もし宮永照と大星淡がタイムリープしたら (どんタヌキ)
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1,終わりから始まる始まり

とりあえず、作者の現在の情報量

咲の漫画11巻まで
阿知賀編


 二十一世紀、麻雀という競技がメジャーになってきた頃の時代。

 世界各地でそれは流行り、競技人口は一億人を超える。

 

 日本でも子供から大人といった様々な年代で麻雀という競技が大人気で、趣味で打つ人、プロを目指して打つ人、あるいはプロで大活躍をする人と様々だ。

 

 今回の舞台は高校インターハイ、全国を対象とした所から物語は始まっていく――――

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「はぁ」

 

 全国大会決勝を前日にし、東京の大通りで一人でため息をつく金髪の少女。彼女はその決勝の舞台に立ち、それも優勝候補筆頭チームに一年生で大将に抜擢されたスーパールーキー。

 白糸台高校所属、名を大星淡と言う。

 

 何故、そんな彼女が肩を降ろし気落ちした様子なのかと言うと、だ。

 

 準決勝大将戦、白糸台は圧勝する。そういう予想があらゆる所でされていた。

 だが、結果を見てみれば二位通過。それも、ギリギリの二位通過だ。

 

 そして、淡は全く気にしてもいなかった阿知賀という新星の如く現れたチームの大将――――それも同じ一年である高鴨穏乃に内容を見てみれば完全敗北、といった結果になってしまったのだ。

 

 

 

(高鴨穏乃……絶対に倒さなければならない相手。一回なんてもんじゃない、百回は倒さないと私の気がすまない)

 

 準決勝で受けた屈辱を晴らすべく、リベンジに燃える淡。しかし。

 

(だけど、終盤になるにつれて私の能力が通用しなくなった。恐らく、このまま普通に打っていても決勝でも……)

 

 普段ならば勝気な性格で、どんな事にも怯まなかったであろう。

 いや、怯むほどの壁に当たる事はなかった、実力で全て薙ぎ倒してきたというのが正しいか。

 

 しかし今回、本物の壁にある意味初めて、衝突している。

 

 

 

「……ん?」

 

 どうすればいい、そもそも自分の麻雀って何だっけ?といった風に様々な思考が渦巻いている中、ある人物が遠くで歩いているのが淡の目から見えた。

 

「……テル?」

 

 高校生最強の雀士であり、そして淡のチームメイト――――宮永照が、歩いていたのだ。

 

(何でテルがあんな所に?)

 

 本来ならば今は部のミーティングをやっているはずじゃ、と淡は考える。いや、そもそもそのミーティングは全員参加は必須なものだが。

 淡は面倒臭い、と一言だけ告げてこうして現在外出している。実の所は面倒臭いはあくまで口実であり、一人で考える時間が欲しかったからであるが。

 

 そのミーティングの時間――――自分は置いといて、何でテルが今外出しているんだ?と淡は物凄く疑問に感じてしまう。

 

(テルって別にミーティングを面倒臭いからって抜け出すような性格でも無いと思うけど……うーん?)

 

 何故だろうか、と淡はずっと考えるが答えは出てこない。

 だがその答えとは別に一つ、頭に浮かぶ事が出てきた。

 

(……テルに相談してみようか)

 

 むしろこうして悩んでいる時に現れたのを好都合と捉えて、色々と話してみよう。そう淡は考えた。

 

 

 

「テルー!」

 

 そうと決まれば早速呼ぼう、と淡は考えて実際に呼ぶ。しかし、反応は無い。

 

(……おかしいな、聞こえるくらいには大きな声出したつもりだけど)

 

 いくらそれなりの距離があるとはいえ、そこまで届く声を出したのにも関わらず無反応なのだ。

 

(テルがボーっとして危なっかしいのはいつもの事だけど……なんか)

 

 違和感を感じる、淡はそう思った。

 ふらふらと、とぼとぼと歩く――――いつも通りのテルだ。

 私の声に反応しない――――おかしい、いくらテルでもこれだけの大声ならば。

 そのまま、信号を見ずにいつものようにふらふらと歩――――え?

 

 

 

(ッ!?嘘でしょ?)

 

 信号は赤。それにも関わらず照は歩みを止めようとはしない。

 ――――そして不運は重なる。鳴り響く、クラクションの音。大型トラックのスピードは緩まらない。

 

 淡は咄嗟に身体が動く。自分が動いたところで助かるのか、そんな事は頭には浮かばない。ただ、本能の赴くままに照の下へと走っていく。

 

 

 

「――――テルッ!!」

「……え?」

 

 淡がデッドゾーンに入ったと同時くらいに、ようやく照は淡の声に気づく事が出来た。だが、遅すぎた。

 

 

 

 大型トラックのスピードは緩まらない。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「……はっ!?」

 

 淡はようやく、目覚める。

 

「えっと……えっと……あれ?」

 

 果たして自分はどれだけの時間寝ていたのか、いや、そもそも寝て起きた?という観点すら違う。

 

 何かを考えよう、思い出そうと淡は必死になるが思考が働かない。

 自分落ち着け、と言い聞かすかのように大きな深呼吸をスーハー、スーハーと二度行う。

 

 

 

「あ、あぁっ!そうだ、テル!」

 

 ようやく少し思考が働くようになり、自分の身に何が起きたか……テルはどうなったのかと淡は思い出していく。

 そして周りを見渡して――――

 

 

 

「……ん、淡おはよ」

 

 淡の隣に、照はいた。

 

 

 

「おはようじゃないって!何が起こったか覚えてるの!?私達多分死んだから、トラックに跳ねられて!」

「……うん」

「だぁぁぁ!何なのその反応!?多分ここ天国だって!」

「……何だか懐かしさを感じる天国」

「懐かしさも糞も無いから!いや、確かに天国にしてはやけに平凡な平野の芝だとは思うけどさ!」

 

 本当に自覚しているのか、と言わんばかりに柄にも無く激しい突込みを入れていく後輩の淡であった。

 

「……そういえば」

「うん?」

「何で、淡は飛び込んできたの?」

「……こっちだって訳わかんないよ。ただテルが危ない!って考えたら身体が勝手にさ」

「心配してくれたんだね、ありがと」

「何かもう心配とかそういう次元の話じゃないと思うけど……そういえばさ」

 

 ここで淡はあの場面で最も気になっていた疑問を投げかける。

 

「どうして信号無視なんかしちゃったのさ。いくらテルでも、ありえないよ」

「……ちょっと考え事をね」

「考え事?信号を無視するくらいまで深く考えるって、いったいどんな内容なのさ」

「誰にも言った事が無い内容だし、言いたくない内容……いや、いいか。もう、死んじゃったんだしね」

 

 ちょっと長くなるんだけどいいかな?と、照は話を切り出していく。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 私には二個下の妹がいた。

 そしてその妹――――宮永咲とは、とても仲のいい姉妹だった。

 

 が、中学生の時にその姉妹仲は崩壊を迎える。

 

 宮永家で行われていた家族麻雀。

 仲良く楽しく行われていた家族麻雀。だがある時を境に、それは賭けが含まれた麻雀へと変わっていく。

 

 咲はそこから、プラマイ0の麻雀をするようになってしまう。勝って誰かを傷つけたくないし、負けて自分が傷つきたくない。そんな気持ちと、咲の麻雀の技術が相当優れた事とが上手く混ざり合い、それを可能としていた。

 しかし、それを私は快くは感じなかった。咲は本気を出せば勝てるのに、自分は舐められている――――そう捉えてしまったのだ。

 

 私は咲に強く当たってしまう。そしてある時、私は言ってはいけない事を言ってしまったのだ。

 

「これだけ言っても手加減を止めない咲は大嫌い」

「……もう、私の妹なんかじゃない」

 

 

 

 確かに苛々はしていた。けど、ここまで言うつもりじゃなかったのに、と私は思う。

 すぐにでも謝ろうとした。だけど、私は中々それを行動に移せない。

 

 そしてそのまま亀裂は治る事が無かった。

 

 家族麻雀が原因で母と父の仲も険悪なものへとなり、別居。私も謝らなきゃいけない、そうわかっているはずなのにあの空気がもう嫌だ、と逃げるように母についていき長野から東京へ向かう事となる。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「そしてあの時、決勝に上がってきた咲に会おうか、そして謝ろうか、そんな事をずっと考えながら歩いていた」

「……え、テルの妹あそこにいたの?しかも、決勝?」

「清澄の大将に宮永咲っていたでしょ、あれがそう」

「……他校のオーダーとかまるで興味なかったし」

「…………そう」

 

 長い、そして誰にも話した事の無い家庭の事情を照は淡へと話し終えた。

 話を聞いていて色々と感じるところはあるが、とりあえず淡は一つだけ照へと言いたい事があった。

 

 

 

「テルってさ、凄い不器用なんだね」

「……自覚はしている」

「謝ろうとして数年も謝れず、挙句の果てに東京に逃げるなんてさー」

 

 だけどそんな事を色々と今更振り返ったところで、もうどうしようもならない。

 彼女達は、もう死んでいるのだから。

 

 

 

「咲に、謝りたかったな……」

 

 

 

 無言の空気が、その場を長い事支配する。

 だがその空気をぶち壊す少女が一人、寝ていた芝から立ち上がる。淡だ。

 

 

 

「……あー、今更言ったところでどうしようも無い事なんだけど。凄く叫びたい事が私もあるかな」

「?」

 

 そんな淡の言っている事が照には理解できず疑問の表情を浮かべてしまうが、すぐに理解する事となる。

 

 

 

 

 

「うああああああああああああ!!!!」

「くーやーしーいー!!!!!!」

「決勝で高鴨穏乃、いや全員ぶっ倒すつもりだったのに、」

「死んで負け逃げしたみたいじゃないかああああああああああああああ!!!!!!!」

「あああああああああああ!!!!!」

 

 照は照で後悔している部分があったのだが、淡も淡で相当なものを溜め込んでいた。

 決勝でのリベンジ。それが出来ずに、死んでしまったのだから。

 

「はぁ……はぁ……」

「相当悔しかったんだね、淡は」

「そりゃあ勿論!あんな屈辱、今まで受けた事無かったから!」

「淡が悔しいと思う事がそもそも、私との麻雀以外じゃ初めてなんじゃない?」

「……確かに」

 

 そしてまた一息はぁ、とついてから淡は口にする。

 

 

 

「麻雀……打ちたいな」

「天使相手に対局って感じ?」

「まあ、誰が相手だろうともう負けないけどね!」

「淡ならその内調子に乗りすぎて地獄に落ちそう」

「やめてよテル……そういう事言うの」

 

 そんなこんなで、お互い溜めている者を吐き出して楽になったのか、先程よりも笑顔を見せる。

 そしてお互い、くだらない話やらで笑い合う。ほのぼのとした時間だ。

 

 

 

 その時だ。

 照が、異変に気づいた。何故、今までこんな事に気がつかなかったというくらいの異変にだ。

 

「ねえ、淡」

「んー?」

「よくわからないけど、少し顔が幼いよね。あと、背も若干低い」

「……え?」

 

 そう指摘されて、淡は自分の髪やら顔やらを手でペタペタと触る。

 だが触ったところで自分の変化には気づきにくいものだし、容姿に関しては鏡でもない限りわからないだろう。故に、自分の姿に関して自覚する事は出来ない。

 

 しかし、照の指摘を受けて淡は別の観点から気づいた事があった。

 

「そういえば、テルも同じく幼い感じで、背も低い気がする」

「……本当に?」

「うん、間違いないよ」

 

 同じ事に関して、照にも言えたのだ。

 自覚は出来ずとも、テルに対しての変化ならその指摘のおかげで感じる事が出来た、と淡は思った。

 

 

 

 どういう事?と両者の頭の中で同じ疑問が渦巻くが、答えは出ない。

 それは普通ではない、明らかなオカルトな事なのだから。

 

 

 

「何だか、日も暮れてきちゃったなあ……天国でも時間とかの概念はあるのかな?」

 

 先程まで青空が広がっていたが、徐々に空も夜に向けて色を変えてきた。

 不思議なものだなぁ、と淡が空を眺めていた時、横にいた照は。

 

 

 

 ――――空の変化なんてどうでもいいと言わんばかりに、もっと驚愕の表情を浮かべていた。

 

「え、ちょっとテル?」

 

 普段ポーカーフェイスでほぼ表情を崩す事が無い照の変化を見て、淡もそれにつられるかのように驚いてしまう。

 そして、淡は照の視線の先に映るものを見て、同じく驚愕してしまう。それと同時に照が口を開く。

 

 

 

「お……父さん?」

「……え?」

 

 まず、人がいた事。それに対し淡は相当驚いていたが照の発言を聞いてその驚きは相乗される。

 今、お父さんと確かに口にした。それは、おかしい。何故なら、先程の話によれば父は長野、照は東京にいる。

 いや、そもそもの前提として人がいる事もおかしい。というより、何かもう全てがおかしい。

 

 

 

(……いったい、どうなってるの?)

 

 疑問という疑問が絶えず、どこからその疑問を解消していけばいいのかわからないまま淡は混乱していく。

 そしてそんな中、照がお父さんと口にした人物――――が、ようやく口を開く。

 

 

 

「……ったく、こんな所にいたのか。相変わらず照は、悩み事があると人気のいないこの場所に来るんだなあ」

「え?ああ、うん……」

「何を悩んでるのかは知らんが、時間は有効に使えよ?お前も中学三年生、進路を考えなきゃいけない時期だからな」

「うん、そうだね……って、え?」

 

 今照の父が二人からすると驚愕の発言をした。淡も口には出さなかったが、驚いたというレベルを超えた顔を照に向け、視線を合わせる。

 そんな様子に気づかなかったのか、照の父は話を続けていく。

 

「ところでそっちの子は?照の友達か?」

「あ、いや……後輩かな」

「大星淡って言います!」

「お、元気な子だな。……じゃあ、そろそろ家に帰るぞ?大星さんも、帰り道は気をつけろよ。何なら、家まで送っていこうか?」

「え?えっと……」

 

 淡はまずい、と感じた。

 疑問が解消されないまま、また新たな疑問が浮上し、そしてその流れのままお開きといった形になろうとしている。それだけは阻止せねば、と。

 

 だが、いい方法が見つからない。どうしよう、どうしようと淡は頭を働かせるが――――

 

 その時、照が口を開いた。

 

「ねえ、お父さん。今日、淡を家に泊めていい?」

「ん?」

「大丈夫、使うのは私の部屋だけ。うるさくはしないし、家に迷惑かけないから」

「まあ、構わないが……大星さんの家は大丈夫なのか?」

「え、私ですか?全然問題ないですって!」

 

 宮永照、麻雀以外で過去最高とも言える機転を利かせる。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「正直私のあれは物凄くファインプレーだったと思う」

「うん、確かにあれは助かった」

「もっと褒めてもいいよー」

(うわ、テル面倒くさ……)

 

 場所は宮永家。照の部屋に、部屋主である照と淡の二人がいる状況だ。

 

「とにかく、今わかっている事をまとめてみようか」

 

 

 

 ここは日本の長野。

 そして照は中学三年生、淡は中学一年生。まだ、照が東京にいない頃だ。

 

「……って、もう既におかしいから!」

「うん、おかしい。でも、受け入れないと話が進まないからとりあえず受け入れて」

 

 そう、これを事実とするならば過去に戻っているという事になる。

 ただ、元通りの過去ではない。

 

「私、中学の時に長野にいたって事は無いんだけど……」

「じゃあ、家とか長野に無いって事なの?」

「いや、これを見て欲しいんだ」

 

 そう言って淡が服のポケットから取り出したのは一つの携帯電話。

 

「これ、さっきある事に気がついたんだ。中学の時に使ってたガラケー……って今はそんな事はどうでもいいか」

「携帯電話がどうかしたの?」

「携帯電話ってほら、アドレスとかと一緒に個人情報として住所とかも登録したりする人もいるじゃん?私、意外とそういう所マメだったからさ」

「いや、携帯私持って無いから……アドレスって何?」

「……あー、うん。まあ、住所登録もしてあるんだよね。それを見て欲しいんだけど」

 

 そして淡が個人情報の欄を照にも見えるように開く。

 ――――長野県、某所。そこに、淡の家があるという事が書いてあるのだ。

 

「……確信ではないけど、多分ここに私の家があるのかも。長野県なんて住んでいた事も無いし、色々とおかしいんだけど……」

 

 だけど、書いてあるからにはこれが正しいという可能性が高いと淡は判断する。

 

 

 

「……ねえ、テル」

「ん?」

「これから、どうする?」

 

 淡は照に対し、質問を投げかける。

 

「この不可思議な現象、もう受け入れるとしよう。テルは中三、私は中一。……テルは、白糸台に行くの?」

「……」

「いや、確かに白糸台も楽しいけどさー。私はむしろ奈良の阿知賀に行ったりとかさ?ほら、そこに行って高鴨穏乃を百回は倒さないと気がすまなかったり?」

「私、は」

 

 少し沈んだ声質で一言。間を空けてから、再び照は発言する。

 

「清澄に行こうかな、なんて考えてる」

「……えっ?清澄って、その照の妹のいた高校だよね?」

「……やっぱり、咲と仲直りしたい。清澄に行ってどうなるかわからないけど……もしかしたら、咲は清澄に入ってこなくなるかもしれないけど……それでも、」

 

 照は高校生活を麻雀はともかくとして、私生活では後悔の残る生活だった。

 それを、やり直すチャンスが来たのだ。動いた結果どうなるかはわからないが、照は逃げる事ではなく、勇気の行動をする事を決意した。

 

 

 

(……はぁ、本当に不器用なんだな、テルって)

 

 本当に麻雀以外では世話のやける先輩だな、と淡は思った。

 だけど、尊敬している先輩。そしてその先輩の為に何か出来る事はないか、と考えた結果。

 

 

 

「よーし、私も清澄に行くっ!」

「え?」

 

 淡の口からは清澄に進学するとの宣言。

 

「何かテル見てたらほっとけなくてさー。いやあ、困った先輩だー。私が妹との仲直りの仲介役もしてあげるって!」

「別に、私のためなんかに無理して清澄に来る必要も」

「だあああっ、勿論テルの為でもあるんだけど、うん、これは……」

 

 そして淡は一息つき、

 

「私の為でもあるんだから!やっぱ、テルと麻雀打ちたいし!」

「あれ?さっき、阿知賀がどうこうって……」

「やっぱ同じチームじゃだめなの!敵になって、インターハイとかで百回はぶっ倒す!」

「インターハイは百回も無いと思うけど……」

 

 そんな後輩の馬鹿っぷりがにじみ出た発言に思わず照も苦笑する。

 淡は照の表情を見てムッとして、

 

「何笑ってるのさ!?」

「いや、本当におかしくて……淡」

「んー?」

「ありがとう。先に清澄に行って、待ってるから」

「……うんっ!待ってて!」

 

 

 

 ここに照と淡、二人の将来の目先の目標が出来た。

 お互いに清澄に行く事。それが、今までの世界とどう変化していくのか――――

 

 

 

「そういえばテル、清澄って強いのかな?決勝に上がってきたって事はそれなりに強いんだろうけど」

「私が見たオーダーでは三年が一人、二年が一人、一年が三人だったかな。初出場って事は、かなり層が薄いか、あるいは部員が他にいないのかも」

「え?そんなしょぼいんだ……じゃあ、私が入学するまで団体優勝はお預けだねー」

 

 

 

 そんな話をしながら、二人は笑い合う。

 ここから、二人の世界は再スタートする――――




プロローグなのに、今まで自分が書いてきた小説の話の一話の長さとして一番長いのではないだろうか……?

作者自身の麻雀の腕としては、ネトマのレート1600~1750程度をウロウロしているニワカです。

感想等は随時募集しています。


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2,新入部員

正直、この流れを予想していた人はあまりいなかったのでは……?という感じの流れ。

確かに、原作魔改造と言われても過言ではない……かも。一応、原作沿いですが。


 照と淡、二人が過去に戻るという超不思議現象が起きてから一年が経過する。

 

 照は高校一年生、自身の希望通り清澄高校に入学していた。母だけが、東京に向かった形になった。

 そして、当然の如く照は麻雀部に入部する。

 

 だが、しかし。

 

 

 

(いくらなんでも、部員が他にいないというのは予想外だった)

 

 照以外の部員が誰一人いないのだ。

 そしてそれは、おかしい事。いや、この麻雀が栄えてるご時勢で部員が誰一人いないというのもおかしいが、それとは違ったベクトルの意味でおかしな事が起きている。

 

(私の記憶が正しければ、三年生……今の私と同じ世代の選手が清澄にいたはず。名前は……何だっけ、覚えてないけど)

 

 そう、本来いたはずの清澄の部員すらいないのだ。

 

(やっぱりそのままの過去ではないな……うーん、こればかりは全く先が読めない。でも、別にそれで麻雀が打てなくなるわけじゃないし)

 

 部室に人がいなくても、他で麻雀を打てる所はいくらでもある。

 だけど、それとは別に照は思う事があった。

 

(……一人は、寂しい)

 

 

 

 この年、照は高校生の全国大会個人戦でチャンピオンとなる。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 照は私生活で以前と一つ大きく変えた事がある。

 連絡手段を持つ事。そう、つまりは携帯電話を所持するようになったのだ。

 

(ふふ、私でも電話とメールの仕方は覚えた……本当に、携帯電話って便利)

 

 ちなみにその他の機能は全く使いこなせていないわけだが。

 そして所持する事となった大きな理由としては、やはり。

 

 

 

(あ、電話。……淡からだ)

 

 同じく過去に戻ってきている淡との連絡を取るため、というのがある。

 現在は同じ高校にも通っているわけでもなく、中々会う機会というのも限られてくるためこうして会わずとも話が出来る手段を用いているのだ。

 

 ちなみに、携帯電話を持つように提案したのは淡の方からである。

 

 

 

「あ、テルー!この前の全国見てたよ!おめでとー!」

「うん、ありがとう」

「あ、でもテルなら当然って感じかな?」

「別に当然って事でも無いと思う。全国の上の方には、強い人もいたし」

(どう見ても圧勝だったんだけどなぁ……)

 

 全国決勝でも、結構な点差をつけて照は勝利している。

 それなのに謙遜的?な発言をする照に、淡は疑問を抱いてしまった。

 

「それにしても」

「うん?」

「団体に出れないのは勿体無いねー、しかも他に部員がいないって最初聞いた時には冗談かと思ったよ」

「うん、でも事実」

 

 清澄に他に部員がいないという事実は照だけではなく、当然淡にも衝撃を与えた。

 

「実は私が個人戦優勝した後に入部したいって人が殺到したんだけどね、私が対局したらみんな帰っちゃった」

「……」

 

 まあそうだろうな、と淡は察する。

 普通の打ち手が魔物、いや魔王級の実力を持つ照に麻雀をしたら、それはトラウマになってもおかしくは無い。いや、むしろトラウマになるのが普通か。

 

「用はそれだけ?」

「うん、おめでとうって言いたかっただけかなー。また今度、何かあったら連絡するね!テルも何かあったら連絡してね!」

「わかった」

 

 そして短い通話は終了し、携帯からはツー、ツーと無機質な音が流れる。

 

 

 

(……そういえば、ずっと淡と麻雀打ってないなあ)

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 場所は変わって、淡の家。勿論、長野県だ。

 

「……はー、結局どこの高校に行こうともテルはテルなんだなぁ」

 

 通話を終えた淡は誰に話すでもなく、独り言を呟く。

 環境が白糸台で無かろうと、結局は全国のトップに照はなったのだ。強さに、ブレは無い。

 

(テル……私の目標であり、超えなければならない存在)

 

 完全無欠の強さを誇る照であり、そしてそれは淡の憧れでもあり目標。

 だが、それはただの憧れではない。いずれ超えようとしている、超えなければならない壁。淡は、そう心に決めている。

 

(あの時、)

 

 インターハイ団体戦準決勝大将戦。

 今まで淡は照以外には負ける事は無いだろう、そう確信していた。だが、負けた。

 

(まあ、本当にたまたま色々と巡り合わせが悪くてあんな結果になった。うん、たまたま)

 

 淡の性格上、その敗北を素直に受け入れようとはしていない。

 しかし、心情は明らかに変化していた。

 

(……だけど、あんなたまたまが起きるって事は私の実力が足りてなかった。つまり――――そのたまたまが起きる可能性すら皆無になるくらい私が強くならなければならない)

 

 受け入れこそしていないものの、敗北は淡をいい方向へと変化させている。

 淡は本当にその改善の方向性が正解しているとは限らないが……自分を変えようとしていた。そして、今日も――――

 

 

 

「……ネトマでも打つかぁ」

 

 

 

 元気にネトマを打つ。

 全ては、最強になるための積み重ね。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 月日は流れ、更に一年が経過しようとしていた。

 つまり照が高校二年生、淡が中学三年生だ。

 

 そして、清澄高校麻雀部。ここでは照に憧れ入部希望をしようとする生徒が数多く存在していた。

 

 

 

「ツモ、500オール」

「ロン、2000の一本場は2300」

「ツモ、2000オールの二本場は2200オール」

「ロン、7700の三本場は8600」

 

 新入生歓迎会として、照は数多くの一年生と対局する。そして、その対局した生徒は皆逃げるように辞めていく。

 

「すいません、用事を思い出して……」

「もう麻雀なんて嫌だあああぁぁ!!」

 

 照は麻雀では手を抜けないタイプなのだ。

 その全力の照と対局した生徒のほぼ全てが、麻雀を嫌になったりトラウマになったり、とにかく恐怖したり。

 

 そんなこんなで、入部希望者はいつの間にか少数になってしまっている。

 そしてこの少数がいずれ0になってしまうのも、時間の問題だろう。

 

 

 

(はぁ、今年も駄目なのかな)

 

 最初たくさんの入部希望者を見たときはポーカーフェイスを崩さないまま心の中では歓喜していたのだが、結果としてこれだ。

 照は表情を変えないまま、心の中で落ち込んでいく。

 

 

 

 ――――だが、照はある新入生の顔を見て衝撃を受ける。

 

 

 

(あれ?この子、確か……何で、ここに?)

 

 その新入生は、照との対局の時間になった途端かなりの笑顔でこう発言した。

 

「チャンピオンである宮永照さんと早速歓迎会で打てるなんてすばらです!では早速、他の方々もお願いします」

 

 特徴的な口癖、二度も照と全国で対局しながらも心が折れないどころかずっと立ち向かってきた少女。

 新道寺の先鋒――――花田煌。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「はぁー……」

 

 煌は照との対局後、いじけて部室の隅にいた。

 その理由としては当然、実力差がありすぎたからだ。

 

 当然煌も勝てるだなんて微塵も思っていなかった。が、対局の中でチャンピオンを驚かせる位の何かをしたい、と思って打っていた。

 

 

 

「ここまでとは……本当に、チャンピオンの実力はすばらですね……」

 

 だが、何も出来なかった。煌は自分の力の無さを痛感させられる。

 

「えっと……」

「うわぁっ!?チャンピオン!?あ、あれ?他の新入生の皆さんは?」

「皆帰っちゃった。えっと、名前……何だっけ」

「あ、花田煌と言います。……帰っちゃったとは?」

 

 煌が隅っこでいじけている間に、あれだけいた入部希望者の新入生が誰一人いなくなってしまったのだ。煌を除いて、だが。

 

「うん、皆入りたくないって。きっと、麻雀が怖くなっちゃったんだろうね」

「麻雀が、怖く……」

 

 その台詞を聞いて、煌もわからなくは無い、と感じてしまった。

 あれだけの圧倒的実力。それに直に触れてしまったら、人によっては自信を失うというレベルでは済まされないという事をだ。

 

「えっと、花田さんは……」

「え?あ、煌でいいですよ!」

「……煌は、麻雀が怖くなったりした?もしそうだったら、私のせい。ごめんなさい」

 

 そう謝りながら、照は煌に対して深々と頭を下げた。

 

「ちょ……ちょっと、チャンピオン!頭を上げてくださいよ!」

「チャンピオンじゃなくて、私の事も照でいい」

「……照先輩っ!」

 

 大きな声を出しながら、煌は照に視線をしっかりと合わせる。

 

 勿論煌も、あの麻雀で恐怖を感じた事は否定は出来ない。

 だがそれ以上に感じている事がある。恐怖というマイナスの部分を圧倒的に越える、プラスの部分。

 

「全く持って、すばらですっ!」

「……え?」

「前々から照先輩の麻雀の強さには惚れ込んでいましたが、今日更にその気持ちが深まりました!いやあ、本当にすばら!」

 

 そして一息置き、煌は続けて言う。

 

「……実は私、本来なら九州にいるはずだったんですよ。親の仕事の都合で」

(九州……つまり、その本来というのは新道寺にいるはずだったという事なのかな)

 

 前は煌は確かに新道寺にいた、と照は改めて思い返す。

 だが今ここにいるという事は何かしらの出来事によって、九州に行かなかったという事になる。

 

「だけど私はこうして長野にいる。……親に無理言っちゃったんです、清澄に行きたいって」

「え?」

「去年の全国大会個人戦、見てました。そして私は……このチャンピオン、つまり照先輩のいる高校で麻雀がしたい、そう思ったんです」

 

 煌はテレビで全国大会で戦う照の姿を見て、憧れた。

 地元にいるこの人と一緒に麻雀がしたい、そう強く心に感じた。

 

「それを聞いた親は、一人暮らしを承諾してくれました。本当にすばらな両親です」

「……」

「あー、えっと、結局何を結論として言いたいかというとですね」

 

 煌は大きくスーハーと深呼吸をし、一息ついた後に大きな声で発言する。

 

「清澄高校一年、花田煌!この麻雀部に入部希望です!」

「えっと……その……」

 

 照は煌の勢いに押されたかのようにおろおろしてしまうが、そこはいくら照であろうと先輩。

 再度しっかりと煌に視線を向け、真剣な表情をして話す。

 

「私しかいない部だけど……本当にいいの?」

「問題などありません!むしろ照先輩と打てる時間がたくさん確保できる!すばらっ!」

「……私と麻雀すると、麻雀が嫌いになっちゃうかもしれないよ?手加減できないし……」

「心配いりません!遠慮なく飛ばしまくって構いません!私はめげない事だけが取り柄なんで!」

「……そっか」

 

 そんな煌の強い意志を受け止め、照はほんのわずかではあるが笑顔を見せる。

 

「ありがとう、煌」

「え?」

「ううん、何でもない。……ようこそ、麻雀部へ。これから、よろしくね」

「……はいっ!」

 

 

 

 ここに照に続いて二人目の部員、誕生する。

 

 

 

「……あ、そうだ」

「どうしました?」

 

 何かを思い出したかのように、照が発言する。

 

「さっき、煌はめげない事だけが取り柄って言ってたけど。それだけじゃないと思うよ?」

「……ありがとうございます?」

 

 何のことだか検討がつかない煌は疑問に思いながら感謝の言葉を述べる。

 ――――一方の発言した照の方はというと。

 

 

 

(今回の新入生で南場まで到達したのは煌の卓だけ。しかも、煌は飛ばなかった。照魔鏡で見ても、能力じゃなかったけど……この粘り強さは武器になる)

 

 頭の中で、煌を評価していた。

 

(白糸台の時は尭深も誠子も、そして淡も初めて私と打った時は飛んでいる。尭深と誠子は東場、淡は南場だったかな……記憶が微妙だけども)

 

 将来的に白糸台一軍になるメンバーですら、最初に打った時は散々な結果だ。

 だが、煌はそれらの面子よりも一歩上の段階まで粘る事には成功している。

 

 

 

(もしかしたら、かなりの伸びしろがあるかな)

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「へー、新道寺のね」

「うん、私もかなりびっくりした」

 

 現在、時刻は夜。

 照は家に帰ってから今日の出来事を淡に報告という形で、電話をしているのだ。

 

「何はともあれ、部員が増えてよかったじゃん!」

「うん、私も嬉しかった。しかも話によると煌の後輩が清澄に入りたいって。だから、これで部員がもう一人増える事も確定かな」

「って事は、私も入れば残り一人で団体戦に出れるね!」

「そうだね、あと一人。本当なら煌の後輩は二人いて、どっちとも清澄に入りたかったらしいけど……一人は、元々いた奈良に親の仕事の都合で今年いっぱいで帰ることになるって」

「ふーん」

 

 興味無さそうに淡は反応する。

 

 それとは別に、照も淡も残り一人、宛が。いや、それはただの願望かもしれない。

 だが、思い当たる節がある。照の妹、宮永咲だ。

 

 今回の煌が入部してくるという想定外があるように、やはり咲が清澄に入学してこない、あるいは入学しても部には入らないという可能性も十分にありえる。

 

 

 

「……来年入るといいね、テルの妹」

「うん」

 

 それから、しばらくの間お互い無言になる。

 ――――だが、その無言の空気をぶち壊す出来事が、突如として起こる。

 

 

 

「『淡、アンタいつまで電話してんの!?清澄行きたい行きたい言うのは勝手だけど、今のままじゃ到底無理』だああぁぁっ!わかってるって!勉強するから!」

「……?」

 

 いきなり電話越しに聞こえてきた怒鳴り声。それを聞いた照は困惑してしまう。

 少しの間が空いた後、再び淡から声が聞こえてきた。

 

「もしもし!?テル?」

「……今の声、淡のお母さん?」

「うん、そうだけど……テル、一つ聞いていい?」

 

 淡から照に対して一つの質問。それは淡が電話をしていて、最初からずっと抱いていた疑問。

 それをようやく、照に聞く。

 

 

 

「何でわざわざ家電にかけたのさ!?私の携帯にかければ部屋から電話出来たのに、居間で電話してるから家族に変な目で見られてるんだけど!?」

「気分」

「ああ……うん」

 

 テルの気分なら仕方ないか、そう理解してしまう自分が恐ろしいと感じた淡であった。

 

「逆に質問してもいい?」

 

 今度は照から淡に対し、質問を投げかける。

 最も、これは最初から抱いていた疑問というわけではなく、むしろ淡のお母さんの怒鳴り声から感じ取った疑問だ。

 

「淡、清澄の受験は大丈夫なの?」

「……私の中学三百年生の知識を持ってすれば余裕だって!」

「……大丈夫なの?」

「ちょっと……やばいかも」

 

 とりあえず補足すると、清澄は特別頭がいい高校というわけでは無い。かといって悪いわけでもないが。いわゆる、中堅高と呼ばれる所だ。

 そしてそれに対しやばいと発言する淡。照は、その事実から一つ察してしまう。

 

 

 

「淡ってそんなに勉強できなかったんだ」

「だって!あんなに面白くないものなんでわざわざやらなきゃいけないのさ!?」

「……淡」

「……はい?」

「ちゃんと勉強はしようね?」

「え?ちょっ」

 

 それだけ言って、照は一方的に電話を切った。

 

 

 

「……これは、やばいかもしれない」

 

 もしかしたら咲が清澄の麻雀部に入るよりも淡が清澄の麻雀部に入る可能性の方が低いのではないか。

 そんな事を、照は感じてしまった。




今回のまとめ

照は寂しがりや
淡強化フラグ
すばらっ!
淡はアホの子

久とまこはどこへ?って思う人もいるかもしれません。
それは、後々……

そして煌の後輩のうち一人が入る。……もう、ある程度予想できている人はできているのでは。
清澄の部員は6人(女子5人+京太郎)の予定です。ここまで書けば、もうわかるかな?

感想等は随時募集しています。


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3,休日の過ごし方

改造要素、今回もたっぷりと。

今回出てくる場所……Roof-topは雀荘から喫茶店になったって設定(アニメ版)らしいので、そっちを採用してます。
ただ自分はアニメは阿知賀しか見てないので、違和感があったら……そこは申し訳ない。


 清澄の新入生、煌が入部して新星清澄高校麻雀部がスタートしてから数ヶ月がたった休日のある日。

 

 時刻は午前、場所は淡家。

 

 

 

「チョコおいしい。あ、そこの計算間違ってる」

「うわああぁっ!数学なんて嫌いだあああっ!!」

 

 そこには教材と格闘しながら心が折れそうになっている淡と、それを見ている照の姿があった。

 

「ってか、さっきからどんだけお菓子ばっか食ってるのさ!?」

「おいしくて止まらないからしょうがない。それに、ちゃんと勉強は教えているから問題は無い」

 

 横でずっとチョコ菓子をばりばりと食べている照に対し思わず淡は突っ込みを入れてしまう。

 

 今回照がこうして淡の家に訪れている理由としては。何としても清澄に来てもらうため、勉強を教えている。

 だが、それはあくまで理由の一つであり他にも理由がある。

 

「ほら、午前しっかり勉強したら麻雀打てるんだから頑張れ」

「うう……わかってるって!それに言われなくても頑張ってるし!」

 

 受験勉強の疲れが溜まってるだろうと思った照は息抜きとして淡に麻雀を打たないか、と提案を持ちかけたのだ。勿論、照が久々に淡と打ちたかったというのも理由の一つだが。

 最も淡の私生活では麻雀で息抜きだらけであるのだが、それは照の知らない話。

 

「そういえば、過去に戻ってから淡とは一度も麻雀打ってなかったよね。どう、強くなった?」

「んー……どうだろ」

「?」

 

 照は少し疑問を抱く。

 てっきり、淡の事だから当然でしょ!とか、今ならテルにも負ける気がしないね!とか、大口を叩くとばかり思ってたからだ。

 

 けれども、淡の口からは自信なさげな返答。

 

 

 

(……ま、淡が強くなったかどうかは後で打てばわかるか)

 

 実力は語らずともこの後対局すればわかるからいいかな、と照は考えてそれ以上は特には言及しなかった。

 

 

 

「あ、またそこの計算間違ってるよ。板チョコおいしい」

「くそっ、この私の中学三百年生の頭脳を持ってしても……!数学って手ごわい」

「とりあえず突っ込ませてもらうと、それ中学三百年生どころか中学二年生の復習だからね?あ、このアーモンドチョコもおいしい」

「こっちもとりあえず突っ込ませてもらうけど、それ私の勉強の時に食べるためのお菓子だからね!?」

 

 

 

 淡、勉強&照に悪戦苦闘中。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 時間は過ぎ、勉強を終えた淡とそれを見ていた照の両者はとりあえずどっか適当に飯でも食べようかと場所を探している。

 

「それにしてもさー」

「ん?」

「長野って東京に比べて店とか少ないよね、全く無いわけじゃないけど。東京だったらすぐに見つかるのに、長野だったら少し歩かないと見当たらなかったりするじゃん?」

「人口が桁違いだししょうがない。でも、長野だっていい店はいっぱいある」

「確かに!東京だと見かけないものが、意外と長野で見つかったりするんだよねー。逆も然りだけどさ」

 

 東京と長野の比較といった、他愛も無い話で盛り上がる両者。

 そんな会話を進めていくうちに、視界に入ってきた店が一つ。

 

「お、いい所に喫茶店があるじゃん!せっかくだし、ここでゆっくりしてからどこで打つか考えよ?」

「そうだね」

 

 こうして、たまたま目に入った喫茶店――――Roof-top、元は雀荘だったこの店に二人は入っていく。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませー」

 

 照と淡、両者が店に入ってから早速聞こえてくるのは、どこか気の抜けた声だが特別客を不快にさせるわけでもない声。

 

「二名様でよろしかったでしょうか?」

「あ、後から一人追加って事も出来ます?」

「え、誰か来るの?」

 

 てっきり二人のままかな、と思っていた淡は照に対し尋ねる。

 

「うん、せっかくだし煌も呼ぼうかなって」

「なるほど、そういう事ねー。そういえば私、その煌って人に会ったこと無いなあ」

「じゃあ、顔合わせって事でちょうどいいね。あと私は別にいいけど、煌にはちゃんと先輩なんだから敬語を使ってね」

「はいはい、わかりましたよーっと」

 

 この喫茶店に煌も呼び三人で合流しようと照は考えていたのだ。

 その方が麻雀を打つ面子も増えるし、せっかくだし淡に会わせてもいいかなと色々と理由はあるわけだが。

 

「じゃあ、三名様のご席にご案内しますねー」

 

 店員が席に案内しようとしたその時、淡はある事に気がついた。

 本来なら喫茶店にあるはずが無い物、それが置かれていて目に入ってきたのだ。

 

 

 

「……ここって麻雀できるの?」

 

 そう、麻雀卓が置いてあったのだ。

 置いてあるだけではなく実際に、打っている客もちらほらと見られる。

 

「出来ますよー、食事をしながらでも可能ですし、人数不足なら私などの店員に言ってくれれば人数合わせも出来ますよ」

「便利だね、ここ!食事しながら麻雀打てるって!」

「あ、ありがとうございますー」

 

 淡のテンションの上がりっぷりに、思わず店員も一歩引いてしまう。

 だが、店の事を素直に褒められているので店員も嬉しいのか笑顔になった。

 

「テンション上がるのはわかるけど、煌が来るまでは待とうね」

「ちぇー、わかったよ」

「じゃあ、三名様のご席でとりあえずはご案内しますね。麻雀が打ちたくなったら、店員の誰かにお申し付けください」

 

 

 

 そういって店員は照と淡の二人を席に案内する。

 だがそれとは別に、店員の頭の中では考えている事があった。

 

 

 

(……あの二人、どっかで見たことがある気がするんじゃけどなあ。特に赤髪の方は、絶対に見たことがある気がしようるが)

 

 何じゃったかのぉ、とその店員は自分の記憶を掘り返すが思い浮かばなかった。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「あと十分くらいで煌来れるって」

「……随分と早いね?」

「自転車飛ばしてくるってメールに書いてあった」

 

 照が煌に連絡を取り、二人が予想していたよりも早くこちらに来れるという事がわかった。

 

「まだご飯食べてないって書いてたから、適当に飲み物だけ頼んで待ってよう」

「そうだねー、あー、私頭使いすぎたから甘い飲み物頼もうっと!」

 

 こうして二人は煌の到着を飲み物だけ頼んで待つ。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませー、って何だ、久か」

「……客に対してその対応は店員としてどうなの?まこ」

 

 照と淡が店に入ってから数分後、別の客。竹井久が入店してきた。

 店員、染谷まことは顔馴染みなのか。立場関係なく顔を合わせるや否やフレンドリーな口調で話す。

 

「今日は何しに来よったの?打ちに?」

「いやー、何も考えずにとりあえずって所かしらね。とりあえずご飯食べて、気分が乗ったらーって所かな」

 

 久は目的も無しに、いや、食事をするという喫茶店を訪れた際に行う本来の目的は一応あるのだが。麻雀を打つかどうかは別に気分の問題らしい。

 

 そんな久に、まこは一つ聞きたい事があった。

 

「なあ、あそこの客……」

「ん?お客さんがどうかした……!?」

 

 先程のまこが見た事があるであろう客、照と淡の方を指差して久に聞こうとする。

 だが、質問の内容を言う前に久は表情を変える。嘘でしょ!?と言わんばかりの驚いた顔に、だ。

 

 

 

「あの赤髪の方のお客さんって……もしかして、宮永照!?」

「……ああ!そうじゃ!私服じゃったからすぐに思い浮かばなかったけど、そうか、宮永照か」

 

 ようやくまこも誰なのかを思い出し、理解する。

 普段照が雑誌等に写っている時は基本制服なのだ。だから、理解が遅れたというのがある。

 

「……よく見たらあの金髪の子も見た事があるわね」

「やっぱりそうか?何じゃったかのう、思いだせん……」

 

 だが淡の方はすぐには思い出せなかった。

 両者とも、どこかで見た事はある、という共通認識はあるのだが。

 

 

 

 そんな考え事を両者がしていたら、カラン、と店のドアが開く音が店内に響いた。

 

「いらっしゃいませー、ほら久、営業の邪魔じゃ。注文なら後で聞くから適当に座っちょれ」

「はいはい、相変わらず客使いの荒い店ねー」

 

 そう言って久は離れた所にあった適当な開いた席に歩いていった。

 

「えっと……大丈夫ですか?」

「あ、申し訳ございません!お一人様でしょうか?」

「いや……二人が先に三人席取ってる場所ってありませんか?」

 

 一人で訪れたこの客はお一人様ではなく、既に三人席を取っているはずの場所が無いか尋ねてきた。

 そして店員であるまこは、現在そのような席は一つしかないのですぐに思い浮かぶ。

 

「了解です、こちらへどうぞー」

「ありがとうございます」

 

 そしてその客を案内するまこ。

 案内しながら、一つ考え事をしていた。

 

 

 

(……この客、チャンピオンの知り合いって事は麻雀強いんかな?)

 

 

 

 そんな事を考えているまことは別に、離れた席に勝手に座った久も一つ、考え事をしていた。

 

 

 

(正直、特に麻雀を打ちに来たって訳ではないけど……何とかチャンピオンと打つ機会、作れないものかしらね?)

 

 一人、静かに闘志を燃やす。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「こちらになりますー」

「あ、煌随分来るの早かったね。おつかれ」

 

 まこが照と淡の所の三人席に清澄高校麻雀部員である、花田煌を席に案内する。

 

「いえいえ!そこまで距離は離れてなかったので自転車使えば楽でしたよ」

「煌もお昼取ってなかったんだよね?待ってたから、一緒に食べよう」

「お気遣いすばらです!照先輩と、えっと、あなたが照先輩がいつも言ってた大星さ……ん?」

「……ん?どうしたの?」

 

 淡の姿を目に捉えた途端、何故か驚いた表情を煌が浮かべたので淡もつられて疑問に思ってしまう。

 

「いや……大星ってどこかで聞いた事がある名前だなって思っていたんですよ」

「……んー?」

 

 淡は自分でも大星という名字は珍しい、と思っているので聞いた事がある?という事に対して疑問を抱く。

 他の大星というのも滅多にいないだろうし、自分自身は煌と出会った事も無いのだから。

 

 だが、煌の次の問いでようやく名前を知っている理由がわかる。

 

 

 

「もしかしてですが……インターミドル二位の大星さん?雑誌で見かけた事があります」

「……あー、なるほど。そういう事ねー」

 

 煌が淡を知った理由を聞いて、淡自身も理解する。

 

 今年で中学三年生の淡はインターミドルに出場し、個人戦二位という結果を残した。

 一位に比べたら記事の大きさ、ページ数共に少ないものの、一応取り上げられた事は取り上げられたのだ。

 

「淡、インターミドルに出てたの?」

「んー?まあ、一応ね」

 

 過去では照は淡がインターミドルに出ていない事を知っていたし、だからこそ出場していた事に関して少し意外に感じていた。

 そして、出場だけではなく別に意外と思っている事もあった。

 

(淡が二位……咲も出ていないであろう大会で、同世代で淡を超える人もいるんだ。全国は広いね)

 

 全国二位、当然凄い事ではあるが淡が一位になっていない事を照は不思議に感じる。

 

 勿論、麻雀というのは運の要素が強い競技だ。

 だが、それとは別に生まれつき持っている能力。不思議な力というものが、この世には存在する。そして淡には、普通に打ってたら破る事は相当難しいであろう強力な能力を持っている。

 

 そんな淡を深く知っている照だからこそ、淡の結果、そして淡を超える者が同世代で存在しているという事が、照にとって意外に感じていた事だ。

 

「でも、よく雑誌なんか見てたね、えっと……煌先輩?」

 

 名前は照から聞いていたが、とりあえず初対面という事もあり淡は自信なさげに名前を尋ねる。

 

「ふふっ、花田でも煌でもどっちでもいいですよ。えっと、私の後輩がそのインターミドルに出場していたんですよ。だからその週の雑誌はしっかり買って、尚且つ記憶によく残っていたものですから」

「あれっ、もしかしてその後輩ってインターミドルチャンプの子?」

「え、何故それを!?」

「いやー、だってさ……」

 

 まさか当てられる事はないだろうと思っていただけに、煌はその指摘に思わず動揺してしまう。

 それに対し淡は当然だろ、と言わんばかりの表情で言葉を続けていく。

 

「雑誌を買うって事は載ってるかなー?って思って。で、載るためには少なくとも決勝、ベスト四には残っていなきゃいけない。で、チャンプも確か長野出身だったはずだから……何となく指摘したら、当たっちゃった感じですかねー?」

 

 長野からは別に二人だけではなく数名の出場者がいるが、煌が雑誌を購入する。という事はつまり、その後輩が雑誌に載っている可能性が高いという事になるであろうと、淡は推測した。

 そしてその考えは、見事的を射ていた。

 

「ま、次やったら絶対に負ける気はしないけどねー」

「おお!その意気込みや、とてもすばらですねぇ」

 

 もう負けない、という台詞に煌も感心の言葉を述べる。

 

 だが、それとは別に違和感を感じる者が一人いた。

 

(うーん……何か、違う)

 

 同じく近くで話を聞いていた人物、照だ。

 

(確かに、言っている事は淡っぽいけど……何だろ)

 

 台詞からは確かに、負ける事がほぼ無くて自信に満ち溢れている淡のものだ。

 だがその分負けたら誰よりも悔しがり、リベンジの心に燃えるのもまた淡だ。そしてそれは、過去に戻ってきたばかりの時、阿知賀の大将に対する悔しさを前面に出していたのを照は横から見て、聞いていたため知っている。

 

(何か……さっぱりしてる)

 

 二位、つまり負けたのにも関わらず思ったよりも悔しそうに見えない淡に、照は少し違和感を感じているのだ。

 

 

 

「そんな事よりテルー、おなかすいた!煌先輩も、すきましたよね!?」

「え?ああ、そうですね。近い距離とはいえ結構頑張って自転車をこいできたし、それに時間もちょうどいいという事もあっておなかはペコペコですね」

「……うん、そうだね。とりあえず、ご飯食べようか」

 

 何だかんだ、三人とも腹がとてもすいていて煌が来て待つべき者も特に無くなったので、淡の一言に賛成する。

 

「実はもう煌先輩が来る前に決めてたんだー、私はオムライス!」

「お、オムライス、いいですねぇ。私は……そうですね、日替わり定食かパスタかで迷っているのですが……」

(……実はずっとカツ丼かサンドイッチで悩んでいる私がいる)

「うーん、ここはじゃあパスタにしますか!照先輩は?」

「えっと……」

 

 カツ丼とサンドイッチ、甲乙つけがたくどちらにするか迷っている照。

 そこに、照の選択を決定付ける声が突如として飛んできた。

 

「ずっと思ってたんだけど、カツ丼ってどうなの?わざわざ喫茶店で食べるもの?」

「うーん、確かにわざわざ食べるかって言われたら……ちょっと違う気もしますねぇ」

「カツ丼ならチェーン店で安くて量が多くておいしい奴食べればいいもんね!で、テルは何食べるの?」

(私のカツ丼が……否定された)

「……テル?」

「え?あ、じゃあ……ミックスサンドで」

 

 その後輩二人の言葉は、メニューを決める一手となった。

 

 

 

(……テル、何で涙目?)

(照先輩、何でちょっと目に涙を浮かべているのでしょう?今のやりとりのどこかに、すばらくない事でもあったのでしょうか……?)

 

 

 

 照、心に本当にわずかな、小さなものであるが傷を負う。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「ごちそうさまっ!」

「ごちそうさまでした。すばらな味でしたね」

「ごちそうさまでした」

 

 三人とも昼食の味には満足し、食事の最後の挨拶を終える。

 

「じゃあ、これからどうしよっか?」

「どうするも何も、すぐそこに卓があるなら打つしかないっしょ!?」

「賛成ですね、ミドル二位の大星さんと打てる事にこの花田煌、とてもワクワクしております」

 

 照の促しに対し、そんなの決まっているだろうと言わんばかりに速攻で答える淡と、それに対し賛成する煌。

 だが、少しばかり問題点もあった。

 

「面子が三人だからね、誰かを入れないと」

「あー、そういえば」

「そうですねぇ……」

 

 そう、面子が足りない事だ。

 

 そしてこの面子が足りないという問題点。三者によって捉え方が、いや、正しくは一対二か。違う捉え方をしているのだ。

 

(誰か、麻雀上手い人いないかなー……)

 

 照からすると、それなりに打てる人物さえいればといった考え。照の考えるそれなりというのもかなりハードルが高いものだが、とりあえず面子が揃えばいいや程度の捉え方だ。

 

 一方の淡と煌からすれば。

 

(面子を一人集める……簡単なようで、これは結構重大な任務だ)

(照先輩を相手にする……それは、並大抵の事じゃないですからね)

(かなりの実力を持っていないと、テル相手は厳しい。私のフォローにも限界があるし、何よりフォローするの面倒臭いし、つまんなくなる)

(麻雀一局でその人の人生変えかねないですからね……主に、悪い方向で)

(多少打てる程度は論外。間違いなく)

(ちょっと麻雀やってる程度の人はまず誘えませんね……間違いなく)

((ぶっ壊れる))

 

 二人の考えはシンクロしていた。

 照相手に打つというのも、実力がないと壊れかねないのだ。という事で、一般人を同卓に誘うにしても慎重にならなければならない。

 

 

 

 そんな時だ。

 偶然、店員であるまこが三人の席の所を通り過ぎる。

 

(そういえば、人数が足りなかったら店員が入ってくれるって言ってたっけ)

 

 先程まこが言っていた事を照は思い出す。

 そして、声をかけ――――

 

 

 

「すいません、ちょっと店員さん、人数足りないんで麻雀の卓に入ってもらえませ」

「うわあああ!?ほら、テル、店員さんは仕事が忙しいだろうし!」

「え、でもさっき」

「照先輩!私達で探せば大丈夫ですよ!わざわざ店員さんの力を借りなくても!」

「うん……?わかった」

 

 まるでコントのようなやりとりに声をかけられたのかかけられなかったのかよくわからなかったまこは思わずポカンとしてしまう。

 

 だが、その中でわかった事が一つあった。

 この人達は、面子を探していると。

 

 

 

「えっと……よければ呼んできましょうか?それなりの打ち手で恐らく暇してるであろう人物、知ってますよ」

「え?あ、はい……」

 

 

 

 まさかの逆提案に、今度は三人が少し固まってしまった。

 三人から見たまこの表情は、どこかニヤリと笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「あー、妹達に絡まれて一時間来るのが遅れるってどういう事よ……」

 

 照達から少し離れた所にある席に座っていた人物、竹井久は後輩からのメールに思わず愚痴をこぼしていた。

 

(何だかこれじゃ私が一人で来た可哀想な高校生みたいじゃない)

 

 社会人ならともかく、休日の昼の喫茶店にわざわざ一人で訪れる高校生の女子というのも中々いないだろう。

 そんな視線を気にしてか、若干気落ちする久。

 

 

 

「で、何しに来たのよ、まこ。さっさと仕事に戻りなさいよ」

「いやいや、ぼっちの久にええ話を持ってきたんじゃけど」

「ぼっちじゃないっての。……いい話?」

 

 馬鹿にしに来ただけならすぐにでも追い払おうと思っていたが、まこの話の持ちかけに思わず久は聞こうとする。

 そして、それは久にとって本当にいい話であった。最初ここに来た時、照を見た時に望んでいた事だ。

 

 

 

「いやあ、チャンピオン達面子が足りんらしくてな。一人探しておるらしいぞ」

「……ふーん?」

 

 その話を聞いた途端、気落ちしていた久のテンションは急上昇。

 

「……それを私に言うって事は当然、打ってもいいって事よね?」

「おう、華々しく散って来い」

「そうね、今の私でどれだけ……通用するかしらね。どこの席?」

「案内しちゃる」

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「お待たせしました、連れて来ましたよ」

「すみません、面子が足りないと聞いて。私も混ぜてもらってもいいかしら?」

 

 まこが久を連れてきて、久が三人に対し確認を取る。

 

「えっと……」

「あ、自己紹介をしてなかったわね。私は竹井久、風越女子高校の二年生よ」

「あ、どうも。私は大星淡です。って、いや、そうじゃなくて……」

 

 自己紹介も大事だが、それよりも大事な事があると淡は感じている。

 

「一応聞くけど、このボーっとしてる人が誰かわかってるよね?」

「淡、ひどい」

「ええ勿論、チャンピオンの宮永さんでしょ?」

 

 さりげない毒舌で若干照を傷つけながら、淡は確認をする。

 そして久は知っておきながらチャンピオンに挑む、という事を三人は理解した。

 

「ふーん……じゃ、もういいや。死んだら自己責任って事で」

「照先輩と打ったら死にかねない……否定はしません」

「ねえちょっと、淡も煌も酷くない?」

「ですが」

 

 更にさりげない毒舌で結構な度合で照を傷つけながらも、煌は淡とは違いこの久という人物に期待感を持っていた。

 

「淡さん、この久さんなら相当なやり手のはずですよ」

「え、そうなの?」

「私の記憶が正しければ……風越という長野屈指の名門校、そこで一年生からレギュラーを取っていた人物。そして今年から風越の二年のダブルエースというすばらな実力者がいたはずです。その内の一人だったはず」

「ふーん、じゃあ期待しちゃっていいのかな?」

「ま、流石に私も宮永さん相手に勝てるだなんて思わないわよ。挑戦者のつもりで、気負い無くぶつからせてもらうわ」

 

 そんな弱腰の台詞とは裏腹に、闘志をむき出しにする久。

 そしてその気迫というものは、淡と煌は感じ取っていた。

 

(何が勝てるだなんて思わない、さ。勝つ気満々じゃん……!ま、気迫だけじゃどうにもならない世界ってのもあるんだけどねー)

(やはり風越のエースともなると風格がありますね。私も、挑戦者のつもりでっ……!)

 

 一方の久も、照だけではなくこの二人にも注目する。

 

(宮永さんと一緒にいるって事は即ち、それなりに実力を持っていないと伴わないはず。つまり、この二人も強者かしらね。それにどこかでこの若干生意気な子、大星淡って聞いた事、あるいは見た事がある気がするのだけれど……何だったかしら)

 

 そしてこれから四人で打つ者達を見ていた存在、まこも感じる所があった。

 

(大星淡、名前を聞いてやっと思い出したわい……全中二位か、そこにおる化け物は宮永照だけじゃないぞ、久。まあ、久ならわかっておるじゃろうけど)

 

 

 

「じゃあ、早速打とうか?よろしくね、淡、煌、竹井さん」

 

 

 

 照の一言で、ついに対局が開幕する。




今回のまとめ

淡はアホの子(二度目)
淡はインターミドル二位(完全オリジナル要素)
カツ・ドゥーン
淡と煌、見事シンクロ
照、ちょくちょく心に傷を負う
久、ぼっち
久、風越(改造要素)

とりあえず、インターミドル一位は原作通り、あの人です。

あと結構重要な改造要素、久が清澄ではなく風越。これにより、元々いたキャラが団体戦から外されたり、また大幅なオーダー変更だったり、色々改造要素があります。

風越は結構強化されますね。それ以上に、清澄が強化されていますが……(笑)

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4,Roof-top対局(前)

長くなりそうなのでキリのいい所で一度区切りました。

初、麻雀の闘牌シーン。結構ざっくりしてる。ルールとか、用語とか、読者様が知っている前提で書かせてもらっています。わからない所があれば、申し訳ない。


「じゃあ」

 

 既に臨戦状態となった四者、既にそれぞれ席に座っている。

 

「準備はいいかな?改めてよろしくね」

 

 東家、つまり起家。そこに座るは、全国チャンプでもある宮永照。

 

「おっけー!」

 

 南家には全中二位、そして特殊な条件で少し遡れば、白糸台の大将を勤めた実力者、大星淡。

 

「よろしくお願いします!」

 

 西家には清澄高校の照の後輩、花田煌。

 

「よろしくお願いします」

 

 北家には県内屈指の実力者であり、風越のダブルエースの一角、竹井久。

 

 

 

「ルールは大丈夫だよね?」

「ええ、個人戦で使われる大会ルールよね?いつもそれで打ってるから問題ないわ」

(テル相手に25000点スタートで誰も飛ばない未来が見えない……)

 

 照が皆に再確認し、久がそれを代表するかのように答える。

 

 25000点スタートの30000点返し。オカあり、ウマなし。

 赤ドラは五萬が一枚、五筒が二枚、五索が一枚の計四枚だ。

 

 

 

「じゃあ、始めよっか」

 

 対局、開始ッ――――!

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 東一局。

 

(正直な所、今の段階では私にとっては相当すばらな流れですね)

 

 煌は自身の手、そしてこの全体の卓を見回して率直な考えを頭に浮かべる。

 

(照先輩はどうなっているんだってくらいのすばらな和了率の高さです。……が、最初の東一局だけは様子見に回る)

 

 その照の癖を知っているからこそ、煌はある結論にたどり着く。

 

(本来なら親の連続和了で大変な事になるのがいつものオチですが……起家という事は、最初様子見をするという事を考えるとこの半荘、親の連続和了タイムは二回から一回になる)

 

 それだけでもだいぶ違う、と煌は考える。

 照は親で何連荘するんだって位おかしな連続和了をするのだ。止める側も一苦労では済まされないような……その回数が一回減るというのは、とてもラッキーな事である。

 

 そしてその照の事だけではなく、今煌に来ている流れに関してもだ。

 

(配牌二向聴……それも点数的にも悪くなく、綺麗な手。まともに上がるチャンスがここしかないと考えると……絶対に逃さないッ……!)

 

 自らに配られた良手、そしてそれを逃すわけにはいかないと煌は強い意志を持つ。

 

 

 

 ――――八順目。

 

 

 

「ツモッ!!タンヤオドラ2で2000、3900!」

 

 ダマから煌が和了する。得点的にも7900点で悪くない。

 

「へえ……やるわね」

「風越のエースにそんな言葉を頂けるなんて光栄ですね。この調子で行きたい所ですっ!」

 

 開幕から今回は調子が良い、と煌は自分自身で感じていた。

 だが、ここから来る恐怖を煌は知っているため、油断なんてものは一切無い。

 

(調子はいい……が、ここからが問題ですね)

 

 対面に座る眠れる魔王が、目覚める時。

 

(まだ東一局ともし周りに見ている方がいたら思うかもしれませんが……この序盤のリードは本当に大切なリード。この後攻めるか引くかは……局ごとの配牌と相談ですね)

 

 

 

 一方、この局では周りから見ている者がいれば何も出来ていないと判断するであろう……久も、ある感触をつかむ。

 

(七順目に引いた二萬、いらない牌だと思っていたけど残して正解ね。上家のえっと……花田さんだっけ、少し前からツモ切りだったしそのまま投げれば恐らく振っていた)

 

 不要牌をあえて残す事によって、5200点の直撃を避ける事に成功した。

 つまり、意味のある行動が出来たという事。そしてそれは、久のスタイルでもあり、調子のバロメーターでもある。

 

(調子、悪く無さそうね)

 

 止める事が出来たという事は、調子もいいという証拠だ。

 そんないい気分を持ちながら、久は次の局の準備をする。

 

 だが、まだ彼女はこの卓の本当の恐ろしさを知ってはいない。

 そしてそれは、これから身をもって体験する事となる。

 

 

 

(……おかしい)

 

 それとは別に、この卓に違和感を感じる者が一人いた。

 

(なぜ、三向聴スタートだった?)

 

 その人物とは照である。

 悪くは無い。むしろ、ちょっとはいいかなといった具合の麻雀をやっていればよくある手。

 そんな手になる事が、おかしいのだ。

 

(淡……何を企んでいる?)

 

 照はこの卓では唯一淡の能力を知っている人物だ。

 そしてその能力を知っているからこそ、おかしいという事に唯一気がつく。

 

 淡の能力が発動されると、淡以外の配牌が五向聴以下になる。そしてそれは、照も例外ではない。

 だが、この局ではならなかった。つまり、淡は能力を使っていないという事が容易に推測できる。

 

 

 

(まあいい)

 

 照は淡の事を気にはする。だが、それだけだ。

 気にしたからといって、照自身の麻雀が変わるわけではない。

 

(私はいつも通り打つだけ)

 

 

 

 そして動き出す。次は、東二局――――!

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「あぁーーーーー!遅れたし!久先輩に申し訳ないし!」

 

 そんな大声を出しながら勢いよく店に入ってきた図々しい、とても図々しい人物――――池田華菜はぜえぜえ、と息を切らしながら周りをキョロキョロと見回す。

 

「うるさいわ!場所を考えろ!」

「あっ、まこちん。久先輩見なかった!?」

 

 華菜は同じく風越の一年でもありRoof-topの店員である、まこに久がどこかにいないか尋ねる。

 

「久なら……あそこで打っちょる」

「ん?誰と打ってるし?」

 

 華菜は久が打っている相手が純粋に気になった。

 

 確かにここ、Roof-topはたまにプロも来る場所。

 そしてプロ以外にも、常連で趣味で打っているのにも関わらず中々の実力者という人もたまに来る。

 

 今回もそんな大人達の類かなーと卓を見る華菜だったが、その目に映るのは自分と同じくらいの学生と思われる三人だった。

 

 そして華菜はこれからまこから聞く言葉によって恐らく、今年一の衝撃を受ける事となる。

 

 

 

「あの……赤い髪の人物。……宮永照」

「…………え?ええええぇぇぇえええ!?!?!?」

「うるさいわ!」

「へぶしっ!?」

 

 馬鹿みたいにうるさい、うるさすぎる声を出した華菜に対し、まこの拳が華菜の右頬を綺麗に捉える。

 その衝撃のおかげか本当に若干ではあるが、突如叫ばない程度には落ち着く華菜。

 

「……あと補足すると、金髪は全中二位の大星淡、もう一人の特徴的な髪の方は花田煌っていう宮永照の後輩じゃ」

「全中二位!?あと宮永照の後輩って事は……それだけでそれなりに強そうに感じるし」

「ああ、仕事中じゃからずっと見れておるわけじゃないが……花田も見る限り中々の打ち手じゃな。だけど」

「いや、それ以上は言わなくていいし!」

 

 更に言葉を続けようとしたまこに対し、華菜はストップをかける。

 

「後はあたしの目で見てくるし!久先輩があの卓でどれだけ戦えているかも気になる所だし」

「……ショックを受けるかもしれんぞ?」

「え?」

 

 早速見に行こうとした華菜に対し、思ってもいなかった言葉がまこの口から出てきて思わず華菜は足を止めてしまう。

 

「久の実力は、わかっておるじゃろ?」

「う、うん。部でも屈指の実力者、私の推測だけど全国でも十分に戦えるクラスの気がする」

「全国クラスっていうのは、わしも同意見じゃ。それだけに……な」

 

 その言葉を最後まで聞いたかわからない程度の所で、華菜は再び足を動かす。

 

 

 

(久先輩!何がどうなってるし!)

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 ――――東四局。

 

「ロン、5200」

「ッ、そこ当たりますか……!」

 

 煌が照に5200点の放銃。

 

(配牌を見た時は行ける気がしたんですけどねぇ……この振込はかなり痛い、すばらくない)

 

 ここは攻め時、と判断した煌であったが結果として照に振り込んでしまった。

 

(この流れだと満貫、跳満と来てしまう……それも、親で。何とか阻止しなければ……!)

 

 一人、静かに闘志を燃やす者がここにいた。

 

 

 

 それとは別に、未だ引っかかりを抱く者もあり。

 

(淡……まだ仕掛けてすら来ない。どうして?)

 

 照は下家にいる淡に対し、最初の時よりも更に気になってしょうがなかった。

 本当に、何もしてこないのだ。

 

(……何を考えているのかは知らないけど)

 

 それでも、最初の時と同じように変わらない。

 

(私は、私の麻雀をするだけ)

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 南一局が始まろうとしていた所に、一人の人物が顔を出す。

 それは、久がよく知る後輩。

 

「久先輩?って、どうしたんですか、その汗の量は!」

「え、あ、華菜?」

 

 風越の麻雀部員――――池田華菜。

 

「ん、誰?」

「あ、えっと……後輩よ、流れ止めてごめんなさいね」

「そう、別に止めた事に関しては問題ないよ」

 

 照が突然の謎の訪問者に気を引かれたが、久の一言により理解する。

 

「あの、すみません。久先輩の後ろから対局見てても大丈夫ですか?」

「いいよ、問題ない。というか、他にも周りに観戦者がたくさんいるし別にわざわざ確認取らなくてもいいのに」

 

 久以外――――三人を代表して、照が答える。

 気がつけば、この卓の周りには興味を持ち観戦する者が多数存在していた。高校生のチャンピオンが打っているのだ、当然といえば当然かもしれないが。

 

 照の一言に対し、華菜はありがとうございますっ、とだけ答え久の後ろに立つ。

 

 

 

(点数的にはそこまで離れてない……これだけ見ると久先輩、十分戦えているようにも見えるし)

 

 華菜は現在の卓の流れを目で見える情報だけで冷静に判断する。

 

 照・29400

 淡・22500

 煌・27400

 久・20700

 

(先輩は現在ラス……と言っても、まだ点数は全然動いていない。逆転は可能だし)

 

 東場が終了したのにもかかわらず、点数はまだ横一線だ。

 一つの和了で、一気に順位が変わる点差。

 

 

 

(……だけどあの汗の量、尋常じゃなかった。凄く気になる……けど。あたしに出来る事は黙って見ながら先輩を応援する事だけだし)

 

 普段、部内でどんな人を相手にしてもあんな汗をかいている久を華菜は見た事が無い。

 

(先輩、頑張って……!)

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

(ッ……!)

(あー、この圧力……何時までたっても慣れないですねぇ)

 

 感じる者は、感じる。

 もしこの対局を見てる者からすれば、普通に打っているようにしか見えないだろう。

 

 だが、現在対局をしている本人達からすればわかる、照の圧倒的威圧感。

 そしてそれは、連続和了をすればするほど増していく。音は鳴ってない、が。ゴッ!という効果音が聞こえてしまうくらいの物だ。

 

 久はそれを始めて感じ取り、更に汗が。主に冷や汗が、頬を伝って流れ落ちる。

 煌も久ほどではないが若干の汗が出てきて、本人は思わず苦笑いをしながら対局していく。

 

 

 

「ツモ、4000オール」

 

 そしてこの局も和了るのは照。これで四連続和了だ。

 

「……次行くよ、一本場」

(あー、何ででしょうねえ……いつも照先輩が連続和了をする辺りから更に気持ちが高ぶってくるのは)

 

 常人なら心が折れてもおかしくない所を、煌はむしろテンションが上昇する。それは決して悪い意味ではない。

 これは悔しさを通り越して気持ちが切れる者と、悔しさを自分を奮い立たせる材料、プラスに持ってくる者の違いだ。煌は当然、後者。

 

 そしてそれは、煌の強さだ。

 ここまで一方的でなお、前に立ち向かえる者も中々いないのだから。

 

(そりゃあ、照先輩との実力差なんて天と地なのはわかっていますよ。それでも、今自分が出来る事を全力でやって一矢報いたい……!)

 

 煌の強い意志は、自らを奮い立たせるだけではなく伝わる者には伝わる。

 

 

 

(花田さん、ほぼ毎日チャンピオンと打っててよくめげないわね。……凄すぎよ、正直。だけど、私も……!)

 

 初めて照と対局しその異常さを身をもって感じ取り、だからこそ煌の凄さを知る久。

 そして煌に触発されるかのように、自らの心の炎を強く燃焼させていく。

 

 

 

(どんなに劣勢でも、諦めずに向かってくる強さ。そんな煌だからこそ、やっぱり打っていて楽しさを感じる)

 

 照もその煌の気迫に関しては高い評価をしている。

 照自身も、心が折れた相手に攻撃をするよりも、向かってくる相手を真正面から倒すのがやはり楽しいと感じる所があるのだ。

 

 

 

(ふーん……?思っていたよりも、最高じゃん、煌先輩)

 

 淡も静かに対局をしながら煌の良さを感じ取る。

 

 淡は照の事をよく知っている。だからこそ、照の相手をした者は大体どうなっていくかというのも知っている。

 だが煌はその一般例に属さず、少数の――――淡が味方なら好きなタイプ、の人間であると判断した。敵ならば、心の折れないウザい奴、という評価になるわけだが。

 

 

 

(面白い……いいね、面白いよ!)

 

 照から来るプレッシャー、そしてそれをむしろ力に変える煌、初体験ながらまだ耐え、諦めない姿勢を見せる久。

 その全てを見て、淡は面白い、そう純粋な感想を頭に浮かべた。

 

 

 

(――――さあて、そろそろ仕掛けようかなあ?)

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 二度目の南一局。

 

 

 

(この手、悪くない……!既に白の暗刻が揃っていて二向聴、速度的には十分いける……!)

 

 煌、自らの執念のおかげか良配牌をここで持ってくる。

 

(ですが照先輩も跳満手といえど、恐ろしい速度で引いてくる……純粋な引きなら恐らく負ける、ここは安くても鳴きが必須でしょう)

 

 今求められているのは高さではなく早さ、そう煌は考える。

 

(いい所を淡さんが捨ててくれるとありがたいですが、それは序盤では中々難しいでしょうか……?)

 

 麻雀のセオリーとしてはやはり、揃えにくい公九牌から切っていくのが基本である。

 勿論、配牌によっては当然例外も存在するが。

 

 煌としては鳴きたい所、中張牌の所を切ってほしいと願う。しかしそれらの牌は、序盤から切られるという事も早々無いだろう。

 

 

 

 だが、淡の最初の捨て牌は予想に反して。勿論嬉しいという意味で。

 何と、六筒を捨ててきたのだ。

 

 

 

「チー!」

 

 そしてそれは、煌が求めていた牌。

 

 

 

(すばらですよ、淡さん!これで一向聴、もう少し……!)

 

 鳴く事により、手を進める事に成功した煌。

 そして浮いた不要な牌、自風の西を切っていく。

 

 

 

「ポン」

 

 その西を、淡が鳴く。

 

 

 

(淡さんからすればオタ風牌の西をポン……?淡さんも照先輩の事はよくわかっているはず、つまりは速い手で和了りにきている?という事は、チャンタ、トイトイ、あるいは染めの類でしょうか)

 

 六筒を捨てて西を鳴くという事はそれらの可能性が高い、と煌は分析していく。

 そして次に淡が捨てる牌、またもや中張牌の三萬。

 

 

 

「それもチーです!」

 

 運のいい事に、それも煌の必要としていた牌だった。

 

(張った……!クズ手で結構、すばらですよ……!)

 

 今ここに来て、煌は超絶なスピードで最高のクズ手を聴牌する。

 満貫程度といったらおかしいかもしれない。だが、そこで親の連荘を止める事が出来たのならば大健闘なのだから。

 

(勿論、聴牌だけがゴールじゃないです。ここまで来たら、絶対に和了る……!)

 

 煌は強く願いつつ、不要牌の一筒を切っていく。

 

 

 

「それもポン」

 

 再び反応するは、淡。

 これで西と一筒、二つの牌を煌から鳴いた事となる。

 

 

 

 そして淡は少し迷った素振りを見せた後に三索を切り――――

 

 

 

「ロンッ!白のみ、1000の一本場は1300!」

 

 煌、堂々とこの対局中にて最高の笑顔でクズ点数を申告。

 

「はいはいーっと、1300ね」

「私、一度もツモってないのだけれど……」

 

 どこか嬉しそうに点棒を渡す淡と、信じられないという表情をしながら呆れたように声を出す久。

 

(淡さんの表情を見るに私と同じく早く流そうと考えていたみたいですね、やはり染めかチャンタあたりだったのでしょうか)

 

 

 

 そんな点を受け取る煌を見ながら、親を流された照はいくつか感じる所があった。

 

(この局ではかなり煌の和了ってやるという執念を感じたね、その1300点は私にも強く伝わってきたよ)

 

 たかが1300点、結果だけ見ればただ親を流しただけの事だが、そうではない。

 照の連続和了をたかが満貫程度で終わらせたという事に、大きな価値がある。

 

 

 

 そして照が感じた物、それは煌だけの問題ではなかった。

 

(淡が鳴くなんて凄く珍しいと思ったけど……本気で私の親を止めに来てた?能力を使っていないのは、自分の素の力がどこまで通用するか試しているのかな?)

 

 淡の鳴き、というのも照は白糸台でも中々見た事が無い。

 それだけに、今の局は珍しい、と感じていた。

 

 

 

(うまくいったー!どこ切るかは迷ったけど、ピンポイントに差込!)

 

 振り込んだのにも関わらず、どこか満足している者がいた。淡だ。

 

(今の局、周りからは私は早和了り、とかそんな風に見られてたのかなー。何も揃ってない、クズ手にすら満たない手だったんだけどね)

 

 淡の手は染めでもチャンタでもトイトイでもなかった。何も揃っていない、ぐちゃぐちゃのどうしようもない手。

 鳴いても役なし、どうしようも無いのに淡は鳴いたのだ。

 

(あの鳴きはただテルにツモらせないための役割なんだよねー、そして私の絶妙なアシストと煌先輩の執念の良手とがいい具合にマッチして流れたと)

 

 淡は流そうと考えていた。

 だが、それは自らの和了ででは無い。

 

(私が流すんじゃなくて、私で流す。別に流れればどうだってよかったしー、どうせテル相手にあの流れで高めなんて無理無理)

 

 それは一種の場の支配に近いものがあった。

 勿論能力は使っていない、技術、直感、要するにデジタルとアナログが混じった物。

 

 相手の効率の良さを上げるためのセオリーでは切らない牌をあえて切る、そしてその中張牌のどこを切るかは自らの直感によるもの。

 

 

 

(あの時、私が負けてから。私には何が足りなかったのかを必死に考えた)

 

 穏乃に負けてから淡は自分がこれから強くなるためにはどうすればいいか、どうしたら穏乃に勝てるかを過去に戻ってから考えていた。

 

 淡はまず、自分は能力に頼りすぎていたという事に気づく。

 

 もしあの時、自分に仮に能力を封じられても普通に打って勝てるだけの実力があったなら。

 もしあの時、能力を封じられてるとすぐに察知できる直観力、柔軟に打ち筋を変えれる判断力があったなら。

 

 淡はそれから努力なんて自分には合わないなーとか思いつつも相当の努力をしていく事となる。

 ひたすらにネトマを打つ、ひたすらにプロの打ち筋の動画を見る、強い人と生で打つ機会があればそれを必ず自分の糧にする――――その他、淡は数知れずの麻雀に関する自分の為になる事ならば、積極的に行ってきた。

 

 高い意識と、それに伴う努力が淡の麻雀を変えていく。

 

 

 

(ははっ、感謝してるよ高鴨穏乃!私はまだまだ、上を目指せる。高校になったら百年生ってレベルじゃない、千年生まで目指すよ!)

 

 一つの敗北が、油断だらけで、隙だらけだった淡をここまで変えた。

 

(私が能力を使わなくても、テルにこうして通用している。……和了れてないんだけどねー)

 

 和了れずとも、部分部分では通用している場面もある。

 現に、まだ淡は煌への差込以外、振り込みも無い。

 

 

 

(あー、でもなあ……)

 

 

 

 淡は確かに変わった。だが、根本的な所までは全く変わっていなかった。

 とにかく、一番でなければ気がすまない性格。そしてそれは、照相手であろうとも。

 

 

 

(結局は、能力を含んで私なんだ。さーて、ここからは……私の全て、全力で行かせて貰うよ?)

 

 今まで淡は決して手を抜いていたわけではない。いや、全ての力を出し切っていなかったから手を抜く、と同義になるかもしれない。

 ここまで淡は、能力を使わない中で全力で打ってきた。

 

 だが大星淡という打ち手は、能力を使ってこそ百%の大星淡だ。

 

 

 

(こっからトップ狙うから……あはっ、覚悟してね)

 

 ここにもう一人、眠っていた魔物が以前とは更なる力を見に纏い、目覚める。

 

 

 

 南一局終了

 

 照・41400

 淡・17200

 煌・24700

 久・16700




今回のまとめ

煌、先制パンチ
照、当然のように四連続和了
池田
煌、燃える。ひたすら燃える(Mではない)
煌、執念の最高のクズ手和了
淡、覚醒フラグ

まあ、まこも風越なんですね。池田ならまこちんって言いそう。
もし池田の出てくる所で地の文がきつくなっていると感じたならば、それはアンチ池田ではありません。池田の愛ゆえです。←

煌の見せ場が多めですねー、凡人が強大な敵(?)に立ち向かうのってやっぱり好きなんです。末原さんじゃないですけど。

照は安定の強さ。というか強すぎるからいかにあまり和了させずに見せ場を減らすか、という気持ちで書いていたのに余裕で4万点超えた。マジキチすぎる。

感想等があれば随時募集しています。

あと、初めてランキングに載っているのを確認できた……評価して頂いた方々、そして読者の方々、皆様に感謝です!


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5,Roof-top対局(後)

え、何このUAやお気に入り数の伸びは……(唖然)
自分でも凄くびっくりしています。読者の皆様には本当に感謝ですね。

さて、対局後半です。
やっぱり前回、前後半で区切るという判断は正解だったなと。しなかったら、15000字を軽く超えていた事に……



「……!」

 

 南二局。

 今まで特に表情を変える事無く対局をしていた照の表情が、少し歪む。

 

(五向聴……動いてきたか、淡)

 

 先程までは感じなかった違和感。まるで宇宙空間に支配されるかのような――――

 そしてその違和感と共に、淡以外の配牌に異変を起こす。

 

(淡の親……ダブリーもしてくるかな?)

 

 この対局で、淡の能力を唯一知っている照は次の淡の行動に注目する。

 他人の配牌を五向聴以下にする、絶対安全圏と呼ばれる能力――――それとは別に、もう一つ。淡はやろうと思えば、必ずダブリーをする事が出来る。

 

 いや、必ずというのは少し語弊があるかもしれない。子の場合、鳴かれたらダブリーをかき消されるからだ。

 が、今は淡の親番。これに関しては、本当に必ず、淡本人がやろうと思うだけで、ダブリーが出来るのだ。

 

 それ故に照は淡の最初の一手にいつも以上に目を向けた。その牌が横向きになるのか。

 

 

 

(……してこない?)

 

 だが淡は九筒を捨て、特にリーチ宣言もしてこなかった。

 

(……本当に何を考えているんだろう)

 

 

 

 照がそんな疑問を抱いている中、照のように能力の詳細を知っている訳ではない――――が、何らかの異変を感じている者も。

 

(五向聴……うーん、すばらくないですね)

(んー、五向聴か……和了りが遠いわね、チャンピオン相手にこれは厳しいわ)

 

 煌と久、二人は自身の配牌が良くなかった事に対して周りに悟られない程度に心の中でため息をつく。

 そして、ただ手が重たいだけではない――――二人が何かを感じ取り、そして導かれた結果から出た共通の思考。

 

(……何か、何となくですが、空気が重たい気がします。照先輩の圧力に、更にプラスアルファで何かが乗っかってきたような……)

(なーんか、良く無い流れになっちゃってる気がするのよね……空気が今まで以上に重いわ)

 

 手だけではなく、この場、そのものが重い。それが何なのかまではまだ辿りつけていないが、何かが起こっている――――という所までは感じている二人。

 

 そしてこれは、周りから見てもわからない現象だ。

 現に、打っている者だけが感じている事。

 

 

 

(やっぱり久先輩の汗凄い……それに、花田さんだっけか。あの人も汗凄いし)

 

 圧力という圧力を直に受けている煌、久の両者は周りから見てもすぐにわかる程度の汗が流れていた。

 だが、周りからすれば何故この空調も効いている部屋で、あの汗の量なのか。理解に苦しむ現象であった。

 

(何かが、起きている……?)

 

 そしてその周りから見ている者の一人である華菜は、あの汗から何かの異変が起きているであろう所までは推測する。

 が、肝心の何かが全くわかっていない。華菜からすれば、圧力を全く感じていないのだから。

 

 一応、見ている者も異変が起こっているという事は賢い者ならたどり着ける所だが、直に感じる所までは打っている者でなければわからない。

 

 

 

 ――――そして四順目を迎えた時。

 

「ロンッ!タンヤオのみ、2000点だよ~」

「なっ!?あ、それだけですか……」

 

 親の淡からかなり早い段階でロン宣告を受け、一瞬相当びっくりした煌ではあったが、安手という事を聞いて安堵する。

 が、冷静さを取り戻してからもう一度……びっくりする。

 

(ノミ手で助かった……って所ですが、おかしいです。照先輩が、和了れなかった……?)

 

 照は、恐ろしいくらいの連続和了が特徴だ。

 そしてその連続和了は順に得点が上がっていく。更に言えば、最初は大体が安手だ。

 

 必ずしも、という事ではないが安手は高い手に比べ一般的には早く和了れる。そしてその一発目の安手でもいい場面。そこで、照は和了れなかった。

 勿論、周りから見ていてもチャンピオンが和了れなかったのを見れば驚く現象だ。だが、いつも近くで見ている煌からすれば、安手ですら速度で負けた事に衝撃を受けた。

 

(今、私よりも驚いている人が照さん、淡さんを除いて他にいるでしょうか……?そして淡さん、その速度、すばらです)

 

 

 

 一方、和了れなかった照はというと。

 

(うーん……?)

 

 よくわかっていなかった。

 いや、厳密には照は今の局に起きた事の可能性のいくつかを考え付いてはいる。

 

(絶対安全圏だけ発動させて、たまたま配牌が良くそのまま早和了り出来たのかな?それとも……)

 

 ダブリーは発動させず、淡自身の運が良くてそのまま和了れたという可能性が一つ。

 そしてもう一つ、照が思いついた事。だがそれは淡じゃありえないだろうと、すぐにその可能性を照は消した。

 

 

 

 今までの淡じゃ考えられなかった事。

 

 

 

(あの局、普通に和了ったってテルは思ってるのかなー?)

 

 淡はニコニコしながら周りを見渡し、特に照の表情を探る。

 

(ま、テルのポーカーフェイスを見た所で何考えているかなんてわからないか。だけど、まあ……)

 

 淡がこの局、行っていた事。

 

(まさかダブリー手を崩して別の手にした、なんて事は流石に思ってはいないだろうなー?)

 

 最初の配牌の時点で、淡は既に聴牌をしていた。

 そう、能力を使っていた。強制的にダブリーに持ってくる、淡のとてつもない能力。

 

(私のダブリーはそれしかならない。ま、後々裏ドラが乗る事は置いといて……ノミ手なんだよなあ)

 

 淡はダブリーをする時、それしか役がつかない。

 最終的に来るべき所まで行けばカン、そしてカン裏と乗り強制的に跳満手までは持っていくのだが、時間がかかる。

 

(普通ならダブリー手を崩すなんて事は誰も思いつかないだろうね、私だって今まではそうだったし。だけどちょっと手を変えるだけで役をつけれるならば……そしてそれが五順目以内に和了る事が出来るのならば……)

 

 ダブリーをするという事は、自分の手が聴牌している事を周りに知らせる事となる。

 相手は五向聴、それでいてダブリーといったらもうなす術がないと普通は思うだろう。だが稀に、それが通用しない事もある。

 

 そして淡の場合、基本役がダブリーのみのため、リーチ宣言をしないと和了は出来ない。ダマ和了が出来ないのだ。そのままなら、という言葉を付け加えるが。

 これを速攻で手変わりさせて、且つ五順目以内に和了する事が出来たのならば。それは、完全防御と呼べるものだろう。

 

 

 

「さーて、一本場いくよー!」

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「ツモ。300、500の一本場は400、600」

(まー、そんなに簡単にテル相手に和了れたら苦労はしないんだけどねー)

 

 同じく南二局、今度は七順目で照があっさりと和了る。

 淡も、同じようにダマで役をつけ、張っていた。が、引き負ける。

 

 

 

 続いて南三局、照が2000点のツモ和了。

 

 この時点で、点数が

 

 照・44800

 淡・18100

 煌・21300

 久・15800

 

 となっている。

 

 次局、運命のオーラス、南四局――――!

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

(あー、ホント泣けてくるわね……)

 

 親である久は、自身の配牌、そして今までの流れを全て振り返り気落ちする。

 

(オーラスなのに、ここまで一度も聴牌すらしていない事実。そして今回も五向聴。どうなってるんだか……)

 

 今まで一度も和了出来ていない事実どころか、聴牌すら出来ていないのだ。

 半荘で一度も和了出来ないという事は何度も打っていれば、その内運の悪かった一回、二回は起こってもおかしくないかもしれない。が、聴牌すら出来ていないとなるとそれは今までの麻雀人生を振り返っても起きたかわからない現象。

 そんな現象に、久は直面している。

 

 

 

(……っと!弱気になっちゃいけないわね。後ろで華菜も見てるのだもの。どんな展開だろうと、最後まで先輩らしく、堂々としなきゃね)

 

 沈んでいた心を、再び久は盛り上げていく。

 

(まだまだ、こんな所じゃ終わらないわよ!とにかく、連荘!)

 

 これから親でずっと和了り続けていればトップになる事も可能。

 そんなわずかな可能性を信じ、久は打つ。

 

 

 

(さーて、風越の人には悪いけど……ここでドデカイの、ぶち込みに行くよ)

 

 そんな決意を固めている久の対面に座る淡は、不敵な笑みをこぼす。

 

 淡の一巡目ツモ。聴牌、ダブリー可能な手。

 

(跳満確定手?そんな物でこの局面私が満足するとでも?……誰がするか!じゃあね、いらない牌!)

 

 淡は捨てた牌、一萬を横向きにする事もせず。

 

(目指すはトップ!)

 

 

 

 南四局、賽の目は5。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

(ッ!?)

 

 五順目、煌のツモ順。

 ここで彼女は場を見渡し、明らかに不自然な。一種の気持ち悪さを感じてしまうくらいの異変に気づく。

 

(淡さんの河……どうなってるんですか?)

 

 淡が捨てた牌。

 一萬、二萬、三萬、四萬、四萬。この五順目という早い段階なのにも関わらず、面子、対子と切れている。

 

 そしてそれは、明らかに不自然すぎる。

 

(あの綺麗な手を切っているって事は……恐らく、逆転をまだ諦めずに高い手を狙っているという事。それはすばらな事ですが……凄いですね、あそこまで綺麗に切れるとなると)

 

 煌はそんな淡に対し感心しつつ、良くない手を何とか向上させるべく作っていく。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

(……ふう。来たよ、ここまで来た……!)

 

 淡はこの局、ダブリー手が来るように能力を使っていた。

 そしてそのダブリーしか乗らない手は筒子が多め、そしてオタ風牌である北の暗刻が出来ている、という配牌からだった。

 

 そして残りあった綺麗に揃っていた萬子。それらを、全て切っていったのだ。索子は、最初の時点から無し。

 

 先程はダブリー手を崩して、早和了りをするという応用を見せた。だが、応用の仕方はそれだけではない。

 最初からある程度手が出来ている、それを少しではなくある程度崩して、高めの手に変えるといった手段もあるのだ。

 

 前者を守備的応用とするならば、後者は攻撃的応用と言えるだろう。

 今回、淡は筒子の染め手に無理やり持っていった。

 

 

 

 ――――そして十順目。

 

 

 

「カンッ!!」

 

 淡は四枚目の北を持ってきて、暗カンを宣言する。

 

(行ける、この流れは……行ける!リーチ一発ツモ混一色赤1裏4の三倍満手……見える!)

 

 淡はここで、聴牌になる。

 そしてそこから展開されるビジョン。本来ならばそんな手に膨れ上がるなどありえないだろうと言えるようなビジョン、淡からは見えた。三倍満ツモ、それは逆転一位への道筋。

 

(公式試合じゃない、そんな物は関係ない。ここでテルに勝つ、超えてやる……!そしてそれが、今の私には出来るはず……!)

 

 迷いなど何も無い、自信という自信に溢れる淡。

 

(この気迫、来ますね……!)

(対面の大星さん、ここで来る……!?)

 

 煌と久も淡の並々ならぬ気迫を感じ取る。それほど、今の淡は前面に気迫という気迫、闘志が溢れ出ている。

 そして手にかけ、牌を切る――――!

 

 

 

「リーチ!!」

 

 それは未来への勝利宣言――――!

 

 

 

「ロン、3900」

「……えっ」

 

 思わず淡は気の抜けたような一言を漏らしてしまう。

 高き壁、照の和了宣言。

 

 

 

 淡、壁を越える事は出来ず敗北ッ――――!

 

 

 

 照・48700

 淡・14200

 煌・21300

 久・15800

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 対局が終了したのを見て、周りで見ていた大勢の客も少しずつ散らばるように移動していく。

 

「お疲れ様です。淡、煌、竹井さん。楽しかったよ、ありがとう」

 

 いつもと変わらぬ表情で淡々と話すのは本日の勝者、宮永照だ。

 

「……お疲れ様です」

「おつかれさまです……」

 

 この卓で打ち切って、緊張感という物から開放されたのかぐったりしている者が二人。煌と久だ。

 

 そしてそれとは別に、ぐったりはしていない。だが、悔しさを前面に出す者も一人。

 

「わ、私がラス……くっそおおぉ!勝てなかった!くーやーしーいー!」

「はい、悔しがっている所悪いけどちょっと淡には色々と聞きたいからこっち来て」

「え?ちょっ、まっ」

 

 そういってまだ落ち着きを取り戻せていない淡の腕を無理やり引っ張り照達は元の自分の席に戻っていった。

 

 

 

「……じゃあ、私も戻るわね。花田さん、あの二人にも改めてよろしく言っておいて?楽しかったって」

「あ、えっと……はい、了解しました!」

「ありがと。じゃ、華菜。私の座ってた席まで行きましょ?」

「あ、久先輩待ってくださいよー!」

 

 久も久で、もうここに残る必要も無いので自分の席へと華菜を連れて戻って行った。

 

(楽しかった、ですか。流石は風越のエース、言う事がすばらですね。私は最初、打った後あまりの実力差に唖然とした、打てて光栄と思えた……そんな事は思いましたが楽しいと思えたかどうかといえば……微妙です)

 

 煌の入部する時に最初に照と打ったとき、楽しいという言葉が真っ先に出てくるかと問われた場合、煌はすぐに答える事は出来ないだろう。

 

(最も、今は楽しいと思えてるんですけどね)

 

 今でこそ照に対しても楽しいという気持ちで打ててはいるが、最初の段階からそれを言えるかというと、微妙なラインになる。

 だが、久は本音かはわからないが、真っ先に楽しいという言葉が出てきただけで煌からすれば凄い事だと感じているのだ。

 

 

 

(さて……私もそろそろ戻らなければなりませんね、次に卓を使う人の邪魔になってしまうので。でも、その前に……一つだけ)

 

 戻る前に、煌は最後の局で確認したい所があった。

 淡のリーチの時の手、そして淡が次にツモるはずだった牌。

 

 

 

(これは……!)

 

 それは、当たり牌だった。

 もし照がロンをしなかったら、そのまま一発ツモ。この時点で跳満だ。

 

 そして恐る恐る、煌は裏ドラも確認していく。

 

(……!)

 

 見事に、裏が四つ乗っていた。三倍満だ。

 

(……これは)

 

 煌は戦慄した。

 結果論だけ挙げると、ラスだ。敗者だ。

 だが、この局面でこの手を持ってくる運。

 

(……いや、これは運だけでは無い?)

 

 煌から見た淡の印象は、色々と挙げるとキリが無いが、絶対に負けず嫌いだな、という勝手な印象を持っていた。

 だからこの局面でも必ず一位を狙ってくるだろうとは煌は感じていた。そしてそれは、淡の河の捨て牌からも何となくではあるが読み取れた部分だ。

 

 なのに裏が乗らなきゃ、且つ一発ツモでなければ逆転出来ない手で勝負してくるのか?一つ、煌が疑問に感じている事だ。

 

 

 

(違う、そうじゃない……非現実的ではあるけど、これはむしろ逆?)

 

 逆転の発想だ。

 なのに、では無い。裏が乗ると確信していたし、一発でツモれると確信していたのかもしれない。それは淡本人しか知らない事であって、煌は推測の部分でしか考えれない。

 

 だが、あの時煌が感じていた淡は本当にそんな非現実的な事を起こしてくるのではないかと思わせるくらいの物があったのだ。

 

 

 

(照先輩の知っている後輩という事でしたが、これは凄い人ですね……しかも、来年清澄に来るとの事)

 

 照とは違った、また異質な凄い空気の一部を煌は淡から感じていた。

 

(今回は点数では勝ちました。だけど、勝てていたとは言えませんね)

 

 点数だけでは語れない、本人だけが思う勝敗。

 煌は今の時点で淡に完全敗北していたと感じていた。

 

(大星さんが来ても……人間的にも、実力的にもいい先輩でいられるよう、私はもっともっと強くならなければいけませんね)

 

 

 

 そう強く意識し、煌は自分の席に戻ろうとし――――やめる。

 

(そういえば、照先輩が大星さんに何か話そうとしてましたっけ)

 

 少し考えた後に。

 

(とりあえず、トイレに行きましょう)

 

 煌は自分の足を席ではなく、トイレへ向けた。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「はあぁぁぁぁぁ……」

「先輩、お疲れ様です」

「ほんっとうに、疲れたわよ……」

 

 久も華菜と共に自分の席へと戻り、ぐったりとしている。

 たった一回の半荘ではあるが、全ての気力を使ったかのように燃え尽きているのだ。

 

「華菜」

「はい?」

「見ててどうだった?」

 

 久は実際に対局して、身体で卓の空気を全て感じ取っていた。

 だが、周りから見ていた第三者からするとどう映っていたのか?久は少し、疑問に感じていた。

 

 

 

「うーん、そうですねぇ……」

 

 華菜は先程の対局を振り返る。

 

「先輩が凄く汗かいてたんで何か起こってるのかなーっては思いましたけどね。ま、その何かが全く見てる分にはわからなかったんですけど」

「なるほど。……ま、あれは実際に対局しないとわからないわね」

 

 口では説明できないような、そんな感触。

 実際に対局したものだけが感じ取れる物だ。

 

「先輩」

「ん?」

「チャンピオンは、強かったですか?」

 

 あの対局を見ていた者なら、いや、それ以前に宮永照という人物を知っている者ならば、そんな事は聞くまでも無い質問だろう。実際、華菜も照が強いという事は百も承知だ。

 だが、実際に打ったその者の口から、華菜は聞きたいのだ。

 

「そうね」

 

 久は一言呟き、続いて

 

「強いって言葉じゃ足りないわよ。あれは、もう本当に凄い」

「……先輩」

 

 華菜は自身の憧れている先輩の一人でもあり、そしてその確かな実力を知っているだけに久のその言葉は深く心に突き刺さった。

 完全にお手上げ、といった具合の言葉なのだ。

 

「……ま、だけど」

「?」

 

 だが、それに付け加えて久はもう一言喋る。

 

「チャンピオンと直に打てて楽しかったし、絶対に次は負けたくないわね。と、なると……今後の大会に向けて、更に自分を磨くしかないでしょ?」

「先輩……!」

「華菜も手伝ってくれる?あ、勿論それと同時に華菜も強くならなきゃ駄目よ」

「……はいっ!勿論です!」

 

 元々実力を持っていた久に、更に向上心が芽生えていく。

 それは、最大の目標である宮永照を超えるために。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「で、何をテルは聞きたいの?……って、いっぱいあるか」

「そう言うって事は何らかの自覚はあるんだね」

 

 こちらは対局を終え、自分の席に戻ってきた照と淡。

 

「うーん、じゃあ前半は能力を使ってこなかったのは?」

「えっと、その……怒られる、かもしれないけど。試したかったんだ」

「試す?」

「能力を使わずに、自分がどこまで打てるのか」

 

 能力を使わずに試す、という言葉は本来格上の相手に使うような言葉ではないだろう。

 それだけに、淡も怒られるかもしれない、という言葉を付け加えている。

 

「……インターミドル二位、それって能力を使わずにって事?」

「えっ、何でわかったの?」

「能力を使ってたら淡は一位になってる。これでも淡の実力はわかっているつもり」

 

 白糸台でずっと淡の打ち筋を見ていたからこそ言える、照の言葉だ。

 

 しかし、だからこそわかっている事もある。

 照から見た淡は、能力頼みの打ち方しかしていなかった。別に能力を使わなかったからといって打てないという訳では無いが、強者の部類に入るかと言われたら、別問題になってくるだろう。

 

 だが、今淡の口から出てきて確定した事実。能力を使わずにインターミドル二位。

 それはつまり、普通に打って二位という事だ。一位ではない、が……今までの能力を使わない淡からすると考えられない事。そもそも、能力を使っていない淡というのも考えられない事なのかもしれないが。

 

 

 

「凄く努力をしてきたでしょ?」

「……うん、してきた」

 

 照は淡の事だからそんな事ないよー、私に努力なんて似合わないじゃん!って言ってくる事も予想していたが、淡の口から出てきたのはストレートな肯定。

 だがこれは、本当に相当の努力をしてきた。だからこそ出てきた、はっきりとした肯定の言葉なのだろう。

 

 

 

「変わったね、淡は」

「そう?」

「うん、強くなったと思う」

 

 そしてそのしてきたであろう努力、そしてそれに伴ってついてきた実力を照は評価する。

 淡は能力を使わずに、うまく照の親番を流すように場の空気を読んだ。それが出来る人が、果たして何人いるだろうか。

 

 

 

「あと、能力も使ってたよね?」

「いや、能力は前からあったじゃん……」

「えっと、そういう事じゃなくて……以前は使われていたんだと思う」

「?」

 

 照のよくわからない言い回しに、思わず淡は首をかしげる。

 

(今までは能力に自分が支配され、打たされていたのが……自分で能力を理解し、制御し、応用できている。……多分だけど)

 

 今までの淡はただダブリー、ただ和了、といった風にそれだけしかしてこなかった。

 それだけでほとんどの相手に対しては勝てるが、ある一定のラインを超えた上には通用しなくなる。

 

 だが、淡はその能力に応用を利かし、更に上にレベルアップ出来る可能性をつかんだ。

 現に、照相手に早和了りを達成しているのだ。

 

 そんな淡の成長を照はあの対局で、推測の域でしかないが見抜いた。

 

 

 

「テルの言いたい事はよくわからないけど……次は絶対に負けない!テル相手でも!」

「私もまだまだ、淡には負けられないかな」

 

 そんな宣言をお互いにしていたら――――

 

「あー、えっと、お話はもう大丈夫でしょうか?」

 

 煌も席に戻ってきた。

 

「あ、うん。大丈夫。随分と戻ってくるの遅かったね?」

「ちょっと、お腹が痛くなりまして……トイレに」

 

 というのは実は嘘である。

 話す時間を設けようと考えた煌はトイレで携帯をいじっていた、それだけの話。

 

 要するに、空気を読んだのである。

 

「煌先輩っ!」

「はいっ!?あ、どうしました?」

 

 いきなり淡に呼ばれたものだから思わず声が裏返ってしまった煌。

 

「次は絶対に、負けませんから!」

「……なるほど、実は私も淡さんに勝てたとは思えてなかったんですよ」

「……え?それってどういう」

「だから是非リベンジさせてください。そうですね、清澄高校麻雀部の活動で」

「……勿論ですよ!絶対清澄に行きますから!」

 

 この会話だけを聞いたものならばどっちが勝ってどっちが負けたのかわからないような、お互いのリベンジ宣言。

 

(うまいな、煌は。本当にいい先輩になれると思う)

 

 普段なら先輩であろうが気に入らなければ舐めた態度を取る淡に対し、会ってまだ大して時間もたっていないのにこうしてお互い既に仲良くなっている。

 これは淡が変わったから、というのも多少はある。だが、煌の人間性の良さが一番の理由だろう。

 

(私と、煌と、淡と、煌の後輩で四人。あと一人)

 

 既に照の頭の中ではその五人目は浮かんでいる。

 

 

 

(変わらなきゃ)

 

 妹の宮永咲。

 

 前の時間軸とは違い、照は現在実家暮らしだ。つまり、咲とも一つ屋根の下で住んでいるという事。

 だけど、まだ会話も出来ていない状況。

 

 照自身も、どうにかして話しかけたい、謝って、また以前の関係に戻りたい。そう頭では常に考えている。

 だが、それを行動に移せない。

 

 不器用なのだ。そんな状況が何年も続くくらい不器用なのだ。

 

 目がたまたま合っても、反射的にそらしてしまう。

 家の中ですれ違っても、会話は無い。

 

 

 

 照自身、正直な所この過去に戻ってからすぐにでも謝って、何とか前のいい関係を築けると思っていた。

 だが、甘かったのだ。思った以上に溝というものは深く、そう簡単にはうまくいかない状況が続く。

 

 

 

(淡も変われたんだ)

 

 今日久々に淡と麻雀を打つ機会が出来て、そして淡が自身をいい方向へと変化させている事を照は知った。

 ならば、自分もこの状況を変えなければならない――――と、更にその思いを強くさせる。

 

 

 

(私も変わらなきゃ)




今回のまとめ

淡、能力の応用
照、やっぱり強い
久、流石のメンタル
申し訳程度の池田
照、変わる事が出来るか

今更ですが淡の能力、それと能力を除いた過去の実力というのはあくまで作者の妄想、推測からなるものです。もしかしたら淡は能力が無くても元々かなり強かったのかもしれないし、そうじゃないかもしれないし。

応用に関しても普通の麻雀から考えるとキチガイみたいな事しかしてませんが、まあ許してくださいって事で……

今回の対局で久が何もいい所無かったのではないかと思うかもしれませんが、照相手に飛ばないって相当大健闘です。

あと煌が二位になっていますが、大体淡と運と気合のおかげ。

照が入る対局はバランスを考えながら書くのが大変です……

感想等は随時募集しています。


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6,清澄高校

一話の文字数が1万超えてしまった……これっていいのか悪いのか。
個人的には5000字程度がいいのかなーって勝手に思っていたのですが、どうなんでしょうか。

六話目にしてようやく元通りの学年ですね。
あと、やっと原作の主人公が登場します。


「あ……」

 

 雪は溶け、間もなく春を迎えようとする時期。

 そしてこの時期、ある年代の者にとっては人生を左右するような時期だろう。

 

 その時期の中で、最も重大な日――――高校受験、合格発表日。

 

 ここ清澄高校でも、受験をした中学三年生達が自分の番号を探しに訪れてきて――――

 

 

 

「あったあああああ!!私の番号!受かったああああっ!!」

 

 合格したものは喜び、不合格の者は嘆き悲しむだろう。

 そして、ここに合格した人物、その中でも他の人と比べ異常なほど喜ぶ者――――大星淡。

 

 淡にとってはどんな役満を和了る事よりも、更にはインターミドルで勝ち上がっていくよりも、よっぽど嬉しい出来事なのかもしれない。

 周りの目など気にせずに、喜びを声で、身体で体現する淡。

 

 

 

「これで……またテルと同じチームで麻雀が出来る!」

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「京ちゃん、あの子凄いね……」

「……ああ、よっぽどこの高校に入りたかったんだろうな。別に特徴ある学校でも無いと思うけどなあ……」

 

 時、場所を同じくしてここにいる二人の人物。

 目的も同じで合格発表の番号を二人で見に来たというわけだ。そんな時に、色々と物凄い淡を見かけたという模様だ。

 

「京ちゃん、番号あった?」

「おう、あったぞ!咲はどうだった?」

「うん、私もあったよ。おめでとう、京ちゃん!また、同じ学校だねー」

「お、咲もおめでとうな。と言ってもなあ……」

 

 二人の人物――――宮永照の妹、宮永咲とその幼馴染の金髪の少年、須賀京太郎。

 両者共に、自身の番号が掲示板に掲載されていた。つまり、合格をしたという事になる。

 

「ん?どうしたの京ちゃん」

「いや、俺はともかく咲ならもっとレベルの高い高校狙えたんじゃないかと思ってさ。何で清澄にしたのかなって」

「え?それはね……京ちゃんと一緒の学校が良かったからかな!」

「……ホントか?はいはい、嬉しい嬉しいっと」

「むー、適当に言ってるでしょ!」

「いや、これでもかなり嬉しいのは本当だからな。知っている奴が多いに越した事はないし、それは咲も同じだろ?しかも咲なら、俺がいないとまだまだ駄目そうだからなー」

「そんな事無いって!京ちゃんがいなくても平気だもん!」

「……じゃあ、今日俺と一緒に来ないでここまで迷わず来れたか?」

「えっと……自信ない、かも」

 

 と、聞いている者がいれば微笑ましいような会話をしていく二人。

 

 京太郎に関してはギリギリ、とまではいかないが学力的にちょうど良く家からの距離も悪くなかったため、清澄を選んだ。一般の高校生ならよくある理由だ。

 だが咲に関しては京太郎の言う通り、もっといい高校も狙えなくは無かっただろう。

 

 

 

(京ちゃんと一緒の高校が良かった、その言葉に嘘偽りは無いけど)

 

 咲としてもさっきの言葉に嘘は無く、京太郎と同じ高校が良かったというのは本音だ。

 だが、理由としてはそれだけではない。もう一つ、大きな理由がある。

 

 

 

(お姉ちゃんと同じ学校……そこに、入りたかった)

 

 咲からすれば、未だに口も聞いてくれない姉、照のいる学校。そこにどうしても入りたかったのだ。

 

(入ってどうこうとか、そういうのは全く考えても無いけど。そもそもお姉ちゃんは私が清澄に行くなんて事も知らないはずだし)

 

 咲は、また昔のように姉の照と楽しく喋ったり、そんな仲のいい姉妹に戻りたいと考えていた。

 そのために何かをする、との具体的な案が浮かんでいるわけではない。だが、清澄に入ることで何かきっかけを作る事が出来るんじゃないかと、そんな考えも無しの理由で受験したのだ。

 

 考えこそ無い。だが咲は、どうにかするための一歩を踏み出す事には成功したのだ。

 何年も同じ家にいながら喋っていない、姉と再び仲直りするために。

 

 

 

(また、お姉ちゃんと一緒に楽しく喋りたいな)

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「テルー、受かったよ!」

「おめでと、まあ私もあれだけ勉強教えるの手伝ったし、受かってもらわなきゃ困るんだけどね」

(横でお菓子ばかり食べてただけな気がするんだけどなあ……)

 

 その後淡が家に帰宅し、夜を迎えた時間帯。

 自分が無事清澄に受かった事を照に報告するため、淡は携帯から電話をかけている。

 

「勿論麻雀部に行くから、よろしくっ!」

「うん、楽しみに待ってる。煌の後輩も無事受かったってさっき煌からメール来てたし、来年は団体戦も出たいね」

「……えっと、妹のサキは?」

「その……どこ受験したのかもわからない、ごめん」

(相変わらずまだ会話すら出来ていないんだなぁ、まあ仕方ないか……)

 

 煌の後輩が入部する事もほぼ確定し、これで麻雀部も春からは四人は揃う事となる。

 

 そしてもう一人、身近にいて知っている人物で一番可能性がある者、咲についてだが。

 照は、まだ咲と会話も出来ていない状況で咲の進路がどこに向かっていったのかもすら把握出来ていない。

 

「じゃあ、もしかしたら清澄に来てないって可能性も」

「あるかもしれない。私が清澄に入るというイレギュラーを引き起こしているし、そしてイレギュラーによって引き起こされる自分以外の者の改変というのもいくつか起きている。煌がいるのもそう」

 

 照と淡、過去に戻ってきた二人が前の時間軸と別の行動をする事によって、改変される出来事というのが存在する。

 つまり照が清澄に入ったことによって咲が自分を避けて他校を受験しているかもしれない、という事を危惧しているのだ。

 

「来てるといいね。ま、私が入学したら確認しとくから!」

「うん、お願い。ありがとう、淡」

「このくらいへーきへーき!私としても、サキが清澄にいるかかなり気になるしねー」

 

 

 

 照と淡、二人とも咲が清澄を受験しているとは知らないまま入学式を迎える。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 ――――入学式。

 ついに高校生と、義務教育を終えてある意味大人に近づいた子供達が、期待を胸に学校に生徒として初登校する日。

 入ったらこんな部活をやろう、自分は入学を気に変わりたい、などなど人それぞれ色々な思いを持ちながら、偉い人の退屈なお話を聞いて高校の生徒になったんだ、と一年生達は実感していく。

 

 高校生というのは小中学生と違って校区で分けられている訳ではないので周りにいる人は初対面の者が多数となってくる。

 勿論、全てが初対面というわけでは無い。同じ中学から受験した者というのも当然多少ではあるが、いるわけで。

 

 つまり、入学したての時は大体その中学校の知り合い同士で話す事が自然と増える事になる。

 

 

 

「京ちゃん、同じクラスになれるといいね!」

「ああ、そうだな」

 

 咲と京太郎の二人もその例に漏れず、今は二人で話している。

 二人の中学校から清澄に入学した生徒は他にも数人いるが、あまり喋った事が無いような人ばかりだったのでそこまで絡んではいないといった模様だ。

 

「確か自分のクラスを確認して、時間がある程度たったら体育館に入場って感じだよな」

「うん、一年生教室のある四階に大きな掲示板があるって入学案内に書いてあったはずだけど……」

 

 現在二人は学校の階段を登っている。

 清澄高校は四階建ての校舎、下級生の一年生はその長い階段を全て登りきらなければならない。

 

「長いよ、この階段……」

「咲は運動不足だな、でも毎日ずっと登っておけば慣れるって……って、あるじゃねえか、掲示板!」

「え、どこ!?って、目の前に」

 

 階段を登りきり四階に到達した所のすぐに、大きな掲示板があった。

 そこには自分のクラスを確認する者が多数おり、ざわざわと少なからずにぎやかな状況になっている。

 

 咲と京太郎も同じように掲示板を見て、自分の名前がどこにあるか探す。

 だがこの二人、似ていた。自分の名前を探すのは当然として、隣にいる者。咲なら京太郎の名前を、京太郎なら咲の名前を一緒に探していたのだ。

 

 ――――そして。

 

 

 

 

 

「「見つけた!京ちゃんの(咲の)名前!」」

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「はあぁぁぁ、ダルいー、眠いー……」

 

 体育館で上級生による吹奏楽の演奏や、校長先生やPTA会長などの生徒にとっては特別ありがたくも無いお祝いの言葉、そんな色々なイベントが含まれた入学式も無事終了した。

 その後クラスに戻ってきた生徒達。その中でも淡は、長い話がよほど堪えたのか机に頭を突っ伏してぐったりとしている。

 

 

 

「俺がお前等の担任だー、最低でも一年間は受け持つからよろしくなー」

 

 そんな中、担任の先生による声がクラス内に響く。

 

「早速だが、皆に軽く自己紹介してもらおうか。と言っても時間もそんなにあるわけでもないから、自分の名前と軽く特技とか、趣味とかそんな感じで適当になー」

 

 淡もその言葉を寝そうになりながらしっかりと聞き取る。

 淡本人、初日から悪い方向では目立ちたく無いと一応は心がけてはいるのだ。

 

 

 

 

 

「――――よろしくお願いします!」

「おうよろしく、んじゃ次大星ー」

 

 出席番号順で自己紹介が行われていく中、少しの時間を経て淡の出番がやってくる。

 淡はふぁい、と眠そうな声を出しながら座っていた椅子から立ち上がる。

 

 

 

「えっと、名前は大星淡……みんなよろしくっ!清澄にはテ……宮永先輩がいるから来ました!麻雀部入って、全国優勝しちゃいます!」

 

 クラスから今まで以上にざわざわとした声が出てくる。

 

 一応、ここの学校で照は有名人である。

 麻雀というメジャーな競技の全国個人戦優勝者がいるのだ、有名じゃないわけがないというのも当然かもしれないが。

 

 だが個人では強くても清澄麻雀部が強いというのは別の話である。

 麻雀の強豪校で打ちたいなら、長野なら名門の風越に、それ以外でも東京やら大阪やらの学校に進んで行くのがセオリーだろう。

 

 当然、清澄にも照に憧れて入部を希望するという者も多数いた。去年の話、ではあるが。

 入部希望者が皆怯えて麻雀を嫌いになり辞めていくという噂、それは結構広まっており、今年清澄に麻雀目的で進学する者は去年ほどはいないと考えられていた。

 

 

 

「……大星、それは本気で言ってるのか?」

「えっ?当然じゃないですかー」

「……そうか、ならいいんだが」

 

 この担任も麻雀部の事はわかっているので、淡もその麻雀を嫌いにならないかという事を心配する。

 が、結局は本人次第、意思は尊重するので無理に引きとめはしなかった。

 

 

 

「……なあ、大星さんってもしかして女子インターミドル二位?」

「うん、そうだけど?」

 

 一人の男子生徒が何かを思い出したかのように質問を投げかけた所、あっさりと肯定の返事が淡から来る。

 その事を聞いたクラス内の生徒はほとんどすげー!とか、マジ!?等の驚きの声がいたる所から出てくる。

 

 

 

「ま、大星に時間割きすぎても他の生徒が自己紹介出来なくなるからここまでな。後は個人で聞くように。んじゃ、次ー」

 

 その声を無理やりストップさせるかのように担任が自己紹介を他生徒に振っていく。

 それでもまだ、ちらほらとざわつきがあり収まりきっていない現状だが。

 

 

 

「ねむ……」

 

 当の淡本人はそんな事は知らん、と言わんばかりに再び机に頭を突っ伏す。

 

 

 

「須賀京太郎です、やりたい事はまだ別に決まってないですけどまずはクラスの人と仲良くできたらいいなーって思ってます。そんなわけでよろしく!」

 

 次々と自己紹介が進んで行く中、淡は意識を手放すか手放さないか、そんな瀬戸際の中で戦っていた。

 クラスの人の自己紹介で何となく名前は聞こえてくるものの、頭の中を右から左へと突き抜けるかのように入っては来ない。

 

 

 

「――――よーし、次は宮永なー」

「はい、えっと、私の名前は宮永咲で……」

 

 

 

 その時突然ガタガタッ!!といったこの場、このタイミングには相応しくない奇妙な音が鳴り響く。

 自己紹介をしようとした人物――――咲はポカン、と口を開き、その他クラス中も元々人の自己紹介を聞くために喋ってはいなかったが、空気が余計に静まり返る。

 

 

 

「……えっと、大星どうしたー?」

「えっ?あ、その」

 

 音を鳴らした犯人、淡にクラスの全員の気持ちを代弁するかのように担任が聞く。

 

(ま、まずい!宮永咲という名前に驚いてこんな現状作っただなんて言えないし、どうやって言い訳をしよう……!?)

 

 淡は言い訳を考えながら物凄く焦る。

 もしかしたらこの学校に来ていないかもしれない、だが探していた人物、宮永咲が自分と同じクラスにいたのだから。

 

 ここで正直にサキがいたからびっくりしました!と淡が言ったら周りに変な目で見られるのは確実だろう。

 だから淡は考える、この場で怪しまれずに且つ無難な言い訳を――――!

 

 

 

「えっと、寝てて変な夢見ててびっくりして起きた時に足を机にぶつけて音が響きました!」

「ほーう、正直者は嫌いじゃないぞ。とりあえずこの自己紹介終わったら職員室に後で配布する全員分のプリントがあるから持ってくるように」

「うえぇっ!?」

 

 

 

 言い訳をしたつもりが逆に正直者とみなされる、淡にとっては予想外の展開。

 そんな淡の意図を知らないクラスメイトにとっては、まるでコントのようなやりとりに笑いが起きる。

 

 

 

「えっと、自己紹介続けていいですか……?」

 

 そして、放置されててちょっと涙目になる自己紹介中の生徒もいたそうな。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「なあ咲……学食行こうぜ!」

 

 数日後、授業が普通にスタートしたある日の事。

 京太郎が突然咲に学食を食べに行こうと、提案を持ちかける。

 

 ――――そしてその勢いのまま昼休みに食堂に二人は行ったわけだが。

 

 

 

「はい!レディースランチ!」

「おー、うまそー!」

「ったく、京ちゃんったら!ただレディースランチが食べたいだけで私を呼ぶなんて!」

「いやー、だってさ、滅茶苦茶うまそうだったんだよ、今日のレディースランチ!」

 

 ただ単に京太郎がレディースランチを食べたいが為に、咲を食堂に来るよう提案したのだ。

 そんな調子のいい京太郎に対し咲は、少し怒って、呆れたような口調で話す。

 

 ちなみに咲は、家から持ってきた弁当だ。 

 

「……ん?何の音?メール?」

 

 突然ピロリン、といった軽い機械音が流れたので何かなと隣の京太郎の方を向いたら指で携帯をいじっていた。

 

「いや、ちげーよ。ほら」

「……麻雀?京ちゃん、麻雀するんだ」

「おう、といっても役を全部覚えたのは最近何だけどなー」

 

 京太郎がやっていたのはスマホの麻雀アプリだった。

 

「いや、結構面白いな麻雀って!まだ全然できねーけどさ、最近凄い麻雀やるのが楽しくてさ、麻雀部に入ろうかどうかも迷ってるんだよね、俺」

「麻雀部、か……」

「あ、咲。そういえばさ……」

 

 京太郎は何かを思い出したかのように咲に改めて話しかける。

 

「――――咲の姉ちゃん、いた事も知らなかったけどさ。びっくりしたよ、まさか麻雀全国優勝してるだなんて、そしてこの高校にいるって」

 

 自己紹介の際に、咲は担任にこの事を指摘され、京太郎を含めクラスが騒然とした。

 担任もあまり騒ぎを大きくするのはまずいと察したのか、深くは追求しなかった。だが、宮永咲の姉は宮永照、そしてその姉はここの麻雀部で全国優勝をしているという事実だけでも麻雀に興味ある者は勿論、興味が無い者でも驚くような事であった。

 

「咲は麻雀できるのか?」

「うん、一応は……でも、あまり麻雀は好きじゃない、かな」

「……そっか」

 

 京太郎はこれ以上麻雀の話題を振るのはやめようと考えた。

 長い付き合いだったからこそわかる、咲の触れちゃいけない雰囲気、それに踏み込みかけていたという事を京太郎は何となくであるが、認識した。

 

 だからこそ別の話題に変えようと京太郎が考えた矢先――――咲が、再び口を開く。

 

「……いや、ごめん。やっぱり、麻雀は好きなんだ、とっても。だけど、ちょっとね」

 

 言葉だけの意味を捉えるならば、咲の言っている事はかなり矛盾しているだろう。

 だが、京太郎はその言葉の意味を理解し、同時に考える。

 

(咲に何かしてやれる事ねーかな……)

 

 麻雀関連で咲が何かしらの事を起こしたのだろうと、京太郎は推測した。

 仲のいい、親友とも言える立場の咲に対し、何かしてあげたい。だが、その何かが京太郎には浮かばない。

 

 

 

「……とりあえず、飯食おうぜ!冷めちまう!」

「……そうだね!だけど、私はお弁当だから既に冷めてるけどね」

 

 腹一杯食っておけば元気になるだろう、とその場しのぎではあるが悪くは無い案を京太郎は浮かび、それを咲に促す。

 そしてお互い食べようとした矢先――――

 

 

 

「――――ちょっとそこにお邪魔させてー!」

 

 強引にレディースランチを同卓のテーブルにドカァッ!と置く人物、現る。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「はあ、最悪なんだってば!今日に限って私の周り皆弁当だし!危うくぼっちという屈辱を味わう所だったよ!」

 

 こう愚痴をもらすのは突如現れた金髪の生徒――――淡。

 新しいクラス、とりあえず席の近い人同士どんどん仲良くなっていくよくある法則。その中で、淡以外の周りの女友達は全員弁当持参という不運。

 よって淡だけがこうして食堂にやってきたのだ。

 

「あはは、大変だったね……えっと、大星さんだよね?」

「うん、大星だよー。だけど淡って呼んでもいいよ!」

「えっ?……うん、淡ちゃん!私も、宮永咲だけど宮永でも咲でもどっちでもいいよ」

「じゃあサキで!えっと、そっちは……」

「俺?須賀京太郎だよ。ま、あの一度の自己紹介だけじゃ中々名前全部は覚えきれないわな。俺もどっちで呼んでもいいぞ」

「じゃあキョータローで!キョータローも淡って下の名前で呼んでいいよ!」

 

 咲と京太郎、二人からすれば同じクラスなだけで席も遠く、まだ話す機会もほとんど無かったのにも関わらずすぐに溶け込む淡であった。

 

「ねえねえ、サキとキョータローって仲いいの?」

「まあ、幼馴染みたいなもんだな」

「京ちゃんとは中学でずっと同じクラスだったしね」

「へー、付き合ってるの?」

 

 そんな唐突な鋭い質問に京太郎は口に含んでいた麦茶をブッ!と心の中で吹きかけたが何とか飲み干す。

 

「ゲホッ、何でそうなるんだよ!付き合ってなんてないって!な、咲?」

「え?で、でも私、きょ、京ちゃんなら別に……」

「何言ってんだお前はあああああ!?」

 

 速攻で否定したのにも関わらず何故か顔を若干赤らめながら混乱する咲に気づいた京太郎は、つられるかのように混乱してしまう。

 ――――そんな漫才のような二人を見た淡は。

 

 

 

(あー、これはテルに劣らないポンコツ臭……)

 

 何かを嗅ぎ取っていたとか。

 

 

 

「そういえばさ、二人は何かの部活に入るの?」

 

 このままだったら二人は混乱し続けるだろうと察した淡は、とりあえず話題を変えようとする。

 

 そしてこれは淡にとってかなり興味深い質問内容でもある。

 偶然とはいえ、こうして咲と話す機会が出来た。京太郎はともかく、その咲が果たしてどこの部活に入ろうとしているのか。――――果たして麻雀部に入る気持ちが現時点であるのか、気になっていた。

 

「え、ぶ、部活?」

「部活なあ……一応考えているのは無い事はないけど。あ、そういえばさ。淡って麻雀部に入るんだっけ?」

「ん?そうだよー」

 

 逆に京太郎から淡に対し同じような質問を返した。

 

「ほら、自己紹介の時に宮永先輩……ここにいる咲の姉ちゃんがいるから来たって言ってたじゃん。やっぱ、憧れてここに来たのか?」

「んー、ちょっと違うかな。まあ憧れもあるっちゃあるんだけどね」

 

 京太郎の質問に対し全てではないが、若干の否定をする淡。

 淡がここに来た理由は、それだけではない。過去に戻ってきてまた再び高校一年生を迎え、色々な思いを見に宿し照のいる麻雀部を目指してきた。

 

「実はさ、テルとは結構長い付き合いなんだよねー。だからサキの事も多少だけど知っている事もあったんだよ?」

「えっ?」

「うん、呼び捨てで呼ぶくらいは付き合いが長いね。まあ、結構序盤から呼び捨てで呼んでた気もするけど」

 

 咲は淡が言った予想外の言葉に驚いてしまった。

 咲としては、淡も自分の姉である照に憧れて清澄に入った物だと思っていたからだ。だが、淡からは照とは結構な親しい関係のような口ぶりだ。

 

「自己紹介の時私が机をガタッ、て大きい音出した時あったじゃん。あれ、寝てたんじゃなくてサキの名前を聞いてびっくりしたんだよ?まさか、同じクラスだなんて、ってね」

「へー、そんな関係が宮永先輩とあったのか……びっくりだぜ」

 

 京太郎は淡の予想外の交友関係に驚く。

 自分の親友である咲の姉と親しい関係の者が、まさか同じクラスにいるとは思わないだろう。

 

 

 

「……お姉ちゃんは」

 

 今まで黙っていた咲が口を開く。

 

「お姉ちゃんは、やっぱり私の事、嫌ってた?」

「えっ、おい咲?」

 

 嫌い、という言葉が出てきた事に京太郎は思わず反応してしまう。

 

「そう、だよね。私、駄目な子だからお姉ちゃんに嫌われててもしょうがないよね……」

「咲……」

 

 京太郎は何がどうなっているのか咲から聞きたかったが、それをしなかった。

 このタイミングで追求したら、咲が壊れてしまうかもしれないと思ってしまったからだ。

 

 そして、そんな咲を見ていた淡はこんな事を考えていた。

 

 

 

(……うわ、これは思った以上に酷いすれ違いというか、何というか)

 

 嫌ってなんかいないのに咲はそう思い込んでいる、そんな姿を見てこう思ってしまった。

 

(私が口で説明するのは簡単なんだけどなー、まあ、仲直りはできるのかもしれないけど)

 

 それだけでは根本的な解決にはならないと、淡は考えた。

 

(多分それだけじゃ、サキは麻雀部に入らないと思うんだよなー。一度はお姉ちゃんが私の事を嫌いにさせた麻雀はしたくないって感じで)

 

 淡の考える根本的解決は咲と照が和解、そして咲が麻雀部に入ることだ。

 淡自身、咲と麻雀をしたい、五人目の団体戦メンバーにしたいと考えているのだ。まだ対局した事は無いがあの照が強いと言っていた咲、それと組みたいという気持ちが淡にはある。

 

(でもなー、根本的な解決方法が見つからない……どうしようかなー?)

 

 と、淡は色々と思考するが中々いい案が出てこない。

 

 

 

「だああああっ!!」

 

 そんな時、少し口を閉じていた京太郎が我慢できない、と言わんばかりに口を開いた。

 

「きょ、京ちゃん?」

「だめだ、難しい事は考えられねえ!おい、咲!」

「は、はい!?」

「ケンカしたなら、謝れよ!口で謝れないなら……そうだ、麻雀で謝れよ!」

「え、どういう事それ!?」

 

 麻雀で謝る、という謎の言葉を発した京太郎に対し咲は物凄く疑問に思い突っ込んでしまう。

 

「あ、いや……何か俺も混乱してて適当に言ってしまった、悪い」

「いや、案外いいんじゃない、それ?」

「えっ?」

 

 京太郎としても自分でよくわからない事を言った自覚はしていたので淡に肯定された事に対し困惑してしまった。

 

(まあ、麻雀で謝るってのとは違う気もするけど……何かこの姉妹は、今なら麻雀でしかしっかりと語れない気がするんだよねー。そういった意味では、キョータローの案はいい案だね)

 

 結局は牌に愛された姉妹なんだろうな、と淡は推測する。

 ならば語るべき場所は、卓の上ではないか、と。

 

「でも……」

「咲、不安なら俺も麻雀部入部するぞ!」

「えっ?」

「いや、咲の為ってのもおかしいな。元々麻雀部に入るか迷ってたわけだし、そうだな、咲はついでだ!」

「京ちゃん、それは酷くない!?」

「そうだな、そのついでで不安になっている咲のそばにいてやるよ。そんな顔した咲、ずっと見たくはねーからな。だから、頼むから元気になってくれよ!」

「きょ、京ちゃん……」

 

 言っている言葉自体はいい物ではないが、その本質が伝わった咲は、感激して思わず涙を目に浮かべる。

 ――――が、そんないい展開の所に水を差す者が一人。

 

「え、キョータロー麻雀部入るの?」

「ん?そうだぞ、今決めた!」

「……止めた方がいいんじゃない?」

「何で!?そしてこのタイミングでそれを言うの!?」

 

 淡であった。

 せっかく少し京太郎がかっこよく決めたのに、台無しである。

 

「キョータローって麻雀結構打てるの?」

「いや、役を最近全部覚えたくらいだな。まあ、初心者なのは否定しないな」

「うん、やめよう」

「だから何で!?」

「まあ、下手したら精神障害とか起きちゃうかもしれないからねー」

「麻雀ってそんなに過酷な競技だっけ!?」

 

 そんなのは自分の知っている麻雀じゃないと、京太郎は思わず叫んでしまった。

 だがしかし、淡の言っている事は意外と外してはいないのも事実である。京太郎は勿論、冗談と捉えているが。

 

 そして、淡は京太郎の心を燃え上がらせる言葉を言ってしまう事に。

 

 

 

「ま、雑魚はお呼びじゃないって事だねー」

「……あ?」

「いや、一応善意なんだよこれでも。サキは知っていると思うけど、テルは凄いからねー」

「え?えっと……」

 

 ずっと落ち込んでいたのは自分のはずだったのに、こんな空気じゃ落ち込んでなんていられないと咲は何となく感じてしまった。

 というより、落ち込んでいる暇が無い、と。

 

「……言うじゃねえか」

「ん?」

「上等だよ!絶対に入部するからな!そして淡を負かす!」

「へー、私の実力は高校百年生レベルだよ?」

「あぁ!?なら俺だってすぐに百一年生になって追い越してやらあ!」

「まあ、その頃には私は千年生になってるだろうけどねー」

 

 燃え上がる京太郎に対し、ニヤニヤしながらそんな京太郎を見る淡。

 そしてそれをオロオロしながら見る咲。

 

「おい咲、今日の放課後麻雀部に行くぞ!」

「え?あ、うん」

「じゃ、放課後麻雀部だねー。私もまだ入部してなかったから、ちょうどよかったかな」

「あれ?淡ちゃんてっきり入部しているのかと思ったけど」

 

 咲は淡が既に麻雀部に入っているとばかり思っていたので、疑問に思う。

 

「新入生歓迎会とか、そういうの面倒臭いからねー。だからちょっと遅れて入ろうと思っていたから、ちょうどよかったかな?」

 

 去年ほどではないにしろ、今年も照に憧れて入部希望をする人はそれなりにいるだろうと淡は推測していた。

 そして麻雀が怖くなりやめていく、そういう人物と関わるのが淡は面倒臭かったのだ。

 

 

 

(急だけど)

 

 咲は一人、思考する。

 

(自分でも、どうなるかわからないけど……これを、きっかけにしたい。お姉ちゃんと、また再び)

 

 まさか今日麻雀部に行く事になるとは夢にも思っていなかっただけに、未だ実感もわかないどころか、心の中で怯える部分、行きたくないと思う部分もある咲。

 だが、引きはしない。それは仲直りをしたいという自分の強い気持ち、そして京太郎の支えのおかげもあるだろう。

 

 

 

(んー、うまいこと乗ってくれたな、キョータローは。気持ちは強そうだし、面白そうかな?)

 

 淡はうまく挑発に乗った京太郎を見て、そんな事を考える。

 

 別に挑発をしなくても京太郎は麻雀部に入っただろうが、それは咲の為という考えが強い。それだと、麻雀は趣味程度でしか取り組まない可能性もあるだろう。

 入るからには本気でやってほしい、そんな考えを持っていた淡はあえて京太郎を挑発し、そしてあの流れだ。

 

 初心者でも、本気で取り組めばどんどん伸びる。

 

 

 

(でもなあ、精神障害云々は割と事実何だよなぁ……キョータローいい奴っぽいし、ぶっ壊れなきゃいいけど)

 

 照と咲の関係の問題とは別に、また悩みを抱える淡であった。 




今回のまとめ

淡、受かる
三人、同クラス(優希は別)
咲、安定のポンコツ
京太郎、この時点でまだ入部していない(原作相違点)

淡って無邪気で少しキチ……ぶっ飛んでいるイメージなのに、何故か突っ込み役になってしまいがちなのは何故だろう。周りがそれ以上にぶっ飛んでいるせいなのか。

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7,清澄高校麻雀部

今回で清澄高校の部員は全員集合ですね。
ある程度予想がついてた……というか、これしかないだろ、って感じのメンバーですが。


「しっかし、麻雀部の部室が旧校舎の方にあるってなあ……」

「行くの面倒臭いよねー、まあ部室は別に汚いとか、設備不足とかそういうのは無いから大丈夫って聞いてるけど」

「淡はまだ一度も行った事が無いのか?」

「うん、実は旧校舎自体に入るのも初めてだったり!」

 

 淡、咲、京太郎の三人は授業を終えて、放課後に麻雀部への部室へと向かうため旧校舎を訪れている。

 

「咲、大丈夫か?」

「え?」

「いや、さっきからずっと黙ってるからさ。昼はああ言ったけど、きつかったら無理する必要は無いんだぞ?」

「ありがとう京ちゃん、心配してくれて。でも……大丈夫だから、うん、大丈夫」

 

 咲は自分にも言い聞かせるように二度、大丈夫という言葉を繰り返す。

 それを見た京太郎はそっか、と一言だけ呟いた。

 

 

 

「あ、あれっぽいね!全く、旧校舎まで来るのも面倒なのに一番上の階って凄いだるいしー!」

 

 そう愚痴をこぼすのは淡。

 

 三人はようやく麻雀部の部室の目の前まで辿りついた。

 京太郎が一歩前に出て部室のドアをノックしようとした所、隣にいた淡がそれを無視するかの如く――――

 

 

 

「こんにっちわー!」

「おい、ノックくらいしろよ……」

 

 思いっきりドアをノックする事無く、勢いのままに開ける淡。

 それを見た京太郎は思わずため息をつく。

 

 

 

「……あれ、淡さんですか!?」

「そういう貴方は煌先輩じゃないですかー、お久しぶりですっ!」

 

 そんな淡達をまず出迎えた人物、二年生の煌であった。

 

「清澄に入学してくれたんですね、すばらです!淡さんは、麻雀部に入部希望ですか?」

「もちろん!」

「あれ、えっと……そちらのお二方は?」

 

 淡と一緒に来た咲と京太郎の姿を見て、煌は指摘する。

 

「須賀京太郎っていいます、俺も入部希望です!」

「おお、初の男子部員でしょうか!?それはすばらな事ですね。っと、今言ったようにここには男子部員はいないのですが、須賀君は大丈夫でしょうか……?」

「勿論ですよ!こいつには、負けられないんで」

「へー、キョータローは誰の事を言っているのかなー?」

「おめーだよ!」

 

 京太郎は淡の事を横目で見ながら言ったので、それに気づいた淡はわざととぼけた振りをする。

 そんな二人を見ていた煌は、

 

「ふふ、やる気がありそうで何よりですね。すばらです。私は花田煌、二年生の麻雀部員ですよ」

 

 と、自身の自己紹介をしながら新入部員を歓迎する。

 煌としても、やる気がある人物が入ってきたほうが当然、嬉しいのだ。

 

 というか、やる気が無いとまず、精神が持たないといった方が正しいか。

 

 

 

(淡さんが連れて来た、という事は一応、期待してもいいのでしょうか。……まあ、打ってみないとわからないですけどね)

 

 照の事を知っている淡が連れて来たという事は、知ってて連れて来たという事になるから、期待してもいいのではないかと煌は頭の中で考えていた。

 

 

 

(……って、あれ?)

 

 煌がまだ名乗っていないもう一人の人物を見て、少し感じる所があった。

 

(もしかして……)

 

 自分がいつも見ている先輩と、どこか同じ雰囲気を感じる人物。

 

 

 

「えっと、そちらの方は……?」

「あ、宮永咲って言います!ここに来ているのにも関わらず言うのも何ですが、私はまだ入ると決めているわけじゃなくて……」

「……ふむ、当然部活動はどこに入るのか悩みますよね。大丈夫ですよ、勿論ここに来た以上は入ってほしいなーとは、個人的には思いますけどね」

「あはは……何だかすみません」

 

 この時期はまだ一年生はどの部活に入るのか完全に決め切れていない時期でもあるので、咲みたいな生徒はいてもおかしくないだろう。

 そしてそんな生徒に対してごく普通の会話をしながら、煌は別の事を考えていた。

 

 

 

(あれが……照先輩の言っていた、妹ですかね?)

 

 話だけは聞いていた、照の妹。

 そして事情も全部を聞いているわけではないが、煌も何となく知っている部分もある。

 

 照も咲が来るとは限らない、と言っていたので煌としては咲が来た事はとても嬉しい事だ。

 そしてあの照ですら咲は強い、と言っていた。

 

(是非、入って頂ければすばらなんですけどね……)

 

 その咲が入ったとすれば、大きな戦力だ。

 そして戦力以前に、ついに団体戦を組む事が出来る。

 

 

 

「あれ、そういえば煌先輩だけなの?」

「えっと、照先輩はちょっと遅れると言ってました。もう一人私の知っている後輩が入部しているのですが、もうそろそろ来るはず……?」

 

 その時だ。

 部室のドアの向こうから聞こえる階段を思いっきり駆け上る音。

 そして音は部室の前で止まり――――

 

 

 

「こんにちわだじぇ!」

 

 バン!と淡が入ってきた時にも負けず劣らずの音が部室中に鳴り響いた。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「じょ?もしかして三人は新入部員か!私は片岡優希って言うじぇ、今年入学してきた一年生だじょ!よろしくな!」

「あはは……まだ入ったって決めたわけじゃないけど。よろしく、片岡さん。私は宮永咲だよ」

「む、そうなのか?っと、そんな堅苦しい呼び方じゃなくて、優希でいいじょ、咲ちゃん!」

 

 突然部室に入ってきた人物――――片岡優希は、早速フレンドリーに三人に話しかけていく。

 

「私は大星淡だよー、呼び方はどっちでもいいよ、私はユーキって呼ぶね!あ、私は入部決めてるんでよろしくー」

「おう、よろしくだじょ淡!で、そっちの金髪ヤンキーは?」

「金髪だけどヤンキーじゃねえ!俺は須賀京太郎だよ、どっちで呼んでも構わないぞ。あと俺も入部決めてるからな」

「よろしくだじぇ!」

 

 元々この一年生達――――いや、咲は少し違うかもしれないが、基本的に誰にでもフレンドリーに話しかけるタイプだ。

 だから馴染むのには時間がかからないどころか、数分で仲良しだ。

 

「今年の一年生は活きがいいどころか、チームワークも良くなりそうで嬉しいですね」

「私達の力で清澄レジェンドを作るじぇ!」

「まあ、私一人の力だけでも余裕だけど皆がいればもっと余裕かなっ!」

「す、凄いね二人とも……」

 

 とりあえず、どこか似ている所がある淡と優希であった。

 自信過剰、ムードメーカー。煩すぎるといっても過言ではないくらい、部は盛り上がるだろう。それは咲も、思わず引いてしまうくらいに。

 

 

 

「じゃあ、面子も揃った所で――――」

 

 麻雀部に面子が揃う、それ即ちやる事は一つ。

 言われなくてもわかっている、淡と優希はワクワクしている顔、それを見て苦笑いする咲、あまりよくわかっていない京太郎。

 

 

 

「――――打ちますか?」

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「照先輩は一時間ほどで来ると言っていたので、半荘よりかは東風でサクサク打ちますか」

「やった!私のホームだじぇ!」

「後は五人の中で誰が抜けるかですね、最初は一年生同士で打つというのも面白いですが……」

 

 そう煌が提案した所、気まずそうな声を出す者がいた。

 

「あの……俺、初心者なんで最初は見ていてもいいですか?」

「あれ、須賀君は初心者だったんですか?」

「いや、その……何か、すみません」

「何も謝る必要なんてどこにも無いですよ。初心者でも大歓迎ですし、これから上手くなればいいんですから」

 

 煌が京太郎に対しこのように返事をする。

 京太郎はそれを聞いて少し気が楽になったのか、安堵の表情を見せた。

 

「それならそうですね、須賀君は最初は観戦という事にしましょうか。どの視点から見ても構いませんが……」

「京太郎!私の視点から見ていると凄く参考になるじぇ!」

「淡さんの打ち筋なんて見るとどうでしょうか?」

「じょ!?」

 

 煌は淡の実力を知っているので、それを見るように京太郎に勧めた。

 ナチュラルに煌からスルーされた優希は、どこか悔しがっている。

 

「淡ですか?」

「ええ、淡さんはインターミドル二位の凄い実力者ですし、とても参考になると思います」

 

 淡に関してはそれ以上の物を持っていると言っても過言ではないが、事実として残っているインターミドル二位。

 その肩書きだけでもかなりの実力者であり、下の者から見れば参考にする部分がたくさんあるだろう。

 

「へー、キョータローは私のを参考にしちゃうんだー?」

 

 と、ニヤニヤしながら淡は言う。

 こいつには負けられないと先程言っているのにも関わらず、それを参考にするという事はもう既に負けを認めているのとある意味同義だろう。

 

 

 

「……ああ、じゃあせっかくだから参考にするわ」

「あれ、キョータローの事だからお前なんか絶対に参考にしねえ!って言うと思ってたのに」

「淡は俺をどんな奴だと思ってるんだよ!?……流石に初心者の分際でインターミドル二位に勝てるだなんて思ってもいねえよ。……今はな」

「ふーん?」

 

 淡はそんな京太郎の言葉を聞いて意外だな、と感じていた。

 

(いいじゃん、意外と伸び白あるんじゃない?キョータローは)

 

 ただのお調子者ではなく、自分の実力をしっかりと自覚し、吸収出来る所からは吸収しようとする。

 そんな京太郎を見て、淡は伸びる可能性はある、と感じた。

 

 

 

「……じゃ、打ちますか!」

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「まあ、これが私の実力かなー!」

「東風なのに一位になれなかった……!?」

「はは、私がラスですか……後輩に負けると、流石に悔しいですね」

 

 東風戦一回目。

 序盤は優希がリードしていたが、徐々に淡が追い上げていき、そのまま一位に。

 振込も無く安定し、プラマイ0で終えた咲が二位、終盤振り込んだ優希が三位、振込こそ無かったものの和了も無く、親の時に大きいのをツモられ失点してしまった煌が四位。

 

「流石淡さん、強いですね」

「淡ちゃん本当に強いじょ、東風なら一位になれる自信があったのに……」

「まあねっ!私が強い事なんて知ってるから!」

 

 煌と優希から褒められ、謙遜せずに強いアピールをする淡。

 

「わからん……何であの時淡は振り込まないで止める事が出来たんだ」

「まー、色々あるんだよ。まだキョータローには難しいかもしれないけどね」

 

 対局中、明らかに浮いた牌なのにも関わらず振り込まなかった場面があった。

 それを疑問に思う京太郎だが、淡からすると初心者には理解するのは難しい事だと指摘する。

 

「咲さん、打ってみてどうでしたか?」

「えっ?凄く久々で……家族以外の人とやるのは初めてだったから、新鮮でした」

 

 煌から話題を振られ、それに答える咲。

 咲がこうして麻雀をするのも何年ぶり、というくらい久々な事なのだ。

 

 

 

「……よし、それではもう一度対局しましょう!須賀君、是非やってみてはいかがでしょうか?」

「……そうですね、見ていてやりたくなりました。通用しないかもしれないですけど」

「別に今通用できなくても大丈夫ですよ。それに、麻雀は運の要素が強い競技です。どんな初心者でも、チャンスはありますよ」

「……よし!やります!」

「じゃあ、私が今度は抜けるので須賀君はここの席に入ってください」

 

 煌は京太郎にやってみるように促す。

 京太郎も実際に対局している所を目の当たりにして、かなりやる気が上昇していた。

 

 

 

「じゃあ、二戦目行きますか!」

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「飛んだ……」

「これが私の実力だじぇ!」

「きょ、京ちゃんしっかり!」

「キョータロー、次!次頑張ればいいから!」

 

 東風戦二回目。

 東三局、京太郎が飛んで終了。

 

 一位は勢いのまま親で和了りまくった優希、二位が咲、三位が淡だ。

 京太郎のかなり落ち込む姿を見て咲はともかく、淡ですらフォローを入れるような状況である。

 

 

 

「……ってかよ」

 

 京太郎が力の無い声で話し始める。

 

「最後に飛ばしたの、お前だろ、咲……?なのにしっかり、って励ますって何か違くないか……?」

「あっ、その……ごめん、和了牌だったからつい」

「まあ、和了牌なら仕方ないじぇ」

 

 最後に止めを刺したのは優希でも淡でも無く、咲だった。

 京太郎の捨てた牌をロン和了、飛びという流れであった。

 

 

 

「須賀君の麻雀部デビュー戦が飛びですか……いや、むしろこれ以上悪い事は無いと考えて、這い上がれば大丈夫ですよ!」

「花田先輩、凄くプラス思考ですね……」

 

 煌から励ましと呼べるのかわからないレベルの励ましを京太郎は受ける。

 ある意味、メンタルの強さがかなり強い煌だからこそ言えるような台詞なのかもしれない。

 

 

 

(……ユーキ、結構やるじゃん)

 

 淡は対局しながら冷静に場を振り返っていた。

 

(確かに能力は使わないで打ってたけど、あの勢い、火力は中々。一回目は上手く流れを止めながら打てたけど、二回目はキョータローというカモのせいで止められなかったなー)

 

 今回の対局では淡は能力を使わずに打っていた。

 それでも実力の高い淡である。それに対し、十分対抗できる程の実力を優希は持っていると淡は感じていた。

 

(サキは……うーん、よくわからなかったな)

 

 淡はずっと麻雀に対し様々な努力をしてきた。

 そしてここ数年で、他人、場を観察する能力というのが非常に優れるようになってきた。

 

 だがそんな淡でも、咲に関してはよくわからなかったのだ。

 

(煌先輩はまあ……流れが来てなかったんだろうなあ)

 

 振り込まずにラスというのは、攻める所を見極められなかったという部分も無くはないが、それ以前に運が無かったという要素の方が強い。

 結局は麻雀というのは運の要素が強い所もあるので、仕方の無い事でもあるが。

 

(キョータローはまあ……お疲れ、うん)

 

 心の中ですら、哀れむ淡であった。

 

 

 

「どうしましょうか?またメンバー変えて打ちましょうかね?」

「そろそろタコス力が切れそうだじぇ、一度買いに行きたいじょ」

「優希、そういうのは部活前に買うのが常識ですよ……それに、旧校舎からじゃ本校舎の食堂に行くのも時間がかかるで……ん?」

 

 煌がかかるでしょう、と言おうとした所部室のドアからノックの音が鳴り響く。

 

 

 

「はーい、どうぞー」

 

 煌が了承の返事を言い、ガチャリと淡、優希のような常識知らず達とは違い、ドアが静かに開く。

 

 

 

「ごめんね、遅くなった」

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「あっ、照先輩だじぇ!」

「テルー!ひさびさ!」

「あ、淡だ」

「反応薄っ!?」

 

 部室に入ってきたのは清澄の最上級生でもあり、全国チャンピオンの――――照だ。

 手には、何かが大量に入っている袋を持っている。

 

「これ、遅れたお詫び。みんなにはお菓子、優希にはタコスを買ってきた」

「流石すぎるじぇ!」

「……お菓子はテルが食べたかっただけじゃないの?」

「…………そんな事ない」

 

 勿論皆で食べようという意識もあったものの、大半は自分が食べたいという欲望の方が強かったため否定するのに多少の間が開いた照であった。

 

「今日は優希以外にも三人の一年生が来てくれたんですよ」

「へえ、だから少し人数が多い気がした……?」

 

 その一年生三人はどんな人物なんだろう、と照が目を向けた所一人の人物に集中してしまった。

 長い付き合いの淡でも無い、見た目チャラそうである意味目が行きそうな京太郎でもない。

 ただ一人の妹――――咲である。

 

 

 

「煌、今日って私が来る前に何回か打った?」

「えっと、東風を二回ですね」

 

 それを聞いた照はお菓子の入った袋を床に置き、真っ先に対局の牌譜が入ったパソコンに目を向ける。

 そして――――パソコンの前に立つ、だけ。

 

 

 

「煌、牌譜ってどうやって見るの」

「……ちょっと待っててください」

 

 やっている事だけなら間抜けかもしれないが、照の声質が明らかに違う事を煌は感じたので急いでパソコンを操作する。

 煌も、こんな照を見るのは初めてなのだ。

 

 

 

「これ、ですけど……」

 

 その中で照は点数の覧だけに目を向けた。

 そして、咲のスコアを確認する。二戦共に、プラマイ0だ。

 

 その事を確認した照はパソコンから目を離し、咲に目を向け――――

 

 

 

「咲」

「お姉ちゃん」

「打とう」

「うん」

 

 ずっと会話をしてこなかった、何年ぶりともいえる、会話にすらなっているのかわからないようなやり取り。

 二人は既にやる気満々である。

 

「えっと、どうしましょう?照先輩と咲さんが入るとして、残り二人は……」

「じゃあ、俺抜けてもいいですか?せっかくチャンピオンの打つ所を見れるなら、参考にしたいですし」

「……キョータロー、テルのは参考とか、そういうレベルじゃないかも」

「……えっ?」

 

 思ってもいなかった言葉が淡から飛んできたので、思わず驚いてしまった京太郎。

 

「私も一度抜けたいじぇ、少し休憩したいじょ……」

「……じゃあ、私と淡さんが入ることにします?」

「私は別にいいよー、煌先輩こそ……大丈夫?」

「……メンタルの強さだけが取り得なんで。淡さんこそ」

「んー?私は大丈夫、強いからね」

「羨ましいですね、その強さ」

 

 いきなりのよくわからない言葉のやり取りに、意味を理解できなかった京太郎と優希は首をかしげる。

 

(キョータローとユーキは気づいてないかな、今のあの二人……異質)

(あそこに入っても大丈夫、と簡単に言える淡さんも、本当にすばらですね……)

(煌先輩の言葉、信じるよ。ぶっ倒れられても困るしねー)

 

 淡と煌は、何となくわかっていた。

 現在、照は今までの照とは違う。麻雀を打つ時には容赦無い打ち筋の照だが、それを超えるかのような、オーラのようなものが伝わっていた。

 

 咲も咲で、先程までののらりくらり打っていた咲とは違う。何かの意気込みを感じるような、強いものが出ていた。

 

 淡も煌もそんな二人に挟まれて打つ事になるので互いに心配しあい、先程のような会話になったというわけだ。

 

 

 

(……咲?)

 

 だがここに、もう一人変化に気づいていた者がいた。京太郎だ。

 照の普段を知らないためそっちには全く気がついていないが、普段から長い付き合いの咲の変化には気づく事が出来たのだ。

 

 いつものようなおっとりとしていてどこか抜けている咲ではなく、あそこにいるのは京太郎の知らない咲だ。

 

(……頑張れ)

 

 咲は今、ケンカをした姉の前で色々な物が頭の中で渦巻いているのだろうと京太郎は推測する。

 そして今、京太郎が出来ることと言えば一つだけ。

 

 

 

(……頑張れ、咲)

 

 この対局を乗り越え、咲と照の明るい未来に繋がっていく。

 そう祈りながら、応援するだけだった。




今回のまとめ

淡と優希は似てる(気がする)
京太郎、飛んで死亡
咲、プラマイ0
照、やっぱり機械オンチ

シリアスな場面でも照はポンコツだった。
今回でいきなり照と対局すると思っていた方もいたかもしれませんが、次回からという事で。


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8,清澄内対局(前)

半荘戦をそこそこ真面目に書くと、前半と後半に分かれてしまいがち……




 照、淡、咲、煌の四人が対局をすべく、席に着いた。

 今回は場決めの結果、東家が煌、南家が照、西家が咲、北家が淡という場所になった。

 

「さて……ルールはどうしましょう?先程まで東風で打っていたのですが」

「半荘で打とう」

 

 煌が説明をしていた所、照からは東風ではなく、半荘で対局しようとの声がかかった。

 

「わかりました……他の二人も、半荘で大丈夫ですか?」

 

 咲も淡も無言で頷き、肯定の意思を煌へと送る。

 

 

 

「さて、じゃあ……始めますか」

 

 いつものように生き生きとした声ではなく、どこか重い質の声を用いて煌はスタートの合図を出す。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

(さて、この場で起家……全く嬉しくもないのですが)

 

 東一局が始まり、煌はまず全体を見る。

 

(何かもう……心が折れそうなのですが。照先輩はいつも以上に怖さがあるというか、咲さんは先程までとは違い何かの凄みを感じるというか……)

 

 煌の頭の中で、自分は象の群れの間に一匹で存在する蟻のような物だと感じていた。

 ライオンの群れに解き放たれた草食動物よりも、よっぽどタチが悪い。

 

(……っと、こんなんじゃ駄目ですね、すばらくない。どんな相手だろうと、私は最後まで自分の意思を貫き通す!)

 

 それでも、折れかけても折れないのが煌のいい所である。

 どんな相手だろうと、挫けない心。

 

(しかし……)

 

 照と咲はいい、この二人は実際に対局してて感じる凄さがある。

 だが、それと同時に別の肌では感じない凄さを目で見て感じる所があった。

 

 

 

(な、何で淡さんはこの空気でいつも通りでいられるんですかー!?……本当に、すばらな事で)

 

 こんな場にいながらも、いつも通りの淡なのだ。

 今の淡から直接ひしひしと伝わってくるようなものは特別あるわけではないが、普通でいられるという事がこの場においてはどれだけ凄い事か煌もわかっているので、賞賛する。

 

 

 

「あ、煌先輩それロンですよー。3900」

「っと、ダマで張ってましたか……」

 

 煌が捨てた牌で淡がロン和了する。

 

(振り込んだとはいえ、やはり照先輩は最初は動いて来ませんでしたか……ここまではいいのですが、次からが問題ですね)

 

 次から始まると予想されるのは、照の連続和了だ。

 それも親番なので、非常にまずい展開である。

 

(とはいえ、咲さんも何かありそうな予感……淡さんは、どう動いてきますかね)

 

 その無敵とも言えなくも無い照に対し、自分も含め咲、淡とどのように動いていくのか。

 煌はこの後どうすればいいのかを考えながら、回りの様子を見ていくのだった。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

(はー、凄いね、これ本当にやばいんじゃない?)

 

 そう考えているのは先程和了った淡である。

 

(今、私は能力を使ってないからテルに何か言われるんじゃないかなーって思ってたんだけど、なーんも。眼中なしって感じかな。自身の集中力をどれだけ高めてるんだかねー?)

 

 現在淡は絶対安全圏もダブリーも無しに、普通に打っていた。

 淡としては全力で打て、とか何かしらの指摘を受けると思っていたが、何も無しだ。

 

(もう、ありゃ完全に自分の世界だね。あとサキを見ているくらいかな?)

 

 それならば付け入る隙が、とならないのが照という人物である。

 

(素人が周りを見ていないのとは訳が違うんだよなぁ……場ごと、自分の世界に引きこむ感じ。こっちがいくら流れを変えようとした所で、無駄な努力になりそうなのがなぁ)

 

 例えば素人などが自分の事で精一杯で、自分しか見れていないとしよう。

 それならば単純な手でも振り込む可能性も高いし、こっちから狙い打つ事もやりやすくなったりする。

 

 だが、今回の照の場合はそういうわけでは無いと淡は推測する。

 

 照の連続和了は自身の豪運、技術というのも勿論あるが、他者の動きも見て確実にロンで仕留める事も少なくは無い。

 場の流れを把握した上で、自分の空間を作っていくのだ。

 

 しかし、今回は自分を高める事に特に集中し、そして強引に場を作る。

 咲以外に興味は無いが、落ちるなら勝手に落ちていけ、と周りに言わんばかりに。

 

 それは他人がいくら流れを変えようと干渉した所で、全て力で押しつぶされるだろうと淡は思った。

 

(仮に私が絶対安全圏を発動したとして……今のテルに効くのか自信無いしー。普段のテルならまだしも)

 

 照自身も淡の絶対安全圏は破れないと、発言はしている。

 だが、今の明らかに異質な照を見ていると本当にそうなのか?と普段自信家の淡ですら自信が無くなってしまう程であった。

 

(もし能力が通用しても全部無駄ヅモ無しで和了るんじゃない?あれ)

 

 そんな考えを張り巡らせながら数巡が流れて行き――――

 

 

 

「ツモ、500オール」

(あー、始まった……)

 

 照の攻撃が、開始される。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「ツモ、1100オール」

 

 照の親番はどんどん続いていく。それは打ち手に対し終わりなどあるのかと錯覚させるくらいに。

 

(だけど、このまま黙って終わる。そんな展開はすばらくない。攻めますよ!)

 

 それでも煌は攻める事を選択する。

 

(これは……食いタンのドラ3で、早く行ける手。これを逃すわけには行かない!)

 

 その意思が牌を引き寄せたのか、良配牌だ。

 速度も良し、火力も良しの手。そして鳴けるので、攻めやすい。

 

 

 

(煌先輩……折れてないね、持ってきてるのかな?)

 

 強い気持ちを察したのか、手自体が見えているわけではないが、何となく雰囲気で煌に良手が来ているのではないかと淡は推測する。

 

(どっちにしろ私のこの手じゃ重くてテル相手じゃ絶望的だし、フォローしようかな。様子見だけってのも面白みがないしねー)

 

 そんな気持ちで淡は最初の牌を捨てる。

 それも幺九牌ではなく、煌の鳴きやすそうな所――――

 

「それチーです!」

 

 中張牌、上手くそれを煌は鳴いていく。

 

(よし、鳴けました!しかし照先輩が親のこの展開、一年前に打った時を思い出しますね)

 

 Roof-topで対局したときも、淡の捨てた牌を上手く鳴いて煌は照の親番を流す事に成功している。

 

(あの時の展開と同じように、上手く和了れるといいですが)

 

 そんな事を考えながら、煌は不要な牌を捨てる。――――煌が捨てた、最初の牌だ。

 

 

 

「ロン、5800の二本場は6400」

「!?」

(えー……それは流石に予想してないって。……煌先輩、何かごめん?)

 

 煌もそれは無いだろうと疑ったが、嘘なんかではない。

 一巡目で振り込んだのだ。つまり、それが意味する事とは。

 

(照先輩、配牌時で聴牌?そんな事って……まあ、絶対無いとは言い切れませんが……特に照先輩なら)

(これ、煌先輩リアルに死ぬんじゃない?)

 

 最初から聴牌だったという事になる。

 勿論麻雀は運の競技、あり得ないわけではない。だが運ではなく、まるで必然かのように聴牌していた事が何よりも恐ろしいのだ。

 

 そしてありえないような振り込み方、また重圧の中打っている煌の事を心配する。体調面、精神面含め全てに関して、気をかけるが――――

 

 

 

(あ、あの顔全然大丈夫だわ。やっぱメンタル凄いよ、メンタルお化けだねー)

 

 こんな状況下にも関わらず、むしろ生き生きしている煌の表情を見て淡は心配は無用だったと察する。

 

(まあ、この場で死人が出る心配は無くなったからいいとして。問題はまだたくさんあるわけで)

 

 すぐに淡は切り替え、一番重要な事に目を向ける。

 

 

 

(……これ、飛び以外で止まるの?)

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 未だ連荘していく照の親番。東二局、三本場。

 

 それを快く思っていない人物がいる。いや、当然照以外からすれば全員連荘して欲しい人物などいないが、その中でも最初に比べ特に気持ちが切り替わった人物だ。

 

(ずっとこの状況、打ってて面白いわけが無いんだよねー?)

 

 淡だ。

 最初は照と咲の念願の対局という事もあり、淡にしては珍しく多少は様子を見ながら打っていた。

 

 だが、特別気の長い方でも無い淡は――――自らこの状況をぶち壊す事を決意。

 

(今のテルと打ってても面白くないし。まあ、テルの気持ちもわからなくは無いんだけどね?ただ、つまらない麻雀は、ヤダ)

 

 純粋に自分が楽しくないのは嫌、そんなシンプルな理由。

 シンプルではあるが、淡にとっては大事な理由である。

 

 

 

(絶対安全圏、配牌時聴牌……全て、使ってくよ)

 

 この局、淡は自身の全ての能力を使っていく。

 

 ちなみに今まではダブリー、またその能力を実際に目の当たりにした人はダブリー270度と呼ぶ者もいたが、淡はその呼び方を否定するようになった。

 前は即ダブリーをしていたが、今は必ずしもダブリーをするわけではない。それなのにダブリーという能力名は違うんじゃないか、とそんな理由だ。

 

 

 

 淡は自身の配牌を見て、考える。

 

(ここでダブリーしたとして……カンは賽の目から11。それじゃあ間違いなく速度で負ける)

 

 賽の目は3、普通ならダブリーで勝負していくだろう。

 だが、ここは普通ではない場。

 

(五向聴だろうと、テルはすぐ手を作ってくるはず……他家の捨てる牌に期待するのもいいのかもしれないけど、それすら操作されているんじゃないかなー)

 

 たとえ自身でツモ和了が出来なくても、照が振り込まなくても他家が振り込む可能性だってある。

 しかし、そんな可能性すら淡は完全にではないが、否定した。

 

(だったら……)

 

 淡の最初の捨て牌、それは聴牌を崩していく牌――――!

 

(今ここで求められるのは火力ではなく速度、そのために一度手を崩す……!)

 

 聴牌を崩す事によって速度を上げる、他の人からすると考えられない、淡だからこそ出来る芸当。

 

(しっかし、テルは五向聴になっても反応無しか。いつも反応無いけど、いつも以上に?)

 

 対面に座る照の表情等を見て、淡はそんな印象を受ける。

 見た目だけではなく感覚的に、だ。

 

 

 

 ――――四巡目。

 

(……さて、張り直した。点数は大した事無いけど、待ちは悪くない)

 

 淡は最初の役無し聴牌から上手く切り替え、ダマでも和了れるような手に張り替えた。

 まだ、誰も聴牌していない安全圏内。

 

(ここから……!私がここから、和了というゴールにたどり着けるかどうかが問題なんだよ……!)

 

 聴牌し直したという点も立派な部分ではあるが、和了出来なければ意味は無い。

 誰よりも実際に聴牌した淡が、それを一番わかっている。

 

 

 

「――――ツモ、4200オール」

 

 だが、和了ったのは淡では無かった。

 ――――七巡目、照がツモ和了を宣言する。

 

 

 

(……この化け物、本当に何なんだろうね?)

 

 悔しさを堪えきれない人物、聴牌まで漕ぎ着けたが競り負けた淡。

 

(どちらにせよ、乗り越えなきゃ何も始まっていかない。だったら――――)

 

 ――――更に化け物に私がなればいい、そんな事を淡は考える。

 

 

 

 そんな時の事であった。

 

 

 

「……へっくし!!」

 

 可愛らしいくしゃみが、その場を支配した。

 

「さ、咲さん?大丈夫でしょうか?……部室の暖房、少し温度上げますか?」

「い、いえ!ただ鼻がむずむずしただけで……」

 

 殺伐としていた空気が、一気にはじけ飛んだ。

 照の表情こそ変わっていないものの、険しい表情をしていた淡はポカン、と口を開いて呆然とする。

 

 そして、多少の間が開いてすぐさま――――

 

 

 

「あっはは!サキってば随分と可愛いくしゃみするんだねー?」

「え!?笑われるほどのくしゃみだった?恥ずかしいよお……」

 

 笑いながら、先程のくしゃみに関して指摘する淡。

 

 

 

(……いやー、うん。サキの何となく感じていた凄さのようなもの、姉に対する意気込みもあったんだろうけど……それだけじゃない、ちょっと今は柔らかさも感じるかな?)

 

 未だ何となくの域を超えることは出来ないが、それでも淡は少しわかったような気がした。

 

(仲直りしたい、楽しみたい、的な?……うーん、完全には私もよくわかんないー)

 

 そんな咲に対し、淡は一つ考え付いた事があった。

 

(……次の局、サキは何かするかもしれないなー。うん、今回は譲るよサキ!)

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 東二局、四本場。

 この局、淡は能力を使わない。

 

(さて、絶対安全圏じゃないから皆さんご自由にー。うん、私の手もフツー。とりあえず、様子を見ながら回していこうかな)

 

 譲る、とは考えたが別に自分が何もしないわけではない。誰も何もしなかったら、自分が和了っちゃうぞという気持ちで淡は打っていく。

 

(まあ、普通の手じゃどっちにしろテルを出し抜くのはきついんだけどねー)

 

 

 

 ――――三巡目、動く。

 

 

 

「リーチ」

 

 照のリーチ宣言がかかる。

 

(照先輩がここでリーチですか……!満貫以上が確定しているという事は、それだけ点数に縛りが来るという事。リーチがついて、満貫確定手ですかね)

(いやいや、それにしても早すぎるってばー)

 

 煌と淡はそれぞれ色んな事を思っていた。

 

 照の連続和了の縛りとして、徐々に点数を上げなければならない。

 先程は11700点の手――――つまり、それよりも高い手、満貫以上でなければならないという事だ。

 

 手を高くするには、様々な役を組み合わせなければならない。

 そしてその役の中にはリーチもある。それは別の言い方をすると、リーチしなければ満貫以上で和了れないという事が、連荘していくにつれ上がっていくという事になる。

 

 さらに言えば本来、高い手を作るのには安い手で和了するよりも時間がかかってもおかしくは無い。だがそれでもこの速度なのは、照だからとしか言えない部分だろう。

 

 

 

「それ、カン!」

「「!?」」

 

 照のリーチ宣言の際に捨てた牌を、今まで特に動く事の無かった咲がカンをする事により動く。

 

(……こんな所でカンってどういう事ですか!?)

 

 その行動に不安しか持っていない煌。

 

(……いいね、面白すぎるよ!最高だね、サキ!)

 

 対照的に淡は、その後の咲の動きを待ちきれないとばかりにワクワクした表情で見ている。

 

 咲は嶺上牌に手を伸ばす。そしてその牌を持つ表情は、今までで一番生き生きとした、これから起こることが既にわかっているかのような表情――――!

 

 

 

「……ツモ、嶺上開花、対々和、三暗刻、ドラ3。16000の四本場は17200です」

 

 

 

 咲が和了し、点数申告をする。

 そしてこのツモは、カン材を出した者の責任払い――――つまり、照が点数を全て払う事となる。

 

 卓にいる者、咲を除く三者は全て異なる表情をしていた。

 

 煌はこんな状況、照が先程の配牌の時点で聴牌をする事よりもあり得ない、と呆然とした表情で場を見つめる。

 淡は面白すぎる物が見れて超満足、といった具合に自分が高い手を和了したかのようにとても笑顔だ。

 

 

 

(……あ)

 

 そして、照は。

 

(私は、何をしていた?)

 

 目が覚める。覚めさせられた。

 

(自分しか見れなくなって、自分の事しか考えられなくなって。これじゃあ――――)

 

 あの時と同じじゃないか、と照は考える。

 家族麻雀で、咲とケンカした、そんな時のような。

 

(私は変われてなかったみたいだ、本当に駄目な姉。意識的にやったのかはわからないけど、今も咲に助けてもらわなかったら――――)

 

 自分は大変な事をする事になっていたかもしれないと考えた。

 このまま打ち続けてたら、咲だけではなく、淡や煌にも悪影響を及ぼす、そんな麻雀をしていたのではないかと。

 

(でも、目が覚めた、変われた。本当に咲には感謝しないとね)

 

 そうなる前に偶然か必然かは定かではないが、何とかなった。

 

(……だけど、まだ目覚めが足りないかな)

 

 

 

 照は突然、席を立ち上がる。

 対局中の三人だけではなく、京太郎と優希も、え?といった表情で照に視線を集中させる。

 

 そして――――

 

 バチンッ!!と、照は自身の顔を思いっきり平手で叩いたのだ。

 そんな突然の光景に、部室の中にいる全員が呆然とする。

 

 だが、照の奇行はそれだけでは終わらなかった。

 席を立ち上がるだけには留まらず、突然照の持ってきた――――お菓子の入った袋の所まで移動し、そこからアーモンドチョコと思われる物を取り出し、三、四粒口の中に含みバリボリと食べながら戻ってきた。

 

 

 

「うん、ごめぇんね。だいびゅおひちゅいた」

「……テル、こっちがだいぶ落ち着けない。あと、行儀悪い」

 

 食べながら喋っていたため上手く喋れなかった照に対し、淡が誰もが思っているであろう事を代弁しながら的確に突っ込む。

 

 

 

(……さっきまでの私は麻雀を楽しめていない)

 

 照は先程までの自分の打ちを振り返る。

 

(咲とケンカしてから、気づいた事。麻雀は何よりも楽しむ事が一番大切なんだって。……ケンカしてから気づくなんて、本当に駄目な姉だな、私は)

 

 あの家族麻雀は咲だけでなく、照自身も楽しめていなかった。

 楽しくなかったからこそ、ケンカに繋がった部分もあると。

 

(ありがと、咲。また前の自分に戻ろうとしていた所を、咲が助けてくれた)

 

 そんな事を思いながら、ちらりと咲の方へと目を向けて、すぐに目をそらす。

 

 

 

(ここからは……全力で麻雀を楽しむ。そして、勝つ!)

 

 

 

 空気の流れが変わった、対局している人物はそれを感じていた。

 

(何だか、軽くなったような……?いや、まだ重圧はあるのですが、受けていて悪い気分じゃない重圧というか)

(やっといつものテルになったかな。さーて、楽しむよっ!)

 

 それぞれが、それぞれの思いを持ちながら場に向かっていく。

 

 

 

(お姉ちゃん)

 

 咲も、心の奥底に秘めた思いを持ちながら場に向かう。

 

 

 

(私、負けないっ)

 

 

 

 東二局終了

 

 煌・8900

 照・31600

 咲・36400

 淡・23100




今回のまとめ

メンタルお化け、すばら
咲、ある意味空気を究極に読むくしゃみを発動する
照、悪い意味で魔王化しかける
照、行儀が悪い
麻雀って楽しいよね!(結論)

照が強すぎて麻雀描写を書くのが辛い。淡はまあ、強化?してダブリーだけではなく応用させた打ち方が出来るから結構書きようがあります。咲も、パッと見は絶対的ではなく、不気味な強さってイメージなので(自分の中では)書き様はそれなりにあります。
照の場合、和了→和了→和了→(以下省略)を、どうにかして防ぎつつ書かなければいけないというのが難しいですね。

あと煌から見た場の視点が一番書きやすい。一般人から見た化け物卓って感じで。

感想等は随時募集しています。


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9,清澄内対局(後)

この話で、ついに決着……!
対局の順位は、そして照と咲の関係はいったいどうなっていくのか!?

……まさか、そこにたどり着くのに9話も使うだなんて(焦り)


 ――――東三局、親は咲。

 

 

 

「なあ、優希」

「なんだ?」

「……これって、麻雀だよな?」

「当たり前、って言いたい所だけど完全に肯定出来ないのが辛いじぇ……」

 

 最初はあまり異質な空気を感じ取れていなかった京太郎と優希の二人ではあったが、現実に異質な対局を目の当たりにして疑問に感じている所があった。

 

「照先輩がああなのは割と普通だけど」

「普通なのかよ……!?」

 

 とは言っても、優希も照と実際に打っている人物の一人なので、連続和了を見る、実際に受けるのは慣れていた。

 否、受ける事に関してはまだ慣れてはいないだろうが。

 

 

 

「何だか、いつも以上に怖かったじぇ」

「……」

 

 何も気づいていなかった優希でも、実際に打っている所を見てほんの――――もしかしたら気のせいかもしれないレベルだが、異変を感じていた。

 

「だけど、何だかそんな物は吹き飛んだじょ!」

「……まあな」

 

 だが、それは先程までの話。

 もう、殺伐とした空気は存在しない。

 

 京太郎も優希も、安心と今後の展開に楽しみという点も重なり、笑みをこぼす。

 

「……はっ!」

「なした?いきなり何かに思いついたように……もしかして何か大変な事に気づいた、とか」

 

 突然何かに気づいたかのような反応を優希がしたのでそれに対し京太郎も反応してしまう。

 状況が状況なだけに、もしかしてまだ危惧する事があるのではないか、と京太郎も勘ぐってしまう。

 

「ああ、大変な事に気づいてしまったじぇ、京太郎」

「……!?」

 

 半ば冗談、だけど少し心配はしていたといった程度のものだったがまさか本当に大変な事だとは、と京太郎は心配する。

 ――――そして優希が気づいた大変な事とは。

 

 

 

「……試合に熱中しすぎてタコスを食べ忘れていたじょ!」

「…………ん?」

 

 あれ?俺は考えすぎていたのか?と改めて思考の上書きをする京太郎であった。

 

「確か照先輩が持ってきた袋に……はっ、これは呪われしチップス菓子、ドンタコス!」

「どこに呪われている要素が!?」

「知らないのか京太郎は!?これは呪われしタコス一族のご用達のお菓子でな……」

「いや……うん、何かもういいや」

 

 これ以上話していても時間の無駄だと悟った京太郎は、無理やり会話を切った。

 そして優希が袋から持ってきたのはドンタコス、だけ。

 

「あれ、タコスも買ってきたって言ってなかったっけ?」

「ふふふ、今日は主役は後で取っておく、そんな気分なんだじぇ」

「お、おう……」

 

 要するにタコスは最後に食べる、そういう事を優希は言っている。

 このタコス(優希)とは人間の会話が出来ねえ、そんな事を少し思い始めた京太郎であった。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

(……うーん、淡は何がしたいんだろう?)

 

 照は自身の配牌を見ながら対面の淡を気にする。

 

(今回は五向聴じゃないし……何か企んでる?)

 

 今回は配牌時点で二向聴の手。

 つまり淡が能力を使用していない、という事になる。

 

(別に五向聴自体は何度か打っていれば珍しい事じゃないし、そもそも淡は能力を全く展開していない?)

 

 先程東二局の二本場の時、照は五向聴スタートであった。

 だがそれは偶然なのか能力を使用された事による必然なのか、照は掴みきれていなかった。

 

(もうちょい淡というか、全体を気にしていれば気づけていたかもだけど、あの時の私は自分と咲しか見えてなかったからなぁ……)

 

 これがいつもの照ならば気づく部分があったかもしれないが、先程は周りが見えていなかった。

 

(……まあいい、ここはいつも通り自分の麻雀を貫くだけ)

 

 そして照は順調に手を作っていき――――

 

「ツモのみ、300、500」

 

 和了宣言。

 これで咲の親番は流れていく。

 

 

 

(まだまだ……この程度じゃ終わらせない!)

 

 先程のように悪い感情こそないものの、勝利への執念はいつも以上に高い。

 照は次も、その次も和了っていく事を強く決意する――――!

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 ――――東四局、淡の親番。

 

(ッ、五向聴……)

 

 照は自身の手を見てすぐさま、対面の淡を見た。

 ニコニコしていた。凄くニコニコしていた。

 

(随分と楽しそうに麻雀を打つね、淡……!こっちも楽しくなるよ、そんな笑顔を見たら)

 

 この笑顔、明らかに能力を使っているなと照は察する。

 そしてそんな笑顔を見て照も、楽しさの感情がより一層強くなる。

 

 楽しそうに麻雀をしている者が卓にいると、それは周りもいい意味で伝染していくのだ。

 それはある程度実力が拮抗していれば、と付け加えこそするが。

 

(だけど勝負は別……楽しんだ上で、私が勝つ!)

 

 

 

 ――――四巡目。

 

 

 

「ロンッ!三暗刻ドラ2、満貫だよー!」

「えぇっ!?うわあ、高いの振っちゃったよお……」

 

 淡の親満が咲に炸裂。

 絶対安全圏内での12000和了という離れ業をやってのける。

 

(さっきのサキの親の時はちょっと不気味さがあったからあえて能力を使わずにテルに流してもらったけどー)

 

 東三局の時、淡はあえて能力を使わなかったのだ。

 それは自身が能力を使うよりも、他人を使って咲の不気味な親を流したほうが確実だと感じたからだ。

 

 いわば、能力を使わないで自身を有利な方向に持っていくやり方。応用だ。

 

 

 

「ま、こっからは私の連荘で行くよっ!」

「……そんな事させると思ってる?」

「ふふふ、いくらテルであろうと今日の私は止められないよ!それに、今までだってテル相手に連荘……連荘、したことあったっけ……?」

 

 喋りながら自身の記憶を探ってみるが、淡の中に照相手に連荘できたか、覚えていなかった。

 

「……今日の私は止められないよ!一本場!」

「淡さん、それさっきも聞きましたが……」

 

 煌からの冷静な突っ込みを受ける淡であった。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「ロン、1000点の一本場は1300点」

「うわああああん!テルがいじめるー!」

 

 あっさりと淡が振り込む事により、淡の親番は終了した。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

(……さて、また五向聴ですか)

 

 南一局、親は煌。

 先程からの配牌の悪さに頭を抱えてばかりであった。

 

(今回はとことんツキが来ないですね……いや、もうツキとかだけの問題では無いかもしれませんが)

 

 何故、との結論までは見えてこないものの、薄々と何かの力が作用しているのではないかと煌は感じている部分があった。

 

(……いや、これは?むしろ……)

 

 確かに、五向聴ではあるが今までの手と違う。

 ある意味、ここが自身のターニングポイントではないのかと煌は考えた。

 

(……やるなら、思い切って行きますか!)

 

 配牌から導かれる最後の形へのビジョン。

 煌はそこに向かって突き進む――――!

 

 

 

「ツモ、500、1000」

(……届きませんでしたか、本当に照先輩の速度はすばらです)

 

 照が和了る事により、煌の親が流れていく。

 煌の手牌――――国士無双一向聴。

 

(でも、自分の決断に後悔などありません。目的を持って、そこに向かって戦えているのだから)

 

 いくら点差が離れようとも、トップを諦めない煌。

 和了れなくても、自分のやりたい事に向かって打つことが出来たのだから後悔はしない。

 

(さて、まだ勿論トップは諦めませんが……)

 

 まだ残り三局高い手を和了り続ければ可能性が無いわけではない。

 

(……この点数、この楽しくて大事な対局を飛んで白けさせる、そんなすばらくない事はしたくは無いですね……)

 

 自身の点数を気にし始める煌であった。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 ――――南二局、照の親。

 

(……五向聴じゃない、私が親なのに?普通なら和了らせたくないと考えたら、能力は使ってくると思ったけど)

 

 照は自身の手を見てまた対面の淡を見る。

 ニヤニヤしていた。ニコニコというより、ニヤニヤしている。何かを企んでいる顔だ。

 

(淡が勝負を放棄するなんてまずあり得ないと思う……なら、何だろう。凄く、引っかかるな……)

 

 引っ掛かりを残しつつも、疑問は解消されない。

 それならば自身の麻雀を打つだけ、と照はいつものように打っていく。

 

 

 

「ツモ、1000、2000です」

(ッ!?そういう事……)

 

 だが、照よりも早く咲がツモ和了をした。

 

(ちょくちょく能力を使ってこない、とは思っていたけど……その時は全部、淡自身が和了らずに他の人が和了って、親を流してる)

(お、あの表情……テルは気づいたかなー?)

 

 照が何かを察したような表情をしたのを淡は見て、内心してやったりと思っていた。

 

(全く、淡自身の和了速度もかなり速いのに……よくそんな思い切った事をするよね)

(ふっふっふ、強さとは自分だけの強さだけではないのだ!他人を利用して、高校百年生が二百年生にも三百年生にもレベルアップするのさー!)

 

 今回の状況では淡は能力をフルに使った自分よりも、咲のほうが和了りが早いと判断した。

 だからこそ、今回も淡は能力を使用しなかった。

 

 

 

(……まあ、悔しくないわけが無いんだよね)

 

 だが、淡は流せたのを嬉しいと思うのと同時に悔しさも感じていた。

 

(一番の理想は、そりゃ自分が全部和了る事。他人の力を借りて三百年生よりも、自分の力だけで四百年生、五百年生の実力持っていたほうが絶対に良いのは明らか)

 

 他人の流れを見ながら打つ事を淡は覚えたが、淡自身の理想としては自分自身がとにかく最強、というのが理想なのだ。

 

(ま、そんなのは厳しいって過去の経験から何となくは察してるんだけどねー。今の自分の力を把握し、他人の力も把握しながら対局するってのが一番大切かなー)

 

 高い、ある意味無理な理想こそ持ちつつも淡は自分の力を、そして周りの力を理解しながら打っている。

 この無茶苦茶な理想こそ淡の変わっていない所だが、プレイスタイル、意識自体は確実に変化していた。いい方向にだ。

 

 

 

(さて、テルの親も流れたし。チャンスだよー!)

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 ―――南三局。

 

「それロン!親流して悪いねサキ、2600だよー」

「あー、当たっちゃったかあ……」

 

 淡が上手く咲から直撃し、咲の親を流す事に成功。

 

(今回は私の流れ来てる!テルとサキ、今回は二人を主役にしようかなって思ってたけど、私は空気を読まないよっ!トップ狙うから!)

 

 

 

 南三局終了時点数

 

 煌・6600

 照・34000

 咲・24800

 淡・34600

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 ――――オーラス。

 

「さーて、現在一位だし、最後に私の和了でこのままトップ狙っちゃうよー!」

 

 高らかに勝利への宣言をする淡。

 

(これは本当に淡さんが……?いや、まだわかりません。勿論私だって役満でトップ……!)

 

 煌は自身の勝利をまだ諦めない傍ら、内心かなり動揺していた。

 今まで煌が照の対局を見てきた中で、負けた試合が――――記憶に無いのだ。

 

 

 

「……ふぅ」

 

 照は大きく息を吐き、心を落ち着かせる。

 

(正直、淡の点数はともかく……咲のこの点数、途中からこの展開は予想していた)

 

 咲の点数、現在は24800点。

 

(3飜40符……5200点。それで30000点、プラマイ0になる)

 

 そう、プラマイ0への道が出来ているのだ。

 

(私や淡、煌相手に……容易にその道が出来ている、それだけでとんでもない強さ。咲が本当にプラマイ0麻雀をしなければ、多分私よりも強くなる)

 

 プラマイ0とは、狙って出来るような物ではない。

 点数を調整しなければならない。それは、トップを狙う事よりも難しいことだ。

 

 それを照達のような実力者相手にやろうとしているのだ。実際、出来つつあるのだ。

 

(咲は優しい、そして臆病な子だったから、自分も傷つかないように、他人もある程度傷つかないようにプラマイ0しか打てなくなってる。ある種、呪縛でもありそれが咲の勝利条件にもなってる)

 

 家族麻雀で咲は他人を傷つけたくなかった、そして自分も傷つきたくなかったという気持ちからプラマイ0の麻雀をするようになった。

 そしてそれは、プラマイ0になる事は自分が傷つかなかった、他人もそこまで傷ついていない。つまり咲の自己満足、咲からすると勝利したという事になる。

 

(私は……)

 

 照は頭の中で決意する。

 

(……絶対に勝つ!勝たなきゃならない!呪縛を解き放ち、咲に再び麻雀の楽しさを知ってもらうためにも――――!)

 

 自分が勝ちたい、そんな単純な理由も勿論含まれている。

 だがそれよりも、最初の頃純粋に楽しんでいた麻雀、それを咲に取り戻して欲しい、そんな気持ちが強かった。

 

 

 

「リーチッ!」

(ッ、ここでダブリー!?)

「珍しく驚いた顔をしてるねテル、攻めないと思った?ガンガン攻めてくよ!」

 

 思ってもいなかった、淡のダブリー。

 しばらく来ていなかったので来ないと思っていたが、ここで仕掛けてきた。

 

 そして、リーチをしてきたという事は点数にも影響が出てくる。

 

 

 

(だったら咲は4000点和了の手、恐らく3飜30符の手になってくる……だけど私の予想だと、絶対にあれが来る。だったら順子が3の暗刻が1そんな感じになっているはずだ……!)

 

 この淡のリーチの時点で、咲の最終形すらも照は予測した。

 

 

 

「……ポン」

 

 七巡目、咲は三筒をポン。

 

(もう動いてくる……!だったら、こう……!)

 

 咲のポンに反応し、照は瞬時に手を変えた。

 ――――八巡目。

 

 

 

「カン!」

(ッ、このカン……テルに責任払いさせた時のような、そんな感じの……!)

(咲さんのカン、まさか……!?)

 

 淡も煌もその咲のカンに注目する。

 東二局、とんでもない和了り方をしたカンからの嶺上開花。一度だけしか和了してないのに、そのイメージが未だ脳裏によぎっていたのだ。

 

 京太郎も、タコスを食べながら見ていた優希も思わず動かしていた口を止めるほどの空間がそこには広がっていた。

 見るものを魅了させる、そんな空間――――!

 

 

 

 咲の顔は自信に溢れていた。

 嶺上牌がわかる、そして自分が和了る事がわかっているかのように。

 

 

 

 

 

「そのカン、成立しない」

「…………え?」

 

 だが、そこに待ったをかける者がいた。

 それはリーチをかけていた淡でもなければ、煌でもない。

 

 

 

「槍槓のみ、1300」

 

 

 

 照の勝利申告が、ここに放たれた。

 

 

 

 煌・6600

 照・36300

 咲・23500

 淡・33600

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

(――――ふうっ)

 

 対局が終了し、未だ皆が何が起こっているのか理解できずに固まっているような状況。

 照は心の中で、一息ついた。

 

(……勝った。こんなに泥臭い麻雀をしたのはいつ以来かわからないけど……絶対に負けられない戦いで、勝った)

 

 槍槓のみでまくる、などという泥臭いながらも劇的な終わり方。

 見事、照は勝利を掴んだ。

 

 

 

「……咲」

「…………え?」

 

 未だ呆然としていた咲に、照が自ら声をかけた。

 

 

 

「ごめん」

「……な、何が?」

 

 いきなり謝られても、何のことだか咲にはさっぱりわからない。

 

「こんな最低な姉で……!」

「ちょ、ちょっとお姉ちゃん!?」

「家族麻雀の時、咲に酷い事言って、本当にごめん……」

「え?あ、違うよ!あれは私が悪くて」

 

 ようやく何の事を言っているのか理解した咲はそれは違う、と言葉をかける。

 

「そんな事無い、あれは私が悪い」

「だから……」

 

 そんな事無い、と咲も言い返そうとしたがキリがない、そして照の話を最後まで聞きたかったので言葉を思わず止めてしまった。

 

「実はあの後、ずっと咲に謝りたいって思ってた」

「!」

「でも……言えなかった、私が弱いせいで。ねえ咲、目の前にいるのは謝ろうとして何年も謝る事が出来なかった弱い最低な姉なんだよ」

 

 照の声は弱く、そして震えていた。

 

「咲が私の事が嫌いなら……それでも構わない」

「お姉ちゃん……」

「私の本音は、咲とまたお喋りして、一緒に麻雀打って、部活にも入って欲しい……!けど」

「けどでも何でもない!お姉ちゃんの馬鹿っ!」

「え……?」

 

 照の言った事を否定するかのように、咲は強く声をあげた。――――咲は、泣いていた。

 

「お姉ちゃんの事を嫌いになるわけがない!お姉ちゃんは弱くなんかない!お姉ちゃんは……私のお姉ちゃんは、とっても強くて、ぐすっ」

「……咲」

「私だって、そんな事言ったらずっとお姉ちゃんと喋りたかった!だけど、私も歩み寄る事が出来なくて……」

 

 卓に座っていた両者は同時にガタッ!と立ち上がる。

 そして、泣いていた咲は照の胸に顔をうずめる。そう来るとわかっていたかのように照は、咲を優しく抱いた。

 

「お姉ちゃん……お姉ちゃん……!」

「咲……ごめん……!」

「うえええええええん……!」

 

 咲はずっと涙を流す。

 照も咲ほどではないが、少しずつ涙を流し始めた。数滴、涙が咲の髪の上に落ちた。

 

 その間、周りの者は声も出さずにその光景を見つめていた。

 一部、目に涙を浮かべる者もいる。

 

 

 

「……お姉ちゃん」

 

 少し時間がたち、若干の落ち着きを咲は取り戻した。

 

「どうしたの、咲」

「私、この部活に入るよ」

 

 咲は麻雀部への入部を宣言した。

 

「お姉ちゃんに負けて、次は負けたくないって思いが出てきたんだ。何だか、麻雀を思い出した気がするよ」

「そう……それは、よかった」

 

 麻雀を思い出す、という意味深な言葉を照も嬉しそうに理解した。

 

「お姉ちゃん」

「どうしたの?」

「麻雀って……楽しいよね!」

「……そうだね、麻雀は楽しい」

 

 

 

 そんな光景を見ていた周りも、それぞれ多種多様な反応をする。

 

 

 

「……ぐすっ、何かよく理解出来てないけど……よかったじぇ……タコスがしょっぱいじぇ……」

 

 状況を把握出来ていないが、雰囲気に流されて感動してしまった優希の目から涙、そしてタコスに滴り、それをかぶりついている。

 

 

 

(……よかったな、咲)

 

 咲の一番のつっかえが取れた事を理解し、幼馴染の京太郎は自分の事のように嬉しそうにその光景を見ていた。

 

 

 

(……はあ、この光景を見てると自分が負けた事なんてどうでもよくなってくるな。……いやいや、どうでもよくない!とにかくおめでと、テルにサキ)

 

 対局に負けた事を悔しがりつつも、先輩のテルが何年も悩んでいた事が解決したのを見て、心の中で祝福する淡。

 

 

 

 そして、その全てを代弁するかのように煌は涙声で言い放った。

 

 

 

「……本当に、すばらです!」




今回のまとめ

ド ン タ コ ス
淡、トリッキー
照、執念の勝利
無事、和解
麻雀って楽しいよね!(結論)
すばらっ!

ついに、清澄が一つになりました。次回からはテンポよく進んでいきたい所。
淡が思った以上にトリッキープレイヤーになってる。多分これが淡より格下なら、圧倒的火力で押すのでしょうが……最後のダブリーは、降りれない照に対しての挑戦みたいなものですね。

槍槓で照を勝たせるのは、最初から考えていました。照っぽくない気もしますが、どうでしょうかね。

……あ、照に顔をうずめる胸なんてないだろって思った人。誰かにロン(物理)をされても私は責任を取りません←

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10,合宿に向けて

ネタ多め回。何故か文字数が一万越え。

あと、楽しみにしていた人もいるかもしれないであろう、団体戦のオーダー発表がこの回には含まれています。意外と思う人もいるかもしれないし、まあそうだろな、って思う人もいるかもしれませんね。




(うーん……)

 

 時は過ぎ五月を迎える。

 

 現在、時刻は夜。

 家でベッドに横たわり枕に顔を埋めながら悩み事を考えている者が一人存在していた。

 

 

 

「お姉ちゃん、お風呂沸いたよー」

「ん、私はもうちょい枕の感触味わっていたいから……咲、先に入ってきていいよ」

「う、うん?じゃあ私から先に入ってくるね!」

 

 ベッドに横たわっている人物、照はそう咲に言って動こうとはしなかった。

 それを聞いた咲は風呂場へと向かっていく。

 

 

 

 また、再び仲直りし関係が元通り仲良くなった照と咲を見た父は、その時を初めて見た時は驚いたという。

 お互いに距離を置いているのを知っていながら、あえて見守る事しか出来なかった俺を許してくれ、と父は照と咲に謝罪した。

 

 父も父なりに互いに刺激しあいストレスにならないよう、悪いとわかっていながらも考えての行動だったのだ。

 その行動がいい事とは決して言えないが、父なりの気遣いだと照と咲の二人は察していたので、特別怒ったりするような事はしなかった。

 

 

 

 そんなこんなで、宮永一家はどこにでもいるような、姉妹の仲もいい、普通の家族に戻ったわけで――――

 

 

 

(これから……どうしようか)

 

 照は六月に行われるインターハイ予選の時間、どのような時間の使い方をするか悩まされていた。

 

(淡に関しては心配してない、煌も去年より徐々に力を伸ばしているから期待できる。優希はまだまだ足りない、咲は……)

 

 団体戦を組む上で、メンバーをどう指導していくかを照は考えていた。

 

 淡はずっとやる気を出して麻雀に取り組んでおり、実力も申し分ないため何も心配する所は無い。

 煌も一年間照と打ってきて、というか麻雀といえばほぼ照が卓におり、嫌でも実力が伸びるような環境にいたのだ。そして煌の努力している所を照は一年間見ているので、こちらもそこまで心配はしてない。

 優希に関しては面白いものを持っている、と照は感じていた。が、まだまだ荒削り、いわばダイヤの原石みたいなもの。それを磨けるかどうかは今後の時間の使い方次第だと照は考えていた。

 

 ある意味、一番問題なのは――――妹である、咲。

 

 

 

(やる気が無いわけではない……けど、勝ちへの執念が薄い。私とやる時以外、どうしてもプラマイ0になってしまう。……これは、思った以上に重症だった)

 

 咲の実力は、間違いなく相当のものである。

 だが、咲は最終的にはプラマイ0になってしまう。もはや、これは癖だ。簡単に治るようなものではなかった。

 

 ただ、照と打つ時だけは本気で勝ちに来る。そして実際、ほぼ五分五分の成績を残す。これには他の部員も驚くしかなかった。特に唖然としていたのは淡なのだが。

 だが照抜きの場合は、ほぼプラマイ0になってしまうのだ。

 

(普通、麻雀を打つ人は勝ったら楽しいって思うんだろうけど……咲の場合は打てたら楽しいだから、そこの意識もあるのかなあ……しかも咲の場合、特別大会に勝ちたいとか、全国に行きたいとかそういう目標も持って無さそうだし)

 

 咲は感性が他の人とは若干違う所があるのだろうと照は思っていた。

 勝つから楽しいのではなく、打つ事そのものが楽しいという意識だ。照と打つ時を除いて、だが。

 

 

 

(くそ、私がいない時の清澄の咲は何であんなに勝つ気に満ち溢れていたんだろう……?そして咲の先輩は、どんな指導を咲にしていたんだ……?)

 

 前の世界、その時の清澄の部長の久が咲に対しどのような指導をしていたのかは照は知らない。

 更に言えば、前の世界で咲が全国に行きたい、実際に行って勝ち上がってきた。その強い気持ちの源はお姉ちゃんと麻雀を通じて仲直りしたい、お姉ちゃんと会うまでは負けられない、という事とは張本人の照は知る由など無かった。

 

 つまり、現時点でそのお姉ちゃんの照がいて本来あったはずの目標というものが無いのだ。

 

 

 

(うーん……)

 

 この夜、照は今後の予定について悩み続ける。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「今度、合宿をする事に決めた」

 

 ある日、部室で照が部員達全員に突然言い放った。

 

「合宿、ですか?」

「うん、目的は全員のレベルアップって事で。場所に関しては大丈夫、勿論皆の親の了承とかは必要になるけど」

「ま、私は親に何て言われようと出るけどねー」

「私もだじぇ!」

 

 親に確認する事も無く、既にその事を聞いて参加する気満々の者も多数。

 

「私も勿論。すばらな内容の合宿にしたいですね」

「俺も!ま、俺だけ男子だし、団体戦メンバーでもないんだけどな」

 

 皆がそれぞれ了承の意志を伝える中、未だ声を出さない者もいた。

 

「咲?」

「え?あ、うん。その、合宿って言われてもイメージがつかなくて。今までそんな経験無かったから……」

「……泊りがけで部活をする感じだよ。普段の部活なら時間も限られてるけど、一日中時間を使えるから、普段出来ないような事をじっくりこなしたりとか」

 

 照は簡単に咲に説明をする。

 要するに泊りがけで麻雀の特訓をする、それだけの話である。

 

 

 

「ま、合宿をするって事だけ伝えたかっただけだから。あと、もう一つ重大なお知らせね」

「珍しいですね、こんなに連絡があるのも」

「どうせなら一遍に全部話しちゃおうって思って。えっと、女子団体のメンバー決めてきたんだけど。あ、まだ提出はしてないから変更出来るし、反論があったら勿論聞くよ」

 

 その言葉を聞いた途端、淡と京太郎以外のメンバーの表情が一気に引き締まった。京太郎においては関係の無い話だからなのだが。

 

 ここは女子部員が五人、つまり全員が団体メンバーに選ばれる事にはなる。

 だが、それぞれどこのポジションに配属されるのか楽しみでもあり、不安でもあるのだ。

 

 更に言えば、それを考えてきたのは全国チャンピオンの照なのだから。

 その期待に応えなければならないと思うのは当然なのかもしれない。

 

 

 

「先鋒が優希、次鋒が煌、中堅が私、副将が咲、大将が淡で行こうかなって考えてる」

「お、私が大将かー。テル、わかってるじゃんっ!って、あれ?皆、どうしたの?」

 

 淡は大将に選ばれた事に喜びを表現するが、他のメンバーは黙ったままである。

 特に優希に関しては、いつもの勢いはどこへやら、その言葉を聞いた途端自信なさげな表情をしていた。

 

「……まあ、皆言いたい事はそれぞれあると思うけど」

「うん、何でテルが先鋒か大将にいないのって疑問はあるよね」

 

 麻雀の団体戦のセオリーとして、先鋒にはチームを勢いづけるエース、大将にもチームを纏めれる、風格やら責任やら実力を持つ者がつくと考えるのが普通ではある。

 どのポジションもそれぞれに役割を持ち重要ではあるが、特に重要視されるのはこの二ポジションである事は間違いない。

 

 なのにも関わらず、照は先鋒にも大将にも名前を置かず、中堅と自分で言っていた。

 

 

 

「……じゃあ、一つずつ説明しようか。まず、優希」

 

 照は優希の目を見ながら説明していく。

 

「優希の麻雀はチームを勢いづける事が出来る。安定感こそまだ無いけど、そのスタイルは先鋒向きだと私は思ったから」

「……私が、先鋒」

「あと次鋒の煌。優希には安定感が無いからどっちに転ぶかはわからない……でもいい流れでも悪い流れでも、煌なら状況に応じて麻雀を打てると思った」

「なるほど……」

 

 照が優希と煌、それぞれに自分の思っている事、そのポジションに配置した理由を説明した。

 

 

 

「……納得、出来ないじぇ」

 

 だが、優希はまだ弱気な声を出す。

 

「先鋒に選んでもらったのは凄く嬉しいじょ。だけど、淡が言った通り照先輩が先鋒にいた方が実力的にも申し分ないし、勢いもつくんじゃ……?」

 

 これがもし、どこにでもあるような普通の高校、いや、あるいはそれなりの名門校でも優希は喜ぶだけ喜び、任せとけと言って終わったかもしれない。

 しかし、照がいる高校での先鋒というポジション。何故自分が?と思う所があってもおかしくはないだろう。

 

 

 

「えっとね、確かに優希の言った通り私が先鋒にいるほうがいいのかもしれない」

「だったら何故……?」

 

 照は意外にも優希の反論に対し肯定する部分も持っていた。

 それだけに、優希はさらに疑問に思う。

 

「優希と煌には、実戦経験を積んでほしいんだ」

「実戦経験……?」

「もし私が先鋒にいたらその場で全て飛ばして終わる可能性もある。それじゃ駄目なの」

(テル、その台詞を真顔で言うのは……まあ、可能性に関しては何も否定できないけど)

 

 心の中でひっそりと突っ込みを入れる淡であった。

 ここで照が言いたい事、それは。

 

「この部内なら、二人が一番伸び白がある」

「「!」」

「実際に試合で打つのは、普段打つのとは全然違う。試合の中で掴む物は、いっぱいある。煌も中々対外試合とかする機会なかったしね」

「そうですね……団体のメンバーが揃っていなかった事もあって、個人戦に出るくらいしかなかったですね」

 

 もしメンバーが揃っていたならば、煌ももっと打つ機会に恵まれていたのかもしれない。

 だが、清澄麻雀部では団体が組めなかった。

 

 普段の対局とも練習試合とも違う、実践の独特の緊張感、空気。それは人を思っている以上にレベルアップさせる、照はそう言いたいのだ。

 

「私が中堅にいるのは、二人がもし上手くいかなくてもフォローするために。だから二人は自分のやりたいように、思う存分楽しんで打ってきて欲しい」

 

 照が中堅にいるのは前二人がやられても、すぐ取り返すためにという理由からだ。

 これはその言葉だけの理由以上に、何よりも後ろに照がいるという安心感を二人には与え、ノビノビと打たせる事が出来るという所もある。

 

「正直二人は、特に優希はまだまだ全然駄目。だけど、実戦で何かを掴んで。そして自信を持って、強くなって」

「そんなすばらな理由が……」

 

 その言葉を聞いて、煌は表情をいい物へと変える。決意したという表情だ。

 

「よしっ、この花田煌、次鋒任されましたぁ!」

 

 煌は照の考えに賛同し、元気よく返事をした。

 

「優希は、不満?」

「いや、そんな事は無いじぇ……よしっ」

 

 優希も不安だった表情はどこへやら、いつものような自信に満ち溢れたような顔になった。

 

「照先輩に託された先鋒、任されたじょ!煌先輩にいい流れをつなげれるよう、頑張るじぇ!」

「ふふっ、その意気。誰よりも、先鋒らしい先鋒になって」

 

 優希の心理状況はこの短い時間で劇的に変化していた。

 照がいるのに先鋒、ではなく照に任された先鋒、という捉え方だ。チャンピオンがいるのにも関わらず自分が先鋒、というプレッシャーではなくチャンピオンに託された、エースのポジションという自信になる捉え方。

 

 そしてそれは今の実力はまだ足りていないのかもしれないが、全国チャンピオンにそれだけ期待されているという事。優希は、それが嬉しかったのだ。

 

 人によっては託される事をプレッシャーに感じる者も多数いるだろうが、優希にはそれが無く、むしろそんなマイナスではなくプラスに変える。本当に向いているポジションなのかもしれない。

 

 

 

「副将の咲、大将の淡に関して言うと……咲も安定してバトンを回せるし、淡には信頼してるから。それだけ」

「私が副将かあ……」

「ま、多分サキに回る前に全てが終わってそうな気もするけど……ちゃんと、全力でスタンバイだけはしておくから!」

 

 こちらに関しては簡潔に説明した。

 咲はともかく、淡に関しては自分でわかっているだろうと照は思っていたからだ。

 

 

 

(……咲はプラマイ0、つまりはそこはかなり安定して計算できる。それで淡にバトンが繋がれば、問題は無い)

 

 本来なら照は咲のプラマイ0自体を治したいのだが、このインターハイ予選までの一ヶ月という期間で治るかどうかはわからない。

 だからこその安全策でもある。勿論一番の理想は、咲が普通に麻雀を打つ事なのだが。

 

 

 

「さて、連絡は終了。オーダーに関しては、変更したいとかの点は大丈夫?」

 

 全員が大丈夫、と肯定の頷きをする。

 

「……よし、じゃあ今日も練習始めるよ」

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「ついたじぇえええー!」

「ついたあああああっ!」

「ふ、二人とも凄い元気だね……結構長い時間バスに乗ってたのに」

「というより、この二人はバスの中でもかなり元気でしたからね……」

 

 時は更に過ぎ、五月後半。

 清澄高校麻雀部は、合宿の日を迎えた。

 

 少し山奥にあるそれなりの広さの合宿所でやる事になる今回の合宿。

 そこまでの道のりはバスで、そこそこの時間もかかるという事で疲れている者も多数いる中で、優希と淡の二人は元気しかなかった。

 

 それは横で見ている咲と煌が思わず感心してしまうほどだ。

 

「あれ、京ちゃんは?」

 

 咲がキョロキョロと周りを見渡すが、京太郎の姿は無い。

 

「ああ、京太郎君ならさっきバスに忘れ物したって言ってたよ」

「えっ、既にバスが出ていて持って行かれちゃったって展開じゃないのそれ?」

「いや、バスはまだあったから大丈夫。多分、もうすぐ来ると思う」

 

 未だ来ない京太郎の姿について、照が咲に説明をした。

 そしてそれを言ってすぐに、荷物を持ってやってくる人物の姿が見えてきた。

 

 

 

「いや、悪い悪い!ちょっと忘れ物をしててさ!」

「あれ?キョータローこの前私にめっちゃでかい荷物を合宿所に運ばなければならねえ……って泣きそうな顔で言ってなかったっけ?それにしては随分、普通の荷物の量だね」

「ああ、それなんだがな……」

 

 実は合宿前に京太郎は淡に話の流れでたまたま、泣き言を漏らしていたのだ。

 その具体的な荷物とは――――パソコン。それも部室のかなり大きい物だ。

 

「煌先輩がな、言ってくれたんだ。誰かの家にあるノートパソコンを持ってくればいいんじゃないかって」

「え?あ、そういえばそんな事も言ってましたっけねえ……」

「まあ、確かにそんな簡単な事に気づけていなかった俺もどうかしてた、それは否定しない。けどよ……」

 

 すると京太郎は突然、照の方に目線を向けた。

 

「おかしいだろ、照先輩!」

「え、私?」

「確かにあの大きさの部室のパソコンを一人で持って来いというのは……というか、持ってこれるんですか?あれ」

 

 煌も京太郎に賛同するように、それ以前にそもそもあれを持てるのかという前提の話すら際どいラインであった。

 

「だって……どうやるかはわからないけど、牌譜とか取るのに必要なんでしょ、あれ」

「ノートパソコンでも出来ますから!」

「そうなんだ……ごめん、京太郎君」

「あ、その……素直に謝られると何というか、こっちこそすみません……」

 

 照はパソコンが牌譜を取るために必要という道具という所までは認識していた。

 だが、別にそれは部室の大きい物ではなく薄いノートパソコンでも出来るという事は全く知らなかった。

 

 要するに、照はパソコンについてほぼ無知だった。それが今回の話の問題点の原因である。

 

 京太郎も何となく話の中で察したのか、謝られた事に対し謝る事でしか対応できなかった。

 

 

 

「ねーねー、とにかく荷物を中に運ばない?」

「そうですね、いつまでも外にいても何も始まりませんしね。まずは荷物を運びましょう」

 

 淡の一声に煌が反応し、ようやくそれぞれが荷物を中に運んでいくのであった。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「よし」

 

 全員が寝室に荷物を置き、再び全員が同じ部屋に集まって来た所で照が一声発する。

 

「皆揃ったね。それじゃあ、今日のこれからの予定何だけど……」

 

 その時照が、いや全員が同じ行動をした。

 部屋にある時計に目を向けたのだ。既に、夕方と言える時刻に時計の針は指していた。

 

 

 

「ねえ」

 

 淡が全員を代表するかのように、自ら声を出す。

 

「今日ってお昼にはここに来れる予定だったよね?」

「う、うんそうだね。予定ではね」

「まあ、事故とか色々とハプニングが起きて遅れたのならしょうがないよ。だけどさ……バスの集合場所に来るのが何時間も遅れるってどうなのさ!?ねえ、テル、サキ!?」

 

 今回行われる合宿は二泊三日のメニューである。

 そして初日は正午ちょい過ぎの時間帯にはここに来れる予定だった。本来の予定は、だが。

 

「えっと……迷った」

「お姉ちゃんと同じく……」

「まあそうだろうね!?ってか、何で電話したのに出てくれないのさ!?」

「え、電話してくれたの?……あれ、電源がついてない。故障かな」

「それ充電してないだけだよね!?」

 

 あまりのポンコツっぷりに突っ込みが絶えることの無い淡であった。

 突っ込み疲れしたのか、若干ぜえぜえと息を切らしている。

 

「お、落ち着いてください淡さん!」

 

 そこに煌が、淡を落ち着かせるように声をかけてきた。

 

「照先輩がこうなのは日常茶飯事ですから!咲さんも、同じ感じとは思ってもいませんでしたが……」

「えっ」

 

 照はそれを聞いて心外な、と声を出すが全員がその声をスルーする。

 

「要するに、これは事故とかハプニングとかそういう類の物です。そう思っておけばほら、何も問題は無いでしょう?」

 

 そんな事を言う煌の目を見て淡は全てを察してしまった。

 あ、これはもう諦めているな、と。

 

(今思い返せば……)

 

 白糸台時代、何か動くとなった場合照には何かしら後輩がつきっきりで動いていたのを淡は思い出した。

 チャンピオンの特別扱いだと当時は思っていたが、そうではなかったのだと。いや、それはむしろある意味特別扱いなのだが。

 

 

 

「……この時間帯から打っても、中途半端だし皆も疲れが溜まっていると思う。だから今日は自由時間。勿論、打ちたい人がいれば打っても構わないし、休んでも遊んでも構わないよ」

 

 最終的にしっかり纏めてきたあたりは何だかんだ、部長なのだろう。

 ちなみに、誰一人として誰のせいで疲れが溜まったんだ、という突っ込みはしなかった。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「ごーはーんーのー」

「時間だじぇえええっ!」

 

 時間は過ぎ、夕飯の時間帯。淡と優希の二人は楽しみを堪え切れないのか、とりあえず叫ぶ。

 

 この場にいる全員が既に温泉に入り、浴衣に着替えてきていた。

 そんな中、とある人物は全体を見回し、その後ある思考をしていた。

 

 

 

(……ああ、これは普段苦労が多いであろう俺のためのラッキーイベントだ。間違いない)

 

 そう、唯一の男子部員、須賀京太郎である。

 

(煌先輩も結構な美人の部類、淡も普段は子供っぽいイメージなのに何だか……すっげー可愛い。これが浴衣の力なのか!?)

 

 まず煌と淡に対しての感想。

 煌に関しては美少女の部類だと京太郎は普段から思っていたので、それが浴衣を着ている事により更に可愛いといった普通の感想だ。

 

 淡に対しては、浴衣によりいつもの子供っぽさはどこかへ消え、かなりの美少女に見えると思ってしまった。

 

(照先輩ってあまり表情崩さないけど普通に美人なんだよな。……あれっ、咲もそう考えたら姉妹だけあって照先輩とかなり似てる所があるし美人なんじゃね?)

 

 照を見てから咲を見て、そんな事を思ってしまう京太郎だった。

 いつもは特に意識しないであろう幼馴染の咲ですら、どこか意識してしまっていた。

 

(それにしても……)

 

 京太郎は最後にチラッと優希の方を見る。

 

「む?さっきから色々と周りを見渡して……変態だじぇ!さては、この優希様を筆頭に見惚れたな!?」

(浴衣を着ていようが来ていなかろうがこいつだけはいつも通りだ、間違いない)

 

 そんな女子力を飛躍的にアップさせる浴衣というアイテム。

 それを持ってしても、京太郎は優希に対してだけはいつもの反応だった。

 

 

 

(しかし、なあ……)

 

 最後にもう一度、京太郎は周りにばれないように全体を見渡す。

 

 

 

(……おもちが足りない、ああ、おもちが足りない)

 

 清澄内のあまりの胸の無さに、思わず京太郎はそんな事を思ってしまうのであった。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「就寝時間目前だじぇ!」

「そんな時にやる事といえば、勿論!」

「枕投げしか無いに決まっているじぇ!」

「やっぱりわかっているな、ユーキ!」

 

 一日中テンションが尽きる事の無かった優希と淡の二人。

 そのテンションは、一日の最後まで持続していた。

 

 二人は必要以上ともいえる枕を既に手元へと蓄えていた。

 

「さて、と」

「もしかして現在考えている事は同じか?淡」

「……じゃあ、とりあえずせーので言ってみる?」

 

 二人はお互いに合図をし、せーので口を開く。

 

「「京太郎(キョータロー)の部屋に突撃だああぁぁっ!!」」

「え、あ、ちょっと二人とも!?」

 

 さりげなく自分が襲撃されるのではないかと密かに隠れていた咲だったが、予想外の行動に驚きながら隠れていた場所から出てくる。

 

「お二人とも、元気ですねー……」

「そうだね、元気だね」

 

 そんな二人を呆れ顔で見ていた煌と照であった。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「くそ……」

 

 一方、京太郎は悲壮感を身体中から出しながら眠りにつこうとしていた。

 

「しょうがないけど……俺一人は流石に寂しいっての」

 

 一人ぽつんと、広い部屋で布団を敷いて寝ているのだ。

 他の部員が同じ部屋でいるだけに、寂しさは増していくばかりだ。

 

 

 

「五人は部屋でまだ元気にしてんのかな……ガールズトークとかしてたり」

「うりゃああああああっ!」

「んなあああああっ!?」

 

 寂しさ全開で独り言を呟いていた京太郎の部屋のドアが突然開き、淡の襲撃を喰らう。

 

「追撃だじぇ!!」

「んなっ!?てめ、このやろ!」

 

 更に京太郎が怯んでいる隙に、淡が入ってからすぐにまた入ってきた優希の怒涛の枕ラッシュを被弾し、京太郎の怒りのボルテージは増すばかり。

 

 

 

「ふはは、悔しかったらこっちの部屋までくるんだな!」

「という事で、さよならキョータロー!」

 

 投げるだけ投げて、優希と淡の二人は京太郎の部屋から逃げていった。

 

 

 

「……上等だくおらぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「あの二人、大丈夫かな……?」

 

 咲はいなくなった二人の事を心配していた。

 

 京太郎はこのような事は結構乗ってくるタイプだと知っていたので、間違いなく仕返しに来るだろうと咲は思っていた。

 そして、京太郎はそのノリが度が過ぎる事がたまにあるという事も知っていたからこその心配である。

 

 

 

「てめーら待てこらああああっ!」

「やばっ!?キョータロー意外と速いよ!?ってか、気持ち悪っ!」

「一人の限界量の枕……それを二人分持って尚且つ走るスピードも速いとか、どういう身体の使い方してるんだじぇ!?」

 

 部屋の外から悲鳴と怒鳴り声が同時に聞こえてくる。

 咲はそれを聞いて、はあとため息をつくしかなかった。

 

 

 

「ヘルプぅぅぅぅっ!」

「やっと部屋にたどり着いた……じぇ」

 

 元気はあるが追い詰められて焦りしか見せていない淡と、逃げる事にスタミナを使ったのか結構バテ気味の優希の二人が勢い良くドアを開け、部屋へと戻ってきた。

 ――――そしてすぐさま。

 

「喰らえおらあああっ!」

 

 枕をこれでもか、と持ちながら部屋へと入ってきた京太郎。

 そしてその枕を淡と優希の二人へと投げていく。

 

 

 

「くっ……ユーキ、反撃するよ!」

「勿論……だじぇ!」

 

 その投げつけられた枕を拾い、すぐさま反撃に出ようとする二人。

 だが、その枕を投げてから思わぬ事態が起きる。

 

「え?」

 

 京太郎が咲の方へと向かって来たのだ。

 咲は何故自分の方へと向かってきたのか検討もつかなかった。そして、京太郎が行動に移した事、それは。

 

 

 

「咲ガード!」

「え?ぶっ」

 

 何と咲の身体の裏に隠れるという奇行をこの男はやり遂げたのだ。

 そして枕は咲の顔にクリーンヒットする。投げた張本人の優希も、ヤバいといった表情に変わる。

 

「もう……京ちゃんの馬鹿ぁ!」

「ちょ、痛い!グーの物理攻撃は止めて!やるなら枕、枕ぁ!!」

 

 ここで更に思わぬ行動に移った人物がいた。

 何と咲は、京太郎に向けてグーパンチでポカポカと殴り始めたのだ。

 

 か弱い少女の拳とはいえ、痛いものは痛い。京太郎は、涙目になる。

 

 

 

「にぎやかですねー……」

「そうだね。でも私は、この空気嫌いじゃないよ」

 

 そしていつの間にか煌と照以外の四人で全員がとにかく枕を投げ合うという展開に変貌していた。

 その光景を見ながら、煌と照はそれぞれが思った事をそのまま口にする。

 

 

 

 しかし、ここでこの枕投げ最大の事件が発生する事となる。

 

「ぶっ!?」

「あっ、やばっ……!」

 

 手元が狂ったのか、淡が投げた枕は自分の意志に反して別の所へと飛んでいってしまった。

 そしてその別の所とは、何と照の顔面、クリーンヒットである。

 

 

 

「……」

 

 照は無言でその投げられた枕を掴む。

 

 

 

 この時煌は、照を見ながら本来ならありえないような事を感じていた。

 

 まず、禍々しいオーラを放っているかのように煌の目からは見えたのだ。例えるならば、魔王のような。

 そして何故か、枕を持つ右腕が渦巻いているかのような、そんな幻覚すらも見えていた。

 

 

 

 そして照はゆっくりと枕を持つ右腕を振りかぶり――――

 

 

 

 放つ。枕はありえないような不規則な回転を見せる。そしてそのまま淡の元へ――――

 ゴッ!という枕とは思えない、鈍器がぶつかったかのようなおかしな音が部屋中に響いた。

 

 淡はその場に倒れる。

 まず、部屋中の空気が凍りついた。だが、近くにいた優希が何とかその場へ駆け寄り、状態を確認する。

 

 

 

「……息してないじぇ」

「……は?冗談だろ?」

 

 優希のたちの悪い冗談かと思い、京太郎も淡の元へ駆け寄って状態を確認する。

 

「…………マジ?」

「大丈夫、その内目覚める…………多分」

「信憑性ねえええええ!!」

 

 照が発言をしようとも、そんな物に全く信憑性など無かった。

 

 

 

 そんな感じで、清澄高校麻雀部の合宿は始まっていく――――




今回のまとめ

オーダー発表
淡と優希、とにかくはしゃぐ
照と咲、迷子
おもち不足
照、コークスクリューロン(枕)
淡、死す(三年ぶり二度目)

オーダーに関しては最初からこうしようと自分の中で決めてました。

あ、淡は実際には死んでませんからね!

感想等は随時募集しています。


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11,合宿

1~10話、もう一度編集し直して来ました。
主な部分は、地の文。某所で指摘された所を元に、地の文の三点リーダーをなくすなど、細かいところの訂正。

あ、話の内容そのものは全く変わっていないので大丈夫です!


「さて」

 

 日を跨ぎ、合宿二日目。二泊三日の内の、二日目の朝だ。

 

「今日から本格的に、打ってくよ。明日もあるけどお昼にはここを出るから、今日一日が一番大事になってくるから」

 

 全員が朝食をしっかりと取り、そして同じ部屋に集まっている。

 部屋には自動卓があり、そして京太郎が持ってきたノートパソコンもあり、十分な環境といえる。

 

 照は部長らしく、全員に声をかけ意識を高めるように促す。

 

 

 

「ねえテルー、私凄く頭が痛くて……しかも昨日の夜の記憶無いし、誰かわからない?」

「……きっと、一過性の頭痛。少し時間がたてばよくなるはずだから、痛くても我慢しよう」

「そうかな、うう……何だか内部というより、外部がズキズキするような……」

 

 だが、淡の一言で場がしまるような事はなかった。

 凄く頭が痛そうに、さすっている淡の姿があったのだ。

 

 そしてここにいる照と淡の二人以外の部員は全員して共通の事を二つ思っていた。

 

 一つは、記憶が無くなるってそれ本気でヤバい奴なのでは、という事。

 もう一つは、このポンコツ部長、さらりと流しやがったという事だ。

 

 

 

「……じゃあ、早速だけど打っていく。淡はちょっと休んでもらって後から入ってもらうとして、えっと……」

 

 その時、照は少し申し訳無さそうな表情をしていた。

 部員のほとんどは何故そんな顔をしているのかわからなかったが、一人だけその表情について見当がついている者もいた。

 

 

 

「……えっと、俺の事は気にしないでください。今は団体の方が大切、初心者の俺は気にしなくていいですよ」

 

 その声を聞いて他の部員も何となく察する部分があった。

 

 京太郎である。

 初心者という所もあって優先順位は他のメンバーよりも低い、と京太郎は自身でそんな事を思っていた。

 

 京太郎が卓に入ることにより、他の人が打つ時間も減ってしまう。そんな考えから、京太郎は遠慮をしてしまう。

 

 

 

「何言ってんのさ!?キョータローだって清澄の部員なんでしょ!?だったら、遠慮なく卓で打ちなよ!」

「いや……どう考えたって団体メンバーの実力アップの方が優先だろ。俺が卓に入って、他の人が打つ時間を割いたら……」

 

 だが、それに待ったをかける人物も。

 淡はそれはおかしいと声を荒げるが、京太郎は頑なに自分の意志を変えようとはしない。

 

 京太郎は優しく、気遣いが出来て、そして変な所で頑固なのだ。

 淡もそれを察したのか、自分が説得しようとしても卓には入ってくれないだろうと感じた。

 

 ――――だったら、それはそれでやりようがある。淡は、ある事を考えていた。

 

 

 

「あー、もう!それならこっち来て!ほら、さっさと!」

「え?ちょ、待てって!?」

「テル達は先に打ってていいから!ちょっと席外す!」

 

 そんな事を言いながら、淡は京太郎の腕を引っ張って隣の部屋へと行ってしまった。

 他の部員は、その一瞬の流れについていけず呆然とするばかり。

 

 

 

 だが照だけはそうではなく、考えている事があった。

 

(……淡には借りを作っちゃったかな)

 

 照も京太郎に関してはどうするべきか、迷っていた。

 打たせるべきか、打たせないべきか。

 

 京太郎が言うように、今は優先順位だと団体のレベルの底上げが一番必要になってくる。勿論、京太郎も大事ではあるが。

 

 普段部内で打つ時、京太郎が入る時は照は卓から離れる。

 その理由としては、当然実力差。強い相手と打つ事は、負けて悔しさを覚える、向上心のアップなど、いい事があるように思われる。――――が、離れすぎた実力差は、マイナスの面が多すぎる。

 向上心など生まれない、むしろ心が折れる。悔しさ所か、絶望感を覚える。それでは意味無いと、照も今までの経験からわかっている。

 

 そして今日、照は卓から離れないと決めていた。その理由として、優希や煌がいつも以上にどんどん自分に立ち向かって、掴む所を掴んで欲しいと思っていたからだ。

 ここに京太郎が入ってくるとなると――――正直な所、言い方は悪いが時間が無駄になってくる。自分が抜けて、それだけ団体のレベルアップの時間が減ってしまう。

 

 照は京太郎が優しい事を知っていたので、そんなこっちの気持ちを察してくれると、いわば甘えの気持ちがあった。当然、それは京太郎には申し訳の無い事ではあるが。

 だが、その照が直接どうにかしてやれない京太郎の事を淡はどうにかしてくれた。これは、大きな借りだ。

 

 

 

「――――さて、今いる四人でまずは対局するよ。今日は、というかいつでもそうあって欲しいんだけど……特に今日は、先輩とか後輩とかそういうのは気にしないで欲しい。誰であろうと気になる部分があったら指摘する、きっとそれはプラスになるから」

 

 照は煌、優希、咲に対してそう話す。

 気になる部分はどんどん言っていく、そして今日は合宿なのでその部分を直す時間は十分にある。だからこその、改めての声かけだ。

 

 

 

「よし、じゃあ始めようか」

 

 その一声から、ある意味本当の合宿が始まっていく。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 照達が対局を始めようとしていた頃、淡と京太郎は別の部屋に移動していた。

 

「何だってんだよ淡、いきなり……」

「何って、特別指導だけど?卓で打つ気が無いなら、別のやり方があると思ってさー」

 

 無理やり連れられて来たような形になった京太郎はいったい何だと淡に尋ねる。

 それに対し淡の口から出てきたのは指導、という言葉。

 

「今スマホ持ってるでしょ?」

「ん?ああ、あるけど……」

「このサイト、開いて欲しいんだ」

 

 淡は自分のスマホを京太郎に見せ、どのサイトを開けばいいか指示する。

 そしてそのサイトとは――――大手のオンライン麻雀サイトだ。

 

「このサイト、結構牌の偏りとかも無くていい所だと個人的には思ってるんだよねー」

「いつも俺の打ってるサイトとは違うな……で、開いたけどどうしろってんだ?」

 

 京太郎は淡にどうすべきか聞くが、京太郎も何となくこれからすべき事を察していた。

 麻雀のサイトを開く、それが意味する事とは。

 

「アカウント作って、打ってほしいんだー」

「まあ、そうなるよなあ」

 

 実際にそのサイトでネトマをするという事。

 それを淡から指示され、その事は京太郎が恐らくそうくるだろうな、と考えていた事でもあった。

 

「あ、今日ずっとネトマで打ってもらうから頑張ってね」

「はあ!?」

 

 だが、淡は京太郎の考えていた事よりも更に上のことを口にする。

 

「だって卓につかないならそれ位しかやる事無いじゃん?」

「まあ……そうだけどよ」

 

 だからといって、一日中ずっとネトマをしろと言われるとは京太郎は思ってもいなかった。

 だが、淡も別に考えも無しにこんな事を言っているわけではない。

 

「今まで一日中ネトマなんて経験無いでしょ?」

「そりゃなあ、平日は学校だし、だからと言って休日ずっとネトマとかしてたって事も無いな」

「ずっと続けるって大変な事なんだよ。――――だからこそ、続けれたら身につくものもある」

 

 例えば、日を跨いで二十回対局するのと、一日で二十回対局する。それは打つ回数こそ同じものの、身につくものは違う。

 そう、淡は言いたいのだ。

 

「人間、同じ事を一日中ずっと続けてれば凄く慣れが生じるもの何だってばー」

「……何だか、随分と淡らしくない台詞だな」

「うっ、うるさいなー!?それに集中力が格段に上がるし、思ってもいないものが見えてきたりするかもよー?」

「思ってもいないものって具体的に何だよ?」

「さあ?それを身につけれるかはキョータロー次第だね」

 

 短時間に同じ事を何度も繰り返せば、人はその分慣れるのが早くなる。一日中を短時間、と表現するかしないかはさておいて、だ。

 

 思ってもいないもの、という意味深な台詞に対し京太郎は疑問に思う。が、質問をした後に淡から返って来た言葉は、具体的な内容については教えてくれなかった。

 

 これまでの淡の説明に対し、京太郎も共感できる部分もあるし、淡もこっちの事を考えてメニューを作ってくれたんだな、と感謝の気持ちも生まれてくる。

 だが、それとは別に疑問に思う事も一つあった。

 

「何でわざわざこっちの部屋に?スマホでなら、向こうの部屋にいながらでも出来るんじゃ……」

「……向こうの対局をちらちら見ながらネトマ打っても絶対に訳がわからなくなるよ。それに、集中力が散漫しちゃうだろうしねー。ま、まずはとにかく基礎雀力を身につけろって事」

 

 淡が照達の部屋で京太郎にネトマをさせない理由もいくつかあった。

 一つは、集中力が無くなる事。何かを見ながら自分の行動をする、というのは集中力が落ちて当然の事だ。

 

 そしてもう一つは、淡はまず京太郎に普通の麻雀で強くなって欲しいと思っている部分がある。

 あの卓で行われる麻雀は、普通の麻雀とは呼べない物である。そんな物を見ながらネトマをしても、京太郎も戸惑ってしまうだろう。

 

 いずれ麻雀の特別な力に立ち向かうとしても、だ。それは基礎の麻雀の力が無いと厳しいものがある。

 これは、淡が過去に敗北して気づいた事でもある。――――だからこそ、淡は京太郎にまずしっかりと実力を身につけて欲しい、と願うわけだ。

 

 自身が敗北して気づいた事を、他の人に伝える。

 経験を、共有するという事だ。

 

 

 

「ま、最初の半荘くらいは私もアドバイスしながら見てあげるからさ。ほら頑張れー」

「……何か、悪いな。俺なんかの為に」

「いやいや、指導ってこっちの為にもなるんだよ?改めて、自分がわかっているかの再確認とかさ」

 

 自身がわかっていないものは当然、教える事などできない。

 教えれるという事は、自分がそれをしっかり理解しているからこそ成り立つものである。

 

 

 

「今日でめっちゃ強くなってさ、明日はキョータローも卓に入っちゃおーよ!」

「一日でそんなに伸びるわけ……いや」

 

 そんな訳無いだろ、という気持ちは勿論京太郎の中にある。

 だが、こうして初心者の自分もしっかりと指導してくれている淡の期待にも応えたいと思っている部分も勿論ある。

 

 更に言えば、ああ言って卓を譲りこそしたものの、心の中では自分も打ちたいと京太郎は思っていた。

 

 

 

「……ああ、明日は打てればいいな」

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 淡は現在、照達のいる部屋と京太郎のいる部屋を繋ぐ廊下を歩いている。

 京太郎のネトマの半荘が終了して、元いた部屋へと戻ろうとしていた。

 

(今、東四局くらいかなー?)

 

 ネトマと実際に打つのとでは、対局の進行のスピードがかなり違う。

 だからこそ、淡はちょうど半分ぐらい終わった程度だと予想していた。

 

 

 

 ――――だが、そんな予想は完全に的外れだった。

 

 

 

「……え?」

 

 ガラッ、とドアを開けてすぐに視界に入ってきたのは卓に頭を突っ伏している照と優希の存在、それといつも通りの咲と煌であった。

 

 

 

「……えっと、どういう状況かな?説明ぷりーず」

「ああ、淡さんお帰りなさい。えっとですね……」

 

 ここから、煌が淡にわかりやすく説明した。

 

 優希が飛んだ、照が咲に点数で負けた、咲一位、照二位、煌三位、優希四位。

 そんな感じで、いきなり力尽きている人物が二人。

 

「テルもほんっと、負けず嫌いだよねー。まあ、そもそも負けているのを見れているのは最近何だけどさ……」

「そうですね、その性格がここまで実力をのし上げてきた一因でもある気がしますが……」

「お姉ちゃんの負けず嫌いは、昔からだね……」

 

 淡、煌、咲の三人は照の姿を見ながら同じ事を考えていた。

 照がああやって卓に頭を突っ伏しているのは、純粋に悔しいからだと。

 

 淡と煌の二人は、そういえば部活で照が咲に負ける場面を見たら大体ああやって頭を突っ伏していたなあと、思い振り返っていた。

 

 

 

「ぷはっ」

「あ、テルーが蘇った」

「……すぐに次の対局するよ。淡、入って」

「えっと、じゃあラスの私が抜けるじぇ……」

 

 そう言って結構目に涙が浮かんでいる優希が卓から離れようとする。

 

 普段部活で打つ時は大抵、ラスの者が抜けていくのが普通である。

 だからこそ、優希もそのいつも通りの行動をしようとしていた。

 

「あ、優希は抜けないで」

 

 だが、照はそれをさせない。

 

「変わるのは咲と淡の所だけ。私、煌、優希の三人はずっと固定ね」

「じょ!?一日中ずっと、照先輩と対局……え、そんな事ってあっていいのか!?」

「休憩はご飯の時とか、対局二回終わったら十分の休みを取るとか、そのくらい。ほとんど休みは無しだよ」

 

 その死の宣告に近い物を聞いて優希は顔を真っ青にさせる。

 

 ただ一日中麻雀を打つ、それだけでも相当ハードであるだろう。

 だが、照と一日中麻雀を打つ。それが意味する事といえば、きついという一言で済まされないレベルのきつさだ。

 

 そして自分と同じくその地獄を味わう先輩はどう思っているのか。優希は、チラッと煌の方に目を向けた。

 

 

 

「……やってやろうじゃありませんか!ね、優希!?」

「あー、その……うん、やるじぇ……」

 

 

 

 煌は、燃えていた。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「……ふうっ、時間的にもこれで今日のメニューは終了。お疲れ」

「はっ、はは……やり抜きました、この死の対局とも言える物を……!すばら……!」

 

 昼食を取って、麻雀を打ち、夕食を取って、麻雀を打ち。

 そして終わりの時間がやってきた。

 

 煌はくたくたになりながらも何とかやり抜いた、その達成感に浸っている。

 

「優希、よく耐え抜きましたね!……優希?」

 

 煌は自分と同じくその地獄を戦い抜いた後輩、優希にねぎらいの言葉をかけるが返事は来ない。

 

「……ユーキ、気失ってない?」

「え?ちょ、ちょっと優希!?」

 

 淡の指摘で煌は焦って、優希の肩を掴みガタガタと揺らした。

 

 

 

「……はっ!ここはどこだじぇ!?」

 

 その振動によるショックで目を覚ましたのか、目を覚ましてはいるが意識ははっきりしていない優希であった。

 

「優希!気を確かに!」

「あっ、そうだじぇ……うぅ、ちょっと牌を握るのがトラウマになりかけたじぇ……」

 

 一瞬ではあるが、麻雀そのものがトラウマになりかけた優希。

 だが、それでも耐え抜きはした。

 

「優希、煌、お疲れ。よく頑張ったね、後はゆっくり休んで」

「そ、そうさせてもらうじぇ……」

「私も流石にくたくたです……」

 

 そんな必死に頑張った後輩に、心の底からねぎらいの言葉をかける照。

 

 

 

「ねえサキ、何だかテルの表情やけに生き生きしてない?」

「あはは……多分今日の通算成績で私に勝ち越したからじゃないかな」

「ああ、そういう事……」

 

 何だかいつもよりも生き生きしている事に疑問を抱いた淡は咲に尋ねたが、その理由は単純であった。

 

「あ、私京ちゃん呼んでくるね!」

 

 全て終わったならもう呼んできてもいいだろうと咲は判断し、別の部屋にいる京太郎を呼びに自分の今いる部屋を出た。

 

 淡は京太郎がどこで何をしているのか対局中に全員に話しているので、咲も場所はわかっている。

 ついでに言えば、淡と咲は二人で入れ替わりで打っていたので、咲が京太郎の様子を見に行く事もしばしばあった。

 

 その中で、最初はどこにいるのかわからなくて若干迷子になったというのは余談ではあるが。

 

 

 

「ふー、疲れたねー」

「……一応、淡は対局の回数は半分のはずだけど」

「いやいや、これでも私は休みの時も色々見てたんだからね?指摘する部分とか、探しながらさ」

「それについては、本当に感謝してる。淡がこんなに他人に指導するのが上手いとは思ってもいなかった」

「大したこと言ってないけどねー」

 

 淡は京太郎だけではなく、ここで対局していた者の指導も行っていた。

 主にそれは、煌と優希ではあるのだが。

 

 今の淡はデジタルとアナログの両方の部分をしっかりと把握している。

 両方知っているからこそ、言える事もある。それは単純な技術面だけではなかった。

 

「しっかし、今日だけで相当レベルアップしたんじゃない?特にユーキは」

「そうだね、これなら大会でもかなり期待できるかもしれない」

「……もうちょっと打ってたら、麻雀が打てなくなる身体になってたかもしれないけどねー?」

「淡は冗談を言うのが下手だね」

(冗談じゃないんだけどなあ……)

 

 苦笑いしながら淡は照と話していた。

 

 照も淡も、優希と煌に関しては前よりも実力が伸びた事に関する手ごたえを感じていた。

 

 淡の言っている麻雀が打てなくなるというのは冗談なんかではない。

 だが、そのギリギリのラインで戦っていたからこそ実力が伸びたというのもある。

 

 

 

「京ちゃん連れてきましたー」

「マジ、もう本当にへとへと……」

「お、キョータローおつかれ!」

 

 少し時間がたってから咲が京太郎を部屋へと連れて来た。

 京太郎も相当疲弊したような表情ではあった。

 

 

 

「……って、なんじゃこりゃあああっ!?」

 

 

 

 だが、自分の疲れなど可愛いくらいに。

 優希と煌、特に優希の疲れというものは京太郎の目から見ただけでもわかるくらいに、ひどかった。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 そんなこんなで激動の二日目を終え、日を跨いで三日目。

 この日は、合宿最終日だ。

 

 

 

「皆昨日は本当にお疲れ様。今までの人生で一番疲れた人もいると思う」

 

 朝飯を食べ終わり、いつものように全員が一つの部屋に集合する。

 そして照が、全員に対して話す。

 

 照のこの言葉は、別に冗談でも何でもない物だ。

 その証拠に、優希はやたらとぶんぶんと顔を縦に振っていた。

 

「お昼にバスが来るから、そこまでが合宿。……今日は、全部自由行動にするつもり。打ちたかったら打ってもいいし、打ち方の研究をしたかったら打たずにそれでもいい。自分のやりたいように時間を使って」

 

 残りは昼の時間帯までの数時間といった所。

 その時間を照は全て自由時間にすると言ったのだ。

 

 理由としては、昨日打った中で恐らくそれぞれが何かを掴み取った事を自覚した、それを打って確認するか打たずに確認するかは本人次第だと照は思ったからである。

 そして、それを聞いてから真っ先に――――優希が照に声をかける。

 

 

 

「照先輩、打ってほしいじぇ!」

「……随分とやる気があるんだね、昨日は何かを掴めた?」

「もうちょっと、もうちょっとで……更に、掴める気がするんだじぇ。対局、お願いします!」

「ふふっ、勿論いいよ。ただ、それだともう二人ほど面子がいないとね」

 

 

 

 ――――その後、照に声をかける人物がもう一人。

 

 

 

「あの、俺も……卓に入ってもいいですか!?」

 

 昨日は卓に入ることの無かった京太郎である。

 

「まだ……下手だけど、それでも昨日、俺も必死に頑張りました!勿論、一日で実力差なんて全然埋まってるとは思ってないですけど……それでも、一局打ちたいんです!」

 

 京太郎は京太郎で他の部員とは違った所、影で努力をしていた。

 その必死にやった成果を何とか出したい、そう京太郎は思っていた。

 

「何とか……必死に食らい付くんで!お願いします!」

 

 そんな頼み込む姿から必死さを既に感じていた照。

 断るか断らないか少し迷っていたが、これならば大丈夫であろうと判断する。

 

「手加減はしないよ?」

「……!ありがとうございます!」

「おっ、キョータローも入るんだ。だったら私も入っちゃおうかなー?」

 

 昨日ちょくちょく指導していた京太郎がどれだけ出来るようになったのか、興味を持った淡もその卓に入り込もうとする。

 

「じゃあ、この四人で打とうか。皆、私に勝つくらいの意気込みで来てね?」

「そんなのはいつもの事だよっ!」

「今日こそ……勝ってみせるじぇ!」

「俺も……やれる事はやる!」

 

 

 

 

 

 それぞれがやりたいように時間を使い、合宿三日目も無事終わって全ての日程は終了した。

 そしてそれからの時間も有効に使い、清澄麻雀部員はインターハイ予選に向けて必死に練習してきた。

 

 

 

 

 

 ――――そして、六月四日。

 インターハイ県予選の日を、迎える事となる。




今回のまとめ

淡、教え上手
地 獄 絵 図(卓)
みんなレベルアップ

書いていて思った事なのですが、咲だけ熱意が他とかけ離れすぎてて空気になりかねない所が。原作の主人公なのに……
勿論、ちゃんと出しているキャラは出しているからにはしっかりと見せ場を作りたいと意識はしているのですが。

感想等は随時募集しています。


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12,予選

やっと長いプロローグから本編に入れたような、そんな感じです。


 六月四日。

 この日、長野では麻雀のインターハイ県予選が行われる日。

 

 既に数多くの高校生――――麻雀部員が、会場入りしていた。

 

 

 

「ねえ」

「……何でしょう」

 

 その中で清澄麻雀部員――――淡が、煌に対し尋ねる。

 煌の表情は、これから淡が何を言うか既にわかっているかのような顔つきであった。

 

 

 

「……テルとサキは?」

「……淡さん、言わなくてもわかっているでしょう」

「ああ、やっぱそうなんだ……」

 

 今ここにいるのは淡と煌。

 そして京太郎は現在トイレに、優希は飲み物を買いに自動販売機の所まで向かっている。

 

 京太郎と優希の二人に関してはどこに行ったかも聞いているので淡と煌の二人は特別心配はしていない。問題なのは、気がついたらいなくなっていた宮永姉妹である。

 

 清澄麻雀部員は、会場入りした時は部員全員であった。

 しかし、目を離した隙に照と咲の二人が消えていたのだ。

 

 

 

「うおおおっ!!」

 

 淡と煌がそんな悩みを抱えていた時、どこからか歓声が聞こえてくる。

 

「長野屈指の名門校、風越女子だ!」

「昨年度は準優勝、今年は雪辱に燃えているはず……!」

 

 風越のメンバーが会場入りしてきた。

 それを見た他校の生徒、更にはマスコミ勢が反応して声をあげていたのだ。

 

「おい、あっちには龍門渕だ!」

「昨年度優勝校!」

 

 別の所からは、龍門渕の部員が一人を除き、四人会場入りしてくる。

 

「何だか凄く盛り上がってるね、これから優勝するのは清澄なのにさー」

「あはは……」

 

 何でもないように言い切った淡に対し煌は苦笑いするしかなかった。

 

 

 

「……もしかして、あの制服」

 

 ここで、一人のマスコミが目の矛先を向ける。

 

 清澄高校は初出場のチームだ。本来ならば、注目されるどころか空気のような扱いでもおかしくは無い高校である。

 だが、実は話題性は他の名門校を凌いでピカイチであった。

 

 部員が部員だ。

 

 まず、個人戦のチャンピオンである宮永照。

 その人物が部長となり団体のチームを率いているのだ。注目されないわけが無い。

 

 更には、照ほどではないが注目されるべき人物がもう一人存在していた。

 

 

 

「なあ、あれってインターミドル二位の大星淡だろ!?」

「本当だ、早速取材しなくては!」

 

 そう、十分な実績を持ってる淡である。

 一人のマスコミが声をあげると、流れるように他の多数のマスコミも目を向けてきた。

 

「うわっ、空気になれていたと思ったのに気づかれた!?」

「マスコミ、こちらに向かって来ていません?」

「煌先輩、逃げよっ!」

「あれ、淡さんならこういうインタビューとか受けるの好きそうだと思っていましたが違うのですか?」

「最初はそうだったけど段々やっているうちに面倒臭くなってきたんだって!あいつらウザいし!」

 

 普段目立ちたがり屋の淡は、最初はインタビューを受けるのが大好きだった。

 だが、あまりのマスコミのしつこさにうんざりし、基本的には出来るだけ相手をしないようにしている。

 

 ただ、それでも受けるべき場所ではしっかりと、むしろトラッシュトークとも解釈されるのではないかというくらい自信満々なコメントを残していくのだが。

 

 

 

「あっ、大星淡が同じ清澄の部員とどっかに向かって行ったぞ!?」

「あまり追い過ぎるのも流石にな……試合前の生徒だし」

 

 淡が困惑する煌の腕を無理やり引っ張って館内のどっかへと逃げていった。

 それを状況が状況なだけに、無理やり追いかける事も出来ないマスコミは悔しがるだけだった。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「藤田プロ!本日も解説お疲れ様です!」

「ああ、こんにちは」

 

 一方、会場の他所ではWEEKLY麻雀TODAYの女性記者である西田順子が、今日の解説のために来ているプロ雀士、藤田靖子に挨拶をしていた。

 

「向こうで大星がいたらしいが、アタックしなくてもいいのか?」

「またしかるべき時に、取材を試みますよ。時間も時間ですしね」

「なるほど、貴方達が俗に言うマスゴミと呼ばれるような存在じゃなくて安心したよ」

「あはは、酷い言い草ですね……私達は、ちゃんと相手の事も考えて取材してますよ」

 

 西田も淡に対してまた別の機会に取材を試みようとしていた。

 そんな一応の所は常識を弁えている西田に対し、藤田プロは皮肉ったような言葉で返した。

 

「藤田プロ、今回の団体戦はやはり龍門渕、風越、清澄の三校に絞られますかね?」

「さあな、麻雀なんてやってみないとわからんよ。それに、清澄には確かに宮永と大星がいるが、他の三人に関しては未知数だしな」

「という事は、ただの数合わせの可能性もあると?」

「わからん。ただ確実に言えるのは、麻雀に絶対など存在しないという事だ」

 

 西田の質問に対し、無難に答えていく藤田プロ。

 

「じゃあ、もう一つ聞きたいことが。ずばり、プロとしての見所は?」

「――――清澄、宮永照。それに龍門渕、天江衣」

「二人だけですか!?他にもいい選手はいるのでは……?」

「ああ、いい選手ならたくさんいるよ」

 

 西田は藤田プロに対し注目すべきポイントを尋ねる。

 そして返って来た言葉は――――二人の選手だけ。

 

 西田も長野の麻雀部員に関しては記者という事もあり、かなり熟知している。

 いい選手がたくさんいる事も知っている。だからこそ、二人だけというのには疑問があった。

 

「だが、いい選手止まりなんだ。宮永と天江に関しては、その上を行く」

「その上……?風越の福路や竹井などは……?」

「いい選手たちだ。全国でも通用するレベルだろう。だが、それよりも上の存在というものはあるんだよ」

 

 全国で通用すると、全国のトップクラスとでは大きな差がある。そしてそれは、普通には超えられない壁だ。

 

「……それを踏まえて改めて言わせて貰うが、それでも絶対は無い。ましてや、団体戦だ。宮永や天江だけが戦うわけではないのだからな」

 

 そんな台詞だけを残して、呆気に取られる西田を残し藤田プロはその場を去っていった。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「……完全に迷った」

 

 今大会注目度ナンバーワンと言っても過言ではない人物、宮永照。

 彼女は現在、迷子だった。

 

「……こっちかな」

 

 そんな迷子の理由も、トイレを探すだけという本来なら迷子になる事はありえないであろう理由。

 だが、そんな理由であっても迷子になるのが照なのだ。それは、咲にも言える事なのだが。

 

 

 

「おっせーな、衣の奴まだこねーのか?」

 

 そんな照の向かい側から歩いて来る四人組――――龍門渕の部員である井上純、沢村智紀、国広一、龍門渕透華。

 全員が唯一来ないメンバー、天江衣の事を心配しながら廊下を歩いていたのだった。

 

 

 

「――――ッ!?」

「なっ……!?」

「えっ……!?」

「……!」

 

 その四人が照とすれ違った時に感じた異質な気。

 

「今の人物って……もしかして」

「……あれは、清澄高校の制服」

「ああ、あんな有名人の顔をわからないわけがねえ……」

「悔しいですが、私よりも圧倒的に目立っている人物……宮永照ですわね!?」

 

 四人は一斉に照の方へと顔を振り向ける。

 

 少し麻雀に詳しいものならば絶対にわかるであろう有名人。

 宮永照、それだけで注目すべき存在であるのだが――――この四人は、それだけではない。

 

「衣に似た空気……いや、それ以上かもしれない。僕は、感じたよ」

「衣に……!?いや、確かに凄いものは感じたけどよ、それは流石に……」

 

 全員が恐ろしい気を確かに感じ取っていたのだ。

 

 特に一は同じメンバーである衣よりも凄まじい物を感じたと発言する。

 純もそこまでは、と否定こそしようとするがその表情は硬かった。

 

「まあ、宮永照が凄いってのは周知の事実だ。それは否定しねえよ。だが、衣より凄いかどうかは……」

「……打ってみないとわからないですわね。衣の凄さは私達が一番知っているはずですわ。もし、衣よりも凄いのならば……」

「……それは、本当に化け物だね」

 

 

 

 龍門渕の部員達はゴクリ、と唾を飲み込む。

 そして、いつか当たると予想される相手のチームの部長を眺めるだけだった。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「あっ、テルー!」

「こんな所にいましたか……」

 

 淡と煌はマスコミから逃げつつも照と咲を探していたのだが、その内の照を見つける事に成功する。

 

「あ、淡と煌だ。よかった」

「よかったじゃないって!心配してたんだからね!」

「一応照先輩と咲さんの携帯に連絡は入れてみたのですが……まあ、いつものパターンですよね」

 

 前回にもあった、携帯の充電切れ。

 この姉妹は携帯の機能を使いきれないどころか、それ以前の問題を解決できていないのであった。

 

 

 

「……あっ、ユーキからメール。なになに……あっ、サキも向こうで確保出来たみたいだね。最初に集まっていた場所に戻るようにキョータローにも連絡まわしてるみたいだから、私達も戻ろっか」

「そうですね……あっ、でも向こうにはマスコミがたくさんいるのでは?」

「大丈夫!テルに全て任せるから」

「えっ」

 

 全てを照にぶん投げる淡であった。

 三人は、会場内で最初集まっていた場所へと戻っていく。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「宮永選手、三年生にして今回団体戦初出場という事で!何か一言、お願いします!」

「宮永選手!」

「宮永選手、是非何か一言!」

 

 その後、清澄部員が全員揃う事には一応成功した。

 だが、案の定と言うべきか。見事なまでに、マスコミが群がってくる。

 

 それも淡にすら誰も向かおうとはせず、全員が照に向かって来ているのだ。

 

 

 

「……すっげー、何というか、何もかもすっげー」

「宮永選手って言うたびに咲ちゃんがちょこちょこ反応してるのが面白いじぇ」

「だって、私だって宮永だもん……」

 

 そんな光景を普段見る事が無いのかただただ呆然とするばかりの京太郎、隣にいる咲の反応を面白がって見ている優希、所々名前を聞くたびに肩をビクッとさせる咲。

 

「それにしても、やっぱ……」

「ああ、淡さんも知っていましたか。何というか、あれは……すばらというべき物なのか」

「いや、別に素晴らしくは無いと思うけどさ」

 

 淡と煌は、照のインタビューを受けている様子、主に表情を見ながら感じている所があった。

 

 

 

「――――ええ、マスコミの皆様お疲れ様です。そうですね、今年団体戦に出れる事は大変喜ばしく……」

 

 いつもの無表情はどこへやら、満面の笑み――――営業用スマイルと呼ばれる物を、照は振りまいていた。

 

「あんな照先輩、初めて見たぜ……」

「照先輩のあんな笑顔、何だか怖いじぇ……」

「でもお姉ちゃん、完璧に見えてどこかぎこちない……」

 

 京太郎、優希、咲の三人はあの照の営業用スマイルを見た事が無かったのかそれぞれの感想を小声で述べていく。

 

 

 

「……なあ、今君お姉ちゃんって言ったか?」

 

 その咲の小声を、一人のマスコミは聞き逃さなかった。

 

「副将に選ばれている宮永咲、それに容姿といい……もしかして」

「ええ、皆さんが思っている通り咲は私の妹ですよ」

 

 照は堂々と咲が妹である事を明かす。

 その表情は、営業用スマイルとも少し違った――――本当の意味での、満面の笑みであった。

 

 昔はマスコミに対し妹はいないと散々言ってきた照であったが、今日初めて妹がいる事を明かしたのだ。

 

 

 

「宮永照に妹が!これはスクープだぞ!」

「妹さんも、やはり宮永照選手のようにかなりの実力者なのですか!?」

 

 マスコミ達がその宣言に今まで見せてこなかった驚きをそれぞれが見せていく。

 そしてその中には当然のように、咲の実力に対する質問も飛んできていた。

 

 

 

「そうですね……ああ、先程の質問も踏まえた上で、一つ言いたい事があるのですが言ってもよろしいでしょうか?」

「え、あ、はい!是非!」

 

 マスコミから質問をする所か、逆に照から言ってもいいのか、という提案が飛び出してくる。

 当然のように、マスコミはそれを了承していく。

 

「今回は初の団体戦を組ませて頂いたという事で……もしかしたらですが、数合わせの面子もいるのでは?と思う方もいるかもしれません」

 

 今回の清澄の団体戦メンバー、これには色々な噂が飛び交っていた。

 ネットの掲示板等でも、照が最後の団体戦に出れるように何とか初心者でもいいから集めたとか、そんなような噂もあった。

 

「ですが、そんな事はありません。一人一人が、皆しっかりとした実力を持っています」

 

 照は自身が思っている事をそのまま言葉にする。

 今までの部活、それから合宿での成長を見てきていて、そのままの照の思っている言葉だ。

 

「という事はやはり、今回の予選も勿論優勝を狙っていると……?」

「予選……そうですね、それは勿論あります。ですが」

 

 そして照は一息間を置いてから、声を出す。

 

「私達は、全国優勝。それが出来るメンバーだと部長の私は思っています」

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「いやー、テルってば凄いねー。久々にテルをかっこいいと感じたっ!」

「久々って……」

「私も照先輩がいつも以上にすばらに感じました。全国優勝が出来るメンバー……すばらっ!そんな照先輩の期待に、私達は応えなくてはいけませんね!」

 

 間もなく試合が始まろうとしている時間。

 現在、先鋒の優希と京太郎以外の四人が選手控え室にいた。

 

「でも、私は思った事しか言ってない」

「そんな事言っちゃったら、マスコミが記事にでかでかと取り上げちゃうんじゃないかなー?」

「それならそれで、別に構わない」

「私は、淡ちゃんの発言の方が問題だったような気が……この予選会で、大将の私に回ってくる事なく優勝しちゃうんじゃない?って発言」

「……うん、過ぎたことは気にしない!」

 

 それぞれが思った事を口にする。

 

 実は淡はあの後、やはり目立ちたかったのかマスコミに対し発言をしていた。問題発言を、だ。

 淡も淡で、その事は多少ではあるが後悔していなくも無かった。

 

「京ちゃんは?」

「観戦室。控え室は基本、団体のメンバーしか入れないから」

「ああ、そうなんだ……」

 

 咲は京太郎が部屋にいないのを不思議に思い照に尋ねた。

 理由としては、団体戦に選ばれている選手しか入れないからである。

 

 観戦室は卓分の数だけあり、それぞれに大きなスクリーンが設置されている。

 控え室にもそれなりの大きさのスクリーンが一つ設置され、好きな対局をリモコンで切り替える事が出来るといった具合だ。

 

 当然、自分の高校の対局を見ているのが普通ではあるが。

 

「あー、じゃあ私はてきとーにキョータローの様子でも見に行くがてら、ぶらぶらしてくるかなー」

「え?」

「だいじょーぶ!ちゃんとユーキの活躍は見るし大将戦までには戻ってくるからさー。ま、どうせ大将戦まで回らないだろうけど?」

 

 それだけを言い、淡は控え室を飛び出していった。

 

 ちなみに会場の控え室、観戦室以外にも所々スクリーンは設置され、移動しながらでも見れる場所というのは多少ではあるが存在する。

 

「淡ちゃん、フリーダムだね……」

「ま、いつもの事だから」

 

 自由奔放な淡を見て咲は心配するが、照はいつもの事だからと特に心配はしてなかった。

 白糸台時代も自由人だったのだ。根本的な所は、変わってはいない。

 

 

 

「お、優希の出番が間もなくですよ!すばらな活躍を期待したいですね!」

「優希ならきっと大丈夫」

「優希ちゃん、頑張って!」

 

 既に他の三人が卓についていて、ようやく優希がテレビからも見える所に姿を現した。

 

(優希もあんな事を照先輩に言われて燃えないはずが無い……頑張ってきてください!どんな結果であろうと、私がしっかりと繋いでいきますから!)

 

 

 

 煌も出番が次という事もあり、優希の応援は勿論、既に煌自身も燃えていた。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

(清澄の先鋒……つまり、全国優勝出来るメンバーの先鋒。ここに、私は選ばれているわけだじぇ)

 

 優希は卓がある個室に入り、既に座っている。

 対局開始までは、残り一分。

 

(そんな事をマスコミの前で堂々と言われて、やる気にならないわけが無い!私の実力を見せ付けて、照先輩の期待に応えるんだじぇ!)

 

 既に集中力を極限まで高め、卓に目を向ける優希。

 

(もし実力が足りないのなら試合の中で伸ばす!常に全力だじょ!今の私のタコスパワーは、極限だじぇ!)

 

 個室への入室前に、しっかりとタコスも食べてきた優希。

 そしてそれも、優希の集中力を極限まで高めている要因でもあった。

 

 

 

「よろしくだじぇ!」

 

 

 

 ――――そして、対局の時間が訪れた。

 予選が、ついに開幕する。




今回のまとめ

清澄、マスコミに絡まれる
照「宮永咲は私の妹です」
照、営業用スマイル

原作だと和以外空気過ぎてそこまでマスコミに絡まれるような要素も無かった清澄ですが、このメンバーならこうなるんじゃないかなーって思いながら書いてました。
次回からはようやく予選の対局が始まります。



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13,予選開始

アナウンスとか、モニターから聞こえる声とかは『』←この括弧を使ってみました。
普通に話している人との区別です。逆にわかりにくい……とかは多分、無いと思いますが。


「いよいよ始まりましたね、予選が……!」

「優希の表情、とてもいい。集中してる」

「優希ちゃん、頑張れー!」

 

 ついに対局が始まった。

 控え室から見ている煌はどこかそわそわしたような、照は優希の表情に納得しているかのような、咲はただ純粋に応援するだけと三者三様の反応をしている。

 

 

 

「……お姉ちゃん?」

「ん?どうしたの、咲」

「いや、何だか優希ちゃんだけじゃなくてやけに他の対局者も観察しているような気がして……」

 

 咲は照を見て疑問に思った事を口にする。

 

 もしこれが実際に対局しているならば、あるいは今後当たる可能性のある相手ならばじっくりと観察していても何も疑問には思わないだろう。

 だが、照は観察する必要の無い相手を必要以上に見ている気がする、咲はそんな事を思ったのだ。

 

 

 

「例えば、もし普通の初出場チームだったら無警戒、ノーマークだよね」

「まあ、油断まで……とは行かなくても、そこまで警戒はしないでしょうねえ」

 

 照の例に、煌が返答する。

 

「だけど、えっと……自分で言うのも何だけど、チャンピオンのいるチームの先鋒。初出場のチームといえど、気にならない?」

「た、確かに!よく見れば、他校の選手は優希の事をやけにチラチラ見ながら対局しているような……?」

「今、優希は凄く警戒されているよ。ノーマークなのと、そうじゃないのとは結構違いが出てくる」

 

 優希はチャンピオンに託された先鋒のポジションについている。

 それは優希の心理状態だけではなく、他校の心理的影響というのも凄まじいものがあったのだ。

 

 

 

「――――だからこそ。こんな状況だからこそ、優希にとってはやりがいがあるはず。そして、あの状況で勝ち抜く事が出来るなら、それは真の意味での実力者の証」

「なるほど……あの場面、確かに出し抜くのは難しい。だけど、それで勝てるならばすばらな実力ですね」

「改めて思うけど、お姉ちゃんの影響って凄まじいね……」

 

 警戒されているという事は、優希にとってやりにくい場であるという事だ。

 だが、そんな不利な状況だからこそ。試合の中で成長していく要素というのも多く含まれており、且つ勝てれば優希の実力が高いという事にもなる。

 

 

 

「あと、これは次に回る煌にも言える事」

「私も……ですか?」

「煌も先鋒というポジションの優希ほどではないにしろ、同じように警戒されるはず。そんな場だからこその、やり方というのもあるよね?」

「……何となくですけど、わかる気もします。まあ、私は優希のように爆発力も無い普通の打ち手なので……だからこそ、他の人よりもしっかり考えながら打ちますよ」

 

 照は優希に質問をする。それはある意味、照からの一種の課題のようなものであった。

 煌もそれ答えというものを、正解であるかどうかは打ってみないとわからない問題ではあるが。心の内に、秘めていた。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 ――――東一局。

 

(清澄の先鋒、あの宮永照に任されるほどの実力者なのか……?)

 

 他校の生徒の一人は、考える。

 本物の実力者なのか、それとも普通に勝てる相手なのか、未知数な所。だからこそ、恐れを持っていた。

 

(……お、これはいい!発と中の対子、それに索子に上手い具合に偏って……面前でも十分染めれる手!)

 

 その生徒は配牌を見て、心の中で静かに喜ぶ。

 いきなり高火力の良手が入ってきたのだ。

 

(……いや)

 

 だが、その生徒は考えを改める。

 

 東一局、親は優希。

 最初の一打目は――――発。

 

 

 

「ポンッ!」

 

 面前ではなく、鳴きを選択した。

 

(本来なら一枚目は見逃して二枚目なら鳴くかも……って所だけど、まずは清澄の親を流す所から考える。鳴く事により速度もあるし、別に鳴いたからって中も持ってこれれば火力は悪くない。あわよくば白も入ってくれば、って所かな)

 

 その不気味である優希の親を流す事を最優先にした。

 最初からある程度手は揃っていたので速度は申し分無いし、火力もまずまずなので本人としても納得の選択であった。

 

 

 

 だが、三巡目。

 

「リーチだじぇ!」

(ッ……!?早すぎるだろ!)

 

 優希のリーチが入る。それも親リーだ。

 

(ここで中持ってきて満貫一向聴……!引く手では無い、が……まあ、どちらにせよ安牌なんて無いんだ、当たったら事故って気持ちで行かなきゃ駄目か……!)

 

 鳴いた生徒は浮いていた九筒を捨てる。

 優希に反応は、無い。

 

(セーフ、か。まだチャンスはある……!)

 

 通った事に安堵し、そして希望も芽生えていく生徒。

 

 

 

「一発ツモだじぇ!8000オール!」

(……は?)

 

 だが、その希望はいとも容易く砕け散った。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

『ツモ、6100オール!』

「お、ユーキってば調子いいねー」

 

 会場を適当にうろつきながら、淡は優希の様子をモニターで眺めていた。

 いきなり親で倍満を和了ったかと思えば、更に続けて跳満を和了る。

 

「この調子なら私にも回る事はまず無いだろうなー。さて、これから何をしようかな」

 

 慢心とは、別の。更に言えば信頼に近いものもあるが、それとも別の。

 ただ単に、実力を見て淡は確信をしていた。

 

「とりあえず、一人でいるであろうキョータローにちょっかいかけにいってー、それから仮眠室で寝ようかな。起きる頃には試合が終わって……ん?」

 

 既に自分が試合に出る事は全く考えていなく、今後の予定を立てている淡。

 その時、一人の少女が視界に入ってきた。

 

(あれは……私にはわかる、あの放っているオーラは)

「……む、どうした?」

 

 その少女は自分が見られている事に気づき、淡に対し問いかける。

 

 淡は淡でその少女に対し、ある事を感じていた。

 自分が今までよく見慣れてきているオーラ、それは身近にいる者にとてもよく似ている物。

 

 だからこそ、淡は一目見ただけですぐに気づく事が出来た。

 

 

 

 そして、ある確信を持ちながら少女に対し問いかける。

 

 

 

「……迷子?」

「こ、衣は迷子じゃないぞ!ただ、見て回るのが楽しかったから探検していただけだからな!」

「いや、探検するほど面白い場所でもないでしょここ……名前はコロモって言うんだねー」

 

 やはり図星だったか、と淡は衣に対し思った。

 

「で、コロモはどこに行きたいの?」

「龍門渕の控え室……いや、一人でも行けるぞ!心配しなくてもいい」

(まあ、確かにテルやサキのようなガチでヤバい感じの奴ではないと思うからいずれはたどり着くんだろうけど……)

 

 迷子といえど、レベルの差という物はある。

 それくらい、あの宮永姉妹は凄まじいのだ。

 

「私も暇してたし、ついてくよー」

「む?勝手に来るというのなら別に構わないが……もう一度言うけど、衣は一人でも大丈夫だからな!」

(何か可愛いなこの子)

 

 無理に強がっている所を見て、そこが微笑ましいと感じる淡であった。

 

「りゅーもんぶちだっけ?ブロックごとに高校の控え室も分かれてるはずだから、自分のブロックがわかれば大丈夫だと思うよ」

「そうなのか?ふむ……有意義な情報、かなり役に立ったぞ」

 

 そんな事言わなくてもわかるだろうと、淡は突っ込もうとして止めた。

 あの姉妹同様、突っ込んでいくとこちらが疲れるだけだと察したからだ。

 

 淡はそんな感じで、衣と一緒に控え室までついていく事に。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「あった、龍門渕の控え室!」

 

 少しの時間が経過し、淡と衣は龍門渕の控え室までたどり着いた。

 そして衣がドアを思い切りガチャ、と開く。

 

「あっ、衣!」

「お、おはようはじめ!」

 

 ドアの近くにいた一が一番最初に衣が入ってきたことに気づく。

 

「……おはようじゃ無いですわよ衣、もうすぐ昼になりますわ」

「細かい事は気にするな、とーか!」

 

 遅れてようやくたどり着いた衣に対し、ため息を含みながら呆れ声で透華は話す。

 

「でも僕はこの時間帯に来れただけでも結構早いと思ったけどねー、もうちょい遅れてくると思ってたけど」

「はじめ、それは衣に対し失礼なのではないか?付き人がいたからな、その分少し早く来れたのだ」

「付き人?ハギヨシではなくて?」

 

 透華は衣の言い方に少し疑問を感じる。

 

 いつもならハギヨシというスーパー執事が一緒についてくる事も少なくない。

 そしてその場合は衣はハギヨシが一緒についてきた、としっかり名前で言うはずなのだ。

 

 だが、付き人という言い方。つまりはいつものようにハギヨシでは無いのか、そんな疑問だ。

 

「ハギヨシは会場までは衣と一緒に来たぞ!だけど、そこで帰ってもらった」

「……ハギヨシも苦労しますわね」

「ハギヨシではなくそこの……しまった、衣としたことが名前を聞くのを忘れていた」

 

 衣は控え室のドアの外でボーっと龍門渕メンバーのやりとりを見ていた淡を失敗した、というような表情をしながら指差す。

 

「えっと、どなたかは存じませんが衣をここまで送ってくださって感謝致しますわ。よろしければ、名前を教えて頂いても……!?」

「私の名前?大星淡だけどー」

 

 透華は淡の制服を見てから、目の色を変えた。

 朝、廊下ですれ違った照と同じ制服を着ていたからだ。

 

「清澄の制服……」

「うん?」

「なるほど、確かに貴方は雑誌でも見かけた事がありますわね。朝も、私よりも目立って……!」

「え、えっと?」

「透華、いきなりそんな事言っても駄目だって。ほら、大星さん困ってるでしょ」

 

 いきなり悔しがる素振りを見せてきたので、淡も困惑するしかなかった。

 そんな透華に対し、一は注意をする。

 

「透華はただ自分より目立っていたから軽く嫉妬しているだけだよ。だから気にしなくても大丈夫」

「あはは、何だか面白い人だねー?」

「むきー!一、大星淡は喧嘩を売ってますわよ!」

「最初に吹っかけるような素振りを見せたのは透華でしょ……」

 

 淡のちょっとした一言に対し、すぐに熱くなる透華を見て一は呆れた表情を見せる。

 

「まあ何にせよ、衣をここまで連れて来てくれて感謝してるよ」

「いいよ、どうせ暇だったし。この後も寝る予定だったしー」

「凄い余裕だね、大星さんは」

 

 確かに、麻雀という競技は一回の半荘戦が長いため、選手のための仮眠室というのが用意されている。

 だが、実際にその仮眠室を使う選手というのはそこまで多いわけではない。大抵が自分のチームを応援するために控え室や観戦室でモニターを見てるか、あるいは四人で対局しながらアップをするなど。別の事に時間を使う人の方が多い。

 

 だからこそ、寝るイコール余裕、と捉えられてもおかしくは無い。

 一も、そのように捉える人の一人であった。

 

 

 

「んー、余裕というか、確信?」

「なるほど、ね。だったら、お互い決勝で会えるといいね」

「あはっ、何だ、そっちも確信してるじゃん?」

「そうだね、うちも強いから」

 

 淡は余裕ではなく、確信という言葉を使う。

 そしてそれは、一にも。いや、龍門渕にも言える事であった。

 

「大星淡!清澄に伝言を頼みますわ!この龍門渕が、決勝でケチョンケチョンにすると!」

「……どっちがケチョンケチョンにされるんだろうねー?」

「むきー!」

「だ、駄目だって、透華!リアルファイトは流石に!やるなら今後の卓で、卓でだって!」

 

 淡のちょっとした煽りですぐに火がつき、思わず透華の手が出そうになる所を一が何とか身体を張って止める。

 

「あわい!また……会えるのか?」

 

 衣がそんな事を口にする。

 その目は、キラキラと。だが、奥底ではちょっとした不安が混じったような、そんな目だった。

 

 

 

「……そうだね、またきっと会えるよ、コロモ」

「そうか!ならまた、会おう!」

 

 淡からは肯定の言葉。

 それを聞いた衣は、パアッと表情を輝かせる。

 

 そして、淡は龍門渕の控え室を離れていく。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

『先鋒戦、終了です』

「おつかれだじぇ!」

 

 対局を終え、卓を離れ部屋を出て行く優希。

 そしてそのまま帰り際でジュースを買い、控え室へと戻ろうと歩いていた。

 

 

 

「あっ、煌先輩!」

 

 少し歩いた所にある自動販売機でジュースを買って、控え室へ行く途中の廊下で優希は煌と遭遇した。

 

「お疲れ様です、優希。いやあ、これぞ先鋒というようなすばらな対局でしたよ!」

「正直、自分でもびっくりだじぇ……この二ヶ月で、思った以上に自分は変わっていたみたいだじょ」

 

 優希はこの先鋒戦――――プラス七万ほど稼いできた。

 この成績には煌は当然のように賞賛の言葉を送り、優希自身も自分で驚くしかなかった。

 

「優希は、元々ずば抜けたすばらなセンスがありますからね……私は二ヶ月ではそこまで伸びませんでしたよ、去年の個人戦の成績もそこまででしたし」

「でも、今年の煌先輩は一味も二味も違うはずだじょ!」

 

 優希は自信満々に、煌に向かって話す。

 

「あの地獄を私よりもずっと耐えてきたんだじぇ!例え実力の花が開くのが遅くても、もう開いていてもおかしくないじょ!」

「そうですね、一年二ヶ月……私は、タフさだけが取り得ですからね。オータムや春季と、他の人に注目されるほどでは無いにしろ、徐々に成績は一応上がっていました。そろそろ、注目されるレベルの実力にはなっていて欲しいですね」

 

 あの地獄――――主に照との対局。

 それを煌は一年も優希よりも長く味わってきているのだ。

 

 そして今までも本当に少しずつではあるが、実力は向上してきている。

 だが、それでも花が開いたというレベルまでは到達してない。

 

 

 

「じゃあ、私もそろそろ行って来ますね。優希の流れを、上手く繋いでみますよ」

「お願いしますじぇ!」

 

 

 

 ――――二人は、綺麗にハイタッチを交わす。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「よろしくお願いします!」

 

 そして次鋒戦が開始される。

 

 煌はまず配牌――――それから、相手の表情をじっくりと見た。

 

(……この点差、そして次に出てくるのが照先輩。相手の表情も……既に心が折れかかっているような、あるいはまだ諦めないぞ、といったような。様々ですね)

 

 もう諦めているような生徒、またはこっからでも逆転してやるといった闘志の篭った生徒。

 煌の目からは、様々な生徒が映った。

 

(対面……一巡目から捨て牌が六萬ですか。もう聴牌に近い状態ですかね?少し、警戒しながら打たないと……)

 

 いきなり真ん中から切ってきたので、煌は対面を特に警戒しながら手を進めていく。

 

 

 

 ――――八巡目。

 

(さて、聴牌まで持ってきました……対面、早さというよりは、どうにかして火力を上げようとしている、そんな感じに見えますね)

 

 煌は聴牌まで手を進めた。

 気になっていた対面は、煌から見る限りでは未だ聴牌気配も無し。

 

(この点差、どうにかして追いつかないと。だったら、大きいのを和了らなくてはならない。……そんな所でしょうか)

 

 予選は一位しか勝ち抜け出来ない。

 つまり、どうにかして追いつかなければならない。そこから大きい手を狙うという考えにたどり着くのは、ある意味自然の流れであった。

 

 

 

 ――――十巡目。

 

「ロン!2600点です」

 

 煌がロン和了。

 そして東二局へと進んで行く。

 

 

 

(そういう考えで周りが手を進めて行くのなら……私も、それ相応の打ち方をしますよ……!)

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

『次鋒戦終了です』

「ありがとうございました!」

 

 煌は対局を終え、卓を離れて部屋を後にする。

 

 

 

「あれ、照先輩。早くないですか?」

 

 部屋から出てすぐの所で、いきなり煌は照に遭遇した。

 時間的にはまだ、余裕がある。

 

「煌、お疲れ。あの速攻、考えは良かったと思うよ」

「他が大きいのを狙っている気配があったので……小さくても、速度を重視しようと考えてました」

 

 煌は今回、二万ほどのプラスだ。

 他校はあまり和了る事が出来ず、かなりサクサクと次鋒戦は終了した。

 

「先鋒戦の勢いを切らす事の無いような、いい繋ぎだったと思う。煌は団体戦に向いているかも」

「あはは、個人戦も頑張りたいんですけどねー……」

「あっ、別に個人戦が駄目とかじゃなくて、その」

 

 褒めたつもりが失言になってしまったのではないかと、照は焦って言葉を取り消そうとする。

 

「いや、大丈夫ですよ!言いたい事は何となく、伝わってますから」

「……そう?それならいいんだけど」

 

 煌は照が何を言いたいのか大体伝わったので大丈夫、と照に伝える。

 

「しかし、何故照先輩はこんなに早く来てるんですか?」

「私はいつも、誰よりも早く卓の席に座って本を読んで心を落ち着かせるようにしている。始まってすぐに緊張しすぎていたら、思うように打てなくなるかもしれないし」

「えっ……照先輩、緊張するんですか?」

「いや、緊張はするけど……なんでそんな顔しながら言うの」

 

 思わぬ理由で早く来ていた事を煌は知り、驚いたような表情を見せる。

 そして照が心外な、と言わんばかりに、指摘する。

 

「いやー……照先輩も、人間なんですね」

「……何だと思っていたの?」

 

 煌の毒舌に少し照は涙目になる。

 だが、このような煌の反応も、普段の照を知っている者ならば、無理も無い反応である。

 

 

 

「……さて、後輩二人が頑張ったし。私も、気合を入れて頑張ってくるよ」

「はい!照先輩のすばらな活躍、期待しています!」

 

 

 

 照はそう言いながら、静かな闘志を内に秘めつつ、誰よりも早く部屋に入っていった。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 ――――翌日。

 インターハイ長野県予選、団体戦決勝が行われる日。

 

 

 

「じゃ、行ってくるじぇ!」

 

 今大会一番注目されているチームであり、昨日の活躍も凄まじかった人物が会場へと向かえば。

 

「ほんじゃま、行ってくるよ。俺が一位になって、バトンを渡してやるから」

 

 他所では昨年度県予選一位のチームの先鋒が同じように会場へ向かう。

 

「キャプテン!頑張ってください!」

「ええ、何とか皆を楽にしてあげれるように……稼げるだけ、稼いでくるわね」

 

 長野の名門チームの部長が数多くの部員の思いを乗せて会場へと向かえば。

 

「ワハハ、むっきー緊張するなよー?思い切って、打ってこいー」

「う、うむ」

 

 今大会のダークホースになり得る可能性を秘めたチームの先鋒が、少し緊張した顔つきで会場へと向かっていく。

 

 

 

 それぞれが色々な思いを持ち、卓へとつく団体戦決勝。

 ――――その先鋒戦が、間もなく開幕する。




今回のまとめ

照、影響が凄い
淡、龍門渕と絡む
優希、爆発
煌、繋ぐ

モブの心理状況を無駄に頑張って描写した感が否めないです。
今宮女子とか、そういうの書くの面倒臭かったので全部モブはモブ扱いで。

照の中堅戦は見せられないよ状況なのでカット。相手は飛びました。


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14,長野県予選団体決勝~先鋒戦~

ちょっとした修正点
4、5話の地の文の池田って所を華菜に変更。
他のキャラがみんな下の名前なのに(大人はともかく)、池田だけ池田なのも何かかわいそうな気がしたので……

たまに天鳳という所でネトマやっているのですが、これが中々話のネタになる。選手の思考とか、されたら嫌な和了とか。



あと気がついたらお気に入り500に到達しました、読者の皆様には本当に感謝です!
次の目標は、お気に入り600です!その為には、自分もよりよい話を書きたいですね。


『間もなく決勝戦が始まろうとしています。解説には今日も藤田プロにお越し頂いています。本日もよろしくお願いします』

『ん、カツ丼うまい』

 

 

 

 これから決勝戦先鋒戦が始まろうとしていて、何かいつもとはまた違った空気が包み込んでいるような会場内。実況席からは、アナウンスが鳴り響く。

 そこに、一人の人物が誰よりも早く入場していた。

 

(……)

 

 その人物とは、風越の部長でもある福路美穂子。既に席に座っており、目を閉じて集中している。

 

 

 

「私が一番乗りだじぇ!……って、もう一人いたじょ」

 

 美穂子より少し後に入場してきたのが手にタコスを持ってきた人物、優希だ。

 まだ席には座ろうとはせず、手に持っていたタコスをサイドのテーブルに置き、立ったまま目を閉じる。

 

 

 

(私が……清澄の勢いをつけるんだ!絶対に、流れを作るじぇ!)

 

 集中しながら、少しの時間思い耽る。

 そして目を開け、テーブルに置いていたタコスを手に取ろうとした。

 

 

 

(……あれ?)

 

 だが、そこにタコスは無かった。

 おかしい、そんなはずはと考えた優希は周りを見渡す。

 

 

 

「うっめーなー、このタコス」

「じょ!?」

 

 既にタコスは、龍門渕の先鋒である井上純の口の中に収まっていた。

 

「あ、わりぃ。このタコス君の?腹へってたから、つい食っちまった」

「私のタコスが……タコスが……」

 

 純としては、腹が減っていたからつい食べてしまったという軽い気持ち。

 誰のかはわからなかったが、対局後にでも何らかの食べ物でも返せばいいか、という気持ちであった。

 

 

 

「うえぇぇぇぇぇん!!」

「ッ!?」

 

 ところが、純が思っていたよりも深刻な状況に陥ってしまった。

 優希が本気で、泣いてしまったのだ。

 

「ノッポが……私のタコスを……」

「ノッポ!?わ、悪かった!頼むから、泣き止んでくれ!」

『おおっと、これはどうした事か。何かトラブルでしょうか』

 

 どうしたらいいか、と思い切り焦ってしまう純。

 アナウンサーはその様子を、とても冷静に実況していた。

 

 

 

「……最後に私が入場したと思ったら、これはいったい」

「タコスがぁ……」

 

 とても高い緊張感を持ちながら鶴賀学園の先鋒、津山睦月が最後に入場した所、思ってもいない場面に遭遇してしまいこちらも困惑してしまう。

 

「そうか、何か腹減ってるんだろ!?俺の控え室から、何か食べ物持ってくるから、な!」

「ん、腹が減っているのか?一応、私の方の控え室にもせんべいなら大量にあるぞ……時間は、急げばギリギリって所か」

「タコスじゃなきゃ……駄目なんだじぇ……」

 

 優希からはタコスの一点張り。

 他の部員も、流石にタコスは無いと諦めた表情で卓につく。純に関しては、最後までスマン!と謝りっぱなしであった。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「いやー、やっぱり珍しいよなあ」

「華菜ちゃん、どうしたの?」

 

 先鋒戦が始まる前の事件を風越の控え室のモニターで見ていた池田華菜は、その光景を見て珍しがる。

 そんな華菜の様子を見た吉留未春は不思議そうに、尋ねた。

 

「キャプテンなら、例え試合前でもあの泣いていた清澄の一年を気にかけるって思ったけどずっと目を閉じて集中してたから。キャプテンらしくない気がして……」

「確かに……言われてみたらそうかもしれない。敵でも、対局以外は優しくするのがキャプテンのイメージだけど」

「よっぽど、自分に集中しているのでしょうね」

「あっ、久先輩!」

 

 華菜の疑問、そしてそれに対し賛同した未春。

 両者が何故なのか、と悩んでいた所に久から声がかかってきた。

 

「二人が思っているイメージ、間違っていないと思うわよ。だけど美穂子は今、そんな余裕が無いんでしょうね」

「余裕を持たないキャプテンなんて、普段からだと想像が出来ないし……」

「……これから相手には宮永照、天江衣といった化け物が出てくる。そうなっている以上、自分が稼がなきゃって意志が強いんでしょうね、美穂子は。責任感が強いから」

 

 他に構っている余裕が無いくらい、美穂子は自分の事で精一杯だと久は指摘する。

 その理由として、これから他校には全国トップクラス。いや、トップが出てくるのだ。

 

「後の私達が……ふがいないせいで」

「あら、華菜は私もふがいないって言っているのかしら?」

「い、いや!久先輩!そんなつもりじゃ」

「冗談よ。……ま、でも。私がふがいないってのは事実かもしれないけどね?」

 

 久は冗談、と一度流すがそれでも自身の実力の無さは自覚していた。

 勿論、部内ではトップ争い。全国でも、通用する実力の持ち主だ。だが、照などと比べてしまうとどうしても劣ってしまう。

 

 

 

「……それでも、最後に勝つのは風越よ」

「は、はいっ!勿論です!」

 

 個人では勝てなくても、チームとして勝てばいい。

 そんな思いを持ちながら、久は一言呟いた。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「……ユーキ、あれピンチじゃない?」

「優希ちゃん……大丈夫かな……」

「こんなすばらくない状況……流石に予想外ですね」

「……あまり良くない状況。タコスは、優希にとってやる気スイッチみたいなものだから」

 

 一方その頃清澄控え室は、完全に良くない空気を感じ取っていた。

 それも、部員全員の一致の思いである。

 

「……あれっ、京ちゃんからメール来てる」

(サキの携帯が……正常に作動している?)

(これは……雪でも降るんでしょうか)

 

 その時、咲の携帯に京太郎からメールが来ていた。

 淡、煌の二人はその普通の光景が奇跡だと感じていたのはまた別の話。

 

「タコス急いで探してくる!……だって」

「流石、キョータロー……その動きの積極性といい」

「優希や淡さんに何か言われたりしたらよく反論する姿を見受けられますが、いざという時は……頼りがいのある、すばらな須賀君です」

「京太郎君、先鋒戦の前半戦が終わるまでに間に合うかな……」

 

 部員全員が、京太郎の行動力に感心するばかりであった。

 

 ちなみに、予選は決勝以外は各ポジション半荘一回ずつで行われていた。

 だが、決勝からは半荘二回ずつとなっている。照の言う前半戦とは、最初の半荘戦の事だ。

 

「タコスが無い時のユーキって本当に酷いからねー、下手したらキョータローより弱いんじゃない?」

「さ、流石に始めたばかりの京ちゃんよりかは……いや、否定できない……」

 

 タコスを食べていない、つまり集中力の無い時の優希というのはかなり酷いものがある。

 それは最近麻雀を本格的に始めたばかりの京太郎にも劣るかもしれないというレベルであった。

 

 

 

「……はっ」

「どうしたの、お姉ちゃん?」

 

 何かに気づいたかのような表情をしながら呟いた照に対し、咲は尋ねる。

 

「タコスは無いけど……私が持ってきたドンタコスなら」

 

 そう、本日も照は大量のお菓子を持ち込んでいる。

 その中身は甘い物が大半ではあるが、スナック菓子やチップス系のお菓子も含まれていた。

 

 そしてその中に、ドンタコスもあったのだ。

 

「確か……ドンタコスもユーキの好物だったよね」

「これを今ダッシュで優希に渡しに……!」

 

 ドンタコスもまた、優希の集中力を上げるための食べ物である。

 それに気づいた清澄内の部員は、急いで会場にドンタコスを持っていこうとする――――が。

 

『間もなく、先鋒戦が始まります』

「あー、始まっちゃった!」

「優希には何とか、この前半戦耐えてもらうしかない」

 

 会場に向かおうとする前に、先鋒戦開始間近のアナウンスが鳴り響いた。

 つまり今の段階で、優希にドンタコスを渡す事は出来ないという事になる。

 

 

 

 清澄部員は、何とか耐えてくれる事を祈る事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 ――――東一局。

 場決めにより東家が優希、南家が美穂子、西家が純、北家が睦月というスタートになった。

 

 

 

(清澄のこの子……決勝に来るまでの牌譜から見ても東場での爆発力は凄まじかったはず。だけど、おかしいわね……)

 

 七巡目、美穂子は手を切りながら上家の優希の様子を見ながら異変を感じ取っていた。

 未だ、リーチ宣言はどこからもかからない。優希にいたっては、来る気配すら感じないと美穂子は思っていた。

 

(だったら、このチャンスは逃せない……逃さない……!後の子達の為にも……!)

 

 

 

「ロン、8000点です」

「じょー……」

 

 十一巡目、美穂子が優希からロン和了。

 そして親は流れ、東二局へと進んで行く。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「ツモ、4000オール」

 

 東二局、美穂子が親満をツモ和了し連荘していく。

 

(……まっずいなー、風越が乗ってきてやがる)

 

 純は二連続和了をして、既に優位に立っている美穂子を見ながらそんな事を考えていた。

 

(流石、名門のキャプテン張るだけの実力はあるって事か。しかも、ツキも来てそうだな。だったら、一度流れを変えたい所ではあるが……)

 

 純は場の流れを察知し、そして鳴く事により上手く自分の方に引き寄せていく麻雀を得意としている。

 現在、純が感じ取っていたのは美穂子に流れが来ている事。だからこそ、一度鳴いておきたいと考えてはいるが――――美穂子からは、鳴ける牌が捨てられて来ない。

 

(ッ、風越は俺の鳴ける所全て抱えてやがるのか!?)

 

 思ったように鳴けないというのは麻雀ではよくある事だが、それにしても出なさすぎだ、と純は考える。

 

 

 

「ロン、7700の一本場は8000」

「うぅ……」

(おいおい、マジかよ……)

 

 美穂子が優希から再びロン和了。これで三連続和了となる。

 だが、純が驚いているのには別の理由があった。

 

(俺の鳴ける所、潰しながら手を作ってやがるのか……!)

 

 本当に上手い事純が鳴きたい牌を抱えつつ、美穂子は自身の手を完成させていた。

 

 

 

 ――――東二局、二本場。

 

(これはマジで、俺が鳴けない可能性ってのは高いかもな……だー、くそ!上家がこんな奴とか運悪すぎだろ!)

 

 純は美穂子が自分の上家に座っており、そして鳴けない運の悪さに文句を心の中で言う。

 

(その鳴けない、最悪の事態を想定しながら進めて行かないとならねーかもな……流れが風越にありそうって事は、普通に手を作っても聴牌速度で勝てない気もするしなあ)

 

 純は前半戦の今後、どのように手を進めて行くか考える。

 自分の力だけではどうしようもないかもしれない、という最悪の状況を考えつつ、作戦を立てていく。

 

 

 

「チー」

 

 二巡目、純の捨てた牌を睦月が鳴いた。

 

(流石に決勝に上がってくるだけはあるな……わかってるじゃねえか!)

(うむ、こちらとしても風越の親はさっさと流しておきたい……鳴ける所を出してくれるなら、それはそれでありがたい)

 

 純の考えた作戦とは、自分ではなく他家を利用して場を進めていく事。

 睦月としてもこの状況、どうにかしたいと考えていた。純に上手く利用されていると言えば言い方は悪いが、それでも何とか手を進めて行く。

 

(しかし清澄、本当に全然だな……俺がタコス食ったせいか?いや、流石にそれはねーか……)

 

 などと冗談っぽく純は考えていたが、まさかそれが本当だとは本人は知る由も無い。

 純から見ても、今の優希は全く脅威にすらなりえない存在なのだ。

 

 

 

「ツモ、2000オールの二本場は2200」

(ッ、これでも……)

(……止まらないのか、風越の福路美穂子!)

 

 

 

 美穂子の勢いは、まだまだ止まらない。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

「先鋒戦前半が終了しましたが、藤田プロ。風越の福路が勢いのままそのまま突き抜けていったといった模様の前半戦でしたが」

 

 ここは実況席、アナウンサーと藤田プロがいる場所。

 前半戦が終了し、アナウンサーが藤田プロに解説を促した。

 

「そうだな、まさにその言葉通りだ。龍門渕の井上、鶴賀の津山も何とか和了ろうと必死に頑張ってこそいたが、それでも福路の勢いは止まらなかったな」

 

 純と睦月も小さくてもいいから何とか美穂子に和了らせないように動いてはいたが、それでも美穂子の勢いは前半は最後まで途絶える事は無かった。

 

「それにしても、清澄の片岡。早くも失点は四万越え」

「酷いな」

「昨日相当チームを勢いづけ、かなり注目の選手の一人でしたが。決勝戦、マークがきつくなって中々自分の麻雀をさせてもらえていないのか、ここまでは調子が上がりません」

 

 団体戦予選の初日、優希は初戦だけではなく全試合でかなりのプラス収支を残してきた。

 その活躍は他校からも注目されるほどで、あの宮永照が先鋒に置いた理由もわかる、と周囲を頷かせるほどの活躍をしてきたのだ。

 

 だが、ここまでは最も失点を重ねてきている。

 

 

 

「マーク?違うな。それ以前の問題だ」

「と、言いますと?」

「マークすらされていないよ、本人の集中力がまるで無い。周りも決勝に上がってきているだけあって、それなりの実力者だ。あれじゃあ、通用はしないな」

 

 藤田プロは優希本人の問題だと指摘する。

 

「なるほど……」

「とはいえ、私もあの先鋒にはそれなりに注目はしてたんだ。昨日の活躍を見ただけにな。それに、まだ一年生だろ?これから長野を代表する選手、いや、頑張れば全国でも上位の選手になれる可能性だってあるな」

「ほほう、藤田プロにそこまで言わせるだけの可能性を秘めていると?」

「宮永照が先鋒に置くだけの物はあるって事だ。前半戦は酷かったが、後半戦はどうかな」

 

 藤田プロはそれでも、優希の持っている物というのは認めていた。

 一年生でありながら、全国チャンピオンがいるにも関わらず先鋒という大事なポジションを任されて、結果を残してきた昨日の実績と、その打ちっぷりだ。

 

 

 

 風越が大量リードを持ちながら、後半戦を迎える事となる。

 

 清澄・58400(-41600)

 風越・162100(+62100)

 龍門渕・87000(-13000)

 鶴賀・93500(-7500)

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

(こんな……こんなんじゃ駄目だじょ)

 

 前半戦を終了し、各選手は少しの休憩時間へと入っていた。

 優希は一度部屋を出て、一人ベンチに座っている。

 

 

 

(せっかく……先鋒を任されたのに、何も出来なかった……何も役目を果たせていないじょ)

 

 前半戦の不甲斐なさに、一人落ち込む優希。

 ――――そんな時だ。

 

 

 

「おーい!」

「……じょ?」

 

 優希からすると、とても聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 そしてその優希を呼んだであろう人物の手元には。

 

 

 

「京太郎おぉぉぉぉっ!」

「うわっとぉっ!?」

 

 優希は京太郎の元へ思いっきり飛びついた。

 

「お前は使える犬だじぇ!」

「い……犬?まあ、これを食わないと調子でねーだろ。ほら、タコス」

 

 京太郎の手元にはタコスの入った袋。

 そしてそれを、優希に手渡す。

 

 

 

「うまいじぇ!これで、力が出る!」

「そうか、それならよかった……って、ん?」

 

 京太郎は遠くから人がこちらに向かって歩いてきているのを見た。

 そして、その人物はこれまたよく知る人物だった。手には、何かのお菓子の袋を持っている。

 

 

 

「優希、それに京太郎君。ここにいたんだ」

「照先輩!?」

「これ、優希に。ドンタコス」

「じょ!?」

 

 やってきたのは控え室から優希のためにドンタコスを持ってきた照であった。

 

「ありがとう京太郎君、わざわざ外にタコスを買いに行ってくれて」

「大丈夫ですよ!タコス食われてこいつがヤバいって感じたんで……万全の状態で挑んで欲しいですから、そのためには俺に出来る事だったら」

「京太郎ぉ……」

 

 照は急いでタコスを買ってきてくれた京太郎に感謝し、優希もそんな京太郎に感謝しつつ涙目になりながらタコスとドンタコスを頬張っている。

 

 

 

「優希」

「……じょ?」

 

 そんな食事中の優希に、照が声をかけた。

 

「前半戦の事は気にせず、後半戦は打ってきて欲しい。大丈夫、いつもの優希ならきっと勝てる」

「……むぐっ、正直、あの前半戦を気にするなと言われても無理があるじょ……」

 

 食べた物を喉の奥に運び、口の中身を空にして優希が話し始める。

 照は気にしなくてもいいと言ったが、優希はあの前半戦がよっぽど悔しかったため忘れる事など出来なかった。

 

 

 

「……だけど、それを私は糧にする。倍にして返してやるじょ!」

「……ふふっ、期待してるよ?」

 

 忘れる事は出来ない。だが、むしろそれを糧とし後半戦は暴れてやる、と優希の意気込み。

 照も思わず、いつも以上に期待してしまうほどの気合の入りようであった。

 

 

 

「じゃあ、俺は観戦室で見てるから。頑張れよ、優希!」

「おう、任せとけ!今の私はダブルタコス力により、無敵だ!」

 

 そんな応援の言葉を残して、京太郎は優希の元を離れていった。

 

 

 

『間もなく先鋒戦後半が始まります』

「っと、じゃあ私もこれで。優希、頑張ってね」

「勿論だじぇ!」

 

 後半戦開始のアナウンスが館内に鳴り響き、照もその場を離れる。

 優希は再び、会場入りする。前半戦終了の時とは全く真逆の、いい表情をしながら。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 ――――東一局。

 

(ッ、また上家が風越かよ!?マジでついてねー……)

 

 場決めにより東家が優希、南家が睦月、西家が美穂子、北家が純と決まる。

 純はまた不運な場になってしまった事を呪っていた。

 

 

 

(前半戦とは違う私の、私らしい打ち筋を通すんだ!)

 

 優希はとにかく気合が入っていた。

 そんな優希の気合に応えるかのように、配牌時点から、更にはツモもかなりいい具合であった。

 

 

 

「リーチだじぇ!」

 

 六巡目、優希がこの先鋒戦初のリーチをかける。

 

 

 

(あのリーチ、多分だがやべえ……清澄も、後半に入ってやっと目覚めたか)

 

 純も優希の親リーに相当警戒していた。

 

(鳴いて流れを変えれればまだしも……どうにか出来るか?)

 

 自分がここで鳴ければ勢いは緩和されるであろうと純は今までの経験から何となくではあるが、感じていた。

 ――――が、美穂子からは鳴ける牌は出ず。

 

(ッ、そこは出せよ!マジで自分中心でしか、考えれてねーんじゃねーのか!?)

 

 もしこれがいつもの美穂子だったら純みたいに流れを読む、という事は出来ずとも、何かしらの警戒をして下家に一発消しをさせる事くらいはしたかもしれない。

 だが、今の美穂子は自分が和了って後輩を楽させるためにどんどん稼ぐ、その考えの比重が高かった。

 

 だからこそ、振りこみさえしなければ後は自分の手を出来るだけ早く作る、その事を一番に考えていた。

 美穂子はあらかじめ安牌で取っておいた数枚切れている字牌を捨てる、これでは純も鳴けない。

 

 

 

「ツモ!8000オールだじぇ!」

 

 優希、一発ツモで親の倍満を和了――――!

 睦月はその速度と火力に唖然とし、美穂子はしまったという表情、純はやっぱりかというある意味納得の表情だった。

 

 

 

「前半戦は不甲斐なかったけど、後半戦はそうは行かない。勝負はこっからだじぇ!」

 

 

 

 東一局、優希の親は続いていく。




今回のまとめ
タコス、食われる
美穂子、前半戦無双
京太郎、有能
後半戦、優希の反撃

場を見て更には相手の手牌もある程度見抜く美穂子って、鳴き主体の純にとって結構な天敵だと個人的には思います。原作ではあまりそんな場面は無かったけど。

流れを変えたい所でも鳴けないって、純にとっては相当歯がゆいでしょうね。

感想等は随時募集しています。


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15,先鋒戦決着

(……ふぅっ)

 

 東一局一本場。美穂子は、小さく息を漏らす。

 

(少し……自分を見失っていたみたいね、見ているつもりの周りが見えていなかった)

 

 先程の優希の倍満、あれはやろうと思えば他家に上手く鳴かせ、一発を消す事は出来なくはなかった。

 一発が消えれば点数は落ちるし、もしかしたらそのまま和了れなかったかもしれない。

 

 あの和了はただ親の倍満を和了されたという所だけではなく、優希を乗せてしまったというのがかなりの問題点でもあるのだ。

 

 

 

(つもりじゃ駄目ね、しっかりと見て、冷静に判断をしないと)

 

 つもりというのは本人はそう思っていても、案外しっかりと出来ていない事の方が多い。

 だからこそ美穂子はもう一度気を引き締め、周りをしっかり見て、これからの場をどうにかして進めて行こうという意識を強める。

 

 

 

 ――――だが。

 

 

 

「ロン!11600の一本場は11900だじぇ!」

「ッ!?」

 

 そんな美穂子が、振り込んでしまう。

 

(清澄の子がリーチせずダマ和了……!?決して油断もしていなかったし、冷静にいつも通りの打ち方をしていた。それでも振った)

 

 その事実に、美穂子は驚くばかりであった。

 

(……清澄の一年生、片岡さん。あの宮永さんが先鋒に置いた意味がわかる気がする。勢いに乗ると、相当手ごわい……!)

 

 だが美穂子はその事実に焦るのではなく、むしろ冷静さが増していった。

 相手の実力を認めた上で、自分のいつも通りの麻雀を貫き通すという気持ちが一層強くなる、それだけの話であるのだから。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「清澄の片岡、風越の福路にロン和了です!後半戦に入り勢いに乗ってきたか!」

 

 実況席では、アナウンサーが興奮した口ぶりでマイクに向かって声を出していた。

 

「しかし驚いたな。風越の福路はかなり放銃の少ない選手だ、それが振り込むとはな」

「福路がどこかで油断をしていた所があったという事でしょうか?」

「いや、違うな。あれは清澄の方が上手かったというのもあるだろう」

 

 アナウンサーが藤田プロに対し油断だったのかと問いかけるが、それを否定する。

 単に、実力の問題であると藤田プロは話す。

 

「あまり過去のデータが無い上に、昨日の暴れっぷりだ。とにかく火力重視の選手かと思っていたが……意外と器用な所もあるじゃないか」

「この状況では、流石の福路も動揺してしまうでしょうか?」

「いいや、あの面構え見てみなよ。私も動揺するのではないかと思っていたが……流石は名門の部長か、更に集中力を増したようにも見えるぞ?」

 

 他者からも優希はとにかく高打点で押していくイメージを持たれていた。

 だが、あの場面での奇襲。その事実は誰もが驚く事であるし、更には心理状況を揺さぶるかもしれない点数以上に大きな和了だ。

 

 それでも、美穂子はぶれる事が無かった。

 そしてそれを、藤田プロは評価する。

 

 

 

「まだまだ先が読めないな、清澄がこの勢いを持続させるかもしれんし、風越がまた蘇るかもしれん。あるいは……他が目覚める可能性もあるかもしれないな?」

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

(さて……まずはこの清澄の子の勢いをどうにかしなきゃならないわね。私も配牌はまずまずだけど……)

 

 東一局二本場、美穂子は自分の手を見つつ、全体も見ながらじっくりと思考する。

 

(この段階で一向聴、火力も悪くない……けど)

 

 五巡目、美穂子の手の伸びはまずまず。

 だが、優希の河や表情等を見ながら考えを切り替えていく。

 

(既に中張牌も切られてる、それにあの自信満々な様子……仮にこのまま私が手を伸ばしていっても、競り負けるかしら?)

 

 普通ならばそのまま勝負に行くような、良手。

 それでも進もうか進まないか迷っているというのは、それほど優希の存在が脅威という事。

 

 

 

(だったらいっそ……こっちかしらね)

 

 美穂子は下家の純を横目でチラリと見てから、牌を河に捨てた。

 

 

 

(……!)

 

 純、その捨て牌を見て表情を変える。

 

「チー!」

 

 

 

 そして迷わず鳴いた。

 

 前半戦から今まで、鳴くチャンスが全く無かったというわけでは無い。

 だが、純が本当に鳴きたいと思ったタイミングでは初めての事だ。

 

 

 

(風越……自分では清澄をどうにかする事が出来ないと判断して、こっちを頼ったって事か?)

 

 今までの展開なら純の鳴きたい所を潰し、美穂子自身が和了するために手を進めて行っていた。

 だが今回はそうではない。逆に、鳴かせたのだ。

 

 

 

(……まあ、その考え自体は悪いとは思わねえよ。確かに、あの清澄の爆発力は異常だ。止めたい気持ちも十分わかる)

 

 純自身も実際、前半戦は睦月に鳴けそうな所を出して美穂子の勢いを止めようとしていたのである意味、似たような事をしている。

 

(だがな……自ら手放した流れってのは、中々帰ってこない物なんだぜ?)

 

 

 

 ――――十巡目。

 

 

 

「ツモ、1200、2200だ!」

(じょー、行けると思ったのに途中から手が伸びなかったじぇ……)

 

 純のツモ和了。

 他家が相当厄介と感じていた優希の親が、ようやく流れる。

 

 優希も途中までは高く、そして速度もあったのだが、あと一歩の所で思ったような引きが来なかった。

 

 

 

(……風越、ホッとしたって感じの表情だな。だがこっから……また自分にいい流れが来るとは思うなよ?)

 

 美穂子は恐らくこの対局で最大の難点であった優希の東場の親を流したという事実に、少なからず安心していた。

 一方、和了った純は今ので自分に流れが来たと確信し、これからの展開に自身でも期待していく。

 

(こっからまくって……トップになってバトンを渡す!)

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「やはりと言いますか……南場に入って優希の勢いが落ちていますね」

「前半戦絶好調だった風越の人もそこまで伸びてない……あの龍門渕の大きな人が調子付いちゃってる感じがする。優希ちゃん、大丈夫かな……」

 

 後半戦も南場に突入。

 控え室からモニター越しに試合展開を見ている清澄メンバーは、優希の勢いが落ちてきた事を心配する。

 

「鶴賀が小さいのちょくちょく和了ってるから龍門渕の連荘もないけど、やっぱりユーキが心配だねー」

 

 淡が指摘したように、親の連荘自体がほとんど起こっていないので割とサクサク場が進んでいる。

 それでも今一番調子付いているのは純であり、睦月がどうにかして喰らいついている状況だ。

 

 

 

「……いや、きっと大丈夫」

 

 

 

 清澄のメンバーがここまで心配する理由は、ただ単に優希の手が落ちるからではない。防御そのものが下手なのだ。

 東場は圧倒的火力と速度でそれを気にさせない、いわば攻撃は最大の防御といった形を作る事が出来る。だが南場ではそれが出来ず、振り込む事も多々ある。

 

 だが、照はそんな優希の事を大丈夫、と言った。

 

 

 

「優希は確かに守るのが上手くない。だけどあの場面、苦手なりに必死になってる」

「確かにそこでそれ切るの!?っていうのは何度かあるけど、それでも何とかかわしてる。集中はしてるねー」

 

 南場で手が悪くても突っ込みがちの優希だが、現在は清澄のメンバーがモニター越しに見る限りでは、必死に守る事も考えながら打っている。

 その切り方に上手さはない。が、振り込んでいないという結果だけはついてきている。

 

「多分優希は総合的にマイナスの収支で終わる。だけど、先鋒としての役割はしっかりと果たしていると思う」

 

 南二局、現在優希はわずかにマイナス収支。

 ここから優希が和了出来る可能性が低い事を考えると、プラスで終わる事は難しいといえるだろう。

 

 それでも、照は優希の働きをしっかりと評価した。

 

 

 

「あれだけ必死になって自分の今出来る事をこなそうとして、後ろに繋ごうとしてるんだもん。燃えないわけが無いよね?」

「勿論ですね。優希のあの打ちっぷり、本当にすばらです!あんな姿を見て、やる気にならないわけがありません!」

 

 照の全体への問いかけに、煌が真っ先に当然だ、と声をあげる。

 淡も大きく頷き、咲も控えめではあるが小さく頷いた。

 

「優希と煌には、私含めた三人には無いがむしゃらさを持ってる。それは、団体戦では後ろに大きな勢いを作る、大切な物。メンバーを決める時には話さなかったけど、これも二人を前に置いた理由の一つだよ」

 

 照が優希と煌の二人を前に置いた理由の一つに、がむしゃらさという点がある。

 これは実力だけの物ではなく、例えマイナスの収支であろうと後ろに勢いを与える事がある。

 

 そしてそれは、収支ではマイナスでも総合的にはプラスの方向へ働く事だってあるのだ。

 

 

 

(どんな結果になろうとも。必死になって持ってきた優希のバトンを、私が絶対にすばらな流れで繋ぎます!)

 

 間もなく次鋒戦という所で、煌は今までに無いくらい燃えていた。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

『先鋒戦終了ッ!!決勝戦に相応しい、見事な試合でした!』

 

 長かった先鋒戦も終了。

 アナウンサーが少し興奮気味の声で実況する。

 

『まず一位抜けは風越、福路!後半戦やや点数を落としたものの、前半戦の圧倒的な収支で総合的にもかなりのプラスで終える事が出来ました!』

『後半戦の東場で崩れるかと思われたが、流石は主将。よく、持ちこたえたと思うよ』

 

 一位抜けは美穂子。

 

 後半戦は結構なマイナス収支ではあったものの最終的には一人抜け、二位に大きな差をつけ単独トップである。

 前半戦の独走は勿論の事、後半戦の崩れそうになりつつ踏ん張った所を藤田プロは評価した。

 

 

 

『二位抜けは龍門渕、井上!前半戦は何とか喰らいつき、後半は自分の流れに持ってくるかのような打ち筋。総合ではややマイナス収支ですが、十分健闘したと言えるのではないでしょうか』

『そうだな、後半戦は自分らしさという物が出ていたと思うよ。前半戦も、よく粘れていたんじゃないかな』

 

 二位抜けは純。

 

 総合ではややマイナスだが、それでも後半は上手く巻き返しを見せた。

 粘って粘って最後は自分の流れをつかんだ所は、純らしさが出ていたであると言える。

 

 

 

『三位抜けは清澄、片岡!前半戦は大きくマイナスではあるものの、後半戦は収支トップ!二位との差もわずかですし、何よりチームに勢いを最もつけた選手ではないでしょうか』

『おお、いい所に目をつけたな。今一番勢いに乗っている、またはこれから乗ってくるであろうチームは清澄だと思う。素人目でもわかるくらい、後半戦はチームを勇気付ける打ちっぷりだったな』

『優希だけに』

『えっ?』

『えっ?……ゴホッ、失礼しました』

 

 三位抜けは優希。

 

 後半戦の力強い打ちは、誰が見てもわかるくらい周りを熱くさせるものであった。

 それは実況出来る程度には打てる、多少かじった程度のアナウンサーでも感じ取れた物である。

 

 実況席ではくだらない会話が、そしてそれを聞いた会場全体の空気が若干凍りかけたというのは別の話。

 

 

 

『四位抜けは鶴賀学園、津山!放銃こそあまり無かったものの、この中では最もマイナス収支になってしまいました』

『うーん、悪くない打ち筋だとは思ったがな。この卓でツモ和了が多かったのがマイナスに響いたって感じだな』

 

 四位抜けは睦月。

 

 最初から最後まで粘り強い打ちこそ見せてはいたが、最終的には大きくマイナス。

 その内のほとんどが他家のツモ和了での失点だと言うのだから、中々に不運かもしれない。

 

 

 

「ありがとうございました!……おい、ちっこいの!最初は、本当に悪かった!」

 

 対局を終え、全員が挨拶をして退室しようとする場面。

 すぐには出ようとせず、純がまず優希に謝罪をと、話しかける。

 

 

 

「ほんとだじぇ!タコスおごれよ!」

「うっ……タコスの店なんて、俺全然詳しくねーぞ」

「じゃあ私がいい店知ってるから、現金だけくれよ!」

「俺が悪いっていう自覚は勿論してるが、何かお前めちゃくちゃ腹立つな!?」

 

 優希は純に対しタコスを要求する。

 だが純がタコスの店に詳しくないと知るや否や、速攻で現金を求める優希。

 

 その態度に、純は自分に非があると自覚しつつもどこか苛立ちを感じていた。

 

 

 

「あの……本当にごめんなさい!最初貴方が困っていたのに、助けてあげる事が出来なくて……!」

「じょ?何でお姉さんが謝る……って、ガチ泣きしてるじぇ!お姉さん、泣き止んでくださーい!!」

「何で先鋒の面子はこうも泣き虫ばかりなんだよ!?」

 

 最初の事に気づいてはいたものの、余裕が無く何も手を差し伸べる事が出来なかった事に美穂子は大きな責任を勝手に感じていた。

 そして、大泣き。優希も純も、この展開には慌てる事しか出来なかった。

 

 

 

「……うむ、いい対局だった」

 

 それを横目で見ながら、自身の結果には満足していないものの、対局そのものにはかなりやりごたえを感じていた睦月は一人、呟いた。

 

 

 

 清澄・92100(-7900)

 風越・137000(+37000)

 龍門渕・95800(-4200)

 鶴賀学園・75100(-24900)

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「ごめんなさい、皆さん!私が思ったよりも稼げなくて……!」

「何言ってるんですかキャプテン!十分すぎますよ、あの相手に!」

 

 風越の控え室に戻ってきた美穂子。

 まず最初に部員全員に対し謝罪をするが、それを風越メンバーは全員十分だ、と返す。

 

 風越メンバーもモニター越しから、先鋒戦はどの高校も実力者を出してきていると理解できたため、そしてその中でも十分すぎるほどプラス収支で返って来た美穂子相手に誰が責めようか。いや、そんな者はいない。

 

 

 

「……福路、後半戦のあのザマは何だ?」

「コーチ……!最初に周りを見る事が出来ていなかった、私の責任です」

 

 部員ならば、と付け加えるが。

 

 風越コーチ、久保貴子。彼女はとても厳しい事で有名である。

 いくら好成績でも、内容が悪ければそこをどんどん指摘していく。

 

「ふん、自覚しているだけマシか……まあ、自覚していなければあの後崩れていてもおかしくは無かったからな。よく持ちこたえた」

「コーチ……?」

 

 てっきり怒られるとばかり思っていた美穂子であったが、そうではなかった。

 

「後は後ろに頼れ。お前は十分頑張った」

「コーチ……!ありがとうございます!」

「今は私なんかに礼をする必要なんて無い。優勝して初めて、部員全員に礼を言うんだな」

 

 美穂子は全て自分で背負い込みがちであった。

 そうではなく頼れ、と久保コーチの指摘。

 

 

 

「染谷は?」

「もう会場に行きました!」

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「あの……皆さん、申し訳ありません!」

「何言ってるんだー、むっきーは十分頑張ってただろー?」

「蒲原の言う通りだ。あの相手なら仕方ないさ、むしろ最低限のマイナスに抑えたならば十分だ」

 

 ここは鶴賀学園控え室。

 戻ってきたばかりの睦月はまず、自分の結果が悪かった事に対し謝罪。

 

 だが、鶴賀メンバーはそれを責めようとせず、むしろ十分頑張ったと睦月を称えた。

 

「ワハハ、かおりんが全部取り返してくれるからなー」

「ええっ!?」

「蒲原の言う事は気にしなくていい。とにかく、自分の納得できる対局が出来ればそれでいいよ」

「は、はいっ!」

「ワハハ、酷いなユミちんはー」

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「かーっ!」

「どうしたの純君、不満そうだけど」

「そりゃそうだろ、あの結果じゃ」

 

 控え室に戻ってくるや否や、すぐにソファに倒れこむように座って大きなため息をもらしつつ不満げな言葉を漏らす純。

 

「確かに、純がマイナス収支とは珍しいですわね」

「まあ、あれは相手も強かったよ。二位だし、悪くは無いんじゃないかな?」

「確かに相手が強かったってのは認めるが……一位でバトンを回すつもりだったからな、満足するわけがねえ」

 

 純もしっかりと他の三人の実力というものは認めていた。

 だが、それと結果に関しては別。絶対に一位で帰ってくるという意気込みで挑みながら、それを達成する事が出来なかったのだ。

 

 

 

「でも、ま」

 

 悔しさ、それは当然感じていた。

 しかし、純が感じた物はそれだけではない。

 

 

 

「楽しかったわ。また、あいつらと打ちたいな」

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 優希は対局を終え、一騒動の後に控え室へと足を運んでいた。

 だが、その足取りというものは軽くは無く、むしろ少し重みがあった。

 

 

 

(思うような結果を残せなかった……!)

 

 最終的には三位フィニッシュ。

 後半戦こそ稼ぎはしたものの、前半戦の失点が痛すぎた。総合でもマイナス収支で終わり、優希はその事実に少し落ち込んでいた。

 

 

 

「……あれ、優希?」

「ッ!」

 

 その時、控え室に向かおうとしていた優希の向かいからやってきたのは――――煌だ。

 次鋒戦がすぐに始まるため、会場に向かっていた煌とちょうど遭遇したのだ。

 

「煌せんぱぁい……!」

「え、ちょっと!?何で優希は泣いているんですか!?」

 

 視線が合ったと思えば、突然泣き出した優希に煌は困惑する。

 そして、何故泣いているのか色々と思考を張り巡らせていく。

 

 

 

「――――優希は十分頑張りました。泣く必要なんて、どこにも無いんですよ?」

「でもっ……!ひっぐ……」

 

 煌は優希が試合の内容に満足せず悔し涙を流していると思い尋ねてみた結果、それは的を射ていた。

 責められず優しい声をかけられ、逆に益々優希の涙は多く零れ落ちていく。

 

「優希の熱意は十分伝わりました。優希の打ちっぷり、とてもすばらでしたよ。だから泣かないで、胸を張ってください」

「うぅ……でも私、マイナス……」

「それはこれから皆で取り返していけばいいんです。それとも、私含め他のメンバーが、信用できませんか?」

「そんな事……あるわけないじぇ……」

 

 団体戦とはチーム全体で戦うから団体戦だ。

 誰かがマイナスになっても、皆で取り返して最終的に勝てばいい。それが団体戦だ。

 

 煌はその事を、優希に指摘する。

 そして優希も清澄のメンバーの事は心から信頼している。だからこその、煌の質問に対する否定だ。

 

 

 

「優希、右手をグーにしてください」

「え……?こ、こう……?」

 

 煌が何をするのか優希からはよくわからないが、言われた通りに右手をグーにする。

 そして煌も同じように右手をグーにする。

 

 

 

 ――――コツン。

 二人の間で、グータッチが交わされた。

 

 

 

「行って来ます!優希、応援頼みましたよ!」

 

 

 

 そして煌は会場に向かい、優希と別れた。

 

(煌先輩、お願いだじぇ……!点数、取り返してきて欲しいじょ……!頑張って来てください!)

 

 優希の目は赤みを帯びていたが、涙は止まっていた。

 そして心の中で、自分の失った点数を取り返してきて欲しいと強く願う。

 

 

 

(絶対、優希の分も……!私が取り返します……!)

 

 

 

 煌も強い思いを持ちながら、会場へと足を運ぶ。




今回のまとめ

先鋒戦終了、やはりキャプテンが一つ上手
優希だけに(ドヤ顔)
泣いてばっか

先鋒戦終了。団体戦は大好きなので、熱い展開を書きたいと常々思っています。
そしてキャラ心理も上手く書きたいなーと。団体戦は皆で戦うものですから、特に。

結構カットされてますが、むっきーは小さいのちょこちょこ和了ってますから!

あとクールで強キャラも魅力はありますが、がむしゃらなキャラってやっぱり惹かれるところありますよね。咲の中だったら、一番煌ががむしゃらかな?


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16,激動の次鋒戦、開始

更新遅れて申し訳ないです。


「……ふぅっ」

 

 誰よりも早く、会場入りをしている人物――――煌は、席に座りながら小さく息を漏らす。

 

(まさか自分がこんな大舞台に立てるとは夢にも思っていませんでしたね。中学の時は大した成績も残せず、去年も全然駄目で)

 

 煌にとっては初の大舞台とも言える場所に、こうしてたどり着く事が出来た。

 

(緊張……しているのでしょうかね、優希にあんな事を言っておきながら正直頭が真っ白です)

 

 人間、慣れていない場所で何かをする時は大抵は緊張をするものだ。

 煌もその例に漏れず、中々頭が正常に働こうとしない。

 

 

 

「おー、一番乗りと思っとったがもう既に席に座っとったとは。随分意気込んできているみたいじゃな」

「……どうもです。試合前にこんな事聞くのもあれですけど、どこかで会った事ありますよね?」

 

 二人目の人物が会場入りする。

 そしてその人物に、煌は見覚えが会った。

 

 風越の牌譜や実際に対局している映像を見た時に、この人物にどこかで会った事がある、と煌は感じていた。

 その肝心のどこか、というのまでは思い出せなかったが。

 

「覚えてくれとったか。一年前くらいに、麻雀が打てる喫茶店でと言えばわかるかの?」

「……あ、ああ!思い出しました!あそこの店員さん!」

「そういう事じゃ。ま、実際に対局したのは久じゃからわしの事は覚えて無くてもしょうがないかもしれんがの」

 

 風越の次鋒、染谷まこ。

 彼女と煌は、一年前に既に出会っていた。

 

「今日はよろしくの、アンタとは一度打ってみたいと思っていたんじゃ」

「私とですか?私なんて、他の清澄メンバーに比べたら大した事無いと思いますが……」

「謙遜せんでええ、アンタは十分に強いとわしは思っとる。今まではあまり成績は残せていないみたいじゃがの」

 

 まこ自身、煌とはどこかで一度打ちたいと思っていた部分があり、それがこの決勝という舞台で実現される事となった。

 その理由として、一年前にRoof-topで見た煌の闘牌。あの照に喰らいついていた姿を見て、まこはかなり感心していた部分があったからだ。

 そしてまこはここまで特に実績の無い煌の事を、強者と感じていた。

 

 

 

「っと、他のお二方も姿を現したようじゃの。今日はよろしくの?」

「はい、こちらこそ負けませんよ!」

 

 龍門渕の沢村智紀、鶴賀の妹尾佳織も煌とまこが会場入りしてからやや遅れて、姿を現した。

 間もなく、次鋒戦が始まろうとしている。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 ――――東一局。

 

(ふう、とにかく落ち着いて落ち着いて……冷静に、対局していきましょう。配牌も中々ですね)

 

 最初の場所決めで東家がまこ、南家が煌、西家が佳織、北家が智紀といったスタート。

 煌は配牌を見て出だしの流れとしては悪くは無い、と判断。

 

 

 

(さて、一向聴……ドラ3でメンタンピンの手が狙えますね、ここは取りたい所ですが……!)

 

 八巡目。

 煌の手はそれからも順調に伸び、赤ドラも絡み火力もかなりの物が狙える手へと向かっていた。

 

(ッ、鳴いたら7700点聴牌ですが……もう少し粘りたい所ですね)

 

 次巡、まこから鳴いて聴牌出来る牌が切られる。

 だが煌はどうにか跳満を狙おうと、まだ我慢する。

 

 

 

「ロン、3900」

「ひいっ!?」

 

 十一巡目、智紀の佳織に対するロン和了。

 

(ちょっと待ちすぎましたかね……?何とか和了りたかったですが、一向聴から伸びませんでしたね)

 

 その後煌は有効牌を引く事ができず、智紀に速度で負けてしまった。

 最初にいい展開を作りたかっただけに、煌にとっては多少後悔の残る一局だったであろう。

 

(……って、鶴賀の河が。昨日の牌譜もざっと見ましたが、あまり麻雀に慣れていない……?)

 

 昨日の牌譜でも、今煌が実際に目で見える情報。河や、動作など。

 それらを見て、煌は佳織がまだ麻雀を始めて間もないのではないかと判断する。

 

(と、言えど勿論油断は出来ませんけどね)

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「煌先輩、ちょっと動きが固いような?東一局とか、普段の煌先輩なら鳴いてた気がするけどー」

 

 前半戦東場が終了して、控え室からモニター越しに見ていた淡がそんな事を口にする。

 

「そうだね、緊張してるのかな。リーチとかされたら流石に上手くかわせてるけど、ちょっと全体に目が行き渡っていない感じはするね。東一局も龍門渕が早い段階で中張牌切れてたし、相手も手が出来るのが早いって事は気づけたはず」

「テルもやっぱそう思う?ま、先鋒戦と違ってここまで大きな和了もないし対して動きは無いのが救いだねー」

 

 照も煌の動きが若干固いという淡の指摘に同意する。

 東一局、智紀の河を見れば普段の煌なら鳴ける場面で鳴きを選択していたであろう、という照の指摘だ。

 

「煌先輩でも緊張してるのかあ……ううっ、私も何だか緊張してきたよ」

「サキは公式戦初対局になるかもだからねー。まあ、またテルが飛ばして終わるんじゃない?」

 

 淡のそんな冗談なのか本気なのかよくわからない言葉に、咲は苦笑いを浮かべる。

 

 

 

「って、ユーキ?ずっとだんまりだけど、まだ落ち込んでる?」

「……大丈夫だじょ、もう元気いっぱいだじぇ!煌先輩がきっと取り返してくれるって信じてるからな!」

 

 中々口を開いていなかった優希に対し淡が声をかけるが、優希からは元気な返答。

 目こそまだ赤いものの、もう落ち込んではいないようだ。

 

 

 

(煌先輩……頼むじぇ!)

 

 自分がバトンを渡した先輩、煌に対しずっと活躍する事を願い続ける優希であった。

 

 

 

「って、え?」

「淡、どうしたんだじょ?」

 

 いきなり驚いたような声を出す淡の変化に、優希も気になってしまい声をかける。

 

「いや……あれやばいよね、一向聴……」

「?」

 

 優希は淡が誰の事を言っているのかわからなかったため、もう一度しっかりモニター越しに全員の手を見る。

 そして理解してしまった。現在、会場内でとんでも無い事が起ころうとしている事を。

 

 

 

「ぎゃああああああっ!?張ったあああああっ!?」

「煌先輩逃げて、超逃げてえええええっ!!!」

「これは……まずいかも」

「凄い、これお姉ちゃんより豪運なんじゃ……」

 

 淡と優希がとにかく叫び、照ですらかなりの不安を感じ、咲に関してはチャンピオンである照以上の運の持ち主なのではないかとある人物を指摘する。

 現在、清澄を含む全ての控え室で悲鳴やら歓声やらが鳴り響いている頃であろう。

 

 

 

「掴まされたあああああっ!?!?」

「煌先輩捨てちゃだめだじょ、逃げてええええええっ!!」

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 ――――南一局。

 四人が和了を目指し、それぞれが配牌、ツモと相談しながら手を作っていく。

 

 

 

(よしっ、張ったよ。えっと、これを捨てて……)

 

 七巡目、佳織が聴牌。

 そして牌をそのまま、河に捨てる。

 

(ああっ、リーチかけそこなっちゃった……次にリーチすれば大丈夫だよね)

 

 佳織はリーチをするつもりだったが、間違えてそのまま捨ててしまった。

 だが、佳織はまだ自分の手の凄さに何も気づいてはいなかった。

 

 

 

(あっ、清澄から和了れる牌が!)

 

 何と、偶然煌から和了牌が出てしまった。

 だが、まだ佳織はロン和了をしない。

 

 

 

「えっと……どうしました?」

(役は……多分あるはず、えっと、対々和だっけ……他にもあるのかな?)

 

 煌はツモろうとしない佳織に対し声をかける。

 一方の佳織は、自分が和了出来るか必死に自分の覚えている役と手を照らし合わせているのだが。

 

 

 

「あ、えっとすみません……ロンです!」

「え?あ、そうですか……」

(和了れる時は和了った方がいいって皆言ってたし、これで間違ってないよね)

(鶴賀がダマ和了……?あまり慣れていない人ほどリーチを仕掛けてくると思っていましたが)

 

 偶然が色々と重なり、佳織は和了する事が出来た。もしリーチしていたならば、煌は振る事が無かっただろう。

 それを含めて、佳織の豪運なのかもしれないが。

 

 

 

「……え?」

(ぶっ!?何じゃあの手!?)

(清澄……これは酷い事故、流石に同情する)

 

 佳織の和了手を見て、おかしいだろうと二度見、三度見する。

 それくらい、信じられない手だった。

 

 そして手を見て驚愕したのは煌だけではなく、まこと智紀もだ。

 

 

 

「えっと……対々和と……あと何だっけ」

「……わからんようなら教えちゃる。それ、四暗刻単騎という役じゃ」

「え!?私の知らない役だ……えっと、点数はいくらですか?こんな事聞いてごめんなさい」

「……役満、32000点」

「へえ、32000点かあ……ええっ!?32000点!?」

 

 佳織は役を知らずに和了していた。対々和という役は知っていたから和了出来ない事は無いだろう、そんな気持ちでいた。

 だが、まこや智紀から聞いたのは四暗刻単騎、32000点という驚愕の点数であった。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「前半戦終了ッ!!静かな流れのまま進んで行くのかと思いきや、とんでもない展開になった場でした!」

 

 実況席では先鋒戦からテンションが下がる事は無く、やや興奮した口調でアナウンサーが話す。

 特に大きな展開も起こりそうになかった流れから、突然の役満であったのだから無理も無いだろう。

 

「藤田プロ、ここまでの展開についてどう思いますか?」

「ん?ああー……そうだな、清澄に関しては事故だ、あれは他の高校にぶち当たってもおかしくない流れだったからな。ま、それ以外はそれぞれの持ち味が出てたって感じじゃないか?」

「なるほど、静かな流れだったのは選手のプレイスタイルから来る物だと?」

「龍門渕の沢村は堅実な打ち手、風越の染谷も時々思い切って染め手に来る事はあるものの、基本は堅実だ。鶴賀の妹尾は役満以外和了れてないし、静かな流れになってもおかしくは無いよ」

 

 あの役満というとてつもない爆発以外は、基本は静かであった。

 そしてそれは各々のプレイスタイルがしっかりと貫かれている結果だと藤田プロは指摘する。

 

「ま、清澄の花田は少し固かったかもなーとは思ったな。あの役満で後半更に沈んでいくか、逆に起爆剤になるのかはわからんがな」

「確かに、割といい所まで手は進んでいる印象でしたがここまで和了は一度のみですね」

 

 煌もいい所までは手を作るのだが、緊張等の固さゆえに肝心な所での判断が少しミスをしたりしてしまう部分があった。

 その少しのミスが、和了れない致命的な部分でもあるのだが。

 

「静か故にこれからの展開もいまいち予測がつかない部分はあるな、まあ各高校の選手は頑張って欲しいという事で」

「なるほど……藤田プロ、ありがとうございました!」

 

 

 

 

 清澄・54100(-38000)

 風越・141800(+4800)

 龍門渕・107900(+12100)

 鶴賀学園・96200(+21100)

 

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 場所は清澄控え室。

 前半戦が終わった今、全控え室で最も沈んだ空気が流れているのはここであろう。

 

 それだけ、役満を振り込むというのはダメージが大きい。

 点数もそうだが、それ以外にも役満を振り込んだ、という事実が精神的にもきついものがあるのだ。

 

 

 

「煌、大丈夫かな……」

「ちょっと心配ではあるねー、まあ後ろ三人で取り返せるから余裕っちゃ余裕何だけどさー」

「淡ちゃんは余裕があっていいね……私なんてまだ緊張してて。煌先輩、まだ緊張とけてないのかな……」

 

 そこまで暗い口調にはなっていない淡を含め、メンバー全員が煌の心配をしていた。

 誰が見ても、煌の受けた点数、精神的ダメージというのは大きいのは明らかだったからだ。

 

「……あ、煌が席を離れたね」

「ちょっとしたリフレッシュをするのかな?一応、誰か声をかけにいった方がいいんじゃない?」

 

 モニター越しから、休憩時間に席を離れる煌の姿をメンバーは確認する。

 淡はそんな煌に対し、慰めを含む声かけをした方がいいのではないかという提案を持ちかけた。

 

 

 

「……ちょっと、トイレに行ってくるじぇ」

「え?あ、うん……行ってらっしゃい」

 

 そんな時、今まで口を開かなかった優希が発言し、座っていたソファから立ち上がり部屋を後にする。

 突然だったので少し不意をつかれたようにポカンとした表情を浮かべていた照であったが、すぐに何かに気づいたような表情になった。

 

(……多分、優希は煌に会いに行ったのかな)

 

 トイレ、はついでで真の目的は煌に会いに行く事、と照は優希の行動を推測する。

 

 

 

「……ここは、優希に任せようか」

「あれ?お姉ちゃん、優希ちゃんはトイレに行っただけじゃないの?」

「大丈夫、任せよう」

「うーん?わかったけど……」

「……ユーキに何を任せるの?」

 

 突然の優希に任せるという発言にその言葉の真意を理解する事が出来なかった咲と淡であったが、照のやや強引な押しで若干無理やり納得させられた。

 再び無言になり、照のお菓子を食べる音だけが控え室に鳴り響く。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 対局会場から出てすぐの自動販売機の横のベンチがある場所。

 

「……ふうっ」

 

 そこで、煌は購入したペットボトルのお茶を飲みながら一息ついていた。

 

 

 

「隣、いいかの?」

「ん?あ、どうぞどうぞお構いなく」

 

 そこに、同じく現在対局中であるまこが自動販売機で買ったと思われるミネラルウォーターを手に持ちながら、煌の隣へと座った。

 

 

 

「……災難じゃったの、あれ」

「いやいや、おかげさまで目が覚めましたよ。それに、大会ルールで二倍役満じゃないだけマシですしね」

 

 まこの指す、あれ。

 役満が直撃した煌の事を心配して声をかけるが、意外にも煌は元気そうだった事にまこは少し驚く。

 

「……かなりポジティブ思考じゃの?心が折れておると思っとったけど」

「普段の部活でもっと悲惨な目にあっているので……何とかって感じですかね」

「清澄の部活はいったいどんな事をやっとるんじゃ……?」

 

 煌の元々のポジティブな性格に加えて、普段の部活から悲惨な目にあっているので割と大変な事には慣れている部分があった。

 そんな煌を見て、まこは色々なとんでもないような想像を膨らませる。

 

 

 

「……ま、目が覚めたという事は後半戦は前半戦以上に警戒対象として見てもええんじゃな?」

「警戒されるほど、すばらな打ち手ではないと思っていますが……そう捉えられているのなら、悪い気分ではありませんね」

「だから謙遜しなくてもええのに……アンタがこのまま沈んでいくのが理想じゃが、アンタがこのまま盛り返してこんとは思えないんじゃ」

 

 まこは理想を語りつつも、そのまま沈む事は無いだろうと本人である煌を目の前にして言う。

 煌としても実力に自覚こそないものの、それを聞いて悪い気分を感じてはいなかった。

 

 

 

「後半戦もよろしくの、わしは先に会場に向かっとるけえ」

 

 飲みかけのペットボトルを持ちながら、まこは煌よりも先に会場へと足を運んでいった。

 

 

 

(……さて、前半戦。正直、緊張やら何やらでまともに打てず、とてもすばらくない結果でした)

 

 煌はここに来て、冷静に前半戦を頭の中で振り返る。

 緊張で思うように打てず、勿体無い判断がいくつもあった。それは、煌にとって一番後悔していた部分であった。

 

(そしてあの役満放銃。点数的には痛すぎる……ですが、私にとってはある意味目が覚めるような一撃でした。チームにとっては、本当に申し訳ないような結果なのですが)

 

 煌は役満の振込すら、自身のプラスへと変えていく。

 

(振り込んだなら、取り返せばいい……いや、取り返して且つ、点を稼ぐ位の気持ちで。その為には後半戦、攻める、粘る、和了る)

 

 この点差でも、煌は怯まない。

 むしろプラスにしてチームにとっていい流れにしてバトンを渡すくらいの気持ちであった。

 

 

 

(……負けません、絶対に!)

 

 

 

 煌、再び立ち上がり後半戦へと向かう――――!

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「ユーキ遅いねー、もう後半戦始まっちゃうよ」

 

 再び場所は清澄控え室。

 先ほどトイレに行く、と発言してから割と時間は立っているのだがまだ戻ってきてはいなかった。

 

(……優希、煌と結構長い事話しているのかな)

 

 照はこの遅くなっている理由がトイレだけではなく話し込んでいるからだと推測する。

 

 

 

「ただいまだじぇー!この館内、不便にも程があるじぇ」

 

 間もなく始まろうとしていた所に、優希は勢いよくドアを開けて帰って来た。

 

「ユーキ遅すぎ!もう、後半戦始まっちゃうよ!」

「この広さで、自動販売機の数が釣り合ってないんだじょ!いやー、苦労したじぇ」

「……あれ?優希、飲み物を買ってきただけ?」

「え?そうだじょ」

「……あれ?」

 

 優希の手にはジュース。

 そして優希はそれをトイレのついでに買いに行っただけという言葉。照は、首をかしげる。

 

「ん?何で照先輩はどこか納得していないような表情なんだじぇ?」

「……いや、優希はトイレに行くって言っておきながら煌に声かけに行ったのだとばかり、考えてた」

「あー、それでテルはユーキに任せようって言ってたの?あの時は何言ってるのかわからなかったけど」

「……お姉ちゃんの、勘違いだったって事だね」

 

 意味もわからず無理やり納得させられた二人ではあったが、ようやく意味がわかり納得の表情を浮かべる。

 照は勘違いをしていたという事で少し、恥ずかしさからかいつものポーカーフェイスが崩れていた。

 

 

 

「声をかけるとか、そんな必要性は全く無いんだじぇ!」

 

 いきなり、優希が大声で発言する。

 突然だったので、他の三人は少し驚いたような表情を見せた。

 

 

 

「何故なら、私は煌先輩を信頼しているからな!どんなに劣勢でも、不屈の精神を持っている煌先輩は不死鳥の如く蘇るんだじぇ!」

 

 先鋒戦が終了した時、煌は優希に対し信頼していないのか、と問いかけた。

 その時もそんな事はあるわけがない、と煌に対し言ったが、その問いかけに再び答えるかのように優希はやや叫び気味で発言した。

 

「不死鳥って……でも優希ちゃんの言う通り、煌先輩って蘇ってきそうなイメージだよね」

「……うん、不死鳥という例えはともかく煌はどんな事があっても諦めない、それは私達が一番よく知っている」

 

 今までの部活等で見てきた咲や照が持っている煌に対するイメージというのは、どんなに劣勢でも諦めない心、あるいは打ち方。

 その部分に関しては、優希の言った事に対し完全に同意していた。

 

 

 

「不死鳥……カッコいい!流石のセンスだね、ユーキ!」

「えっ?」

「だろ!?やっぱり、淡は気が合うな!」

 

 まさかの優希の発言の全ての部分に対し完全同意の淡。

 照と咲は、そんな淡と優希に対し大丈夫かこいつら、と言いたげな冷ややかな目で見ていた。

 

 

 

「……うん、とにかく。煌を皆で信じよう。きっと、取り返してきてくれるはず」

 

 照は綺麗に、この場をまとめた。

 とにかく皆の考えで一致している事として、煌への信頼。メンバー全員が出来る事は、それを頭に入れながらモニターを眺める事だけ。

 

 

 

『間もなく、後半戦が始まります。選手は席について、お待ちください』

 

 

 

 アナウンスで呼びかけがあり、開始は間近。

 ここまでとんでも無い事が発生してきた次鋒戦もこれから、後半戦へと向かっていく。




今回のまとめ

かおりん、爆発
煌、折れない
優希と淡、やっぱり気が合う(アホの子)

多分ほとんどの読者が期待していたであろうかおりんの役満。割とツモりそうなイメージですけど、ロンで振り込ませるなら単騎かなーと。大会ルールだとダブルでもないですしね。


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17,不屈の闘志

 静かな場かと思いきや、役満というとんでもない爆弾が爆発した次鋒戦も、後半戦を迎える。

 既に各高校の選手たちが席についてスタンバイしている。東家が智紀、南家がまこ、西家が佳織、北家が煌といった場だ。

 

 各選手がそれぞれの思いを心の内に秘めながら、後半戦が開始される。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 ――――東一局。

 

(すばらくない配牌、これは降りを考えながらの手を進めて行きますか……)

 

 煌の配牌はドラが一つ、だが伸びにくそうな、且つ手作りも捗りそうに無い思わずため息をついてしまいそうになるような手。

 親でもなく、セオリー通りなら無理をする場面ではなく、最初から降りることを考えつつ進めていくのが普通、そんな手だ。

 

 

 

(……って、いつもなら思っているんでしょうけどね。この後半戦は、和了に貪欲に。そう決めたので)

 

 だが、今の煌は違った。

 諦めたくなるような配牌でも、諦めない。

 

 とにかく、攻めの意識を持っていた。

 

 

 

「……リーチ」

 

 九巡目、智紀のリーチ宣言。しかも、親リーだ。

 

 

 

(まだ、対子四つに他はバラバラ……親リー、普通なら降りがベストの選択です)

 

 この巡目でも、煌の手は伸びそうな気配というものは無い。

 

(……まあ、一発放銃はありえないのでまずは安牌。ですが、この後の伸び具合によっては……!)

 

 一発で振り込む事を避けるため、まずは安牌切り。

 智紀のツモ番、一発で和了る事は出来ずそのまま煌へと回ってくる。

 

 

 

(ドラヅモッ……!対子五つ、手を進めるとしたら安牌なし、降りようと思ったら対子崩しでかわす事に関しては問題なしですか)

 

 煌、ここに来てドラの対子が揃う。即ちドラ2だ。

 そして、和了への道筋が見えてくる。――――七対子一向聴。しかも、中張牌に手牌がよってきているので断幺九つき、火力は十分。

 

 だが、進めるとしたら安牌ではない牌を親リー相手に切らなければならないというリスクがある。

 しかも、手がこの後伸びる補償は無い。七対子は手が伸びにくい部類の役でもあるし、何よりそもそもまだ聴牌の段階ではないのだ。

 

 

 

 煌はふうっ、と軽く息を吐く。

 そして迷い無く切る、その牌は安牌ではなく和了への道を切り開くための一手――――!

 

 

 

(普通とは違う、今の私にとって降りはベストの選択じゃない……!この道を私のベストにしたい……!)

 

 煌の捨てた危険牌に、智紀は反応せず。

 どこからも和了宣言は出ず、次巡の煌のツモ番。

 

 

 

(張ったっ……!ここまでのすばらな引き、絶対に物にしたい……!)

 

 智紀のリーチから、無駄ヅモはなく聴牌まで漕ぎ着ける。

 まるで親リーにも怯まず果敢に攻め続けた煌の気持ちに牌が応えるかのようにだ。

 

 ここまで持ってきた煌に、迷いなどは存在しない。

 時間などかけず、すぐに捨てる牌を選択する。

 

 

 

「――――通らばリーチ!勝負ですよ!」

 

 千点棒に手をかけ、真ん中の強い所、無スジの六筒を切り勝負をかける。

 ――――通る。ここで煌は、智紀と同じ土台に立つ。

 

 

 

(さっきから強い所を次々と……やりおるの、よく逃げんわ)

 

 既に降りを選択しているまこは、中張牌の危険な所を次々と迷い無く切る煌に感心していた。

 無謀とも言えるような打ち方ではあるが、結果的にリーチまで来ているのだ。

 

 

 

 次巡の智紀もツモ切り、和了には到達せず。

 まこ、佳織の捨て牌にも二人は反応する事は無い。

 

 そして、煌のツモ番。

 

(来いっ、絶対に来いっ……!)

 

 祈りつつ、山に手を伸ばし牌を引く。

 

(ッ……!)

 

 その牌を見て、驚愕する。

 

 

 

「すばらですね……!ここまで引き寄せるように引けたのは、初めてかもしれません」

 

 それは、待ち望んでいた牌。

 一発で、手元へと引き寄せた。引いた本人である煌ですら、驚くほどの途中からの引きだった。

 

 

 

「ツモッ!リーチ一発断幺九七対子ドラ2、裏はめくる必要が無いですね。倍満、4000、8000!」

 

 会心の倍満ツモ。

 

 静かになりそうな場を壊すかのような爆発的な和了を見せた煌に対し、智紀もまこも驚く事しか出来なかった。

 佳織に関しては、ただただ凄い、の言葉の一点張りだ。

 

 

 

「まだ……諦めませんよ!勝負はここからです!」

 

 次鋒戦の後半戦の開幕は、煌のスタートダッシュから始まる。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「次鋒戦の後半戦。前半戦では手痛い一撃を喰らった花田でしたが、ここまでは非常に元気ですね」

 

 実況席では、いつものようにアナウンサーと藤田プロによる実況、解説が行われている。

 現在、東三局。東二局でも煌は智紀に対し3900点のロン和了を成功させ、流れに乗っているといえる状況だ。

 

「あの東一局の和了が大きいな。よく、逃げずに和了出来たと思うよ」

「七対子倍満ツモですね。そこまで麻雀に詳しいと言えるほど上手くは無い私でも、あそこは降りを選択しますが……」

「ああ、私でも降りる」

「藤田プロでもですか?」

 

 煌の勢いというのは、東一局が大きいと藤田プロは指摘する。

 その対局の内容であるが、麻雀を多少かじっている程度のアナウンサーだけではなく、藤田プロでも降りるような親リーからの展開。

 だが、煌は逃げずに和了まで漕ぎ着ける事が出来た。

 

「結果的には和了出来たが、あの場面で攻めても悪い方向に向かう可能性の方が圧倒的に高い。普通なら、降り一択だよ」

 

 煌は上手い事最高の結果をもぎ取る事が出来たが、むしろ攻めた結果マイナスに向かう可能性の方が高い。

 普通ならば、降りるのが当たり前と言われてもおかしくない場面であった。

 

 

 

「……が、ああいうのは嫌いではないな。特にこういった、大きな舞台ではな」

「花田は大きな賭けに出て、勝ったと?」

「そういう事になる。並大抵の度胸では、あの場面で突き進む事は出来ない。だが、それでも突き進んだ花田に対し牌が応えたって感じだな」

「牌が応えた、ですか?」

「たまにあるんだよ、そういうの」

 

 アナウンサーは藤田プロの意味深な発言に疑問を持つが、帰って来た答えはざっくりとしたもの。

 デジタル打ち主体の雀士が聞いたら、そんなオカルトありえません、ただの偶然ですと言ってもおかしくないような発言である。

 

 

 

「おおっと染谷、ここで花田に対し2000点のロン和了です」

「上手く避けたな、花田は大きいの一向聴だったぞ?」

 

 東三局、ここはまこが上手く煌から安手で流す事に成功する。

 

 

 

「さて次鋒戦、まだまだ目が離せない展開となっております。これからどこの高校の選手が点数を伸ばす事が出来るのでしょうか」

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

(さて、東三局は何とか和了れたが……清澄の花田はやはり怖いの、勢いがある)

 

 東四局、煌の親番。

 まこは後半戦のここまでを振り返り、やはり煌は脅威であると感じていた。

 

 

 

「それポンです!」

(……やっかいなの鳴いたの)

 

 二巡目、智紀から出てきた東を迷わず煌は鳴く。ダブ東だ。

 

 

 

「それチー!」

 

 六巡目、佳織から出てきた二萬を一、二、三萬でのチー。

 

 

 

(……露骨な染めじゃな、それだけにやりにくうて敵わんわ)

 

 煌の河からは既に筒子、索子の中張牌は切られている。

 少し麻雀をやっている人なら気づく位の、露骨な萬子染めだ。

 

 だが、だからこそまこは厄介に感じている。

 

(ダブ東の混一色とかもう、迂闊に攻めれんくてしょうがないの)

 

 もし混一色というまこの読みが正しければ、少なくとも和了れば11600点は確約された手だ。

 だからこそ、萬子や字牌は切りたくても切れない。

 

 露骨な手というのは相手に理解されやすく和了りにくいというデメリットも勿論あるが、相手の手を窮屈にし、降りさせるというメリットというのも存在する。

 

 

 

「ロン!11600です!」

「ひぃっ!?」

 

 だが、この場には切る者も存在する。

 初心者である佳織は、明らかな染め手ですら見抜く事など出来ない。

 

 

 

(……上手いの、恐らく初心者である鶴賀がいるからこそ露骨染めがさらに生きとる)

 

 基本的に極端に露骨に染めていたのならば、他の相手に速度で負ける、高い手で勝負していた相手からたまたま出てくる、自分で何とかツモ和了くらいのパターンしか存在しないだろう。

 だが、ここでは佳織が勝手に捨ててくれる。更に言えば、上家なので非常に鳴きやすいという利点までもある。

 

 まこや智紀を降ろさせつつ、自分で引く、または佳織から鳴く、和了るという攻めの選択肢が出来るのだ。

 

 

 

(ただ勢いのまま手を進めて行くのではなく、しっかり周りを見た上で勢いに乗って手を作っておる……侮れん)

 

 前半戦の煌は緊張等で周りを上手く把握出来ていない部分もあったが、今では冷静且つ大胆に攻めの麻雀を貫いている。

 それは、他の相手からすると相当厄介な事だ。

 

 

 

「東四局……一本場です!」

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

(……ふう、この親は大事にしないとあかんのう)

 

 南二局、まこの親番。

 煌の親が流れてからは、再び静かな場になりかけているこの場。だからこそ、まこはここで連荘をしてしぶとく点を稼ぎたいと考えていた。

 

 

 

「リーチです!」

(何とすばらな速攻……!ですがこっちも良手牌、引きませんよ!)

(ッ、ここで来るんか……!?)

(ここは、降り一択)

 

 三巡目、今まで特に反応も無く、振り込んで徐々に点を減らしていた佳織が速攻でリーチ宣言。

 前半戦の役満があるだけに、周囲の空気はより一層引き締まった。

 

 

 

(龍門渕は無難に安牌じゃが、清澄はいきなり強い所……こっちも警戒じゃな。というか、前半戦で役満を振り込んでいて引かないあのメンタルはどうなっとるんじゃ……)

 

 まこのツモ番、現在のまこの手牌は手の伸びやすそうな二向聴とまずまず。

 そして、現在の所まこには降りるという選択肢はまだ無い。

 

(とりあえずは……ここじゃな)

 

 完全な安牌ではないが、まずは一発防止のために取っておいた既に河に二枚切れている中を捨てる事を選択。

 絶対ではないがほぼ確実に通るであろう、そんな牌である。

 

 

 

「あ、それロンです!」

(ッ!?この巡目で地獄単騎とか、どうなっちょるんじゃ!?)

 

 だが、そのほぼ通ると思われた中が佳織の待っていた牌であった。

 そして、和了宣言をした佳織が手牌を開く。

 

 

 

(ちょっ!?なんとすばらな……)

(ぶっ!?いや、これは役満じゃないだけマシと捉えるしかないの……)

(……あんな手、和了った事無い)

 

 またもや、佳織は無意識でとんでもない和了をしてしまった。

 それはある意味、先ほどの四暗刻よりも凄い和了かもしれない。

 

 

 

「えっと、リーチ一発七対子……」

「……それ、混老頭という役もつく。12000」

「え、そうなんですか?あはは、何だかラッキーですね……あれ、裏もあった」

「……という事は、16000」

 

 佳織自身はその役には気づいていなかった。智紀に指摘され、初めてその役に気がつく。

 混老頭。全ての一の対子、全ての九の対子、そして中の対子。見る者を魅了させるかのような七対子である。

 

 

 

 失点を重ねていた佳織であったが、再び息を吹き返す。逆にまこにとっては、思わぬ手痛い一撃だ。

 展開の読めない次鋒戦は、まだまだ終わらない。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 南四局、オーラス。

 

 

 

「それチー!」

 

 親である煌、鳴きによる速攻。

 

「ポン!」

 

 そのまま、速度を途絶えさせる事は無く――――

 

「ツモッ、断幺九ドラ1赤1の2000オール!」

 

 早い段階でのまずまずの火力での和了。

 

(このオーラス、とにかく和了って、出来るだけ稼いで照先輩に繋ぎます……!)

 

 今の煌は、連荘し続ける事をとにかく意識している。

 後半戦のここまでの勢いというのは本当に素晴らしく、前半戦のマイナス38000点を帳消しにし、プラスに持っていくのではないのかというくらいの勢いだ。

 

 

 

(ッ、すばらな良配牌!まだまだ、突き進みます!)

 

 その勢いというのは途絶えようとはせず、配牌時点で高めが期待できる手。

 そしてそれからの引きというのも悪くは無く、順調に手は伸びていく。

 

 

 

(ドラ3三暗刻聴牌ッ……!ダマで満貫、リーチで跳満確定ですか。……この巡目、行くしかないでしょう!)

 

 八巡目、煌は高火力手を聴牌。

 速度的にもまずまず、やや迷いを見せたもののリーチに走ろうと千点棒に手を伸ばす。

 

 

 

「リーチ!」

「……それ、通らん!ロン、タンピン一否口三色赤1、12000の一本場は12300!」

「ッ!?」

 

 だが、思わぬ所でのロン和了宣言。

 それも、綺麗な手でかなりの火力だ。

 

(……最後の最後でいい配牌、いい引きじゃったわ。和了出来たんも大きいの)

 

 煌以上に、最後のまこの手の伸びというのは良かった。

 そして、跳満直撃を成功させたというわけである。

 

 

 

 

 

『次鋒戦、終了ッ!!』

 

 アナウンサーのやや興奮気味の声が会場に鳴り響いた。

 次鋒戦、ここに終結する。

 

 

 

 

 清澄・76200(-15900)

 風越・140400(+3400)

 龍門渕・95800(±0)

 鶴賀学園・87600(+12500)

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「さってと、いよいよ私の出番ってわけね」

 

 次鋒戦も終わり、各高校の中堅選手がスタンバイしようとしていく。

 ここ風越も、一人の選手が会場へと向かおうとしていた。

 

 

 

「……竹井さん」

「何、美穂子?今日は上埜さんって間違えなかったわね?」

「も、もう流石に間違わないですよ……」

 

 風越の中堅、竹井久。

 これから県予選レベルどころか――――全国決勝でも、中々お目にかかれないであろうレベルの卓に向かう彼女ではあったが、美穂子をおちょくる程度の余裕はあった。

 

「……頑張って来てください」

「勿論!挑戦者の気持ちでぶつかれると考えると、逆に気が楽ね」

 

 美穂子の言葉に対し、久は親指を立てて笑顔で対応する。

 久に堅さが無いのも、自分でも周りから見ても実力差は明らかな、これから戦う相手に玉砕覚悟でぶつかれるという挑戦者の気持ちになれているという部分が大きいだろう。

 

 

 

「久先輩!」

「ん、華菜どうしたの?」

「何か……対策はあるんですか?」

 

 同じ風越のメンバーである華菜から、これからの相手の対策はあるのかと久は問いかけられる。

 華菜も、久が照と対局を一度だけしているのを目の当たりにしているため、もしかしたら何か対策が出来ているのではないかという期待があるのだ。

 

 

 

「んー……対策ねえ」

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「蒲原、わかっているな」

「んー?」

 

 こちら、佳織の活躍により三位に浮上した鶴賀の控え室。

 三年生である加治木ゆみが、同じく三年生である蒲原智美にある確認を取っていた。

 

 

 

「……死ななきゃいいんだろー?」

「……まあ、そうなんだが」

 

 とりあえず、生きてさえいればいい。

 その確認であった。

 

 

 

「正直、あの卓はヤバすぎる。風越の竹井も県屈指の実力者、全国レベルだ。それが霞むくらいの、化け物二人……」

「竹井で霞んだら、私は何なんだろうなー?」

「考えても考えても、対策法が浮かばない卓だ。……本当にきついぞ、あれは」

「ワハハ、イメージが出来ないからって無視は酷くないかー?」

 

 久も風越のダブルエースと言われるほどの、かなりの実力者だ。

 それを圧倒的に超える実力者が二人、この中堅戦に出てくる事となる。

 

 ゆみもチームが勝つために必死に対策を考えようとしたが、浮かぶ事は無かった。

 それだけ、隙の無い相手という事になる。

 

 

 

「……今日は楽しむ事だなんて考えは捨てたほうがいいかもなー」

「ん?蒲原、何か言ったか?」

「何でもないぞー?じゃ、なるようになってくるぞー」

 

 それだけ言って、智美は控え室を後にした。

 

「おい!……行ったか。妹尾が本当にいい仕事をしたが、蒲原、モモ、私でトップ抜けするためには……まず蒲原が最小失点で切り抜けるしかない。頼むぞ……蒲原」

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「それにしても、びっくりだよねー」

「ん?どうかしましたの?一」

「いや、衣が中堅に強い力を感じるって言って中堅になってさ。そしたら本当に、宮永照がいたわけだから」

「ああ、その事ですの……」

 

 龍門渕の控え室では、これから中堅として出る衣の事について一と透華で話していた。

 本来、中堅は一の予定であったのだが衣が突然中堅をやりたいと言って、去年とは違うオーダーで大会に挑んでいるのだ。

 

「強い者同士は引かれ合う運命ですのかしらね、にわかに信じがたいですけど」

「衣が大将だったのも、月が降りてくれば来るほど力が強くなる理由だったから、中堅にして大丈夫かなあと最初は思っていたけど」

「何の心配もなかったですわ」

 

 衣が今まで大将を勤めていたのも時刻がちゃんとした理由があり、だからこそ他のメンバーもポジションチェンジをした事を心配していた。

 だが、昨日の試合では相手を完膚なきまでに叩きのめし、何も心配するような事は無かったと結果で示した。

 

 

 

「……こんな事試合前に聞くのもおかしいかもしれないけどさ」

「何ですの?」

「衣と宮永照、どっちが勝つと思う?ボクは衣が負ける姿が全く想像できないけど、宮永照が勝てない姿も全く想像出来ないんだ……」

 

 自分達が最もよく知っている無敵と、今まで結果を残してきた無敵のチャンプ。

 無敵と無敵がこれから対局するのだ。だからこそ、一はこれからの結果が全く予想できないでいる。

 

 

 

「……衣が勝つに決まっていますわ!一ったら、何を言っていますの!?」

「そ、そうだよね……ごめん、透華」

 

 衣が勝つと言い切らなかった一に対し、怒る透華。

 

(と、一に言ったもののあの宮永照が負ける姿を想像できないですわ……)

 

 だが、透華も照が負けないという点に関しては同意であった。

 それだけ、麻雀をやっている者ならば照の実力が凄いという事はわかりきっている事である。

 

 

 

(……ですが、衣なら)

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「……ただいまです、皆さん」

「おー、煌先輩が戻ってきたじぇ!」

「煌先輩おかえりー!お疲れさまー!」

 

 対局を終えた煌が、清澄の控え室へと戻ってきた。

 それぞれメンバーが、労いの言葉をかける。

 

 

 

「照先輩は?」

「あ、お姉ちゃんならもう既に会場に向かいましたよ」

「相変わらず早いですね……今回は帰りにすれ違う事もありませんでしたね」

 

 照はいつものように、誰よりも早く会場入りをするため既に控え室を出ていた。

 

 

 

「煌先輩……あの、凄かったです!」

「えっと……主に、どのあたりが?」

「あ、あの諦めない姿勢とか……ずっと私緊張し続けていたんですけど、煌先輩の戦いぶりを見ていたら何だか……自然と熱が出て、緊張がほぐれたというか」

「……ふふっ、それなら何よりです。私も団体戦で後に繋ぐという、役割を果たせたようですね」

 

 咲は試合が近づくにつれて緊張感が高まりすぎていたのだが、煌の熱い闘牌を見て自身の中で何かに火がついたのか、程よく緊張がほぐれた。

 それだけでも煌の戦いというのは後に繋ぐ、という価値のある戦いになったという事になる。

 

 

 

「って偉そうな事言ってるんですけど、私四位なんですよね……」

「あの、煌先輩のメンタルが崩れている……!?」

「き、煌先輩!点数は四位でも、内容ならきっと一位だったじぇ!」

「でも、点数四位ですよね……」

 

 普段照にボコボコにされても崩れる事のない煌のメンタルが、珍しく崩れている。

 煌自身は、内容はともかく点数という形のある物でチームに迷惑をかけた事をかなり気にしているのだ。

 

 

 

「で、でも本当に煌先輩かっこよかったよ!ほら、あの、不死鳥が蘇るみたいに後半グワーって!」

「え、ふ、不死鳥ですか?」

「そうだじぇ!煌先輩は不死鳥みたいでかっこよかったんだじぇ!」

「あの……その、は、恥ずかしいのですが……」

 

 不死鳥不死鳥連呼されて、かなり恥ずかしいのか少し顔を赤らめる煌。

 それを見ていた咲は、苦笑いしか出来なかった。

 

 

 

「……不死鳥はともかく、いつまでもくよくよしててもしょうがないですね。しっかりこれからは応援に切り替えなければ!」

「この切り替えの早さ……流石だじぇ」

「ま、元気が出て何よりだねー!テルーの応援しよ!」

「次の龍門渕の天江衣さんは凄い選手だってお姉ちゃんも言ってたからね……」

 

 本当に強い選手しか凄いと言わない照が認めるほどの衣の実力。

 中堅戦はそれがぶつかり合う、魔物卓だ。

 

 

 

(……あれ?龍門渕、コロモ……あっ)

 

 名前をもう一度耳に聞き入れ、何かを思い出した淡。

 ――――昨日一度、二人は会っていた。

 

(あの子がねー……また会うとか言っておいて、対局出来ないし。ま、それは置いといてテルが認めるほどの実力者、面白くなりそうかなー?)

 

 淡はこの対局を少なからず楽しみにしていた。

 衣の実力は凄いと何度も聞いた事もあるし、淡自身が衣が対局した牌譜を目にした事もある。だが、淡は実際に対局した所を目で見ないと納得しないタイプだ。

 

 本当に凄いのならば、衣が照に対しどこまで通用するのかという所が淡は気になっている。

 勿論、淡は照が負けるだなんて事は微塵にも思ってはいない。それでもどの程度まで喰らいつけるか、その程度の興味だ。

 

 

 

(……せめてテルに一泡吹かす、くらいの物は見せてよ、コロモ?じゃないと面白くないしね)

 

 

 

 舞台は魔の巣窟、中堅戦へと向かっていく。




今回のまとめ

書く時に便利だと思った、七対子(作者思想)
煌の反撃
かおりんの豪運
まこの決死の阻止
ともきーの……

今回で麻雀小説は終了です、ありがとうございました。←
多分次からは違う何かです。テニスで言う所の、テニヌみたいな。

恐らく衣と淡の大将戦一騎打ちを期待している人が多かったのかなと思いますが、ところがどっこい。

清澄サイドは照が、龍門渕サイドは衣が、何だかんだ負けるわけ無いって感じている今の所。次回は、そんな魔物卓です。


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18,魔物卓、中堅戦開始

対局の展開に関するネタはぽんぽん浮かぶけど、それ以外の部分は逆に中々浮かばないという。
さて、今回からついに主人公の一人である照の対局が開始です。


 中堅戦、選手達は対局をするため一人一人が会場へ向かっていく。

 

 

 

「~~♪」

 

 龍門渕の中堅に配置された人物、天江衣もその一人だ。

 鼻歌を歌いながら、軽い足取りで歩いていく。

 

 

 

「お、天江じゃないか」

「……む?フジタか」

 

 その時偶然、本日の解説をしており現在休憩中の藤田プロと衣はすれ違う。

 二人はすでにプロアマ混合試合などを通して顔見知り同士であったため、先に衣の存在に気づいた藤田プロが衣に声をかけた。

 

「どうなんだ、調子は?」

「今日のコロモは絶好調だ!夜の帳が降りず、月が見えなくても誰にも負ける気はしない」

「その時の環境とか関係するのか?本当に面白い奴だな」

 

 普段のベストポジションである大将ではなくても、そんなのは関係は無い、絶好調だと衣は豪語する。

 その目は、既に他を狩る強者の目――――ギラギラとした、鋭い目をしていた。

 

「じゃあ、そんな天江に質問だ。今日はあの宮永照がいる卓だが、それでも誰にも負ける気はしないと?」

「――――愚問。確かにこのコロモでも強者とわかるだけの力はある、だがそれでも負ける気など微塵も無い。勝つのが当然だ」

 

 衣は照の力を認めつつも、負けなど絶対にありえないと断言する。

 

(天江のこの自信……いや、自信も勿論あるだろうが、何か違う)

 

 藤田プロは少し違和感を感じていた。

 

 照の実力というのは誰が見てもわかるくらいの物であり、そしてそれは衣も認めている。

 そして、今の衣の発言。負けたくない等の意志から来る物とは違う、勝って当然という断定。

 それも冗談っぽく負けるわけが無い、と強がりで言っている物とは違い完全に確信したかのような言いぶりである。

 

 

 

(!……そうか、こいつは)

 

 少し考えた後に、その違和感の原因の元となる事に藤田プロは気づいた。

 

(負けを知らない、勝つ運命しか自分には見えない……だからこその、この違和感か)

 

 衣は自身が敗北と感じた負けを未だ知らないため、打つ前から自分が勝つに決まっている、と既に思い込んでいる。

 そしてそれは、今までの相手ならば全てその勝つ運命の道筋通りに進んで来れた。

 

 だが、今回の相手は照だ。

 それでも、今の衣は勝つ事に関し確信しかしていない。

 

 

 

 藤田プロはパイプを口にくわえ、吸ってからふう、と一息つく。

 そしてもう一度しっかり、衣に視線を向ける。

 

 

 

「天江」

「む?」

「私は中立な立場だ、だからアドバイスとかそういった物を言うつもりは無い。……が、これだけは言っておく」

「何だ、今更忠告などコロモにはいらないぞ」

「……麻雀、打って来いよ。じゃあな」

「?コロモはいつも麻雀を打って……」

 

 麻雀を打つ。

 それだけを言い残し、藤田プロは再び実況席へと戻って行った。

 

 

 

「……フジタはいったい何を言いたかったんだろう?」

 

 藤田プロの言葉の意を全く衣は理解する事が出来ず、考える事を放棄して再び会場へと向かって行った。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 これから中堅戦が始まろうとしている会場。

 まだ試合開始まではそれなりに時間があるのだが、既に一人の選手が誰よりも早く入場していた。

 

 その選手は、いつもこの試合が始まる前の少しの時間を本を読む時間として有効活用している。

 理由としては、自身の精神を落ち着かせるため、ベストコンディションに持っていくためである。

 

 

 

「一番乗り!……じゃないのね、会場入り早すぎじゃないかしら?」

 

 二番目にやってきた人物――――久は、これだけ早く来れば一番乗りだろうと思っていたが、既に本を読んでいた人物――――照が座っていたので少し驚いてしまう。

 

「……本?」

「……別に深い意味は無いよ、誰だって試合前集中するために何かはしようとするでしょ。それが、私にとっては本を読むってだけの話」

 

 選手なら必ず、試合前に自分の集中力を高めるために深呼吸やら、軽く身体を動かすやらそれぞれの調整法というものがあるだろう。

 それが照にとっては、本を読む事というだけの話だ。

 

 

 

「……一年前くらいに、公式戦でも練習試合でもない、喫茶店で私は貴方と対局した事があるんだけど、覚えてるかしら?」

 

 久は照に問いかけてみる。

 久からすると、あの対局が悔しくてずっと忘れられない出来事ではあるのだが、対して照はどう思っているのか、そもそも覚えているのかという点が気になっていたのだ。

 

 

 

「……うん、覚えてる。今まで対局してきた人全てが記憶に残る……って事は無いけど、飛ばなかった人は何となく、印象に残るから」

 

 それに対し照の返答は、記憶にあるとの事。

 だが、その理由がただ飛ばなかったからという理由だ。

 

 照からすれば、最近では自分が打ってきて飛んでいない相手の方が珍しいため、それで飛ばなかった久の事を何となく覚えている、それだけの話だ。

 

 

 

「ッ……」

 

 久はそれを聞いて、より悔しさがこみ上げてくる。

 だが照は決して挑発をしたとか、そういうわけでは無い。ただ、事実を言っただけの話である。

 

 

 

「今日は絶対に負けないわよ!対策も立ててきたんだから!」

 

 久は照に対し思い切り指をビシッと差し、宣言する。

 

(本当は対策なんて無いのだけれどね、少しでも動揺してくれれば儲け物……それに、絶対に負けたくないという気持ちに嘘偽りは無いしね)

(対策って何だろ……こういう向かってくる相手は、本当に楽しみ)

 

 久は動揺してくれれば、という気持ちで立ててもいない対策を立てたと照に言ったが、それは照のやる気スイッチを着火させるだけだった。

 

 

 

「ワハハ、一番乗り……って早すぎだろー?」

 

 また一人、試合前時刻よりもだいぶ早く会場入りしてきた人物が現れた。

 

 

 

「おー、本物の宮永照だ、今サイン貰っておけば値打ちがつくかなー?」

(鶴賀の部長、蒲原智美……今大会のダークホースのチームを纏め上げてきた部長。宮永照や天江衣だけじゃなくて、こっちも要警戒ね)

(……目がかなり生き生きとしてる。こういう相手は、何をするかわからない怖さがある)

 

 智美は入場してすぐに試合と関係ない事を言ったりと、緊張感がまるで無いかのような振る舞いである。

 だがその中でも、目だけはこれから始まるであろう中堅戦をしっかりと見据えたようなそんな目をしており、照もそれに気づく。

 

 久もこれまでの快進撃を引き起こしてきたチームの中心人物という事もあり、高く評価していた。

 

 

 

「ま、こっちは実力では劣っていると思うし、胸を借りるつもりでいかせて貰うぞー」

「……打ってみるまでは何が起こるかわからない、それが麻雀」

 

 智美も挑戦者のつもり、という気持ちが強く気負いは無かった。

 それぞれがいいコンディションに整えてきていた。そして、残り時間を待つ。

 

 

 

「……ワハハ、長いなー。早く来すぎたなー」

 

 十分くらいした所で無言の空気に耐え切れなくなったのか、智美が声を出す。

 ちなみに、対局時刻にはもう少しだけ時間がある。

 

「せっかくだし、待ち時間で何か話さないかー?」

「話?」

「今いるの全員三年生だし、聞きたい事もあってなー。あ、まだ集中力高めてるとか、話したくないとかだったら無理しなくてもだが……」

 

 智美は同じ三年生として、この舞台に上がっている相手に対し話したい事があったので提案を持ちかけた。

 

「構わない、私はもう十分集中力を高めたから」

 

 照は読んでいた本を閉じ、了承の返事をする。

 

「私も大丈夫よ。たまにはいいわね、そういう話。それに決勝の対局前にとか、中々面白そうじゃない?」

 

 久も同じく、了承の返事。

 どちらもコンディションは最高まで高め、あとは時間が過ぎるのを待つだけだったため話すのも面白そう、と智美の提案に惹かれた。

 

 

 

「おっ、ノリがいいなー。ま、聞きたい事は一つだけ何だが。チームの最上級生として、どんな思いでこの場所に来たのかってのが気になってなー」

 

 智美の聞きたい事とは、チームを引っ張る立場である者同士、どんな思いを持ちながら会場入りしたのかという点だ。

 

「……そうね、勿論私がチームを優勝へ導くために、引っ張るんだって気持ちは強いわね。私達風越は去年優勝を逃してるし、私は去年のメンバーにも入っていたからより一層その気持ちは強いわね」

「悔しさをバネに、って奴かー」

「負けを知っているからこそ、私はこの一年で更に伸びたと思うしね」

 

 負けを知っている、の台詞の辺りで照の方を横目でチラッと見る久。

 敗北を知らないであろうチャンピオンが、この台詞にどのような反応をするのか気になったからだ。

 

「そうだね、負けを知ると人はかなり変わる」

「……無敗のチャンプが言うような台詞とは思えないわね?」

 

 久からすると意外な事に、照はその台詞に肯定的な反応を示した。

 負け知らずの照がそんな事を言うとは思っていなかったために、久は思わず問いただす。

 

 

 

「私は咲に負けてばかりだったから、その悔しさをバネに伸びてきたタイプだと思う。それに、私の周りでも負けを知って飛躍的に変わった人物もいる」

 

 照はその飛躍的に変わった人物――――淡の顔を頭に浮かべながら、話す。

 極端に言えば、周りからすると妬ましいほど才能を持っていたにも関わらずどこか麻雀を舐めていた淡が、一つの敗北を知って麻雀に対し相当真剣に打ち込むようになった。

 

 それだけ、負けは人を飛躍的に変える可能性がある。

 

「咲?……って、もしかしてあの副将の宮永咲って子?」

「今までの牌譜もないし、昨日の清澄は副将戦まで回ってないから完全に実力が未知数だったんだが、その話本当なのかー?」

 

 俄かには信じがたいような言葉が照から飛び出し、思わず問いかける二人。

 

 

 

 

(……あれ、これって言ったら駄目な奴だったかも)

 

 発言してから、情報をぽろっと漏らしてしまった事に気づきしまった、と考えてしまう照。

 久と智美の二人は興味津々に照の目を見つめる。

 

 

 

「ごめん、何でもない」

「えっ、でもさっき」

「……何でもない」

 

 これ以上の情報が出回るのはまずい、と強引に押し切る事を選択した照。

 二人ともこれ以上は言及しても漏らさないだろうと判断し、それ以上は聞こうとしなかった。

 

(けど、もし今の実力に関する話が本当ならば……)

 

 照の妹という事だけあって一筋縄では行かないとまでは考えていたが、思っていた以上だと久は考える。

 話が本当だと仮定するならば、副将にも化け物がいるという事になるのだ。

 

(っと、今は先の事を考えていても仕方ないか。とにかく、現状をどうにかしないと!)

 

 だが、先の事ばかり気にしていても今が変わるわけではない。

 久はすぐに中堅戦へ神経を集中させた。

 

 

 

「私はなー、多分他の人と違って決勝に上がれているって事実にびっくりしているからなー」

「確かに、鶴賀なんて今までの経歴からすると無名でしょうしね。最も、今年の実力は本物だとは思うけど」

 

 智美の場合、決勝に上がれたという事がそもそもびっくりなのだ。

 他のチームは決勝に上がるべくして上がったような、そんなチームが揃ってはいるが鶴賀に関しては違う。

 

「でも、ここまで来ちゃうと優勝したいって欲張っちゃうよなー。その為には私がどうにかチームを引っ張って……って考えてるんだが、それで四位にでもなったら考えも糞も無いよなー」

「そんな事も無いと思うけど」

「あら、意外。チャンプがそんな事を言うのね?」

 

 智美の四位なら、という言葉を否定した照に対し、久は意外そうに問いただす。

 

「うちの煌も四位だったけど、あれはあれでチームを引っ張ってた。点数は勿論チームを引っ張る上での大切な要素ではあるけど、それだけが全てじゃない」

「なるほどなー……」

「確かに花田さん、後半の勢いは凄かったわね。四位だけど、あれはチームを活気付けててもおかしくは無い内容だったわよね」

 

 団体戦においてチームを引っ張る要素というのは点数もそうだが、その他にも対局の内容や目で見える卓に向かう姿勢など、色々ある。

 照の説明を聞いて久も煌がチームを引っ張っていたという所に関しては同意した。

 

 

 

「あれだけ打ち切れば、チームは自然と勢いがつくよ。現に、私は今燃えている」

(ワハハ、凄い真顔だぞー)

(何だか……宮永照に対するイメージが少し変わってしまったわね。もっと、クールなイメージだったけど)

 

 照は表情を崩すことも無く二人に燃えている、と言い放つ。

 久の中では既に、そんな照に対するイメージ像が変わりつつあった。

 

 

 

「あとは、チャンプだけだなー」

「私は……そうだな、勝つためにここに来てる」

「おおー、チャンプらしいシンプルな答え方だなー」

「まあ、恐らくは誰もが考えてはいる事よね」

 

 照の口からはとてもシンプルな答え、勝つという言葉。

 

「ただ、個人戦だったらそれだけ何だけど……団体戦だし、チームの為に何が出来るかとか。しっかり考えながら打ってるよ」

(何だろう、この説得力の無さ……)

(その割には……ずっと無表情でただ暴れて相手を飛ばしているだけにしか見えないぞー?)

 

 照は自分なりに自身に与えられた役割を考えながら打っていると話すが、久と智美にはそれが伝わらなかった。

 団体戦の照も、周りから見れば無表情でただ和了り続けているだけにしか見えないのだ。

 

(ただ……高校の団体戦は出るのが初めてみたいだけど、部長らしい部長よね。実力は勿論、そのカリスマ性でチームを引っ張っているであろう所とかが)

(本当に立派な部長だよなー、私も一応部長だけど……ユミちんとよく間違われるくらい、風格無いしなー。羨ましいぞ)

 

 二人は実力は勿論、部長としての照もとても高い評価をする。

 私生活等では抜けた部分も見られるものの、麻雀に関わる時の照というのは周りから見れば完璧と言っていいほどの存在である。

 

 

 

 ただ、対局時はともかくそれ以外も今まで完璧かと言われれば、それは少し違った部分もあっただろう。

 

 白糸台時代、照は実力でチームを引っ張ってきたかもしれない。だが、普段の態度などで引っ張れていたかと言われると、そこまででも無かった。

 そもそも照は白糸台の時は部長ですらなかったし、他に引っ張る事に適した存在がいたという事もあったため、照自身が積極的にチームを引っ張っていくという事もあまり無かったのだ。エースではあったがチームの士気を鼓舞するようなタイプでは無かった。

 

 だが、この清澄では三年生は一人。後輩達は少数だが、思わず指導したくなるようなやる気のある後輩達ばかり。

 その中で照の中にもこのチームを私が引っ張らないといけない、という責任感が芽生え、対局以外の麻雀に関するあらゆる面での意識も今まで以上に高くなってくる。

 

 このタイムリープの中で、淡だけではなく照も成長しているのだ。

 口数が少ないとか根本的な所はそこまで変化は無いが、それでも今ではエースであり、チームの精神的支柱でもある。

 

 

 

「ま、結局は……言っている事に多少の違いはあるものの、根本的な所としては皆勝ちたい、チームを引っ張る、そんな所かしらね」

「やっぱ、最上級生は責任感が高まっていくよなー」

 

 照も久も智美も、思っている事はほぼ一致していた。

 気持ちの強さでは誰が勝っているとか、誰が劣っているとか、そんなものは無いだろう。

 

 

 

「……お、ようやく四人目が来たなー。遅いぞ、迷子かー?」

「……なっ、衣は迷子になんてなってないぞ!それに、試合時間には間に合っているであろう!」

「ワハハ、冗談だー。今日は、よろしくなー?」

 

 三人の話のキリがいい所で、ちょうど四人目の選手――――衣が姿を現す。

 いよいよ、この会場にいる人が最も期待していたであろう中堅戦が、開幕する。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「さあ始まりました中堅戦、この対局を見にどれだけのお客様が会場に集まった事でしょうか」

「プロスカウトもかなり見に来ているらしいな、県予選に来るという事自体は不思議ではないが……今年は、その量が異常らしい」

「県予選決勝なのにも関わらず、全国大会決勝と言っても過言ではない豪華なメンバーが揃っていますからね」

 

 実況席、いつものようにアナウンサー、それから藤田プロの二人体制。

 既にアナウンサーの声は高ぶっている。それだけ、この中堅戦は名前だけで見る人を興奮させるくらい豪華なのだ。

 

 

 

「では、藤田プロ。早速、気になる見所を」

「そうだな、色々あるが……まずは、この前半戦東一局だろうな」

 

 全てが見所と言ってもいいようなこの試合。

 その中でまずは一つ、藤田プロは東一局の入り方をポイントに挙げた。

 

「見ている者皆が知っている事だとは思うが、宮永照は和了率が凄まじい。だが、東一局だけはほぼ0%なんだ」

「0%!?それは逆に、ある意味凄まじいデータですね……」

「プロでも最初は様子見という事で東一局の和了率が多少低くなっている選手というのはいないわけではない。だが、ここまで露骨に見に徹する選手もプロアマ含め宮永照だけなのではないかと思う」

 

 照の驚異的なデータの一つ、東一局の和了率。

 それはほぼ0%、つまり和了らないという事になる。

 

「その一局、他の選手はどう手を作っていくのか、見物ではあるな」

「勿論、一般の人はわからなくても対戦する選手ならそのデータは把握済みでしょうしね。ですがあの卓には天江もいる。竹井と蒲原は、宮永照抜きにしても厳しいのではないのでしょうか?」

「そうだな、厳しい。その二人を同時に相手にするというのは、相当辛い対局になるはずだ。宮永照、天江の二人の良さがいつも通り出てくる卓なら、竹井と蒲原にとっては最悪のパターンだな」

 

 その照の和了らない東一局こそ、他の者にとっては和了りやすい大事な一局となる。

 だが、衣もいるこの場で久と智美がいつも通り打つ事が出来るかと言われれば、中々難しくもなってくる問題だ。

 

「――――だが、そうならないパターンの可能性もある」

「そうならないパターンですか?いったいどういう……」

「それは、対局が進んでから説明するよ。いくつか考えてはいるが、私でもどのパターンになるかは見当もつかないしな」

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 中堅戦の前半戦、東一局。

 場は東家が照、南家が衣、西家が久、北家が智美といった具合だ。

 

 

 

(さて、この東一局……宮永照が和了しないこの局、取りたい所ね)

 

 久は手を作りながらそんな事を考える。

 四巡目、メンタンピンドラ1が狙えそうな二向聴。まずまず良手だ。

 

(でも、そっちがおとなしくしていても……こっちは、どうかしらね)

 

 久はチラッと横目で、衣の表情を伺う。

 

 この大会に出る前から、長野屈指の実力者である照と衣に対しては風越メンバーで徹底的に調べ上げた。

 対策出来る出来ないはともかく、情報だけは頭の中に大量に叩き込んでいる状態だ。

 

(去年華菜が団体戦で天江衣と当たった時、明らかに違和感だと感じたと言っていた物……それを、昨日の龍門渕の試合の様子で確信した)

 

 華菜が対局で違和感を感じた物、それは衣が時折見せた海底撈月だ。

 

 海底撈月というのは滅多に和了出来るような役でもなく、それを時折見せる程度の頻度ですらおかしいくらい出ているのだ。

 それ以外にも華菜が何となく感じた違和感というのにも風越メンバーは耳を傾け、衣の麻雀のスタイルの一つと仮定して研究していた。

 

 そして大会初日、衣は中堅戦で海底撈月を何度も和了した。

 久はそれを見て、自分達は仮定していた事は間違っていなかったと確信する。

 

 

 

(その海底撈月に至るまでの流れ……他の対局者が一向聴から手が進んでいなかったのよね、不自然なくらいに)

 

 海底撈月を和了するという事は、それまでに誰も和了しないというのが絶対条件だ。

 誰も和了せずにそこまで場が進む確率というのは、普通なら誰かが和了する確率よりも低い。つまり、そこに至るまでの流れも不自然なのである。

 

 

 

(天江衣の脅威になる点はそれだけじゃないけど……まずは聴牌出来るか、和了できるか、これが問題になってくるわね)

 

 九巡目、久の手は一向聴。

 今の所誰かが鳴こうともせず、静かな展開が続く。

 

 

 

 そう、思われた。

 

 

 

「ワハハー、来るならリーチかけとけば一発だったな……」

 

 十一巡目、智美が突如声を出したのだ。

 リーチかけとけば一発だった――――つまりダマのまま門前ツモをしたという事という意味だ。

 

「ツモ、タンピン三色赤1……3000、6000だぞー」

「ッ!?」

「ほう……」

 

 久は対局しながらもその出来事に驚き、衣は静かな声を出す。

 

 恐らくこの会場にいた誰もが予想していなかった事が、起きた。

 智美がこの場で跳満ツモというありえないとも思えるような事を、やってのけたのだ。

 

 観戦している一般の客、関係者などはあまりの出来事に思わず静まり返ったり、逆に下克上のような展開を期待する者は大歓声が上がる。

 

 

 

「麻雀ってのは、面白いなー。やってみなけりゃ、わからないもんだ」

 

 智美はワハハと笑いながら、今の自分の結果に自分でも驚くように、満足気に語る。

 そして主に対面の衣に視線を合わせながら、続けて話す。

 

 

 

「絶対勝てるとか、甘い事考えてるようなら痛い目見るぞー?」

「……戯言を。まだ東一局のみの和了、対局終了時にも同じ事を語ることが出来るのか?」

 

 智美はまるで衣を挑発するかのように、ニヤリとした笑みを浮かべながら話す。

 衣はその挑発に乗るかのように、智美に鋭い目を向けながら静かな声で対応した。

 

 

 

(しかし、私はツモ運は普段はそんなに良くないんだかなー。何かこの場の凄まじい空気で逆に一周して和了しちゃったって感じだなー)

 

 智美が和了出来たのは本当に偶然であり、特に対策とかを立てた結果とかそういうわけでもない。

 だが、その偶然が起きるのが麻雀と言えるであろう。

 

(この+12000点、大事にしないとなー。運とかが無くても自分で確実に出来る事、それをとにかく貫いたほうが良さそうかなー)

 

 偶然といえど、この相手に跳満を和了れたというのは本当に大きな事であるのだ。

 それをとにかく大事にしようと、智美は決心する。

 

(さーて、天江。挑発に乗ってこっちを狙い打ってきてもいいんだぞー?その方が、展開的にも面白くなりそうだしなー)

 

 

 

 中堅戦、思わぬ形で開幕する。

 

 

 

(ッ!?!?!?この感覚、去年打った時のゾクッとするような……いや、それ以上の……!)

(この見られるような感じ……面白い、見られた所で衣は止まらん!)

(?竹井と天江がいきなり座っている席をガタって揺らしたんだが、どうしたんだー?)

 

 そして東一局、見に徹していた人物も闘志をその身に宿しながら、動き出す。

 まだまだ、中堅戦は始まったばかりだ。




今回のまとめ
負けを知る者、知らない者
照の成長
各選手の思い
蒲 原 智 美

この小説を読んでいる全ワハハファン、待たせたな!
と言っても、まだ前半戦東一局でしかないので。魔物卓だとあっという間に数十万は持っていかれてもおかしくは無いので。←

自分で書いていて思ったけども、照がリーダー格の話って少ないと思いました。白糸台以外の異種混合団体戦とかでも、照はエースだけどキャプテンではないみたいな。

リーダーシップを持つ照って珍しいのかな?


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19,動く者、貫く者、惑う者

年末忙しく更新遅れました、申し訳ない。


 中堅戦前半戦、東二局。

 未だ東一局の熱が冷めない場の中、それぞれが牌を切っていく音が静かに響く。

 

(鶴賀の……猪口才な、そんなに早く悪夢を見たいのならば見せてやろう)

 

 そんな中、衣は頭に血が上っていた。

 智美の挑発、完全に乗せられていたのだ。

 

(……12000点、張ったか。さて、狙いは)

 

 衣は四巡目という相当早い段階で手作りを完成させていた。

 親満聴牌、かなり大きな手だ。

 

(……鶴賀、最初に稼いだ点棒、全て回収させてもらう!)

 

 衣の目線は完全に智美へと向いていた。

 最初に稼いだ12000点をそのまま、ロン和了で回収しようとしているのだ。

 

 

 

(……む)

 

 だが、衣は今まで完全に一つの方向にしか向いていなかった目線をずらす。

 その目線は、照へと向いていた。

 

(強くはないが、聴牌の気配。……まあ、引く必要など無いか)

 

 衣は他の人が聴牌した時それを察知し、更にその手の火力までも把握できるのだ。

 そして今回、衣は照の聴牌を察知する。だが、そんな事はお構い無しに浮いた牌を衣は捨てる。

 

 

 

「ロン、3900」

「……むぅ」

 

 その衣の捨てた牌が、照へと刺さる。

 大きな手ではないが、これにより衣の親番も流れる。

 

 

 

(まあいい、これくらいはやってくれないと面白味がない)

 

 チャンピオンなのだからこれくらいはやってもらわないとやりがいがない、と衣は思考する。

 そして再び、智美に目線を向ける。

 

(……その前に、やっておかなければならない事もあるけどな)

 

 

 

 一方で、この和了に少なからず違和感を感じている人物もいた。

 

(和了られたのは仕方ない……けど、最初から3900?)

 

 久は、その点数に違和感を感じていたのだ。

 

(……明らかに高いわね。今まで調べてきたデータでも、ここまでのは稀なケースじゃないかしら)

 

 3900点というのは普通ならそこまで高くない手ではあるのだが、久はそれをむしろ逆にかなり高い、と感じた。

 

 明確な対策こそ浮かんではいないものの、久は照の研究を相当やってきた。少なくとも、この中堅戦の場にいるメンバーの中では一番してきているだろう。

 その久が、今まででは中々見られなかったパターンであると多少の動揺を見せる。

 

 

 

(……ま、どうなろうと対策を立ててたわけじゃないからどうにかなるわけでもないんだけどね。私は、私の麻雀を打つだけね)

 

 だが、すぐに久は気持ちを切り替える。

 今、久が一番対抗できる可能性があるとするならば、どんな状況でも自分の麻雀を貫き通す事が大事だと久自身が思っていたからだ。

 

 

 

(でも……本当にどうなるのかしらね)

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「いきなり3900って……高くない?」

 

 その点数に違和感を感じていたのは久だけではなかった。

 モニターを見ていた淡がまず真っ先に、メンバー内に呼びかける。

 

「確かに、高い気はしますね」

「最初ならいつも1000点とかだじぇ」

 

 煌も優希も、その意見に賛同する。

 

 照の特徴の一つ、連続和了は和了っていく内にどんどん点数が伸びていく。

 いつもなら最初は1000点和了がほとんど、それから2000点、2600点などと徐々に伸びていくのが普段の照なのだが、今回は最初から3900点といつもに比べ相当高いスタートだったのだ。

 

 

 

「お姉ちゃん……もしかして調子悪いのかな?」

「いや、テルの調子は別に悪そうには見えないけど……何だろねー?」

 

 咲は照の調子がもしかしたら悪いのでは、と指摘したが淡の目からはそうは見えなかった。

 

(調子云々はわかんないけどー……うーん?)

 

 それとは別に、淡は違和感を感じていた。

 

(何だかなー、白糸台では見た事無いような……生き生きとして打ってるような?うーん……)

 

 何となく、悪い方向ではない違和感を感じてはいたがそれが何なのかははっきりはしなかった淡であった。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「東三局、ここは宮永照が満貫ツモ!藤田プロ、チャンピオンは乗ってきましたかね?」

「……ああ、ノリノリだな」

「……はっ?」

 

 東二局に続き、東三局も照が和了る。

 そこで藤田プロに調子が上がってきたかの問いかけをした所、思っていた以上の返答でアナウンサーは思わず変な声を出してしまった。

 

 

 

「ちょっと話を変えるけど、宮永照がネットで何て呼ばれているか知ってるか?」

「ネットですか……?あ、魔物とかなら見た事があるかもしれませんね」

「まあ、あの実力だからな。酷い所では、魔王だなんて書かれているのも見た事あるな」

「ま、魔王ですか?それは流石に、可哀想な……」

 

 表向きの雑誌等では流石に書かれる事は無いのだが、ネットでの照に対しての声は様々だ。

 魔物、魔王、大魔王――――酷い書き込みもあるが、全ては実力を認めた上での書き込みではある。

 

 また、そう呼ばれるのも照のプレイスタイルから来るものもある。

 機械のように安手から連続和了を繰り返し、最終的には相手の心をへし折る。そんな麻雀と周囲からは見られている事も少なくはなかった。

 

 

 

「いやー、その事を思い出したら笑っちゃってさ」

「えっと、結論が見えてこないのですが……」

「私も宮永照は機械みたいな印象は少なからず持ってたよ。だけど魔物という認識は違ったかもな。――――随分と、人間じゃないか」

 

 最初は藤田プロも照の事を魔物という枠の中での認識だった。

 だが、今日の今の所の対局を見てその印象は大きく変わる。

 

「随分と力が篭っているように見えるな、それに熱も感じられる……いやあ、思っていたイメージと相当ずれてるわ」

「……私からは冷静に、淡々と打っているようにしか見えないのですが」

「よーく見ればわかるんだな、これが。それに恐らく、最初の3900点も気持ちが高ぶってたからだろうな」

「はぁ……」

 

 常識を超えたような藤田プロの会話に、常識の範囲内でしか物事を捉えられないアナウンサーはついて行けていなかった。

 だが、そんなアナウンサーを置いていくかのように藤田プロはもう一言だけ添える。

 

 

 

「いやー、この対局本当に面白いな」

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 東四局、三巡目。

 

(あー、この段階でダマ7700点が見える一向聴ってとこか。んー……)

 

 親である智美は思ったよりも早い段階でそこそこの手が出来てしまった事に逆に頭を悩ませる。

 

(ワハハ、対面さんは未だこっちを睨みっぱなしだぞー。集中して狙ってくる所を完全にかわして、天江を出来るだけ和了させない作戦だったんだがなー……)

 

 智美は完全にこの対局で、自分が勝つ事を諦めていた。

 自分は勝つ役目ではなく、繋ぐ役目という事をしっかり頭に入れながら今、この場にいる。

 

 だからといって、何もせずにこの場に座っているわけではない。

 せめて圧倒的格上である二人の内どっちかの和了チャンスを減らそうと、智美はひっそりと努力していた。

 

 そして作戦として、精神的にも隙の無さそうな照ではなく、まだ精神的になら崩せる可能性がワンチャンスあるかもしれない衣に矛先を向けていた。

 作戦通り衣は智美に集中し、そして智美は今の所は振り込んではいない。

 

 

 

(もうそこまで攻めたくは無いんだよなー、静かな流れのまま終わって欲しい感じだぞー。なのに、そこそこ手が出来てしまうんだよなぁ……)

 

 配牌の時点で微妙だったら、ほぼ最初から降り打ちの意識で打とうとしている智美。

 なのにも関わらず、今日に限ってそこそこ手が出来てしまう不思議。いい意味なのか悪い意味なのか自分でもわからないまま、智美は頭を抱えていた。

 

 

 

(……ツモ悪すぎだろー?まあ、いらない字牌ばかりだから安牌なのはいいんだが……)

 

 十巡目、智美は一向聴のままツモ切りを繰り返す。

 

(麻雀ではよくある事、と思いたいが……天江のいる卓では、違和感を感じる所も牌譜を見た中ではあったんだよなー、確定事項ではないが)

 

 智美も勿論、対戦相手の事は研究はしている。

 だが、久のように昨年後輩が直に対局したといった経験も無いため、まだ違和感を感じるといった程度の認識しかしていない。

 

 

 

(んー、しかしひどいツモだな……って、ん?何で天江はあんなに驚いた顔をしているんだー?)

 

 対局中はほとんど智美のほうに睨むように視線を向けていた衣が、別の方向を見ながら驚いたような表情を見せていた。

 

 

 

「ツモ、3000、6000」

「……ワハハ、親被り痛いぞー」

 

 照の跳満ツモ和了。

 やられた、と智美は口を開くがその中でも目線は照には向けず衣に向けていた。

 

 

 

(……あの驚き様、想定外って顔だなー)

 

 自身満々に打っていた衣の表情が、今の照の和了で崩れているのだ。

 智美はそれを見てこれは思いもよらぬ展開、とラッキーに思う反面、大きな心配事も抱えていた。

 

 

 

(天江が崩れてくれるならかなりの儲け物だが……これ、チャンプ止まるのかー?)

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「リーチ」

 

 南一局、照の親番。

 リーチ宣言が六巡目で放たれる。

 

(ッ、早すぎでしょ……!?これ、点数が伸びるとするならば親倍よ?)

 

 ありえない、と久は心の中で叫ぶ。

 だが、現に照のリーチ宣言はされているのだ。

 

 

 

「ツモ、8000オール」

(ッ!?一発……)

 

 そして対局している者をあざ笑うかのような一発、親の倍満ツモ和了。

 対局している側からすれば、文句をたくさん言いたくなる位のレベルだ。

 

 

 

「……一本場」

 

 そして静かに、且つ熱の篭った声を発しながら照は百点棒を一本置く。

 

 

 

(……まだ、完全にツキに見放されたわけでは無さそうね)

 

 再び南一局。

 配牌時点で二向聴、かなり手が出来ている良手だ。

 

 

 

(よしっ、一向聴までは持ってきた!ただ……)

 

 二巡目、久の手が進み一向聴まで持ってくる。

 だが、情報をある程度持っている久だからこそ、心配材料もあった。

 

(宮永照は別として……ここから、聴牌まで持って行けるのかどうかが問題ね)

 

 衣の情報を掴んでいる久は、この一向聴から手を進めれるのか心配していた。

 照が手を作るのは別として、智美が東一局に見せた和了という僅かな希望こそあるが、基本はここからツモ切りしか出来ないと見てもおかしくはないのだ。

 

 

 

(……あら?)

 

 五巡目、久は普通に聴牌してしまった。

 

(聴牌する可能性は0ではないにしろ、それに限りなく近いと思っていたから……もっと時間がかかるかと思っていたけど)

 

 いい事ではあるのだが、逆におかしくないかと考え込んでしまう久。

 

(……もしかして)

 

 久はチラリと衣の様子を見る。

 

 常に全体の様子を見ながら久は打っていたので、衣が智美を狙っていたり、またはその後動揺しているという所も把握はしていた。

 そして現状、自身の手。そこから、一つの仮説を立てる。

 

(動揺が、影響力を激減させている?)

 

 衣の影響力は、精神が安定していて初めて生まれるのではないかという仮説だ。

 勿論、普通なら精神が崩れるような事も起きるわけが無いので常に影響力が発揮されていてもおかしくは無い。

 

 だが、ここは照がいるという普通ではない卓だ。

 

 

 

(……ありえなくは無いわね。まあ、今はそこは置いておいて……ここから、どう攻めるか)

 

 仮説の事は一度置いておき、どのように手を進めるかに久は集中する。

 

 三萬が一つ、四萬が三つ、そして浮いた南。

 南を切る事により二、三、五萬の三面張り、さらには断幺九確定、平和も見える手。

 久の手には現在赤ドラが2枚、ダマでも平和がつけば7700点の十分すぎる手だ。

 

 

 

(……どうするかなんて、決まってるじゃない!)

 

 久は迷うこと無く一つの牌を持つ。

 

「リーチ!」

 

 場に捨てた牌は――――三萬。

 更に言えば、河には既に南が二枚切れている。地獄単騎リーチだ。

 

 

 

(こんな場面で、こんな事をするだなんておかしいと思われるかもしれない……けど、ここはこれで勝負!)

 

 

 

 智美は無難に安牌を切っていく。

 そして、照が牌をツモる。

 

 珍しく少し迷ったような素振りを見せてから、一つの牌に手をかける。

 ――――そして、切る。

 

 

 

「リーチ」

 

 その宣言は、わかる人からすれば恐ろしいものであっただろう。

 何故なら、少なくとも三倍満確定――――つまりは、36000点確定なのだ。

 

 だが、照の対面の者は怯えた素振りを見せるどころかニヤリ、と笑みを浮かべる。

 

 

 

「――――通らないな」

 

 

 

 照が切った牌は、南。

 

 

 

「ロン!リーチ一発赤2……裏2!12300!」

 

 一発直撃和了。

 更には、裏ドラ表示は東。南二つがドラになり、更に点が伸びたのだ。

 

 

 

(……っし!)

 

 思わず久、対局中にもかかわらず渾身のガッツポーズ。

 放銃率も高くなく、それ以上にチャンプである照に対し自分のスタイルを貫き大きな手を直撃させたのだから喜んでも無理は無いだろう。

 

 

 

(……風越の竹井さん、一年前よりも相当強くなってる。……燃えてきた)

 

 だが、その直撃が照を更にやる気にさせたことに関しては久はまだ気づいてはいなかった。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「すっごい!凄すぎでしょ!やばい、風越サイコーだよ!」

 

 その光景を見て、清澄の控え室でおかしな位テンションが上がっている人物がいた。

 

「テルにあそこで地獄単騎直撃とか、熱すぎるでしょ!いやいやいや、本当に凄いって!」

「確かに淡さんの言う通り、あれはすばらでしたね……あそこで三萬を切る決断力、そして勇気。天晴れです」

「あそこであんな悪待ちとか確かに考えられないじょ……南切ってダマかリーチかで迷うならまだしも、迷わず三萬切りリーチは凄いじぇ」

「お姉ちゃん、思わず笑ってたよね」

「えっ?」

「えっ」

 

 

 

 淡を筆頭に、敵ながら久の直撃和了には全員が感心していた。

 誰もが予想外の行動を迷わず行い、そして照から跳満直撃という結果を残した。照の凄さを身近で最も知っている部員達は、本当にただただ感心していた。

 

 そして振り込んだ時、咲だけが照が笑っているように見えていたと発言する。

 

 

 

「こんな物見せられたら応援したくなっちゃうよね!よし、テルの次に風越を応援しよう!」

「あはは……それはそれで、どうなんですかね」

 

 淡はキラキラと目を輝かせながら、興奮気味にモニターの久を注目し始める。

 一年前よりもレベルアップしてきた久の事を完全に認め、興味心身なのだ。

 

 

 

「それにしても……龍門渕の天江衣、全然波に乗れないみたいですね」

「ああ、言われてみればそうだね。まあ、しょうがないんじゃない?テル相手だし」

 

 煌の指摘に淡は照だから、の一言で返答する。

 

 

 

「たださ、テルが凄いって言っていたくらいだから絶対凄いんだよ。今の所、何も凄くないけど」

「淡の事だから、もう興味を失っているかと思ったじぇ」

「いや、そんな事は無いよ?だって、あのテルが言うんだよ?」

 

 優希は淡の性格上、ここまで特に活躍を見せていない衣の事はもう興味を無くしているのではないかと思っていたが、淡は意外にもそうではなかった。

 ただその理由も照だから、の一言ではあるが。

 

 

 

(あー、でもユウキの言うように若干興味薄れては来てるんだよねー……)

 

 ただ、今の所淡自身の目で見た限りでは特別興味を惹かれるような所を衣は見せてはいない。

 そして、少しずつ興味が薄れているのも事実だ。

 

 

 

(そろそろ見せてよ、風越並のインパクト……そうじゃないと、面白くないよー)

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「前半戦終了ッ!!やはり凄い、宮永照!!」

「圧巻だったな。……とはいえ、他に全く見せ場が無かったかといえば、そうではない」

 

 注目されていた中堅戦も、半分まで終了する。

 そして結果だけ見れば、照の圧倒的な独走だ。

 

 だが他が全く何も出来なかったかといえば、そういうわけではなかった。

 

 

 

「鶴賀の蒲原も、出だしは良かったな。その後も落ち着いて場を見れてはいたが、流石に宮永照についていくのは厳しかったか」

「和了も最初だけではありますが、振り込んでいるわけではありませんね。ただ、ツモで削られている部分というのは大きいですが」

 

 智美もしっかりと守り重視の打ちを貫き、自身が振り込むという事は前半戦の中では無かった。

 そこは本人の作戦通りといえる部分であるのだが、作戦が成功しても照についていく事は出来ていないという事実がある。

 

 

 

「あとは竹井ですか……いやあ、私も実況という仕事を忘れて思わず、うおおぉっ!?って叫んでしまいましたよ。申し訳ありませんでした」

「……あれは素直に凄かった部分だな。宮永照が跳満を振る事も珍しいし、今日の試合の中で客が一番盛り上がった部分だろうな」

 

 久の跳満和了は打っている本人、それから見ている者全てを震え上がらせるほどの衝撃的な物であった。

 今日の中で、一番の歓声が響いた時間帯でもある。

 

 

 

「ただ……天江が全く元気が無いですね。宮永照との一騎打ちを予想した方も多かった事でしょうが、完全に独走を許している状態。それどころか、この中堅戦で現在最下位という事実」

「……どれ、ここでプロらしくしっかり解説してみようか」

 

 衣に関しては、照といい勝負をするどころか一人沈んで最下位。

 その原因といえる部分を、藤田プロは解説していく。

 

 

 

「まず、天江の大きな特徴として高火力の速攻、それから海底模月。この二つだな」

「海底模月ですか?確かに、昨日も何度か和了っていて多いとは思っていましたが……あの現象は、偶然ではないと?」

「ああ、あれは本人が故意的に行っている。そしてその時は、他者が一向聴から手をほとんど進められていないんだ」

 

 衣の特徴の海底模月。

 それは他者の手を止め、自身が最後にツモ和了するという他の人から見ればありえないとも思えるような現象だ。

 

 それを偶然ではなく、故意的に行えるのが衣の大きな特徴の内の一つである。

 

「天江はこの速攻か海底模月の緩急がとても上手く、周りがこれを対処するのも相当大変なんだ。……だが、宮永照はそれをお構い無しに聴牌し、和了る。これで天江の緩急は、潰されてるな」

 

 他の人からすれば、衣を相手にする時はどっちでくるのかわからない、且つ対処するのも相当難しいという怖さがある。

 だが照はそれを力で打ち破る。逆に、衣がいつものように麻雀を打てていないのだ。

 

「まさかこうも真正面から打ち破られると天江も思っていなかったんだろう。途中から完全に動揺し、自分を見失っていたな」

「……なるほど、そうなると天江からすると宮永照を相手にするのは相当相性が悪く、後半戦も辛くなると?」

「うーん、相性が悪いのは否めないが……ただ、天江はここで終わる雀士ではないのは確かだ。何かをきっかけに変わるかも知れないし、もしかしたらこのまま潰れる可能性もあるし。……私は前者だと思っているがな」

 

 それでも、このまま沈んでいくとは思えないと藤田プロは指摘する。

 相性が悪かろうが、衣は相当な実力者なのだ。何か一つのきっかけで、復活する可能性は十分にある。

 

 

 

「……宮永照に関しては?」

「……何か言う事あるか?」

「……圧倒的でしたね」

 

 

 

 清澄・112700(+36500)

 風越・131700(-8700)

 龍門渕・72000(-23800)

 鶴賀学園・83600(-4000)

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「……ぐすっ」

 

 中堅戦前半戦終了後の休憩時間。

 衣は一人、ベンチに座り涙目になっていた。

 

 前半戦終了後に会場を逃げるように出て行き、ここに一人ぽつんと座っているのだ。

 

 

 

「衣の麻雀が……全然通用しない、ふえぇ……ぐすっ」

 

 衣の頭の中で、色々な感情が渦巻く。

 恐ろしい、怖い、逃げたい。

 

「……フジタが言ってた、麻雀を打つ……」

 

 最初に藤田プロが言っていた、麻雀を打つという言葉。

 今ここに来てその言葉が強く頭の中から掘り起こされていくが、色々な事を考えすぎているのかその真意まではたどり着けない。

 

 

 

「……あれっ?」

「む、誰……あわ、い?」

 

 その衣がいる場所をたまたま通りかかった人物、淡。

 お互いが気づき、声をかける。

 

 

 

「……もしかして、泣いてる?」

「ばっ、衣が泣くわけが無いだろう!泣く、わけが……」

 

 強がりこそするものの、声に力は無く、目には涙が浮かぶ。

 

 

 

「……はい、これさっき自販で買ってきたやつ。あげる」

「……え?」

「いーからいーから。もらっといて」

 

 淡が自分用に買っていたジュースの入ったペットボトル。

 それを衣に、押し付けるように手渡す。

 

 最初は戸惑うように受け取った衣だが、キャップをあけてからはゴキュゴキュと音が聞こえるくらい勢いよく飲んでいく。

 

 

 

「……ぷうっ。なあ、あわい」

 

 水分を摂取した事により少し落ち着きを取り戻した衣は、淡に対し問いかける。

 

 

 

「麻雀を打つ……って、何だ?」

「え?麻雀って打てば打ってるんじゃないの?」

「や、やっぱりそうだよな……むむ、わからん」

「?」

 

 自分が気になっていた部分の質問を淡に聞くが、返ってきた物は衣が思っていたこととほぼ同レベルの物。

 益々、衣は頭を悩ませる。

 

 

 

「んー、コロモってどんな事を考えて麻雀打ってるの?」

「どんな事を考えて……?」

 

 逆に、淡から質問で返される衣。

 少し考えてみるが、あまり答えは浮かばなかった。

 

 

 

「何か、コロモって少し前の私に似てる気がするんだよねー。あー、うん、悪い意味で」

「むっ、悪いとはどういう意味だ!」

「口で言うのは簡単何だけどさ……自分で気づかなきゃ、意味無い部分だと思うんだよね」

「むぅ……」

 

 悪い、という言葉に少しムッとする衣だが淡はその答えを口にはしなかった。

 

「うん、相手はあの鬼畜大魔王テルだから難しいかもしれないけど。前半戦は忘れて、いっそ開き直って麻雀を楽しんでくればいいんじゃない?」

「楽、しむ……?」

 

 楽しむ、という言葉に衣は過剰に反応する。

 まるで、そこに麻雀を打つ、という事の答えがあったかのように。

 

 

 

「……誰が鬼畜大魔王だって?」

「……あ、その。聞いてました?」

 

 その時、淡と衣の近くから低く威圧されるような声が、聞こえてくる。

 淡がゆっくりと後ろを振り向くと、そこには照がいた。

 

 

 

「……天江さん、後半戦は楽しみにしている」

「楽、しみ……」

「あ、淡は後で覚えておいてね」

 

 またしても衣の耳には、楽しむという単語が聞こえてくる。

 そのまま照は、再び会場へと戻って行った。

 

 そして淡は、無言のまま震えていた。

 

 

 

「……あっ、じゃあ私はもう戻るねー。敵だから頑張れとは言わないけど!せめて楽しませてよ!」

 

 そして淡もその場を後にする。

 歩きながら、小さくヤバいヤバい、これヤバいと口ずさみながら清澄の控え室のほうへと向かっていった。

 

 

 

「……ふぅっ」

 

 衣は小さく一つ、息を吐く。

 

 今、衣の頭の中はすっきりとしていた。

 そこではっきりと浮かんでいるのは、自身の麻雀の原点。楽しむという事。

 

 

 

「……思えば、衣は楽しむという事を久しく忘れていたのかもしれないな」

 

 それは自分の実力の高さ故か、相手がついて来れず楽しむ事が出来ていなかったのかもしれない。

 だが、この場では違う。前半戦だけを見れば完全に敗北。

 

 先ほどまではその敗北を恐怖などと負の方向に捉えていたのだが、今では逆だ。

 むしろ、後半は絶対に負けない、とプラスの意味で衣は捉える。

 

 

 

「……もう衣は負けぬ!後半戦は、取り返す!」

 

 誰もいない廊下で衣は宣言し、会場へと向かうのであった。

 

 

 

(……衣が心配で慰めようと思っていましたけど。こんな事なら何の心配もございませんでしたわ)

 

 それを影ながら眺めていた人物が一人、透華だ。

 最初は落ち込んでいるであろう衣を慰める目的で来たのだが、透華自身の出る幕は無かった。

 

 

 

(……後半戦は、暴れてくださいまし!)

 

 そして衣が会場へ向かったのを確認して、透華も自分の控え室へと向かっていった。




今回のまとめ

大 魔 王 宮 永 照
久の悪待ち、炸裂
衣覚醒の予感?
淡、死亡フラグ

正直この段階で照を+36500で抑えてるのは久は相当頑張ってる。いくら物語の都合があるといえど←
そして蒲原、大健闘。衣も一人沈んでいるとはいえ、後半目覚めればすぐに取り返せる点差ではあります。
照がこのまま突っ走る可能性も勿論ありますけどね。


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20,目覚め

 中堅戦後半戦が間もなく始まろうとしている時間帯。

 最後の選手が、会場へと入ってくる。――――それも、前半戦の最後に比べ大きく顔つきを変えて。

 

 

 

「待たせたな」

 

 最後に席に着いた衣はまず一声出す。

 その言葉には、複数の意味が混ざり合っていた。

 

「前半戦は、忘れてくれ。こっからは……緊褌一番、衣の麻雀を見せる!」

 

 引き締まっていた会場の空気が、その言葉により一層引き締まる。

 衣以外の選手も今まで決して油断をしていたという訳では無いが、益々気を引き締めた。

 

 

 

「……ワハハ、こいつは更にしんどくなりそうだなー」

 

 智美の言葉を口火にするかのように、後半戦が始まっていく――――!

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

(うーん、起家かぁ……)

 

 場決めで後半戦は東家となった久。

 つまり、最初の親番という事になる。

 

 久は起家自体には別に特別好き嫌いを持っているわけではないのだが、それよりも別の所に問題があった。

 

 

 

(宮永照が北家……これは一番起きて欲しくなかったパターンね)

 

 久の上家、つまり北家。そこには照がいた。

 この場合、例えば南四局で照が連荘を続ければ誰かが和了するまで終わりが訪れはしないという事。ちなみに南家は智美、西家は衣だ。

 

 他家でも親番が回ってくる回数というのには変わりは無いが、ラス親連荘がずっと続くのは精神的に来るものがある。

 個人戦ではなく団体戦なので、和了り止めを決めるのは親次第であるが。

 

 

 

「その牌、ロンだ」

「ッ、早……!?」

「8000……衣の麻雀を見せると言っただろう?容赦などしない!」

 

 二巡目という驚異的なスピードで衣はロン和了をする。

 久には油断も慢心も無い。だが、そうだとしてもこの速度では何も気づく事も出来ず、振り込んでしまうのは無理も無い。

 

 

 

(……これはしょうがない、引きずらないで切り替えるしかないわね。それにしても……)

 

 点棒を持ちながら、久は衣の表情を見る。

 その顔からは点棒をよこせ、次の局を早く打ちたいんだ!というのを言わずともひしひしと伝わってくるような、そんな顔だ。

 

 

 

(……本人の言う通り、前半戦の天江衣とは大違いみたい。これは、相当厄介になってきたわね……)

 

 心の中では悪態をつく久。

 だが、その表情はそれとは裏腹にやや笑みを見せていた。

 

 

 

(でも、そうこなくっちゃって感じね。この緊迫感……更に燃えてきたわ!)

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「ようやく、衣らしさが戻ってきたって所か?」

 

 こちらは龍門渕の控え室。

 後半戦が始まり、衣らしい高火力の速攻を見れた事から純はそんな事を口にする。

 

 

 

「確かに、麻雀の見た目とかはらしさは出たのかなって思う所はあるけど……僕は何だか、いつもとは違う物を感じるよ」

「あら一、どんな所がかしら?」

 

 純とは対照的に、普段とは違うという事を口にする一。

 それに対し、透華が一にどんな所が違うのかと問いかける。

 

 

 

「何だかほら……衣っていつもどっしりとしているような感じじゃない?だけど今日は、向かって行くかのような……うーん、上手く説明できないけどそんな感じ」

「……説明下手ですけど、言いたい事が伝わらないわけでは無いですわね」

 

 一は上手く言葉にする事は出来なかったが、何となくの意味は透華もその他のメンバーも理解する。

 

(……宮永照の影響力が大きいですわね、衣が挑戦者のようにあんないい表情で麻雀をしている姿、何時以来でしょうか)

 

 今までの衣ならば、特別意識せずとも自ずと牌が寄ってきて勝利を掴んでいた。いわば、打たされたという表現になるだろう。

 だが今の衣は必死に勝とうと、どうにかしようとしている。衣自身が考え、麻雀を打っているのだ。

 

 

 

(今の衣が、宮永照にどこまで勝負できるのか……楽しみですわ!頼みましたわよ、衣!)

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

(後半戦の天江さん、前半戦とは全然違う……淡の一言が、意識を変えたのかな)

 

 照は前半戦とは違う衣をかなり警戒していた。

 その変わった理由として、全ての会話を聞いていたわけではないが恐らく淡の言葉が原因なのではないかと照は推測する。

 

(本当に、敵に塩を送って何がしたいんだか……まあ、私もそんな淡に感謝しているのだからどこかずれているのかもしれないけど)

 

 一般の感覚ならば、自分の味方の助言で敵が強くなったのならば怒るのが普通だ。

 だが照は淡に対し怒るどころか、むしろこうして敵である衣が強くなった事に感謝している。

 

(勝つためにここに来ているのに、相手が強くなってむしろ喜んでいる自分はやっぱりどこかおかしいかな)

 

 ただ勝つというだけなら、相手は弱いほうが勝ちやすいだろう。

 しかし、口にこそは出さないが照は強い相手と戦い、その上で且つ勝つ事の二つを求めている。

 

 そこには結果だけを求めているのではなく、根本的な所である麻雀を楽しみたい、それに繋がっている。

 純粋に、強い相手と戦ったほうが楽しいと照は感じているのだ。

 

 

 

(……まあ、どんな相手だろうと私は負けない。それだけの事――――!)

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 ――――東四局。

 

(先程の衣の親……出来るだけ連荘しようと考えていたが、あっさり突破された。ここまですんなり行かれるのも、初の経験だ)

 

 東三局の衣の親も、照の和了により流れてしまった。

 照ほどでは無いが、それでも圧倒的和了率を誇る衣からすれば滅多に無い経験である。

 

 

 

(衣の支配が効いていないわけではない。だが、海底から這い上がってくるかのようにどこかで突破されてしまう)

 

 後半戦に入ってからも衣は自身の海底撈月コースが通用するのか試してみた。

 その結果、照の聴牌速度はいつもよりは遅くはなっているものの、どこかで一向聴から手が進みそのまま和了ってしまうのだ。

 

(故に、衣の手札の一つが封じられているような物。それならば、どうすればよいものか……)

 

 これから照相手にどう打っていけばいいのか衣は必死に考える。

 頭を使ってどうにかしようとした事が今までに中々無かったせいか、いい案はすぐには浮かんだりはしなかった。

 

 

 

「ツモ、2000オール」

(むー!くそ、悔しいぞ……)

 

 衣が考え込んでいる内に、あっさりと照がツモ和了。

 そして、照の親は続いていく――――!

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

(さて、配牌はっと……微妙だなー)

 

 東四局一本場。

 

(まあ、仮に多少良かろうがどうにもならなさそうな流れ何だがなー……麻雀打っててこんなにどうしようもないと思ったの、初めてだぞ)

 

 智美は打ちながらそんな事を考える。

 最初から相手がとんでもない格上であり、厳しいという事は理解していた。だが、実際に打っていてここまで絶望を感じるとなると厳しいものがある。

 

 

 

「ロン、7700の一本場は8000だ!」

「ッ……!」

 

 今度は衣が久に対しロン和了。

 久は顔をしかめながら、点棒を衣に渡す。

 

 

 

(竹井も辛そうだなー……チャンプはあの勢いだし、天江も完全に復活してるし。何か出来る、という次元じゃなくなって来ているのがな……)

 

 もし実力差があろうとも、戦術や相性によっては何か事を起こす事も麻雀という競技の中だったら出来なくは無いだろう。

 

 それすら出来ないのだ。

 圧倒的な実力差。それが、照と衣に対してはある。

 

 

 

(……唯一運がいいとすれば、後半戦はチャンプか天江のどちらかが圧倒的という展開にはなっていない事か。上手く均衡が取れていて、それなりに早い流れで進んでいるのは悪い傾向ではないなー)

 

 後半戦の東場だけを見れば、どちらかが親で圧倒的に連荘という事態には陥っていない。

 照が連続和了で本当に僅かにスピードが落ちた所を衣が追いついて和了する、その流れで意外とサクサクと場は進んでいる。

 

 

 

(……和了れなくても折れないぞ、後ろに繋ぐ事を必死に考えなきゃな)

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

(清澄の連続和了、驚異的な物ではあるが……火力の代償として徐々に速度は落ちていく。全く対応が出来ない訳ではない)

 

 ――――南一局。

 先程和了った衣は、冷静に東場の展開を振り返っていた。

 

 

(だが、このまま打っていても衣の方が劣勢だ。それに、このままでは前半の借金を消す事など出来ぬ……)

 

 対応は出来ても、優勢というわけではない。

 照が和了り続けていずれ何とか追いつけるというレベルである。それでは照の方が結局稼ぐ事になるし、その速度のままあっさりと後半戦も終了してしまい、衣も多少しか借金を返す事は出来ないだろう。

 

 

 

(……しかし、こうして冷静に場を見てみると他の面子も中々。鶴賀は自身の実力を理解し、この場を上手く立ち回っている)

 

 衣は照だけではなく現在対局している相手をしっかりと認める。

 智美に関しては、和了れてはいないものの未だに前半戦から振込は無い。ツモで削られてはいるものの、この面子相手ならば多少のマイナスならば十分すぎるほど健闘している。

 

(風越は……この状況下の中、よく攻め続けられる。愚……では決して無い、まだ勢いを感じる。折れてはいないし、前半戦の例もある)

 

 久は振込がやや目立つものの、折れずに自分の麻雀というものを貫いている。

 この場において、それは中々出来ない事だ。

 

 

 

「ツモ、300、500」

 

 またもやあっさりと早い段階で照の和了。

 

(この清澄の和了は致し方無し……が、このままだとそのまま終わってしまう。衣も何かしないと……)

 

 

 

 ――――南二局。

 

(この配牌……ここで清澄を何とか速度で上回る事が出来ないだろうか?)

 

 衣の配牌は二向聴、ダマで満貫を確実に狙えそうな手。

 速度も火力も十分、後は照に競り勝てるかどうかといった所だろうか。

 

 

 

(……よし、良形聴牌!後は和了るだけだが……)

 

 四巡目に五、八索の二面張といった形を作った衣。

 リーチはせずに、不要牌の北を捨てる。

 

 

 

(……ッ!?)

 

 その時、衣は大きい力を感じる。

 それは照ではなく、別の方向から。

 

 

 

(ずっと沈んでいたと思ったが……ここで来るか、風越!)

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

(……張った!久々に張った、ここは絶対に逃さない)

 

 南二局四巡目、久も聴牌。

 それもかなりの良形。萬子の二三四、筒子の二三四、索子の二三四五六七八、北といった現在の手。

 

(さて、後は何を切るかだけね……)

 

 もし三色を確定させたいならば索子の五か八を切るべきではある。

 だがそれは衣の待ち、その事を久が知るはずも無いが。

 

(この展開……あえて北で待ってみるのも面白いかもしれないわね)

 

 現在場には先程衣が捨てた北を含め場には二枚。

 地獄単騎という形にはなるがそれはある意味久の普段通りのスタイル、そして今も八索に手をかけようとする。

 

 

 

(……いや)

 

 八索を捨てようとして、やめた。

 

 

 

「リーチ!」

 

 久が場に捨てた牌は――――北。

 

 

 

(いつもの私なら迷わず八索だったわね。ただ……)

 

 普段ならば久ならほぼ絶対に八索を捨てる場面。

 しかし、何かを感じ取ったのか今回捨てたのは北であった。

 

 

 

(ッ、引けぬ……清澄の聴牌気配はまだ、こうなれば風越との一騎打ちかっ!)

 

 張ってから最初のツモで和了出来なかった衣。

 未だ照の聴牌気配は無い事を感じ取っていたため、ここは久との一騎打ちになるであろうという事を悟る。

 

(清澄が少し出遅れているこの南二局、絶対に取って起きたい所……純粋な運での一騎打ち、衣が取る!)

 

 ここで衣が取れば前半戦の借金をほぼ全て返す事が出来ると同時に、総合的にプラスの収支に持ち込む事もかなり見込める場面だ。

 そんな大事な所である事を理解していたために、何としても取りたいと衣は願っていた。

 

 

 

 だがツモをした久の表情を見た衣は、やられたと感じてしまう。

 

 

 

「……ふっ、そっちを持ってくるのね。ま、一発ツモってだけでかなりありがたいのだけど」

 

 久は引いてきた牌を、そのまま勢いよく卓に叩きつけるかのように置く――――!

 

「ツモ、リーチ一発断幺九……裏乗らず、2000、3900!」

 

 久の引いてきた牌は二索。

 三色も消え、裏も乗らなかったが一発でツモ和了が出来たため中々の火力にはなった。

 

 

 

(……ま、天江衣が目覚めてそして今の自分のこの流れ。何で待っても悪待ちって感じだったかしらね?)

 

 後半戦に入ってから衣に大きいのを二度振込み、全く流れが来ていなかったといってもいい場面。

 久はいっそ開き直り、むしろ何で待っても悪待ちだろうと北を切る事を選択した。

 

 そしてそれが、結果的に成功したわけである。

 

 

 

(まだ、終わらせないわよ!どんな相手だろうと最後まで攻め続けるわ!)

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「びっくりしたわね……」

「キャプテン、久先輩の今の和了ですか?確かに、絶対五か八索切って天江に振り込むと思ってたし……」

 

 風越の控え室では今の久の和了に対しかなり驚いていた。

 久の打ち筋をよく知っているメンバーは、恐らく衣に振り込むのではないかと思っていたからだ。

 

「竹井さんらしくないと思ったけれど……でもやっぱり、竹井さんらしいわね」

「キャプテン、どっちですか……」

 

 あそこで北を切った久に対し美穂子は一瞬らしくないと思いはしたが、根本的な所はやはり久らしいと感じていた。

 あの面子相手でも自身の攻める麻雀を貫いているのだ、そして何とか喰らい付いていっている。

 

 

 

「本当に楽しそうに麻雀を打っているわ、竹井さん。あの面子相手にそう思いながら打てているのって、凄いわね」

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「さて、後半戦南二局が終了しましたが藤田プロ……藤田プロ?」

「いやあ、何というか見入ってしまってな……長野県予選史上最高の対局じゃないか、これ?」

 

 解説室ではアナウンサーが藤田プロに対しコメントを聞こうとしたが、その藤田プロが解説業を忘れるかのように完全に試合に見入ってしまっていた。

 そして出てくるコメント、長野県予選史上最高の対局という言葉。

 

「そこまで……いや確かに凄いのは事実ですが」

「宮永照の凄さは遺憾無く発揮されている、だが完全に独走状態というわけではない。後半戦の天江の復活、予想以上の竹井と蒲原の健闘、この中堅戦の選手達は本当に凄いよ」

 

 実力そのものや実際の打ちっぷり、様々な事を藤田プロは評価していく。

 それを語る表情は、仕事をするプロ雀士というよりかは純粋な一人の麻雀好きといった顔であった。

 

「そんな中堅戦も、残り二局です」

「ああ、もうそれしか無いんだと残念に思うくらいだ。お客さんは、しっかりと残りの対局を目に焼き付けて欲しい」

 

 その素晴らしい対局である中堅戦も残り僅か。

 藤田プロの口からは、目に焼き付けろとの言葉が出る。

 

 

 

「……しかし、ここまで来ると予想も出来ん。宮永照と天江の速攻であっさりと終わる可能性もあるし、大きなドラマが起きるかもしれないし、竹井や蒲原の番狂わせも起きる可能性もある」

「プロでも予想がつかない対局ですか……それほどまでに高レベルな対局という事で、よろしいでしょうか?」

「ああ、高レベルだな」

 

 プロの雀士ですらこれからの予想をする事が出来ない現在の卓。

 それだけ、高いレベルでの対局が行われているのだ。

 

 

 

「では、間もなく南三局が始まります。……藤田プロ、解説だけはお願いしますね」

「ああ、うん……すまない」

 

 

 

 激闘が行われている中堅戦も、ついに終盤戦を迎える。




今回のまとめ

衣、復活
久、ある意味での悪待ち炸裂

照も衣も純粋に強すぎるから書きにくすぎる……
強くても隙のある能力者ならまだ書きやすいのですが、この二人隙が無さ過ぎて辛い。

そんな中堅戦もいよいよ終盤、最後にどんな出来事が起こるのか。


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21,歴史的対局、中堅戦決着

修正しました!
本当にご迷惑をお掛けして申し訳ありません。

後半部分が少しだけ変化しています。活動報告の方に一応前の問題部分も乗せているので、比べ読みも出来ます。


(さて……最後の衣の親、ここがかなり重要になってくる)

 

 南三局、長かった中堅戦も残り二局を残す所となった。

 衣にとって最後の親番、本人としては何としても連荘して出来るだけ稼ぎたい所だ。

 

 

 

(海底コースも効かぬ、故に出来る事は限られてくるが……それならば誰よりも早く和了ればいいだけの話!)

 

 衣は後半戦だけの収支ならプラスだが、全体で見ればまだマイナスだ。

 つまりこの親で和了らなければ、全体でのプラスに持っていくには苦しくなるだろう。

 

 

 

(……ッ!)

 

 三巡目、まだ手は二向聴の所で衣は顔をしかめる。

 そして不要牌を切っていき――――

 

 

 

「ロン、1000」

 

 その衣の捨てた牌が照に突き刺さる。

 あっさりと、衣の親は流れてしまった。

 

 

 

(点数の低さとか親が流れたとかそんな物は些細だと思うくらい……非常に拙い、そんな気配――――!)

 

 だが、衣が顔をしかめたのは照が聴牌をしたのを察知したからとか、それで和了られてしまったからとかの問題では無かった。

 それよりももっと別の、これから来る何か。

 

 

 

「……ねえ、ちょっと寒くないかしら?」

(気づいたか、風越――――!)

 

 久が突然、寒気を訴える。

 今ここで行われているのは、長野県予選歴代最高とも思われるくらいの熱き対局。

 

 そんな中、寒気を感じる者が出てきたのだ。

 

 

 

「んー、そうかー?別にそんな感じは……」

 

 しないぞ、と智美が言い切る前にその言葉は途切れた。

 

 ――――パリンッ、とどこかで物音がしたのだ。

 

 

 

「きゃっ……ちょっ、停電!?」

 

 音と同時に、会場内の電気が全て消えた。

 一番最初にその異変で動揺し口を開いたのは久。

 

 

 

『えー、会場内の皆様落ち着いてください!今原因を調査しています、申し訳ありませんがしばらくお待ちください』

 

 そして会場に響き渡るアナウンスの声。

 勿論、対局もストップ。一時中断だ。

 

 

 

「ふー、オーラス前に思わぬアクシデントだなー……」

 

 ワハハ、ついてないなーと笑いながら智美は喋る。

 だが、他の三人に関しては口を開こうとすらしない。

 

 

 

(なん……なの、この圧力は!?)

(手を抜いていた訳では無いだろうが、底が知れぬ……まだ来るのか、清澄!)

 

 

 

 久と衣の二人は照から詳しくはわからないが、何かの力を肌で感じていた。

 そしてそれは、寒気を催すくらい強力なものであった。

 

 

 

(……まだ、こんな所では終わらせない。稼ぐだけ稼ぐ……!)

 

 

 

 そして一人、闘志を更に燃やしていく者がいた。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「うわわ、停電だじぇ!」

 

 そして停電の影響というのは当然、各高校の控え室にも起きていた。

 清澄の控え室でも、優希が突然起きた停電に少し楽しそうに反応する。

 

 

 

「びっくりした……何かが割れたかと思ったら、突然停電が起きて」

「こんな大きな建物でも、突然このような出来事が起こる事もあるんですね……」

 

 咲と煌は優希とは対照的に、驚きつつも冷静に物事に対し対処する。

 騒ぐことなく、椅子に座りながらじっとしていた。

 

 

 

「……」

「……淡さん?」

「…………ん?」

「いや、やけにじっとしているなって思いまして……優希みたいに騒ぐとばかり」

「煌先輩は私の事を何だと……いや、普段はそうかもしれないけどさー……けど」

 

 煌はてっきり淡も優希と同じように停電が起きた事に対し楽しむタイプだとばかり思っていたが、今に限っては違った。

 だったらどうなのか、と周りは逆に気になる。

 

 

 

「……何だろ、すっごいゾクゾクするっていうか……ちょっとヤバいかも、この感覚」

「ッ……!?」

 

 暗くて周りがよく見えないのに感じる、むしろ逆に見えないからこそ敏感に感じるとでも言うべきか。

 他の三人は、今の淡からオーラのような何かを感じ少し寒気を覚えた。

 

 それは対局中で本当の意味で全力を出した時の淡に近い物だった。

 

 

 

(……淡ちゃん、恐らく今のお姉ちゃんの様子を感じ取って一種の興奮状態になってる)

 

 優希と煌はモニター越しには流石に感じ取れなかったが、咲はもう一段階超えてきたような照の現在の様子に気づいた。

 そして淡は自分と同じようにそれを感じ取ってテンションが上がっているのだろうと、咲は分析する。

 

 

 

(……今のお姉ちゃんは本当に凄い事になってる。この対局……終わりはあるの?)

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

『本当に長らくお待たせいたしました、復旧作業が終了いたしましたので間もなく中堅戦を再開させて頂きます』

 

 しばらく時間がたった後に、ようやく復旧作業が終わり全体にアナウンスが流れる。

 観客席からもようやくか、といった声がちらほらと出てくる。

 

 大多数の人からすれば熱かった中堅戦の最中に停電とか水を差されたな、といった感情だろう。

 だが、本当に僅かではあるがわかる人からすれば――――これからのオーラス、いったい何が起こるんだといった興味、不安という思いが頭の中をよぎる。

 

 

 

(あんな照先輩……見た事ねえ)

 

 京太郎も、その僅か側の人間であった。

 

 とは言っても、誰かみたいにオーラを感じるとか、凄まじい力を肌で受けているとか、そんな事は京太郎にはわからない。

 ただ一つ感じ取れたのは――――目力。

 

(普段から打ってる時の照先輩は真剣そのもので手を抜いたりはしない人だが……なんつーか、その真剣に打つという事の一つ壁を越えたような、あー……自分でも何考えているんだかわかんねーけど)

 

 南三局のあたりから京太郎は何となくではあるが、そんな事を感じていた。

 大会なのだから普段と違ってもおかしくは無いのかもしれないが、そのような変化とはまた違う――――ギアを上げてきたかのような印象。

 

(普段もそうだけど、それ以上に見ていて……本当に、照先輩が負ける気がしねえ)

 

 敵に回せば恐ろしいなんてものじゃないが、味方にいればこれほど頼もしい存在もいないだろう。

 麻雀は運の競技だからある程度は平等とか、そんな事をまるで微塵も感じさせないような頼もしさだ。

 

 

 

「頑張れー!照先輩ー!」

 

 思わず、そんな事を大きな声で口に出してしまった。

 観戦室という、他の一般人が多数いる場所で。

 

 

 

「あっ……すみません、いや本当にすみません、ごめんなさい!」

 

 ここには勿論清澄を応援するものだけではなく、むしろ風越などの名門校を応援する人の方が多い。

 周囲に睨まれた京太郎は、ただただ謝るだけであった。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

(さて、オーラス……衣としてはここで大きいのを取っておきたい場面ではあるが)

 

 復旧作業も終わり再び動き出す中堅戦。

 照が自動卓のサイコロを回し、それぞれが牌を手に取っていく。

 

 

 

(先程感じ……否、今なお溢れ出ている清澄の力。これがどう影響してくるのか、気になる所)

 

 十三の牌を手に加えた所で、それぞれが理牌していく。

 

(……うむ、ドラ3の二向聴。伸び方によっては跳満までは届くか……ッ!?)

 

 衣は自身の配牌にそれなりに満足してから、そんな事はどうでもいいと言わんばかりに、自分の手ではなく照の方に目を向ける。

 そんな衣の様子に回りは気づく事も無く、周りはツモっては牌を捨てていく。

 

 

 

「ロン、2000」

「は?冗談……冗談じゃないなー、一巡目から東のみの北単騎とかどうしようもないだろー……?」

 

 一巡目、智美は北を切った。

 それ自体は、よくある行動だ。明らかに不要であり、役牌にもならないから切った、それだけの話。

 

 異質なのは、それが刺さったという事。

 まさか、誰もリーチ宣言も無しに北で振り込むだなんて夢にも思わないだろう。

 

 唯一聴牌に気づいていたのは、その気配を感じ取る事の出来た衣だけだ。

 だが、衣が驚いたのは配牌時聴牌という部分だけではない。

 

 

 

(今のは単なる偶然とは言い難い……速度が更に増している、底が知れぬ!)

 

 今まででも照の聴牌、和了速度というものは相当の物であった。

 だが、そのレベルを更に超えてきた。配牌時聴牌もこの一回で終わらず、まだ何度もあるかもしれないとすら、衣は感じたのだ。

 

 

 

「……続けます、一本場」

 

 当然和了り止めをする事は無く、連荘していく。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 たまに照は、考える事がある。

 何故、自分は勝ちたいのか、と。

 

 個人戦に関しては自分の力がどこまで通用するのか試したい、その上で一番になりたい、ととてもシンプルな答え。

 それは今も昔も変わらない事である。

 

 

 

 では、団体戦に関してはどうなのか。

 

 白糸台にいた頃は、個人戦の時と団体戦の時で思っている事はそこまで変わらなかった。

 自分の力を発揮し点を稼げば、後は他のメンバーが上手くどうにかしてくれるだろうといった位の考えだ。

 

 別にそれはそれで一種の信頼の形でもあり、決して悪いといった事ではない。

 

 

 

 現在――――清澄での団体戦では何故勝ちたい、と思うのか。

 

 当初、タイムリープしてから清澄に入った理由というのは咲と仲直りしたいから、それだけの理由。

 そしてそれは無事、とても長い時間をかけたが達成できた。

 

 今ここで麻雀を打つ理由――――自分の力を試したいだけかと言われたら、否。

 

 白糸台では対局中の細かい指摘等はしてきたものの、指導をする中心人物かと言われたらそうでもなく、自身のために淡々と部活をこなしてきた。

 だが、清澄では自分だけが最上級生。部員も少ないため、慣れない指導を照自身がしなければいけない立場であった。

 

 不器用な照は、自身が全力で打っていく中でしか教えていくことしか出来なかった。

 だが、どんなに強く――――厳しくする事しか出来なくても、今いる部員達は必死に堪えながら、照を慕ってついてきてくれた。

 

 光るものはあったものの最初は大した実力も無かった優希や煌も成長し、咲も照との対局の中では必死に姉を超えようとし、淡はテルを絶対に倒すと言いつつも当たっては砕け、当たっては砕け。

 そんな後輩達の頑張る姿を見て、照の考え方というのは変わっていく。

 

 この後輩達を絶対に全国に連れて行ってあげたい、且つそこでも優勝したい、と。

 だからこそ自分が、皆の為にどんな相手であろうと出来るだけ点を稼ぐ、いわばチームの為に必死に行動する。

 

 

 

 それはただ打って点を稼ぐのと、似ているようで違う事だ。

 

 

 

「……リーチ」

 

 

 

 またもや、二巡目といった驚異的なスピードでの聴牌。

 当然、周りはそんな速度についてこれる訳も無い。

 

 

 

「ツモ、リーチ一発……2000オールの一本場は2100オール」

 

 そしてそのまま一発ツモ。

 その流れのまま、百点棒を手にとって宣言する。

 

 

 

「まだまだ終わらせない、二本場……!」

 

 照はチームを勝ちあがらせる為に、どこまでも貪欲に、必死に打ち続ける。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

(このっ……今の清澄、まるで竜巻の如し……!)

 

 照の力を例えるならば、その勢いといい、自然災害レベルであると衣は感じた。

 それほどまでに、照の勢いというものは留まる事を知らない。

 

 

 

「ツモ、4200オール……三本場」

 

 またもや照のツモ和了、そして止まろうとする事は勿論無かった。

 

 

 

(まずいなー……完全に守りに回ってたけど、このままじゃ全部ツモで毟り取られかねないぞー、少し冒険するべきか……?)

 

 今までは振らなければいい、その気持ちだけでここまで戦い抜いてきた。

 だが、このままでは守りに入ったらむしろツモによって点数をどんどん削られていくのではないかと智美は思い始めた。

 

 だったら、危ない橋を渡って早和了り、または衣や久に差込、その方が被害が少なくてすむのではないかという考えに至ったのだ。

 

 

 

「ツモ、6300オール……四本場」

(うっはー……笑えないぞ)

 

 だが、橋を渡ることは無かった。

 橋すら無かった。何かをしようとアクションを起こす前に、既に照は和了っていたのだ。

 

 

 

(竹井……は凄い疲弊してるなー、私と違って常に攻め続けて戦い抜いてきたんだ、無理も無いか……)

 

 久は誰の目から見てもわかるくらい、疲弊していた。

 それでもまだ、集中を切らす事無く立ち向かおうとしている。

 

 

 

(天江は……ん?)

 

 衣に目を向けた所、何やら目を瞑ってじっとしているのだ。

 

「おーい?」

「……む、すまぬ。決して寝ていた訳ではないぞ」

 

 そして智美の声に応えるかのように衣はゆっくりと目を開けた。

 

 

 

(……この対局、厳しさは誰の目から見ても一目瞭然。だが、ここからどれだけ苦な状況に陥ろうとも)

 

 目を閉じ集中力を高め、自分は何をすべきか再確認した衣。

 そして、たどり着いた結論。

 

(……衣は衣の麻雀を打つ!)

 

 

 

 ――――パリンッ、と。

 本来ならば聞き覚えのあるはずが無い音ではあるが、ここにいる会場の人ならつい先程聞いた聞き覚えのある音。

 

 そして、再び停電が起きた。

 

 

 

『申し訳ございません!再び、原因調査のためしばらくお待ちください!』

 

 主催する側、アナウンスから聞こえてくるのはおかしい、こんなはずではといった感情が混じった焦りの声。

 観客からすれば、いい加減にしろとの野次。

 

 

 

(――――この感じ、来る!)

(行くぞッ――――!)

 

 だが、停電が再び起きたという事はもはや対局をしている側からすればどうでもいい事で。

 ただ必死に麻雀を打つ、それだけの事であった。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

『長らくお待たせしました!中堅戦再開します!』

 

 ようやく復旧作業も終わり動き出す中堅戦。

 長い時間待たされても、四人の集中力というものは損なわれはしない。

 

 

 

(この局……動けるなら動いていく方が懸命ね)

 

 配牌時から火力は微妙だが、まずまず手作りしやすそうな久の手。

 攻めを重点としながら、打っていく。

 

 

 

「ポン!」

(なっ、ここで……)

(海底コース!?)

 

 久の捨てた二萬を衣は鳴く。

 そしてこれはこの対局内でしばらく見せてこなかった――――衣の海底コース。

 

 鳴かれた久、そしてそれを見ていた智美はここに来てのこの行動に驚いた。

 

 

 

(確かに脅威……だけど、これは宮永照に対しては効果は無かったはず。本人もそれは気づいているはずなのに、何故?)

 

 久が驚いた理由として、突然鳴いてきたというのにも驚いた事は驚いたのだが、何よりも先程効いていないはずの能力を再び使ってきた事。

 厳密には全く効いていない訳では無いのだが、それでも破ってきた照に対し再びこの行動は何の意味があるのか、と。

 

 

 

「……リーチ」

(来た、データが正しければ倍満以上確定手……!?)

 

 十巡目、照からすれば遅い方のリーチではあるが聴牌まで漕ぎ着ける。

 そしてそれは、久の予想している通り倍満以上が確定している手であった。

 

 

 

「カン!」

(ちょっ、何だそれー!?)

(海底コースを自ら崩し、ドラの暗槓――――!?)

 

 ドラ表示は四萬、つまり五萬の暗槓を突如衣はやってのけた。

 赤ドラが含まれる、つまりこの時点でドラ5確定である。

 

 

 

(……いや、捉え方によってはこのカンは決して悪いものではないわね)

 

 だが、そんな奇行とも思われるようなカンに久は着目する。

 

(宮永照はドラを含まず倍満以上の手を作っていたという事になる、となると自ずと手は絞られるはず)

 

 ドラを含まず倍満以上確定となると、染め手である可能性が非常に高い。

 

(河からそのような気配を匂わせていないってのが流石って所かしらね……ただ、少なくとも萬子は通るはず。ツモられたらどうしようも無いかもしれないけれど……)

 

 既に衣が二萬を3つ、五萬を4つ抑えている以上萬子染めというのはほぼ無いに等しい。

 ヒントが出来ただけでも、収穫のある衣のカンであった。

 

 

 

(……ちょっ!?)

 

 だが、衣のカンはそれだけでは留まらなかった。

 新しいドラ表示は一萬――――つまり、ドラ8。

 

 その時思わず口元に笑みを浮かべる衣と、少し表情を歪ませる照がいた。

 

 

 

(さて、宮永照に対しての安牌は運がいい事に恵まれてるけど、こうなってくると天江衣が怖いわね……)

 

 十二巡目、現在久は二向聴。配牌から中々良ヅモには恵まれなかった。

 手を進めながらでも今の所は照に対しての振込の心配は無いが、衣に対しては未知数。

 

 降りようと思ったら一応、どちらからも逃げる事は出来る。

 

 

 

「ポン」

(ここで鳴き……!?降りてなかったのかー?)

 

 久は智美から鳴く事でまず一向聴に持ち込む。

 火力は決して高いものではないが、ここは攻めを選択した。

 

 

 

(攻撃は最大の防御、ここで宮永照に和了られたらもう無理な気がするしね。……行くしかない!)

 

 ここで照に和了られたら終わる事は無いのではないかとすら思った久は、攻める事での防御を選択した。

 

 

 

「ポン!」

(ま、またか……?二副露、流石に張ったかー?)

 

 次巡、再び智美から久は鳴く。

 これで聴牌、あと一歩の所まで持ち込んだ。

 

 

 

(たかが2000点手……だけど、この場においての2000点は無理して手を進めるほど、大きな価値のある物なのよ!)

 

 ここで和了るという事は、照の連荘をストップさせる事を意味する。

 それほど価値のある小さな和了というのも、中々無いだろう。

 

 

 

(風越……その心意気や天晴れ、だが故に……完全に衣に流れが舞い降りた!)

 

 衣はこの久の二度目の鳴きで、この南四局での勝利を確信した。

 自身の海底コースというわけでもない、照のリーチ、久の聴牌気配を感じ取っていながらも、だ。

 

 

 

(月は満ちておらぬ、水面に明かりは灯されず。だがその河に潜む力強き大魚は、底の暗き場所にいてもその動き故に鮮明に姿を捉える事が出来る――――!)

 

 このままの流れで行くと、最後のツモは照。

 その最後の牌を、衣は狙い済ましていた。

 

 

 

(最初からここまで圧倒されていたが、ついに仕留める好機……!逃さぬぞ、清澄!)

 

 大きな動きも無い流れのまま、照の最後のツモ番まで回ってくる。

 引く以前から既に、何かをわかっているかのように――――照にしては本当に珍しく、諦めたかのような表情を見せた。

 

 そしてその最後の牌を照が河に捨てると同時に、衣は大きく笑みを浮かべながら宣言した。

 

 

 

「大魚の如く暴れまわっていた猛者も、ようやく捕らえたぞ……!ロン、河底撈魚対々和三暗刻ドラ8、32000の四本場は33200!」

 

 

 

 衣の狙い済ましたかのような単騎待ちが、照に炸裂する。

 そしてそれを合図に、長き中堅戦も幕を閉じた。

 

 

 

 清澄・128500(+52300)

 風越・107700(-32700)

 龍門渕・102000(+6200)

 鶴賀学園・61800(-25800)




今回のまとめ

照、圧倒
衣、意地の役満直撃

何とか修正完了。
正直、ネタが本当に浮かばなくてヤバい状況でした。

とにかく照に役満直撃させたかったので、どうしようと考えた結果……あんな形に。
ちょっと能力というか、オリジナルっぽくなっていますね。今に始まったことではないのですが。

月が浮かんでいないのならば、他者(魚)を引っ張りあげちまえ、と。うーん、この無理やり感。
ただ衣にリンシャンさせるよりかは、こっちの方がいいかなーと個人的には。


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22,熱

今回は対局シーンはなし。


 既に選手達は退場し、中堅戦の余韻だけが会場を包み込む。

 熱気は未だ、収まりを見せてはいない。

 

 

 

「さて、未だ熱の冷めない状況ですが……藤田プロ、中堅戦を冷静に振り返ってもらってもいいでしょうか」

 

 何も会場だけに熱が篭っているわけではない。

 見ている者を全て熱くさせた、つまりこの実況席でも熱というのは自然と高まっている。

 

 だが仕事は仕事、きっちりと中堅戦を振り返る事をアナウンサーは藤田プロに促した。

 

 

 

「そうだな、熱戦になる事を予想するのは容易であったが、その予想を更に超えてくるような対局であった。見事だった」

「選手全てが実力を全て出し切った……と捉えてよろしいでしょうか?」

「いや、違う。恐らく、実力を超えた物があの場では発揮されていた。そしてそれは、あの面子だからこそ起こった事」

 

 それぞれが皆実力を出し切ったのではない。それ以上の物を出してきたのだ。

 意地のぶつかり合い、対局中の成長、更にはチームを引っ張る最上級生の責任感。数多くの物が、この対局にはあった。

 

 

 

「天江が役満を直撃させるというドラマのような幕切れではあったものの、それでも宮永照が圧勝。やはりチャンプは強かったですね」

「プラス52300点か……宮永照にしてはかなり少ないと思うぞ。本人も悔しがってるんじゃないか?そして宮永照がいる場で天江はしっかりとプラスに乗せてきたし、竹井と蒲原も大きすぎる失点では決して無い」

「清澄が単独トップになったとはいえ、鶴賀を除く三校の差はわずか。ここからどんな展開が待っているのでしょうか」

「特に清澄と龍門渕は決勝に上がってくるまで一度も対局していないからな」

 

 鶴賀が少し苦しい点数にはなってきているものの、他は団子状態と言ってもいいだろう。

 まだ、どこが優勝するといった判断が出来るような点数では無い。

 

 

 

「龍門渕は二年生二人だから場慣れはしているだろうが、清澄の二人は一年生か……大星はかなり実績のある選手だが、宮永照の妹とされる宮永咲に関しては未知数だな」

「清澄の不安要素にもなりかねない……という事でしょうか?」

「さあな。可能性はあるが、宮永照がこのチームは全員が強いと明言している。……まあ、見てみない事には何もわからんか」

 

 龍門渕と清澄、互いにここまで副将以降は対局をしていないという共通点がある。

 だが、龍門渕の透華と一は実戦経験が豊富。それに比べ、淡はまだしも咲に関しては周りから見ると本当に未知数なのだ。

 

 

 

「風越の吉留と池田に関しては決勝に上がってくるまでもしっかりと実力を発揮していたので期待が持てるか。また、鶴賀に関しては出遅れてはいますが……ここまで上がってくるまで後ろ二人の活躍は光っていましたからね」

「副将の東横、大将の加治木……チームを実力で引っ張ってきた二人だな。部長の加治木を軸とし、ここまで勝ち上がってきたダークホース。これからが怖いぞ」

「部長は蒲原です」

「え?」

 

 藤田プロは思わず、変な声を出してしまった。

 

 今まで鶴賀が決勝まで上がってくるまでに後ろ二人の活躍というのは見事であった。

 特に大将のゆみの堂々とした打ちっぷりというのは、藤田プロに部長だと思わせるほどの物であった。

 

 

 

「さて、残りは副将と大将の二つ。今後の展開も目が離せません」

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 中堅戦を終え、選手達は凱旋する。

 廊下を歩いているのは、大きな耳のようなリボンをつけ満足気な表情で歩いている少女。

 

 

 

「おっ、とーか!」

「お疲れ様ですわ、衣」

 

 龍門渕の控え室に戻ろうとしていた衣は、会場に向かおうとしている透華とバッタリと出会った。

 

「やけに早いな?」

「ふふ、勝負は対局前から始まっている……目立ってナンボですわ!」

「……ん?」

 

 透華が早くから会場入りをしようとしている理由は、一番乗りしたかったからという理由だけだ。

 その意図をよくわかっていなかった衣は、疑問の表情を浮かべる。

 

 

 

「……最後の、お見事でしたわ。まさか衣といえど、あの宮永照に役満直撃は……」

「……多分、もう一度やれと言われたら出来ないだろうな」

「え?」

 

 衣の最後の和了。

 あれは見事、という言葉以外で表現が出来ない程の凄い物であった。

 

 だが、衣自身はもう一度やれと言われたら出来ないと口にする。

 

 

 

「実の所、衣もよくは覚えてはおらぬ……とにかく集中して、必死に打っていたらあの形になったのだ」

(無意識の内に覚醒……?あれ程の強さですのに、衣自身はまだまだ成長しているという事ですの?)

 

 周りから、特に衣をよく知っている者からすれば実力が更に覚醒、と呼べるものであった。

 だが肝心の衣自身がその事をしっかりと覚えていないと言う。

 

 

 

「だが一つ言えるのは、楽しかった事……衣は麻雀をしていた」

「?麻雀はいつも打って……」

「今までの衣は打ってはいなかったんだ。口では説明し難いが……とにかく楽しかったという事だ!」

 

 衣が確実に実感している手ごたえ。

 それは人に説明するのは難しい部分があるが、楽しさの上に成り立っている物。

 

 

 

「だからとーか……勝ってきてくれ!衣はもっと、麻雀を楽しみたいぞ!」

「……!」

 

 元々龍門渕の麻雀部というのは衣の為に作られたチームだ。

 衣と一緒に麻雀を打てる友達、という事で透華が純、智紀、一を集めて結成。

 

 部内では楽しくは打ててはいたが、それでも衣のどこか退屈そうで満足していない部分というのは見られた。

 そしてその退屈そうにしているのは大会で他のチームと当たるとより一層目立つ所もあった。

 

 だからこそ、今の衣の満足そうに麻雀をしてきた、そして楽しんできたといった様子を見て透華はとても嬉しく感じた。

 

 

 

 だが、それ以上に驚いたのは衣がこうして透華に頼み事をしてきた事。

 今まではそんな事は一度も無かった。そしてその頼み事というのも、もっと楽しみたいといった良い内容。

 

 

 

(……そんな事を言われたら、益々負けるわけには行かなくなりましたわね)

 

 それを聞いて、透華が燃えない訳が無い。

 衣を、チームを全国に導くためにやるべき事は一つ。

 

 

 

「当然ですわ!圧倒的実力で、トップの座を奪ってきますわ!」

「頼んだぞ、とーか!」

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「みはるん、大丈夫か?」

「うん、任せて華菜ちゃん……しっかり、バトンを繋いでくるから」

 

 こちらは風越の控え室。

 

 風越は清澄にトップを渡してしまう結果となってしまった。

 だが点差はさほど離れてはいない。照と衣という大災害が通り過ぎてこの僅かな点差なら、むしろいい形で繋げているといっても過言ではない。

 

 それは照と対局して健闘した久、そしてその前の二人がしっかりと点を稼いできたというのも大きい。

 

 

 

(久先輩……あんな人達を相手にしながら一度も下がらなかった。多分、私だったら途中で心が折れていたはず)

 

 点数以上に、久の対局というのは風越のこれから打つメンバーに勇気を与えただろう。

 ある意味、点数こそはいまいちだったが流れを作った清澄の煌に共通している部分もあるかもしれない。

 

 

 

(私も……下がらないで、最後まで自分の麻雀を貫く!)

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「ワハハー、帰ったぞ……何だその顔はー?」

 

 智美が元気よく鶴賀の控え室のドアを開けた所、メンバーが皆驚いたような顔で智美の方を凝視していた。

 思わず、智美は突っ込んでしまう。

 

 

 

「……いや、酷い事を言うがここまで健闘するとは誰も思っていなかった」

「……ド直球だなー?」

「ここで蒲原が飛ぶような事があっても、誰も責めはしなかったよ。だがこの点差なら……まだいけるぞ、優勝のチャンスはいくらでもある」

 

 皆の気持ちを代弁するかのようにゆみが代表して言う。

 照と衣相手にこれだけのマイナスで済んだのだ。大健闘という言葉以外には、かける言葉は見つからない。

 

 

 

「モモ、頼んだぞ。逆転するには私達二人で大量点を稼がなければならない」

「任せて欲しいっす!……この場、私にとっては好都合の場っすよ」

 

 だが、鶴賀が他の高校に比べ出遅れているのは事実。

 故にゆみは、一年生の東横桃子に大量点を稼いで来いとの指示。

 

 

 

「ん?モモにとって何が好都合なんだー?」

 

 智美が疑問に思ったことを口にする。

 場が好都合、というのは普通に聞けばよくわからない言葉だろう。

 

 

 

「中堅戦の熱が冷めてないっす。他の副将のメンバーもその勢いのまま来るに違い無いっす。それは本来、怖い事でもあるっすけど……」

 

 あれだけの対局の後だ、どこの高校のどのメンバーもその勢いをそのまま持ってくるだろう。

 流れというものは怖いもので、誰かが何かを掴んだらそのまま突っ走ってしまう可能性もある。だがそんな場を、桃子は好都合と言った。

 

 

 

「……逆に、それだけ早く消えれるかもしれない事っすよ。そうなったら早い段階で……ステルスモモの独壇場っすよ!」

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「照先輩、遅いですね……」

 

 中堅戦が終わってしばらく経ったのにも関わらず、照はまだ控え室に戻ってこない。

 煌が心配するような事を思わず口にする。

 

 

 

「……さて、そろそろかな」

「あ、サキもう行っちゃうの!?全く、テルったら妹に言葉くらいかけてやれよって話だよねー」

「あはは……大丈夫だよ、淡ちゃん。もう、伝わってるから」

 

 ソファに座っていた咲がゆっくりと立ち上がり、腕を上にゆっくりと伸ばす。

 既に臨戦態勢と言ってもいいだろう。

 

 

 

 

「……実は、私は大会って言われても特に思う事とかも無かったんです。普通だったら勝つために、って思うんだろうけど私はただ麻雀を楽しく打てればいいなって……」

 

 突然、咲が口にする言葉。

 普通、大会に出るからには勝ちたい、という必死の思いが出るのが一般的だろう。だが、咲はそういうのは無かった。

 

 他の出場者に比べて、勝ちへの執念というのが無かったのである。

 

 

 

「……ただ、優希ちゃんとか煌先輩、お姉ちゃんの打ってる姿を見て……伝わってくるものがいっぱいありました」

 

 団体戦を必死に戦う姿。

 チームを勝たせるために自分がやらなければいけない事を精一杯やる姿勢、そして熱意。

 

 それが自然と、見ている咲にも伝わってきた。

 

 

 

「今、私が打つための理由……このチームが運んできたバトンを、淡ちゃんに渡す……そのために、精一杯戦ってきます!」

「サキならいつも通りの実力出せばよゆーでしょー!テルとやってる感じでやれば、大丈夫だって!」

「咲ちゃん頑張れだじぇ!頼んだじょ!」

「その気持ちを言葉に出来ただけでも十分すばらな事ですよ。是非、悔いの無い様に戦ってきてください!」

 

 皆からの応援のメッセージを受け取り、咲の目の色も更に変わってくる。

 自分がやるべき役割、それをしっかりと頭に入れながら。

 

 

 

「行ってきます!」

 

 咲は元気に部屋を出て行った。

 

 

 

「っと、私もちょっと対局が始まる前に適当にぶらぶらしてくるねー」

「ん、行ってらっしゃいだじょ」

 

 そして咲が出るとほぼ同時に、淡も控え室を出る。

 

 

 

「適当にぶらぶら……?淡さんはどこに行ったんでしょうか?」

「さあ、淡がぶらぶらしているのはいつもの事だじょ」

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「ッ……!」

 

 誰もいないような場所でドン!という大きな叩いたような音が鳴り響く。

 普段はどちらかと言えばクールで、そこまで感情を表に出さない人物が悔しさを前面に出していた。

 

 

 

「あっ、こんな所にいたんだ。探したよー?」

「……」

 

 人気のない場所に、照はいた。

 壁を叩いたせいか、少し手が赤くなっている。

 

 

 

「もうちょいでサキの対局始まっちゃうし、さっさと戻ろー。あ、あと対局お疲れ様ー」

「ッ、あの対局でならもっと稼げたはず……私は全然、チームに貢献出来ていなかった」

「はい、ストップ」

 

 責任の言葉を並べる照に対し、淡が待ったをかける。

 その淡の表情は珍しく、少し怒ったような顔をしていた。

 

 

 

「点数に関しては問題ないから。トップまで上げてくれたんだし、もっとサキと私を頼ってよ」

 

 淡としては、ここまでチームの為を思って頑張ってくれている照に対して嬉しさの気持ちはとても強かった。

 白糸台にいた時の照とは違うという事を、淡は感じ取っていた。

 

 ただ、少し責任感を持ちすぎなのではないかという所も感じていた。

 自分だけで戦っているわけではないのだから、後のメンバーを頼ってよ、と。

 

 

 

「それにさー」

「……ん?」

「あの卓、周りイケてるのばっかだったし。中々難しかったと思うよ。風越は何かこうガーって来てたし、鶴賀は自分の力をわかっているからこそ出来た打ち方だったと思うし、衣は何か……後半グワーって来てたし!」

 

 淡は前半戦に大きな和了を見せ注目した久は勿論、健闘した智美、後半戦は面白すぎるというくらい凄まじい対局を見せた衣。

 その卓で、荒稼ぎするのは照であっても中々難しいと言えるであろう。

 

 

 

「ま、その中でも圧倒的一位何だからやっぱテルが最強なんだろうけどねー」

「……ふっ」

「え、何で笑ったの?」

 

 だが、それだけ相手が厳しくても堂々と飛びぬけた成績を残してきた照は凄い、と淡は改めて口に出す。

 それと同時に突然、照が笑いだしたので思わず淡は問いかける。

 

 

 

「……いや、だってさ。私を頼れ、だなんて言う淡なんて今まで知らなかったし、相手をこうして認めてる淡も知らないし」

「む!今までだって面白そーなのは興味持ってたりしたし!ってか、私だってこんな責任感のあるテルなんて今まで知らなかったよ!」

 

 淡はこうやって口には出してはいるが、興味を持つ事はあっても口に出してしっかりと認め、褒めるという事はそこまで無かっただろう。

 そして責任感云々に関しては、お互い様である。

 

 

 

「やっぱりさ」

「ん?」

「私達変わったよね、それもかなり」

「そうだね……根本的な所に関しては何も変わって無いと思うけど」

「……それってどーゆー意味なのさ?」

 

 根っこの部分は変わってはいないが、大きく変わっていったのは事実。

 それはお互いが自覚し、照が淡を、淡が照を見てもわかる事であった。

 

 

 

「……強く、なったのかな?」

「自分の事はわからないけど、淡に関しては強くなったと思う。それは実力だけじゃなくて、色々な面で」

 

 その変化とは、確実にいい方向へ向かっている物。

 照の目からは、実力だけじゃなく総合的に成長している淡の姿が映っていた。

 

 

 

「……よしっ!そろそろ戻ろ、サキの試合始まっちゃう!」

「……そうだね」

「サキなら負けないと思うけど……どんな結果になっても、点数さえ残ってればこの大成長を遂げた淡様が全部まくっちゃうからよゆーなんだけどね!」

「ふふっ……期待してるよ、淡」

「ん?……う、うん!勿論!」

 

 いつものように大口を叩いていたら、照からは淡が今まで聞いた事の無いような期待している、との声。

 思わず、少し対応に焦ってしまう淡。だが、その闘志という物は確実にその言葉で上昇していた。

 

 

 

「……あ、そういえば中堅戦の休憩の時に鬼畜大魔王がどうこうって――――あれ?」

 

 照が中堅戦の最中に言われた事を淡に問いかけようとしたら、既にその姿は見えなく――――いや、遠く先に走って逃げている淡の姿があった。

 

 

 

『間もなく、副将戦が始まります。選手の皆さんはスタンバイしてください』

 

 会場全体に聞こえてくるアナウンス。

 長野県予選団体戦決勝も、終盤を迎えようとしていた。




今回のまとめ

透華、負けられない理由が増える
みはるん、先輩の対局で勇気付けられる
モモ、周りからは見えないような闘志を燃やす
咲、戦う理由が出来る
淡、死す(かもしれない)

感想等の予想では副将に一、大将に透華の予想が多かったけどそんな事は無かった。
むしろずっと最初から大将一というのは決めていました。それが一番、盛り上がる展開を作れるのではないかなーと。

中堅ほどではないですが、副将も色物が多い事。
というか、長野勢強すぎだろ……どこも全国出たらトップクラスのような気がするんですが、気のせいですかね。


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23,不気味な始まり、副将戦開始

更新相当遅れて申し訳ないです。
ようやく副将戦。中堅戦、長かったなあ……って今になって思う。




 対局の時間までまだ多少余裕がある時間帯ではあるが、既に副将の四人は席についていた。

 だが、言葉を発しようとする者は一人もいない。対局前に会話のあった中堅戦とは全く逆のような展開である。

 

 今まで対局してきた選手達はしっかりと余裕を持てていた、とまでは言わない。だが、後半になるに連れて空気が重くなってくるのも事実。

 この点差で自分はどう打てばいい、というのがより明確に見えてくる段階だ。そして徐々に周りでフォローが出来なくなってくるので自身で必ず何とかしなければならない、というプレッシャーも増してくる。

 

 そのプレッシャーの中、自分にも勝ち、当然相手にも勝って初めて最後の大将にいい流れでバトンを繋ぐ事が出来る、という事になるであろう。

 そして間もなく――――副将戦が始まろうとしている。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「ただいま」

「お帰りなさいだじぇ!」

「お疲れ様でした。あの稼ぎっぷり、本当にすばらです!」

 

 ガチャ、と音を立てようやく照が控え室へと帰還する。

 

「……あれ、淡は?」

「淡ならそこに……あれ?さっきまでいたのに」

「淡さんに何か用事でもあるのですか?」

「いや、まあ……うん、用事だね」

 

 部屋に戻ったら真っ先に照は淡を探そうとしていたのだが、戻ってきたはずの淡の姿が何故か消えた。

 優希も煌も先ほどまでいたはずの淡が視界から消え、不思議そうな表情を見せる。

 

 

 

「あっ、あそこに……何してるんだじょ?」

「ちょ、ちょっとー!?見つけなくて良かったのに!?」

「じょ?」

「あーわーいー?」

「たーいむ!!タイムを要求する!助けて!すとっぷ!」

「……はて、流れが全く読めないのですが」

 

 淡は隅に隠れていたのだが、それを優希が見つけてしまう。

 とりあえずまだ命を失いたくない淡としては、必死に照を止めようとする。

 

「残念ながらタイム制度は認められないんだよね、という事で」

「ちょっとおおお!?」

「……あー、そういう事ですか」

「いつもの事だじょ」

 

 照が淡に制裁を加えるという、実は清澄内では見慣れたいつもの光景を優希と煌は見てため息混じりに納得する。

 

「しかし、淡さんは全く動揺していないというか、いつも通りというか……」

「緊張している淡というのも想像できないじぇ」

 

 まだ試合を終えておらず普通ならば緊張感に押し潰されそうになっていてもおかしくはないのだが、淡は普段と何も変わらない。

 人によっては緊張感が足りないとマイナスの面を指摘される事もあるかもしれないが、淡ならばむしろその状態が良いと周りに思わせる物がある。いつも通りを望まれているのだ。

 

 

 

「あ、副将戦が始まる」

「サキー!がんばれー!」

 

 副将戦が始まる直前、悪ふざけを終え部員全員が咲の活躍を見守るためモニターに目を向ける。

 願うは、咲の健闘だ。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 既に場決めを終え、副将の前半戦東一局がスタートする。

 東家が咲、南家が未春、西家が桃子、北家が透華だ。

 

 タンッ、とそれぞれが牌を捨てる音が静かにその場に響く。

 中堅戦とは違い、とても静かな始まり方だ。

 

 

 

(龍門渕さんはデータがあるからどんな打ち手か何となく把握は出来てるけど……他の二校は全然掴みきれていない)

 

 未春は他の打ち手の様子を見つつゆっくりと、手を進める。

 

 透華に関しては二年生、ここ最近の牌譜や映像もあるためどんなタイプかは頭に入っている。

 だが桃子に関してはこの大会の予選数試合程度でほぼ掴みきれていない状態、咲に至ってはノーデータだ。

 

(あ、張った……リーチかけて3900、他に聴牌の気配もまだ無いし裏期待してやるのもありかな)

 

 十一巡目にタンピンの綺麗な形、だがこの場ではそこまで出る気配も無さそうな三、六筒の待ちで未春は聴牌する。

 このリーチで相手が降りるならそれはそれで良し、和了れるならなお良しといった意識だ。

 

 

 

「リーチ!」

 

 未春のリーチ宣言。

 桃子は安牌を切り、透華へと回ってくる。

 

 

 

(……ふむ)

 

 透華もここで聴牌。

 役は断幺九のみ、リーチしてロン和了2600点の手。

 

 聴牌の形を取る際に切る牌は幸い未春に対しては安牌、後はリーチをかけるか否かの判断である。

 

 

 

(……ここは)

 

 リーチ宣言をせずに、安牌の九萬切り。

 

(もう少し手が高めなら追っかけても良かったのかもしれませんが、この手で無理をする必要なんてありませんわ。勢いだけで突っ走るのは凡策でしてよ!)

 

 安牌切りなので思わず追っかけたくなる場面ではあるが、ここはその先の事を考え無理をせずにダマの形を取る。

 いざという時に、聴牌を崩し降りられるように。衣が持ってきた流れを引き継ぐために勢いのまま打ちそうな所ではあるが、透華は冷静だった。

 

 

 

「ノーテンです」

「聴牌です」

「ノーテンっす」

「聴牌ですわ」

 

 結局そのまま流局、聴牌していたのは未春と透華。

 点棒をそれぞれ受け取り、咲が聴牌していなかったため親が流れる。

 

 

 

(東横さんはしっかり降り、宮永さんも……親だけど勝負はしてこなかったのね。流石に一局じゃ、そこまで打ち方がわかる事もないか)

(宮永照の妹ってだけで相当な注目度……どんな打ち手かと思いましたがまだ姉のような派手さは無いですわね。ま、どんな相手であろうと私の麻雀を貫くだけですわ!)

 

 まだそれぞれの特徴を掴みきれていないまま、東二局へと進んで行く。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「ふぅむ……」

「どうしました、藤田プロ?」

 

 既に東三局までが終了した現在。

 実況席にいる藤田プロは小さく声を漏らす。

 

 

 

「いや、静かだなと思ってな。いい見方をすれば冷静、悪い見方をすれば地味というべきか」

「あの中堅戦の後だから地味に見えるのでしょうかね?」

「龍門渕と吉留はそれがスタイルというべきか、上手い事堅実に打てている感じはある。宮永咲、東横はまだ……わからないな」

 

 透華と未春は堅実なのが持ち味、故に今の所はスムーズに自分の麻雀が打てている。

 だが、咲と桃子の麻雀のスタイルというのは周りにまだ知られていない。

 

(堅実が持ち味というよりかは、まだ何かを隠し持っているかのような……引っかかるな)

 

 両方とも一年生という事で流れのまま勢い良く打ってくるかと思いきや、そんな事も無く。

 だからと言って持ち味を全て出しているようにも見えない、不気味さだけがこの場にはあった。

 

 

 

「誰かがワンアクション起こせば一気に何かが起きるかもしれないな、この場は」

「今の所は静かですが……今後の展開には注目したい所ですね。おっと、東四局も流局、親流れです」

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 南一局、親は咲。

 本当にここまでは静かな対局、流局や小さな和了しか起きていない。

 

 透華、未春の二人はまだ一年生二人のプレイスタイルを掴みきれていない。

 そのまま南場に突入し、点数変動もほぼ無し。一位の清澄に追いつきたい二位、三位の二人としてはそろそろ大きく動くべきだと考える。

 

 

 

(……タンピン一盃口ドラ1。良手ですわ)

 

 透華は八巡目という中々早い段階でダマで7700点の手を張る。

 透華のスタイル――――デジタル打ちというのは状況にもよるが、普通ならこの手であまりリーチをかける事は無い。何故ならリーチをかけてもロンなら8000点、ツモや一発、裏ドラ等がつかないと跳満まで伸びる事は無いからだ。

 

 

 

(リーチをかけるべきか、否か……トップとの差は約二万点ほど、焦るべき場面ではない、確実に和了っておきたいと考えるならばダマが優先されるべき場面……ですが)

 

 ただ、この場においては――――リーチをかけるべき、と透華は判断する。

 

(この互いが様子見みたいな場、そろそろ終わってもよろしいのではなくて?大きいのを和了って、火をつけるべき場面……というより、何より目立ってナンボですわ!)

 

 そろそろ再び火をつけるべき、と透華は考える。

 そしてこの静かな場に痺れを切らしていた、という点もあった。堅実なデジタル打ちではあるが、とにかく目立ちたがり屋でもある透華。勝負をかけるならば、ここであると。

 

 

 

「リーチですわ!」

 

 力強く透華のリーチ宣言。

 咲は特に動揺もせず安牌切り。

 

 

 

(普段そこまでリーチをかける事の無い龍門渕さんがかけてきた……かなり怖い場面かも。流したいけど……まだ手が出来ていないし、他家がどうにかは……してくれなさそうだしなぁ)

 

 未春はまだ二向聴、何となくではあるが高い気配を感じたここの場面では、無理すべきではないと判断。

 だが他家からもまだ聴牌の気配は漂ってこないため、お手上げといった状態。とりあえず、安牌を切る。

 

 続く桃子も安牌切り、そのまま透華へと回ってくる。

 

 

 

「――――ッ!来ましたわ、ツモ!メンタンピン一盃口ドラ1……裏1!4000、8000の一本場は4100、8100ですわ!」

 

 見事一発ツモ、更には裏まで乗り跳満どころか倍満まで点数を上げる事に成功する。

 トップにいる咲は親被り。これにより点差を縮めるどころか、一気に龍門渕をトップに浮上する。

 

 

 

(――――よしっ、大成功ですわ!今の私は最高に目立っていますわ!且つチームもトップに浮上、このまま点差を広げに行きますわよ!)

 

 だが、再び大きな熱をもたらした故に――――ある事、いや者を見失いかけている事にまだ周囲は気づいてはいなかった。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「しっ、流石透華だぜ!」

「うむ、とーかは衣にトップの座を奪ってくるって言っていたからな。当然だ!」

 

 透華の倍満ツモにより、龍門渕の控え室はかなり盛り上がる。

 優勝候補筆頭に挙げられながら、ここまで苦戦してきた龍門渕。まだ一時的にではあるかもしれないが、トップに浮上したのだから盛り上がっても当然だろう。

 

 

 

「流石透華だね。あー、だめだ。ボク緊張してきちゃった……」

「いつも通り打てば、大丈夫」

「ともきーの言う通りだな。てか、このまま行けばもっと稼げるんじゃね?風越がそこそこだが、透華の実力なら大丈夫だろ……って、衣?」

 

 先ほどまでは喜んでいた衣であったが、突然難しい表情になったので純は思わず呼んでしまう。

 

 

 

「……む?」

「どうしたんだ?」

「いや、不気味に感じてな……」

「まあ、俺も今までの静けさから正直不気味には思ってたよ。だけど、今の透華ならそのまま押し切れるんじゃないか?流れも悪くはねえ」

 

 衣は透華が大きいのを和了ってもなお、不気味な物を感じ取っていた。

 それは純もなのだが、透華なら実力でいけるだろうと判断する。

 

 

 

「……衣もそうは願ってはいるが。あのチャンプの妹……トップを許したのにも関わらず、表情一つ変えない」

「……そう言われると、怖いな」

「一年生なのに冷静すぎるっていうか……」

「……何か隠してる?」

 

 トップを許しても、咲の表情は変化する事は無かった。

 智紀が最後に発言した言葉、何かを隠してる。これまでの冷静さから、周囲にそう思われても無理は無かった。

 

 

 

「まだ、力は感じていない。だが、出そうで出ない……そんなもどかしさがある」

「それは、やっぱり隠してるって事なの?……ボクは見てる限りでは全くわからないなぁ」

「……衣にも詳しくはわからない」

 

 後半に向けて隠しているのか、それとも出せないのか。その判断までは衣は出来なかった。

 ただ結論を纏めるとすると、皆が口にする言葉――――不気味の一言に尽きる。

 

 

 

「まあ、じゅんの言うようにこのままとーかが押し切る事もある。そして、衣達はそうなるように応援するだけだ!」

「ま、そーだな。もっと点を稼いでくれるように応援するか」

「そうだね、点差を広げてくれたらボクも大将で打ちやすいし」

「……頑張って」

 

 それでも見ているメンバーはとにかく透華を応援し続ける。

 龍門渕の勝利を願って。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 南二局、親は未春。

 

(……うぅ、まずいよ、トップから落ちちゃった……)

 

 咲は内心、泣きそうであった。

 せっかくトップにいたのにも関わらず、再び落ちてしまったのだから。

 

 

 

(緊張がほぐれたと思ったけど……いざこの場所に来たら、全然そんな事は無かったよぉ……皆はこんな場所で打っていたの?)

 

 とにかく咲は緊張して、頭が真っ白であった。

 心臓がバクバク言いながら、周りをかわしていくのが精一杯で。とても自分の麻雀を打っているとは言えなかった。

 

 それでもまだ振り込みは無いと言う所は、高い麻雀センスから来るものであろう。

 

 

 

(駄目だ……この局も槓材が来る感じじゃない、地に足が着いていないというか、とにかく自分のやりたい事が出来ていない……)

 

 早い段階から気配でこの局は駄目、というのを何度も察知していた。

 いつもの来ている時の感触をまだ咲はつかめていないのだ。察知しているという点で他の雀士とは一線を越えているのだが、駄目な状況ばかりでは意味が無い。

 

 

 

(この場も厳しいかな……だったら無理しないで、チームの点数減らさないようにする事を優先したほうがいいよね)

 

 咲は場を見ながら手を完全には崩さず、無理をしない程度に牌を切っていく。

 確実に安牌ではないが、河を見る限りでは恐らく通るだろうといった程度の牌だ。

 

 

 

(……あれ?)

 

 だが、咲は全ては見えていなかった。

 そしてその事に切ってから気づく。これは何かおかしいと。

 

 

 

「それロンっすよ、リーチ一発ドラ1、5200っす」

「……え?貴方、いつリーチをかけましたの!?」

「ちゃんとかけてるっすよ、ほら」

(……私も見えてなかった、何で!?)

 

 透華が振り込んだわけではないが、リーチ宣言を聞いていなかったというのはおかしいと思い桃子に突っかかる。

 だが、桃子はしっかりとリーチをしていたというのだ。

 

 未春も口には出さなかったが、おかしいという事は感じていた。

 そしてその疑問を対面の透華も感じていたのだ。つまり同じ疑問、リーチしている所を見えていなかったという事になる。

 

 

 

(一体何が……?鶴賀の副将、今まで動きが無いかと思いきやここで動いてきたという事ですの!?)

(……本当に見えていないとするならば、自分の麻雀を打つ事も出来なくなる。もう一度しっかり確かめないと……だけど見えなくなるだなんて事、ありえるの?)

 

 この一つの和了により、周囲の警戒は強くなる。

 ただの5200点のロン和了ならばここまで強くは警戒はしなかっただろう。だが、ここまで異質な物を感じるとなると――――警戒せずには要られない。

 

 

 

(……ようやく消えられたっすか、場が静かすぎて逆に消えにくかったっすが……あの倍満が効いたっすよ)

 

 一方、実際に和了った桃子は倍満を和了した透華に感謝しつつそんな事を考える。

 

 桃子は極端に影が薄い。それは生まれつきの体質だった。

 そしてそれが麻雀にそのまま影響し――――他者から自分の捨て牌が見えなくなる、そんなオカルトじみた事まで出来るのだ。

 

 ただそれは、他者が自分を認識しなくなるまである程度時間がかかる物ではあるが。

 

 

 

(南三局、親番なのは大きいっすね。周りがまだ動揺している内にここで出来るだけ点を稼いで……差を縮めるっす!)

 

 見えない、という事は麻雀において大きすぎる利点だ。

 例えば見えないので振り込まない、故に相手のチョンボが起きる事もある。更には今のようにリーチをしても周りからはわからない。

 

 鳴きを入れたら流石に他家にばれる為その点の縛りはあるが、それでもプラスに働く力の方がかなり多い。

 

 

 

 だが、桃子はわかっていなかった。

 確かに、今の和了は周りを動揺させるのには大きな和了だったであろう。

 

 しかし、全てがそうとは限らない。

 

(……ふうっ、チームには悪いけど……今の振り込みで、落ち着けた。自分を取り戻せたかな)

 

 

 

 対面の振り込んだ人物――――咲はむしろ、目が覚めた。

 

 

 

(……ッ!?なっ、この感じ……衣にも負けないほどの圧力……まさか今の振り込みで目を覚ましたという事ですの!?)

 

 咲以外の三人の中で唯一、透華だけが気づいていた。

 桃子も確かにかなりの脅威ではあるが、明らかにそれを上回るような者がここに存在していたという事に。

 

 

 

 もうすぐ前半戦が終了しようとしている副将戦で、静かだった一年勢が目を覚まし動こうとしていた。




今回のまとめ

魔 王 降 臨
龍門渕、一位浮上
モモ、ステルス化

何だこの異質な対局……(唖然)
咲さんがずっと表情を変えなかったのは冷静というより緊張で顔の筋肉が固まっていただけです。


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24,変化

 副将戦の前半戦も残り僅か、南三局。

 

(配牌は……うー、良くも無く悪くも無くって所っすか。どんな形でもいいから和了りたいっすけど、鳴けないのがやや辛いっすね……)

 

 親番は桃子。

 現在他者から桃子の姿は認識されていない。鳴いてしまうと見つかってしまうためそれを実行する事は出来ずにいた。

 

(まあ、門前手でいつものように揃えてくだけっすけどね。こればっかりは、しょうがないっす)

 

 八巡目、桃子は二向聴まで手を進めて行く。

 そして不要牌を切っていく。他の人物は桃子を警戒しているようで、見えてはいない。

 

(……こっちからは龍門渕も風越も……清澄はよくわかんないっすけど、警戒してきているってのが目に見えてわかるっすよ。最も、私を目で見る事は既に不可能っすけどね)

 

 十巡目、桃子の手は一向聴まで進む。

 

(生牌の南……ま、私には関係ないっすけど)

 

 この巡目で役牌の生牌――――一枚も河に捨てられていない牌を切るというのは、普通ならば少し躊躇う部分もあるだろう。

 何故なら誰かが対子で持っている可能性が高く、鳴かれて手を進めるのを手助けしてしまうからだ。

 

 だが、そんな事は桃子には関係ない。周りから認識されず、鳴かれる事など無いのだから。

 

 

 

「カン」

 

 その時、空気が豹変した。

 

 

 

(……カン?誰の何の牌を……じょ、冗談っすよね?)

 

 透華も未春も、見えていなかったはずの牌を咲が鳴き、そこで初めて桃子の捨てた南を認識する事が出来たという事実に驚くしかなかった。

 そして鳴かれた桃子はその信じられないという表情を見せる透華と未春以上に――――驚く事しか出来なかった。

 

 だが、鳴く事だけで咲の行動が終わったわけではない。

 嶺上牌を手に取った咲はそれが何なのか既にわかっているかのような表情を見せつつ、手に加え宣言する。

 

 

 

「――――ツモ。嶺上開花、役牌2。6400です」

 

 その宣言を聞き、周囲は更に黙る事しか出来ない。

 今、この瞬間に於いては完全にこの場の支配者は、咲であった。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「さて、副将戦の前半戦も終わり藤田プロ。地味な立ち上がりから一転して派手な和了が目立ったようにも見えましたが?」

「そうだな、起爆剤としてはあの龍門渕の倍満ツモ……リーチしなくても十分な手をあえて勝負をかけにいった場面、私は嫌いじゃなかったな」

 

 早くも副将戦の前半戦は終了する。

 実況席では休憩時間に、いつものように戦いの流れを振り返っていた。

 

「あそこから東横の一発ロン、それから目が覚めたかのように宮永咲の連続嶺上開花。南四局の倍満ツモで、一度は二位に転落した清澄を再び首位に……しかし、二連続で嶺上開花というのは起きる物なんですかね?」

「現に起きているからそうなのだろう、単純な確率での計算なら稀なケースではあるがな……だが、私には狙ってやっていたようにも見えた」

「……インパクトがとても強かったのは確かですが、あの中堅戦の後だと何を見ても極端に驚く事が無くなった自分が怖いです」

「……まあな」

 

 二連続嶺上開花、それは確率だけで見るなら本当にごく僅かな物であり普通ならば見ている者からすると驚愕の出来事である。

 だが、それよりも凄い物をほんの少し前に見ていた為に、アナウンサー含め観客の驚きというものは低下してしまっているのも事実だ。

 

 

 

「さーて、早速だがそれぞれを振り返ってみようか」

「今の所区間では龍門渕が一歩リード、その次に宮永咲が続くという形ですね」

「収支はともかくとして、龍門渕と吉留は自分の堅実なスタイルを保ったまましっかりと打てていたんじゃないか?この二人は例えマイナスになろうが、大崩れはしなさそうだな」

 

 透華は途中で思い切ったリーチがあったものの、今の所この二人は堅実なデジタル打ちを貫き通せている。

 降りる判断もしっかり出来ているため、例え収支がマイナスであろうと大崩れとまではいかない、大将へ繋ぐ役割というものは出来ていると言えるであろう。

 

「宮永咲、東横に関してはどうでしょうか?」

「東横に関してはいまいちわからん。あそこまで鳴きを入れない理由もわからんし、この予選会での出和了率も何故かやけに高い」

「……そういえば、宮永咲のあの振り込みも不用意だったような?」

「打っている者だけが何かを感じ取っているのかもしれないな、見てる分には何もわからんが」

「……藤田プロの言っている事は滅茶苦茶なはずなのに、だんだん順応してきている私がいる事が怖くなってきましたよ」

 

 桃子の打ち筋というのはとにかく鳴かない、どんな事があっても頑なに門前手で進めようとする。

 そこにはちゃんとした理由があるのだが、見ている者からすると何故その手で鳴きを入れようとしないのか、などと疑問に思う者もいてもおかしくはない部分だ。

 

 それこそ見ている者にはわからない、打っている者だけが何かを感じるという藤田プロの推測は疑問に対する一つの意見であり、的を射ていた。

 また、普通の麻雀しか出来ないアナウンサーのような人の立場だと、その藤田プロの意見に対して疑問を抱いてもおかしくは無いのだが、今日という一日のおかげで順応し掛けていた。

 

 

 

(しかし、宮永咲に関してはそれだけではない……南三局、一回目の嶺上開花を和了る前の不可解な打ち方。その意味に同じ卓についている者、あるいはチームメイトは気づき、この休憩時間に対応する事が出来るだろうか?)

 

 実は、咲は普通ならばありえない事を嶺上開花を和了る前に行っていた。

 それの意味に気づく事が出来るのか、と藤田プロは心に思いつつ楽しみにしながら休憩時間を過ごしていた。

 

 

 

 清澄・133500(+5000)

 風越・103000(-4700)

 龍門渕・115600(+13600)

 鶴賀学園・47900(-13900)

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

(ッ、落ち着け私……!)

 

 休憩中、ベンチに座りながら必死に冷静になろうとしている人物が一人いた。

 

(ステルスを見破られた……原理はよくわからないっすけど、今後何らかの対策を立てなきゃいけないのも事実……)

 

 現時点での桃子の脳内では、焦りという二文字で埋め尽くされていた。

 どうにかしなければ、と強く思うものの焦った思考では良案は浮かびはしない。

 

(ガチで打っても、極端な遅れは取らないとは思うっす。けど、それじゃ駄目……!この点差、私がどうにかしなきゃどうにもならないっす……)

 

 焦りの原因というのは勿論ステルスを見破られたという対局内容から来る物もあるが、それだけではない。

 鶴賀だけ圧倒的に三校と点数が離れているこの現状、それも焦りを増幅させる一つの要因であった。

 

 桃子は素で打ってもそれなりの実力がある。もし鶴賀がそれなりのリードしている状態でステルスを見破られたのならば、自身の素の実力だけで勝負して失点を極力減らすという打ち方も出来たかもしれない。

 だが、桃子にこの場面で求められているのはポイントゲッターの役割。失点を出来るだけ抑える、ではチームは勝てない。

 

 

 

「モモ!」

「うわっ!?っと……せ、先輩?」

 

 そんな悩む桃子の耳に、突如大きな声が入り込んでくる。

 

「……大丈夫か?何度も呼んだのに返事が無かったが」

「え?あ、その……正直な所、大丈夫では無いっすね」

 

 桃子は自分の事に精一杯になっていたため、ゆみの声を拾う事が出来ていなかった。

 思わず、苦笑いを浮かべながら今の現実的な、あるいは心理的になど総合的な状況を正直に話す。

 

 

 

「……一年生なのに、モモには負担をかけてしまい本当にすまないと思う」

「そんな事ないっす!学年とかそんなの関係ないっす、それに今までむっちゃん先輩やかおりん先輩、部長が必死に繋いできて……私がもっと頑張らなきゃいけないっす」

 

 桃子は強敵を相手に何とか喰らいついてきた先輩達の姿を見て、自分がもっと頑張らないとという気持ちが高ぶっている。

 だが、ゆみは首を横に振った。

 

「なっ……何か間違ってるっすか?」

「いや、間違ってはいない。だがモモ、それだけじゃないんだ」

 

 ゆみの態度に、思わず桃子は疑問を抱いてしまった。

 それに対し、ゆみは優しい口調で言う。

 

「今のモモは、自分がどうにかしなきゃいけないという気持ちが強すぎるんだ」

「だって、この点数じゃ……」

「じゃあいっそ、点数の事とか考えないで気楽にやってみたらどうだ?」

「えっ?」

 

 ゆみの口から出たのは、桃子からすれば信じられない言葉であった。

 既に副将戦であり、終盤なのにも関わらず点数の事は考えるなという言葉。

 

 

 

「色々な責任感とか感じすぎて、気持ちが後ろ向きになってるんだ。いつもの勝ち気なモモなら、仮にステルスを見破られたらそれの対策をして上回る、とか前向きに考えると思うがな」

「……!」

「自分の麻雀の性質をしっかり理解出来ているんだ。だったら、周りの特徴をある程度つかめればモモなら柔軟に対応出来る所は出来るだろう?」

 

 モモはどうしよう、と考えようとしすぎて逆に変に思考が停止していた。

 そうではなく打ち破られたのならばその相手を再び打ち負かしてやるんだくらいの、単純なプラス思考。そんな事を、ゆみは桃子に対し促した。

 

 

 

「……そうっすね、その通りっす。何だか吹っ切れる事が出来たっすよ!」

「ああ、やりたいように、好きなように打って来ればいい。そうしたらモモの実力なら自ずと結果はついてくるはずだ」

 

 先程までは落ち込んでいた桃子の表情も、かなり明るくなり元気が戻ってきた。

 一度は後ろを向きかけたが、再び桃子は前をしっかりと向く事が出来たのだ。

 

 

 

「じゃあ、行ってくるっすよ!」

「……あっ、モモ!その前にちょっとだけいいか?」

「ん?何っすか?」

「前半戦だけ見て気づいた部分の指摘だ。まあ、データが少なすぎるから頭に入れておく程度でいいが」

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「……ちょっと、みはるんに声かけに行ってきます!」

 

 風越大将、華菜が前半戦終了の知らせを聞いてすぐに控え室を飛び出そうとしていた。

 

 風越の控え室でもまた、鶴賀ほどではないが焦りというものが見え始めていた。

 点数を大きく減らしているわけではないが、徐々に広がっていく上位陣との点差。

 

 既に終盤に差し掛かっているこの場面、落ち着きを保つほうが難しいだろう。

 

 

 

「待って華菜、行くのはいいけど……これだけ伝えてきて。全部注意するのは勿論だけど、特に龍門渕には気をつけてって」

「ん、清澄じゃなくて龍門渕……?了解しました、伝えてきます!」

 

 華菜は久から伝えられた言葉を受け取り、控え室を出て行った。

 

 

 

「竹井さん、華菜も言っていたけど清澄よりも龍門渕に注目した理由って?」

「そうじゃのう、わしも清澄のあの嶺上開花の方が脅威には思うたが……」

 

 美穂子は真顔で、まこは疑問を浮かべた表情で久に問いかける。

 明らかに最後に派手な和了を見せた咲よりも、収支では勝っているものの堅実な打ち方を続けていた透華に久は特に注目したのだ。

 

 

 

「うーん、華菜に伝える時も言ったけど全部注意は勿論の事。清澄はあの派手さだし、鶴賀も不可解な和了を見せてきたし。ただ、気になったのが南四局の最後ね」

「最後、ですか?」

「そ、最後。対局してた人はわからないかもしれないけど、倍満ツモられて親被りで点差を大きく離されたのに、気持ち悪いくらい冷静だった。ちょっと、気になるのよね」

 

 久が注目したポイントは咲が最後に倍満を和了った時の事。

 普通なら動揺してもおかしくない所で、気持ち悪いくらい冷静だったのだ。そこに久は、何か不気味な物を感じていた。

 

 

 

(龍門渕さんってそんな極端に冷静になるタイプじゃないわよね……?むしろ、感情を表に出すタイプのはず。だったらあの場面、やはりおかしいというか……違和感しかないわね)

 

 何度振り返っても、やはりおかしいと久は感じていた。

 まるで性格がある意味一周したかのような、そんな印象を受けていたのだ。

 

(宮永咲……試合前に宮永照が思わず口にしたあの事、やはり凄い打ち手なのは間違いない。そして鶴賀も、この点差でむしろ吹っ切れてきたら、かなり厄介ね。ダークホースって、こういう所で大どんでん返しをしてくる物だから)

 

 久の目から見ても、咲も桃子も強敵、という認識であった。

 一筋縄どころか、それ以上に厳しい相手であるという事を。

 

 

 

(ただ、それを踏まえても……やはり、あの龍門渕の……駄目ね、応援する側がこんなんじゃ。未春を信じましょう)

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 清澄の控え室。

 ここでは、モニターに目線を向けながら表情を崩さない者がいた。

 

「……」

「テルーが真顔だ!」

「いつも真顔だじぇ」

「そうですね、いつもこんな顔です」

「……ねえちょっと、黙ってるだけなのに皆酷くない?私これでも最上級生だよ?」

 

 まだ何もしていないのに、後輩達に何故か突っ込まれ少し涙目を浮かべる清澄部長、照である。

 

「で、どうしたのー?考え事?」

「……いや、まあ。あの対局で、咲を見ている人はどう思っているのかって思ってさ」

「……どうって」

「嶺上使いだじぇ!」

「……うん、やっぱそうなるよね」

 

 優希が照の質問に対し、嶺上開花のイメージがまず第一に来ると率直に答える。

 照もそんな返しが来る事を何となく予想していたのか、納得の表情を浮かべながら対応した。

 

 

 

「南三局の見逃しからの嶺上開花だからねー、そんな印象を受けて当然じゃない?」

 

 淡も優希の意見に賛同し、答える。

 

 実は南三局、役牌2のみで和了れたのにも関わらず他家を見逃し、そこからの嶺上開花だったのだ。

 実際に打っていた者は気づかなかったかもしれないが、少なくとも見ていた周りの大多数はその行為に驚き、そして嶺上開花によっぽどの自信があると捉えてもおかしくは無い。

 

 

 

(……勿論、優希達の言うように嶺上開花を得意としているのは間違ってはいない。けどそれが主じゃない、あくまで手段。……プラマイ0の)

 

 周囲からはわからない、照だからこそすぐに気づけた事。

 普段打っている25000点スタートの30000点返し、五捨六入ルールならばプラマイ0となるプラス5000点の収支。

 

 

 

(序盤はかなり緊張していたみたいだけど、何だかんだここまで持ってくる点数修正能力……やはり、咲は強い)

 

 咲にとってプラマイ0は昔からやっていた事で完全に染み付いてしまっている物であり、それが咲にとって一番やりやすい物である。

 これは咲とケンカしてしまった一つの要因であり、部活でも矯正しようと咲自身も頑張っては来たのだが、中々染み付いたものというのは取れない。

 

 ただ、照は前半戦対局終了間際に一つ、良い意味での異変を感じ取っていた。

 しかしその異変は、もしかしたら悪い方向に結びつく事も考えられるのではないか、とも感じていたのだが。

 

 

 

(……南四局終了時、倍満を和了った後の咲の目は何だか……先を見ていたような。もしかしたら、後半戦は何か変わってくるかもしれない)

 

 良い意味での異変とは、今まで咲が麻雀をしていた時には見た事のないような、生き生きとした目。

 それはプラマイ0を行っていた時には見られなかった目である。

 

 

 

(ただ、龍門渕さん……こっちが何だか怖い。変に静まっていたというか……)

 

 悪い方向とは、もしプラマイ0をやらなかったとしてもそれが必ずプラスの収支になるとは限らないという事。

 そして照ですら怖いと感じる、透華の不気味さ。

 

 

 

(勿論他の面子も何かが変わってくるかもしれない。打っている途中で成長というのもよくある事だから……周りは中々手強いけど咲、頑張って)

 

 既に卓に戻り目を瞑りながら座って集中している咲を、照は心の中で応援する。

 副将戦後半戦――――開始まで、時間は迫っていた。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 咲が一番最初に再び会場入りしてからさほど時間はかからずに、四人全てが卓へとついていた。

 副将戦後半戦が、ついに動き出す。

 

 席は東家が桃子、南家が未春、西家が咲、北家が透華。

 桃子がまず最初に牌を切り、東一局が開始される。

 

 

 

(……よし、切り替え切り替え。先輩と色々話して、多少の対策立てて……後は、自分の打ちたいように打つ。これを貫くっす!)

 

 四巡目、まだ全員聴牌には遠い。

 

(とりあえず、早い段階でさっき先輩から聞いた話から推測される事柄から導かれる仮定、そしてそれを確認し、結論へと結びつける必要があるっすね。焦った要因、私の捨てた牌がカンされてステルスが効いていないと思ったっすけど……)

 

 八巡目、桃子は一向聴。

 

(聴牌に近い……いや、ここは思い切って露骨な手にしてみるっすか?その方が、他者に効いているかの確認はしやすいっすし)

 

 だが、ここで桃子は手変えをする事を決意。

 他がまだ聴牌気配を見せていないというのもあるが、それ以上に確認しておきたい事もあったからだ。

 

 

 

(……よし!上手い事引いてきたっす。火力十分、こんな露骨な手……このレベルの相手なら、振込みはありえないっす。……普通なら)

 

 十二巡目、桃子は聴牌まで持ってくる。

 役は役牌に筒子の混一色。河を見ればどんな手かわかってしまうくらい、露骨であった。

 

 

 

「……リーチ」

 

 ここで、桃子は動く。

 この巡目での親リー、手が微妙ならば確実に降りる所。よほどの手でもない限り突っ張ったりはしないだろう。

 

 だが、それはリーチ宣言が聞こえたら。あるいは見えていたらの話であるが。

 

 

 

(ッ、おしいっす!だけどやっぱり、見えてはいないっすね)

 

 未春がまず最初に捨てたのは二筒。

 それは当たり牌では無かったが、露骨な筒子染めの親リーに対し一発で捨てるような牌ではない。

 

 続く咲は、九萬をツモ切り。桃子はここだけでは見えているかいないかの判断までは出来ない。

 

 

 

(――――ッ!それっすよ、もらったっす!)

 

 透華は七筒のツモ切り。

 そしてそれは――――桃子の待っていた牌であった。

 

 

 

「……それ、ロンっすよ。リーチ一発役牌1混一色……18000っす!」

 

 

 

 こうして、副将戦後半戦は派手に幕を開けた。




今回のまとめ

モモ、開き直る
咲、変わろうとしている?
透華、覚醒間近?

鶴賀だけ点数がよろしくない。
モモの能力に関して、ただ見えないからずっと突っ張るといったやり方ではなく、能力を上手く使った打ち方を考えて書くのって意外と楽しかったりします。

次で副将戦終わるかな……?
ぶっちゃけ、大将戦は書きたすぎてやばいです。忙しくて更新スピードがかなり落ちているのは申し訳ないですが……


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25,落とし穴、副将戦決着

投稿かなり遅れてしまい申し訳ないです!
副将戦は今回で決着。


 ド派手な開幕から場は進み、現在東四局。

 そのままの勢いのまま荒れる展開になるかと思いきや、淡々と進んでいった。

 

 

 

(ここまでは順調っす……!だいぶ取り戻せた、見えてきたっすよ、逆転の道……!)

 

 最初の親の跳満の後、続くように親の満貫ツモに成功した桃子。

 それからは大きな展開はなし。小さな和了などで細かく、それでも徐々にその差をつめていった。

 

 

 

(……さて、ここで状況整理っす。強く打つ、且つ冷静さは失わないように)

 

 桃子は高ぶってくる気持ちを今一度抑え、冷静に状況を見回す。

 

(ガツガツ来ると思っていた清澄が思ったほどおとなしいのが意外っすね。だけど、そろそろ来る。……ただの勘っすけど)

 

 後半戦になってから、咲の和了というのは一度も無い。カンすらない。

 前半戦の終わり方が一番良かったのは咲だっただけに、桃子にとってこれは意外だった。

 

 だが今までおとなしかった分、そろそろ来るのではないかという予感もしていた。

 

 

 

(後は……風越はこっちの対策を立てながら打ってるみたいっすね。早々に対策をしてくる事自体、流石名門といった感じっすが……出和了りをしない、その対策だとこっちが有利な事には変わりは無いっすよ……!)

 

 東三局、未春はリーチをかけながらも咲の捨てた牌で和了らず、同じ牌でツモ和了。

 これは完全に桃子に対するチョンボを防ぐための対策だ。だが、その対策では普通の麻雀を打たせてもらえてないという事でもあり、桃子有利は変わらない。

 

 

 

(そして龍門渕……何でそんなに静かに?おかしいっす、何もしてこない)

 

 後半戦、何もしてこないのは透華。

 強いて言うならば、最初に桃子に跳満を振り込んだだけ。

 

 

 

(何もしてこないような実力でもなければ、そんな閉じこもるような性格でも無かったはず。……不気味すぎるっす)

 

 咲からはそろそろ来るのでは、という強い何かを感じ取る事が出来ている。

 だが、透華からは何も感じない。無なのだ。

 

 

 

「リーチ!」

(ッ、さっきから本当に勝負かけてくるっすね……!有利と言えど、そこまで吹っ切れられると厄介っすよ……!)

 

 再び未春のリーチ。

 恐らく今回も出和了りは無いだろうと桃子は推測するが、有利な状況を作ったとしても運によってはどこに勝利が転がってもおかしくないのが麻雀だ。

 

 そういう意味では、この未春の思い切りの良さはある意味自身に運を引き寄せ、勝ちを少しずつ手繰り寄せているのかもしれない。

 

 

 

「……カン!」

「ッ……!」

(北の暗槓……!って、それ役牌でドラじゃないっすか……!?)

 

 未春は顔をしかめ、桃子はこれはヤバい、と悟る。

 ついに、爆発してきたかと。この時点で5翻。もし嶺上開花がついてくると仮定するならば、既に跳満確定手。更に言えば、まだ点が伸びてくる可能性だってある。

 

 

 

 

 

「ロン」

「……え?」

 

 空気が静まった。

 

 

 

 

 

(え……今、何を言ったっすか?ロン?それが出来る役って……一つしかないじゃないっすか!?)

 

 一瞬時間が止まったが、再び桃子は意識を覚醒させ場の状況を判断する。

 

 まず、咲が暗槓をした。その後、透華から聞こえてきたロンという声。

 麻雀には槍槓という役があるが、それが認められるのは加槓をした牌で和了出来る時だけだ。

 

 だが、暗槓に対してでも槍槓が認められる役が一つだけあった。

 

 

 

「国士無双、48000」

 

 

 

 役満――――国士無双だ。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「ちょっ、えっ……えっ?」

「……幻、とかじゃ無いですよね?」

 

 咲が役満を振り込んだ時、清澄内の部室は凍り付いていた。

 特に優希と煌の二人は、振り込んだというショックの大きさを更に上回るような信じられないといった気持ちが頭の中を支配していた。

 

 咲の実力というのは清澄の部員ならば誰もが把握している事であり、それは照相手であろうと普通に喰らいついていけるほどの実力の持ち主だ。

 それが、役満を振り込んだ。

 

 

 

「確かに私も役満を振り込みましたし、人の事を言える立場では無いですが……あんな事って、ルール上では成り立つとはいえ実際に起こりうるものなのですか?」

 

 次鋒戦で役満を振り込んだ煌ですら、あの役満は信じられないといった思いであった。

 国士無双の槍槓。今回の大会ルールでは認められている特殊な役。

 

 だが、実際にそんな物を和了する者が現れるなどと誰も思いはしなかったであろう。

 

 

 

「現に起きているし、可能性が0じゃない限りはありえないわけではない」

「しかし……いや、そうですよね」

 

 いつものように特に変わらない声のトーンで照は言った。

 

(……けど、流石にあんな事が起きるとは私でも予想は出来なかった)

 

 しかし顔に出さないだけで、照も内心ではかなり動揺していた。

 

 照自身、試合中に変化を見せていた咲にもしかしたら悪い方向に傾くかもしれないと、わずかながら感じてはいた。

 だが実際に起こるとは。そして、ここまでの失点が発生するとは。姉である照ですら、予想の範囲外だった。

 

 咲の今までに無い試合運び、その意識。それこそが、落とし穴であった。

 

 

 

(……ここから立ち直れる?周りがどう対応してくるかにもよるけど、咲のメンタルがかなり心配……!)

 

 下手すれば試合中、ショックから立ち直れない可能性もある。咲の得意技のカンを打ち破るかのように、和了られたのだ。

 立ち直れないという事は、このまま失点を重ね続ける可能性も無いわけではないという事だ。

 

 

 

「……さて、と」

 

 今までずっと黙っていた淡が口を開き、座っていたソファから立ち上がる。

 

「ちょっとその辺歩いてくるね、集中力高めてくる」

「……行ってらっしゃい」

 

 淡の突然の動きに優希と煌は口を開く事は出来ず、照だけが反応した。

 そしてそのまま、淡は控え室から出る。

 

 

 

「……何だか、咲ちゃんがあんな事になったばかりなのに凄い淡は冷静だったじょ」

「試合に臨む心構えに関しては、とてもすばらな事です。しかし……この副将戦からの流れを引き継ぐのは、かなりの難しさがあるでしょう」

 

 現時点での清澄の流れというのは、お通夜のように物凄く最悪な流れだ。

 そしてそれを引き継いで大将としてどうにかするというのは、かなり難しい事である。更に言えば淡は、この大会でまだ一度も対局をしていない。

 

 

 

「まあ、淡に対しては何も問題は無いと思う。どちらかと言えば問題は……この副将戦」

「そうですね、咲さんのショックというのは私達が受けているショックなんかよりもはるかに重い物でしょう……」

「さ、咲ちゃんならきっとすぐに立ち直ってくれるはずだじぇ!」

 

 それぞれ言っている事は多少は違うが、皆が全て咲の事を心配するような事を言う。

 

 だが、どんなに励まして元気付けたくても。試合中は、本人に一人でどうにかして立ち直ってもらうしかない。

 清澄メンバーは、祈る事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 会場内のとある廊下。

 そこでは所々にあるモニターをチラッと眺めながら、歩いている少女の姿があった。

 

 

 

(……さっすがに、予想外。サキの安定感は私よりも凄いと思っていただけに、こればっかりは)

 

 淡も控え室では口にはしなかったが、咲の振込みに関しては皆と同じように驚く事しか出来なかった。

 まさか、という言葉しか出てこないような現象だったのだから。

 

 

 

(……まあ、サキが点数を削られ続けても私が全部取り返すから大丈夫として、一番心配なのは……って、あれ?)

 

 淡は控え室でそれを口にしたら他の部員に怒られるような、だが可能性としてはありえなくも無い一つの心配事を持っていた。

 だが、淡はモニターに映し出される試合展開を見て何らかの違和感を受けていた。

 

 

 

「……あ」

「む?……何でこんな所にいるのだ?」

「……それはこっちの台詞だったり?」

 

 廊下を歩いていたら、何故か遭遇した淡と衣。

 この試合中という時間帯で出会うのも珍しい、とお互いに感じた。

 

 

 

「べ、別に喉が渇いたからといって金を持ちつつこの辺を彷徨っていたわけでは」

「なにこのすっごいわかりやすい生き物。……そっちの控え室の近くにも自動販売機なかったっけ?」

「あそこには衣のお気に入りの飲み物がないのだ!」

 

 衣がこの辺りをうろついていた理由は、ただ単に飲み物を買いたかっただけという理由であった。

 

 

 

「……ねえ、一つ聞いていい?」

「む?さっきの役満か?」

「いやまあ、それも敵ながらいい物を見せてもらったとは思いはしたけどさ。……そうじゃなくて、その後の展開」

 

 淡が受けた違和感。それは役満後の急激な試合展開の速度上昇。

 どうしてこんな展開に、という感情が強かった。

 

 

 

「正直、下手したらこのままサキが飛ばされるんじゃないかって事も覚悟したよ。メンタルよわそーだし、完全に龍門渕のペースだったし。だけど、連荘どころか既に南一局が終わって南二局に突入しようとしている」

 

 部室では言わなかったが、淡は咲が飛ばされるのではないかという可能性も考えていた。このまま透華が連荘し、終わってしまうのではないかと。

 だが、連荘どころか物凄いスピードで試合は進み、既に南二局。淡は理解が出来なかった。

 

 

 

「……む。あわいの言いたい事も判らなくは無い。衣もとーかがそのまま突っ切るとばかり思っていたからな」

「理由……何だと思う?他の二人もそこそこだろうけど、後半のあの状態の龍門渕を止める力というのは実力的にも相性的にも無いと思ったけど」

「と、なれば一つしか無いのではないか?」

「……サキ?」

 

 淡の目から見て、桃子も未春も透華を止められるほどの物を持っているとは考えられなかった。

 そしてそれに関しては衣も同意する。そうなると必然的に、理由は一つしか無くなる。

 

 だがその一つの理由も淡は信じられず、衣も信じられはしないもののそれしかないのならそうなのだろう、と割り切っていた。

 

 

 

「見てる分にはわからぬ。だが、打っているとーかだからこそ感じている物というのがあるのかもしれぬ」

「……遊んでいる、という可能性は?」

「空前絶後。あの状態のとーかがそんな事をした事は一度も無く、そしてこれからもそれはありえない。という事は、あれは最も勝つために効率的という事になるのだろう」

 

 あの安手でどんどん場が流れていっているのは、それが最善手だからと衣は考える。

 

 

 

「……という事で飛んで副将戦で終わる、という事は恐らく無い。あわいはこの後試合なのだろう?」

「うん、そーだけど?」

「この絶望に追い込まれながらも、余裕だな?はじめも中々手強いぞ」

「まあ、余裕かと言われたらちょっと違うと思うんだけどねー。よくそんな感じで言われるけどさ、ただ負けるつもりが無いってだけで」

「……それは副将の清澄の嶺上使いに責任を負わせないためか?」

「それも勿論あるっちゃあるけど、一番は――――」

 

 

 

 瞬時に、淡の目の色が変わった。

 

 

 

 

 

「――――せっかくこの舞台に戻ってこようとしていて、こんな所で負けられないんだよね。二度と負けるわけにはいかないんだよ、私は」

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 ――――南四局。

 あの役満の後、本当に速い流れで場が進んでいった。周りから見ても、打っている側からしても、よくわからない流れ、と感じているだろう。

 

 

 

(……最低限、ある程度の点数は取り戻したっす。けど、本当にしっくりこない感じの……訳がわからないっすね、序盤はいけるって思ったっすけど)

 

 桃子も序盤は最高の出だし、流れを完全に掴んだと思っていた。

 だが、今ではその流れは消えうせている。点数を減らしたわけではないので、決して悪いわけではないが。

 

 

 

(和了も小さめ、大きな振り込みもなし、牌が消えるなんていう思わぬ事にもだましだましで対応して上手く立ち回れているとは思うけど……しっくりこないなあ、何だろう)

 

 周りの特殊な状況にも何とか対策を立て、基本堅実に、時には勝負をかけに行って悪くない立ち回りをしている未春。

 こちらも決して悪いわけではない。良いとも言えないが、何とか堪えてバトンを回す役目は出来そうと言ってもいいだろう。

 

 

 

 五巡目。

 牌を捨てるときの小さな音だけが鳴り響く、とても静かな場になっている。

 

 ここまで、誰も動きを見せない。

 

 

 

(ッ!?!?な、なんっすか!?いきなりゴッ!!って来た感じの……ど、どこからっすか!?)

 

 九巡目、それは突如として起きた。

 否、実際に何かが起きたわけではない。だが、桃子はその異質な何かを感じ取っていた。

 

 何かはわからないけど、ヤバいというのを本能が告げている。

 このままでは、大変な事が起きかねない――――

 

 

 

「ツモ、ドラ1。1000オール……和了止めで」

 

 

 

 だが、透華の和了でそれが何か、というのが桃子はわからないまま終了した。

 副将戦、ここに終了する。

 

 

 

 

 清澄・75900(-52600)

 風越・106600(-1100)

 龍門渕・135300(+33300)

 鶴賀学園・82200(+20400)

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

(南四局の最後……もし九巡目に龍門渕が和了らなかったら宮永咲が持っていっていたか。上手く最良の選択をして逃げれたな)

 

 藤田プロは副将戦を見て、場面ごとに思い返していた。

 後半戦南四局では、とんでもない事が起こりかけていたという事が観戦者は認識していた。

 

(四暗刻単騎――――いや、あれはどちらかというと副産物、と言えばいいのか?私からはむしろ、四槓子の可能性を感じた)

 

 咲は四暗刻単騎という役満を聴牌していたのだ。

 だが藤田プロはそうではなく、あれは四槓子という別の役満を作る過程に過ぎなかったのではないか――――という、常人には到底考え付かないようなぶっ飛んだ事を考えていた。

 

 そしてそれを藤田プロに思わせてしまうほど、後半戦南四局の咲は何かに目覚めかけていた。

 

(もし仮に龍門渕が出来るだけ点を稼ごう、そんな思考で打っていたならば……下手したら、宮永咲の逆襲を受けていた可能性は無きにしも非ずだったかもしれない)

 

 咲がその何かに目覚める前に、透華は副将戦を終わらせる事が出来た。

 チームを勝たせる上では、ベストの選択を行えたという事になる。

 

 現に後半戦では透華は他者への振り込みが多く、親の役満を和了したのにも関わらず後半戦だけの稼ぎならば桃子よりも少ない。

 だが、それでも十分すぎるくらい稼げた、チームはかなりの独走状態という事を考えると問題など存在しない。

 

 しっかり流す所は振り込んででも流し、抑えるところは抑えれたといった感じだ。

 

 

 

(……長かったが、ついに大将戦か。清澄はこの点差にこの流れ、大星は堅実な打ちでインターミドル2位ではあるが……火力は普通だろうし、きついか?鶴賀の加治木は今までもいい活躍をしてきたが、清澄と同じくこの点差は厳しいか。風越の池田は高火力の選手でこの点差、ワンチャンス大暴れはあり得る。龍門渕の国広はやはり一番有利、普通に打てれば何とかなりそうではあるが……何が起こるかわからんからな)

 

 そして大将戦に入ろうとしている今、点差と選手の特徴を考えながらどうなりそうか、という事を藤田プロは予想していた。

 他者からはデジタル打ちの実力者で且つ状況に応じて臨機応変に打つプレイヤーと見られている淡は火力の問題と点差から厳しめ、ゆみも同じように実力者と認知されてはいるが点差の問題から厳しめ、華菜は高火力で状況によってはまだまだあり、そして何だかんだ一が最も有利という予想だ。

 

 

 

(……まあ、今までの長野県予選の中でもハイレベルな争いだったというのは事実。とにかく、悔いなく選手達には頑張ってほしい所だな)

 

 長かった長野県予選も泣いても笑ってもこの大将戦で最後。

 何よりもまず、頑張ってほしいと藤田プロは考えた。

 

 

 

「藤田プロ、そろそろ副将戦を振り返ってもらってもいいでしょうか?」

「そうだな、じゃあ最初の見せ場として――――」

 

 

 

 大将戦の時間まで、あと少し。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「……現在チームは最下位、そして点差は結構離れている、か」

 

 淡は一人、廊下を歩きながら小声で呟いていた。

 

「で、私に回ってきたと。……ついに、回ってきたか」

 

 

 

 これはある意味、淡にとってのスタートラインとなる。

 屈辱を味わったあの日から――――再びあの舞台に立つための、初の本気で打つ高校での公式戦。

 

 今の淡は昔のような負けん気はそのまま、且つ油断というものは既に存在しない。

 相手を自身の持っている物全てを使って全力で叩き潰す、それだけであった。

 

 

 

「あー、結構自分で変わったとか、真面目になったとか思ってたんだけどな……結局根っこは変わってない。というより、やっばい。何かもう、色々と感情抑え切れないっぽいー……」

 

 この厳しい、絶望に近い状況に追い込まれながらもそれ以上に楽しみという感情が強すぎて、思わず笑みを浮かべてしまうほど。

 これをもし他者が見たならば、頭がおかしくなったかと判断しても仕方が無いくらいだ。

 

「本当にやばい。ヤバいやばい。あー、さっさと試合始まらないかな?もう楽しみという事と、勝つという事しか考えられないや。……あはっ。全部、倒す!」

 

 

 

 まだ副将戦が終わったばかりで時間がしばらくあるのにも関わらず、淡は既に足を卓の置いてある会場へと動かすのであった。




今回のまとめ

咲、大失点
透華、圧勝
淡、始動

元々咲を大量失点させる予定ではあったのですが、プラマイゼロ子であるのにどうやって失点させるかというのが一つの難しさでした。
そこで根本的に咲の意識を試合をしていく中で稼いでチームに貢献したいといういい方向に変える(それこそが今回の落とし穴)という事をやってみた訳で。ちょっと透華がチートすぎたかもしれませんけど。

冷やし透華の能力はよくわかんないです。人によってはリーチやポンなど、音を出す事を許さない静かな場になり何もさせてもらえないとかの考え方もあるみたいですけど。

わからないので、もういっそ他者からはよくわからないけどとりあえず物凄い場の支配的な感じになってます。咲のオーラっぽいのには割と敏感でしたが、透華に対しては不気味程度の認識しかなかったモモ。

次は大将戦です。自分が一番やりたかった場面です。
既にある程度ネタは考えています。対能力者最終兵器加治木ゆみとか、一ちゃんとか、池田とか、勿論淡に関しても。


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26,それぞれの、思いを乗せて

まだ、大将戦は開始しないです。




 現在、副将戦と大将戦の間の準備の時間帯。

 もう少しで大将全員が揃い、最終決戦を迎えるといった所だ。

 

 

 

(……試合の流れこそ掴み所の無い感じではあったが、結果に関してはモモは十分な数字を残してくれた。。後は、私が何とかする番だな……)

 

 鶴賀大将、ゆみは早めに会場に向かいつつ頭の中でそんな事を考えていた。

 試合内容は終盤は見ている者からすればよくわからない、といった内容であったが最終的に桃子は中々のプラス収支。望みを繋いだ形だ。

 

(現在清澄を抜いて、三位浮上……いや、後ろは見るな。一位に視線を向けろ。約五万点……本当に厳しいが、希望が無いわけじゃない)

 

 鶴賀は清澄を抜いて順位は浮上した。

 だが、後ろを見る事に意味など無いとゆみはすぐに考えを改め直した。

 

 一位しか全国の切符を手に入れることの出来ないこの決勝。

 となれば、結局の所狙うのは一位しか無いという事になる。照準を合わせるのは、必然的にそこだ。

 

 

 

「先輩っ!」

「……モモ?」

 

 突如、ゆみの目の前にどこからか現れたのは先ほどまで副将戦を行っていた桃子であった。

 その表情は色々な感情が混じったような、悲しげとも楽しげとも違う、どちらかと言えば不安そうな、そんな複雑な表情をしていた。

 

 そんな少しおどおどしたような様子を見せる桃子の頭に、ゆみは手のひらをポンと乗せた。

 

 

 

「……せ、先輩?」

「モモ、私は優勝を必ず取ってくる。だから……頑張って、と言ってほしい」

 

 そんな台詞を言いつつ、ゆみはらしくないな、と自身を振り返った。

 

 勿論、優勝を取るという気持ちに嘘偽りなど微塵も無い。

 それに加え、頑張ってという応援の一言があればさらに自身の力が、否、チームとしての力が。加算されていく気がしたのだ。

 

 

 

「……先輩の為なら何度だって言うっすよ!頑張ってください!」

 

 その言葉を言った時のモモの表情は、満面の笑顔。

 

 

 

「ありがとう、モモ……行ってくる!」

 

 そしてゆみも笑顔で返し、会場へと向かっていった。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「……っし!」

 

 こちらは風越の控え室。

 試合ギリギリまで会場へは向かわず、控え室で集中力を高めていた華菜はようやく動き出す。

 

 

 

「行ってきます!」

「ま、気楽にやってきなさい。いつもの力を出し切れば、大丈夫よ」

「信じとるけえ、ファイトじゃ!」

 

 同じくここまで戦ってきた久、まこからも激励の声がかかる。それの一つ一つに、華菜は笑顔で応える。

 

 

 

「華菜ちゃん……」

「みはるん、ナイスファイトだったし!後はこの華菜ちゃんに、任せなさい!」

 

 先ほどまで試合をしていた未春に対しても、自信満々に対応した。

 

 

 

「華菜……」

「キャプテン、何そんな心配そうな顔してるんですか。私が頂点取ってきますよ、任せてください!」

 

 心配そうな表情を見せる美穂子にも、その表情というものは変わらず。

 とにかくトップを狙う事しか考えていないような、そんな堂々とした顔だった。

 

 

 

「池田ァ!!」

「は、はい!?」

 

 周りの言葉を受け止め、いざ会場に向かおうとした所に今までで一番大きな声が控え室に響く。

 その声を出したのは厳しい表情をした、久保コーチからであった。

 

「忘れんじゃねえぞ、どうやってここまでたどり着けたのか、そしてそれは一人の力じゃねえって事をな」

「と、当然です!」

「じゃあ、今自分が何をすべきなのか大声で言ってみろ池田ァ!」

 

 その声は響く事をやめようとはしない。

 そしてそれを受け止め、華菜は更に大きな声で返していく。

 

 

 

「……風越に優勝の二文字を持ってきます!」

「……よし、行って来い!!」

 

 全てを受け止め、華菜は控え室を飛び出した。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 龍門渕の控え室付近の廊下では、一が会場へ向かうため一人で歩いていた。

 

 

 

(……内容はどうあれ、透華はトップでバトンを回してくれた。後はボクが、リードを守りきるだけ)

 

 少し硬い表情をしながら、一はそんな事を考える。

 

 本来、一は龍門渕というチームの中で大将というポジションにつく事はほとんど無いに等しい。

 だが、今回の大会では様々な理由から、不慣れなこのポジションに任命された。

 

 試合慣れこそしているものの、大将に慣れているかと言われたらそれはまた別の話となってくる。

 現に一は、かなり緊張していた。

 

 

 

「……あ」

「……一?」

 

 その時一の向かいから歩いてきたのは、つい先ほど試合を終えたばかりの透華。

 その表情は、勝者とは思えないほど納得してないようなものであった。

 

 

 

「お疲れさま、透華。流石だね、しっかりリードを広げてきて」

「あんなものは私の麻雀では無いですわ!気がついたら試合が終わっていて、何故か最も点数を稼いでいて……納得行きませんわ」

 

 やはりか、と一はまず思った。

 

 あの状態の透華を見たのは一自身も久々であったが、そうなった時の透華というのは打ち筋が変わり、且つ不気味な強さを持ち、そしてその事を透華自身は覚えていない。

 一はその状態の透華の麻雀というのはあまり好きではなかった。というよりかは、普段の透華の打ち筋が好き、と言うべきだろうか。

 

 そしてそれは、透華自身も別の透華の気がついたら打っている麻雀というのは、好きではなかった。

 

 

 

「……ただ」

「?」

 

 小さく透華が、呟く。

 

「一つだけ、まあ気に食わないですけど。良かったと思う点がありましてよ」

「……何?」

「最初に一が言ったように、リードを広げられた事ですわ。自分の力じゃないみたいで癪ですけど、結果として良かったのは事実。しっかり一に繋ぐ事が出来ましたわ」

 

 内容そのものは納得していない。

 だが、結果という点だけに目を向ければそれは相当納得できるものであった。

 

 今は衣の為に、龍門渕の為にチームが勝つ事が一番重要なこと。

 そして透華はその為に貢献できた。これだけは、良かったと思えた点だ。

 

 

 

「……ねえ」

「ん?」

「どうして、ボクを大将にしたの?衣が中堅をやりたい、と言うのはまだわからなくも無かった。だけどそれなら、ボクが副将、透華が大将でも良かった気がするってずっと思ってたんだ」

 

 一が今までずっと抱えてきた疑問、何故自分が大将なのか。

 衣が中堅ならば、必然的に透華が器的にも、性格的にも大将になるのではないかと一は思っていた。だが、透華は自分を大将にする事は無く、逆に一を大将へと指名した。

 

 透華が言うなら、とその時は受け入れてしまった一だが、自分を大将に選んだ事に関しての疑問は消えなかった。

 

 

 

「何故かって?今更そんな事を一は聞くのでして?」

「えっ……いや、まあ、うん。気になっていたと言えば、気になっていたから……」

「……理由なんて単純でしてよ。一はやれば出来る子だから、それだけですわ!」

「…………えっ?」

 

 思わず、一は少し固まってしまった。

 もっと大それた理由があるのかと思いきや、物凄く単純な理由だったからだ。

 

 

 

「……一?何でそんなに表情が固まってまして?」

「いや、そりゃ固まるって!そんなんで大将にされても、嫌じゃないけど、そんな器じゃないというか……」

「……何を馬鹿げた事を?」

「え?」

「言い方を変えればよろしくて?」

 

 自信無さげに言葉を連ねる一に対し、透華は別の言い方で発言する。

 

 

 

「大将に置いても大丈夫、それだけの信頼と実力を兼ね備えていると判断したから置いた、それだけの話でしてよ」

 

 堂々と言い切る透華の言葉に、再び一は面食らう。

 

「一自身は自信無さげにおっしゃってますけど、周りは皆認めてましてよ。私だって、そんな適当にポジションなんて決めたりしませんわ」

「……ボクが、皆を引っ張っていく立場?」

「当然!もう一度言いますけど、一はやれば出来る子だから、もっと堂々としてれば良いですわ!」

 

 ここまで言われて、一の心に何も響かないわけが無かった。

 先ほどまで、少し自信も無く緊張しっ放しでもあった一だが、今ではその表情というものも変わってくる。

 

 何より、チームの中でも一番と言っていいほど信頼を置いている透華にここまで言われたのだ。それで燃えない訳が無い。

 

 

 

「……わかった。任せて!ボクが龍門渕を必ず優勝に導くから!」

「頼みましたわよ、一!」

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「ちょっと、外出てくる」

 

 副将戦が終了した途端にそう言ったのは、清澄の控え室でずっと観戦していた照。

 その表情は、険しいものだった。

 

 

 

「……わかりました」

「ごめんね、すぐ戻ってくるから」

 

 暗い雰囲気の部内であるが、照がこれから何をしに外に出るのか察した煌は一言だけ返す。

 そのまま、照は控え室を出て行った。

 

 

 

 何よりも心配しているのは、先ほどまで試合をしていた妹の咲だ。

 初の公式戦で、重要な場面であの結果。責任を感じないわけが無い。

 

 

 

(咲……どこにいるの!?)

 

 照は咲が恐らく通るであろう、清澄の控え室から試合が行われる会場までの道を中心に探す。

 だが、すぐには見当たらなかった。

 

 

 

 それからも館内を走り回り、照は必死に咲を探し続ける。

 

 

 

(あっ……あれは!)

 

 しばらくしてようやく、咲と思われる人物が遠くに歩いているのが見えた。

 大泣きしており、照がいる事には気がついていない。

 

 

 

 照が咲に近寄り、声をかけようとしたその瞬間だった。

 

 

 

「咲ッ!!」

 

 聞き覚えのある男性の声が、照がいる方向とは逆の方向から聞こえてくる。

 そこにいたのは――――必死に走って、照と同じく咲を探していたであろう京太郎だった。少し、汗が流れている。

 

 

 

「きょ、京ちゃん……!……京ちゃぁぁん!!」

 

 咲は照には気づかず、京太郎の声に反応し更に涙が流れ落ちる。

 そのまま、京太郎のいる方向へと向かっていった。

 

 

 

(……取られたとか、嫉妬とか、そんな感情が僅かでもある自分は本当に馬鹿だ)

 

 それを見ていた照が感じた事は、ほんの僅かの負の感情。

 誰よりも早く咲を姉として慰め、元気付けたかった。その一番を取られたという、いかにも子供っぽい感情。

 

 

 

(……だけど、それ以上に強く思っている事。本当に……ありがとう、京太郎くん)

 

 しかしその負の感情というものは些細なもので、京太郎への感謝の気持ちの方が圧倒的に大きかった。

 あれだけ深く傷ついた咲を照は一人で慰めきれるかというと、完璧な自信は無かった。だが、京太郎なら――――何となく、何とかしてくれるのではないかと感じていた。

 

 

 

(そして咲……お疲れさま、よく頑張った)

 

 ここに、咲の初の公式戦というのは、本当の意味で幕を閉じる。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 少しの間、咲は京太郎の胸に頭を突っ伏して涙を流すだけで、一言も交わさなかった。

 京太郎が咲に対し落ち着く時間が必要だと、あえて名前を呼んだ後は特に何も言わなかったのだ。変に言葉を交わしても、冷静でない咲にとっては悪い意味で捉えてしまう可能性だってある。

 

 時間をかけて、ようやく咲が少し落ち着いて涙を止めた。

 

 

 

「ありがと……京ちゃん」

「大丈夫か、咲」

「うん……少し、落ち着いた」

 

 勿論、万全というまで回復したわけではない。

 それでも、咲は先ほどまでの最悪な状態よりかは幾分か回復したと言っていいだろう。

 

 

 

「二人とも」

「あっ……照先輩」

「お……お姉ちゃん」

 

 ずっと二人がいることに関しては気づいていたが、数十秒の間咲が落ち着くまで遠くで見守っていた照が、タイミングを見計らってようやく二人に声をかける。

 咲の声は、少しビクビクしたような声質だった。

 

 

 

「咲、お疲れさま」

「う、うん……」

 

 特に何かを指摘する事無く、ねぎらいの言葉だけをかけてきた照に対し、咲は少しだけ安心した。

 内心、怒られるのではないかと気になっていた部分があったからだ。

 

 

 

「京太郎くん……ありがとう、咲を心配してくれて」

「と、当然ですよ!」

 

 特に多く語る事無く、照は素直に京太郎に対しお礼を言う。

 京太郎も一言だけで、返事をした。

 

 

 

「……お姉ちゃん、どうして何も言わないの?」

 

 怒られないのはよかったのだが、何も言われないのは逆に咲にとって違和感があった。

 あれだけの事をしたのに指摘無し、というのはおかしいという咲にとっての負い目があったからだ。

 

 

 

「今、何か言ってほしいの?」

「……え?」

「それよりも、すべき事があるはずだよ」

 

 それでも、咲が聞いても、照は言わない。

 今はそれよりも、他にやるべき事があるはずだ、と。

 

 

 

「後ろを振り向く事も大事だけど、今は前を見て。淡の試合をしっかりと見てあげて」

「あっ……そうだ、そうだよね。うん、淡ちゃんを応援しなきゃ」

 

 咲も自分を反省するのは今ではなく、まずはチームの全てを見届けなければ、という気持ちに変化する。

 その為にやる事は、淡の応援だ。

 

 

 

「じゃあ……控え室で、応援しよう。京太郎くんも、最後は一緒に来るといいよ。淡に……全てを託そう」

 

 そして三人は、清澄の控え室へとゆっくりと歩いていった。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 

(やれやれ、早く来すぎたか……?気持ちが高ぶりすぎているのかもしれないな)

 

 ゆみは相当早く試合会場の付近まで歩いてきた。

 試合開始まではまだしばらく時間があるという、こんなに早く来なくても良いだろうという位の時間帯だ。

 

 

 

「……あれ?随分と早いんだね?」

 

 誰もいないだろうとゆみは予想しながら会場入りしたのだが、そこには既に一人座りながら待機している者がいた。

 

 

 

「……それはこっちの台詞でもあるが。私と同じ、気持ちがかなり高ぶっている口か?」

「んー、まあ。否定はしないね、こっちは早く打ちたくてしょうがないんだよねー」

 

 そこにいたのは淡。

 気持ちを抑えられないのか、少し足をばたばたさせながら待機している。

 

 

 

(他校とはいえ、先輩に対する態度……まあ、今はいいか。それよりも……清澄がこの状況に追い込まれているというのに、まったくプレッシャーを感じていないのか?)

 

 とにかく打ちたくてしょうがない、といった様子の淡を見てゆみはまずそう思った。

 今、一番流れも点数も悪いのは清澄である。それにも関わらず、プレッシャーというのは皆無のようにゆみの目からは見られた。

 

 

 

(一年生でこれか、インターミドルという大舞台で結果を残してきたとはいえ……場慣れてるな。実力以上に手強い相手かもしれん)

 

 既に、かなりの警戒を向けるべきに値するとゆみは素直に評価した。

 

 

 

「……あれっ、皆早いなあ……とりあえず最後、よろしくお願いしますって事で」

 

 少し時間が立った後に、一も会場入りを済ませる。

 

 

 

「っと、私が一番最後か。悔いなく皆頑張ろう、ま、勝つのは私だけど!」

 

 試合開始ギリギリに、華菜も会場入りする。

 

 

 

 

 

 ――――そしてついに、最後の決戦。大将戦が幕を開ける。




今回のまとめ

それぞれの大将、気合十分
京太郎、男らしさを見せる

次回から本格的に大将戦です。ご期待ください!

あと25話、咲を不完全燃焼のまま終わらせるといった流れだったので賛否両論かなーとは思いつつ投稿したのですが、予想以上でありました。
正直な所かなり驚いていて、感想で色々な意見を頂きましたが……逆にこれだけの人が読んでくれていたのか、と嬉しくもなりましたね。
内容に関してはこれは自分の考えているストーリーなのでどうしようもない部分ではありますが、描写などその他細かい点への気配りを考えつつ、これからも更新を頑張りたいな、と。まあ、咲さんのファンの人にとってはよくない内容だったり、冷やしとーかの内容が人によっては微妙だったりしたかもしれませんが。。

そんなこんなでこれからも頑張っていきます。
読者の皆様、今後もよろしくお願いいたします!


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27,圧力~大将戦開始~

評価の投票者数が100人を越えました!

たくさんの評価、本当にありがとうございます。
正直な所、最初はここまでの高評価を頂けるとは思ってもおらず。今では読者の皆様の評価や感想等、お気に入りの数というのは、自分の自信へと繋がっています。

今後も質のいい、楽しい作品を作り上げれるよう頑張ります!
では、クライマックス。大将戦を、どうぞ。


「ただいま」

「おかえりなさい!咲さん、試合お疲れさまです……って、おや?」

 

 控え室へと戻ってきた照がドアを開けると同時に声をかけ、それに気づいた煌がまず最初に返事をする。

 そしてそこには試合を終えた咲もおり、更には今まで控え室にはいなかった京太郎もついてきた。

 

 

 

「さっき会ったから、私が連れて来た。本当は試合に出る選手とそうじゃない人でメリハリをつけるべきなのかなって思ったけど、大将戦だしどうせならいいかなって」

「ふむ、そういう事ですか……」

 

 控え室には実際に試合をしている者のみを入れるべきだと照は考えていたが、先ほど出会って最後くらいはいいか、という気持ちで京太郎を連れて来た。

 煌としても部長の照が決めた事なら、と反対する理由は特に無いので了承する。

 

 

 

 煌も優希も咲の様子というのは本当に心配していた事であるが、会った時の表情を見て二人とも内心よかった、とほっとした感情を持っていた。

 部長であり姉である照と、咲の隣にいる京太郎が上手く何とかやってくれたのだろうと予想をつける。

 

 

 

「咲ちゃん、お疲れだじぇ!こっちきて淡の応援するじょ」

「う、うん……!」

「京太郎もせっかく来たなら見やすい場所に来るべきだじぇ、こっちに来るじょ!」

「おお、サンキュー優希」

 

 一年生は優希の声かけにより一番モニターが見やすいソファに仲良く座り、じっと見つめる。

 間もなく、大将戦が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 ――――大将戦前半戦、東一局。

 東家が淡、南家が華菜、西家が一、北家がゆみといった場。

 

 それぞれが牌を手にし、今までとはまた違った独特の緊張感が襲ってくるこの会場で、皆引き締まった表情を浮かべつつ配牌に目を向ける。

 

(ふぅ……あー、何だか地に足が着いていない感じ。結構緊張感は解けたと思ったけど、これが大将戦って奴なんだね)

 

 良くも悪くも無い、平凡な自身の手を見ながら一は自分の現在の様子を決して冷静とは言えない頭で振り返る。

 会場入りした時と、始まってからとはまた違う独特の感触を一は感じていた。

 

 

 

(……む、好配牌か。まだ始まったばかりではあるが、自分は様子を見ながら堂々と……といった事が出来るほど、今の点数に余裕は無い。だったら……最初であろうと、強く通すだけ)

 

 一とは違い、ゆみは比較的落ち着いていた。

 チームの現在の点数を見て、やるべき事をしっかりと理解し、卓に向かう事が出来ている。

 

 

 

「ポン」

(……ん)

 

 二巡目、淡の捨てた白をゆみは鳴く。

 淡はその様子をしっかり目で追いつつ、自身の呼吸を整える。

 

 

 

「ポン!」

 

 四巡目、華菜が捨てた発をゆみが鳴き、場の空気が変わる。

 役満の可能性がある、それでなくても結構な火力が予想されるゆみの手。

 

 

 

 ――――だが、それでもぶれずに自分の勢いを信じ、押していく者がいた。

 

 

 

「リーチ!」

 

 五巡目、華菜は九筒を捨てて力強くリーチ宣言。

 その勢いにゆみも一も、淡ですら驚く。

 

 

 

(今の所、私の流れが来てる!確かに役満は怖いけど、怖気づいてチャンスを逃したらそれこそ勝てる物も勝てなくなるし!)

 

 堂々とリーチをかけた華菜にも、当然恐怖というものは存在する。

 だが、怖がって前を向かない事でチャンスを潰すくらいなら、高いリスクを負ってでも自分を貫く。

 

 これが華菜の弱点でもあるが、強さの大部分でもある。

 

 ゆみは安牌でもスジでもなく、ど真ん中をツモ切りで突っ張る。そこに引く意識は見当たらない。

 一、淡は一発阻止の安牌切り。しっかりと防御に目を向けつつ打っていく。

 

 

 

「――――ほら来たッ!!一発高め三色ッ!!リーチ一発ツモ平和三色赤1……裏1ッ!4000、8000!」

 

 華菜は最高の引きを見せる。

 一番高い所を一発で持ってくるに留まらず、裏まで乗せてくる。最高の先制パンチ――――倍満ツモ和了だ。

 

 

 

(……来なかったか。だが自分の今日の運、というのは悪くないように感じる。まだまだ、ここでは終わらない……!)

 

 ゆみも実は、この早い段階で既に張っていたのだ。

 白単騎のかなり和了にくい強引な手ではあったが、役牌2、混一色、小三元と跳満まで伸びた良手。

 

 和了こそ出来なかったものの、自身の流れは悪くないとゆみは振り返った。

 

 

 

(……いけるッ、今日の華菜ちゃんは絶好調だ!既に龍門渕との点差は1万弱、このまま逆転――――)

 

 ――――そんな事を考えていた華菜だが、その思考はとある事により止められる事となる。

 

 

 

「……ふーん、なるほどね、そんな感じか。いーじゃんいーじゃん、すっごい楽しめそうで」

 

 上家にいる淡が突如笑ったかと思いきや、話し始めたのだ。

 

「いーよ、倍満くらい……くれてやる……!」

(ッ……!?)

(えっ……!?大星さん、そんな……!衣にも負けないほどのレベル……!?)

 

 そう言いながら、淡は華菜に点棒を手渡す。

 

 

 

(……?清澄の一年生、よくわかんない奴だな)

 

 生意気な口調に少しムッとした華菜ではあったが、特に気にする事も無く点棒を受け取る。

 

 ――――だが、この時華菜だけが気づいていなかった。

 一とゆみは、先ほどまでは倍満を和了った華菜の勢いというものにかなりの警戒を向けていた。だが、それすらかき消されるほどの。

 

 

 

 淡からはわかる者からはわかる、相当なレベルの強者しか出せないような、圧力が放たれていた。

 

 

 

 こうして、大将戦の前半戦はスタートしていく。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「……いきなり倍満ツモですか。風越の池田さんは、かなりすばらな調子のようですね」

 

 東一局を終え、その様子を見ていた清澄のメンバー。

 煌はまず、和了した華菜の状態について指摘する。

 

 

 

「鶴賀の大将もいきなり強引な攻めだったじょ、そして聴牌まで漕ぎ着けてたじぇ!」

「……初心者の俺ですら開始早々和了への執念を感じたな。流石は決勝まで来る実力のあるチームの大将って事なのか」

 

 優希と京太郎は、和了こそ出来なかったものの敵であるゆみの打ち方について感心していた。

 手の進め方だけではなく、画面越しからもわかる静かな気迫を感じていたのだ。

 

 

 

「淡は大丈夫なのか?いつもの絶対安全圏も無かったじょ」

 

 その一局の中で優希が心配していたのは、淡の能力の一つである絶対安全圏が展開されていなかった事。

 普段ならいつも使っているイメージがあったので、少し不安を持っていた。

 

 

 

「……私からは、わざと使っていなかったように見えた」

「じょ?それってどういう事だじぇ?」

「何て説明すればいいんだろ、えっと……見る事に徹していた、って言えばいいのかな?」

 

 咲はそれを不調等ではなく、場を見る事に徹していたと感じ取っていた。

 つまり使えなかったのではなく、あえて使わなかったように咲からは見えていたという事だ。

 

 

 

(……咲の言う通り、淡は見る事に徹していたように私からも見えた。それこそ私の照魔鏡……ほどではないと思うけど、意図としては似ているような)

 

 照も咲の意見に心の中で賛同する。

 相手の性質を全て読み取る照魔鏡ほどの強力な能力といった訳ではないが、目や肌で感じる範囲で淡は他のプレイヤーの性質を見極めようとしていたのではないかと照からは見えた。

 

 

 

(ただ、普段ではあんな打ち方はしないから驚きはしたけど……冷静そうに見えるから、大丈夫かな。しっかりとスイッチも入れたみたいだし)

 

 照はそんな淡の普段見せない姿に驚きこそしたものの、心配はしていなかった。

 冷静さも感じ取れたし、これから攻めるぞ、といった気の強さも見られたのだから。

 

 

 

 そして、東二局へと進んで行く。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

(……手が重いな。調子がいいと感じた時は、いつも自然に良手が寄ってくるものなのだが)

 

 ゆみの配牌は悪く、五向聴。

 一番最初に調子が良いと感じたときにはあまり悪い手が来る事は無かったために、残念がる。

 

 

 

(……五向聴か。手も……空気も重く感じる。というより、これは……いや、まだ仮定でしかないけど)

 

 一は目でチラッと淡を見つつ、手と空気の重さについて色々な考えを立てていた。

 衣と普段から何度も麻雀を打っている一はこういった独特の圧力には敏感であり、察知能力も高い。

 

 そして一つの仮定を立て、それを頭に入れつつ麻雀を打っていく。

 

 

 

(んー、配牌が悪い。まあ、今日の流れならすぐ良ツモで持ってくるし!)

 

 華菜は特別難しい事は考えず、自分のやりたいように打っていく。

 

 

 

(……さて、けっこー厄介そうなのもいそうだけど。二人は何か感じ取ったみたいだね、特に龍門渕の方はずっとこっちを気にしてる感じー)

 

 淡は東一局を見て思った素直な感想として、中々に手強い相手というのは感じていた。

 

(風越は高火力良ツモっぽいし、いつも以上に調子良さげっぽいし。鶴賀はその場の状況に応じつつトリッキーに打ってきそうでめんどくさそーだし、龍門渕は素直なデジタルだけど他家を見る目はすっごい優れてそうかなー)

 

 大会前に映像や牌譜等で事前に手に入れていた情報、更に今の一局で実際に肌で感じた感触。

 それを踏まえて、淡は他の選手のある程度の特徴、調子というものは見極めていた。

 

 

 

(東一局には使わなかった絶対安全圏を使っただけで龍門渕はすっごいこっち見てくる。凄いね、一発目で独特の違和感を受けるなんて中々出来ないと思うけど。ま、絶対安全圏に関しては見極める事が出来たからどうしたって話なんだけど!)

 

 そして淡は一の観察力というものに素直に感心していた。

 絶対安全圏という一度も見た事が無い者が受けたならばその違和感すら感じ取る事が難しい能力を、一発目で何かを感じ取るという所まで察知したのだ。

 

 だが、それでも淡は余計な心配事というものはしていない。

 

 自身の能力を誰よりもわかっている淡は、絶対安全圏がいかに強力な物なのかを把握している。

 わかった所で簡単にどうにかできるような物ではない。照ですら、その絶対安全圏という能力だけで言えば破る事が出来ない物なのだから。

 

 

 

(っと、張った。いいね、私も今日はツモ運とかよさそー!……ここは普通ならリーチして7700点まで伸ばすのがセオリーだろうけど、もう少し周りも見たいし、ダマでいくかな)

 

 六巡目、淡はタンピンドラ1の綺麗な手で聴牌する。

 順位は最下位、点数を伸ばすためにもリーチをかけるのが最善手とも思えるような手ではあるが、それでも淡はリーチをかけようとはしなかった。

 

 

 

「リーチッ!」

 

 八巡目、リーチの宣言がかかる。

 

(やっぱり今日は引ける!このまま……トップも持って行くし!)

 

 かけたのは華菜。

 五向聴といった全くよくない配牌から、このスピードでリーチまで漕ぎ着けたのだ。

 

 

 

「ふっふーん、だったら私もリーチだよっ!」

 

 一とゆみが安牌を捨てた後、リーチ宣言をしたのは今までダマで通していた淡。

 互いにリーチといった状況の、駆け引きも無いガチ勝負へと持っていく。

 

 

 

(ツモ切りリーチ……清澄、さてはずっと張ってたな!?)

 

 華菜は手を変える事無くすぐにリーチをかけた淡を見て、そんな判断をする。

 

(いや、追っかけられたからといって不利、という訳でもないし。このガチ勝負……何としても勝つッ!)

 

 ここで負けるわけには行かないと、華菜は手に力をこめて牌を一つ、手に持つ。

 

 

 

(……ッ、来ない!)

 

 だが、一発ツモならず。

 悔しさを持ちながら、その牌を華菜はツモ切りする。

 

 

 

「――――それロンッ!リーチ一発平和断幺九ドラ1……裏1ッ!12000とリーチ棒いただきまーすっと!」

「ッ!」

 

 不運にも、華菜はその捨てた牌が一発で淡に刺さる。

 更に裏まで乗り、点数は跳満まで伸びた。

 

 

 

(……悔しいけど、この失点はしょうがない。後ろを振り向いた結果の失敗じゃない、だったらまた前を向いてリベンジするだけだし!)

 

 だが、華菜は後ろを一度も振り向く事無く前だけを見る。

 やられたなら、やり返せばいい。それだけの事である。

 

 

 

(……いやー、危なかった!何なのあのイケダって人、すっごいイケてんじゃん!危うく負ける所だったしー!)

 

 むしろ驚いていたのは淡の方だった。

 

 今の東二局、淡と華菜はガチ勝負といった展開でギリギリ淡が競り勝った。

 だが、そのガチ勝負にまで持ち込まれたという事自体で賞賛物なのだ。

 

 絶対安全圏という配牌時点での圧倒的なハンデがあるため、追い込むという事がそもそも難しい部分である。

 

(いやいやいや、全力出せば余裕が出来るだろうとは思ってたけど、意外とそんな事もないかもねー。けっこー、手強いよっ!)

 

 舐めていた、という訳では無いが全力を出せば簡単に何とかなるとは心の中で思っていた淡。だが、そんな事は無かったと考えを改める。

 全力でも苦戦する、そう思わせる周囲であった。

 

 

 

(……ま、それでも負けるとは微塵も思っちゃいないんだけどねー)

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 ――――東三局、親は一。

 

(また五向聴……やっぱり、大星さんの何らかの力?他家の配牌を悪くする……先ほども立てた仮定、正しいという前提で打たないといけないかもしれない)

 

 この二回目の能力を受けた感触で、一は完全ではないがある程度の見切りをつけていた。

 そしてそれは、ほぼ正解に近いものである。

 

 

 

(ただ、仮にそうだったとして対策を立てれる……というような感じの能力でもない。ボク自身特別な力は持っていないし、和了までは本当に遠い。……皆が作ってくれたリードがあるとはいえ、和了無しで守りきるのは多分無理だ)

 

 シンプル且つ強力な淡の能力に、一は正直かなり厳しいといった考えを持つ。

 破る方法が見つからないのだ。かといって、何も出来なければ優勝というのはほぼ不可能になってしまうため、何かをしなければならないのだが。

 

(でも、池田さんは何故あの早い段階で聴牌出来た?悪い配牌からよっぽどの良ツモだったのかそれとも……能力は一人にしか使えない?だからトップのボクだけに能力を使った?)

 

 しかし、全体に能力が発動されているのならばあの華菜の聴牌速度は何だったのか?と、また色々と一は考え込む。

 

(……いや、多分一人にしか使えないって事は無いかな。加治木さんも大星さんに何らかの反応してたし、何よりあの圧力の強さは軽々と全体に能力を使えてもおかしくは無いはず。仮に個人にでも全体にでも使えるとするならば、大星さん自身が一番和了しやすい全体への能力の発動をするに決まっている)

 

 もし仮に個人にも全体にも使えるとしても、他に和了させず淡が一番和了に近くなるように全体に能力を使用する。

 一はきっとそうだと、ここでも一つの推測論を立てた。

 

 

 

(だとしたら考えられるのは池田さんが能力を無効化する何かの力を持っていたのか、たまたまついていたのか……多分後者かな)

 

 そして一は、最初に南を切っていく。

 

 

 

(また手が重いか……この場を支配しているかのような圧力と、何らかの関係性でもあるのか?……いや、まだわからんか)

 

 ゆみの配牌も同じように悪く、それに伴い色々推測こそするものの、一のようにこの早い段階で考えを纏める事は出来ていなかった。

 

 

 

(流れ的には今、清澄と風越に来てる。悪いから我慢、いずれ必ず来るチャンスを待て……という悠長な事は出来るわけが無い。かなりの点数の差があるんだ、どこかで動いていかなければならないだろうが……)

 

 東一局は調子が良いと感じこそしたが、現状では流れが来ず厳しさすらゆみは感じてきていた。

 思い切らなければならない、そんな事を考えつつゆみは九萬切り。

 

 

 

(……さーて)

 

 淡にとっての一巡目。――――聴牌していた。

 

(出し惜しみをする気も無いし、前半戦に使う事で後半戦には完全に情報がばれちゃうだろーけど。ま、こっちもばれた所でどーこーできる能力じゃないし)

 

 淡のもう一つの能力、ダブリー。

 つまり、任意で配牌の時点で聴牌が出来るといったものだ。

 

 一度ならともかく、短い時間帯で何度も使えば流石に周りも気づいてしまう。

 更に言えば、以前淡がこの状態からあえて手変えをするといった応用も、モニター越しに見られているため他校にばれて休憩時間には情報が完全に行き渡る。

 

 だが別に、淡は隠そうという気持ちは持ち合わせてはいなかった。

 これも知られたからといって、簡単に打ち破れる能力ではないのだから。

 

 

 

(……まー、二つの能力を組み合わせて使ったとしても、絶対無敵!って訳ではないんだよねー)

 

 それでも一見打ち破る事など不可能とも思えなくも無い能力ではあるが、実際に能力を使用している淡自身が危惧している事柄もあった。

 

 淡のダブリーというのは任意で配牌時から聴牌というのも異常な事ではあるが、その後の和了にも法則性がある。

 最後のカドの直前でカンをして、そしてそれを超えた直後に和了る。逆に言えば、それまでは出和了りはともかくとして、ツモ和了は出来ないという事になる。

 

 一番早いツモ和了で十巡目。賽の目によって最後のカドが遠い場合は、それよりももっと遅い巡目になってしまう。

 

 

 

(今回の賽の目は3。ツモれるのは十二巡目、結構いい目ではあるけど、んー……)

 

 淡のダブリーは意外と和了速度は速くなかったりする。最も、出和了りは可能であり、周りは五向聴以下のスタートなので絶対的優位ではあるのだが。

 

 それでも淡が現在悩んでいたのは、先ほどの華菜が見せた驚異的な聴牌速度を見せられたからだ。

 もし先ほどのような引きを再びするような事があれば、下手すれば競り負ける可能性も無くは無いのだ。

 

 

 

(……ま、いいや。それに、私のダブリーは和了る和了らないだけじゃない、色々な意味を含んでる)

 

 淡のダブリーというのは色々な意味を持つ、それは淡自身が一番理解していた。

 何度も任意で出来る、という点がポイントなのだ。もしこれを何度もやられたら、相手からすれば嫌でしょうがない。

 

 精神的ダメージを蓄積させ、相手は惑い、それを何度も受けていれば下手すれば精神が壊れていく。

 それは非常に強力な武器であった。

 

 

 

(あはっ、やっばいなー、私ってこんなに性格悪かったっけ?普通に対抗してくるならそれはそれですっごい面白くて対戦し甲斐があるし、壊れたらはいさよならバイバイーって感じで)

 

 普段の淡というのは昔に比べ生意気さというのは多少は薄れ、周りに気も遣えるような性格へと良い変化を見せてきている。

 だが麻雀の部内戦とも違う、公式戦での淡の獰猛さというのは昔よりもかなり増していた。

 

 油断慢心といったものが無くなり、全力で叩き潰す事だけを考えている今の淡は甘さが無い。

 自分の麻雀を貫いた上で、相手が壊れたならそれは知ったこっちゃ無い。

 

 

 

(ッ!?先ほど以上の……!?清澄の大星、思っていた以上に化物だったという事なのか……!?)

(何……!?この嫌な感じ、まだ何か力を隠し持って……!?)

(ッ、これ、清澄か!?)

 

 周りに更なる圧力が淡によってかかっていく。

 先ほどは気づく事が出来なかった華菜ですら、何かよくわからないけどヤバい、というものを本能で感じていた。

 

 

 

「じゃ、開始早々悪いけどリーチ……こっからはもう、私が全てを支配させてもらうよ」

 

 淡、北切りのダブリー宣言。

 千点棒を出しつつ、言葉でも威圧をかけていく。

 

 

 

 色々な物を背負ってきて前だけを向いていた者達ですら、思わず一歩下がりたくなってしまいそうなこの場。

 東三局をもって、場の空気は一変した。




今回のまとめ

池田ァ!開幕倍満ツモォ!
一、驚異的な観察眼
淡、ガチる

池田ファンの皆様、待たせたな。

……まあ、池田はブーストかかったら本気で強キャラだと思ってます。
あの驚異的な速度と火力は能力持ちのキャラと当たっても中々止められないと思いますわ。

一は独自設定なんですけど、衣とずっと麻雀を打っていて気配に敏感になっていたり、元々マジシャンなので色々と細かい事が得意そうだなーって思ったりでこんな感じになってます。原作だと、正攻法で素で中々強いってイメージですけどね。

淡は……うん、原作以上に容赦ない模様。
一応主人公です、ラスボス違います(重要)

個人的には、原作の咲さんが言うような「麻雀を一緒に楽しもうよ!」というのとは淡は違うかなーと。どれだけ私生活で良い子になっても、本気の対局中はとにかく自分中心ってイメージ。
こういったキャラを主人公にするのって難しさもありますが、変な意味で楽しさもあるんですけどね。


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