別に素晴らしくもない時止め屑野郎が来た (伏見透)
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一話

 

 

 夕方前の高校の通学路を歩く。

 通いなれた田舎道。たまにトラクターが走っているぐらいの田舎さである。

 地面には石が普通に落ちてるし、ろくに舗装されていない道も多い。

 

 バスに乗るには近く歩いて行くには遠い中途半端な場所にある俺の家。普通なら自転車通学をするはずだが、竹刀袋を持ち運ばないといけないせいでいつも歩きだ。竹刀袋を背負いながら自転車通学している人もいるが、危ない。どこかにひっかかりでもしたら事故る。ただ二年も通っていれば慣れる。運動部だし、体力は人よりはあるから然程歩いて登校するのも苦ではなかった。

 

 普段ならまだ学校の体育館にいる頃だが、明日の休日には朝早くに他校との合同練習に行かないといけないので、少し素振りをした後早めに帰っている。だから学生がちらほら見える時間に俺は家に向かっていた。

 

 凄まじくだるそうに歩いているジャージ姿の青年とその結構前を歩いている女子高生。

 女子高生は、頭を若干下げて何かを熱心に見ている様子から、携帯でもいじくっているのだろう。

 

「………………」

 

 突然エロいことをしたいという欲求に襲われる。

 

 下着を見たい。実に見てみたい。

 なんせ栗色の髪の毛のツインテールだ。こういうのは俺の経験則からして絶対に可愛い。

 あの髪の毛を嗅いだり触ったりあれをこすりつけたりしたい。

 

 まぁ――そんなことはしないが。

 

 唾をのみ込む。ヤバい妄想をいつものように無理矢理奥に押し込む。

 誰だってわかる。そんなことをすれば手錠のお世話だ。一度の過ちで、一生を棒に振るなどバカすぎ。

 リスクとリターンが合っていない。

 だからあくまで想像するだけだ。エロいことをする想像だけして、ま、実際そんなことしないけどね。と自分を騙す。

 

 慣れた自分の中のやり取りである。

 竹刀袋と鞄を背負い直し、また俺は歩きながら制服の女性をちらりと見る。

 歩行者側は青信号で反対側の通路に行く途中のようだ。後ろからは自動車が走っている音が聞こえる。

 赤信号だというのにトラクターがゆっくり走っているのが見える。田舎なだけあって信号を守ることへの意識が薄い。だが、普通に女子学生の前で止まるだろう。

 

 その時、なぜか。

 

「危ないっ!」

 

 前を歩いていた緑ジャージの男が道路側に飛び出そうとしていた。

 

「いやそっちのが危ないって」

「ぐぅ!?」

 

 咄嗟に襟部分を掴む俺。

 あまり運動をしてないのか、筋力が足りてない。余裕で掴んだままビクともさせない。

 流血沙汰なんてできれば見たくないわ。

 

 首が突然しまったせいで苦しそうにしていたジャージ男は、真剣な表情で振り返って俺に怒鳴る。

 

「あの子がトラックに轢かれるだろうが! 放せよ!」

「……トラックに轢かれるって。あのトラクターにか?」

「はぁぁぁあああ? トラクターなんてどこにあるんだよ。大型トラックが……あれ。トラクターですねはい」

 

 前をちゃんと見たジャージ男は自分の認識の違いを改める。

 トラクターは女子生徒の前を普通に止まり、彼女はトラクターに手を振りながら普通に歩いて行ってる。

 

 どこも大型トラックや轢かれそうな女の子などいない。平穏な光景があるだけだ。

 

「あーえーそのですね……」

 

 俺はもう大丈夫そうだと手を離すと、顔を真っ赤にして指をもじもじする男が一人。

 

「寝不足というか、買い物するのに遠出しすぎて疲れてたというか、なんか大きなものが迫ってきてると思ったら、実はトラクターとかなんだそれ! というか、マジですまん。あざっす!」

 

 頭を下げる彼からは、はっずという心の声が聞こえてきそうだ。

 ……勘違いとはいえ、誰かを助けるために走ろうとするこいつはきっと良いやつなんだろうな。割と軽そうな顔してるが、きっちりとした芯を持っている。

 おっちょこちょいな部分はあるとはいえ。

 

「気にするなよ。まあ何もなくて良かった」

 

 そう言って、俺は去ろうとして石に足を引っかけた。

 気が緩み過ぎていたのだろう。自分とは違った人間を見かけて。

 

 頭に熱い衝撃が走る。

 受け身すら取れずこけた先にあったのは、多分少し大きな石だったのだろう。

 そんなことを冷静な頭で考えながら、俺は意識が朦朧としていくのがわかった。

 

 おっちょこちょいなのは俺の方である。

 

 馬鹿みたいな怪我をした俺に必死に叫ぶジャージ男。慌てて携帯を取り出して、電話をしようとしている。多分、救急車を呼んでくれているのかな。

 誰かの危機と思うや走りだそうとしたり、咄嗟の危機対応はなかなか早いんだな。剣道をやっていればそこそこいけたかもしれない。ああ、俺は今何考えているんだろう。どうでもいいことばかり考えてしまう。

 頭から血が流れていくにつれて頭は冷静になりながらも靄がかかったようになるという矛盾した状態になる。

 流石にこれぐらいで死なないと思うが、どうなんだろう……。剣道で怪我をした時よりかよっぽど悪い予感がする。これでも勘は良い方なんだ。

 

 どんどん意識が薄れていく中。心残りが一つ思い浮かぶ。

 どうせならさっきのツインテールの子が傍に立っていてほしかったな。

 

 パンツ見えるし…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 唐突に意識が覚醒する。

 

「ここは……どこだ」

 

 起きたら俺は暗闇の中にいた。暗闇といっても離れた場所だけで、俺の近くには光が灯っている。うすぼんやりとした光の点が漂っているのだ。なんなんだこれは。まるで妖精に連れてこられたような幻想的な雰囲気だ。ここは俺のいた日本なのか?

 俺は椅子に座っていて、そんな俺の前にもぽつんと一つの白い椅子が佇んでいる。

 俺の記憶が確かなら俺はぶざまにこけて石で頭を打ったはずだ。それなのに病院の清潔さをアピールしたような匂いもない。なにもしない。いや僅かに食べ物のような匂いがあるような……。

 

「ミシマユウスケさん。――ようこそ死後の世界へ」

 

 穏やかな美しい。まるで森に流れる清流のような声。

 その圧倒的なまでの理解できないような力を持った声に。

 

 ああ。俺は死んだんだと納得する。

 

 楽しみにしているドラマの続き。お気に入りのバンドがラジオで来週発表すると言っていた新曲。次の全国大会も期待していると言ってくれていた剣道の恩師。もう二度と会話することがない友人。今後のどうなるかわからない未来。そして、俺を愛してくれていた父さんと母さん。

 そのすべてが、終わったから仕方ないんだと思うことができた。

 

 その女性は俺の背後から現れた。

 まず目につくのは水色の髪の毛だった。流水のように流れていく長い髪の毛に見惚れ、その次は人間離れをした容姿である。人間離れといっても不細工や化け物じみているという意味ではない。

 

 逆だ。

 

 美しすぎて現実感がない。

 容姿が整いすぎている彼女は、それこそ映画を見ているみたいに現実感をなくす。

 日本では見られない衣装を着ている。昔ちらりと見たことがある魔法少女を大人用にしたような服装といっていいだろうか。髪の色に合わせてか服も水色で統一されている。その服に天女のような薄い羽衣を彼女は身にまとっていた。

 なにより気になるのはミニスカである。かなり短い。もうそれはかなりギリギリ。ちょっと下から覗いたら見えるんじゃねえのってぐらい短い。

 地元の同級生のスカートの半分ぐらいの長さしかないのではと思うぐらいの短さだ。

 

 普段なら澄まし顔で内心大興奮のはずだが、客観視できているのは目の前の人物が普通ではないからだろう。

 

 ヤバい。

 

 メチャクチャヤバい。

 

 ……人間なのかこれ!

 

 割と自信がある俺の勘が告げている。今まで出会ったきた存在と隔絶した生き物であると。

 剣道の八段のお爺さんを見たときも、ビビったものだが、今回のと比較にならない。もうエロいこととか考えられる余裕がない。

 

「あなたは先ほどその人生を終えました。不幸にも事故によってお亡くなりになられて今ここにいるのです。……あなたは、死んだのです」

 

 予想していた言葉だった。

 俺は失礼にならないように言葉を選びながら言う。

 

「そうですか。石に躓いて死ぬなんて、俺も随分格好悪い死に方をしましたね。それも知らない人におせっかいかけた後で」

「転んで死ぬっていうのは普通にあることですよ。若者だと珍しいですけどね。自分の髭で転んで死ぬ人がいましたが、それは流石に珍しい死に方でしたけど」

 

 いつの間にそこに存在したのだろうか。

 彼女の隣には小さな丸テーブルがあり、そこに分厚い本が置かれている。その本を彼女はペラペラとめくった。

 

「それにあなたのおせっかいがなければ、前を歩いてた男性は死ぬことになっていましたしね」

「えっ」

「トラクターを大型トラックと勘違いして女性を突き飛ばして、自分はトラクターの前で失神。失禁。日頃の不摂生が祟って心臓麻痺で死亡ですって。……ぷっ、くす」

 

 ……あまりにも悲惨すぎて俺が死んどいて良かったと思えるぐらいだ。――あれ? この女性今最後笑わなかった?

 

「関係のなくなった人のことはもういいでしょう」

 

 先ほどまでと変わらぬ威厳ある表情に、我慢できず噴出したように見えたのは俺のは勘違いかと思いなおす。

 

「私は女神。女神アクアです。日本の若くして死んだ人間の魂を導く女神よ。あなたには三つの選択肢があります。綺麗に魂を洗って、一から日本で再出発。何も覚えてない状態で赤ちゃんからやり直してもらうわ。これが一つ目の選択。次のが天国、とはちょっと違いますけど、それに似たところに行くのが二つ目の選択」

「天国というからには良いところなんですか?」

「良いところといえば良いところだけど、暇でぼんやりと過ごすしかない退屈な場所でもあるわ。やることないすることない体だってないのないないづくしの生活を。それをずううううううとしないといけないのよ」

 

 それはぞっとする話だ。体を動かすのが趣味と化している俺には恐ろしい。

 

「生まれ変わるというのは、人間限定なんですね? 虫に生まれ変わったり、鳥に生まれ変わったりはないんですか」

 

 輪廻転生。授業で習ったことによればとある宗教では人間は生まれ変わったら色んな生き物に変わるらしい。

 何度も何度も様々な生物に転生して、その中で俺達は今人間に生まれ変わっているというのを覚えていたので、尋ねてみると、何をいってるんだこいつという目を女神はした。

 

「玩具の電池でもそうでしょ。その玩具に合う電池は単三や単四というように決まっていて、違うのを無理矢理はめようとしても壊れるわ。なんでわざわざ人間専用の魂を他の生き物に入れないといけないのよ」

「なるほど」

 

 えらく俗っぽい回答である。

 女神様なんだよな。なんか口調もところどころ崩れかかってきてるし。

 

「それで三つ目の選択肢は――」

「うんうん。三つ目が大事よ! あなたも気になってきたわよね。今のところ一からやり直すといってもそれって結局自分がいなくなるのと同じようなものだし、ずっとぼんやり過ごすのもあれ。そんなあなたにピッタリのコースが一つあるわ!」

「は、はい」

 

 すごい圧力である。

 椅子から身を乗り出さんばかりだ。

 

「あなた剣道のインターハイで優勝したのよね」

「まあ、一応」

 

 なぜ知っているかと一瞬頭をよぎったが、まあ女神なら知っていてもおかしくない。

 運が良かったのか俺は、つまり二年生にして剣道のインターハイで個人優勝を果たした。

 

「腕っぷしに自信があるだろうあなたにおすすめの選択肢その三。異世界に転生することよ。それも今の記憶を保持したままね! ちょーっと危険はあるけど、剣一つで立身出世も思いのまま。汗臭いと人気のない剣道でもウハウハモテモテの日々! これはもう行くしかないわね!」

「異世界に、転生?」

 

 剣道ってそんなイメージなのか。まあ俺もそんなにモテてるわけではないけど。恋人もいたことないけど。……きっとそれは男子校だったから。

 それにしても彼女の話は、どうもピンと来ない。異世界。異なる世界か。

 

「あまり漫画とか見てないからわからないかもしれないけど、魔王軍といってわるーい平和を脅かす軍団がいてね。そいつらを鍛えた腕でばっさばっさと切り倒してほしいってわけ」

「期待されているところ申し訳ないんですが、そこまで俺強くないですよ」

 

 人より体力がある自信も運動神経がいい自信もある。

 しかし、多人数相手に勝てる自信はない。あくまで一対一の剣道というルールに則ってそれなりに強いだけで、武器持った多人数に囲まれたらボコボコにされる確信がある。

 

 ニヤリと彼女は笑う。それは相手に不利な契約を承諾間近と見た悪徳営業マンのような笑みである。

 

「そんなあなたにおすすめなのがそうこれ! チート!」

 

 どこから取り出したのかそこそこ分厚い本だった。

 

「すごい装備やすごい能力を一つだけ持っていくことができるのよ! 今、あの世界は魔王軍と人間側はこう着状態に陥っているわ。だからこそ記憶とすごい力を持ったあなたが救世主なりえるのよ。さあ、あなたもこの転生でレッツモテモテよ!」

 

 雑誌の裏側に載っている怪しい広告みたいだ。

 けど、選択肢としては悪いとは断言できない。むしろ良いのではなかろうか。前世、死ぬ前のことを色々諦めた俺だが、一つ諦めきれてなかったことがある。

 

 それはエロ!

 人には言えないようなエロ!

 つか、せめて童貞のまま死ねん。死にきれん!

 

 だから俺にとっては選択肢なんてないようなもので、その内容について詳しく聞くのだった。

 

「食べ物とかはどうなるんですか。あっちと俺がいた世界では全然食べ物も違いますし、消化できれないのばかりだったら、地獄すぎます。後言語。向こうで新しく覚えないといけないんですかね」

「それも問題ないわ。異世界に対応できるように体を作り直すし、よほど酷いものを食べなければ腹を壊すこともなし。そもそも同じ体で行って異世界に日本のウイルスなんかを持ち込まれても不味いしね。そして言語については、これを見てもらえればわかるわ」

 

 手品のようにささっと薄い本を取り出してこちらに見せてくれる。

 

「神様の完ぺきな対応サポートを舐めてもらっちゃーこまりますね」

 

 どこの商売人だよ。

 

「あなたの頭に負荷をかけて簡単に言語習得。これで駅前のなんちゃら留学も必要なし! 運が悪ければ頭がその負荷に耐え切れずパーになっちゃうけど、これは些細な問題ね!」

「…………」

 

 完ぺきな対応サポートとは一体……。

 まあでもそれぐらいのリスクはあってしかるべきか。リスクとリターン。そこまで釣り合ってないとはいえない。

 覚悟はすでに決まっている。

 

「それで、そのすごい装備やすごい知識を見せてもらってもいいですか」

 

「ナイス判断よ。これがそれね。期待しているからじっくり見てもらっても構わないわ。剣が得意だろうし、ここら辺の聖剣や魔剣がいいんじゃない?」

 

 彼女はそう嬉しそうに言って、先ほど取り出していた本をペラペラとめくりながら見せてくる。

 

「済のハンコマークを押してあるのは使えないってことでいいんですよね」

「そうね。これとかこの前の人が持って行ったのね。魔剣グラム」

 

 書いてある内容は確かにチートとかいうだけあってすごいものだ。

 

「神や悪魔を倒せるって――いや、神まで倒せてしまったらまずいんじゃ」

「神といっても下級神や亜神や邪神ぐらいよ。私みたいな力を持った神には通用しないわ。ほら、えらぶえらぶ」

 

 俺は渡されたカタログをめくってその内容を確かめていく。

 剣はさほど能力が変わらない。下級神まで倒せるというグラムほど強力なものはないが、どれも装備しただけで一気に強くなるものばかりだ。鎧は絶対防御やらそんなのばかり。能力は知識が山ほど湧き出るものや竜を召喚できるようになったり種類は多い。

 

「済のマークも結構ありますが、そんなに異世界への転生者って多いんですね」

「それは回収できてないのもあるわ。転生者がチートを持って行って、そのまま向こうで死んでしまってチートも置きっぱなしになってるの。剣や鎧や装の備に済マークが多いでしょ」

 

 ……こんなとんでもない力を身に着けさせた転生者達を結構前から送っているのに、それでも平和にならない世界なのか。

 気合を入れていかないと即死もありえるかもしれない。

 

 装備欄のページをめくっていくと、とあるページにたどり着く。

 

 ――ヒュプノスの笛。

 

 内容は簡単に略するとこうだ。

 この笛は音を発さない。しかし息を吹き込めば一メートル以内の人間に効果を発揮する。その効果を使う時には言葉の最初に契約を行使すると告げなくてはいけない。効果は発動者の言葉を信頼しやすくなる。よっぽどのことではない限り疑わず、その信じた使用者の言葉に後々疑問を覚えることはない。成功確率は発動者への信頼の深さやかかった者の警戒心のなさに比例し、成功しなかった場合相手はいいえと答えてその時の記憶を違和感なくなくす。

 この笛は相手がかかってから三十分以内のみ特殊な能力を発揮する。一度使った相手には一週間後まで使用することはできない。

 

 なかなか素晴らしい効果だ。

 

「あー」

 

 しかし、それも済マークが押してあったら意味がない。

 俺はその道具を諦めて、次のページをめくろうとすると何か爪にひっかかるものがあった。

 もしかして、二枚のページがくっついてる?

 

「どうしたの?」

 

 つまらなそうに爪をいじくっていた女神は、こちらの様子を伺ってか尋ねてくる。

 

「いやなんかここページがくっついてしまってるんですよ」

「そんなことあるわけないじゃない――ほんとね。くっついてたわ」

 

 本をかっさらった女神はそのページを無理矢理開けた。

 ビリッと少し嫌な音がしたが、ちょっと破ける程度でページそのものはきちんと見れる。なぜページ同士がくっついてたかというと、ページの端にご飯粒みたいなものがいくつかくっついていて、それが糊の役割を果たしてたせいみたいだ。

 

 思わず女神の顔を見ると、脂汗を流し、

 

「……これは……そう! エリスのせいね! 私の後輩にいつも世話をしてあげている貧乳女神がいるけど、そいつにこの本を貸した時にご飯を食いながら、本をてきとうに読んでたせいだわ! その時にご飯粒を落としてたのね」

 

 力説する。

 なんて、意地汚いやつだエリス。

 女神とはとても思えない所業である。恥を知れ恥を。

 

「気づいてくれて感謝だわね。後輩の不始末は私の不始末。これも私が悪かったと謝罪するわ」

「女神様が謝ることないですよ。そのエリスって神様のせいじゃないですか」

「そうね! エリスのせいね! あの貧乳女神のせいだわ!」

 

 本当にそうだ。

 まったく困った神様もいるものである。

 そのページを開いたまま再度俺は本を受け取る。

 俺は開かれたページを見た瞬間少し動作が止まってしまった。

 

 それこそ、時が止まったような衝撃。

 

 ――クロノスの時計。

 

「時間を、止める神器」

 

 内容はこうだ。

 

 この神器は壊れることはない。使用者が明確に効果を知っていて発動を意識してスイッチを押さない限り、神器の効果が発動することはない。これは時間を止めることができる。ただしその月の日の数の分しかその日止めることはできない。生命に致命傷、またはそれに類することも不可能。開始するときはスイッチを押し、止めるときにはスイッチを押さなければならない。効果を発揮中でも制限時間が過ぎれば自動的に止まった時間は動き出す。

 例えば今が六日なら六分間、二十日なら二十分間、それだけ時間を止めていられるということか。

 

 この神器は……使える。

 

「これでも構いませんか?」

「どれ? ああこれね。時間停止のやつね。そういえばこんなのもあったわね。わかったわ。はいはい。あなたのチートはこれに決定ー」

 

 あっさりと了承する。

 かなりヤバいものだと思うんだが。

 まあ致命傷を負わせられない分、危険度でいえばそこまでではないのかもしれない。他のは常時無敵に近いみたいなのもあるし、危険度でいえばそこまででもないのか。

 

「今からあなたを送るけど、もういいわよね」

「えっと、そうですね……いや、ちょっと待ってください」

 

 死んでいる身だ。用意も何もできることはない。

 ないが、あれがないのは流石に困るかもしれない。

 

「そんなに多くなくていいんですが、お金とか用意してもらえないのでしょうか」

「お金なんてチートでちょいちょいっと稼ぎなさいよ。時間を止めれば、他の財布から抜き放題じゃない」

 

 ……何言ってんだこの女神。

 

「そんなことのために使うのはちょっと……。悪いじゃないですか」

 

 本音をいえば悪いというより無駄なリスクを負うのが嫌なのだ。時間を止める。他人のお金を盗む。それは自分の情報をばらまくようなものである。

 時間を止めることはすごいようで無敵ではないし、リスクを如何に減らすということは大事だと思う。

 

「真面目ねー。それならちょっと待ってなさい。エリスにもらうから。あの子、しょっちゅうあの世界に降りてるみたいだしね」

「うわ!」

 

 女神は振り返ると、どこかに顔を突っ込んだ。どこかというのは何もない空間にである。

 顔の前半分がどこかにいっている姿には、驚かざるおえない。

 声は聞こえてないが、後ろ頭が動いてることからどこかで何かを言っているらしい。数分もしない内に彼女の右腕には袋が握られていた。

 

「はいこれ」

 

 ポンとその袋を放ってくる。キャッチすると中にお札や硬貨みたいなものが入っていることが感覚でわかる。

 

「中に十五万ちょっとのエリスが入ってるわ。一ヵ月ぐらいならそれで余裕で持つらしいわよ」

「ありがとうございます」

 

 椅子から立って丁寧に頭を下げる。

 少々この人というか本当に女神かと思うような言動があったが、俺からすれば得が多いことをしてもらった。

 

 魔王軍。強大な敵なんだろうが、できるだけは俺も力になることを決意する。

 

「まあ頑張りなさいな。じゃあ魔法陣から出ないでね」

 

 おざなりな台詞と共にここでできることはもうないことを知る。

 下を見ると、緑の幾何学的模様が出現する。

 

 浮遊感。

 俺はゆっくりと浮き上がっていた。

 

「さあ。新しき勇者よ。願わくば幾多の勇者候補の中から見事魔王を打ち滅ぼし、その栄誉を受け取ることを願っています。魔王討伐のあかつきにはどんな願いでも一つだけ叶えましょう」

 

 女神は両腕を広げて宣言する。

 こう真面目な顔してると、本当に美人だな。

 

「さあ――旅立ちの時です!」

 

 その言葉と共に俺はどこまでも上に昇っていき、何もかもなくなった。

 

 旅だ。新しい門出だ。

 

 ああワクワクする。滅茶苦茶ワクワクする!

 

 生前俺はクズなのを自覚していた。人を殺したりとかは嫌だが、人には言えないようなクズいエロな趣味を持っていた。

 しかし、それを実行することは一度もなかった。

 捕まったりするのは嫌だし、当然親には恩や愛があったから迷惑をかけるのが嫌だった。誰かに嫌われるのは苦手だった。だからこそ、突発的な性欲に負けないよう剣道で発散してた。いやまさか打ち込み過ぎてインターハイに優勝できるとは思ってもみなかったが。

 

 だけど向こうでは何のしがらみもない。

 

 親もいなければ、俺には時間を止める時計というせこいアイテムでうまく立ち回れば誰にもばれない。

 ここからだ。ここからが俺の楽しい人生である。

 

 

 

 

 行こう。――まだ見ぬ素晴らしきエロを求めて。

 

 

 



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二話

 

 俺はとある町にいた。

 

 というのも、気が付けば知らない場所に立っているのである。

 テレビの外国の光景で見るレンガで作られた家々。前方を馬車が通る。人々の日々の暮らしの喧騒がする。子供達が無邪気に遊んでいる。路上の端では食料を売っている人が地べたに座っている。質素な服をきたおばさん達は会話を弾ませ、鎧を着た男やマントを羽織った女性が杖を持ってごく普通に歩いている。

 まるで映画に入り込んだような不思議な感覚。

 

 しかしこれがここでは自然な光景なのだろう。

 太陽の傾き的に昼頃だろうか。元のいた世界と同じように太陽が昇っているのであればだが。

 

 ここが、異世界か。

 

 俺の手にはいつの間にか懐中時計が握られている。古い作りのようで、外側は銀で作られているがかなりくすんでいる。手にすっぽりと収まる程度の大きさ。時刻を知らせる場所はなぜか三十一までの目盛と普通の半分ぐらいまでしかない。

 つまりこれが時間を止められる限度ということかな。

 

 三十一日。

 今その目盛の十四のところにあるから、十四日ということなのだろう。

 カタログの時計の説明欄に異世界の日付に準じると書いてあったので、今日この異世界は十四日ということなんだろう。しかし、一月が最長で三十一日までっていうのは、元いた世界と変わらないんだな。

 

 俺はそうして、時計のスイッチを押した。

 喋り声が一瞬で止む。一切合切の喧騒が消えた。

 顔を動かさず周囲を見回すと、動いてる人間はいなかった。

 一分経つ。どうしても人間は生きている限り瞬きはする。これが何人も瞬きしないというのは、確かに俺が見ている場所では、人間が止まっているらしい。

 

「ふぅ」

 

 息を吐き出したのは興奮している自分を抑えるためだ。

 落ち着いて考えなくてはならない。

 今日の限度は残り十三分。六分間で今後の方針を考えよう。エロいことしたい。あの赤毛魔法使いの女の子にエロいことしたい。髪の毛を触りたい。服の中を見てみたい。ちょー見たい。落ち着け! 落ち着くんだ俺!

 まだ、早い。

 何事も急いては事を仕損じるという。

 バクバクと鳴る心臓を落ち着かせる。竹刀を握った自分の姿を想像する。エロから頭を切り替える。

 

「失敗したな」

 

 冷静になった頭でまず思ったのは、発動する瞬間に普通に顔を見せていたことだ。

 時間を止める。その中を俺だけは動くことができるということは、時間を再度動かし始めたときに他から見たら、動く前の姿と同じでないとおかしい。

 これは重要なことだ。特に人というものは顔で判断するもの。顔の表情の判断能力が特に優れている。時間を止めるなら顔は誰からも見られないようにして止めた方がいいだろう。できれば誰もいない場所で時間を止めるのが最良だが。

 

 まあやってしまったものは仕方ない。

 微動だにしないようにして、思考だけを働かせる。

 時間停止を人に活用させるのは色々と実験がいる。詳しくどこまでできてどこまでできないとか内容を書いてなかったし、自分で試してみないといけないだろう。

 

 とりあえずは、宿か。

 衣食住の内、住は真っ先に確保しないといけない。その次に服と食事、そしてどうやってお金を稼ぐかだな。服も今着ているのは制服である。この世界にあった服を買わなくては。

 六分。俺はそこで思考を止め、再度時計のスイッチを押した。

 

 音が世界に戻る。

 

 なにもなかったかのように動き出す人々。

 とりあえず、俺に注目している人はいないようなのでホッとする。

 時計をゆっくりとポケットの中にいれる。手で持っていた方が安全に思えるかもしれないが、もし不審がられたら怖い。何もないようにポケットの中に入れておくのがいいだろう。

 少なくとも今見た感じでは、そこまでこの町は治安が悪いようには見えない。

 

 何が起こるかわからないので、常に意識は尖らせながら俺は町の中を進んでいく。人に宿屋の場所を聞いた方がいいかと思ったが、どこでも常識は然程変わらないようで、店にはここがどういう店かというのを表している印みたいなのがある。

 剣のマークがあるのは、剣を売っている場所と推測できる。

 流石魔王軍と戦争真っ最中。剣なんて売ってるんだな。でもこうやって剣を売ってる店があるということは、銃みたいな遠距離武器はまだできていないんだろうか。

 

 地理を頭に叩き込みながら俺は宿屋っぽい場所にたどり着く。一階では食堂や酒場の役割もなしているのか、窓から楽しそうに食事を取っている若い連中が多く見える。

 あまり物怖じしない性格である俺だが、世界が違う相手に喋りかけるのは勇気がいる。

 僅かの時間の逡巡の後、俺は宿屋に入る。こういうのは本人が気にしているほど、相手は気にしてないものだ。堂々としていれば大丈夫。

 

 俺は宿屋の主人と思われる人に話しかける。

 

「部屋空いてますか? 泊りたいんですけど」

 

 宿屋の主人は俺の服装に少し怪訝な顔をした後、そんなに気になるものでもなかったのか普通に返答をする。

 

「馬小屋、大部屋での雑魚寝、個室のどれだい」

 

 多分馬小屋ってのは安いのだろう。これからなにがあるかわからない。できれば宿を安く取りたいところだが。

 

「ここの個室はどれぐらいかかります」

「一泊二千エリスで食事はつかずだ。ここで飯食いたければ、一階で別に金払ってくれ。宿屋の料金は前払いでもらうことになっている」

「んー。じゃ三泊でお願いできますか」

 

 まだどんな場所かはわからない限り、安全はできるだけ買っておくべきだ。

 

「三泊ね。了解。じゃあ名簿に名前書いた後、六千エリスもらうよ」

 

 ずらっと並んだ宿の名簿には名前だけが書かれている。

 俺も浮かないように名前だけを名簿に記入する。

 ――ユウスケ、っと。

 しかし、習ってもない言語を読めて、自分でもすらすらと書けるのはちょっと気持ち悪いな。

 

 一万と書かれたお札を机の上に置いてみる。店主はその一枚を受け取り、鞄の中から金貨を取り出して机の上に並べた。

 

「はい、お釣りの四千エリスね」

「どうも」

 

 良かった。使えたか。

 どうもこれがお札というのは違和感がある。一万といえば諭吉さんの顔が見えるものだ。玩具の貨幣を出した気分になった。外国に旅行に行って初めて買い物をするときの感じに似ているのだろう。外国なんて行ったことないが。

 

「これが鍵ね。二階の一番奥のところになるから。ベッドのシーツは二日に一度取り換えるから、明日の朝にでも畳んで部屋の前に出しておいてくれ。泊まるのは十五日の十二時までだからな。それまでに出てくれたらいい」

「もし長期に泊まることになったらどうしたらいいですか」

「あんた。そういう予定あるのか?」

「まだわかりませんけど、ここの宿がよほど居心地良かったら頼むかもしれません」

「はっはっは。それならその時は一日千八百エリスにまけてやるから何日も泊まればいいさ」

 

 豪快に笑う宿屋に俺も笑顔を返しながら、番号が書かれた鍵を受け取る。

 二階に行こうとする前に、背後から疑問の声がする。

 

「飯はどうする? まだ昼過ぎだが、夜に食いたいものを言ってくれたら十七時頃に呼びに行くが」

「あー、良いです。ちょっと長旅で疲れてまして。あまり腹に入りそうにないんですよ」

「兄ちゃんは見るからに遠いところから来てるしな。旅疲れをゆっくり癒してくれ。疲れを取るならここに浴場はないから公衆浴場に行くのもいいと思うぞ」

「ありがとうございます。寝る前に行ってみます」

 

 親切そうな人で良かった。

 俺は礼を言った後、二階に上がる。言われた通り奥にある部屋に書かれた番号と鍵の番号が合っていたので、鍵を入れて中に入る。

 

「……はぁ。疲れた」

 

 ふと自分が随分疲れていることに気付いた。

 

「無理もないか」

 

 ついさっき俺は死んだところなのだ。

 精神的にはかなり疲れていてもおかしくない。

 

 死んだか。死か。

 まるでジェットコースターのような一日だった。

 

 俺は鍵を閉めてふらふらとベッドに倒れ込む。

 色々とやることがある。神器の実験もしなければならない。

 そう思っているのに、体はピクリともしない。意識が落ちていくのがわかる。急激な睡魔に勝てそうにない。

 

「寝る前に、お風呂に行かないと」

 

 その言葉を最後に俺の意識はぷっつりと切れた。

 

 

 

「なんだか恥ずかしいなこれ」

 

 俺は服屋を出て自分の格好に素直な感想を言った。

 動きやすくここの世界に合った格好になったが、どうも普段の服装と違い過ぎてくすぐったさがある。

 

 特にこのマントだ。時間を再開させたときの差異を気づかれにくくするために腕を隠す程度のこの外套はどうも慣れない。

 時計はズボンのポケットの中にあるが、今までと違ってポケットの中に更にチャックがあるからかなり安心できる。外套の内ポケットもチャック付きだ。

 

 本当に用心深いというか心配性だな俺。

 

 まあ慣れてない環境なだけに石橋を叩けるだけ叩いても不利益はないだろう。

 さて、今日の予定は神器の実験である。

 

 俺はできるだけ人目にさらされていないような路地裏に入る。目当ての生き物を探しながら歩く。

 

 いた、と心の中で思う。

 俺はゆっくりと周囲を見回しながら、誰の目もないことを確認して、ポケットの中のスイッチを押した。

 

 時間が――止まる。

 

 もしものために地面に靴の爪先で軽く線を引く。これでどの位置にいたかの大体の印をつけることができた。

 

 時間を止めることで、物質を動かせなくなるのではないかと考えたこともあったが、そうでもない。

 

 既に実験済みだ

 

 朝に一度部屋で物を上空に投げて俺は時を止めてみた。その物はピタリと空中に止まったが、俺が触ることで動かせるようになった。その物質を手に取り、時が止められている中で軽く上に投げてみると、物理法則通りの動きで俺の手の中に帰ってきた。

 それならと強く上に投げてみたら、俺の体から一メートルぐらいまで離れた瞬間ピタリと止まった。そして時を動かしてみると、時を止めている最中に投げた力なんて加わっていなかったというように落ちてきた。

 

 まあ、ある程度俺は時を止めている最中にも物質に干渉できるらしい。

 できないと服が邪魔して動くこともできないし、当然といえば当然か。しかし、時を止めて動いてると空気の壁とかあってもおかしくないけど、本気でどうなっているんだろうこれ。重力は? 太陽の光は? わからん。どういう原理が働いているのだ。科学の常識が壊れてしまう。

 

 転生をしている時点で今更かと思いながら、俺はターゲットに近づく。

 

 愛らしい顔。

 細い手足。

 もふもふとしてそうな柔らかな体。

 だらりと伸びた尻尾。

 

 そう。猫である。

 

 俺のターゲットは猫だ。

 

「いや、そういう危ない性癖じゃなくてな」

 

 ヤバい趣味を持っているといっても猫に欲情するといったものではない。可愛いとは思っても、性的な意味では一切ない。

 あくまで実験のためであって、本気で違う。生命を持っていない物質については少しわかったが、生き物についてはわかっていない。それを調べるために警戒心が強く、実験が悪い方向に転んだとしても影響が少ない猫を選んだのである。服屋に向かっているときに俺の世界と同じ生き物を見つけたことに驚いたが、実験相手としては最適である。

 

 俺はなぜか焦ったように自分の擁護をしながら猫に近づいた。

 毛づくろいしている猫。

 おそるおそる手を伸ばし、猫の頭に軽く触る。手を置いたまま十秒。

 

「動くことは、ないか」

 

 もしかしたら物質のように俺が干渉すれば、動き出すのはではないかと思ったが、今のところその様子は見られない。

 軽く撫でた後、俺は元の位置まで戻ってスイッチを押す。

 毛づくろいしている猫はそのまま毛づくろいを再開している。

 んー。時間が止まった最中に触ろうが相手への感覚はすべて遮断されているのか? 触り放題撫で放題?

 

 俺は再度、時間を止めてその猫に近づく。残りの時間は十一分だ。

 次は頭を何回か強く撫でる。体温を感じるし、肌の柔らかさが伝わってくる。もしも石のような感触だったらと思ったが、杞憂だったようだ。さすがに石のような感触の女性を相手に興奮はしにくいしな……。良かった。

 

 戻って、時を動かすと、さっきとは違う猫の反応に俺は注目する。

 何かに気付いたようにパッと頭を動かす。しかしそこまでだった。ちょっと何か起きたと思ったぐらいで周囲を軽く確認すると、元の毛づくろいに戻ってしまう。

 

 これは……どう判断すべきだろう。

 

 時を止めている最中の感覚が時が動き出した後に伝わるということなんだろうか。最初のは気づかれなかったことからして、その感覚は時間が動いているときに比べて薄いものであるようだが。

 

 それを確かめるために俺は今日四度目の時止めを開始した。

 全身を本当に軽く触った後、時を動かすと警戒心が強いはずの猫は気にした様子はない。時を止めていると触っても相手への感覚は薄いようだ。

 じゃあと俺は五度目の長い時間停止をする。

 田舎に暮らしていた俺は、猫と触れ合うことも多かった。だから猫の気持ちいいところは知っているつもりだ。

 

 首まわりをさすってあげる。こちらも気持ちいい。

 頬や耳裏まで猫の気持ちいい場所をさすりまくる。

 

 マジでこれに変な意味はない。実験としてやっているだけである。

 

 五分ぐらいはしただろうか。

 今日の制限時間が少なくなってきたところで俺は元いた場所に戻り、時間の停止を解いた。

 

「にゃ!?」

 

 今度の動きは劇的だった。

 猫は驚いたように立ち、周囲をしっかりと見回した後、逃げるように去っていった。

 実際逃げたんだろうけど。

 

 これで生き物への実験がある程度終わった。

 少なくとも猫相手には、時間停止中に触っても動き出すことはない。時間停止中に触ったら時間再開後に感覚として伝わる。しかしその伝わる感覚は時間が動いている最中よりかは随分薄い。

 あの猫には悪いことをしたが、実験の結果としては満足いくものだった。

 

 これが猫だけの効果なのか、生物全体に対しての効果かわからないけど、次は人間に試してもいいと思える結果だった。

 

 さて。残り時間はもう少ない。

 今日はこのまま、アクセルの街を見回ってみよう。

 心配してたけど、この街はかなり治安が良いようだ。日本とは流石に比べようがないが、朝や昼にいきなり襲われる心配はあまりしなくていい。きちんとした警察署や裁判所まであった。とりあえず様々なところを見て、自分の世界との差を明らかにしていこう。

 昨日は風呂に入ってないし、今日は公衆浴場に行きたい。ただ神器を風呂を浴びるときはどうするかだな。どうにかして風呂付きの一軒家が欲しいものだ。

 

 後、今日やることは神器の残りの時間を使って、人間相手の実験だな。

 他に誰もいないところを見計らって店主にでも試させてもらおう。

 しかし――

 

「猫の次は、おっさんかよ……」

 

 折角の時間停止能力を得たのに使う最初の相手は人間外で、その次はごついおっさんである。

 話としては盛り上がりに欠けすぎるぐらいだ。

 ちょっとげんなりした気分で、俺はアクセル街を歩き回った。

 

 

 

 十六日。

 俺は冒険者ギルドと呼ばれる場所の前にいた。

 冒険者というと俺の頭には中折れ帽を被って鞭を持ったインディな人を想像するが、ここで言われる冒険者は何でも屋みたいな役割らしい。様々な依頼を請け負ったり、モンスターを倒すなどして報酬を受け取る。魔王軍なんて言ってたから予想はしていた。やはりここにはモンスターという存在がいるらしい。

 昔友達の家でRPGをやってるのを見たことがあったが、ああいう風のだろう。

 

 依頼などの仲介役やモンスターの死骸を買い取ったりをしてくれるのがここの冒険者ギルドだと昨日聞いた。

 他にも冒険者をやっていく上で重要な物が手に入るらしいが、こればかりは実際に試してみないとよくわからない。

 

 俺は冒険者ギルドに入ると、良い匂いがする。

 

 ここも食事を販売しているようだ。俺は受付と書かれた場所が四つあって、そこの並んでいる人が多い場所に俺も並んだ。何故かと言われたら、受付嬢が美人だったからだ。

 金のウェーブがかかった髪の毛。黄金の蜂蜜のように綺麗だ。顔だちも整っており、柔和な印象を与えるその容貌は美人なお姉さんと言いたくなる。

 

 なにより抜群のスタイル。主に胸。胸! おっぱい! でかい!

 

 その素晴らしい胸を谷間が見える服装をしている。屈んだらぽろりとでもしてしまいそうである。むしろなんでその服がずり落ちないのか。不思議な力?

 

 外にはクールに内心ドキドキしながら俺は待つ。

 ようやく俺の番まで回ってくる。

 

「今日はどうなされましたか」

「冒険者になりにきました。ここで合ってますよね」

「合ってますよ。では登録手数料千エリスかかりますがよろしいでしょうか」

「はい。えっと、これで」

 

 俺は袋の中から金貨を二枚取り出し、彼女の前に置く。

 その時、おっぱいを直視してしまいたくてたまらなかったが鉄の意思で耐える。女性は人の視線。特に性的な視線に敏感だと聞いたことがある。警戒されるわけにはいかない。

 

「預からせてもらいます。では、冒険者の登録をさせていただきますので、少々お待ちください」

 

 彼女は受付の窓口から引っ込み、向こうの扉から出てくる。彼女の手には一枚のカードと大事そうにアンティークっぽいものが握られていた。

 それを窓口のところにおいてぺこりと頭を下げる。俺! 自然に胸を見ようとするのやめろ!

 

「これから冒険者登録をしてもらうに従って説明をさせてもらいますね。この小さいカードが冒険者カード」

 

 免許証みたいな大きさのカードだ。

 何とか読み取ろうとすると筋力やら生命力やらが書かれている。

 

「冒険者になるにあたって大事なカードです。身分の代わりもなるもので大切にしてくださいね。もしなくしたら500エリスで再発行となります」

 

 益々自動車の免許証っぽい。

 母親は車には乗らないが、免許証は身分証代わりとしていつも持っていた。

 

「モンスターの討伐はここに記載されます。嘘誤魔化しはできません。そしてこの左下の部分がステータス。自分の力が詳しく書かれているところですね。これによって自分のなれる職業が決まります。生命力や筋力に優れているならソードマン、敏捷性に優れているなら盗賊、知力と魔力に優れているならウィザードになれたりしますね」

「職業によって大幅にかわることがあるんですか」

「まず取れるスキルが違います。冒険者という例外を除けば、その職業によって取れるスキルは限られています。それにステータスの伸びなんかにも関わってきます。あっ、言い忘れてましたが、スキルはモンスターを倒すことでレベルアップすればスキルポイントを得て、自分でカードを操作して取ることができます」

 

 モンスターを倒して強くなるか。

 本当にRPGみたいなんだな。

 

「では。この水晶のところに手をかざしてもらってもいいですか」

「わかりました。これでいいんですか」

 

 アンティークに冒険者カードをセットしながら言うので、俺は言われた通り水晶の部分に手をかざすと、水晶が淡い光を発する。

 その光はどんどん下に落ちていき、ビームのように冒険者カードに文字を記載していく。

 

 なんというかすっごいファンタジー。

 

「はい。ありがとうございます」

 

 すぐにその記載は終わった。

 彼女は冒険者カードを両手で取って、カードに書かれたものを見る。

 

「ミシマ、ユウスケさんですね。んっと、ステータスは……かなり高いですね。魔力は低いですが、筋力。生命力共に高水準です。敏捷性と知性も悪くないですね」

 

 おお、褒められているようだ。

 自分がクズであると気づいた九歳の頃の俺。健全な肉体は健全な精神が宿ると信じ、そこからは剣道に熱中した。毎日毎日竹刀を振り続け、その甲斐はあったのか。

 

「前衛職は大体全部にはなれるのではないでしょうか。まだステータスは足りませんけど、レベル十五の頃には上級職に転職もできると思います」

 

 魔法なんていうものは性に合わないし、前に出て戦えた方がいいので丁度良い。

 

「両手で持てる剣を使う職業というと、どれになりますか」

「ソードマンはどうですか? 悪くない選択だと思いますよ。単体になったとしても強いのがソードマンの強みですし、ソードマンの上級職のソードマスターは、全職業中の最高の攻撃力を持っていると言われています」

「じゃあ俺はそれにしようかな」

 

 職業は決まった。俺は冒険者カードの操作の仕方やソードマンのスキルの効果を教えてもらい。

 他には冒険者ギルドでの仲間の募集の仕方や入り方。依頼の受け方や初心者はどういうものを受ければいいかを教えてもらった。

 

「長々と時間取らせて本当に申し訳ないです」

「いえ。大丈夫ですよ。これが私の仕事ですしね」

「でもこんな丁寧に教えてもらって、受付してもらえたのがルナさんで良かったです」

「お上手ですね。そんなに感謝してもらえるなら、ユウスケさんが稼げるようになったらシュワシュワでも奢ってもらおうかしら」

「もちろん。いつか喜んで奢らせてもらいます」

 

 そんなちょっとした軽口を叩いた後、再度お礼を告げて俺は彼女と別れる。

 まだまだ仕事があるわけだし、俺がこれ以上拘束するわけにはいかない。

 

 

 俺は冒険者ギルドのお手洗いに入って――ポケットの中にある神器のスイッチを押した。

 

 

 用も足さずに、俺はお手洗いから出るとそこは変わってないようで変わってしまった世界である。

 音はなくなる。存在するのは俺の靴音と心臓の音のみ。ごくりと唾をのみ込んだ音がやけに大きく聞こえた。

 

 さっきまでいた場所に戻ってくる。

 そうすると、そこにいるのは営業スマイルで次の冒険者を相手しているルナさんだ。

 

「……マジ糞クズだな」

 

 仕事とはいえあれだけ丁寧に接客してもらっておいて、俺は最初のターゲットをルナさんに決めた。

 

 三つ子の魂百まで。

 馬鹿は死ななきゃ治らないというが、クズは死んでも治らなかったようだ。

 

 宿屋の主人で確かめたが、人間も猫の時と変わらない。触っただけで停止が解けるということはない。だから俺は彼女にエロいことをしようとすれば、することができる。

 指が震える。まだやり直せると理性は告げているが、本能が俺の指を震えながらも伸ばしていった。

 

 胸元の服に指を引っかけて、下に引っ張る。

 それだけで世界がひっくり返った。

 

「これが本物……か……」

 

 大きい。わかっていた。大きいのはわかっていた。それでも言わざるをえない。彼女の胸は大きかった。

 

 どうやって服に入ってたのかというほどたわわなおっぱい。

 染み一つないハリのある胸の頂点にはほんのりと赤く染めた桜色がちょこんとある。

 

 綺麗な外国人みたいなお姉さんの生乳。

 その姿にどれほどの価値があるだろうか。

 

 いやらしさがない営業スマイルでおっぱいを露出しているギャップ。その姿にとてつもないエロスを感じる。

 

 罪悪感。後悔。そんなものを吹き飛ばす現実がそこにはあった。

 

 クズの俺はその偉大な光景に思わず拝む。

 

「ありがてえありがてえ!」

 

 生きててよかった。いや一度死んだけど。

 十秒以上そのエロの塊に合掌していただろう。

 

「なにしているんだ俺……」

 

 ただただ時間を無駄にしていることに気付き、自分の馬鹿っぷりに変な顔になる。

 ポケットの中にある時計の時間を見たら残り八分である。予想以上に変な行動で時間を取ったらしい。馬鹿かな? 大馬鹿かな?

 

 少なくとも三分の余裕を持たせておきたいので、彼女への悪戯は五分が限度だ。服をちゃんと直す時間も考えたら、四分半か。

 

 俺はおそるおそる手を伸ばして、露出されたおっぱい、その頂きを触る。

 女性の乳首の感触ってこんな風なのか。柔らかく、ゆっくり押すと形を変える。

 そのままおっぱい全体を軽く触る。まるでこの女性のすべてを征服したかのような絶対感。吸い付かれたかのようにおっぱいから手を離すことができない。

 

 揉んでみると、弾力がある。

 

 初めておっぱいを触った感触に驚きを隠せなかった。

 想像してたよりおっぱいの中には詰まっている感触がある。風船みたいなイメージをしていたが、それとはちょっと違う。でもルナさんのおっぱいは柔らかい。

 クニクニと乳首をこねる。

 ルナさんは彼氏はいるのだろうか。もしくは結婚しているのだろうか。二十歳は越えているだろうにまるで誰にも触られたことのないような綺麗な乳首を触る。

 もう一度おっぱいを手のひら全体でこねる。ルナさんのおっぱいが俺の意思で動く。ぶるんぶるんと大迫力だ。こんな美人のおっぱいを俺が触っているなんて信じられない。

 

 彼女の肉。彼女の熱。彼女の隠しておきたい場所。

 それらのすべてが俺によって暴かれている。今日会ったばかりの俺に、ルナさんはおっぱいを触らせていた。

 

 ずっと喋っていたせいか、汗が浮かんでいる胸の谷間を見ながら俺は彼女のおっぱいを楽しんでいた。誰だってこのおっぱいを見れば揉みたいと思うだろう。股間を膨らませるに違いない。

 これだけしてもルナさんのスマイルはまったく曇ることがない。

 まるでなにもされてないのと同じ。振り払うこともしない。ただ変わらず俺の変態的行動を一身に受けるだけ。時間が止まった世界で、あまりにもルナさんは無防備だった。

 

 輝くような金の髪の毛の匂いを嗅ぎながら、ルナさんの乳房を掴む。

 ルナさんの乳房は俺のような童貞には衝撃的である。

 

 おっぱいに対してささやかで可愛らしい乳首を、口に含んでちゅーちゅーと吸い取りたい。

 

 このおっぱいを時間無制限で、思うままに弄れたらどれだけいいことか。

 

 宿屋のおっさんに試したのは、触っても時間停止が解除されないことと軽く触っても気づかないことぐらいだ。猫の時のように強く触るとどうなるかは調べていない。おっさんを猫みたいになでなでしたくないし。

 それに好き放題してしまえば、制限時間のことを忘れて無茶苦茶にしてしまいそうだ。

 初めてのエロに興奮しすぎてしまっている。

 俺は名残惜し気に一揉みだけして、そのおっぱいから手を無理矢理離させる。

 

 下半身は受付窓の向こうにある。

 なので俺はルナさんの顔に手をかけた。

 頬を触る。そしてその甘い唇を軽く触ると、

 

「あっ、やべ」

 

 口紅が手についた。

 そりゃそうだ。この世界の住民も化粧ぐらいするか。

 このぷりぷりとした唇にキスしたいけど、今日はお預けにしとこう。

 最後に口紅がついていない方の手でおっぱいを一撫で。二撫で。三撫で。四撫で。きりがねえ!

 

 これから何度もこういうことができるのだと自分で自分を納得させ、俺は彼女の服に手についた口紅がつかないように気を付けながら服を元に戻す。

 再度合掌した後、誰にも当たらないように気を付けながらトイレの中に戻る。神器の制限時間を見てみると、残り二分しかなかった。

 

「時間の感覚も掴まないといけないな」

 

 時計を見なくてもどれぐらい時間がかかってるか把握できた方がいい。

 でも体内時計の作り方なんてどうすればいいのか。ボクシングなんかは三分間の練習が多いせいで三分間なら大体誤差なくわかるというが、高校の剣道にそういうものはない。

 今後の課題を考えながら俺はトイレで口紅がついた手を洗った後、扉を出る。

 

 さて、これからどうしようか。今すぐギルドの依頼を受けるってわけにもいかない。お金の減りも気になってきたので、できれば明日か明後日には受けたいが、今日は剣を買ったり防具を買ったりとやることが多い。本当に自分がモンスターを相手に戦闘が可能なぐらいの力があるかもわからないしな。

 

 ギルドの窓口は盛況だ。

 特にルナさんがいるところは男の冒険者がずらりと並んでいる。

 変わらず懇切丁寧に冒険者に対応している。まさかついさっきそこで胸をさらけ出していたなんて欠片も思ってない営業スマイル。

 

 叫びたくなる。

 俺はその人のおっぱいを弄ったと公言したくなる。

 

 にこやかな笑顔を絶やさず対応する彼女のおっぱいを見て触ったんだぜという興奮。自分のド外道さへの後悔、そしてもしかしてばれるのではないかという恐怖。

 最初の時止めエロは、あっさりとしたものだったが、おおむね大成功をおさめた。

 

 

 



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三話

 首を回す。肩を軽く回す。

 パンを一口齧ったあと俺は筋肉をほぐすような動作をした。

 

 次の日の朝。夜の内に頼んでいたパンとサラダとスープを食べていた。

 なかなかパンも美味しい。個人的には日本の料理には勝てないと思っているが、それでも決して馬鹿にしたものでもない。味付けは然程変わらないし、十分すぎるほど楽しめる朝食だ。

 

 それにしても久々の筋肉痛だ。

 いや筋肉痛にはよくなるが、それは慣れたものである。剣道で慣れ親しんだ筋肉痛はもうまったく気にならないものとなっている。

 昨日剣を買って一日中振っていたことで、いつもと違う筋肉を使ったので、ちょっと体に違和感がある。

 

 剣道で竹刀は毎日振っていた。

 手はマメが潰れた上に更にマメができて潰れて、もう岩のように硬質化している。

 しかし、剣道はあくまで如何に速く相手の体に当てるかを目的としている。実際に斬って殺すことを目的とした振り方とは随分違う。それに剣と竹刀では感覚では大体三倍ぐらい重さの違いがある。重心も違うし、いきなり慣れるのは難しい。

 

 はずなんだが……そうでもない。

 

 おそらくだが、ソードマンのスキル。両手剣のせいだと思う。

 スキルポイントはレベルアップして得られる分とアイテムで得られる分と個人の才能によってあらかじめ持っている分がある。

 俺も最初から幾分かスキルポイントは持っていた。平均から見ると多めの。

 それで取ったスキルである両手剣。これのせいか初めて実物の剣を触ったにも関わらず、ある程度見れるぐらいには振えてしまっている。達人には程遠いが、一ヵ月か二ヵ月ぐらいは剣の練習をしていたような下地が勝手に出来上がっている。

 

 サラダを食べて、スープを飲む。

 この世界は俺の世界より文化レベルが劣っているのかと最初は思ったが、そうではない。

 ただ単に進む方向が違っただけだ。

 冒険者カードからしてもそれはわかる。相手の名前と力量が一瞬でわかる装置。そしてスキルという人を一瞬で強化してしまうシステム。とてもではないが、俺のいた世界にこんな力はなかった。圧倒的に上回られている場所も確かに存在する。

 それに下水道も完備してるし、風呂も魔法で普通に入れる。

 居心地がいいだけに、改めてこの世界をなめてはいけないと思いなおす。慎重に動くという俺の方針は間違ってないな。

 

 しかし、このパンは美味いな。

 一個おかわりは無料といってたしもらいたいが、腹八分目にしておこう。

 食べ終わった俺はトレーを持って、カウンターの場所に置き、ここからでは見えないが奥で食事を作っている店主に声をかける。

 

「ご馳走様でした。今日も美味しかったです」

「おう。今日から冒険者の依頼を受けるんだよな。踏ん張って来いよ」

「まあなんとか宿屋には帰ってこられるように頑張りますよ」

 

 宿屋の一階にはまだ俺と店主しかいなかった。

 朝早くなので冒険者はまだ寝ている人が多い。俺は早起きするのが癖になっているので、この時間から冒険者ギルドで依頼を受けるつもりだ。ゴブリンやコボルトといった雑魚モンスターの退治のついでに試したいこともあるしな。

 

 それにしても、だ。

 ムラムラする。

 

 こっちの世界に来てから下の処理は一度もしてないし、朝起きたときも俺の下半身はうるさかった。神器を見ると、制限時間は十七分。神器の実験もあるし、あまり使うことはできないんだがな。

 

 俺は扉のノブに手をかけて、誰も見てないことを確認してから神器のスイッチを押した。

 時間は停止しているはずだが、朝早いので元々喧騒がないからわかりにくい。まあ止まっているだろう。

 

 俺は扉を開けて急いでこの宿屋の馬小屋へと行く。

 時間はない。この後のために十分は残しておきたいからだ。

 

 馬小屋の中にいる一人の少女を見つけ、俺はいやらしく笑った。

 

「何度か見たことがあるな」

 

 体の左半分を下にして寝ているのは魔法使いの女の子だった。彼女が持っている中では高価なものなのか、胸にぎゅーと杖を抱きしめており、特徴的な帽子は彼女の近くに置かれている。

 赤く長い髪はウェーブしていて、触り心地が良さそうだ。群青色の服を身にまとっていて、動きやすいようにか長いスカートの部分には大きくスリットが入っている。

 

 どことなく薄幸そうな顔がそそるものがある。

 

「やっぱ馬小屋に泊まるのは危ないわ」

 

 白々しいことを言いながら俺は彼女の髪の毛を触った。良い手触りである。赤の髪の毛が前から気になっていたんだよな。

 彼女の癖っ毛を俺は撫でる。こんなところで寝ている割には、髪の毛は傷んでいない。アクセル街は宿屋の値段が高いだけで、公衆浴場の値段なんかはそんなにかからないので風呂はちゃんと入っているのだろう。

 大事にしているだろう赤毛を俺が勝手に弄っているなんて、彼女は夢にも思わないに違いない。寝ている彼女はどんな夢を見ているのか。それはわからない。

 

 もちろん、髪を触るだけで収まるはずがない。

 俺のちんこが出番だといきり立っている。こんなままごとみたいなので許してくれない。

 

 俺はボロンとちんこを取り出して、あろうことか彼女の髪に擦りつけた。

 女性にとって命とも言われる髪に、顔を見たことある程度の俺のちんこがぶちゅりとついてしまっている。前から一度したいことがあったんだよな。

 俺は彼女の髪の毛を使ってシコる。

 

 髪シコだ。

 

 腰を動かしてウェーブした赤毛を俺のちんこの道具とする。ただ射精するため彼女の髪の毛は使われる。まさかこんなことは夢にも思っていないだろう。

 が、擦っても擦っても俺のちんこには良い刺激がなかった。

 

「気持ちいいような少し痛いような……」

 

 ダメだこれ。

 

 髪だけを使ってのシコりは、出せる気がしない。もしローションみたいなぬるぬるしたものがあればいけるかもしれないが、俺には無理だ。

 髪シコは俺にとっては幻想だったのか。

 どっちかというと、女の子の髪を汚すというシチュエーションに興奮するのかもしれない。

 

「時間がないのにな。早く出さないと」

 

 髪だけで済ますつもりだったが、俺はスリットの中に手を入れて彼女の尻を揉む。

 うん? 意外にデカいな。もっと貧相な尻だと思っていたが、かなりのボリュームを感じる。安産型で、桃尻と言いたくなるような手応えだ。それもスリットの中を見ると、下着は遊びのない白。その清楚さに俺のちんこは更に硬さは増す。

 

 もう時間がない俺はとうとう禁断の行為をする。

 目をつむった彼女の顔に俺のちんこを近づけ、なんと魔法使いの口に俺はちんこを当てた。柔らかな唇の感触が俺のちんこから伝わる。

 

 キス。接吻である。

 

 ああ、もしかしたら彼女にとって初めてのキスが俺の鈴口なのかもしれない。

 ちゅっちゅっと俺の鈴口にキスをする彼女。

 まあ俺がさせているのだが。

 

 赤毛を俺は掴みながら彼女の口に執拗にちんこを押し当てる。まるでただのオナホみたいに、性的欲求を解消させるために、もしかしたらファーストキスやセカンドキスに当たるかもしれない大事なものを散らしていく。

 

 ただ朝にムラムラしたからという理由だけで、赤毛の魔法使いは俺のちんことキスするはめになっていた。

 

 口紅を塗るように俺の先走り汁を唇に塗っていく。汚くて臭い汁を彼女の口紅代わりとする。

 鈴口に三十回は無理矢理キスさせただろう。

 時間もないし、元から溜まっていたので、俺は我慢させることなく射精する。

 といってももちろん彼女の口にではない。

 

 ハンカチの中にである。

 こういう時のために何枚かハンカチを用意してある。多分彼女の口はこの後カビカビになってしまうと思うので、水で濡らしたハンカチで拭っておかないといけないだろう。

 後処理は大切だ。時間停止は実際使ってみると万能というわけでもない。

 緊張と高ぶった性欲で心臓の鼓動が早くなっていた俺の息は若干荒くなっていた。

 

「はぁふぅ……性欲解消を手伝ってくれてありがとう。名前も知らない魔法使いさん」

 

 射精し終わったちんこでまた彼女の口にちゅっとお別れのキスをする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 門番に頭を下げて、アクセルの街を出る。

 

 アクセルの街。別名始まりの街。

 始まりという名前の由来は、冒険者にとってここが始まりの土地だからだ。この国において魔王の城から最も遠く、出る魔物も弱い。領主は今一評判は良くないが、大貴族ダスティネス家のお膝元ということで領主も好き勝手できなく、治安はすこぶる良い。

 普通の冒険者はここから始めるのが、いつからかの決まりみたいなものになったらしい。

 

 だからあえて周辺にいるモンスターを根絶せず、冒険者がレベルアップできるように数を管理している。

 まあ絶滅させようにもできないモンスターもいたりするようだが。

 今回俺が冒険者ギルドから受けたのはコボルトの退治。数は五匹。

 森に棲むコボルトはモンスターの中でもかなり弱いらしい。少なくとも俺のステータスなら一対一なら負けることはないそうだ。

 

 なんでも森には初心者殺しという強力なモンスターもいるらしいから、そいつだけに気を付けて俺は森に入ってコボルトを探す。

 森に入って三分ぐらいで俺はコボルトの姿を見つけた。都合の良いことにいるコボルトは一匹だけだ。

 

 俺は押しやすいように外套の内ポケットに入れていた神器の力を開放する。

 

 時間が止まる。森の鼓動が止まる。木々のざわめき、鳥の鳴き声が止んだ。

 

 俺は速足でコボルトに近づく。接近して思ったのはまるで3D映画のモンスターがそのまま飛び出してきたようだ。緑色の化け物は、確かに生きてそこにいる。

モンスターがそのまま飛び出してきたようだ。緑色の化け物は、確かに生きてそこにいる。

 

 俺は剣を腰から抜く。

 まずは猫や人間では試すことができないことをするつもりだ。

 神器の説明にあった――生命に致命傷、またはそれに類することも不可能。

 これがどういうことかをモンスターを使って実験する。実験したいと思うのだが、なかなか斬りにいけない。

 

 心に拒否反応がある。

 生き物に剣で斬りかかるというのは、普通に辛い。中学生の頃にやったカエルの解剖実験なんかも正直あまり好きではなかったし、グロいのはできれば見たくない。

 

 でもここはそういう世界だ。

 これからもモンスターを斬らないと生きていけない。

 大きく深呼吸を二回する。

 

「よしっ!」

 

 覚悟を決めた俺は、コボルトに向かって全力で斬りかかった。

 ずぶずぶと刃はコボルトの肌に沈んでいく。嫌な感触が手に伝わる。モンスターを半分ほど斬ったところで、俺は手を止めた。

 

「あれ……これ死んでね?」

 

 半分まで斬られた生命が生きているはずない。

 このモンスターがそんなにタフなら雑魚モンスターと言われることはないと思う。

 どういうことだろう、と俺は剣をコボルトの体内から抜き取る。

 そうすると、まるで世界が修正されたかのように――コボルトの傷が治る。斬ったことがなかったことにされたようにだ。

 

「なるほど。こうなるのか」

 

 だから致命傷を与えることは不可能なんだな。

 それならと俺は地面に転がっている石を集め、もう一度コボルトを半分まで斬って、その体内に石をありったけ突っ込む。

 おらおらおらと石を体内に詰め込む。赤ずきんの狼を思い出すな。子供心にこいつら主人公側のくせに残酷すぎだろうと引いていた。本来ならもっとえげつない話だと後々聞いて更に引いた。

 これだけ石を突っ込まれれば、時間を再開させれば石により勝手にコボルトは死ぬだろう。常識的に考えるならばだが。

 

 俺は剣をコボルトを斬ったままにしておき、自分は物陰に隠れて時間を再開させる。

 

 その瞬間俺の手にはなぜか剣があった。

 

 この手にあるのが自然だとでも言いたげに俺はいつの間にか剣を握っている。

 そしてコボルトの足元には大量の石。ごく普通にコボルトは動いている。

 

 再度――時間停止。

 

 どうあっても致命傷に類する危害を加えることは不可能か。なにかしら裏技があるかもしれないが、直接は無理のようだ。

 

 俺はコボルトの口を軽く開け、腰にかけてある水筒の水を口内に入れた。滅茶苦茶入れたら溺死判定されるかもしれないので、そんなに大量には入れないでおく。

 結果を確かめるために物陰に隠れてスイッチを押す。

 コボルトの口から水が垂れる。

 何が起こったのかとモンスターも驚いている。

 これぐらいなら修正がかからないのか。あくまで大きな危害を加えようとすると、なかったことにされるだけなんだな。

 

 斬る感覚もなんとか我慢できるようになった。

 俺は物陰から出て堂々とコボルトの前に出る。

 俺の時止めは制限時間がある。今日のような十分以上ある日ならいいが、一日から五日辺りまではろくに時間を止めることができない。だから素のままでも戦えるようにしておかないといけない。戦闘での時止めはあくまで保険だ。

 

「ウインドソード」

 

 ソードマンの一つのスキルを使う。剣が僅かに緑色に染まる。効果は剣速が上がる。ソードマンの武器のエンチャント系の一つだ。

 まだ慌てているコボルトに向かって俺は、一歩踏み出す。

 

「接近」

 

 二つ目のソードマンのスキル。敵に近づく速度が上がる。後ろから押されているみたいだ。足が軽い。グッと踏み込む足にあまり力を入れなくても、進む距離は長い。

 敵に近づかなければ剣士は意味がない。特に接近スキルには多めのスキルポイントを振っている。

 

 トットットッ、と地面を蹴る足音。コボルトに構えさせることすらない。

 

 俺は風のように接近して、コボルトの首を跳ね飛ばした。

 あえて首を斬り飛ばしたのは、剣道にこんな技はないからだ。首を横凪ぎするなんていうのは一本取ってもらえるわけがない。わざとだとしたら反則として取られかねない。

 それでもそうしたのは、剣道とは違うことを自分に実感させたかったからだ。

 竹刀ではなく剣を。自分の心を正すためではなく、モンスターを倒すため。それに今後俺は剣を振う。

 

 残心。

 達成感があるが、集中力は途切れないようにする。

 コボルトの緑色の血を布でぬぐって、俺は次の獲物を探すことにする。

 残りは四匹。

 結果からいえば、特に苦労することなく俺はこの依頼を達成することになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 初めてのモンスター討伐から大体一ヵ月が経った。

 あれからもコボルトとゴブリン。雑魚モンスターと言われる程度の依頼を受けてレベルは五になった。一度大型獣みたいな初心者殺しと呼ばれるモンスターに出くわしたが、時を止めて逃げた。

 

 今は一日間の稼ぎは三千エリスちょっと。大体一日宿屋と食事に三千エリス使ってるからトントンだ。

 剣も消耗品だし、怪我でもしたら治療費がかかる。とてもではないが、これではやっていけない。格安である馬小屋なら宿屋代がほぼ丸々浮くから、それなりにやっていけるんだが、もしもを考えると踏ん切りがつかない。

 

 といっても、この一ヵ月だが、モンスター退治でやっていけるかもという僅かな自信はついた。

 これから俺もレベルアップしていけば、稼ぎの良いモンスターを退治できるようになるだろう。それなら遠慮なく宿屋で暮らせるし、果ては自分の家まで持てるかもしれない。本当に早く風呂付きの自分の家が欲しい。

 

「レックス達王都に行ったらしいぞ」

「レックスなんてどうでもいいわ。ソフィの姉さんが行ってしまったことはショックだけどな。あの気の強そうな目。んー、たまらなかったのに。ちくしょう。今夜の夢はソフィのSMプレイで決まりだわ」

「しっ! 声でけえよ。まああいつらは強かったし、そろそろ出るのも納得なんだが。あー、俺達もレベルは充分だし、どっか他の街でも行こうかな」

「行かねえだろ」

「うん、ねえわ。この街から離れることは無理。俺も今日の夢はソフィにする」

 

 冒険者ギルドのテーブルに座っているので、近くに座っている冒険者の声が丸聞こえだった。

 なにやら盛り上がっている冒険者二人組はなにが楽しいのか、肩を組んで出ていく。

 冒険者ギルドの飯もなかなか美味いが、俺はちびちびとシュワシュワを飲む。えらく飲み心地がいいけど、酒でも炭酸飲料でもないらしいがなんなんだろうこれ。まあ美味いからいいけどね。

 

 何人かいるウェイトレスが目に入る。ルナさんには届かないとはいえ、ここのウェイトレスはかなりの美少女揃いで正直嬉しい。宿屋では絶対敵わない点である。あっちは気の良いおっさんだからな。

 

 なぜ俺がここでよくわからないものを飲んでいるかというと、パーティーを作ろうかと思っているのである。

 冒険をするためのパーティー。基本的に冒険者は四人一組のパーティーを作る。

 俺は人より冒険者の才能はあるようだ。けどそれでも突出しているわけではない。もし魔剣や聖剣を選んでいたら一人でも冒険をできてただろうが、そうではない。

 戦闘において時を止めるという保険を使いにくくなるのは痛手である。しかし、後最低でも一人かもしくは二人は仲間が欲しい。

 

 俺の目的は魔王討伐だ。まあ能力からしてそれは無理だとしても、魔王を討伐する手助けはしたい。あの女神アクア様にもらった恩は大きい。せめて少しは返しておかないと。

 

 俺の職業はソードマン。接近戦は得意だが、遠距離戦は不得意だ。ちょっとしたタンク代わりもできるし、欲しいのは遠距離に強いウィザードと回復が主体のプリーストか。

 冒険者ギルドの募集欄に募集の紙を貼った。

 自分の職業とできれば入ってきてほしい職業。報酬はきっちりと山分け。できれば一度試しにパーティーを組んでみませんかというのを丁寧に書いてある。

 

 別に男であろうが女であろうが構わない。

 男のがどっちかというと楽か。

 時止めもパーティーには使いたくないし。バレる可能性が上がるしな。

 

 シュワシュワを飲み終わり、暇なのでコップを中指でこつんこつん叩いていると、えらく可愛らしい声がした。

 

「ふっふっふ、募集の張り紙見ましたよ。ウィザードの募集ですね」

 

 コツコツとわざとらしい地面を杖の先で叩く音。

 

「運命の時来たれり。世界の祝福はあなたに微笑みました。ここより伝説が始まります。謂わばこれは深淵な伝説の序章の出会い!」

 

 声だけではなかった。

 その女の子は顔も可愛かった。

 バサッとマントを翻す。紅色のマントがたなびく。

 

「我が名はめぐみん! ウィザードを超えるアークウィザードに座する者。最も強力な破壊力を持つ技を習得せし、紅魔族の天才!」

 

 人間ではないような真紅の瞳。まるで元の世界でも滅多にないとされるレッドダイヤモンドのような美しさ。その瞳は吸血鬼を思い出させるが、その顔の整い方は可愛らしさが優先される。十字架が書かれた眼帯を左目にしているのは、何かしら意味があるのだろう。

 服は全体的に赤を基調としている。とんがり帽子をして杖を持つ彼女の姿からは、魔女を連想させる。しかし魔女といえばしわくちゃのおばあさんが基本で、こんな可愛らしい魔女はいないだろう。

 肌には幼さ特有の柔らかさが見て取れ、ルナさんとは真反対の薄い胸。年齢は俺より四歳か五歳は年下か?

 

 彼女の容姿とその言動に見惚れていた俺だが、慌てて席を立つ。

 紅魔族と彼女は言った。どうやらこの世界には人間にも種族があるらしい。独特な言葉だったが、失礼に当たらないようにちゃんと返さないと。

 俺は見様見真似でマントを翻す。

 

「俺の名前はミシマユウスケ! 神に選ばれし存在。剣を取りし、魔王討伐を目的とする者!」

 

 今まで会った人達の挨拶は普通だったから油断していた。

 

「おお」

 

 それを見た紅い少女はというと、軽く拍手していた。

 

「まさか紅魔族以外でこの挨拶に応えられる人がいるとは。里から出てきて初めてです。なかなかやりますね」

 

 ……あっ、別にこの挨拶は紅魔族だけがやる挨拶で俺はやらなくて良かったのね。

 

 ヤバい。普通に恥ずかしい。

 

 俺の顔が彼女の瞳より赤くなるのを抑えながら、俺は向かいの席をすすめる。そして、ウェイトレスさんを呼び、彼女の分のジュースを頼む。

 

「奢りですか?」

「うん。それで君はあの募集の紙を――」

「あっ、じゃあウェイトレスさん。唐揚げとパンももらえませんか。パンは三つで」

「わかりました。ご注文は以上ですね。少々お待ちください」

「……いや、別にいいけどね」

 

 俺もそこまで金あるわけではないんだけどな。

 可愛らしい外見とは裏腹に中身はなかなかふてぶてしいようだ。

 しかし、アークウィザードと言われたらそれを咎めることはできない。上級職。それが本当ならこのような姿をして俺の何倍も強いのだ。

 元の世界と違ってこの世界では見た目の強さはあてにならない。ステータスと職業とスキルさえ強ければ、子供だろうが強さは保証される。そんな職業の人がパーティーを組んでくれるなら心強い。

 

「さっきも紹介したけど俺の名前はミシマユウスケだ」

「ユウスケとお呼びしても」

「いいよ。じゃあこっちもめぐみんでいいかな。俺の職業は書いてある通りソードマンで、そうだな、これ見せた方がいいか」

 

 俺はポケットの中から冒険者カードを取り出してめぐみんの前に持っていく。

 

「レベルはまだ恥ずかしながら五だ。駆け出しの冒険者だな。スキルは……接近に多めにポイントを振っている。小デコイも獲得してるから本職のナイトやクルセイダーより効果は低いが、ちょっとしたタンク役もできる。後は武器へのエンチャント系のスキルと斬撃威力に振って、それと魔法耐性にも振ってるかな」

 

 子供ながら上級職の相手に見せるのは恥ずかしいが、パーティーを組むなら実力は正直に話しておいた方がいい。

 何ができるかわからない相手では共闘できないしな。

 

「レベル五にしてはステータス高いですね。上級職になれるまで二、三歩。スキルも充実していますし、期待の新人ってところですか」

 

 彼女はそこまで言ったところでドヤ顔を決める。

 

「しかし、所詮は期待の新人止まり! ハンバーグについてるパセリが如く! 紅魔族の天才少女にして期待の大型新人の私のステータスを括目せよ!」

 

 めぐみんの冒険者カードが見せられる。

 

 すごっ!

 

 普通に俺は驚いた。

 レベルはそんなに変わらないのに知力と魔力がずば抜けている。魔力に関しては俺の十倍以上ある。才能の差というのも感じさせられる。自分でいうだけあってこの子は天才の部類だろう。

 

「本気ですごい。優秀なんだなあんた」

「んふー、そうでしょうそうでしょう」

「スキルの欄も見せてもらってもいい? 指で隠れているからちょっとこっちからは見えなくて」

「…………」

 

 なぜか脂汗を流す天才魔法少女。

 ここ暑いだろうか。俺はそんなに暑いとは思わないんだけどな。

 

「こ、これが私のスキルです!」

 

 彼女は少しだけ指をずらす。

 そこで見えるのはスキル一つだけだった。

 

「爆裂魔法。威力ありそうな魔法だ」

「威力あるなんてものじゃありません!」

 

 唐突にヒートアップする少女。

 飛び込むようにしてテーブルに身を乗り出すめぐみん。

 コップに当たりそうになったので、危うくどける。

 ルナさんと同じく胸元が少々緩い服を着ているので、危うく見えそうになる。おっぱいが。

 

「最高の破壊力を持つ選ばれた技が、爆裂魔法です。どんな相手だろうが絶対に通用するのが素晴らしいところ!」

 

 そんなことにも気づかないように彼女は熱弁する。

 

「その破壊力たるや及ぶものなし! あまりにも威力がありすぎてダンジョンで弱いモンスターに使う意味がない。だからネタ魔法などと呼ぶ人がいますが、大きな間違い。勘違いです!」

 

 あっ、乳首見えそう。

 

「撃てば跡形も残らない。それはロマン! 格好いい! 一撃必殺。これほどこの魔法を表した言葉はあるでしょうか! いやない」

 

 反語まで駆使しやがる。

 そこまでの熱意か。

 

「スキルポイントを大量に使う。普通のアークウィザードだと一発すら撃てない魔力を使う。そんなものは関係ありません。そこに爆裂がある。だから使うんですよ。わかりましたか!?」

「あー。爆裂魔法がリスクが多いだけあって、素晴らしい威力を持っているのはわかった。よーくわかった。……でも、そんなリスクが多い魔法だけでやっていけるのか。魔力を大量に使うなら、そんな連発できるものでもなさそうだし」

 

 隙があったのは彼女の体だけではない。

 彼女の冒険者カードにもだ。高いステータスを持つ彼女のスキル欄には一つしか刻まれてなかった。爆裂魔法以外のスキルは書かれていない。

 アークウィザード。上級職の彼女は驚くべきことに一つのスキルしか使えない。

 

 顔を凍結させ、ゆっくりと姿勢を正す彼女。

 

 どう言うつもりなのかと思ったら、彼女は叫んだ。

 

「確かに一日に一発しか使えませんよ! 悪いんですかこれが悪いんでしょうか! おかげでパーティーに入ってもほぼ解雇状態! 唯一成功したパーティーの人達は王都に行ってしまいましたし!」

「他のスキルを覚えたり使ったりする気は――」

「一切ありません!」

 

 言い切るのか。

 レベルアップしてスキルポイントを得てもこれからずっと爆裂魔法につぎ込む気なんだな。

 

 じゃあ、どうしたものか。

 パーティーを募集してみたはいものの、来たのは高威力魔法しか使えない上級職。

 彼女は爆弾だ。一日に一回しか使えない。

 初心者がパーティーを組むには癖が強すぎる性能である。

 

 それは彼女もわかっているのか、やさぐれた表情をしている。どうせ今回は機会がありませんでしたと言うつもりなのでしょと恨み言をつぶやいている。

 まあ、普通なら追い返すべきなのかもしれない。

 

「なにもパーティーを断るとはいってないだろう」

「本当ですか!」

 

 再度テーブルに乗り出して上目遣いに見てくる。

 チラッとブラジャーの中にある乳首が見えたかもしれない。

 

「言質! 言質取りましたからね!」

「まだパーティー組むとは言ってない! 爆裂魔法。その威力次第では組んでもいいかもしれないとは思ってる」

「あなたはなかなか見る目ある人ですね。紅魔族の挨拶も返してくるし、外では笑われる紅魔族特有の名前も聞いても笑いませんし」

 

 変な名前なのか。異世界だからそんな名前ぐらいあるのかなと思って流してた。

 日本人の俺からしたら外国の名前でも変に感じるものも多いしな。

 

 なぜパーティー組むかもしれないと言ったのは彼女が可愛いからではない。一瞬見えた乳首がピンク色をしていたからでもない。

 俺はできれば魔王を討伐したい。できなくても魔王討伐の手助けがしたい。大物をいつかは倒すつもりなのだ。

 

 でも神器の能力的に倒すのは困難を極めるだろう。

 しかし、彼女ならば。高い魔力とスキルポイントを惜しげもなく一つのスキルにつぎ込んでいる彼女なら――大物も食えるかもしれない。

 そういう打算を込めての結論だ。

 ……正直可愛いからというのもちょっとはある。仲間を組むのは男の方がいいとはなんだったのか。今までは関わってきたことなかったからわからないだけで、もしや俺って可愛い子に弱いのか?

 

「任せてください。威力に関しては他の追随を許しません。本当の最強魔法をお見せしますよ!」

 

 何度も練習したのか。

 ビシッとしたポーズを決めながら、彼女は意気込みを語る。

 子供が背伸びしたように感じるその姿からは、とてもではないが高威力の魔法をぶっ放す魔法使いには見えない。

 

 

 



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四話

 

 

「はい」

「なんですか、これ、って重っ!」

「なにって鉄だよ」

 

 俺は手のひらサイズの薄い鉄の塊をめぐみんに手渡した。重さは二キログラムほどか。なんの効果もないただの鉄である。

 

「こんなの渡されてどうしろと。鈍器みたいにモンスターに近づかれたらこれで殴れとでも?」

「持つか。ベルトに挟むでもしていてくれ」

「ああ――ふむふむ。ユウスケも考えてますね。そういうことですか。ジャイアントトード対策ですね」

 

 この鉄の塊には意味がある。

 

 俺達がパーティーを組むかどうかのお試しに受けた依頼はジャイアントトード退治。外見は滅茶苦茶デカいカエルとか。

 これがかなり素早く、牛や人間を一飲みにする凶悪なモンスターである。繁殖期である春と冬眠前の秋は活発的に生物を襲う。

 分厚い肉は美味だが、打撃技を通さず、生命力も強い。こんな凶悪なモンスターは初心者には無理に思える。しかしこのモンスターにも弱点があって金属製のものは呑み込めない。

 

 剣を持っている俺はいいが、金属製の物を持ってないように見えるめぐみんへの保険として鉄の塊を渡したのだ。ちなみに鉄の塊は鍛冶屋で理由を説明して頭を下げて借りた。

 

「作戦は覚えているか?」

「当たり前です。紅魔族は知力が高いことで有名なんですよ。その中でも天才の私が覚えられないわけありません」

「よし。じゃあ作戦開始とするか」

 

 彼女に少し高くなっている地面にいてもらって、俺はカエルがいる場所に飛び込んでいった。

 

「ゲコッ」

 

 まんまカエルの鳴き声を発している。

 しかし、その巨体はカエルとは桁が違う。俺の身長よりデカい。

 これなら農家の大人や子供が呑み込まれるというのもわかる。

 

 見える範囲ではカエルは五体いる。近くに二体。中距離に二体。かなり離れた場所に一体だ。

 

「小デコイ」

 

 近くにいるカエルを引き付ける。

 このスキルはモンスターを引き寄せる。他に気になることがなく、ある程度の近さもあってジャイアントトードの二匹はこちらに向かってきた。

 一番遠くにいるカエルはスキルの範囲外なので、まったく引き寄せられることはなく向こうをむいたままだ。

 

 二匹では足りない。俺はあらかじめ拾っておいた石を中距離にいる片方の巨大カエルに投げた。これはダメージにはならないが、興味はひけたようだ。

 これで俺に襲い掛かってきてるのは三匹。できれば後一匹は欲しいな。

 俺はうろちょろとあまりその場所から離れないようにしながら逃げ回る。

 

 カエルとの位置を調整しながら俺は足に力をこめる。カエルは餌を食べる時は立ち止まらなくてはいけない。舌の射程距離に注意しながら、ジャンプした瞬間を狙って俺はめぐみんから見たらカエルの向こう側の位置取りをする。

 

 これは爆裂魔法の範囲から逃げるためと後は保険だ。

 

 レベルアップで上昇したステータス。敏捷も高めなので、カエルの速度にはなんとか勝ってる。

 

「…………チッ!」

 

 勘がした。

 俺は立ち止まり、勘が知らせた方を向きながら外套の内ポケットにある神器のスイッチを押す。

 

「……あぶね」

 

 俺の足元めがけて伸びているジャイアントトードの舌。

 俺よりも速い個体がいたのか、それとも獲物を絡め取る反射が優れているのか、一秒以内に俺は捕まっていただろう。

 丁度ジャイアントトードがめぐみんと俺との視線を遮っていてよかった。保険が効いたか。

 

 めぐみんは知力が高い。俺よりも地頭は良いのだろう。神器を使っていることもバレないように特に気を付けないといけない。

 足の位置を変え肘でスイッチを押して、俺は時間を再開させる。

 

 その瞬間腰から抜かれた俺の剣はカエルの舌を斬っていた。

 来るとわかっているなら、いくら早くても対応できる。

 また追いかけっこの始まりだ。めぐみんには大体の射程距離を聞いている。その間までで俺は逃げ回る。

 

 しかし、これ以上はもう無理か。

 

「ゲコッ」

「ゲコーゲコー」

「ゲコッ! ゲコッ!」

 

 カエルの合唱が周囲に鳴り響く。

 三匹では少し足りないような感じもするけど、このままでは捕まってしまう。中距離にいるもう一匹のカエルに石を投げる暇すらない。

 巨体での圧迫感。多数ということもあって、負担が大きい。今は精神を尖らせてどうにか逃げ回っているが、それも長くは持たないだろう。集中を途切らせるか足を止めたときには俺の体は絡めとられる。

 

「おっ、来たか」

 

 そう思っていると、俺とジャイアントトードのロマンの欠片もない追いかけっこに釣られたのか、中距離にいるジャイアントトードが近づいてくる。一番離れたところにいるジャイアントトードはまだ向こうをむいたままである。

 

「良い状況だ」

 

 完ぺき。

 作戦を実行する。

 

「小デコイ」

 

 これによって更に熱心に四匹のジャイアントトードは俺を追いかけることになる。

 そして、それからの――

 

「接近」

 

 一番遠くにいるジャイアントトードに俺は接近のスキルを発動させる。

 急激に加速する。位置取りを気にしていたおかげで真っすぐに俺は遠くのカエルに走ることができる。似たような速さだった俺とジャイアントトードは、今やウサギと亀だ。カエルだから蛇に例えた方が良かっただろうか。ウサギと亀だと最後ウサギ負けるし。

 とにかく俺はジャイアントトードの注意を引きながら距離を開けることに成功した。

 

 剣を持ちながら俺は爆裂魔法を撃ってくれのサインである丸を頭上に作る。

 

 作ってから、頭を殴られたような衝撃に襲われる。

 あくまでも比喩だ。実際には殴られたりはしておらず、俺の感覚だけの話。

 

「ま、ず、い――!」

 

 カエルに狙われた時とは段違いの警告に、俺の口から勝手に言葉が出た。

 勘が離れろと叫んでいる。危険! 危険! 危険! ここでは俺は怪我をする!

 

 ここはまだ彼女の魔法の範囲内だ!

 

 足に力を入れ、俺は更にジャイアントトードを引き離す。

 一瞬音がなくなった。俺は自分が時間を止めたのかと思った。だが、違う。これは彼女の魔法の発動する一瞬前だ。

 

 轟音と共に背中に強風が打ち付ける。

 

 その風に押されるように俺は五メートルぐらい走って、止まり――振り返った。

 

「…………」

 

 言葉が、出なかった。

 これが魔法。彼女が人生をかけて追うと決めた究極の魔法。

 

 体が震えた。強大な力が体を掠めていった体の反射。

 確かにこんなもの、習得して使うとなると多大な見返りが必要となるだろう。

 大逆転の一手。戦況をひっくり返す神の如き反則。彼女のレベルからしてこれでまだ成長途中、それなのに……これか。大物を食えるかもしれない? これは大物を殺す一撃だ。

 

 まるで隕石が直撃したクレーターかのようなありさまになっている光景に、俺は唾を飲み込んだ。

 

 撃った本人はというと、聞いていた通り倒れている様子だった。

 確かにこんな必殺を持っていたとしてもソロでは無理だろう。撃った後に倒れるのでは、すぐ死んでしまう。

 爆裂魔法の音を聞きつけたのか一番遠いところにいるジャイアントトードもこっちに向かってきているし。

 

 だがまあ一匹だけだ。

 タイマンなら勝てると思う。

 

「フレイムソード」

 

 エンチャント系の中で火力を上げるスキルを使う。薄っすらと俺の剣が赤く染まる。

 近づいてくるジャイアントトード。

 舌を伸ばせば届く距離になったのか、カエルは止まり。俺はその隙を見逃さず一歩前進して斬った。

 火力を上げているとはいえ、これだけで倒せる生命力をしていない。

 

 返す剣でもう一度俺は横凪ぎにカエルを斬る。

 

 そしてパッとおおよそ舌が届かない位置まで離れる。

 ジャイアントトードの様子を見るが、倒れて動く様子はない。致命傷になったのだろう。

 

「倒せ、たよな?」

 

 それにしても大きなカエルだな。このカエルは美味で巨大なのもあって、一匹五千エリスで売れる。この肉だけでも俺の一日の報酬を超える。……まあ俺は人を食ったかもしれないカエルを食いたいとは思わないけど。

 爆裂魔法食らったカエルは蒸発したが、五匹討伐すれば特別報酬も貰えるし、充分な儲けだろう。

 

 俺は笑顔で振り返ると、ジャイアントトードに呑み込まれかけているめぐみんの姿があった。

 

 ゆっくりと口に入っていく小柄な姿に、これが捕食か。と冷静に思った。他の方向にいたジャイアントトードが爆裂魔法の音を聞きつけたのだろう。

 

 動けないめぐみんはパクっと食べられていた。

 

「せ、せせせせ接近!」

 

 大慌てで接近スキルを使い、俺は飛ぶような勢いで走る。

 さっき爆裂魔法で命の危機を感じたときよりも必死に俺は爆走した。

 

 

 

 

 

 

 めぐみんを呑み込んだジャイアントトードを倒すのは簡単だった。

 保険の鉄の塊が効いたのか、ジャイアントトードは完全に飲み込むこともできず、逃げることもせず止まったままだからだ。

 頭を斬り飛ばし、めぐみんをジャイアントトードから引っ張り出すと、めぐみんはなんというかぬるぬるだった。カエルの液が全身にべったりとついている。

 エロい。カエルの体液と思わなければ。いや、思っても人によってはエロい光景か?

 

「カエルの中身って臭いけど、温かいんですね。呑み込まれて気づきました」

 

 かなり危険な状況にいたというのに、こんな言葉を吐けるこいつはかなり凄いやつなのかもしれない。

 

「……どうやら大丈夫そうだな。しかし、俺の作戦が甘かったかもしれないな。途中までは上手くいったと思ったんだが、すまない」

「謝らないでください。戦力に対して最良の戦果だと思いますよ。不確定要素はどうしたってありますし、最後の最後でほんのちょっぴり運が悪かっただけです」

「そう言ってもらえると助かる」

「ジャイアントトードを四匹纏めて消し飛ばしたのは気持ちよかったですしね。これですこれですよ爆裂魔法の使い道! あんな巨体の連中が一気に消える。この快感に勝るものはないですね!」

 

 まだ起き上がれないのか、寝ころびながら杖に体をこすり付ける少女。

 こいつ、やべーやつなんじゃね。

 俺も人のことはまったく言えないけど。

 

「それで……どうするのですか?」

 

 こちらを見る彼女の視線には不安が込められていた。

 言葉の意味はすぐわかった。パーティーを組むかどうかという話だろう。

 

 威力の高すぎる魔法。今後暫くは絶対必要という機会はないに違いない。しかし、将来はどうだろう。千の回数は意味がなくても、重要な一回でこの魔法は使える。

 それに普段も決して使えない魔法というわけではないだろう。使い方次第だ。

 

「めぐみんの体持っていいかな」

「いいんですか。私べちょべちょですよ」

「だからだよ。早く風呂に行きたいだろ。それにここにいてもまたモンスターに襲われたらまずいしな」

「それならお願いします」

「おう。よっと」

 

 めぐみんの体を抱きかかえる。

 ねちょっとしたカエルの分泌液が手と腕につく。折角女の子の腰と膝裏を触っているのにまったくうれしくないのが悲しい。

 

「こ、この持ち方なんですか。てっきりおんぶかと」

「あっ、ごめん。そうした方がいいか?」

「別にどっちでも構いませんけど……」

 

 めぐみんはとんがり帽子を深く被る。 

 こうしてみると、ごくごく普通の女の子なんだけどな。体も小学生かと思えるほど軽いし。

 

「これからのパーティーメンバーは大事にしないといけないしな」

 

 さらりと俺は決めた意思を伝えた。

 とんがり帽子を少し上げて、彼女は真紅の瞳をぱちくりする。

 

「それって……」

「まあこの持ち方にしたのは、おんぶだと背中に分泌液がべっちゃりとつくのが嫌だというのもあるけど。それ服についたら取れにくそうだし」

「……へーえ、完全にそれが理由じゃないですかね」

 

 彼女は杖の持ち手の部分で、俺の頬を軽く突く。

 杖もカエルの分泌液だらけで頬にべったりつく感触が気持ち悪い。やめろやめてくれ。

 

「うわ、頬っぺたきもちわる。手がふさがってるし拭えないんだぞ!」

「服につけなかった分、優しいと思ってください」

「はぁ、わかったよ。めぐみん。ま、これからよろしく頼む」

 

 腕の中にいる彼女はそんな状況なのに決めポーズを作ろうとする。

 

「仕方ありませんね、ユウスケ。求められれば応えるのが私という存在です。これは世界が選びし選択! 運命の導き手によって宿命づけられた邂逅! 偉大なる魔法使いとそこそこ才能ある剣士との冒険が今始まるのです!」

 

 こうして、俺と魔法使いはパーティーを組むことにした。

 臆病者の俺にしては、大胆な選択だと思う。

 いやむしろ臆病者だからこそ、未来に対しての布石を打ったのかもしれない。……もしくはこいつの可愛さに負けたか。

 

 

 

 

 

 

 

 公衆浴場で体についた汚れを丁寧に洗い落とした俺達は、宿屋に帰ってきていた。

 べっちょりと汚れているめぐみんの服だが、公衆浴場で洗って初級魔法を使って乾かしてもらったのでなんとかなった。そのお金は俺が出した。本当にあまり金は持ってないらしい。

 

 少しふらつくことはあるけど、魔力が幾らか回復してきためぐみんの後ろを俺は歩いている。階段でもしめぐみんがこけたりでもしたら危ないからだ。後ろを歩いてたら受け止めることができる。

 スカートが短いせいで、生足が見えるどころか下着まで見えそうなのは役得だが。

 

「同じ宿屋だったとはな」

「奇遇ですね。その割には私はユウスケの顔も見たことがないのは不可思議ですけど」

「俺は朝早くから冒険者ギルドに行ってたからな。それでだろう」

「え? 私も明日からは六時起きとかそういうのですか」

「俺一人で暇だから朝早くに行ってただけで、ある程度はパーティーに合わせるって。そんな無茶は言わないわ」

 

 生活リズムが合わなかったからか、こんな近くに住んでいて彼女とは一度も顔を合わせることはなかった。まあそこまで広い街ではないので、知らぬ間にめぐみんとはすれ違ったこともあったかもしれないが。

 

 めぐみんは腕で瞼をこすっていた。眠たげだ。魔力を根こそぎ使いきるってのは、体力まで消耗するものであるらしい。

 欠伸をしながらめぐみんは俺に今日の予定を聞いてくる。

 

「ふわー……。私は一度仮眠しますけど、ユウスケはどうします」

「俺か。俺はまずは鉄の塊を返しに行かないといけないな。その次は冒険者ギルドに討伐報告。ジャイアントトードの死骸が二匹あっただろう。めぐみん持っていたから引きずってくるわけにいかないし、台車でも借りてあの死骸を冒険者ギルドに持って行くつもり。報酬は合わせて六万エリスになるだろうから、三万エリスずつでいいよな? 一度寝るみたいだから夜。そうだな、十九時ぐらいに俺の部屋をノックしてくれ。その時渡すわ」

 

 淀みなくペラペラ喋りながら二人とも階段を登り切ると、めぐみんは不思議そうな顔をしていた。

 

「ユウスケって責任感の塊みたいな人ですね。なんで冒険者なんていう博打な職業をしているか疑問です」

「そうか? 俺は自分のことを結構ちゃらんぽらんなところがあるやつと思うけどな」

「いえいえ。商人や公務員のが向いているように見えますよ」

 

 そうなのかな。自分ではあまりわからない。

 ただ単に一度やり始めたことを中途半端で放りだすのが気持ち悪く感じるだけだ。

 

「そういうところは、少し私の友人に似てます」

 

 笑顔を見せた彼女の姿は、本当に年相応で可愛らしく思える。

 奇抜な言動をしているが、根っこのところにあるのは幼い少女なのかもしれない。

 しかし、その知り合いと一緒にしたら知り合いが可哀想だ。俺はクズの中のクズで、彼女の知り合いは良い人だろうしな。

 

 彼女の部屋の前で立ち止まると、彼女は鍵を鍵穴に差し込んだ。

 

「送ってくれてありがとうございます。夜頃にノックしますね」

「今日は大活躍だったし、ゆっくり休んでくれ」

 

 鍵を回すところで、俺は時間を停止させた。

 

 こちらを見ていない。注意もしていない。時間を停止させる場所、環境共に最適である。

 それでも今立っている場所と姿勢を覚えておく。

 

 神器を使ったセクハラタイムが始まる。

 

 最初のルナさんの時は罪悪感が強かったが、今はもうそこまでない。何度かすることによってどんどん罪悪感が薄れていく。慣れというのはいい意味でも悪い意味でも強い。

 

 改めてみると、めぐみんは本当にちっこい。

 華奢で触ると壊れてしまう未成熟さがある。

 黒髪に顔を近づける。よく洗ったのか、公衆浴場についてある洗髪剤の匂いと、ほのかに彼女自身の匂いがする。

 

 俺の方が大分背が高いので、背後から彼女の胸を覗きこむ。

 見えそうで見えない。それがまたいい。こうして見ると、めぐみんのおっぱいにも僅かな谷間が見える。

 

 後ろから手を回して、めぐみんのおっぱいに手を当てる。

 まったくのぺったんこというわけではない。むにむにと彼女の目の色と同じ服の上から揉むと、小さいが膨らんだおっぱいの存在を感じ取れる。

 もちろん、ルナさんのおっぱいと比べたらあれだが、めぐみんなりに育った胸がある。

 しかし、男がこんな小さな女の子の胸を背後から揉んでるとか、誰かに見られたら即通報物だな。それが起こらない時間停止には感謝しかない。

 

 めぐみんの首は非常に細い。

 俺みたいな巨大な手で触るのは躊躇うぐらいだ。そんな首に鼻をつけてすんすんと嗅ぐ。よりめぐみんの匂いがする。

 

 かるーくめぐみんのお尻に勃起した男性器を当てる。

 もちろんどっちも服を着てるから、めぐみんの感触なんてちんこには伝わってこない。めぐみんはマントも着てるしな。けれどその状況だけでも俺の股間には刺激が強かった。 

 

 背後から彼女の服の胸元に手を伸ばし、空気を入れるように服を掴んで引っ張ると、黒のブラジャーが見える。

 

「まだ小さいし必要あるんだろうか」

 

 滅茶苦茶失礼なことを口にする。

 まあ別に小さくても擦れて痛いと聞いたことがあるし、おかしくはないのかな。

 だけど、そのブラは少しサイズがあってないのか、ちょっと緩い。

 それにしても黒とは大人な。可愛らしい容姿とは反対の下着に興奮を隠せない。

 

 ブラジャーも引っ張るとそこに淡いピンク色があった。薄紅色の乳首がちょこんと二つある。

 

 おお、と感嘆の言葉が出る。これがめぐみんの乳首か。

 まだ秘さなければならない彼女の果実を、俺は汚い男の目で視姦する。

 ルナさんと比べると更に色素が薄い気がする。ちっこくて幼くて可愛いめぐみんのこれまた可愛らしい乳首。

 

「よっと」

 

 服を引っ張っている方とは別の手で、俺は上から服の中に手を突っ込む。

 

 なんて遠慮のない行動。

 無作法極まりないやり方で、俺の手はめぐみんの服の中に潜った。悪い蛇みたいに俺の手はめぐみんの肌を這いずり回る。

 柔らかい。めぐみんはどこを触っても柔らかかった。触った手が肌に沈んでいくようだ。それに温かい。子供特有の熱さがめぐみんの肌から感じられた。さぞ冬に抱いて寝ると快眠できるに違いない。

 おっぱいの膨らみをじっくりと手で確認していく。この天才少女が育ってきた軌跡を感じるように、じんわりと乳首の周りを撫でていく。

 

「めぐみんこれから育つといいな」

 

 そしてかぷっと悪い蛇は乳首に食いつく。

 手で摘まんだのはめぐみんのさくらんぼだ。禁断の果実に俺は我慢できなかった。

 

 ふにふにとした小さな乳首が俺の手で形を変える。

 

 俺の下半身に熱を持っているのがわかった。

 こんなエロい姿には自然となってしまう。仕方ない。

 外見は幼い少女。それもエロいことなんて知らないような活発的なめぐみんの乳首が俺の手にあるのだ。あれだけの破壊力を持つ魔法の持ち主が今はこれだ。めぐみんのおっぱいは、俺に勝手に遊ばれている。手の甲にブラジャーの感触を楽しみながら、指先は乳首を触っている。

 

 彼女の肌は本当に子供みたいにきめ細やかで、温かくて柔らかい。

 未成熟な肢体だからこそ出せる味。

 手のひら全部を使って彼女のおっぱいを味わう。表面は柔らかいが、奥に僅かにしこりみたいなのがある。

 

 そのしこりを幾分か楽しんだ後、これ以上は上半身を触るのはまずいと俺は手を離した。

 

 めぐみんは俺より賢い。

 触った感触は極端に少なくなるとはいえ、実際にあるのだ。最初から怪しいと思わせることはないだろう。

 疲労で判断能力が落ちているだろうとはいえ、いきなり踏み込みすぎはよくない。

 

 さてお次は、下だ。

 

 俺は彼女の上半身から手を離して、彼女の下半身に取り掛かることにした。

 黒のブラジャーの位置もしっかりと直しておく。

 まずはめぐみんのマントを片手で持ちあげながら、服の上から彼女のお尻を触る。

 むにっとした感触はあるが、流石にお尻は小さくて揉み応えという点では及第点だ。

 この前赤くウェーブがかかった髪の毛の魔法使いの子にも時を止めてやったが、そっちは案外お尻がでかくて揉み応え抜群だったっけ。

 

 俺はスカートをゆっくりとまくっていく。

 背後から気づかないめぐみんの下着を見ようと、スカートをまくる。まるで痴漢のような気分だ。いや痴漢よりも数段タチ悪いけど。

 

「こっちも黒か」

 

 黒の下着が見えてくる。上下でちゃんと揃えているようだ。この前の魔法使いの子は白だったが、これも良い。

 

 欲望にまみれた目線で俺は彼女の下着を食い入るように見つめる。

 黒の下着は、彼女の細い肢体と白い綺麗な肌とのアンバランスさがむしろ扇情的であった。

 

「金ないのは本当っぽいけど、下着には気を使ってるんだな」

 

 流石に女の子か。

 下着を触ってみると感触が気持ちいい。なによりその下着の奥にあるものが今から楽しみだ。

 

 揉み揉み。揉み揉み。

 これだとめぐみんに痴漢している変態おっさんだな。

 ここが電車の中なら雰囲気が出るのに。

 宿屋の部屋の扉前で、小学生みたいな背格好のめぐみんのお尻を撫でまわして揉んでいるなんて、前の世界では考えられないことである。

 

 俺は屈んで彼女のお尻に顔を近づける。キュートなお尻がアップで見える。

 止めることなく顔を近づけていき、俺は彼女の下着にキスをした。ちゅちゅとめぐみんの下着にキス跡を残す。

 

 俺の性欲に火がつきそうになる。この下着を剥ぎ取り、彼女を押し倒し、俺の熱いものをぶちこみたくなる欲求だ。この可愛いめぐみんで俺の性欲を発散させたい。

 獣みたいな身勝手な欲求を俺はなんとかコントロールする。

 もし許されるならこの白くて細い足の至る所にキス跡を残したいところだが、今回はこれで我慢だ。

 

「……俺も落ち着くか」

 

 今日のところはこれ以上はいいだろう。

 出会ったばかりだ。がっつきすぎるのは良くない。いきなりばれても不味いしな。

 

 下着の中身は明日以後に取っておこう。

 上着をきっちり直して、時間を再開させる前に頬っぺたを触ってみる。

 ルナさんよりも柔らかい。マシュマロみたいな肌とはよく言うが、ぷにぷにしてて気持ちいい。

 ぷにっと何度かして満足した後、俺は元の位置に戻って時間を動かすことにした。

 

 今日はこれからやることが多い。

 めぐみんに言ったことだけではなく、ちょっとした調べものもある。今日の予定を頭に思い浮かべながら俺は世界を動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 朝宿屋でご飯を食べた俺達はアクセル街の外に出ていた。

 外でモンスターと出くわしてもいいように装備はしっかりとしている。

 

「はー。まだですかー?」

「えっと、もうちょっと。この地図通りならここ真っすぐ行ったらつくと思う」

 

 ただし目的はモンスター退治というわけではない。

 俺は警察署で貰った地図を見ながら先頭を歩いている。

 

「今日は爆裂魔法の練習とやらをするんですよね?」

「うん。そのために昨日警察で爆裂魔法を使っていい場所を聞いて申請して、許可を貰ってきた、ほら、その日クエストで爆裂魔法を使えない時になんかでも撃てる場所は必要だろう?」

「私が寝てた間にそんなことしてたんですか……」

 

 なぜかめぐみんは驚いているようだった。

 しかし、爆裂魔法のことを考えたら許可取るのは普通だろう。

 

「まああれだけの音と威力だしな。当然街の近くでぶっ放すわけにもいかないだろ。近くに家や重要な作物や薬草が取れてない場所。随分昔に廃村になった場所。まったく使われてない大きな湖。そんなところならいいらしい。この地図の赤い点のとこな」

 

 後ろを歩いているめぐみんに地図を見せる。

 それに驚いてるような呆れているような不思議な表情を見せる。

 巨乳の警察官に丁寧に聞いたらきちんと対応してくれた。申請されて許可されるまで日本みたいに数日かかると思っていたから、この速さには驚きである。というか押し付けられるように貰った。俺が知らなかっただけでめぐみんの爆裂魔法は結構問題になってたらしい。

 

「ユウスケって遠足の準備を何度も確認するタイプですよね」

「何度って、夜寝る前と行く直前の二度だよ」

 

 メモ用紙に持って行く物を書き出してチェックするぐらいだ。

 

 爆裂魔法は火とは違う。轟音と振動はするけど、山火事になる心配はない。大きな湖がアクセル街からは一番近いが、今日することには適してない。

 普段使うとしたらここの大きい湖だろうけど。

 

「ここだな」

 

 ようやく地図の場所にたどり着く。

 何もない開けた場所に俺達は来た。

 

「練習といっても私はモンスターに打ち込んだ方がレベルアップもできるし、スカッと爽快でいいと思いますけど」

 

 めぐみんはというと不満そうだ。

 まあ一日に一発しか撃てないし、そう言う気持ちもわかる。

 しかし、今からやることは重大なことだ。特に爆裂魔法が近くで放たれる俺にとっては。

 

「めぐみんって自分の爆裂魔法の範囲って知ってる?」

「範囲ですか。そうですね……。円形に大きな範囲なぐらいの認識です」

「多分めぐみんってその爆裂魔法の真ん中にモンスターがくるようにしているんだよね」

「当然です。そうすれば外すことはまずないですからね」

「それなら爆裂魔法の範囲を知っていれば、モンスターを爆裂魔法の端っこの方で倒すこともできるんだよね?」

「爆裂魔法は当たっただけで大抵の敵は瞬殺ですからね。それは当然端っこで当ててもモンスターは――あぁそういうことですか」

 

 賢いというだけはある。

 これだけのことでこちらが言いたい意図を読み取ったのだから。

 

「円形ってことは、モンスターを中心にすればそこから全方向に同じ距離の爆裂魔法が襲い掛かる。円の半径は一緒だから当然だな。でもモンスターを中心にしなければ、かなり位置を調節することができる」

 

 爆裂魔法の範囲は変わらない。だが、同じようにモンスターを倒すにしても、位置調節して俺方向への距離を結果的に短くすることができる。

 これだけでも爆裂魔法に巻き込まれる可能性を随分減らせる。

 

「どうした。いきなり帽子脱いだりして」

「脱帽ってことですよ」

 

 めぐみんはトレードマークとでもいうべきとんがり帽子を手に持っていた。

 

「よくそんなこと考えつきましたね」

「たまたまだよ。どうしたら爆裂魔法を活かせるかと考えてたら思いついただけだ」

「私より爆裂魔法のことをわかっているようで腹が立ちます」

「理不尽すぎる!」

「ま、冗談ですが」

 

 なにが楽しいのか、子供っぽい表情でめぐみんは笑っている。

 

「でも、実際そんなことが可能なんですかね」

「どうなんだろ。試してみる価値はあるだろ。めぐみんって花火って知ってるか?」

「聞いたことはあります」

 

 こっちの世界は日本とかなり似てる部分が多い。

 おそらく転生者の影響だろう。日本からの転生者はそこそこの数はいるようで、そいつらはどいつも強い力を持っている。つまり影響力がデカい。

 なのでその影響力によって日本とある程度似た環境になっているのだろう。まあそれでも違う点は多々あるが。魚がなぜか畑で取れたり。

 

「花火はあれだけ広範囲に飛び散りながら職人の手によって、自由自在に形を変えることができる。どの地点で爆発するかなんてのもな。だからこそ花火は人の心を打つ。――めぐみんの爆裂魔法は凄い。これからも威力は上がるし、詠唱速度は上がるだろう。でも緻密さには目を向けなくていいのか。威力、速さ、そして場所さえもコントロールできてこそ最強の魔法と言えるのではないか」

「……ユウスケ。私を煽ってますね」

「そんなつもりはないけどなー」

 

 あえて挑発的な口ぶりで俺はめぐみんに語り掛けていた。

 彼女は自分の魔法。爆裂魔法にすごい愛着を持っている。プライドをくすぐる方が彼女のやる気が出ると思ったからだ。

 

「ふふふふ」

 

 悪い顔をするめぐみん。

 手に持っていたとんがり帽子を格好良く被りなおす。

 

「いいでしょういいでしょう! その安い誘いに乗ってあげようじゃありませんか!」

 

 出会ってそれほど経ってないのに、最早お決まりと化したポーズを取る。

 

「我は紅魔族一の天才にして爆裂魔法を最も愛する者! それぐらいは朝飯前です!」

 

 意図は当然看破されていたが、それはそれとしてやる気になれたようで良かった。

 ただやらされるのと自分でやろうと思うのでは効率は違うしな。

 

「それで最初はどうしたらいいです?」

 

 やる気満々のめぐみんは興奮しながら俺に聞いてくる。

 俺は冒険者ギルドに借りたメジャーみたいなものを取り出した。

 

「まずは爆裂魔法を撃ってもらって大きさを測る。昨日のはすでにジャイアントトードを持ってくる時に測定済みだ。日によってどの程度の誤差があるのか知りたい。その次はわかった爆裂魔法の範囲で、モンスターに放つとき俺やめぐみんのいる方向によってどこに着弾させれば良いかを目測で把握する練習だな」

「よしわかりましたまずは爆裂魔法ですね! ――朝は焼け」

「えっ、いきなり!」

 

 興奮しすぎているのか、めぐみんは詠唱を始める。

 

「夜は闇が覆う。太陽は狂う。朝と夜に挟まれてその差に狂う。朝と夜の狭間に生まれし狂いし暁の光よ」

 

 あれっ、なんか嫌な予感がするぞ。

 なぜか俺の勘が言っている。ここにいるとちょっと不味くないかと。

 

「ちょっと! めぐみん!」

 

 めぐみんの詠唱を止めさせようとするが、もう遅い。段違いの集中力。彼女はもう他のことなんてまったく気にしていない。

 

「暁に狂え――エクスプロージョン!」

 

 前から抱き着くようにしてめぐみんを庇いながら押し倒すようにして飛ぶ。

 

 爆裂魔法の爆風が背中に叩きつけられる。ジャイアントトードを倒してレベルアップしたとき、魔法耐性につぎ込んでおいて良かったと本当に思った。

 そのまま前方に吹き飛ぶ。

 

「ふぎゅ!」

 

 ちょっと押し倒して痛いかもしれないが、これぐらいは我慢してほしい。

 爆風はすぐ収まる。

 自分の背中を慌てて確かめると、別に怪我をしている様子もなかった。ホッとする。正直あの威力を直撃してたら生き残れる人間はまずいないだろう。めぐみんのようにやたら集中的にスキル、例えば防御スキルに振っている人間でもいない限り。

 

「お前な……」

 

 呆れたようにめぐみんの顔を見る。

 さっき言ったばかりなのにこの失敗ってどういうことよ。

 

「てへ。ちょっと撃つ場所が近すぎました」

 

 あざとく失敗したと自分の頭をこつんと叩く。

 わざとらしいことこの上ない。なのに怒る気にもならないのはこう――可愛いからだ。

 うん、可愛いって得だわ。

 改めて俺はめぐみんに爆裂魔法の攻撃範囲を把握してもらわないとと強く決心した。

 

 

 

 

 



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五話

「もうちょっと右。後二歩右です! そこです! 間違いありません!」

「んんー。惜しい。モンスターを端っこにしすぎかな。ここだとモンスターが攻撃範囲外になってしまう可能性がある。……じゃあ次はここがモンスターとして南にめぐみん東に俺がいるってことで、南東の部分にモンスターを入れる時の爆裂魔法の打ち込み場所はどこ」

「次こそは完ぺきな場所にいけます! そこがモンスターでってことはうーん……とそうですね……来ました! 降りてきましたよ天からの囁きが! 神眼覚醒! そこです!」

「ここ?」

「そこですよ!」

「オッケー。測るわ。ちょっと待ってな」

「ふふふ、今度こそピッタリに違いないですね。間違いありません。私は覚醒してしまいましたからこれで間違ってたとしたら私ではなく世界の方が悪いのです」

「あー、これだと近すぎかも。もう少し端にモンスターを寄せる余地あるな」

 

「……難しいですよこれ!」

 

 めぐみんは杖を叩きつけるふりをした。

 苛立っていることを表現したいが、本当に叩きつけてもし杖を壊したら修理をしないといけないのでその折衷案というところだろうか。

 

 近い距離に爆裂魔法を撃ち込む失敗があった後、俺達はめぐみんが動けるようになってからどこに爆裂魔法を撃ち込めばいいかの練習をしていた。

 現在の爆裂魔法の大体の威力範囲はわかったし、実際に俺達とモンスターがいると想定して打ち込む場所を推測しているのだが、今のところ確実性には乏しい。かれこれ一時間は練習しているが、十回に一回程度は当てるものの、連続して当てることはできていなかった。

 

 俺はというと何度も小走りで移動して測ったりしてるから実のところかなり疲労している。普通に疲れた。

 上手くいってないので、めぐみんはイライラしているし。

 

「爆裂魔法をまだ撃ってなかったらそこら辺にぶっ放していました」

「怖いからやめろ」

 

 結構短気だよねめぐみんって。

 よくいえば自分の感情に素直。悪くいえば喧嘩っ早い。江戸っ子気質である。

 まあそういっても、もう一時間だからな。普通の人でもイライラする時間だ。

 

「はぁーむしゃくしゃします。近くなら流石に目測でも余裕ですけど、そもそも私に爆発魔法が当たらない距離でとなると、離れた場所に撃たないといけないですしね。遠くから目測で最適な位置をわかれっていうのは、私でも困難ですよ」

「そうだよな。いきなりは無理か」

 

 良い方法を思いついたと思ったんだけどな。そう上手くはいかないか。

 それにめぐみんは眼帯をして片目が塞がっている。余計距離感は取りづらいだろうしな。

 

 一旦隣に座りながら休憩していると、膝と足の間に杖を置きながら体育座りをしているめぐみんが俺に助けを求めてきた。

 

「このままでは埒が明かないです。そっちになにか良い手はありませんか」

「良い手か。あー、うん、そうだな……そんなこと言われても、簡単には思いつかないな」

「ユウスケは変わった視点を持っているようですから、頑張ってください。全力で脳を振り絞ればアイデアの一つでも出てくると思います。こう、ギュッと濡れた雑巾みたいに」

「そんな無茶振りな。……まあ俺も考えてみるけど、出るかなー」

 

 変わった視点か。

 

 その言葉に驚いた。変わった視点というのはこの世界と違う日本人からの視点ということだろうか。めぐみんが日本のことを知っているわけでも、俺がこの世界の住人ではないと気づいたわけでもないんだろうけど、普通とは違うことはなんとなく感じ取っているのか。

 こっちのことはそれほど見ているわけではないと思っていたが、ちゃんと見ているらしい。

 

 しかし、日本人の視点としても、こういう時役立つもの考えつくものか。どうにかならないものかと俺は頭を悩ませる。

 

 目測が難しい。

 それはきっと比べるものがないからこそ、困難なのである。

 基準が作れないのだ。

 基準さえあれば難易度はグッと下がるだろう。

 

 俺がモンスターと戦いながらも、その基準を作る? いや流石に無理だ。そんな余裕はないだろう。爆裂魔法を撃ちこむ場所に印をつけて、上手くモンスターを誘導するなんてどれだけの力の差があればできるのか。そんなことできるなら普通にモンスター倒すわ。

 基準を作る……。俺が作るのではなく、めぐみんが作る。

 つまりめぐみん側からは基準が見えればいい。でもどうやって?

 アイテムをなにか使えばどうだろう。測量器みたいなのを作ればいいかもしれん。しかしもっといい方法はないだろうか。

 

 例えば彼女が常に持っているもの。

 隣に座っている彼女をじろりと見る。いつものとんがり帽子。可愛らしい顔は悩んだ表情をしている。眼帯。起伏が少ない体。小さな手。

 

「手、なんかどうだ」

「手ですか」

「そうそう。こう真っすぐ手を伸ばすと当然目の前に手はくるよな。腕の長さと手の大きさは決まっている。それなら手と比較して位置をある程度測れないか。なにもないよりマシだと思うんだが」

「……面白い考えですね。手ですか。その発想はなかったです。やっぱりユウスケは変わった視点を持ってますね」

「ほめ過ぎだ。偶然偶然」

「照れてますね。それとも言葉では足りなくてこういう風に頭なでなでした方が良かったですか」

 

 悪戯っ子のような顔で、自分の持っている杖に撫でる仕草をする。

 

「うっせ。からかうな」

 

 昨日の晩と今日の朝。

 相手のことをよく知るために長々と会話してわかっていたのだが、めぐみんは俺より四つぐらいは年齢が下なだけあって普段は子供といった感じなのに、会話の途中でたまに大人みたいな余裕を見せてくることがある。

 なんとか話題をそらそうと俺は彼女の目についているものを指摘した。

 

「……その眼帯って昨日から思ってたけど、めぐみんは目が悪いのか。怪我とか病気なら触れるのは悪いなと思ってたんだが。あっ、言えないなら無理に言うことないんだぞ」

「いや別にこれ外せますよ」

 

 そんなことを言いながら彼女は十字架の模様があった眼帯を取る。

 中にあったのは傷一つない綺麗な紅の目だ。もう片方の目とまったく違いはない。ない。なかったのだ。え、どういうこと?

 

「はぁ!? それならなんでそんなものつけてるんだよ!」

 

 ごく自然な俺の疑問にめぐみんは立ち上がり拳を作って力説する。

 急に立ち上がるな。スカートの部分がめくれて黒の下着が見えただろう。嬉しいけど。

 

「それは……格好いいからです!」

 

 ……やだこいつ。意味が分からん。

 

「紅魔族のあるえから別れの餞別として貰った眼帯ですが、その子もオシャレのためにずっとつけたままでしたね。学校時代は一度も外した姿を見せなかったほどです。それぐらい格好いいオシャレ道具なんですよ!」

 

 ……やだなにこの種族。意味がわからない。

 

「そ、そうなのか。でも今は邪魔になるから外しといてね」

 

 絞り出した声で言えたのはそんな言葉だった。

 なんか変な種族だなと思ってたけど、マジで変な種族らしい。これでよく俺に変わった視点を持ってるなんて言えたな。

 

「わかりました! さあ、本気になった私の力を見せましょう」

 

 本気で大丈夫なのかこの種族の人達と思ったが、とりあえずさっきまでやっていたことを再開させる。

 

 休憩はおしまいだ。俺はモンスター代わりとする木の棒とメジャーみたいなのを持って彼女から離れる。棒を地面に突き刺して、彼女に同じような質問をする。

 劇的に変わってくれたらいいんだが。まあ眼帯をしてない分、間違いなくさっきよりは距離感はつかめるだろう。

 

 片手を前にかざしながら彼女はぶつぶつと何か言っているようだった。

 

「……こうなってああなるから、そこです」

「ここ?」

「はい」

「測るから待ってな。……うん、大分惜しいかな。これより幾らか右にいってたらピッタリな位置だった。……それなら次はここにモンスターがいるという設定な」

「左手から見える傾き。指による長さの比較。人差し指の第一関節の場所。ユウスケそこから十五歩左に歩いてもらえますか。いや後大股でもう一歩」

「測ると……おお! かなり惜しい位置! 斜め上に二歩ぐらいのところだった。良い感じだぞ」

「はい。では次に」

「あっ、うん。それなら次はここはどうだろう」

 

 ここから見える表情は真剣そのものだ。

 ぶつぶつ言ってるのはもしや計算しているのだろうか?

 その計算も一番最初と比べるとどんどん短くなっていっている。

 

「誤差は……とすると、修正するのは――だから、そこですね」

「ここか。少し待ってな。この位置は……えっ」

 

 驚きで変な声が出てしまった。

 それは測った距離があまりに精確だったからだ。理想的な距離に彼女の指した位置はあった。

 

「違ってましたか?」

「……そんなことない。ピッタリだ。ピッタリすぎる」

 

 まさかたった三度で? それだけで習得できるものだろうか。どれだけの賢さがあったらそんなことができるんだ。

 たった一つのヒントで答えを得た。計算能力が俺とは違いすぎる。

 いや、偶然かもしれない。今までもやってて何度か当てたことはあるしな。

 

「次の行くぞ」

「もう外さないと思いますよ。要はこれはパズルみたいなものですよね。それなら私は得意です。コツは掴みました」

 

 先ほどまでは合ってると言えば喜んでいたのだが、今回は答えがすでにわかっていたみたいに彼女に驚きはなかった。運の入る余地のない簡単な計算問題をただ解いただけみたいな感じである。

 

「言ったな」

「言いましたよ」

「なら、ここでならどうだ。俺は南西にいて南東のとこにめぐみんがいると仮定して」

「そこだと……今いるユウスケの場所から奥に十七歩のところですね」

 

 まさかと思った。

 

 だが、彼女の言う通り――ここから彼女は一度たりとも間違えることはなかった。

 

 五回やって五回とも的中だ。まぐれや偶然で解決できる回数ではない。

 ちょっと呆然としながら座っていると、めぐみんが偉そうに近づいてくる。足取りはルンルンとスキップだ。俺の視点が低いので、下着が見えそうだ。生足が眩しい。

 顔もおもいっきりドヤ顔である。

 

「むふー。どうでしたか」

「……いや、お前って賢いんだな。眼帯のファッションとかでこいつ馬鹿なんじゃねと思いだしてきてたわ」

「冒険者カード見せたでしょ! 知力は高いんですよ! それにこれはスーパー格好いいオシャレなんですからね!」

 

 犬みたいにガーと吠えたてるめぐみん。

 女の子らしくない地団太を踏んでいる。

 小さい子みたいだが、これで本当に天才なんだからこの世界も変わったところである。

 この日は眼帯は格好いい、眼帯はオシャレと復唱させられるまで宿に帰ることを許してもらえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 次の日も俺達は同じ場所にやってきた。

 ただ昨日と同じことをやりにきたわけではない。爆裂魔法の撃ち込み場所の練習はあれ以上やる必要ないし、今回は別のことを試しに来た。まさかあんな簡単に解決するなんてな。めぐみんへの認識が甘かった。

 

「私が撃てる限界の位置に撃つんですよね」

「おう。目一杯遠くにな。もしあっちの木まで届くんならここではできないけど」

「そこまでは届かないと思いますよ。感覚的に。その手前ぐらいまでが多分ギリギリですかね」

 

 今日は爆裂魔法の射程範囲がどこまであるかだ。

 どんなに遠くまで爆裂魔法を撃てるかは知っておいた方がいい。しかし、あの木の近くまでって、かなりの射程範囲だな。俺はソードマンだが、こいつだけは相手をしたくない。接近戦に持ち込めたら圧勝できるだろうが、遠くからなら狙い撃ちで一瞬で蒸発させられる。

 

「我が唄うは滅び。鐘の鳴るように。太陽が昇るように。月が沈むように」

 

 俺はめぐみんから少し離れた斜め後ろの場所にいる。めぐみんからは絶対に俺の姿は見えない位置取りだ。

 

「その唄は誰しもに届く。鳴れ鳴れ鳴れ。その唄は耳を通り心臓さえも焦がす。耳を閉じて地べたに這いずれ。これは滅びである――エクスプロージョン!」

 

 最大限に離れている。

 それでもなお、音がかなりの大きさで聞こえるし、爆発した時の風がここまで届いてきた。

 相変わらずゾッとするような破壊力の魔法だ。

 しかしそれ故、リスクはある。使用者の莫大な魔力だ。

 

「ふひゃ」

 

 めぐみんは気持ちよさげに地面に向かってうつ伏せに倒れる。

 あらかじめタオルを彼女の前に()いておいたので、タオルに倒れ込んだ。

 

 時は止まる。

 

 俺はポケットの中にある神器を発動させる。そうすることでこの世界の住人は止まる。動物も、草も、木も、活動を止める。

 当然魔力切れで倒れためぐみんもだ。

 

 制限時間は残り二十一分。

 無防備なめぐみんの姿がそこにはある。

 

 顔は見られていない。爆裂魔法に集中してたからそこまでこちらを気にしてないだろうが、一応彼女からどの方向にいてたかは覚えておく。軽く地面に跡を残して俺はその倒れためぐみんに近づいた。

 

 倒れたときにマントがめくりあがり、ミニスカートがあらわになっている。

 めぐみんはどうやら爆裂魔法によってある程度の快感を得ているらしい。全力を放った後は誰だって気持ちがいいものだ。だからそこを突く。

 爆裂魔法を撃った直後。今なら過度な悪戯をしてもばれないだろう。

 

「とうとう見るか」

 

 今までも機会があった。

 機会があったのに、どうも踏み出せないことが俺には一つはある。それはあそこを見ることだ。

 一昨日も本当ならできたはずなのに楽しみに取っておくとかいって逃げたのは、なんか見ることが怖いからだ。

 

 おっぱいは見れるし触れる。あくまで現実の延長線上にある出来事だ。しかし、あそこを見て触るのはそれとは次元が違う。どうにも腹が決まらなくて引き延ばしてしまった。

 ルナさんも赤髪の魔法使いの子にも俺はあそこまでは見なかった。

 

 しかし、俺は今。

 

「踏み出そう」

 

 このミニスカートの中の下着の更に深奥。桃源郷にたどり着こう。そして甘い蜜壺をいただく。

 滅茶苦茶ドキドキしている。このまま心臓発作とかで倒れたらどうしよう。

 

 俺はミニスカートをまずはめくる。

 黒の下着が出迎えてくれた。

 前回はここまでだった。

 ここからが勝負だ。落ち着け。落ち着け。俺ならできる。インターハイの決勝戦と同等の難易度。それでも俺は勝てた。俺はいける。できるやつだ!

 

 強烈な自己暗示をかけて、俺はおそるおそる下着を両手で脇の部分を掴んだ。

 ゆっくりゆっくりと俺はその下着を下していく。

 肌が見える。普通なら絶対に見えない部分が。

 普段他人に見せる一番肌の露出が多い水着でも、ここまで見ることは絶対に無理だ。

 

 その隠された場所を俺は目撃しようとしている。歴史の新たなる一歩。大いなる偉業の始まりだ。

 

 ゆっくりといえど行為自体はすぐ終わることだ。俺は下着を太ももまで下してあるものを見つけた。

 

「なんだこれ?」

 

 彼女の尻にはなにやら小さく長方形に細い黒線が書かれている。あえて言うなら商品買うときにピッとやるバーコード?

 

「ほくろなわけないよな。入れ墨か?」

 

 触ってみてもそこにあるのは柔らかい肌の感覚だけだ。

 紅魔族に伝わる伝統的な入れ墨みたいなものかもしれない。外国では入れ墨するのが普通な民族とかあると聞くし、そういうのなのかもな。

 しかし、それにしても。

 

「柔らかいな」

 

 ボリュームは足りてない。

 足りてないのにめぐみんのお尻は柔らかい。女の子のお尻というのがこんなに柔らかかっただなんて。

 このお尻を揉んでいるだけで二十分を使い果たしてしまいそうだが、目的とするものはこれだけではない。

 

 俺は手で彼女の足の付け根、鼠蹊部近くを掴んで開いていく。なんていう細い足だろう。普段元気なめぐみんと反対に、彼女の体はあまりにも華奢に思えた。

 目に力が入る。グッと食いつくように俺はその秘された蕾のために凝視する。

 

 まずはお尻の穴が見えた。

 そして、その下にぴっちりと閉じた一筋の線が。

 

「これが……これがそうか」

 

 生のは初めて見る。これが追い求めていたものか。

 おそらく彼女も他の男に見せるのは初めてだろう。何よりも清きもの。いつかは好きな男に見せるものが、俺みたいなクズに見られている。俺が――初めてだ。

 

 彼女のスジはまだ何物の侵入も許してないが如く開いていない。

 その固く相手を拒むものに俺は手をかける。俺の下半身が痛い。早く早くと息子が焦り狂っている。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 息遣いが荒い。まるで獣だ。駄犬のように俺は獲物を前に舌なめずりをしている。

 

 俺はめぐみんのおまんこを触ってしまった。

 柔らかさ自体は彼女の頬の方が柔らかい。しかし興奮はそれとは別物だ。気を抜くと下半身から出てしまいそうになるのを必死に抑える。

 物心ついてからは自分しか触れたことがないであろう場所に、俺は無遠慮にも土足で入り込んでいる。

 新雪に足跡を残すみたいに、それはドキドキして、征服感がある。

 

 俺はおまんこの周りを触っていく。丁寧に丁寧に。何かを読み取ろうとするように俺はめぐみんを知っていく。

 

「こういう時って舐めるのか?」

 

 わからない。所詮は童貞だ。なにをすればいいのかなんて懇切丁寧に教えてくれる人はいない。

 おそるおそる俺は顔をめぐみんの大陰唇に近づける。

 より鮮明にめぐみんのおまんこが見える。俺はその手で触ったところ、割れ目の周囲を舌でなぞる。彼女を俺の涎で汚していく。ペロペロと水に飢えた犬のように必死に舐める。

 

 まさに甘露だ。

 何物の誘惑にも耐えがたい甘い甘い蜜を俺は舌でなめとっていく。

 興奮で気がおかしくなりそうである。

 俺は充分に彼女の蜜を堪能するとようやく顔を離し、彼女のスジに触ることにした。

 

 ピッチリと閉じた女性器。

 

 俺は両手の親指を当てて、広げていく。

 高級なガラス細工を扱うように俺はめぐみんがまだ誰一人として見せたことがないだろう場所を開いた。

 開き慣れていないのだろう。

 侵入者などなかったそこは広げきることなど不可能だし、僅かにその中を見せるだけだった。

 

 小さい穴だ。

 大きなものが入るなんて想定してないような小さな穴がある。

 中はピンク。使ったことすらない真っ新なピンク色。

 その穴の中にも二つの穴がある。本当に小さい上の穴がきっとおしっこする穴だろうか。多分。そしてその下にあるのがきっと膣だ。

 

「処女膜ってどれだ」

 

 見たことないだけに、膣のどれが膜なんだろう。破れれば血が出るとは知ってるけど、どれが膜にあたるのか。

 膜といっても膣を完全に塞いでるわけではないのは知っている。そんなことすれば生理の時とか血が出ないし。

 膣の内側を囲む薄ピンクのこれが膜なんだろうか。

 

 多分そうだな。

 

 彼女の膜はまだしっかりそこにあった。

 俺は爪が当たらないように気を付けながらその処女膜を触る。もし破いてしまったら不味い。

 どんな手触りかと言われたら表しにくい。柔らかいのに固い? しかし力を入れてしまったらあっさりと破れてしまいそうな感触だ。

 指一本も入らなさそうな膣を弄るのは困難っぽい。小指でなんとか処女膜を触れる程度だ。

 処女膜から手を離し、俺は小陰唇を楽しむ。彼女の内側を俺は触っている。口内の感触に似ているとか最初は思ったが、それとも違う。これがおまんこの感触なのだろう。それも美少女であるめぐみんの。

 

「だめだ。我慢できない」

 

 俺はとうとうズボンを下ろし、勃起した男性器を取り出す。

 はちきれんばかりに膨張したものは凶悪な絵面としか表現しようがない。こんな兵器が彼女の中に入ることは不可能だ。

 

 しかし、元々入れるつもりはない。

 そこまでしたら流石にバレる。

 

 俺は覆いかぶさるように、だが彼女を押しつぶさないように気を付けながらめぐみんにのしかかるようにする。まだ体は接触はしていない。

 

 接触させるのは俺のちんこだけだ。

 めぐみんのおまんこに。

 狙いを定める。あまりにも小さい蕾に照準はなかなか合わないが、俺は腰を突き出して目的のものへと鈴口をくっつける。

 彼女のおまんこ。またピッチリと閉じてしまった女性器に亀頭を当てる。

 ツンツンと彼女の閉じられた秘部を亀頭でノックする。返事はこない。この閉めきった扉を開けるのは困難だろう。ならば俺はその入り口だけで今回は楽しむことにしよう。

 めぐみんのおまんこに俺の醜い亀頭をこすり付ける。スジをなぞるようにして亀頭が動く。

 

 柔らかい。柔らかい。柔らかい! とてもではないが、今すぐ出てしまいそうだ!

 

 亀頭の先端からは我慢汁が出ている。それを俺はスジに塗っていく。まるで化粧をするかのように彼女の純白を汚い液体で塗り替える。

 スジの味見をしてからは大陰唇にも俺は男性器で擦る。

 めぐみんの上の口はまだ触ったこともないのに、下の唇はこれほどかというほど俺は味わっていた。

 

 へこへこと俺はめぐみんの上で腰を振る。

 幼い子供みたいなめぐみんを見ながら俺は彼女の大事な部分に最も汚らしい部分を擦りつけていた。

 

「気持ちいい!」

 

 まるで天国だ。

 柔らかで亀頭を包み込んでくれるような大陰唇。

 たまにワレメに亀頭を当てるとここが入ると気持ちいいと誘ってくるくせに、これ以上は入らないと主張してくる。

 

 彼女の匂いを嗅ぎながら俺は前後に腰を動かす。

 味わうのはなにもスジだけではない。彼女の小さい尻に引っ付けるようにして俺はガチガチに勃起した男性器を当てる。

 

 めぐみんのお尻で挟み込むようにしてちんこを動かしていた。

 

 その小さいお尻では俺のちんこを完全に挟むことはできない。しかし竿のカリの部分が引っかかって気持ちよくてたまらない。

 

 ぎゅぎゅと彼女の尻がカリを引っかける。

 刺激が凄い。脳が壊れるような快感が駆け巡る。彼女の尻たぶが俺の男性器の精子を搾り取ろうとしてくる。

 

「はっ! はっ!」

 

 耐えようとしても、これに耐えられるものなどいない。

 なんて豪華なオナニー。

 これは天才美少女であるめぐみんの体を使ったオナニーだ。

 

「やべ! 出そう!」

 

 もう我慢できない。

 俺は彼女から急いで離れた。立った瞬間出そうになったが、鉄の精神力で抑える。

 

 走って俺は木の物陰で射精した。

 

「うわ、出過ぎ」

 

 二日前に赤いウェーブ髪の魔法使いの子を使ってオナニーしたというのに、とてつもなく出た。

 とんでもなく素晴らしいおかずを使ったからだろう。史上最高の出だ。

 本来なら彼女にぶっかけてたりもしたいが、臭いがあるからそういうわけにはいかない。おそらく後で拭いたりしてもその臭いは残るだろう。精子の臭いは女性からしたらわかりやすいと聞くしな。

 

「ふぅ……」

 

 一度出して落ち着いた気持ちになれるかと思ったが、彼女の尻を見た瞬間ムクムクと大きくなる息子。

 我慢しろ。

 

 神器を取り出してみると、残り時間は四分間しかなった。

 

「時間のことなんてすっかり忘れてたわ」

 

 危ない危ない。すぽーんと抜けていた。脳内はエロが十割だったもんな。

 理性より本能が勝ってしまっている。今も危機感があまり湧き出てこない。猿みたいに発情した俺は理性を失っていると自分でも思う。あのまま出してしまわなかっただけ理性が残っていたというべきか。

 

 俺は三分間で後処理をする。

 まずは彼女の尻や大陰唇についた我慢汁をハンカチで丁寧にふき取る。いきなり下半身がねちゃねちゃとなってたら怪しいしな。その時また俺の股間が彼女の尻に擦りつけたいと言ってたけど無視する。もう時間はない。

 

 開いた足を閉じて、下着とめくれ上がったスカートを直して元いた位置まで戻る。もちろん、あらかじめ地面に引いてあった線も消す。

 

 それにしても気持ちよかった。

 ああ、生きていて一番気持ちよかったかもしれない。

 

 そんな緩んだ気持ちを俺は手を強くつねることで消す。これから演技しなくてはならない。できれば一度顔を水で洗ってリセットしたいが、そういうわけにはいかない。

 咳ばらいを二度。唾を何度か呑み込み。俺は平常心を取り戻す。

 時間を再開。残り時間は三十秒程。

 

 音が戻ると途端にめぐみんから声がした。

 

「ひゃ!?」

「どうした? 顔を地面でうったか? もっと厚手のタオルの方が良かったかな」

 

 心臓は鳴りっぱなし。

 それでも心配げにかける声に震えがなかったのは、自分でも褒めてあげたい。

 

「……いや? どうなんでしょ。な、なんでもありません。なにか足に当たった気がしたのですが、気のせいだと思います」

「そうか。倒れるところはあらかじめ確認しておけよ危ないから」

 

 慌てたように否定するめぐみん。殆ど動けない体で頭を動かし自分の下半身を見ている。

 足と誤魔化しているけど、実際は女性器の部分だろう。

 足はあまり触った記憶はない。

 

「距離測ってくるからここで休んでいてくれ」

「は、はい。お願いします」

 

 変な声を出したのがなんだか恥ずかしくなったのか、めぐみんは俯いているようだった。

 まさか時間停止で自分の下半身が散々弄られたなんて夢にも思っていないだろう。爆裂魔法の時の快感を勘違いしたかとかそこら辺だと思う。

 清々しい解放感と思いっきり射精した疲労感。俺はまだ軽く勃起している男性器を鎮めようと精神集中しながら、実際に測定するのだった。

 

 

 

 



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六話

 

 

 焦げた防具に土がついている。地面を転がった汚れは、冒険者ギルドに入る前に落としたはずだが、それでもところどころにこびりついていた。

 俺とめぐみんは冒険者ギルドのテーブルでぐったりとしていた。

 散々なありさまだ。自分でいうのもなんだがまるで敗残兵のような格好である。

 けれどもこれは強敵と死闘を潜り抜けてきたわけではない。まあ俺らからしたら油断ならぬ敵ではあったのだが。

 

 俺は眼前に座っているめぐみんの顔を見つめながらボソッと呟く。

 

「めぐみん。お前ってもしかしてよくテンパる?」

「……そんなことあるわけないじゃないですか。学校でも一番成績優秀だったこの私が、そんなそんな」

「じゃあ、言葉変えるけど、めぐみんってビビりなの?」

「は? はぁ!? おいこらお前。その侮辱。紅魔族随一の天才に喧嘩売ってるものだと見なしますよ! 今すぐ爆裂魔法を叩き込みましょうか!」

「今日はもう無理だろ」

「……さっき撃ちましたね」

 

 それによって俺はこんなボロボロになっているのだから。

 先ほど起こった危機を思い出しながら俺は息を吐く。

 

「……しかし実際の問題、めぐみん。初心者殺しが出たくらいであんなに慌てないでくれよ」

「それについては……」

 

 めぐみんはとんがり帽子を深く被り体を縮こませる。

 主人の意気に反応してかとんがり帽子もしゅんと頭を垂れている。どういう連動機能それ?

 

「言葉もないといいますか……」

 

 練習から二日間。

 俺達は上手いことをやっていた。めぐみんは早くも爆裂魔法の位置調節を自分のものとし、危険はグッと減った。計算能力の高さは、まるで機械だ。同じようにして作られた人間とは思えない。

 

 しかし、三日目の今日。俺達は失敗をした。

 いや事故が起こったというべきか。

 

 初心者殺しに出くわしたのだ。

 名前の通り初心者にとっては強敵である。大型な獣みたいな外見をしているその魔物は知能が高く、四人に満たない初心者のチームは、死を覚悟しなければならない時もあるぐらいの厄介な魔物。

 俺達もレベルはまだ初心者だ。

 だが、かつて時間停止で逃げていたころと違って冒険者としての経験を積み、ステータス的には中級者に届いている俺。めぐみんの一部のステータスは上級者にさえ引けを取らないどころか勝っている。

 前衛の俺さえしっかりして落ち着いて戦えれば、勝てる相手である。

 

 それなのにめぐみんは暴走した。

 

「まさか、いきなり爆裂魔法をぶち込むとは」

「出会い頭に一発と思ったんです! ……ただ恐怖心がなかったかと聞かれれば、その……私としても否定はできません」

 

 今まで最も近い距離での爆裂魔法。

 マジで死ぬかと思った。損傷が少ない死体だと、高いお金を教会に払えば一度だけ蘇らせてくれるらしいが、あれをまともに食らったら骨すら残らないだろう。そもそもそんな金ないし。

 

 防具が焦げただけですんだのは、あ、やば死ぬわこれ、と俺の勘が知らせてくれたのと敏捷が高かったおかげだろう。今着ている防具は焦げて脆くなったので、新しいのを買わないといけないが。

 めぐみんといると命の危機をよく感じるせいか、勘の精度が上がっている気がする。もしギャンブルでもしたら大勝ちできそう。

 

「愚痴ったけど、別に責めてるわけじゃないんだ」

「……今さっきおもいっきり暴言吐かれたように思えましたけど」

 

 睨みをきかせるめぐみんに俺は素直に謝罪を口にする。命の危機に直面した理性が若干後退していた。

 

「確かに責めたかもしれん。口が滑ったすまん。……あんなこと言ったが、めぐみんは危機を感じても当然だしな」

「と言いますと?」

 

 指で自分を指した後、俺はテーブルにべたりと頬をつけたままこちらを見るめぐみんを指す。

 めぐみんもそこそこ泥がついている。

 ――なにかから見られている気がする。

 

「ほら、今のところチームは俺とめぐみんの二人だろ。魔物退治するには単純に役割が足りてない」

「ソードマンとアークウィザード。攻め側にまわれば強いんですが、不意を突かれた時は脆いですからね。特に私が」

 

 攻撃全振りのチームである。

 こちらが主導権を握れば正直そこそこ強い自信がある。

 俺はそんなに弱いわけではないようだし、めぐみんの一発はそれこそ強烈だ。単体なら瞬殺。複数なら俺が敵を誘導してドカン。

 

 それが、守備に回れば途端に弱くなる。

 カエルの時を思い出してみればわかる。俺は斬り込んでいくスタイルだし、めぐみんと一緒のところにはいない時が多い。どうしてもめぐみんがフリーになりやすくなってしまう。一発屋のめぐみんは、敵に近づかれたら終わりだ。カエルの時みたいに口の中に含まれるだけではすまなくなる。

 

「ユウスケは新しい仲間を見つけるつもりですか」

 

 まだ冒険者ギルドに来た理由を説明していないのに悟られたようだ。

 めぐみんは俺の腕をガッと力強く掴んだ。グググと俺の腕が引っ張られる。一応俺の方がステータス的には力は強いはずだが、それ以上の力が出ている気がする。

 

「ま、さ、か、ですけど、私を捨てて新しいパーティーのところに入ろうなんてしてませんよね?」

「は?」

「そんなことしたら大声で私を弄んで捨てた男だと言いふらしますからね。次の日には冒険者中がユウスケのことをロリコンペド野郎というあだ名で呼ぶことになるでしょう」

「キツイ冗談だな。ははは」

 

 そんなことしたら俺は捕まりかねない。

 俺がいた世界では嘘発見器というものがある。言葉通り嘘かどうかを判断する機械だが、その精度はまだ低く裁判の証拠にもならない。しかしこの世界には精度が高い嘘発見器の魔法道具とそれを裁判で証拠にできる法律があるらしい。

 

 ロリコンペド野郎の俺は実際にめぐみんを性的に弄んだ。

 つまり取り調べられたら確実に牢屋行きだ。

 

 冗談だよねめぐみん? いや、冗談じゃねえな。この目本気だわ。

 捕まれた手で器用に揉み手を擦りながら俺は笑顔を作る。

 

「いやだなぁめぐみん! 俺が大事な仲間であるめぐみんを放って別パーティーに入ろうとか考えているはずないじゃないか!」

 

 まあでもそれは本当だ。 

 正直予想していたよりめぐみんの危険度は高い。位置調整を覚えたとはいえ、一週間後生きているかちょっと不安になる。それでも彼女の実力は本物だし、なによりここで放りだすのは気持ち悪い。一度決めたことだ。めぐみんが俺の悪意やゲスさに気付いて離れるか爆裂魔法で殺されそうにでもならない限り、戦闘面においては俺は彼女を絶対に手助けしよう。

 自分でも自分のことを臆病者でクソカスゴミクズ野郎と思うが、それは譲れないところだ。

 譲れない――なんて言葉を使うのは俺にしては格好良すぎて合ってないか。

 うん。なんか嫌なだけである。

 

「それならいいんですけどね。今更ユウスケにはい降りたというのは許しませんよ。一蓮托生。ここまで爆裂魔法に理解ある人はあなた以外いませんからね。絶対あなたのことを離しません」

 

 最後はこういう時でなければ、最高の口説き文句なのだが、今の状況では恐怖にしか感じない。まあいいんだけどね。

 

 めぐみんの強く握っていた手の握力が弱まる。

 しかしその手は俺の腕を掴んだままだった。

 ――ほう! という興奮したような声がどこかから聞こえた。

 

「それなら新しくパーティーメンバーを募集するということですか」

「まあな。めぐみんを守ってくれるような仲間が欲しい」

 

 前衛職。もしくは後衛のウィザード辺りか。盗賊やプリーストなんかよりも欲しいのはそこら辺の職業である。

 魔法使い職というのは本来なら様々なことができる。冒険者を除き、多種多様なスキルを取れるのが魔法使い職の強みだ。ソードマスターが最強の一を使えるとしたら、魔法使い職は全の万能とでもいうべきか。

 

 同じ職の魔法使いが二人いてもと思うが、まあめぐみんは魔法職というかまた別物だし。

 

「でも、私達ってかなり特殊じゃないですか。私の破壊力は自分でいうのもなんですが飛びぬけていますし、ユウスケの実力も冒険者を始めたばかりとは思えないなかなかのものです。能力も初心者を越えてますし、勘の鋭さにいたっては正直近くの未来を予知しているのかと思うほどです。……一度バラして脳を調べたいぐらいですよ。――そんな私達にいきなりついてこいというのは厳しいと思うのですが」

「そうなんだよな。初心者の街だと厳しいよな。って今なんか途中変なこと言わなかったか?」

「いえ。別に」

 

 めぐみんは普通の表情で顔をテーブルにべとーとつけたまま軽く首を振る。

 なにやら物騒な言葉が聞こえた気がしたが、空耳だったらしい。

 

「聞き間違いか。ここって意外に高レベルの冒険者が混じっているのに気づいているか?」

「そういえばレベル二十ぐらいの人も見かけますね」

 

 レベル二十以上ともなればよっぽどその人に才能がないとかでもない限りは他の街で充分やっていけるレベルだ。

 この街でも高レベルの依頼はある。しかし多くは低レベル向きの依頼だ。十五レベルともなれば強さと多くの依頼があってないようになり、ここから離れる人も多い。しかし、いまだになぜか高レベルで留まっている不思議な人もいる。特に男パーティーの人達。

 

「そんな人達はとっくにパーティー組んで変えることもないから誘いに乗らないんだよな。しかし初心者をパーティーに誘うのはめぐみんの言う通りキツイかもな」

 

 俺だからまだいいが、初心者だとめぐみんの爆裂魔法で本気で死ぬ可能性がある。足手まといとかいう話ではない。

 

「難問ですね」

「そうだな。ところでめぐみん」

「なんですか?」

 

 垂れたパンダみたいに緊張をなくしてだれているめぐみんに、俺はずっと気にかかっていたことを聞くことにした。

 

「あそこの木の陰にいる女の子はめぐみんの知り合い?」

 

 木の陰からこちらを見ていた女性は俺に指摘されたと気づいたら、パッと木の陰に全身を隠れるようにする。

 いや無理だろう。その体隠すの。

 明らかに鉢に植えられた観賞用の木より彼女の体の方がデカい。主に胸が。

 

「誰ですそれ。……ああ、知らない人ですね」

 

 その言葉を聞いて振り返っためぐみんは彼女の突き出たおっぱいを見て首を振った。

 

「私には恥知らずなあんなたわけたおっぱいの知り合いはいませんよ」

 

「なななな、なにを言ってるのよめぐみん!」

 

 たわけたおっぱいさんは腕を滅茶苦茶に振りながらこちらに飛び出してきた。

 胸が揺れる揺れる。ぼよんぼよんと空耳が聞こえてくるようだ。たしかにたわけたおっぱいだ。良いものを見させてもらっている。時間停止の最中なら拝みたいぐらいだ。

 

「私達知り合いでしょ! ……もしくはその、友達というか。と、とにかくそれはないでしょ!」

 

 ケッと不良っぽく声を吐き出しためぐみんは眼付きを鋭くした。

 

「知りませんね。上級魔法を覚えてくるまで旅に出てくると言ってたのに、もう帰ってきた人は。流石にまだですよね」

「うっ」

 

 痛いところを突かれたようで巨乳をおさえるけしからんおっぱいさん。たまらんおっぱいさんだっけ?

 

「もう後ちょっとで上級魔法を覚えるスキルポイントは貯まるわよ! でも、めぐみんはどうしているか気になって、ね。ほんの少し顔を見に来たってわけ。悪いの!?」

「悪いとは言いませんが、あれだけ格好いい啖呵きって覚えずに帰ってくるって恥ずかしくないんですか。その面の皮は鉄でできているんでしょうか」

 

 話はまったくわからないが、どうやらたわわおっぱいさんはめぐみんの知り合いらしい。いや、やり取りからしてかなり親しい間柄のようだ。

 

「ううう……」

 

 めぐみんの時折出る鋭い刃の言葉に、おっぱいさんはノックアウト寸前である。俺がセコンドについてたらタオル投げ入れてたぐらい。

 成り行きを黙って見ていた俺だが、話に加わることにした。話が進みそうにないし。

 胸以外の外見特徴。相手のことがよくわかっている前提の会話。彼女の真面目そうな顔に俺は何日か前の話を思い出す。

 

「ああ、その人が前言ってためぐみんの友人か」

「ちょっと! ユウスケ!」

 

 立ち上がって叫ぶめぐみん。

 さっきまでの焦り顔はどうしたのかにんやり、それでも嬉しそうな表情を作る目の色が赤いおっぱいさん。

 

「……へぇーめぐみんってば、私のいないところではそんなこと言ってたんだ。ふーんそうなんだ。めぐみんって本心ではそんなこと考えてたんだ」

「違います! 私が言ってたのはあるえ達のことです! ゆんゆんのことじゃありません」

 

 顔を赤くして必死に弁明するめぐみんと、何度もノックダウンを取られたボクサーが最終ラウンドで相手に渾身の右ストレートをかましたように元気になった胸さん。

 

「そうだったかもな。どうだったか忘れたわ。それでめぐみん。俺にその人紹介してくれよ」

「うろ覚えなら仕方ないですね。真相は闇の中ということにしときましょう!」

 

 これ以上突っつかれても不味いと判断したのか、めぐみんはその話を終わりにした。

 そういうところの判断は早い。

 

「さて、紹介。紹介ですね。こっちにいるのは――」

 

 コホンとめぐみんはそこで咳をする。

 喉の調子を整え、彼女はバサッとマントを翻し、巨乳さんの方へと手で視線を誘導した。

 

「紅魔族の長の娘!」

 

 突然めぐみんは大声を出す。

 自然他の冒険者たちの注目はこちら。おっぱいのある人に集まる。

 

「紅魔の里にて生まれいでし才女! 学校では無遅刻無欠席で賞状を貰い、学年では大天才に次いで二位の成績を保持し、体術でも優秀だった彼女! そう! そんな彼女の名はゆんゆん!」

 

 一息にそこまで叫んだめぐみんは最後に自分の顔を指した。

 

「ちなみに学校一の大天才は私です」

 

 えらく派手に紹介されたおっ……ゆんゆんさんはというと、顔を紅潮させて体はカチンと固まらせていた。

 見るからに羞恥の極みにいるという状態だ。

 本当に不意打ちだったのだろう。次の言葉がなかなか出てこないようだった。

 

「あー、は、はの、はい。んっと、私が…その、ゆんゆんと……ですね……」

 

 それでも健気に自己紹介をしようとしているのは責任感の強さからか。

 しかし流石に限界が来たのか、彼女はめぐみんをポカポカと両手で叩きだす。涙目である。可愛い。

 

「もおお! めぐみん! なんでそんなことするのおおおお!」

「な!? 人が折角盛り上げてやったのにその言い草はなんですか!」

「そんな! そんなハードル上げられたら喋れるわけないじゃない!」

「紅魔族ならこの紹介を受けたら感激する場面ですよ。感謝されることはあっても怒られる筋合いはありません。いたっ! 今のは力入れましたね! ゆんゆんこら! いい加減にしてください!」

「いい加減にするのはめぐみんの方でしょ!」

 

 めぐみんの方は完全に善意でやったらしい。

 どうなっているのか紅魔族。知力と魔力が高い種族らしいが、ここまでくると本当に一度しっかりと調べてみるべきかもしれない。謎多い種族だ。

 

 まあ紅魔族全体を気にかけるよりまずは目の前のことだ。

 

 取っ組み合いになりかけているめぐみんとゆんゆんを俺は引きはがす。流石にソードマンの俺の方が筋力は上だ。野次馬と化しそうになっている冒険者も日本人らしい曖昧な笑みを向けて追い払う。別にこれからは面白いことは起こりませんよ、だから気にしないでくださいね的な笑みだ。

 そして俺はまだにらみ合ってる二人の仲介をする。

 

「はい、落ち着いて落ち着いて」

「ガルル!」

「野生に帰るなよめぐみん。人間に戻れ」

 

 めぐみんとゆんゆん。体格的に上で、体術もできるらしいあっちの方が勝つはずなんだろうけど、実際やったらめぐみんが勝ちそうな凄みがあるのはなんでなんだろう。

 

「久々にあった顔馴染みだろう。喧嘩することはないんじゃないか」

「そ、そうね。今日のところはここまでにしておこうかしら」

 

 よくわからない迫力に押されてまたゆんゆんは涙目になっている。

 野生化していためぐみんも途中で落としたとんがり帽子の汚れを手で払って被った。

 

「ユウスケがそう言うならそうします。今日もゆんゆんとの勝負は私の勝ちで終わりでいいですね」

「なんでよ! どう贔屓目に見ても今のは引き分け――」

「はいはい。じゃあ仲直りでいいな」

 

 また喧嘩が勃発しそうになったので無理矢理終戦させる。

 めぐみんは賢いんだが今日の初心者殺しのようにいざという時慌てやすいし、なにより喧嘩っ早い。瞬間湯沸かし器並みに熱くなる。

 俺はゆんゆんの方へ体の向きを変える。

 

「えっと、君はゆんゆんでいいんだよな。年下みたいだしさん付けはなくていいかな? 俺はユウスケ。君の同級生と今はパーティーを組ませてもらっている。よろしく頼むよ」

「あっ! こちらこそよろしくお願いします!」

 

 彼女は深々とお辞儀をする。

 胸元がかなりあいた服を着ているのでその豊満な胸の谷間が見える。この世界の可愛い子は胸元が見える服を着ないといけない決まりでもあるのだろうか。そうだとしたら天国みたいなところだが。アクア様ありがとうございます。本当にありがとうございます。

 

「さん付けはもちろんいらないです! 私のことなんてゆんゆん。歩いている人間やそこのやつなんかでもいいですよ!」

「いや、そんな呼び名はしないけどな……」

「ゆんゆん。紅魔族の挨拶はどうしたのですか。ここは一発ガツンと決める場面ですよ」

「めぐみんはすこしだまって!」

「はぁ、もう二人ともじゃれ合うな。しかしまあ紅魔族というと……」

 

 ここで俺はようやく彼女。ゆんゆんのことをじっくりと見た。

 

 彼女で真っ先に目がいくのはそのむ……目だろう。めぐみんと同じく赤い瞳。もしかしたらこれが紅魔族の特徴なのかもしれない。紅と魔。目の色と魔法使いに適した能力を持っているからつけられた種族名なのだろうか。

 服装はめぐみんは赤と黒だが、ゆんゆんはピンクと黒である。

 上着は黒を基調としていてところどころピンクのアクセをつけている。下はピンクのミニスカートだ。

 

 顔はどことなく幼さを感じさせる。童顔というか本当にまだ若いのかもしれない。めぐみんの同級生だと言ってたから俺の四つか五つ下だろう。

 それが信じられないのは彼女の発育の良さにある。

 

 おっぱいだ。

 おっぱいである。

 たわわに実った果実を二つ。彼女は持っている。

 

 それも胸元はかなり緩く、ピンク色の短いネクタイみたいなものが、彼女の谷間には挟まれている。もう誘っているとしか思えない。エロだ。エロスの塊だ。

 いや、なにを考えているんだ俺。今は彼女が紅魔族というのが重要だ。

 

「ゆんゆんもアークウィザードなのか」

「はい。私もめぐみんと一緒のアークウィザードです。というより私達の種族は子供達以外は皆アークウィザードですね」

「それは……またすごい種族だな」

 

 紅魔族がどれぐらいの規模かはわからないが、大人全員上級職とか戦力過多にもほどがある。なんでそういう種族が生まれたのか不思議だ。自然に生まれた種族なんだろうか。

 しかし、いい機会だ。彼女はめぐみんみたいにスキルを一つしか覚えてないということでもない限り優秀な魔法使いなのだろう。

 

「じゃあゆんゆんもかなりの腕を持っているってことでいいんだよな?」

「え!? そうですね……。そんな私は凄い魔法使いというわけではありませんが、中級魔法ならなんとか使えます。上級魔法はもう少しで覚えられそうなんですが……」

「おいこら待て。もしかしてユウスケ変なこと考えてませんか」

「変なことって、いやな。ゆんゆんがパーティーに入ってくれないかなとは思った」

「ええええええええ!?」

 

 何故かとてつもなく驚くゆんゆん。

 なんでだ。これだけ優秀な人材なら引く手数多だろうに。

 

 不思議に思っていると、地獄から響いてくるような声が俺の後ろからする。

 

「……ほーう。ユウスケは同じ種族のゆんゆんに乗り換えようとするのですね。うんうん。ゆんゆんにですか。……よりによってゆんゆんですか。軽ーい尻ですね。私は今日はもう爆裂魔法を撃ったんですが、もう一度撃てそうな気分ですよ。その尻に当てたらもっと尻軽くなりますかね」

「いつの間に背後に!? 違うって! ゆんゆんにはめぐみんの護衛みたいな役割を頼みたいんだって。さっき言ってただろ」

 

 気配さえしなかった。勘よりも早くめぐみんは俺の背後に回っていた。暗殺者かよ。

 めぐみんはその案について思考する。考える前に俺の尻に押し付けていた杖を退けてくれ。ムズムズする。

 

「魔法使い職が二人っていうのもバランス悪くありませんか」

「俺はそうは思わないかな。めぐみんの特殊性を考えると、悪くないパーティー構成と考えている」

 

 俺はすぐ傍に移動して、後ろにいためぐみんとゆんゆん二人を見た。

 

「もちろん。めぐみんとゆんゆんのどちらも良いと言ってくれたらだけどな」

 

 ほっ、なんとか自然に杖から離れることができた。

 

「その……。私は……」

 

 ゆんゆんは即答はできないようでちらちらとめぐみんを見ている。

 感触的には悪くなさそうな感じだ。

 

 めぐみんはというと即答だった。

 

「私は構いませんよ」

「めぐみんほんと!?」

「ユウスケは考えている人ですからね。ユウスケが言うなら成功するかもしれません。まあ、気心の知れた人がメンバーになるのも不利益とも思えませんし」

「なる! じゃあなる! 私パーティーに入ります!」

「くっつかないでください! 試しにですよ試しに! 臨時的なメンバーとして採用があるかどうかってことです!」

「えへへ。めぐみんとパーティーか」

 

 いちゃつく二人。

 喜色満面に喜んで抱き着くゆんゆんとそれを普通にめぐみんは嫌がっている。

 今日はめぐみんが爆裂魔法を撃ったばかりなので無理だが、明日クエストを受けることにしよう。

 しかしくっつかれているめぐみんの体に当たってゆんゆんのすんごいおっぱいが形を変えている。正直めぐみん代わってほしいです。

 

 

 

 

 

 

 冒険者ギルド。

 次の日も俺とめぐみん、そしてゆんゆんは昨日と同じくそこに集まっていた。

 雰囲気は重苦しい。いまだに誰一人として喋ろうとしない。ウェイトレスさんもその空気を察してか注文を取りに来ることもない。

 

 今日の依頼は終わって冒険者ギルドに集まった俺達は顔を見合わせることもなく黙っていた。隣にはめぐみんが座り、めぐみんの前にはゆんゆんが座っている。

 ただ昨日と違うのは新調した防具はなんの汚れも破損もなくて、ゆんゆんという新戦力がいるということだ。

 

 俺から口火をきった。

 

「……考えてたか?」

「考えてませんでしたよ」

「まあ、そうだよな」

 

 本当だ。まさかこんなことになるなんて思わなかった。軽い気持ちでこのパーティーを組んでみることを提案した俺だが、こんな結果になるとは。現実というのはわからないものだ。

 俺はゆっくりとさっきのクエストの戦闘を口にする。

 

「――ここまで戦闘が楽になるなんて」

「……楽勝でしたね」

 

 不運なことに初心者殺しが今日もモンスターとの戦闘中に乱入してきた。

 ただ不運なことというのは初心者殺しにとってだ。

 昨日の失敗がなんだったのかというぐらい楽に初心者殺しを退治できた。俺には疲労も何もない。毎回めぐみんのことを気にしながら戦ってすり減らしていた神経も、今回に限ってはただ外を走ってきた程度のものである。

 

「ゆんゆんの魔法で距離を取って、めぐみんの爆裂魔法で一発だったな」

「あのー。私はあんな感じで良かったですか?」

「いや良すぎだよ。安定感が半端なかったもの」

 

 後ろの心配をしなくてよくなったので俺も自由に動けるようになった。

 めぐみんも信頼のおける相手ということで慌てることもなかったようだし。普通なら四人パーティーのところを三人だが、これで完成した感すらあった。

 

「これだともっと難しいクエストでもいけそうだな」

「ユウスケ。はしゃぎすぎですよ。冒険者には落ち着きが必要です。どんな時でも冷静にですよ。……でも実際いけないことはないですね! 我らの力なら! いえーい!」

「いえーい!」

 

 盛り上がる俺とめぐみん。パチンパチンとハイタッチして喜ぶ。

 今回の手ごたえは半端なかった。慎重派の俺もこれなら上を目指せると思える。

 ハイタッチに入ろうか迷ってる今日の功労者であるゆんゆんを俺は褒める。

 

「ゆんゆんもよく見てくれていたよな。ちゃんと全体を見て魔法を使ってくれるから楽だったわ」

「あ、ありがとうございます。私も……今日のは良いと思ったような、楽ができた――いえ、別に私がサボってたわけではないですよ! そういうわけじゃなくて!」

「はぁー。何をうろたえているんですか。ゆんゆんがちゃんとやっていたのは私も見てましたよ」

「うんうん。本当によくやってくれてたよ」

 

 めぐみんはそっぽを向きながらゆんゆんに見せるように片手を上げる。彼女の意図を理解した俺は、真似てそうする。

 この世の春がきたみたいな幸せそうな顔でゆんゆんが両手を俺とめぐみんの片手にパンっと合わせた。

 

「良かったあああああ。これで私もパーティー入りよね!」

 

 胸に手を当てて心底ゆんゆんは嬉しがっている。

 こちらも見ているだけで嬉しくなる笑顔だ。

 これで終わればハッピーエンドだ。

 しかし――それで終わらせないのがめぐみんという女の子である。しれっとした表情でゆんゆんに突きつける。

 

「何を言ってるのですかゆんゆん。それとこれとは話が別ですよ」

「え? えええええ! ほ、褒めてくれたのに!?」

「まだお試し期間ですからね。一度の成功では決まりませんよ。偶然ということもありますしね。私達めぐみん最強無敵パーティーは長いスパンをかけて採用を決めるつもりです」

「ど、どおおしてそんな意地悪なこと言うのめぐみん!」

 

 じゃれ合うめぐみんとゆんゆんを見て俺は苦笑する。

 こうしてまあめぐみんが言うには一時的なメンバーとして、俺とめぐみんのパーティーに新たにアークウィザードが加わることになった。

 

 それにしてもパーティー名、クソダサすぎない? そんな名前嫌だぞ俺。

 

 

 



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七話

 

 

 俺は柔軟体操をした後、防具を身に着ける。最初はどうにも違和感があったが、これにも慣れた。最後にマントを羽織り、水筒と――それに剣を腰のベルトにつける。動くのに邪魔でしかなかったのが、今はこの腰の重みが頼もしく思えるのだから、俺も異世界に順応してきたものである。

 

 俺は自分の部屋の扉を出て鍵を閉める。

 そうして俺はめぐみんの部屋の前に行き、扉をノックする。

 

「めぐみん。時間だぞ」

 

 返事がない。

 俺はもう少し強めにノックをする。

 部屋の中で僅かに物音が聞こえて、眠たげな声が扉の奥から聞こえてきた。

 

「んぅー。誰ですか?」

「俺だって。俺」

「……俺野郎?」

「誰だよそれ。ユウスケだってば。もう冒険者ギルドに行くと言ってた時間帯だろ」

「あー、あー、そうですか」

 

 頭はまだ回転してないようだ。明らかについ今まで寝ていて、起きたばかりという感じである。

 

「わかりました。もう少ししたら行くので先に行っておいてください。ゆんゆんがもう行っていると思うので。くぅー……」

「寝るなよ」

「寝てませんよ。目を閉じてベッドに倒れ込んでて意識が遠のきかけてるだけです」

「それを一般的に寝るというんだよ」

 

 まあ今日はそんな急いでいるというわけではないから、もう少し寝かせてやってもいいか。

 ゆんゆんはすでに冒険者ギルドに行ってるだろうから俺は早く行かなければならないが。

 運の悪いことにゆんゆんがこの宿屋に泊まろうとしたら、直前の人で部屋が一杯になってしまったんだよな。泣きながら空きが出たらすぐ教えてくださいと頼んでいたゆんゆんは、彼女だけ別の宿屋で宿泊している。

 

「俺は冒険者ギルドに行ってるからめぐみんも早く来いよ。二、三十分以内には流石に来てくれ」

「……了解です。すぅ……すぅ……」

 

 二時間ぐらい待たせられそうで怖い。

 しかし、これは良い機会でもある。

 めぐみんとはそれなりに仲を深めることができたが、一昨日出会ったばかりのゆんゆんとはまだ殆ど喋っていない。彼女はめぐみんとはよく喋っているが、一対一で俺と会話したことはないはずだ。

 

 今後長くやっていくかもしれないパーティー仲間。

 この機会にちょっとはお互いのことを知るか。

 

 

 

 

 

 

 

 ついさっきまではそんなことを考えていた俺だが、その考えは甘いとしかいいようがない。どうも上手くいっていなかった。

 

 冒険者ギルドのいつものテーブル。

 時間帯が早いこともあって人は少ない。隣のテーブルも空席だ。

 

 俺とゆんゆんはそこでめぐみんを持っているのだが、会話がない。挨拶とめぐみんがまだ来てない理由を話した後、会話はなしだ。気まずい沈黙だけがここにはある。もう十分も二人とも口を開いていない。

 ゆんゆんはというと杖の宝石の部分を弄ったりしている。さっきまでは自分の指を触っていた。

 もしかしてこちらにまったく興味がないのかと思えば、こちらを見て何か言おうとしては止めたりする素振りもする。

 

 あれだけ積極的なめぐみんとは違って、単純に奥手なのかもしれない。

 めぐみんの言葉の端々から紅魔族という種族は特に派手好きのようだが、ゆんゆんはそうでもないようだ。

 

 しかし、俺は年下の女性が喜びそうな話題なんて知らない。めぐみんは爆裂魔法のこと話してたら喜ぶけど目の前の彼女は違うだろうし。めぐみんって好き嫌いがはっきりしてるから喋りやすいんだよな。

 とにかく共通する盛り上がる話題でなんとか接点をつくっていこう。俺とゆんゆんで共通する話題となれば、まああれだな。あれしかない。

 

「ゆんゆん」

「は、はい!?」

「そんな驚かなくても……ちょっと聞きたいことがあってな」

 

 びくっと椅子ごと離れそうにするゆんゆんに俺は内心傷ついていた。

 女の子から拒絶するような反応されるのは、年頃の男としては無条件に心を痛めるものだ。

 

「す、すみません! なんでしょうか!」

「めぐみんのことを聞かせてもらってもいいだろうか」

「めぐみん、ですか?」

 

 俺と彼女に共通する話題といえばめぐみんだ。

 めぐみんの話題なら喋れないことはないだろう。短期間しか一緒にいない俺でも話せることは多数あるぐらいだし。あいつ強烈すぎるんだよ。

 

「うん。まだ俺もあいつのことよく知らなくてさ。ゆんゆんはめぐみんと同級生で仲良かったんだろう。めぐみんの友人であるゆんゆんから話を聞きたいなと思ってな」

「めぐみんの友人であるゆんゆん……!」

 

 ゆんゆんは恍惚の表情を浮かべる。

 なんかエッチだ。

 彼女は身を乗り出すようにして俺に近づく。めぐみんと初めて会った時を思い出すが、こちらはおっぱいのボリュームが凄いので、圧迫感が半端ない。

 

「ユウスケさん! なんでも聞いてください! めぐみんのことなら私ばっちり知ってますので! めぐみんの体のことまで知ってます!」

 

 ……ここまで食いつきがいいとは思ってなかった。

 というか、え? 体? え、めぐみんの体?

 

「体まで知ってるって……」

 

 自分が変なことを口走ってしまったのがわかったのだろう。あたふたと彼女は両手を振る。おっぱいも揺れる。

 

「そういうことじゃなくてですね! 私とめぐみんはよく勝負をしていて、それで発育勝負なんかもしてたから体の数値はお互いによく知ってるんです!」

「ああ、昨日もめぐみんが勝負がどうのこうの言ってたけど、それでか。普段からよく勝負してたんだ」

「はい。あの頃は毎日してました。それに実は……めぐみんと別れる時に上級魔法を覚えて今度こそ決着をつけるだなんて言ってたんですけどね。まだ覚える前に来ちゃいました」

 

 恥ずかしそうに言うゆんゆんは素直に可愛い。

 めぐみんと勝負か。あいつが負けている姿というのもあまり思い浮かばないな。負けも見事に勝ちにひっくり返しそうだ。

 

「どんな勝負してたんだ? 学生ならテストの点数とかかな」

「テストの勝負が多かったですね。でもめぐみん毎回点数良くて……私も毎日予習復習はしっかりとしてたのに」

「地頭が良いよなめぐみんって。この前もそれでびっくりさせられたよ。学校一だっけか。あれは本当なんだな。でもゆんゆんだって賢いんだろう。学年二位なんだから」

「そんな……私なんて全然ですよ。めぐみんには毎回負けてましたし、他の勝負でも負け続きで全然勝ったことないんですから」

「でも、発育勝負なんてしてたなら、それで勝ってたんじゃないか」

 

 言って――しまったと思った。

 あまりにもデリカシーのない質問。これが社会人ならセクハラ問題である。

 でもゆんゆんは気にした様子はなく、普通に返してくる。

 

「発育勝負といっても、勝てたのは最初の一度だけで……その後は小さい方が食事もすくなくて済むし、環境にも優しいからといった理由で、小さい方が勝利という条件で負けてました」

「せこっ!」

 

 思わず叫ぶ。

 どう考えても勝てない勝負だ。いや普通に発育で勝負するならめぐみんは負けるだろうからそれはそれで不公平な勝負なのではあるのだが。

 

「それでいつも勝負の賭けにしていたお昼ご飯は持っていかれて食べれなくて」

「極悪すぎる……」

「あっ、でもめぐみんが勝負持ちかけてきたわけじゃなくて私が勝負しかけてたんですよ。めぐみんもスキルポーションかけてましたし」

「え? スキルポーションってあの一千万エリスぐらいはするというやつか? そんなのかけてたのかよ。なにその金持ちのギャンブル」

「た、確かに。そういえば紅魔族以外のところだとあの魔法薬はかなり高いんですよね。――あれ? なんで私の学校では成績優秀者に普通に配られていたんだろう……。それが当たり前だから疑問持たなかったけど、どうして?」

「……紅魔族って本気でどういうところなのか気になってきた」

 

 正確にはスキルアップポーション。普通はモンスターを退治してレベルアップすることでスキルポイントを増やせる。しかしその魔法薬はレベルアップすることなく、ただ飲むだけでスキルポイントを増やせる希少価値が高いものだ。最低でもかなり金持ちの貴族や商人以上が使うことのできる代物で、冒険者が買うことなんてまずない。王都なら売っているだろうが、アクセル街で本物が流通することはまずないだろう。

 

 一千万エリスなんて言ったが、数千万エリスはかかる代物だ。

 そんなスキルポーションが学校で配られてるなんて驚きの他ない。

 もしかしてあそこでは簡単にスキルポーションが作れるとか?

 スキルポーションとご飯なら圧倒的にスキルポーションのが比べるまでもなく価値は高い。ある程度は理不尽な勝負にしても仕方ない、のかなぁ?

 

 まあめぐみんらしいといえばめぐみんらしいエピソードだ。そのハチャメチャさも含めて。

 

「でもめぐみんって学校でもあんな感じだったんだな」

「あんな感じかというのはわからないですけど、多分あんな感じで合ってると思いますよ。ふふ。めぐみんは学校でもあんな感じでした」

 

 学校時代のことを思い出しているのか、ゆんゆんから自然に笑いがこぼれた。

 つられてこっちも笑顔になってしまう。

 めぐみんはひねくれたところがあるけど、目の前の彼女は本当に子供という風だ。純粋さ。なにも染まっていない白。そんな箱入り娘感がある。

 

 めぐみんのことをライバル視しているのは、ゆんゆんにとってめぐみんが大事だからだろう。ライバルという関係を持つことで、コミュニケーションを彼女は取っているのだ。嬉しそうにめぐみんのことを語るところからもそれは簡単にわかる。

 

「しかし、めぐみんも遅いな」

「そうですね。あの子また寝てるのかしら。二十分ぐらい経ちますよね」

「もうそれぐらいになるか。やっぱあいつ二度寝しているかもしれないな。まあ後三十分ぐらいしてこなかったら流石に起こしに行こうぜ。……あっ、俺はちょっとお手洗い行ってくるわ。ゆんゆんは飲み物でも頼んどけば。そうだ。遅れたお詫びとしてめぐみんに奢ってもらおうか」

「いえ、めぐみんは奢ることはないと思います」

「お、おう。そうか」

 

 長年の友人関係からめぐみんのことを熟知しているようである。

 奢られることはあっても奢ることはなさそうだもんな。だからといってめぐみんが優しくないというわけではなく、本当に友人が困ってる時には豪快に手を差し伸べるような感じがする。

 

 俺は席を立ってトイレに行く。中に入ると、丁度誰も人はいないようだった。

 

 ――都合がいい。

 もちろん、俺には尿意なんてなかった。あるのは性欲だけか。

 

 ポケットの中に入ってある神器のスイッチを押す。

 どうも人の喧騒が急に消えるのは、慣れないものだ。まるで世界に取り残されたような感情に襲われる。

 

 俺がトイレから出ると、冒険者、ギルドの職員、ウェイトレスの人達がいる。その全員が止まっている。

 すれ違いざまに金髪のウェイトレスの人のおっぱいを揉んでから俺は元座っていた場所にまで戻った。

 

 ゆんゆんは注文しようとしていたのか、おずおずと手を上げている最中のようだ。

 

「ゆんゆん」

 

 呼びかけても当然返事はない。

 俺からしたら無防備な羊同然だ。

 

 時間停止をした理由。それは我慢ができなくなったからだ。

 

 良い子の彼女。人柄としても気にいったわけだが、その体には抗えない。人間の心なんていう上等なものを持ってない俺でも、この子にセクハラするのは不味いんじゃないかなと思う。穢れを知らない天使のような純粋な心を持つ彼女に手を出すのはない良心が痛い。

 

 でもそれは無理だった。

 ――だって彼女巨乳だもの。

 

 性欲が俺の体を突き動かす。見ているだけでは我慢できなくなったのだ。

 

 クズ丸出しの理由で俺はゆんゆんの隣に座る。もう時間停止も何度もしたというのに、誰かにエロいことをすることにはいつも緊張が走る。特に初めての相手には。

 

 そろりそろりと体に触れないようにしながら近づく。

 まずは彼女の足を触る。

 隣に座りながら手を彼女の生足に乗せると、本当に痴漢しているおっさんの気分だ。犯罪感が増す。やっていることは物凄く犯罪なんだけどね。

 意識もない女の子に手を出しているわけだからな。

 

 めぐみんの同級生なだけはあって若いからやはり肌は綺麗で、モチモチとした玉の肌である。

 ぷにっとした感触の足はだらしないというよりスラリとした美脚だった。そういえば体術もできるといってたので、鍛えてるのかもしれない。めぐみんは杖しか持ってないのだが、ゆんゆんは腰に短剣も持っているし。

 

 遠距離得意で、接近戦もできるとかなんでもありな優秀さだな。

 

 魅惑的な太ももからミニスカートの中に俺のゴツイ手が入っていく。太ももを撫で上げるように彼女の体の上にへと登っていく。中央に手を滑らせていく。彼女の鼠蹊部を越えると、迎えてくれるのは当然布の感触だ。こちらからでは見えないが、当然下着だろう。

 下着を、そしてその奥にあるものを確かめるように触っていく。

 あれ? もしかしてこれ紐? もしかして紐パンなのか?

 

「こんな幼い顔してるのにエッチな下着はいてるんだなゆんゆんは」

 

 本人にそのことを言うという背徳感。まあ本人は絶対聞いていないんだが。

 めぐみんの女性器を見た実績が俺を大胆にしていた。普通ならその下着を触るだけですますというのに俺はいきなり下着をずらして――その奥にあるものに手をかける。

 

 なんという無謀。

 装備もなにもなしに山の頂点に登るようなものだ。

 だが、無理をして登っただけの報酬はあった。

 

「こっちはまだ生えてないのか。そこはめぐみんと一緒なんだな」

 

 こんな恵まれた容姿と体をしていて、下はまだツルツルだ。発育した体躯には不釣り合いな幼さが彼女の秘部にはあった。

 ぷにぷにとしたおまんこ。ツルツルな性器によって俺の手には、彼女の大陰唇の感触が直に伝わる。

 

 その感触に俺の股間は熱を持つ。

 流石に毎回毎回めぐみんが爆裂魔法を撃った後、悪戯していたらバレるので、この四日間俺はお預け状態だ。赤いウェーブ髪の子も馬小屋に泊まってなかったし。

 

 なので、ちんこは早く射精させろとせかしてくる。しかし、こんな場所で出してしまうわけにもいかないんだよな。あまりにも人が多いし、衆人の中ちんこを出すのは、なんとなく心理的に厳しい。興奮のドキドキではなく、落ち着かなさを覚える。

 まだ羞恥心を捨てきれてない情けないやつだと自分でも思う。いつかは時間停止最中で、公衆の面前でも裸になれるようになりたい! ……いや、そこまでいくと別種の性的興奮してないか?

 

 勃起した男性器を落ち着かせながら、俺はもう片方の手で神器の時間を見る。

 

 残り二十分と少し。まだまだ時間はある。

 どうせこの体勢だとおまんこは十全に楽しめない。楽しめるものを使おう。

 

 出会ったころより気になって気になってたまらないあれである。揺れるあれを必死に目がつられないように抑制することは何度もあった。ぶらぶらんと揺らすあれにくぎ付けにならないようにするには多大な精神力を消費する。

 今回時を止めた最大の理由でもある。

 

 俺は彼女のミニスカートの中から手を抜き取り、ゆんゆんの上半身に狙いをつけた。

 おどおどとウェイトレスを呼び掛けているゆんゆんの――おっぱいを掴む。

 

 素晴らしい。

 

 言葉をなくす快感。ずっと誘惑に耐えていただけあって、達成感もひとしおだ。

 めぐみんの貧乳もあれはあれで良いものだ。貧しいといってもちゃんとあるおっぱいは彼女の小さな体をなお魅力的にする。触れれば壊れるような繊細さ。高級料理のような楽しみ方ができる。

 

 ゆんゆんのおっぱいはいっそ暴力的ですらあった。

 人間の男性では太刀打ちできない。まるで災害だ。ハリケーンのような厚み。

 ルナさんの巨乳ももちろん素晴らしかった。そこに差はつけられない。実際ルナさんの方が今は僅かに大きいだろう。しかし遠くない将来越すことを予感させるような大器がそのおっぱいにはあった。

 

 顔がだらしなく緩んでいるのが自分でもわかる。

 

 手の甲をおっぱいに押し付ける。

 むにゅむにゅと弾力がある。きめ細かくハリのある肌が俺の手を押し返そうとしてくる。

 まるで手の甲に全ての触感が集まったような不思議な気持ち。今俺の手は口内より敏感になっている。

 

 次は人差し指でおっぱいを突いていく。

 つんつんと、つんつんと、ゆんゆんのおっぱいを突いていく。腋近くからどんどんと中央に向かって、突きながら移動していく。

 

「ここかなーここなのかなー」

 

 突きながら乳首を探す。気分は宝さがしである。

 なんて幸せな冒険譚。

 突くたびにぷるんと揺れるおっぱいを視覚的に楽しみながら俺は乳首を求める。

 ここだ! と乳首を探り当てた俺は突っつく。若干他の触った場所と比べて盛り上がっているような感触が指先から伝わってくる。

 

 そして、指の腹で見つけたお宝をさする。

 クニクニと服の上から乳首を弄ぶ。

 

 それにしても、出会った時からおっぱいばかりに目がいってた――まあ今もおっぱいばかりに集中しているが、ゆんゆんって可愛いな。

 

「巨乳だし良い子だし、なんで自己評価低いんだろ」

 

 もしかしたらめぐみんと一緒にいてたせいかもしれない。

 めぐみんは天才だ。才能という意味ではずば抜けたものを感じる。比喩でも何でもない一握りしかいない傑物になれる可能性を秘めた人間。あいつといたら自己評価が低くなってもおかしくない。

 そんなめぐみんのおっぱいを触った感覚を思い出しながら俺はゆんゆんのおっぱいを触る。あー気持ちいい。

 

 俺は服の一番上のボタンに手をかける。

 たわわに育ったおっぱいから苦しいよ苦しいよ早くさらけ出したいよという声が聞こえてくる。完全に幻聴だ。

 

 ピンクのボタンを俺は掴んで外そうとするのだが、なかなか外れない。焦りが手にじんわりと汗をかかせる。

 まさか緊張しているのだろうか。まだ服で隠れているこの胸に。

 こんなに優しそうな顔をした女の子が、よりにもよって人が沢山いる冒険者ギルドでそのたわわな胸を出そうとしている。

 その興奮と罪悪感に確かめるまでもなく俺のあそこはもうビンビンだが、肝心の手は緊張の色を隠せていない。

 

「沈まれ俺の腕」

 

 まるでめぐみんみたいなことを言いながら俺はしっかりとピンクのボタンに手をかける。

 

 そして、外すと――ボロン。

 

 そんな擬音語が出てきそうな胸が飛び出してくる。

 よほど服の中が窮屈だったのか、一番上のボタンを外すだけで巨乳が俺の眼前にあった。

 

 しかし、まだそのおっぱいは黒の下着に隠れてしまっている。

 これだけでも大層なお宝だが、それでは足りない。我慢できない。もっと興奮ができる。

 この体勢からブラジャーを外すのは難しいので、俺はブラジャーを上に引っ張っていく。彼女の胸がどんどん出てくる。

 

「焦らなくてもいい。ゆっくり確実にだ」

 

 もう彼女は半裸のような姿だ。彼女の上半身を守る服は殆どなくなろうとしている。素肌をさらけ出してしまって、それを隠すこともできない。それどころか今まさに彼女の豊かな胸はそのすべてをさらけ出そうとしていた。小さく開きかけた口は言葉を出すことはない。

 繊細で、かつ強引な発掘作業が実ったのか、お宝が見えてきた。

 

「ハラショー」

 

 何故かその光景を見てロシア語が出てきた。

 

 ゆんゆんの乳首だ。

 白雪のようなおっぱいにピンクの乳首。めぐみんと比べてみると、巨乳なだけあって少し大きめだろうか。しかし、形の良い乳首は、その巨乳の大きさと抜群のバランスをしていて、見ているだけで絵になりそうな芸術さと隠しきれない淫らさが同居していた。

 

 右手をおずおずと上げたゆんゆんは完全に半裸といった状態だった。

 冒険者ギルドのテーブルで、彼女はその上半身をさらしている。

 奥手なゆんゆんの乳首が公衆の面前で露出されている。

 

 真っピンクの乳首はそれはもう美味しそうで、気づけば――俺は頭を突き出してその乳首を口に挟んでいた。

 

「むぅ!」

 

 やべ、ここまですることは思ってなかったのに、ゆんゆんの乳首を見てたら――つい。

 

 舌まで動き出してやがる。

 俺の意思に反してペロペロと乳首をなめている。

 この未成熟とは言えない体躯。その中で最も敏感な場所を俺は舌で確かめていた。

 快感が舌に当たっている。ペロペロと男なら誰もが見たい吸いたい舐めたいと思うだろう乳首をなめている。

 

 まだ顔に幼さが残るゆんゆんの大人顔負けに発達した乳房が俺の舌で転がされている。

 

 ペロペロ。ペロペロ。チューチュー。

 

 舐めたり吸ったり揉んだり。

 隣に座っている俺は体を乗り出して、ゆんゆんの右のおっぱいを赤ん坊のように吸ったりしていた。

 だが、跡は残らないように吸う力は制限させながらだ。

 

 右を味わったかと思えば更に俺は身を乗り出して左の乳首に吸い付く。その時、手は右のおっぱいを触っている。むにっむにっと俺の手の中でおっぱいが弾む。

 

 脳が焼き尽くされるかと思うほどの快感。思考がぐちゃぐちゃになる。口と手だけでこの気持ちよさ。もしも――ちんこをこのおっぱいに挟んだりでもしたら、どれほどの快感を得られるのだろう?

 

 しかし、この快感ももう終わらせないといけない。制限時間があるし、これ以上突然刺激が胸に加わったら不自然だろう。

 

 ちゅぱと、最後に俺は乳首にキスをして、ゆんゆんの乳首から顔を離す。

 

「……なんという魔性のおっぱい」

 

 畏怖に慄く。

 これだけで何時間も使ってしまいそうな素晴らしいおっぱいであった。スキルポーションに数千万エリスも払えないが、このおっぱいなら出してしまっても構わないと思えるような価値があった。

 拝んでおく。

 なんか巨乳に拝むことが癖になりそうだ。

 

「おっぱい神でも祀っているのか俺は」

 

 意味不明なことを呟きながら、俺はポケットの中からハンカチと腰に下げている水筒を取り出す。

 

 さて、後処理後処理。

 濡らしたハンカチで俺の唾液を拭い、乾いたハンカチで拭き取ってから、服を元通りにする。胸が大きいので服のボタンをとめ直すのに苦労する。ミニスカもはだけていないように元通りにしてから――なんとなく気になった俺は、テーブルの下に屈みこんでミニスカの中を見る。

 

 暗くてよく見えないが、下着の色は黒かな?

 めぐみんといい黒が好きなんだな紅魔族って。

 

 事後処理が済んだ。さてトイレに戻って時間を再開させよう。

 俺は服に隠れてしまったおっぱいを名残惜しそうに見ながら、トイレに戻って時間を再開させる。喧騒がまた耳に入ってくる。

 

 そして戻ろうとしたが、あそこが膨らみすぎてなかなか戻れない。あれ、なんでだ。股間がフル勃起状態だ。

 あのおっぱいを堪能しながらの生殺しは辛すぎたのか。

 でも誰かに悪戯して射精できるような場所でもなく、そこまでの時間もない。

 

 俺は必死に精神を落ち着けて、股間をコントロールしようとする。

 

「ふぅーふぅー。頭を空っぽにしろ」

 

 だめだ! 脳内はおっぱい一色。百インチのテレビでおっぱいが映っている!

 違うこと考えろ。そうだ。真面目なこと。数学でも考えるか。素数とか二次関数とか体積とか。πとか。おっぱいとかおっぱいとかおっぱいとか。それおっぱいじゃねえか!

 

 壁に頭をぶつける。あまりに遅いと怪しまれる。女の子に大の方してたと考えられるのも嫌だし。

 

「……仕方ない」

 

 俺は神器を使って時間を止める。そしてトイレでシコってから俺はトイレから出ることにした。

 まさかシコるためだけに時間停止するなんて……。

 ここまで情けない時間停止をした人間なんて俺だけではないだろうか。

 

 臭いが残らないように手を綺麗に洗ってからようやく戻ると、ゆんゆんのテーブルの上にはいまだに飲み物が置かれてなかった。不思議そうな表情で僅かに胸を気にしている。

 

 俺は手を上げてウェイトレスさんに声をかける。

 

「あのー注文いいですか?」

「はい。なんでしょうか」

「ゆんゆん何が飲みたいんだ。今回は俺が奢るよ」

「お、奢りなんて悪いですよ! 私が払います。むしろ何かユウスケさんが注文してください!」

「年下の女の子に奢られるなんて格好悪いことはできないぞ。そういう気分なんだ。奢らせてくれ。何がいい? ウェイトレスさんも待ってるし。ほら」

「……それじゃあシュワシュワを」

「お姉さん。シュワシュワ二つお願い」

「わかりましたー。ちょっと待っていてくださいね」

 

 さっきまでの行いを省みて、俺としては自分本位極まりない考えだが、罪悪感を減らしておきたいというのが本音だ。

 慣れもあるがめぐみんにはたまに殺されかけてるから、最近はあまり罪悪感を覚えないんだが、ゆんゆんにはヤバいぐらい覚える。

 

 俺は必死にあのおっぱいが脳裏にちらつくのを阻止しながらめぐみんを待つのだった。一度出したというのにまた勃起しそうになっている。

 俺の下半身の息子よ。黙れ。

 

 

 



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八話

 

 めぐみんはそれから三十分ぐらいしてから来た。丁度迎えに行こうとしていた時である。

 

 頼んだシュワシュワも二杯目だ。

 時間が時間だ。ギルド内の冒険者の数も増えて混雑している。

 

 空席だった隣のテーブルも二人の冒険者によって埋まっている。一人はハリウッドモデルみたいな体型と容姿をした人で、もう一人は顔にある小さな刀傷が印象的な可愛らしい銀髪の冒険者だ。この二人はたまに見かけるが、平均を超える容姿で目立っている。

 

 俺達はテーブルを離れて依頼掲示板のところに立っていた。

 

「目ぼしい依頼は持っていかれたぞ。なににするよ」

 

 簡単で実入りが良い依頼はもう持っていかれている。俺とゆんゆんだけで依頼だけを先に受けてもよかったのだが、まあパーティー全員で話し合った方がいいということで待っていたのだ。めぐみんを仲間外れにするのは後が怖いし。

 遅れためぐみんはというと、ある一つの依頼に目が止まっていた。

 

「この発情期ワイバーン三匹なんかはいいんじゃないですか。一匹の雌のために争っている二匹の雄のワイバーン。ちやほやされている雌を爆裂魔法でぶっ倒しましょう。そしたら雄も諦めてどこかへいくでしょう」

「絶対キレた雄ワイバーン達に追いかけまわされる展開だわ。空を飛んでいるってことは俺がお前らを守りにくいし、却下」

「では、この一撃ウサギ討伐はどうですか? あいつら肉美味いんですよね」

「……一撃ウサギはもういやよ。あの子達ってあんな可愛い見た目なのに、滅茶苦茶怖いんだもの。詐欺だわ詐欺」

 

 めぐみんの提案にゆんゆんは青い顔をする。よっぽど嫌な記憶があるのか、語る言葉は重い。

 それに比べてめぐみんは拳を握り雪辱を晴らすことに燃えていた。紅の瞳が光り輝いている。最近気が付いたことだが、紅魔族の瞳は興奮によって光を増すらしい。どこぞの王の蟲を思い出させるな。

 

「何を言ってるんですか。ゆんゆん甘いです。大甘です! あの畜生共は絶滅させるべきです。帽子を傷つけられた恨みもありますし。今の私達なら片手でひねるようなものですよ。所詮愛玩動物になるべきだったモンスターに、弱肉強食を教えて差し上げましょう!」

「俺は倒したことないけど、そんなに怖いウサギなのかそいつら」

「それはもうかなり。あの一撃ウサギ共は可愛い外見して角は丸太を貫くような貫通力。それにあいつら肉食で滅茶苦茶殺す気で襲い掛かって来ますからね。ホラーでした」

「私なんてたまにあの殺人ウサギに襲い掛かられる夢見るもの……」

「なんだそれ。可愛さの欠片もねえウサギだな……」

 

 ウサギのイメージを損なうも甚だしい。

 

 今日はなかなか依頼が決まらない。ああだこうだと依頼板の前で相談する。こうやって相談するのも俺はわりと嫌いではない。ちょっと楽しい。

 

 他の冒険者も依頼を見ながら相談しているので、自然と冒険者の会話が聞こえてくる。

 

「このプリーストの護衛ってのはどうよ。ルートもそこまで危険じゃないし、これに決めようぜ」

「馬鹿。お前ほんと馬鹿」

「誰が馬鹿だ。王都のやつらから聞いたことあるけど馬鹿という方が馬鹿なんだぜ」

「プリーストだぞ。プリースト。エリス教徒のプリーストなら楽な仕事だけど……」

「――アクシズ教徒の可能性もあるってことか。恐ろしっ!? 鳥肌立った。これは確かに俺が馬鹿だったわ」

「因縁つけられたり値切られたり勧誘されたりろくなことにならねえぞ。ちょっとは考えろ」

「わりいわりい。じゃあ窓口行ってどこのプリーストか聞いてからにするか」

「それはいい考えだな。エリス教徒でエリス様みたいな巨乳の女の子のプリーストなら文句はねえんだがな」

「ちげえねえや」

 

 ガハハハと冒険者らしく豪快に笑ってそのパーティーは依頼書を持って窓口の方へ歩いて行った。

 

「…………」

 

 内心その会話で怒り心頭なのは俺だ。

 わざわざ喧嘩を売りに行くことはないが、心の中ではかなり怒っている。

 

 アクシズ教徒というのはアクア様の信者のことである。アクア様は俺にとって大恩ある人だ。それを侮辱されたら気分が悪い。

 エリス教がいくら最大の宗教でお金の単位にまでなってるとはいえだ。ちなみにアクシズ教の規模は……その……少数精鋭だと聞く!

 

 しかし宗教には首突っ込むなというのが親の教えだ。君子危うきに近寄らず。こういう時は心の中でグッと抑えるのが正しい。ああでももやもやする!

 

 アクア様との邂逅を思い出す。エリス。神だしエリス様と言っておこう。俺だけが知っている。エリス様はずぼらで貧乳だということを。間接的だとはいえそんな彼女とアクア様が比べられて貶められるなど、我慢がならない。

 そんな苛立ちによって――俺は思わず言葉を零してしまった。

 

「……エリス様はパッドのくせに」

 

 そんな小さな呟きを聞いている人がいるなんて思いもしなかった。

 

「ふーん、なんて言ったの今」

 

 振り返った先にいたのは少し見覚えのある人だった。

 光り輝くような銀の髪。青に少し紫が入ったような瞳。可愛らしい顔の右顎のところには傷跡が見えるが、それでその可愛さはまったく損なわれていない。えらく薄着でお腹は丸出しでショートパンツをはいている。その外見からは活発的な少女という印象を受ける。

 もしかしてさっき隣のテーブルに座っていた人だろうか。

 

「そこの剣士さん。今どんなことを言ったのかあたし知りたいんだけど」

 

 ヤバい。

 やっちゃった。

 俺が言葉に詰まっていると、彼女は一歩近づいてくる。

 

「あ、いや、聞かれてたか。そんなつもりじゃなかったんだ」

 

 元が可愛らしい顔立ちしているせいで、睨み付ける顔はそこまで怖くない。本当に理性を失うほど彼女がキレてないというのもあるのだろうけど。

 しかしなんだろう。この人から受ける違和感。

 

「エリス教の人かな。悪い。俺の失言だった」

 

 彼女は腰に手を当ててこちらを見て俺の失言の繰り返しを要求する。

 

「あたしの目を見て、もう一度なんて言ったのか聞かせてもらうよ」

 

 これは……あやふやにして謝って終わりはできなさそうな雰囲気だ。

 仕方ない。こういう時は正直に話すのが得策だ。長引かせると余計に怒らせてしまうだろう。

 

 観念して俺はエリス様の胸のことについて語った。

 

「……あの、まあ、エリス様って本当は……貧乳じゃないか? それなのにエリス様の御神像ってどれも巨乳に見えるぐらい大きいから、まるでパッドを詰めてるみたいだなって」

 

 彼女はパッドではなくバッとそんなに大きくない胸を抑えて顔を赤くする。

 え、なにその反応?

 

「な、なななんでそれを! ……じゃなくていくらなんでも失礼じゃない! 女神様の胸をひん……あまり育っていない胸と言うなんて!」

「……確かに失礼だわ。本当に悪かった」

 

 こればっかりは相手の言い分に百の理がある。

 他人から嫌なことを言われたからといって俺も言っていい道理はない。あんなことを口走っていた男二人に怒るならまだしも、陰口を叩くなんていうのはあまりにも格好悪いことだった。

 俺が本気で謝罪していることが伝わったのか、高そうな鎧を着た貴族っぽい金髪の人が見かねて割って入ってくる。

 

「おいおい。別に貧乳だろうがいいだろう。胸が大きかろうが小さかろうが、人にとって大切なのはそんなものではない。エリス様もそんなことぐらい許してくれる。私も熱心なエリス教徒だが、相手も謝っているしこのぐらいにしておけばいいのではないか」

「……ダクネス。喋らないで」

「わ、わかった」

 

 彼女の連れの人が仲裁しようとしてくれたが、それを一刀両断する。ちなみに連れの人は巨乳だ。それもヤバいぐらい美人。

 銀髪の人の怒りもさっきまではまだ本気度は低かったが、今のダクネスという人相手の言葉はマジだった。うん、巨乳の人が貧乳の人にかける言葉ではないと思う。

 

 俺の連れであるめぐみんはやれー! やれー! とばかりに楽しそうに無言で煽っている。ゆんゆんは右往左往の言葉通りどうすればいいかとあたふたしている。戦闘では頼もしい仲間が今はほんと役に立たねえ! 特に喧嘩にならないかなとワクワクしているめぐみん!

 

 どうすればいいか俺も困っていると、なんかやっぱり変だ。

 この銀髪の人はおかしい。

 本来ならわからないだろうささいな違和感。一度見たことがあるような既視感。

 

「なんでそんなにジッと見ているのよ。あ、あたしはパッド入れてないからね! ……あたしだけじゃなくてエリス様もだけど!」

「そうじゃなくて、あんたちょっと変じゃないか」

「は? キミは一体何言ってるの」

 

 うん、やっぱり変だ。

 彼女をジッと見つめると勘が言っている。

 

「外側と内側があってない。凄いようで凄くない? どういうことなんこれ。あんたどうなっているんだ」

 

 目の前にいる彼女がちぐはぐなように俺には感じ取れる。

 それを聞いてたらりと汗をかく彼女。ひょいひょいと目が泳ぐ。その汗を手で拭きとり彼女は平然とした表情で言い放つ。

 

「……あー、誤魔化そうとしてるなキミ。その手には引っかからないんだからね。危ない危ない。いきなりなにを言いだしてるのやら……。まったく欠片もこれっぽっちもわからないなー」

 

 ぽりぽりと頬の傷を彼女はかいている。

 

 そう捉えられたか。

 感じたことをそのまま口に出しただけだが、他から見ればただの意味不明な言葉だしな。

 

「そういうつもりではないんだが……」

「余計怒っちゃったな。うん、今あたしが怒ってるってことが大事なのよ。それ以外は大事じゃない。わかった?」

 

 何度も頷きながら自分が怒っていることを強調する。

 その割には……そこまで怒ってないようには見える。でも非があるのはこちらだ。下手に出るようにしなければいけない。

 

「そしたら俺はどうしたら……シュワシュワぐらいなら詫びに奢りますが」

「いやそんな無理矢理奢らせるほど怒っているというわけではないよ。でも――このままだと収まりがつかないのは確かだよね……なにか勝負しない?」

「勝負と言われても、殴り殴られみたいなのは俺嫌ですよ」

 

 正真正銘クズ野郎の俺だが、女性を殴るというのは趣味に合わない。性的に襲うなら好きだけど、殴ったり首を絞めたりするのは引いてしまう。ハード系は萎える。

 

「キミはどう見ても前衛職だし、そんな勝負は吹っ掛けないよ。たかがこれぐらいのことでどっちも怪我するのも馬鹿らしいでしょ。実益も兼ねながらついでにできるみたいな勝負にしようよ。なにがいいか……この依頼がいいわね。ブロッコリーの収穫」

 

 彼女は掲示板に貼られている期間限定の依頼書を指でカツンと叩く。

 

「これにあたしが勝ったらエリス様は貧乳ではなく、きょ……いや普通の胸以上はあると認めて、ついでに本当についでにあたしも何の変哲もない盗賊だと納得してもらうわね」

 

 まあそれぐらいなら別に勝負しないでも飲み込むんだが、彼女は勝負したがってるし受けておくだけ受けておいたらいいか。それで気がすんでくれるならありがたいことだ。

 俺はめぐみんとゆんゆんとアイコンタクトを取ると、二人とも嫌ではないらしい。

 

 ブロッコリーの収穫か。鋏で切り取っての収穫ならそこまで大変ではないだろう。サツマイモとか根系は引っこ抜くのでもっと大変だろうし。

 そこそこ収穫して別にわざと負けてもいい。勝とうが負けようが俺に不利益はない。それこそ彼女が言うようについでみたいな勝負である。

 

 だが、敢えて俺は挑発的な態度を取る。この勝負に乗っているというのを見せるためだ。相手が乗ってない勝負とか張り合いないしな。失礼なことを言ったお詫びだ。ある程度相手を楽しませないといけない。

 

「わかった。でも体力あるソードマンに勝負を挑むのは悪手じゃないか」

「ふん。盗賊の敏捷性をなめないでよ」

 

 バチバチとにらみ合いで火花を散らす。

 盗賊か。索敵や特にダンジョンで活躍する職業と教えられたことがあるが、この勝負に勝算はあるのだろうか。結局野菜の収穫は体力と根気が必要だし、まともにやれば俺が勝ってしまうと思うんだが。

 

 外野の二人、というかめぐみんは楽しげに拳を上に突き上げている。

 

「盛り上がって来ましたねゆんゆん! これは良い勝負が期待できそうです」

「めぐみん楽しんでない? 楽しんでるよね!」

「もちろん、大興奮ですよ。人の喧嘩ほど楽しいものはないですからね。どっちも程ほどに盛り上げてほしいものです」

「私としては穏やかに解決して欲しいな……。でもめぐみんはてっきりあっちの人の応援するかと思った」

「……どういう意味ですかね。そのおっぱいを平らになるほど潰してほしいですか。私はあの人と違って未来ある胸ですよ。未来巨乳。つまりもうほぼ巨乳です」

「それは……無茶がある理論だと思うよ……」

 

 めぐみん。

 大抵そういうこと言う人ほど成長しないという決まりがある。

 

 

 

 

 

 

 

「そうか……」

 

 俺は遠い目をする。

 そういえば、ここは異世界だったな。

 常識が通用しない場所。なんでもありの世界。魔法やスキルがある世界だ。どんなことがあっても今更だ。だからブロッコリーだって飛ぶさ。はははは。

 

「物理法則は崩れた。魔法法則万歳」

 

 こんなことを元の世界で言ったら薬やっていると思われる。俺だって言われたらその冗談面白くないなと突っ込むだろう。

 

 でもこれが真実。ブロッコリーは飛ぶ。それも沢山。

 

 ああああ。魔法とかは常識の枠外の話だ。魔法を見せられてもここは異世界だしそういうのがあるんだなですむ。しかし、ブロッコリーは自分の常識内での食べ物だ。それが自由自在に飛ばれたら叫びたいような気持ちにかられる。魚が畑で育っているのを見たときもそうだったが。

 

「春のキャベツ狩りは有名ですが、ブロッコリーも壮観ですね」

「ユウスケさん。体当たりされても質量がない分キャベツほどの威力はありませんが、ブロッコリーは栄養がギュッと詰まってます。その分速度も気性も荒いので気を付けてくださいね。がんばってください! 私応援してます!」

「そうなんだー」

 

 空返事である。

 キャベツも飛ぶのか。それならキャベツ種のブロッコリーも飛ぶのは当然? そんなバナナー。

 

「もう勝負はついたようだね。そんなぼんやりしててブロッコリーの速さについていけるのかな?」

 

 彼女はひょいっとジャンプして、掴み取った手をこちらに見せてくる。そこにはブロッコリーがある。

 

 クリス。先ほど教えてもらった女性の名前。

 エリス様と名前が似ているのは、親が熱心なエリス様の信者だったせいかもしれない。それなら俺の言葉で怒るというのもわかるものだ。

 

 この勝負。

 これには確かに敏捷性が必要だ。盗賊のクリスがこの勝負を持ちかけたのはこういうのだからか。

 

「まだ始まってすらないんだぞ。そういう台詞を吐く人ほど負けるってのがセオリーだ」

「言うね。一株も取れなくて泣きを見ても知らないよ」

 

 敏捷性は負けるかもしれない。

 だが、目の良さはどうか。視力ではない見る力。

 俺は横を通り過ぎていこうとする風を片手でキャッチする。

 

「どっちが泣くかは、まだわからないがな」

 

 そこにあるのは同じく一株のブロッコリーだ。

 ひゅーとクリスは口笛を吹く。

 

「やるね。一方的な勝負とはならなさそうだね」

 

 不利な勝負。俄然やる気が出てきた。

 あまりやる気なさそうな金髪碧眼のクリスの連れが審判をする。

 

「……はぁ……キャベツならまだしもブロッコリーではな。これでは威力が足らない。とてもではないが、私の疼きは収まらない」

 

 なぜかガックリとしているのは、本当に謎だ。

 小声でなにやらぶつぶつと呟いているし。

 一通り消沈した気持ちを吐き出したのか、彼女は顔を上げて俺とクリス、二人の姿を目に収める。

 

「さて、二人とも私が審判でいいんだな。この勝負、この私、ダクネスが審判を務めさせてもらう。そろそろ始めてもいいか? 他の冒険者と距離を取ったし、お前たちを邪魔するものはなにもいない。クリスとユウスケ。時間は三十分。どちらがより多くのブロッコリーを手にしたかで決まる。スキルは使用自由。エリス様に誓って正々堂々と戦うように――開始だ!」

 

 俺とクリスは片手に持ったブロッコリーを水が入った檻の中にいれる。水につけとけばこいつらは動き出さないらしい。

 

 まずは慣れる。

 俺とクリスはどちらもスキルを使わずにブロッコリーを捕まえようとする。

 しかしまあ速い。

 素手でこれを捕まえるのは骨が折れる。

 さっきのはどちらもマグレだったようだ。

 

 ギルドから借りれる虫取り網みたいなのを使えばもう少し簡単になるのだが、ブロッコリーになんで必要なんだよと思って断ってしまった。クリスもそれを見て相手が使わないならと断ってくれたので条件は五分だけど、厳しい勝負となりそうだ。

 

「ぱ、パラライズ!」

 

 ゆんゆんはというと中級魔法を使うことで、あっさりと捕獲していた。

 麻痺させたブロッコリーを自分の檻の中に入れていく。もしかしたら一番捕まえた数が多いのゆんゆんになるんじゃないか?

 本当に魔法は便利だ。

 

 めぐみんはというと、背後から頭にブロッコリーがぶつかってきて怒っている。

 ゴムボールをぶつけられる程度の痛みはあるそうだから、気を付けてほしい。

 

「ふぅふぅ……お互い格好をつけすぎたかもしれないね」

 

 季節的にはもう暑さは過ぎ去っている。

 しかしこれだけ動き回ると彼女の額や体には汗が伝っていた。しなやかな肉体。染み一つない綺麗なお腹に汗が流れるのはかなり色っぽい。なめとりたいぐらいだ。

 

「こっちもこんなに速いと思ってなかった。今から虫取り網オッケーにする?」

「私は大丈夫。そろそろ力を出すから。そっちは今から使ってもいいよ」

「そう言われたら使えるわけないだろう。まだ俺もここからだ」

 

 その言葉を聞いたクリスは猫のように笑った。

 どこからか短く細い縄を取り出しながら、彼女は宙を見る。

 

「冒険者っぽい負けず嫌い。良いね。そういうの嫌いじゃないんだ。それじゃあ、あたしは――敵感知。うん、これでどこにモンスターがいるかわかりやすい。おっと、そこだね。バインド」

 

 縄が意思を持っているかのように勝手に動き出す。

 そして飛んでいるブロッコリーを絡み取った。縄と一緒に落ちるブロッコリー。それを彼女は回収する。

 

「これで一歩リードだね」

 

 別に負けてもいいや。

 そんな考えを撤回する。負けたくない。俺もめぐみんのことを言えない。勝負事だとカッとなる。体の芯に炎が灯る。

 元々剣道でもそうだった。勝ちたいという気持ちが大きくなければ、インターハイ優勝なんてできなかっただろう。やるからには勝ちに行きたい。めぐみんのように俺も負けず嫌いなのだ。

 

 俺もスキルを使おう。

 ソードマンは基本剣を持って使うスキルが殆どだ。素手の時には発揮しないものも多い。

 だが、今の状況にも使えるものがある。

 

「小デコイ」

 

 モンスターの敵意を集める。

 範囲はクルセイダーに比べたら僅かなものだが、それでも効果はある。短く薄く息を吐く。精神を集中させる。

 外界と内界の区別をなくす。肌がまるでなくなったようだ。外からの情報が直接自分に伝わる。

 めぐみんのお腹にブロッコリーが直撃している。何度も体当たりをされためぐみんがとうとう、ふふふと笑いだして、ゆんゆんがそれを恐ろし気に見ている。

 

 三株が俺に近づいてきている。

 自分の目と勘を信じ、俺にぶつかる直前に手を動かした。手の感触は二株。直接当たるルートなのは二株だけだった。もう一株は俺に掠めるようにして飛んでいくつもりだったのだ。

 

「接近」

 

 しかしそれを許さない。

 スキルによって俺の足は速く動き、それより早く手が伸びた。

 右手に二株、左手に一株。一瞬の時間によって得られた報酬はそんなものだった。

 

 その成果をクリスに見せつけるようにしてニヤリと笑ってみせる。

 彼女もそれを見て、楽し気に同じ縄をいくつも取り出す。

 

 まだ勝負は始まったばかりだ。先はまだわからない。アクア様だろうがエリス様だろうが、未来のことはわからない。今あるのは俺とクリス二人の戦いだけ。

 

 この勝負、勝ってみせる――!

 

「ああああああ! め、めぐみん不味いよ! お、落ち着いて。たかがブロッコリーのことにそんな本気になるのは大人げないと思うの。うん、大人の余裕見せて」

 

 ……折角、勝負に集中しかけてるのになんだ?

 俺は出鼻を挫かれた気分で、慌てふためく声がする方を向く。

 そこにはめぐみんを必死に抑えようとするゆんゆんの姿があった。

 

「ふふ、ふふふ、所詮はまだ私は子供ですからね」

「普段大人大人言っておいてこういう時だけ子供理屈をするのはズルいと思うわ!」

「たかがブロッコリーにボコボコにやられた私ですからね。そういう卑怯なことをするやつなのです。ふははは! ここからは攻守逆転。あなた達が逃げまどう番です。短い生を腹の中で終わるのも今すぐ終わるのもかわりはありません!」

 

 あっ、これ本当にヤバいわ。

 心臓が止まったみたいだ。もうすぐ起こる惨劇に血の気を失う。――先ほどの言葉を訂正する。俺はここまで負けず嫌いではない。

 

 爛々とする紅の瞳。彼女の瞳は今は攻撃色となっている。

 めぐみんは杖を右手で持ちながら、左手を目の前に突きつける。

 

「たかがブロッコリー如きが私に喧嘩を売ったことを後悔させてあげましょう! ――天より来たれ我が炎よ」

 

 止める? いや、無理。あの状態でめぐみんを止められるやつなんていない。

 暴走列車を人間が止めることはできない。できるとしたらそいつは超人かなにかだ。少なくとも俺とゆんゆんではとてもではないが、無理。

 

「ゆんゆん! めぐみんの後ろにいろ!」

 

 一番近くにいるゆんゆんに大声で指示する。

 彼女もめぐみんの性格がわかっているのか、すぐ了承してめぐみんの後ろへと移動する。

 

「は、はい!」

 

 あの距離だと術者の背後が一番安全だ。

 この惨状手前な状況を理解していない二人。怪訝な表情で縄を手に持っているクリスと、ブロッコリーに襲い掛かられながらも何故か悠然と立っているダグネス。

 その二人に俺は警告する。

 

「どうしたのよ。勝負の最中に。まだ時間はたっぷりあるよね」

「いいから逃げろ! とにかく早く! 大急ぎで」

「んん? キミはどうしてそんなに慌ててるのよ。別にブロッコリーに一発撃ち込むぐらいいいんじゃない。まあそれにしては練り込まれている魔力の量は大きいけど」

 

 わかっていない。なにもわかっていない。

 当然だ。今からここ一帯が焦土となるような攻撃がくるなんて、一度見てもらわなければ納得できるわけがない。でもそれを悠長に説明している暇はない。

 

 俺は近くにいるクリスの腕をがしっと掴む。細い腕が手のひらから伝わってくるが、そんなことを意識している時間はない。

 

「空を別ち、地を焼き、すべてのものを焦がせ。灼熱の太陽。ここに我は召喚する」

 

 詠唱はもう間もなく終わる。すぐにあれがくる――!

 

「来い! すぐわかるから!」

「何をするのですか!? じゃなくて、キミはなにするの! こ、こんな腕掴んで……」

「ダクネス! お前も早く逃げろ!」

 

 一刻も早くここから逃亡しないといけない。

 焦る気持ちが空回りしないように必死に押さえつけながら、なんとか被害を減らすようにと俺は立ち回ろうとするが、何故かダクネスは首を振った。

 

「逃げない」

「は?」

「……なにやら危険なようだが、私は逃げない。騎士とは逃げないものだ。それこそ騎士。民を守る私が一目散に逃げてどうする。――さあ、私はすべてを受け止めよう」

 

 はい? 何を言い出しているのか、この人。

 綺麗に整った顔に恍惚の表情を浮かべながら堂々と両腕で待ち構える。ブロッコリーに頭をガツンガツンと当たられながら気にした様子もない。

 

 なんなのこの人!? 理解できないにもほどがある! どういう思考の持ち主! 何の意味が!

 

 頭の中が混乱状態だ。

 しかし、元々僅かしかない猶予ももう残り少ない。このまま立ち止まっている時間はない。なんとかして被害を減らさないと!

 今からでは彼女を無理矢理引っ張ってくるのは間に合わない。あれだけの鎧を着ているということは前衛職だろうし、抵抗されたら時間がかかってしまう。

 

 俺は彼女のことは諦め、クリスの腕を引き、無理矢理距離を取らせ、

 

「――エクスプローション!」

 

 腕の中に抱え込んだ。

 

「きゃ!?」

 

 抵抗があるが、構わず俺はぎゅーとクリスを抱きしめる。

 一瞬の空白。台風の目のようなもの。空間が刹那の間。凝縮させる。

 

「これもしかして爆裂――」

 

 クリスの声が聞こえたのはそこまでだ。

 その後の言葉は爆裂魔法の爆風と衝撃によってかき消された。

 目を開けたら死んでませんようにと願いながら、俺はジッと耐える。

 時間にしたら三秒程なのだろう。しかし、その十倍はかかったかと思った。

 

「くっ!?」

 

 背中になにかがかかったような感覚がある。もしかして焼け焦げたのだろうか!

 最悪の想像をしながら俺はクリスを守りながら災害が過ぎ去るのを待った。

 

 どんな酷い災害でもいつかは過ぎ去る。

 

「……もういいみたいだよ」

 

 グッと閉じていた目を開けると、そこにはクリスの顔が至近距離にあった。

 輝くような銀髪が右の目元にかかっている。綺麗な眉、紫色のような瞳がこちらを見つめている。手はギュッと胸元で握られていた。

 何かを捧げる乙女のように清純な姿。

 俺は彼女を抱きしめていた腕を解き、のしかかるようにしていた体を浮かす。

 

「俺、死んでない?」

「死んでないよ。元気一杯なようにあたしの目からは見えるよ。まだまだ冒険の旅の途中ってね。もし冒険者が死んでいたらエリスの前にいるって……ふふ、それならもしかしたら死んでいるのかもしれませんね」

 

 途中で少し声色を変えた彼女はよくわからない冗談で自分だけ笑ってから、俺の下から出ていった。

 

 それに――どうしてかアクア様と似ていると思った。

 

 背中はどうなっているのか恐る恐る確認すると土がかかっただけだった。

 ……助かったか。

 本当にめぐみんと一緒にいると寿命が縮む思いだな。

 

「あっ! ダクネスはどうしたの!? 生きている! ダクネス!」

 

 俺も咄嗟に何故か逃げることをしなかった彼女を見つけようと視線を走らす。

 めぐみんのことを犯罪者になんかしたくないし、なにより誰かが死ぬところなんて見たくない。

 彼女は強烈な一撃にぶっ飛ばされたように仰向けに倒れていた。良かった。原形はあるか。

 それどころか彼女は、はっきりと意識があるようだった。

 

「すごい魔法だったが、掠めるぐらいの範囲しかなかった。残念だ。どんな威力だったか体験してみたかったのだが……」

「ダクネスダクネス! 怪我はない!?」

「ああ、どうやら至近距離から爆風を食らっただけのようだ」

 

 ダクネスはなにもなかったかのように起き上がる。

 ちょっと押されてこけてしまった程度の反応だ。鎧も砂で汚れているが、なんともない。

 

「……さすがに、当てないようにはしましたからね」

 

 自分も爆風で吹っ飛んだのか、倒れ込んでいるめぐみんがそんなことを言う。ゆんゆんは腹を抑えてうなっている。おそらく飛んだめぐみんの頭が背後にいたゆんゆんの腹に直撃したと予想する。

 

 そういえば左手で測っていたか。

 冷静さをかいてたようでそこまでキレてはなかったらしい。いやそれ以前に撃つなよって話だが。

 

「しかし直撃しなかったとはいえ、あの距離で爆風をまともに食らって無傷ってあなたどういう硬さしてるんですか。いや本気で」

 

 ダクネスは傷一つないし、鎧にもへこみすらない。

 もしかしたらよほど防御力高いのと上等な鎧なのかもしれないな。自分の防御力に絶大な自信があったからあんな馬鹿みたいなことをしたのだろうか。まあどっちにしろなぜあんな馬鹿な真似をしたかはよくわからないが。

 ゆんゆんも痛そうだが、まあ大丈夫そうか。後でまだ痛かったらプリーストに頼んで回復魔法をかけてもらおう。

 

 ゆんゆんが腹痛に襲われている以外、誰もなんともなかったことを確認して俺は安堵のため息を吐きながら、仰向けに寝転がる。ひと眠りでもしたい気分だ。

 ああ。良い空だ。

 

「……クリス。仲間が迷惑かけて本当にすまなかったな。それにもう勝負という気分になれないからここらで終わりにしていいか。俺の負けってことでいいから」

 

 クリスをアクア様と似ていると思った時点で、今回の勝負は俺の敗北だ。

 大恩があるアクア様と似た相手だと思うと、戦意が削がれてしまった。

 

 クリスは俺の頭の横に近づいてくる。寝転がった姿勢だが、胸がないのでよく顔が見える。それにしても綺麗な足をしてるなこいつ。

 

「キミは必死に逃げろと注意してくれたし、結果的に二人とも無傷だから気にしてないよ。ただあたしを抱きしめたのは……あれだけど。……初めて男の人に抱きしめられて驚いたし、ドキドキしたし。だから」

 

 彼女は屈んで俺の頭に手を持って行ってデコピンする。

 ペシッという音が鳴るほどの強烈なデコピンである。

 

「これで許してあげるよ」

 

 赤くなったであろう俺のおでこを見ながら、悪戯っ子みたいにペロッと舌を出す彼女は、その顔にぴったり合っていて魅力的だった。

 

 俺はデコピンが結構痛かったけど。

 

「うん。後あたしも勝負はもういいって感じね。まさかこんな若い子が爆裂魔法まで撃てるようなアークウィザードなんてね。よほど天才なのかしら」

 

 天才なのは合っている。でも爆裂魔法までじゃなくてしか撃てないの間違い。

 クリスは俺の顔を覗き込むようにしながら語り掛けてくる。

 

「勝負は勝負だし、今回は引き分けでいいわね。次にまた勝負しようよ」

「次やるなら俺が勝つぞ」

「それはこっちのセリフだよ」

 

 なんか良い流れだ。

 お互いの能力を認め合った感じである。出会いは最悪だったが、どうにか仲良くやれそうだ。

 まあこれだけ可愛い女の子だし、俺としても仲良くしたい。服装がエロいし。大胆にさらした足に惹かれすぎる。いつか擦りつけたい。あれを。

 そんな中、空気も読まずめぐみんがしれっととんでもないことを言う。

 

「では、今回の勝負は私の勝ちでいいですか」

 

 顔を見合わせた俺達は全力でめぐみんに突っ込みを入れた。

 

「いいわけあるか!」

「いいわけないよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




私だけしか気づいていないと思いますが、もしかしてクリスはエリス様なのでは?


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九話

 

 

 冒険者というものは夜寝るのは早いものだ。

 もちろん酒を飲んでない冒険者に限る。飲酒している場合は夜遅くどころか朝まで騒いでいるが、酒を飲まない冒険者はさっさと寝床に入る。元の世界と違って夜遅くにやれることは数限られているし、昼のモンスター退治なんかで疲れているからだ。二十二時過ぎた頃には夢の世界に旅立っている冒険者も多い。

 特に冬は皆眠るのが早い。

 

 宿屋ということで寝る人のために、一階の食堂も二十一時頃にはしめてしまう。なので、一階でお手洗いをすませた俺は暗闇の中、立っていた。

 

「ああ、さむっ」

 

 季節が季節だ。

 寒さが肌に突き刺さってくるようだ。パジャマ代わりにしている服も薄着だし。懐が寂しいわけではないから冬服でも買わないといけないな。ゆんゆんから風邪引くといけないので、服を買いにいきましょうと俺とめぐみんはここ最近よく誘われている。

 手に息を吹きかけ温めながら、俺は一つの作戦を実行しようとしていた。

 

 今日は二十九日。

 神器の時間はたっぷりある日にちだ。

 それも今日は使う機会がなく、制限時間は丸々残っている。

 

 いつものエロタイムである。

 

 今日、赤いウェーブの髪をした女の子が馬小屋に泊まろうと入っていくのが、宿屋に帰ってくる時にちらりと見えた。あの尻の大きい子。もちろん、いつものセクハラを俺はするつもりだが、今回はいつもとは趣向を変える。

 

 今までは時間停止の最中に一度のエロ。

 何もそう決めているわけではなく、自然とその日にエロいことをするのは一人一回だけだった。

 それは俺の神器に時間制限があるせいだ。手間とかを考えて、どうしても一度エロいことをすれば終わりになってしまう。準備、エロ行為、後始末。これらを含めるとどうしても時間がかかる。時間を止めているのに、時間がかかるとはおかしな話だが。

 けれど、今日は制限時間は二十九分もあるので、いつもと違うことをしようと思っているのだ。

 

 当然周囲には誰もいないが、一応いないことを確認してから俺は神器のスイッチを押した。

 夜の時間が止まる。

 寝静まった夜に動くのは俺だけだ。

 

 俺はさっさと宿屋の入り口から出て、馬小屋に急ぐ。どこに寝ているかわかっているので、その場所に行く。ここまでの使用時間は僅か十五秒である。

 馬小屋の中に入るとそこは案外温かい。宿屋の一階よりも温かいぐらいだ。

 

 お目当ての彼女は藁の上に薄い布団を敷いて寝ている。

 今回は仰向けで寝ている彼女は、杖を胸元ではなく横に置いていた。帽子やいつもの服もちょこんと置かれている。

 

 俺は藁を踏みながら彼女の下へ行く。寝ているか起きているかは時間停止した今わからないが、目はつぶっているのは間違いない。彼女の上にかかっているシーツをめくり、服の上からその胸を揉む。

 長袖長ズボンの色気がない彼女のパジャマ。無地の安物の寝間着である。そんな寝間着の上からおっぱいをこねる。

 

 うむ、良いおっぱい。

 

 あれから何度か揉んできたがなかなか絶妙な大きさだ。

 手のひらの大きさというか、何故か知り合いが基本大きいか小さいかの両極端なので、安心できる大きさである。

 ムニムニと彼女のおっぱいを揉みながらもう片方の手で、ズボンの中に手を突っ込む。女の子のズボンの中に手を突っ込むというのが良い。このシチュエーションだけで興奮できる。

 

 下着の上から俺は大陰唇の部分を擦る。

 上は乳首を中心的に、下は大陰唇を中心に俺は彼女の感じる場所を責めていく。たまに下着の上からクリトリスの部分に爪で刺激を与える。

 

 三分ぐらいエロ行為をしただろう。

 

 俺は布団をかけなおして、急いで宿屋の元いた場所に戻る。

 そして時間を動かし、十秒ぐらいしたらまた――止める。

 

 俺は時間が止まった中、赤いウェーブ髪の子の馬小屋に戻り、瞼を閉じていることを確認してから同じことをする。上と下を責めて、彼女の体に刺激を加えていく。丁寧に、愛撫していく。

 これを更に二度繰り返して、残り時間が十七分ぐらいになった時、彼女の体には大きく変化が表れていた。

 

 服の上からでもわかる。

 彼女の乳首ははっきりと勃っている。

 寝ている間なので、ブラジャーをしていないこともあって、彼女の硬くなった乳首は外から見ても確認できる。それにズボンの中に手を突っ込んでみたら、下もじっとりとしている。下着がじんわりと濡れている。

 

 当然、時間停止中に体が変化することはない。

 

 しかし、一度時間を再開させれば薄くなっているとはいえ、時間停止最中に悪戯したその感覚が体を襲う。

 何度も俺は繰り返すことで、赤い魔法使いの子の体に襲い掛かる刺激によって、本人の意思とは無関係にその体は女として反応してしまっていた。

 簡単にいうなら、帽子の魔法使いは性的に興奮しているのである。

 これでも起きた様子がないのは、よほど冒険で疲れて帰ってきているのだろう。瞼を閉じて眠っている彼女は今は夢の中で淫らしい状況にでも陥っているのかもしれない。

 

「これが硬くなった乳首か」

 

 俺は彼女の上着を胸の上まで容赦なくめくりあげる。ツンと張った乳首がそこにはあった。この世界に来てからもう何度もおっぱいを見た俺だが、性的快感を覚えている体を相手にするのは初めてだった。

 柔らかくふにょっとした乳首が今はその興奮をあらわにするように硬くなっている。

 手で掴むと独特の感触がする。グミ? ともちょっと違うだろうか。でも似ているとは思う。

 

 摘まんだり引っ張ったりと俺は魔法使いの乳首を弄ぶ。

 いまだ名前を知らない彼女だが、この乳首の感触は本人以外では一番知っている自信がある。もう何度も弄った乳首だ。

 

 このツンと硬くなった生意気な乳首を俺はちゅちゅとキスをして、舌で転がす。

 熟睡している彼女の顔を見ながら、勃った乳首を愛撫したり口に含んだりしていた。

 

 そして、もちろんそれだけで収まることはなく、俺は彼女の色気のないズボンと白の下着を剥いた。最早彼女の大部分の肌がさらされている。おっぱいもおまんこも、どちらもこの粗末な馬小屋で露出している。彼女の大事な部分は俺というクズの前に、どちらとも外界の空気に当たっていた。

 

 隠すものなどなにもない。

 

 彼女の大陰唇はめぐみんやゆんゆんと違って毛が生えている。といってもそんなに生えているわけでもなく、ようやく生え揃いましたよ程度だった。

 その生え揃った毛には彼女の愛液がついていて、てらてらと光っている。

 

「結構濡れてるけど、もしかして俺が何度か悪戯してたせいだろうか。それともこの子が感じやすいのかな?」

 

 わからない。

 こればっかりは不明だ。

 

 彼女の膣をパカッと開けてみると、中はじんわりと湿っていて、受け入れ態勢である。ピンク色の膣中は男性器が入るのを期待している。しかし前に確認してたけど、この子も処女なんだよな。

 

 俺が手を出そうとする子は処女が多すぎる。

 これでは奥深くまで突っ込むことができない。

 

「うーん、冒険者なんて荒くれものばかりなはずなんだが、この街の冒険者はやけに紳士だな」

 

 とある知り合いのチンピラ冒険者を除き、この街の男冒険者は女性に積極的に手を出すことはない。性犯罪なんて皆無だ。治安は本当に良い。知り合いのチンピラ冒険者曰くお前はどうせモテそうだから教えてやんねーと言うことからして、なにやら秘密があるみたいだが。

 

 俺は既に準備万端な男性器を取り出す。

 とっくに用意は終わっていて、まだかまだかと急かしていたちんこの出番だ。

 

 彼女の足を大きく広げ、俺はその湿った女性器に鈴口を当てた。これが愛液を垂らしているおまんこの感覚か。

 いつもはもっと閉じられたような感覚がするのに、入り口が開いているような感覚がある。無意識に彼女の膣はちんこを欲していた。

 

「このままブスっといってしまえば、さぞ気持ちいいんだろうな」

 

 俺は残念な気持ちを押し隠しながら、その感じているおまんこを楽しむ。

 膣口にちんこを押し当て、奥にある処女膜を破かないように気を付けながらぐにぐにっと生臭い竿で彼女のおまんこを蹂躙していく。

 

 まあでも、奥に挿れなくてもこれがかなり気持ちがいい。

 彼女の膣口はまだずっぽりと男性器を受け入れたことがないだけあって、キュッとしまっており、そこに押し付けるのだから、鈴口の部分への感触は強い。

 

 ぐっぐっとまるで本当に挿入しそうになりながら、俺は腰を一心不乱に動かしていた。

 

「入れるなよー入れるなよー」

 

 そう自分に言い聞かせながら、この赤いウェーブ髪をした子の女性器に醜い男性器を擦りつけていた。

 赤黒く血管が浮き出たちんこが、名前も知らない彼女のおまんこに挿いる直前だ。

 それも今回は彼女の女性器は性的興奮によって愛液が垂れているので、それを潤滑油として危うく処女膜を破ってしまいそうな勢いになっている。

 

 ぐちゅぐちゅと男性器と女性器によって淫らな音が鳴り響いている。

 止まった世界で、その淫靡な音だけが存在しているのだ。他にこの世界に音はない。彼女のおまんこから滴り落ちる愛液が、名前も知らない男のちんこによって擦られて音を作っている。

 

 薄暗い馬小屋で、彼女の処女膜はもう風前の灯火だった。

 鈴口が処女膜に何度も触れることがあって、腰をわずかに前に突き出すだけで彼女の十何年間守ってきた純潔は散ろうとしている。

 

 清純そうな顔。真面目な彼女。遠くから見てておとなしめな感じのする彼女の守ってきた証が、赤黒いちんこによってその証を汚そうとしていた。

 乳首を抓ったりしながら、ジュプジュプと愛液の中、俺の男性器を動かす。

 

 事故が起きる前に、俺の方に限界が来た。

 

「はぁ! どこに出すか!」

 

 ここは馬小屋だ。

 元より臭いは鼻につく。髪にかけたりでもしない限り、後始末をしっかりすればそこまで気にならないだろう。

 

 もちろん布団や服にも駄目だ。

 だが、今回は肌にかけたい。

 

 俺は彼女の柔らかな恥丘に今にも出そうな男性器を押し付け、そこで我慢を止めた。

 

「ああああ……」

 

 白く濁った精子が彼女の肌に飛びかかる。出る出る! 白濁液が彼女の恥丘の先。お腹に流れだし、臍に到達する。

 白濁液でコーティングされた彼女のお腹、それはとてつもなく猥褻で、ひたすらエロかった。

 彼女の体を汚したというのが一目でわかる。

 

「もう、満足」

 

 発情した体というのはこれほどエロいのか。

 どうなるかなと考えて実行した案だったが、満足のいくものだというほかない。

 

「よしよし。布団には垂れなかったな」

 

 俺の精液はべったりと彼女のお腹についていて、他に垂れたりしてはいなかった。

 

 いつもの後始末タイムである。

 一度ハンカチで白濁液を綺麗に拭き取ってから、濡らしたハンカチでお腹を拭う。そして最後に乾いたハンカチで拭いて終わりだ。元々馬小屋の臭いがあるので、ここまでしたら大丈夫だろう。

 

 俺は服を整えて、シーツを戻してから宿屋の一階にへと戻る。

 扉を開けて中に入ってから、時間を再開させる。

 

「残り三分か……。濡れるまでの準備時間に結構使ったからな。これが後十分ぐらいあったら更に色んなことができるんだけどな」

 

 まあ、ないものねだりしても仕方がない。

 この神器の力は強力なだけに、ある程度制限がかかるのは妥当というものだろう。

 

 俺はすっきりした下半身で、二階へと昇っていくのだが、ふと気になってまた一階に降りてきてしまった。

 

「ちょっと待てよ」

 

 元々濡れていてあれだけ刺激を加えた帽子の魔法使いの子が、どうなっているかが気になったのだ。まだ寝ているのか、ふと目覚めてしまっているのか。

 

「まあ見るぐらいならいけるな」

 

 どの道、制限時間は残り三分。見て帰ってくるだけなら三十秒もかからない。

 一分ぐらいそこでボーと立っていてから、ちょっとした好奇心で俺は時間を止めて、彼女の馬小屋に再訪問したら、まさかの光景が待っていた。

 

 彼女は起きていた。

 薄くなっているとはいえ、彼女の濡れた性器にあれだけ刺激が一度に加わったのだからそれもありえることだ。

 俺は生唾を飲み込む。この視界の光景にどういっていいかわからず一言だけ漏らした。

 

「えっろ……」

 

 彼女は、オナニーをしていた。

 寝間着の上を落ちないようにと声を出さないようにか、口で裾の部分を咥え、ズボンの中に右手を入れていた。

 間違いなく性器を弄っているのだろう。

 

 少し薄幸そうで清純な容姿をしている赤いウェーブ髪の子が、一人夜更けに馬小屋で自慰をしているのだ。俺のちんこの刺激は絶頂するまでは足りなかったようで、起きて体のムラムラが収まらない彼女は、誰にも気づかれないよう必死に口を閉じて、自分のおまんこを満足させようと指を動かしている。

 馬小屋の中でもある程度は寒いのに、彼女の頬には汗が流れ、必死に絶頂しようと頑張っている。

 早く早くイかないとという心の声が聞こえてくるようである。

 

 ……もしかしたら俺が見ていなかっただけで、彼女の性器を執拗に弄った時にはこうして自慰をしていたのかもしれない。それで感じやすくなってたのかも。

 

 誰にも声が聞かれないようにと声を押し殺しながら、彼女はここで何度も理由もわからず突然せつなくなったおまんこを慰めていた光景を想像する。

 

 満足していたはずの下半身がおかわりを求めて再度勃起である。

 もう制限時間が足りない俺は、宿屋のトイレに行ってから彼女と同じようにオナニーをしたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 三十日。もう冬の寒さも強くなってきた。

 朝起きたら布団から出たくなくなる気温である。はーと吐いた息が白くなり、眼鏡でもしてたら邪魔になって仕方がないそんな寒さだ。俺は眼鏡していないが。

 元いた世界だろうがこっちの世界だろうが、冬の厳しさに変わりはない。

 

「めぐみんはどんな服にするの?」

「私はもこもこしたものがいいですかね。ゆんゆんはそのみっともない胸を隠せるようなビッグな服はどうでしょう?」

「み、みっともなくなんてないよ! どっちかというと、世間一般でいうなら、あくまで一般論でいうならね! 私とめぐみんならめぐみんの体の方が……」

「――それ以上言うと本気で拳が飛びますからね。口に出されたら血みどろの死闘にならざるをえない禁句も存在するのです。……そしてさっきから話に入ってこないユウスケ。歩きながら眠っているのですか」

「女性の服の話題に入っていけるかっての。それに服とかよくわからないからな。俺は用途さえ合えばまあ変じゃなければいいや」

「折角服買うのですから、気にいったやつじゃないと勿体ないですよ。ユウスケは背も大きいですし、見てくれも……まあそんなに悪いわけではないですから、身なりを整えさえすれば格好良く見えるかもしれませんよ」

「そうですよユウスケさん。オシャレに男の人も女の人も関係ありません。オシャレするってのは男の人でも大切だと思います」

「例えば、服は黒一色にして白の仮面でも被れば――私なら惚れてしまうかもしれませんね」

「いやそんなヤバい人みたいなオシャレは……。職質されるわ」

 

 今日は冬服を買いに俺達は街を歩いていた。ゆんゆんの前からのお誘いと、俺も流石に寒いと思っていたのでこうして三人で買い物に出かけているのだった。

 

 財布も順調に金が貯まっているというのもある。ゆんゆんが加わって三人組になってから冒険者としては上手いこといっている。隙が少なくなり、たまに出るめぐみんのぶちギレさえなければ俺達は初心者にしては優秀な冒険者といえた。

 

 特にゆんゆんの加入は大きい。

 魔法良しで体術良し。更には可愛くおっぱいまでデカいという完ぺきな存在。正直上級魔法さえ覚えれば最前線である王都でもやっていけると思う。

 

 俺はこの二人に比べればまあ凡人だ。

 才能があると言われ、青春の殆どの時間を費やし、剣の腕を磨いてきたが、それでも劣るのは間違いないだろう。なんせ職業の下級職と上級職と目に見えて違いが表れている。というか俺の周りがおかしいのではないだろうか? めぐみんとゆんゆんはアークウィザード、この前会った変なやつのダクネスはナイトの上級職であるクルセイダーだし。クリスだけが仲間だ。レベルはようやく十二になっていまだ下級職の俺としては肩身が狭いばかりだ。

 

「ユウスケさんじゃないですか。買い物ですか」

 

 そんなことを考えていたからだろうか。

 一級品の元冒険者に出くわした。

 友人というより知り合い。この前一度会っただけの相手だが、親し気に話しかけてきた。めぐみんが軽く頭を下げる。ゆんゆんは丁寧に頭を下げる。ここら辺で性格の違いが見られる。

 

「ウィズさんどうもです」

「おはようございます。私達は冬服買いに来たんですよ。めぐみんもユウスケさんもあまり服を持ってなくて。めぐみんも可愛いのに昔からオシャレはあまりしませんし」

「ふふん、私は元が天才級に可愛いからそこまで必要ないのですよ」

「なら更に磨けば伝説級になるんじゃない」

「それもそうですね。ゆんゆんもごく稀に鋭いこと言いますね」

「そ、そんな褒めたって今日の昼御飯のおかずをあげるしかできないんだからね!」

 

 ちょろすぎるぞゆんゆん。

 そこまでは褒めていない。一品儲けたとめぐみんは腹黒い顔でニヤリとしているし。

 

「あら。私も買い物に行く途中なんですよ。……それにしてもユウスケさん。前もそうでしたが、こんな可愛い子を二人も連れて隅に置けませんね」

 

 このこのーと愛想の良い笑顔でからかわれる。こういう時の経験が少ないからどう返していいかわからない。

 とりあえず曖昧な笑みで誤魔化す。

 

「はは、そうですね。俺は元が元なんで服替えてもそんなに変わらないですけど、めぐみんとゆんゆんはとても可愛くなるだろうし、ちょっと楽しみですよ」

「……はわ、わ。そ、そんな可愛いなんて。ユウスケさん」

 

 顔を真っ赤にするゆんゆんだが、これだけ可愛ければそれぐらいの世辞は言われ慣れてもおかしくないはずなのにといつものように思う。

 お世辞というか事実だ。いやこいつら容姿は本当に整っているんだよな。元の学校のクラスでもこれぐらい可愛い子なんていなかった。

 

「む…………」

 

 めぐみんはというと無表情で軽く、本当に軽く――俺の脇腹を拳で当てるようにして叩く。痛くないけど、めぐみんにしたら珍しい感情表現だ。

 その光景を年長者のような視線でウィズさんは眺めている。

 

「若いですね。微笑ましいです」

「ウィズさんもそんなに年齢変わらないでしょう。俺と大体二つぐらいの差ですよね」

 

 外見から察するにそこまで俺と年齢の違いがあるようには見えない。

 頬に手を当てて微笑する。

 

「もー、ユウスケさんってば。そんな上手いこと言っても商品はちょっとぐらいしかまけませんよ。まあ私は二十歳なんですが」

 

 まけてはくれるのか。

 あまり儲かってないと言ってたけど、そのせいじゃなかろうか。たまにあそこの店主は初心者にポーションを無料で配っているとか聞くし。

 ふんわりとした雰囲気を出しながら、彼女はどこか遠くを見るような視線をする。見ているのは記憶の中の過去だろうか。

 

「どうも冒険者を辞めて店を経営してからは時間がゆっくり過ぎ去っていくような感じがしてですね。望んでやっているので、今はもちろん楽しいですが、冒険者の熱に当てられると若いなーと思ってしまうのですよ。あっ、もちろん私も若いですよ。なんせピチピチの二十歳ですから!」

 

 大きな胸を張って自慢するように言う。

 元冒険者。今はアクセルの街の魔法道具屋を営む店主。

 

 そんな彼女に――俺は苦手意識を持っていた。

 

「また冒険者に戻ってみてもいいんじゃないですか」

「……そういえば風の噂でウィズさんは元凄腕のアークウィザードと聞きましたね。そのお手並みを一度拝見したいものです」

「ふふ、風の噂とは大抵尾ひれがつきますから。アークウィザードにはなれましたが、そこまで私は大した冒険者じゃなかったです。実際に見るとガッカリしてしまいますよ」

 

 いや、嘘だ。

 絶対強い。

 

 ……と、いうのも俺の勘が告げているからだ。この人を敵に回すのは不味い。

 腰まで届くロングの亜麻色の髪。垂れ目の目元と柔和な笑みは優しさしか感じ取れない。そして巨乳とまさに理想のお姉さんという風貌だが、本当に凄腕だ。

 この前店に行った時から感じていたが、この人は強い。それも稀に見るぐらい。確実に俺以上。ゆんゆんでも太刀打ちできないだろう。

 

 女神であるアクア様は桁違いだとしても、アクア様を抜けば多分俺が出会った中で一番強い。このグラビアに出てたら百冊は購入しそうな美人お姉さんがである。

 強いだけならめぐみんの破壊力も大したものだが、この人は強さだけではなくなんというか怖さを持っているので、俺の危機察知能力が、ビンビンに反応している。

 

 そんな強者が初心者のアクセルの街にいるのが理解できず恐れを抱いているのである。しかし、藪をつついて蛇を出すこともないし、気づいていないふりをするしかなかった。一応他の冒険者から話を聞く限りはおっぱい大きいと物凄く優しい貧乏店主という評判しか聞かないので、冒険者に害意は持ってないように見えるし。

 

「冒険者に緊急通報! 緊急通報! 緊急クエストが発生します! 緊急通報! 緊急通報!」

 

 さて、立ち話もこれぐらいにして別れようとしたところ、耳が痛いぐらいの音量のアナウンスが町中に響き渡る。

 

「手が空いている冒険者も手が空いてない冒険者も今すぐ冒険者ギルドに集合してください! これは訓練ではありません! 冒険者は至急冒険者ギルドに集合してください!」

 

 どうしたんだいきなり。

 あまりにも切羽詰まった呼びかけ。なにかとんでもないことが起きたのだろうか。

 

 全員で顔を見合わす。

 

「……なにかとんでもないことでも起こったのだろうか。俺らも行かないと不味いよな?」

「私は冬服を買いに行きたいですし、ぶっちしてもいいんじゃないですか。ここで起こる緊急クエストなんてそんな重要なものじゃないでしょうし」

「でもめぐみん。これだけ焦っているってことは本当に大変なことかもしれないよ。私達が力になれるかわからないけど、助けに行かなきゃ」

「俺もゆんゆんに賛成だわ。何が起こっているかはわからないが、とりあえず冒険者ギルドに行った方がいいんじゃないか」

 

 俺がこの世界に来てもう数ヶ月は経つが、こんな緊急招集は初めてだ。

 何かしら大変なことが起こったに違いない。

 ウィズさんは唇に手を当てて、考え込んでいるようだった。

 

「……この時期で緊急クエストとなるようなものがありましたっけ? ブロッコリーは終わりましたし、まさか冬将軍がこっちまで降りてきたってことはありえないでしょうし……うーん、もしや、まさか!」

 

 うわっ、殺気!?

 とんでもない殺気により俺は一歩下がる。

 突然熊さえ殺しそうな殺気を放ち始めたウィズさん、その理由は次のアナウンスによるものだった。

 

「冒険者のみなさん!――――宝島です!」

 

 びゅんと風が吹いた。

 風とはウィズさんのことであり、とんでもない速度で走り始めたからである。

 一瞬の内に背中が遠くなっていく。

 

「どうしたんですかウィ……はやっ!」

 

 グイッと俺はめぐみんから手を引かれる。

 

「ユウスケ行きますよ! ゆんゆんもぼさっとしない! 急ぎますよ!」

「そ、そうね!」

 

 手を引かれるまま走りだす。

 小さなめぐみんの手。その感触を楽しむこともできない。

 というかめぐみん速い。ステータス以上の数値出てないかこれ。

 

「ちょ、めぐみん状況が呑み込めないんだけど! そんなに不味いのか宝島ってのは! ここまで危険事態なのか!」

「ヤバいです。物凄くヤバいです。宝島は美味しすぎてヤバいんですよ!」

 

 美味しすぎるからヤバい? 会話が繋がっていない。俺の頭では何を言ってるかさっぱりだ。

 全速力で走りながら俺達はなんとか会話する。

 

「どういうことだ! それだけじゃわからないぞ!」

「はぁはぁ! 宝島っていうのはあるモンスターの別名称です! 十年に一度鉱脈から地上に上がってくる亀の化け物みたいなモンスターです」

「なんか強そうだな」

「滅茶苦茶強いようですが、そのモンスターとは敵対しません! 向こうも襲ってくることはないですし、こちらからもモンスターに攻撃を加えることはありません」

「めぐみん……! は、速いよ!」

 

 身体能力的には優れているはずのゆんゆんが遅れている。

 俺はともかくめぐみんのこの速さは一体なんなのか。

 

「ゆんゆん根性出しなさい! えっと、何話してましたっけ? そうそう、その正式名称が玄武というモンスターの甲羅には、鉱脈にずっと潜っている間にくっついた鉱物があるんです!」

 

 なるほど。ようやく話が呑み込めてきた。

 

「それが価値ある鉱物が多いとか?」

「はい! 人の手では掘れないような場所にずっと住んでいたので、貴重な鉱物がどっさりとくっついているんですよ。たまに価値のない鉱物もありますが、殆どは貴重なものです! もうこれはヤバいです! 超ヤバいんですよ! なんせ――金銀財宝が自分の手で好き放題に取れるようなものなんですから!」

 

 だから宝島か。

 めぐみんが限界以上の力を出すのもわかる。聞いている限りでは旨味しかないクエストだ。

 貧乏店主らしいウィズさんがあれだけ殺気出していたのもそのためか。本当に苦労しているんだな……。

 

「でも、冒険者限定でのクエストってことはその亀は攻撃してこなくても危険はあるんじゃないか」

「甲羅にくっついているのが鉱物だけとは限りませんからね。鉱物に化けたモンスターもいるので、一般人は掘れないんですよ。そのため冒険者限定のクエストとして美味しいのです!」

 

 会話の最中も、俺達は冒険者ギルドに着くまで走る足を止めることはなかった。しかし、アナウンスから然程時間が経ってないというのに冒険者ギルドの前は混雑している。

 

 侮れないのは冒険者の欲望か。

 ウィズさんはツルハシと鞄を装備しながら、街の外へと走りだしているところだった。速すぎる。どこにもあのおっとり店主は存在しない。

 

「鞄とツルハシの貸し出しはここでやっていまーす! きちんと並んで順番に受け取ってください。はいそこ! 横入りしたので一番後ろです」

 

 冒険者ギルドの前でギルドの職員総がかりで山ほどの道具を冒険者達に貸し出している。

 俺達も早く並ばなくてはいけないのだが、良いことを思いついたかもしれない。

 

 急に立ち止まった俺に、焦ったようにグイグイと手を引っ張ってくるめぐみん。

 

「どうしました。さっさと並びましょうよ」

「めぐみん。俺の分まで借りておいてゆんゆんと先に行っておいてくれないか。俺もすぐ行くけど、冒険者ギルドに借りるものがある」

「なんで、と聞くのも時間の無駄ですし、わかりました! さっさと来てくださいよ」

 

 こういう時、察しの良いめぐみん好き。

 ようやく追いついて呼吸を必死に整えているゆんゆんを見てから、俺は冒険者ギルドの中に入って目当てのものを借りるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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十話

 

 

 

「なんだこれ」

 

 街の外にいるモンスターを見たときに口から出たのは驚きだった。

 

 ドデカい。

 亀の化け物といえば日本人ならあの回転する怪獣を思い出すだろうが、それとはスケールが違う。よくある東京ドーム幾つ分という数え方では、少なくとも三つや四つはあるだろう。戦うという発想すらわかない自然そのものといった外見だった。

 この巨大亀が帰るリミットは夕方までだが、これを冒険者が掘り切るのは不可能だ。幾ら欲望に塗れた冒険者共といえど、この物量相手は厳しいだろう。

 亀のモンスターは優雅に寝そべっており、冒険者がロープをかけてその甲羅の上に登っていた。ちょっとしたロッククライミングである。

 

 もう鉱物を採掘している冒険者も結構いる。

 冒険者達は亀の甲羅にこびりついている鉱物。宝の山にしか気にしていない。狂ったように押しかけて、狂ったような形相で鉱物掘りに熱中している。控えめにいって、凄く怖い。目が血走っているのだもの。興奮のあまり涎垂らしながらツルハシ振っている人までいるし、外で見ている分には地獄絵図だった。

 金の力は魔の力よ。

 

「めぐみん達はどこら辺に……おっ、いたいた」

 

 俺はぐるりと周囲を見渡し、めぐみんとゆんゆんを見つけた。

 まあ、目が金のマークと化している冒険者に色々言ったが、俺もそこまで変わらない。なんだかんだいってできることなら金が欲しい。特にこれからは冬本番だ。冒険者の特性上、財布の中はパンパンになっていた方が、ありがたい。

 

 俺は金のために神器のスイッチを押した。

 

 三十分間。この世界には俺だけだ。神獣とはいえ、動作を止める。この状況、他の冒険者は俺なんて路傍の石にすら思ってないからこそ気軽に時間停止ができた。

 

 今回の時間停止は性的な意味を目的としたものではない。

 

 俺は時間が止まっている中、急いで誰かが使っただろうロープを伝って甲羅の上に乗る。

 そして、冒険者ギルドで借りてきた本を俺は開ける。題名は高価な鉱石とクズ石の見分け方。冒険者ギルドバージョン。

 

 後に鉱石の鑑定を待っているときに聞いた話だが、本格的に幾らかと決める鑑定は当然専門の人にやってもらうが、ある程度価値のある鉱石かそれ以外なのかは冒険者ギルドの職員が見分ける。なんせ山ほどの量だ。他の街の専門家まで呼ぶが、それでも人手不足である。なので、あらかじめ作っておいた本を見ながら冒険者ギルドの職員が不眠で分別していく。……本当に職員の方々お疲れ様です。

 

 俺が貸してもらったのはそんな本だった。中には玄武の甲羅についていやすい鉱物の特徴と価値の高さが書いてある。

 

「しかし、まさかこんな美味しい話があるだなんて……情報不足にもほどがあるな」

 

 十年に一回の大イベント。

 

 これを知らなかったのは俺の甘さに他ならない。

 ちゃんと知っていたら、もちろん鉱石の情報をあらかじめすべて覚えていただろうに。

 

 そうはいっても、準備不足だろうとここまで来てしまったら仕方ない。如何に挽回するかが大切だ。

 本の他にはペンと紙も取り出して、今できる俺の準備は万端である。

 

 なにをするかといえば、ルート構築である。

 

 運が良いことに今日は三十日。三十分も止めていられる時間がある。

 その時間を使ってどう採掘すればいいかを見極める。必死に鉱物を掘って得たのがクズ石ばかりでは意味がない。時間制限があるということで、どうしても冒険者はとにかく掘って掘って掘りまくるしかない。一々これが価値があるかなんて見極める時間はないのだ。

 

 しかし、俺には神器がある。

 この余分な三十分を使って、どう掘っていけば一番効率がいいかを時間ギリギリまで使って調べる。

 ゲームでも良いアイテムがどこにあるかわかっていれば、どういう道を通ればいいかわかる。

 

「お、これマナタイト石とかいうやつか。今の内に貰っておこう」

 

 マナタイト石。装備に使えば魔力を増幅させたり、魔法で使う魔力の肩代わりをしてくれる石である。

 そんな石をポケットに入れる。

 そしてここからの時間の使い方は本を片手に持ちながら、鉱物を調べて紙に記していく。こういった細かい作業は得意だ。集中して、書く。見て、書く。高価な鉱石。そこそこの価値の鉱石。まったく価値がない本当にクズ石。その場所を紙に写していく。

 

 十五分もそれをやっていれば大体価値のある鉱石と価値のない鉱石の特徴は頭に入ってるから、速度アップしていく。

 

「これは……鉱石に擬態しているモンスターか。ここは注意っと」

 

 記す。記す。記す。当然これだけ広大な甲羅だ。全部の範囲を調べることはできない。

 宝の山はあまりにも莫大で、三十分如きではとてもではないが完ぺきな地図を作ることは不可能である。

 

 しかし、時間の許す限り俺は記帳をつづけた。

 

 二十八分。制限時間のギリギリの時間。

 俺は下りになっている甲羅を全力で駆け下り、ジャンプ。ロープを使わず着地。

 

「いって! うー、足痺れる。でも急げ急げ!」

 

 そして、大体元の位置にまで戻る。

 残り一分。巨大亀と地図を照らし合わせる。

 出来上がったのはちょっとした宝の地図だ。その地図にはここを掘り進めると美味しいだろう道がいくつか出来上がっていた。様々なルートが地図からわかる。

 

「……うわ、もしここを通っていたら悲惨なことになってたな」

 

 ただしそうでない道も見つかる。

 ある一本道では最初に幾つか価値のある鉱石はあるが、そこから先はゴミクズのような石しか取れないようなルートもあった。まあよほど運の悪い人以外はこんなところ通らないだろう。

 

 俺は美味しいルートを覚えて、ペンと地図をズボンのポケットにしまってチャックしておく。地図の方は後で処分だ。

 残り時間は二十秒。できるだけのことはしたが、今はただの準備時間だ。

 

 ここからが本番だと気を引き締めて、時間を再開させる。

 動き出した時間の中、俺は走ってめぐみん達の下に行く。デカい鞄を担いだめぐみんは殊更小さく見える。

 

「悪い! 待ったか」

「もう……遅いですよ。これがユウスケの分の鞄ですけど、遅れた分気合入れないと許しません」

「そんなに待ってないでしょめぐみん。ユウスケさん、これツルハシです。どうぞ」

「サンキュー」

 

 鞄の小さなポケットの一つに本を入れておく。鞄を背負い、ツルハシを担いでようやく俺も装備を整える。

 小柄な体に不釣り合いの鞄とツルハシを背負っためぐみんは、本を目ざとく見つけていた。

 

「その本が冒険者ギルドから借りたものですか」

「まあな。鉱物の見分け方と価値がわかる本。これを行きしな軽く覚えて離れたところから、価値のありそうな場所を見ていた」

 

 素直に言うわけにはいかないので、ある程度嘘を混ぜ込みながら俺は答える。

 まさか時間を止めて、近くで観察してましたとは言えない。

 

「効果はありました?」

「うーん、遠いし短時間だしでそこまで効果があるかはわからない。でも俺の勘も合わせて考えると、めぐみんとゆんゆんはあそことあそこを進んでいくのがいいと思う。めぐみんはあの赤い石、ゆんゆんはあの黒い石を目印に一直線に」

「ユウスケの勘は実績がありますからね。ピタリと当てるところを何度も見ています。ちょっと当て過ぎじゃありません? ……最近益々人体実験の欲に負けそうです。まあユウスケの提案で行きましょう。ゆんゆんも良いですよね?」

「なんだか今めぐみんってば怖いこと言わなかった!?」

 

 聞いてない。聞いてない。

 たまに怪しい目で俺の頭をじーと見つめているめぐみんに気付いてなんかいない。

 

 俺はあまり踏み込みすぎると危険だという勘に従い、聞いてないふりをして、巨大亀に向き合う。

 

「よし、じゃあやるぞ!」

「おー!」

「お、おう、です!」

 

 拳を突き上げ気合を入れる三人衆。

 さっきと同じようにロープを使って俺達は甲羅へ登っていく。

 そしてそれぞれ鉱物を掘っていった。もう登っていたウィズさんはというと必死な形相で鉱物にツルハシを振り下ろしているところだった。怖い。美人なだけに鬼気迫るものを感じる。今度商品でも買ってあげよう。ヘンテコな商品も多いが、めぐみんやゆんゆん曰くポーション類はとても上質らしいし。

 

 ルートを思い出しながら、ザクザクと掘っていく。

 ここから先は肉体労働だ。確実に出る金を掘っていると考えれば、その疲労も誤魔化すことができる。素晴らしきかなゴールドラッシュ。

 

 必死に掘っていると、俺の横の冒険者が掘っている場所に見覚えがあった。ここは危険だとバツ印してあった場所だ。

 

「そこ危ないですよ、っと!」

 

 剣を引き抜くと同時に勢いを利用して投げる。

 その投げた剣は鉱物に擬態しているモンスターにぶっ刺さった。ナイスコントロール。剣道ではなく野球でも通用したかもしれない。

 

「うわっ! 刺さったってこれ鉱物もどきか!? どうしてわかったんだよあんた。盗賊の敵探知スキルか!」

「まあそんなところです。気を付けてくださいね」

 

 剣を回収するときに助けた人の感謝の言葉を聞きながら、俺は内心冷や汗をかく。

 危ない。モンスターの位置がわかっているならあらかじめ対処しておけばよかった。俺は引っかからないけど、他の冒険者が引っかかることもあるよな。

 恥ずかしいことに調べることで頭が一杯で考えつかなかった。

 そういうトラブルも途中あったりしたが、俺達は冒険者ギルドのもう危ないので降りてくださいというアナウンスがある夕方になるまで掘り続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ここ数日の冒険者ギルドは熱気が凄い。

 かつてここまで人で溢れかえっていることはない。それに街全体が祭りみたいなものだ。大量の鉱物は金を生み出す。金がある場所に人が集まるのは当然の摂理だ。懐が暖かくなった冒険者の財布の重さを減らしてやろうと大量の商人が押しかけるし、気分がいい冒険者はその誘いに簡単に乗る。こうして経済は回る。

 

 あれから二日経った俺達三人は鉱物の鑑定待ちだった。

 あの後すぐ重たい鞄を担いで冒険者ギルドに行ったが、鑑定待ちの冒険者も多いので俺達は整理番号と二日後にまた来てくださいと言われた。冒険者の労働はあそこで終わりだが、職員の戦いはそれからなのだ。大量に集められた鉱石を死にもの狂いで整理している職員に文句を付けられるはずがない。

 つけようとしたら殺されるぐらいの勢いである。

 

 めぐみんはまだかまだかと貧乏ゆすりしている。ゆんゆんはそんなに焦っていない。行儀悪いよとめぐみんに注意している。族長の娘といってたし、元々金持ちでそこまで金に執着はしていないのかもしれない。

 

 先ほどウィズさんが鑑定の結果を終わらせ、お金を受け取っていたがダバダバと滝のように涙を流して喜んでいた。これで借金が返せると天にも昇るような表情というか、若干本当に透けていなかったか? それは見間違いだと思うが、この人本当に凄腕元冒険者なんだよね……?

 あの喜びようは演技とは思えないんだよな。

 

 整理番号が一つ前の人が呼ばれ、次はとうとう俺達の番だ。

 俺も緊張してきた。大丈夫だ。他の人よりは儲けているはずだ。そんなに少ないというのはないと、思う。

 宝島では大体一人頭八十万から百万エリスというのが相場らしい。それよりは高くあって欲しい。

 

 とうとう俺達の順番が回ってきた。整理番号を呼ばれ、小走りで駆け寄っていく。

 

「ユウスケさん、めぐみんさん、ゆんゆんさん。鑑定が終わりました」

「ど、どうでしたか。どれぐらいに」

 

 真っ先にめぐみんが聞く。

 ルナさんはそれに息を吐いた。今でも信じられないといった声だ。

 

「凄い金額ですよ。よっぽど運が良かったのかお三方が取ってきた中には希少な鉱石が多かったです。全部合わせて……千二百万四千エリスでした」

「……せん」

「にひゃくまん」

「よんせんエリス――!」

 

 俺を含めた三人共驚きを隠せないといった様子である。価値のある鉱石を取ってきたはずだが、こうして金額で表すとビックリする。そんなになったのか!

 今まで一番良かった日で一日十万程度の稼ぎだったのが、今日一日で百倍以上の稼ぎである。桁が違う。臨時収入にしてはあまりも巨大な額。こんなボーナスは普通ありえない。

 

 あまりの大金に興奮で手が震える。

 その震えた手をめぐみんが握った。めぐみんはもう片方の手でゆんゆんの手を取る。

 

「やりましたね。ゆんゆんとユウスケ!」

「おうマジでやったな! 一気に俺達全員小金持ちだぜ!」

「やった。やったね! 今日は豪勢にパーティー! 仲間と一緒にパーティー。良い響き……」

 

 輪になってぴょんぴょんとウサギのように飛び跳ねる。

 だが、あくまでここは冒険者ギルドだ。三人で大興奮しているところを他の人から見られていることに気付き、俺達は顔を赤らめてやめる。恥ずかしい。めぐみんとゆんゆんはともかく、こんな歳になって俺ははしゃぎすぎだ。

 

 しかしここから三分割するとはいえ、こんな大金現実として感じるのは初めてだ。少々はめを外すのは容赦してもらいたい。

 

 俺は代表として整理券を渡して、新たに鑑定済みの券を貰う。

 これを持って行ったら自分の鉱石を返してもらうか換金をしてもらえる。鉱石を返してもらう利点としては、装備などに使うことがあるためだ。

 俺は恥ずかしい気持ちを隠すために一度咳をしてから提案する。

 

「ゴホン。えっと、鉱石は全部換金してもらっていいか?」

「あー、私の場合ですと、マナタイト石を貰っていいですか。三十万ぐらいのです。これで杖を強化すると更に私の爆裂魔法の威力が高まるのですよ。もっと更にです。ふふふ、爆裂魔法の威力が上がる。これほど甘美で極上の言葉はありますか! 神の音色です。ああ考えるだけで、もう……!」

「めぐみん素直に怖いぞ。冒険者ギルドで危ないことしだすのはやめてね。本当に。……同じ魔法使い職だし、ゆんゆんも杖の強化にマナタイト石を使うでいいか?」

「えっと、そうだと私も嬉しいんですが……いいのかな」

「ゆんゆんが必死になって掘った石だろう。遠慮する必要ないぞ。それにな、ゆんゆん。魔法の威力が高くなるってのは前衛の俺もありがたいからな。むしろ俺がお願いしたいぐらいだよ」

「はい! それじゃあ私もめぐみんと一緒で!」

 

 合計六十万はパーティーの必要経費だな。

 俺も剣は新調した方がいいだろうか。鉱石が大量に入荷するということは、貴重な鉱石で作られる剣も増える。暫くしたら鍛冶屋を覗いてみるか。

 

「じゃあ後は換金して山分けということで」

 

 残りは千百四十万四千エリス。三人で分けるとしたら三百八十万ちょっとか。三だし割り切れないのがなんか嫌だ。その端数のお金は今日皆で食べる晩飯のお金にでもしよう。

 そんなことを考えていると、めぐみんがおずおずと口を開く。

 

「……でも、ユウスケ。今回の報酬はユウスケの手柄が大きいですし、いつものように山分けではなく取り分多めでいいですよ」

「それを言うなら私なんて一番取ってくる鉱石少なかったですし、マナタイト石だけでも充分です!」

「……いやまて、ゆんゆん。それは遠慮というか流石におかしいぞ」

 

 んー、どういうことだ。

 パーティー募集の頃から全部山分けとして、今までずっとそうやってきたのに。

 

「どうしたんだ。遠慮するなんてめぐみんらしくないだろう」

「事実は事実ですから。いやだって、まさかここまでの大金と思っていませんでしたし……。普通なら八十万ぐらいのところを四百万程は貰い過ぎですよ。ユウスケが一番掘る量も多くてルートも決めてくれなかったらここまでの結果は出ませんでした」

 

 ……なんか変なところで真面目だよねめぐみんって。

 まあ実際今回に限っては俺の功績は大きいと思う。しかし、普段はめぐみんの爆裂魔法は役立ってくれてるし、ゆんゆんの魔法で安定性は増してくれている。今回たまたま俺が活躍しただけのことだ。

 

 それに一人だけ多めに貰うのは俺が気持ち悪い。最初に決めたことはやり遂げる。妥当か妥当ではないかではなく、単純に嫌なのだ。

 

「山分けという約束だろう。一人だけ多く貰う方が嫌だわ。金はいくらあっても困らないんだから、何かしらの使い道を見つけ……ああ、そういえば、前から機会があれば手に入れたいと思ってたものがあったんだ」

 

 途中にあることを思いつく。

 大金すぎて遠慮してしまうなら、パーティーのために使ってしまえばいい。遠慮されるよりも俺もそれならすっきりするし。

 

「なんです?」

 

 彼女の問いに俺は二本指を立てる。

 

「欲しいものは二つあってな。一つはめぐみん達と同じくマナタイト石なんだが、どれぐらいの値段の石ならめぐみんの爆裂魔法の魔力の肩代わりができる?」

「私ですか。私の魔力といいますと、かなりの値段になりますよ。超高品質のマナタイト石が必要となります。それこそ……今の私の魔力だと五百万エリスにはなるかと思いますが……」

「じゃあそれ買おう」

「え、ええええええええ!?」

 

 大金の商品をあまりにあっさり購入を決意するものだからゆんゆんは驚愕している。

 めぐみんというと絶句していた。口がポカーンと開いている。こんな姿を見るのは初めてでなんか可愛らしく見える。

 停止して再起動しためぐみんは、俺に詰め寄ってくる。

 

「ほ、ほほ本気ですか! 五百万! 五百万エリスですよ! 私の家なら四人で十年は暮らせる金額ですよ! 本気というか正気ですか!」

 

 それだと一年一人当たり十二万五千エリスしかかってない計算になるんだが……。

 

 俺も何も考えなしに言っているわけではない。

 

「正気も正気。俺のところの最高威力はめぐみんだろう。爆裂魔法を二発撃って欲しい場面、なんて来てほしくないが、ないとは限らない。それぐらいの用意はしておくべきだ。ゆんゆんも強力なアークウィザードだから魔力切れで使う時がくるかもしれない。もしもの用心だよ」

「でもだからって五百万エリスは……」

 

 なおも言いよどむめぐみんに俺は説得の言葉を重ねる。

 

「それにマナタイト石なんてのは劣化しないしな。長い間持っていても、価値は然程変わらない。金が必要となればいざとなったら売り払ったらいいし、損をするということはないと思うんだが」

 

 その言葉にめぐみんは形の良い顎に手を当てて考える。

 損をしないという言葉に惹かれるものがあったようだ。

 

「確かに購入するといっても必ずしも使わなくてはいけないということもないですしね……。……ふむふむ。そう言われれば悪くない選択に思えてきます。口が上手いですねユウスケ。詐欺師の素質がありますよ」

「誰が詐欺師だ」

 

 失礼な。

 詐欺なんて成功するかの一か八かを何度もするなんていうのは、俺の性に合わない。

 

「その購入するマナタイト石は……ゆんゆんに管理しといてもらってもいいだろうか」

「わ、私ですか!? いや、無理無理。無理ですよ! そんな責任重大なものを受け取れません!」

 

 首をぶんぶん振って拒否の体勢を作る。

 やめてね。体を大きく揺らすの。おっぱいが揺れるから、重要な話してるのに股間が硬くなるんだけど。

 

「一番しっかりしているのは俺はゆんゆんだと思っているからさ。ゆんゆんが持っていてくれたら俺も安心できるんだが」

「そんな私なんかに信頼を!? うー、どうしたら! 信頼には応えたいけど、もしものことがあったら……」

 

 ゆんゆんは両手を頭に乗っけて悩む。

 この中で一番任せられるのはゆんゆんだ。物を預けてもしっかり管理してくれるだろう。

 そう考えていたら、めぐみんは何を思いついたのか、嬉しそうな表情をしながらゆんゆんに近づく。

 

「ゆんゆん。ユウスケがあなたに託すと言っているのだから受け取るのが道理というものではありませんか」

「けど、もしもの時があったらどうすればいいか私わからないし……」

「もしもの時なんてもしもが起こってから考えればいいのですよ。――それとそのマナタイト石は預かったら親友である私に貸してください。……爆裂魔法が一日二発撃てるんですよね」

「し、しし親友!? もちろん仲間だし貸しても問題ないよね!」

「…………」

 

 聞いていて完全に近づいた理由がわかった。

 ……誰にでも優しいゆんゆんだが、めぐみんには特に甘いんだよな。

 仕方ない。俺が管理するか。

 

「あー、ゆんゆんごめん。やっぱり石は俺が預かっておくわ」

「あ? うん。その方がいいですよ! 私が預かっておくよりユウスケさんが預かっておいた方がずっと安心です!」

 

 嬉しそうなゆんゆんと反対につまらないという表情のめぐみん。

 まあ実際めぐみんはやらないと思うが、爆裂魔法が関係することとキレた時はなにやるか予想つかないからな。その時、貸してしまいそうなゆんゆんより俺が持っていた方が安全だろう。 

 不満そうなめぐみんは杖を弄りながら聞いてくる。

 

「……それで一つ目はわかりましたけど、二つ目はなんなんですか」

 

 二つ目。これが最も重要視しているものだ。

 こっちの世界に来てからずっと欲しかったもの。必要不可欠なものがあった。

 

「五百万エリスは石に使って残りは六百万エリスほどか。実は……前々から思っていたんだが、家が欲しいんだ。二人とも宿屋暮らしだろ? 纏まったお金も入ったことだし、三百万エリスぐらいの家をアクセルの街に買わないか」

 

 あのおっさんの宿屋の生活にも慣れたし、本当に良い宿屋だが、俺は家が欲しい。

 銭湯の度に神器を手放さないといけないし、なによりやっぱり現代っ子の俺としては、他人の家では安心できない。物とかもろくに置けないしな。今回でも思い知らされたが、俺はこの世界の情報が足りていない。情報収集のための場所が欲しいのだ。

 

「アクセル街なら凶暴な魔物に襲われて壊される可能性も少ないですし、ここに私達の拠点を作るのは悪くないとは思います」

 

 めぐみんもそれほど否定はしない。

 だが、ゆんゆんは頬を赤く染めて恥ずかし気に聞いてくる。

 

「あの……それって三人の家なんでしょうか?」

「……そう、なるのか。三百万で家三つは無理だよな」

 

 あれ、そういうことなのか? 

 うわっ、俺の言うことはそういうことなのか。本当に考えてなかった。

 大金入って浮かれているのかもしれない。そんな簡単なことを忘れるなんて。

 物が置けて風呂が浴びれる拠点さえあればいいと思っていて、三人同じ屋根の下に住むなんていう下心は一切なかった。クズの俺も今回ばかりはうっかりだ。

 

 めぐみんは杖を触りながら、自然な口調で言う。

 

「別に私は大丈夫ですよ。今の宿屋とそう変わりませんし」

「それは全然違うと思う」

 

 今も同じ家の同じ階で住んでいるとはいえ、一緒に住むっていうのはやはり特別だ。プライベートを共有するということだし。まあでも今も殆ど一日中一緒にはいるんだが。

 ゆんゆんは問い詰めるようにめぐみんに近づく。

 

「めぐみん、本当によく考えて喋ってる!? 同じ家に住むってことは! ことは! ことは……その、ね。……うん」

 

 勢いよく話し始めたはいいが、途中からどんどん恥ずかしくなって声が小さくなっていく。

 先ほどの何倍も顔が赤い。破裂してしまいそうな赤さだ。

 純情なゆんゆんには難易度の高い話だったらしい。どこまで想像しているのゆんゆん?

 

 めぐみんは鬱陶しそうにため息を吐く。

 

「そんなことわかっていますよ。もしそうなったら責任を取ってもらえばいいのでしょう」

「せ、せせせせせ、責任ってめぐみんなんの責任!?」

 

 突然何を喋りだしてるのこいつ!

 呆然としている俺を気にもしないで、特に表情もなく答えを言う。

 

「責任って――子供ができたらですよ。初心なねんねじゃあるまいし、もし万一私とユウスケがセック――」

「うあああああああああああ! めぐみんめぐみん! どうしたのねえ!? 頭がおかしくなったの! 紅魔族随一の天才はどこに行ったの!? 今起こっていることは私の夢なの! むしろ夢であって!」

「お前。冒険者ギルドでなに口走ろうとしてるんだよ!」

 

 慌てて二人でめぐみんの口を抑える。

 

「むむぅー!?」

 

 公衆の面前でとんでもないことを言おうとするめぐみんを止めた。

 んんーと反抗しているが、流石に俺達二人に抑え込まれたらめぐみんは脱出できない。焦る。めぐみんはやっぱりとんでもないわ。何を起こすかわからないビックリ箱だ。問題児にもほどがある。

 

「もおー! めぐみんがユウスケさんと一緒に住むなら私も住むからね! こんな歳でまだめぐみんをお母さんにはさせないからね!」

 

 優等生のゆんゆんが断固とした決意をあらわにする。

 そうすることで、なし崩し的に同じ家で暮らすことが決定してしまった。余るだろう三百万ぐらいは百万ずつで三人で分けるかな。

 

 それにしても大声で喋るゆんゆんも気づいてほしい。

 周囲の冒険者や職員から俺が凄い危険人物に見られているということを。いやまあ、実際危険人物なのだが。

 

 

 



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十一話

 

 足には注意する。

 もし噛みつかれたりでもしたらそのまま足が持っていかれてしまう。

 聖水を湖の中にぶっかけて怒って出てきたところ悪いが、流石に代わりに足をあげるわけにはいかない。

 

 地面を這う敵には攻撃しにくい。剣道というのは胴体が攻撃していい一番下の範囲で、足元を攻撃することなんてないからだ。しかしいつまでもそうは言ってられない。

 小型モンスターは今までに何匹も狩ってきたわけだし、モンスター退治で生活するためにも四本足で歩く生物への剣の使い方を慣れていかなくてはいけない。こんな時、身長が大きいのが仇になるとは。

 

 ワニ型のモンスター。正式名称ブルータルアリゲーター。

 

「――フレイムソード!」

 

 剣の火力を上げる。

 剣が赤く染まる。外皮が硬い相手には効果的なスキルだ。

 聖水で釣られたのは三匹。三匹の内の一番接近しているワニ型のモンスターを掬い上げるようにして斬る。顎から刃先を入れて、頭の部分まで真っ二つだ。

 

 普通のワニは陸上でなら遅い。人間ならば走って逃げきれる速度である。長距離移動も苦手だ。しかしそれは地球のワニの話。この世界のワニも長距離移動は苦手だが、こと短距離においては地上でも速い。どういう体の構造してるんだろうね、本当。

 

 俺は斬った直後の体勢。瞬間的に隙ができる。

 次のワニが襲ってくるが、慌てることはなかった。

 

「ライトニング」

 

 頼もしいアークウィザードがついているからだ。

 射程距離が長く魔力の消費も少ない、魔法使いが好んで使う中級魔法。ゆんゆんによる雷が俺を噛み殺そうとするワニを撃つ。

 特に水棲の生物には昔から雷が効くのはセオリーだ。

 雷を食らったモンスターは、俺に襲い掛かることもなくプスプスと音をさせ、ワニの丸焼けの出来上がりだ。

 最後の一匹は俺の獲物である。

 

「――接近。ウインドソード」

 

 速く、速く、どこまでも速く俺の剣は相手に届く。

 上から剣先をワニの口に突き刺し、

 

「おりゃああ!」

 

 持ち上げるようにして斬る。

 気分はゴルフに近い。パターゴルフしかやったことないけど。

 

 これでワニの三匹は駆除。だが、ここからが本番だ。

 

 ブルータルアリゲーターは汚い水質に群れで棲む。たった三匹で終わりなわけがない。強敵と認められたようで、汚染された湖から続々とブルータルアリゲーターが地上に這い出てくる。

 映画だったら絶望的なシーンだろう。緊張感とこれからの凄惨な未来を予感させる不穏なBGMがかかる場面だ。

 それぐらい迫力ある絵面である。ワニって外見からしてすでに化け物じみているというか、怖いんだよな。生前、こんなのを見たら尻尾を巻いて逃げていただろうに、こうして立ち向かえるのは経験を積んだのと、才能ある仲間がいるからだろう。

 

 五匹、六匹、七匹、続々とブルータルアリゲーターが陸に姿を現す。この汚染された湖は自分達の住処だ。それを邪魔する外敵の肉を食いちぎろうと行列となす。

 

 これは俺だけで対処するのは無理だ。大量の敵――こういう時はめぐみんの出番である。

 振り返ることなく、背後で呪文を唱え終わっているだろうめぐみんに声をかける。

 

「めぐみん準備はできてるよな!」

「もちろんです。いつでも大丈夫ですよ」

「できるだけ空中で爆発させて湖には影響でないようにしろよ!」

「注文の多い人ですね。……まあでもそれができるのが、大魔法使いたる所以ですか。ドンと任せてください」

「はっ、信頼してるぞ。……よしじゃあ行ってくるわ!」

 

 まだ出てきているワニは少ないので、湖から俺をおとりにしてワニを連れ出す。

 先ほどとは違って警戒をしているのか、じりじりとにじり寄ってくるモンスターに自然と口の中が乾く。

 

 大体のワニが出てきたと判断してからは俺の役目は終わりだ。……まだだ……まだだ。

 

「今だ!」

 

 充分な数のワニが出てきたと判断した俺は合図を送る。しかし、このままでは敵と俺との距離が近すぎるので、距離をあけなければならない。

 だから俺は、哀れな生贄のように目を閉じる。まるで死刑を待つ罪人のようにだ。

 

「フラッシュ!」

 

 目をつむってすぐに、背後から強烈な光が放たれる。

 作戦通りだ。ゆんゆんナイス!

 背後でかつ目を閉じていてもその光は感じられる。これによって俺の目のダメージはないが、ワニはそういうわけにはいかない。

 

 俺はその間に距離を取って、彼女の魔法を待つ。

 習得している者は極稀にしかいない、彼女がいつも最強の魔法と言ってはばからないとある一つの魔法。

 

「――エクスプロージョン!」

 

 今となっては見慣れた爆裂魔法。

 最初出会ったころより更に大きくなった魔法がワニを消滅させる。

 

「……やっぱ凄いな」

 

 本当に消失だ。跡形もいなくなる。杖をマナタイト石で改造してからは益々爆裂魔法のキレが上がっているな。これに巻き込まれるのは、考えたくない。

 見慣れたけど、この威力は絶大だ。

 風がビシバシと体に当たってくるし。

 爆裂魔法の位置調整を完ぺきに制御しだしているめぐみんは、上手くやったようで湖の被害も殆どない。まあといっても湖は汚れたままなのだが。

 

「ふにゅ」

 

 そして、いつものように魔力切れでめぐみんが倒れ込みそうになり、ゆんゆんが支えていた。

 

「……レベルが上がった感がビシバシしますね。やはり大量のモンスター相手に打ち込む爆裂魔法は最高です」

 

 嬉しそうににんやり顔のめぐみん。

 ブルータルアリゲーターはそこそこの経験値があるらしい。

 七匹以上は倒したであろうめぐみんのレベルは上がっているだろう。これで更に爆裂魔法の威力が上がるのか。本当に魔王倒せるぐらいになるんじゃないかこいつ。

 

 可愛らしい冬服を着ているとは思えない凶悪な破壊力である。

 

 まあ――めぐみんの冬服もそれに劣らない破壊力があるのだが。白いふわふわした帽子に赤のマフラーを首に巻いて、白のコートを着ている姿は素直に可愛いという他ない。なぜかその下は黒のタイツだけど。いやエロいから俺は好きだけど、寒くないのかな。本人曰く大丈夫とのことだが。

 

 湖の様子を見ていると、俺達に喧嘩を売ろうとするブルータルアリゲーターはいなかった。依頼は終了といっていいだろう。殆どのモンスターは片づけたようだ。

 俺は剣を鞘に納めて、二人に笑いかける。

 

「めぐみんもゆんゆんもお疲れさま」

「ユウスケさんお疲れ様です! 怪我しなかったですか? 気になるところはありますか? 私ちゃんと補助できてましたでしょうか」

「見ていただろう。楽勝だよ。触れられさえしなかった。これもゆんゆんが俺の攻撃の合間にちゃんと魔法を撃ってくれたからだろうし、そんなにちょくちょく聞いてこなくても大丈夫だぞ」

 

 ゆっくりとめぐみんを地面に下ろしてから、優しいゆんゆんは俺を思ってか傷ついたような表情をする。

 

「うっ、だってユウスケさんはいつも前線で悪いような気がして……。私後ろで魔法撃つだけですし」

 

 いやそれがありがたいんだけどな。

 ゆんゆんがいてくれるからこそ俺が自由に動けているというのに。この自己評価低い癖はいつか抜けるのだろうか。

 

「なあゆんゆん。後衛で魔法を使うのがゆんゆんの仕事で、前に立つのが俺の仕事だからな。どっちも大事な仕事で、それを果たしているだけなんだから気兼ねする必要ないさ」

 

 地面にだらーと倒れているめぐみんは、下から俺の言葉に同意するようなことを言う。

 

「そうですよ。ソードマンなんて前線で体を張る以外役に立たない職業ですから。私達のように色々なスキルを扱える職業ではないのです」

 

 いやでもお前って一つのスキルしか使えないじゃん。

 

 基本、接近して斬る以外ないのがソードマンなのは俺もわかっているけど。

 

「……実際そうなんだが、人から言われるとムカつくな!」

 

 最近では珍しく眼帯をつけてきた動けないめぐみんに俺は悪戯をする。

 顔に手をかけて大事なものを無理矢理奪う。

 

「あー、眼帯取らないでくださいよ!」

「罰だ罰。少しの間没収だ!」

「ちゃんと返してくださいよ。まったく。子供ですか」

 

 お前が言うな。

 子供そのものの外見したやつから奪った眼帯を俺がしてみると、当然片目は真っ暗で見えなくなる。

 

 うーん、格好いいんだろうかこれ。

 不便なだけだなと思い、俺は外してポケットの中にいれる。

 

 何匹か討伐できてないワニがいるが、それも数少ない。ブルータルアリゲーターは群れで生きるモンスター。群れの維持ができなくなった彼らは居心地の良い湖から離れていった。爆裂魔法の影響も大きいだろう。あれを至近距離で一度放たれると、モンスターでもビビる。

 依頼は完ぺきにこなしたといえよう。

 汚く濁った湖を見ながらゆんゆんは悲しそうな顔をする。

 

「あの子達が出ていっても湖が濁ったままなんですね。大事な水源なのに……。私達でどうにかできないのかな」

「ゆんゆん、それは……難しいかな。あいつらが汚染したんじゃなくて、既に汚染された湖だったからあいつらも住み着いたわけだし。しかし、この湖を浄化するのは骨が折れそうだ」

「このぐらい大きい湖ですからね。この前の大雨で山の土砂が崩れて水源が汚染されたようですが、聖水使ってだとどれぐらいかかるか途方もないですし、プリースト一人だと多分一週間以上はここの浄化に時間が必要じゃないですか。――あっ、ユウスケありがとうございます」

 

 俺はめぐみんをお姫様抱っこする。

 おんぶでもいいんだが、最初にこれをやったからなんとなくその流れで、連れ帰る時は抱っこになっている。初めてこの姿を見たゆんゆんは顔を真っ赤にしてたのは忘れられない。

 めぐみんも慣れたもので、緊張に体を硬くすることもなく完全に俺に体を預けきっている。

 俺としては黒タイツの感覚が新感覚で、股間に不味いんだが。タイツ教にはまってしまいそうだ。

 

「その間、プリーストを護衛するのは大変だろうしな。まあ俺達がワニ共を追い払ったし、今週中にでもプリーストが三人ぐらいでここの浄化でもするだろう。あまりに間をあけるとまたあいつらが群れとなって戻ってくるだろうからな」

 

 プリーストではなくアークプリーストなら一人でも四日ぐらいまで期間は短縮できそうだが、アークプリーストになれる人は稀だと聞くしな。少なくともアクセルの街には存在していない。

 

 最初は湖の浄化が依頼だったが、あまり割に合わない依頼に受ける人はおらず、まずはブルータルアリゲーターの退治という依頼に変わった。ちなみに今回の報酬は十五万エリスである。

 家を買って宿屋へ払う支払いもなくなったし、貯蓄もあるが、本格的に冬が来て稼げなくなる前にもうちょっとは稼いでおきたいんだよな。

 

 依頼も終わったことだし、俺達はその場から離れる。

 

 ここからアクセル街まではちょっと遠い。三十分以上はかかる距離だ。

 しかし、俺はめぐみんを抱いているし、特に急ぐこともないので、俺達三人は会話をしながらゆっくりと帰りの道を辿る。

 

「ユウスケって今レベル幾つなんでしたっけ。私は今回ので十五になりましたけど」

「私はこの前十六になったよめぐみん!」

「ゆんゆんには聞いてません」

「酷い!」

「ふん、当てつけのように私より高いレベルになって。今からリッチーにでも会ってレベル下げてきてください」

「リッチーを探すなんて湖に落ちた透明のビー玉探すよりも難しいよ……」

 

 小耳に挟んだ程度だが、リッチーの状態異常スキルにレベルを下げられる効果があるんだっけ?

 伝説の魔物。吸血鬼の王。真理に到達した魔法使いが成るという化け物。そんな滅多にいない強力なモンスターには、冒険者をやっていて会うことはあるのだろうか。まあできれば生涯出会いたくないものだが。

 

 めぐみんとゆんゆんは隙があれば口喧嘩みたいなやり取りをするが、どちらも本気ではなくただのコミュニケーションみたいなものだ。

 相変わらず仲の良いことである。

 

 当然自分のレベルぐらい覚えているので、俺はこちらを見つめるめぐみんに自分のレベルを明かす。紅の瞳が純粋に俺だけを見ている。それにしてもこいつ睫毛長いな。

 

「俺のレベルは十四だな」

「確か……ユウスケさんは十五レベルで上級職に上がるんですよね。後一レベルじゃないですか。もうすぐですね!」

「そうなんだよ。だから結構楽しみでな」

 

 嘘。滅茶苦茶楽しみにしている。

 上級職。

 憧れだ。ソロでやっていたときはいつかはなれるだろうと気楽に思っていたのだが、周囲の人間が上級職すぎてな。早く俺もならないとという気持ちが焦る。めぐみん達と依頼をすまして時間があったら、他の冒険者と依頼をこなしたりと頑張っているが、なかなか十五までの道のりは遠かった。

 あー、なりたいな。

 

「十四レベルですか。あのワニ共は経験値高いですし、もしかしたらレベルアップしているかもしれませんよ。そうなればパーティー全員上級職という一流パーティーです。どれどれ、私が見てあげましょう」

「めぐみん。ちょっとやめろって。そこはくすぐったいって。ちょ……そこは!?」

 

 神器はマントのポケットの中にいれてあるので、大丈夫だ。めぐみんは俺の肩に頭を預けながら、俺のズボンのポケットにあるだろう冒険者カードを探している。やべ、めぐみんの手が僅かにちんこに当たった。

 

「これは私の眼帯ですね。うーん、財布と……あ、ありました。どれどれ」

 

 眼帯を自分のポケットの中にいれた後、ようやく見つけたのか、俺のズボンのポケットから小さな長方形のカードを取り出す。

 彼女は冒険者カードをじろじろと眺める。

 まあ俺が上級職になれるのはまだだろうと思いながら、話の流れとして一応めぐみんに聞く。

 

「んー、レベル上がっていたか?」

「はい。上がってます」

「ほら、まだだろう。俺も十五レベルになれる日を楽しみにしててな。たまに朝起きて上がってないか確認したりするんだぜ。夜に上がってるはずないのにな。はは、子供かっての」

 

 めぐみんは俺の肩をとんとんと叩いて注意をひく。

 

「いやですから上がってますって。十五レベルになっていますよ」

「そうか。上がってるか。俺もとうとう十五レベルか。――はっ! 上がってる!?」

「だからそうさっきから言ってるじゃないですか。ほら、見てください。自分の冒険者カードの欄」

 

 めぐみんが俺の顔の前に持ってきた冒険者カードを食いつくように見てみると、確かに昨日の夜見たときとレベルが違う。

 ブルータルアリゲーターを倒すことで僅かに、ほんのたった一レベルだが、上がっている。――俺は十五レベルになっていた。

 

「本当だ……」

 

 とうとう……俺も上級職業か。

 突然のことに感情が止まっている。

 しかし、その止まった感情が胸にまでようやく伝わり、熱い気持ちがわく。嬉しさや興奮といった、ただひたすらの喜びだ。

 

「い……やったー!」

 

 俺は興奮のままめぐみんを抱きしめる。

 体を預けている小さなめぐみんに熱い抱擁をする。

 

「んぅ!?」

 

 なんか変な声が耳に入る。

 めぐみんとは思えないピンク色の声に俺は驚き、めぐみんを離しそうになって――また抱きしめる。タイツなのでめぐみんのお尻の感触がもろに伝わってくる。

 あっぶな! まだろくに動けないめぐみんを地面に落とすところだった。石に頭をぶつけて死んだ俺だからこそ、地面と激突する怖さを知っているのに。

 ホッとしていると、めぐみんの怒声が飛ぶ。

 

「ユウスケ! 危ないじゃないですか!」

「ごめんごめん。でもめぐみんが変な声出すから……」

「いきなり抱き着かれたら変な声も出しますよ! もう。ほんと嬉しいからってはしゃぎ過ぎです。自重してください!」

 

 うん、本当にはしゃぎすぎたわ。

 これは反省だ。今度めぐみんの好物でも買ってご機嫌取りでもしよう。

 落ちかけためぐみんは、また俺の胸の中に戻っていたが、さっきまでと違ってこちらから顔色が見えないようにか、めぐみんは俺の胸に顔を押し当てていた。

 こちらから見えるのは彼女の髪の毛とちらりと出た耳だけだが、どうしてかその耳が――赤く染まっているように見えた。

 

「重ねて悪い。いや俺だけ下級職なのを気にしてて、ようやく上級職になれたのが嬉しくてたまらないんだ。それにしたってテンション上げ過ぎたよ」

「それは……おめでとうございます。でもゆんゆんじゃあるまいし気にしすぎですよ。……別に下級職だからって変わりません。ユウスケはいつも役目はきちんと果たしてくれていましたよ。それは私は知っています」

「そう言ってくれると嬉しい」

 

 ちょっと泣きそうだぞおい。

 たまにズバッとくるよねめぐみん。

 こう撃ち落とされてしまいそうな気分になるわ。

 しかし、それで終わらせないのがめぐみんの良いところというか悪いところというか。

 顔を見せためぐみんには悪戯っ子のような笑みが浮かんでいる。

 

「まあこれで前衛がもっと体を張ってくれるなら、私達も楽できますからね」

「はいはい。後衛さん。前衛の俺としては上級職となったこの体で敵は通さないように頑張りますよ」

 

 めぐみんと軽口を叩きながらアクセル街までゆっくりと歩いて行く。

 上級職になるのが楽しみで仕方がない。めぐみんが歩けるようになったら下ろして上級職になろう。俺もこれでソードマスターだ。

 

 時間は夕方に入る前で、冬の太陽は俺達の行く道を照らしていた。

 俺の隣を歩いていたゆんゆんは何故か立ち止まっていたので、振り返って後ろを見ると、肩をガックリと落としている。……そういえば、ゆんゆんは途中から全然会話に入ってこなかったな。

 

「なんだか、私。蚊帳の外……」

 

 

 

 

 

 




長いので分割。今日二話投稿


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十二話

 

 

 

 

 アクセル街に帰ってくる。

 時間が時間なので、人通りも少なくなってきていた。外で元気に遊んでいる子供達の姿も見えない。まあ春や夏ならこの時間でもまだ人通りは多いだろうが、冬ということでどうしても昼を過ぎると外を歩く人は減る。

 めぐみんも歩けるようになるまで回復したので、めぐみんとゆんゆんは俺の隣を今歩いていた。今日の仕事はひとまず終わりだ。めぐみんは軽いとはいえ、流石にあの距離を運んでくると俺の腕には痺れがあるし、疲れた。もう夕方だが、家に帰ってゆっくり休もう。

 

 築十八年。二階建て。一軒家に!

 台所。暖炉。応接間。リビング。もちろんトイレと大きめの風呂もあって、そして部屋が四つもある家! そこの一国一城の主! いや実際には三人で買った家なんだが。

 

 ほんと、三百万でこんな良い家を買えるとは思わなかった。王都に移り住んだ冒険者が元々使っていた家らしいが、長らく買い手がつかなかったらしい。本来なら四百五十万エリスでもおかしくないぐらいの優良物件だ。

 今日は俺の上級職祝いに帰ってゆっくり風呂に入って、シュワシュワでも飲んでパーとやろうかなと思って歩いていたら、俺だけが呼び止められた。

 

「もしかして――君はミシマじゃなかろうか?」

 

 誰だ? ここでは基本下の名前で呼び合うことが多いし、俺の上の名前を知っている人間なんて限られているんだが。

 

「僕だよ僕!」

 

 そう自分を指さすのは、茶色の髪に青目の男だった。顔は男前。やたらゴテゴテした青色の鎧を着こなし、腰には立派な剣をつけている。ゲームの勇者といった格好である。

 

 んん? こんな知り合いいたっけ?

 頭の記憶を探ってみても、少なくともこの世界に来てからは見覚えがないんだけどな。でも引っかかるものがある。これだけ特徴的な顔だ。どこかで会った気がする。鎧のせいでわかりにくいだけで。

 

 そうだ。こっち来てからは会ってないだけで、もしかしてこっち来る前に会ってる?

 

 俺の記憶の中で、彼の鎧が剣道着にすり替わる。

 

「もしかしてなんだけど……ドクラゲ君!?」

「違うよどこのどいつだよ!」

 

 キレの良い突っ込みをする俺の記憶ではドクラゲ。ミホトケだっけ? いやそんな徳高そうな名前ではなかったよな。

 しかし、一度出会っただけの相手の名前をしっかり覚えている方が稀だと思う。でも向こうは覚えているみたいか。

 

「違かったか。とにかく格好いい名前とは覚えていたんだが」

「それが君にとっての格好いい名前なんだね……。トゲトゲしすぎる名前だと思うけど。……まあ、こうして自己紹介するのは初めてか。僕の名前はミツルギキョウヤ。なんにしろ微かにでも覚えていてくれて嬉しいよ」

 

 そう言うとキラーンと歯を出しながら爽やかに笑う。

 

 うーん、俺もめぐみんのネーミングセンスに幾らか毒されてきているのかもしれない。

 目の前の剣士。明らかに日本離れした容姿の彼は、俺と同じ日本からの転生者だ。

 俺も茶髪がかった黒髪だが、青い瞳ってなんなんだよと思う。外人の血でも入っているのかな。

 気安げに話しかけてくる相手に警戒しているゆんゆんは、小声で俺に聞いてくる。

 

「あの……ユウスケさん。あの人知り合いですか」

 

 知り合い。まあろくに会話したことないが、一応そうなるのかな。

 俺は昔、彼と対峙した時のことを思い出していた。

 

「まあ少しだけな。昔この人と剣の大会みたいなので当たったことがあってな」

「――その試合は当然キョウヤが勝ったのよね!」

 

 唐突に知らない人の女の声が加わる。

 彼は一人と思ったが、よく見れば彼にくっつくように少女が二人いた。

 どっちもやたら服を着てない。

 ほぼ丸出しじゃねという格好である。

 

 緑髪のポニーテールの子は剣を腰にさしていることからも剣士か戦士辺りだろうが、胸はタオルみたいな面積の布で隠してるだけ、下にいたっては前垂れみたいなのオンリー。痴女だよなこれ? 俺の世界だと一発補導もありえる。

 

 もう一人の赤髪の方は巨乳で、おへそは大胆に露出しているが上は少しマシで、下も一応ミニスカートをはいている。ミニというかミリといっていいほど短いが。どんな緩やかな階段でも先に昇られたら確実に下着が見える短さだ。

 痴女度は緑髪に比べて三割減といったところか。

 

 この世界、エロい格好の人は多いが、いくらなんでも戦士っぽい子があまりにも変態的な格好すぎない? ……もしかしてこの男、パーティーに露出を強要している変態なのだろうか。

 見かけは格好いいのに、俺クラスのクズ野郎の出現に汗が出てくる。

 

 なんだか心配になって後ろにいてるめぐみんとゆんゆんを見ると、めぐみんは少し顔色が悪かった。……まだ体力は戻ってないか。

 

「ゆんゆんはめぐみんを連れて家に帰っていてくれないか? めぐみんはまだ疲れているみたいだから」

「えー。私としてはユウスケの知り合いということに興味はあるのですが」

「私も……あまりユウスケさんって自分のこと喋りませんし。ちょっと……興味が」

 

 もじもじとするゆんゆんはエロい。露出度では負けているが、エロさでは勝っているといえよう。

 

「知り合いといってもあまり喋ったこともない仲だよ。疲れてるだろうから帰った帰った。ゆんゆん頼むわ」

 

 まあ本当に一度試合しただけの相手だ。彼とかわした言葉は試合でのみ。構えの気合いの声と打ち込む瞬間の声だけだ。

 俺の事はろくに知っていないだろう。

 素直に頼めばろくに断れないゆんゆんは、自分も気になっていたが俺の言葉に従ってくれた。めぐみんの腕を掴んで引っ張る。

 

「……わかりました。めぐみんが疲れてるなら……。今日は記念すべき日なのでご飯作って待ってますね。ユウスケさんのために私腕によりをかけて作っちゃいますから! えっと……カツラギさん? 失礼しますね。さあめぐみん帰るわよ。そんなだだをこねず足を動かして」

「うーむ……仕方ありません。今日のところはこれぐらいにしておいてあげます。しかし! 次会った時はそうはいきませんからね! 震えて待ってなさい」

 

 どんな捨て台詞だよ。

 

 ちなみにゆんゆん苗字間違えてるからね。ミツルギだ。俺も人のこと言えないが。

 ゆんゆんはキョウヤ達に行儀よくぺこりとお辞儀をしてから、めぐみんを引っ張って帰ってくれた。

 

 別に積もる話はないから長話にはならないだろうけど、めぐみんは早く帰して休ませてあげたい。

 ――それに転生者同士。あまり誰かに聞かれたくない話だからな。

 

「え、キョウヤが負けたって!?」

「キョウヤがか!」

 

 向こうはなにやら盛り上がっている。

 キョウヤはその二人に人受けの良い笑顔を見せながら、肯定する。

 

「僕だって負けることはあるさ。でもその試合は惨敗だったからね。あの時に背負った負けは、僕の記憶に色濃く残っているよ」

 

 なんで嘘を少女達に吹き込んでいるんだと、俺は慌ててそれを否定する。

 

「いやいやいや。それは記憶違いじゃないか。紙一重って感じだっただろう。だから俺の記憶にも残っていたんだぞ」

 

 この男と出会ったのは去年。俺がまだ死ぬ前。日本にいた頃、インターハイでだ。

 全国大会に出場した初戦で俺とキョウヤはぶつかった。

 まあ俺が優勝したんだから当然俺の勝ちで終わったわけだが、剣の才でいうならそれほど差はないと感じた。

 

 彼は間違いなく強敵だった。

 

 自分が勝てるという自信が、彼の剣をいっそう鋭くしていたと感じたのを俺は覚えている。

 体を怒りに震わせながら、赤色の巨乳の人が俺に強く指をさしてくる。

 

「こんなブサイク――ってわけではないけど……うん。そこそこ! そこそこ程度の顔の男がわたしのキョウヤに勝ったって言うの! 信じられない!」

「どうせ卑怯な手を使ったに決まっている。卑怯者に違いない」

「そうね!この角度で見たらこいつは卑怯者の顔しているわ! 卑怯! 卑怯!」

「この卑怯者よ! 恥を知れ」

 

 あ、当たっている!

 いつもは真面目そうな顔していると言われる俺だが、ドンピシャに当てられた。ぐうの音も出ない正論である。いやもちろん剣道の戦いで卑怯なことをしたわけではなく、この世界に来てからの俺の行いが卑怯と罵られて当然のものだった。

 痴女な服をきた少女二人から罵られてタジタジになる。

 

 それをキョウヤは苦笑しながら、彼女二人の頭の上にポンと手を当てて抑える。

 

「……過去は紛れもない事実だよ。僕はあの時彼に正々堂々と勝負して負けた。でも過去は過去。今やったら僕の方が強いのは確かだろうね。だから君達もおさえてくれ」 

 

 そこからの撫で撫で。

 両手が彼女たちの頭の上を移動する。

 

「ふにゃー。……キョウヤがそう言うなら」

「……うん、今だったらキョウヤが勝つのよね」

 

 腰砕けになっている少女たち。

 ……どんな頭撫でだ。

 

 もしかしてあいつ。

 頭を触るだけで性的快感をもたらす能力を授かったのだろうか。そういえば、アクア様のチート一覧でもそれっぽいのが載ってたような気がする。

 ナデポ。起きている相手の頭を撫でることで相手の好感度を上げる能力。ただ撫でるという行為自体、相手が嫌なら普通に好感度が下がるので、ぶっちゃけ気軽に頭を撫でさせてくれる気心の知れた相手にしか意味がないというそれ必要? という能力。

 彼はどこぞを見つめて瞳孔開いてそうな少女達を放っておいて、俺に顔を向ける。本当にイケメンだ。

 

「僕の今の職業はソードマスターなんだけど、ユウスケでいいかな。君の職業はなになんだい」

「いいぞ。俺もキョウヤと言わせてもらうから。奇遇だな。俺もソードマスターだ」

「さすがだね。それでこそチャンピオンだ」

 

 ソードマスター同士がアクセル街に対峙している。片方は今日なったばかりの初心者マスターだが。

 かなり珍しい光景だろう。アークウィザードはあの二人のせいでよく見る光景だけど。

 彼はおもむろに近づいてきて、小声で話し始める。

 

「……しかし、君も死んでいたんだね」

「いや、本当だよ。世界は狭いというか俺らの運が悪いというか、でもある意味良いというか。こんなこと聞いたら失礼にあたるかもしれないが、ミツルギの死因はなんなんだ」

「家族の人になら失礼になるかもしれないけど、本人に死因を直接聞くのは失礼になるのかわからないね。……まあ僕はちょっとした事故だよ。車にはねられそうな女の子を格好良く助けようとしたら、恥ずかしいことにはねられてね。女の子は助かったからいいんだけど」

「立派だよ立派! 恥ずかしがることなんてなにもないだろ。俺なんてこけて頭打って死亡だぞ」

「え? 君が!?」

 

 あまりの恥ずかしい死因だからか、キョウヤは大げさに驚く。

 

「笑ってくれても構わないぞ。俺も自分のみっともなさにむしろ笑ってすませたいぐらいだわ。笑ってくれ」

「笑わないけど……君がそんなことするなんて。僕の中ではそんなことしないイメージだったから……」

「うん? どういうイメージだよそれ。自分でいうのもなんだが、俺は結構おっちょこちょいだからな」

 

 何故か俺はしっかりしている風に取られるが、実際はそうでもないと思っている。

 事前準備をするのが好きで、細かい作業が好きだからそういう目で見られるのだろうか。

 

 それにしても、彼の俺のイメージは、ちょっとおかしくないだろうか。先ほど女の子達に話していたのもそうだが、俺を凄いやつとでも勘違いしているのかもしれない。

 

 しかしどう訂正していいかもわからないので、俺は彼の仲間のことを言う。それと、いまだに放心状態なんだが、大丈夫なのあの子達。

 

「話はかわるけど、あの二人のどっちかはキョウヤの彼女なのか? 二人とも可愛いと思うし」

 

 実をいうと案外俺はこういう恋話が好きなのだ。

 ドラマとかはそんなに興味がないが、身の回りの恋愛話には興味がある。周囲が誰とくっついているとか、なんか気になる。

 キョウヤはどうしてか困ったように頬をかいた。

 

「二人とも彼女ではないよ。僕のパーティーの仲間さ」

「え? 違うのか?」

 

 あそこまであからさまに好き好きというオーラ出しているのに。

 片方は私のキョウヤとまで言ってたのに。あれで付き合ってないのは不思議でしかない。

 

「僕の好きな人。いや――憧れている人は」

 

 目の前の男は、視線を空に向ける。

 ここにはいない。会うこともできない。そんな遠い遠い果ての距離を感じる彼の意思。

 

「アクア様だからね。仲間の二人は……前にモンスター相手にピンチなところを偶然通りがかって助けてね。そこから頼まれて冒険の仲間としてやっていってるのさ」

 

 そういえば、こいつも転生者だ。

 アクア様に新しい命を貰った人間か。俺と同じアクア様に大恩がある一度死んだ日本人。

 キョウヤはそう言ってから更に俺に近づく。いや、こいつ近づきすぎてないか。近い近い。息が吹きかかる場所まで来るなよ。

 

「……それで君のチートはなんだろう。僕のはこの魔剣グラムだけど」

 

 それが俺と出会って一番知りたかった事柄に違いない。今までと違って声に真剣さがこもっている。

 ああ、こいつがグラムの保持者か。下級神さえ倒せるという神器。あのチート一覧でも一際強力な魔剣である。え……ということはあの頭撫では能力でもなんでもない?

 

 俺はどう答えたものか悩んだが――なにも素直に言うこともない。

 時を止める神器なんていうのは、怪しまれるだけだ。だから、俺は口から出まかせを言うことにした。

 

「俺はチートは貰ってない」

「まさか! 君も神剣か魔剣か貰っただろう!」

 

 耳が痛い。こんな至近距離で叫ばれるとキンキンする。

 

「いやでもほら。この剣見たらわかると思うけど、ただの剣だぞ。防具もこの通りそこら辺で売ってるものと大差ない」

 

 そう言いながら剣を見せると、彼は俺の剣を奪い取って何度も確かめるように見つめたり触ったりする。しかしいくら調べてもアクセル街にしては良質な剣ということがわかるだけだ。だって実際そこら辺で買った剣だしな。

 何の変哲もないとわかったのか、その剣を俺に渡してくる。

 武器系のチートは貰ってないしね。

 

「本当だ……。君は本当に何もなしでこの異世界に来たのかね」

「それも面白いかなと思ってな。まあ今のところなんとかなってるし、なくてもやっていけないことはないぞ」

「これが……僕と君の差か」

 

 大嘘である。

 よくもまあこれだけ嘘をペラペラと喋れるなと自分でも思う。だが、この時計は戦闘では殆ど使ったことないのは事実だからな。まるっきり嘘でもないというのがばれにくいところ。

 あくまで戦闘は、俺の勘と今まで培ってきた経験でやっている。これに関しては嘘ではない。

 

 なんだか落ち込んでいるキョウヤを見ていると悪いなという気分になってくる。

 

 そう思いながら、俺はとあることをしようとしていた。

 エロである。

 

 むろん、キョウヤにエロいことしようというわけではない。確かにイケメンとは俺も思うが、そういう趣味はない。

 落ち込んで下を向いているキョウヤ。人通りは少ない。こちらを気にしている人はいない。俺はキョウヤの鎧が含む体によって死角になるように調節してから――神器を押した。

 

 時間が止まる。それは同じ神器持ちのキョウヤだろうと例外ではない。

 彼が魔剣グラムによって戦闘では無敵を誇るように、俺も制限時間付きで無敵になれる。

 

 なぜ時間を止めたかというと、痴女二人がどうしても気になっていたからである。キョウヤの恋人ならなんとなく手は出したくないが、そういうものではないらしいし。

 あの賢いめぐみんとゆんゆんがいたら絶対にやらないことだが、時間を止めての悪戯タイムである。あいつらの前ではこんな雑な時間停止はしない。知力高すぎるんだよ。うかつな行為はマジでばれかねない……。

 

「今日は七日か……」

 

 しかし、この前三十日を過ぎて月が代わり、制限時間は七分しかない。

 まあ七分ではろくにできることはないが、とりあえずやれるだけはやろう。

 

 俺はいつものように位置を覚え、ひょいひょいと足取り軽く二人の少女の前に移動する。名前は知らないので髪の色にちなんで――緑痴女と赤痴女と呼ぶか。

 

 戦士風のポニーテールでやたらエロい格好している緑痴女。

 長い髪をくくっているキョウヤに特に甘えていたのが赤痴女である。

 

「気になってたんだが、この前掛けの下はどうなっているんだ」

 

 俺は緑痴女の前掛けを上げる。そこにあるのは下着だ。一応はいてるのね。ノーパンのマジで危ないやつではなかったか。といっても紐パンでその下着の面積は小さい。充分痴女である。

 前衛職らしく絞られた肉体といいたいところだが、そうでもない。この前出会ったダクネスなんかは鎧に隠されていてもわかる、かなり鍛えた体をしていたけど、そこまで鍛えてはいなかった。体には幾分か脂肪が乗っていて女の子らしい肢体をしている。胸にはあまり脂肪はないけど。

 

 胸をずらして乳房を見る。めぐみんと同じぐらいか、少し大きいぐらいだろうか。

 服を脱がすまでもなくわかっていたことだが、緑痴女のおっぱいは下着と一緒で小さい。

 

 そんな貧乳の乳首を軽く引っ張る。

 痛そうな顔はしない。いまだに幸せそうな顔のまま彼女の乳首は俺に抓られていた。

 

 ペロペロと舐めて、その小さなおっぱいを僅かな時間で堪能する。

 

「むちゅ。七分は少ないな」

 

 あまり一つの場所で楽しんでられない。

 下も気になるところだし、右には赤痴女も待っているのだ。

 俺は紐パンのクロッチに当たる部分をずらす。白昼堂々と彼女の女性器を見る。もう数人女性器を見てきた俺だが、それぞれ違いがある。

 

「さすがに生えてるか」

 

 めぐみんやゆんゆんと違って、そこには薄っすらと髪の色と同じく緑の毛が生えている。

 元の世界と違ってこの世界には、髪や目の色は統一性に欠ける。金髪である貴族はともかく、普通の人は緑や赤の髪の毛の人といった具合に様々だ。

 まさか人生において緑のアンダーヘアーを見ることがあるだなんて。

 

「時間は、キツイな」

 

 色々と味わいたいところが本当に時間がない。

 俺は自分のズボンを下げ、男性器を取り出す。最近の修行により、俺は公衆の面前でも男性器を出したまま勃起できるようになっていた。あまり人がいない時限定だけど。コツコツとした努力が実を結んだといえよう。練習している最中、凄いなにしているんだ俺……という気分に多々襲われたが。

 そしてそのおまんこのところに生えた毛に鈴口をくっつける。柔らかな毛の感触。

 

 あれ、なんか濡れてね? 俺のちんこからの液体ではなく、元からおまんこは僅かに湿っている。もしや……緑痴女は露出狂で興奮していたのか。

 

 それともあのキョウヤの頭なでなでで興奮したのか。

 後者だとすると、マジで侮れないな、キョウヤのやつ。そこまで調教を施していたのか。別に特別な感情がない相手に頭を撫でるだけで、下半身をびちゃびちゃにできるとは、尊敬できる人間なのかもしれない。

 男性器を離してパクっと気の強そうな顔の緑痴女の膣内を覗いてみると、膜はあるように見える。

 

「処女でここまでの調教を……!」

 

 その恐ろしさに俺は背筋を震わせる。

 並みの変態ではない。クズ度は俺のが上かもしれないが、変態度では俺はキョウヤの足元にも及ばないかもしれない。

 

 そんな調教された緑痴女のおまんこに俺は陰茎をくっつける。

 どうせ濡れているのだから後始末も必要ないだろう。存分に勃起したちんこを擦りつけても大丈夫だ。臭いの心配もしなくていいかな。

 

 めぐみん達よりは年上なので、もう未来のない、殆ど育たないことが決まった胸を揉みながら、先ほどまで俺を睨み付けていた緑痴女の少し開いたおまんこにちんこをぶつける。

 

 丁度、近くにいる赤痴女の胸ももう片方の手で揉む。

 こっちはかなり大きい。ゆんゆんには負けるが巨乳と名乗ってもいいぐらいだ。

 貧乳と巨乳の揉み比べ。どちらも味がある。

 しかし、時間は残り四分程度だろう。

 

「ああもう、ろくにない。二人相手なんて俺が欲張るから」

 

 物足りないにもほどがあるが、緑痴女はここまでだ。

 赤痴女の番である。

 次は髪が長く、キョウヤによく甘ったるい声を出した赤痴女のミニスカートをまくって下着を確認する。緑痴女よりもこちらの方が濡れている。ぐっしょりと濡らした下着は、彼女の興奮が見て取れる。

 

 まるで大雨のような濡れ方だ。

 よほど根が淫乱なのかもしれない。

 

 俺は下着を素早く太ももまで下して、赤痴女の女性器を確認する。

 濡れそぼった花弁が顔を出している。

 

「べちょべちょじゃないか。こっちは……っと、うーん。でもこっちも処女ではあるんだよな」

 

 緑痴女よりもおまんこは使われている気配がある。膣内には膜があるのでセックスはしていないはずだが……もしかしたら今まで結構オナニーをしていたのかもしれない。包皮に隠れているクリトリスも、性的快感によって膨らんでいた。

 ピッチリと閉じためぐみんやゆんゆんと比べると新鮮である。

 

 小陰唇を手で掴んでガバッと広げると、膣口から一筋の愛液が流れ落ちる。

 ぴちょりと――土の地面に愛液の雨が降った。

 

「エロい女性器してるわ」

 

 その光景に、陰茎の硬さが更に増す。

 腰を突き出す。もうすでに準備が完了しきっている。挿入を待ちくたびれたような花弁に、俺は欲しているだろうものを突き付けた。

 まさかこんな場所で処女喪失はできない。時間もないしな。

 なので、この前の帽子の魔法使いのように、鈴口を彼女の膣口に押し当てるだけだ。

 

 グイグイっと、とある男性を思ってオナニーしていただろう女性器に――お目当ての人ではない男性器を押し付ける。

 

 くちゅくちゅとちんこを彼女のおまんこに押し付けるたびに鳴る。

 髪が長く縛っている赤痴女の愛液と俺のちんこが絡み合う。完全にほぐれた粘膜は、本人の意思とは裏腹に俺の竿を優し気に受け止めてくれていた。

 

「んっく!」

 

 愛液で滑りが良くなっているので、危うく膣内まで入りそうになってしまう。流石にそれは不味い。

 あくまでその一歩手前。クリトリスの近くの膣前庭の部分をギュッギュッと鈴口で押し当てる。殆どセックスみたいなものだ。

 

 もう時間はない。三分程度だ。

 それでも赤痴女の膣内でグリグリとちんこを遊ばせて、その刺激に思わず。

 

「あ……やべ」

 

 ピューと出てしまう。俺のちんこから。

 赤痴女の膣の中へと精子が飛んでいく。時間が止まっている彼女を妊娠させようと子種が彼女の膣に付着する。

 

「ぐ!?」

 

 必死に射精を止める。それでもいくらかは止めきれずに彼女の膣へとついてしまう。

 ちんこを意思の力でなんとか止めると、彼女の膣内に白い液体がついてしまっていた。だが、思ってたよりは大分マシだ。

 てっきりもっとべとべとになるぐらい出してしまった感覚だったが、そこまででもないらしい。

 

「ふぅ……危険だった」

 

 俺は思わず息を吐く。

 流石に膣内に思いっきり射精するわけにはいかない。

 俺は汗を拭うと、ふと重要なことを思い出す。

 って、そういえばもう時間ねえわ。

 

「早くしないと! もう後五十秒かよ!」

 

 愛液付きのおまんこを堪能しすぎた。

 ちょっと白いのをハンカチで取って、赤痴女の服。緑痴女の服どちらも直す。本来ならここで最後におっぱいの一つでも揉みたいのだが、その時間もない。

 

 急げ。急げ!

 途中で止めて不服そうだった俺の息子も本気で焦ったせいか、縮こまってしまっている。

 

「元の位置はここで、えっと見えないように屈んでたらいいんだな」

 

 残り七秒で俺は神器のスイッチを押した。

 時間が再開する。俺以外の全員が動き出す。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 俺は疲れたように呼吸を荒くする。

 肉体的には然程なのだが、精神的につかれた。

 

「ああ。んんっ…………!」

 

 頭を上げてあの二人はどうなっているかと見ると、緑痴女はなにも変わらない様子だが、赤痴女はというと足に両手を当てて体をくねらせたかと思えば、ペタンと尻もちをついた。

 恍惚とした表情。唇の端から涎が垂れた。

 ……もしかしてイッた?

 

 緑痴女は下の毛を楽しんだだけだったが、赤痴女の方はかなり膣を弄ったからな。

 あれだけ感じていたら引き金になってもおかしくはない。

 緑痴女の方はある程度察したのか、少し距離を取っていた。

 でも元々快感を得てたからそこまで不思議には思わないだろう多分。

 

 そんな後ろの彼女にも気づかず、キョウヤは重たい雰囲気を醸し出していた。

 

「……僕も君のようにグラムを使わない方がいいだろう」

「え? なんで?」

 

 俺達何を喋ってたか?

 確かチートの話だっけ。時間停止のことばかりが頭にあって、なかなか思い出せない。確かチートどんなのと聞かれて、俺は持ってないと言ったら何故か悩み始めたと思う。

 

「いや。ほんとなんで?」

 

 思い出した俺は再度同じことを聞く。

 それでどうしてそんな話に。グラムといえば強力な魔剣。そんなものを使わない理由なんて存在するのか。

 キョウヤはというと、深刻な顔で語る。

 

「僕と君にはあの日の試合で差があると感じた。けどここに来てからの暮らしで僕はその差はなくなったと思っていたよ。そんな君がチートを使わず戦っているだなんて。君との差を埋めるためには……僕も、チートを使わず戦うしかないんじゃないかな」

「……そ、そうか」

 

 熱い男だ。

 俺との差? そんなのものを気にしていたのか。

 そうだとするならただの勘違いだ。

 

「差ってそんなものないよ。あると思ったらお前の気のせいだ。あの時点でも俺とキョウヤにそこまで差はなかった」

 

 例えば、生前の俺達で試合をしたら、十本やればきっと二本は負ける。

 傲慢なまでの自信。彼の自分への自信は正直恐ろしかった。

 剣の振りを見ればわかる。自分を信じ切れるというのは、力を発揮しやすいからだ。プレッシャーを気にすることなく、自分の実力を出せる。これが彼の一番大きな才能だろう。

 

「あの時……僕の振り下ろした面を首を振る動作だけで避けられた時、僕には差を感じられたよ」

「まあ、そう思ったんなら、それはキョウヤの勝手だけどさ。そもそも俺なんかと比べてどうするよ」

 

 俺の才能。俺の実力。そんなものより上はいる。

 例えばめぐみんや例えばウィズさんとか。この世界には俺達と然程変わらない年齢で天才や強者が存在する。

 

「……もしそうだな。比べられるとしたら、どちらが魔王軍に損害を与えられたかだろ」

 

 それでも――アクア様に俺達は救われた。

 もう一度生をもらうことができた。ならば、魔王の幹部の一人ぐらいは倒せないとその恩に報いることはできない。

 

「それも、そうだね」

 

 キョウヤはようやく顔をしっかり上げて、最初に出会ったころの余裕のある顔つきに戻った。

 なんと傲慢な表情。自分は選ばれた存在という自信がみなぎった顔。俺を苦戦させた男の姿。

 

「アクア様のため、僕らは戦うんだ。いつかもう一度出会うために僕は魔王を倒すんだ。君と比べて立ち止まっている暇はなかったよ」

「おお、言う言う。俺も仲間と共に走っているから、今はお前の方が強かったとしてもすぐに追い抜くさ」

 

 キョウヤは自分が授かった神器を俺の前に見せる。

 禍々しいオーラを放つそれは、どんなものでも切り裂く力が込められていた。

 

「この魔剣グラムを見てもそう言えるのかな」

「はっ、そんなチート如きでは到底適うことのない天然チートの仲間がいるんでね。堂々と言ってやるさ」

 

 めぐみんとゆんゆん。

 あの二人は神のチートにすら届きうる。

 

 これで――話は終わりだ。

 別れの言葉を必要としない。かつては試合終了の礼で別れた俺達だが、今回の勝負はまだ終わってないのでその礼を必要としなかった。

 俺達は共に別れようとして、振り返った俺の背中に、彼はこんな質問を投げかけてきた。

 

「あの時の試合、あの顔にできた隙っていうのはわざと作ったものだったのかい? 僕はまんまと隙に誘われて面をしたのか?」

 

 思い出すまでもない。記憶にある。

 しかし、口に出たのは反対の言葉だった。

 

「……どうだったかな。忘れてしまったわ」

「君は、僕が想像していたよりも意地悪なんだね」

「そうだよ。悪いやつって覚えてくれ」

 

 ミツルギキョウヤ。

 まあ嫌いなやつではない。どっちかというと好きな性格をしているやつだ。

 女の子達を調教している変態だし。……真面目に頭撫でだけでどうやってあそこまで濡れるようにしたんだろう?

 だからこそ、クズみたいな俺とはそれほど仲良くはしたくなかった。俺をライバル視してくれているならなおさら。

 だが、そう遠くない未来。またこの魔剣使いに会うことになると俺の勘は言っていた。

 

 

 

 

 

 



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十三話

 

 

 家の中にいる時間が長くなる。

 基本的に冬は冒険者は働かない。雪というのもあるが冬将軍という日本人なら滅茶苦茶聞いたことがあるモンスターがいるからだ。ギャグとかではなく、本当にいるらしい。

 

 冬の精霊の一種なのだそうだが、非常に強く敵対した者は一瞬で首がはねられる。魔王軍幹部よりも強いとは噂ではなく事実とか。

 眉唾な話だけど、冒険者ギルドで大真面目に職員からの注意があったのだから嘘ではないと思う。

 

 そんなわけで、冬眠のように冒険者は冬前に必死に働いて冬は休む。幸運なことに今年は宝島という臨時ボーナスがあったから、死の危険を感じながら働く冒険者はいないだろう。

 

 俺達も冬前は必死に働いてたし、個人に臨時の百万エリスもあったことにより家でゆったりしている。

 暖炉の火で温まりながら、厳しい冬を過ごしているのだ。

 といっても俺はゆったりとしてるのは体だけで、頭の方は使っている。

 

「頭痛くなってきた……」

 

 情報収集である。

 前から思っていたが、俺はこの世界の情報が足りていない。何が起こるかわからない世界だからこそ、情報は前もって調べておくべきだ。

 宝島クエストでの反省を生かすために、俺はこの冬は様々な情報を手に入れようと努力していた。

 

 この世界のこと。紅魔族のこと。ウィズさんのこと。そして――日本人のこと。特に転生者がどのようにしているかなど気になっている。チートを持っている彼らはとんでもないことができる。

 俺の神器であるクロノスの時計。時間を止める神器は様々な悪用ができるし、かつてチート一覧で見たヒュプノスの笛なんかも催眠能力として強力だ。

 同じくチート一覧に載っていた聖剣エクスカリバーは強力なビームを出せたり、キョウヤが持っていた魔剣グラムはどんなものでも斬れるし、人間を越えた膂力をもたらすというシンプルな強さ。

 

 彼らの軌跡を辿ろうとしているわけだが、出るわ出るわ。

 

「あー、本当になにしているんだ日本人。頭痛が……」

 

 なにも情報収集の作業で頭を痛くしているわけではない。こういう作業はどちらかといえば好きで、何時間やろうが苦にならない。

 頭を悩ませているのは、言葉にしにくいあれな情報が頭の中に入りすぎたからである。

 

 彼らの足跡を辿るのは然程難しいことではなかった。

 俺は既に日本人がどういう外見をしているかやどうやってこちらに来ているか――そしてチートを貰っていることを知っている。だから、かつてこの世界で有名だった人が日本人かどうかを見分けるのは、困難なことではなかった。

 

 それでおそらく日本人。魔法使いだったとある男の研究成果を見ていたわけだが、内容はこうだ。

 ――彼の作製したモンスターが載っている。

 

 魔改造グリーンスライム。別名服食べスライム。人体には危害を与えず繊維製品だけを食って裸にするというバカげたスライム。

 魔改造レッドスライム。別名乳首舐め舐めスライム。人体に危害を与えず乳首から出る汗だけを吸うというふざけたスライム。

 魔改造ブルースライム。別名愛液啜りスライム。女性器に快感を与えて、そこからあふれ出た愛液を吸い取るというもう本当に性癖ダダ漏れのスライム。

 

「……こえーよ! どんなスライム作ってるんだよ! どれだけスライムに執着してるんだよ!?」

 

 あまりにも狂気染みた研究内容に小声で叫ぶ。下にはめぐみん達がいるので大声では突っ込みできない。

 

 わざわざこっちの世界に送られてきて、馬鹿みたいなものを発明してて頭が痛い。

 ほんとなんなの……。

 

 それもこいつは二人同時に送られてきた珍しい転生者なようで、その一緒に送られてきた親友は何故か触手を作ってるし。類友にもほどがある。

 当時、彼らとパトロン達によってそんなモンスターや様々なギミックが施された遺跡が幾つも作られているのだからもうなんといっていいやら。

 俗称エロ遺跡。発見された遺跡の幾つかは冒険者ギルドによって閉鎖と管理されているようだが、貴族達が金を使ってこっそりと入ったりしているという噂もある。

 

「どうなっている日本人。これでいいのか日本人……。俺やキョウヤみたいな変態って日本ではそんなにいるのか……」

 

 恐ろしき変態の国、日本。

 

 最終的にそのスライム狂は、失敗作であるデッドリーポイズンスライムという毒の塊のようなスライムによって殺されたらしいが、副作用がない避妊の魔法薬を作ったということでかなりこの世界には貢献していたりする。まあ副作用をなくすために、元々完ぺきではないコンドームより更に避妊率は下がるようだが。

 

 だからこの人は――まあ一応この世界に貢献している。

 失敗作を除けば、エロモンスターも人を直接傷つけるものでもないし。

 

 本当にヤバいことをしたのは彼だ。

 彼が立てた功績も大きければ被害も甚大で、彼によって作られた様々なもの。その中の一つの兵器が転生者関係の中で一番資料が多い。

 

「……機動要塞デストロイヤー」 

 

 俺はこの世界で災害とも呼ばれている恐ろしい機動兵器の名前を口にした。

 

 単語は恐ろしいものではあるはずなのに、なぜだかちょっと可愛らしいとも思えるこの名前の兵器は、かつて魔導技術大国と呼ばれる国が作った兵器だ。

 

 その技術者はおそらく転生者なのではと思っている。

 基本的に転生者の特徴としては、黒目黒髪。今までの経歴がなく、脈絡なく現れて活躍する。出身地を東にある国と言うの三点だ。

 この冬にもアクセル街でそれに該当する転生者っぽいのが現れて、すぐ王都に行ってたし。

 基本この時代の転生者達は、王都に集まっているみたいである。アクア様送り出しお疲れ様です。

 

 話が逸(そ)れたが、その技術者。おそらく技術系のチート持ちの転生者が生み出したのは、危険すぎるものだった。

 

 機動要塞デストロイヤーは多脚型の蜘蛛のような巨大兵器で、移動するだけで町々を破壊する恐ろしいものだ。なんせ、その兵器を産み出した魔法技術大国ノイズがこの兵器の暴走によって一晩で滅びたのだから――。

 どうしても倒せないので、現代においては災害の一種だと考えられている。悪い子には機動要塞デストロイヤーが来るぞとか冬将軍が来るぞとか子供に親が教育として使うらしい。

 というかそんなデストロイヤーや冬将軍の人形が普通に売られてそれも結構人気なのだから、この世界の人間も大概図太いな。

 

「巨体に、高い機動力に、強力な魔力結界に、大量のゴーレム……」

 

 資料に書かれてあるスペックを見るだけでも絶望的だ。

 

 何物も蹴散らす大きさの体と巨体のくせに素早い速度。これだけでも厳しい。国主導、冒険者ギルド実行の作戦で二度、精霊使いとその上級職であるエレメンタルマスターによる落とし穴作戦をしたのだが、落ちたと思えばすぐにジャンプして逃げ切るし。

 

 極稀。本当に希少である爆裂魔法の使い手が二人揃った時代に、同時に爆裂魔法を撃ったことあるらしいが、その結果は魔力結界に罅が入るだけで終わってしまった。それも三十分ほど、ここに書いてある資料によると二十二分十六秒で修復される。

 マナタイト石でなぜ爆裂魔法を連発しなかったかというと、ウィズさんから聞いた話では――魔力の肩代わりをしてくれるマナタイト石だが、あくまでその魔力は魔法使いの体を通って発動する。

 なので、爆裂魔法を使うぐらいの強大な魔力だと、マナタイト石を使って連発しようとすれば使用者の体が壊れる。あまりにも大きい負担に耐えられないのだ。

 

 ただ紅魔族みたいに自然な魔力放出が苦手だが、その他の魔力関係に優れている種族なら、一度だけならマナタイト石で連発も可能らしい。

 ……それとウィズさんは、めぐみんぐらい才能溢れる子なら、もっとレベルが上がれば何発も連発できる可能性はあると言っていた。やっぱこいつ魔王倒せるんじゃね……。

 

「うーん、それにしても厄介なものを作ったな、同郷者」

 

 国家主導の作戦ということで、例えば落とし穴に落ちたデストロイヤーがどれだけの距離を飛んだとか、そんな本当に詳細なデストロイヤーの情報が載っているが、読めば読むだけ無理と感じる。

 

 圧倒的な力の権化である。

 転生者はこの世界に利益をもたらすが、不幸をもたらすこともある。

 改めて日本人のこの世界への影響力の強さが感じられるな。

 

「……まさか……魔王も日本人だったりしないよな? いや、流石にそれはないか」

 

 恐ろしいことを思いついたが、すぐに俺は否定する。

 魔王を倒せば神様が一つ願いを叶えてくれるらしいし、わざわざ魔王なんてする理由はないだろう。

 ――よほど特殊な状況に陥らなければ。

 

「ユウスケさーん。晩御飯ですよー」

 

 ゆんゆんの声で思考から現実に引き戻される。

 かなり長い間読書をしていたのか、窓から見える外の光は淡いものに変わっている。太陽の光から月の光に。完全に夜になっている。

 

 家の自分の部屋。机の上や本棚には本や資料が置かれている。

 元の世界の学校で新聞を作れといった課題とかでもそうだったが、こういう資料とかを集めて読むのが割と好きならしい。今日は朝にめぐみんに付き合って爆裂魔法を撃ちに行くのと、飯食う以外は届いた資料を読むのに使ってしまっていた。

 肩が凝っているので、ゆっくりと肩を動かしながら首を回す。

 あー、気持ちいい。

 さて、資料読み込むのはまた明日にしよう。

 

「すぐ行くからー!」

 

 俺は机の上に散らばっている資料を整理しながら、下の階にいるゆんゆんに向かって返事をする。

 

「めぐみんがお腹空かせてますからー。今必死に食い止めているので、ユウスケさんの分まで食べてしまう前に来てくださいね!」

 

 彼女がお腹を空かせる光景が、目に浮かんできてちょっと笑ってしまう。

 

「めぐみんが机まで食べる前に降りるよ」

「ユウスケー! 聞こえてますからね! あなたの鶏肉はなしです! 今日の晩御飯はテーブルの上に置かれた空皿でも食べますか」

「ごめんごめん! 明日も爆裂魔法に付き合うからそれで許してくれ!」

 

 怒ったような声のめぐみんに、慌てて俺は扉を開けて、下の階へと降りる。

 階段の途中から良い匂いが漂ってくる。匂いが鼻腔を通り、お腹に届くと、その匂いに反応してグーと鳴った。

 階段を一つ降りる度に、楽しい気分になる。

 そういえば、めぐみんは鶏肉と言ってたか。好物である。この年齢の男で肉が嫌いなのは滅多にいないだろう。

 

 リビングまでいくと期待した以上のご馳走がテーブルに並んでいた。

 ほー、と口から空気が漏れる。

 

「おお、今日は随分と豪勢だな。特にポテトとチキンで飾られた皿は美味しそうだ。いや、ほんと早く食べたい」

「うん、奮発しちゃった。今日はイベントだから。私が作れる美味しいものを一杯作ったけど、舌に合うといいな」

 

 そうにっこり笑いながら言って、ゆんゆんはエプロンを外す。

 良い。すごく良い。エプロンを着ているより、女の子がエプロンを外す仕草って好きだわ。俺だけかもしれないが。

 

 彼女はもう風呂に入ったのか寝間着で、それもすごくエロい寝間着である。体のラインがはっきりとわかる黒の服。下も短く、足を惜しげもなく出している。大人の色気を感じまくりだ。

 もう一緒に暮らし始めて一か月は経つので、見慣れてくるはずだが、いまだにこのエロさにはなれない。

 

「っと、イベントってゆんゆん言ったっけ? 何か今日あったかな」

 

 この世界特有のイベントだろうか。

 今日は……確か二十四日だ。日にちについては俺は間違えることはない。二十四日か。そういえば俺の世界でも大切な日だったような。

 

「昼寝でもしていて寝ぼけているんですか。朝早くに剣の素振りをしてるからといって昼間寝るのはよくありませんよ。十二月二十四日といえばあの日でしょう」

 

 ああ、あれか。

 日本でも一大イベントと化しているあれね。

 ここにも日本人の痕跡があるんだな。本当に影響力はデカい。俺より前に来た彼らは自分達の記念日を持ち込んだのだろう。

 

 きっとそれはクリスマ――

 

「コロシマスーの日です」

 

 え? と聞き返しそうになる。

 なんの日だって。聖夜。聖なる夜がなんの日だって?

 混乱する俺を放っておいて、彼女は似ているが絶対違うイベントの名前の説明をする。

 

「どこぞのえらい神と太ったおっさんがチキンをかけて煙突デスマッチをしたという聖なる夜ですよ。忘れてたのですか。一度聞いたら忘れられないインパクトはあると思うのですが」

「うーん、めぐみん。いつ聞いても私はどうしてそれで記念日になったのかわからないよ。……でもユウスケさん。今日の鶏肉は上手いこと焼けたから美味しいと思います。さあ、早く椅子に座ってください」

 

 俺は説明を聞いても呆然としていたが、無理矢理笑顔を作っていつもの椅子に座る。

 

「あ、ああ、あれね。あれか。コロシマスーの日を忘れるなんてどうかしてた。あははは!」

 

 日本人ちゃんと伝えろや!

 どこをどうなってそんな面白伝説に! ちなみにどっちが勝ったんだよ!

 

 内心強く突っ込みを入れながら、俺達は晩飯に舌鼓をうちながら味わう。

 このシチューもクリーミーで実に美味しい。

 今すぐにでもいいお嫁さんになれそうである。

 こちらが美味しそうに食べてるのを見て、嬉しそうにするゆんゆんは、やっぱり服装はエロかった。

 ちなみにお色気ムンムンのゆんゆんと違ってめぐみんは普通のパジャマである。薄紅色のパジャマで、手足がしっかり隠れている。まあ色気はないけど、可愛いのでよろしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 お腹一杯だ。

 体がはちきれんばかりに俺達は食った。

 もう本当にチキンが美味しくてな。クリスマス――ではなくコロシマスーだったかに食べる鶏肉は最高だった。

 

 片づけをしようとするゆんゆんに、食事を作ってもらったのだからと休んでもらうように言った。あれだけ美味しい料理を作ってくれたからか、めぐみんも特に反論はなく、後片づけを手伝ってくれた。

 

 皿洗いが終わり、タオルで手を拭いてから応接間に行くと、ゆんゆんの姿が見えなかった。

 どこに行ったのか、と目線を動かすと、ソファーの上で寝ころんでいた。

 暖炉の火に温まりながら柔らかなソファーで、ゆんゆんはゴロンと横になっていて、うとうとしていた。

 少しの間見ていたら、仰向けになって目を開けたかと思ったらゆっくり閉じていき、段々とそのサイクルが短くなっていき、とうとう瞼を開かなくなり、可愛らしい寝息が聞こえてくる。

 

「……ゆんゆん寝ちゃったか。風邪引くとまずいよな」

 

 特にゆんゆんは足も胸元も出している薄着だし。暖炉の前とはいえ、ここで寝てしまえば風邪をひいてしまう。

 俺の横に立っているめぐみんは、呆れた声で言う。

 

「胸に脂肪があるから大丈夫じゃないですか。こんな牛みたいな胸して。そして牛みたいに寝てますねこの子は」

「いやそうはいっても、肝心の腹には脂肪ないだろう。風邪を引くのは腹が冷えるからだというし」

「むー、不公平です。胸と尻にはゆんゆんこんなにも肉がついてるのに、お腹にはつかないなんて。……いっそ腹と足にもついて丸太のような体型になればいいのに」

「そんなゆんゆんは本気で見たくないな……」

 

 めぐみんは仰向けになってなお大きさがわかるゆんゆんの胸を睨み付けるようにする。

 

「……ユウスケも巨乳が好きなんですよね。たまに目で追いかけてますよ。本当にたまにですけど。ゆんゆんなんかはまったく気づいていませんが」

 

 うん、流石に目ざといめぐみんには気づかれていると思っていた。

 必死に視線を抑制しているが、無意識で追っているときはどうしようもない。しかし、こういう時どういう風に返せばいいのだろう。

 

「まあ俺も男だからな。嫌いではないさ」

 

 無難な言葉で返答する。

 あくまで好きとは言わないのがポイントだ。好きとまで言ってしまうとなんか変態っぽいし。

 そして、早めにこの会話を切り上げる

 

「ちょっと俺、ゆんゆんが風邪を引かないように大きめのタオルでも持ってくるよ」

 

 俺は宣言通り踵を返してタオルを通りに行く。確か二階にあったっけか。

 めぐみんも何故か無言で、俺の横をついてくる。

 

「どうした? 別にタオル取ってくるなんて一人でいいぞ」

「私はちょっとお手洗いに行きたいだけです。……顔を洗いたいので」

「それなら台所で洗えばいいんじゃないか」

「私の勝手ですよ。紅魔族はお手洗いで顔を洗う掟があるのを知らなかったようですね」

「それは変な掟だな」

 

 明らかに怪しかったが、あまり突っ込まないようにする。

 

 まあ、トイレなら当然あれをするのだろう。

 不思議なことにめぐみんはお手洗いを普通に使うということを言いたがらない。紅魔族はおしっこをしないと言い張っている。女の子の恥じらいなんだろうか。いやでももっと凄いことを言ったりするのにな。

 めぐみんの恥ずかしがるポイントはいまだによくわからない。

 

 俺はお手洗いの前でめぐみんと別れ、階段を登る。

 一段、二段、三段、四段とゆっくりと登り、五段でふと気になったので、立ち止まってみた。

 五秒ほど待ち、そして俺はポケットの中に入れていた神器のスイッチを押す。

 

 時間は多分止まったはずだ。確認できないけど。

 

 俺は一段、二段と逆に下りていき、トイレの前に立ち止まった。これで鍵を閉めていれば意味がなかったが、多分閉めていないだろう。ゆんゆんは寝ているし、俺はめぐみんがトイレに行っていることを知ってるしな。まさかこの扉を開けるものがいるとは思わないだろう。

 思惑通り鍵は閉まっておらず、トイレの扉は簡単に開くことができた。

 

「やっぱり紅魔族も小便するんじゃないか」

 

 めぐみんはズボンと下着を足首まで下して、足を広げながら便座に座っている。

 尿意はかなり高かったのか、安心した表情のめぐみんのおまんこからは液体が飛び出しているのが見える。普段はピッチリ閉じているおまんこも足を広げているか、少し開いており、そこから黄金の色をした液体が流れている。

 

 いや、流れているというか、止まっているというべきか。

 録画している映像で、滝の様子を映している最中に一時停止のボタンを押したかのように、その液体は放物線を描きながら止まっている。

 

 紅魔族の彼女は小便をしている。

 誰にも見られるなど考えてない彼女は、そのおまんこを広げ、下半身に力を入れて、体液を放出していた。

 

 別に俺は他人の小便を見る趣味はない。

 そっち系は疎いというか、今のところはそんなに興奮できない。

 俺が興奮できるとしたら、可愛い女の子の恥ずかしい場面を見ているということによるものである。

 めぐみんの見られたくない光景を俺はじっくりと見ていた。ただ見るだけだ。それ以上は一歩も近づかなかった。

 

「更に近づいたら、体から出た小便はどうなるんだろう」

 

 今は写真で取られた一枚絵みたいにめぐみんの小便も止まっているが、これ以上近づいてしまったら、小便だけ動き出すかもしれない。この世界に来た頃、物を上に投げて試したみたいに。

 

 人間は絶対にないが、ある程度以上近づいた物体は動く可能性がある。

 

 そうすると、ここからの悪戯は無理か。

 めぐみんの貴重な小を出しているシーンを俺は脳内カメラに収めて、トイレの扉を閉める。うむ、紅魔族でも小便はするようだ。いやこれだけ一緒に冒険しているのだから、当然知ってることだけど。

 

「めぐみんが無理なら……ゆんゆんか」

 

 俺は仰向けになって寝ているゆんゆんのソファーに近づく。

 幸せそうな表情で寝ている姿は、微笑ましさとエロさという両極端なものを感じる。

 

「それにしても、エロい格好してるな」

 

 俺のことを男としてあまり意識していないのだろうか?

 内面は地味というか大人しい女の子といったゆんゆんだが、服のセンスはかなり大胆だ。この黒の寝間着なんてエロくてエロくて。

 彼女は本人の自己評価の低さとまだ心が子供に近いこともあって、隙が多い。

 本人としては貞淑にしっかりと隠しているつもりなのだろうが、彼女の妖艶さはにじみ出るようだった。

 

 俺は服の上からおっぱいを触ると、ふにょっとした柔らかさ。

 やっぱりブラジャーつけてないのか。揺れるから目の毒なんだよな。誘うつもりなんてないとわかっているが、この揺れるおっぱいに男なら誘われてしまう。

 

 あまりにも隙が多い服装。胸元が露出している。

 俺は彼女の黒の上着に手をかけて下に引っ張ると、それだけで簡単にゆんゆんのおっぱいは出てきてしまう。

 

 いつ見ても年齢にそぐわないおっぱいだ。これほどたわわなおっぱいを好き放題にできる。そう考えただけでも射精してしまいそうになる。

 

 このおっぱいを触るのも慣れたものだ。

 素晴らしい重量感。まだ幼さの残るきめ細かな肌。

 乳輪を柔らかに触っていき、キュッと乳首を抓る。

 指先で乳首を擦るようにして刺激を与えていく。今はまだ柔らかい乳首にこれから快感となる刺激を加える。

 

 彼女の胸は一際大きいので、乳首以外は刺激が伝わりにくい。

 こっちは揉んでいるだけで極上なのに不公平なことだ。真面目にこのおっぱい揉むだけでこちらが感じる。

 なので、腋近く、乳房の付け根辺りを丁寧に触る。揺らすようにして横から内側に挟むようにして撫でる。ただでさえ大きいおっぱいは、寄せることで更に凶暴となる。

 貧乳なら見るだけで失神しかねない大迫力だ。

 マッサージをするような感覚で俺は乳房の外側を撫でている。優しく時に強く。

 そして、時折おっぱい全体を揉んで、乳首をクリクリっとこねる。

 

「ゆんゆんならこれぐらいでもう充分かな」

 

 五分ぐらいしただろう。

 俺はパジャマの上着を引っ張り上げてから、お手洗いの横のところに行き、時間を再開させる。

 

「んあぅ……」

 

 刺激が加わったせいなのか、ここからは見えない場所にいるゆんゆんの声がする。ただ声からして起きたわけではなさそうだ。

 耳に神経を集中させると、めぐみんのチョロチョロというおしっこの音が僅かに聞こえてくる。その音が鳴り終わらないように再開させて二秒ぐらいで、再度時間を停止する。

 

 もう一度ゆんゆんのところに行くと、パジャマの上からでもわかるぐらい乳首は硬くなっていた。

 頬は微かに赤みが差し、唇を自然に噛んでいる。

 

「どんどんエロい体になっていくなゆんゆん」

 

 むにゅっとよりエロくなった胸を揉む。

 この家に来てからもちょくちょく気づかれない程度に悪戯していたのだが、ゆんゆんの体は最初の時とは段違いに感じやすくなっていた。

 気持ちよくなるように俺も工夫を凝らしているけど、それでも乳首が勃つのが早くなっている。彼女の体はいつの間にか快感を覚えてしまっていた。本人が知らずとも、彼女の人よりも早く発達した乳房が、これが気持ちいいことだと自覚してしまっている。

 服の中でピンク色の乳首がピンッと張っている。

 ゆんゆんの無垢さと比べ、彼女の体はあまりにも淫猥だった。

 

 先ほどと同じように彼女の上着を引っ張ると、頬から流れた汗が顎を伝って彼女の胸にへと落ち、ツーと胸の谷間を滑り落ちていった。

 

「もう我慢できない」

 

 我慢しようとも思わない。

 愛撫だけで、終わり。そんな生易しくはできない。

 

 俺は男性器を取り出し、そんな女性としての快感を知ってしまったおっぱいに押し付ける。グリグリとゆんゆんのおっぱいを亀頭で突く。

 童顔なゆんゆんの柔肌に俺の赤黒い竿を埋もれさせる。

 普段と違って無意識に艶めかしい顔をしているゆんゆんの乳房。

 

 二十四日。今日はまだ神器を使っていなかったので、時間はある。残り十五分ぐらいあるか。

 

 俺は両手でゆんゆんの両乳首を摘まむ。そして次は外側から押し込むようにしておっぱいとおっぱいを押し付け合う。

 その間。胸の谷間に置いてあった俺のちんこはゆんゆんのおっぱいに押しつぶされてしまう。

 

 ぎゅーっとゆんゆんのおっぱいに。

 

 夢のパイズリである。それもゆんゆんのおっぱいが大きいから、俺の陰茎体は隠されてしまうほどだ。

 

「……ヤバ」

 

 これだけで出てしまってもおかしくない。

 それほどの肉厚。ゆんゆんのおっぱいはまさに極上だった。柔らかさとハリ。その二つが同時に存在している。この乳房はパイズリのためだけにあるのかと思えるぐらいだ。

 

 本当に男受けしすぎるドスケベボディーである。

 

 両側からおっぱいを手で竿に押し付け、俺は腰を前後に動かす。

 脳髄に電流を流されているようだ。快感が脳内を暴れまわる。これを味わった後だと、自分の手でするオナニーなんてどれほどしょぼいものと感じるだろうか。

 ゆんゆんのおまんこはこれ以上に気持ちいいのだろうか。ちょっと想像つかないな。

 

 おっぱいが男性器に抱き着いてきているようだ。

 それほどの気持ちよさ。

 俺は腰を動かして存分にパイズリをする。瞼を閉じて気持ちよさそうに眠っているゆんゆんのおっぱいを無断で借りて、こんなことをしている。

 

「はぁはぁ!」

 

 前後に。あるいはおっぱいに突き刺すように当ててその絹のような肌を楽しむ。

 普段はエロいことはなにも言わず、その割にいやらしい体躯をしているゆんゆんの体。その未成熟な心とは裏腹に成熟したおっぱいでパイズリする。

 カリ首が彼女のおっぱいに引っかかる度にいってしまいそうになる。

 勃起したちんこを彼女のおっぱいで無理矢理扱く。何度も往復して、俺は性欲を高まらせていく。亀頭がおっぱいに挟まれ、腰が止まらない。

 

 我慢できない。もう無理だ!

 

「ゆんゆんのおっぱいに出すぞ!」

 

 白濁液を俺はゆんゆんのおっぱいに出した。

 ビュービューと白い液体が飛んでいく。鈴口を彼女の肌に向けて我慢をやめる。

 ちんこだけではなく、腰から搾り取られるようにゆんゆんのおっぱいに射精する。

 絶対にソファーにはかからないようにゆんゆんのおっぱいに当てて俺の子種を彼女に浴びせかける。

 脳がとろけるような快感。脳内麻薬がドバドバと出ているような絶頂感。

 

「あー、もう最高だ。ゆんゆんのおっぱいありがとう」

 

 ここまでの幸福感をくれたゆんゆんのおっぱいに礼を言う。

 白濁液をだらりと胸に垂らしている彼女の姿は、妖艶極まりなく、まるで絵のように美しかった。残りの一滴まで出すように俺は、彼女の硬くなった乳首に鈴口を押し当て、微かに残っている白濁液を出し尽くす。

 

 時間はまだあるので、ここからは後始末である。

 実験したが、どうやら時間を止めているときは臭いの拡散は少ない。流石に服にまでかかると臭いは残るが、肌はそうでもない。どうやって実験したかは秘密だ。俺も言いたくない。……実験って大変だよね。

 なので、しっかりと白濁液を拭い。ズボンのポケットに入ってある小瓶を取り出す。常に用意してある臭い消しの液を彼女の胸元に振りかけ、そして更に拭うと臭いは殆どしないようになる。

 

 ぶるぶるっと体を震わす。

 

「俺も小便したくなってきたな」

 

 タオルを持って来たら俺もめぐみんみたいにトイレするか。

 俺は後始末をしっかりした後、急いで階段を登り、時間停止をした場所である五段目で――時間を動かす。

 

 その後、眠っているゆんゆんにはタオルをかけてから俺はトイレで小便をすます。

 まだ寝るのは早い時間なので、暖炉の前でめぐみんと小声で話していたらめぐみんも寝てしまった。

 俺は更にタオルを持ってきて、彼女にもかけ、暖炉の火が燃え尽きないように見張っていたが、ずっと集中して資料を読んでいて、あれだけ射精したのもあってそのまま寝落ちしてしまった。もちろん俺だけはタオルなしで。

 

 というわけで、記念日に俺だけが風邪を引くというバカな結果に終わったのだった。

 ゆんゆんはえらく心配するし、爆裂魔法を一緒に行くという約束を破ったからめぐみんはむくれるしで大変だった。

 人はそれを自業自得と言う。

 

 

 

 

 



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十四話

 

 

 

 俺は頭にタオルを頭巾みたいにして巻く。

 髪の毛が落ちることを心配してというより雰囲気作りだ。気合を入れるためである。

 

「よっし!」

 

 自分の手のひら同士を繋いでグッと握る。

 握力も戻っている。気だるさもまったく感じない。

 

 どうやら風邪もすっかり良くなったようだ。

 あの記念日から二日間ほど寝込んでいたが、ゆんゆんのこちらが申し訳なくなるような手厚い看護で全快である。後意外にもめぐみんは果物買ってきてくれたり、リンゴを剥いて食べさせてくれたりと世話を焼いてくれたし、そのやり方も手慣れていた。

 

 そういえば、めぐみんは四人家族で妹がいるんだったか。

 案外家では妹に優しいお姉ちゃんだったのかもしれない。

 

 俺は外の物置にあったバケツに水を入れて、リビングまで運ぶ。随分使われてないので、もしかしたらバケツに穴が開いているかもしれないと思っていたが、杞憂のようだ。

 

 今日は二十八日。年末である。年末といえば、割と忙しい時期である。年が変わるのは大きな節目となるわけだし、新年に向けてやることが多い。というわけで、今は大掃除のための準備をしている。

 新居に引っ越してきた時も掃除はしたが、長い間住民がいなかったせいで汚れは多かった。細かいところなんかはまだ綺麗にできていない。

 それに日本人としては、家を綺麗にしないと年を越せない。

 

 俺は水が入ったバケツをリビングに置く。暖炉の中も掃除するつもりなので、火をつけてないから寒い。また風邪を引かないように気を付けないといけないな。

 とんとんと二階から降りてくるのはゆんゆんだった。

 

「ユウスケさん。雑巾になるのが見当たらなかったので、これでいいですか?」 

 

 階段から降りてきたゆんゆんは、頼んでいた用事を終わらせてくれたようではいと渡してくる。

 水だけ用意しても拭くものがないと始まらない。俺達はいままで宿暮らしだったし、掃除道具は持っていない。この家にもバケツや箒なんてのはあったが、雑巾はなかった。

 

 彼女から渡されたのはかなり大きな布地だった。

 カーテン? にしては小さいしと広げてみる。

 

「えっ、服じゃないか。それもたまに着ているのを見るけど……」

 

 普段着を雑巾に使うわけにはいかないぞ。

 それもこれは、この前も着ているところを見た覚えがある。

 

「ゆんゆん。これって雑巾にしてしまってもいいものなのか?」

 

 不思議に思って聞くと、ゆんゆんは顔を赤く染めた。

 

「それは、いいんです。その……その服は……ですね……。私は着れない……着れなくなったというか」

 

 耳まで赤く染めながら、もごもごと口ごもる。

 めぐみんもゆんゆんもとても白い肌をしているので、恥ずかしがるとわかりやすい。

 何故かゆんゆんはどことなく胸を隠すように腕を組む。

 聞いてはいけない話だったのだろうか。まさかそんなことはないと思うんだが……。

 

 ゆんゆんは段々と声を小さくしながらも、どうして雑巾に服を持ってきたのかという理由を喋る。

 

「ちょっと、ほんの少し、あの……胸がきつくて……最近また大きく……なってしまって」

「…………」

 

 思わず無言になる俺。

 ……うん! 聞いてはいけない話だったね!

 しかし、このままでは気まずい沈黙が続いてしまうことになるので、俺はなんとか声を出す。

 

「そうか。ゆんゆんも成長期だもんな! うん、これは切り取って雑巾にさせてもらってもいいだろうか。……でもこれかなり良い布地だし、雑巾にするのは勿体ないと思うぞ」

 

 受け取った服の手触りが良いし、かなり高い服だと思われる。

 安いシャツとかだったら雑巾にするのは再利用できるしいいが、これを雑巾にしてしまうのは惜しい。

 

「うーん、でも私はこれから使う機会ないし……」

「まあ捨てるのは勿体ないけど、本人には必要ないってものは多いよな。そういう時の扱いは難しいか。服なんてのはゆんゆんがよければ友人にあげるって手もあるんだけど」

「あの。……私、そんなに友達いないんですけど」

「…………」

 

 今度こそ気まずい沈黙が場を支配する。

 忘れていた。

 ゆんゆんは人見知りが激しいんだった。可愛いし性格良いのだが、初対面の人どころか三回あったぐらいの人にも馴れない。テンパって変なテンションになる。

 調べてみた限りでは紅魔族は皆が皆、めぐみんみたいに派手好きなようで、常識人なゆんゆんはそのせいで引っ込み思案になったのだろう。

 

「な、なにを言ってるんだよゆんゆん! 俺やめぐみんやウィズさんや後クリス達なんかはゆんゆんの友達だろ!」

「そ、そうですね! 私も昔と比べて両の手が必要なぐらい友達できましたもんね! もうぼっちとか一人で飯食っているなんて言われませんね! ご飯だって皆で食べてますもん!」

 

 なんとかフォローしようと頑張るも、聞いていて辛い。

 でも、本人としては過去と比べて案外喜んでいるようなので、なんとも言えなかった。

 

「そうだ! この服はめぐみんにあげようっと!」

「そんな残酷なことをしてはいけない」

 

 良い案を思いついたみたいにゆんゆんは自分の手のひらに拳で叩いたが、俺は彼女の両肩を持って真顔でゆんゆんに忠告する。

 驚いたようで紅い瞳をパチクリとさせる。

 友人にあげるという案は良いと思うのだが、渡される人が喜ばなければ邪魔になるだけのものだ。

 

「ゆんゆんの服は確かにめぐみんには入るけど、まあその大きさ的にちょっとな……」

「あ……ああ。そうですよね。私ってばなんてことを……」

 

 ゆんゆんには小さくなったとはいえ、めぐみんには大きすぎる。特に一部分が。

 

「めぐみんがここから急成長するんだったら置いといてもいいんだが、その可能性はあると思うか」

「私と発育勝負していた時はその……あまり大きくなっては……」

 

 最後まで言いきらなかったのはゆんゆんの優しさなのだろう。

 まあどっちかというと、年齢的にめぐみんもそこまでおかしくないんだけどな。むしろゆんゆんの発育が良すぎるのだ。

 

「……うん、今度俺がめぐみんに服買ってあげようかな」

「み、皆で行きましょうよ。私も小物ぐらいならめぐみんにプレゼントします!」

 

 それでも同じ年齢のゆんゆんとの差は激しすぎて、いたたまれないものがある。

 

 ふと――ビクッと体が震える。理解するより反射が先だった。

 嫌な気配がして俺とゆんゆんは錆びた機械のようにおそるおそるそっちの方向に視線をやる。

 

 噂をすれば影が差すだろう。

 二階から降りてきていた女の子。紅の瞳が特徴的な俺達のパーティーの切り札である。朝は日課となった爆裂魔法を撃つのに一緒に出掛けて、帰ってきて自分の部屋で休んでいた彼女である。

 感情を押し殺した声がリビングに響き渡る。

 

「……堂々と言われるのは怒ります。闇討ちをかけてやります。紅魔族随一の天才としては舐められたままでは終わらせません。夜になる度に思い出す恐怖を撃ち込んでやりましょう。……それはそれとして……あからさまに気を使われるのも許せぬ!」

 

 野生のめぐみんが襲い掛かってきた。

 

 どうすると隣にいるゆんゆんと瞬時にアイコンタクトを取る。意識が伝達される。確実に俺の考えていることと一緒なようだ。俺よりかめぐみんとの付き合いが長いだけに、こういう時の対処法を熟知している。

 頼りになる仲間だった。

 

 ――もちろん、選択としては逃げる一択である。

 

「ごめん! ごめんって! 悪気はないんだよ」

「そうなのよめぐみん。私も百パーセント善意だったって! 許して! 悪いことしてないけど許して!」

 

 謝罪しながらリビングの床を蹴る。

 しかし、そんな言葉が獣と化しためぐみんに通用するはずない。

 虎だ。彼女は虎になったのだ。

 

「善意だからこそ人を傷つけるのですよ! 良い人が報われるとは限りません。今後の参考のためにも覚えておいてください!」

 

 ゆんゆんは玄関の方に。俺は応接間に逃げ込む。

 二手に別れることで、どっちかは助かる作戦だ。向こうに行ってくれと思っていたが、変わらず後ろから迫ってくる音がする。

 振り返ることなく叫ぶ。

 

「なんで俺のところにくるんだよ!?」

「ゆんゆんなんていつでも仕留められます。ちょろい獲物ですから。強い獲物ほど先に仕留めるのが私のやり方です! それに――前衛職としては真っ先に盾となって守るものでしょう?」

「今は勤務時間外だ!」

 

 応接間に置いてあるソファーの周りをぐるぐると回る。

 こんなことをしていたらバターになってしまう。

 

 めぐみんは途中、咄嗟に方向転換して、俺を追い詰めようとするが、そこは自分でもいうのはなんなんだが、流石俺の勘。フェイントにでも騙されることなく、捉えられることはない。

 三分ほどソファーの周りでドタバタしていたが、めぐみんはらちがあかないと思ったのか舌打ちをしながら足を止める。

 

「ちっ。ユウスケはほんと無駄に良い勘してます。敵に回すと厄介な男ですよ。しかし紅魔族随一の天才である私を敵に回したのがあなたの終わりです!」

 

 俺としてもこいつから逃げ切れる気がしない。

 なんとか言葉で納めてしまう他ない。対話だ。人間に許された唯一の力である。虎となっためぐみんとて、まだ言葉が通用するはずだ。

 

「落ち着け! 落ち着こう! まずは深呼吸だ。深呼吸しよう!」

「ふふふ、私は落ち着いてますよ。ええ、なにを言ってるのですかユウスケ。これ以上といってないほど落ち着いてます。例えるなら爆裂魔法を今すぐ撃ちたいぐらい落ち着いています」

「それはぶちギレ寸前だ!」

 

 なんかこういうやり取り前にもやったな。ゆんゆん加入の時だっけ?

 

 それにしても良かった。朝の内に一緒に爆裂魔法を撃ちに行っていて良かった。いい仕事をしたぞ朝の俺。グッドジョブ!

 

 ソファを挟んで俺達はにらみ合っていた。俺が背もたれの方で、めぐみんが座る側だ。

 いや事実をいうなら俺は完全に怯えた目をして、めぐみんが睨んでいるのだった。狩られる側と狩る側である。

 

「別に体の小さい大きいで差はないって! そこに貴賤はない!」

「……ほーう。それではゆんゆんの胸に視線を釣られていた男は誰でしたっけ」

 

 はい、俺です。

 などど言ったら本当にどうなるかはわからない。虎の尾を踏むどころか虎の尾にロケット花火を結んで遊ぶぐらい危険である。虎の口の中に自分から入っていくことと同意義である。

 俺は必死になりふり構わず説得する。

 

「男は確かにそういうのも好きだけど、俺としては別にめぐみんの体も悪くないと思っている! うん、めぐみんの容姿は可愛くて好きだぞ!」

 

 そう叫ぶと、めぐみんは睨むのを止めた。

 あれっ、どうしたんだ?

 まさか虎と化しためぐみんに本当に言葉が通じるなんて。

 

 彼女は夢見る少女のように頬を赤く染めて、帽子を脱いでその帽子で口元を恥ずかし気に隠す。控えめに顔を俯かせて、こちらを上目使いで見る。

 

「それは……どうもです。ユウスケは――私のことが好きなのですか」

「いやっ、えっと……」

 

 そんな乙女みたいな反応されたらどうしていいかわからない。

 

 今更ながら、目の前にいる魔法使いはとてつもなく素敵な女の子であることを思い出す。

 綺麗に輝いていた紅の瞳が潤んでいる。小柄な体は縮こまっているから余計に小さく見える。今すぐ抱きしめたくて、それでも触ってしまったら壊れてしまいそうな儚さ。

 

 次の言葉が出てこない。

 汗をかく。喉が渇く。思考がぐるぐると回転する。

 おかしな雰囲気に俺はひたすら困惑していた。それでもこの状況を打破しようと、なにか言おうと俺は口を開く。

 

「その――」

「かかりましたね! とりゃー!」

「なっ――!?」

 

 めぐみんはソファーのクッション部分を強く踏み込み、こちらに向かってジャンプする。

 完全な不意打ち。俺は思いっきり虚をつかれることになった。

 

 それにしてもこいつ――演技がえげつねえ!

 そういえばめぐみんという魔法使いはこういうやつだった!

 

 滞空するめぐみん。僅かな間が生まれる。避けることなんてできない。避ければめぐみんが危険だし、そもそもあまりに見事に虚をつかれたので、体がろくに反応しない。

 驚きが体の支配権を奪っている。

 だからなすすべなく俺の体に飛び込んでくるめぐみんを迎え入れるしかなかった。

 

「おぐ!」

 

 胸に衝撃が走る。

 待ち構える体勢もできていなかったので、その衝撃のまま後ろに倒れていってしまう。

 片手はめぐみんを抱くようにして、もう片方の手は自分の後頭部を守るようにして床との間に挟む。ドンッと俺は床に倒れた。

 

「いたた……」

 

 腰を打ったので思わず言葉に出るが、めぐみんが軽いのでそんなに痛くはなかった。

 想像していたより痛くなかったので、俺は油断してしまっていた。

 

 その油断をめぐみんが見逃すはずない。

 彼女は俺の両手を取って腰の横へと移動させる。俺は床に仰向けに寝転がっており、彼女は体勢を変えて俺の上に跨るようにして乗っていた。

 そして俺の腰の横へと移動させた腕ごと腰をグッと太ももで挟んでいる。両腕がめぐみんの太ももで挟まれている。それも……あのー、めぐみんの小ぶりなお尻がなんというか不味いところに当たっているのだが。

 

「これぞ紅魔族に伝わる養殖の体勢。もう逃げられませんよユウスケ。ふふふ」

 

 興奮によって目が真紅に光っているめぐみん。

 ヤバい。今日俺は死ぬかもしれない。

 

「だから一先ず話し合いをしよう。めぐみんも俺の腰上から離れてテーブルにつこうじゃないか。良い紅茶があるんだ。それ飲んでまったりと会話しようぜ」

「会話ならこの姿勢でも充分できますよ」

「明日も爆裂魔法に付き合うから! 後生だ!」

「……もしかしてなんですけど、ユウスケって私のことを爆裂魔法の言葉を出しとけば片付く女と思っていませんよね?」

「いやそんなことないよ」

 

 早口で否定する。

 うん、ははは、まさかそんなはずないじゃないですか。……ごめん。ちょっと思っている。

 

 両腕がめぐみんの太ももで固定されているので、ろくに動くこともできない。感触としては最高に気持ちいいのだが、股間が不味い。俺が動こうとする度に、逃がさないようにとめぐみんはグリグリと足とお尻を動かすものだから、あそこへの刺激がとんでもない。

 めぐみんは裾の短いワンピースみたいな服装なので、下着越しの彼女のお尻が陰茎体の部分を前後左右に擦る。

 

 エッチなサービスみたいになっている。

 

 ここで大きくすれば本当に殺されかけかねないので我慢しようと必死だが、生殺しにもほどがある。確かにこれは罰だった。

 こちらをジッと見つめていためぐみんだったが、ふっと表情を和らげた。

 

「そんなに怖がらなくとも。まあ私も悪魔ではありません」

 

 当社比という単語を心の中でめぐみんの言葉の後に付け加える。

 

「ユウスケの普段の貢献とそれと……さっき私の容姿を褒めてくれましたからね。あれは……嬉しくないわけではなかったです。だから今回は心の底からごめんなさいと言うだけで許してあげましょう」

 

 ほんの僅かに頬に朱が差している。……うん、演技?

 

「えっ、それだけで許してくれるのか」

「はい。ごめんなさいと言うだけです」

 

 めぐみんはにこりと天使のような笑みで頷く。

 地獄に垂らされた一筋の糸だった。

 若干怪しいものを感じながらも藁にも縋る思いで、俺は言われた通りのことを実行する。

 

「――ごめん――にゃひゃい」

 

 変な言葉になってしまったのは、邪魔が入ったせいだ。

 こちらの顔を見下ろしながら、楽しくて楽しくて仕方がないといった表情でにまにまと笑う悪魔が見える。

 

「どうしたのですかユウスケ。そんな言葉では心からの謝罪とはいえませんよ。さあ、もう一度チャレンジしてください」

「あにょにゃーおひゃへ」

 

 何もふざけているわけではない。

 おかしな言葉しか喋れてないのは、めぐみんが俺の口に悪戯しているからである。

 

「はひゃくはにゃへよ」

「なにを言ってるかわかりませんね。残念ながら私の知能でも解読することは不可能です。これでは許したくても許すことができません。私としても非常に心苦しいのですが、ユウスケが許してほしくないなら仕方ありません。……あぁー、本当に私としても心苦しいのですよ」

 

 めぐみんは俺の口に両手の人差し指を突っ込んで、口を無理矢理開けていた。めぐみんの細い指先が俺の歯肉に当たっている。

 横に伸びた唇では、ろくに喋ることもできない。

 そんな俺を見て本当に楽しそうにしているのがめぐみんだった。

 

「ひひきゃげんにすれよ」

「んー? なんてですか?」

 

 彼女は素知らぬふりで首を傾げる。

 めぐみんの背中に黒い羽根が見える。尻尾もついてそうだ。まさに小悪魔といったやり方である。

 

 ……こいつ。指噛んでやろうか。

 

 そろそろ逆襲してやろうかと隙を伺っていると、聞いたことがある声が遠くから聞こえてきた。

 

「あーそーぼー」

 

 軽い口調で言われたそれはやはり聞き覚えがある声だ。

 玄関からの方だ。誰だろう?

 

「誰か来ましたね。声からして女性の人ですが、私は約束した覚えがありませんし、ユウスケは約束してましたか?」

「それひゃ」

「ああ。このままだと喋れませんね」

 

 めぐみんはようやく口に突っ込んでいた手を離してくれて、ギュッと俺の腰を締めていた太ももを緩めてくれた。

 誰かが来たので、お遊びは終わりである。

 俺はポケットの中からハンカチを取り出して、俺の涎が手についているめぐみんに渡す。常にポケットにはハンカチが用意されている。

 

「ありがとうございます」

 

 軽く手を拭いているめぐみんに向かって、俺は言う。

 

「俺も思い当たる節はないかな。というか今日は大掃除の日だからな。わざわざこの日に人は呼ばないよ」

「あれっ、今日は掃除の日でしたっけ」

「……前々から言ってただろう。今日やるからな。玄関の方にはゆんゆんがいると思うから対応してくれるだろうけど、まあ誰が来たか見てくるからどいてくれ」

 

 俺は体の向きを変える。

 うつ伏せになるようにして、めぐみんが上から退くのを待った。

 それなのに、背中にかかる重さが増える。体重を全部こちらに預けたような重さだ。背中には人の感触が伝わってくる。俺の首に彼女の腕が回る。

 

「私も誰か見たいので、このまま連れていってください」

「はぁ? 面倒くさいな」

「今日寒いですしこれだとぬくいです。というかやけに家の中が寒いと思ったらもしかして暖炉の火をつけてないのですか」

「大掃除だからな。暖炉の中の煤なんかを掃除するためだ」

 

 といっても、あまり俺がめぐみんの言うことを拒否することはない。

 なので、俺は背中にくっつき虫を引っ付けながら手の力だけで、床を進む。なんだか筋トレしている気分だ。

 いつもは彼女を抱っこして帰っているので、背中の重みは新鮮だった。

 

 なにやらゆんゆんが必死に感謝の言葉を告げている声が聞こえる。何度も何度も言ってるので、相手としては困っているような感じだ。

 上に乗っているやつからの急かす声を聞きながら応接間を抜け、リビングにまでたどり着き、リビングの扉を上に乗っているめぐみんに開けてもらい、玄関に誰がいるかと覗きこむ。

 

「やあ。遊びにきたよーって、キミなにしてんの?」

 

 ひょいっとめぐみんも後ろから覗きこむ。

 

「……本当にキミ達なにしてんの……カタツムリごっこ?」

「お邪魔するぞユウスケ」

 

 聞き覚えのある声のはずだった。

 ゆんゆんに何かを渡していた二人はよく見覚えのある二人だった。

 

「無作法な格好で悪いが、今日はどうしたんだ。約束はしてないよな?」

「そのお土産っぽいやつ。もしかして酒でしょうか」 

 

 ゆんゆんが貰った山盛りの荷物を目ざとく見つけてめぐみんは興奮する。

 体を乗り出すようにするので、めぐみんの小さい胸が俺の後頭部に強く押し付けられていた。やはりエッチなサービスかもしれん。

 

「うん。酒だよー。それだけじゃなくて美味しい食材も持ってきたんだから」

「今日は新居祝いにな。クリスと話してて気づいたんだが、そういえばまだ来てないだろうということで来させてもらった。邪魔だっただろうか」

「めぐみんめぐみん。こんなに一杯貰っちゃったよ!」

「おお、これは素晴らしいですね。二人ともありがとうございます」

 

 両手一杯のお土産を持って、嬉しそうにトテトテとかけてくるゆんゆんにこけないかハラハラする。

 うーん、邪魔と言うわけにはいかない。

 わざわざ新居祝いに来てくれたのは素直に嬉しい。しかし、今日大掃除のつもりなんだけどな。どうしたものか。でも折角来てくれたわけだし。

 

「いや、歓迎するよ。こんなに多く本当にありがとうな。外は寒いし、とにかく中に入ってくれ」

 

 俺は入り口に立っているクリスとダクネスに入るように言う。

 背中にめぐみんを乗せて、寝そべりながらだったが。

 しかし、流石にクリスもいつものあの薄着じゃない。ダクネスも大人っぽいスーツみたいな服装だし。

 今日は寒いからな。

 ただ今だけはめぐみんの子供のように温かい体温が背中に引っ付いているので、俺はあまり寒いとは思わなかった。

 

 

 

 

 



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十五話

 

 

 家の中は外よりはマシだが、それでも寒い。

 応接間にいる俺とめぐみんと客のクリスとダクネス。お客のために俺は薪と火打石で暖炉に火を入れようとした時、めぐみんが尋ねてくる。

 

「今日は掃除はもういいのですか」

 

 流石にもうめぐみんは引っ付いていない。俺も這いつくばった姿ではなかった。スカートを覗く変態になってしまうしな。ただそれでも寒いのかめぐみんは俺の側にいた。

 

「あー、まあそうだな……」

 暖炉の火を一度つけてしまうと消すのには時間がかかる。

 だから、昼頃である今、暖炉の火をつけてしまうと、暖炉の掃除はできなくなってしまう。

 

「お客様が来てしまったしな。今日のところは仕方ないだろう」

 

 折角、あれだけのお土産を持ってきてくれたお客様だ。当然相手をしなくてはいけないし、掃除しながらというわけにもいかない。

 

 延期するべきだ。

 理屈ではわかっているのだが、内心煮え切らない気持ちがあった。

 一度やり始めようとしたら、どうも途中でやめるのも気持ち悪い。これはもう生理的なものであった。

 すぐ隣にいるめぐみんが俺の服の袖をクイクイと引っ張る。

 

「ユウスケ。そもそもの話、わざわざこんな寒い日に掃除しなくとも、春頃に掃除した方が効率的ですよ。その時なら水も冷たくないでしょうし」

「大掃除を延ばそうとするな。明日には絶対やるからな」

 

 最初に考えていたのは、新年までに掃除をすることだ。

 それならこの年末中に掃除すれば最初の目的は果たしたといえる。今日は大掃除をしないが、途中で諦めたわけではないと自分を納得させる。

 

「それでは私のホワイトドラゴンのような肌が赤くなってしまいますよ」

「俺は冷水でいいけど、めぐみんは温水使えばいいぞ。それなら肌荒れもしないだろう」

「はぁー、そんなの勿体ないです。掃除なんていうものは冷水で充分ですよ」

「どっちなんだよ」

 

 普段の言動とは打って変わって、変に節約家なとこあるからなめぐみん。話を聞く限りではそれほど裕福な家ではなかったらしい。その癖がついてしまっているのか。

 ソファーに座ってもらっているクリスとダクネスは俺とめぐみんの話に入ってくる。

 

「私達は掃除の時に来てしまったのか。それは……タイミングが悪かったな」

 

 申し訳なさそうな顔をするダクネスに向かってめぐみんは親指を立てる。

 

「むしろナイスタイミングです」

「いや、ナイスではないだろう」

「……私達も家に入れさせてもらってなんだが、出直させてもらうぞ。事前に言ってなかった私達が悪かった。新年あけてしばらくしたらまた暇な時を見計らってくるしな」

「構わないって。掃除なんていつでもできるし。知っていると思うが、特に冒険者なんて冬は暇なもんだ。時間がある時にでもすればいいから気を使わないでくれ」

「あれだけ必死に言ってたくせに、またそんなことを言って。ユウスケってほんと他の人の前では良いように言いますよね。良い格好しい」

「うるせ」

 

 薪と火打石で両手が塞がってなかったら、めぐみんの鼻をつまんでいたところだ。

 

 火打石を横に置いて、薪を暖炉の中に規則立てて積んでいく。

 ここに来たときに教えてもらったが、ただ単に薪は積んでいけばいいということではない。その薪の大きさや太さ、そして積み方によって火の付き方や薪の消費量も全然違う。上手に作らなければ煙だけが出てくるとかもあるしな。

 暖炉自体に触れるのもこの世界に来たのが初めてだが、俺はこの作業を気にいっていた。薪の乾き具合や大きさを見抜かなければ上手いこと火はつかないし、単純にして奥が深い世界に魅入られかけている。

 

 いっそのこと常に冬だったらいいのに。冬だと俺達は冒険にいけないので、餓死するけど。情報集めるので、結構金飛んでいってるんだよな。時は金なりとはよく言われるが、情報も金なのだ。

 せっせと組んでいると、背中に声がかかる。

 

「あたし達も掃除手伝おうか。冬で暇しているのはキミ達だけじゃないんだよ。同じ冒険者のあたしも暇してるからね」

「私の場合は挨拶から逃げてきたんだが。……ちょっとこの時期は面倒でな。まあだから私も暇を持てあましているから手伝うぞ」

「そういうわけにもいかないだろう。ありがたい申し出だけど、遠慮するよ」

 

 新居祝いにお客に掃除させるなど、どんな横暴な家主だ。

 だが、それを聞いてはいそうですかとは彼女達はしなかった。

 

「これぐらいはさせてくれても罰は当たらないと思うぞ。なんといっても、ユウスケには世話になっているからな」

「世話になっているって……ユウスケさんはなにかしたのですか」

 

 貰った食材を詰め込んでいたゆんゆんがリビングからひょいっと顔を出す。

 酒などの重たいものは俺が運んで置いたが、食材などはゆんゆんが管理している。めぐみんも料理を作ることはあるが、基本的にはゆんゆんが台所に立つ。

 

「俺もわからん。世話ってそんなことしてたっけ?」

 

 思い当たる節がないので、俺は素直に尋ねる。

 俺がわからなかったのがよほど不思議だったのか、何を言っているのかという口調で突きつけてきた。

 

「わからないことはないだろう。ユウスケは冒険者の依頼にたまについてきてくれるではないか」

「……ああ、そのことか」

 

 俺は薪を組んでいた手を止めて振り返る。

 立っているめぐみんは驚いた表情でこちらを見ていた。

 

「そういえば冒険者と依頼に行ってくるとは聞きましたが、あれって最近はダクネス達とも行ってたのですか」

「へ? 私聞いてないんですけど……」

「あれ? ゆんゆんには言ってなかったっけ」

「話したのはまだ二人っきりで冒険している時でしたからね。ゆんゆんには伝えてなかったと思いますよ。それからもちょくちょくどこに行くとかは私には言ってましたが」

 

 そういえばゆんゆんには言ってなかった気がする。

 もちろん俺のパーティーメンバーはめぐみんとめぐみん曰くいまだ臨時のゆんゆんだ。何より彼女達を優先する。しかし、彼女達の時間が空いてなかったときには助っ人として他の冒険者の依頼に参加することがある。

 特にクリスとダクネスのパーティーは二人だけしかいない。ダクネスが上級職であるクルセイダーだけど、たまにクリスが忙しくてパーティーに参加することができない時があったりして、流石に一人で依頼を受けるわけにはいかない。

 

 なので俺はダクネスと一緒に依頼を受けたり、クリスとダクネスと三人で時折冒険をしていた。

 

「ほら、めぐみんは爆裂魔法を撃ったらもう戦えないだろう。ゆんゆんも強力だけど魔力を消費しすぎたら次の依頼に行くってわけにもいかないし。……この前風邪引いて説得力に欠けるかもしれないが、俺は体は丈夫だからな。朝に依頼に行って昼早くに完遂した時とかは、他の冒険者に混ぜてもらったりしてるってわけ」

「ユウスケには何度も助けてもらっていてな。強敵が遠くにいてもすぐわかったりするし、鍛えているだけあって動きにキレがある」

「いやあたしとしては盗賊より早く敵を見つけられても困るというか……。ソードマンに先に見つけられるなんて商売あがったりだよ。……それ……なにか不思議な力働いてない? 何かから授かったみたいな」

 

 勘に関していえば完全に自前です。

 

「ユウスケさんってそんなことしていたのですか……。何度か依頼終わってすぐに出ていっているなと思っていたのですが」

「知らなかったら俺に聞いてくれたら良かったのに」

 

 隠すようなことではないし、俺も聞かれれば素直に喋っていただろう。

 

「でも……めぐみんに聞いたら、ユウスケが普段見せない獣のような欲望を開放しているから聞かないようにしてあげましょうねって。ユウスケも男ですから色々溜まっているからなんて、あれは嘘だったんだねめぐみん……」

「え!? お前なに吹き込んでいるんだよ!?」

「てへっ」

 

 ペロッと舌を出して、めぐみんは嘘だと言う。このお茶目め。ちょっと洒落になってない冗談はやめてほしい。この顔されると許してしまう俺も俺だが。

 ……まあそれは冗談とも言い切れないような。

 クリスとダクネスにはなんとなく手を出したことはないのだが、他の冒険者には時間を停止させて悪戯をしたことも二桁に届かないぐらいはあるので、むしろ事実か。

 

「私達とは別の冒険者と……うぅ……別の冒険者」

 

 ゆんゆんは僅かに形の良い眉をしかませていた。

 こういうゆんゆんの表情を見るのは珍しい。どうかしたのだろうか。

 

「ゆ、ユウスケさん」

「なんだ。どうした?」

「お、おおお大掃除。私はもしかしたら……参加しないかもしれません!」

「そうなんだ。わかった」

「ユウスケ……。私の時とえらく対応が違うのはどういうことでしょう。ゆんゆんの時だけあっさりと了承するなんて酷いです。贔屓ですか贔屓ですよね。これは私も憤慨です。納得いく話を聞かないと裁判物ですよ。もちろん、私が裁判官でユウスケの弁護士はなしで」

「それは私刑というんだよ。俺の勝ち目ないじゃねえか。……だってゆんゆんだぞ。ゆんゆんが言うならよっぽどの理由があるんだろう」

「私だったらないと? ――裁判官として被告人ユウスケに判決を下します。判決は顎で頭頂部グリグリの刑です」

「痛い。それ地味に痛い!」

 

 俺の体の横からしなだれかかっためぐみんは、俺の頭に自分の顎を載せて、判決通りグリグリとする。

 結構これが痛いのだ。あまり力を入れてないのはわかるが、普段する怪我の痛みとかとは別種の痛みがする。

 痛がる俺をよそにゆんゆんはというと、何故か慌てていた。

 

「え!? なにも私は本当に大掃除に参加しないと言ってるわけじゃなくて! そうじゃなくてえっとあの! 私は大掃除に参加するのは嫌かと――嫌っていうのは本当に嫌というわけではないんですよ。そういうわけじゃなくて! あのその!」

「要領を得ない子ですね。結局何が言いたいのですか」

 

 めぐみんの言葉はもっともである。

 一人でテンパって慌てているゆんゆんだが、何が言いたいのか今一わからない。後めぐみんは早く俺の頭から顎を退けろ。

 

 付き合いの短い俺にはわからなかったが、幼馴染ともいえるめぐみんは何かに気付いたようだ。はっとした顔をした後、バカバカしいといった表情に変わる。

 めぐみんは俺の肩に自分の顎を置いて、ゆんゆんがどうしてそんなことを言い出したかの理由を俺の耳元で暴く。

 

「おそらくゆんゆんは友達が取られたような気がして嫉妬しているのですよ。……この子、友達はそんなに多くないですから。嫉妬の仕方が下手くそですが」

 

 あんな下手くそな嫉妬ってあるのかと思って、ゆんゆんの顔を見たら流石付き合いの長いめぐみんは的確に当ててたようだ。

 沸騰させたヤカンみたいにゆんゆんはなっている。

 

「しー! めぐみんしーっ!」

 

 必死に唇に人差し指を当てて黙ってという合図を送る。

 もう聞いてしまったんだが……そんなことがわからないぐらいテンパっているようだ。頭から湯気は出ないようにはしてほしい。ゆんゆんが倒れたりでもしたら凄い心配する。

 しかし、嫉妬の方法は独特だが、嫉妬するゆんゆんは可愛いな。あまり負の感情を出さないゆんゆんの新しい一面を見た気がする。

 

 やり取りを聞いていたダクネスはおもむろに立ち上がった。

 

「そうだな。友達を借りたお詫びとして、やはり私は掃除を手伝うよ。ユウスケへの借りも返したいからな」

「おいおい、借りだなんて大げさなことを――」

 

 俺はダクネスと行った冒険を思い出す。

 クルセイダー。かつては下級職だった俺はダクネスを頼りになる仲間と思って手伝った最初の日。そして無残にも打ち砕かれた日。

 

「大げさ――」

 

 彼女のおかげで上級職になるためのレベルに、これだけ早くレベルアップできたといえば聞こえはいいが、それだけ敵を俺が倒さなくてはいけなかったということでもある。

 スタイル抜群。容姿も見目麗しいダクネスとの依頼は、まあ世話してなかったといえば嘘になる。

 それもこれも彼女の悪癖のせいで――。

 

「……まあそんなに大げさでもないか。それじゃあ手伝ってもらうかな」

 

 掃除を手伝ってもらうだけの借りは確かにあった。

 なので普段は絶対断るだろう掃除の手伝いの申し出をありがたく受けることにした。

 

「うむ。頼りにしてくれ。騎士としての役割を果たそう」

「あたしはできるだけ簡単なところがいいかな」

「そんなに大変なところは流石に頼まないさ。俺がトイレ掃除と暖炉の掃除をするから、ダクネスは一階の廊下の床拭き、クリスは外を掃いてもらってもいいか。クリスにはそれだとまだ寒いだろうから、風邪引かないように手袋とコート貸すから」

「わ、私ももちろん掃除手伝います! 何でも言ってください」

 

 よほど恥ずかしかったのか、いまだに顔を赤くしたままのゆんゆんは必死に言ってくる。

 

「えーと、じゃー、めぐみんは階段と二階の廊下掃除で、ゆんゆんは風呂掃除をやってもらうか。風呂掃除が終わったらゆんゆんはもう掃除はいいから」

「私だけクビ!?」

「そうじゃなくて、晩御飯を作ってほしいんだ。いつもと違って五人だし、時間かかるだろうから。お願いできるかな?」

「任せてください! 一杯食材をいただきましたから、今晩の料理は美味しいものを作りますよ!」

「おう。楽しみにしとくよ」

「いつもこの男はゆんゆんのご飯は美味しいゆんゆんのご飯は美味しいとうるさいからね。あたしもそんな噂の晩御飯期待しているよ」

「えへへー。もうユウスケさんってば……」

 

 本人を前に言わないで欲しい。ゆんゆんは照れてるけどこっちも恥ずかしい。

 一度や二度……もしくは三度。いや五度ぐらいしか言ってないだろう。――充分自慢してるわ。

 

「今からお腹が空いてきました。……途中ちょっと摘まみに行ってもいいですか」

「だめだからね! 摘まみ食いはなし!」

 

 バツ印を両手で作るゆんゆんだが、めぐみんの猛攻を防ぎきれるか心配である。

 最初の時より予定していた人数は多くなったが、予定していた通り大掃除を今日終わらせれるということで俺としては嬉しい。

 各自持ち場について、新年のための大掃除を開始するのだった。

 

 

 

 

 

 

 応接間の暖炉の中を掃除している。

 結局雑巾は古めのタオルで代用することにした。

 呼吸器に煤や灰が入ったら大変なので、頭に巻いていたタオルを口を隠すように移動させていた。

 

 もう何年も掃除していなかっただけに煤や灰がこびり付いている。これを今日中に掃除してしまうのは大変だろう。すっかり忘れていたが、暖炉というのは当然煙突がついている。煙突の掃除ともなると、手持ちの掃除用具だけでは無理だ。

 

 屋根に上がらないといけないし、専用の道具が必要となる。

 

 こればっかりは仕方がない。

 今日の大掃除は煙突までは無理だ。春ごろに一人で掃除しておこう。めぐみんやゆんゆんに煙突の掃除させるのは、危ないしな。モンスター退治しといてなんだが、まあ避けられる危険は避けるべきだ。

 キュッキュッと丁寧に暖炉の中を掃除していく。力を入れて拭っていくのは、本当に暖炉の掃除は力仕事だなと感じる。

 

 最新の暖房器具。ろくに手入れをする必要もなく、暖炉よりすぐに温かくなる。そんな日本の機械が懐かしいことはあるけれど、こうやって手間暇かけた分、直に返ってくる暖炉も好きだ。

 

 黙々と掃除していると、ガチャンという音が鳴った。

 不吉な音。まるでなにかが割れたような音色だ。

 

「はにゃ!」

 

 そして、ヘンテコな声。

 俺は掃除の手を止めて、暖炉に突っ込んでいた体を外に出す。口を塞いでいるタオルを外して、音がした方向に叫ぶ。

 

「どうしたんだ!」

 

 暖炉を掃除していたタオルを置いて、俺は事故が発生した場所である廊下に急いだ。

 一階の玄関に続く廊下の担当はダクネスである。

 リビングの扉を開けて、様子を見るとダクネスが慌てていた。

 下には元は壺であったものの残骸が転がっている。大体の状況は理解した。

 

「ど、どどうすればいいんだ、ユウスケ。この壺を綺麗にしようとしたら手が滑ってしまってな! 普段掃除は自分ではしないが、私は別段不器用というわけでもないんだが……」

 

 床に破片が散らばっているかもしれないので、うかつに近づけない。

 

「そんなこといいから、お前は大丈夫か? 怪我してないか? 手とか切ったりしてないか」

 

 パッとみる限りでは怪我はしてなさそうだが、俺は心配の声を投げかける。

 彼女は両手を上げて元気のアピールをする。

 

「それはこの通りなんともない」

「はぁ……良かった。無事なら何よりだよ。割れ物を触るのは気を付けろよ」

 

 いつもはしている手袋も今日は外しているが、手はなんともなさそうなので安心する。

 まあ元からこいつの防御力に関しては並外れているので、たかが破片ごときで傷つけられるとは思っていないが、それはそれとして心配してしまうのは人としての反射だった。

 

「なにやら下から物凄い声がしましたけど、何かあったのでしょうか?」

「いや大事にはなってないから気にしないでもいいぞ。ちょっと物落としただけだ。そんな心配することないから掃除続けてくれ」

「わかりましたー! ふふふ、我が深淵なる瞳からはどんな埃も逃れられない!」

 

 二階にいるめぐみんにも声が聞こえていたのか、心配げに階段のところまで降りてきて聞いてきたが、実際に大丈夫そうなのでそう返す。クリスは外だし、ゆんゆんは風呂の中だから聞こえてなかったか。外にいるクリスはこの寒さなので厚着と手袋させたけど、大丈夫だろうか。

 

「周りには破片が落ちているだろうからダクネスはしばらくじっとしていろよ。雑巾貸してくれ。外から破片を集めていくから」

 

 まあとりあえず片付けるべきはここだ。

 

「うむ。わかった」

 

 ダクネスが投げた雑巾をキャッチする。

 屈んで俺は壺の破片を一か所に集めていくように拭いていく。

 

「……それでユウスケ。あの壺は弁償させてもらえるだろうか。もしくは……こういう時は体で支払った方が良いのだろうか」

「弁償なんてしなくていいよ。あれって前の人が置いていったやつだからさ。いつかは片づけようと思っていたのに、廊下になにもなしというのは寂しいからと置いていただけだし気にすることないぞ。もちろん、体で支払う必要もねえよ」

 

 また彼女の悪い癖が出てきたようだ。

 前の家主が持って行かなかったことは本当にこの壺は二束三文の価値しかないだろう。弁償どころか体で支払ってもらうってなんだよ。

 

「なに!? 家宝の壺だと! それはもうこの体を堪能してもらうしか私に返すことはできない!」

「言ってねえ!」

 

 あまりにも都合の良い聞き間違いに俺は激しく突っ込む。

 

「――しかし家宝を壊した罪はあまりにも大きい。お前の心の痛みは相当なものだろう。察するぞ。金では心の痛みを治すことはできない。お前の心の悲鳴が聞こえてくるようだ……。やはりここは……私の体しか!」

「……おい、なにがなんでも家宝の壺ということで話を進めるのやめてもらっていい?」

 

 豊満な体を胸を強調させるように自分の胸を腕で押し上げるものだから、視覚的に不味いことになっている。

 エロい。本当に体だけはエロいんだよな。それだけに惜しいというかなんというか。

 

 彼女の体は男好きする淫猥なもので、容姿も抜群なだけに、なんというか美味しすぎる餌を無造作に渡されると怖くなって拒否ってしまう。

 

 俺は思わずため息を吐く。

 ――こいつの悪癖。それはつまりどんなものでも許容する。現代日本で使われる言葉としては、ドエムだということだった。

 痛みに喜ぶ。嬲られるのに喜ぶ。元々防御力が硬いのもあってこいつは本当に無敵すぎた。

 

 最初出会ったときも爆裂魔法から逃げなかったのはそれが理由だったらしい。ヤバいやつと思ったのは間違いなかった。冒険でも散々敵に突っ込むし、なぜか攻撃スキルに振ってないので相手への攻撃は当たらないため、もう大変だ。借りも作るというものである。

 でも悪癖を抜けば正義感溢れる良いやつだし、デコイとしては本当に優秀なんだよな。

 

 ドエムなのを除けば理想の騎士なのである。

 めぐみんといい才能ある人ほど、どこか変な方向に振り切りたがるのだろうか。

 しかし、ドエム騎士ってなんなんだよ。属性盛りすぎだ。

 

「まあ趣味どうこうは別に俺も言わないけどさ」

 

 というか俺の方が趣味については酷い。どの口が言うのだって感じになってしまう。

 

「クリスをあまり心配させるなよ。あいつお前のことをいつも心配しているんだからな」

「うぅ……。そんな普通に心痛むことは言わないでくれ。それは私が求めている痛みではないぞ……」

 

 根が善人なので、こういう風な攻撃は効くらしい。

 無敵というわけではなかったようだ。

 

「前の遺跡の依頼を覚えているか。お前がどんどん先行った時の」

「あの遺跡には触手があると言ってたのに完全にデマだったあれか。あの憧れのモンスターにやっと会えると思ってたのに! ギルドの情報もいい加減なものだ!」

「そうそう。触手があるという遺跡。あの時、ダクネスが上から落ちてきた岩が頭にぶつかったのは覚えているよな。……大変だったんだからな。お前は気絶するし、クリスはえらく狼狽するし。それもクリスは回復魔法を唱えるぐらい慌てていたんだぞ」

 

 クリスの職業は盗賊だ。なので当然回復魔法は使えない。それなのに手慣れたかのような口ぶりで、回復魔法をかけようとするのだから、本当に凄いテンパり具合だった。

 ――当然、回復魔法など唱えても効果が発動するはずがなかったし、ひたすら丈夫なダクネスがすぐに目を覚ましたのだが。

 

「私が意識をなくしている間そんなことがあったのか……。まあ私もクリスだけならある程度自重するが、ユウスケがいたらいけるだろうと思って突っ走ってしまってな」

「お前……そう無責任に頼るのやめろよ。俺もできないことが多い一介の冒険者なんだからな。……できるだけフォローはするけどさ」

「頼りにしているぞ、助っ人冒険者。……いっそお前が一人ならパーティーに誘ったのにな」

 

 残念そうな口ぶりで言ってくれる事柄は普通に嬉しかった。

 戦力としてお前は必要だと言われて喜ばない冒険者はいない。

 

「俺も今は三人パーティーだからな。これが二人ならお前のとこのパーティーと合流して四人パーティーでも良かったんだが……まあめぐり合わせが悪かったということで」

 

 流石に五人ともなると、パーティー個々の実入りが悪くなってしまう。咄嗟に動きにくい。連携も大変になる。

 なにより今の俺達三人パーティーは完成していると思っているので、今のところはまだ新しいメンバーを必要としていない。

 

 こいつもめぐみんに負けず劣らず面白い力を持っているので、本格的にパーティーの仲間だったとしても楽しくやれたと思うが、そういう機会が先になかったに尽きる。人生ってそういうものだ。まだ若輩の俺がいうのもなんだが。

 

 そうこうしている内にある程度ガラスは片づけられたと思う。袋を二つ持ってきて二重の袋にして、纏めてた壺の残骸を入れて口をきつく縛る。

 

「多分足を傷つけるような大きな破片はもうないと思うけど、気をつけて移動しろよ。ここら辺はもう一度濡れ雑巾で拭いといてくれ。細かな破片はまだ落ちてるだろうしな。俺は暖炉の掃除がまだ残っているからそっちやってくるわ」

 

 さっきからずっと屈んだ姿勢のまま掃除しているので、俺もちょっと疲労を感じ始めてきている。鼻下に汗が浮かんできたので、手の甲で擦る。

 そうして顔を上げるとダクネスは噴き出した。

 

「ぷっ」

「あ? どうした? 俺の顔になんかついている?」

「すまん。見事な髭がついているから笑ってしまった。ユウスケも一気に偉くなったな」

 

 ああ。暖炉掃除の途中だったからな。手の甲についてた煤が顔を拭いた時にでもついてしまったんだろう。

 特に肘なんてのは酷いもので真っ黒である。

 

「ん。少しジッとしていろよ」

 

 ダクネスは近づいてくる。

 黒に近い群青色の服にネクタイをして、膝ぐらいまでのスカートをしている彼女は素直に綺麗だ。美人秘書感がある。おそらく綺麗さでいえばアクア様の次。出会った人としてはトップである。

 ハリウッド映画のヒロインと比べたとて彼女は見劣りしないだろう。

 ポケットからハンカチを取り出して、優しく顔を拭いてくれる。

 

「よし取れた。これで悪くない顔に戻ったぞ」

「……なあお前。そのハンカチって……滅茶苦茶良いものじゃないか?」

「そうか? 私の家にあるものを無造作に選んで持ってきただけだが」

「いや良いものというかもう……最高級のものというか」

 

 彼女が俺の髭を消すのに使ったハンカチの感触はとんでもないものだった。ゆんゆんの服も布地が良いとわかったが、クラスが違う。高いだろう服と小物であるハンカチと比べてみても、ハンカチの方が更にゼロが一桁多いぐらいの。

 非常に凝られた意匠は、腕のある人が時間をかけて作り上げた逸品物を予感させる。

 決して煤で汚れた男の顔を拭うために使うものではない。

 

 ダクネス。

 ドエムにして高そうな防具を身にまとうクルセイダー。貴族特有の金髪碧眼という特徴を持っていたりと、底が知れない謎の女だった。

 

「そ、そんな熱い目で見つめて、発情したのか! 大人になり始めたその体を持て余して、私にぶつけたくてムラムラしているのか! 青少年の熱き劣情。ねっとりとしながらマグマのような噴火しかけの性欲。少しだけ年上の私が受け止めるしかないのか! うむ、ないのかもしれない!」

 

 ……彼女の底は別に確かめない方がいいのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




長いので分割。次回エロ


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十六話

 

 

「あー気持ちよかった」

 

 風呂を浴びて、服を着た俺は幸せそうに息を吐く。

アルカンレティアの温泉の素を入れた風呂は、格別疲れを取ってくれる気がする。

 

 圧倒的に汚れていた俺は、女子だらけの中、一番風呂を入らせてもらっていた。煤や汚れだらけだったので、満場一致で入って来いと言われたのである。

 

 風呂場から出てリビングに行くと、ゆんゆんとダクネスは料理をしていて、めぐみんとクリスはカードゲームをしていた。

 それもなにやら白熱しているようである。

 

「マジックカード泥沼。これで次のターン相手プレイヤーは拘束されます。勝利とはむなしいものです。絶対片方は負けてしまうのですから……」

「もう勝った気でいるけど、ここからが本番だよ」

「このカードで勝負は決したと思いますが。たとえばあのカードを伏せていたりでもしない限りは――まさか!」

「そのまさかさ! トラップカード発動。走り鷹鳶の跳躍! このカードによって地面系のマジックカードを無効化する!」

「そ、そんなピンポイントなメタカードを引いているだなんて!?」

「甘いよめぐみん。あたしはこれでも運は悪くないんだ。これぐらいは朝飯前だよ。……運の良いあたしがカードゲームでこれだけ追いつめられるとは思ってなかったけど」

「……強敵の出現というわけですか。いいでしょう……ユウスケやゆんゆんでの圧倒的勝利もいいですが、たまには苦戦の末での勝利の味もいいでしょう!」

「きっとそれはとても苦い味になるよ! 敗北というね!」

 

 凄いな、クリス。

 あのめぐみんと互角に対戦できるなんて。俺がこれ無理だわと諦めるぐらい、こういった戦略性あるカードゲームだとめぐみん強いのに。

 ちょっと感心してしまう。

 しかし、こっち側はなにを遊んでいるんだ。

 

「はいはい。めぐみんもクリスもそこら辺で終わりで」

 

 カードゲームに熱狂している二人は手を止める。

 

「そんなに台所が大きいわけではないからそう何人も料理はできないけど、お前らも手伝おうぜ。もう殆ど料理できあがったから、皿や飲み物の用意するとか」

 

 はーいと返事良くめぐみんとクリスはカードゲームをする手を止めて、手伝いをし始めた。

 

 もちろん俺も料理をテーブルの上に運んだりと働く。

 今運んでいるサバの味噌煮になんて実に美味そうだ。食欲をそそるいい香りがする。

 

 テーブルに料理を置いて振り返ると、ウキウキな気分で高そうなお酒の瓶を運ぶめぐみんがいた。

 明らかにこれは私のお酒ですと主張しているようだ。

 そんな元気一杯なところ悪いが、俺はめぐみんに注意する。

 

「めぐみん。当然お酒は飲まさないからな」

「はあー!? そんなの横暴ですよ! こんな美味しそうなのに私は一口も飲めないのですか!」

「当たり前だ。年齢を考えろ」

「私ももう大人ですし、お酒を飲んでいいじゃないですか。ユウスケだって飲んでいるところは見たことないですが、飲んでいるんでしょ!」

「俺も今まで飲んでこなかったし、飲むつもりはないわ」

 

 日本と違ってこの世界ではアルコールはどんな年齢でも飲むことを許されている。無知故というわけではなく、子供の体に悪いのはわかっているが、あくまで黙認という形になっている。

 だから俺も飲んでも犯罪には当たらないが、二十歳までは飲むつもりはなかった。そう決めていて、今後もそうするつもりだ。

 

 めぐみんにも二十歳まで待てとは流石に言わないが、早い飲酒は体に悪いのは確かだし、俺が見ている時にはこの年齢で飲ますつもりはなかった。

 

「……ねえ。いいじゃないですか。一口だけ。一口だけでいいので」

「服伸びるだろう。諦めろ。もうちょっと大人になったらとやかく言うつもりはないから」

 

 大事そうに持っていた酒の瓶をめぐみんから奪い取ると、彼女は俺の袖を引っ張る。

 

「もう私は大人ですよ! 少しばかり背が高いからって大人ぶらないでください」

 

 酒の瓶を隠すように反対側に向くと、めぐみんは俺の背中に引っ付く。

 腰から手を回して、なんとか酒の瓶を奪い取ろうとする。しかし、酒の瓶はがっちりと屈んだ俺の腕の中にガードしてある。鉄壁の守りだ。

 

「この頑固者! 大人大人とそんなに大人が偉いのですか!」

 

 後ろからでは無理だと思ったのか、前に回って屈んでいる俺の頭に抱き着いてきた。

 

「ふふーん。それならこれでユウスケより私の方が大きいです。大人ということですね。子供は大人の言うことを聞くものですよ。さあ、早く酒瓶をこちらに渡してください」

「そういうところが子供だと言ってるんだよ」

 

 頭一つ分俺より天井に近くなっためぐみんは勝ち誇るように喋っていた。

 俺以外の四人は風呂に入る前にどうしてもお腹が空いたということでまだ風呂に入っていない。

 

 なのでめぐみんの汗の香りが鼻腔に入ってくる。

 感じられる体温は高く、なんだかこうやって胸で顔を抱きしめられると落ち着く。……いや俺より幼い少女にどういう感情を抱いているんだよ。

 

「……ユウスケとめぐみん。仲が良いのはいいことだが、そこでやられると料理を置けないんだが」

「今は上下関係をユウスケに教え込んでいるのです。ちょくちょく保護者ぶって。私はもう立派な大人だというのに……」

「ごめんダクネス。ちょっと退くわ」

「うわっ、いきなり動かないでくださいよ」

 

 俺は頭に抱き着いているめぐみんがバランスを崩して落ちないように気を付けながらそこから移動する。

 料理はもう殆ど運ばれてきて、食事の準備は出来上がっていた。

 とりあえず俺の顔にくっついているめぐみんをなんとかしないといけない。

 こんな豪勢な食事なのに食べられないなんていうオチは本当に勘弁だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 酒を飲める人はこの中ではクリスとダクネスだけだ。

 折角俺と飲もうと持ってきてくれたわけだが、俺は飲まないのでクリスとダクネスだけが持ってきた酒を飲みほす勢いで飲んでいた。ここに置いても邪魔になるだけだしな。

 後、勝手にめぐみんが飲む可能性があるし。

 彼女達のコップを傾ける速度は上がっていき、必然酔いは回っていた。

 特にそれほど強くないのか、クリスは頭が僅かにだが揺れだしてきていた。平衡感覚が麻痺しだしてきている証拠だ。

 

「……クリス。そろそろやめといた方がいいと思うんだが……」

「なによ。これふらいで酔っているわけないよ。あたしがだよ。冒険者はこれぐらいの酒なんて余裕、余裕ー」

「そうは……見えないけどな。呂律も怪しくなってきているし」

「うるひゃい。そんなことより、あたしの話を聞いてよ。先輩がね。また無茶な頼みをしてきたんだよ」

「へ、へぇー。それは大変だな」

「あたしがこの季節は暇そうだから一時的に役交代してとか。流石に断ったけど。もうそんなことできるわけないじゃない。ねえねえ、聞いてる?」

「……うん、聞いているぞ。その先輩はかなり困った人なんだな」

 

 先輩って冒険者の先輩か?

 クリスにそんな人いるのかな。

 

「でもね。なんだか放っておけないというか……困った人なんだけど嫌いになれないんだよねー。ペットといったら先輩大激怒だけど、そんな感じだよ。……手のかかるペット。ぷっ! あははは、先輩ペット! ペット! 先輩ったらペットだ!」

 

 絡み酒に笑い酒までが多発している。

 隣に座っている俺としては辛かった。先ほどまで楽しく飲んで食べてをしていたのだが、腹も満腹になって食事は一先ず終わった。

 そこからゆんゆんとめぐみんは風呂に入ってきて、酒飲める組は普通に酒を飲んで俺も彼女達との喋りに付き合っていたのだけれど、気づけばクリスは出来上がっていた。

 酒飲めない組は風呂に入ったので、パジャマに着替えてちびちびとジュースを飲んでいる。

 

 まだそこまで酒におぼれているわけではないダクネスに助けを求める。

 

「……ダクネスぅ」

「そんな捨てられた子犬みたいな目で見るな。……しかし、クリスがここまで酔うのも珍しいな。よほど楽しくて、酒が進んだのだろう。クリスが酔い過ぎた時に出る――誰だかよくわからない先輩話まで出ている。まあでも、クリス。他人の家だしそろそろ酔いを醒ませよ」

「酔ってないもーん」

「そうか。酔ってないにしてもこれ以上飲んだら家に帰れなくなるぞ」

「じゃあここに泊まるー」

 

 ぐでっとクリスはテーブルに突っ伏す。

 普段は勝気な性格でちらほらと喧嘩早い素の性格が見える彼女だが、ここまではっちゃけるのは珍しいことだった。年齢の割にはお姉さんぶる彼女にしては、見たことがない一面だ。

 ……俺より一歳か二歳年下な割には、なんだかたまに慈愛に満ちた目でダクネスを見てる時があるんだよな。

 

 もしかしたら今はアルコールが入ることで鬱憤を解消しているのかもしれない。なんだか、先輩という人によくストレスを溜めてそうだし。

 

「まあここまで酔っていたら、そこまで遠くはないとはいえ帰るのは無理だと思いますよ。時間も結構遅くなりましたし。今日は泊まっていってもいいんじゃないですか」

 

 めぐみんの言葉にダクネスは首を振る。

 

「いや、そこまで世話になるわけにはいかない。私がおんぶをしても送っていくさ」

「今日は大掃除の手伝いもしてもらったのになにを言っているんだよ。ダクネスもかなり飲んでいるし、女の子なんだからそんな危ないことせずに客室に泊まっていってくれ」

 

 性癖に関してはとんでもなく暴走するくせに、それ以外ではひどく常識人なダクネスに向かってそう返す。

 家に帰るなら俺も一緒に家まで送っていくつもりだが、もしこけて怪我でもしたら事だ。夜で視界が悪く、夜から少量ながら雪が降ってきていたので、今地面はとても滑りやすい。自分の死因が死因なだけにそこら辺には敏感だ。

 ダクネスはクリスがよくやるように頬をぽりぽりとかいた。

 

「お、女の子って、私もそう言ってもらえる歳ではないのだが……そこまで言ってもらえるなら好意に甘えよう」

 

 ダクネスってまだ十八歳ぐらいだし、俺のところだと充分女の子で通用するけどな。

 こっちの世界は大人になるのが少し早いようだ。それかこの抜群のスタイル故か成熟した女性と思われることが多いのかもしれない。

 

「じゃあ私布団敷いてきますよ」

 

 お客様のためを思ってめぐみんが真っ先に動く。

 そんな――わけがない。

 

「ああ、頼むめぐみん。それと、その酒が入ったコップは置いていけよ。客室にそんなサービスは必要ないよな?」

「……うー。目敏すぎます。しかし、諦めませんから。いつか堂々とユウスケを出し抜いてやります」

 

 めぐみんは隠し持っていたコップをテーブルの上に置いて、自分が宣言した通りクリスとダクネスが寝る用意をしにいった。

 

 ふっ、勝ったと勝ち誇った表情をする俺。……もしかしたら酒の臭いで酔ったのかもしれない。

 そんなことをしていると、本当に気配りができるゆんゆんがコップをクリスに渡していた。

 

「これ水です。クリスさん。大丈夫ですか?」

「ありがと。うん、大丈夫。丁度喉乾いてたんだよね」

 

 ごくごくと水を飲み干すと、少しクリスも落ち着いたようだった。

 先ほどまでのはしゃぎっぷりはない。

 同じく水をゆんゆんから貰っていたダクネスは、クリスに尋ねる。

 

「ちょっとは酔いが醒めたか?」

「あー、うん、少しは。……大分あたし酔ってるみたいだね」

「自覚でき始めたらマシだ。聞いていたかはよくわからないが、今日はここで泊まらせてもらうことになったから、客室に行くぞ」

「いや待って」

 

 幾分か冷静な表情でクリスは手を突き出していた。

 自分の体を見てから、こちらをちらちらと見ながら恥ずかしそうに告げる。

 

「あたし……寝る前に風呂入りたい」

「ん。風呂入るっていっても、クリスはこれだけ酔っているし風呂は危険なんじゃないか」

「……ユウスケ。実は私も風呂は入りたい。こんなことを言ってはあれだが、大掃除で汗をかいてしまっているからな。確かに酔った状態の風呂は危険だが、私達二人で入るから問題なしだ。こいつが無茶しないか見張っておくよ」

「まー、ダクネスがそう言うなら……」

 

 俺ぐらい汚れていたらまだしも少々の汚れだと一晩ぐらいは良いと思ってしまうのは、男だからなのかもしれない。

 了解を得たクリスはというと、ニカッと笑って椅子から立つ。

 

「そうこなくっちゃ! よしっ、入ろうよダクネス!」

「急に立つな。酔いが回っているから、怪我するぞ!」

 

 などと言いながらクリスとダクネスはさっそく風呂場に行った。

 残された俺とゆんゆん。

 酔いが回っているからか風呂場に直行したが、何の用意もしていない彼女たちは風呂から出て来たら困るだろう。

 

「流石に泊まるとは思っていなかったから、服の替えとかは持ってないだろうし、悪いけどそういうのはゆんゆんに頼んでいいか?」

「ダクネスさんは……スタイル良いですし私の服が入るかわかりませんけど、緩いシャツなら大丈夫かな。ユウスケさん。私が用意しときますね」

「頼むよ」

 

 めぐみんの服は入らないだろうしな。

 

 俺はというと彼女達が使ったコップを片づけてからお手洗いに行く。

 トイレの扉を閉めて、便座の蓋を閉めてその上に座る。

 

 そして、ズボンのポケットに入れてある神器を見た。

 古い時計。

 

 正式名称はクロノスの時計、だったか。

 

 くすんだ銀色でできたこの時計が、まさか時間を止められるなんて思う人はいないだろう。

 

 突然――もしこれがアクア様に通じるのかと思った。

 この神器の力。時間停止の力は彼女には通じるだろうか? なにせ神獣まで通用した力だ。今のところ効かなかった相手はいない。

 

「無理だろうな……」

 

 即座に否定する。

 出会ったときの圧倒的な力の気配。彼女の神気ともいえる力の前では、とてもではないがこの力は通用してないだろう。本人が喋っていた通り、下級の神などとは桁が違う存在に違いない。

 

 俺の勘がそう言っている。

 

 ただグラムのように下級の神には通用するのではないかと思っている。この世界には様々な神がいることだし、アクア様には通用しなくても、下級の神や亜神やもしくはいるかどうかはわからないが――力を殆どなくしている神とか。そういう神には効くかもしれない。

 まあ元々大恩あるアクア様相手に使うはずはないが。あの神様は俺にとっての特別枠なのだ。

 

 などと、暇なので答えが出ない謎を考えていた。

 

「時間も良い頃かな?」

 

 そろそろいいだろう。

 俺は服も下着も脱いで、便座の蓋の上に置く。なにも裸でないと用を足せないということではない。それなら蓋の上に服を置いてたらできないしな。

 俺がわざわざここに入ったのは、トイレをすることではなく時間を止めるためである。

 

 はっきりというなら――時間を止めてエロいことをするためである。

 

 神器を発動させる。

 

 俺はトイレから神器だけを持って出る。裸で家の中を歩き回るのには落ち着かない。女子二人もいる家の中だと、きっちりとした服装をしなくてはならないのは当然だし、めぐみんもそこら辺はしっかりしているようで着崩したりはしない。

 案外、そこら辺がだらしないのはゆんゆんである。家ということでブラ紐が見えるなんていうのはよくあることで、この前は乳首が見えてしまいそうなほど着崩してしまっていた。

 

 めぐみんは客室。ゆんゆんは二階の自分の部屋にまだいるのか、風呂の前までは誰とも会うことはなかった。

 俺は風呂に入る前に、バスマットの横にバスタオルを敷いておく。入る時より出る時のがバスマットが濡れていたら不自然だしな。俺も風呂に入るから濡れるし、後々のことを考えておかなくてはいけない。

 

 緊張する。

 ひたすら緊張している。

 

「……なぜだか、今までやってこなかったんだよな」

 

 クリスとダクネスには時間停止してセクハラする機会は冒険をしていて何度かあった。

 なにも使ったら危険と思ったからではない。

 それではなんでだろう? ……最初に出会ったとき、アクア様と似た感覚に陥ったせいだろうか。

 今となってはクリスからアクア様と似た気配は非常に薄い。まるで――更にその力をなくしているみたいに、感じ取れない。

 

 だけど、なんとなく時間停止しないままでいたのだが、絶好のチャンスが訪れただけに今回ばかりはやるべきだ。

 

 なんせクリスは可愛らしいし、ダクネスは性癖を除けば滅多にお目にかかれない美人だ。なおかつアルコールによって思考は鈍っている。多少の悪戯をしても、わからないだろう。

 

 俺は意を決してお風呂の扉を開ける。

 そこには――楽園があった。

 

「お、おおう……」

 

 思わず唸ったのは、あまりにその光景が見事だったから。

 クリスは今髪を洗っているのか、鏡の前で頭にシャンプーを付けている。ダクネスはというと温泉の素が入った浴槽に体を浸けて気持ちよさそうにしている。

 ごくりと唾を飲んだのは、彼女達が当たり前だが全裸だったからだ。

 服を着たまま悪戯をするのは興奮できるが、こういった本人が脱いでいるところに勝手に入るというのは別種の興奮をもたらす。

 これだけ美人二人が相手ならなおさらだ。

 

「どちらを先に行くべきか……」

 

 時間は二十八分。残り時間は多いとみるべきか、それともこの二人相手では少ないとみるべきか。

 

 メインディッシュが同時に二つ出されたようなものである。目移りしてしまうのも当たり前だ。

 

 まあ、まずは近い方。クリスの方からにしようか。

 風呂椅子に鏡に向かって座っているクリス。シャンプーを頭に馴染ませるために両腕が頭に位置している。

 腋などはもろ出しである。

 

 こちらからは背中しか見えないと思いきや、薄く曇ったガラス越しに前面も映ってしまっているので、彼女の裸体が全部見えてしまっている。

 クリスの頬にはちょっとした刀傷みたいなのがあるけれど、彼女の体は染みも傷も一つもないまるで神が作ったかのような綺麗な体だった。

 肉付きの薄い、俺より少し年下と思われるクリス。

 

 触ってはいけない神聖なものに感じられた。

 高ぶった股間が萎えていく。

 

「やっぱやめといた方が良かったのかな。どうもクリス相手にすると躊躇ってしまうんだよ……」

 

 それでもここまで来てしまったからには、何もせず退散するわけにもいかない。

 おずおずと髪から落ちてきたシャンプーが伝っている彼女の背中をペタリと触る。

 

 ドクンと心臓が鳴った。

 血液が加速する。

 触ってはいけないものに触ってしまった。なのに、その触った手はそんな意思に反して動く。

 

 そのまま彼女の背中を手で味見する。上から下まで軽く撫でていき、彼女の小さなお尻にまで到達する。

 風呂椅子に座っているので、彼女のお尻の大部分は椅子によって隠れているけど、お尻の隙間にグイッと中指をねじ込んでみたりしてみる。尻肉に包まれて指に温かい感触がする。

 

 ニョキと男性器が勃起する。

 

「俺の股間素直すぎる……」

 

 何故だかこの女性を汚してはいけないと思っているのに、本能がこれだけ綺麗な女性を味わわずにいるのは男として恥だと叫んでいる。

 

 本能目線からしてみれば、本当にエロいシチュエーションだった。

 鏡越しに彼女の裸体が見えるというのが実に良い。非常にそそる。湯気によって曇ったガラスなのではっきりとは見えないが、それが想像をかきたてられてなおエロかった。

 

 鏡の中にいる彼女は両腕を上げていて、お酒が入っているのと風呂にいることで顔が赤くなっている。メリハリの少ない体。彼女の火照った裸体。

 流線型の彼女の体に、とても淡い紅色の乳首が浮いている。それは彼女の酔った頬の色に似ていて、ひどく美味しそうな色だった。

 いつも露出させているお腹だが、裸になった時は格別だ。水滴がついた盗賊のお腹は色っぽくてたまらない。

 クリスの股間に生えている毛はここから見る限りだと非常に薄い。それでも生えているのはわかるのは、彼女の毛が銀髪で目立つからだろう。

 

 無遠慮にもお尻と椅子の隙間に入れていた中指を引っこ抜き、俺は神器を床に置いた。

 

 そして、クリスの背中にピトッとくっつく。

 

 腰部にギンギンになっている竿を押し付け、彼女の後頭部に胸板がくるぐらいの中腰でだ。

 首筋から足先のどこに至るまでもくすみがない白い肌。普段太陽に肌を見せている割には、クリスの体は髪の毛と同じく真っ白で、綺麗な美肌だった。それがアルコールによってほんのりと赤みがあるのだから色気を感じてしまう。

 

「ああ。良い」

 

 それもこの艶やかな肌は、すべすべツルツルで俺の勃起したちんこを動かしても、快感しかない。

 

 鏡の中にいるクリスは、背後に男が引っ付いても表情を変わらず、頭を洗っていた。

 そんな彼女の背後から伸びる手。

 魔の手が彼女の腋近くから回り込み、胸部へと差し掛かる。

 

「うん? なんだか……いつもより更に小さいような。気のせいか?」

 

 彼女の乳房は普段服の上から見ているよりも、若干小さい気がする。といっても誤差程度で、そこまで変わりはしないんだが。

 まあクリスのおっぱいは小さいのだが、彼女のウエスト自体はくびれがわかりやすいほど細いので、案外おっぱいは出ている。ウエストとバストの差が大事なのだ。

 

 年齢的には成長期。発育真っ最中のおっぱいを触る。

 鏡越しに映る彼女の胸が、無骨な指によって押されている。

 初めて会ったとき、男性に抱きしめられるのは初めてだと言っていたが、このおっぱいに触ったのも俺が初めてに違いない。

 

 弾力ある肌が、俺の指によって沈んでいく。

 グッグッと彼女のおっぱいの中身まで味わうように俺は指の先端の力を強めている。

 

 そっと指先をずらして、俺は彼女の乳輪をぐるりと一周するように触ってから、乳頭へと届かせた。

 

「これがクリスの乳首か」

 

 興奮していないクリスの乳首は柔らかで、めぐみん達のものとはまた違ったように思える。

 あまりにも綺麗なうなじに接吻しつつ、俺は自分の下半身を無視できなくなっていることに気付いていた。

 ゆっくりと俺は彼女の腰部でちんこでシコっていたのだが、もうそろそろこの刺激では収まらなくなっている。

 

「ちょっと浮かせるぞ」

 

 俺は彼女の腋の下あたりを両手で掴む。

 

 そしてまるで野良犬を持ち上げるかのような気軽さで、彼女の腰をわずかに浮かせる。

 

 お尻と椅子が離れる。

 羞恥心を感じていない表情のクリスだが、もうお尻を守るものは何もなくなってしまっていた。普段は行動的で、明るく元気な彼女の男を受け入れるような姿勢。

 

 それはひどく――とてもひどく興奮するもので、わざと彼女の体を軽く揺らすと、まるで勃起したちんこを咥えたがっているかのように、クリスの尻が揺れる。

 

 クイクイっと小形なお尻が男を誘う。

 その誘惑に釣られるように、腰部にあった男性器が徐々に下にへと移動する。

 

 鈴口が彼女の肌を滑っていき、ぷりぷりとした臀部を越えて、股に到達する。

 

「クリス。お前って……本当に肌綺麗だな」

 

 竿を肌に当てるだけで快感に酔いそうになる。

 飲んだことはないが、彼女の体は極上の美酒だった。

 飲みやすくするりと入り込んでくるような味に、もう少しもう少しと際限なく飲み干して足腰を立たなくさせてしまうような魔力があった。

 

 一度腰を引いた俺は、彼女の股にへと腰を振るう。

 突き抜ける快感。馬鹿になってしまいそうな甘い甘い衝撃。秘所をほんの一突き、擦っただけとは思えない甘美な悦楽。

 めぐみんやゆんゆんと比べて二歳ぐらい年齢は上だと思うが、同じように彼女の女性器はピッチリと閉じている。

 

 俺はそんな彼女のおまんこに向かってゴシゴシと擦るように亀頭と陰茎体を当てる。

 

 鏡に映ったクリスは、まるでお人形のようだった。

 脇の下から両手で持ちあげられ、股間から男の竿が出たり見えなくなったりする。性欲の吐き口と化したクリスは、ここまでやっていても変わらない。

 鏡に映る恥辱をさらしてしまっている自分を、紫色に近い瞳で見つめているのに、そこになにも思うことはない。ただ欲望の受け皿になった自分を意思のない瞳で見ているだけだった。他人に触られたこともないだろう彼女の女性器に初めて触ったのは、男の醜い欲望であるちんこである。

 

「背徳感が何故かすごい――!」

 

 どうしてだろう。

 初めて会ったとき、アクア様に似ていると思ったからだろうか?

 それとも彼女のことを気にいっているせいだろうか?

 明るくて朗らかでいつも笑顔を絶やさない彼女だからだろうか?

 

 ――それのどれもが正解で、どれもが間違っているような気がした。

 

 ただ言えるのは、彼女の体は穢れを知らないような美少女で、俺はそんな彼女――クリスに興奮しているということだった。

 

 ガシガシとクリスの繊細な陰裂に荒く男性器を擦りつけているのだから、その閉じているスジも俺のカリに引っかかって開くことがある。

 意識して彼女の閉じている一本筋を開くように擦りつけていると、鏡の中の女性器の中身がちらりちらりと姿を現す。

 

 僅かに見せるピンク色の膣壁。

 それがエロい。じっくりと見えない。俺の竿が上手いこと彼女の性器を引っかけたときにだけ、外界に露出される。

 小陰唇を竿のカリでグイグイと引っ張る。

 

「もしかして今、膣口見えた?」

 

 血が全て男性器に集まったみたいだ。感覚が研ぎ澄まされている。

 限界は近い。

 俺はこの絶頂に近い感覚をなんとか引き延ばそうと頑張るも――その努力はむなしいものだ。

 視覚的、感触的にクリスの体に秘められたエロさをこれほど受け取ってしまうと、俺の意思の力など勝てるはずがない。

 

 彼女のおまんこの柔肉に俺のちんこはカウパーが漏れまくっていて、射精を止めることはできない。

 

「くそ、くそ、くそ! もう無理だ!」

 

 最後の一突き――おもいっきり彼女の膣肉をカリで広げて、そこに熱い液体を噴出させる。

 

 鏡の中に映る男性器が、その大きなものでクリスの閉じていたスジを無理矢理こじ開け、その中に精子を注入してしまっている。

 吐き出された性欲が、クリスの中に入っていく。

 拒否することもできず、強引に射精された彼女のおまんこには、べったりと精子が付着していた。

 

 今だ髪を洗っている姿勢のまま、彼女の股間は白い液体によってコーティングされてしまっている。それは髪につけているシャンプーとはまったく違うものだ。子供を孕ましてしまうものが、クリスの下半身には浴びせられていた。

 鏡に映されたクリスは、とてつもなくエロかった。

 

「あー、いや、もうすごく満足だ。……そうだ。残り時間何分だ?」

 

 メインディッシュの片方を終わられたところだが、すでにお腹にズシンと溜まるような満足感。

 彼女を椅子に下して、股間を湯で洗いながしてから、クリスの柔らかな臀部にちんこを押し付け、尿口に残った精子を出し尽くしながら、神器の目盛を見る。

 

「まだ十三分しか経ってないのか。もっとかかったと思っていたんだが、そうでもないんだな」

 

 クリスのあまりの気持ち良さに射精するのが早かったのか。

 体内時計だと十五分はかかっているはずなのに、時間を間違えるほど肉欲に溺れていたのか。

 

 これならまだもう片方のご馳走もいただけてしまう時間だが、もういいかなという感情にはなっていた。

 こんなに性欲を吐きつくしたので、今の俺は賢者の気持ちである。股間も賢者染みた穏やかさだ。

 

「ダクネスはまた次の機会で――」

 

 そう思いながら湯船にいるダクネスを見ると、おっぱいが浮いていた。

 パツンパツンに詰まった巨乳が、浮力を得てしまったのだろう。

 温泉の素が入った白い湯に、二つの山が浮いてしまっているのだ。

 なんと壮観な光景。こんなの普通見ることはできない。

 

「……ほんと俺の股間って素直」

 

 ムクムクと元気を取り戻している息子。

 賢者の皮を一時的に被っていただけの遊び人だった。

 

 いやだってこんな凄い光景を見てしまったら、勃起しない方が失礼というか強制的に勃起させられるわ。

 

 俺はクリスのお尻に当たっている竿を離して、湯船の側に行く。

 購入した家の浴槽は大人が三人は入れるような大きさと深さを持っていた。俺の体は男にしてもかなり大き目なので、これにはかなり嬉しかった。まあその分、掃除は面倒臭くはなるんだが。

 

「お邪魔するぞ」

 

 俺はダクネスの足を踏まないように気を付けながら、湯船の中に入る。

 湯は白いから中身は見えないので、充分注意しなければならない。

 俺は踏んだり蹴ったりしないように細心の注意を払いながら、ダクネスの前にへと移動する。

 

 丁度彼女の顔辺りに男性器がくる位置だ。

 

「こうしていれば、どこぞのお嬢様という感じなのにな」

 

 金髪碧眼という容姿を持つダクネスを観察しながら言葉を零す。

 頭を湯につからないように縛りながら風呂につかっているダクネスは、普通にしていれば貴族のお嬢様という風貌である。それも美人なと付け加えるような。

 小さい顔は女性からしたら憧れのものだろう。化粧は今はしていないだろうに目鼻がはっきりとした顔だち。ぼやけたところのない、隙がない容姿のパーツ。それが上手いこと組み合わさっているのだから、文句なしの美人だ。

 大きなコンテストに準備もなしに出しても優勝を掻っ攫えるような美貌。

 

 それにこの巨乳。

 

 神が優遇したとしか思えない完ぺきさ。

 

「まあ、言動が少々残念なのは、その副作用なのかな?」

 

 これだけ外見が恵まれていると、性癖がおかしいぐらいの欠点はないと合わないか。

 ダクネスばかり褒めたたえているが、めぐみんもゆんゆんもクリスも彼女とは方向性が違うだけで、充分すぎるぐらい美少女なのだが。周囲に存在するのは外見が良いのしかいないのか。嬉しいことだが。

 

 俺はダクネスの頬をぺちぺちと勃起したちんこで叩きながら考えていた。

 

 こいつが貴族だとしたら殺されても仕方ない凄まじい侮辱の行為だが、彼女の性癖的にもしかしたらご褒美かもしれない。

 

 なんとなく彼女の髪に男性器を擦りつける。

 金の髪。この世界では貴族の象徴ともいわれる場所に、汚い竿で踏み荒らすのは言葉にできない快感がある。しっとりと濡れた髪の毛。これならいつかは諦めた髪コキもできそうだ。

 男性器を髪から退けて、彼女の形の良い鼻に押し付けたり、頬に押し付けたり、これだけでも快楽を得られてしまう。

 

 だが、俺が目をひかれたのは彼女の胸部だ。

 普段は鎧で隠された彼女のおっぱいに俺の勃起したちんこは食いついている。

 おそらくおっぱいの大きさでいえばダクネスかウィズさんかのどっちかが、俺が見てきた中で一番のデカさだろう。

 

 少し下品といえるぐらいの巨乳である。

 こんなおっぱいをぶら下げて騎士だと名乗るのは無理じゃないかと思うぐらいだ。

 

「鎧も特注じゃないと入らないだろうな。これだと」

 

 ぷかぷかと浮いているおっぱいを掴む。今までで最高の厚み。栄養がたっぷりと注ぎ込まれ、成長しすぎた乳房。

 ちょっと強めに俺はそのおっぱいを握る。

 ギュッと力が加わった乳房は、その力に抗うが如く弾こうとしてくる。

 澄ました顔をしている時のダクネスは本当に美人で、その胸についている肉は下品なぐらいいやらしかった。

 

 彼女のおっぱいを全体を揉むようにして握ってから、ゆっくりと先端まで揉みながら移動していく。

 乳輪まで来たらその力を緩め、割れ物を扱うかのように撫でる。

 先っぽである乳首までくれば、指の親指と人差し指で摘まむ。

 クリクリと乳房の先端に刺激を与える。

 

 そこまでしたらまた彼女のおっぱい全体を持って、上下に揺らす。ダイナミックな揺れ。水面も大質量の動きによって波立っている。

 

 そのおっぱいをゴム毬みたいに動かした俺は、彼女の胸の上部分を舐めた。ペロリと舌を出して舐めとる。

 

「……お湯の味だわ。それも温泉の素入りの」

 

 当然彼女本来の味がするわけもなく、湯の味だった。

 

 口直しに彼女のおでこを舐める。ニキビすらない彼女の額は、なんともいえない味わいがあった。

 少し萎えかけていた気持ちが昂る。

 はしたない胸にビンビンに立ち上がった男性器を持っていく。

 

 ツンツンとその感触を確かめるようにおっぱいを突っついてから、ぐにゃりとおっぱいが歪むぐらい強く勃起したちんこで突く。

 

「この大きさだと、もしかしていけるんじゃないか? あれができるかもしれない」

 

 ダクネスのおっぱいは大きい。

 おそらくあれが可能なぐらいに。

 

 俺は指の腹で乳首を擦ったかと思えば、乳頭を掴んで内側に引っ張る。

 ――そうして、俺は内側に寄せたダクネスの双丘。その間に向かって真っすぐに男性器を突き出した。

 彼女の人並み外れた胸は、下から入れて谷間で挟むという従来のパイズリではなく、胸の谷間に向かって真正面から挟むという――縦パイズリさえも可能としていた。

 

 今度は手で胸の外側から挟むようにして、竿を入れると他の人よりも大きいにもかかわらず大部分がその胸に収まってしまう。それに。

 

「おおう……!」

 

 引きずり込まれるような肉厚である。

 上からガシリと胸を掴みながら寄せてたところに、男性器を挿入しているのだが、あまりの気持ち良さに腰まで入っていきそうな感覚に襲われる。

 

 豊満な肉が俺のちんこを包み込む。

 これは巨乳、それも普通を大分越えた大きさでないと無理な楽しみ方だ。ルナさんでもちょっと厳しいだろう。

 

 滅多に出会えないだろう巨乳故の縦パイズリ。

 

 その肉厚が存分に伝わるパイズリに、腰砕けになりそうになる。

 なによりこのパイズリは普通のパイズリと違って、ガツンガツンと腰を動かせるからまるでおっぱいを犯しているような気持ちになれる。ダクネスのおっぱいとセックスしているようなものだ。

 ダクネスの騎士にしては下品ともいえる大きさの乳房を、遠慮なしに射精するための道具とする。

 

 グイグイっと何日もオナニーを我慢したかのように力強く腰を振り続ける。

 ズブズブと胸へと竿が沈んでいく。それをなんとか引き上げてまた再度、胸の間へと挿入する。

 

「一度出した後なのに! なんておっぱいだ!」

 

 ついさっき射精したにも関わらず、俺の息子はもう射精しかけていた。

 

 だってこれは反則だ。

 上から見るダクネスの高貴に整った顔。その下にぶらさがっている、性欲の道具にしかする使い道が思い浮かばないような淫猥な肉。

 思うままに突き入れることができるパイズリは、乱暴で、ひたすら性欲をかきたてるものだった。

 

 腰を振る。

 何度も振る。

 普通の人の女性器よりも気持ちいいだろう、そのダクネスの胸に向かって腰をひたすら突き出す。

 

 そう何度も出会えないような大きさの胸を持つ彼女に、性欲をぶつける。

 彼女のおっぱいの付け根のところを端から内側へとグッと押し込む。

 

 押し寄せる快感が最後の切っ掛けとなった。

 

 グッと腰が止まりそうになり――俺は更に腰を突き出した。

 

「ああ、射精する!」

 

 鈴口が谷間まで到達し、そこで俺は溜めた欲望を吐き出す。

 竿が彼女の豊満な胸に挟まれて爆発する。

 脳が震える。許容範囲ギリギリまでいった快感は、脳を直接こん棒で殴りつけるような衝撃が走る。

 

 彼女の谷間にドクドクと白濁液を飛ばす。

 谷間に飛んだ精子は、ゆっくりと流れていき――湯へと落ちる。

 

「はぁ……はぁ……二度目の全力射精となると、ちょっと疲れたか」

 

 もしかしたらこういうことも起こり得るかもと白く濁る温泉の素を入れておいて正解だった。

 流石にただの湯に精子が浮いていたら怪しすぎる。

 それでも桶で精子が浮いている辺りを掬って、排水口に捨てる。元々温泉の素は臭いがついているし色も同じで、そんなに目立つこともないだろう。

 特にクリスとダクネスはかなりアルコール入っているし。

 まあ明日は俺が風呂掃除してピカピカに磨くことを決心するが。

 

「もう充分だな。というか時間も残り六分か」

 

 性欲を発散させるのもここまでだ。

 精液の後始末はそれほどしないでいいけど、俺の体をどうにしかしないといけない。外に出て、体を拭いて、元のトイレに戻らなければならない。

 

 そしてそれを実行する。

 気を付けながら体を拭いて、バスタオルを洗濯籠の奥に入れておいたら、悪戯心が湧き上がる。

 

 残り二分。

 俺は風呂場の窓越しに映らないように気を付けながら、時間を再開させる。

 

「……ん? 今何か?」

 

 クリスの声がまず聞こえた。

 アルコールに酔っていて胡乱な声だ。

 そんなクリスの声を吹き飛ばすような、押し殺した嬌声がする。

 

「あああんんんんんぅう――!」

「へ、ダクネス? 今のなに?」

「い、ひやなんでも――」

 

 そこで時間停止させて俺はトイレに戻ることにした。

 あまりに踏み込みすぎてもよくない。悪戯心につられるのもここが限度だ。

 なにより今日は満足しているので、これ以上する理由も感じない。

 

 今日は本当に予想以上の結果である。

 予想を遥かに超えた出来事といえば、今後の話なのだが――ダクネスが飯は美味しいし、なんだか風呂は良い気持ちだからと一緒に依頼を受けた帰りにでもちょくちょく俺達の家に来ることになったことだろう。酒を持ってクリスも連れたりして。

 

 家の中が賑やかな日が増えることになった。

 

 

 

 

 

 



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十七話

 

 

 アクセル街の近くの町の飯屋。別に洒落たところでもなく、昼を過ぎた頃合いでは数人しかいない。

 そんなところが、待ち合わせ場所としては都合が良かった。

 

 俺はジュースを飲みながら約束の相手を待っている。

 それも端のテーブル。誰かに話を聞きとられにくい場所だ。

 まあこれから行われる会話もそこまで聞きとられてはいけないものではないのだが、用心することにこしたことはない。

 

 視界の上に映る普段とは違う完全な茶色の髪の毛を触りながら俺は十分ほどぼんやりと待っていると、俺の前の席にとある男性が座る。

 

「待たせたな」

「いやそんなに待っていない。何か飲むか? ここの代金ぐらいは俺が出すぞ」

 

 相手の方が随分年上だが、状況に合わせて俺は砕けた口調で答える。

 

「酒、と言いたいところだが、俺は仕事は早く済ませたくてな。それに男と眼前で飲み合う趣味もないんだ。……さっさと終わらせて飲むさ。それでにぃちゃん。これがあんたに頼まれていた資料だ」

 

 男は懐から取り出した薄長い封筒をこちらに寄越す。

 俺の求めている情報が入ってあるだろう大切な封筒である。

 今は冬も終わってすっかりと春の色に世界が変わったが、冬頃に俺はこの男に伝手を使って情報調査を頼んでいた。

 

 俺の知りたいことといえば、転生者。――それもとある神器を持つ冒険者である。

 

「黒髪黒目の商人か。ピッタリなのがいたぜ。お前さんも名前ぐらいは知っているだろうがな。なんせ――あの大商人だ」

「その商人は出身地が不明か、それとも東の方から来たとでも言ってたのか」

「黒髪黒目のやつがよく言う東の国ってやつだな。ああ、その商人は言ってたらしいぜ。……しっかし、本当にそんな国があるのかねー。たまに夢見た商人がその国を目指して東の海を渡ったという噂は聞くが、とんと成果は聞いたことがない」

 

 海で渡ったからといって異世界を渡れるわけないし、どこまで進んでも日本にはつくことはないだろう。

 ……その商人は本当に気の毒だ。心の底から気の毒という他ない。転生者の誤魔化しを真に受けて実行するとは。

 

 資料を読んでいくと、その大商人の一生がわかる。見かけは一見軽そうなノリの男だが、仕事は本物だ。丁寧で繊細な文章は彼の腕の良さを感じさせる。

 

 記録を見る限りでは、順風満帆としか言いようがない人生だ。

 商人となった彼はみるみるうちに頭角を現し、大きな仕事を動かし、時には国の事業さえも手をかけることさえした成功しか記されていない人生。交渉術が悪魔的とさえ書かれている。しかし、そんな裕福な彼の人生には、誰一人として傍にいなかった。

 

「この大商人は息子や娘どころか妻さえいないんだな」

「おう。大金持ちで選び放題だろうにその商人は結婚さえしなかった。あまりにすんなりと交渉を纏めてしまうからよ。信頼なんていう二つ名で呼ばれたくせに、本人は一体なにを考えてたのやら」

 

 あくまでこれは推測だ。過去の人間がどう考えていたかなんて今を生きる俺達は文章に残してでもしてくれない限りわからない。

 ……もしかすると、彼は信頼を簡単に勝ち取れたせいで、自分から信頼はできなかったのかもしれない。

 

「でもこの商人の稼ぎっぷりからして大量に遺産が残っていたんだろう? 妻も子もいないなら、遺産はどこにいったんだ」

「それはその次のページに書いてあるんだが……まあ、言ってしまえばその大商人は最後は蓄えたものを殆ど貧しい人のためにばらまいてよ。あまりの遺産に何故か平民より豊かになった貧しかった人なんていうのも出てきて、それは凄かったらしいぜ。羨ましいったらないわ。俺もその時代に生まれて恵んで欲しかった。ありがてぇありがてぇと拝んでやっただろうに。……後は価値のないものは、昔から世話になっていたあのダスティネス家に渡したらしい」

 

 ぴくっと俺の眉が動く。

 聞き覚えのある家名だ。というよりこの世界に住んでいるなら誰でも知っているような名前である。

 

「商人はいつも首が見えないぐらいの厚着してたらしくてよ。そんな商人の服や本や財布や長年使っていたペン、他には愛用していたコップに壊れた笛。そんなものが今もダスティネス家にはあるらしい。……おっさんの服なんか貰ってもどう飾ってるんだろうな。商人の嫌がらせじゃねえの。最初に色々世話してもらったダクティネス家に恩があるはずなのに、この商人には俺は絶対恩返しはして欲しくないな」

 

 俺は内心にやりとする。

 聞きたいことが聞けた。

 おそらくこれがビンゴだ。前々から戦闘向けの神器じゃないので、おそらくその転生者は商人辺りの職業をやっていたのだろうなと考えていたが当たったらしい。

 

「でも、こんな情報探ってどうするつもりだ。いや、俺が依頼主のことを探っているわけじゃないんだぜ。ただの興味としてだな」

 

 彼は情報を扱うものとしての目で俺を見ていた。

 表情に仮面を貼り付け、俺は微笑しながら肩をすくめる。

 

「俺も興味さ。最近では結構噂になっているので知っていると思うが、黒髪黒目の人間ってのはかなり興味深い存在だからな。興味本位で聞きまわっているんだよ。知的好奇心の欲求だな」

「あー、それはわからないでもない。かくいう俺も黒髪黒目には注目しててな。なんといっても、そういう姿で力を持ってるやつらが今王都で活躍してるからな」

 

 俺は自分の茶色の髪を触りながらの答えに、本当に納得しているかはわからないが一応彼は納得する素振りをした。

 

 懐から薄い封筒を取り出し、そこに財布から二万エリス加える。合計九万エリス。痛い出費だが、それだけの価値はあった。

 その封筒を差し出しながら、俺は頭を下げる。

 

「いい仕事してくれた。これ色つけてるから受け取ってくれ」

「それはありがてえこった。恵まれない俺に慈悲をか。大商人とでもお呼びした方が良かったか」

「ただの正当な対価だよ。また機会があればよろしく頼む――っとそういえば、もう一つ見つかるかどうかわからないが頼みたいことがあるんだ」

「ん。追加の依頼かい。今暇してるから条件次第では受けるぞ」

「自分でいうのもなんだけどかなり特殊な依頼になると思う。とあるものを探してもらいたいんだ。――ただこれは初めに報酬として払っておくから、その中で採算が合わなかったり見つからないと思ったらやめてもらっていい。その段階で報酬は懐に仕舞っておいてくれ。もちろん、その探しものが見つかれば成功報酬も別に払う」

「それはなんとも……随分俺の腕を信じた話だな。受けなくては情報屋の名が廃るってものよ。それで何が知りたい。紅魔族の秘密か? 魔王の幹部の弱点か? それともアイリス王女の側近であるクレアの下着の色かい?」

 

 俺はある遺跡を見つけるようお願いして、その情報屋に追加で十五万エリスを支払った。

 流石にそう簡単に見つかるとは思っていないが、彼の腕と俺の幸運を信じてである。

 

 口笛を吹いてやる気を見せる情報屋に別れの挨拶をして、俺は自分のジュース代と相手の酒代をテーブルに置いて席から離れる。

 

 飯屋の扉を開けて外に出ると、まだ若干冷たい風が肌を撫でていった。

 もう完全に春になったと思っていたが、冬の残り香は感じられるようだ。

 

 それにしても、収穫ある時間だった。

 俺はこれからアクセルの街に帰るために乗合馬車の方向に足を進ませながら、これからのことを考えていた。

 一応念のためにと隣町で情報交換したが、実に上手くいったと言っていいだろう。

 

 ――俺が探しているのは神器である。

 それも前から欲しいと思っている神器だ。もう暫く前になるが、かつてアクア様のところで見たヒュプノスの笛。あれが欲しいと考えて探していたのである。まだ神器の持ち主が生きているのなら無理だが、死去されているなら俺にもチャンスがある。

 おそらく商人になっているだろうと推測してたけど、俺の読みもなかなかのものだと自画自賛する。

 

「しかし――ダスティネス家か」

 

 俺は自分の拳を唇に当てながら呟く。

 一体、どうしたものだろう……。

 

 丁度、俺が住んでいるアクセルの街の中央に住む貴族の名前。

 それも普通の貴族ではない。

 清廉潔白。公明正大。そんな耳触りの良い言葉で語れるほどの素晴らしい大貴族の家系。昔から王家の信頼も厚く、本来なら始まりの街にいるはずのない貴族である。王様から受け賜った土地も王都に近い場所にあるしな。

 

 大商人が神器を渡した相手とはそんな貴族だった。

 浴びるほどの信頼を受けた商人が、最も信頼した相手としては相応しいといっていい。

 

 そんな相手から盗む、ってのは現実的じゃないよな。

 俺の神器は盗むのにかけては最強クラスの使い勝手だ。警備もなにもかも意味をなくさせる。盗ってくるだけなら可能かもしれない。しかし、大貴族ダスティネス家。神器になにかしら魔法をかけている可能性もあるし、俺が知らないだけでこの世界には追跡用の魔法道具が存在するかもしれない。

 嘘発見器の魔法道具があるぐらいだからな。

 あの大貴族を敵に回す可能性がある行動を取るのは悪手にもほどがある。

 そもそも彼らはあの神器の効果を知っているのだろうか。それとも知らないのだろうか。それさえわかっていない。

 

 さて、本当にどうしたものか。

 俺は歩きながら難しい顔で思案する。頭を悩ますが、なかなか上手い案は浮かんでこない。

 

 そもそもの話。

 この前あれだけ格好良く別れたキョウヤと道端でばったり出会ったのだが、気まずそうな彼が言うには神器は本人でなければその力は格段に落ちるらしい。とはいっても、裏技があるようで王家が神器らしき力を完ぺきに振るっていることから、血の繋がりがあれば使えるのではないかと王都の転生者では議論されているとか。

 当然商人とは血の繋がりがない俺では、その力をスペックそのままで振るうことはできない。

 しかし、催眠の効果をある程度でも使えるとなるとやれることは増える。

 

 なのでどうにかしてその神器が欲しいのだが、どうすればいいのか。

 

 ダスティネス家の人間が神器の力をまったく知らなくて、譲り受けるのが理想だ。しかしどうやって譲り受ければいいのか。

 

「一応手がかりになりそうなのは、いるにはいるんだよな……」

 

 ガシガシと薬で染めたのでなんだか痒い頭をかきながら、俺はある人物を思い浮かべる。

 俺は茶髪の頭で悩みながら乗り合い馬車の場所まで行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 俺は乗り合い馬車の近くで頭を洗って茶髪から元の茶色がかった黒の髪に戻し、アクセルの街を歩く。ハンカチを何枚も携帯しといてよかった。頭がびしょびしょで歩くことになるところである。

 

 頭の中身は催眠の神器のことで一杯だった。

 

 そんな思案の中、ちらほらと見慣れた姿が依頼を終えて俺を追い越していくのが見える。

 冬が過ぎてようやく暖かくなってきた季節。宿屋や家に引きこもっていた冒険者の姿も見えるようになっている。冬眠から這い出た冒険者の懐は、冬の間につけた脂肪とは裏腹にそれほど温かくなく、必死にモンスターを狩りに出かけてるのだ。

 

 そういう俺もそんなに金があるわけではない。臨時報酬の百万エリスにめぐみん達との依頼の他にも冒険者と依頼をこなしたりと、冬までの収入は大したものだった。しかし、今日ぐらいの散財は初めてだとしても、情報収集はとにかく金がかかる。

 

 本を取り寄せるのにもかなり金がかかるし、そこら辺は現代日本が懐かしい。

 

 そこまで利用していたわけではないが、ネットでなんでも調べられるし、僅かなお金で遠くからの宅配も可能だものな。今考えると、日本では当たり前のように享受していた文明だが、どういう理屈であんなシステムが構築されていたんだろう。……魔法より魔法だわ。

 こっちの世界にも転移魔法なんていう登録した場所に瞬間的に移動するまたはさせる魔法があるが、魔力を物凄い食うらしいしな。

 

 そういう理由もあって金欠間際だ。昨日久々に冒険に行ったが、これからまた稼がなくてはならない。

 ただそこまで心配もしていなかった。

 

 パーティー全員上級職というのは王都でしか見ないような戦力過多であるし、なんと――ゆんゆんが昨日の冒険でのレベルアップで上級スキルを覚えたのだ。

 控えめにいって始まりの街にいる戦力ではない。

 

 帰りの道に冒険者ギルドがあるので、明日受ける依頼でも見て帰ろうかと思って寄ると、よく見た顔があった。

 

「ダクネス。どうした一人で依頼板を見たりして」

「……ん、ああ。ユウスケか。いやなに。どうもクリスが忙しいとかで四日か五日いなくてな」

「春は冒険者が稼ぐ季節なのに、不思議だな。まあクリスも色々とあるか」

「それで一人でも受けられる依頼がないかと見ているんだが……うーむ」

 

 依頼板を見てみると春頃というのでモンスター達も元気なのか、大量の依頼が貼られてある。

 しかし、元気なのは金欠の冒険者も同じようで、手頃な依頼はもうなくなっていた。俺としても長期の休み明けだし、高難易度の依頼は受けたくない。

 

「明日は久々にカエル狩りでもするかな。ダクネスも一人しかいないなら少しの間、俺のパーティーに付き合うか? めぐみんとゆんゆんも歓迎するだろうし、お前のタンク力はなんだかんだいっても超一流だ」

「ありがたい申し出だが、遠慮させてもらう」

 

 ダクネスははっきりと拒否する。

 躊躇う素振りもない彼女に俺は首を傾げる。俺とは普通に冒険に行くし、ダクネスはめぐみんやゆんゆんとも仲良さそうなのに。

 

「俺達に気を使っているならそんな心配はいらないぞ」

「そういうわけではなくてな。……お前達のパーティーの噂は耳にしているが、ユウスケの実力は確かなものだし、かつてはヤバいやつと言われていたが最近は爆裂魔法の使い手としても有名なめぐみんと優秀なゆんゆん。……近々王都にでも行くのかと噂されるぐらい完成度の高いパーティーだと聞く」

「……褒めてくれてありがとう?」

 

 ダクネスはそこでバンと壊れない程度に依頼板に手を打ち付ける。

 魂の発露。感情を嫌というほど込められた声音で彼女は俺達のパーティーに参加しない理由を叫ぶ。

 

「そんなパーティーに参加しても私がモンスターに嬲られる機会なんて訪れないではないか!」

「……あ、ああ」

「私とユウスケとクリスなら一人は戦闘職ではなくて、私とお前のどちらも前衛職だから良い具合にモンスターの攻撃を受けられる。全力を出していい勝負をしながらもそれでも私はモンスターに嬲られてしまう! ……しかし、お前達と一緒ではモンスターをすぐに殲滅してしまって私のお楽しみがないではないか!」

「ダクネス。お前というやつは……」

 

 まあこういうやつなのだ。

 ダクネスという人間は。

 これがなければと思うが、同時にこれがなかったらダクネスらしくないなと思う程度には俺もこいつと付き合いがある。

 

 まあ確かに今の俺達はよっぽど油断でもしない限りはピンチに陥ることは少ない。彼女が望むような危機的状況なんてそれこそ国家の一大事でも起きない限りはないだろう。まあ――国家の一大事なんてそうそう起きないしな。

 

 いまだ若干の痒みがある頭をかきながら、俺は見てわかるぐらいのわざとらしいため息を吐いた。

 

「はぁ……。まったくお前らしいよ。それなら明日の朝はカエル退治で無理だが、昼頃にでも俺と一緒に冒険でも行くか」

「んー! ユウスケは話が分かるな! そういうところ好きだぞ。これで禿げて脂ぎった体型をしていてげへへと常に言っているような男なら惚れているところだ」

「なにその典型的な悪役。……まあ褒め言葉として受け取っておくよ。実際に受けるのは明日だが、どんな依頼がいいかあたりをつけておいてくれ。明後日もめぐみん達との冒険があるから、日帰りで受けれるやつな」

「日帰りか……残念だ。なんでも紅魔の里の周辺にはドラゴンゾンビがいるらしくて、そいつの攻撃の威力は並みのドラゴンさえも叩き潰すらしいのだが」

「死ぬからな。お前はともかく俺は即死するからな」

 

 潰れたカエルのようにぺしゃんこになるわ。

 カエル退治した後にそうなるとかカエルの祟りを感じながら死んでしまう。

 

 俺は依頼板のなにも貼ってない端にもたれかかりながら、嬉しそうに依頼を物色するダクネスを見ていた。

 

 ハリウッドモデルのような美貌と体を持つ抜群の女性。

 並外れた才能を持ち、防御力と誰かを守ることに優れた神の騎士であるクルセイダー。そして何故か攻撃のスキルに振らず、防御系のスキルだけに振りまくっているドエム。

 

 実をいうと、神器の手掛かりというのはこいつなのだ。

 

 なんといってもダクネスとダスティネス。

 名前に繋がりを感じられるし、貴族特有の金髪碧眼もある。たまに見せる所作なんかも、俺らのような一般人とは違う誰かに見られていることを意識した振る舞いがある。専門の教育を受けていた片鱗があるのだ。身に着ける道具も高いものみたいだし、そこら辺の普通の貴族とは違うものを感じる。

 これは俺の推測なのだが、彼女はダスティネス家の親戚なのではなかろうか。

 流石に本家のお嬢様が冒険者などしているわけはないが、親戚ならなくはないのかもしれない。まあ、親戚といってもかなり血は遠いかもしれないけど。

 

 それでもあの大貴族ダスティネス家との繋がりがあるのなら凄い。

 もし本当に親戚なら、ダスティネス家の人間と話す機会を作ってくれるかもしれない。

 

「最近森に現れるはぐれトロールか」

「良い選択じゃないか。あいつらの振り回すこん棒は当たればそこそこ痛いが、俺とお前なら倒せる敵だしな」

「こん棒責めか。……確かにユウスケの言う通り、悪くないチョイスだな」

「改めて言っておくけど、別に俺はお前の性癖を満足させるためについていくんじゃないからな……」

 

 まあそれはおいおいでいいだろう。

 今すぐヒュプノスの笛を求めているわけでもないし。神器がダスティネス家にあるかもしれないという情報と、ダクネスがダスティネス家と繋がりがあるかもしれないという、まだどちらも確定ではないあやふやな情報だしな。

 万一ダスティネス家と接触できる幸運に恵まれても、どう神器を譲ってもらうかなんてのもさっぱり考えていない。

 

 とりあえず今しないといけないのは、こいつの厄介な性癖。ドエムをなんとかコントロールすることである。いやほんと推測しておいてなんだけど、本当にこいつは貴族なんだろうか……。全部俺の勘違いで、ただそれっぽい容姿をしているだけなんじゃ。

 

 とりあえず明日の依頼はトロールで決定することにして、俺とダクネスは飲み物でも頼んでちょっとばかりに世間話でもしようとしたところ、冒険者仲間が俺達の前をすれ違っていった。

 

「うん? 今のリーンだよな。……やっぱあの後姿はリーンだ。どうしたんだろ、あんな真剣な表情して」

「連れのやつ見たか?」

「ああ。多分貴族だよな」

 

 ダクネスと違って普通の貴族の男性といった感じだった。

 

「貴族にしてはあの細さははっきりいって怠慢としか思えない。太れ。もっとぶくぶく太れ。平民の血肉で贅肉をつけろ。もしくは細い貴族ならもっと変質的でマッドサイエンティストのような誰もかれも見下した目をしろ。……まったく嘆かわしい。あれでは四十点もやることができない」

「そんなの聞かされて俺が嘆きたいわ」

 

 それに……貴族が平民を痛めつければ実際は激怒するくせに。ややこしいやつである。

 

「点数はともかく、リーンが他の男と歩いているなんて珍しいな。女の友達とは仲良くやっていることはあるが、男だといつもの面子以外は見かけないのに」

「そうだな。キースやダスト達はいないのか」

「リーンが男と会話なんて、特にダストが見たら怒り狂いそうな光景だわ。ああいう少しなよっとした感じの貴族を何故か親の仇みたいに嫌っているし、あいつ若干リーンに気があるみたいだし」

 

 リーンとは冒険者の女性である。

 テイラーをリーダーとしたダストとキースという三人の冒険者とチームを組んでいる紅一点のウィザードだ。ちなみに結構可愛い。

 たまにチームの一人が調子が悪かったりや都合が合わない時にでも、パーティーに参加することがあるのでそこそこ程度の知り合いだ。ダクネスやクリスは俺の繋がりで彼らと友人になった。たまにダクネスはリーンと買い物に行ったりするとこの前聞いたことがある。

 

「気があるか……。もしかしたらリーンは、あの貴族の男とは恋愛関係の話でもしているのだろうか」

「え、リーンが? 彼女の趣味とは合わないと思うけど」

「いやいやいや、わからないぞ。私はああいうやつはごめんだが、リーンはあれで結構姉御肌なところがあるからな。ああいう軟弱なタイプにコロッといってしまうかもしれない。……興味あるよな?」

「……かなり」

 

 あるかないかでいえば普通に興味がある。

 

「でもそういう話にダクネスが興味あるのは意外だったわ」

「……私も女性だぞ。色恋話が嫌いなわけはないだろう」

 

 落ち着かなさそうに髪の毛をかきあげる仕草をするダクネスは照れているようで、なんというか普通に可愛かった。

 

「それじゃあ偶然を装ってリーンに話しかけてみるか。もし本当に大事そうな話をしていたらすぐに退散するということで」

「ほーう。ユウスケもノリノリではないか。普段は恋愛話に興味はありませんって顔してむっつりタイプだな。このこの」

「いたっ。マジでいたっ!」

 

 ダクネスが脇腹を肘で可愛らしく叩いてくるが、威力が冗談ですまない。

 攻撃スキルは取ってないので攻撃自体は当たらないが、ダクネスの力自体はかなり高い。スイカを片手の握力で潰せるぐらいに。

 

 こうして俺達はよせばいいのに、リーンに野次馬根性全開で話しかけることにした。

 

 ――それは、禁断の愛。

 聞かなければ良かった愛。

 俺の勘違いから起こった貴族の女性ダストへのラブレター事件。俺がダストに深く反省と謝罪をした事件。

 聞くも悲惨。語るも悲惨な事件は――特に意味がないので割愛する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日。

 春の季節。

 冷たく体を刺すような風は温かく体を撫でるような風に変わろうとしている。

 新しい生活。何かを始めるには絶好の時期。外に出て遊びたくなる季節。そしてなんといってもカエルの繁殖期。

 

 カエル。ジャイアントトードの繁殖期である。

 

 この季節は冒険者にとってあいつらを狩る期間ともいえる。

 今の俺達は戦力的にはカエル狩りは楽な仕事といえる。いつぞやみたいに保険となる鉄も持ってきてないが、どの道めぐみんとゆんゆんの杖はマナタイトが混ぜ込まれているから杖を手放さない限りは消化されないし。

 

 そんな俺達はというとカエル狩りの前にゆんゆんの新しいスキルを見ていた。

 

「ライト・オブ・セイバー!」

 

 ゆんゆんの手刀から光が生まれる。

 分厚い大剣のような光が彼女の指先から生成される。まるで光の剣。一時的にこの世界に出現したそれは、敵対するものをすべて両断する輝きを持っていた。

 

「ふぅー。これが紅魔族が接近戦でよく使う上級魔法ですね。本当に優れたこの魔法の使い手はどんなものだろうと切り裂くと言われているんですよ。……え、ど、どうしたんですかユウスケさん。そんな体を震わせて……」

 

 体が震えていたのか。

 それは……仕方がない。

 あんな魔法を見せられたら、俺の体だって震える。

 

「魔法使い便利すぎる……。俺の存在意義とは……一体、なんなのか」

 

 そのあまりの使い勝手の良さに俺は膝から崩れ落ちる。

 彼女は体術は得意とはいえしれたものだった。それなのにこんな接近戦でも高火力を叩きだす魔法を使えるようになるなんて、これでゆんゆんは遠距離だけでなく接近戦まで無敵になったのだ。

 

 ズルい! 剣士はソードマスターになったとしてもろくに遠距離攻撃ないんだぞ!

 魔法使いだけ贔屓だ!

 

 万能と言われるにしたってこれはスキル配分のミスに違いない。バランス調整が必要である。

 

「あわわわ。ゆ、ユウスケさんそんなに落ち込まないでくださいよー!」

 

 同じくゆんゆんの魔法を鑑賞していためぐみんは腰を曲げて、崩れ落ちた俺の耳に口を近づける。

 

「……ユウスケ。あなたもとうとう理解したようですね。……感じたそのままですよ。ゆんゆんはあなたのポジションを取ろうとしているのです。ポジションを守るためには……今の内にゆんゆんを追い出すしかありません。一番初めに見せたカースドライトニングなんかは、貫通力ある遠距離にまで使えるような強力な魔法で、私のポジションを奪おうとしているに違いありませんし。――さあ、役割を奪われないためにも我らの力を合わせて立ち上がりましょう!」

 

 あまりに口を耳元に近づけるものだから、耳にめぐみんの柔らかい唇が何度か触れる。

 俺はお払い箱なのか……。そうならないためにゆんゆんたおす? それしかない? 

 

「悪魔みたいな誘惑しないでよめぐみん! それに! 上級魔法ってめぐみんの爆裂魔法までとはいかないけど魔力消費激しいんです! そう何発も気軽に撃てませんよ。絶対ユウスケさんは必要です!」

 

 救いの言葉を聞いて俺は頭を上げる。

 

「本当? 俺いる子?」

 

 そこにはゆんゆんがにっこりと笑っている。

 

「はい、当然です。ユウスケさんは私にとっている子ですよ。――だからそんなに落ち込まないでくださいよ。私どうしていいかわからなくなってしまいます」

 

 慈愛を見た。

 彼女の差し出された手を取って俺はすくっと立ち上がる。まさに天使としかいいようがなかった。

 

「ちっ、もう少しのところでしたのに……」

 

 舌打ちする悪魔めぐみん。

 危うく悪魔の誘いに乗ってしまうところだった。もう大丈夫だ。俺は必要とされている子なのだ。

 

「悪い。ちょっと取り乱してしまった」

「ちょっとという割には、足をガクガク震わせてこの世の終わりみたいな顔をしてましたけど」

「やめろ言うな。そこは人として見逃せ」

 

 取り乱した原因はお前の悪魔の囁きもあるんだからな。

 

 離れた場所にジャイアントトードは何匹かいるが、俺達は余裕を持って茶番をしていた。

 めぐみんなんて距離感が狂うからと、最近は戦闘の時にはしていない眼帯をしている。

 ゆんゆんは上級魔法を覚えたところなのに落ち着いているな。俺なんて念願のソードマスターになった時は滅茶苦茶浮かれてたのに。

 

 俺はモンスター退治にも関わらず、そんなどうでもいいことを考えている余裕があることに気付く。

 

「しかし、俺達も緊張しなさすぎかな。一応モンスター退治するんだし、不測の事態のために緊張感を保たないと」

「そうはいっても今更カエルですからね。守衛の人でも軽く退治できるぐらいですよ。私達のレベルだと相手にするのは簡単すぎて、これで緊張感を保てと言われましても……」

 

 まあ、そうではある。

 昨日は久々の戦闘だったが、若干連携にぎこちなさがあった。

 だから弱い相手で修正しようとしたのだが、今の俺達相手では弱すぎたか。でもカエルは金属製の物を帯びていたら死ぬことはないし、稼ぎが良いんだよな。

 

「それじゃあ緊張感を保つために勝負でもします?」

「カエルの討伐数でも競うのか」

「はい。クリスの時みたいなのではなく本当に軽いものですが。まあ私は一人では無理なので、どちらかとチームを組ませてもらいますけど……」

 

 とんとんとゆんゆんはめぐみんの肩を叩いて注意を引く。

 

「めっぐみんー」

「ユウスケと組ませてもらいましょう」

「な、なんで!? 一緒に魔法使いチームとして組もうよ! 紅魔族チームでもいいから!」

「グイグイ押されると引きたくなるのですよ。なに満面の笑みでチーム決まったねみたいな顔して。私はユウスケと組みますよ。黄金タッグ。初期メンバー組です」

「私だって、このアクセル街に来たときに初めにチーム組んだのはめぐみんとだし、私も初期メンバー組だもん!」

「……悪い子ですねゆんゆん。私とゆんゆんは初期メンバーってことなら、ユウスケは仲間外れですか。可哀想ですよ。また落ち込んでしまったりしないか心配です。……ユウスケ、大丈夫ですか? 心痛くないですか? 我慢できないなら私の胸を貸しますよ。存分に使ってくれても構いません」

「そ、そそそんなつもりじゃなくて私……って、最初に初期メンバーとか言い出したのめぐみんじゃない!?」

「おや。気づきましたか」

 

 騒がしくなってきた。

 いつものやり取りは落ち着くようなサウンドでもあった。

 というかめぐみんは地味に胸を好き勝手使ってもいいとかエロいことを言わないでほしい。そういう意味ではないのはわかるけど。

 

「まあ今回は俺一人でいいよ。そっちでチーム組んでくれ」

「ほら、ユウスケってば臍を曲げてしまいましたよ」

「そうなんですか! ごめんなさい!」

「そんなことで臍曲げるかよ。めぐみんはゆんゆんを脅かすようなこと言うんじゃない。ちょっと体が鈍っているから一人でモンスターに突っ込みたいんだ」

 

 目の前でゆんゆんに頭を下げられると、おっぱいが凄いことになっているのでやめてほしい。まためぐみんにおっぱい見ていると言われてしまう。鉄だ。鉄の精神力だ。

 

「……む。それでは私がいらないと言われているみたいでなんだか嫌です。……ゆんゆん! 絶対勝ちましょうね!」

「いきなりめぐみんがやる気に!? よくわからないけど、めぐみんがやる気なら私も頑張るわ!」

 

 そんなことを言いながら、カエルに突っ込んでいく二人。

 おいお前ら魔法職だろう。

 ……まああの接近戦でもゆんゆんは強いから心配いらないか。改めて思うが魔法職強すぎである。もしめぐみんが爆裂魔法に魅力を感じていなかったらどんな万能魔法使いになっていたか。

 

「さて、俺もやるか」

 

 剣を鞘から抜き取る。

 鈍っているというのは真実である。この冬でも毎日素振りと走り込みはしていたが、戦闘には遠く離れていた。腕も勘も鈍りっぱなしだ。

 意識を戦闘に切り替えるための呼吸をする。

 

 錆びついているソードマスターのスキルも磨きなおそう。

 

 俺は大剣を携えながら、ジャイアントトードに近づいていく。地面を蹴る。軽く小走りで俺はモンスターへと接近する。

 相手も俺に気付いたのかドスンドスンと俺目がけて飛び跳ねる。

 こちらもあちらも向かい合って目指しているのだから、自然その接触は早いものとなる。

 

 ソードマスター。

 上級職になろうが俺のやることは変わらない。近づいて斬るだけだ。結局剣士はそれぐらいしか能がない生き物だ。

 

 しかし、ソードマスターはその相手への肉薄が――ソードマンとまるで違う。

 

 残り三歩。

 俺はスキルを発動する。

 

「一歩短縮」

 

 その瞬間、俺はその場所から消える。

 まるでコマを一つ飛ばしたみたいに、俺はジャイアントードに剣が届く位置に移動していた。

 接近系のソードマスターのスキル。間になにも障害物がない限り、その発動者の進行方向上に一歩分の距離を短縮する。使用した後インターバルを置かなければいけないが、相手のタイミングをずらすことには有用なスキルだ。

 

 ソードマスターになって貯めていたスキルポイントで獲得したスキルは四つ。

 その内の一つは一歩短縮で後の三つは剣スキルである。

 

「ライトニングソード!」

 

 俺は雷を纏った剣で巨大カエルを横に切り裂く。

 硬い皮膚だろうが異に解さない一撃。一瞬もしない内にあれだけ元気に飛び跳ねていたジャイアントードは死体へと早変わりする。

 これは相手に当たれば問答無用で雷の攻撃を食らわせられる。

 

 どこぞの魔剣持ちのソードマスターは、どうせ剣さえ当たればどんな相手だろうが斬れるのだから取るのはスキルポイントの無駄だと言っていたが、これも有用なスキルだと思っている。……正直なところ、その言葉にはムッとした。

 

 今倒したジャイアントトードの敵討ちというわけではないだろうが、少し遠くの場所にいる巨大カエルが俺の方に向かってきている。

 

 次は俺は動かなかった。

 ジッとそこで待って、ひたすら練り上げる。

 

 ――そもそも何故魔法使い職を置いといて、ソードマスターが最高の攻撃力と言われているのか。

 その理由は今から俺が放つスキルにある。

 スキルポイントをろくに振っていないのと、使い込みが足りていないせいで発動まで非常に時間はかかるが、発動して当てることさえ出来れば――相手は死ぬ。

 それだけの威力がある全職業中最高の攻撃力スキル。

 

 練り上げる。

 遠くの方で爆裂魔法が放たれた衝撃が俺の体に加わるが、それにもまったく気にすることなく俺はスキルの発動を準備していた。

 

 カエルがもう目の前まで来ても練り上げて、カエルが止まっても練り上げて、カエルの口が開いても練り上げて。

 

「あっ、これ間に合わないわ。フローズンソード!」

 

 咄嗟にスキルの発動を切り替えて、俺へと伸びた舌に刃を食い込ませる。

 刃が食い込んだ場所からどんどんと凍っていくジャイアントトード。

 フローズンソード。つまり氷の剣。斬った相手を凍らせていくソードマスターのスキルである。

 

 体を半分ほどかちんこちんにしたカエル。重くなったのでギルドに持って帰るのが大変になるだろうが、新鮮なままで送り届けることができるに違いない。

 

「……はぁ。結局、使えずか。あのスキルは今のところ実践的じゃないな。時間がかかりすぎる」

 

 大技を一つ俺も持っておこうかと思って取ってみたが、溜める暇がない前衛職では持て余していた。

 あの硬いアダマンタイトさえ豆腐のように斬れる威力。けど、そんな威力とはいえ範囲自体は結局剣先までしかないので、めぐみんの爆裂魔法みたいに使えば倒れたりするということはないにしても消耗は激しい。

 使い込むこととスキルポイントを振ることで、幾らか発動は早くなるらしいので、このスキルは将来に向けての投資だな。

 

 まさか――こんな始まりの街周辺で必要になることはないだろうから。

 

 俺は自分の思った言葉に、どうしてか嫌な予感がしたが、気にすることなく次の獲物を探す。

 

 そういえばめぐみん達の様子はどうだろうと見てみたら、下半身しかなかった。

 

「は?」

 

 ゴシゴシと目を擦ってみると、もう足までしか見えなくなっている。

 

「はい?」

 

 彼女達のそれ以外の場所はジャイアントトードの口内に収まっていた。

 既視感のある光景。

 いつぞやとそっくりの場面である。

 

「はぁー。すぅ」

 

 深く息を吐き、吸って、

 

「――接近! 一歩短縮!」

 

 俺はあいつらを助けるために爆走した。

 カエルの唾液でぐちょぐちょになった二人を助けてそうなった理由を聞くと、ゆんゆんの魔力が切れていたらしい。カエル退治の前に披露した上級魔法で結構消費していたとか。

 あまりこっちにはわからなかったが、上級魔法を覚えてゆんゆんも浮かれてたようだ。

 それにしても改めて思う。

 

 ……油断って怖い。

 

 

 

 

 

 

 

 




本番に向けて少し急ぐために若干省略
春になったということであれの出番です


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十八話

 

 

 

 俺は暗闇の中、そこに佇んでいた。

 なにも見えない。まったく光のない場所。音もない。まるで終わってしまった世界。

 

 遠くの方からなにかが近づいてくるのがわかる。

 それはひたすら巨大だ。いつかの宝島。神獣玄武を思い起こすようなとてつもない巨体。

 

 だからこれは夢だった。

 

 光源もないのにそんなことがわかるのだから夢の他ない。見るでもなくただ俺はわかっているのだ。

 近づいてくる。

 巨体が俺に近づいてくる。

 このままでは踏みつぶされる。それは自明の理よりも明らかだった。

 

 あの宝島のような大きさに勝てる? そんなはずがない。あんなのに比べたら人間は矮小でちっぽけだ。せいぜいできることといえばその恩恵に必死に授かるか、逃げまどうしかない。

 

 なのに俺はボーと突っ立っているだけだ。

 逃げることもせず果敢に立ち向かうこともせず、どうしてかその場所に留まっている。……本当にどうしてだろう。

 

 勝てるわけがない。

 逃げてしまえ。

 そう判断することは簡単なことで、俺はその簡単なことが――嫌だった。

 

 しかし、立ち止まっていてばかりでは事態は好転するわけもなく、その巨体はとうとう俺のすぐ目の前まで来て。

 

 ぐちゃり。

 俺は踏みつぶされたのだった。

 

 ――そこで目が覚める。

 見慣れた天上。俺達が買った家の内装が目に映る。もうこの家に来てから数ヶ月経った。この家にも愛着を感じ始めている頃である。なんせ初めて自分のお金で購入した家だし。

 俺は体を起こし、手のひらで顔面に触る。

 よほど焦りでもしたのか、俺の顔は汗が噴き出ていた。べっとりした嫌な感触が伝わる。

 

「……嫌な夢を見たな」

 

 あまりはっきりと覚えていないが、なにかとてつもなく大きなものに踏みつぶされたような感覚が体に染みついている。

 喉もカラカラだ。

 

「昨日夜遅くまで起きていたせいかな。もう……昼近いみたいだし」

 

 窓から入ってくる光的に、朝早いということはないだろう。

 一緒に依頼を終えたダクネスが家に来て、あいつと夜遅くまで話していたものだから寝過ごしてしまった。早起きを信条をする俺としては珍しい時間での起床である。

 めぐみんとゆんゆんに起こしてくれたらいいのにと思うが、一度起こしにきたか寝かしておいてやろうと思ってくれたのかもしれない。

 

「下に行って、水でも飲むか……」

 

 俺は顔の汗を腕で拭ってベットから降りる。

 あまりに踏みつぶされた感触がリアルだったから少し調子が悪いようで、ちょっとふらつきそうになる。

 

 風邪か? と思ったが風邪特有の喉への違和感がないので、病気ではないだろう。

 

 一階に行くために俺は扉を開けると、そこでばったりとめぐみんに出くわす。彼女はパジャマではなくいつもの魔法使いスタイルだった。

 

「おはよう」

「おはようございます。……といっても、時間的にはこんにちはですけどね」

「……やっぱそんな時間か。ごめん、寝すぎたわ」

「お昼ご飯ということで呼びに来ましたよ。……なんだか今日はユウスケ元気ないですね。ダクネスも朝は二日酔いで唸っていましたが、今は元気になっていますよ」

「あいつほんとタフだな。プリーストの回復魔法をかけたわけではないだろうに」

「人間離れしているというか、もしかして爆裂魔法さえ耐えきるのではと内心ちょっと怖いです。人間なら流石に耐えきれるはずがないと思いますが、この前聞いたユウスケの冒険話からしたら、ひょっとしたらと……」

 

 まだ体の調子が今一なので、俺は閉めた自分の部屋の扉に寄りかかる。

 

「ないだろうと笑い飛ばせないのが怖いところだよな。一度あいつの冒険者カードのスキル欄だけ見せてもらったが、えぐいぞ。あそこまで防御ガン振りした人間は見たことがない」

「大岩が頭に落ちてきてもろくに怪我しなかったんでしたっけ?」

「これ死んだなという石が直撃したにも関わらず気絶。それですぐ起き上がってきてたんこぶぐらいしか怪我がないんだから、あれはホラーだよホラー。何度倒されても起き上がってくるタイプの」

 

 めぐみんはそれを聞いて、グッと拳を握る。

 

「まあ個人的にはその尖り具合は好きではあるんですけどね。爆裂魔法一筋の私としてはシンパシーを感じなくもないです」

「いやでもあいつのその尖り具合はお前も知っての通り性癖から来てるぞ」

「……シンパシーというのは撤回させてもらいましょう。そんな変態ではありません。私は別に爆裂魔法で快感は……快感は、いや最近……」

 

 めぐみんはちょっと悩みだした。

 あれだ。たまに爆裂魔法を使った直後、時間停止で悪戯をしたりしているので爆裂魔法使うとちょびっと濡れだしてきているんだよな。条件反射である。

 

 めぐみんはダクネスとは仲がいいようで、結構会話しているのを見る。案外馬が合うようだ。

 

 それにしても喉が渇いた。早く水でも飲みに行くか。

 そうしていると、めぐみんは下から心配した顔で見ていた。

 

「やはりユウスケは元気ないみたいですね。顔色悪いですよ? 風邪ですか」

「そういうわけでもないと思うんだが……」

「わかりませんよ。ユウスケは他人のことはよく見ているくせに、自分のことには鈍感なところがありますからね。前に風邪引いた時も大丈夫大丈夫と言ってて無理矢理ゆんゆんにベッドに連行されてましたし。あの子にもあんな頑ななとこあるのですね。……ほら、少しの間ジッとしていてください」

「なに……を?」

 

 どうするのか聞く前に、彼女は俺の頬に手を当てる。

 小さな手で俺の頭を自分の方に引っ張る。そして、彼女は爪先立ちをする。

 かなりの身長差がある俺とめぐみんだが、そこまでしたら距離は縮まる。

 

 彼女の顔がどんどんはっきりと見える。

 それは俺の顔と彼女の顔が接近しているからで。めぐみんの真紅の瞳が大きく見えてくるわけで。ああやはりこいつ可愛いなと再確認するわけで。

 

「なにを!?」

 

 俺は彼女の手を外して、おもいっきり仰け反った。

 必然、今までもたれかかっていた扉に頭を強打する。

 

「うぎ!?」

 

 痛い。もう本心から痛い。

 脳に熱した棒を突っ込まれたみたいに痛い。

 

「ぐ……! ぐぅううう!」

 

 俺は屈んでその激痛になんとか耐えようとする。

 後頭部を触ると、ダクネスのように大岩に当たったわけではないがたんこぶになっていた。

 それを呆れた目でめぐみんが見下ろしている。

 

「……なに一人で勝手に暴れているんですか」

「なにって、お前がなにをしているんだよ! いきなり顔近づいてきて俺もびっくりするわ!」

 

 パチクリと彼女はまばたきする。

 驚かれた理由がわからないといった表情だ。

 

「別におでこで熱を測ろうとしただけですよ。ユウスケ。一体なにを想像していたんです」

「いや! ……そうか。そうなんだな。それなら先に言ってくれよ!」

 

 まさか俺の口からキスされると思ったなどと言えるわけがない。

 しかしおでこで熱を測るなんて本当に幼い頃母親にしかしてもらった記憶がない。そういえばめぐみんは小さい妹がいるんだっけか。彼女からしたら普通のことなのかもしれない。

 

「そうユウスケがして欲しいなら先にいいますけど。今から熱測りますからね。もうどこにも頭をぶつけたりしないでください。熱とかではなく痛みで倒れられたりしたら、そっちの理由で看病が必要となってしまいます」

 

 屈んだ状態の俺に対して、めぐみんは邪魔にならないように片手で自分の髪をかきあげながら腰を曲げていく。

 

 また顔が接近する。

 彼女の柔らかな唇に視線がいく。めぐみんの年若い瑞々しい唇。ふと触りたくなるような衝動にかられる魅力がそこには詰まっている。

 

 先ほどと違ってその接近は非常に遅いものだった。

 もしかしたら俺が集中しすぎてスローになっているのかもしれない。時間停止中なんてもっと凄いことをやっているのに、どうしてこんなに心臓が高鳴るのだろう。ドキドキと飛び跳ねる自分の心臓をわしづかみにして止めたいぐらいだ。

 

 ……いや、本当に彼女の近づく速度は遅いのではなかろうか。

 俺の視線を彼女は逸らしていた。こんなに顔は近づいていっているのに、彼女の視線は少し横を見ている気がする。

 

 それでも顔は最も近くまで来て、ピトっと俺のおでこと彼女のおでこは合わさった。

 彼女の肌は子供みたいな温かさで、その温もりが心地よい。

 

「……熱は……ないみたいですね」

「それは、良かった」

「……体の節々の痛みとかありますか?」

「痛いのは今のところ後頭部だけだよ」

「…………」

「…………」

 

 おでこをくっつけたまま俺達は黙ってしまった。

 どう動けばいいのかわからなくなってしまっている。早く彼女が退いてくれたらいいのだが、どういうわけか彼女は動かなかった。

 俺も動けなかった。

 こんなに近くで彼女の顔を見たのは初めてだ。本当に綺麗な瞳だ。紅魔族に与えられた瞳。それは初めてであったときと同じく宝石のように輝いている。

 

「めぐみんー。ユウスケさんはなかなか起きないの? お昼ご飯はもうできちゃっているんだけどな。でも、ユウスケさんがしんどそうならまだ寝かせてあげてね。ユウスケさんって朝から私達と依頼をこなして昼からはダクネスさんと依頼で、夜遅くまで話していたみたいだし」

 

 階段からゆんゆんが上がってくる。

 それがわかっているのに、俺達はいまだに見つめ合ったままだった。

 

「返事がないけどどうし――ええ!? 二人でなにしてるの!? どどどどういうこと!」

 

 ゆんゆんの叫び声でようやく俺達は硬直から解き放たれる。

 まるで石化したように、いや時間を停止させられたみたいに動かなかった体の自由が利くようになる。

 

 おでこを離しためぐみんは普段の表情通りでゆんゆんをからかう。

 

「どういうこともなにも、廊下で私の顔とユウスケの顔をくっつけていただけですよ」

「それって!? 私が知らない間にどんなロマンスが! ねえねえめぐみん! どうして私に言ってくれなかったの!」

 

 わざわざ勘違いするようなことを言うなと俺は注意しかけた。

 その言葉が出なかったのは、声がしたからだ。

 

 街中に響き渡っているような拡声器の声。それもあの宝島の時より切羽詰まったような叫び声。

 

「特別指定モンスター機動要塞デストロイヤーの接近を確認しました! デストロイヤー! デストロイヤーが接近中です! ただちに冒険者は冒険者ギルドに集まってください!」

 

 それは非日常の知らせ。

 人間に訪れた恐怖。

 

「機動要塞デストロイヤー接近! いますぐに冒険者ギルドに集合してください! いますぐにです!」

 

 俺達は今までのことも忘れて顔を見合わせる。

 めぐみんとゆんゆんの不安そうな顔に俺は心配するなの一言もかけられなかった。

 今の状況に対して、気休めにすらならないことを知っているからである。

 

 ……その兵器の名前を俺はよく知っている。資料で何度も読みこんだ名前だ。忘れるわけがない。

 

 今日見た夢はもしかしたらそのことを知らせていたのかもしれない。

 

「くそ。初めてだ」

 

 勘が当たってこんな嫌な気持ちになるなんて!

 機動要塞デストロイヤー。

 昔から今まで大暴れしてきた兵器。何度も倒そうとされ、いまだに猛威をふるい続け人間が倒すことを諦めた厄災。

 

 今、天災が――始まりの街であるアクセル街を襲おうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺とめぐみんとゆんゆんとダクネスは急いで冒険者ギルドに到着した。

 冒険者ギルドに来るまでにすでにこの街から逃げようとする人もかなり見かけた。家を置いて逃げるなんてと思うが、この世界の住人なら当然の行動だった。

 機動要塞デストロイヤーが襲来したなら、とにかくそこから逃げる以外に道はないのだ。

 

 そんな絶望的な状況にも関わらず、冒険者は意外に集まっている。

 魔剣使いのキョウヤ達やテイラーをリーダーとした冒険者三人組。リーンはこちらを見つけたのか手を振ってくる。ダストがいないのは……うん、まああんなことが起こったからね。

 

 始まりの街なのにあのデストロイヤー相手にこれだけの人数が集まるなんてな。

 何故か男冒険者が多いのは気になるが、この街の男冒険者は不思議なことにレベルが高い人も多いので頼りになる。

 

「この街だけは守る! 守ってみせる!」

「もちろんだぜ! 命に代えてもサキュ――この街の人間は守りきる! 天災なんて粉々にしてくれる!」

「アクセルの街には俺は夢を貰った! その恩返しもできずなにが冒険者だ。なにが冒険する者だ。無茶無謀? 知るかよ。それを踏破しての冒険者! この夢をずっと見続けるためにもデストロイヤーなど俺の魔法で一撃だ!」

「他人とろくに喋れない。女の子と目も合わせられない。そんな僕にはここしか! ここしかないんだよ! ここ以外だとどうやって幸せになれる! 誰が僕に幸せをくれる! こんな僕に誰が幸せを分けてくれるんだよ!? ……機動要塞などというボケカスが――! 我が絶技によって血祭りに上げてくれよう!」

「フシューフシュー。オデですとろいやーコロス。オデですとろいやーコロス」

「やるぞ! やるぞ! お前らわかっているだろう? 俺達はやるぞ!」

 

 おおおおと男の冒険者達の野太い声が地鳴りのように響き渡り、拳を振り上げ気合をはち切れさせる。

 

 それもこの盛り上がりようはどういえばいいのか。親の仇にでも出会ったとき以上の戦意に溢れている。今すぐ殺させろと殺意が漲っていた。

 切実さを通り越して半狂乱の人までいるぐらいだ。

 

 ここまでこの街を愛している人がいるなんて、俺はここの冒険者を見直さなければならない。少し涙が出そうになる。こんなにも熱い人間が集まっているとは。

 まだこの街に来て一年も経っていない俺だが、この街は第二の故郷だ。ここで俺はまた新たに生まれた。

 その気持ちがわかるだけに俺は目頭を熱くしそうになっていた。

 

「ここの冒険者は本当に頼もしい人達だなめぐみん……」

「私としては怖いんですけど。なんなんですかこの熱気。異常としか思えませんよ。あの人達、実際に状態異常にでもかかってませんよね?」

「めぐみん言い過ぎだよ。私も……ちょっと怖いけど」

「ここまでこの街を愛する人間がいるとは……私としては嬉しい限りだ。クリスもいてくれたら良かったのだが、あいつはいないのか? 少し遠出すると言っていたみたいだし来れないか」

 

 男性陣のあまりの盛り上がりように引いている女性陣はかなり多かった。

 大分人も集まっていると見たのか、ルナさんが前に出てきた。

 

「皆さん。落ち着いてください! そのやる気はありがたいですが、これからのことを説明するために一時的に静聴をお願いします!」

 

 そう言われるや否や一気に男連中は沈黙して耳を傾ける。

 女性冒険者などはまだ喋っていたので、そのあまりの静寂っぷりに慌てて黙る。

 まさに歴戦の戦士のような切り替えだった。この作戦にどれほどのかけっぷりかわかるというものだ。

 

「ありがとうございます! ……ここまで皆さん真剣になってくださっているなんて。冒険者ギルドの職員として感謝を言わせてもらいます」

「……ルナさん。その感謝の言葉は後でいい」

「ああ。機動要塞デストロイヤーを倒した後に聞かせて貰えればいいさ。俺達の戦いはまだ始まってすらいない。そうだろう?」

 

 男冒険者達の言うことが一々格好良かった。

 どことなく顔の彫りも濃くなっていて、劇画でも読んでいる気分になる。

 

「わ、わかりました。では説明させていただきます。――機動要塞デストロイヤーが確認できたのは今から一時間ほど前です。正確とまでは言えませんが、正門に向かって真っすぐと突っ込んでくることが予想されています。被害は甚大なものとなるでしょう。その巨体にも関わらず馬並みの移動速度から……おそらくは、明日の十六時から十七時辺りに直撃すると思われます」

「猶予は一日と少しか……」

 

 かなりの時間はあるが、あれを相手にするならとても長いとはいえない時間である。

 今までどれほどの時間があっても勝てなかった相手なのだから。

 

「殆どの冒険者が知っているとは思いますが、忘れていることや詳しいことまでは知らない冒険者も多いでしょうし、改めて一から機動要塞デストロイヤーの説明をさせていただきますね」

 

 ルナさんのそんな言葉から始まった兵器の説明は、俺にとっては既に知っていた事柄である。

 

 魔導技術大国ノイズが生み出した最強最悪の兵器。

 生み出したノイズをも破壊したその兵器は、それからも長い時をかけてこの世界を蹂躙した。国々を破壊し、街を蹴散らし、村を踏みつぶした。魔王の城は強力な魔力結界に守られているが、そんな場所を除き、どこであれこの兵器は暴れまくった。

 神獣並みの大きさを持った八本足の蜘蛛型の外見をしていて、その周囲には魔法を遮断する結界が張られており、大量のゴーレムが配備されている。

 二度落とし穴に落としたが、すぐに脱出されてしまう判断力とジャンプ力。

 

 これだけの被害を出しておいて、なお無傷な理由がわかる隙のなさだった。

 

 ……人から話として聞いてみると、本当に無敵だな!

 強いところだけを煮詰めて作りましたという具合だ。プレッシャーで気が狂いそうになっている研究者や子供が考えそうな最強の兵器である。同郷のやつめ! 何作っているんだよ!?

 

「説明は終わりますが、どんなことでもいいです。どんなささないなことでも構いません。機動要塞デストロイヤーを倒すヒントとなるようなことを思いついた人はどんどん言葉にしてください!」

 

 そうはいわれてもこの説明を聞いた後に話すのはなかなか難しい。

 よほど自分に自信がある人でないと無理だ。

 

「僕に話す時間を貰ってもいいだろうか?」

「魔剣さんですね! どうぞ思いついたことを言ってください」

 

 手を上げたのは自信家なキョウヤだった。

 これ見よがしに自分の魔剣を見せつける。

 

「僕の魔剣ならその足を斬れると思うんだ。進行方向上のすぐ横で僕が待ち構えて、横を通り過ぎるところを斬り飛ばすってのはどうだい? それを繰り返して足の数が半分ほどにでもなれば、その巨体を支えることはできなくなるだろう」

「うーん。ただでさえゴーレムは巨体で移動速度は速いですし、なによりゴーレムは機動要塞デストロイヤーの胴体内に大量に。真上には空からくるものを撃退する役割のゴーレム。そして――上半身の外側には全方向に弓矢部隊ゴーレムがいて、接近する生命体に矢を撃ちまくるんですよ。それに一つの足だけでもかなりの長さがありますからね。私達の身長で斬れる範囲とするなら……足の本当に先っぽぐらいです。……もし大量の矢を掻い潜りながら大ジャンプしてかつ足を斬り落とせるというなら、その作戦で行きたいのですが」

 

 なにその超人。

 機動要塞デストロイヤーより恐ろしい化け物である。

 

「キョウヤならそんなことも可能だよね!」

「普通の人なら無理だ。しかし、キョウヤなら! ドラゴンも屠るキョウヤなら容易いことである!」

 

 無駄にプレッシャーをかける周りの二人に比べて、期待を寄せられたキョウヤはというと端正な顔に汗をかいていた。

 

「……それは、流石に僕でも無理かな……」

 

 出る言葉は情けないものだったが、その余裕の表情だけは崩していないのは見事という他ない。

 うん、いくらなんでも不可能だ。キョウヤの実力は非常に優れたものとはいえ、それができるようになればもはや人間ではない活躍ぶりである。

 無茶苦茶な期待を背負わせるのは見ていて辛いから止めてあげてほしい。

 

「他に。他になにかありませんか!?」

 

 キョウヤで発言できる雰囲気になったからか、他の冒険者も口を開き始める。

 

「魔法を遮断するといっても、幾らなんでも限度があるんだろう。とてつもなく破壊力のある魔法なら或いは……」

「……そういえば、今新進気鋭のパーティーがいて、その中の一人が有能な爆裂魔法の使い手と聞いたぞ」

「確かあのユウスケのパーティーだよな。確か身長は小さい。紅魔族の……」

 

 視線が紅の瞳を持つめぐみんに集まる。

 突然視線が集中したことにめぐみんは慌ててとんがり帽子で顔を隠す。

 

「わ、私ですか!? その噂は嬉しいですけど、あの……期待されても……私の爆裂魔法としても……」

 

 いきなり注目の的になって慌てているめぐみんに代わって、俺は一歩前に出た。

 注目されるのは好きなくせに、不意打ちには俺のとこの魔法使いは弱いんだよな。

 

「爆裂魔法を結界に直撃させた資料は残っていますが、傷一つつけられませんでした。とある時代に爆裂魔法の使い手が二人もいて、その二人は何度も練習して同じ場所に撃ち込めるようにして結界の同じ場所に食らわせましたが……それでも罅が入ったのが限界です。なので、めぐみんの爆裂魔法一発では、残念ながら……結界を割るのは困難だと思います」

 

 丁寧に説明すると、めぐみんに期待を寄せていた人達もその説明に納得したのか顔を俯けた。

 

「伝説の威力だけはある爆裂魔法でも……無理なのか」

 

 俺としてはかつての爆裂魔法使いよりもめぐみんの方が優れているとは思っているが、それでも彼女だけの爆裂魔法で結界を割ることは不可能だろう。

 深く被っていたとんがり帽子を上げながら、めぐみんは俺の顔を見ていた。

 

「ユウスケって機動要塞デストロイヤーのことすごく詳しいんですね。あれだけすらすらと出てきたので、驚きました」

「俺が本とかを集めている時に言っただろう。情報収集が好きで、色々と調べているって。特にあの兵器は興味深いからな。何度も資料を読みこんでいたんだ」

「本当にただの情報収集だったんですね。そう見せかけたエッチな本かと思ってました」

「……お前、一度会議しようか。大金叩いて俺は何買っているんだよ。そんなものは本棚にはない」

 

 というかめぐみんとゆんゆんという美少女がいるので、本の世話になることはなかった。

 

 それからも様々な意見が飛び交う。

 男性冒険者達の熱意は本物で、操作している人がいるかなど。正確な大きさや機動性能。

 機動要塞デストロイヤーの資料は大量に残っている。

 

 なので、体の大きさや足と足の幅の長さや様々なことがわかるが、結果として出てくるのは――これを倒すのは無理という現実を突きつけられる。

 

「……どうしたらいいんだ」

 

 一人の冒険者の呟きは、皆の思いと同じだった。

 一体、どうすればいいのか。

 それがわかった人はいなく、わからないからこそ今も機動要塞デストロイヤーは残っているのだ。

 

 あの兵器相手に僅かでも勝算があって動ける人はそれこそ一握りだろう。……本当に僅かであれば――俺はそれを持っている人物を知っている。

 

 今まで意見を精力的に投げかけていたダクネスも、黙ってしまっている。

 

 このままではどうしようもないと思ったのか、ルナさんが冒険者の偉い人らしき人物と会話した後、沈痛な面持ちで彼女は冒険者に向かい合った。

 

「少し休憩にしましょう。今から二時間後にまた会議を開きます。それまでに各々でどうか一つでも、どんなものだっていいので思いつくようお願いします。私達はここで引き続き会議を開いているので、二時間後でなくても案があればここに来てください」

 

 ルナさんは一度言葉を区切ってからその言いにくいだろう言葉を俺達に伝えた。

 

「……もし二時間後の会議でもデストロイヤーへの作戦が立てられなければ、私達も……ここからの撤退を考えます」

 

 その言葉を口にするのにどれだけ勇気が必要だったか。

 俺達が言わせてしまったその言葉に、俺達がどれだけ情けなかったか。

 来た時とは反対に、冒険者は肩を落とし、顔色を悪くして帰ることしかできなかった。

 勝てる案が出せなかったから当然である。

 

 戦う前からすでに敗残兵のような感情で俺達は一先ず家に帰ることにする。

 そんな俺達とは反対に冒険者ギルドに入ってくる人も見かける。

 

「すみません! 遅れました! ちょっと外に商品の受け取りに出かけていて……え!? 会議は一時中止。それで二時間後なんですか!」

 

 ……そういえば、ウィズさん見てなかったな。

 元凄腕冒険者という噂。冬の間調べた限りでは、実際にとんでもなく強いことを示す情報が出てきて驚いた。勘は正しかったようである。

 

「……ダクネス。どうしたのです」

 

 俺達のように帰ることもなく立ち止まっているダクネスに、仲がいいめぐみんが尋ねていた。

 いつもと違ってひどく真剣な表情をした彼女は、ぎこちなく笑う。

 

「私は会議に参加させて貰う。何もできないかもしれないが、それでも参加したいのだ。……私はこの街が好きだからな」

 

 そう言って会議に残るダクネスは、まるでおとぎ話に出てくるような騎士だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食べていなかった昼ご飯を腹に収めようとしても、ろくに入ることはなかった。

 

 俺は客間のソファーで一人考え込んでいる。

 ゆんゆんは料理を作って会議している冒険者ギルドに持って行っていない。流石にどこも飯を作るような状況じゃないし、気配りできる良い子である。

 

「はぁー」

 

 ため息ばかり出てくる。

 だってあんなの反則だ。

 機動要塞デストロイヤー。まさか自分の住んでいる場所に来るなど思いもしなかった。しかし、天災なんていうものは大概そうなのかもしれない。脈絡なくなにも関係なくとも襲われる。

 

 残り一時間。

 どうすれば。どうすればいいのか。

 やれることは限られている。

 俺にできることなんて知れている。

 本当に――俺が動いていいのか? それともただ何もせず逃げるだけでいいのか

 

「わからない。……誰か教えてくれ」

 

 正解が見えない。

 俺は必死に闇の中でもがこうとして、結局なにも動いていなかった。がんじがらめにされたように動けないままだ。

 あの夢と同じように――。

 

「なにしているんですか。そんなしかめっ面をして。眉をこんなに曲げて、こんな顔しているとブサイクに……あれっ? こっちの方が渋みがあって格好良くはありますね」

 

 夢と違うのは、俺は一人ではないということだった。

 普段と何も変わらない表情で、めぐみんは俺の前に立っていた。

 

「……考えているんだよ。これからどうすればいいのかを」 

「ふーん。そうなのですか。それで難しい顔しているのですね。……でも、私としてはこの間抜けな顔の方が好きです」

 

 彼女は唐突に人差し指を俺の口に突っ込み、横にグッと引っ張った。

 にぃーと俺の口は広がる。

 はぁー、まったくこんな時だというのにこいつは通常運転だな。

 

「おひゃへ、こんなことひているひゃいじゃひゃいだろう」

「ふふ、何を言ってるかさっぱりわかりませんよ。まさに間抜け野郎ですね。ユウスケも、なにもそんなに真剣に考え込まなくてもいいじゃないですか」

 

 彼女は人差し指を頬内から取り出す。

 そして、俺の横にひょいと座った。

 

「真剣に考えないわけないだろう。デストロイヤーだぞ。デストロイヤー。あんなやつを相手にして本当にどうすればいいのか頭を悩ませているのが普通だ」

「だって、それは意味がないではありませんか」

 

 めぐみんの次の言葉に俺は驚く。

 

「――ユウスケは機動要塞デストロイヤーを倒せる方法を思いついてはいるのでしょう」

「なっ!?」

 

 予想もしていない言葉。

 誰にも知られてないと思っていた俺の心を彼女は容易く突いた。

 勝手に俺のポケットからハンカチを取り出し、拭いている彼女は、見事なまでに俺の心の内を読む。

 

「もうそれなりの付き合いですからね。ユウスケがこうやってジッとしているなんて、大体予想はつきますよ。とりあえず行動するのがあなたという人ですし、まったく倒せる可能性が思い浮かばないならどうにかして被害を減らすためにもう動いているでしょう。……そうしないということは、機動要塞デストロイヤーを倒せる作戦は思いついた。けれどもその作戦が成功する確率は低い――といったところでしょうか」

「…………」

 

 こいつには……ほんと驚かされてばかりだ。

 ビックリ箱と形容したのは正しかった。なにが出てくるかわからない。いつだってこいつと付き合っていると驚きと新鮮さに出会う。

 

 彼女の言う通りだった。

 俺は、機動要塞デストロイヤー相手に勝算がある。俺が知っている勝算がある人物とは――俺の事だ。まさか自分があの兵器に出くわすことなんて想像だにしていなかったが、それでも前々からどうすれば勝てるかを考えていた。

 

 一つだけ。こういう手順なら勝てるのではないかと思う作戦がある。

 

「やっぱお前賢いんだよな。……そうだ。一応思いついてはいるんだ。――でもな。希望的観測を詰め込んだもので、とてもではないが勝てるといえない代物だ」

 

 ああ。その作戦に勝算はある。しかし、その勝算自体はあまりにも低い。やる価値があるだなんて胸を張って言えるものではない。

 

「真面目ですねユウスケは」

「この作戦が会議に通っても、悪戯に希望を与えるだけ。被害を増やすだけ。それだけで終わるかもしれない。それならまだいいけど、もしかしたら死ぬ人が出てくるかもしれない。……そんなの、俺には辛いよ。逃げだせば絶対に命だけは助かるんだ」

「…………」

「…………」

 

 俺達は沈黙する。

 状況は袋小路なのである。ただ一つ確実な方法があるとすれば、尻尾を巻いて逃げることだけだ。

 大変な状況で、それでもここだけは時間がゆるやかに流れているように思えた。

 

 そんな中、唐突にめぐみんは懐かしいことを言ってくる。

 

「そういえば、ユウスケってどうして私とパーティーを組んだのですか? 自分でいうのもなんですが、あの時の私、かなり地雷だったと思うのですが」

「いきなりだな……。まあいいけど。それは、お前の爆裂魔法の威力は凄かったからな。将来性だよ。いつか役に立つと思ったし、やり方さえ工夫したら今でも使えると思ったからだ」

「それだけですか?」

 

 聞いてくるめぐみんに俺は照れ臭いものを感じながらも一つの理由を応える。

 状況が状況なのできっと俺の心が自暴自棄になっているのだ。

 

「……後は……お前が可愛かったのもある」

 

 恥ずかしい。こんな切羽詰まった場面でまったく俺はなんてことを言っているのか。

 めぐみんはそんな俺の答えに笑って、なぜか肩にもたれかかってくる。

 もうそんなに寒くはないのに、彼女の温もりがひどく安心する。

 

「ふふ、今日のユウスケは随分素直ですね。……どんな理由があるにせよ。あなたが私をパーティーに入れてくれて嬉しかったですよ。……はい、本当に嬉しかった」

 

 いつものめぐみんとはまるで違うようで、彼女はどこか大人に見えた。女性というのは、時折まるで男が届かないような大人に見えることがある。

 彼女は心から言葉を紡ぎだしているようだった。その飾り気のない言葉は、心に沁み込んでくる。

 

「それにパーティーを組んでからも私の爆裂魔法を改良しようとしたり――こうやって手のひらを使っての位置調節を考えついてくれたりしましたよね」

 

 前方に手を突き出して、彼女は言う。

 覚えているさ。まだ冬の前、おもいっきり突っ込みを入れたのを覚えている。

 

「あの時は確か腹が立つと言われたよな?」

「当然ですよ。爆裂愛に関しては私が一位。それも二位とはとてつもなく離れているはずなのに、会ったばかりの人が改良法まで考えつくのですから。まったく、空気読んでください。空気を。私としても嫉妬ぐらいします。――そして」

 

 彼女は前方に突き出していた手を自分の胸元に持って行く。

 

「嬉しかったです」

 

 まるで宝物を抱いているようだった。

 大事な大事なものが今も胸に残っているように、めぐみんは本当に嬉しそうだった。

 

「好きなものと向き合ってくれて。好きなものと真正面から向き合ってくれて、嬉しかった。あなたと出会う前まではパーティーからのけ者にされていた私が、今日は爆裂魔法の使い手として皆から見られていました。……知っていますか? 自信がなくなっていた私に、自信をくれたのがあなたなのですよ」

 

 ……想像もしていなかった。

 彼女は俺からしたらあまりにも天才で、そもそもそこまで興味を覚えられていることにさえ気づかなかった。

 自由奔放。豪快で、目立ちたがり屋で、突発的な出来事に弱い、そして可愛い魔法使いにここまで思われているなど、気づこうとすらしなかった。

 

 俺はクズで、本当にクズで、これからもクズであり続けるだろうに、ただただ不思議だった。

 

「……めぐみんはいつも自信があると思っていた」

「そんなわけありません。私も人の子ですよ。拒否されたら傷つきますし。それになによりお金がなかったら食事もできませんからね。……ユウスケに拾ってもらわなければ危なかったんですからね。本気で。次のパーティーでも無理ではないか、爆裂魔法しかないと知られれば拒否されるのではないかと自信はまったくありませんでした。こうやって指で爆裂魔法以外のスキル欄を隠したりしてですね。――でもきっと、自信があるように見せないと自信はつかないから。私はいつだって自信があるように見せるのです」

 

 よくめぐみんのことを子供扱いしているが、彼女の内面は大人だった。

 

 俺の方がまだ子供だったのだ。

 だから迷っている。選択肢はある。機動要塞デストロイヤーを皆を巻き込んで倒しに行くか。それとも尻尾を巻いて逃げるか。

 選択肢はあるのに、どちらも選べなくて突っ立ったまま。

 まるで迷子の子供だ。

 

「……俺はこの家が好きなんだ」

「知ってますよ。掃除よくしてますし」

「俺は臆病で、死者なんて見たくないんだ」

「あれだけ事前準備をするのもそれが理由ですよね」

「俺は――この街が壊れてほしくない。最後まで捨てられない。諦め……きれない」

「あなたは頑固者ですから。きっとユウスケのそれは死んでも治りませんよ」

 

 その通りだ。この性格だけは死んでも治らなかった。

 

 ふと――子供の頃を思い出す。

 まだ俺が小学校低学年の頃だ。今まで住んでいた家を引っ越しすることになった。両親は嬉しがっているし、家も大きくなるということで悪い点などなかった。

 だから俺も喜ぶふりをしていた。実際引っ越しした後はその家が大好きになった。でも引っ越し前日に俺は一人で夜泣いていた。愛着がある家から離れることが嫌だった。仕方ないにしても、それが悪いことでないにしても、俺はそれが無性に悲しかったのだ。

 

 俺達が初めて買った家。それを天災だかに壊されてたまるものか。この住みやすい街を壊させてたまるものか。

 そう思う一方、失敗した時のことをやはり振り払えない。

 

「でも、作戦が失敗すればどうなってしまうかと思うと――」

 

 彼女が俺の側から離れる。その温もりが離れることに少し不安になる。

 ソファーから立ち上がっためぐみんは、俺の前に立ってにんやりと笑った。

 

「そんな時はですね、ユウスケ。高笑いしとけばいいんです。失敗してしまった。ふははははっと笑って誤魔化しましょうよ」

「……ぷっ、なんだそれ! はははは、そんなので誤魔化されるのか!」

 

 あまりの言葉に俺も笑ってしまう。

 腹の底から笑ってしまった。

 こんな絶望的な状況で、こんなことが言い合えることが楽しかった。

 

「アクセルの街の人達は良い人ですからね。誤魔化されてくれますよ。その時は私も全力で誤魔化す側になりますから。当然、ゆんゆんも巻き込んでやりましょう。あの子を相手にするとこの街の人って優しいんですよ。この前なんてお肉を割引してもらってましたし」

 

 笑い過ぎて涙が出そうになる。

 本当、こいつとパーティー組めてよかった。

 

「お前ってほんと良い魔法使い――いや、良い女なんだな」

「その二つなら私としては前者の方が嬉しいですよ。なんといっても私は」

 

 めぐみんは帽子を格好良く決める。

 ソファーの横に置いていた杖を手に持ってビシッと格好をつける。

 彼女は見慣れたお決まりのポーズをする。

 

「紅魔族随一の魔法使い! パーティーの要となる爆裂魔法の使い手! ……そして、あなたはそのリーダーともいえる剣士でしょう?」

「いつの間に俺がリーダーになったんだよ。でも……そうだな。紅魔族の天才二人もパーティーにいる剣士としては、こんなもの解決できる仕事か」

 

 ……まったく。本当にまったくだ。

 ここまで言われては仕方がない。

 逃げることなんてできないじゃないか。

 

 俺もソファーから立ち上がる。

 足に力が入る。頭が燃え上がっている。何もなくても叫びそうな熱量が俺の体に渦巻いている。

 

 まるでインターハイの決勝戦。

 ここで戦わなくては、いつ戦うというんだ。

 

 ――相手は天災。

 誰一人として敵わなかった相手。金を賭け、人を懸け、時間を掛け、それでも誰一人として届かなかった相手だ。

 

 しかし、俺は知っている。

 ゆんゆんの凄さを。

 ダクネスの凄さを。

 ウィズの凄さを。

 ミツルギキョウヤの凄さを。

 そして目の前にいる――めぐみんの凄さを。

 

 古来より天災によって人は打ち砕かれてきた。

 しかし、そんな天災をもコントロールしよう。いつか打ち勝つために努力するのが人間だ。矮小な人間の強さだ。いつだって人間は自分一人では倒せない相手を、協力して打ち勝とうとしてきた。

 

「かるーく機動要塞デストロイヤー退治でもやってしまうか!」

 

 なに――同郷のやつの失敗作だ。

 転生者の後輩として先輩の後始末ぐらいしてやるとするさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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十九話

 

 小奇麗な外装。掃除が行き届いているようだ。

 普段なら閑古鳥が鳴いている場所。ただそれは店が悪いというわけではなく、店の取り扱う商品が特殊だからだ。

 

 初心者の街にしては質が良い魔法道具。それによくわからない用途の道具が沢山置かれてある。接客態度が悪いや商品自体が粗悪ではない。

 

 いやでもそれって店が悪いといえるか。

 俺でもわかるが、売れる適切な商品を置くってのも店の大事な経営の仕方である。

 

「すみません。お邪魔します」

 

 急いで残していたゆんゆんの昼食を腹の中に収めた俺は、ウィズ魔法道具屋の前にいて木の扉を開ける。

 ドアの軋む音と共に俺はウィズさんの店に入った。

 

「……ユウスケさん? どうしましたこんな状況で?」

 

 彼女はなにやら台車に瓶を敷き詰めているところだった。

 割れないように気を付けながら入れているそれは、おそらくポーションだろう。それも上質の。

 

「ウィズさんに頼みたいことがあって来たんですが、忙しいですかね。そのポーションは冒険者に売るためのものですか? どの道、俺もこの後冒険者ギルドに行くつもりですから運ぶの手伝いますよ」

 

 彼女は手を止めて、強く否定する。

 ダクネス並みかそれ以上の巨乳が揺れる。

 

「まさかですよ、ユウスケさん! このような状況で商売なんてするはずないじゃありませんか」

「えっ!? も、もしやそのポーションただで配るつもりですか?」

「もちろんです! 皆さんが大変な時に商売はできません。皆さんあっての商売なのに私だけが儲けようとするなど商売人の端くれにも置いておけません。これは全部無料配布です!」

「……人が良すぎますよウィズさん」

 

 そのたわわな胸を張って断言するウィズさんは、あまりにも商売人に向いてなさすぎた。

 どれほどの赤字か考えるのも恐ろしい。

 

 質が良いものを見抜く確かな眼力。美人な容姿があるのに、常に貧困に喘いでいるのは本人の性格と経営戦略のなさにある。

 というかこの前買い物している時に出店で、腹を鳴らしながらリンゴ一個を買おうかずっと迷っている姿を見たときにはこちらが泣きかけた。思わず夕飯に誘ってしまったのは致し方ないだろう。

 

「それでユウスケさん。頼み事というのはなんでしょう。私にできることでしたら聞いてあげたいのですが」

「そうだった。話逸れてましたね」

 

 大事な要件を忘れていた。

 この世界の住民は、俺を驚かすことばかりするから困る。毎日が冒険のようだ。

 

 俺は彼女にしかできないことを頼みにここに来た。

 ……緊張する。

 俺がこの言葉を発した瞬間、何が起こるかわからないからだ。それでも、分の悪い賭けではないと信じて俺はその言葉を口にした。

 

「ウィズさんは爆裂魔法を使えますか?」

「…………」

 

 その質問の意味。

 熟練した魔法使いでも使えない、そもそもスキルポイントが勿体ないのでわざわざ取らない爆裂魔法。そんな魔法を使えますかと聞く時点で、ある一つの意味を言外に含んでいる。

 

 彼女がどう出るのか。

 覚悟を決めてきたつもりだが、それでも汗が出る。逃げたくなる。だけど、俺は逃げるつもりはない。

 

「やっぱりユウスケさん気づいてたんですね」

 

 なのに、ウィズさんは普段と何一つ変わらない表情だった。

 表情は変わらないまま気配だけ変わったとかではなく、本当にいつものままである。

 

「もー。気づいてたら気づいているって言ってくださいよ。相手は知ってるのに、私は知らないだなんて、なんだか恥ずかしいじゃないですか」

 

 頬に手を当ててほんのりと当てて恥ずかしがっている彼女は、たまらない破壊力があったが、それとは別にこの反応は予想していなかった。

 

 え? こんな感じでいいの!

 こんなノリですませて良い話なのか!?

 

「か、軽いですね」

 

 真実を突きつけたつもりなのに俺の方が慌てている。

 

「はぁ、ユウスケさんはそれを言いふらすようなことはしないでしょうし、特別騒ぐことでもないんじゃないですか」

「……そうなんですかね?」

「はい。そうです!」

 

 自信満々ににこにこと答えられると、そうだという気に……ならないよ!

 絶対俺の方が正しい。

 彼女が――不死者だという事実をここまであっさり受け入れる方がおかしい。

 

「でもユウスケさんもよく気づきましたよね。私がリッチーということに」

「ん?」

 

 あれっ、突然俺の耳がおかしくなったのだろうか。

 

「耳穴に指を突っ込んでますけど、どうしました」

「いやー、すみません。どうも耳の調子が変なようで、ウィズさんが自分のことをリッチーと自称したように聞こえたんですよ。はっはっは、そんなことあるわけないでしょうに」

 

 聞き間違いにもほどがある。

 きっと金持ちのリッチとでも言ったのだろう。ウィズさんはお金を持っているようにはとてもではないが見えないし、よくわからないギャグなのかな?

 

「そんなことはありますよ。私、リッチーです」

 

 俺のむなしい希望は即座に否定される。

 天然なところは大いに入っているが、元々嘘やギャグがいうタイプではないので、彼女の話していることは真実なのだろう。そう頭ではわかっているのに、俺は再度聞き返した。

 

 何故なら信じがたい事柄だからだ。

 

「……真面目に?」

「真面目です。そこまで疑うなら冒険者カードを見せますよ。リッチーが覚えるスキルがばっちり書かれてます」

 

 背中に嫌な汗が伝っていっていくのがわかる。脂汗が流れている。あれだけ逃げないと決めていたにもかかわらず、反射的に体がビビってしまっていた。

 

 俺は一歩下がる。

 二歩下がって、三歩下がったところで扉とぶつかる。キィーという木が軋む音がする。

 

「あれっ、ユウスケさんは私がリッチーだということは知らなかったのですか?」

「知るはずないでしょう! てっきり何かしらの不死者とは推測してましたけど、超大物すぎますよ!」

 

 思わず叫びながら突っ込みを入れる。

 最高で吸血鬼だと予想していたが、その上を遥かに越してきた。

 

 リッチー。

 アンデッドの王。魔法使いの真髄を極めた者。

 かつて魔法使いからリッチーになった存在がいたが、国を相手取って戦ったという伝説が残っている。リッチーは国と同等、とまではいかないにしても、本気になれば近い戦力を有しているといっても過言ではない。

 会えば死ぬ。そんな死神じみた伝説上の存在がリッチーだ。

 

「フフ……。超大物だなんて。たまにヴァンパイアがアンデッドの王様みたいな顔をしてますが、実際はリッチーがアンデッドの王様ですからね。真のノーライフキング。生命を持たない者の王様。私は女性ですから、女王様ですかね! うん! 女王様なのですよえっへんです!」

 

 腰に手を当てて、その大きな胸を張って鼻高々な様子からはまったく信じられないが。彼女は凄い気持ちよくなっている。

 それにしても大きなおっぱいだなーと現実逃避したくなる。

 ここアクセルの街なんだよね? 冒険者達の始まりの土地なんだよね? それにしては天災である機動要塞デストロイヤーがくるし、不死の王であるリッチーが店商売してるしで滅茶苦茶だわ。

 

「少々予想は足りませんでしたが、ユウスケさんもよく私の正体をある程度まで把握できましたね。高位のアークプリーストでもなければばれないように魔力を抑えているのですが。初めて会ったときも、なにやら私のことを警戒してましたし」

「あー、俺は人よりは勘がいいので、ウィズさんが強いなというのはなんとなくわかったんですよ」

「ゆんゆんさんが来た時にユウスケさんの勘は凄いとまるで自分のことのように自慢していましたが、素晴らしい勘をお持ちなんですね」

「……ゆんゆんそんなことしているの?」

「たまに来てくれますけど、その度にめぐみんは凄い、ユウスケさんは凄いと、見ててもう微笑ましくて微笑ましくて」

 

 花が開くように笑うものだから、自然と警戒心は和らいでしまう。

 そもそもの話、俺は彼女に手を貸してほしくて来たのだ。こちらが警戒してしまっては、手助けなんてしてもらえるはずがない。

 

 扉に預けていた背を離す。彼女の前までちゃんと来て、軽く謝る。

 

「すみません。ウィズさんは店の商売もあるのに。今度話しておきます」

「そんなことしないでください。ゆんゆんさんは私の話し相手になってくれて、むしろありがたいんですから。ポーション類などを買っていってくれる数少ないお得意様ですしね。邪魔になるわけありせん! なにしろ私の店には全然これっぽっちもお客さん来てくれませんから!」

 

 そんなあっけらかんと悲しいこと言わないでほしい。

 どう返せばいいかわからない。

 不死者になった故にかはわからないが、ウィズさんの言動というか出す空気って独特なんだよな。

 俺は慌てて話を戻した。

 

「……えっと、俺は勘がいいので、ウィズさんのことが強いとわかったのですよ。それで失礼ながら本当に失礼ながらウィズさんのことを調べさせてもらいました。……本当に申し訳ありません」

 

 俺は深々と頭を下げる。

 どうしても彼女の強さが気になってしまったのだ。彼女のような強さの持ち主がどうしてここで流行らない魔法道具屋なんてものをやっている理由が。

 そう思って調べてみたら――わかってしまった。

 

「やだ。恥ずかしいです。昔の私ってそれこそ今と違って尖っていましたから。私は調べられても全然構いませんが、ユウスケさんはそのことについて引きました? 引いてしまいました? ……あの頃の私は、どんなことでも自分はできる! そんな自信にあふれてまして、ああ恥ずかしいです!」

 

 まあ……引いたか引いてないかでいえば、引いた。

 顔を真っ赤にして覆い隠している彼女の冒険者時代、それはもう半端なかったのだ。バランス崩壊しているとしか思えない強さを存分に振り回しまくってモンスターを根こそぎ退治する勢いだった。

 とある依頼を機に急遽冒険者を辞めたが、それでも彼女の伝説は残っている。

 

「まあ、素晴らしい活躍をしていた記録は残っていましたね。でも、それだけじゃなくて俺が最も注目したのは年齢です」

「…………!」

 

 あれっ、殺気がする?

 勘が警報を鳴らしている。……けど、ここには俺とウィズさんしかいないしな。

 不自然に思いながらも、俺はウィズさんの記録によってわかったことを言おうとした。

 

「実年齢まではわからなかったんですが、大体の外見年齢は知ることができました。ウィズさんが表舞台から姿を消すときの年齢は二十歳程度で、今の外見年齢と変わりません。普通に歳を取っていったならばウィズさんの実年齢は大体――」

「二十才です」

「えっ? そうではなくウィズさんの年齢は」

「二十才です」

「……今もウィズさんの実年齢は二十歳ですね!」

「はい! わかってくれて嬉しいです」

 

 くそう。負けてしまった。流石は歴戦の魔法使い。

 にこやかな表情をして押しが強い。まあ女性に年齢を言うのは失礼なことだし、俺がもやもやした気持ちで話が収まるなら安いものか。

 

「――そういうわけで、高名なアークウィザードということとそこから不死者になったウィズさんなら爆裂魔法を使用できるかなと考えたんです。爆裂魔法を取る人というのはよっぽど才能があるめぐみんみたいな物好きか、他は強力な不死者ぐらいですから」

 

 そもそも不死者は取るスキルが爆裂魔法以外なくなることで取ったりや、不死者になれば魔力量が上がるし、吸血鬼などは他人から魔力を吸い取る方法がある。そして、自分は滅多に死なないということから――強力な力を持つ不死者は、自分でさえ危険な状況に陥る可能性がある爆裂魔法を取ることがあるらしい。

 

 ウィズさんはそれに肯定するように頷いてから、両手で可愛らしい小さな丸を作った。

 

「花丸をあげちゃいます。ユウスケさんの勘とそれを信じて、実際に調べて結果までたどり着くことができる手腕。どちらも冒険者としては大事なものです。先輩冒険者としては、後身が育っていると微笑ましい気持ちになりますね。良い冒険者になりますよ。――いえ、既にもう良い冒険者ですね」

「それはいい過ぎですよ。まだまだこの世界のことをわかっていない若輩者です」

 

 氷の魔女とまで恐れられた凄腕冒険者にこうまで言ってもらえるとは恐縮だ。

 リッチーにまでなったこの人の観察眼は本物だろうしな。経営センスはないとしても……。

 

「ただ不思議なのは、そこまでして一人で乗り込んできたということですね。私が本当に不死者なら、こうぐわーと襲われる心配はしなかったのですか? 敵側のスパイという可能性もありますよね」

「実力が桁違いであれだけ有名な冒険者であるウィズさんが悪いことをすれば、間違いなくその評判が伝わってます。それが俺の調べた中でなかったということは、今まで悪い行いをしてこなかったと思いました。少なくとも冒険者になった時は登録する必要があるので人間でしょうし、魔王軍に与えた損害からしても少なくとも人間の敵ではないかな、と。後は……」

「後は?」

 

 ……言いにくい。

 とても言いにくい。

 しかしこれが判断する重要な参考ともなったので言わないわけにはいかない。

 

「これだけ貧乏してまでスパイするんだろうかと思ったので」

 

 彼女はこけそうになっていた。

 

「そんな理由で! そんな理由で私味方認定されたのですか! 複雑。すごく複雑です! 合っているだけになにも言えないのが特に複雑なところですよ」

 

 他にも俺が出会った中で悪い人だとは一度も思ったことはないのもある。

 

 それと――そもそも冒険者ギルドは彼女の正体を掴んでいるのではないかという予想があった。俺が想像できることだ。冒険者ギルドが想像できないはずない。あの当時冒険者のエースともいえる彼女の動向を掴まないはずがない。

 だから冒険者ギルドが捕まえないということは、悪ではないということなのかと考えたりもしたのだが……ウィズさんがリッチーなら、捕まえるには被害が大きすぎるから見逃していたという可能性もある。

 

 ……危なかった。

 リッチーの可能性はちらりと考えたことはあったが、すぐに馬鹿らしいと打ち消した。彼女が実際にまさか生ける伝説だと決めつけて動けるわけがない。どっちかというと死せる伝説か。

 

「うう……何気にかなりショックでしたよ。味方だと思ってもらえたのならいいんですけど……」

「ほんとすみません」

「まあいいです。気にしません。気にしないことにしました。……それで話を戻しますけど、私はリッチーですし爆裂魔法は使えますが、この状況で爆裂魔法が必要というなら、もしかしなくても機動要塞デストロイヤーを攻略するおつもりですよね? 私も一度資料は読んだことあります。同じ箇所に爆裂魔法を撃ち込むなどという真似はいきなりは無理ですよ。おおよそのところに撃ってその範囲で相手を殲滅するというのが爆裂魔法の使い方です。規模が規模なのでそこまで私もあの魔法を撃つ機会はありませんでしたが、コントロールは非常に難しいんですから」

「ああそれに関しては――」

 

 俺はウィズさんに説明をしようとしたとき、扉が勢いよく開けられる。

 めぐみんがダクネスの腕を引き連れて最初に入ってきて、それからゆんゆんが飛び込んできた。

 

「ユウスケ! ダクネスを連れてきましたよ! ……ゆんゆんはおまけです」

「なんだ、ユウスケ! 非常に大事なことがあるからついてこいとめぐみんに連れてこられたが、今の状況からして本当にそれは大事なことなのか?」

「だって見るからに重要そうなんだもん! 私も仲間外れにしないで!」

 

 とにかくめぐみんにはダクネスを連れてきてとお願いしていたが、ゆんゆんも連れてきてくれたのなら話は早い。

 俺は一歩隣に移動して、全員の顔が見える位置にいる。

 

「皆が揃ったみたいなので、全員に説明します」

 

 良いタイミングだ。

 会議まで残り二十分ほどか。ここで説明して、ギルド職員に手まわしてと考えたらギリギリだが、いけなくはない。

 だから俺はこの作戦に置いて重要な彼女に直球をぶつけた。

 

「ダクネス。連れてきた理由があの兵器に関係するといったらどうする?」

 

 めぐみんの手を離したダクネスは俺に駆け寄る。そしてガシッと俺の肩を掴んだ。

 

「倒せる方法を考えついたのか!」

「ああ、と格好良く言えるほどの作戦でもないけどな。成功率はおそらくかなり低くて、ダクネスのお眼鏡にかなうかどうかはわからない代物だ」

 

 肩に加えられる力がすごい。

 普通に痛いぐらいだ。それほど彼女は機動要塞デストロイヤーを倒すことに――街を守ることに意識を向けていた。俺では到底及ばないほどに。――だからダクネス。お前がこの作戦の主役の片割れだ。

 

「それでも可能性があるなら充分だ! やったな! 前々からお前のことは頼りになるやつだと思っていたんだ。……ん、待てよ。それだと直接冒険者ギルドに言えばいいではないか! ……もしや私をここに連れ出す理由があるのか」

「もちろんある」

 

 何故ならば――

 

「めぐみんとお前。二人がこの作戦に置いての鍵なのだから」

 

 ダクネスのきょとんとした顔。

 いつも驚かされてばかりだが、こうやって驚かせるのも楽しいな。

 ただ驚かしたのではなく、今の言葉は事実だ。この作戦にはめぐみんとダクネスが絶対不可欠。

 

 彼女達が主役で、俺はその下で必死に支える土台にしか過ぎない。

 これから俺は彼女達に作戦を伝えるわけだが――俺は、ダクネスを説得できるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺達は冒険者ギルドの中で待っている。

 めぐみんとゆんゆんが隣にいて、他には大勢の冒険者がいた。

 

 予定されている時間が来たので、二回目の会議のために集合している。しかし、もう会議の時間が始まってから十分ほど経っているが、まだ始まることはなかった。ギルドの職員はダクネスと一度奥に引っ込んだままなかなか出てくる気配はない。

 

 それに文句を言うような冒険者は誰一人いなかったが。

 明るい表情をしている人はまったくいないし、うなだれるように顔を下に向けている冒険者が多い。会議が始まってほしくはないと思っているようにすら見えた。

 

「……まるで葬式みたいだな」

 

 ボソッと発した独り言。

 しかしそう言いたくなるような沈鬱とした雰囲気だった。

 

「これが葬式? どこがですか。こんな暗い葬式は存在しませんよ」

「は? 葬式だぞ葬式。死者を悼んで湿っぽくするのが普通だろう」

 

 お経を唱えるなんていうのは日本独自の文化だが、ここでも死者への悼み方は然程変わらないはずなんだが。そんなに詳しいことまでは知らないが、そうだった覚えがある。

 とはいえ、実際に神の存在が確認されている世界なので、日本よりは悲しむことはないらしい。エリス教の熱心な信者なんかは、死期が近くなればモンスター退治によく行くことになったりするとか。モンスターに殺された人間は死後エリス様の許に送られるからな。

 

「外ではそうでしたっけ。紅魔の里では葬式は盛大なパーティーが行われるのですよ。死者を送り届けるのは派手に。とにかく派手にが信条です」

「結構前にめぐみんと行った葬式ではこんなに大きなケーキが出て、それもスポンジもふわっふわで。頬っぺたが落ちるかと思ったよね」

「毎回葬式が終わりかけになったら泣き出す人がよく言いますね。ゆんゆんが取ったケーキが涙でびしょびしょになってましたよ。勿体ない。そもそも葬式相手なんてゆんゆんはまともに喋ったことない人でしょう」

「あうぅ……、なんだか悲しくなるからしょうがないじゃない。もしかしたら私が知らないだけでとても良い人で、仲良くなれた人かもと思うと無性に悲しくなるの」

「まあ私としても最低限あれだけの大きさのケーキは欲しいです。ユウスケ。もし私が死んだらケチケチせずに二段重ね……いえいえ、夢の三段重ね! のケーキを作ってくださいね。約束ですよ。もししなかったらアンデッドになって夜な夜な爆裂魔法の呪文を唱えに行きますからね」

 

 お前ぐらいのクラスの魔法使いだとリッチーになりそうだからやめろ。これ以上伝説の存在を増やすでない。

 

 しかし、紅魔の里とこっちでも色々違いがあるんだな。

 どうも先入観があって、知識では様々な文化があるのは知っているが、自国以外はどこも似たような文化という感覚はなくさないといけない。転生前に外国に行ったこともないし、あまり興味もなかったせいで視野が狭い。

 しかし、こういう時に使える言葉は知っている。

 

「文化の違いだなぁ」

 

 これさえ言っとけばなんでも丸く収められる便利な言葉である。

 後、めぐみんが言うケーキは作ってやってもいいけど、多分俺は泣いてまったく食えないぞ。

 

 こそこそと喋っていると、ようやく職員内で話が纏まったのか、ギルド職員達とダクネスが出てくる。

 冒険者はというと、なぜ明らかに冒険者の格好をしているダクネスが一緒に出てくるか不思議そうにしている。

 

「誰だあいつ?」

「俺は何度か見たことあるぞ。美人だし。よく盗賊のねえちゃんと一緒にいるやつじゃないか」

「ああっ、あの胸がデコボココンビか」

 

 ……やめろ。やめてあげて。

 ボコの方が誰かなど聞くまでもないが、悲しくなるぐらいあれな表し方である。

 

 デコな方のダクネスは、中央。職員達の中でも真ん中にくるように立っていた。

 当然、明らかに職員ではなくて真ん中にいるダクネスに視線は集中する。

 彼女は注目を集めても、うろたえることはなく、堂々と注目を浴びることになれている風に毅然とした態度を取る。

 

「遅れて申し訳ない。職員の皆と私が話し合いをしていたせいで、遅れることとなった。それというのも――機動要塞デストロイヤーを倒す作戦が完成したためだ」

「――――っ!」

 

 全員が驚きの声を上げる。

 もう誰もが諦めた時、そんな希望の糸をおもむろに投げられるなど思ってもみなかったからだ。

 冒険者は冷静でなどいられるわけがないし、職員も興奮がまだ収まっていないと感じだ。あの発言を受けて平静なのは、あらかじめ作戦の情報を共有していた俺とめぐみんとゆんゆんとウィズだけだろう。

 

「あの天災を倒せるってマジかよ! 本気なのか!?」

「それ本当なのかよ! どんな作戦なんだ!」

「まさか盛大なドッキリとか言わねえよな! 早く教えてくれ!」

 

 ヒートアップする冒険者を尻目に、ダクネスは手を前に出して押しとどめる。

 

「――少し待ってくれ。作戦を伝える前に作戦提案者である私の自己紹介をしておこう」

 

 その言葉に白けたような雰囲気を作る冒険者。

 一刻も早く作戦内容を聞きたいのに、作戦を作った人間のことなんて聞きたくないのだろう。その気持ちはわからないでもないが、彼女の存在自体が機動要塞デストロイヤーを倒すための作戦に組み込まれている。

 

 ダクネスは一度目を閉じてから開ける。

 そこにあるのは美しい碧眼。彼女の金の髪色と合わせて貴族の象徴ともいえる身体的特徴である。

 

「冒険者としての名前はダクネス。ただのダクネスだ。……貴族としての私はダスティネス・フォード・ララティーナ。簡単に説明するならダスティネス家現当主のダスティネス・フォード・イグニスの一人娘にあたる。これが家紋だ」

「……冒険者ギルドで確認しましたが、紛れもなく本物です。この方はダスティネス家のご息女です」

 

 ルナさんがダクネスが出した家紋に手を差しながら、彼女の説明が嘘ではないことを立証する。

 その名前は知られていないわけがない。子供だろうと知っている家名だ。

 

「はぁ? ダスティネス家の現当主といえば王の懐刀と言われている人だろ?」

「滅茶苦茶大貴族じゃねえか。今の領主は気にいらねえやつだが、あいつが悪さできないのもダスティネス家の人がここにいるからだと聞いたことあるぞ」

「そういえば、お前の息子遊んでもらったことがあるって言ってたよな?」

「ああ。俺らのようなやつにも優しくてよ。貴族はその高級なお召し物とやらにゲロ吐きかけたいぐらいだが、あの人は別だわ」

 

 先ほどまでどうでもいいといった風だったのに、一変して彼女の家の話題になる。

 それほどまでのビッグネームだった。

 紅魔の里にいたゆんゆんとめぐみんも聞いたことがあるぐらいの人である。

 

「め、めぐみん! 私そんな人の朝ご飯に晩御飯の残り出しちゃったよ!」

「ゆんゆんの食事にケチつけるようでしたら、学生時代ゆんゆんの弁当で命を繋いでた私が黙ってませんよ。しかし、ユウスケはダクネスに血の繋がりがあるかと尋ねて、ダクネスも肯定していましたが……まさか娘だなんて。てっきり親戚かと思ってました。……ユウスケ。あの時は急いでいるようなので聞けませんが、そんなことよく知ってましたね。……えー、そのですね。確かに私はあなたの間抜けな顔が好きと言いましたが、それは家で私の前だけでやってください。こんなところでされると……私としても恥ずかしいのですが」

 

 俺は口を大きく開けて間抜けな表情をしていた。

 

 驚愕の新事実を前に俺は馬鹿面を晒していた。先ほどダクネスを驚かせた百倍は俺は驚かされていた。

 

 ご息女!? 一人娘!? なんで! どうして!?

 わけがわからない! 

 

 ダクネスがダスティネス家の娘だなんて予想しているわけがない。いや親戚だろうというのも俺の勝手な思い込みだったのだが、まさか直系の娘と考えるわけがなかった。

 

 ウィズさんがリッチーだという事実よりも衝撃である。

 というか大事な一人娘を冒険者にするってどういう放任主義なの!? 護衛の一人もついてもいないし、俺の理解の範疇外だ。

 

 俺は手であんぐりと開いた口を閉じる。

 ……まあ結果的にいえば、これは悪いことではない。二つの理由から俺はダクネスに作戦提案者になってくれと頼み込んだが、片方の理由に関してはこれでより有利になる。

 普段なら家の力を使うのは不本意だが、このような理由なら私の本意だ。と彼女は快く了承してくれたけど、てっきり親戚として家名を使うのは恐れ多いからだと思っていた。

 

 本来冒険者は貴族のことを毛嫌いしているが、やはりダスティネス家だけは特別なようで、冒険者の反応もすこぶる良い。

 

「ゴホン」

 

 ダクネスが咳払いすると、ざわついていた冒険者もピタッと静けさを取り戻す。

 彼女は片手の指を三本立てる。

 

「感謝する。この作戦は私が主だって作戦を作り、ユウスケや様々な人が色々と知識を出してくれたわけだが、皆も今一度デストロイヤーのことを思い出してくれ。さて――機動要塞デストロイヤーを攻略する上で三つの障害があるのを覚えているだろうか?」

 

 彼らも真剣に機動要塞デストロイヤー対策を考えていたのだろう。

 あの兵器を攻略するにあたって困難な点がすらすらと出てくる。

 

「……それは多分魔法を遮断する結界じゃないか。爆裂魔法をも防ぐっていう強力な」

「素早く移動している長い足を斬り落とすのが大変ってのもあったよな」

「おいおい、お前ら。重要なの忘れているぞ。外側の上半身にずらりと並んでいる弓矢部隊。そのせいでまったく人が近づけないってのは致命的だろう」

 

 ダクネスは彼らの言葉を噛みしめるかのように頷く。

 

「その通りだ。胴体内と上にもゴーレムはいるが、機動要塞デストロイヤーを止めるにはその三つが障害になる。足を潰して機動力さえ奪えればいいのだが、それもままならない。その三つの障害を我々は攻略する作戦を今から言うわけだが、まずは一つ目。魔法結界についてだ」

 

 これを聞き逃してはならないとばかりに冒険者全員固唾を呑んで聞き入る。

 

 予想外にダクネスの喋りは上手かった。

 貴族、それも大貴族の娘なだけはある。大勢の人相手に話すのに慣れているし、身振り手振りが見る人を惹きつけるものになっている。嫌味なく表れるその仕草は、彼女の受けた高い教養を感じさせる。

 普段時折出る変態さの欠片もない。言葉もいつもよりかたいものにしているし、貴族のお嬢様という経歴を納得させるだけの空気がある。

 

「二発の同場所爆裂魔法で罅が入った魔法結界。それならこちらは三発同じ箇所に撃つことでその結界を破壊する。――というのも、めぐみんで一発。皆が知っている魔法道具屋の店主も爆裂魔法で一発。残り一発は高級マナタイト石を使ってめぐみんにもう一発撃ってもらう」

 

 名指しされためぐみんとウィズさんに視線が集まる。

 突発的な出来事ではないので、めぐみんは自信満々に胸を張っている。

 ウィズさんは少し照れくさそうにはにかみながら、小さく手を振っていた。

 

「店主さんか。そういえば有名なアークウィザードらしいな。商品は買ったことないけど」

「凄腕アークウィザードと俺も聞いたことがあるな。一度貰ったポーションは凄い効き目だったよ。物は買ったことないけど」

「俺たまにあの店の中を窓から見たりしてるぜ。退屈そうにしている貧乏店主さんがなんだかエロく見えてな。買ったことないけど」

「俺も買ったことない」

 

 買えよ。

 いや、この街にしては上質すぎるポーションや魔法道具だというのはわかるんだが。値段も高いしな。……質にしては今でも安すぎるぐらいなんだけど。利益率は低いと思われる。……あの人、儲ける気あるのだろうか。

 後こっそり覗いているやつはやめろ。まあ人のことは言えないんだが。

 

「店主さんが爆裂魔法を撃てるのはわかるけど、マナタイト石で爆裂魔法が連発できるならどうして過去の爆裂魔法使いは使わなかったんだ? それぐらい考えつくだろ」

 

 至極当然の疑問が冒険者から出てくる。

 それにウィズさんが丁寧に答えた。

 

「マナタイト石が高いというのもありますが、街を破壊されることに比べたら安いものですね。だから無理だったのは、そもそもマナタイト石が魔力代わりしてくれるとはいえ魔法発動時、魔力は体の中を通って発動されます。爆裂魔法ともなると一気に莫大な魔力が体の中を駆け巡るので、二発目ともなると負荷に体が耐えられません」

「そうなると、そこのお嬢ちゃんは大丈夫なのか」

「はい。彼女達紅魔族。それもめぐみんさんはとても優秀な体質をお持ちなようなので、現状一発だけならマナタイト石で爆裂魔法を撃てると思います。魔法結界自体に修復機能持ちなようですが、その前に三発目を撃ち込めます」

 

 完全に結界が壊れたとしてもすぐに魔法障壁は復活する可能性はあるが、記録を見るにそんな一瞬ということはないだろう。

 

 ちなみに作戦に使われるマナタイト石は俺達がストックしていたものである。

 こんな始まりの街に爆裂魔法に使えるような純度の高いマナタイト石は、俺らが持っている分だけだろうしな。

 

 めぐみんは仕方ないことだとはわかっていても勿体なさそうにしていたが、機動要塞デストロイヤーの討伐に成功した暁には経費としてその分のお金を貰うということをダクネスが冒険者ギルドに約束させることを理由に、手放すことに同意してくれた。

 機動要塞デストロイヤーには高額の懸賞金がかかっているからな。

 

「それに爆裂魔法といえども資料からして同箇所でなければその魔法結界に通用することはありません。……私としても信じられないのですが、本当に一瞬であの爆裂魔法を撃つ場所をそこまで正確にコントロールできるのですか」

「ええまあ。どれだけ私が爆裂魔法を撃ったと思ってますか。一日一爆です。ウィズさんが撃った場所に合わせるぐらい朝飯前ですよ」

「――なるほど。使い込みに関していえば私では勝てませんね」

 

 爆裂愛に関しては誰もめぐみんには勝てない。

 撃った回数が違い過ぎる。

 今の段階ではリッチーであるウィズには威力で負けているかもしれないが、その他の爆裂魔法の精度や詠唱速度ではめぐみんに分があるだろう。……うん。一日一回しか使えないような爆裂魔法を毎日使っているのは俺のとこの魔法使いしかいないものな。

 

 特に手を使うようになってからは撃つ場所の精度は跳ね上がっている。あのおかげで今や彼女が撃つ場所に関しては百発百中だ。

 あれがなければめぐみんもあれだけ胸を張って言えないだろう。というか張りすぎである。調子に乗るのは良いけど胸を張りすぎて後ろに倒れるなよ。

 

「そういうわけだ。これで一つ目の障害をクリアした」

 

 また注目がダクネスへと移る。

 めぐみんがふんぞり返りすぎてとうとう倒れそうになっていたので、あらかじめ伸ばしていた腕で俺はキャッチした。

 

「二つ目の障害は弓矢部隊だが……まあこれは魔法結界を壊した時点で特に難易度の高いものではなくなる。魔法使い系職による攻撃――ゆんゆんが提案してくれたのだがそれも射程距離が長く攻撃速度が速い、使用者の多い中級魔法ライトニングを周囲から浴びせればいいだろう」

 

 これについては皆異論がなかった。

 こちらの弓矢の速さと威力では馬並みの速度を持つデストロイヤーにはなかなか当てることができなかったが、魔法が使えるとなれば話は別だ。

 ゆんゆんのことを知っている人は話に出てきたゆんゆんを見ようとするが、肝心のゆんゆんは俺の体の影にさっと隠れる。

 

 これで二つ。

 二つ目まではまだウィズとめぐみんがいるからそこまで難易度が高いものではない。

 

 特に最難関なのが――三つ目である。

 

「残りは如何に足を壊すかだが――まず三つ目の障害をクリアする前にある仮定の前提を納得してもらわないといけない。機動要塞デストロイヤーを誰が動かしているかは覚えているか?」

「昼聞いた話だと……設計者だったか」

 

 冒険者の答えにそれを彼らに説明したルナさんは頷く。

 

「はい。主流な説としては設計者がアンデッドになって動かしているというものです」

 

 俺は内心ダクネスを応援する。

 頑張ってくれダクネス。この作戦が行われるかどうかはここにかかっている。

 

「しかし、それにしては機動要塞デストロイヤーは動きに目的性がなさすぎるのではないだろうか。もう何十年以上もただ無意味に蹂躙している。襲う場所に法則性が見られないし、なにより落とし穴に二度落とされた時の記録を見てみると、非常に似ている。落ちてからジャンプを開始するまで。そして落とし穴の深さには違いがあるので、ぴったりとまではいかないが、そのジャンプした距離。――まるであらかじめ決められていたことによって動いているようだ」

 

 誰かが唾を飲み込む音がした。

 緊迫感が場を包み、誰もがダクネスの次の言葉を待った。

 

「仮定による結論だが――機動要塞デストロイヤーは今はもう誰も動かしておらず、こういう場面ではこうするという法則によって動く人形にすぎない」

 

 その言葉に誰も声を上げることはなかった。

 どういう意味かと彼らなりに呑み込もうとしている。ゴーレムなどこの世界にも存在するが、本人が操作していない限り受け付ける操作は簡単なものだ。あれだけ複雑な動きをする機械仕掛けの兵器が、これだけ長年世界を荒らしまわっている天災が、まさか何物の意思をも受けてないなど考えにくいのだろう。

 

 めぐみんのあっと何かを思い出した声がした。

 

「そういえば紅魔の里に紅魔族のことをよく見る変な習性をした鋼鉄の変わったゴーレムがいるのですが、あのゴーレムもかなり複雑な動きをしていましたね。朝見ると何故か体操をしていたり。紅魔族の成り立ちからしてあれもノイズ国製の可能性は高いです」

「紅魔の里の守護神に失礼だよめぐみん。体操を終えた後、紙に自製のハンコを押したりしているのを見かけたときは、私も二度見しちゃったけど」

 

 それ多分ラジオ体操。

 間違いなく転生者が関わっている。

 

「……とまあ、めぐみんが言うようにノイズが作った兵器だ。なにがあってもおかしくないのはわかってくれただろうか」

「体操しているぐらい無駄機能ついているなら、納得しにくいことはあるが、それもあるのかなという気分になっている」

「俺もだ……。ゴーレムが体操ってなんなんだよ。意味ねえだろ。絶対作ったやつの趣味だわ」

 

 別の意味でショックを受けている冒険者もいるが、なんとか完全に否定されることはなかった。

 日本人の俺としてはSF映画でよくあるような展開なので、そうではないかと一番初めに疑ったが、彼らにしてみれば思いつきにくい事柄だったのだろう。

 

 あれだ。

 文化が違うってやつである。

 

 ダクネスはというと、俺達の方に一瞥した。

 

「ここから先のことは――まあ知恵を貸してくれたユウスケとそれとめぐみんに応えてもらった方がいいだろう。彼らの方がこれについては専門家だしな」

 

 いきなり振られて内心では少し焦るが、確かにこれについては俺とめぐみんが言った方がいいだろう。

 俺は頼りないように見られないように背筋を伸ばして、この作戦について語る。

 

「結論から先にいえばデストロイヤーを二度落とし穴に落とします」

「はぁ? 落とし穴はジャンプして逃げてしまうんだろ。ただの時間の無駄遣いじゃねえか」

 

 良い反応が帰ってきた。ただあくまでそう言われるのは想定の範囲内。

 その言葉を待っていた。

 

「もちろん、普通に落とすのではなく、最初はただの落とし穴に落とします。当然今までの行動からしてデストロイヤーは穴から逃げるためにジャンプします。その着地地点に――八本の足だけ嵌るような落とし穴を個別に作っておいて、足だけをすっぽりと落とします。地面の中には緩衝材を入れて着地の振動を抑え、エレメントマスターにその嵌った地面を閉じるように力を加えてもらえば僅かな時間拘束することができるでしょう」

 

 ダクネスに作戦提案者になってもらった理由の一つ、片方の理由がこれである。

 

 既に落とし穴作戦は二度やって失敗したという悪い実績がある。即席で落とし穴を作れる精霊使いやエレメントマスターなどの必要不可欠な人材は、この街だけでは足りない。近場の街から急遽来てもらわないといけないが、俺が作戦立案したと言ってもそこまで動かせる可能性は高くない。

 勝算があるといっても確定ではない作戦に、そこまでできる力は持てない。

 しかしダスティネス家の名前は絶大だ。

 それが受け入れられる可能性が高くなる。

 

「そうなればこちらのものです。胴体に潰されないようにしながらその穴の隣にいる冒険者達が、足の付け根近くに手が届きます。そうなれば残り全員の力で足を砕けば移動能力を奪うことができます」

 

 ゆんゆんのライトオブセイバーやキョウヤの魔剣はそこで大活躍してもらう。そして俺の実戦ではろくに使えなかったスキルとあの力を使えば、俺だけでも足の二本はもぎ取れる。

 

 本来ならめぐみんは無理としてもリッチーであるウィズさんに爆裂魔法がもう二発使ってもらえれば話は早いのだが、そんなに高品質なマナタイト石はもうない。

 あの時は宝島があったおかげでウィズさんの手元にあったのを買えたが、そんな高品質なのは王都から取り寄せないと無理で、一日では無理だ。ウィズさんが難易度のせいで少ないテレポートの使い手だが、王都への設定はしてないらしい。

 他に手としては爆裂魔法を使うためにリッチーの能力で吸ってもらうことだが、それだけの魔力とか死人が出るし、そもそも彼女がリッチーだと公にするわけにはいかない。

 

「はーいはーい」

 

 元気な見覚えのある女冒険者が手を上げている。

 

「なにか疑問があるのかリーン」

「うん。事も無げに次の落とし穴に足をすっぽり納めるように落とすというけど、無理があるんじゃない。そんなこと可能なの?」

「正しくいうなら、デストロイヤーから見て少し横長にはなるけどな。デストロイヤーは直進方向に進んでいるので正確な向きはわかっているが、進行ルートはそこまで完ぺきというわけじゃないから、そこら辺はその場でめぐみんが判断して穴の近くにいる冒険者の位置を調節はしないといけない」

 

 可能かと言われれば普通は無理だ。

 こんな短時間でそんなことを可能にできるはずがない。ただ俺のパーティーには負けも見事に勝ちにひっくり返す反則手がいる。

 俺はわざとらしくめぐみんに尋ねる。

 

「……めぐみんこれは可能なのか?」

「まあ、できると思いますよ」

 

 彼女は、俺のパーティーにいる魔法使いは、呆気ないほどその無茶な質問にできると告げた。

 

「これほど正確な記録が残っているなら、掘った落とし穴の深さ。ジャンプの距離。足の長さや一つの足と足の幅。こういった数字を計算していけばそんなに難しくないですね。……正直な話、ここまで正確に記されているとは思いませんでした。この記録した人達の執念を感じます」

 

 そこで彼女は一呼吸置く。

 突然ある考えが浮かんだ。

 今まで国家主導だからこれだけ正確な記録が残っていると考えていたが、この記録を記した人達は街を壊された人かもしれない。……その可能性は低くはなかった。

 

「落ちたときの傾き加減やここなんかは足の一本一本が突き刺さった角度やそれぞれの深さまで書いてくれてますからね。これでデストロイヤーの体のバランスや重さまで計算することができますし、私が例え幼い時にでも間違える問題ではありません」

 

 あまりにその自信がある言葉に冒険者にも伝わる。

 すらすらと述べたあまりにも馬鹿げた発言も、当然のように述べればまるでできる事柄のように思える。

 

「簡単なのか。……おまえ何言ってるのかわかる?」

「いや俺はさっぱり。けどまあ、爆裂魔法撃つぐらいの魔法使いが難しくないと言ってるんだから本当に難しくないんだろう」

 

 こんなにも簡単に納得してくれる。

 

 実際――簡単かと言われたらまさかそんなわけはない。

 めぐみんの発言を理解しているウィズさんはというとひどく驚いている。

 

 難しくないのはめぐみんお前だけだ。俺達の世界の人間でもこの計算をするのには、機械の手を借りても時間がかかるだろう。様々な要素が加わるこれは、非常に複雑な計算だ。

 

 ――この天才め。

 手という要素が加わるだけで距離を正確に計るほどの計算能力。

 でたらめな頭脳。

 生まれ持った――あまりにも残酷なほどの才能の輝き。

 鍵になると俺が言った理由も当然だった。

 こう今すぐ抱きしめてやりたいぐらい頼りになるやつだよ。俺のとこの魔法使いは!

 

 

 

 

 

 

 

 



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二十話

 

 幾人かの冒険者の目にも光が再度灯っていた。

 会議が始まる前まではあんな沈鬱とした空気だったが、徐々にデストロイヤー襲来の時の勢いに戻りつつある。

 

 機動要塞デストロイヤーを倒すのは無理だと考えていたが、不可能ではないという提案を見せられて、彼らのやる気も出てくる。

 

「これ、ひょっとしたらいけるんじゃ……」

 

 誰か知らない人の呟きは、冒険者十何人かの心情の代弁でもあった。

 しかし、いまだに半分が乗り気ではない様子である。

 

 彼らはわかっているのだ。――そう簡単にいく話ではないということに。

 

「これで三つの障害をクリアした。魔法結界。弓矢部隊。移動能力の奪取。作戦が成功すれば我々の街は助かるだろう。今まで誰も成し遂げたことがなったことを成し遂げ、明後日もこの街で暮らすことができる。変わらない毎日をまた送ることができる。……ただそれは成功すればの話だ」

 

 改めてダクネスが人差し指、中指、薬指と三本の指を立てる。

 

 そして、一つずつ立てた指を曲げていった。

 まず初めに薬指。

 

「魔法結界に関しての話はあくまで予想だ。実際に三発の爆裂魔法で壊れるなどという保証はない。二発で罅が入ったから三発目で壊れてくれればいいなという妄想に過ぎない」

 

 薬指の次は中指を曲げる。

 

「魔法結界を破れて弓矢部隊を魔法で倒したとしても、他に接近する者を攻撃する兵器を持っているかもしれない。胴体内にはまだ大量のゴーレムがいるだろうし、次の弓矢部隊がすぐ用意されるかもしれない」

 

 そして、最後に彼女は人差し指を曲げた。

 

「機動要塞デストロイヤーが操縦する者はおらず、ただ決められた通りに動くというのは事実ではない可能性がある。二度のジャンプの数字が酷似していたのはただの偶然で、三度目も同じように動く確実性など一切ない」

 

 希望に縋ろうとも、現実はそう上手くいってくれる約束なんてしてくれない。

 無慈悲に踏みつぶされるだけということも可能性として十分ありうる。

 

 希望的観測を詰め込んだものと俺はめぐみんに言った。その言葉通りだ。こんなもの完ぺきな作戦と出せるものではない。僅かな勝算。それを引き出そうとしているだけの安っぽい案でしかなかった。

 

「とある男が言っていた。この作戦が全て成功しても本当にそれで終わりなのかと」

 

 そして、俺が一番心配しているのがそこだった。

 機動要塞デストロイヤーの底は――本当に今見えているだけのものなのか。

 

「足を壊しても、また新しい足をだしてくるかもしれない。いやいや、いっそ飛ぶかもしれない。作戦が成功した。それで終わりとも限らない、と彼はそう言っていた。ノイズ国の生き残りから動力に無限エネルギーのコロナタイトを使っていて、胴体にゴーレムがいることは伝聞として伝わっているが、作った時の設計図は残っていない。これだけ世界中で暴れたこの兵器の全貌を見たとは……言えないのだ」

 

 誰も彼もがダクネスの話に聞き入っている。

 冒険者も、冒険者ギルドの職員も、めぐみんもゆんゆんもウィズさんも、この作戦を作った俺でさえも。

 彼女の話を一言も逃さないように集中している。

 

「ただ私はこれしかないと思っている。勝算があるとしたら――この作戦の他にない」

 

 彼女は自分の手を胸の前に持ってきた。

 そして強く、とても強く握って拳を作った。

 

「これが出せる全力だ。私達が限界まで出せてここだ。これがリミットだ。だからもうこの作戦が失敗したら運が悪かったとしか言いようがないじゃないか。しかし、運が悪いことなど起こるのが常というものだ。……その運が悪かったとき、失敗して多大な被害。人員が死亡するような被害が起きたとき」

 

 ダクネスはどうしてかそこで区切ると、俺の顔を見た。

 悪いなとでも言いたげに、僅かな時間俺にだけわかるような表情を作って、次の瞬間には貴族の騎士としての表情に変わっていた。

 

 拳を胸に置く。まるで宣誓するかのように彼女は言った。

 

「――ダスティネス家の貴族として約束しよう。この作戦が失敗した時、すべての責任は私が取る」

 

 ……言ってない。

 そんなこと喋ってくれと頼んだことはない。

 話が違う! これは俺が立てた作戦だ。お前に被せる責任などなにもない! そんな重荷を勝手に俺から取っていくな!

 

 俺はその間違いを訂正するために叫ぼうとして、ダクネスの瞳に見られて叫ぶことができなかった。

 彼女の迫力に押されてしまって声が出ない。

 それはただの普通の人として今まで暮らしていた俺と貴族として暮らしてきた――彼女との覚悟の差だ。

 

「これは貴族としての私の約束だ。……ただもう一人の私。つまりは冒険者としてだが、ダクネスとしてお前達に頼みがある」

 

 俺が止める暇もない。

 彼女は勝手に話を進めていき、普段の彼女みたいな言葉遣いに戻った。

 貴族ではなくダクネス。いつもモンスターには突っ込んでいってはボコボコに殴られながらも楽しそうで、結構エッチで、悪人を許せず街が好きなダクネスとしての素だった。

 

「貴族としてではない。ダクネスとして、一人のこの町が好きな人間としてお願いしたい。絶対に成功するなどとは言えないのだ。死ぬかもしれない。それでもどうか、どうか、お前達街を守るために手を貸してくれないだろうか……!」

 

 深々と彼女は頭を下げた。

 俺が彼女に頼んだ二つ目の理由。最後の理由がこれだ。なにより大事な理由。

 

 ダクネスが俺が知っている中で一番この街を愛している。

 おそらく勝算などなくても機動要塞デストロイヤーに立ち向かっていくほど、この街がただただ好きなのだ。それは愛着があるといっても、昨日今日来たばかりの俺では敵うことことができない理由だった。

 クズの俺では逆立ちしても無理である。

 

 冒険者達は苦笑する。

 こんな光景を見せられて彼らの内の一人が頭をかきながら言った。

 

「おいこらてめえ、ダクネス。それは違うんじゃないかよ。冒険者としてのお前のお願いなんていやらしい体としての価値しかないからな。……貴族じゃなくて冒険者としてか。チッ、貴族として上から命令すればいいものをわざわざ冒険者としてのお願いだと」

 

 次々に冒険者が発言していく。 

 

「言われるまでもねえよ。なんせ機動要塞デストロイヤーは莫大な賞金がかかっているんだぜ。倒せれば一気に小金持ちだ。むしろ俺らの方が手を貸させてくださいって頼み込むところだろうが」

「筋違いにもほどがある。てめえなんかに責任を負ってもらってたまるか。いや、失敗したらおっぱい揉ませてくれるならいいけど、そうでないならいらねえ。街を守れて賞金もガッポリ。わざわざ勝算があるこんな美味しい作戦に乗らない馬鹿がどこにいるよ」

「……ったく、俺達を馬鹿にしてるのか。嫌だと言っても手伝いにいくわ」

 

 やれやれとばかりに肩を竦めて発言する彼らの言葉には力があった。

 見せかけではなく、内から出てくる彼ら自身の力があった。

 

 ああ、そうだ。

 ……いつだって人間を真に動かすことができるのは、心の奥底からの言葉だ。

 

「お前達……」

 

 ダクネスは冒険者達に感動しているのか、手で目頭を押さえていた。

 

 俺だってつられて涙を零しそうになる。

 彼女の気持ちが、この結果を生んだのだ。俺ではこうはならなかった。

 

 男の冒険者の一人が、他の冒険者達に叫びかける。

 

「てめえらもそのつもりだよな! 機動要塞デストロイヤーをぶっ潰すつもりだよな!」

「おう!」

「よっしゃ! 良い返事だ! 景気づけにこの馬鹿で愛すべき冒険者であるララティーナコール行くぞてめえら!」

「おっしゃあ!」

「……へ?」

 

 盛り上がる冒険者。

 なにを言っているのか理解できないダクネス。

 

「ララティーナ! ララティーナ! ララティーナ!」

「ララティーナ! ララティーナ! ララティーナ!」

「ララティーナ! ララティーナ! ララティーナ!」

 

 冒険者ギルドがララティーナコールで埋まる。

 俺達とぷるぷると体を震わせているダクネスを除いて、全員が拳を天井に突き上げ、ララティーナと彼女の本名を叫んでいる。

 

「あれっ? いつの間にこんな状況に」

 

 俺としても不思議がる。

 何故にこんな状況に?

 

「まあいいのではないでしょうか。戦争で勝つのは熱狂している方だと言いますし。士気が上がれば作戦の成功率も上がりますよ」

「いやそうなんだけどさ」

「……私だったらこんな状況。恥ずかしくて動けなくなっちゃうよ。すごいなダクネスさんは」

 

 いまだに俺の体に隠れたままのゆんゆんは、ひょっこりと顔を出してそんなこと言った。

 

 体を震わせているダクネスに、最初にコールをしようと呼びかけた冒険者が声をかける。

 

「主役がどうした。そんな顔を俯かせて? こっちに来てお前も混ざろうぜ。さあ、一緒にララティーナコールだ。あーわかったぞー。もしかして感極まって泣いてしまって見せられないとか?」

 

 それが最後の一押しになったらしい。

 彼女の震えていた体が止まった。

 顔を上げてくわっと目を見開く。

 それは覚悟を決めた表情であり、怒りと羞恥で塗り固められた彼女の感情の爆発であった。

 

「作戦が始まる前に――お前達全員ぶっ殺してやる!」

 

「ララティーナお嬢様のご乱心だ!?」

 

 ぶちギレたお嬢様から逃げ回る俺達含めた全員。

 こうして絶望的な状況の中、やたら明るく作戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日。

 作戦決行日である。

 空には薄っすらと雲が漂い、太陽が浮かんでいた。異世界だろうと太陽には変わりがないらしい。空の風景がかつての世界と変わらないのは落ち着くものである。

 

 晴れて良かった。

 もし雨が降ったりでもしていたら地面が泥となって計算が狂ってしまうだろうからな。

 

 時刻は十六時十分。

 作戦の準備は終わっていた。

 

 アクセルの街の正門に一番近いところには、八個の穴。飛んできた機動要塞デストロイヤーの足だけを拘束する穴である。

 その近くには大勢の冒険者と下級職の精霊使いや上級職のエレメンタルマスターがいる。精霊使いやエレメンタルマスターは昼近くまで穴を作っていたからお疲れ様すぎた。彼らにはまだ穴に足を突っ込んだデストロイヤーを拘束するという役割があるので、疲労しているだろうが頑張ってもらうしかない。……ごめんね。

 

 正門から二番目に近い場所には正方形に切り取られたような穴が、わからないようにシートと土で隠されている。ここにまずはデストロイヤーを落としてからジャンプさせる。

 冒険者職員やダクネスはこの近くに即席で作った高台の上にいる。初めは私が前に出ると騒いでいたダクネスだが、この作戦はタイミングが命だ。お前しかその責任を負えるものがいないということで魔法道具による拡声器を使っての、指示の役割を渋々受けた。

 元々前に出て戦う役割なんてこの作戦にないからな。タンクとしては最強クラスだが、攻撃役としてはへっぽこな彼女にはそれ以外役割がないし、実際ダクネス以外やらせられないのも確かだった。

 

 三番目は高台が二つ。魔法結界を剥がすためのものである。爆裂魔法を使用できる二人、めぐみんとウィズさんがここに立って撃つ。作戦の起動ともいえる爆裂魔法を攻撃を加える場所である。

 

 最も正門から遠いところには魔法使い集団がいる。爆裂魔法で魔法結界を剥がしてから、弓矢部隊を中級魔法ライトニングで倒すためだ。彼らが上手いこと倒してくれなければ俺達は足を斬り落とす前に殺されかねない。拘束できる時間も短いだろうし、なんとかここで弓矢部隊は倒さなければならない。

 爆裂魔法のように魔力消費が大きいというわけではないので、あらかじめ弓矢部隊にいる辺りに撃てるように何度か練習していた。その練習は実ってほしい。

 

 俺とめぐみんとゆんゆんとウィズさんは、三番目の高台が二つある場所にいる。

 

『機動要塞デストロイヤーを確認できた。爆裂魔法予定位置まであとおおよそ七分で到達する! 各々覚悟を決めろ!』

 

 拡声器を使ったダクネスの声が響き渡っている。

 

「……ユウスケさてはビビっているでしょう」

「馬鹿言うなよ。わざわざこんな作戦を立てた俺だぜ。欠伸が出るぐらいよゆー」

「へぇーその割には手首握ってみたら震えているんですけど。これは恐怖にビビっていると取られてもおかしくありませんよ」

「俺の腕を握っているお前の手が震えているからそう勘違いしているだけだろう。あれービビっているのはどちらなんだろうなめぐみん」

「なにを!? じゃあこうすればどうです! ほら! ユウスケの手汗凄いですよ。あなたの手をぎゅっと握ってみたらぐちょぐちょです!」

「だから震えも汗もお前のものだろうが!」

 

 こう両手をがっしりと組み合って俺とめぐみんはよくわからない意地を張っていた。

 多分、どっちもビビっているで正解だと思う。

 機動要塞デストロイヤー。めぐみんは爆裂魔法をこれから二発。俺はあの蜘蛛野郎の足を八本の内二本を担当する。プレッシャーは大きい。

 

「ユウスケはどんと構えていたらいいんですよ。あなたはいつものこれは予想していたみたいなドヤ顔を決めていれば私としても安心するんですから」

「誰がドヤ顔を決めてるって! やったぜ! 作戦が上手くいったという爽やかな笑みだろうが」

「――はっ」

「あっ、お前今鼻で笑ったな! ドヤ顔ドヤ顔言うけどお前の方がドヤ顔凄いからな! 爆裂魔法を撃った後なんて凄まじいドヤ顔決めている時があるぞ」

「私は可愛いからいいのです。可愛ければドヤ顔も許されます。私は……その、可愛いの、ですから……」

「お前……そんなに恥ずかしいなら言うなよ」

「恥ずかしくなど、ない!」

 

 真正面から見合っているのだから赤面しているめぐみんの顔がよく見えるのに。

 どちらも緊張している俺達は、じゃれあうことでなんとか緊張を解そうとしているのだった。

 ウィズさんは流石に修羅場慣れしているのか普通な様子だが、案外落ち着いているように見えるのがゆんゆんである。

 

 俺は落ち着いた様子のゆんゆんの顔を見て、心配そうに聞く。

 

「ゆんゆんは大丈夫なのか? めぐみんはこんなにもビビっているのに」

「そうですよ。ユウスケはこんなにも怯えているのに」

 

 再度、両手に力を入れてにらみ合う馬鹿二人。

 ふふふと笑いながら、ゆんゆんは答えた。

 

「私は大丈夫ですよ。なにしろ作戦は上手くいくんだからそんなに心配してもらわないでもへっちゃらです」

 

 ゆんゆんは心の底から言っているようだった。

 作った本人が心配するような作戦を完ぺきな作戦と信じ込んでいる。

 

「ゆんゆんはお花畑ですか。いざという時は高笑いして誤魔化す準備しておくんですよ」

「お前マジで実行させる気かそれ。……もしもの場合があったら一目散に逃げるんだぞ。立てた本人が言うことではないと思うが、ろくな作戦じゃないからな」

 

 彼女は首を振って、彼女が信じていることを口に出した。

 

「大丈夫ですよ。だってユウスケさんが作った作戦で、めぐみんが作戦の要なんだもの。――上手くいかないはずないんだから」

 

 あまりにも真っすぐに言うものだから目が焼けそうになる。

 彼女の言葉には信頼が込めれるだけありったけ込められていて、こっちが恥ずかしくなる。

 

「あー。でもそんな作戦も私の失敗で崩壊しちゃったらどうしよう。わ、私も心配になってきた。ユウスケさん! 私先に持ち場に行ってイメージトレーニングしておきますね!」

 

 彼女は急に顔を白黒させたと思ったら声をかける暇もなく走っていった。

 あんな信頼を真っすぐぶつけられると、失敗したくないと改めて思ってしまう。

 

「もしかしたら、俺らのパーティーで一番強いのはあいつかもしれないな」

 

 能力とかではなく、心の強さでいうなら普段はびくびくしていても彼女が最も強いかもしれない。

 

「……私の方が強いですよ」

 

 すねるようにめぐみんが呟いていた。

 ゆんゆんが一方的にライバル視しているように思うかもしれないが、案外めぐみんもゆんゆんのことをライバル視しているのだ。

 そういう意味でもこいつらは本当に仲が良かった。

 

 手を離して、デストロイヤーの来る方を見てみるともう目視できる距離になっている。

 残り四分ぐらいか。

 

 クイクイと袖を引っ張られる。身長差があるからめぐみんによくやられるものだ。

 

「ねえねえユウスケ」

「なんだ。もう少しで作戦決行だ。高台に上がって用意しておかないといけないぞ」

 

 普段とんがり帽子を被っている魔法使いは、その手に帽子を持って俺に上目遣いで見ていた。

 

「抱きしめてください」

「え、なんで?」

 

 いや本当に何故だ。

 こんな時間がない状況でいきなりなにを言っているのだろうこいつ。

 

「それは……紅魔族の掟です。大事な作戦の前に仲間から抱擁してもらう。こうすることで士気を大幅に上げることができるのです。言ったでしょう。作戦の成功率に士気は関わってくると――というか、面倒くさい人ですね。ごちゃごちゃ言わずにさっさと抱きしめてください」

「頼んでいる立場なのにすごく偉そうだ! ……まあ構わないが」

 

 爆裂魔法を彼女が撃った後、何十回も抱っこしてたからな。今更恥ずかしがることでもない。

 少し離れた場所にいるウィズさんのすごいニヤニヤ顔が気になるけど。

 

「じゃあ抱きしめるからな」

「……はい」

 

 俺は了承を貰ったので、めぐみんの体に近づいて軽く彼女の体に腕を回した。

 ひどく小さい。

 

「んっ」

 

 彼女の声が耳にかかる。

 たまに忘れそうになる。彼女は天才で、それこそ世界に数少ないような優れた頭脳の持ち主だが、こんな俺の腕にすっぽりと収まってしまう少女だということに。

 俺のような巨体の男でもこの重圧に負けそうになるのだ。この小さい体にどれだけの重圧を俺はかけてしまっているのか。

 やっぱり俺はクズだな、と再確認する。

 

「……もういいですよ」

「ああ」

「だからもういいですって。時間が来てしまいます」

「……ああ、そうか」

 

 彼女の体から手を離すと、彼女はトレードマークともいえるとんがり帽子を被って、高台に上がっていった。

 

『後三分で範囲にまで到達する! 準備はできているな』

 

 高台にあがった彼女と同じように、俺も高台に昇る。

 

 機動要塞デストロイヤー。

 こうやって高いところから見ても本当に大きい。

 あの宝島と同じぐらいの大きさか。人間ではどうやっても勝てないような巨体。八本足を動かしこちらに向かっている様は絶望しか感じない。大怪獣といったところだ。到底太刀打ちできない災害が物質となって襲ってくる。

 俺一人だったら恐怖に打ちひしがれていただろう。

 すぐ傍にいるめぐみんは、こつんと地面を杖で叩いてこちらを見る。

 

「ユウスケはさっさと持ち場に行かないのですか」

「俺は魔力切れで倒れためぐみんをそこら辺の木に避難させないといけない役目もあるからな。特等席で俺のとこの魔法使いの凄さを見せてもらうよ」

 

 彼女は杖を格好良く振った。とんがり帽子をグッと押さえる。

 めぐみんの胸元にはマナタイト石がぶら下がっている。

 

「ええ! 特等席で見ててください。あなたの魔法使いがぶちかますのを!」

 

 気合いは充分だった。

 緊張など欠片もない。ふてぶてしく彼女は叫ぶ。

 

「ウィズさん! 先に撃ってください。こちらで合わせます!」

「……もし死んでも、アンデッドになれば案外幸せになれるかもですよ、などと緊張を解すつもりだったのですが、あれを見せられたら――私も久々に熱くなりました。有望な後輩冒険者達にはもっと前まで進んでほしいですしね。はい、氷の魔女ウィズ! 全力でいきましょう!」

 

 魔力が迸る。

 強大な魔力。他の魔法使いが一生をかけても追いつけないような魔力が彼女達二人の周囲にざわめき立つ。

 

「真紅に奉る。赤竜より紅く、黒竜より黒く。乾きし血の如き赤黒たる姿」

「真紅に奉る。赤竜より紅く、黒竜より黒く。乾きし血の如き赤黒たる姿」

 

 可視化される魔力は、暴風のようだった。

 ただの準備の段階で、最早嵐のように荒れ狂っている。

 

「濡らし沁み込みその大いなる力を以て侵略せし。侵せ侵せ侵せ」

「濡らし沁み込みその大いなる力を以て侵略せし。侵せ侵せ侵せ」

 

 凄腕冒険者の果てにリッチーとまで化した怪物。

 膨大な才能をただ好きな魔法だけに捧げる天才。

 彼女達の才能と努力の結晶が世界に降臨する。やめろと叫ぶように世界が震える。ビリビリと大気が震える。世界を壊すかのような力が空気を狂わせる。

 

「ここは我が国。この血は我が国と等価である。血に纏いし力にて愚かな反逆せし地をも我が物とせよ」 

「ここは我が国。この血は我が国と等価である。血に纏いし力にて愚かな反逆せし地をも我が物とせよ」 

 

 詠唱が終わる。

 剛腕にて弓の弦は引かれた。後はこの力の塊から手を離すだけ。

 

「ウィズさん!」

「わかりました! 中央にぶつけます! エクスプロージョン!」

 

 初めの爆裂魔法が解き放たれる。

 世界を切り裂く破裂音。魔法で最も威力のある一撃が機動要塞デストロイヤーに直撃する。

 リッチーによる渾身の爆裂魔法。おそらく現時点でこの世界で最強の破壊力を持つ攻撃だ。

 

 それでもなお――

 

「無傷、か!」

 

 憎らしいほどに魔法結界はなんともない。今の攻撃さえもまるでそよ風のようにデストロイヤーは行進する。

 絶望の災害は嫌になるぐらいのスペックを見せつけてくる。もし製作者のアンデッドがまだあの兵器の中に存在していたならぶん殴ってやりたいぐらいだ。

 

「――ユウスケ。見ててくださいね。私の凄い活躍をあなたはずっと見ててくださいね」

 

 ふと振り返った彼女は笑っていた。自信あるとでも言いたげにドヤ顔をかましていた。

 そして、彼女はまた前方を見て、手を前に突き出して、その力の塊を放つ。

 

「エクスプロージョン!」

 

 二撃目。

 先ほどウィズさんがぶち込んだ場所と完全に一致する場所に彼女は爆裂魔法を撃ち込んだ。

 威力ではウィズさんの爆裂魔法に負けている。だが、その精度。同一箇所に寸分違わず当てるその技量に、完成度で負けていると誰が言えるだろうか。

 爆炎が魔法結界を包み込む。

 

 どうなった! 罅は! 罅が入ったのか!

 俺は目を凝らし、彼女達の成果を必死になって見る。

 

「……ひびが、罅が入っている!」

 

 それも資料に残っているような罅ではない。

 まるで蜘蛛の巣のように直撃を受けた場所から広がっていっている。デストロイヤー、蜘蛛型の兵器の周りに長きの間守護をしていたその結界は、脆い姿を晒していた。

 触っただけで壊れそうで、強固な鎧とは今となっては見えない。

 

「……もういいでしょう。あなたのその結界は長年我々魔法使いの壁になって立ちはだかって来ました。硬い壁とて最後には崩れます。いつまでも遮ってはいられません」

 

 彼女は胸元に細い糸でつるしていたマナタイト石を糸から引きちぎる。

 拳に近いマナタイト石。五百万エリスもした超高純度の魔力だ。今のめぐみんの魔法量でならこれによってもう一発爆裂魔法が撃てる。

 

 左手はそのまま。

 デストロイヤーに向けて。

 右手でマナタイト石と杖を持ちながら彼女は言う。

 

「終わらせます。その結界を。我が一撃によって」

 

 宣言をし、魔力が再度放たれる。

 マナタイト石の魔力がめぐみんに注がれる。大量の魔力。並みの魔法使いならパンクしそうな魔力をも彼女の紅魔族の体は余さず受け止め、それを操る。

 受け止めた魔力を手足のように操作し、ある一つの魔法を完成させる。

 

 彼女が愛した魔法。彼女の最強魔法。彼女が使える――たった一つしかない魔法。

 

「これが――! これが――! もしかしたら自腹になるかもしれない私達の五百万エリスだ――! エクスプロージョン!」

 

 台無しにもほどがある台詞と共に爆裂魔法が魔法結界を襲う。

 

 三撃目の爆裂魔法。

 史上初。資料にも載っていない三発同箇所爆裂魔法による攻撃。

 結果はすぐにわかる。

 何故なら、今まで長年魔法を遮断していた魔法結界は、呆気ないほど――バリンと割れたのだから。

 

『やった! やったぞ! めぐみんがやった! ライトニング部隊! めぐみんとウィズが結界を! あの誰にも破れたことがない結界を今破った! 次はお前達の出番だ! 二分後に目的位置にたどり着く。それぞれ練習通り準備をしろ!』

 

 ダクネスの歓喜の声と次の作戦が拡声器によって飛ぶ。

 史上初の偉業を達成した片方はというと、魔力切れで倒れる。

 

「ふにゃ……」

 

 それを俺は倒れる前に受け止める。

 ……そういえば、あくまで成功報酬でマナタイト石の分のお金がもらえるのであって、失敗すればなしだもんな。気にしていたのか。この状況で気にできるなんて、まったくこいつは大物だよ。

 

「お疲れ」

「疲れましたよ。……ウィズさん、私が見た限りでは四番目のやつで良さそうです」

「わかりました。伝えときますね。私は後一発ぐらいなら魔力消費が多くない魔法を使えそうなので、デストロイヤーの足組に合流させてもらいます」

 

 めぐみんと違って、倒れることもなくウィズさんは重要な情報をダクネスへと伝えに行った。

 作戦の時にも言ったが、着地地点に少し誤差があるだろうから、若干穴を横長に作っておいたので冒険者達の立ち位置の修正である。

 

「さすがはリッチーですね。あれだけの高威力の爆裂魔法を叩き込みながらもまだ動ける余裕があるとは……。しかし、いつかは私が抜いてやります。その時には……威力精度共に最強の爆裂魔法使いに!」

「お前ならいつかはなれるさ」

「もちろんなりますよ。……さあ、早く離れましょう。時間もそれほどあるわけではないでしょう」

 

 俺は彼女をいつもみたいに抱き上げる。

 この体勢にも慣れた。近くの木の側にでも下そうか。

 

『ライトニング部隊! デストロイヤーが作戦目的場所に入る! 五、四、三、二、一、発射!』

 

 めぐみんを木にもたれかかるようにとゆっくりと下した直後、次の作戦が遂行される声がする。

 

 当然、どんな様子かと俺とめぐみんは離れた場所で目を向ける。

 

「……綺麗、ですね」

「ああ、綺麗だ」

 

 それはとても綺麗な光景だった。

 叫びのようだ。

 地から天へ。矮小な人間が災害に向かって光の矢を発射している。

 何十もの雷が下から斜め上に伸びている。壮観な光景である。神話にでもありそうだ。今まで虐げられてきた災害へのわかりやすい反逆の叫びである。

 

「俺もそろそろ行くか」

「行くのですか?」

「まあ、もう時間だからな。お前があれだけやってくれたように俺も頑張らないとな。負けてられねえよ。最大の功労者はここで休んでおいてくれ。……本当に助かった。俺の無茶な作戦をここまで形にしてくれて。今度なにか欲しいものでもあれば言ってくれ。できるだけのことはやるから」

 

 希望的観測でしかないハリボテの作戦を、僅かなりとも中身が入っているように見せかけてくれたのは間違いなくこいつのお陰だ。

 

「そうですね……では、一つ頼み事をしましょうか」

 

 一瞬思案しためぐみんはとあることを思いついたらしい。

 少し頬を赤らめながら、彼女はその頼み事を言う。

 

「私達が三人パーティーとなってからもうそこそこ経ちました。私とあなただけのパーティーというのは少ない期間でしたが、ゆんゆんがパーティーに入ってからはあまり二人っきりというのは少なくなりましたし、今度二人っきりで夜の食事にでも連れていってくださいよ」

 

 ご飯を奢ってくれというものではなく、夜のディナーに連れていけか。

 あれだけの偉業を成し遂げた割には可愛らしい頼みである。

 

「あのな。めぐみん。夜の食事なんて子供には早いだろう」

「……またそんなこと言って。いい加減私も怒りますよ。朝起こすときにおもいっきりダイブして起こしますからね。いつもいつも子供扱いして」

 

 めぐみんはふてくされたような表情をする。

 子供には早い。

 その通りだ。

 しかし俺は今回のことにめぐみんの認識を改めた。こんな小さな姿。こんな幼い姿をしていて、内面は俺よりも冷静だった。格好良かった。

 ニヤリと笑って、俺は続きの言葉を告げる。

 

「だから大人なめぐみんにはとびっきりのご馳走を味わわせに夜に連れていくよ」

「……もう。余程美味しい食事しか許しませんからね」

 

 彼女はふてくされた表情ながらそれでも嬉しそうに。

 

「わかってるって」

 

 知り合いの冒険者に良いお店を聞いておかないといけないな。テイラー辺りはなんだかそういう経験ありそうだし、参考にさせてもらうか。

 もう時間もない。

 そろそろ俺も最後の作戦のために持ち場にいかなくてはならなかった。

 彼女をここに置いていくのは少し心配だったが、まあ俺達よりかはここの方が随分と安全である。なんせ今から俺達はあのデストロイヤーの足のすぐ近くにいることになるのだから。

 

「じゃあちょっくらデストロイヤーの足ぶったぎってくる」

 

 けど、あれだけめぐみんが格好いいところを見せたのだ。

 俺も負けてられない。作戦に応えてくれたという感謝の気持ちと対抗心が湧き上がる。彼女ほどではないにしろ、俺も負けん気は強い。

 

 めぐみんは自分で動くのも億劫そうだったが、なんとか片手だけ上げて、軽く振った。

 

「はい。行ってらっしゃい、ユウスケ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




デストロイヤー編も残り二話


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二十一話

 

『敵の弓矢部隊は全滅! ライトニング組は間に合わないだろうが、もしものために落とし穴組のところまで移動してくれ! こちらから確認を取っているが、弓矢部隊の補充はなし。もし動きがあれば逐一知らせる!』

 

 ダクネスの放送を聞く限りでは、今のところ弓矢部隊の補充はされることはないようだ。

 接近武器があれ以外ないとは限らないが、ここまで来たら覚悟を決めるしかない。

 

 泣いても笑っても残り六分で作戦の行程が終わる。

 それでも終わらなければ、その時はその時だ。やれるだけのことはやる。当たり前だ。めぐみんがあれだけの偉業を成し遂げたのだし、同じパーティーの剣士としても負けてられない。

 

 機動要塞デストロイヤーは進行方向は変わらず、一直線に隠された落とし穴に向かっている。

 

 六分。残された時間は短いのか、それとも長いのか。俺の奥の手。最大の攻撃に必要な時間はおおよそ三十秒。スキルに必要な時間はあるが、心の方はどうだろうか。

 

「ふぅー」

 

 息を吐いて吸う。単純な緊張を和らげる行動。

 肩に力が入っている。これでは十全な力を発揮できない。

 

 俺は右の二番目の足と三番目の足を担当する。移動時間もかかるので、足と足の距離が一番短い真ん中の場所を担当するが、他の担当する人達は緊張した様子が見れる。流石にここから詳しい表情は見れないが、雰囲気から察する。

 

 ここまでは上手くいっている。上手くいきすぎている。

 よりにもよって最終段階の俺達で失敗したら、という緊張。

 俺の近くにいる足を拘束する役割を持つエレメンタルマスターも強張った表情をしていた。

 

 そんな緊迫した中で、一人プレッシャーなどなにも感じていない様子で声をかけてくる男がいる。

 

「君は二本の足を担当すると聞いたが、本当にできるのかい」

 

 ミツルギキョウヤである。

 魔剣の人として有名な冒険者で、俺と同じ転生者。かつて剣道の試合で戦ったことがある。

 髪をパッとかきあげて余裕な仕草は、この状況で神経が通っているか怪しさを感じるが、素直に凄いと褒める箇所かもしれない。

 

 さすがは処女相手にあれだけの調教を施しているだけのことはある。

 

「お前だって知っているだろう。俺達ソードマスターは最高の攻撃力を誇っているってな。大体拘束できる時間は良くて十秒。最短で五秒ってところらしい。俺は敏捷は高いし、それだけの時間があれば十分だ」

「……あのスキルを使うんだね。あれは集中にえらく時間がかかるし、間に合わないと思うんだが……まあ君ならそんなこともなんとかしてしまうんだろうな」

 

 いや実際は間に合わない。

 俺は反則、チートを使って無理矢理間に合わせるだけだ。

 

「それにしても、この作戦はどういうつもりで作ったのか僕に教えてほしいな」

「そんなものダクネスに聞いてくれよ。俺はある程度案を出したが、作ったのはあいつなんだから」

 

 ということになっている。

 もし作戦が成功しても俺が作ったということは、墓の中まで持って行くつもりだ。知っているのは俺は当然として、めぐみんとゆんゆんとダクネスとウィズさんだけである。

 

「作戦を教えてもらった人に聞いても、なんのことかさっぱりわからないんじゃないのか」

 

 含みのある言い方。

 真実を知らないはずのキョウヤがまるで真実を知っているかの口ぶり。

 

「お前……なんで知っているんだ。どこで聞いた」

 

 必然、この情報が漏れているなどと思っていなかった俺は、エレメンタルマスターに聞こえないように声を抑えながら詰問する。

 

「いや、ただカマをかけただけだけど。やっぱりそうだったんだね」

 

 さらりと自分は知らなかったと答える。

 こいつ……。

 まんまと騙された俺はというと恨みがましい目で睨み付ける。

 

「……お前、この前俺のことを意地悪だと言ってたけど、人のこと言えないだろう」

「意趣返しさ。僕としてはあれが偶然か故意かを聞きたいのにユウスケは隠したまま。これぐらいの仕返しをしてもアクア様も罰を当てなさらないよ」

 

 剣道の試合でのことをいまだに気にしているらしい。

 別にそこまで隠すような理由はなかったが、こうなってくると意固地になって断然秘密にしておきたくなる。

 

「それで。この作戦は色んな人を頼った作戦だよね。こんな作戦を作った理由を僕は聞きたいんだが」

「理由もなにも、俺一人ではできないから人を頼っただけだ。それだけのことだぞ」

 

 少なくとも俺には爆裂魔法みたいな強力な魔法攻撃を持っているわけがない。

 弓矢部隊を倒せるような遠距離攻撃も持ってないしな。悲しいことにソードマスターに使えるのは近づいて斬る。この戦法しかないのである。

 話を聞きながらもキョウヤは腑に落ちない顔をしている。

 

「僕が言いたいのはなぜそんなに誰かの力をあてにした作戦を立てられたのかってことだよ。……怖くなかったのか。他人を作戦に組み込むことが。思い通りにいかなかったりすることが。今は上手いこといっているがそもそも能力が足りてないという可能性もあったわけだろう」

「機動要塞デストロイヤーがこちらの予想外の動きをするってことは……確かに怖かったが、能力が足りないってことは考えなかったな」

 

 うん、考えることはなかった。

 何故なら彼らの能力を知っているからだ。もちろんこの街の冒険者全員というわけではないが、それなりの人数が戦っている姿を見たことがある。

 

「たまに俺は他のパーティーに混ぜてもらったりしているんだけどさ。この街の冒険者がどれだけできるかを俺はわかっている。だから俺の作戦のことぐらいはできると踏んだし、心配はしてなかった」

 

 小心者の俺だ。

 なにができるかわからない相手、それも初心者と言われる冒険者にここまで重要な役割を任せられるわけがない。

 実際ここは初心者のための街だが、ここの人間は本当に逞しい。多分居心地がいいせいで適正レベルを越えても外に行けない人も多いのだ。たまに滅茶苦茶レベル高いのにこの街にいる謎な男冒険者もいるが。

 

「能力は理解できるよ。この世界ではスキルという目に見えて実力がわかるからね。……でも君のパーティーの魔法使いの子がやった計算なんて僕らの世界の人達でもなかなかできるものではない。知力というステータスはあるけれども、そこまで高度な計算をできると踏んだ理由が僕にはわからない」

「そんなもの――あいつとパーティーを組んでいたらわかる」

 

 天才という言葉がある。

 俺も冗談交じりに言われたことがあるし、テレビや映画でもよく使われる安っぽい言葉だ。俺は生きてきた生活を殆ど剣道に捧げてきたし、それなりに努力はしてきたつもりだ。それを天才という言葉で片づけられるのが好きではなかった。

 

 ただそれは本物を知らなかっただけのこと。

 めぐみんにはそれ以外の言葉で形容するのは俺は無理だった。

 俺の見てきた世界は狭く、実際の世界は広かった。なんせ異世界まであるぐらいだ。本当に広大で、天才としか言い表せない傑物もいる。

 

「もう一人の魔法使いであるゆんゆんほどではないにしても、俺は彼女を信頼している。あいつの能力ならできると思った。やってくれると思った。理由としては本当にそれだけだよ」

 

 ふっと魔剣の男は笑った。

 それはいつもの自信の表れではなく、羨むような響きがあると感じ取った。

 

「……君は本当に仲間の実力を頼りにしているんだね」

「お前も仲間はいるだろうが。名前は知らないけど、戦士っぽい女の子と盗賊っぽい女の子。あの二人のことを信頼しているんじゃないのか」

 

 緑痴女と赤痴女だったか。

 あの二人はキョウヤと担当範囲が違うので一緒ではないようだが、今も同じパーティーを組んでいるようだ。

 それにキョウヤほどの腕前にルックス。仲間になりたい実力者なんて山ほどいるだろうしな。

 

「クレメアとフィオかい? あの二人は……僕みたいなチート持ちとはだいぶ実力に差があってね。高難易度のクエストに行くときは宿屋で待ってもらっているし。仲間としては好きだけど、頼りになるとは……」

「……それパーティーなのか? まあ他人のパーティーにとやかくは言わないが、そうだとしてもまだ三人パーティーだし、誰か一人良い人をみつければいいんじゃないか」

「僕もそう思っているんだけどね。男の冒険者は僕のことを戦力的には頼りにしてくれるけど、頑なにパーティーには入ってくれないし、女の冒険者は何人かは僕のパーティーに入りたいという子もいるんだが、クレメアとフィオが女性だけで面接すると言って実際にしたら、何故か途端に手のひら返されるんだよね。不思議なこともあるものだよ。女性の考えなんて男性としてはわからないものだね」

「お前それは……」

 

 真面目に悩んでいる様子のキョウヤに俺は真実を話すのは躊躇われた。

 多分男の冒険者はクレメアとフィオの存在を知って、入ってくれないんだろう。

 俺でもわかるぐらいあの二人はキョウヤに好意を寄せているからな。そんなパーティーに男が入るなど針の筵だ。窮屈なのは目に見えている。

 女性に関してはあの二人がまあ色々やっているのだろう。ライバルを増やすわけにはいかないということか。

 

 ……こいつ、もしかしてかなり天然なんだろうか。

 

 俺は冗談でありえないだろう出来事を話す。

 

「いっそ俺とお前がパーティーを組んでもよかったな」

「ゾッとする話だね。僕と君がパーティーだなんて。どちらかといえば敵にならまだわかるけど」

 

 彼は即答する。

 冗談で言ってみたとしても俺も少しだけ傷つく。まあ好かれるようなことはした覚えがないから当然か。

 

「俺嫌われているな」

 

 キョウヤは俺の目を見て、軽く首を振った。

 そこに敵意や憎しみはない。剣道の試合、あの日で見た時の彼の瞳よりか澄んでいた。

 

「――いやむしろ君のことが嫌いでないからだよ」

 

 それほど喋っていた感覚はないが、元々時間は残されていなかった。

 次の作戦の準備を確認するダクネスの声が飛んでくる。

 

『落とし穴までデストロイヤーは三分! 全員持ち場についているよな! 初めの大きな落とし穴に落ちた後、移動して次の落とし穴の地面に足が着くのがそこから七秒。エレメンタルマスターや精霊使いは足を拘束する瞬間を間違わないでくれ!』

 

 三分ほど喋っていたのか。

 同じく放送を聞いていたキョウヤは息を吐いた。

 

「そろそろ僕も持ち場に戻らないといけないね。作戦について話す機会がなかったから一度僕達の番が来るまでに話しておきたかったんだ。邪魔したね」

「俺もめぐみんのあれを見て気負いすぎていたから良い感じに肩の力を抜けてよかったよ。……そういえばお前も足を二本担当すると自分で申し出たけど、大丈夫なんだろうな」

 

 魔剣使いはふっと今度は自信満々に笑う。

 髪をかきあげ、余裕の笑みを作り、グラムの柄を撫でた。

 

「誰に言っているんだい? 君ができるというなら僕にだってできるさ。当然だろ? それじゃあ作戦が終わったらまた会おう」

 

 気障な台詞と格好が嫌味なぐらい似合っている。

 お話の登場人物のように彼は格好をつけ、背を向けて一歩二歩と進む。

 

 ……これでそこから全力ダッシュしなければ完全に決まっていたのだが。

 キョウヤが必死に持ち場に向かって走っている後姿が俺からは見える。

 というかキョウヤの持ち場は反対側で結構距離があるのだから、三分ではあんなにゆっくりと歩いて間に合うわけがなかった。あいつ本当に大丈夫なのかと心配になる。……まあキョウヤなら心配はいらないだろう。

 

 俺が心配するのは俺にすべきだ。

 

「本当に、皆はよく俺に二本も担当を許してくれたな」

 

 冒険者ギルドでララティーナ事件があった後、皆が落ち着いてから足の担当をどうするかという会議があったのだが、俺は二本いけるかもしれないと言ったら、あっさりと決まってしまった。王都で活躍するキョウヤはまだしも俺の案がこう簡単に通るとは思っていなかった。

 それだけソードマスターの攻撃力が別格と考えられているのだろうか。

 

「なんにしろ――失敗できないな!」

 

 俺は腰に差している剣を取り出して構える。

 失敗できない。

 作戦を立てた張本人が言ったこともこなせないようでは話にならない。

 

『一分! 残り一分だ! 全員悔いなく一撃にかけろ!』

 

 俺は精神を集中させる。

 このスキルに必要なのは集中力だ。白紙のキャンパスに決められた色を順番に塗っていくように、集中して集中して色を作っていく。

 

 力を練り上げて、意識を束ねて、一つの剣へと成す。

 

 違う色同士を無秩序に掛け合わせると、雑な色になる。それでも構わずひたすら一つへと描き殴っていく。

 汗が額から噴き出す。一秒一秒に生命力の水が蛇口から大量に流れていくのがわかる。魔法は魔力を使うが、それ以外のスキルは生命力を使うものも多い。疲れる。一秒ごとに俺は疲労する。

 歯を噛む。瞬きもしないものだから目が乾いていく。剣を握り締める。まるで自分という存在を注ぎ込むように剣を強く握り締める。

 

 未熟な俺にはまだ手に余るスキルが完成する。

 準備は整った。いつでも大丈夫だ。

 

『デストロイヤーが穴に落ちた! カウントダウン行くぞ! 七! 六! 五!』

 

 ソードマスターは魔法使いと違って万能とは程遠い。

 遠距離攻撃なんてないし、できることといえば接近して斬る。それだけだ。近距離、中距離、遠距離とオールマイティに攻撃ができる魔法使いには正直少し嫉妬する。

 

『四!』

 

 だが、誰もソードマスターを弱いなどとは言わない。

 魔法使いと比べて弱いなどと聞くことはなかった。

 

『三!』

 

 ソードマスター。剣を極めし者。

 この剣の届く範囲なら――俺達は最強だ。そう思って俺達は剣を振う。いつだって剣士なんていうものは傲慢である。

 

『二!』

 

 エンチャント系。その最果て。最終奥義。

 全ての属性を同時に叩き込むスキル。それをまともに食らえば耐えられるものなど、世界中に存在しない。

 

『一! 着地する! 今だああああああああ!』

 

 目の前を通り過ぎていく鉄の塊。

 踏みつぶされれば一巻の終わりだったそれを俺はまったく焦る気持ちなく見送る。ここまで飛んできているということはデストロイヤーはインプットされたプログラム通り動く機械で、それなら俺の魔法使いが計算を間違うわけがない。

 

 着地と共に振動が走る。

 緩衝材を充分に敷き詰めておいたが、完全に衝撃を吸収できるわけがない。だが、こんな地面の振動。毎日爆裂魔法で味わっている。

 エレメンタルマスターがスキルを唱える。

 こちらからはわからないが、穴の中で足を拘束しているのだろう。時間は五秒から十秒。しかし、俺には次の足の担当がある。

 

 だからここは一秒で終わらせる。

 

 剣が黒く染まる。剣が黒く輝く。ブラックダイヤモンドのような怪しく魅了する危険な輝き。全ての属性で塗りつぶされたそれは――ただの黒でしかなかった。

 単純明快。

 そのスキルの名前は――

 

「――ダークライトソード!」

 

 振う。

 剣を振う。

 手ごたえ――すらない。

 僅かに接着されていたのを剥がすように俺の剣は、強固に作られたはずのデストロイヤーの足の中を素通りする。硬さを感じない。これだけの巨体を動かすために丈夫に作られているはずの足は、まるで空気のようだった。

 

 ソードマスターが最も攻撃力があると言われるようになった所以。

 全属性を剣一つに収束して、一瞬の内に叩き込むというソードマスターの奥の手が炸裂する。

 

 宣言通り。

 一秒にして俺は一本目の足を二つに分割した。

 

「……くっ!」

 

 襲い掛かる虚脱感。

 生命力を食われている。実戦で使うのは過ぎた代物なだけあって、俺が日に撃てるのは限界で二発だろう。実際に試したことがあるが、二発目の後は爆裂魔法を使っためぐみんのように倒れ込みそうになっていた。

 

「――接近!」

 

 その疲労を気力で振り払い。俺は次の足の下へと駆ける。時間はほんの僅か。一息つく暇などあるわけがない。

 

 これで二秒。

 残り四秒か五秒ぐらいで同じように斬らないといけない。最大で十秒拘束できると言っていたが、最大をあてにするほど俺も楽観的ではなかった。

 

「一歩短縮!」

 

 一歩でも速く。

 俺はスキルを使って距離をほんの少し短縮する。

 二番目から三番目の足に俺は風を切り裂いて走る。もう一発大技を使ってしまったので、休憩したいという言葉が頭に思い浮かぶが、まだ無理だ。その思いを跳ね除けて俺は走り――三番目の足に辿りつく。

 

 四秒目。

 俺は構えながら――マントの中に入れてある神器のスイッチを押した。

 

 時間が止まる。

 俺が持っているチートが発動する。この最終局面。切羽詰まった場面としても、時間停止の効果は発揮する。機動要塞デストロイヤーさえこの能力には抗えない。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 息を必死に整える。

 誰もが自分の役割に夢中な今。時間停止を使える場面はここしかないと俺は思っていた。

 

 できることなら――時間停止してデストロイヤーの中に入って機能停止して終わりなら手っ取り早く済むのだが。機械を使って機能を停止させる信号を送るのは俺では無理にしても、動力源であるコロナタイトを抜き取れば確実に止めることができるだろうし。

 神器によって止めた時間を動けるのは一人だけ。俺だけなら神器を使ってデストロイヤーに乗り込むだけならできると思う。ただ当然コロナタイトがあるのはデストロイヤーの中でも中央の場所だろうから、そこにたどり着く前に死んでしまう。

 扉は全部閉まっているだろうし、中には大量のゴーレムがいるそうだから、今日が十九日で十九分間使えるとしても無理だ。倍あったとしても不可能に近いだろう。

 

「ふぅふぅ……。そろそろ息整ってきたか」

 

 だからこれしかない。

 三分でなんとか体をまともに動かせるまで持ち直した俺は、また集中する。

 体力の回復とスキルの準備時間にまで使えるのだから俺の神器も大概チートだ。エロだけではないな。戦闘でも使える。

 

「あぁ……!」

 

 必死に集中するも、なかなかスキルが上手く纏まらない。

 というかめぐみんはすぐさま二発目の爆裂魔法を放てるとかマジでどんなスペックしているのか。集中するのは得意な方で、爆裂魔法より随分消費は軽いこれでも二発目は辛い。全身が湯で煮られ、脳が沸騰するような気分だ。

 三十秒を軽くオーバーして一分間でようやく俺はスキルを完成させる。

 

 時間を再開させる。時はまた動き始める。残った時間はもうあまりない。

 これで五秒。

 

「――ダークライトソード!」

 

 腰をひねる。手の力だけでなく、体全部を使って黒く輝く剣身をデストロイヤーの足に斬り込む。

 

 手ごたえは――ある! あってしまう!

 

 くっ! 試した時は問題なく発動していてわからなかったが、実際に硬いものを斬っているとわかる。明らかに先ほどの時よりも威力は弱まっている!

 収束が足りていなかったのか! 疲れ? それとも緊張からくるものでミスか? わからない。……理解できることはこの一撃を逃せば後はないということだ。

 

 六秒。

 俺は感触を思い出す。

 ――さっき抱きしめためぐみんの感触を。

 俺より二回りは小さい女性。元気で子供で、たまにとても大人っぽくなる魔法使いの女の子の感触を。あれだけ小さな体で、彼女は堂々と戦った。

 なんと勇ましい。その細い足で踏ん張って、怖い気持ちを必死に抑えながらあのデストロイヤーに立ちはだかった。まるで最強の魔法使いのように俺には見えた。

 

 ……めぐみん。

 めぐみんめぐみんめぐみんめぐみん!

 

 心の中で叫ぶ。

 俺の中では最強の魔法使いである彼女の名を。

 

 めぐみん。いつかきっと本当に最強の魔法使いになるだろう彼女。俺はそんな彼女のパーティーの一員。ただ一人しかいない前衛職だ。

 

 お前が最強の魔法使いなら――俺が最強の剣士だ!

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 吼える。恥も外聞もなく雄たけびを上げる。獣のように腹の底から力を取り出す。後先考えない。

 

 ――全力をここに。

 スキルによる強さではない。俺の体に残るありったけの力を振り絞り、無理矢理切り裂いていく。

 最初の時と違って優雅さの欠片もない。

 ただの力任せの一撃。

 だが、本気の一撃だ。

 

 俺という剣士。幼いころから剣を振ってきた男の全力を賭けた醜く汚れきった――それでも自分なりには必死に努力した剣。

 

 神様は微笑まない。俺などというクズに微笑んでくれるのは転生があった時の一度きり。あれで充分。あれだけで身に余る。気まぐれとして一回が限度だ。

 だからこれは不純な動機であれ、剣を振ってきた俺の力なのだろう。

 

「俺もやれるもんだな……」

 

 八秒にして俺は二本目の機動要塞デストロイヤーの足を真っ二つにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 機動要塞デストロイヤーから少しの距離を取ってからぺたんと座り込んでしまう。

 ごっそりと生命力を奪われている。大きな怪物に生命力を丸ごと齧られたような気分だ。

 

「ぐふぅ! かはぁ!」

 

 息が上手くできなくて咳き込む。

 苦しい。何百メートルも全力疾走したみたいだ。

 いきなり実践で使用するにはやはり無茶があった。

 

 しかし、ソードマスターの攻撃力は飛びぬけているし、キョウヤやゆんゆんなどを除いた他の足は複数で当たるとしても、俺が二本担当をしなければ作戦の遂行は厳しかった。なんせアクセルの街にいる魔法使いの殆どが弓矢部隊相手に使われている。

 予想外のことは起こったが、大言だけ吐いて失敗するということにはならなくてよかった。

 

 作戦は成功した。

 俺だけでなく他の冒険者達もしっかりと仕事をこなしてくれたらしい。

 

 デストロイヤーはその巨体の腹を地面につけて前に進む気配はない。

 足は根本近くから切り取られ、最早ひっくり返った亀と相違なかった。移動能力は完全に奪った。これでは決して今までのように村を、街を、国を潰すことはできないだろう。

 しかし、俺達はいまだ兵器から視線をそらすことはできなかった。

 作戦は思い通りにいき、魔法障壁を潰し、足を斬り落としたとしても、まだなにかあるかと予想して動けないでいた。

 

 予想だけではない。

 俺の勘も告げている。

 ――これで終わりではないと。

 

 むしろ今までより危機を感じるぐらいだ。首の後ろ辺りがビリビリと電気が走っているようだ。不味い。なにが起きているのかわからないが、とにかく不味い。

 その予感に応えるように――機動要塞デストロイヤーから女性の声がする。機械で合成されたような無機質な声が流れる。

 

『本兵器の熱量排出機能が停止間近です。コロナタイトによる熱量を消費できません。コロナタイトによる熱量を消費しきれません。警告です。警告です。今すぐ退避してください。緊急事態マニュアルに則り、B1からD5までの扉を自動開放します。A1からA3、E1からG6までの扉は機密上、安全上、開放できないので職員カードによる開放をお願いします。搭乗者はただちに緊急事態マニュアルに則り退避してください』

 

 けたたましいサイレン音と共にアナウンスされる。

 それはいますぐ逃げろという警告だった。

 

『コロナタイトによる熱量が排出できません。限界値まで残り三十五分三十六秒。搭乗者の退路時間確保のためにコロナタイトの熱量を一時停止を要求。長期間稼働によりコロナタイトの熱量操作受付不可。コロナタイト爆発直後、零コンマ五秒で本兵器も過剰熱量により自爆します。搭乗者はただちに緊急事態マニュアルに則り退避してください。これは訓練ではありません』

 

 何度も警告が流れ続ける。

 ……この後、どんなことが起こるかと予想はしていたが、まさか自爆とは。

 

 宝珠とも呼ばれるコロナタイトの爆発とデストロイヤーの自爆の合わせ技。おそらく街一つは吹っ飛ぶに違いない。

 ここまで頑張ったにしてはあまりにも悲惨な結末。

 最後に微笑んだのは死神だった。

 

 俺は他の足を担当していた冒険者の様子を伺う。

 冒険者もそれぞれ渾身の一撃を放った後だ。疲れていないはずがない。辛いわけがない。

 それなのに――誰一人として諦めていなかった。

 

「……自爆か。俺はてっきりもっと恐ろしい姿に変形すると思ってたけどな」

「僕なんて人型兵器になるかとワクワクしてたのによ。自爆とは芸がないよね。せめて浮いてビームを乱射するぐらいはして欲しかったよ」

「天災だっけ? 最後の最後でそれとはたいしたことねぇよな」

「どっちにしろまだ終わっていない、か。よくわからねえけどコロナタイトとかいう石を外せばいいんだな。てめえらガッポリ稼いで疲れ果てて今日は良い夢見ようぜ! 豪勢に姉妹丼の夢とか見てぇな!」

 

 まったく心は折れていなかった。

 見ててわかる強がりだが誰一人として諦めていない。

 あらかじめわかっていた。機動要塞デストロイヤーがこれぐらいで終わらないことを。

 ただ最初のような絶望感はない。どうしようもならないという絶望感は渦巻いていない。自爆なんていうのはただの悪あがきにすぎない。絶対負けるという感覚は俺達にはもうなかった。

 

「なら――俺も行かないと」

 

 剣を杖にして疲労した体でなんとか立ち上がる。

 剣に頼って立ち上がるなんて、まるで映画の主人公のようでちょっと笑ってしまう。

 

 俺が普段やっていることは悪役で、主人公などはとてもではないが無理だが、今日だけは見せかけだけでも主人公振ろう。悪役を倒す主人公のつもりで立ち上がろう。

 絶望的な状況で、なおも前に進んでいこう。

 

「……それにしても、俺の心配性にもほどがあるな。自分でも嫌になる」

 

 なにが新しい足を出すだ。なにが飛ぶだ。

 なにが――底は見ていないだよ。

 

「機動要塞デストロイヤー。お前の底は俺が思っているより浅かった」

 

 俺は疲労が溜まった体なのも忘れて睨み付ける。

 機動要塞デストロイヤー。

 誰もが勝ったことがない相手。長きにわたる無敗の王者。

 しかし、剣道でいうならもう一本を取ったのも同然で俺達は勝利間近。今更卑怯な手で引き分けに持ち込まれてたまるものか!

 

 冒険者全員がデストロイヤーに駆けていく。ちっぽけな人間があれだけ強大な敵に臆することなく駆けていく。

 それがどれほど心強いか

 遥か昔から続く人間と兵器の戦い。それにようやく終止符が打たれる。

 

 機動要塞デストロイヤーとの決着は――近い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




明日か明後日デストロイヤー編最終話更新


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二十二話

 

 

 機動要塞デストロイヤーの内部は廃墟じみている。

 外見は遠くから見ると古ぼけた感じはしないが、それでも作られてから随分時間が経っている。内部に苔や錆びがあるのは当然だった。

 

 これでも機能性にはまったく影響が出てないのだから、それはもう大した科学者だったのだろう。俺の予想が正しければろくに整備されていないにも関わらず、この大きさの機械が長い間動いているだなんて常識外れにもほどがある。チートの意味を改めて思い知らされる。

 

 俺とゆんゆんはデストロイヤー内部を走っている。

 制御できるならこちらから制御してなんとかするか、もしくは動力源であるコロナタイトを外すためである。爆発までそこまで時間はない。

 

 俺とゆんゆんしかいないのは、他の冒険者から少し遅れたからだ。

 ウィズさんも流石に爆裂魔法の後に強い攻撃魔法を撃ったので限界が来た。意識が朦朧として気絶しかけていたので、木の影に隠れるように置いてきた。ちょっと透明化してたし、あのままではばれかねない。

 

 ダクネスは一目散に機動要塞デストロイヤーに突っ込もうとしていたが、俺がめぐみんを連れて逃げるように頼んだ。

 もしものことがあってもめぐみんだけは生きていてほしいし、ダクネスが死ねば俺達がなにをしたのかも伝える人はいない。ただダクネス本人は絶対めぐみんを避難させたら私も参戦すると豪語していたけど。……もしかしたら爆発してもダクネスだけは生き残る可能性はある。あいつの硬さ尋常ではないからな。

 

 先行した冒険者達によって破られた扉や壊れたゴーレムなどを見かける。

 特にゴーレム相手にキョウヤは大活躍のようだ。一振りで壊された跡がある。二本の足も宣言通り壊したようだし、やはりあいつは別格である。

 デストロイヤーの正面部分から中に入った冒険者達は破竹の勢いで進んでいるようだが、扉とゴーレムの邪魔はかなり時間を食っているようだ。ちらほらと冒険者の姿を見えるようになる。色んな扉の中を見ては違うと叫んでいる。

 

 俺達もようやく最前線近くにまで追いついたようだ。

 

 それにしても、大体は普通のゴーレムなのだが、たまに趣味が入っているような形の壊れたゴーレムを見かけるのは何なんだろう。

 今までは既に倒されたゴーレムばかりと出くわしていたが、最前線に近くなってきたので俺達も稼働しているゴーレムと出会う。

 

 それもそのゴーレムは俺の見たことがあるものだった。

 

「もしやガン――」

「ライトニング! ライトニング! ライトニング! ライトニング――!」

 

 指を差してその名称を呼ぼうとする前に、四連発中級魔法によって一瞬にして頭と左腕を消し飛ばされる。

 剣を振り上げながら立ち止まるそのゴーレムには、格好良さを感じる。詫び寂びだ。

 前々からそうではないかと思ってたがやはりこれを作ったやつは日本人だわ。

 

 鮮やかすぎる一方的な殲滅の様子に、俺はゆんゆんを心配する。

 

「ゆんゆん。少し気合い入りすぎじゃないか!」

「でもここで気合いを入れないとどこで気合いをいれるんですか! めぐみんとユウスケさんがあれだけ活躍したんだもの! 私だってこれぐらいできるんです!」

 

 鼻息荒く答える。

 これだけ興奮した彼女の姿を見るのは、めぐみんとのやり取り以外では初めてだ。

 

「やる気があるのはいいけど、無理してはダメだぞ」

「……ユウスケさんの方が無理しているじゃないですか」

「……うっ!?」

 

 それを言われたらどうしようもない。

 二回のあのスキル使用は俺としても限界が近かった。あれから一度時間停止を使って五分ほど休憩することで、無理をすれば軽く走れるぐらいにはなったが、生命力は尽きかけている。

 今でも気を緩めれば瞼が落ちそうな気配があった。

 

「だから! 私が頑張らなきゃ! 同じパーティーメンバーなんだから私だってできます!」

 

 覚悟は強く、俺には止めることができない。

 でも止められないなりにも言わなければならないことがある。

 

「俺達がコロナタイトを止めないといけないというわけではないんだ。ここにいる冒険者全員で止めればいい。あまりにも無茶しすぎるなら引っ張ってでも脱出するからな」

 

 注意したのに隣を走っている俺の顔を見て、ゆんゆんは嬉しそうな表情をする。

 

「ユウスケさんって……たまにすごく私達に甘いですよね。特にめぐみんにですけど」

「同じだよ。同じ。めぐみんとゆんゆん。どちらにもパーティーメンバーとしての当たり前の気づかいだ」

「くすっ。……そういうことにしておきますね。――ライトニング!」

 

 そこからはゆんゆん無双だった。

 雷が飛んでゴーレムが弾ける。雷が飛んでゴーレムが弾ける。雷雷が飛んでゴーレムが弾ける。

 

 この繰り返しだ。

 たまに雷が外れると壁に大きな穴が開く。足はあれだけの強度だったのに、脆い壁だな。

 

 彼女もまた優れた魔法使いである。めぐみんの派手さに惑わされるが、戦闘での有能さという意味では彼女は並外れている。一点突破であるめぐみんより上だ。

 上級魔法さえ覚えたゆんゆんは完全に一流の魔法使いの域にいる。最強になるだろう魔法使いがめぐみんだとすれば、彼女は魔法使いとしては理想形だった。

 

 しかし、この巨体だと中身はまるで迷路みたいになっている。どこかに案内掲示板でもつけとけという話である。

 

 何人もの冒険者を抜かす。段々と見かける人も少なくなっている。俺らが最前線を突っ走っているようだ。

 ゆんゆんが自信満々に走っているのについていっているが、この道で本当に合っているのだろうか。……駄目だ。疲れからかどうも頭が働かない。

 

「えーと、今右に曲がったので、中央に行くには左曲がらないといけないかな。もうすぐ中央につくと思います!」

 

 ここに初めてきたはずなのに、ゆんゆんは確信を持って断言した。

 案内掲示板が貼ってあるということはなかったし、もしかして推測したのか。

 

「お前辿ってきた道全部覚えているのか!?」

「大体ですけどね。デストロイヤーの大きさから考えたらそろそろつく頃です。めぐみんには負けますが、一応これでも紅魔の里で私も成績優秀者なんですから」

 

 そういえば、そんな話聞いたな。

 

「ユウスケさんはめぐみんのことばかり見てますけど。同じ仲間なんですし……もう少し私のことも相手してくださいね」

 

 恥ずかし気に微笑みかけてくるゆんゆんに俺はああと頷いて返す。

 めぐみんはああいう性格なので俺もグイグイいけるが、ゆんゆんは引っ込み思案なところもあるので、俺から話しかけることは少なかった。

 これが終わればいっそ三人で旅行でも行くのもいいのかもしれない。温泉旅行なんて疲れた体にはぴったりだ。

 

 ゆんゆんも魔法を連発したせいか、肩で息をしているようだ。これ以上彼女に無茶をさせるわけにはいかないが、俺達はとうとう目的地らしき場所にたどり着いた。

 

「あの奥っぽいけど……あそこを守っているゴーレムは他とは違うな」

 

 大きな扉を守っているゴーレムがじろりとこちらを見る。

 守護神のように立ちはだかるそれは、他のゴーレムと格が違う雰囲気がする。大きなヘルメットみたいなものを被って巨大な剣と盾を持つゴーレムは、今の俺では絶対に勝てそうにない。

 

「これは……他の冒険者がくるまで待つ――ってゆんゆん!」

「邪魔です! ライトオブセイバー!」

 

 止まることなく駆けるゆんゆんは、接近しながら上級魔法を放ってゴーレムを光の剣で扉ごと切り刻む。

 

 ここのボスっぽい雰囲気だったゴーレムは瞬殺された。

 登場して一瞬である。鉄製でできた防護帽がガタンと地面に落ちて転がっていくのは哀愁すら感じ取れる。

 

「ここで正解みたいです! 早く来てください!」

「お、おう。今行く」

 

 こわっ! ゆんゆんこわっ!

 おっとりとした本気で怒ることがない優しい女の子だと思っていたが、こういう一面もあるのか。普段本気で怒らない分、もしかしたら怒っためぐみんより怒ったゆんゆんのが怖いのかもしれない……。

 

 中に入ると、様々な機械が並んでいる。ここだけSFの世界みたいな錯誤感。俺がいた世界よりも進んでいる光景。大量の本や資料が地面に散らばっており、コロナタイトが繋がれた機械と……白骨があった。

 

「今まで人は見なかったですし、この人だけが搭乗者なのかな」

「多分そうなんだろうな。開発研究者が乗っ取ったという伝聞があったけど、この白骨がその人か。アンデッド化している気配はやはりないみたいだ。この機械はあらかじめ決められた通り動いているというのは正しかったか」

 

 普通の女の子なら騒ぐかもしれないが、白骨化した死体を見てもゆんゆんは驚きもしなかった。この世界の人間は案外死が軽く訪れるし、そこまで騒ぐこともないのかもしれない。

 俺もあまりに綺麗な白骨すぎてどうも死体の感覚がない。理科教室の人体模型に見える。

 

 とりあえず目的地の場所にたどり着いたのでなにかしらできないかと、俺とゆんゆんは周囲を見渡す。

 

「機械が幾つかありますけど、これどう動かせばいいのかさっぱりです! 人体や計算には強い紅魔族ですが、ここまで高度な機械ですと流石に私では……」

「それはそうだ。これをいきなり操作しろなんて無茶だわ。めぐみんでも無理だろう」

 

 同じ日本人が作った機械だが俺もまったくわからない。

 明らかにこの時代に存在してはおかしいオーバースペックだ。時間があればめぐみんやゆんゆんなら使い方を習得できるだろうが、そんな時間存在しているわけがない。

 

「ゆんゆんはコロナタイトを見てくれ! まだ爆発しそうにないなら他の冒険者を呼びに行こう! 無理そうなら、俺達で解決するしかない! 俺はこの部屋で他になにがあるかざっと調べてみる」

「わかりました! ああもう! 私がテレポートを使えれば一発で済む話なのに! どうしてテレポートを習得しておかなかったの私! 馬鹿馬鹿! 過去の私の馬鹿! ……ユウスケさん。おそらくこれ、後十分ぐらいでボンっとなってしまいそうに私は見える気が――」

 

 コロナタイトの様子を見に行っている隙に俺は時間を止める。

 

 時間停止していられるのもコロナタイトが爆発する時間と同じく十分しかないか……。

 

 俺は本が地面に乱雑に散らばっている中、一番上に放り投げたように置かれている本を取ってパラパラと捲る。

 それは日記だった。

 転生者が日本語で自分がなぜ機動要塞デストロイヤーを作り、この兵器が暴走したかの理由が書かれてあった。

 

「はぁ?」

 

 思わず俺は本の内容について怪訝な声を発した。

 それほどどうしようもない理由だった。

 

「え。こんな理由で俺達死にそうな目に合ってるの? ……もうなんだろう。なんなの。うわ、初めてこんな気持ち。頭痛いわ」

 

 ただでさえ疲れているのにこんなパンチのある内容を見せられるとショックで倒れそうになる。

 簡潔に説明するなら、上司の無茶振りと本人がムシャクシャしたのと僅かな設計ミスでこの兵器は暴走し、世界中を荒らしまわった。

 

「……あれだな。無茶ぶりってよくないね……」

 

 でもまあ大きな事件が起こる理由なんてこんな些細な出来事が理由なのかもしれない。

 どちらにせよこの本には解決策は載っていない。例えどこかに載っていたとしても操作してこの機動要塞デストロイヤーを止めるのは難易度が高い。……やはりコロナタイトをどうにかする方が話が早い。

 

 それはわかっていた。

 今の時間停止の理由としては体力の回復と思考を纏めたいからだ。

 

 本当ならゆんゆんが言うようにテレポートが出来たら解決する。

 しかしウィズさんが魔力切れなのはこの際命がかかっているからドレインタッチでどうにかしてもらおうとしても、今は木陰で気絶している。

 ゆんゆんの推測が正しいなら十分程度で爆発する。冒険者は全員デストロイヤー内で暴れている。ウィズさんが気絶から起きているか起こしたとしても、十分でテレポートが必要な魔力を確保するのは難しい。爆裂魔法を除けば最も魔力が必要な魔法だからな。

 魔法使いを何人か残しとけばよかったと今更ながら思うも、その魔法使い達にどう説明すればいいか悩むし、疲れた頭ではそこまで考えが回らなかった。

 

「くそ!」

 

 結局解決策なんて一つしかなかった。

 本来ならもっと良い解決策があるかもしれないが、俺の疲労して時間がない頭では一つしか浮かばない。

 

 嫌だ。

 嫌だと思うのに、俺はスイッチを押していた。――もう覚悟は決まっていた。

 考え込んでいる時間はない。

 はは、ったく、時間を停止できる俺が時間がないだなんて皮肉なものだ。

 

「ゆんゆん! 今すぐありったけの魔力で外壁まで貫通できる魔法を準備してくれ!」

「いきなりどうしたんですか! それにこの外壁までとなるとかなりの距離がありますし、間に壁も沢山ありますよ」

「ライトニングが当たった箇所が大穴が開いていたのを見た限り、この壁はそこまで硬くない。元々魔法への耐性なんて考えてないんだろうな。外にあれだけの魔法障壁があるんだ。当然のコストダウンだな」

「そう言われると思い返してみたらかなり脆い気が……もしかしてですけど、ユウスケさん。コロナタイトを外まで運ぶつもりなんですか! 無茶ですよ!」

 

 確かに無茶だ。

 走ってコロナタイト石を運ぶだなんて無茶にもほどがある。馬鹿丸出し。そんな馬鹿なこと俺ぐらいしか考えつかないだろう。

 

「……頼むよ」

 

 それでもこれしか思いつかなかったのだ。

 俺だってしたくない。けど、しなくてはならない。

 

 ゆんゆんに真摯に頼み込む。彼女はこういうのに弱いのを知っていて、卑怯な俺は使った。

 それでも思うところがあるのか一瞬悩むも、解決策を思い浮かばなかったのか、ゆんゆんは唇をグッと噛んで、俺の瞳を見て、力強く頷いた。

 

「……わかりました! 間違いなく外壁まで私が撃ちぬきます。あなたの道は私が作ります!」

「ありがとう!」

 

 そういう他ない。

 彼女は魔力を極限にまで溜めていた。今までの道も彼女が作ってくれたようなものだ。あれだけ無双してくれた彼女は残り少ないだろう魔力を限界まで高める。

 迸る魔力は爆裂魔法を撃つめぐみんを思い出させる。

 普段は表情がコロコロ崩れることがある彼女の瞳は、何物にも負けない強さがあった。紅の瞳が興奮によって光る。彼女は戦乙女のような綺麗さと苛烈さを併せ持っていた。

 

 俺はというと、扉の外に転がっているヘルメットを取って、コロナタイトの前にまで行く。

 熱い。

 本当に熱い。

 

 コロナタイトに近づくと、太陽がそこにある錯覚に襲われる。素手で持って行くなどは明らかに不可能だった。

 

「フレイムソード」

 

 俺はそんな熱さにも負けないように剣を同じく赤に光らせる。

 威力を上昇させ、コロナタイトを囲む格子を斬って露出させる。

 そして俺は剣の先をコロナタイトに引っ付ける。熱によってぐにゃりと剣は曲がる。しかし条件は満たした。剣が触れていればあのスキルが使える。

 

「……フローズンソード」

 

 コロナタイトを凍らせる。

 凍った伝説の宝珠を取り出して、俺はヘルメットの中に入れ、いつも着ているマントで手を巻いてからそのヘルメットを持った。

 

『コロナタイトの取り外しを確認。コロナタイトの取り外しを確認。自爆の可能性は微少に変更。もし自爆が希望ならばもう一度取り付けをしてください』

「誰が付けるかよ!」

 

 俺は叫びながらヘルメットを運ぶ。

 これで自爆の心配はいらなくなった。後はもうすぐ爆発するだろうこれの処分だけだ。

 

 ゆんゆんを見ると、そこには魔力を溜め切った魔法使いの姿があった。既に準備はできているといった風だ。

 

「俺達が入ってきた方向と逆の方向。機動要塞デストロイヤーの背後から抜ける。そこなら人もいないだろうしな!」

「ここ辺りですね」

「ああ、頼むゆんゆん!」

 

 こちらを向いて微笑む。

 既に彼女の瞳は泣いているようだった。

 

「……絶対に。絶対に無茶だけはしないでくださいね。私はユウスケさんの葬式なんて行きたくないですよ。私、折角のケーキを食べられないぐらい泣いちゃうんだから。だから、絶対に帰ってきてください! 約束です約束ですよ! ……貫いて私の雷。ユウスケさんの道を作って! ――カースド・ライトニング!」

 

 貫通力のある黒い稲妻が飛び放つ。

 押しに弱く、他人と話すのを怯える。けれど、その嘘偽りなき綺麗な心と真っ直ぐとした性格のように稲妻が突き進む。止められるものなどいない。

 

 遠くに弱い光が見える。――ああ、あれはきっと外だ。

 

 俺の無茶を実現させてくれる二人の魔法使いの内の一人は、杖を頼りになんとか立っているといった様子だった。

 

「……私には、これだけしか、めぐみんのようにはいかないけど……後はお願いします」

「充分すぎるよ。お前は俺の理想とする魔法使いだ! 後は任せろ!」

「その言葉は……すごくうれしいな……」

 

 魔力を空にまで使い果たしたゆんゆんは崩れ落ちる。

 

 俺はそれを見向きもしない。彼女の覚悟は受け取った。だから、なによりも速く俺は進む。

 コロナタイト石をヘルメットから落とさないように注意しながら、俺はゆんゆんが作ってくれた道を疾走する。

 途中、壁に引っかかった剣が折れる。熱で随分脆くなっていたのだろう。根元近くからぽっきりと折れていた。これでは小動物すら倒すことができない。

 

「丁度いい!」

 

 しかし、今の状況には都合が良かった。

 条件さえ揃えばスキルは発動できる。俺は片手にヘルメット。片手に折れた剣を持ちながら、その折れた剣で凍ったコロナタイトに触れる。

 

「フローズンソード!」

 

 持ち運びがしやすくなった分、むしろ良いように働いている。

 でも危険だ。

 このコロナタイトは予想以上にヤバい代物だ。

 俺のスキルでは抑えきれない。さすがはあの機動要塞デストロイヤーをこれ一つで動かしていただけはある。

 いやそもそもこれはスキルで抑えられるようなものではない。程なくしてなんのスキルも受け付けず爆発するだろう。できれば魔法使いの人達と協力して安全な場所まで運びたかったが、それも無理だ。

 

 直線に走っただけあって、来た時間よりも大幅に短く俺は外壁までたどり着くことができた。

 

「コロナタイトを落とすのだけは止めろよ!」

 

 自分に言い聞かせながら、片腕でしっかりとヘルメットを抱きしめて俺は宙へと出た。

 

「アースソード!」

 

 もう殆どない剣の刃を硬くして、機動要塞デストロイヤーの外壁を剣で削りながら速度を落として俺は下まで降りる。

 着地した途端、肩になにか重たいものが乗っかったような錯覚がする。

 おそらくそれは疲労だ。ダークライトソードを二回。休憩も挟んだし、ここにくるまでゆんゆんに助けてもらったが、それでも限界だ。

 

 本来ならこれを誰かに託して俺は休みたい。

 でも俺はこの重荷を捨てられないでいた。俺一人で行くしかない。

 

「行け! 行け!」

 

 自分を叱咤して走りだす。

 ある場所を目指して俺は足を動かす。孤独にこのいつ爆発するかもわからない時限爆弾を、誰も被害にあわないように持ち運ばなければならない。

 改めて俺の置かれている状況を考えると心が折れそうになる。ただの冒険者には重すぎる。臆病で小心者な俺には辛すぎる。

 

 その時、聞くはずのない声を聞いた。

 余裕がないにもかかわらず反射的に顔だけそちらの方向を見てしまう。

 

「……ユウスケ」

 

 聞こえる距離ではないはずなのに俺にはそんなめぐみんの声が聞こえた。

 ダクネスの肩に乗せられ、運ばれるめぐみんが小さく見える。

 何故まだこんなところにとも思うが、おそらくここから離れたくないと散々駄々をこねたのだと一瞬で思いついてしまって、なんだかおかしくなる。それは非常にめぐみんらしい。

 

 だから俺は走りながら頬を緩ませ、彼女を安心させるために、

 

「――心配するな」

 

 そう機動要塞デストロイヤーの襲来を告げる時にビビって言えなかった言葉を形にした。

 

 聞こえない距離? でも俺にめぐみんの声が聞こえたのだから、届いているさ。

 必ず、届いている。

 もう視線はぶれることはない。

 

 俺は森の中。

 ある一つの目的地にめがけて走っている。

 

 あの地図を思い出す。

 爆裂魔法を撃っていい箇所として警察から貰った地図に書かれてある赤い点。冬に何度も通ったことがあるめぐみんが爆裂魔法を撃つ場所。

 ――アクセルの街から近いもう使われていない大きな湖。

 

 俺が目指す場所はそこだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 痛い。

 痛みがある。

 森の中を疾走する俺は痛みを感じていた。本来ならこの距離程度楽勝だというのに、極度の疲労と今も続けているスキルの使用で体が痛覚によって限界を知らせてきた。

 

「フローズンソード」

 

 走る。

 走る。

 走る。

 

 最早棒と化した足をひたすら動かして俺は大きな湖まで急ぐ。

 良かった。めぐみんと冬も毎日爆裂魔法の練習に付き合っていて。道を完全に覚えている。

 良かった。めぐみんと出会った日からあいつを抱っこして運び続けていて。何かを運ぶのは得意になった。

 

 走るごとに景色が変わる。だが、それは見慣れた景色だ。いつもあの魔法使いと通った景色だ。

 春になって木にも葉が付き、小動物も走っている。ここであんな話をしたな。ここでこんな話をしたなと思いながら俺は走る。走るしかない。

 

「は! はぁ! はっ! かは!」

 

 心臓が痛い。脇腹が鈍器で殴られたようだ。剣道の練習でもここまで大変だったことはない。三日も走らされているようなどうしようもない体の限界。

 

 ああ、辛い。やめてしまいたい。

 俺だって死にたくない。一体、どうしてこんなことをしているのか。

 

「ハァ! はっ! はひ! はぁ!」

 

 時間停止最中でも俺のすぐ傍にある物は動いてしまう。時間を停止しながらこれを運ぶなんていうズルはできない。そもそもそれほど停止できる時間も残っていない。四分程度だ。

 ……けど、いますぐここに置いて逃げれば俺は助かるかもしれない。一度死んだ。だからって死になれているわけではないんだ。生きたい。生きたいよ!

 

 ああそれなら、なんで爆裂魔法で危険度が高いめぐみんと俺は組んだのだろう?

 

「……ふろーずん……そーど」

 

 どうしてか景色が悪くなる。もし転んだりでもしたら不味いと思うも、その理由はすぐわかった。

 俺は泣いているのだ。

 

「……あ……ぁ」

 

 体が先に参ってしまっている。降参してしまった。一歩も動きたくないと叫んでいる。それに俺も従いたい。なのに、俺は意思でそれをねじ伏せる。

 耳まで聞こえなくなった。極度の疲労で聴覚が麻痺してしまっている。なにも聞こえない。聞こえないのは集中できるからいいけど、俺はフローズンソードのスキルをちゃんと唱えられているのだろうか。

 

 息が吸えない。

 あれだけ生活の中で当然にやってきたことができなくなっている。

 呼吸ができないならスキルも唱えられなくなってしまう。だから俺は必死に空気を肺に取り込むとする。

 

 空気が足りないと脳が働かない。

 思考もぼやける。意識が朦朧とする。ただ行き慣れた道を。通った感覚を頼りに俺は走る。

 

 考えが纏まらない。混濁する。ぐちゃぐちゃと脳みそがかき回される。現実と妄想の垣根が薄まる。

 そのせいかどうでもいい過去のことを思い出す。これが走馬灯だろうか?

 

 ――幼い頃、俺は普通の少年だった。

 それが違うということに気付いたのは九歳の頃だ。その歳にして俺は性欲が強かった。何故か可愛い女の子に誰彼構わずエロいことがしたかった。何もかも放り投げて俺はエロいことがしたかったのだ。

 何故しなかったといえば、俺には既に家族がいたし、友人がいた。家族はなによりも大事なものだったし、友人と会話をすることは掛け替えのないものだった。俺はもう大切なものを持っていたのだ。

 幼い俺でもわかった。俺がその衝動に負ければそういう大切なものを捨ててしまわなければいけないことに。

 

 だから俺はエロいことを拾わないことにした。

 

 拾わなければ、味を知らなければ、我慢ができる。

 押さえつけ、今ある大切なものだけを抱え、生きていくことにしたのだ。

 親孝行して、剣道を真面目にして、友達と馬鹿みたいに喋って、エロいことなんてまったく興味ありませんよという振りをして生きていくことを決めた。

 

 でもそういうものだろう。

 人はだれであれ自分のなにかしらの部分を押さえつけて生きていく。俺はその押さえつけているのが反吐が出るような最低のものだったという話なだけだ。

 

 それが狂ったのは、二度目の人生を迎えることになった時である。

 

 時間停止なんていうチートを貰い、次こそは悔いのない人生を送ろうと思った。

 

 だから俺はこうやって大好きなものをすべて抱きしめて走る。自分では持ちきれない大事なものを抱えて走り続ける――例えいつか何もかもが溢れ落ちようとも、それまでは走ろう。

 ああ。街も街の皆も自分の家も、関わってきた全てのものを持つために俺はこうやって死の塊を運ぼう。誰のためでもない。自分だけのために。

 

 ……気づけば、湖に俺は来ていた。涙も止まり、俺は湖のことを見ることができていた。

 

 役目を終えた剣を地面に落としてしまう。

 やはり途中からスキルを唱えられていなかったからか、コロナタイトは既に氷は殆どなくむき出しに近い状態だった。赤く脈動するそれは今すぐ爆発してもおかしくない。熱さで金属と手が張り付いてないのは、マントを途中で挟んでいるおかげだった。

 

「――――っ!」

 

 叫んだつもりだが、声にはならなかったと思う。

 野球選手になった気分で俺は全力で遠くまでヘルメットごとコロナタイトを投げ捨て、手に巻いてあるマントの中の――神器のスイッチを押す。

 

 時間停止。よし、後は限界まで逃げるだけだと振り返ってみたら、俺の視界は地面を見ていた。草や土の茶色が目に映る。

 

 あれっ、なんで? どうして地面がここに?

 ……ああ――つまりそういうことなのか。

 

 当たり前の話だった。

 限界なんてとっくに越えていた。

 走り始めた時点で俺の限界は越えていて、今までそれを騙してなんとか動いていただけだ。その代償はすぐにでも払わなくてはいけない。

 

 急激に意識を失いかけるが、俺は這ってその湖から少しでも離れようとする。

 これぽっちの距離を進むごとに一時間以上かかったみたいな感覚。俺の体内時計は完全に壊れてしまっている。

 他から見たら亀のような遅さだろう。惨めにもほどがあるだろう。

 俺はそれを自覚しながらもなんとかして生きようと這いずって進む。

 

 聴覚を失い、体の制御もろくにできない。そんな体で俺は帰ろうと。自分たちが買った家に帰ろうと進む。居心地の良い家だ。本当に良い場所を買った。あそこで休みたい。客間のソファーに座ってめぐみんやゆんゆんと馬鹿みたいな話をして、笑いたい。楽しいな。楽しかったな。なんて――楽しい時間だったのだろう。

 

 また――視界が変わる。

 ぐるんぐるんと視界が回転する。縦に横に回転する。

 

 洗濯機の中に閉じ込められて回されているみたいだ。海流に呑み込まれたかのように俺は存在する場所を見失う。

 こんな時だというのに俺の中で冷静な部分が、多分時間停止が解けて、コロナタイトが爆発した爆風で飛ばされているのだろうと俺は思った。爆発慣れした俺だからこそわかることである。

 

 木にぶつかって、ようやく俺は止まった。後頭部に木が接触していて、木によりかかってるみたいな体勢になっているらしい。

 最早ろくに体の感覚はしないが、視界に入ってある限りでは、どうやら体が欠けているということはないようだ。

 

 運が良い。もしかしたらこんな俺にもう一度アクア様が微笑んでくれのかもしれない。

 

 雨が降っている。

 いや、爆発した際に吹き飛んだ湖の水だろうか。

 大規模な爆発を肩代わりしてくれた湖の水は、上空へと打ち上げられ、俺の頭に降ってきて、顔を流れ、口の中に入ってくる。

 

 少しだけ、ほんの少しだけ、回復する。

 だから俺はこう言った。

 

「……やったな、俺」

 

 言った直後に違和感があった。

 言葉が間違っている。これはどう考えてもおかしい。まるで俺だけがやったみたいではないか。

 正確にはこうだ。

 

「……やったな。俺達」

 

 これが正しい。

 機動要塞デストロイヤーの相手なんて俺にできるわけもなく、ただ踏みつぶされるだけだった。それが今こうして退治できたのは、皆のお陰だった。

 

 彼らがいてようやく勝てた戦いだった。 

 

 ゆんゆんがいなければ勝てなかった。一つの足を潰して誰よりも早く制御室を見つけ、俺の道を作ってくれた。いつも本当に頼りにしてる。

 ダクネスがいなければ勝てなかった。俺の作戦を素直に信じて、自分の家柄までかけてあれだけの演説をしてくれる貴族なんてお前しかない。

 ウィズさんがいなければ勝てなかった。結界と一つの足を潰すなんて流石はリッチー。嫌だと言っても無料で提供したポーション代押し付けてやる。

 ミツルギキョウヤがいなければ勝てなかった。俺があれだけ必死にやった足を簡単に二本破壊するなんて凄い。悔しいが自信を持っているだけのことはある。

 皆がいなければ勝てなかった。冒険者ギルドの職員や冒険者がいなければこれだけの作戦を実行することはできなかった。深く感謝を。

 遥か昔の犠牲者がいなければ勝てなかった。結局のところ、こんなに詳細な記録をしてくれた彼らの執念の勝ちだ。昔、確かに彼らは負けたが、今この時彼らは勝者になった。

 めぐみんがいなければ勝てなかった。彼女の功績など語るまでもない。ただきっと最後まで俺が捨てられなかったのは、走り続けることができたのはあの魔法使いのおかげだ。

 

 眠たくなる。

 この世界に来た夜の時みたいだ。猛烈な眠気に勝てなくてあの時は寝てしまった。

 風呂に入ったりとやることがあるのに、その眠気に負けてしまった。

 

「……寝ても、いいよな」

 

 しかし、今はもう憂うことはなにもない。俺が寝ても責める人もいないし、俺も責めることはない。あの夜のように瞼を閉じて、意識を遮断させよう。

 

 次に目を開ける時はどんな光景が待っているだろう。できれば笑顔がいい。めぐみんやゆんゆんの笑顔でも見れれば最高だ。人を不幸にすることしかできないクズな俺にも誰かの笑顔を見て喜べる気持ちは残っている。

 ……そうだな。夜の食事の予定も立てなければならない。あいつに文句を言われないような最高の食事にしないと。次に起きたらやることは山積みだ。

 

 そのことを楽しみにしながら俺は意識を闇に落としていく。

 

 最後に。

 ただ一人のことを思い浮かべて。

 

 ――勝ったよめぐみん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一章デストロイヤー編終了
一章はキャラ紹介みたいなもので、二章からは本番を解禁してキャラの関係にも変化が加わります
ただ二章のためにプロットの見直しと書き溜めをさせてほしく、次の更新まで少々時間を貰うことになります。申し訳ありません
お気に入り、感想、評価、読んで下さる皆様に感謝の言葉を

では二章でお会いしましょう


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「二章」二十三話

 

 

 机に向かって黙々とペン先を乾いた布で拭く。

 先ほどまで水に濡らしていたペン先が錆びないように、拭き残しがなくなるまでしっかりだ。既に年代物なペンだが、手入れさえ欠かさなければまだ何年も使えるだろう。

 

 これでペンの手入れは終わった。

 

 次は財布である。

 茶色の皮の財布。めぐみんからはおっさん臭いですよ、などと言われたが、俺は味があると思う。こういう財布が似合う男は格好いい。前の持ち主。大商人は、これが似合う男だったのだろうか?

 

「服を見た限りでは、少なくとも太ってはなさそうだけどな」

 

 薄く満遍なく、クリームを塗っていく。あまりにベタベタつけると逆に痛みを早めるので、あくまで薄く伸ばしていく。

 財布の手入れをしている俺は、もう体の調子はどこも悪くなかった。

 

 機動要塞デストロイヤー。アクセルの街に突如降ってわいた災害は、もう九日前のことになる。

 

 デストロイヤー討伐後。たった九日間だが、様々なことがあった。

 キョウヤはデストロイヤー退治の二日後には、王都にデュラハンが出たとかで急いで王都に行った。実力のある有名人は忙しい。

 

 ウィズさんは金が大量に入って、どういう用途に使うか不明なものを買い込んでいた。……一度、なんでそんなに使い道のない道具を買い込むのか聞いてみよう。

 

 めぐみんは特に変わらずで、ゆんゆんは俺の看病をしてくれていたが、ある程度治るとなにやらウィズさんに頼んでモンスター退治をしているみたいである。

 そのため、ゆんゆんは手伝ってもらっている代価として使い道がないような魔法道具を購入して持ち帰ってくる。ゆんゆんの部屋にいらない魔法道具が増えていく。

 

 ダクネスはもうなんといっていいか、とにかく大変である。

 

 デストロイヤーの様々な処理。家名の評判は益々うなぎ登りだし、ダクネスは見合いやらパーティーやらにひっきりなしに呼ばれるらしい。それにアクセルの街では、デストロイヤー退治の日をララティーナ記念日にする動きがあって、それを妨害していたりと忙しない。

 ちなみにララティーナ記念日には蜘蛛型の木製人形を作り、それを燃やしながら囲んだ人達がララティーナと拳を突き上げ叫ぶ日になる予定らしい。……いつかアクセルの街にララティーナ像でも作られそうだな。

 

 機動要塞デストロイヤー。

 俺の同郷の人間が作った兵器は、ダスティネス家と冒険者ギルドの上層部が話し合った結果、中にあった研究資料などは全部焼却となった。デストロイヤーの中にあった精密機械なども全部潰して、外見だけが残っている鉄くずとなった。

 これでもうこの世界でデストロイヤーの猛威が振るわれることはないだろう。

 近々デストロイヤーを邪魔にならないように正門前から退けて、観光資源にしようという案が持ち上がっているのだから……もう本当にこの世界の住人は逞しい。

 

 俺はというと、気絶した後、起きてみたらボキボキに左足が折れていた。最後の方は殆ど体の感覚がなかったから、コロナタイト石を投げた時に踏ん張りすぎたせいのようだ。コロナタイトを投げてすぐ倒れたのも生命力が尽きていたのもあるが、怪我の影響もあったのだろう。

 感覚がなければ、体の調整が利かないのは恐ろしい。まあそのおかげで俺が爆発に巻き込まれない距離の遠投ができたのだから良しとすべきか。

 

 ただその怪我自体は回復魔法ですぐ治ったのだが、生命力が尽き果てているのは不味かった。

 死ぬ一歩手前なぐらいの衰弱っぷりで、何日かの休養を余儀なくされ、ようやくモンスター相手にしても大丈夫なほどの完全回復を果たしたというわけだ。

 

 しかし、本当に命の危機だった。

 

「……今回は危なかった。真面目に、危なかった。こんなことに出会うなんて異世界は恐ろしいな。……まあでも、こんなこと宝くじに当たるぐらいの確率か。ははは、滅多にあるものじゃない」

 

 どんな危機だろうと終わってしまえば大したことではないと笑い飛ばせる。

 

 もうこんなことはないだろうと高を括った俺は、財布の手入れをすませた。

 今俺が手入れをしている年季が入った道具は俺が買ったものではない。貰ったものだ。――それもダクネスに。

 

 机の引き出しを開けると、同じくダクネスから譲られたホイッスルみたいな形をした笛がある。

 ただの笛にしか見えないこれは、音も出ない。けれど前々から俺が欲しがっていたものだ。

 

「まさかこんなに早く手に入ってしまうなんてな。長期戦どころか諦めることも想定してたのに。日頃の行いは、むしろ悪いはずなんだけどな」

 

 なんの変哲もないその笛は神器である。

 名をヒュプノスの笛。催眠術のような効果を持つチート。前々からできれば欲しいなと思っていた神器だ。

 

 この前忙しい中来てくれたダクネスに、良い機会だからと、あの大商人は俺と同郷の人間みたいで、遺品を少し見てみたいなと軽く言ったら、なんと貰ってしまった。

 なんでも元々大商人から、欲しがる者がいて、ダスティネス家の人間が信頼した相手になら譲ってあげてくれという遺言があったらしい。

 

「信頼って……俺から一番遠い言葉だろうに」

 

 お前ならば、とダクネスから貰った信頼はひどく重たく感じた。

 かつてこの世界に来たチート持ちである彼は、なにを思ったか知らないが、実際に功績を残した。この力を使って世界を豊かにした。その足跡だけは残っている。

 彼が何を考えていたのか、その胸の裡はわからない。

 

「一回だけでも話してみたかったかな……」

 

 できないことを言う。まあそれならこの神器は手に入らないのだが、それでも構わないぐらいには夢のようなことだ。

 

 遺品は当然この神器だけではなく、ペンや財布や本、そして服などもある。

 本は本棚に。ペンと財布は俺が大事に使わせてもらうとして、服は流石にサイズが違うから着れないので、時折陰干しをして長く保存するつもりだ。俺が生きている内は続けようと思っている。

 

 神器の方も使い方は大体わかった。

 完ぺきとはいえないが、ある程度の制約と効果は把握できた。

 ここ何日か例の宿屋のおじさんの下に足しげく通い、試したのだ。この力は人間相手でないと効果を発揮しないからな。

 

「そういや俺。時間停止の神器もあのおじさんが最初に試した人間だよな」

 

 実験した日は宿屋の高い料理を頼んでいたが、これからも機を見ては食べに行こうと心に決める。

 実験してみた結果としては、キョウヤが言ってたように随分スペックは落ちていた。本人またはその人に連なる血を持つ者にしか本領を発揮しないというのは事実だった。……とはいえ、まったく使えないということもない。

 

 その神器を駆使するのとデストロイヤー戦での報酬の幾らかを使うことにより――ある薬を手に入れることができたのだから。

 

「もう時間か」

 

 まだ昼前だが、情報屋から連絡が来たので近くの町まで行かなくてはならない。

 

 もしかして遺跡が見つかったのだろうか。

 

 それなら成功報酬を渡さないといけないが――長年世界中を荒らしまくっていたデストロイヤーの賞金は膨大で、作戦に参加した冒険者全員に分けられても一人当たり千六百万エリスとなった。職員もボーナスが出たみたいで、ほくほく顔である。

 めぐみんが気にしていたマナタイト石のお金も貰うどころか二百万エリスの上乗せをしてもらった。俺としては全員が全員頑張ったのだから俺達だけ贔屓してもらうのは違うと思うのだが、貰えるものは貰っておきましょうというめぐみんに押し切られた。

 実際めぐみんとゆんゆんはデストロイヤー戦では欠かせない役どころだったしな。見舞いに来たウィズさんに頼んで王都から五百万エリスのマナタイト石は取り寄せてもらっている。もうお金は払っているので、明後日ぐらいに着くらしいから、暇な時にでも取りに行こう。

 とにかく遺跡が見つかってたとしても、成功報酬を渡せる充分な額があるのは確かである。

 

「夜にはパーティーもあるし早めに帰ってこないと」

 

 今日は忙しくなりそうだ。

 なんと俺の全快祝いに冒険者がちょっとしたパーティーを開いてくれるらしい。

 

 仲間と知り合いの何人かによる大きなものではないが、滅茶苦茶嬉しい。

 といっても、機動要塞デストロイヤーの報酬を冒険者が貰った後のアクセルの街は、そこら中の酒場で宴会だらけになっているらしいし、今回のパーティーも騒ぎ足りなくて俺の快復にかこつけたものなんだろうが、それでも嬉しいものは嬉しいのだ。

 

 充分な金額を財布の中に入れ、マントを羽織る。いつもの時計を左側。新しく加わった笛を右側のマントの内ポケットの中にいれる。神器を二つも持っているだなんて反則だなと思う。

 

 剣は当然いらないので持って行く必要はないが、腰元がすかすかなのは落ち着かない。

 コロナタイトの時に剣は溶けた挙句折れたからな。拾ってきてもらった剣の残骸は俺の手元にあるが、ほぼ柄しかない剣を差して歩くわけにはいかない。

 

「明日にでも買いにいくか」

 

 そう決めて俺は自分の部屋から出る。

 最近ゆんゆんはウィズさんと一緒にどこかに行くとかで家にいないことが多いが、今日はめぐみんも昼過ぎから街に出るらしい。

 戸締りはしっかりしてくれよとめぐみんに声をかけてから、俺は情報屋が待つ近くの街に急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方である。

 ほくほく顔で俺はパーティーをすると言われていた場所に足を運んでいた。

 前回のは痒くなったので、違う髪染めを使って茶髪にしていたから頭も痒くなく元気一杯である。

 ……あの人は本当に優秀だ。

 持っていたお金は成功報酬として惜しげもなく払わさせてもらった。

 

 俺はウキウキとした気分で約束していた店の扉を開ける。

 酒というものはとにかく人のテンションを上げる。その酒を盛大に振る舞われているだけあって、中の賑わいは凄い。喧騒に殴られたような感覚がする。

 その喧騒を作っている一角。見覚えのある面子の一人が立ち上がって手を振る。

 

「おう。ユウスケ。こっちだこっち! 皆今日の主役のお出ましだ」

「時間にちょっと遅れたかな。悪い」

「そんなことないぜ。時間は……約束五分前だな。俺達は先に用事があって集まってたからよ。用事が早く済んだおかげで時間より早目にこっちに来てやっているってわけ」

 

 テイラーリーダーのいつもの四人パーティー。

 アーチャーであるキースがこっちに来いよと手招きしてくれている。

 

「さあさあ。今日の主役は早く座ってよ。ここの料理美味しいんだからね」

 

 ポニーテールの赤毛魔法使いであるリーンに腕を取られて、俺は空いている席に連れられる。

 

「……なあ、リーン」

「なに。このカエルの唐揚げなんて絶品なんだよ。フカヒレスープなんてすごい奮発でしょ」

 

 俺は空いている席を指を差して嫌な顔をする。

 

「主役の俺をここに座らせる気なのか?」

「んー……」

 

 腕を持ったまま目線を逸らす。

 

「がぶがぶ。何が気にいらないのですか。私の隣の席ですよ。いつからユウスケは私の隣でも満足できないほど贅沢になりましたか。あむあむ」

「食べながら喋るのは行儀悪いぞ」

 

 唐揚げを鷲掴みで食べていためぐみんは注意されると、黙って唐揚げを食べるのに熱中する。……普通食べるのを止めるところでは?

 

 めぐみんは空いている席の右隣。そしてゆんゆんはそんなめぐみんの右隣に座っている。ゆんゆんは今日も朝からモンスター退治をしていたらしくなにやら疲れている様子だった。

 

「お前の隣は良いけどさ。反対側がこれだし、正面があれじゃないか」

 

 めぐみんの隣なのは不服を言うわけがない。

 だが、それ以外の面子の様子があまりにもあれすぎるのである。

 

「なにおー。私の隣が不服と言うのキミ!」

「あああ!? お前こっちが祝ってやるって言っているのにその態度はなんだ!」

「……だって、二人とも泥酔間近ぐらい酔ってるじゃん」

 

 隣にいるクリスと正面にいるダストは完全に出来上がっていた。

 顔は真っ赤で、目はとろんとしており、頭が小刻みに揺れている。酔っ払いの兆候がありありと見える。これでは前門の虎後門の狼だ。挟み撃ちにされて食われてしまう。

 

「じゃあ、ユウスケも楽しんでね! 私もあっちで楽しんでくるから」

「え? 俺主役だよね! 今日の主役に一番大変な席に座らせる気かよ!」

 

 必死の叫びに頑張ってねと軽い返事をしたリーンは、少し離れた自分の席に戻っていく。緑のマントから出ている狸のような尻尾がふりふりと振っていた。

 

 俺のお祝いだよな……。

 なんでお祝いに酔っ払い二人の相手をしなければならないのかと思うも、渋々俺はその空いている席に座る。

 

 右の席を座っているめぐみんは、ジュースを飲みながら食事のお手が止まっているゆんゆんに声をかける。

 

「ゆんゆんはお金払うのですから元取るぐらい食べないと損ですよ。最近ウィズさんと出かけてますけどなにをしているのですか」

「疲れていてあまりお腹に入らないのよ。ウィズさんには……テレポートで迷宮に連れていってもらってモンスター退治を手伝ってもらっているわ。覚えたいスキルがあるの」

「迷宮!? そこは強いモンスターが出てくるのですか!」

「紅魔の里周辺並みのモンスターばかりよ。そんなのがわんさか湧いているんだから。魔法耐性が高くて大変で……って先に言っておくけど絶対連れていかないからね!」

「ゆんゆんのケチ」

「めぐみんの爆裂魔法なんか撃ったら迷宮が崩壊するでしょ!」

「わかってます。それはわかっていますが、迷宮はロマンですからね。ドキドキハラハラが詰まった夢物語。……うう、爆裂魔法を取ったことに欠片も後悔していませんが、羨ましい気持ちはあります」

 

 新スキルか。

 ゆんゆんがモンスター退治に出かけていくのはそのためなのか。ただでさえ万能なのに更に使えるスキル増やす気なのかよ。

 俺はこれ以上覚えたいスキルは特にないんだよな。しいて言えば反撃ともう一つのスキルぐらいか。予想外にフローズンソードは使えるし、接近と共にスキルポイントを注ぐのもありだな。

 俺は今後の自分の戦闘方法を考えながらも腹が減っているのは確かだし、スプーンを持ってスープを飲もうとする。

 

「聞いて。キミ聞いてよ!」

 

 そこに酒飲みから横やりを入れられる。

 嫌な顔をしないように気を付けながらも、俺はスプーンを下して尋ねる。

 

「……少し食べてからでいい?」

「ありがと。聞いてくれるんだね。優しい好きになっちゃう! もー驚いたよ。あたしの驚きわかってくれるかな!」

「全然俺の話聞いてないんだな……」

 

 酔っぱらいという存在は無敵だ。

 その酔っ払いに捕まった俺は観念してこの身を投げ出すしかない。

 

「機動要塞デストロイヤー。あのデストロイヤーが襲撃だよ。あたしが話を聞いたときは驚いたよ。思わず倒れそうになったね。なんといっても今まで倒したことがない兵器。まるでチートなんだから」

 

 そこまで言って彼女は酒をまた腹の中に収める。

 チート? その単語は転生者へのアクア様からの贈り物のことを思い出させるが、まあ酒飲みの話をまともに聞かなくていいだろう。

 

「ごくごく。……んっぷ。でもデストロイヤーだろうが、この街が壊されるなんてダクネスが黙っているわけなかったよね」

「それはまあ。あいつは一人でも突貫していただろう」

 

 彼女は誰よりも街を愛している。

 誰もが逃げてもあの貴族だけはデストロイヤーに立ちはだかっただろう。

 

「そうならなくてほんとーに良かったよ。何やらあのダクネスが作戦立てて大活躍したんだよね。今日も祝いのパーティーに来られないぐらいそのことで忙しいらしいし。街の皆も英雄ララティーナとか呼んじゃっているし」

「あいつは恥ずかしがるけどさ、呼ばれてもおかしくないほどの活躍はしていたよ。皆を纏めてデストロイヤーに立ち向かった姿は、まさにお話の英雄って感じだった」

「……うんうん。あの友達のいなかった子がね……。奥手で友達できなかったあの子が皆を纏めて、か。立派になっちゃったな」

 

 クリスは感慨深そうに何度も頷いていた。

 またあの視線だ。彼女は時折母親のような視線でダクネスのことを見ている。

 しかし、そんな母性のような表情を見せていたのは一瞬だ。

 ドン! と険しい顔でコップをテーブルに叩きつける。

 

「そんな大事な時に、あたしはまさかのいないっていうね! 親友の一大事に忙しくしていたお馬鹿さんだよ!」

「……あー、確かにいなかったな」

「ユウスケ忘れてた!? もしかしてあたしがいないの忘れてたの!?」

「そ、そそそんなことないよ! 覚えてた! 頼りになるクリスがいないのは心細かったとも!」

 

 だって、あの時は俺も切羽詰まりすぎていたんだもの。

 クリスのことを思い出す暇さえなかったというか、最後意識を失う前もクリスのことは一切名前出していなかったな。

 それが理由で荒れているらしいクリスは、グイーと酒を飲みほす。

 

「しょうがないじゃん! あたしもアクセルの街を離れたくなかったよ! でも頼んで仕事を代わってもらうのも限界があるし、春頃はただでさえ肌荒れするぐらい忙しいんだから! 春に焦ってモンスター退治する冒険者は……気の毒だから何も言わないけど、そんな時に来るデストロイヤーがわるいよ!」

「今回の事件は誰も予想つかないことだし、クリスのせいじゃないよ。デストロイヤーが悪い」

「わかっているねユウスケ! その通りだよデストロイヤーがわるい!」

 

 言っている意味はさっぱりわからないが、酔っ払いの返答なんて相槌を打っておけばいい。この世界に来てから一番身に着いたのは酔っ払いの対応かもしれない。冒険者はよく酒飲むからな。

 

「でも、そんなこと言うユウスケも活躍したって聞いたよ」

 

 ヒートアップしていたクリスは急に落ち着いて喋りだす。この脈絡のなさが酔っている人の言動である。

 

「え、誰から?」

「ゆんゆんから。私の仲間が凄いんだって。四十分ぐらい聞かされたよ」

 

 じろりとそちらの方を見ると、めぐみんと喋っていてこちらを向いているゆんゆんの視線が、明後日の方向にすーと動いた。

 いやいや、四十分って。長時間すぎるだろう。えっ、そんなにも話すことある?

 

「俺の活躍なんて些細なことだよ。ダクネスとめぐみんがMVPで、その次にウィズさんとゆんゆん。そこら辺の遥か後方かな」

 

 クリスは俺の肩を拳で軽くポンポンと叩く。

 

「またまたー。謙遜? 冒険者はね。――自分のしたことに誇りを持つのものですよ。ユウスケさんは頑張ったのですから、それは胸を張って誇っていいのですよ。……うん! あたしは頑張った! と言っても罰は当たらないんじゃない」

「途中口調が変になっているぞ。そろそろ酒もやめといた方がいいんじゃないか」

 

 凄いことをしたという風には思えない。

 俺のやったことはよくいっても詐欺師みたいなものだからな。確率の低い作戦を口で実行させるようにして、後コロナタイトを運んだのはその尻ぬぐいみたいなものだ。

 決して褒められるようなことはしていない。

 

「コロナタイトを運ぶだなんて今思っても正気の沙汰じゃないしな。上手くいったものの一歩間違えればどうなっていたやら……」

「――まったく馬鹿みたいなことしやがって」

 

 悪態を吐いたのは、ずっと酒を飲み続けていたダストである。

 コップを置いて俺を睨み付ける。

 チンピラのような風貌をしているダストは、チンピラのように俺に因縁をつけてくる。

 

「馬鹿間抜けだよな。コロナタイトを持って走るとか。アホのような発想だ。知力ゼロじゃねえのか」

「……俺も良い案だと思ってはいないが、あの時はそうする他なかったんだよ」

「そうする他なかっただって。はっ、それしか思いつくような頭がなかったの間違いだろうが」

 

 ペッと唾を吐く真似をするダストに俺は睨み返す。

 カッとなる。本気で怒ったわけではないが、イラッと来てしまったのは自然だろう。

 

「いくらなんでも言い過ぎだろう。酒の席だって程度はあるぞ」

「こわーい。もしかしたら僕チンもコロナタイトみたいに運ばれてしまうのかなー」

「お前の頭はコロナタイトより小さいだろうから。運ぶの楽だろうな。――なんといっても脳みそが少ない」

「あっ!? なんて言ったてめえ!」

「馬鹿という方が馬鹿って言ったんだ!」

 

 どちらも椅子から立ち上って睨みつける。

 酒の席だというのに俺達は一触即発だった。

 そんな中、クリスは隣で眠りかけている。ダストの仲間のテイラー達はいつものことかと気にせず酒を飲んでいる。刃物さえ持ちださなければじゃれ合いみたいなものだといった素振りだ。

 

「まあまあ。ユウスケのお祝いに喧嘩することもないですよ。落ち着いてください。……というか、ダストも一体どうしたのですか。私のユウスケにそこまで突っかかって」

 

 めぐみんがすかさず仲裁に入る。ゆんゆんは突然の事態に驚いて固まっている。

 

 ガラは悪いが、決して悪いやつ……いや悪いやつではある。

 俺に負けず劣らずのクズがダストだ。この街のクズのツートップ、領主も入れればスリートップの一人である彼だが、そんなクズだとしても今日のダストはおかしい。

 

 ダストは睨んだ顔を下げる。

 

「だってよ。……だってよ!」

 

 体を震わせながら絞り出す声は、涙が滲んでいるように感じられた。

 

「俺はあの貴族のせいで危険なことになるわ! それで塞ぎこんでいたらデストロイヤー戦に参加できないわ! 皆が自分の功績を褒めたたえているのに俺だけ仲間外れだぞ! 金もないしパーティーに参加できないし。あれっ、お前なにしてたっけ? 逃げたの? ダストらしいなとか言われてたんだぞ! 他のなんにでも逃げる俺だが、このアクセルの街、あの店の危機に逃げるかっていうの!」

「誠に! 誠に! 申し訳ありませんでしたあああああああああああああ!」

 

 俺はテーブルに平伏して謝罪する。

 デストロイヤー戦に参加しなかった冒険者は隣にいるクリスだけではなかった。正面にいるダストも参加できなかったのだ。

 

「俺の気持ちがわかるか! ララティーナ凄いララティーナ凄い。お前なにしてたの? と言われる俺の気持ちがよぉ!」

「マジですまん! この通りだ。あれに関しては俺が悪い。今日のお前の代金は俺が奢るから!」

 

 心を込めて謝罪するしかなかった。

 彼がデストロイヤー戦に参加できなかった理由は、かなりの部分で俺が関係しているのだ。

 

 クイクイっとめぐみんに袖を引っ張られる。

 

「……何が二人の間にあったんですか。物凄く気になるのですが」

「それはちょっと俺の口からは言えない……」

 

 言えるはずもない。

 

 あの事件。ある意味デストロイヤー襲撃よりも闇が深いあの事件のことを、俺とダストとリーン以外に知られるわけにはいかない。

 

 貴族の女性ダストへのラブレター事件。

 デストロイヤー戦の前にリーンと貴族が話しているのに興味を持ってしまったのがいけなかった。

 リーンが持っていた手紙が悪夢の始まり。勘違いした俺はダスト宛という貴族からの手紙をいち早くダストの下に届けてしまった。

 貴族の女性からの手紙ということで盛り上がった俺達二人は、文面の通りワイルドな格好をダストにさせて、その貴族がいるという宿屋の二階に送り出した。

 

 貴族の女性が恥ずかしがって、兄か弟がその手紙を持ってきたと俺は勝手に思っていた。――まさかその貴族の男が手紙を出した張本人だなんて……。

 

 薔薇を口に咥えて、胸元を開けっぱなしのワイルドスタイルのダストは貴族の男からすれば最高の獲物だった。ポトリと薔薇は落ちたのだ。

 

 こればっかりは早合点した俺が百パーセント悪く、平謝りするしかなった。

 

「当たり前だ! 春になったばかりだし全然金持ってないんだからな!」

 

 それは飲むわ。むしろ俺のお金で浴びるほど酒を飲んでくれ。

 あんなに強烈な事件だったというのに、デストロイヤー戦があったせいで完全に忘れていた。

 

「今度、いや明日でも何か埋め合わせをするから!」

「モンスター退治でも手伝ってくれるのか? そんなはした金で俺が満足するとでも? リーン達は私達お金持ちだから二度目の冬眠に入るーとか言いやがってよ! 冒険者なのに冒険にも行かねえ! くそう俺も冬みたいにダラダラゴロゴロしててえ!」

「一攫千金か。うーん……」

 

 病み上がりの体だ。機動要塞デストロイヤーを倒したばかりだというのに、命の危機があるようなモンスター退治には行きたくないんだよな。

 そもそも命の危機に出くわすとか真っ平ごめんだ。俺は本来臆病で、ある程度の安全は確保しておきたい。例外的行動であって、コロナタイト運ぶなんていうのは元々するわけがない蛮勇である。

 

 俺は頭を悩ませる。

 思い浮かぶのは先ほど情報屋と話していた遺跡、そしてゆんゆんの口から出てきたウィズさんと行っているという迷宮だ。

 そういえば、あんな噂あったな。

 

「キールのダンジョンって知っているよな」

「初心者向けのダンジョンだろ。この街の冒険者なら誰でも知っている」

「そうだ。リッチーがかつて作ったというダンジョン。あのダンジョンの噂なんだけど。リッチーのダンジョンにしては今まで出てきた宝の数が少ない。まだあのダンジョンには財宝が眠っているんじゃないかという噂だ」

 

 遥か昔にリッチーが王国を相手に戦ったという話。そのリッチーが作ったのが、キールのダンジョンと今は名づけられている初心者向けダンジョンである。

 色々情報収集している時に聞いた話で、嘘か本当かはわからないが、この近くで危険をおかさず一攫千金を狙える話はこれぐらいだろう。

 

 ダストも先ほどまでの恨み節も忘れて、真剣に検討する。

 

「ふーん。あそこならここから近いし、無駄足になってもそこまで苦じゃないな。お前の勘は大したものだし、案外あっさりみつけてしまうということもありえるか。……そのダンジョンには俺とお前で行くのか? さっき言ったけどリーン達は頼りにならないぞ」

「ダンジョンだし、盗賊が必要だろう。丁度盗賊は隣にいるしな。なぁ、クリス。こんなところで寝るなよ。キールのダンジョンに明日ついてきてくれるか?」

「ふにゃ……うん。うん行くから。……行くので先輩はそんなに袖引っ張らないでください……。服やぶけます……」

 

 眠っているクリスを揺すりながら尋ねると、寝言が返ってくる。

 今日はもうダメそうだな。仕方がないし俺達の家にまでおんぶで運ぶしかないか。クリスも酒に弱いわけではないのだが、そこまで強くもないんだよな。

 テイラーパーティーは全滅なので、俺は自分の仲間に質問する。

 

「ゆんゆんは明日どう? 空いている?」

「ごめんなさい。私、明日からウィズさんと遠出の約束をしていて。自分から頼み込んだものだから流石に破るわけにもいかないんです。三日後には帰ってくると思うのですが……」

「いや、こっちからの突然のお願いだから気にしないでくれ。めぐみんはどうだ?」

「えっ!? 私ですか!?」

 

 絶対にお呼びの声がかからないと思っていたのか、ひどく驚いた様子である。

 正気を疑うかのようにめぐみんは疑問の声を飛ばす。

 

「私ですよ……。爆裂魔法しか使えない私ですよ? 向こうまでの荷物持ちぐらいなら可能ですが、自分でいうのもなんですけどダンジョンで役立ちません。なにを思って私に来いというのですか」

「そうですよ! 洞窟内のめぐみんなんてむしろ邪魔です。いつ爆裂魔法使うかわからない危険物ですよ!」

「……最近私の恐ろしさをゆんゆんは忘れているみたいですね。前にも言ったと思いますが、真実だろうが言ってはいけないこともあるのですよ」

「うっ、ごめんなさい」

 

 一睨みしためぐみんに素直にゆんゆんは謝罪する。

 確かに彼女が持っているスキルは一つだけだが、彼女が役立つのはそのスキルだけというわけではない。

 

「もしものために爆裂魔法は事前に撃ってもらって使えなくすればいいし……真実かはわからないがダンジョンを作ったのがリッチーだからな。めぐみんは優秀な魔法使いだし、リッチーの考えもわかるかもしれないだろう? もし本当に財宝があるなら、お前がいたら何かしら良い着眼点をくれるかもしれない」

「ま、まあ、確かに私ほどの魔法使いなら同じく深淵を覗いただろうリッチーのことをわかるかもしれませんね。そこまでいうなら優秀な、優秀な魔法使いであるこの私めぐみんが参加しようじゃないか!」

 

 ちょろい。

 めぐみんちょろいぜ。

 実際俺が説明した理由がめぐみんがダンジョンに来てほしい目的でもあるが、その奥には更にもう一つの目的を隠してある。

 布石だ。二人への布石である。

 

「話は纏まったようだな。クリスはどうなるかわからないが、お前らは来てくれるってことでいいんだよな。日時はお前が言ってたように明日でいいか? よっしゃー。稼ぐぜ!」

「――ああ。……いやちょっと待ってくれ」

 

 ダンジョンに入ることにあたって大事なものを持っていないことに気付いた。

 ダンジョンはアンデッドやスケルトンが多いので聖水を買うのは当然としても、今俺の腰元は軽かった。

 

「は? どうした?」

「実は今、剣を持ってなくてな。行く前に新しい剣を用意しないといけないんだ」

「ほほーう」

 

 なにやらおかしな声をめぐみんはあげる。

 顔を見るとニヤニヤとした笑みが浮かんでいる。気づけばダストと眠っているクリス以外はそんな感じだ。

 

「な、なんだよお前ら。普通に怖いんだが」

「いえ、別にー。剣がないとはお困りですね」

「まあ俺は剣士だからな。剣がない俺とかろくに戦うことができないだろう」

 

 ソードマスターのスキルは剣を主体としたものが多い。

 接近や一歩短縮や小デコイなんかはなくても使えるが、剣を持っている時でなければ使えない条件のスキルが殆どだ。

 

「では、ゆんゆん。手筈通りに」

「わかったよめぐみん! ユウスケさんごめんなさいね」

 

 パチンとめぐみんが指を鳴らすと、ゆんゆんは俺の背後に回る。

 そして後ろから両手で目隠しされる。

 説明もなしにいきなりだ。わけがわからず俺は尋ねる。

 

「なんだ? どうした? どういうつもりだよゆんゆん」

「しー、ですよ。ジッとしてください。めぐみん! ユウスケさんの耳も塞いだ方がいいの?」

「まあついでに塞いでおいてください」

「ええと、両手は塞がっているからどうしたら……そうだ! こうやればいいんだ。ユウスケさん。ちょっと不快かもしれませんが、我慢してくださいね」

 

 突然ゆんゆんはその豊かなおっぱいを後頭部に押し付けてくる。

 むにゅっという擬音語が聞こえてくる錯覚がするほどのたわわなものが頭に当たっている。

 

 なにこれ!? どういうサービス!?

 

 ギュッギュッと巨乳が押しつぶされるぐらい強く当てるものだから、俺の顔の前で腕を回して、腕で目を手で耳を塞いでいるのなんてまったく気にならない。

 不快どころか最高のサービスである。

 状況が把握できず固まっていると、めぐみんの声がする。ゆんゆんは耳を塞いでいるつもりだろうが、手で覆い隠す程度ではどうしたって声が聞こえなくなるまではいかない。

 

「ゆんゆん。私達より先に何故にエロい贈り物をしているのですか」

「し、してないよ!」

 

 腕が離される。

 後頭部の柔らかくも重量感がある感触も離れていくのは残念ではある。

 こうした理由を聞こうと俺はめぐみんの方を見ると、彼女はものを差し出していた。

 

「はい。これがあなたの新しい剣です」

 

 そこにあったのは大剣だ。

 彼女の小さな手の上にあるものは、一振りの大剣である。

 

「……新しい剣って、もしかしてこれプレゼントか」

 

 俺はひどく驚いて、おそるおそるその剣を受け取る。

 前のより少し重たいだろうか。手にずしりと来る感覚は頼もしさを感じる。

 俺の周囲には冒険者が集まっていて、その誰もが照れ臭そうに笑っていた。

 

「ユウスケはこの前のデストロイヤー戦で剣をダメにしてしまいましたからね。これを皆のカンパで注文して、今日できあがったんですよ。私とゆんゆんは皆より多めに出しましたし、存分に感謝してください」

「恩着せがましいよ! ……ユウスケさん。アダマンタイトも混ぜているらしいので、単純に硬いですし腐食なんかにも強いらしいですよ。いつも私達を守ってくれてありがとうございます。……ただあの時みたいな無茶はしないでくださいね」

 

 めぐみんとゆんゆん。

 俺の仲間である二人がにこやかな笑みでそう言ってくれる。

 

 キースはいつもよりも髪の毛で顔を隠すようにしながら、リーンはニコッと明るい笑みだった。

 

「俺もあの時にデストロイヤー内部にいたからな。あのまま爆発すれば死んでた。気持ち程度で悪いが出させてもらったぞ。ララティーナお嬢様も金出してくれてたぜ。そこのダストは出さなかったが」

「まあ私もそんなに出したわけではないよ。でも、デストロイヤー戦に参戦していないクリスも出したんだから私が出さないわけにはいかないよね。そこの金髪男は出してないけど」

 

 嬉しさで感極まることなんてあるのか。

 俺はというと少し泣きそうだった。しかし、こんな場所で大人の男が泣くわけにもいかないし、グッと堪える。

 俺は一人一人の顔を見渡した後、頭を深々と下げて感謝の言葉を述べる。

 

「ありがとう。――ダスト以外!」

 

「だから俺は金がないって言っているだろう!?」

 

 机を叩いて突っ込む金髪冒険者。

 冗談冗談とそんな彼を落ち着かせる。俺としてもこんなプレゼントを貰って恥ずかしくて照れ臭くなってしまったのだ。

 照れ隠しとしてダストを使ってしまった。

 

「……いや、本気で嬉しいよ。こんなに嬉しい贈り物を貰ったのは初めてかもしれない。皆ありがとうな」

 

 改めて感謝の言葉を口にしてしまう。

 それだけ嬉しかった。皆からの贈り物というのが特に嬉しい点だった。もちろん先ほどのゆんゆんのエロい贈り物も嬉しかったのだが。

 

「これでいつもみたいに私を守ってくれればそれでいいですよ」

「めぐみんめぐみん。そういう時は私達と言ってよね」

「頼りになる前衛がいるってのはアーチャーとかには楽だからな。また組んだ時にも楽させてくれよ」

「俺のみたいな魔剣とまではいかないが、精々その剣で頑張れ」

「……いや、ダスト。なに金出した側にちゃっかり回っているのよ。あんたはびた一文出してないでしょ」

「俺にも恩着せるようなこと言わせてくれよ!」

 

 ワイワイガヤガヤと皆がそれぞれ喋りだす。

 

 俺はというと少しテーブルから離れた壁際のところに移動する。

 誰も座っていないテーブルの椅子を持ってきて、そこに腰を落ち着ける。

 それは何故かというと、贈り物として貰った剣身の部分が見たいからだ。流石に食事をするテーブル近くでやるわけにはいかない。

 

 当然、鞘から全部抜き取るということはしないが、僅かに鞘から抜き出すと光沢が表れる。

 剣の良し悪しなんてまったくわからない。しかし、皆からの贈り物と考えると途轍もなく良いものとして見えてくる。

 

「気にいりましたか?」

「ん、めぐみんか。気にいらないわけがない。まさかこんなことをしてくれるとは想像もしていなかった」

 

 めぐみんも自分の席から離れて、こちらに来たようだ。

 俺の反応が気になったのだろうか。文句なしに嬉しいプレゼントだ。

 

「それなら良かったです。ゆんゆんがクリスに私達の活躍を話している最中に思いついたものですが、結構お金は集まりましたよ。コロナタイトの感謝の表れというのもあるのですが、単純に皆お金の余裕がありましたからね」

「切羽詰まっている人になにかやられてもこっちとしても辛いしな。結局俺は俺のためにやったことだけど、こんなことしてくれるならまたやってもいいな」

「この男。……ゆんゆんがどれだけ心配していたか。私もちょっとは心配しましたし」

「冗談だよ。俺としてもあんなのはこりごりだ。……改めて死にたくないんだなと思い知らされた」

「人なんて呆気なく死んで、余程の幸運と金を持っていないとそれで終わりなんですからね。多くても二度の人生。コロナタイトの爆破で死ぬというのは終わりに相応しい派手な死に方ですが……終わりにするのは早いですよ。まだまだ私達の活躍は続くのですから。そうしてくださいね」

 

 この世界は危険に溢れている。

 俺がいた世界では世界中を見渡せばそうでもないかもしれないが、日本では誰かに殺されるなんてのは極僅かだ。モンスターという危険性には、今後も俺は付き合っていくことになるが、できるだけその危険性は減らして生きたい。

 

 カチンと剣を鞘に完全に納める。帰ったら寝る前に素振りして、剣を手に馴染ませないといけないな。

 

「ユウスケ。なんだかあなた……」

 

 めぐみんは突然顔を近づける。

 そして、俺の臭いを犬のように嗅ぐ。

 

「くんくん……くんくん」

「なにしてんの……もしかして臭い? 風呂はちゃんと入っているはずなんだが。はずじゃないわ。ちゃんと入っている」

 

 突然の奇行に驚きながらも、俺も自分の腕の臭いを嗅ぐが、別に臭いわけではなかった。

 でも、自分の臭いはあまり気にならないものだからな。他人からしたら我慢できないものかもしれない。

 

 彼女は俺の顔から胸、そして股間付近まで顔を近づけて臭いを嗅いでいたらと思えば、俺の右胸辺りで顔を止めた。

 

「臭いというより魔力の流れですかね。元々ユウスケはそんなに魔力の流れを感じないのですが、今日はするような気がしまして」

「……へー、それは不思議だな。なんにしろ俺が臭いわけではなくて良かったよ」

 

 あれだ。多分あれに違いない。

 

 気づいた? 何故? どうして? 神器の存在に気付かれた? 右胸? 今まで気づかれなかったのに。気づかれてしまった。

 

 汗ばむ手。喉が渇く。切羽詰まった状況に俺の頭はフル回転する。

 悪戯っぽく笑いながら、俺は必死に取り繕った台詞を言う。

 

「もしかしたら俺にも隠れた才能があって、それが出てきたかもしれないな」

「瀕死になることでパワーアップ!? なんですかそれ! すごい王道展開じゃないですか! 目からビームとか放てませんか! 試してくださいよ!」

「興奮しすぎだ。……しかし、折角治ったと思っていたのに俺の体に異常あるのかな」

 

 俺は壁方面に体を回転させる。めぐみんから見えないようにしながら自分の体を確かめる振りをして――すかさずマントの右ポケットにある笛を左ポケットに移動させる。

 また回転させ、めぐみんの方に戻る。

 

「見て触ってみた限りでは異常はないんだけどな」

「そうはいっても、実際に魔力の流れが……すんすん。……はて? くんくんくんくん」

 

 めぐみんは俺の胸元。顔。股間。足とかなり顔を接近させて臭いを嗅ぐも、首を捻った。

 

「しませんね。あれー? 確かに不思議な魔力を感じたと思ったのですが、勘違いだったのでしょうか」

「……まあ勘違いならそれでよかったよ。安心した」

「面白くないです。角とか尻尾とか生えていたら格好いいのに」

「魔族じゃないか。退治される対象なんて嫌だぞ」

「はぁー、わかってないですね。魔族に生えていたらただのアクセサリー程度のものですが、人間にいきなり生え出したらとんでもない過去を持っている選ばれし者ですよ。伝説の香りがしますね」

 

 俺はめぐみんの妄言に苦笑する。

 

 内心は冷や汗ものである。

 神器自体が魔力を発するのか。家でだらだらとしている時に、俺の知り合いのキョウヤの剣から強い魔力がしますねと言ってたのを思い出す。

 それがあまり気になっていなかったのは、俺が今まで持っていた神器。クロノスの時計にはそんなことを言われたことがないからだ。だからあくまであの魔剣が特別だと思っていた。

 

 ――それがクロノスの時計の方が特別だったなんて。

 

 咄嗟にヒュプノスの笛をクロノスの時計の場所に一緒にしたが、それが幸をなしたらしい。推測にすぎないが、時計に魔力の流れを遮断させる効果でもあるのだろうか? 

 はっきりとわからないが、今後はヒュプノスの笛を持ち歩くなら時計とセットにして持ち運ばないといけないな。

 

 ………後、焦っていてスルーしてしまったが、めぐみんは俺の股間を嗅ぐのやめてほしい。

 他人からの見栄えが悪いし、臭うなんて言われたらショックだし、もし万一勃起してしまったら、あれだけ顔を近づけられてると、大きくなったあそこと彼女の顔をズボン越しに当ててしまう。

 

 危機から脱出した俺は安心して息を吐いた。

 

 めぐみんは座っている俺の顔に自分の顔を近づける。

 

「そういえば、忘れてないですよね」

 

 なにをと聞き返すことはない。

 デストロイヤーのことでクリスやダストのことは忘れていてもそのことは忘れていない。

 

「わかっているって。約束したもんな」

「覚えているなら構いません。色々とごたごたとしたものがありましたし、いつでもいいですよ。一か月後でも二か月後でも。セッティングができたら教えてください」

 

 あの日。

 デストロイヤーを討伐した日に彼女とした大事な約束である。

 

「もしかしたら、正装じゃないと入れない店にするかもしれないからそういう時はあらかじめ服借りないといけないな」

「そ、そこまでのお店にするつもりですか。ユウスケもかなり気合が入ってますね。まあ、嬉しいですが」

 

 貴族しか入れないような高級店でも、ダクネスにお願いしたら入れるかもしれない。

 めぐみんを夜のディナーに連れていく。そのためにできることはなんでもするつもりだ。かける意気込みが違う。めぐみんがぶったまげるような豪勢なものにしてやろう。

 

 そんなことを考えていると、めぐみんが俺の名前を呼んだ。

 

「――ねぇ。ユウスケ」

 

 俺の足にめぐみんは自分の小さな手を置く。そんなことでドキッとする。

 彼女は元々近くにいるのに、更に俺の顔に近づける。

 それこそキスしそうになるほど接近したかと思うと、少し顔をずらして俺の耳元に唇を持って行った。

 

 彼女の柔らかな頬が、俺の頬にあたっている。

 

「楽しみにしていますからね。――あなたとの大人のデート」

 

 脳がとろけるような声音でささやかれる。

 

 ゾクッとする。

 座っていなければすとんと腰を落としていたかもしれない。

 甘い雷が体中を駆け巡るような、危険で色香を漂わせた一言だった。

 

 その電撃に俺が痺れていると、なにもなかったようにしれっとした顔をしながら自分の席にへとめぐみんは戻っていく。

 

 神器の存在を勘づかれそうになった時よりも早くなった鼓動をなんとか俺は落ち着かせる。

 

 ……あいつ、たまに大人みたいな色気を出すよな。

 あんな幼い外見なのに。ゆんゆんと幼馴染だし年齢誤魔化しているってことはないはずなんだが。

 身長でも随分差がある女の子に、僅かなボディータッチと言葉だけであれだけ焦らされるとは……。

 

 年下に心を弄ばれた俺はというと、罰の悪そうに頭をかいてから、鞘を腰に差して俺も自分の席に戻るとする。

 

 アクセルの街も流石にデストロイヤー戦の熱気も冷めてきている。今後こんなパーティーなんて滅多にあることではない。酒飲みに邪魔されず俺も腹いっぱいにしよう。

 

 

 ――まさか俺は想像もしていなかった。

 俺が仕掛けたこととはいえ、今この店にいる女性と、数日後あんな関係になっているだなんて。

 本当に……知る由もない。

 

 

 

 

 

 

 



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二十四話

 

 

 

 パーティーなんて今後そんなにないと昨日は思っていたが、俺達は今、冒険者ギルドでパーティーをしていた。

 

「ひゃひゃひゃひゃ、笑いが止まらないとはこのことだな。一日でぼろ儲け! これだから冒険者は止められねえ!」

「これぞ盗賊の醍醐味だね! ダンジョンの宝物がガッポリ。くー、痺れるよ! お姉さん、追加でクリムゾンビール一つね」

「ふっふっふっ、ダンジョンとはロマンの宝庫! いっそダンジョンなんて滅びてしまえばいい、むしろ私が滅ぼしてやろうかと思っていたのですが、どうして捨てたものではありませんね。私もビール一つお願いします」

「はしゃぐ気持ちもわかるけど、ここは冒険者ギルドだからお前らはしゃぎすぎるなよ。ウェイトレスさん、クリムゾンビールは一つキャンセルで、シュワシュワにしてもらっていいですか」

「あー! ユウスケのいけず!」

 

 宴会である。

 パーティーである。

 ガッツリ高いものまで頼んで食っている。飲めや歌えやの騒ぎである。流石に冒険者ギルドの迷惑になるので歌ってはいないが。

 

 というのも――そこまで期待していなかったキールのダンジョンが大成功に終わったからだ。

 

 今回の最大の功労者であるクリスを俺は褒める。

 

「めぐみんも手掛かりを発見したけど、クリスはよくあれで隠し扉を発見したな」

「そうですね。私の活躍でそこら辺に隠し扉があるのではないかと推測はつけられましたが、あそこまでバシッと当てるとは思いませんでした」

 

 褒められたクリスは照れ臭そうに頬の傷跡を撫でる。

 

「いやー、まあ本職みたいなものだからね。ユウスケの勘も凄いと思うけど、あたしも負けてないでしょ」

 

 そして――俺は今回の最大の功労者であるクリスに引いた。

 

「……クリスはよくリッチーにいきなり殴りかかれたよな」

「……そうですね。まさかこの世界では最強クラスの存在であるリッチーに右ストレートをかませる存在がいるとは思いもしませんでした。正直ちょっとチビりかけましたよ」

 

 引かれたクリスは照れ臭そうに頬の傷跡を撫でる。

 

「いやー、まあ本職だからね。アンデッド系を見ると思わずこう拳がね。ガツンとね」

 

 照れることではないと突っ込みたくてたまらない。

 椅子に座っているリッチー相手にまさかの豪快な右ストレートをかましやがったのだ、この盗賊。

 

 伝説の存在にワンパン食らわせた伝説の盗賊クリス。

 

 温厚なリッチーだったから良かったものを普通に考えたら全員瞬殺されてもおかしくなかった。運が良かったとしかいいようがない。

 そもそもクリスの本職は盗賊であって、アンデッドを、それもリッチーを殴る職業では決してない。……あのリッチー相手にグーパンかました相手に怖くて突っ込めないけど。

 

 ……しかし、俺の勘も万全ではないんだな。

 リッチーがある程度近くにいても勘は働くことはなかった。敵意や殺意や実際に被害を受ける相手とかでないと勘は働かないんだろうか? あーでもウィズさんの時は一目でヤバいってわかったしな。あれは戦士としての勘なんだろうか?

 そういえば、爆裂魔法を持っているめぐみんも、放てる威力だけなら魔王軍幹部クラスに届きかねないだろうに勘で脅威を感じたことないな。

 感覚的なものだけにはっきりと理屈付けて答えは出ない。

 

 頭の中で考えていると、機嫌が良いダストは俺の肩に肘を置いて絡んでくる。

 

「おいおい。とにかく今日は豪勢にいこうぜ。クリスのお陰でこうして連日パーティーできるんだからよ」

 

 ダストも今回は活躍した。チンピラみたいな外見にチンピラのような言動の彼だが、腕は本物である。たまに歴戦の戦士かというような眼光をするし、冒険者としては初心者を越えている。

 そんな彼だが、いつもみたくクズ的行動をしたとクリスが笑いながらダストに嫌味を言う。

 

「真っ先に逃げようとしてこけたくせに」

「リッチーと出くわした直後に右ストレートを仲間がぶちこんだら俺でなくても逃げるわ! てめえなにしているんだよ!?」

「あの逃走するタイミングは見事でしたね。こけたのは無様でしたが。逃げるなら一目散。華麗に消えるのが美しさというものですよ」

 

 もぐもぐとめぐみんはカエルの串焼きを食べながら辛辣な言葉で刺す。

 まあ、あれに関しては誰も責められない。どっちかというとリッチーに出会った時点で逃げようとしたダストの方が正しい。普段のウィズさんの言動を見ているとわからなくなるが、リッチーとはそれだけ恐ろしい魔物だ。

 二度自分の手のひらを叩いて、その喧騒を落ち着かせる。

 

「はいはい。結局なにもなかったんだから喧嘩しない。……こうしてリッチーから宝物も貰ったし、結果良ければすべてよしだ」

 

 本当にこれである。

 結果は良かった。それなら満足すべきだ。

 そのリッチーはクリスが不意打ちで殴りかかったにもかかわらず、一千万エリスにはなろうかというお宝を気前よくくれた。

 

 もちろん、ただではなくある条件と引き換えにだが。

 

 その条件を思い出したのか、ダストは露骨に嫌そうな顔をする。

 

「はぁー。でもよー。アークプリーストを派遣しないといけないのは面倒くせえよな」

「リッチーを成仏させようとしたら、相手が何の抵抗をしてないとしてもセイクリッド・ターンアンデッドは必要だからね。それはしょうがないんじゃない」

 

 一瞬考えたダストは、何か悪いことでも思いついたようにニヤリと意地の悪い笑みを零す。

 

「アークプリーストに依頼してここまで来てもらうとなると百万エリスぐらいはかかるだろうし、どうだ。いっそこの宝は持ち逃げするというのは……」

「ダストは怒り狂ったリッチーに死ぬまで追いかけられるってのが好みなのか? 俺は嫌だぞ」

「じょ、冗談だよ! 本気にするなよ。おっかねえな」

 

 こっちが震えるわ。

 神をも恐れぬというかリッチーさえ恐れぬ所業である。さすがはこの街クズトップスリーの一人。

 

 国に喧嘩を売った魔法使い。国と互角に戦った伝説のリッチー。

 あのリッチーの伝説は真実だったようだが、細部は違った。その国に喧嘩を売った理由というのが不遇な扱いを受けていた王の妾の一人を救い出すためだった。そんなリッチーは、彼女が幸せに暮らし天寿をまっとうした後も存在し続ける気はないらしく、自分を浄化できるアークプリーストを派遣してもらうことと代わりに、俺らに残っている宝物をくれたのである。

 その約束を違えようなど、俺には無理だ。

 

「でも、ユウスケの聖水剣ってのは良いやり方だな。あれは真似させてもらうわ」

 

 この話題を続けるのはどうかと思っていたのかダストは強引に話題を変える。

 

「……聖水剣。悪くないネーミングですね。神の使途の技って感じです」

「実際はただ聖水を剣にぶっかけて振り回しているだけだけどな。むしろ罰当たり感さえある」

 

 聖水剣。

 ダンジョンにはアンデッド。それもスケルトンやゴーストなんかが住み着いている。そいつらを退治するのに聖水を投げて使うのは勿体ないし、投げて外してしまえばなお勿体ない。

 だから剣に聖水をかけてぶった切れば、当てるのは簡単だ。それにそれなら沢山もいらず聖水を一瓶持って行けばすむ。当然、使い終わった剣は錆びないようにする手間を忘れてはならないが。

 真正面にいるクリスが少し腑に落ちないような顔で尋ねてくる。

 

「あの聖水ってアクシズ教のものなんだよね」

「そうだな」

「んん。キミはエリス教の聖水を使わないんだね」

 

 正面に座っているクリスは、靴を脱いだ足で俺の膝小僧辺りをツンツンと突く。

 クリスという女の子はかなり悪戯っ子である。

 その行動を無視しながらも俺は反論する。

 

「使わないってわけではないぞ。けど、質としては同じぐらいだし、アクシズ教の方が安いからな。それならアクシズ教の聖水を買った方がいいだろう」

「うむ。安いのは正義だよな。ただほど高いものはないっていうのは嘘だぜ。ただなら完全に儲けじゃねえか」

 

 同じような質でも人気は遥かにエリス教の聖水の方が高いので、アクシズ教の聖水は売れにくい。というわけでその分幾らか安く売られている。

 まあ安いのはいいんだが、美人だけど変なアクシズ教のプリーストに他にも色々売り物を押し付けられそうにはなるのは毎回困る。

 

「むー。エリス教のならあたしだったら割引してもらえるのに。いや、いいんだけどさ。そっちで買ってもいいんだけさ」

 

 クリスは若干不満そうな表情をする。

 俺の太もも辺りをくすぐるように彼女は足を動かしていた。くすぐったいな。

 そういえば、クリスってつけられた名前も似ているぐらいだし。やっぱり熱心なエリス教の信者なのかもしれない。初めに会ったとき、エリス様の胸でも大激怒してたもんな。

 昨日と同じように右隣にいるめぐみんは自分の手についた肉汁をペロッと舐めた。

 

「言っても無駄だと思いますよ。ユウスケはどうやらアクシズ教を贔屓しているようですからね」

「贔屓ってそんなことしているかな?」

「怪我を治してもらうときにはアクシズ教に行って治してもらっているじゃないですか」

 

 俺は前衛なので怪我をすることもある。

 その時にはアクシズ教会を使うことが多い。贔屓と言われても確かに仕方がなかった。

 

「私として不思議なのが、自由を重んじるというか……まあ自分の好き勝手するアクシズ教に肩入れするのがですね。ユウスケならエリス教の方が似合っているように思います」

「え? ユウスケ。お前って。アクシズ教徒なのかよ」

 

 俺の肩に乗せていた腕をばい菌でも入ったかのようにそっと上げて離すダスト。

 

「もしやあのアクシズ教のプリーストに興味でもあるのですか? ……あの人だけはやめておいた方がいいですよ。確かに美人ですが、あの人だけはやめておくべきです。それに、あれぐらいの美人なら私が大きくなったら軽く越してしまいますよ」

「違う違う。俺はアクシズ教徒じゃないよ。そして、あのプリーストに惚れているってことはない」

 

 きっぱりと断言する。

 アクセルの街にいるアクシズ教のプリーストは確かに美人ではあるが、美人美少女なら誰でも興奮できる俺が唯一興奮できない相手だ。あの人だけはない。

 

 アクシズ教徒でもないのにどうして贔屓しているかといえば、アクア様のためである。

 アクア様。素晴らしきアクア様。女神様に恩があるので、俺はアクシズ教に贔屓しているだけであって、俺自身はこの世界の宗教には入っていない。

 

「ふーん、違うんだ。でもそれなら浄化に頼むアークプリーストもアクシズ教の人を頼むってことはしないよね」

 

 こそばゆい。

 クリスは喋りながらも内股辺りを足で撫でまわしてくる。

 

 どうやら油断していたようなので、タイツ越しに俺の内股を弄っていたクリスの足をガシッと両足で挟み込む。

 

「んんっ!?」

 

 足を抑えられたクリスは目を白黒させるが、俺は気にせず説明する。

 

「それは今ルナさんに調べてもらっているアークプリースト次第だな。プリーストは元々少なくてアークプリーストなんて更に希少だし。近場にいる実力があるアークプリーストなら誰でもいいさ」

 

 こればっかりは金の問題だし、俺の贔屓では決めることはできない。

 ある程度ルナさんにリストアップしてもらった中から全員で相談して決めるということになるだろう。

 

「王都から呼び寄せるなんて洒落にならないことは勘弁してほしいよな。幾らかかるやらわからんぞ」

「そうだね。うん、ごめん変なこと言った。アクシズ教でもエリス教でもいいから、あのリッチーが心地よく浄化できるような腕の良い人が来てくれたらいいね。それが一番大事だよ。そして、二番目に安さ。……後、悪戯して悪かったから離して!?」

 

 仕方ないので離してやる。

 

 でも、多分。ここら辺でアークプリーストをといったらアクシズ教になるんだよな。

 ここから馬車で一日ほどで着く水の都アルカンレティア。

 そこはアクシズ教の聖地だ。数少ないアークプリーストとはいえそこにならいるだろう。

 

 ちなみになぜ俺達が冒険者ギルドで飲み食いしているかというと、ルナさんにこの街の近くにいるアークプリーストを調べてもらっているためである。その待ち時間にここでパーティーをしてるというわけだ。

 神器ではなく普通の時計を見ると、調べるのに必要とすると言われた時間に近づいていた。

 

「もう時間だし、俺がルナさんのとこに行って聞いてくるよ」

「おう。頼むぜ。安いとこを隠すなよって言っておけよ」

 

 そんなダストの返事を受けて、俺は宣言通りルナさんがいる受付の窓口に行く。

 

 ……丁度良い機会だ。

 ルナさんにはアークプリーストを聞くだけでなく、あれの仕込みもやってしまおう。

 

 流石に夕方なので、並んでいる人もいない。こんな時間だというのに仕事をしている冒険者ギルドには感謝だ。俺ら冒険者より大変なのではないかと思う。

 

「えっと、ルナさん。結果はわかりましたでしょうか」

「はい、ユウスケさん。出てますよ」

「それで、結果の方は……」

 

 ルナさんは紙に書かれた文字を見る。

 

「やはりアルカンレティアの司祭を務めるゼスタ様が宜しいかと。アクシズ教の最高責任者なだけあって実力でいえば、おそらく人間のアークプリーストの中で最高峰の実力です」

 

 想像していたより随分大物が出てきて驚く。

 最高責任者って、アークプリーストの数が少ないのは知っているが、そんな大物でないといけないのか。

 

「そんな凄い人をここに呼び出してしまっていいんですか! 一宗教のトップの人なんですよね!?」

 

 ルナさんは少し言いにくそうに答える。

 

「……このお方は責任ある立場な割には随分暇なようで、こういう依頼には快く了承してくださるんですよ。なんといっていいか自由な人で、呼び出したら呼び出したで大変なのですが。特に悪魔は死すべしというアクシズ教の教えがありますから喜んでくると思います」

「そんな人で大丈夫なんでしょうか……」

「い、いや。腕は確からしいですよ! 本当に凄いお方なのです! 王都でもゼスタ様クラスは一人か二人いるかというぐらいの。お金も多分格安の七十万エリスぐらいで引き受けて下さるでしょうし、ただちょっと私の立場からは言いにくいのですが、それはもう自由な人らしくて……」

 

 この街のアクシズ教のプリーストといい、なんでアクシズ教は変わった人が多いのだろう。

 アクア様の教義が自由を尊重しているせいだろうか?

 しかし、実力者で金も安くすむと言われたらこの人にするだろう。ダストが。

 

「今から仲間に相談してみますが、おそらくその人にさせてもらうと思います。時間を取らせてすみません」

 

 にこりと営業スマイルをルナさんはしてくれる。

 

「これが私の仕事ですから。大丈夫ですよ」

 

 ……切り出すとしたらここか。

 俺は布石を打つためにある言葉を告げた。

 

「それで仕事以外のことで話したいことがあるのですか」

「はい? なんでしょう。……もしかして、食事のお誘いですか」

 

 パチンとウインクして冗談混じりにルナさんは喋る。

 

「その通りです。初めて冒険者になる時に約束しましたよね。稼げるようになったら奢るって。その約束を果たそうかと思いまして」

「……へ?」

 

 ルナさんは鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をする。

 いつもしゃんとした顔をしているからこんなルナさんを見るのは珍しい。営業スマイルを絶やさない彼女の素の顔だった。

 

 彼女は周囲で誰も聞いていないことを確認してから上ずった小声で尋ねてくる。

 

「そ、そそれはもしやデートのお誘いでしょうか?」

「デートってほどではないですよ。今回のだけでなく普段からお世話になってますからね。特にデストロイヤー戦の時では、お世話になりました。だから、昼飯を少しばかり良い店で奢らせてもらえませんか?」

 

 これだけ美人なルナさんだ。

 仕事もできて巨乳な彼女は誘われることなんて多々あるだろうに、何故こんなにも焦っているのだろうと不思議に思う。夜のデートに誘うならまだしも、軽くご飯を食べに行こうと誘ったぐらいなのに。

 

「す、少し待ってください!」

 

 彼女はそう言うと、こちらから見えないように屈む。

 窓口には誰もいないように見える。座り込んでなにをしているのかと耳を澄ますと小声でなにやら呟いているのが聞こえる。

 

「……ど、どうすれば。容姿には自信がありましたが、ここでは何故かモテません。もしや私の容姿が悪いかなと思ってたけど、誘われるなんて。……ユウスケさんはロリコンの噂がありますが、見た目は悪くないですし冒険者としては実力者です。いつも丁寧な仕事で感心させられる優良物件。ああでも! そんなに簡単に返事をしてしまったらふしだらと思われるかもしれません。けど、チャンスをみすみす逃すのも! ど、どうしましょう!?」

 

 なにやら苦悩の声が聞こえてくる。

 すっと腕が伸びて、窓口の内側に置かれている手鏡を取っていく。

 二分ぐらいしてから髪の毛を整えて、いつもより二割増しに綺麗なルナさんが余裕たっぷりの表情で出てきた。

 

「……こほん。お誘いありがとうございますね。私としても仕事と私用が忙しいのですが、明日なら偶然空いていますね。どうしてもとユウスケさんが言われるなら、その、お付き合いさせてもらってもよろしいかと」

「…………」

 

 なんといっていいのか。

 うん、そうだな。

 この人、物凄く可愛い人なのかもしれない。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リッチーのダンジョンに行ったのが昨日のこと。

 朝はめぐみんと一緒にクエストをこなし、爆裂魔法でモンスターを退治してレベルが上がったので、反撃のスキルを取ってから昼にはルナさんとの食事をした。

 

 昼過ぎに俺は鞄を担いで、森に隠された洞窟の中に来ていた。

 洞窟の中を入っていくと、そこには貴族によって隠された遺跡の入り口がある。情報屋に聞いた通りだ。

 

 元々冒険者ギルドの一部は知っていたことだが、ここに転生者とその支援者達によって作られた遺跡がある。俗称エロ遺跡と呼ばれるものだ。

 魔法技術大国ノイズの技術も使われているという熱意と富と技術をぎっしりと詰め込まれた馬鹿な遺跡である。

 目の前にある遺跡は、貴族によって冒険者ギルドの中では話を一部だけでとどめられており、閉鎖されることも管理されることもなく貴族達が使う遊び場となっていた。しかし、貴族達が森の中に入っていくなんていうのは不自然なことである。エロ遺跡を見つけたければ貴族の跡をつけろとは、この世界の言葉だ。

 

 情報屋はそれに鋭く気づき、俺にエロ遺跡の場所を知らせてくれた。

 

 ナイスジョブである。

 惜しみのない称賛を。

 

 既に手は打ってある。使える布石は全て蒔いてきた。後は回収するだけ。

 

 どうしてここに俺一人だけいるのかというと、この遺跡を明日使うためであり――安全かどうか確かめるためだ。

 

「貴族の連中が使っているのだから安全なんだろうけど、実際に試してみないとわからないしな」

 

 万一命の危機でもあって連れてきた女性に最悪の事態なんて起こしてしまえば、クズトップスリーで一番クズだと思っている俺とはいえ自殺してしまうだろう。安全を自分の体で確かめてみないことにはこの遺跡を使うことはできない。

 神器は二つとも部屋に置いてきた。

 

 というわけで、俺は皆から貰った剣と魔法薬や着替えが入ってある鞄をゆっくりと石の壁に立てかけ、意気揚々と洞窟の中にある遺跡に入っていく。

 どんなものか楽しみだ。

 

「期待はずれなものでないといいが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五時間後。

 元来た道と違ってエレベーターのような箱に乗って、俺は遺跡から脱出して洞窟の中に出る。

 

「う、ううぅ……ぐす! うぅうう!」

 

 俺は泣いていた。

 涙が止まらなかった。

 

「嫌だ……嫌だ……ああ! うぁー!」

 

 デストロイヤー戦でも折れなかった心がぽっきりと折れていた。根本からへし折られた。

 舐めていたのだ、俺は。

 エロ遺跡のことを舐めていた。心構えができていなかったのだ。

 

 確かに安全面では問題なかった。地下四階のところでは試しに落ちてみたが、なんともなかったし、出るモンスターも試してみたがまったく軽傷も加えられていない。貴族が通っていただけはある。どのエロ遺跡も命の危険はないという伝説は事実だった。

 しかし、辛い。

 

「うぐ! うぐ!」

 

 あれだけ凌辱されるのが辛いとは思ってもみなかった。

 それも普通なら抵抗するところを俺は黙って何時間も受けていた。全部余すことなく受けきった。同じ種類のモンスターでも全部の個体を体で確かめた。アトラクションを全制覇だ。それがこれだ。このありさまだ。

 服は何一つとして残っていない。全裸の俺はトラウマを抱え、こうして遺跡から這い出たのだ。

 最後はもう笑っていた。不気味に笑うしかなかった。もしかして俺が一番馬鹿なんじゃないだろうかと真剣に考えることで現実逃避していた。

 

 だが、このエロ遺跡が使えることは実証された。 

 

「いける! これならいける!」

 

 処女をどうこうするものもなかった。

 ただ単にそこそこエロいことをするだけの遺跡だったし、これなら彼女を連れてきても大丈夫だろう。

 

 ――少し気になるといえば、二つの階も水があったり紙があったりする休憩所が存在したのは不思議ではある。多分あれは盛り上がった男と女がセックスでもする場所のつもりなんだろうか?

 

 まあいい。

 どの道、貴族が通っていた時点で安全は保証されている。それを更に確認しただけのことだ。

 

 俺は目を擦って涙を拭う。

 無理矢理もう欠片も残っていない気力を奮い立たせ、鞄に入れてあった服を着る。休憩所で水を使えたのは良かった。べとべとで服を着なくてすむ。

 

 そして、俺は魔法薬を取り出す。

 これは王都でしかこっそり流通してないご禁制の記憶を失う薬である。持っているだけで犯罪になるものだ。禁忌になる前も、よほど憎い相手から危険な相手にしか使われなかった、飲みすぎると頭がパーになるというヤバい魔法薬である。

 

 そんな薬を神器を使ってなんとかして少量だけ手に入れることができた。

 

 はっきりいって奇跡である。もう二度と手に入らないと思ってもいいだろう。

 本当に少量で六時間ぐらいの分しかないが、それで充分だ。

 

 これを使う理由としては、初めて入るはずの遺跡に俺の記憶があればバレる可能性があるのではという考えのせいだ。来たことがあるとどうしたってリアクションは変わる。二度目のお化け屋敷なんて驚くこともできない。

 だからこの時のためにと用意していて持ってきたわけだが。

 

「どっちかというと、俺のトラウマを消す方が大きいな」

 

 記憶を消して、トラウマも消去しよう。一刻も早く。もう本当に早く飲もう。

 俺は一滴も落とさないように気を付けながら、その魔法薬を飲みほす。

 

 美味しくない。良薬口に苦しとはいうが、魔法薬も美味しくないのか。

 

「これで記憶が――あれ。なんだここ?」

 

 きょろきょろと辺りを見回すも、まったく記憶にない場所だ。

 

「確か、今俺は遺跡に向かおうとして……なるほど。成功したというわけか」

 

 同じ服を持ってきただけに着ている服は変わっていないが、鞄の中身は空だし、手には俺が飲み干しただろう魔法薬の瓶がある。

 どうやら成功して俺は記憶をなくしたようだ。

 

 予定通りである。

 俺は瓶を鞄の中に直してから鞄の紐を肩に引っかける。腰に剣を引っかけて帰る準備をする。

 なにやら体が物凄く疲れている感じがするし、今日は帰って寝よう。喉も痛い。

 

「記憶に残ってないけど……エロ遺跡も期待はずれなものでないといいが」

 

 いくつも布石を蒔いた。

 明日はいよいよそれを回収する日だ。

 折角前々から探していたエロ遺跡だというのに、見ているだけで頭痛がしてきた俺はまるでそこから逃げるように去るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次話から暫くエロ回


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二十五話

 

 ルナさんに説明された通りに俺達は森を歩いていた。

 

 昼前。

 太陽の光が木の葉に遮られるも、ぽつぽつと道を照らしている。鬱蒼とした森林をなんとか進んでいくと洞窟が見えた。

 

「こんな場所に本当に洞窟なんてあるんですね」

「驚きだよな」

「ルナさんが言うには情報提供があったらしいですが、どんな中身なんでしょうね。もしかしたらまたリッチーが住んでいたりするのでしょうか」

「アクセルの街とその周辺で三人目となると珍しいものでもなくなってくるな。そこら中にいるじゃないか。石投げればリッチーに当たるみたいになっているぞ」

「わかりませんよ。リッチーになれる人は少なくとも、彼らは不死ですからね。死ななければ増えていくのが道理というものです」

「確かにそういう見方もあるか。人間が減ろうとも不死者が増えていく一方なら、ずっと未来には不死の存在ばかりになっているかもしれない」

 

 ホラーとSFの融合である。

 この前のような浄化を希望する不死者が増えればいいのにというのは無茶か。

 

 俺とめぐみんは、俺だけが見覚えがある洞窟にたどり着く。この場所を見ると何故か乳首が痛い。肢体を失ったわけではないが、幻肢痛みたいな感じがする。ないはずの痛み。

 記憶を失う前の俺はこの洞窟で一体どんな目にあったのだろう?

 

「洞窟内に遺跡があるんですよね。私の杖はどうしましょう。ここに置いていった方がいいのでしょうか」

「杖があれば何かに襲われた時に咄嗟に撃退できるかもしれないし、杖がなければ逃げるのは楽になるかもしれない。どっちを取るかだな」

「では、置いておきましょう。いざユウスケが倒れたりでもしたら真っ先に逃げなくてはいけませんからね」

「おいおいお前」

 

 ……まあ俺が負けるなんていうことがあれば、彼女は逃げるのが一番良い方法なのだが。

 彼女が使える魔法は爆裂魔法だけで、遺跡では使える魔法ではないし、なにより今日は朝既に使って反射的に遺跡内で使えない状況にしている。

 

 いつもの格好。とんがり帽子を被って赤い服と黒のマントと茶色のブーツをしているめぐみんは、杖を洞窟の端側に置いた。

 

 ここで盗難に会う心配はしなくていいだろう。

 この場所を知っているのは貴族だが、冒険者ギルドにバレたとあっては来るような貴族はいない。

 

 俺の格好としては、いつもの冴えない服装だ。もうそろそろ温かくなってきたので上は半袖の上着とマント。下は長ズボン。腰には携帯食料と聖水と皆からプレゼントしてもらった剣がある。

 

 俺がこうなるように誘導したわけだが、あまりにも行く気満々のめぐみんに思わず水を差す。

 

「でも、めぐみんは遺跡に付き合うのか? ゆんゆんはまだ旅とやらから帰ってきてないけど、俺一人で行ってもいいんだぞ。お前はここで待っててくれればいい」

「何を。この前の私の大活躍を忘れたのですか。遺跡調査なんて豊富な知識と賢い私にピッタリな仕事ではありませんか。それに退治ではありませんし、危なくなったら逃げればいいのですしね。私はダストみたいに逃げる間際コケるなんていう失敗はしません。華麗な紅魔族逃走術をお見せしましょう」

「わかっていると思うけど、遺跡では勝手にスイッチを押したりすると危険なんだからな」

「子供ですか!? それぐらいわかっていますよ!」

 

 どうしてか俺もこの遺跡には行きたくないのだが、俺が行かないわけにはいかない。

 洞窟内にあるそれらしい遺跡の入口前で立ち止まる。

 

 ごくりと唾を飲み込む。それは獰猛な虎の口みたいにぱっくりと開いている。その遺跡の入り口は明らかに人工物だ。ここから先は誰かしらが意図を持って作った場所に侵入することになる。

 出来れば入りたくないのだが、虎穴に入らずんば虎子を得ずだ。ここまでして入らないという選択肢はない。なにを怖がっているんだ俺は。勇気を出せ。

 

「なぜボーと突っ立っているのですか。もう私が先に入ってしまいますよ」

「わかっているって。俺も入る。調査されていない遺跡は危ないんだから、先行するなよ」

 

 恐怖などなにもないようにめぐみんは遺跡の中に入っていく。

 遺跡内は階段になっていて、下の方へと続いている。基本的にダンジョンなんていうものは、上に行くか下にいくかだ。かなり急な階段なので、もし踏み外したりでもしたら大変だ。

 手すりでも用意してくれればいいのに。

 

 俺もその後を追って遺跡に入り――ガタンと階段はなくなった。

 

「え?」

 

 めぐみんの驚いた声がする。

 階段の出っ張りが綺麗に引っ込んだ。つまり斜面なだけが地面となる。そして人間は急激な斜面に立っていることはできない。

 

「ええええええええええ!」

 

 めぐみんの叫び声――がする前に俺は鞘から剣を抜いていた。

 体が落ちる。

 不安定すぎる足場では、重力から踏ん張ることができない。

 

「アースソード!」

 

 剣を硬くして、壁にぶっ刺しながらめぐみんの首元の服を後ろから猫みたいに掴む。

 

「ぐえ!?」

 

 首を絞められためぐみんはカエルみたいな鳴き声を発する。

 

 間一髪。

 落ちきる前に俺は彼女を助けた。

 ……助けてしまった。

 

 やってしまった。

 

 絶望感が俺を襲う。咄嗟の判断とはいえ、体が動いた。剣を壁に突き刺して、体を宙に固定させ、めぐみんを助けてしまった。

 なんでこんなことをしてしまったのだ。

 安全性は記憶を失う前の俺が確認している。なにも心配する必要はない。

 

 今までの苦労をここで無駄にしてしまうのか? あんなにも布石をばらまいてきたのに。

 

 まず遺跡を見つけるよう依頼した。見つかれば情報屋を使って冒険者ギルドに報告し、その情報を知っているルナさんに食事を誘って、食事中神器を使用して、明日俺に遺跡の依頼を持ちかけるようにした。キースのダンジョンで成功したからだろう。ルナさんもその成功があったから催眠は成功したし、めぐみんは普通に私も行きますと言ってくれた。自分でも安全性を確かめて、危険性がある記憶消去の薬まで使った。

 

 かかった時間と労力は多く、かけたお金は百万エリスを優に越える。

 これほどやった。ここまでやった。――なのに俺は咄嗟にめぐみんを助けた。

 

 この手を離そうなんて、欠片も考えられない。

 

 ため息を吐く。

 まったく、馬鹿で、本当に俺というやつは大馬鹿だ。自分で仕掛けた罠に、獲物をかからせたくないなんて、自分のことながら意味が分からない。

 

 右手で持つめぐみんに俺は上から声を降らせる。

 

「めぐみん大丈夫か? 引っ張り上げるからジッとしてろよ」

「あ、ああああ。驚きました。階段がにゅっとなくなるのですから。後首が苦しいです」

「ちょっと我慢してくれ。咄嗟のことで流石にここしか掴むところがなかった。先行はするなと言っただろう。引っ張りあげたら一度俺の首に捕まれ」

 

 引っ張り上げためぐみんは俺の首に捕まる。俺はそんな彼女が落ちないように左手は剣の柄を掴みながらも右手は彼女の腰を持っていた。

 

 でも、後悔は不思議としていなかった。

 万が一も危険性はないのだろう。だが、完全に安全とは言えない。万が一がなくても、億が一があるかもしれない。それならやめておいた方がいい。

 命の危険が極少でも存在する限り、めぐみんにこんなところを進ませるわけにはいかない。避けられない危険ならともかく、俺が危険に押し込むというのは嫌だった。

 そんな俺というクズな男の本音に、ここまで来てやっと気づいた。エロに目を奪われていて見えなかったのだ。

 

 要するにこの遺跡は俺の性に合っていなかったのだ。

 

 それなら、仕方がない、か。

 俺の首に捕まっているから、顔のすぐ近くにいるめぐみんにこれから先のことを言う。

 

「めぐみんはやっぱ上で待っていてくれないか。俺が限界までめぐみんを押し上げれば、なんとか入り口のところに手が届くと思う」

「ユウスケはどうするんですか」

「俺はこのまま調査を続けるよ。殺すつもりなら地面は直角になって落としていただろうし、わざわざ斜面にしているということは殺すつもりはないってことだ。……それに落ちながら壁に剣を刺したからな。めぐみんを押し上げる時の反動で多分剣が外れてしまうと思う。まあお前は上でゆっくり待って、いつまで経っても帰ってこないなら冒険者ギルドに知らせてくれ」

 

 今度はめぐみんがため息を吐く。

 こんなに顔を近づけているから、もろにその吐息が俺の顎にかかる。

 

「はぁ、ユウスケというやつはいつもの悪い癖が出ましたか」

「悪い癖ってなんだよ」

「そうやって良い格好をしようとする癖ですよ。自分一人で格好をつけるのもほどほどにしてくださいね。きゃーきゃーとでも言ってほしいのですか。ゆんゆんは気にしていましたし、私も気にします。そんなことするやつにはこうです。……かぷっ」

 

 めぐみんは腕の力を使って、顔を俺の耳まで持って行って――口に含んだ。

 俺の耳を彼女はその小さな口で食べてしまったのだ。

 

「あむあむ」

 

 それどころか甘噛みする。

 唾液を纏った歯が耳に軽く当たる。子犬が主人にじゃれ付くように俺の耳を優しく甘噛みする。

 

「はああああああ何をしてめぐみん!? ちょめぐめぐみん!? めぐみんさん!?」

 

 言葉にならない激しい動揺。

 そこから先は言語化できない言葉が口から漏れまくる。

 動揺するなっていう方が無理だ。こんなことをされて動揺されないやつがいたらそいつは悟りでも開いている。

 

 俺がこれだけ動揺しているにも関わらずめぐみんは俺の耳から口を離さないものだから、益々俺は動揺する。

 

 左手にも変な風に力が入って、元々不安定に突き刺さっていた剣はというとぽろっと抜ける。

 

「あっ」

 

 剣が壁から抜けるということは、剣が抜けるということで、剣が抜ければつまりはそう――落ちる。

 

「うおおおおおおおおお!?」

 

 ずざざざざと斜面を滑る。

 めぐみんを守るように俺は右手で彼女の体を強く抱きしめる。

 

 滑り台で滑ったのは何年振りだろうか。

 昨今公園で滑り台は危険だからと撤去され、俺の近くの公園でも撤去されているのを見て、なんとなく悲しい思いをしたな、みたいなどうでもいいことが頭に浮かぶ。

 

 長い滑り台が終わると、地面に俺の体は突っ込むわけだが、たどり着いた先の地面は柔らかかった。

 クッションみたいなものが敷かれており、俺達はそこに突っ込んだ。

 痛い目にはあわずにすんだ。さすがは記憶のない俺が安全性は確認した場所というわけか。

 

「ふかふかでこれ気持ちいいですね。しかしこんなものを敷いているということは製作者達は侵入者を殺す気はないというわけですか。……ということは今のはなんなんでしょう。侵入者を逃がさないためにしては階段下りきってからでもいいですし、悪戯みたいなものですかね」

 

 先ほどまで俺の耳を噛んでいためぐみんは、すっと立ち上がっており、この状況を解析していた。

 耳を噛まれていた俺はというと、噛まれていた方の耳を押さえながら彼女に指を差す。

 

「お、お前! お前な!?」

「なんですか。人を指差すのはあまり行儀のいいものではありませんよ」

「耳、耳ー!」

 

 動揺によってまともに言葉にならない。

 

「はい。耳を噛みましたが。どうしました?」

「か、噛んだのはあっさりすませていいものではないだろう!」

「ふん。ユウスケがつまらないこというのが悪いんですよ。それに男がたかが耳噛まれたぐらいであたふたしてみっともないですよ」

「たかがって……そんな……」

 

 めぐみんも軽いことのように言っているが、耳まで赤くなっているし、本人も滅茶苦茶恥ずかしかったのではなかろうか。

 

 しかし、これ以上言っても意味がない。

 滑ってきた道を見ると、ここから戻るのは無理だ。地面に張り付いて移動できるようにでもならないと上がることはできない。

 

「先を進みましょう。どこかに出口があるかもしれませんよ」

 

 明るい口調で言うめぐみんに、俺は今日二度目のため息を吐いてそうすることにする。

 

「それしかないか」

 

 まあ、記憶がなくなったときの俺が洞窟の外にいたから、必ずどこかには出口はあるのだろう。

 それにこの調査に来ていることはルナさんは知っているし、報告がなければ二日ぐらいでまた冒険者を派遣してくれるに違いない。

 

 こうなってしまったらめぐみんと一緒に遺跡を攻略する以外は道はなかった。

 彼女を危険な目に合わせないように俺が必死になるしかない。こんなことなら記憶消去の薬なんて飲むのではなかった。

 結局、最初に考えていたことを実現させたわけだが、このどうとも言えない気持ちは何なのだろう。

 

「もう遺跡内だからな。勝手な行動はするなよ。ってめぐみん」

「この扉に文字が書いてますね。若干文字は薄れていますけど」

「だから先に行くなって。本当だ。文字が書いてあるな。初級……かな?」

「なんの初級なんでしょう」

「さあ? 何かしらの初級なんだろう」

 

 降りた先には扉があって、その扉には初級という文字が書いてある。

 扉の隣にはスイッチらしきものとそこに開閉ボタンと文字が刻まれている。

 

 そういえば、エロ遺跡には難易度。俗に言われているエロ難易度があるらしく、初級というからにはまだ優しい方なのか。

 

「では、スイッチを押しますね」

「待て待て待て!」

 

 躊躇なくボタンを押しかけるめぐみんを俺は引き留める。

 

「なんですか?」

「言われるままボタンを押すやつがあるか!」

「といっても、他になにもありませんし、押す以外の選択肢はありませんよ」

「そうなんだけど。もう少し警戒しろ。めぐみん、ちょっと来い。俺が剣の先を使って開ける」

 

 確かにここには扉とスイッチ以外にはなにもない。

 しかし、スイッチを押したら罠だったなんてことは容易に想像できることだ。定番中の定番。それに引っかかるほど俺も馬鹿ではない。

 面倒臭そうにしながらもめぐみんは言う通りに下がってくれる。

 

 俺は心臓の鼓動を早めながら、周囲や地面を警戒しながらも、おそるおそる剣を伸ばして、スイッチを押す。

 

 扉が開いた。

 ただすいーと扉が開く。お客を歓迎しているみたいな開き方だった。なにも罠が飛び出すことはなかった。

 

「ぷっ」

 

 めぐみんは耐え切れないように噴き出した。

 

「…………」

 

 ……かなり恥ずかしい。

 遺跡なら罠の一つぐらい用意していろよ!

 そんな無茶振りを俺は激しく思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺達は開いた扉の先を見る。

 開かれた先は、通路みたいだった。そこまで幅は広くないし、奥行きもこちらから視認できる程度のものだ。そこそこの距離の先にまた扉とボタンが確認できる。

 

「とにかく向こうの扉も越えてどんどん進んでみるか」

「見た感じではモンスターもいませんね。初級というのはこの遺跡の難易度なんでしょうか。初級程度の簡単さということなら、張り合いがありませんが」

「何が起こるかわからないから慎重にだぞ」

 

 俺はそう言いながら剣で軽く地面を撫でて、なにもないことを確認してからそこを進む。そしてまた剣で地面を撫でて確認する。

 

「なにしているんです?」

「クリスに教えてもらった盗賊がいないときのダンジョンの進み方だよ。ダンジョンというのは地面の一部分をスイッチにしていることが多いらしくてな。こうやって確認しながら歩けば、そういう罠は回避できるだろ」

「日が暮れますよ。どんな気長にやるつもりですか。そんなのを一々していたら老人になってしまいます」

「罠にかかるよりかマシだろう。お前も隣を歩いているけど、地面をしっかり確認しろよ。というか、俺の背後を歩いてくれ。それなら安心だし、お前が横や上を見回してくれたら上下横と完ぺきになるだろう?」

 

 俺はそう言って、隣を見ると、めぐみんはいなかった。

 

 あれっ? どこいったあいつ。

 

 もしやもう後ろに回り込んだのかと思ったが、後ろにもいない。あれ!? 本気でどこいったんだ!?

 

「めぐみん! お前どこ行ったんだ!」

「下! 下です!」

 

 めぐみんの声がすることに安心しながらも、俺は言葉と声がする地面の方にへと視線を向ける。

 

「ここです! 落とし穴にはまりました!」

 

 そこにはめぐみんのとんがり帽子と両腕だけが見える。

 愕然とする。今地面に気を付けろと言ったばかりなのにと思うも、そんなのどうでもいいから早く助けなくてはならない。

 

「今、引っ張り出すからな!」

 

 俺は慌てて駆け寄って彼女の両腕を掴む。

 めぐみんぐらいの重さなら俺が全力を出せば、一瞬で持ち上げることができるはずだ。

 

「待ってくだ――いたたたたたた!? 痛いです! ユウスケ止まってください! もげます! 私の体が引きちぎれます!」

 

 力を込めて引っ張るも、俺はめぐみんを落とし穴から引っ張り出すことはできなかった。

 それどころかめぐみんが痛がっているようなので、俺は慌てて彼女の腕を離す。

 

「何かに下で掴まれているのか!?」

「スライムです! 粘着質なものが下半身に引っ付いて、このままでは脱出できません。何でも食べてしまう恐ろしいモンスターです。でも痛くは――」

 

 彼女は穴にすっぽりと入っている自分の下半身の様子を確かめる。

 

「この緑色のスライムはまさかっ!? ――やっぱりこれ服食べスライムですよ! どんどん繊維製品を食べています。ああ、靴が消化されています! 結構高いのに! あっ、そこは、ダメです! 本当ダメですって。やっ!? し、下着が!」

 

 ……そういえば、エロ遺跡なんだからそういうモンスターもいるか。

 エロ遺跡を作った人間の一人が通称エロモンスターの一種である改造スライムも作ったんだしな。

 

「やめろー! ぐちょぐちょした液体で下半身に纏わりつかないでください! ゆ、ユウスケ助けてください!」

 

 めぐみんの必死の叫びに一時的に止まっていた意識がまた動き出す。

 

「わかってる! わかっている! しかしどうすればいいんだ。えっーと、スライムの特性は……分裂や合体。他に体温の感知。後はなにかあったか」

「早く! 早くしてください! あわわわ。もう下着を溶かされてしまいましたよ! お腹を越えて、胸にまで!? このブラジャーは高かったんですからね! スライム如きがなにをしているのですか!」

 

 考えろ考えろ!

 スライムはその身を別けることも集まることもできる。

 集合して大きくなったスライムは厄介だ。人を殺すことは容易にある。しかし、このスライムは人を殺すために作られたのではない。

 

 エロいことをするために作られたのだ。

 

 服は溶かすが、人を溶かすわけがない。それでも、呼吸器をこのスライムが塞いでしまっては、人を殺してしまう。

 

 逆説的に考えるなら――このスライムは絶対に呼吸器を長い間塞がない作りになっている。

 

「息だ!」

「は? ど、どこにユウスケは顔を突っ込もうとしているのですか!? こんな時に錯乱でもしたのですか!」

 

 俺はめぐみんの顔近くに自分の頭を持って行き、その落とし穴に顔を近づける。中を見ると、めぐみんの肢体は緑色のグミみたいなものに覆われている。

 俺はその緑色のスライムに向かって息を吹きかける。

 

「ふぅー」

「ひゃ! 本気でなにをして!? ……ん? このスライム止まりましたね」

 

 緑色のスライムはめぐみんの上半身を進行していたが、その動きがようやく止まった。しかし、止まったのはちょっとした間だけで、また登ろうとしてくる。

 めぐみんのおっぱいのおそらく乳首部分を越えて、繊維を溶かしながら更に登ってくる。

 

「ふー! ふー! めぐみん! ふー! おそらくこのスライムはふー! 息かなにかに反応しているっぽいふー。こうやって息を吹きかけていけば、ふー。どこかに行くはずだ。ふぅー」

「んんんん!? こ、こそばいですよ! そこら辺は敏感なところなんです! そう息を吹きかけないでください! あっ、でも確かに少し下がって……って、おっぱいが見えます! 下着も溶かされた今だと胸が全部はだけてしまいます! ……ゆ、ユウスケは後ろからにしてください! 私が前から息を吹き込むので!」

 

 確かに二人分ならもっとスライムは後退するだろう。

 俺は背後に回り込み、めぐみんのうなじの辺りから息をおもいっきり吹きかける。

 

「んー!? そ、そこも敏感な部分ですよユウスケ!」

「我慢しろ。お前も息を吹きかけろ! ふー!」

「あっ!? んんぅ! こ、こんなにされてどうやって息を吹きかけろと!? 無茶苦茶言ってますよ!」

「その無茶をなんとかしろ。頑張ってくれ。ふー!」

「んひぃ!? やっている本人がそれを言いますか。わかりましたよ。もう気にしません! このスライムが! 勝負してひゃん!?」

 

 とにかく俺とめぐみんはスライムに向かって息を吹きかけ続ける。

 息が吹きかけるにつれてそのスライムはどんどん下にへといく。衣服はもう溶かされたのか、腰辺りの彼女の綺麗な肌が見える。どこも溶かされたり傷つけられたような箇所は見られない。

 

 めぐみんの背中にへと俺は息を吹きかけ続けるも、そこからスライムは後退していくことはない。登ってくることはないが、下ることもしなくなった。

 

「もしやお尻見えてます!? そこは見てはダメなやつがあるので、絶対に見ないでくださいよ!」

「まだ後少しでお尻が見えるぐらいだけど――これ無理だな」

「諦めないでくださいよ! 私のお尻に向かってあなたのを存分にかけてください! ……私すごいことを言ってますね!? でももう余裕がありません。後ちょっとなのだからお尻に来てください。はやく!」

 

 息を吐きすぎたのだろう。

 脳に酸素が足らなくてふらつく。必死に息を吸いながら俺は状況を説明する。

 

「下の方には息が届かない。このままだと、いくらやっても無駄になってしまうぞ」

「そうはいっても、これ以外はどうしようもないじゃないですか。あー! またスライムが私の肌を這いずって上がってこようとしています! あっち行ってくださいふーふー!」

 

 こんな一時的な手段ではなくて、一発で解決する方法はないのか!

 

 あるはずだ。ソードマンのスキルを使う? 無理だ。凍らせるのも電気を走らせるのも、めぐみんにダメージが行く。

 

 慌てていたが、おそらくこのスライムは一度彼女の口を塞げば、どこかに去っていくのだろう。二酸化炭素かなにかの量で判断しているのだろうか?

 そもそもスライムの弱点ってなんだったか。

 

「あっ」

「どうしました!? ユウスケも呼吸を整えたら加勢を――んんんんんんっ!?」

 

 聖水を俺はめぐみんの首元から流す。

 背後だけでなく彼女の前部分にも聖水を体を伝って流れるようにする。

 

 馬鹿だ。

 こんなことも忘れていた。基本的にモンスターは聖水に弱い。特に不浄なものや毒を持つモンスターや固定の体を持っていないモンスターにはよく効く。

 

「いきなりで驚きましたが、これ聖水ですか! その手がありましたか。というか私の体にかける前に一言前置きをしてください! ……スライムが離れました! 今引っ張り上げてください!」

 

 俺は背後から彼女の両腋をガシリと掴んで、叫びながら引き抜く。

 

「ごめんな! 一言告げておくべきだったあああああああああ!」

 

 先ほどのように力を入れてしまったが、めぐみんの体は軽い。

 それを力のある俺がおもいっきり力を込めてあげたものだから、勢いよく彼女の体は落とし穴から出てくる。

 

 その勢いに押されて俺は背後にへと倒れ込む。

 

「きゃ!」

「うわっ!?」

 

 ちょっと強めに肩を地面に打ち付けたものだから、結構痛かった。

 

「いたたたたた」

 

 その衝撃に目をつむっていたが、目を開けながら体をわずかに起こすと、ある光景が広がっていた。

 

「び、びっくりしました。加減をしてくださいよ。……ん。あなたはどこを見て――」

 

 そこには彼女の裸体が惜しげもなくさらされていた。

 

 めぐみんの小ぶりな胸も、そこにある桜色の乳首も、彼女の細い肢体が全てあられもなくさらしている。それだけでおさまらなく、彼女の秘すべし無毛の土手も、一本の薄いスジまで見えている。

 聖水を彼女の体にかけたせいで、その隠すべきものがない白くて可憐な細い体には液体が流れていて、なんともいえない色気を醸し出していた。

 

 彼女のスジまで聖水が届いていて、薄紅色の膣壁が中にあるスジにへと聖水が染み込む。めぐみんのワレメが聖水で濡れる。

 

「ユウスケ! め、目を閉じてください!」

 

 めぐみんはキュッと足を内股に閉じて、ピンクの乳首まで露出している胸をその腕で必死に隠す。

 足を強く閉じたときにスジに染み込んだ聖水の水滴が、ぴちょりと弾ける。

 

「わ、悪い!」

 

 隠す仕草があまりにもエロくて、そのまま目が引き寄せられそうになるが、俺は目をつむりながら手で自分の目を塞ぐ。

 

「…………」

 

 先ほどあんな目にあったせいだろうか、とんがり帽子と肩辺りだけの服を残して全裸のめぐみんは、それでも他の場所に行くのは躊躇われるようで、俺の体から離れようとしない。

 俺の体に体重を預けながら、彼女は小さな体を縮こませようとしている。

 

 温かくなってきたことで、俺も薄着だからかもろに彼女の体の感触がわかる。

 どうにかして体を隠そうと、もぞもぞとめぐみんは動いているせいで、シャツやズボン越しに彼女の体を味わえてしまう。

 その細くて柔らかい少女の肉体が、動く度に俺の体へと押し付けられる。

 

 俺の股間が元気になろうとしていた。

 

 だって、反則すぎた。あのめぐみんが自分のスジを隠そうと内股になるところや胸を隠す仕草があまりにもエロすぎた。卑猥の一言。あれだけで絶頂できるような淫猥さに溢れた、清らかな体を持つ少女の隠し方。

 

 時間停止で彼女の体は見たことがある。

 それなのに、めぐみんの動きが加わったことでまったく別物へと化していた。

 

 くそ、耐えろ、俺の股間。今大きくなるわけにはいかない。この密着度。彼女は全裸。絶対にバレる。耐えろ。耐えろ。

 儚い抵抗を繰り返すも、彼女自身の意思で擦りつけられるその幼さ特有のぷにぷにとした肢体の魅力に、呆気なく屈しそうになる。

 

 地獄だ。最初は俺が望んでここまでセッティングしたとはいえ、まさに地獄だった。

 俺が想像していたのと大きく違っていた。こんな苦しい戦いになるとは思ってもみなかった。理想と現実との差は大きい。エロいことだけを思って動いた男の馬鹿な末路だった。

 

 これで初級。

 これで入ったばかりの地下一階。

 

 今後襲い掛かる罠を想像して、俺は身震いする。

 

「んぅ! ゆ、ユウスケ……。今は動かないでください」

 

 ……やべ、大きくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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二十六話

 

 

「酷い目に遭いましたね」

 

 めぐみんは自分に振りかかった災厄をそう表現した。

 

「……見渡してめぐみんがいなかった時はどれだけ驚いたか」

「ふふふ、調査されていない遺跡を甘く見てはいけないということですよ。常に気を配り、観察し、進んでいくのが一流の遺跡調査人ということですね。ユウスケも早く私の域まで登ってこられるよう精進してください」

「甘く見たのはお前だけどな」

 

 甘く見た結果として、彼女は今俺の服を着ている。

 とんがり帽子を残してほぼ全裸となってしまっためぐみんは、俺の半袖のシャツを身に纏っているのだった。

 

「ちょっとばかりミニスカート状態になってしまいましたが、あなたの体が私より大きくて良かったですね」

 

 彼女は階段を降りながら自分の体を確かめるように動かす。

 地下一階をなんとか通り抜け、扉の先にあった階段を俺達は下っていた。最初の階段と違ってこれは急に長い滑り台になることもないらしい。

 

「手を上げたりするな。今下着履いてないんだから」

「おっと、危ないです。いらないサービスをしてしまうところでした」

 

 キュッと彼女はシャツの前の部分を下に引っ張る。

 ただでさえ聖水で体が濡れていたから、シャツの一部が張り付いてエロいのに、余計に尻の形があらわになって、なんというかもう堪らなかった。

 

 風が吹いただけで大事なところが見えてしまう服装なのに、気にせず隣を歩いているめぐみんに提案する。

 

「ズボンも貸そうか?」

「それは止した方がいいですよ。……おそらくここは俗に言われるエロ遺跡かと思いますが、まだエロモンスターが出てきたときにユウスケには働いてもらわないといけませんからね。ズボンがないといざという時に不利になるかもしれませんし。ユウスケはエロ遺跡って知ってます?」

 

 知らないとは言えない。

 探したのも俺だ。とはいえ、エロ遺跡は冒険者ギルドがある程度情報操作してるからな。興味を持って訪れる人を減らすためだろうが、そのせいで情報はそこまで多くない。

 記憶を無くす前の俺が確認しにここにきたのもそのためでもある。

 

「まあ一般的な範囲ぐらいにな」

「そうですか。エロ遺跡。特殊なスライムを作った魔法使い……というよりあの避妊の魔法薬を作った人の方が有名ですかね。避妊薬で莫大な富とスポンサーを手に入れた彼は、友人と一緒に様々な技術をつぎ込んでいくつもの遺跡を作りました。今の王都があの場所にできたのもあそこに遺跡が多いから金持ち――後の貴族達が集まったせい、なんていう噂もあります」

「俺達が思い浮かべる貴族はダクネスだけど、あいつがまともに見えるぐらい変な貴族って多いな」

「実際ダクネスはかなりまともだと思いますよ。まあ貴族は普通の人よりその両の手が広く届きますからね。自分達だけが届かせられるなら、届かせなければ損だと思ってしまうのが人の性なんでしょう」

「それをいうならめぐみん達紅魔族もその手が届く範囲は広いだろ。その割にあまり伸ばそうとはしないように見える」

 

 冬の間に紅魔族も調べてみたが、彼らの生態はかなり謎だった。謎というのもおかしいか。意味不明というべきか。

 そんな彼らの僅かにわかったことは出世欲や権力欲があまりないということだ。

 

「稼いでやりたい放題するという行為は、紅魔族の能力的にはできなくはないですね。魔法や魔法薬。防具や武器でさえ一般の人達とのクオリティーでは格差があります。真面目に作って量産すれば金持ちになるのは楽勝ですし。それをしないのはうーん」

 

 コツコツと階段を降りながら、めぐみんは頭を悩ませる。

 

「格好悪いからですかね。んー、ともちょっと違いますか。……ただ単純に面倒臭いからかもしれません」

「金を稼ぐのが?」

「ただ働くだけならいいですが、そうやって大量に稼ぐという行為自体が面倒臭いです。濡れ手に粟なら構いませんが、大量に稼ぐためにコツコツ頑張るというのは、格好悪くて面倒くさい」

「なんというか……ロックスターみたいだな」

「ろっくすたー? 初めて聞きましたが、悪くない響きです」

 

 遥か昔のロックスターみたいだ。

 そう表すのは不適合かもしれないが、パッと思い浮かんだ俺の印象はそれだった。

 俺達日本人はコツコツ稼いで少しでも上を目指そうという人種だが、紅魔族は違うらしい。その割り切った性格は、付き合っていて心地よさを感じる。

 

 階段も下り終わると、また同じ光景が見える。

 

「……次の扉ですね。定番としては、一つの階につき一つの試練が待っているというものです」

「地下一階は服食べスライム。次は何が出てくるか……めぐみんは俺の後ろをついて来いよ。もしものために聖水を渡しておくから、いざとなったら自分に振りかけて逃げろ。効果はあるはずだ」

 

 俺は半分ほど残った聖水をめぐみんに押し付け、剣先でボタンを押す。

 エロモンスターの種類は合計で十五種類ほどか。

 彼らが生み出したスライムや触手など。触手なんかは用途によって三種類ほどある。記憶を失う前の俺も確かめたし、初級というからにはそれほど難易度が高いエロモンスターは出てこないと思うが。

 

 ボタンを押したことで扉が開く。

 そこは地下一階と違って広い部屋だった。地下一階は横に狭かったが、この地下二階は横に十分な幅がある。

 地面は平らだが、壁はごつごつとしている。敢えての意匠だろう。――壁には幾つか穴が開いている。

 

 その穴を見て、体が震えた。

 

「めぐみん。後ろに下がれ」

「どうしました。見た限りではなにもないですが。また落とし穴でもあるのでしょうか」

「下がれ」

「……ユウスケ。なんだか怖いですよ。そんなあなたを見るのは初めてでちょっと驚いています」

「すまん。でも、無性に嫌な感じがするんだ」

 

 俺の硬質化した声に驚いている彼女に謝りながらも態度は変えない。

 警戒心を張り詰めながら俺はめぐみんを後ろに引き連れ、次の扉までゆっくりと歩いて行く。

 

 勘、ではない。

 俺はわかっていた。知らないのに知っている妙な感覚。昨日見た夢を既に忘れているのに、頭に微かに残っているような奇妙な残像。

 穴から出たそのモンスターを見たとき、その残像はひどくイメージだけを伝えてきた。

 

「うわ、今度の相手は触手ですか」

 

 触手。

 エロモンスターの一種。スライムを作った友人が作成したモンスター。蛸みたいな足を無数に持ち、それを自在に操る。核のようなものが中心にあるが、無数の足を掻い潜って核を潰すのは難易度は高い。

 雷や水は効果が薄く、魔法使いによって遠距離から炎で燃やし尽くすや氷で凍り漬けにするなどといった対処法が薦められる。

 

 今回出てきた触手は初級なだけあって、三種類ある触手の中でもこの色は大人しいものだ。

 特に乳首を重点的に狙ってくる。

 

「ふぅーはぁーすぅー!」

 

 息が荒くなる。

 叩きつけられるイメージに膝を屈しそうになる。

 

「大丈夫ですか!? なんかヤバ気な呼吸が聞こえてくるのですが!」

「はぁ、はぁ、大丈夫だ……。それよりかしっかり周囲を警戒しておけよ」

「もしや私のこのあられもない姿に興奮を!? 確かに私は一般よりか大分可愛くてあなたのシャツを着ているだけというグッとくるような格好をしていますが……こんな色気もムードもないエロ遺跡で初めては遠慮したいです」

「ちげえよ!? 触手に緊張しているだけだ!」

 

 いや、実際その姿には密かに大興奮しているけどね!

 

 俺が焦っているのはこの触手に対してである。

 触手が近寄ってくる。

 その事実に逃げ出しそうになる。怖い。怖い。デストロイヤーよりか怖い。過呼吸になりそうだ。

 

 しっかりと剣の柄を握り、その行動を欠片でも逃さないように睨み付ける。

 見逃さないように注視していた。そうしていたにもかかわらず、俺は次の攻撃を食らいそうになっていた。

 

「はやっ!?」

 

 間一髪で触手の一本を剣で斬り落とす。

 いや、速いのではない。速さよりも動きの起こりがわかりにくいのだ。普通の魔物なら攻撃にもある程度動作が必要となる。

 その動作がない。そのまま触手を伸ばしてきてそれ自体が攻撃となる。

 最初は一本だったが、次は二本の触手が伸びてくる。

 なんとかその触手を同じように剣で両断する。

 

「フローズンソード! く……!? これでも駄目か」

 

 攻撃は止まない。

 次から次へと無数にある触手を伸ばしてくるので、俺はタイミングを見計らってその伸びてきた一本を凍らせるスキルを発動する。

 しかし、核までは到達しない。魔法使いはその体全体を凍らせるが、剣士は剣の触れたところしか凍らせることしかできない。その違いがもろに出た。

 

 けど、俺の相手への敵意は消えない。

 

 簡単にいうなら俺はこの触手のことが嫌いだった。もう滅茶苦茶嫌いである。

 元来嫌いになるということ自体が少ない俺にしては珍しいことだった。この前ダストに怒ったが、あれも本気で怒ったわけではなく、ここで怒らなければ不自然といった演技も込みだ。

 

 なんせまあ――誰よりも俺がクズだ。

 嫌われるとしたら俺で、そんな俺が誰かを嫌いになるのはおこがましい。

 そんな俺がこうしてはっきり嫌いと思うのだから、おそらく記憶を失う前の俺はこいつによほどのことをされたらしい。

 ならば、あの方法はどうだろう。

 

「キョウヤ直伝。地面フローズンソード!」

 

 一歩下がって、地面にへと剣を当てる。

 地面が凍る。

 その凍る範囲を絞り、前方面へと凍らせる範囲を伸ばす。日が落ちて影が細長く伸びるように、地面が一部分だけ凍っていく。

 

 たまにキョウヤとは飯を食べに行くが、あいつに教えてもらったのがこの方法だ。

 

 スライムは人や獣みたいな熱を感知する。触手はそういうものはなくて振動をその多い手で感知している。

 これでコアまで届かせることはできないが、地面に引っ付いている多くの触手を一度に凍らせることができた。

 

 触手は存外に賢い。自分である程度考えるだけの知恵がある。

 今回はその知恵が悪手となって、混乱する。突然予想外の場所から多くの触覚が凍らされれば当然だ。

 当然、俺が隙を見逃すわけがない。

 

「これで最後だ」

 

 氷の上を滑るようにして前進して、核の部分に剣先をぶっ刺す。

 そしてスキルを発動して氷漬けにする。

 悪趣味なオブジェの出来上がりだ。

 

 周囲の気温が下がり、吐く息が白さを帯びる。楽勝で勝てたような結果だが、それにしてもこいつは強かった。

 

「ゆ、ユウスケッ」

「ん、なんだ? なんとか仕留めることができたな」

「……次から次に穴から触手が出てきているのですが」

「……あー、本当だな。これは困った」

 

 真面目に困った。困ったなんていう言葉でしか表せないぐらい困った。

 新たにできた三匹の触手に警戒して、俺は更に下がっているとその触手達は氷漬けとなった触手や地面をペチペチと触っている。……あれは多分、どうしてこうなったかを把握しているのだろう。

 

 彼らには知恵がある。

 ということは学習する。地面に突き刺して凍らせる攻撃に、この触手達は驚くことはないだろう。そもそも地面フローズンソードをまともに食らってくれるかどうかも怪しい。

 

 ……というか、だな。

 さっきの触手を相手にしていても思ったのだが。

 

「こいつらただのエロモンスターのくせに強すぎだろう!?」

 

 心から叫ぶと共に三体の触手が襲い掛かってくる。

 

「――ウインドソード。反撃」

 

 二つスキルを発動させる。

 一つは単純に剣の速度を上げる効果がある。もう一つは自分が剣を構えている場合、相手からの攻撃からの対応を早める効果がある。後の先や後の後を取りやすくなる。

 普通の相手ならこれで鉄壁だろう。ソードマスターになった俺は接近戦で単純に強い。強いにもかかわらず、こいつらはそれ以上に強い。

 

「お、押されてますよ! 頑張って下さい。肉盾の見せ場です!」

 

 わかっている!

 

 返事もできず俺は触手の対応に追われている。一体でも大変だった。三体ともなれば大変というよりか無茶だ。速度で相手よりも勝っているにもかかわらず、圧倒的に手数で負けている。

 

 俺の腕は二本で、剣は一本。

 相手の攻撃は無数。

 それならもっと速く。速く。速く。目で見て対応するのが間に合わなければ、先を見ろ。触手は無数にあれど俺を攻撃できる触手は限られている。目標となっている俺の横幅はそこまで大きくないし、三体といってもある程度には絞ることができる。同じところを攻撃しようとして触手が絡み合うこともある。

 本能だけで動くならどうしようもないが、彼らには知恵がある。事の起こりを察知するのではなくて、どう動くかを予想しろ。

 

 普通ならば無理だ。それを可能にするのは皮肉なことに――俺は彼らの動きを頭では知らなくても、体で知っている。

 

 カチンとスイッチを入れる。

 

 ギアを上げていく。イメージだ。最高のイメージを作り上げて、それに合うように体のギアを上げていく。

 空気を取り込んで、心臓へと酸素を送る。心臓で強く血と混ぜ合わせ、爆発的に力を増加させる。あくまでただのイメージ。一種の自己暗示。そうすることによってリミッターを外す。体を限界以上に動かせる。

 

「ふっ!」

 

 ギアを上げる。

 相手の攻撃は雨だった。

 暴風を伴った雨。この攻撃を凌ぐことは雨を全部叩き落すことに等しい。

 

 ギアを上げる。

 使えるのは両の手だけ。足を止めて真っ向から凌ぎきる。

 ここより先は通さない。

 食いしばり、目を見開き、相手の先の行動を読む。瞳が渇き、瞬きをしたくなる。その瞬きをする間に自分は負けている。だから瞳が渇くのも無視して目ん玉を見開き、ひたすら剣を振う。

 貴族や紅魔族とは違う。届かないものに届かせようと俺はつま先立ちをして、無理をして手を伸ばす。そこまでしてようやく俺の指先は、木に実った林檎ぐらいなら届かせられる。

 

 ギアを上げる。

 体に熱がある。

 燃えるような熱さだ。楽しくなってくる。何もかも忘れる。痛みは強さであり、強さは痛みだ。

 体の悲鳴をBGM代わりとして体の回転数を上げる。速く速く速く。くるくるとコマのように回れ。

 しかし足りない。まだこれでも足りない。もっともっと回転させろ。

 

 ――ギアを、上げる。

 イメージと体がようやくここにきて合致する。

 全能と錯覚する酔い。勘違いが暴走する。みすぼらしい人間が、力を振り絞って手を伸ばす。

 

 俺の剣が――届いた。

 

「段々押し返してきました……どころか押してきていますよ! あれっ、ユウスケってこんなにも強かったでしたっけ」

 

 限界以上の力を出すのは簡単だった。

 俺の体を虐めればいい。なりふり構わなければ人は一時的に身の丈にあってない力を手に入れることができる。

 

 臆病者で死にたくはない俺だが、俺は俺のことが少なくとも好きではないし、こうやって限界以上の力を出すのは難しいことではないのだ。

 

 というか、めぐみんをこの遺跡にわざわざ連れてきて一体俺はなにをしているのか?

 

 エロいことはしたい。もうとにかくエロいことはしたい。しかし、めぐみんの体が傷ついたりましてや死ぬといった目に会わせたくない。

 面倒臭いと自分でも思う。どっちかにしろよな。中途半端なんだよ。

 それがわかっていながらも、どっちも抱えて走りたいと考えているからこそ、こんな意味不明な状況になっている。

 

 とにかくこの触手だけはなんとかしよう。

 嫌いだし。嫌いだし。ほんと嫌い。

 

 そう考えていると、めぐみんから言うか迷ったかのような声がした。

 

「あの……もう一体触手が近づいてきているのですが……あなたなら大丈夫ですよね? ね?」

 

 ……うん。そうだな。

 後もう一体ここから追加か。三体だろうが、四体だろうが然程変わらない。限界を超えた俺はこの程度ものともしない――はずもない。

 

「無理に決まっているだろおおおおおおおお!」

 

 三十秒も持たない。

 更に複雑化した攻撃は先読みさえ不可能だった。

 段々と痺れてきた俺の手から剣が奪い取られてしまう。

 

「あっ、もけもけ号がっ!」

「えっ! 俺の剣の名前ってそんな銘なの!?」

「言ってませんでしたっけ。もけもけ号。もけもけ号です。見事なネーミングセンスが爆発しましたね。芸術点は満点を確約です」

「ちょっと可愛らしい名前だとは思うけどさ。というかよくこのタイミングでギャグかませるよな。俺滅茶苦茶汗かいて怖いんだけど」

 

 何歩か下がって、めぐみんを背にしながら触手を見る。

 じりじりと近づいてくる彼らに俺はというと泣き叫びそうである。どれだけトラウマ植え付けられているんだよ記憶を失う前の俺。

 

「ここまできたらなるようになりますよ。がたがた騒ぐのもエネルギーの無駄です。消費は少なく。これ世の真理です」

「お前のそういうところ惚れそうだよ」

「既にべた惚れのくせによく言いますね」

「はは、そうかもな」

 

 こんな時だというのに感心してしまう。

 並大抵のタフさではない。緊急時に焦るかと思えば、この諦めの良さ。格好いいとすら思える。

 

「そのメンタルは見習いたいけど……まだ足掻かせてもらう」

「絶体絶命だと思うのですが、打開策はあるのですか」

「失敗するかわからないがやってみる価値はある。少なくともデストロイヤーの時よりかはな。聖水を渡してもらっていいか」

「はい、どうぞ」

 

 後ろから渡される聖水を受け取る。

 

「で、どうするのですか」

「混乱させる。それも滅茶苦茶混乱させる」

 

 半分まで減った聖水の瓶の口の部分を握りつぶす。レベルアップした俺の手はゴリラのような握力を誇っていて、手がいくらか切る程度で口の部分を破壊した。

 こうすることによって聖水を撒きやすくする。

 

「触手は知能を持っているからな。最初に倒した触手も氷で混乱した」

「聖水をかけて混乱させるということでしょうか?」

「それだけならちょっとした混乱で終わるかもしれないから、同時に俺の野太い声を浴びせる。触手は振動で周囲を把握しているからな。低周波の大音量と聖水の組み合わせならば、大混乱を起こすかもしれない」

 

 ある意味呆れたようにめぐみんは呟いた。

 

「あなたって、ピンチに弱いようで意外に逆境に強いですよね」

「それは俺もお前に思っていることだよ。耳を塞げ。大声で行くからな。相手の動きが変になったらすぐに走って向こうの扉にたどり着くぞ」

「わかってます。どうぞ」

 

 まるで掃除機にでもなったつもりで、息を大きく吸い込む。

 肺を拡張しながらどんどん空気を中に入れ、用意を終える。

 俺は聖水を全部の触手にばらまいて、その聖水が触手達に当たる直前に大声で叫んだ。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 ビリビリと大声が遺跡内を振動させる。

 腹の底を震わせながら、血反吐を出す勢いでただ叫ぶ。

 

 ジュッと聖水によって触手が僅かなりとも溶ける。接近してきていた触手が止まる。聖水と男の大声の二つの攻撃を食らった触手は今までの冷静さを保てなかった。彼らの欠点としては目が見えないことだ。

 

 視界さえあれば簡単にわかることがわからない。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 狙い通り触手はパニックを起こす。右にふらふら左にふらふらと、あれだけコンビネーションを組んで包囲していたというのに、右往左往している。

 

 叫んで触手達に振動を叩きつけながら、俺はめぐみんを連れて真っすぐに次の扉へと走る。

 喉が痛くなってくる。

 

 それでも俺は叫びながら扉へとたどり着く。

 今までと同じように扉の横についているボタンを押し、めぐみんだけを中に入れて、俺は触手のところに戻ろうとしたら――ガシッとめぐみんに腕を掴まれて扉の奥へと引きずり込まれる。

 軽装にもほどがある彼女に腕を掴まれた俺は、苦笑いをしながら痛む喉を抑えた。

 

「……バレてた?」

「バレバレですね。剣を取りに行こうとしていたなど、それはもうバレバレです」

 

 めぐみんを次の扉に入れてから、俺は取られた剣を触手から取り戻そうとしていたのだが、事前に阻止されてしまった。

 したり顔で告げるめぐみんの声は俺を非難する色が込められていた。

 

「あなたのやることなどお見通しですよ。わざわざ剣一本のためになにをしようとするのですか」

「だってあの剣は皆が買ってくれたものだし。いきなりなくしたというわけにはいかないし……」

「冒険者なら装備の消費は当然ですよ。……まったく。今度私とユウスケで似たような剣を買いましょう。それで良しとしてください。名前はもけもけ号マークツーですね」

 

 おもちゃをなくした子供をたしなめるような彼女に、俺は頷くしかなかった。

 

 しかし、敢えてめぐみんは指摘しなかったが唯一の武器がなくなってしまった今、どうすればいいのか。

 

 俺が殴るだけでかなり威力はあるけれども、触手などといったモンスターが出てくれば対処は不可能だ。

 今後のことを悩んでいる俺とは正反対に、めぐみんはまたあった階段を突き進み、次の扉へとたどり着く。

 

 なんとか俺に残された武器とは言い難い鞘でそのボタンを押して、地下三階の扉を開ける。

 

 そこは今までと違う小さな部屋だった。

 えらく小さい。戦闘なんてできないほどの小部屋だ。トラップを仕掛けている様子もない。

 

「モンスター、が出てきそうな場所ではありませんね。端には水が流れている場所があったり、ティッシュが置いてあったりなんなんでしょうか、ここ?」

「休憩するところだったりするんだろうか」

 

 記憶を失う前の俺からの知らせもない。まったくトラウマを感じなかった。

 休憩場所というのが正しいのかもしれない。水が流れている場所。ティッシュにゴミを捨てるような小さな穴。敵意はなさそうだ。

 めぐみんは首を傾げて俺に聞いてくる。

 

「休憩していきます?」

「手が痺れていたけど収まったし、大声出して喉が痛いのは少しの時間で回復するものでもないから俺は別段いいぞ」

「私もそんなに疲れているわけではありませんね。早く次の部屋にいきましょうか。ポチッとな」

「だから勝手にボタン押すなよ。まだ鞘があるしそれで押す方がいいだろう。今のところボタンに罠はないけどな」

「はて? ポチっとなポチっとな。ユウスケ。ボタンを押しても、扉開きませんよ。なにやら扉に文字は浮かんできましたけど」

 

 今までボタンを押せば扉が開いていただけに焦る。

 もしや故障だろうかと焦りながら、俺は扉に浮き出た文字を読む。

 

「本当だ。こんなところで立ち往生とか勘弁だぞ。えーっと、なんて書いてあるのか。――男が一人いて合計二人以上の限定クエスト。……しゃせいさせろ? 射精させろ!? しゃーせいさせろ!?」

 

 意味が分からない。

 意味が分からないぞ。どういうことだよ。

 

「意味不明だよ! なにこれなんだよこれ!?」

 

 触手をパニックに陥らせたが、触手以上に俺がパニックになる。思わず叫んでしまうぐらいには書かれてあることに脈絡がなかった。

 なんて書いてあるのか。

 そんなパニックになる俺とは反対にめぐみんは、ここに書かれてある意味を普通に喋る。

 

「つまりはユウスケが自慰しろってことではないですか」

「…………」

 

 女の子が自慰など言うものではありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は壁に向き合っていた。

 部屋は小さい。大体三畳あるかどうかの大きさだろうか。端と端で別れていても二メートルほどの距離しかない。

 物音などが確実に聞こえる距離である。

 

「もう出ましたか」

「……そんなに早くは出ない」

 

 めぐみんの問いに無機質な声で答える。

 俺は後ろでめぐみんがいるにもかかわらずズボンを下ろして下着をずらして男性器を手で掴んでいた。

 それを手で擦る。

 絶対にめぐみんにその音が聞かれないようにゆっくりとだ。

 

 俺とめぐみんは反対側の方の壁に視線を向けて、俺はめぐみんに聞かれないようにオナニーをしているのだった。

 

 ……真面目にこれ、どういうシチュエーションなんだよ!?

 

 作ったやつ馬鹿だわ。こんなの考えたやつは馬鹿に決まっている!

 というか勃起するわけないだろ!

 

「まだですか?」

「……まだだ。時間かかるかもしれない」

 

 俺は片手にティッシュを持ちながら、片手で竿を握って上下させている。

 時間停止最中では露出をちょっとだけできるようになったが、この状況で勃起するには特殊性癖の持ち主でないと無理だ。俺も変態ではある。スケベ変態クズ野郎ではある。

 

 しかし、今勃たせるのはどうも無理だった。

 幾ら擦ってもいつもと違って全然大きくならない。ふにゃちんだった。

 もう十分が経つのにこれだ。俺はエロいことなどなにも考えられず今まで送ってきた恥多い人生のことを考え出していた。どこで間違ったのか。この世に生まれたことだな!

 

「……どうしても無理なようでしたら、少し手伝いますか?」

「手伝うと言われても、どうしようもないだろうこれ」

「応援するとか。がんばれーがんばれー、みたいな」

「はは、気持ちは嬉しいけどそんなので……そんなので……」

 

 彼女の微笑ましい言動に思わず笑って否定しようとして、自分の股間に反応があって言葉を濁す。

 スケベで収まらないわ。ドスケベ変態クズ野郎だわ、俺。なんで大きくしているの……。悲しくなる。生まれてきてごめんなさい。

 

「もしかして効果ありましたか?」

「ない! ない! あるわけない! どんな変態だよ! 俺がそんな変態だと思うか?」

「効果あったのですよね。私としても早く次に進みたいですから正直に答えてください」

 

 屈辱だ。ここまでの屈辱は初めてだ。

 俺は恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしながら肯定する。

 

「……あった」

「はぁ、わかりました。では応援するのでとっととすませてください」

 

 彼女は盛大なため息を吐いてから、彼女はこほんこほんと咳をした。

 死にたい。俺はとっとと死にたい。

 

「がんばれー。がんばれー」

 

 めぐみんの可愛らしい声で応援されながら大きくなった男性器を擦る。

 人生最大の汚点を増やしながら俺は自慰をしていた。

 

「フレー、フレーです。あなたの……その性器……といいますか……ああもうおちんこ! おちんこ! がんばれー!」

 

 流石にめぐみんも恥ずかしいのか、途中で言葉を止めながらも卑猥な言葉を発言する。

 

「おちんこをおっきくしてください。小さくて粗末かもしれませんが、がんばってがんばっておっきくしてください」

 

 あの子供っぽくて可愛い顔からそんな言葉が出てくるなど想像もできない。

 彼女は必死になって、俺の男性器を大きくしようと応援しててくれた。

 

「ゆんゆんのおっぱいでも考えながらシコるんですよ。私は……ちょっとだけ足りていないので使えるかわかりませんが、今回だけは想像するのを許しますから。しこしこしこしことおっきくしてください」

 

 物凄く恥ずかしい思いをしながら言ってるのが、後ろから伝わってくる。

 

「どびゅっと射精してください。おちんちんから白いのを出してください。がんばってがんばって」

 

 その応援に益々あそこが大きくなるのがわかる。

 特殊な状況下で俺は射精しようしていた。

 

「ああもう本当に馬鹿です! 馬鹿馬鹿ですよ! こんな状況作った連中もこうやっている私達も!」

 

 恥ずかしさに我慢できなくなったのか、めぐみんは地団太を踏む。

 その服装でと思うが、誰にも見られていないので構わないだろう。

 

「むぅ……仕方ありません。大サービスですからね」

 

 彼女はどんな表情をしているのだろうか。

 わからない。

 

 ただめぐみんはひどく甘えた声で。

 子供が親にお願いするみたいに。

 娼婦みたく媚びるように。

 

「ユウスケ。お願いですからあなたのを」

 

 可愛い魔法使いが俺に性的におねだりする。

 

「――射精してください」 

 

 艶っぽい声でのおねだりに俺は快感が最高潮になった。

 

 とんでもなく興奮した。

 たった一言で達してしまった。今までのが嘘だというぐらい出してしまった。

 

 それをなんとも言えない気持ちでティッシュで受け止め、端の方にある穴に落とす。手を流れている水で洗って後始末を終える。

 射精した瞬間に気持ちはどん底にまで落ち込む。

 縄があったら首に巻いていたぐらいだ。

 

「…………」

「…………」

 

 条件をクリアしたというのに、どちらも無言だ。

 気まずい。気まずすぎる。

 めぐみんはこちらに顔を見せようともしない。ただ耳は赤くなっていた。

 

 俺は早く次の階に行きたい一心で鞘でボタンを押す。しかし、反応しない。

 

「は? あそこまでやって開かないとかなんなんだよ! マジで壊れているんじゃないか!」

 

 俺は鞘で何度も何度もボタンを押すが、うんともすんとも扉は動かない。

 

 なにか思いついたのかめぐみんは困った表情で言う。

 

「今考えると射精させろって言葉おかしいですよね。しろなら自慰ですけどさせろって誰かにしてもらうという意味になります。……まさか私がユウスケのを直接射精させることがこの部屋のクリア条件?」

 

 

 ……エロ遺跡の地下三階。

 ここを通るにはこれからが本番だった。

 

 

 

 



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二十七話

 

 

 同じ転生者達が作った遺跡。

 通称エロ遺跡。

 主犯がスライムに殺されるまで生涯を通して作った数は合計して六十九にもなると伝えられている。

 当時にしてもそんな遺跡は不味かったようで、遺跡は隠すように作られている。

 

 遺跡の特異性から発見されたものは全て冒険者ギルドの管轄下となる。情報統制もされ、そんな遺跡などないとされてはいるが、エロは人間にとって余程興味を引く事柄なのか、情報通ならば大抵存在ぐらいは知っている。

 特に男の冒険者は遺跡を見つければ大金をせしめられるので知っている者も多い。

 普段は貴族を嫌ってはいるものの、貴族達に売れば大金になるのだ。

 何故か絶対に男冒険者のみでエロ遺跡には入るなとも伝えられているが。

 

 ギルド管理下にある遺跡は二十五程だが、貴族達も二十は隠し持っているなどと言われている。他にも権力ある貴族は冒険者ギルドに融通を図ってもらって、こっそりとギルド管理下の遺跡に入らせてもらっているなどもしているとは真実味がある噂だ。

 ここも今までは貴族達が隠し持っている遺跡の一つである。

 

 俺はエロ遺跡の地下三階で今、ズボンを引っ張られていた。

 

「ユウスケ! ユウスケ! 往生際が悪いですよ」

「往生際が悪いも糞もあるか! やめろ!」

「我慢できません! この高ぶり抑えきることができません! もうもう! 出しちゃってください!」

「離せ離せー! お前の力つよっ! たまに出るその俺顔負けの力本当になんなの!? 剣士になっても充分通用するんじゃないか!?」

「こんな可憐な細腕で何を言いますか。それにしてもあなたも生娘ではありませんし、早く脱いでください! えへへへ、筋肉質で良い足してますね!」

「怖いんだけど! ちょっとガチで恐怖! 離せこの痴女!」

「誰が痴女ですか! こんな可愛い痴女はいませんよ!」

 

 エロいことをしたいがためにめぐみんを誘ってこの遺跡に入ったのだが、途中で作戦は中止しようとしてもめぐみんは結局入ってくるし、今めぐみんに無理矢理ズボンを脱がされそうになっているしで、まったく予想だにしない展開の連発だ。

 

 ……なんでこの世界はこうも上手くいかないのか。

 

 第三階の人数限定クエスト。

 次の扉を行くためには、射精させろという端的なクリア条件。俺がオナニーをしても無理で、めぐみんが自分が俺のあそこを射精させなければこの扉をクリアできないと結論付けた。

 オナニー後の俺はというと、冷静な賢者になっているのだが、卑猥な言葉を連発していためぐみんは頭に血が上ったまま自棄になっているのである。

 

「めぐみん! お前の目がぐるぐる状態なんだけど! 完全にパニクってるだろ!」

「こんな状況でまともでいられますか! おかしくなるのが当然。むっ、それならば私は完全に正気!」

「どういう思考経路!?」

 

 一進一退の攻防だった。

 だぶだぶのシャツを着た少女がズボンに手をかけ必死に下そうとし、彼女より随分背が高い男の俺が必死に下させまいと抵抗している。

 紅魔族特有の瞳の興奮すると、瞳がいつも以上に真紅に輝くのもあって恐怖だった。

 

「応援が予想以上に恥ずかしかったんですよ! おちん……ごにょごにょ……とか乙女の口から何を言わせるのですか! それなのに意味がないとか怒り爆発。今すぐ爆裂魔法をこの扉にぶち込みたい気分で一杯です。もうここまで来たら自暴自棄ですよ! さあ、あなたの粗末なもけもけ号を今すぐ出してください!」

「やめてくれる! 俺のあそこになくなった剣の名前流用するの!?」

「えっへへへ、こうなっては逃げられません。戻る扉にはボタンはないですし、進む扉は限定クエストを達成するまでボタンは押しても開きません。あなたのズボンはもはや私のもの! もけもけ号を出す以外に道はありません!」

「わかった! 出す。出すから! 離してくれ」

「わかればいいのです。わかれば。わかりきったことを拒否しようなど、手間のかかる人ですね」

 

 迫力に押されて了承したせいで、ようやくズボンから手を離してもらった俺は、めぐみんから逃げるように反対方向に体を向ける。

 

 エロいことだ。間違いなくエロい状況なのに、なんだかそういう雰囲気ではなくて戸惑う。こうもグイグイ来られると思わず引いてしまうのが人間というものだ。めぐみんの行動って予想できないにもほどがある。

 時間停止はあくまで人形を相手にするようなもので、時間が動いている最中はここまで予想がつかないことが起こるのか。

 

 なんだか恥ずかしい気持ちで、俺はズボンを下ろして、後ろの視線が気になりながら下着も下す。

 

「……男のくせに尻が綺麗で嫌ですね」

「そんなこと言われても。そっちは普段は見ないし」

 

 俺の尻綺麗なのか。凄いどうでもいい情報を初めて知った。別に知りたくなかった。

 

「初めてあそこを女性に見せるのがこんな無理に迫られてだなんて……」

「私も男の人のあそこを生で見るなど初めてなんだからおあいこです! 学校の授業で女の教師から避妊の方法や性について教わりましたが、実物見るのは初めてですからね! 私の方が何倍も羞恥ですよ! はい、女の子ではあるまいし、手で隠さそうとしない!」

「うっ、わかっている」

 

 俺は両手で隠していた股間の手をどける。

 まじまじとめぐみんはその可愛い顔で俺の男性器を見つめてくる。

 

「これがユウスケのもけもけ号ですか。ですか、ですかって――でかっ!?」

 

 めぐみんは驚愕の表情で俺の男性器に指を差す。

 まさか男性器に指を差されることは初めての経験である。

 

「こんなの粗末どころかドラゴン級ではありませんか! こんなのですか。男の人のあそこってこんなのですか! これはもけもけ号などという愛嬌があって格好いい名前ではありません。ワイルド化して凶悪な……もげもげ号です!」

「やめて! あそこがキュッと縮こまるから!」

 

 どんなえげつない名前だよ。

 連想して痛い気分になったわ。

 

「そう言う割には全然小さくなってないではありませんか! ……あっ、これが男性でいう勃起状態なのですね。完全に大きくなってこれですね。なるほど、道理です。……それにしても驚くほど大きいのですが」

「いや……その言いにくいんだけど、まだ大きくなってないんだけど」

「へ」

 

 こてんと可愛らしく首を肩に傾げる。

 横になった顔から俺の男性器をジッと見つめて彼女は大声をあげた。

 

「これでまだ! 覚醒前! えっ、だってこれですよ。こんなに大きいのですよ。……もー、ユウスケも冗談が好きですね。このこのー。男の人は大きさを誇るといいますが、私の前で見栄を張らなくてもいいのです。充分このままでも大きいと思いましたから」

「まだ下向いているだろう。勃起していたら上を向くし」

「……授業で習っている時もそう言ってましたね。性的興奮を覚えると大きくそそり立つみたいになる、男についている馬鹿みたいな変身機能。それが事実なら、これで更に上が! 今でもビッグなのに!」

 

 めぐみんは指でなにやら俺の男性器の大きさを測る。

 触らず大体の大きさを把握した彼女はさっきの俺のように体を後ろに向けて、こちらから見えないようにシャツの前部分をめくったようである。

 なにかを調べるようにした彼女は、体の向きを戻して俺に詰め寄る。

 

「絶対これ以上大きくなるなら私のに入りませんよ! 人間の大きさではないです。なにか悪魔の力でも借りて大きくしたのではありませんか!」

 

 こいつ……自分のあそこと俺の男性器を比べていたのか。

 どんな突飛な行動だよ。

 

 大きい大きいと言われるが、そこまで俺の男性器は大きくはないと思う。

 男の友人と連れションした時にでも、チラッと見られて大きいと驚かれたことはあるが、大げさに言っているのだろう。

 他人の男性器なんて見たくもないし、温泉とかでも敢えて見ないようにしているので比べることもできない。

 

 ……ただそれだと俺が人並外れて大きい可能性はあるか。

 

「めぐみんもうちょっと離れないと、ついてしまうんだが」

「なにがつくと……ひゃ!?」

 

 女の子らしい悲鳴をあげて、めぐみんは散々大きい大きいと言っていた俺の男性器に体が当たりそうになっていたので、慌てて飛びのく。

 

 その時にシャツがひらめいて、彼女の小さなスジを視界に入る。

 危ない。ついさっき出していなかったら大きくなっているところだった。

 

 真っ赤っか。

 その瞳みたいに赤面しためぐみんは、自分の顔を猫みたいに両手でこねる。どういう意味の行動かさっぱりわからない。

 一通りこね終わっためぐみんは、いつもみたいに自信があるように振るまう。

 

「ふ、ふん! 少しばかり予想外の大きさで驚きましたが、よくよく見てみれば粗末で短小なものです!」

「無理していない?」

「無理などしていない! こ、これぐらいなら大丈夫です! なにが大丈夫かわかりませんけど、大丈夫です! クエストをすませてしまいましょう! ……だから、ユウスケも手加減してくださいね。……ね? お願いしますよ」

 

 何をどう手加減すればいいのか。

 無茶なお願いに俺としても困る。

 

 ちょこんとめぐみんは俺の前に座る。両膝を地面に立てて座り、足はつま先立ち。こちらからは見下ろす形になるが、相変わらずめぐみんはちっこい。まるで小学生みたいに見えた。

 とんがり帽子とバイク乗りがしているような指ぬきグローブも自分が座っている隣に置いたので、綺麗な黒髪とめぐみんの幼い顔が見える。その少女の顔は戸惑いと緊張と羞恥がこんがらがっていた。

 男性器の高さに顔を持ってきためぐみんは、口を開く。

 

「射精させるってことは、この大きいのを舐めたり頬張ったりすればいいのでしょうか」

「え、そうなのか?」

「昔紅魔の里の河原に捨ててあったああいう本ではそうしてましたよ。読んでいてつまらなかったので途中でたき火の燃料にしましたけど」

「そうとも限らないんじゃないか。手で擦ったりで良いと思うぞ」 

 

 どうなんだろうと自分でも自信がなさそうに言う。

 なんせ実質まともな性的経験がない。聞きかじりの知識や時間停止は間違いなくまともではないし、どうするのがいいのかわからない。フェラチオだったかフォラチオだったかは忘れたが、そうするのが正しいということもありえる。

 

「それなら良かったです。私としてもいきなりこれを口の中に入れるのは抵抗ありますし。こんなものを頬張れば顎外れそうというのもありますが」

「流石にそこまで大きくはないだろう」

 

 大げさだなとこんな状況でちょっと笑う。

 納得いかない表情で彼女はじっくりと俺の男性器を見ながら人差し指で差す。

 

「あなたは見慣れているからそう感じますが、実際そうなってもおかしくないですよ。……よく見るとティッシュのカスが先端についてますね」

「あ、ごめん。急いでいたから。水が流れているし、そこで洗ってくるよ」

 

 先ほどしたオナニーの跡が残っていたようだ。

 精液でティッシュが僅かに破けて、混ざり合ったものが俺の男性器に付着していた

 

「構いませんよ。これを舐めるというならすべきですが、どの道射精させるのですから変わりません。……でも気になるので、剥がしてしまいましょう」

 

 おそるおそるめぐみんは俺の男性器に引っ付いているカスをペリペリと剥がしていく。

 丁寧な仕草で精液がついたティッシュをちんこから取っていった。

 めぐみんのたどたどしいおちんこのお掃除は、ティッシュが剥がされるときの独特の感覚とこんな小さい子にあそこを掃除されているという奇妙な背徳感があった。

 

「くっ、ここのは取れませんね。ちょこざいな」

「うっ!」

 

 精液によってなかなか剥がれないカスをめぐみんは爪の先でツンツンとして、剥がそうとする。

 痛みまではいかないその感覚に、俺はというと興奮してしまっていた。

 

「ほれほれ。これでどうですか。こうですこうです。……よしっ。ちょっとでも剥がれればこちらのものですね。後はここを引っ張れば……綺麗に取れました。うわっ、ゆ、ユウスケ!」

「……まあなんというか……あれだな」

 

 大きくさせてしまっていた。

 まだ本調子のフル勃起ではないとはいえ、めぐみんの精液ティッシュお掃除で俺は軽く勃起してしまっていたのだ。

 

「これが男の人の変身した性器ですか。うーん、やっぱり凶悪なものです。炸裂魔法……いえ、爆発魔法ぐらいの危険物ですね。……えっと、ユウスケ。あなたのを触りますからね? 触りますからね?」

「俺に聞かなくていいけど」

「私の心の準備のためですよ! うう、どうして私がこんなことを……うわっ本当に触っちゃいましたよ……私……」

 

 改めて男性器を眺めためぐみんは、躊躇いながらも俺のあそこに触った。

 

 めぐみんの意思によって触られた手の感触はなんとも表現しにくいものだった。自分の手ではなく女性の手。それもめぐみんのような可愛い女の子の手が竿に片手を当てていた。

 剣道で鍛えたせいで豆だらけでゴツゴツとした俺の指と違って、めぐみんの手は女の子のふんわりとした柔らかさがある。

 

 陰茎に指先をクイックイッと押し当て、めぐみんは感触を確かめる。

 

「なんだか生肉っぽいと言いますか、生肉なんですが。でも中に芯があるような不思議な感触ですね……うーと、どうやれば。ユウスケ。ここからどうすればあなたが気持ち良くなれるのですか?」

「擦ってくれれば、気持ちいいかもしれない」

「こ。こうですかね。こうやれば気持ちいいんですよね」

 

 両手で俺の竿を閉じた手で包み込もうとする。

 元々小さな手だ。男性器の半分ちょっとぐらいまでめぐみんは手のひらに当ててから、擦りだす。

 緩やかな手つきである。とても刺激的とは言えない。初めてやることで力加減がわからず、ただ当てているだけだ。こそばゆい感じがする。

 

 それでも。

 

「どうですか。……私の手は気持ちよくできています?」

 

 めぐみんが足りない知識で手コキしながら、自信なく上目遣いに聞いてくるだけで正直エロい。エロすぎるといってもいい。

 美少女とは常々思っていたが、めぐみんってこんなにエロ可愛かっただろうか。

 

「あ、ああ。充分だ」

「やっぱり紅魔族随一の天才である私にとってすればこんなもの楽勝でしたね! ……見慣れて来たらちょっとこの凶悪モンスターも可愛く見えてこないこともないです。こうやって触っているとあなたのすべてを握っているみたいな支配感がありますし」

「俺の全てって男性器なのか……」

「ふふ、男の人は物事を股間で考えるみたいに言われますしね。こうやって触っている限り、ユウスケのすべては私のものです」

 

 ガチガチに緊張していたのが、ある程度緊張が取れたせいでたどたどしい手つきもマシになり、少し浮かせていた部分もあった手を竿に密着させるから、普通に気持ちよくなってくる。

 めぐみんは俺の陰茎を気持ちよくさせるために、何度も何度も自分の手でシコらせる。

 

 熱中してきたのだろう。距離をとっていためぐみんの顔が、男性器に近づいてくる。段々と段々と。熱中すれば熱中するだけ、彼女の薄い唇は、グロテスクな竿に近づく。

 

「……そうですか。ユウスケは私の手で気持ちよくなってきているのですね。ふふっ」

 

 だからめぐみんが大きく息を吹いたとき、俺の男性器にその息がかかってしまった。

 

「……まだ大きくなるのですか。ここまで来たら驚くより呆れますね」

 

 彼女の吐息によってむくりと更に巨大化した男性器を、言葉通り呆れた目で見つめながらも手は休むことなく前後に動かしていた。

 

 エロい。すごくエロいのだが、これだけではついさっき射精したばかりなのもあって射精するのはなかなか遠そうだった。

 自分でもどうかと思うが、俺はめぐみんに手コキの注文をつけることにした。

 

「悪いけど前後だけじゃなくて、上下にも動かしてもらっていいか?」

「上下というと……こうですよね」

 

 めぐみんは前後の動きに時折、振動させるように上下に動かす。

 

「うん、上手いよ。めぐみん気持ちいい」

「う、上手いですか。べ、べべ別にこんなこと上手くなっても何の得にもならないんですが! まあ、今日だけは射精させなければいけませんので特別です。……他にはどうやればあなたは気持ちよくなれます?」

 

 こんなことでも褒められるとめぐみんは少し嬉しいようだった。

 自慰している時は無意識なので、どこが気持ちいいとかわからないが、めぐみんの手が当たって気持ちよくなった場所を教えていく。

 

「先端の場所を軽く片手で撫でてもらえるだろうか」

「ティッシュがよくついていた場所ですね。指先だと撫でづらいですね。手のひらを使うと撫でやすいです」

「そうそう。ほんと気持ちいい。もう片方の手は男性器の下の部分を前後に撫でるようにしてもらってくれたら嬉しい」

「なんか男性器の下側って血管みたいなのがあるんですね。ここですね。ここをこうやってすれば……」

「――最高だ。めぐみんって天才だよな」

「ですから、こんなこと褒められたってまったく喜べませんよ。先端から何か液体が出てきましたけど、これが授業で習った射精する前の予兆ですかね。ねばねばーとしています」

 

 めぐみんは左手の腹で亀頭をくにくにと擦る。右手は裏筋を優しく撫で上げる。

 カウパー液がめぐみんの手を汚し、ねちゃねちゃと鳴る。

 

 何も知らなかっためぐみんが手コキを覚えていく。

 どうやれば男の竿。いや俺の陰茎が喜ぶかを賢い頭で知っていく。元々知力が高いせいか、たどたどしい手つきがこちらの気持ちいい場所を知ろうかとするように探り、どんどん上達していっている。

 

 まるで白色を黒色で塗りつぶすかのよう。

 めぐみんを自分色に染め上げていくような背徳感があった。

 

 ぶかぶかのシャツだというのに集中しためぐみんはそのことを忘れ、俺の男性器をどうすれば気持ちよくできるかにしか考えがいってない。座りながら前のめりになった彼女のシャツと肌との隙間は大きく、斜め上からは彼女の淡い色をしたピンク色の乳首がはっきりと見える。

 

 視覚はめぐみんの小さな乳首。触覚はめぐみんの手。

 ここまでされれば射精後とはいえ、湧き上がってくるような性欲に股間が突き進む。

 

「また最初みたいに棒の部分を両手で掴むようにしてくれるか。ちょっと強めで前後に扱く感じで」

「注文多いですね。……んっと! んっと! こうですか!」

「良い感じだ。そのままどんどん早めていってくれ」

「これ割と疲れますよ! んっしょ。んっしょ!」

 

 俺は立っているだけだというのに、めぐみんは俺の言う通りに竿を扱いてくれていた。

 男性器に触ることすら初めてだというのに、こんなに顔を近づけて一生懸命に手コキをしてくれている。腰が引っ張られるような強さで、頑張ってくれている。

 僅かに揺れるおっぱいを見ながら俺はマグマのように精子が出ようとしているのがわかる。

 

「めぐみん! もう一つ何か刺激が欲しい!」

「そう言われましても、んっしょっと。こうやって両手が塞がっていますし、刺激を与えるといっても……ああ、あれができますね!」

 

 めぐみんは細い指で強く俺の陰茎を握りしめて、前後に動かしながらもキスをするかというほど亀頭に唇を近づける。

 なにをするかと驚いていると、彼女はその口を尖らせた。

 

「……ふぅー」

 

 吐息を亀頭に刺激として与える。

 温かい息が男性器の中で一番敏感な部分を優しく撫でる。ブルルンと快感に体が震える。

 

 限界だ。

 先ほど息によって勃起させたのを見てしたのだろうが、この刺激は強烈すぎた。限界を超えた快感が体を震わせたのだった。

 もう少しも我慢ができない。

 彼女の名を叫びながら、俺は限界なのを伝える。

 

「めぐみん! めぐみん! 射精する! 出してしまうぞ!」

「へ、ちょっと待ってください! そういえば射精したのをどうすればいいんですか! そうです。ティッシュです!」

「あ、無理だ。ごめんめぐみんもう出す!」

「ひゃあ!? ゆ、ユウスケ。早く射精すべきなのですけどこの人は! うー、仕方ありません!」

 

 めぐみんは自分を守るように亀頭のところに両の手を持って行く。

 俺はその小さな手をめがけて、めぐみんの手コキで興奮したものをぶつける。

 

「熱いです! なんだかこれちょっと熱いです!」

 

 びゅーびゅーとその小さな手を凌辱するように俺は射精する。

 止まる気配がない。それだけ彼女の手で興奮させられたちんこは射精をしたくなっていたのだ。

 

「や! 顔にまで!?」

 

 その両手に抑えきれなくて、近づけていた顔の頬に飛んだ白濁液がペタッとつく。

 化粧などはいらないめぐみんの幼い顔に、必要のない液体がべたりと張り付いた。

 

 よくて中学生ぐらいに見えるめぐみんは、シャツ一枚という格好で、両の手と頬を白い液体が付着している。

 

 それはひどくアンモラルで、目を逸らせないものだった。

 

 その光景に見惚れたのも一瞬後のこと。慌てて俺はティッシュを大量に取る。

 自分の股間を拭いてからそのティッシュは捨て、ズボンを履き、大量のティッシュを持ってめぐみんのところに行く。

 

 恨みがましい真紅の目で見つめてくるめぐみんがそこにはいた。

 

「ユーウースーケー」

「悪い。いやでも、あんな場面だし出した後のことなど考えられなかったんだ」

「それにしても、ちょっとは止める努力をしてください。手がぐちょぐちょではありませんか。頬にまで飛んできていましたし。汚いです。……はい。早く」

「悪かった! 止めようと思ったけど、止まらなかった。じゃあ拭くからな」

 

 めぐみんの精子塗れの手にティッシュを渡し、突き出した頬についている精子を丁寧に拭う。

 まさか俺もここまで出ると思っていなかった。よほどめぐみんに興奮してしまったのだろう。めぐみんはもしかしたら手コキの才能があるのかもしれない。一度でここまでの量は初めてである。必要がない才能だけど。

 

 彼女は両手もティッシュで拭ってから、水で洗い流す。

 ティッシュと水場を用意をしてくれたのは、ありがたかった。よくわからない感じで気づかいができているなこの遺跡……。

 

 精子を全部流しためぐみんは、地面に置いてあった指ぬきグローブをつけて、とんがり帽子を手に取る。

 

「……でも今回は許してあげます」

「え?」

「だってですね。あれだけ大きくしたり出したのですから……まあよっぽどユウスケも興奮してしまったのでしょう。そうしてしまった原因は私にあります」

 

 めぐみんはとんがり帽子を被りながら、

 

「私がそんなにあなたのことを気持ちよくさせてしまったのですから」

 

 照れた口振りでそんなことを言った。

 

 ……うん。

 もう特別クエストは終わったというのにまた大きくなる男性器は一体なんなのだろう。

 

 

 

 

 



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二十八話

 

 地下三階。

 そして地下四階をクリアしてまた俺とめぐみんは階段を下っている。

 

 めぐみんはというと、自分の胸を隠すように抑えている。

 

「今日一日で……一生分のおっぱいを触られた気がします……」

「……あー、うん」

「その生返事はなんですか。私のおっぱいが気にいらなかったとでも。満足できなかったとでも? ふーん、ゆんゆんの熟したおっぱいでないと満足できなかったのですか」

「返答に困っていただけだって。……前も言ったけど、めぐみんはそのままで充分可愛いし、体で不満なところはないぞ」

「ほー、そうですかー」

 

 胸を抑えて、気にいらないようにそっぽを向く。

 めぐみんのおっぱいは小ぶりではあるが、張りがあって素晴らしい。今回意識がある状態で初めて触ったけど、随分敏感だし。ゆんゆんに劣っているなど思ったことがない。

 

 後、めぐみんは熟していると言ったが、ゆんゆんのおっぱいはまだ成長途中である。末恐ろしいおっぱい……。

 

 地下三階の限定クエストをクリアした俺達は――地下四階もクリアした。

 クリアしちゃったのだ。

 

 地下三階は射精させろといった馬鹿な限定クエスト。

 地下四階は一本の鉄骨を渡り切るというもので、鉄骨を股に挟んで二人はゆっくりと進んでいたのだが、途中でめぐみんが拘束されて機械によって胸が揉まれそうになっていたので、俺がそれから守るようにめぐみんの胸を抑えるというこれまた馬鹿なことが起こった。

 剣があればすぐ斬って助けることもできたのだが、触手に取られたのでそれもできずに拘束が解かれるまでめぐみんの小さくても柔らかい胸を触っていた。俺の手の上から機械が彼女の胸を揉もうと動くので、実質俺がめぐみんの胸を揉んでいたのだ。

 

 なんというか、こういってはなんだが俺は普通に気持ち良かった。いまだにめぐみんのおっぱいの感覚が手に残っている。

 

 カツンカツンと階段を降りる音がする。

 もうどれだけ地下深くまで来ただろうか。これだけ地下に来たとしても息苦しくならないのは、空調がしっかりと整えられているからだろう。無駄に技術と金がかけられている。

 

「今までの試練的に考えてもここは絶対エロ遺跡でしょうけど、そろそろこの旅路も終わりでもいいですよね」

「もう次で地下五階だもんな」

「昔、紅魔族の学校の図書室でエロ遺跡についての情報をちらりと読んだことがありますが、それによれば大体試練は五回から八回あると書いてありましたよ」

「そうなると、次で終わりってこともあるのか」

「……次で終わりならいいんですけどね。このダンジョンは女の私の方が負担が大きいですし。……いや、本当にです。凄い勢いでユウスケとの関係が危ないことになっているのですが」

 

 右手で胸を隠しながら、めぐみんは先ほどまで自分の胸を揉んでいた俺の手を左手でツンツンと刺す。

 爪がブスブス刺さってちょっと痛い。

 

 めぐみんとのスキンシップはちょくちょくあったが、ここに来てから意識のある状態で裸を見る、手コキをしてもらう、おっぱいを揉むと関係の階段を五段ほどジャンプしている。

 

「こうなったとはいえ、明日から突然恋人気取りはやめていただきたいです。まだ、私達付き合ってすらないのですから」

「わかっているよ。そんな勘違いはしないって」

「今回のは事故みたいなものですからね。犬に噛まれるようなものです。これについてあまりにしつこいようでしたら蹴ってキャインと悲鳴をあげさせます」

「犬扱いかよ」

 

 あくまで状況によって無理矢理そうなっただけだからな。

 めぐみんが俺を好きということはない。

 

「ふふ、ちょっと可愛い野良犬ですかね。懐いてくれるならまあ私としても気分が良いですし、芸を上手いことしてくれれば、またおっぱいでも触らせてあげましょうか?」

 

 めぐみんは悪戯っ子な笑みで、そう言いながら抑えた手で自分のおっぱいをふにふにと触った。

 シャツでブラジャーもしていないから、おっぱいが指によって形を変えるのがよくわかる。

 

 ……こうやって冗談でエロい誘惑をしないで欲しい。ちょくちょく自分のことを可愛いと言ってるくせに、こいつ自分の魅力がよくわかっていないのだろうか。

 

 階段を降りると、また扉がある。

 もうここまできたら大丈夫かと油断して俺は手でボタンを開ける。

 二回抜いたし、触手との対決もあったし、俺もそこそこは疲れてきているのだった。

 

 今回の部屋はまた趣向が変わったものだった。

 

「これが終わりの部屋、って感じでもないよな」

「もしかすればこの通路を抜けていけばゴールに……とは私もそこまで楽観的に物事を考えられませんね。分かれ道がありますし」

 

 扉を開けると細い道があって、すぐに行き止まりとなる。

 その行き止まりの左右にはまた道があるようだった。

 

「地下五階の試練はちょっと予想がつかないな。迷路? そんなわけないか」

「ここでぼんやり突っ立っていても埒があきませんから、とにかく進んでみましょう。なるようになるですよ」

 

 ケ・セラ・セラだな。

 なるようになる。どうにかなる。記憶を失う前の俺が一度クリアをしたことがある遺跡だ。命を奪われることは決してない。

 しかし、そうだとしてもなかなか心は決まらない。

 

「……この最初の一歩が嫌なんだよな」

「罠にわざわざ飛び込むみたいなものですからね」

 

 心境的には絶対に進みたくないのだが、ここで立ち往生するわけにもいかず俺達は扉の先に一歩踏み出した。

 背後で扉が閉まる。剣がある時ならまだしも、今の鞘しか持っていない俺ではここから戻ることができない。

 

 逃げ口が塞がれた俺とめぐみんは周囲を警戒しながら、更に二歩、三歩と進んでいくと、地面が光った。

 どうして地面が光ったのか、どういう光り方をしたかを気にする前に俺は叫んだ。

 

「めぐみん!」

「はい!」

 

 バッと俺達は入ってきた入り口の方にへと飛び退く。

 光は消える。だが、もう始まっているのかもしれない。遅かったのかもしれない。明らかに罠が発動した。

 

 二人で背を預け合って、辺りを警戒する。

 地下一階のようにスイッチ型の罠か? なにが機動した? なにが今から起きる?

 俺は鞘を握って全神経を集中していたのだが、一分がすぎても何も起きることはなかった。

 罠は……発動していない?

 いつまでたっても何も起きないので、後ろから困惑した声が聞こえてくる。

 

「……どうしたんでしょう。確かに地面が光りましたよね?」

「光ったはずだけどな。何も起こらないのはどういうことなんだろう。まさか光るだけのトラップなわけないし。……まあどっちにしろここは通らないといけないから、罠だとしてもこの道を進まないといけないんだが。……よしっ、俺が試してみる」

「慎重にですよ。なにかあったら後ろから引っ張りますから」

 

 めぐみんにズボンを掴まれながら、俺は鞘で光った辺りの宙をぶんぶんと振り回したり、地面を叩いたりする。

 だが何にも起きないので、ゆっくりと俺は片足を出してその場所を踏むと、また光る。すぐに足を戻すと、また消える。それによってなにも起きる気配もない。

 

「んー、さっぱりわからないぞ。光って、何が起こるというんだ。まさか本当に光るだけだったりして」

 

 めぐみんは何か考え込んでいるようだった。

 考えがまとまったのか、彼女は頼みごとをしてきた。

 

「ユウスケ。私が良いというまで足を出してもらってもいいですか?」

「わかった」

 

 めぐみんが言うからにはなにかしら意味があるのだろう。俺なんかよりよっぽど賢いからな。

 俺は何故かも聞くこともなく、足を出して地面を踏むと、同じように光る。よく見れば、その光っているのは文字みたいになっている?

 

「やはりこれは魔法陣ですね。それもかなり規模は大きそうです。この規模の魔法陣は初めてみます。ユウスケそのまま足を出したままにしといてくださいね。私が解読してみます」

「魔法陣ってことは、あのーめぐみんさん。こうやって足出しているとその魔法の効果が俺にかかるということでは……」

 

 汗水がドバっと出る。崖に向かって足をプランプランと突き出しているようなもので、身の危険に焦りが出てくる。

 めぐみんは真剣な表情で浮き出た文字を解読しながら肯定する。

 

「多分今もガンガン魔法がかかっているのではないですか。体が変形したりしていません? 急に爪が伸びていたり髪の毛が伸びていたり」

「嫌すぎるんだけど! 足引いていいかな!?」

「少々体が変わろうが私が治してあげますよ。そういうの私達の種族は得意なので。それよりか体に異常はありませんか? ちょっとでも思い当たることがあれば言ってください」

 

 そういう問題でもないと思うが、ここを通らなければならないのは事実なので、俺は必死に自分の体を確かめる。

 足を突き出したまま俺は急いで髪の毛を触ったり爪を触ったり上半身を確かめたりと触診していくが、触った限りではおかしいところはないように思える。

 思考も変になったりしていない。

 今のところ急激な変化は出てないような?

 

「ほんの少しだけ、体が熱くなっているだけかな。それ以外は何の変化も出ていないように思える」

 

 俺の感想を聞いてめぐみんはこくりと頷く。

 じっと見つめながら、彼女も光る地面の部分を手で触る。

 

「……なるほど。まあそんな感じですか。体に干渉するタイプの魔法陣の作り方だとは推測できましたが、多分ですがこれ、性的快感を与えるといったものですね」

「……そんなことまでわかるのか?」

 

 巨大な魔法陣の一部分を見ただけでその内容までずばりと当てることができるのだろうか。

 めぐみんは地面から手を離して、俺の手首を掴んで手のひらを見せるようにする。

 

「例えばあなたの手を見ただけでどのような人物かわかるようなものですよ。この剣タコからは剣士だということがわかりますし、手のひらでどの程度の身長かなんかもある程度は推測することができるでしょう? 同じことです。文字の配列パターンなどで、おおよそはどんな効力を持つかなんて察することができます」

 

 めぐみんは簡単ですねなどといった口ぶりだが、手どころか爪の先を見て、相手を当てるようなものだと思う。

 つくづくぶっ飛んだ天才だよなこいつ。

 こいつといると自分の凡才っぷりに嫌でも気づく。

 

 めぐみんが月だとするなら、俺はスッポンだよ。

 

「こんなこというのもなんですが、実に見事な魔法陣ですよ。昔の人が描いたと思えないほど洗練されています。この大きさで破綻なく成立させているというだけでも大した腕です」

「魔法使いから見ればそんなに凄いものなのか」

「技術もさることながらこの文字として埋め込まれている鉱石はマナタイト石を混ぜた合金でしょうね。かなりのお金もかけられています」

「数百万エリスぐらい?」

「一つ桁増やしてください」

 

 うわ……。

 数千万エリスか。たかがエロのために数千万エリス。それも一つの階でだ。情報屋使って大金を払った俺も人のことを言えないけど、このエロ遺跡にどれだけ気合入れているんだ。

 

「文字が描かれているだけなら鞘で削れば効果を消せるかもと思ったけど、埋め込まれているならそういうわけにもいかないか」

「……そんな反則技よく思いつきますね。ただこういう相手の魔力を変換する高度な魔法陣は、一部分を削ればどういう効果になるかわからないので、下手に手を加えない方がいいですよ」

 

 めぐみんは手をかざして魔法陣を発動させながら、もう一度魔法陣の文字を見る。

 

「……おそらくこの魔法陣はその人の魔力を変換して性的快感にするといったものですが、魔力を僅かな割合ずつ変換していくので、この魔法陣の上で時間をかければかけるほど性的快感が溜まっていくといった具合ですかね」

 

 何故道が別れているとのかと思えば、そのための時間稼ぎか。

 迷路で迷っている間にどんどんエロい気持ちになっていくというのが第五階の試練なんだな。相変わらず馬鹿げている。まあこれを利用しようと考えていた俺も同じぐらい馬鹿なんだが。

 

 ただこの第五階の試練は、俺にはそこまで影響がないだろう。

 なんせ魔力なんて殆どない。そもそも燃料がないのだから、変換しようにもできない。……心配なのはめぐみんである。

 

「めぐみんは……不味いよな」

「ユウスケの魔力は窓際に貯まった埃程度ですが、私の魔力は膨大ですからね。その人が今持っている魔力の割合によって変換されるので、もし万全の状態であれば、ヤバいことになっていましたね。本気で。すごく」

 

 魔法使いとしてトップクラスの魔力を持つめぐみんは、この試練とは相性が悪かった。

 もし完全な状態ならたちどころに絶頂するめぐみんなんていう光景があったかもしれない。

 

「ただ朝早くに爆裂魔法を放ったので、大丈夫じゃないですか。……あれが五時間ほど前ですから普段の二十パーセントほどの魔力ですかね。これでもユウスケの十倍はあると思いますけど、なんとか我慢できる程度でしょう。……それに、魔力を消費するというのは都合がいいですしね」

 

 最後の方のめぐみんのボソッとした声は聞こえなかったが、まあいけるというならいけるのだろう。

 

 爆裂魔法を使わせていて良かったと思うと共に、少しばかり使っていなかったらどうなっていたかと想像してしまう。うーむ、クズだ。

 エロはもういいだろう。二回も抜いたし、おっぱいも揉めたしで、疲れてそうなめぐみんをとっととエロ遺跡から脱出させよう。

 

「なら、第五階は楽勝だな。もしかすると他に罠があるかもしれないからある程度は警戒しながら進まないといけないが」

「そうですね。複雑な迷路になっていても私なら簡単に解けますからね。ユウスケは私にもっと感謝してくださいよ。あなただけなら迷ってえーんえーんと泣いて困っていたでしょうし」

「子供じゃないんだから俺一人でもすぐに突破できるわ」

 

 失礼なと怒る俺にクスクスとめぐみんは笑う。

 

「子供ではなくわんこでしたっけ」

 

 俺の腕を掴んで、めぐみんはグイッと引っ張る。

 

「ほら、ユウスケ。リードを持ってあげるので、よそ見せず私についてくるのですよ」

 

 そんな風にめぐみんは楽しそうに俺をからかう。

 俺とめぐみんの二人は第五階の試練に挑戦するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「私が眼帯を貰ったあるえは小説が趣味でしたね。常日頃から作家になるなどと言ってました」

「へー、小説家志望か。めぐみんは本好きなのか?」

「そこそこですかね。食べられないのは減点対象ですが、暇つぶしとしては読んだりしていました。体を動かさないので、腹が減ることもありませんから。それに妹のこめっこに絵本を読んだりもしていましたね」

「……世知辛い話とほのぼのとした話を一緒に並べないでほしい」

 

 俺達は警戒を保ちながらもただ歩くだけでは暇なので、会話をしながら迷路を進んでいた。

 突然罠が襲い掛かってくるということはない。

 俺の魔力が元々少ないから性的興奮もあまりなかった。体が僅かに熱くなってきているなという程度だ。余裕で我慢ができる。

 

 だが今でも俺の十倍は魔力があるめぐみんはというと。

 

「ここを右ですね。……紅魔族の学校では基本的な知識と魔法についての勉強をするのですが、春か夏ぐらいには校長の気分によって学校で色んな催しをします。丁度今頃の季節ですね」

「文化祭みたいなものか。楽しそうだな」

「最後のダンスが私としては気に食わないですけど、割と楽しいです。もう彼女は学生ではありませんが、そけっとが占いをするコーナーがあったり、何かしらのコンテストみたいなのもやりますし。……こうやって喋ると懐かしいですね。そんなに楽しい場所はないかもしれませんが、いつかあなたを紅魔の里に連れていきたいです」

「めぐみんの故郷か。行きたいような行きたくないような」

「おいこらお前。喧嘩を売っているのですか。買いますよ高く買わせてもらいますよ」

「嘘嘘。本当は凄く行ってみたい。正直、かなり興味ある」

「最初からそう言ってください。帰りに学生時代ゆんゆんに賭け勝負の結果、たまに奢ってもらっていた喫茶店でご馳走しましょう。……んんっ。……失礼しました」

 

 顔がほんのりと赤みを差している。

 

 俺はなんともないのだが、めぐみんには影響があるようだった。少し前まで魔力は使いきったというのに。――魔力の回復率や吸収率が異常すぎる。

 めぐみんの顔を見下ろしながら心配そうに声を出す。

 

「大丈夫か? めぐみん」

「ははは、まさかユウスケは私がおかしいように見えるとでもいうのですか。問題ありません。元気です。ふー、ふー、ここは左ですね」

「辛いなら言ってくれよ。いっそ罠など気にせず俺がお前を担いで走ろうか?」

「それには及びませんよ。やけに遠回りさせるように作っていますが、この感じだと後七分もすればつくでしょうし。まあ……今そういう刺激はあれですし。ふぅ……」

 

 隣で歩いていてもめぐみんの呼吸が段々と荒くなってきているのがわかる。

 汗も出てきているようで、シャツ一枚のめぐみんの肌にピッチリと吸い付き、随分扇情的な姿になっている。小さな乳首の形まではっきりわかる。

 

 なんだか臭いがする。めぐみんから発せられる臭いだろうか。

 

 くらくらしてきた。俺の魔力ではそんなに性的興奮しないのだが、それとは別要因で俺は興奮しそうになっている。

 

 突然俺の腕をめぐみんが掴んでハッとする。

 頭がぼんやりしていた。

 

「……どうしたんだ?」

「えっ、これはなんでしょう。……り、リードです! ユウスケが迷わないように掴んでおこうというわけですよ! 野良で歩かせておくと危険ですからね!」

 

 めぐみんもぼんやりしていたようで、慌てて自分の行動を説明する。

 もしかして、無意識にめぐみんは俺の腕を取ったのだろうか?

 少しの間、無言で迷路を歩いていく。腕からめぐみんの手の汗が伝わってくる。腕からめぐみんの熱が伝わってくる。

 順調に進んでいたのが、ここに来て足取りが重くなる。めぐみんが歩くのが遅いので、自然と進みが遅くなる。

 

「なあ、めぐみん」

「……なんですか?」

「腕が当たっているというか……わかっていると思うけど」

 

 めぐみんのぷくりと硬くなった乳首がシャツ越しに腕が当たっている。

 ただ腕を掴んでいただけなのに、どんどん俺の腕を自分の方に寄せていくものだから、彼女の体に当たってしまっていた。

 たまに俺の指先が彼女の臍の下辺りをトンっトンっと軽く叩いたりしてしまっている。

 

「んぃ。わ、わかりませんね。自意識過剰ではありませんか。いやらしいことばかり考えているから――うんっ。そ、そういったおかしなことを言いだすのですよ」

 

 めぐみんはそのことをまったく認めようとしない。

 気のせいですますつもりなのだろうか。無茶があると思うのだが。あまりめぐみんの頭も働いていないのかもしれない。

 そんなめぐみんがエロすぎて、俺もかなり思考に靄がかかってきた。

 

「そ、そこは左ですね」

「……左か。……あっ、ここ行き止まりだぞめぐみん」

「行き止まりですか。では、戻ってみましょう。んん。じゃあ、右に行って、次は真ん中。右と、左、左に行けば……行き止まりですね」

「この行き止まりって、さっきの行き止まりじゃないか。戻ってきてしまっているよな?」

 

 もうすぐゴールまでたどり着くというのに、ここにきて迷いだしてきている。

 めぐみんの頭脳でこうやって間違えるのは不思議だ。

 

「お、おかしいですね。不思議なこともあるものです。何かしら罠にでもはまっているのかもしれませんんんんんぅ!?」

 

 とうとうめぐみんはギュッと俺の腕に抱き着く。

 まるで自分の物のように俺の腕を抱き寄せるものだから、彼女の体の感触がよく伝わってきてしまう。濡れたシャツだけのめぐみんの体は、もう素肌とそこまで変わりがない。

 彼女の臍にお腹におっぱいに、腕を押し付けられる。

 

「あ……あぅっ……くぅ……」

 

 それどころか――俺の腕に僅かずつ上下に自分の上半身を擦りつける。

 ゆっくりとだが確実に俺の腕で体を振っていた。

 

 まるで発情した雌犬みたいに快感を得るために擦りつける様は、彼女の方が犬のようだった。

 

「も、戻りましょうか……」

「お、おう。そうだな」

 

 めぐみんの濡れた瞳で提案されるのに、俺は拒否することも突っ込むこともできず従う。

 リズミカルに体を揺らしながら俺の腕を抱きしめるめぐみんと少しずつ移動して、また分かれ道に戻る。

 

「こ、ここは右に行くのが正解だとおもひぃ! ま、ます。次は左です、かね……」

 

 もうまともに喋ることができていない。

 彼女の頭にあるのは迷路を解くことではなくて、如何に快感を得るかに変わってしまっている。ここで時間を使い過ぎた。めぐみんの残った魔力は大部分が性的快感へと変わってしまっている。

 魔力を使いきるまでは快感に上限もないのか、今もなお魔力を性的快感に変えられ、めぐみんは気持ちよくなっている。

 

 何て恐ろしい階なのか。……甘く見ていた。まさかあのめぐみんがこんな姿になるなど想像もしていなかった。

 

 とろんとした目をしためぐみんは、乳首が擦れるのが気持ちいいのか、俺の肘を使って自分の乳首に押し付けている。

 

「んっ、うぅ……くんっ………んんぅ!」

 

 しかし、幾らなんでも彼女は興奮しすぎだ。

 

 ……もしかしたら地下四階の影響もあるのかもしれない。あれだけ彼女のおっぱいを揉んだりしていたのだ。――元々彼女は少し興奮していたとしてもおかしくない。

 下地はできあがっていたのだ。

 

 牛歩のような進みで俺達は迷路を歩く。

 一歩に五秒はかかっているような気持ちだ。めぐみんを引きずるようにして、俺は迷路のゴールにたどり着くために進む。

 二人とも会話はないのに、めぐみんの口から時折漏れ出る声だけが迷路に足跡を残す。

 

 ろくに意識がないようだ。口元には笑みを浮かべ、とろけたような顔をしている。その刺激では足らなくなったのか、めぐみんはとうとう俺の手を握って自分の股間に――

 

「め、めぐみん! 流石にそれ――」

「ユユユユウスケ! 私はここまで案内したので、こ、今度はユウスケが私を先導してください!」

 

 俺が言い終わる前に意識を取り戻しためぐみんが、慌てふためきながら大声を出す。

 

「もう後五分もすればたどり着くでしょう!」

 

 大声でなんとか場を切り抜けようと、彼女はする。

 握られた俺の手は、どうすればいいのかめぐみんの中で葛藤があるのか、ふらふらと動き回る。

 

「ユウスケの勘を信じて、連れていってください。し、信じていますからねっ!」

「それは、わかったけど……」

 

 めぐみんは耐え切れなくなったのか、ふらふらと目的地場所がわからないとしていた俺の手を自分の股間に当てる。

 

 ぐちょりと、そこは濡れていた。

 

「あん、んっ! わ、私はちょっと調子が悪いので、あっ! だ、黙りますけど、エスコートするのですよ! うっぅ!」

 

 ここまで言われたら俺も何も言うことはできない。女性だし、こんなことをしているとはっきりと口に出されるのは恥ずかしいのだろう。

 なんとか早くにゴールまで先導するしかない。

 

 それでも自分の手が気になるのは仕方がない。シャツ越しに彼女のおまんこを触っているのだ。気にならないという方が変だろう。

 シャツの上からもわかるマンスジを俺のゴツゴツとした手を使ってめぐみんはなぞる。くにゅくにゅと彼女の手によって俺の手がオナニーの道具として扱われている。

 

「ふあぁ……ひゃ……いぃ……」

 

 できるだけ彼女も声は漏らさないとしているのだろうが、それでも敏感な部分をなぞる度に彼女の口端からポロポロと嬌声が零れる。

 

 普段のめぐみんでは考えられない乱れっぷりに、知らず唾を飲み込む。

 そっちに集中しようとする意識を正し、なんとか俺は迷路を抜けようとする。散々記憶を失う前の俺も迷ったと見える。ちょくちょくと行き止まりにたどり着くも、着実にゴールに近づいてきているのがわかる。

 

「んふっんん、あぁ……たりません……これでは足りませんよ……」

 

 腕が離される。

 ようやく正気に戻ったのかと迷路に集中していた意識をめぐみんにやると、信じられない光景があった。

 

「な……!?」

 

 めぐみんはシャツの前を持ちあげていっていた。そうすることによって当然見えてしまう。汗に濡れた彼女のおっぱいも臍も、そして彼女のピッチリと閉じたおまんこさえも露出している。

 迷路の中で今、めぐみんは生まれたままのような状態を自ら晒している。俺がいるにもかかわらず。

 

「むっ……」

 

 めぐみんはシャツの裾をパクりと咥えこみ、シャツが落ちないようにして、また俺の手を取る。

 まさかと思う。

 止めようと思う。

 それが口に出なかったのは、これから起こる出来事を期待してしまっていたからだろう。

 

「ぁああんんんんん――!」

 

 一際大きい嬌声がめぐみんの口から出る。

 俺の手はめぐみんのおまんこを直接触っていた。めぐみんの柔らかな大陰唇にペタリと素手がついてしまっていた。

 誰であろう。めぐみんの手によって。

 

「ひゃ! んんっくくううう……これです……」

 

 とろけたような声が俺の脳を揺らす。

 歩かないと、歩かないとと思っているのに、更に進みが遅くなる。

 俺が一歩進むごとにめぐみんは自分の大陰唇に俺の手を擦りつける。現実か夢か曖昧になる。

 

 指が濡れる。トロトロと粘着性がある液体のせいで。

 彼女のおまんこから流れ落ちる体液によって。それは決して汗ではなく、彼女が気持ち良くなっている証拠だった。

 

「はっっはあ……ひゃ……はっ!」

 

 興奮した獣のような浅い呼吸が耳を打つ。

 自分のしているものかと思ったが、それはめぐみんのものだった。

 

「んんう……きもちいいです……」 

 

 だらしなく潤んだ目で彼女はシャツを咥えながら、自分の股間と俺の手を見ている。骨太な手が幼いおまんこに不躾にも触っている姿を嬉しそうに見ている。

 

「……でも、たりません……んぁ! ああ……もっと……もっとです……」

 

 彼女は俺の人差し指の根元を掴んで、自分のその閉じた女性器にそっと当てた。

 

「ああっ、んあ! や! ぁあああ! んんんんんん!」

 

 つぷっと指がめぐみんの小陰唇の中に挿入される。

 一本でもキツキツ。二本なんてとても入らないような未成熟な膣に剣ダコがある指が入ってしまう。

 

「あっ、くぅ! うん! あああああああ!」

 

 彼女の体が小刻みに震えるのは、快感の証だった。

 自分では得たことのない快感の波に、小さな体が打ち震えているのだった。

 指がじっとりと濡れ、膣がきゅうきゅうと吸い付いていくる。その指をめぐみんが自分の体から逃さないとでも言っているかのように、膣は俺の手を離そうとしない。

 

 ゆっくりとゆっくりとめぐみんは俺の手を動かす。

 少し入れて、戻して、少し入れて、戻しての繰り返しだ。

 

 ただ完全に俺の指が膣から出てしまわないようには気を付けながら、幼い少女のような体で快楽を貪る。

 

「んっ……くぅっんぅ……あ、あああぁ」

 

 くちゅくちゅと膣壁に指が引っかかる。

 完全に足が止まる。そのめぐみんの卑猥な姿から目を離せない。

 指が熱い。まるで溶かされているようだ。彼女のおまんこに挿入されている指は自分のものではなくなったような不思議な感覚だった。

 

 もう彼女の一部分になってしまったみたいだ。

 

「む、むぅ……!」

 

 声を出す度に落ちそうになるシャツをめぐみんは強く噛みしめる。

 俺の指が動くと、彼女の膣のピンク色が露わになってしまう。自分の大事な場所が見られているにもかからわず、彼女は考えられる一番自分が興奮する行為を続ける。

 俺の手を使ってめぐみんは自慰をする。くちゅくちゅ。にちゃにちゃ。卑猥な音が彼女の体から聞こえてくる。

 

 いつものあのめぐみんから考えられない姿。

 汗が彼女の体を滴り落ちる。おっぱいと臍を大粒の汗が流れていく。それと同じぐらいの体液が、彼女の股間から流れた。

 

「ひあ、んあ……うぅ……ゆ、ゆうすけ……」

 

 めぐみんが俺の名前を呼んだことで、俺の意識は再稼働する。

 とにかく早く出ないといけないと俺はまた足をゴールへと向ける。

 

「んんああぁ! そ、そこ! お、おくにぃ……」

 

 俺が体を動かしたせいで人差し指も反射的に動かしてしまったのだろう。

 めぐみんの意思と反して動作した指に、彼女はひどく感じたようだった。熱が籠りすぎためぐみんの吐息が、俺の腕にかかる。

 その時にシャツが口から落ちたのか、彼女はまた自分の唾液でベタベタのシャツを咥える。

 

 ……おかしくなってしまいそうだ。

 

「……ゆうすけ。ゆうすけ……。あついです。あついですよ……んぅ……ぅあ」

 

 熱病に犯されたようなめぐみんの声が俺の意識を叩きつける。

 

 彼女を抱きしめたくなる。強く強く彼女を抱きしめたくなる。他になにもいらないから、めぐみんを抱きしめたくなる。

 

「ゆーすけ……。くうぅ……ああ……ひゃ……」

 

 それを振り払ってなんとか俺は迷路をめぐみんを連れて歩き続けていく。

 いつまで立ってもたどり着けないような感覚だけがする。遠い。遠い。何時になったらゴールまでたどり着くのか。

 

 めぐみんの嬌声。

 俺を呼ぶ声。

 めぐみんの膣の感触。

 うすぼんやりした思考。

 

「ああぁ。んああっ、ひゅうしゅけ……きもちい……んああ! うぁ!」

 

 しかし、どんなものも終わりはある。

 思考をなくしながら、めぐみんの痴態だけが頭の中で通り過ごしながらの進行にも終わりが迎える。

 

「…………あ!」

 

 扉だ。

 終わりだ。ゴールだ。ようやくたどり着いた。

 ずっと自分の下半身を見ていためぐみんに俺は声をかける。

 

「めぐみんたどり着いたぞ! ようやく出口だ!」

「……え?」

 

 焦点の合わない赤い瞳がこちらを見返してくる。

 

「……ゆうすけ。……ゆうすけぇ。……ユウスケ?」

 

 段々と焦点があってくる。

 正気に戻りかけてくるめぐみんに俺は元気を入れようとして――思わず人差し指を大きく動かしてしまった。

 

「あっ」

 

 コリッと膣壁をかいてしまう。

 人差し指を折り曲げて、彼女のピンク色の膣に強い衝撃を加える。

 元々性的快感が限界まで押し込まれていた風船となっていためぐみん。それが一押しとなってしまった。

 

「ああああっ……」

 

 急速に焦点がまた合わなくなる。

 口からシャツが落ちる。風船を尖った針で刺したように、彼女の性的の限界が越える。

 

「あああっんあああああああああああっ!」

 

 ぷしゅっと俺の手に愛液のスプレーがかかった。

 

 一際大きな嬌声をあげてめぐみんはイッた。絶頂してしまった。達してしまったのだ。

 こちらの顔を見ながら、めぐみんは口を動かす。

 

「ゆう、すけ……」

 

 ぺたんと彼女は座り込む。

 ベタベタのシャツ。頬は紅くなり、目は知性が見えなかった。彼女の姿は淫猥でエロくて、なにか言葉では言い表せないものだった。

 

「だ、大丈夫かめぐみん……。今ゴールに連れていくからな」

 

 俺は座り込んだめぐみんをいつもしているみたいに抱き上げて、ゴールまで進む。

 火照った体のめぐみんが温かかった。

 そうすると、彼女は頭をこちらの胸に預けた。あれだけ色っぽかった表情は、安心したかのような表情に変わっている。

 

「……ユウスケ」

 

 こうしてなんとか、本当になんとか俺達は地下五階をクリアしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




エロ遺跡長すぎて地下四階消える


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二十九話

 

 

 階段に腰かけて抱いているめぐみんの顔を眺めていた。

 

 白い肌。よく外に出かけている割には、箱入り娘みたいな白さだった。実際めぐみんを箱になど閉じ込めたら蹴破って出てきそうなのだが。

 今は閉じられている目は、開けられるとどんぐり眼のようにぱっちりとしている。髪の毛はロングとショートの中間。ミディアム程度の長さの黒髪で、それが良く似合っていると思う。

 

 彼女と会ってからそれなりの時間が経過した。

 けどこうやって眺めていても、飽きないな。

 美人は三日で飽きるという言葉があるが、美少女は別なのだろうか。

 

 すっとめぐみんの目が開けられ、口が開く。

 赤の瞳に映った俺の表情はどうしてか優しそうに見えた。

 

「……私の顔を見てて楽しいのですか」

「まあそれなりに」

「そうですか。それならいいです」

 

 めぐみんはそう言ったきり黙ってしまう。

 あんなことがあったのだ。気まずくもなるだろう。地下五階の試練は、魔法使いであるめぐみんにとって天敵みたいなものだった。

 

 俺も想像もしていなかっためぐみんの姿。明らかに誰にも見せたくない姿である。

 見た方としても気まずい。こういう時の対処法など思いつきはしない。そもそも状況が特殊すぎる。こういう時、どういう風にいえばいいのだろう。

 悩んでいると、目線を逸らしながらめぐみんが呟く。

 

「……驚きでしたね」

「んっ」

「だから、驚きでした。まさか魔法陣に体力を奪う効果もあっただなんて」

「……うん?」

 

 何の話を彼女はしているのだろう。

 さっぱりわからない。

 話についていけてない俺を置き去りにして、魔法使いは困ったような表情で俺の知識にない情報をすらすらと並べ立てる。

 

「体力はあなたに比べて私は少ないです。それが……致命的となりましたね。進めば進むほど私は喋られないほど疲労していきましたし、扉間際ではとうとう生命力を変換されすぎて失神までしました。まあたしかに……魔法陣は大規模すぎて、見えるピースだけでは全ての効果を見抜くことができなかったのは私の失策とも言えるでしょう! しかし。命の保証はされるというエロ遺跡ではありえない効果です。地下五階は欠陥品です。ダメダメです。責任者は誰でしょう。私から文句を言ってやります」

「……うーん、はい?」

 

 彼女の言葉を理解しようとするも、意味不明だ。

 事実としてはめぐみんは見事に魔法陣の効果を読み解き、それでも予想以上の性的快感によって彼女はその虜となり、俺の手を使って自慰をして絶頂した。これが事実である。生命力が変換されたなどはなかった。

 

 しかし。ねつ造した過去をまるで本当のことのように喋っているが、彼女の中ではそれが事実ということになったのだろうか。

 

「えと。めぐみんはそういうことにしろってこと――」

「ユウスケ。そういうことってどういうことですか。これが真実ですよね。ついさっき起こった出来事ですよね。うん?」

 

 にっこりと満面の笑顔で言葉の途中から被せてくる。

 迫力満点だ。ドラゴンとてこの笑顔を見せ付ければ尻尾を丸めて逃げていくだろう。最後のうん? にとんでもないドスが込められていた。

 

 ダメだこれ。マジだ。めぐみんの冗談抜きの本気の表情だ。一つでも反論しようものなら、キャインキャインと泣き叫ぶぐらい蹴りを入れられる。

 

「はい、その通りです。いやーめぐみんも大変だったですよね。お疲れ様ですよ。お体の方は大丈夫でしょうか?」

「言葉遣いが妙になっていますよ。ユウスケ、ふふふ。普通でいいのですよ普通で。なにもおかしなことは起こらなかったのですから。――それともユウスケは何か変わったことでも覚えているのでしょうか」

「何一つとして覚えてませんね。ハハハ」

 

 底冷えする質問に俺は人形のように首を何度も横に振った。

 キャインキャインと泣くようなことにならないように俺は記憶を封印することにする。怖いぞ。めぐみん怖い。単純に爆裂魔法を撃ち込むなどといった脅しを使わないのが怖い。

 目を細めて口元に微笑を讃えるめぐみんは、美しくもあったが、それは真剣が鈍い光を放っているような肝が冷える美しさだった。

 

 そこからめぐみんはふっと表情を緩めて、元の無表情なようでどこか愛嬌がある顔に戻る。

 

「では、地下六階へと行きましょうか。今度こそこれで終わると信じて」

「わかった。じゃあ降りてくれるか」

 

 本当に次で終わってくれればいいんだけどな。もう五回も試練を受けているのだ。終わってもいい頃だろう。

 

「嫌です。面倒くさいです。疲れました。ユウスケがこのまま運んで下さい」

 

 めぐみんは俺にだっこされた姿で、ぴしゃりと拒否する。

 俺の腕を掴んで断固として降りる気配はない。

 

「いやいや、危ないだろう。階段を降りるんだからこの体勢だと」

「あなたはこんなので落とすような人ではないでしょう。もし仮に私を落としそうになってとしても身を挺して庇うでしょうし、ほら、私は絶対に安全です。あなたが心配することはないですよね」

「……その時は俺怪我していると思うんだが。はぁ、わかったよ。ちゃんと捕まっていろよ」

「よろしい。……うーむ、楽ちんです。一つ提案があるのですが、今後移動時は全部これで移動しません?」

「調子に乗りすぎ」

 

 めぐみんをお姫様抱っこしながら俺は階段を慎重に下りる。

 いつものめぐみんに戻ったのか、小憎らしいようで何故か憎めないことを言う。ただでさえ最近腕の筋肉がつきすぎではないかと思っているのだ。

 爆裂魔法での帰り時だけにして欲しい。

 

 もうこれで何回目の階段か。

 どんどん下へ下へと俺達は来ている。

 それも試練は下へ行くほどエロ度が増している。俺もなんだか今日は疲れた。エロは十分すぎるほど堪能したし、これで終わりにして欲しいという気持ちになっている。めぐみんのエロい姿も見れたし。記憶に封印するといったが、何度も思い返してしまうだろう。

 

 めぐみんを抱っこした俺は、地下六階へとたどり着く。

 流石にめぐみんもここまで来たら俺から降りた。次の試練は何が待っているかわからないからな。地下五階はあれほど手間がかかったギミックだった。

 

 地下六階はなにが待っているか考えるだけに今から恐ろしい。

 

 最初は自分からスイッチを押していためぐみんも、嫌そうな顔をしている。

 

「いっそもうこの階段に住むというのはどうでしょうか?」

「ここにか」

「少し狭いですが、住み慣れればどうってことはないかもしれません。私もそれなりに料理ができますが、もっと覚えるので。なんていい奥さんなんでしょう。これはお得ですね。ユウスケユウスケ。二人で一緒にここに住みましょうよ」

「食材もないのにどうやって料理するんだよ。現実逃避もほどほどにな。行くぞ」

「うう……。先ほどは魔法使い殺しみたいな罠でしたが、今度は剣士殺しな罠でありますように……剣士殺しの試練でありますように……」

 

 酷いことを熱心に祈る魔法使いを尻目に、剣士の俺は扉のスイッチを開ける。

 

 次の部屋は既視感のある内装だった。

 その部屋に入るが、足も口も重たかった。随分重たい口ぶりで、俺はめぐみんに今後起こりそうな悪い胸騒ぎを共有する。

 

「嫌な予感がしてきた……」

「私もですよ……」

 

 そこは地下三階の内装に非常に似ていた。

 水が流れていて、ティッシュもある。違うのは地下三階よりも大分広いことだろう。普通の部屋ぐらいの大きさである。他に上の時とは違うのはベッドが置いてあったり、端の方に瓶みたいなものが三本並べられているところか。ベットのシーツでも薄着のめぐみんに巻かせようかと思ったが、ベッドと一体化されているもので取ったりすることはできない。

 細かいところまでよく考えているなと思わず感心してしまう。

 

 後ろで扉が閉まる。後戻りはできない。なんとなくどんな試練か察しながらも。俺達は歩いて扉の前に来る。

 

 ボタンを押すと、また扉に文字が出てくる。

 浮き出てきた文字を感情がこもらない声で読み上げる。

 

「あー、えー、と。男が一人以上。女が一人以上の限定クエスト。――満足するまでセックスすること」

 

 今度はあまり驚かなかった。

 地下三階が射精させろだ。今回はベットがあることで、どういうものかと想像はできる。

 

 この危機を脱出するにはどうすればいいかと考えていると、ある方法が頭によぎってしまった。

 セックスという言葉がどうも頭にこびりついている中、試練を楽に突破できる方法を俺は呟く。

 

「……もしかして、この限定クエストってある条件下においてしか発動しないんじゃ」

「要するに?」

 

 自分の顎に手を当てながら、もう遅くなってしまった具体的な解決策を提示する。

 

「俺が先にこの部屋に入ってから出て。その後めぐみんが入ってから出れば、そもそもこの限定クエストが発動しないのでは」

「そんな、そんな素晴らしい妙案を今頃考えつかないでくださいよ!?」

 

 めぐみんの叫びももっともである。

 何故記憶を失う前の俺がこの試練を突破できたかと考えたときに思いついてしまった事柄だ。俺が一人でも通り抜けることができたということは、それで大丈夫なのだろう。一人だけならここを楽々通過できる。

 おそらく前来たときの俺はこんな限定クエストがあることすら知らなかったのではなかろうか。

 

 しかし、俺という男性とめぐみんという女性が一度に入ってしまったので限定クエストが始まってしまった。

 普段のめぐみんなら同じことを思いつきそうなものだが、内心かなりテンパっているのだろう。

 

 俺はめぐみんを見ると、なんだか恥ずかしそうに彼女は地面に視線を逃した。

 

「あ……ぅ……。な、なんでしょう」

 

 彼女は自分の腕をギュッと掴んで、モジモジとしている。

 恥ずかしそうにしているめぐみんに、俺は肩を竦めた。

 

「こうなったら仕方がない。救出がくるまでここで待つか」

 

 まあ、セックスはない。ないな。

 やりすぎだ。めぐみんも了承するわけがないし、こんなところで俺とめぐみんがするなんてありえない。この試練は実質突破不可能である。

 視線をあげてめぐみんはどこか縋るように聞いてくる。

 

「救助を待つといっても時間かかるのではないですか。あまりに時間がかかると色々と不味いんですが……」

「依頼を受ける時に晩には調査を終えて報告すると言っておいたから、明日の昼頃には来てくれると思うんだけどな。ゆんゆんも今日ぐらいもしかしたら旅から帰っているかもしれないな」

「明日の昼ですか……それぐらいでしたらいけなくもないのかな」

 

 何を彼女はこんなにも心配しているのだろう。

 水もあるし、一応俺が固形の保存食料を持っているから明日までは充分持つと思うが。

 お手洗いだろうか? 確かにここにトイレはない。でもそれは仕方がない。水が流れている場所があるからそこを水洗トイレと思って我慢してもらうしかない。

 

「冒険者が剣さえ持って地下六階にきてくれれば、扉なんて俺が切り刻めるしこの階からの脱出は簡単だ」

 

 俺にはダークライトソードがある。

 まさかデストロイヤーさえ斬ったスキルが、通用しないことはないだろう。

 

「エロ遺跡の施設自体に傷つけると災厄が訪れるなんていう伝承もありますが、まあこうなっては仕方がありませんか」

「その伝承は怖いな……。災厄が訪れたらその時対処しよう。とにかく今はジッと待つとしようぜ」

 

 ベットに座るのもなんだし、俺は壁際に座って一休みをする。

 疲れてるから一休みはしたいのだが、だからといって一日丸々休憩は逆に大変だな。

 

 めぐみんも俺の隣に座って休んでいるようだった。

 順調というにはあまりにもあれだったが、地下六階まで来た俺達はどうしようもない試練を前にして立ち往生するはめになったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだ昼の二時頃だろう。

 やることもない手持無沙汰の俺達はダラダラと喋り合っていた。

 

「やっぱりユウスケは良いところの出なんですね」

「良いところの出なんていっても貴族ではもちろんないけどな。まあ貧乏ではなかった。当時はなにに感化されたのか、外の世界が知りたくなってな。俺って割と知りたがりなところあるだろ。旅をして、この街に流れ着いたというわけだ」

「あなたにしては随分大胆な行動に思われます」

「……というのも、ある日。神様からのお告げみたいなのを聞いたんだよ。幻聴だろうけど、良い機会だと思った。その後押しもあって旅に出たんだ」

「あー、そういえば私と最初に出会ったときの紹介は、神に選ばれしとか言ってましたもんね。それが理由だったのですか」

「お前よくそんなこと覚えているな」

「あなたと初めて会った時ですよ。よく覚えています」

 

 こけて頭を打って死んだので転生してきましたというわけにもいかないので、前々からこんな時のために設定は作ってある。

 辿ってきた道のりや地名とかそこの風習とかも調べたり決めたりしているが、めぐみんに突っ込まれるとボロを出してしまいそうなので、こちら側からも尋ねる。

 

「めぐみんはどうやってアクセル街に来たんだ?」

「私ですか……」

 

 彼女は視線をあげて過去の光景を思い出しているようだった。

 流暢に派手派手しい過去を語り始める。

 

「学業優秀な私は学校を卒業し、地元の店からは雇うから残ってくれという声を冒険者になるために振り切って、テレポートでアルカンレティアに着きました。里の転送屋のアクセル街に一番近い登録場所がそこだったので。そこでも大活躍した私は、自信を大きくして意気揚々と馬車でアクセル街に乗り込んだというわけですよ。……いやー、まったくアルカンレティアの人からも残らないかと言われて大変でした。こういうのは優秀な人間の罪ですかね。ふっ……」

 

 格好良くたそがれるめぐみん。

 うん、大分話に誇張が入ってそう。

 

 自信満々に話していた彼女だが、そこからは声が少し抑えめになる。

 

「……まあ、私の快進撃もそこまでだったといいますか。アクセルの街でも一度活躍はしましたが、それ以外はさっぱりでした」

 

 俺も彼女の言葉は覚えている。

 爆裂魔法だけしか撃てないせいで、パーティーに入れてもらっても上手くいかず、段々とパーティーを組んでもらえなくなったんだったか。

 この街であの魔法は戦力過多なのは事実だ。パーティーを組まないと判断した人達を責めるわけにはいかない。

 

「…………」

 

 体育座りをして膝の上に手を組んで、その上に頭を乗っけていためぐみんは首を傾けて俺に視線を向ける。

 

「……ユウスケは、私に爆裂魔法以外の魔法を覚えろとか言わないんですね」

「お前……前もそんなこと聞いてなかったか」

 

 デストロイヤーと対峙した時だ。

 彼女はその時もこんな質問を投げかけてきた。

 めぐみんは純粋にわからないといった表情を浮かばせていた。

 

「だって気になるんですよ。パーティーに入れてくれた理由はわかりました。でもあなたは一度も爆裂魔法以外を覚えろと言ったことないですよね」

「そうだっけ?」

「はい。最初に爆裂魔法以外を覚える気はないのかと聞いたぐらいです。私が失敗したときには嫌味程度は言われましたけど、それで爆裂魔法をやめろや他の魔法を覚えろなどは一切言いませんでした。――どうしてユウスケは私に他の魔法を覚えろと言わないのですか? 大抵のモンスターは今の爆裂魔法でも倒せます。それならこれ以上爆裂魔法に傾倒せず、他の魔法を覚えるように言うのが普通です」

 

 彼女は真剣に言っているようだった。

 真面目に変なことを言ったり、素の表情で冗談を言ったりすることがある彼女だが、今回は心の底からの質問に見えた。

 

 彼女の言葉は至極真っ当で、俺は肯定する他ない。

 

「確かに、めぐみんが他の魔法を覚えれば大助かりだよ。俺達のパーティーは楽ができる」

「そう、ですよね……」

「でもな。めぐみん。今楽ができたからってなんだっていうんだ」 

「え?」

 

 勘違いをしている。

 彼女は大きな勘違いをしている。

 確かにめぐみんはちょっとでも他のスキルを覚えた方が楽になるだろう。けれども楽になったとしてそれがなんだというのだ。

 

「ゆんゆんなんかは更にスキルを覚えて万能と言えるよな。幅広く対応できるようにするのは確かに価値がある。きっと誰からも求められる強さだ」

 

 ゆんゆんは凄い魔法使いだ。

 でもめぐみんにだって俺はそう思っている。

 

「それと同じぐらいに究極の一ってのは価値があると思っている。万能にはできることが多くなるかもしれないが、それは他の人もできるだろう。俺の強さだって所詮は誰かのできることでしかない。――ただめぐみん。お前が更に爆裂魔法を磨き上げれば、お前以外にはできなくて、お前にしかできないことがきっとある」

 

 楽になれない分だけ俺が苦労しよう。

 ゆんゆんだってめぐみんの爆裂魔法の威力は認めているので、ライバル意識があるから口では素直に言わないかもしれないが、認めてくれるだろう。

 

「だから誇ってくれ。誰がなにを言おうとお前には価値がある」

 

 それだけしかできない?

 いいや、彼女にしかできないだ。

 

 今の話では分かりにくかったかと、俺はぽりぽりと頭をかきながら結局一番伝えたかったことを形にする。

 

「……ごちゃごちゃ話したが、俺が言いたいのはお前は凄いやつだってことだ。ずっと前。出会った当時から俺はそう思っている」

 

 めぐみんみたいに他の人に反対されるような生き方を俺はできない。臆病者の俺は誰かの視線がどうしても気になる。

 

 時間停止なんていうのがなければ結局エロいことなんてろくにできないのが俺だ。

 

 必要とされるのは喜ばしい。誰かに求められるような強さを目指してしまう。目先の誰からもわかりやすい強さに飛び付いた。

 それを浅ましいとも人として当然だとも思う。

 でも、好きだからという理由だけでそうしないめぐみんのなんと格好良いことか。

 その眩しい生き方。人の目を奪うような生き方に……憧れを抱いてしまう。

 

 まるで月を見るかのようだ。

 決して届かない少女に俺は憧れたのだ。

 二回りも小さいこの魔法使いに尊敬の念を抱いている。

 

 彼女は一体どこまで高みに上がっていくのか。今でも高嶺の華。いや高嶺の月みたいなものだが、この魔法使いがどこまで行くのかは、少し寂しくて、とても楽しみにしている。

 

 まあクズな俺の褒め言葉に価値があるとは思えないが、それでも言わざるをえなかった。

 

 俺のヘンテコな演説を聞いためぐみんはクスッと笑った。

 

「……臭いセリフです」

「俺もそう思う」

 

 言っててかなり恥ずかしくなった。

 これで少しの間めぐみんにからかわれるかもしれない。

 

「誇ってくれなんて初めて聞きましたよ」

「俺も初めて言ったわ。……二度と使わないので、勘弁してくれる? ノリで思わず。……まあ言ったことは本心なんだけど」

「どうしますかねー」

 

 根が悪戯っ子なめぐみんは実に楽しそうだった。鬼の首を取ったようである。

 早まった。熱い気持ちをそのままぶつけるものではない。それもめぐみんに。

 

「誇れ。誇れ、ですか。……私に価値があるですか。凄いやつですか……」

 

 それが証拠に彼女は飴玉を転がすように味わいながら呟いている。

 あー、これ長い間使われるわ。少しの間できかないかもしれない。できれば他の人には言わないでほしい。

 

「もう、ユウスケは……本当にユウスケなんですから。しょうがないです。はい、しょうがないですね」

 

 呆れたように、かつとても嬉しそうにしながら、めぐみんはすくっと立ち上がった。

 一歩二歩と斜め前に移動して、俺の目の前に立つ。

 裾がかなり短いので、座った状態の俺からあそこが見えそうになっているのだが……。

 

「なにをしているのですか。早くしましょう」

「は、一体なにを?」

 

 突然、立ち上がったと思えば、どうしていまだにそうしているのかといった具合に疑問をぶつけられた俺はというと、意味も分からず聞き返す。

 若干乱れている髪の毛を手で整えて身なりを気にした様子のめぐみんは、当たり前のことを喋るように説明する。

 

「ですから。――性交ですよ」

「はー、成功か」

 

 告げられた言葉をオウム返しする。

 成功? なんの成功? なにかを成功させるのか?

 彼女の言葉がわからず俺は頭を回転させていたのだが、ベッドが目に入り、彼女の真意を理解する。この試練のことを思い出す。

 

 え? は。つまりそういうことなのか!

 

 俺は座りながらも前のめりになって、彼女を問いただす。

 

「せ、性交? 性交って、意味わかっているのか、お前!?」

 

 口から出る言葉が震えていた。

 それだけありえないと思っていたものだったから。

 いや聞き間違いだ。めぐみんの方からそんなことを言うわけがない。彼女は俺の事を特別に好きでもない。一体何を勘違いしているのか。

 

 驚いた表情をしている俺に、何故だかその顔を見て一度にんまりと笑った後。

 

「ふぅー。ユウスケの方こそ意味がわかっているのですか。経験なさそうですし。……こういうのは女性から言わせるものではありませんよ。これ男として恥ずかしいことですからね」

 

 呆れたように息を吐いためぐみんは彼女らしい勝気な笑顔を作る。

 ぐるぐると混乱した目ではない。自分でしっかりと考えて結論を下したからこそ出せる自信のある表情。

 彼女はいまだに座ったままの俺に、手を差し出してくる。 

 

 

「――セックスを今から私とあなたでしましょうと言ったのですよ」

 

 

 ありえないことに。

 届かないはずの月が、そうスッポンに誘いかけてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――本人が余裕がある表情をするのを心掛けているようなので、それだけにこうやって仮面を剥ぎ取って間抜けな顔を見るのは、楽しいです。

 

 ……自分でもとんでもないことを言っている自覚はあります。

 こんなこと一時的な感情にすぎません。私達の種族は賢いのだからそれぐらいは理解できます。

 私の初めてなんてプレミア中のプレミア。王国の全財産と同じぐらいの価値があります。

 付き合ってすらない男に簡単にあげられるものではありません。

 結婚の約束と爆裂魔法の付き添いに一生付き合うのが最低条件ですね。それなら私もこの体をほんの少し使わせてあげても構いません。

 

 しかし、困ったことに賢いのと同じぐらいに私達の種族は刹那的な感情で生きてしまいます。

 

 はぁー、まったく難儀なものですね。

 

 目の前の男は私のことを大好きですが、他の皆も好きです。

 どんな人であれ、どこか好意的に見るといいますか、眩しいものに憧れるように見上げてくるんですよね。顔も悪くないし、背だって高い。冒険者としての才能もあるくせに、あんな目で見てくるのですから嫌味ですか? 嫌味ですよね。

 

 私もこの男のことが嫌いではありません。むしろ好きです。いつも期待してくれて、私の実力を認めてくれて、常に前で戦ってくれるこの人のことを好きになるのが自然でしょう。

 一緒にいて落ち着きます。喋っていて笑顔になります。触れられていて心臓が高鳴ります。ふと、その腕で抱きしめられたくなります。

 

 ただこれが愛情なのかはわかりません。まだ私も子供なのでしょうか。

 

 でも、しょうがないじゃないですか。

 悔やむのも反省するのも未来の大人な私がやってくださいということで。

 

 ……ユウスケ。

 なんにでも好きになってしまう頭が幸せなこの男。

 頑固者で常識人振るくせに妙に子供っぽさが抜けていないこの男のこと。

 私のなんでもかんでも肯定する。何もかも包んでしまう安心感と危うさを併せ持つ出会ったことのない人物。

 わかりやすい性格をしているのに――どこかわからない部分がある人。

 

 いつも保護者気取りのくせに実は一番危なっかしいこの男となら、いいかと思ってしまいました。

 初めてを捧げても、まあいいか、と思ってしまったのですから――。

 

 

 

 

 



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三十話

 

 俺は呆けたように座っていた。

 目の前にはめぐみんが手を差し出している

 

 ……何が起こっているのか。何を彼女は言ったのか。

 耳がおかしくなったのだろうか。俺がおかしくなったのだろうか。それとも――めぐみんがおかしくなってしまったのだろうか。

 

「私とあなたでセックスをしましょう」

 

 あっ、もう一度言った。

 聞き間違いでも勘違いでもないらしい。

 

 めぐみんはあろうことか、本当にあろうことかこの魔法使いは、俺に性行為をしようと言ったのだ。

 

 俺としては嬉しいはずだ。いや。嬉しい。

 彼女はとても可愛い。単純に容姿が優れているし、俺の好みである。時間停止をして何度かエロをしたぐらいだ。その誘いに飛び乗るのは当たり前である。

 

 それが――すぐに手を取れないのは、何故なんだろう。ああ、どうしてだ。クズ野郎?

 

 あんなこともして今更躊躇うのだろうか。おかしい。躊躇うぐらいなら、やらなければよかったろうに。

 でも、不自然だ。俺を性行為に誘うなど、試練が理由としては軽すぎる。

 めぐみんみたいな届かない存在が、俺のようなクズを誘うなど納得ができない。元々このエロ遺跡だってめぐみんを途中で追い返そうとするも無理矢理ついてきたのだが、それにしたって俺が計画を立てて連れ込んだ。こんな俺を、彼女が意思を持って性行為に誘われるなんて道理が合っていない。

 

 ……おかしいじゃないか。こいつはそういうやつではない。

 

 ぐずぐずと俺はなにもしないでいると、めぐみんがムッとした顔になっていた。

 

「……二度目なのですが。これで二度目ですよ。何回言わせるつもりですか」

 

 恥ずかしさと不機嫌さが混じったような表情をしている。

 頬を赤く染めながら、ジト目で俺を見ている。

 

「……めぐみんは、さ。どういうつもりでそんなことを言ったんだ」

「どういうつもりもなにも」

 

 彼女の言葉を素直に受け入れられず、俺は無遠慮にも彼女が俺を誘った理由について質問してしまう。

 

「ここの扉を通るためには……いえ、そんなのは建前ですね」

 

 一度言おうとした理由を途中でやめて、彼女は本当の理由を喋る。

 あたふたとしている俺を真っすぐ見据えて、堂々と話す。

 

「私が今あなたとしてもいいと思ったからです。それだけでは、不満ですか」

 

 してもいい。

 どういうつもりなのかと聞かれたら、してもいいのか。

 

 俺が彼女の返答を聞いても何もせず固まっていると、めぐみんは表情を曇らせる。

 ひどく不安で、自信がないような――まるでどこにでもいる臆病な少女のような顔で。

 

 彼女は。

 

「こんなこと言わせないでください。……ばか」

 

 俺を責めるように呟いた。

 

 脳が揺れて、心臓がドクンと跳ねた。その言葉で、魂が震えるほどの衝撃がした。言い訳もなにもかも吹っ飛んでしまう。虚偽が剥がれ、一つの真実が浮き彫りになる。

 

 ああくそ、本当に可愛いなこいつ!

 

 したいさ。

 そうだ。したい。したいに決まっている。めぐみんとセックスなんてしたいに決まっている。

 こんな可愛いんだぞ!

 俺では届かないはずの彼女がこんなこと言ってくれるのは奇跡の何物でもなく、彼女と肌を重ね合いたいと強く思ってしまう。

 

「……ユウスケ。私では、だめなのですか?」

 

 だから、自信がなく震える声で言われた時、思わずその手を取ってしまった。

 柔らかく、小さくて、強張った手を握ってしまった。

 

 この行為は間違いだ。間違いだらけ。正解なわけがない。正解であっていいはずがない。

 けど、そんなことが吹っ飛んでしまうほどめぐみんは可愛くて、俺は彼女のことを欲していた。……愛しているわけじゃない。こんな汚れた俺の感情が、愛のはずがない。

 

 ようやく行動した俺に、めぐみんは恨みがましい目をしている。

 

「むぅ。判断が遅いです。三度目でも手を取らなかったら酷いことになっていましたよ」

「それは怖いな。具体的になにをされていたんだろう」

「もう暴れてましたね。明日のユウスケの目元にはくっきり痣ができていたかもしれません。それに、なにより私とする機会を失うというあなたの人生の一番の大損をするところでした。助かりましたね、ユウスケ」

「……うん、助かった。本当に助かった」

 

 クズの俺は願う。

 

 ――神様神様お願いします。

 何もかも嘘だらけ。偽物だらけの俺ですが、どうか――今この時感じている温かなものだけは本物であってください。

 

 彼女の手は汗をかいていて、その手をギュッと痛くならない程度に握った。

 同じぐらいの強さで握り返してきためぐみんは、恥ずかしそうに言う。

 

「……で、では、するにあたってまずはキスです」

「キスまでするのか!?」

「これからもっと凄いことをするというのになぜそんなことで驚いているのですか!」

「だって、キスって特別なものだし……」

「セックスの方がよほど特別ですよ! いや、キスも特別な物なんですがね! ……なにより先にキスです。キスしないでなんていうのは考えられません。本来ならもっとムードがある場所が良いのですが、まあこれもこれでいいでしょうと自分を納得させますので」

 

 次やるとしたらもっとムードの良い場所ですね、と念を押してきた彼女は、少しだけ距離を詰めてくる。

 

「さあ、来て下さい。ほら、早く」

 

 ムードもなにもない台詞の割りに、彼女は緊張していた。

 彼女といまだに手をつないだままだが、こちらが痛いぐらいに強く握っていた。

 くいっと上げられた顔。身長差を気にしているのか、つま先立ちをしている。体勢が不安定のせいか僅かに体が揺れている。

 

 顔も唇を噛んで、眉を寄せてしかめっ面をしている。

 とてもではないが、キスをこれからしようというロマンチックな姿ではない。

 

「まるで今から戦闘しそうだな」

「戦闘ですよ。私とあなたのタイマンです」

 

 知らなかったのですかとばかりに返してくる。

 こうやってガチガチになられていると俺としてもキスしにくいんだが……。

 

「戦うといっても、どうせお前とやっても俺負けそうだし。それなら怪我するだけ無駄だからすぐ白旗をあげてしまうわ」

「……ふっ、降伏ですか。戦闘にすらならずに勝利ですね。我が軍は強力すぎます。……降伏するなら私も大きな器を見せて、味方にしてあげてもいいですよ」

 

 握りしめられていた手の力が弱まる。

 彼女は俺の一言に日常の感じがしたのか、楽しそうに微かに笑った。

 

 俺はそんなめぐみんを――引き寄せる。

 

「あっ」 

 

 陶磁器のような肌。形のいいすらりとした鼻。誰もが目を止める真紅の瞳。そのどれもが芸術品のような美しく。

 桜色をした柔らかな唇に触れる。

 

「ん……」

 

 その真紅の瞳が、ゆっくりと閉じられるのを見た。

 受け入れるように委ねるように、彼女の力が抜ける。

 彼女の唇の感触はひどく柔らかなものだった。まるで雲に口づけを交わしたみたい。現実ではなく、夢のような感触だった。

 

 ――もしかしたら、散々色々なことをしてきた俺だが、相手の唇にキスをするのは初めてなのかもしれない。

 

 ほんの数秒。

 触れるだけ。大人ではなく子供がやるような淡いキスをして、俺は彼女から顔を離した。

 名残惜しいという気持ち。ずっとこうしていたいと思うも、そういうわけにはいかない。

 唇を交わしていた間、閉じられていた目が開く。

 

「……不意打ちは卑怯ですよ」

 

 口を尖らせて、数歩下がる。

 だってあれだけ緊張していたらキスもできないしな。卑怯な手だっただろうか。

 

「戦いなら不意打ちもありだろう」

「不意打ちは私がするならありですが、他の人がするのは許せません。ぶっぶーです」

 

 ズルですよズルっ子ですと俺のことを非難する。

 その批判を戦闘では油断している方が悪いと子供みたいな返しをしていると、めぐみんの視線が俺の顔の一部分に集中しているのがわかった。

 

 口である。

 めぐみんは俺の口を眺めながら、自分の唇をちょんと触った。

 

「……しかしこれが、キスですか」

 

 彼女はほうと息を吐いてから、艶のある自分の唇を指でなぞる。

 それがなんとも大人っぽい仕草で、自然とめぐみんの唇に注意がいく。あそこにキスをしたのか、俺は。

 潤いのあるぷくりとした唇。そこにキスをしたなど、実際にしたのにどうも信じられない。

 

「やけにキスするのが手慣れてたように思いますが、ユウスケはそんなにも経験があるんですか」

「手慣れているって、初めてだぞ」

「へー、本当ですかー?」

 

 俺の瞳を覗きこむようにして見る。

 疑問なようだけど、実際キスしたのは初めてなんだよな。振り返ってみても、相手の口にキスした覚えは一切ない。クズな俺の価値がない初キスだ。

 

「その割には……でしたけど、まあ今回のことは信じておきましょう」

 

 そう言いながら疑いの色が消えないようだが、実際に初めてなのだから初めてと言う他ない。

 経験者っぽく思えるようなキスだったのだろうか。少し緊張を解してから相手が痛くないようにキスしたのだが。歯が当たると痛いというし、そこだけは気を使った。

 

「さて、ここからが本番です。ただ問題が二点ほどあるのですよね」

 

 めぐみんは自分のシャツの裾を手で掴む。

 

「……え」

 

 そして俺が見ている前で、その裾を上げていく。

 目を外すことはできない。こんな光景から一秒でも目線を逸らすなど大それたことはできない。

 段々と上がっていくシャツの裾。素肌の露出は増えていき、臍が見えるか見えないか微妙な位置まで上げられた。

 

「男性の人のは、何度も射精できないと聞いたことがあります。地下三階で二度射精しましたし、ユウスケのあれはもう限界なのではありませんか。満足するまでセックスとありますが、そもそも大きくならなくてはできないですよね」

「……なあ、めぐみん」

「はい? どうしました?」

「……それはエロすぎないか」

 

 俺は顔を手に当てながら、その光景を見ている。

 彼女は貴族の令嬢がスカートの裾を両手で掴んで持ち上げ、挨拶するかのように、めぐみんはシャツの裾を持ってたくし上げていた。

 大きく違うのはそのシャツは短いことだ。そのせいで彼女がいまだ子供であることを示すようなスジがもろに露出していた。ばっちりと性器が視界に入る。

 

「え、え、そうなのですか? さっき似たようなことはもうしま――いえ、そんなことはなかったのですが、これからセックスするのですからこの程度で一々騒がないでください。……私がすごく恥ずかしくなってくるではありませんか」

 

 いや、あまりにもツボすぎた。

 こういうのに弱いのか俺。

 

「それで一つ目の問題は……余裕そうですね」

 

 めぐみんの視線は俺の股間へと向かっていた。

 既に二発出した後だというのに、ズボンの股間部分が盛り上がっていた。素直で元気な息子だった。遠慮を知らないな、俺のあそこ。

 

 少しビビりながら、めぐみんは俺の股間を凝視している。

 

「相変わらず凶悪なものですね。……二つ目の問題はというと、実際にその凶悪な物があそこに入るかということです。……ユウスケ。腰を屈めてもらっていいですか」

「こうすればいいのか」

「そうです。その姿勢のままお願いしますよ」

 

 彼女は裾をたくし上げたエロい格好のまま俺に接近して、当てた。

 

「め、めぐみん」

「やはり入るかどうか怪しいですね。といいますか、やはり大きすぎません? こんなのを入れようとしたら……ビリッといかないか怖いんですけど」

「……あの、めぐみんさん?」

「ほら、ユウスケも見てくださいよ。ここに入ると思います?」

 

 めぐみんはズボンの上から自分の秘裂を、俺の男性器にくっつけていた。

 彼女は腰を突き出して、自分の女性器をグググと盛り上がった俺の股間に当てて、挿入できるかどうか試している。

 

 これだけで俺はというと射精しそうだった。こいつ……無自覚に超絶エロい行動を叩きつけてくる。

 

 可愛らしく小首を傾げながら、聞かないでくれ。これだけで精一杯になりそうだ。

 というか、痛い。あまりに興奮して勃起したあそこはズボンで堪えきれないように、締め付けられている。

 

「うーん、しかしギリギリいける、かもしれません。本当にギリギリになりそうですが」

 

 シャツの裾を持って下半身を露出させているめぐみんは、亀頭の部分に自分のマンスジを押し当て、入るか入らないか悩ませている。

 しかしまあ、実際入るか入らないかは大事な問題だ。

 どうにかならないかと俺は視線を動かしていると、この部屋に来て最初に見たものを思い出した。

 

「そういえば、あの瓶ってなんなんだろう」

「やっぱり入るかも……瓶、ですか?」

「うっ!」

 

 瓶が俺の背後にあるものだから、めぐみんがよく見ようと若干体を乗り出したせいで、より強く彼女のおまんこが押し付けられる。

 更に膨張した男性器がズボンをパツンパツンにする。

 

「さ、三本も瓶があるし、なにかしら役割があるんじゃないか。なんせこのエロ遺跡にはティッシュとか水とか役立つものばかりあるだろう」

 

 俺はめぐみんの下半身から体を離し、若干前屈みになりながら背後にある三本の瓶の場所に行く。

 部屋の端に置いてあるのは大きさも色も違う三本の瓶である。

 一番右にあるのは小瓶だ。

 

「そんなに都合良く置いてありますかね」

 

 流石に裾から手を離しためぐみんは、俺の背後から覗き見る。

 小瓶には俺のよく知る日本語で半田という文字が書かれてあって、その下にはこの薬がどういうものかを表した文字がこちらの世界の言語で書かれてある。

 

「避妊薬……と書いてあるな」

「それは、役立つものですね。これで妊娠というのは勘弁してほしいですし。気配りができています。こんな頭が悪い遺跡を作った人達ですけど」

 

 男が飲めば一週間ほど効果が現れる魔法薬である。

 確率をゼロとまではいかないが、女性の妊娠の可能性を大幅に下げる効能だ。

 この遺跡を作った首謀者ともいえる転生者がこの魔法薬を作りだしたとされているが、素直に助かる。ここにコンドームなんてないしな。

 

 一番右が避妊薬だ。真ん中も何かしら役立つものかと期待する。

 

「これはローションだな。グリセリン製で性器に使っても安心と書かれているわ」

「気配り名人ですか。ランクアップしちゃいましたよ。気配りが過ぎます。ちょっと怖いです」

「そして、最後のこれが……最高級ポーションだな」

「……ここまでくれば気配りの達人の称号を差し上げましょう」

 

 セックスするのに必要な物が揃い過ぎて怖い。

 使う人のことを考えて用意されていて、よほど考え込まれたものだと思い知らされる。

 

 俺とめぐみんは、このエロ遺跡にどれだけの情熱とお金と技術がかけられているか正直恐ろしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベッドの上でめぐみんが待っている。

 仰向けに寝転がっていて、こちらを見ている。

 ベットにはシーツも隠せるものは何もなくて、俺のシャツも脱いだめぐみんは全裸で、おっぱいを腕で隠していた。ただ秘所は隠していなく、ローションが塗られた女性器が光にあたってテカテカとしている。

 

 その光景のなんとエロいことか。

 彼女にとって女性器を見られることよりおっぱいを見られる方が恥ずかしいのだろうか。

 

 避妊薬を飲んだ俺は、彼女の足のすぐそばにいる。

 準備は万端だ。セックスを俺とめぐみんは今日する。するのだ。……してもいいのだろうか。

 震える声で俺は再度確認してしまう。

 

「……めぐみん。本当にいいのか……?」

「よくは、ないはずですよ。こんなところで初めてなんて私の理想とは違います。とはいっても、思い通りにならないのが人生というものですし、この場でいいかと思ってしまったのですからいいんです」

 

 彼女の言葉はよくわからないが、了承しているということはわかる。

 心臓が波打つ。すると決めたというのに、俺はとんでもない緊張と他に様々な感情がこんがらがっていた。

 

 その様々な感情を一呼吸で落ち着け、彼女の股へと近づく。

 俺は勃起した男性器を彼女のスジに当てる。

 ローションで濡らされた女性器はくちゅりと音を立てた。

 

「んぅ……!」

 

 その中に入れようとするも、なかなか入らなくて手こずる。

 

「ひゃ……も、もしや生意気にもじらしているつもりなのでしょうか……」

「じゃなくて、めぐみんのが狭すぎて入りにくいんだよ。滑るし」

「そればっかりは知りませんよ! よく狙ってくださいなんて私の口から言えません!」

 

 いや本当に彼女の秘所は狭いのだ。

 彼女の未成熟なおまんこは本人の意に反して、何物をも入らせない鉄壁であり、その処女を守るために俺のちんこを拒んでいるのである。

 自分の竿を持ってなんとか中に入れようと亀頭でグリグリと彼女のおまんこに押し当てる。

 

「うっ……あっ!」

 

 彼女はおっぱいを隠していない方の手で、ギュッとベッドを掴む。

 小陰唇に一瞬亀頭の部分が擦るも、それ以上中に入らず外れて大陰唇を滑った。

 グリグリっと何度やっても挿入できない。

 

 くそう、焦る。本番は初めてだ。こんな時童貞がもろに出ている。どうやって入るのだろう。どれだけ力を込めればいいのだろう。痛くならないようにする力加減がわからない。

 

「ゆ、ユウスケ。ここに入れればいいのです」

 

 彼女はベッドを掴んでいた方の手で、自分のスジを左右にぱっくりと開く。

 ピンク色の膣が見える。

 膣壁もクリトリスも、膣口も彼女は自分の手で露わにしている。

 ここまでされれば次は外しようがない。俺は処女膜がある膣口へと亀頭の狙いを定める。彼女の下の小さな口に不釣り合いな大きさの亀頭で接吻をする。

 

「いくぞ。めぐみん」

「き、きてください!」

 

 ちょっと亀頭に力を入れても、彼女の膣口はその内へと入らせようとはしない。

 なので仕方なく強く力を入れて俺はその中。誰も触れたことがない彼女の膣口の中へと挿入していく。

 

「くっ! うっ!」

 

 めぐみんの痛まし気な声が聞こえる。

 亀頭の外側辺りになにかが引っかかる感覚がする。これがきっと彼女の薄ピンク色の膜なのだろう。彼女の膣が使われたことのないという証。

 不思議な弾力性があって、なかなか破れない。

 

「あぁ!? やっ! うっ……いたっ……あっ!」

 

 それが破れた。

 

 めぐみんの処女膜が破れて、俺の男性器は彼女の更に奥へと潜り込む。

 痛みからなのか、彼女の目からツーと涙が零れた。

 自分の股間部分を見てみると、めぐみんの膜が破れたことにより出た少量の血が、俺の竿を伝って流れていた。

 

 俺の竿をある程度まで押し込めると、腰を止めた。

 おっぱいを隠すのも忘れて、両手でベットに皺ができるぐらい強く握って、目を涙で潤ませているめぐみんを心配する。

 

「めぐみん大丈夫か!?」

「大丈夫なわけないでしょうが!」

 

 案外元気にめぐみんは叫ぶ。

 自分のお腹を指で刺しながら再度叫んだ。

 

「これ見てくださいよ! ぽっこりとお腹が膨らんでいますよ! どれだけ大きいのですかあなたの!?」

「……うわっ」

 

 めぐみんのお腹は妊娠したようにちょっぴり膨らんでいる。

 こんなことになるなんておかしいし、俺の男性器はそれほど大きくないと思っていたが随分大きいのかもしれない。めぐみんの体がちっこいというのも関係しているだろうが。

 

「はぁ、はぁ……お腹に大きいものが入って息苦しいですし、滅茶苦茶痛いです。初めてがこんなにも辛いものだなんて思ってもみませんでしたよ」

 

 めぐみんは自分の目を擦って、涙を拭う。

 

 ……俺も正直かなり痛い。

 彼女の膣内は大人の男性器が出し入れするのはあまりにも狭くて、ギューギューとあそこを握りしめられているようだ。

 

「少しの間はジッとしておいてくださいよ。動くの厳禁です。……でも、実際あんな大きいものが私の中に入るものなんですね。生命の神秘です」

 

 彼女は膨れた自分のお腹を赤ん坊がいるかのように撫でる。

 そうされると、竿に独特の感触がしてぶるりと背筋を震わせた。 

 

「……私達、やってしまいましたね」

 

 男性器が自分のおまんこと繋がっているのを見て、めぐみんはどこか信じられないような口調で呟いた。

 

「やってみれば大したことなかったような、やっぱりなんだかすごいことをしてしまったような、なんでしょうね、この感覚。ユウスケの方は童貞を卒業して、どういう気分でしょう」

「はっきり言い過ぎだ」

 

 女の子なのに妙なところは堂々と言ってしまうんだよなこいつ。

 

「……ふわふわとした気持ちだよ。何故かめぐみんを無性に抱きしめたい衝動には駆られているけど」

 

 こうガバッと抱きしめたい。

 どちらも裸みたいなものだから流石に不味いかなと思ってしないけど。できることなら彼女の小さな体を壊れそうになるほど強く抱きしめたい。

 

 そうか。俺童貞卒業したのか。

 その実感は薄いけど、妙にめぐみんが愛おしく思えてならない。

 

「まあ。私も、少しそういう気持ちはなくもないです……」

 

 照れ臭そうにしながら彼女はそっぽを向く。

 彼女はそうやって照れたのが恥ずかしいと思ったのか、唾を飛ばしながら俺に吠えたてる。

 

「というかあれです! 痛いのは私が気持ち良くなれてないからだと思います! なので、ユウスケは私が気持ちよくなれるような言葉をください!」

「そんな無茶振りな」

「あなたの大きいのを入れている時点でこっちはかなりの無茶振りですからね! それぐらいはすべきですよ!」

 

 気持ちよくさせる言葉といってもな。どんな言葉を使えばいいんだ。恋人もできたことない俺にはさっぱりわからないぞ。

 難易度は激高である。突然空を飛んで踊れと命令されるぐらいの無茶振りだ。

 

 お手軽といえば人聞きが悪いが、女の子が言われて嬉しがると聞く言葉を最初に試してみる。

 

「かわいい」

「単純すぎます」

「美人」

「当たり前のことは賛辞とはなりません」

「爆裂魔法が素敵」

「あのですね……。なんでもかんでも爆裂魔法を絡めれば私が喜ぶと思ったら大間違いです」

 

 これでも駄目となるとどうすればいいんだ。

 悩む俺は彼女の胸を見る。

 

「おっぱい大きい」

「……ぶっ殺しますよ」

 

 うん、これは俺が悪かった。

 闇討ちされてもおかしくない暴言である。

 

 改めてどう褒めていいか悩み果てる。最終的に出た言葉はめぐみんが言うような単純な言葉でしかなかった。

 だから俺はその単純な言葉を添えて、彼女の頬に軽く口づけした。

 

「――好きだ」

「……っ!」

 

 くちゅと亀頭に粘液性のものが絡む。

 竿を拒否するかのようにきつく締め付けていた膣が、僅かに緩んで痛みが薄まる。

 

 どうして急にと思ってめぐみんの顔を見ると、頬をリンゴのように赤くしためぐみんがいた。

 

「キスで感じたわけではありませんからね!? 勘違いしないでください! ……でも、効果も少しはあるかもしれないので……もっとしてください」

 

 こうするのがいいのか。

 俺は彼女の形の良い鼻や頬やおでこに口づけをしながら、何度も繰り返す。

 

「好きだ。好きだぞ。めぐみん……好きだ」

「ん。んん、んうっ」

 

 キスの雨にくすぐったそうにするめぐみん。

 ささやく度に、キスする度に、少しずつ彼女の膣はほぐれてくる。

 

 可愛い。可愛いな。この魔法使いは可愛さだけでできているようだった。エロくて可愛い。夢中になってしまいそうになる。俺の意識の中には彼女だけがいる。

 きめ細やかな肌は唇に吸い付いてくるようだ。

 

「もう、動き始めても構いません……」

 

 彼女から許しが出たので、俺は腰を動かし始める。

 痛い。いまだに彼女の膣内はキツキツで、潤滑液があったとしても俺の男性器を自在に動かすのは辛かった。

 しかしそんな痛みを忘れるぐらいの興奮があった。快感があった。

 

「やっ……あっ、ユウスケ! あっ!」

 

 突く度に彼女の体が動く。

 突く度に彼女の表情が変わる。

 めぐみんは今、俺と一緒にいる。俺が動くとめぐみんの反応が返ってくる。それが気持ちよくて、たまらなかった。

 

 肉棒をめぐみんの膣の浅い部分で、くりくりと動かす。

 

「ひあ……く……ああ、あ」

 

 奥の方は痛いみたいだから、カリ首で浅いとこを当てる。

 もう破れた処女膜を俺の男性器で根こそぎ剥ぎ取る。

 

 俺のどうやら人並み外れたちんこが、彼女の膣肉を蹂躙する。まるで自分用にでもするかのように、彼女の股間に挿入して動いている。

 俺は彼女をどうにかして、気持ちよくさせようと浅いとこをこつんこつんとかき回しながら、自分の右手を彼女の股間に持って行く。

 

「うぅ……ゆ、ゆうすけ、な、なにを……ひゃ!?」

 

 皮に包まれていた陰核。クリトリスを細心の手つきで露出させる。

 

「なにを、するつもりですか……あっ、んぁ……やぁ!」

 

 クリトリスを優しく触る。

 その瞬間、めぐみんの体は跳ねた。予想外の衝撃に体が驚いた。

 

「くあうううう、あああああああ、あああっ」

 

 何よりもデリケートな場所だけあって、優しく優しく。

 潤滑液が更に流れてくる。

 ぺちょりと竿にめぐみんの愛液が絡みついてくる。くにくにとクリトリスを弄りながら、腰を前後に動かしてめぐみんの膣にストロークする。

 大分腰を動かすのも楽になってくる。

 

「ゆ、ゆうすけ。顔見ないでください……」

 

 顔を隠そうとするめぐみんの腕をこじ開けて、彼女の自分がどういった表情をすればいいのかわからず困惑した顔に口づけをする。

 

「……かわいい。ほんとかわいい」

「あっ、んくううううう、みないで、みないで……!」

 

 ここまで来たら浅いところだけでは物足りない。

 彼女の膣の奥へと肉棒を差し込む。

 

「入ってます。……おくにぃ、とんでもない奥に入ってきています、やぁ。ああん!」

 

 めぐみんの小柄な体躯にのしかかるようにして、腰を打ち付ける。

 ずるりと俺の竿がめぐみんのスジの中に遠慮なく入り込む。子供っぽいおまんこが、巨大な肉棒によって無残にも形を変えて、いやらしく呑み込んでいる。ただのスジとしか見えなかった女性器は、大人のセックスをする場所にへと変わっていた。

 幾本かの血の跡が流れ、股間を打ち付ける度にちんこに絡みついた彼女の愛液が飛び出し、彼女のお尻を濡らしていた。

 

「ひゃあ、あつい。あついです! おちんちんが私のおくにぃ。あつくて、あつくて、ああああん!」

 

 普段とは変わったしおらしい姿に、興奮してしまう。

 様々な感覚に戸惑い、受け身になっているめぐみんの姿は、淫猥だった。卑猥だった。ひたすらエロかった。

 

 コツコツと彼女の膣の奥で小刻みに震わせる。

 子宮口のその手前のところの膣壁を亀頭で叩き、カリ首でひっかく。

 

「はっ、くああ、うああああああああ、やああっ!」

 

 めぐみんのおまんこの奥までちんこが届いている。

 どんなものでも入ったことがない場所を俺の肉棒が初めて入り込み、先走り汁がそこにねちゃねちゃと塗りつけられる。

 まるで自分のものだと証を刻み込むかのように、誰も到達したことがないめぐみんの体をマーキングする。

 

「はぁああ! あっ、なんですかこれ。あっっ、ううう!」

 

 華奢な体。

 保護欲をそそられる小さな体に性欲をぶつける。到底受け入れられるとは思えない小さな体に肉棒を出し入れする。

 

 体が溶けていきそうだ。

 彼女の声が、彼女の顔が、彼女の体が俺の脳髄を溶かす。乱暴にならないようにだけ気を付けて、めぐみんの膣を味わう。

 気持ちいいという言葉はこの行為にはあまりにもむなしい。足りていない。ただ快楽を貪り食らうようにめぐみんのすべてを飲み込む。

 

「んんんう。ゆうすけゆうすけユウスケ。なんだかこわいです。ああっ、ううっ」

「……めぐみん、もう痛くはないか?」

 

 汗で濡れためぐみんの髪の毛が彼女の頬にくっついていたのを手でゆっくりと払いながら、尋ねる。

 

「まだ、いたいです。んっ。あっ、でも……この痛みが私とあなたの初めてなんですよね」

 

 可愛い。

 本当に可愛い。

 

「んう……!」

 

 俺は思わず抱きしめてしまう。

 この可愛らしい魔法使いが自分のものとでもするかのように、小さな体と触れ合う。温かい感覚。熱を帯びためぐみんの体は柔らかくて、心地いい。

 

 限界だ。

 性欲の限界。

 腰を振っていた竿の金玉の部分からどくどくと精液が作られていくのがわかる。この小さな天才魔法使いの中に射精したいと男性器が燃えるようだ。

 

「射精す。射精してしまう。めぐみん!」

「んぅ……出すのですか。……いいですよ。きてください」

 

 ああもう、無理だ。

 我慢できない。するつもりもない。

 体が繋がっている。俺とめぐみんの感覚が溶けて混ざる。本能が昂っている。ぐちゃぐちゃになる。快感だけが思考を支配する。

 

 彼女の膣内に出す直前、彼女はどうしてか俺の首に手を回して、顔を上げた。

 

「――ユウスケ」

 

 声がした。めぐみんの声が。

 それに返事をする間もなく、口を塞がれる。

 

「好きですよ、ユウスケ」

 

 彼女の唇によって。

 

 その行為が――引き金になった。

 腰が引っ張られるような快感の中、俺は男性器を彼女の中で開放させる。

 

「んうううううう! 奥があついあついです! あああああああ! っぁあああああ!」

 

 びゅるびゅるとめぐみんの膣に精液を飛ばす。子宮口近くまで押し込んだちんこが、めぐみんを孕ませようかとするように、白濁液を彼女の膣内へと流し込む。

 止まらない。

 彼女の体の中をすべて白く染め上げるように、精液を俺は出し尽くす。

 

 熱い精液がめぐみんの子宮にまで届いていく。

 長時間その姿勢のままでいたような気がするが、実際はほんの数秒だったのだろう。思いのままめぐみんの中に射精した俺はゆっくりと彼女の膣から肉棒を出す。

 ピュっと彼女の膣から中に注がれた精液が溢れた。

 

「ふぅふぅ……」

 

 浅く俺は呼吸してめぐみんの体から退く。

 初めてのセックスはとんでもない快感だった。

 

 それをぶつけられためぐみんはというと、少し辛そうな表情をしながら上半身を起き上がらせた。

 

「……大変でしたが、これで終わり……って、ユウスケ! まだあなたのが大きいのはどういうわけですか!」

 

 そうなのである。

 俺の男性器は射精した後も硬さを維持していた。まだ満足したとはいえない大きさである。今すぐにでもまた出したいと主張しているようだ。

 

「めぐみんが悪い」

「えっ、私が!?」

「だって、最後にあんな可愛いことするから……」

 

 まさかめぐみんが好きと言いながらキスしてくるなんて思ってもみない攻撃だ。俺の不意打ちなどとは比べようがない桁違いの不意打ちをかましてくれた。

 

「あれは、その……テンションが上がった勢いです!」

 

 自分でもやってしまったと思ったのか、彼女は顔を真っ赤にして叫んだ。

 

 そして、こちらから見えるように盛大にため息を吐いた。

 

「はぁー。しょうがないですね。もう一度やりましょうか」

「……良いのか?」

 

 初めてでめぐみんは今でさえ辛いだろう。

 続けて性行為するのはあまりにも負担が大きいように思える。

 

「どの道この部屋は満足させないと出られないようですからね。あなたが満足するまで付き合いますよ。まあ、私の失言でまだ満足できてないようですし……」

 

 そう言って彼女は上半身を起こしたまま両腕を広げる。

 聖母のように彼女は俺の欲望を受け止めると、態度で表した。

 

「はい、こっちにどうぞユウスケ。……ですが、優しくしてくださいね?」

 

 瞬間、理性がぶちギレる。

 俺は彼女の体をガバッと抱きしめて。

 

「きゃ」

 

 性行為を再開させる。

 

「こらっ。ちょっと、ユウスケ! このわんこ! がっつきすぎですって!」

 

 

 可愛い可愛い魔法使いの誘いで、二回戦が始まる。

 

 

 

 

 

 



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三十一話

 

 

 床の上で俺は正座をしている。

 冷たい床が心地良い。しかし、疲れた体でこの体勢は辛い。だから当然俺がわざわざ正座をしたくてしたいわけではなく、させられているのだった。

 

「……申し開きはなにかありますか」

 

 正座を命令しためぐみんはというと、少し汚れている俺のシャツを再度着ながら仁王立ちをしている。

 

「……やりすぎました」

 

 俺は素直に自分の反省の意を表した。

 こちらに人差し指で差しながら、彼女は俺を怒る理由を叫ぶ。

 

「五回ですよ。五回! 本当にヤりすぎです! 私も満足するまで付き合うとは言いましたよ。言質は取られました!」

 

 俺以上に疲労した顔つきを彼女はしていた。

 

「それにしたって五回はヤりすぎでしょう! 最後の方は私殆ど意識なかったですからね! ……あ……あ……とゾンビなうめき声で相手していました! 腰が、腰が痛いですし、あそこもヒリヒリします!」

 

 一回戦が終わっても俺のあそこは元気で、満足するまでというこの部屋の条件をクリアするために俺達は二回戦を始め――そこから五回戦まで続いた。

 俺が満足するためにはそこまでかかってしまったのだ。めぐみんの小さな体に五回も出してしまった。付き合わされためぐみんが怒鳴るのも仕方がない。

 

 しかし、こちらからも反論の余地はあると思われる。

 

「めぐみんも三回戦の時は……」

「なんですか?」

「三回戦の時はめぐみんもこっちの足に自分の足を絡めて、自分から腰振っていたし」

 

 あれで益々興奮してしまって俺も歯止めが効かなくなってしまったのだ。

 

 二回戦の後俺のあそこはまだ元気だったが、めぐみんが辛そうだったのでそこで一度休憩した。

 置いてあったポーションを股間に垂らして膣の痛みを治した後、趣向を変えてめぐみんが俺の上に乗ってしていたら、なにやら興が乗ってきたのか、ノリノリな感じでのセックスに三回戦はなってしまった。

 

 俺に体全身をべったりと纏わりつかせ、だらしない顔で腰を振っていた。

 

 ただそうなったのも今考えるとポーションのせいかもしれない。ポーションで怪我を治すと、少し興奮する。急速な回復は僅かな快感をもたらす。最高級ポーションを膣に浴びせためぐみんは、もしかしたらそれだけでかなりの快感があったのかもしれない。

 何度もキスしながら自分から膣にちんこを出し入れしていためぐみんはというと、大声で否定する。

 

「は、はぁ!? 一向に記憶にございませんけど! ないですね! 皆無です! 私とするのが気持ち良すぎて夢でも見ていたのではありませんか!」

「あー、確かに無我夢中だったからありえないことはないな」

「そうですよ。白昼夢です。幻です。幻覚です。うんうん、あなたが現実を直視できて私も嬉しいですよ、ユウスケ。……ふぅー、危うく記憶がなくなるまで折檻しないといけないところでした」

 

 今の状況も夢ではないかと頬を抓っていると、なにやら小声で不穏なことが聞こえた気がするが、勘が危ないと告げているので聞き返すことはなかった。

 

 頬を抓ると痛かった。

 夢じゃないのか。夢みたいな出来事なのに。

 

「……こんなにも中に出して……避妊の魔法薬飲んでもらっているからいいものを、飲んでなかったら絶対私妊娠していましたよ。……んんぅ」

 

 めぐみんがぺろりと裾をまくりあげて膣から白濁液をぽとぽと落としているのを見ると、やはりこれは夢ではないかと思うけれども。

 俺の精子を女性器から出していためぐみんと目が合う。

 

「そんなに見られても困りますが……なんですか、ユウスケ。まだ満足できないと?」

「している。俺も限界だわ」

「それはそうでしょう。あなたが出したのは上の階と合わせて合計七回ですからね。満足してなかったら驚きです」

 

 もし触手と戦うなどがなければ後二、三回はいけたかもしれないが、今日はもうからっけつだ。これだけめぐみんのエロい姿を見てもピクリともしない。

 彼女は俺の精液でたぷたぷになったお腹から精液を吐き出させ、女性器を水で洗った後、改めて最高級ポーションを膣に垂らしている。

 俺は彼女が床に零した精液をティッシュで拭き取り、穴に捨てて、俺もあそこを水で洗う。めぐみんの汁がべったりとついた男性器を、洗い流す。

 

 後始末というかぐちょぐちょだった体を少しはマシにする。

 地下六階は予想外に時間がかった。数時間はここに二人でいただろう。俺達もかなり疲れていた。本来ならもう寝てしまいたいぐらいだ。特にめぐみんは疲れている。

 

 だが、なんとか俺達は気合を振り絞り、次の扉の前に立つ。

 顔を見合わせることなく、呟いた。

 

「……次こそは終わりだといいな」

「それを願うしかありませんね」

 

 もう何を言っても駄目な気がして、なるようになれという気持ちで俺は扉の横にあるボタンを開ける。

 

 鞘を使わず手でだ。

 満足するまでセックスと書いてあるが、どうやって判断しているかもわからない。しかし、技術的には本当に大したもので、満足するまでセックスした俺達の前に扉はごく自然と開いた。

 そこは今までとは随分違った。

 

「ユウスケユウスケ! これってもしかして!?」

「ああ!」

 

 目に映るのは不気味な下へと降りる階段ではなく、部屋だった。大きな部屋である。明るく清潔なこの遺跡には似つかわしくない部屋だ。

 これだけでも上の階達とは大きく違うのがわかる。

 そして更に奥にはまるでエレベーターのように上の矢印が書かれたボタンと扉があった。まるでアクア様のお姿のようにボタンと扉は光り輝いていると錯覚する。

 二人で手を取り合って喜ぶ。

 

「出口だ。とうとうたどり着いたんだ!」

「……ようやくですね。私達の苦労が報われました! 苦節十数年。幻の土地へとたどり着いたのですね」

「入って六時間か七時間ほどだと思うぞ」

「つまらない男ですね。こういう時は大げさに言っていた方がより感動のシーンになるのですよ。物語の鉄則です」

 

 だが――それだけではない。

 

「もしやあの! あの柄と剣身は!?」

 

 床には見覚えのある物が剥き身で置かれている。

 なくなってしまったはずの一振りの剣。

 

「あれは俺の剣じゃないか!」

「もけもけ号」

「あれは俺のもけもけ号じゃないか!」

 

 めぐみんに訂正された名前の剣の元に俺は急ぐ。

 間違いなく俺の剣だ。皆から買ってもらった俺の剣だ。この剣をなくしてこのエロ遺跡に対するやる気も途中で結構下がっていたぐらい大事な物だ。

 

 良かったマジで良かった!

 俺は頬ずりしそうになるも、危ないと思いなおして鞘に丁寧に納める。

 

「これだわー。この重さが安心感があるんだよな」

 

 ずっしりとした重量感に俺としても大満足である。まさか触手に取られるとは思わなかったが、戻ってきてくれて本当に良かった。

 皆から金を出してもらったものが実質役立ったのはキールのダンジョンだけなんてあまりにも悲しすぎた。こうしてまた戻ってきたのは正直感涙しそうなぐらい嬉しい。

 地下二階で触手に奪われたのにどうしてここにあるのかという疑問はあるが、奪った装備などはここで返すようになっているのだろうか。

 

「見てくださいよ! これ凄いです!」

「ん? おおっ、凄いな」

 

 剣と奥の扉しか意識していなかったが、横には服がずらりと並びかけられていた。

 男性用はないが、女性用は山ほどある。一つのデパートの服屋の商品をすべて集められているかのような量だ。

 

「靴まであります! 悩みますこれ滅茶苦茶悩みますよ! こんなとこに来て散々な目に会ったというのに少し嬉しい自分がいます!」

 

 普段そこまで服に頓着しないめぐみんが、なにをそんなに喜んでいるかというと、普通の服だけでなく様々な衣装の服があるからだ。

 そんなにアニメは見たことはなかったが、アニメに出てくるような衣装もあって、めぐみんの琴線に触れそうな服が何着もある。着心地よりも派手さといったデザインを意識した服が多い。

 

 この遺跡の成り立ちから考えるのに、もしかしたら俺の世界の服を参考に作ったりしているのかもしれない。

 

「これ何着か貰ってもいいのですよね!」

「でも、ここに一人一着だけって書いてあるから一着だけにしといた方がよさそうだぞ。また何かしら罠でも発動したら本当に嫌だし」

「えぇー。この中で一着だけですか。残酷すぎます。この遺跡で一番辛い試練かもしれません……」

 

 黒い羽根を背中に生やした黒を基調とした服、小道具として本と十字架みたいな杖があるものを手に取って、自分の体に合わせているのを見ると、めぐみんも女の子だなと微笑ましい。

 鏡も置いてあって、いくつかの服を選んでから鏡の前で合うか合わないか試している。

 

 これはそこそこ時間がかかりそうだ。服を選んでいる間暇になるだろうなと服とは反対側を見ると、なにやら台を見つける。

 

「なんだこれ?」

 

 台の上にはなにか小さいものが二つある。

 気になって俺は近づく。

 小さく限定クエストクリア報酬と書かれた台座の上に、小さなスイッチとこれまた小さなピンク色の楕円形のものがある。見た印象としては、玩具みたいだった。

 子供の玩具か? 何故これが限定クエストクリア報酬なのだろう。謎だな。スイッチを入れてみればわかるのだろうか。

 

「これなんてどうでしょう? ユウスケ! 着替えるので見てください!」

「ん……ああ! わかった!」

 

 まあ今どういうものかと急いで理解しようとしないでもいいか。

 もう帰ることができるのだ。帰ってからゆっくり探ればいい。

 

 何かしら役立つ物ではあるかもしれないと俺はポケットの中に入れて、めぐみんのファッションショーを見に行く。

 

 しかし、エロ遺跡。

 

 噂通りとんでもない場所だった。

 かつてこのエロ遺跡を作った人達のことを稀代の変態集団。最悪の女の敵。技術を持った馬鹿などと揶揄されることは多く、そのどれもが正しい。

 自分と同じ転生者だろうが、本当にそう思う。馬鹿だ。本当に馬鹿ばっかりだ。

 

 しかし、敢えてその情報に付け加えるとしたらこうだろう。

 

「気づかいの天才でもあるな」

 

 無駄に日本人らしさが見える遺跡でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 疲労で重たい体を引きずるようにアクセルの街の帰路を歩く。

 夕方も終わりそうな時間帯。夜が近くなってきたので、影は俺達の随分前にまで伸びている。

 人通りも殆どない。俺とめぐみんは一日の大半を過ごしたエロ遺跡から脱出し、ようやく家に向かっているのだった。

 

 帰りに一応冒険者ギルドに報告はしてきた。あそこはエロ遺跡ですと報告すると、かなりの大金を貰うこととなった。口止め料込みなのでこれだけの大金なのだろう。

 

 情報屋に払ったお金は殆ど戻ってきたといってもいい。

 まあ情報屋としてもエロ遺跡の情報は冒険者ギルドに垂れ込んだとしても冒険者ではないので金がもらえないし、元々貴族が密かに管理していたが貴族を脅して金を取るのはリスクが大きいので、これしか情報を金にする方法はないと言ってたし、このお金はありがたくいただいておこう。

 

「ふふふふふーん! ふー、ふふふふふふふーん!」

 

 新しい服を手に入れて鼻歌交じりにスキップしているご機嫌なめぐみんを見ると、こいつタフすぎるだろうと思わざるおえない。

 マジで剣士としてやってもなんとかなってそうだ。

 

 普段とは違う格好をしためぐみんと共にアクセルの住宅街を帰っていると、俺達の家の前に見覚えのある人がいた。

 

「なにしているんですかね、あの子」

「さあ。誰かと約束していて待っているのだろうか」

 

 どうしてか家の前でゆんゆんが突っ立っていたので、俺は呼びかける。

 

「どうした。ゆんゆん。そんなとこにいて」

「あっ。めぐみんとユウスケさん! 家に帰ってもいないので待ってたんです! おかえりなさい二人とも!」

 

 ゆんゆんが嬉しそうにこっちに駆けてくる。

 ぱぁっと笑顔になって来るその姿は、まるで主人を見つけた犬のようだった。

 

「そうか。こっちの方こそ旅からおかえり。でも、別に家の前で待たなくても良かったんだぞ。いつから待っていたんだ」

 

 まだ夜になると少し肌寒いだろうに、遅くなっても帰ってこない俺達を心配して家から出たところに鉢合わせたのだろうか。

 ゆんゆんは少し考えてから、まるで食事の献立を教えるかのように呟いた。

 

「えーっと、たしか昼頃からですね」

「お、おう、ひ、昼からか……」

 

 ゆんゆんのさらりとした発言に俺は少し引く。

 軽く五、六時間は待っているのではないだろうか。犬は犬でも忠犬だった。……俺達がまだ帰ってこなかったとしたら、どれだけ待つつもりだったのだろう。

 

「たまに出るあなたのナチュラルな闇は本当になんなんですか。長年の付き合いである私も少し引きますよ。……まあ、そんなことより私の格好はどうです?」

「どうですって……うわうわ! なにこれ格好いい! めぐみんその服装どうしたのよ!」

「ふふふ、困難な試練を達成した報酬とだけ言っておきましょう」

 

 めぐみんが新衣装でばっちりポーズを決めていた。

 彼女の瞳のように真っ赤なズボンと上着。黄色の胸当てをしていて、白のブーツを履いている。頭には黒の鉢巻きをしてデカい肩当てが印象的だろうか。

 めぐみんがエロ遺跡でも守り切ったとんがり帽子は妙にその服と似合っていない。

 ただとんがり帽子とは合わないだけで、赤を基調にした服装だからかめぐみん自体とはかなり合っている。

 

 というかそれを着ているだけで滅茶苦茶強そうに見えた。例えば、ドラゴンも怖がって跨いで通るぐらいの。

 

「この服装についているいくつもの石はなんなの」

「ただの水晶です」

「見栄えだけの物ね! 素敵!」

「ここに魔力増幅材でもはめ込むのが正しいのかもしれません。動きやすいし、今後これで活動するのもやぶさかではありませんね」

 

 ゆんゆんは恥と照れがあるだけで、めぐみんと感性自体は似ていると思うことがある。

 目立つことや人と話すことは苦手で奥手な可愛らしい少女だが、それはそれとして深く付き合っていけばかなりぶっ飛んだ性格をしている。約束もなにもなく数時間外で待っているところからもわかる。なんだかんだで彼女も紅魔族なんだよな。

 後、それを普段着にするのはやめろ。なんとなく不味い気がする。

 

「このマントなんて外は黒で中は青色というのがオシャレポイントで高得点を叩きだすでしょう」

「きっとそれだけで十五オシャレポイントはあると思うわ。……んっ、めぐみん。それって紅魔族のマントとは違うようだけど紅魔族ローブはどうしたの。家に置いてあるの?」

「ああ。あれでしたら……なくなりました」

「なくなった!?」

 

 突然ゆんゆんが大声で驚く。

 もうそろそろ遅いのだから近所迷惑になるからと言おうとしたけど、言えなかった。あまりにゆんゆんの顔が本気だったからだ。

 

「なくなったって! 不味いでしょ! なんでそんな平然としていられるのめぐみんは!?」

 

 焦りまくっているゆんゆんと違って、めぐみんは澄ました表情だ。

 

「この服を手に入れるための致し方ない犠牲でした。その甲斐あってこんな服を手に入れられたのですから。格好いいですよね」

「格好いいけど! その服私も欲しいぐらい格好いいけど! どうするの! 本当にどうするのよ!」

 

 これはただ事でないと思って、傍観していた俺も会話に参戦する。

 

「紅魔族のマントがないとそんなに不味いのか?」

 

 ゆんゆんは俺の疑問に大きく頷いた。

 

「ユウスケさん! 紅魔族は紅魔族が作る専用のマントがないといけないことが起こるのです。それなのにめぐみんはそんな落ち着いた表情をして! どうせ替えのマントなんて用意していないだろうに! 何から手を付ければ……とにかく今すぐ速達で紅魔の里に手紙を送らないと!?」

「ちょっと落ち着け。こっちはよくわからない。一体どういう危機があるんだ」

 

 右往左往して焦るゆんゆん。

 本当にただ事ではない感じだ。

 ゆんゆんが焦る理由であるめぐみんはというと、少し気まずそうにしながら俺に説明する。

 

「前にウィズさんが私達の種族は、魔力の自然放出が苦手だと言っていたのを覚えていますか?」

「……ちょっと覚えてないな」

 

 いや、思い出してみればそんなこと言ってたような。

 あれは爆裂魔法のために高純度のマナタイト石を購入したときだろうか。

 

「実際そうなんです。魔力吸収率や体の魔力貯蓄率は他の魔法使いと比べたら雲泥の差なのですが、それと比べて魔力の自然放出は並み以下です。それを補うのが紅魔族ローブです。つまりはそれがなければ自然に排出されず、際限がないかと思えるぐらいの魔力が体には貯まっていくのですよ。それこそ不必要な分を遥かに越えて」

 

 もう夜だ。辺りに人はいなく、静かで、自分の唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。

 ある程度予測はついていたが、それでも俺はそうではないようにと思いながら尋ねる。

 

「……めぐみんの許容量を越えるぐらい魔力が貯まってしまえばどうなるんだ」

「それは当然――」

 

 彼女は手を閉じて、勢いよく開けた。

 

「ボンといくでしょうね」

 

 つまりは――いや、考えたくない。

 頭が思考停止する。今まで一番の衝撃によって壊れたようにショートする。

 ゆんゆんがめぐみんの肩を揺さぶっているのが見える。

 

「どうしようめぐみん! めぐみん死んじゃうの!?」

「死にませんよ! というかそんなすぐ死ぬようなものでないってあなたも知っているでしょう!」

「そ、そうよね! 毎日寝る前に魔法をしっかり撃って魔力を使いきれば、そうそうボンにはならないよね! とにかく紅魔の里に速達を頼んで、ケーキは四段重ねを用意すればいいのかな!」

「葬式の用意をするんじゃありません! ……もしやこのライバル! これを機に私を亡き者にするつもりですか!?」

 

 テンパる二人を尻目に俺はマントの中にある神器のスイッチを押す。

 今まで散々気を付けていたにもかかわらず、バレる危険性など一切考慮せず俺は時間停止をした。

 

 時間が――止まる。

 

 昼と夜の中間。狭間である夕方が俺視点では引き延ばされる。

 今日は三十一日。エロ遺跡でも結局一度も使っていないので、時間はたっぷり残っている。

 

「はぁ! ……落ち着け! 冷静になれ!」

 

 時間を停止した中で俺は頭を巡らせる。

 しかし、なかなか上手くいかない。めぐみんが死ぬ。その可能性を考えただけで俺が死にそうになる。死にたくなる。こんなことならエロ遺跡なんて行くべきではなかった。くそくそ!

 

「落ち着け! 俺が落ち着かなくてどうする!」

 

 言語化させることで少し落ち着きを取り戻す。

 そうだ。

 今すぐ死ぬようなものではないと言っていたではないか。魔法をしっかり使っておけば、大丈夫らしい。猶予はあるのだ。それならできるだけ早く紅魔族ローブを入手しておけば問題なくなる。とにかく手早く何よりも早く手に入れるのが重要だ。

 

 今更だが実は……紅魔族を調べた情報の中にそれに似た情報のもあった。

 あれを信じればよかったのに、信じられなかった。

 

 だって紅魔族は遥か昔からいる由緒正しい一族と言っている割には、そこまで昔の活動していた記録がなかったり、紅魔族全員が秘めた力を持ち覚醒するとか、他にも様々な意味不明な情報が盛り沢山すぎて、なにを信じればいいのかわからなかったのだ。

 満月の夜は変身するなど法螺を吹きすぎていて、調べれば調べるほど紅魔族はよくわからないと結論付けるしかなかった。

 

 なんなの! 紅魔族! 本当にテキトーなこと言い過ぎだろう!

 

「――いや、現実逃避している暇かよ! 考えろ考えろ!」

 

 必死になって考える。

 制限時間は三十一分もあったが、時間一杯まで使って俺は考え抜く。手紙。テレポート。どんな手段でめぐみんの元に紅魔族のマントを用意すればいいかを限界まで頭を振り絞る。

 

 流石に頭も幾らか冷静になって、幾つも案を考えてから俺は時間停止を解いた。

 言い争いしている二人に、俺は質問する。

 

「……結局紅魔族のマントを手に入れれば、解決する問題なんだよな」

「はい! ただ一度使ってしまえばその人専用になるので、私のは貸し出すこともできません。めぐみんってば無駄に魔力の吸収率が良いから二週間も三週間もそのままでいたら危ないです。なんでそんなにグイグイ吸っちゃうのめぐみん! 魔力ならなんでもいいの!? 誰彼構わないの!」

「おいそれは私が優秀な魔法使いであることの証明なんだが、そのような変な言い方しないで貰おうか」

「じゃあ今すぐ紅魔族の里から取り寄せる。もしくは俺達が行って購入するというのはできないのか?」

 

 ここまで焦っているなら、そう簡単にはいかないのだろうなと思いながらもとりあえず気になることを聞く。

 

「あー、そうですね。私達でもちょっと紅魔の里に行くのは厳しい難易度です。それと、取り寄せるとなると結構嵩張るので難しいのではないでしょうか。手紙ぐらいなら運べますが、手紙以上の重さのものとなると人の手によって運んでもらわないといけませんし。……特に今頃は魔王軍の幹部がよくウチの里に遊びにくる時期ですからね。配達の人に配送してもらうのも難しいかなと思います」

「遊びに来るというか攻めてきてるからね! ユウスケさん。手紙は一日かけて紅魔の里からアルカンレティアみたいな大きな町にへと飛行型ゴーレムで届けたりできるのですが、マントとなるとそういうわけにはいきませんので……」

 

 魔王軍がよく攻めてくる場所なんて紅魔の里か王都ぐらいなものだろう。

 それでなくても紅魔の里周辺は危険だ。とんでもないモンスターがうじゃうじゃいる。ドラゴンや伝説のモンスターなんかが普通に生息している危険地帯である。配達人も普段ならまだしも、魔王軍が攻めて来たら無理なのか。そこで普通に暮らしている紅魔族はもっとヤバいのかもしれないが。

 こちらから徒歩で買いに行くのも持ってきてもらうのも難しいとなると、徒歩以外の手段はどうだろう。

 

「アルカンレティアから紅魔の里へのテレポートは無理なのか?」

「無理ですね。他の街の転送屋が私の里への登録をするのは原則禁止していますし」

「行きはいいですけど、紅魔の里に戻れるぐらいの力を得てから里帰りしろという暗黙の了解みたいなのがあったりするんです、ユウスケさん。里に戻りたいなら自分の力で戻って来いという」

 

 なるほど。

 アルカンレティアの里から紅魔の里へのテレポートは無理。しかし、飛行型ゴーレムを使って手紙は送れる。

 あれ、それなら簡単な方法があるじゃん。

 

「え。それなら手紙で紅魔族に紅魔族ローブを持ってきてもらうように頼んだらいいんじゃないか。お金は少しの間立て替えてもらって。……めぐみんは紅魔の里の転送屋を使ってアルカンレティアにテレポートさせてもらったんだよな? なら、その転送屋を使ってアルカンレティアにマントを送り届けてもらえばいいのでは?」

 

 転送屋を使うことで金はかかるけれども、こればっかりは仕方がない。

 普段ならそんなに金のかかるような運び方はしないのだろうが、これについては金の出し惜しみをするつもりはない。金で解決できるならむしろ楽なものだ。

 

「…………」

「…………」

 

 あれだけ慌てていた二人が沈黙する。

 どうしたんだろうと思いながらも、最速だと思う方法を俺は喋る。

 

「時間も遅いしここから手紙を送るとなるとむしろ遅くなるだろうから、アルカンレティアに馬車で今から行こう。そこで手紙を飛行型ゴーレムで紅魔の里に運んでもらって、俺達はアルカンレティアで待つ。そして、転送屋から紅魔族のマントを受け取る」

 

 うん、この方法が最速ではないだろうか。

 ただこれだとまだあやふやなので細部を詰めていかなければならない。

 

「馬車も金を出して個人で頼もう。後は……どうしてもアルカンレティアで一日以上は待たないといけないよな。めぐみんは魔法で魔力を消費しなければいけない。だから、めぐみんの爆裂魔法を街の外で撃たないといけないし、もしモンスターが大量に出て来たら危険だ」

 

 爆裂魔法はとんでもいない威力だが、轟音がするためにモンスターを呼び寄せる弊害がある。

 その時に咄嗟に対応できないとまずい。アクセルの街近くはそんなに強力なモンスターはいないからまだしも、見知らぬ場所で大量にモンスターに襲われた時のために何かしら対応策を用意しておく必要はある。

 

「ゆんゆんにはウィズさんのところで頼んでいた高純度のマナタイト石を取ってきてもらってもいいか? そのお金は事前に払っているけど、一応のため更に追加で四十万エリスほどのマナタイト石も買っておいてくれ。……俺は色々と馬車や向こうの街で便宜を図ってもらえるようにダクネスに紹介状でも貰ってくるわ」

 

 彼女の家名の力は大きい。ダクネスの家柄を利用するようで心苦しいが、今回ばかりはその力を利用させてもらう。

 

「めぐみんは疲れているだろうから一回風呂にでも入って体を癒してくれ。二十分後にここに再集結しよう。……さっきからお前ら返事ないけど、大丈夫?」

 

 意識はあるのかと俺は手を振る。

 

「おーい、二人ともおーい」

 

 そんなに穴がある作戦だっただろうか。

 めぐみんとゆんゆんはそんな俺を放っておいて顔を見合わせた。少し呆れ顔である。

 

「……なんと言っていいやら困ります」

「この案だと多分二日ぐらいで手元に届くよね……」

「慌てる必要なにもありませんでした。……しかしそれにしてもこの男。いざという時に頭回りすぎでは?」

「……まあでも頼りになるということなんだから嬉しいことだよ」

「程があるといいますか。頼りになりすぎて、なんか嫌です。案外敵に回すと本気で恐ろしい男なのかもしれませんね」

「ユウスケさんって行動力あるもんね。うん、私もなんだか驚いたよ」

 

 褒めているのか引いているのか怪しい感じで彼女達は会話していた。

 まあ俺だけ三十分近く考える時間があったからな。これぐらいの方法は思いつく。

 

 予想外の危機に襲われた俺達は、個々に動き始める。

 

 誰もが真剣だ。これほどの一大事は今までなかった。

 

「よっし! 今すぐ行ってくる! 待ってろよめぐみん!」

「そうですか。頑張ってください。……はぁ、体が凝っていますし、お風呂に入りますか。アルカンレティアでも温泉に浸かってゆったりしたいですね」

「私も私も! あそこの温泉はとても気持ちよかったよね! 楽しみだなー」

 

 何故かそんなに慌てることもなくウィズさんの店に行くゆんゆんや風呂にゆったりと入るめぐみん。

 

 俺は猛速度でまずは紹介状を貰いにダクネスのとこにダッシュする。

 

 ――速く! 速く! 風になれ!

 俺のせいで――いやそうでなくとも絶対にめぐみんを死なせるわけにいかない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




本番回の感想欄がエロいよりも尊いなどが多いように見えて
あれーと首を傾げる


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三十二話

 

 

 水の都アルカンレティア。

 

 その都市の名前はこの国の誰もが知っている。美しい景色。水と調和した建物の数々。

 水とは人々と最も近しい物質と言えるだろう。人間が生きるということは水と接していくということだ。人としての根源的なものを思い出させてくれる都市である。

 

 水だけでなく温泉街としても有名で、源泉から引かれた温泉は体を癒し、観光客を呼び寄せる。

 疲労や体の痛み。何故か手先が微妙に器用になるなどいくつもの効能を持つ温泉には、一般人だけなく貴族なども入りに来るほどだ。後は職人とかも。

 

 しかし、それだけでは国の誰もが知っているとは言いがたい。

 この都市が誰に聞いても答えられるほど有名足らしめている理由は、アクシズ教の聖地だということである。

 

 つまりはアクア様。

 

 麗しと美貌と慈悲と水の女神様であり、俺を転生させてくれた神様の教徒達が住む場所でもある。

 何故彼らが住んでいるからといってそこまで有名かというと……まあなんだ。あれだ。有名なのは間違いないんだ。うん、有名ってことが大事よね!

 

 そんな聖地にとある目的を持ってたどり着いた俺とめぐみんとゆんゆん。

 一日かけてこの都市に来たわけだが、着いて早々俺は馬車の人と揉めていた。

 

「お代はいらないって、そんなわけにはいきませんよ」

「いえいえ。あのダスティネス家のご紹介ともなればお代なんていただけませんよ」

「むしろ俺としては払わないのはダスティネス家の名前に傷をつけてしまう。そう考えているので、受け取ってもらえませんか」

「……本音を言わせてもらえれば、ダスティネス家というより、ララティーナお嬢様ですね。あのお方への感謝の気持ちです。私もそう考えています。だからこればっかりは受け取れません」

 

 茶色の皮財布から金は取り出しているのだが、一向に御者さんからは手のひらを突き出されて渡すことはできない。

 寝ぼけ眼を擦りながら、ゆんゆんに手を引かれて馬車から降りためぐみんは大きな欠伸をした。

 

「ふぁー。いらないといっているのだからいいのではないですか。無理矢理お金を払うというのも変な話ですし」

「まさしくその通りです。我が町の英雄ララティーナお嬢様への感謝の印とお思いください」

 

 ここまで断固として拒否されては渡すことはできない。

 だからといって、丸一日付き合わせてタダというわけにはいかない。無理を言って夜から馬車を走らせたし。

 

 俺はパチパチとまばたきをして、ゆんゆんに合図を送る。

 

「んん?」

 

 首を傾げるゆんゆん。

 その姿は可愛らしいけど、気づいて俺の意思に!

 

「……もしかしてですけど」

 

 私ですか、と彼女は自分を指差す。

 気づいてくれたか。俺は御者の人と喋りながら小さく頷く。渡せないならこっそり馬車の荷車にでもお金を置いてくれればいい。

 

「…………っ」

 

 そうすると、ゆんゆんは照れた表情でモジモジと体を揺らしてから――こちらにウインクした。

 

 アイドルみたいに決まっている。パチンとウインクをした後は、顔を赤くしてちゃんとできましたか、みたいな視線を送っている。

 

 ……できてねえ! まったくできてねえ!

 ウインクは完ぺきだったけど!

 悲しいぐらい意思の伝達はされていなかった。

 

 話で引き留めるのも限界で、御者の人は帽子をパッと取ってお別れの挨拶をして去っていく。

 

「ご利用ありがとうございます。ララティーナお嬢様の加護がありますように」

「あぁ、待って……」

 

 止めようとするも止まらないので、俺はバッグを置いて大きく手を振りながらお礼を言う。

 

「ありがとうございました!」

 

 荷台で彼の姿はもう見えないが、そのお礼は受け取ったとばかりに御者さんは突き出した手をひらひらと動かしていた。

 その馬車の姿が見えなくなるまで見送った俺に、ゆんゆんは少し興奮した素振りで聞いてくる。

 

「ユウスケさんの指示通りできてましたか!」

「……あ、うん。できてたよ」

 

 できていたのはウインクだけど。

 

「良かったです! いきなり合図送ってくるからビックリしましたけど、私できていて!」

 

 まあ、そうだな。

 もう過ぎ去ったことだ。

 今更掘り返すこともないだろう。しかし御者の人には悪いことをしたな。

 

「ふぁあー。んにゃ」

 

 大きく欠伸をしためぐみんは猫のように体全体を使って伸びをしていた。

 

 服はエロ遺跡で手に入れた服ではなく、いつもの服である。ただいつもと違ってマントがないので、どこかしっくり来ない。

 帰りは元気なように見えていたが、疲れは俺以上に溜まっていたようだ。馬車の中ではゆんゆんの膝を枕にしてぐーすか眠っていた。道中爆裂魔法を一度使った以外は、殆ど横になっていた。

 これまた猫のようにくしくしと目頭を擦っためぐみんは、ダルそうな声で教えてくれる。

 

「心配しなくとも私が置いときましたよ」

「本当か。ありがと」

 

 さすがはめぐみん。俺とゆんゆんがアイコンタクトを失敗している最中にお金を荷台に置いといてくれたか。

 以心伝心である。

 

「へっ?」

 

 言葉の意味がわからなそうにしているゆんゆんだが、敢えて勘違いをしていたことを突っつくのもあれなので、見て見ぬ振りをする。

 それよりか気になることがあったし。

 

「――なぁ。ダクネスって今どんな存在になっているんだろう……」

 

 去っていった馬車の方向を見ながら呟く。

 まさか彼女の友人というだけでタダになりそうになるとは思ってもみなかった。

 

「今や時の人ですからね。記念日にするのはダクネスの執拗な妨害で頓挫しましたが、アクセルの街では大ブームですよ。非公認のグッズも出ていたりしますし」

「私もララティーナティーシャツ持ってるよ! ダクネスさんの鎧が欲しいという人いるけど、オーダーメイドっぽくてどこに売っているのか探している人も多いんだよね」

「私も実はマグカップを持ってます。この前ダクネスに自慢していたら危うく割られそうになりました」

「あんまりからかってやるなよ。あいつ実は結構繊細なんだし」

 

 デストロイヤーを倒すのは、超大事件だった。

 あれだけ無敵で最強で無双していた兵器を倒したのは、アクセルの街でも誇りとなる出来事で、それも大貴族の一人娘であり冒険者なダクネスの指示によるものだ。

 

 彼女が作戦を作って、指揮をして、あのデストロイヤーを破った。

 

 そりゃ人気にもなるか。

 あまりにも話題になる要素が揃い過ぎている。

 冒険者からも貴族からも人気沸騰である。

 その名声は遠く王都まで届いているようで、ダクネスの家に王都から使者が来るらしい。

 

 ダクネスにめぐみんの事情を説明して紹介状を貰ったのだが、次の日に王都からの使者が来るというのに仲間思いの彼女は、自分も旅に同行すると言いだして、屋敷中の使用人から必死に押さえつけられていた。

 

 俺は使用人達に謝罪しながら逃げた。

 化け物に襲われるのを仲間達が食い止めるみたいな感動的なシーンになっていたのが目に焼き付いている。

 十人ほどの使用人を引きずりながら待てー! と叫ぶダクネスの声が耳にこびりついている。

 

 ――ありがとう。ダスティネス家の使用人さん達。帰ったらお土産持って行きます。

 

「なにやら遠い目をしながら合掌していますけど、今日はこれからどうするんですか。もう夕方になるぐらい遅いですし」

「ん、ああ? 今日のところはそうだな……一先ずゆんゆんには手紙を届けに行ってもらってもいいか?」

「速達で、ですね。馬車の中で書いていたので紅魔の里への手紙はすぐ出せます。多分、明日の夕方には転送屋さんがくると思いますよ」

 

 書き終わった手紙を両手にしっかりと持って遠慮がちに見せびらかしている。

 めぐみんが寝ていたし、俺は前の席だったので会話をしていなかったがそんなことをしていたのか。

 

「はー。ゆんゆん準備良いな。流石だわ」

「えへへ、そうでしょうか」

 

 褒められると素直に笑顔になるゆんゆん。

 俺が割と抜けているところがあるので、こうやってフォローしてくれる彼女にはよく助けられている。

 

「ふむ、ちまちまと点数稼ぎですか。私は一気にドバっと稼ぐのが性に合ってます」

「……言っておくけど、これめぐみんのためにやっているんだからね! ちょっとは……感謝の言葉言ってくれてもいいんだから」

「はいはい、ありがとうございますありがとうございます」

「投げやり!? その二度繰り返すのは明らかに気持ちが込められていない証拠よ!」

 

 めぐみんが悪いというより今回は俺が悪いので、俺としてもかなり気まずかった。

 なんだかんだ理由付けてめぐみんのマント代とここの滞在費は俺が出すことにしよう。……とはいえ、今日一日は宿に泊まるというのは無理なのだが。

 

「俺達はこの街の警察署に事情を説明してテントの用意をしておくよ。今日は街の外で泊まらないといけないしな」

「えええええー!?」

 

 めぐみんが露骨に嫌そうな顔をして驚く。

 ゆんゆんも声には出していないが、嬉しそうではないのは確かだ。

 

「なんでですか!? 宿に泊まりましょうよ! 折角の温泉街なんですよ!」

「もし睡眠中にめぐみんが魔力が貯まり切ってしまったら、爆裂魔法を放たないといけないだろう。街の中でぶっ放すわけにもいかないし今日ばかりは仕方がない。……我慢してくれ」

 

 特に睡眠中は魔力の吸収が激しいらしいし、ありえないことではない。

 元々疲れていて、魔力の自然放出が上手くいかないせいで体に熱が籠って体調が悪そうなめぐみんにはすまないが、こればっかりは本当に仕方ないのだ。

 めぐみんは納得はしているようだけど、それでも不満そうに口を尖らしている。

 

「既に温泉に浸かってふかふかのお布団で寝る体になっていたのに」

「私も……一日中めぐみんを膝の上に載せてて体痛いし。……あっ、めぐみんは街の外で野宿しないといけないけど、私は温泉宿に泊まることも可能……?」

「うん? ゆんゆんは宿に泊まっても大丈夫だぞ。めぐみんには俺がついているから心配いらない」

 

 ゆんゆんもどこを旅をしてきたかは知らないが、旅をしてきたばかりだしな。後五、六時間ぐらい外で待っていたし。

 外でテントをして野宿をするにしても、俺一人いれば十分だ。美味しい料理でも食べてゆっくりしても構わない。

 

「ゆんゆんっ」

「えっ、なに、そのめぐみんにあるまじき笑顔。そういう時のめぐみんって大抵ろくでもないこと考えてて嫌なんだけど」

 

 長年の付き合いであるゆんゆんはめぐみんの表情だけでなにかを察したようである。

 そうは問屋が卸さないとばかりにめぐみんが話しを続ける。

 

「私達、幼馴染ですよね」

「紅魔の里はそんなに大きくないから、ある意味同世代の子全員幼馴染というと思うけど、そうね」

「それなら幼馴染はどんな苦労も分かち合うのも当たり前ですよね」

「あっわかったわよ! めぐみんの言いたいこと! どうせ一緒に野宿してくださいってことでしょ! 私がいてもいなくても同じなら一晩だけ私は宿で休んでもいいじゃない!」

「ゆんゆんはそんなこと言うのですか……」

 

 めぐみんは顔をうつむけて、あからさまにしょんぼりとする。

 普段が普段なだけにそういう仕草をされると、こちらがいたたまれない気持ちにされる。

 

「私はボン! となるのが怖いから、幼馴染のゆんゆんが一緒にいてくれたら心強いなと思ったのに。……ごめんなさい。ボンとなるかもしれない儚い命の私にしては過ぎたお願いでしたね……私のことなんか忘れてゆんゆんは宿で休んでください」

「いるわ! 一緒にいるわ! めぐみんとずっと一緒にいるわ! 絶対離さないんだから!」

 

 大事な杖も落としてゆんゆんはめぐみんに強く抱き着く。

 美しい友情がそこにはあった。

 

「そう言ってもらえて嬉しいですよ……ふふふ」

 

 抱きしめているゆんゆんの方からは見えないが、俺からは邪悪な表情で笑うめぐみんの顔が見える。

 一人だけ宿で休ませるかという邪な考えがそこにはあった。

 

 悪魔か。

 小悪魔めぐみんか。

 

 ……実際、大部分はその悪魔みたいな思考から来ているのだろうけど……少しはゆんゆんが一緒にいてくれて心強いと思っていたりするのだ。彼女はそういう女の子である。

 

「……ユウスケ。その顔はなんです、にやにやして」

 

 そんな考えが表情に出てたのか、不愉快そうに尋ねてくるめぐみんに、俺は微笑みながらなんでもないと首を振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか寒そうにしているエリス教の若いプリーストに温かくしてあげようと思いやる気持ちが犯罪とでも?」

「それは犯罪ではないな」

「では、くしゅんとクシャミをしたエリス教のおっぱいが大きいプリーストに私の服を分け与えるのは犯罪とでも?」

「マフラーなどなら気持ち悪いかもしれないが犯罪ではないな」

「もしや最近気になる男ができてスカートを少しだけ短めにしたエリス教のプリーストに私が公共の場でズボンを脱いで渡したのが犯罪とでも?」

「それは犯罪だな」

「……はい」

「留置所に一日入っていてもらおうか」

「……わかりました」

 

 アルカンレティアの警察署に俺とめぐみんは来ていた。

 ゆんゆんには手紙を出しに行ってもらっている。

 ……見ていない。慣れた様子で警察の人に連行されるアクシズ教の信徒なんて見ていない。

 

 アルカンレティアが有名な理由を実感しながらも、無理矢理見て見ぬ振りをした俺は、警察の人に若干嘘が混じった説明をして許可を貰おうとする。

 

「ここにいる魔法使いはアークウィザードなんですが、上位悪魔に呪いをかけられまして」

「ほう、呪いを……」

「それがなんとも困った呪いで、大量に魔力を放出しなければ死ぬ呪いというものです。見てのとおり彼女は紅魔族ですから、紅魔の里に呪いを抑える道具を持ってくるように頼んでいるのですが、今日は間に合うことは無理なので、街から少し離れた場所に野宿をする許可を貰えないかと。とんでもない威力の魔力が放たれても大丈夫な場所で」

「そんな可哀想な呪いを受けた薄幸の魔法使いが私です」

「は、はぁ」

 

 マントがないのでボンとなりそうですというのはあまりにも信憑性に欠ける。事実なのだけれど、信じてもらえるとは少し思いにくい。

 なので、まだ呪いなどといった方が受け入れやすいかとめぐみんと話し合って説明しているわけだが、すんなりと受け入れられないようだった。

 

「うーん、呪いですか……」

 

 明らかに疑わしい目で見られている。

 当たり前だよな。俺もそんなこと言われたらこいつ怪しいやつだと感じるわ。

 

 こうなれば奥の手を出すしかないか。

 御者さんのおかしな反応からしてそんなに出したくなかったのだが、俺は鞄から高級な紙を取り出して、警察の人に差し出す。

 

「一応貴族からの紹介状があるので、俺達の身分は怪しいものでないとわかってもらえると思うのですが……」

「貴族からですか。それなら身分は保証されますね――って、え? だ。ダスティネス家!? ダスティネス・フォード・ララティーナの紹介状!?」

 

 誰からの紹介状かを確認した警察の人は、警察署内部に響き渡るような大声を上げる。

 凶悪犯を見つけたときにも出さないような叫び声だ。近くにいる俺達は耳がキーンとする。

 

「なんだなんだ?」

「すごい単語が聞こえたがマジかよ!?」

「俺にも。俺にも見せてくれ!」

 

 警察署の人が彼の声に反応して押し寄せてくる。

 え、アクシズ教を連行していた人も来ているけどいいの? 連行されていたアクシズ教徒も普通に見にきているけどいいの?

 

「……ザリガニ釣りには、釣ったザリガニの体を千切って餌にすると食いつきがいいのですが、それを思い出しますね」

 

 その例えはどうかと思うが、この紹介状の効果には感心してしまう。

 流石は大貴族ダスティネス家。

 知名度は抜群だ。ダクネスには悪いが、紹介状による家紋の効果を思い知らされる。

 

 しかし、俺が予想していた彼らの驚きの理由は違ったものだった。

 

「――ララティーナお嬢様の紹介状ですか!」

 

 あっ、そっち?

 警察の人達と連行されていたアクシズ教徒は物凄い興奮した様子で、熱量たっぷりに語りだす。さっきの疑ってかかっているときの冷静な様子とはまるっきり反対だ。

 

「アクセルの街! いやこの国の大英雄ララティーナお嬢様!」

「貴族でありながら冒険者として活躍し、街を守るために立ちはだかった真の勇者!」

「弱きを助け。強きを挫く。マスラオの中のマスラオ! その名もララティーナお嬢様」

 

 鼻息荒く、まるで憧れのトップスターを語るみたいに興奮する彼らに俺とめぐみんは引いた。熱度が違い過ぎる。タジタジである。

 それとダクネスは女性だからマスラオはおかしい。

 無数の顔が近づいてきて、まるで犯人を詰問するかのように彼らは次々と質問をぶつけてくる。

 

「あの機動要塞デストロイヤーを一睨みで止めたって本当なのか!?」

「えっ」

「誰も怯えて立ちすくんでいる中、彼女一人がデストロイヤーに突っ込んでいこうとしたのは真実なんだよな!」

「えっ。ええ」

「指先であの世界中で暴れまくった兵器をひっくり返したという噂は出鱈目じゃないんだよな!」

「えっ。えええええ!?」

 

 勢いに押されるばかりだ。

 ちょっと待ってくれ。ダクネスってどういう存在にされているの? デストロイヤーよりよっぽど化け物にされているのだが。

 

 二歩ぐらい彼らの勢いに押されて下がっていると、警察の一人がポツリと呟いた。

 

「……これは流石に嘘だと思うのだが……ララティーナお嬢様の腹筋が割れているというのは話を盛っているよな?」

「それは本当です」

「おいめぐみん!?」

「ですが、事実ですし」

 

 俺も時間停止中に風呂で見たことあるからそれは知っているが、そんな女性の体のことを勝手にばらすんじゃない!

 

 ぷるぷると彼らは震えだす。

 とうとうおかしくなったのかと思ったら、彼らは喜色満面で互いに頷き合った。

 

「うおおおおおおおおお! やはりララティーナお嬢様の噂は全て真実だったのか!」

「英雄だ。……俺達はなんて英雄と一緒の時代に生まれてしまったのだ……!」

「我慢ならねえ。もうララティーナコールするっきゃねえ!」

 

 そこから沸き起こるララティーナと名前を叫びながら拳を突き上げる儀式を彼らは始める。

 すごい既視感だった。

 いつぞやの冒険者ギルドを思い起こす旋風である。

 

 完全についていけてないのだが、ここで突っ立っているわけにもいかないので、最初に対応してもらった警察の人におずおずと声をかける。

 

「あの……街の外に野宿できるかどうかの件はどのように……」

「もちろんララティーナお嬢様の紹介状ならオッケーです! どうぞどうぞ! これが地図で、ここ辺りなら大きな音を立てても大丈夫ですよ!」

「明日からは宿に泊まるようですが、この街で一番の宿の主人とアクシズ教徒繋がりで知り合いなので私からその宿への紹介をさせてもらいますね! あっペン貸してください。よしっ、これを渡せば少し安くしてもらえて良い部屋に通してもらえますよ!」

 

 警察の人から許可と地図を。連行されていたアクシズ教徒からは何故か宿の紹介状を貰う。

 ありがたいけど、何かしら腑に落ちない感が半端ない。

 

「…………っ」

 

 ……ついていけない。このノリにさっぱりついていけない。

 それでもやってもらったことは確かなので、俺は頭を下げる。

 

「えっと……この度は本当に感謝致します」

「ララティーナ! ララティーナ! ララティーナ!」

「ララティーナ! ララティーナ! ララティーナ!」

「ララティーナ! ララティーナ! ララティーナ!」

 

 あっ、ダメだこれ聞いてねえわ。

 コールに夢中で誰も俺の感謝など耳に入っていない様子である。

 

 猛烈な熱狂を背に、おそるおそる俺とめぐみんは警察署から脱出する。ゾンビ映画で信頼できるはずの警察署に辿りついたら、もう時すでに遅く警察署もゾンビウイルスが感染していたみたいな気分だった。

 

「……なんか思ったより大事になっているな」

 

 真面目にどれだけダクネス旋風は巻き起こっているのだろう。

 汗をかきながら魔境から脱出した俺に、めぐみんは問いかける。

 

「ダクネスを英雄にした陰の立役者としてはどのようなお気持ちですか?」

「……物凄い高価なお土産買っていこうと思うよ」

 

 ダスティネス家の使用人だけではなく、ダクネスへのお土産も必須である。

 どうやら帰りの荷物が大変なことになりそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 二つのテントの周りに聖水を撒いていく。

 この街では更に安価に売っていたアクシズ教の聖水である。街の外なのでモンスターが出る可能性は充分あるので、少しでも襲われる心配を減らすためだ。

 

「ユウスケさんユウスケさん、お休みなさい」

「……ふぁー、では、お休みなさい」

 

 ゆんゆんはわざわざテントから顔出してきて、めぐみんはテントの中から声をかけてくる。

 俺は最後に二つのテントに聖水をかけながら返す。

 

「おう、お休み」

 

 用意が終わったので、小さい方のテントに入る。

 向こうには下に長いタオルを敷いて薄い布団を用意しているが、こっちには薄いシーツを体にかける程度だ。地面の硬さを感じながらごろりと寝転がる。

 

「ふぅー」

 

 それでも体は休ませることができる。

 たまに遠出したりするクエストの時なんかは野宿もあるので、随分テントを用意するのにも慣れた。昔は手間取っていたりもしたが、今は一人で十分もしない内に二つのテントを組み立てることができる。

 

 狭い空間。

 あまり金がない時に買ったので、こちらはあっちのテントと違って中古だ。

 ぼろっちい天井が見える。

 腕を枕にして俺は睡魔が訪れるのを待ったが、なかなか来ない。

 デストロイヤー戦後はただでさえ夢見が悪いのだから、さっさと眠りたいのだが、どうも眠ることができない。

 

 めぐみんの体が大丈夫か心配ばかりしていたが、ここまで来たら大丈夫そうなので、俺は彼女との関係について思いを巡らしていた。――めぐみんとの関係。

 

 彼女と俺は過ちをおかした。

 昨日結ばれてしまった。

 めぐみんのボン事件で頭が一杯になっていたけど、これから彼女とどう付き合っていけばいいのだろう。時間停止の時はなかった悩みだ。彼女は生きている。彼女は喋っている。彼女は俺と話している。

 

「……どうすればいいんだろうな」

 

 時間停止最中ではない。

 めぐみんという意識のある一個人と俺は関わった。

 人と関わるということは責任を負うということだ。

 

 セックスをした。

 彼女の小さい体を存分に抱きしめた。あの柔らかくもちっこい魔法使いと体を重ねた。可愛らしいめぐみんは俺の腕の中にいた。

 それは事実で、変えようがないことだ。

 時間を停止できても、時間を戻すことはできない。

 

「――ああ」

 

 手を天井に掲げる。あまりにも薄汚れた手。クズの手。彼女を抱きしめた手は、穢れている。

 こんなクズな俺が――めぐみんにどうしてあげればいいのだろう。

 

「ユウスケ。起きてますね」

 

 名前を呼ばれて驚いて、テントの入り口を見る。

 ひょこっと見慣れた顔が覗いていた。

 

「少し……話に付き合ってもらえませんか?」

 

 悩みの種だっためぐみんは、小さなテントの入り口に小さな顔だけを突っ込んで、俺を訪ねてきた。

 長い――夜になる。

 

 

 

 



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三十三話

 

 

「ん。なんだ?」

 

 こんな夜更けにめぐみんはどうしたのだろう。

 俺は体を硬い床に寝そべっていた上半身を起こす。話をしたいと言ってもこの時間からか。どの道俺はなかなか眠れそうにないからいいんだけど。

 

「話ですよ。会話。夜のパジャマパーティーですね」

「普通そういうの女の子同士でするものじゃないか。男かつパジャマを着てなくてもいいなら良いぞ」

「クスッ。今回はそれで大目に見ますよ。次のパーティーの時は女の子になって可愛いパジャマを着ていてくださいね」

 

 ただのシャツとズボンの俺とは違って、パジャマパーティーと言うだけあってめぐみんはいつもの薄紅色のパジャマを着た姿でテントの中に入ってきた。

 

 元々が一人用の小さい中古テントだ。

 中は狭くてかなり近い位置に彼女はちょこんと座った。

 丁度めぐみんのことを考えていただけに、なにやら気まずさを覚える。ぽりぽりとクリスのように頬をかきながら心配する。

 

「体の調子はどうよ?」

「悪いですね。それというのも、全部こんな粗末なテントで寝かされるからです。わかっています? 私の繊細な体が悲鳴を上げていますよ」

 

 彼女は悩む様子も見せず即答する。

 繊細?

 本人には口が裂けても言わないが、辞書でその言葉の意味を調べてきてほしい。

 

「明日からはこの街一番の宿屋に泊まるのだから我慢しろ。俺もできれば宿屋のベッドで休みたかったよ」

「ふふ、明日が楽しみです! 豪勢な食事に舌鼓も打ちたいです。んっ、んんっ……それにしてもここお尻痛いですね。別に金はあるのですから、新しいテントを買えばいいんじゃないですか」

「ほれ。シーツでも床に敷いて座ってろ。どうせ俺だけが使うのだからこれでもいいだろう」

 

 自分の体にかけてあったシーツをめぐみんに渡すと、彼女はその薄いシーツを折り畳んで床に敷いて座った。

 俺の体は丈夫だからな。こいつらと違ってデリケートに扱う必要はない。

 

「むっ、あなたが体調を悪くしたら直接私の安全に関わってくるのですからね。節約とケチなのは違うものです」

 

 私って。

 パーティーでは俺は前衛だが、後衛は二人いる。

 

「ゆんゆんの安全も心配じゃないのか」

「まあ、あの子ならユウスケが抜かれても対処できますし」

「反論できねえ。あいつ接近戦も強いもんな……」

 

 ライトオブセイバーの威力は高く、短剣を扱わせたらそこそこのものという。本当に万能だよな。

 少しの間自分という役割の存在意義を考えるも、話の本題に入ろうとする。

 

「で。めぐみんはこんな時間になんの用なんだ」

「それです!」

 

 めぐみんはずずずっと俺に接近する。

 俺の伸ばした足に手を置いて、顔を近づけた。そして、唾でも飛ばしそうな勢いで、彼女は喋り始める。

 

「大事なことです。滅茶苦茶大事なことですが! 私達は……わかっていますよね! わかっていると思います。わかっていると思いますが……」

 

 始まりは良かったのだが、どんどん言葉の勢いが失速する。

 頬も赤みが差してきて、まるで照れているようだ。

 パシッと気合を入れるように足を叩く。

 

「いたっ」

 

 普通自分の足を叩くものじゃないか。

 なぜ俺の足を? いや、別に痛くはなかったが。

 

「したじゃないですか!」

「……したな」

 

 ぼかした表現だが、その意味は正確に理解できた。

 

 俺達は一線を越えた。

 昨日なのにどこか昔のことに感じるが、いまだに手には彼女を抱いた感覚が残っている。

 

「しました! ――それで、してしまった私達の今後はどうすればいいかと思いまして。不慮の事故とはいえ……もにょもにょ。セックスをしてしまいましたし」

 

 ……彼女も考えていたか。

 そうだな。どうすべきか。

 めぐみんとこれからの関係性をどうすればいいのか。

 俺はさっきから悩んでいた問題を解決しないといけない状況に直面している。

 

 ――彼女には嫌われたくない。

 

 それはクズな俺なりの本心で、責任を取る最上の方法が頭にちらついていた。

 だから悩むのは少しだけで、俺は彼女とは違って自分の足を景気づけに叩いて、俺なりの解決策を出した。

 

「よしっ! じゃあ結婚するか」

「……は?」

 

 こうなったら結婚するしかない。

 それしか道はないと思われる。そう思ったらなんだかグダグダ考えていたのが馬鹿らしい。やはり男ならすっぱり決めるべきだな。

 

「親御さんにも挨拶しにいかなといけないか。めぐみんはまだ年齢的には子供に近いし、実際に結婚するのは先のことになるけど」

 

 忙しくなりそうだ。

 結婚資金や結婚後の生活に向けて、今後貯蓄しないといけないな。こちらの世界と元いた世界では結婚できる年齢は違う。俺の年齢は日本でも結婚できる年齢だが、めぐみんは今すぐ結婚できるとはいえ流石に十六歳になるまで待とうか。

 

「へ……へっ?」

 

 引きつけを起こしたようなめぐみんに、俺は言葉が伝わらなかったのだろうかともう一度言う。

 

「結婚だよ結婚」

 

 実際には婚約だろうか。

 

「誰と誰が?」

 

 これ以上ないほど分かりやすい言葉だというのに、めぐみんはまだ呑み込めていないようだ。

 本人は天才だと言っていて、俺も認めているが、理解する力がこんなにも低かっただろうか。

 俺は自分と彼女を交互に指差した。

 

「俺とお前」

「ちょちょちょちょちょっと、ちょっとまっ、て。ちょっと待ってください。ちょっと待ってください!」

 

 壊れたラジカセみたいに同じ言葉を繰り返す。

 俺ラジカセなんて殆ど見たことないけど。俺より一世代前だ。ドラマや映画で見るぐらいで、触れたことがない。

 

「え、え? 結婚!? なんで! ひぇ!? いきなりですか! どうしてどのように!?」

 

 おおっ、こんなに動揺しているめぐみんを見るのは初めてかもしれない。

 手をわちゃわちゃさせているのが、彼女の混乱っぷりがよく出ている。

 こうしているとどことなくゆんゆんっぽい。昔から一緒にいたからだろうか。たまに行動が似ていると感じるときがある。

 

 赤いのに目を白黒させていた彼女は、自分のパジャマの裾をギュッと握って深呼吸をして呼吸を落ち着ける。

 

「……あなたはいきなりなにを言っているのです。ゆんゆんのように取り乱してしまったではありませんか」

「性急すぎたかな」

「もちろんです。突然すぎますよ。朝起きたらゆんゆんがコミュ力全開でへーい彼女お茶しようぜと誰彼構わず声をかけているぐらいの脈絡のなさです」

「それは……すごい意味の分からなさだな。現実か疑うわ」

 

 というか何故妄想でゆんゆんが男ではなく、女に声をかけるのだろうか。

 でも男にお茶しようとあの奥ゆかしい女の子が声かけるのはあまりにも現実感なさすぎるし、女性に声をかけるぐらいが想像としては限界だな。

 

 馬鹿らしいことを言ったとばかりに俺をめぐみんはたしなめる。

 

「そもそもあの出来事はあくまでも事故ですからね」

 

 わかっていますか、と俺の鼻を人差し指でつんと軽く突く。

 片目を閉じて、言い聞かせるような姿はどことなくお姉さんっぽさがある。

 

「極限状態に置かれた突発的な感情の発露です。あの時は本心からそうしても良いと思いました。しかし、こうして普段の状況に戻った今、同じ感情と思われては困りますね」

 

 彼女は俺の頬に手を当てる。

 こちらの瞳を覗きこむ。

 

「それが証拠に今あなたの顔を見ても……見ても……」

 

 俺の顔が見える。

 彼女の瞳の中に俺がいる。

 彼女は俺を通して自分の姿を見ているようだった。

 

 キスするかと錯覚してしまうほど、めぐみんは俺の顔に近づいて、首を傾げた。

 

「――あれっ、結構本気なんですね、私」

 

「…………」

 

 なにが、本気なのだろうか。

 それを説明することもなく、彼女は顔を離した。

 

「なんにしろ、こんなこと女の私から言うのもなんですが、セックスをしたぐらいで即結婚は大げさにすぎます。貴族の令嬢じゃないのですから」

 

 結婚してくれは流石におかしかったか。

 俺も随分混乱していたようだ。

 常識的に考えれば、付き合ってすらないのに結婚は早すぎる。

 これでは責任を取るというより責任を押し付けるである。嫌われないための行動が、嫌われる典型的なものだった。

 

 それにしたって結婚はない。

 そもそも結婚がゴールではない。結婚した後はどうするつもりだったのか。そんな理由で軽はずみに口にしてもいいものではなかった。

 

「確かにいきなり結婚はいさみ足だったわ。すまん」

「そうですよ。もう本気でビックリしましたからね。……とはいえ、私も少し急ぎ足だったかもしれません。関係を明らかにしようと急かしました」

「いや俺も気になっていたからめぐみんが言ってくれて良かったよ」

「ふふ、なら。どちらも焦っていたんですね。はい。初めてだから仕方ありません」

 

 めぐみんは初めてを強調しながら言葉を続ける。

 

「私達は仲間なんですからすぐに決めなくてもいいですよね。……なんせ、時間はたっぷりあります。衝動的に決めるではなく、一ヵ月後か二ヵ月後に改めて答えを出す、で良いと思いませんか」

 

 時間は彼女が言うようにたっぷりある。

 嫌われても逃げてしまえばいい。そう考えたくないぐらいには、俺も彼女に情があった。

 出会ってまだ半年とちょっと。関係性を決めるのは俺達には早いかもしない。

 

「ただの友人のままでいるにしても、恋人になるにしても……夫婦になるとしても、ね?」

 

 彼女は大人っぽい微笑みを浮かべる。

 ――こんな表情をするから、たまにこいつの方が年上かと思えてしまうんだよな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうやってある程度方針は決まった。

 先延ばしだ。

 妥当な選択だろう。彼女にしてみれば交通事故みたいなもので、今すぐ決めるようなものではない。結論を出すという取り決めのもとの先延ばしなら、悪くはない。

 

 重要な話は終わったというのに、めぐみんはいまだに俺のテントの中にいたままだった。

 

「……ちなみになんですが……私はチョロくないので、普通なら恋人になれなど拒否しますね」

「お前を恋人にするなんて凄いやつでないと無理だもんな」

「将来紅魔族随一ではなく、全世界随一の魔法使いになる私ですからね。ただ仮に……もしそんなチョロくない私が了承するとしたら……まあ豪勢な夜のディナーで告白でもされたら、うっかり、勘違い、で了承してしまうかもしれません。偉大な魔法使いな私としても雰囲気に酔うということはあるので」

 

 腕組みしながら、目を閉じて顎を引いている彼女の言葉に頷く。

 

「ああ。覚えておくよ」

 

 つまりはデストロイヤー戦で約束した夜の食事の時に白黒はっきりさせろということだろう。

 考えることがまた増えたな。

 片目だけ開けて、俺をジト目で見据える。

 

「……特に、あなたみたいな人が私を恋人に誘うなんてするのは、ハードルが高いですよ」

「俺だけ特別扱いか」

「もちろんあなたは特別です。……なんといっても、一日に七回も出せるなんて習った知識とは全然違いました。流石にあれは私の類稀なる可愛さに興奮したあの日限りのことだとは思いますけど、そんなあなたにはハードルはぐぐぐっと高くなるのが当然です」

 

 彼女の目線が俺の股間へと注がれていた。

 デストロイヤー並みのモンスターを見る目である。

 

「ん? あの日だけって……」

「なんですか?」

 

 めぐみんは勘違いしているな。普段から本格的に自慰をしようとした時には、それぐらいの回数に到達することはある。

 勘違いしているようなので正す。

 

「あれぐらいは普通だぞ。そんなにおかしな回数じゃないだろう」

 

 最高は一日に十回までいったことがある。

 俺もまだ若いのだし、そんなに変ってこともないだろう。きっと。

 

「…………」

 

 そんな俺とは違ってめぐみんは絶句しているようだった。

 いっそ魔王にでも出くわしたような表情で、若干恐れを抱きながら彼女は呟く。

 

「今度から性魔人と呼んでいいですか?」

「お前……それ俺が小学生ぐらいなら泣いているあだ名だぞ」

 

 あまりにも酷い。

 登校拒否まであるイジメである。

 

「剣の才能よりあっちの才能の方があるのではありませんか。よくそんな性欲を隠してこれましたね。ゆんゆんの風呂上がりとか私でもちょっとムラッと来ますのに。……それ以上にあんな体を見せびらかしているのがイラつきますが」

「あんな薄着で歩き回るなよな。注意すると俺が意識しているということになるし。……俺もどれだけ我慢しているのか」

 

 実際は我慢しきれなくて時間停止の力を使ってたりするのだが。

 ゆんゆんは無防備が過ぎる。めぐみんはそういうところはきっちりしているのだが、ゆんゆんはガードがゆるゆるでな。時間停止で発散していなかったら襲い掛かってそうで本当に怖い。

 彼女の場合は意識してではなく、自然に誘惑してしまうのだ。

 

「……ねえ、ユウスケ」

 

 めぐみんは体を乗り出す。

 床に突いた俺の手に自分の手を重ねる。ゆんゆんとは違って、もし誘惑するのなら彼女は意識的にやるだろう。

 

「なに?」

 

 ――今更気づいたが、いつもはちゃんと閉めている彼女のパジャマの第一ボタンが開けられている。

 綺麗な鎖骨のラインがパジャマから覗かせる。

 

「私が性欲を処理してあげましょうか」

「えっ?」

 

 この魔法使いと行動を共にして、何度目の思考だろう。しかし、何度だってこう思う。

 

 何を言ってるのだ。

 この小学生みたいな外見の子は。

 

「当然セックスはさせてあげませんけど、手やそれに口であなたのを処理してあげてもいいですよ。仲間ですし。仲間ですし」

「そ、そんなの付き合っているのと変わらないんじゃないか」

「違いますよ。ぶっちゃけ、その性欲を拗らせないか心配ということです。私としちゃいましたし、変な風に暴走されても困ります。私もあなたのことは信用してますが、男の性欲はそういうのとは別種であると聞きます」

 

 特にあなたの性欲は強いようですしと俺を責める。

 自分の性欲が強いのは自覚はある。物心ついたころよりずっとだ。

 

「ゆんゆんに手を出されても困ります。後は……」

 

 視線が揺れる。

 その言葉を告げるのに、彼女も勇気が必要だったようだ。

 

「あなたにその程度の好意はあるってことですよ。このにぶちん性欲魔神」

 

 何故か同じ言葉なのに一段上がったような酷い言葉を吐かれた気がする。

 わかっているでしょうという目付きで発言した言葉に、俺はうんともすんとも言えなかった。

 

 言い逃れることはできない。

 流石に彼女が俺のことを何にも思ってないとはいえない。奇特なことにこの魔法使いは俺に好意を持っているようだ。それこそ事故であれ、セックスをしてしまうぐらいには。

 俺を好きになる要素なんて一つでもあるかとも疑問だが、そういうことであるらしい。

 

 この物好きめ。

 

 ああ――でも元々彼女はそういう変わった子ではある。

 爆裂魔法を愛し、それだけでやっていこうとする魔法使いだ。男の趣味も変わっているとしか考えられない。

 

「付き合ってもないのに、お前はそんなこといいのか?」

「うーんまあそうですね」

 

 にへらっと笑って自分の状態を言う。

 

「正直に告白するなら――私、今、少し興奮しています」

 

 変態かよ。

 変わっている。本当に変わっているやつだ。

 

 しかし――ちょっと待てよ。待て。

 都合が良すぎやしないだろうか?

 こいつは短絡的で、実際直情的だが、頭は俺よりか賢い。こんな俺に旨味しかないようなことを言いだすのには何かしら裏があるのではないか。

 蟻地獄に足を踏み込んだような寒気がする。

 一度落ち着いて考えてみた方がいい。

 

 返事を待つめぐみんはいつもと違ってまるで物分かりが良い大人の女性みたいに沈黙していて、その上着は第二ボタンまで開いている。

 胸のぷにっとした部分まで見えていて、性欲を刺激する。

 

 だが、同時にその餌はあまりにも美味なのはわかりきっていて、俺はよく考えずに返事をしてしまった。

 

「……それならやってもらおうかな」

「わかりました。手でします? ……それともこの口ですか?」

「く、口で」

「よろしい。では出してください」

 

 我慢ならない。

 昨日したというのにも関わらず、俺のあそこは元気である。彼女の口に触れさせるという想像をするだけで勃起していた。

 

 俺は急いでズボンどころか下着も脱ぐ。

 飛び出てくるのは俺の男性器だ。

 

「相も変わらず凶悪なものですね。純朴そうな顔にこんな凶器を隠していたのだから、悪い人です」

 

 ドキドキする。

 何度も体を重ねたというのに、それでもいまだに彼女と性的な行為をすると思うとドキドキする。

 

 テントの天井はそれほど高いわけではない。

 俺は中腰にならざるをえなく、彼女は膝を地面について俺のあそこをくんくんと嗅ぐ。

 

「うっ。少しばかり匂いますよ」

「昨日は急いでたけど、お前が風呂に入れと言ったからさーっと風呂に入ったけど、かなり短かったからな。今日は風呂に入ってなかったし、臭うのも仕方ない。手に変えるか?」

「大丈夫です。どの道こんなものは汚いのですから、私が綺麗にしましょう」

 

 チュッとキスをする。

 

「んむぅ」

 

 何度もキスをする。

 ただしそれは軽いものだった。ついばむような。初めてした彼女とのキスよりも軽い。とても刺激的とは言えない。

 

 男性器に口をつけるだけを繰り返しためぐみんは、立ち上がって俺と視線を合わせる。

 中腰になってようやく顔の位置が近くなる身長差だった。

 

「ふふー。ユウスケユウスケ」

「なんだよ」

「この状態で私にキスできますか?」

 

 この状態というと、おそらく俺のちんこにキスした唇に俺がキスできるかどうかということなのかな。

 普通は絶対嫌だ。

 

「できないのです――うわっ!?」

「……お前から言い出したことなのになぜ避ける」

 

 彼女が言うように俺は唇にキスしようとしたのに、避けられてなんだそれという気持ちだった。

 

「躊躇いがなさすぎて思わず。……ユウスケは自分の性器と間接キスするのが嫌じゃないのですか」

「そう表現すると変態みたいに聞こえるな……。嫌だよ。普通なら絶対嫌だけど……まあ、めぐみんとキスしたい気持ちのが強かったからさ」

 

 嫌悪感よりも上回っただけのことである。

 

 めぐみんは自分の胸を抑えて、少し頬を染めながら言ってくる。

 

「この男……たまに私の心臓を杭でぶっ刺してきますね」

「比喩が物騒だなおい」

「では、私のハートをキュンキュンさせます」

 

 うわ。可愛らしい。

 彼女は頷きながら、何か自分で納得したようだった。

 

「しかし、まあ、合格としておきましょう」

「なにか試験でもやったのか?」

「さあ。なんでしょうね。そんなことはいいから続きをしましょうか」

 

 どういうつもりなのか、心意を問いたいところだったのが、彼女の次の行動でそんな疑問は吹き飛ぶ。

 

「ちゅー」

 

 尿道の入り口に深く深くめぐみんが接吻する。

 汚らわしいだろう物体に彼女の柔らかな唇が吸い付く。

 腰が砕けそうになる。状況も刺激も堪らない。その吸引のまま白い液体を出してしまいそうだ。先ほどのままごとのようなものではなく、射精させるための行為である。

 

「前回ので、どこら辺が気持ちいいかは大体、わかっています」

 

 ちんこから離さず、上唇が亀頭を滑る。ぷにぷにとした柔らかい唇が俺の亀頭を擦っていた。

 手で竿を固定しながらかぷかぷと亀頭冠――カリの部分を甘噛みしてくる。

 

「うっあっ」

 

 気持ちいい。

 親愛を示すかのような甘噛みを、陰茎の部分までにする。

 

「こういう風にするとあなたは興奮するのですよね。……ぺろっ」

 

 彼女の舌が陰茎を撫でる。

 

「んちゅ……ぺろ。んっぅ……れろ」

 

 ちょこっと出したピンクの舌で、竿の裏筋を舐める。どんどんその舐めるのは奥から先っぽへと移動していく。快感が男性器を這いずり回っているようなものだ。

 ゆっくりとした緩い責めは、カリを越して、尿道口までたどり着く。

 

「んっ。ちゅ。……ぺろ……ここ少ししょっぱいですね」

 

 遠慮がちに出した舌が尿道口に当たる。小便の跡が残った尿道口をペロペロと舐めていく。

 突き出した小ぶりの尻が揺れるているのを見るのも合わさって今すぐ出てしまいそうだった。

 あのめぐみんが俺の男性器を舐めているなど想像したこともない。

 

「んっ……はぁ。ちゅ……れろっ……んちゅ」

 

 亀頭を重点的に、小柄な魔法使いの舌が走る。

 少し汚れているちんこをその舌が舐めとっていく。時には軽いキスを、と思えば深いキスを。緩急をつけて舌で愛撫する。

 初めてなのに、こちらのツボを押さえているような舌技に快感しかない。

 

 先走りの汁が出たぐらいで、彼女はちんこからその口を離した。先走りの汁によって彼女の唇がテカテカと光っている。

 

「川のところに落ちていた本だとこれを口に咥えるのですよね……。顎が外れないか本当に心配です」

 

 割とガチ目に心配しながらも、めぐみんは意を決して鈴口に唇を当てる。

 

 その小さな唇が、ゆっくりと開かれて――俺の男性器が入っていく。

 温かい吐息。尿道口が焦る彼女の吐息によってさらされている。亀頭が彼女の歯に軽く触れている。

 

「おおっ!」

 

 めぐみんの口内に入っていく男性器の感触に思わず声を出してしまう。

 膣内に挿入したものとは別種。背徳感と興奮が思考を襲う。

 天才魔法使いの口を犯しているという本来ならありえない状況にだ。

 

 できれば彼女の頭を抑えて、今すぐにでも射精してしまいたい。しかし、これ以上に気持ちいい未来が待っているだろうに、ここで出してしまうのは早すぎると耐える。

 

「あんっ……うっ……おおきい……です」

 

 彼女は口を限界まで開けて、俺のちんこを必死に迎え入れようとする。口内の粘膜に鈴口が当たる。普段はバクバクと食事をしている場所は、今男の男性器をしゃぶっている。

 まるでリスのように限界まで男性器を詰め込める。

 

 そこまでしても、めぐみんの口では俺のちんこを納めることはできなかった。

 竿の半分ぐらいまでのところが限度である。

 

 めぐみんは俺のちんこを口に入れながら、上目遣いに俺に質問してくる。

 

「ゆうすけは、これがきもちひいですか?」

「んー」

 

 見た目的にはとんでもなくエロい。

 めぐみんがちんこを頬張っているのだ。どう考えてもエロい。

 

「……いやあんまり」

 

 けど、ちんことしてはそんなに気持ちよくないんだよな。

 

「ふぁああ!? 人がわざわざくわえていひるのになにをいってひるのですか!」

 

 あっ、この喋った時の振動は良い。

 でもわざわざしゃぶってもらっているほどの快感はなかった。

 

「だってそんなにだし。めぐみんの口の中が渇いているせいかもしれない」

 

 多分彼女も緊張しているのだろう。

 セックスしたときもそうだった。濡れていない時はそれほど気持ちよくなかったっけ。

 

「むっ。なるほど。……では、こうすればいいのですね」

「おおおっ!」

 

 べとっと唾液がちんこに絡みつく。

 彼女が口内を潤わせると、滑りが良くなる。

 膣に入れた時とは違って彼女も痛くないせいか、いきなり動かしてくる。

 

「んぷぅ……ちゅじゅ……にゅぷっ」

 

 ただ口に物を一杯詰め込んだ状態で、顔を動かすというのは経験したことがないせいか、その動きはぎこちない。

 唾液を充分に出して、滑りを良くして前後に顔を動かす。

 ぬるぬるとした感触。彼女の舌の根元近く、頬の奥の粘膜に亀頭が当たる。喉奥まで入らないように注意しながらめぐみんは必死に口に入れる。

 

「じゅぷっ……ちゅ……れろれろっ、ぢゅ、うっ、ちゅ」

 

 カリの部分まで口から出したと思えば、また口の奥にまで飲み込む。

 今日風呂を入っていないちんこがめぐみんの口内によって洗浄される。彼女の舌と頬が俺のちんこの全部を擦る。

 

「ぢゅちゅ……うっ!? むっちゅ……むちゅじゅ……」

 

 あまりにも奥に入れすぎたせいで、途中一瞬むせそうになるも、彼女は堪えてフェラチオを続ける。

 彼女の口端からは唾液と先走りの汁が混ざった液体が、泡となって漏れていた。

 

 喉奥をちんこが突いてしまったせいか、反射として涙目となっためぐみんは、その赤い瞳でちんこを見ながら口で扱いていた。

 

「これならもう気持ちいいはずですよね……じゅ。ちゅ」

「うっああっ。気持ちいい。めぐみん気持ちいいぞ」

「そおーですか……んんっ。じゅちゅ……れろっ!」

 

 俺の言葉で自信がついたのか。

 より深くストロークする。

 痛くならないように気を付けながらも、彼女は更に深くちんこを口に出し入れしていた。

 

 最初は半分程度しかおさまらなかった彼女の口内も、いつの間にか三分の二ほど入るようになっていた。めぐみんの小さい口内の殆どすべてに竿が入っていく。

 

「んんん! ぐちゅっ! レロっ! ぶちゅ!」

 

 犯罪的と言ってしまっていいほど、それはエロくて反則的で征服感があって、悦楽の極みだった。

 息苦しいせいか頬を赤らめ、涙目でしゃぶるめぐみんの姿に俺は腰を動かし、彼女の頬肉でちんこを扱く。

 

「うご……くとっ……ぶっ……ぢゅ! んぷ!」

 

 めぐみんの頭に手を伸ばしそうになる。

 射精の一つ前。

 もう出るという予感があって、彼女の頭を固定して思うがままに出し尽くしたい欲求にかられる。

 

「めぐみん! 出してしまうんだが! もう出してしまうんだが!」

「ぢゅ! わかりました……出してください。んんんっ!」

「このまま出してしまっていいのか!?」

「ほんではそうしてましたし、そういうものじゃ……んんぅ……ぐちゅ、じゃないんですか」

 

 あれっ、そういえば俺の見たものも大抵口の中で射精していたように思う。

 じゃあそうするのが普通なんだろうか。

 

「出す! 出すから! めぐみんの口の中に出すから! 強く吸ってくれ」

「すうって、すうんですか……んぅぅぅ……ちゅじゅ!」

 

 彼女は鼻から息を吐いて、口一杯にちんこを頬張っているのに、頬をへこませながら思いっきり息を吸い込むようにして射精しかかっているちんこに刺激を与えてくる。

 

「ぢゅうううううううう」

 

 腰ごと吸い取られそうだ。

 カチカチと頭に星が舞うような刺激の強烈さ。目の前が一瞬白くなり、それ以上の白さのものを俺はちんこから吐き出す。

 

 びゅーびゅーびゅーとまるで音が鳴っているような勢いで、下半身から飛び出ていく。

 めぐみんの可愛い口の中にへと、精子を流し込む。

 あれだけ口が上手で、人をやり込めるのが得意なめぐみんの口の中に白濁液で満たす。彼女の体内を汚すが如く、存分に吐き出す。

 

「んぅ? うううううう……んヴうううううううう! ぐっ!」

 

 体内にある水分をありったけめぐみんに渡す。

 

 自然と顔が上を向く。

 人は心地よさを抱くと自然と上を向きたくなるものらしい。ぶるぶると体を震わせて、精子をめぐみんの口へと吐き出した俺は、快感の息を吐いた。

 

「はぁー」

 

 気持ちよかった。

 こんなにも気持ちいいとは。

 俺は視線を下げると、めぐみんが驚いた瞳で口端から白い泡を漏れ出していた。

 

「……あ、やべえ」

 

 俺は慌ててめぐみんの口からおそるおそる離す。

 めぐみんからちんこを離したというのに、彼女の口は膨らんでいる。白濁液を口内にため込んでいて、その行き場を失っているようだった。

 

 一瞬の静寂。

 なんとかめぐみんも呑み込もうと試しているみたいだが、完全に無理みたいだった。喉が全然動いていない。

 

「あの……めぐみん、だいじょう」

「うぷっ!?」

「めぐみん!?」

 

 彼女は手で口元を抑えながらテントの入り口にへと急いで移動してそこから顔を出した。

 

「うええええええ! おええええええ!」

 

 こちら側からはめぐみんの可愛いお尻しか見えないようだが、精液を吐いているようだった。

 

 冷静になった頭で考えると、いきなり精液を飲むというのは難易度高すぎだよね……。

 

 俺はテントの端に置いてあった水筒を掴んで、吐いているめぐみんに差し出す。

 何も言わず出された水筒を引っ掴んで、口の中に水を流し込む。

 

「うぷっ! おげ! ガラガラ! ぺっ! ……なんですかこれ! 不味いとか以前にグニグニしています! ぐにゃぐにゃしています!」

 

 さっぱりわからないが、精液を飲もうとした感触ではそういうものらしい。

 何度も口をうがいをするめぐみんの背中を擦ってやる。

 こうして初めのフェラチオは成功なのか失敗なのかわからない結果となった。俺としては大満足だったが。本気で辛そうだったので、今後あまりしたくないなと思う。

 

 口の中を綺麗にしためぐみんはというと、またいつか挑戦しますと言っていたが、今日は無理ですというので、その後何度か手コキで射精させてもらった。

 長い夜は、こうして更けていく。

 

 

 

 

 

 



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三十四話

 

 

 良い夢。

 心地いい眠りはふんわりとしている。雲に包まれているような微睡だ。

 お腹が暖かい。湯たんぽでも抱いているみたいだった。

 

 久々にぐっすりとした眠りに入っていたのだが、聞きなれた声で意識を雲の上から落とされる。

 

「めぐみん! めぐみーん!」

 

 意識を地面に激突させた俺は、硬い地面に寝そべったまま目を覚ます。

 

「ううぅ……」

 

 寝起きの眼ををゴシゴシと擦る。

 何時頃だ? んー。大体昼頃だろうか。寝すぎた。

 こんなところで長時間眠っていたからだろう。体が痛い。背中が石のように張っている。

 

「めぐみんが言うようにテントも新調した方がいいのかな……。っと。確かゆんゆんの声がしたか?」

 

 思わずキョロキョロと周囲を見渡すも、視界にあるのは粗末なテントの内装だけだ。

 テントの外にゆんゆんがいるのだろうか。起き上がって何をしているのか尋ねるべきなのだが、ある存在に気付いて迂闊に起きることができない。

 

「ユウスケさん! 起きていますか!?」

 

 どうすればいいか迷っていると、ゆんゆんが昨日のめぐみんみたいにテントの入り口から顔を突っ込んでいた。

 だから俺は昨日の夜の焼き直しの如く返事をした。

 

「ん。なんだ?」

「めぐみんが! めぐみんがいないんです。朝起きたらいなくて。街中走り回っていたのですが、見つからなくて」

「……そんなことか」

 

 いや。そんなことですませてしまってもいい話ではないか。

 街中走り回っていたって。

 

「凄い大変だっただろう。大丈夫か? 水飲む? って、この水筒はダメだわ」

 

 めぐみんが精液をつけた口でうがいをしたものである。これを使わせるわけにはいかなかった。

 というか、ゆんゆんは最初に俺を起こせば解決する話だったのに。めぐみんにはすぐ頼るけど、あまり俺には頼ってくれないんだよな。

 

「ユウスケさんはめぐみんの居場所知っているんですね。はぁ……なんだ。起きて隣見たらいなくて驚きましたのに。あの子の布団の温かさを調べたら長時間いないようでしたし」

 

 ……探偵なの?

 ゆんゆんは探偵なの?

 

「ん、それでめぐみんはどこにいるのでしょう。あの子のせいで私達はテントで過ごしているのに、まさか宿屋ってわけはありませんよね」

「あー、そうだな。あいつは今……な」

 

 歯切れが悪くなる。

 

 少し――大分言いにくいので、ちょっとばかり言いよどむも町中を走り回ってきたゆんゆんに隠し事はできないので、俺はぴらっと自分の体の上にかかっている薄いシーツを取る。

 

「ここにいる」

「……えっ?」

 

 シーツの下にはめぐみんがいる。

 俺の体の上で体を丸くしながらいまだに睡眠を貪っていた。ペットが主人を寝床代わりにする感じで、彼女は俺と体を引っ付けて寝ていた。

 

 すーすーと軽い寝息を立てて眠っている姿は、まるで猫のようである。

 気まぐれで行動が読めなく、するりとこちらの側に入ってくるのは、本当に猫っぽい。

 

「……ユウスケさん」

「……はい」

 

 そして、にこりと笑いながら歯を見せるゆんゆんは犬っぽかった。

 獰猛な警察犬だ。

 

「どういうことか、説明してもらってもいいですか。私、凄く不思議で、なんだか不思議で、どんな感情をすればいいのかわからないんですけど」

「はは、そのですね……」

「むむ、なんでしょう。どうしてめぐみんがユウスケさんと一緒に寝ているのか教えてもらいます。……でも、踏み込みすぎた内容でしたら、く、詳しくは言わないでもいいですから」

 

 同衾している理由を想像してしまったのか、顔を朱に染めながら詰問してくる。

 

 これ……どう言えばいいのだろう。

 口淫していましたとも言えないよな。

 ゆんゆんが聞いたら気絶しかねない。それに俺とめぐみんの関係は複雑だ。上手く説明できる自信がない。特に寝起きで頭回ってないし。

 

「あー。うーん。あれだ」

 

 上手いこと言おうとして、口が空回りをする。

 なにか一つでも思いつけば、そこから口も回転するだろうに、最初に何を突破口とするかも考えつかない。

 

「うるさいです……」

 

 ごちゃごちゃとしていると、めぐみんが起きたようだった。

 

「ごめん。起こしたか?」

「……起こしてないです。今からまた寝ます。……あなたの相手を一晩中してこっちは眠たいんです。朝からあなたに構ってあげられません。……ねむたい。ぐう……」

 

 取ったシーツを奪って自分を覆い隠すようにかけて、また夢の世界に旅立つ。

 自分勝手。好きなように行動するめぐみんである。

 

 マイロードを爆走して障害物を蹴っ飛ばした結果、その障害物が飛んできたゆんゆんはというとあからさまにうろたえていた。

 

「……相手って。相手って。一晩中相手をしたって。あわ、あわわわわわわ。めぐみん。めぐみんって!」

 

 めぐみんの一言で大混乱だった。

 その反対にこれだけ騒いでいてもお気楽に寝息を立てて眠っている魔法使い。

 俺のお腹の上ですぅすぅと心地よさそうだ。

 

「大人の階段を登っちゃった! 勝手に!? 私にも相談もなく! あああ、こんな歳でもうお母さんになるだなんて! ベビーグッズも用意していないのに! 子供に変な名前を付けたら許さないからね! 私が昔から考えているこんな名前だったら素敵だったろうにノートを貸してあげるから参考にして! ノート私のノートはどこにあるの!」

 

 ……うーん、これマジでどうしたらいいものか。

 

 

 

 

 

 

 

 走って紅魔の里に名前ノートを取りに行こうとするゆんゆんを必死に押しとどめ、なんとかそれらしき言葉で説得していた。

 本当に必死である。

 

 こんなに騒いでいるのにめぐみんはまったく起きる気配がない。

 気持ちよく寝ているのが、腹立たしいようなこんなに疲れるぐらい付き合わせてしまって悪いと言う気持ちがある。ただでさえ調子が良くないのに、長時間は不味かった。

 俺ってどうもエロになると、馬鹿になるんだよな。

 

「まだ寒いからと、昨日の夜めぐみんは布団の中に入ってきた、ですか」

「うん。そうなんだ」

「……こ、子供ができるようなことはしていないんですね」

「もちろん! こんなところでできるはずないだろう!」

「名前ノートは必要ないんですか?」

「それは本気で必要ないわ」

「うーん……」

 

 訝し気な視線を向けてくるゆんゆんの姿は珍しかった。

 状況が状況だからな。明らかに怪しい。黒確定としないのはむしろゆんゆんの人を信じる心が強いせいか。

 

 ただ全部嘘ではない。

 セックスはしていないし、俺の布団に潜り込んできたのも夜で寒いからだった。ゆんゆんにおかしいと思われるぞと注意するも、すぐ向こうに帰りますという言葉を返され、だらだらとお喋りしていたらいつの間にか両方とも眠ってしまっていたのだった。

 

「……わかりました。信じます。一応信じます」

 

 あのゆんゆんが一応などと言っていることから、内心かなり疑っているだろうなということが理解できる。

 

「あっ、ははは」

 

 こちらとしては苦笑いをするだけだ。

 一昨日セックスはしたし、迂闊なことは言えない。まあいつかは仲間であり、めぐみんの親友でもあるゆんゆんには大雑把には説明しないといけないが、今することでもないように思った。

 もしかしたらめぐみんはなにも気にせず言うかもしれないが。

 

「そうだ。ゆんゆん」

「……なんでしょう?」

「今日の予定ってどうなっている? 紅魔族の人が来るんだよな」

 

 不自然に話題を変える。自分でいうのもなんだが、露骨すぎた。

 なのにゆんゆんはそのあからさまな話題替えに付き合ってくれる。

 

「えーと、ですね。夕方前には紅魔の里の人がつくと思いますので、待ってないといけません」

 

 あれだな。

 多分常日頃からめぐみんに振り回されているので切り替えが早いんだな。

 普段の苦労が見えるようであった。

 

「ふぅ。めぐみんのボン事件もこれで解決か」

「……この子は本当に心配かけて。それで自分はあまり慌ててないんだから」

 

 ゆんゆんは少し年上のお姉さん振って、俺の腹の上にある膨らみに呟く。

 

「まあ今回のは依頼での結果だから責めないでやってくれ」

 

 というか全て俺のせいなのだ。

 俺のエロ心が随分と大事になってしまったものだ。紅魔族についてはもっとよく知っておかないといけない。仲間に二人もいるんだから。

 

「マントを受け取ったら、宿で休もうか。偶然教えてもらったんだが、良い宿があるんだよ」

「あっ、でも私。転送屋の人と一緒に一度紅魔の里に帰ろうかなと思っているんです」

「里帰りか。良いぞ。今日ぐらいは実家でゆっくり休んで来い。戻ってくる時も転送屋使わないといけないけど、金あるか? なかったら俺が出すぞ」

 

 色々と迷惑をかけたお詫びである。

 これぐらいは出させてもらわないと、俺としても気まずい。

 

「えへへへー」

 

 何故か突然ゆんゆんは笑う。

 なにそれ怖い。めぐみんも無意識下で驚いたのか、俺の服の胸元をギュッと握ってくる。

 

「ど、どうした?」

「実はですね。習得してしまったんです! ――これを見てもらってもいいですか」

 

 ゆんゆんはポケットから冒険者カードを取り出して、俺の目の前に持ってくる。常人の何倍も高い魔力値が目につくが、覚えたと言っているからにはスキルのことだろう。

 視線を下げて、スキル欄を確かめると、新しいスキルが載っている。

 

「これでこっちにくる時はお金の必要はないですよね」

 

 スキルは有名なものだった。

 魔法使いにとってある意味到達点とも言えるスキル。

 

「テレポートを覚えたのか!」

 

 興奮によって、声が高くなる。

 それだけのスキルだ。テレポートがあるなしは今後かなり違う。

 こちらが喜んでいる顔を見て、ゆんゆんは顔の笑みを濃くする。

 

「覚えちゃいました」

「おお、凄いな。ほんと凄いわ。魔法使いがテレポートを覚えて、実際に操れるだけになるのは十代じゃ殆どありえないと聞くのに」

 

 才能ある魔法使いが三十代になってようやくテレポートを使えるようになるというのが当たり前の中、十代で覚えるなんてのは普通ありえない。

 上級魔法を覚えたばかりだし、スキルポイントを溜めるのにも苦労しただろう。

 よほど強いモンスターを何十体も倒さないと無理だ。最近の彼女の行動にも合点がいった。

 

「ウィズさんに付き合ってもらっていたのはそれでだったんだな」

「はい。こっそり取って驚かせようかなと思ったんです。……実はユウスケさんの回復祝いパーティーの時には覚えていたんですが、機を見計らっていました」

「驚かされたよ。ゆんゆんもお茶目なとこあるんだな。……でも、さすがはゆんゆん。テレポートあるだけで、今後の行動範囲が広くなる」

「ほめ過ぎですよ。……嬉しいですけど」

 

 照れているゆんゆんに、更に言葉を重ねる。

 

「いや、その歳でテレポートだろう? これが褒めなくてどうする。テレポートがあるだけで全然違うからな。ゆんゆんは本当に凄い。凄すぎる」

「えっ」

「魔法使いとしては理想だよ。よっ、理想の魔法使い」

「へっ、え」

「完璧だ。もう素晴らしい。幾ら言葉を紡いだとしても、お前を表すには足りないよ。最高! 大統領! ゆんゆん!」

 

 パチパチと拍手する。

 更に賛辞を重ねようとするも、ゆんゆんから待ったの合図がかかる。  

 

「あ、あの……ユウスケさん」

「うん?」

 

 顔を真っ赤に染めて、視線を斜め下にして、恥じらうように小さく口を開く。

 

「そんなに褒められると……私恥ずかしくなってしまいます」

 

 消え入りそうな声でそんなことを言ってくる。

 可愛いな。

 

「そうか。俺としてはまだ足りていないぐらいなんだが……」

「充分ですよ。お腹いっぱいです! これ以上言われると私ボンとなっちゃいます! ……嬉しいですが。慣れていませんし。ユウスケさんって、本気で私を褒めるんだからどうやって聞いていればいいかわからないですよ……」

 

 ゆんゆんは彼女の実力に比べて褒められてきたことが少なかったのだろうと一緒にいて感じるので、俺はできるだけ頑張っているゆんゆんを褒めることを心掛けている。

 自己評価を高すぎても困るが、あまりにも低いのも変だと思ってしまう。

 頑張っている人にはそれだけ報われるべきだと、クズの俺でも常識だ。

 

「ぐうう!」

 

 下から歯ぎしりがする。

 めぐみんが無意識に不満を表現しているようだ。

 まったくこいつは、遺跡でも言っただろうに。

 なんでもかんでも一番じゃないと気にいらないんだよな。

 

 困ったやつだと思わず布団の中にゆんゆんからは見えない方の手を入れると、

 

「かぷ」

「…………んっ!?」

 

 えっ。えええ、ええええええええ!?

 

「私の顔赤くないですか。うう、絶対私赤くなっています。……あれっ、ユウスケさんは顔が青く見えますよ」

「な、なんでも! なんでもない!」

 

 めぐみん! 噛みやがった!

 歯を立ててるわけではなくて咥えているだけだから痛くはないけど! ビックリするわ!

 

 いきなりの出来事で顔を蒼白にしていると、ゆんゆんは自分の人差し指を突き合わせて、テレポートの悪い点を並べる。

 

「……長距離間を移動できるといっても、色々制約はあるんですよ。テレポートは魔力を多大に消費するから、魔法陣でもなければ一日に二回はできませんし、移動するための登録場所も回数が制限されています」

 

 彼女はその細い指を三本立てる。

 

「三つの場所しか登録できません。それに登録を解除しようとすると、その場所まで逐一いかなければなりませんし」

「ゆんゆんはもうテレポートの場所登録はすましたのか?」

 

 くそう。取れない!

 こいつどんな夢見ているんだ。もしかして昨日の口淫の夢見てるんじゃないだろうな。

 

「一つだけです。紅魔の里にも登録しようかと思っていますけど、実はまだアクセルの街は登録していなかったりしますので、えっと……帰りも転移はできなくて……」

「今回はお土産を大量に買っていかないといけないからいいよ」

 

 ダスティネス家へのお土産はなにを持って行けばいいか。温泉饅頭なんかが定番だろうか。

 

「ほっ。それなら良かったです。後は転移は他のスキルではない、外部からの制約もあります」

 

 抜けない。

 指が全然抜けないぞ!

 

「んむんむ」

 

 顔だけは自然さを保ちながら俺は必死に指をめぐみんの口から抜き取ろうとしていた。吸う力が強い。昨日気持ち良かったもんなと思いながら、手に力を入れて最小限の動きで引っ張る。

 

「聞いたことがあるな。……テレポートを使える人は絶対に冒険者ギルドに報告することと国外へのテレポートは禁止だっけか。国家間を自由に行き来できたら不味いもんな」

「破ったら三年以上、十年以下の懲役と重いですから、もう私すぐに報告に行きました!」

 

 テレポートは便利だ。むしろ便利すぎるといってもいい。

 四人までという制約はあるが、登録した場所に瞬時に移動できるその能力は、法律によって強制的に制約を課されている。他のスキルではありえない特例である。

 

 普通の魔法使いの終着点といってもいいスキル。

 これを覚えた魔法使いは冒険者を辞めて、転送屋として働く人も多い。

 一日に数分で三十万や四十万エリスを稼げるのだから、一生を安泰といっても過言ではなかった。

 

 ゆんゆんはまだ冒険者を続けるつもりみたいだけど。本当にありがたい話だ。彼女には感謝の念が尽きない。

 

 そう思いながらも、俺はシーツの下ではめぐみんの口と格闘していた。勢いよく引っ張ってめぐみんの口からようやく俺の手を脱出させる。

 その時、大きな音が出た。

 

「んっちゅ!」

「うぅん? なんか変な音しませんでした?」

「なんだろうな。なんの音だろうな。あー、もしや俺の腹が鳴ったのかもしれない」

「いえ、水の音みたいな。……昔学校の遠足に行ったとき、めぐみんが早々と自分の水筒の水を飲みほして、私に一口だけ下さいと言ったから渡したら、めぐみんってば飲み干す勢いで飲むものだから無理矢理水筒を引っ張った時に出た音に似ているような……」

「あいつ昔からろくなことしてねえな」

 

 大体正解を突いている。水筒と指という大きな違いはあるが。

 でも、ようやくめぐみんの口内から指が出てきた。今後めぐみんの口近くに勝手に物を持って行くのはやめよう。なんでもかんでも食べてしまう。

 

「そういえば、ゆんゆんは明日の朝に帰ってくるんだよな。それだと宿の場所を教えておかないといけないか」

「お願いします」

「確か、ここに……あったあった」

 

 両手がフリーになったので、寝ころんだ姿勢で自分の鞄を漁る。

 そうすると、警察署でアクシズ教の人から書いてもらった紙が出てくる。その紙を彼女の前に差し出す。

 

「この場所だから覚えておいてもらっていいか。いや、もしものためにどこかに書き写して渡した方がいいよね」

「大丈夫ですよ。ここなら朝に走り回っている時に見たことがあります! ですのでだいじょう――はれ? ユウスケさん」

「なに?」

「……ここの指だけなんだかべちゃべちゃですけど」

 

 あっ。

 拭くのを忘れていた。

 

「すぅ……ゆうすけ……飯がないならあなたをくいますよ……くぅくぅ……わりとおいしい」

 

 変な寝言をほざいているめぐみんを一度睨んでから、俺は濡れていない方の手でまたクリスみたいに頬をかきながら苦笑いで誤魔化す。

 

「不思議だな! きっと鞄の中が濡れていたりでもしたんだろう!」

 

 苦しい。

 なんと苦しい誤魔化し方だ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベッドは素晴らしい。

 昨日と一昨日は馬車とテントだったので、最高級のベッドで眠れたのはありがたかった。夢見が悪くて途中一度起きてしまったが、その分長い時間眠ったので体は本調子である。

 

 それに温泉は良かった。

 温泉なんて入ったのは、中学の頃に家族で旅行した時以来だ。あの時はそんなに気持ちよかったわけではなかった。風呂とそんなに変わらないし、そこまでありがたがる意味があるのかと思ったっけ。

 父さんは温泉の気持ちよさがわかれば大人だと言っていたが、俺も大人になったのだろうか。

 体の奥までじんわりと染み渡るような感じは風呂では決して出せない。

 

 俺は遅くなった宿屋の朝食を取ってから、時間があるので暇つぶしも兼ねて宿屋の皿洗いをしていた。

 

「悪いね。お客にそんなことしてもらって」

「あれだけ割引してもらったらこれぐらいはさせてください」

 

 割引しすぎである。紹介状を持って行ったら安くしてくれると言っていたけど、まさかここまで安くしてくれるとは驚きだった。

 普通の宿屋より少し高いぐらいの値段でこの宿に泊まれるのだから、皿洗い程度は手伝うべきだ。

 

 宿屋の店主が昼食の下ごしらえをしたながらも、話しかけてくる。

 

「最近はお客も少し減っているから部屋も余っているし、従業員もあまり雇ってないからね。皿洗いをしてくれるのはありがたいよ。ウチのサービスは変わってないのに、どうしてお客はへっているんだろうね。心当たりある?」

「それは……宿泊する手続きの紙がアクシズ教の入信書になってたりするからじゃないですか」

 

 そんなことがありえるなんて思わず危うく書いてしまうところだった。

 めぐみんからの指摘がなければサインしかねなかった。

 

「はっはっは、まさか。前にちっこい魔法使いの子とやらに勧誘方法を教えてもらった人達とは違って、ウチはずっと昔からこの手でやってますよ」

「……凄いですね。よほどそれ以外のサービスが良いのか。でも、実際俺もこの宿お気に入りになりそうですよ」

「ありがとうございます。お客さんのように、これでも沢山の方からご贔屓にしてもらっています」

 

 日本なら即刻営業停止されかねない行為をやるが、宿屋の料理は上手いし、掃除は行き届いているし、温泉は広くて最高なんだよな。

 俺も次も来るならここがいいと思ってしまうぐらいには。

 

「ただしもし次に来るときは書名する紙が勧誘の紙に替わっているなんて真似はやめてくださいね」

「はっはっはっ」

 

 おい笑って誤魔化すな。

 

 そこからは話を弾ませながら俺は皿洗い。宿屋の主人は昼食の下ごしらえをする。

 ようやく最後の皿を洗い終わると、ゆんゆんの声がした。

 

「お邪魔します。あのー。ここにめぐみんとユウスケという名前の宿泊客がいると思うのですが……」

「君が言っていた子だね。皿洗い感謝するよ。昼食はどうする?」

「折角だから外で食べてこようかと思っています。じゃあ、ここにエプロンは置いておきますね。……ゆんゆん、ここだ!」

 

 手をタオルで拭いてから、皿洗いの時にしていたエプロンを軽く折り畳んでから置いて、俺は厨房から出ていく。

 厨房から出てきたのを見ると、ゆんゆんは驚いた顔をする。

 

「あれ。どうしてそんなところから」

「まあちょっとあってな。ゆんゆんはよく休めたか」

「久々に両親に会えましたし、自分のベッドでぐっすりでした! めぐみんは見当たりませんけど、別行動でしょうか」

「ああ。あいつは朝食をすませた後、また部屋に戻ってな。ちなみにめぐみんとゆんゆんは同じ部屋にしたけど良かったよな?」

「もちろん大丈夫ですよ!」

 

 俺で一部屋。めぐみんとゆんゆんで一部屋。

 合計二部屋借りている。

 下を向いてずっと作業をしていたから俺は一度伸びをして、ゆんゆんを誘う。もちろん、アクシズ教への勧誘ではない。

 

「これから外に出て見て回ろうかと思っているんだけど、ゆんゆんも来る? 食うのが遅かったからそんなに腹が減ってないけど、外で軽く昼食も取るつもりだ。折角観光地に来たわけだしな」

「ユウスケさんが宜しいならついていきたいです。……私は昨日ここら辺走り回っていましたが、全然じっくりと見られませんでしたし」

「じゃあ、めぐみんも誘って三人で行くか」

「そうですね!」

 

 ということで、俺達は宿屋の階段を上って、めぐみんとゆんゆんの部屋の前にまで来る。

 二人部屋なので当然鍵は二つあるわけだが、ゆんゆんの分の鍵はめぐみんが持っている。

 なので、ゆんゆんは扉を手で軽く叩いた。

 

「めぐみーん」

「…………」

 

 返事はない。

 今度は少し強めて、彼女は尋ねる。

 

「めぐみん! 聞いてる? 開けてちょうだい」

「……あぅ、なんですかもう」

 

 不機嫌そうな声が返ってきた。

 無理矢理起こされて気が荒立っていますという感じだ。

 

「二つある鍵の内、一つ私に渡してよ。そうじゃないと勝手に入ったり出たりできないでしょ」

「それと、一緒にでかけないか? ここら辺ぶらりと見て回ろうぜ」

 

 俺がそう誘いかけると、にべもない拒否をされる。

 

「嫌です。眠たいんですよ。放っておいてください。ユウスケのあーほ。すけこまし」

 

 む、これはガチのやつだ。本当に眠たいんだな。

 昨日も一日中眠っていたのに、それでも疲れ取れていないのか。 

 

「わかった。それならめぐみんは宿屋で休んでいていいぞ。ただゆんゆんの鍵だけ渡してくれないか」

「……起きるのが面倒です」

 

 ゆんゆんは少し気が立った顔で、カツンと手で扉を叩いた。

 めぐみんの自分勝手振りにちょっとだけ怒ったようである。

 

「めぐみんは、昨日散々寝たでしょ」

「…………」

「それにめぐみんのためにわざわざ私達は野宿に付き合ったんだからそっちも少しは付き合ってよ。マントで体調は戻ってるでしょう? そんなに長い間散歩するわけじゃないんだし」

 

 一瞬の静寂。

 そして、そこから聞こえてくる無邪気な子供みたいな声。

 

「ごー」

「ん、なによ?」

「よん、さん……」

 

 なにを言ってるかと思えば、カウントダウンだ。

 

 ――カウントダウン。

 つまりなにか起きる前の前兆。めぐみんが何かを起こす前の前兆。

 俺とゆんゆんの思考は通じ合う。

 

「にー」

 

 踵を返して、俺達はこの宿から退去することを決定した。少なくとも、彼女が健やかな眠りをして機嫌が良くなるまで。

 

「じ、じゃ、私達見て回ってくるから!」

「おう! ゆんゆんと一緒にフラついてくるから!」

 

 

 息ピッタリで俺達はそのカウントダウンの数字がゼロになる前に逃げる。

 本気で。

 

 

 

 

 




ゆんゆんのターン


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三十五話

 

 

 

「間に合っているので」

 

 この言葉ともう一つ、急いでますので。

 二つの言葉を自由に操ることができれば、道すがらのキャッチセールも家に来る押し売り営業もさらりとかわすことができる。使うだけで、私は完全に興味を持っていませんと終わりにできるのだ。

 

 それが、ここではなんと通用しない。

 

「ちっちっち。間に合っているで終わらせてはいけません! 意識が低くありませんか? 昨今、最早間に合っているのではなく、今から間に合わせるものですよ!」

「……そんな格好いいこといわれても、ほんといいんで」

「本当に良い? つまりは改宗してくれることですか。あっざーす!」

「ちっげーよ!」

 

 俺はゆんゆんの手を取ってそのタフでしつこい勧誘から逃げる。言葉で通用しない相手には物理的に遠ざかるかしかない。あまりにも言語は無価値であった。

 

 石の床を小走りで駆ける。後ろから呼び止められる声がするも、まったく後ろ髪を引っ張られない。普段はキャッチセールを断るのにも、少し嫌だなと思う俺にも罪悪感とかそういうの一切なかった。

 

 流石に追ってはこないようなので、立ち止まって隣を確認する。

 あどけない顔つき。その少女のあどけなさに合わない恵まれた体を持つゆんゆんは、なにを発するでもなく、ボーとした瞳で自分の手に視線を落としていた。

 俺の野暮ったくてゴツイ手と繋がっている彼女の柔らかな手に。

 

「ごめん。咄嗟に手を掴んでしまった」

「えっ。あっ。そんな!? か、かかか構わないんですよ! 私なんかの手なら幾らでも取っても! まさかうわー、男の人の手ってこんなに逞しいんだと内心ドキドキしてませんし! ……ただ突然握られると私の心臓が爆発しちゃわないか心配で」

 

 爆発する前にゆんゆんの手を離す。

 繋いでしまった手が嫌なのか、彼女は自分の手を合わせてその感触を確認しているようだった。

 いきなり握ったのは悪かったけど、今回ばかりは勘弁してほしい。俺はゆんゆんの手を握った手で頭をかいた。

 

「しかし、ここまで勧誘が激しいとは思わなかった。めぐみんとゆんゆんは一度この街を通ったんだよな。その時もこんな感じだったのか」

 

 アクシズ教の聖地アルカンレティア。

 ここで観光のためにゆんゆんとぶらりと歩いていただけなのに、もう何人もの勧誘に出会ってきた。それも皆が皆妙に手が込んでいる。子供を使った勧誘は反則だと思うの。断るのが大変だ。

 

「うーん、そういうわけでもなかったです」

「違うのか?」

「はい。私がめぐみんを追ってこの街に来た時は、ここまでその……ひどいって言い方をするのもどうかと思いますが、こんなに色々な手を使ってくるわけではありませんでした」

「それなら、めぐみん達が出ていってからこんな風になったのか。……それかめぐみんがいる最中になったのか。もしかしたら、めぐみんが入れ知恵したりしたせいだったりして」

 

 冗談で今は宿屋で寝ているだろう魔法使いの責任にすると、ゆんゆんは笑いながら嗜める。

 

「あっ、いけないんですよ。めぐみんが聞いたら怒っちゃいますよ」

「激怒だよな。うわ、怖いわ。……なぁゆんゆん、ここだけの話にしてくれよ」

 

 ゆんゆんには珍しい悪戯の片棒を担ぐ悪い子の表情で、ぺろりと小さな舌を出して頷いてくれる。

 

「絶対私にも被害が来ますからもちろんです。……そういえば、今ふと思い出しましたが、めぐみんがアクシズ教の人達となんか怪しいことを町中でごそごそやっていたような。そこの偉い人が指導してもらってたと言ってた覚えが……でも、まさかこれ全部めぐみんのせいのはずがないですよ」

「宿屋の主人が、アクシズ教の連中は小さな魔法使いに勧誘方法を教えてもらったと言ってたが、あいつもそんな迷惑なことしてるわけないよな。悪い癖だよ。俺達の。うんうん。あいつをトラブルメイカーにしたがるのはよくない」

「何を言っているのですか、ユウスケさん。実際長年付き合ってきた私としてはあの子はトラブルメイカーです。幼馴染の私が断言しちゃいます。けど、毎回毎回めぐみんがトラブルを起こしたと思うのはいけないことですよね」

「はははっ……は……」

「ふふふっ……ふ……」

 

 どちらも笑いだして、途中で力のない笑みに変わっていく。俺の顔にもゆんゆんの顔にも冷や汗が額に張り付いていた。

 行動パターンをある程度把握していて、あいつの賢さを知っている俺達の頭脳には、一つのアンサーが導かれてしまった。

 

 ……ありうる。

 あいつならやりかねない。むしろやるやつだ。

 

「は、腹減っていないか? そこら辺の喫茶店でなにか食べようぜ!」

「そうですね! 私も小腹が空いてきたところです! 行きましょう是非行きましょう!」

 

 これ以上考えない方がいいと俺とゆんゆんは判断して、話題を変えて違うことをすることにした。考えても仕方がないことは考えない方がいいよね!

 

 いくらなんでも喫茶店では落ち着いて過ごせるだろう。

 

 また忍びかかる勧誘の手を掻い潜り、俺達は喫茶店に足を運ぶ。そんなに大きな規模ではないが、落ち着いて座れる喫茶店に俺達は入った。

 予定していたより食事をするには随分早い時間になったので、中は空いている。ちらほらと客が見える程度だ。

 客として訪れた俺達に、褐色の耳がピンと尖ったウェイトレスさんが対応してくれる。

 

「お二人様でしょうか? もしかしてカップルさんですか?」

「か、かかかカップルだなんてそんな!?」

 

 あわわと可愛らしい狼狽するゆんゆんを傍目に、嘘を吐くわけではないがなんとなく尋ねてみる。

 

「カップルですと何かしら特典がついたりするんです?」

 

 割引かコーヒーのサービスでもついてくるのかな。

 ニコッと胸元を大胆に露出したウェイトレスさんは笑顔を作る。

 

「カップルのお客様は純粋に反吐が出るほど妬ましいので、お飲み物にこっそり私の唾がついてきます」

「俺達全然仲良くないです。カップルなんてとんでもない」

「他人寄りの仲間ですよね」

「わかりました。では、カップルではないお二人方、こちらの席にどうぞ」

 

 アクシズ教の人なら実際にやりかねないと感じた俺達は真面目な顔で否定して、小さな丸テーブルに案内される。……小粋な冗談だよね?

 

 俺はサンドイッチとジュース。ゆんゆんはホットケーキとジュースをオーダーした。

 時間帯的に客が少ないだけあって、然程待つこともなく注文したものが出てくる。お皿に並べられているのは食べやすいよう小さく切ってあるサンドイッチだ。

 

 サンドイッチにかぶりついた俺は、その味に唸った。

 

「悪くない。いや、これ口に合うわ」

「こっちもふわっとしてて今までで一番おいしいホットケーキかも」

 

 店員がちゃらんぽらんなのに、料理はいける。

 

 水の街アルカンレティア。

 街並みは美しい。しかし、アクシズ教徒はヤバい。温泉は最高。しかしアクシズ教徒の勧誘はヤバい。料理は美味しい。しかし、アクシズ教徒はすごくヤバい。

 ほんともうギャップが激しいんだよ!

 

「このサンドイッチ一つ食ってみろよ。美味しいぜ」

「うわ。幾らでも食べれそうな味ですね。こんなの幾つも摘まめます」

 

 食器を押して、小さなサンドイッチの一つをあげる。値段も安めな割に、マジでいける。

 

「こんな軽食がなかなか美味しいってのはあまりないよな。普通はパサパサのサンドイッチとかが出てくるだろうに」

「ふわー。紅魔の里にも喫茶店はありますけど味では負けてますね。……ユウスケさん。お返しにどうぞ」

「おお、ありがと」

 

 ゆんゆんはホットケーキを切り分けて、渡してくれると思っていたら、切り分けたホットケーキの欠片にフォークを刺して、こちらに差し出す。

 

 ……これはもしかしてあーんして食えということなんだろうか?

 

「……あっ」

 

 彼女も自分のしている行動に気付いたのか、フォークを差し出したままみるみる内にその顔を赤く染める。

 

「いえ、これはあれです! あれなんです! いつものめぐみんとの癖で!?」

 

 目に涙が貯まっていくので、こっちも慌てそうになる。

 

「いつも一口下さいと言うとあげるんですけど、フォークであーんしないで皿を差し出したら、めぐみんってば料理の殆ど全部持っていくんです! 口一杯に詰め込んでこれで一口ですなんて言うんだもの! だからあーんするのが癖になっていて! ……ち、違うんです」

 

 彼女はテーブルに乗り出して必死に俺に弁解する。

 大きな胸の谷間が見えて若干興奮しそうになる。

 

「違いますからね! ……あれ、これ本当にデートっぽい。きゃ、もしかして私デートしてる? しちゃっている? なんていう風に心の中で舞い上がってて思わずデートのような憧れていた行動をしてしまったわけではないですからね!」

「お、おう」

 

 勢いに押された俺はというと、生返事するだけだった。

 顔を俯かせて、真っ赤になっている自分の顔を彼女は隠す。

 

「ううぅ……。恥ずかしい……。こんなに恥ずかしいの、新品の服でめぐみんと遊んで帰り際に服に値札がついていることを指摘された以来のことです……」

 

 めぐみんももっと前に指摘してあげればよかったのにな。

 

 深い穴を掘ってその穴に自分を埋めかねない勢いのゆんゆんは、フォークとナイフを使って切り取ったホットケーキを俺の皿に移した。

 話題を変えるためにも俺はさっさと口を開けてもらったホットケーキを食べた。

 

「柔らかいな。口当たり最高だわ」

「……ですよね。ユウスケさんもサンドイッチで足りないならホットケーキを頼むのもいいと思いますよ。私はこれでお腹一杯になっちゃいますけど」

「ここでこれ以上頼むのは……ちょっと無理かな」

 

 だってウェイトレスさんが今地面に唾吐いてるのが視界に入ったし。

 絶対次の料理には唾を入れられる。小粋な冗談ではなかった。

 

 傍から見るとカップルみたいなイチャつきに見えたらしい俺達は、サンドイッチとホットケーキを食べ終え、ジュースを飲みながらとりとめのないことを喋っていた。

 こびりついた汚れのようにアクシズ教徒のことが頭にあるせいか、自然とそっちの方の話になる。

 

「紅魔族って信仰している神様はいないのか?」

「何人かはエリス教を信仰している人もいますけど、基本的にはしていない人が多いですね。ただ……勝手に自分達で作った神を信仰しているという人は結構います。三軒隣の人は邪神ヒポポタマスを信仰していると言い張っていますし。えと……そんな神はいませんよね?」

「いないだろうな」

 

 それカバの別名だもの。

 

「でも、神様を信仰していないというのは珍しい。それだけで僅かとはいえ不利になるのに」

 

 この世界では神様がいて、実際に力を持っている。

 だから、信仰することによって力を与えられる。エリス教が人気になるものそれが大きい。運というあやふやなものを得られるエリス教は、商売人にとっては重要な物であるし――こう思いやすい。

 

 運が良ければエリス様の加護を得られた。運が悪ければ信仰が足りなかった。

 

 これでは、アクシズ教じゃなくてエリス教の信者が増えるわけだ。

 ……まあ単純にエリス様は慈悲深いのが有名で人気があるだけというのもあるが。

 

「紅魔族は力が強いから神様の力を必要としないというのもありそうだな」

「本当に……私の里の人達って、無駄に力がありますからね……。めぐみんを筆頭に」

 

 万感の思いで放たれた言葉は殊更実感がこもっていた。

 紅魔の里にはめぐみんが大量にいるようなものかと思うと、ゾッとする話である。今頭の中で大量のめぐみんが杖を掲げて爆裂魔法を唱えている姿が浮かんだ。国が亡ぶ。

 

 ストローを回して氷をからんからんと音をさせながら、ゆんゆんは可愛らしく首を傾げる。

 

「ユウスケさんはどこかの宗教に入っているのですか?」

「地元のマイナー宗教に一応な」

 

 日本人は自分のことを無神論者と言っている人も多いが、大抵はどこぞの仏教や神道に入っている。

 といっても、それを感じるのは葬式ぐらいなもので、普段自分の宗教についてなにもしていないから、無宗派と自分のことを言うのは決して間違いではない。大人になるまで自分が入ってる宗教がどこかさえ知らない人も多いぐらいだ。

 

「別に神に力を与えられているプリーストではないんだからコロコロ宗派を変えても構わないが、まあ変える理由もそこまでない」

「プリーストの改宗は一度切りでしたっけ。私も特には入ろうとは思わないですね。……ちょっととある理由で悪魔を呼び出そうとは思ったことはありますけど」

 

 気になるなー。どういう理由で呼び出そうと思ったのか凄い気になる。

 気になるけど、聞かない方がいい事柄なんだろうなー。

 

 宗教に関しては父さんからは宗教には気を付けろと言われてるし、数少ない元の世界の接点だ。いるかどうかもわからない神様に俺はつこう。

 そういう意味では俺も紅魔族と似ているかもしれない。……まあもしかしたら俺達が知らないだけで、アクア様達のように俺の世界の神様も本当にいるのかもな。いつの日かまた死んだときに会ったら聞いてみたい。

 

「ご馳走さん」

「満腹です。ご馳走様でした」

 

 ジュースも飲み終わって話題も一段落したので、俺達は喫茶店から出ることにする。

 元気が戻った。これでまた観光するための気力がわいてくる。

 なんで観光にこんなに気合いを入れていかないといけないんだろうという深い悩みを抱えながら、伝票を俺は持って会計を払いに行こうとする。

 

 ゆんゆんはさっと俺の小脇に近づいて、かなり高級な財布を取り出す。

 

「ごめんなさい。私の分のお金は今すぐ出しますから、待ってくださいね」

「いいよ。今回は俺の奢りだ」

「そういうわけにもいきませんよ。むしろ私が奢らせてください!」

「え。女の子に払わせるとか俺でも無理だわ……。それにデートっぽいことをしたしな。ほら、デートなら男の方が払うのが普通だろう」

「で、デート!? でででデート……!」

 

 ゆんゆんが思考回路をショートさせている内に俺は伝票を持って会計を払いに行く。

 あれだな。ゆんゆんにとっては雷みたいに効き目のある言葉なんだな。デートって。実際は親しい友人と遊んでいるだけだが。

 

 そこにはウェイトレスさんとは別の人が立っていて、俺はその男の店員に伝票を渡した。

 煌めくような歯を出して、男の店員は伝票を受け取る。

 

「お会計お願いします」

「お会計ですね。……その前にお客様はこの店の会員になりませんか。今なら大サービスでこちらも破産寸前になりそうなお得な特典がありますよ」

「観光客だからそんなに何度も来ることはないと思うので、大丈夫です」

 

 時間をかけて会員カードを作ってもらっても何度も使うことはないので、そう言葉で拒否すると男性は手を軽く振った。

 

「会員になると今回のお支払いにも特典が使えますよ。なんと五パーセント引きさせてもらいます」

「へえ、それだと会員にならないのは損ですね」

「そうでしょう。会員になるのもこの紙に名前と住所を書くだけでいいんですよ」

 

 店のサービスとして安くなるのなら、使わない手はないだろう。悪いことでもない。会員になるか。

 店員は細長い紙とペンを渡してくるので、ペンを受け取って紙に手を当てる。

 会員になるだけで五パーセント引きは上手い話だ。それにしても、こういう会員になる時に名前を書くのってすごい緊張するんだよな。俺は書き損じないようにしっかりと紙を押さえる。

 抑えた手が違和感を発していた。勘が知らせている。

 

「なんかこの紙膨らんでる……というか折り曲げられてる?」

「くっ!?」

 

 しまったという顔をする店員で、大方予想をつけながら俺は折り曲げられた紙を丁寧に元の形に直していく。

 きっちり折られた紙を戻すと、さっきから何度も見た紙が出現する。

 

 そこにあるのは予想していた通りアクシズ教入団の紙である。

 

「…………」

 

 どういうつもりだこの野郎と俺は店員を睨むと、彼ら特有の瞳孔が開いたような笑顔を張り付けて。

 

「さて、ここに名前を書くだけで五パーセント引きですね。どうぞ書いてください」

「書くかー!?」

 

 俺は値段きっちりの代金をその机に叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 観光地なだけあって宗教勧誘だけではなく、客引きも激しい。

 暑くなってきた気温にも負けず劣らずだ。その中の客引きの一つに俺は陥落させられてしまった。

 だって暑くなってきたし、ソフトクリームの誘惑には負けるよ。俺とゆんゆん。二人分のソフトクリームを買っていた。

 

「お兄ちゃん、ありがとね!」

 

 おばさんから二人分のソフトクリームを受け取る。シュワシュワ味らしいけど、どんな味なんだろう。

 

「ゆんゆんはどこに?」

 

 片方を渡そうとするも、連れが見当たらなかったので周囲を視線で探索する。

 そうすると、二人のちぐはぐなコンビの前で立ち止まっているのを見つけた。客引きによく捕まるゆんゆんだ。俺は心配になって早足でその場所に到達する。

 そこにいる彼女は客引きされただけとは思えない混乱した様子だった。

 

「ゆんゆんどうかしたのか?」

「ユウスケさん!? 丁度良かったです! 助けてください! この二人が喧嘩しているようで! 私では止められません!」

 

 喧嘩って。どうしたんだろう。

 

 片方は先ほどの喫茶店の女性店員と同じく耳が尖った男性だった。すらりとした長身痩躯である。映画に出ても遜色のないイケメンだ。

 もう片方は正反対な――敢えていうなら低身太躯だろうか。ずんぐりむっくりという言葉がよく似合う男性である。もじゃもじゃとした髭が生まれてからずっとあると錯覚するほど合っている。

 その二人がゆんゆんを前にして言い争っていた。

 

「はぁ。あなたのその物言いがレディを怖がらせていますよ。これだから下賤なドワーフは困りますよね。客商売の何たるかをわかっていない。物腰は丁寧に。勢いだけで押し通せるとは思わないことです」

「カー。高慢ちきというんじゃよ! お前さんの口振りわ! 福を呼び込むには威勢が大事だって教わらなかったようだな! まあ森で孤高に暮らしているエルフはそんなことは教わらないか」

「洞窟で雑魚寝で暮らしているドワーフに言われたくないですね。ああ、ツルハシを振る以外教えてもらえないドワーフに道理を理解するなど無理ですね」

 

 彼らは顔を突き合わせて、喧嘩真っ最中である。

 ゆんゆんはそれを止めることもできず、俺の袖に必死に掴んでいる。

 

「どうしましょう! どうしたらいいんでしょう!?」

 

 んー、そうはいってもな。

 本当に喧嘩しているなら早く止めないといけないが、俺の感覚はそう言っていなく、どうしたものかと頬をかいた。

 まだ彼らは言い争いを続ける。

 

「あなたのドワーフ族特製肉団子。肉を隙間なく詰め込み、これでもかというほどの旨味を皮で閉じ込めた代物程度でしょう。そんなものをわざわざ観光に来たお客様に買わせるほどのものですか」

「は!? オメエの方こそたかがエルフ族特製のアルカン饅頭だろう! 小豆をじっくり煮て作られたあまーい餡を上品に包んだ饅頭! 女性には繊細な味が大人気の饅頭如きがワシのと張り合おうなど十年早い!」

「ふん。そんな肉団子。せいぜい遠いところから来ているお客様にも充分に持つ程度の賞味期限でしょう」

「オメエの饅頭なんてエルフみたいに長々と日持ちするぐらいだろ!」

 

 髭がもじゃもじゃしている男性は、今にも長身の男性を殴り飛ばしそうな勢いである。

 心優しい魔法使いはそれを見て、袖をグイグイ引っ張ってくる。ソフトクリーム落ちちゃう。

 

「ユウスケさんなんで止めてくれないんですか!」

 

 いや、そんなことを言われてもな。

 だって。

 

「本気で喧嘩しているわけではないと思うぞ。敵意みたいなのは感じ取れないし、なにかしら劇みたいなものなんじゃないか」

「……ふぇ?」

 

 ゆんゆんは俺の言葉がよくわからなかったのか、小動物じみた鳴き声をあげる。

 

 喧嘩をしていた二人は顔を見合わせて、にこやかに笑った。先ほどまでの喧嘩はなかったようなやり取り。やっぱりそういうことか。

 イケメンは気の良い兄ちゃんみたいな顔をして、髭もじゃもじゃの男性は獰猛な表情が大人しいをする。

 軽い口調でエルフの店員は喋りだす。

 

「あれー。ばれてたっスか。勘の良いお客さんですね」

「俺が不器用だからかな。悪い。やっぱ演技なんて似使わないのかもしれないな」

「そんなことないっしょ。これに気付くのは滅多にいないし。今回はお客さんの方が一枚上手だったってことじゃね」

 

 急に喧嘩の矛を収めて、二人が仲良く肩を叩き合っているのを見て、俺の連れは非常に混乱していた。

 

「へ。へへへ、ど、どういうことですか?」

「つまりは……演技ってことだろう」

 

 言い争っているようで、相手の商品褒めていたしな。俺も正直肉団子と饅頭食べたくなった。

 どういうわけかはわからないが、この二人は喧嘩をする振りをしていたらしい。

 

 どちらもゆんゆんに頭を下げる。そして、どうしてそんな真似をしていたか説明してくれた。

 

「すみません。お嬢さんをちょっと怖がらせてしまいましたね。……こんなことを俺達がしているわけといいますと、世間ではエルフとドワーフが仲が悪いみたいなイメージがあるのが強いんですよ。私達はそれに乗っかって客寄せの方法とさせてもらっているんです。他と一緒の客寄せをしてても、この観光地区ではやっていけませんから」

「これが……結構効果あるスよね。普通の人が喧嘩していても、逃げる人も多いですけど、こうやってエルフとドワーフの喧嘩となると物珍しさからか目に留まる人がおおいんでスよ」

「そこまで効果あるんですか?」

 

 気になって思わず尋ねると、エルフの店主は顔を近づけてこっそり教えてくれる。

 

「……こういっちゃなんですが、これで客は十倍に増えましたス」

 

 へー、そんなにも効果あるのか。

 そういえば、昔テレビで指輪の物語の映画を見たが、そこでもエルフとドワーフは最初は仲が悪かったような気がする。そういうものなんだな。

 

「ということで、肉団子か饅頭のどっちか如何ですか。味は保証しますよ。……どうです。一つ試食してください」

 

 ドワーフの人が店に一度戻ってから食器の上に肉団子を一つ盛って差し出してくる。

 彼らの言い争いの時から食べたいとは思っていたのだ。その肉団子に俺の手は伸びる。

 

「うまっ!」

 

 これは美味しい。

 肉団子がこの美味さなのだから饅頭にも期待できる。これは、買いだわ。

 

「まだしばらく観光するつもりですので今買うわけにはいきませんけど、帰りに絶対買わせてもらいます」

 

 丁度、ダスティネス家へのお土産が必要だったけど、これで良さそうだ。やはりお土産といえば消えモノ。食べられるものが一番である。

 

「わかりました。次の来客をお待ちしております」

「饅頭もよろしくお願いしまスね!」

「絶対寄りますからー」

 

 帰る時にまた来る約束をして、俺達はその場から離れる。

 ここでは本当に色んな驚きがあるな。喧嘩まで商売の道具に使うというのは面白い発想だった。

 

 ……うーん、それにしても俺達は一体いつまでここに滞留するんだろうか。まあ金にも困ってないし、ここら辺はアクセルの街より幾分か強力なモンスターも多いからゆっくり湯治しながらリハビリするのもいいだろう。

 

 俺としては面白い発想が見れて楽しめたのだが、騙されて慌てていたゆんゆんはというと珍しくぶすっとした表情をしていた。

 

「むー。ああいうのは、良い趣味とは言いません……」

「うん。悪趣味ではあるよな。俺としてはああいうやり方もあるのは面白いけど。ほら、口直しにソフトクリーム」

「悪趣味とまでは言いませんけど。心臓が驚きます。……わっ、口の中シュワシュワして美味しいですね! パチパチ弾けるようです!」

 

 ゆんゆんちょろかわいい。

 ソフトクリームで簡単に機嫌が直ったようだった。

 

 行儀は良くないが、俺達はソフトクリームを舐めながら歩道を進んでいた。

 食べて、会話して、出店の商品を見て、二人で楽しく喋りながらアルカンレティアの街並みを見る。

 

 この街はどこを歩いても水の気配がする。

 生活に水が同居している。ここの住人は水と一緒に生活している。街の中央付近には大きな噴水があった。そして、噴水にはアクア様の石像が立てられている。

 この街ではアクア様の石像はよく目に入る。といっても、石像ではアクア様本人の何万分の一しかその美しさを表現できていないが。

 

 噴水の近くには子供たちが走り回っているし、恋人と語り合っている人もいるし、なにやら大量の紙を持ってぼんやりと立ち止まっている長身の男性など様々だ。

 

 ふと息を吸い込むと、清浄な空気が肺に流れ込む。

 住人が変わっていることを除けば、ここは観光客にとって過ごしやすい場所だった。住人が風変りというのが一番大変なのかもしれないが。

 

「はぁ……」

 

 さっきまでは機嫌が良さそうにソフトクリームを舐めていたゆんゆんは、肩を落としている。

 どうしたんだろう?

 気落ちしている様子を見て取れたので、俺はその理由を推測して、話を持ちかける。

 

「ソフトクリームが足らなかったか? 走ってもう一つ買ってこようか」

「……ユウスケさん。私そんな食いしん坊ではありません。……ただちょっと思ったんです。私ってなんてダメな紅魔族なんだろうって」

 

 なんだなんだ。いきなり重いこと言いだしたな。

 俺は肩を竦めて、至極もっともなことを彼女に返した。

 

「ゆんゆんでダメならこの世界の住人の殆どが駄目なやつってことになるぞ」

 

 本当。

 むしろゆんゆんは出来すぎているといっていい。能力といい性格といい……後、体つきもエロいし。マジでエロい。

 体つきがエロいゆんゆんはというと、俺の言葉では納得できないようで顔をゆっくりと振った。

 

「そんなことはないですよ。私……さっきの騒ぎでも全然話しかけられなくて、ユウスケさんに頼ろうとしていましたし。こんな私ダメダメです。自己嫌悪です」

 

 慌てるだけだったエルフとドワーフの演技喧嘩について思うところがあったらしい。あれに関してはもう気にしないのが吉だと思うけどな。

 ソフトクリームの持ち手を包んでいたコーンスリーブをくしゃっと丸めて、ゆんゆんは更に表情の暗闇を増やす。

 そんな彼女から出る言葉も暗いものばかりだ。

 

「はぁ……。どうして私はこんなのなんだろ。知らない人の前に出てしまったらどうも頭が真っ白になってしまうんです。このせいで全然、あんまり……ちょっとだけ友達もできにくいですし」

 

 あっ、少し見栄を張った。

 

「知らない人ではないですけど、ユウスケさんも私と話す時、めぐみんの話ばかりしますし……」

 

 こっちに流れ弾が……。

 

「紅魔の文化祭でも最終日にダンスがあるからめぐみんに奢ってダンスの練習を必死にしてたのに、結局誰も誘えず先生と一緒に踊ってましたし」

 

 やめて。

 普通に悲しい話。

 

「本当にどうにかしたいです……」

 

 頭をガックリ傾けて意気消沈させている姿は痛々しい。

 

 しかし、こうやって素直に自分の恥をさらけ出しているゆんゆんの姿は俺からすれば珍しいものだった。めぐみん相手だったらまだしも俺相手には滅多にない。

 彼女は自分の良いところを見せようとして空回ることが多い。

 こうして素直に打ち明けてくれるのは、ほんの少しでも俺の事を信頼してくれた証拠なのだろうか。可愛くて優しい彼女が俺の事を頼ってくれているのだろうか。そうだとすると、嬉しいな。悪いと思っているけど、ちょっと頬が緩みそうになる。

 

 なら――それに応えるだけの返答をしないと。

 

 落ち込んでいるゆんゆんに俺は明るい声で呼びかける。

 

「ゆんゆん」

「はい?」

「引っ込み思案な人にも理由が二つある。それがなにかわかる?」

 

 指を二本立てる。

 普段めぐみんに比べて手がかからず、フォローしてくれているゆんゆんもまだ年齢的には幼かった。クズな俺も彼女達より歳を取っている分、見えることもある。

 

「……やっぱり臆病だから、でしょうか」

「うん。臆病だから人見知りというのはわかりやすいよな。しかしでもな、この理由でゆんゆんが人見知りというわけではないだろう。臆病は、ないない」

「むっ。ユウスケさん。そんなことはないと思いますよ。私が臆病だからという理由もすっごくありえると思います」

 

 頬っぺたをリスみたいに膨らまして自分は臆病だと言う彼女。

 そんなことを自信満々に言うのもどうかと思うが、ゆんゆんが臆病というのはありえない。

 

「だって、ほら。ゆんゆんってあのめぐみんとわざわざ一緒にいるんだろ。臆病なわけないじゃん」

「うぅ……」

 

 ゆんゆんはその大きな胸を矢で射貫かれたかのように抑える。

 

「なんて有無を言わさない説得力……!?」

 

 あいつと好んで傍にいるゆんゆんが臆病者なわけがない。

 あの爆裂魔法大好きっ子トラブルメイカーと一緒にいて臆病なのは俺ぐらいなものだ。俺はあいつが容姿、性格共に可愛いから一緒にいるだけである。

 

「だから、理由としては一つだ」

 

 俺は残ったコーンを口の中に入れて、ゆんゆんが人見知りな理由を喋った。

 

「優しいからだ」

 

 その理由だけとは言わないけど、彼女が人見知りな理由として主たるものはそれだろう。

 優しいから。

 彼女はそういう理由で人見知りになってしまっている。

 

「へ? 優しいからって、どうして?」

 

 ゆんゆんが俺に愚痴ってくれるぐらいに親密さを持ってくれたのと同様に、俺も彼女との付き合いはそこそこの時間が経った。

 これだけ一緒にいるとこの魔法使いのことも少しは理解できるようになっている。

 

「だってゆんゆんは相手と話すときは、相手を傷つけないかどうかを考えるだろう? 自分の言葉で相手が気を悪くしないか。いつも考えている。考え過ぎて、上手くいかない」

「そんなこと……そんなことは……」

 

 ゆんゆんは自分でも心当たりがあったのだろう。強く反対することはなかった。

 俺に愚痴を言ってくれたのは、そういうことを喋っても俺がなにも傷つかないと確信を持ったからだろう。彼女が特に初対面に自分の良いところ。無駄に明るい姿を見せようとするのも、相手を嫌な気分にさせないためである。

 

「積極的になりたいならそう努力してもいい。なりたい自分になるのも大事なことだからな。……でも、俺はそういう優しさが理由での人見知りってのは良いと思うぞ」

 

 優しい。それだけで彼女には大きな価値がある。ゆんゆんの飛びぬけた能力よりも更に輝く宝石だ。

 俺はそのことを知っている。だから彼女が自分をダメダメだと言うと傷つくさ。違っているよと言いたくなる。

 彼女は大きな瞳でこちらをジッと見つめている。

 

「ダメだダメだなんて考えないでくれ。俺達が持ってない素晴らしいものをゆんゆんは持っているじゃないか。ああ、今でも充分お前は――」

 

 それに続く言葉を頭に思い浮かべて、俺は途中で言葉を強引に区切った。

 ゆんゆんは手を強く握りしめて、下からググッと俺の言葉を待っている。

 

「……お前は?」

「いや、なんでもない」

「えええ!? そこで止めるんですか!」

「ん。まあそういった理由なら俺は悪いと思わないぞってことだ」

 

 俺はその先の言葉をどうしても言えなかった。だって恥ずかしすぎる。

 

 まさか流石に――魅力的な女の子と続けるのは臭すぎた。

 

 めぐみんにエロ遺跡での臭い台詞をちょくちょくからかわれてるからな。同じ間違いは二度踏まないようにしないと。

 

 俺の下手くそにもほどがある慰めにも少しは効果があったようだ。ゆんゆんは今はもう暗い表情はしていなかった。……さて、めぐみんも起きた頃だろうか。

 設置してあったゴミ箱にコーンスリーブを捨てて、宿屋に戻ろう。

 

「そろそろ俺達も帰るか」

「……ません」

「うん?」

 

 何故かゆんゆんは手をぶるぶると震わせて俯いていた。

 力強い瞳で俺を睨み付けてくる。

 

「なんて言うつもりだったのか教えてくれるまで私帰りません!」

「えっ! いやだから悪くないと言うつもりだったって」

「絶対違うこと言おうとしてたもん! ねえねえ、ユウスケさん! どんなこと言おうとしていたんですか!」

 

 更に俺に詰め寄って彼女は俺に問いただす。

 ゆんゆんのやわっこい体がふにゅんと当たる。完全に体も触れているのにも気にせず、俺から止めた言葉を無理矢理引きずりだそうとしていた。

 

「しつこいぞゆんゆん! 引っ込み思案はどこいったんだ」

「積極的にいってもいいとユウスケさん言ってくれたじゃないですか。だから今は積極的にいっているのです!」

「うっ」

 

 励ますつもりが墓穴を掘った!

 

 こんなにしつこくするゆんゆんは初めてみた。……いや、そうか。めぐみんに何度も何度も負けても勝負を持ちかけるのがゆんゆんだ。

 元々これと決めたことには譲らない頑強な精神を持っているのである。

 

「なんて続けるつもりだったのですか! すっごくすっごいことを言おうとしていた予感がします!」

 

 ぴょんぴょんと跳ねながら粘り強く聞いてくる。

 豊満な肉体の先端部分が何度も当たる。

 その時おっぱいがダイナミックに揺れるものだから、あまりの迫力に俺は何歩か後ろに下がってしまう。

 

 一歩。

 二歩。

 三歩。

 

 そうして――俺はなにかにぶつかった。

 

「あ……!」

 

 焼けた。

 背中が焼けた。

 なにかとぶつかった瞬間、俺の背中は硫酸をかけられたかのように焼けた。背筋にマグマを流し込まれたかのように焼けた。

 

 勘が痛い。

 ……なにが、起こった?

 

 その刺激に俺は言葉をろくに発することができず、黙ってしまっているとゆんゆんが代わりに頭を下げる。

 

「ご、ごめんなさい! 私がはしゃいでいたせいでユウスケさんがぶつかってしまって」

「ちっ。気を付けろよ」

 

 ぎこちなくロボットのように振り返ると、ぶつかったなにかとは男だった。

 筋肉質なただの男だ。

 殺気だっているわけでも、今すぐ攻撃しそうというわけでもない。俺と然程背の変わらない男は怒ることもなく、それだけ言って去ってしまった。

 

 敵意も殺気もない。さっきの喧嘩していたエルフとドワーフの男達のように、そこに俺に対しての敵意はなかった。

 

「……どうして」

 

 背中を触る。なにもなってない。当たり前だ。別に攻撃されたわけでもないのだ。

 なのに、まるで背中が焼け焦げたかのような感覚がした。

 しきりにゆんゆんが謝る中、俺は背中をじんわりと汗で熱くして、ポケットに大量のアクシズ教の勧誘の紙を詰め込んでいる男が去った方角から目を離せないでいた。

 

 

 

 




あけましておめでとうございます。今年も一年よろしくお願いします
誤字報告や感想本当にありがたいです

章も中盤近くになってきました
終盤はエロ多い予定


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三十六話

 

 月が替わって四日目。

 このアルカンレティアに来てからも四日経った。

 

 朝は昨日と違ってめぐみん含めた三人でぶらぶらしてからモンスター退治。昼過ぎには呼び出しを食らって俺だけが連行されて、夜は食事が終わった後、俺は食器洗いを手伝ってから、今は宿屋の主人に祝われていた。

 小さなカステラを目の前に置かれてパチパチと拍手されているのだ。

 ……なんで?

 

「ユウスケさんが警察に連行された祝い! ただものではありませんね。それでいてすぐに帰ってこれるとは、やはり貴方にはアクシズ教の才能があるのではないでしょうか!」

「まさかの出所祝いみたいな感じ!?」

 

 そんな理由で祝われるとは思ってもみなかった!

 

「違いますって!俺が犯罪を侵したのではないです!」

 

 真面目に否定する。

 確かに昼過ぎに俺は警察に呼ばれて連れていかれた。

 とうとうクズ行為を露見して俺が警察に捕まったのか、もしくはめぐみんの爆裂魔法でなにかやらかしたのかといった話になりそうだが、今回ばかりは俺のせいでもめぐみんのせいでもなかった。

 むしろ逆で頼りにされた。

 

「ほら、店主さんも知ってるでしょ。あの事件のことですよ。温泉に毒が混入されている事件。あれについて良い案はないかと聞かれまして」

 

 普通は余所者かつ一般人である俺に警察が力を借りる意味などない。しかし、あのララティーナお嬢様の紹介ということで頼りにされてしまったのだ。

 まあ俺も警察には力を借りたわけだし、力を貸せるものなら貸したかった。

 

 宿屋の主人は苦虫を噛み潰したような表情をする。これに関してはそうなるのもわかるというものだ。

 

「例の事件ですか。やはりまだ解決は遠いのですね」

 

 アルカンレティアには今とある事件が起こっている。

 

 どういう意図によるものかはわからないが、ここしばらく客が温泉に入ると肌がかぶれる。ただれる。悪い時には失神するなどといった事件が起こっていて、どうやら誰かがアルカンレティアの色んな温泉に毒を入れているというのが判明した。

 悪戯ですませられる話ではない。明確な悪意があってやっていることだ。

 観光客もそのせいで減少気味らしい。アルカンレティア。そしてこの街に住むアクシズ教徒の危機である。

 

「まだ私のところの温泉には被害はありませんが、いつそうなるかと冷や汗ものですよ。客も減ってきていますし、なんだかんだ老舗の宿屋の店主ということで、温泉危機管理対策チームのリーダーに流れで任命されましてね。一々他の温泉宿にも見回りに行かされるはめになって、もう大変なんですよ」

「それは……お疲れ様です。ほんと酷いことするやつもいるものですね」

 

 店主は大きくため息を吐いてから、顔を近づけて尋ねてくる。

 

「ユウスケさんが警察の手伝いして、犯人の情報が少しでもわかったりしましたか?」

 

 めぐみんみたいな可愛い女の子ならともかく、おっさんに顔を近づけられるのは嫌なので、顔を引き気味にしながら俺は昼にあったことを思い出す。

 

「あまりですよ。観光客が多いということは人の出入りが激しいということですからね。犯行ができる人も多いです。俺一人が加わったぐらいでそんな急激に捜査が進むなんてことはありません。ただ……一人だけ気になる人がいました」

「それは誰ですか!?」

「彼らと話し合った結果、背が高い筋肉質の男が怪しいのではということになりました。この街にあれだけ長い間観光している人間っていうのも珍しいとかで、それもその人はアクシズ教徒じゃないみたいだし」

 

 昨日背中をぶつけた人は大量のアクシズ教勧誘の紙をポケットに入れていた。そして、警察官も長い間、この街に逗留しているなと不思議に思っていたらしい。アクシズ教徒以外がこの街に長居することはないとか。逆に精神的に病みそうとかで。

 それとなにより、当たった背中が痺れるような勘がした。俺の勘が正しければ、そいつの方こそただものじゃないはずだ。

 店主はどんと勢いよく立ち上がって、いない男に怖い言葉を捨て吐いた。

 

「あの野郎か! 一度長々と根掘り葉掘り話を聞いてくるから変なやつだと思っていたけど、あいつが犯人だったか!」

「まだ犯人と決まったわけではないですよ! 警察官が宿屋を探して事情聴取をしてみるだけで!」

 

 今にも殴りに探しに行きそうな迫力なので、慌てて止める。

 

「アクシズ教徒が見つけたらゼスタ様と同じ部屋で一晩過ごす刑にしてやる! この世の地獄が見れるぞ!」

「ですから、犯人って確定したわけ……って、え? ゼスタさんってアクシズ教の最高責任者ですよね。その人と一緒に過ごすのが刑になるんですか、えっ?」

 

 どういう人なんだよゼスタさん……。

 リッチの事件で依頼したけど、ルナさんも能力はある変人扱いしてたっけ。

 

 その最高責任者は今も俺達の依頼でアクセルの街にいるらしく、事態が深刻化してきたので手紙でアクセル街にいるアクシズ教のプリースト経由で早く戻ってくるように知らせたらしい。

 

「……ふぅ、失礼。少し興奮してしまいました。カステラ美味しいですね」

「怒る気持ちは当然なので仕方ないですよ」

 

 ムシャムシャと主人はカステラを頬張る。

 あっ、それ自分で食ってしまうのね。俺も食いたかった。

 

 彼が食っている間は手持無沙汰である。なので俺はポケットの中に手を入れて、そこにあるものを確認する。

 二つ持っている神器の内の一つ。信頼されていることに比例して洗脳じみたことができるヒュプノスの笛。鎖の部分がばらけないように細い紐で縛っている。

 

 俺は笛の部分を手で弄ってから、食い終わった宿屋の主人と話を再開させる。

 再開させると言っても事件の話の続きではなく、アクシズの街に少しの間滞在して当然浮かび上がる疑問をぶつけた。

 

「ぶしつけな質問かもしれませんが、どうしてそこまでアクシズ教に熱心になったのですか」

「ほほー、ユウスケさんもどうやらアクシズ教に興味が出てきたようですね。良い傾向です。アクシズ教の紙に判を押す日も近い。そう考えさせてもらってもよろしいかな?」

「よろしくないです」

 

 この店主は何度もあの手この手でアクシズ教徒にさせようとしてくれるな。その気はないと何度も断っているのに。

 ただアクシズ教徒に興味は出てきた。

 

「ないですけど、やっぱ何故そこまでアクシズ教に熱心なのかは気になります。他にも様々な神様がいて、様々な宗教に入っている人が殆どですが、ここまで見てきた全員が力を入れている教徒ってのは見たことがありません」

 

 アクア様の素晴らしさに惹かれるというのはわかる。ゴッド中のゴッドであるアクア様を崇拝するのはわかる。

 しかし彼らが信奉するのはそれだけが理由ではないように思える。

 

「そんなことですか。……まあ、私も幼い頃はアクシズ教というのは変な宗教だなと思っていましたよ」

「ええ!? 驚きですけど」

 

 最初から性格がぶっ飛んでいたわけではないのか。

 彼はカステラで口の中が渇いたのか、熱いお茶をずずずと飲んだ。

 

「それはそうですよ。学校では人の迷惑になることをするなと教えられているのに、アクシズ教徒はそんなに他人様の役に立つという風でもないですからね。親がアクシズ教徒でしたが、私は正直どうかなと思っていました」

「そう思っていたなら、どうしてアクシズ教に傾倒したのでしょう」

 

 人に歴史ありだな。

 結構本気で気になって俺は先を促す。

 

「というのも、アクシズ教は自由だからですから」

「自由、ですか」

 

 曖昧な言葉であまり俺の印象としては掴みにくい。

 

「ユウスケさんは私のところ、つまりアクシズ教の教典というのはどれぐらいの厚みがあると思います?」

「んー、エリス教の教典は分厚いと聞きますが、そんなことをわざわざ言うならアクシズ教はこんなところですか」

 

 俺は手でかなり薄めに表す。普通の文庫本程度の厚さだ。

 宿屋の主人にしてアクシズ教の信徒である彼は首を振って実際の教典の厚さを教える。

 

「いえいえ。これぐらいです」

「うっ」

 

 うっすううううー!

 

 ……滅茶苦茶薄いな。とても教典とは思えない。文庫本の厚さの半分にも満たないんじゃないか。

 

「内容もああしろこうしろだなんて書いてません。楽しめと書かれています。生を楽しめ。今を楽しめ。したいことをするのが一番生きていて楽しいことじゃないか。今の生、いや死んでさえも楽しめる。……なんと自由なのでしょう。間違いなくアクシズ教がこの世界で最も自由です」

「…………」

 

 彼は敬虔な信徒のように拝んでいる。

 

 ……うーむ、良いことを言っているようで傍からしたら物凄い迷惑そうだな。実際世間からの評判は散々だ。

 けど、それを悪いことだと切って捨てることはできない。――だって彼らは本当に楽しそうだ。非常に明るい。水の女神アクア様を拝んでいる彼らはなんだか太陽みたいにカラッとしている。

 

 半端に自分を隠して、良い子ぶっていることがあるクズな俺には、ある意味その自分に正直な生き方は羨ましくも映る。

 

「他では迫害されるような趣味趣向さえも許容してくれますからね」

「それは普通に素晴らしいことですね。未来的です」

「かくいう私も猫耳な女性が好きなのですが」

「ああ。ああいうのですか」

 

 テレビなどで見たことがある。

 アニメとかをよく見る人は猫耳をしている女性が好きならしい。

 それなら俺でも充分わかる趣味だ。

 

「そして。そんな猫耳で爪が鋭い女性とイチャイチャしていたら、ふと興奮した猫少女に引っかかれて大怪我を負ってしまい、彼女に必死に謝られているなんていうシチュエーションは素晴らしいですよね? ああ、ああああ。その光景を想像しただけで、もう堪りません! ご飯五杯はいけます」

 

 わっかんねー!

 これぽっちもわかんねー!

 さっぱり言っている意味が分からなかった。

 

 俺もエロな男だ。エロだけならかなりのものだと自負しているが、謝罪されて興奮するってなに!? わからない。

 ……これが自分をさらけ出した男のわからなさか。やっぱ人間ある程度は自分を抑えた方がいいのかもしれない。

 その光景を実際に想像してしまっているのかトリップしちゃっているし。

 

 しかし、チャンスだ。

 

 俺はポケットの中から彼には絶対に見えないようにこっそりと笛を取り出す。有効範囲は一メートル。めぐみんのように数十メートル離れた位置でも、精確に測れるようなことはできないが、自分の口元から距離一メートルなら流石にわかる。

 宿屋の主人は射程範囲内だ。

 手で隠しながら俺は笛を口に持って行って、音のしない笛を吹いた。

 

 俺が授かったわけではない神器が発動する。

 あまり凄いことを頼まないとはいえ、俺は彼の信頼を少しでも得られているのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 髪の毛と体を洗い終える。

 タオルの水気を切って頭に載せる。元日本人のマナーだ。お湯にタオルを付けないのは。といってもこっちでも同じマナーは存在するわけだが。ビックリした。日本人の文化を持ち込みすぎた人達がいるせいで、たまに異世界にいるというのを忘れそうになる。

 

 滑ってこけないように注意しながら俺は露天風呂の側に近づく。そしてゆっくりと足から湯に入っていく。

 

「ふぁあああ……」

 

 口から恍惚の吐息が漏れた。

 

「効くわー」

 

 おっさん臭いことを口走ってしまう。言おうとしてもいなかったのに自然と出てしまった。

 子供の頃はわからなかったが、温泉ってこんなにも良いものだったのか。体の疲れそのものが抜けていくようだ。

 十八歳にして温泉の良さを身に染みてわかった。これはおじさんが温泉に行くわけだわ。今なら父さんとも温泉の価値を共有できるかもしれない。

 

 空を見ると、半月だった。一週間ほどで満月になるだろうか。綺麗だ。綺麗すぎて、なんだか涙が出てきそうだ。

 

「空は月。下は温泉。これで女の子の裸が見れたら最高だな」

 

 うむ。見れるのだ。

 女の子の裸が見れてしまうのだ。

 

 そんな夢のような状況をセッティングした。何を使ってかといえばもちろん神器を使ってである。

 

 神器によって宿屋の店主にかけた洗脳は、看板を間違えることだ。この宿は曜日の時間で男と女と混浴が入れ替わる。絶対どの場所が男湯や女湯だと決まっていない。

 ということは、俺は混浴に入る。そして、夜遅くあまり人が入ってこない時間帯である今に混浴と女の看板を店主が入れ替える。

 そうすることで女湯に入るはずだった女性の裸を一瞬だけ見れる可能性がある。

 

 なんと素晴らしい発想! 天才だな俺!

 

 拳を半月に突き上げ、自画自賛を心の中で叫ぶ。

 

 ――叫んだあと、大いにため息を吐いた。

 

「……ったく、なにやっているんだろうな俺」

 

 本当になにやっているんだか。

 馬鹿げた行動に出過ぎだ。マジで馬鹿すぎる。

 

 自己嫌悪に陥った俺は突き上げた拳を勢いよく振り下ろし、湯にばちゃんと音を立てた。

 今の時間帯なら女性は来ない可能性も多いし、こんなことやっても店主に迷惑かけるだけだ。何を思って俺はこんなことをしているの?

 めぐみんに性的欲求を解消してもらって今は溜まっているというわけでもないし。

 

「もしかして疲れてるのかな……」

 

 思い当たる理由としてはそれだろうか。

 色々と考えないといけないことが多かった。

 

 めぐみんとの関係。あいつとよくわからない関係性になっている。今後どう付き合っていけばいいか悩ましい。

 仲間である。

 性的関係である。

 なのに恋人でもない。

 

 温泉の毒入り事件。アクア様に恩があってこの街にもダクティネス家の力を借りたとはいえ良くしてもらったんだから恩を返したい。……あの長身の男。あいつが疑わしいとしたが、本当に関係あるのだろうか。

 

 それになんだか最近夢見が悪くてな。体の疲れが取れにくい。こんなこと自分でもいうのもなんだが俺っておっさんみたいだな。まだ俺も若いはずなんだが。

 

 色々と重なってこんな奇行に走ってしまったのだろうか?

 

「さっさと上がって主人に看板間違ってますと言ってくるか」

 

 奇行であると気づけてしまったなら直さないといけない。後始末は得意だ。

 神器の力まで借りて馬鹿なことをしたなと俺は思いながらも、露天風呂に入ったばかりだというのに早く出ようとして、出入り口が開くのが見えた。

 

「んっ……!?」

 

 遅かった。

 女湯の看板をかけてあるのだから当然入ってくるのは女性だろう。

 

 時間がゆっくりと動き出している。止めることはできてもスローモーションにすることはできない。だから俺は集中しすぎて、そういう錯覚を起こしているだけだ。

 

 扉が引かれ、その女性が姿を現す。

 いつもは赤いリボンで止めている髪は解かれ、大人っぽい。化粧をしてなくても潤っている綺麗な肌。タオルで隠そうとするも、まったく隠せていない豊満な肉体。

 

「あっ」

「あれ?」

 

 思いっきり見た覚えがある女性だった。

 

「なななななな、なんでユウスケさんがここに!? へ、へへええええっ。ええええ!?」

 

 というか、ゆんゆんだった。

 仲間のゆんゆんである。朝めぐみんと一緒に観光していたゆんゆんである。相変わらず素晴らしい肉体をお持ちのゆんゆんだ

 

「え!? ゆんゆん!? ゆんゆんが来た!?」

 

 ここでの出会いがまさかゆんゆんになるとは想像もしていなく、演技でも何でもなく本気で驚きの声をあげる。

 その勢いのまま事前に言おうと決めていた演技に繋げる。

 

「ここは今混浴のはずだぞ!」

「……あっ、それで前に聞いていた時間と看板が違うかったのか。うーん、おっかしいなー、と入る前に思って看板を何度も確認したんです。でも、合ってるのか店主さんに聞けなくて」

 

 それが理由なんですねわかりました、などと頷いて見せるゆんゆん。

 この状況で大物なのか。

 

「……そういう事情なら、仕方ないですよね。間違いは誰にでもあることですし、店主さんが忙しくて間違えたのかな」

 

 こんな状況だというのに人を思いやれるとか天使か。

 そして、俺は悪魔か。クズだクズだと思っていたが、こうやって違いを見せつけられると死にたくなるわ。

 どうして俺はこんな馬鹿なことをしたのだろうか。

 再度自分の心に問いただす。俺がクズで馬鹿だからじゃないかという心からの返答が来た。

 

「あの……ユウスケさん……」

「なんでしょうか天使」

「天使? いえ、その……ですね。……こっちをそんなに見てもらわないでくれると嬉しいのですが……」

 

 彼女は羞恥に頬を染め、キュッと自分の体に巻いてあるタオルを強く抑える。

 強くタオルを自分の体に押し当てたせいか、体のラインが益々わかるようになる。むき出しになっている足は白く透き通るようで、赤くなった頬とのギャップで更に綺麗に見える。

 

「恥ずかしいんです」

 

 小鳥の羽音のような小さな声で呟いた。

 髪を束ねていない彼女は大人びていて、格好も相まってこちらを誘惑するような色気があるのに、幼い子のような表情で恥ずかしがる。

 

 その可愛さに――心臓がグッとくる。

 

「ご。ごめん! 向こう見ておく!」

 

 露天風呂の中で反対方向に体ごと入れ替える。

 ドキドキした。すごくドキドキしてしまった。してはいけないドキドキだった。

 

 その心臓の鼓動に罪悪感を抱きながらも、俺はゆんゆんが間違った場所から出るのを待った。

 扉の音が聞こえるの待つ。ただ扉の音が聞こえたからといって、すぐに出てしまってはダメだ。ゆんゆんが服を着替えるまで待たないといけない。

 心を落ち着かせるようにさせながらも、俺は耳を澄ませてゆんゆんが出ていくのを待つ。

 

 ……おや? なんだか扉の音は聞こえないな。その代わりに椅子に座る音が聞こえた。

 

 顔をそっちに向けないように気を付けながら俺はまだいるらしいゆんゆんに質問をぶつける。

 

「もしかしてなんだけど、ゆんゆん頭を洗っている?」

「ゆ、ユウスケさん。見ないで下さいね。ぜったいこっち見ないでくださいね。……はい。湯船に入る前には洗うのがマナーなので体も洗うつもりです」

「ま、マナーだもんな!」

 

 マナーなら仕方ない。

 

「ど、どうしてこんな遅くに風呂入ろうとしたんだ?」

「うっ、それはめぐみんみたいな知っている人とならいいんですけど、知らない人と裸でいるのは恥ずかしく思えてしまうんです。いけないですよね、こういうの」

「同性でも自分の肌を他人に見せるのに躊躇う人は結構いると聞くぞ」

「ユウスケさんって物知りなんですね。私のような人もいると思うと、嬉しくなります」

 

 日本では旅館で家族風呂ついているところもあるしな。

 

「いや、そうじゃなくて! なんでまだいるんだ!?」

 

 本当になんでだ!

 俺の奇行による看板替え神器使用もおかしな行動にもほどがあるが、ゆんゆんの今の行動もさっぱりわからない。

 彼女は言うのに少し躊躇いながらもその理由を話してくれた。

 

「……私、実は少し前からユウスケさんに言いたいことがあったんです。言おう言わないか迷ったのですが、やっぱり言いたくて……だから、二人っきりで話したいんです」

 

 言いたいこと? 

 さっぱり思い当たる節がなくて俺は頭の上にハテナを量産する。

 俺が気にいらないとか。そういうことなのだろうかと思考を巡らせる。普段の行動が行動だ。良いことを言われるなど思えない。今回もこんなことしでかしているしな。

 できるだけ悪い想像をしていると、別にここで話さないでもいいよなという当たり前のことにふと思いつく。

 

「じゃ、じゃあ、俺は先に出ておくよ。目をつぶっているから心配しないでくれ。店主に看板が間違えてることと今こっちに入っている人がいるってことも話しておくから」

 

 俺はタオルで股間を隠しながら扉に向けて歩いて行く。

 出ていこうとする俺に呼び止めるゆんゆんの声が飛んで来る。

 

「でも、私話したくて!」

「それなら、風呂から出た後に話そう。わざわざここでする必要ないしな。こんなところで話す意味もないだろう。落ち着かなすぎる」

 

 風呂の時間も終わり間近だ。流石に人も来ないだろうけど、さっさと俺は退散するのが良いだろう。

 

 いやー焦った。本当に焦った。

 まさかゆんゆんがくるとは思っていなかったし、こんなことになるとは予想していなかった。

 もうだいぶ扉に近づいてきただろうので、俺は目を開けて扉の位置を確認する。後二メートルほどだった。

 

 俺は扉から出ようとして、

 

「待ってください! ……行かないで」

 

 背中から抱きしめられる。

 

 

 半月の下、俺はゆんゆんに囚われた。

 

 

 

 

 



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三十七話

 

 

 

 元の世界では驚きとは無縁だった。

 

 とまでは言わないとしても、そんなに驚くことはなかった。竹刀を振い、学校生活を送り、日常生活を送る上でそこまで驚きはない。へーというちょっとした驚きはあっても、本気で驚くことは少ない。

 

 それがここに来てからは驚きっぱなしだ。

 初めての体験、元の世界にいないようなアクの強い性格。彼ら、彼女達には心底から驚かされる。

 

 今回はその中でも最大級だった。

 むしろ、驚きすぎて冷静になっている。バンと一度爆発した頭は、すっきりしていた。

 

 奇行に走った俺のせいで俺とゆんゆんは温泉に立ち会ってしまい、そこから逃げ出そうとした俺は今、ゆんゆんに背後から抱き着かれていた。

 体を洗っていた途中だったのか、石鹸でぬるついた彼女の肢体が当たる。

 熱っぽい吐息が背中を撫で、ふくよかな胸部が背中を圧迫し、彼女に纏わりついた石鹸の泡が俺にも引っ付く。

 

 冷静になった頭でも理解しなかった。今ってどういう状況なんだ。

 

「……行かないで、ください」

 

 彼女の言葉の意味をすんなりとは呑み込めなかった。

 簡単な言葉。行かないで、離れないでということは、意味は簡単でもその裏の真意を見通すことは困難だ。

 

 だから、俺はただ素直に返す。

 

「ゆんゆん。ごめん、俺よくわからないよ」

 

 彼女の体を見ないように気を付けながらも、俺は彼女の表情を見るために振り返る。言葉だけでは足りていない。

 

「なにを言いたいのか教えてくれないか。少し、体を離してみて落ち着いて会話しよう」

 

 ゆんゆんの表情を見ると、俺は心臓が掴まれたような気分だった。

 泣いているわけではない。涙は流れていない。

 

「……でも、でも、離れて、いっちゃうんだもん……」

 

 けど、泣いているように見えた。

 

 あいつの顔が思い浮かぶ。あまり感情を顔に出さない無表情かと思えば、ドヤ顔や悪戯の時には感情豊かで、笑うととても可愛い少女。

 めぐみん。

 あいつの顔がどうしたって張り付いて離れない。

 不思議な関係性。なんだかよくわからない関係性。事故みたいなことで体を関係させて、結局心までは関係しているのかわからない彼女。決着を待ってもらっているもう一人の魔法使い。

 

 本当なら無理にでも、一度ゆんゆんから体を離してから聞くのが正解だ。

 しかし、俺はクズだ。クズだから。

 

「――あ」

 

 だから、ゆんゆんから離れることもできず、泣きそうに見えた彼女を抱きしめてしまった。

 

「大丈夫だよ、ゆんゆん。うん、大丈夫」

 

 赤子を抱きしめるように、泣いている子供にもう心配はいらないと言うように、俺は繰り返す。

 

「大丈夫だから。離れないよ。ずっとここにいる。ゆんゆんが望むなら、俺は離れないさ」

 

 ああ、まったく俺はクズ野郎だ。

 

 こんなことまともな人間ならするわけがない。

 それなのに俺は泣きそうな彼女を放っておくことができず、半端な真似をしてしまっている。

 

 石鹸まみれのゆんゆんの体を軽く包み込む。ポンポンと背中をゆっくりと叩いて、彼女を落ち着かせる。君の側に俺はいるよ。

 

「…………」

「…………」

 

 どちらも無言で体を絡ませる。

 長い、時間に思えた。彼女の抱きしめた感触は、ひどく心地よかった。セミロングの黒髪が腕に当たる。彼女の荒い呼吸が耳を打つ。

 ゆんゆんの強張っていた体が硬さが取れる。泣きそうだった表情も、少しは冷静さを取り戻してきているようだ。

 

「……どうしたのか、教えてもらってもいい?」

 

 ようやく落ち着いてきたようなのでこんなことをした理由を尋ねる。

 俺の胸の中にいる彼女はおそるおそる口を開いた。

 

「……こわいんです」

「なにが?」

「ユウスケさんが離れていくのが」

「どうして? 俺はいつもお前達と一緒にいるのに」

 

 言おうか言うまいか迷ったのか、一呼吸置いた彼女は唾を飲み込んでから意を決して、こんなことをしたわけを喋った。

 

「だって、あの時は離れていったから」

「あの時?」

「……デストロイヤーのとき、です」

 

 ああ。あの時か。

 ゆんゆんから離れていったというと、コロナタイトを俺が持ってデストロイヤーから脱出したときだろうか。

 

 あれが、どうしたんだろう。もう半月以上は経つ終わったことなのに。

 

 ポツポツと彼女は語りだす。その声は雷雲漂う空から、降り始めたばかりの小雨みたいだ。

 

「……思うんです。どうして、私があの時もっと頑張れなかったのかなって。どうしてユウスケさんを行かしてしまったのかなって。私がもっと頑張っていたら、ユウスケさんがあんな目にあうはめになっていなかったのに。ほんとうに、あの時の私は、なんでもっともっと頑張れなかったんだろう」

 

 彼女は自責の念をぶちまけていた。

 

「もっともっともっと、なんで――私できなかったの」

 

 負うことのない責任を感じていた。

 

「それから……ユウスケさんの方をよく見てしまうんです。離れると思いだしてしまうんです。あの行かせてしまった背中が、私すっごく悲しくて、叫んでしまいそうになるんです。ごめんなさい、ユウスケさん……」

「そう、だったのか。言ってくれてありがとう」

 

 彼女の濡れている頭にポンと手を当てる。

 

 つまりは、こういうわけだ。

 ゆんゆんは――俺のせいでトラウマを負っていた。

 

 ……まあ、良さげな台詞を吐いて見送った相手が、次に見つけたときに死にかけていたら割とショックだろう。それもこんな歳の女の子がだ。めぐみんはそういうのと無縁だとしても、彼女は自分がしっかり関わっていた事柄なだけに、いらない責任を負ってしまったのだ。

 

 兆候はあった。

 俺がまだ完全に治ってもいないのにゆんゆんは自分のスキルを習得するために冒険に行った。

 そのスキルとはテレポート。あの時、彼女が覚えていたら俺が行かなくてすんだスキルである。

 

 俺は無性に頭をかきむしりたくなる。今まで彼女が抱え込んでいる問題を見つけられなかった頭をだ。

 ……気づくべきだったな。

 他の人は気づかなくても俺は気づけたはずだ。

 なんといっても、俺もあの大事件後そういうトラウマみたいなものはあるわけだし。

 

 俺の方はどういうものかというと、最近夢見が悪い。

 その夢の内容が最悪で、コロナタイトがめぐみんやゆんゆんの近くで爆発してしまうものだ。俺は彼女達から離れないとと思っているのに足が動かなくて、よりにもよって彼女達の近くで爆破してしまう。それで飛び起きることもあった。

 元の世界では平和ボケしていた俺だけが、こういう情けない夢を見てしまうのかと思っていて誰にも話せなかったけど、そういうわけでもなかった。

 

 モンスター退治には平気で何気に芯が物凄い強いゆんゆんも、自分の失敗のせいで相手に不幸な出来事が降りかかったと思う事柄には弱い。それがまったくの勘違いだとしても。

 

「ゆんゆん。それは絶対に――」

 

 間違いだ。責任を負う必要などない。

 と、続けようとして俺は止めた。責任を感じている相手に、その理由となった人物から違うと言われても効果は薄いだろう。実際に間違いだとはいえ、彼女自身がそう感じてしまっているのだから。

 

 アプローチは違う方向から行かなくてはいけない。

 

「じゃあ、今は大丈夫だよな」

「……へ?」

 

 軽くなりすぎないように気を付けながらも朗らかな声を俺は作って、彼女に責任を負うなとは言わなかった。

 

「あの時は確かにテレポートがあったら楽できたかもしれない。まあ、過ぎ去ったことだし、あんなことが起こるなんて誰にも想像できなかったけど。うん、でももし……仮にだよ。またああいうことが次起こったとしたら、ゆんゆんは活躍できるよな。なんといっても、テレポートを覚えているんだ。コロナタイトは一発でどっかに飛ばせるよな?」

「……それは……できますけど」

「できたら俺がもう馬鹿みたいに走る必要性なんてないわ。ゆんゆんがテレポートを唱えている横でこーんなだらーんとした姿勢で待つしかないか」

「……ぷっ」

 

 敢えて気が緩み切った顔を作ると、ゆんゆんはそれを見て笑ってくれた。

 

「……テレポートには集中力がいるから、そんな顔されたら、集中できないかも」

「げっ。マジか。それならこういう風にビシッと真面目な顔しておく方がいいな。どうよこれ。この真面目な顔」

「真面目ですけど……ぷふっ。さっきのあの顔見た後だとおかしいです」

「ひっでぇな。こんな真面目な顔なのに」

「ごめんなさい。ですけど、ギャップがすごいんですよ」

 

 真剣な表情をすればするほど面白いようなので、無駄に格好をつけてみる。

 ツボに入ったのかそれを見てゆんゆんはクスクスと笑っていた。

 

 めぐみんもだが、ゆんゆんも笑顔が似合う。

 かわいい女の子には笑顔が似合う。なんていう台詞はまためぐみんに馬鹿にされてしまうよな。

 

「なあ、ゆんゆん。前はできなかったかもしれないが、今はできるならなにも心配する必要ないだろう。テレポートさえあれば、今心配をすることはない。俺は大丈夫だよ」

 

 過去のことではなく、現在と未来のことを喋る。

 俺の過去の背中を見ている彼女に、今すぐ傍にいる俺のことを見せる。

 

「今のお前さえいれば、俺は大丈夫だ」

 

 お前の側にいる限り、なにも心配はいらないと改めて言う。

 自信がないゆんゆんは消え入りそうな声で、自分を恥ずべき人間かのように告白する。

 

「私は……めぐみんみたいに、天才ではありませんよ。……特別じゃないんですよ」

「はは、確かにあいつは天才だけど魔法といいむらっ気が強すぎて安定感に欠けるだろ。……お前が、助けてくれ。俺もあいつも頼りにならないからな。どんどんできることが増えるゆんゆん。こんな時に言うのもなんだが……正直嫉妬もしているんだぞ。接近も遠距離も万能とかズルい。でも、仲間ならこれ以上のやつはいないよ」

 

 いつだって言おう。

 自信のない君に代わって、俺は君が凄いやつだと言い続けよう。

 

「頼りにしてるよ。万能の魔法使い」

 

 本心をぶつける。

 恥も外見もない。本音だけの言葉。

 

 俺の頼りになる仲間はいつものあまり自信はないといった表情をする。そんな顔をしながらも結局本番ではちゃっかり成功させてしまうくせに。

 

「私も……特別なんでしょうか」

「当然だろう。俺の特別さ」

 

 言ってしまえ。

 後々で茶化されるにしても、馬鹿みたいなことと相手に思われてたとしても、伝えたい言葉が胸の奥から押し出される。

 お前みたいな他人をよく見てくれる性格も、多種多様な能力の人間なんて滅多にいない特別だ。

 

「……ユウスケ、さん」

 

 なんだか熱っぽい。俺の恥ずかしい台詞を聞いた彼女は、病気に犯されたみたいに顔を赤くする。

 

 耳まで赤くした彼女は、潤んだ瞳で俺を見つめる。そこには悲しみとは違うものが混ざり込んでいた。

 

 彼女の声が耳に入る。

 吐息が、漏れる。

 熱い吐息。なにかに興奮している吐息が。

 耳をくすぐり、体を溶かし、まるでそれ自体が言葉のようだ。

 

 他に誰もいない温泉で、体を絡ませ、互いに見つめ合う。そこには誰にも入り込めないような錯覚があった。

 何をすればいいのか。何をするべきなのかわからない。しかし、お互いに今だけはこの状況を悪いようには思ってはいないよう。

 

 ぺちょっと俺の胸に自分のおでこを押し当てた。

 

 こちらの顔を見ないようにしたゆんゆんはボソッと呟く。

 

「――その割に、めぐみんばかり見てますよね。……特に私がウィズさんと旅から帰ってきてから」

「いやそれは……あれだ!」

 

 あれなんだ!

 あれとしか言いようがない! あれだよあれ!

 語彙力足らない人みたいになってる!

 

「私あれからあなたのことよく見てるんですよ? めぐみんと一緒の布団に入ってたのは、あの子ああ見えて案外甘えん坊なところがあるからわかるけど……あぁ、ユウスケさんがめぐみんのことを罪悪感と好意どちらもあるような目で見てるな。どうしたんだろうな。不思議だな、なにかあったのかな、と思ってました」

 

 うわ、本当によく見てる!?

 あれだけついさっき格好つけたくせに、しどろもどろになる。

 

「あれだよあれ。呪いがというか、うん。あのね……あのね……ゆんゆんが旅行に行ってる間ダンジョン入ったんだけどね」

「はい」

 

 ジッと下からこちらの目を直視してくるゆんゆんに脂汗を流しながら、どう説明していいか迷う。

 めぐみんとセックスしました。今も性的関係は続けていますというのは大ぶりな右ストレートだ。カウンターでマットに沈められてしまう。俺の口からはあまりにも言いにくい。

 

「本当に呪いというかなんというか、めぐみんとはエッチなことをする呪いにかかったというか。うん、俺がエロを発散しないといけなくて、めぐみんにそれを手伝ってもらっているというべきなのか。男はそういうのがあってほんと嫌だよねー。エロいことしないと収まりがつかないなんて嫌だわ嫌」

 

 もう俺何喋っているの!?

 

 脈絡がないにもほどがある。現代文のテストだと絶対点がもらえない要点の得なささだ。

 呪いなどと口走っているのはきっとアルカンレティアの警察に説明した嘘の話が頭によぎったんだろうなと、焦る頭で過った。

 

 引かれるわ。これは引かれる。もしくは厳しい追及がくると覚悟して、頭脳を回転させる準備をしていると、予想外な方向からカウンターを食らった。

 

「えっちなこと、をしないといけないんですね……」

「そうじゃなくてね! それはだな!?」

「……めぐみんができるんですよね。めぐみんができることなら、私も少しぐらいはえっちなことできると思うんですよ」

「……はぁ?」

 

 彼女の言葉のパンチは見えない場所から後頭部への強い衝撃。

 予想外すぎてかわすこともできず、ノックアウトだ。もちろん反則である。

 

「えっちなこと、しましょうか?」

 

 ……ゆんゆん、自分が何を言っているのかわかっているのだろうか。

 

 俺はなにも言うことができず固まっていると、彼女の熱に浮かされたような表情が段々と元に戻っていく。

 なにを言ったのか理解したらしい。

 

「……あっ。……ああああ。あああああ!」

 

 彼女も口に出した直後に自分がとんでもないことを言ってしまったことに気付いたのか、顔が今までより更に赤くなる。目が興奮で光っている。その目よりも赤い。病気っぽいとかではなく、ただの羞恥の赤面である。

 

「私今、すごいことを言ってしまいましたよね!?」

「言った」

「わ、忘れてください! え、えっちなことなんて。私、どうしたんだろ! えっちなことをするなんて……あっ!?」

 

 俺の腕を掴んで必死に訴えていた彼女は、自分がえっちな姿をしていることに今更気づく。

 石鹸の泡はもう流れてしまっている。

 ゆんゆんの綺麗な鎖骨も、その胸も見えてしまっている。

 

 本当に見惚れてしまう。そして、興奮してしまう。それほど強烈な刺激。視覚による暴力だった。

 ピンク色の乳首が見えるが、大きな胸のせいで上からでは下半身の大事な部分までは見えない。

 

 彼女の体はひたすらエロかった。

 

「いやああああああ!? 違うんですよ! ユウスケさん! 普段考えていたこととそうじゃないことが思わず暴走してしまったんです! 違うんです! 私痴女じゃありません!」

 

 ピンクの乳首がツンツンと俺の胸板に当たる。

 行動はどう見ても痴女だった。

 

 くっ、下半身が大きくなりそう!

 

「出ます!? 今すぐ出ます! ごめんなさい! 風呂にのぼせてしまったので私今すぐ出ます!」

「……あの……ゆんゆんさん?」

「出ていきますから! 私はすぐに視界から、この世からいなくなりますから!」

 

 そこからの彼女の行動は嵐のようだった。

 律儀に自分のタオルを回収してから風呂場から大慌てで脱出する。

 あまりの急速なドタバタ劇で俺は口をはさむことができず彼女のお尻が風呂場から出るのを眺めていた。

 

 扉の向こうではなにかを倒したような音がする。大丈夫だろうか。

 

「えっと、ゆんゆん」

 

 いない彼女に向かって呟く。

 

「……風呂入ってないのにのぼせたはおかしくない?」

 

 ただ俺以外誰もいなくなった風呂場で突っ込みを入れていた。

 半月の下、月で狂わされたようにおかしな出来事だった。いや、ほんとなんだったんだろう。

 それこそ月の魔力に当てられていたのかもしれない。

 

 

 ――不思議なことに、この日から俺はあの悪夢を見ることはなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 警察に協力をお願いされてから二日後。俺はまた警察に連行されていた。

 前回と違うのは今度はめぐみんが隣にいることだろうか。

 連行された理由も事件に関係することらしいが、流石に外で言える話もないので警察署内部で詳しい事情を語ってくれるらしい。

 

 警察署はかなりバタバタしている状態だ。

 いまだに犯人が捕まっていないのだろうか? 会議が始まるまで待ってくれと言われたものの、もう五分は待っている。

 

 モンスター退治してきたばかりのせいか、めぐみんはいつもの戦闘の時に使う服を着ており、杖を袖でキュッキュと磨いていた。

 

「この前はついてこなかったのに、今回はついてくるんだな」

「まあ、暇なので」

 

 ここにも六日ほどいるからな。

 観光するといっても限りがある。ここは温泉が目玉だが、めぐみんも色んな温泉入るほど温泉好きなわけではないし、やれることもない。

 他にもここ二日。どうもアルカンレティアの街自体が騒がしくて観光するのに適していない。観光客自体は減っているらしいのだが。

 

「それにゆんゆんの様子が明らかに変ですからね」

 

 続く言葉にギクッとなる。

 温泉であんなことをしたゆんゆんは、あれから俺の目から見てもかなり変わった行動をしている。

 

「昨日なんて枕に顔突っ伏して足をバタバタさせてかと思えば、うわああああんと叫びだしたりといっそ病院連れていこうと思いました。本気で」

 

 彼女達とは隣の部屋を取っているから、ゆんゆんの呻き声は聞こえてきていた。あの悪夢を見なくなった代わりに別の悪夢を見そうである。

 

「流石に今日になればある程度は落ち着いていましたが、あなたの顔を見たらホワッチャー! と叫びだしましたし、私としても普通に怖いのであんまり近くにはいたくないです。元気がないわけでもなく、元気すぎるのでそれほど心配はしていませんが、あの子になにがあったのでしょうね」

 

 まるでカンフー映画のような叫びだった。

 一瞬殴られるのかとガードの構えをしたほどだ。

 杖の宝石部分にふーと息を吐いためぐみんは、磨きながらも尋ねてくる。

 

「なにかに関係しているだろうユウスケはどう思います? あれで切り替えは早いゆんゆんですから、結構な事件があったのだと予想しますが」

 

 うん、俺が関係しているとばれている。

 まあばれないわけないか。

 どう見ても俺に対するゆんゆんの行動は不自然だからな。俺もあんなことがあった後だと、普段通りに接するのは難しい。ギクシャクするのも当然だ。

 

「あー、そのことについて夜にでも相談したいことがあるから、部屋に来てもらってもいいか」

「いいですよ。夜お邪魔しますね」

 

 警察署の人も集まってきて、どうやら会議が始まりそうなので、俺はめぐみんとの会話をこれで終わらせる。

 

 警察の人はパンパンと注目を集めるために自分の手を叩いた。

 どうやら会議が始まるらしい。ただそうはいっても忙しい人が多いのか、俺達の他には警察が三人ほどしかいなかった。そういえば、ここにくるまでの街中にも何人か見たな。

 

「出払っているのが多いので少人数での会議となります。ユウスケさん達は協力してもらって感謝しますね」

「いえ、俺もこの事件は解決して欲しいと思っていますから構いませんよ」

「そう言ってもらえるとありがたいです。では、事件の方に話を進めさせてもらいます」

 

 前回来た時から進展はあったのだろうか。

 あの時は長身の男に事情聴取をしてみるという話で終わったんだったよな。

 

「次の日、宿屋を探したところ、長身でワイルドっぽい男は見つかりました」

「え。見つかったんですか。でも、解決しているみたいでもなさそうですし、じゃああの男は犯人ではなかったんですか」

 

 てっきり何かしら関係していると思ったのに。俺の勘もあてにならないものだな。

 

 警察の人はかなり罰が悪そうな表情で言う。途中からは恨み骨髄といった口調だ。

 

「そういうわけではなくて、見つかったのはいいんですが、事情聴取をする前に逃げられてしまったんです。……くううぅう! 人間が通れないような細い道だったのに、その男は体がやけに柔らかいのかとするりと通っていったんですよ! 酢でも朝晩と飲んでいるんじゃないかあいつ! 女子かよ!?」

「昨日、俺達が泊まっている宿屋を徹底的に調べていったのはそのせいなんですね。……いまだに見つかっていないのですか」

「……はい。あらかじめ門の衛兵にはこういうこともあるかと出さないように連絡しておきましたし、外には出ていないはずなのですが。どこを探してもいないのですよ。警察総出で探しているんですがね」

「逃げるってことは、なにかしら捕まりたくない理由があるんでしょうね」

 

 めぐみんの言う通りだ。

 彼がアクシズ教徒なら何の理由もなく警察から逃げるかもしれないが、彼はアクシズ教徒でないらしい。それなら彼が犯人の可能性は随分高くなる。事件は大幅に進展をみせたといえるだろう。

 

 めぐみんが地味に辛い過去を挟みながら、会話を進める。

 

「ですが、ここはそこそこ大きい街ですし、一日二日探していなかっただけでどこにもいないと判断するのは早くありませんか。どこかに息を殺して隠れていれば一日二日は我慢できますよ。私も学校の休みでゆんゆんにたかることもできない時とかは、それぐらい絶食したことありますし。動かなければなんとかなります」

「普通ならそうですね。しかし、今回はあのアクシズ教徒が絡んでいますから、彼らも血眼になって探しているのですよ? 三十分もあれば見つかってもいいぐらいです」

「もうこの街にいないんでしょうね」

 

 本気になった彼らから逃れられるものはいないという共通認識だった。

 

 宿屋の主人もヒートアップしてたからな。……怖いのは実はアクシズ教徒に捕まっていて、今はアクシズ教徒の教会の地下にでもいる可能性があることか。

 こわっ!

 ぶるりと背筋を震わせる。

 

 しかし、怪しいやつがいたとしても捕まえられないと意味がないな。

 高精度な嘘発見器があるこの世界では、偽証などは通用しない。犯人か犯人かでないかはすぐわかる。だから捕まえられるかどうかが鍵なのである。

 

「アクシズ教徒に本当に捕まっていないとしたら、もしかすればその人は魔法使いかもしれませんね」

「ああっ。テレポートか!」

「優秀な魔法使い……どこぞのおっぱい魔法使いは除く、が使えるテレポート。あれさえあれば登録していた場所にどこにでも一瞬で逃げることができますからね」

「なるほど。外見から魔法使いっぽくありませんでしたし、杖といった魔力媒体を持っていませんでしたが、その可能性はありますね。希少価値が高いテレポーターですか。そいつが犯人なら、随分厄介ですね」

 

 警察の人達もめぐみんの案に一理あるかと思うのか、思案しているようだった。

 テレポートというと、ゆんゆんに教えてもらった話が浮かび上がってくる。

 

「仲間の魔法使いから聞いた話ですが、あれだけ外見に特徴があるようでしたら、冒険者ギルドに聞いてみるのもいいと思いますよ。テレポート取得者はギルドに登録しないといけませんし、魔法使いであれだけムキムキなのは滅多に見ません」

「ギルドですか……。こちらから借りを作るのはあまり好ましくないですが、そうも言ってられない状況ですか。このまま犯人が見つからずアクシズ教徒の不満が爆発でもしたら、大事ですし」

 

 俺と喋っていた三人いる内の一人は、自分の隣にいる警察官に顔を向けた。

 

「よっ、そこら辺の細々とした書類やギルドへの依頼は頼んだ」

「なんで俺が!? というかだな、お前が長身ムキムキ男を逃がしたんだからお前がやれよ」

「あんな柔軟マッチョマンと思うわけねえだろ! 絶対あいつ風呂上がりにストレッチとかしてるぞ!」

 

 警察とギルド。どちらも公的機関とはいえ、情報の開示をお願いするのは手続きは面倒みたいだ。

 

 数分こっちを待たせて言い争いをして、二人は書類作り、一人はそれを持って行って許可を貰う係に決着がついたようである。

 

 一度咳払いをしてから、彼らはやっと今後の方針を語ってくれるようだ。

 

「……とりあえず、ギルドには警察側から連絡させてもらいます。アクシズ教徒にもわからない隠れ方をしている可能性は極小でありますし、テレポートを使う可能性があるってことは戻ってくることもあるので、街の警戒態勢は暫くの間続けるべきですね。ふぅ……休日返上か」

 

 社会人として世知辛い。

 

「後は、アクシズ教徒にも連絡しておかないといけませんね。ゼスタさんはいまだにアクセルの街に行っているらしいが、そろそろ戻ってくるはずなのですが……あの人も、いてほしい時にいなくていてほしくない時にいますね。大体いてほしくないんですが」

 

 うんうんと強く頷く他二人。

 よほど日頃から迷惑をかけられていると見た。

 

 めぐみんが袖をクイクイっと引っ張る。

 

「会議も終わったみたいですし、私達はお暇しましょうか。ユウスケユウスケ。帰りに何か食べていきましょうよ」

「それなら喫茶店で……いや、あの喫茶店はダメだわ」

「どうしてですか?」

「次にめぐみんみたいな子連れていたら唾入りサンドイッチを出されかねない……」

「どんな喫茶店ですかそれ。そんなマニアックな料理初めて聞きました」

 

 まだ唾だけならマシかもしれん。

 今度は違う可愛い女の子を連れているとバレたらなにをされるのか。

 

 他のところにしようと一瞬考えると、突然ドーンと警察の扉が勢いよく開かれ、ここで聞くはずのない声がした。

 まるでここを我が家のように女性なのに大股で入ってくる。

 

「すいませーん! 今こっちに辿りつきました。いやー、アルカンレティアが危険に私が颯爽と到着! ゼスタ様だけでなく、アルカンレティアのアイドルセシリーちゃんの帰還よ! もちろんわざわざ呼んだからには馬車代とこっちでの食事代は警察持ちよね! 違うと言ったら、警察署の前で善良な市民を無料でこき使うケダモノと書いた看板で宣伝してやるわ!」

 

 初っ端からアクセル全開。

 エンジンを回し過ぎでカーブを曲がり切れず車が大破して、それでも運転手は無傷。そんな矢継ぎ早の言葉が飛び出てくる。

 

 俺はその相手を見た瞬間。

 

「げっ!?」

「げっ!?」

 

 露骨に嫌な顔をして、相手もこちらの顔を見て露骨に拒否感を現した。

 俺だけでなく、隣にいるめぐみんの反応もあまり好意的とは言えなかった。心なしか俺に若干近づいている。

 

「うわ……」

「傷つくわ。そこのロリコンペド男ならともかく、あなたのその普通にこんなところで出会うのは嫌だなー出会いたくなかったなーという感はお姉ちゃんすごく傷つくわ!」

「私の姉妹は妹のこめっこ一人です。セシリーなどという姉はいません」

「めぐみんさんってば妹がいるのね! いい情報を手に入れたわ……ぐふふ、めぐみんさんの妹ならさぞ可愛いんでしょうね……」

「うっ、渡してはならない情報を相手に渡してしまいました。一生の不覚です。これは……もう闇討ちで爆破しといた方がいいのでは」

 

 ガチで闇討ち計画を練るめぐみん。

 ゆんゆんから実はめぐみんかなり妹離れできてないんですよと聞いたことがあるが、本当だったらしい。

 

 ……俺もまさかここでこいつに出会うとは思わなかった。

 

 警察署に入ってきたのは彼女だけではなかった。髭の生えた見るからに高位な立場についていそうな神官も入ってくる。

 そして、にこやかな顔でとんでもないことをめぐみんに話してくる。

 

「おや。めぐみんさんではありませんか。これはこれは……久しぶりですね。半年ぶりですね。今度会えば言おうと思っていたのですよ。あのアクシズ教徒勧誘方法をあなたが考えてくれたおかげで、勧誘がスムーズになりましたよ。お礼をしないといけませんね。デート十回でどうですか?」

「絶対嫌です」

 

 女性は見知った相手だ。

 アクセルの街に住むアクシズ教徒のプリーストである。不良プリーストというか。相も変わらずのやりたい放題だ。

 もう片方があの噂のゼスタさんだろうか。出会った瞬間、デートに誘うという破天荒っぷり。本当に噂に違わな過ぎた。

 

 ……なんというか現れるだけで一気に場をかき乱していくアクの強い連中である。

 

 

 それと、やっぱめぐみん。

 お前がアクセルの勧誘方法を入れ知恵したんだな……。

 

 

 

 

 

 

 

 




なんだか泥沼


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三十八話

 

 

「なに食べる?」

「お腹にたまるものが良いですかね。あの二人のせいで、時間食いましたし」

「晩御飯には早いけど、俺もなんだか腹減ったな。うん、無駄に疲れた」

「ユウスケにはあの二人は強烈でしたかね」

「くる……じゃなくて、馬車に酔ったみたいな気分だよ」

「酔いましたか。優しい私が背中擦ってあげましょうか? まあどちらも付き合っていけば良い人ということがわかるんですけどね。……ごめんなさい。嘘吐きました。悪人ではありませんが迷惑な側ですね。良いところもなくはないです。んー、でも、良いところより迷惑側の方が明確に大きいような」

 

 あれっ、これ弁護になってますかと自分で言っててめぐみんは不思議がる。

 

 あのめぐみんが他人をそう評価するのは珍しい。普段は本人が振り回す側だからな。それに彼らのことを決して嫌っていなかった。めぐみんは彼らのことを結構好きなようである。

 警察の会議がようやく終わって俺達は帰宅途中にどこかに寄る相談をしていた。

 

 夕方には少し早い。今は五時前ぐらいだろうか。

 あの二人が来てからはとにかく大変だった。もう終わり間近だった会議を荒らした。いつの間にか時間はそこから一時間は経っていたのだ。

 

 あの二人から逃れた俺達はとぼとぼと敗残兵じみた足取りで歩いていたのだが、逃げられたと思ったのは勘違いだったらしい。

 背後から凄い勢いで追いかけてくる足音と声。

 

「待ちなさーいいいいい!」

 

 あいつだ。

 振り向かないでもわかる。

 どちらともなく俺とめぐみんは顔を見合わせる。

 

「待ってろって言ってるのよ!」

 

 いや待ってるけどな。

 足を止めて、追い付くのを俺は待っていた。

 

 ドダダダダ! とこちらの世界のモンスターである走り鷹鳶みたいな足音で背後から奇襲してくる。

 

「ここであったが百年目! くらえこの変態ロリペド男爵!」

 

 三下の台詞すぎる。すぐ返り討ちに会いそうな感じの。

 当然、敵意は察知している。

 そうじゃなくてもこいつのやりそうなことなんてわかるものだ。

 

「あれっ?」

 

 俺は彼女が背中を叩く直前に、すっと動いて彼女の手をかわす。

 

「う、うわっ!?」

 

 自然、地面へと彼女は頭から突っ込む。

 その勢いがついたまま彼女は豪快にヘッドスライディングしそうなので、咄嗟に彼女の手を掴んで引き留める。女性だからな。自分で治せるだろうとはいえ、顔を傷つけるのは見過ごせない。

 

 掴んだ手は、日常的にダラダラしているとは思えない細さだ。

 

 他のついているあだ名はともかくとして、一つまったく意味の分からないものがあったので、俺は倒れそうな彼女を片手で支えながらも質問する。

 

「……なんで男爵?」

「ほら、男爵って格上の変態っぽいじゃない」

 

 凄い偏見だ。

 

 俺はプリーストの格好をした女性を、痛い思いをしないように気を付けながらも立たせる。

 立ち上がった彼女はこちらを親の仇みたいに強く睨んでいる。不満気だ。敵意満点だ。俺が悪者みたいな眼付きである。なにか悪いことしたかな……。いや、実はめぐみんとゆんゆんにはこっそりと悪いことはしていたのだが。

 

 彼女の名前はセシリー。

 アクセルの街の教会を任されているアクシズ教のプリーストだ。一つの教会を任されているだけあって腕は良い。元々プリーストの適正を持っている人は少ないが、その中でもかなり上に入るぐらいである。

 それに美人だ。アクア様と同じ水色の瞳。綺麗なロングな金髪をしていて、知らない人が見れば上品なお姉さんと言ってもいい。

 しかしだらしなさとぐうたらな人で、これだけ外見が美人にもかかわらず俺の股間が反応しない珍しい女性である。

 

「あの……ユウスケのことをロリコンやペド野郎と言いますが、もしかしなくとも私をロリ扱いしていますよね。もう私も大人枠に入ったと思うのですが」

「ああ! ロリーが背伸びする姿は可愛いわよ! 最高だわ! もっとぷんぷんと怒りながら言ってくれたら小遣いあげるわよ!」

「だれがやりますか! 大人枠に入った私が怒ります! ぷんぷん! ……はい。お小遣いください」

「ベネ! 素晴らしいわ! 持って行って! さっき警察からせしめたお金を持って行って!」

 

 めぐみんが上手いこと手のひらで転がしてお小遣いをもらっていた。

 転がされている方も大満足なようなので、問題ないだろう。鼻血出しそうなほど興奮しているし。

 

「というか、セシリーさん」

「なによ男爵」

 

 男爵は別にけなし言葉じゃないからね。

 ロリペドはまあ最近の俺の身近な出来事を考えるに否定できない。本当にできない。できないにしてもだ。

 

「セシリーさんは子供の男の子や女の子が好きだろう。そんなあなたからロリペド言われるのはおかしいんじゃないか」

「一緒にしないで欲しいわね! ユウスケ男爵は邪! 私のは聖よ! 聖の子供好き!」

 

 高らかに歌い上げるように言う。

 周囲の視線が気になるのでもう少し音量は下げてほしい。

 

 シスター服の上からでも巨乳であることがしっかりわかる胸を張りながら、宣誓する。

 

「子供というのは神様に近しい存在よ! なにせ生まれる前は神様のところにいたのだからね! そんな存在を好きというのは、私の信仰心の深さを感じさせることね!」

「その理屈なら老人はどうなんだ?」

「……えっ?」

「いや、神様に近いと言ったら老人も好きなのか? こういうこというのは失礼だけど、ご年配の方は神様に近づいているといってもいいし。セシリーさんご老人好きなの?」

「年上好きというのは聞きますが、老人フェチというのは新しいですね」

 

 俺の疑問が鋭い刃のように刺さったのか、彼女は胸を痛めたように抑える。

 

「ぐぅっ!?」

 

 子供が好きなセシリーに老人フェチ呼ばわりは思いのほか効いたようだ。効果は抜群だった。

 だが、これで崩れ落ちることなどないのがアクシズ教徒である。

 

「……ふんふふーん」

 

 彼女は今のことはなかったかのように鼻歌で誤魔化す。

 うめえ。

 鼻歌が上手い。

 なにこの無駄な上手さ。……そういえば、アクシズ教徒は芸事が達者なんだっけ。

 

「……というかですね。今日はセシリーさん機嫌が悪いですね」

「セシリーさん? 誰ですか。わからないわー。私の名前はお姉ちゃんだよ」

 

 私わっかりませーんと怪しい外国人みたいにめぐみん相手に知らないふりをするセシリーさん。いい年した大人のやることではない。

 ヤンチャな子供を相手にするかのようにめぐみんは合わせてあげる。

 

「はぁ……ではお姉ちゃん。今日はやけにうちのユウスケに突っかかりますよね」 

 

 一応俺はアクシズ教徒にちょくちょく金を落としている。怪我の治療や聖水はセシリーさんから買ってるし。

 めぐみんとゆんゆんという可愛らしい少女と仲間を組んでいる俺の事は普通に気にいらないようだが、金づるでもあるのでここまで激しい憎悪はなかった。

 

 今日は様子がおかしいとめぐみんの言葉に頷く。

 

「そうだぞ。お姉ちゃん」

「誰が筋肉ムキムキの男のお姉ちゃんよ! マジでキレるわ! 怒りで変身しそう!」

 

 地面に唾を吐き捨て怒鳴る。

 

 だって名前お姉ちゃんらしいから。

 

 ふーふーと獣のような目をしているセシリーさんに、アクシズ教徒なら本当に変身しかねないと若干距離を取り始めている俺。

 若干金髪の毛が逆立ってきているように思える彼女と俺の間に、ゆったりとめぐみんが割り込む。

 

「まあまあ。落ち着いてください。ユウスケも悪ふざけしない」

「むっ!? ちっこいかわいいめぐみんさんに言われたら私も矛を収めるしかないけど、でも私がユウスケに怒っている理由はめぐみんさんも関係しているんだからね!」

「私ですか?」

「めぐみんなにかしたのか?」

「うーん、覚えがないですね」

 

 そもそも俺もセシリーさんに怒られるような覚えがない。

 最近出会ったのは聖水を買った時だし、その時は怒っている素振りはなかった。誰かに彼女の悪口を言ったこともない。

 

「どうやらわからないようね。ふふ、じゃあ教えてあげるわ! 私がこれだけ激おこしている理由を! あれは、そう! 一週間前ぐらいのことだったかしらね!」

「語りだすんですか」

「みたいだな」

「そんなに興味なさそうにしない!? 大事な話だからね!」

 

 一週間ほど前というと、キールのダンジョンかエロ遺跡に入った時辺りか。

 深刻なこと――まるで危篤の人を話すみたいに重苦しい雰囲気をだしながらセシリーさんは話し始める。

 

「あれは……高級なお酒が入って気分が良い夕方の頃だったわ。私は言うまでもなくウキウキ状態よ。そのスキップはさながら宙に浮いてたぐらい。幅跳びの記録を測っていたらきっと新記録は出ていたに違いないわ。そんなスキップしていた私は、これまた嬉しくなるものを見つけたわ。もちろん、めぐみんさん! いつもと違う格好をしたなんだか強そうな魔法使い衣装を着たレアめぐみんさんを見つけたの!」

「あー……あそこから帰っている時ですね」

「やったぁ。良いことに良いことは重なる。やはりアクア様は私を見ているのね! 日頃の行いが良いからこんなことが起こるんだわ! そう確信を持った私がめぐみんさんにお酌でもしてもらおうと声をかけようとしたとき、見たわ! ……ユウスケさん早くなにをって言いなさい」

「えっと……なにを見たんだ?」

「ありがと。……そう。それはめぐみんさんがね、愛おしそうにとある人の横顔を見つめているところよ!」

 

 彼女はその時の光景を思い出したのか足から崩れ落ちる。

 そしてダンダンと力強く地面を殴りつける。この世の終わりを叫ぶみたいな迫力である。映画でいうならクライマックスシーン。

 

「見ていた相手が私なら良かったわ。それならセシリーお姉ちゃんもにっこり。でも、よりによって筋肉ロリペド男爵を、大事なものをかけがえのないものを見つめる目でね。そんな目で見て、あろうことかクスッと笑ったのよ! ……なにこの恋愛小説みたいな挿し絵! 気が付いたときは教会に帰って浴びるほど酒を飲んでいたわ。わかる!? 朝起きたら酒瓶を抱っこして起きたときの気持ちが!?」

「いやそれは……」

 

 うん、気持ちがわかると言われても。

 

「酒瓶抱いて起きるのはセシリーさんよくあることじゃないか? 用事で教会行ったとき、何回か見た姿だぞ」

「それもそうね。よくあることだったわ」

 

 アクセルの街のアクシズ教会に最初に入った時、綺麗な美人お姉さんが酒瓶を抱きしめてグースカ寝ているから、一体なにが起こったのかと本気で悩んだからな。

 傷ついているパラメーターとしては全然使えない。

 

 あははと朗らかに笑うセシリーさんに比べて、めぐみんは不機嫌な表情である。セシリーさんの言っていることはよくわからなかったが、こいつが俺を見て微笑んでたんだっけ。

 あの時は新服を手に入れて興奮していたからな。その理由の微笑みだろう。よくわからない理屈をつけられためぐみんの機嫌を悪くするのは当然だ。

 

「……私としては異議を唱えさせてほしいのですが。そんな顔してませんし」

「してたわよ! セシリーさんのお姉ちゃんアイをなめてはいけない。めぐみんさんってば今まで見たことないような雌の顔してたわ!」

「どういう顔ですか、それ……。してませんけど」

「してーた!」

「ふぅ……もういいです」

 

 何度もしつこい彼女に対してめぐみんは諦めたようだった。何を言っても仕方ないと思ったのかもしれない。

 魔法使いはカツンと一度杖で地面を叩いてから、ぴょんぴょんと俺の側に来る。

 

「そんな顔してたことでいいですよ」

「あー、認めたわね! 子供がそんな顔してはいけないの! ピーー! アクシズカード! 三枚集めればアクシズ教徒の一員!」

「嫌なコンプ要素ですね。……まあ、たとえ認めたとしても、問題ありませんよ。私は子供ではありませんから。……ユウスケはそのことを知っていますよね」

「うん?」

 

 彼女は俺の袖を掴んで甘えるみたいに笑いかけてくる。

 どこか影のあるような色気を漂わせているような、確かに子供にはできない表情だ。

 こういう時のめぐみんはろくでもないことをすると俺は確信をもって言える。何をする気だこいつ。

 

「でも、セシリーさんは知らないでしょうし、私が大人だという証拠を今ここで見せつけてあげましょうか?」

 

 くいっと腕を引っ張られる。

 身長に差があるめぐみんに体を引っ張られる。抵抗もしてないのでなされるがまま俺の体はめぐみん側へと傾く。

 

「ちゅ。……こうやってキスしたり。かぷっとしひゃり」

 

 めぐみんは俺の耳に可愛らしく口をつけ、耳を軽く甘噛みする。

 それを目の前で見せられたセシリーさんはというと、半狂乱である。

 

「うっ。うわあああああん! なにしているの!? めぐみんさんなにしているの! そればっちいからペッしなさい。ほら、ペッ!」

「嫌です。お腹減ってますし、おやつ代わりにかぷかぷします」

「そんなの食べたらお腹壊すわ! いい子だからお姉ちゃんの言うこと聞いて! 反抗期!? これが噂に聞く反抗期なのね!」

「百歩譲ったとしても、反抗期は親にするものであって姉にするものではありませんよ。かぷかぷ」

 

 耳をカジカジされる俺も、驚くことはなかった。

 ここ最近大分彼女のやる突拍子もないことに耐性がつき始めている。俺は至極冷静に小声ですぐ近くにいるめぐみんに尋ねる。

 

「……いきなりなにしてんの? ここ公道で恥ずかしいんだが」

「私も恥ずかしいのでおあいこですよ」

「それでおあいことは言わない。セシリーさん杭を心臓に打たれた吸血鬼並みにダメージを受けているんだが」

 

 今にもさらさらと砂になって散らばっていきそうである。

 俺が耳を噛まれるたびに、セシリーさんの体がびくんびくんと跳ねる。シスターのそんな姿はエロいような、やっぱこの人なのでエロさは感じられないような。

 

「良い薬ですよ。今回は無駄に喧嘩を売られたのだから、大ダメージを負わせて勝ちましょう。ところで、ユウスケは昼も温泉に入っていたんですね。良い匂いがしますよ」

「モンスター退治で動いたし、警察署に行く前に汗を流す程度にな」

 

 俺は前衛職でよく体を動かさないといけないからめぐみん達より汗をかくので、人に会う時の礼儀だな。

 

 うーむ、しかしここからどうしたものか。

 目の前にはビクンビクンしている聖職者。耳を甘噛みしてくる魔法使い。なにをするでもなく立っているだけの俺。

 この混沌とした状況にどう終止符を打てばいいかわからない。

 

「さて。今からどこかで食事でもしようかと思うのですが、セシリーお姉ちゃんもどうです? そこで甘々なトークでも聞かせ上げましょうか」

「うご……うぐぐぐ……」

 

 死体に更に鞭を打つ真似をしているめぐみん。

 獲物が弱っていると思うや追い打ちをかける狩人だった。容赦なしだ。

 

 邪悪な笑みを浮かべるいじめっ子めぐみんにそろそろ止めるよう言おうとしたとき、めぐみんとは反対方向から声がする。

 

「喧嘩ですかね。喧嘩はよくありませんよ」

「うぐぐぐ……あ、ゼスタ様」

 

 ビックリした。

 いつの間にか俺の隣にゼスタさんがいた。気配もなにもなしに現れたので、普通にビビる。

 

 急に現れたアークプリーストの彼は、外見はごく普通だ。白髪が混じった少しダンディーなおじさんといった感じすらある。

 能力的には人類最高峰。つまり紅魔族級とすら噂されている彼のことを、俺は警戒していた。伝聞だけで人を決めつけるのは恥ずべき行為だが、それにしたって聞く評判がへんてこなものばかりだ。

 火のないところに煙は立たないともいうし、体勢が引き気味になるのは仕方ない。めぐみんと一緒に彼から少し距離を取る。

 

「この男爵とめぐみんさんが酷いんですよ! 私をのけ者にするんです! 代えて! 今すぐ私と男爵の立ち位置を代えて!」

「あまり無茶を言うものでもありません。他人になりたいなどというのは自分をないがしろにした行為です」

「うわ、ゼスタ様! 何聖職者みたいなことを言っているんですか!」

「ははは、おかしなことを言いますね。私はれっきとした聖職者ですから」

 

 ニコニコと顔を張り付けてそう言う彼はアークプリーストの模範となる存在のようだった。

 隣にいるめぐみんはあからさまに警戒しているが。

 

「……注意してください。なにかを企んでいますよ。悪人がよく使う手口です」

 

 おいめぐみん。悪人ではないと言ってたよね?

 

「根っからの悪人ではないですが、少々悪いことをするには頓着しない人ですから」

 

 こちらの心を読んだのか、付け加えてくる。

 両手を広げて俺達とセシリーさん両方に差した後、パチンとその手を合わせた。

 

「どちらも仲良くしなさい。そのためには会話が大事ですよ。会話することによって人は誰しも仲良くなれる……とはまあアクア様はまったく言ってらっしゃらないですが」

 

 言ってないのかよ。

 俺も喧嘩したいわけではないので、どうせならその案に乗りたい。

 

「俺は仲良くしたいですよ。セシリーさん」

「私は嫌ですー。ロリコン男はこっち来んな。ばっちい! ロリコンバリアー!」

 

 セシリーさんは両手をバッテンの形にしてこちらを拒否する。

 小学生の時にやってたことだ。子供かよこの人。

 

「ふふふふ、仕方ありませんね。両者とも会話する気ないとは……困ったものです」

「いや、俺は会話する気あると……」

「ははは、もう困ったものです」

 

 やべえ、この人話聞いてない。

 まともじゃないわ。アクシズ教の最高責任者がまともなわけがなかった。

 

「それならば、あれを使うしかありませんね」

 

 にちゃあという笑顔と共に言うあれに――俺は悪寒が体中を走る。

 あの長身の男に当たった時と同等、もしくはそれ以上の嫌な予感だった。大きな舌に体をベロリと舐め回されたような背筋が凍る勘だ。

 

 その勘を証明するようにセシリーさんが恐れおののいている。

 

「も、もしやゼスタ様! あの部屋ですか!?」

「ええ。その部屋です。というか私の部屋です。全員でアクシズ教会の私の部屋に行って語り合いましょう。良い考え。うむうむ。これは良案ではありませんか。時間をたっぷり使えば、皆仲良くなれます! それはもう! めぐみんさんも素晴らしいロリっ子ですし、ユウスケ……さんでしたっけ? あなたもなかなかのハンサム細マッチョ。……良い筋肉しているじゃないですか」

 

 ね、ら、わ、れ、て、い、る。

 

 獣のような目つきで舐め回すように見られる俺は鳥肌が立ちまくった。

 

 早くめぐみんを連れて逃げないとと思うと、めぐみん側でない手が誰かに掴まれる。

 

「せ、シリーさん?」

「ほら、早く行くわよ。めぐみんさんも行きましょう」

 

 細い手でグイッと引かれる。

 何事かという目で見ると、アイコンタクトで合わせなさいという意思を送ってきた。

 

「ゼスタ様。何を言っているのですか? 私達仲良しですよ。これから一緒にどこか食事に行くつもりです。ですので、あの部屋は勘弁です。本当に勘弁です。ユウスケさんも、私と仲良く食事するんですよね?」

「ああ、まあ」

「めぐみんさんも行きましょう。お姉ちゃんが奢ってあげるんだから」

「奢りと言われたら紅魔族はどこにでも行きます」

 

 グイッと引かれた腕が彼女の大きな胸に当たる。

 くそう、胸に腕が当たっただけでちょっと興奮する。こいつ外見だけはマジで美人なんだもの。

 

 それを反対側で歩くめぐみんに咎められる。

 

「……鼻の下伸ばしてますね」

「嫉妬するめぐみんさん可愛い。ユウスケさんは可愛くない。この腕鍛えすぎよ。硬いわ。子供っぽいプニプニさが足りてない」

「俺がそんなプニプニしようと思ったら脂肪蓄えないといけないぞ」

「デブになっちゃえ。デブになってめぐみんさんから嫌われちゃえ。今日は私があーんして食べさせてあげるから存分に食べていいわよ」

「嫌。遠慮する」

「こんな美人なお姉さんからのあーん攻撃を拒否するなんて男なの! やっぱ可愛くない!」

 

 子供っぽく頬を膨らませるセシリーさん。

 子供が好き好き言ってるけど、誰よりも子供の性格をしているのは彼女の方かもしれない。めぐみんも彼らアクシズ教徒を悪人と断言できないのはそれが理由だろうか。

 

「仲良くしているなら私の部屋は必要ありませんね。……ちっ」

 

 セシリーさんおススメの店に連れていってくれると腕を引かれて案内される中。

 背後の舌打ちがやけに耳に残っていた。

 まあ完全な悪人でなくても、決して善人でもないよね。うん。

 

 

 

 

 

 

 

 流石は地元の人。

 セシリーさんにおススメされた店はなかなかの美味だった。

 何故かめぐみんに宿屋から教会に宿泊を代えることを熱烈に押してくるセシリーさんを振り切って、俺達はいつもの宿屋に戻ってきた。

 

 戻ってきた俺は、宿屋のロビーのところで主人に呼び止められる。

 

「ユウスケさん。今日で週が代わったので、改めてサインよろしいですか」

「そういえば、そうでしたね。わかりました。あ、めぐみんは先に部屋に戻っておいていいから」

「お腹空かしているだろうあの子にお土産渡してきますね」

 

 美味しいお店だったので、ゆんゆんの好きなものを何品かテイクアウトしておいた。もう夜だしな。めぐみんが先に行くのを見送って、俺はロビーの椅子に座る。

 

 この宿では長期で宿泊するとしても、週を代わる度に金の精算と新しくサインをしなければならない。当然といえば当然の制度である。長期居座られてお金が払えないといわれたらたまったものじゃないしな。

 俺はポケットの中から前に言われていた分のお金を机の上に置く。この宿をこんな値段で宿泊できるのは、やっぱちょっと悪いよね。

 

「お預かりします。では、こちらにサインを」

「えっと、これでいいですね」

「はい。今週もよろしくお願いしますね。まあ、外はあの男のことでゴタゴタしていますが」

「ほんと、早く解決すればいいですよね」

 

 俺は苦笑しながらサインの書いた紙を彼の方に押す。

 温泉毒混入事件はいつになったら解決するのか。帰る時も街の至る所にこの男を見たらアクシズ教まで連絡をという貼り紙があったし。それも超特徴を捉えていた見事な貼り紙。

 

 なにか妙な物足らなさを感じながらも、俺も部屋に戻ろうかとすれば、めぐみんが何故か戻ってこちらの様子を伺っていた。

 

「ユウスケユウスケ」

「どうした?」

「二時間後ぐらいに部屋尋ねますからね」

 

 あの二人の強烈さで記憶の片隅に押し込まれていたが、警察署で約束してたな。

 

「おう。来てくれ」

 

 頷いて改めてお願いする。

 俺はめぐみんに、彼女の親友のことについて話さなければならないのだ。

 なにやら俺に好意を持っていると――そう勘違いしているゆんゆんのことを。

 

 

 

 

 

 

 



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三十九話

 

 

 二時間後と言ったのに暇なのでとあれから三十分後にはめぐみんは俺の部屋に来ていた。

 こっちで買った本を持ってきて読んでいる。

 

「――というわけなんだ」

 

 本を読みながらベッドで隣に座るめぐみんにゆんゆんと起こった出来事をかいつまんで話した。

 

 もちろんどちらも裸だったとか、背後から抱き着いてきたとかはなしである。あれは二人だけの秘密だ。彼女の友人であり、俺ともややこしい関係のめぐみんにどんな顔をして言えるのか。

 

 相槌を適度に打ちながら聞き終わっためぐみんは、パタンと本を閉じてこちらに視線をやった。

 

「へー、あの子も随分と攻めましたね。昔からある一定を越えると急に大胆になるんですよ。近所の人間からは普段はおとなしくてそんなことする子じゃないと思っていたのに……というやつですね」

 

 ゆんゆんを幼い頃から知っている彼女はまるで犯罪者みたいな表現する。

 特別騒ぎ立てることもない。絶対こんなことが起こったと聞いたら驚愕するだろうにと思っていたのに、めぐみんの反応は冷めたものだった。

 あまり好意的とも言えない目で、彼女はジロリと睨む。

 

「そのことを、私に伝えて何が言いたいのですか。仲を取り持てなどという馬鹿げた提案はあなたの口からはでないでしょうし、聞かせて私になにをやらせたいのです。もしやモテ自慢ですかこの野郎。……よりにもよって、この私に」

 

 不機嫌なオーラを隠そうともしない。

 まあ、こんなこと相談されても困るだけだろう。怒らせるのは百も承知だ。しかし、これを相談できるのはゆんゆんを一番知っている彼女にしかできなかった。

 

「ゆんゆんの勘違いを解きたいと思ってな」

「勘違い? なんの勘違いですか」

「……自分でこういうのは恥ずかしいんだが、ゆんゆんが俺に好意っぽいものを持っていることについてだよ」

 

 いや、本当に恥ずかしいな。

 ナルシストのモテアピールのように聞こえてしまう。

 でもどうやらゆんゆん自身俺に対してそういう風な感情があるのではと勘違いしかけているみたいだ。

 

「む、ユウスケ曰く違うと?」

「ああ。聞いただろう? ゆんゆんはデストロイヤーの一件でトラウマを背負った。吊り橋効果……は俺の地元でよく使われる例みたいなものだが、人は恐怖なんかを他の感情、例えば恋愛感情かと思うことがある。つまりな、ゆんゆんは緊張や恐れを恋のドキドキだと錯覚している。……その誤解を解きたいと思ったんだ。めぐみんはゆんゆんのことについて詳しいからな。ゆんゆんが勘違いしてるというのを傷つけずどう伝えたらいいものかご教授して欲しい。やっぱ恋愛感情とかだけにどう表せばいいか思いつかなくて」

「ふーん、そういうことですか。ほうほう。それでユウスケ?」

「なんだ?」

「恋のドキドキとか自分で言ってて恥ずかしくありません?」

「やめろ。そこを突くな」

 

 俺も口に出してからこんな背が高い男が発するのはどうかと思ったよ。キャラに合わないのは充分わかる。

 

 ゆんゆんが錯覚しているなと考えたのは、ゆんゆんに言われてすぐだった。俺のことを完全に恋愛として好きとか愛しているとまではまだ思っていないだろうけど、ひょっとしたら自分は俺を好きかもしれない程度には勘違いしている。

 いや俺も惚れられているなら嬉しい。誤解だとしても、飛び跳ねるぐらいの嬉しい出来事だ。

 

 うん、ゆんゆんみたいな美少女に好かれているというのは喜びしかない。できればその誤解を解きたくないと考えてしまうのも本音だ。

 

 それでも、その誤解によって関係が拗れるのも望んでいない。真実として好きならともかく、彼女は俺から見れば誤解でしかなく、そのことによってギクシャクするのも嫌である。

 だから解ける誤解はさっさと解いておこうと思った。

 

 そんな理由で頼りにしためぐみんはというと、芳しい感じではなかった。

 

「……相談相手として私が言えるのはキツイ一言ですよ。それでもよければ、一つの回答を提示してもいいですが」

「めぐみんがゆんゆんのことを最も知っているからな。少々きつくても耐える。どんと来い」

 

 彼女は手に持っていた本を隣に置き、俺の瞳を直視する。

 赤の瞳が、こちらを刺すように見ている。

 

「では、遠慮なく。――なにを勘違いしているのですかこの勘違い男」

 

 目だけではなかった。

 言葉でも刺してくる。

 

「ちょっとばかりゆんゆんと……まあ私にモテてて勘違いしちゃったようですね。モテ男気取りですか。モテちゃって困っちゃうですか。あいつの恋は勘違いなど、よくも言えましたね。はー、これだからモテてこなかった人間は嫌になります。女性から好意を持たれているからと、有頂天、神様気取りしますよ。その無神経さには満点をあげましょう」

「うう……!」

 

 思った数倍のキツさだった。

 危うく倒れ込みそうなほどの威力のある毒舌である。言葉が剣となって体中が刺されたような痛みがある。こっちは勘違いでは確実にない。

 

 そこまで言う。そこまで言うの!?

 

 めぐみんはこいつ全然わかってないなとでも言いたげに大きく息を吐いた。

 

「……まあ実際多少は勘違いはあると思いますよ。あの子はそういう子ですから。そこら辺は……流石にユウスケはよく見てますね」

 

 俺の目を覗きこむようにして見つめながら、俺を否定する言葉を紡ぐ。

 

「だからといって、あの子の気持ちのすべてを勘違いですましてしまうのも間違いです。……例えばですよ」

 

 優しい瞳、とは違うか。

 なにかを思い出すように目は意思を変え、自分の胸に手を当てて彼女は言う。

 

「見ててもやもやする。危なっかしい人ですね。この人、とんでもなく意固地な人。頑固。実は馬鹿なんじゃないか。他の人に優しくする。ムカムカする。別に私がいなくても生きていけるんだろうけど、いてあげてもいい、か」

 

 ただ羅列していくのは、感情を持て余しているようだった。

 溢れ出る湖のように言葉が次々と彼女の口から漏れる。それはゆんゆんの代弁というより、また違うもののように感じる。

 

「一部分だけはないんですよ。メチャクチャです。少しが重なって一杯になるんです。僅かな感情が重なって、思うんですよ。ああ、そうか。私は」

 

 区切った彼女はまた俺の瞳を見つめる。それは彼女と視線を合わせるということ。俺もまた彼女の瞳が見るということだ。

 いつもの悪戯っ気はなく、ただただ真っ直ぐに。それこそこちらが恥ずかしくなって顔を背けたくなるほど、真っ直ぐな瞳だった。

 

 めぐみんは唐突にまるで逃がさないとでもいうかのように俺の頬に手を添えた。

 温かい手が頬に触れられるのは、なんだかホッとするような感覚だった。

 

「あなたがほしい」

 

 まるで告白のよう。

 可愛いとも美しいとも思う。

 とても柔らかい表情をしていた彼女は、一言を告げた後、頬から手を離して無表情に近いものに戻る。

 

「――なんて、思うんですから、すべてが誤解ということで斬って捨てるのは女心がわかっていないと言わざるをえませんね」

 

 めぐみんは俺の頬から手を離して、うんうんと自分の言葉に頷いている。

 

「どうです。わかりましたかこの勘違い男」

 

 いや、わかったかとわかってないかより、また勘違いを俺はしているようだ。

 

「……ちょっと、本当に告白されたかと思った」

 

 本気で。

 今告白されたのかと思った。それぐらい真に迫っていた。

 

「お、おや、何を言うのです。告白するならあなたからでしょう。私ですよ? 私の方から告白するはずありません。そういう決まりですしね」

「わかってるけど、演技派だな。マジで思ったわ。焦った。どう返すか迷ったもの」

 

 体が熱くなってしまっている。

 真に迫りすぎた。女優になれるんじゃないか。めぐみんの外見ならアイドルか。

 

「……もしこれが告白なら、ユウスケがどう返していたかは興味はありますが、話を脱線させずいきましょうか」

 

 決めつけていたのかもしれないな、と彼女の話を聞いていて俺も思いなおす。

 

 ゆんゆんが俺の事を恋愛的な意味で好きになるのは考えにくいから、そうじゃないかと断定してしまっていた。それと、俺の気が大きくなっていたというのもあるだろう。

 やっぱ可愛い子から好きみたいな扱いされると舞い上がってしまうものだ。

 

「だからですね。恋心なのかはそうでないかはゆんゆんが決めることです。ユウスケができることといったら、まあ、あの子のことはもう少し見守ってあげるぐらいですよ。私の方でも今度話を聞いてみますし。……あの子も私もやっぱりまだ子供ですけど、なにもかもわからないほど子供ではないんですから。少なくともユウスケよりかは大人です」

「俺はめぐみんよりかはかなり大人だと思ってるけど」

「子供ですよ。……妙なところで頑固でわからず屋で私達のことを大事に思っているだけの。ほんと、大人なのは下半身だけですね」

「下ネタかよ」

 

 突然ぶっこんできためぐみんは、俺の肩に頭を乗せる。

 そして、彼女にしては珍しくゆんゆんのためにお願いしてくる。

 

「ただ幼馴染としては、ユウスケはあの子のことを泣かさないでもらえるとありがたいです」

「……めぐみんが何度かその幼馴染を泣かしているところを見たことあるけど」

「私はいいのです。幼馴染ですから」

 

 便利だな幼馴染。

 

 なんといっても一番ゆんゆんのことを泣かしているのはめぐみんである。

 ぶっちぎりのゆんゆん泣かし世界王者だ。二位や三位とは桁が違う。ゆんゆんがうわあああんと泣きながら逃げていくのも、涙目になって震える姿もめぐみんの手によって何度か見てる。

 

 最近だとこの宿屋にあった卓球みたいなもので泣かされていたっけ。

 こいつ勝負に対して本気すぎるんだよ。まあ反射神経には自信がある俺も、負けたのだが。卓球と同じだと思っていたら、ルールはちょこちょこ違うんだよな。そこの差異を突かれてボロ負けして泣きそうになった。

 けど、彼女が言う泣かすというのはそういうのではないのだろう。お遊びではなく本気でゆんゆんを泣かす……いや、めぐみんもたまにゆんゆんをガチ泣きさせているような。

 

 まあそこら辺はあまり考えないようにしよう。うん。

 

 ……でもめぐみんはいいのだろうか。

 こんなこと聞くのはまたうぬぼれに当たるかもしれないが、聞かざるを得なかった。

 

「……めぐみんは、それで大丈夫なのか」

「それでと言われても、なにがそれなのかわかりませんよ。夫婦じゃないんです。それあれでは通用しませんよ」

 

 夫婦というと、テントでの会話を思い出すな。

 

「まあ、話はこれぐらいですか。有意義とは言い難いですが、興味深い話でしたね。まだなにかあります?」

「いや、これだけ」

 

 これだけというには大きな話だと俺は思っているのだが。

 なんせゆんゆんのことである。めぐみんが言うように俺もひとまずは静観しておくのがいいのだろうか。あっちの判断を待つのが俺のできる最善なのだろうか。

 

「では私も部屋に戻らせてもらいます」

 

 めぐみんは本を片手に持って俺の借りている部屋から出ようとする。

 その時、本のタイトルがちらっと見えた。

 

「あー、そういえば言うのを忘れてました」

 

 彼女は止まることなく出ていくが、俺の部屋の扉を閉める前に一言だけ残していく。

 

「当然ですが……私は、幼馴染に負けるつもりはありませんから」

 

 お休みなさい、ユウスケ。

 

 その柔らかい声と共にパタン、と扉が占められる。

 残されたのは俺だけだ。

 そしてふと頭の中に残っていることがある。

 

 彼女の持っていた本は料理の本だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 警察に呼び出された三日後。

 またまた呼び出された俺。今度は面子が勢ぞろいであった。

 

 めぐみんとようやくいくらかはまともに話すようになってくれたゆんゆん。アクシズ教徒であるゼスタさんとセシリーさん。全員が警察署内部にいる。

 

 この警察署に来るのは何度目だろう。すっかりここの警察官とも顔馴染みになってしまった。一昨日は仕事終わりの警察官にばったり会って飯食いにいったりもしたし。

 

 呼び出された理由はわかっている。

 事件は少なからず収束を迎える。そう信じていた俺達の予想は簡単に裏切られたせいだ。

 

「お集まりいただいて礼を言わせてもらいます。この度、集まってもらった理由としては一つです」

 

 警察の人の口ぶりは重かった。

 事件がまだ続いていることを否応なくわからされるものである。

 

「また新たに毒に汚染された温泉が出ました」

 

 自分でも歯を噛みしめるのがわかる。

 昨日俺が泊まっている宿屋の温泉が汚染されていた。

 俺が入ろうと足をつけそうになった時、嫌な予感がして調べてもらったらやはりだった。調べて貰った時、知り合いの警察官が俺達が泊まっている場所以外の温泉施設にも同様に、汚染が再発していることを教えられた。

 犯人が捕まるかはともかく犯人らしき長身の男を探している今、まさか新たな被害が生まれるとは思ってもみなかった。だが、事実として事件はまだ終わってはいない。

 

 ゼスタさんが落ち着いた声で、詳細を尋ねる。

 

「ふーむ。ということは、また長身の男性が悪戯をしたというわけでしょうか。しかし、町中に貼り紙がされている今、私達の目を掻い潜ってとなると現実味がありませんね」

「多分共犯者がいたんじゃないの。これは大きな陰謀の臭いがしてきたわね! 私の予感でははじめにエがついて最後にスがつく三文字の宗教が怪しいと思うわ」

 

 もうそれ完全に言ってるよね。

 エリス教だと言ってしまっているよね。

 

 警察の人は困惑した表情であったことを喋る。

 

「共犯という線も考えにくいのです。ユウスケさんの宿屋は対策はしていなかったのですが、あの事件が起こったということで、被害に遭われた他の温泉の店主は、温泉に入る人間を見張っていたらしいのです。事件が表面化したせいで客足も大分減ってきていますし、温泉に毒を入れられた時間内では、どうも温泉に入った客に不審な人物はいなかったと証言しています。全員泊まった客や見知った人達だと」

「その彼らが共謀したという可能性はないのですか?」

「もちろん彼らにも事情聴取しましたが、それらしき痕跡はまったく見当たりませんでした。嘘発見器でも彼らは真実を言っていると出てます。これは……一体どういうことなんでしょう」

「うわっ。まるで推理小説の密室トリックみたい」

 

 ゆんゆんの呑気な感想が耳に入るが、俺も困惑だ。

 

 テレポート使いだとしても、温泉のところにテレポートの登録していたというのはおかしな話だしな。謎だ。

 魔法使いとしての知識を持つめぐみんは、そっちからの知識を取り出す。

 

「姿隠しの魔法の可能性はありますかね。あれを使えば、他人から見れなくなりますし」

「そんなのもあるのかよ魔法って。なんでもありだな」

 

 本当になんでもありすぎるわ。

 折角そういう魔法があるのに使えないめぐみんはというと、ドヤ顔をかましていた。

 

「ふふふ、羨ましがってもいいのですよ。来年の全職業なりたいランキング一位は貰いましたね」

「剣士だって負けてないからな。来年こそは必ず……」

「来年もプリーストに決まっているわよ! わかる? プリーストこそ選ばれし職業! 癒し系女子がトレンドね!」

 

 魔法使いや僧侶は剣士より才能が露骨に出るせいか、どうも毎年のなりたい職業で勝てていない。後は泥臭いとかいう理由で人気が今一だ。

 

 前衛で戦う剣士職業って大事なんだからな!

 それにしても、つくづく魔法使いって優遇されすぎじゃないかと思う。

 

「だめよめぐみん。あの魔法は外からは見えなくなるけど、ある程度近づいた距離では見えちゃうし。流石にバレるんじゃないかな」

「そうですよね」

 

 めぐみん自身も論の欠点には気づいていたのか、あっさりと引っ込める。

 

 そこからは各人が思い思い案を発表していく。

 だが、正しいと思えるような案はまったく出てこなかった。

 苛立ったセシリーさんが、ムッとした顔で怖いことを言う。

 

「アクシズ教徒に恨みを持っている連中を全員しめていけばいつか犯人にたどり着くんじゃない」

「紅魔族より物騒な考えしていますね……」

 

 あのめぐみんが彼女の案には呆れ顔である。

 当たり引くまで回すガチャポンではないんだぞ。

 

 場の空気が停滞している中、ゆんゆんがボソッと呟いた一言に、俺は耳を取られた。

 

「でもアクシズ教徒にこんな凄い喧嘩を売る人ってどういう人なんだろう。仕返しが怖くないのかな」

 

 そうだ。確かにそうだ。

 普通の人間なら、アクシズ教徒にここまで喧嘩を売るなんて考えられない。

 

 それならば。

 

「犯人は……人とは限らない?」

「急に何をいっちゃってるのよ、ユウスケさん。ボケたの? 急に白昼夢? リスが毒を盛ったとでもいうの。既に長身の男というのがはっきりしているのに、寝ぼけたこと言わないの」

「いえ。ユウスケさんの言いたいことはわかります」

 

 ゼスタさんは頷きながら、俺の言葉をわかってくれたようだ。

 

「魔王軍かもしれないということでしょう。確かに人間とよく似た魔族や人間に化けれるモンスターなどいますからね」

「なるほど。ここまでアクシズ教に喧嘩を売るなど凄い連中だなと心の中でちょっと感心していましたが、恨みがあったとしてもこんなにアクシズ教に喧嘩を売るのは割に合いませんね。やったのは、魔王軍だというなら合点はいきます」

「めぐみんさんの認識おかしくない! そんなに怖いところじゃないからね! アクシズ教はほのぼのとしたアットホームな人達です!」

 

 納得するめぐみんに突っ込むセシリーさんだが、アクシズ教徒をよく知っている警察の人達は深々と頷いていた。

 

 こうなると大分話は変わってくる。ギルドでテレポート登録者を探しているが、空振りに終わるかもしれない。わざわざ魔族がテレポート登録するわけないしな。

 それにモンスターが相手ならば変身ということも考えられる。擬態するモンスターや姿を変えられるモンスターなどもいるのだ。泊まっている客に一時的に姿を変えたりなどして誤魔化す方法がある。

 

「高位魔族……の変身というのは考えられないと思われます。一度長身の男らしき人物を私も見たことがありますが、他の人ならともかく私が高位魔族を見過ごすというのはまずないでしょう」

 

 ゼスタさんがさらりと凄いことを言う。

 なんだかんだいっても、アークプリーストとしての力は本物のようだ。

 

「それならモンスターの変身なのかな? 確か何種類かいたよね。えーっと確か。ドッペルゲンガーとか」

「ドッペルゲンガーなら私も噂を聞いたことがありますね」

 

 ゆんゆんのあげたモンスター名にゼスタさんが食いつく。

 ドッペルゲンガーなら俺もこの世界のことを色々調べたときに小耳に挟んだことはある。

 

「あの噂なら俺も聞いたことがありますよ。エルロード国のことですよね。……なんでも今は優秀な宰相が国を立て直しましたが、長い間ポンコツな王族ばかりで実はドッペルゲンガーに成り代わられていたのではとかいうものでしたっけ。眉唾ものですけど」

 

 そんな噂がこのベルセルク王国の近くにあるエルロード国にはある。魔王軍と密接した国であるベルセルク王国はあの国の支援がないと危ないと言われるぐらいだ。

 立役者の宰相は、この世界の影の英雄といっても過言ではない。

 

「他にはなにがいるでしょうね」

「他か……」

 

 皆も考え込んでいる。

 俺もなにかしかないかと考え込んでいるが、妙に引っかかるものがある。

 

 思いつきそうで、思いつかなければいいとなにかが蓋をしているような感覚だ。

 

 なんだそれ?

 思いついた方がいいに決まっているだろう。

 

 俺は意味の分からない勘を振り払い、要点を纏めていくことにした。

 長身の男が怪しいというのが最大のものだろうか。

 その長身の男は筋肉質だが、体が柔らかい。普通なら無理だろう隙間をまるで柔らかい生き物かのように通り抜けた。そして、そいつは人間でないこともありえる。

 そうそう。忘れてはならないのは、そいつが毒を使っていることだろうか。温泉一つ汚染する毒というと、かなりの量で強い効果だ。そんなものを大量に持ち込んでいる。

 

 頭をかく。なにかか繋がりそうである。

 俺はこちらの世界に来たばかりだ。めぐみんやゆんゆんとは知識の差があるのは当たり前。そんな俺でも本を読み漁り、資料を買い漁り、身に着けた知識がある。

 

 転生者である俺だけがわかっていることもある。

 

 その知識を総動員して、なにかを繋げていく。

 

「あっ」

 

 ふと――転生者のことを頭に過らせたことで、俺は一つの繋がりを持つ。

 持てば一瞬だった。何度もやったパズルみたいに、次々とピースがはめ込まれていく。繋がる繋がる。今までまったく要領の得なかった事柄が、一気に確信を持った予想が立てられていった。

 

 それはどこか快感にも似ている。

 わからなかったことをわかることは、ある種の喜びが付きまとう。

 

 しかし、そのパズルが完成したとき、俺は笑っていなかった。

 

「……ユウスケ。どうしたんですか」

「……ユウスケさん。大丈夫ですか」

 

 めぐみんとゆんゆんが二人とも同時に俺の異変に気付いたようだ。

 気づきたくなかった理由はそういうことか。そういうことだったのか。

 

 くそ! そういうことだったのかよ!

 

「もしかして、怒っていますか」

「悲しんでいるんでしょうか」 

 

 どちらも正解だ。

 怒って、俺は悲しんでいた。

 まったくこいつらは俺の事がよくわかるものだな。

 

「は……ふっ……」

 

 息をすることさえ躊躇われる。

 解決方法が幾つも頭の中に浮かばせる。早く早く、最良の道を。もう一分たりとも我慢できない。

 いくつも頭の中に案が浮かんで、俺は最も良いと思われた解決策をある欠点から外して、二番目に良い作戦を思いついた。

 

「……大丈夫、ではないけど、そんなに心配することはない」

 

 俺は不安そうに見守っている二人に、声をかける。

 怒りや悲しみが表に出ないようだ。

 

「どうやらわかったようですね」

「え、ええ!? ユウスケさん。敵のことについてわかったのですか! 凄い! 私なんてさっぱりなのに」

 

 ……こればっかりは俺がめぐみんやゆんゆんよりも偶然知識があった部分ということだ。

 

 全員が俺を見ている。視線を集めているのは、いつぞやのデストロイヤーの作戦会議のことを想起させる。あの時は、頼りになるダクネスがいた。

 しかし、今はあの貴族の冒険者はいない。

 

「ほう。良い案を思いついたのですか。私達にも教えてほしいですね」

「ずばりと当てたら私も断腸の思いでめぐみんさんとゆんゆんさんと一緒にお布団で寝るぐらいのサービスはしてもいいわよ」

「いや、私が嫌です」

 

 ここが勝負だ。

 かつてのダクネスみたいに俺は上手くできるだろうか。彼女のように責任を負って作戦をできるだろうか。いや、無理だな。

 

 俺は彼女のようにはできない。あの彼女みたいに誰も彼もの責任を背負えない。格好良く、すべての責任を背負えるような背中をしていなかった。

 体の大きな俺の背中が持てるのは、せいぜい俺の命一人分だ。

 

 だから、俺が責任を負えるところだけ、戦おう。

 

「皆さん。少しばかり話を聞いてもらってもいいですか。今から作戦を提案させてもらいます。これ以上、なんの被害も出すわけにはいきません」

 

 地獄のようなマグマの上に薄氷が引かれている。それに立っているような気分だ。今すぐに激情にかられたいという思いを俺は必死に押し殺す。じわじわと消えていく氷。それでも、俺が冷静にならないといけない。

 しかし、そんなの、難しい。

 時間はもうない。猶予があったのは少し前まで。事態は最悪を越している。

 

 一分一秒惜しい。

 本来なら今すぐにでも作戦を実行したいぐらいだ。

 我慢が、ならない。

 

 血が出るほど手を強く握りしめる。

 さあ――今すぐにでもその傲慢で薄っぺらい敵の化けの皮を剥がしてしまおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ネタバレ
敵の名はハから始まる


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四十話

 

 

 昼の二時。もう約束するだろう時間か。

 

 俺は服装を整える。

 着なれた服だ。いつもの服……に見えて、こっそりとポーションや聖水を仕込んでおく。もしものための用意はしておいて損はない。

 マントの中には時間停止の神器は入れてある。今日止められる時間は……十分か。短いと思うべきなのか、長いと思うべきなのか。あくまでこれは保険だからな。できれば使わなくてすむのが一番良い。

 

 身なりをきちんと整えてからは準備運動である。手だけでなく、特に足をしっかりと動かしていつでも動けるようにしておく。

 

「ぐいーと」

 

 ストレッチでアキレス腱を伸ばして、足首を回す。

 

「違和感は……ないな」

 

 湯治の効果は抜群で、怪我を治した後も感じていた違和感はなくなった。仕上がりは上々だ。地味にこっちに来てからもモンスターを退治してレベルアップしていたので、デストロイヤーの時よりも早く走れる自信がある。

 あの時はかなりギリギリになってしまったが、今だと同じ条件ならもっと余裕ができるだろう。

 

「んー」

 

 流石に剣を持って行くことはできない。といっても既に剣はこの部屋には置いていなく、めぐみんとゆんゆんに頼んで指定地に持って行ってもらっている。でもそれにしたって腰元に剣を差さないってのは怖いな。特に今の状況だと。

 まあ俺の推理が正しければ、俺がいくら剣を振り回そうが、ろくに影響はないのだが。気分の問題だ。

 

 俺は長いこと過ごした宿屋の部屋から出て、目的の人物を探すことにする。

 

「……長居しすぎた」

 

 足取りは軽くも重くもなく、まるで日常生活送っているのと同じように足を動かす。――いざとなれば秘密兵器があるとはいえ、できるだけ平常心でいないと。

 お目当ての人物は、ありがたいことに探すことなくあっさり見つけることができた。

 

 目を合わせた瞬間、口を開きそうになるも、それでは相手を探していたのが丸わかりなので唾を飲み込んで一呼吸を置いた。

 

「あ、こんにちは」

「はい。こんにちは」

 

 不自然な明るさにならないようにしながら会釈する。

 

「今時の時間だとやっぱ忙しいんですか」

「そんなこともありませんよ。この時間帯は丁度休憩時なんですよ。これから一時間ぐらいは暇しています」

 

 うん、知っている。

 でも今初めて知ったみたいな表情を顔に張り付ける。

 

「へー、そうなんですか。二時ごろは暇しているんですね。……なら、ようやく休みに入ったところ申し訳ないんですが、俺に時間くれませんか?」

「時間はありますけど、どうしたんですか。何か御用でも」

 

 白々しくならないように気を付けながらも、俺は本当に申し訳なさそうに頬をかいた。

 

「いやこの前。三日ぐらい前に約束していた話ですよ。ほら、覚えていません? この街を一緒に会話しながら散歩しようという話。この前話していたときに、観光客にこの街の話を聞いて参考にしたいから考えておいてくれっていうの。やっぱ観光客相手にするためには観光客の話を参考にするっていうのは、良い案だと思いますよ。俺も明日ぐらいでアルカンレティアの街を離れようと思っていますし、今日しか空いてないんです」

「うーん、まあ……約束は約束ですしね。いいでしょう。三十分ほど、ユウスケさんの話を聞きながらこの街をぶらぶらしましょうか。では、外で少々待っていてください。今、外に出ると言ってくるので」

 

 目の前の人物は一瞬悩むけれども、約束したことには逆らえなかったのか、あっさりと了承した。

 俺の話が本当なら、相手から持ち掛けたことになっているので当然だろう。

 

「わかりました。玄関前で待ってますね」

 

 パタパタとスリッパの音を鳴らしながら中に入っていく。

 ということで、俺は一人で待つことになる。

 

「ふぅ……」

 

 息を吐いたのは、肩に無駄に力が入っていることがわかるからだ。

 

「リラックスリラックス」

 

 言葉にすることで効果の倍増を狙うもあえなく無駄になる。

 

「……はぁ、こんなの初めてだからな。どうしていいかわからん」

 

 めぐみんは良いな。怒った時あんなにもストレートに出せて。ゆんゆんも感情に素直だ。俺だけが、こうもへそ曲がりだからどうしていいかわからなくなってる。……羨ましい。

 

 首を後ろに傾けると、空は曇天に覆われていて、その雲を見てふと思う。

 吸ったことも、これから吸うつもりもなかったが、俺は煙草が吸いたいと思った。

 その紫煙をたゆたわせれば、この感情も紛れるだろうか。わからねえな。

 

「ほんと、長居しすぎたよ」

 

 俺は待っている。まるで恋人を待つ人のように、内心そわそわしながらも相手にばれないようにいつも通りの表情をしながら。

 

 

 

 

 

 

 二人で街を散歩している。

 散歩といっても、俺は目的地があるから移動といっていいのかもしれない。無言なのもおかしいし、俺達は当たり障りのない会話をしていた。

 

「旅行者のユウスケさんにとって、街はどんなものでした?」

「……んー、大変な街でしたね」

 

 口から出てきたのはこんな言葉である。

 

「食べ物は美味しいし、景観も結構好きですよ。水の街というコンセプトはそこら辺ふらっと歩いていても神秘的で見栄えしますよね。けど、やっぱ大変な街ですよ」

「そうでしょうそうでしょう」

 

 強く頷かれる。

 何度も何度もだ。頷きすぎである。

 

 俺の歩きに連れられて、街の中央通りに出る。中央通りにはいつもと変わらない喧騒が飛び交っている。耳を澄まさなくても、店員達の声が否応なしに入ってくる。

 

「この街に来たのならこれ買わないと損だよー。損したくないでしょ。ならこれ買わなきゃ!」

「そんなもの買う方が損ですね。他の街にはないこのお土産を買う方が喜ばれますよっ!」

「はー? そんなものただのお菓子にアルカンレティアの印をつけただけだろ。そこら辺のお菓子を買った方がまだ美味しい分特だ」

「なんですとてめえ」

「やるか!」

「やってやりましょうじゃないか!」

 

 アルカンレティアの街はいつも通りの活気に満ちた客引きである。

 旅行者は若干少なくなるとも、客引きには衰えがないどころか客が少ない分、更に熱烈になって過激さを増していた。怖い。

 

 俺はともかくもう一人は顔は覚えられているので、客引きに掴まれることなく街を歩くことができていた。

 

「……元気ですね」

「俺には猛獣の群れに見えます」

「危機的状況というのに、こうも変わらないものなんですね。もっと……危機的になれば変わりますかね」

 

 隣を歩いているものは、顎に手を当てながら彼らを見回していた。その視線にはどのような感情が込められているのか。

 

「いやー、そう変わらないと思いますけどね。むしろ解き放たれてより危険になるんじゃないですか」

「……怖いこと言いますね」

「実際ありえることだと思いますよ。というか、アクシズ教の恐ろしさについては俺よりも貴方の方が知っているんじゃないですか。なんせアクシズ教の一員ですし」

「まあそうですね。私は本当によく知っています」

 

 今度のは同意だと、簡単に読み取ることができた。このアルカンレティアでのアクシズ教徒の付き合いは俺とでは比べ物にならないほど長い。

 

「ユウスケさんの方は付き合ってどうです。うんざりしたでしょうか、旅行で来た人はやはりそういう人が多いんですよ。ユウスケさんみたいに二週間ほどの滞在期間は長いですね」

「うんざりといえばうんざりですね」

 

 まあ、カルピスの原液を一気飲みさせられるようなものである。

 何度も何度も原液一気飲みはマジで死に関わってくるぐらいだ。コップ一杯でも辛いのにな。

 

「でも、いなくなればなとは思いませんかね。ほら、なんだかんだいってあの人達って嫌いになれないじゃないですか」

 

 底抜けの明るさ。悪戯小僧の悪戯にしては度を越えて大人になって何をやっているんだと思うが、俺は彼らを嫌いになれない。

 

 めぐみんが言ってたことと同じだ。

 うんざりすることはあれど、彼らには悪意が薄い。いやどっちとかいうと、そこは逆に恐怖を感じるところなのかもしれないが、その自由さは、アクア様抜きでもちょっと憧れる。

 ちょっとだけな。

 

「ユウスケさんは特殊なお人なんですね。そんな考え方をしている人は珍しいですよ」

「かもしれません。……実際問題ただのはた迷惑な人ですからね」

 

 俺としては憧れる部分もあるにはあるが、そこは否定できなかった。マジで迷惑だからな。ただどんな人でも、アクシズ教は恐れてはいても本気で嫌っている人はいないような気もするのは、俺だけなのだろうか。

 中央通りを過ぎていき、客引きも人自体も減っていく。本来ならここも人は多いはずだが、今日だけは少ない日なのである。

 

 少ない人通りに、俺と相手は会話しながら真っすぐに歩いて行く。相手は器用にこちらに笑いかける。

 

「珍しい人であるユウスケさんに質問しましょうか」

「そういえば、参考にしたいという話でしたね。どういうこと聞きます?」

「はい、お願いしますよ。では簡単に、私の店はどうかということを聞いておきましょうか」

「んー、店ですか」

 

 この二週間のことが頭に浮かんでは流れていった。大変だった。うん、大変だった。

 

「……良いと思いますよ。料理は美味しい。掃除も丁寧。お目当てのあれも少し前までは大満足。でもこればっかりは仕方がないことですしね」

 

 他には、少し前までは大きな欠点が一つあったのだが……そっちはもうその心配はいらないだろう。

 

「言うことありませんよ。素晴らしいです」

「そんなことを言ってもらえるなら私としても嬉しいですよ」

 

 俺の最大限の称賛に、にっこりと恵比寿のような笑顔を作るのには、器用なものだともう一度思ってしまう。

 

 益々人は少なくなっていく。

 まだ時間も昼過ぎたところだというのに、この街自体の玄関付近は殆ど人が見えなくなってしまった。そういう日もあるだろう。

「…………」

 

 あー、ここから先どうやって話を繋ぐか。 

 色々考えていたのだが、勝手にしゃべるならまだしも場の空気ってのがあるからどうスムーズに会話を成り立たせるか難しい。

 しかし、そんな心配もいらなかったらしい。

 

 相手の方から話を振ってきてくれた。

 

「それでですね。ユウスケさんは」

 

 食器洗いの時などによく会話して聞いていた声が。

 少し太った感じがある落ち着いた声が。

 

 

「どこから気づいていたんだ?」

 

 

 張りのある三十代かそこらの声に変わる。

 その声は、俺が一度だけ聞いたことがある声だった。なのに、よく覚えているものだな。

 

 ……まあ、ここら辺が限度だろう。

 相手も馬鹿じゃない。街の外に出ようとしているのは、明らかにおかしいと違和感を持って当然だ。人もめっきり少なくなっているし。相手が馬鹿で気づいてくれないのが最良だったんだけどね。そこまで上手くはいかないだろう。相手には知性がある。

 俺は見慣れた相手を睨み付ける。

 

「最初から、とここで言えれば格好いいんだが。……実際は少し前からだよ。気づくのが遅すぎた。本当に遅かった。よくも……宿屋の店主の姿を奪えたものだ」

「アクシズ教の連中はどいつも血眼に俺を追いかけまわしていたからな。タイミングが良かった。俺もこの店主は狙ってたというのに、見つけた瞬間俺に襲い掛かってきて――ペロリよ」

 

 彼は俺が二週間ほど泊まっていた宿屋の主人の皮を被っていた。

 

 見慣れたように見せかけているだけで、何もかもが違っていた。中身に入っているのは化け物である。

 

 俺が泊まっていた宿の店主の姿を借りているだけのモンスターを、様々な感情が込められた目で睨み付ける。

 俺もお前の感情がわからないように、きっとこの感情は相手はわかるわけがない。

 

 

 

 

 

 アルカンレティアの出入り口近くで俺達は対峙する。

 冒険者とモンスター。戦い合う役目を受け持つ間柄である。

 

「口振りからして、お前さんが見つけたんだよな。どうやって気づけたのか俺も興味があるんだが。優秀な冒険者さんよ。ちっとばかし教えてくれないか」

 

 なのに相手には余裕があった。ここからでも逆転できる方法があるというのが見え透いている態度で、こちらを称賛してくる。

 これに付き合う義理などないのだが、そうといってもいられない理由がある。

 

「いくつか不自然なボロをだしてくれたからな。あれだけヒントを貰えれば知識のある人間ならわかるさ」

 

 今すぐ袋叩きができないのは、こいつが普通のモンスターと明確に違うからだ。

 

「ほーう。言うね。奪えたという言葉からして俺がどのモンスターまでも特定しているんだよな」

 

 敵にべらべらと喋るのも、相手にこちらのことを知ってもらうためだ。端的に言うなら感情移入してもらうためである。

 誰かも知らない相手では、俺が持っている秘密兵器は効果が薄い。ある程度対等な相手とみてもらうために、俺はこいつの解説をする。

 

「正体に関するヒントは二つかな」

 

 今まで聞いた話を総合させる。重要なのは警察の人から聞いた話と、温泉で起こっている被害である。

 

「逃げる時細い通路を通ったよな。人間ではとても通れない場所を軟体生物かのように通り抜けたというのだから、柔らかいモンスターってことは間違いない。例えばスライム、みたいな。そして、もう一つはこの温泉の事件だ。破壊されるでもなく、混入されていたのは毒だ。軟体で毒を使い人の皮を被って擬態が可能なモンスターというと、俺はデッドリーポイズンスライムしか思い当たらない」

 

 かつて冬に家で調べていたスライムである。

 その生態は脅威の一言だ。魔法の抵抗力が高く、触るだけで猛毒に侵されるという敵対したくないモンスターの中でも上位に入る危険度。まともにやれば剣士の俺が勝てる相手ではない。

 

「それでは半分だな。どうして俺が宿の店主の皮を被っていることがわかったという話が肝要だろう? この街でこの人数の中からピンポイントで当てるってのは難しい。俺はこう見えて結構器用でよ。ちゃんと宿屋は運営していたと思うぜ」

 

 実際問題運営状況についてはなにもおかしな点はなかった。短い日数とはいえ、それなりに大きな宿屋を初めての人が経営するってのは無茶な話で、それを成し遂げたこのモンスターは素直に凄い。確かあらかじめ宿屋の店主に色々聞いていたらしいが、それだけでできるかと言われれば俺には無理だ。

 経営については問題がなかった。

 

 でもそのことについてはあっさりわかったんだよな。

 

「これも手掛かりが二つあってな。一つは彼の立場。温泉危機管理対策チームのリーダーという立場なら色々動きやすい。実際被害があった宿は見回っていたと確認した」

「正解だ。拍手あげたいぐらい見事なもんだな。そこまできっちりと推理された俺としてもお手上げするしかない。なら、もう一つは何なんだ」

「もう一つの方は……」

 

 モンスターである相手に言いにくいことで俺は少し言いよどんでしまう。

 

「その……アクシズ教入信を勧めてこないってのはおかしいことだから……」

「……はぁ!? 自分の宿に泊まっている相手にか!?」

 

 心の底から驚いたのか、表情をろくに動かしもせず彼は叫ぶ。彼の驚きは自然なものである。普通なら自分の宿に泊まっている客に入信の紙を何度も書かせようとするなんてことはやらない。

 

「するんだよな……アクシズ教徒なら」

 

 やるやつなのだ。

 

 一番気づいた理由としてはいつぞや警察から帰ってきた後、宿泊の延長の手続きにアクシズ教徒入信を絡めてこなかったのが決め手である。

 こんなの俺も言いにくい。モンスターの方がまともにしていたって。

 

 この街の温泉に散々な被害をもたらしたスライムはというと、髪をかきむしる。

 

「うおおおおおおおおおおお! これだからこれだからアクシズ教徒は嫌なんだよ! モンスターでもやったらいけないことを至極普通にやるってなんだなんだよお前ら!」

 

 ぐちゃぐちゃっと心の膿を吐き出すようにして、絶叫する。

 

「わかるか! この潜入任務の大変さが!? 人間に擬態できるから魔王の幹部である俺がこのアクシズ教徒の財源を潰すという大役を魔王様から受け賜わったが、この街のやつらどいつもこいつもいかれてやがる!」

 

 どれほどの鬱憤なのだろう。

 腹に貯まった不満はあまりにも大きくて噴火したそれは火山のマグマのようだった。

 

「入信の紙は次から次に押し付けてポケットの中はパンパンになるし、客引きはグイグイと押して離そうとしないし、財源を潰す前に俺の心が潰れそうになったわ! きっと初めてだぞ! 心労で死にそうになるモンスターって!?」

 

 ……こいつもマジで苦労したんだろうな。

 

 絶叫があまりにも真に迫りすぎていた。擬態とかではなく本音なのは一目瞭然である。アクシズ教徒って半端ないわ。

 

 改めてアクシズ教の恐ろしさを感じていると、目の前のモンスターはまるで人間のように呼吸を荒くしていた。

 

「はぁ……はぁ……はぁ。そんな苦労をしてできたのが精々財源の半壊程度だが。もういい。これ以上ここにいると頭がおかしくなるしな。一先ずはこの程度の成果で満足しておく」

 

 温泉の秘湯の幾つかは毒で汚染されている。

 はっきりといってこの街の財政はこれからかなり厳しいものになるだろう。彼らの企みはかなり成功してしまっている。

 

「またお前達が忘れた頃に残りの温泉に同じようなことをしてもいいしな。なんせ俺はお前達と違って何十年も何百年も生きる。少しの間ぐらいわけないさ。……だが、結局お前はここに俺を連れ出して何がしたかったんだ」

 

 彼は周囲を確認もせず、事実を告げる。

 

「周りは誰もいないようだ。こんなところに俺を連れてきて、お前一人でなにがしたいんだ。まさか俺を倒せるというわけでもない。それにこんな街の中で――やるつもりかよ?」

 

 街の入り口付近とはいえ、俺達の周りには家もいくつもある。こんなところで戦えばどれだけ被害が出るかわからないし、そもそも俺ではこいつに勝てない。将棋でいうなら王手をされているようなもの。この盤面の上では決して勝てない。

 

「お前が優秀な冒険者ってのはわかるよ。こんなにきっちり当てられた記憶俺にはない。……できればそんなお前を始末をしておきたいがよ。正体がばれているとしたら――そうもいかねえ。さっさとこんなところからはおさらばさせてもらう。長々と話を聞いておいてなんだが、またなユウスケ。次会えるとしたらお前の皮もいただいて――」

 

「――はんだ。この名前に聞き覚えがないか」

 

 俺はエロダンジョンで避妊薬に刻まれていた名前を口にした。

 

 次の相手の声は叫びではなかったが、充分感情が込められていた。

 

「その名前を、なんでお前が」

 

 表情は借りものだからわからないとしても、そこに込められているのは怒りだとわかる。

 でも流石は魔王軍の幹部。知性ある生物。激昂して襲い掛かってくることはなく、落ち着きを取り戻す。

 

「……どこかでデッドリーポイズンスライムとその名前の関係性を聞きかじっていたとしても不思議ではないか。カマをかけたってわけだな。お前冒険者より商人とかの方が向いているんじゃねえか。駆け引き上手だわ。ま、あ。俺に何をしたいのかわからないが、お前では止められないさ」

 

 落ち着いてもらっては困る。わざわざ話に付き合っていたのも怒らせることが理由なんだから。

 俺という存在を少し理解したことで、俺の発言を無視できなくなってしまっている状況を作り出したかった。

 

 俺は憎たらしい口調にしながら、敵を挑発する。

 

「カマかけでもない。お前がいつも使っている長身の男性の皮。あれってはんだのものだろう。特徴がピッタリだ。避妊薬を作ったはんだに生み出されたのが、お前という存在ってわけだ」

「……何が言いたい?」

 

 怒っているのか? 怒っているんだろうな。

 

 トラウマってものがある。俺とゆんゆんがこの前までかかっていたトラウマというのは厄介なものだ。理性をなくす。当たり前のことができなくなる。そこを突かれればいつもの自分ではいられなくなる。

 

「いや、別に。何も。そんな大それたことを言いたいわけじゃない。ただ逃がしてやるみたいな口ぶりは気になると思ってな」

 

 知性のある生き物だからの欠点。

 デッドリーポイズンスライム。製作者を殺したスライム。わざわざ殺した製作者の皮を被り続けていて、きっと今もその中の皮に押し込められているだろう、執着。

 

 彼の作られた理由は特殊である。

 

「人間の俺にだよ。なあ――」

 

 ここにきて俺とモンスターの意思は合致する。生まれも何もかも違う相容れない存在である俺と彼。しかし、一つの感情によってわかりあえる。 

 

 お前は怒っているのだろう?

 

 だが、俺も怒っているのさ。

 

「エロモンスターの失敗作が」

 

 それは引き金である。

 秘密兵器である。本来なら秘密にしておきたいような兵器だが、俺は怒りによってその引き金を引いた。

 

 世界が鎮まる。

 この近くには俺と彼しかいないので、必然どちらの口も閉じれば誰も言葉を発することはなくなる。しかしそれは嵐の前の静けさなのはわかりきっていた。

 

「――――っ」

 

 彼の姿が不自然にまで膨張する。

 物理法則に縛られない明らかに内と外があってないように被っている皮の中から膨れ上がっていく。それと同時に彼の意思は一つ。

 ただ一つ。

 

 

「――ころす」

 

 

 それだけだった。

 さて。二度目ともなる命を懸けた逃亡劇の始まりである。 

 

 

 

 



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四十一話

 

 

 

 日本では部活でたまに剣道着で運動場を走らされていたっけ。

 それも大声で叫びながらだ。

 

 道着は普段の服より走りにくい。下は分厚くて長いスカートみたいなものだから、走りにくいのは当然で、いかに足を上げずに走るかということを工夫して走っていた記憶は強く残っている。

 ただ今日に限っていえばそんな心配はしなくていい。俺は足を大きく上げて思いっきり疾走していた。

 

 なんせ現在俺は、魔王軍の幹部に追われているからだ。

 

「……でかいな」

 

 速度を落とさずちらりと後ろを確認すると、俺を追っている魔王軍の幹部であるデッドリーポイズンスライムの体はとんでもない大きさだった。

 

「いい加減にしてほしいわ。……あんなの収まるわけないだろ。物理法則どうなっているんだ」

 

 文句ぐらい言わせてほしい。

 そのデッドリーポイズンスライムの大きさは確実に家を越すぐらいはあった。玄武やデストロイヤーの小山クラスには劣るとはいえ、三階建てのアパートぐらいはありそうである。

 決して人間の皮に収まるものではない。物理法則を無視しすぎだ。

 

 そんな怪物が俺だけを目当てに追ってきている。

 

 ……うん。まあね。追われるだけの暴言を吐いたからな。

 相手の地雷を踏みぬいた。普段なら敵とはいえ幾らなんでもこれいうのもどうなんだろう、と俺も悩んでしまうような暴言であった。

 

 エロモンスターの失敗作って……。

 

「しかし……つくづく転生者の創作物に縁があるな俺も」

 

 デストロイヤーに引き続きデッドリーポイズンスライムの亜種。

 どちらも転生者の仕業である。

 

 デットリーポイズンスライムの亜種は本来の目的としては都市攻略エロ兵器だっけか。

 かつての転生者はダンジョンにくる冒険者だけでは我慢できなくなったのか、高い知能を持たし、都市に潜入してエロいことをするスライムを作ろうと思った。

 日常突発的エロを目的としたスライム。

 元来スライムにしては高い知能を持つデッドリーポイズンスライムを改造してその目的を果たそうとしたわけだが、その改造途中で転生者は食われた。なので、非常に高い知能と幾らでも合体できる性質、それに魔法耐性などを持つ、危険性を遥かに増したデッドリーポイズンスライム亜種が爆誕したらしい。

 

 何度でも思う。ほんーっとろくなことしねえな転生者!

 マジで何なの! 馬鹿なのか。馬鹿なんだよな!

 

「……ガチャポンのように次から次へと転生者の不始末が襲い掛かってくるけどさ! 幾らなんでもこれで転生者の後始末させるのは打ち止めにしろよ!」

 

 嫌な運命に俺は叫びながらも、足を止めることなくアルカンレティアの街の外を走っている。

 

『コロオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオス』

 

 正体を現した今、本能に近い存在だろうに殺意を滾らせて追いかけてくるスライム相手に、愚痴を叫びながら俺は更に足に力を込めて、逃げる。

 この追いかけっこの時間も無限ではない。流石に俺もいつまでも逃げ続けることはできないし、どうやら相手は地の果てまで追いかけてきそうなのでいつかは捕まるだろう。

 そんなに付き合ってはいられない。俺もそこまで馬鹿でもない。

 

「見えた! ゆんゆん!」

 

 何週間か前に俺はこのアルカンレティアの街に到着した際、街の外で一泊した。それはめぐみんが爆裂魔法をいつぶっ放すかわからなかったし、いつ暴発してもいいような場所を俺は警察の人に教えてもらってそこでテントを張って一夜過ごした。

 作戦を実行するには都合の良い場所だ。

 

 森の近くの場所。とある負担が大きい魔法を使うために、魔力消費を軽減させるための魔法陣が描かれている上にゆんゆんはいた。

 テントが張っていたところに少し目元を赤くしたゆんゆんがぴょんぴょんとジャンプして俺を待ってくれている。あんな短いスカートだと見えるんだが。

 

「ユウスケさん! ここですここですよ!」

 

 こんなに危険な状況で彼女の下着に目をいきそうになる自分に案外余裕があるのかと思いながらも、俺はゆんゆんの前で立ち止まり、次の作戦に移行する。

 

「はっはぁ、よし。ゆんゆん頼む!」

「わかっています。……それではユウスケさん! 落ち着いて、息を吸って吐いてしてください!」

「深呼吸すればいいんだ! すー」

「いい感じですね。はい、力を抜いて楽にしてくださいね。ユウスケさんなにも心配することありませんよ。はいよしよし。ユウスケさん。大丈夫、大丈夫ですよー」

「すーはぁー……ふぅ……」

 

 言われるがまま俺は背後から猛突進してくるデッドリーポイズンスライムを無視し、

 

『コロオオオオオオオオオオオオオオオオオス』

 

 俺に向けられた殺意の塊を気にも留めず、深呼吸してリラックスを――

 

「できるか! そんな余裕あるかぁ!」

 

 無理に決まっている。下着に目が釣られる余裕があったとしても、そこまでゆっくりできるわけない!

 後ろ! かなり後ろに迫っている! 無理!

 

 ゆんゆんは杖を不安そうにぐるぐる回しながら涙目になる。

 

「……だってだって私、他人と一緒にテレポートするの初めてなんですよ! 私が失敗するのはいいけど、もしユウスケさんが失敗してこう……空のお星さまになったらと思うと不安で!」

「それならそれでお前達を遠い夜空から見守っているから! ゆんゆんの力を信じているから早く!」

 

 何を言っているのかわからずテンションだけの言葉で急かす。テレポートは魔力の消費が激しいので、試している暇がなかった。本番で使えないということになってしまうからな。

 

「わ、わかりました! ユウスケさんやりますからね! しっかり私に掴まっていてください!」

 

 俺のテンパった言葉になにをわかったのかは知らないが、彼女は俺を引っ張って体を寄せ合う。

 

 ギュッと体が引っ付く。その豊満な胸で俺の頭を支えながら後数秒でデッドリーポイズンスライムに襲われるかなりギリギリ目に彼女は唱えた。

 

「テレポート!」

 

 視界の前方に広がる彼女のたゆんたゆんとした豊かな胸は変わらないが、視界の端が突然切り替わる。

 

 テレポート。

 ゆんゆんが使える魔法使いの瞬間移動。あらかじめ登録していた場所に自分や人や物を飛ばすことができる。これによってすぐ傍にまで来ていたデットリーポイズンスライムから俺達は離れることができた。

 

 飛んだ先で、視界の端にあるのは木々。そして、呆れたようなめぐみんの目だ。

 

「……こんな時でも男を誘惑とは、その見境なしさは私のあなたへの評価を改めなくてはいけませんね」

「ひゃっ! これはち、違うのめぐみん! この前二人で話したじゃない! 私も本当にそういう気持ちなら正々堂々と戦うって」

「はぁ……いいですから、とっととその手を離しなさい。いつまで男を胸に押し当てているんですか。……ユウスケも私にはわかりますよ。にやついてますよね」

 

 慌てて俺達は離れる。

 二人してまるで悪いことをしたかのように弁解する。

 

「に、にやついてないから!」

「うんうん。これは緊急事態ってやつよ!」

 

 めぐみんは杖を持ち直しながらため息を吐いた。

 ジトーとした彼女の目は、俺達を非難する色がある。

 

「あからさまに狼狽しましたね。……いや、二人共わかっています? い、ま、の、状、況。猶予がない切羽詰まった状態です。それなのに、何をしているんですか? はしゃぐにしても時と場合を考えてください。私もため息を吐きたくもなりますよ」

 

 なにも言い返せない。正論である。ゆんゆんはめぐみんの正論力の高さにわなわなと震えていた。

 そして、ゆんゆん以外、地面も若干震えている。スライムは見た目の通り柔らかいのだが、あの魔王の幹部に関してはあまりの大きさと質量に移動する時に音がする。その音がこちらに向かってくるのがわかった。

 

「……おや、デッドリーポイズンスライムもこちらに近づいてきていますね。一応私達も隠れているのに。それにしても、敵からは臓腑からにじみでてきているような殺すという叫びが聞こえますが、ユウスケ……あなたどうやってそこまで怒らせたんですか」

「スライムってことは周りの状況を体温で察知しているから、俺らの体温を見つけたんだろうな。……どうやって怒らせたかは、まあ秘密だ」

 

 幾ら怒っているとはいえ俺にだって武士の情けぐらい存在する。

 調べればわかることかもしれないが、俺の口からは説明するのは流石に躊躇われた。

 

 テレポートした先はテントの場所から幾何か離れた森にちょっと入った場所である。逃げるにしては中途半端な場所だ。

 

 だからこれは逃げではなく攻めの一手だ。

 

 デッドリーポイズンスライムを倒すためのテレポートである。それが証拠にめぐみんの体からピリピリと他者を圧倒する威圧が発されている。あの魔法の詠唱は終わっていた。

 

 めぐみんはガックリと肩を落としているゆんゆんに活を入れる。

 

「……うう、めぐみんにまともなことで説教された」

「ゆんゆんは失礼なことでショックを受けていないで、やりますよ! シャキッとしなさい! ……こんなこと言うのも癪ですが、あなたのこと頼りにしているんですからね」

「やるよ! 私すっごい頑張るから! すぐに詠唱を終えるからめぐみん何時でもいいよ!」

 

 めぐみんに頼られて鼻息荒く、杖を構えるゆんゆん。ゆんゆん頑張れ。

 

 ここからは俺のできることはない。

 俺は邪魔にならないように一歩引きながらも、彼女たちの活躍を見守ることにする。

 

「……くく、頼るといっても私という主役を引き立てるためのモブとしてですがね」

 

 微かに黒い言葉が聞こえるも、実際今回の主役はめぐみんである。デストロイヤーといい大物になればなるほど活躍するようなやつだ。

 

『コロオオオオオオオオオオオオオオス』

 

 マントを翻しながら、めぐみんは敵である巨大なスライムを睨み付けた。

 

 本当に巨大なスライムだ。ちっこいめぐみんと比べたら蟻と象である。しかし、なにか少し違和感があるような。

 

「どうしてそこまで怒っているかは聞きたいところですが、その叫びを辞世の句としておさらばさせてもらいましょう。まあ殺意に充ち溢れすぎて辞世の句とするには、風情もなにもありませんが」

「めぐみんって、風情とかわかるの?」

「わかりますよ! 私は紅魔族随一の風流人と名乗ってもいいぐらいです」

「じゃあめぐみん。風情はどういうものなのよ」

「……川に大量に泳ぐ魚、のような感じ、ですかね……」

「それは風情じゃないわ」

 

 どっちかというと食欲とかそういうのだな。

 

 彼女が地元の川では魚取りの名人だと自慢していてたのを思い出した。大きな石を落としてその衝撃で気絶した魚を取っていたとか。魚取りの名人に謝ってほしい。

 

 なんだかんだいっても彼女達は一流の魔法使いである。能力はとびっきりの自慢できる俺の仲間。

 

 準備は終わっており、もういつでも発射できる大砲だ。特にめぐみんの導火線は短い。

 

「いきますよゆんゆん! フォローは任せましたよ!」

「テレポートした後だからこっちは結構つらいんだからね! けど、やるわよ、めぐみん!」

 

 デッドリーポイズンスライム。

 転生者が生み出した悲しき業の討伐が始まる。――結果だけみれば、彼女達は本当に優秀で、呆気ないほど簡単に俺がした説明をこなしてくれた。

 

 まずはめぐみんによる一撃。当然彼女ができる魔法は一つしかないのでもちろんあれである。

 

「エクスプロージョン!」

 

 空気を割るような空白が生まれる。

 その一瞬の空白の後、彼女の一撃は丁度、魔王の幹部の巨体の真ん中に加えられる。

 

 爆音と爆撃。並みの魔物なら消し飛ぶ。強い魔物でさえ、この一撃をまともに食らったら退治されるだろう。しかし、相手は紛れもない魔王軍の幹部、デッドリーポイズンスライム。生まれはあれだとしても、その性能は計り知れない。

 高い対魔力を持つそのスライムにとって致命傷にならない。いや、間違いなく効いているし、その体の半分以上は焼き尽くすとしても、その全身を消滅させることは無理だった。

 

「ゆんゆん逃がさないでくださいよ!」

 

 高温で熱されたデッドリーポイズンスライムはどうなるだろう?

 

 その巨大な体躯の三分の一は残しているだろう毒の塊である彼は、一体どうなるのか。

 

 当然――周囲に触れただけで死に至らせる猛毒は弾け飛ぶ。

 

「纏めるからね! トルネード!」

 

 それを――ゆんゆんが逃がさない。

 

 風の上級魔法であるトルネードは名前の通りに竜巻を作る。周囲に飛び散るはずだった毒という名の死を一欠けらすら逃さず風で閉じ込める。繊細で難しい仕事を疲れた体にいとも簡単なようにしてみせるのは、ゆんゆんは本番に強い。

 

 めぐみんはいつぞやみたいに地面を杖先で叩いた。

 

「今回ばかりは私もゆんゆんにナイスな仕事と言わざるを得ません。褒めてあげましょう。……ふふふ、まさかそんなに日も経ってないのに一日に二度も爆裂魔法を使えるとは」

 

 めぐみんのテンションが上がっている。

 なによりも彼女が嬉しがることといえば爆裂魔法のことである。

 このアルカンレティアに来る前にウィズさんからもしものために取り寄せしていたマナタイト石を受け取っておいて良かった。

 彼女はそれによって爆裂魔法をもう一発撃つことができる。

 

「締めは私の攻撃というのが特にいいですよね。……ユウスケ。あなたもナイスな仕事です。戻ったらご褒美にかなりエロいことをしてあげましょう」

「あっ、めぐみんズルい!」

 

 ズルいって……ゆんゆん自分がなに喋っているかわかっている!?

 

「お子様は黙っていてください。なにはともあれ、とっととこのモンスターは退治してしまいましょう。……ユウスケみたいに特別喋ったわけではありませんが、私も宿屋の店主は嫌いじゃありませんでしたからね。この爆裂魔法にも、いつもより気合いが入っています」

 

 彼女にしてはひどく真面目な顔で、手のひらを前に差し出した。

 距離を測り、もっとも適した位置で最大限の威力の魔法を叩きこまれるのは、現世界では数えるほどしか習得していないという伝説の魔法。

 

 詠唱は軽やかに、そして朗々と響き渡る。

 

「千歳に祈りし黄昏の夢館」

 

 彼女の綺麗な声によって紡がれる。

 

「虚構に虚無にして虚礼。嘘偽りによって構成されしこの世界。ならば偽りをもって実と化せ」

 

 鎮魂歌に似た響き。

 なにを思っているのか。目を閉じて、詠唱するその姿からは、うかがい知れない。

 

 風の牢獄に囚われた毒の塊は、判決を待つ容疑者のようであった。

 

「残夢となった儚き力。しかしてこの世界を一変せしものなり。我が前に立ちふさがる確固たる現実よ、我が力によって夢幻となれ」

 

 カッと目を見開く。

 そこには真紅に染まった瞳が輝いている。

 

 彼女の裁判はいつも一方的で、なのでこれはあらかじめ決まっていたことだ。

 

「――エクス、プロージョン!」

 

 判決は言うまでもない。

 容疑者は受刑者へと地面に穴が開いたかのように真っ逆さまに転がり落ちる。

 

「うわ!」

「きゃ!」

 

 爆裂魔法は風ごと――竜巻ごと燃やし尽くす。

 

 上級魔法といえど、伝説の魔法には勝つことができない。

 風さえも、そして残ったデッドリーポイズンスライムをも焼き尽くす。まるでこの世界にいなかったように、なにもかも消してくれる。

 

 その様は残酷で、美しい。

 

「さようなら」

 

 だからそれは別れみたいで、俺は何度か喋った宿屋の店主に向かって呟いた。

 

「うん。さようならだね……」

 

 追随するようにゆんゆんも呟く。

 めぐみんも色々思うところがあったようだが、ゆんゆんは感受性が強い。彼女の目元が瞳と同じように赤くなっているのは、きっと俺が見ていないところで涙を零したのかもしれなかった。

 

「……っと、報告にいかないといけないか」

 

 感傷に浸りそうになっていた。感傷に浸るのはいつでもできることだし、俺もこの後のために動かないと。

 

 巨大なクレーターを見ながらなんとなく立ち尽くしていた俺達三人だが、アルカンレティアの街の人達に倒したと報告しないといけない。彼らにはもしものために街の大事なところや温泉の源泉を守ってもらっていたり、避難をしてもらっていることになっている。

 

「言っておきますけど、私は無理ですよ。もう一歩も歩けません」

 

 くてっといつものようにめぐみんは倒れ込んでいる。

 爆裂魔法二発というのは体への負担が大きいし、そもそも一発撃てばへろへろになるのがめぐみんだ。

 

「お疲れさん。報告には俺がいってくるよ。あの宿屋は流石に使えないし、警察署にでも運ぶから休んでいてくれ。ゆんゆんもテレポートと上級魔法で疲れただろう?」

「実は……少し」

「テレポートは他とは格段に魔力消費すると聞くしな。ゆんゆんも頑張ってくれた。お疲れさんだな」

「えへへ」

「……私の爆裂魔法の方が魔力消費が激しいし疲れますけど。ユウスケもそこら辺わかっていると思いますが、一番頑張ったのは私です。ほら、早くその無骨でむさ苦しい腕を貸しなさい」

 

 めぐみんは倒れた姿で競争心を燃やす。

 ゆんゆんはというと、形容しがたい表情をしながら息を吐いた。

 

「……めぐみんってたまに可愛いこと言うわよね」

「勝負ですか。勝負を吹っ掛けているということでいいですか」

「私怒られるようなこと言った!? というか、めぐみんは威勢がいいけど、そんな倒れ込んだ姿でなにができるっていうのよ」

「唾ぐらいは飛ばせますよ。ぺっぺ」

「汚っ!? やったわね! それ女の子がすることじゃないからね! こっちも反撃に飛ば――せるわけないでしょ!」

 

 倒れ込んだ姿勢で頭だけを上にあげながら器用に唾を長距離飛ばすめぐみんに、必死に回避するゆんゆん。

 先ほどまで魔王軍の幹部を相手にしていたとは思えない。

 

「お前ら、元気だな……」

 

 まあこんな元気にやり取りできるぐらいで終わって良かった。

 

「……もう一つのマナタイト石の出番はなかったか」

 

 というのも、引き取った超高級マナタイト石とは別にゆんゆんにマナタイト石を買ってもらっていた。もちろんめぐみんの爆裂魔法の肩代わりはできないが、大抵の魔法はできる値段だ。

 もし万が一の時にはテレポートで紅魔の里に逃げるつもりだった。

 そうしなくて済んだのは良かったとしか言いようがないな。

 

「怒ったわ! そっちがその気ならこっちは砂をかけてやるんだから」

「おいやめろ。砂なんて投げたら私が汚れるだろう」

「唾を吐いてきている人の台詞じゃないわね! 覚悟しなさい。ここからは私の一方的勝利よ。生涯二度目の勝ちを貰うんだから。……でも倒れてる人になにかぶつけるのは気が引けるんだけど。うう、できない。私にはそんなめぐみんみたいな真似できない」

「甘いですね。ゆんゆん。……だけど私もゆんゆんのそういうところ嫌いじゃないですよ」

「めぐみん……」

「クク、だから甘いと言っている。ぺっぺっぺ!」

「うわっー! 馬鹿。めぐみんの馬鹿! ちょっと感動したのに! もう私も容赦はしないからね! 私も怒る時は怒るんだから!」

 

 

 それに、気が付くことができたのは、理由としては一つだ。

 

 

「ゆんゆん――」

 

 最初に会ったときはぶつかるまではわからなかった。

 相手の殺意や敵意がなかったからだ。

 ただ今回は違う。

 

「――テレポートの詠唱をしろ!」

 

 相手に明確な殺意や敵意が俺達に向けられていた。だから勘の鋭い俺はわかることができた。

 

「え? ユウスケ、さん?」

 

 狙いはめぐみんである。

 動くことができないめぐみん。爆裂魔法を二回も使用した彼女は当分は動くことができない。そんな彼女に小さい黒いゴムみたいな物体が飛びかかる。

 

 俺の横を毒の塊が通過しようとしている。

 剣? は無理だ。抜く時に動作が必要。時間停止は? ギリギリだ。間に合うかもしれないし、間に合わないかもしれない。確実性に欠ける。それなら最後の手段だ。

 

 というか、そもそもの話――勝手に体は動いていたから考える意味はなかった。

 

「ガッァ!」

 

 焼ける。焼ける。焼ける。いや、溶ける。俺は、死ぬ。

 

 俺は無意識にめぐみんに飛びかかる死に向かって腕を差し出していて、そのデッドリーポイズンスライムを腕で受け止めていた。

 

「ああああああああああああああああぁァァ!」

 

 片腕は毒に犯される。

 蹂躙される。

 脳を直接刃物で突き刺されるような強く激しい感覚。この感覚だけで死ぬ人さえいるだろう、突きつけられる自分が毒によって死ぬ未来。

 

「ユウスケ! この! 今行きます! って、くう! う、動けません!」

 

 めぐみんの叫び声が聞こえる。やめてくれ。めぐみんのそういう叫び声聞くと、痛い。

 

 は、はは。ちょっとこのままでは死にそうだが、こういう場面を想像していなかったわけではなかった。

 

 もう片腕は空いていて、俺は服の内側に差していた聖水の瓶を取った勢いで毒がかかった腕に瓶ごと叩きつけた。

 

 ガラス瓶が割れるガシャリという音と共に中身が俺の腕にぶちまけられる。

 高品質の聖水。魔法耐性と物理耐性が高い毒の塊であるスライムにも効くはずであり、そのスライムもポトリと俺の腕から落ちる。

 

「クリスタルプリズン!」

 

 その隙を見逃さず中級の凍結魔法でゆんゆんが凍らせる。

 流石は一番頼りにできる魔法使いである。いつだってフォローは完ぺきだ。感謝してる本気で。

 

「ユウスケさん!」

「来なくていい!」

 

 魔法を使用した直後、動けないめぐみんはともかくゆんゆんは俺に駆け寄って来ようとしたのだが、声で止める。

 

「こちらにくるんじゃなくて周りを確認しろ! 敵はどこに来ているかわからない! そして、安全を確認できたらすぐテレポートの準備だ!」

「そんな! ユウスケさんの傷が! デッドリーポイズンスライムに攻撃されたんですよ!」

「すぐに聖水を叩きつけたら問題ない! それよりかめぐみんは動けないんだ! お前が守ってくれ!」

 

 ひらひらと攻撃された手を動かして大丈夫だとアピールしながら、彼女に役目を押し付ける。

 痛い――とも思えない。というか殆ど左腕の感覚がない。引っ付いたのは一瞬だったのに、俺の左腕はほぼ死んでいた。手を動かしたように見せたのも、肩の動きによるものが大きかった。……左腕がどうなっているか、あまり見たくないな。

 

 だが猛毒を食らったとはいえ、直後に高品質の聖水をぶっかけたおかげかすぐ死ぬといった気配はなかった。この性能であの値段は安すぎるよな。皆アクシズ教の聖水も買え。

 

 右手で剣を引き抜きながらも、辺りを見回す。

 どこからくるのかはわからない。

 

 爆裂魔法の二発。確実に巨大なデッドリーポイズンスライムは消滅したはずだった。しかし現実問題として、俺達に襲い掛かってきたということは、もっといるかもしれない……いるのだろう。

 

 そして思い出すのは違和感だ。再度デッドリーポイズンスライムを見たときの違和感が頭にちらつく。

 

 俺達が警戒態勢に入っている中、パチパチと気のない拍手が聞こえてきた。

 三十代後半ぐらいの声がする。

 

「……お前の他にそこにいるのは二人だよな? 爆裂魔法を撃った方は魔力は空だろう。もう片方も一度テレポートはしているというのに、もう一度できるってことはマナタイト石でも用意していたのか。二発の爆裂魔法といい凄い金をかけているな。よくそんなマナタイト石準備できたものだよ。……いや、お前は何百と殺しても飽き足らないアクシズ教の次に嫌いなやつだが、褒めてやるよ。よくもまあそこまで考えて、戦力を用意したものだ」

 

 転生者の皮を被った魔王軍の幹部はゆうゆうと姿を現した。

 その周囲には、多くのデッドリーポイズンスライムの群れとなしている。元々の彼からすればごくごく僅かだろうが……今の俺達を相手にするなら戦力としては過剰である。

 

 ようやく俺は違和感の正体に気付く。ネタ自体は簡単なトリックだ。

 

 スライムの特性は――合体と分裂。

 

「めぐみんならともかくお前に褒められてもなんの嬉しさもない。むしろ反吐が出るからやめてくれないかな」

「おいおい、嫌われたものだな。俺はともかくお前がそこまで俺を嫌う理由あったか? 魔王軍幹部である俺には多額の報奨金かかっているからそれ狙い、ってことでもないよな」

「わからないならそのままわからないでいればいい」

 

 俺は殆ど動かない左手も剣に添えて、吐き捨てる。

 

 ……おそらくだが、敵は俺を追いかけながらも、俺が見えない場所である自分の後ろ側から分裂していたのだろう。俺達が倒したのは彼の大部分でしかなかった。

 トカゲの尻尾切りとはいうが、切られた尻尾の方が重要だなんてな。

 

 自分を心の中で罵りたくなるが、それに気づけという方が無理だ。

 追いかけられているという状況かつあの大きさで減ったことに気づける方がおかしい。俺はめぐみんのような天才ではないんだから無茶である。

 

 

 だからこれはただ単純に。

 相手の方が俺より上手だっただけ。

 

 

 

 



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四十二話

 

 

 

 こうやって魔王軍の幹部と敵対するのは初めてだ。

 そもそもここまで知能を持った相手と敵対するのも初体験である。何故かモンスターとして最上級であるリッチ二人と知り合いになったが、その二人と敵対することはなかったからな。

 

 ここまで強力で、高い知能を持った相手となると今までと勝手が違う。

 

 そんな相手を敵に回したせいなのか、形勢は悪い。俺は片腕はほぼ使えない。めぐみんは倒れてる。ゆんゆんはデッドリーポイズンスライムを凍らせるときも上級魔法のカースドクリスタルプリズンではなく中級魔法を使っていたことから、自身の魔力はほぼ尽きていると察することができる。マナタイト石を使えば上級魔法を使えるだろうけど、テレポートに使わないといけないから戦力としては数えられない。

 

 目の前には数十以上にもなるかというデッドリーポイズンスライムの群れ。その一番前には魔王軍の幹部が人間の皮を被って立っている。

 

 不味い状況だ。

 今すぐ逃げ出したくなる状況だ。

 

 だが、絶体絶命には程遠い。

 

 俺は二人を守るように位置を取りながら周囲を警戒する。どこから来られても対応できるようにである。テレポートの詠唱には時間が必要だ。その時間は俺が稼がないといけない。

 

「そう……殺気立つなよ。まだ俺は喋りたいんだぜ。なんせ俺としては腑に落ちない点がある。なに、お前が俺に消化される前に聞いておかないと聞けるものも聞けないだろ?」

「こっちとしては喋ることなんてないんだが――」

 

 とはいえ、喋ることに利点がないわけではない。

 流石にテレポートの詠唱をゆんゆんがしだしたら襲ってくるだろうが、ゆんゆんを休ませる時間ってのも必要だ。慣れないテレポートをもう一回、それも複数人を続けてというのは心配である。

 そう考えると、無駄な会話に付き合うのも悪手というわけではないだろう。

 

 ちっ、しょうがない。

 

「なにが知りたいんだよ」

 

 なので俺は会話をしたいというよりも時間稼ぎのために付き合うことにした。

 

「おっ、乗れるな。冒険者はそうでなくちゃ。ああ、もしそっちにも質問があれば先に聞くぞ」

「へえ、公平ぶるんだな」

「余裕ぶっているんだよ。倒すまではいかなくてもここまで俺を追いつめた相手に余裕だからこそ、少々の敬意を払わないでもないからな」

 

 ……まあ俺としても聞きたい話の一つや二つは思いつかないわけではない。

 分裂という手段をしたのは察することができたが、その手段を思いついたことについては疑問点がある。

 

「なら、その余裕に付け込まさせてもらうか。……お前が分裂して爆裂魔法から逃れたのはわかる。わかるけど、どうやってそれを思いついたんだ?」

「思いついたといわれても、有効な手だっただろう」

「そういうのじゃなくて、あの時お前、滅茶苦茶怒っていたから、どうやってそんな有効な手を思いついたのかと不思議に感じてもおかしくないだろう。冷静でなかったのはお前も認めるところじゃないか」

 

 あれは演技では絶対ない。

 そんな知恵を巡らせられるようなキレ方ではなかったように見えたんだが。

 

「うーん、そうだな。あの時の俺は怒っていた。何が何でも殺すと怒り狂っていた。その状況でこんなことができたわけか。……ちょっと人間であるお前には説明しにくいけどな。デッドリーポイズンスライムである俺の体は巨大だ。そして、そのすべてが俺でもある」

 

 彼がさっと両手を広げると、周囲にいるデッドリーポイズンスライムの群れが様々な形に変わる。

 まるでコンサートの指揮者のようであった。

 

「そんなすべてが俺ではあるが……俺の中にも濃い薄いってのがある。今この皮を被っている俺の意識の強さが十だとしたら、周りにいる俺は二か三ってところか。ま、こればっかりは独特な感覚だろうからわからないだろうが」

 

 確かにそれは彼独自の感覚だろう。

 俺達人間は一人で完結しているし、別れることはできない。違う自分なんて言うのはSFの世界だけのことである。

 

 一体にして、群体。それが彼らの正体。

 

「比較的怒りが薄いところの俺は思ったのさ。このままでは殺せない可能性があるってな」

 

 怒りが薄い場所でも殺すレベルの怒りなのかよ……。

 

「だから意識が濃くて怒りが薄い俺を軸に、かなり意識が薄い部分の俺達を引き連れて分裂したってわけだ。こうして、まともに喋ることができているのも、それのお陰だ。怒り狂っている部分の俺は蒸発させられたからな」

「……なる、ほど、な」

 

 正直今一理解できていないが、まるですべてを理解したみたいにコクリと頷いてみせる。

 こういう場面でえ? よくわからなかったがどういうこと? とは聞けるだけのふてぶてしさは持ち合わせていなかった。

 

 そして、後ろで聞いていためぐみんはそんなふてぶてしさを持っている女である

 

「本気でそんな怒っている理由が知りたくなってきているんですけど。ユウスケでもそっちの毒男でもいいですから教えてくれません?」

「めぐみんっ! ここはそういう場面じゃないから! シリアスなところなんだから動けないめぐみんは見るに徹してよ!」

「じゃあ、ゆんゆんは気にならないんですか?」

「えっ!? そ、それは!」

「なんだ。やはりゆんゆんも口ではそんなことを言いながらも気にしているじゃないですか。体は正直ですね。ですから、どっちでもいいから教えてください」

「ああああああ! 違うから! 私気になっていないから! ユウスケさんはめぐみんを気にせずシリアスな空気を保っていいんですよ!」

 

 ……シリアスな空気を保てと言われてもな。

 反応に困るというか、目の前の魔王軍幹部もかなり困ったような雰囲気しているぞ。

 

「……次は俺の質問の番だな」

 

 しかし、さすがは魔王軍幹部。まるで今のことがなかったようにシリアスを保つ。……やべえ、笑いそう。

 吹くなよ。そういう場面じゃないからな!

 

 ……ほんとシリアスにさせてくれない女性達である。

 

「この周りにお前達以外いないだろう?」

「それは……わからないぞ。もしかしたら大勢が森に隠れてるかもな。今も弓で狙っているかもしれない」

「俺の熱探知でいないことはもう確認済みだっての。……いやな。不思議なんだよ。――実際そうしていないのが」

 

 魔王軍の幹部は人間みたいな表情を作りながら、顎に手を当てていた。

 不思議そうに俺がやらなかった手段をあげる。

 

「ここまで用意を決めていたなら普通は森の中に伏兵を何十人も隠しておくべきだろう? アクシズ教のやつらがビビったとも考えにくい。なのにお前以外誰もいないってのは……不気味だ。この作戦を考え、実行できるやつがそれを考えつかなかったというのも違和感だからな」

「別に……これで終わると思っていたから用意していなかっただけさ」

 

 彼の言う通りアクシズ教徒はビビっていない。

 

 ビビったのは……俺だ。

 

 万一のことを考えるなら森にめぐみんとゆんゆんだけでなく、アクシズ教の人達を配置した方が倒せる可能性は上がっていただろう。……そうするのが一番良いと考えながらも、人員を割かなかった理由としては、怖かったのだ。――人が死んでしまうのが。

 宿屋の主人は殺された。もしまたそういう人が出るかもしれないと思うと、俺は冒険者でもない彼らに戦えとは言えなかった。自分の居場所を守る役割を押し付けることしかできなかった。

 最善手ではないとわかっていながらも……。

 

「それで――質問は終わりか?」

「ああ。少し腑に落ちない点はあるが、まあいいさ。溶かす前の余興としてはこんなものだろう。本当にあいつらは来てないのを確認できただけでも収穫があった。……正直な。分裂という方法を考えついたのも、あいつらへの対策というのがある。あいつらだけは本気でなにするかわからないからな。――さあ思いのままに食らってやろう」

 

 じりじりと全てのデッドリーポイズンスライムが近づいてくる。

 絶望的としか思えない光景だが、俺は一歩も引く気はなかった。

 

「お前の相手をするのは俺だけだ。……ゆんゆん、テレポートでめぐみんごと移動しろ」

「ユウスケさん! また自分だけ行くつもりなんですか!」

 

 背後からゆんゆんの怒鳴り声がする。

 

「あの時だって勝手に行っちゃったのに。今回も自分一人だけするつもりなんですか! ……そうしないために私は……私は……覚えたのに」

 

 こういう風に彼女に真面目に怒られるのはもしかしたら初めてかもしれない。ゆんゆんから怒られるのはマジでへこむな。

 

「あの時とは大きく違うさ」

「どこが、ですか。……デストロイヤーの時みたいに一人だけ大怪我して。死んじゃうかもしれない目に会って……」

「いやあの時は死ぬかと思ったけど。今回はそんなつもりは一切ない。かるーくこいつの相手して逃げる。だから大丈夫だ」

 

 俺だって死にたくないんだ。

 誰が好き好んで痛い目に会わないといけない。心配してくれているのは嬉しいが、その心配は不必要だ。

 

「……まあユウスケがそう言っているならそうなんでしょう。ゆんゆん、足手まといの私達はさっさと逃げましょう」

「でも、めぐみん!」

「私にはユウスケは嘘ついてないように見えました。知りませんけど何かしら逃げる自信があるのでしょう。ゆんゆんの目からはどう見えました?」

「それは! ……それは、私も……本当に大丈夫そうに見えたけど」

 

 ナイスめぐみん。

 上手いこと説得してくれている。

 

 実際逃げる方法はある。時間停止の神器を使えば余裕で逃げることができる。倒すことはできなくとも、楽々逃げることは可能である。

 逃げることに関しては俺の神器は無敵の域に達している。

 

 それに、だな。

 

「呑気に喋っているが、俺が簡単に逃がすと思ったのか」

 

 ダンと彼は地面を踏みつけた。

 それを合図としてデッドリーポイズンスライムがめぐみんとゆんゆんを守っている俺の元へと飛びかかる。地面を這いつくばって移動しているのに、その跳躍力は一体何なのか。

 

 合計六のデッドリーポイズンスライム。

 俺は片腕はほぼ動かず、一振りの剣しか持っていない。六つの毒の塊は一つでも触れれば今度こそ俺は死ぬだろう。

 六つ。たったの六つか。

 

「――フローズンソード」

 

 だから俺は三度剣を振ることにした。

 

 縦。斜め。横。全方向から襲い掛かってくる六つの死を俺は片腕を負傷しながらも切り裂いた。

 

「お前……」

 

 冷気が漂う。

 斬った相手を凍らせるというフローズンソード。ただの氷の塊となったデッドリーポイズンスライムがぼとぼとと地面に落ちる。

 

 所詮は――六つ。

 これなら無限かと思えた触手の方が数倍難易度は高かった。今は片腕がほぼ使えないにしてもな。

 唯一の心配としては剣が触れた瞬間に剣を食われることだったが、聖水を纏わせてめぐみん達から貰ったこの腐食などに強い剣なら心配がいらなかったようだ。

 

「簡単に逃げるつもりだよ。お前にもう少し痛手を与えてからな」

 

 何度も言ったが、俺は怒っている。

 俺もモンスターを退治している身だ。この世界に殺し殺されがあるのも知っているし、なんなら俺の世界でも日本はともかく外国では人が簡単に殺される場所があるのは知っている。俺みたいなクズが言えることでもないのかもしれない。

 

 だけどな。許せない。

 身を焦がす怒りに突き動かされる。怒りが髪や爪先にまで届いているよう。

 

「……許せないんだよ」 

 

 人をな。

 人を、殺すのはダメだろう……。

 

 培ってきた常識が、初めての人死に震えている。

 怒りに。

 怖さに。

 悲しさに。

 震えている。

 俺の心から産まれる熱が、ほぼ動かないはずの片腕を無理矢理突き動かして剣を強く握りしめる。義憤でもない。正義感でもない。ただの身勝手な感情の爆発から俺はこいつと敵対せずにはいられなかった。

 

「覚悟しろ。倒せないにしてもその報いは受けさせてやる」

「……誰が」

 

 一瞬、地面に視線を落とした敵は人間とは思えない不気味な眼光で俺を貫く。

 

「誰に向かって覚悟をしろなんていう言葉を使っているだと!」

 

 火蓋は切って落とされている。

 背後からゆんゆんのテレポートの詠唱が聞こえる。何秒かかるかはわからないが、絶対に守り通さなくてはいけない。

 

 息を整えながら、俺は相手の行動すべてを見落とさないように大きく見開く。そうすると、相手が不自然な行動をしているのがわかる。

 

 彼は戦闘中だというのに、あろうことか俺から注意を逸らしたのだ。

 

「……今、なにか」

 

 俺よりか先に敵の方が気づいた。

 全てのデッドリーポイズンスライムに俺を襲い掛からせようとしていた彼は、まるで俺との戦闘が終わってしまったかのように振り返る。

 その不自然さに俺も気がいってしまうのは仕方のないことだろう。

 

「まさか。……まさか!」

 

 驚きなのだろうか。それとも恐怖なのだろうか。彼の声は会いたくないものに出くわしたように大きかった。

 後ろだけではない。彼は周囲を次々に見回していった。

 

 俺の後ろにも注意を払っている。流石に俺は戦闘の最中には振り返ることはできないが、めぐみんが声を発した。

 

「あれっ、何か聞こえてきません?」

 

 その声によって俺も耳をすませてみると、それは聞こえてきた。

 まるで地獄の亡者のうめき声。人間を地獄へと引きずり降ろそうとするかのような絶対に聞きたくないような合唱が四方八方から聞こえてくる。

 

『あく……べし。まお……』

 

 その合唱はどんどん近づいてくる。

 

『……倒すべし。……しばくべし。……でに……』

 

 いつの間にかゆんゆんのテレポートの詠唱の声が止まっていた。そうするのも当然なほどその合唱は耳に突き刺さってくる。

 

「なんでだ。なんでお前らが!? いないんじゃなかったのか!」

 

 そして俺なんかよりよっぽどその声に驚いている相手がいる。

 はっきりと彼らの声が聞こえる。

 

『悪魔倒すべし。魔王しばくべし。ついでにデッドリーポイズンスライム浄化すべし』

 

 どすんどすんとテンポよく地面を揺らし、彼らは全方位から集まってくる。

 

『悪魔倒すべし。魔王しばくべし。ついでにデッドリーポイズンスライム浄化すべし』

 

 望もうが望まなかろうが彼らはやってくる。

 台風などよりも比較にならないぐらい恐れられる彼らがやってくる。

 

『悪魔倒すべし。魔王しばくべし。ついでにデッドリーポイズンスライム浄化すべし』

 

 あの最強兵器デストロイヤーですら倒せない不滅の存在として恐れられる彼らがやってくる。

 

 曰く、酒の席で魔王軍よりヤバくね、と誰かが冗談で言ったら、誰も否定できずに酔いがさめた。

 曰く、カラスさえこの連中が出したゴミは食べようとしない。

 曰く、隣に教会ができた家の人は全員三日で発狂した。

 

「悪魔倒すべし。魔王しばくべし。ついでにデッドリーポイズンスライム浄化すべし。……おや。どうやら良い場面で間に合ったようですね」

 

 

 

 ――アクシズ教がやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ど、どどどどどおどどどど!?」

 

 ……うーん。

 なんでかはわからないけど、自分以外の人が狼狽していたら落ち着くことってあるよね。

 

 魔王軍の幹部は右往左往という言葉がぴったりな行動をしていた。

 アクシズ教に囲まれる。その状況は彼にとって特別なものなのだろう。……いや誰にとっても特別なものだな。

 

 あれだけ余裕ぶっていたのに若干可哀想になるぐらい狼狽する敵のおかげで、俺は落ち着いて聞くことができた。

 

「……なんで来たんですか。ゼスタさん」

 

 大勢いる内の先頭にいるのは、アクシズ教の最高責任者である。

 微妙に安心できない笑顔を張り付けている彼は、俺の腕に手をかざした。

 

「はははは、そんなことよりももまずはその腕の方を回復しておきましょう。セイクリッド・ハイネスヒール」

 

 彼が唱えるだけで、俺の腕はみるみる内に治っていき、すぐに怪我などしていなかったかのようになる。

 回復魔法の最上位。石化や毒すら治す使い手の少ない魔法である。

 

「……うわ、まったく動かしても違和感がない」

「それなら良かったですね」

 

 この人、本当に凄いんだな。

 あれだけ感覚が鈍かった片腕が、剣をしっかりと握れるぐらいにまでなっている。一つの宗教の最高責任者の立場は伊達ではなかった。まあ普段からただものではない感は漂っているが。別の意味で。

 

「ありがとうございます」

「いえいえ。聖職者は人を癒すのが仕事みたいなものですね。お代としては一枚の紙に名前を書いていただくぐらいで構いませんよ」

「それはちょっと……」

 

 悪魔の契約書にサインをするようなものである。どうせ例のあの紙だろう。この人は間違いなく本物のアクシズ教徒である。

 

「めぐみんさんってばそんな地面に倒れ込んでお姉さんが看病してあげますからね! もしかして誘ってる! 私を誘ってるの!? いやらしい子だわ!」

「消耗している相手に卑怯ですよ! そっちがそう来るならくらえゆんゆんバリア!」

「え、えええ?」

「説明しよう。私の必殺技ゆんゆんバリアとは消耗した私に代わってゆんゆんが盾となってくれる友情技なのである」

「えーと、私がめぐみんのことを守ればいいの?」

「ぐっふふふふ、所詮は少女の盾なんて脆いものよ。現実の厳しさを今私が教えてあげ――痛い。力強い! 手が折られる!? 少女強い!」

 

 現実の厳しさを少女に教えられているのはアクシズ教のプリーストであるセシリーだ。

 

 彼や彼女だけでなく、本当に大勢の人が集まっている。近場に住んでいるアクシズ教の人が全員集合しているのではなかろうか。

 

 ようやく状況を飲み込めた魔王軍幹部は叫ぶ。

 

「どうしてお前たちがここにいるんだよ! 来ないんじゃないのか!」

 

 周囲にいる全員に向けての全力の疑問だった。敵に同調するのはどうかという話なんだが、こればっかりは俺も同じことを言わざるおえなかった。

 

「……俺も同じことを思っていますよ。……言いましたよね、皆さんは源泉を守るか避難してくださいって」

「言われました」

「頷きましたよね?」

「はい、わかりましたと頷きました」

 

 作戦を伝えたとき、神妙な顔をして全員が全員納得しているようだった。だから俺は安心していたのに。

 

「……それならどうしてこんなに全員が揃っているんですかねぇー」

 

 嫌味がましくなるのも仕方ないと思ってほしい。

 俺は彼らを死の危険に巻き込みたくないと考えていたのにこれだ。

 

 そんな俺の嫌味に、アクシズ教の彼らは次々に言葉を返してくる。

 

「まあ、わかりましたと言っても、それに従うかは別ですからね」

「ボクなんて真剣な顔をしていたからとりあえず頷いていただけだしぃ」

「俺も俺も。シリアスっぽい話していたからなんとなく話は合わせていた。話長いよな」

「…………っ!?」

 

 あまりにもな反応に俺は絶句する。俺の表情は他から見ればきっと面白いことになっているだろう。

 

 こ、こいつら。俺があんなに真剣に喋っていたのにそんなこと考えていたの!?

 ことの重大性がわかっていないんだろうか。

 俺は嫌味を忘れて直球なことをぶつける。

 

「もしかしたら死ぬかもしれないんですよ!」

「……といわれてもなぁ?」

「おう。それならそれで構わないよな?」

「まあな」

 

 緊張感もなさげに彼らアクシズ教徒同士で顔を見合わせて頷き合う。

 

「は、はい?」

 

 どういうこと?

 なにを言っているんだこの人達は。

 

「あのですね。ユウスケさん。私達にとって死は恐れではないのですよ」

 

 ゼスタさんは俺の尻をポンと触る。

 そこ普通は肩だよね? せめて背中とかならわかるが尻ってのは明らかにおかしいよね?

 

「私達アクシズ教徒は死ねばアクア様の元に送られます。そこでニホンという国に転生させてもらうわけですよ。死を恐れる理由がなにをありましょうか?」

「ああ、憧れのニホン!」

「らららー。様々な趣味を受け入れてもらえるニホン。そこではどんな趣向だろうが満足させてくれる最高の国」

「上手いことやりやがったなー。あいつも上手いことやりやがったな-」

「向こうで猫耳女性との薄くなっている本でも集めているでしょうね。らららー」

 

 何故急にミュージカル口調。 

 

 ……あー、そうだ。忘れていた。

 かつてめぐみんに紅魔族の葬式のことを教えられて、エリス教徒の知識のことを考えていたのを思い出す。

 

 俺とこの人達では――死生観が違うのだ。

 

 それにしたってこの人達は特殊すぎる死生観だけれども!

 

「で、出てきたからってなんだ。丁度良い機会だ。もうまどろっこしいのはやめにしてやる! 恨みの分までお前らを食らってやる」

「ほほう。スライム如きが大きく出ましたね」

「うっ!?」

 

 やべえ。めぐみんやゆんゆんの目よりも爛々と光っているように錯覚する目つきで魔王軍幹部を見るものだから、敵まで引かせる。

 

「もしや……私達がなんの準備もなしに来たとお思いですか?」

 

 そう言った彼は懐から中に液体が入った瓶を取り出す。

 瓶は見覚えがある。俺がついさっき自分の腕に叩きつけたものだ。

 

「いやー、大変でしたよ。これを全部持ちだしてくるのに私達も時間がかかったんです。なんせ物凄い余っていますからね。私達の方こそ丁度良い機会です。あなたで在庫処分ができますね」

 

 彼以外にもアクシズ教の人々は、次々に中に液体が入った入れ物を取り出す。

 大きな樽みたいなのを持ちだす人もいる。

 中に入っている液体は当然高品質の聖水なのだろう。これ……全部かよ。プール何杯分もあろうかという在庫だった。

 

 ゼスタさんは益々胡散臭い笑顔でこれ見よがしに聖水が入った瓶を振りながら、優しい口調で敵に語り掛ける。

 

「あなたがいくら強かろうが、耐性があるだろうが、これだけの聖水の海と浄化魔法の合わせ技では退治することができますよね?」

「うぐ、うぐううううううううううう」

 

 完全に勢いはこっちにあった。

 数の上では互角以上。なおかつ準備までしっかりした死を恐れない精鋭共。

 

 敵に回すとここまで恐ろしいのかアクシズ教!?

 自由自由と言ってたが、なんというか、自由過ぎない!?

 

「……悪魔倒すべし」

 

 彼は唱える。

 

『魔王しばくべし』

 

 彼らは唱える。

 爛々と瞳を輝かせながら彼らはこれから起こる惨状を予感させる暗黒に満ちた合唱をする。

 

『ついでにデッドリーポイズンスライム浄化すべし!』 

 

 誰一人として恐れを知らぬバーサーカーがデッドリーポイズンスライムの群れに襲い掛かる。

 それは子供の遊び場にズケズケと入ってくる大人げないにもほどがある大人のようであった。

 

「これだから! これだから! アクシズ教は大嫌いなんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 迎え撃つのは魔王軍の幹部。まともにやれば大抵の相手に完勝するだろう難敵だ。

 

 味方だと面倒くさい。

 敵だと滅茶苦茶面倒くさいと言われるアクシズ教徒の本領が発揮された。

 

 

 

 



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四十三話

 

 

「へいへーい。スライムさんスライムさんこちら手の鳴る方へー」

「お尻ぺんっぺんっ。この見事な尻にかぶりついて来いよ。どうしたほらどうした」

「うっわー、本当に来やがった。……馬鹿じゃねえの。おらおら聖水くらえ! 聖水に聖水にとどめに五年売れ残っている聖水だ! これ消費期限とか大丈夫なのかこれ!?」

「逃げるスライムは悪いスライム! 逃げないスライムも悪いスライム! 浄化されたスライムだけが良いスライムだはっはー! もちろんお前らが浄化されてもアクア様の元になんていけないけどな! ひゃっほいー!」

 

 彼らは全員が四人一組となり、一人はおとり、二人は聖水をかけ、最後の一人は聖職者で浄化の魔法を唱えるという見事なコンビネーションで、次々にデッドリーポイズンスライムを弱らせ駆逐していく。

 大義名分を得て嫌がらせをするアクシズ教徒とはここまでハチャメチャなのか。凶器の塊ともいえるデッドリーポイズンスライムを翻弄しながら効果的に殲滅していた。

 

 それにしたって、こいつら生き生きとしすぎである……。

 イジメだ。完全にイジメだ。

 

「魔王軍幹部をイジメてやがる……」

 

 深々と思わざるをえない。

 ……こいつらぐらいだろうな。魔王軍幹部をイジメられるやつらなんて。別格の危険軍団として扱われる理由を身をもって知らされたわ。

 

 再び戦況は逆転した。

 追い込まれる側になったデッドリーポイズンスライム、彼らの中でも本体といえる皮を被った敵は、髪の毛をバリバリとかいていた。

 

「アクシズ教! アクシズ教! くうぅううぐううううううアクシズ教め!」

 

 モンスターは発狂しかけであった。

 ここまで脈絡もなく盤面をひっくり返されれば誰だって狂いそうになるだろう。俺としてもまさかこんなことになるとは予想だにしていなかった。

 

「俺だってな、お前らにやられるのならまだわかる。一級品の冒険者に討たれるのは俺もモンスターとしてそれなら……と悔しいが納得できる部分はある。……だが、こんな滅茶苦茶な展開でアクシズ教徒に俺は負けないといけないのか! どれだけ、どれだけ俺がこの街に心血注いだと思っている! どれだけ俺が耐えたと思っている! 毎日……毎日……勧誘勧誘勧誘勧誘勧誘! 毒を入れるためには外に出なきゃならないというのに外に出たらこいつらから勧誘の嵐だ。一時期はな! もう俺……アクシズ教徒に入った方が楽になるんじゃないか……と本気で悩んだときがあるんだぞ!」

 

 ノイローゼ状態である。誰かに相談すべきメンタルの危険度だった。

 しかし、モンスター相手の医者は存在するのだろうか。

 

 俺に激怒した時もどこか幹部っぽい雰囲気を臭わせていた相手が、最早プライドも何もなしに仮面をかなぐり捨てている。

 

「大変な思いをした俺がこんな茶番みたいな終わり方だと! 頑張っているやつには報酬があってしかるべきじゃないのか! 神はどうした!? こんな可哀想な俺に祝福を与えるべきじゃないのか!」

「いやお前モンスターだろう……」

「うるせえ!」

 

 すごい逆切れである。

 こっちが黙ってしまうほどの逆切れだった。人間であれモンスターであれ追い込まれるとこんな風になるのか。

 

 俺からは見えないが、多分後ろにいるめぐみんは冷めた目で見ながら言う。

 

「敵とはいえ、もう見てて痛々しいですね。サクッとやっちゃった方が相手のためではありませんか」

「はぁはぁ。やる……俺をやるだと……? ここで倒されるとしても、このままただ終わってやられるものか!」

 

 それでも魔王軍の幹部なりのプライドがあるのか、精神的にギリギリの位置に踏みとどまって吼える。

 吼えた敵の眼光は、俺と背後にいるめぐみんを捉えている。追いつめられているとはいえ、こちらの背筋が凍るだけの力をまだ眼光は宿していた。窮鼠猫を噛むというが、追いつめられたのがライオンならどんなことまでできるのか恐ろしい。

 

「……こうなったら魔王軍の幹部としてユウスケ。お前とそこの爆裂魔法の魔法使いだけは殺す。人類の英雄と言われるララティーナの部下であるお前がこれだけできるとなると、今後魔王軍のためにならない。必ず障害となる。そこの女も、爆裂魔法の連発なんていう驚異的な真似。あの紅魔族としても厄介がすぎる。お前達二人は、今ここで俺が殺す」

 

 何時から俺はダクネスの部下になったのか。でもここには彼女の紹介状で来ているからそう思われてもおかしくないか。

 後ダクネスそんなこと言われているのかよ。俺もその一端を加担してるとはいえ、評判のとんでもなさに冷や汗をかくよ。

 

「ふふふ、敵ながら良い目の付け所ですね。紅魔族随一の魔法使いである私を今後のために殺しておくというのは素晴らしい判断としか言いようがないです」

「……めぐみんさん。いまだに歩けもしないのにその上から目線。正直私でもどうかと思うわよ。……前から思ってたけど、めぐみんさんってアクシズ教に近いものを感じるわ」

「なっ! その侮辱! 先祖代々のプライドをかけて決闘しますよ!」

「そこまで言うほど!? 散々ボロクソに言われることが多い私としてもかなり辛いわよ!」

 

 後ろでいつもの如く仲間であるめぐみんとアクシズ教徒であるセシリーが言い争っている。

 確かに紅魔族というかめぐみんとアクシズ教は若干似た傾向を感じなくもない。口が裂けても本人には言えないが。めぐみんは怒らすと怖いのだ。なにするかわからないからな。ゆんゆんを見習ってほしいと思いつつそういうとこがめぐみんの可愛いところだと思ったりもする。

 

 焼けただれるようになっていた手には力が戻っている。

 あそこまで見事な回復魔法の使い手だとは。これなら全力で戦闘ができる。……気軽に男の尻を触ってくるような人だが、能力だけは超一流だ。そんなゼスタさんは嬉々としてデッドリーポイズンスライムの群れを浄化していた。あれなら全滅もそう遠くないだろう。

 

 この俺の前にいるやつさえ倒せばな。

 

「買いかぶりすぎだ。俺なんて魔王軍をどうかにかできるほどの未来はないさ」

「――でも、ユウスケは魔王討伐をするんですよね。あなたが言うなら私はてっきりそうなると思っていましたが」

 

 背後の二人。

 喧嘩をしていためぐみんがそんなことを言ってきた。

 懐かしいことを言うな。一番初めの出会ったときの紹介だっけ。紅魔族流の挨拶にこっちも同じように返してしまったときのことだ。俺は確かにそんな紹介をした。

 

「ユウスケはその場凌ぎの嘘を吐くことはありますが、本気で言ったときは絶対してくれる男ですから。……ふふ、私は魔王討伐の仲間ですか。これは後世に名前が残りますね。最近友人のダクネスが有名になっていて忸怩たる思いをしていたのですよ。一発逆転ですね」

 

 期待が重いな。まあけど、嬉しい重さというやつだ。

 アクア様から使命を授かった俺は全力で叶える義務がある。そして、これだけ力のあるめぐみんやゆんゆんが力を合わせてくれるんだから、なんだってできるような気分になる。

 

 クズさで期待に裏切り続けている俺だが、できるかもしれない期待には答えないと。

 

 剣を下に軽く突き刺す。

 まるでなにかを宣誓するかのような格好で俺は言う。

 

「どうやら……お前の買いかぶりでもないらしい。魔王軍にとって脅威になるかもしれない俺はさっさと倒しに来た方がいいかもな。そんな状態のお前にやられるのはありえないが」

「ぬかせ。次は腕どころか全身を溶かしてやる。回復魔法なんてものが効かないぐらいにな!」

 

 最終局面である。

 

 周囲では町中のアクシズ教徒とデッドリーポイズンスライムの群衆との闘い。

 相手はどうしようもないほどの絶体絶命に追い込まれた魔王軍幹部。

 こっちは俺と背後には二人。魔力も体力も尽きためぐみんとアクシズ教のセシリー。まだわからない。目の前の相手次第ではここから逆転もあり得る。魔王軍の幹部とはそれだけの存在だ。

 

「……っ」

 

 誰かが息を飲んだ。俺かめぐみんかセシリーさんか。それとも呼吸なんて必要のない相手かもしれない。

 

 どちらが仕掛けるのか。

 少なくとも俺から仕掛ける気はない。

 

 となれば、相手から仕掛けてくる。

 

「ゆうすけえええええええええ!」

 

 俺の名前を叫びながら、襲い掛かってくる敵。わざわざ俺の名前を呼んだのは、俺という存在を認めている故かもしれない。

 

 それに対して俺は動かなかった。なぜなら――俺以外の人がもう動いているからだ。

 背後には二人。片方は仲間でもう片方は仲間ではない。そして俺の仲間は三人いる。

 

 こっそりと隠れて木陰などで身を隠しながら移動したゆんゆんは、片手にマナタイト石を掴みながら敵に斜め後ろから接近する。

 最高のタイミングでの不意打ち。音もなく彼女は魔王軍幹部に強襲をかける。

 

「――まさか、俺が気づいていないとでも」

 

 敵は首の可動域など知らないようにゆんゆんのいる方へと顔を向く。

 敵は化け物で、容易い相手ではない。

 

「言っただろう? 熱によって探知するって。お前がこそこそ動き回っていたのなんてこっちは手に取るようにわかっていたさ。……お前を半分ほど溶かして人質にすれば、さっきも魔法使いを庇ったあいつはあっさりと殺されてくれるかもな」

 

 スライムの生態。

 熱によって相手を感知する。生き物を感知することに長けた相手に、こっそりと不意打ちするなんていう真似は出来ない。

 

「まずはその顔から溶かしてや――なぁああ!?」

 

 

 それなら堂々と不意打ちしてやればいい。

 

 

「足が。下が動かない、だとぉ!?」

 

 敵の動揺が手に取るようにわかる。自分の手のひらで動かしていたと思ったら、突然手のひらから零れたことの驚きだ。

 

 ……あっちに気取られ過ぎたな。

 確かに生物の感知にかけてはそれ専用のスキルを持ってない限り人間では太刀打ちできないだろう。しかし、生物の体温を感知することに特化した魔法生物である相手は、低温を感知するのは下手だ。

 例えば、こうして氷のような。

 

 既に――地面には剣が刺してある。

 

「地面フローズンソード」

 

 条件は揃っていた。

 前方面へと指向性を操作した凍結スキルを、俺はあいつがゆんゆんに襲い掛かる一テンポ前に発動していた。

 蛇のように伸びた氷の道は敵の足元にへと到着し、その下半身を凍らせている。

 

「お前! お前! ユウスケえええええええええ!」

「俺とめぐみんが危険? それでは不十分だと教えてやる。俺なんかよりよっぽど有能で頼りになるやつが俺の仲間にはいるんだよ」

 

 ……もしかしたらこいつに知性がなければ俺の凍結スキルを無視して皮を突き破り、ゆんゆんに襲い掛かって逆転されてたかもしれない。

 だがこいつは隙を見せた。一瞬の混乱をした。知性がある故の次の最適な行動を求め、考えた。幾つかある選択を悩むことになった。もし本能だけの存在なら、そんなことはありえなかった。

 

「なあ、俺が今までで戦ってきた中で一番強かったモンスター。難しいものだな。……知性があったからこそ俺達は追いつめられたが、知性があるからこそお前は負けるんだ」

 

 これが俺がこの相手に言える最後の言葉だった。

 

 魔王軍幹部。多額の懸賞金を持ち転生者によって体を改造されたデッドリーポイズンスライム亜種。その出自の珍妙さとは逆に、この相手は賢く強く大きかった。人間に擬態する能力。人を簡単に殺せる毒。どれもが恐ろしく、こうした局面にたどり着いたのは奇跡だろう。

 でも大した奇跡でもない。俺の仲間とアクシズ教徒がいれば起こせる程度の当たり前の奇跡でしかない。

 

 ゆんゆんは一瞬の隙を見逃さず、まるでこういう隙を俺が作ってくれると信じていたように接近して、高位の魔法使いでも使うのが難しいその呪文を唱える。

 

「――テレポート!」 

 

 断末魔すらない。

 敵は一瞬光ったかと思えばもうすでにそこにはいなかった。

 残っているのは、氷の跡だけだ。その跡だけがこの強敵が残した印だった。

 

 魔王軍の幹部はもう俺達の前から綺麗さっぱりいなくなっていた。長きにわたってこのアルカンレティアで活動した相手もここから離れることになった。

 

「ふぅ……」

 

 緊張の緩和から膝を地面に着きたくなる。体の方は回復したといっても、精神的には疲れている。大きな怪我をした後だからというのもあるだろう。

 

 一先ずは今日の戦いはこれで終わりと言っていいかな。勝敗は決したといっていい。

 アクシズ教徒とデッドリーポイズンスライムの群れとの戦闘も掃討戦に入っている。少しぐらいは息を吐いてもいいに違いない。

 

 ……疲れた。

 思った以上に俺は疲労していた。それに、誰かに怒るというのはこれだけカロリーを使うことなんだな。知らなかった。

 

「どうやらもう私達の出番は必要なさそうですね」

「ゆんゆんさん素敵だったわ! ……それに比べてユウスケさんは殆ど突っ立っているだけって男の人としてはどうかと思いますー。思いますー」

 

 背後にいた二人が俺の隣へと並んだ。

 めぐみんはまだだいぶ辛そうだが、なんとか立つぐらいはできるみたいだ。

 

「そういうセシリーさんこそ何もしてませんよね。格好良く応援に来て私の隣に突っ立っているだけです」

「私は! 私は! めぐみんさんのためを思ってボディーガードをしているのに!」

「ならもういいので、他のアクシズ教徒の加勢に行ってください。私のボディーガードはここにいるので。ですよね、ユウスケ」

「冷たい。なんて冷たい一撃! けど最近ちょっとそういうのにも快感を覚えてきている私がいるわね」

「……やめてください。会うたびに強力になっていくの。あなたは物語の主人公か何かですか」

 

 もうこれ以上厄介さを増やさないでほしいものだ。成長するのもほどほどにしてくれ。

 

 俺は布で剣を拭いてから鞘に納めて、ゆんゆんにねぎらいの言葉と聞かなければならないことを尋ねる。

 

「ゆんゆん、ご苦労様。最後にビシッと決めたな」

「決めました! ……それもこれもユウスケさんが手助けしてくださったからですよ。すごいです!」

「ふん。私としては不服ですよ。私の爆裂魔法で終わりの方が綺麗に締められるのに。なんですかテレポートって。パッとしません。やり直しを要求します」

「前半だと間違いなくお前が一番目立っているんだからそれで満足しろ」

「できません。どっちかというと私としては最後の良いところだけ持って行きたい派ですから」

「贅沢なやつ。それで、ゆんゆん。テレポートってことはどこかにあいつを送ったんだよな。どこに送ったんだ?」

 

 接近したらてっきりありったけの力を込めた氷系の呪文でも使うと思っていたら、空間移動であるテレポートの呪文だった。

 ということは送る先がないといけない。ゆんゆんなら変なところには送ってないと思うが。

 

「そのことについては私も気になっていました。ランダムテレポートでしょうか。……まさかゆんゆん。テレポート先って私達の里……」

「違うよ! ……まあ紅魔の里なら突如現れたデッドリーポイズンスライムにも対応できるかもしれないけど」

 

 できるのか。

 ゆんゆんクラスの魔法使いが何人かいるなら確かにできなくもないか。改めて考えるとヤバい戦闘力だな紅魔族。絶対敵に回さないようにしよう。

 

「ゆんゆんさんってばそれならどこに送ったの。確かテレポートってある程度送る場所の枠に制限があるのよね」

「送っても絶対安全なところに送りました! あのデッドリーポイズンスライムを普通の場所に送ったらいけないなんて私でもわかります」

「おっ、そこら辺はちゃんと考えていたんだな。偉いぞゆんゆん」

「えへへへ。もうユウスケさんってば」

 

 褒めると頬を緩めて喜んでくれるからゆんゆんは褒めがいがある。

 褒めていてこっちも嬉しくなるというのは彼女の凄いとこだ。

 

「いや、ですからどこに飛ばしたのか知りたいんですけど。もったいぶっておちょくっているのですか。もし私が万全なら無駄に大きい胸をこねくりまわしてましたよ」

「はいはい、私もする! セシリーお姉ちゃんもその素敵な行事に参加します!」

「言うから! もう言うから!」

 

 真っ赤になって自分の大きい胸を隠すゆんゆん。

 自分の体の方が優れているなどと言いながらも、めぐみんなりにゆんゆんの発育にコンプレックスがあるので喧嘩になるとよくめぐみんは彼女の胸に攻撃する。

 

 そしてゆんゆんは一度息を吐いてから、とんでもない送り先を教えてくる。

 

「あれやられると、普通に痛いんだからね……。私が送った先は火山です」

「……火山?」

「覚えてます? 前にウィズさんと数日でかけていたの」

「そんなことありましたね」

「あの時に火山の火口のところに移動先を設定していたんです。いや、苦労したんだよ! 送られたら絶対マグマに落ちる場所に移動先を設定するの! ウィズさんと一緒に氷魔法で頑張ったんですから!」

 

 めぐみんとエロ遺跡に潜った日に彼女は帰ってきたが、まさかそんなことをしていたなど考えもしなかった。

 

「つ、つまりは、あのスライムは送られた先でそのままマグマにボチャンと?」

「そういうことになりますね」 

 

 彼女は笑顔で肯定する。

 満面の笑みで言葉を続ける。

 

「幾ら耐性があろうが問答無用で焼け死ぬのは決定しています! これならどんな強敵だろうが送っても安全ですね。めぐみんったら私が紅魔の里に送ったなんて疑惑をかけてたけど、常識的に考えてそんなことするはずないでしょ。もうめぐみんってばー」

「…………」

 

 無言だった。俺達は無言だった。

 無言になってしまうのだった。

 

「……前に私達の中で一番強いのはゆんゆんだと言って否定しましたが、一番怖いのはゆんゆんかもしれませんね」

 

 ポツリとめぐみんが漏らした言葉は、ゆんゆん以外の心の声だったのかもしれない。

 

 防御無視の反則技である。幾ら耐久力があるとはいえ、いや耐久力があるからこそ地獄と化す所業だ。空を飛べないものは問答無用で殺される。

 

 えげつない。

 こわっ。ゆんゆんこわっ!?

 

「なんなの? 皆どうしたの? ここは全員一緒になって喜ぶシーンじゃないんですか!」

「そ、そうですね。ゆ、ゆゆゆゆさん」

「誰!? そんな名前の人私知らないです!」

「お、おう。ほ、ほんとゆんゆんってば頼りになる。頼りになりすぎて困ってしまう。えと、今度から俺もゆんゆんさんとお呼びした方がいいでしょうか」

「距離!? すごい心の距離を感じる!」

「ゆんゆんの行動力はたまに私でさえ引かせるものがありますね……」

 

 なんで私頑張ったのにー! とアルカンレティアの街の外でゆんゆんの叫び声が響き渡る。

 

 あまりの恐ろしい必殺技に俺とセシリーさんは抱き合って若干震えていた。

 あっ、こいつ意外に柔らかくて良い臭いがするなどと考えている。

 

 こうしてデッドリーポイズンスライム。魔王軍の幹部との戦闘はとりあえず終わったのである。

 ……まあいまだに少量だけ残っているデッドリーポイズンスライム達をイジメているアクシズ教徒の声は聞こえるのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 デッドリーポイズンスライム。

 あの敵の被害は大きかった。温泉も秘湯は壊滅に近い。だが、源泉は無事であり、長い日数をかければまた元に戻るだろう。

 今回は腕も治してもらっていたので俺は怪我もなく、めぐみんは一日たっぷりと寝て体力と魔力を回復し、止めをさしたゆんゆんさん……いやゆんゆんは普通に元気である。泣きながらさん付けはやめてくださいと言われたら俺もやめるしかなかった。

 

 そんな俺達は街の住人達に見送りされようとしていた。

 

「とうとう私達も大物になったという感じがしますね。妥当な待遇です」

「わわわ、こんな大勢でなんて。恥ずかしいというか悪い気分だよ」

「何を言うんです。私達の実力があってこその今回の幹部討伐ですからね。悪びれるところなどないのですから堂々としておけばいいんですよ」

「その通りです。今回ばかりは本当にお世話をかけました」

 

 百人以上はいる中から、ゼスタさんが代表となって一歩前に出てくる。

 

 これだけ多くの人から見送りされると俺もゆんゆんのように恥ずかしくなってくるな。注目を浴びてめぐみんは嬉しがっているが。

 今もそんなにない胸を張っている。

 

「皆さんももう行かれるのですか。私どもとしても祭りを開いて豪華におもてなしをしたいのですが」

「ここに長居しすぎましたからね。丁度良い機会なので紅魔の里にでも行って来ようかと思います。なんでもゆんゆんの話を聞く限りではそっちでも祭りをやるみたいなので」

 

 一度帰っていったゆんゆんがいうには紅魔の里で文化祭の準備をしていたらしい。

 あの紅魔の里の文化祭というと見てみたい気持ちがある。

 それに……この街ではあの宿屋はもうやっていない。暫くの間はここで泊まるというのはなんとなく遠慮したい気持ちなのである。

 

「まあどの道アクセルの街にはテレポートの指定をしていないので、帰りにこの街へテレポートで寄ってから帰らないといけないないんです。また帰る途中に挨拶させてもらいますね」

 

 ダスティネス家へのお土産もその時に買うつもりだ。

 

「では、再び立ち寄られたその時に魔王軍幹部の討伐報酬をお渡しします。……しかし、いいんですか。報酬はそんなに多くなくて。いくら私達でも今回の成果はあなた達の存在が大きいのを自覚していますからね。報奨金から多額を持っていっても恨み言ぐらいしか言いませんよ」

 

 恨み言は言うのね。

 

「マナタイト石の分は別として貰えるということですし、それ以外は均等に分けましょう。……皆さんも今後色々大変でしょう。温泉の方は暫くは客足にも影響出るでしょうし……」

「それなら問題ありませんよ」

「いやいや。お湯はあれだけ毒で汚染されたら問題ないわけがないですよね!」

 

 この街のアクシズ教徒にとって温泉は重要な資金源だ。もう問題がないとはいえ、毒が入っていた温泉というのは風評に激しく悪い。

 元の客足を取り戻すのは何年単位でかかるだろう。温泉の改修費と一緒に幾ら金があっても足らないぐらいだと思うのだが。

 

「ああ、温泉の方は確かに今後も厳しくなるでしょう。しかし、私達にはもう一つ金のなる木ができましたからね」

「……危険な商売に手を出したんじゃないんですかね」

「めぐみんさん。何という疑いをかけます。これでも私達はアクア様の信徒ですよ? もちろん合法ですよ、合法な商売です。合法ですから」

「合法なら安全ですね!」

 

 ゆんゆん。こんなに合法を連呼されると、むしろ俺には法の隙間を縫った危ない商売に聞こえるんだが。

 

「論より証拠ですか。まだ作り立てですが、チラシはできているのでそれを持ってきてください。……ありがとうございます。ユウスケさん、これが、これが、私どもの金のなる木。いえ、金のなる水ですかね」

 

 そのチラシは聖水の宣伝だった。

 彼らが作っていた聖水である。宣伝文句は――魔王軍幹部を浄化し討伐した聖水となっている。やたら上手い絵も載ってあった。

 

「これは……」

 

 そういう手か。

 控えめにいって売れるわ。

 実際聖水によって討伐できたものでもあるし、嘘じゃない。飛ぶように売れるのが俺でも推測できる。

 

「これを大々的に押していくつもりです。冒険者ギルドの一部にかね……ではなく善意で宣伝もしてもらっていますし、昨日の今日ですでに注文が来ているぐらいです。聖水は元はただの水ですから元手もあまりかかりません。ここだけの話……もう笑いが止まりません。ぐふふふ」

「商品展開もばっちりです。僕のところは魔王軍幹部にダメージを与えた爆裂饅頭を今作成中ですし、お前のとこはなんだっけ?」

「俺のとこは魔王軍幹部から逃げきれた靴だな。そういえば、それにあたってユウスケさんの靴大分参考にさせてもらいました」

「別に構いませんが……」

 

 全力でこいつら湧き出た蜜を吸いに来てやがる!

 

 ここまで全力だといっそ清々しいわ。半端ねえよ。もうそれしか言えない。商売根性逞しすぎる。どこでもやっていけるだろこの人達なら。

 

「魔王軍も馬鹿なことをしましたね。この人達を潰そうとするなど無茶なことを考える方が間違っています」

「俺もそう思うわ……」

「めぐみんとユウスケさんのグッズ。……わ、私のグッズはないんですか!」

「ないですね。頭を捻ったのですが、テレポートは商品化しにくかったので」

「ええ! 私も活躍したのに! と、トルネードもやったんですよ! 今からでも私のグッズも!」

 

 ゆんゆんは自分だけ仲間外れになっている感じがするのかグッズを要求している。

 実際にグッズが出たら出たらで恥ずかしがりそうなんだが。出てたら帰りにめぐみんとゆんゆんのは買っていこう。俺のはいらない。

 

「というわけで、私どもは大丈夫なので、今からでも取り分を多めにしてもらって構いませんよ。今回の件は非常に感謝しています。多めに持っていかれても私達の恨み言も一つや二つです」

 

 少ないけどやっぱ言うのね。

 けど、あらかじめ俺達が相談して決めたことだしな。

 

「マナタイト石分以外は取り分は皆さんと同等でいいです。俺達はダスティネス家との関わりということで参加させてもらいましたからね。彼らの名前を使っている以上、そういうわけにはいきません。……もしダスティネス・フォード・ララティーナでしたらお金などいらないというところですが、俺達はただの冒険者なので一応その分は頂かせてもらいますが」

 

 俺達だけ多く貰ってもしダスティネス家が強欲など噂が立ってしまったらことだしな。

 

 それになにより俺達だけが命をかけたわけではない。彼らも同じく命をかけた。危ない時助けてもらったのは俺達も同じだ。だからこそそこに差をつけるわけにはいかなかった。

 

 そんな理由で彼らの申し出を断ったわけだが、ポツリとアクシズ教徒の誰かが呟く。

 

「素晴らしい……さすがはダスティネス家。いや、ララティーナお嬢様の紹介」

「俺さ……。疑っていたんだよ。貴族なのに作戦を立ててデストロイヤーを倒したなんていう話。できすぎだろって思うだろ? 絶対盛られた話だって思ってた。……でも今日で確信した。なにもかも真実だってな」

「私と変わらない歳の女性が、素敵すぎるわ。ララティーナお嬢お姉様! 素敵! 素敵! 足舐めさせて!」

 

 ……うん?

 く、雲行きが怪しくなってきたな。

 

 信者たちは目がグルグル回っている。怪しい光り方をしている。状況に敏感なめぐみんはというと、どこかに逃げ場所がないか周囲を見渡していた。しかし、俺達は彼らに囲まれているのだった。

 

 ゼスタさんは振り返って信徒達の方へと向き、勢いよく拳を天に突きだした。

 

「皆様もお聞きになられたでしょう。こればかりは認めざるおえません! ララティーナお嬢様の尊き行動を! 我々も彼女の誰の模範ともなるような気高き魂に応えなくてはいけません! ――アクシズ教団の最高責任者として認定しましょう。彼女ダスティネス・フォード・ララティーナこそアクア様よりも遣わされた天の使いであるということを!」

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおララティーナララティーナララティーナお嬢様!」

「ララティーナお嬢様! ララティーナお嬢様! ララティーナお嬢様!」

「ララティーナお嬢様! ララティーナお嬢様! ララティーナお嬢様!」

「ララティーナお嬢様! ララティーナお嬢様! ララティーナお嬢様!」

 

 街全部が地震に見舞われたかのような大歓声。

 老人大人子供関係なくの大合唱である。めぐみんよりも体の小さい少女ですら腕を突き上げ、男らしい歓声をあげている。祭りの真っ最中でもないような盛り上がりである。

 

 おや、おやおやおや。おやおやおや?

 

「いつぞやにも見たことがある光景ですね」

「あれってギルドでだっけ。あの時よりも皆興奮しているように見えるわ」

「まあ前回は勝てるかどうかわからない勝負でしたので乗り切れない部分もあったのでしょう。今度は元々のダクネスの風評に実際事件を解決したという成果込みの熱狂でしょう。ユウスケ、この状況どうします?」

「ど、どうしよう……」

 

 俺は頭ぐるぐる状態である。折角温泉毒事件が解決したと思ったらそれ以上の心配事をぶつけないで欲しい。

 なんとかなんとしないと……俺にそんなことできるのか?

 

 狂喜したアクシズ教徒を上手く抑える方法? そんなのないに決まっているわ!

 

「よし、もう行くか」

「ほー。逃げるのですか」

「……だって、これどうしようもないだろう」

「うん、私もこの状態だと逃げるしかないと思います。テレポート唱えてますね」

 

 彼女が罵声を浴びているなら俺としては抗議せざるをえないが、褒めたたえているのであって止めにくい。だから仕方ないのだ。こればかりは俺には無理である。

 まあ家名が上がるのは悪いことではないだろう。きっと。……そう思いたい。

 

 流石になにも言わないままいくわけにもいかないので、俺は皆に聞こえるようにある程度声をあげて別れの挨拶を言う。

 

「あの。俺達もう行くんですが……」

「ララティーナお嬢様! ララティーナお嬢様! ララティーナお嬢様!」

 

 聞こえてないね!

 彼らのヒートアップっぷりは次の日までやっていそうな勢いである。ダメだ。別れの挨拶は俺側からは言ったし、これでよしとしよう!

 

「うるさいですし、もう行きますか」

「紅魔の里はこんなのじゃないと願いたい……」

「おいこら。喧嘩売っているのか。流石にこの異常集団と私達を一緒にされると私の爆裂魔法が火を吹くのだが」

「じゃあ掴まっててね皆。テレポート!」

 

 そんなこんなで、町中の人間が熱狂する中、大手柄を立てたとは思えないほど俺達はこそこそと逃げるようにしてアルカンレティアから去るのであった。

 色々あった。本当に色々あった街だった。そして、最後まで賑やかな町だよここは。

 

 さよなら。アルカンレティア!

 

 

 

 

 

 

 

 




2章もようやく終盤
ここからはおまけみたいなもので紅魔の里では戦闘はなくエロだけやって2章も終わります
7月入ってから更新速度をある程度戻したい


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四十四話

 

 

 ゆんゆんの呪文によって俺達は一瞬にして移動する。

 

 何度やっても慣れない感覚。夢を強制的に覚めさせられるような不快感。

 刹那の浮遊感の後、俺は一瞬にして踏み入れたことがない場所へと訪れていた。

 

「惜しむ声を振り切って紅魔の里を出て幾星霜。……ふっ、帰って来ましたよ。歓迎の者はどこですか? ふふ、この紅魔の里随一の魔法使いが――ってゆんゆんの家じゃないですか!」

 

 俺達が移動した先にある光景は、何故だか大きな家だった。

 

「当たり前じゃない。私のテレポート登録なんだから自宅の前にしとけば楽でしょ」

「ぺっ。故郷に帰ってきてすぐにゆんゆんの家を見せられるとは、嫌がらせですか」

「何を言っているの。ただの私の家じゃない。普通でしょ」

「はっ、なんですか、この大きさ。無駄以外のなにものでもありません。自慢ですか? 自慢ですよね」

「別に自慢してないから。確かにめぐみんの家は私の家の半分もない小ささだけど、家の大きさでどうこういうのは悪いことだと私思うな。めぐみんの家は小さいけど私は好きだよ。ほら、めぐみんも発育勝負の時に言ってたじゃない。自分の体は小さいから勝ちって」

「……小さい小さいうるさいですよ! こっちもそれも無駄に大きくしやがって!」

「い、痛い! む、胸は関係ないでしょ!」

 

 アルカンレティアから逃げるようにテレポートした先は、ゆんゆんの実家の前である。

 

 結構な大きさで、優に俺達の家の二倍はあった。

 そういえば紅魔族の村長の娘だもんな。裕福な家庭で育ったから、この魔法使いはこんなに性格良くて健やかなボディーに育ったのだろう。

 

 しかし……ここが紅魔の里、か。

 自然と顔が強張り、手足が警戒態勢へと移行する。

 

 左右上下と顔を曲げて見れば――予想に反して牧歌的な光景が広がっている。

 家がデストロイヤーみたいに足が生えて動いたり、上に宇宙船が飛んでいたり、下に地雷が埋まっているということもなさそうだ。

 

「案外普通の場所なんだな、紅魔の里って。噂もあてにならないもんだ」

「どんな噂か気になるところですが、そんな変な場所ではありませんよ。なにせ私の故郷ですから」

 

 いや、お前の故郷だから変な場所だと思うんだが。

 

「観光名所も揃ってますしね。ゆんゆんの家の近くだと、猫耳神社や聖剣が刺さった岩などありますよ。聖剣抜き試してみます?」

「聖剣。へぇー。すごい場所があるんだな」

「あそこの台座には人数によって抜ける魔法がかかってあるけど、まだまだ到達人数には遠かったよね? 今抜こうとしても絶対無理ですよ、ユウスケさん」

「前言撤回。……やっぱ普通じゃねえわ」

 

 あの紅魔族だもんな。

 格好良さ重視。その場のノリ重視。そして、魔法使いとしては最高クラスの一族。何が出てくるかわからない。

 

 敵地でもないのに緊張させられる場所って何なんだろう?

 

「あ、一つ大事なことを忘れてましたね」

 

 ぼーと考えていると、クイクイと袖を引かれる。

 

「ん?」

 

 視線をわずかに下げると、そこにはめぐみんが杖を手に持って、まるで大きなものを抱きしめるかのように両手を広げていた。

 いつものように不敵な笑みで。

 

「ようこそ、紅魔の里へ。あなたなら歓迎しますよ」

 

 そんなことを言ってくれた。

 ちょっと嬉しい。

 

「うわ、ずっこいよめぐみん! 私もやりたかったのに! 昨日言ったじゃん!」

 

 ほんと、たまにめぐみんって不意打ちで嬉しいことを言ってくれるよな。

 そこら辺は確かにズルいと思うわ。

 

「早い者勝ちです。先手必勝。殴られるより殴れ。これこそが紅魔族の必勝法ですよ」

「私達って魔法使いなんだからせめて魔法で例えて欲しいな……」

 

 当初は予定していなかったが、文化祭があるということでなし崩し的に俺達は紅魔の里に来た。

 

 一見すると普通なようで、まったく普通じゃない場所であるあの紅魔の里にである。

 どいつもこいつも賢い者だらけ。敵でないにしても知能が高い彼らは警戒すべき連中である。迂闊に動けば俺のクズさもばれる。

 ここでは俺は注意深く、ぼろを出さず、大人しく動こうと思っていたのだが、そうは言ってられなかった。

 

 なんせ、紅魔の里である。

 

 

 結論から言うなら――この里では殆ど俺は正気ではなかった。

 

 

 

 

 

 折角ゆんゆんの家の前に来たのだ。

 同じ家に住んでいるし、一人娘を実質預かっているようなものなので親御さんに挨拶をと考えたのだが、顔を真っ赤にしたゆんゆんによって妨害された。恥ずかしいらしい。

 なんかもう色々今更な感じはするのだが。

 

 今日から紅魔の里の文化祭。

 文化祭は二日もやるらしい。俺の高校では一日だったけど、こっちでは長いことやるんだな。といっても一日分しか変わらないが。

 そんなわけで俺とゆんゆんは文化祭をやっている学校にへと足先を向けていた。

 

「この道に幼いゆんゆんは通っていたんだよな。懐かしい?」

「懐かしいというほど時間は経ってませんよ。でも……うん。懐かしいかもしれません。学校時代もあの子に振り回されたりで大変だったけど、冒険者になってからの時間は濃かったですから」

「ほんと大冒険だよな。デストロイヤーを止め、魔王軍幹部討伐する。たった半年の冒険とは思えない。それに普段の冒険も事件が起こるし。俺は自身を石橋を叩いて渡るタイプだと思っているのにな。これだけ半年が濃かったのも、絶対めぐみんのせいだぜ」

「もー、ユウスケさんも人のこと言えませんからね。たまにとんでもないこと言いだすんだから」

 

 学校の委員長みたいに人差し指を立てて注意する。

 実にそういうポーズが似合っていた。可愛らしく見える。けど、ゆんゆんにも注意されたくない。めぐみんの暴走はある程度予想できるが、ゆんゆんの暴走は予想がつかないんだよ。温泉で抱き着いて来たとかもそうだが。

 

「それを言ったらゆんゆんもだろ。……ぷっ、じゃあ皆問題児パーティーってことか」

「ふふっ、ですね」

 

 などと二人で笑いあう。

 これでもアクシズの街では名の知れたパーティーだが、一皮むけばこんなものだ。完ぺきなパーティーなど存在せず、デコボコだからこそ愛着がわくのかもしれない。

 

 あっ、とゆんゆんがなにかを見つけて、俺を手で招く。そこには一輪の花があった。

 お花を見つけて呼ぶなんてゆんゆんも可愛らしいところがある。

 

 ボソッと俺は小さな声で感想を呟く。

 

「……綺麗なは――」

「このお花食べられるんですよ。砂糖と煮詰めて食べれば結構おいしいんです。そっちのお花は茎のところをきざんで炒めれば食べることができますし。あれ、ユウスケさん。何か言いました?」

「……なんでもない」

 

 まさかの食用目的かよ。

 流石に可愛いとは表現できないわ。

 

「よくそんなこと知ってるな」

「めぐみんに食べさせられたことありますからね。奢られたお返しですなどと言いながら食べさせられたことがあるんです。……嫌がっていても無理矢理」

「私のご馳走が食べられないんですか。……折角、あなたのために作ったのに悲しいですね、みたいなこと言われたり?」

「そっくりです! もしかしてユウスケさんもやられましたか?」

 

 やられたことはないが、あいつのやりそうなことだ。

 

 後、実はあの魔法使いは家の庭で食用の草の種などを植えたりしている。育てた食用の草を食事に使って節約したり、できる主婦みたいな面もあったりする。

 財布がクーポン券でパンパンだったり、大雑把なようで家庭的なめぐみんである。

 

「めぐみんとゆんゆんってやけに仲いいけど、学校に在籍していた当時はめぐみんと四六時中一緒だったりしたのか? 他に仲良い人いたの?」 

「も、ももももちろんいましたよ! た、確かにめぐみんとは一緒に学校を過ごして、めぐみんと一緒に学校から帰りながら喫茶店に寄ったりして、学校がない時もめぐみんが暇なら遊んだりしていましたが、めぐみんと会っていたのはそれだけです」

「……それもうずっとめぐみんと一緒にいない?」

「はっ!? ほんとだ! で、でもでも! わ、私もふにふらさんやどどんこさんみたいな友達がいましたし、私よりめぐみんのが友達いなかったかもしれないぐらいですよ」

「じゃあむしろゆんゆんがめぐみんの相手してあげてたんだ」

「そう……なこともないですね。私も、めぐみんといたら楽しかったですし。……ふふ、こんなことめぐみんには言えませんけど」

 

 一瞬考えるも、はにかんで言うゆんゆん。

 いつもながら仲の良い友人関係である。いっそ姉妹に見える。優しい姉と自由気ままな妹。

 

 そんな話題となっている妹めぐみんは今は、実家に帰宅中だ。私は家族の顔を見てくるので、先に学校に行ってくださいと言われて、今ゆんゆんと二人で学校への道を歩いているわけである。

 

「故郷に帰ったらすぐ家に帰るって、ああ見えてめぐみんは家族思いだよな」

「妹のこめっこちゃんのことあの子は大好きですからね。あーあ、私もこめっこちゃんみたいな妹欲しかったな」

「ふーん、妹を溺愛するめぐみんか。妹好きなのは知っているけど、実際の光景は想像できないわ。めぐみん自体妹っぽいじゃん」

「それわかります。私も同じ年なのにたまに妹みたいだと思いますもん。でも、こめっこちゃんと一緒だとお姉さんな一面が見れたりしますよ」

「姉ぶるめぐみん……超見たい」

 

 見た過ぎる。

 末っ子気質のめぐみんがどんな姉行動をするのか見たかった。

 

「あっ、ダメですよ。ユウスケさん。そういうとこ茶化したりするのはよくないです」

「わかってるって。少しにやつくだけにしとく」

 

 取り立て話したい話題があるわけでもないし、あっちこっちと話が飛び散らかしながら歩く。

 会った当時はわからなかったが、ゆんゆんは意外にも会話好きである。自分の中でため込んでいる話が一杯あるのか、話し込むとずっと会話が続いていく。

 俺も彼女と会話をするのは好きなので、適度に相槌を打ちながら聞いていると、この前なんて五時間ぐらい経っていることもあった。話の中身はめぐみんに関することも多いが。

 

「ここがめぐみんとゆんゆんの母校か。普通の中学校みたいだな」

 

 会話しながら歩いていると、彼女達の学校につく。

 学校は日本のものと大差なかった。ごく普通の外見をしている。文化祭のためか看板や垂れ幕などがあったりするが、そこまでおかしな光景ではない。学校の前にはただただ広いだけの校庭があって、なにやらステージが置かれているのは、ここで文化祭の催し物でもやるのだろうか。

 

「ユウスケさんユウスケさん」

 

 今度はゆんゆんが俺の袖を引っ張る。

 めぐみんの場合だと本当にぐいぐい引っ張ってきたが、ゆんゆんの場合だと摘まむ程度だ。そこらへんに性格の差が見れる。

 

「ようこそ、我が母校へ! ユウスケさんなら私大歓迎しちゃいます。えへへ」

 

 そんな言葉と共に満面の笑みで両手を広げていた。

 かわいらしさ全開といった姿だ。思わずこちらの頬も緩ませる効果を持っている。

 

「余程やりたかったんだな」

「もちろんです! 実は前日に一緒にしようとめぐみんと約束していたのに、一人でやっちゃってほんとずるいですよね」

 

 微笑ましさがすごい。

 衝動に身を任せると抱きしめてしまいそうなので、視線をそらして校舎に目を向けると、垂れ幕が目に入ってくる。

 

 学校には垂れ幕がかかっていて、その学校にはあまりに似つかわしくない文字を読み上げる。

 

「長いな。なになに……じゃ、じゃりゅう……邪竜天撃双覇大会? なにこの大会?」

「ま、またやってる……。あの……大会と書いているんですが、大会じゃないといいますか、今回の文化祭の名前があれだと思います。毎年私達の母校は文化祭に変な名前をつけるのが恒例なんですよ……」

 

 身内の恥を見せてしまったかのように彼女は、顔を赤らめながら視線を地面に落としていた。

 文化祭につける名前にしては名前負けも甚だしいと思うんだが。独特のネーミングセンスだよね。

 

 ゆんゆんが羞恥に打ちひしがれていると、不意に校舎の中から声をかけられる。

 

「ゆんゆん。ゆんゆんじゃない!」

「久しぶりね! 私のこと覚えている? さすがにまだ一年も経ってないんだから忘れるわけないわよね!」

「ふにふらさん! どどんこさん!」

 

 校舎内から駆け寄ってくるのは、めぐみん達に負けず劣らず可愛い女の子二人組であった。この学校の生徒。かつてのめぐみんとゆんゆんの同級生だろう。

 

 ピンク色の制服で、首元には赤と黄色が交互に入っているネクタイをし、腰のところで紅魔族特有の黒マントを長いスカートみたいにして巻いている。

 身長が大きい方は髪の毛を赤のリボンでポニーテールにしていて、身長が低い方は髪の毛を白いアクセサリーでツインテールにしている。

 

 もちろんどちらも紅魔族なので、瞳は赤色である。

 

「……この人がゆんゆんの冒険者仲間?」

「はい。とってもとっても頼りになる剣士さんです」

 

 誇らしげに胸を張るゆんゆんに、彼女達はよそ者である俺のことを無遠慮な視線で品定めする。

 

「へー、でもゆんゆんってば、男みたいな女の冒険者と仲間になったのね。大分強そうだけど」

「ほんとほんと。男にしか見えないし。腕ムッキムキじゃん」

 

 ぺたぺたと女の子の手が二の腕を触ってくる。何故かこちら側を女性だと勘違いしているらしい。

 初めての経験で戸惑う。俺だぞ? この背丈でこの筋肉の俺だ。女性に間違われるなど考えられない。どんなゴリラみたいな女性なんだよ。というかこのツインテール、腕触りすぎである。

 

「……めぐみん達の友達なだけあって遠慮ないな」

「ごめんごめんっ。それにしても声も男みたい」

「剣士になるとそこまで女捨てないといけないのね。私良かった魔法使いで。そけっとさんも木刀を振り回してたりするけど、今度注意してあげないと。……うわっ、剣士だと女性でも喉仏も生えてくるんだ」

「生えるか!? いや……男にしか見えないのは当然だろう。俺男だぞ」

 

 

 本気で俺を女と勘違いする要素は一切ないと思うんだが。俺の身長と体格とこの顔で女性だったらどんな男勝りよ。

 こっちを女性だと認識していた二人は、俺の返答を聞いて露骨に驚いてバッと離れたかと思えば、二人してゆんゆんに問い詰める。

 

「男っ!? ……ゆ、ゆんゆん!? どうしたの! ゆんゆんが男を連れているなんておかしいよね!」

「天変地異! ここが魔界!? あたしは夢を見ているの! 男の子はおろか女の子にだって話しかけにくそうにしていたゆんゆんが男連れ! さてはあんた偽物ね! 正体を現しなさい魔物! 族長の娘というアドバンテージを使って悪さをするつもりでしょ! でも甘いわね魔物。こんなおっぱい大きくしたらバレバレよ! 元々大きいけど更にこんなに大きくなるわけないじゃん!」

 

 まるで警察みたいな問い詰め方に、ゆんゆんは大きなおっぱいを掴まれながら否定する。

 

「じ、自前です! 大きくなったんです! ふにふらさんやめてください! どうして皆めぐみんといい私の胸に突っかかるの!」

「……この大きさ、本物だわ」

「胸で信じるのかよ。仲間の俺も保証するけど、間違いなくこっちは本物のゆんゆんだぞ」

 

 一通り揉んだツインテールの女性は、ガックリと肩を落とす。

 

 ゆんゆんは日々成長する女の子である。腹の肉は全然つかないのにな。

 

 そしてどうやら小さいツインテールの女の子がふにふらで、身長が大きいポニーテールがどどんこらしい。相変わらず紅魔族の人は特徴的な名前で覚えやすくていいな。一度聞いたら忘れられないネーミングだ。

 

「魔力からしても変身しているわけではなさそうね。正真正銘ゆんゆんだわ」

「え、マジゆんゆん? ……うっそ。あの手紙の内容って本当だったんだ」

「正直、疑っていたよね」

 

 手紙?

 なんだそれはと俺は思うが、ふにふらさんとどどんこさんは、相手の顔を見合わさって頷き合う。

 

「あっ」

 

 それに俺の隣で立っているゆんゆんは、しまったみたいな声をあげた。どうやらゆんゆんも手紙に関して知っているらしい。

 

「うんうん。最初の頃の手紙は理想すぎる男と会ったとか友達一杯作ったとか、なにこれ胡散くさー、なことばかり書いてあったけど、半年ぐらい前から急に変わったのよね」

「ふ、ふにふらさん!?」

「書いている相手の男も内容もやけに具体的なことを書き出して……そういえばあんた、ゆんゆんの書いていた手紙の男にそっく――」

「わっーわーわー!」

 

 ふにふらさんが会話している途中で、ゆんゆんが騒ぎ立てる。

 突然会話を中断させたゆんゆんは彼女の肩をガシッと掴む。

 

「ふにふらさん! そんなことより今はなにをしていたんですか!?」

「今? えっと、あたし達は今は文化祭でジュースとかを売っていたわ。ジュース販売って元手よりも絶対高く売れるし、余っても長いこと保存できるしね」

 

 彼女達は首からかなり大きめの箱をぶら下げていた。

 文化祭においてジュース販売はあまり準備がかからず儲かる手段の一つだろう。その代わり移動販売となると、重みで大変だが。彼女達も学校の中を今まで歩いていたのか、額に汗を流している。

 

「小金稼ぎには丁度良いのよね。それにー、あたし達には大人向けの秘密兵器もあるし。そ、それにしてもゆんゆん、そろそろ肩から手どけてくれない? ちょ、早く、真面目に、痛い痛いゆんゆん痛い! わかったわ! もうなにも言わないし聞かないから!」

「ふ、ふにふらが押されてる……。昔はめぐみんぐらいにしか強気に出てるとこ見たことなかったのに、ゆんゆんも強くなったね」

 

「私も冒険でいろいろと成長したんです!」

 

 ゆんゆんも最初出会った頃よりも逞しい女性に成長した。

 というより素の自分を他の人にもめぐみん以外にも出せるようになったのだろうか。ちょっと自分に自信がついたのかもしれない。

 

 それなら、俺も嬉しい。

 

 ようやく肩から手を離してもらっていたふにふらさんは、制服のシャツのボタンを外して肩を確認していた。

 

「……ちょっと赤くなってるじゃん」

「いつまでも昔のゆんゆんじゃないと知れて良かったじゃない。友達の成長は素直に喜んであげようよ」

 

 ネクタイを緩めたことで、シャツの上のボタンを二つほど開けたことで胸元が見えるわけだが、さりげなくゆんゆんが俺の前に移動して見えないようにする。

 ……ただ俺の方が身長大分高いので意味ないのだが。

 

「友人の成長は嬉しいわ。……嬉しい反面、ガードが固すぎて情報を引き出せないのは問題よね! くっ、色々と聞き出したいこともあるのに、今のゆんゆんは手ごわそうね。――どどんこ撤退するわよ」

「うん。丁度昼を過ぎた頃で食事終わりの喉が渇いている人達に、売りつけないといけないからゆんゆんとユウスケさんもまた後でね。私も話聞きたいから」

「ま、またね。ふにふらさん、もし赤いのが取れなかったら薬代払うからー!」 

 

 魔法使いとは思えない脚力で重たい荷物を首からぶら下げながら、二人は校舎に戻っていく。馴れ馴れしい二人だったが、嫌な感じはしなかった。どっちかというと好感が持てる二人だ。

 

 可愛い女の子には俺も弱いのである。

 

 何度も何度も手を振っているゆんゆんの肩をポンと触る。

 

「久しぶりの友達に会えてよかったな」

「はい!」

「それで、手紙に書いてあった男ってなんの話なんだ?」

「……ゆ、ユウスケさぁーん」

 

 涙目でこちらを上目遣いするゆんゆんを見ていると、めぐみんがイジメたりする気持ちが少しわからないでもなかった。

 

 

 

 

「見えない」

 

 学校の中身も変わったものはなかった。

 普通の廊下。普通の教室。瞳の色が紅の男性や女性達。

 

 人体実験を募集していたり、魔王軍幹部のシルビアが最近紅魔の里に手下達と襲撃をかけてくるので、来たら手を空いている人は手伝ってくださいという貼り紙があったりするぐらいだ。

 

 ……普通じゃねえ。

 全然普通じゃない。

 

 え、魔王軍幹部が攻めてきているという超重大事実をこんな小さな張り紙でいいの?

 それも張り紙は書いた人のやる気が反映しているのか黒色だけで書かれている。せめて赤色ぐらい使えよ!

 

 暇がある人は農作物の収穫を手伝ってくださいぐらいの重要度で魔王軍幹部襲撃を告知しているとは、ここが本物の紅魔の里だなと思い知らされる。

 

「見えないわね」

 

 そんなある意味納得をした俺は、現在占いをされていた。

 

「これぽっちも見えないわ。なにあなた人間? もしかして私にこの水晶玉をくれた悪魔が化けているとか?」

 

 そして、何故だか悪魔認定されそうになっている。

 

「俺としては、人間のつもりですよ」

「ユウスケさんは人間です! もしも、悪魔だったしても、私はその事実を受け入れる覚悟があります。……だから、ユウスケさん。私だけには言ってくれてもいいんですよ」

「……そうか。実は俺は……って、人間だよ! 自然に悪魔なのを自白させようとしないでくれる!? 仲間だよね俺ら! 俺人間だから!」

 

 ゆんゆん偽物説に引き続き、まさかの俺悪魔説である。

 巧妙な誘導によってあやうく身に覚えのない自白をしそうになったが、まぎれもなく人間だ。尻尾も生えてなければ角だってない。持っているのは悪魔のような心だけ。

 

 なぜこんなおかしな話になったかといえば、文化祭のために店から学校に出張営業しているらしい本業の占い師に占いをしてもらうことになったからだ。

 俺としては遠慮したかったのだが、よそ者が気にかかるのかほぼ無理矢理占われるも、なにをやっても未来が見えないというのである。

 

「こんなに見えなかったのは初めてよ。私のことを占うみたいに見えないわね」

「……占いのことについてはよく知りませんが、そういこともあるんじゃないですか。ほら、当たるも八卦、当たらぬも八卦と言いますし」

「二流、三流の占い師だとそうかもね。でも私の占いだとほぼ当たるわ」

「昔、私も一週間後のお昼ご飯をピンポイントで当てられたことがあります。めぐみんに取られて、リンゴ一欠けらというのです。あれは当たって欲しくなかったなぁ」

 

 そこまでいくと占い師というより未来視だなー。

 

 未来を直接見ているような精確さである。勇者候補にアクア様から貰えるチートかよ。

 

 そけっとさんといったか。何故か水晶玉の横に木刀を置いている彼女だが、そこら辺の占い師が裸足で逃げだすようなチートの持ち主らしい。

 指でこつこつと水晶玉を叩きながら、彼女は首を捻っていた。

 

「レベルが高かったりすると見えにくかったりするにしても、紅魔族でもある程度は見れたりするんだけどね。不思議よね。別要因があったりするのかしら」

「ユウスケさん何かしら魔力を遮断するようなもの持ってましたっけ?」

「持ってないかな。うーん、不思議だよな」

 

 皆頭を悩ませていたが、俺はなんとなくこの現象の理由に察しがついた。

 

 ――時間停止の時計のせいである。

 未来とは時間の延長上の存在だ。その時間を停止させる神器を持っていたからこそ、いくらチートじみた未来視を持っている彼女とはいえ、先が見えないのではなかろうか。

 行き止まりの壁の先がわからないように。

 

 もしくは俺が転生者だということが関係しているかもしれないが、どちらにせよ言えることではない。トップシークレットの情報だ。

 

「まあわからないことを気にしても仕方ないですよね。占ってもらってありがとうございました。さあ、ゆんゆん、次の場所に行こう」

「あ、はい」

「……待って。こんなにもわからないようでは私も紅魔族随一の占い師の名折れ。こうなったら見えるまで付き合うわ」

 

 なので俺はあやふやに誤魔化してその場から離れようとするも、占い師によって止められる。

 どうやら占い師としてのプライドが刺激されたらしい。わざわざ自分から占いするといってなにもわかりませんでは、プライドに傷がつくのもわかる。ただ俺としては見えてしまっては困る。

 

「大丈夫ですよ。俺そんなに占いとか気にしないタイプですから」

「私が気になるのよ。よし! 今から行ってくるわ」

「どこに?」

「どこかに行くんですか?」

 

 なんだか嫌な予感がしながらも二人でそけっとさんに尋ねる。

 ……こういう時の俺の予感って百発百中なんだよな。

 

「ちょっと精神統一のために滝修行してくる。で、あなたはなにかしら服が占いを阻害しているかもしれないからここで全裸で待ってて――」

「ゆんゆん行くぞおおおおおおおおおおお。ここに占い代置いときますね。ありがとうございましたああああ!」

「ちょ、ちょっとユウスケさん! 速いですよ! 置いていかないでください!」

「あ。こら待て。逃がすか! 占い代ありがとう! 今後ともご贔屓に。いや今すぐご贔屓に!」

 

 木刀を掴んだところまでは目に入って、そこからは全力疾走した。

 

 走れ俺。

 服を着ている俺よ、走れ。

 服を置き去りにしないために走れ。

 

 もし――俺の未来が見えないのが神器のおかげとするなら、裸になってしまえば効果をなさなくなる。

 ……なにより美女の前とはいえ、裸になる趣味はない。時間停止最中でもギリギリなのに、時間が動いている間に全裸になるのは嫌だ。

 

 やはり紅魔の里の住民は一筋縄ではいかないと思いなおす。初めて出会った人を剥くって本気か? 

 

「パラライズ!」

 

 本気だわ。本気ですわ。

 捕まえるために魔法まで撃ってきやがる。若干の手加減はしているのか中級魔法なのは幸いか。

 

 あの爆裂魔法の範囲から何度も逃げたことがある俺である。中級魔法程度余裕でかわしながら逃げると、当然のごとく迷子となった。

 

「どこだ、ここ」

 

 きょろきょろと辺りを見回す。

 あてもなく走っていたのだから、場所を見失うのが道理だろう。ゆんゆんともはぐれてしまったようだ。

 まあ所詮は学校の中の迷子だ。森の中で迷子になるとはわけが違う。

 

 特に焦る必要もなく、俺はどこかの空き教室に入って、床に座った。どうやらこの教室は文化祭の物置となっているようだ。様々なものが置かれている。

 

「ふぅ」

 

 朝からアクシズ教徒のダクネス賛歌。テレポート。紅魔族の襲撃。

 身体的に疲れたわけではないが、気分的には一息つきたい気分にもなる。

 一番面倒なのはダクネスへの報告だろうか。なんといっていいやら。アクシズ教から天使みたいな扱いを受けているなど、エリス教のダクネスに報告するのは難しい。

 

 ……マジでどう説明するの?

 

「まあ今はまだ王都にいるだろうダクネスには、帰ってきたらありのまま正直に言うしかないだろうな」

 

 悪意があったわけでもないし、許してくれるだろう。

 

「許してくれたらいいな……」

 

 自信なさげに希望的観測を展開する。

 

 と独り言をしていたら、先ほど俺が締めた教室のドアの向こうから声がする。咄嗟に腰を上げそうになるが、あの占い師の声でもゆんゆんの声でもない。

 

 がらりと教室の扉が開いて、二人の生徒が入ってくる。

 

「あっ、ゆんゆんのパーティー仲間じゃん。相変わらず今もムキムキね」

「ほんとだ。どうしたのこんなところで」

 

 校庭で会った二人組である。

 ポニーテール女子とツインテール女子だ。どうやら逃げる必要はないらしい。

 

「ちょっと休憩しているだけ。そっちこそどうしたんだ」

「あたし達? ジュース売りが爆売れで、在庫を取りに来たの」

「予想より幸先が良いわ。今日帰りに喫茶店で祝勝会しよっか」

「どどんこ。気が緩みすぎ。明日もあるんだから次のジュースも仕入れておかないでしょ。この売り上げを知った他の連中が真似するなんてのはありえることだし」

「確かに。店のジュースは買い占めておこうよ。明日はもう少し値段上乗せしてもいいかも」

「へえー、調子良いみたいでよかったな」

 

 話している限りでは、かなりまともなことを喋っている。毎日爆裂魔法を撃ってくる仲間と出会ったばかりの男を裸にしようとする連中に比べれば、随分まともだ。

 

 きっと彼女達は紅魔族の中でも常識人なのだろう。

 

 俺は緊張を解いて、腰を下ろしたまま返答した。俺ももう少ししたら教室から出て、ゆんゆんと合流するか。探しているだろうしな。

 めぐみんと同級生だった二人は首から下げている箱の中にジュースを補充すると、こっちに視線を向けた。

 

「ねえねえー、それで実際のところどうなの?」

「どうなのって、なにがだ」

 

 聞いている目的がわからないので俺は首を傾げる。本当にわからない。

 ふにふらさんは目を細めて口をにまーと横に広げる。

 

「ゆんゆんとの関係に決まってるじゃん」

「私も気になる。あのゆんゆんが気を許しているってのも珍しいしね」

「うんうん。友達になると言われただけでなんでもしそうなちょろい子だけど、なんだかんだガードはしっかりしているから気になるのよ。一体どんな……冒険したんだろうってね」

「そのことか……」

 

 俺も恋バナは嫌いじゃない。

 だが、俺を対象にされているのと、本人が嫌がっているなら話は別だ。

 

「ゆんゆんに聞いてくれ。あいつが良いならいいけど、嫌がっているなら俺の口からは言えない。当たり前だろ」

「うっ、まともだわ!」

「ゆんゆんの連れてきた人なのにこんな常識人なんて……。紅魔の里では見れないタイプね」

 

 何故か正論を言っただけで驚かれる。どういうところなのここは。

 そしてゆんゆんは一体どういった男性を連れてくると思われていたのか。

 

「……けど、成長したゆんゆんから聞き出すのは困難そうなのよね。どうしよっかどどんこ」

「いっそ力ずくで……」

 

「――ふんっ!」

 

「無理無理無理! あれに力ずくは無理!」

 

 両腕に力を入れて筋肉を膨張させた俺に、どどんこさんは何度も首を振る。

 流石に魔法も覚えていない魔法使いに負ける俺ではない。一応これでも前衛職の高レベル剣士である。例え二人がかりとはいえ余裕であしらえる自信がある。

 

 力では敵わないと悟ったのか、少し離れたところで相談する。

 

「……相手は剣士。脳に筋肉が詰まっているような男だわ。力では勝てない」

「力では勝てなくても、あたし達紅魔族には頭があるわ。剣士なんて頭でかかれば余裕よね。所詮考えているのは筋肉のことだけよ」

 

 聞こえてる聞こえてる。剣士軽視はやめろ。別に剣士イコール頭が悪いというわけではないからな。

 ……まあ紅魔族には負けるだろうけど。

 

「ごにょごにょ」

「うんうん」

 

 そこからは声も小さくしたのか相談は聞こえなくなる。

 

 そして、相談が終わったのかめぐみんと同じ瞳と髪を持つ二人はため息を吐いた。

 

「はぁ……。紅魔族であるあたし達をもってしても、流石に剣士の人から無理に聞き出すのは無理ね」

「諦めるしかないわ」

 

 残念そうに表情を落とす彼女達を見ると、こちらが悪いことをしたような気分にさせられる。

 

 かと思えば、パッと花を開くかのように二人は笑顔を取り戻した。

 胡散臭い。

 ひたすら胡散臭い。

 

「……でも、ゆんゆんの友達ってことは私達の友達ってことよね。仲良くしようよっ」

「だよね。やっぱ皆友達の方がいいよね! お近づきの証拠にジュースあげるから!」

 

「いらん」

 

「なんで!?」

「どうして!?」

 

 なんでも、どうしても、怪しいし。怪しいものには触れないのが賢い人だ。剣士とてそれぐらいの頭はある。

 

 箱の中の奥から瓶を取り出し、コップに少量だけ注いで二人は自分達で飲む。

 

「ほら、なにも入ってないじゃん! というかこれ売り物だからね!」

「そうそう。幾らなんでもまともに飲めないものを売るわけないわよ!」

 

 ……まあ確かに箱の中から取り出したのは確認したし、俺も気にしすぎか。紅魔の里だからといって過敏になりすぎた。

 この二人はゆんゆんの友人である。俺としても仲良くしたいところだ。

 

「悪かったな。ちょっと警戒しすぎた。お金は払うから俺もジュース貰うよ」

「え、良い人じゃん! ゆんゆんも上手いこと相手見つけたわ。あたしも冒険者になったらあなたみたいな人を見つけたいわ。ふにふら嬢、彼に注いであげて」

「はい、今日は私がつかせてもらいますね。では社長さん、一杯どうぞどうぞ」

「……意味わかってる?」

「おかしい? これ王都で流行りの歓迎の仕方ですよ?」

 

 王都というと、転生者達の影響か。

 本当に何しているんだあいつら……。

 

 とぷとぷとぷっと、勢いよくコップに液体が注がれる。注いでもらった液体の臭いを嗅ぐと、若干鼻を刺激するような感覚を得る。どこかで臭ったことはあるような気がするが、まったく口には入れたことがないものだ。

 

「変な臭いだな」

「ま、魔法薬ですから! こ、紅魔の里特有の元気が出る魔法薬!」

「ふーん」

 

 そんなのあるんだな。

 

 俺の勘もこの中身が危険なものであるとは言っていない。

 なら、大丈夫か。少なくとも毒などではないだろう。

 

 俺も初めて口に入れるものということで躊躇いながらも、コップに口をつけて中の液体を口内に流していく。

 不思議な味。飲みやすいが、なにか喉にひっかかるようなものがある。炭酸? とも違うしな。

 けれど、飲めないものでは決してないようで俺はその液体を胃の中に収める。

 

「一気! 一気!」

「一気! 一気!」

 

 元々喉は渇いていた方だ。

 一息つく間に飲み干してしまう。

 

「……案外、美味しいな」

 

 うん、いける。

 飲んだことない飲み物だが、俺はこれを飲んでもなんともない。

 

「もう一杯貰える?」

「え! もう一杯!? 流石に一杯だけでやめておいた方がいいような……」

「喉乾いていたんだ。後一杯だけもらってもいいだろう。ゆんゆんの友達の稼ぎに貢献するよ」

「う、まあそう言われれば……こっちとしては売らないわけにはいかないけど」

 

 もう一杯俺は飲む。

 飲むたびに体の中がポカポカする。何故だか頭が澄み渡ると同時にひどく濁る。

 

「ああ、美味しい……」

 

 俺はわからないでいたのだ。

 紅魔族の常識人は、他からしてみれば常識人ではないということに。紅魔族はゆんゆんを除けば、はっちゃけたやつしかいないことに。

 

 そして、剣士は基本馬鹿なのだ。

 

 

 

 

 

 ――ひっく。

 

 

 

 

 

 

 




アルコール類の一気飲みはやめましょう
エロはこめっこにはないです。流石になんかこう色々と不味いので


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四十五話

エロがえぐいです


 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふふふ」

 

 世界はゆらゆらとしたクラゲのよう。

 体が世界を飛んでいる。精神が世界を旅している。視界は右左へと絶賛迷路中。

 

 ハッピーハッピー。オールハッピー。

 

 君も俺も幸せ。世界は丸っと亀の子。亀の上に地球があってそこで人々は踊っている。――あれっ、そういえばここは地球ではなかったっけ?

 

「な、なにか笑ってるけど! いいの? こいつ大丈夫なの!?」

「トリップ! トリップ状態だわ!」

「目が虚ろで笑っているのに、顔色変わらないのが余計怖いんですけど!? 殺人事件の現場にばったり遭遇した一般人みたいな心地なんですけど!」

「そ、そう慌てる必要ないわよ、ふにふら。この男の人、酔っているだけなんだから。酔っているわよね? え、なんで顔色変わらないの……。瓶二本も殆ど飲んじゃったし」

 

 どどんこさんは瓶を逆さにして振るも、中から一滴たりとも魔法薬は落ちてこない。

 紅魔の里特製の魔法薬らしく一杯の値段は少々したが、もう一杯もう一杯と続けて気づけば二本目を飲み干してしまっていた。

 

 といっても、勘違いしないでもらいたい。俺一人で飲み干したわけではない。

 

 そこまで俺もケチではないのだ。幸せはわけることにこそ意味がある。クズな俺もこれだけ幸せに酔っているなら、幸せのおすそ分けぐらいする。

 

 それが証拠に――彼女達も幸福だろう。

 

「ふにふらさんとどどんこさん。今楽しいですか? ちなみに俺は楽しいです」

「……楽しいわけないでしょうが!」

 

 地団太を踏みながらふにふらさんは吠えるも、すぐに下を向いて口を抑える。

 

「……うう、気分悪いわ。吐きそう」

「ふにふら。女の子としていけないわ。でもうっ……私も限界近い……かも……」

 

 座り込んだ女の子二人が顔を見合わせて喋っているが、そのどちらも表情は芳しくない。

 

 何故だろう。……幸せ、そうじゃない?

 

 彼女達は顔を赤く染めたと思ったら青白くなったりと、気分悪そうに息を荒くしている。

 

「……まさか、こんなに勧められると思ってもみなかった。文化祭の商品として仕入れたけど、結局一度も飲んでなかったのに」

「ええっ。この前酒なんて私にかかれば楽勝だったと言ってなかったっけ?」

「嘘よ。嘘。まあお酒飲んでもそこまで言われない年頃だけどさ。……怖いじゃん、お酒って。頭変になってしまうんでしょ。私達がもっと大人になってからでいいよね。……だから、さっきだって最初は飲む振りだったのに……。無理矢理こんなに飲まされるなんて。これがあの有名な絡みざうぷっ!」

「ダメダメダメ! うら若き乙女として胃からの乙女吐瀉物は限度を超えてるわ! 弟のような男性がユニコーンに乗って迎えに来るというふにふらの夢からリザードランナー並みに遠ざかるわよ!」

「た、耐える! わかった! 耐える! 待ってて。未来の弟みたいな私の旦那!」

 

 ……ブラコンすぎてちょっと怖いわ。

 なにやら青春物語のように二人で手を握り合って叫んでいるふにふらさんとどどんこさんだった。

 

 あれだけ幸せな気持ちだったのが萎えかけている自分に気づく。

 気づけば――なにやら体がぶるぶるっと震える。

 

「ううぅ」

 

 トイレだ。トイレがしたい。

 お手洗いに行きたい。小便が漏れそうだ。漏れる。さっきまでまったくわからなかったが、膀胱は破裂寸前のようだ。

 大人になって漏らすなんて恥である。

 

 なので俺は普段ならば――絶対しないような解決策を取ることにした。

 

「こうなれば!」

 

 上着の内ポケットの中に手を入れる。そこにあるのは銀で作られた懐中時計。奥の手。俺の最終兵器ともいえる神器だ。

 躊躇いもなく俺はスイッチを押した。

 

 時が――止まる。喧しい二人の声が、僅かに聞こえてきた学園祭の音が、中断したかのように聞こえなくなる。変化は突然で、見た目はなにも変わらない。

 

 俺の前にいる二人が必死に耐えるように喉を押さえているのも、叫んでいるから口を大きく開けているのも、変わらない。ただ写真に切り取られたように、変化しないようになるだけ。

 

「これで時間が止まったから今の内にトイレに……って俺だけは止まってないか!」

 

 誰も動かなくなった世界で自分自身に突っ込む。

 神器の性質上、時間を止めようが俺の膀胱は止まってくれなかった。ただの神器の無駄遣いだ。

 

「そもそも……この学園のトイレってどこだ?」

 

 茹ったようにへたれている今の俺の頭では、初めてきた学校のトイレの位置がわからなかった。今までの経験からすると、普通は建物の端に作ってあるものだが紅魔族の学校だしな。常識が通用しなくてもおかしくない。

 逃げ回っている途中はトイレの位置など確認する余裕なかったし。

 

 俺は胡乱とした頭でどうしたものかと焦りながら見回す。

 いざとなれば窓から外に落ちてやるか? けど、どうも今の状態では危なそうだ。俺は元気になりすぎて、不安定になっているみたいだから。

 便器便器。便器となるもの。昔一度聞いたことがあるが、ペットボトルで用を足す人もいるんだったか。

 

 茹った頭。

 混乱する世界。

 不安定な俺は――なんと丁度いいものを見つける。

 

 それも――二つもだ。

 

「良いー手を考えついたな。さすがは魔法薬。頭も働いているわ」

 

 勢いよくズボンを下ろす。それも下着ごとだ。

 部屋の中とはいえ、熱くなった体には爽快感が走る。

 普段は使われている教室でフルチン状態になる俺。

 

「はっははは、気分爽快!」

 

 いつもと変わらず人間がいるようで俺以外はいない世界の中叫ぶ。

 

 あれ、俺こんなキャラだっけ、と思うも思考が混濁し、考えは穴の中に落ち、俺は気にすることもやめて下半身をブルンブルンさせながら歩く。

 なんという間抜けな格好。だけど、誰も見ていなく、俺の視界には二人の女性の姿がある。

 

 見目麗しいこの学校の女生徒。紅魔族の学校のらしいピンクの上着の制服を着ている。どちらも紅魔族らしいわんぱくっぷりはありそうだが、同時に彼女たちの姿は愛らしかった。

 

 左にふにふらさん。元気溌剌。勝気な少女。その大きく開いた瞳はどんぐりみたいにくりくりしている。

 右にどどんこさん。相方に比べて大人っぽさがある少女。大人っぽいというのは顔だちだけでなく胸の大きさからもくる印象だろう。

 どちらも自分の喉に手を当てて苦悶の表情をしながら口を開けている。

 

「じゃあ使わせてもらうか」

 

 俺は便器代わりにその可愛らしい口にパンパンに膨れ上がったちんこを近づける。

 

 まずは近いふにふらさんからと思ったのが、どうしてから照準が合わない。

 

「……なんだ?」

 

 大きく口を開いているというのに、ぷにっぷにっとした頬にぺちぺちとちんこで叩いていた。

 

「あ、あぁ。まるで酔ってるみたいだ」

 

 酒場で見たことがあるダストみたいに不安定な動作。

 ははは、馬鹿な。アルコールなんて摂取してないんだからそんなわけがないと俺は首を振る。同時に陰茎もまるではたくかのように彼女の頬に当たる。ぺちぺちぺち。

 しかし、実際狙いをつけにくいのは確かなようで、どうしたものかと思案するもすぐに良い案を思いつく。

 

「冴えてる。これで確実に酔っているわけがないわ」

 

 俺はガシッとふにふらさんのツインテールを上から掴む。

 自分の体を固定して、将来の夫がどうのこうの言っていた口に小便の汁が僅かに零れているようなちんこを突っ込んだ。

 

 温かく、粘ついている。

 

「おおお」

 

 思わず歓喜の声を漏らした。

 そのお口は俺の陰茎を咥え、発射させる準備が完成しているようだった。

 

 とはいっても、俺のちんこを丸々咥えこめるほどではない。元々が小さな口だ。パンパンに頬は膨れ上がり、三分の二ぐらい入ったところで喉奥に辿りついてしまう。ただ急ごしらえの便器にしては上出来だろう。

 青白くなったふにふらさんの顔を見ながら小便が零れないようにとツインテールを掴みながら喉の奥へ奥へと突っ込むも、なにやら小便が出ない。

 

「おっかしいな」

 

 あれだけ飲んだのだから今すぐ出てきて当然だというのに、小便が膀胱で止まったみたいだ。

 俺はツインテールを向こう側へと少し押し、彼女の頬内でちんこの具合を確認するも、小便するときの陰茎の張りと違うように感じる。

 

 ……多分これ、射精するときのやつだ。

 どうしよう。どうしよう。この状態では便器は使えない。小便ができない。

 

「――いや便器だからいいか」

 

 小便も射精も然程差異はない。

 一発抜いてから小便したらいいか。

 

 というわけで俺はまずは一発抜くために、便器という名のふにふらさん。いや、ふにふらさんという名の便器? どっちでもいいか。

 

 彼女のツインテールを乱暴に動かして、温かい少女の口を前後に動かす。

 自分の腰を動かさなくてもその髪の束を二つ引っ張ったり押したりするだけで、彼女の口は俺の射精を促そうとちんこに必死に食らいつく。

 ちゅ、ずちゅ、ちゅという卑猥な音を鳴らしながら俺の陰茎を頬張り、そして扱く。

 彼女の柔らかな舌が汁を出している鈴口を舐めとり、なに一つ抵抗しないふにふらさんの口内を蹂躙する。

 ぺろぺろという生易しいものではなく、ぐちゅぐちゅと生々しい肉と汁がぶつかる音が、ツインテールの女子生徒の口から漏れる。

 荒っぽい動きだからだろうか、その粘り気のある汁がぽたぽたと彼女のピンク色の制服に落ちたのだが、どうも気にならず視界はぼんやりとしている。

 

 なのに、めぐみんより少しだけ発達した体躯で、ちんこをずっぽずっぽと咥えている姿だけはやけに鮮明に映っている。

 

 ごくりと、唾を飲み込む。

 静寂と化した世界で、唾とちんこをしゃぶる音はやけに大きく聞こえる。

 

 紅魔族の学校でにゅぽにゅぽと出会ったばかりの明るく元気な彼女の口は卑猥な音が鳴らしている。

 

 こつんこつんと喉の奥にへと鈴口が当たる。

 乱暴にツインテールをハンドルとして動かし、便器への射精をしようと彼女の時間を止めたまま続ける。

 

「くちゅ、ずちゅ。……じゅっ!」

 

 最初の小便の目的も忘れ、快楽に導かれながら彼女の口にへとちんこを突きたてていた。

 彼女の口は必死に射精させようと俺の陰茎を何度も何度も口に含み、喉奥まで咥えこむ。

 それはまるで最愛の人への奉仕にも似ているが、まったくといっていいほど違うものである。

 

 じゅぷんじゅぷん! といよいよ音が大きくなる。

 

 俺の便器の使用も終わりだろう。

 さっさと小便をしないといけないんだから、そんなに時間をかけてはいけないんだった。この便器には早めに射精しないと。

 俺はずっと手を動かしていただけだったが、腰も動かすことで更にふにふらさんの喉奥へとちんこが押し入る。

 

 乱暴に。無遠慮に。彼女の体を荒らす。

 

 普通なら入るはずもない場所だが、本当に無抵抗だからこそ奥へ奥へと進んでいく。

 ずちゅずちゅとゼンマイの切れた玩具みたいに彼女の可愛い頭は前へ後ろへと動く。ちんこによってその頭はガクガクと前後するが、できるだけ後ろにはいかないようにと俺はツインテールを強く掴んでいた。

 柔らかそうな唇は唾液と先走り汁が混ざって粘ついており、元々体調が優れないからだろうか、焦点の合わない紅魔族特有の赤い瞳がこちらを見ている。

 

 角度を変えてこつんこつん。

 ちょっと下を向けるのがコツだったらしい。ちんこがなんとか全部彼女の口に収まった。これなら精液を余すことなく飲み干してもらえるだろう。

 

「便器! ふにふらさん! 便器ふにふらさん!」

 

 俺は彼女の名前だか、便器だかを叫びながら一番喉奥へと射精した。

 

 どぴゅどぴゅと鈴口から出ていくのがわかる。それが彼女の喉を通って胃を通っていくのを、ちんことツインテールから感じ取れる。

 震える手でぐぐっと強くツインテールを掴みながら、俺は上を見ながら白濁液を彼女の胃の中にへと流し込んでいく。

 

 ブラコンである便器にへと、大量の精子をご馳走してあげる。便器の仕様としては若干違うかもしれないが、まあ大目に見てほしい。

 

 びゅびゅっと射精した鈴口を彼女の食べ物しか入れたことのない口の中で、擦りつける。気持ちいい。射精の後のほんの一瞬は最良の時間だった。

 

「……ふう、良い便器だった」

 

 最初は簡易にしてはいいかな程度に思っていたが、満足いく出来だったといえるだろう。

 俺はずっと握っていたツインテールから手を離す。思いっきり引っ張っていたからだろう。彼女はこちらに倒れそうになるが、口の中に入れているちんこで支え、倒れないようにした後、俺はゆっくりとふにふらさんの口からちんこを離した。

 あれだけ奥に押し込んでいただけあって、精液は流れ出すことなく胃に収まったらしい。

 

「んー」

 

 ……本番の小便だが、流石に射精した便器でやるのは気が引ける。

 このままやってもいいのだが、どうせならもう一つの方でいいだろう。なんせ彼女達は二人いるわけだし。

 

「どどんこさん。失礼しますね」

 

 彼女はふにふらさんみたいにツインテールはない。

 だから一際大きいおっぱいをガシッと掬うように掴んで俺は彼女の開いている口にちんこを放り込む。

 流石に胸を掴むからには失礼しますの一言ぐらいは必要だろう。それにしても大きなおっぱいだな。ゆんゆんのおっぱいには負けるし、アルカンレティアの街には巨乳もいるが、この歳でこれとは大分発達は著しい方だろう。

 指で押した分だけ跳ね返ってくる少女の張りがある。

 

 小便の方はというと、あれだけ貯まっていただけに、入れてすぐに俺のちんこは黄色の液体を放ち始めた。

 溜めていただけに快感に身を捩らせる。

 

「危なかった……。近くに便器が二つもなければどうなっていたことやら。こんな歳になって漏らすのは嫌だもんな」

 

 じゅぼぼぼぼぼと小便をする。

 彼女の大人っぽい顔。

 先ほどのふにふらさんと違って薄いけどきちんと化粧している顔の唇に入れて――黄色い小便を出しまくる。

 

「はぁー、気持ちいい。我慢した小便って射精と同じぐらいの気持ち良さあるよな」

 

 飲みすぎたせいだろう。

 たっぷり十秒ぐらいは小便が止まらなかった。おっぱいを揉みながらする小便はもちろん初めてだったが、いい経験である。

 

 こんな気持ちいいなら常に家に備え付けたいぐらいだ。

 

「うわっ!?」

 

 小便がドバドバと漏れそうになったので慌てて俺は彼女のおっぱいを押しながら上から彼女の顔を天井を見るようにして、上から直接喉にいくようにと小便を流し込んだ。

 たまにいる公衆便所で汚く使う人はあまり許せない。便器は綺麗に使うものである。

 

「おっと、と」

 

 上手いことバランスを取って俺は彼女の胃一杯に小便を排泄した。

 満タンまで貯めても十秒ぐらいだ。

 俺の体にある液体を尽くしたみたいに、ちょろちょろとちんこから勢いよく出ていた水は弱まり、俺は最後にどどんこさんの口の中でつんつんと奥に押し込んでから、残尿感をなくしてから彼女の口からちんこを外した。

 

「ふー。すっきりしたぁ」

 

 俺はというとオナニーと小便をしたからか頭のふわふわが若干すっきりしたような気がしないでもない。

 神器の時間を見ると残り八分だ。

 そして顔をあげると、かなり悲惨な光景が広がっている。

 

「うわ、ひでえ」

 

 ふにふらさんの服には白い染みが、どどんこさんの顔にはべったりと黄色い液体がかかっている。口端からもだらーと流れているし。

 

 どうも便器の使い方が下手だったらしい。

 俺は一分かけて多く携帯しているハンカチで拭き、元の状態に戻す。汚く使ったら使ったで後始末は大切だ。

 人間清潔さは大事よね。

 

 そして俺はいつもの癖みたいに元の立ち位置に戻って――時間を再開した。

 

 教室の静寂が破られ、女性二人の声がまた教室の音を満たす。

 

「未来の旦那さん! いや未来の弟! ごぼぉ!」

「耐えるのよ! どど――うっぷ!? うぐううううううううううう!」

 

 彼女達は二人揃って両手で口を抑える。

 

「んっぐ! んっぷ! んんっぷううううううううううううううっ!」

 

 口を両の手で押さえて青白い顔から更に血の気が引いていた。

 リスみたいに頬を膨らませているのは、最早口から外に出かけているのだろうか。

 

 ぷくーとふにふらさんの鼻からは白い鼻提灯が。ぷくーとどどんこさんからは黄色い鼻提灯が出る。

 

「うくく! ほほんこ!」

「んんん! ふんふんら!」

 

 彼女達は二人で顔を見合わせて口を閉じた状態で言語と思えない言葉で伝いあい、すくっと立ち上がる。

 

「んん?  どうした?」

 

 いまだにぼんやりとした頭で俺はどうしたんだろうと彼女達の様子を見ていると、凄まじい勢いでダッシュする。

 初速が凄い。陸上の短距離世界記録保持者を更に上回るスタートダッシュだった。

 手で思いっきり口を閉じて彼女達は教室を飛び出していった。止める暇もないし、止める必要性も感じなかった。

 

 また教室には静寂が戻る。

 

「…………」

 

 本当になにも聞こえない静寂だ。

 いや耳を澄ませてみれば、遠くに走る足音が二つと文化祭の喧騒があるか。

 

「……ねむ」

 

 

 射精と小便をしたからだろうか、なんだか座り込んでしまいたいほど体はだるかったが。

 それはとてもとても心地よいものだった。

 

 

 

 

 

 



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