。だが、シソーラスの聴取がこの停滞した状況を変える事となったのだ。

 

 フロッグや楓の様に言葉を発する”喋るラフム”であるシソーラスラフム―――チョウバエの怪物は他のラフムと違って自らの意思で人を襲っている凶悪な”人間”である。

 そんなシソーラスが自供したのだ。

 

「…ああ、俺は自分の意思で人を襲ったぜェ?そりゃあ俺は人をいたぶるのが大好きでねェ。崇高な意思とか言ってティアマトのお偉いさんはそれを許してくれたのサ」

 

 ラフムの時と変わらぬ飄々とした口振りでシソーラスになっていた男、指名手配犯墨田(すみだ)は自らの身の上を話す。

 

「んで、そのティアマトのお偉いさんが逃げに逃げてた俺を雇ってよォ、人を殺せって言うんだなァ。最初は訳分かんねェ事言ってると思ったがよォ、俺の事を分かってて言ってる様な感じだったからラフムになったのよ。涙モンだねぇ~」

 

 墨田のふざけた調子に怒りを覚えながらも、それを堪えて研究員が問う。ラフムになる事の具体的な仕組みを質問する。

 

「俺に聞かれても多分詳しい事は知らねぇしアレだがよォ…俺の場合はラフムになる為の”カートリッジ”を渡されて、それを体にブッ刺すのよ。これがまた痛くて痛くて……」

 

 研究員が机を強く叩く。それに呆気を取られた墨田ははいはい、と気乗りしない返事をして、話を本題へ進める。

 

「俺達の様にカートリッジを使って人工的にラフムになった奴らが”ビルダー”、喋るラフム連中よ。んで、今までアンタらが戦ってきた喋らないつまんねーラフム連中が黒いコートの男や他のラフムに襲われて死んだ人間だった自然の産物、”オリジン”」

 

 今までに無く真剣に語るシソーラスだったが、その話に信憑性は無い。情報が真実か研究員が今一度問う。それに対して墨田は嘘は好きだがバレる嘘はつかないねェ、とあっさり答える。

 

 聴取で得られた情報はこれまで。黒い鎧の男の正体は分からずじまいだった。だが、ラフムには人工のものと自然に生まれるものがある事が分かった。と言っても断定出来る話では無いので結局これを聞いても楓は話半分としか思えなかった。

 

「人殺しの言う事なんか信用出来ませんよ」

 

 そう言うと楓は修復されていたライドツールを持って研究室を後にする。

 

「どこに行くの、霧島君?」

「大学へ。僕にも単位がありますから」

 

 急に出て行く楓に武蔵はおい、引きとめたがそれを無視して行ってしまう。

 

「どうしたんだアイツ…」

「自分が暴走した事、聞いたんでしょう。”吹っ切れ”に行ったのよ」

 

――

 

 大学に来たものの、講義を受けても全く内容が入って来ない。どこへ行ってもつまらない。今まで楓は親友、勇太郎といる時でしか自分の居場所が無かったのだと改めて思い知る。

 無為に校内を歩いていると、ふと思う。

 もし、楓が怪物(ラフム)である事をここにいる生徒や教授が知ったら…。

 こんな事を考える自分の卑屈さに気が滅入る。こんな所にいても自分の弱さと今は亡き親友の事を思い出してしまう。

 

(何で僕みたいなのが仮面ライダー、なんだろうな……)

 

 楓がバイクを発進させ、嫌々大学を後にしようとするが、後ろで悲鳴が聞こえる。振り返ると、そこには逃げ惑う人々と、それを追う蛇の姿を模したラフム。

 

「ラフムッ!」

 

 バイクに装着されているライドツールを取り出し、アタッシュを開けようとする、がその手を止める。自分の正体が明るみに出るのを恐れた。これから情報は政府から開示されるだろうが、いつか、楓が怪物である事が知られてしまうのでは無いのか、と―――。

 普段ならば躊躇いなくその力を奮ったかも知れない。だが、自分に対しての疑心が振り払えないでいた彼は、自分の力が怖かった。

 

 

「そう考え過ぎんな、お前の悪いトコだぞ」

 

 優しくて懐かしい声、ポンと肩を叩く手、そして…あの時と同じ”オレンジのパーカー”。

 楓の前を通り過ぎて走った男は、楓に一瞬振り返り、微笑む。

 

「―――まさか……勇太郎ッ!?」



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#12 灼熱

 あの日届かなかった手。助けられなかった命。

 転校ばかりで誰とも馴染めなかった楓の、唯一の親友。この場所に留まる事になったと聞けば彼は喜んでくれた。同じ大学に行けると聞けば肩を抱いて笑った。

 両親共に行方不明になった勇太郎は、仕事に追われる親戚に預けられた。それから勇太郎は頻繁に楓の家に来ていた。夕食を共にする事も多かった。まさかそれがこんな悲劇に巻き込まれるとは思わなかった。

 

 目の前で噛み砕かれる勇太郎の姿を思い出す。だが、彼は今、目の前にいる。

 

「勇太郎、死んだんじゃ……」

「あー。お前なら分かるだろ、ラフムに殺された人間の中で悪運の強い奴が辿る道」

 

 オレンジのパーカーの男、楓の親友、火島勇太郎はにっと笑ってそう言うと、懐からイ―トリッジを取り出す。

 

《Burn》

 

 イ―トリッジを起動させると、赤い粒子を全身にまとう。

 まさか、と目を丸くして呟く楓の予想通り、勇太郎は―――。

 

「ラフム!?」

 

 赤茶色の甲殻に包まれた、一本角のカブトムシ型ラフム。

 逃げていた周りの人々も、敵ラフムでさえ彼の方に釘付けになる。

 場が騒然となる。いきなり現れた級友が、いきなりラフムになった。この状況に対応出来る者などここにはいなかった。やっとバディの機動隊が到着するが、二体のラフムの出現に困惑する。

 が、この場において唯一動揺もせず、混乱もしていない人物が”一人”、そこにはいた。

 

「堂々登場、待たせたな楓!!」

 

 そう、勇太郎その人である。彼は敵の不意を突いて攻撃を食らわせる。豪快な蹴りが蛇型ラフム、只今の呼称によって”スネークラフム”と名付けられた敵を襲う。出遅れて回避出来なかったスネークは”勇太郎ラフム”の蹴りが直撃する。それによってバランスを崩すと、それを皮切りにして勇太郎ラフムの猛攻が始まる。

 スネークのよろけた方向へ勇太郎ラフムが回り込んで一撃、そして反対の方向へよろけたらそちらへ回り込んで一撃、とその攻撃をとめど無く繰り返す。まるで格闘ゲームの様な攻めでスネークを翻弄する楓は目を見張るが、到着した武蔵の声を聞いてはっと我に返る。

 

「楓、何やってんだ! 早く変身しろ!」

「でも人が…」

 

 写真撮影で残る人々を見回しながら楓が言うが、武蔵はものともせず答える。

 

「ラフムから人を守るのが先だろッ!」

 

 その言葉に楓は本当に守るべきモノに気付かされ、決意を固めた表情で頷く。

 

《Account・Winning》

 

 ロインクロスを装着、起動音が鳴る。

 

《Winning》

 

 イートリッジを起動させ、ロインクロスに装填。ベルトの横にセットされているブートトリガーを顔の横に掲げる。

 

「もう迷わない……変身!!」

 

 ブートトリガーをロインクロスにセットして引き金を引く。

 

《Change・Winning》

 

 ロインクロスから発生した粒子が楓の身を包み強化装甲を形成する。そして楓は、仮面ライダーに変身する。と、ライダーの決意を鼓舞する様に突風が発生する。

 楓が変身したその姿に周りの野次馬がどよめく。

 やはりか、と武蔵が呟く。このままでは避難の済んでいない人々の混乱を招いてしまう。が、それよりも

優先すべき事が山積みだ。

 

 ライダーがスネークと勇太郎の戦いに加わる。何とか勇太郎の猛攻をかわして間合いを取ったスネークに蹴りを見舞って勇太郎の横に並ぶ。

 

「おっ、楓! その姿が噂のヒーロー、仮面ライダーか!」

 

 何故勇太郎がライダーを知っているのか、それら彼の事について問い質したい事は沢山あるが、それよりも楓は、スネークに意識を向ける。

 

「何だか良く分かんないけど…君が本当に勇太郎なら、協力してくれ」

 

 勇太郎はぐっと親指を上げる。ラフムに表情は無いが、微笑んでいる様にも見えた。

 それを了解と取り、楓もサムズアップをする。

 

 スネークがこちらへ突進してくる。どうやら今回は喋らないラフム、墨田の言葉を借りるなら、”ビルダー”と呼ばれる個体。

 スネークは己の肢体を伸ばし、まさしく蛇の様に体をうねらせて勇太郎に襲い掛かる。そのスピードは先程とは比べ物にならない速さだ。瞬く間に勇太郎に巻き付いて、体を締め付ける。

 

「ぐっ…」

「勇太郎!」

 

 体からぎりぎりと音を立てながら勇太郎が締め付けられる。ライダーは咄嗟にブートトリガーをロインクロスから外し、バレットナックルに装着する。こうして完成した武装状態のバレットナックルでスネークに銃撃する。だが、スネークの特殊な体表は弾丸を弾いてしまった。驚く間も無くライダーはバレットナックルの下部に据え付けられている刃でスネークを切り裂く。しかし歯が立たない。いくら刃を叩きつけても一切のダメージにならず、依然として勇太郎の体に自由は戻らない。

 と、いきなり勇太郎があっ、と声を漏らす。

 

「良い事思い付いた。楓、離れてろ」

 

 勇太郎がそう言うので、ライダーはその場から距離を置く。すると、勇太郎は腹の底から唸り声を上げ、拳を握り締める。勇太郎の体が震え出すと、彼の周りを陽炎が覆い始める。それを見て何かに気付いたライダーは、機動隊含め周囲の人々に退避する様促す。皆が離れた頃には勇太郎の体から炎が出始めていて、スネークも非常に苦しそうに唸っていた。

 

「蛇は変温生物、一旦熱くなるとどうにもならねぇ。これがラフムに通用するかは分かんなかったけどよ…中々効く様じゃねぇか」

「どんなものでも燃やされたらひとたまりも無いか!そらそうだ!」

 

 勇太郎は自身を燃えたぎらせながらスネークを皮肉る。そこまで言われてスネークは躍起になり、未だ勇太郎を絞め続ける。が、それも長く持たない。勇太郎の体の炎が彼の全身を覆うと、体を中心にして爆発が起こった。

 

「―――ッ!!」

 

 スネークが声にならない叫びと共に吹き飛ばされる。その規格外の熱量によって勇太郎に巻き付いていた面は真っ黒く焦げ付いている。が、この技を使った勇太郎のダメージも大きく、その場にしゃがみ込む。

 

「はぁ…はぁ…楓、後は頼んだぜ!」

「任せろ!」

 

 ライダーはバレットナックルに装着されているブートトリガーをもう一度ロインクロスにセットし、ブートトリガーの引き金を一回引く。

 

「とどめだ、最小限の力で討つ!」

《Winnig・Attack》

 

 もう一度ブートトリガーをバレットナックルに装着し、風を纏わせる。竜巻の様に螺旋を描いてバレットナックルの周りを回る風が先端を鋭利にさせ、ドリルの様な形を形成する。

 そして、ドリル状になった風をスネークに叩き付ける。螺旋はスネークに当たると同時に強い風を巻き起こして威力を増す。その一撃でスネークの体は粒子になって砕け散り、元の男性の姿を形成する。

 残存した粒子はやがて一点に集まり、イ―トリッジとなる。

 ライダーが変身を解除すると、周りから拍手喝采が聞こえて来る。

 

「良くやったぞ!」

「ヒーロー!」

 

 皆からの歓声を受けて、楓は照れながら会釈をする。と、同じく人間の姿に戻る勇太郎の方を向く。

 

「勇太郎……? 説明、してもらおうか」

 

 勇太郎は軽くオーケー、と返して自らが乗っていたバイクにまたがり、楓のバイクを指す。

 

「お前も乗ってんだろ、一緒に行こうぜ」

「…うん」

 

 何故あの時死んで、行方不明だった勇太郎が今こうやって目の前にいるのか。分からない事だらけだが、楓は満面の笑みを浮かべていた。それが幻かも知れないとしても、最高の親友とまた会えた事がたまらなく嬉しいのだ。

 まだ解くべき謎、打破すべき問題は山積みだが、勇太郎がいるなら、と楓は心の中で自らを奮い立たせ、バイクを発進させる。

 

――

 

「―――”バーン”がバディ本部と合流しましたか…」

 

 どこかとも知れない豪邸の居間にて、少女が紅茶を飲みながら呟く。彼女の付きと思われる男性がはっ、と相槌を打つ。

 少女は紅茶を皿に置くと、居間の窓から見える青空に視線を置く。

 少女の眼差しは、虚空を見る様で、何か違う物を見ている様だった。



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#13 追憶

 バディ本部に案内された勇太郎はすぐ聴取室に案内された。彼の状況には不明瞭な点が多い。それに関してはそこにいる誰よりも楓が気になっている事は言わずとも目に見えた。なので長官は聴取を楓に任せて勇太郎に説明を求めた。

 

「それじゃあ聴取を始めるね。聞きたい事はまとめてあるから、素直に話して」

 

 楓の解説に勇太郎は快く返事をする。

 

「取り敢えずラフムになった経緯から話して欲しい」

 

 勇太郎は自分の身に起きた事の全容を洗いざらい話した。その内容は―――。

 

――

 

「……一体、何なんだ」

 

 あの日ラフムに殺害された筈の勇太郎は、気付くと、噛み千切られた体が元に戻っており、不思議に思いつつも電気の消えた部屋を見回した。そこには楓の両親だったモノが横たわっているだけで、楓の姿は見えなかった。しばらくそこで呆然としていると、奇妙な形の怪物らが家の中に入って来た。

 

「お、お前ら、何だよ!」

 

 その怪物ら、蟻の様な姿の異形達は何も言葉を発さず、勇太郎の姿を凝視しているだけだった。その姿に勇太郎はただ絶句する。一体自分の身に何が起きているのか。全く分からず、ただ、本能だけが囁く。”逃げろ”と。

 

「う…うわぁぁぁああぁあッ!!」

 

 鳴咽と共に叫びながら勇太郎はその場から逃げ出す。競争に自信を持っていた勇太郎は今はただ自分の足だけが頼りだった。今までに無い足の軽やかと速さを感じる。それはラフムの特徴ではあるが、勇太郎はただ、本能とだけ考えて、走る事にのみ集中した。

 とにかくアイツらから逃げなくては。それだけを考えて、道をひた走る。街灯さえ消えた深夜。黒く染まった眼前の景色に黒光りする人影が見えて来た。それが何なのか勇太郎はすぐに察した。

 先程の蟻型の怪物。奴らは勇太郎を先回りしていたのだ。

 それを見た勇太郎は絶望と恐怖から一気に足の力が抜ける。

 

「あ、あ、あぁ」

 

 どんどんと近付いて来る怪物に後ずさりする。それでも怪物は近付いて来る。次第に勇太郎の目から涙がこぼれて来る。もう声も出ない。息が出来ない。

 怪物は勇太郎の目の前まで来ると、そこで勇太郎は意識を失ってしまった。

 

 勇太郎が目を覚ますと、そこは車の中の様だった。ベッドに拘束されたまま、揺られている。まるで映画か何かの様な状況、取り敢えず今の状況を整理する。親友である楓家族と食事を共にしていたら、突然怪物が襲って来て、楓の両親を惨殺し、重傷を負った楓の眼前で自分は食われた筈だったが今まさしく生きている。そして再び怪物の襲撃を受けて、車の後部と思われる密室の中で拘束されている。

 

(もしかして俺、何だか変な力でも身に付けたか)

 

 そう思うと辻褄の合う部分は多い。それで、それが判明したところでどうすれば良いのか分からない。取り敢えずこの拘束を”力”で外せないか、と腕に力を込め奮闘してみる。すると、徐々に拘束具を固定している部分が音を立てながら裂け始める。驚きながらもさらに力を込める。しばらくすると、手首を覆う拘束具が外れる。その要領で足に取り付けられた拘束も外す。

 やっと体が自由になり、腕を回して、溜め息を吐く。

 

「これからどうするか…」

 

 勇太郎は辺りを見回すと、光が縦に伸び、差し込んでいる。それはまさしく扉から漏れ出る光の様だった。そこからここがコンテナの中なのだとはっきり分かった。

 

「取り敢えずここからの脱出を試み―――」

 

 勇太郎が扉に近づこうとした途端、頭上から鈍く、大きい音が聞こえた。まるで何かが上空から着地した様な…。

 上に視線を向け、大きく盛り上がった天井を見ていると、そこから刃が出て来て、天井を丸の形に切り取る。と、そこからタキシード姿の男性が降りて来た。

 

「勇太郎様…ご自分で拘束を外されたのですね。さぁ、私達と共に」

 

 勇太郎の前で片膝を立て屈んだそのタキシード姿の男が深く頭を下げる。

 

「おい、一体どうなってんだ? 俺は自分のこの状況すら飲み込めて無いんだぞ…ッ!?」

 

 勇太郎が言葉を終わらせる前に車が大きく回転しながら急停車する。どうやらこちらでの異変に気付いたのだろう。

 間も無く扉が大きく開け放たれ、久々の直射日光に目を眩ませる。目を閉じると、声のみが自分の耳に伝わって来る。

 

「まずい! 被検体十二号が逃走を図っているじゃない!」

「止めさせはしませんよ」

 

 女性と、先程のタキシードの声が交錯する。その直後、刃の交わる様な金属音が鳴り響いた。やっと光に慣れ、目を開ける。するとそこには、白と焦げ茶、二体の怪物のつばぜり合いが繰り広がっていた。

 

「!? …なんだこれ!?」

 

 目の前で起こっている事に勇太郎は戸惑いを隠せない。それも当然だ。昨日まで平穏な日常を送っていた彼がいきなり怪物同士の戦場にいるのだから。現実を疑うのも訳無い。

 

「夢かなんかか? でもこの感覚は現実みてぇだし、それと俺のあの馬鹿力……あぁもう分かんねぇよッ!!」

 

 勇太郎が頭を掻きながら叫んでいると、一方の怪物が勇太郎の名を呼び、逃げる様促す。その声はくぐもってはいるが、どうやらタキシードらしい。もう頭は混乱しているが、とにかく今は逃げるしか無い。無人となっているトラックの運転席に乗り、逃走する。

 

 トラックに搭載されているカーナビを見ると、ここはどうやら京都府の嵯峨辺りだった。いつの間にこんな所まで連れ去られたんだ、と悪態を交えて呟く。それよりも、だ。

 自分のこの力は一体何なのか。そしてあの良く分からない怪物共は何故自分を運んでいたのか。

 

「分かんねぇよ、何にも!」

 

 腹いせに車のクラクションを高らかに鳴らす。次第に眉間にしわが寄る。自分がこれからどうすれば良いのかさえ分からない。ただ道なりにまっすぐ進むしか無い。大阪方面に向かってただ走るだけだ。

 一体どれだけ走り続けただろうか。普通車免許を持っていない事に気付いてはや一時間。ゲームセンターのレーシングゲームでの記憶のみで走り続けている為、いつ事故が起きるか分からない。一体何度ガードレールに激突しそうになったのかは分からない。だが、何故か警察は追って来ない。それどころか、いつの間にか車の走行音すらしない。

 確かに都市から離れた場所にあるのは分かるが、京都から大阪へ向かう道路だ。誰もいないのはおかしい。勇太郎はふと運転席上部に取り付けられたミラーを覗く。と、そこには想像を絶する光景が広がっていた。

 

 先程の怪物二体が自分の真後ろで戦っている為に車の一つも通らず、通行しようとする車は戦闘に巻き込まれて吹き飛ばされていたのだった。

 運転に集中していて気付かなかった。自分のすぐ後ろに広がる惨状と迫る怪物。まさしく最悪と言える状況に誤ってハンドル操作が狂う。

 その事に気付いた瞬間、勇太郎の駆る車両に車の破片が押し迫る。

 

(―――死ぬ!)

 

――

 

勇太郎が気付くと、そこはベッドの上だった。起き上ると、そのそばには先程のタキシードがいた。

 

「おはようございます、勇太郎様」

「あ…おはよっす」

 

適当な挨拶を済ませると、タキシードはベッドの横にある棚に置かれているオレンジ色の端末を勇太郎に渡す。

 

「単刀直入に申し上げます。勇太郎様、あなたはあの怪物、ラフムになりました」

 

 勇太郎は目を丸くしては? と返す。無論受け入れられる訳が無い。

 

「その端末はあなたの力を凝縮させたエネルギー、エレメンタル・カートリッジ。あなたがラフムになった証です」

「なんなんだ藪から棒に…そんな事を言われて信じられっか!」

 

 痛む頭をさすりながら勇太郎が叫ぶ。

 

「あなたは信じる事になりますわ」

 

 少女の声が聞こえる。ベッドがある寝室であろう部屋の扉の奥からだ。

 勇太郎がその方向へ向くと、声の通りの少女が姿を現した。

 

「火島勇太郎…いいえ、”バーン”」



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#14 新生

「それでどうなったの?」

 

 楓が嬉々としながら勇太郎に問う。その姿はまるで絵本を読み聞かされている子供の様だった。そして、一方の勇太郎は含みを持たせて物語風に語る姿はまるで読み聞かせる老夫だ。

 だが、説明している実情はそう言う程穏やかではない。

 ラフムに襲われて離れ離れになった楓と勇太郎。楓はバディで仮面ライダーとして戦っていた。が、その頃勇太郎はティアマトに拉致されていたところを、謎のタキシードと少女に救われた。

 一体彼らが何者なのか、そして勇太郎はどうしていたのか。楓は自らの親友の知られざるエピソードに無論興味が湧いた。

 

「しゃーねーなー、続きから話すぜ」

 

 勇太郎は息を大きく吐くと、再び語り始める。

 

――

 

「バーン? なんだよソレ」

「あなたがラフムとして新生した名です。バーンラフム。それがあなたの”正義の仮面”」

 

 少女の言う”正義の仮面”。そんな洒落た言い方に勇太郎はあまり好色を示さなかったが、彼女の言わんとする事は分かった。

 勇太郎自身は怪物になったが、それでも誰かの為に、正義の為に戦えると言う事だろう。

 怪物と言う仮面を以て怪物と戦えと、そう言いたいのだと勇太郎は察し、改めて自分の置かれた状況を考える。

 

「……俺が怪物、ラフムになったのには何か意味があるのか?」

「ラフムを生み出し、殺人を繰り返す組織、ティアマト。彼らはあなたのスペックを見込んで怪物に仕立て上げ、自らの強力な傀儡として暴れさせるつもりでした。ですがあなたは我々と共にいる、そしてその意志をあなたの物としている」

 

 タキシードがそう告げると勇太郎が握っている端末、イ―トリッジを指差す。

 

「そのイ―トリッジを起動した時、イ―トリッジがあなたに戦う力をもたらします」 

 

 それを聞いて神妙な面持ちで勇太郎はイ―トリッジを見つめる。

 

「俺が…戦う?」

 

 さっぱり分からない。楓一家との団欒(だんらん)の時を怪物に滅茶苦茶にされたあげく自分も怪物になり、戦えだなんて…。

 

「俺には無理だ。いきなり戦えなんて言われたって…俺にはもう守るモノなんて無いし」

 

 あの時殺害された親友の事を思い出す。本当に大切な存在はもういない。

 

「あなたにとって守るべき人、ですか……あの時一緒にいた青年ですか?」

「! 知っているのか!?」

 

 思わずその場で飛び起きて勇太郎は少女の肩を掴んだ。

 

「あの時俺と一緒にいた、楓を…知っているのか!?」

 

 少女は神妙な面持ちで頷くと、楓の状況を説明する。

 

「彼は今ラフムと戦う戦士、仮面ライダーとなってその使命に燃えています。そして、申し遅れましたが私達は彼ら、対異形部隊バディの協力者……」

「”御剣家(みつるぎけ)”とお呼び下さい」

 

 勇太郎は楓が生きていた事にこれ以上と無い喜びを覚える。さらに今目の前の少女らが楓の協力者と知れば、彼の行動は早かった。

 

「アンタ達が本当に楓に協力しているなら、俺を楓に会わせられるんだな?」

「勿論ですわ。ただ、霧島楓…ウイニングは現在ラフムとの戦闘任務を行っています。そしてあなたはラフム。この意味がお分かりでしょうか」

 

 少女の問いに勇太郎は慄いた。彼女の言葉が意味する事とはつまり―――。

 

「俺も楓に倒される、って事だな?」

 

 筆舌し難い痛烈な表情で答えた勇太郎に、少女は呆気に取られた様な顔を浮かべた後、ふふ、と微笑む。

 

「何がおかしいッ!?」

「いえ、私の言い方が悪かったのですわ。申し訳ありません。先程の言葉の意味、ラフムでありながら自我を保つあなたは、ウイニングの助けになれる、と言う事ですわ」

 

 それを聞いた勇太郎は開いた口が塞がらない。確かに、協力出来るなら嬉しいが、まさか自分がラフムである事が許されるのか、と考えを巡らせる。

 

「俺はラフム、の筈だろ? 何で協力出来るんだよ?」

「それは―――」

 

 少女がそこまで言い掛けて口を押さえる。が、勇太郎は微笑んで少女の肩に手を乗せる。

 

「心配するな。大体分かってる―――楓も、ラフムなんだろ?」

 

 勇太郎が困った様な顔で肩をすくめる。

 

「なんか分かるんだよアイツの事。腐れ縁ってヤツか。それより楓が無事なら…生きてるなら…また会いたいんだ! アイツがどこかで頑張ってるなら一緒にいて支えてやりてえんだ!」

 

 次第に彼の目から涙がこぼれて来る。イ―トリッジを強く握って、ベッドの上で正座を組んだ。

 

「楓の為なら俺は何だってする…だから、どうか楓に会わせてくれ!!」

 

 勇太郎はその懇願と共に土下座する。それを見て少女はこく、と頷いてタキシードに何かを命じると

 

「承知致しました。私御剣 吹雪(みつるぎ ふぶき)の名の元に、勇太郎、あなたを御剣家使用人と認めます。これからよろしくお願い致します」

「使用人?」

「私に仕えながらラフムを討つ者とお思い下さいませ。そして勇太郎。あなたは霧島楓のいるバディへの派遣としてここ、福岡県天神から東京まで行って貰います」

 

 話があまりにもいきなり過ぎる、と突っ込みたい気持ちを抑え、勇太郎は彼女、吹雪の言葉に従った。

 

 それからと言うもの、楓の力となるため、そして自らの力を理解する為の特訓が始まった。タキシード―――風露(ふうろ)と呼ばれている男は、自らの力を制御し、ティアマトを裏切った人工的なラフム、いわゆるビルダーだった。その為勇太郎にとっては良い相手になった。その指導の成果か勇太郎の戦闘能力は見る見る内に上達していった。やがて自分がラフムである事の意味を説く様になると、さらにその才覚を光らせ始めた。

 

「なあ風露さん(師匠)、最近俺がラフムである事が誇らしくなってきたんだぜ」

 

 それは何故? と純粋な興味で風露が問う。すると勇太郎はにひっ、と右の口角を思い切り上げて笑った。

 

「楓を助けられるから、だよ」

 

 そしていつしか勇太郎は師匠として教えを乞うてきた風露を負かす程に成長した。それを認めた吹雪の令によって楓の元へ向かう事になった。

 

――

 

「途中寄った横浜でラフムの記事を見てよー。それでまさかと思ってこっちまで急いで来た訳だ。無事で何よりだ」

 

 聴取室。勇太郎が話を終えると、楓は腕で目を覆って咽び泣いていた。

 

「良かった、良かったよお! 勇太郎……」

「ああ。俺も、良かった。またお前に会えたんだからな」

 

 二人はお互い机越しに向かい合うと、堅い握手を交わした。

 

「これからは俺も一緒だ、楓」

「心強いよ、勇太郎!」

 

 と、聴取室の扉がノックされる、それから間も無く扉が開かれると、長官が入って来た。

 

「失礼するよ。君がバーンラフム…火島勇太郎君だね?」

 

 勇太郎がああ、と首を縦に振ると、長官は微笑みを崩さず、用意されていた予備のパイプ椅子を取り出して腰掛けた。

 

「話は御剣家から聞いたよ。君を正式なバディのメンバーとして認めます。これからよろしくね、火島君」

 

 そう言うと長官は勇太郎へ手を差し伸べる。

 

「ようこそ、Break Against DYsplasiamonster、バディへ。そしてこの握手は君がラフムと戦う戦士である事を承認する”契約”だ」

 

 長官は先程とは打って変わって険しい表情で楓の時と同じ注訳をする。それに対し勇太郎は迷う事無く握手を交わす。

 

「俺はその為に来たんだ。今更そんな事言われなくったって万事OKだぜ、長官」

 

 勇太郎が不敵な笑みを浮かべる。それに応える様に長官も微笑む。

 

――

 

 事情聴取は終了し、勇太郎は解放されると同時にバディ職員用のマンションでの生活手続きが進められた。正式にバディの一員として認められた勇太郎はこれから新しい力として活躍していく事となる。

 そしてこの慌ただしい一日の最後、再会した親友同士はマンションの屋上で夜空を見上げていた。

 

「僕達はこんな形で再会したけれど、また会えたんだ。あの時、全てを失ったと思っていたのにね」

「全くだな。奇跡としか言い様が無いぜ」

「これから、僕らはラフムと戦っていく事になる。もう僕達みたいな人を生み出しちゃいけないんだ」

 

 勇太郎は何も言わず頷く。

 二人の眼前に広がる夜景。様々な色の光。人の営み。

 これを楓達は絶対に守らなくてはいけない。

 

 新たな、そして懐かしき仲間と共に、楓は新たな戦いへの覚悟を決めた。



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#15 協力

 楓と勇太郎は久々に二人で大学へ通学していた。一週間前生徒に撮影されたラフム、そしてライダーに変身した映像はネットに公開された分は全て削除され、ハッカーらの尽力によって生徒らのスマホに残っていた撮影データも全て消去されていた。その為例の件は証拠を持たない都市伝説と化してしまった。

 仮面ライダーやラフムの存在は今後政府によって公開されるので問題無いが、その変身者である楓達の個人情報が漏洩してしまった場合、この大学に通う人々がティアマトに狙われるのは想像に容易い。

 それを回避する為にも今、情報を漏らす訳には行かないのである。

 

 だが、大学の生徒らは確かに双の目で彼らの”姿”を見たのだ。当然ながら人の記憶は改竄出来ない。故にあの時の事を覚えている者が多くいたのだ。

 その為にラフムやライダーの事を言及する輩がいる事を誰もが懸念したが、大学に行く事を選択したのは楓だった。

 その理由は、簡潔に言うなら一般人の疑念を晴らす為。そして、二人の通学と同時に総理からのラフム、そしてバディに関する記者会見となる。そして、その会見を開く場所として二人の通う東城大学の講堂を使うのだ。

 この件に関して藤村は難色を示したがそれに関して総理から直々の指令があった為に無く無く承諾せざるを得なかった。

 

「―――お前らが例のヒーローなんだってな!」

 

 授業の合間、楓と勇太郎の前に現れた生徒がふと言う。ネットでは二人が怪物と戦うヒーローとして噂になっていた。無論その一部始終を見ていた彼らは二人を囲んで質問攻めにする。困った楓は頭をかいた後、何かを思い付いたのか紙にペンで”以後説明します”と書いて置いておく。そうして突っ伏していると、何かを察した様に皆が離れて行く。恐らく気を遣っているのだろうが、やはり畏怖もあるのだろう。

 

「寂しいのか、楓?」

「ううん。ただ、僕らの事を皆は誤解していると思って…僕のラフム、御茶ノ水で暴走したんだけど、あの時の姿を皆は敵だと思ってるし」

 

 そうか、と勇太郎が呟く。

 

「楓、まさか皆を騙してるかも、なんて思ってないよな?」

「ぎくっ」

 

 図星だった。楓は自分の正体を他人に隠す事に引け目を感じていた。無二の親友である勇太郎にはお見通しだった様で擬音を口に出す程に焦っていた。

 

「…あはは、その通りだね。僕嘘とかつけないタイプだからさ…いつか僕がラフム、怪物である事が皆にバレたらどうしようって思っちゃって」

 

 眉を八の字にして楓は笑顔を取り繕う。その笑顔が楓自身にとって気持ちの良い物では無い事はすぐに理解出来る。だからこそ勇太郎は彼を支えようと真っ先に考える。

 

「大丈夫だ。俺達が正義の味方である限り、俺達の味方になる正義がある筈だ。それを信じていればきっと皆と分かりあえるぜ!」

「勇太郎……」

 

 少しクサいな、と楓は思ったが勇太郎が自分に気を遣っている事は分かった。

 

「ありがとう、勇太郎」

 

 渡がにかっと歯をむき出しにして笑う。勇太郎も一緒に笑う。

 

――

 

 大学の講堂。多くの記者や見物の生徒、職員がごった返す中、総理、そして防衛大臣が会見の席にやって来る。

 今回発表される内容は”昨今話題とされる不明生態について”とされている。たったそれだけの情報で総理自らの発表となるので無論日本全てはおろか海外からも注目の集まる会見である。裏方に待機している楓と勇太郎は緊張から、用意されたパイプ椅子の上で体育座りをして膝を抱え震えている。

 

「俺人の前とか苦手なんだよー!」

「僕だって! テレビにも出た事無いのに!」

 

 二人が震えている内に会見は始まった。総理の口から語られたのは、ラフムと、それらを生み出すティアマトの存在。そして、ティアマトと立ち向かう正義のヒーロー。

 

「我々の日常の裏で人の生命を脅かす悪が存在していました。そして、悪ある所に正義があるのです。そう、それこそが正義のヒーロー、仮面ライダーです」

 

 総理がそう言うと、事前に用意されていた画像やデータが講堂の舞台に映し出される。その姿こそネットで噂されていた謎の仮面だった。

 記者らが感嘆の声と共にフラッシュを焚く。今まで隠されていた真実に言い様の無い情動を覚えるのは誰であろうと同じだ。

 

 と、楓と勇太郎の携帯がけたたましく鳴り出す。バディからの連絡だ。二人が同時に電話に出ると、本部に待機していた職員からの緊急発令がかかる。

 

 この大学にラフムが接近していると言うのだ。しかも敵は二体。同じ姿をした二体のラフムはジェミニラフムと呼称された。

 電話を切ると楓は即座に自分達の荷物からライドツールを取り出す。インカムを装着し本部との連絡状態を維持する。

 

「それで、敵の到着予想は!?」

「現在が午後十六時十八分、敵の到着まであと三分です!」

 

 それを聞いた楓が了解、と一言呟くと勇太郎と共に講堂に集まった人々を避難させ始める。多くの人が集まる中での避難である為三分でどこまで避難出来るか不安だったが、同時に到着していたバディ機動隊の誘導で何とか避難が済んだ。そして、それと同時に敵の影がこちらへ飛来してくる。

 フクロウの意匠のある二体のラフム、ジェミニAとジェミニBと仮呼称された敵が講堂の舞台目掛け着地する。機動隊らがラフムを迎撃している内に二人も舞台に上る。

 

「来たかラフムさんよぉ! 行くぜ楓!」

「分かった!」

《Account・Winning》

《Winning》

 勇太郎が身構え、楓は装着したロインクロスに起動済みのイ―トリッジを装填する。ブートトリガーを引き抜き大きく息を吸う。

 

「変身!」

《Change・Winning》

 

 楓を包み込む粒子が強化装甲を形成し、緑の戦士が姿を現した。

 

「正義を叫びライドする仮面の戦士! その名をまさしく…仮面ライダー!!」

 

 ライダーがラフムを指差し高らかに叫ぶ。

 

「俺も負けてらんねえな!」

 

 勇太郎が力み始めると、ライダーが彼の肩を軽く叩く。

 

「変身だよ変身。自分の力を解放して変化するから変身だ」

「変身? ああ、良いねソレ! 掛け声か……変身!」

 

《Burn》

 

 イ―トリッジを起動させ、その体をラフムの姿に変貌させる。

 

「変身かぁ…何だか勇気が湧いて来るぜ、その言葉!」

 

 二人が構えると、一斉にラフムへ立ち向かう。それと同時に機動隊が援護の手を更に強める。

 一方のジェミニラフム二体も二人を迎え撃つ。肩から生える翼を広げ、羽を射出する。ジェミニAとBのコンビネーションでライダーとバーンを囲む様に羽が展開される。

 

「全包囲攻撃か! こっちもコンビネーションで行くぞ!」

 

 バーンが体に炎を纏わせると、手の平に収束させ、放射する。

 

《Winning・Attack》

 

 一方ライダーはブートトリガーを一回引いてその力を解放する。体中から放出する風のエネルギーをバーンの炎へ向けて打ち放つ。すると炎は風を受けてその力を増し、二人を中心にして燃え盛る竜巻が発生する。その炎によって全包囲に張り巡らせられた羽が燃やし尽くされる。

 炎は羽を燃やした後、さらにラフムへ向かい、二体を一気に攻撃する。

 高火力の炎を食らったラフムは逆上し、フクロウの鳴き声を低くした様な異様な咆哮を上げ、二人に凄まじいスピードで接近する。

 ライダーは片方のA個体、バーンはもう片方のB個体に分断され戦闘を開始する。

 

 二体のラフムの空中からの攻撃、そしてそのスピードを活かした撹乱によって翻弄されてしまう。

 

「何の、これ位ウイニングの力で!」

《Winning・Crush》

 

 二回ブートトリガーを引く事で起動する二段階目の解放。足に風の力を纏わせて大きく跳躍する。そして、ジェミニA目掛けて上空からの力強いキックを見舞う。その攻撃が炸裂し、ジェミニAが爆散する。

 かの様に見えたが、爆発の煙の中からジェミニBの力を受けて復活するAが垣間見える。完全に復活し煙の中から姿を現したジェミニが咆哮を上げる。

 

「な、回復するだとォ!?」

「倒した筈なのに…どうすれば良いんだ―――!?」

 

 作戦を模索するライダーだったが、講堂の席の間に人が隠れているのが見えた。どうやら撮影をしていて逃げ遅れたらしい。

 

「大護さん、講堂の座席に逃げ遅れた人が!」

「何!?」

 

 ライダー装甲内部の連絡機器で機動隊長である武蔵に伝える。が、武蔵が保護するよりも早くジェミニBが人の存在に気付いてそちらへ飛翔する。

 

「うわあああああ!!」

 

 民間人の絶叫とラフムの雄叫びが講堂に響いた。



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#16 写真

「ねー河森君、こないだの怪物の動画見た?」

 

 楓らが通う大学の写真サークル。河森と呼ばれた青年、後にライダーとラフムの戦いに巻き込まれる彼は、自らの愛用している一眼レフカメラを手入れながら呼ばれた方を向く。

 彼を呼んだのは同じく写真サークルの同輩である少々派手な出で立ちの女性、境であった。

 

「ああ、あれか。俺も見たぞ」

「すごかったよねぇ、例のヒーロー。あたしもあのヒーロー撮ってみたいわ~」

 

 境があの時のヒーロー、巷で言われる仮面ライダーの姿を思い出して恍惚する。それを見た河森はばつが悪そうに肩をすくめる。

 

「何よ、ヒーローに憧れちゃ駄目っての?」

 

 勝気な性格の境は、気に触れるといつも高圧的な態度を見せる。それが災いして写真サークルには境と河森しか残っていない。かく言う河森も彼女の態度に不満は募るが、彼女の写真への愛は本物だ。河森も写真に対する情熱は彼女に引けを取らない。故に河森らはたった二人でサークルを運営しているのだ。

 

「それより境。今日はウチの大学で総理の会見が開かれるんだってな」

「ホント!?」

 

 境が食い付く。彼女はまごう事無くミーハーである。無論、河森もミーハーだ。二人はその情報に嬉々としながら講堂に向かう。

 

 二人が講堂に着く頃には辺りは多くの報道陣で込み合い、中の様子さえ見えない。

 

「これじゃ総理の姿が分かんないじゃない! 取材も撮影もあったモンじゃ無いわよ!」

「しょうがない。声だけ録音してくか」

 

 肩を落とし落胆する二人だったが、取り敢えず様子だけ伺う事にした。しばらく総理の話をマイクで録音する。と、慌ただしく叫ぶ青年の声が聞こえて来た。

 

「みんなー! 今すぐ逃げろーッ!」

 

 逃げろ? 姿の見えない彼の言っている事が分からない。が、政府の人間であろう黒服の男女達がそこにいる人々を安全な場所へ誘導し始めている。河森らも人の流れに飲まれてしまう。

 

「あっ、ちょっと、撮影が! 特ダネの予感がするのに!」

「境、何だか分かんねえけど逃げなきゃ」

「河森君は写真サークルとしての意地が無いの!?」

 

 境のその言葉に河森は心を打たれた。そうだ。自分達にも矜持がある。だが、境を巻き込む訳にもいかない。河森は腹をくくってよし、と呟く。

 

「俺が撮ってくるから境は逃げてくれ!」

 

 そう言うと境は少し不安そうな顔をするが、覚悟を決めた表情の河森を見て首を縦に振ると、人混みに入って避難する。

 

 

 河森はやっと空いた講堂の席に隠れて事の始終を撮影する。

 彼の握り締めるカメラのレンズに写っているのは、怪物と相対する青年二人。

 

(あれは教育学部の火島勇太郎…!? と、誰だ?)

 

 片方の青年はともかく、大学の有名人である勇太郎が怪物と戦っている。しかも、彼の目の前で、怪物に変貌したのだ。もう一方の青年も体に緑の鎧を纏う。

 

「こいつは大スクープだぞ」

 

 小声で呟きながらカメラをさらに回していく。

 が、その戦いが激化するにつれ、こちらにも衝撃波や瓦礫が飛んで来る。それにも構わず撮影していた河森だったが、目の前に瓦礫が飛来して来た。

 思わず退いた河森だったが、それが仇となって物音を立ててしまった。

 気付いて物陰に隠れたが時既に遅し。怪物に目を付けられた。

 青年らの抵抗も虚しく、二体いた怪物の内一体が目にも止まらぬ速さでこちらへ向かって来る。

 

「うわあああああ!!」

 

――

 

「まずいッ! 民間人が!!」

 

 勇太郎が叫ぶも惜しく、ジェミニBはカメラを持った青年に飛びかかる。

 楓と勇太郎が手を伸ばす。青年が目を瞑る。

 

 その刹那だった。

 

「……」

「お、オイ……」

 

 舞台でジェミニAと交戦していた二人が手を止めて絶句する。

 武蔵が青年を庇い、ジェミニBを押さえつけていた。

 言葉を発さないジェミニだが、ラフムの力を諸共せず立ち向かう武蔵に慄いている様だった。

 

「まるで俺の事怪物だって思ってるみたいじゃねぇか…」

 

 武蔵は歯を食い縛ってジェミニBを押し上げる。力負けしたジェミニBは、首を上下左右に振り回しながら暴れる。

 

「でもなぁ、怪物は…お前らの方だぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 その絶叫と共に武蔵はラフムを放り投げる。呆気に取られたジェミニBは、成す術無く舞台付近の椅子に落下し、転げ落ちる。

 目の前で怪物を”投げた”武蔵を間近で目撃した河森は、口を大きく開けてその場で縮こまっている。彼の存在を思い出した武蔵は避難を促す。それを受けた河森は流石に危ない為、体をふらつかせながら講堂から離れる。

 先程の背負い投げで疲労した武蔵が片膝をつく。その姿にジェミニAが仲間の仇と言わんばかりに襲い掛かる。再び交戦する体力を残さない彼に対してさらにジェミニBも再起して飛び立つ。

 

「大護さんッ!!」

 

 今度こそ武蔵の身が危険だ。ライダーは飛び出してブートトリガーの引き金を引く。

 

《Winnig・Attack》

 

 ウイニングイ―トリッジの内包する風のエネルギーを足に集中させ、跳躍する。

 一気に空中へ舞い上がると、二体のラフム目掛けその両拳を振るう。

 

「おりゃあああっ!」

 

 雄叫びとともにジェミニに風を纏った鉄拳を見舞う。その攻撃を食らった二体は地面へ落下する。が、自らの翼で浮上し、体をひねらせながら方向転換、武蔵に飛び掛かる。

 が、武蔵は待ってましたと言わんばかりの不敵な笑みで二体を待ち構えていた。その両手には念の為に携帯していた二丁の拳銃、その引き金を引く。

 繰り出された二発の弾丸は、丁度ジェミニA、Bの胸の中心に当たった。それによって二体は苦しむ様な嬌声を上げて勢い良く落下し、その場に転がり込む。

 

「!? さっきまでうんともすんとも言って無かった連中がいきなりやられた……」

 

 銃撃した武蔵ですらその光景に驚いているが、ライダーと同じくしてやって来たバーンが状況を推理する。

 

「こいつは多分…”同時に攻撃を受けたから”だ。このジェミニ共は二体同時に受けた攻撃しか受け付けない特殊なラフムなんだろうぜ。文字通り二人で一人か」

「そっか! そうと分かれば、やる事は一つだね」

 

 納得したライダーが手槌を打つと、バーンと拳同士を合わせる。

 と、ブートトリガーを二回引く。

 

《Winnig・Crash》

 

「ってオイ! 俺必殺技とかねーんだけど!?」

 

 バーンが戸惑うが、気合いで体の全身に炎を巡らせる。

 そして、二人が同時に飛び上がると、身動きの取れなくなったラフムへ、飛び蹴りを食らわせる。

 

「うおりゃーーーーーーーーーッ!!」

 

 ジェミニラフムへの同時攻撃。ライダーとバーンの絆が織り成すダブルキックが敵を殲滅する。

 

 ラフムとの戦闘で疲弊した武蔵だったが、立ち込める黒煙の中に入り、ジェミニラフムとなっていた人間を救出する為歩を進める。と、そこから人影が現れる。

 二人の男女を背負った楓と勇太郎。二人は作戦の成功に歓喜の笑みを浮かべていた。

 

――

 

 翌日。総理によるラフムとバディの概要について公表する会見が改めて行われ、”仮面ライダー”の存在が明るみに出た。それと同時に、大学の写真サークルの撮影した写真が掲示板に貼り出されていた。その周囲に多くの人だかりが出来ている。

 

 ”正義の味方仮面ライダー!”そう銘打たれた一枚の写真にはバーン、そしてウイニングの姿が映っていた。



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#17 会見

 総理による発表から五日後。バディ幹部、楓を除く実動部隊は緊急会見を開き、記者達の質問攻めに合っていた。この難しい質疑にバディ長官、長良は言葉を詰まらせながらも答えていく。

 

「―――ジブンジャーナルです、先日も例の怪物? ラフムと戦闘していた様なのですがその中で民間人に被害が出たとお聞きしたのですがどうなのですか?」

 

 一人の記者の質問。それは全くのデマであり、尾ヒレのついた情報であったが、明るみになったラフムの存在が人を混乱させ憶測を肥大化させているのは想像に容易い。が、そのデマを真実に修正するのは容易ではない。

 

「民間人に関しては戦闘の際、巻き込まれる事があるのは事実です。ですが、我々バディはその状況も想定し、負傷者を可能な限り減らせる様、細心の注意を払っています」

 

 長良が丁寧に説明する。

 

「逃げ遅れた方を保護する為の人員を配置し安全な誘導を徹底しています。絶対に無関係な人に危険を及ばせません」

 

 その言葉に嘘は無い、つもりだった。

 

「では、こちらの件はどの様に説明するのでしょうか?」

 

 先程の記者が手元のパソコンを操作し、全員にとある動画を共有する。

 それは、二人がジェミニと戦闘している映像であった。

 ジェミニが河森を襲撃するその瞬間が切り取られて流され、十秒と無い映像にその場の全員が唖然とした。

 

(そんな…偏向ってレベルじゃねぇぞ!)

 

 勇太郎が心の中で言葉を挟む。

 マスメディアは真実を伝える為の手段だ。だが、真実の為に虚偽を伝えるのが今目の前にある現状だ。勇太郎はラフムが許せないが、人々の不安を煽る様な事しか出来ない事もまた許せない。故に勇太郎は、不安を払拭出来ないでいる自分達にも嫌気が差す。

 

(こんな時に楓はどこ行ってるんだよ……)

 

――

 

 時を同じくして。バディの記者会見に出席していなかった楓は藤村と共に東城大学へ向かっていた。

 

「まさか霧島君と相乗りする事になるなんてね」

「しっかり掴まってて下さいよ、藤村さん。こちらも時間との争いなんです。僕だって家族以外で人を乗せるのは初めてなんだから」

 

 周りの車を避けながら”ただのバイク”を走らせる。

 

「ライドサイクロン、まだ直らないんですか?」

「焦らないの。今強化改修中なのよ」

 

 道中の暇つぶしと言わんばかりに藤村は現在修復しているライドサイクロンの状態を伝える。

 

「今までの霧島君の戦闘データとライドサイクロン制作時に培われた簡易イ―トリッジの技術を組み合わせて、仮面ライダー及び機動隊員の機動力と攻撃力を増加させる為のパワードスーツを作っているのよ」

 

 それ、バイクの話ですか? と楓が言葉を挟む。それに対して藤村は首を縦に振ってみせる。

 

「じゃあライドサイクロンはパワードスーツになっちゃうんですか!?」

 

 思わずバイクのブレーキを踏んで楓が問う。バイクが路肩に止められた事でようやくと言わんばかりに藤村が一息吐く。

 

「そこまではまだ試作段階だから分からないわ。ただ、ライドサイクロンを砲火攻撃可能な代物にするのは明白よ」

「うわあ……」

「まあ不服そうにしないで。貴方の意見も極力取り入れるから、ね?」

 

 楓は溜め息を吐くと、再びバイクを発進させる。

 

――

 

 東城大学、エントランス。

 

「…それで、ラフムと戦っている事と民間人を守っている事の証人として俺を呼んだと。状況は理解しましたよ」

 

 藤村と楓が大学に来た理由、それは先の戦いの証人である河森に会う事だった。追求を免れられないバディを擁護する意見、そして情報があれば記者らも無茶な暴論を慎むだろう。

 この事を伝えると河森は写真サークルに二人を案内すると境を呼ぶ。

 

「何よ、河森君。まだ写真の現像が終わってな…ええええええ!?」

 

 昔のカメラを入手し、嬉々として現像を進めていた境がエプロン姿で出て来たが、目の前に立つ仮面ライダー、楓に驚き、尻餅をつく。

 

 

「え? え? なんであの、仮面ライダーさんが?」

「俺は昨日の戦いに巻き込まれたからな、その時の情報と”擁護”が必要らしい」

 

 はーん、と境が目を細めて河森を睨む。まるでそれは羨望の様であった。

 

「ずるいわよ、河森君! あなただけ仮面ライダーと関わっちゃってさ!」

「…は?」

 

 河森の開いた口が塞がらない。境が何を言っているのか理解出来なかった。…いや、”理解した”。

 

「お前本当に羨ましいと思ってんのか?」

 

 ―――だとしたら筋違いだ。仮面ライダーはヒーローだ。間違い無く皆を守る戦士だ。

 しかし。目の前の彼は決してヒーローショ―をしている訳では無い。ましてや皆からもてはやされる為に戦っている訳でも無い。仮面ライダー、霧島楓の顔を見れば分かる。彼は楽しくて仮面ライダーと名乗っている訳ではない。

 彼には何か計り知れぬ思いがあって仮面と鎧に身を包み恐ろしい怪物と戦っている筈だ。それを境は、彼女は察する事が出来ずに芸能人か何かと勘違いした様な事を”ほざいている”。河森は考えれば考える程に苛立って来た。

 

「境、お前が俺を羨ましいと思ってんならそれはおかしい。お前は仮面ライダーを何も分かっちゃいない!」

「何よ、アンタは目の前で戦う所見てたからってさ―――」

「僕はそんな格好良いモノじゃないッ!!」

 

 サークルの部屋に静寂が走る。楓の怒号で空気が一気に静まる。

 

「……」

 

 境が押し黙ると、急に部屋を飛び出した。

 

「おい境!」

 

 彼女を止める河森の声も届かず、強くドアを閉める音が響く。しばらく誰も言葉を発さず、まるで時間が止まった様だった。この静まり返った空間を打ち破ったのは、楓が装着していたインカムからの通信だった。

 インカムの通信、それは即ちバディからの連絡だった。

 

「二分前にラフム出現! 場所は東京都文京区駒込、駒込公園! 今すぐ急行して下さいッ!」

 かなり緊迫した様子だ。しかもその場所はここからすぐ近く。楓は持ち運んでいたライドツールを持って

部屋を後にしようとして立ち止る。

 

「藤村さんは河森先輩を連れて会見へ行って下さい!」

「待ってくれ! 今ラフムがいるところに多分アイツが…境がいる」

 

 楓の息が詰まる。飛び出していった境は気が沈むと必ず駒込公園に行くそうだ。

 

「…分かりました、全力で助けます。勿論そこにいる全ての人を」

「頼んだぞ、”仮面ライダー”」

「―――つか仮面ライダーお前、後輩だったのかよ!?」

 

 楓が苦笑いしながら頷くと、すぐに走り出した。

 

――

 

「今回現れたラフムはコードネーム”ローズラフム”!(いばら)状の(ムチ)を使います!」

「現在重軽傷者二十二名、死者は出ていません!」

 

 逐一ラフムの情報がインカムを通じて流れて行く。

 

「絶対に助けるッ!」

 

 楓がライドツールのアタッシュを走りながら開き、ライドツールを放り投げる。

 空中に四散したライドツールをロインクロス、ホルダー、バレットナックルの順に装着していく。

 

《Account・Winning》

《Winning》

 

 ロインクロスとウイニングイ―トリッジを起動させ、ロインクロスに装填するとバレットナックルの持ち手を兼ねた起動パーツ、ブートトリガーを取り外し、掲げる。

 

「変身!」

 

 ブートトリガーをロインクロスに装着、引き金を引く。

 

《Change・Winnig》

 

 粒子が楓を包み、フレームボディを形成、さらに発生した緑の鎧が重なり、仮面となる。

 マフラーが風を拾い、体中に力がみなぎる。

 

 ラフムの暴れている駒込公園に到着した仮面ライダーは、逃げ遅れた境に鞭を伸ばすローズラフムの間に挟まり、その攻撃を防ぐ。

 

「正義を叫びライドする仮面の戦士! その名をまさしく、仮面ライダー!」

 

「これ以上人を傷付けるな…!」

 

 ローズに対峙するライダーの背中を見て、境は言葉を失う。

 河森の予想通りここに来ていた境は、恐怖の余り動けなくなっていた。

 

「か…仮面ライダー……」

「境先輩、無事で良かった。なるべく遠くに逃げて下さい」

「足が…動かない……」

 

 言葉の詰まる境を見て、ライダーはローズの鞭を振り払って蹴りによって退けると、彼女を背負って全速力でその場から離れる。風の力を持ったウイニングフォームはその敏捷性が特徴である。その機動によって境を逃がす。が…。

 

「ぐあああっ!!」

 

 折角の獲物を逃さんとするローズの鞭がライダーの鎖骨周辺を背中から一直線に貫いていた。目の前で傷付き、砕け散った装甲の粒子が噴出する光景に境は甲高い叫びを上げる。

 

「ッ……大丈夫だから、境先輩も勇気を出して、逃げて…」

 

 ライダーは茨状になり周囲に棘が配置された鞭を引き抜く。棘が引っかかり抜くだけで体力と精神力が奪われる。

 

「ライダー…どうして……」

「例え傷付いても、人々を守る…それが仮面ライダーだからッ!」

 

 鞭を引き抜いたライダーは境を庇う様にしてローズに立ちはだかる。

 

「ここは絶対に行かせない!」



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#18 暴走

 仮面ライダーとローズラフムの戦闘が始まる少し前。

 バディによる記者会見。

 その内容はラフムと呼ばれる猟奇殺人を行う怪物の存在とそれらを操る組織”ティアマト”の説明に始まり、ラフムに対抗して極秘裏に開発された強化パワードスーツをメインとしたシステム”ライドツール”と対ラフム組織”バディ”の解説。無論ティアマトに情報が漏洩しない様に秘匿する部分は少なからずあるが、現状公開出来うる全ての情報を開示し、一般市民の不安を払拭せんと努めた。

 ―――が、しかし。

 

 

 一人の記者による被害者発生に関する、手ずから編集した動画を用いた追求―――と言うにはあまりにも偏向した悪辣な問い詰め。

 人類の敵であるラフムとバディとの関与。ハッキリと言ってしまえば長良の説明は一般人を納得させるには現実離れし過ぎている。

 

「……それは―――」

 

 長良が口を開いたその時、会見ホール全体にバディ本部から連絡が入る。

 それはラフムと仮面ライダーが戦っているとの報であった。それに、その戦闘の情報は民間人がSNSでライブ中継をしていると言うのだ。

 各々が手持ちのパソコンでその映像を見る。無論バディの面々も視聴する。

 ウイニングと薔薇の意匠を持つラフムとの戦闘映像。そして、撮影者の声が混じる。

 

「ライダーは…私を助ける為に傷付きながら戦ってる!戦っているの!」

 

 撮影者―――境の声と共に目の前で繰り広げられるライダーの戦い。

 貫かれた装甲から流れ出る鮮血に塗れながら仮面の戦士が拳を振るう。

 痛みで喉から流れ出る声、吐瀉を交えた荒い息。

 彼の戦に会見の場にいる者、バディ、これを見ている全ての人が絶句する。

 

「…僕が、守るんだ……世界を、人をッ!!」

 

 痛いだろう。苦しいだろう。生きているかさえ分からない傷を負った戦士の奮闘で公園にいた人々は無傷で逃げられた。後はあの仇敵を倒すだけ―――だが。

 

(何かがおかしい、楓…どうしたんだ?)

 

 体を激しく奮わせ、体の重心もおぼつかないままラフムに立ち向かっている。その姿に勇太郎は違和感を覚える。

 仮面ライダー―――楓の戦いは知識と発想で際限無い力を発揮する言わば”頭脳戦”だ。

 それが今戦っている楓はただ相手に体をぶつける様な消耗戦を繰り広げている。

 

 すると、敵ラフム、ローズの鞭を胴体に受け、倒れ込む。その光景に思わず報道陣もあっ、と声を出す。

 

「長官、俺行って来ます!」

 

 そう言って飛び出そうとする勇太郎を長官が静止する。

 

「待ってくれ、火島君。霧島君を、信じてみよう」

「長官……」

 

 勇太郎は目を瞑って押し黙ると、そのまま着席する。

 

「―――頑張れ……頑張れ、”仮面ライダー”!」

 

 勇太郎が応援する。

 その声が彼に届くはずが無い。だが、思いが繋いでいくモノはある。

 

――

 

 楓は先程まで意識を失っていた。過去最大の強敵、ローズラフムの連撃に我を忘れていた。気付けば体はボロボロ、立っているのが不思議だ。

 意識が戻ってから不意と体を見回している内に、装甲が粒子の様に消えて行く。

 変身が解除しているのだ。

 

「ちょ…嘘で」

 

 嘘でしょ、と呟こうとしたその時、ローズの鞭が腹部を貫く。鋭い茨が腹の中で内臓を引き裂き、かき混ぜる。

 またも意識が遠のく。痛い。辛い。怖い。

 

 どんなに強靭な体となっても、死を恐れる気持ちは変わらない。”あの日”の別れを思い出す。終わりなんて呆気無くて絶望的だと、そう感じた死の瞬間が頭によぎる。

 

 体に再び粒子が纏う。強い力が体中を覆う。

 その姿は―――怪物(ラフム)

 

 彼の変わり果てた姿を目にした報道陣がざわめく。その姿はかつて人々に襲い掛かろうとして謎の車に格納された”御茶ノ水の怪物”。

 獣の咆哮が見る者の耳をつんざく。鼓膜に響き渡る振動がおぞましい怪物への恐怖を後押しする。

 

「仮面ライダーがあの怪物…ッ!?」

 

 日本中の街頭ニュースに速報が流れる。そこには境の映像が映し出され、仮面ライダーがラフムに変貌する一部始終が捉えられていた。

 戸惑う報道陣に、焦燥感と不安に掻き立てられた勇太郎がマイクを手に取り、口を開く。

 

「例えラフムの姿だとしても!!」

 

 獣の咆哮を覆い隠す程の大声にその場の全員が勇太郎に注目する。

 

「会見の場を荒らす様で申し訳ありません。ですが、今の状況を見て、俺には言わなければならない事があります。人々を守る戦士の姿が例えどんなに醜くても、彼の……コード・ウイニングラフムの中にある、人を守りたい、これ以上自分と同じ姿の醜悪な”バケモノ”を増やしたくないと思っているんです!」

 

 勇太郎を見る報道陣の表情は、以前の御茶ノ水でのラフム被害を想起している様に見えた。それを理解し勇太郎は再度言葉を紡ぐ。

 

「今の彼の姿を恐れる人もいるでしょう、実際彼は御茶ノ水で、あの場所で暴走しました」

 

 なんだって、と報道陣が目を見開く。

 

「だけど、ウイニングは、アイツは―――絶対に皆を守ってくれるッ!」

 

――

 

「オオオオオオオ!」

 

 なおも咆哮を続ける怪物は、ローズの鞭を退けると、手薄になり隙を見せるローズの胴目掛けて凄まじい速さのパンチを見舞う。

 雄々しく、勇ましいその姿に境は懲りずに写真を撮り続ける。と、草むらに乗り出してガサ、と乾いた音を立ててしまう。その細やかな音の方向にウイニングが振り向く。敵だと察知したのだろう。だが、その音の先にいるのは境だった。

 足が傷付き、身動きの取れない境に近付く緑の怪物。先程まであんなに頼もしかった巨躯が、今では何故かとても、恐ろしい。

 

「あ、あ…」

 

 余りの恐怖に境は言葉が出ない。

 

(こんなに恐ろしいのに…仮面ライダー……私は平和をあなたに任せていた)

 

 ”ツケ”が回って来た。境はその一言を反芻(はんすう)する。命を守る戦士の戦いを軽視して、簡単に写真に収めて、それがどれ程甘ったれた考えだったのかを今更ながら反省する。

 

 昔戦場カメラマンの写真集を見た事がある。紛争で家族を奪われた子供達の涙と、渡される食糧と人の優しさに喜ぶ笑顔。その人の悲しみと喜びの在り方に魅力と憧れを覚えて写真の世界に心を奪われた。

 戦い続ける”人”の気持ちが分からぬままであの時見た写真に近付けるだろうか?

 ―――否。

 

 あの写真を撮影したカメラマンは戦場で死んだ。銃弾と爆弾が飛び交う戦地にて、兵士を庇い命を落とした。誰かが命を賭して戦い続ける姿を伝えるには、自らもまた命を賭す覚悟と勇気が必要である。

 境はそれを放棄してただレンズ越しに戦いを俯瞰するだけだった。

 戦場を撮るのなら自分もまた戦場にいる。そんな当たり前の事を境はやっと気付いた。

 河森はきっとこの事を知っていた。だから彼は先日のラフムとの戦いを撮ろうと決めたのだろう。

 

 自分は戦いとは何も関係ないと思いながらも戦いの悲惨さを伝えようとしていた。なんと甘い考えだったのだろうか。自分が恥ずかしい。

 だからこそ境は今までの惨めな甘ったれを変える為に、その戦場で自分が出来る行動を起こす。

 かつて戦場の光景を切り取りながら、兵士の命を救ったあのカメラマンの様に。

 

(私はヒーローになれる訳じゃないって分かった、から、ちょっとでもヒーローを助けられる人でありたい!)

 

 境は力を振り絞り、すくむ体に力を思い切り入れる。と、苦しみもがく様な挙動を見せるウイニングに後ろから抱き付き、その動きを止めた。

 

「思い出して、仮面ライダー……あなたが皆を守る戦士である事を!」



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#19 解放

 楓は、ラフムが憎かった。家族は奴らに殺された。勇太郎や自分も醜い怪物にされてしまった。

 憎い存在そのものに自分が変貌してしまった事実を戦う事で隠そうとしていた。

 ”自分だって醜い怪物じゃないか”そんな言葉が、頭によぎる。自分が人間では無いと悟ったその時から、鏡を見ると背筋が凍る。ラフムが恐ろしいのは僕も同じだ、と鏡の自分に語り掛けられている様だった。

 

 ラフムに対する怒り、恐怖。恐ろしい怪物と対峙する楓の混沌とする感情を仮面は隠してくれていた。

 だから楓は”仮面ライダー”だった。その仮面は苦しみを包んで、勇敢な戦士である為のモノであった。

 

 だが。その仮面は今剥がれ落ちた。おぞましい怪物は悲鳴の様な雄叫びを上げ、全てを破壊していく。目の前の敵を無残に引きちぎって放り投げる。これ程の暴虐を尽くしてもなお収まり切らない憎悪が、体の中で悶え続ける。

 

「―――頑張れ、仮面ライダー!」

 

 心に光を失った楓に、一つの言葉が聞こえて来た。

 

「頑張れ、頑張れぇッ!」

 

 境が異形の怪物と化した楓に声を掛け続ける。それに応える様に楓―――ウイニングラフムがうめく。

 ウイニングの苦しみ続ける姿に日本中の人々が手に汗を握る。

 

「目を覚まして、仮面ライダー!!」

 

 境の悲痛な叫びにウイニングが動きを止める。凍えている様な手付きで境の肩を抱き、小刻みに震える口で境の名を呼ぶ。

 

「境、せんぱい…ごめん、なさい……ぼく…ラフムが、にくくて、怖いんです」

 

 ウイニングの目から涙がこぼれる。ずっと隠し続けていた恐怖が、溢れ出してくる。だが、境はそれを受け止める様に優しく肩を叩いた。

 

「私達普通の人はあなた達と一緒に戦う事なんて出来ない。だからあんな怪物と戦う恐怖や責任を丸投げしちゃうけど……それでも力になりたい…だからあなたが辛い時にはいっぱい励ます、頑張りたい時にはいっぱい応援するから、その…頑張って」

 

 頑張って、とラフムと戦う運命を押し付ける事しか出来ない自分の弱さが境の身に染みる。ここまで勇気を出しておいてそれしか言えない歯がゆさを押し殺して応援し続ける。その姿を見て楓は自分の意識を取り戻す。

 

「ラフムが憎くて、こわい、けれど…こんなに言われたら、やるしか無いですよね……僕、境先輩の憧れるヒーローに…なってみたくなりました」

「何言ってんの、どんな姿でも、ラフムでも、あなたは人類最強のヒーローよ」

 

 そう言うと境は先程飛び出した時に落とした携帯を拾い、内カメラでいわゆる”自撮り”をする。そのフォーカスの中にはウイニングの姿も映り、思わずピースサインを浮かべる。

 

「ふふ、これであなたは人類に友好だってすぐ分かるわね。河森君以上の特ダネゲットよ」

「境先輩、本当にありがとうございます。それとあのラフム、コードネーム”ローズラフム”はまだ倒せていません。体を断裂したものの、着々と回復しています」

 

 ウイニングは境を少し自分から遠ざけると、拳を固く握り締める。

 

「もう恐れない。この体も、迫り来る敵も。受け入れるんだ……境先輩を、皆を! 守る為にッ!!」

 

 目を大きく見開いたウイニングが後ろを振り向きローズを前に身構える。

 

「待たせたな…ローズラフム。お前も僕が助けるべき一人だ。全力で戦って全力で助けてやる」

「―――えっと…受け取って、仮面ライダー!!」

 

 境が手元に落ちていたウイニングイ―トリッジをウイニングに投げる。見事にキャッチしたウイニングはぐっ、と親指を上げサムズアップする。

 

《Winning》

 

 腰に装着されたままだったロインクロスにイ―トリッジを装填、ラフムのままの姿で変身を行う。

 

「変身!」

 

 ブートトリガーを取り付け、大きな指で何とか引き金を引く。

 

《Change・Winning》

 

 イ―トリッジから発せられる粒子が巨大な体躯を包み、人型の戦士へと変容する。そして緑色の鎧が天より降り注ぎ、装着される。

 頭部に付けられる仮面はもう悲しみ、恐怖、怒りを隠す”仮面”ではない。優しい楓の笑顔の内に眠る熱い勇気を裏付ける勇猛果敢な姿を表す仮面なのだ。

 

「もう一度言ってやる、正義を叫びライドする仮面の戦士! その名をまさしく、仮面ライダー!!」

 

 声高々にヒーローの復活を宣言する楓。回復後ようやく動ける様になったローズは待ってました、と言わんばかりに鞭を振りかざす。先の戦いでは止め切れず深手を負ってしまった。だがその傷は癒え、目は冴えた。敵の攻撃の軌道が読める。

 鞭を受け止め、引っ張ると、重心を崩したローズに向かってバネの様に伸縮させ威力を増した蹴りを食らわせる。完全復活したライダーの一撃にローズは蹴られた腹部を押さえて膝を付く。

 

 再び立ち上がった戦士の姿にバディを追及していた報道陣も言葉を失い、各々のパソコンから動画を見つめる。どんなに傷を負っても、心が闇に縛られたとしても、敵と戦い続ける。彼のその姿に誰もが心を打たれた。

 

 彼らの気持ちがライダーを応援する側に回ったと察した長官は声高々に宣言する。

 

「皆さん、これが、これこそが人々を守るヒーロー…仮面ライダー。例え真の姿が怪物であろうと正義の心はかき消せないのですッ!」

 

 世論がどうあれ、この世界を守る力はライダーだ。例え後ろ指をさされようとも絶対に守り抜く。ライダーの覚悟は今、絶対に砕けない堅牢な物となった。

 かつて家族、親友、自らがラフムによって殺され、ラフムになり、ラフムを倒す使命を受けた。彼の運命は凄惨極まりなく、これからもその運命に縛られるだろう。だが、彼はそれを受け入れ、自らの使命とする。

 

「ラフムを倒すのは僕だ…もう誰も傷付けられないんだよ」

 

 ライダーの周囲に強風が立ち昇る。彼の思いに呼応してエネルギーの塊であるイ―トリッジが反応している。その風に巻き込まれ近くにいた境が煽られる。

 

「境先輩、離れていて下さい。ラフムを、倒し……」

 

 言葉が途切れ、訂正を表す様に首を横に振る。そしてローズを見据えて跳躍の構えを取る。

 

「あの人を助けます!」

《Winnig・Crush》

 

 境が退避した事を確認するとブートトリガーを二回引く。ライダーを包む風が彼の足に収束し、跳躍。風の力がライダーを天高く上昇させ、太陽を背にローズへと足を向ける。

 足を覆う風は途端に勢いを増し、ローズを囲んで吹き荒れる。そしてローズの身動きが取れなくなったその瞬間、ライダーがローズに迫る。

 

「ライダー……キーックッ!!」

 

 渾身の飛び蹴りがローズの胴体を砕く。体重の乗ったキックは凄まじい威力を発揮し、ラフムは内部崩壊を起こす。

 内側から蓄積されたエネルギーは弾ける様に放出され、大爆発を起こす。付近の住宅を巻き込む程では無いが、公園の敷地を焼き尽くした。

 

 ライダーはその風のエネルギーで辺りの火炎を吹き飛ばし、爆発の中心にいたラフムと化していた女性を発見して救助。と同時にイ―トリッジ”ローズ”を回収。

 

「任務完了。境先輩、ご無事でしたか?」

 

 壮絶な光景に唖然としながらも境は軽く頷く。

 

――

 

「やったーッ!」

 

 会見の場に歓喜の声が響く。人に仇なす敵を仮面ライダーが打ち倒した。その大金星に報道陣は湧き上がる。

 

「報道陣の皆様、今回の勝利は貴方がたが我々バディ、そして仮面ライダーを信頼してくれた結果による功績である事をお忘れ無きよう」

 

 長官が眼鏡をくいと上げて説明すると記者達は静かに頷いた。

 

「ラフムは人の敵です。が―――ウイニングは人を守る力となるのです」

「もしや以前民間人が巻き込まれたラフムとの戦いにおいて仮面ライダーと戦っていたのもいわゆる味方のラフムなのでしょうか?」

 

 記者の問いに長官はええ、と重たい口調で肯定する。

 

「ラフムは敵となった時おぞましい力ですが、味方となるなら頼もしい存在になるのです。ラフムに対する恐怖心を取り除く事は難しいでしょうが、我々バディは誠心誠意被害者の皆様のケアにも取り組みます」

 

 人を守ると言う事。それは敵を倒す事だけでは無く、被害者への考慮も加味される。多くの人に被害を与えたラフムに関する事態への処理がバディの課題となる。故に世論からの理解と応援は彼らの励みとなるのだ。例え真実を追求するマスコミであろうと前代未問の惨事である現在の状況に対しての意見は穏やかであるべきと長官は言う。

 

 と、ホールの扉を開く音が響く。報道陣が振り向くとそこには河森が立っていた。

 

「バディに関する発表と聞いて駆け付けて来ました! 記者の皆さんは俺がラフムの被害に遭って非常に辛い経験をしたと考えてるでしょうが、それは違います! …確かにラフムとの戦闘で俺みたいに戦闘に巻き込まれる人はいるでしょうが、ライダーは絶対に守ってくれます、彼らは味方です! だからどうか怪物であっても攻めないで!」

 

 その言葉が記者達に届いているかは分からない。が、ラフムへの誤解は解きたい。その一心で叫ぶ。

 

「私達が案じていた少年の言葉はこの通りです、我々は嫌疑している場合では無いのでは?」

 

 先程質問していたジブンジャーナルの記者がそう言い放つと記者達が口を大きく開けながらも納得した様に席につく。

 

――

 

 会見が終了し、長官らは楓と合流を果たした。それと同時に同行していた河森が救急隊員に運ばれていく境と、それを見送る楓の元へ走る。

 

「境! 平気か!?」

「ビビっちゃっただけで平気。それよりも河森君、そして霧島君……」

「さっきは本当にごめんなさい。あなた達の戦いを私は軽んじていた」

 

 そう言うと、彼女が深く頭を下げて二人に謝罪する。

 

「良いんです、境先輩。あなたのお陰で僕は戦えたんですから! それよりも、あんな戦闘の只中にいたんですからお大事にして下さいね」

 

 楓が屈託の無い笑顔でそう答えると、境も微笑む。と、彼女が楓を呼び、一言残していく。

 

「これから世間はあなた達に対して賛否両論を浴びせるでしょう。絶対に負けないで、あなたが正しいんだから。これ新聞部の勘ね」

 

 境が救急隊員に連れられ、搬送されていく。

 

「賛否両論、か……」

 

 自分が戦っても皆が味方になってくれるとは限らない現状に渡は複雑な感情を覚える。しかし、彼は人々を守って行くと決めた。この混迷を極める世界で、誰もラフムによって傷付かない為に。こんなにも自分を思ってくれる人がいるのだから。



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#20 駆輪

「……これで、私も死ねる」

 

 轟々と音を立てながら流れる滝を見下ろして女性が呟く。彼女はここからの投身自殺を図っていた。だが、その思惑を裏切る様に彼女の背後から異形の怪物の影が襲い掛かった。

 

――

 

 十一月十二日、午前二時。岡山県真庭市神庭(かんば)。その地の名勝である”神庭の滝”にラフムが出現したとの連絡が楓、勇太郎に入った。

 バディから支給されたインカムを装着し、藤村の元に回線が接続される。

 

「藤村さん!? 霧島です! 急行要請を受けましたが、東京から岡山っていかんせん遠くないですか!?」

「例え遠くてもラフムは見逃せないわ。それにこんな事もあろうかと―――」

 

 楓と勇太郎が自宅であるバディの職員寮から出ると、既にバディの特殊車両が入り口を囲む様にして止まっている。その中の一台から藤村が出て来る。

 

「ライドサイクロンの改修を終わらせたわ。可変機構を搭載して、飛行が可能になったの」

 

 そう言って二人を特殊車両のコンテナに案内する。そこに駐輪されているライドサイクロンは前面の見た目こそさほど変わらないものの、後部には複雑なギミックが見え隠れするブースターが搭載されていた。

 

「これが新しいライドサイクロン…?」

「ええ、新ギミックの効果的運用の為に車両も増やしたんだから…税金で。とにかく出動よ…仮面ライダー!」

 

 期待と応援を込めた藤村の声に楓は強く頷く事で活躍を約束する。

 

――

 

 インカムからの藤村の指示によると、どうやらバイクごと自分達を打ち飛ばすと言うのだ。耳を疑いたくなる作戦だが、人体の限界を超越したラフムなら可能ではある。それより気になるのはバイクの耐久性だ。

 

「ええ、今回改修したライドサイクロンの耐久性だけど、落下時の制御ブースターに加え、地上一千メートルからの落下、水深三百メートルへの水没、粉塵や爆発その他諸々に対する耐性を得たわ」

 

 質問する先に答えられた上、予想以上の堅牢さに楓はこれ以上の思考をやめた。とにかく出撃の準備を進める。

 

《Account・Winning》

《Winning》

 

「変身して急行する様だな…勇太郎、そっちはどう?」

 

 インカムを通して別の車両コンテナに配置された勇太郎の様子を伺う。

 

「変身!」

《Burn》

 

 起動したイ―トリッジから放たれる赤い粒子が勇太郎の姿をカブトムシ型のラフム、バーンへと変身させる。

 

「こっちは準備オーケーだぜ。そっちも急げよ」

「分かってるって」

 

 楓が軽薄な態度を取るが、内心ラフムを倒し、人々を救う気持ちに火が付いていた。

 

「変身ッ!」

《Change・Winning》

 

 イ―トリッジから放たれる粒子はラフムとは全く異なる勇猛な戦士の鎧を作り上げる。変身が完了するとコンテナに駐輪されたライドサイクロンにまたがり、準備完了の旨を伝える。

 

「仮面ライダー、発進準備完了。ライドサイクロン整備済、システム異常無し」

「座標指定完了、座標までの到達ライン演算開始…演算完了。ノードオンライン」

 

 コンテナを牽引するトレーラーの中ではバディのオペレーターがシステム構築を進めている。その操作が完了し、ライダー、そしてバーンに発進許可を煽ぐ。

 

「出撃前に二人共、大事な情報よ。ライドサイクロンは目的地到達までこちらの操作管轄内に入り、貴方達が動かせない状態になるわ。障害物は自動的に回避してくれるけど、それまでおとなしく待機していてね」

 

 藤村の最後の注訳を了承し、二人はオペレーターに発進許可を出す。それを受諾したオペレーターがシステムを開始させた。

 

 すると、コンテナの上部が観音開きの様に展開しながらコンテナ本体が回転し目的地への方角へ動く。方角を固定し上部を展開し終わるとライドサイクロンを挟みこむ様に接続していたレールが遥上空を目指して傾き出す。

 

「発進軸固定、ブースターオン。ライドサイクロン、発進します!」

 

 そして、ライドサイクロンが空高く飛び立つ。燃料を最効率利用する新型エンジンの具合は良好、後部の大型マフラーから火を吹きながら空を目指す。遂には音を越えたスピードで雲を突き抜ける。

 

――

 

「うおおおおおおお!! これ俺達吹き飛ばねぇか!?」

「安心して火島君。現在ライドサイクロンはフロント部からライドシステムによって空気抵抗を吸収しながらエネルギー変換、排気しているわ。飛行時の空気抵抗の九十パーセントを熱量還元しているから推力を上げながらあなた達や近隣に被害を及ぼす事無く射出出来るのよ」

 

 藤村の説明通り、空気抵抗を受けないが、目の前を雲が高速で横切って行く光景に勇太郎は落ち着いてはいられない。しかし、一方の楓は臆さずライドサイクロンのグリップを握り締めていた。

 

「楓は平気なのかよ、コレ!?」

「うん。僕らは、皆を守る仮面ライダーだから・・・慌てないし焦らない。誰かを不安にさせる様な事はしないでいたいんだ」

 

 それを聞いた火島は強くなったな、と呟くと、もう何も言わず黙って前を向いた。

 

 誰かを守る責務が楓に苦を背負わせている。ついこの間まで普通の大学生だった楓が死に、怪物となって、怪物と戦わされ、人を守る命を受けた。楓も言葉にしないだけで辛いと思う事は幾度と無くあった。しかしそれでも、自分がやらなければいけない事だから―――楓は常に前を向いて人々を守る。

 

「ラフムから人々を守れるのは・・・…僕らだけしかいないんだ!」

 

 仮面の下で目を大きく見開き、目標の地点へと目を向ける。開始する急降下に体を備える。

 

「抵抗は無くなっても下りの重力は無くならないわ。これよりの落下と着地に備えて、サイクロンを地面と水平になる様に維持して!」

 

 サイクロンの後部に配置されているブースターが地面を向き、逆噴射を始める。地上への抵抗力を最大限まで緩和しながら降下する。

 東京から僅か一分で岡山に到達した事に二人は驚愕しつつも、通報者とラフムの捜索を早速開始する。フロントライトを点灯し辺りの森林をくまなく探す。

 

「目標地点に着いて早々悪いわね、二人共。情報によると通報は若い男性による物だった様よ。かなり気が動転している様だから、ここは霧島君に任せた方が良いわ。火島君はラフムを追って」

 

 藤村からの指示に楓と勇太郎が軽く返事をし、捜索を続ける。

 

「取り敢えず二手に分かれるぞ、楓。もし俺が通報者を見つけ次第お前に連絡する。十秒以内に返事が無ければ戦闘中とみなしすぐさま保護するぜ」

「分かった。僕も同じ手段を取るからよろしく」

 

 勇太郎の提案に賛同した楓は、勇太郎と拳を合わせると彼の反対方向へバイクを駆る。

 

「マジで真っ暗だからな、気を付けろよなー!」

「そっちも!」

 

 お互いを激励し、捜索を再開、発見を急ぐ。

 

――

 

 捜索から十分、通報者とラフム、どちらにしても未だ見つからず、速やかに発見したい所だ。

 

(通報者の安全が保証出来ない・・・…このままじゃ危ない)

 

 通報者が見つからない焦燥感からか、ライダーの感覚、神経が研ぎ澄まされ、周囲の物音全てを聞き分ける程の聴覚が働く。ラフムとなった事によって常人を越えた超感覚が覚醒し、膨大な情報が脳裏を駆け巡る。そして―――物音。

 荒い息とまばらな足音。そして微かに聴こえる女性のうわ言。通報者ではない? 楓はそう思いつつも凄まじい聴力を頼りにその声の元へとサイクロンを走らせる。

 森林が切り開かれ、丁度月明かりが煌々と照らしている野原に、ひどくやつれた姿の女性が立っていた。



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#21 潜攻

「もう大丈夫です!」

 

 暗がりの森林の中で彷徨っていたスーツ姿の女性は突然の明かりと仮面のライダーに動揺を隠せず息を荒くしている。

 

「一応聞きますけど、ラフム…怪物を見つけて通報したのはあなたですか?」

 

 女性は唇を震わせながら首を横に振る。その恐怖はラフムへの恐怖、と言うよりライダーの姿への恐怖の様に感じられた。勇ましい鎧の戦士と称されていたその容姿とて非日常と言う恐怖に結び付くのだ。そこに気が向かなかった事を反省しながらライダーが変身を解除する。

 

 

「僕は今巷を騒がせている怪物、ラフムを倒す仮面ライダー、霧島って言います。この付近にラフムが出現したのでここは危険ですから、一緒にここを離れましょう」

 

 そう言い放つと楓は勇太郎に通報者ではない被害者を発見した旨を連絡する。あちらも戦闘中では無かったのかすぐに応答する。その後女性をライドサイクロンの後部に乗せて走り出す。が、その女性は待って、と先程からは想像も出来ない大声を出して彼の歩みを止める。

 

「私…死にに来たんです。ここで死ななければ帰れないし、帰っても居場所なんて無いんです」

 

 震えた声でささやく。その言葉に思わずブレーキする。

 

「生きていればきっと良い事がありますって。こんなに辛い気持ちで終わるのはあなただって嫌な筈です」

「あなたに何が分かるんですか……生きていたって辛い事しか無いなら、もう死ぬしか無いじゃないですか」

 

 夜の森はひどく静かだ。女性の言葉を響かせる静寂がさらに楓の心を締め付ける。

 

「……僕に出来る事は無いかも知れませんが、お話を聞かせて下さい。僕には、あなたの命を守る責任があります」

 

 意を決して口を開く。そして再び走り出す。ラフムの聴力と視力を頼りにこの森を抜ける道を進む。

 

――

 

 その女性は、職場でのミスが原因で周りから疎まれる様になり、とても働ける状態には無いらしい。この事を相談出来る友人らも今では疎遠になり、家族ともまともに連絡せずにいたので逃げ場所を失ったと言う。一人でいる時間がやがて地獄になり、生きる事への執着も薄れてきたのだと言う。

 

「本当は私、機械工学の研究職に就きたくて勉強していた筈なのに、私を取ってくれるラボを十個探しても百個探しても、無くて…いつの間にか働きたくも無い所にいました…私の本当の夢は、もうどこにも無い……」

 

「ありますよ」

 

 渡のふとした一言に女性は目を大きく見開く。自分を乗せ走る彼はただ前を見つめていた。

 

「僕の属している組織では怪人の研究を行っているんですけど、人手が本当に少なくて。科学的知識のある人材なら誰でも受け入れるって言ってました」

 

 そう言いながら楓は毎日忙しく駆け回っている藤村を思い出す。

 

「あなたの居場所は僕らがまた作っていきますし守ります。だから、死のうなんて思わないで下さい」

 

「どうして、そこまであなたは私にしてくれるんですか?」

 

「僕は―――仮面、ライダーだから」

 

 理由はただそれだけ。

 皆を守るヒーローとしての自分として生きる事こそが楓がラフムとして復活した意味だと彼自身が思っていた。

 ラフムに襲われたあの時既に自分は死んでいた。仮面ライダーとして戦い、人を守る存在だからこそここに生かされていると思っている。

 

「仮面ライダーは皆を守ってラフムと戦う、戦士なんです。僕にしか出来ない使命なんです。例えあなたが死のうと思っていても、僕が絶対に守りますから」

 

 そう言い放つと、差し込んできた電灯の光の元へと進み出す。

 

「生きている限り、いつかは自分が生きている意味とか生きてて良かったって思える時に出会えますから」

 

 ありがとう、小声でそう囁いた女性はもう何も言い返さず、泣き言も言わなかった。

 

「やっぱり私、生きていたかったのかも。さっきも実は怪物に襲われそうになったからここまで逃げてきたんです」

「! そのラフムとどこで会ったかとか分かりますか?」

「それなら……待って、確かさっき見つけた所は公道に続いてて―――」

 

 

「――――――ッ!!」

 

 やっと森を抜けられると思った矢先、公道への出口を塞ぐ様にラフムが現れた。恐らく今回の通報にあった、女性を襲った個体と思われる。どうやらラフムが出た道に渡らも出てしまったらしい。

 小刻みに震える女性に大丈夫、と落ち着いた声で楓が告げると、ライドサイクロンを止めて、目の前のラフムに立ち向かう。

 

「あなたはここで待ってて下さい。じきに僕の頼れる仲間が助けに来てくれます」

「あのラフムは…僕がなんとかします」

 

《Account・Winning》

 

 ロインクロスを装着。それと同時にホルダーからウイニングイートリッジを取り出す。

 

《Winning》

 

 イートリッジを起動。ロインクロスに装填しブートトリガーを取り外す。

 

「変身!」

 

《Change・Winning》

 

 ブートトリガーをロインクロスにセット、勇ましい口上と共に緑の鎧を身に纏う。

 

「正義を叫びライドする仮面の戦士―――」

 

 いつもの台詞を叫ぼうとした途端にラフムが攻撃を仕掛けてくる。

 

「その名をまさしく……」

 

 ラフムの攻撃をかわしつつも一撃を与えると目の前のラフムに、そして後ろにいる女性にも訴えかける様に言い放つ。

 

「仮面ライダー!」

 

 たなびくマフラー、月明かりに照らされる体躯、闇の中でなお輝く赤い瞳。

 人の命を守るヒーローの姿が、女性の目に光を取り戻す。

 

「仮面…ライダー……?」

「絶対に守りますから。あなたの命を、あなたの未来を」

 

 仮面ライダーの目の前に立ちはだかるラフム、鹿の様な二本の鋭利な角からディア―(鹿)ラフムと名付け、指をさす。

 

「これよりお前をオリジン個体、ディア―ラフムと認定。撃破後保護させてもらう!」

 

 仮面ライダーの高圧的な宣言はディア―を激憤させる。それを見越していたライダーはウイニングの力を纏わせたバレットナックルで牽制しつつ、弱点を探る。が、そのパワーに圧倒され押し負ける。

 

「パワーにはパワー…こいつだ!」

 

《Rock》

《Form・Change・Rock》

 

 仮面ライダーがロックフォームに姿を変える。土色の堅牢な鎧に包まれた重厚な体躯が、ディア―の突進をねじ伏せる。その剛力にディア―がひるみ、体勢を崩す。

 

《Rock・Crush》

 

 ロインクロスに装着されたブートトリガーを2回引く事によってロックフォームの力が解放される。土色の粒子に包まれた剛腕がディアーの体に衝突し、そのまま地面に拳を打ち込み、ディア―の体を地面に埋め込む形になる。

 ロックフォーム渾身の一撃がディア―に直撃し、殲滅に成功したかに思われたが、強靭な鎧に守られていたためにとどめを刺すには至らなかった。それに加えて鎧を失ったディア―は機動力を増し、ライダーを翻弄する。そして自慢の角がライダーの腹部に貫通する。

 

「か、仮面ライダーッ!!」

 

 女性の狼狽えた声にライダーは大丈夫、とかすれた声色で答えると、そのままロックフォームの巨大な拳で角を粉砕する。その衝撃でディア―の角がライダーの体から抜ける。

 

「どんなに傷付いたって……僕は負けない! 仮面ライダーを呼ぶ声が、聴こえる限り!」

 

《Pale》

 

 ホルダーから取り出され起動したのはペイルのイートリッジ。敵でありながら大切な人を守ろうとした孤独な怪物の置き土産。あの日自分にありがとうと言ってくれた彼を忘れはしない。

 

《Form・Change・Pale》

 

 仮面ライダーが淡い青色の鎧に装いを変える。シンプルなデザインの装甲に魚のヒレの様な部分の見える戦士。

 ライダーの新たな姿、ペイルフォーム。地面や水面、ありとあらゆる場所に潜航し、音も無く忍び寄る奇襲。それこそがペイルフォームの能力である。

 周りの木々や地面を縦横無尽に”泳ぎ回る”ペイルの姿をディアーは追い切れず視線をせわしなく変えていく。

 ディア―の背後から、上から、死角から。鎧を失い防御力が著しく低くなったディアーに猛攻を繰り返す。

 

「ペイルのパワーは控えめだ……さっさと終わらせる!」

 

《Pale…Impact!》

 

 ペイルの力を最大解放。液状化し波紋の広がる地面の中心に立つディア―が沈没する。その中は水中に様に流動し、体がさらに沈んでいく。元が地中のために視界は遮断され、もがいても意味無く沈み続ける。

 何も見えず身動きの取れなくなったディアーに、強い衝撃が走った。地中に潜航していたライダーによる蹴りがディア―に突撃し、通過していく。かと思いきや方向を転換し再びディアーに蹴りを見舞う。その速度は増していき、蹴りと方向転換を繰り返しディア―に連撃を放つ。

 一体どれだけの攻撃を行っただろうか。ディア―が地上に上がる頃には、何十発もの蹴りがディア―の体を粒子化させていた。

 

「ラフム、殲滅完了……」

 

 ライダーが着地と同時にディア―にさせられていた男性を受け止めて保護し、成分の入っていないブランクイートリッジにディア―のエネルギーを持った粒子を吸収させ回収する。

 

「ふぅ、これで本当にもう大丈夫です。あなたが怖がるモノはありませんよ。今夜、あなたが生きたいって願ったからこそ僕が間に合った。生きようと思っていればいつか誰かが手を差し伸べてくれます。世界は多分、そう言う風に出来てます」

 

 変身を解除した楓が振り向きざまに笑って言う。女性はなんだか今まで死にたいと思っていた事がひどく些細に感じられた。

 

「仮面ライダー、あなたのおかげで少し勇気が出ました。さっき言っていた所、紹介して下さいね」

「元気が出たなら良かった。組織でお待ちしてます」

 

 笑い合う二人をバイクの光が照らす。たまたま通りかかりにいた通報者を保護した勇太郎がこちらに手を振っている。それを見た楓と女性が手を振り返した。



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#22 藤村

 バディ本部、研究室。

 そこではバディ技術顧問兼医療・戦闘指揮官、藤村榛名が日夜ラフムと仮面ライダーの研究を行っている。今日も普段と変わらず、仮面ライダーの装備の開発を行っていた、が。

 

「っはよーございまーす」

 

 気の抜けた勇太郎の挨拶が研究室に響く。それに続いて楓も控えめに挨拶をする。と、二人は実験室に立ち込める煙の臭いと鼓膜を破りそうな程の金属の切断音に驚嘆する。

 

「二人共おはよう。朝からごめんなさいね。今日は少し装備の開発でつまづいちゃってね」

 

 真っ黒になった藤村が煙の中から出て来る。実験室の奥は工房になっており、装備の製作も彼女が担っているのだ。が、そこもそれほど広いスペースでは無いので様々な道具や開発途中の物が散乱している。

 

「あれって、仮面ライダーの鎧ですよね!? あれも藤村さんが作ってたんですか!?」

 

 工房から見える開発途中のアーマーを指差し勇太郎が問う。それに答える様に藤村が煙で咳込みつつも頷く。

 今まで多くの窮地を救った仮面ライダーのフォーム。それらの性質を鎧として発現させるそれらのアーマーの凄まじさは変身者の楓が良く知る所である。

 

「今まで当然の様に使っていたけれど、藤村さんの力あってこそだったんですね……いつもありがとうございます」

 

 楓が深々と礼をするが、藤村がいいっていいって、と手を振りながら謙遜する。

 

「確かにこのアーマーを開発したのは私だけど、それらの元となるイートリッジ、そして仮面ライダーの能力の多くを支える超技術、ライドシステムを開発したのは私じゃないのよ」

 

 勇太郎は狐につままれた様な顔をしているが、楓がかつて藤村が言っていた事を思い出す。このライドシステムの開発者、そしてバディの前技術顧問…藤村の兄。

 

「お兄さんですよね、そこら辺の開発って」

「そうそう、良く覚えていたわね霧島君。私ね、技術顧問として研究とか開発をしている時はいつも”兄さんならどうするんだろう”って考えているのよ。いつも何を考えているのかあんまり分からなかったけど、やってる事はいつも正しくて、格好良かった。だから私は兄さんと同じ仕事をしようって決めたの」

 

「今日時間ある? 折角だから昔話でも聞いてくれるかしら? 今じゃどこにいるのかさえ謎な兄さんのお話」

 

 楓と勇太郎はお互いの予定を確認した後、静かに頷いて近くにあった椅子に座す。

 

「暇です!」

 

 唱和した二人に微笑みながら藤村も自らのデスクの椅子に座る。

 

「私の兄さん、藤村金剛(こんごう)は今は行方不明になっているわ。でも気にしないで聞いてて良いわよ。私はずっと兄さんなら無事だと信じているから―――」

 

――

 

 藤村の兄、金剛がいなくなった日―――去年の四月頃。

 当時、バディがまだ国から認められた組織では無かった。御剣家からの限りある資源の中で金剛と藤村はライドシステムの最終調整を行っていた。

 人類が未だ戦う事の出来ない敵であるラフムに対抗する手段である武装の完成。それが彼らの命題であった。

 

「やっと出来た、エレメンタルカートリッジ! とは言ってもラフムの成分はクッソ入手困難だからただの空っぽの端末だけどな!」

 

 嬉々としながら完成したブランクイートリッジを頬ずりしているこの男こそが藤村金剛。中学一年生の頃から物質の長距離間転送技術の発明に勤しんでいた彼は、僅か十五年の期間でその技術を確立させてしまった。

 それこそが”ライドシステム”。生命以外の物質を転送させるその機構の誕生によって対ラフム用武装の転送、装着が従来とは比較にならない程容易になった。

 

 藤村兄妹がこのバディに寄与する様になったのはこれより少し前の事だった。技術の悪用を防ぐ為に誰にも気付かれない様にライドシステムの開発に勤しんでいた彼らの自宅に、突如藤村家と名乗る一派が訪問してきたのだ。どこからライドシステムの情報が流れたのか定かでは無いが、オンライン下での作業もあったのでそこを嗅ぎ付けられたのだろう。

 ともあれ、彼らの技術は個人の楽しみで終わる筈がバディの一員として世界を守る仕事になってしまったのだ。藤村の方は両親への説明が難航し、先が思いやれると言った心持ちだったが、金剛はと言うと、ヒーロー気取りで喜んで作業を始めたのだった。

 

「―――確かに私達の作る物が世界を救うだなんて言われたら協力を断る気にはなれないけど……技術だけで例の怪物を倒す力になるとは言い切れないわよね、兄さん」

「ああ、その通り。例え強い武器を作ってもそれを使える人がいなけりゃ無用の長物よ。だが、俺には分かるぜ。俺達の作る物を上手く扱ってくれる本物の”ヒーロー”が現れるってな」

 

 何故なのかは分からないが、金剛のその自信に藤村は鼓舞される。その気持ちのままにライドシステムの調整を続ける。

 

「兄さんがそう言うのなら、きっとそうなるわね」

 

 二人が笑い合っていると、けたたましいサイレンがバディの基地内に響く。

 

「―――ラフムだ」

 

 金剛はそう呟くと研究所を飛び出して指揮車両に急ぐ。金剛は戦闘の指揮を、藤村は今後に繋がる研究を、お互いの仕事を分担しながら行う。

 

 

 それから一時間後、普段は鍵が掛けられている金剛の机が開いている事に気が付き、嫌な気配を感じた藤村が研究室を出ると、丁度ここへ走って来た職員に呼び止められる。

 

「榛名さん…金剛さんを含めた機動隊複数名が、ラフムと共に消失しました!」

 

 午後三時十五分。栃木県日光市日向、日向温泉付近の鬼怒川の河原にてその戦闘は行われていた。

 周囲を煙と灰だけの空間にしてしまう程の爆発力を起こす敵、ボマーラフムによって指揮車両ごと一帯の機動隊が爆破に巻き込まれたのだ。

 遺体はおろか、遺留品すら残さない事から、高い爆発力による消滅、と言うよりもその場から一同が消失したと考える方が最適と判断された。そして目標であったボマーも消失し、またもやラフムの討伐とは至らなかった。

 

 想像を絶するその報告に、藤村は膝から崩れ落ちた。

 

――

 

「―――あの時、私も一緒に行けば良かったのに、って思ってしまったわ。けれど、人類に希望を繋ぐ役目として兄さんは私をバディに残したのよ…兄さんは何故かこの日の事が分かってたみたいに、私にメモを残しておいてくれていたわ」

 

 そう言うと藤村が元々金剛がいた筈の机からその時のメモを取り出した。

 

 

 "やっほー榛名ちゃん! お前がこのメモを見る頃には俺はもうこの世にはいないだろう。

 

 って一度言ってみたかったんだよなぁ!

 安心しろ榛名。多分だが俺は大丈夫だ。お前が大丈夫だって思ってると大丈夫な確率が40パーは上がるぜ!

 

 だけど、長い間俺は戻れない。もしかしたら戻ってこないかもなワケじゃん。だからこそ、俺は俺のやるべき事をやったから、後をお前に託す。お前はこのバディでお前のやるべき事をやり尽くしてから後に託せ。俺達の力を受けたヒーローと共に、この日本の未来を世界が羨むモノにしてやってくれ、頼んだぞ!

 

 p.s. パソコンのハードディスクは問答無用で処分してくれ”

 

 

 そう綴られていた。

 

「それを見たらなんだか悲しむってよりも、頑張るぞ! って気持ちになったの、だから私は私のやるべき事を模索しながら兄さんの帰りを待ってるのよ」

 

 メモを仕舞って藤村は二人の方を向いて微笑む。

 

「兄さんは私に、そして人類に大きな希望を残していってくれた。私はそれを受け継いで、兄さんが守ろうとしたこの世界を守ってみせるわ、このライドシステムでね!」

 

 藤村が拳を掲げると、楓と勇太郎も声を上げて拳を高く上げる。

 

「世界を守る為に、現在開発中の物があるのよ、見てて…特に、火島君にはね」

 

 突然指名された勇太郎がとぼけた顔をしながら藤村の持って来た物に目を移す。

 彼女が持って来たのは、もう一つの”ロインクロス”だった。



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#23 勧誘

 十一月二十日、午前十一時五十分。

 楓は、今日も今日とてバディの研究所で技術顧問、藤村の開発に協力していた。

 彼女は今までのライダーの戦闘データを基に、楓―――仮面ライダーの動きをトレース、ライダーの戦闘補助回路の開発をついに完了させたのだった。

 

「お疲れ様、霧島君。これで仮面ライダーを複製するためのデータ収集が終わったわ。後は火島君の持ってるイートリッジの解析とライドシステム接続の最適化ね」

 

 そう言われても楓にはさっぱり意味が分からないが、彼女の助力になっている事が容易に伝わる。

 

「霧島さん! ペイルの元となった人が目を覚ましました!」

 

 変身を解除した直後に研究所に職員が駆け込んできて、開口一番に言い放ったその一言に楓が目の色を変える。

 

「藤村さん、僕ちょっと行ってきます! あの人なら、きっと僕らに協力してくれますから!」

 

 そう言い残すとあっと言う間に楓がいなくなってしまった。

 

「霧島君もせっかちね…まぁ何事も時間が惜しいのは分からなくは無いわね」

 

 一人で呟きつつ藤村が手元の携帯で、昼食を買いに行っていた勇太郎を呼び出す。その要件は勿論、彼の所持するイートリッジの解析であった。

 

――

 

 ペイル―――以前神田川で戦闘した淡水魚型のラフム。病床の恋人を助ける代わりにラフムとして戦っていた。人を殺す事では無く、人を助ける為に悪の道を歩んだ彼に、楓は複雑な感情を持っていた。

 

 楓が聴取室で待機していると細身で丸刈りの男、ペイルこと淡路島 勇魚(あわじしま いさな)が入ってきた。

 

「淡路島さん」

「ペイルでいい。今の俺はそれ以外の何物でもない」

「いいや、あなたは淡路島勇魚さんだ。そう名乗る資格が、人間であろうとする資格があなたにはある」

 

 楓の語気が強くなる。例え彼がティアマトに加担していたとしても、他のラフムと違って自分の意思を持ち、誰かの為に戦っていた彼は、紛れも無く人間だ。楓は淡路島を怪人では無いただの人間として、彼を助けたいと願った。

 

 まず彼の恋人の身元を確認して治療と警護を優先させる。もしかしたら手遅れかも知れない。裏切り者への報復として彼女の命を奪っているかも知れない旨は淡路島に伝える。が、彼は恐らく大丈夫だろう、と呟いた。その自信に楓は根拠を問う。

 

「ティアマトの中に俺の事情を知る仲間がいる。そいつが俺にもしもの事があっても恋人を守ると言っていた」

「でも、ティアマトは人を殺してラフムを増やそうとしています。そこに属しているのに信頼は出来るんですか?」

「アイツも妹を人質に取られていると言っていた。俺と同じく病に苦しめられているそうだが、どうも事情が複雑らしい。詳しくは聞いてないがな」

 

 ティアマトの仲間に淡路島の仲間がいる…その情報に楓の目が光る。

 淡路島は楓がティアマトについて知りたがっている事に勘付き、更に話を深める。

 

「…とにかく、そいつはティアマトの中でもトップクラスの実力を誇っている。だから組織もアイツが妙な動きをしても放っているみたいだ。その点俺は昔自衛隊に入隊していて、腕も立つと言われていたが、人も殺せなかったし、嫌々仕事をしていたのもすぐ分かっただろうから消されるのも時間の問題だっただろうな」

「一体何者なんです? その仲間って言うのは」

「―――”サンダー”。俺達はそいつをそう呼んでいた」

 

 サンダー。淡路島の言うそのラフムは、ティアマトの使命を果たさない裏切り者のラフムを始末する役目を担っているらしい。自ら進んで表舞台に出るやり口は好まず、人が多く集まる場合は蝶型のラフムに指示を下していた。その為に淡路島を消しに来たのもサンダーの配下、蝶型ラフム…撃破後に呼称された名で呼ぶならば”バタフライ”であった。

 だが、サンダーはそれを見越していたからこそ恋人を守ると約束した、と淡路島は語った。

 

「それは本当に信頼に足るんですか? 僕にはそれはどうも都合が良い話に聞こえます。裏切り者を始末するって言うなら淡路島さんの恋人を狙ったっておかしくないでしょ?」

「と、最初は思ったさ。だが…アイツは悪人の目をしていなかったんだよ。人ってのは大抵目を見ればどんなヤツなのか分かる、特技みたいなもんだが……なるほど、お前の場合は責任感が強い」

 

 楓の目をじっと見つめた淡路島がそう評価する。が、これ以上は話が逸れると苦笑いしながら椅子の背もたれに寄りかかって天井を見上げる。

 

「サンダーは、お前みたいに真っ直ぐで、何かを守ろうと必死になってる目をしていた」

 

 淡路島がそう呟くと、唐突に話を変える。

 

「なぁ仮面ライダー。お前はもし大切な人がティアマトに捕まって、人を殺さねぇと大切な人を殺すって脅されたらどうする?」

「僕は……」

 

 楓が押し黙ると、同行していたバディ職員が淡路島の言動を注意すると共に、彼がラフムになった経緯を聞くように楓を促す。淡路島の質問は煮え切らない形で終わってしまったが、今は淡路島から多くの情報を得る事を優先する。

 

「―――俺がラフムになった経緯か。重病になった恋人を治療する代わりにラフムとして人を殺せと……そう、まるで仮面ライダーみたいな黒い鎧と仮面の奴に言われたのが始まりだったな」

 

 ――

 

 今から半年前、五月頃。恋人が心臓を患ったと聞いて、淡路島は恋人のいる東京の病院から近い裏路地で途方に暮れていた。彼女の医療費は自分の稼ぎだけでは絶対に払い切れるものでは無かった。

 これからどうしようか。放心したまま淡路島が人気のない道を彷徨っていると、いつの間にか日が暮れて、夜になっていた。

 

「もう遅いな……明日の仕事も休めないし帰るか」

 

 淡路島が暗い空から目線を下げると、目の前に黒い鎧と頭全体を覆うヘルメットの人物が立っていた。

 あまりにも突然の事に驚きを越えて立ち尽くしてしまった。

 

「淡路島勇魚。お前の困窮は知っている。我々”ティアマト”に協力すればお前の恋人を救う資金を提供しよう」

 

 しばらく口を大きく開けたままの淡路島だったが、ようやく正気を取り戻し、その黒い鎧に問い掛ける。

 

「いきなり出て来てなんなんだよお前……なんかの勧誘か? 神にもすがりたい気分だがそう言うのは興味無いぞ、そんな仮装でビビらせやがって」

「これは前金だ」

 

 そう言うと黒い鎧は持っていたアルミ製の鞄から札束の入った分厚い封筒を取り出し淡路島に渡す。

 

「確認しろ。間違いなく現金だ。それで十分ならくれてやるが、足りないなら後は自分で稼ぐか。恋人をすぐにでも助けたいと思わないならばそれでも良いのだろう」

 

「―――時給いくらだ。それとも出来高か?」

 

 淡路島が札束を握りしめると黒い鎧に強い口調で問い質す。

 

「足りねぇなこんなんじゃ…お前が何者なのかは知らないが、俺の経歴を買って言ってるんだろ。自衛隊つっても富士山のお膝元で走り込んだのが精々の活躍だぞ」

「それも調べてある。戦力ならばそれで十分だ。ティアマトの露払いにはな」

 

 そのティアマトがどの様な組織なのか明確化されていない事には淡路島も首を縦に振れない。もっと詳しい情報を黒い鎧に求めると、先程の鞄を無造作に投げられた。

 

「その中に組織の概要が記されている。明日の午前六時、お前の家の前に一台バンが来る。その資料の中のIDカードを運転手に見せればすぐに拠点に連れていくだろう。バンの到着から十分の内にお前が姿を見せなければすぐにそこを離れ、二度と来ない。どうするかはお前の自由だ」

 

 そこまで言うと黒い鎧は最後に自分の名前を名乗り黒いもやの様に霧散して消えた。

 しかしその場に残った鞄と本物の札束が今のやり取りが現実である事を物語る。

 先程黒い鎧は自由だと言ったが、淡路島の心は既に決まっていた。

 

――

 

「言わずもがな俺はそのバンに乗った。いや、乗せられていたと言うべきか。それが運の尽きだった訳だ、金も結局貰えてないし」

 

 淡路島がそう言って大きな溜め息をつくと、机に拳を叩き付けた。

 

「俺は、俺の希望を裏切ったあの組織を……そして、俺を甘い言葉で(たぶら)かしたあの鎧野郎―――”藤村金剛”を許さないッ!!」



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#24 糾明

 バディ基地、取調室。恋人を助ける為にラフムと化した男、淡路島を誘い、そして数々のラフムを生み出した黒い鎧。淡路島はその黒い鎧を、バディ技術顧問、藤村榛名の兄、”藤村金剛”と呼んだのだった。

 

「……今、藤村、金剛って言いました……!?」

「ああ。名前を呼ぶのも怖気が立つぜあの鎧…あいつはそう名乗ったんだ。俺にイートリッジを渡す前にな」

「もしかしてライダー、お前はその名前を知ってるのか?」

「そこは守秘義務があるので言えません。ですが一つ聞かせて下さい、それは本当に黒い鎧が名乗ったんですね?」

 

 淡路島が頷く。

 まさかあの藤村の兄がそんな悪魔めいた事をするとは思えない。話に聞いた藤村金剛と言う人物は、朗らかで、かつ正義を重んじる性格のイメージがあった。そんな彼がティアマトの一員として動く事には違和感しか無い。

 

「―――その件はもう良いです。淡路島さんが貰ったティアマトの資料の概要とバスに乗車する時の事から教えて下さい」

「ああ。あの資料、パンフレットだったか。俺の自宅はどうせ割れてるだろうから好きに探してくれ。テーブルの上にでも置かれている筈だ。ここからはうろ覚えだから資料の詳細はガサ入れた方が分かるだろう」

 

 皮肉めいた口調だが、淡路島は今頭に残っている情報を洗いざらい話し出した。

 

――

 

 ティアマトの資料は、まるで最新を謳った学校の様なポップなデザインで描かれたパンフレットだった。

 福利厚生、構成員の役職、昇給制度まで書かれており、全体的に明るい印象を持たせる物であった。

 ただ一つの項を除いては。

 

 その仕事内容、ティアマトがどの様な組織であるかがまず表紙を開いた先に書かれていた。

 ”我々ティアマトは、来る外宇宙からの侵略から人類を守る為の進化を促す組織です”と、そう書かれていた。

 いきなりな宇宙の話に淡路島は困惑した。こんなの年末のオカルト番組でもやらないだろ、と心の中で呟きながらページをめくり続ける。突飛な文章で目を引くのは良くある事だろう。

 

 続いて記されていたのが、サイトのURLだった。それはどうやらティアマトで行う仕事の内容を伝える動画らしい。大手の動画配信サービスのリンクから飛ぶ事に違和感を感じたが、四の五の言っていられる状況ではない。そのままURLを携帯に打ち込み、動画を見る。

 

 気が付くと淡路島はバスの座席と思わしき椅子に座っていた。手に持っていた筈の携帯は無く、腕時計を見ると、午前の七時をさしていた。

 あの動画を見てから時間が飛んだように記憶が無くなっていた。それに、このバスは恐らくティアマトの物だろう。運転席は窓ガラス越しに閉鎖されており、自分の様に辺りを見回して動揺している人が散見される。スーツ姿のままの中年や、やたらやせ細った少年などが見られ、異様な雰囲気の中でバスが進んでいく。

 

 風景からして東京を抜けた所だっただろうか。バスの天井から催眠ガスと思われる物が噴霧され、体に力が入らなくなっていく。シートベルトをしていなかった中年はそのままバスの通路に倒れ込むが、そのままバスが走り続ける。淡路島が老人を助けようとするが、バスに揺られ、体を椅子に打ち付けるとその衝撃で眠ってしまった。

 

 

 目を覚ますと淡路島は結束バンドで手を後ろに縛られていた。

 

「……ここはどこだ!」

 

 思わず淡路島が叫ぶと、バスの中に黒い鎧―――金剛が入って来る。

 

「ここがティアマトの拠点だ。ここで何をやるのかは、お前らは既に分かっている筈だ」

 

 金剛がそう言うと咳払いし、何かの合言葉を言う。それが何と言ったのかは淡路島には思い出せなくなっていたが、それを聞いた瞬間、体が勝手に動き出した。これが一種の洗脳に近い力で操られている事は分かっていた。だが、体は制止を無視してバスから降り、勝手に拠点の中にあるホールの様な広い空間に足を運んでいた。

 そこに設置されたテーブルの上には、各人一個づつのイートリッジが用意されていた。

 

「ラフムを創ると言う部分においては我々は長良衡壱(ながらこういち)を出し抜いた。有機物・無機物・現象・概念…それらの性質を抜き取りこの端末に注ぐ事さえ出来れば、後は人の動脈に程近い皮膚に触れさせるだけで超人兵器ラフムの完成だ!」

 

 笑い声を漏らしながらそう高々に言い放つ金剛の言葉が淡路島の脳裏に焼き付く。それは恐怖と後悔がそうさせたのだろうか。覚えが良い方では決して無かったが、あの高笑いを忘れる事は絶対にしないと心に誓った。

 しかし、体は自らのコントロール下には無く、金剛の言っていた通り、ペイルのイートリッジを起動させると自らの手首に当てた。

 

《Pale》

 

「ぐッ……!う、うあああ……」

 

 思わず声が漏れる。体の中が沸騰しているかの様に熱く湧き上がる。体内から破裂しそうな痛みを伴いながら、淡路島の姿がみるみるうちに変貌していった。

 まるで魚の様な容姿の手足が見える。その場に”自分の姿を見てみろ”と言わんばかりに置かれた姿見を覗くと、その姿は、人であった頃の面影など残さない、ただの怪物に成り果てていた。

 

 絶望のあまり言葉も出なかったが、体の自由は戻って来た。そのまま後ろに立つ金剛を襲おうかと振り向いた時だった。

 隣にいたやせ細った少年が、バズーカの様な手から砲弾を金剛に放っていた。

 

「よくも騙したなッ! 僕の体を、母さんからもらった心臓を返せェェェェェ!!」

 

 爆風で辺りの壁が吹き飛び、塵と煙が舞って辺りが見えなくなる。未だにバズーカを発射する爆音がけたたましく響いていたが、その音が急に止まった。

 

「お前ら、この組織への反逆はやめとけ。たった今ラフムになった程度の力じゃ俺に勝つ事は絶対に有り得ない。それと、その怪物の姿だが再びイートリッジ、さっきの端末を体に当てれば人間の姿に戻れるから安心しろ。そしてお前らのやるべき事を遂行しろ」

 

 煙が晴れると先程の少年だったラフムは、首だけとなり金剛の手に収まっていた。

 翌日、金剛が生き残った淡路島達にニュースを見せた。一家変死事件として取り上げられたそのニュースには、失踪していた長男としてあのやせ細った少年の写真が載せられていた。その写真で見る彼は、淡路島には、とても勇敢で、誰かの為に戦える強さを持った目に見えた。

 

――

 

「俺は怖くなった、自分が死ぬのが。だから恋人の為、自分の為、戦って来た。なんとか人殺しをしない様にな…だがもう限界だ。俺はずっと自分が怪物になったのが怖かったのに、それでもそれを武器にしなくちゃ生きられなかったんだ」

 

 そう言うと、強面の淡路島からは想像出来ない様な悲痛な表情で涙を流し始めた。

 

「助けてくれ仮面ライダー……俺はもう戦いたくない。ただ幸せに暮らしたかっただけなんだよ……」

 

「―――分かりました。僕にはあなたみたいに人の目を見たって性格なんて見えませんが、一つだけ見える物がありす。あなたは本当に僕に助けを求めている。任せてください……淡路島さん。僕は、ヒーロー、”仮面ライダー”ですから」

 

 勇ましく楓が答えてみせると、携帯に連絡が入る。藤村からのメッセージ。

 ”ペイルの恋人さんがいる病院にラフムが出現!”の文章を読み、職員らに任せ席を外す。

 

「ラフムか? ライダー」

 

 淡路島の問いに楓は黙って彼を見る。

 

「絶対に勝てよ、ヒーロー」

 

 楓は黙ったままその場を後にする。

 

(アイツの目…推測するに俺に関する事だな…だとしたら、サンダーが遂に動くか……)

 

 淡路島が天井を見上げると、溜息をついた。



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#25 雷鳴

 バディ本部内駐車場に機動隊が終結する。ラフム出現の報を受け楓が勇太郎と彼らと合流する。

 

「楓! 相手は酸を使うヤツだぜ! 今回は俺の炎に()があるからサポート頼む!」

「オッケー。それに、今回はペイルと仲間だって言うティアマトのラフムも患者の護衛に入ってくれるらしい、あわよくば協力を持ち込もう」

「マジかよ…まぁ楓がそこまで言うなら、信じて良いんだよな」

 

 機動隊は全国に張り巡らされた地下通路網”レイライン”で、楓と勇太郎は射出コンテナで各々目的地に移動する事となる。

 

《Account・Winning》

《Winning》

 

《Burn》

 

「「変身!!」」

 

《Change・Winning》

 

 二人の声が重なると、イートリッジから放たれる粒子が体を包み、ライダーとラフムへと変身する。

 

「目的地は東京だから遠くは無いけど、サイクロンの調整と出撃を含めても射出の方が早いわ。二人は射出コンテナ内にてサイクロンに乗って待機、後はこちらで操作するわ」

 

 藤村の指示と共にコンテナを牽引するトレーラー内のオペレーター陣が調整と喚呼の手順を始める。

 

「こちら霧島、準備完了」

「こちら火島、準備完了ォ!」

 

「了解。仮面ライダー、バーン、両名の発進準備完了。ライドサイクロン整備済、システム異常無し」

「座標指定完了、座標までの到達ライン演算開始…演算完了。ノードオンライン」

「発進システムスタンバイ」

 

「仮面ライダー、発進許可します!」

「バーンラフム、発進許可するぜ!」

 

 コンテナが展開すると、サイクロンを固定していたレールも上空へと向く。

 

「発進軸固定、ブースターオン。ライドサイクロン、発進します!」

 

――

 

 長官が二人の飛び立つ瞬間を固唾を飲んで見守る。そんな彼の横から成程、と気品のある声と共に、スーツ姿で眼鏡の中性的な容姿をした男性が現れる。

 

「あれらも全て政府の補助から出ていますから、けして無駄遣いの無い様に。長官」

「はは、分かっていますとも。何にせよ出撃の最終承認ですが、実は私が出していますから…何かございましたら私の責任として下さいね」

 

 長良が椅子を回転させ、横の人物と目を合わせる。まるで二人は睨み合う様にじっとお互いを見つめる。と、長官が不敵な笑みを浮かべて口を開いた。

 

「―――総理によろしくお伝え下さい。”内閣府査察官”殿」

 

 

 

――

 

 ライダー、バーンが上空から病院に着陸する。付近の警察の協力によって医師や看護師は避難できたが、患者はまだ避難が完了していない。酸を使うラフムは非常に危険な為、早急な救助が求められる。

 と、三階の病室から酸と思わしき液体が溢れ出し、窓を突き破る。

 その光景に現場の人々全員が戦慄する。あの攻撃に巻き込まれた患者がいる可能性に避難中の医師らは顔を青くしている。

 

「楓ッ! 一緒に来い! 俺はラフムの捜索、お前は救助だ!」

「うんッ!」

 

 バーンとライダーが三階へと跳躍し、酸によって開けられた穴から突入する。

 その場には酸を命からがらかわし、倒れている患者の男性と、紫と黄緑の毒々しい怪物が立っていた。

 

「バディだ! 観念しろラフムめ!」

「お出ましか、ライダーとバーン……」

 

 コードネーム、アシッドラフム。どうやら一階から襲撃したらしく、片っ端から破壊と殺人を繰り返している。もう既に犠牲は出ている。この異形に酌量の余地は無い。ライダーとバーンが全力で挑む。つもりだったが。

 

「俺には探しているヤツがいんだよ! お前らなんかと遊んでられっか!」

 

 アシッドが二人に背を向け、逃げ出す。探していると言うのは恐らく淡路島の恋人であろう。病室の壁を溶かして突破し、一目散に走り出す。

 

「お前らをドロドロにすんのはこちらの目的を達成してから―――」

 

 追いかける二人を見ながら走っていると、前にいた人影にぶつかる。一般人へ激突したにしては反動が重たい。バディの機動隊員にぶつかったのだと警戒しながら前を振り向くと、そこには黄色い鎧に腰布を巻いたライダーの様な戦士が立ちはだかっていた。電撃の様なとげとげしい装甲の意匠と、目を覆うバイザーが威圧感を醸し出す。

 

 

 

「なッ…お前は……」

「俺の事すら知らねえか、おい雑魚ラフム。誰の指示でここに来た? ここは俺が監視してるって言われなかったか?」

「知らねーよ! 仮面ライダーみたいなコスプレしやがって、いきなりグチャグチャ言いやがっ―――」

 

 状況を把握出来ずに戸惑うアシッドの頭を、黄の鎧が掴む。もがくアシッドだったが、彼を掴んだ黄の鎧の手から雷撃が視認出来る程の威力の雷が放たれる。

 頭に落雷を受けたに等しい電撃により、アシッドは全身を黒焦げにし、黄の鎧の手から離れ倒れる。

 

「ビルダーとは言え、ラフムなら無事だな。それよりも……救出を優先するか」

「―――”(ひびき)”は地下だから大丈夫、だよな」

 

 黄の鎧が物音に気付き、ゆっくりと振り返ると、ライダーとバーンが立っていた。

 

「仮面ライダーとバーンラフムか。このラフムは俺が倒した。ペイルからどこまで聞いているかは知らねえが―――」

「お前がサンダーラフム、だな。淡路島さんから話は聞いている。状況にもよるけど君の協力を得たい」

 

 ライダーは彼がサンダーだと分かると、協力を促す為に手を差し伸べるが、サンダーはその手を振り払う。

 

「勘違いするな。俺はティアマトの監視執行役、つまりラフムの暴走を食い止める立場ってだけだ」

「食い…止める……? おい、今までラフムが暴れ回って人を襲ってたのにその間お前はどうしてたんだよ!?」

 

 ライダーは激昂してサンダーの胸倉を掴む。淡々と言い放つ言葉の冷徹さにライダー―――楓は怒りのあまり我を忘れてサンダーを追求する。が、バーンは冷静にライダーの肩を叩いて叱責する。

 

「落ち着け楓、俺達が今やるべき事はここの人の救出だろ! 幸いアシッドはブチのめされてるんだからイートリッジを回収してさっさと皆を避難させるぞ! サンダー、お前の役目はおしまいって事だろ? 俺達と戦うつもりが無いなら今日は見逃してやるから帰れよ!」

「―――懸命な判断だな、バーン。それと一つ言わせてもらうが……俺の仕事はもう一つあってな、お前の回収だ」

 

 は? とバーンが問う。が、サンダーはそれに答えずに彼の首を掴む。

 

「お前を電撃で行動不能にしてティアマトのアジトまで運ぶ。そもそも霧島家を襲撃したのも火島勇太郎の才能に目を付けたかららしい。お前がラフムと化した為にこちらの人間として運用したいんだと」

「そんな勝手が許されるか! 俺は人の命を守るヒーローになるって決めたんだよ! お前ら人殺しの道具になんて死んでもなるもんかよ、バーーカ!!」

「そうかよ―――なら死ね」

 

 サンダーがその手から凄まじい威力の電流を発する。その電力が周りの電気類と反応し廊下の蛍光灯が明滅する。

 

「やめろッ!!」

 

《Winning・Attack》

 

 ブートトリガーによる力の解放で強化されたライダーの鉄拳をサンダーに見舞う。予想外の攻撃にサンダーがその場に倒れると、ライダーは好機と言わんばかりにサンダーを引きづって諸共外に飛び出る。

 

「なっ、何すんだテメェ!」

「病院には電気を使って生命維持をしている患者が大勢いる……その中でそんな電撃を放っていたらどうなるか分かるよなっ!?」

 

 三階から落下した二人は、サンダーを下敷きにして地上に激突する。その衝撃でサンダーが唸りを上げるが、ライダーはそれに構わずその顔面にもう一発を食らわせる。

 

「淡路島さんが恋人を守ってくれると信頼していたからお前は話が分かると思っていたけど、残念だ。どうやら予想外の間抜けだった様だな」

「間抜けだと……? こっちの事情を知らないクセにッ!」

 

 サンダーが更に放電し、上に乗っかっていたライダーを怯ませ、突き飛ばす。

 

「お前にとってバーンが大切なのは分かってる……だけど俺だって大切なヤツを助けたいんだよ! 俺は…俺の大切な人の為なら全てを犠牲にすると決めた!」

 

 態勢を整えたサンダーがライダーに蹴りを食らわせ吹き飛ばす。

 

「そこまでの決意をしながらどうしてティアマトなんかに手を貸すんだ、サンダー!」

「あの悪魔共の力が無ければ俺は”響”を助ける事なんて出来なかった! 今はアイツらの言葉に従うしか……無いんだ」

 

 ライダーが溜息をついて肩をすくめる。この状況に既視感と飽和を感じ、苛立ちを隠せないでいた。

 

「これは淡路島さん…ペイルにも言ったが、バディで働けばお前の大切な人を助けられる筈だ。どうせなら人殺しじゃなくて世界を守って大切な人も守りたいだろ?」

「な―――そうやって言っておけば(ほだ)されると思いやがって、俺は大人の言う事なんか信じない! ガキだからってバカにして、俺から全てを奪おうとするんだ!」

 

 大人? ガキ? サンダーの言葉の節々から、彼がまだ子供である事が察せられる。そんな彼が鎧を纏ってライダーと戦い、人殺しに加担する―――ここまでやらせるティアマトに怖気が立った。

 

「サンダー、お前いくつだ?」

「いくつでも良いだろ!」

「まあ歳は関係無いか……でも、一つだけ言わせて欲しい。僕は、僕達は助けを求める人を利用したりなんてしない。僕に出来る事があるなら協力するから、もう悪事で誰かを助けようとしないで欲しい」

 

 途端に語気を弱め、説得を始める楓に、サンダーが狼狽える。楓の言葉に自分の覚悟が揺らいでいく気がした。本当は人を傷付けたくない。そう思っている自分の良心が自分の行動を抑制する。

 サンダーの葛藤に終止符を打つ為に楓は変身を解除する。

 

「もし君がバディに協力するなら、僕は君とは戦わないし、君の為に戦う事を約束するよ。一緒に行こう、君ならきっとバディでも大切な人を守れる筈だ」

 

 バディにいても大切な人は守れる。楓の言葉にサンダーの心が傾く。

 楓の言葉に従う様に一歩を足を踏み出した瞬間だった。

 

 

「大人の甘言に聞く耳は持たないんじゃないのか? サンダー」

 

 黒い霧の中から死神の様なオーラを醸し出しながら黒い鎧、藤村金剛が現れる。

 

「お前に都合の良い言葉を並べ立ててお前を使い潰して結局君の妹は助けない。そんなもんだろ大人って? サンダー、お前が従うべきなのは、お前に真に寄与する悪か、口だけの正義か。果たして……どっちだ?」



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#26 敗北

「サンダー、何故ライダーは急に優しくなったと思う? 自分の思い通りに事が運ぶ時、人には余裕が生まれるからだ。駄目だぜサンダー、お前の妹を助けられるのはティアマトだけだろ?」

 

 止まる事無くサンダーを惑わせる藤村金剛。先程までの威圧感を失ったサンダーは体を小刻みに震わせていた。

 

「それに……お前がティアマトを裏切ると言ったならどうなるか、分かるな」

 

 その言葉を聞いたサンダーは更に肩を震わせ、ライダーへと拳を向ける。

 

 

「おい…アンタ本当に藤村金剛、なのか? アンタは人を守る為にこのライドシステムを作ったんじゃ無いのか!?」

 

 楓が腰に巻いたままのロインクロスを揺さぶりながら叫び、問う。その悲痛な疑問を嘲笑う様に口角を上げ、藤村は言葉を重ねる。

 

「知らないな、そんな立派な(こころざし)なんて。俺はただこの世界と人間が壊れるのが見たいだけだ」

 

 その言葉に楓は我を忘れ、藤村へと接近する。が、その間にサンダーが立ち塞がり、行く手を阻む。

 

「良い子だサンダー。バーンは良いからお前はそのヒーロー気取りをブッ潰せ。妹さんの為にな」

 

 藤村がそう告げると、再び霧状になり消える。

 

「待てクソ野郎ッ!!」

 

 楓が普段からは想像もつかない程の罵声を浴びせるが、藤村は意に介さない。そして、楓―――ライダーが戦うべき敵は彼では無かった。

 藤村に言われた通りにサンダーがライダーへと攻撃を仕掛ける。

 サンダーはその名の通り、雷撃によってライダーの全身を痺れさせる。言う事を聞かなくなった体を動かそうとする度に体に亀裂が走る様な痛みが続く。が、ライダーは諦めない。この病院で眠る患者の為に。そして連れ去られんとする勇太郎の為に。

 

「まだ僕は倒れられない……守りたい人がいるんだッ!!」

「お前一体何なんだ? 急に声を荒げたり守るっつったり…」

 

 その叫びにサンダーが狼狽えるが、拳を強く握り、言葉を返す。

 

「仮面ライダー、お前は守るっつったが、お前が誰かを守る事で犠牲になる命があるんだよ! お前を倒さなきゃ響は…響は死ぬ! 自分が死んだ方がマシに思える程守りたい人が俺にだっている! ……そうか、お前にだっているんだよな」

 

 サンダーの身の上とライダーが重なり、一瞬心が揺らぐ。だが、力と暴論でその心を捻じ伏せる。その証としてサンダーは本来の能力を披露する。

 腰布を剥ぎ、捨てる。その腰にはライダーと同じベルト、ロインクロスが巻かれていた。

 

「それは―――ロインクロス!? サンダー、お前もライドシステムで……!?」

「藤村金剛から受け取った物だ。もとよりラフムの力を制御出来なかった俺がティアマトのラフムとして戦う為の鎧だと言った…仮面ライダー。お前と同じ力でお前を倒す!」

「だったらサンダー。僕は君と同じ力で君を助ける!」

 

 サンダーが呆気に取られる。まさか倒すのでは無く助けるだと? その疑問を目の前の敵への集中によりかき消そうとするが、戸惑ってしまう。だが、そんな世迷言(よまいごと)で人が助けられる程甘くないと、そう自分に言い聞かせ、サンダーはブートトリガーを3回引く。

 

《Thunder…Impact!!》

 

 サンダー、雷の力の最大解放。先程までとは比べ物にならない電光を身に纏い、腰を落とす。それは跳躍の構えであった。

 それに合わせ、ライダーもブートトリガーを3回引き、風の力を身に纏う。

 

《Winning…Impact!!》

 

 二人の叫びがこだまし、同時に空へと飛び立ちお互いの脚をぶつけ合う。

 風と雷。それぞれの力の交差は、かつての屏風絵”風神雷神図”を思わせた。

 

「君がもう誰かを傷付けなくて良い様に……君を倒すッ!」

「矛盾した偽善を並べるな、ライダー!! お前が俺を倒せば―――人が死ぬんだぞッ!」

 

 その言葉にライダーは動揺し、サンダー最大威力の一撃を真っ向から受ける。

 電撃により麻痺した体ではまともに着地出来ず、体から落下する。が、ライダーはまだ立ち上がる。

 

「本当に俺を助けたいなら―――俺に倒されろッ!」

 

《Thunder・Crush》

 

 二度目の能力解放。最大解放後の連続しての解放はロインクロス及びライドシステムの規定された能力行使の限界に至り、ライドツール破損の危険がある。もしもこれによりサンダーのロインクロスが破壊されてしまえば、彼は制御不能のラフムの力を使う他無くなる。

 その危険性を知っていながらサンダーは戦う。

 

――

 

 三ヶ月程前。とある兄妹と、その”家族”を、怪物が襲った。

 逃げようとした家族と、妹を守った兄は死亡。そしてその妹は全身の帯電と麻痺により、植物人間と化した。

 妹を助けられなかった悔恨を背負った兄はラフムとなり、愛する妹を治す術を探し続けた。

 また妹と幸せな日々を過ごす為に。

 力を解放し続けるサンダーの脳裏に走ったその記憶が、闘志を更に高めていく。

 

――

 

「響を……助ける為にッ! 俺はーーーッ!!」

 

 サンダーを包む雷は次第にその体さえも蝕み始める。装甲が裂け、体勢も安定しない。それでもライダーめがけてその脚を伸ばし、再びキックを決めようとする。それに対して受けて立つ様にライダーがブートトリガーに手をかける。

 

《Winning…Impact!!》

 

「なッ、もう一度最大解放だと!?」

 

 サンダーが躊躇った能力の連続最大解放。その力を使ってしまえばライドシステムの機能停止はおろか、自らの体にさえ多大な負荷をかける事になる。ライドシステムのサポートを受けて身体能力を向上させている部分も多い故に、上限を超えた能力解放をしてしまえば制御装置は暴走し、身体能力の向上効果は体への負担を顧みなくなる。

 

 その結果、ライダーの振り上げた右足は膝関節を逆に曲げ、砕ける。軸にしていた左足は各関節から回転を続け、捻じれ、骨を跡形も無く断ち切らせる。噴出した骨と血飛沫と共にライダーが崩れ落ちる。

 全身全霊のライダーキックによって発生した風の力の応酬は、サンダーの蹴りとぶつかり合い、大きな衝撃を生み出す。それにより攻撃を帳消しにされたサンダーは地上に落下し、能力解放を続けたライドシステムの制御機能として変身が解除される。

 サンダーへと変貌していた少年は、血の滲んだ学生服の埃を払い、ライダーを見つめる。

 彼と同時に変身が解除されていた楓は、下半身の原型を留めず、目を見開いたまま倒れていた。恐らく意識を失っているだろうが、その眼光の鋭さに、今にも動き出しそうな殺気を感じた。

 

「…何が助けるだ……獲物を殺す眼をしてるクセに」

 

 サンダーは淡路島程人の目で内面を見抜ける訳では無いが、多くの人の目や表情で心を読み取って来た経験から、楓の眼差しの意図を読む。だが、現状はそんな事はどうでも良かった。かすれた声で金剛を呼び付けると、指名を受けた藤村が一瞬でその姿を現した。

 

「ふむ、ライダーの討伐を確認した。それじゃあ次はバーンだな」

 

 金剛がそう言って病院へと歩を進めようとすると、異常な程の殺気を感じて動きを止める。否、身動きが取れなくなっていたのだ。その殺気により本能が、体を強張らせているのを感じる。それと同様にサンダーにもそのオーラが強く心と体を縛り付ける。

 

 その殺気の主は、楓だった。もう動かず、意識の無い筈の楓から、底知れぬ程の行かせまいとする意志と、金剛へと向けられた殺意に近い憎悪の感情が、滲み出ている。

 こんな狂気を放つヤツが果たしてこの国を守るヒーローなのか、と金剛の頭に(よぎ)る。そしてそれ以上に、今バーンに近づく事への忌避感が募る。

 

「バーンはまたいつかだ。とにかく戻るぞサンダー」

 

 心拍が上がったままそうサンダーに告げると、彼の肩に触れ、サンダー諸共霧と化して姿を消す。その頃には、楓の不気味なオーラも消失していた。

 

――

 

「楓っ! 楓ーッ!!」

 

 サンダーによる攻撃の後、目を覚ました勇太郎は状況を聞きつけ、楓がストレッチャーで運び込まれている所を追いかける。

 サンダーを迎え撃つ為に重症を負った彼の無惨な姿を見て勇太郎が泣き叫ぶ。その姿を見ていると、嫌でも昔の事を思い出してしまう。

 

 二人が中学生だった頃、集団でいじめられていた勇太郎を庇い、全員と喧嘩をして加害者全員と共に救急車で運ばれていく楓の姿。何故自分の為にそこまでしたのか後で問うと、楓はこう言った。

 

「人の痛みを知って欲しかったんだ」

 

 その当時は楓に感謝するばかりだったが、今になって思うと、何だか違和感が残る。

 

(人の痛みを身を以て知って貰う為に自分が痛い思いをしてどうすんだよ…そうやって誰かの為に戦ってりゃ、自分だって絶対に痛い癖に、お前はどうしてそうまでして……)

 

 緊急治療室に運び込まれる楓を見送りながら、勇太郎は泣き崩れる。

 

(戦おうとするんだよ……)



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#27 継承

 仮面ライダーと同じ力、ライドシステムを駆る謎のラフム、サンダー。

 彼は植物人間と化した妹を救う為にティアマトの刺客として立ちはだかった。

 猛烈なサンダーの電撃と、限界を超えた力の解放によって、ライダーはその身を滅ぼしながらも撃退に成功したのだった。

 

――

 

 病院の患者や医師に多数の犠牲者を出し、人類の希望であった仮面ライダーを失った。

 その影響は大きく、世間は不安を募らせていた。仮面ライダーをヒーローとして祭り上げた結果、敗北の報が多くの国民の耳に届いてしまった。

 ラフムに対する恐怖、バディと国に対する不信感、バーンへの期待。人々の気持ちが交錯している。

 

 一方、話題の中心にあるバーンラフム…勇太郎は―――。

 

 

 

「火島君。霧島君の体は回復に向かってるみたいだから治療室を移すわ。貴方も昨日からずっとここにいるのだから少し休んで頂戴」

 

 親友・楓の敗北と負傷に勇太郎は大きなショックを受け、飲まず食わず、眠らずで緊急治療室そばのベンチにずっと腰かけていた。

 勇太郎もそうだが、ラフムの回復力は常軌を逸する程であり、気力によってその回復速度を上げる事すら可能である。その恩恵を受け、サンダーによる攻撃を受けた筈の勇太郎は最早傷などの影響が残らない程回復し、楓も複雑骨折した脚が繋がり始めている。が、彼の回復力をもってしても治らない物があった。

 サンダーの力を連続解放した必殺攻撃による帯電。全身を異常な電気が覆っており、これを取り除かない限り彼の意識は戻らない”らしい”。

 

 らしいと言うのは、現代の医学ではこの帯電を取り除く手段は解明されておらず、似た症例の患者からの経験則でしか判断が出来ない為だ。

 この帯電が邪魔をして医療用器具が故障してしまう為、多くの医師が匙を投げているのが現状だ。今はその似た症例の患者を受け入れている病院での保護とした。

 

 楓が運ばれていく姿を見て、勇太郎は自分の無力さに打ちひしがれる。やつれる勇太郎に対して藤村に出来る事は少なかった。だが、勇太郎にはまだやるべき事がある。藤村は何とかして彼を奮起させまいと深呼吸をする。

 

「火島君。こんな状況だけど、貴方にはまだやる事が残っているの。霧島君に続く人類を守るラフムとして、彼の意思を継いで戦って欲しいの」

「……俺が、楓の意思を継ぐ?」

「そうよ。霧島君は皆の為に戦ってくれていた。彼が守ってくれたモノを、私達は守らなければならないわ」

 

「―――霧島君は、貴方と会うまで、貴方が死んだと思っていたわ。それでも、私達や、多くの人々の為に立ち上がってくれた……彼のその勇気を、今度は私達が守りたいの」

「楓の、勇気……アイツが守ったモノ」

「火島君。貴方にまだラフムと戦う気持ちがあるなら、私についてきて。霧島君の倒れた今、新たなヒーローが必要よ」

 

 自分が無責任な事を言っているのは分かっている。自分に出来ない事を勇太郎に押し付けている。それも分かっている。それでも、この日本を守る為に誰かの力を借りなければいけなかった。

 藤村は、自分の内から溢れる無力感を押し殺しながら、勇太郎に頭を下げた。

 

「まだ若い貴方にこんな重責、大人として背負わせたくなかったわ。でも…やらなくちゃいけないの。ごめんなさい火島君。どうか、どうかこのひ弱な人類に力を貸して」

 

 藤村の懇願に勇太郎は溜息をつくと、自らの平手に拳をぶつけ、打ち鳴らした。

 

「大学生にもなりゃ大人ですよ。俺の事は俺が決める。俺の責任は俺が取る。だから、藤村さん、頭を上げて下さい! それにこれは頼まれてやる事じゃない。俺が俺の意思で人を助けるんです。楓がそうした様に」

 

 先程の疲弊した顔付きから一変した勇太郎は、不敵な笑いで己を鼓舞する。

 

「そうと決まれば新たなヒーロー、いいえ…仮面ライダー第二号の誕生に当たるわよ」

 

 藤村と勇太郎は頷き合うとバディ研究室へと向かう。

 

――

 

 バディ研究室。そこにはライダー複製の為の多くの資料や工具が散乱し、まるで空き巣にでも入られた様だった。

 

「アシッド、サンダー両ラフムとの戦闘前のままね。貴方もそこにいたけれど、直前までバーンイートリッジの解析を行っていたものね。解析率は八〇パーセント。アーマーも用意出来ているわ。途中だった所を続けましょう」

 

 勇太郎からイートリッジを受け取ると、内部データを書き換えながら動作をシミュレートする。

 

「こんなに難解な作業を行っているけど、正直な話ライドシステムって気合いでどうにかなっちゃったりするのよね。理系としては頭を悩ませるけど」

「気合いっすか?」

「霧島君が初めて変身した時は、本当に気合いでどうにかなってしまったのよ。ライドシステムについて不可解な部分はまだ多いから、解明できていない部分の作用と私は考えているけど、兄さんの創ったモノである事から考えると、奇跡とか神の領域の仕組みがあったとしても不思議じゃないと思えて来るわ」

「神って…あのお兄さんそんなスゲー人だったんすね」

「確かにスゲーとしか言い様が無いわね」

 

 藤村が少し笑うと、作業の手を早める。

 

「私も兄さんに負けてないわよ? これで解析完了……ライドシステムとの接続を始めるわよ」

 

 イートリッジを別の装置に移すと、ケーブルを装置と、赤い鎧に繋げる。

 この工程は、仮面ライダーのアーマーを呼び出す為のシステムをイートリッジに施すものである。これによりイートリッジの力をロインクロスから解放した際にアーマーを装着させる事が可能となる。

 データの構築と実際に変身の動作を行ってのチェックを交互に繰り返す手筈だが、勇太郎は藤村の言っていた事を思い出していた。

 

(ライダーって気合いで変身出来るんだっけな…楓が気合いでやり遂げたってんなら、それを受け継ぐ俺だってやってみせるさ!)

 

 以前藤村が見せたもう一つのロインクロス。勇太郎がそれを腰に巻き付けると、彼の体から粒子を吸い込み、バックル右下の個別認識表示である”クレストカラー”が赤い炎のマークに染まる。

 

《Account・Burn》

《Burn》

 

 藤村からイートリッジを受け取り、起動させるとロインクロスに装填する。

 勇太郎は目を瞑ると深呼吸をしながら、変身のイメージを浮かべる。

 

(俺は…楓の思いを守る……絶対に!)

「変身ッ!!」

 

 楓が教えてくれたその響き。誰かを守る為のヒーローへと自分を変える言葉。

 

 ブートトリガーを引き、バーンの力を解放する。

 

《Change・Burn》

 

 

 結果から言えば、実験は成功。勇太郎の全身を鮮やかな赤き鎧が包む。

 鎧が展開され、仮面が素体の頭に合体する。

 

「変身…成功ね」

 

 藤村が安堵の息をつく。勇太郎も喜びの雄叫びを上げる。

 

「よっしゃー! これで俺も仮面ライダーだー!」

「ええ、火島君。今日から貴方は、そうね…”仮面ライダーバーン”として活動して頂戴。霧島君が帰った時の為に名称は差別化させて貰うわ」

 

 バーンラフムの性質たる炎と、勇太郎の心の中の情熱を表す赤き戦士―――仮面ライダーバーンが遂に誕生した。

 時代が求める時、仮面ライダーは必ず甦る。

 楓が倒れた今、その親友たる勇太郎が人々を守る使命を果たしていく。



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仮面ライダーバーン
#28 火炎


 新名称・仮面ライダーウイニング、霧島楓の名誉の負傷から一週間。バディは新たな対ラフム体制の確保に向け動き出していた。

 

 これまでのラフム被害を受けバディは犠牲者への鎮魂と共に、規模の拡大を行う運びとなった。

 職員の増員、警察及び自衛隊から機動隊への異動、研究員の新規配属により、バディの技術と戦闘能力の向上が徹底的に行われる。まずは研究室の増員と研究費・装備製作費の増額案がバディ長官・長良衡壱より提出された。

 

 防衛省・財務省をはじめとする政府各省庁は眉を寄せつつも致し方無いとする雰囲気があったが、国家予算を消費する事から批判の声も同時に上がった。それは内閣不信任決議案として国会議員らから提出されたが、その意見の大元にいるのが、内閣府査察官―――黒木 陽炎(くろき かげろう)だった。

 

 彼はサンダー戦の直前よりバディの調査に訪れていた男であり、政府からの提供物の用途を調査していた。その結果、これ以上のバディからの要求は国家としての対応に負えないとし、バディ強化に反論した。

 しかしその後人々を守ろうとするバディの意志に心を打たれ、強化案を承諾した各省庁の働きにより不信任決議案は否決。国からも今後のバディの活躍を期待される一方であった。

 

――

 

「どうやらバディはさらに規模を拡張するらしい。これ以上俺達の肩身を狭くする様な事はしないで欲しいのだがな」

 

 都内の廃墟。黒い鎧―――藤村金剛はそこで長身で眼鏡の美女と密会していた。その女性は”アント”、蟻のイートリッジを左手に持ち、右の人差し指でその表面を撫でる。人の話を聞いているのか定かではないその態度に金剛は溜息をついた。

 

「そろそろあのバディを叩く必要がある。俺とサンダー、そしてアント。お前の三人で計画を進める」

 

 アントがイートリッジを撫でる仕草をやめると、ようやく口を開いた。

 

「…そのサンダーはいないのね。この間あの仮面ライダーとドンパチやって深手を負ったみたいだけど?」

「サンダーなら体はあっと言う間に治してどこかをフラついている。勝手な事はして欲しくないんだがな……アイツはライドシステムを委任されているだけで器量は雑魚ビルダーとなんら変わらない。俺達の様な幹部に加わっている事さえ不思議な程だな」

「ガキの愚痴は分かったわよ。それでその計画は大幹部(バミューダ)には報告してるの?」

「いいや、何も言ってないさ。面白くなくなるからな」

 

 そう、とアントが返すと、二人はお互いの目を合わせ、高笑いを浮かべる。その高笑いは、彼らの企てる計画の恐ろしさを予感させていた。

 

――

 

 ティアマトの暗躍が進む中そんな事を知る由も無く、勇太郎は楓の入院している病院を訪れていた。

 未だ目を覚ます素振りを見せず、体中から電気を発生させている。

 

「まだどうすりゃ良いのか分からねぇけど、絶対に助けてやるからな…楓」

 

 見舞いに訪れた勇太郎が窓に手を添えながら呟く。そして隣の治療室で同様に眠る少女に視線を移すと部屋の入口に書かれた彼女の名前を見る。

 

暁 響(あかつき ひびき)……藤村さんが言うにこの子が、サンダーの妹さんなんだな」

 

 ウイニングとサンダーが戦闘していた際の会話は全て録音されている。そこから藤村はサンダー、暁雷電(あかつきらいでん)の情報を調べ上げ、彼の動向を追っている。が、彼は自宅に戻らずに放浪しているらしい。しかし保護者から行方不明届や捜索願も出ておらず、養育の杜撰さが垣間見えた。

 

(藤村さんは家庭環境もサンダーの行動に影響があるっつってたか……どうにかしてアイツと話し合う機会が欲しいが、どうしたものか。また出て来た時にでもおしゃべりするか?)

 

 勇太郎が溜息をついていると、携帯電話の呼び出し音が病院の廊下に響き渡る。勇太郎は焦って切ってしまおうかと携帯の画面を見ると、藤村からの着信である事に気付き、電話に出る。

 

「火島君、ラフムが出たわ。そっちに出向いて射出する時間は無いから直接向かって。座標は送信したわ」

「了解っす!」

 

 電話が切れると、藤村から送られた目標の地点と敵の情報を確認する。

 

「楓、また来るからな…響ちゃんも、絶対に助ける方法を探してやる!」

 

――

 

 十一月二十七日。午前十一時。

 勇太郎仕様に赤いファイヤーパターンをプリントされ新調したライドサイクロンを走らせ、ラフムの暴れている場所へと向かう。

 以前楓が入院していた病院の付近。アシッドに襲われた患者が住んでいる地域の為、彼らの心的外傷の程を考えると勇太郎ははらわたが煮えくり返りそうだった。

 

 都内地下に整備されたバディ出動用巨大交通網”レイライン”を通り、瞬く間に到着する。古い民家での襲撃が起こり、火災が発生し消防隊も出場している。

 

「火島君! こっちよ!」

 

 勇太郎を見つけた藤村からの指示を受け、現場に走る。そこからは絶える事無く銃声が鳴り響き、ラフムの叫び声と人々の断末魔が聞こえてくる。

 まさしく阿鼻叫喚、地獄絵図。この悲劇を終わらせる為に勇太郎はバッグからライドツールを取り出し、装着する。

 

 

「火が強くなって来たぞ! みんな退け!」

 

 バディ機動隊員らが強くなる火に退避せざるを得なくなって来ているが、隊長である大護ただ一人は構う事無く自動小銃をラフムに撃ち続ける。

 

「まだだ! 勇太郎が来るまで俺が抑える! お前らは民間人の避難と消火を!」

 

 大護の銃撃によってラフムが怯み、その時間稼ぎによって勇太郎が到着する。

 

「武蔵さん、俺に炎は効かないんで後は任せて下さいッ!」

 

 勇太郎の前に立ちはだかる敵―――ウッドラフム。木の性質を持つその怪物は、想定外の火炎に包まれ燃え続けている。しかし剛健な木の鎧が再生し続けている為に本体にダメージは無い。

 

「炎の敵か、俺みてーだな…初戦に相応しいって感じだぜ」

 

《Burn》

 

 バーンのイートリッジを起動させ、予め装着していたベルト型アイテム、ロインクロスに装填する。ウイニングからは打って変わったベースによる起動待機音。少し驚きはあるが、藤村金剛の趣味を投影しているらしい。

 

「金剛さんも無事なら名作曲家になれるぜ…っと!」

 

 ウッドラフムが枝状の手を伸ばし勇太郎へ攻撃を仕掛ける。が、それを寸前でかわしブートトリガーをバレットナックルから引き抜く。

 

「お見せしてやるぜ、俺の―――変身ッ!!」

《Change・Burn》

 

 変身の音声。それと共に周囲を燃やす炎が勇太郎を中心に吸い込まれていき、彼のエネルギーと化していく。赤いスーツが形成され勇太郎の身を包む。

 ライドシステムにより転送された鎧が装着され、仮面が降りて勇壮なヒーローの面となる。

 

 

 炎が燃え立つ中、新たなヒーローが誕生した。

 カブトムシの様に伸びた角。

 彼の憧れを見つめる緑の瞳。

 マフラーの無いシンプルな立ち姿。

 ウイニングに近しいが炎の様な意匠が増えた鎧。

 紅と橙で彩られた体躯。

 

「友の意志を受け継ぎこの鎧! 風を受けては燃え上がる! 正義を燃やしライドする仮面の戦士! その名をまさしく……」

 

 ウッドが更に枝を伸ばすが、赤き戦士の炎が焼き尽くす。

 

「仮面ライダー…バーン!!」



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#29 初戦

 十一月二十七日。東京都新宿区西早稲田。火炎に飲み込まれた住宅街で、怪物とライダーの激闘が繰り広げられていた。

 

「誰も見てないだろうが、仮面ライダーバーン、見事お披露目だぜ。来いよラフム! 燃えながら暴れるのも楽じゃないだろ、すぐに解放してやるからな!」

 

 炭化しながらも戦うウッドラフムを挑発して相手の攻撃を誘う。俊敏な機動を見せ攻撃の手を止めないウッドだが、単調な連撃をバーンはかわし続けながら間合いに入り、パンチを見舞う。が、木の性質から生み出される何層にも重なった装甲によって有効な打撃は加えられない。

 

「火島君、攻撃に特化したイートリッジに換装して!」

 

 藤村の指示を受け、バーンは楓の戦い方を思い出しながらベルトを操作する。

 イートリッジホルダーからディア―、鹿のイートリッジを取り出し、起動。

 バーンから入れ替えてロインクロスに装填、取り付けられたままのブートトリガーを引きフォームチェンジを行う。

 

《Deer》

《Form・Change・Deer》

 

 すると、バーンの胴体から鎧が外れ、ディアーの鎧が装着される。鋭利な鹿の角の様な腕の突起、跳躍力が増し身軽になった脚部。鹿を模した角の仮面がバーンに被さり、その姿を大きく変える。

 

「これがフォームチェンジ…! 行くぜ!」

 

 大きな跳躍力でウッドの想定を上回る立体的な機動で、民家の壁を上りながら蹴り上げ、上空からウッドの体をその鋭利な腕の突起で斬り付ける。圧倒的なリーチと速度でウッドが怯んで倒れ込む。

 

「なんてパワー&スピードだ…このまま決めるぜ!」

 

 バーンが必殺技を決める為ブートトリガーに手をかける。と、その瞬間ウッドがまたしてもその枝を伸ばし攻撃する。が、バーンはその攻撃を見切っている。何の躊躇いも無く攻撃を回避する。

 しかしバーンが回避した先にはウッドの枝が更に突き出しており、回避し切れず攻撃を食らう。

 

「ぐおっ!」

(コイツ、強くなったのか!?)

 

 バーンが体勢を整える暇なく再び枝が伸びる。何とかバーンは避けるが、枝から更に枝が伸び、追加の攻撃を仕掛ける。回避不可能のトリッキーな攻撃にバーンが押され始めた。

 

(バーンの火力なら相手の攻撃に関係なく戦えるが打撃に難あり、ディアーを使えば攻撃に対応出来ねえ…他のイートリッジも分が悪いな)

 

 バーンは再び基本形態であるバーンフォームに変身し、ウッドの攻撃を燃やしながらさばいていく。ウッドの体は火に弱い筈なのに平気で動き続けている。それだけの装甲の強さを誇っているのだ。しかし表面はずっと燃焼している事から脆くはなっている。層を構成しているならば一点に集中して崩していけばいつかは内部が露出するだろう。

 その予想に全てを託し、バーンはブートトリガーを3回引く。

 

《Burn…Impact!!》

 

 バーンの能力を最大解放し、全身から炎を発生させる。

 

「うおおおおおおッ!! パワーが足りねえなら……無理くり引き上げてやるよ!!」

 

 思考を放棄した様にも取れるこの行動だが、現状はそれが最も有効だった。勇太郎の予想は正しく、底上げされた攻撃力と火力は一気にウッドの体を燃やし、腹部を集中的に殴り続ける。その結果修復に時間を要するレベルのダメージをウッドに与え、その体制を崩す。

 

「これで終わりだ―――!?」

 

 とどめを刺そうとしたバーンだったが、体の熱が高まりすぎて身動きが取れなくなっていた。

 

「火島君! どうやらバーンの炎の性質が冷却しきれなくて熱暴走を起こしている様よ! 周りの消火も進んでいるから後は機動隊に任せて退避して!」

 

 藤村が通信で言った”退避”が気になるが、体を何とか動かして送られてきた目標地点へと移動する。ウッドは未だ身動きをしておらず、安堵する。

 

「藤村さん? なんとか逃げてきましたけどラフムは倒せるんすか」

「ええ、一発でカタを付けるわ」

 

 藤村がそう言うと、上空からヘリコプターの音が近付いてくる。その中から対戦車誘導弾を持った大護が出て来て、ウッドに照準を合わせる。

 

「ATM-5、発射!」

 

 軽々と放って見せたその一撃が、ウッドに直撃し、爆発する。その衝撃で民家の残火が吹き飛ぶが、コンクリート壁の崩壊も招いてしまった。

 

「撃った後で悪いが、先生……これラフムとは言えブッ放して良かったのかよ?」

「防衛大臣と陸上幕僚長からのハンコは貰ってるわ」

 

 ヘリから降りた大護がウッドの元の人間と、変身を解除した勇太郎を回収する。

 

「一先ずはこれで任務完了だな、火島」

「やっと人類がラフムにトドメ食らわしましたね…人間の初勝利だ」

「お前らが協力してくれたその日から、”人間”が勝利しなかった日なんて一度もねーよ」

 

 ヘトヘトになりながらも、勇太郎は大護に笑いかけると、大護から良くやった、と激励の言葉を貰った。

 

――

 

 十一月二十八日。

 バディ研究室。熱暴走した勇太郎が回復したとの報を受けて藤村は安堵しつつ、バーンの調整をしながら考え事をしていた。

 

 ウッドラフムの元となったのは、以前病院で被害を受けた患者の一人であった。事情聴取によりオリジン個体である事が発覚し、ラフムへの変貌に時間差がある事が明らかになった。

 確かに、以前から藤村金剛の襲撃を受けラフムになった人物の話から、ラフムに変貌してから人間に戻り、普段と変わらぬ生活を送っていると突然ラフムになる、と言った状況がある事に藤村は固唾を飲んだ。

 

(ラフムになったら一旦人間に戻って、それから暫くしてラフムに変貌する……変貌時に近くにいた人は皆襲われてしまって死亡か重傷でその”瞬間”を知る人がいなかったから不確定要素ではあったけれど)

「……これまで襲われた人々はみんなラフムになる可能性を孕んでいた訳ね」

 

 人がラフムになる確率は定かでは無いが、今までの被害者とオリジン個体ラフム出現の比率から、おおよそ千人に一人の犠牲者がラフムになる、と言う事となる。

 

「……だとしたら、火島君と霧島君はどんな風にラフムになったのかしら…現状ラフム被害を受けてから人間としての意識を保ったままラフムになれているのも彼らだけだし」

 

 しかしただ考えてもしょうがない。取り敢えず勇太郎にラフムに命を落とした日の事を聞こうと連絡を取る。

 

「もしもし火島君? 少し聞きたい事があるのだけれど、今どこ?」

「今…そのー、長官とおやつ食ってます」

 

 思わず藤村の口からは? と言葉が出る。だが勇太郎は言葉通りの状況であるが故にそうとしか答えられなかった。

 

「すんません藤村さん!」

「長官と一緒にいるなら大丈夫よ。ゆっくり休んで頂戴、火島君」

 

 藤村からの電話を終えると、勇太郎はテーブルの向こうに座る長官に体を向ける。

 

「電話は終わった?」

「ええ。すみません、お食事中に」

「こちらこそすまない。忙しい上に病み上がりの君に来てもらっちゃって」

 

 いえ、と勇太郎は返すと、和菓子が来るのを待ちながらそわそわと体を揺らす。

 バディの全部門を管轄する長官、長良衡壱。勇太郎が彼と改めて会するのは初めてで緊張していた。

 

「やはり気まずかったか。許してくれ火島君、君と話したかったんだ」

 

 そう言って照れ臭そうに笑う長官に勇太郎はやはり固くなりながら言葉を返す。

 

「……ところで長官、何で和菓子屋なんすか?」

「はは、やはりちょっとおかしかったか。お菓子だけに」

「……」

「……」

 

 お菓子だけにおかしい人なのか、と勇太郎は突っ込みたくなる衝動を抑え、沈黙する。この空気に、流石に長官も自重する。

 

「昔ね、家ではお菓子なんて食べられなかったんだ。とても貴重な物だったから。だから今になってお菓子を食べたくなってしまって…それが理由と言うのもどうかと思うだろうが、人と話をする時はいつもココなんだ」

 

 菓子が貴重だった家庭に生まれたと言う長官に勇太郎は少し違和感を覚えた。見た目は30代位なので普通の家庭なら菓子はさほど貴重な代物では無かった。恐らく特殊な生まれなのだろうかと考えて自分を納得させた。

 

「それで、何で俺を呼んだんですか?」

「ああ、そうだね、さっき君と話したかったと言った通りなのだが、その話って事なのだけれど―――直接、長官として君のライダーとしての任について相談しておきたかったんだ」

「―――相談?」

 



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#30 憧憬

「相談、ですか……」

 

 十一月二十八日、午後二時四十八分。東京都台東区にある和菓子屋の個室。

 

 勇太郎を連れ出し間食に誘った長官は、勇太郎の仮面ライダーとしての任について相談をしたいと言い放った。

 今まで勇太郎との接触があまり無かった長官から相談を持ち出されると言う状況の異質さに勇太郎は少し困惑していた。

 

「今まで話をする機会の無かった私からの話だ、戸惑うのも無理は無い。しかし、君がやろうとしているのは”人類を守るヒーロー”だ。君がヒーロー、仮面ライダーとなるに値するかをバディ長官として見定めなくてはならない。私に務まるかは判断しかねるがね。勿論君がバーンラフムとして戦っていてくれていたのは理解しているし、私もその行為を認可していた」

 

 長官は水を一口含んで喉を潤わせると再度口を開く。

 

「が、君にそれら功績があるからと私自身が君の事を知らずに戦わせる事は出来ないと感じたんだ。じゃなきゃ……君の気持ちに気付けない」

 

 長官は出されていた水をもう一口飲み込むと一息ついた。

 

「気持ち…ですか。もしかして楓の時はアイツの気持ちを尊重出来なかった、って事ですか?」

「その通りだよ、火島君―――おっと、お菓子が来てしまった。少し頂いてから話そう」

 

 やっと運ばれて来た二人分の栗ぜんざいに目を光らせながらそう提案する長官に勇太郎も同意し、一口食してから会話を再開した。

 

「こうやって、霧島君ともお菓子を食べながら話を交わすべきだった…私が彼との関係を怠ってしまったから彼が傷付いてでも戦い続ける自棄的な正義感を察知出来なかったんだ……だから、火島君。これから皆の期待と不安を一身に背負う君がどんな気持ちで仮面ライダーになろうとしているのか知りたいんだ」

 

「ぜんざい美味しいっすね! 特にこの栗なんすけどこう…甘くてホクホクで……あ、話は聴いてましたよ!」

 

 食べる事に夢中になっていた勇太郎が恥ずかしそうに弁明すると、長官は美味しいからね、と擁護する。

 

「それで、その俺の気持ちってトコなんですけど…俺は単純に楓が憧れだったから、です。ヒーローに憧れて、誰かを守れる様になりたいって願う、子供っぽいけど良くある事ですよね? 俺にとってはそのヒーローは楓なんです」

「―――でもそのヒーローは倒れてしまっただろう?」

 

 冷酷な表現だった。勇太郎の憧れの的だった楓は先の戦いで負傷し今も目覚めない。

 

「君が霧島君を憧れとして、彼の背を追う様なら…君は彼の様に倒れてしまうだろう。火島君が今倒れてしまったらもうラフムへの対抗手段は町一つ焼き払う事位だ」

 

 勇太郎が鳩に豆鉄砲を食らった様な表情で固まり、しばらくすると大きな溜息をついた。

 

「そう……ですよね、そうでした。あー確かに! 楓みたいな仮面ライダーじゃあ、アイツみたいにブッ倒れちまいますね」

 

 憑き物が落ちた様に勇太郎が笑うと、新たな目標を考え唸る。

 

「だったら俺は……皆を安心させられる様な仮面ライダーになってみせます! 人々を、そして俺自身も守れる位強いライダーになる!」

 

 その言葉を聞いた長官は、静かに頷く。

 

「どうしてそこまでしてこの世界を守りたいと……思えるんだい?」

 

「そりゃあ……この世界ってチビッ子が苦しんでたり、人同士の争いが続いているけど、それを憂う優しい人がいるじゃないですか。その優しさで何か出来る訳では無いけど、その優しさがちょっとでも残っているから俺はこの世界が好きなんです」

 

 勇太郎が店を見渡す。そして、甘い菓子に舌鼓(したつづみ)を打つ人々を見て笑う。

 

「俺はこの世界に残る誰かの優しさを守りたいんです…楓は本当に優しかった。だから俺はアイツの優しさを守りたかったんです」

 

 勇太郎がぜんざいを口に放り込む。粗方話し終わって少し落ち着いたらしい。

 

「分かった。君になら、仮面ライダーを、ヒーローを任せられる」

「任せて下さい! これからもライダーとして頑張りますっ!」

 

――

 

 バディに戻った二人は、先程の和菓子屋で盛り上がっていた。

 意気揚々と話しながら本部へと入場すると、そこには内閣府査察官、黒木が壁に寄りかかって腕を組みながら立っていた。

 

「どうも、黒木査察官殿。本日も浮かない顔でどうかされましたか?」

「どうもこうも、この状況において外出しての休憩とは。良い御身分ですね、と」

 

 適当に挨拶する長官を睨み付けて言葉を返す黒木に長官は気圧(けお)される。一方の勇太郎は黒木の態度に難色を示す。

 

「あなたは…えーと……」

「内閣府からあなた方バディの動向について調査する為にと遣わされた査察官の黒木、と申します」

「黒木さん、すか。別に俺達はただ休憩する為に外出した訳じゃありません。俺のライダーとしての資格を問う為に落ち着ける場所を用意してくれたんです」

「そうですか。ではバディの面接室でも、長官が好きな様に部屋を使えば良かったじゃないですか」

 

 言葉に詰まった勇太郎が奥歯を噛み締める。と、長官が後頭部に手を当てて困った様な顔で微笑む。

 

「いやー、和菓子屋行ってましてね、そこの栗ぜんざいが食べたくって。だからバディの部屋も使いませんでした。非常に申し訳ない」

「全く。それら経費も税金から捻出される事を理解して頂きたいですよ、まぁ”好都合ですけど”」

「好都合?」

「いえ、こちらの事です。それより火島さん、研究室はどこでしょう? まだこの施設に慣れなくて」

 

 眼鏡を上げて不敵な笑みを見せる黒木に勇太郎は溜息をつきながらも研究室へと案内する。

 

「それじゃあ長官、今日は本当にありがとうございました! 美味しい経験沢山出来たっす!!」

 

 手を振って別れる勇太郎に長官も手を振り返す。彼らの行く方向とは逆へと体を向けて歩み出す。

 

(総理お墨付きの虎の子査察官か……さて、どうその猫かぶりを剥がすか)

 

 口元に手を当て、長官は思惑を巡らせると再び黒木へと視線を投げる。



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#31 雷電

 十一月二十八日、午後三時。東京都北区。

 都立赤羽医療病院―――。

 

暁 雷電(あかつき らいでん)さんですね、ご家族の所までご案内致します」

「いや、いい。場所は分かってるから」

「そうですか…分かりました。そしたら病院を出る際にまたこちらにお願いします」

「ああ。ありがとう」

 

 病院の面会受付窓口にて、高校生位の少年が素っ気無い態度で看護師に一礼すると、エレベーターへと歩を進める。

 この病院のエレベーターにはセキュリティ用のカードリーダーがあり、専用のカードをかざさなければ地下階へ移動する事は出来ない。ホラーアクションのギミックじみた仕組みだが暁雷電少年は懐からカードを取り出し難無く地下へと下降していく。

 

 薄暗い地下の奥深く。戦時中の防空壕を基に作られたこの特殊な病院には、通常の病院には無い地下の入院治療施設が存在している。そこでは現在の医療では治せない、いわゆる奇病の患者が入院している。

 その中には世界においても治療法が確立しておらず公開すらされていない症状まである。故にカードを所持している者しか立ち入れない場所と相成っているのだ。

 雷電がこの厳重なセキュリティに守られた秘密に立ち入れる理由は一つ。ここに彼の家族が入院しているからだ。

 

 暁 (ひびき)。雷電の妹の名が書かれたテープの程近くにある大きな強化ガラス窓。その向こうで多くの機械に接続されている少女の姿を雷電が見つめると、涙を流し始めた。

 

「響……お前をまた元気にする為に俺は、何だってしてやるから―――負けるな」

「俺も、絶対に負けないから」

 

 相手に聞こえていない事は重々承知しているが、その気持ちがいつか伝わると信じ、声をかける。

 一息つくと、近くにあるベンチに座り、俯く。

 雷電の抱える責務と、自分の本心との衝突が重くのしかかる。そのプレッシャーは年若い少年の抱いて良い物では当然無かった。

 

 と、彼の沈痛な表情を打ち砕く様に快活な声が病室の廊下に響く。

 

「お前は、サンダーじゃねえか」

 

 サンダー。サンダーラフム。自分の異名を知る者がここにいる事実に雷電は動揺しつつも警戒する。

 ベンチから腰を上げ、臨戦態勢を取る。が、サンダーの名を呼んだ相手である長身の男は身構える事無く両手を上げている。

 

「ここは病院だぜ? 俺はお前に会いに来た訳じゃない」

 

 そう言うと男は緩めなズボンのポケットから名刺入れを取り出し、中の名刺を雷電に差し出す。一方の雷電は警戒しつつも彼から名刺を両手で受け取る。

 渡された名刺には”バディ機動隊長 武蔵大護”と大きく書かれていた。

 

「サンダー、って呼ぶのは今は良くないな。…暁雷電。俺はバディの人間だが、今お前をどうこうするつもりはねぇ」

「武蔵…さん? …ああ成程……。アンタはあっちの見舞いか」

 

 雷電が響の隣の病室を見ると、そこでは響に良く似た症状を持つ患者が死んだ様に眠っていた。

 霧島楓。雷電との戦いにおいて彼の猛攻と激しい負荷を受け意識不明となっている”仮面ライダー”。

 

「アイツ…楓も無理しすぎだ。あのベルトの引き金は何度もカチャカチャ引いて良い代物じゃねえって先生が言ってたぜ。暁、お前もだ」

「敵を心配してるのか?」

「ああ、心配だ。お前だってラフムとは言え体は傷付くし痛いだろ。それにお前の所の事情は調査済みだ。余計なお世話だろうが心配しない訳がねぇ」

 

 大護は沈痛な面持ちで鼻息を荒げた。彼の同情する様な態度に雷電が眉間にしわを寄せる。

 

「何が心配だ! 俺の事なんて、響の事なんて大して知らない癖に!」

「おっと、ここは一応病院だから静かにな」

 

 雷電が舌打ちしながらベンチに再び腰掛ける。

 

「俺の事を調べたって言うなら知ってるだろうが、推察の通り俺は大人が嫌いだ。子供は弱いってすぐに図に乗る、都合の良い道具だって思ってやがる!……」

「……喋り過ぎた。こっちから話さなくても調べてくれるんだろ。俺の事を知ってるならほっといてくれよ」

 

 ばつが悪そうに雷電が大護を睨み付けながらその場を後にしようとする。そんな彼を大護が呼び止める。

 

「なぁ、ここにまた明日、同じ時間に来てくれないか。俺達はもっとお前と話したい。調べただけでお前の事なんて分かる訳ねぇからよ」

「少なくとも俺はお前と妹さんを助けたい。その為にお前らの事を知る。―――そうだな、お前を引き取った野郎はそれをしなかったんだよな」

 

 大護の言葉に雷電は何も返さず帰る。窓口で挨拶をすると、駐輪場に止められたバイクに乗ると、颯爽と駆けていく。

 強い風を受け、その冷たさに目を細めた。

 

「……響、俺は、俺は―――」

 

――

 

 八ヶ月前、暁一家は、旅行先だった静岡の山奥にてラフムに襲われた。

 周りに何も無い小屋では誰も逃げられず、阿鼻叫喚の中、怪物に惨殺された。

 父母は胴を引き裂かれ即死、響は心臓を突かれて生死不明となり、妹をどうにか救わんと手を伸ばす雷電もラフムの巨脚に踏みつぶされて死亡した。

 ―――筈だった。

 ラフムとして覚醒した雷電はその力を制御出来ずに暴走し、目の前のラフムを撃退した。そしてその耐え切れない程の電力を、妹に、流し込んだ。

 

 

 結果的に、そのラフムから生成された電気が生命維持能力を持っていた為に妹の命を寸前で救った事になった。 

 が、その電気を解除してしまえば再び響は瀕死となる上、怪物となったその身で妹に手をかけた恐怖は残り続け、その力を畏怖した。

 

 しばらくして撃退されたラフムから情報を受け取ったティアマトの人間が雷電と響を保護した。響は病院に預けられ、雷電は熊に襲われて生き残った子として彼の親族の元に身を寄せる事となった。だが、”中学生など手がかかる”と誰も引き取ろうとせず、たらい回しにされた結果遠縁の中年男性が彼の養父となった。

 その男は彼に食事を与えず、学校にも行かせず、ただ自分の都合の良い様に働かせた。食事を摂らなくても平気な彼に苛立った男は暴力を加えたが、ラフムである雷電の傷は瞬く間に修復されていく。常人離れした身体機能を持つ雷電に養父は恐怖と怒りを表し、日々彼に暴力を振るい続けた。

 雷電は養父を殺してしまおうかと考えたが、自分の能力を再び使うのが怖くて何もせずにいた。

 

 

 地獄の様な生活が始まってから二ヶ月、今から半年前。雷電は唐突にティアマトに呼び出された。待ち合わせ場所に現れた黒いワゴン車に乗せられ、しばらくすると古びた倉庫に到着した。

 雷電が車から降りると、倉庫から白衣を着た老人と黒い鎧―――藤村金剛が彼を迎えた。

 

「よう、暁雷電。いいや、サンダー」

 

 藤村がそう軽々とした口振りで言うと、警戒する雷電を見向きもせず倉庫の中へ入っていく。

 

「君が暁君か。ワシは武蔵と言う。君も知っているであろうこの組織、ティアマトで兵器開発を行っている者じゃ」

 

 老人、武蔵博士が雷電に声をかけると、倉庫へと案内する。

 

「君がラフムとして覚醒してからティアマトは君の寝食の保障をしながら戦力とする為の準備をしていた、と聞いているが……少し気になって少し前に君の家を見に行ったんじゃが」

「ワシの様な老いぼれが計り知る事の出来ない酷い有様じゃな」

 

 博士の言葉に雷電は顔を落とす。

 

「そう思うんなら俺を助け―――いや、何でもない」

「君はあの生活から抜け出したいんだじゃろ、少し見ただけでも分かるわ」

「だったら、もうあの生活に戻らなくても良い。あの力さえ使ってくれればな」

 

 博士が指した先には、作業台の上に黄の鎧が並べられていた。

 

「あれは……鎧?」



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#32 大人

「あれは、鎧……?」

 

 驚愕する雷電に、金剛が機械を操作しながら語りかける。

 

「サンダー、お前の力を制御する、お前の為の鎧だ」

「俺の、為の、力……」

 

 鎧のヒロイックな出で立ちに、自分が装着するのかと雷電が困惑しながら鎧を凝視する。

 

「こんなオモチャみたいなモノでどうやって俺の力を制御するって言うんだ?」

「暁君の能力をコイツ自身の稼働エネルギーにする事で余剰エネルギーを減らし、君が扱いやすい様に鎧側で制御する。その為の操作装置ももう完成しているんじゃ」

 

 博士がそう言うと、大きめのアタッシュケースを持って来て雷電に手渡す。

 雷電がケースを開けると、中にはベルト状の機械と拳銃の持ち手と引き金のみの様なアイテムが収まっていた。

 

「コイツはライドツール、この鎧を転送し装着する為の装備じゃ。その中にある暁君の力を凝縮した端末、エネルギーカートリッジを生成でき次第、君はもうその鎧を使えるぞ」

「コイツを使ってどうすんだよ」

「―――ティアマトとして人間を、殺せ」

 

 金剛が表情の見えない冷たい仮面の内側から呟いた。

 その一言に雷電は驚きを隠せずにいた。

 

「どう言う事だ…!?」

「俺達はティアマトだろ。ティアマトは人を殺してラフムを増やすのが目的だ」

 

 それを聞いた雷電は金剛に掴みかかり、追及する。

 

「俺を騙そうとしてたのか!? 俺を良い様に使って人殺しをさせようってのか!? こんな鎧を用意して何のつもりか知らねえが、俺が力を制御出来るってのも嘘なんだろッ!?」

「やめろ藤村君! 彼自身に殺害などさせる訳にはいかないじゃろうが」

 

 博士が二人を引き剝がすと、雷電にゆっくりと状況を説明する。

 

「雷電君にはティアマトの幹部としてラフムの動向を監視して、行き過ぎた行為、非人道的な殺戮(さつりく)と見られる場合にラフムを制止する役割を担ってもらう……そしてその報酬として君の生活と、妹の医療費に十分な金額を支払おう。妹を治療する医師も必ず手配できる程のな」

 

 妹の話題が出た途端、雷電の目の色が変わる。

 

「それでは雷電君、ラフムの監視者としての仕事を君に依頼する」

 

 博士の言い放った内容に雷電は押し黙ると今度は、だったら、と口を開いた。

 

「まず前金で五百万。俺の生活費で月二十万、妹の治療費で一千万は貰う。人殺しの依頼には安い方だろ」

 

 雷電の提案を聞くと、博士は金剛に視線を送ると、金剛がもう一つアタッシュケースを取り出し、雷電の足元に投げる。雷電がアタッシュケースを受け取り、恐る恐る開けると、中には大量の札束が入っていた。

 

「その中には七百万円程は入っているじゃろう。君の要求じゃが月は五十万、治療費は月百万で一年契約でどうじゃ」

 

 博士のプランに雷電は納得しああ、と頷く。すると金剛がもう一つ条件を追加する。

 

「更に、だ。その一年間の契約が終了しお前の妹が治せたら、お前はティアマトの人間として一生働いて貰うぞ。あぁ、月の支払いはその時の要求には従おう」

「…分かった。響が元気になるなら俺はどうでも良い。その鎧で、俺は任務を全うするだけだ。ただし約束は守れ。もし破る様だったら、そこの博士とお前……鎧野郎。お前を殺してやる」

 

 それを聞いて金剛は大きな笑い声を上げる。仮面の下の表情はきっと口が大きく吊り上がっている事だろう。その笑いに雷電は不気味さを感じ、眉をしかめる。

 

「サンダー。お前こそ約束は違えるなよ。もしこの一年以内に組織を裏切ろう物なら、お前だけじゃない。妹の命も無いぜ」

 

 

 契約を取り決め、雷電は鎧の戦士、サンダーラフムとしての活動を始めた。いきなりの幹部としての高待遇に監視対象のラフムらは鬱憤を吐き散らかしていた。その罵詈雑言にサンダーも怒りを蓄える。

 

 サンダーが監視するラフムは基本ビルダー個体だった。この社会で(くすぶ)る小悪党を怪物に変貌させ、戦わせる。サンダーはその手綱を引く、筈だった。

 七月十三日、午前一時二十分。その日もラフムの監視役として任に就いていた。

 ラフムとしての活動が夜間や人気の無い場所の場合、バディや御剣家に感知される事も少なく、活動には適していた。昼間の行動を起こす様なラフムはオリジン個体か、これから先現れる仮面ライダーの小手調べとして利用される雑兵位である。

 

(今日のラフムはブレード、刀の怪物か。ティアマトに恐れをなして手を引こうとした反社会勢力の人間を一人残らず殺す、ラフムの覚醒者がいたら仲間として引き入れる、か)

 

 案の定人殺しに加担させられ、複雑な雷電であったが、社会的な悪であるが故、その断末魔から耳を遠ざける。

 

 行動開始から十三分。血塗れになったブレードラフムが人間の姿に戻りながら拠点の入口から出て来た。この場所のいわゆる組長である男の死体を引きずって来ると、雷電に見える様に投げ捨てる。

 

「ブレード、お前の任務の完了を確認した。警察とあの厄介な武装集団(バディ)に見つからない内に戻るぞ―――」

「おーいーーー。サンダーーー。俺まだ殺し足りねえよおお」

 

 間延びした口調で叫ぶブレードにサンダーは彼の胸を叩く。

 

「俺達の目的は達成した。予定以上の殺傷は俺の駆除対象だ」

「かーんけーいねーよーーーーーーーー」

 

「な?」

 

 ブレードが気味の悪い笑みを浮かべると、丁度現れてしまった通行人に目を付ける。

 恐らく残業で終電を逃したのであろうOLが疲れた様子で歩いて来る。やがて目の前の惨状に気付くと、声を失ってその場に倒れ込む。

 

「こんにちはーーお姉さーん。お金ちょーだーい」

「やめろブレード! 金なら俺のをくれてやるから一般人に危害を出すな!」

 

 雷電の制止に、ブレードは舌打ちをするとOLに背を向けて歩き始める。

 

「あーーーやっぱ足りないねー」

 

 ブレードは再び振り返り、ラフムの姿に変貌すると、OLの喉を手を変化させた刀で突き刺す。刀を引き抜くと、呼吸が出来なくなったOLが苦しみながら体をねじらせる。

 死ぬに死ねない地獄の様な体験をしたOLは体を刀で何度も串刺しにされ、ようやくその命を終えた。

 

 これがたった一瞬の出来事。たった一瞬で、何の罪の無い人が苦しんで死んだ。

 彼女を殺したブレードと、止められなかったサンダー。雷電は罪悪感と憎しみに苛まれ、気付いた時にはブレードの体を跡形も無く解体し、一パーツずつ炭になるまでその電力で焼き払っていた。

 ラフムの回復力は凄まじいもので、怪物の姿でいれば体は人間の姿に戻りながら復活するらしい。

 ”駆除”されたブレードの力は粒子となってあらかじめ博士から持たされていたブランクイートリッジに格納される。

 この胸の内から湧き上がる怒り、怒り、怒り。

 雷電は自らの感情を声に乗せて叫ぶ。

 

――

 

 そして時は今に至る。

 博士が何とか完成させた”ブレード”の鎧。雷電はそれを見に来ていた。

 

「来おったか、雷電。新しい装備が出来てるぞ!」

「ありがとうな、博士。いつも助かってる」

 

 博士は、いつの間にかティアマトの中で孤独感を覚えていた雷電の唯一慕う相手となっていた。

 雷電の事を気遣い、言葉をかけてくれる博士の優しさは、雷電にとっては本当の親の様な心地だった。

 

「今まで俺の見て来た大人ってのは俺を面倒だと思って突き放す奴ばかりだった。どうして博士は俺にそんな優しいんだよ」

「そりゃな雷電、わしが優しいんじゃない。お前が会ってきた人間がたまたま阿呆だっただけじゃ」

「世界は広い。この世界にはお前が信頼出来る様な優しい仲間がきっと出来るじゃろう。そう言う奴らを見つけたら、お前はこんな場所とっとと出ていくべきじゃろう」

 

 信頼出来る、優しい仲間? 雷電が的を得ないといった表情を浮かべると、博士は豪快に笑う。

 

「そうか……博士がそう言うのなら、きっとそうなんだろうな。でも、俺はティアマトの人間だ」

 

 雷電がそう言い放つと、博士からブレードのイートリッジを受け取り、またどこかへとバイクを走らせる。

 

「うーん……雷電、アイツも若いのー。あのバディの仮面ライダー……彼らが雷電の助けになって欲しいがの」

 

 博士は首を傾げると、走り去る雷電の姿を消えるまで見送った。



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#33 依頼

 十一月二十九日、午後二時十九分。

 バディ本部。

 

「暁、来てくれますかね」

「さあね、彼としては敵だから、私達」

 

 研究室にて、昨日暁雷電と出会った大護の問いに藤村は素っ気無く返す。

 

「やっぱりアイツがどうするか、分からねぇよな…だからこそアイツを知らなきゃならねぇ」

「ええ。暁君を信じてあげられるのはきっと私達だけだから、何とかしてあげたいわよね」

 

 そう言うと藤村は椅子からゆっくりと腰を上げて、出かける準備を始める。

 

「私も行くわ。女性の方が話をしやすい所はあると思うわ」

「心強いぜ先生、俺や長官みたいなデカイ野郎が行っても中々上手く行かないだろうし」

「こんにちわ、デカイ野郎ですよ」

 

 大護と藤村が後ろからの声に驚き、その場から一歩引きさがる。彼らと同行する長官がジョークのつもりで登場したが、彼らの反応に申し訳無さそうに頭を掻く。

 

「あはは、驚かせてしまったか、すまないすまない。私も今回は一緒に行かせてもらう。例え徒労でも行かない選択肢は無いからね」

「は、はあ…。あの長官、さっきの俺の言葉は…その……」

「気にしてないよ。私の長身はちょっぴり自慢だからね。さぁ、とにかく病院へ行こうか。暁君に私達の気持ちを伝えるんだ」

 

 長官の言葉に二人が頷くと、駐車場へと移動する。

 

「ところで火島君はどこかしら? 一度手傷を負わされた相手だし来ないかも知れないけど―――」

「ああ、火島ならあそこに」

 

 大護が指差した先には、彼専用のライドサイクロンにまたがった勇太郎がライトを照らしながら待っていた。

 

「みんな遅いっすよ。俺だけでも行こうかと思っちまった位ですよ」

 

 やる気に満ちた勇太郎を前に、三人は一瞬呆気に取られたが、しようが無さそうに微笑むと、バディ所有のワゴンへ乗り込む。

 戦闘時にも使うインカムを勇太郎が装着すると、指揮車両との接続を確認する。

 

「火島君、以前暁君と戦闘をして、彼の攻撃で貴方と霧島君がやられてしまった訳だけど、それでも火島君は彼と話をしに行くの?」

 

 藤村の問いに勇太郎は少し唸ったが、屈託の無い笑顔を指揮車両の藤村らに向けると、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。

 

「……確かにそうだったけど、俺じゃないとアイツの苦しみを分かってやれないかもって思ったんです。ラフムになっちまった苦悩は、今は俺とアイツと、楓だけが共有出来る話ですし―――それに知ってますよ? 楓がアイツを助けようとしてたの。俺は楓みたいな優しいヒーローになりたいし、楓のやりたかった事を受け継ぐ為に仮面ライダーになったんです。だったら俺はアイツを助ける使命があるんです」

 

 勇太郎は決意を口にすると共に、バイクを走らせる。それを追う様に指揮車両も発進する。

 

――

 

 午後二時五十八分。

 一行が響と楓の入院している都立赤羽医療病院に着くと、そこには既に雷電がベンチに座って待っていた。

 

「待った?」

 

 勇太郎がひょうきんな態度で問うと、雷電が立ち上がり、勇太郎を睨み付ける。

 

「今来た所だ……」

「こんな威圧的な待ち合わせ、生まれてから、どころか死んでからも初めてだぜ」

 

 口を引きつらせながらも不敵な笑みを浮かべる勇太郎から視線を離した雷電は、再びベンチに座ると、すまなかった、と言葉を漏らした。

 

「俺は、俺の仕事の為にお前らを傷付けた。俺がやってる事が悪で、お前らが正義なのは分かってる。悪い事はやっちゃいけない、それが当然な事なのは俺も分かってる! それでも、俺は…家族を助ける為に手段を選ばなかったんだ!」

「選ばなかった、じゃなくて、選べなかった、だろう」

 

 長官が皆より前に出て、雷電に強く語りかける。

 

「私がここに来た理由は、ただ君に悪事をやめて貰おうと懇願しに来た訳じゃない。君に正式に仕事を依頼しに来たんだ」

「仕事、の依頼?」

「手段を選ばないと言うのならば、悪事から手を切って、正義の味方として、家族を助けたって良いじゃないか」

 

 的を得ない雷電に、長官はタブレット端末を取り出して表計算アプリケーションを立ち上げると、様々な金額の書かれた表を彼に見せた。

 

「これはまあ目安だが、君の求める額で取引をしよう。バディは国の医療機関と連携して先端医療とも通じている。どういう意味か分かるかな?」

 

 長官が問うと、雷電は俯くと、拳を強く握り、泣きそうな声でゆっくりと口を開いて、言葉を紡いでいく。

 

「俺は…金なんて、良いんだ。ただ、響を…妹を、助けて……欲しい」

 

 加えて雷電は固く握りしめた拳を自らの足に叩き付けた。

 

「クソ…でも、俺は、俺は! 何度も人殺しに、加担した……俺はもう、許されない……それなら、俺をいくらでも使って…妹を、必ず助けてくれ……!」

 

 雷電は涙をこぼしながら懇願する。普通の少年が味わう事など決して無い罪の意識。自分の犯してしまった命の責任の取り方は分かる訳が無い。しかし自分の妹は助けたいと願う事のわがままさは、年若い雷電にも分かっていた。

 

「俺は勝手だ…誰かを殺して、誰かを傷付けて、なのに妹は助けたいなんて……!」

「―――お前は騙されてたんだよ、あのクソ野郎共にな」

 

 雷電の吐露に勇太郎が口を挟む。その一言に雷電が勇太郎を見つめる。

 

「だがお前に罪が無い訳じゃないぜ。死んだ人は戻らねぇ。だから…だから、今生きてる人間は一人でも多く助けるんだ。お前が人を傷付けて来たなら…それ以上の人間を助けてみせろよ、暁雷電!」

 

「傷付けて来た以上に、助ける…だと」

 

 雷電が復唱すると、大粒の涙がこぼれ始める。

 

「ああ、クソ、何だよコレ、涙が止まらねぇ……俺は、人を助けて良いのか? 人を、響を……」

 

 その場にいる一行は全員笑顔で頷く。

 

「暁君、君にバディ長官としての依頼だ。内容は、ラフム被害に遭った人の救出。そして、だ」

 

 そして、と雷電が呟くと長官は強く頷いてから話を続ける。 

 

「君の罪が許されるまでここで働く事。あとついでに皆とティアマトを殲滅して貰おうかな。もうこれ以上君の様な被害者を生まない為にね」

 

 長官が雷電にタブレット端末を手渡すと、雷電は服の袖で涙を拭きながら表を見る。

 

「……ティアマトの方が金払い良かったな」

「あ!? え!? そうなの!? 嘘!?」

 

 長官が柄にも無く焦っている姿に藤村、大護、勇太郎は大笑いする。雷電もつられて微笑むと、タブレット端末をそのまま長官に返す。

 

「これで良い。このままが良い」

「分かった。すると契約成立になるが、良いかな?」

 

 長官が手を差し出すと、雷電は強くその手を握る。

 

「本当にありがとう…悪より正義に加担して響を助けてやる。あと俺の人生を(もてあそ)んだ奴らを、ブッ潰す」

 

 契約の完了を確認した長官は一旦電話するからと席を外す。

 

「さーて、これからよろしくな、雷電!」

 

 勇太郎が雷電の肩に腕を回し、気持ち悪い程の笑顔を向けると、雷電は眉をしかめて距離を取る。

 

「こら、火島君。暁君が委縮するわよ」

 

 藤村が叱咤するが、雷電はそうじゃない、と藤村の述べる感情を否定する。

 

「俺は、アンタらの仲間を傷付けた。妹もそうだが…俺は自分の力で感電させて意識を奪ったら、あの雷を取り除けないんだ。そんな俺に、優しくしないでくれ」

「それならきっと大丈夫だ。お前ならきっといつかあの雷を取り除ける様になるし、楓だったら多分自力で起きるぞ」

「マジか?」

「ああ。お前の力については何とも言えねぇが、楓なら大丈夫だ」

「それなんだけど、言い忘れてたわ。実はバディで新しい技術担当を雇用したのよ。今日はまだ準備があって来れないけど、明日はここに来てくれるみたいだから、”彼女”から何か有力な意見が聞けるかもよ」

 

 藤村の言葉の後、大護が何も言わずに雷電の頭を撫でる。すると、みたび雷電が涙を流し始める。

 

「お前、結構泣き虫だな」

 

 大護が呆れつつも笑みを浮かべる。

 

――

 

 同日。午後二時三十二分。東京都足立区北千住。

 雷電の住まいとなっていた男の自宅に、児童相談所職員と警察が訪れた。

 その傍らで同行していた御剣家の使用人が携帯で連絡をする。

 

「…ええ、やっと入り込めましたよ、ようやく。今までここを守るみたいにしていた悪徳警官共は排除出来ました。もう少し早い段階で行動出来たら良かったのですが……はい、そうですか。丁度いいタイミングでしたね」

 

 今回はあの男は逮捕される事は無かったが、諸機関からのマークは付けられ、雷電の環境を改良する試みが始動した。

 その報を受け、長官は少し微笑んで皆のいる病院へと戻っていく。



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#34 遊戯

 十一月二十九日。午後八時。

 都内某所、雑居ビル。

 バディの歓迎会を終えた雷電が殺風景な鉄筋コンクリート造の柱にもたれる。

 

「バディはどうだった? サンダー」

 

 柱の影から金剛が出現し、雷電に問う。

 

「パーティーまでしてくれたぜ」

「まさかお前がバーンを後ろから”バッサリ”やる為の人員とは知らずにな」

 

 金剛が高笑いを浮かべながら雷電の周りを回りながら歩く。

 

「くれぐれも(ほだ)されるなよ、サンダー。どちらが確実に妹を治してくれるのか、今までの行動を見れば一目瞭然だろ?」

「ああ、ハッキリと分かっている」

「それなら良い。明日にはアントに暴れて貰うからな…この東京は地獄と化すぜ」

 

 金剛がフロアに設置されたマイクやカメラを確認すると、顎に手を当て笑う。

 

「お前の電気の力は本当に便利だな、電波まで操れると来た。ここの映像を東京中に流す事まで容易いからな……テストはスマホのテレビ機能をハッキングした程度だが、後は範囲を広げるだけだ」

「明日はよろしく頼むぜ、サンダー」

 

 金剛が影に消えると、雷電もその場を立つ。

 

 自分はバディの人々を騙している。仲間になったフリをして内部破壊を目論んでいる。

 その作戦に加担している後ろめたさはあるが、自分にはやらなければならない事があるのだ。

 罪悪感を振り払う様に強い意志を決めながら、雷電は強い眼差しで月を見上げる。

 

――

 

 十一月三十日。東京都運命の日。

 その午前九時八分。

 東京都杉並区荻窪―――JR西荻窪駅。

 

「こっちは準備オッケーよ」

「始めてくれ」

 

 サングラスに大きいつば広帽子、赤いドレスと非常に目立つ姿の美麗な女性が携帯で金剛の合図を受けると、手持ちの小さなバッグから”アント”のイートリッジを取り出す。

 

《Ant》

 

 イートリッジを起動させ、胸元に触れさせると、女性の姿は煽情的な肢体を持った小柄な蟻の怪物へと変貌した。

 その姿を見て周囲にいた人々は絶叫しながら逃げ惑う。アントはその光景に高笑いを浮かべる。

 

「さぁ…ゲーム開始よ!!」

 

――

 

「午前九時八分、JR西荻窪駅にラフム出現! コードネーム、”アント”と呼称!」

 

 バディ指令室に早速ラフム出現の知らせが入る。その場に出くわした民間人による通報だった。

 

 以前の戦力強化でバディは緊急通報局番を発番していたのだ。全ての電話回線において、”555”の番号を入力する事で直接バディに接続され、電話がなされた位置情報からその地点のカメラを通じて状況を把握する仕組みである。

 

 久し振りの休暇で学校の予備補講を受けていた勇太郎にも連絡が入り、教室を飛び出す。

 

「藤村さん!? 今出てるんでこっちから一番近いレイラインから西荻窪に直接向かいます!」

 

 勇太郎が自家用として使用していたライドサイクロンを駆り、付近の大通りへ出る。と、街頭テレビに人が集まり、皆が釘付けになっている。思わず勇太郎もその方向を見ると、驚愕の映像が映し出されていた。

 

「やぁやぁ、東京都民諸君。俺はラフムを総括するティアマトの幹部、藤村金剛だ。今日からお前ら都民にゲームをして貰うぜ。ルールは簡単だ…お前らがラフムに殺されない内に仮面ライダーを殺せ! 時間制限は無し、仮面ライダーを殺せばゲーム終了、人間の勝ちとしてもうラフムは出現しないぜ? さぁ、ひ弱な人間共の健闘を祈ってゲーム開始だッ!」

 

 金剛の言葉に、映像を見ていた人々は辺りを見回し始めた。

 

「見ろ! 仮面ライダーだ!」

 

 一人がそう叫ぶと、何人かが勇太郎に近付き、段々と速度を上げる。

 

「お、おい! やめろ! 何考えてんだ!?」

 

 人々に囲まれ、勇太郎は戸惑いつつも人の少ない道から逃走する。

 

「ど、どうなってんすか藤村さん!?」

「私も今映像を見たわ! それと同時に西荻窪を中心にしてアントラフムが増殖して人に襲い掛かっているの! 最初に見た個体とは形が違うから、女王が兵隊を生み出していると考えて良いわ…現在兵隊アリは西荻窪から東へ進軍して、恐らく貴方のいる方向へ向かってるわよ!」

「増えてるゥ!?」

「戦闘力は低いみたいだから近隣の警察、自衛隊と連携して対処に当たっているわ! 女王を倒せばその増殖は止まる筈、西荻窪駅から動いてないから逃げながらそっちへ向かって!」

 

 と、藤村からの連絡が切れる。

 ライダーが一般人に狙われる状況、今までに無い戦闘に勇太郎は顔を歪ませる。

 

(このまま向かえば多分アントが跋扈(ばっこ)している場所にぶつかる…そうすっと俺を狙う人はもっと増えるだろうな)

「……雷電は何してんだよ!」

 

――

 

「良い放送だったな、サンダー」

「こんな仕事、俺のやる事じゃ無いだろ」

 

 そう言うと雷電は雑居ビルのフロアから出る。

 

「バディの戦士としての出陣か? 勇ましいな」

「ああ。藤村、俺の勇姿を近くで見ててくれよ」

「分かってるさ。お前がバーンを切り捨てる姿をな……。おっと、その前にもう死んでるかもなアイツ。守るべき弱者共によって、な」

 

 金剛は押し殺した様な笑いと共にフロアを後にする。雷電はカメラを少し見ると、藤村に続いて歩き出す。

 

――

 

 午前九時三十一分。東京都千代田区。

 皇居付近のレイラインに乗った勇太郎は、一息つきながら西荻窪へ移動する。と、藤村から連絡が入る。

 

「さっきの映像の発信元が特定出来たわ! 練馬区の雑居ビルよ!」

「じゃあそこに藤村金剛が!?」

「分からないけれど、その可能性はあるわ。今私と武蔵君が向かってるから火島君はアントを!」

「はあ!? もしそれであの金剛(真っ黒くろすけ)と出くわしたら……」

「その時はその時!」

 

 またも藤村から勝手に連絡が切れると、勇太郎はバイクのハンドルを思い切り叩く。

 何度電話をしても雷電には通じない。彼の身に何かあったのでは無いか。それとも―――。

 

「アイツは、元から仲間になる気なんて無かった…?」

 

 だとしたら自分達と話す事などしないだろうし、スパイだとしてもパーティーと言う最も無防備な状態を狙わなかった。携帯は常に連絡が取れる様にと指示はした筈だ。

 

 考えるより先にバイクのスピードは上がっていた。車輪の負担は計り知れないが、地上でライドサイクロンのライドシステムを発動する。

 本来は空中に射出した際に使用する物である速度上昇。勇太郎への負荷は抑えられるが、走る際に地に付く車輪はそのスピードに耐え切れず摩擦が発生する。文字通りアスファルトがタイヤを切りつけるのだ。

 

 器用に手を回してバイクの後部に取り付けていたアタッシュケースを開けると、ライドツールを取り出す。順番にツールをはめていき、イートリッジを装填するとブートトリガーを天へと掲げる。

 

《Account・Burn》

《Burn》

 

「変身!!」

 

《Change・Burn》

 

「このまま荻窪までブッ飛ばすッ!!」

 

 仮面ライダーバーンへと変身した勇太郎が、再びライドサイクロンにまたがる。

 日本中を線で結ぶ大型道路網であるレイラインだとしても、目的地までの距離はある。車輪の焼ける臭いと摩擦によるけたたましい音。それでもなおバイクは空気をエネルギーに変換して走行し続ける。

 

 午前九時四十分。東京都新宿区。新宿駅付近。

 

 ここまで爆走したライドサイクロンの車輪は遂に断末魔を上げ、パンクする。それにより車輪のフレーム自体にバイクと勇太郎の重みが掛かり、火花を散らしながら転倒する。

 

「クソ! ここまでかよ!」

 

 勇太郎が地面に拳を叩き付けると、レイラインを歩き始めようとする。と、ライドサイクロンから謎のチャイムが鳴り響く。取り敢えず車体を起こすと、藤村の声によるアナウンスが聞こえて来る。

 

「このボイスメッセージはライドサイクロンが走行不能になった際に流れる物よ。こんな事もあろうかと、タイヤ無しで走行可能な機能を付けておいてあるわ」

「バイクに乗った状態で、ライドサイクロンのイートリッジを起動させてから、フォームチェンジする様に装填して、トリガーを引いて」

 

 藤村の音声指示を頼りに、ライドサイクロンで変身する。

 

《Form・Change・Cyclone》

 

 変身音が鳴ると、ライドサイクロンがバーンを包む様に変形し、巨大なパワードスーツを形作った。

 全身から噴出する排気に勇太郎は興奮しながら手元に残るハンドルを握り、足元のペダルを踏むと、足の全体を機械のアームが固定する。

 

「操作は使って覚えろって事か……得意だぜ、そう言うの!」

 

 

 JR新宿駅。金剛の宣言に怯え電車に乗って逃げようとする人でごった返す構内から、上空へと続く一筋の飛行機雲が見える。

 

「あれ……仮面ライダーだッ!!」

 

 東京都心の空にて仮面ライダーが巨大メカを駆る姿は、多くの目に焼き付いた。

 今までラフムなど他人事でしか無かった人々に襲い掛かった悲劇を終わらせる為に、仮面ライダーバーンは、勇太郎は飛び立つ。



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#35 裏切

 十一月三十日。午後九時五十分。東京都練馬区江古田。

 

 藤村金剛らがいたとされる雑居ビルにバディ機動隊と藤村が到着した頃にはそこはもぬけの殻だった。

 カメラなどの撮影機材が残されており、まだ録画がされていた。

 

「このビデオカメラ、まだ録られてるぞ。俺達が来るまでの一部始終を残してるかも知れん!」

 

 藤村と武蔵が機材を操作し、映像を確かめる。そこには金剛と共に、雷電の姿があった。藤村は金剛の姿を見ると、眉をしかめて一言呟こうとしたが、大護が先に口を開く。

 

「こいつぁ…暁はさっきの映像撮影に関与していた訳か。つまり俺達を騙してたってんですか?」

「ええ、そうね……でも、暁君がそんな演技派に見える?」

「……分かってますって。暁、アイツが流しまくった涙は、嘘じゃねえ」

 

 と、機動隊が機材と共に放置されていたパソコンを見つけ、開かれたままの地図サイトのピンを指差す。

 

「メッセージもあります。”フジムラコンゴウと俺はここにいる。バーンを狙う”と……」

 

 そのピンが示す座標は、JR西荻窪駅前。

 

「信じて良いんですか?」

「ここは調べ終わった。だったらどの道行くしか無い場所だ、急げ!」

 

 機動隊らの疑念に揺らぐ事無く大護が言い放つと、必要なデータや物品を回収してその場をすぐに離れる。

 藤村が指揮車両に戻ると、勇太郎へ連絡する。

 

「連絡遅れてごめんなさい! 今から西荻窪へ向かうわ! そっちは!?」

「藤村さんが仕込んでくれた”サイクロンフォーム”で飛行しながら西荻窪向かってます! 今中野区上空なのでもうすぐ着きますぜ!」

「アレ使ってくれたのね、そしたらハンドル上部のレバーから機銃を操作出来るわ! 仮面ライダーのアーマーと同期して照準が表示されるからそれに従ってアントを掃討可能よ!」

 

 あざっす! と勇太郎が軽々しい返事をすると、インカム越しに耳をつんざく様な銃撃音が聞こえて来る。

 どうやら中野区にもアントが大量発生しているらしい。

 

「うおおおおおおおッ!!」

 

 勇太郎はライドサイクロンに備え付けられていた機銃を放って、人々に襲い掛かる兵隊アントを掃討する。すると、その中に一際目立つ女性型のアントがいる事に気付いた。

 最初に出現した女王と同じ姿をしたラフムの存在に、勇太郎は再び藤村に接続する。

 

「中野区で女王個体を発見! 荻窪のが移動したのかと―――」

「いえ、西荻窪の女王は動いていないわ! 依然アントを生み出してて人は踏み込めないわ!」

「―――は? そんな、アイツは確かに女王じゃ……」

「もしかして……女王自身が女王を生み出してるって言うの!?」

 

 勇太郎、そして藤村の顔面が青ざめる。連鎖的に女王が生まれている可能性に、この東京の絶望的な未来を想像してしまう。

 

「……いや、絶対にやらせませんよ。今生きている人を絶対に守り抜く。それが、俺が仮面ライダーである理由なんだッ!」

 

 機銃を使って女王を排除する。兵隊と同程度の耐久性であるが故に、これが本体では無い事は容易に理解出来た。

 ライドサイクロンの速度を上げ、空を駆け抜ける。先程とは打って変わってタイヤの摩擦を受けない為にその速度の上昇は(とど)まる所を知らない。

 

 午前九時五十五分。

 圧倒的な速度のまま中野区を抜け、杉並区、西荻窪駅へと到着する。

 ライドサイクロンの脚部、足の底面から噴出されるジェットで逆噴射を行い、無事着地すると、ハンドル左上に飛び出ているレバーのスイッチを押す。するとメカの左肩部からミサイルが発射され、駅に所狭しと群がっているアントを吹き飛ばす。

 

「出てこい女王様よォ!! こんな人殺しをして何が楽しいんだ! あぁ!?」

 

 目の前に広がる惨たらしい光景に勇太郎の言動も荒くなる。それもそうだろう。目の前に横たわる救えなかった命は、誰かの助けを求めていたかの様に大きく口を開けて事切れているのだ。

 たった一時間でこれだけの犠牲が出てしまった苦しみを堪えながら女王アントの捜索を始める。

 と、駅構内から金属のぶつかり合う音が聞こえてくる。その音は段々大きくなり、出口へ近付いて来ている。

 その音の主は、サンダーラフム―――暁雷電と藤村金剛。二人がぶつかり合い、周りの邪魔なアントを蹴散らしながら荻窪駅から現れた。

 

「雷電!? お前今まで何して……」

「ぐッ! ……藤村に呼び出されたから隙を突いてブッ倒そうと思ったら……東京中がこんな状況に!」

 

 金剛に蹴飛ばされたサンダーがよろけつつも立ち上がり、バーン、勇太郎の問いに答える。

 

「携帯もアイツに破壊されてる……バーン、一緒に倒すぞ!」

「あ、ああ!」

 

 目まぐるしく変わる状況にバーンは戸惑いながらも走り出す。と、一足遅れたサンダーに振り向いた瞬間、強い雷撃が走る。

 言葉を放つ暇も無く攻撃されたバーンは、崩れる様に倒れる。

 

「フ、ハハ、ハハハ! 遂にやったか! サンダー!」

「お前を信じてくれた奴を裏切って、後ろからとは!」

 

 サンダーは足でバーンを小突くと、意識が無い事を確認し、金剛の元に寄る。

 

「今は気を失っているが、いつ動き出すか分からない」

「そうかそうか、だったら早く回収しちまうぞ!」

 

 サンダーの裏切りに興奮した金剛が嬉々としてバーンへと近付く。

 

「さぁて、お持ち帰りしたら洗脳でもしてやろうかな―――」

 

 その瞬間だった。金剛の背中に斬撃が食らわせた。油断し切っていた彼に加えられたその攻撃は、サンダーの持つ武装・バレットナックルによる物だった。先程の戦いの演技にて、サンダーは金剛の背中に予め電流を仕込んでいた。バレットナックルの斬撃を通して電流を体内に流し込む。

 

「サン…ダー……?」

「言ったよな、藤村金剛。どちらが確実に響を治してくれるのか……」

 

 倒れかかった金剛が、怒りに身を任せ立ち上がろうとしたその時、焼ける様に熱い何かが金剛を踏み付けた。

 見上げると、先程倒された筈のバーンであった。

 

「いつ動き出すか分からない、とも言ったよな?」

 

 サンダーが倒れたままの金剛の首を掴むと、高圧電流を流し続ける。金剛の絶叫が街に響き渡り、黒い鎧が煤け、更に黒光りする。

 完全に戦闘不能に陥った金剛をサンダーが蹴ると、バーンへと振り向く。

 

「バーン……本当に済まなかった。雷撃は弱くしたつもりだったが、やはりコントロールは難しい」

「良いんだよ、雷電。お前は、最後に俺達を信じてくれた。それだけで十分だ」

「だが俺はまた誰かの犠牲を見過ごしてしまった。だから俺は……俺の責任を取る」

 

 そう言うとサンダーは変身を解除し、勇太郎のインカムを寄越す様手を差し出す。それに応えてバーンも変身を解除、インカムを渡す。

 

「このインカムは付けたまま変身すればアーマーのパネルから操作が出来るぜ。藤村さんに繋がる様にチャンネルは回ってるから指示はそのまま聞け」

 

 雷電が頷くと、藤村に連絡する。

 

「火島君? 今私達は中野駅だけど―――」

「―――暁だ。アントの女王は、今どこにいる」

 

 藤村は一瞬え? と問うが、状況をすぐに飲み込んで地点を伝える。それを聞くと雷電はありがとう、と感謝の言葉を述べて、その方角へ向かう。

 

「アントの女王は、俺が倒す」

 

 雷電の決意を決めた眼差しに、勇太郎は少し微笑んで見送る。責任感の強い少年の姿に、自分の親友を少し重ねてしまう。

 

 ―――が。

 

「雷電ッ! 後ろ!!」

 

 勇太郎の叫びも空しく、雷電の背後に立つ、藤村金剛を止められなかった。

 金剛は雷電の持つサンダーイートリッジを奪うと、起動させて雷電に当てる。

 

「ぐぁああああ!!」

「サンダーの力は繊細でな……オリジンの筈がイートリッジをくっつけたら暴走しちまうんだよ」

 

 金剛が高笑いを浮かべながらその場を後にする。

 

「クソガキ共が生意気に俺を出し抜きやがって! お前らはそこで死ね!!」

 

 金剛が影に消えると、雷電は全身を帯電させ、黄色の粒子が身を包む。粒子を纏った体は全長五メートル程に肥大化し、蜘蛛の様な八本足を生やす。

 蜘蛛の頭部に相当する部分からは有機的な意匠を持ったサンダーの上半身が露出する。

 

「雷電……」

「オォォォォォッ!!!」

 

 雷電の変わり果てた姿を勇太郎は悲哀な表情で見つめる。

 だが、雷電も苦しんでいる事を思うと、全身から力が溢れて来る。

 

「雷電、絶対に助けてやるからな!!」



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#36 熱風

 十一月三十日。午前十時十八分。

 東京都杉並区荻窪、JR西荻窪駅。

 

「オオオオオォオォ!!」

 

 ラフムの力の暴走によって雷電は全長五メートルの怪物へと変貌した。仲間の変わり果てた姿に、勇太郎は彼を止める決断をし、バーンイートリッジを起動させる。

 

《Burn》

 

 イートリッジを装填すると、ブートトリガーを引き抜いて天へと掲げる。

 

「……変身ッ!」

 

 ベルトへとブートトリガーを差し込み、その引き金を引く。

 赤い粒子が勇太郎の身を包みインナーとなる。粒子から形成された鎧が上から覆い被さり、頭部に仮面を付ける。

 

「正義を燃やしライドする仮面の戦士」

「その名をまさしく」

「仮面ライダー…バーン!」

 

 その体に炎を纏い滾らせると、暴走したサンダーラフムへと突っ込んでいく

 

「うおおおおおお!!―――!?」

 

 勢い良く跳躍したものの、サンダーの雷がその進路を阻む。強力な電撃がバーンを撃ち、叩き落とす。

 

「考えなしじゃダメ、か!」

 

 サンダーは街の破壊を開始する。その巨体が突撃するだけで周囲の建物は容易く崩壊する。その場にいた兵隊アントも一掃され、その場は閑散とする。

 一方のバーンはホルダーから別のイートリッジを取り出す。

 

「雷電、何としてでもお前を止めるからな…!」

《Rock》

《Form・Change・Rock》

 

 バーン・ロックフォーム。その堅牢さで雷を防ぎつつ一撃を与える。脚部へのパンチによってサンダーは体勢を崩すが、蜘蛛の頭部に当たる部分の触覚がバーンを突き飛ばし、瓦礫に埋め込まれる。

 

「パワー…じゃねぇか」

 

《Frog》

《Form・Change・Gatling》

 

 ガトリングフォーム。鎧の腕に武装されたガトリングガンで攻撃する。だが、大量の銃撃はその重量と反動が加わり、射線が逸れて建物にも被害が出る。そしてサンダーの電撃で武装が破壊される。

 

「トライ&エラーだ!」

《Wood》

《Form・Change・Wood》

 

 ウッドフォームはライドシステムを駆使して木の板を呼び出す。戦闘においてその意義を疑う能力だが、上空で大量に出現させる事で目くらましになる上、避雷の役目も果たす。

 

《Gemini》

《Form・Change・Gemini》

 

 ジェミニフォーム。左右非対称の鎧を装着し、鏡写しの様にデザインが反転した鎧のバーン分身体を生成する。本物の指示を受けて人間の様に活動するがその内部にはアンドロイドが収められている。その為バーン本人よりも耐久性と運動性能は低いが、相手の錯乱と手数の増加が可能だ。

 分身体がサンダーをおびき寄せ、先程ガトリングで誤射した建物へと誘導する。サンダーはその巨体で建物に激突し、その衝撃と銃撃を受けた際の亀裂が広がり、折れた建物の上部が分子体諸共サンダーへと倒れ込む。

 巨大な瓦礫を食らったサンダーは苦悶の叫びと共に行動を停止する。

 

 

「よし! こっからは俺が攻める番だ!」

《Snake》

《Form・Change・Snake》

 

 スネークフォーム、バーンラフムの初戦を飾ったかつての敵の力。右腕に装着された伸縮性のチューブ針がガス噴射により射出される。その針は瓦礫に埋もれて身動きの取れないサンダーに刺さる。蛇の持つ神経毒をモデルに開発された非致死性の麻痺効果を持つ薬剤、通称”ファーライズ”を注入する。のだが……。

 

「ウォォォオォオォォ!!」

「なッ!? ……効いてねぇぞ!」

 

 針によって刺激されたサンダーは興奮して暴れ始める。瓦礫を雪崩の様に崩して体を起こす。

 崩れながら吹き飛ぶ瓦礫に巻き込まれバーンもダメージを受ける。

 

「いたた……雷電のヤローやってくれるぜ……だが、こっちもまだまだ行けるぜ!」

 

 埃を払うと、バーンはホルダーから他のイートリッジを取り出す。それは楓のウイニングイートリッジだった。

 

「力を貸してくれよ、楓!」

《Winning》

 

 未だ眠ったままである仮面ライダーウイニング・楓の持つ風の力。彼の、大切な人の思いと力の結晶。

 仮面ライダーの名を継ぎし勇太郎は、彼の力も、受け継いでいく。

 

「お前の力で、雷電を止めるッ!」

《Form・Change・Winning》

 

 緑の鎧の、赤き戦士。仮面ライダーバーン・ウイニングフォーム。

 友の力を纏ったバーンはその風で瓦礫を吹き飛ばしながらゆっくりと歩んでいく。

 

 サンダーは体にまとわりつく瓦礫を力任せに振り払いながら落雷を発生させる。が、バーンはウイニングによる機動力強化を受け、捉え切れない。

 俊敏に動きながら落雷が落とされない地点へと移動しながら風と炎の力を使い、強力な火炎を手から放射する。その炎はサンダーを怯ませ、大きな隙を作る。

 

「今だ!」

《Winning・Crush》

 

 ウイニングの能力を解放し、天高く跳躍する。体に炎を纏わせながら放たれる飛び蹴りは、サンダーラフムの中心部を的確に狙う。

 

「お前を助ける為に―――お前を倒すッ!」

 

 隙を突かれたサンダーは落雷による妨害が間に合わず、真っ向から蹴りを食らう。その強靭な体で攻撃を防ぐが、徐々にバーンは力を増していく。

 

「うぉぉぉぉぉ!」

「ライダァァアアァアァァ!! キィィィイィィィィイックッ!!!」

 

 バーンにウイニングの幻影が重なる。かつてサンダーを止めるに至らなかった楓の無念を、今ここで晴らす。その為に、バーンは、火島勇太郎は、サンダーの体を貫く。

 

 サンダーは苦悶の絶叫と共にその体を崩壊させ、粒子となって消えていく。消えた粒子から残った雷電が出て来ると、そのまま倒れてしまう。彼が手に持っていたサンダーイートリッジはラフムへと変貌した際の能力の負荷に耐え切れず砕け散ってしまった。

 

「雷電……良く、頑張ってくれたな」

 

 変身解除した勇太郎が雷電をおぶると、瓦礫の少ない安全な場所へと位置を移す。と、そこへバディの指揮車両が到着する。

 

「火島君!」

 

 辺りの悲惨な光景に眉をしかめながら藤村が出て来る。その姿を見て勇太郎は安堵の息をつく。

 

「女王は撃破出来なかった、と思います。雷電は俺達を裏切ったフリをして金剛に一撃加えてくれたんですが、アイツに暴走させらて、ずっと戦ってました」

「成程ね……ありがとう、火島君」

「まだ一息つけないですよ、先生! アントが増殖し続けている!」

 

 先程の戦闘で辺りにいたアントを殆ど倒した筈だったが、またも西荻窪駅を埋め尽くさんとアントが押し寄せる。

 

「早く女王を倒さねぇと!」

「それが、ここにいたアントの女王が、姿を消したのよ……粉塵に紛れてね」

 

 勇太郎が目を見開きながら、汗を垂らす。西荻窪駅にいた女王が全ての原因である。その個体が原初であり、ラフムに変貌した本人であるだろう。女王を早く倒さなければこの惨劇は起こり続ける。

 人々の命を救う為に勇太郎は再び立ち上がる。

 

「武蔵さん、皆を頼みます。俺は、女王を見つけて速攻でブッ倒します」

 

 雄叫びを上げながら変身し、アントを蹴散らしながら進むアントを見送ると、武蔵は後続のバディ機動隊と共に残存しているアントの掃討に繰り出す。

 

 

 携行していた拳銃を持ち慣れないながらもアントへと撃ち続ける藤村の元にバディ本部から連絡が入る。手を離せない状態ではあったが、何とか他の隊員にその場を任せインカムに耳を澄ませる。

 

「藤村技術顧問! 現在アントの襲撃が止まらず、霧島さんの入院している病院にまで迫っています!」

「そんな…! そしたらあそこの防衛は”千歳(ちとせ)さん”に任せるしか無いわ! 後は―――霧島君が起きてくれれば良いのだけれど……」

 

 雷電と約束した。響を助けると。この切羽詰まった状態に藤村は最早奇跡にすがるしか無かった。

 ウイニングのライドツールは指揮車両で保管していた為に彼が仮面ライダーに変身する事も叶わない。

 

(千歳さん…バディに来て早々こんな状況で嫌だろうけど、霧島君を助けられるのは貴方しかいないの!)

 

 藤村は苦悶の表情を浮かべながら空を仰ぐ。

 

――

 

 十一月三十日。午前十時三十分。

 楓と響の入院する病院にもアントの襲撃は迫っていた。

 一階のエントランスホールは既にアントで埋め尽くされたが、エレベーターで阻まれているために地下へはまだ辿り着かない。

 

 午前十時四十二分。

 それは偶然だった。上階からエレベーターが地下へと降りて来てしまったのである。



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#37 神界

 兵隊アントラフムが群れを成して楓らの病室へと押し迫る。

 エレベーターを突破出来ずにいたアントだったが、一階の状況を知らずしてエレベーターが降りて来てしまったのである。

 乗っていた医師や患者はなだれ込んできたアントに押し潰され、重量を超えたエレベーターはブザーをけたたましく鳴らしながら急降下する。重さに耐え切れなかったワイヤーが千切れてしまったのだ。

 エレベーターの中にいた一部のアントは転落してしまったが、一階にいたアントらが転落し山の様に積まれたアントを踏み台にして地下へと着地していく。

 

――

 

 

「―――ここは」

 

 楓が目を覚ますと、優しく波打つ音の聞こえる白い砂浜で横たわっていた。

 体を起こすと、足を見てみる。どうやら傷は無いらしい。

 

「僕は確かサンダーと戦ってボロボロにやられた筈じゃ…」

「ここが”神の世界”故」

 

 砂を踏みしめながらゆっくりと歩いてきた白髪の青年がそう答える。が、楓は首を傾げると、彼の言葉を無視して海を見つめ始める。

 

「聞け、霧島楓!」

「うわっ、僕の名前知ってるんすか!?」

「まぁ、神だからな……」

 

 青年が眉間にしわを寄せ、溜息をつく。だが状況を飲み込めずにいる事も理解し、砂浜に座り込む楓の隣に座る。

 

「霧島楓。貴様は人類初めての仮面ライダーとして戦い、敗北し、その結果この神の世界に漂流した」

「貴様の力が人から遠のいてしまったが故に意識の消失が引き金となりここへ辿り着いたのだ」

 

「さっきから聞いてたら、いきなり、なんで、神様が出て来るんですか?」

「それは―――ラフムと言う存在が、神と世界の理に触れているからだ。神話における新しき神の名。それらを生み出した母なる神はティアマト、そしてのその(つがい)はアプスと呼ばれた……なればこそ我は”アプス”と、そう呼ばれたのだ」

「意味が分からない……」

 

 楓が眉を八の字に曲げると、何かを思い出した様に立ち上がる。

 

「そんな事より! 僕、早く起きないと!」

「残念だったな、霧島楓。貴様は暁雷電によって雷を全身に纏った。それを取り除かない限り意識が戻る事は無い」

「そっか…サンダーの……でも、それでも! 僕を、仮面ライダーを、皆が求めてるんです!」

「仮面ライダーなら、貴様以外にもいる」

 

 自らを神・アプスと名乗る青年が指を差す。その先の海が波打つと、映像を映し出す。

 そこには仮面ライダーバーンが戦う姿が映っていた。

 その映像が真実かどうかは分からない。夢かも知れない。だが、楓はこの”神の世界”が自分に外での状況を伝えているのだと直感した。

 

「ラフムから人を守る役目は貴様の知己、火島勇太郎が担っている。それでも行くのか?」

「勿論です。一人より二人でしょ」

「なれば、貴様はどう征くと?」

「え? あぁ、目覚める方法すか。うーん、考えられるのは……」

 

 楓は、自分の状況を良く理解出来てはいないが、アプスの語る言葉は正しいと感じた。だからこそ彼の問いに精一杯思考を巡らせる。

 サンダーの持つ雷の力。それを取り除ければ良いのだろうが、どうするのか。

 電気は導電性の物同士が触れる事で逃がす事が出来る。日常で言えば静電気防止シートやタッチペンがその例だろうか。

 

「僕の体に雷を逃がせる様なモノを繋げれば良いんじゃないですか?」

「方法がそれのみなれば既に貴様は目を覚ましているだろう」

 

 確かに、と楓が返すと、再び唸りながら考えるが思い付かない。

 これは夢だと考えて飛んだり変身してみようとするが何も起こらない。現実と至って変わらない。

 

「貴様はまだ知らない。貴様が真に”目覚める”方法も、世界が何で出来ているかも」

「意地が悪かったな。霧島楓、目覚める方法を貴様はまだ分からない」

 

 アプスが少し微笑んでから頭を下げる。横柄な態度の割には誠実で楓は少し戸惑う。

 

「今の貴様は、未だ無垢な人の子でしか無い様だ。貴様が更に力を持ち、知識を得た頃合いにまた会おう。貴様こそが、私の過ちを、平弐(へいじ)を止められる希望なのだ」

 

 彼の意味深な言葉の意味を楓は問い質そうとするが、体が急に浮いてその場から離れていく。

 

「ちょっ、えっ、まだ聞きたい事が!」

「いずれ会える。その時には貴様に話せる事も増えているだろう。衡壱にもよろしくな」

 

 衡壱―――長官の名を発したアプスに楓はその意味を問う前に神の世界は白いもやに包まれていく。

 強い光に照らされ、楓は目を瞑る。次に目を開いた時には、白く殺風景な場所にいた。

 まだ体は強い電流に覆われ、身動きが取れないでいたが、辛うじて口は回るらしい。

 

「あ…ここは、病院……?」

「霧島さん! 霧島さん!」

 

 楓が声の方を向くと、ブートトリガーに似た黒いアイテムを持った女性が立っていた。天井のLED灯による逆光を受けてその姿はおぼろげにしか見えないが、自分を見つめて、強い気持ちを持った視線を送っている事は理解出来た。

 

「霧島さん、ラフムの大群がここまで迫っていて、その、みんな死んじゃいます!」

 

 その言葉に楓は飛び起きようとするが、体が電撃に阻まれ動けない。それを見た女性は先程まで作成していたと思わしき手に持つアイテムを楓の手に置く。と、楓自身に痛みを伴わせながら彼を覆っていた電流がアイテムに収束し、そのアイテムは黄金色に変わる。

 

「今やっと完成しましたから、これでもう大丈夫です。ここにライドツールはありませんが、このアイテムは持っていて下さい」

「は、はあ……」

 

 楓がようやく動ける様になった体を起こしながら女性の姿を見る。すると彼女に見覚えがあった。

 

「あなたは!?」

「はい、神庭(かんば)で助けて貰ったOLです。 あっ霧島さんそれよりも!」

 

 異形の唸り声と足音が近付いてくる。ここが病院なのは風景から察した。だとすれば他の患者、そして彼女が危険な状態にある。女性が言っていた通り、このままじゃみんな死んでしまう。

 

「ライドツール無いんでしたよね……あの、こんな状況ですけどお名前聞いても?」

「あ、私は千歳 薫(ちとせ かおる)って言います」

「ありがとうございます、千歳さん。これから起こる事、どうかビックリしないで下さいね」

 

「変身ッ!」

 

 その掛け声と共に楓の周囲を緑色の粒子が包む。楓の姿は瞬く間に異形へと変貌していった。

 

「…ビックリしました?」

「ええ、少し。でも、霧島さんはその力で私達を守ってくれていたんですよね。だったら怖くなんかありません」

「……ありがとうございます」

 

 楓の変貌した姿、ウイニングラフムは少し頷くと、病室の扉を開け、足音のする先へと走る。

 病院の廊下に響き渡る一体の怪物の叫び声が、他の怪物らの声を掻き消す。

 

――

 

 午前十時五十三分。

 楓らの入院していた病院に群がるアントを撃退する為、バディの要請を受け陸上自衛隊が出動していた。

 人手不足故、ここに辿り着いた自衛隊員はたった二人だった。

 

「先輩、俺達元々補給隊で戦闘する筈じゃ無かったんじゃないんですか?」

「そう言ってもな! ここに一番近いのは俺達だったんだからよぉ」

 

 自衛隊の通常支給兵装である89式小銃を乱射しながら隊員らが話している。この病院に程近い地域に配置されている十条駐屯地からの応援ではあったが、彼らの言う通り元々は補給本部として機能する部隊の所属する駐屯地であった。が、この状況では可能な限り戦える人間を全員戦闘要員として配属する他無かった。

 その必要性を彼らは理解している為に、悪態はつくがこの病院の残っている民間人を守る為に戦う。その意志は仮面ライダーと何ら変わらない。

 

「っ…! タマが切れました!」

「替えはッ!?」

「ありませんーッ!!」

 

 最初に弾切れを起こしたのは部下と思われる男性だった。間も無く上司の男性も銃弾を切らし、アントに囲まれる。

 ここで命尽きると覚悟した二人は体を強張らせ目を閉じる。が。

 

「あれ…? 生きてる……?」

 

 部下が呟くと、上司も目を開ける。先程まで周りを囲んでいたアントが消滅していた。

 辺りを見回すと、アントを蹂躙する怪物の姿があった。

 

「あれもラフムですか!?」

「ああ、だがアイツは―――」

 

 アントを大方倒した後、その怪物は動きを止め、自衛官らへサムズアップする。

 それを見た上司の隊員が敬礼をする。部下もそれに釣られ敬礼する。

 

「アイツは、ヒーローだ」

 

 その怪物(ウイニング)はマフラーの様な翅をたなびかせる。

 

 霧島楓の復活。

 それはこの地獄を終わらせる始まりの合図となる。



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#38 防衛

 正体不明の神と名乗る存在。

 かつて自分が助けた人。

 今まで自分を支えてくれた人々。

 

 多くの者の力を受け、楓は復活した。今は異形の姿だが、ライドシステム構築前の初戦を思い出し奮起する。

 

「自衛隊の方々ですね」

「うわっ喋った!」

 

 部下の自衛隊員は慄きながら弾の無い小銃を向ける。と、上司は彼の小銃を下げさせると、ウイニングに再び敬礼をする。

 

「部下の無礼お許し下さい。私は陸上自衛隊北関東防衛局装備部試験射隊、上川(かみかわ)一等陸士であります!」

 

 上川が挨拶すると、部下の背中を叩き、彼にも自己紹介する様に促した。

 

「同じく、試験射隊、下関(しものせき)二等陸士であります!」

 

 彼らの挨拶を聞くと、周りが安全である事を確認してからウイニングが人の姿へと戻る。

 

「バディ機動部隊、仮面ライダー、霧島楓です。ラフムの力を持ちながら意思を保っている為に一応戦力として戦闘に参加しています。今回はご協力感謝致します」

 

 楓が手を差し伸べると、上川は握手を交わす。が、下関は少し抵抗を見せる。

 

「ちょっと待って下さい。アンタラフムなんすよね? 俺、ラフムが怖いっすわ」

「あー…ですよね」

 

 楓が困った顔をしながら頭を掻く。

 

「ラフムは、そりゃ怖いですよね。僕も、今こんな体になっている自分が怖いです」

「でも、どんな力でも、誰かを助けられるのなら、僕は怪物の力だって使いますよ」

「だから、握手はしなくても全然いいです、下関さん。ただ、僕は怖がられようと非難されようともラフムから皆を守るだけです―――」

 

 楓がそこまで言った瞬間、下関は強引に楓の右手を引っ張り、固く手を握る。

 

「悪かった! 楓!」

「例えお前がどう思われようとも誰かの為に戦う、その思いは俺達と何も変わらなかったんだ! 自衛隊もそうだ…違憲だとか武装集団だとか言われたって人の為に戦うんだ、お前は俺達と同じだったんだよ!」

 

 下関は自らの言葉を誤解だったと謝罪する。その熱い思いに楓は少し目を潤ませる。

 

「シモ! 楓! またヤツらだ!!」

 

 上川が叫ぶ方向を見ると、再びアントが迫っていた。先程掃討した筈だったがまだ湧き出て来る。

 

「生憎なんだが、俺達は弾切れ、武装はこの銃剣しか無いんだ」

「分かりました。そうしたら前面に僕が出て大半を殲滅します。その後で倒し損ねたラフムがいたらそっちで対処をお願いします。危険な仕事ですが、皆を守って生き残りましょう!」

 

 上川と下関が銃剣(ナイフ)を握って頷くと、楓はまたウイニングへと姿を変え、ラフムの大群へ突っ込んでいく。

 アントラフム一体一体は非常に弱く、常人のパンチ一発でその体を霧散させる程だ。ウイニング程の戦力ならば、その力はまさしく一騎当千と化す。

 増殖していったアントだったが、あっという間に消滅していく。その中にいる女王個体を倒すと、ウイニングは首を傾げる。

 

「この形の違う個体は…? ランダムに何体か見受けられたんですけどお二人は何か知りませんか?」

「バディから聞いている限りだと、どうやらコイツらは女王個体と呼ばれてるらしい。コイツらが普通のアント、兵隊個体を生み出し、目測五十分の一位の確率で女王個体も生んじまうそうだ」

「成程…そうしたら女王個体の殲滅から優先します。取りこぼし多くなると思うのでその時はお願いします!」

 

 ウイニングが飛び立つと、下関が少し溜息をつく。

 

「さっきから一体も逃がしてないんですけど、楓の奴……」

 

――

 

 午前十一時。

 東京都北区赤羽台。

 

 兵隊アントの進行が比較的軽微だった事と、付近に自衛隊駐屯地が所在していた事が幸いし、その被害は抑えられていた。が、警戒は怠らず、市井の人々ですら木の棒などの武器を携行して屋内に避難していた。

 この地に、全ての元凶たるアントが到着した。荻窪で粉塵から逃れた後、金剛が用意しておいたバイクを使ってここまで移動してきたのだ。

 彼女の目的は暁響の抹殺。金剛によると、雷電が裏切った為にその報復として行うらしいが、それが当初の計画に組み込まれていなかった事にアントは疑念を浮かべる。

 

(サンダーはもとより信頼に足らなかったでしょうにそこまで考えてなかったってコトよね…藤村金剛、あの男ホントにバカね)

 

 心の中で悪態をつきつつも指令は全うする。それに、響を報復として殺害する事にはアントも賛成であった。

 

(サンダーが絶望する顔、早く見たいわね)

 

 アントが舌なめずりすると、都立赤羽医療病院へと突入する。

 

「あっちょっとお姉さん! ここは危ないですよ!」

 

 丁度その場にいた下関がアントを引き止める。ドレス姿の彼女に違和感を抱いたが、それよりも人命を優先してここから離れる事を求める。

 

「いいえ、大丈夫よ―――私が”女王”だもの」

《Ant》

 

 アントはイートリッジを起動し、首元に触れさせる。目の前で起きている事に理解の追い付いていない下関はただその一瞬を呆然と眺めているだけだったが、そこにウイニングが飛び出して来て、下関を突き飛ばす。

 粒子を纏わせアントラフムへと変貌した彼女は、その爪でウイニングの胸を引き裂く。

 

 鋭利な斬撃にウイニングが怯む。その隙にアントは兵隊アントを生み出す。が、一体生成した所で再起したウイニングに消滅させられてしまう。それと同時にアントの足を引っ掛けて体制を崩す。

 

「舐めるなっ! この程度のケガじゃ僕は倒れないぞ!」

 

 先程の変貌から、このアントが全ての元凶であり、一番最初の個体である事を理解した楓はここでアントを撃退する事を判断しつつ、情報共有が必要だと考え、下関に言伝(ことづて)を頼む。

 

「下関さん! 何とかしてバディの人に、ここに最初のアントが出て僕が戦ってると伝えて下さい!」

「了解急ぐぜ!!」

 

 下関を行かせると、ウイニングはアントに対してハンドジェスチャーで煽り立てる。平手を内側へと折り曲げ、”来いよ”と誘い込む。

 アントを逆上させてここへ留める意図だったが、アントは冷静な判断をし、ウイニングから逃げる。

 彼女の目的は響の殺害と東京を混乱に陥れる事。直接響を殺して東京都民を恐怖で支配する。この災厄がアントの心を満たすのだ。それを実現させる為にここでやられる訳にはいかない。故に厄介なウイニングに背を向けるのだ。

 蟻の性質たる敏捷性と集団性は彼女の逃亡を助ける。周囲に残っていた兵隊アントは知能が限り無くゼロに近い為にこちらの複雑な操作を受け付けないが、移動させる程度の指令なら忠実に行動する為、兵隊共をウイニングの前に立たせて壁にする。

 

 ウイニングは次々と兵隊アントを倒していくが、アントの原初個体を見失ってしまった。通常女王蟻と言うものは他の個体よりも巨大であるが、ラフムにおける原初個体は、他の兵隊アントよりも小さい。その敏捷性と相まって、すぐに見失ってしまうのだ。

 

「逃げに徹したカタチをしてやがる!」

 

 ウイニングが最後に現れた女王アントを踏み潰すと、周囲を捜索し始める。

 

――

 

 午前十一時十一分。

 JR西荻窪駅前。

 

 自衛隊からの伝言を受けた藤村は勇太朗を呼び付ける。

 

「火島君、今霧島君が目覚めてアントの本体と戦闘しているわ! 現在赤羽の病院の前らしいからそっちに向かって!」

「行きたいのは山々なんですが、こっちはどうするんですか!」

「練馬駐屯地からの増援がすぐに来るそうよ!」

 

 それを聞いて納得した勇太郎はバーンの変身を解除すると、指揮車両へと乗り込む。

 

「レイラインで直行するわ。途中でライドサイクロンの支給が行われるから暁君と一緒に目的地へ射出するわね」

 

 雷電は体が回復し始め、ようやく意識を取り戻した為大護からライドサイクロンに関する説明を受けている。

 

「あそこって事は響も危ないんですよね」

「ええ。アントが直接そこまで来た理由は恐らく響さん、と考えられるわ」

「また俺のせいで響が危険な目に遭ってるのか……クソ!」

「よせ暁、ウジウジ考えたってしょうがねぇ」

 

 大護の励ましに雷電が頷くと、病院の方向へと視線を向ける。

 

 西荻窪駅のアントらを退けると、指揮車両を発進させる。と、入れ違いに自衛隊の装甲車が通る。

 それを見て安堵しながら、藤村ら一行はレイラインへと直行する。



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#39 到着

 十一月三十日。午前十一時二十分。

 西武鉄道練馬駅直下、レイライン。

 

 射出用車両に乗ったバディ職員らと合流し、バーンと雷電は車両のコンテナ内から新しいライドサイクロンへと搭乗する。

 

「暁君、地上に出たらマニュアル通りに作戦を進めるわ。何か質問はある?」

「大丈夫だ。サンダーのイートリッジを失ったがサイクロンのイートリッジを装填していれば生身よりはマシな形態になる」

 

 雷電が鎧の無い簡素な変身状態を見回しながら言う。ライドサイクロンとの合体が前提とされる為に、通常のフォームで装着される様な装甲は存在しない。が、サンダーへの変貌が高リスクである雷電にとってはこの状態の方が射出時の負荷に耐えられると判断した。

 バディが所有する他のイートリッジを使用するプランもあったが、どうやらサンダーのライドシステムは若干手が加えられており、バディのライドステムとの同期が出来ないらしい。雷電が渡されていた”ブレード”のイートリッジは使用出来たが、雷電が使用を拒否した為に現状のプランを採用する運びとなった。

 

 

 変身したバーンとサンダーを乗せた射出用車両が地上に出る。西武練馬駅は比較的アントは少ないが、民間人からの視線が痛い。妨害が入らない内に射出プロセスを開始する。

 

「こちら火島、準備完了!」

「暁、準備完了だ」

 

「了解。仮面ライダーバーン、サンダーラフム、両名の発進準備完了。ライドサイクロン整備済、システム異常無し」

「座標指定完了、座標までの到達ライン演算開始…演算完了。ノードオンライン」

「発進システムスタンバイ」

 

「仮面ライダーバーン、発進許可!」

「サンダー……ラフム、発進許可」

 

「発進軸固定、ブースターオン。ライドサイクロン、発進します!」

 

 サンダー、バーンの二人が超高速で射出されると、辺りにいた人々もそれを見上げる。

 彼らと同様に空を見上げる藤村は、自分も人を助けたいと思いつつも誰かにその思いを託す事しか出来ないジレンマを抱えながらも、二人を見送る。

 

「頼んだわよ…火島君、暁君……!」

 

――

 

 午前十一時八分。

 

 ウイニングの元から退避したアント本体だったが、病院の入り口にて上川と対峙。彼を退けようとするもウイニングに発見され攻撃を受ける。

 

「観念しろアントラフム! アンタは素早いが攻撃力が無く小柄で不利だ! これ以上被害を出さない方が身の為だぞ!」

 

 ウイニングが啖呵(たんか)を切ると、アントが拳を壁に叩き付ける。

 

「悔しいわね……私の今の力じゃどのみち追い詰められるとは思っていたけど、覚悟が足りなかったみたい」

「!? 何の話だ!」

「私がラフムになると小さくなる理由、分かるかしら」

 

 アントが問うと、その体を覆う甲殻の継ぎ目から筋肉が膨張し、肥大化していく。

 

「能力を隠して相手を油断させる事、そして敏捷性とパワーが極端である為のコントロール」

「要するに、真の姿があるって事よ」

 

 体の大きさが先程とは比べ物にならないレベルに膨れ上がったアントは、十メートルはある自分の姿に溜息を溢す。

 

「はぁ……こっちの方が強いのだけれど、美しくないのよね…」

 

 その巨腕を軽く振るうと、病院の壁をいとも容易く破壊する。まるで柔らかいプリンを握る様に鉄筋コンクリートが崩れ去る様に上川、下関は開いた口が塞がらない。

 

「それにこれを使っちゃうと面白く無いわよね。”すぐにみんな死んじゃうもの”」

 

 アントが筋肉の膨張した二対の腕で地面を殴り付ける。その速度は凄まじく、瞬く間に辺りの土が抉れていき、衝撃で上川らが体制を崩す。

 

「上川さん! 下関さん!」

「逃がさないわよ、誰一人ね」

 

 アントの攻撃の矛先が二人の自衛隊員に向く。そのパンチが彼らを狙うが、寸前でウイニングが彼らを放り投げて回避させる。だが、ウイニングはその攻撃を食らってしまう。

 

「楓ッ!」

「僕は良いから逃げて下さい!」

 

 塵埃(じんあい)の中から出て来たウイニングは、左肩を攻撃され、骨と神経を傷付け左腕は動かなくなっていた。

 

「上川さん、下関さん! コイツは尋常じゃない! 他のラフムとは比べ物にならない! 早く……逃げてーーーーッ!!」

 

 ウイニングが叫ぶが、アントの猛攻は止まらない。ウイニングを狙いに定めて連撃を更に食らわせる。

 何とかウイニングは攻撃を回避していくが、それもいつまで持つか分からない。まさかあの小柄なアントラフムがこんな大変貌を見せようとは、誰も全く予想だにしていなかった。

 

 現状のウイニングラフムとしての能力ではアントに対抗出来ないと楓は覚悟した。だがここを守らなければならない。多くの患者や医師らが怯えている。

 

「なぁ、アント……お前は何故こんな事をするんだ!」

「何よ、まさか仲間を呼ぶ時間稼ぎのつもり?」

「―――かもな。まぁどっちにせよ僕は理由が知りたい。人を傷つけ命を奪うヤツの気持ちってモノをね」

 

 ウイニングの言葉にアントは高笑いを浮かべる。それはしばらく続いて、ようやく息が切れると、言葉を言い放つ。

 

「自分より弱いモノを無惨に破壊するのが気持ちいいのよ。ヒトは誰しも破壊衝動を持っているわ。それがどこに向くかの違い。私は他人をブチ殺す……さしずめあなたは正義を振りかざして”悪”をブッ飛ばすって事ね」

「お前と一緒にするな! 自分の気持ちを我慢出来ない弱さで他人を傷付けるな!」

「うるさい小バエね」

 

 アントがその四本の腕をウイニングへと食らわせる。何とかウイニングは回避したが、地面への度重なる打撃によって、病院の地下フロアが露わになってしまった。

 

「あら好都合。このままサンダーの妹ごと皆殺しにしちゃおうかしら」

 

 元々の目的であった地下への突入の手間が省け、アントは地下室へと攻撃を放つ為に全ての腕を引き、力を込める。

 そして腕を限界まで引き切った所で攻撃を放つ。

 ―――様に見えたが。

 

 

 アントの顔面へと、ミサイルが直撃したのだ。その砲撃によりアントは体制を崩し、力が抜けた為に攻撃は不発した。

 

「待たせたなぁぁぁ!! 楓ェェェェッ!!」

 

 戦場に勇太朗の声がこだまする。サイクロンフォームによる砲撃がアントを阻んだのだ。

 勇太朗の頼もしい叫びにウイニングは辛うじて動く右腕を大きく振る。

 

 無事着陸したバーンとサンダーはウイニングらと合流する。

 

「楓! ドタバタし過ぎて復活も喜んでられねぇ! 手短に状況を伝えるぜ」

「サンダーが仲間になった、ベルト持って来た、皆を助ける! おしまいッ、行くぞ!」

 

 そう言うとバーンはライドサイクロンに括り付けられていた楓用のライドツールを投げ渡すと、サンダーは変身を解除してサイクロンの簡易イートリッジをウイニングに投げ渡し、病院の地下へと侵入する。

 

「悪いが俺は響達の安全を優先する! そのデブ蟻野郎はアンタらで食い止めろ!」

 

 状況の変化に戸惑いを隠せないでいた楓だったが、やる事はハッキリしていた。

 一旦ウイニングへの変身を解き、ロインクロスを装着、ウイニングイートリッジを起動させる。

 

《Account・Winning》

《Winning》

 

「まだ説明が欲しいトコだけど、今は十分だよ」

「ありがとう勇太朗、それに…サンダー。この戦いが終わったら、二人にもっと沢山のありがとうを言わせて欲しい!」

 

 

 

「……行こう―――変身ッ!」

 

《Change・Winning》

 

 緑の鎧が楓の体を包む。そして瞬く間にその姿は仮面の戦士へと変わる。その雄々しい勇姿は、正義のヒーローの復活を体現していた。

 

 

「正義を叫びライドする仮面の戦士」

「その名をまさしく―――」

 

 

 

「仮面ライダー!!」



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#40 継戦

 人々を救う為立ち上がった最初の仮面ライダー、ウイニング。

 暫くの眠りを経て、ここに復活した。

 ロインクロスの横には武装と共に千歳から託されたアイテムが格納されていた。

 

「仮面ライダァ? 鎧を着込んだだけで私に勝てる訳無いじゃない」

 

 アントは溜息をつくと、ウイニングへとその拳を見舞う。が、ウイニングも負けじとイートリッジを交換する。

 

「Form・Change・Tackle」

 

 ウイニング・タックルフォーム。猪の意匠を持った突撃型形態。その状態でアントの拳へと空高く突撃する。腕に装着された牙状の鎧がその巨腕に突き刺さる。その痛みによってアントのパンチが押し負ける。

 

「どうだ! 仮面ライダーはその拡張性が強みだ! 自分には無い力を引き出す事が可能なんだよ!」

 

 アントがウイニングを睨み付けるが、先程まで隣にいたバーンがいない事に気が付き、周囲を見回す。すると、自分の真横、右肩にバーンがガトリング砲を持って立っていた。

 

「ガトリングフォームってな訳。食らっとけ!」

 

 ガトリングの連続する銃撃はアントの顔面へと直撃し、その熱さと痛みにアントは絶叫する。その隙を見てバーンはサンダーへと連絡を取る。

 

「雷電! 避難は済んだか?」

「ここの地下病棟は特殊だ、ドでかい器具ごと動かさなきゃならねぇ。アントを動かした方が楽なんじゃないか?」

 

 マジかよ、とバーンは肩を落とすが、アントの肩から降りると、ウイニングに一つ提案を持ち掛ける。

 

――

 

 アントは巨大化した事によって圧倒的な力を手に入れたが、その欠点として再生力の低下が見られていた。その巨体を修復する為の力がどうやら足りないらしい。再び姿を小さくすればその修復力は通常のラフム並の驚異的な速度となる。が。

 現状体を小型してしまえばその分戦闘力も防御力も大幅に下がる。逆に仮面ライダーらの追撃を許す結果となる事は明確だった。その為修復力を犠牲にして丸くうずまりながら防御に注力する。

 

「図体がデカいとそれだけ体を治すのに時間がかかるんだな…好都合だぜ」

 

 バーンの声がその場に反響して聞こえる。まるで大きくなったアントの様に、巨大化した様に聞こえた。

 アントが顔を上げると、先程垣間見せたバイクの変形した形態、サイクロンフォームであった。

 今度はウイニングもサンダーのバイクを借りてサイクロンフォームとなっていた。二体の巨大メカはアントを囲むと、一気に持ち上げ始めた。

 

「アントラフム! 少しご同行願うぞッ!」

 

 ウイニングが気合を入れる様に声を力ませながら叫ぶ。二体のサイクロンフォームはアントを抱えて上昇すると、アントを無理矢理移動させる。

 

「移動地点はさっき伝えた通りだ! あそこなら被害を最小限に抑えられる!」

 

 バーンの指示に従い、二人は赤羽医療病院から更に北へと飛ぶ。その先にあるのは北区浮間と、埼玉県川口市。そしてその間に挟まる一級河川―――荒川。

 人的被害の少ない荒川の、橋から離れた地点にアントを放り投げる。同時に二人の仮面ライダーはライドサイクロンの座席から立ち上がり、基本形態へとフォームチェンジする。

 

「行くぞ楓! このまま決めちまおう!」

「うん!」

 

《Winning・Crush》

《Burn・Crush》

 

「ダブルライダー……キーーーッック!!!」

 

 二人は同時に能力を解放させ、アントへと足を向け飛び蹴りをする。お互いの風と炎が絡み合い、スペックを超えた威力と速度を叩き出す。その凄まじい必殺技に貫かれたアントはその粒子を爆散させる。

 中から現れたアントの元の人物を救出し、アントのイートリッジを回収すると、丁度良く藤村からの連絡が届く。

 

「火島君、今東京中のアントが行動を停止して消滅しているわ! まさか原初個体を倒したの!?」

「はい、本人を保護してイートリッジも回収しました。ただ……」

 

 バーンの言葉に続いて藤村もええ、と答える。

 東京の町々への甚大な被害、そして未だ把握出来ていない死傷者の数。被害地域を見るだけでも目を覆いたくなる程の凄惨な状況であった。

 

「これからの復興も……していかなきゃ、ならないっすね、藤村さん」

 

「藤村さん?」

 

 バーンが問うが、藤村からの返事が無い。忙しいだけ、と捉える事も出来るが、違和感があった。

 

「―――まずいわ火島君! こっちに藤村金剛が、現れたわ!」

 

 ようやく藤村から返事が来たと思えば、恐ろしい報告が届く。バーンは落下していたライドサイクロンに急いで乗り込む。

 

「楓! 病院の方に藤村金剛のヤローが出たぞ!」

 

 それを聞いたウイニングもライドサイクロンに乗り、二人はサイクロンフォームで急行する。

 

 恐らく金剛の狙いは雷電の妹、響。アントが仕損じた裏切り者への報復を自ら執り行う、と言った所だろうか。

 

――

 

 午前十一時三十一分。赤羽医療病院。

 

 先の戦いの影響で瓦礫にまみれ、粉々になった病院にマントを羽織った黒い鎧の戦士―――藤村金剛が出現した。

 その場に残っていた雷電、応援として駆け付けていた大護を含めたバディ機動隊。彼らが他の人々を守らんと金剛の前に立ちはだかる。

 

「何だ? 仮面ライダーでも無いお前らがここを守り切れるのか? やってみせろよ」

 

 自らの力量に(おご)り、人を煽り見下す金剛の言葉に雷電らは敵対心を更に燃やし、身構える。

 

「まぁ分かっているだろうが、俺の狙いはそこの裏切り者の粛清とソイツの妹の抹殺だ。こちらとしてもサンダーの態度には怒り心頭でな……お前らもコイツが信じられるのか? 昨日、一昨日まで敵だったコイツを?」

「おとなしくサンダーを差し出してくれればこの場はコイツと妹の命で済ましてやる。民間人には今日は手を出さないでおくと約束するぜ。どうだ? 悪くは無い交渉だろ、立場を右往左往させるコウモリ野郎の処理をするだけだからな」

 

 どうだ? と機動隊に問いかけながら笑い声を上げる金剛に、藤村が言葉を投げかける。

 

黒鎧(こくがい)の戦士、貴方はやっぱり兄さんなんかじゃないッ!」

 

 藤村の叫びに金剛がその方向へと頭を向ける。藤村は非常用に携帯していた拳銃を金剛へと向ける。

 

「貴方はどうして兄さんの名を騙るの? いい加減その名前で悪逆非道を働くのはやめなさい…虫唾が走るわ」

「どうして? それは勿論お前の兄だからだろう。 それにこれは悪逆非道じゃない。仕事を全うしているだけだ」

「兄さんは例え天地がひっくり返ろうとも悪に(くみ)する人間じゃないわ! 貴方は誰!?」

「だから言っているだろう……藤村金剛だとなァ!!」

 

 金剛は一瞬で藤村との間合いを詰め、彼女の首を絞める。その力の強さに藤村は呼吸をする事が出来ず、金剛の鎧に包まれた金属製の腕を殴り続けた。例え出血しようとも、決して金剛への反抗を止めなかった。彼女の行動が不愉快になった金剛は更に拳に力を込め、彼女を殺害しようと図る。

 

「今お前は…俺の仕事を引き継いでいるらしいな。邪魔だよ、俺達の不利になる様な技術を進歩してくれちゃあな」

「ッ! ……!!」

「まだ抗うのか。非力な人間如きがラフムの力に勝てる訳が無いだろう? 分かりきった事をしやがって、お前馬鹿なんじゃ―――」

 

 その時だった。金剛が会話に集中してる間にその距離を詰めていた大護による拳が、金剛目掛けて、飛んだ。

 人間である大護の攻撃が、金剛に一矢報いたのだ。そのダメージは物理的な衝撃と共に、心理的な傷をも付けていた。

 

「な―――!? 俺を……殴った!?」

 

 パンチを受けてその場に倒れ込んだ金剛がかすれた声で言葉をひねり出す。

 

「ああ。俺が、お前を、殴った。先生を馬鹿っつったからな」

「先生は馬鹿じゃねえ。俺達のサポートをしながらずっと兄貴の事を考えていたんだ。お前がその名前を騙るなら、それを認めてやれよ」

 

「いや待て……それ以前に何故人間のお前が、ラフムである俺に、ダメージを与えられるんだよ……?」

「毎日朝食にコーンフレーク山盛り二杯食べていたお陰だ」

 



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#41 強化

「ふざけるなァ! お前ら矮小な人間如きがラフムを、ラフムの世界を邪魔するなッ!!」

「世界? 知らないなそんなモノ! この世界は誰かのモンじゃねぇだろ!」

 

 大護の攻撃に激昂した金剛は彼へと蹴りを見舞う。その動きを見切った大護は素早く回避すると、藤村を抱きかかえてその場から離れる。大護の腕の中にいる藤村は涙を流していた。

 

「…早くあの野郎の化けの皮、剥がしてやりましょうぜ」

「……ええ」

 

 藤村が涙を拭うと、金剛へと視線を向ける。

 

「さて、邪魔が入ってしまったが目的は遂行させて貰うか」

 

 先程の事が無かったかの様に金剛が言うと、病院の地下にいる響の方へと歩みを進める。それを止める為に雷電が走る。

 

「待て雷電! お前のイートリッジは……!」

「……まだあるさ」

 

 引き止める大護の言葉をよそに、雷電はポケットからブレードのイートリッジを取り出す。持ち運んでいたロインクロスを装着すると、ブレードイートリッジを起動させる。

 

《Account・Thunder》

《Blade》

 

(ブレードの力……アイツは嫌いだったが…響を助ける為なら使ってやるしか無い)

(そうやって仮面ライダーは、(ティアマト)の力を使って来たんだよな)

 

「うぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

《Change・Blade》

 

 サンダーの新たな姿、ブレードフォーム。身軽な銀色の鎧の背からは、二本の小刀が装着されている。

 それらを両手に構えて、刃を交差させる。

 

「響も……ここにいる奴らも……手出しはさせない!」

 

 雷電はその意志を言葉に表し、気持ちを改める。

 かつて誰かを傷付けてしまっていた罪悪感と、もうそんな事はしなくて良いと思える解放感が、彼の背を押す。

 

 もう戦う事が苦しみじゃない。

 今まで通り響の為に戦うのだけれど、何かが違う様に感じられた。

 

 

 右手側の小刀”一流輪(いちりゅうりん)”、左手側の小刀”二天舞(にてんまい)”。それぞれの二本の刀が金剛の腕を引き裂く。鎧に守られたその右腕へのダメージは少ないが、サンダーの力に圧され、金剛は後方へとよろける。体勢を整えようと上半身をかがませて重心を下げるが、その瞬間を狙った雷電によって、胸に膝蹴りを食らう。

 

「ぐおッ!」

「藤村金剛、お前と戦うのは初めてだが……こんなもんだったのかよ」

「こんな程度のヤツに……俺は…俺は虐げられていたってのか」

 

 サンダーの猛攻に金剛は雄叫びを上げる。裏切られた上圧倒されている故の悔しさが爆発しているらしい。

 

「お前ら……今まで俺が本気を出していなかったからって調子に乗りやがって! 俺が本気を出したら―――」

 

 金剛が恨み節を言い切る前に、彼目掛けて発射されたミサイルが直撃して大爆発を起こす。それと同時に爆破地点から閃光が発生する。

 

「あ~~~ン? 本気を出したらなんだってェ!?」

 

 耳を澄ます仕草をしたバーンが、サイクロンフォームで到着する。アントを撃退し処理が完了した勇太郎、そして楓が遂に到着したのだ。

 

「藤村さん! 大護さん! お待たせしましたっ!」

 

 瓦礫の上に着陸したウイニング・サイクロンフォームがウイニングフォームへと変身し、サンダーに駆け寄る。

 

「ようやく合流出来た! サンダー……! 君はやっぱり話せば分かる人だったんだね」

「……んな事、言ってる場合じゃねぇだろ」

 

 言葉を返す雷電には少し恥じらいが見える。その様子に楓は今までの事を全て許そうと考えた。

 バーンも合流し、三人の戦士が今ここに揃った。

 

「おおっ、遂に仮面ライダー揃い踏みだな!」

「俺は仮面ライダーじゃねぇって!」

 

 サンダーが反論するが、彼の肩をウイニングが叩く。

 

「誰かの為に戦う仮面の戦士、それが仮面ライダーでしょ。そしたら君はもう仮面ライダーだよ。ライドシステムを使ってるのも同じだしね」

「逆にここまでカッコいい姿をしてて仮面ライダーじゃない部分ってどこだよ」

 

 二人の認知に戸惑いながらも、雷電は仮面ライダーである事を受け入れる。

 

「よし、雷電! そしたらお前は今日から仮面ライダーサンダーだな!」

 

 意気揚々と彼の名を決める勇太郎だったが、雷電はその名前を却下する。

 

「その名前は俺が人を襲うラフムであった証みてぇなモノだ。正直サンダーなんて呼ばれるのは好きじゃない」

「じゃあ別の名前が必要か……」

 

 勇太郎が新しい名前に悩むが、その間に金剛が再起する。

 

「あのミサイル…何で光るんだよッ!?」

「お前が薄暗いから照らしてやったんだよ! どうやら効いたみてぇだな!!」

 

 バーンが高らかに答える。バーンはミサイルと同時に閃光弾を放っていたのだ。その理由は言うなれば”動物的勘”であったが、たまたま試した事が功を奏した事に勇太郎自身も少し驚いていた。が、これらの行動の全てが偶然では無かった。勇太郎の持つ頭脳が直観として瞬間的にそれらの方法を編み出し、採択した。勇太郎が自分の持つ思考能力にピンと来てはいないが、今は作戦が成功した結果のみを考える他無い。

 

「藤村金剛、っつかあの偽物野郎は結構ダメージを負ってる! このまま攻めていくぞ!」

「あぁ」

「オッケー!」

 

 バーンの指示に二人が答える。と、ウイニングはロインクロスに取り付けられたホルダーから先程千歳から受け取ったアイテムを外す。

 

「だったら、コイツを使ってみるか!」

 

 彼の持っている見慣れないアイテムに一同は驚愕するが、その場を見ていた藤村はそのアイテムに覚えがあった。

 

「あれは開発中の”ボルトリガー”!? 千歳さんに預けていたけど、完成させてたの!?」

「ボルトリガー? 何ですかソレ」

 

 藤村の反応に大護が問うと、藤村は分かる限りの情報で解説する。

 

「霧島君が電撃で昏睡している間、彼にまとわりつく雷のエネルギーを利用したライダーに雷の性質を付与するアイテムを作ろうとしていたのよ、実はね」

「イートリッジがラフムの粒子を取り込んで完成する原理を応用すればラフムによるエネルギーも使えると思っていたけれど、あれがどう言った形で力を発揮するのか、私にも分からないわ」

 

 これから何が起こるのか、誰にも予想できない事態。その結果はまさしく、神のみぞ知る。

 

《Voltex》

 

 ボルトリガーの引き金の部分を引くと、音声と共に起動する。

 ウイニングは使い方を良く分かっていはいないが、ブートトリガーに似た形をしている為に、ボルトリガーを差し替える。

 装填が完了すると、ボルトリガーの引き金を引く。と、そこから電撃が走り、ウイニングの全身を包む。

 

「おっ、おおおお! 何が起こってるのコレ!?」

 

 仰天するウイニングに関わらず、ボルトリガーは力を放ち続け、遂にはウイニングフォームの鎧に金色の装飾が加えられた。それは藤村が制作した物では無く、どこからそれが生成されたのか不明であった。

 一体どこからそれらの力や装飾が発生するのか全く分からないまま強化変身が完了する。

 

《Change・Winning・Voltex》

 

 ウイニングフォームの全身に金色の装飾が取り付けられ、荘厳な雰囲気を漂わせる。そのオーラに飲まれ、金剛は身動きが出来なくなっていた。

 

「な……なんなんだよッッッ!!」

 

 困惑する金剛に、力が満ち満ちているウイニングは深呼吸をすると、ゆっくりと答える。

 

(いかづち)纏いライドする仮面の戦士」

「その名をまさしく……仮面ライダーウイニング」

「―――ウイニングボルテックス!!」



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#42 正体

「仮面ライダーウイニング・ウイニングボルテックス!」

 

 強敵・金剛を前にウイニングは更なる進化を見せた。

 それがボルテックス。雷の力を纏った仮面ライダーの新たな強化形態。

 

「藤村金剛、今日こそお前を倒し、その正体を暴く!」

「息巻きやがって! やれるもんならやってみろ!」

 

 金剛が懲りずに煽り立てると、彼の目の前、ゼロ距離にウイニングが迫っていた。目視出来なかった事に驚愕しつつも金剛は防御の姿勢を取ろうとする。だが、それよりもウイニングの動きの方が早い。

 

「ぅぐおおおおおおッ!!」

 

 気付けば金剛は胸にウイニングの拳が直撃し、吹き飛ばされていた。瓦礫にぶつかり続け、全身が痛む。

 

「っ…うう……」

「もうやめろ! お前に勝ち目は無い!」

 

 ウイニングの言葉に金剛は悔しさと苛立ちが脳を埋め尽くし、周りの地面を殴り続ける。

 

「黙れ! 調子に乗るな! 図に乗るなッ!」

 

 金剛が叫ぶと、上半身を覆うマントを脱ぎ捨てる。今まで殆ど見えなかった左腕には、見覚えは無いが、ロインクロスにも似た端末が取り付けられていた。

 

《Shadow・Enigma》

 

 シャドウ・エニグマ。左腕の端末上部のグリップを押し込む事でその音声が発生する。

 すると、金剛の体が真っ黒に染まり、影と同化する。その影はバーンの背後へと伸び、彼の背を取る。気配を察知したバーンはなんとか回避するが、今度はウイニングへと影が向かう。

 

「姿形が変わっただけで俺に勝てると思うな雑魚共が!!」

 

 影は凄まじいスピードでウイニングの影に触れると、一体化しウイニングの動きを封じる。金剛のいわゆる影化は同化した影の本人の動きを縛り付けるらしい。そして、相手の行動を支配し操作する。

 強化されたウイニングだったが影から体の動きを止められ、バーンへとその拳を向ける。

 

 が。ウイニングは動きを止め、金剛による操作を抑え付ける。

 

「藤村金剛……お前馬鹿だろ?」

 

 ウイニングの言い放った一言と共に金剛の力が弱まっていく。

 バーンがウイニングに注目すると、体に張り巡らされた金色の装飾から放電し、それによる発光が影を薄くしていっていた。

 

「形が変わっただけだとこの力を一蹴したが、その変化こそが進化であると見抜けないお前が―――」

 

 その強い光によって影が消え、そこに潜んでいた金剛も弾き飛ばされる。

 金剛が姿を現した瞬間を見逃さなかったウイニングは腕を振り下ろし、飛び出た反動で宙に浮いた金剛の体を地面へと叩き付ける。

 

「あの藤村金剛さんな訳無いだろッ!!」

 楓らが慕う藤村の兄。それがどんな形であろうと非道を行い、知能まで下がる。そんな訳が無い。

 藤村の涙を横目に、楓のその確信は、彼の名を騙る目の前の悪漢への怒りへと変わる。

 

「とどめだ……コイツは、ここで倒す!」

 

《Winning・Crush・Voltex》

 

 ボルトリガーを二回引く事によるウイニングフォームの能力解放と、それにプラスされるボルテックスの力。

 全身に取り付けられた装飾内部のコイルが高速回転を始め、電圧により動きの反射速度を高める。

 まさしく稲妻の如き速さで、金剛を四方八方から攻撃する。一方の金剛は反撃に転じようと体勢を整えるが、その瞬間に超高速の殴打が繰り出される。

 

「おりゃおりゃおりゃおりゃああああああッ!!」

 

 最後にウイニングは天高く飛び、雷と風の力を足に込める。よろめく金剛は回避する間も無くその一撃を食らう。

 

「ボルテックスライダーキーーーーーック!!!!」

 

 ウイニングボルテックス渾身の蹴撃により崩れた瓦礫に埋め込まれた金剛は、人間の姿を徐々に取り戻していく。

 全貌が明らかになった金剛の顔を見て、楓と雷電を除く一同は驚愕する。

 

「オイ……アンタ―――」

「黒木査察官、じゃねぇか……」

 

 内閣府査察官、黒木陽炎。税金を防衛費に徴収するバディの動向を調査する為に遣わされた筈の黒木が、金剛の名を騙ってティアマトのラフムとして戦っていた。

 

「クロキ? 勇太郎の知ってる人なの?」

 

 ウイニングの問いにバーンは頷くと、変身を解除する。

 

「とにかく、戦いは終わった。さっさとコイツを捕まえて、イートリッジを回収しようぜ」

 

――

 

 正午十二時二分。赤羽医療病院。

 

 それからの事態収拾は迅速であった。金剛、と名乗っていた黒木に麻酔を投与した後厳重拘束しバディに連行された。彼の所持していた”シャドー”のイートリッジと左腕に取り付けられていた端末は藤村の研究室で保管される事となった。

 

 

「何故黒木査察官が兄さんを名乗ったのか、何も分からないわ…」

 

 作業が続けられる中、廃墟と化した病院に設置された仮テントで藤村は大護へと呟く。丁度休憩していた大護は、藤村の話をゆっくりと聴く。

 

「でも、彼が兄さんじゃないのは初めから分かってたわよ」

「雰囲気とかすか?」

「いいえ……兄さんって、左利きなのよ」

 

 そう言われれば、と今までシャドーとして活動していた黒木の様子を思い返すと、右利きであった。

 

「アイツは、金剛さんの物真似が下手だったって訳ですか」

「かも知れないわね。でも、もう一つの可能性として―――兄さんに成りすます事が彼の真の目的では無く、兄さんの名を騙っていたのが副次的なモノであった事も考えられるわ」

「難しい事は良く分かんねーすけど、まあ、あの悪党が金剛さんじゃなくて良かった、と俺は思います」

「……そうね。私もそう思うわ」

 

 藤村は少し微笑むと、支給されていた一杯の緑茶を飲み干す。

 

――

 

「改めて被害は甚大だな……」

 

 周りの光景に勇太郎は溜息をつく。が、すぐに楓と雷電の方を向いて満面の笑みを見せる。

 

「でも、楓が帰って来てくれた。雷電が仲間になってくれた。それだけでも俺は嬉しいぜ!」

「おかえり、楓! ようこそ、雷電!」

 

 二人は少し照れると、雷電が先に口を開く。

 

「まぁ、俺はこれからバディの方で事情聴取三昧だがな。……そうだウイニング……その、お前には、本当に迷惑を掛けた。今まで、済まなかった」

「それは良いんだ。それより君が、ティアマトとしてやって来た事を償う事が必要だ」

「償う……償うぜ。一生かけてでもな。俺は約束したんだ。バディの長官と」

 

 決意を表明する雷電に勇太郎がそうそう、と割り込む。

 

「俺も長官に聞かれたんだ、仮面ライダーとして戦う理由!」

「勇太郎も、暁君も? 僕も長官に”契約”を求められたんだよね……そうか、長官は、僕らを、仮面ライダーを繋げてくれていたんだ。その覚悟を、責任を…投げかけてくれたから僕達は正しい理由を以て正義の味方でいられるんだ」

「だから俺は、まだ……仮面ライダーじゃねぇって!」

 

 顔を赤らめながら言う雷電に二人は大笑いする。

 

――

 

 正午十二時十一分。バディ本部。指令室。

 

 ようやく事態の終結が見えて来た状況下、長良長官は内閣総理大臣、清瀬へと連絡を行っていた。

 

「―――ええ。まさか内閣府(こちら)の人間がティアマトだったとは……経歴は調査していた筈ですが、一体いつから黒木君はそちら側だったのか、全く見当も付かない状態です」

 

 清瀬はかしこまりながら長官に報告すると、一方の長官はメモを取りながら頷く。

 

「ご心配なく、総理。黒木査察官の件は私も御剣家と協力して調査に当たります。現状はまず新しい査察官の方を採用する他ありませんかね…私としては懐を覗かれるのはあまりいい気がしないのですが」

「それならば、本件を不祥事として、今後は私の権限で以て査察官の役職を廃止させて頂きます」

「……分かりました。そうしましたら、政府にラフムが存在したという事実を”消す”代わりに査察官の派遣を打ち止めて頂きましょう。財務省と防衛省にはまだ”懐”でいて(ご協力して)貰いたいですからね」

 

 長官の提案を汲むと、総理は連絡を切る。一仕事終えた長官はふぅ、と一息つくと椅子に背をもたれかける。

 

(ティアマトを止める為なら…国を脅してでもやるしか無いんだ)

(決して―――決して人の未来を終わらせやしない……!)



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#43 撮影

 十二月一日。

 

 昨日のアントラフム・藤村金剛ことシャドーラフムによる東京都広域異形成体集団テロは、政府により「11.30 ラフム事変」と呼称され、バディと協力してのラフム対策強化と、ティアマト及びラフムの撲滅が国務として掲げられた。

 現在確認されている死者は三十七人、行方不明者二十三人、重傷者含めた怪我人は六百四十二人となった。この数は、今までラフム被害を他人事だと感じていた国民を震撼させるものであった。怪物の恐怖はすぐ近くにある、その思考は仮面ライダーによる救済を更に求める事となった。それら助けを呼ぶ声は、”どこにでもいる大学生”が背負うには余りにも重すぎた。

 

 

「それで、僕は神様を名乗る青年に出会って、この力を―――」

「オカルトじみて私には理解し難い話ね。多少記憶や意識の混濁の可能性があるから精神鑑定をお勧めするわ」

「そんなぁ……」

 

 バディ研究室。

 ボルテックス誕生の経緯を楓、千歳から問い質す藤村であったが、その経緯の信憑性の低さから余り取り合わないでいたが、確かに物理法則を無視した現象が発生している事実に頭を抱えていた。

 

「さっき火島君にもボルテックスを使用して貰ったけど、一部装甲の干渉以外は問題無く使用出来たわ。でもあの増加装甲はどこから生み出されているのか、未だ特定出来ていないけど、内部スクリプトを調査すれば恐らく割り出せるでしょうね」

「コードネーム・シャドーラフムが腕に巻いていた端末の内部情報ももうすぐ特定出来るけど、何よりこの端末で変身する場合の能力上昇と精神的負荷は目を見張るものがあるわね…シャドーは非常に強力であった事が把握出来るけど、それを打ち破ったボルテックスは、更に凄まじい力を有している筈よ―――私達が作ろうとしていたボルテックスを何倍も上回ってね」

 

 パソコンを手早く操作しながら様々な調査をしている藤村に、楓は固唾を飲み込むしか無かった。

 

「霧島君、ちょっと良いかい?」

 

 研究室の入り口から楓を呼ぶ声がする。その声の主はバディ長官、長良衡壱の物であった。

 長官は、会見に次ぐ会見の只中、未だ会見と首相官邸への召集を控えるままに楓を呼んだのであった。

 

「どうしたんですか、長官?」

「いや何、君とあまり話せていなかったからさ」

「そうでしょうか?」

 

 楓はかつて長官と交わした契約を思い出す。世界の人々を守るというバディの存在意義を語る長官の言葉を信じ、楓はバディの仮面ライダーとして戦うと”契約”した。

 その記憶は楓の脳に鮮明に残っており、長官との会話は今戦っている理由に少なからず影響を与えている。

 

「僕は長官と話した事、忘れてませんよ。あの日話が出来たから、僕は仮面ライダーとして戦えているんです」

「そうか、ありがとう。……でも」

「君はこの戦いに責任を負い過ぎている」

 

――

 

 バディより伸びるビル、その地上十九階の屋上。

 組織の所在を秘匿する為のダミーとして建てられたこのビルは、街に紛れてここにバディがある事は知られていない。

 屋上へと場所を移した長官と楓は、街の光景を眺めながら会話を進める。

 

「ここは風が気持ち良いね。霧島君、今の君には何が見える?」

「―――ええ、前と変わらず、家族連れも、カップルも、色んな人が見えます」

 

 ラフム特有のずば抜けた視力により街の喧騒を眺める楓の表情は、以前よりも凛々しく、憂いが消えていた。

 

「霧島君、この短期間で随分変わったね」

「はは、そうですかね……確かに」

「前は、普通の家族が羨ましかったんです。僕は大事な家族を、失ってしまったから」

「でも今は、勇太郎が帰って来て、暁君を説得して、それと……」

 

 楓が言葉を詰まらせる。雷電との戦いの後、彼が辿り着いた空間―――。

 

「不思議な夢を見たんです。笑わないで聞いて下さいね」

「僕、神様を名乗る青年に会いました」

 

 それを聞いた長官の顔色が変わる。目を見開いて冷や汗を垂らす。

 

「霧島君…まさか彼は、アプスと名乗らなかったかい!?」

「え、ええ、そうですそうです、と言うか何でそれを……?」

 

 長官は我に返ると、眼鏡をかけ直して咳払いをすると、彼に問い始める。

 

「そこで、何を見たんだい?」

「勇太郎が戦っている姿を見ました。そこで初めてアイツが仮面ライダーになったって知りました」

「成程……」

 

「霧島君、あそこでの出来事は全て真実だ」

「だけど君には、それ以上の事を教えられない」

「何でですか!?」

「今の君は、何でも背負ってしまおうとするからだよ」

 

 楓は合点がいかない面持ちで長官を見る。見当もつかないといった顔の彼を見て、長官は神妙な面持ちで口を開く。

 

「君は、誰かの問題を解決する為なら自分が傷付こうが信頼を失おうが構わないとそう思っているでしょ」

「その考え方は、いつか自分の心を破壊してしまう」

「―――何が言いたいんですか」

「もっと周りを頼るべきだって事だよ。君が思っている以上に君の周囲は君の力になろうとしているんだからさ……火島君とか」

 

「とにかく、霧島君、君は仮面ライダーとは言えまだ年若い青年だ。辛いと思ったら逃げても良い。他の人に任せても良い。私達はその時の為にある。君だけが世界を守る力じゃないんだ」

「どうか我々の力を信じてくれ」

 

 長官の顔は、普段じゃ想像出来ない程に険しく、辛そうに見えた。彼の言葉を楓は理解し切れていないが、これが長官の心からの言葉である事は痛い程に理解出来た。

 

 と、長官は急に明るい表情になり、手槌を打った。

 

「そうだ、行こう霧島君! 暁君の事情聴取を切り上げて皆で集合写真撮ろう!」

「いきなりですか!? 暁君拘束対象ですし、長官これから会見ですよね!?」

「細かい事は良いから! これからバディは新たな体制のもと動き出すんだから、ここでは記念撮影が恒例なんだよ!」

 

 長官に押されるまま二人はバディ本部へと戻る。

 

――

 

「―――それで俺が何故か手錠外されてここに連れて来られた訳か。悪いがここの長官はアホか?」

 

 バディ本部。指令室。

 

 バディの面々が一堂に会し、藤村がカメラを回す。

 

「バタバタし過ぎてて霧島君達の時は撮れなかったからね、折角だから暁君も撮ろうと思って」

 

 目を輝かせながら説明する長官に雷電は溜息をついて諦める。

 

「それじゃあ撮るわよ!」

 

 藤村がシャッターを切ると、急いで皆の中に混ざる。

 

「いっせーので……」

 

「バディ~~~~~~」

 

 間抜けた掛け声と共に皆が笑い、写真が撮影される。長官に振り回されるばかりであったが、楓にとってはそれがとても良い思い出になると感じた。

 

――

 

 十二月一日。午後五時。東京都杉並区荻窪。

 

 未だボロボロのJR西荻窪駅を、学ランと学帽姿の少年が見上げていた。

 

「二人共派手にやってくれたよね」

 

 彼がそう呟くと、背後から派手な色彩のスカジャンとパーカーを羽織った今時の少女と、コート姿で大柄の男性が歩いて来た。

 

「この廃墟、すっごい映えだけど、配信でここ来ちゃったら炎上案件よね」

「お前はまた動画か。程々にしろ、と言いたい所だが、いつも助かっているからな」

「あー! ユーちゃんまた素直な事言ってる! そんなんじゃアタシ落ちないからね!」

「口説くつもりは無いが」

 

 二人が賑やかにしている姿を見て、少年は微笑む。

 

「ふふ、楽しいねえ。とっても楽しいね。この楽しい時間を、これからもずっと続けなくちゃ」

「故に俺達は……”ティアマト様”の為に戦うんだ」

「バディの界隈は何も分かってないからさ、アタシ達がやらなきゃ」

 

「うん、この世界の人々を、進化させるんだ」

 

 三人がお互いを見合うと、少女がコホン、と咳払いをする。

 

「それじゃあ、まずはシャドーちゃんを助けに行こっか」

 

 彼女の言葉に他の二人は頷き、その場を後にする。

 

 

 彼らこそが、ティアマト大幹部、海神たるティアマトを守護する三つの矢―――バミューダ。



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#44 加入

 十二月一日。午前十一時三分。バディ本部。聴取室。

 

 長官の無茶振りによる写真撮影を終え、再び拘束された雷電を、大護が聴取する。

 ライダー二人態勢の以後、ラフムを聴取する際は脱走防止の為楓か勇太郎がその場に居合わせる予定となっていたが、二人が藤村、千歳と共にライドシステムの調整を行っている事、相手が雷電である事からその防衛措置は必要最低限でも問題無いと判断されたのだ。

 

「それで、さっき聞いたのはお前の出自の話か。ティアマトに入った辺りの話は聞いたが、それからどうしていたんだ?」

「ティアマトで仕事をする様になってから……恩人に出会ったんだ。アンタ確か武蔵さんって言ったよな。その恩人、ティアマトの武装開発を行っていた爺さんもアンタと同じ武蔵って苗字だったな」

 

 大護が眉を動かす。その苗字と、武装開発と言う肩書に心当たりがあったが、事情聴取の場である事を意識して平静を装う。

 

「…ソイツの説明は後で良い。まずはこれまでの経緯と、お前が使っていた装備の詳細を教えてくれ」

 

 

 それから、雷電は自分の今までの事と、分かる範囲でサンダーの鎧や自分の使用していたイートリッジの説明を行う。が、彼は武蔵博士から詳しい説明を受けておらず、現状バディで使用されているライドシステムと同じ物である事しか分からなかった。

 

「教えてくれてありがとうな、暁。お前の妹さんも今頃別の病院で治療を受けている。楓が復活した時のデータから、体に危害を与えずに電気を取り除く方法もウチの藤村先生が研究している」

「こっちがありがとうだ。響を助けてくれて、本当にありがとう……そうだ、さっきの武蔵博士の事を説明しないとだ」

 

 大護が机の上で手を組み、雷電の目を見る。

 

「―――話してくれ」

「武蔵博士は、正体不明のティアマト武装開発者だ。俺のライドツールや鎧も博士がくれた。が、それが博士の開発した物なのかは分からない。あの黒木って奴が博士と協力して機械を操作してる様子は見たが、武装の調整位しかしていなかった、と思う。俺はその辺詳しく無いからな」

 

 大護は今までの聴取を後ろで記録していた職員に内容を確認する。それをまじまじと眺めながら唸る。

 

「やっぱり、これは俺の親父かもな」

 

 え!? と職員、雷電が驚愕する。顎に手を当てさする大護は、やたら落ち着き払っていたが、怪訝な表情を見せ始めた。

 

「あの親父、どこで何やってんのかと思いきやティアマトの博士と来たか。どこかで会ったらブン殴ってやる。…まぁ本当に同一人物かどうかは分からねぇな、藤村金剛の件もあるしな」

 

 大護が溜息をつくと、しかし、と続けて口を開いた。

 

「俺の親父は科学者だったが、他の研究者の特許を見ただけでコピーするんで”剽窃博士”とか呼ばれてたんだが、十年位前にいなくなっちまった。生真面目なんだがいつも楽しそうで俺は好きだった」

「雷電、お前の尊敬するその博士は、そんな奴だったか?」

 

 雷電は少し考えてから、頷いた。

 

「そうか……」

 

 大護が押し黙ると、雷電の聴取を切り上げる。

 

「事情聴取は終わりだ。しばらくは取り敢えずお前は拘置させて貰う。文句は無いな」

「ああ、それでも甘い対応な位だぜ。それはともかく、一つ良いか?」

「武蔵博士は今でもきっとティアマトにいる筈だ……いつか助けたいんだ、あの人も」

「勿論だ。ソイツはティアマトに与した人間として逮捕させて貰わなけりゃならねぇ」

 

 ありがとう、と雷電が頭を下げると、大護は少し微笑んだ。

 

――

 

 雷電の聴取と時を同じくして、バディ研究室に戻った楓と勇太郎は、藤村と共にメカニックとして働く新人、千歳 薫(ちとせ かおる)から自己紹介を受けていた。

 

「千歳 薫です、機械工学の研究を学生時代にしていたので、装備開発に携わらせて頂きます……その、霧島さんのお陰で私、死なないで、自分の力を活かせる仕事に就けました。霧島さんが、あの日勇気をくれたから……」

 

 千歳の言葉に楓が照れ臭そうに頬を掻くと、勇太郎が彼の肩をつつく。

 

「隅に置けねぇなぁ~~オイ~~?」

「なっ! ゆっ、勇太郎! 茶化すなッ!」

 

 若い女性に「あなたのお陰」と言われれば楓も照れる。それを笑う勇太郎は確かに茶化してはいたが、楓の戦いが誰かの力になっている事が嬉しかった。

 

「改めてよろしく頼むわ、千歳さん。貴方のサポートのお陰でボルトリガーは完成したわ。まだ能力を把握し切れていない極めてリスキーな代物だけど、きっとライダーの力になるわ」

「取り敢えず、能力の調査の為に動作確認していくわよ。霧島君、火島君、千歳さん、準備は良い?」

 

 三人が頷くと、これから始める研究の用意を始める。

 楓と勇太郎は実験実にてライダーへ変身し、千歳はデータの収集をする藤村の補佐を担当する。

 今回の調査とは、本来ボルトリガーの使用で想定していた、”様々なフォームでのボルテックスによる強化”が動作するかである。

 ボルトリガーがブートトリガーと近しい構造となっているのは、イートリッジを変更しながらの戦闘を考慮した為であった。それ故、今度はバーンがボルトリガーを使用し、バーンボルテックスへと変身する。

 

《Change・Burn・Voltex》

 

 赤き装甲に金色の装飾を纏い、荘厳なる印象がバーンの勇ましい容姿を際立たせる。

 

「あれ、頭部の仮面が僕の時と変わってる?」

「ええ、鎧を新造させて貰ったわ。現状霧島君のロインクロスから呼び出されるボルテックスがどこから来るのか分からないから火島君のロインクロスで呼び出す為の地点情報を記入できなかった事と、装着時の干渉が見られたから、バーンから呼び出されるボルテックスはバディで作った新しい物よ」

 

 バーンが感嘆しながら増加装甲が装着された頭部の角を撫でる。

 

 その後も調査は続き、ボルテックスの能力が実践投入できる物であると明確になったのだった。

 しかし、ウイニングのボルテックス変身時の動作ログを確認したが鎧が転送されてくる地点を特定する事は出来なかった。

 

「地点情報がロックされていて、パスワード入力が求められるわね……まるでこちらがボルテックスを入手する事を見越して相手の場所を悟られない様にしているみたいだわ」

 

 藤村が溜息をつきながらも、作業は終了となった。

 

「何はともあれ、ボルテックス及びボルトリガーは私達の心強い戦力よ。各種イートリッジの様に脳波伝達で転送されるわ。もし転送されなかったら他の人が使ってると考えて頂戴。複製出来なかったのよ」

 

 彼女の説明を受けた楓と勇太郎は、軽く頭を下げると研究室を後にする。

 そして二人が向かった先は、大護と雷電のいる保護室であった。

 

 この保護室では以前ラフムであった人が文字通り保護されており、通常の生活が可能になった人から解放されるが、ティアマトに属していた人間は余罪を含め日本の刑法を元に保護室内のホールを用いて裁判・判決が決定される。その後この保護室にて厳重に拘置・拘束がなされる。

 警視庁などその他機関の管轄となる筈の措置がバディで行われる理由としては、ラフムによる犯罪、テロ行為の処理がバディの管理となっている事にある。実際、対ラフムの主戦力、対抗策はバディに集中しており、人間の姿に戻っていたとしてもラフムに関する情報と任務、捜査権は全てバディに委任されているのだ。

 

 楓らが大護と合流すると、保護室で横になっている雷電に声を掛ける。それに反応した雷電はガラス越しの三人に歩み寄る。

 

「悪いな暁、生憎今日は客間が政府官僚の皆様で埋まっててな。一旦ここで待機させて貰っていた」

「それはさっき聞いてたからな、一生ここでもおかしく無い位だろ」

「いや、逆にそこにいて貰う方が困るぜ、お前はここの立派な戦力だ」

 

 大護が保護室の鍵を開錠し雷電を出す。ようやく開放された雷電は気だるそうに肩を回す。

 彼の無事を確認すると、大護は楓の運んで来たアタッシュケースを見ると、何かの合図の様に頷く。

 

「暁君、これを」

「ああ、……開けて良いのか?」

 

 楓から手渡されたアタッシュケースを怪訝な表情で見つめる雷電。彼の問いに楓が頷くので、恐る恐る雷電はアタッシュケースを開く。

 

「…コイツは」

「そうだ雷電、お前のライドツールだ。ボルトリガーから雷のエネルギーを複製出来たからそれをブランクイートリッジに流し込んで、前にブッ壊れたお前のイートリッジを復活させちまったのさ」

 

 勇太郎の説明を受け、雷電は自分の新たなライドツールを抱きしめる。

 

「ありがとう、皆……俺はようやく、俺を信じてくれた皆の役に立てるんだな」

 

 雷電の目は、今までの敵として戦って来た頃とは打って変わって、正しき道を行く、”仮面ライダーの目”をしていた。



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#45 世論

 十二月二日、午前十時。城南大学の一室。

 

 丁度午前中に講義の無い河森、境ら写真サークルは、本日も仮面ライダーに関する情報を集めていた。

 

「なぁ境、今思ったんだが、俺達のやってるサークル活動って写真サーってよりかは新聞サーだよな」

「良いじゃない、楽しいんだもの。ただ写真を撮るだけじゃなくて、その写真の背景、ストーリーを表現したいじゃない。結果見出しが付く訳よ」

「まあ、その心意気は素敵だがな、見出しのセンスは考えるべきだよな」

 

 そう言うと、河森は雑誌のスクラップを再開する。境も、頬を膨らませながらも河森と同様のスクラップ作りに手を付ける。すると、河森がおい、と少し乱暴に境を呼び付ける。その粗暴な態度に苛立ちを覚えながらも境が彼の方向へ体を向けると、河森は雑誌の記事を見せる。

 

「”仮面ライダーは怪物!?”だってさ。結構前の記事だが、やっぱりこう言う疑念が世論なんだな」

「ええ、仮面ライダーやバディに対する懸念は後を絶たないわね。ワイドショーでバディを批判しなかった番組はこの日本に無いでしょ」

 

 実際そうだった。仮面ライダーとしての使命に奔走する彼らの知る由では無いだろうが、世間はどうしても彼らを疑っている。

 御茶ノ水と駒込でのウイニングの暴走、それに多くの死傷者を出した”ラフム事変”は未だ尾を引いており、仮面ライダーの行動に対する理解は少ない。

 

「ラフムもそうだけど、みんな未知が怖いのよ」

「ああ……こないだのラフム事変の時、皆がライダーを倒そうと、してたんだってな」

 

 黒木の宣言によりライダーを倒せばラフムの侵攻が止まると考えた市民らは、手に持つ物を武器にして、目の前のアントラフムでは無く通りがかった仮面ライダーバーンに敵意を向けた。

 命に関わるとは言え、人々を襲う敵の言葉に惑わされた市民の行動に、心を傷付けられた人も多かった。

 ラフム事変による被害は、東京の物理的な損害のみならず、その様子を見ていた日本中の人々にまで及んでいた。

 

「俺達はアントの被害地点から離れている文京区にいたからまだ何とかなったが……今も中央・総武線は完全に運行停止中、そっちのルートの人達の振替輸送は続いてるし、東京で被害を受けなかった街はどこにもねぇ」

 

 河森が溜息をつくと、スマホのテレビ機能でワイドショーを見ると、丁度仮面ライダーが戦闘を行っていた。

 

「見ろ境! ライダーが、戦ってる!!」

 

――

 

 午前十時五分。

 東京都板橋区上板橋。東武東上線上板橋駅。

 アントの侵攻の爪痕が未だ残るこの場所にて、コードネーム”ヘッジホッグラフム”が出現した。

 このオリジン個体はアントの襲撃で殺害された人物がラフムに覚醒したとされる希少なケースであった。

 ラフム事変から二日経過した今になってヘッジホッグは発見されたが、変貌を遂げたのは元の人間が死亡してからすぐの事であるとの推測されており、この近辺は瓦礫によって救助隊が入れるまでに時間を要した事が報告されている。

 つまり、二日近くもの間、ラフムとして意識の無いままヘッジホッグは暴れていた事になる。

 

「僕らみたいに怪物になってしまった人がまた出てしまった、って事か……嫌になる」

「だったら倒して助けるしかねぇ、今の俺達に出来る事はそれ位だ」

「今回は俺も戦闘に参加する、さっさと終わらせるぞ」

 

 三人の仮面ライダーは瓦礫を破壊しながらこちらへと向かって来るラフムに立ちはだかる。

 

「暁君、ライダーとしての名前、決まった?」

「ああ、決まったぜ。”ありきたりなヒーロー”として戦う覚悟もな」

「それならオーケー、行くぜ!」

 

 アタッシュケースからライドツールを取り出した三人がそれぞれ腰に装着する。

 

《Account・Winning》

《Account・Burn》

《Account・Thunder》

 

 ロインクロスから三人それぞれの変身待機音が流れ、全員でブートリガーを一斉に構える。

 

「変身ッ!!」

 

 三人による同時変身。風、炎、雷。それらの性質を持った力が鎧となり装着される。

 

「Change・Winning」

「Change・Burn」

「Change・Thunder」

 

 変身完了した、仮面ライダーウイニング、バーン……そして。

 

「雷電、お前の、仮面ライダーとしての名前、高らかに名乗っちまえよ」

 

 バーンに変身した勇太郎に背を押され、雷電は新たな自分の名を叫ぶ。

 

「良いか? 良く聞け―――俺はもうサンダーじゃねぇ。俺は……ティアマトの計画を全力で阻む”青天(せいてん)霹靂(へきれき)”だ」

「怪物共が予想だにしなかった裏切り者、だったら俺はまさしく青天の霹靂って事だ…そこからもじって―――」

 

「仮面ライダー霹靂(ヘキレキ)、それが俺の名だ」

 

 

 仮面ライダー霹靂、それが三人目の仮面ライダー。

 霹靂はこちらへ飛び掛かるヘッジホッグに、バレットナックルから電撃の弾丸を放ち退ける。

 一方のヘッジホッグは相手が遠距離攻撃を用いた為、こちらもと言わんばかりに全身の針を射出する。

 

《Winning・Attack》

 

 ウイニングによる能力解放状態、ウイニングアタックによって巻き起こされた風がヘッジホッグの針を吹き飛ばす。

 

「アイツの針、厄介だな……取り敢えずフォームを変えるぞ! 雷電はロックで岩の壁を作って、俺はタックルになって敵の針攻撃が止んだら壁に突進して岩を砕いてぶつけてやる、最後に楓はボルテックスで相手に一撃加えてくれよな!」

 

 霹靂は頷くとホルダーからイートリッジを取り出す。改良が進みバディのライドシステムに適合した霹靂は、今まで使用出来なかったバディ保管のイートリッジも使用可能となっていた。

 

《Form・Change・Rock》

《Form・Change・Tackle》

 

 バーンと霹靂、二人がフォームチェンジし、先程の提案通りに事を進める。バーン・タックルフォームの突進による(つぶて)がヘッジホッグに直撃し、動きを止める。その隙を見てウイニングは顔の付近へと手を添えると、ボルトリガーが現れ、手の中に収まる。

 

《Voltex》

 

 ボルトリガーを起動させ、ロインクロスからブートトリガーを外し、そこへとボルトリガーを装填する。

 そしてボルトリガーの引き金を引くと、電撃がウイニングの全身を包む。

 

《Change・Winning・Voltex》

 

 ウイニングボルテックスに強化変身が完了し、ヘッジホッグへと早速一撃を与える。

 

「雷纏いライドする仮面の戦士」

「その名をまさしく…仮面ライダーウイニング・ウイニングボルテックス!」

 

 自らの名を掲げたウイニングボルテックスは、雷の様な速さでヘッジホッグへ連撃を加える。

 雷の力を内包したその攻撃はヘッジホッグを感電させ動きを止める。

 

「今だ!」

 

 三人の叫びが重なり、バーンと霹靂は基本フォームに戻ると、ウイニングボルテックスと共に能力を二段階開放し、空中へと跳躍する。

 

《Burn・Crush》

《Thunder・Crush》

《Winning・Crush・Voltex》

 

「うおりゃぁぁぁぁッ!!」

 

 ウイニングボルテックス、バーン、霹靂のトリプルライダーキックは三方からヘッジホッグの体へと全力の飛び蹴りを見舞い、爆散させる。

 その勇壮なる勝利に周りで待機していた救助隊らは歓喜する。

 

 彼らの活躍を見守っていた境と河森らも胸を撫で下ろした。

 

「境……例え世論が仮面ライダーを恐れていたとしても、ラフムによる被害を最小限を食い止めているのは紛れも無くライダー、そしてバディなんだ。俺は、まだこんな写真サークルの人間だが、それを伝えていきたいって、改めて思ったぜ」

「…私もよ。ライダーの活躍と功績は、写真を撮る―――過去を未来へと残す人間の誇りとして正しく、伝えていかなくちゃいけないわよ」

 

 二人は決意を固めた表情をお互いに向け、微笑み合う。

 

――

 

 十二月二日、午前十時二十七分。

 バディ本部地上階、雑居ビル前。

 

「いや~まさかバディの本拠地を突き止めるのにこんなに時間がかかるとはねぇ」

 

 ビルを見渡しながら、スカジャンを着た少女が呟く。彼女と共にいる大柄の男性、学生服の少年が少し溜息をつく。

 

「しょうがないよ、それよりもお迎えに行かないとね」

「俺は好かんがな、あの男は」

 

 気乗りしない大柄の男性だったが、二人に合わせてバディ本部へと入っていく。



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#46 侵入

 十二月二日、午前十時半。

 その日、バディ本部が陥落した。

 

 ティアマト大幹部”バミューダ”によりバディ本部の位置が特定され、侵入されてしまったのだ。

 たった三人の男女に地上階の警備員らは殺害されたが、彼らが最後に指令室へと連絡した為に状況が発覚。蟻の巣状に構成されているバディ本部は各フロアの通路を区画化しており、一区画毎に閉鎖出来る様になっている。

 地上階から近い階層にいる職員らが避難した後に区画を閉鎖、監視カメラに搭載された小型射撃マシンによる自動追尾で侵入者を排除する。しかしバミューダらは全ての銃弾をカメラが捕捉出来ない速度で跳ね返し、監視カメラを破壊していく。

 彼らが侵攻していく状況を見つめるバディ長官、長良衡壱はバディ本部の全指揮を執りながら、各部へと連絡を取る。長官の指令により上板橋に移動していたライダーらはあと一分でこちらへ戻って来るが、それまでの間被害を最小限に抑え、バミューダの侵攻を食い止めなければならない。

 

「バディの一般職員は迅速に退避! 待機中の機動隊は駐車場にて侵入者を迎え撃ってくれ! 研究員は保護中の被害者を連れてその場から最適な経路にて避難を! 現在破壊されてるか侵入者が突入すると思われる経路は赤く表示されている!」

 

 バディ本部の通路に示されている地図は、全て液晶表示されており、指令室の管制により移動可能な部分が逐次更新され、全ての地図に共有される。そのシステムも今回の様に侵入者が現れた場合の保険であったが、本当に侵入されるとは誰もが予想だにしていなかった。…長官以外は。

 

「ライダー到着を確認次第私も指令室を離れ退避し、この指令室の機能を凍結する!」

 

 そう言い残すと指令室からバディ本部の操作系統に全てロックを掛け、パスワードを知っている職員しか操作出来ない様に細工する。

 

(あれはやはり平弐の部下か……勝手に行動するなって聞いてないのか? ともかく彼らの目的は恐らく黒木と例のティアマト製変身端末の奪還か)

「長官! 仮面ライダー及び機動・指揮隊帰還しました!」

 

 藤村の報告を受け、長官は安堵し頬が緩む。

 

「お帰り皆、現状は報告にある通りだ。今の編成からライダーのみを分裂させて駐車場へ向かい機動隊と合流! ライダーはそのまま本部入口から突入、侵入者を追い、現状持てる最大戦力で撃退に努めてくれ! もしその場での撃退が難航する場合は即時駐車場へと誘導してくれ! 駐車場区画を防衛する様に立ち回ればそちらにおびき寄せられる筈だ!」

 

 長官の指示を了解した一行は作戦通りに行動、その様子を確認した長官は指令室の全機能を停止させ、避難用エレベーターを避難経路の逆、地下階へと進ませる。その行き先は本部最深―――特別拘束室。

 

 黒木が収容されている、通常の保護室よりも厳重な拘束がなされている言わば”都心の監獄”。ここで黒木は聴取の機会も与えられず、視界を遮られた状態で拘束されている。

 

 長官が近付く足音を聞くと、黒木は獣の様な叫びを上げ、拘束を引きちぎらんと引っ張る。

 

「誰だーーーッ!! いや誰でも良いッッ! 早く俺を解放しろッ!! ブッ殺すぞォォォッ!!」

「いやぁ物騒だね、ますますここにいて貰わなくちゃ」

「テメェ…なんだ? お前からヤベェ物を感じるッ! 何なんだよ!?」

「あー…ほら、私ですよ黒木査察官殿。まさか視界を遮られた事で感覚が研ぎ澄まされるとは…以前お会いした時は私をただの長官ってだけの男だとお思いでしたでしょうに」

「長良かッ!? お前が、あの長良だと!?」

 

 黒木が息を荒げて汗を垂らす。視覚を遮断された彼は残った感覚を頼りに脱出する方法を探る中で第六感とも表現出来る様な超感覚に目覚めていた。

 

「今となっては上下関係も無いから敬語なんて必要無い、か。ようやく気付いた様だね、黒木陽炎。今君を助けようとしている連中がここへ向かって来ているが、彼らを含めて君達を生かしてここから出すつもりは無いよ」

「ざけんなッ! 俺は早くここから出て……あのガキ共をブチ殺さなきゃいけねぇんだよォ!」

「だからそれが物騒だと言っているだろう。君達はこれから多くの人間を虐殺するだろう、”私以上にね”」

 

――

 

「見つけたぞ侵入者! 今すぐ行動を止めて大人しくするんだ!」

 

 ライダーらがバミューダを発見し、ウイニングの言葉と共に臨戦態勢を取る。一方のバミューダは動揺する事無く隔壁の破壊活動を続けている。彼らは破壊の為に生身では無い”何か”を利用している様に見えるが、それが何なのかが全く見えない。手を全く動かさずに頑強である筈の隔壁を破壊する様は非常に不気味であった。

 

「お前ら、ラフムなんだよな!?」

 

 怖気立ったバーンが質問すると、三人の男女がライダー達へと振り向くと、お互いの顔を見合わせてから、少年が代表して発言した。

 

「僕らはティアマト大幹部、バミューダ。大海を統べる神たるティアマトに付き従う三つの柱」

「この基地の地下にいる僕らの仲間―――」

「アイツは仲間なんかじゃない」

 

 少年の言葉を遮って大男が口を挟む。それを聞いて少年は苦笑いしつつ話を戻す。

 

「シャドーラフム、黒木陽炎を奪還しに来たよ。ティアマトは人手不足だから彼みたいな人? 人でもその力が必要なんだ、サンダーも辞めちゃったしね」

 

 少年が霹靂に視線を合わせる。彼の放つ禍々しい”気”に霹靂は強い威圧感を覚える。

 

「知った事じゃねぇよ、お前らの苦労なんて!」

「手厳しいね……あっそうだ、僕達自己紹介しないといけないか。礼儀礼儀」

「ふざけんなッ!」

 

 頭に血が上った霹靂が少年へと拳を向ける。と、その瞬間、半透明の触手が霹靂に巻き付き、その動きを止める。

 

「っ!? 何だコレ!」

 

 その触手の先には、少女が立っていた。今まで意図的に隠していた自らの能力を思わず出現させてしまった事を悔いてあちゃー、と声を漏らす。

 

「気にしないでよ、”アガルタ”。君のお陰で助かった。さて、自己紹介からだったね」

 

 霹靂に巻き付いていた触手が彼を放り投げ、霹靂を壁に叩き付ける。その威力は凄まじく、頑強なラフムの体であっても骨折は免れられなかった。その様子を横目に少年は口を開く。

 

「僕の名は”シャングリラ”―――楽園そのものの性質を持ちしラフム」

「派手めな装いの彼女はアガルタ。彼女の持つ性質は理想郷だよ」

「最後に、コートを着た彼が”ユートピア”。彼も理想郷の性質を持つけど……僕は優しいから言っとくね。彼と戦うのはやめた方がいい」

 

 三人の紹介を済ませると、学生服の少年、シャングリラは満足気な顔をする。だが、それを聞いたバディ一行は更に謎を深めていた。

 

「何だよその楽園だとか理想郷とかって……それは本当にラフムの持つ性質なのかよ?」

 

 バーンの質問にアガルタは何も知らない人間を憐れむ様な表情を見せる。

 

「俺達が戦って来たラフムはどいつも生き物や機械、自然にあるものだっただろ! それなのにそいつは―――概念じゃねぇか」

「そう! 概念! バーン、君は聡明だからすぐに分かるだろうけど、ラフムにはそれぞれのカテゴリーとそれによる強さが存在するんだよ。バディではそんな事も教えてなかったの?」

 

 シャングリラの嘲笑に霹靂は激昂するが、体が痛んで動かない。紹介も終わったからとバミューダらは再び破壊活動を再開するが、彼らの前にウイニングが立ち塞がる。

 

「何も知らなくったって良い……僕達はお前らラフムから皆を守る、その為にいるんだ!」

 

《Voltex》

《Change・Winning・Voltex》

 

「現状持てる最大戦力で、お前らを倒す!」



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#47 拘束

 ウイニングボルテックスに変身完了し、拳に力を溜めるが、その姿をシャングリラは嘲笑う。

 

「君、その姿で生身の僕らをまさか、殴るのかい?」

 

 人間の見た目である彼らに対して拳を振るう事にウイニングは躊躇う。それを理解した上でバミューダは人間の姿のまま行動していたのだ。

 

 「もしかしたら僕らはただの人間で、同時に潜伏しているラフムが君達を欺いてるかも知れない。だとしたら君達が僕らを攻撃した時、普通の人間を誤って攻撃した責任をバディが背負う事になるね」

 

 余裕の表情でライダーを見つめるシャングリラだったが、その眼前にはウイニングが迫っていた。

 

「―――関係ない」

 

 一言、そう呟くウイニングに、バーンは全身が震え上がる程の恐怖を感じた。

 

「やめろ楓ッ!!」

 

 バーンの呼ぶ声も虚しく、ウイニングには届かない。無慈悲に伸ばしたその腕がシャングリラの左足に伸びる。その手が彼に触れたその瞬間、ボルテックスの能力による電流が全身に流れ、怪人の姿を取っていなかったシャングリラは為す術も無く失神する。

 ラフムである疑いがあるとは言え、生身の人間に攻撃したウイニング―――楓にバーン―――勇太郎は狼狽える。

 

「楓……お前自分が何したのか分かってんのか!?」

「分かってるよ、勇太郎。相手がただの人である可能性があるって事でしょ…だから心臓や脳から遠い場所を狙って感電させた、まだ慣れない力で加減が出来てるか分からないけど相手はどの道ティアマトの配下だ…しょうがないだろ」

 

 そう言い残してウイニングは続いてアガルタとユートピアを狙う。

 

 彼が呟いたその言論は正しいのかも知れない。実際バミューダを対処しなければ黒木が解放され、日本は更なる危機に直面する事になるだろう。それを防ぐ為には生身で煽り立てる彼らを倒す必要がある。が、それを実行するウイニングの心境に、バーンは一抹の不安を抱えていた。

 楓は以前より、自らの信じる正義を貫くばかりに暴走を働く事が多々あった。学校においては不良らと喧嘩をし、過剰とも考えられる暴力で悪漢らをねじ伏せて来た。彼らの行動に眉をひそめていた大人は楓の行動を勇気と評価し、彼に規律の節制を委ねていた。その行動は無責任に他ならず、真に悪を制すべき大人の役割を放棄し自分達にとって都合の良い力に任せてしまう怠惰な判断だった。そのせいで楓は増長した。

 単に増長と言っても、温厚な楓は暴力が正しい選択では無いと理解し、計画性のある問題解決を重んじていた。だが、責任感によって彼の倫理観は衰弱し、手段を選ばなくなる。その結果が仮面ライダーとしての戦いに大きく表出している。その使命感と悪逆への憎悪が彼を暴走させ、時にヒーローとしての像を保てなくなり、ラフムとしての姿を晒し民間人に恐怖を与える事もあった。

 彼の抱く仮面ライダー―――人を守る者としての脆弱性に、友としてバーンは苦悩していた。

 

(楓が心配だが…今は任せるしか無いのか……)

 

 現状彼らを最小限の攻撃で戦闘不能に出来るのはボルテックスと、同様の能力を持つサンダーのみである。サンダーを霹靂から借り受けるにはバミューダに対して隙を見せ過ぎる上、倒れたままの霹靂を変身解除させるのは危険である。故に、ボルテックスの力を纏うウイニングにこの場を任せる他無かった。

 

 一方、ウイニングは引き続きバミューダと交戦する。ウイングボルテックスが持つ敏捷性でアガルタの触手をかわし、彼女へと迫る。アガルタはユートピアだけでも守らんと触手の何本かを彼の防御に当てていた。その為霹靂と対敵していた時と比べて襲い掛かる触手が少ない。ウイニングは難なくアガルタを気絶させ、残るユートピアへ視線を向ける。が―――。

 

 ユートピアは金色の粒子を纏い、その姿をラフム本来の物へと変貌させていた。

 

 金色に輝く、全身に円錐状の家屋を模した棘を生やした狼男。

 それがユートピアの、ラフムとしての姿であった。 

 

「アガルタが時間稼ぎをしてくれたお陰で真の姿で戦えるな…一つ聞いておくが、ウイニング…俺達が本当にラフムだと気付いていたのか?」

「……気付いていなかった。お前がそう言うまでずっと、人間と戦っているつもりだった」

「嘘じゃないな、成程……すまなかった、騙す様な事をして」

「今更僕に謝ったところで、死んだ人は帰って来ないだろ」

 

 ウイニングは体を小刻みに震わせながらボルトリガーの引き金を三回引く。

 

《Winning…ImpactVoltex》

 

 ウイニングボルテックスの能力最大解放状態となり、体を金色に輝かせながらユートピアへと走る。が、一方のユートピアはウイニングの突進にただ立ち尽くすだけだった。

 

「―――仮面ライダー」

 

 突然そう呟いたユートピアにバーンは警戒したが、時すでに遅し。ユートピアの呼び声に耳を傾けた時点でライダーらは彼の術中にあった。

 

「動くな」

 

 再びユートピアが発したその言葉一つによって、ウイニングとバーンの動きは完全に停止した。

 ユートピアが呼んだ者への命令は―――”絶対になる”。

 

「アガルタと違って普通のラフムは”本来の姿”を取り戻さなければ固有の能力を発揮出来ない。今回のこの作戦…やはりこの姿のままで襲撃した方が良かったのだろうが、アガルタはその能力の固有性を活かしたかったのだろう」

「彼らがここで固まっているのは己の能力にあぐらをかいた故だろう。それは作戦を容認した俺も同じか」

 

 体が動かず、その場を後にするユートピアが視線から消える姿を見送る事しか出来ないウイニングは、今その身に起こった事を理解出来ず、ただ動かない体をどうにか動かそうと気張るのみであった。

 加えて、先程まで失神していたバミューダの残り二人が起き上がり、ユートピアと共に去っていく。彼らは実際、人間ではなくラフムであった為、ウイニングの手加減による感電など諸共せず、既に体は不自由なく動く状態まで回復していた。

 段々と聞こえなくなっていく靴音を耳に焼き付けながら、ウイニングは、楓は―――己の無力さを呪った。

 

――

 

 バディ本部、特別拘束室。

 長良長官の口から自分を助け出そうとしている人物の存在を知り、黒木は少し冷静さを取り戻していた。未だ獣の様に周囲を威嚇する黒木に、長官は自分の眼鏡を拭きながら問うた。

 

「ところで一つ聞いておきたかったのだが、君は何故藤村金剛の名を騙ったんだい? 君と彼に何の関係がある?」

「俺の事なんざ更々聞く気無かったんじゃねぇのかよ、じゃなきゃ今までここに来なかったのは何だったんだよ」

「焦らしてたのさ」

 

 長官が黒木を嘲笑う様に言い放つと、黒木は雄叫びと共に体に力を溜める。

 

「無駄だよ、君を拘束している器具はラフムの能力を無効化出来るのさ」

(これも金剛君の発明だと言ったら多分彼は怒りの余り死んでしまうな)

「さて、君がどれだけ脱出を試みようと無駄なのは十分分かっただろう、そろそろ話してくれないか、君の事。私が今まで何も聞かなかったのは実際の所時間が取れなかったからなんだよ」

 

 長官が大きく息を吐くと、怒り狂っていた黒木は、体の力を抜いて、呼吸を整える。

 

「絶対に答えねえぞ」

 

 確固たる意志のこもった声色の黒木に長官は口をへの字に曲げる。

 

「そうか、それなら良い。はは、僕も君を馬鹿にし過ぎた様だ、そりゃあ拗ねて答えたくも無くなるよね」

「長良、お前はまたそうやって俺をおちょくるのか……ここから出た時真っ先に殺してやるよ」

「まだ君がここから出られると思っているのか―――」

 

 その瞬間、拘束室の扉が破壊される音がする。

 

「やっぱりここにいたか、シャドーちゃん」

 

 アガルタが黒木を発見し、手を振る。

 

 黒木を収容する拘束室に、バミューダが到着した。



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#48 消滅

 十二月二日、午前十時五十二分。

 

 バディ本部にバミューダが侵入してから二十分余りが経過し、ライダーからの通信が途絶えた藤村、機動隊の面々は、作戦通り駐車場で待機していた。

 

「全く現状が把握出来ない……長官ともライダー達とも未だ通信不可能、侵入したラフムもこちらには来ていないし、上では何がどうなっているのかしら……」

 

 気を揉む藤村に、大護は拳と平手を打ち合わせて立ち上がる。

 

「俺、上に戻って様子を見て来ます!」

「駄目よ武蔵君、現状ここの守備は貴方達機動隊に任せる他無いのよ。特に貴方がここから離れれば、ラフム三体に対抗出来る手段は大幅に削られるわ」

 

 納得した大護は、手にした自動小銃に力を込め事態の進展を待つ。

 すると、指揮車両に雷電から連絡が入る。

 

「こちら霹靂、暁だ…ラフムとの戦闘になって今まで気ィ失ってた……俺のライドツールも破壊されちまって、ウイニングとバーンは何故かピクリとも動かねぇ。多分敵の能力だ」

「それと、すまねぇ、ラフムは見失った…今からそっちに合流する」

 

 そこまで伝えると、雷電からの連絡が途切れた。その情報から藤村が眉間にしわを寄せる。

 

「今の話から推測すると……仮面ライダーは全滅し、ラフムらは既に移動を開始している―――」

「嘘だろ…」

 

 ライダーが満身創痍であると言う話に機動隊員ら、同行していたオペレーター陣が不安そうな表情を藤村へ向ける。が、藤村と大護はその情報にめげず、皆を鼓舞していく。

 

「つまりここを守れるのは俺達だけだ! 今はどこにいるか分からねぇラフムだが、俺達がやらなきゃならねぇ! 力は仮面ライダーに劣るかも知れねぇが、俺達には絆と心と、先生達の指示がある! やるこたぁ楓がいなかった頃と同じだ、昔の様に撃退を目標とした作戦を展開するぞ!」

「ラフムの目的は恐らく他のラフムと、黒木が使用していた変身端末の奪還が有力よ! ここから一旦下降してすぐの研究室に向かいましょう!」

 

 絶望的な事実の中でも戦う意志を崩さない二人の勇気が、ここにいる人間達の心を昂らせる。

 まだ人は負けない。その強い生存と協調の思いが、一人一人の力を確かに高めていた。

 

 ―――しかし。

 彼らの気合も虚しく、バミューダは開けた空間である駐車場を警戒し、迂回した上で最下層の拘束室へと到達していたのだった。

 

――

 

 バディ本部、特別拘束室。

 

 厳重に閉じられていた筈の扉がこじ開けられ、バミューダが侵入する。

 彼らは拘束された黒木を発見すると共に、その場にもう一人いる事を確認した。

 

「バディ長官、長良衡壱だな。何故ここにいる?」

 

 そう問いかけるのはラフムの姿となったユートピアであった。にも関わらず、長官は依然として微笑みながら答える。

 

「一網打尽、って事さ」

「君達がここに来るのは分かっていた。後はここに集まった全員を排除するのみだよ」

 

 ティアマト大幹部級のラフム三体を相手にして余裕の表情を見せる長官にユートピアは警戒する。

 

「アガルタ、シャングリラ、挑発に乗るな。奴は何か秘策を用意しているらしい……」

 

 一方の長官は腕時計を確認すると、大きく息を吐いた。

 

 

”―――現在残っているバディ職員全員に通達する。本施設はこれより爆破による全施設の強制封鎖を行う。ただちに退避せよ―――”

 

 けたたましいサイレンと共に繰り返される長官によるそのアナウンスは、たった今長官が作動させたものでは無く、録音によるものであった。

 

(緊急時のためにあらかじめこの音声を…そしてここを爆破する気なのか?)

 

 唐突なアナウンス、もとい、爆破宣言にユートピアが更に警戒を強める。一方の長官は未だに笑みを崩さない。

 

「長良衡壱……お前は何を考えている!」

「ああ、君の能力は想定済みだ。当然対策として耳栓をしたまま僕らは会話している」

 

 な、とユートピアが声を漏らす。彼の動揺を察した長官は成程、と呟くと加えて言葉を投げかける。

 

「君の能力は相手が直接聞いていなければ意味の無い能力である事が分かったよ。君の話す内容は分かっていたので会話の内容を認識した時点で君の思うがままになってしまうのでは無いかと肝を冷やしたが安心したよ」

「悪いが、私を倒したいのなら”神頼み”でもしなくちゃならないかな」

 

 長官の煽り立てる様な口振りにアガルタとシャングリラは不機嫌そうな表情を見せる。

 

「ユーちゃん、アタシあの人嫌い」

「同感だ、ユートピア。僕らはティアマト大幹部、対してあちらは只の人。奴の詭弁に付き合う必要は無いよ」

「相手の出方の分からない戦いは好まないが、お前らの名誉まで踏みにじられるのは見るに堪えんからな…仕方が無い、行くぞ」

 

 ユートピアがそう言うと、ユートピアとアガルタが一瞬で姿を消す。ラフムの力を行使する彼らは人間を超えた速度で移動し、ユートピアは奥に収容されている黒木の奪還、アガルタは長官への攻撃を開始した。

 

「だから私を倒すなら……」

 

 長官がアガルタの触手を全てかわすと、彼女の触手は全てユートピアの方向を向いていた。制止する間も無く全てユートピアへの攻撃となり、彼の進路を阻んだ。

 

「神頼みしか無いってば」

 

 瞬く間に長官に翻弄され、触手の攻撃を受けたユートピアが瓦礫の中から体を起こす。

 

「一体どうなっているんだ……」

 

 と、収容室の直情から爆発音が轟く。遂にアナウンスにあった爆破が始まったらしい。

 

「私の狙いはこうだ、ここで君達の足止めをしてこの収容室を爆破粉砕、私諸共全員瓦礫の中で死んで貰う」

「例えラフムの姿を取って耐久性を増した君達でも、脱出は不可能だろう」

 

 アガルタの攻撃をかわしながら長官が語ると、シャングリラは退路の確保を急ぐ。が、アガルタを上手く誘導して彼の行動を触手に防がせる。だがシャングリラは一矢報いらんと口を開いた。

 

「長良衡壱―――何故君は僕らの意志を理解しようとしない? 僕らは人類の進化を促しているんだ、ラフムといいう神の稚児の力を以て人を超え、新たな秩序を持った世界へとレベルアップする…そうして人々は神の加護を享受し平穏に過ごせると言うのに」

「ふざけるなッ! この人殺し共がッ!!」

 

 長官の怒号がシャングリラを黙らせる。今まで温和かつ剽軽な態度を取っていた彼から出るその怒りは、ティアマト大幹部と自称する三人はおろか、ティアマトによる救助を甘んじて受けようと押し黙っていた黒木をも沈黙させた。

 

「君達は大義とそう語れば人の命を奪う事が許されると思っているのか? 君達が殺した人達はきっと、明日の予定を待ち望み、将来に胸を膨らませ、生きようと願っていただろう」

「それを踏みにじったんだよ、その意志とやらでね。もう戻りはしない命を奪った上で利己的で高圧的な自分達の考えを優先したんだよ」

 

 収容室の天井が落ちる。長官が言葉を投げかけている内に施設の崩壊が始まっていた。出入口は既に破壊され、バミューダ、黒木、長官は脱出不可能の密室に閉じ込められた。

 

「僕を殺してくれても構わない、君たちの最後の殺人だ。ほら、やりなよ」

 

 煽り立てる長官に怒りが頂点に達したシャングリラがその体をラフムの物に変貌させる。

 宗教施設である僧院を彷彿とさせる角ばったブロックが幾重にも連なった様な形状の白い肉体は、ジェームズ・ヒルトンの著書「シャングリラ」に登場する僧院を思わせる。

 シャングリラは自らの能力を披露するでも無く、ラフムの身体能力による力押しのみの突進であった。が、彼の怒りも虚しく、爆発の衝撃で崩れ落ちた天井の一部がその体を押し潰す。周囲の天井や壁もそこへ倒れ込み、シャングリラを覆っていく。

 

「これで扉は封鎖されたか…もうすぐここはバディ本部の基地そのものに押し潰されるだろう。私の築き上げた組織の施設を全て手放して君達を圧殺するんだからここで全て終わって欲しい物だよ」

「勝手を言うな長良! 貴様のせいで人類は―――」

「人類は滅んでしまうんだぞ!」

「戯けろ、殺人集団。尊い命の犠牲によって積み重ねられた進化によってこの星が守られた所で、何の価値がある? 例え肉体が強くなろうと、そこに心が伴わなければ争いも、滅びも、終わらないだろう」

 

 ユートピアの言葉に反論している内にも施設は崩壊を続け、遂にお互いの姿を見失う。度々唸り声が聞こえるが、何度も瓦礫が体を突き刺しているのだろう。当の長官も、頭上へ降り注ぐ鉄骨やコンクリートを見上げ、言葉が詰まる。

 

(遂に”あの力”を使わざるを得んか…まだ彼らと心中する訳にはいかないからな)

 

 粉塵の中長官は服の袖で口を覆いながら深く息を吸うと、目を閉じ、高らかに叫んだ。

 

「―――神々(ディンギル)!!」

 

 その叫びと共に長官の体が光り輝くと、バディ本部の直上へと光が伸び、一筋の光が熱を伴いながら辺りを破壊する。

 

 十二月二日、午前十一時三分。

 バディ本部は、消滅した。



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#49 不屈

 十二月二日、午前十時五十八分。

 バディ本部消滅の直前。

 

”聞こえてるか分かんねーが伝えとく、今から機動隊と合流してお前らを移送させる。ちょっと待ってろ”

 

 ユートピアの能力により身動きが取れなくなったウイニング・バーンに雷電がそう語り掛けその場を去ってからしばらくの時間が経っていた。

 雷電が機動隊と合流してすぐ、本部内に長官の声が響き渡った。施設を爆破する旨のそのアナウンスは、未だ施設に残る人員を一気に焦燥させる。

 

「今のアナウンスは……恐らくティアマトが重要部に侵入して来たと捉えて間違い無いわね。……私達も退避する必要があるわ」

「だがまだウイニングとバーンが!」

「二人はまだライダーシステムに変身した状態なのよね? それなら装甲がある程度防御してくれる上、ラフムの身体能力で生存できる可能性を高めているわ。今は生身の貴方の方が危険なのよ」

 

 藤村に諭され、押し黙った雷電は奥歯を噛み締めながら指揮車両で待機する。苦渋の選択を迫られた中で自分の身を守る判断を出来た彼に、藤村は感謝の言葉を述べると、機動隊全員に退避を命ずる。

 

「バディ戦闘指揮官として命令します。これより全員、駐車場に直結するレイラインから退避し、自らの身を守って頂戴。不安になる気持ちも分かりますが、恐らくこれは敵ラフム侵入後の情報漏洩及び残存している凶悪ラフムの奪還を防ぐ為の措置です。今は長官の判断を信じましょう」

 

 施設内が揺れ始める。自爆装置が起動し出したのだろう。機動隊は急いでその場を後にし、後ろから聞こえて来る重い破壊音と爆発音が遠くなるまで走り続けた。

 

(ウイニング…バーン…俺の為に戦ってくれたアイツらが死ぬのはイヤだ、無事でいてくれる事を祈るしか出来ねぇのが辛いが……そんなヤワな奴らじゃない筈だ)

 

 雷電は助けられなかった二人の事を考えると、胸が苦しくなった。妹を助ける為に悪に与した自分の愚行を許し、導いてくれた先輩達。いつか彼らに恩返しが出来る様にと雷電は心より願った。

 

 レイラインを進んでいると、前方に一台のセダン車と人影が見えて来た。この地下道路網に立ち入れるのはバディと自衛隊の一部部隊、そして御剣家の人間に大分される。目の前の彼らは黒いスーツを身に纏っており、その様相から御剣家の使用人である事が一目で分かった。

 

「藤村さん、あの人達は一体……」

 

 バディに所属したばかりのメカニック担当者である千歳は、まだ御剣家の事について詳しく聞かされておらず、物々しい雰囲気を醸し出す彼らに少し不安の視線を寄せた。

 

「私もあまり話をした事が無いから何とも言えないけど、彼らはバディの協力者であり、ここまでの技術を開発する為の資金援助をしてくれたのよ。安心して良いわ」

 

 指揮車両を停車させると、藤村は現場の代表としてスーツ姿の御剣家の人間と接触する。

 

「藤村榛名様、我々の事は存じ上げているかと思います。現状バディ本部は施設が崩壊し、組織としての機能が瓦解した状態にあります。これからは我々の邸宅にてバディの機能を代替して頂きます。ご案内致しますのでご同行願います」

「ありがとうございます。…バディの崩壊、きっと状況は貴方がたの方が良く知っているでしょう、目的地に到着次第詳しい事を教えて下さいね」

 

 スーツを着たその男は静かに、そして強く頷くと近くにあったセダン車に乗り込む。それと時を同じくして藤村も指揮車両に戻ると、発進するセダンを追いかける様にしてそれぞれの車両が動き出す。

 

――

 

 二時間半程経過した頃に、それぞれの車両が広大な地下駐車場に到着する。一行が出て来た通路の他にも何本かのレイラインが伸びており、常に何台もの車両が行き来している。そのせわしなさから、御剣家の邸宅である事は容易に想像がついた。御剣家の人間は常にラフムの発生を監視しており、彼らの行動範囲は世界中に渡る。それ故に本拠地たる邸宅ではせわしなく使用人が行動している事も納得出来るだろう。

 

「皆様、これからお嬢様にお会いして頂きます。ご案内致しますのでこちらへどうぞ」

 

 セダン車から降りた使用人が一行を連れ駐車場を離れる。

 邸宅とは言っていたがその施設内はバディ本部に良く似た構造になっており、複雑かつ広大であった。

 

「ところで藤村さん、”お嬢様”ってのは……?」

「御剣家の当主、御剣吹雪様の事よ。少女の姿をしている事からそう呼ばれているけれど、何故その様な姿なのかは、分からないわね」

 

 藤村は勇太郎の聴取から得た情報のみではあったが、知りうる情報を雷電に共有する。彼の理解出来ない情報も含まれていたが、大体の事を知る頃には御剣家当主の執務室に到着していた。

 

 使用人が扉をノックするとどうぞ、とか細く透き通る様な声が中から聞こえる。それを受けた使用人は外開きの扉を開け、藤村らの入室を見送ると廊下へ出て待機する。彼らは執務室には入らず客人と吹雪による対話が出来る様にしているらしい。

 

「初めまして、バディの皆様」

 

 凛とした口調でそう言い放った彼女こそが、御剣吹雪。

 清楚と言う言葉が最も相応しいと感じられるその容姿と出で立ち、そして彼女から発せられる威厳がその場の全員を黙らせた。その佇まいのみで一行は、彼女が幼い少女の姿である事を疑う余地も無くこの規模不明の組織の長であると思えた。

 

「―――初めまして、御剣当主。私はバディ技術顧問の藤村と申します、この度はご協力頂きありがとうございます」

 

 意を決した藤村が先陣を切って挨拶を交わし深く頭を下げると、吹雪は微笑みながら固くなさらずに、と言葉をかける。

 

「落ち着いてお話する時間もありませんわね、まずはお約束していた現状の報告を」

「バディ基地はティアマトのラフム三体に襲撃され、施設に侵入されましたわ。彼らの侵入目的は恐らく収容中のティアマト構成員の奪還、それを阻止する為に衡壱は基地を爆破しましたの……その際我々が救出出来たのは貴方がた機動隊、オペレーター陣のみですわ。バーン、ウイニング…衡壱はまだ発見出来ていません」

 

 衡壱―――聞き慣れない名前に雷電は小声で近くにいた大護に誰なのか問う。彼が長官であると知った時、理解した後、長官が行方不明である事実を突き付けられた。

 

「長官は結局逃げらんなかった、って言うのか……」

「現状はそう考えるのが、妥当ね」

 

 そう答える藤村も不安そうな表情を見せていた。

 

「現在も使用人が総力を以て捜索を続けています。全国各地のラフムを監視するその”鷹の目”をどうか信頼して下さいませ」

 

 そう語る吹雪に藤村は少し安堵し、次の話題へと進める。

 

「そうしましたら他の人員の行方はお任せして…次は我々が今、出来る事をやるべきです。まずはバディとしての機能の復旧を急ぎたいのですが……この邸宅の構造から察するに、屋敷の下は―――」

「バディと同様の施設、システム、機能を有しておりますわ」

 

 吹雪の言葉によって藤村の想像は確信に変わった。長官、もしくは目の前の吹雪はバディが襲撃される可能性を見越して、第二の基地と出来るこの場所を残していたのだ。バディ本部にもしもの事があったとしても早急にラフムに対処出来るこれらの施策に藤村は感嘆すると共に彼らの築き上げた組織の大きさに脱帽した。

 

「御剣当主、ここまでのご準備、誠にありがとうございます。今我々はバディの残存勢力として、本部基地を襲撃したバディの捜索及びラフムの出現への対処…そして、ティアマトの技術提供者を追います」

「分かりましたわ。ですが今はまだライドシステムのバックアップが終了しておらず、基地で一緒に爆破されたライドツール、イートリッジ、ライダー用の装甲等、多くの武装を失ってしまいましたわ。ですから、ライドツールに関してはほぼ一から造り直す必要がありますわ」

 

「一から……」

 

 ライドツールの回復に時間を要する事を知った藤村が肩を落とすが、その肩を大護が叩いた。

 

「手伝いますぜ、先生」

「俺もだ、このままじゃいても立ってもいられねぇ」

 

 雷電も賛同すると、藤村は先程の不安は嘘だったかの様に笑顔で吹雪へと強い視線を向けた。

 

「一から…上等です。我々バディは、諦めません」



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仮面ライダーズ
#50 凶兆


 十二月二日、午後十五時五分。

 バディ本部が崩壊した瓦礫の中で、勇太郎は青空を見上げながら目を覚ました。先程バディ本部の自爆と謎の光に巻き込まれて吹き飛ばされた事を思い出す。

 崩壊が収まり辺りは何の物音もせず、閑静な廃墟に溜息が一つ聞こえる。

 

「俺は…生きてんのか……楓は……」

「…!」

 

 近くにいた筈の楓がいない。全身の打撲で痛む体を引きずりながら辺りを見回すと、楓が立っていたであろう場所は丸々崩落していた。

 勇太郎はじわじわと現状を理解し、焦燥と手の震えを抑えながら楓の名前を叫ぶ。

 

「楓ーっ! どこだー! 近くにいるんだろーッ!?」

 

 言葉は返って来ない。

 きっと彼も自分と同じ様に気を失っているのだろうと考え、まずは自分の回復を待ち、それから本格的に捜索しようと判断した。

 連絡用のインカムはおろか、ライドツールも破損し、通信や変身が不可能な状態で、まずは付近にいた筈の楓の安全を確認する事を優先する。先程流れた避難指示のアナウンスから施設に残っていたであろう、雷電を含めた自分達以外の人員の避難は完了していると考えると、少しだけ気持ちが楽になった。

 

「あのユートピア、だっけか。アイツの動きを止める能力を他の職員達に使っていなければ避難は順調に進んだだろ…今俺の体が動かせるって事は多分アイツは巻き込まれ、能力が強制的に解除されたってか」

 

 言葉を口に出す事で体の自由を確認すると、再び息をつき、体を休めて回復を促す。

 すると、近くから瓦礫を踏み付ける足音が聞こえて来た。

 

「楓ッ!?」

 

 勇太郎が大声で問うと、急に体を起こした反動で体制を崩しその場から転がり落ちる。足音は速度を増しながら勇太郎の方へと近づいていき、音が止む頃には転がって来た勇太郎の体をその足音の主が支えていた。

 

「お久し振りです、勇太郎様」

 

 先程の足音の主は、かつて御剣家で勇太郎を訓練した言わば師匠、風露(ふうろ)であった。

 

「風露、さん? 何故ここに?」

「今回の事態を受け御剣家が総動員で救助に当たっているのです。無論私もこちらで行方不明者の捜索をしていたのですが、あなただけでも見つかって良かった」

「…じゃあ、楓は!?」

「見つかっていません」

 

 風露が首を横に振る。非情な現実に勇太郎は悲しみを隠せないが、とにかく楓が無事である事を信じた。雷電と戦った時も危険な状態から生還し、新たな力を手に入れて復活した。奇跡の様な光景であったが、楓ならきっと今度も大丈夫だろうと言う不確定的な信頼がいつも頭の中によぎるのだ。

 

「俺も捜索活動を手伝います…これでもラフムですから体は丈夫なんですよ」

 

 勇太郎は風露に支えられていた体をしっかりと持ち直し、まとわりつく埃を払う。

 

「風露さん、捜索を続けましょう」

 

 勇太郎が歩き出し、それに風露が頷く。と、急な地響きと共に体のバランスが崩れる。

 爆発の影響で不安定になっていた瓦礫の積み重なりが崩壊し始めていたのだった。

 

「マズい! 風露さん、一旦ここを離れ―――」

 

 退避を提案しようとした勇太郎だったが、言葉を終えない内に足場が崩落し、そのまま落下する。勇太郎を助けようとした風露だったが、伸ばした手は彼の元へは届かず、止む無く風露のみで退避した。

 

(勇太郎様……どうかご無事で)

 

 心の中で無事を祈ると、風露は安全な場所から崩落した現場を見つめる。今動いた所で再び崩落が起きてしまい更に彼らに危険が迫る事は明白であった。

 今はただ待機するのみ。もどかしさを押し殺しながら風露は勇太郎の帰りを待った。

 

――

 

「…いてて……」

 

 勇太郎は転落した後、何とか軽傷のみで他の瓦礫へと着地していた。自分の無事に安堵すると、辺りを見回す。どうやらこの空間は元々バディ基地内の一室であったらしく、先の崩壊の影響で上階ごと天井が無くなり、見上げると青空が覗いていた。退廃的かつ幻想的な光景に勇太郎は恍惚を覚えるが、近付いてくる足音で我に返る。

 

「風露さん? いや―――」

 

 その足音の主は、紛れも無く楓だった。

 

「楓ッ!」

 

 勇太郎が驚異の瞬発力で彼の元へ駆け寄ると、楓は安心したかの様な微笑みを見せる。

 

「勇太郎…無事で良かった」

 

 親友の無事を確認した勇太郎は安心し、視線を落とす。と、楓は左手首から出血していた。

 

「楓! その傷、とにかく地上に出て治療を受けるぞ!」

「ああ、大丈夫だよ。ラフムだからすぐ治るし、それに、自分で付けたんだ」

 

 そう言って楓は視線を部屋の奥へと移す。その先には血が付着したウイニングイートリッジと、破損し砕けたウイニングイートリッジを含めたライドツール一式が机に置かれていた。どうやら勇太郎と同様に楓もアイテムを損傷した為にブランクイートリッジを使用してイートリッジのみ修復を終えたらしい。楓はその方法として以前成功した自傷行為を選んだのだった。

 

「自分で傷を作ってイートリッジ用のラフム成分を抽出したってか……ふざけんな!」

 

 勇太郎がその場の壁を叩き、破壊してしまう。我に返った勇太郎はまたも崩落してしまわないかと慌てながら無事を確認すると、安堵すると共に楓を睨んだ。

 

「そうやって自分を犠牲にして何考えてんだよ」

「ごめん、勇太郎。でもそのお陰でコイツが使える様になったんだ」

 

 そう言って楓は奥の機械を指差す。その方向を見た勇太郎はある物を目撃して驚愕する。

 それは、かつて黒木が使用して腕に装着するタイプの端末であった。

 

「コレって……!?」

 

 彼らがいた場所はバディの研究室であった。藤村が外出したままになっていた研究室は幸いにも自爆を免れ、一部の資料と共に調査中であった端末も残されていたのだった。

 

「あの後運良くここに落っこちて、研究室である事は分かったから残ってる物の回収を済ませておこうと思っていたんだけど、この端末と、調査途中の資料を見つけてね」

「コイツは、動かせる」

 

 そう言うと楓は端末に挿入されていた何本かのケーブルを引き抜くと、自身の左腕に装着する。

 

《Account・Frustration》

 

 端末から響く電子音は彼らが使用して来たライドツールよりも機械的で、低い音声であった。そのおどろおどろしい音と単語はこれから起きる事象を暗示する凶兆の様であった。

 

「フラストレーション…? それっていわゆる欲求不満な状態の事だよな…? 一体どう言う意味なんだよ」

「どうやらコレ―――タクティカル・ユーティリティ・ツール、”ウェアラブレス”は、装着者の本質的な欲求や本能を刺激する物らしい。資料によるとこの端末を解析した際に最初に発見されたテキストデータが説明書になっていたと。それで僕も大体の扱い方を知ったんだ」

 

 ちょっと待て、と勇太郎が口を挟む。

 

「それじゃあソイツを使えばお前は欲求とか本能が刺激されるって事だよな…そうなった時、楓はどうなるんだよ!?」

「多分、暴走する」

 

 楓は物憂げな表情でそう答えると、勇太郎の脳裏には今までの楓の行動がフラッシュバックしていた。

 彼は正義漢の余り行き過ぎた行動や言動を行う節が幾度かあった。それは今に始まった事では無く、子供の頃からずっとそうだった。そんな楓がウェアラブレスの力で暴走してしまえば、それがどの様な方向に向かうのかは想像も出来ない、いや、勇太郎は想像したくないと強く思った。

 

「やめろ楓! お前も分かってるんだろ!? そんな事をしたら自分がどうなるのか! それに今はもう戦闘は終了しているんだ、選択を急ぐ必要はねぇだろ!」

「…そうも言ってられないんだ」

 

 楓がそう呟いた矢先、外が騒がしくなって来た。周りで待機していた御剣家の言葉から、ラフムが出現したとの事だった。

 

「戦うってんならアイテムが無くてもラフムの姿で立ち向かったって良いじゃねぇか! 世間体を怖がるお前じゃねぇだろ!?」

「僕がこの力にこだわるのは姿の意味では無いんだ。こんな…こんなモノを使わざるを得ない程の敵が、出て来るんだ」

「何でお前がそんな事知って―――」

「もし僕が優しさを忘れてただ目の前の敵を倒すだけの、本当の意味での異形の怪物になったら、絶対に止めてよね…勇太郎。いいや……仮面ライダーバーン」

 

 勇太郎と言葉を交わさないまま楓は修復したウイニングイートリッジを持って外へと出て行く。彼の覚悟と気迫に圧倒されその歩みを止められなかった勇太郎は渋い顔をするが、すぐに顔を上げる。

 

(アイツをここで止められなかった事を、後悔はしねぇ。俺は楓の覚悟を信じる。そして、もしアイツがダメになったなら、今度こそ絶対に止めてやる!)

(俺は、皆を、そして楓を守るヒーロー、仮面ライダーバーンだ!!)

 

 新たな敵へ向かい、二人は歩き出した。

 

――

 

 楓が目を覚ます少し前、目を開けるとそこは以前にも見た砂浜であった。

 そこがかつて神と名乗る青年、アプスが神の世界と呼んだ場所である事を察した楓は、辺りを見回しアプスを探す。

 

「おーい! 神様ー!」

 

 楓が叫ぶと、空間に歪みが発生すると共にその中心からアプスが出現する。

 

「久しい、と言う程でも無いか、霧島楓」

「丁度良かった、神様…色々と聞きたい事があるんです」

「それは良く分かっているが、話は重要な部分から話していきたい。悪いが貴様の質問に答えるのはまだ先になる」

 

 そんなぁ、と残念がる楓を横目に、アプスは話を続ける。

 

「まず伝えなくてはいけないのは、これより起こる脅威に対抗出来るのは貴様しかいないと言う事だ。ティアマトは幹部級の構成員をライダー打倒に集中させ、敵を減らした上でティアマトのリーダーを復活させようと目論んでいる」

「ティアマトの…リーダー……」

「彼もそうだが、貴様が近々に対敵する脅威とは、先に貴様らが戦ったティアマト大幹部を含めた幹部構成員だ。これからの戦いは今までを遥かに凌駕し激化する」

 

 楓が固唾を飲む。

 

「恐れる事は無い…ラフムに対抗する手段が増えた中で何故貴様が選ばれたのか、それは貴様が彼らに勝ちうる力を秘めているからだ」

「…僕が、あの幹部達に?」

 

 先程ティアマト三大幹部の一人、ユートピアに敗北した事を思い出す。未だ力の至らない自分が彼らに勝利するイメージは湧かないが、アプスの発言も冗談や偽りには聞こえない。

 

「僕が持っている力と言ったら、ウイニングラフムとしての能力とかしか―――”ウイニング”だから、ですか?」

「ウイニング、”勝利”をもたらす力か…。衡壱も上手く名付けた物だな。だが、楓…お前の力の本質はウイニングではない」

 

 アプスの言葉の意味を掴めない楓を首を傾げる。

 

「そのウイニングと言うのはバディで名付けられたコードネームだ。本来の貴様の能力は―――」

 

 言葉を遮る様に大きな波音がする。驚いた楓が海を見ると、冷たい風が吹き荒れ、波浪がこちらへと近付いて来ていた。

 

「時間が無いか…すまない楓、他の神からの妨害が入った! とにかく、楓……貴様は、強くなれ! どんな手を使ってでも! 己の本能…本質……”インテグラ”の望むがままにッ!!」

 

 暴風と共にアプスの声が遠くなる。最後に彼が何と言いたかったのかは分からなかったが、ただ強くなる、それだけがこの世界を救うと、悪を打ち倒すのだと、楓は確信する。

 

――

 

 ―――喰らえ。

 ―――喰らえ。

 ―――全てを、統合するのだ。

 

 …全てを、統合する……。

 

――

 

 「―――喰らえ」

 

 楓が気が付くと、崩れかけたバディの一室にいる事に気付いた。それからはまるで何かに取り憑かれたかの様に辺りの資料や器具を手当たり次第に探って、ウェアラブレスの起動に漕ぎ着けたのだった。



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#51 醜怪

 コードネーム・ディグラフム。

 掘削能力に秀でたモグラ型のラフムであり、瓦礫に埋まったティアマト幹部を救出する為に派遣されたビルダーラフムである。

 ディグは右手の鋭利なドリルを高速回転させると、御剣家の銃撃を諸共せずに掘削活動を開始する。

 

「…このタイミングで掘り出し特化のモグラ野郎が出て来るって事はティアマトの他の連中がこさえたビルダーラフムだな」

 

 勇太郎が分析すると、彼と同様の判断をした楓がその様だね、と返し研究室の空洞から地上へ飛び降りる。狭小な足場を活用して巧みにディグの元へと着地した二人は、敵に視線を合わせる。

 

「出たな、仮面ライダー」

 

 悪役じみた台詞を吐いてディグが警戒する。が、ディグは彼の前に位置している瓦礫を自慢の右腕で破砕し、目くらましと掘削を両立する。今回の目的は幹部の救出、奪還である。ライダーと交戦して負傷ないしは撃退されてしまえば目的達成は不可能になるだろう。つまりは”逃げ”の判断であるが、それが功を奏し、ディグはライダーの攻撃を受けないままに地中から人を発見する。

 全身が瓦礫に押し潰され、生存しているとはにわかにも思えない肉塊を見つけ、ディグは溜息をつく。

 

「これ、ラフムでも復活出来んのかよ……」

 

 が、挫けずにディグは腰に巻き付けていたポーチから連絡用のトランシーバーを取り出す。

 

「”エイド”、目標と思われる肉は見つけたぞ。これで俺の仕事はおしまいだよな?」

「ええ、あと5分でも遅れてたら無理だったけど、早めに見つけてくれてアリガトねん。後は何とかするから、お疲れ様」

 

 女性の口調から発せられる男声が特徴的な連絡相手はディグを労う。それを受けてディグは早急にその場を立ち去ろうとするが、地上には楓と勇太郎が立っていた。

 

「待てよお前、何も無しで帰らせる訳にはいかねーぞ」

 

 勇太郎はウェアラブレスを使おうとする楓の腕に触れ、首を横に振る。暴走の危険があるアイテムを使わせまいとする勇太郎の思いを汲んで楓は一歩下がる。

 

「それじゃあ行くぜ―――変身!」

 

 勇太郎が全身に力を込めると、赤い粒子を周囲に発生させ、その体を勇猛な異形へと変貌させる。勇太郎用ライドツールが完成してからはなりを潜めていたバーンラフムが雄々しく叫ぶ。怯むディグを睨むと、足の筋肉を隆起させ一気に瞬発すると、バーンは既にディグの真正面、ゼロ距離に迫っていた。

 ディグが咄嗟に逃げようと判断した頃にはバーンの燃える拳がディグの腹部を殴打し、吹き飛ばされていた。

 瓦礫が障害となって吹き飛ばされていたディグは瓦礫に弾かれ、その場に倒れる。その衝撃で人の姿に戻り、到着した御剣家に確保される。

 一件落着と息をつく勇太郎だったが、楓は一人でディグの堀った穴へと走る。それに気付いた勇太郎は彼を追う。

 

 二人が穴に到着した頃には既にラフムがバミューダらの治療を完了していた。

 

「遅かったわね、仮面ライダーちゃん達。アタシはお金を頂かないとだから、じゃーねー!」

 

 逃亡するエイドを勇太郎が追おうとするが、その瞬間に楓が飛び出し、勇太郎の手を引く。すると、穴から強大な力が放出され、付近にいたエイドが巻き込まれる。

 彼の断末魔と共にエネルギーの中心から人が現れる。

 

「ふゥー……ようやく解放されたぜ。これが”シャバの空気はうめぇ”って奴か?」

 

 凝り固まった関節を不気味に鳴らしながら現れたのは、長官と共に爆発した筈の黒木だった。

 

「―――黒木、お前まさかさっきのラフムに…」

「治療させて貰ったぜ。こんな事もあろうかと幹部連中が治癒系のラフムを用意していたらしいな、お陰様で俺も体力全快でお前らをブッ殺せるぜ」

 

 勇太郎の問いに意気揚々と答えるシャドーだったが、楓の左腕にウェアラブレスが装着されている事を知った瞬間、目の色を変えた。

 

「お前…! それ俺ンだろ!?」

「どんな物であろうと、力は悪事の物じゃない」

「…一丁前な理屈気取りやがって……俺以外のヤツがそれ付けてるの見てると(はらわた)煮えくり返ってくんだよ…!」

 

 シャドーは大きな力を禍々しく変容させ、黒い粒子を纏う。ラフムの姿へと変貌していく様だった。そのおぞましいオーラに動じる事無く楓は敵を見据える。

 

「勇太郎、下がってて。コイツは多分、フラストルじゃないと駄目だ」

「フラストル・・・?」

「目の前の敵を殲滅する、僕の新しい力だ」

 

 黒木の放つ力に怯まずに真っ直ぐ楓は歩を進めていく。その背中に勇太郎は親友が遠くへ行ってしまう様な不安を感じた。

 

「もしお前が帰って来れなくなったら、俺が何とかしてやる! だから―――だけど……」

 

 少し言葉に詰まってから、勇太郎は思いの丈をぶつける様に楓へと言い放つ。

 

「無理すんなよ!」

 

 楓は振り向いて、自分の身を案じてくれる大切な親友に微笑むと、先程再生させたウイニングイートリッジを起動させる。

 

《Winning》

 

 ウェアラブレスへとイートリッジを装填すると、変身待機音が作動し、楓の気を高揚させる。

 

「変し―――」

 

 変身、と馴染みの口上を口にしようとした瞬間、楓の全身に悪寒が走る。

 その言葉を、英雄の鼓舞を、この力の為に言ってはならないと自分の直感が叫んでいる様だった。

 

 ”フラストル”は仮面ライダーなんかじゃない。

 

 その感覚に根拠は無かったが、この力に対する警鐘なのだと確信した。

 

 変身の言葉が出ないままに楓はウェアラブレスのグリップを押し込む。

 

《Change・Winning・Frustration》

 

 ウェアラブレスから放出される黒い粒子が楓の全身を包むと、その体を蝕む様に吸収されていく。それは激痛を伴い、楓の苦悶と共に鎧が形成されていく。

 変貌を続ける楓の脳裏には、憎悪、復讐、恐怖、そうした負の感情が巡っていき、精神を蝕んでいく。募った激しい感情は破壊衝動へと変貌する。それは楓の元来持つ本能や欲求が具現した物である事を示していた。自分でも暴走を懸念していたが、ここまでの獰猛さを持っていたことに驚きよりも絶望を覚えた。

 

(こんな醜い感情が、僕の本心だって言うんだよな…僕がヒーロー? 仮面ライダー? ……最悪だよ)

 

 自身に蔓延る負の感情に楓は涙を流す。が、その涙を隠す様に仮面に覆われる。それはまるで楓の本心を遮って勇壮な鎧で見た目を取り繕っている様だった。

 

 

 仮面ライダーフラストル・ウイニングフォーム。シャドーと共通した装甲、ウイニングに近しい形状の角、凶暴な眼光、一層厚い増加装甲で完全に覆われた口部。

 ヒーローと呼ぶには甚だしい程の禍々しい黒と緑の戦士は、黒木を見つめて息を荒げる。

 

「フラストルの力に飲まれやがったか! こいつァ傑作だぜ!」

 

 苦悶するフラストルの姿に黒木が笑みを溢す。その光景に勇太郎はラフムの姿へ変身し、掴みかかる。

 

「落ち着け楓! お前は…お前は仮面ライダーだろ!?」

 

 

 勇太郎の叫びは、楓には届かなかった。

 自分の真意を知った彼は、自分に仮面ライダーと名乗る資格が無いのだと、そこに辿り着く強さは持っていなかったのだと実感した。

 誰かを救うヒーローである以前に、自分は怒りと暴力に勝てない弱い人間であり、恐るべき力を持った怪物であると、そう自分自身に諭された様な感覚があった。

 

 楓はもう迷っていなかった。自分のありのままを受け入れ、誇りや栄誉を捨て、打ち倒すべき敵を定め破壊し尽くす化物としての自分を許した。

 自分の感情のコントロールを失った楓が今持っている行動原理は、己の内にしまい込んでいた悪への絶対的な嫌悪感、愛する家族を失った深い悲しみ、自分から日常を奪ったラフムへの憎悪、そしてただただ純粋な正義感だった。



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#52 幽墳

 仮面ライダーフラストル・ウイニングフォーム。

 

 楓の心理を反映させた、真に純粋なる力の戦士。

 変身端末、ウェアラブレスの能力により楓の元来持つ欲求、本能がありのままに引き出された結果、彼の心にあった憎悪や破壊衝動を活発にさせてしまい、その溢れ出る闘気は仮面ライダーと素直に呼ぶにはひどく醜い物であった。

 まだ一歩も動いていない筈のフラストルから感じ取れる狂気は、今までずっと楓の傍にいた勇太郎を震撼させていた。

 

(あの時と同じだ…この感じ……中学生の時と…)

 

 フラストルを目撃したバーンは、自分が楓に恐怖を抱いていた事を思い出す。

 楓を理解したつもりでいたが、その実彼は思いがけない行動をする時があった。

 不良を暴力で制圧する、ラフムへの怒りで暴走する、己の身を顧みず戦う―――。

 

 本当は霧島楓を理解なんてしていなかったのでは無いか、そんな疑念が自らの心に投げ掛けられ、今まで親友として楓と共にいた時間が白紙に戻っていく様に感じた。

 

(俺は、楓を知らなかったのか…知ろうとしてあげられなかったのか…それとも)

(アイツの奥底にあるあんなに大きな感情から、目を背けていたのか?)

(……俺は、アイツの心の中の闇を見ようとしなかったんだ)

 

(友達失格だ)

 

 バーンラフムから人間の姿へと戻った勇太郎の目からは大粒の涙が零れ落ちていた。友として楓の心に寄り添えなかった不甲斐なさ、彼の内面を見ようとしていなかった自分の弱さを認識して、悔しくなった。

 

「楓…こんなになるまで俺は何もしてやれなかったんだな……ごめん、ごめんよ」

「お前はいっつも傷付いて、それでも、誰かを守るために、戦ってくれたんだよな? それなのに俺は―――」

「違うよ」

 

 激情を露わにする勇太郎とは対照的に、フラストルへと変貌した楓は冷酷に言い放った。その突然の言葉に勇太郎はえ? と思わず呆気に取られた声を出した。

 

「違うよ勇太郎。僕はね、本当は誰かを守りたくて戦っていた訳じゃ無かったんだ」

「僕は自分の苛立ちを他人にぶつけて発散していただけなんだよ」

 

 フラストルから放出される黒い粒子が風力を強め、勇太郎がよろけ始める。

 

「それは本当なのか、楓ッ!?」

「この気持ちは、この苦しみは、きっとそう言う事なんだよ。皆が悪だと思う奴らを利用して、暴力で自分を満足させて、名声も得る…それだけの事だったんだ」

「誰だってそうだろ? 良い事したってどこかで自己満足になっちまう」

「―――君は違うだろ!?」

 

 風が更に強まり、勇太郎の体が浮き上がり始める。

 

「勇太郎は良いよ、何でも出来て、その力を人の為に使おうと思えているんだ…僕は、僕は…誰かのヒーローには……仮面ライダーには、なれない」

 

 楓の名前を勇太郎は叫ぶが、その声は風切り音に遮られ、そのまま勇太郎は風に流され吹き飛ばされていく。

 フラストルの放つ力が辺りの瓦礫を飛散させ、黒木が腕で砕きながら弾く。

 

「あーあ…仮面ライダー! なんてカッコ良くヒーロー気取ってた真意がそれか? マジで滑稽だな」

 

 禍々しい力に飲み込まれたフラストルを黒木は嘲笑する。

 

「確かに、笑えるよね…僕は正義のヒーローになりきれなかったんだから」

「ああ、もう爆笑モンだぜ! お前は結局そこら辺のチンピラと変わんねぇ、力を振りかざしたいだけの弱虫なんだよ!」

「そりゃそうだ、だけど……」

 

 その瞬間、フラストルを包んでいた粒子が集束していき、全ての力がフラストルの物となる。先程まで一帯を覆っていた気味の悪さが一瞬にして解消された事が、むしろ黒木を驚愕させた。精神に負荷を来たす程の邪悪な思念を、フラストル―――霧島楓が余す事無く吸収した事を意味していたからだ。

 

「だけど……お前を倒せればそれでいい」

 

 完全に油断していた。今まで唸るばかりでその力に振り回されていたフラストルが、勇太郎がいなくなった途端に全てを掌握し、力の限りの疾走で黒木へと襲い掛かったのだ。全く予想もしていなかった攻撃開始に黒木はラフムの姿になる間も無く防御の為に突き出した左腕を奪われていた。

 

「ッ! うぁぁぅッ!!」

「テメェェッ! テメェェェェッ!!」

 

 その痛みは人間と変わらない。人間の痛覚とは敏感な物で、指を切っただけでもそれなりの痛みと強烈な不快感が襲う。それが腕部の欠損となっては、その痛みは想像を絶する物であろう。黒木は痛みの余り涙を流しながら返り血に塗れたフラストルへ恨みの言葉を吐き散らかす。

 

「痛い? 痛いよな? ハハハ」

 

 ゆっくりと黒木へ近づいたフラストルが彼の頭を踏み付ける。足を少し動かしながら黒木の羞恥を煽る様に踏み回す。

 

「お前が殺して来た人はもっと痛かった。もっと辛かった」

「言われの無い不幸が人の命を奪うなんて、あってはならないのに……お前はどうして皆を殺した!? 任務だからか! 人類の為になるからだと言うのか!?」

 

 一度黒木から足をどけてからフラストルは問い質す。人間の姿を留めていた彼の体は傷だらけで、傍から見れば怪物が人を襲っている様にしか見えなかった。その光景を想像しながら黒木は痛みを堪えながら口角を上げて不気味な笑みを溢す。

 

「―――俺が人を殺すのは任務でも使命でもねぇさ、楽しいからだよ」

「お前なら分かってくれると思って教えるけどよ…お前も同じだろ、お前は自分が傷付けた相手が悪だからって理由で正当化してるだけで何も違わねぇんだよ」

「お前と俺は変わらねぇ! 自分のゴキゲンを取る為に人をブッ倒して発散してるんだって事だ!」

 

 違う、とフラストルが呟く。禍々しい形相で黒木を見つめると、ウェアラブレスのグリップを一回押し込む。

 

《Winning・Enigma》

 

 フラストルの全身から黒い粒子が放出され、黒木を包み渦巻く。その”粒子の旋風”が黒木の体内に入ると、全身から血が噴き出る。

 人を蝕むフラストルの力を纏わせた風は全身の血圧を異常な程上昇させ、それによって血液を噴出させたのだ。

 瀕死の重傷を負う黒木は残された力を全て賭して姿を変貌させていく。

 フラストルの物に似た黒い粒子が全身の鋭角な装甲を構築し、頭頂部に光輪を携える。光を反射しない程に黒い顔から白い歯が浮かび上がり、異様な程に口角を吊り上げ、笑う。

 

 シャドーラフム。”影”の力を内包した光と対を成す異形の怪物。凶悪な姿から見受けられる出で立ちは、黒木の残虐性を表現している様だった。

 先程失った筈の左腕は回復しており、手を開閉しながら動きを確認する。

 

「それじゃあ本気で行こうぜ……霧島楓ェ!」

(勇太郎はさっきの風で安全な所まで誘導できたか…だったら、見せられるか…)

「…今の僕の思いの丈をッ!!」

 

――

 

 バディ本部跡、瓦礫の中に埋もれていたシャングリラが目覚めると、バラバラになっていた筈の体が修復されている事に気付く。そして、それがティアマトの人間による処置である事も同時に理解した。

 先に目覚めた彼は瓦礫を少しどかして外の様子を見ると、シャドーと見た事の無い戦士が相対している様を目撃した。自分と同様にその場に倒れている大幹部らと長良を見ると、成程、と呟いた。

 

 「かなり癪だが、シャドーを救出するべき、か」



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#53 敗走

 十二月二日、午後十五時半。

 ティアマト大幹部の襲撃に伴い自爆し、廃墟と化したバディ本部でシャドーラフム、黒木陽炎と楓が相対する。

 楓は己の持つ邪念…人を守るためでは無く、怪物を倒す事で自らの衝動を発散させているという本心に気付き、その獰猛な精神を陽炎の打倒の為に行使すると決めたのだった。英雄たる仮面ライダーでは無く、ただ悪を殲滅する怪物、フラストルとして。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

 フラストルの力が高まり、天を仰いで叫ぶと、シャドーへと猛攻を仕掛ける。その速度はウイニングボルテックス時よりも劣るが、攻撃に見境が無くなった分、打撃の力は上がっていた。

 が、シャドーも押し負けてはいない。理性を取り払った分攻撃のテンポが単純になったフラストルの拳をさばいて受け流す。

 

「新しいオモチャで強くなったつもりかウイニング? 馬鹿になった様にしか見えねーけどな!?」

 

 拳が流された事によってがら空きになったフラストルの左肋骨をシャドーの鉄拳が見舞う。中指の関節部を突き出す事で先端が鋭角になり、打突力が増す。その凶悪なパンチを食らったフラストルは肋骨部を押さえてうずくまる。

 

「”アバラが二、三本いったか”って漫画とかで良く言うけどよォ、あれってそんな冷静にいってられない程痛ぇらしいな、特にフレイルチェスト…肋骨の破折で呼吸時に激痛が伴う状態なんか格別に辛ぇってよ」

 

 先程痛手を負わせられた屈辱を晴らす様にシャドーは笑う。が、目を覆って大笑いしている内に、フラストルは彼の背後に回り、羽交い絞めにした。シャドーが振り向いた先に見えたフラストルの顔面は、口部に若干亀裂が入っておりそれが笑っている様にも見えた。

 

「―――!」

 

 本能的にシャドーが危機を察知した頃には時既に遅し、フラストルの力が最大まで高まり、雄叫びを上げながら口部の亀裂を広げていった。

 

「オオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

 フラストルの口が、開いた。

 

 

 今まで拘束の様に閉ざされていたフラストルの口部裏には、生物、特にヒトを思わせる剥き出しの白い歯と歯肉が存在していた。大量の唾液を分泌させるフラストルの口が更に大きく開くと、シャドーの首元、僧帽筋に当たる部分に噛み付いた。その衝撃は激痛よりも、自身の力が吸収されている事にあった。

 フラストルはシャドーの肉をかじる事で、シャドーの持つラフムとしての力を文字通り喰らったのだ。

 

「何、すんだよッ!」

 

 フラストルの顔面を手の甲で殴り付け距離を取ったシャドーは、未知の脱力感に襲われながらもフラストルを睨み続ける。

 

(アイツさっきバーンを吹き飛ばしてたが、こんな戦い見せられないってコトかよ)

 

 シャドーの力を食し、笑みを溢すフラストルに、もう仮面ライダーの面影は無かった。

 

「…最高だな、霧島楓! 霧島楓ェ! もうお前はヒーローなんかじゃ無い、俺の肉を欲して、暴れて、キモイ歯見せつけてニヤニヤ笑ってるお前は、もう仮面ライダーでもなんでもねぇ!」

「ただの、怪物だッ!」

 

 シャドーの宣言を聞いたフラストルから笑みが消える。が、それは絶望に打ちひしがれている表情では無かった。

 

「もう、良いんだ」

「良いんだよ、僕はもう」

「仮面ライダーじゃなくっても」

「お前を倒せるなら」

 

《Winning・Dogma》

 

 ウェアラブレスのグリップを3回押した最大解放状態。独断的な説、宗教における信条を重んじる態度を意味する語句であるが、この力におけるドグマとは、欲望に支配された我を貫く強大な武力を表している。

 

 シャドーの力、具体的にはその能力を手にしたウイニングは瓦礫の影へと姿を消し、影から影へと移りながらシャドーへと近付いていく。力を奪われたシャドーは回避不可能と判断し、今までに無い焦燥と絶望を感じた。

 

「―――死ねよ、悪党」

 

 シャドーへ向けた最後の言葉と共に、フラストルが膝を曲げたまま足を突き出し、回し蹴りの体制を取る。

 全身を回転させてその遠心力で強烈な蹴りを繰り出す。ウイニングの風力、そしてシャドーの持つ能力である視認妨害を使い回避が限り無く不可能な状態でその一撃を食らわせた―――筈だった。

 

 シャングリララフム、ティアマト三大幹部の一人である彼が、シャドーを庇いフラストルの必殺攻撃を受けていたのだ。

 エイドによって治療を受けていた他の幹部らよりも早く目覚めた彼は現状を把握した瞬間、シャドーが打倒される様子を容易に想像出来た。ここでシャドーを失うのはティアマトにとって良くない事であると感じたシャングリラは咄嗟の判断で彼の前に出ていたのだった。

 

 フラストルによる全力の一撃を受けたシャングリラは撃破には至らずとも、人の姿へと戻ってしまう。

 

「くっ、そおぉ…大幹部の僕がここまでやられるとはね…ウイニングが強化をしてくるとは……」

 

 息を荒げながらシャングリラがシャドーの方を見ると、彼は人の姿である黒木へと戻り、口からこぼれる血を手で拭って笑っていた。

 

「へっへ、助かっちまったぜシャングリラ…この恩はいつか返すかもな」

(こんな奴、ホントは助けたくなかったよマジで…早く報いを受けてくれないかな)

 

 心の中で悪態をつくシャングリラをよそに、黒木がその場から離れようとする。それに気付いたシャングリラは彼を呼び止めると、瓦礫の奥にいる大幹部ら、そして共に治療されていた長良長官を担ぐ。

 

「長良衡壱は恐らく敵との交渉材料になるだろう、皆も連れてアジトに行くぞ!」

 

 シャングリラが少年の風貌からは見受けられない力で長官とアガルタを肩に担ぐと、ユートピアを黒木に担がせてその場から退散する。

 

「待てぇぇぇぇぇ!!!」

 

 その怒号が、二人の足を止めた。

 だが、能力の最大解放を行ったフラストル、楓の力は果てようとしており、声を張って彼らを呼び止める事しか出来なかった。

 

「お前らはそうやってずっと…自分を正当化しながら、人を殺すのか!?」

「この人殺しめッ!」

「……」

 

 先程長官からも同じ事を言われたシャングリラの息が詰まる。自分達が罪の無い人を殺している事実は、しっかりと胸に刻み込まれている。

 何を口にしようとしたのだろうか、分からないままにシャングリラが言葉を返そうとする。と、頭上から冷やかな雫が落ちる。

 急に強く振り出した雨が体を伝い、濡らしていく。その雨がシャングリラの意識をこちらへと戻す。

 

「そうだ…あの人が約束してくれたんだ、人類の明日を、地球の存亡を」

「悪いね、ウイニング。シャドーに関しては用済みになったら君達の元へ突き出すよ。だけど、我々ティアマトの理想は、”彼”の望みは、絶対に譲れないよ」

 

 そう言うとシャングリラは黒木と共に大幹部らと長官を抱えてその場を去る。フラストルはその大口を開けながら咆哮し、雨に打たれ続けた。



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#54 取材

「本日十時半時頃、バディ本部にラフムらが侵入し、施設が破壊されました。本部に残っていた筈のバディ職員、そして、仮面ライダーまでもが行方不明となっています…。現在自衛隊による捜索作業が継続されていますが、未だ誰も発見されていません」

 

 十二月二日正午十二時十分。

 東城大学、写真サークル室。

 緊急ニュースの様子を映していたテレビを消すと、河森は溜息をついてから境を見る。

 

「境、ネットの様子はどうだ……」

「お察しね、みんなバディ全員が脱出したと予想して非難してるわよ。状況を説明する責任があるだとか、仮面ライダー不在でラフムをどう倒すのか、とか」

「確かに状況を話す必要があるのはそうだな…」

 

 河森がブラインドを少し開いて窓を覗くと、大学の入り口には多くのマスコミが殺到していた。

 

「皆真実を知りたがっている、あそこで何があったのか、バディの人達はどこに行ったのか、そして…仮面ライダーは、これからもラフムを倒してくれるのか」

「今までだって仮面ライダーは私達を助けてくれたじゃない!」

「自分を直接助けてくれる訳じゃなきゃ人はライダーを信じ切れないのかもな。今だってラフムに襲われた人や犠牲者家族がライダーは非力だと発信しているし」

「でも、いるといないとじゃ全然結果は違う訳でしょ」

「自分や身内が救われなきゃ、意味は無いんだろうな」

 

 熱くなる境を諭す様に河森が言うが、境の怒りは収まらない。

 

「一旦落ち着け、境。仮面ライダー…あいつらなら拠点が無くとも多くの人を助けてくれる筈だ。俺達はあいつらの為に出来る事を考えていくだけだ」

「今の私達に何が出来るのよ?」

「そうだな……」

 

 河森が外の喧騒を再び見ると、サークル室を後にする。

 

「どこ行くのよ?」

「俺達写真サーは東大の情報屋だ、そんな俺らの言葉ならマスコミを聞いてくれると思ってな」

「まさか…門前の記者陣に突っ込む気!? …河森にしては面白い事考えんじゃん!!」

 

 嬉々としながら言い放つと境も河森に同行し、門へと走る。

 

――

 東城大学、正門―――通称「青門」。そこに集ったマスコミは、政府関係機関の依頼を受けての取材では無く、単なる野次馬精神でここまで来た者達である。

 

「写真サーの河森と境! こっちは面倒だから来るなよ」

 

 群がるマスコミの対応に追われる教員の一人が河森らを見つけ、近付かない様に指示するが、二人は教員に一礼すると群衆へと突撃する。

 マスコミは河森を発見すると、次々と彼の元へと集まる。かつて会見に現れた彼のライダーを賛辞する言葉は多くの人の心に残っている。

 

「バディの現状について何かご存じでしょうか!?」

「仮面ライダーとの関係は!?」

「あの会見はヤラセなんですか!?」

「バディの崩壊についてコメントを!」

 

 次々と繰り出される記者らの質問に河森が耳を傷めながらも、高らかに叫んだ。

 

「仮面ライダーは! 今まで皆を助けて来ただろ!!」

 

 その場が静まると、何の質問の答えにもなっていない事に河森が気付くが、どうでも良いと考えた。

 多くの人が仮面ライダーに、人類の希望に疑念を抱いている。自分の言葉が届くかは分からないが、気持ちは全て吐き出したいと思った。

 

「仮面ライダーは、政府がラフムのことを公表する前から、ずっと戦い続けていた…皆の平和を守る為、あんなに恐ろしい怪物から逃げなかった…」

「ウイニングは戦いで大ケガを負っていた筈なのに、それでも戻って来てくれて、あのアントラフムを倒してくれた!」

「きっと皆応援していただろう、あの会見の時の様に!」

 

 いつかの会見の時、ローズラフムと交戦するウイニングの姿を手に汗握って見つめていた事は記者らにとっても記憶に新しかった。河森の言葉であの時の思いが呼び起こされる。

 

「今は動向も見えず、何も答えてくれなくて怖いかも知れない…俺だってどうなるのか分からなくて怖い。それでも、仮面ライダーを信じて欲しい! 根拠ならある!」

「その根拠は?」

 

 河森に同調する様に一人の記者が尋ねる。彼は先程までの河森を追求していた時とは違い、不安と期待に揺れる複雑な表情をしていた。気付けば、他の記者も似た面持ちで、河森の言葉に縋っている様だった。人の何かに頼るしか無い脆弱さを剥き出しにした様な姿に河森は少し恐れを感じた。だからこそ河森は仮面ライダーに希望を委ねる。彼らにとってはプレッシャーになるだろう。だけども、今、人々の不安を払うには彼らに託すしか無かった。

 

「根拠は、俺自身の信頼感とか友達だからとかじゃない。仮面ライダーは今までラフムと戦い、勝利して来た事だ。その中で犠牲者も多数出ただろうが、ライダーが戦っていなければその被害は更に深刻になっていた筈だ」

「ライダーには、信頼に足る結果がある。次も上手くいくかは分からないが、今までどんな苦難があっても立ち上がって来た。だから俺は信じる、あの強さを」

「皆、不安になっているだろうけど、どうか落ち着いて欲しい。きっと、仮面ライダーなら、バディなら、基地が無い位じゃへこたれない」

 

 言い切った河森は、大きく息を吐くと、その場にしゃがみ込む。と、記者らが拍手をして彼を称える。

 

「今の話は全てカメラに収めた! 君はただの一般人だろうが、それでも、だからこそ、響く言葉がある筈だ!」

「ゆっくり休んでくれ、”信頼の青年”!」

 

 信頼の青年? 河森はそのふざけた呼ばれ方に意義を申し立てたかったが、疲れてしまって言葉を返す気力も無かった。

 境と教員らが河森に肩を貸すと、記者陣は足早にその場を離れていった。河森がインタビュー出来ない状態をある事を察し、まずは先程の彼の言葉を記事にする事を優先したのだ。

 

「お騒がせしました、大学の皆様!」

「二度と来んな!!」

 

 教員らは憤りを露わにするが、河森の言葉を伝えてくれるなら今回は許してやる、とそれ以上記者らに言葉を浴びせはしなかった。

――

 

 午後十七時四十三分。

 御剣邸地下駐車場。

 

 何台かの輸送車両が到着し、中から御剣家の使用人らと共に勇太郎が移送されて来た。勇太郎を含め多くのバディ職員がここへ運ばれて来たのはバディが崩壊した今仮面ライダーの所属は御剣家に移ると言う都合と、バディの報を聞き付けたメディアによる追求と捜索から身を守る為に所在が秘匿されているこの邸宅で保護しているのである。

 ラフム特有の回復力で瞬く間に傷を完治させた勇太郎は使用人にバディを取り巻く現状について聞いていたが、大手メディアによる情報漏洩の抑止と、問題を重篤に受け止めない小規模メディアによる調査、そして日本政府による御剣家への追求、それらが同時に起こっていた。

 

「映画とかでやってる情報混乱とかって自分が当事者になると随分厄介な話に感じますね…はぁ」

 

 勇太郎が冗談めいて答えるが、憂いた表情で溜息をついた。

 楓がフラストルとしての姿を晒した時、自分の声が届かない所へ行ってしまったのだと、勇太郎は確信していた。彼と親友であるという事が自分の大きな原動力になっていた勇太郎の心は、楓との別れでひどく消耗していた。

 勇太郎はあの時、楓は自分の呼びかけ弱さを乗り越えられると信じていたのだが―――。

 

 ”違うよ”

 

 楓は、勇太郎が”期待”していたヒーローとしての姿を否定した。自分は誰かの為に戦っていたのでは無いと、己の心の醜さを説いた。

 それを聞いた時、勇太郎は楓に悪を懲らしめる正義の味方としての在り方を押し付けて、彼の心中にある思いを知ろうとせずに自分が考えていただけの像で彼を見ていた事に気付いた。

 

(楓に全部の責任を押し付けた大人共と…(おんな)じじゃねぇか!)

 

 悔恨は募るばかりだが、案内されるままに御剣邸を進む。

 

「お久し振りです、バーン」

 

 勇太郎を迎える吹雪に、彼は苦虫を噛み潰した様な表情を向ける。

 

「まだ何も整理出来ていませんわね…今日はお休み下さいませ、話は明日としますわ」

 

 吹雪がそう伝えて(きびす)を返すが、勇太郎が引き止める。

 

「楓は…見つかってないんですか」

「ええ。日も落ちて来たので捜索は困難になりましたわ。今は無理に動いて徒労に終わるよりも、明日に備えて休む事が大事だと思いますの」

「……ごもっともです、だけど…俺は一刻も早く、楓を…!」

 

 そこまで言った所で言葉を押し込んだ勇太郎は、吹雪に頭を下げながら口を開いた。

 

「お嬢様、あなたに会ったその時から俺はずっと楓を助ける為に戦うと言い続けて来ました…それがこのザマ、俺は俺を許せてないんです」

「明日からの捜索、俺に行かせて下さい」



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#55 出発

 十二月三日、午前九時二十分。

 御剣邸、応接間。

 

「おはようございます。組織(バディ)を失った今、衡壱に代わり(わたくし)が皆様に指令を下しますわ」

 

 吹雪がそう語ると、そこに集められた藤村、大護、雷電、勇太郎は返事の代わりに相槌を打った。

 

「私達の当面の活動はバディと同様にラフムからの防衛を行いつつ、行方不明の衡壱、ウイニングの捜索です」

「使用人らの情報から衡壱はティアマトの幹部ら―――バミューダにより拉致された可能性がありますわね」

 

 吹雪が手元にある藤村のレポートを読むと、推測を語った。彼女の開いているレポートは、昨日藤村がこちらに到着してから早急に書かれた物だった。そこにはライダーの戦闘時録られた映像と音声から得た情報が可能な限り詰め込まれていた。

 

「ウイニングは―――」

「そっちには載ってない筈です。録音録画の機能もあったライドツールはブッ壊れてしまいましたから」

 

 勇太郎が伝えると、続けて楓の状況について知っている事を全て話した。

 自分と共にライドツールを破損し、イートリッジのみその場で修復した事、

 研究室に保管されていたウェアラブレスを楓が持ち出した事、

 それを使い楓が”仮面ライダーフラストル”となり、黒木と交戦していた事。

 

「そう……霧島君がウェアラブレスを…」

 

 敵から押収したそのアイテムの調査を主導していた藤村は口元に手を当て、深刻な表情を浮かべる。

 

「一刻も早く彼を見つけ出さないと、彼の精神が危険だわ」

「ええ、話には聞いてますけど、アレは人の欲求や本能を刺激してしまう物、でしたね」

「その通りよ、早急にウェアラブレスの廃棄をしないと」

 

 彼女らの話を聞いて吹雪が頷くと、藤村のレポートを閉じ、勇太郎と目を合わせる。

 

「ウイニングの捜索はバーンが担当しますわ。ウェアラブレスを用いた戦士―――フラストルの制御の為にメンタルケアを主としたサポートを行って頂きます」

「それじゃあ俺達は今まで通りラフムの対処を行えば良いんだな」

 

 雷電が返すと、吹雪は頷く。が、大護が挙手した後にその予定に異を唱える。

 

「ライダーじゃない俺がその予定に組み込まれてるかは分からないんスけど…俺にはやらなきゃなんねー事があるんすわ」

「俺の親父に会いたいんです」

 

 えぇ、と吹雪が答え再びレポートをめくる。そこの考察節に書かれた課題の内容を見ると、武蔵博士に関する文章を発見する。

 

「武蔵博士が、貴方のお父様でしたか」

「知ってるんですか?」

「かつてよりあの方はライドシステムの技術奪取を目論んでいたと調査済みですの。先程仰っていたフラストルの力はバディが介在していない技術故、彼が開発した物である可能性が高い…とレポートにも書いてありましたわね」

「ええ、その為調査も兼ねて私も同行したいと考えています」

 

 藤村は武蔵への同行を提案する。一方の武蔵はまさかついてくるとは思いもよらず驚いた顔を見せるが、自分が護衛出来る状況で敵地であろう場所に行くのは合理的と考え、同意する。

 

「お二人の気持ちは分かりましたわ、調査を許可します。その際の人員は5名以内に抑えて頂けると幸いです」

「そんなに人は持って行きゃあしませんぜ」

 

 吹雪が頷くと、勇太郎らの今後の行動についてまとめる。

 勇太郎は楓、長官の捜索と救出。

 大護、藤村は雷電からの情報を元に武蔵博士のラボへの調査。

 雷電及びバディ機動隊、御剣家使用人の一部はラフム撃退を行う。

 

「それでは、それぞれの行動を開始して下さい。ああ…サンダーは―――」

「一つ良いか、御剣当主」

 

 雷電が吹雪の言葉に割って入る。

 

「ラフムの名前で呼ばれるのはあまり好きじゃねぇんだ。出来れば皆の事も名前で呼んでやってくれ…」

「…そうでしたわ、私ったら…皆様が戦士として戦う責任の為新たに与えられた名で呼んでおりましたが、必要はございませんね。配慮が足りておりませんでした」

「そうかしこまらないでくれよ、俺達なら全員、戦う覚悟は整ってる」

 

 吹雪が皆の顔を見渡すと、全員が雄々しい眼差しを向けていた。

 

「勇太郎、雷電、大護、榛名。どうかご武運を」

 

―― 

 

 午前十時八分。 

 御剣邸地下駐車場。

 

 これより目的地へと向かう大護、藤村を雷電と勇太郎が見送る。

 雷電から受け取った武蔵博士の居場所が指揮車両内のナビに送信され、運転を務める使用人がいつでも発車できる事を告げると藤村が先行して乗り込む。

 

「その…武蔵先輩」

 

 雷電が大護を呼び止めると、少し視線を反らした後にゆっくりと口を開いた。

 

「武蔵博士は、アンタにとっては憎いかもしれねぇが…俺にとっては、家族がいなくなって、あんな組織に入った後も俺の事を見ていてくれたただ一人の人なんだ。だから…あまり手荒な事は……」

「しねーよ」

 

 はっきりと言い切る大護に、雷電は目を見開いて視線を向けた。大護と武蔵博士との確執はかつて聞き及んだが、彼は家族を捨ててティアマトに従属した父親を許したのだろうか。

 

「…アンタは博士が憎いんじゃ……」

「憎くはねぇさ。アイツのやった事は許されねぇが、力だけじゃ解決しねぇだろ?」

「それに、雷電。お前と同じだ…アイツは、俺の親父だ…信じてやりたいんだよ」

 

 押し黙る雷電の頭を、大護は軽く叩いた。

 

「任せろ、必ず連れて帰ってやる」

 

 大護は不敵に微笑むと、藤村を追って指揮車両へと乗り込み、間も無く発進する。

 指揮車両の姿が見えなくなるまで見送った二人はお互いの任務成功を祈りつつそれぞれの持ち場へと戻る。

 

――

 

 十二月三日、午後十一時十六分。

 

 楓は気付くと民家と思わしき場所の敷布団で眠っていた。

 左腕の軽さに気付いて確認すると、イートリッジが装填されたままのウェアラブレスが枕元に置いてある事に気付き、素早く回収すると物音に気付いた為か(ふすま)が開いた。

 

「あら、ようやく起きたねぇ」

 

 安堵する様に言葉を放った老婦は楓の顔を見て微笑む。一方の状況を飲み込めない楓は今までの事を可能な限り思い出す。

 

 黒木と戦闘した後、彼を追って楓は自らの足でここまで来たが、遠距離用の移動手段を確保していたティアマトに追い付ける訳が無く、この近くで力尽きて倒れてしまったのだろう。

 

「……ご心配お掛けしました。僕は大丈夫なのでお構いなく」

 

 そう呟くと楓はその場を離れようとすると、老婦に制された。

 

「まだいて良いのよ? あんただいぶ疲れていた様だし」

「僕には倒さなくちゃいけない相手がいるんです」

 

 老婦は楓の持つ端末に視線を移すと、心配そうな面持ちで楓の顔を見る。

 

「あんたが仮面ライダーなのは分かってるよ。でも、腹が減っては戦は出来ぬと昔から言うでしょうが」

 

 そう言うと老婦は隣の部屋から皿に並べられた食事の中からおにぎりを楓に渡す。

 

「食っていきな」

「でも」

「食っていきな」

 

 老婦の語気が高まるが、そこには優しさも感じた。その厚意は無下にしてはならないと訴えかける良心に従い、楓はいただきます、と一礼した後おにぎりを頬張った。

 

「美味いかい?」

「はい…美味しい……母の事を、思い出します」

 

 今は亡き楓の母。彼女が生前作ってくれたおにぎりが、いつも楓を支えてくれていた。

 そこには勇太郎もいて、父もいた。もう戻らない思い出、ラフムによって消えた幸せ。

 あの日の惨劇さえなければ今でもずっと、母のおにぎりを食べられたかも知れないと考えると、自然と涙が零れて来た。

 

「アンタ…辛い事が、あったんだね」

「しばらく休みな。そんくらいの時間、あったっていいじゃないか」

 

 老婦の優しい言葉に楓は、甘えてしまった。

 例え現実から逃避する行動だったとしても―――。



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#56 大掌

 十二月三日、午後十一時三十二分。

 食事を済ませた楓はここが一体どこなのかを老婦―――石井 茜(いしい あかね)に尋ねた。

 

 彼女によると、ここは神奈川県茅ヶ崎市、相模湾に面する海沿いの地域らしい。

 黒木を追って東京からここまで来た事に楓は我ながら驚愕する。だが、それ程の執念を持つ実感があった。

 

「それで、あんたどこから来たの?」

「…東京からです」

「結構遠くから来たのねぇ…いつものバイクは?」

「ありません」

 

 それを聞いた茜はまさか、と言いたげな驚きの表情を見せて楓の状態を察する。

 

「走って来たんかい!?」

「ああ、体力は回復したし、外傷もありません。だからそんなに気を遣わないで下さい」

 

 軽々しく言って見せる楓に茜はため息を溢すと、楓が座るテーブルの向かいに腰を下ろした。

 

「あんたの戦い、いつも見てたよ。危なっかしくてハラハラしたよ」

「それは、お見苦しい物を…見せました」

「それがさ、外に稼ぎに行った息子に似てて、なんだが懐かしくなっちゃったのよ」

 

 そう言うと茜の目線は横の写真に移る。それにつられて楓もその方向を向いた。

 茜と、その夫、息子の三人が写った家族写真だった。

 

「三年前にお父さんが亡くなってから息子は”母ちゃんを食わせていけるのは俺だけなんだ”って張り切っちゃって、寝る間も惜しんで仕事ばっかしてたね。そのいつもヘトヘトなのにこっちが元気を貰える様な姿が、あんたとそっくりだったのよ」

「今はもうちょっと身を固めて入れる職場を見つけたって遠くの地方へ行っちゃったけど、毎月仕送りしてくれるし…ほんっと親孝行もんだよ」

「その、遠くの地方って?」

「確か桜島だったかね、鹿児島の」

 

 桜島。その名を聞いた楓は何かを察して、眉間にしわを寄せた。

 

「どうしたの?」

「いえ……」

 

(桜島…そうだ、その辺りだ…そこに、”黒木”がいる、そう感じる……)

 

 シャドーラフムの一部を取り込んでから楓は、原理不明の力によって黒木のいる位置を直感的に把握出来る様になっていた。それによりここまで黒木を追って来ていたのだ。しかし力尽きて以来距離を離され、位置の情報が曖昧になっていたがようやくハッキリした。

 だが、それと同時に桜島と言う場所に不穏な感覚を覚える様になった。茜の息子がそこにいるのも黒木と無関係では無い様な、そんな悪寒が走った。

 

 そして、黒木の居場所が分かった途端に心の中がざわつき、虚空から声が囁いた。

 

 ―――進め。

 ―――休むな、甘えるな。

 ―――黒木が憎いだろう。

 ―――早く、早く喰らえ

 ―――のうのうと生きているあの外道を(むさぼ)れ。

 

 頭痛の様にじわじわと脳を締め付けるその響きに耐えかね、楓は頭を抱えながら歯を食い縛る。その異常な光景に茜は動揺しながら声を掛ける。

 

「楓君! どうしたんだい!? 楓君!」

 

 これがフラストルの作用である事はすぐに分かった。だからこそ楓はこの声に全てを委ねていた。この声が自分の本能であり、本心なのだと。故に彼は声に導かれるまま重い体を引きずりその場から動こうとする。

 

「楓君! 少し休んでいきなって!」

 

 茜の声は届いていなかった。自らの内から出る声に支配された楓は人形の様に鈍重な体を動かし外へ出ようとうごめいていた。

 遂には茜の制止を振り切り楓が玄関から外へと飛び出した。それを追って茜も家から出て行くと、思いがけない光景が広がっていた。

 

「母ちゃん、ただいま。オレ、仕事頑張るよ」

 

 桜島にいた筈の息子が、暴れ続ける楓の首を締め上げながらそこに立っていた。

 茜はしばらく言葉も出ず、その場に立ち尽くした。

 

「シャドーってラフムが言ってたんだ、仮面ライダーを一人でも殺せば安定した裕福な暮らしを保障するって」

 

 茜の息子―――石井恵介(けいすけ)はスーツジャケットの胸ポケットから自らの預金通帳を取り出して茜の足元へと投げた。

 

「前金もくれたんだぜ、1000万…まさか家にいたとは思わなかったけどシャドーの言う通りだったな」

 

 そう語る間にも楓の首に掛けられる握力は増し、彼の顔面は鬱血(うっけつ)し紅潮していた。

 が、楓もやられてばかりではいない。恵介の腹部目掛けて爪先を立てた蹴りを見舞い、その痛みで力が抜けた隙に彼の手から脱した。

 

「―――ごほッ、うぅ…ふー……茜さん」

 

 不幸中の幸いと言うべきか、恵介の絞首により正気を取り戻した楓が茜を呼ぶが、彼女は立ちすくんだまま顔を蒼くしていた。

 最悪の状況として予想していた事が、今目の前で起きてしまい落胆する楓だったが、何とか正気を保ちながら茜の肩を叩いた。

 

「茜さん…信じられない事でしょうが、息子さんはティアマトの手に堕ちています」

「嫌ッ!!」

 

 事実を拒絶する茜に楓は掛ける言葉を見失う。が、”それでも”、と自分に言い聞かせると同時に茜に語り掛けた。

 

「起こってしまった悲劇は変えられない。でも、これ以上の悲劇は繰り返さない」

「僕が元の息子さんに戻しますから、茜さんは周りの人に助けを求めて下さい」

 

 そう言うと楓は外に出ようとしていた時に持って来ていたウェアラブレスを腕に装着する。

 一方の茜は涙ぐみながらも楓に背中を押され、家へと戻った。

 

《Account・Frustration》

 

「茜さんから少し話は聞いています…親孝行な人だって」

「だからこそ、ティアマトなんかに…黒木の野郎なんかに協力しちゃいけなかった」

「テメェに何が分かる!? オレにも、家族にも都合があるんだよッ!!」

「僕には都合を付ける家族はもういないッ!!」

 

 そう叱咤する楓だったが、もう戦いは始まってしまった。

 

《Hand》

 

 恵介は起動させた”ハンド”のイートリッジを首筋に当てると、その体をヒトの腕部のみで構成された異形へと変貌させた。

 

(淡路島さんの言っていた洗脳状態、なのか…?)

(とにかく、今すぐ暴走を抑える!)

 

《Winning》

《Change・Winning・Frustration》

 

 ウェアラブレスを操作し、黒い粒子と共に楓の姿は戦士のものへと変貌する。

 

 

 先に仕掛けたのはフラストルだった。ウニの様に突出した腕をかいくぐりその中心部を探る。が、一筋縄ではいかない。何本もの細くも力強い腕がフラストルの動きを止めつつ全身に殴打を繰り返す。その勢いで吹き飛ばされたフラストルが地面に膝をつくと舌打ちする。

 

「厄介なラフムだ…どうする、勇太郎―――」

 

 隣には頼れる相棒はいない。何故このタイミングで彼を呼んでしまったのか、そんな考えに浸る間も無く訪れる喪失感に楓は一瞬呆然としてしまった。その隙を突かれ、ハンドは大量の(てのひら)による張り手で辺り一帯諸共フラストルを押し潰す。

 

 フラストルの声にならない叫びと共に地面が破砕されていく。強化装甲により平潰しになる事は避けられたが、周囲への被害が甚大になってしまった。石井家は辛うじて無傷であったが、近隣の住宅や土地、道路が逃げ遅れた人と共に跡形も無く潰されていた。

 瓦礫の下から溢れ出る血液に、楓の心が締め付けられた。

 

(守り切れなかった―――僕のせいだ)

 

 その時、まるで走馬灯の様に過去の情景が脳裏に浮かび上がった。

 

 勇太郎が大柄な学生と取り巻きの集団に暴力を振るわれている様子。聞いた事の無い彼の弱々しい声と共に手足から血が滴っていた。周りの連中の笑い声、彼らの手に収まった似合わない財布。後ろで見ている傍観者ら。

 

 そこで情景は途切れた。…楓の意識が無くなったからだ。

 

 

「――――――!!!」

 

 大きく口を開けた異形の獣の叫びが、街に轟いた。



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#57 前兆

 十二月三日、午前十一時二十八分。

 神奈川県、茅ヶ崎市。

 

 力果てた楓が眠るその街に、偶然にも大護らも降り立っていた。

 

「暁によるとこの辺って話でしたが?」

「彼のメモを見た限り…ここね」

 

 藤村が視線を配った先は倉庫だった。人が立ち入るにはあまりにも不気味なその場所は武蔵博士が武装開発の拠点と隠れ家を兼用するにはこれ以上無い程の立地であった。

 

 

 大護が先行する形で拳銃の発砲形態を取りながら中に侵入すると、そこはもぬけである様に閑散としていた。

 

「誰かいるか!?」

 

 大護が大声で問うが、彼の声が反響するだけだった。

 

 

「俺達はバディだ! …クソジジイ! 身柄を拘束させて貰うから大人しく出て来いッ!」

 

 更に声を張り上げて叫ぶと、倉庫の奥から物音がした。その方向へ二人が銃口を向けると、大柄な黒人男性が両手を上げて立ち上がった。

 

「Oh…痛クシナイデネ」

「親父? 随分変わり果てたな」

「武蔵君、多分別人よ彼」

 

――

 

 倉庫から唯一出て来た彼は自らをボンバーと名乗り、博士の留守を伝えた。彼が協力的な姿勢を見せた事で銃を降ろした二人はお互いに自己紹介を済ませて尋問を始めた。

 

「Budy名乗ル人タチ来タラ言ウ事聞ケッテ博士カラ言ワレテタヨ。ソレマデハ誰ガ来テモ返事スルナッテ」

「日本語が話せる様で良かったぜ。それで他に博士から何か聞いてないか?」

「ア、ソウダッタ。藤村ッテ人イタラTop Secret明カシテ良イ言ッテタネ」

 

 手槌を打ったボンバーは独特な言葉で”彼”を呼んだ。

 

「Dia、Come'on!」

 

 その合図を受けると、倉庫に置かれていた机が横にスライドし、隠し扉となっていた床部分が開いて中から布切れを羽織った男が現れた。

 

「遂に! 遂にこの時が! 来・た・かーーッ!!」

 

 その雄叫びにも似た声と共に男は布切れを放り投げ、体を大の字に伸ばした。

 長らくまともに手入れされていないであろう不格好な髪と髭を携えていたが、藤村には彼が何者かすぐに分かった。

 

「あ…そんな……まさか―――」

「そのまさかだッ! 我が愛しの妹よ!!」

 

 藤村を指差しながら叫んだ彼の言葉に武蔵も全てを察し目を見開く。

 

「榛名、待たせたな…」

「…兄さん」

 

 藤村が兄と呼ぶ男―――彼こそが、正真正銘、本物の藤村金剛であった。

 

「兄さん、間違いないわ、兄さん!」

「榛名! 良くここまで来てくれた!」

 

 兄妹が抱き合い、1年振りの再開を喜ぶ。その光景を見たボンバーと大護から笑みがこぼれる。

 

「さて、感動の対面もひとしお、榛名、そして武蔵君にも話さなくちゃならない問題が山積みなんだ。少し聞いておくれよ」

「まずは俺が行方不明になった日の事から順番に話すか……」

 

 そう言うと金剛はその場であぐらをかくと顎に手を当てて物思いにふける様に経緯を語り始めた。

 

――

 

 その日、金剛はボマーラフムと対敵し爆発に巻き込まれた。が、幸運にも生還した彼はボマーと共に爆発による煙の中ティアマトに回収された。ティアマトの隠密活動の能力は極めて高く、煙幕の中だった事も味方して御剣家による追跡には至らなかった。

 爆発の影響で右腕を欠損してしまった金剛はティアマトの下でその頭脳の利用と共に新たなるラフム開発の研究材料となった。その際、技術開発を担当していた武蔵博士、助手であった黒木らが身柄を預かった。

 意識回復後、武蔵博士と和解しティアマトに潜伏して内部からの瓦解を計画、金剛はその為に自ら実験台となってティアマト製ライドシステム、ウェアラブレスを完成させたが、拉致されて来た外部の人間に技術開発の任を奪われた黒木は武蔵博士と離反、ラフムを増やす為の使者―――黒き鎧としての活動を開始する事を決意。そこで送別として武蔵博士から送られたのがウェアラブレスであった。

 

「ウェアラブレスの副作用はどうやらラフムの闘争本能に紐付いてるみたいで、黒木が満足いく戦力を開発するには避けられなかった事態なんだが、まさか楓君が持っていってしまうなんて…本当に彼は予測不能だ」

「兄さん、今右腕が無いって…それにウェアラブレスはやはり兄さん達が…武蔵博士と内部の瓦解…?」

 

 流石に情報を整理し切れない藤村に金剛は謝罪の意味を込めて優しく頭を叩く。

 

「色々あったからな、混乱するのも分かる。俺の話は後にして、博士が戻るのを待つか―――」

 

 その時、近くから耳をつんざく破壊音が聞こえた。それは落雷や事故とは比べ物にならない、異常な物だった。連続して鳴り響く家屋の倒壊する音がラフムによる物であると確信するには時間はかからなかった。

 

「これは…ラフムか!?」

 

 大護が拳銃を構え外を見回すと、無数の”腕”が周囲を巻き込んで殴打を繰り返している光景を補えた。

 

「やはりラフムだ、先生! まずは俺が行って牽制、その間に暁を!」

「待って武蔵君! この破壊の威力は尋常じゃないわ… バディに連絡して戦闘可能な火島君を呼ぶから貴方は待機して頂戴!」

 

 大護は少し戸惑うが、戦闘指揮官である藤村の指示に従い、その場に残る。

 

「おぉ~、立派になったなぁ榛名…それじゃあ救援はそっちでヨロシク。今はお兄ちゃん達が時間を稼ぐぜ」

 

 金剛がそう言うと、ボンバーへ向けて手招きをする。と、ボンバーは無造作に置かれていた工具箱からウェアラブレスと紫のイートリッジを取り出し、金剛の元へ放り投げた。

 

「―――ウェアラブレス!?」

「ティアマトで俺の体をいじくり回した影響で使えるんだよ。右の義手を介せば副作用は出ねぇ」

「理論上はな」

 

《Account・Frustration》

 

 そう言いながらも右腕にウェアラブレスを装着した金剛は紅色のイートリッジを持ったボンバーと共に倉庫を後にする。

 

「…なんか結局分かんねぇ事しか言ってかなかったぞアイツら」

 

 困惑する大護だったが、榛名は安堵していた。金剛はウェアラブレスを持ってかつての様に敵地へ向かってしまったが、かつての様な不安感は無い。むしろ、これより先の戦いを制する前兆であると感じていた。

 

――

 

「ボンバー、お前もラフムになるのは久し振りだろ? いけるか?」

「オ前ハ初メテ使ウンダロ? ”イケルカ?”ハコッチノ台詞ダヨ」

 

 二人が腕の異形、ハンドラフムの元へ走りながら問答する。少し笑みを浮かべた二人はお互いにイートリッジを起動させる。

 

《Bomber》

 

「Henshin!」

 

 ボンバーの取り扱うボマーイートリッジの起動音が響くと共に紅色の粒子がボンバーの姿を爆撃機と爆弾の意匠を持った怪物、ボマーラフムへと変貌させた。

 

《Pandora》

 

 パンドラ。金剛の持つイートリッジの持つ性質である。ギリシャ神話における最初の女性であり、神々から賜った箱を開けてしまい世界に災厄を振り撒いた者である。彼の持つパンドライートリッジはその物語で語られた、振り撒かれた災厄の中で唯一最後に残った希望の側面を強く反映していた。

 ウェアラブレスにパンドライートリッジを装填すると、胸の前で掲げて左手の親指でグリップを押し込んだ。

 

「変身」

 

《Change・Pandora・Frustration》

 

 黒と紫の粒子が金剛を包み、フラストル共通の装甲を形成した。そして頭部の仮面はV字に伸びた観音開きを思わせる角と、人の口の様なマスクを携えていた。その姿は黒木、楓のフラストルとほとんど変わらない筈なのにその精悍な仮面によりヒロイックな印象が増していた。

 

 金剛曰く、”仮面ライダーオイオノス”。

 英雄ヘラクレスの友の名であり、ギリシャ語で”前兆”を意味する言葉である。

 

「行くぜ相棒(ボンバー)! 俺らが重ねた罪の数だけ…人助けだ!!」



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#58 邂逅

 十二月三日、午後十二時二分。

 御剣邸内、駐車場。

 

 藤村の連絡を受けた勇太郎が射出の準備を始める。その様子を眺める雷電は奥歯を噛み締めながらインカム越しに千歳に問う。

 

「ライドツール、まだ直らないんですか」

「すみません、こればっかりは…大急ぎで作業しているのであと二日後には完成します」

「二日後…そうすか」

 

 それだけ聞いてインカムを切ろうとする雷電だったが、千歳があの、と続けた為その手を止めた。

 

「役に立ててないんじゃないか、って思っちゃいますよね」

「私は、仮面ライダー…霧島さんに助けられてから恩返しがしたいって思って今ここにいます。でも、今の私は藤村さんのお手伝いしか出来なくて、ずっと歯痒い思いをしています」

「俺も…元々ティアマトとしてやってきたから、少しでも罪を償いたい…でも、俺は仮面ライダーにもラフムにもなれねぇ」

「でも暁さんは人よりも秀でた身体能力が残っているじゃないですか! 今は他のラフムが出現した時の為に待機しているだけです!」

「そう言う千歳さんだってライドツールを修復出来る頭脳があんじゃないすか! 今だって俺達の為に作業を続けてくれてるし!」

 

 お互いがお互いの言いたい事を言い終わると、同時に笑い出してしまった。

 

「二人して同じ様な事言って、おかしな言い合いしてしまいましたね」

「っすね…」

「とにかく、暁さんも、多分私も…ここには必要なんですよ。それだけで十分だと、私は思います」

「はい……千歳さん、ありがとうございます。何だか焦りが吹っ切れたっす」

「それなら良かったです。霧島さんみたいに、少しでも誰かの気持ちに寄り添えたらって思ったらつい」

「気持ちが楽になりました。ホントありがとうございます」

 

 感謝を告げると、雷電はインカムの通信を切って駐車場を後にする。

 

(俺は焦っていた…次こそ俺が戦うだって息巻いてた、けど―――力不足だ。だったら今の俺に出来る事は…いつか来る俺の戦いに備える事だろ!)

 

――

 

 午後十二時五分。射出完了後早くも茅ヶ崎へ着陸したバーンラフムは上空からも見えていた周りの被害に蒼白していた。

 ハンドの攻撃範囲半径五百メートルの建造物は粉々に破壊され、巻き込まれた人々の殆どが死傷者となっていたのだ。

 ハンドの起こす粉塵によって出現中心地の様子は見えなかったが、ライドサイクロンを駆り生存者の救出を開始する。と、早速巻き込まれていたであろう老爺を発見した。

 

「バディ機動隊の者です! ここは危ないから避難誘導します!!」

 

 人の姿へと戻った勇太郎が老爺の手を取って叫ぶと、老爺はその前に、と目の前の倉庫を指差した。

 

「あそこに逃げ遅れたワシの家族がいるんじゃ、余裕が無い中ですまんが、一緒に助けてくれ!」

「…分かりました、急ぎます!」

 

 予備のヘルメットを老爺に渡しサイクロンの後部座席に座らせた勇太郎は倉庫へと急いで突入する。

 

「…ここって……」

「勇太郎!」

 

 自分の名を叫ぶ声に視線を移すと、大護と藤村が駆け寄って来た。勇太郎は二人と合流する為降車しようとした途端、後ろの老爺の言葉に足を止めた。

 

「―――大護」

 

 一目散にサイクロンから降車した老爺は大護の名を呼ぶと走って駆け寄った。

 

「大護? 家族が残っているとは言ってたがこの爺ちゃんが……」

「ええ、恐らくあの方が武蔵博士…武蔵君のお父様でありティアマトの研究者よ」

 

 勇太郎の呟きへ藤村が言葉が返す。二人が見つめる親子の対面は、一般的な物とは少し違っていた。

 

「親父、か……ここにいた連中は戦いに出ちまったぜ」

「そうか、パンドラを使(つこ)うたのか…。いやそれよりも! 大護! 金剛の話通りやはりお前はバディにいたのか」

「だったら何だ、アンタをこの手でとっ捕まえられるまたと無い仕事だ。悪いか?」

「いや、こうなるのは分かっていた。今の状況さえ終わればワシをどの様にしてくれても構わん。ワシの研究は金剛に託してあるから今すぐ殺してくれても構わんぞ」

 

 そうかい、と呟いた大護は素早い手付きで老爺―――武蔵博士の首元へと手を突き出す。

 

「武蔵君ッ!!」

 

 藤村が叫ぶ頃には、大護の手は武蔵博士の胸倉を掴んでいた。

 

「殺さねぇよ…こんな所じゃな。だが、俺とお袋を置いてどっか行っちまったアンタの罪は償って貰う」

「勿論じゃ、自分の重ねた罪は、自分が一番分かっておる」

 

 武蔵博士の胸倉から手を離した大護は博士から視線を反らす。

 この状況に心を痛めながらも藤村は勇太郎に指示を下す。

 

「ここで博士と共に潜伏していたラフム一体と…本物の藤村金剛と出会ったわ。説明は省くけど彼らはあそこで暴れているコードネーム、ハンドラフムと戦っている筈よ。私達は避難を済ませるから火島君は彼らに加勢して頂戴」

 

 大きく頷いた勇太郎はハンドラフムの元へと向かう。が、サイクロンのハンドルに手を掛けた所で振り返って武蔵博士を呼ぶ。

 

「博士! バディにはアンタを待ってくれているヤツがいます! だから、生きて下さい!」

「それと大護さん! …アンタの家族、守ってやって下さい……俺達の分まで!!」

 

 勇太郎はライドサイクロンに(またが)り、エンジンを強く吹かしながら急発進させた。

 

――

 

 時を同じくして、ハンドの元へと到着したオイオノスとボマーは、ハンドの動きを若干ながら食い止める者の姿を補足した。

 左腕に取り付けられた端末からそれがフラストルである事は分かった。

 

「アレハ誰ガ…」

「多分霧島君だろうな、ウイニングの。とにかく加勢するぞ!」

 

 フラストルの背後に迫ったハンドの腕をオイオノスが蹴り飛ばす。が、右腕の改造部分以外は人間程度の能力しか無いオイオノスの攻撃は弱く、弾き返された。

 

「ぶべぇぇぇ!」

 

 唐突な戦士の乱入に戦い続けていたフラストルは困惑する。

 

「アンタら、一体何者だ!」

「俺達は加勢しに来た仲間って所だ」

「今アンタの攻撃が効かなかったのを見た、危険だから下がってて下さい!」

「俺はまぁアレだが、相棒は力になるぜ」

 

 オイオノスが視線を移した先にいるボマーは手から放たれる爆発で何本も伸びる腕をまとめて爆破し切断している。

 

「ここは住宅街だ! 一人でも多くの手数で敵の手数を上回るぞ!!」

 

 そう告げて何とかハンドの中心部へ向かうオイオノスを見てフラストルも彼を追い掛ける。

 

《Pandora・Enigma》

 

 オイオノスが力を一段階解放させると、その全身を邪悪な力を秘めた粒子が包む。それと共に僅かだが強化され、先程まで弾き返されていた腕を受け止めていなせる程になっていた。

 

「この力…成程、速攻向きじゃねぇ」

 

 そう呟くとオイオノスは再びウェアラブレスのグリップを押す。

 

《Pandora・Enigma》

 

 再度行われる身体強化。遂に腕を跳ね返せる程の力を得たオイオノスだったが、度重なる強化はフラストルの持つ副作用を強めていく。

 

(脳がざわついて仕方がねぇ・・・俺が天才じゃなきゃ耐えられなかったぜ)

 

 平静を保ちながらオイオノスは右手指を数字の”四”を示す様に親指以外の指を立てると高らかに叫ぶ。

 

「カセット、パワー!」

 

 すると右腕が瞬く間に変形し、三日月状の刃が手の代わりに突き出される。鋭利なその刃、”パワーアーム”で腕を切り裂くと大振りなハンドサインでフラストルを手招く。

 

「俺とボンバーが道を作る! そっから君はハンドの中心部を狙え!」

 

 フラストルが頷くと腕が迫る中を駆け抜ける。ボマーの爆発とオイオノスの斬撃が腕を食い止め、その間をくぐり抜けたフラストルがハンドの中心部、本体を捉えると、その大口を開け放ちながらウェアラブレスのグリップを二回押した。

 

《Winning・Stigma》

 

「うおおおおおおおッ!!」

 

 獣の様な雄叫びと共に、フラストルの拳が振りかざされた。



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#59 愚風

《Winning・Stigma》

 

 ウイニング・スティグマ。

 ”スティグマ”とは汚名や烙印を意味するが、フラストルの放つその技は皮肉にもスティグマの持つネガティブな意味にそぐう程の凶悪な印象を見せる。

 

 フラストルの拳から放たれた黒い粒子は鋭く尖り、ドリルの様に回転する。その脅威の貫通力でハンドラフム本体の腹部を貫通すると、先程まで伸びていた腕が全て消滅し、活動を停止した。

 

 フラストルに労いの言葉を掛けようとしたオイオノスだったが、目の前の光景を見て絶句する。

 大きく口を開いたフラストルがその場に残ったハンドの体を捕食し始めていたのだ。腕を千切り、腹を裂いてハンドの全てを平らげようとしているその醜悪な姿には、かつて仮面ライダーウイニングとして戦っていた面影は無かった。

 オイオノス―――金剛は直感的にこの状況を続けさせてはならないと察し、ボマーを呼んでフラストルへ攻撃を開始する。

 

「悪く思うな霧島君! これ以上食ったら…ハンド(その人)は帰ってこれなくなるッ!!」

 

《Pandora・Enigma》

 

 オイオノスは更なる強化によって暴走するフラストルを引き剥がす。

 

「Dia、コイツハ何ヲシテタンダ?」

「恐らく霧島君はフラストルの力に飲まれて暴走している。が…ラフムを食べようとするのは何だ……?」

 

 二人が会話していると、フラストルがいた方向からハンドラフムと同様の形状を成した無数の腕が伸びて来てボマーを掴む。

 

「Noooooooo!!」

「ボンバー!」

 

 パワーアームで腕を切り裂こうとするオイオノスだったが、腕が高速で縮んでいき、攻撃をかわされる。

 腕が縮んで行った先には、縮む途中で地面に叩き付けられた振動によりグロッキーに陥ったボンバーを鷲掴みにするフラストルの姿があった。

 

(食べたラフムの力を自分の物にしている…!?)

 

 オイオノスが驚愕している間にフラストルはボンバーの首と肩の間にある筋肉に噛み付こうとする。相棒を救出出来なかったオイオノスはフラストルの元へと走り出しながら己の迂闊さを呪った。

 

「ボンバァァァッ!!」

 

 友を傷付けてしまう事が確定した状況の中でオイオノスは絶叫する。が―――。

 

 

「――――ッッ!!」

 

 ボンバーを喰らおうとしていたフラストルの背後から爆炎が上がった。

 爆炎の奥に、バーンラフムが立っていた。

 

「……お前を傷付けるのは、生まれて初めてだったな…楓」

 

 バーンの瞳からは一筋の涙が零れていた。

 

 彼の元へと辿り着いたオイオノスはボンバーを回収しつつバーンの姿をまじまじと見る。

 

「君は…」

「バーンラフム、火島勇太郎です。あなたがたの事情は聞いていましたが…何で楓が、誰かの叫びを無視してこんな事を…してんですか」

「……」

 

「なぁ、どうしてだよ」

「楓!!」

 

 尚も捕食活動を再開しようとするフラストルへと問うバーンだったが、答えは返って来ない。

 

「どう言う事なんだよ楓!」

 

 フラストルは呆気に取られる二人の隙を突いて背中から無数の腕を生成し、拘束する。そしてその間にオイオノスからボンバーを奪い、その体を喰らい始める。

 

「やめろ…楓……やめてくれ」

「やめてくれぇぇぇ!!」

 

 親友の目の前で捕食を繰り返すフラストルの姿にバーンは涙を振り撒きながら心からの叫びを放つ。するとフラストルの動きが一瞬止まり、腕による拘束も緩む。

 

「今だッ!」

 

《Pandora・Dogma》

 

 電子音声と共にオイオノスが右人差し指を”一”を示す様に突き出す。

 

「カセット、ロープ!」

 

 右腕が変形し、鉤爪上のフックが付いたものとなる。大きく振りかぶってフラストルへ向け振るうと、フックがジェット噴射され、内蔵されていたロープが伸びていく。

 フックがフラストルの体に引っ掛かったのを確認すると、自動的にロープが引き戻され、その反動により高速でフラストルとオイオノスの距離が縮まる。

 

「済まない、荒療治だが…!」

 

 ここまでパンドラ・エニグマによって蓄積されて来たオイオノスのエネルギーを全て込めた拳の一撃がフラストルの頬に殴打される。

 オイオノスによる打撃によってフラストルは完全に意識を失い、その場に倒れ込む。楓としての姿を取り戻した彼の体をすかさず支えたオイオノスはバーンへと向き直す。

 

「火島君、本当にすまない」

「いえ、楓を止めてくれてありがとうございます」

「取り敢えず彼が大人しい内にバディに連れて行っちゃうか」

 

 楓からウェアラブレスを没収したオイオノスは変身を解除すると丁度到着した御剣家の護送車を見つける。

 

「おっ、流石我が妹。ハンドの護送用に車を手配してくれたみたいね、しかも霧島君も一緒に乗せていけるぜ」

 

 楓の暴走が収まった事でバーンは安堵し、変身を解除する。しかし、結局楓と何も会話出来ないままである事が心残りだった。

 

(楓、帰ったら、お前と沢山話したい…お前の話を聞きたい)

(だって、まだ、きっと…お互い知らない事があるだろ)

「…楓」

 

 勇太郎がその名を呼んだ瞬間、護送車が吹き飛んだ。

 

「―――!?」

 

 周囲の人々は唐突に発生した目の前の現象に脳の処理が追い付かず愕然としていたが、勇太郎と金剛は瞬く間に走り出していた。

 

「変身ッ!!」

 

 心の奥から湧き上がるその言葉を叫んだ勇太郎―――バーンラフムは落下してくる護送車をジャンプしながら受け止め、片手で炎を発射しその噴射によるエネルギー反作用でゆっくりと降下する。

 一方の金剛は先程も使用したロープアームを変身せずに使用し、逃げ遅れた御剣家の使用人ら、ハンドを拘束してそのまま引っ張る。彼らがいた場所に丁度護送車が降下していく。無事を確認してバーンは勇太郎の姿へと戻る。

 

「危なかったべ~」

 

 安堵する金剛に対して勇太郎は焦りながら辺りを見回す。先程から楓の姿が見えない。

 ラフムの視力を最大限に発揮し周囲を見ると、意識を取り戻したのか立ちすくむ楓の姿を捉えた、が。

 

「―――楓じゃない」

「何だ、お前」

 

 勇太郎の言葉に楓だと思わしき人物は目を覆って笑い始めた。その笑い声は楓とは思えない、薄気味悪い物であった。

 

「くくく…お前、霧島楓ンとこにいたガキ……ようやくご対面だな」

「お前…一体……」

 

 勇太郎は困惑しながら問い質すが、一拍置いて彼の正体に気付いた。

 

「…まさかッ!!」

「覚えていたか、そうだ、俺だよ…お前らの仇敵、全てを奪った張本人」

 

 あの日、霧島家と共に勇太郎を惨殺した、全ての終わりと始まりをもたらした最悪のラフム。

 

「俺は霧島楓にあの時”喰われた”。が…それがようやくコイツの体を奪ってここまで這い出て来れたぜ」

 

 そう言うと、楓の意識を奪った彼は大きく深呼吸をして、曇り始めた空を仰ぐ。

 

「俺は”ウインド”」

「本物の…風のラフム」



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#60 深層

 十月六日、午後七時二十八分。

 東京都文京区本郷。

 

 ウインドはティアマトにラフムへの覚醒を見込まれた殺し屋であった。

 その強大な力の活用法としてティアマトからの依頼を受けるウインドの仕事を、組織は”選定”と呼んでいた。

 選定とは、人を殺害し、その中にラフムがいれば高額な報酬でティアマトに協力を依頼する作業を指していたが、ウインドは人を殺害したという事実を隠す様な組織の言い回しが気に食わなかった。殺しは殺し、正当化はされない。それこそが彼の信条であった。

 そんな信条を買った数人の舎弟を従えてウインドは、今後邪魔となる政府関係者の暗殺を行っていた。これは気の狂った大幹部連中の様に万に一つのラフム誕生には賭けず、ティアマトにとっての利潤を高める事こそが報酬を貰うなりの義理であると考えた上の行動である。

 

 その日のターゲットは政務担当首相秘書官、即ち総理大臣の秘書であった。

 ターゲットである霧島は、家族には前職であった記者と職業を誤魔化す事で政府絡みの事件に巻き込まれない様にしていたものの、そんな事はウインドにとってはお構い無しだった。

 二人の舎弟を引き連れ、怪物の姿を晒した彼らは平穏な家庭と共に住宅を土足で踏み荒らす。

 護衛が何人かいたが、ラフムの力を以てすれば一瞬で殺害した。

 邪魔者も、ターゲットも、構わず殺す。目撃した若者らも殺す。そうするればいつもの様に依頼は完了する、筈だった。

 

 信じてもいなかった”万に一つ”が、目の前で巻き起こった。

 霧島家の住人の一人が、確実に殺した筈の青年が立ち上がっていたのだ。

 家族を殺された者の執念は計り知れない事を経験上直感していたウインドは距離を置いて自らの操る爆風で彼の動きを止めようとした。だが、怪物の姿へと成り果てた青年にそんな攻撃は意味を為さなかった。舎弟らは死に損ないだと彼へと攻撃を仕掛けてしまい、ウインドが制止する暇も無く不用意に近付いた舎弟らは、瞬く間に体を引き裂かれていた。

 

「どうして皆を殺したんだ……」

 

 禍々しい程の憎悪と怒りが混じった声色でそう呟いた青年だった怪物(もの)は、そう問い掛けるが、答えは求めていなかった。

 反撃をしようと更に爆風を与えて風圧で彼の体を引き裂くが、瞬間的に裂傷を回復させた彼には小細工など利かず、瞬きの内に全身を殴打されていた。痛みと苦しみで意識が遠のいていく。

 

――

 

 気が付くとウインドは自身の全てを青年に”喰われていた”。

 何も見ていなかったのにそう断言出来るのは、彼の深層意識に自身の精神が結び付いた事で彼の記憶や認知と接続され、青年―――霧島楓の見て来たモノ全てを閲覧出来る様になっていた。

 楓の情報を元にウインドはここから出られる可能性がある事、そして、彼の精神を(むしば)み操る事さえ出来ると考えた。

 

 加えて、楓はウインドの有していた風の性質を我が物とし、風の能力を持ったラフムとして扱われている。風は自分の専売特許であったとそう思っていたウインドにとってはこれ以上無い不快な状況であった。

 楓から風の力を取り戻す、その決意こそがウインドの計画への強い後押しになったと言っても過言では無かった。

 

 それからの行動は自ずと決まっていた。楓の深層心理に潜む事となったウインドは”彼の秘められた本能”として楓の暴走を誘導し、精神の衰弱を狙って常に彼の心を疲弊させていった。

 時に楓の中に住まう怪物として、時にフラストルによって引き出された隠されし闘争本能として、彼の精神に干渉し、彼の心の隙を伺った。

 

 しかし、彼の計画の大きな障壁となる問題が一つあった。彼の精神に直接語り掛けて来る存在が他にもいた事だった。

 その存在の干渉によりウインドは、ラフム事変の際に楓は昏睡状態であったにも関わらず行動を起こせなかった。結果、楓が体を回復させ黒木を撃破するまで指を咥えて眺めているしか無かった。もしこのまま彼の精神に干渉が出来なくなってしまえば今までの計画は全て水泡に帰す。

 焦燥の中、ウインドには楓に干渉する他の存在が離れるまで待つ事しか出来なかった。

 

 長い期間彼の中に潜む事を覚悟していたウインドだったが、思っていたよりも早くその好機は訪れた。

 楓の精神に干渉していた存在が、また別の存在による妨害を受け力を弱めたのだ。

 更に、フラストルの持つデメリットによって楓の思考能力が低下し、隠されていた本能としてウインドがその力を掌握するタイミングが急激に増大した。

 そして、ハンドとの戦闘において遂にウインドは楓の精神を奪った。

 自分を正義の味方だと信じて戦って来た青年の闘争本能を利用し、彼が望まない程の暴走を引き起こして彼を消耗させた。醜い戦い様こそが自分の本質だと彼に囁き続け、結果彼は自分の体を本能に明け渡したのだ。本能だと思っていたモノが精神に干渉して来た他者だと気付かずに。

 

――

 

「思ってたよりも短かったなぁ…ま、それだけ霧島楓の心は弱かったって事だろ」

 

 ようやく自分の意思で体を動かせる様になり清々しい気持ちで満たされたウインドは、楓の声でそう語った。

 本来ならば楓を装って行動する事で多くの混乱を招く事が出来たが、そうした利用法を失念してしまう程にウインドは体を渇望していたのだ。手指が自由に曲がる感覚の久しさにウインドは恍惚すら感じていた。

 

「確か霧島がバディに見つかった時、家族の遺体と俺の舎弟しか見つからなかっただろう? それはコイツが俺を喰っちまったからなのさ、舎弟共は運良く見逃してくれたみてぇでホッとしたぜ」

「喰った…? 楓が……お前みたいな下の下の下衆を?」

 

 悠長に解説するウインドに勇太郎が言葉を返す。彼がウインドを指して言った呼び名にウインド本人は溜息をつく。

 

「言ってくれるぜ、”勇太郎”?」

「楓の声で…俺を…」

 

「呼ぶなァァァァァァッッ!!」

 

 今まで見せた事の無い剣幕でウインドへと掴みかかろうとする勇太郎だったが、突如発生した気流によって返り討ちにあってしまった。

 

「この俺のアイデンティティ、風の力を取り戻せばこっちのモンだ。後はしばらくコイツの体で遊ばせて貰うとするか」

「待てッ! 楓を返せッ!」

「くくく…じゃあね、勇太郎」

 

 楓の声を真似るウインドに勇太郎は悲しみの余り全身から炎を放つ。しかしウインドは自らの風でそれを弾き、気流を使ってその場から高速で退避した。地面を何度も叩き付けて手から血を流し続ける勇太郎が再び空を仰ぎウインドの姿を探す頃には既に彼はどこかへと消えてしまっていた。

 その場で四つん這いになったまま呆然とする勇太郎を金剛が肩に担ぐ。

 

「ボンバー、勇太郎くんを連れて御剣家へ戻るぞ」

「Oh! windハドウスルンダヨ!?」

「今はヤツの場所が捕捉出来ない、御剣家使用人の皆様に任せて俺達は体制の立て直しに専念するぞ」

「勇太郎ノ起コシタfireハ!?」

「自然が鎮火してくれる」

 

 そう言って金剛が空を見上げると、水が滴って来た。雨が降り始めていた。

 ボンバーは眉を潜めて無残に破壊された街を見渡すと、目を背ける様に護送車両へ乗車する。勇太郎を担いだ金剛、使用人らが乗車し終えると、静かに発進させた。

 

 辺りはハンドの攻撃、ウインドの暴風によって元の見る影も無く破壊されており、到着した消防、救急、警察、自衛隊ら、バディ機動隊員による救出、捜索活動が行われていた。

 ブルーシートの上に並べられた遺体の傍で泣き崩れる人々の姿、車越しにでも聞こえて来る負傷者の痛みに悶える声、遺族らの苦しみと悲しみ、怒りが混じった心からの嘆きが金剛の目と耳にこびり付いた。長い月日を経てようやく出て来た外界は、金剛の力不足を直に突き付けている様で辛かった。



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#61 過去

 勇太郎は、夢を見ていた。

 かつて親友と出会った時の夢だった。

 

 七年前の八月三日。

 その日勇太郎は宗教に深く入信していた両親に連れられ勧誘を行っていた。炎天下の中で黒いローブを纏って行動するのは子供にはひどく暑苦しかったが、親はそれを脱ぐ事を許さない。

 行く場所の殆どで親の存在は罵倒され、自分を引き合いに出しては文句を言う人もいた。だが、そうした人々が自分を助ける事は無かった。きっと本当は関わりたく無いのだろう。

 

 喉が渇いた。辺りを見回すと公園があり、蛇口を見つけたのでそこで今すぐにでも水分を摂りたかった。が、母親の手は強く握られ、そこへ向かう力も無くただ見つめるだけだった。

 きっとこのまま干からびてしまえば死ねる。そうすればこの生き地獄から脱出出来るのだろうか。

 自分が死ねばこの両親は少しでも悲しんでくれるだろうか。自分を道具として扱った事を反省してくれるだろうか。いや、死んでしまえばどうでも良いのだろうか…。

 

 

「―――君、喉渇いてない?」

 

 遠のく意識の中で男の子の声が聴こえた。それが自分に対してぶつけられた言葉である事に気付いたのは、母親が返事をした時だった。

 

「ごめんね、ボク。私達の教えでは布教(お触れ賜り)の時は水は飲んではいけない決まりなのよ」

 

 教えについて羅列した小冊子を渡された男の子は少し読んでから肩に掛けていたバッグに仕舞った。

 

「でも、その子死んじゃう…死んじゃったら何にも出来なくなっちゃいますから」

「……」

「例え誰かの教えでも、自分の命だけはあげちゃダメだと思います」

 

 そう言うと、男の子はバッグの中に入っていたペットボトルの水を差し出した。その時、思わず勇太郎は一息に水を飲み干した。

 両親はきっと教えを破った我が子の姿に顔を歪めただろうが、彼らの顔など伺わなかった。

 勇太郎にとっては、水を飲んで安全を確認出来た事に胸を撫で下ろす彼の笑顔だけが全てだった。

 

「ありがとう」

 

 初めて心から出た感謝の言葉。それが言えただけで勇太郎の人生に悔いは無かった。

 

 

 

「何がありがとうなのよッ!!」

 

 火島一家がゴミ屋敷()に帰って来た時、勇太郎は真っ先に玄関先で母に殴られた。その場に散らかっていた生臭いゴミ袋が緩衝材となり幸い二次的なケガをする事は無かった。

 

「やめなさい、我らが王は怒りを哀しむ。叱るならば愛を以て、大切に叱りなさい」

「そうだったわね…勇太郎、これは愛による叱りよ。教えを守らなかったあなたには…罰が必要なのよッ!」

「教の二十七、”罰は血族にて下す、血は痛みを分かち合う”。故にこの罰は僕達が家族である証なんだ」

 

 傍から聞いていても滅茶苦茶な理論だが、それは誰かの言葉に踊らされていった結果の意見だと思うと酷く不憫に見えた。自分を殴って気が済むのなら、殴れば良い。勇太郎は母からの暴力に身を委ねた。

 痛みも、空腹も、喉の渇きも、親を満足させられるファクターになるのなら、それで良いと思えた。

 しかし、一つだけ死ねない理由が出来てしまった。あの時の男の子にもう一度会いたいと勇太郎は願った。

 

――

 

 八月三十一日。八月が終わるものの未だ暑さは残り、外出は酷く辛かった。だが、暑さを吹き飛ばす様な出来事がそこで起きた。

 

 あの時の男の子が目の前にいた。

 それに気付いた勇太郎は、何も考えず一目散に走り出していた。

 

「あ…あの…」

「父さん、この子だよ!」

 

 勇太郎の姿を見つけた途端男の子はそう叫んで父親を呼んだ。その声に反応し彼の父親であろう人物が近くの家から飛び出して来た。

 

「おお、君か…息子から話を聞いて、ずっと心配していたんだ。君の名前は?」

「…勇太郎」

 

 男の子の父親である男性の優しい声色に困惑しながら勇太郎は答えると、微笑みながら男性は頷くと、ここで息子と待つ様に伝えて勇太郎の両親の元へと向かう。

 

「君は勇太郎君、って言うんだね。僕は霧島楓」

「楓…?」

「そう、楓。よろしく」

 

 自分を助けてくれた男の子―――楓は自己紹介を済ませると遅れて出て来た母に事情を説明する。家族から暴力を振るわれた事など無さそうな彼がどうして自分を助けたのか。その辛さに気付けたのだろうか。

 

「どうして俺を助けたの?」

「? 困ってそうだったから」

「…そんだけの理由で、助けるのか?」

「うん、良く分からないけど、誰かを助けるのが当たり前の事だと思うんだ」

「それで…何で俺が困ってそうだと思ったんだ?」

「僕が辛い時と同じ顔をしてたから。もし聞いてみて困ってなかったらそれで良かったと思うし」

 

 勇太郎は呆気に取られてしまった。お人好しだとか優しい奴だとかじゃなくて、彼はきっと、感覚で人助けをしてしまう人なのだろう。だとしたら、その先は危険だ。

 自ら危険に飛び込む人の行く先は地獄だ。簡単に命を懸ける人間がいつでも生きて帰れる保証など無い。ましてや、この霧島家は宗教組織に手を出してしまった。それがどれほど危険であるのか、同年代の子供よりも鋭く賢かった勇太郎は、容易くその末路を想定してしまった。

 現代まで多くの宗教が殺人事件を引き起こして来た。それは裏切りや接触…理由は何であれ、ただ”逆鱗に触れた”だけで信じる者の名の下に凶刃を振るうのだ。

 

「怖がらないで、大丈夫よ」

 

 優しい声で勇太郎にそう告げたのは、楓の母であった。

 

「勇太郎くんのパパとママ、怖い?」

「…だってみんな死んじゃうかも知れないんだ」

「大丈夫よ、心は力なんかに負けないって、楓も、あの人も知ってるから」

 

 そう言うと彼女は自らの夫を見ると、少し微笑んだ。

 

「まぁ本当の事を言うとね、うちのパパも怖い人なのよ」

「え?」

「実は結構凄い記者さんでね、色んな業界を渡り過ぎて危ないからって護衛の人がいるのよ」

 

 現実離れした事実に勇太郎は驚愕するが、まるでその反応を知っていた様に楓の母は笑っていた。

 

「あなたも、あなたの家族も、悪い様にはしないわ。だけど、あなたがもう誰かに助けを求めなくても良いようにしたいの」

 

「母さん、子供と一緒に逃げてッ!!」

 

 楓の父の絶叫が聞こえた。その方向を見ると、話し合いの末に業を煮やした勇太郎の両親が楓の父を押し倒して勇太郎を奪い返そうと迫って来た。

 咄嗟に楓と勇太郎を連れて逃げようとした楓の母だったが、力づくで勇太郎を奪われてしまった。

 護衛がいると先程言っていたが、夜襲に備えての配備だった為昼の時間帯である今はいない。

 

「クソ、まさかこんな強硬手段を使ってくるとは…とにかく警察と児相を呼んでるから追跡して貰うよ」

 

 楓の父がそう言って妻と息子を落ち着かせると、次の手を考える。

 

「彼らが行きそうな所は集会所か自宅だが……」

「多分家だと思う」

 

 そう呟いた楓に父はその理由を問う。

 

「前に貰った冊子に書いてあったんだけど、罰は血の繋がった人が下すモノとあの宗教では教えていたんだ」

「だったら勇太郎を連れ去った後に行くなら家なのかな、って」

「…良い考えだ」

 

 そう言うと楓の父は良く出来た息子の頭を撫でる。

 

――

 

「何を考えているのよッ!」

 

 そう叫ぶと勇太郎の母は不出来な息子の頭を殴る。

 

「アンタのせいで面倒な奴らに足が付いちゃったじゃない……これで私達の信道(しんどう)はおしまいよ!」

「よしなさい母さん。幸いここはバレていない。ここで終焉の契りを果たす定めなのかも知れない」

「王の血より生まれし我ら愚かな人類は、運命の流転を経てその肉体を返還するんだ。その時が来たんだ」

 

 勇太郎には父の言っている意味が良く分からなかったが、”終焉の契り”と言う謎の言葉が出てから両親の顔色が変わり、何かの準備を進めている様子を見て嫌な予感がした。

 動物的直感が勇太郎の逃避を後押しする。考える間も無く勇太郎は玄関へと走り出すが、母にカッターでふくらはぎを切られた。

 

「痛あああああ!」

「ごめんね、勇太郎。でも母さんも痛いのよ。血は痛みを分かち合うのよ。そう、だから、魂も共に、王へと還る時が来たのよ」

 

 勇太郎の心臓が聞こえて来そうな程に脈打つ。それはまるで、もうじき止まってしまう故に最後の足掻きを見せている様だった。

 

 父が散乱していた袋にライターで火を付ける。袋に詰め込まれた腐乱したゴミは勢い良く燃え広がり、部屋が、家全体が、炎に飲まれていく。

 

「一緒に王へと魂を還そう」

「一緒に王へと魂を還しましょう」

 

「勇太郎」



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#62 傷跡

 七年前の八月。楓と勇太郎は壮絶な出会いを果たした。

 宗教活動を行っている両親の元に生まれた勇太郎は教えを守らない事から虐待を受けていた。偶然の出会いながらも彼の身を案じる心優しき少年、楓と出会った事により勇太郎はようやく人々の助けを受けられると思われていた。が―――。

 

 楓が警察と共に火島邸へ到着した頃には家の全体に火が回り、まだ割れていない窓からまだ火は回り切っていない事が伺える。

 

「マズい、消防に連絡を! ここは何とか食い止めるぞ!」

「延焼を防げ! 付近住民の避難もだ!!」

 

 警察らが事態の大きさに対応していく中、楓は付近の公園の蛇口をいち早く見つけ、素早くその体を濡らした。

 蛇口を発見した警察らはバケツリレーに使える水道の発見を喜ぶが、その場にいた少年が全身を濡らして現場へ走る姿に、誰もが次の行動を予見しただろう。

 

「やめなさいッ!」

 

 警察官の制止を振り切り、楓は体当たりで脆くなった火島邸の玄関ドアを破壊し、そのまま炎の中に飛び込んでいった。

 消火活動に参加していた楓の両親の耳にも情報が入り、大急ぎで現場へ走る。

 

「楓ーッ!」

「お願い出て来て!」

 

 両親の言葉にも応答が無い。恐らく炎の舞う邸内へ入った事により音が聞こえづらくなっているのだろう。楓の安否を願いながら、その場で待つ事しか出来ない事に心が痛んだ。

 

――

 

「勇太郎くん! 勇太郎くーん!!」

 

 楓が叫びながら辺りを見回すと、玄関のすぐそばに勇太郎が倒れていた。足のケガによって伏せていた為煙は吸っていない様だったが、酸素が少なくなり呼吸が苦しくなっていた。

 

「勇太ろ…!」

 

 足のケガを見て勇太郎が動けない事に気付いた楓は、酸素の少ない中で少し息を整えると、勇太郎を背負って歩き始める。

 

「まって…おとうさまとおかあさまが…」

 

 たどたどしく話し掛ける勇太郎だったが、楓に助けられるのは彼だけが限界だった。それ以上助けようと思えばきっと全員死んでしまうだろう。故に楓は勇太郎と共に脱出する事を優先した。その選択は間違いでは無かったらしく、二人は命からがら家から抜け出す事が出来た。

 

「大丈夫かー!?」

 

 駆け付けた消防団員が二人の様子を確認しようと近付くが、上から落下物に気付き、二人に警告しながらその場を離れた。

 

「離れろ! 割れたガラスだッ!」

「え?」

 

 二人が消防団員や野次馬の視線に沿って見上げると、二階部分の窓ガラスが熱膨張によって割れ、落下して来ていた。

 二人にはそこから離れる時間も体力も残されていなかった。ここまで頑張って助かったと言うのに、こんな所で終わるのか。その時、絶望する二人を覆う様に影が飛び出し、ガラスの落下を防いだ。

 二人を覆った影は、楓の父だった。

 

「父、さん?」

「大丈夫かい二人共? 多少ケガはしてる様だね。早く手当して貰おうか」

「父さん! 大丈夫!?」

「ああ、どうって事無いさ。大事な息子とその友達を守れたのならそれで良いよ」

 

 楓の父が強がりながらも微笑むと、消防団員へ楓と勇太郎を預けて担架で運ばれていった。

 

「父さん、勇太郎くん…」

 

 同様に担架で運ばれる楓は父と勇太郎を見送ると、駆け寄って来た母を見つめる。

 

「楓ッ! どうしてこんな事したのよ…みんな、心配したんだから……」

「勇太郎くんを助けられるのは僕だけだって思ったから」

 

 そう答える楓を母は涙を流しながら肩を寄せた。

 

 

 この後の調査で分かった事だが、勇太郎の両親の遺体は発見されず、焼死する前に逃げおおせたのだと推測され、行方不明扱いとなった。

 傷の回復後勇太郎は、仕事の多忙さが幸いして宗教と全く関わり合わなかった近縁の親戚の元へ預けられた。あまり顔を合わせる機会は無いものの年頃の男の子を親戚夫婦は可愛がってくれた。一方の霧島家は保護者が不在の時が多い勇太郎を案じて生活の面倒を見る為勇太郎を預かった親戚夫婦の近所へと引っ越した。それ以来、仕事柄転勤をする事が多々あった霧島家はその地に居着いた。

 

――

 

 勇太郎が目を覚ますと、そこは医務室だった。藤村と千歳が顔を覗かせると安堵した表情で方々に報告を始める。

 

「火島君、無事で良かったわ。ウインドの攻撃と精神的な防衛機能で貴方はしばらく眠っていたわ」

「しばらくってどれだけですか? 寝てる暇なんて無いんですよ…」

「霧島君、いいえ…コードネーム・ウインドラフムの逃亡からから一晩経ったわ。武蔵博士の所にいたボマーラフムは収容を終え、博士と兄さんは現状バディの協力者として装備修復、開発を行って貰っているわ」

「一晩も…ですか。とにかく、ウインドは、ウインドは見つかりましたか!?」

 

 血相を変えて問い質す勇太郎に、藤村は首を横に振る事しか出来なかった。

 

「俺は、楓に救われたんです。この命も、体も、人生も。だから、俺は楓に恩返しがしたかったのに…何にもしてやれなかったんです!」

「悔しいのは分かるわ。でも今は機が熟すまで休む事が先決よ」

「俺に休みなんていらない! 俺はずっと生きるのも死ぬのも一緒だって、地獄だって思ってたのに、楓がいたから生きたいって思えた! だから分かった嬉しい事がいっぱいあった! 俺の全部は楓がくれた物なんだ! だから、俺の全部で楓を助けたいんだよ!!」

 

 取り乱す勇太郎を藤村が抑えると、少し落ち着いた様子を見せる。

 ここまでの話を横で聞いていた千歳が神妙な面持ちを浮かべる。

 

「火島さんと霧島さんの間に、一体何があったんですか…?」

「千歳さん、気になるのは分かるけど、それは二人の事情であって私達が口を挟む問題じゃないと思うわ」

「ですが、このまま二人だけの問題にしたら、誰にも相談出来ず、アドバイスもされず、一方的に自分でぐるぐる考えるだけになっちゃうと思うんです…そんなの歯痒いです」

 

 勇太郎が千歳の方を見ると、彼女は今まで観た事の無い狼狽え方をした勇太郎へと優しく頷く。

 それを見た勇太郎は藤村へと向き直し、ある提案をする。

 

「…大護さんと雷電も呼んでくれますか? 一緒に戦う仲間にも、伝えたいです。俺の事」

「良いの? 火島君」

「きっと俺が話すべきなんです、千歳さんがくれた機会を無駄にはしたくありません」

「分かったわ。すぐ手配するから待ってて頂戴」

 

――

 

 しばらくして御剣邸内のブリーフィングルームに集められた藤村、千歳、大護、雷電は勇太郎の過去について耳を傾ける。

 勇太郎が語った楓との出会いは、彼への強い思いを納得させる衝撃的なエピソードであった。

 

「お話しして下さってありがとうございます。火島さんが抱く強い思いが若干ながら理解出来ました」

「それが、もう一つあるんです。楓を助けたいって思う様になった大きな出来事が…きっとあの事のせいで楓はあんまり過去の事とか話さなくなったんだと思います。今もまだ、傷付いてんだろうな」

「長くなっちゃってすいません、俺達が中学生の頃の青臭い話ですが、聞いてくれませんか?」

 

 いつになく弱々しく問い掛ける勇太郎に全員が一斉に頷いた。

 

「ありがとうございます……」

 

 勇太郎は俯きながら、過去の事件を振り返った。



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#63 制裁

 勇太郎、楓、十五歳。

 東京都文京区内の中学校で平凡な生活を送っていた二人の転機は、彼らが初めて出会った時と同じく蒸し暑い八月の事だった。

 

 紆余曲折あったものの普通の中学生としての暮らしを謳歌していた勇太郎は所属するサッカー部の夏休み特訓を終え、少し自主練習を加えてから帰路に就く。ボランティア部の課外活動を終えた楓を付近で待たせ更衣室へ向かう。

 

「……」

 

 扉を開いた瞬間広がった目の前の光景に勇太郎は言葉が出なかった。

 同級生らが一人の後輩へ恐喝を行っている様子が視界を埋めた。

 

「勇太郎! コイツ一番下手なのに一番最初に帰りの準備始めやがったんだよ。ムカつかね? 流石に俺らが練習した分だけ金貰わねーとだわ」

「コイツん家金持ちだからさー、俺達全員にジュース代出す位は全然気にしねーんだよ。な?」

 

 後輩は強張った表情で頷くが、彼の財布から差し出される金額はジュース代という割には紙幣ばかりだった。

 勇太郎はしばらく自主練習を続けており更衣室へ来る頃には部員が誰も残っていない事は日常茶飯事であった。まさか自分がいない間にこの様な事が何度も起こっていたのでは無いか? 勇太郎は自分がこれまでの悪事に気付けなかった悔しさを噛み締めると共に、親友の事を思い出す。

 

(楓はあの時俺を助けてくれた…あの時の勇気と強さ、分けてくれよ)

「お前ら、これは犯罪だ! 後輩(鴨原くん)も嫌がってる! この事は先生達に報告する! さっさとこんなつまんねぇ事やめろ!」

 

 勇太郎は勇気を振り絞って言い放つが、周りにいた同級生らが睨みを利かせながら勇太郎を取り囲む。

 

「…だから勇太郎のいねー時にやってた時に、何で今日に限ってモタついてやがんだよッ!?」

 

 後輩に詰め寄っていた勇太郎の同級生が後輩の後ろにある壁を勢い良く蹴ると、後輩の襟を掴む。

 

「今日こそはって…ずっと、思ってたから……」

「何で先輩の言う事が聞けねーんだよ、お前がダラダラ練習して、誰よりも早く戻ってってのがやる気ねーっつってんだよ! やる気が無いなら部活やめるか誠意を見せてここにいさせてもらう位の事はしねーといけねーんじゃねーのか!? ああ!?」

「やめろ! サッカーは誰だってやって良いスポーツな筈だろ! 続けるのに不当な金の取引なんてしなくて良いいんじゃねぇのかよ―――」

 

 その瞬間、勇太郎の頬に激痛が走った。同級生の一人が彼を殴ったのだ。

 奥歯が引き抜かれる様な強引かつ大雑把な顎の痛みが彼の神経を刺激し、じわじわと口内の出血と裂傷を自覚させる。

 

「うぜーんだよ、コイツが金を払えば部にいられるし俺達は金が貰える。それの何が悪いんだよ」

「ガ…鴨原くんがッ…嫌がってんだろ」

 

 顔面の痛みに悶えながらも勇太郎は立ち上がる。彼の勇姿は寄ってたかって人を痛めつけている同級生らの罪悪感を強めると共に、反抗的な態度に嗜虐心をも強めた。

 

「嫌がってるからどうした!」

 

 勇太郎がロッカーに勢い良く叩き付けられる。

 

「コイツが金を払ってくれれば全部丸く収まんだろうがッ!!」

「お前らがっ! 金なんか取らずに…部に入れてやれば良いだろーが」

 

 呼吸すら途切れ途切れの勇太郎に正論を突かれ逆上した同級生らは地に這っている状態の勇太郎を蹴りつけ続ける。その痛みによる苦悶の叫びは、外にいる楓にも聞こえて来た。

 

「勇太郎? さっきから何か聞こえてたけど、今の声は―――」

 

 楓がその凄惨な光景を見た時の重たい空気を、勇太郎は今でも覚えている。

 彼が敵視した相手に向けられる憎悪、人の中にある逆鱗、琴線とも言われる様な怒りの発露する起点。

 後輩と勇太郎を傷付けた同級生らはそれに触れてしまったのだ。

 

「殴られたら痛い」

「あ?」

「当たり前の事なんだ、知らないとは言わせない」

「そう言うの良いから、お前も痛い目見たくなかったらさっさと出てってくれよ」

 

「殴られたら…」

 

「痛いッ!」

 

 楓がそう叫ぶ頃には同級生の顔面は楓の拳を真っ向から食らい、鼻血を吹き出しながら倒れていった。

 

「~~~!?」

 

 悶える同級生をよそに、他の連中の動揺を突いて楓は次々と急所を狙って暴力を繰り返す。

 目を叩き、股間を蹴り、膝裏を押して頭を壁に押し付ける。

 負けじと大勢で覆い被さり殴り掛かる同級生らによって楓も傷付けられる。

 お互いの体を破壊しながら続いたその争いは、騒ぎを聞きつけた教職員複数人が止めに入るまで続いた。

 

 結果的に勇太郎と後輩以外の当事者は全員救急搬送される事となり、事情を話した勇太郎によって同級生らの悪事と楓の行動が正当である事が周知された。

 

 しばらくして病院へ駆け付けた勇太郎は車椅子に乗った痛々しい姿の楓へと駆け寄る。

 

「楓!」

「勇太郎、体は平気なの?」

「俺は平気だ、それよりも楓…どうしてこんなバカやっちまったんだよッ!」

 

 しばらくの沈黙の後、楓は語った。

 

「人の痛みを知って欲しかったんだ」

「他人だって自分と同じ様に痛みを感じるんだって事を知らない無責任な人が許せなかったんだ」

 

 そう言うと、楓は勇太郎の無事に安堵する様に笑った。

 

「楓……」

 

 その時勇太郎は、自分の為に楓はこんな無茶をしたのだと痛感し、彼の勇気に再び感謝すると共に自分の弱さを悔い、以来勇太郎は楓が傷付かない様に己の身体と頭脳を鍛え上げた。

 

 だが、勇太郎自身の努力で結果が良くなる訳では無かった。

 楓の暴力による制裁を恐れて生徒達は彼から距離を置く様になってしまった。廊下では陰口を言われ、目を合わせれば皆即座に立ち去ってしまう。居心地の悪くなった楓は学校へ行かなくなった。

 

「ごめんじゃ済まされないな、楓……受験だって時に、俺は…」

「気にしてないよ勇太郎。でも、先生からは勇太郎と別の高校へ行けって言われちゃったよ、寂しいけど、無理も無いかな」

 

 暴行の経歴が付いてしまった楓は内申点の都合、高校受験において不利になってしまった。学力的に充分であったとしても良い高校に行けなくなった事実に楓は家族への申し訳無さを覚えていた。

 だが彼の家族は楓の努力と勇気を評価した上で諭した。

 

「楓。お前がみんなを助けようとした事は分かっている。その勇気を誇りなさい。僕も母さんも、楓がどこの学校へ行っても構わないと思っている。どんな所へ行ってもそのままの勇気と誠実さを持った楓でいてくれると信じているからね」

「しかし、人に暴力を振るった事はいけない事だった。勇太郎くんと後輩くんを連れて逃げるだけで良かったんだよ」

「…ごめんなさい」

「楓、誰かを倒す人間になるんじゃない。誰かを守る人間になるんだ」

 

 それから楓は時間を取りやすい通信制高校に通い、日々の時間を勉強に当てる様になった。勇太郎も同じ高校に入学しようとしていたが楓に止められ、都立高校で初めて楓と過ごさない学校生活を送った。

 

 そして今年の春。3年間勉強に勤しんだ楓は晴れて国内上位の優秀な国立大学である東城大学に合格したのだった。

 かつて楓と勇太郎が乗用していたバイクはそれを祝しての両親からのプレゼントだった。

 楓と勇太郎、親友同士でまた同じ学び舎へ行ける事は、楓の心の傷を確かに癒していた。

 

「―――その筈だったんですけどね」

「俺達はラフムに殺されてしまった、と」

 

 過去を語り終えた勇太郎は溜息の混ざった声で呟くと座っていたソファの背もたれに深く寄り掛かった。

 

「何でこんな事になっちまったのかな……」



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#64 思惑

 十二月四日、午前六時。

 ティアマト大幹部、バミューダによって拉致された長官が目を覚ました。どうやら医療用のリクライニングチェアにずっと拘束されていたらしい。

 

「早い目覚めだな、長良衡壱。”老人”は朝が早いと言うからな」

 

 傍に立っていたユートピアの不可解な悪態によって長官は若干機嫌を悪くする。

 

「それは君らも同じ様な物じゃないのか? 一体何年平弐といるんだ」

「ざっと五十年になる」

「やっぱり君もオジサンじゃないか」

 

 ユートピアと長官の間に険悪なオーラが流れる中、あくびをかきながらシャングリラが入って来た。

 

「おっ、おはようユートピア。長良さんは…ようやくお目覚めだね。アガルタも呼ぼうか」

「そうしてくれ」

 

 もう一人の大幹部を呼ぶ為にシャングリラが部屋を後にすると、長官はあのさ、とユートピアに声を掛ける。

 

「どうして私を攫って来たんだ? 殺してしまえば良い物を」

「仲間が揃ってから説明する。それまでそう時間は取らないから少し待っていろ」

「分かったよ……ところでさ」

 

 話を切り出す長官にユートピアは眉を吊り上げるが構わずに長官は話を続ける。

 

「人を殺す気分ってどうだい?」

「……」

 

「…良い気分では無いな」

 

 ユートピアからの意外な返答に長官は目を丸くした。

 

「なのに続けているのかい?」

「ああ、俺の気分で計画を曲げられない。例え人殺しであってもそうしなければティアマトの復活は望めない」

 

 ティアマトの復活。ユートピアの口から出たその言葉は彼らの行動意義を大きく決する物である様だった。

 

「ティアマトラフム……」

「元はと言えばお前のせいだ。人を必ずラフムへと進化させられるティアマトをお前が傷付けなければ、ここまで大きな犠牲を伴う事にならなかった。人殺しが憎いのだろうがそうなっている原因はお前なんだ」

「言い訳がましいね、だったら人を殺してラフムを生み出すなんて事しなければ良いじゃないか」

 

 煽り立てる長官の襟を激昂したユートピアが掴む。ただならぬ怒りを抱く彼の様子を見て長官はばつの悪そうな表情を返す。

 

「ユーちゃんストップ、長良っちはお客さんなんだから」

 

 扉を開けて入って来たバミューダ最後の一人、アガルタによって制止されたユートピアは腕を下ろして長官を解放する。

 

「アガルタも来た事だ、事情を彼に説明しよう」

 

 シャングリラに促され、ユートピアは咳払いをすると落ち着きを取り戻して長官を攫った理由を説明する。

 

「今こちらで”保管”しているティアマトはかつて、今年の十二月十日に長良衡壱と挨拶をしたいと言っていた。何故今なのかは不明だが、おおよそ未来を聞いていたのだろう」

「…つまり、その日に平弐は復活すると?」

「そう言う事になるな」

 

 ユートピアから聞かされた事実に、長官は苦虫を噛み潰した様な表情で俯いた。

 

「お前が出した犠牲も、これまでの時間も、全て無に帰す。ティアマトの復活によって我々の計画は完遂へと近付くだろう」

「未来なんて幾らでも変わるさ、そうやって捕らぬ狸の皮算用をしていられるのも、今の内だよ」

「言っていろ、長良衡壱」

 

「ところでシャングリラ、シャドーとウインドはどうしている?」

「シャドーは色んな所で夜間の暗殺を行っているよ、勿論御剣に感づかれない様にね。ウインドも追手が付かない様にこちらへ移動しているけど、恐らく大量殺戮で混乱を招いてカモフラージュするんじゃ無いかな」

「…反吐の出そうな話だが了解した。ところで長良、良い情報を教えてやる」

 

 不貞腐れた表情の長官にユートピアは全くの無表情で淡々と言葉を重ねる。

 

「現在行動中のウインドラフムは、霧島楓とその家族、火島勇太郎を殺害した張本人だ」

「…! ソイツは霧島君が倒したんじゃ無いのか!?」

「彼が倒したのはウインドの舎弟だ。ウインドは正体不明の霧島の能力により吸収され、彼の深層心理に潜んでいた。そして彼の精神が衰弱した瞬間を狙い、彼の意識の奥底から這い出てその体を乗っ取った、という事らしい」

「それじゃあ霧島君は……」

「ウインドに乗っ取られた。彼の精神力ではもう自らの体を奪い返す事など不可能だろう」

 

 そんな、と狼狽える長官にシャングリラはほくそ笑む。先程まで気丈に振る舞っていた長官が楓の実質的な敗北の報を聞いただけで狼狽する様子は愉快で仕方無かった。

 

「霧島君は強い男だ! 虚を突かれて体を乗っ取られただけで戻って来ないなんて事、ある筈が無い」

「きっとウインドの姿を見たら諦めるだろうよ、長良さん」

 

 シャングリラが長官の肩を叩く。

 

――

 

 同じく十二月四日、午前十一時二十二分。

 御剣邸地下、研究室。

 

「各アーマーの修復完了! 次は!?」

「ロインクロスの出力調整―――」

「片手間でやっちゃった!」

 

 けたたましく作業を進めているのは職員として復帰した藤村金剛。千歳は彼のサポートに周り、勉強をしていた、が。

 

(あまりに仕事が早すぎて勉強にならない……)

 

 妹であるバディ技術顧問、藤村が評する金剛の天才性は千歳の想像を遥かに超えており、彼の尽力によって作業工程が三日分繰り上がって終了していた。

 

「俺も現場の惨状を見て来たよ…だからこそ本気で装備を良くして、これ以上被害を増やしちゃなんねーなーって思ったわけよ、薫ちゃん」

「は、はい」

 

 ラフに接する金剛に千歳は戸惑いながらも答えると、全てクリアされた予定を見て感嘆の息を漏らした。

 

「他にやる事は?」

「ありません、ラフムの出現まで待機になります」

「オッケーお疲れ様! そしたらここの研究室借りてて良い?」

「? まだ何か…」

 

 ちょっとね、と金剛が答えると何が何だか分からない千歳は少し首を傾げるが、先程の金剛の決意を思い出した彼女は一つ提案をする。

 

「私もお手伝いしてよろしいでしょうか?」

「良いけど、休む時間も必要だべ?」

「私も本気で頑張って、霧島さんの、皆さんの助けになりたいんです」

 

 千歳の決意に金剛は少し微笑むと懐からUSBメモリを取り出す。

 

「人の底力ってモンをラフムにぶつけてやろうぜ」

 

 再び千歳が首を傾げる。

 その姿に金剛は少し気味の悪い笑い声を上げながら勿体ぶった間を空けた後に一つ呟いた。

 

 

「新しい仮面ライダーを開発する」

 

――

 

 同日、午後十七時七分。

 静岡県静岡市葵区御幸町。巨大な五叉路(ごさろ)を見渡せる公衆電話の中に命からがら男が入って来た。

 楓の体を乗っ取ったウインド…彼は唯一覚えていた電話番号へ繋げると、息を荒げながら気味の悪い笑い声を上げる。

 

「よぉシャドー…まだこっちは逃亡中だ」

「これ以上はいくらラフムの体力でも追い付かれるな…”アレ”をやるぞ」

「…そうだ、この街を―――地獄にするぞ」

 

 そう言うと、電話の相手であるシャドーラフム…黒木の高笑いを聞いて不敵な笑みをこぼした。



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#65 五行

「午後十七時十三分! 静岡県静岡市葵区御幸町にラフム出現! ウインドと推定!」

「来ましたか…バディ機動隊は目標地点へ出動、ライダーは射出準備を」

 

 現在バディを管理する御剣家の当主、吹雪の指示を受け現場が動く。

 来る戦闘に備え風露と訓練を行っていた勇太郎、雷電は持ち場につく。と、ライダー及びラフムを目標へ射出する特殊車両が増えている事に気が付いた。

 

「火島先輩、こいつらって…」

「多分、皆だろうな」

 

 そう言いながら勇太郎が振り向いた先には風露、金剛、ボンバーが立っていた。

 

「勇太郎様、雷電様。御剣家にて勤めていた私の任務は金剛様の発明により解決致しました。今後は私もラフムとして戦闘に参加出来ます」

 

 風露の宣言に勇太郎は心がいっぱいになる。

 

「…頼もしいぜ! それに金剛さんに―――」

「I am Bomber! ヨロシクデス、バーニングボーイ」

「オーケー、ナイストゥミートゥー、だぜ!」

 

 新たな戦力の参入に不敵な笑いを溢す勇太郎と雷電、二人は互いの顔を見合わせて頷くと、特殊車両内のライドサイクロンにアタッチメントされたライドツールを開いて一式を完成させると、同時にイートリッジを起動させる。

 

《Account・Burn》

《Account・Thunder》

 

《Burn》

《Thunder》

 

「変身!!」

 

 二人の声が重なると、イートリッジを装填したロインクロスから発生する変身音と共に二人の姿は瞬く間に仮面ライダーの物へと変わる。

 

《Change・Burn》

《Change・Thunder》

 

 

「俺っち達も負けてらんねーっちゃ!」

 

《Account・Frustration》

 

 金剛が右腕にウェアラブレスを装着すると、それを合図に三人がそれぞれのイートリッジを起動する。

 

《Pandora》

《Bomber》

《Bat》

 

「変身」

「Henshin!」

「―――変身」

 

 三人がそれぞれの言葉と共に仮面ライダーオイオノス、ボマーラフム、バットラフムの姿となる。

 

「未取得の二輪免許に関しては気にしないで頂戴、バイク(それ)にまたがっていればそれで良いだけの射出装置として政府に認可されているわ」

 

 藤村の言葉に安堵したボマーとバットはライドサイクロンに乗車すると、特殊車両が地上へ向けて発進する。

 同じくオイオノス、霹靂、バーンの乗った車両も地上へ向かい、射出準備を始める。

 

「各員発進準備完了。ライドサイクロン整備済、システム異常無し」

「座標指定完了、座標までの到達ライン演算開始…演算完了。ノードオンライン」

「発進システムスタンバイ」

 

「仮面ライダーバーン、発進許可!」

「仮面ライダー霹靂、発進許可」

「仮面ライダーオイオノス、発進OK!」

「ボマーラフム、No plobrem!」

「バットラフム、発進許可」

 

「発進軸固定、ブースターオン。ライドサイクロン、発進します!」

 

 オペレーターの操作の元、五台のマシンが上空へと射出された。その様子をまじまじと見ていた藤村は彼らの姿が消えるまで見送ると、大護へと連絡を繋ぐ。

 

「兄さんから事情は聞いているわ。こちらでの調整はまだ時間が掛かるからもう少しだけ待機していて頂戴」

「了解だぜ先生、あっちには勇太郎達がいるし機動隊の仲間も向かってる。俺の出番なんか無いかもな」

「相手はウインドよ。油断は禁物だわ」

 

 ああ、とだけ返した大護は、少しだけその場で目を閉じて休む。その周囲は機械部品やケーブルで覆われ、ひどく物々しい雰囲気であった。だが、それらの部品が持つ意味を知る大護は周りの様子にむしろ安心感さえ覚えていた。

 

(待ってろ皆…必ず力になってみせるからよ……)

 

――

 

 午後十七時ニ十分、御幸町は”地獄”と化していた。

 

 ウインドは人通りの多い通りを狙って無差別殺人を繰り返し、その場でラフムを覚醒させようとしていた。

 彼が起こした暴挙は、楓の事情など知らない故、市民からはウイニングラフムの謀反の様にしか見えなかった。

 人類を助けようとしていた筈のウイニングの行動に人々は戸惑いながらも逃げるしか無かった。バディへの通報及び事情を説明する旨の連絡は鳴り止まず、機動隊出動後も助けの声は留まる事を知らなかった。

 阿鼻叫喚、そうとしか形容の出来ない光景は到着したバーン達を戦慄させた。

 

「アントの時も酷かったが…これをウインド一人でやったのか…?」

 

 爆炎と瓦礫、亡骸が列挙する御幸町の五叉路にバーンは息を飲む。

 

「状況に飲まれないで、火島君」

「あ、ああ…まずは消火っすね」

 

 オイオノスに諭され若干ながら落ち着きを取り戻したバーンはライドサイクロンに取り付けられた操作パネルから消火モジュールを展開する。

 大規模火災救助用に新たに取り付けらた機能である消火モジュールは、ライドサイクロン各部の機銃から弾丸を交換する事で展開され、発射する事によって消火用の特殊薬剤二百平方メートル分を散布する。弾数は五発、現在到着している五台のライドサイクロンによって現場の火災は余裕を持って鎮火出来る。

 

「消火剤の散布をしながら辺りを捜索、避難困難者を発見し次第回収を優先、ウインドを発見したら連絡を頼む!」

 

 オイオノスの適格な指示とその後の消火区域の分担により効率的に鎮火が行われる。バディ謹製の特殊薬剤の効果は覿(てき)面し、火災は抑えられた。しかしその被害は甚大で、多くの人がまだ街に取り残されている上、ウインドもまだ見つかっていない。

 

「どこだ…ウインド!!」

 

 バーンが周囲を睨み付けながらウインドを探す。と、バットから全員へ連絡が入る。

 

「ウインドっすか!?」

「いえ、ウインドは補足出来ていませんが、私の能力で新しいラフムの姿を捉えました」

 

 風露―――バットラフムはコウモリの特性を持っている。

 コウモリは超音波によって周囲の障害物を認識する事によって暗闇の中でも縦横無尽に飛行が出来る。

 バットラフムもその力を有しており、ラフム特有の感知能力と相まって超常的な程の索敵能力を誇るのだ。

 

「そのラフムってのは……まさか」

 

 バットの示す方向へと急行したオイオノスが見たのは、黒い影から真っ白い歯が浮かび上がる不気味な人型であった。

 

「何だあの禍々しいラフムは?」

「金剛さん! アイツは―――」

 

「アイツは黒木陽炎、シャドーラフムです!」

 

 バーンの報告にオイオノスが驚く。確かシャドーラフムとは武蔵博士の元で研究を行っていた男だった。

 彼が何故そこにいるのか、オイオノス―――金剛には特定出来なかった。

 

「アイツは強敵です、このまま戦うのも得策では無いでしょうがどうしますか?」

 

 バーンに問われて、オイオノスは数秒考えた後メンバーの再編成を立案した。

 

「暁君、ボンバー、俺でシャドーラフムと対敵し想定されうる人的被害を食い止める。残りの火島君、風露さんでウインドを捜索してくれ」

 

 了解、と全員が返事し、それぞれの編成を組んで行動を開始する。

 

 バーン、バットのウインド捜索班は以後もウインドの姿を追うが、全く見つからない。

 

「どこ行きやがった!」

「…勇太郎様!」

 

 バットが慌てた様子でバーンを呼び付けると、街から出られる道路を顎で示した。

 

「男性と思われる人影が一人、車に乗って脱出しました。避難状況から考えて不自然かと」

「追うぜ、風露さん!」

 

 ライドサイクロンの出力を上げ二人は先方の車を追い駆ける。



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#66 悪意

 午後十七時ニ十分、静岡市葵区御幸町。

 ライダーらの到着を確認したウインドは慌てながら避難者に紛れ街を奔走する。

 

「やっべぇやべぇ…アイツら来んの早すぎだろ、見つからねぇ様にさっさとズラカらねぇと…」

「まぁ黒木もこっちに向かってるみてぇだし任せるか」

 

 そう言いつつも脱出を試みようと急ぐウインドは道中で車に乗り込もうとしている男性を見付けるとすぐさま駆け寄る。

 

「すみません、バディです! ここから先は車両で混雑している為通ろうとすると止められてしまいます! ここは僕達に任せて徒歩での避難をお願いします!」

「おお、あんたテレビで見た事あるよ、仮面ライダーな。頼む! 頑張ってくれよ!」

「はい! あなたもここからすぐに逃げて下さい!」

 

 そう言って男性を車から遠ざけると、鍵が掛かったままの車へ乗り込みエンジンを起動する。

 

「チョロいもんだぜ、霧島は有名人だもんなぁ、アイツの皮被れば大抵言う事聞いてくれるぜ」

 

 ウインドは楓の姿で醜い笑みを浮かべると、そのまま車に乗って街から脱出する。勿論先程の混雑情報は嘘である。

 車を入手した事で長距離移動手段を確保したウインドはそのまま国道1号線から南方向へ進み、目前に見える駿河大橋へと向かう。―――が。

 

 

 大きな衝撃と共に車体が揺れ、以後動かなくなった。異常に気付いたウインドはすぐさま車から降りると、飛行するバイクにまたがったバーンがこちらへと突っ込んで来ていた。

 

「!! ちくしょおおおおッ!!」

 

 全力の絶叫と共にウインドラフムへと変貌すると、風の性質によって強力な突風を生み出し、バーンの突撃を間一髪で防ぐ。

 

「何でここにいんだよ、仮面ライダー!!」

「そりゃあよ、お前の中(そこ)に楓がいっからだ!!」

 

 怒り心頭のバーンは自らの拳と平手をぶつけ合わせて組むと、全身から炎を噴出させる。

 

「しつこいぜオメーら…だが今回も逃げさせて貰うぜ」

 

 同じ性質を持っていた楓のウイニングラフムに似て非なる禍々しい姿の異形は胸の前で腕を交差させた後、それを振りかざす様にX型の軌道と共に突風を巻き起こす。今までとは比べ物にならないその風を受けバーンとバットは後方へ吹き飛ばされる。

 彼らが土埃を掻き分けながらウインドの姿を追うが、目の前の光景を目の当たりにし、彼の追跡が困難であると悟った。

 先程の風の力によって駿河大橋は大きく分断され、ラフムの跳躍力を以てしても飛び越えられない程の距離に及ぶ崩落を起こしていた。

 

「ちくしょう、風露さん! ライドサイクロンで奴を追います!」

「ですが、当のサイクロンが見当たりません!!」

 

 思わずバーンがは!? と声を上げてしまう。確かに先程まで付近に置いてあった筈のライドサイクロンがどこにも無い。辺りを見回していると、頭上から機械の部品が降り始めていた。

 

「! …まさか」

 

 バーンとバットが上空を見上げると、ウインドの突風によって打ち上げられたサイクロン二台が落下して来ていた。ウインドはあの瞬間に橋を破壊する事に加え、若干弱い力で二人を吹き飛ばし、その力をブラフにする事で更なる強風でサイクロンを遥か上空へと破壊しながら打ち上げていた事に気付かせなかった。

 あまりの器用さにバーンは気味が悪いとさえ思った。

 ライドサイクロンはその耐衝撃性によって通常は100m程上空から落下しても無事な程の強靭さを誇るが、ウインドはそのスペックの高さを楓の意識から認知していた。故に風を器用に操作して細かい部品を分解して脆くしてから衝撃で破壊する事で自分の逃亡をより確実な物とした。

 

「アイツを追えねぇのかよ……楓、楓…」

 

 自らの無力さに打ちひしがれる勇太郎だったが、混乱する状況は彼に悔恨する時間すら与えなかった。

 今度は雷電から連絡が来る。

 

「先輩、ウインドは!?」

「すまねぇ、逃げられた。そっちはどうだ?」

「ヤバい、黒木は正直三人じゃどうにもならねぇ、願わくばこっちに戻って来て欲しいっす!!」

 

 それを聞いたバーンは御幸町方向へと一目散に走り出す。

 

「勇太郎様、ライドサイクロンが無い状態でどうするおつもりですか?」

「フロッグフォームでアイツらのとこまで行くんすよ! 風露さんは飛べたりしませんか!?」

 

 バットが頷くと背中から翼を展開し、目標地点へと先行する。

 

「流石だぜ師匠!」

 

《Frog》

《Form・Change・Frog》

 

 勇太郎はバーン・フロッグフォームへと変身を完了すると全力の跳躍力で街を飛び抜けていく。

 

「ウインドの分まで黒木をブン殴ってやるッ!!」

 

――

 

勇太郎らがシャドーの元へ向かう一方、霹靂らシャドー交戦班は敵対するシャドーラフムの強さに圧倒されていた。

 

「どうしたよ仮面ライダー、そんなモンなのかよヒーローってのはァ!?」

 

 シャドーの性質によって瓦礫の影の中を行き来して相手の死角からの攻撃を続ける。

 死角を利用する姑息な手に気付いたオイオノスは敢えて背中を見せて隙を作りながら油断させた所を襲撃する。

 

「姑息には姑息だヨ!」

「カセット、スイング!」

 

 右手指をピースする様に立てたオイオノスの右腕が可変し、トゲの付いた鉄球となる。ロープで繋がれたスイングアームを伸ばす事無くシャドーへと殴り付けると、不意を突かれた彼はその場で転がる。

 

「ぐおおお!!」

「お前のやって来た事の報復だ! 我慢しなさい!!」

 

 痛みに悶えるシャドーの耳に入ったその声に彼の動きが止まった。急に痛みを訴える声を止めた彼の異様さにオイオノスらは警戒する。

 

「お前…藤村金剛、か……」

「…そうだが、なんだよ!?」

「……藤村金剛…ハハ」

 

 かつてシャドーは自らを藤村金剛と名乗り行動していた。それが何か特別な意味を持つ事、その名を持つ本人と今相対している事。それらが尋常では無い状況になりつつあるのは想像に容易い。

 悪い予感を覚えた雷電はサンダーフォームの持つ雷の性質を最大解放する。

 

《Thunder…Impact!!》

 

「みんな逃げろ!」

 

 雷を地面へと放出し、シャドーに最大電圧の攻撃を食らわせる。通常のラフムならばあまりにも強力な感電によってすぐさま気絶するだろう。

 しかし、シャドーは霹靂最大威力の攻撃を以てしても倒れない。何故ここまでの力を持っているのか、そうシャドーに問いかける様な顔を全員が見せていた。

 

「俺の強さに驚きかよ、カス共」

「強さの理由はつまり”執念”」

 

「藤村金剛…お前が俺の夢をブッ壊したんだよ。お前があの時武蔵の兵器開発プロジェクトに参加しなけりゃ俺は…俺は……」

「俺はもっと人間をブッ殺せる兵器を作れたのによォォォォォォォォ!!!!」

 

 シャドーの絶叫が戦慄を呼ぶ。

 黒木(こいつ)はただ殺戮の事しか考えてない。理由なき悪意に金剛は怖気が立った。先日目の当たりにしたラフムによる人的被害、悲しみと死だけが残る最悪の空間を思い出す。

 

「どうしてそんな奴に…そんな奴に藤村博士の名前を使われなくちゃいけねぇんだよ!?」

「そりゃ報復だろ、藤村金剛が人類にとって最悪の人間だって事にしたかったんだよムカつくからさ」

 

 黒木の言葉の一つ一つが雷電、そして金剛の心に(くさび)を打つ様に刺さっていく。

 ―――ウェアラブレスは装着者の本能を刺激する。それは勿論オイオノスにおいても同じであった。ラフムとしての力が一部に集約されている為にフラストル程意識が持っていかれる事は無いが、強い感情を増幅させていくのは明らかだった。

 そして今、金剛の感情は強くなっていき、本能のままに言葉が溢れ出る。

 

「シャドーラフム……お前を殺したい気持ちでいっぱいだ」



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#67 巨壁

 ”殺す”なんて言葉、容易く使って良い物では無い。

 ましてや人の死を目の当たりにして命を軽んじる様な発言など、あってはならないだろう。

 

 しかし、彼は、藤村金剛は口にした。

 

「お前を殺したい気持ちでいっぱいだ」

 

 それはきっと金剛自身が隠していた本心。ウェアラブレス、フラストルの力は人の隠された気持ちを押し出す。

 

「あーあ、あの天才クンもウェアラブレス(腕輪)を付けたら暴走しちまうか」

 

 殺意を向けられた当の本人であるシャドーは余裕の笑みを浮かべると再び影に潜む。

 

「カセットッ! ドリルゥゥゥッ!!!」

 

 右腕の手の平を突き出して”五”を表すと工具のピンバイスに似た細長いドリル状へと可変する。それにより周囲の瓦礫を破砕すると共に距離を置く事で周りに開けた空間を作り出す。これによりシャドーが入り込める影を絞り込んだ。

 が、既にシャドーには無効であった。

 

「頭に血が昇るとバカになるの分かるぜ…」

「夜は暗いから、どこ行ったって影だろ」

 

 今は夜間であり、加えて破壊活動により電灯は消え光源は月のみであった。

 

「全然見えてねーじゃんかよ金剛クン」

「何もかもよォ!!」

 

 シャドーがオイオノスの背後を取る。

 

《Thunder・Attack》

 

 霹靂の能力解放による雷光で周囲から影を奪う。

 しかし、遅かった。

 影から這い出たシャドーの鉄拳はオイオノスの後頭部を捉え、振りかざされていた。

 頭部に与えられた衝撃は三半規管を刺激し、平衡感覚と共にオイオノスの意識を奪う。

 

「あれ、もっとバカになっちまうかな? まぁさっき殴られた分って事で」

 

 倒れたオイオノスを足蹴にすると残ったボマー、霹靂を見つめる。

 

「よくもDiaを!」

 

 友の負傷に激昂するボマーだったが、霹靂はそれを制止する。

 

「能力の相性は俺達が有利だった筈なのに現状不利になっちまってる…パワーで負けてんすよ」

「今の俺達じゃ、勝てない」

 

 霹靂の判断にシャドーは拍手する。

 

「懸命だぜサンダー、今は大人しくしていろ、ウインドから脱出したと連絡があれば俺もここから離れるからよ。殺さないだけ有情だと思えよ?」

「…悪いな黒木。今の俺達じゃ勝てないってのは、さっきの話だ」

 

 そう告げると霹靂はライドシステムによって手元にボルトリガーを呼び出していた。

 

「ボルテックスなら勝てるぜ」

 

《Voltex》

 

 ボルトリガーから響き渡る機械音と共に霹靂はベルトに装填されているブートトリガーを外して、その部分へとボルトリガーを差し込む。そしてボルトリガーの引き金を引く事で強化形態へと変身する。

 

 筈だった。

 

「ぐおッ!?」

 

 激しい光と雷が霹靂を包み、雷の性質を持った彼ですら耐えられない程の感電を起こす。

 苦しみに悶える霹靂が体全体である予感を感じ取る。

 ―――サンダーラフムへの変貌。

 

 かつて西荻窪駅周辺にて起こしてしまった自分の力の暴走。そのトリガーは黒木によるサンダーイートリッジのエネルギーを直接与えられた事だった。

 ダイレクトに注入されるサンダーの力に呼応して暴走を引き起こしてしまう事をようやく認識した雷電は身の危険を察知しながらも身動きを取れなくなっていた。

 

「何ガ起コッタ!?」

「ボンバー先輩…アンタの力でボルトリガーを爆破して…くれ」

 

 苦しみに耐えながら指示する雷電の願いを聞き入れたボマーがその能力でボルトリガーとロインクロスの接合部を爆発させて無理やり外す。

 ボルトリガーからの送電が無くなった事で楽になった霹靂だったが、その負荷によりライドシステムは機能低下し、戦闘不能になってしまった。

 

「あ~滑稽、頑張った結果逆にピンチになってるじゃないか、サンダー」

「俺をその名で呼ぶな!」

「今の内に沢山煽っとこ。お前はサンダーって名前を嫌うがお前自身の罪はいくら否定しても無くならないからな」

「人殺しの手助けをした、それで金も貰ってた、今更人の命を守ったって無意味なんだよ。命を奪った分今度は助けるとか言うが、それで今まで奪った命は戻ってくんのか?」

 

 霹靂は何も言い返せない。そしてそれを良い事にシャドーは笑いながら彼の生き様を否定する。

 

「Shut up!!」

 

 ボマーの怒号にシャドーは口をつぐませる。

 

「命ハ元ニハ戻ラナイ、ダカラ戦ウンダ! オ前ミタイナMather Fac〇erニ殺サレル前ニ!」

「人殺シガThunder Boyヲ笑ウナ!!」

 

 ボマーの怒りに呼応して全身から粒子が飛散して体全体に大きな力を滾らせる。

 それと同時にシャドーはかつて長官に言われた”人殺し”という言葉を思い出していた。あの時の長官から放たれたプレッシャーを思い出し、恐怖しつつもそれを認められない気持ちがぶつかって心が揺さぶられる。

 

「うるせぇ! 裏切者が正義の味方になんてなれると思うな!」

「Shut up! Dia's kindness in forgiving me for the mistakes I made, even when she saw her own lost right arm, changed me!」

「You will never understand! You will never know human kindness or the value of being alive!!」

 

 粒子を撒き散らしながら走り出したボマーは全身を発光させるとシャドーに組み付く。

 そして、一段と強い発光の後に大爆発を起こした。即ち自爆したのだ。

 

「…先輩」

 

 雷電が爆風に吹き飛ばされながらも彼らがいた方向を見ると、決死の自爆により人間の姿へと戻ってしまったボンバーと、光によって逃げ場を失った為爆発の直撃を受けたシャドーが立っていた。

 最初に倒れたのはボンバーだった。

 

「バカがよ、今の俺の執念舐めんな」

 

 ここまでしても撃破出来ないシャドーの強さに霹靂は睨み付ける事しか出来ない。ここからどう巻き返すのか、全くもって検討が付かなかった。

 

「ここまで弱いとは思わなんだな、折角のチャンスだ、殺しちまうか」

 

 気が変わったシャドーはそう言うとまず近くにいる金剛の首を掴む。

 

「まずは復讐でも果たしちゃうかな」

「やめろ…!」

 

 声を捻り出す霹靂だったが、その声もシャドーには届かない。目の前で仲間が傷付けられる姿をこのまま見続けるしか無いのか、絶望しかかる霹靂に一通の報が届く。

 

「ごめんなさい、待たせたわ! 今そちらに救援が来るわ!」

 

 藤村のアナウンスが途切れると、上空から音が聞こえて来る。

 

「コンテナ…?」

 

 霹靂が見上げたそのコンテナは丁度良くシャドーの眼前に直撃すると、粉塵を立ち込めさせながら展開し始める。そしてその中から人影が現れる。

 

「暁…本当に済まない、遅くなったな」

 

 バディ機動隊長・武蔵大護の声による連絡がコンテナの座標から届く。

 

「後は任せろ」

 

 コンテナから現れ、シャドーに立ちはだかった人影は、大護―――新たな仮面ライダーであった。



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#68 首長

 十二月四日、午後十七時四十一分。

 

 強大な力を以て霹靂らを戦闘不能状態まで陥れた最強の仇敵、シャドー。

 

 彼の目の前に遂に降り立つは”人類の人類による、人類の為”の戦士。

 対ラフム型汎人用武装機構”アイアスシステム”、そのプロトタイプであった。

 

 神の力に拠らず戦った英雄の名を冠した仮面ライダープロトアイアスはシャドーの不気味な顔面を指差した。

 

「名乗っとくぜ、俺は仮面ライダーアイアス…今からお前をブッ倒す、ただの人間だ」

 

 プロトアイアスの乱入に戸惑うシャドーであったが、自らの力を過信する彼は走り出す。

 今までと同じ様に影に潜んで敵の背後を狙う手法で早速プロトアイアスの後ろを取る。

 が、その動きは既に見切られていた。

 

 背後からの接近を感知したアイアスシステムは視界に仮想空間を表示するARコンソールによって”背後危険(DANGER BEHIND)”と映し出される。だが大護はそれらよりも早くシャドーの居場所を察知してすぐさま戦闘態勢に入る。

 プロトアイアスによる振り向き様のフックパンチによってシャドーはまるでその場に収まったかの様に真っ向から一撃を受ける。

 

「ぐぉるぁッ!!」

 

 シャドーはプロトアイアスの重い一発によって瓦礫に激突しながら吹き飛ばされる。それはアイアスシステムの強さと言うより大護本人の強さによる物だった。

 大護のパンチに耐え切れなかったプロトアイアスの右腕は煙を機能低下を起こした。

 

「先生、右腕がお釈迦になったぞ」

「アイアスシステムが武蔵君に耐え切れていない…噓でしょ、と言いたい所だけど要改善ね」

 

 ともかく今はシャドーの撃破が優先である。プロトアイアスは右腕を出来るだけ使用しない様にしてシャドーを更に追い詰める。

 

 シャドーは影への潜行と浮上を繰り返して攪乱させるが、哀れな事にそれらも見切られていた。

 

《Ajax・2》

 

 アイアス・ツー、アイアスの腰に装着されたロインクロスと似て非なるベルトに装填されたブートトリガーを二回引く事で起動する能力の開放状態であり、ライドシステムにおけるクラッシュ、フラストルにおけるスティグマに相応する。

 能力を解放した事で力を増した左腕から放たれる渾身のストレートパンチは、本来想定されていた筈のスペックを大きく凌駕した超強力な殴打によってシャドーの腹部を貫いた。

 

「~~~ッ!!」

 

 言葉にならない叫びを上げるシャドーの姿にアイアスは勝利を確信した。だが、違和感があった。

 これ程の攻撃を受けてもその場でふらつくだけで倒れず、気絶もしない。

 あまりにも高すぎる耐久力にアイアスは恐ろしさを感じると共に不信感を抱く。

 

「根性っつーにはちょっと違う感じがするぜ…黒木! お前のその耐久力、どうやって手に入れた!?」

「知らねーよ、本当だ! 俺がまだ終わんねえと思う程、体が応えやがんだよ」

 

 確かに、シャドー自身も自らの打たれ強さに驚いている様だった。

 何にせよ、どのみち彼らには一つの道しか残されていなかった。

 倒すか、立ち続けるか。

 

《Ajax・3》

 

 アイアス・スリーまで解放したアイアスは左右の腕が機能停止したと示すアラートを尻目に身動きをほとんど取らなくなったシャドーへと走る。

 

(腕がイカれて装甲の防御力も下がっちまってる…ここで終わらすぞ!)

「うおらあああああッ!!」

 

 アイアスが跳躍と共に態勢を変え、上空からシャドーへと足を突き出す。

 それは即ち、重力と脚力の乗算、ドロップキックである。

 

 シャドーは影と同化する事で難を逃れようとするが、体力の限界と共に能力の使用も封じられていた。逃げ場が無いままシャドーはアイアスによる蹴りで押し潰される。

 

 あまりもの威力で周囲に粉塵が散り、瓦礫が撒き散らされていく。

 変身を解除した雷電は、感電による体の重苦しさに耐えながら粉塵を掻き分け様子を見る。

 と、視界の悪さに乗じて逃亡するシャドーの姿を目撃するが、影を潜行するシャドーには追い付けなかった。

 

「結局逃げられちまったか……」

 

 雷電が肩を落とすと上空からバーン・フロッグフォームが着地し、それによる風で粉塵を払う。

 

「待たせた! シャドーは!?」

「逃げられちまった…ッス」

「一足遅かったか…!?」

 

 バーンは機能停止したアイアスを見つけると困惑した様子を浮かべるが、アイアスからの通信を受けてようやく状況を飲み込む。

 

「武蔵だ、勇太郎。下ろしたての装備でもシャドーを倒せなかったみたいだな」

「ええ、結局ウインドも逃しちまって…戦果は(かんば)しくないっすね」

 

 自力で立つ事すら出来なくなっていたアイアスをバーンが起こすと、藤村の指示に合わせて外部スイッチからアイアスの装甲を排除する。

 

「これで大分動きやすくなったな。後は街の避難確認とアイアスのパーツ回収を済ますぞ」

 

 ここまでの状況を終了し、事後作業に入るバディ一行。彼らの心には敵を逃したと言う悔しさが残り続けた。

 

――

 

 十二月四日、午後二十一時二十二分。

 東京都千代田区永田町、首相官邸。

 

 御剣家当主である吹雪は極秘裏に総理からの招集を受けていた。

 

「総理、今回のラフム追跡の件、失敗に終わってしまい誠に申し訳ございませんでした」

「お気になさらないで下さい。貴方がたがいなければもっと被害は大きくなっていたでしょう」

 

 総理大臣である清瀬は吹雪に深々と礼をすると、紅茶を用意しつつ早速今回の要件について話を始める。

 

「現在バディ基地の襲撃によって多くの国民が不安を抱えております。これは早急に対処すべき問題であるでしょう」

「会見を開いてバディのこれまでの状況と今後の活動について説明すると共にライダーの信頼性を高める事で国民の不安を払拭したいと考えています、如何(いかが)でしょうか」

 

 吹雪は総理から差し出された紅茶を一口飲むと、柔和な微笑みを浮かべた。

 

「妥当な判断でしょう、なるべく早い開始を目指して準備を進めて下さい。原稿は明日には提出出来ますわ」

「かしこまりました、明日の四時開始を目処に官房長官と予定を調整致します」

 

「…清瀬総理」

 

 紅茶の器を置いた吹雪に呼ばれ、少し緊張した面持ちで、は、と一言返事をした。

 

「このお茶…かつて頂いた時よりも美味しくなられましたね」

「ええ、貴方の為に最後に淹れたのは私が二十三の時でしたから」

「そうでしたか、もうそんなに経っていましたか」

「それに、紅茶に…いえ、貴方に淹れる紅茶に対して誰よりも厳しいご来賓が幾度もあったもので」

 

 そう言うと総理ははにかんで少し俯いた。

 

「衡壱ですわね」

 

 吹雪に告げられた名に総理は優しく頷く。

 

「あの方は本当に、吹雪様の事を考えていらっしゃいましたからね。お戻りを私もお待ちしております」

「ありがとうございます、総理」

 

 紅茶を飲み終えた吹雪は立ち上がると総理に一礼する。

 

「ごちそうさまでした、原稿は後ほど官房長官宛てに送信させて頂きますわ。それでは外務省に少し立ち寄ってから帰りますわね」

「はい、気を付けてお帰り下さい。久方振りにお会い出来て嬉しかったです、吹雪様」

「お互い若かった頃を思い出しますからね」

 

 吹雪がそう冗談を言うと二人は笑い合う。平和な時間を一通り嚙み締めた後吹雪はその場を後にする。

 

 総理は彼女を見送った後、部屋のソファに深く腰掛けると大きな溜息をついた。

 

(―――御剣、吹雪様)

(長良長官と同じく、僕が若い時…四十五年前から全く姿がお変わりにならない)

(時が進む事の無いラフムの(さが)、そして人の長としてしか動けない縛られた生き方、か)

 

「死ねば終わる僕とは違って、彼らの戦いはずっと続いている、と」

「…下っ端議員から総理になったって、僕は、貴方がたを幸せに出来ていないじゃないか……!!」

 

 総理はただ一人、空を見上げて泣いていた。



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#69 信頼

 十二月五日、午後十五時四十六分。

 御剣邸内研究室。

 

「ファインプレーだったわね、兄さん。まさかあの戦いの中でシャドーに発信機を付けてくれるなんて…お陰で彼の拠点が掴めそうだわ」

 

 独り言を呟く藤村は発信機から得た地図情報をリアルタイムで映しながらライドシステムの修復作業を行っている。彼女の隣では千歳がアイアスシステムの調整を行っていた。

 

「金剛博士は体のほとんどが人のそれだったんですよね?」

「ええ、だからラフムの皆よりも治療に時間はかかるけどバディの医療班は優秀だからもうすぐ目を覚ます筈よ」

 

 良かったです、と言いながら嬉々とする千歳に藤村はありがとう、とだけ返すとお互い自分の作業に没頭する。

 金剛が倒れた今、千歳がアイアスシステムの設計を一任されている。大護の身体能力に耐え切れなかった部分を確認して出力の向上、装甲の位置調整が行われる。

 

「ところで千歳さん、もうすぐ官房長官の会見が始まるわ。一旦作業を止めて見に行きましょうか」

「でも…」

「社会情勢の把握も正義の味方のお仕事よ」

 

 千歳は返す言葉も無い、と言う様に腰を上げる。

 

――

 

 時を同じくして、御剣邸内訓練室。

 

 昨日の戦闘を悔いた勇太郎らは自主的に戦闘訓練に励んでいた。ラフムが増えた事で戦う相手が増え、お互いが研鑽を重ねられる充実した訓練となっていた。

 勇太郎、雷電、ボンバーは風露が教授する空手、柔道、拳法などの武術を今朝から何度も叩き込まれていた。

 

「さて、皆様。もうすぐ官房長官による会見が始まります。バディに関する内容なので皆さんで見ておきましょう」

「カンボウチョウカン?」

「Japan's political leader's… so to speak, right-hand man.」

 

 ”日本の政治のリーダーの…言わば右腕っすね”、そう告げる勇太郎による説明でボンバーが納得する。その様子に雷電は驚愕していた。

 

「火島先輩、英語出来るんすね」

「これでも俺、エリート学生で通ってるんでなガハハ」

「Butエレクトリックボーイ、I'mジャパニーズOKダカラ、心配シナクテモ大丈夫ダヨ!」

 

 ボンバーと勇太郎、お互いに笑い合う二人の雰囲気に雷電は付いていけないので風露と共にロビーへ向かう。

 

――

 

 午後四時、首相官邸、会見用ホール。

 そこに現れた内閣官房長官は報道陣へ一礼し簡単な挨拶を済ませると、汗を拭き取りながらバディの現状について語り始めた。

 

「本来ならばこの場はバディの最高責任者である長良氏による発表が望ましかったのですが、それは叶いませんでした」

 

 官房長官の不穏な一言に報道陣、及び会見の視聴者らは固唾を飲んだ。

 

「先日のバディ基地襲撃によって長良氏は行方不明となっており、現在もバディ、警察、自衛隊による捜査活動が

続いております」

「長良氏以外の職員の安否は確認されており、ラフム対抗の要であるバディ機動部隊の新型装備、いわゆる仮面ライダーも無事であります」

 

 実際の所、ウイニングが敵の手に落ちている状態だが、その事実を世間に公表する訳にはいかない。政治家は嘘つきであると(はや)し立てられる事も多いが、当の官房長官にとっては痛くも痒くもない侮蔑だった。

 嘘をつかねば守れない人の心もあるのだと、既に理解しているからだ。

 

「バディから避難した各職員は今別の拠点にて活動を継続しております。なお、その場所については敵の襲撃を避ける為秘匿しています」

「昨日発生した静岡市葵区御幸町ラフム襲撃についても、バディ機動隊が自衛隊、消防、救急と連携して被害を受けた町の復旧作業に従事しています。今後のバディは長良氏を含めた行方不明者の捜索を続け、これまで以上の力を以てラフム被害への対処、対策を行っていく所存です」

 

 一通りの発表を終えると、官房長官は報道陣からの質問に次々と答えていく。

 

「ここまで様々な決定が行われていますがそれらの決定は誰が行っていますか?」

「計画の判断は我々も参加しています。また、長良氏に代わるバディの責任者はこれまで機動隊の戦術指揮を執り行っていた指揮官がが長官代理としてその席に座し、現在も戦闘時指示を行うと共に決定責任を委譲されています」

 

 これも嘘である。現在のバディの代表は御剣吹雪となっているが、幼い少女の見た目をした吹雪を紹介した所で混乱しか生まない上、御剣家は元より社会の裏に位置するいわゆる”フィクサー”なのだ。そんな集団について言及するのは日本そのもの揺るぎかねない。

 

「セキュリティは堅かった筈なのに何故バディ基地は襲撃されたのですか?」

「バディ関係者にラフムらの構成団体”ティアマト”の構成員が紛れ込んでいました。そこから情報が漏洩してしまったのが事実です。この失敗を受けて現在は職員全員を対象に内部調査を実施し内部セキュリティの強化を徹底しました。また、ネットワーク、搬入経路など外部セキュリティの再度構築、強化も並行して行いました」

 

 以後も簡単な質疑応答を続け、会見の締めとして官房長官が最後に言葉を(ひょう)す。

 それらの文言も原稿に書かれてはいたが、官房長官はその原稿を裏向きにして隠すと、ゆっくりと前を向いた。

 

「現在ラフムの活動は活発化しており、国民の皆様の不安は募るばかりです。実際の所私自身も明日の我が身が知れず恐怖しています。彼らがテロリズムによって政府関係者を狙ってくれば恐らく私も無事では済みません」

「しかし、非力な我々を守り、戦う存在がこの日本にはいます……。それはバディ、そして仮面ライダーなのです」

「ラフムに対抗し得ない我々の代わりにあの怪物に立ち向かう勇者とも言える姿を、私は誇りに思います」

「ですが、彼らにしか成し得ない事であるが故に彼らの失敗を糾弾する声が広がっています。彼らが守れなかった命も沢山ありました…誰もが無力だったと、虚無感が残りただただ悔しいと言う感情のみが残ります」

「しかし、その命に手を伸ばせなかった歯がゆさは彼らも同じな筈です。だからこそ、次は絶対に誰も傷付けさせない為にと今も戦っているのです。命の責任を背負ってまで」

 

 官房長官の言葉は、ラフムに苦しむ日本全国に伝わり、重くのしかかっていた。

 ラフムが表舞台に現れてからまだ三ヶ月程度しか経過していないが、それを感じさせない程にこの国の大地は、命は、心は蹂躙されていた。

 国そのものが荒んでしまう程の、言わば”災害”。

 対抗しうる手段の無い人々は常に不安と恐怖に飲まれ、いつ自分の住む町がラフムの餌食になるか分からない、ただ貪らられるのを待ち、迫る死にただ震えていた。

 

「仮面ライダーは、ラフムに何も出来ない我々の為に、全力で戦っています。そんな彼らに対して我々がすべき事は責任の追及やラフムと同じ力なのだと後ろ指を指す事では無い筈です」

「国民の皆様の気持ちがたった一つになる事は無いと存じますが、私は…ただ、仮面ライダーを信じたい」

「私がまた明日を迎えられる様にラフムと戦い続ける仮面ライダーを、信頼したいのです!」

 

 信頼、その言葉が報道陣の心を突き動かす。

 先日も官房長官同様に仮面ライダーの重要性を説く青年がいた。メディアは勝手に彼を”信頼の青年”と名付けたが、まさか官房長官まで信頼とそう言うとは思ってもみなかった。

 

「ラフムに対し非力な我々が出来る戦いとは、彼らを信じ、言葉と想いを以て支える事に他ならないでしょう!」

「どうか、国民の皆様…ラフムに怯えるのはもうやめにしましょう、仮面ライダーが、バディがラフムに勝利する事を願い、信頼していくのです」

 

――

 

「ここまで仰ってくれるのは嬉しいけれど…本人達にとっては重荷にならないかしら」

 

 中継を見ていた藤村の心配をよそに勇太郎は不敵な笑みを浮かべていた。

 

「確かにプレッシャーは感じます。でも、俺達の戦いが認められていってるのが、何より嬉しい」

「きっとここに楓がいたら官房長官の言葉に喜んでくれると思いますよ」

 

「…そうね。私も、皆の支えとなる様に私の戦いをしていくわ」

「―――官房長官にここまでして頂いた事は非常に良かったみたいですわ」

 

 モニターを見ていた一同の背後から吹雪が声を掛ける。

 

「これから開始する作戦の為に、市井の皆様方のバディへの不信感をより一層払拭させる必要がありましたの」

「吹雪様、その作戦って?」

 

 勇太郎に吹雪は少し目を細めて呟いた。

 

「今度はこちらが仕掛ける番…ティアマトの拠点を襲撃します」



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#70 意味

「金剛が取り付けて下さった発信機によりシャドーラフムが現在駐留している地点が発見されました」

「その地点とは、鹿児島県…桜島」

 

 桜島。巨大な活火山の麓に都市が位置する地である。

 発信機が示す地点は山中であり、人目に付かない場所であった。

 

「ただし発信機の情報も正確とは言えないわ。黒木に気付かれて全く関係の無い場所に取り付けられてしまった可能性もあるわね」

 

 藤村の懸念に勇太郎はだとしても、と返す。

 

「これしか手掛かりが無いんだ、行くっきゃねーっすよ」

「そうね…準備に取り掛かりましょう」

 

――

 

 それからのバディの動きは迅速だった。

 アイアスの完成を主目的としたライドシステムの改修。

 警察と自衛隊と連携しながらラフムとの戦闘を装っての近隣住民避難。

 多岐に渡る作戦プランの構築。

 逃亡ルートを割り出しつつそれらの封鎖。

 

 彼らに逃げ場所を与えないと言う執念が強い連帯感を生み、今まで以上の底力を見せていた。

 

 十二月五日、午後二十一時三十九分。

 御剣邸内、当主自室。

 

「ここにいる多くの人がそれぞれラフム、ティアマトに対して強い想いを抱いている様ですわね」

「ああ、あんな奴らを闊歩させちゃあいけねえって、皆そう思ってる筈っすよ」

 

 紅茶を啜る吹雪をよそに紅茶を飲み干した勇太郎が断言する。

 

「ところでどうして俺を呼び出したんですか?」

「ウインドの事ですわ」

 

 ウインドの名を聞いて勇太郎の目の色が変わった。親友の体を奪って勝手を働く悪逆非道の姿を勇太郎は一秒たりとも忘れた事は無かった。

 

「アイツもいるんですよね?」

「ええ。恐らく」

「御幸町にはウインドだけで無くて黒木も来ていた、これは奴らが一緒に行動していた、あるいは連絡を取り合ってそこに集まっていたと考えるのが自然っすよね。ただ奴らが最後に逃亡した場所は結構離れていた」

「しかしウインドは本州から南下している傾向にあったと。つまり何らかの目的で南部を目指していたと推察されますがその可能性としてアジトのある桜島に向かっていたとしたら辻褄が合う…ですね?」

 

 勇太郎の考察に吹雪は頷く。

 

「逃亡した場所に差異はあったとしてもその後合流は可能ですわ。発信機によればシャドーは破壊された駿河大橋の隣にある安倍川橋を通過して国道一号線に合流、付近のホームセンターで立ち止まった後車に乗って移動したとされていますわ。これは勇太郎達との対敵後にウインドが向かった方角と一致しています。恐らくここでウインドは黒木が乗って来た車へと乗り換えたのでしょう」

「…当たりだな」

 

 そこにウインドがいる。その確信が勇太郎を更に奮い立たせる。

 

「ウインドとの因縁は承知しておりますので、彼奴(きゃつ)との戦闘は勇太郎に一任しますわ」

「ああ、任せといて下さい、必ず楓を取り戻します!」

 

――

 

 同時刻、桜島、ティアマト拠点。

 

「ねーウイくん、そろそろ長良っちに会って欲しいんだけど~?」

 

 ティアマト大幹部が一人、アガルタに呼ばれてもウインドはただずっと車内で横になるシャドーの元にいた。

 謎の発光と共に苦しみ続けるシャドーの傍に付いて甲斐甲斐しく世話をしていた。

 

「こっちに戻ってからずっとシャドーの様子がおかしいんだよ! コイツは俺の信条を分かってくれる”ダチ”なんだよッ!」

「ん~、だからさ、それは”進化の兆し”なんだよ。ラフムが次の段階へと進む為の通過儀礼、ほっといてもダイジョーブな奴だってば」

「だと言っても……」

「ウイくんが長良っちに会えばアイツを苦しめられるんよ、そしたら、シャドーっちもメチャ喜ぶんだってば」

 

「……」

 

 ばつが悪そうにウインドが眉間にしわを寄せながら車から離れその場を後にする。

 

「やっと来たよ、ウイくん。ユーくんは”来い”しか言わないし、グリちゃんはやる気無いからやっぱアタシが行くハメになっちゃったんだよ?」

「面目無い、アガルタ」

 

 ユートピアの謝罪をよそにアガルタは長官の元へと歩み寄る。

 

「と、言う訳で! ウチの幹部、ウインドラフムを紹介するよ~!!」

 

 紹介に預かったウインドがゆっくりと前へ進み長官へと微笑み掛ける。

 

「初めまして、じゃねーのかな、霧島楓(この体)は」

「霧島君…じゃない」

 

 困惑する長官の表情をまじまじと観察しながらウインドは更に口角を上げる。

 

「そ、俺はウイニングラフムと呼ばれていた風の力の本来の持ち主。コイツの力は俺から間借りした偽物の力だったんだよ」

「…そこに霧島君はいないのか」

「ふふ、当然だろ…霧島楓はメンタルズタボロにやられて表に顔出しなんか出来ねぇさ」

 

 焦燥が見て取れる長官の顔を見たウインドはどんどんと気分が高揚していっていた。

 

「”あなたのせいで僕はずっと戦わされて、傷付けて、傷付いたんだ…しんどいんですよ”」

 

 楓の声色を似せて煽り立てるウインドに長官は今までの余裕が嘘だった様に顔を強張らせていく。

 

「君が霧島君で無いのなら、彼の心を代弁しないで頂きたいね」

「何言ってんだ? 俺とアイツはもう一心同体なんだ、俺の意志がアイツの意志になり、”アイツの意志が俺の意志になる”」

 

 ウインドのその宣言に長官が目を見開いた。

 

「ウイニングの意志がお前に反映されるのか?」

「ユートピア!」

 

 思わず口走ったユートピアをシャングリラが制す。

 だが時すでに遅し。長官は今の失言にヒントを得ていた。

 

「今はウインド、君が主導権を握っている様だがその地位も霧島君次第で覆せる、と言う事だね?」

「今のは違う、言葉の綾だ!」

 

 取り繕うウインドに長官は軽く笑みを溢す。

 自分の失態とは言え、それを嘲笑う長官にウインドは激昂する。

 

「テメェ…!」

「やめろウインド、彼はティアマトの呼んだ賓客だ」

 

 ユートピアが止めに入るもののウインドは聞く耳を持たず拳を振り上げる。

 が、その手は次の行動を取らない。

 

「殴らないのかい?」

「…ああ、興醒めした」

「OK、確信したよ。ウインドラフム、君の中に強く居座っている霧島楓君の存在をね」

 

 ウインドが舌打ちすると踵を返して部屋を出ようとする。

 

「待ってくれ霧島君」

「俺はアイツじゃねぇ!!」

 

 長官の呼び止めに語気を高めて反論したウインドは怒りを露わにすると共にその場に留まった。

 

「クソ…頭痛がする…何なんだよホント」

「バーンと戦っても何とも無かったってのに……」

 

 頭を抑えるウインドがその場にしゃがみながら長官を睨み付ける。

 

「そうか、心配してくれていたんだね、霧島君。どうもありがとう」

 

 長官は少し微笑むと天井を方を見上げて顔をしかめた。

 

「火島君の言葉は、響かなかったかい?」

 

 ウインドの頭痛は更に強まり、その場で膝をつきながら言葉を紡いでいった。

 

「アイツは、きっと今でも俺をヒーローか何かだと思ってる! だけど、”僕は”、そんな大層なモノじゃなかったんだ! 僕は自分の中の怒りや暴力に勝てなかったんですよ……」

 

 一通り口走るとウインドは我に返って今起こった事を反芻する。まるで長官に諭される様にして心の奥底にいた霧島楓が這い出て来ている。

 これを危険だと感じたユートピアは即刻ウインドを抱えて部屋から立ち去ろうとする。

 

「待って欲しいというのは、君に伝えたい事があるからなんだ」

「ウイニング、と言う君に名付けた名前の意味……」

 

「それは、君の存在が、きっと人類の”勝利”をもたらすのだと確信したからなんだ」

「アプスの意志では無く、私自身がそう思ったんだ! だから勝手にコードネームを与えたんだ」

「もしそれを重圧と思ってしまったのなら―――」

 

 長官が言葉を終える前に扉は閉まっていた。ウインドは、楓は、もうその場にはいない。

 

「私は、私達は、霧島君に…いや、ただの青年に過度のプレッシャーを与えていたのだろうな」

 

 ”そんな事は無い”

 自分の行いを悔恨する長官の脳裏に声が聴こえた。

 声の主はアプス。神の世界を経由して言葉を届けていた。

 長官が気付くと神の世界を表す砂浜に立っていた。

 

「霧島楓は強いぞ。奴は今、自らの力で”インテグラ”に辿り着こうとしている。ウインドが精神を蝕んでいる現状が更に奴の強い意志を加速させているのだ」

「…インテグラ?」

 

 長官が問うと、アプスは砂浜の向こうにある光を指差す。

 そこには何色もの光が一点を目指し収束していた。



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死斗 桜島決戦
#71 桜島


 十二月六日、午前七時。

 桜島に集結したバディ、警察、自衛隊らによるティアマト拠点突撃作戦、通称”桜島決戦”が開始された。

 まずは各ライダー、ラフムらを隊長としたAからEまでの部隊を編成した。

 ボマー、バーンのE部隊は戦闘を装い近隣住民の避難を促した。

 二か所発見された脱出路にはそれぞれ霹靂のC部隊、バットのD部隊を配備し、住民の避難完了後にオイオノスのA部隊、アイアスのB部隊が拠点正面から突入を開始した。

 突入開始の報を受けたE部隊はそのまま待機、ラフムとの戦闘が勃発した際にそちらへ急行して加勢出来る様に準備と補給を進める。

 

「これより拠点への強行突破(カチコミ)を開始する! 内部構造の全容は分かんなかったからこのまま壁やら扉やらブチ壊して構わん! ラフムを発見し次第、近場の部隊長へ連絡して退避しろ! 絶対に死ぬな!!」

 

 アイアスの稼働耐久性を考慮し変身しないままで先行突入する大護による合図と共に多くの人員が拠点へと侵入する。

 一方のC、D、E部隊は予定時刻である事を確認すると戦闘態勢へと移行する。

 

「変身」

《Change・Thunder》

 

 仮面ライダー霹靂に変身した雷電はふと気が付いた事があり藤村へと連絡を取る。

 

「なあ藤村さん、今更聞いて悪いが、俺達が今待機してる脱出用出口から突入して内部で追い詰めるってのは無理な話か?」

「良い質問ね暁君。でも今回の場合は外で待機していた方が良いのよ。この建物は外から見える部分は一階までしか無く、恐らく地下室が存在しているわ。その状態で全員で中へ侵入してしまうと内部が人で溢れ返って混乱を招き、その隙に敵の襲撃にあったり脱出を許してしまう可能性があるのよ。だから突入する人員を削って、敵が外へ逃げ出せる様に道を作っておくの。その方が逆に相手を誘導し包囲しやすいのよ」

 

 なるほど、と感嘆の声を霹靂が漏らすと、そのまま素直に待機を続ける。

 

――

 

「上が騒がしいな」

 

 拠点にて休息を取っていたバミューダの三人は突入の轟音を聞き、警戒する。ラフムの聴力からすれば上での会話もささやかに聞こえて来る程であった。

 

「僕らの居場所がバレたね、誰がしくじったのやら」

「責任追及は後で良い。ここは逆に不意打ちを仕掛けるか」

 

 バミューダの一人、ユートピアがそう言うとその体をラフムの物へと変貌させる。

 

「たかがバディの戦力如き、逃げる必要など無い」

 

 全身が鋭利な金色のラフム、ユートピアがそう告げると全力で上層へと移動する。

 

「行っちゃったね、ユーくん」

「ああ、彼はともかく…もし上で戦闘が始まっているなら地下はたまった物じゃない。ティアマトを安全な場所へ退避させたいが……」

「それなら多分どうとでもなるよ、ティアマトが語る未来は確定してるワケじゃん。だからこっちで何をしようがティアマトと長良っちは会う事が出来るっしょーが」

「…アガルタにしては冴えてるね」

「なんじゃとー!」

 

 ごめんごめん、とシャングリラが平謝りする。

 彼らが余裕を見せるのも、人間を意のままに操るユートピアの能力に信頼感があったからだ。

 どれだけの強さを誇っても専用の対策を施さない限り防ぐ事の出来ない、まさしく”初見殺し”はおおよそバディを完封に追い込めるだけの力であった。

 

――

 

「…まさかここが気付かれたか!」

 

 バミューダと別の部屋で昏睡したままの黒木を看ていたウインドは危険を察知し黒木に起きる様呼び掛ける。しかし彼は全く反応しない。

 

「恐らくバミューダの連中が迎撃に出てるだろうが、寝てるダチをそのままにってのは出来ねぇよな」

 

 そう呟いてウインドは黒木を抱えて外へ出る。

 拠点からの脱出口、そこから一直線で拠点から離れた場所に出れる事は把握していたのでそのまま進んでいく。

 戦線離脱すればバミューダから何を言われるか分からない故、ひっそりと立ち去る。

 

「よし…ここまで来ればこのまま逃げられるな。その後は…どうするんだっけ?」

 

 自分の行動に違和感を覚えるウインドだったが、まるで心の奥底から突き動かされる様に出口を目指した。

 

 ようやく辿り着いた出口の扉を開け、眩しい日差しを全身に浴びる。

 

「外に出られたか―――」

 

 ウインドは絶句した。

 

 目の前に、バットラフム、先日御幸町にて戦った相手が待ち構えていたのだ。

 

「まさか本当に現れるとは…勇太郎様! こちらの地点にウインドを発見。このまま戦闘に入ります!」

 

 対ウインド要因も兼任していたバーンに連絡すると、バットはそのまま空高く舞い上がってウインドへと先制攻撃を放つ。それと同時に同行していたD部隊員らによる銃撃も開始される。

 

「チッ…ウゼェな、コウモリ野郎!」

「黒木も確認…このまま一網打尽と行きましょう」

 

――

 

 ウインドとバットが遭遇していた頃、A部隊とB部隊は奥から高速で突撃してきたユートピアとの交戦を開始していた。

 

「邪魔な奴らだ…ティアマトの目的遂行の為、死んで貰う!」

 

《Pandora・Enigma》

 

 部隊員による銃撃をもろともせず進み続けるユートピアをオイオノスが食い止める。

 

「変身してて良かったぜ…ここは俺が食い止めっから部隊員は退避、大護くんはアイアスをお披露目しちゃってくれ!」

「了解! 見せてやるぜ、人類が負けちゃいねぇって証拠をな!!」

 

 大護が息巻くと、あらかじめ腰に巻き付けていたアイアス変身用のベルト、”ロインクロス・トループ”の稼働スイッチを入れる。

 

《アイアスシステム・ブート》

 

 女声によるアナウンス音の後、警告音と共に次のアナウンスが続く。

 

《赤いボタンを押し込み、グリップを引いて下さい》

 

「変身ッ!!」

 

 力強い叫びを上げて大護はベルト右側のグリップを引く。

 

《アクセプト・仮面ライダーアイアス。救助を優先し、落ち着いて行動しましょう》

 

 全身から余剰熱を排気する仮面の戦士。遂に完成した人類究極の戦闘装甲。

 プロトの際の仮面部は覆われ、ウイニング等のライドシステムから流用されていた装甲部やインナーは廃され、更に人間に適した物へと一新されていた。

 

 仮面ライダーアイアス。

 

 ただの人類の一武装でありながらティアマト大幹部と相対している筈だが、そこに心許なさは微塵も無かった。

 

「…新しい仮面ライダー? だとしても俺には勝てない。絶対にだ」

「その自信、人間(おれたち)の意地で打ち砕いてみせる!」



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#72 智慧

 遂に完成した仮面ライダーアイアスの初戦はティアマト大幹部の一人、ユートピアラフム。

 あまりにも分が悪すぎる相手だが、アイアスには勝機が見えていた。

 

「藤村金剛、戦闘を中止しろ!」

「ユートピア君よォ、君の能力は既に解析済みだぜ!」

 

《Pandora・Enigma》

 

 ユートピアの能力を無視してオイオノスは強化を続ける。

 

 ユートピアが有する、”呼ばれた相手は必ず彼の命令に従う”能力は以前ウイニングやバーンに使用されていた。その時のデータから現在ライドシステムの全てに電子耳栓を搭載してあるのだ。

 大規模な戦闘や狩猟時など、大音量の発砲音が交錯する場面において人は聴力が大幅に削られる。それに伴う聴覚障害を防ぐ為に開発された電子耳栓は発砲音などを自動で識別してシャットアウトする。

 そうした技術から陸上自衛隊の試験射隊の協力を得てライドシステムでの応用が実現したのだ。

 

「無駄に凄い技術使ってんだぜ、コレ。お前の声だけ聞こえない様になってるんだ…勿論、アイアスにもな」

 

 オイオノスはそう言うと取っ組み合っていたユートピアを突き放して少し距離を取る。

 と、後ろからアイアスが猛突進して来ていた。

 

「ッオラァッ!!」

 

 アイアスによるパンチがユートピアの胸部に炸裂する。

 ラフムに匹敵するか、それ以上の破壊力を持った殴打はユートピアの呼吸を一瞬奪い、その場に倒れ込ませた。

 

「…おお、ブン殴っても壊れねぇ」

 

 プロトアイアスから改良された耐久力に感嘆する大護は、目の前で膝をついている大幹部を前に拳を強く握り締めた。

 

「やってやったぜ……やってやったぜ!!」

 

「調子に乗るな…人相手でも容赦はしないぞ」

 

 ユートピアが先程とは比べ物にならない瞬発力でアイアスへと飛び掛かる。

 全身の棘が更に鋭く、指先の爪は刃の様に伸びていた。

 

 まるで獣の様な姿へと変化したユートピアの斬撃でアイアスの装甲が破断される。

 

「なんだありゃ…まるで狼じゃねぇか、あの姿」

 

 敵の能力上昇に呆れ果てるアイアスだったが、そう言っている余裕も無い。

 このままではスピードの差でアイアスの力を上回られてしまうだろう。

 何か良い案は無いのか藤村に連絡を取る。

 

「先生、完全にスピードで負けてるんだが!?」

「対策ならもうすぐ完成してるから二分間耐えて頂戴」

 

 二分間、敵に圧倒されている状態では非常に長く感じる時間だが、アイアスは意を決して受け入れる。

 

「なるはやで頼む…ッ!」

 

 俊敏な動きを見せるユートピアの動きを読み、攻撃の瞬間に上手くかわしながら場をしのぐ。途中危険な瞬間があったもののオイオノスの突貫により難を逃れた。

 

「カセット、ロープ!」

 

 オイオノスの右腕から伸びるロープが隙を見せたユートピアに絡み付き、動きを止める。

 

《Pandora・Enigma》

 

「三回も強化すれば充分か…行くぜ!」

 

 体の自由が利かないユートピアに組み付いたオイオノスが隙を見てウェアラブレスのグリップを三度押し込む。

 

《Pandora・Dogma》

 

 パンドラ・エニグマによって強化され続けたオイオノスの能力が解放され、凄まじい威力で中指を弾き、ユートピアの額に直撃させた。

 

「究極デコピン、ゼロ距離射だッ!!」

 

 ユートピアの動きが止まり、安堵するオイオノスだったが、その瞬間ユートピアが再起し、近くにいたオイオノスを吹き飛ばした。

 

「悪いな、”進化したラフム”は一般的な個体よりも遥かに耐久性が高まる。貴様らの小細工で倒れる俺では無いぞ」

「クソ…効いてねぇのかよ」

 

 損傷部を瞬く間に回復させながら立ち上がるユートピア。彼が見せる異常な程の耐久性はシャドーを彷彿とさせる。

 

「これこそが”進化”したラフムの力だ。例え俺の能力に対抗した所でお前らに勝てる術は無い」

 

 獣の姿を取るユートピアの俊敏な突進によってオイオノスが吹き飛ばされてしまった。

 

「金剛先生!」

 

 呼び掛けに応答しなくなったオイオノスにアイアスは焦りを募らせる。

 

「余所見をしている場合かッ!」

 

 ユートピアは続いてアイアスを狙う。未だ能力がユートピアの本領に追い付かないアイアスでは勝ち目が無い。そして、ここで一発でも彼の猛攻を受けてしまえばアイアスの防御性能をしても機能停止は免れないだろう。

 

(まだここで終われねぇよ…!)

 

 まだユートピアを倒せていないと悔恨するアイアス―――大護だったが、ここまでの戦いは希望へと繋がった。

 

 アイアスの緊急脱出システム―――装着車の危機を察知して自律操作を開始、強制的にその場から離脱する機構により内部コンピューター群により並列計算された安全地帯へと退避した。

 

「うおっ!? 避けてくれたのか!」

 

 ユートピアの猛攻を回避したと同時に武蔵博士から連絡が入る。

 

「大護! 完成したぞ!」

「完成って、対策のヤツか!? つか何で親父が―――」

「管轄の関係じゃよ! それより、”イートリッジ”を送るぞ! そいつをベルト横の空洞に装填するんじゃ!!」

 

 手探りで指定していた部分を見付けたアイアスの眼前に一つのイートリッジが出現する。

 

「! 何が起きている?」

 

 ユートピアが唐突に発生した現象に警戒するが、状況の考察よりもアイアスの撃破を優先する。

 

「何か起こる前に倒すッ!」

「見切ったぜ」

 

 獣の性質による敏捷性、攻撃力があったとしても動きが単調になってしまい、戦闘経験の豊富なアイアスに動きを読まれてしまうのであった。

 

 軽やかにユートピアの攻撃をかわしたアイアスはイートリッジを起動させる。

 

《Palladion》

 

 パラディオン。起動音にてそう示されたイートリッジを装填し、グリップを引くと、新たな音声が発せられる。

 

《ネームド・Palladion》

《アクセプト・エキスパンション》

 

 アイアスの装甲が一旦排除され、新たに構成された白銀の装甲が取り付けられる。

 騎士や石膏像を思わせる装甲が全身を覆った時、各部に走る青いラインが発光する。

 

「大分動きやすくなったな」

 

 仮面ライダーアイアス・アーマード・パラディオン。

 ユートピアに対抗する為の人口イートリッジを用いたアイアスの拡張装甲。

 ギリシャ神話等における都市を護りし像の名を(かたど)った戦士は困惑するユートピアへと腰に備え付けられていたバレットナックルを構える。

 

「ユートピアラフム、ここでお前を撃破する」

「強化を得ただけで勝利を確信するとは、その慢心が命を左右するぞ」

 

 ユートピアがその圧倒的速度でアイアスの背後へ回り、鋭利な爪で一突きしようとするが、寸前で回避された上に今度は逆に後ろへ回り込まれていた。

 

「ブッ倒れろ、ユートピア!」

 

 バレットナックルの連射がユートピアの背中を撃ち抜く。一撃一撃は軽いが、アイアスは急所に、何発も、正確に、撃ち込んでくる。

 

「ごおッ!?」

 

 隙を見せれば、目や口内、関節部へとバレットナックルの衝撃が放たれる。反撃しようとするが全てかわされていき、またも反撃。ユートピアは一方的に制圧されていた。

 

「まさか人力ライダーがこんなに強いなんてな! 俺自身も驚きだぜ! だがずっとチマチマ攻撃してても埒が明かないからな…そろそろ終わるぜ」

 

 アイアスはベルトのグリップを引く。

 

「…必殺技とかねーの!?」

「それが、人ベースのライダーで能力の解放を行うと反動で確実に損壊してしまうのよ。ごめんなさい」

 

 藤村からの指摘を受けてアイアスはこれ以上の能力強化が出来ない事実を知り落胆する。

 

「話は聞いたぞ…豆鉄砲しか撃てないならば、お前らに勝ち目は無いぞ」

「…俺にゃ幹部級ラフムを倒せる力は無いらしい」

 

 折角の対策として打ち出されたパラディオンを活かせずにいるアイアスは残念がるが、勝ち目のない状況に絶望はしていなかった。

 

「人の力のみでアンタに勝つにはまだまだ強化は必要か…だが」

「オイオノスの強化はこんなモンで良いだろ」

 

《Pandora・Dogma》

 

 ユートピアがアイアスに気を取られていた隙に倒された振りをしていたオイオノスがパンドラエニグマによって強化を重ねていたのだ。

 

「人の真の強さは頭を使う事だ。進んで獣になっちまったお前に、理想郷を語る資格はねぇッ!!」

 

 オイオノス渾身の飛び蹴りがユートピアを地へと叩き付けた。



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#73 本気

 十二月六日、午前七時三十七分。

 桜島、ティアマト拠点。

 

 仮面ライダーオイオノス、アイアスの率いるA、B部隊の奮戦によりユートピアラフムの無力化、確保に成功。

 二点確認されていた脱出経路の内、バットラフムらD部隊の待機していた地点にて戦闘が開始された事からオイオノス―――藤村金剛の発案により霹靂が先導するC部隊を拠点内部に突入させる”挟み撃ち作戦”が敢行される事となった。

 

 先陣を切って拠点探索を進めるA、B部隊は地下四階まで降りると、下に続く階段が無い事に気付いた。

 

「金剛先生、もしかしてここが最下層か?」

「らしいね」

 

 この場で最も判断力に優れるオイオノスにアイアスが問う。

 ここが最下層ならばティアマト大幹部、更には誘拐された長良長官がいる可能性が高い。一行は気を引き締めて全ての部屋をくまなく捜索する。

 

「隊長、こちらにもう一つ部屋が」

「! 迂闊に開けるなよ、ここは俺達が行く」

 

 部隊員の発見したその扉にアイアスが手を掛ける。

 オイオノスと頷き合ってから一気にその扉を開ける。

 

「動くな! ってうぉぉぉおお!!」

 

 アイアスが突入した途端、イカを模した巨大な触腕が部屋から飛び出し、彼を弾き飛ばす。

 

「この触手、アガルタラフムだ! 総員一旦後退して射撃開始、その隙に俺達が本体へ突っ込む!」

 

 部隊員らの支援射撃を受けながらオイオノスが右手を変形させる。

 

「カセット、パワー!」

 

 鋭利な刃、パワーアームでアガルタの触腕を切断して部屋への道を切り開く。

 

「…ありゃ、イカ腕ちゃん切られちった」

 

 部屋の中で触腕を伸ばしていた張本人、アガルタラフムが頭を掻きながら溜息をついていた。

 

「ティアマト大幹部、アガルタラフム…!」

「いやー…まさかユーくんがやられちゃうとは思わなかったな、人類もまだまだやるよってカンジ?」

「カセット、ネット!」

 

 アガルタの言葉に応じる事無くオイオノスはカセットアームによって彼女を拘束する。

 

「手荒だが時間が限られてんだ、シャングリララフムはどこだ」

 

 ネットアームによって射出された網を縛り上げてアガルタに聞き出すと、奥から年若い少年―――シャングリラが顔を出した。

 

「ここにいるよ、彼女の拘束を緩めてあげて」

「悪いが(ほど)きはしないぞ」

 

 シャングリラは軽く頷くとアガルタへと視線を落とす。

 

「…彼女は簡単にそこから脱出出来る。僕も反撃が可能だ。ティアマト大幹部二人が今の君達の戦力でどうにか出来る相手では無い事はすぐに分かる筈だ」

「そうだな…だからこの際戦闘は避けようぜ」

 

 オイオノスは変身を解除すると部隊員らを一歩下がらせる。

 

「俺達の目的は長官の救出だ。お前らの捕縛は優先しちゃいねえ」

「ふふ…つまり逃げろと?」

 

 微笑むシャングリラに変身の反動によって息を荒げる金剛は精一杯の不敵な笑みを返す。

 金剛としては本当に戦闘は避けたい所だったが、臨戦態勢を整えているシャングリラの放つ覇気の強さから、並の小細工では彼らが自分達を見逃してくれるとは全くもって思えなかった。

 

「こちらとしては満身創痍の君達にとどめを刺してしまった方が大分効率が良い訳だけど、命乞いでもするのなら見逃してあげる」

「……」

「…助けてくらさい命だけはなんでもしますから靴も舐めます神様にお祈りもしますごめんなさいごめんなさい僕が悪かったです降伏します降参します謝罪します許してください助けてください!!」

 

 ―――は?

 シャングリラが思わず声を漏らす。

 急に金剛が必死に泣いてせがむ様子に混乱したが、一秒程の間を置いてじわじわと彼の無様な様子を理解する。

 

「あー、マジでか、藤村金剛…ふふふ」

「はははッ! はーはっはっ!!」

「君、プライドとか無いワケ? こんなに簡単にアッサリとそんな馬鹿をやらかしてくれるのか、つくづく面白い人だ」

 

 シャングリラの嘲笑がこだまする。アガルタはその様子をただじっと眺めていたが、顔色を変えずに佇む金剛に違和感を覚えていた。

 

「…グリくん、なんか変だよ」

「変? この男が変わっているのは元よりだ。それに何か考えがあったとしても僕らの力があれば問題無いよ」

 

 金剛の頭を平手で叩きながらシャングリラは彼の様子を眺める。

 

「良いモノ見せて貰ったよ。それで、辞世の句は今のでオッケーかな?」

 

 シャングリラがそう呟くと、金剛の首へと手を回し、強く締め上げ始めた。

 

「相手の命乞いを一通り聴いてから殺す、これが一番相手の絶望する死に方だろう…ティアマトを裏切った君に似合いの死に方だね、藤村金剛」

 

 段々と首を絞める強さが上がっていく。苦しさの余り金剛は何も言葉を発せなくなっていたが、意識を失う瞬間、口角を上げてみせた。

 

「!?」

 

 シャングリラが警戒する間も無く、後ろから電子音が鳴り響いた。

 

《Thunder・Attack》

 

「ぐぅおおおあああああッ!!」

 

 シャングリラの体に強力な電撃が流れ込む。挟み撃ち作戦決行に伴いこちらへ向かっていた霹靂がようやく到着し、金剛の危機にその隙に金剛は彼の体を蹴り飛ばして感電を微弱な程度に抑える。

 

「いつぞやのお返しだぜ、バミューダ」

 

 感電によって倒れ込むシャングリラを目撃したアガルタは触手を出現させサンダーを攻撃しようとするが、横から射出された空気弾によって阻まれた。

 タイミングを狙って合流したアイアスの持つ武装、バレットナックルによる射撃がアガルタの触手を更に狙い撃つ。

 

 二人の攻撃によってバミューダの二人が怯んでいる内に金剛が再び変身する。

 

《Change・Pandora・Frustration》

 

「げほっげほっ…無様な道化を演じて時間稼ぎしたお陰でこの場にライダー三人揃い踏みってね」

「かと言って俺はバッテリー切れ間近、金剛先生は暴走しちまいそうなんだがな」

「だったら後は俺に任せろ」

 

 霹靂、アイアス、オイオノス。その場に集った仮面ライダーらに、シャングリラは顔をしかめると、その姿をラフムの物へと変貌させる。

 

「? アガルタは変貌しないのか」

 

 金剛の問いにアガルタはふふ、と笑みを溢す。

 

「グリくんがラフムの姿を見せちゃったからにはもう勝ち確だし教えちゃおっか、ワタシのヒミツ」

 

 アガルタは背後に無数の触手を発生させると、まるで花の様に広げてみせた。

 

「アガルタとして進化する以前のワタシ―――それは」

 

「ヒューマンラフム・個体名”黄金(こがね) 舞華(まいか)”」

「”ヒト”の性質を持った、ラフム」



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#74 人力

 ヒトのラフム。

 地球上で霊長としての地位を築いた知恵と文明の生物。

 

 この世界に溢れる無機物や有機物、生物、概念。それらに意味を与えた存在である人類としての特殊な在り方がラフムの性質として表われるならば、それは並大抵のラフムとは一線を画す力を有していると思わざるを得ないだろう。

 

「しかしそれは進化前の話だろ? だったら今はアガルタ? の性質を持ったラフムなんじゃねーのか?」

 

 アイアスが問うと、オイオノスは深刻な口調で多分違うよ、と答えた。

 

「彼女がラフム化しても人の姿を保っている理由、それは恐らくヒューマンラフムとしての力が残っているからだろう…そして、人の性質を持っている、とするならば人としての特徴が大きく表われるんだろうが、だとしたら……」

「そう、”知能”。人が最強たる所以である賢さが私のチカラ…あんまし頭使いたくないけどね、たっくさん甘い物食べたくなるから」

 

 アガルタに警戒していると、シャングリラの右腕が変化した鞭が一行を狙う。その攻撃にいち早く気が付いた霹靂は皆を守ろうと防御態勢を取るが、直感的に危険を察知した。

 

《Thunder・Attack》

 

 全身に電流をまとわせた霹靂が咄嗟に左腕のみで捌くように防御する。が、シャングリラの攻撃はあまりにも強力過ぎた。気付いた頃には霹靂の腕が宙を舞っていた。

 

「―――!?」

「…シャングリラの攻撃はヤバい、逃げろみんな!!」

 

 痛みを堪えながら霹靂は叫ぶが、シャングリラはその姿を嘲笑う。

 

「逃げ場なんかどこにも無いよ。ここは既に僕の理想郷(シャングリラ)…僕の思うがままに全てが叶う空間なんだから」

 

 オイオノスが辺りを見回すが、特に空間に異変は無い様に感じる。が、その場所が扉や壁で間仕切られた場所である事から、その一室に自分の能力を適用している物であると推測した。

 試しに瓦礫を蹴ってみると、部屋の入口の見えない隔たりに当たって跳ね返って来た。

 

「見えない障壁で封鎖されてる訳か」

「そ、逃げようと思ったって無駄だよ」

 

「暁、腕は大丈夫か?」

「大丈夫ッス、これでもラフムなんで。それより、アイツが俺に触る時電流を流してやったんですがまるで効いちゃいねぇ…現状の攻撃力じゃどうやってもシャングリラは倒せないッスよ」

 

 出血部を電流で焼く事で強制的に止血した霹靂がシャングリラを睨むと溜息をつく。

 

「取り敢えずここは俺が行く。暁はケガ、金剛先生もそろそろ限界だしな」

 

 いきり立つアイアスにオイオノスは一つ提案をする。

 

「暁君、ブレードフォームに変身してくれないか?」

「? この場所は外から隔絶されてるんじゃ」

「…多分ライドシステムなら生きてる。ブレードフォームの武装を武蔵君に貸してほしい」

 

 霹靂は頷くとホルダーからブレードのイートリッジを取り出す。この事からライドシステムを使用出来ると判断した霹靂はフォームチェンジを実行する。が、地中から出て来た触腕がそれを阻む。

 

「悪いね、少しの油断もしたくないんだワ」

 

 アガルタは触腕で奪ったブレードイートリッジを受け取ると、着ていたパーカーのポケットにしまう。

 

「武器くらい寄越させてくれよ!」

 

 オイオノスの苦言にシャングリラが殴打で返す。

 

「うるさいよ。ここで君達が出来る事なんて何も無いんだから、大人しく死んでくれ」

「うるさいのはそっちの方だ…どんな立派な心持ちかは知らねえけど、それで何人も罪の無い人を殺した事、心が痛まねぇのかよ!?」

 

 ウェアラブレスの作用による精神の不安定さでオイオノスは(たかぶ)る。が、この状況を打破せんとする意志が彼の心を支え、力とする。

 

《Pandora・Enigma》

 

「痛まないね。僕達が正しかった事はいずれ証明されるからね」

 

《Pandora・Enigma》

 

 パンドラ・エニグマの連続使用でオイオノスの能力を更に高め続けていく。

 

 

「そうかい…俺は、心が痛くて心底辛かったぜ」

 

《Pandora・Enigma》

 

「俺の作った技術が沢山の怪物を生み出して」

 

《Pandora・Enigma》

 

「沢山の人を殺した事実に正直耐えられなかった」

 

《Pandora・Enigma》

 

「それで、お前らが叶える理想郷の為にこの世界はまさに反理想郷(ディストピア)になっちまったが」

 

《Pandora・Enigma》

 

「お前らはなんにも気の毒に思わねぇんだよな」

 

《Pandora・Enigma》

 

 度重なる能力解放による肉体強化はオイオノス―――金剛の体を蝕み、活性化された細胞は破壊と誕生を繰り返し、金剛はその循環によって苦しみ続けていた。

 だが、今まで命を奪われた人々の苦しみを想い、立ち上がる。

 自分の罪が許される事なんて無くて良い。ただ、これ以上悲しみが続くのは見ていられない。

 

「気の毒? これから救われる人々に対して別に罪悪感なんて湧かないよ」

「本気かよ……だったら、もう殴って止めるしか無い、よな」

 

《Pandora・Dogma》

 

 今までとは比べ物にならないレベルの能力解放、それによる負担はあまりにも大きいが、構わずオイオノスはシャングリラへと走る。

 

「グリくん、避けてッ!」

 

 アガルタの指示でシャングリラは何とかオイオノスの突撃を回避する。が、攻撃の余波と共にオイオノスの黒と紫の粒子がシャングリラを包み吹き飛ばす。

 

「うぉぉッ!?」

「俺の命に代えても―――お前らは止めるぜ」

 

 オイオノスの口部から彼の血が吐き出される。ほとんど人のそれと変わらない金剛の体は既に限界を迎えていたが、まだ倒れない。

 

 今度はアガルタすら補足出来ない程の瞬発力でシャングリラを翻弄し、彼へと拳を見舞う。

 

(僕の力をしても防げない!?)

「不思議か? 俺の強さが」

「これは…やせ我慢だ!」

 

 血を吐きながらもオイオノスは更にシャングリラへと打撃を繰り出していく。

 

「やせ我慢? 下らない…」

「だがな! このやせ我慢は、本当に守りたいモノが、勝ちたい相手がいるヤツにしか出来ないやせ我慢だッ!!」

 

「ふざけるなっ! ここは僕のシャングリラなんだ! ここでは僕の理想が叶う! 僕が全てなんだ、なのに! なぜ!? なぜ君は僕を超えようとしているんだよッ!?」

 

 自らに有利な盤面である筈なのにオイオノスが食らい付いて来ている状況をシャングリラは理解出来なかった。オイオノスの執念に恐怖すら覚えた。

 

「だが! 僕とてラフムの大幹部、我らの願いを叶えるまではッ!」

 

 シャングリラとオイオノスの高速かつ立体的な戦闘を開始する。お互いに拮抗し、傷つけ合う。

 

「僕はラフムとしての使命を果たすッ!!」

「俺は人間としての責務を全うするッ!!」

 

 二人の衝突は粒子の大規模な放出を生み出し、爆発した。

 衝撃により戦闘形態を維持出来なくなった二人は人の姿に戻り、倒れ込む。

 

「先生!」

 

 大量に出血している金剛にアイアス、霹靂の二人が駆け寄る。人の精神を蝕むウェアラブレスの機能と人間の耐久性を凌駕した高速機動は金剛の体を破壊していた。

 

「暁君…」

「先生、喋んな! 苦しいだろうが!?」

「とにかく聞いてくれよ」

 

 掠れた声で何かを伝えようとする金剛に耳を傾ける。

 

「隙だらけだよ!」

「邪魔させっか!!」

 

 未だ攻撃を続けるアガルタの触手をアイアスは携行していたバレットナックルで切り裂く。

 

 

「暁君はかつて自分の力を制御出来ずに暴走させたと聞いたよ…」

「ウス」

「俺もオイオノスに変身してちょっと分かった事がある…さっきの戦いでも結構メンタルヤバかったんだぜ?」

「それでも俺、何とか踏ん張れたんだ…なりたい自分に変身しようって思ってな」

「なりたい自分、変身…」

「そうだ。お前ももしまた暴走しちゃいそうな時は、なりたい理想の自分を想像してみてくれ、暁君の事あんま知らんから変に気負わせるかも知れないけんど、きっと出来るって思ってる、ぜ―――」

 

 金剛の体から力が抜け、霹靂の腕の中で意識を失った。

 

「オイ! 金剛先生!」

 

 もう言葉の返って来なくなった金剛に、霹靂は仮面の裏で涙を流す。

 が、泣いてる暇を与えない様にシャングリラが再起する。

 

「進化したラフムの耐久性を、舐めて貰っては困るよ」

「クソッタレ! シャドーの時と同じか!」

 

 シャングリラの復活にアイアスは完全に不利な状況に追い込まれていた。

 目の前の絶望的な状況に霹靂は拳に力を込める。

 

「……」

「なってみせるぜ、先生」

「ヤツらを倒して先生を一刻も早く助ける、最強最速の仮面ライダーにな」

 

 強い決意と共に立ち上がった霹靂の手には、ボルトリガーが握られていた。

 

《Voltex》

 

「なりたい自分……」

「―――変身ッ!!」

 

《Change・Thunder・Voltex》

 

 ボルトリガーの装填と同時に広範囲に渡って電撃が走る。光に視界を遮られたバミューダらは攻撃が阻害される。

 

「一体何が起こった!?」

 

 シャングリラは戸惑いを見せるが、それは大きな隙を生んでいた。そのたった一瞬が、新たな力を手に入れた霹靂の鉄拳を撃ち込むチャンスとなった。

 全く予測出来ない状態から繰り出されたパンチにシャングリラは体のバランスを崩した。

 

「雷轟走り悪を断つ」

「正義を貫きライドする仮面の戦士」

「その名をまさしく…」

「仮面ライダー…霹靂!」



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#75 雷霆

「雷轟走り悪を断つ」

「正義を貫きライドする仮面の戦士」

「その名をまさしく…」

「仮面ライダー…霹靂!」

 

 黄金に輝く雷の意匠を持った戦士は周囲にプラズマを纏わせながら戦闘態勢を取る。

 

 仮面ライダー霹靂・サンダーボルテックス。

 

 雷電が今までコントロールしきれなかった雷の性質を最大まで解放した、霹靂の完成形。何度か訓練にて試用した事はあったが一度も変身を成功させた例は無く、事実上変身不可能の形態とされていた。

 しかし、彼は己の力の強さと心の弱さを断ち切り、遂にその力を我が物としている。全ては金剛の想いを受け継ぐ為、絶体絶命の状況を打開する為の強い意志が彼の限界を砕いたのだ。

 

「暁…やったのか」

「ああ、こっからは、速攻勝負だ」

 

 サンダーボルテックスが金の粒子を放出し、再びラフムへと変貌したシャングリラに浴びせる。

 粒子は電気を纏っており、以前とは比べ物にならない高電圧がシャングリラを苦しめる。

 

「ぐお、おお…」

「まだまだ行くぜ!」

 

《Thunder・Attack・Voltex》

 

 サンダーボルテックスはスピードを上昇、多方向からの連撃でシャングリラを翻弄しながら幾度と無く打撃を加える。

 

(俺の雷が通ってる! このままブッ飛ばす!!)

 

 途中アガルタの触腕がサンダーボルテックスの行く道を阻むが、バレットナックルで難なく切り裂いていく。

 

 光と共に敵を貫いていく姿は、まさしく雷の様だった。

 

「強ぇ…」

「やば…チートじゃん!」

 

 方々からの言葉がサンダーボルテックスの力の強さを物語る。

 妨害工作を続けながら彼の能力を測るアガルタは、ある事に気付いた。

 

 かつて彼女はウイニングボルテックスと対戦した事があったが、今目の前にいるサンダーボルテックスはその時のウイニングとは比較にならない程の性能差を感じていた。

 

「―――まさか」

 

 アガルタが息を吞む。最も相性の良い性質を持ったアイテム同士で強化変身を行った際に付加されるスペックは、”プラス”ではなく”クロス”。

 

「サンダーくんの今の状態は、イートリッジ+(たす)ルトリ(引き金)ガーじゃなくって、イートリッジ×(かける)ルトリ(引き金)ガー、ってコト…!?」

「バカじゃないの、そんなん強いワケじゃん!!」

 

 アガルタが狼狽していると、尚も攻撃を食らい続けているシャングリラが声を張り上げ彼女の名前を呼んだ。

 

「アガルタ! ティアマトの事は頼んだよッ!!」

 

 シャングリラの叫びと共に彼の形成した空間が解除され、アガルタは真っ先に奥の部屋へと走る。

 

「待て!」

 

 アイアスが彼女を追って走るが、触腕に通路を塞がれ、立ち入る事が不可能になってしまった。バレットナックルで触腕を叩き切りながら進もうと画策するが、逃亡に集中したアガルタは何度切られようともすぐに触腕を生やしアイアスを遠ざける。

 

「アガルタは逃げおおせたね…なら後は時間稼ぎするだけだね!」

 

 サンダーボルテックスの攻撃から脱したシャングリラは再び空間を形成してサンダーボルテックス、金剛と自らを閉じ込める。

 

「暁!」

 

 空間の外に出てしまっていたアイアスが叫ぶが、サンダーボルテックスは親指を立てて無事を伝える。が、重症の金剛もこの空間に居続けている事だけは気掛かりだった。

 

「おい、グリなんとか! お前にも人の心が残ってんならケガ人だけでも逃げさせろよ!」

「…悪いね、藤村金剛は生かしておいたら困るヤツなんだ。それは出来ない」

 

 そうか、とサンダーボルテックスが返すと、ボルトリガーの引き金を三回引き、能力を最大開放する。

 

《Thunder…ImpactVoltex》

 

「これで終わりだ―――!?」

 

 サンダーボルテックスが渾身の一撃を放とうとしたその時、体に異変が起こった。

 今まで制御していた力が、遂に暴走を始めたのだ。

 かつて西荻窪にて見せた怪物・サンダーラフムとしての力が目覚めてしまった。

 

 全身が帯電し、光輝きながら体を巨大化させていく。

 仮面ライダーとしての鎧を突き破り、蜘蛛と人が融合した様な異形の巨獣が顕現する。

 ボルテックスの力と雷電の鍛錬によってサンダーラフムはその力を増しており、物理的にシャングリラの空間を破壊してしまった。

 

「なんだよ、この力…これがサンダーラフム?」

 

 初めてその力に触れたシャングリラは、ティアマト大幹部を優に超えた強大すぎるラフムの猛威に恐怖を隠し切れなかった。

 サンダーが空間どころか拠点の天井を突き破り出した事で瓦礫が崩落して来る。

 

「暁ッ! そこには金剛先生もいるんだぞッ!」

 

 アイアスが落下する瓦礫を掻い潜りながら金剛の元へ走る。が、天井から一際大きい瓦礫が飛来してくる。その巨大さ故、このままではアイアスのみならず、金剛までもが瓦礫の下敷きになってしまう。

 回避不可能の事態に思わずアイアスは目を閉じてしまった。

 

「―――?」

 

 普通ならば瓦礫が落下しているであろう瞬間を過ぎても体には痛み一つ無い。アイアスが目を開けると、瓦礫に押し潰されていない自分と金剛、そして周囲の薄暗さに気付いた。

 上を見てみると、巨腕を被せて二人を庇うサンダーの姿があった。

 

「…暁」

 

 サンダーは何も言わなかったが、確実に彼らを”守っていた”。周りを顧みず暴れ続けていた過去とは違う、その力を制御とは行かずとも自分の意志を以て動かしていた。

 

「―――ありがとう」

 

 アイアスの心から出でた感謝の言葉に、確かにサンダーは頷いて返した。それからすぐ彼はシャングリラへと視線を向けると拳を握った。

 シャングリラへと放たれたサンダーの拳は電撃を放ちながら彼を殴り付け、辺りの壁毎破砕する。

 サンダー渾身の一撃が決まりアイアスが歓喜するが、その瞬間にサンダーは粒子と共に縮小し、雷電の姿に戻ってしまった。加えて彼は体が全く動かせない状態で倒れ込んでしまった。

 

「ふぅ、やっと効いたか」

 

 瓦礫の中から傷付いたシャングリラが出て来て呟きながら微笑むと、自らの力について話を始める。それはまるでアイアスに自慢する様な口調だった。

 

「僕の進化前の性質は”クロタルス”、ガラガラヘビの力だよ」

「クロタルスの持つ能力でサンダーは神経毒に侵された。もう一歩も動けないよ」

「敵討ちと行くかい、人の仮面ライダー」

 

 シャングリラは余裕そうに問うが、彼も霹靂の奮闘によって既に戦う程の力を失っていた。

 

「…当初の対敵時と目的は変わらない。俺達は長官を連れて帰るからお前らもこっちの増援が来ない内に逃げろ」

「言っとくが俺はまだ戦えるぜ」

 

 不敵な笑みを浮かべるアイアスに、シャングリラはばつが悪そうにその場を後にする。

 

「大幹部を二人も逃がした事、後悔しないでよ」

「ウチの大将を返しちまった事、後悔すんなよ」

 

 皮肉めいた言葉を交わし合うと、シャングリラは余力を振り絞ってその場から高速で退避する。

 変身を解いた大護が状況の終了を宣言すると、何も出来ずに待機していた部隊員が顔を出す。

 

「武蔵隊長、我々は何も出来ず、申し訳ございませんでした」

「気にすんな。お前らは生きる為に戦った、充分だぜ。それに逃げずにこの場でいつでも戦える様に準備してたんだ、今日は二百点くれてやる」

 

 隊員らを労うとすぐさま金剛と雷電を処置可能な場所まで運ぶ様指示する。

 指示を出した後、大護は度重なる戦闘による疲弊で重くなった体を引きずりながらアガルタが逃亡に使用していた通路を進み、部隊員らの集まる部屋へ辿り着く。

 

 そこには、拘束具を開錠され背伸びしている長良長官の姿があった。

 

「武蔵君、久し振り。本当に、良くここまで来てくれたね。…本当に」

 

 目を潤わせながら言葉を紡ぐ長官に大護も心を揺さぶられる。

 

「長官が無事で良かったです…本当に」

 

 お互い笑顔を向けると、部隊員らも朗らかな表情で帰還までの道を先導する。

 

「他の皆はどうしているんだい?」

「暁は大幹部と交戦してブッ倒れてます。勇太郎は恐らく外のラフムと交戦中スかね。えっと、楓は……」

「ウインドラフム、だね。ここで彼に会ったよ」

 

 武蔵が目を見開くと、長官は眼鏡のブリッジを上げて神妙な面持ちを見せる。

 

「霧島君は我々の知らない所でずっと苦しんでいた。しかし、ウインドの狡猾な言葉には決して負けない、そう言える強さも感じたよ…だが彼の抱える心のしこりは我々では解氷出来ないみたいだ」

「彼を、霧島君を助けられるのはきっと火島君だけだ」

「後は勇太郎に、託しましょう」

 

――

 

 ティアマト大幹部”バミューダ”撃退、長良衡壱長官の救出から時は遡る。

 午前七時ニ十分。

 

 冷たい風の音が木の葉を揺らす。

 ただ笛の様に甲高い音色が吹き付けるティアマト拠点、脱出口付近。

 

 バットラフム率いるD部隊、バットラフムを含む3名の重傷者と、残りの死亡者。

 ―――即ち、全滅。

 

「以外と呆気ねーのな…と、この体め、俺に抗えねぇ割に感情の起伏は激しくて困るぜ」

 

 静かに零れ落ちる涙を拭ったウインドラフムは上空を見上げる。

 その視線の先には赤い炎を纏った戦士がバイクと共に飛来していた。

 ウインドの目の前に着地すると、淀みの無い緑の瞳が彼を見据えた。

 

「楓…またまた考え過ぎやがって、お前の悪いトコだぞ」

「火島…勇太郎」



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#76 突入

 火島勇太郎―――仮面ライダーバーンが現地に到着した時に見た光景は、地獄絵図そのものだった。

 風露をはじめとした部隊員らが全員倒れていた。

 そしてその中心に立っていたのは、親友、霧島楓の体を奪った仇敵、ウインドラフム。

 彼はその場に降り立つ勇太郎を見て、口元を緩ませる。

 

 状況を察知したバーンは藤村に救護部隊と護衛用に手の空いている戦闘部隊の派遣を要請する。

 

「遅かったな、バーン。おかげさまでここにいる奴らはほとんど殺しちまった。お前のオトモダチの手でな」

「憎いか? 憎いよな? だが、俺はコイツの深層心理まで浸食し、離れる事は出来ない。例え今お前がオレをブッ飛ばしても一生霧島楓と一緒なんだよ」

「それに、コイツが人を殺しちまった事実は消えねえ。俺がやったとかそんなのはコイツ自身の気持ちにゃ関係無いのさ、あぁ辛ぇよなぁ、仮面ライダーの名前が聞いて呆れるぜ」

 

 飄々とバーンを煽り立てるウインドに、彼は拳を震わせる。

 

「…出て来い、楓。まだそこにいんだろ?」

「こんな沼の底のドス黒いヘドロすら敵わねぇ程の邪悪に負けるなよ、なぁ」

「楓!!」

 

 バーンの叫びをウインドは嘲笑う。

 

「ハッ、もう楓は心を閉ざしちまったよ、罪の意識でな…俺の意識に抵抗する術はもう残ってねぇんだよ」

 

 そう吐き散らかすと更に笑いが込み上げて来たのか、人の神経を逆撫でする高笑いを始める。

 まるで勝利を確信したかの様に笑い続けるウインドに、バーンは遂に動き出した。

 

「楓ッ! 辛いのは分かる! けど、俺は、お前と話がしたいんだよ! じゃなきゃ……俺は、お前の力に、なれないじゃ、ねぇかよ……」

 

 ウインドの肩を掴みながらバーンは言葉を重ねながら涙を流し始めた。仮面の内側から聞こえるすすり泣く声が彼の隠し切れない悲しみを感じさせる。

 

「あはは、泣き落としかよ? 友情だな」

「でもなぁ、そんな言葉も意味無いんだよ! 霧島はでてこねぇんだからよ―――」

 

 相変わらず嘲笑するウインドだったが、途端、脳が震える様な感覚が彼を襲う。これは自分の意識が奪われる瞬間のそれだった。が、今の楓は確実に自分の体を取り戻す程の気概を持っていない。

 一体自分の中で何が起こっているのか分からないままに意識が遠のいていく。

 

「……楓なのか?」

「…勇太郎」

 

 何故彼がそこにいるのかは定かでは無いが、そこに立っているの確かに楓だった。

 勇太郎が変身を解除する。

 

「楓! 無事か!?」

「僕は、君と話す資格なんて無いんだ」

「そんな、俺はお前にどんな事があってもお前の味方だ!」

 

 そう言って肩に手を置く勇太郎を楓は拒絶する。

 

「ウインドに体を奪われる度に僕は自分の心の中の深い部分を見て来た。自分の知らなかった醜い部分までも」

「だから分かるんだ、僕は君に好かれる様な人間じゃない。ヒーローなんてもっての外だったんだよ」

 

「だったら、本当のお前ってのを教えてくれよ!」

「君に、嫌われたくないんだ」

 

 そう答えてしまう自分に楓は更に自分を嫌いになる。

 

「俺が、お前を嫌いになる訳無いだろ?」

 

 微笑みかける勇太郎に、楓は涙を溢す。

 と、楓が頭を抱えてうずくまる。

 

「またウインドか!?」

「多分、違う」

 

 意識の混濁が収まったのか、落ち着いた様子で立ち上がる。

 

「楓…? いや、ウインドなのか?」

「あー…めっちゃ悪い、どっちでもねーんだ」

 

 は? と勇太郎が目を丸くする。

 

「俺は石井恵介、以前コイツに取り込まれたラフムだ」

「そのおかげで体の自由は利かねえが、霧島の心に触れてお前らに手を貸したくなった」

 

 そう語ると、楓の体を借りて恵介は話を続ける。

 

「俺は母ちゃんの為に金が欲しくてラフムになっちまったが、結局上手くいかなかった。火島、それに霧島も、親友の為にって行動する割には相手とちゃんと話をしないのが俺としちゃもどかしくてたまらねーぜ」

「何も話さねーで自分の気持ちで動いたって相手の為になんかこれっぽっちもならねーぞ」

 

 恵介の言葉に勇太郎はハッとする。

 

「嫌われたくない? そうやって相手と言葉を交わすのを怖がって、相手の気持ちなんか理解出来る訳ねーんだよ。本当に相手を想って助けてやりたいなら、バシッと言葉をぶつけて、お互い気持ちにカタを付けろ」

「だ、誰だかは良く知らねぇが、アンタは俺達の事を良く知ってるみてぇだな…ありがとうよ」

 

 勇太郎は少し笑うと、決心が付いたのか顔付きが凛々しくなる。

 

「そうと決まれば楓と話がしたい。えっと、変われるか?」

「やはり無理だな、霧島は心を閉ざして表に出たがらない。さっきは俺の後押しでウインドを引きずり降ろして霧島を出してやったが、そうも上手くいかねーな」

「じゃあどうすりゃ良いんだ…」

「俺がお前を取り込んで深層心理に連れて行く」

 

 簡単に言い切った恵介だが、勇太郎は突然の進言に少し動揺する。

 

「取り込むって、どう…」

「少し痛いかも知れねーが、大事なヤツの為ならどーって事無いだろ。な?」

 

 息を吞んでから勇太郎が頷く。

 

「じゃあ行くぜ…」

 

 恵介が力むと、その体を虹色の粒子が纏い始める。肌で感じるその迫力に勇太郎は気圧される。

 

「なんだ、それはラフムの力なのか!?」

「ああ、この体でいる限りはコイツのラフムとしての力も間借り出来るからな、俺とは比べ物にならない本当の意味でのバケモノだぜ、コイツぁ」

 

 ウイニングとは全くもって異なる性質を予感させるそれが、楓の力である事に勇太郎は違和感を覚える。

 

「本当にそれが、楓の力なのかよ!?」

「そうだ。まぁずっとウインドから取り込んだ風の力だけ使ってたみたいだから信じられないのも当然か。だが、これこそが、この神にも近い力こそが、霧島楓の力の本質だ」

「とにもかくにも、全ては考えるより…感じろだ」

 

 そう言い放つと恵介が変貌した虹色のラフムから無数の手が伸びて勇太郎を掴み、体の中央に開いたブラックホールの様な穴へと押し込んだ。

 

「うおおわああああッ!!」

 

 暗闇へと吸い込まれていった勇太郎は、すぐに視界を奪われ、体の浮遊感に悶える。

 

 と、暗闇を進む中で頭の中に何度も情報が入って来た。

 それが楓の心情である事はすぐに分かった。

 

「楓の…本当の気持ち」

「教えてくれ、全部」

「全てを知った上で、俺の気持ちもぶつけてやる!!」



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#77 楓

 僕は僕が嫌いだ。

 あの日、大切な人を守れなかった弱い僕が嫌いだ。

 

 あれは、勇太郎に出会うより前だったか、守れなかった人がいた。

 そんな大事なコトを忘れていたんだ。

 

 いや、ずっと…思い出さない様にしていたのかも知れない。思い出したら自分の弱さに耐え切れなくなるかも知れなかったから。

 

 ―――小学一年生、冬。

 あの時は僕は幼かった、でも、それを言い訳にしたくない。あの日、僕は死んででもお姉さんを守るべきだったんだって、ずっと後悔し続けていた。誰にも言わなかったけど…。

 

 僕が大好きだったお姉さんは僕と一緒に遊んでくれていたけど、それが周囲との不和による物であったと、今になってようやく気付いた。お姉さんは当時の僕でも分かる程、皆から敬遠されていたのに。

 お姉さんは優しくて頭も良かったけど、いつも誰かの為になる事を考えていて、だから身の丈に合わない期待をされて、失敗して、見放されていた。

 そんなお姉さんの姿があまりにも不憫で、でも、誠実で、本当に憧れていたんだ。だからお姉さんの優しさが環境に否定されていくのが許せなかった。お姉さんを可哀想だと思っていたんだ。

 素敵なお姉さん、貴方の慈しみが無駄にならない様に、僕だけはお姉さんの優しさに応えたかった。

 

(―――これが楓の深層心理、なのか…)

(にしても、”お姉さん”って、初めて聞いたぞ…楓はやっぱり俺に話してない事が沢山あったんだな)

(…悔しいが、それよりも今はアイツの事を知るのが先だ)

 

 でも、彼女の苦しみを僕は消す事が出来なかった。

 

 実はお姉さんは家族から虐待を受けていた。

 人から見えない所に傷があって、僕は気付けなかった。でも、どこかにサインはあった筈なんだ。それが分からなかった事が今でも悔しい…僕は、僕は、僕は……。

 

 

 結局お姉さんは僕に何も言わずに親戚の所へ預けられてしまったと言う。この話も街の噂で聞いただけだった。それが本当に辛かった。僕はお姉さんの力になれていなかった、彼女から言葉も返されない程に僕は頼りにされていなかったんだと痛感した。自分の弱さに絶望した。

 とにかく、それから僕はしばらく普通の子供として過ごしていた…少しお節介気質なのは変わらなかったけれど。

 そして小学六年の頃、勇太郎に出会った。勇太郎は、唯一僕がまだ守れている存在なんだ、だからこれからも一緒にいたい。その為にはこんな気持ち、知ってもらっちゃダメなんだ。

 

(”こんな気持ち”? 一体どんな気持ちなんだよ?)

(教えてくれ楓、俺はお前の全部を受け止めるつもりでここに来たんだ)

 

 僕は―――。

 こんなに弱い僕なんかが―――。

 

 

 勇太郎に嫉妬していたんだ。

 

 

 僕には無い賢さを、逞しさを、優しさを持っていた勇太郎が、

 

 ”また100点か、すごいぞ火島!”

 ”勇太郎がまたシュートを決めたぞ! エースストライカー様万歳!”

 ”火島君にこの手紙を渡して欲しいの”

 

 ずっと羨ましかった。

 かつてあんなに酷い目に合っていたのを知っているのに、勇太郎の様な才能があれば良いのにとずっと思っていた。昔はその理由が分からなくて気味が悪かったけれど、今なら分かる。

 勇太郎程の才能があればあの時お姉さんを助けられたんじゃないかと思ったんだ。僕は自分の弱さにかこつけて他人の能力を欲しがる卑しい人間だった事に気付いてしまったんだ。

 

 でも、誰かに求めたって力はやって来る物じゃない。とにかく僕は自分にとって強い自分に”変身”出来る様に日々を生きて来た。運動は出来ないけど誰かの荷物を持ってあげるんだ。勉強は出来ないけど誰かの相談には乗ってあげるんだ。あまり人と打ち解けられないけど辛い時は一緒にいてあげるんだ。

 勇太郎が痛がっている時は、その痛みを失くしてあげるのが、強い僕だろ?

 強い僕になるんだ。そうだ。これで僕は誰が見たって強い僕だ。

 

 ―――人を完膚なきまでに殴り付けて恐怖で縛り付けるのが僕の強さだったのか。

 勇太郎を殴っていた人達を僕が殴っていた。これが僕の変身したかった僕の姿だったのかと、ただ呆れてしまった。でも、こんなに虚しい気持ちになっているのに、反面、こうも思えた。

 ”痛みを知らない人間に痛みを教えてあげたんだ”と。それは優越感だった。

 人に暴力を振るっておいて僕は満足していた。それは自分が弱くないと自分自身に唯一証明出来る方法だったから、安心してしまった。

 

 自分を弱い者だと定義付けているのは自分なのに、自分は弱くないんだと他罰的な形で主張する、自己矛盾の塊。その気持ち悪い思考は、父さんと母さんを失ってからもっと強くなっていった。

 

 人を守ると言う気持ちに偽りは無かったけど、それ以外の邪念は誰にも打ち明けなかった。こんな事を言っても理解されないと思っていたから。

 あんなに後悔した筈なのに僕は何も学んでなくて、結局力及ばず家族を守れなかった、そんな自分への憎しみがラフムになった時に更に込み上げた。

 醜い怪物になって、家族の命を奪われて、親友と別離して、ようやく手に入れた強力な力。この力がもう少し早くあれば、と後悔して、ラフムと戦うのが本当は怖くて、自分が怪物になってしまった事も未だ受け入れられなくて、ずっと暗い海の底にいる様な恐怖感と孤独感に苛まれていた。

 

(楓…お前はずっとこんなに、苦しんでたのか)

(それなのに何一つ教えてくれなかったんだな)

 

「なんで言ってくれなかったんだ」

 

 ―――声。

 勇太郎の、声。

 

「…勇太郎」

「迎えに来たぜ、楓」

 

「僕の心を、見たのか?」

「ああ、聴こえてきたぜ、お前の苦しみ。もう溜め込むんじゃねぇ、吐き出せ、辛いならスッキリさせようぜ、俺がついてるんだ」

「勇太郎、君には、君だけには―――」

 

 

「知られたくなかった!!」

 

 縲?縺昴?迸ャ髢薙?∵・薙?蜻ィ蝗イ縺九i鮟偵>邊貞ュ舌′貉ァ縺榊?縺励?∝窮螟ェ驛弱r諡堤オカ縺吶k讒倥↓蠖シ縺ク縺ィ遯√″蛻コ縺輔j縲∽コ御ココ縺ョ霍晞屬繧帝□縺悶¢繧九?

 

「ぐっ…! 楓!」

「…ふざけんな馬鹿野郎ッ!」

「勇太郎…」

「そんだけの苦しみを、気持ちを、どうして隠して来ちまったんだよ! 気に入らねぇよ楓! 俺にすらずっと黙りこくって良い子ちゃんの仮面被ってたのが気に入らねぇ!! 親友だと思ってたのに!」

 

 蜍?、ェ驛弱?豸吶r貅「縺励↑縺後i讌薙?謇九r謗エ繧?縺ィ縲√す繝」繝??隘溘↓謇九r謗帙¢縺ヲ鬘阪r縺カ縺、縺代k縲

 

「お前は! ずっとそんなに思いをグルグルと巡らせてたのに、今までどんな気持ちで俺と一緒にいたんだよ!? 俺は、俺を助けてくれたお前にいつか恩返しがしたくてずっと一緒にいたんだぜ、それなのに、何もさせてくれねぇと来やがった…クソッタレ! いっつも俺が助けられてばっかで不公平だ!」

「違うでしょ! 勇太郎はいつも僕の助けになってたじゃないか!!」

「俺が納得出来ねぇんだよ」

「どうすりゃ納得するのさ!?」

「お前の悩みも辛さも、全部ここで吐き出せ! じゃなきゃ納得しねぇからなぁぁ!!」

「そんな事言ったって!! 僕は! ずっとムシャクシャして、気持ちが抑えられないんだぁぁ!」

「だったらその気持ちを拳にしちまうんだよ!!」

「勇太郎は何言ってんだよ!?」

「俺とお前、生まれて初めての大ゲンカと洒落込むのさッ!」

「言葉に出来ない気持ちをぶつけるなら一番手っ取り早いと、思うぜ!!」

「勇太郎の、馬鹿ーーーッ!!」

 

 讌薙?蠢?ア。縺ォ蜍?、ェ驛弱?蟷イ貂峨′襍キ縺薙j縲√◎縺ョ鞫ゥ謫ヲ縺碁剞逡後↓驕斐@縺溘◎縺ョ迸ャ髢薙?∝ソ??荳也阜縺悟牡繧後◆縲―――

 

 ―――独りだけの世界に、他者が加わった。

 

 この世界は楓だけのモノでは無く、勇太郎と共有する対話の空間と相成った。

 まるで宇宙の様に曖昧だったその場所には既に大地が生まれ、荒野の只中に二人は立っていた。

 彼らの腰にはいつの間にかロインクロスが形成され、いつでも変身出来る準備は整っていた。

 

「ケンカの前に一つ言っておくな」

 

《Account・Burn》

《Account・Winning》

 

「高校生ン時にお前の大事にしてた心理学辞典折っちまったの、パパさんじゃなくて俺なんだわ」

「そっか、じゃ僕からも一つ」

 

《Winning》

《Burn》

 

「同じ頃だったよね、君のバイク模型壊しちゃったの母さんじゃなくって僕なんだよ」

 

 

《Change…》

 

「うおおおおおおおおおお!!!!!!」

 

 仮面ライダーウイニングとバーン。戦士としての矜持をかなぐり捨てた二人の(バカ)者が、人生初めて、衝突する。



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#78 衝突

 楓の深層心理の中で行われる親友との戦い。

 それは今までお互いを思って言えていなかった数々の鬱憤を吐き出す場と化していた。

 かつての些細な苛立ちが思い起こされ、怒りとなって目の前の相手にぶつけ合う。

 

《Change・Burn・Voltex》

《Change・Winning・Frustration》

 

「おらぁぁぁぁ!!」

「そりゃあああ!!」

 

 バーンボルテックスの雷を纏った炎がフラストルを燃やすが、彼の風が炎をかき消し、バーンボルテックスの隙を突いて打撃を見舞う。

 

「勇太郎! 僕は、君の命を助けただけだ! それはここまで義理堅く付き合ってくれる程の事なのか!」

「”助けただけ”だと? お前が俺の為にしてくれた事はそれだけじゃない! お前は俺に生きてても良いと思える道をくれた! お前がいなきゃ手に入らなかった幸せをくれた! ずっと親に殴られて、誰かが不幸になる様を見続けて育った俺なんかじゃ絶対に得られなかった希望をお前は俺にくれたんだよ! お前と出会ったその瞬間からずっと、俺にとってお前はヒーローだった!」

「そんなお前が苦しんでる時に知らん顔出来る程俺はアホじゃねぇぞ!! 断じて()ぇ!!」

 

 バーンボルテックスは全身に炎を纏ってフラストルを蹴り上げた。するとフラストルの装甲が断裂し、全身に亀裂が入り始める。

 

「それに! …俺はお前に憧れた! ヒーローになりたいと思った! だから、俺は、お前を助ける、ヒーローになるんだッ!」

「人を殴っといてヒーローになるってのは無いだろ!」

「だから殴られてんだよ! それにお互い様だろうがこの際!」

「確かに!!」

 

《Burn・Crush・Voltex》

 

「ケリをつけるぞ、楓!」

「言われなくても!!」

 

《Winning・Crush・Frustration》

 

 バーンボルテックスの拳がフラストルの顔面へと渾身の一発を食らわせる。

 フラストルの拳がバーンボルテックスの腹部に沈む。

 

 両者の装甲が砕け、変身が解除される。

 霧散する装甲の破片に包まれながら双方共その場に倒れ込んだ。

 現実世界では無い為に肉体の疲労は起こらない筈だったが、何度も拳を交わし続けた二人は息を切らしていた。

 

「なんか…お互い文句言い切っちまったな…」

「後半は勇太郎が朝起きないとか、僕が風呂長いとか…訳分かんない事言ってた気がする…」

 

 楓と勇太郎が同時に少し笑うと、幾ばくかの静寂の後に楓が口を開いた。

 

「君ばっかり皆から認められていって、どんどん幸せになっていくのが妬ましかった、でも君がどんな不幸を背負って来たかを知っていたから言えなかったんだ。きっと君を傷付けてしまうから」

 

 再びの静寂の後、今度は勇太郎が口を開く。

 

「俺は、ずっとお前と対等になれないと思っていた。いつも俺のピンチにはお前が助けに来てくれて、俺の人生救ってくんだ。本当に嬉しかった。けど、いつお前に借りを返せるんだろうって不安になってた。でも、これでお互い様だな……借り、返せたかな」

 

 うん、と楓が返す。

 

「辛い気持ち、やーっと吐き出せた。勇太郎のお陰だよ……お姉さんを助けられなかった、父さんも母さんも助けられなかった、そんな僕を勇太郎が受け止めてくれただけで僕は救われた」

「それ、ホントに救われてんのかよ?」

 

 聞き慣れない声に二人は起き上がって辺りを見回す。と、スーツの男が気味の悪い笑みを浮かべながら立っていた。その出で立ちと楓の深層心理内に存在している事から、彼がウインドである事はすぐに分かった。

 

「この姿では初めましてになるか、お二人さん。それで、お前らが殴り合ってる間にお前の体の主導権を握る準備が整ったぜ」

 

 ウインドがそう告げると、楓の深層心理に形成されていた世界が崩壊し、ガラスの破片の様な欠片が上部へと降り注ぐ。それと同時に全員の体が立つべき地上を失い、欠片と共に上部へと吸い込まれる様に浮遊する。

 

「霧島楓! どれだけ人に愚痴を溢したって今までの苦しみは何も変わらねぇ! どんだけ吐き出してもずっと背負って生きていくんだよ!!」

 

 楓を指差して嘲笑うウインドに勇太郎は何とか体を寄せると、彼の頬を思い切り殴り付ける。

 

「ぐぼぁ!」

「お前黙れよ! 誰だって後悔しながら生きていくんだ! 大事なのはそれを引きずる事じゃなくて、未来の糧にして”今までの事は何も無駄じゃなかった”と思える様に生きる事だ! 楓の両親を手に掛けた上にそれを罪とも思っちゃいないお前が分かった風な口を聞くな!」

 

 勇太郎は更に楓へと体を向き直すと、親指を突き上げて笑う。

 

「楓! お前が助けられなかった人の為にする事はウインドの言葉を大人しく受け入れてこんなトコで縮こまってる事か!?」

「違うよ」

 

 勇太郎の問い掛けに楓は笑顔と共に言葉を返した。それはフラストルに初めて変身し勇太郎と袂を分かつ事になったあの瞬間を思い出させた。だが、あの時とは楓の想いは正反対のものに変わっていた。

 

「いっつも傷付いて来たけど…傷付いて来たから、もうこれ以上傷付かない為に皆を守って、戦うコトだッ!」

 

 崩壊する世界の中で、欠片と共に楓と勇太郎の今までの思い出と、いくつもの色の光が飛び散る。

 

「待ってて、勇太郎! 僕は必ずこの力をモノにして帰って来る!」

「力…?」

 

 楓の意味深な言葉に勇太郎は疑問を投げ掛けるが、自信に溢れた楓の顔を見て、それ以上何も聞かずに笑い返して力を抜く。

 すると体は更に上部へと浮上し、目の前が真っ白になる。

 

――

 

 勇太郎が意識を取り戻すと同時に意識を取り戻し楓の体を奪ったであろうウインドが頭を抱えながら向かい合っていた。

 

「あー頭いて…と、それよりも、だ。バーン…よくも俺の最高の体に啓発けしかけてくれたな……」

「何を言ったって手遅れだぜウインド、楓のメンタルは完全に回復しちまったからな」

 

 悔恨に顔を歪ませるウインドだったが、すぐに笑みを取り戻して勇太郎へと歩を進める。

 

「まだ終わりじゃねぇ、霧島の最大の親友であるお前を殺せばアイツはもっかいドン底だ!」

 

 禍々しいラフムの姿へと変貌したウインドは突風を巻き起こすと、勇太郎を付近の木へと叩き付ける。

 その威力により勇太郎は体を強張らせるが、幸いな事にライドサイクロンが近くに停められていた。

 

「そう言うのは出来る確証が出来てから言えよ」

 

《Account・Burn》

 

 勇太郎は腰に巻いたままだったロインクロスを再起動させると、ホルダーからウイニングのイートリッジを取り出した。

 

《Change・Winning》

 

 追撃するウインドの風をバーン・ウイニングフォームの風で相殺すると炎を混ぜ合わせてウインドに炎を浴びせる。

 

「ぐっ…クソ、俺が最初に出て来た時点でイートリッジを奪われてたか!?」

「ご明察だぜ、金剛さんがやってくれたんだよーーだ!」

 

《Winning・Crush》

 

 バーンの炎の渦を纏った拳がウインドの腹部を貫く。

 

「…お前、親友の体なんだぞ?」

「そうか? 深層心理ではもっとひどい攻撃を食らわしたもんだぜ?」

「クソッタレ、人生初の大喧嘩で手加減も吹っ切れたってか、クソガキ共が!」

 

 ウインドが即座に体を修復すると、先程とは比べ物にならない暴風を浴びせバーンの四肢をねじる。

 

「ぐぉあああああ!!」

 

 そのまま地へと叩き付けられた勇太郎は強化アイテムであるボルトリガーを呼び出すが、応答しない。

 

(ボルトリガーが来ねぇ! …まさか雷電、使ったのか!?)

 

 焦りも束の間、考える暇も与えず突風の刃が勇太郎を襲う。

 

(強化か……取り敢えず一緒に持って来たアレ、使うか)

 

 攻撃をかわしながらバーンがサイクロン座席下のメットインスペースからウェアラブレスを取り出した。

 その一瞬で彼の動きを補足したウインドによる突風の刃はサイクロンを輪切りにし、爆発させる。

 爆発を回避したバーンは左腕にウェアラブレスを装着する。

 

《Account・Frustration》

 

(アイツが背負って来た痛みってのを、教えてくれよ…!)



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#79 覚醒

《Change・Burn・Frustration》

 

 ウェアラブレスによって変身したフラストル・バーンフォームは今まで以上の力を持った炎を放ち、ウインドの風と混ざり合って辺りを燃やし始める。

 想像を絶する火力に勇太郎は危機感を覚えるが、それよりも楓の意識が戻るまでウインドを食い止めなければいけないと言う使命感が先行していた。

 

「火遊びも程々にしろよ…!」

 

 ウインドは竜巻を複数発生させて周辺の火の方向を操作してフラストルに浴びせる。が、フラストルは諸共せずにウインドに突撃する。

 

「何が火遊びだ! お前は、人の命で遊んでた癖に!!」

 

 炎を全身に纏ったフラストルに組み付かれた上に正論を突かれたウインドは苦悶の声を上げる。命からがらフラストルを引き剝がした彼は倒れていた黒木の元へと駆け寄る。

 

「ほざいてろ火島! 俺はこのまま逃げさせて貰うぜ」

 

 暴風によってフラストルの行動を阻みながらウインドは黒木を肩に担ぐと、風の力を駆使して体を浮かべる。

 

 そのままウインドは難を逃れるかの様に思えたが、その瞬間、事態は急変した。

 担がれていた黒木が目を覚まし、それと同時に黒い粒子を纏ってラフムの姿を構築し始めたのだ。

 

「黒木? 寝起き早々やる気満々か? 話を省くがここは逃げるぞ―――」

 

 黒い(もや)に包まれた黒木は靄の中から鋭角かつ有機的な見た目の腕を伸ばし、ウインドの心臓部に触れる。

 するとウインドは体の自由が利かなくなったのか全身を硬直させて落下する。

 目の前で起きた出来事にフラストルは混乱する。

 

「な、何が起こった…?」

「俺の力で”コイツを分裂した”」

 

 分裂、彼の発した言葉の意味についてフラストルが考察している内にウインドは苦しみながら悶え始める。

 

「分裂、一体どう言う事だ…それに黒木! アンタなんでいきなり目覚めたんだ!?」

「ラフムとしての進化が完了したのさ。それより、俺はここで帰るぜ…お披露目はもっと派手にやりたいからな」

「待て! 仲間のウインドを置いていくのかよ!」

「ハハ、出た~、アイツは仲間じゃないのか!? ってヤツ! ヒーローはそれ言わないと死ぬのかよ?」

「ウインドは利用するだけの仲さ、進化しちまったらもう用済みだし俺の”分裂”で霧島の体ごとズタズタのバラバラにしてやりたかったが、どうも違う形に作用したらしい」

 

 そう言うと靄に包まれたままの黒木は手を振りながら影の中に潜んで姿をくらませた。

 不完全燃焼のままフラストルは悶え続けるウインドの様子を警戒していると、途端、彼を中心にして爆発する様に粒子が溢れ出した。

 

「な、一体なんなんだ!?」

 

 虹色に輝く粒子を払いのけながらフラストルが先程ウインドのいた場所を見ると、三人の人影がある事に気付いた。

 

「…楓!」

「勇太郎、なんだか凄い粒子で何も見えないけど何とかなったみたいだね!」

 

 粒子の中から聞こえる楓の声にフラストルは安堵すると、途端に体の力が抜け、変身を解除した。その物音を聞きつけて楓が勇太郎に駆け寄ると、静かに笑顔を向けた。

 

「勇太郎、ここまで本当にありがとう。ここからは任せて」

 

(アプスさん…あなたに言われた通りにこの力、使ってみます)

 

――

 

 楓は自身の深層心理にて勇太郎と別れた後、神の世界に誘われていた。

 

「ここは、神の世界…」

 

 楓が辺りを見回すと、案の定この世界の神―――アプスが立っていた。

 

「霧島楓…この短い間に強くなったな」

「強くなった…?」

 

 ああ、と相槌を打つとアプスは海を越えた先の方向を指し示した。

 その先には様々な色の光が収束し、一点の極彩色の光が生まれていた。

 

「何ですかアレ」

「あれこそが、貴様の魂から神界へと流れていた、(まこと)なる力」

「まことなる、力」

 

 それを聞いた時、楓は無意識に光へと手を伸ばしていた。アプスはその様子を感慨深げに見つめる。

 砂浜から水平線の先まで、人の手では届かない筈の距離であったにも関わらず、気付けば光は楓の手中に収まっていた。

 

「貴様は私に言われた通りに、強くなったのだ。もう全てを知っても惑う事は無い。今貴様にその力―――」

「―――”インテグララフム”の性質を伝授しよう」

 

 極彩色の光を両手で抱える楓ははい、と高らかに叫ぶと、アプスから光へと視線を移す。

 

「その光はお前がウイニングとしての力を行使する際余剰になっていた本来の力だ。それを手から体全体へと吸収させるイメージをするんだ」

「難しい事言いますね……でも、何だか元から僕の体の一部だったみたいに、スッと、入っていく」

 

 目の前で起こっている出来事に楓は驚くが、それが自分にとって当然の事なのだと理解出来た。

 

「光を吸収すればする程、多くの情報が入って来て、でも、それが当たり前の様に受け入れられる…迷いも不安も無い、ただ、これが自分にとって良いコトなんだって、分かります」

「そうだ、それこそが統合(インテグラ)。全ての事象を調和させ一つにしていく力」

 

 光を吸収し終えた楓はアプスに諭される前に彼の発言を続ける。

 

「この世の(すべ)てを合わせる最強のラフム……それが僕なんですね」

「ああ、その力でティアマトの野望を砕け」

 

 そう告げると、アプスは楓の肩を叩くと、少しだけ微笑んだ。

 

「まずは、今までの様にウインドを深層心理から操作して黒木陽炎に接触させろ。ヤツの性質なら貴様が取り込んだ人間が全員分裂するだろう。そこからは形勢逆転だ」

「インテグララフムの本領を見せてやれ……楓!」

「はい、神様!」

「ふ、これから貴様は更にこちらへ来る様になるだろう。もっと気安く呼んでくれて良い、アプスとな」

 

 楓は軽く頷くと、意識が遠のいていくのを感じ始めた。

 

「もうすぐ僕も戻ります…それじゃあ、アプスさん」

「勝って来ます」

 

 自信満々に言い放った楓に、ウインドに精神を弄ばれていた頃の面影は無い。ただ、自分の思いのままに戦い、悪を打ち砕く強い意志に溢れていた。

 アプスが数十年待ち続けた最強の戦士がここに爆誕した。

 

――

 

「ウインドは僕が倒す。勇太郎は傷付いている人々と石井さんを保護して離れていて」

 

 勇太郎が自分も戦うと進言しようとしたが、ウェアラブレスの力は思った以上に負荷が強く、まだ頭が揺さぶられている様な感覚が残っていた。ここは楓に任せ、合流した恵介と共に負傷、及び心肺停止したD部隊員を抱えて引き下がる。

 

 いつの間にか虹色の粒子は晴れ、その場にはウインドと楓が残っていた。

 

「まさか俺が自分の体を取り戻すとはな…少し不服だがまぁ良い、お前を直接ズタズタに切り裂けるんだからな」

 

 余裕の笑みを溢すウインドに楓は一笑すると、勇太郎を呼んだ。

 

「勇太郎! 僕のライドツール、ウェアラブレスも一緒にちょうだい!」

「そうだったな、にしても良く持って来たのが分かったな…」

 

 勇太郎から投げ渡されたライドツールを装着すると楓は鼻と口の間を人差し指で擦る。

 

《Account・Winning》

《Account・Frustration》

 

 ラフムの姿へと変貌したウインドは楓へと睨みを利かせると、腰を落として戦闘態勢を取る。

 

「俺に吸収されていた筈の風の力が戻ってるって事は霧島、お前はもう風の力を使えねえんじゃねぇのか?」

「それはどうかな」

 

「僕の真の力、インテグラはただ相手の力を喰らって吸収する物じゃない」

 

 楓はそう告げると、大きく息を吸い、それと共にどこからともなく現れた虹色の粒子を体に集める。

 その姿は、あまりにも神々しく、その場にいた全員が息を呑んだ。

 

 真の力を解放し、楓の瞳が虹色に変わる。

 ―――インテグラの反撃が、始まる。



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#80 勇者

「インテグラ…それがお前の本当の力ってワケか……だからどうしたッ!!」

 

 正体不明の力を纏う楓に、ウインドは風の刃を生み出して楓目掛けて飛ばす。

 しかし楓は手を動かさずしてウインドと同じ風の刃を形成、防御した。

 

「今のは…俺の風の力!?」

「インテグラは全てのラフムの性質を統合する。お前のウインドも、"僕のウイニング"も有しているんだ!」

 

 楓が叫ぶと再び風の刃を形成して今度はウインドへと投げ打つ。

 負けじと風を発生させて相殺したウインドは楓の有するインテグラが恐ろしい力を秘めている事を察知して戦慄する。

 

(コイツと戦っても埒が明かねぇ…ここは流石に逃げるか)

 

 状況の悪さを感じ取ったウインドは後退(あとずさ)りするが、楓はその様子を見逃さなかった。

 

「逃げるの、ウインド? 僕から」

 

 楓の言葉がウインドに刺さる。

 ずっと自分が手玉に取って来た若造に恐怖し、逃げようとしている自分を指摘されてしまったのだ。

 こんな屈辱は生まれて初めてだった。

 

 故に、ウインドのプライドがこの場から離れるのを拒んだ。あんな小僧から逃げ続ける人生なんてゴメンだと思った。万全な状態であれば勝てるだであろう相手に対して逃げる事には何の心残りも無いが、勝てない相手だと判断して逃げてしまえば、もう勝てないと言っている様な物だった。多くの人間(ターゲット)を殺し、一度も生き延びさせた者などいなかった。ならば今回も自らの殺すべき相手を殺すだけだ。

 

「俺は逃げねぇ…霧島楓、ここでテメェを!ブッ殺すッ!!」

 

 己のプライドを誇示したウインドの巻き起こす暴風は明らかに強さを増し、余裕を見せていた楓がいとも容易く吹き飛ばされた。

 

「ウインド…ここまでの力がどこから!?」

「俺は負けない…ただの力を持っただけのガキに負けてたまるかァ!」

 

 憤怒するウインドの力は、既に尋常ならざる物と化していた。

 それはまさしく進化の片鱗。恐ろしい程の耐久性と有する能力の強化。

 

「ははは、やはりお前の力なんぞその程度! 俺様に敵う訳がねぇんだよ! 死ねッ!」

 

 口角が切れた楓が血を拭うと、ホルダーからウイニングイートリッジを取り出す。

 ―――が。

 

「――――――ッ」

 

 ウインドの風によってイートリッジが真っ二つに両断されていた。

 彼がライダーとして在る為に欠かせないアイテムが、破壊された。

 

 イートリッジの残骸が地面に落ちると、ウインドは笑みを溢して楓の不意を突く。

 

「終わりだッ! 仮面ライダーーーー!!」

 

 楓が茫然としていた隙にウインドの爪が彼の体を貫かんと突撃してくる。

 ウインドがこちらへと突っ込んで来ている事を察知した楓だったが、防御する暇も無く、ただ右手を目の前に掲げる事しか出来なかった。

 

「楓!」

 

 勇太郎が思わず彼の名を叫ぶ。ウイニングイートリッジの破壊が招いた絶望感を払拭する事無くこのまま楓は果ててしまうのか、彼の眼前に迫るウインドの動きを凝視しながら、勇太郎は叫び続ける。

 

 

 

 

《W・E-tridge》

 

 ウインドの攻撃を、楓から放たれるエネルギー波が跳ね返す。

 そのエネルギー波はいつの間にか楓の手に収まっていた謎のアイテムから放たれていた。

 ダブル・イートリッジと電子音声が鳴り響いたそれはイートリッジが二つ重なった様な形状をしており、取り外せる様に見えた。

 

「これは…なるほど」

 

 ダブル・イートリッジを見て何かに気付いた楓はウインドから少し距離を置いてから再びイートリッジに目をやる。誰かに教えられた事では無いが、それがインテグララフムの力によって創造された自分だけの新たなイートリッジである事を理解した。そして同時にそのイートリッジの扱い方も理解する。

 

「霧島楓…一体何をした!?」

「これは僕の中にあったウインドの力と、長官が名付けてくれたウイニングの力が統合した、僕の望んだ、僕だけの力だ!!」

 

 楓が宣言すると、本の様に開いたダブル・イートリッジの蝶番(ちょうつがい)に似たパーツに取り付けられたロック解除ボタンを押しながらイートリッジを二つに分割した。

 続いて分かれて二つになったイートリッジそれぞれのボタンを押し各自起動させる。

 

《New Winning》

《Neo Wind》

 

 二つの新たなる力、ニューウイニングとネオウインドを起動させると、ニューウイニングをロインクロスへ、ネオウインドをウェアラブレスへと装填する。

 新たなる勝利の力、真なる風の力。二つの力の統合が意味するのは、仮面ライダーウイニングの更なる強化。

 両イートリッジが奏でる勇猛かつ壮大な変身待機音と共に楓はブートトリガーを構える。

 

 

「―――変身ッ!!」

 

 満を持して告げられたその叫びと共にブートトリガーをロインクロスへと差し込む。

 

 

《True Power・Further Change・Winning…”Catharsis”》

 

 

 ダブル・イートリッジを差し込んだ二つの端末は認識音声を響き渡らせる。

 それと同時に発生するライドシステムと思わしき現象が生み出す粒子。

 楓の体にそれらの粒子が蒸着され、素体となるフレームボディを完成させると、凝固した粒子がウイニングとフラストルを折半した形状の鎧を形成しフレームボディに合体する。

 鎧に収納されていた仮面が顔の部分に装着され、変身完了する。

 

 ウインドはその光景に驚きつつも立ち向かうが、変身後のインテグララフム固有のエネルギー波に巻き込まれ、吹き飛ばされた。

 

「あれが…仮面ライダー……!?」

 

 新生したライダーの姿を見て恵介が呟くと、勇太郎は友の成長に感慨を覚えながらそうだ、と返す。

 

「あれこそが俺達の待ち望んだヒーロー…仮面ライダーだ!」

 

 新進気鋭のスーツを纏い、その装いを更に重厚かつ鋭角にした緑の戦士は、目の前の敵へと自信満々に啖呵を切る。

 

「正義を重ねライドする仮面の戦士」

「その名もまさしく…」

「仮面ライダーウイニング…カタルシス!!」

 

 マフラーをたなびかせながらウインドを指差すその戦士は、高らかに浄化(カタルシス)と名乗ってみせた。

 ”仮面ライダーウイニングカタルシス”、それこそが新たなる彼の名である。

 

「父さんと母さん、そして勇太郎と、”僕”の仇、取らせて貰うぞッ!」

 

「宣言した所でェッ! 今の俺には勝てねェよ!!」

 

 ウインドは自身の体を膨張させると、まさに異形と言うべき巨躯を披露する。

 十メートルはあろうその姿に勇太郎はかつての戦闘を思い出した。

 

(ありゃ…まるで雷電やアントみてーな形態だ)

 

「一部のつえーラフムはこうやってよォ、文字通り人間の枠に囚われない姿になるらしいが…俺はサンダーやアントとはワケが違ぇ…」

 

 ウインドは全身に張り巡らされた通気口の様な(あな)から風を発生させ、全身を覆う巨大な竜巻を生み出す。それらに触れた辺りの木々はまるでシュレッダーに掛けられた様に粉々になっていった。

 この竜巻に少しでも触れた瞬間、例えウイニングでも粉砕されてしまう―――と思われていたが。

 

「こんな風は僕の力には遠く及ばないよ」

 

《Catharsis・Attack》

 

 新たなる風の力の一段階解放。それによる能力強化でカタルシスは眼前の竜巻を片手でせき止め、自らの起こす風で相殺してみせた。

 

「まだまだァッ!」

 

 竜巻をたった一つ消しただけではウインドの防御は崩れない。同等の風力を持った竜巻を更に多数展開しカタルシスにぶつける。様々な風向きからの暴風に巻き込まれ彼は身動きが取れなくなっている。

 

「所詮はそんなモノか、今の俺には敵わねぇぞ」

 

 カタルシスをいたぶり、口角を上げて不敵に笑うウインド。だが、その直後に見た光景に彼の笑みは奪われた。

 

「所詮はそんなモノか、今の僕には敵わないよ」

 

《Catharsis・Crush》

 

 二段階目の解放、それにより両手から不規則な風向の突風が吹き荒れ、辺りの竜巻をまるで食らう様にかき消していく。異なる方向からぶつかっていく激しい風にウインドの竜巻は勢いを奪われていっているのだ。

 

「な…俺の風がッ!?」

「アンタ一人の力じゃ、多くの人の想いを受けた僕の風には勝てない!」

 

 次々と自分を守る竜巻を消されたウインドは、無防備な姿をカタルシスに晒す。

 

「見えたよ、ウインド!」

 

《Catharsis…Impact!!》

 

 カタルシスの解放三段階目、ロインクロスの限界となる解放は、今までもよりも更に強力な風を巻き起こす。

 発生する上昇気流に乗ったカタルシスはマフラーをたなびかせながら上空へ飛び上がる。

 ウインドの眼前にまで迫ると、その足を大きく振りかぶって彼の顎を大きく上へ蹴り上げた。それと同時に起こる風がウインドの体を持ち上げ、その巨体が浮遊する。

 

「な、浮いてる、だと!?」

 

 ウインドが仰天する頃にはカタルシスは続いての攻撃態勢を取り、またも彼を蹴り上げる。今度は左方向へと彼の体を回転させ、まるで天地返しと言わんとする様に体の上下をひっくり返した。

 

「まだだ!」

 

 疾風の様な速さでウインドの全身を這う様に飛ぶカタルシスはそのままウインドの体の様々な所へ蹴りを見舞い、彼の体を自由自在に吹き飛ばす。十メートルある怪物が人間大の戦士に空中で弄ばれている様子は、それを見守る勇太郎と恵介に仮面ライダーカタルシスの次元の違いをこれでもかと思い知らせた。

 最後の蹴撃でウインドを地へと沈ませてから彼の背中へと着地したカタルシスの姿に恵介は息を呑んだ。

 

「アイツ…前に戦った時なんかとは比べ物にならねぇ程強くなってる…このまま圧倒的な力でウインドをブッ倒しちまうんじゃねーのか……?」

「いや、まだだ楓! ウインドは並大抵の耐久力じゃ無いみたいだ!」

 

 恵介、そしてカタルシスに伝える様に勇太郎が声を張り上げると、ウインドはまたもその体を起こし、彼の起立を察知し回避したカタルシスへと重い拳の一撃を食らわせる。堪らずカタルシスは木々の広がる地面へとめり込まれてしまう。

 

「今のが能力の最大開放…本気ってワケか? 口ほどにも無いぞ霧島」

「…誰が今のを本気だって言った?」

 

 土煙の中から声が聞こえる。風を起こして辺りの邪魔な土煙を消すと、そこから現れたカタルシスは左腕のウェアラブレスを構えていた。

 

《Catharsis・Zeugma》

 

 カタルシス・ゼウグマ。英語等の文章における重複する単語を統合させる”くびき語”を表すその言葉は、インテグラの力を手に入れたカタルシスの、インパクトを超えた新たなる必殺技には相応しい言葉であった。

 ウェアラブレスのグリップを一度押す事で発動する第四の解放はカタルシスの速度を上昇させ、先程とは比較にならない速さでウインドへ連撃を放つ。その一撃一撃が彼に重くのしかかり、巨体を揺らす。

 

「霧島…どこからこれ程の力を……」

「アンタと同じさ…アンタみたいな下らない快楽殺人者には絶対負けないって言う……」

 

《Catharsis・Sigma》

 

「信念だッ!!」

 

 カタルシス・シグマ。数学における数列の総和を表す記号、複雑な数字の羅列を一つの解に変えるその一言もまた、インテグラの力を示す意味を持っていた。

 度重なる攻撃を受け体の体勢を崩されていたウインドは第五の解放による超強力なアッパーカットを真っ向から食らい、再び体を上空へと浮かす。

 

 完全に無防備になったウインドを前に、カタルシスは今までの怒りや悲しみを詰め込んだ鉄拳を撃ち込む。

 驚異の俊敏さで体の至る所を殴打し、ウインドを地面へと叩き付ける。

 全身に走る痺れ、痛み、苦しみでウインドの体から大量の粒子が霧散し、以前の怪人態へと戻る。

 

(クソ…力が入らねぇ、図体すら維持出来なくなって来た…いよいよ終わりか)

「いや―――まだだッ!」

 

 よろけながらもウインドは立ち上がり、震える手を前へ突き出しカタルシスへと暴風を浴びせる。しかし当のカタルシスはいとも容易く彼の風をかき消し、マフラーを揺らしながら歩き出す。

 自分の渾身の攻撃も全く通用しない。ウインドの中に灯る炎が吹き消された様だった。

 目の前に迫る自分の終焉が絶望と共に押し寄せる。

 

「や、やめろ…俺を殺してお前の家族は喜ぶのかよ!?」

「なに、殺しはしないよ絶対に。だけど、アンタには僕の家族が、殺された人々が受けた痛みを味わって貰う必要がある、と思うんだ」

 

 ウインドは後退りしようと足を動かすが、かかとで踏んだ葉のせいで滑って転び、尻餅をついた。

 

「何をする気だ…? 一体、俺をどうするつもりだ…!?」

「うーん、実際のとこ僕もどうするかは詳しく決めてない。でも、裁くのは僕じゃなくて法律だ」

「法律? 法でラフムである俺をどう処罰するつもりだ! どんな手錠も牢も俺にかかれば意味の無い事だ!!」

 

「…思い上がるなよ犯罪者。アンタはラフムでは無く、人間として裁かれ、償いながら生きていってもらうんだ」

 

 ”人間”として? ラフムとしての生を享受して来たウインドにはその言葉の意味は全く理解出来なかった。人間の力を凌駕した存在であるラフムをどうやって人間と同等に扱えるのだろう。

 

「俺はラフムだ、人間として扱われる事は無い…いや、出来ないんだよ!」

「だからアンタには、人間に戻って貰う!」

 

 更に意味不明な言葉を返すカタルシスにウインドは開いた口が塞がらない。彼の発言の意図は全く読めない。故の胸騒ぎ、これからカタルシスがラフムの概念を覆してしまう様な妙な不安感。

 ヤツは一体何をするつもりだ…ウインドは心の中でそう呟いて脈動を早める。

 

「何を…何をするんだ、霧島!?」

「言ったでしょ、アンタを人間に戻すんだ」

 

 そう言い放つと、カタルシスはウェアラブレスのグリップを三回押す。

 最後に残されていたカタルシスの能力最大開放、それこそが彼の言葉の意味を裏付けるものだった。

 

《Catharsis……》

 

 力を解放すると、ネオウインドイートリッジから奏でられる待機音声共に辺りに強力な上昇気流が生まれ、カタルシスとウインドが空中へと持ち上げられ、二人だけの戦場と化す。

 

「ウインド、最後に聞きたい。”against(アゲインスト) wind(ウインド)”って知ってるか?」

「……ゴルフとかで言う、向かい風の事か、それがどうしたって言うんだよ!?」

 

 謎の質問を出して来るカタルシスにウインドは完全に萎縮していた。彼の得体の知れなさに、ウインドの中では既に怒りよりも恐怖が勝っていた。

 

「僕にとってあなたがそうだった、僕の幸せを吹き飛ばし歩みを阻む向かい風」

 

 そう言うとカタルシスはネオウインドをそっと撫でる。

 

「でも、そんな僕を助けてくれた人達が、確かにいた。彼らが僕にとって新しい大切な存在で、守る理由になった」

 

 今度はニューウイニングイートリッジに優しく触れる。

 

「バディ―――正式名称をBraek Against DYsplasia・monster…ウインド、お前の様な異形成怪物(モンスター)に対抗し、砕く。それが僕を守ってくれた、僕が守りたい人々の、勝利の理念だ!!」

 

《Break・Against》

 

 ブートトリガーを三回引く事でカタルシスの最終必殺技が起動する。

 カタルシスの右足に風が集中し、ウインドもそれに巻き込まれて吸い寄せられる様に彼へとキックの狙いが定まる。

 

「ブレイク・アゲインスト・ウインド―――お前の様な向かい風に対抗し砕く力、そして…お前を砕く向かい風だッ!!」

 

 カタルシス・ブレイク・アゲインスト。バディの決意を一身に受けた仮面ライダーウイニングの集大成。

 

「カタルシスライダーキーーーーーーーーーック!!!!」

 

 追い風で速度を増した超強力なキックと共に風から生成された牙状の粒子の塊がウインドを嚙み砕き、彼の身に纏う粒子を喰らい、人の姿へと戻す。

 

「ウインドラフム…撃退、いや」

「消滅完了!」

 

 空中を自由落下しながらウインドはラフムへと変貌出来なくなった自分の体を見て絶望のまま落ちていく。

 そんな彼をカタルシスが抱きかかえると、地上一メートル程の所で手放す。

 

「痛ッ」

 

 鈍い打撲音と共にウインドが腰を押さえる。と、彼の目の前に変身解除した楓が立つ。

 

「ウインド…お前の罪は、多分数え切れないけど、全部数えて貰うんだね」

 

 全く消えない腰の痛みと傷、そして完全に勝利の可能性が潰えた敵を前にウインドはただ無様に泣き崩れた。

 

「う、あああ~~~~」

「あーあ、泣いちゃった」

 

「泣いて許されるとでも思ってんのかこのクズ」

 

 戦闘の終了を見て駆け寄って来た勇太郎が子供の様に涙を流して汚らしい声を上げるウインドを蔑視する。

 勇太郎と同行していた恵介が耳をつんざくウインドの泣き声に耐えかねて腹に一撃を食らわせる。

 強い衝撃と今までの疲労が混在したその非力な男は途端に静かになり、倒れ込む。

 

「石井!」

 

 勇太郎がたしなめるが、楓がウインドの生存を確認して安堵する。

 

「恵介さん、お母様共々本当にお世話になりました」

「なに、良いんだ。いつかボーッと夢に描いてた、誰かの為になる事をしてーなって願いが叶ったんだ。礼はこっちの方さ」

 

 恵介と楓が握手をすると、勇太郎も恵介と握手を交わす。

 

「まずはバディの皆と合流してウインドの回収と石井の保護…それに、亡くなっちまった部隊員も弔わねぇとな」

 

 勇太郎が肩を落とすと、楓が死亡した部隊員の胸部に手を当てた。

 

「まだ助かるよ」

 

 そう呟くと虹色の粒子が部隊員全員を包み、そのケガを治していく。

 

「今の僕ならこう言う事も出来るみたい」

「マジにチートじゃねぇか……心拍が戻ってる!!」

 

 部隊員らの蘇生に成功した所で、丁度良くボンバーらのE部隊が迎えにやって来た。

 

「Hey、NiceナTimingデ登場デース!」

「…ボンバー! 今までどうしてたんだ!?」

「ソコノWinningBoyガキット、勝ツッテ分カッテタカラネ」

 

 そう言うとボンバーは楓へとウインクする。

 以前の戦闘において楓の変身したフラストルがボンバーの力を少しだけ吸収していた事が幸いしてかボンバーは楓の状況を感じる程度ながら把握していた。そこでウインドの元へ向かった勇太郎に事を任せ、E部隊を彼らの回収要因としていたのだった。

 勇太郎が事態を大雑把に説明した後、E部隊員らが回収作業に入る。

 

「楓」

 

 戦いが終わり、ようやくと言った気持ちで親友の名前を呼ぶ。

 

「勇太郎」

 

 親友の満ち満ちた思いに応える様に、彼の名前を呼び返す。

 

「帰ろう」

 

 二人の声が重なり、同じ思いである事を確かめる。

 ウインドから解き放たれた楓は、人生最高の相棒と共に眩しい朝日の元へと駆け出した。

 

 十二月六日、午前七時四十三分。

 桜島決戦はバミューダ一人と幹部一人の捕縛、バディ長官の奪還と仮面ライダーウイニングの帰還と言う多くの功績により、人類が勝利したのだった。



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仮面ライダーインテグラ
#81 帰還


 青年、霧島楓は家族と親友と共に殺害され、怪人ラフムとなってしまった。

 大切な人を失った悲しみを背負いながら彼は対ラフム組織バディの支援により、仮面ライダーへと変身した。

 しかし彼の深層心理内には自らを殺した仇敵、ウインドが潜んでおり精神が消耗した隙を狙って体を乗っ取られてしまった。

 共に殺されラフムとなった親友、勇太郎の助けによりウインドに操られていた楓は復活し、自らに隠された真の力”インテグラ”の能力に覚醒し家族、親友、自らの仇を取らんとウインドを打ち倒したのだった。

 

――

 

 十二月六日、午前九時ニ十分。

 鹿児島県鹿児島市有村町。

 

 桜島の沿岸に位置する崖岸にアガルタ、シャングリラは逃避していた。

 

「この辺にいればバレずに済む、かな」

 

 先の戦闘で疲労していたアガルタは息を切らしながら周囲の安全を確認すると、着用していたオーバーサイズのパーカーの内側から小型のショルダーバッグを取り出した。

 

「”ティアマト”は無事な様だね」

「うん、後はティアマトを復活させられる能力を持ったラフムを探さないとだけど…」

 

 シャングリラは少し俯いてから過去にティアマト本人から告げられた言葉を思い出す。

 

 ”今から五十年後の十二月十日、その日まで僕は君達には会えない。それまでどうか僕の願いを継いで欲しい”

 ”あとは任せたよ、バミューダ……”

 

 まるで母が子供に言い聞かせる様な、爽やかで優しい声。彼とはもう既に長い間再開を果たしていないが彼の美しい声色を忘れる事は無い。

 

「探そう、アガルタ。僕らがティアマトを助け、人を幸せにしていくんだ」

 

 シャングリラは決意のこもった口調で語り掛けると、かつて長良長官から受けた叱責を思い出した。

 

(”人殺し”…か)

「…確かに僕らは人殺しだね」

「グリくん?」

 

 彼の呟きに疑問を抱くアガルタだったが、すぐに彼の言わんとする事を理解して言葉を返す。

 

「長良っちに言われた事、だよね」

「そう…僕らは人を殺して来た。でもそれは全部人類が生存する為だろう。今僕らがどんな罵声を浴びようと未来を守るんだ」

「私も、この世界が全部無くなるのは許せない。長良っちが何を考えているか分からないけど、この方法以上に良いやり方なんて存在しないよ」

 

「アンタらが何を考えてるかは図りかねるが、とにかく俺を楽しませてくれるなら応援するぜ」

 

 木陰から皮肉めいた口調の男が語り掛ける。会話に水を差されたシャングリラ、アガルタはその声の主に勘付き、一様に顔をしかめる。

 

「シャドー……」

「アジトになんかあった時はここだと言っていたからな。遅くなったが合流させて貰う」

「ところでウイくんは?」

 

 黒木があ、と呟くと少し顎を掻いてから不敵な笑みを浮かべた。

 

「アイツぁライダーに負けたな。最期は見ちゃ無いがさぞ無様なモンだったろーよ、ハハ」

「シャドー…仮にもウインドは君を友と呼び何度も君を守っていたんだぞ…さっきだって彼が姿を消したのは君を逃がす為だったんじゃ無いのか?」

「あ? 人類の敵さんのお前らまで友情だの何だのとほざくのか? やめてくれよ、他者は利用するモンだろ」

「下衆め……」

 

 シャングリラがシャドーに掴みかかるが、アガルタがそれを制止する。

 

「待って、シャドーちゃんが今ここにいるって事は”進化”に成功したって事じゃんね?」

 

 アガルタの指摘によってシャングリラが気付くと、黒木から手を離す。

 

「それで、シャドーちゃんが新しく手に入れた能力は一体何だったん?」

「俺が手に入れた能力は…」

 

 崖岸に波が打ち付け、彼らの声がかき消される。が、黒木の能力の詳細はハッキリと仲間に伝わっていた。

 

「…マ?」

「なるほどね、それがあればティアマトは復活出来そうだ」

「ヒヒ…任せておけ」

 

 黒木が不敵な笑みを浮かべると、その姿を新生したラフムの姿へと変え始める。

 

――

 

 午前十時三分。

 御剣邸。

 

 ”桜島決戦”終了後、救出された長良長官は心身の安否確認を終え少しくたびれた様子で吹雪の執務室へ赴いていた。

 

「お久し振りです、吹雪様」

「衡壱―――衡壱さん」

 

 吹雪は無事そうな長官の姿を見て瞳から涙を溢れさせた。

 

「あぁ、いえ、申し訳ございません。取り乱してしまいましたわ…貴方に大事が無くて本当に良かっ―――」

 

 長官は吹雪を力強く抱きしめた。

 

「吹雪、もう一度君に会えて本当に良かった…」

「衡壱さん……」

 

 吹雪も想いに応える様に長官の背中に触れる。

 

 だが、お互いにこの強い気持ちが遂げる事は無いと理解していた。

 吹雪の幼い体で恋などは出来ないのだと、言わずとも分かっていた。

 

 吹雪が鼻をすすって目をこすると、長官へ気丈に微笑む。

 

「ええ、分かっていますわ。私達が成した罪への罰……死ぬまでこの責を果たしますわ」

「衡壱。最善を尽くしましょう」

「……お任せ下さい。吹雪様」

 

――

 

 

「霧島楓、本日よりバディに復帰いたします!」

 

 同刻、御剣邸内研究室。

 

 先の戦闘で重傷を負い現在も治療中の兄に代わり作業を続ける藤村が直立する楓へと体を向ける。

 

「霧島君…えっと、久し振りね」

「お久しぶりです! 藤村さんも変わらない様で良かったです」

 

 四日程しか空いていない筈だが、とても長く感じる。

 お互い何気なく言葉を交わすがそれぞれの変化を感じていた。

 

「このしばらく沢山の事があって…私の兄さんが見つかったわ」

「勇太郎から聞きました、無事で良かったです」

 

 胸を撫で下ろす楓の姿に藤村は肩の荷が下りた気がした。

 

「貴方もね、霧島君」

「こちらも火島君から話を聞いたけれど、本当に大変だったのね」

 

 いやぁ、と頭を掻いて楓は照れるが、藤村は茶化さずに楓を評価する。

 

「霧島君は少し変わったわね」

「…そうですか?」

「ええ、今までずっと抱えていた重みと言うか、そう言う凝り固まった余裕の無さみたいな物を感じないわ」

 

 楓がラフムとなった直後から彼を見て来た藤村には何か感じる物があったのか、今の楓を見て安心感を覚えていた。

 

「それで、霧島君の真の力…”インテグラ”に関しての話なのだけれど」

 

 唐突に神妙な面持ちをする藤村に楓は少し緊張しながらも頷く。

 

「火島君の話の限り、物理法則を超越した現象がいくつもみられたと言うのだけれど、それらについて少し話を聞きたいわ」

「特に貴方が発生させた新たなイートリッジ…ライドシステムとは単に物質を転送させる機能である筈なのに、貴方はそれを一体どこから転送させたと言うの?」

「それはですね―――」

「私から説明しよう」

 

 楓の発言を遮る様に長官が現れる。

 ライドシステムを超えた現象について何故長官が説明出来るのか、と怪訝な表情を向ける藤村に長官は眉を八の字にして苦笑いする。

 

「そんな怖い顔しないでくれ、詳細は皆が揃ってから話そう」

 

 長官が笑うと二人を応接間へ案内する。



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#82 粒子

 御剣邸内、応接間。

 

 長官に案内されるがままに応接間にやって来た楓は優雅に紅茶を飲む吹雪と対面した。

 

「初めまして、仮面ライダーウイニング…霧島楓」

「あなたが、もしかして御剣吹雪様!?」

 

 彼女の幼い容姿に楓は驚愕する。話に聞いてはいたがやはりこの場所とのミスマッチに頭が混乱していた。

 

「彼女の姿は確かに少女だけれど、長官が不在の間にその代わりとして完璧に任務をこなしていたわ」

「えっ、へー、すごー……」

 

 全く実感が湧かずに感嘆する楓だったが、先に言うべき事がある事を思い出した。

 

「あの、御剣様!」

「吹雪で結構ですわ」

「…吹雪様、前に勇太郎を助けてくれた事、本当に感謝しています。ありがとうございましたッ!!」

 

 深々と礼をする楓に吹雪を紅茶を飲み干すと立ち上がって言葉を掛ける。

 

「確かに勇太郎を救出したのは私達ですが、彼が再起したのは貴方の力ですわ、楓」

「貴方が生きていたから、戦っていたから、勇太郎は貴方の為にと生きて戦う事を決意したのです」

 

「結局勇太郎を救ったのは、楓だったのですから」

 

 朗らかに微笑む吹雪に、楓は少し感激していた、と同時にどんどん心が癒されていく感覚を覚えた。

 

(え~何何~!? 吹雪様と話していると心がほんわかしてくる~? 失礼だけれどまるで田舎のおばあちゃんと話してるみたいだ……)

「…楓」

「えっあっはハイ」

「聞いていた話よりも、とても穏やかですね。今までの戦いの中で心の中にあった(くさび)が抜かれた様な印象を覚えますわ」

 

 そう言われると、と楓は自らの変化を意識する。

 生まれて初めて親友と喧嘩をして、自分の心を縛り付けた大悪党を打ち倒した。

 確かに自分の心に刺さっていたモノを引き抜けた様な晴れ晴れしい気持ちがあった。

 

「それは勇太郎のお陰です」

「つまり僕達は―――」

「互いに支え合ってる、って事だな」

 

 応接間の戸を開け、勇太郎が入室すると共に楓の言葉に続く。

 急に現れ楓は驚くが、勇太郎は満面の笑みで親友の背中を叩いた。

 

「君達は桜島で再開と対峙を経て、少し成長したみたいだね」

 

 長官が二人の笑顔を見て安らいだ表情を浮かべる。

 仮面ライダーとして戦う彼らの心情に寄り添い、支えたいと考えていた長官は、ようやく肩の荷が下りたと言った雰囲気の楓と勇太郎に喜びを感じていた。

 

「かつての君達はどこか責任感やお互いへの気持ちでいっぱいであった様に思えたけれど、今は少し…かなり違うみたいだね」

 

「…そうですか? 僕と勇太郎、何か変わった事なんて…」

「いいや変わったぞ! お前ちょっと俺に遠慮無くなったな! 戻って来る時だって俺にカイロ寄越してくんなかっただろ!」

「そんなの自分で取ってよ! 勇太郎だって僕の分のお茶()がなかったじゃん!」

 

 人目をはばからずに言い争いを始める二人に、藤村は呆れ、吹雪を思わず笑い声を漏らす。

 

「ああ、変わったね」

 

 長官が満面の笑みを見せると、眼鏡を掛け直して口を開く。

 

「それじゃあ気を取り直して本題に入ろうか」

 

 本題―――それは、ライドシステムの正体。

 今まで様々な状況下で起こった物質の創生。

 

 藤村金剛が発明した後、その詳細を伏されたままに使用されて来た未知のテクノロジー。

 

「あの…雷電と大護さんは?」

「彼らには後で説明する。今は彼らにしか出来ない事をやって貰いたくてね」

 

 大護は千歳と共にアイアスの量産化を担当、雷電はサンダーボルテックスの安定化訓練を行っていた。加えて二人はライドシステムについて興味を示していなかった為優先度が低くなったのだ。

 なお、勇太郎と藤村は興味があった事、その知性が役に立つだろうと言う判断により招かれたのだ。

 

「長官、ライドシステムは兄と私で共同開発したものです。そこに私の知らない事実がある、と仰るのですか?」

 

 藤村が若干興奮気味に問うと、長官が少し口をつぐんだ。

 兄が開発したシステムについて全容を聞かされずにいた事は彼女にとって不服と言う他に無かった。

 尊敬はしているが、自分では兄の才能に追い付けない様な気がして悔しかった。

 

「そうだね、今回の説明は君の為にある様な物だ。待たせて済まなかった」

 

――

 

 ―――物質転送機構、ライドシステム。

 否、それは金剛がある事実を秘匿する為に考案されたカバーストーリーであった。

 

 

 十二年前。岐阜県飛騨市神岡町。

 学生時代の金剛は神岡にて自己改良した素粒子観測装置を用いて宇宙から飛来する暗黒物質の解明に努めていた。その矢先に彼はある発見をした。

 現在の科学理論において物質を構成する最小単位とされる素粒子よりも質量が低く、かつ素粒子を含む観測可能な全ての物質に変容しうる汎用性を持った粒子状の物体を観測したのだ。

 

 金剛はこの極小物質を”マルドゥック構成素”と名付け、世界に発表しようとした。しかしその発案は御剣家を名乗る世界の黒幕(フィクサー)に止められた。

 マルドゥック構成素はあまりに万能故、世界全体でこれにまつわる技術を求めた国家による争いの危険性があった。また、世界が全て同じモノで出来ていると言う事実をどれ程の人が納得出来るだろうか。

 藤村金剛の見つけてしまった世界の真実は、今の人類には早すぎる神域の知恵と言う他無いだろう。

 

 御剣家によって後にバディ基地となる地下施設に連れ去られた金剛は、バディの設立に勤しむ長官から今後起こるラフムの脅威を聞き、その知識をバディの為に使うと決めた。

 それからの彼の行動は早かった。マルドゥック構成素を実用する為に遠隔操作による物質の生成技術を開発した後、生成した物質をその場から消失、別地点にて再生成するシステムを完成させた。

 

 

「それがライドシステム……物質を転送させているのでは無く、この世界が同じ物質で構成されている事を利用してその場の物質を組み替えてまるで転送している様に見せているトリックだったのさ」

 

 説明し終えて一息ついた長官の顔を伺ってから藤村は溜息をついた。

 

「確かに物質の転送よりも辻褄が合う話ですね…言わばどこでもドアの哲学、まさか兄がそこまでのモノを発見していたなんて、私でもにわかには信じられません」

「無理は無いよ。霧島君には多少難解な話ではあっただろうが、この事実はかのアインシュタインが提唱した理論を覆してしまうのだから科学に造詣(ぞうけい)の深い人間なら頭がパンク寸前だろう」

 

 淡々と長官は述べるが、藤村は眉間にしわを寄せたままであった。楓は何の事かさっぱり分からず、勇太郎の顔を覗き込む。

 

「勇太郎は意味分かった?」

「ああ…う~ん、つまりは、この世の物は全部同じ物質で出来てて、金剛さんはこれを好きに組み替えられる―――要は、ここにあるテーブルを無限に作ったり消し去ったり出来るシステムを作っちまったんだな」

「それがライドシステム?」

 

 勇太郎が頷くと、楓は今までの現象を思い出す。

 

「例えば、僕が仮面ライダーに変身する時、どこからともなく鎧やインナーが装着されたのは…」

「その場にある大気や瓦礫を鎧やインナーに組み替えていたんだ」

 

「それと、ラフムには微力ながらマルドゥック構成素を操作する力がある様で、故に変貌時粒子を放出しながらラフムに姿を変えるんだ」

「あの光の粒子は全く気付かずに大気がラフムを構成する物質に変換されていたンスね」

 

 うんうんと勇太郎が腕を組んで頷くと、長官もそれを肯定する。

 

「つまりラフムもライドシステムと同じ仕組みを用いていた事になる」

「それじゃあ僕がダブル・イートリッジを生み出したのも…」

「インテグララフムが持つ強大なマルドゥック構成素の操作能力により君の望んだ物が作り出されたと言う原理だね」

 

「あと、楓がインテグララフムの力を使う時、目が虹色に見えたんですけど!」

「これは推測だけれど、インテグラの能力を解放する際に何らかの機能で虹彩内のメラニン色素がライドシステムの要領によって、遺伝子レベルで組み替えられてしまった事を意味しているんじゃ無いかしら」

 

 顎に手を当てながら返した藤村の言葉に勇太郎は手槌を打って理解する。

 

「なんか、詳しくは分からないんですけど、なんとなく分かりました」

「僕は取り敢えず自分の使っている力の秘密が分かっただけで後は大丈夫ですけど、藤村さんは…」

「私も、その理論を知ったからには病床の兄に代わって更なる技術の開拓に臨む所存です」

 

「意外と早く飲み込んでくれて良かった。何とか一つは秘密を明かせたね」

「一つ? 秘密…?」

 

 長官の言葉に藤村が(いぶか)しむ。

 

「ああ、何と言うか、申し上げづらいのだが、今までスムーズな計画実行の為皆に隠していた事が色々とあるんだ。今回の事だけに飽き足らず、色々とね……」

「しかしもうあまり時間が残されていない、今の内に出来るだけ君たちに誠実でいたいと思ったんだ。勝手な話だが、まだまだ驚いて貰うつもりだ」

 

 気難しい顔でそう伝えた長官に、楓が笑顔を向ける。

 

「僕は長官の言葉を信じています。怪物になった僕に、”勝利”と名付けて信頼してくれた長官を今度は僕が信頼します」

「お菓子ご馳走なりましたからね、義理は通しますぜ」

 

 楓と勇太郎の言葉、そして彼らと賛同する様に凛々しく微笑む藤村に長官は感謝の気持ちで胸を満たす。

 

「皆、ありが―――」

「十時三十一分、静岡県榛原郡川根本町にラフム出現! 現在出動可能な機動隊員は速やかに戦闘態勢に入り、現場へ急行して下さい!」

 

「久し振りの呼び出し、と言った感じだね…皆、よろしく頼む!」

「了解!!」

 

 楓、勇太郎、藤村は長官からの頼みに応じ、瞬時に出動準備に取り掛かる。

 

――

 

 同時刻、御剣邸内訓練室。

 

 霹靂に変身して雷のコントロールを行っていた雷電は先程のエマージェンシーコールを聞いて、呆然と立ち尽くしていた。

 

「そこって……」

 

 目的地は、雷電にとって家族との最後の思い出の場所だった。



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#83 謝罪

 十二月六日、十時三十二分。

 御剣邸内地下駐車場。

 

「ライダーの皆、射出準備は完了しているわ。目標地点へ向かって」

 

 インカムから藤村のアナウンスを受けると、それぞれが指定の場所へと向かう。

 が、雷電の様子が気になった勇太郎が彼の肩を叩く。

 

「雷電、確かあの場所って」

「俺の家族が殺された場所ッス」

「…メインは俺と楓が担当する。雷電はサブで待機していれば大丈夫だ」

 

 勇太郎の言葉に雷電はウス、と素っ気無く返す。確かに彼の心に不安がある様だが、いつも通り冷静に対処をしてくれそうだと勇太郎は安堵する。

 

「それじゃあまた後でな!」

 

 勇太郎が雷電の背中を軽く叩いて別れると、今度は楓の元へと連絡を送る。

 

「楓、お前のウイニングイートリッジ、壊れてたよな。変身は別のフォームを使うのか?」

 

 ウインドラフムとの戦いで失われた”ウイニング”のイートリッジは、インテグララフムの力を取り戻した状態では完全な修復、再現は不可能だと勇太郎は考え、楓の身を案じる。しかし楓は何らかの算段が付いているのか何も気にしていなかった。

 

「インテグラは僕の願いに応えてくれる…例え僕がウイニングラフムじゃ無くなったとしても……」

 

 楓がその手に力を込めると、瞬く間にウイニングイートリッジが出現する。

 

「お、行けそう」

「簡単に言ってくれるぜ……」

 

 先程長官から説明されたマルドゥック構成素、それが楓の願いを受け新たにウイニングイートリッジを生成したらしい。インカムの向こうから聞こえる超常的な現象の発露をもう疑う事すら出来ない。

 

「とにかく、準備が出来たなら急ぐぞ!」

「オーケー!」

 

――

 

《Account・Winning》

《Account・Burn》

《Account・Thunder》

《アイアスシステム・ブート》

 

 射出用の車両の元に集った四人の戦士が変身を開始する。

 

《Winning》

《Burn》

《Thunder》

《Palladion》

 

「変身!」

 

 各人の叫びがこだますると、それぞれが手に持つイートリッジをベルトへ装填し、その姿をライダーへと変身させる。

 

《Change・Winning》《Burn》《Thunder》

《ネームド・Palladion》

《アクセプト・エキスパンション》

 

 全員の変身が完了すると駐車場に用意された特殊車両内のライドサイクロンに乗り込み、発信許可を下す。

 

「発進軸固定、ブースターオン。ライドサイクロン、発進します!」

 

 オペレーターのアナウンスの後、ライドサイクロンが空中へと射出される。

 地下駐車場の天井へ接続された特殊車両から伸びる発進用レールを通り、地上の森林に隠された射出口より各マシンが飛び出す。以前までは反動推進エンジンを使用した射出だったものの、金剛の提案を元にした新規の改造により、地下階から電磁気力により射出する加速システムを採用した、さながらレールガンの様な射出形態を取る事が実現した。

 これにより以前よりも早く、かつ噴煙を出さない隠密な状態での発進が可能となったのだ。

 また、射出時に発生する摩擦、及びGに関してはライドサイクロン自体が作用させるライドシステムにより軽減、まさしく弾丸の様にライダーを打ち飛ばすのだ。

 

――

 

 十時三十五分。

 静岡県榛原郡川根本町。

 

 大井川のほとりにライダーが到着する。

 バット、ボマー両名は今回は別件の為参加出来なかったものの、現在確認された敵の規模からライダー四名でも問題無いと判断され今に至る。

 続いて到着した機動隊員らは通報者の捜索を開始し、戦闘可能なライダーらはラフムの出現場所へと向かった。

 

 

 が、霹靂がラフムを発見したその瞬間だった。

 

 

「…! どうしてお前が…ここに…いるぅぅぅぅッ!!!!」

 

 途端、霹靂は激昂して戦闘を始めてしまったのだ。

 

「暁君!? 一旦落ち着いて!」

「うるさいッ!!」

 

 普段は冷静に判断を下す慎重さを持った雷電が、藤村の制止を一蹴する程完全に我を忘れていた。

 コードネーム、ブルラフム。

 雷電の態度から、彼の猛攻を掻い潜る牛を模した姿の怪物が雷電の家族を殺害した仇である事は容易に想像出来た。

 

「に…しても、あのラフム、様子がおかしくねえか?」

 

 戦闘の様子を伺うバーンが口元を押さえて同行していたに話しかける。

 

「雷電の攻撃に反撃をしねぇで全部食らってやがる。まるで雷電が自分に攻撃して来るのを受け入れてるみたいだ」

 

 バーンの推測を聞いて、インテグラはブルラフムと霹靂の戦闘を今一度観察する。

 

「―――もしかして」

 

 何かに気付いたウイニングが咄嗟にブルと霹靂の間に割って入る。

 

「暁君、待って!」

 

 ウイニングが取った予想外の行動に、霹靂は歯止めが効かずそのままウイニングを殴ってしまった。

 

「ぇヴぉっ」

「―――!」

 

 勢い良くウイニングを殴り付けてしまい、霹靂の動きがようやく止まった。

 

「霧島先輩! アンタ何して―――」

「コイツは君に攻撃しなかった! 何か思う所があるんじゃ無いのかッ!?」

 

 霹靂の渾身の一発を食らってなおウイニングは叫ぶ。

 

「ブルラフム…アンタも暁君に伝えたい事があるんじゃ無いのかよ!?」

 

 サンダーフォーム特有の電撃のせいかウイニングは立ち上がれずにいた。が、必死の思いで言葉を紡ぐ。

 本当にブルラフムが暁雷電との因縁を覚えていて、かつ何か考えがあって攻撃を受け続けていたのか、その真意を確かめなくてはいけないと思ったから…。

 

「…このまま黙って死のうと思っていたが…一言だけ言いたい事があったな」

「ありがとう、ウイニング。私に時間をくれて」

 

 ブルラフムがそう告げると、変貌を解いて人間の姿を見せる。

 

 長身長髪で、全く身なりを整えていない女性が、千鳥足で雷電に近付く。

 

「お前の家族を殺したのは私だ。済まなかった」

 

 あまりにも簡単にそう告げ、頭を下げる彼女に、霹靂は呼吸すら停止してしまった。

 

「―――」

「―――おま、おまえ、おまえそんな言葉を、伝えたかったのか」

 

 霹靂の声が上ずる。自分の家族を目の前で殺害した犯人が謝罪している光景を受け入れる事は彼には出来なかった。

 

「謝れば許されるのか? 頭を下げれば流せるのか? 俺の家族を奪った事を認めといて、そんなんで良いと思ってんのか…?」

 

 不意に霹靂が手を伸ばし、ブルの首を掴む。その手に段々と力が加わり、彼女を締め上げる。一方のブルは首の血流が止められ、意識が朦朧としながらも体に爪を立てながら耐え、反撃をしない。

 

「! 暁君!!」

「アンタは黙ってろ!」

 

 止めようとするウイニングを突き飛ばし、霹靂は殺意を露わにする。

 

「俺は…コイツを許せない」



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#84 荒神

「俺は、コイツを許せない」

 

 心の底から怒りを吐き出す様に、そう告げた霹靂はブルラフムの首を絞め続けた。

 

「暁ッ!」

 

 大護が霹靂の腕を掴んで握り締める。

 生身の人間とは思えない驚異の握力で仮面ライダーである筈の霹靂が苦悶の声を上げる程に締め上げた。

 力が入らなくなった霹靂はブルラフムを手放す。

 

「…ってぇなぁ」

「暁、お前の気持ちに蹴りを付けるのは重要だが、殺したら何もかもがおしまいだ」

「でも、アイツが俺の家族を…ッ!」

「お前は人殺しがしたくて仮面ライダーやってんのか? もう嫌なんだろ、そう言うの」

 

 大護が諭すと、霹靂は何も言わずに変身を解除した。

 

「後は俺達がブルを護送する。雷電、お前は…」

「自由行動だ」

 

 大護からの唐突な指示に雷電は鳩が豆鉄砲を食った様な顔を見せる。

 

「あの、俺は…」

「少し頭冷やせ~」

 

 雷電は勇太郎から頭を小突かれる。

 

「人を殺した、なんて感覚は知らないに限るよ」

 

 楓に肩を叩かれる。

 

 

「俺は……」

 

 雷電の中で様々な葛藤が交錯する。目の前の仇が憎い気持ち。誰かを傷付ける事に加担していた自分から変わりたいと言う思い。家族を殺された哀しみ。自分を案じてくれている人々への恩義。

 

 

 悔しさを飲み込んで雷電は俯きながらブルへと言葉を投げ掛ける。

 

「お前は許さない。でも、お前を傷付けはしない。それが暁雷電としての決意だ。覚えておけ」

「サンダー…凄いな、お前は」

 

 ブルの一言に雷電は顔をしかめて中指を立てる。

 

「俺に謝りたいなら二度とサンダーと呼ぶな!」

「では…何と呼べば良い?」

「…仮面ライダー、霹靂。霹靂と呼んでくれ」

 

 雷電の決意の込めた表明にブルは静かに頷いた。

 

 と、空から何者かが飛来する音が周囲に響く。

 

「何だ!?」

 

 勇太郎が狼狽えながら叫ぶと、ブルがすまない、と一言申し付けて彼女を拘束していた大護から離れると、再びラフムの姿へと変貌した。

 

「ブル、どうした!?」

 

 大護の問いに答える事無くブルはその手から放った雷を上空へと打ち出した。

 その雷は雷電の力を優に超えた、最早雷と呼んで良いのか分からない程の威力を発揮し、人が補足するには小さすぎる敵影を焼き払った。

 

「―――ティアマトの構成員だ」

「裏切り者を追随して消す…いわゆる奴らのお家芸か」

 

 楓が皮肉めいた呟きを放る。ペイルや雷電の件でティアマトのそうした陰湿な体制には嫌気がさしていたのが心に残っていたのだ。

 

 ブルの攻撃によって墜落して来たラフムが落下の衝撃による土煙の中から這い出て来る。

 

「キキキ…キサマ、今の攻撃はティアマトへの裏切りと見なすぞ?」

「好きにしろ、ヴァルチャー」

 

 ヴァルチャー、いわゆるハゲタカの事である。

 動物の死体を食らうハゲタカの様相は、裏切者の抹殺を担うラフムには相応しい名であった。

 

「キキ…お前がライダー共をブチのめすなんて進言したのは良かったが誰もそれを信じちゃいなかったンだよ、名ばかりの幹部め」

「黙れ禿野郎」

 

 ブルの一言はヴァルチャーの琴線に触れ、彼の醜い顔が更に歪む。

 

「指揮車両、敵性ラフムが出現した!」

「確認したわ! 今すぐ戦闘態勢に入って頂戴!!」

 

 藤村の指示を受けライダーらは再び変身の準備を整えるが、ブルが手をかざして止める。

 

「ここは私が止める。私自身の責任は自分で果たしたい」

「それに、生きて罪を償えるなら霹靂、お前に見せたいモノがある」

「見せたいモノ…?」

 

 雷電が訝しむと、ブルは何も言わずにヴァルチャーとの距離をゆっくりと詰める。

 

「キキキ! 先手必勝!」

 

 ヴァルチャーが背中の翼で羽ばたいて、ブルの背後へ回って突撃する。

 が、彼が爪撃を放った頃にはその場からブルが消えていた。

 

「! いねぇ」

「バカが、勝つのは強い方だ」

「キキキ!?」

 

 ヴァルチャーが背後に立つブルに気付いた頃には、彼女の手から放たれる雷が彼を焼き尽くしていた。

 

「しまった、手応えが無さ過ぎて見せるまでも無く終わってしまったぞ」

「いや、伝わった……」

「…」

 

「どうして雷を使える?」

 

 あまりにも当然の様に雷を操ってみせたブルに雷電が問う。

 牛の特性を持つラフムが、何故雷の力を持つのか雷電は無性に気になっていた。

 

「私の真の性質だ。私は、私の力は―――」

「―――ゴズテンノウラフム」

 

 ゴズテンノウ(牛頭天王)。雷神とも言われる日本神話の荒神スサノオノミコトと習合した牛の頭を持つ神。

 つまり、彼女は、神の力を持ったラフムなのである。

 

「この力はデカすぎる。私がゴズテンノウに進化した時、強大過ぎる力から住処の付近を暴れ回り、結果お前の家族を襲ってしまった」

「純粋な力では無いビルダーラフムが進化するなんて稀な事例は無いと組織の連中は喚いていたが、私は無用な殺しなどしたくは無かった」

 

「こんな所じゃ不用心だ。ウチの隠れ家で話してくれ」

 

 大護の言葉に従い、ブル―――ゴズテンノウラフムは簡単な身体検査の後御剣邸へと連行された。

 

――

 

 

 十二月六日、十一時十九分。

 御剣邸内、取調室。

 

 念の為発信機等の付着が無いかチェックを受けてから、ゴズテンノウが厳重な拘束を受けた後取調室へと運び込まれて来た。そこには大護と雷電が座していた。

 

「霹靂、来ていたのか」

「家族の仇だ、洗いざらい話してもらうぞ」

「ああ」

 

 ゴズテンノウがゆっくりと取調室の椅子に腰掛けると、先程の話を続ける。

 

――

 

 ゴズテンノウ―――源 光流(みなもと ひかる)は、傭兵であった。

 その経歴を嗅ぎ付けたティアマトにより武蔵博士、黒木陽炎の手で人造されたビルダーラフムとして選出した。

 その際に与えられた性質は、(サンダー)

 

 光流はサンダーラフムの能力を振るい、裏社会の組織を脅迫しティアマトの傀儡とした。

 幾度と無く悪を従わせ、ティアマトの規模を拡大していった。

 

 また、裏切り者のラフムの始末も担い、その度に傷付きながら強くなっていく実感があった。

 無作為に選ばれたであろうラフムとしての能力が自分と適合し、数日間の意識の喪失と共に新たな力を手にしていた。

 が、その性質こそがゴズテンノウ、前代未聞の神の力を秘めたモノだったのだ。

 神の力を束ねられる程の強い体力、精神力を有していなかった光流は為す術も無く暴走し、住居としていた小屋から近くのキャンプ地まで破壊活動を行ってしまった。

 その時に殺害したのが暁一家であり、そこにいた雷電をラフムへと覚醒させたのだ。

 

 ビルダーでは無い自然(オリジン)として誕生した真のサンダーラフムの攻撃を受ける形でようやく倒れ、体の自由を取り戻す頃には依頼されていない罪無き人間を手に掛けた後悔を抱える事しか出来なかった。

 

 心の傷を負った光流はティアマトの任務を放棄し、破壊された住居の傍でラフムとして死ぬに死ねない生活を送っていた。

 彼女の後任となった雷電がティアマトを裏切り、再び招集を受けるまでは。

 

――

 

「私はティアマトの連絡役からその地点でバディへ虚偽の通報を行い、自分の居場所を知らせてライダーをおびき寄せる役割となった訳だ」

「おびき寄せる? その理由は?」

 

 雷電が問うと、光流は困った様な顔で溜息をついた。

 

「何も聞かされていない。私は信頼されていなかった様だからな…それに、お前に倒されたかっただけだから何でも良いと考えていたんだ」

「はぁ…溜息はこっちの方がしたいぜ。何の情報にもなっていないな」

 

 すまない、と光流が頭を深々と下げるが、雷電はそうじゃねぇ、と不機嫌な声色で返す。

 

「アンタからの情報は期待していない、っつーかティアマトの情報を得る為以上にやって欲しい事があったからここに呼んだんだ」

「ああ、言われれば何でもする」

 

 大護は雷電の進言により、席を代わって彼を座らせる。

 

「源……アンタの力をくれ」

「神の性質―――ゴズテンノウをな」

 

 ラフムを倒し粒子をブランクイートリッジに格納すればライダーの力と出来る。それを利用して霹靂の強化を図るのだ。

 

「勿論だ。今すぐ私を蹂躙して力を奪うと良い」

「…言い方をだな……まぁ良い。アンタの力を貰うに当たって一つ飲んで欲しい条件がある」

 

「本気で戦え、源。それで俺が勝てたらその力を貰う。全力で俺をしごいて徹底的に俺を強くしろ」

 

 家族の仇である光流に頼む事なのか、と自分の事ながら倒錯した判断だと考え、雷電は思わず口角を上げてしまった。



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#85 神話

 先の戦闘にて確保したゴズテンノウラフム、光流の証言から彼女はライダーをおびき寄せる役割を担っていた事が判明した。その理由を彼女は知らなかったものの、聴取の一部始終をモニタリングしていた長良長官はティアマトの狙いに予想が付いていた。

 その理由とは、”時間稼ぎ”。光流と会敵し確保する事でティアマト大幹部”バミューダ”と黒木陽炎の動きから一時的であっても目を離す必要があったと想像出来る。

 

(なにゆえ時間を稼ぐ必要があったのか…答えは簡単だ。以前ユートピアが言っていた平弐が復活する為の時間稼ぎ、だろうな)

 

 かつて長官がティアマト拠点に誘拐された時にバミューダの一人、ユートピアラフムから聞かされた情報―――彼らのリーダー、”ティアマト”の復活。彼曰く十二月十日がその日だと言っていたが、それまであと四日も無い。

 焦る必要のある状況に長官は目を閉じて深く溜息をつくと、神の世界へと接続していた。

 

 冷たい潮風の吹く静かな砂浜。そこには神―――アプスが佇んでいた。

 

「衡壱」

「アプス様。お話があって参りました」

 

 分かっている、とアプスが呟くと、空を指差す。

 長官も示されたまま空を見上げると、そこには虹色の輝きが広がっていた。

 

「霧島楓がインテグラに辿り着き、その大いなる力がここにも届いているのだ。貴様はティアマトの復活を懸念しているのだろうが問題は無い。インテグラは我らすら見透かせぬ無限の可能性を持った究極の力だ」

 

 アプスは虹色に輝く空を仰ぎながら更に言葉を重ねる。

 

「かつて我は子らの可能性を軽んじ、横暴を働き、結果エンキに殺された。故にこの様な形も魂も無い狭間にて悠久の時を享受しているのだ。我ながらその罪は深いと、今では思う」

 

 自分の手の平を見て、かつての愚行を思い出したアプスは溜息をついてからまたもや口を開く。

 

「我が(つがい)、ティアマトは子を愛しながら自らより出でた人間を尊んではいない。なればかつての我と同じく、往く末路は子らからの反逆に他ならない。…死に際にはマルドゥックに不意を突かれたと言うのに奴は何も学んでいないのか、それとも学んだからこそラフムの繁栄を選ぶ事にしたのか……」

 

「アプス様。いずれにせよ、ティアマトの寵愛を受けた子―――ティアマトラフムが復活してしまえば人の世には甚大な被害が及びます。例えインテグラの力であろうと今から対策を講じなくては勝ち目は失われていきます。即ち、アリとキリギリスです。インテグラの強さに甘えて用意を怠ればティアマトには歯が立たなくなってしまいます」

 

 インテグラを過信している節のあったアプスは、長官の言葉にふむ、と返すと目を閉じて押し黙った。

 

「貴様らの御陰で我は人間を愛せる様になった。貴様らの可能性を我はいたく好んでいる。故に油断してしまった、許せ」

「いえ、お言葉失礼致しました」

「…それはともかく、インテグラは人類が生存する為の鍵だ。今一度奴を呼んで事を知らせる必要があるだろう……機は熟した、霧島楓には全てを知る資格がある」

 

 え、と長官が驚くが、間髪入れずにアプスは両手をかざすと、目の前に楓が現れた。

 

「あれ? さっきまでおうどん食べてたんだけど―――」

「霧島楓、ようやくインテグララフムと相成ったか」

「アプスさん!? 一体何が…」

「霧島君に話たい事があるんだ」

「長官まで!?」

 

 事態が呑み込めずに眉を八の字に曲げる楓だったが、アプスと長官の真剣な眼差しから尋常ならざる状況である事を瞬時に理解した。

 

「お話、と言うのは?」

「単刀直入に言おう。あと四日でティアマトラフムが復活する」

「えっ」

 

「ティアマト、そしてアプス様にも未来予知の力が備わっているんだけど、ティアマトは今年の十二月十日に自分が復活する事を予言し言葉を残していったんだ。無論その日までもう時間は無い」

 

 ちょっと待って、と楓が話を止める。理解と疑問が追い付かず、困惑している様だった。

 

「あの…ティアマトって、組織の事じゃないんですか?」

「ああ、そうだ。ティアマトとは、そこにいらっしゃるアプス様の妻となる神の事で、例の組織はそこから引用したんだ。って、そこから話す必要があったか。ごめんよ…ここなら時間は気にならないから、かなり最初の方から歴史を語ろうか」

「お願いします……」

 

――

 

 アプスとティアマト。

 二柱の神によりこの世界は創世され、神々の繁栄が始まった。

 しかし創造主である淡水の神アプスは、自らの作ったモノが気に入らなかった。

 自分が作った筈なのに思い通りにいかなかった子供達。

 自らの力不足を妻であるティアマトと子らに擦り付け、当たり散らかし、結果子供によって殺された。

 

 ただ自身が幼いだけだった筈なのに、自分の描いた理想とその時の技量で出力出来たモノという現実との乖離に耐えられず、幼稚なリセットに走っただけだった事に気付いた。

 自分が恥ずかしかった。責任も優しさも無い自らの横暴さをようやく知り、死んだ事により無の世界へと排斥されたアプスはそこで蔑ろにしてしまった妻の事を想った。

 海水の神ティアマト。大らかで全てを包み込む美しき神。アプスはそんな妻に暴挙を働いてしまった悲しみを抱えて無を見つめた。

 その瞬間、無は切り開かれ、海が生まれ、砂浜となった。

 馳せた思いが自分の世界を切り開いた。

 

 その時アプスはいつかの過去、世界を作った瞬間に目を輝かせた事を思い出した。

 

 ”もっと我は自分以外のモノにとって善き存在であるべきだった”

 アプスが自身の孤独への気付きと共に思った善の心は、世界の主となる存在に向けられる事となった。

 後の世にてティアマトの後夫の血から生まれた生命、人間である。

 

 

 それから無尽蔵とも思える時代が過ぎた。

 どこかにあって、どこにも無い、そんな神の世界に立ち入った人間がいた。

 それは人の時間において十六世紀ごろの事だった。

 

「―――貴方は神か、悪魔か」

「我は……神だ。既に他の神に殺された罪深き神だがな」

 

 男は錬金術師であった。

 自らの卓越した技術によって彼は”賢者の石”と名付けられた万能の物質を生成したと言う。

 それが妻であるティアマトの体から創生された、万物を生み出す素である事はすぐに気付いた。

 彼は賢者の石を自らに用いた事で人智を超えた神域の生命体へと進化したと言う。更にはある神の力を模倣した力を得た彼は単独でここへ来たのだった。

 

 アプスの死後、人間と言う神に近いが非常に弱い生命が独自の世界を築き、神の力に頼らずに知恵を振り絞って限りある資源を分け合い繁栄していたのだ。

 それを聞いたアプスは人間を”強い”と思った。ただ創るだけで仕事をした気になり、他者を認めず自他に変化を促す事すらしなかった自分と比べたら、如何に聡明なのか。

 

「人間とは、良い生き物だな」

「皮肉にも私は人の身を捨ててここへ来たのだが」

「姿形では無い。貴様らの持つその心が美しいのだ」

 

「…しかし人間は争いを好む。他者と競い、殺し合い、奪い合う。今でも人類の変革を望む研究者を悪魔の手先と罵って磔にしては燃やす。私も今ここから離れれば殺されるだろう。それでも人間は、良いものか?」

 

「我は貴様の未来を読める。そこには多くの悲しみがあり、多くの喜びがあった。貴様の学びはきっと虚構と蔑まれる事もあれば真理と称えられる事もある。我には出来なかった良い生き方だ…これが、人間の生なのだな」

 

 男は笑った。あまりにも人間臭い情緒を持つ神に親しみが湧いたのだ。

 

「神、アプスよ。私はここを立ちたい。あなたの手によって生まれた神秘に触れ人を超えた私だが、人間として生きて、死ぬのが面白そうだ」

「死んでしまうのにか?」

「ああ、その日まで楽しく酒でも飲んでいるさ」

 

 アプスも笑った。かつて子の煩わしさに頭を抱えた自分が無を拒み潮騒を求めた理由が少し分かった気がした。

 

「往け、人間よ。そしてお前の求むるモノをしかとその目に焼き付けろ」

「ありがとう、アプスよ」

 

 男が会釈をすると、最後に一つ頼み事をして行った。

 

「いつか人間の世界に危機が訪れた時、どうか愚かで尊い命を救ってくれ。我々は弱い。そして常に生きたいと願っている。この世界を作った者の責任として応えてやって欲しい」

 

 ―――良いだろう。

 

 アプスは快く頷いた。



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#86 儀式

「なるほど…アプスさんはそんな大変な事があったんですね」

 

 楓が腕を組みながら理解しているのか理解していないのか定かでは無い返事をする。

 

「次は私の話に移るよ。アプス様と出会った時の話をしよう」

 

――

 

 一九四四年、十月二十四日。

 午後十五時。

 シブヤン海上。

 

「敵機攻撃着弾! 被害甚だ―――」

「被害状況を伝えろッ!! どこがやら―――」

 

 耳をつんざく爆音と共に艦内にいた士官が吹き飛ばされていく。

 辺りから海水が漏れ出し、血液と混ざって足元を濡らす。

 

 この艦は終わりだと、そう告げる様に次々と破壊と死が行き交う。

 

 

 いずれ自分もこのまま海の藻屑になるのだと、下士官の一人、長良衡壱は絶望のまま沈む戦艦と運命を共にしようとしていた。

 

「兄さん! もうじき退艦命令が出る、そうすれば他の艦に移乗出来る筈だ!」

 

 何の因果か、上官が面白がったのか、同じ艦に配属されていた弟、平弐が叫びながら兄を引っ張る。

 

「生き残るんだ! 何があっても!」

 

 血に塗れ、煙に巻かれてもなお生きようともがき続ける平弐の姿に衡壱は生気を取り戻し、互いに肩を組んで壁をつたいながら戦艦の上部へと向かう。

 しかし、近付いて来た敵戦闘機の空襲により、彼らのいた場所の付近が爆破した。

 その衝撃で二人はフィリピンの海へ放り出され、肩を組んだままに落下した。

 

 もう助からない、そう覚悟し衡壱の意識は遠のいた。

 

――

 

 衡壱は気が付くと砂浜の上にいた。遠くから爆撃の音が未だ聞こえる。

 周囲を見渡しても先程までいた艦は姿を捉えられず、既に没したのだと絶望を抱えながら傍にいた弟を起こす。

 

「起きろ、平弐。俺達、何とか生きてるみたいだぞ」

「? …あの状況から?」

 

 平弐も混乱しながら体を起こし、辺りを見回して顔を曇らせる。

 

「兄さん、武蔵は」

「分からん、しかしまだ大丈夫だろう。あん(ふね)は強いからな」

 

 とにかくここで突っ立っている訳にもいかない、と二人はゆっくりと腰を上げ、乗り上げられた島の散策を始めようとした。

 

「お、おめーら生きてたのか、良かった助けたの損しなくって」

 

 付近の林からおよそここの住民では無いだろう外国人が出て来た。

 

「食料を取って来たから食ってくれ」

「あの…」

「量はあるから遠慮すんな、好き嫌いもすんなよ」

「そうじゃなくって」

 

「あなたが助けてくれたんですか?」

 

 困惑の中眉をしかめて平弐が問う。外国人の男はそうだ、と答えるとバナナの房を平弐に投げ渡すと、自らも持って来た房の中から一本を取って食べ始める。

 

「どうやって助けたのかはまぁ聞くな。お前らにはやって欲しい事があってな」

「何故俺達なんだ?」

 

 衡壱が続けて問うと、男は食べ終わったバナナの皮を投げ捨てると、林の中へ入っていく。

 

「ついて来い」

 

 長良兄弟は顔を突き合わせると、不信に思いながらも男に同行する事にした。

 

「…ところで、あなたのお名前は?」

 

 平弐が問うと、男は顎に手を当てて唸り始めた。

 

「そうだな、名乗りたくないな」

 

 な、と衡壱が衝撃と苛立ちを混ぜた声を漏らす。

 

「あぁ、気を悪くするなよ。今名乗ると面倒な事があるんだよ。とりあえず呼び名は必要だからな…」

 

 更に男は唸ると、何かを閃いた様に二人へと振り向いた。

 

「シー・ディーと呼んでくれ」

「なんだそれ、本名のアルファベットか?」

「ジョン・ディーってヤツがいるんだが、あれの海版的な? ソレだソレ」

 

 彼の発言の真意は全く掴めなかったが、名前が無いよりは良いと考え、彼をシー・ディーと呼ぶ事にした。

 

――

 

「一旦休むか」

 

 シー・ディーがそう告げる頃には辺りは真っ暗になっており、衡壱と平弐は疲労困憊していた。

 

「俺達は一体何キロメートル歩かされたんだ…?」

「まぁそう言うな、これも全てお前らの為でもあるんだ」

「そうは言うが、一体何をしようとしているんだ、アンタは」

 

 仲間の安否も分からないままここまで連れて来られた衡壱はひどく憔悴していた。平弐も同様に落ち着かない様子で不安に満ちた顔をシー・ディーに向ける。

 

「そうだな、これからやってもらうのは―――」

 

 シー・ディーが説明しようとした矢先、林の奥から男性らの声が聞こえて来た。興奮した様子のその声は段々近付いて来ていた。

 

「!? 現地民か!」

「僕達がいると攻撃して来る、早く逃げよう!」

「…付いて来い!」

 

 シー・ディーの指示に従い全員で走る。

 休む暇も無く動かされる事に長良兄弟の不満は募るが、今は逃げる事で精一杯だった。

 

「まだ追って来るぞ!」

「あともう少しの辛抱だ、走れ!!」

 

 彼らが走り続けると、暗がりの中に小さい洞窟が見えて来た。

 

「お前らはそこに入ってろ! 俺は現地民を説得してから行くから息を潜めてるんだぜ?」

 

 そう言うとシー・ディーは暗さの余り洞窟を補足出来ていない二人を無理矢理押して近くにあった草で入口を隠した。

 

 

「一体ここは…」

「分からない、だが、アイツの言う事を信じるしか…無いな」

 

 光の無い洞窟の中で二人が静かに待っていると、外の声が聞こえなくなり、入口を隠していた草が取り除かれ光が差した。

 

「!?」

「あー驚くな、俺俺、シー・ディーさんだぜ」

 

 現地民との問答が何とかなったのか、シー・ディーは松明(たいまつ)を持って洞窟の中へ入っていく。

 

「入口は狭いが中は広いんだぜ、ココ。奥まで進んでいってくれ」

 

 言われるがまま長良兄弟が進むと、辺りが急に広くなり、一つの部屋の様になっていた。

 そこには数点の書物と化学実験用の器材らしきランプやフラスコが置かれていた。

 

「ここは…実験室?」

 

 平弐は学生時代に化学の研究室に立ち入っていた機会があった故か、それらの器材が何の為に使う物であるのか予想を付けていた。

 

「その通りだ、さて…改めて事情を説明するか」

 

 シー・ディーは書物を開くと、松明から部屋のランプへ火を移して場を明るくする。

 

「お前らにはある儀式を行い、人を超えて貰う」

「…今なんて言った?」

 

 衡壱が固まる。彼の発言の意図が全く読めなかった。

 

「海外から伝わって来た技術なんだが、それを使えば人は進化して他者を導き、より良い世界にしていけるって訳だ」

 

 そう説明するとさらに”儀式”の準備を進めていく。

 

「進化する…? どうして僕らなんですか?」

「ふむ…”素質”だろうか、まぁ俺にはそう言うのが分かるから助けたんだよ。世界をいいモノにして欲しいからな」

「この力を使えば、こんな世界を変えられるんですか?」

 

 平弐の問いにシー・ディーが頷く。

 

「…分かりました。その儀式を受けます」

「平弐ッ!!」

 

 衡壱が平弐の肩を力強く掴んで叫ぶ。良く分からない事に弟を巻き込む訳にはいかない。

 

「シー・ディー、助けてもらった義理はあるが、お前の言っている事は尋常とは言えない。その願いには乗れない」

「乗れないからどうするんだ? お前らはこの島から脱出する術も無い。外へ出ればまた現地民に襲われる訳だが…」

「俺らが逃げられない状況にしていた訳か…余りにも周到だな」

 

 怒りに身を任せて衡壱がシー・ディーの襟を掴む。

 

「恐怖、不安…分かるぜ、長良衡壱君」

「! シー・ディー…どうして俺の名前を知っている…!?」

 

 シー・ディーは不敵な笑みを浮かべると、何かを呟き始めた。

 

「e-nu-ma e-liš la na-bu-ú šá-ma-mu…」

「何を言っている…やめろ!」

 

 衡壱がシー・ディーを止めようとするが、急な頭の痛みに遮られ、体が動かなくなる。平弐も同様に震えながらうずくまる。

 

「šap-lish am-ma-tum šu-ma la zak-rat…ZU.AB-ma reš-tu-ú za-ru-šu-un…mu-um-mu ti-amat mu-al-li-da-at gim-ri-šú-un…A.MEŠ-šú-nu iš-te-niš i-ḫi-qu-ú-šú-un…gi-pa-ra la ki-is-su-ru su-sa-a la she-'u-ú…gi-pa-ra la ki-is-su-ru su-sa-a la she-'u-ú」

 

 シー・ディーの詠唱により、長良兄弟の体は人のカタチを失い、大爆発を起こした。

 

「おーおー、これが人を超え、ラフムを超えた神の概念を持ったラフム……神々(ディンギル)ラフムの力か」

 

 シー・ディーが爆発の中から出て来て拍手する。

 

「そしてもう一柱……ラフムの母、全ての人類を進化へ導く神の力…ティアマトラフム」

 

 洞窟を破壊し現れた二体の超巨大なラフムが辺りを破壊し尽くす。

 

「ハハ、愉快だな」



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#87 神光

「えっ…待って長官がラフム!?」

 

 話を聞いた楓が何度も瞬きをしながら長官を見つめる。

 

「実はそうなんだ。組織運営の都合上それを明かす事は出来なかったが、バディ基地に侵入したバミューダを撃退したのも私の力…ディンギルラフムだ」

 

 ディンギル―――シュメール語で”神”を意味するその語は、エヌマエリシュを創始とする神々の力を持つ、余りに強大な物であった。

 

「その儀式によって私は、弟共々ラフムにされ、果ては暴走してしまった…この力は今でもコントロール出来ていなくてね」

 

 はは、と少し笑うが、長官はすぐに険しい顔を見せる。

 

「儀式の後、私は意識が無くなり、気付いた頃には別の島に流れ着いていた。ティアマトの力を使って平弐が助けてくれたらしいが、結局あの時シー・ディーと名乗った男の正体は分からずじまいだ」

「我に関係のある人物かも知れないが、話を聞く限りかつてここに訪れた錬金術師とは異なる男だ。我にも素性が分からぬとは、気味の悪い…」

 

 神であるアプスすら知る由の無い人物に楓は考察を深めたいと思ったが、それよりもまずは歴史を辿る事にした。

 

「とりあえず…長官、もしよろしければ話の続きを」

「オッケー、現代に至るまでの話をしようか」

 

――

 

 一九四四年、十一月一日。

 午前十時十三分。

 

 衡壱が目を覚ますと、民家で眠っていた。

 

「うっ、兵隊さんうきたんが。まーがら流り着ちゃんが知らんしがうんすーぬゆたさたんや~」

 

 甚平を着た丸眼鏡の中年男性が朗らかな笑顔と共に衡壱の目覚めを歓迎する。

 方言のせいで良く聞き取れなかったが、衡壱は今の状態を確認する。

 

「あの…俺は一体」

「軍艦から落っくちたるんうっとぅさんがたしきてぃくぃたるんやてぃん? あぬうっとぅさんしぎーぇんだな~、あぬ武蔵うどぅんから落っくちたしがくままでぃうぃーじ(はこ)でぃちゃんでぃ」

「あの、何と?」

「お父さんは、運が良かった、軍艦から弟さんが助けてくれて、武蔵から落っこちたのを運んでくれた、だって」

 

 縁側から歩いて来た少女がそう訳すと、衡壱は成程、と返し男性と少女に一礼した。

 

「お父さん沖縄語すごいから、私が話すね」

「ありがとう、ところで君は訛っていないのか?」

「うん、島にある本みんな読んだから」

「我が国の初等教育の賜物だな」

 

 そんなんじゃないよ、と少女が呟くと衡壱の体を引っ張って居間へと連れて行く。

 

「お腹空いてるでしょ、丁度隣のおばちゃんからおにぎり貰ったから」

 

 そう言って彼女は衡壱へ食事を差し出す。しばらく意識を失っていた筈なのに衡壱は不思議と腹が空いていなかったが、有難く頂いた。

 

 衡壱を助けてくれたのは比嘉(ひが)と言う父娘だった。

 一人娘の吹雪は人一倍賢く、誰よりも知識を持っており早くに母を亡くしながらも農夫の父と二人で暮らしていた。平弐は比嘉一家の助けもありすぐに畑で収穫作業に出ていた。

 衡壱もすぐに体が良くなったので近隣住民の手助けを何でも行った。

 掃除、洗濯、料理、農耕、牧畜…あらゆる仕事を頭に叩き込み、兄弟でこの島―――沖縄県八重山諸島、波照間島を支えていく事にした。

 …だが。

 

 十一月十五日。

 

 波照間島での生活に慣れて来た頃、事態は急変した。

 平弐が若い男性を殺害し、ラフムにしたのだ。

 騒然とする島民に囲まれる様に、衡壱と平弐、狼のラフムと化した男性が対面する。

 

「平弐…一体何をした!?」

「ティアマトは僕に告げたんだ…人の営みを守る為に人をラフムへと進化させ…来る戦いに備えよと」

 

 平弐は誇らしげに言うと、ラフムの力を得た全能感に浸る男性と肩を組んだ。

 

「実際彼は幸せだ。力を得た人々はこれからの世界を苦しめる災いを払い、恒久的な平和を築く為の礎になるのだから」

「は…何を言っているんだ…?」

 

 弟の豹変に衡壱は訳が分からなかったが、一方の平弐は余裕に満ちた表情を浮かべていた。

 

「これからこの島の人全員をラフムにする。僕らがこの力で助かった様に、ここにいる人々に素晴らしい力を分け与えたい」

「ど…どうやって、ラフム? と言うモノにすると言うんだ?」

「一度、殺すんだ」

 

 一変して平弐の表情が曇る。確かに大きな力を得る事は理想であるが、人の命を奪う行為には抵抗がある様だった。

 

「俺達は戦争で多くの命を奪って来た。それがどれだけ愚かしい事だと考えただろう…お前だってそうだった。なのに、何故また人を殺そうとするんだ!」

「この世界を変える為だ! この世界は常に何かに飢え、求め、手に入れる為に他者の尊厳をいとわない…そんな世界を終わらせる為に、ラフムの力で全てに満ちた世界を作るんだ」

 

 そう言うと平弐は体を強く力ませて、巨大な液体状の怪物へと変貌する。

 

「ラフムになれば不老不死になり、食事も睡眠も少しで良くなるし、体の力だって人とは比べ物にならない。これは幸せな事だよ兄さん。この力を全ての人に与えられるのは僕しかいないんだ…邪魔を、しないでくれッ!」

 

 平弐の変貌した怪物―――ティアマトラフムは自らの体を構成する液体を子供へ飛ばす。

 液体は体に潜り込んだ後、体内から人の意識を操作し、眠らせてから脳を穿って殺害した。

 

「な…三吉(さんきち)くんッ!」

「必要な犠牲だよ…今殺した三吉くんはラフムとして蘇り、新たな自分に歓喜する事だろう」

 

 彼はもう尋常な精神では無かった。とにかく今は島民を避難させる事しか出来なかった。

 

「この島に逃げ場なんて無いさ、船なら既に破壊したよ」

 

 島民が逃げ場を無くした中、彼らを助ける為には弟と対峙するしか無いと衡壱は悟った。だが、今の自分にはコントロールの利かないラフムと(おぼ)しき力しか無い。

 短い間でも自分を助け、大事にしてくれた人々を守る事が出来る手段について、葛藤の末決断をした。

 

「平弐…お前の考え方は独りよがりだ! 人の生き方をお前が勝手に決めるな!! …俺は! ここに生きる人達がこれからも生き続けて考える、自分だけの生き方を守りたいッ!!」

「だったら! やってみせてよ…兄さん!!」

 

 島全体を覆う神々(ディンギル)の光が輝いた。

 誰かを守りたいと思う人の力に、神は応える事は無かった。

 

 ディンギルラフムは島の人々を焼き尽くした。ラフムも例外無く、大地が吹き飛ぶ程の威力を持った神の後光は、衡壱の願いも虚しく全ての人の命を奪った。

 

――

 

「―――はっ!」

 

 衡壱がそこまで語った所で、涙を流している事に気付いた。

 

「……長官」

「いや、済まない。老人は涙もろくて敵わないね―――!」

 

 まさか話を聴いていた楓まで涙を流しているとは思わなかった。

 

「どうしたの霧島君!?」

「いえ…長官の悔しい気持ちが、何だか伝わって来ちゃって…」

「そ、そんな泣かないでくれ霧島君? 確かに私はあの時、助けたかった人々を殺してしまったのだが…だが……たった一人助けられた人がいたんだ」

 

 そうなんですか、と楓が口をすぼめて問う。それに対し長官は涙を拭ってああ、と自信に満ちた答えを投げ掛ける。

 

「僕のディンギルがたった一人だけ、そこにいた子をラフムにしたんだ」

「そこにいた子…まさか!?」

「ああ、今では私と共にティアマトから人の自由を守る為、御剣家の当主として頑張ってくれているよ」

 

 辛い過去を乗り越え、自らの使命を知った長良衡壱は、かつての自分の弱さをかき消す様に笑った。



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#88 電話

 十二月六日、十三時五分。

 御剣邸内、バディ指令室。

 

 楓の自身の秘密を打ち明けた長官は早速バディ長官の任を吹雪から返還され、最初の仕事としてティアマトラフムの復活が近い事を伝え、より一層の作業進行を求めた。

 

 加えて、防衛省と警視庁、消防庁にも今後の更なる協力を要請し、来たる日へ備える事になった。

 

「―――と言う訳で…実は、私はラフムなんだ」

 

 長官の連絡を受けた勇太郎と藤村、大護は呆然としていたが、すぐに状況を飲み込んだ。

 

「何かその方がしっくり来る話ッスね」

「長官には敵わないわね。聞きたい事は色々あるけど今は自分の仕事に努めます」

「長官は誰であろうと、俺達の立派な大将だ」

 

 思っていた以上に気軽に受け入れられ、長官は少し驚きつつも、今の仲間達を信頼して本当に良かったと思った。

 

「ところで長官、マルドゥック構成素の時もそうでしたが、暁君には何も話さなくて良いのですか?」

「彼は忙しいからね…追って説明するよ」

 

 長官の答えに藤村が納得すると、アイアス量産の為に持ち場へと戻った。

 

「そしたら俺は…親父に話したい事があるんだったな。長官、何かあったら呼んでください」

「それじゃあ俺は楓ン所でちょっと”アレ”試してみっか!」

 

 それぞれが己のやるべき事を考え、打倒ティアマトの為動き出す。

 

 一方雷電は―――。

 

――

 

「右からのフェイントが甘い! かわされるつもりで攻撃をするな! スピードを上げろッ!」

 

 御剣邸、地下防電戦闘訓練場。

 

 サンダーボルテックスの状態を維持しながらゴズテンノウラフムと戦闘訓練を行う霹靂は、着実にその力を高めていた。

 しかし、それでもなおゴズテンノウ―――光流には及ばない。

 

「っ! これ以上戦うと、俺にも手が付けられねぇ!」

「構わん、来いッ!」

 

 サンダーボルテックスの素早い打撃を諸共せずに捌き切るゴズテンノウに、遂に霹靂の力は暴走し、その姿をサンダーラフムへと変貌させてしまう。

 

「これがお前の本気かッ!? 攻撃が単調で遅すぎる…その状態からでも頭を使え!!」

 

 ゴズテンノウはサンダーの強力な雷撃と殴打をかわし、彼の首元へ一撃を食らわせる。

 神の性質を持つ彼女の攻撃はサンダーの巨躯を一撃を沈めてしまった。

 意識を失ったサンダーは粒子化し、雷電が倒れたまま姿を現す。

 

「これで終わりか? そんなんじゃ私は倒せないぞ……早く私を、倒してくれッ!」

 

 ゴズテンノウが力むと、電流の刺激で無理矢理雷電を起こす。

 

「ごほッ!?」

「こんなもので私を倒せるか!? 家族の仇が取れるのか!?」

 

《Change・Thunder・Voltex》

 

 ゴズテンノウに焚き付けられ、霹靂が再びサンダーボルテックスへ変身し、怒りの雄叫びと共に突撃する。

 

「何も学んでいないのか、霹靂! お前の力がコントロール出来ないのは冷静さを欠いているからだ。他者の言葉に流されるな!」

「―――ッ!」

 

 何も言い返せないまま、霹靂はゴズテンノウへと電撃を浴びせるが、全く効いていない素振りを見せる。

 

「さっきよりも力が落ちているぞ」

「!! ……少し休憩させてくれ」

 

 怒りに身を任せて突貫しようとしていた霹靂が急に動きを止めて進言する。

 

「休憩? 疲れたのか?」

「いや、少し考え事をしたい」

 

 ほう、とゴズテンノウが呟くと、人間の姿へと戻る。

 

「分かった、しかし変身は解くな。その状態を維持しながら考え事をしろ。時間は十五分だ」

「ああ」

 

 霹靂―――雷電は少し力を抜いて、その場に座り込む。そしてライダーの装甲に内蔵された無線機からある人物に連絡を繋げた。

 

「もしもし? 暁君から連絡なんて珍しいね」

「…霧島先輩に聞きたい事があるんス」

 

 雷電が連絡を取った人物―――楓は物珍しい相談に首を傾げつつもどうしたの? と耳を傾けた。

 

「先輩は、家族を殺した仇と、戦ったんスよね…」

「うん……正直復讐ってスッキリしたよ」

 

 あの品行方正な楓からそんな言葉が出るとは思っても無かった。雷電は驚きの余り声が漏れる。

 

「僕なんて感情的に戦っちゃって、そのせいでウインドに付け込まれたんだ。でもそう言う強い感情があるから人って戦えるんじゃないかって思うかな」

「俺も、今家族の仇と戦ってるんス。それで、感情的になっちまって……でも勝てなくて」

「うん、実際感情的になっただけじゃ勝てやしないよ。僕だって復讐心だけでウインドに勝てた訳じゃないもん」

 

 楓がそう言うと、少し唸りながら今までの自分の戦いを思い返す。

 

「僕がウインドを倒せたのは仇を取りたいとかじゃなくて、ここでアイツを倒す事で自分の気持ちをに折り合いを付けたいって気持ちが強かったかな」

「気持ちに、折り合いを付ける?」

「例のラフムと戦ってるんでしょ、暁君? なら、あの人を倒す事よりも、倒す事でどうしたいか―――君自身がどう変身したいかを考えてみて」

 

 自分自身がどう変身したいか。雷電に突き付けられたその言葉は、彼の中で何度も反芻された。

 

「俺は……」

「…」

 

 幾度と無く、”変身”と言う言葉を繰り返してから、雷電は再び口を開いた。

 

「先輩は、変身…したんですか」

 

「僕は―――変身、したよ」

 

 張り切って楓は言い放った。

 

「自分がなりたいって思う自分を想像して、そうなる為にどうすれば良いのか考えてみて。そうすればきっと、暁君が本当にやるべき事が見えて来るハズだよ」

「俺は…そうだな…成程」

「何かアドバイスになったかな?」

 

 楓の問に雷電はハイ、と強く答える。

 

「なりたい自分に”変身”する為に、俺がやんなきゃなんねぇ事、ようやく分かったっス」

 

 先程までの会話で、雷電に起こった変化が楓にもひしひしと感じ取れた。

 

「…暁君がそう言ってくれて本当に嬉しいよ。そうだ、前に僕らが戦ってた事覚えてる? 今じゃ信じられないね」

「覚えてるっスよ勿論。あん時の先輩、怖かったんで忘れられねぇっス」

「心外だなぁ~、僕も必死だったんだよ!」

「はは……いや、あん時は本当にすみませんでした。あれ以来ずっと倒れてたって聞いたのに…俺、ずっと謝れてませんでした」

「良いんだ、僕は苦しそうだった君を助けたかっただけなんだから。今こうやってやるべき事を見つけて、それに僕に謝ってくれて感謝までしてくれてるんだから言う事ナシだよ」

 

 激闘を終えながらも、未だにまともに謝罪出来ていなかった楓から思い掛けない言葉を贈られ、雷電は言葉を失った。

 

「俺と戦ったせいでアンタは重傷を負った、その事を忘れないでくれよ」

「うん。でも君と戦えたお陰で、君が色々と考え直して勇太郎やバディの皆を助けてくれた事も忘れてないよ」

「…霧島先輩、本当にすみませんでした。今度また直接謝りに…いや、ありがとうって、伝えに行きます」

「うん、うん! ごめんなさいよりありがとうが欲しいの、良く分かってるじゃん」

 

 楓が笑っていると、気が済んだ雷電は唐突に電話を切った。それ以上の言葉よりも、これからの結果で楓に気持ちを伝えたかったからだ。

 雷電は先程諭されて気付いた様に、落ち着きながら自らの理想を思い描く。

 

「ゴズテンノウ、休憩はもう良い。再開しようぜ」

「―――どうやら何か考えがある様だな」

「ああ…今ならお前に勝てる気がするぜ」

 

 そう言うと雷電は変身を解除した。



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#89 適合

「霹靂…? 変身は解くなと言った筈だが…」

 

 ゴズテンノウからの指示を破り変身を解除した雷電に、彼女は何かを閃いたのだと勘繰り、叱責する事無く流す。

 

「先程の電話で考えが思い付いたか。良いだろう、さっさと私を倒してみろ!」

 

 雷電の作戦が定まっている内にとゴズテンノウが臨戦態勢を取る。一方の雷電も彼女の闘争心に応える様に身構えた。

 ゴズテンノウの闘気に触発されたのか、雷電の体から粒子が放出される。

 

「いくぜ…俺の―――変身」

 

《Thunder》

 

 雷電は変身を解除する際、手に取っていたサンダーイートリッジを起動させ、自らラフムへと変貌する。

 今まで自発的にラフムになろうとしなかった雷電が見せた行動にゴズテンノウはおぉ、と感嘆する。

 

 楓と話した事で雷電の心は透き通り、今では本当に自分がやるべき事、否、やりたかった事がハッキリと見えていた。

 かつて家族を助けられなかった自分から変身し、まだ生きている妹を助けられる力を手に入れる事こそが、彼にとっての理想であった事にようやく気が付いたのだ。

 

 戦いに勝利する事では無く、誰かを救う事…それが雷電が思う”変身した自分の姿”だった。

 

 ゴズテンノウラフムに勝利する事では無い、その先にある理想に辿り着くと言う雷電の願いに力は応える。ラフムへと変貌させる素であるマルドゥック構成素は、サンダーの力を示す黄色い粒子を変容させ、青みがかった、輝きの増した粒子となる。

 雷電の成長を表す様に輝き続ける粒子は、彼に適合する新たなカタチを構築していく。

 

 ラフムに変貌する時はおろか、ライダーに変身する時にさえ感じた事の無かった、安らかで心の奮い立つエネルギーに包まれながら、雷電はふと気付いた。

 

(俺は…父ちゃんと母ちゃんを殺し、響を傷付けた雷の力が怖かったんだ…だが、もう怖くは無い。前に霧島先輩が俺から得た雷の力で復活した様に、この力を使えば響を助けられる、何かそんな気がする)

 

 今まで拒絶し、暴走させていた自身の性質を雷電がようやく認めた事で、彼の変貌するサンダーラフムの姿は今までの巨大な異形から更に変化を起こし、人のシルエットを踏襲した、蜘蛛の形状に似た頭部を持った”適合態”となった。

 

「ほう、人型を保ったままラフムとなったか…」

「もう俺は俺自身の力を恐れねぇ、コイツを利用してお前を倒す―――いや、響を助けるんだッ!!」

 

 啖呵を切ってゴズテンノウへ迫るサンダーラフムのスピードは、霹靂として戦っていた時よりも速く感じた。

 実際はサンダーボルテックスの方が速度は勝るのだが、今までの決意に満ちた動きから一変して、自由度の高い機動をする様になった為、動きが捉えづらくなっているのだ。

 

「動きが良くなったか、霹靂! しかしそれだけでは……」

 

 ゴズテンノウが訓練場全体に(いかづち)を放ち、サンダーラフムへと雷撃を当てる。

 帯電性の高いラフムであっても神の力を持った電流は身に(こた)えるのか、僅かな隙が生まれる。

 

「私は倒せないッ!」

 

 一転して今度はゴズテンノウが攻める。一気にサンダーとの距離を縮め、その雷光の如き素早さで彼目掛けて拳を突き立てる。が、その瞬間、サンダーは帯状の雷を発生させ眩い閃光でゴズテンノウの目をくらませる。

 無駄だと言わんばかりにゴズテンノウは先程と同様に全方位へ雷を放ってサンダーを補足しようとした。

 

 しかし、彼女はその刹那、驚くべき光景を目の当たりにした。

 

「残念だが、今の俺には雷は効かねぇ」

 

 サンダーがゴズテンノウの放った雷を操作し、瞬く間に放電させていったのだ。

 

「私の雷を…操っただと!?」

「前に公共電波を操作して周波数を変えるなんて仕事をした事があったんだが、あん時の応用だ。今の俺なら全て雷の力を意のままに出来るぜ」

 

 サンダーラフムは手の平に抱えていたゴズテンノウの雷を放電仕切ると、変貌後に格納していたサンダーイートリッジを再び取り出し、起動させる。

 

《Thunder》

 

「変身」

 

《Change・Thunder・Voltex》

 

 自らの性質を完全に掌握した状態から仮面ライダー霹靂・サンダーボルテックスへと変身する。

 

「お前の攻撃は通用しない、ボルテックスの行動制限は克服した、さあどう戦う?」

 

 暴走の危険と隣り合わせであったサンダーボルテックスの力も今となってはただの強化形態となり、霹靂は余裕を見せつける。

 彼の著しい成長を目撃したゴズテンノウは思わず笑みを溢した。

 

「フッ…私を倒すまでが戦いの勝利だぞ?」

「そんなの通過点でしかねーよ、今の俺にとってはな」

 

 軽口を叩くと、サンダーボルテックスは光の様な速さでゴズテンノウの視界から消え、背後を取る。

 

「攻撃までの振りが長すぎるぞ―――!?」

 

 振り返って攻撃しようとしたゴズテンノウだったが、既にサンダーボルテックスの姿は無かった。攻撃の振りの長さは彼女の行動を誘い出す為の囮だった。

 そして、たった一瞬サンダーボルテックスの姿を見失ったのが彼の逆転を生んだ。

 

 右側からの殴打、に見せかけた左側からの蹴撃。

 振りの大きいキック、と思い回避した方向からの意表を突くパンチ。

 それらのフェイントを高速で繰り出す事による翻弄。

 

 時間的な制約から解放されたサンダーボルテックスは息つく暇の無い攻撃の応酬でゴズテンノウの能力を上回り、彼女を出し抜く程の強さを見せ付けていた。

 

「良いぞ、霹靂……!」

「後はお前を撃破させて貰うぜ、覚悟しろよッ!」

 

《Thunder…ImpactVoltex》

 

 強化変身アイテム、ボルトリガーを介したサンダーの能力強化、最終段階。

 ゴズテンノウを追い詰める程の力を見せていたサンダーボルテックスのスペックが更に上昇し、ゴズテンノウの身体能力を圧倒し、果てには彼女の雷の力を強制的に吸収し、自らの力とする。

 

(く…防御する為の余力が出ん…)

 

 サンダーボルテックスは超強力な雷の力を溜め込んだ足で跳躍し、ゴズテンノウへ飛び蹴りを決める。

 

「くらええええッッ!!」

 

 

 ―――ゴズテンノウが、倒れた。

 

 その巨躯を粒子に変え、変貌していた光流の姿が露わになる。

 変身を解除した雷電は彼女の体を抱えると、腰に携えていたイートリッジホルダーからブランクイートリッジを取り出し、ゴズテンノウの粒子を採取する。

 粒子はブランクイートリッジへ吸収されると、神々しい輝きを放つイートリッジへと変化した。が、所々から火花を散らす。

 

「やはり神の力は通常のイートリッジだと容量オーバーと言った所か…ゴズテンノウ、無事か?」

「ああ……」

 

 呆けた顔を見せる光流は、一段と逞しく見える雷電を見て、再び辛い気持ちを抑え切れなくなった。

 

「改めて済まない、霹靂。私はお前の両親を殺害した、その罪は消えない…ここまでやって来たが本当に正しい事だったのか、今でも分からない。お前の様な強い奴に、けして消えない傷を与えて、人の命を奪って…やはり私は後悔で胸が張り裂けそうだ」

「だから俺は仇討ちをした。お前を超えて、勝って、力を奪った…そしてこれから妹も助ける。はぁ、これ以上お前を咎める理由が無いんだが?」

 

 そう言うと雷電は訓練場を後にしようとする。

 

「おい…本当に良いのか? 殴るでも殺すでも、もっと仕返す権利がお前にはあるだろう!」

「過ぎた事をグチグチと…お前戦いは派手にやるのに繊細なんだな」

「なっ…」

「俺はなりたい俺に変身する。辛い過去を乗り越えて、家族を、仲間を守れる強い俺にな…その為にはお前を憎む事なんて出来ねーしするつもりもねぇ。それこそが理想の俺の姿だ」

 

 雷電は振り向き様に微笑むと、光流にかつて言われた言葉を投げ掛ける。

 

「ただ、そうだな…確かに死んだ人は戻らねぇ。でも? だから? 今生きてる人間は一人でも多く助けるんだってさ……お前が人を傷付けて来たのを後悔するなら、それ以上の人間を助けてみせろよ、源光流!」

「―――!」

 

 光流は衝撃を受け、その場に立ち尽くす。

 

「お前が罪を償える場所は用意するつもりだ。ま、似たモン同志頑張ろうぜ」

「……ああ、そうか…そうだとも、私に出来る事なら、やるまでだ」

 

 光流の決意に雷電はかつての自分を思い出し、少し照れ臭くなった。



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#90 反省

 十二月六日、午後十三時三十六分。

 御剣邸内、研究室。

 

 自らが開発したウェアラブレスの調整を行いながら、同時にアイアスの量産ラインをチェックしていた武蔵博士の元に、大護がやって来た。

 

「親父、話がある」

「大護……」

 

 切りの良い所まで調整を進めてから、博士は手を止めて息子へ駆け寄る。

 

「一体なんじゃ?」

「再開してからアンタと話せてなかったからよ…忙しいのは理解しているが、時間が欲しい」

 

 大護からの懇願に博士はホホ、と笑う。

 

「お前の為なら幾らでも時間をやるぞ」

「…調子の良い親父だぜ」

 

 悪態をつきながらも大護は博士を自販機横の談話スペースへ導く。

 

「…ふぅ、お前から話を掛けて来るなら、話は恐らくママの事じゃろ」

「そうだ。アンタが出て行ってから、お袋は体調を崩してな…その事を水に流す事は出来ねぇ、これからも俺達に協力するならまずお袋と話を付けてからにして欲しいんだよ」

 

 大護の表情は強張っており、今まで見た事の無い狼狽え方をしていた。

 

「ママの所へ連れてってはくれんか」

 

 博士の頼みに待ってましたと言わんばかりに大護が頷く。

 

 一旦作業から離れる事を藤村、千歳に伝えた博士は大護から渡されたヘルメットを被り、ライドサイクロンの後部に座す。

 大護と博士は母のいる病院へと向かう。

 

――

 

 午後十三時四十六分。

 長野県某所地下、レイライン。

 

「ところでママはどこにいるんじゃ?」

「今は東京の病院にいる。全然アンタに会えてないから顔も忘れてそうだがな」

 

 不貞腐れた態度の大護に、博士は焦燥の顔を見せながら妻の事を想う。

 

「ママは、そんなに悪いのか?」

「……」

 

 泣きそうな博士を無視して、大護はバイクのスピードを上げる。

 

 こんなに狼狽している父を大護は初めて見た。自分が幼い頃の父親と言えば常に資料を睨み続け、寝る間も惜しんで研究に勤しむ姿しか見なかった。それがこんなにまで老けて、感情的になってしまっている。

 どれだけの間父に会えていなかったのだろうか。

 

 武蔵博士が姿を消したのは十年程前だった。急に父がいなくなった大護は、母の心労もあって中学を出てすぐに働きに出ていた。

 そこで偶然ラフムと遭遇し、倒せずとも撃退したと言う前代未聞の功績を打ち上げ、その日から後にバディとなる”内閣直属対ラ防衛部隊”に抜擢(ばってき)され、自慢の身体能力でラフムから人々を守り抜き、給料を母の治療費に()てていた。

 

「なんだか昔の事を思い出したらムカついて来たな」

「……すまん」

「謝ってほしい訳じゃねーさ…とにかくそれも全部お袋に会ってからだな」

 

 ライドサイクロンはなおもレイラインを進む。先程の会話が途切れてから恐ろしい程の静寂が流れた後、大護が急に何かを思い出したのか、そういや、と切り出した。

 

「親父、何で俺達を置いてどっか行ったんだよ!?」

「今更じゃよ!?」

 

 確かに今更だった。武蔵博士はどこか抜けた所のある息子に戸惑いを覚えるが、当の息子にとっては父の過去など些末な事であるとは夢にも思っていなかった。

 

「ま、まぁ…とにかく話していくからの……」

 

――

 

 ある日、電子工学の研究員として企業に勤めていた武蔵博士は、自分のメールに謎の相手から連絡が来ている事に気付いた。

 その内容は、心理学に関する新しい検査法の検査結果を求める物だった。いたずらメールだと思った博士は内容を軽く読んでから破棄しようとした。が、研究の傍ら様々な分野の学問の勉強をしていた博士にとっては非常に興味深い宿題であった。

 指定された検査対象者は自分のコネクションから選び出し、そこから得られた実践的データを指定された様式で送り返した。

 メールの送り主は大層喜び、どこから知ったのか博士の口座に百万円が送金されていた。

 この様なメールはその後も五通程送られ、その全てが異なる分野からの出題であった。送られて来る大金と学術的好奇心に耐え兼ねた博士はそれらを全て完璧な状態で提出し、自分の懐と知識を温めた。

 確かに全て怪しげなメールで、こんなものに触れるのは研究者としてはおろか、人間としても非倫理的な行動だったと省みる。しかし、当時十五歳で高校受験に勤しんでいた息子の事を思い出すと、薄給故にどうしても金に目が眩んでしまった。

 

 

 そして、それらのメールが罠であると遂に気が付いた。

 仕事の傍ら、以前自分が行った実験課題について調べた時、それが特許として登録されており、無許可での再現は剽窃に当たると知ったのだ。

 焦った博士は今までやり取りしていたメールで答えた内容を調べると、その全てが過去に公開された特許に抵触している事に気付いた。

 博士はメールの送り主に連絡を取ると、落ち合うつもりであろう地点の共有と共に、これまでのやり取りを全て破棄する様申し込んで来た。

 これ以上本件に関わると家族にも被害があると考えた博士は、口座の残金を引き落として現金にし、家に置いていくと自宅を後にした。

 昼先でまだ家にいた妻には仕事先が家の近くで一旦寄ったと言う事にし、笑顔を向けて自宅を出た。

 

 それからはメールの送り主である黒木の選抜によりティアマトの兵器開発担当として働く事になった。

 家族の元から離れる事になった原因となった己の愚かさとティアマトの悪逆非道に、心底怒りを向けながら組織への潜伏を決意した。

 それからしばらくの歳月の後、ラフム能力の暴走で爆発したボマーと藤村金剛を回収、ボンバーラフムの安定化を口実に金剛に改造治療を加え、二人を仲間とした。また、一々視察だの兵器の調整だのと勝手に訪れる黒木の目を盗んでウェアラブレスに彼の様な生半可な知識人が閲覧不可能なレベルの隠し機能を搭載し、いつかあのスカした顔に面食らわせる事を誓った。

 

――

 

「―――自慢げに語ったが…だとしてもじゃ、ワシのやって来てしまった事は無くなりはせん。バディの一員として挽回の機会を貰ったとて罪は拭えんよ」

「…アンタがどんだけ悔やんでも、時間は戻ってこねーぞ」

「そうじゃな…じゃが、少しずつでも失われた時間を、大護と母さんに与えてしまった苦しみを、どうか清算したいんじゃ」

 

 清算とそう言った博士に、大護はため息を漏らした。

 

「反省、だろ。”失敗したら反省して、成功に繋げる”、お袋はいつもそう教えてくれてたぜ」

「! ―――昔、母さんに同じ事を言われた事があったの…! そう、そうじゃったな、はは」

「そうだったのか、そうか…そうだな。”清算”じゃなくて”反省”だぜ、親父。アンタが奪った十年間、反省して返してくれよな」

 

 ああ、と博士は深く頷いた。それを見た大護はライドサイクロンの速度を上げる。

 

――

 

 午後十四時十四分。

 東京都千代田区神田駿河台。

 

 大通りに隣接するその大学病院に二人が到着すると、看護師に案内され病室へ到着する。

 ―――武蔵京子。

 病室の入口の名札を見た博士は病床へと汗を垂らしながら駆け寄る。

 

「……パパ」

 

 十年前に会った時よりもかなり瘦せ細った妻の姿に博士は絶句し、思わず抱き付いていた。

 そんな父の姿に大護は母の様子を伺った。

 

(お袋は、嫌がってないよな―――)

 

 大護の考えは杞憂に終わる。母は博士を優しく包み込み、涙を堪えて笑った。

 

「もう、十年も何してたのよ、パパ」

「わ、ワシは…」

 

 妻の優しい声に、博士は安堵して全てを忘れてしまいそうになるが、気持ちを押し殺して真実を伝える。

 

「ワシは、悪の組織で兵器開発をしておったんじゃ…お前らを巻き込むまいと離れたが…何にしても父親失格じゃ、お前らに会う事だって本当はダメな人間なんじゃ」

「何よ、私はパパに会いたかったわ」

「親父、アンタの罪への一番の償いはお袋に会う事なんじゃねぇのか?」

 

 息子に諭され、博士は妻の顔を見つめる。彼女は自分を軽蔑せず、憐憫もせず、十年前と何も変わらない、慈愛に満ちた表情を向けていた。

 

「パパ、いつもそうよ。失敗をしたら反省して、成功につなげる。それが一番大事なのよ」

「…はは、そうじゃったそうじゃった。じゃからこそ、ワシは人の為に研究を進め、家族を…人々を守る技術を作る…成功に繋げていくわい!」

 

 博士は自分の罪との向き合い方を改め、自身の正義を信じ、貫く決意を固めた。

 

(今の親父…俺が憧れた、大好きだった親父そのまんまじゃねぇか)

 

 大護が少し微笑むと、博士の肩に手を置いた。



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#91 内乱

 十二月七日、午前九時二分。

 御剣邸、大規模医療ブロック。

 

 何人かの看護師と機動隊員と共に一人の男が連れて来られた。

 

 エイドラフム―――流 治(ながれ おさむ)はバディ基地での戦闘後ディグラフムと共に確保され、聴取後に実施されたメンタルチェックの結果、バディとの協力が可能と判断されたのだ。

 彼は以前まで技術の乏しい歯科医だったが、ティアマトの無差別な勧誘により救命の性質を持つエイドへと変貌した。その能力を買われ仕事仲間の治療と騙され仕事を請け負っていたが、ティアマトの罠であった事を聴取の中で知り、憤りと悔恨を胸にバディと協力するラフム、通称”エクストラ”としての契約を結んだ。

 彼の様に協力の姿勢を持つラフムがエクストラとして戦う事を決意しており、その他の悪性ラフム及び協力を辞退した者はウイニングカタルシスの能力によりラフム能力を剥奪する予定が決定した。

 

「私の仕事は藤村金剛ちゃんと機動隊のマッチョイケメンズを再起させることね~ん」

「そ、そうです…お願い致しますね」

 

 流の濃い人格に気圧されながら看護師が依頼する。流は元々歯科医であったが、エイドとなってからは手をかざすだけで生命体の治癒が可能になった故、今後は様々な現場での迅速な救急救命が出来る様になったのだ。

 

 流が案内の元、機動隊員らの病室へ訪れると、何かを感じ取った。

 

「…イヤな予感ね、ここにいる皆、逃げなさい!」

「どうされましたか?」

「”オンナ”の勘よ、みんな逃げて!!」

 

――

 

 十二月七日、午前九時十九分。

 御剣邸、研究室。

 

「そう、それで武蔵君のお父さんとお母さんが再会出来たのね」

 

 大護の報告を聞いた藤村が安堵する。

 

「以前茅ヶ崎市で出会った時、貴方とかなり険悪そうだったから心配だったのよ」

「ああ、なんとか仲直り出来そうな感じだぜ。だがアイツがやらかした諸々は科学者として先生からも何とか言ってやって下さい」

 

 藤村は博士が供述した今までの研究を思い出して眉をしかめる。

 

「それで、先生はお兄さんとこ行かなくて良いんすか?」

「ええ、私は兄さんをずっと信じてるわ。直接会って声を掛けなくても、兄さんが復活したらまた一緒にいれば良いのよ」

「…カッコいい関係ですね」

 

 大護が含みのある言い方をすると、藤村は何よ、と少し照れる。

 

「でも、武蔵君だってそうよ」

「は?」

「貴方、人間離れした強さがあるからいつだって心配して戦いに出せるのよ。昔兄さんが行方不明になってから、私は誰かが戦闘で傷付いてしまうのが怖くてしばらく出動も控えさせてたんだから」

 

 そうだったんすか、と大護が問う。彼は常に前線に立って戦っており、藤村から出動を止められた事は一度も無かったのだ。

 

「武蔵君は特別なのよ。私は昔から貴方の強さを信頼してるわ、兄さん以上に」

「なっ…突然なんですかい! 褒めても何も出ませんよ」

 

 藤村が柄にも無くしばらく笑うと、大護を見つめる。

 

「何すか?」

「いいえ?」

 

 雑談に興じているのもそろそろ良くないと思い大護はアイアスの資料だけ貰って研究室を後にしようとするが、藤村に引き留められた。

 

「武蔵君……ティアマトに勝って頂戴ね」

「勝ちますよ、俺達は」

 

 大護が自身あり気に微笑む。

 

 

 ―――警報音。

 

「! 何事だッ!?」

「こっちで確認したわ! 医務室にて治療を受けていた機動隊十五名が意識回復と共にラフム化…ですって!?」

 

 藤村が冷や汗を拭いながら監視カメラを操作して状況をまとめていく。

 

「医務室って、金剛先生がいるトコじゃねぇか!」

「…ええ、だけど今日はエイドラフム、流さんが来てた筈だから何とか持ち堪え―――」

 

 監視カメラを確認すると、エイドが撃破され、ラフムらがそれぞれ別の区画へと歩いて行っていた。

 

「兄さんが危ない!」

 

 飛び出す藤村を追って大護も走るが、二人を遮る様に、ラフムが現れた。そのラフムがこちらへ移動する素振りは無く、瞬間移動としか言う他無かった。

 

 奇術師の様な見た目のラフムは、腕から先端の尖った杖を取り出し、藤村を貫こうとする。

 が、大護が咄嗟に彼女を庇った為に窮地を乗り越えた。

 

「大丈夫か、先生!」

「ええ、武蔵君は?」

「問題ねぇ」

 

 お互いの無事が分かると、ラフムへと視線を向けてこれからの作戦を考える。

 

「先生、トループはあるか?」

「一応、取りに行くなら時間を稼ぐしか無い距離ね」

 

 藤村が目を配った先には量産用にチェックしていたロインクロス・トループが置いてある。これがあれば何とかラフムに対抗出来るが、回収する為の時間を要する。

 

「だったら俺が食い止める!」

 

 大護がラフムへと突撃する。無鉄砲な彼の行動に藤村は驚きつつ、トループを回収する。

 と、大護が食い止めていたラフムはまたも瞬間移動し、藤村の眼前に現れる。

 

「―――!」

 

 ラフムの持つ杖が突かれ、藤村は咄嗟に身構えた―――が。

 体を貫かれたのは藤村を庇った大護だった。

 

「武蔵君ッ!?」

「先生にケガが無いなら何よりだ…それより…ベルトを!」

 

 杖が背中から肺を貫通してもなお大護は戦意を失わない。藤村は狼狽え、気が動転しながらトループを大護の腰へと巻き付ける。

 

《アイアスシステム・ブート》

《赤いボタンを押し込み、グリップを引いて下さい》

 

 ラフムは杖を押し込むが、大護が後ろから蹴り上げて一旦退ける。

 

 大護は既に呼吸もままならず、藤村に視線を向けると、口を開閉させて何かを伝えると、彼女はその意味を察知してトループの起動ボタンを押すと、目の前の傷付きながらも不屈の精神で立ち続ける戦士の為に高らかに叫んだ

 

「……変身ッ!!」

 

 力強い叫びを聞いた大護は全力で杖を引き抜くと、ベルト右側のグリップを引いた。

 

《アクセプト・仮面ライダーアイアス。救助を優先し、落ち着いて行動しましょう》

 

 遂にアイアスが変身完了すると、ラフムへとまっすぐ走り出し、その拳を叩き付ける。

 

「ごほッ!」

 

 その仮面の下で大護が大量の血を吐いているのが分かる。なおもラフムは瞬間移動を繰り出し、満身創痍のアイアスを翻弄する。

 

(さっさと倒さないと武蔵君が…!)

 

 柄にも無く焦りが隠せない藤村は汗を拭って作戦を考える。

 

「…!」

 

 何かを閃いた藤村は突然研究室を散らかし始めた。物を散乱させる事で瞬間移動し続けるラフムの足場を崩せると考えたのだ。現状、敵対中のラフムはこの研究室でアイアスと藤村を狙っており、この場で瞬間移動し続ける。

 

「武蔵君、バレットナックルを貸して!」

 

 藤村の頼みにアイアスは快く頷き、ラフムを退けながら右腰に装備されている射撃武装、バレットナックルを藤村の足元に置く。

 

「オーケー、これで…!」

 

 ラフムによる更なる瞬間移動、するとラフムが足元にあったメモ書きに足を滑らせた。

 それは、かつて藤村の兄、金剛が妹へ残したメモであった。

 

(ありがとう、兄さん!)

 

 不意を突かれたラフムの足を目掛けて、藤村がバレットナックルで射撃する。その反動で転げた藤村だったが、アイアスに合図を送る。

 

「隙は作ったわ! 今よ武蔵君!!」

 

 アイアスが駆け出すと、跳躍しながらラフムへと正拳突きを食らわせる。

 その一撃でラフムは行動を停止し、粒子の離散と共に元の人間の姿へと戻る。

 

 戦闘が終了し、アイアスが変身を解くと、全身血塗れの状態で倒れた。

 

「武蔵君ッ!!」

 

 藤村が大護を抱えるが、彼は既に意識を失っている。

 内戦を繋いで救護班に連絡しようとしたが、一向に繋がらない。

 監視カメラを確認すると、どうやら複数体確認されていたラフムは医療ブロックから離れて地上へと上昇する様に移動しているらしい。

 救護班はその際に負傷者を出しながら、破壊された施設の修復に当たっているらしい。

 

「このままじゃ…救護班の人達と連絡が取れない……」

 

 焦りと動揺。目の前で大護の体温が下がっていくのを感じる。

 自分に何が出来るのか、分からないまま藤村の目が潤む。

 

「お願い、死んじゃ嫌よ、武蔵君!」

 

 嫌、と何度も叫びながら大護に抱き付く。 

 自分に出来る事の少なさに嘆く事しか出来ない。

 

「誰か…助けて―――」

「おう、助けるともさ!」

 

 研究室の入口から聞こえる声に藤村が振り向く。そこに立っていたのは、金剛だった。

 

「兄さん!?」

「なんやかんやあってエイド―――治ちゃん先生が頑張って助けてくれたんだ。お陰でこっちまで来れたから助かったぜ…それより応急処理だ! 救護班のみんな頼む」

 

 金剛が呼ぶと、同行していた救護班がその場で応急処置を済ませ、担架で医療ブロックへ運搬する用意を進める。

 

「兄さん、どうしてここへ…」

「ラフムの位置は把握してたから、お前が危ない事は分かってた…心配過ぎて来ちゃった☆」

「ありがとう…兄さん」

「でもまさかあの武蔵君が重症だとは思いもよらなかったわな。ずっと守ってくれてたんだろ」

 

 藤村が無言で頷く。

 

「私が弱いばかりに武蔵君を傷付けてしまったわ。私のせいで彼は死んでしまうかも知れないの」

「彼は死なないよ、タフだからね」

 

 金剛は妹の頭を撫でると、研究室の内線をかき集めて各個ラフムの元へ向かっている仮面ライダーらへと連絡を図る。

 

「…こちら金剛。ウイニング、バーン、霹靂。君達の位置は確認した、まずそこから最短ルートにいるラフムへの経路を送信した。施設内の隔壁を操作してまっすぐ行ける様にしておくからその様に。霹靂はボルテックスを使用、ウイニングはカタルシスへ強化変身して、各ラフムを人間に戻してもらう。仕事は増えるが頼むよ」

 

 指示を受けた三人のライダーらは了解、と返すと一斉にロインクロスを装着する。

 

《Account・Winning》《Burn》《Thunder》

 

「変身ッ!!」

 

《Change・Winning》《Burn》《Thunder》

 

 三人のライダーによる基地内ラフム掃討作戦が開始された。



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#92 準備

《New Winning》

《Neo Wind》

 

 金剛の指示を受けたウイニングは浮遊物を操作するラフムを眼前に呼び出したダブルイートリッジを分割、ニューウイニングとネオウインドを起動させる。

 ニューウイニングをロインクロスへ、ネオウインドをウェアラブレスへと装填、ブートトリガーを引いて強化変身を行う。

 

《True Power・Further Change・Winning…”Catharsis”》

 

 深緑の鎧を纏った最強の戦士が風の力で浮上しながら移動する。

 目標であるラフムを目視すると、ロインクロスとウェアラブレスの各スイッチを連打する。

 

「まずはアイツか!!」

 

《Catharsis・Break・Against》

 

 カタルシス最強最大の能力解放状態。これにより発生する風はラフムを構築するマルドゥック構成素全てを奪い、吸収する。これによりラフムは完全に人間に戻るのである。

 

「あれ…俺……今まで一体?」

「戻りましたか!? 良かった! 迎えが来るまでそこで待機お願いします!!」

 

 人間に戻った機動隊員は訳が分からないまま頷くと、訳が分からないままウイニングカタルシスを応援しながら見送る。

 

 ウイニングカタルシスが次の地点を確認し、急行する。

 そこはバディ研究室も位置する研究ブロックであり、未だ避難の遅れているエリアでもあった。

 

「ラフムは眼前…って、千歳さん!」

 

 破損した通路で千歳がふくらはぎを押さえて腰を下ろしていた。驚いたウイニングカタルシスが一旦足を止める。

 

「大丈夫ですか!?」

「霧島さん…私は良いのでラフムを追って下さい。あっちの方向だと上昇しようとしている可能性が高いです」

 

 気丈に振る舞う千歳だったが、押さえていたふくらはぎからは決して少なくない量の血を流している。

 

「…金剛さん、出血をしているケガ人を見つけたので現在のラフムを撃破後、一旦医療ブロックへ移動します」

 

 金剛へと報告し、了承を得ると、ウイニングカタルシスは自らのマフラーを千切って千歳の患部に巻き付ける。

 

「簡単な応急処置ですが、もう少しの辛抱です。すぐに助けます!」

 

 そう告げられ、千歳は何かを思い出したが、ウイニングカタルシスは既にラフムの元へと行ってしまった。彼に聞きたい事があった筈なのに―――。

 

 

「早急に倒す!!」

 

 再びのカタルシス・ブレイク・アゲインストで巨腕のラフムを撃破、人間へと戻すと、通路を引き返して千歳の元へ戻る。

 

「戻りました、医療ブロックへお連れします!」

「え…ラフムを倒して来たんですか? 早くないですか……」

「千歳さんを助けたかったし、少し張り切りました」

 

 ウイニングカタルシスがふふ、と笑い声を漏らすと、千歳を背負うと風の力による高速移動を始める。

 

「…そう言えば、霧島さん。私、なんだか昔もこうやって助けて貰った気がして……あの時は助けてくれた子が私よりも小さくて背負えなかったんですけど」

「昔もこんなケガを?」

「うーん…ええ、そうですね。あの時も足を痛めていた気がします。でも、不思議と痛くありませんでした」

「痛くなかった?」

 

 カタルシスが問うと、千歳は少し照れ臭そうに頷く。

 

「誰かから優しくされたのが嬉しくて、そう、痛い以上に嬉しかったんです」

 

 痛み以上の嬉しさ。カタルシス―――楓にもその意味が分かる気がした。

 人は人と共にあれば痛みを、苦しみを乗り越えられると、今までの戦いが教えてくれるのだ。

 

 そうした強い共感と共に、カタルシスは古い記憶が呼び覚まされた。

 あの日の悔しさと一緒に忘れていた過去を、思い出したのだ。 

 

「千歳さんって、茨城に住んでました?」

「…! はい、昔那珂市に住んでて、今の話もその時の事です」

 

 二人が(なにがし)かの思いにふけ、静寂が続く。

 

 

 

「……あの、霧島さんの下の名前って…確か……」

 

 千歳が言いかけた所で一行は大規模医療ブロックに到着する。

 

「千歳さん、足お大事にして下さい」

「え、あの…」

 

 口ごもる千歳にカタルシスは一度変身を解除すると、笑顔を向けた。

 

「千歳さんにお話ししたい事があります…ですが、まだ後で!」

 

 そう告げると、再びカタルシスへと変身した。

 

 また彼の背を見るばかり、千歳は少しだけ湧いた歯痒い気持ちを心の奥に沈めた。

 

――

 

 カタルシスによる二体のラフム撃破と時を同じくしてサンダーボルテックスは、目視不可能なレベルの高速機動を見せながら指定されていたラフム六体を殲滅し終わった。

 

「まだだ…まだ遅ぇ……」

 

 溢れ出る悔しさを口にしながら手を握ると、ゴズテンノウとの戦闘で得られたとてつもない力を秘めたイートリッジの事を思い出す。

 

「あれさえあれば…」

 

 未だ開発に至っていないアイテムの事を考えてもしょうがない、とサンダーボルテックスは気持ちを切り替えて金剛へと連絡する。

 

「こっちは片付きました」

「早いね! そしたら後は火島君に任せよう」

「了解ッス、でも…俺はまだ遅い」

 

 嘘付け~、と金剛に笑われる。が、雷電は本気だった。

 

「俺はもっと、もっと早く、強くなれる。ゴズテンノウのイートリッジがあれば」

「そうか、成程…現状が解決したら何とかするよ。神への挑戦は科学者の醍醐味だ」

「お願いします」

 

 金剛は電波の先にいる金剛に頭を下げた。

 

――

 

「うおりゃあッ!!」

 

 楓、雷電を追う様にラフムを撃破するバーン。彼は元の身体能力が非常に高いものの、二人と異なり強化形態を有している訳では無い。それによるスペックの違いがラフム撃破数の開きを生んでいた。

 

「はぁっ、はあッ!」

 

 息を上げながら四体目のラフムを撃破する。残り二体…バーンは歯を噛み締める。

 

「火島君、大丈夫か? 以前のライダーの戦闘傾向から比較すると君は十分やってるよ」

 

 金剛からの連絡だった。彼はまるで勇太郎の心を見透かす様に言葉を掛ける。

 

「ご心配あざっす、金剛さん。でも俺は大丈夫です」

 

 バーンはそう言うと、サイクロンイートリッジをホルダーから取り出す。

 

《Cyclone》

《Ride・Cyclone》

 

 ライドサイクロンを呼び出し、バーンは次のラフムの元へ走る。

 

「長官、聞こえますか!?」

「火島君…ああ、聞こえるよ」

「今から基地ブッ壊すかもです!!」

「…マジすか」

 

 ライドシステムにより、サイクロンが瞬時にバーンの元へ転送される。

 バーンが搭乗すると、決して広くない通路を(かえり)みずにサイクロンフォームへ変身する。

 

《Form・Change・Cyclone》

 

「ブッ飛ばすぜぇえぇぇ!!」

 

 巨大な増加装甲を操りながらラフムのいる地点へと力づくで到達し、サイクロンフォームのミサイルを発射する。

 

「まずは一体!!」

「火島君! 火島君!?」

 

 長官からの連絡が入るが、脇目も振らずに次のラフムへ突き進む。

 

「お前が最後かァッ!!」

 

《Cyclone…Impact!!》

 

 見るからに頑強そうな筋肉隆々のラフムが立つ開けた通路へ出ると、バーンはサイクロンフォームの全砲門を展開する。

 サイクロンフォームの最大開放とバーン性質による、火力の大幅増強を加えたミサイル掃射の一撃で終わらせる。

 

「ラフム撃破完了ォ!!」

「火島君、今月の報酬は下げるね」

 

――

 

 今回バディ基地内で起こったラフムの騒動はライダーの活躍により鎮圧された。

 ラフムとして確認された十五名は以前ウインドに乗っ取られた楓により犠牲になり、蘇生した隊員らであった事から、インテグララフムが手に掛けた人物はラフムに変貌すると言う仮説が藤村兄妹により提出された。

 

 また、基地の破損は痛手となったものの、医療ブロックと研究ブロックの一部修繕のみを行い、他の施設への措置は見送りとなった。二日後に来たるティアマトの復活に備え、そちらに集中する意図があった。

 

――

 

「母ちゃん、俺…ラフムになっちまったけど、この力が誰かの為になるらしいから、頑張るよ」

 

 十二月七日、午後十八時二分。

 神奈川県、茅ケ崎市。

 

 ”エクストラ”としてバディに協力する運びになった恵介は母に再会し、自分の歩みを報告した。

 それを聞いた母、茜は恵介と、同行していた楓、二人の息子を抱き締めた。

 

「無茶すんじゃないよ!」

「はい、頑張ります」

「母ちゃんも元気でな」

 

――

 

 午後十七時五十三分。

 東京都板橋区、帝賀大学病院。

 

 そこに入院していた女性が目を覚ます。

 

「…あれ、体が軽い」

 

 もしかして、と女性が体を起こすと、ベッドの横には恋人が座っていた。

 

「おはよう」

「……勇魚くん」

 

 女性は、かつてペイルラフム―――淡路島勇魚がティアマトに与してでも救おうとした恋人であった。

 

「私、元気になってるみたいなんだけど、もしかして勇魚くんのお陰…?」

「いや、違う。治療に全力を尽くしてくれた先生、そして俺に協力してくれた仲間達のお陰だ」

 

 そう、と女性が返すと、少し複雑そうな顔を見せる。

 

「俺の力で君を治したかったのに…済まない」

「ううん、私がいなくてひとりぼっちになってないか心配だったから…仲間がいるって聞いて安心しちゃった」

 

 淡路島は瞳を潤ませながら笑うと、最後に恋人の手を握る。

 

「それじゃあ、俺は行く。仲間が待ってるんだ」

「行ってらっしゃい、勇魚くん。私も、待ってるから!」

 

――

 

 淡路島と時を同じくして、帝賀大学病院、集中治療室。

 

 雷電は妹である響の手術に立ち会っていた。

 

「それではお兄さん、お願いします」

 

 執刀医の指示に従い、雷電がサンダーラフムへと変貌、響の体に触れて彼女の身体に流れ続ける強力な電流を取り除く。そしてそれと同時に手術が本格的に開始される。

 雷電の今までの努力が実り、響の心臓が移植される事で回復が見込める事となった。

 大規模な術式ではあるが、そこには世界最先端の医療技術、医師達が結集していた。

 

 

 ―――結果、手術は成功した。

 

 ずっと妹の為に尽くして来た雷電はバディの面々との出会いに感謝すると共に、彼らの恩義に報いる決意を改めた。

 

 

――

 

 来たる十二月十日。

 

 勇太郎による各ライドツールの端末間操作共有の提案とバーン新フォームの策定。

 吹雪からの依頼を受け、ライドツールの増産。

 アイアスの量産と自衛隊、警察、及びライダーからの指名を受けた特別人員へのロインクロス・トループ譲渡。

 

 各々が準備を進め、ティアマト復活の日を迎える。



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#93 復活

 十二月十日、正午十二時七分。

 桜島沿岸。

 

 桜島決戦以後黒木は飲まず食わず、ラフムの姿のまま海に触れ続けていた。

 

「―――掴んだ、分離させるぞ」

 

 黒木が報告すると、アガルタは大事そうに抱えていた小型のショルダーバッグから何かを取り出した。

 

「ほう、そいつがアンタらの言うティアマト、その一部か」

「これがあればティアマトも戻って来やすいと思って」

 

 ティアマトの一部、それは明らかに人間の腕であった。

 防腐加工の施された人腕の断面部をアガルタは海中に触れさせると、海がうねり始める。

 

「来た!」

 

 アガルタが叫ぶと、海のうねりが腕の方向へと集中し、波打つ。

 波に飲まれて来た輝く粒子が腕に集まり始めると、次第に海中で人の姿を構成していく。

 

「コイツが…ティアマトなのか?」

「多分ね」

「…多分?」

 

 黒木が問い掛ける最中にも海中での粒子の集結が進む。

 

「私、実は会った事が無いんだ~。実際にティアマトと会った事があるのは、グリくんとユーくん、あと衡壱くんだけカナ」

 

 それを聞いた黒木はフン、と鼻で笑ってみせた。

 

「実に神秘的だな、ソイツぁよ…更にお目にかかりたくなったぜ」

 

 と、アガルタの持っていた腕に重みが加わった。ティアマトに肉体が戻ったのだろう。

 

「ティアマトだ! このまま引っ張り上げるンゴ!!」

 

 アガルタがティアマトの腕を引き、持ち上げる。

 すると、服を着たままの男性が浮上する。

 

「……コイツが、ティアマト…」

 

 黒木が目を見開いていると、びしょ濡れの男性は深呼吸をすると、黒木へと視線を移した。

 その視線を受けた黒木は、何故か体が動かなくなっていた。

 

 ティアマトの、時間経過を感じさせる長髪は足元にまで届いていた。見た目の割には吐息に混じる声は若々しく、妙な異質さを放っていた。

 

「君が、シャドーラフムだね」

「…あ、あぁ」

 

 そうか、とティアマトが返すと今度はアガルタ、そして護衛を務めるシャングリラの顔を伺った。

 

「シャングリラ、もう大丈夫。こちらへ来て良いよ」

「はっ」

 

 シャングリラは一行を守り、外からの監視を妨害していたフィールドを解除し、ティアマトの元へと寄る。

 

「アガルタ、初めまして。シャングリラ、久し振りだね」

「初めまして、ティアマト。お会い出来て光栄です」

「ティアマト、何十年振りでしょう、ずっと会いたかったです」

 

 三人が微笑みながら挨拶を交わすと、さて、とティアマトが呟く。

 

 

 

「―――シャドーを殺してくれ」

 

 

 

 ティアマトからの頼みに、全員は聞き間違えたのかと一瞬の静寂を生む。

 

「ああ、間違いでは無いよ。彼は”ラフムの世界”には不要だ」

 

 そう言い放って黒木へと目線を向けるティアマトに、彼は汗を噴き

 

「何の冗談だティアマト…俺はアンタの協力者だ。アンタが俺を殺す理由があるかよ―――」

「理由は今言った筈だ、ラフムの世界には不要だと」

 

 黒木はティアマトが本気だと勘付き、影へと変化して逃亡を図るが、既にその場はシャングリラが制していた。

 

(脱出出来ねぇ…!?)

「悪いね…いや、悪いとは思わないな、黒木。これもティアマトの命だ」

 

 退路を阻むシャングリラに黒木は舌打ちをする。

 

「そのラフムの世界ってのは何なんだよ!?」

「…人類に代わりラフムが生命の霊長となり、神の庇護(ひご)の下平和に暮らす世界だ」

 

 ティアマトが説明すると、黒木は鼻で笑って見せた。

 

「フッ…実現するかそんな世界」

「神の力と僕らの頑張りがあれば実現するさ…それに」

 

 ティアマトが少しよけると、彼の背後から触腕が飛び出し、黒木の心臓を貫いた。

 

「ガッ…!」

「実現させる為に君を排除するのさ」

「なッ…会ってすぐの俺をか……?」

 

 触腕が抜かれ、黒木はよろめきながらその場に倒れ込む。

 一方のティアマトは彼を見下ろしながら岸の岩礁に腰掛ける。

 

「僕はティアマトにより未来の情報を得ている。今の状況だって知っているし、君達の行動も理解している。特に君の目に余る立ち回りもね」

「何だと……」

「ここまでは未来が変更されない様に君を自由にしていたが、もう用済みだ。バミューダの皆も感じている通り、彼は僕らの目指す世界にいてはならない不穏分子の一つだ。そうで無くともティアマトに協力していた悪人達は事が済み次第排除するつもりだった…バミューダはその為の治安維持も兼ねていた訳だ」

 

 心臓が破裂し、常人ならば即死している所だったが、ラフムである黒木はそうも行かない。

 全身から血が抜けていく感覚を覚えながら苦しみ続ける。

 

「がッ…ごほっ」

「君は下劣な生命体だ。生かしてはおけない」

 

 ティアマトが黒木の首を掴むと、そのまま首の骨を粉々に砕く。

 黒木の頭は頸椎による固定が失われ、重力に従い無様に垂れ下がる。

 

「選民なんてしたくは無いが、君の様な外道は…僕らの未来に残したくは無い」

 

 ティアマトは黒木の首を持って引きずりながら、そのまま海中へと放り投げる。

 

 

 さて、とティアマトが気を取り直すと、踵を返してバミューダの顔を見て頷く。

 

「これから全人類をラフムに変えていく。アガルタ、シャングリラ。二人には周辺の警護を頼みたい。ただし人間は殺さない様に」

 

 指令を受けたバミューダの二人が返事をすると、ティアマトは目を閉じて全身に力を込める。すると彼の体に青く輝く粒子が集まり、その身を持ち上げる。

 次第に粒子は巨大な人型を形成し、徐々に青い半透明の液体状になる。

 

「これがティアマトラフム……」

「ああ…人類をラフムへと変える、神界からの賜物」

 

 青い巨人がゆっくりと移動を始めると、それに追従するバミューダも歩き始める。

 

「始めようか…神代への回帰、安寧たる原初への帰還―――エヌマ・エリシュを」

 

――

 

「国分駐屯地から入電! ティアマトラフム確認!!」

「そこか…ティアマト!」

 

 正午十二時三十一分。

 ティアマトの動きを捕捉した自衛隊の連絡を受けティアマトは予定通り出撃開始の準備を始める。

 機動隊、ライダー、エクストラ。三方がそれぞれ出撃の体制を整える。

 

 

 ライドサイクロンの射出前、ウイニングの元に連絡が入る。

 ウイニング―――楓が応答すると、千歳の声が聞こえて来た。

 

「あの、霧島さん」

「千歳さん…結局あれからお話出来ず仕舞いでした、本当にごめんなさい」

「いえ……」

「あっ、単刀直入に聞くんですけど昔遊んでくれたお姉さんって千歳さんですよね」

 

 まさか楓の方から切り出されるとは思っても見ず、千歳はあっ、あっ、とどもってしまった。

 

「僕の下の名前は楓。お姉さんは確か”カエくん”と呼んでくれていた気がします」

「えっあぁじゃあやっぱり、霧島さんが……」

 

 オペレーターによる発進アナウンスを受けて各員が最終確認を終了する。

 

「僕もそろそろ出撃ですね」

「はい、気を付けて。それと…何度も私を助けてくれた事、忘れません」

 

 ライダー及びエクストラを射出するレールが起動し、出撃は刻一刻と迫るが、楓はなおも連絡を聞き続ける。

 

「あなたは私のヒーローです、カエ―――楓さん」

「ありがとうございます、千歳さ―――薫ちゃん」

 

 懐かしい呼び方に千歳は目を丸くする。彼女は何かを伝えようと口を開くが、その前に連絡は切れていた。

 それと同時に各員が発進する。

 

 

 バディ基地、指令室。

 

 ティアマト打倒の為現場へと急行した長良長官に代わり、吹雪が長官代理として作戦を発令する。

 

「これより日本の―――いえ、人類の総力を上げてティアマトを殲滅致します」

 

 ティアマトのいる地点へ向かう各員の様子を一瞬伺い、吹雪が再び口を開く。

 

「第二次桜島決戦を、開始します」



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#94 圧倒

 十二月十日、正午十二時三十五分。

 鹿児島県鹿児島市桜島。

 

「こちら武蔵、上空からティアマトラフムを補足した。見えてると思うが全長は推定十五メートル…デカ過ぎるぞ!?」

 

 ライドサイクロンに乗って被害現場へ突撃するアイアスが様子を確認すると、その異質なラフムに動揺が隠し切れない。

 

「敵の情報は確認したわ。武蔵君、大怪我をしたのだから無茶しない様にね」

「あざっす、先生。俺は問題ねぇ」

「問題無い訳無いでしょ」

「いやそうは言うがな、ホントに無事なんだ。恐ろしい事にな」

 

 肺を貫かれた筈の大護が実際無事な事に違和感を覚える藤村だったが、彼の実父である武蔵博士からも彼の頑強さについては何も知らないと以前言われてしまった。

 

「ま、現状体に異常は無ぇから大丈夫っすよ先生」

 

 そう言って大護は不敵に笑うと、地上に着陸してライドサイクロンを走らせる。

 

「分かったわ、武蔵君……それではライダーに今後の指示をするわ。ウイニングはカタルシスで周辺ラフムを人間に戻し避難誘導、バーンはボルテックス、アイアスはパラディオンでティアマトの護衛に付いているバミューダと交戦、霹靂は新進気鋭の”ゴズテンノウ”でティアマトを狙って頂戴」

「了解!」

 

 ティアマトの元へ向かっている四人のライダーが声を合わせると、それぞれの最大戦力を持ち出す。

 

《W・E-tridge》

《Palladion》

《Voltex》

 

《Gozu Tennou》

 

 霹靂の扱う新たなイートリッジ、ゴズテンノウ。その形状は通常のイートリッジとは全く異なり、牛型の小型端末から可変して、ブートトリガーと一体化した様な形となった。

 

 

「ティアマト、ライダーが来ました」

 

 一方のラフム側もライダーを補足し、先んじて目視したアガルタが臨戦態勢を取る。

 と、続いてライダーの動向に気付いたシャングリラが目を丸くした。

 

「サンダーの持っているイートリッジ、未確認のモノです」

 

 こちらの全く知り得ないアイテムにシャングリラは動揺するが、ティアマトは落ち着き払っていた。

 

「仮面ライダー霹靂…彼の持つイートリッジは神の性質を持っている。恐らく僕を狙うから、シャングリラとアガルタは決して霹靂と交戦しない様に。勝てないよ」

 

 はっ、と返すと二体はティアマトの左右に立って護衛する。

 

 

《True Power・Further Change・Winning…”Catharsis”》

《ネームド・Palladion・アクセプト・エキスパンション》

《Change・Burn・Voltex》

 

 ウイニング、バーン、アイアスに続いて霹靂も強化変身を敢行する。

 

「力貸せよ…!」

 

 念じる様に霹靂が呟くと、ゴズテンノウイートリッジから付随するグリップのトリガーを引く。

 

《Change…God・Tame・Node》

 

 重々しいサウンドと共に天からの雷が霹靂に力を与える。

 全身が金色と橙色に輝き、雷と蜘蛛、そして牛、平安武士の意匠を持った明らかに強力であろう姿と化す。

 

「コイツが神の性質…!」

 

 

「…あれらが、仮面ライダー」

 

 勇壮な戦士の姿を前に、ティアマトは感嘆する。

 全く狼狽える素振りを見せないティアマトに新たな力を得た霹靂はおい、と低い声色で言葉を掛けた。

 

「お前が何を考えてんのか知らねぇが、お前のせいで色んな人が傷付いてるのは分かってんのか?」

「ああ、重々承知している。分かっているからこそ止まる訳にはいかないんだ……霹靂、気に食わないのなら立ち向かうと良い」

 

 ティアマトの高圧的な発言に触発され、霹靂は先陣を切って跳躍する。

 

「正義を貫きライドする仮面の戦士……」

 

 雷が如く一直線に飛び込んだ霹靂が手刀を見舞う。

 対するティアマトは難なく左腕で防御する。

 

 が、その腕は斬り落とされていた。

 

「その名をまさしく、仮面ライダー…凄天霹靂(セイテンヘキレキ)!!」

 

 高らかに名乗ったその戦士、凄天霹靂はティアマトに一撃を加え、着地する。

 

「しまった、油断したな」

「ティアマト!」

 

 手傷を負ったティアマトにアガルタとシャングリラが動揺しながら駆け寄るが、二体をライダーが阻む。

 

 アガルタ対アイアス、シャングリラ対バーンの構図が組み上がり、ティアマトを守る者はいなくなった。

 

「これで一対一、お前を守るヤツはいねぇぞ」

「守る奴なんてまさか…君が一なら僕は百だ。彼らに守って貰わずとも構わない」

 

 凄天霹靂の煽りを嘲る様にティアマトは言葉を重ねる。そんな彼の態度が全く気に入らない凄天霹靂は能力を一段階解放させる。

 

《God・ThunderAttack》

 

「お前が奪って来た命の分だけ…キッチリとブン殴らせろ…!!」

 

――

 

「おトモダチ助けなくて平気?」

「俺はアイツを信じてる…お前は大人しく俺と戦え!」

 

 アイアスのバレットナックルがアガルタを狙い撃つが、全て触腕で弾かれてしまう。

 

「女の子の柔肌に銃弾はガチでダウトやろ」

「ふざけんなよ! お前がティアマトに加担している以上もう手は選べないんだよッ!」

 

 尚もアイアスがアガルタを追うが、透明な壁の様なモノに阻まれ、ぶつかってしまう。

 

「おや、前方不注意だね」

 

 その壁を形成したのはシャングリラであった。

 

「…シャングリラ!」

 

 それと同時に彼を追ってバーンが飛んで来る。

 近くの建物を蹴ってシャングリラへと距離を詰めると、炎と雷を放つ。

 

 バーンの攻撃によりシャングリラの発生させたフィールドは解除され、アイアスはアガルタへと射撃を試みる。

 が、またしても防がれてしまう。

 

「イカに豆鉄砲、そんなもん効かないよ!」

 

 アガルタの触腕がアイアスを地面へ叩き付ける。

 

「! 大護さん!?」

「よそ見している場合じゃないよ!」

 

 今度はアイアスの身を案じたバーンが、シャングリラの猛攻を受ける。

 彼の爪先からは神経毒が流れており、攻撃を食らった直後、バーンは立ち眩む。

 

「これ、は…! 神経毒かよ!?」

「ご名答、一般的なヘビ毒は出血毒だが僕のはスペシャル…そう言うタイプのガラガラヘビの性質を持つって訳さ」

 

 ハッ、とバーンが乾いた笑いを放つと、呼吸もままならない状態で立ち上がり、シャングリラへと炎の鉄拳をぶつける。が、彼の形成したフィールドにより防がれ、一歩届かなかった。

 その内、呼吸が絶えたバーンは意識を失い倒れてしまった。

 

「ラフムであろうとも神経に影響を与える毒は良く効くね。ああ、サンダーの様子を見る限り死にはしないよ」

 

 そう言ってふふ、と笑ったシャングリラはバーンに一蹴り与えると、今度はアイアスへと矛先を向ける。

 

「次は君だ、手加減はしないよ」

 

 先程の攻撃で大きな痛手を負ったアイアスだったが、何とか立ち上がる。

 

「人間を舐めるな……!」

 

 啖呵を切って走り出したアイアスだったが、アガルタの触腕に打たれ、転げる。

 

「そうそう、アタシ達のプライド、思想、決意…そーゆーのも舐めないでよね。アナタは何も守れず自分の弱さに悔いた後、ティアマトの手でラフムにしてもらうんだから…これからの世界を守る為にね」

「お前らの作る傲慢な世界なんか、誰が守ってやるもんかッ!」

 

 なおも叫ぶアイアスを、シャングリラは後ろから執拗に痛め付ける。

 

「君はバカだな、本当に! 君に選ぶ権利があると思っているのかい?」

 

 この仕打ちに、流石のアイアスも機能が停止し始める。

 シャングリラは攻撃に並々ならぬ殺意を込めていた。

 

「くっ…!」

 

 焦燥、緊迫、死の直感。

 それは、今までアイアス―――大護が感じる事の無かったモノだった。

 

 首を絞められても、肺を突かれても、どこかで自分は”大丈夫”だと思っていた。

 死の近くにいながら、死を知覚する事は無かった。

 だが、今、初めて大護は”自らの死”に触れた。

 

 恐怖、葛藤、悔恨。

 それは、ラフムとなる誰しもが感じるモノだった。

 それを、彼は知らなかった。

 

 自らの無知を恥じる間も無く、シャングリラによる殺意のこもった最後の一撃が襲う。

 

 多くの感情が入り混じる中、大護は思わず目を瞑った。死に向き合えなかった。

 

《Catharsis・Zeugma》

「!」

 

 刹那、ウイニングカタルシスの風がシャングリラ、アガルタを裂き、アイアスから引き離す。

 

「大護さん!!」

「かえ、で…」

 

 ティアマトが生み出したラフムを全て人間に戻し、避難を完了させたカタルシスが救援に入る。

 それと同時にアイアスが耐久限界を迎え、装着状態のまま機能を停止する。

 残されたバッテリーを用いて大量の蒸気を噴出しながらアイアスが自動的に退避する。

 

「アイアスの緊急離脱システムか…良かった」

(大護さん、震えていた…恐らくアイアスも戦える状態じゃないし下がってくれて助かった)

 

 傷が癒えたバミューダの二体はカタルシスへと身構える。

 

「藤村さん、他の皆の状況は?」

「……」

「藤村さん!!」

「ごっ、ごめんなさい…私が指示を考えている間に…他の三人がやられてしまって」

「え?」

 

 珍しく藤村が狼狽している。

 現在確認した大護の他、勇太郎、新たな力を行使した雷電までもがやられている状況に楓もと聞き返す。

 

「せめて空自の増援が到着するまでは…持ち堪えて…!」

 

 かなり厳しい状況になっている事が藤村の声色から伝わる。

 カタルシスは静かにはい、と返すと、ボロボロのバーンにインテグララフムの性質を利用した解毒措置をし、安全な場所へ移動させると、ティアマトの方へと飛び立つ。

 

「待て、ウイニング!!」

 

 敵を沈めんとバミューダが襲い掛かる。が、カタルシスは天から雷を放ち、二体を焼き焦がす。

 

「やはり…彼らに雷は有効打か。とにかく構ってられない!」

 

 カタルシスは速度を上げると、ティアマトを発見し、五段階目の能力解放を行う。

 

《Catharsis・Sigma》

 

 背後からの攻撃で不意打ちを受けたティアマトはよろけながらカタルシスを目視する。

 

「来たか、ウイニング…!」

 

 ウイニングが着地すると、霹靂を探す。

 

「暁君! 無事なの!?」

「霹靂ならそこだ」

 

 ティアマトが指差した方向を見ると、変身解除された雷電が血塗れで横たわっていた。

 

「―――」

「人だったのならばラフムにしたのだけれど、僕らに抵抗するラフムならば命の保証はしない」

 

 冷たくそう言い放つティアマトに、カタルシスは怒りが爆発しそうになったが、まずは雷電の治療を行う。

 

「それがインテグララフムの力か、素晴らしいね」

「他人事みたいだな、ティアマト」

 

 溜息をついたカタルシスは雷電を避難させると、ティアマトへと鋭い視線を向ける。

 

「ところでティアマト、暁君…霹靂のベルトはどうした?」

「あぁ、そう言えば無くなっていたな…あぁ、そうか。そうかシー・ディーが持っていったのかな」

「シー・ディー? 話に聞いた長官達を助けた人…?」

「そう、彼さ。彼は僕らにラフムの力を与えられる上、その力は万能に近い。今の状況だって彼の思うままだろう」

 

 何? とカタルシスが問うと、真実を理解していないであろう彼にティアマトは笑う。

 

「はは、そんな事はいい…今は君と僕、どちらが勝ち、どちらの願う世界が実現するかだろう」

「ティアマト…僕は負けない! 背負って来た思いは僕にもある!!」

 

 カタルシスが叫ぶと、ティアマトへ立ち向かう。

 その姿を見てティアマトはほくそ笑む。

 

(―――勝った)

 

 

 

 その時だった。

 

 両者の間に割って入る様に、長官が現れたのだ。

 

神々(ディンギル)

 

 長官がそう呟いた瞬間、一条の光がティアマトを焼き尽くす。

 

「ッギャアアアア!!」

 

 

 ティアマトの断末魔がこだまする中、長官はカタルシスを抱えると瞬間移動した。

 そこは、別働していたエクストラの展開していた避難エリアだった。近くにいた恵介と(ながれ)は一瞬驚いたが、長官の顔を見るなり彼に状況を託さんと自分の仕事に集中する。

 

「!? 何が起こって…!?」

「事情は後で説明する。とにかく君達はここにいるんだ」

「ですが長官!」

「動くな、二度は言わない」

 

 初めて感じた長官の怒りにカタルシスは気圧され、変身を解除する。

 

「あの、長官」

「なんだい?」

「あのまま、戦っていたら…」

「君は死んでいた。実は、アプス様からそう聞いていたんだ」

 

 言葉が詰まる。

 全く知らされていなかった事象に、楓は困惑していた。

 

「あの場で勝負が決まる事は分かっていた。人類はラフムに勝てない事も分かっていた。それでも、戦い続ける事が良かったと思って皆に内緒で抗い続けた。でも、ダメそうだったから一つ賭けをする事にした」

 

 そう言うと長官は立ち上がる。

 

「賭け…? え、長官はどこへ…」

「弟と決着を付けに行く。それじゃあ、この賭けに勝つか負けるかは―――君が決めてくれ」

 

 楓が瞬きすると、長官の姿は既に無かった。

 

 嫌な予感と共に額から零れる汗を楓は拭った。

 

「……長官」



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#95 解約

 十二月十日、正午十二時三十五分。

 ライダーによるティアマト捕捉と時を同じくして、バディに協力するラフムによるチーム、”エクストラ”も現場に到着しようとしていた。

 

「こちら千歳です、ライダーがティアマトとの戦闘を開始するとの報告がありました。皆さんはこれから指定の場所にて救助活動を開始して頂きます。エイドは医療主任、ハンドは救助活動、ペイル、ボマーは応急手当、バットは哨戒及び救助活動、ゴズテンノウは電力供給、長官は現場指揮をお願いします」

 

 千歳の指示を受け、各員が口々に返事をすると、ライドサイクロンを桜島の沖合、ティアマトラフムによる被害を受けた場所に着地させる。すると、続いて上空からいくつかのコンテナが落下して来た。

 

「救助用のアイテムが来たわね…それじゃあ勇魚(いさな)ちゃん、設営を開始して!」

「分かった」

 

 エイド―――(ながれ)医師の要請と共にペイル―――淡路島がコンテナを展開する。

 それにより格納されていたテントが開き、治療道具や食料が入った箱が立ち並ぶ。

 

 加えてハンド―――恵介が別のコンテナを展開すると、別の形状に可変し、海水を蓄え濾過(ろか)する装置が完成する。ライドシステムを利用して海水を瞬時に真水へと変換する機構を持ち、一部地域で発生した地盤沈下に伴う断水を補える。

 

 一方、ゴズテンノウ―――光流(ひかる)は垂水市新御堂にある本城川発電所にて電力の不足箇所を確認、復旧作業を開始する。

 

 

「ひとまずの設営は完了したね、次は要避難者の確認と負傷者の捜索だ。地域行政と連携しながら活動を始めよう」

 

 長官がそう言うと、各々頷いて任せられた仕事に取り掛かる。

 

――

 

 

「―――!」

 

 長官が気付くと、そこは神の世界…馴染みのある砂浜に座していた。

 

「アプス様」

「我が何を言いたいのかは見当が付いているだろう」

 

 長官が静かに俯くと、ゆっくりと腰を上げる。

 

「このまま動かなければ…霧島君は死ぬんですね」

「どころか人類が滅びるぞ。霧島楓無くして人類に明日は無い」

 

 アプスに諭され、長官はため息をつく。

 

「彼なら、運命を変えられると思っていたのですが」

「それは中々叶わないだろうな、例えインテグララフムの力を以てしても…」

「…最期は恨み節を聞いて下さいね、アプス様」

「今更悔恨など無い癖に……まぁ、お前が満足するまで看取ってやろう」

 

 困った顔をしながら長官は微笑む。と、ディンギル! と強く叫びその場から消える。

 

 

 ”長良衡壱は、これからティアマトと戦い、死ぬ。”

 

 それはアプスやティアマトが有している未来の情報、別名”天命の書板”には記されていない情報であった。

 本来そこに啓示されたのはティアマトとウイニングカタルシスが勝負し、カタルシスが敗北すると言う未来まで。

 それがたった今更新された。

 

 

 ”カタルシスの敗北から、人類の終焉とラフムの時代の始まり。”

 

 それが決定付けられた瞬間、アプスはその危機を長官に伝えたのだ。

 いち早くその未来を察した長官は、天命の書板に記されていない欄外の行動によってどうにか未来を変えたいと考えたのだ。

 

 結果は変わらないかも知れない。だが、何もせずに最悪の未来を待ち侘びる様な事は死んでもしたくなかった。

 ましてや楓が死ぬ事を分かっていて彼を守らないなんて、そんな事は―――。

 

 

「私が守るべき人間のやる事じゃあないッ!!」

 

 長官―――ディンギルラフムの放つ(メラム)を受けてもなお侵攻を止めないティアマトに、長官は呆れながら語り掛ける。

 

「平弐、お前は…どうして人の可能性を信じられない?」

「…僕は…人間が人間として生き、争うから、無辜(むこ)の民を傷付ける戦争が起こったんだと思っている」

 

 溶解して所々焼け焦げている液状の物体からティアマトの声が聞こえる。

 

「ラフムとして神に管理されながら、資源を奪い合う事の無い世界で生きるべきなんだ」

「それは実に封建的だな…それに、人がラフムになった所で争いが無くなる訳じゃ無いだろう」

 

 ティアマトが自身が修復し、長良平弐としての姿を表す。それと同時に負傷状態のバミューダが長官を囲む。

先程のメラムで手傷を負った様だったが、何とかこちらへ戻って来たらしい。

 

「二人とも、大丈夫だ。ここは僕と兄さんで勝敗を決したい」

 

 ティアマトの意を汲んで二体は下がる。

 

「ふぅ…それじゃあ兄さん、決着を付けよ―――」

神々(ディンギル)!!」

 

 ティアマトの言葉を遮る様に長官が強大な光を放つ。

一方のティアマトは間一髪ラフムの姿を形成し、体の面積を広げる事で被害を減らしていた。

 

「もうお前と話す事は無い…お前が死ぬか俺が死ぬかだ」

「僕は兄さんと話したい事がまだまだあるよ」

 

 寂しそうな声を漏らしたティアマトが自らの体から液体を伸ばして長官を拘束する。

 

「ぐッ…!」

「本当は、兄さんと新しい世界を生きたかった…もう凍えなくて良い、もう飢えなくて良い、そう言うラフムの世界を一緒に歩みたかった!」

「だとしても! それが何者かの(てのひら)の上なんて認められない! それは真の自由とは……言わないッ!」

 

 再びメラムがティアマトの体を打ち抜く。

 

「…どうして分かってくれないんだ、兄さん! 新世界を統べる神たるティアマト様は寛容だ、ラフムの自由を尊んで下さるんだよ!」

 

 瞬時に復活したティアマトが長官を掴む。が、またしてもメラムに燃やされる。

 と、ティアマトから離れ、落下した長官は上手く立ち上がれず地を這っていた。

 

(体が動かん…そろそろ潮時か)

 

 長官の体には(しわ)が増え、髪も白くなっていく。

 その様子を観戦していたアガルタは、何かに気付いて汗を垂らした。

 

「どうしたの、アガルタ?」

「あれ…多分、衡壱くん、死んじゃうよ」

「…どう言う事?」

 

 アガルタの予感は的中していた。

 ”ヒューマンの呪い”、彼女がそう呼ぶ不可逆的な力は、ヒューマンラフムの性質を持ったラフムが進化して別の性質を得た時、

その力を酷使する事で引き起こる弊害である。

 ”人間如きがラフムの力を使うな”、神々からそう警告されている様なその呪いは、神々の力を扱いながら

神の世界に反旗を翻す長官にとっては非常に重たいものであった。

 

「ヒューマンラフム・個体名”長良衡一”。それがディンギルラフムに進化する前の俺の性質だ」

 

 長官の発言と共に、ティアマト神を通じて平弐が未来を知る。

 

「―――まさか兄さん、死ぬつもりなのか!?」

 

 焦るティアマトをよそに、長官は不敵な笑いを浮かべる。

 

「そんな、僕は兄さんに死んで欲しくないんだ! 元より死ぬ未来なんて無かったんだから、死ぬ必要なんて無いじゃないか!!」

「そう思うなら手を引け、平弐」

 

 狼狽えるティアマトを長官が嘲笑う。

 

「俺は、人が人として生きる世界を諦めたくない! その為に俺は、天命の書板に刻まれた未来を打ち砕く!運命を形作る歯車なんぞ壊してやる!」

 

 そう叫ぶと、長官は次々とメラムを放ち、自らの命を削り続ける。

 

「やめてくれ兄さん! 命を使った所で何が変わるんだ、もしかしたら未来は変わらないかも知れないんだよ!?」

「変えようとしなければ未来は変わらない! 今この手しか無いなら俺は、もう迷わないッ!」

 

 ―――ディンギル。そう叫んだ時、彼の命は果て、魂を残して消滅した。

 

――

 

 避難エリアで休憩していた筈の楓はアプスに呼び出され、神の世界へ訪れていた。

 長官の事で呼ばれたのだと、彼は薄々勘付いていた。

 

「来たか、霧島楓。案の定衡壱の事だが」

「アプスさん…長官は」

「死んだろうな」

 

 

「! 簡単に言わないで下さい!!」

 

 こちらに顔を合わせず、冷淡に言って見せたアプスに激昂した楓は彼の肩を引く。

 そうして強引に振り向いたアプスは、涙を流していた。

 

「―――!」

「やめろ、見るな。我は神であるが、心を持っている…”友”の死に心を痛める位、許せ」

 

 アプスの言葉は強がりだった。

 楓は謝罪すると、同様に長官の命を感じ取った。

 

 インテグラの力によって伝わる魂の輝きと、消滅。

 今、長官が事切れたのだと、心が拒んでいても自身の直感がはっきりと告げる。

 

「そんな、どうして、長官は、長官は死ななきゃいけなかったんですかッ!?」

「それは”俺”から話そう」

 

 起こっている事態を信じる事が出来ない楓をなだめる様に長官の声が聞こえる。

 楓が振り向いた先には、眼鏡を外した長官が立っていた。

 

「長官…! やっぱり生きて―――」

「いや、死んだよ……最期に魂だけで頑張ってここに来た。君ともう少し話がしたかったからね」

 

 憑き物が落ちた様に晴れ晴れしい顔をした長官が楓の背中を軽く叩く。

 

「俺が死を選んだ事、霧島君は認められないだろうが、悪い気持ちはしないんだ」

「長官、”俺”って…」

「あぁ、戦後に日本を牛耳ってから私と名乗る様にしたんだが、今はもうただの長良衡壱だから、ね」

 

 今まで以上に快活に、衡壱は語った。

 

 

 彼は立場や役割を盾にして死を避けていた。

 

 だからこそ彼は死にたくなくて戦争を生き抜き、ラフムとなって強靭な生命を手にした。

 それから、”不幸にも”、楽しい事の連続だった。

 

 戦時中は貴重品で子供の頃から憧れていた甘味を沢山食べられた。

 技術が発達し、文化が変化する様は非常に面白かった。

 

 だが、ラフムとは即ち”死ぬ事で得られる力”であった。

 自分がそんな力によって生かされた存在である事への葛藤もあった故、生を謳歌している事への不安感も常に付き纏っていた。

 

「俺は、人の限界を超えた神力が人の尊厳を壊すと考えていた筈なのに、生きてて良かったと思っていたんだ。何だか、それがずっと腑に落ちなかったんだ」

「……それって普通の事じゃないでしょうか」

 

 衡壱の中にあった生きる事への矛盾感に、楓は一つ考える事があった。

 

「ラフムになったって、生きていれば意味が生まれます。長官はその意味をしっかりと考えて、与えられた命を最大限人々の自由の為に使ってくれたじゃないですか」

 

 それに、と楓が続ける。

 

「長官が教えてくれた事です。怪物(ラフム)になってしまった僕に、ヒーローとしての意味を与えてくれたのは、他でも無い長官だったんです」

「……それもそうか」

 

 衡壱が納得した様に何度も頷くと、自分が生まれ、ラフムとなり、死んだ意味をようやく理解した。

 

「俺は、楓君……君と言う”仮面ライダー”を誕生させる為にここにいるんだね」

「僕が世界を守る為にラフムであった様に、長官にもラフムである意味が、あったんです」

 

 そうだよな、と呟いた長官は手を差し伸べた。

 

「…契約終了だ、霧島楓君。”この力の存在する意味を求める為に、そして俺や君の様に大切なモノをラフムによって失くす人がいなくなる為に”…君はヒーロー、仮面ライダーとなった。俺はもうすぐここからも離れなければならないから、契約内容は必ず果たしてくれると信じて全てを託すよ」

 

 最期もそれか、と楓が少し笑うと、強く、強く手を握り締めた。

 

 

 握り締めていた手の感覚が消え、長良衡壱がもうこの世にいない事を楓は実感した。

 だが、拒絶も絶望もしない。

 

 最後に長官がくれた思いは楓の中に息づき、新たな可能性を予感させた。

 

「アプスさん…僕、戻ります。戻って未来を変えてみせます! 長官から託されたモノを、決して無駄にはしません!」

「ありがとう、楓。友の想いを抱いて―――征け!」

 

 アプスの鼓舞を受け、楓は元の世界へと駆ける。



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#96 天命

 十二月十日、正午十二時五十七分。

 桜島沿岸、避難エリア。

 

 楓が目を覚ますと、長官によって一緒に運ばれて来ていたライダー達が先んじて意識を取り戻していた。

 

「楓…」

 

 憔悴し切った顔の勇太郎が起き上がった楓に声を掛ける。

 その様子からして長官の訃報は全員に行き届いたらしい。

 

「皆、辛いのは分かるけど…今はティアマトを―――」

「どう倒せって言うんだよ」

 

 雷電からの手厳しい言葉だった。

 ティアマトと直接対決をして、その上強化形態を用いてもなお倒せなかった。

 強大な敵に敗北を喫した彼はとっくにティアマトへの打つ手を失っていた。

 

「ゴズテンノウを残してライドツールも無くなっちまったし、俺にアイツをどうにかする手段は、もうねぇ」

 

 諦めかけている雷電に同調する様に、勇太郎と大護も頭を下げる。

 

「俺は、さっきの戦いで…初めて、死ぬって思った…俺は、戦うのが、怖いんだ」

「大護さん」

 

 常に前向きかつ勇猛果敢であった大護から発せられる弱音に、全員が状況の悪さを実感する。

 

「―――まだ手はある」

「現状最大戦力のカタルシスならティアマトに勝てるって言うのか?」

 

 勇太郎の問いに楓はいや、と答える。それを聞いて勇太郎が怪訝な表情を浮かべる。

 

「それなら、一体何を…」

「考えがあるんだ」

 

 そう告げると、楓はダブルイートリッジとウェアラブレスを勇太郎に預け、ライドツールを雷電に託す。

 

「霧島先輩、何をする気だ?」

 

 戸惑う雷電へと微笑み掛けた楓は、ロインクロスに取り付けられた装着者の個別認識機能、クレストカラーを親指で撫で、無効にする。

 

「僕の風の力は勇太郎に任せるよ。これで強化変身してアガルタを倒して欲しい…あわよくばブレードのイートリッジを取り返してね」

「俺の新フォームの事、知っててくれてたのかよ」

 

「暁君はソレを使ってシャングリラと戦って欲しい。彼には雷が効くから暁君が適任だ」

「…先輩はどうすんだよ」

 

 楓はふっ、と笑うと、その瞳を虹色に輝かせる。

 

「今の僕はインテグララフム…出来ない事はあんまり無い、らしい」

 

 すると、楓の姿がその場から一瞬で消失する。

 何が起こっているのか全く分からない三人だったが、楓がこの状況を打開しようとしている事は理解出来た。

 先程まで彼のいた場所に、仲間達はエールを送る。

 

「無理すんなよ」

「ティアマトをブッ倒してくれ」

「”人”の意地を見せてやろうぜ」

 

――

 

 楓が向かった先は、アプスのいる神の世界であった。

 

「楓…我が呼ばずしてここに来るとは、こんな所業を行う者は二人目だ」

「かの錬金術師、ですか」

「それで貴様はどうしてここへ戻って来た?」

 

 アプスに問われ、楓は不敵に笑う。

 

「天命の書板を、破壊する為」

 

 彼の大胆な発言にアプスは驚嘆する。

 

「まさか貴様、本気で言っているのか…? アレが無ければ我らは未来が読めず、安定した世界の運行が不可能になってしまうんだぞ?」

「すみません、アプスさん……でも、人が人として生きる為にはもう必要の無いモノなんです。ティアマトに勝つ為に、協力して欲しいんです」

 

 アプスは戸惑いつつも、楓の話を聞いて長官の事を思い出す。

 

「衡壱は天命の書板により刻まれた運命に抗った…成程、そこから思い付いた訳か」

「はい、長官が―――いや、僕が出会って来た人達が証明してくれていたんです。運命って言う決定事項に抗い続ける事で希望に繋がるんだって……」

 

「藤村さんが前に、”真実への出発点”と言う事を言っていました。どうやらやっとその意味が分かったみたいです」

「聞かせてみろ」

「残酷な事実に抗い、希望を信じて突き進む…そうすれば必ず可能性が切り開かれる」

 

 楓は自らの手の平を眺め、今まで出会って来た人々の事を想う。

 

「多くの哀しみや傷付きが、巡り巡って繋がって、全部僕の力になっている。どんなに未来が分からなくても、辛い今が続いても、希望を信じれば、統べて合わさり最高の真実へ辿り着くって事だと思います」

「……良い言葉だ、我も信じるぞ。最高の真実とやらを」

 

 そう言うとアプスは空を割り、更に上位の神の空間への扉をこじ開ける。

 

「我の様な罪深い神が、かつて手放した天命の書板へ往かんとは…他の神はさぞ怒り心頭だろうな」

「なあに、これから起こる誰も予期しないであろう奇跡を見れば怒る気も失せますよ」

「本当に貴様は…何をしようとしているのだ」

 

 神ですら予測不可能な事象を起こす。それこそが楓の考える現状最強の手段であった。

 今なお侵攻を続けるティアマトに対抗する為、楓は天命の書板により運命付けられ、人の可能性に掛けられた枷を壊し、限界を超えるつもりだった。

 

(インテグララフムの力を以てしても制限されていた力を引き出す為に…僕は…! 運命をぶち壊す…!)

 

 砂浜から飛び立った楓は空の裂け目へと侵入する。

 神々の宝物庫と言えるその場所に立ち入った事で彼の脳内に神の怒号が反響する。

 

「神々の(くら)にたかが人が立ち入るとは!」

「無力な貴様らに今更世界をどうこう出来ようか」

「天明の書板は未来を(きざ)す因果律、貴様に破壊など―――」

 

「…神がなんだ! 世界がなんだ! 未来がなんだ! 僕が守りたいのは……大切な人と出会った、幸せな場所だーーッ!!!」

 

 楓の渾身の叫びと共に、眼前の石板へと拳を振るう。

 

 そして、その手で未来を決定づける板切れを―――砕いた。

 

「―――何て事を」

「これで我らは未来を読めず、世界の均衡を保てなくなる!」

「それでいいんです…未来が分からないからこそ、決められたバッドエンドをハッピーエンドに変えられるんだ」

 

 神々は怒りに震え、不敬な人間を排除せんと後光(メラム)により楓を焼却する。

 

「恥を知れ人間! ラフムと言えども神の怒りに触れし貴様を生かしてはおけん!」

 

 が、楓は諸共せず、眩い光の中から無傷で姿を現す。

 

「僕は、もう人間じゃないし、ラフムの力すら超えた……仮面ライダーだ」

 

 は? と神々がどよめく。神の力を以てしても倒す事の出来ない存在に、狼狽える他無かった。

 

「貴様は、貴様は一体何なのだッ!?」

「何度も言わせるな、僕は…人の自由を守る、仮面ライダーだッ!!」

 

 楓が宣言すると、神々の世界から離れ、元の世界へと戻る。

 すると、その場にいた勇太郎、雷電、大護が迎え入れる。

 

「楓、大丈夫か!?」

「一瞬で戻ってきたが、何が起こったんスか」

「何でも良い、無事だな、楓」

 

 それぞれの声掛けに楓は何度も頷く。

 

「神様によって定められていた未来をブッ壊したんで、これでインテグララフムは最強フルパワーです」

 

 そう語る楓の虹色の瞳は、その場にいる全員に勝利を確信させた。

 

「良く分からねぇが…ティアマトを、倒せるんだな……?」

 

 少し上ずった声で問う勇太郎に、楓はうん、と肯定する。

 

「まずは勇太郎、暁君、大護さんでバミューダを押さえて欲しい。ティアマトへの活路が開かれた所で僕が対決する」

 

 楓の提案に勇太郎と雷電が賛成するが、大護が拳を震わせる。

 

「俺は…そこで戦っていけるのか?」

「大丈夫です。勇太郎と暁君…僕もいます」

「俺達四人の力が合わされば何とかなる気がするッスよ」

「アンタは死なない、いつもの事だろ」

 

 大護は皆からの声援を受け、少し照れながら鼻で笑うと、拳を突き出した。

 

「最終決戦ってヤツなんだろ? ここは友情のグータッチと行こうぜ」

 

 それを聞いた三人は鼻で笑うと、一斉に拳を突き合わせる。

 

――

 

 午後十三時四分。

 

 ティアマトの侵攻を食い止める為、航空自衛隊の戦闘機F-35Aによる空対地ミサイルの射撃が実施されたが、全く以て歯が立たない。

 また、鹿児島湾にて停泊していたイージス護衛艦はぐろから垂直発射されたミサイルも効果が無い事のみが証明された。

 

「神の庇護を受けたラフム、その上概念の性質を持った我々を食い止める術等存在しないんだ…兄さんのいないこの世界なんて、もう何の躊躇いも無く終わらせる事が出来るんだよ」

 

 若干声を沈ませるティアマトラフムの前に、四人のライダーが立つ。

 

「…君達にはもう僕らを止める事は出来ないよ、さっき思い知っただろう?」

「そいつぁどうかな?」

 

 勇太郎が反論すると、ロインクロスに加え、ウェアラブレスを装着する。

 

「何だそれは? 君がその機械を腕に巻く事なんて、天命の書板には―――」

「あーそれ、僕が壊したので」

 

 軽々と言って見せた楓に、ティアマトは硬直した。

 

「神の世界の宝物を、君が、どうやって!?」

「知らないけど出来ました、誰もそれを知らなかっただけです」

 

 驚愕するティアマトをよそに、大護、雷電も変身の準備を完了した。

 

「霧島先輩…ロインクロスは無くても本当に大丈夫なんですね?」

「うん、僕のお下がりだけど存分に使ってよ」

 

「それじゃあ行くぜ、ライダー共!!」

 

 大護の号令に全員が頷くと、全速力で駆け出しながら恒例の掛け声を叫ぶ。

 

「―――変身ッ!!」



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#97 統合

《Change…God・Tame・Node》

《ネームド・Palladion・アクセプト・エキスパンション》

 

 再変身により破損部位が修復されたアイアスと凄天霹靂が突撃する。

 

「アイツら凝りてない…!」

「ここは僕達が!」

 

 迎え撃つはアガルタとシャングリラ。

 以前敗北を喫した相手だが、こちらの気合は充分であった。

 

「俺も…行くぜッ!!」

 

《Burn》

《Voltex》

《New Winning》

 

 バーンイートリッジとボルトリガーをロインクロスに装着後、ニューウイニングをウェアラブレスに装填する。

 それぞれの端末のトリガーとグリップを操作し新たなる力を引き出す。

 そして、楓と雷電の力を借りて、三つの性質を複合させた変身を披露した。

 

《Change・Burn・Voltex》

《AddChange・Winning! Transcendence・Elemental!》

 

 力強い変身音と共に、バーンボルテックスとウイニングカタルシスを融合させたかの様な勇ましい姿の戦士が爆誕した。

 

「名前はそうだな…仮面ライダーバーン・エレメンタルフォームとしておくか」

 

 名前を決めて気分を上げたバーンはボルテックスとウイニングから引き継いだ高速機動でアガルタと対峙し、早速彼女を拘束する。

 

「ちょっと女の子に何すんだしッ!?」

「そのビジュアルで蹴る殴る出来ねぇから羽交い絞めしかねーんだろがッ!」

 

 アガルタの触手による攻撃を炎の旋風で迎撃する。

 

「ン熱っ!!」

「ちょっと大人しくしてろよ」

 

 動きを封じられたアガルタを助けんとシャングリラがラフムの姿へと変貌し急行するが、アイアスによるバレットナックルの射撃で動きを止められた。

 その隙に凄天霹靂がシャングリラへと鉄拳を見舞う。

 

「お前の相手は…俺だ」

 

 続けて凄天霹靂が攻撃を与えようとしたが、シャングリラの発生させるフィールドによって阻まれる。

 

「君の攻撃とてっ…効きはしない!」

「神雷を受けてから言え」

 

《God・ThunderCrush》

 

 凄天霹靂の能力解放二段階目。それにより発せられる天からの雷はシャングリラが生み出したフィールドによる壁を破壊し、そのまま彼に落ちる。

 

「ぐがぁあああッ!!」

「グリ君!」

 

 シャングリラを心配し、バーンを引き剥がして駆け寄ろうとしたアガルタだったが、アイアスに阻まれる。

 

「そこをどいてよッ!」

 

 アガルタの触腕がアイアス目掛けて飛び出すが、バーンが放つ炎と雷、風の刃がそれらを粉砕する。

 

「今だ、雷電!!」

 

 バーンの合図を受けた凄天霹靂がゴズテンノウイートリッジに備え付けられたトリガーを三度引く。

 

《God・ThunderImpact!!》

 

「やめて…!」

 

 アガルタの制止に構わず、凄天霹靂の拳から放たれる雷撃がシャングリラを穿つ。

 

「うがぁぁぁぁッッ!!」

 

 一矢報いようとシャングリラが自らの毒を凄天霹靂に付着させるが、彼の雷撃が毒をも蒸発させ、全く怯まない。

 

「僕らは…ティアマトは……負けない!」

「今まで奪った人の命に見合うのかよ、その意地は」

 

 凄天霹靂の言葉に揺らいだシャングリラは、そのまま感電し続け、意識を失った。

 

「グリ君!」

 

 バーンに拘束されたままのアガルタが叫ぶ。

 シャングリラの敗北に侵攻を続けていたティアマトも立ち止まった。

 

「…シャングリラが、やられた。それが君達の底力か」

「いいやもっとだ! 本当の底力はあなたを倒す時に発揮させて貰う!」

 

 楓の宣言にティアマトが腕を柔軟に伸ばして楓を狙う。が、凄天霹靂の豪雷が腕を断ち切った。

 

「霧島先輩、そろそろその底力ってヤツ使わねぇんスか!?」

「オッケー、行かせて貰う―――」

 

 楓が真の力を解放しようとした時、触腕が彼の体を打ち叩いた。

 

「ぐわっ!!」

「…やらせはしない、私達ティアマトの理想は、やらせはしないッ!!」

 

 遂に本領を発揮したアガルタがバーンを突き飛ばして楓へと走る。

 

(衡壱くんがやってみせてた”ヒューマンの呪い”、私にも…出来る筈)

 

 アガルタの触腕が彼女の体を包み込み、粒子化する。

 光の中から現れたのは、異形の姿となったアガルタラフムであった。

 

「な…お前ラフムの姿になれねぇんじゃ…!?」

 

 驚嘆する凄天霹靂を触腕で吹き飛ばすと、彼女は楓へと更に歩を進める。

 

「あなたがティアマトの計画(エヌマ・エリシュ)を阻む存在、ならばここで消すしか無い! その力を…使わせはしないッ!!」

 

 触腕が楓へと伸びる。その大きさは今までのそれとは比べ物にならない。

 

「死ね―――」

 

 が、触腕の前にはアイアスが立ちはだかっていた。咄嗟に体が動いた彼の手にはブレードイートリッジが握られていた。

 

(あれは私が以前サンダーから奪ったイートリッジ…どうして彼が)

 

 アガルタが今までの行動を思い出す。先程バーンを突き飛ばした時、大事に服のポケットへ仕舞っていたイートリッジを彼に奪われていたのだ。

 そして、楓に気を取られていた内にイートリッジがアイアスの元へ渡っていた様だった。

 

「インテグラの力で整合性は取ります! 大護さん!!」

 

 アガルタが思考を巡らせた瞬間、動きが鈍くなったのを見逃さなかった楓の号令と共にアイアスはイートリッジを起動させる。

 

《Blade》

 

《ネームド・Blade・アクセプト・エキスパンション》

 

 アーマード・ブレードへと変身したアイアスはインテグララフムの性質により形成された鎧を纏い、背中に携えられた二振りの刃を振るう。

 その瞬間アガルタの触腕が両断され、落下する。

 

「今だ、勇太郎、暁!!」

 

《God・ThunderCrush》

《Elemental・Break・Against》

 

 バーンと凄天霹靂、二人が同時に放つ飛び蹴りがアガルタへと直撃し、その体を粒子化させ人の姿へと戻る。

 神々により力を奪われ既に意識を消失していた彼女はアイアスによって早々に拘束されると、安全な場所へ運ばれる。

 

「あとはアンタだけだな」

 

 バーンがティアマトへと告げると、彼は倒れた仲間へと視線を移してから、ライダーの方を見る。

 

「僕が倒せるとでも? 調子に乗らないでくれ」

 

 共に戦った同志を失った哀しみと兄を目の前で失った哀しみ。二つの悲哀が怒りへと変わり、連なる苛立ちと共に覇気を放つ。

 ティアマトの纏うオーラにバーン、アイアス、凄天霹靂が気圧されるが、楓は勇ましく歩き出す。

 

「倒せるさ、あなたが勝つなんて未来はどこにも無いんだから」

「君らが勝利する保障だってどこにも無いだろう」

「いいや、ある」

 

 瞳を虹色に輝かせる楓は、過去の経験、未来の可能性、今の勇気を統合させ、ずっと誰にも言わず自分だけの構想としていたティアマトを打ち倒す為の力を、具現させる。

 

 

《Integra・Driver》

 

 

 楓が生み出したのは、新たなベルトだった。

 

「―――は?」

「はは、ティアマトですら全く想像もしてなかったか。まさか新しい力が、”仮面ライダー”なんてね」

 

 開いた口が塞がらないと言った様子のティアマトを嘲笑う楓の笑いは止まらない。

 

「あはは! 見たか、これが人類の可能性、未来の可能性、僕の可能性だ!!」

「一体ソイツで何をすると―――」

「決まってるよ……変身だ」

 

 

 一方、神界。

 アプスを含めた神々も、天命の書板に書かれていなかったベルトの登場に驚く他無かった。

 ただ、アプスはようやく楓の意図を理解し、口角を上げた。

 

「神にも分からぬ可能性…楓はこれが見せたかったのか! はは、ならばもっと見せつけろ、貴様の変身を!!」

 

 

 バディ司令部においても観測されたこの現象に職員らは驚愕と共に、人類勝利の期待を覚えていた。

 

「あれこそがインテグララフムの本領…? まさかベルトで変身とは、最高のユーモアよ霧島君」

 

 藤村の不敵な笑みと時を同じくして、楓の戦いを見守っていた千歳も固唾を飲んでいた。

 

(霧島さん……)

 

 

「…大丈夫、勝つよ、千歳さん」

 

 千歳の思いを感じ取った楓はベルト―――インテグラドライバーに手を添えると、ティアマトを見据える。

 

 ドライバー上部のレバーを左にスライドさせ変身待機状態へ移行すると、本体右部のトリガーへ指を掛ける。

 

 

 

「―――最終変身ッ!!」

 

 その掛け声と共にトリガーを強く引く。

 

 ティアマトが変身を阻もうと体全体を伸ばして攻撃しようとするが、虹色の波動が全ての邪魔者を弾き返した。

 

 

《F―――INAL・Change》

《I.N.T.E.G.R.A!!》

 

 

 

 虹色に輝く粒子が楓を包み込み、新たなる戦士の姿を顕現させる。

 

 深緑のスーツと白い装甲、間のラインに虹色の光が輝く。

 

 それこそがまさに、人類の希望となり得る最終最強の仮面ライダーの姿であった。

 

 

「正義を超えてライドする仮面の戦士……自由を統べて想いを合わせる。極光纏いしその姿! その名をまさしく……」

 

 楓―――虹の鎧の戦士がオーロラを思わせる肩部のマントを雄々しくたなびかせながら、ティアマトを指差してその名を叫ぶ。

 

「…仮面ライダーインテグラ!!」



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#98 神人

 十二月八日。

 日本報道社―――日本におけるテレビ報道の要たる公共放送団体である。

 そこへある学生が招待されていた。

 

「河森クン、君がバディで聞いた…近い内に決戦がある、って情報は嘘じゃないんだな?」

「はい、このケースが証拠です」

 

 NHC(日本報道社)渋谷放送センターにて報道部長と対面した学生…東城大学写真サークルの河森は目の前のアタッシュケースを開いて中のベルトを見せると、報道部長も静かに頷いた。

 

「バディとティアマトの決戦を報道して欲しいと俺が直々に頼まれました。このライドツールを使えばどの様な危険があっても生還し事実を伝えられると」

「”信頼の青年”の功績あっての事だな……そうだな、その情報も装備もこっちで買い取って取材したいトコだったが」

 

 報道部長が大きな溜息をつく。そうした妬みを言われるのを承知で河森も来ていた為、何も言わずに神妙な面持ちを浮かべた。が、一転して報道部長は笑みを浮かべた。

 

「コイツはバディから君に託された仕事だ。日本トップのマスコミの意地に賭けて君の報道を応援する。頑張れよ、”ライダー番記者”」

 

 

 あれから程無くしてティアマトラフムが復活し、人類の威信を賭けた戦いが始まった。

 事態を理解していた河森はバディより貸与されたライドツール、即ちアイアスを用いて決戦の場へと立ったのだった。

 

「…俺が、この戦いを…仮面ライダーの勝利を、日本どころか世界に伝えてやる」

 

 河森の報道根性によって世界中のネットワークで共有された映像は、多くの人々の目に映り、仮面ライダーインテグラ誕生の瞬間を映像と言う形で残したのだった。

 そしてその映像から伝わるライダーの勇気は、多くの人々の心を動かし、同時に不安も与えていた。

 緊迫する戦いの中、不安を隠せずにいた人々は神に祈った。ライダーの勝利を、人類の明日を。

 

 

「―――聴いたか愚神共よ、人々の願いを」

「…あぁ、確かに聴いた、それにインテグラと言う未知の存在も思い知らされた…我々は人類の強さを認めよう。だが、今の我々は行動の祖たる天命の書板を失い、どうすれば良いか…」

 

「ハ、やはり貴様らは騒々しくて愚かな阿呆共だな…どれ、最初に天命に背いた原初の愚神が手本を見せてやる」

 

 人々の誇りが、祈りが、巡り巡って(アプス)に届いた。

 

――

 

 人類全てを殺害し、神の稚児であるラフムへの進化を強制する敵、ティアマト。

 周囲の建造物にも匹敵する巨大さを持った彼に立ちはだかるは、最強の戦士。

 ―――仮面ライダーインテグラ。

 

「……」

 

 今まで天命の書板から得た情報で未来を予測していたティアマトが、自らの知り得ない存在と相対し、絶句する。

 

 輝くマントをはためかせ、インテグラが歩き出す。

 その勇壮なる姿は、見る者全ての心を惹き付けた。

 

「…仮面ライダーインテグラ、だと? 確かにそれは僕らの知る未来には存在しなかった。だが! 天命の書板はティアマトの勝利を明示していた…君がどう足掻こうと結果は既に決まっているのだ!!」

 

 動揺しながらも、先に手を打ったのはティアマトであった。

 自らの体を液状化させ、全質量をインテグラに加え、そのまま体内へ吸収する。

 

(このまま窒息死させてしまえば―――いや、待て…待て!)

 

 異変が起きたのはティアマトの攻撃からすぐの事だった。

 インテグラが消えている。先程確かに体全体で包囲した筈のインテグラが、いないのだ。

 体内でインテグラがドライバーのトリガーを何度か引いていたのを見たが、その影響なのだろうか。

 

「インテグラ……一体何処に」

「あなたの後ろだ」

 

 背後からの声にティアマトが振り向くと、インテグラがその拳を見舞う。

 …が、ティアマトには全く効いていなかった。

 

「何だ、この威力…ヒトと何ら変わらないだと?」

 

 あまりの弱さにむしろ驚いたティアマトだったが、インテグラは焦る事無く首を縦に振った。

 

「試してみたけどやっぱりだ、仮面ライダーインテグラとなった僕は身体能力が常人レベルになっているんだ。つまりインテグラとしての能力を使わなければ基本人と変わらない」

「何? …ふざけているのか!」

 

 自分を舐めているとしか思えないインテグラの様子にティアマトは憤慨し、その体を締め上げた。

 

「君の身体が人と相違無いと言うのならば、このまま全身の骨をへし折る!!」

 

 窮地に立たされたインテグラだったが、彼はインテグラドライバーのトリガーを引くと、インテグラの性質を能動的に発生させる。

 

《Elemental Power・Active》

「バーン!」

 

 インテグラの叫びに呼応し、ドライバーを中心に彼の全身が燃え上がる。その熱によってティアマトの体が蒸発し、無事インテグラが脱出する。

 

「くっ!」

 

 と、今度はティアマトが両腕でインテグラを挟み込む。その衝撃でインテグラは腕を粉砕される。

 

「ぐわああああッ!!」

「仮面ライダーインテグラだと? そのトリガーを引く事でしか力を使えなくなった君は逆に弱くなっている! 腕を粉砕してしまえばもう力は使えまい!」

 

 両腕が使えなくなったインテグラを前に、ティアマトは今までの戸惑いを振り切る様に止めを刺しに前進する。

 

「戦士としての見てくれに拘った結果自らの首を絞めようとは……ここで死ね、霧島楓ッ!!」

 

《Elemental Power・Active》

「アイアス!」

 

 その刹那、ティアマトの攻撃が巨大な盾によって守られた。

 先程の音声は、腕を破壊し使えなくなった筈のインテグラドライバーの物だった。

 

 砕けて消滅した巨盾の先で待ち構えていたインテグラの両腕は、既に再生されていた。

 

「なっ…まさかそのベルトを介さずとも力を扱えるのか…?」

「いや、今の僕にそう言う神秘的な力は残っていない。ただ、あなたの体内にいた時少し仕込んどいたんだ」

 

 ”損傷(ダメージ)””自動(オート)””回復(リカバリー)”、それら三つの性質を先んじて起動させておいた事により、傷付けば自動的に治る様にしておいたのだ。

 

「ティアマト、あなたはさっき僕の姿を見てくれに拘ったと言った…それは正しい。この姿は僕の想い全部を統合させて生まれたから……でも、それだけじゃない。人として、仮面ライダーとして僕は戦う事を決めたんだ」

 

 ティアマトの乱雑な攻撃をかわすと、自らの誓いを叫ぶ。

 

「ラフムなんて過ぎた力が無くても人々が幸せに生きられると証明する為に! 僕はインテグラの力を全部このベルトに託した! 僕は人として、神の力を使う最後の変身としたんだ!!」

「綺麗事を! 現に神たるインテグララフムの力を以てして私と対峙する君が人であろうとするなど!!」

 

 ティアマトの腕が何本にも増え、それぞれの腕がインテグラ目掛けて連撃を放つ。

 インテグラは攻撃によって体が傷付く度修復されるが、その痛みは残る。

 

「ぐぅううっ!!」

「結局神の力に頼らなければ人類は存亡し得ないのだ! だから私が叶えて見せる!」

「バカ言うなッ! まるで人類代表みたいな事言って、自分の中だけで決めた結論で…人の可能性を縛り付けるなーーーーーーーッ!!!」

 

 インテグラの叫びも虚しく、ティアマトの攻撃に耐え切れなくなっていく。そして最後の一撃が、目の前に迫る。

 

「これで終わりだ…仮面ライダー」

 

 ティアマトが腕を鋭利な槍状に尖らせ、インテグラの体を貫く。

 

 

 ―――筈だった。

 

「大丈夫か、楓…やれやれ、人類とは本当に弱く、面倒も見切れん。が、今回ばかりは手を貸してやろう」

「……淡路島さん!?」

 

 インテグラの前に立ち、ティアマトの攻撃を凌ぎ切ったその姿はまさしく淡路島勇魚であった。

 が、どうも様子が違う。

 

「今は勇魚ではなく―――」

 

 形状を変化させていたティアマトの腕を弾き飛ばし、その水飛沫と共に勇魚の姿をした彼は振り向いた。

 

「”アプスラフム”だッ!!」



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#99 決着

 十二月十日、午後十三時四分。

 桜島沿岸、避難エリア。

 

 淡路島勇魚(いさな)は気付いた瞬間、先程までいた場所とは全く異なる砂浜に立っていた。

 

「ど、どこだここ…」

「ここは神の世界、ティアマトに対抗せし()(つがい)、この我、アプスの根城だ」

「面倒な説明はよく分からん、だが…アンタの目を見れば一大事なのは伝わる。俺はどうすればいい?」

 

 人の目を見て相手の気持ちを(はか)る才能を持つ淡路島は神の気持ちすら汲んでしまった。その様子にアプスは不敵な笑みを浮かべる。

 

「貴様の持つラフムとしての性質は淡水、同じく淡水を司る我とは相性が極めて高い。故に神の力を貴様に注ぎ急激に進化させる事で我が力を現世で行使出来る様にする。言わば強制的なラフムの進化を起こす」

「そうすれば仮面ライダーは勝てるんだな?」

「確証は無いが、やれる事は全てやる。衡壱がその命を以て教えてくれた事だ」

 

 淡路島が頷くと、自らの体を掌握せんとするアプスを受け入れる。

 淡路島の体を借りる事によって人の力、ラフムの力、神の力を併せ持ったアプスは長年居続けた神界を後にして仮面ライダーの救援へと急ぐ。

 

――

 

「貴様らが見せてくれた人の可能性、その大いなる力を我は信じる。力を貸すぞ、楓!」

 

 アプス、そして彼の中に在る淡路島の応援を受け、インテグラは気張る。

 

「ありがとうございますッ、アプス島さん!!」

「混ぜるな!!」

 

 渾身の一撃を阻害され憤ったティアマトは全身から弾丸の様に体の一部である水飛沫を飛ばす。

 無差別に街を破壊し、その被害をライダー達が食い止める。

 

「なりふり構わずかよ…楓! そろそろ仕留めろ!」

 

 バーンの指示にインテグラが頷く。実際、彼には時間が残されていなかった。

 仮面ライダーインテグラに変身していられる時間には制限があるのだ。

 

 変身可能時間、二分半。次回変身までのインターバル、二十四時間。

 

 インテグラとして戦闘が可能なのも残り三十秒余り。

 

「…これで決める!」

 

《Elemental Power・Active》

「ウイニング!」

 

 そう叫ぶと、かつて長官がくれた勝利《インテグラ》の力と共に走る。

 そして目一杯の力でインテグラドライバーの上部レバーを押した。

 インテグラの能力を更に引き上げる為の機構が作動し、待機音が流れる。

 その間に引き金を二度引く。

 

《Integra・Crush》

 

 全身に走る虹色のラインが輝きを増し、上空へと推進する。

 ティアマトよりも高い場所へと飛ぶと、足を向けて飛び蹴りの姿勢を作る。

 

「いくぞティアマト!」

 

 ティアマトは腕を槍状にして発射しようとするが、アプスラフムの打ち出した水壁によって防がれる。

 

「我もこの体を借りるのには刻限がある、急げ!」

「はい!!」

 

 尚もティアマトの攻撃が止まらないが、霹靂、アイアスが受け止める事でインテグラの道を切り開く。

 

「はああああッ!!」

 

 インテグラから放出される虹色の粒子が螺旋を描き、ティアマトの胸を穿つ。

 

「インテグラライダー…キーーーーーーーーーック!!!」

 

 その蹴りはティアマトを打破すると共に、長良平弐(へいじ)の心象にまで触れていた。

 

 

「ティアマトラフム…いや、平弐さん。これで終わりです」

「まだだ! この力が…ラフムが無ければこの世界は進化し得ない…それに―――」

「これから現れる新たなる脅威、の事でしょう?」

 

 何故知っているんだ、と言いたげな平弐にインテグラは変身解除して虹色の瞳を指差す。

 

「そうか、インテグラ…君はその力で未来の情報を見たんだね。ならば分かる筈だ、”あの方”の前で人類を生存させる為にはラフムの力が必要だったのだと」

「そうですね、不可抗力によって生まれた者だとしても”あれ”は人類による神の力への接触を許しはしないでしょう。ですが―――僕はラフムになんてなりたくなかった」

 

 平弐が言葉を失う。

 ラフムになる事で人が幸せになると、そう信じて来た彼に突き付けられた楓の意見は平弐に強く心に刺さった。

 

「あなたはラフムになりたくないと、今の幸せを手放したくないと、そう言う人の声は聴いて来たんですか? ラフムになる事でしか救われなかったあなたにとっての仲間で固まって自分の意見を変える機会を失って思考停止していたんじゃないですか」

「……」

「ラフムなんていなければ僕の家族は、親友は殺されなかった。僕が連日戦うなんて日々も無かった。あなた達の勝手な意見で多くの人の幸せと自由を奪った事は理解すべきでした。例え人類の生存戦略であったとしても…あなたのした事はこれから来る災厄と何も変わらなかったんです」

 

 僕は、と平弐が返す。

 

「僕は、それでも世界を守ると決めたんだ! 例え僕が、人々が怪物になったとしても!」

「だったら今度は、ラフムが人に戻れる様に僕が戦います」

 

 楓の決意に平弐が目を見開いた。

 

「ラフムを…人に……」

「はい、僕の力ならこの世からラフムを失くす事だって出来ます」

 

 楓は虹色の瞳を輝かせ語る。

 

「僕はあなたのやって来た事を許さない。けれど、あなたの決断があったからこそ今の僕…いえ、今の僕達がいます。だから、あなたの全てを否定したまま倒したくは無い」

「敵に情けを掛けるか」

「平弐さん、あなたは”敵”と言うにはあまりにも優しすぎた。長官と戦いたくないと言う気持ちがあったから部下に計画を任せたんでしょう?」

 

 平弐が目を背ける。確かに兄と戦う事に忌避感はあったが、自分の手を汚したくないと言う弱さを認めたくは無かった。

 

「戦争の無い世界を作りたかったんですよね」

「そうだ、僕は…兄さんや、父さん母さん、仲間達と幸せに暮らせる世界を守りたかった…! 辛い出来事を未来に持ち込みたくなかったんだ……!」

 

 自分の願いの原初を思い出し、平弐は涙を流す。

 傷付き傷付ける、哀しみしか生まない戦争を、起きてしまった過ちをもう繰り返す訳には行かない。その強い思いが平弐にここまでさせたのだ。

 

 そして、彼は気付いた。ティアマトとして人々を殺し、一方的にラフムへと変えて来た自分の愚かさを。

 戦争をしていた時代と何も変わらず、他者から奪っていく恐るべき力の誇示。それこそが平弐のやって来た事だったのだ。

 

「そうか、そうか…どれだけ正当化しても、都合を付けても…僕の行ってしまったそれは……僕が嫌った最悪の世界と何も、変わらなかったんだね」

 

 自身の過ちを理解し、罪悪感と責任感で平弐の頭が一杯になる。その手で顔を覆って後悔と自己否定を繰り返す。

 

「僕は…自分のエゴで失敗してしまったのか……多くの命を奪った事を厭わずに、何てことを……そうだ、僕を、僕を殺してくれ! 仮面ライダー!」

「それは出来ません。あなたの罪から逃れたい気持ちを叶える訳にはいかない…それに、あなたが戦争と言う過去を乗り越える為にエヌマ・エリシュを計画した様に、僕もラフムの誕生と言う過去を乗り越えて見せます」

 

 そうか、と平弐が呟くと、涙と共に頷いた。

 

「霧島、楓君だったか。君は僕らの犯した過ちから多くの人を守る為に戦い続けるんだね?」

「はい、あなたや、あなたのお兄さんがそうして来た様に、僕もこれからを生きる人々の自由を守る為に戦います」

「それは孤独なものかも知れない、誰も勝てない強敵が立ちはだかっても君は戦い続けるのだと言うのなら、これから君はとても険しい道のりを進む事になるんだ」

「僕は決して孤独にはなりません。共に戦ってくれる仲間が僕にはいます」

 

 思い出される沢山の仲間達の笑顔、そして最後に平弐の事も思い浮かべる。

 

「あなたの犯してしまった罪を無駄なものにしない為にも、どうか、平弐さんの力を借りたいんです」

 

 その発言に平弐は耳を疑う。

 

「僕の力を…借りるだと…?」

 

 楓は静かに、微笑みながら頷く。

 

「だが、僕はここまでの罪を清算しなくてはならない。君をはじめ、多くの人々に与えてしまった苦しみを償う必要がある」

 

 そう言うと平弐は楓の肩に触れて、神妙な面持ちを向ける。

 

「君の力で僕を神の世界へ連れて行って欲しい。そこで僕は神罰を受ける」

「…分かりました。あなたの罪が神々に許された時、絶対に人々の、世界の自由を守る為に力を貸して下さい」

 

 ああ、と強く平弐が頷くと、彼の魂が神界へと導かれる。

 

「いとも容易く神の世界へと往くか…霧島君、君の力はもう既に神の域に届いているのでは無いか?」

「多分。でも、僕は人間として戦い続けるし、神様になんてなるつもりはありません」

 

 そう言うと楓は平弐の背中を押し、自らは神の世界から離れる。

 

「さようなら、平弐さん」

「ああ。頼めた義理では無いだろうが、これからの未来をよろしく。あと、僕の仲間達、バミューダとそう呼んでいたね。彼らの事も任せたよ」

 

 平弐の姿がどんどんと消えていく。それは神の世界との繋がりが希薄になっていっている事を表していた。

 

「もう少し早く、君と出会えていれば…何か違ったのかな」

 

 たった一言の吐露が、平弐の最後の言葉となった。

 

 気付いた時、楓は現実に戻っていた。

 ベルトと共にインテグラの鎧が消滅し、人の姿に戻った楓を仲間達が取り囲む。

 

「楓…やったのか!?」

「勇太郎…それにみんな……」

 

 ティアマトのいなくなったその場所で、楓は勝利を実感した。

 

「やった、やりました…僕らは、ティアマトラフムに勝利しました!!」

 

 楓の報告を受け、それを聞いていた多くの人が歓声を上げる。

 

「ところでティアマトは一体どこに行ったんだ?」

「ティアマト…平弐さんは自らの罪を償う為に神の世界で罰を受けに行きました」

「スマン、良くわからん」

 

 質問しといて答えに困惑する大護に、一同が大笑いする。

 その笑顔が、平和の訪れを予感させていた。

 

――

 

 十二月十一日。

 国家直属異形成怪物対抗部隊バディの活躍により、特殊武装テロ組織”ティアマト”の鎮圧に成功と発表。人類を強制的に肉体改造した怪人、ラフムによる暴走事件が世界中に認知され、それに対する決定的な対抗策についても協議される事となった。

 ティアマトの残党や今まで暴走していたラフムの攻撃による影響により、ラフムは未だ残存している。しかし、人々は恐れない。

 

 この世界には、仮面ライダーがいるのだから―――。



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#100 獲得

 三月二十三日。

 

 楓は大学から特別な単位を取得した。

 それはティアマトと言う脅威から世界を守った大きな功績を称える為に、彼の通っていた大学の理事長が直々に認定したものであった。

 九月頃から殆ど大学へ通えておらず、休学手続もままならかった彼ではあったが、時間を見つけては課題に取り組んでいたのだ。そうした努力もあってか、彼が今後も大学で学び続けられる様な施行がなされたのだ。

 

 彼を祝う様に勇太郎は楓の肩を叩く。

 

「良かったじゃねぇか、お前ホントにここで勉強したいって言ってたもんな」

「ありがとう、でも…勇太郎は良かったの?」

 

 勇太郎は清々しい表情で頷いた。

 彼は来年付で退学するのだ。

 

「俺は楓といたくてココに来ただけだ。今は俺自身のやりてぇ事を見つけたから、そっちをな」

 

 そう言ってはにかむと勇太郎は一眼レフカメラを見せびらかした。

 以前から世話になっていた写真サークルとの交友で、様々な世界を知りたいと言う気持ちが湧いたのだ。

 このカメラを手に勇太郎は世界を渡り、多くの空を見るのだと言う。

 

「俺の見て来た世界は随分と狭いもんだって思ってな…何の意味があるかはわかんねーけど、旅するぜ、旅!」

「意味なんて今は考えなくて良いじゃん、自分がそうしたいって思った事をやるだけで十分だよ」

 

 だよな! と勇太郎が返すとお互い笑い合う。

 

「そう言えば雷電君はバディに残るんだっけ」

「ああ、アイツは世界を守りたいってんで高校行きながら機動隊で訓練だってよ」

 

 彼らが語る少年、暁雷電はかつて敵として彼らに立ちはだかった。しかし、家族の命と己の心を守る為に正義の戦士として立ち上がった勇ましき者である。

 多くの戦いと交流を経て彼は自身の力で傷付けてしまった妹の治療を成功させた。あれ以来憑き物が落ちた様に快活な学生生活を送っていた。

 

「大護さんは…相変わらずか」

 

 楓と勇太郎が微笑む。

 バディ機動隊としてライダーよりも先に戦い続けて来た大護はその常人離れした身体能力で多くの困難を打ち破って来た。

 ラフムでは無くとも、彼がいなければ敗北していた戦闘も多くあった。大護がいたからこそ人類は勝利出来たと言っても過言では無い。

 そんな大護はバディ機動隊長の任を継続して、日夜残存ラフムの対処に当たっている。しかし彼の生活の中で少し変化した事がある。

 最近、バディ総合指揮官となった藤村と共にいる時間が増えたのだ。お互い全く異性との付き合いが無かったものの、今までの戦いが二人の距離を近付けたのだろう。

 

「いつも思うが大護さんと藤村さんの関係…じれってーよな。俺ちょっとやら」

「あ~、そこは金剛さんが一番(くすぶ)ってると思うからあの人に任せておこうよ」

 

 気が先走った勇太郎は頭を掻いて苦笑いをする。

 藤村の兄、金剛は現在バディ長官の任を継いで対ラフム用防衛網の構築と世界中との協力が可能なプラン策定を行っている。そしてそれと並行して藤村の兄、そして大護の戦友として二人の間を仲介するキューピッドにまでなった。毎日多忙である彼だが、非常に充実している様子である。

 

「皆平和を満喫してる感じだな…しかし楓、ティアマトを倒した後に言ってたアレは本当なのか?」

「アレ…そうだね、”これから再び脅威が訪れる”と言う話だよね」

 

 二人の顔が少し曇る。

 

 かつて平弐からも語られていた情報、それは即ち―――人類が対抗し得ない程の敵が来訪する未来を知らせるものであった。

 

 その敵の名は”ムンム”。かつてアプス、ティアマトを補佐し、共に世界のはじまりに携わった神である。

 ムンムは補佐していた二柱がエア、マルドゥックと呼ばれる神に処された後、主神となったマルドゥックの命令で新たなる生命を観測する任に就いていた。

 しかし、その最中(さなか)で地球人類が神の力を欲し、享受すると言う分を弁えない(おご)りを働いていると何者かの伝達により知ったのだ。

 思い上がった人類にムンムは激怒し、人類の敵として天誅を下さんと宇宙から戻って来ようとしていると言うのだ。

 

 それを知った平弐は全人類をラフムとする事でムンムの攻撃に対抗しながら神への従属を示す事で戦いを治めようとしていたのだ。

 だが結果として平弐の計画は失敗し人類の多くがムンムへの抵抗力を持たないまま現在に至った。

 

「ムンムはもうすぐ来る。だからこそ平弐さんは急いでいたんだ」

「もうすぐって…もしかして年内に来るってのか?」

「いや……ハッキリとは分からないけど、もっと近い内かも知れない」

 

 楓が不安そうに空を仰ぎ見ると、二人の携帯電話が一斉に鳴り響く。

 その瞬間、全てを理解した二人は一気に汗を噴き出した。

 

「この連絡は機動隊全員に繋げているわ。至急最寄りのバディ基地及び自衛隊駐屯地へ向かって頂戴…コードネーム、ムンムのお出ましよ」

 

 連絡の内容は案の定ムンムの到来を告げる藤村からの指令であった。

 意を決した二人はお互いに頷くと近くに停めていたライドサイクロンに乗り、改修されたバディ本部へと急行する準備を始める。

 駐車場に残っていた人々に下がる様指示すると、持ち歩いていたアタッシュケースからライドツールを取り出す。

 

「コイツだけは肌身離さず持ってないとだな!」

「うん!」

 

《Account・Winning》

《Account・Burn》

 

「変身!」

 

《Change・Cyclone》

 

 仮面ライダーウイニング、バーン・サイクロンフォーム。

 専用バイクと合体した高速機動形態で二人の戦士が空を駆ける。

 

――

 

「霧島楓、火島勇太郎、到着しました」

 

 東京都千代田区大手町、バディ本部。

 仮設作戦室に辿り着いた楓、勇太郎に加えて雷電、大護、藤村もそこに集っていた。

 

「ようやく来たわね、早速状況を説明するわよ」

 

 藤村の口から事態の詳細が告げられる。

 宇宙から到来したムンムは直径八百メートル程の隕石型物体となって地球に飛来して来ており、推定目標地点である北太平洋への到達時刻は現在より約三時間後、午後十七時十五分と予想された。

 それまでにライダー及び対空迎撃システムを以て隕石の軌道を変えて回避させる事が当面の目的と指定された。

 

「この隕石の様なモノを壊せるかどうかは分からない、だからずらしてしまうしか無いわ。これより一時間半後、皆を大気圏内ギリギリに射出して迎撃を行って貰うわ」

「それって俺含めてアイアスも出るって事か? あの装備で火力が足りんすか?」

「そこは既に折り込み済みよ。アイアス部隊は特殊強襲用火力支援型装備を搭載して出撃して貰う予定だから宜しくね」

 

 藤村の提案に大護は少し呆れながらも決意を固める。人の身で宇宙に限りなく近い場所へ飛ぶ事になろうとは予想もしていなかったが、人々の為に戦う気合を入れる。

 

「ティアマト崩壊から三ヶ月以上経過して、その間に各国からの支援でここまでの戦力を揃える事が出来た訳だけど、恐らく今日が正念場…ここにいないメンバーを含め、死なない程度に命を賭けて戦いましょう」

「了解!」

 

 面々が声を張ると、早速迎撃までの準備が開始される。

 最初に行われたのは住民の安全な場所への避難であった。緊急番組を各局で放送し日本全国での避難行動を開始、多くの行政機関での避難誘導と、人々のラフムへの恐怖感や警戒心から速やかに避難が完了した。

 次にバディ機動隊の全国に配置された各支部、自衛隊各駐屯地からの射出用意。

 海上自衛隊のイージス艦、”こんごう””きりしま””みょうこう””ちょうかい””あたご””あしがら””まや””はぐろ”による対空迎撃態勢。

 航空自衛隊の地対空誘導弾ペトリオットによる隕石破片からの防衛措置。

 これらに続いて海外でも同様の対空防衛手段が構築され、盤石な体制を整えた。

 

 なお、仮面ライダーインテグラへの変身は想定外の事態が発生した際の緊急的最終プランとした。

 

――

 

「午後十五時二十八分…各員、指定の時刻となりました。それぞれ射出準備は出来ていますでしょうか」

 

 戦闘指揮官としてこんごうに乗艦した藤村に代わり千歳がオペレーションを担当する。

 彼女の指揮の下各員の射出準備が進められる。

 着々と準備が進行する中で千歳の回線が切り替えられ、楓との個人通話モードとなった。

 

「楓さん、今回もどうか無理の無い様に」

「心配してくれてどうもありがとうございます。でも僕なら大丈夫です、必ず勝って戻りますから」

「なんと言えば良いのか、そう言う所がいつも心配なんです。危ないです」

 

 ふふ、と楓が笑うと、通信先の千歳からの心配を心に刻み付ける。

 

「僕の事を考えてくれる人なんかいないってずっと思っていたのに……」

「楓さん?」

「いえ、何でも無いです」

 

 楓が誤魔化すと、指定の時間を迎え射出される。

 一方の千歳はまた想いを伝え切れず、もどかしい気持ちのまま楓の無事を願う。

 

――

 

 午後十五時三十分。

 北太平洋海上、高度百キロメートル付近。

 

 各地から派遣されたアイアス部隊、総勢百五十名とライダー達が一同に会す。

 

「あれが(くだん)の火力支援型…まさしくフルアーマーって感じだな」

 

 そう評すバーンの言う通り、アイアスが宇宙に程近い空間での火力支援を行うに当たって用意されたその大型装備は、全身に火器を搭載した要塞の様な形状となっていた。大護のアイアスも当該装備を使用し、ライドサイクロン無しでの空中戦を可能としていた。

 

「火島先輩、俺達も行きましょう」

 

 霹靂が告げると、ライドシステムにより転送されて来たゴズテンノウイートリッジを手に取る。

 彼の言葉に頷いたバーンとウイニングも最強形態への強化変身を行う。

 以前バーンが強化変身する為に用いていたニューウイニングイートリッジは金剛によるデータ解析後人口イートリッジとして複製された。長官の託した勝利の願いを手に、二人がその姿を変化させる。

 

《Change…God・Tame・Node》

 

《Change・Burn・Voltex》

《AddChange・Winning! Transcendence・Elemental!》

 

《True Power・Further Change・Winning…”Catharsis”》

 

「よし…! これであの隕石を…破壊する!!」

「動かすだけだぞ楓!」

 

 ウイニングカタルシスによる一応の宣言と共に、一斉に火力攻撃が開始される。

 現代兵器が持ちうる総力を以て隕石を軌道変更し始める。

 

「ムンム、起動修正率二十パーセント!」

 

 千歳により攻撃が有効である事が知らされる。

 それを知った面々は更に出力を上げる。

 

「…! ムンムが速度を上げているわ! それに…軌道も戻って来ている!?」

 

 状況を観測していた藤村が動揺する。

 予想よりも海上への到達速度が一時間早まっているのだ。

 

「急いで頂戴、皆!」

 

 それを聞いたアイアス部隊が総攻撃を開始する。

 ミサイル、実弾兵装、熱線の応酬を仕掛けて隕石の表面を削りながら軌道を変えようと図るが、全く動じない。

 

「ダメだ、全然効かねぇ!!」

「だったら壊すしか…ねぇのかよ!!」

 

 半ば投げ槍になったバーンが自らの性質を含んだ熱を浴びせて隕石の融解を試みるが、隕石は破砕する様相を見せない。

 

「全ッ然ブッ壊れねぇぞ!! どーすんだ!?」

 

 全員の視線がカタルシスに向けられる。

 

 余りにも頑強な隕石を前に、カタルシスは打開策を考える。

 その間にも凄天霹靂が隕石へと連打を与える。

 

《God・ThunderCrush》

 

「この隕石野郎…ッ! そろそろ砕けろ!!」

 

 凄天霹靂の渾身の叫びに楓はある事を思い出した。

 

(その言葉どこかで…そう! 僕が最初に戦った…ロックラフム……それだ!!)

 

 カタルシスが動き出すと、先程バーンが攻撃した地点へと連撃を加える。

 

「みんな! ここに集中攻撃を! 一点だけに火力を集めて脆くしていくんだ!!」

 

 その言葉を聞いた面々が更に強力な攻撃を与えていく。

 続けてバーン、凄天霹靂が止めを刺さんと力を最大解放させる。

 

《God・ThunderImpact!!》

《Elemental・Break・Against》

 

「外部から視認したムンムの破壊率、五パーセントです!」

 

 千歳が知らせてくれた情報はごく僅かな数字であったものの、その場にいる全員に希望を見せた。

 

「アイアス部隊!! もっと押せェェエェエエ!!」

「アイアス部隊による全弾掃射を確認、破壊率七、九…十五パーセント!」

「まだまだァ!!」

 

《Catharsis・Break・Against》

 

「砕けろォォォォ!!」

 

 全身全霊の力を込めたカタルシスの一蹴りが炸裂する。

 そこから入り始めた亀裂へ風の力を一気に注ぐ。と、落下の衝撃による風圧と重なってそこから段々と亀裂が広がっていった。

 

「! ムンム、破壊率が急激に上昇、このまま…割れます!」

 

 千歳の言葉と同時に、これまでびくともしていなかった隕石が砕け、破片が散っていく。

 

「よっしゃぁ!! こっからは破片の片付けだ! 地上及び海上の対空防衛部隊、見えているな!?」

「武蔵機動隊長、こちらは海上自衛隊、イージス艦こんごう艦長の日江井(ひえい)です。これより自衛隊による対空射撃を開始します。隕石付近のライダーに退避指示を出して下さい」

 

 遥か下方に見えるイージス艦群がそれぞれ移動を開始し、発砲準備を始める。

 大護は機動隊員に退避を命じ、隕石の処理を自衛隊の仲間達に任せる。

 

「楓達も一旦退避だ、お疲れさん!」

「……」

 

 機動隊がその場を離れる中、カタルシスだけがその場に留まっていた。

 不思議に思ったバーンが彼に近付くと、ある事に気付いた。

 

「…! そうか、まさか本体か!?」

 

 バーンが叫ぶと同時に、砕けていく隕石の中心部から強い光が溢れた。

 その光の中から現れたのは、楓と似た姿の存在であった。

 

「あれは…楓か!?」

「そうだけど、そうじゃない。あれこそが…ムンム、さん? の本体だ」

 

 そう呟いたカタルシスは変身解除してムンムへと近付く。

 

「あっ、おい楓!!」

「こっからは僕の出番らしい! 待ってて勇太郎、絶対帰って来るから!」

「……帰って来なかったらブン殴ってやる!」

 

 勇太郎に見送られ、楓はムンムの元へ辿り着く。一方の勇太郎は一旦距離を置いて各地の破片解体に向かった。

 

「…ここからは神の領域―――ならば人として、神の力を使う!」

 

《Integra・Driver》

 

 

「これで最後だ、出し惜しみナシで行く―――最終変身ッ!!」

 

《F―――INAL・Change》

《I.N.T.E.G.R.A!!》

 

 

 極彩色の戦士、仮面ライダーインテグラがその体を輝かせながらムンム本体へと突撃する。

 

「この力で、この可能性で! まだ見る未来を切り拓く!!」

 

――

 

「―――ここが、ムンムさんの世界…」

 

 と、その場に人影を発見しインテグラが接近する。

 

()れがラフムを超越したヒトとしての可能性、インテグラ…ですか」

「…あなたが、ムンムさん」

如何(いか)にも、僕が霧と生命の神、ムンムです」

 

 今までの想定とは全く異なった人物であったムンムに、インテグラは混乱する。

 

「あっ随分と丁寧な方だった…」

「先程は僕の一存により国家的危機を起こしてしまい失礼しました。これも人類の持つ力を見たかった故」

 

 自らと似た風貌の神はそう言うと、インテグラの姿をまじまじと見る。

 その様子に楓は警戒を解かず、力込めて身構える。

 

「…あの、なぜそんなジロジロ見てるんですか?」

「いえ、運命が違えば僕は君の力となっていた訳ですから、少し気になって」

「力と、なっていた…?」

 

 ムンムの発言に楓が眉をしかめる。

 

「あぁ、君は天命の書板を壊したと言っていましたが、もしかして閲覧はしていないんですね」

「確かに…! アプスさんからの言葉位でしか把握してなかったです…まぁ決められた未来なんてどうでも良かったので」

「あれには異なる未来の可能性も書かれておりまして…実はあなたがラフムとしての進化を遂げた際には、ムンムラフムとなっていたんですよ」

 

 フランクに語られた真実に、楓は唖然とする。全く考えもしていなかった部分で、ティアマトが恐れた驚異と自分が繋がっていた事に驚く他無かった。

 

「君がインテグラとして多くのモノとの統合を果たした事で進化する必要が無くなった上、僕までインテグラの影響で君に近しい精神性になってしまいました。恐ろしい力ですね」

「……」

「大丈夫、神の揺籃(ようらん)、つまり隕石は飛来させましたが君達に敵意はありません、と言うより無くしました」

 

 ムンムがそう告げると、その場に幻影を作り、世界の様子を映し出す。

 

「色々と告げ口をされここまで来ましたが、人類の可能性は遥かに凄まじい。神々の力に頼り切らず、人類としての在り方を望み、ここまで戦って来た…それだけで生命を司る者としては大変評価に値します」

「…じゃあ、ティアマトの計画が成功してラフムだけの世界になっていたら?」

「その時は私は人類と敵対していた事でしょう。ティアマト様を味方に付けた人類には勝てるか分かりませんが」

 

 インテグラが息をつく。ティアマトに勝利した事で、隕石を落として来る様なムンム(相手)と対決せずに済んだのだ。

 

「あなたと和解出来る様で本当に良かったです。戦いなんて無いに越した事は無いですからね」

「そうですね、あなたの精神性に近しくなった今の僕ならその言葉、深く共感できます」

 

 ムンムが笑っていると、何かを思い出した様に言い放った。

 

「そう言えば、宇宙を観測していた僕に地球人類の事様(ことさま)を告げた者についてお話せねばなりません」

「一体誰が宇宙にいたハズのあなたに…?」

 

CD(シー・ディー)です」

 

 インテグラが凍り付く。かつて平弐からも語られた”万能”と呼ばれし者。衡壱と平弐にラフムとしての力を与えた謎の人物…。

 

「CD、又の名を”カンケルデータ”。この世を牛耳り、蝕む、世界に蔓延る(がん)。かつて人類にラフムの力を与えたのも彼の思惑でしょう」

「カンケル、データ…」

「加えて彼は僕を扇動して人類と対決させようとしていた訳です。何が目的かは存じ上げませんが、その身に宿す大いなる力を悪しき事に使わんとしている事は明白です…彼の者の到来に備えておいて下さい」

 

 インテグラが息を呑むと、全てを語り終えたムンムは宇宙へと高度を上げ始めた。

 

「伝えるべき事は伝えました、僕はもう行きます……尊き人類よ、宇宙にて新たな生命を見つけた時、また会いましょう」

 

 インテグラは変身解除すると、笑顔で手を振った。

 

「…ムンムさん……さようなら!」

 

 楓からの挨拶を受け取ったムンムは、最後に手の平から生み出した光を楓に託すと、そのまま宇宙へと凄まじい速度で消えていった。

 

「これは…?」

 

 楓が光を覗き込むと、光の内部へと吸い込まれていく感覚に襲われた。

 

――

 

 次に楓が目を開いた時には、そこはかつて家族と住んでいた自宅にいた。

 ウインドにより襲撃され、今では見る影も無くなっていた筈の場所だったが、懐かしいその場所に楓は多くの思いを馳せながら佇んでいた。

 

「―――楓」

 

 自らの名を呼ぶのは、殺された筈の両親であった。

 彼らの姿を見た時、楓は全てを悟った。

 

(生命の神、ムンムさん。最後に僕の為に力を使ってくれたんだ)

 

「立派になったね、楓」

「なんだか大人っぽくなったんじゃないかしら?」

 

 両親が笑うと、楓は少し俯いて目を擦った。

 

「父さん、母さん……僕、いっぱい色んな人に出会って、辛い事も嬉しい事もあって、それで、自分に出来る事を必死にやったんだ」

「偉いね楓、誰かの為に頑張ってくれていた事、ずっと見てたんだから」

 

 父に頭を撫でられ、久し振りの気持ちに浸る。

 

「でもね楓、お母さんはずっと心配してたのよ。いつも無理をして、自分の事を考えられて無かったから…」

「ごめんなさい……」

「自分の気持ちをちゃんと伝えるのよ、楓は昔から気持ちを溜め込む子だったんだし、今度はもっと素直に自分をぶつけちゃいなさい」

 

 母からの言葉を受けた楓は目から鱗が落ちる感覚を覚えた。

 と同時に、似た心配の仕方をする人がいる事を思い出して少し笑みが零れた。

 

「ありがとう……」

 

 心から発した言葉と共に楓が両親を抱き締めると、二人も楓を抱いて、消え去った。

 

 ムンムの力により果たされた両親の魂との邂逅を遂げ、満足した気分で楓は上空から落下していた。

 気が付いた時、先程までと同じ場所にいたのだ。

 体の力も入らず、ただ強風を受けながら体を揺らすのみであった。

 

(そうだった…ここまで多くのモノを喪失して、ずっと苦しいと思ってた。この風みたいに強い圧力に押し負けちゃう時もあったけど……そう、多くのモノを獲得、していたんだ)

 

「楓ーーーーッ!!」

「霧島先輩!!」

「楓!」

 

 三人の仲間達が楓を抱え、地上へと降下する。

 迎撃を中止し待機していたイージス艦きりしまに着艦すると、ゆっくりと体を降ろされる。

 

「楓! 久し振りだな」

 

 遠くから自分を呼ぶ声に気が付いた楓は声の方へと視線を向ける。

 そこにはかつて赤羽台で共に戦ってくれた自衛隊員、上川と下関の姿があった。

 

「上川さんに下関さん…! 確かお二人は陸自の配置じゃ―――」

「俺達は試験射隊って事でこの”きりしま”で色々と迎撃用装備の実戦に当たってたんだわ! ほら、あの光線! アレもバディで培われた技術の結晶だ」

「アンタらのこれまで戦って来た事が今、俺達自衛隊でも役に立ってる。ホントにありがたいぜ」

 

 二人からの激励を受けた楓は艦内を歩き始める。

 自らの苗字と同じ名を持つ(ふね)にどこか感慨深さを覚えながら艦壁に触れる。

 

「勇太郎」

「? どうした、楓」

 

 何食わぬ顔で答える親友に、楓は今の自分の思いの丈を語る。

 

 今まで自分を弱いと一蹴し卑下していたが、仮面ライダーとして戦って来た事でその弱さが決して悪い事では無いと気付けた事。

 自分の弱さを認められないプライドが、戦い続ける気力になった事。

 誰にも悩みを言えない臆病さが、誰かに助けを求めても良いと思える成長になった事。

 勇太郎を妬む卑しさが、彼の弱さに寄り添う優しさになった事。

 家族と親友を失った喪失感が、新たな仲間達との出会いで心を満たされた事。

 

「色々あったけど……僕、仮面ライダーになれて良かった」

「―――だな!」

 

 楓と勇太郎は笑う。自分達の運命を変えた”変身”に感謝を込めて。

 

 

 

 彼が視てる未来はひとつだけだった。

 神の力で得られる永遠など少しも欲しくはないと誓った。

 一秒、一瞬が愛おしいと尊んだ。

 守りたいと願う人々がいる世界に彼も生きている。

 

 正義を叫びライドする仮面の戦士、その名をまさしく…仮面ライダー。

 

 

『仮面ライダーインテグラ』完

 



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#XXth LOVE 紅蜂

 四月一日、十四時十三分。

 バディ本部、研究室。

 

「ライドサイクロン、接続」

「メインサーバ同期完了」

「ライドシステム発信段階、制御しました」

「マルドゥック構成素固定」

「テセウス現象、演算終了」

「予定座標軸構築…指定成功」

 

 幾人もの研究員らが手元のコンピュータを操作しながら、実験用ルームでライドサイクロンに座す楓の情報をチェックする。

 その様子を金剛、武蔵博士が監督している。

 

「度々すまない、楓君。今回の実験は非常に危険なものになっているゆえ、いかなる状況でも対応可能な君の力が必要なんだ」

 

 柄にも無く神妙な面持ちで謝罪する金剛に楓は手を振ってみせた。

 

「いえいえ、僕の力が未来の技術に役立てるならお安い御用です」

 

 楓が軽く微笑むと、ライドサイクロンが外部の操作によりエンジンを駆動させ始める。

 

「それじゃあ今回の実験についてもう一度説明するぞい」

 

 手元の資料を見ながら武蔵博士による最終確認がおこなわれる。

 

 これから実施されるのは、「ライドシステムを用いた人間の転送が可能であるかの検証」である。

 今まで物質を構成する最小単位である”マルドゥック構成素”の分解と再構築を別地点でおこなうことで瞬時に物質が転送される仕組みをライドシステムとして使用して来たが、それらのプロセスが人間でも可能であるのかを確かめるのが本実験の目的となっている。

 魂と言う非科学的な概念が介在する状況でいかにライドシステムが作用するのか、それが明らかになれば今後の人の移動手段は革命的な進化を遂げるだろう。

 

 楓が被実験者として参加することとなったのは本実験により魂と物質の乖離が起こるのでは無いかと言う金剛の考察に基づき、致命的事故においても復帰可能な楓が志願したためであった。

 

「まさか僕が新時代の研究でサンプリングされるなんて、少し前じゃ想像も出来ませんでしたよ」

「楓君、なんか楽しそうね…」

「ええ、緊張もしてますけどなんかワクワクしますよ」

 

 意気揚々と準備を済ませる楓を見て、金剛は実験の開始を伝達する。

 それに合わせて各研究員がライドシステムによる転送を開始する。

 

「電算機構、スタンバイ」

「ライドサイクロン稼働率、規定値に到達」

「マルドゥック構成素、置換可能です」

 

「OK、ライドサイクロン……転送開始!!」

 

 金剛の号令と共にライドサイクロンの周囲に輝く粒子が付着し、楓ごとバイク本体が消失する。

 転送が開始されたのだ。

 

――

 

 楓が目を開くと、そこは昭和の(おもむ)きを残した民家の庭であった。

 明らかに転送予定の場所では無い地点にいる楓は額を流れる汗に目もくれず、辺りを見回した。

 

「実験は失敗したのか……」

 

 と、左側に目を移すと、民家の縁側に腰掛けた老爺が笑っていた。

 

「おや、お客さんかね。お菓子食べてくかい?」

「あっ、えっと…ぼっ僕は―――」

「おばあさんや、お客さんだ。お菓子とお茶を出しとくれ」

「は~い」

 

 何も分からないままに楓は頂いた茶を飲みながら困惑していた。

 

「あの…これはどう言う状況ですか?」

 

 本来ならば縁側に座っている老夫婦が聞くべき質問である筈だが、その問いを発したのは楓の方であった。

 それ程に彼にとって予測不可能な状況が続いていた。

 

「状況って、はは…たとえそれが急に庭に現れたオートバイ乗りさんでも、まぁもてなすかな」

 

 そう言って笑う老爺に楓は戸惑いながらも、心地良くも感じてしまった。

 

「えーと、こちらからお話させていただくんですけど…僕、ある実験に参加してたら失敗してシュバッとここに来ちゃったみたいなんです。お二人には大変ご迷惑をおかけしましたし、お菓子を頂きましたらおいとまします」

 

 楓が説明すると、老夫婦はわずかながらも話を理解したのか、微笑みながら頷く。

 

「もし良かったらまた来てね」

「ありがとうございます。また来られるかは分かりませんが、素敵なお二人に会えて良かったです」

 

 菓子を平らげた楓はその場から退散しようと腰を上げる。

 

 

「貴様、我が世界で何をしに来た」

 

 荘厳な声色と共に、楓らの目の前に光が落ちて来た。

 先程まで楓をもてなしていた老夫婦はその光を見た途端、頭を深々と下げ土下座した。

 

「CDさま!」

「C、D…だって!?」

 

 老爺の言葉により光がCDと呼ばれていることが分かった。そしてその名が示すのは―――。

 

「―――カンケルデータ!!」

「ほう、その名を知っているとは、貴様やはり”エージェント”だったか」

 

 不可解な言葉を述べるCDに楓は眉をしかめて警戒する。

 

「そのエージェントってのは何かは知らないけど…CDと呼ばれているあなたがこの世界の悪であることは分かる!」

「悪、そう断言するか。しかし我の統治するこの世界においては、”一般”から逸脱した貴様の方が悪なのだ」

 

 そう言い放つと、CDは土下座の姿勢を続ける老爺を呼び付ける。

 

「そこの(じじい)、そいつはこの世界の部外者であり我らの一般では無い者、言うなれば”アンコモン”だ。殺せ」

 

 突発的な勅命に老爺は目を丸くする。

 口を大きく開けたまま体を硬直させた彼の様子にCDは腹を立てた。

 

(ばばあ)でも構わん、早く我に血を見せよ!」

「……できませぬ」

 

 老婆の口から渋々と出た言葉にCDは呆気に取られた。この世界で最高の立場にいるのであろう彼を裏切る発言が出るとは思わなかったからだ。

 

「……良かろう、貴様らはこの世界の一般、我に従うと言う(ことわり)を破ったアンコモンとして部外者諸共消してやろう」

 

 怒気のこもった宣言と共に、CDは真の姿を現す。

 全身から放たれる光は額に収束し、銀と黒と灰色に染められた蛙型の騎士甲冑を模した様相を顕現させる。

 

「カンケルデータ―――コモン・ディサイシブ。真の名をフロッシュ・クロムウェル……我の認めざる物は全て非一般的(アンコモン)だ」

 

 自らの名を明かしたCD―――フロッシュは強力な覇気を風に纏わせ、楓を圧倒する。

 

(このオーラ…ティアマトラフムみたいに強い! このままじゃおじいさんとおばあさんが……!)

 

 フロッシュの放つ力を受けながら、楓は心底後悔していた。この日はライドツールを持っていなかったのだ。

 実験において使用用途が無かったためそのまま実験室に置いて来ていたのだ。

 加えて、この世界ではインテグララフムの力も使えず、現状において楓はただの人同然となっていた。

 

「狙いは僕です、二人は早く逃げて下さい!!」

 

 切羽詰まった状況の中楓が老夫婦を逃がそうとする。

 が、老夫婦は先程の優しい表情から一転、覚悟の決まった強いまなざしをCDに向けていた。

 

「君、名前は何と言うんだい?」

「…霧島、楓です」

「霧島君、私は逃げん。君のことは良く知らないし事情も分からない…けど、君のような慈しみ深い青年を見殺しには出来ない!」

「お爺さんの言う通りです、CDさまのお言葉であろうとあなたを傷付けたくはありません」

 

 老爺、老婆の言葉に楓は心を打たれる。

 たとえ今、何もできずに消えてしまうとしても、いつか眼前に立つ癌を取り除く希望があると信じて楓は啖呵を切る。

 

「カンケルデータ! あなたの言うアンコモンを消し続けたって意味は無いぞ! 世界にはあなたのような悪を打ち砕く戦士が沢山いるんだからな!!」

「そうか…どうでも良いが」

「あなたはその戦士の名を知っているのか? 知らないなら冥土の土産に教えとくよ!」

 

 楓はカンケルデータを滅ぼす戦士の名を叫ぶ。

 かつて自分がそうであり、そこから広がった戦士の名を。

 そう、それは―――。

 

「―――仮面ライダー、だろう?」

 

 見知らぬ女性の声が楓の言葉に続く。

 バイクにまたがった彼女は、フロッシュと楓らの間に割って入るように異次元からゲートをくぐり抜けて来た。

 

「君が知っている以上にこの世界は広く、そこにも仮面ライダーは存在している…希望はあるのさ、どんなところにもね」

 

 紅いショートボブヘアを揺らめかせながらその女性は楓らへと笑顔を向ける。

 

「あ、あなたは一体……」

 

 楓の問いに女性は笑うと、腰にベルトを巻き付ける。

 

「君もご存知、仮面ライダーさ」

 

 

 自らの力の中にあっても余裕を見せる彼女にフロッシュは奥歯を噛み締める。

 

「まさか貴様こそがエージェントか!?」

「そう、君らみたいな悪逆を放っては置かない正義のライドエージェント、ってコトだよ」

 

 そう言い放った女性は表情を険しいものへと一変させると、ベルトを操作する。

 

「変身」

 

 その掛け声と共に、彼女の前に発生した立体ホログラムが体と重なり、戦士の姿となる。

 

《インジェクト・エージェント・ジェネレート―――フォーム・アット・”ホーネット”》

《激しく刺し穿(うが)て!》

 

 鮮烈な変身音と共に、紅い雀蜂のような女性型の戦士が現れる。

 それと同時に、フロッシュを圧倒する程の力を感じさせた。

 

「貴様、その力は…!?」

「君は初めて見るかい? この力こそが、仮面ライダーだよ」

 

 そう告げると、ライダーはフロッシュへと見栄を切って口上を放つ。

 

「仮面ライダーヴェスタ―――刺激的にいこうか」

 

 ヴェスタ、そう名乗ったライダーはフロッシュへとバイクを突撃させる。

 フロッシュは難なくバイクを受け止め、ヴェスタごと振り回す。が、気付いた頃には座席にヴェスタの姿は無かった。

 

「柔軟性の無い硬い動きだ、そんなお遊びで私は倒せないよ」

 

 フロッシュの背後からヴェスタの蹴りが炸裂する。

 後頭部に蹴りを食らった彼は地に膝をついてヴェスタを睨む。

 

「なんだ…その力は…ッ!?」

「なんだ、って…何度も言う通りこれが仮面ライダーの力だよ」

 

 (すご)むヴェスタに怯んだフロッシュはその手から重力攻撃を発生させる。

 

「仮面ライダーがなんだと言うのだ! 我が力ならば貴様ごとき捻り潰してくれるわッ!!」

「くッ…」

 

 余裕を見せていたヴェスタだったが、流石に重力負荷には耐えられない。

 彼女の苦しむ姿を見てフロッシュはほくそ笑む。

 

「フハハ、仮面ライダー討ち取ったりィィ!!」

 

 異常な高揚と共にヴェスタを斬首しようとするが、その瞬間に彼女はおぼつかない手つきでベルト左側のスロットに謎のカードを装填していた。

 

「一手遅かったね、(カンケル)め!」

 

《インジェクト・エフェクト・ジェネレート―――イクイップメント・”グラビティ”》

 

 その音声と共に強化されたヴェスタは、グラビティの名の通り重力を操作し返して自らにかかる重力負荷を打ち消した。

 

「ここに来る時点で君の能力に対策していたんだよね。君にとっては知る(よし)も無いだろうがね」

 

 そう言うとヴェスタはベルトのスロットをスライドさせ、とどめを刺さんと勢いづく。

 

《ホーネット! グラビティ! 最終激破!》

 

 必殺技を示す音声に合わせてヴェスタはフロッシュを蹴飛ばしてから跳躍する。

 足を突き出して敵へと向けるその姿は、まさしく”ライダーキック”であった。

 

「…レッドプレス」

 

 重力操作による加速によって通常スペックを大幅に上回った力で放たれたキックは、フロッシュを地面に押し付け、撃破する。

 

「この……我が……!」

「この際だから言うけど君、弱い部類だね」

 

 最後に突き付けられた言葉にフロッシュは落胆と絶望を味わいながら消滅する。

 

「や…やったのか?」

 

 眼前での激戦に何度も瞬きする楓に、変身解除した女性が振り向く。

 

「殺した訳じゃない。この世界からあの癌を切除し、人々が平和に暮らせる世界になっただけさ。じきにこの世界での目撃者であるそこのご夫婦からもCDの記憶が消えるだろう」

「そっか…敵であれど命を奪いたくないからね」

「君ならそう言うと思っていたよ―――仮面ライダーインテグラ」

 

 彼女の口から出たインテグラの名に楓は目を見開いて驚く。

 なぜ彼女がその名を知っているのか、全く予想がつかないが、女性は何も言わず含みのある笑みを浮かべるだけだった。

 

「それじゃあ私の任務は終わったし、待たせている人もいるから帰らせてもらうよ。邪魔したね」

 

 そう言って飄々とした態度を崩さぬまま、そして名も名乗らぬまま紅い髪の女性はバイクに乗って異次元へと消えていった。

 残された楓は肩を落としたまま呆然としていたが、夫婦の無事を確認する。

 

「おじいさんにおばあさん、ケガはありませんか!?」

「ああ、あの仮面ライダー? さんのお陰でね」

「霧島君も無事で何よりです」

 

 三人で安堵していると、楓のインカムに金剛から連絡が入る。

 

 どうやらライドシステムによる人の転送には課題点が多く、バグによって転送予定だった座標と同じ場所の異世界に転送されていたらしい。

 金剛をはじめとしたバディ研究室の協力により、なんとか解析を進めて連絡と帰還の目処(めど)が立ち、連絡手段を確保出来たために連絡をよこしたのだった。

 

 元の世界へ帰れると知った楓は安心と共に気高い老夫婦との別れを少し名残惜しく感じる。

 

「きっと僕らは二度と会えないと思います。だから最後に、どうか末永くお元気で」

「君も元気でな」

「風邪ひかないようにね」

 

 老夫婦からの激励を受けた楓はバイクを外に出すと、眼前に開かれた元の世界へのゲートを進む。

 

「短い間ですがお世話になりました」

 

 感謝と共に見送ってくれる二人を見つめる楓だったが、彼らの背後に見えた表札を見ると唇を噛み締めながら目を細めて俯いた。

 

 楓が去った後、老爺と老婆は笑い合うと我が家へと戻る。

 

「そう言えば霧島君が表札見て目を伏せていたね。そんなに変だったかな」

「さぁ…でも私は大好きですよ、この表札。私達の名前が並んでる…当たり前かも知れないけど、そうじゃないかも知れない。霧島君を見ていたらそんな気がして」

「なんだいそれは……でも、なんだか良いね」

 

 二人が笑い合うと、少し古ぼけた表札を撫でる。

 手作りのその表札には二人の名前が書かれていた。

 

 長良 衡壱

    吹雪



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