稀代の暗殺者は、大いなる凡人を目指す (てるる@結構亀更新)
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転生と生存ルートの模索

転生&憑依モノです。カルトちゃん女設定
お粗末様ですが、読んでいただければ幸いです。


最後の景色は、真っ黒なアスファルトと真っ赤な自分の血。

下半身を見下ろすと、ぐちゃぐちゃになった脚と、内臓の飛び出た腹。

何人かの甲高い悲鳴が聞こえて。それで。

 

眠るように、意識が途絶えた。

 

 

 

 

「………ちゃん、……トちゃん」

 

途切れ途切れに女性の声が聞こえる。混濁した記憶を探る。ぼんやりとしていた意識が少しずつ浮上し始めて、フラッシュバックするように最後の記憶が蘇った。派手なクラクションとブレーキ音、それから自分の骨が砕ける音。そこまでは覚えてる。それから、それからは?ずきん、と痛む頭を無理に回転させた。

今こうして意識があるということは私はまだ死んでいないってことだ。多分。ということはここは搬送先の病院だろうか。

 

とにかくは確認しないと何も始まらない。重だるい瞼をどうにか開くと、眩しい光が目を刺した。まだ光に目が慣れないのか、視覚がふわふわとおぼつかない。

朧げな意識のままに、とりあえず立ち上がろうとベッドに手をついた、のだけど、体が全く思う通りに動かない。もしかして麻痺とかが残ってるのかも。それもまあ、致し方ないか。あの規模の事故に巻き込まれて無事なわけがないし。ため息一つ。ひとまず自分の体の様子を見ようと視線を下に落とす、と。

 

やわらかな、ぷにぷにの両手。明らかに私のものじゃない、そう、まるで赤ちゃんのもののような。

 

一瞬思考がフリーズする。どういうことだ。動揺を隠すように両手を握ったり開いたりと繰り返せば、問題なくそれは動いた。うん、やっぱりこれが今の私の手なのだ。つまり。

 

あー、と声を出そうと声帯を震わせてみる。

 

「あぇ、わ」

 

意味不明のハイトーンで幼い声。どうにか単語を作り出そうとしても、思うように声帯が動かない。これじゃあ、本当に泣くぐらいしかできないかも。

すわっていない首をどうにか動かして、下半身を見る。最後に見たときは、骨は見えてるわ腸ははみ出してるわ散々な感じだったけれど、そんな痕跡なんてどこにもないすべやかな肌が視界に映った。

 

ここまで状況証拠が揃えば答えは自ずと見えてくる。最後の悪あがきに、今度は足をバタバタと動かしてみた。あー、やっぱり。こっちも同じくぎこちないけど、私の思ったとおりに動く。

 

つまり、この幼い身体が今の私の身体なのだ。

 

現状をそう丁寧に文章化して思考に乗せても、信じられるはずがない。だって、そんなの嘘だ。おかしい。ありえない。

 

私が生きてたあの時代に、体を幼児化させて回復させる医療なんて存在してなかった。こんな不思議事態を巻き起こせるような魔法や超能力だってなかった。

なのに、なんで?

 

私は死んだ。死んだのに、なんで今こんな風に思考できてるの?なんで体を動かせるの?

 

わけがわからなかった。理解なんてできるはずもなかった。

 

だって私という存在は消えたはずだ。じゃあ今こうやって思考している私は誰なのか。

生まれ変わり?転生?どっちにしてもロクなものじゃない。

20年間慣れ親しんできたカラダが、急に見知らぬ他人のものになって。でも情報なんて何もなくて。そんな状態で、能天気にはしゃげるような楽観的な性格を私はしていない。

 

どうしたらいいの?

泣き叫んで、喚いて、もう一回寝たら、全部解決する?

 

大混乱の頭の中が、その問いのせいで冷水を浴びせられたように静かになる。そうだ、落ち着け。今ここで泣こうが喚こうが何の解決にもならないことぐらいわかってる。

 

ゆっくりと息をしよう。それから、考えないと。今まず私がしなきゃいけないことは何?って、一つ一つ糸を手繰り寄せるみたいに考えていく。

 

ここはどこなのか、私は誰なのか、生きているのか、死んでいるのか。押し寄せる無数の疑問を解決するために必要なのは一つだけだ。情報。どんな些細なものでもいい。情報が、欲しい。

 

一つ目の糸はどうにか手繰り寄せられた。今まず私がしなきゃいけないこと、それは情報収集。よし、大丈夫。ちょっとずつだけど道が見えてきた。起きたばかりの時より大分パニックも落ち着いてきてる。このままゆっくり、一つずつ考えていこう。

 

次、情報を得るためにはどうしたらいい?

ここがもし私が元いた場所、日本だったなら問題ない。言葉だって通じるんだし、きっとどうにでもなるだろう。

けれど頭は一番最悪の予想を紡いでいく。

 

もしも、ここが。もしも、私の知りもしない国だったら。全く違う言語を主とする地域だったら。それどころか今まで持っている常識が一切通用しないような全く違う世界だったなんて可能性もあるのだ。そんなファンタジーなこと起きるわけないとも思うけど、既に意識を持ったまま小さな子どもの体になってるんだ。もう何が起きたっておかしくない。

 

今の私はたぶん生まれて生後一年も経っていない赤ん坊だ。でも、もしこの世界が私の予想もつかない法則で動いているなら、それすらも危ぶまれる。そもそも、この世界には私と同じように思考能力のある生命体が存在してるのか?

 

まあそれは考えすぎか。

今私が寝ているベット。どう考えても、知的生物がいないと作れない文化レベルでしょ。ていうか、電気も通ってるわけだし。文化レベルは、前の世界と対して変わらなそう。

 

けど、どう考えても前いた世界とは違う。

なぜって、そもそも文字が違うから。

 

部屋のいたるところにある文字、でも日本語じゃない文字。字形からして表音文字だろうけど、地球にこんな文字が存在していた覚えはない。あ、でもちょこちょこ漢字も存在してるみたい。こっちなら読める、けど、どうして?

うん、やっぱり一番考えやすいのは、この場所が謎の表音文字をメインとして使っている場所なんだけど、こことは別に漢字を使っている文化も存在している。そんな感じだろう。なんで漢字と完全一致しているかは謎だけど。

 

まあどっちにしたって、ある程度の文化が存在していることには変わりがない。

 

まあつまり、ここが例え見知らぬ異世界だったとしても、いきなり生死の狭間をいくようなことはないだろうってこと。自立歩行もままならない赤ん坊が生きてるっていうことは、この世界でも前と似たような倫理観は存在してるっていうことだし。

 

でも安心はできない。

 

とりあえずまずは、ここの文化レベルに適応していく必要がある。

さしあたりは言語の取得か。赤ちゃんは言語の取得速度早いっていうけど、多分思考年齢が関係してるだろうから、そう上手く行かなそう。

 

と、そこまで思考がまとまると、カツカツと少し遠くで靴音が聞こえた。その音に一瞬、ピクリと肩を竦ませる。

人、だ。誰だろう。医者とか、もしくはこの身体の両親とか。そんな感じだろうか。

 

それかいきなり敵、っていうか殺されかけるとか。なくもない話ではない。だってこの状況がどういうものか私は全く把握できてないし。

予想外の事態なんて、いくらでも起こりうる。

 

そんなことを想像して震えている手を、意識的に止める。

覚悟を決めろ、私。

震えようが何をしようがこの身体じゃ逃げることも隠れることもできないのだ。なら腹を括って、一つでも多くの情報が得られるようにしよう。今の私は崖っぷちなんだから。どんなチャンスだって無駄にできない。

 

靴音が扉の前で止まる。それから、ガチャンと扉を開く音。思ったよりも重そうな金属の重低音だ。少なくとも普通の家じゃなさそう。

 

そんなことを考えながら気を紛らわせてるけど、でも体はびっくりするほど硬直している。手も足も思うように動かせない

 

部屋の中を靴音が横切る。あれ?もしかしてこれ、複数人か?

一人分のヒールの音しか聞こえてなかったけど、よくよく耳を澄ますともう一人分の音が微かにあるような気がする。足音とも呼べないような、強いて言えば気配って感じの。なんだこれ。とにかく普通じゃない。

 

靴音がベットの前で止まる。

ゴクリと喉を思わず鳴らしそうになって、慌てて止める。できる限り不自然な動作は避けないと。

目は、閉じない。空いててもそこまで不自然じゃないだろうし、今はできる限り多くの情報がほしい。視覚も聴覚も嗅覚も、何一つとして無駄にはできない。

 

何秒が何時間にも感じられるような、気の遠くなるほどの長い時間が流れて。

最初にベットを覗き込んできたのは、摩訶不思議なゴーグルをかけた女性と思しき人物だった。

 

「あら、目が覚めてたのね。カルトちゃん。」

 

カルトちゃん?私の名前?

その一言で、ここが病院で、治療を受けていたという線は消滅する。そして、もう一つの説が濃厚さを増していく。

 

「ほう。……して、キキョウ、わしの見間違えでなければ昨日とは別人のようじゃの」

「ええ、潜在的に保持しているオーラの量が爆発的に増えた。それに、僅かですけれど一部を体外に出して操作しているようにも見えます」

「確かにこれは不可思議な事態じゃの」

 

オーラ?なにそれ?どういうこと?

 

わけがわからない言動と。それからなぜか妙に存在感のあるおじいさんの登場で、脳のキャパが一気にいっぱいになる。少なくともわたしの周囲には、赤ん坊に向かってオーラなんて訳のわからないことを言う人はいなかったと思う。ゴーグルをかけた女性の知り合いだっていなかったし、この二人の顔には全くと言うほど心当たりがない。つまりはまあ、今私がいるこの世界はさっきまでの記憶にある世界とまったく別物なのだろう。

 

生まれ変わり、転生。いや、身体の感覚と今の二人の会話からしてたぶん私は今この瞬間生まれたわけじゃない。どちらかといえば、憑依。この身体に魂だけ入り込んでしまったみたいな。

 

そう結論をまとめると、自分でも訳がわからなくて混乱する。

だって現在の状況を鑑みるとそうなる。というか、死んだと思ったらいきなり赤ちゃんになってたなんて、それ以外の解釈ができるはずがない。

 

最悪だ。最悪だけど、そんなこと言ってても仕方がない。ポジティブに考えよう。死んだと思ったら生きてたわけだし、第二の人生みたいでいいじゃないか。それに、この世界の言語をある程度理解できるのはラッキーだった。二人の話している内容もひとまずはわかる。これならある程度の情報はすぐに掴めるだろう。

 

まず知らなきゃいけないことは一つ。

 

私の立場と、求められてる立ち振る舞い。

 

 

ベットを覗き込んでいる女性、おそらく母親をじっと見つめる。

服装からして、かなり裕福ではあるけど、かなり………風変わり。ゴーグルをつけている理由も謎だし。隣のおじいさんもかなりおかしい。首から下げている大きなプレートには、「生涯現役」の文字。

どういう家庭なんだろう?外見の年齢から考えておじいさんが私の父だとは考えにくい。別にいるのか?

 

「うぁ、りゃあ」

 

お父さんはどこ、なんて単純な文章でさえ、うまく発音できない。思考できてるのに意思疎通ができないってかなりのストレス。

そう思って顔を膨らませると、おじいさんが一瞬不思議そうな顔をする。

 

「キキョウ、この子はいつからの予定じゃ」

「単独で歩行可能になり次第の予定です」

「……そうか、ならば今日からじゃのう」

 

二人のよくわからない会話を理解しようと全力で考えていると、急に体が空中へと浮き上がる。いや、その表現は正しくない。正確には、おじいさんに持ち上げられている、だ。

なんだこれは。あれか、高い高い的なやつか?じゃあおとなしくしてるが正解かな。うん、きっとそうであってほしいな。

そう思って、宙高く投げられることを覚悟すると、なぜか床へと降ろされる。

 

「立てるなら立ってみろ」

 

そう言われて、手が離された。

立て、ってこと?この世界だとこの年齢の子は普通立てるものなのか?うそ、そんなハイスペックじゃないんだけど。

でも、まあ、やるしかない。

 

赤ちゃんが立てないのには二つの理由がある。

単純に歩行に必要な筋肉量が足りていないというのが一つ。

もう一つは、立ち方を知らないから。立つための重心の取り方、バランス、それを学習するのに時間がかかる。

前者は私にも当てはまるし、どうすることもできない。でも後者ならば。重心やバランスの取り方なんて、余裕のはず。

 

よし、ゆっくり行こう。

地面に四つん這いになっていた状態から、恐る恐る手を離して上体を起こす。

うわ、足がプルプルする。どんだけ筋肉ないんだか。まあしかたないか。赤ちゃんだし。

そうこうしながら、どうにか立つことに成功した時には、すでに足は限界だった。

 

おじいさんの方をみると、こくりと頷かれる。それは、オーケーということですか?

まあどっちにしてももう限界だし。立っている状態から、四つん這い、いわゆるはいはいの姿勢になる。

 

「キキョウ、見たか」

「ええ、この子はもうすでに………言語を理解することができる。それにさっき立ち上がった時も」

「足りない筋肉分をオーラで覆って補完していた。精孔はまだ空いておらんが、最低限のオーラは十分にまとえておる」

「ということは、やはりこの子は………」

「ああ、おそらく今精孔を開けても、生き延びられるじゃろうな。それほどの才能がある」

 

疲れた足をブラブラとしていると、二人の会話が耳に飛び込んでくる。

まずいまずいまずいまずい。一気に冷や汗が流れた。

そっか、当たり前だ。普通赤ちゃんは言葉なんてわかんないんだ。いきなり立てとか言われても理解できるはずがないんだ。

 

しかもこの歳で自力で立てるって、普通じゃなかった!思いっきりカマかけられてた!

 

ど、どうしよう。もしかしてこの世界では記憶持ったまま生まれるとか結構普通に起きうることなの?いや、そんなわけないか。

じゃあ、なんでこの人たちは、というかあのおじいさんは私が言語を理解できるかもなんて思ったんだろう。なんか私したっけ。心当たりがない。

しかもそのカマかけにやすやすと引っかかる私っていうね。バカすぎて笑えてくる。

 

いや、だから笑ってる場合じゃないって。ちゃんと考えないと。

 

とりあえず現状把握。今目の前のこの二人には、少なくとも私がごく一般的な赤ん坊ではないって気づかれてしまった。どうしよう、それがどのくらいまずいことなのかすらわからない、けど、それにしては二人の様子にそこまで気持ち悪がっている感じはない。

 

もしかしてこのままうまくいけば、せいぜい天才児ぐらいの評価で丸く収まるんじゃないだろうか。いや、そこまで丸くないけど。

でも、これ以上ボロを出したらもう完全にアウトだ。普通の、なんにも知らない、ただの赤ちゃんを演じきるんだ。

 

そう決意を固めて、ぎゅっと拳を握る。と、おじいちゃんの目がさらに見開かれる。ぎくりと背中が凍った。

 

「キキョウ、少しカルトと二人だけにしてくれんか?」

「え、ええ」

 

キキョウさん?おそらく母親である女の人は、おじいさんの言葉に不思議そうにしながら。でも、それでも従って部屋を出て行った。

このおじいさんが絶対権力者っていう解釈で合ってるかな?

ということは、このおじいさんさえどうにかできれば、騙し切って平穏な人生を生きていけるかも。

 

そう考えると同時に、また大げさな金属音。おそらく扉が閉められたんだろう。

つまりこの部屋にいるのは、私とおじいさんだけ。

 

「カルト、お主は何者かの?」

 

ぼそりとつぶやかれたおじいさんのその問いに、ギクリと体をこわばらせる。まずいまずい。本当にどうしよう。

 

バレてる。私にすでに思考能力があることが。

 

そんな怯えている様子に気づいたのか、おじいさんは軽く苦笑すると、こちらを見つめてくる。

 

「大丈夫じゃ。それきりの理由で急にお主を魔獣だらけの森に追い出したりはせん。だがのう、もしお主が現時点である程度の自我を持っているなら、問題が一つだけあるんじゃよ。

………お主、人は殺せるか?」

 

一瞬何を言われたのかわからなかった。

 

人を、殺す?どういうこと?

何を私は問われてるの?意味がわからない。理解不能だとばかりに口をパクパクとさせれば、おじいさんは微笑を浮かべたまま再び口を開いた。

 

「ああ、順番が前後してしまったようじゃが。ここは、お前が生まれた家は、ゾルディック家。家族全員で暗殺家業を営んでおる。この家に生まれたからには、お主ももちろん暗殺に携わっていくじゃろう」

 

 

暗殺。人間って予想もしていなかった言葉を聞くと本当に思考が止まってしまうらしい。完全に何一つ動かなくなった私を尻目に、おじいさんはつらつらと言葉を続けた。

 

「既にお主の中に人殺しを否とする倫理観があるのであれば、それを否定することはせん。だがのう、……………そんな役にも立たんものに食わせる金はないんじゃよ」

 

そう言っておじいさんは人の良さそうな笑みで微笑んだ。

 

その表情を見て、私は凍りつく。だって、言ってることの残酷さとは正反対の表情だから。

役に立たないものに食わせる金はない。それはつまり、もし私がノーと言うなら私を生かす意味なんてなくなるっていうこと。殺される、のだろうか。心臓の音が自分で聞こえるくらいに煩く鳴っている。

 

この状況で、私が生き残るルートは一つだけしかない。

生き延びる代わりに、人殺しをすることを約束する。

 

もちろんその約束を無視しようものなら、瞬時に殺されるだろう

 

殺す。暗殺一家。

なんてところに生まれ直してるんだ、私は。最悪だし、意味がわからない。第二の人生なんて言ってる場合じゃなかった。こんな生まれた瞬間から生死を問われるような環境に行く羽目になるなんて、誰が予想してただろう。

 

もう一度手をグーパーと動かしてみる。うん、やっぱり。

こんな私が暗殺なんてできるはずがない。だけど、私は生き延びたい。

 

「安心せい。お主が家業につかなければならないのは、キルアが………お前の兄が無事当主になるまでじゃ。それ以降は好きなように生きるが良い。せいぜい長くて20年じゃ」

 

20年、それだけの時を投げうてば、平穏な人生を生きられる。その魅惑的な言葉に心が揺れる。

 

確実に私を誘導するための甘い餌でしかないことはわかってるけれど、それでも釣られてしまうのは仕方がないだろう。だって、それ以外の選択肢は実質的に存在しないのだから。

 

こくり、と首を縦に振る。

それを見ておじいさんはにやりと笑った。

 

「カルト、期待しておるぞ。お主は………相応の使い手になる才能がある。キルアに引けをとらぬ、もしくは上回れるほどの才がな」

 

そう言い残すと、おじいさんもまた部屋を出て行く。

 

ぐわっと、勢いよく全身から力が抜ける。

はー、怖かった。死ぬかと思った。というか、若干死にかけてた。かなり危ない生死の橋を渡った自覚はあるし、もし何か一つでも回答を間違えていればその時点で息の根を止められていただろう。

 

でもまあ、結果が全てだ。生き延びることに成功はした。多大な対価を支払いはしたけど。

 

暗殺、人殺し。なんだかまだ理解できてない。

だけど、そんな職業が存在しているこの世界は多分前の世界とは全く違う。それだけはわかる。

 

頭のなかはぐちゃぐちゃで、大混乱で、何一つだって意味がわからない。けどとりあえずは、生き残る方法を考えよう。全部全部、命あっての物種なんだから。

 

 

 



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おっけーぐーぐる、念とは?

この世界に生を受けてから約二週間。しばらくずっと、あたりに聞き耳を立てては、情報を集めていた。

この二週間でかなりの収穫を得ることができたと思う。

まずはこの家の家族構成。

 

現在の当主は私の父、シルバって人。なんかすごく怖そうで、威圧感のある人だった。あのおじいさんはその一代前の父方の祖父にあたる人物。でもおばあさんに当たる人は今の所見たことがない。そして私の母はゴーグルをかけたよくわからない人。声が高くて妙にヒステリック。で、3人とも現役の暗殺者。

 

そして兄弟。これは上に4人いるみたい。特に一番上のイルミって人は目に色がなくてすっごく怖い。今のところ数回しか会ったことはないけど、とにかく異質な気配をひたすらに感じるのだ。

 

次男に当たるのがミルキって人。この人はなんだかもう、丸い。とても丸い。でも、すごい技術があるっぽい。部屋の外に出てくることはほとんどなくて、唯一外で見かけたのはおじいさんと何かの受け渡しをしている時だった。二人の会話から予想して、多分爆弾みたいなもの。その感じからして、裏方仕事みたいなのを請け負っている人なのかもしれない。

 

そしてちらちら名前をよく聞くキルアって子。この子は唯一雰囲気が明るい。変な影も背負ってないし。で、次期当主候補。なんて三男が?って感じはするけど、まあ複雑な事情でもあるんでしょう。

この3人は私を見に来たりとかで比較的よく会う。でも最後の四人目はとても謎。

 

その子の名前は、アルカ。この家で唯一暗殺に携わっていない子。どうやらどこかの部屋に閉じ込められているらしく姿を見たこともない。使用人がその子について話すときはすごくヒソヒソしてて、あんまり耳に入れたくないのかも。忌み児みたいな。やだねー。

 

そして最後に生まれたのが私、カルト。性別は女。前世と同じ性別なのは普通に幸運だったかも。五人兄弟の末子だからそれほど重い期待も寄せられてないみたいだし、気楽っちゃ気楽。まあまだ高々二週間きりで得た情報だから見えてないこともたくさんあると思うけど。

 

そして、入ってきた情報でいちばん重要で、一番恐ろしいもの。それが、どうやら今日から始まるらしい。

 

そう思うと同時に、扉が開く。

 

「カルト、時間だよ。行こうか。」

 

そう言いながら私をベットから降ろして立ち上がらせるのは、長男イルミ。

相変わらずの声の抑揚のなさ。本当にこの人感情あるんだろうか。すごく心配になってきた。

でもまあ、今は自分の心配が優先事項だけど。

 

そう、この家は暗殺者にするために子供に世にも恐ろしい拷問を課しているのだそうだ。ざっと聞いた感じ、毒の服用や電撃などなど、それから多種多様な戦闘訓練。とにかく一歩間違えれば死にかねないようなことがたくさんだった。

 

いや、確かに強くさせてもらうのはありがたいとは思う。今後生きていくために力は必要だしね。

でもさあ、電撃食らわせるとか、毒飲ませるとか、もはや虐待とかそういう領域超えてるよね?家庭裁判所行きからの全国ネット総叩きが始まっちゃうよ。

まだ生まれてせいぜい一年くらいしか経ってないような子にそんなことしたら本当に死んじゃうかもしれないと思うんだけど。一度死んだからわかるけど、死ぬ瞬間の意識が遠のく感覚は決して愉快なものじゃない。正直二度目は嫌だ。

 

そんなことをうだうだと考えていると、イルミに軽く手を引かれる。言外の早くしろ、には抗えない。

恐る恐る足を前に進めると…………うん、歩ける。ベットの上でちょこちょこ練習してたから、歩行はできるようになった。相変わらず、足がすっごい疲れるけど。まあそれは仕方ない。

 

前後左右にふらつきながらもどうにか歩き始めると、イルミの光のない瞳がふとこちらを向いた。

 

「カルトはゼノ爺さんの目に適ったのかなあ。キルアに劣らない才だって言ってたよ」

 

おそらく私が内容を理解できているとは思っていない声。淡々と事実のみを己の中に言い聞かせるような。その声色を聞いて、ほんの少しだけちくりと心臓が痛む。

 

どんな事情か知らないけれど、この人は長男にも関わらず家を継ぐことを期待されていない。それがどれほどの心の負荷なのか私にはわからないけれど、決して簡単に無視できるような痛みではないんだろう。だから心がまるでないかのように、機械的なまでに押し殺している。そしてそれを続けすぎたせいで、本来の感情の出し方がわからなくなってしまっている。そんな感じじゃないだろうか。まあただの予想だけれど。

 

家を継ぐ条件、それはこの家では多分生まれてきた順番とはあまり関係がない。

才能。後天的な強さ。それのみで判断している。

だからこそ、イルミのように感情がないかのように振舞ったり、ミルキのように捻くれたり、そんな歪んだ事態が起きてしまうんだろうな。

 

私はあんまりそういうのは好きじゃないんだけどなあ、なんて頭の中で呟いた。だってそんなのもったいないって思うから。せっかく生きてるのに、あまりにも人生を無駄にしすぎてる。

 

いつかこの人が普通の人間みたいに笑ったり、怒ったりするところを見ることができるようになるのだろうか。真っ黒な瞳の向こう側を見つつ考える。イルミの興味はもう完全に私から逸れたようで、ただ無言で黙々と部屋の外へと手を引かれた。むう、性急。まあ彼にとってはこんな仕事ただの面倒でしかないのだろうから早く終わらせたいんだろうけど。

 

歩幅の大きいイルミに追い縋るようにして廊下へと出てみる。そういえば部屋の外にまともに出るのは初めてかも。今までは家族も執事もみんな私の部屋に来てくれてたから。初めて見る外の様子に思わず目を瞬いた。いや、これは驚くしかない。

 

廊下の広さはどこかのビルみたいだし、そもそも廊下の終着点を目視で見つけられない。ざっと見て扉の数が十は超えてるし、え、なにこれ。家っていうか、大豪邸っていうか、ちょっとした城だ。RPGの後半に出てくるダンジョンって言われても全然納得する。

 

部屋の広さとか内装の感じから相当な金持ちであることは悟ってたけど、まさかここまでだとは思ってなかった。やっぱり暗殺って儲かるんだなあ。廊下のところどころに飾ってある掛け軸だの妙な壺だのはおじいさんの趣味っぽい感じがする。なんていうか、典型的な金持ちの家って感じだ。

 

とにかく、それはともかくとしてだ。

 

この家はおそらくこの世界基準で見ても、相当な豪邸に値するはずだ。というかそうじゃないと困る。

この世界が地球と同じ資源量に対する人口比であれば、確実にそうだと言えるかな。まあその辺を現在考える術はないので、置いておいてだ。重要案件が一つ。

 

この家はどこにあるのか。

 

暗殺っていうのは、やっぱり犯罪行為ではあるんだろう。なのにそんな奴らの住居がこんなに大きかったら目立って仕方ないと思う。警察に捕まえてくださいって自己申告しているようなものだ。

だから常識的に考えて、きっとここは人目のつかない場所にあるんだろうな。地下とか、山奥とか。どっちにしても、ある程度成長したら家出するっていう計画はかなりキツそう。

 

いや、ちょっと一瞬思ったのだ。おじいさん、あ、ゼノさんって言うんだっけ、たちもまだ私がほんの小さな子供で逃げる力なんてないって思っている時期だったら、逃げたりできないかなって。具体的にはあと一月以内くらいで。

 

でもそれは、この家が通常の街とかにある想定じゃないと不可能だ。

だって家出たらすごい秘境の森だったとか、確実に死ぬし。地下とかだった日には、そもそも出れない可能性高そうだし。約束の20年、無視するのは無理そうだなあ。諦めよ。

 

はあ、と赤ちゃんらしくないため息をつきつつ、手を引かれながら廊下をとぼとぼと歩く。しかも今から拷問受けに行くとか。私、ドMじゃないんですけど。

やだなあ、すっごくやだな。ものすごく逃げたいな。

そんなことを脳内で唱えても、イルミの歩くスピードは変わらない。まあ当たり前か。

 

せめてもの悪足掻きに、軽く体を動かしてイヤイヤしてみる。だって中身はどうあれ身体はほんとうに小さな子どもなのだ。少しくらい恩赦を与えてくれたっていいと思うんだけど。

 

すると、今まで前へつかつか歩いていたイルミの足が一瞬止まってくろぐろとした瞳がまた真っ直ぐにこちらを向いた。ひ、と思わず息が鳴る。一瞬でも気を抜いたら目の中に吸い込まれちゃいそうだ。

 

「カルト、俺の指示に従えないの?」

 

短く簡潔。だけど込められた意味はしっかり心臓を突き刺してくる。従わなければ殺すけど、までしっかり副音声で聞こえてくるのがイルミクオリティだ。

 

イルミは基本的には優しい兄だ。面倒も見てくれるし、家族の中で一番構ってくれる頻度も高い。けど、それはあくまでこちらが家業に従順である限りの話。その一線を超えた瞬間にイルミは兄の側面を剥ぎ取って殺し屋の視線をこっちに向ける。

 

だからまあ、素直に従う以外のルートはないってこと。だって今ここで逃げ出してもイルミに殺られるだけ。逃げなかったら拷問を受けるだけ。あれ、どちらにせよ詰んでる気もする。最悪だ。でもまあ生き残れる確率が比較的高いのは後者っぽいので、今回は大人しくイルミに従うこととする。重苦しいため息が漏れるのはさすがに許して欲しい。

 

そうこうしているうちに、イルミの足がとある部屋の前で止まった。

 

うわ、ここが例の。

 

イルミが扉に触れると、音もなく重そうな扉がスライドする。思わず目をぱちくりさせる。え、何今の。指紋認証?それとも何か別の技術?うわー、気になる。

 

部屋に恐る恐る入ると、中で父さんが待ち構えていた。

 

「カルト、来たか。それでは始める。それからイルミ、お前はオヤジのところに行け。新しい仕事が入った」

「了解」

 

業務連絡のような、全く一切の感情が入っていない声。

いや、まあ一種の業務連絡ではあるんだろうけど。家族同士のやり取りって言われても絶対嘘だろってなるようなトーンの低さだ。

 

イルミの手が離されて部屋から出て行く。つまりここからはいまいち何考えてるかよくわかんない父さんとサシってことだ。うわあ、なにこの状況。

部屋をぐるりと見渡すと、壁についている手錠とその近くに置いてある鞭が目に入った。結構マジのやつ。そして床にある血の跡。何したんだよ、全く。

 

でも他人事みたいな顔してられない。何せ、おそらくあの血の跡を今から作るのは私だから。いや、結構本気でこの赤ちゃん柔肌にあんな鞭受けたら死ぬんじゃないだろうか?どうするの、私死にたくないんだけど。

 

怯えたように鞭を見ているのに気づいたのか、父さんが近寄ってくる。しかもその見ていた鞭を持って。

え、なになに。児童虐待反対だー。まだ死にたくなーい。

 

「安心しろ、さすがにお前のその状態でこれを使うのはリスクが高すぎる。今日はその前段階だ」

 

そう言いながら、父さんは手に持った鞭を苦笑混じりに部屋の隅へと戻した。だよね、流石にそうだよね。よかったー、生まれてすぐ死ぬはめにならなくて。

でも、じゃあ前段階って何?もうちょっと柔めの武器で慣れさせるとか?

 

と、思った矢先、父さんがくるりと手を振った。次の瞬間手の中に現れたのは小ぶりのナイフ。仕込みナイフか?

 

っていうか、ナイフ?頭の中が真っ白になった。え、は?何考えてんのこの人。バカじゃん、今自分で言ってたでしょ。死ぬって。刺されたら血が出る。この小さな身体じゃちょっとの出血量だって命取りになると思う。懸命に動かない足を動かして後退りした。言ってるじゃん。私は死にたくないのだ。

 

けれどそんな私の挙動なんてお構いなしに、父さんの手の中でナイフが華麗に回転する。

 

「まあ見ていろ」

 

まるで考えていたことを読んだかのようにそう言った父さんは。

 

自分の腕にナイフを突き立てた。

 

はあー!?何してるのこの人!バッカじゃないの!

次の瞬間、手から血が噴き出すことを幻視して、顔を背けると。

 

パキン、と音がした。

カラカラと、金属が床を転がる音がした。

 

まさか、うそでしょ。

そう思って振り返ると。

 

無傷のまま平然と立っている父さんと、刃が折れたナイフ。

意味がわからない。ありえない。

 

だって人間の皮膚は、金属より圧倒的にもろいはずだ。いくら父さんが鍛え上げられた肉体を持っているとはいえ、ナイフを勢いよく振り下ろして無事なはずがない。それが物理法則に従った当然の結果だ。なのに、どうして。

 

これではまるでナイフより、父さんの手の方が数段硬いから。だから折れた。そんな解釈が一番しっくりくるような状況。

 

口をパクパクとさせることしかできない。

これが、この強さが。

 

プロの暗殺者の、力。

 

「今のが、念という力だ。」

 

ねん?

不思議そうに首をかしげると、近くの紙に何かをかく父さん。

 

「念とは、簡単に言えば生命エネルギーを思いのままに利用することだ。通常の人間は内包したまま使えていないエネルギーを鍛錬によって様々な力として利用する。これを習得すれば、さっきのナイフぐらいで傷つくことはまずない。」

 

そう言いながら見せられた紙には、四つの漢字が書かれていた。

『纏』、『絶』、『練』、『発』

纏い、絶ち、練り、発する。うん、訓読みにしてもちょっとよくわかんない。

 

「これは、四大行。念、生命エネルギーを自由に扱うための基礎だ。カルトにはまずこれを取得してもらう。それから通常の訓練に移る。これだったら生半可な攻撃で死ぬことはないだろうから、より効率的に訓練が行える」

「あう」

 

わかったという代わりに、首をブンブンと縦にふる。

死亡リスクは低ければ低いほどいいに決まってる。だって私は死にたくないから。それに………なんだか魔法みたいでちょっと面白そうだし。異能力とか。

 

あー、でもなんか雰囲気的に武道の一環って感じするなあ。でもそこに、物理法則を捩じ曲げるほどの何かがあるわけで。

まあ早い話が気になるってことだ。実際に自分でやってみればわかるだろ。うん、我ながら適当な終着点。

 

「では、まずは精孔を開く。これは生命エネルギー、オーラと呼ばれるものを発する孔だ。どの人間にも存在し、全身の至る所にある。

だが、普通の才能のない人間が迂闊に開くと、即座に全身のエネルギーを出し尽くして死亡する」

 

死亡て。そんなおっそろしいものを娘にしようとする父とか。なにそれ。こわ。

 

だけども、びびってても仕方がない。一つずつ父さんの言っていることを頭の中で翻訳していく。えっと、まず生命エネルギーを放出する孔を開くんだよね。けど放っておくと全身からエネルギーが出てしまう。でも内側に入れたままだと操作できない。あ、だから。

 

纏、纏う。エネルギーを体に纏う。そういうこと?

 

「そうだ、それがわかっているならいい。始めるぞ」

 

はーい、っと上機嫌に言いそうになって。

とてつもない違和感に気づく。

 

いま父さん、私の心を読んだ?

 

いや、そもそも子供というか赤ちゃんにこんな話をするなんて、おかしい。理解できるはずがないって普通思う。

まるでこれじゃあ私の心の中が最初から見えてて、それで話してたみたいだ。

 

じいっと父さんの顔を見つめる。

しばらくそうすると、父さんは隠し事がバレたこどものようにふっと笑った。

 

「そうだ、キキョウの能力でな。詳細はともかく、お前の考えていることは全て俺たちは把握できている。思考も感情も全て」

 

はあ、なにそれ?キキョウって母さんのことだよね。能力ってどういうこと?というか、全て把握できてるって。背中に生ぬるい汗が流れた。そんなの怖すぎる。迂闊にちょっとでも余計なことを考えたらその場で終わりじゃん。

 

私がばくばくと心臓を派手に鳴らしているのなんてお構いないしに、父さんは言葉を続ける。

 

「それが念だ。身に纏ったオーラを自由自在に動かし、かつそれを個人個人の能力として利用する。お前の才能ならば無理せずとも2年あれば身につけられるだろう。無理をすれば1年かからずにできるようになると思うが」

 

そう言いながら、ニヤリと笑う父さん。

あ、なんかすごく嫌な予感。それで今のところ、こういう嫌な予感は外れたことがない。

 

「悪いがお前には無理をしてもらう。念能力の成長期は第一次成長と重なっている。その時期に取得すれば、成長スピードも最終能力値も跳ね上がるはずだ」

 

出たー、この家特有の合理主義極めすぎたせいで、無茶しまくる性質ー。げっそり肩を落とす。つまりはもう、私の地獄の拷問生活はほぼ確定したのだろう。

 

うん、でもまあそれが強くなるための近道ならば、まあ受け入れられない話じゃない。

 

この世界は前の世界よりもずっと死との距離感が近くて、前の世界よりもずっと単純な個々人の力が重要視される。

それだったら、キルアが当主になってからの私の人生フリータイムをよりフリーにするためには力はあったほうがいい。

 

そう自分の中で意見を纏めると、こくりと父さんに向かって頷く。

オッケー、覚悟はできてる。いつでもこいや。

 

「なかなかの度胸だな。……では行くぞ!」

 

父さんがそう発したとともに、部屋の空気が急激に変わる。

部屋の電気がチカチカと点滅して、部屋の調度品がガタガタと揺れる。まるで荒れ狂う嵐の最中にいるような。そんな感覚。全身がばらばらに引き裂かれるみたいに翻弄されて、自分の中の自分でさえ知らなかったスイッチが強引に押される。

 

だけど、それは一瞬だった。部屋中に漂っていた『なにか』が勢いよく父さんに向かって収束する。

 

「開いたな。あとはお前次第だ」

 

父さんにそう言われて慌てて全身を見ると、何か白いものが体からゆらゆらと立ち上っている。蒸気みたいな、柔らかい何か。その流れを目で追いながら指先で触れてみてもなんの感触もない。これがオーラ?こてり、と首を傾げながら視線を父さんの方へと投げた。これをどうしたらいいの?

 

さっきまでと何一つ変わらない姿勢で立っている父さん。けれど、その身体にあの白い湯気みたいなものが無数に漂っているのが今度は見えた。ごくり、と喉が鳴る。同じ白い何かとはいえ、そのあり方は今の私のものとは大幅に違っている。指先から頭の端まで、その白い蒸気は泰然と循環している。その様子は大河を思わせるような、力強さと美しさに溢れていた。

 

これが、父さんの強さ。本物の暗殺者の強さ。それから、私が求められている強さ。私もいつかはここに到達しなければならないのだろうか、なんて考えながら生唾を呑み込む。あまりの美しさに見惚れかけて、けれど今はそれどころじゃないことを思い出した。

 

自分から流れ出ている白いオーラを見つめる。

体の内側から湧き出るエネルギー。それを、外側で循環させる。父さんと同じように。

 

目を閉じて、ゆっくりと深呼吸する。

オーラの流れだけを。ただ、それだけを意識する。

 

真っ暗な世界に、私とオーラだけ。

私の体から逃げようとするオーラにそっと呼びかける。

頭頂部から顔を下に降りて、心臓を通過して、足を下って、もう一度上に上がって。ルートを丁寧に指示していけば、縦横無尽に動き回っていたそれは少しずつ意思を持ち始めた。それを流れるように。いつまでも繰り返す。

 

だんだんと逃げようとしていたオーラが言うことを聞くようになる。私のために、私の指令下で、ぐるぐると体を回る。

力が、漲ってくる。

 

そこまで感じると、そっと目を開いた。

体を見ると、オーラがどうにか纏えている。父さんに比べれば、薄くて、弱くて、乱れていて、全然綺麗じゃない。それでも、どうにか纏えた。力を利用できた。

 

父さん、これで正解?

そう尋ねるように父さんを見やると、とてつもない威圧感に息を飲む。

 

開いたからわかった。実際に纏ったからわかった。

父さんは、強い。

とてつもなく、化け物のように強い。あんなナイフなんて、かすりもさせないぐらい強い。

 

これが私やキルアやイルミに求められている領域。その強さ。

それを感じて、私は知った。

 

私って、弱いじゃん、と。

 

ほら、だってやっぱり記憶持って転生とかチートが定番の世界じゃん。そういうもんじゃん。

でもこの感じ、私普通の子だよね。だって父さんのこの圧倒的強さからして、そうとしか考えられない。

いや、むしろこの家に生まれたのがチートなのかも。

だってここにいたらいやでも強くなるしかないし。しかも前世の思考能力つきだったら、効率よく強くなれるじゃろ。うん、そうだよ。

 

てか、そういうことにしとかないと、既に心折れそうだよ。

 



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不況にも強い資格職、ハンター!

「そうだ、それが纏。念において全ての基本となるものだ。これからは毎日ひたすらその纏のことだけを考えろ。纏の出来は念能力者としての実力と比例する。」

「りゃい。」

 

了解ですよ父さん。言われなくてもやったりますよ。

うっひょい、能力者とかなんかかっこいい!これで誰しも一度は夢想する思春期女子の夢が叶うぜ!

………でもああいうのって努力なしで身につくもんじゃないのかねえ。というか、なんで私、生後数週間でこんな危ない橋渡ってるんだろう。そろそろ誰か違和感に気づけよ。赤ん坊が直立二足歩行してるだけでなく、謎のオーラとか纏い出したぞ。

 

「ちなみにイルミの纏取得年齢は5歳。ミルキは6年と三ヶ月。キルア、アルカは未取得だ。」

「あぇ?」

「キルアに今念を教えるのは早すぎる。アルカは………あれ以上他者と接触させるのは防がねばならない。」

 

おい父さん、矛盾してまっせ。キルアってもう5歳ぐらいじゃないの?なんでキルアには早いとか言っておきながら、生後数週間の子には教えてんの。

不満げに頬を膨らませると、父さんに苦笑される。

 

「お前は特殊だ。生まれた時点である程度の知識と思考能力がある。念は、それが何か理解できていないと取得できない。そのため、ある程度の年齢にならなければ教えることはできない。」

 

つまりキルアはまだその年齢に達していないと。なるほど。

ていうか、私が生まれながらに思考演算能力持ってる件については、父さんたちはどう考えてるの?

 

「この世界ならばありえない話ではないと思っている。念能力に、進化過程が全く不明の生物たち。それに、………アルカのような事例もある。今更、多少前世の記憶があるくらいで驚きはしない。」

 

うーん、それはラッキーなのかなんなのか。あんまり嬉しくはない。

てかアルカちゃんなんなの。何があったの。私みたいに生まれながらにしてわけわかんない能力持ってたとか?

私の場合記憶あるだけだから誰の迷惑にもならないからね。なんて便利で平和的。

 

と、違う違う。今はそこじゃない。

アルカは何があったの?と父さんに目で訴える。

 

その様子を見た父さんは、苦しげに眉をひそめると重々しくため息をついた。

え、そんなまずい話題?

 

「アルカは、………謎のルールで縛られている。念能力とは全く性質の異なる力。だが、とても強力だ。そして、その能力の発動トリガーがとてもゆるい。下手に使わせるわけにはいかない。」

 

あ、それ、ヤバイ奴じゃないですか。

制御できない未知なる最強能力とか、物語の終盤に出てくるやつだよ。そしてその持ち主はだいたい満足死するんだよ。

じゃなくて!

まあ、今の父さんの言動からして、結構この世界ではこういう不思議事態は起きるみたいだね。ていうか、私の不思議って感じるポイントがこの世界の普通とずれてるっていうことだろう。

まあそのへんはすり合わせていくように努力しよう。

 

あ、ねえ父さん。

この世界の常識学べるような本ない?ついでに文字の読み方もわかるような。

 

その要望を読み取ったのか、父さんは軽く頷く。

 

「わかった。お前の部屋に該当するものを送っておく。いずれは教育しなければならないものだ。自力でやってくれるなら助かる。ああ、あとは執事をつけておく。何かあったら彼らに…………」

 

父さんのその提案を全力で拒否する。

執事?無理無理。身の回りのことぐらい自分でさせて。ていうか四六時中見知らぬ他人の目がある中で生活とか、デリケートな私には無理なんだよ。やめてくれ。

首を横にものすごい勢いで振る。これだけは阻止せねば。

 

「……そこまで言うのなら無理強いはしない。が、何かあったらすぐ呼べ。というか泣け。待機してる執事がくるだろう。」

 

あ、そっか。赤ちゃんってそうやって問題発生のお知らせするんでしたっけね。忘れてたよ。てか私、この体で一度も泣いてないなあ。今後も泣くつもりはないけど。

いや、だって中身は大人よ!?成人女性よ!?衆人環境で泣くとか、羞恥心が爆発する。

あー、でもなあ。数年間はただの子供の見た目なんだから、子どもらしく振舞う練習はすべきか。この家の人たちにはバレててもいいけど、あんまり外部のただの人には気づかれたくない。

でもなあ、そうすると子供として生きなければならないわけで。それはとてもとても面倒なわけで。

いやだってそうでしょう。明らかに未就学児と思わしき子供が街中とかウロウロしてたら、私絶対警察とかに連れてくよ!?

なんかこう、見た目子供でも中身は認めてもらえるような公式の証明書とかないかなあ。

 

父さん、何か知ってる?

 

「ああ、あることはある。年齢制限なしで実力さえあれば受かる試験だ。そのライセンスをとっていれば、公的機関はほとんど無料利用できる上に、実力の証明にもなるからお前が想定している面倒な事態はすべてそれさえあれば解決できるだろう。」

 

え、なにそれ!すっごい便利じゃね!

父さん、取りに行っていい?

 

「今はダメだ。」

 

えー、なんで?

手足をバタバタさせて、思いっきり交渉する。というかこれはあれだ。よくちっちゃい子がおもちゃ売場とかでやってるやつ。

……だって見た目子供だし。いいやん、子供のわがまま聞くのは親の務めだろ。

恨みのこもった目線で父さんを見つめると、父さんにアホを見るような目で見られる。

 

「お前バカか。その見た目でいけるわけがないだろう。だいたい念もロクに使えない奴がハンター試験なんて受かるはずもない。ほしいなら早く実力を積むことだな。」

 

た、確かに。

私今、幼児っていうか赤ん坊だからな。そんな奴が試験受けてるとかどんなファンタジーよ。

ていうか、その試験ハンター試験っていうの?ハンターって何?この世界って猟師とか人気なの?

 

だいたいそのライセンス破格すぎでしょ。身分証明もないような人に、そんなの発行したら大変なことになるよ。同時多発テロ50回ぐらい起きちゃうよ。この世界の政府、何考えてるの?

 

「だからハンター試験は人気の最難関試験なんだ。世界中の猛者たちが集まって、殺しあう。そんな場にお前が今行ったら、一瞬で死んで終わりだな。」

 

おー、世知辛い世の中。

でもそうだよね。そんな破格の条件なんだからそのぐらいは覚悟………って、殺し合い!

なにそれ、ライセンスとらせる気ないじゃん。いや、でもそれでもほしいけど。試験で死ぬとか狂ってるよ、やっぱりこの世界。

あー、違うってば。だから私の価値観がずれてるんだって。

早いとこ適合しないと。努力努力。

 

てか、それ私が仮にちゃんと成長した後で受けたとしても受かるか微妙じゃね?

 

「いや、それはない。ハンター試験と言っても念能力者はほとんどいない。というかこの世界の能力者はほぼ全てがハンターだからな。ハンター試験合格後に念能力を取得するものが大半だ。」

 

へえ、じゃあ念が使えるようになれば合格率は相当上がりそうだね。

よし、じゃあしばらくはそのライセンス取得を目標にがんばろ!

 

「そうだな、ハンターであれば仕事もしやすいだろうし。まあその前に四大行の修業だがな。纏を2ヶ月練習しろ」

「らーい。」

 

あ、だいぶ発音がましになってきた気がしなくもない。よし、ここは一発チャレンジ。

えー、テステス、本日は晴天なり。

 

「ああららえりゃああい」

 

あ、やっぱダメだわ。喉がもう少し成長しないとダメみたい。

うーん、こればっかりは待つしかないか。きついけど、会話的なのはこっちの思考を読んで貰えばできなくはないし。

あー、はやく成長したい。

 

「そればかりはどうすることもできない。時間の解決を待つしかないな。」

 

えー、こういうのなんとかできる能力とか父さん持ってないの?

てか父さんの能力って何?すっごい強そうだけど。

 

「念能力、特に特殊技は他人に教えることは普通しない。」

 

父さんのごもっともな意見に返す刀もなく撃沈する。

うん、まあ仕方ないな。諦めよう。

はあ、記憶持ち転生ってこういう問題点あるのね。カルトはまた一つ賢くなった!

 

そんなしょうもないことを考えていると、父さんに部屋から追い出される。

なんでもこれからキルアの訓練時間だそうで。訓練という名の拷問だけど。それ、記憶とかない純粋な年齢一桁の子にはキッツイだろうな。でもまあ、生きるためには仕方ないって割り切るしかないんだろうけど。

 

部屋から出て自力で元の自分の部屋を目指す。

行きはイルミに連れてきてもらったからよくわかんないんだよなあ。まあ来た道を戻るだけだし、方向音痴でもないから問題ないけど。

トテトテと廊下を自力で歩く乳幼児。なんてシュールな光景。

 

かなりの時間をかけて、それでもどうにか元の部屋に戻る。

さて、ここまでで得た情報を元に、今後の計画を練ろうではないか。

 

まず、やっぱりこの世界は力こそすべて系の世界だったことが判明した。

いや、それは少し違うな。普通の技術職とかもあるんだろうけど、でもやっぱり強いということがアドバンテージになる世界。

その理由としては、前いた世界より命の危険があるってことがあげられる。

だってそうだ。父さんがちらっと言ってた魔獣とかの存在もあるだろうし、それ以外にも結構殺すとか死ぬとかが当たり前な感じだ。だって暗殺者みたいな職業が成立するってことはそう言うことだし。

まあその辺は置いといて、とりあえずこの世界で平穏な人生を生きるためには力が必要。

最強なんてところは求めないけど、でも十分に身の周りの危機を撃退できる程度の強さ。それがほしい。

 

次にハンターっていうものについて。

ハンターっていうのは、おそらく猟師みたいな人のことではない。とてつもない強さの証明をするために便宜上ハンターって読んでるだけだろう。そして、そのハンターっていう人たちは、とてつもない特権階級にいるんだろう。

つまり、ハンターになっちゃえば一生安泰。なんて幸せ。

いや、べつに億万長者とかになりたいわけじゃないよ。ただ平穏に生きるためにはどうしたらいいかってこと。

金がいくらあろうがなんだろうが、どんなに強かろうが、それでも私はその力を使ってのし上がる気はない。

だって平穏に生きるのが夢だから。凡人人生ばんざーい。

 

うん、まあそれはともかくとして、とりあえず直近の目標は四大行の習得及びハンター試験合格、ってとこかな。

それをクリアできれば、人生の八割がたの努力終了だ。だってそしたらあとは待つだけだもん。

キルアが当主になる、その日を。

 

そうねえ、それだったらライセンスをとったらキルアの周りをちょこまかしてるのもありかもしれない。

1日でも早くキルアには成長して一人前になってもらえないと、カルト困ります。

そのためだったらキルアのフォローなりなんなりなんでもしますよ。むしろやらせてください。

 

よし、じゃあとりあえずはそこを目標点として鍛錬しよう。目指せ念能力の取得!

 

ベットの上でコロコロと転がりながら纏に意識を集中させる。

オーラの流れを体で感じる。

 

やっぱり、淀んでる。速さが一定じゃない。

目をもう一度開いてからまた閉じる。

目標点は父さん。力強く押し流されそうで、それでいて美しい流れ。

あそこが、限りなく100%に近い念の領域だ。

今は一ミリでもあの領域に近づくことだけを考えよう。

幸い赤ん坊だ。時間だけはいっぱいある。正直寝てる時間以外のほぼ全てをこの時間に充てられるぐらい。

 

なんにも努力せずに、平穏な人生を送ろうなんて舐め腐ってる。平穏を得るにはそれ相応の対価が必要なんだから。

特にこの世界はそれが顕著だろう。努力して強くならなければ、命が失われるリスクは大幅に増加する。

死にたくないし、幸せに生きたい。だから私は今努力する。

 

我ながらなんて利己的な目標。もうちょっと他人救済の精神でも持ち合わせときゃよかったよー。

 

そんなことを考えながら、ひたすらに流れるオーラを意識する。

さあて、二週間でどこまで仕上がるか。父さんに褒めてもらえるぐらいまでは練度、あげたいなあ。

 

はっ、いかんいかん。これではファザコンのようではないか。ましてや現在の私は女の子。思春期女子といえばお父さん大っ嫌いが口癖のようなものだ。って、今の私は赤ちゃんですけどね。思春期差し掛かるまでにはあと15年ぐらいか。長っ!

 

ちょっと待って私。冷静に考えよう。

父さん、あと一年で念能力習得しろって言ったよね?いや、確かに寄り道もせず1日のほぼ全てをこの時間に費やせばできなくはないと思うよ。うん、多分。

でもさ、それやると、私1歳で念能力取得じゃないですか。あの人何歳から私に仕事させる気だ?

 

………うん、考えないようにしよう。多分それが正解。いざとなったら考えようか。

 

ふわあ、そんなこと考えてたら眠くなってきたなあ。もう寝るか?ってか今何時?

部屋の隅にかかっている時計を見て…………って、え?

 

 

偶然見た時計の真下に設置されている椅子。そこにはなぜか………おじいさんことゼノさんが座っていた。

は?なに?どゆこと?

 

いた、別に私、周囲の気配感じられるとかいうわけじゃないけど、それでもオーラに集中してたからさすがに他の人いたら気づくと思うんですけど。オーラは空気の流れみたいなもんだ。そこに別の噴出口がある状態でオーラに意識を集中させたら、そこに気づかないはずがない。

でも、気づかなかった。

それはどういうことかというと。

 

ゼノさん、全くオーラを発していないのだ。

念能力未取得?いや、そんなはずはない。

だってゼノさん、私に初めて会った時オーラとか言ってたもん。それに私のオーラ量がどうとか言ってたことからして、オーラが見えてる。

それはすなわち精孔が開いていることを示す。だけど、オーラが一切感じられない。

 

想定できる可能性としてはいくつかある。

まずは、それがゼノさんの能力だという場合。でも多分それはありえない。そんな戦闘に何の役にも立たない能力を暗殺者が選ぶか?

気配を絶つという意味では有効かもしれないけど、それでも違和感。

そこで浮上するのが、さっき父さんが言っていた四大行の一つ、絶。

絶。絶つ。もしかしてこれは、纏っているオーラを絶つものなんじゃないだろうか。

なんの役に立つかはよくわかんないけど、気配を絶つという意味ではたぶんすごく優秀だ。このゼノさんの様子を見る限り。

だいたい、スイッチのオンがあればオフがあるのが世の常。オンが纏だとすれば、その対極に位置するオフが絶に当たるのではないか。

 

まあ、だとしてもなんでゼノさんがここにいるのかという疑問には一切答えにならないけど。

 

そんなことを考えながらゼノさんをじっと見つめていると、またあの人の良さそうな笑みを返される、

この裏表激しい爺さん、なんでこんなにポーカーフェイスうまいんだろ。謎だー。

はっ、これが年の功か!

 

「そんなじじい扱いせんでくれないかのう。これでもまだ若者に引けを取るつもりはないぞ。」

 

げっ、考えてることばれてた。

って、思考が全部読まれて送られてるんだから当たり前か。これ、よくよく考えるとまずいじゃん。隠し事とか一切できないよ。

あ、そう言う監視の意味も込めてのものなのか、これ。

うわ、この家意外と容赦ないわ。怖っ。

 

「まあいきなり記憶持ちの子が生まれたら警戒態勢に入るのも当然じゃろう?内側からじわじわ攻められでもしたら厄介じゃからの。」

 

そう言いながら、椅子から立ち上がるゼノさん。と、その瞬間。

オーラが、解き放たれた。

 

部屋がアホみたいに揺れる。風がビュンビュン吹き荒れてる。

紙がひらひらとそこらじゅうに舞う。

そんな紙吹雪が舞う様子は、どこか幻想的で、狂気的でもあった。

 

紙かあ。前の世界の私の国だとちょっとした名産品だったよな。和紙とか。

あと、紙を利用した工芸も盛んだった。団扇とかあとは………扇子とか。

ちょっと、ありかもしれない。

 

そんな脳内に浮かんだ能力案に一瞬ニヤリとしながら、改めてゼノさんを見る。

まあそれは、気持ち悪いほど美しかった。

なんかもう、この世のものとは思えないほど。

 

父さん見て絶望したと思ったら今度はこっちかい。なんでこんな奴らばっかり。

強い。強すぎる。一ミリも勝てるビジョンが浮かばない。

まあ歩くこともおぼつかない幼な子ですけどね。木の棒すら振りまわせる自信ありませんけどね。

 

………いや、それももしかしたら。

 

はりゃ、どうしましょう。みるみるうちに能力の案が浮かんでくる。

その思考も読んでいるであろうゼノさんは、また例の顔で笑顔を作ると、オーラを切る。

途端に吹き荒れていた風が止んで、ギシギシとなっていた音が消える。

なんだろ、この台風が去った後みたいな気分は。

 

「ほう、お主なかなか良い発想をしておる。系統さえ合えば、なかなか良いものになるかもしれんな。」

「りゃえ?」

 

系統?なんじゃそりゃ。

まあいずれ父さんが教えてくれるか。期待してるぜ!

 

「そうじゃな、まだ知るのには早い。それよりその未熟な纏をなんとかせんか。見ていてイライラするんじゃ。」

 

そう言いながら軽く鼻でこちらをあざ笑うゼノさん。

くうー、ムカつく。認める、しかしムカつく。

こうなったらちゃっちゃと覚えて、吠え面かかせてやろうか!

 

「あと300年は早いのう。まあその意気だけは認めてやらんでもないが。」

 

くっそー、この爺さん本気でむかつく!

確かに冗談抜きでも300年ぐらいかかりそうだなって思ったけど!で、それもまた悔しい!

 

「そうじゃそうじゃ、悔しがってせいぜい努力するがよいわ。……その先にお主の望む道はあるのじゃから。」

 

私の望む道?

 

「そうじゃ。お主が目指す平穏な人生。それは力なしには成し遂げられぬもの。お主もいずれわかってくるじゃろう。この世界の歪みにな。」

 

そんな意味深なことを言って、ゼノさんは部屋を去っていった。

 

あの人、なんで本当にここにいたんだろ。

 

 




カルトちゃんはいったいどこから発想を得てあの能力にしたんだろ。ナイスチョイス!


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凡人は凡人ななりに努力せないかんのよ

それからなにはともかくひたすらに纏を修練すること二週間。

どうにか父さんに合格とは言ってもらえたからよかったよ。

でも、私は纏を見せた時の父さんの最初の反応を一生忘れない。

 

『……フン、まあ見れるようなものにはなったんじゃないか。』

 

いやさあ、私の念が未熟を極めてることぐらい理解してますよ!?

でも一応合格じゃん。ちょっと褒めてくれたっていいじゃん。父さんのどケチ!

………ごほん、それはともかくとしてだ。

 

そこからは結構順調だった。

二つ目の課題、絶。これはやっぱゼノさんが見せてくれたのと同じだったよー。

ただ使う理由はもう少しあった。

隠密行動に用いるのはもちろん、どうやら体の回復能力を高めるはたらきがあるらしい。

そりゃあそうだよね。生命エネルギーを内側に入れてるってことだもん。

 

まあ理由はどうとあれ、絶の習得は結構生命線だった。

一応私に求められているのは暗殺者のスキルだ。暗殺者とは、闇に潜んで隠密に、確実に対象を抹殺するお仕事。

基本はこの絶で潜んで隙を衒い殺すっていうスタイルが無難だろう。正面戦闘より死亡リスク低いし。

………なに殺す基本スタイルとか確立し出してるんだろ、わたし。適応しすぎだよ。

 

はあ、とため息をつきながら、目下練習中の練に意識を集中させる。

 

練。四大行の三番目にして、肉弾戦の基本。

纏より多くのオーラを体表に出し、それによって肉体を強化する。

私の練のイメージは、硬くて柔軟性のあるっていうとてつもない矛盾を抱えた外骨格。

鎧っていうには体に依存しすぎてるけど、体表の一部とは考えられない。そんな感じ。

まあそんなの結構本当にどうでもいいんだけれど。

 

それより何より、これさえ習得できればあとは発。つまり特殊技を残すのみ。

要は超能力みたいなもんでしょ!ひゃっはー!これで私も人類の冒険譚の片隅に名を残す………

とはならないけど、別の意味で名は残りそう。人類史上最悪の暗殺一家の一員、とか。

 

そう、こないだ父さんからもらったパソコンで調べてみたのだ。我が家のことを。

完全に冗談の気分で検索エンジンにゾルディック、と打ち込むと、現れたのは大量の検索結果。

そして、アルカ以外の全てに大量の賞金首がかかっていた。あ、私はまだ大丈夫だったけど。

ミルキとキルアはまあ納得できる程度の賞金だったんだけど、といっても5億ジェニーね。

まあ、父さんとゼノさん、イルミ兄さんは異常だった。

 

イルミ兄さん30億ジェニー、父さん50億ジェニー、ゼノさん60億ジェニー。

 

頭狂ってるとしか思えないお値段。国家の金庫が立て続けに倒壊するようなお値段。

でもまあ、そこまでするぐらいには危険人物なんだろう。国家予算投じるぐらいには。

 

思わず見てから数分間は、ぽかんとしたままフリーズしちゃった。恐ろしい。

ていうか、これ全員捕まえられたら一生遊んでも遊びきれないぐらいのお金手に入るじゃん。スッゲー。

まあ、そんなこと不可能なのは火を見るより明らかなんだけど。

 

キルア、ミルキは念をある程度完成させて成長すれば不可能ではないだろう。

でも、上3人は違う。

破格の身体能力、毒を飲んでも死なない体、ナイフの刃すら通さない強靭な肉体。

恐ろしいまでに練度を高められた念。

 

そしてそれらを完璧に使いこなせる、実戦経験。

日常と戦闘の境目がないかのように、指令さえ入れば笑顔で笑いながら人を殺せる狂気。

 

全てが、何もかもが、強かった。

 

そう思って身震いすると、思わず練が乱れてしまう。

おおっと危ない。とりあえず今日はこれを30分維持を目標に。

 

父さんから、この練を3時間キープできるようになれば、イルミの仕事に同伴させる、と言われた。

イルミ兄さんの仕事、つまり暗殺。

心臓にナイフを、いや兄さんの場合は針か、を心臓に突きつけるだけの簡単なお仕事。

てか、兄さんの能力は針を刺した対象を操作するものらしい。ので、心臓だろうが、鍼灸師が刺すような気持ちいいツボにささろうが、刺さればそれでお仕事は終了となる。正直、念能力者じゃなければ、兄さんに勝てる可能性なんて1mgもない。

だから、たかが四大行を覚えただけの私を足手まといとしてつけても、十分に余裕があるんだろう。ていうか、ターゲットはただの戦闘能力0に等しい豪商らしいし。ただ、ボディーガードがどの程度の実力か読めないのが唯一の不安要素。

まあ、それすらも兄さんの前では無力に等しい。

ある程度の人数がいる敵は兄さんにとっていいカモでしかない。

誰が操作されているのか。自分の後ろにいる仲間は、本当に仲間なのか。

兄さんの能力はそういう疑心暗鬼を抱かせて、そして全てを破滅に導く。

 

………冷静に分析すると怖すぎるな、この能力。

ついさっきまで命を預けられるとまで思えた相手に急に殺されるかもしれない。その絶望は舌筆に尽くしがたいだろう。

まあ操作されてるってわかればまだ幸せなんだけどね。もし見た目は変わらず、ただ正反対の行動を取るだけの人形と化してしまうような能力だったら………もうそれは、国家予算かけるレベルの凶悪犯罪人だよ。

 

と、そういえば、うち以外にもこのぐらいの賞金かけられてる人たちって結構いるのかな?

つまり、うちレベルの念能力者はその辺にゴロゴロいるものなのかってこと。

もしイルミ兄さんとかのレベルが普通とかなら、私はもうどうすることもできない。死ぬ。

そうよ、やっぱり事前に情報を知ることは大切。

だって考えてみなよ。いざ念取得してハンター試験会場に行ったらそこらじゅうイルミ兄さん、父さん、ゼノさんクラスだった場合の地獄絵図を。無理だろ。何もかもが詰むだろ。

 

よし、やっぱりそう言う時はパソコンを開いて、電脳ネットのアイコンをクリック。

電脳ネット、それは前の世界でいうインターネット。

ただひとつ違うのは、かける金次第では自身の情報を完全に見えなくさせたりとかそう言う芸当も可能ってこと。

ただそのセキュリティーを日々破っていく猛者たちも少なくない。例としてはミルキなんかが当てはまる。

そう言う人たちは、ネットサイバー犯っていう烙印がつく。罪の重さとしては、普通の窃盗よりは高いけど殺人よりは低いって感じ。

 

ちなみに父さんたちは罪名が多すぎてわけがわからなかった。

殺人はもちろん、器物破損に不法侵入、窃盗、電脳ネット使用法違反ーーーこれは、依頼主が料金払いきれなかった腹いせに、ありとあらゆる個人情報を完全情報公開モードで電脳ネットに載せた時についたらしいーーーなどなど。

面白いのは、脱税なんていうのも入ってたこと。暗殺者が報酬として得たカネも税としてカウントしていいのか………

 

まあそれはともかく、検索エンジンから賞金首リストのページへ飛ぶ。

開いてみると、そこには値段も罪名も多種多様の賞金首たちが。……私もいつかここに名を連ねるのかなあ。

料金が高額な順に並べてみる。

一位はゼノさん………と?

同率一位で、不思議な人物がランクしていた。

というか、人物じゃなかった。

 

『幻影旅団』

 

おそらく何かのグループ名だろう。

団員一人につき、60億ジェニー。顔や年齢、性別、何もかもが不明になっている。

ちなみにゼノさんは、お気楽にピースした写真とプロフィールがばっちり載ってます。好物は焼き魚だそうです。

………多少は自己主張を抑えろと思わなくはない。

 

でもそんなに情報もないのに、どうしてこんな賞金がついてるんだろう?

その疑問は、罪名と過去の犯罪歴を見た瞬間に解決した。

 

殺人、窃盗、放火、器物破損、不法侵入、強盗、誘拐、違法薬物精製。

 

思いつく限りのありとあらゆる罪名が淡々と描かれていた。

そして犯罪歴。

少数民族を滅ぼすやら、希少な宝石を取るために市内を火の海にするやら、そんなのばっかり。

もはや、こいつら災害かなんかの一種なんじゃないかって感じ。

 

うちはあくまで暗殺が仕事だ。その他の部分はよっぽど相手が強力だったとかそういう事情がない限り、進んで破壊はしない。

だから基本は殺人一本。他への被害は少ない。

でも、幻影旅団は違う。

彼らは目標のためならば過程は気にしない。ちょっとムカついた奴がいたから。それぐらいの理由で、その人がいる街に火を放つような。そんな行動。動機に対しての結果が大きすぎるんだ。

 

こんな奴が、この世界にはいる。

もちろん少ない。ハンター試験全員こいつらだったとかそう言うことはない。

でも、もし私がある程度の実力を持つことができたら、確実に接触するような距離にいる。

 

ゴクリと喉を鳴らす。

感じたのは、恐怖だけじゃなかった。

驚くほどに、その状況を楽しんでいる自分がいた。

 

きっと今この瞬間に、こいつらが現れたら死ぬほど怖い。でもそれだけじゃない。

 

私は、それを心の片隅では期待している。

 

心の中で血気さかんに奴らと張り合おうとしている自分を抑える。

いやいや、まだ早いだろう。どう考えても。

もし将来奴らと一発やりあう時がくるとしても、それはどう考えても今じゃない。

 

私が彼らと同じ目線に立つその瞬間までは、この期待は傲慢以外の何物でもない。

 

そうだ、だからとりあえず今は、これが傲慢じゃなくなるぐらいに強くならないといけない。

唇をペロリと舐めながら想像する。

これほどの強者が、命を賭して全力で戦う姿はどれほど美しいのだろうと。

その美しい体を染める血は、どれほど鮮やかなのだろうと。

 

せっかく力を得ようと努力してるんだ。少しぐらいご褒美があったっていいだろう。

幸せで平凡な人生を送るのはそれからでもいい。

 

 

いまは、とにかくその血をみたい。

 

 

 

っと、そんな危ない方向へと飛んで行った思考が、強制的に元に戻される。

まあ具体的に何かと言うと………慌てて飛んできて部屋の扉を開いた執事たちによって。

 

さっきの興奮でちょっと練が乱れてしまったらしい。その代償として転がる、部屋に置いてあったオモチャの数々。

さすがにゼノさんみたいに風が吹き荒れるわけじゃないけど、周囲のものをぐちゃぐちゃに搔き回すぐらいの威力はある。いくら未完成な練と言えども。

まあ要因はそれだけじゃないんだけどね。

ちょっぴり眉をしかめながら、執事たちの声に耳をすます。

 

「さすがゾルディックの血を引くお方だ。オーラの量が……尋常ではない。」

「ええ、これは幼少期のイルミさまも超えておられるかも……将来が楽しみですわね。」

「当主の支えとして、な。」

 

最後に男の、おそらく先輩と思われる執事が、女性の執事を窘めるように最後の言葉を発すると、女性の執事はこっちを少し気まずげに見遣って、無言で片付けの作業に戻った。

 

そう、私のオーラ量は普通という領域を超えている。

これは私自身の才能とかそういう奴じゃなくて、単純な家系。遺伝的な問題。

私たちゾルディックの家系は、根本的なスペックも普通より高い。そしてそれをさらに、磨き上げていく。だから強い。

オーラの量、質、筋肉のつきやすさ。全てにおいて、平均以上の能力値を示すのはここに生まれたからには当然っちゃ当然。

 

そしてさらに私はそこに加え、幼少期からの記憶持ちっていうアドバンテージがある。

父さんによると、オーラ量は私の時期に鍛えるのが一番伸びがいい。だから私の最大オーラ量は、おそらく同じような才能を持って普通に育ったキルアを凌駕する可能性が高い。

でも、だからといって、何も変わらないのだ。

 

キルアが当主になるということも、私はあくまで彼が成長するための補助輪でしかないということも。

 

おそらくあの女性の執事は、少し期待したのだ。

私が、自分が仕えている子が、将来のこの家の当主になることを。

だけど、そんな日が来ることはない。

 

その理由は私の知るところはないし、別に知りたいとも思わない。

私が欲しいのは、平凡で幸せな人生。

 

……あと追加要素のスリルもちょっぴり。

 

まあ、とにかく何にしてもこの執事さんたちのご希望に私は沿うことはできないってこと。

 

 

 

そんなことを考えながら、ふわあとあくびをする。

そろそろ練の維持が辛くなってきた。ん、でもまだいける。

現在開始から約45分。目標時間は超えたけど、それでもできる限り早く3時間を超えたい。

もちろん早く強くなりたいってのが第一目標だけど、それともう一つ。

 

人の死に対して、自分がどれぐらいの拒否感を持っているのか知りたい。

 

私は近くで人が死ぬ瞬間を見たことがあまりない。

おじいちゃんが病院のベッドでゆっくりと息をひきとる瞬間。それに自分自身が死ぬ瞬間とか。

それぐらいしかないかなあ。死というものに触れたのは。

多分殺されるっていうのはそんなゆったりしたものじゃない。もっとショッキング。

血が飛び散って、ぐちゃりと音がして、そしてどさりと倒れる。

それが自分の眼の前で起きる。

 

いまいち、うまく想像ができない。

 

しかも、しばらくしたら私はそれを自分の手で引き起こすようになる。

殺し。文字で見る分には単純な話だけど、実際は違う。

その瞬間でその人の命を終わらせるという行為が、どの程度自分の心に影響を与えるのかは未知数だ。

だからこそ、早めに知っておく必要がある。

 

 

よし、と覚悟を決めて拳を作る。

早く、この念を完成させる。

ちゃんと戦えるようになる。

 

殺せるようになる。

 

 

そうじゃないと私は、生きていけないから。

 

幸せな人生もスリルも何もかも、生きているから味わえるんだ。

私は生きたい。死にたくない。願わくは血で染まるのは相手であってほしい。

 

そう考えながら、練の維持に努める。

 

あと、2時間必ず耐えきる。寝てても発動できるくらいに私のものにする。

 

そう思った瞬間、ブワッとオーラが広がって、また部屋の中がぐちゃぐちゃにかき乱される。……ごめん執事。お仕事全部パーにしちゃった。

うーん、これをキープできる時間を伸ばすのも大切だけど、そもそもの練度もあげたい。でもどうやって?

 

そう思って思い浮かんだのはイルミ兄さん。

ゼノさんとか父さんは、オーラの操作については説明できないって言ってた。どうやってるかわからないぐらい自然にやってるからって。

でもイルミ兄さんは、多分違う。あの人は……

秀でた才能を抑えきるほどの努力であのオーラ練度を達成している。

 

教えてもらうならイルミ兄さんだ。

私には天性の才はない。だから努力でドーピングするしかない。

 

今兄さんは確かお仕事に行ってるはず。

戻ってきたら部屋に突撃して教えてもらおう。

 

おっし、やること見えたらやる気出てきた!

 

とりあえずまずは時間を伸ばす。その基礎がないとどんなアドバイスも意味がない。

兄さんが帰ってくる予定日は2日後。違う大陸までお仕事に行ってるらしいから、移動に時間がかかるんだろう。

そうだ、その辺の地理とかも教えてもらいたい。基礎常識はいくらでもほしいし。イルミ兄さんは教えるの上手そうだし。

 

イルミ兄さんは、多分一番この家で普通で。だから一番曲がって見える。

そういう意味で一番私に近いのはイルミ兄さんだ。

あの人から学べることは全部学ぶ。私のために。

 

 

 

 

 

 



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私の証明

イルミ能力自己解釈につき注意。原作無視とかではないと思う。違和感あったらコメントお願いします。
ついでにサイコパスイルミも発動中。ギャグ要素、今回はなし。なぜだ…………


「オーラを感じるんだよ。」

「あえ?」

「五感をすべて断ち切った状態で、オーラを感じる。それでわかるでしょ、カルトなら。」

 

二日後、家に帰ってきたイルミ兄さんの部屋に押しかけ、オーラの操作のコツを聞くと、そんな答えが返ってきた。

オーラを五感を断ち切って感じる?どゆこと?

 

兄さんの言葉に首をかしげると、兄さんに小さくため息をつかれる。

 

「カルトはオーラを目視してる。それがそもそもの間違いなんだよ。オーラはあくまで一種の生命力。カルトが見えてると思ってるものはオーラの本質ではない。その本質を理解しない限りオーラの操作はうまくいかない。」

 

疲れてるんだけど、とぼやく兄さんの言葉は聞き流して、得た情報を審議する。

……うん、よくわかんない。

 

オーラの本質?なんじゃそりゃ?

いつも見ている白いモヤモヤは、オーラそのものではないってことかな。

あ、でもそうか。オーラは生命力。目視できるような物理的な存在ではない。それが見えるはずはないか。

じゃあ私がいつも見ているあれはなんなんだろう。

 

というか五感を断ち切った状態で感じるって矛盾してない?

じゃあ何で感じるの?第六感?

うーん、こればっかりは考えてもよくわかんない。

 

 

試しに目を瞑って、兄さんのオーラを感じるように集中する。

うーん、結構難しい。自分のオーラならわかりやすいんだけど、やっぱり他の人のオーラって感知しにくいなあ。

深く呼吸を繰り返す。吸って、吐いて、吸って、吐いて。

それを何度も繰り返してオーラを探す。

 

まずは目を閉じる。これで視界はなし。

音も、匂いも、感触も、味も、全部ゼロ。

感じようとするな。断ち切れ。そう何度も体に言い聞かせる。

 

次第に、世界がフェードアウトしていく。

見えているいろいろが、この世から失せるような。ううん、違う。いつも見えてる形から遠く離れた、ねじれ切った形になるような。

たしかに存在しているのに、その存在はいつもとは違う。激しい違和感。

その違和感をねじ伏せて、ねじれて行く世界を第三者の目線から見つめる。

 

 

って、うわ。これ、結構キツイ。頭いたい。無理。

車酔いを5倍に濃縮したような感覚。世界がぐるぐると回っているような気がする。

無理。これ以上この集中は維持できない。

 

そう思って目を開くと、相変わらず無表情の兄さんの表情が目に入る。

よかったー。なんだろ、あのままやってたらもう二度と目見えなくなるんじゃって、一瞬ちらっと思ったんだよね。そのぐらい怖かった。

うーん、もしこれがオーラを感じるということならば、それはすごくリスキーなのではないだろうか。

だってもしあの感覚のまま一生を過ごしたら、多分気狂うよ。無理無理。

世界の見え方そのものを捻じ曲げるというのは、私の想像を超えすぎている。

 

てか、兄さんはいつもあの状態で生活してるわけ?それって……頭おかしいやん。無理やん。死ぬやん。

 

「それは単にカルトが慣れてないから。そもそもさっきの感覚は、ある程度念を取得すれば自然と身につくものに過ぎない。カルトの場合は、それを体が追いつく前に習得させようとしているからズレが出ているだけだよ。」

 

針をくるくると弄りながらそう言う兄さん。

あー、でも確かにそうだったら納得。ていうかそうじゃないとヤダ。一生あれ味わえとか、死刑宣告に等しいから。

ていうか、その話からして念ってこんな急ピッチで覚えるものではないんじゃないですか?もっとゆっくり慣らしてく感じじゃないんですか?

いくら暗殺一家といえども限度があると思うのよ。限度が。

あー、なんでこの家に生まれ変わっちゃったかな。不運じゃ。

私は早いとこキルアに当主になってもらって、この家ほっぽってどっか行きたいよ。

はあ、平凡な人間ルートはどこへと行った。結構マジで、この家からさっさと抜けないと私の凡人ルートが閉ざされてしまう。

 

そう思って頬を膨らませると、兄さんに不思議そうな顔をされる。

それから、私を哀れんだような目で見て、それから……

 

 

「一分一秒でも早く習得する必要があるのは当然だろ?カルトは、キルアを育てるための道具に過ぎないんだから。カルトには最初から選択権なんてないんだよ。………やっぱり邪魔だな、その自我。」

 

そう発する兄さんの声には、一切の色がなかった。

底冷えするような、真っ暗な音。それは、憎悪とかの感情よりも、数倍恐ろしい。

 

何?なに急に?

自我が邪魔?どういうこと?

本能的に自分のさっきの思考が兄さんのトリガーを引いてしまったことを察する。

 

家を出たい。

 

確かにさっき私はそう考えた。

ていうか、私はそのために念を覚えている。いつかこの家から出た時に、無事生き延びられるように。

だって私は腐ってもこの家の住人だ。何かの間違いで外に出た時それがバレたら、私の命の保証はない。

内部を知る貴重な情報源。そう思われたら、ありとあらゆる人たちから狙われるのは目に見えてる。

だからもしそうなっても対抗できる力を持とうとして、修練してきた。

でも、多分その目的はこの家の意思とは食い違ってる。

 

私は父さんや、ゼノさんや、兄さんや、執事たちにとっては、カルトである前にゾルディック家の子女なのだ。

私が家を出るなんて、許される行為ではないのだ。

 

キルアが当主になったら家を出てもいい。ゼノさんはあのときそういった。

でも今となったらわかる。あれは、額面通りの意味じゃない。

この家の人間は、例えキルアが無事当主になったとしても私を素直に逃がしてくれなんかしない。

だって私は、『使える駒』だから。

キルアが当主になったら、今は父さんにある私の生殺与奪権が、キルアに移るだけなんだ。

 

私は逃げたい。周りは逃したくない。

見事なまでの意見の不一致。

そんな中で私が家を出たいなんてどストレートな意見を出しちゃたから、兄さんが実力行使に出ようとしている。これが今の状況。

 

うん、完全に私の自業自得じゃん。

周りの状況をロクに考えもせず、家を出たいなんて思考に乗らせてしまったから。だから今私はこんな状況に陥っている。

かんっぜんに舐めてた。油断してた。ぐうの音も出ない。

ていうか、兄さんがここまでがっつり反応してくるなんて思ってなかったなあ。

うー、やっちゃった。

 

「あ、やっとわかったんだ、自分の状況。もうちょっと早く気付いてればよかったね。俺にとってはどうでもいいけど。」

 

そこまで考えると、兄さんの声が背後からそっと聞こえる。

 

「カルトのその考え、うちの家にとっては邪魔でしかないんだよね。もう少しおとなしくしてくれそうだったら、直接手を出すつもりはなかったけど。残念だったね、もうゲームオーバー。」

 

わずかに兄さんの口角が上がる。

手を出すつもりはなかった。過去形。ということは今は………

 

ずさっと思わずあとずさる。でもそれにも限界はあって、しばらくすると壁にぶち当たる。

 

「その程度の念が使えるならもういいよね。配慮しなくて。死にはしないだろうし。」

 

 

いつもの兄さんじゃなかった。

それは何かスイッチが切り替わったような。そんな感覚。兄さんの中での私が、カルトからただそこにいるだけの存在に変わったのを感じる。

 

思わず兄さんの目をみると、やっぱりそこには何も映っていない。

空洞。その言葉が一番似合うのは、多分兄さん。

何より恐ろしいのは、兄さんは多分それを自覚していることだ。

自分が中身のない、感情を抱くことのない、異質なものだと自覚している。それが何よりも、怖い。

 

「あーあ、本当はこれあんまりやりたくないんだけど。でもまあ……仕方ないか。カルトが家に歯向かうんだったら。」

 

兄さんがそう呟くと同時に、部屋のオーラ密度が増す。具体的には、部屋がミシミシいったりとか、ものが吹き飛んだりとか。

反射的にオーラが自分の身を守るように展開される、

ヤバイ。これ、結構ヤバイ。

兄さんの体から濃いオーラが出ている。あれは練。つまり、攻撃準備態勢。そして兄さんの手には針。

しかも兄さんのオーラ、完全に私をターゲットとしている。

 

 

この時点で私の中では一つの仮説が提唱される。

道具にすぎない。おそらく兄さんのその言葉からして、私がこの家から求められているのは、純粋な力のみ。

もし私が普通の赤ん坊だったら。前世の記憶なんてなかったら。多分私は道具としているのが当然だというような教育を施されて、この家のために使われてたんだ。

でも、運良くか悪くかはわかんないけど、私には過去の記憶があって、正常な道徳観念を持っていた。

それは、この家にとっては邪魔でしかない。ならどうする?

 

決まってる。

操ればいい。

 

兄さんの能力が具体的にどういうものかはわかんないけど、対象を操作するということが、強制的な肉体操作っていうだけじゃなくて、精神操作のような意味合いも含んでいるのだとしたら、もう私はほぼ死にかけてる。

私の力で兄さんには抗えない。

 

「自我を奪うのは操作が面倒だから、思考誘導だけにしてあげる。大丈夫だよ、これがカルトにとっての最善だから。」

 

兄さんがじわじわと近づいてくる。なに思考誘導って。マインドコントロールかい。

どうしよう。どうやって逃げる。ていうかどうやったら逃げられる。

 

「カルトがおとなしく従ってくれてるうちは操作する予定はなかったんだけどね。」

 

教育に抗うんだったら、こうするしかないから。

 

何の罪悪感も、葛藤も抱いてない。

もう兄さんが、この行動を止めることはない。

詰んだ。本当に詰んだ。

 

兄さんが一本の針を出す。

いつものやつみたいな飾りはついてない、ただの無機質な銀色の針。

あれが刺さったら、私は自力で抜くことは可能だろうか。ううん、不可能。

兄さんほどの能力者に抗えるほどの実力をつけるまでに何年かかるか。そうこうしてる間に、マインドコントロールは完全に成功して、思考そのものが捻じ曲げられてしまう可能性が高い。

 

嫌だ。そう強く、心の中で叫ぶ。

何もせずにこのまま死ぬなんてやだ。抵抗したい。

今私ができる最大を。今この瞬間に。

 

妙に冷静な心で、静かに練を練る。

オーラがいつもとは比べものにならない速度で、比べものにならない強さで、静かに流れる。

私を守る、盾のように。

 

すうっと、兄さんが遠くなっていく。違う、兄さんを感じられなくなる。

今私が『見ている』のは、兄さんじゃない。

 

兄さんのオーラだ。

 

禍々しいオーラ。邪気を孕んだ、触れるだけで恐怖を感じさせるもの。

父さんのとも、ゼノさんのとも、全く違う。

逃げたい、そう本能が叫ぶ。でもそれは、状況が許さない。

 

そうだ、たかだかこんな練で兄さんを止められるはずがない。

せいぜい0.05秒。それだけ私の自由意志が残っている時間が増えるだけ。

八方ふさがり。どうすることもできない。

 

兄さんの針が目の前にまで迫る。

あと、数センチ。

 

そう認識した瞬間、感情が爆発した。

 

なんで。どうして。私はただ幸せになりたいだけなのに。平和に暮らしたいだけなのに。いい人生を送りたいだけなのに。そのために努力だってしてるのに。そのために強くなりたいって願ったのに。

 

 

 

ただ、平凡でいたいだけなのに。

 

 

 

その叫びが届いたのか、追い詰められて限界を超えたのか、そこらへんはよくわかんない。

一瞬にして、オーラ量が膨れあがる。

それは、迫ってきている兄さんの針を弾き飛ばすぐらいには、

 

「……やっぱり念取得前に無理してでも刺しておけばよかった。下手に精孔が開いて死なれても困るから、ある程度念を覚えてからにしようと思ったんだけどね。加減、見誤ったかなあ。まあいっか。それならそれで。」

 

兄さんが一瞬吹き飛んだ針を見て少し驚いたような顔をする。でもその表情は、やっぱりいつもの無表情へと戻る。

オーケー、私。一回落ち着こうか。

 

さっきの兄さんの言葉でやっとわかった。なんで今、いきなり私に針を刺そうとしたのか。

兄さんの針は念の攻撃。ノーガードで受けたら死ぬ危険がある。だから育つまで待った。

私がそのオーラを受けても生き延びられるぐらいの念能力者になるまで。

つまりこのマインドコントロールは私が生まれた時から施されるのはもう決まってたんだ。

 

ははっ、嘘でしょ。

もう何の解決策も浮上しなくて、乾いた笑いがこみ上げてくる。

兄さんは私にどんな命令を下すんだろうか。

思わず湧いたその疑問に、私の脳は即座に回答を返す。

 

そんなのわかりきってる。

きっとそれは、こんな平凡な望みを抱けるような意志さえ奪い取るんだろう。

これから私は自分のための何かを得たいなんて思うこともせずに、ただこの家のために尽くし続けるんだ。

 

「そうだよ。カルトはこの家のモノになる。カルトの行動にカルト自身の意思は必要ない。カルトはただ俺の命令を聞いて動く、便利な人形であればいい。」

 

兄さんの言葉が、オーラを纏って鼓膜から脳へと伝わる。

 

「平凡な人生?笑わせないでよ。カルトに自分の人生を選ぶ選択権はない。」

 

一言一言が、心に刻み込まれるような感覚。

 

「カルトの命はゾルディック家の所有物でしかないんだから。」

 

脳内でなんども兄さんの言葉が渦巻く。

だんだんと意思が渦の中に飲み込まれていく。

 

 

 

ヤダ

 

嫌だ。

 

飲み込まれそうになった意識の中で、その言葉だけが自己主張をやめない。

その言葉だけが、私をつなぎとめている。

 

嫌だ?何が?

何が嫌だったんだっけ?

 

私はなんで抗ってたんだっけ。

 

奪われた何かを懸命に取り戻そうと、記憶を探る。

絶対に失っちゃダメな何か。それを全力で探し回る。

 

 

 

『平凡で幸せな人生を送る』

 

 

 

見つけた。

これが、これが私の軸。私が私であるという証明。

 

この思いがある限り、私は『大丈夫』だ。

 

 

渦に飲み込まれかけていた半身を起こして、オーラを練る。

今ここで抵抗しないでどうする。ここで負けたら私の思いはどうなる。

 

私の願いはここで捨てられるほど軽いものなのか?

 

違う。私の願いは外からの力で曲げられるようなヤワなもんじゃない。

 

 

 

そう意識した瞬間、オーラが激流のように流れ出す。

ばちんと、耳元で音がしたような、そんな感覚。

わかる。全部わかる。ここに何が存在しているのか。どんな風に空気が流れて、どんな風に移り変わっているのか。

全て、手に取るようにわかる。

 

「これは………円、に近い。けど、まだそこまでの練度はないか………。」

 

イルミ兄さんのそんな呟きさえ、音ではなく、空気の流れそのものとして読み取れる。

なにこれ。どういうこと。

ううん、今はそれは後だ。とりあえずこれで、乗り切らないと。この状況を。

幸いなことにまだ針は刺されてない。まだ抗える。終わってない。

 

考えろ。どうやったら兄さんを止められる?

違う、兄さん自体を止める必要はない。とめたいのは、兄さんから針を刺されること。

さっきみたいに弾き飛ばすのは愚策でしかない。何度やったって、何の解決にもならないんだから。

 

 

針を、壊すのは?

 

 

 

そう思ったのは、ただの勘だった。

おそらくあの針は、いつもの針と違ってそう何本もないと思う。

この能力のための特殊な針だとしたら。もしそう仮定できるなら。

 

それなら可能性はゼロじゃない。

 

兄さんの針を凝視する。

急に私のオーラが増加したことを警戒したのか、兄さんとの間には距離ができている。よし、この状況なら多少考える時間はある。

兄さんの針、かすかにオーラを纏っている。そこからして、おそらく私の知ってる針の硬さとは比べものにならないぐらい硬い。

刺そうとしたところを力ずくで折るとかは不可能そう。

じゃあ、何か道具を使う?

 

そう思って周りを見渡す。

ナイフ、本、ガラス製の水差し……使えそうにない。

焦ったように辺りを見渡すと、それは唐突に目に入った。

 

紙。ただのコピー用紙。

 

いけると思った。

この部屋にあるものの中で下から数えたほうが早いぐらい脆いように見える。でもそれは見かけだけ。

紙繊維。それは特定の方向からの力にはとても強く、角は鋭利な刃物のように鋭い。

これだ。これを使えば………

 

紙に意識を集中させる。そこに神経を移植するように。

うう、思ったよりうまくいかない。周りの情報が邪魔だ。

 

オーラによって感知している情報が多すぎる。

 

ど、どうしよう。これじゃあ、紙だけに集中とか難しすぎる。

じゃあ紙の方向以外にも出てるオーラを全部絶状態にすれば、って思ったけどこれも無理。四大行の同時併発は今の私には無理だ。練と絶を同時にできるほど、私はまだオーラの操作に慣れてない。

 

あれもダメ、これもダメ。紙の操作をするためにはオーラを今以上に的確にコントロールする必要があるけど、そんな技術私にはない。

ダメだ、詰んだ。

ていうか、なんでこんなに脳に流れ込んでくる情報量が多いんだろう。オーラ出してるだけならこんなに情報感知できるわけないじゃん。

そうだ、確かにおかしい。

だっていつもの練の濃さなら情報量が多すぎて集中が乱れるなんてあるわけない。

うーん、どういうことだろう。

 

 

 

疑問に思って自分の手をかざしてみると、さっと血の気が引いた。

 

オーラが、アホみたいに出てた。

 

 

それどころか私は、オーラを目視していなかった。

オーラを、感じていた。

 

五感が知らないうちに消え去って、すべての感覚がオーラの超感覚によってまかなわれていた。

 

 

そこまでわかればさすがに気づく。

要は私は、自分の感覚神経と言っても遜色ないほどの感度をもったオーラを、部屋全体に投げまくってるんだ。

そしてそこからオーラに当たったすべての情報を得て、処理している。

問題はそのオーラの密度が濃すぎたこと。

オーラ量が多すぎることで、情報量が処理の限界を超えて、集中できない。なるほど。なにその悪循環。最悪じゃん。

そして、オーラ感知が成功すると同時に五感が消えたのも、それで説明できる。おそらく脳が、これ以上の情報を処理できないから意図的にカットしたんだろう。

普通だったらそこまでの情報量がないから、五感が完全に断ち切られることはない。でも、私は脳がキャパオーバーするぐらいの情報を運悪く得られてしまった。なんという不幸。

五感がない。それは、たった5文字で表せるにしては恐ろしすぎた。

念って、こんなにリスキーなものなの?

 

 

いつもは纏っているオーラが外側へと放出されていく感覚。

まずい、これ………これ以上長時間続けたら倒れる。

てかオーラって枯渇したらどうなるんだろう?倒れるぐらいで済むといいけど。

 

いや、倒れてもアウトだ。だってそんなことしたら兄さんが何のためらいもなく針を刺す。

今兄さんが静観してるのは、私がある程度オーラを自分の意思で動かせないと、殺傷を目的としていない攻撃でさえ死亡させる可能性があるからにすぎない。だからもし倒れたら、ここぞとばかりに操作される。

 

だめだ。それはダメだ。

だったらどうにかしないと。

 

吸って吐いて吸って吐いて。酸素を脳に送り込む。

自分と針と紙だけ。それ以外はどうでもいい。

 

紙に自分の全てを送り込むんだ。

 

 

これでうまくいかなかったら死ぬ。

大げさに言ってるわけじゃない。本当にそうなんだ。

オーラを使い果たして、か。それとも針をさされて、か。

 

でも私はそんなのどっちもやだから。

だから、第三の選択肢を選ぶ。

 

お願い、いうことを聞いて。

 

 

紙にそう念じながらすべてのオーラを注ぎ込むと、私は死んだように床へと倒れこんだ。




とてもとても難産だった。


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死にたくないなら誓いなさい

びっくりするほどの独自解釈。
嫌な方はプラウザバックをオススメ。


「カルト、起きろ。」

 

………何の音だ?

 

「カールート。早く起きないと関節外すよ?」

 

関節?何言ってんだ?ていうか誰?眠い。

うーん、っと思いっきり伸びをして起き上がる。ねむーい。子供はいっぱい寝るのが大切なんだぞ!?

なんか妙に体がだるい。こんな疲れてるの、生まれてから初めてだよ。目開けるのさえ億劫だ。まぶたがびっくりするぐらい重い。腕とか足とかは動かすどころの騒ぎじゃない。神経が抜け落ちちゃったんじゃないかってぐらいダランとして動けない。

あ、でも赤ちゃんの身体能力としてはこのぐらいはままあることか。はいはいを始めるのだって生後数ヶ月経ってからだったはず。動けてたのは足りない筋肉をオーラでドーピングしてたからであって。ということは、今はそのオーラが足りてないってことなのかな?

 

そんなことを考えながらごろりと寝返りをうとうとすると、体を包み込むような殺気を感じる。

ブワっとものすごい勢いで鳥肌が立つ。顔が一瞬にして青ざめるぐらいのとてつもない殺気。

 

……ま、マズイ。これは無視したらガチで殺られる。

 

慌てて目をどうにかこうにか開く。そのまま上体を起こそうとしたけど、それは実現不可能だった。主に筋力的な問題で。

まあそんなことはどうでもよくて、殺気の出ている方向に頑張って顔を向ける。こっちの方が筋力がどーたらより圧倒的に優先順位が高い。

薄く開いた視界にぼんやりと映っているのは………いつも通りの無表情を浮かべた兄さんだった。いや、いつもとはちょっと違うか。

 

兄さんの指は、私の頸動脈を的確に押さえつけていた。

 

えええええ!?なにこの展開?ここで私死ぬの?ていうかどう考えても殺す寸前のやつじゃんこれ。あと数ミリ指下に行ったら死ぬじゃん。やーだー、まだ死にたくない!

 

いや、一回落ち着こう。なんでこうなったんだっけ。

えっと確か、兄さんに練のコツ教えてもらおうと思って部屋に行ったら針刺されそうになって、慌てて抵抗しようとして………

あ、それでオーラを全消費しちゃったのか。それで倒れたと。

紙に全オーラを託して兄さんの針に対象を向けたけど、果たしてどうなったのやら。

頭をぺしぺしと自分で叩いて針があるか探ってみる。うーん、よくわかんないな。ていうかわかるわけないか。あの針、すっごい細くて刺さってても痛覚さえなければ気づかなそうだし、兄さんの操作能力があるなら痛覚とか違和感とか無くすぐらいお茶の子さいさいなはず。出てるオーラも巧妙に隠されてるだろうしなあ。私に気づけるはずがないか。

なんかなあ、これで気づかないうちにじわじわ思考修正されてたら怖いな。ていうか困る。刺さってるならどうにかして早く抜かないと。

 

と、その私の思考を読み取った兄さんが、ため息混じりに何かを見せる。これは………針?

 

「カルトのせいで折れた。俺のオーラ纏ってたから破壊のために必要なオーラ量が多すぎたんだろうね。オーラ使い果たして、5時間ぐらい気失ってたよ。」

 

兄さんの手の中の針をまじまじと見つめる。

兄さんのオーラが入ってなければただの針。私だって頑張れば素手で折れるかもしれない。そんな脆いもの。

でも、現実問題これのせいで私は死にかけて、自由性を失いかけた。

どこにでもあるようなものを武器にしてしまうのが、念能力者の恐ろしさか。

 

「それは少し違う。俺みたいに何かを操作して攻撃するのは、操作系への適性がないと不可能。全員ができるわけじゃない。」

 

ん?どゆこと?

操作系って何?ていうか念能力者の中でも適性とかあるの?

口をパクパクとさせながら脳内でそう問いかけると、兄さんにすっごくめんどくさそうな顔をされる。

 

「……父さんがまだ教えてないなら俺は教えない。」

 

あ、はい。そういう感じですか。

私の教育については全権を父さんが持ってるんだろうな。私、この家にとっては一歩間違えば殺すべき危険分子でしかないから。ちょっとでも教え方間違えて、私が家に抗う力を持ったら面倒だから、与える情報は極力絞ってると。

でもまあそうでもしないと大変なことになるよね。自分で言うのもなんだけど、私はこの家から出てしまえば正直人生イージーモードだから。だっておそらく私が生まれてからこの数週間で得た情報によると、この家の人たちより強いのはくだんの幻影旅団とかなんとかぐらいだ。そのぐらいトップにいる人たちの遺伝子ついで、教えてもらってるんだから、強さ的な面ではかなり圧倒的だろう。知能的な問題も大丈夫。私は見た目はどうであろうと精神年齢は20超えてる。このままもっといろんな知識吸収していけば、単純に考えて常に20歳分の知能のアドバンテージがつくことになる。そんな上手く扱えれば便利な私をうっかり外に逃したくはないんだろうな。

ていうかそうじゃないと、今まで私を生かしてきた理由がなくなるし。

 

……そうだよね?だから生かしてるんだよね?後で殺すために………的な展開じゃないよね?

うわー、多分杞憂だけどなんか怖いわ。死にたくないー。

 

そんなことを考えながら、もう一度立とうと足に力を込める。

あー、さっきよりはマシだけどやっぱり動けない。つまり逃げられない。

その事実を改めて再確認して、兄さんの目を見つめる。

相変わらずの無表情っぷり。今はそれに殺気がプラス済み。つまり死ぬほど怖い。逃げられないのはわかってても、思わずあとずさってしまう。

 

「カルト、質問に答えて。YESかNOの二択のみ。それ以外の答えは許さない。YESなら首を縦に、NOなら首を横に降って。」

 

ずりずりと後ろに下がろうとしている私の行動なんて、どうでもいいと言わんばかりに兄さんは小さくそう告げた。

完全なる命令形。語気を強めるなんてことをしなくても、兄さんは私にそれに抗うことはできないとわからせることができる。

圧倒的な力の差。それがこの状況を作り出す。

思わずゴクリと喉を鳴らす。全身に鳥肌が立っているのが、見なくてもわかる。

 

「あ、言わなくてもわかると思うけどさあ。……嘘ついたら即座に殺る。わかった?」

 

思い出したように付け足されたその言葉にガクガクと首を振る。

これあれだよ。脅しとかじゃないよ。マジで殺されちゃうやつなんだけど。ていうか兄さんの前で嘘つくような度胸どこにもないけどね?言われなくても死ぬ未来が鮮明に目の裏に浮かぶもん。

てか、二択で答えろって兄さんいったい私に何を聞こうとしてるのか。不思議だ。

でもまあ正直今の私に兄さんの行動の理由を推察している余裕はない。そんな暇あるなら、どう答えたら死ななずに済むか考える方が優先だよ。行動の理由云々は後で考えるから、今は一回忘れよう。

とりあえず生き延びることだけを優先するっていう方針で行こうかな。最悪そのせいで何か多大な犠牲を払う場合でも、あくまで私の命が優先。それが私の根源の方針ってことでいいよね。

 

一回深呼吸しよう。吸ってー、吐いてー、吸ってー、吐いてー。

うん、よし。何事にも平常心だよ平常心。慌ててるとロクなことにならないからね。このまま死ぬとか真っ平御免だし、生き残れるルートを頑張って探そう。

 

一度ぎゅっと目を閉じて、それからもう一度開く。

兄さんの殺気は相変わらずだけど、気持ちはだいぶ楽になった。

 

兄さん、いつでもどんとこいや。

 

私の目がやっと落ち着いたのを見るや否や、兄さんの口が開く。

 

 

「カルトは、この家の家業に加担できる?」

 

最初に放たれたのはそんな問いだった。

この家の家業、すなわち暗殺。進んでやりたいとは思わないけど、生き延びるためなら妥協できる範囲内。

こくりと首を縦にふると、いくらか兄さんの殺気が和らいだような気がした。いや、多分気のせいだけど。

 

「もし俺が一生この家のために働くって誓わないと殺すって言ったら、カルトはそれに従える?」

 

二つ目の問いの仮定は、なかなかえげつなかった。

要は命と自由のどちらを優先するかって話だ。兄さんもなかなかいい性格してる。

でも、そんなの答えは一択みたいなもん。

何の迷いもなく首を縦に振ると、一瞬兄さんが驚いたような顔をする。

当たり前だ。だって私は生きていたいから。でもその誓いを守るなんてことはしないけど。

生き延びて生き延びて、それで虎視眈々と自由を得られる隙間をいつまでも狙う。そのためだったら誓いの一つや二つ引きちぎれる。

 

その私の思考を読み取った兄さんは、疲れたようにため息をついた。

それから、床に死んだように転がっていた私をそっと抱き上げる。

 

「カルトは、利害が食い違わない限りこの家に危害を加えることはない。この認識はあってる?」

 

ん。そういうこと。

いつも無味乾燥とした兄さんの声にしては珍しく、疲れているような、めんどくさがっているような、そんな声色で発せられた問いに、迷いなく頷く。

その瞬間、部屋を覆っていた兄さんの殺気が解除される。おお、心なしか呼吸すらも楽になったような気がしなくもない。

まあそんなのはどうでもよくて。

 

兄さんの大きな目を覗き込む。あ、やっぱり。

ずっと見つめていると、目の中にぐるぐると何かが渦巻いているのが見える。

 

「あ、わかった?」

 

うん、薄々だけどね。

 

話の内容にはそぐわないほどの軽いトーンで言葉を返す。と言っても脳内でですが。

 

気づいたのはいつだったっけ。確か初めて兄さんに会った時。

そっと手を握ったあの瞬間、兄さんの無表情が一瞬揺らいだような気がした。困ったような、微かな笑み。それがそっと浮かべられたような気がした。

でもそれはほんの一瞬の出来事で。そのかすかな表情は一瞬にして消えて、無表情へと戻った。

その表情の変化はどこか……機械的だった。

 

おそらく兄さんは、何かに縛られている。

それが自分自身によるものか、はたまた他の誰かによるものかはわかんないけど、でもそれは兄さんが私に刺そうとした針と同じ効果を持っているはず。

だから兄さんはいつも無表情で、いつも感情がないかのように振る舞う。自分よりゾルディック家を優先する。

兄さんだったらその呪縛が自分の意思に沿わないものなのであれば即座に解呪できると思う。除念師雇うなり、自分で引っこぬくなり。でもまあ、そのままにしてるってことは、自分で自分にかけてる、が多分正解。

 

多分あのぐるぐるが見えてる時は、兄さんの意思が抗ってるときなんじゃないかと思ってる。

例えば今みたいに私を………家族を、害する意思をもって攻撃しようとした時とか。まあ殺気だしてきただけだけどね。そういう時に兄さんの目にはぐるぐるとした渦が現れる。

本心と反した行動。それを無理に行うために自分で自分にかけた呪縛。

そんなことをしないとでもできなかったんだろうなあ。まあ当たり前か。

 

そんなにこの家のいろいろに抵抗感を覚えてるなら、自分で呪縛とって家出ればいいのに。

 

そう考えちゃうのは私がまだこの家に生まれてから一年も経ってないからなのかな。それとも別の何か理由があるのか。

 

「……これは俺が自分でやったんじゃないよ。やったのは母さん。ゾルディック家の後継者候補には代々こういうものがまだ念も知らないうちに仕込まれるの。もちろんキルにも刺さってるよ。」

 

兄さんの口から唐突に語られる虐待話に呆然とする。いやまあ、この程度今更なのかもしれないけどさあ。

ていうかゾルディックの後継者候補?

なんじゃそりゃ。だってこの代の後継者はキルアってみんな言ってる……

あ、違う。

兄さんが後継者候補でもないのに呪縛がかけられてる理由。それは。

 

私がその答えに思い当たると同時に、イルミ兄さんの口の端が歪む。

 

「そう。キルが生まれるまで、俺が後継者の予定だったの。」

 

長男と三男の間には少なく見積もっても8歳程度の差がある。その間に生まれたのはミルキ。

そりゃまあ兄さんに期待するだろうな。ココロねじ曲がってても強いし。ていうかねじ曲がってるの多分母さんのせいだし。

兄さんが生まれてからキルアが生まれるまであと8年。あまりにも開きすぎてる。

兄さんとキルアの生まれる順番が逆だったら。せめてミルキの代わりにキルアが生まれてれば。それだったら兄さんは多分私と同じ扱いで済んでたんだろう。でも、現実はそうじゃない。8年間後継者としての教育を施されて、呪縛で家業と縛り付けられた兄さんは軌道修正不可能なほど狂ってしまった。

 

そこまで考えると、なんかもうこの家がとてつもない魔境のように感じられる。

おーのー、だよ。結構本当に今すぐ脱出できるもんならしたい。無理だけど。

 

ていうか兄さんと母さんだったら兄さんの方が強いじゃん。なんでその呪縛とかないの?除念師雇うぐらいの金だってあるでしょうに。

もうこの家にはキルアがいるんだから、兄さんが縛られる必要ってなくない?

そう脳内で問いかけると、兄さんが一瞬不思議そうな顔をする。

 

「解いたら、多分俺の精神が保たない。てか壊れる。カルトぐらいの年齢の時からこんな思想延々と植えつけられてたからね。今更その思想壊して、今までの行動を自分のものとして受け入れられるぐらい、俺の元のココロは多分強くないし。」

 

あまりにも辛すぎる、死刑宣告の一歩手前みたいなことを兄さんはさも当たり前のように言った。

 

この家に生まれてしまったが最後、私やミルキみたいに期待されないようにしないと、問答無用でこの家に縛り付けられる。イルミ兄さんもキルアも逃れないようもないぐらい深い、精神っていう部分で、結局家に結びつけられちゃってるんだ。

確かにゾルディック家の繁栄っていうその一点だけを見た場合、それは正しい判断にも思える。

でも私は前の世界の道徳観念とかそういうのを引き継いでいるわけで。それを軸として考えた場合、この家の行動は正直言って理解しがたい。

 

端的にまとめると、マジ無理。逃げたい。って感じ。

 

だってそうだよ!私そんな命かけてまでこの家に尽くしたくないよ!普通な人生送りたいってあれだけ言ってるじゃん!アホなの!?

 

早く。早くこの家を出れる力を身につけないと。

そうじゃないと、私にいつこの家の魔手が迫ってくるかわかんない。ていうか実際に兄さんに針刺されそうになったし。

てかどうするんだよその針。いつまでもあんなオーラ使い果たしてぶっ倒れるような逃げ方できないぞ。あれ、ほとんど不意打ちみたいなやつだからね!?二回目が成功するとかあり得るわけがないから。

 

願わくは、兄さんがもう二度と針を刺そうとしないことを………

 

兄さんに向かって手のひらを合わせて拝むと、心底呆れたような目で見られる。

 

「それさあ、俺が受け入れたところで俺が得られる利益なんにもないじゃん。むしろマイナスだよね。だってカルト、操作してないと全力で逃げようとするでしょ。」

 

……ひ、否定はしない。けど、でも。

 

私はとにかく操作されたくなくて、それで兄さんは私に言うことを聞いてもらいたい。

じゃあ、私を操作せずとも私がある程度言うこと聞いたら全部オーケーなんじゃないだろうか。てか、そうじゃないとイヤ。

操作されたら兄さんと同じ運命を辿ることになる。そんなの私は嫌だ。

私は私が思ってるほど心が強いわけでも、殺人に抵抗感がないわけでもない。そんな状態で無理やり精神操作されて殺人なんてさせられたら、文字通り心が折れる。バキッてなる。

そうなったら、自由なんてどこにもない。死んでもこの家に従い続けるしかない。

うわー、改めて考えると本当に無理。私そういうの向いてないもん。誰かに仕えるとか死んでも嫌。

 

首をフルフルと横に振りながら、兄さんの腕にぎゅっとしがみつく。

ふっ、これで針は刺せまい!大人しく私の提案を受け入れることだな!

いや、ほんとお願いします。できる限り言うこと聞くよう努力するんで。頭に針刺すとか怖すぎるんで勘弁。

 

死にかけの病人が医者にすがるように、兄さんの温情に全てをかける。ん?兄さんに温情なんてあるんだろうか?

………ま、それはともかくだ。知らない知らない。

 

そんな私の死に物狂いの願いが通じたのか、はたまたただの気まぐれか。いや、多分後者だけど。

 

「今から提示する条件を呑めるなら、針は刺さない。これは契約だから、俺が破ることはない。」

 

何かを諦めたように、ていうか面倒くさそうに、兄さんがそうボソリと言う

いよっしゃ!これで生き延びられる!

ニコニコと満面の笑みを浮かべると、兄さんにすごく呆れた目で見られた。解せぬ。

まあそれはともかく、条件ってなに?

 

「全部で3つ。一つ目は、今後どのような立場にカルトが立ったとしても、ゾルディック家に歯向かう行為はしないこと。」

 

ふんふん。それぐらいはまあ言われなくてもって感じだね。

さすがに私だって兄さんとか父さんとかゼノさんの強さは理解してる。願わくは敵に回したくない。

 

「二つ目、今からキルが成長するまで、俺の命令を遵守すること。」

 

んー、これもある程度予測はしてた。

ただこの命令っていうのが、結構怪しい。だって極端なこと言えば、今兄さんが私に死ねって言ったら死ななきゃいけないってことになるもん。どの程度までを含むのかってとこを明確化してくれないとやだ。

 

「カルトが明らかに身体及び精神に異常をきたすであろう命令はしない。実行不可能なことも。」

 

うん、それなら呑める。じゃあ三つ目は?

 

「情報収集系の能力を作れ。」

 

はえ?なんじゃそりゃ?

いや、確かにそれは二つ目の条件では命令不可能だと思うけど。念能力の特殊技って詳しく知ってるわけじゃないけど、そんなバカスコできるもんじゃないだろうから、その指定は流石に身体及び精神に異常をきたすにカウントできると思う。いや、実際に傷つくわけじゃないだろうけど、他の能力を得られなくなるとかいろんな弊害起きそうだし。

でも、なんか一個目と二個目より緩くね?別に兄さんのためだけに使えってわけでもないし。

まあ、緩いんなら緩いでいーや。こちらとしてはありがたい限り。拒否する理由はない。

 

そう思って、首を一度縦にふる。

契約成立。

 

「OK、じゃあ早速最初の命令なんだけど。」

 

長い髪を泳がせながら兄さんが放った命令は。

 

「天空闘技場、行ってきて。」

 

………は?

 

 

 




カルトちゃんがキメラアント編で言ってた兄さんはきっとイルミのこと。私はそう信じてる。
……大丈夫、これ二次創作だし。原作と違くても私は知らん。


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カルトは進化した!

天空闘技場?どこ?ていうか何?

 

もしこれが漫画だったら頭上に大きなクエスチョンマークが浮かんでいることだろう。一体兄さんは何言ってるんだ。

だいたい私、この世界のこと何も知らないんだよ?どういう文化レベルにあるのかも、政治制度も、ここがどこかも。うわ、そう考えると結構私まずいな。早いところ情報収集しないと。

 

まあ今はそれはともかくとしてだ。

 

兄さんや、私はまだ赤ん坊なのだよ。単独で外うろちょろしたら警察に預けられちゃう感じなのだ。ここの世界に警察っていう組織があるのかは知らないけど。まあ何が言いたいかっていうと、私そんな今から仕事できるほど成長してないんだよ。

 

脳内でそう訴えかけると、思い出した、とでも言うようにポンと手を打つ兄さん。

……この人頭いいけど、頭悪いぞ。なんか一個のことに集中しちゃうと周り見えなくなるタイプだ。

 

「カルトは考えてること全部こっちに伝わってるの覚えてないの?人のこというのもおこがましいほどのバカだね。」

 

やめて兄さん!そんな生ゴミを見るような目で見ないで!ついでに手をナイフみたいに変形させるのもやめて!

 

涙目で首を横に振りまくると、兄さんの目線が若干和らいだ気がした。つまり、殺気が乗った目から呆れたような目に変わった。

まあそれがいいかどうかは別問題だ。けど命は大切だよ、何よりも。うんうん。

 

そんなことを考えていると、兄さんがいつもの緑の飾りがついた針を出す。

ん?んん?待って、ちょっと待って?

それ針だよね。さっき刺さないとか言ったよね。その舌の根も乾かないうちに針の先端をこっちに向けるってどういうことかな。

 

「精神操作用の針はささないって約束しただけ。それにこの針は、別にカルトを害するためのものじゃない。むしろこれ、喉から手が出るぐらいほしいものだと思うよ。今のカルトにとっては。」

 

へ?何それ。

害するものじゃないってことは、人間を操作する用のやつじゃないってことか。

というか兄さんの能力って針の種類で分けられてるんだね。そういう風に複数の能力を持つことも可能と。なるほど。

でもまあ全く関係性のない能力を複数持つことは難しいんだろうけど。兄さんの能力の傾向からして。

 

まあそんなのはどうでもいい。それよりもだ。

私が喉から手が出るぐらい渇望してるもの。それはどういうことか。

情報?力?いや、ほしいものはいっぱいありますけど。むしろこの際なんだってほしいですけど。くれるなら。

 

「じゃあいいよね。刺すよ。」

 

はあ?

ちょ、待てや兄さん。やっぱりあなたアホでしょ。

確かにくれるならほしいとは言った。でもそれ、安全の保証は?そんなあやふやな状態でおとなしく刺させるような性格してないんですけど。まずどういうものなのか説明しろや。

 

針を持って近寄ってくる兄さんを避ける。何このデンジャラス鬼ごっこは。リアル鬼ごっこよりもリアルだよ、命の危機的な意味で。

とはいえ赤ん坊の足では限界があるわけで。数回かわすと、勢いよく間合いを詰められて腕をつかまれる。

 

「刺してから説明する。その方が早いし、わかりやすいでしょ。」

 

いや、だから刺してからじゃ遅いんだって。

首を横に振って全力で嫌がるも、兄さんはそんなことを歯牙にもかけず、ブスリと私のうなじに針を刺した。

 

いた!いった!何これすごい痛い!

 

刺されたところから兄さんのオーラが浸透していく感覚がする。そしてさらに兄さんのオーラが私の体を変えてくるような感覚。それはもう、死ぬほど気持ち悪い感覚だった。いや、死ぬよりはマシだけど。

骨が、筋肉が、血管が、引き延ばされるような、そんなイメージ。それが脳に意図せずとも浮かぶ。

 

痛みで思わず涙目になる。そのぐらい痛い。

人為的な成長痛とでも言おうか。それも数年分を濃縮したような。

 

「うん、これなら問題ない。」

 

兄さんが満足げにそう呟くと同時に、身体中の痛みが引く。まだじんわりと痛みはあるけど、それでもだいぶマシだ。

なんだよこれ。すごい害あるじゃん。何が喉から手が出るぐらいほしいだ。私痛いのが好きなドMじゃないんですけど。もしそう思われているならば誠に遺憾である。

 

恨みがましい目で兄さんを見やりつつ、刺されたうなじを触ろうと右手を伸ばす。

………およ?

…………………およよよ?

 

 

後ろに回そうと伸ばした手。それはつい数分前までは赤ん坊らしいぷにぷにの腕だった。

でも、今は。

 

細くてすらっとした長い、小学生ぐらいの子にありがちな腕。

思わず全身を見る。

さっきとは比べ物にならないぐらいしっかりして長い足。二足歩行とか余裕な感じの足。

 

待って。もしかしてこれって。

 

声を出そうと肺に空気を貯めて、喉を震わせるイメージをする。

 

「あー、あ、え?」

 

なんの問題もなく声が出る。さっきとは違う、自分の意思で制御できる声。

ならば、それならば試してみなければ。

 

「イルミ兄さん。」

 

一音一音ずつゆっくりと声を出す。

すごい。話せる。

 

それは確かに当たり前のことなのかもしれないけど、ここひと月ぐらい赤ん坊の思い通り声が出ない喉を味わってきた身からすると、それはとてもありがたいことだった。歩けるとか、手が自由に動くとか、もちろんそれも嬉しいんだけど、やっぱり喋れるというのはそれとは比較にならないほどの嬉しさがある。

 

「兄さん、喋れた。」

 

そう言いながら、兄さんに抱きつく。

喋れた。自由に歩けるようになった。手先が器用に動かせるようになった。

 

ごめん兄さん。本当にありがとう。

 

普通に意識がある状態で、自分の思い通りに体が動かないのは思いの外辛かった。特に歩けないのは、声が出ないのは、自分の想像していたよりも堪えた。

早く成長できないかなって思って、そのために能力作ってやろうかぐらい思ってた。そのぐらい私にとって体が幼児のままというのは辛いことだった。まあ私じゃなくても同じ状況に陥ったらみんな困るだろうけど。

 

やっと、思い通りに動く体を手に入れられた。

あ、だから兄さんは喉から手が出るくらいほしいものって言ったのか。本当にその通りだ。

 

多分兄さんは私が早く仕事できるようにっていういう意味で刺したんだろうけど、それでもその行動に私は救われた。これからあと数年は悩まされなければならなかったはずの問題が、こんな少しの間の我慢で解決した。

 

「兄さん、ありがとう。本当に本当にありがとう。ずっと恩に着る。」

 

そう言いながらぺこりと頭を下げると、兄さんに不思議そうな目で見られる。

むう、せっかく人が真面目に感謝してるのに。まったく。

 

「俺はカルトがそのままの容姿じゃ仕事できないから、俺のために針を刺したんだよ?」

「うん、わかってる。でも感謝してる。」

「ふーん、まあいいや。」

 

ちょ、兄さん。何がまあいいやだよ。もうちょっとちゃんと受け止めようよ。可愛い妹だろうが。

そうだよ、私妹だった。自分で言ってて思い出したわ。

 

「妹?あ、そっか。カルトって性別男じゃないのか。」

「……生まれた瞬間から女ですが何か?」

「俺別に赤ん坊の性別わかるほどそこに精通してないから。」

「確かにそうか。そこは私も見分けつく自信ないわ。」

 

そう呟いた瞬間、兄さんが怪訝そうに眉をひそめる。

ん?今私なんかしたか?

 

「……その一人称。」

「一人称?それがどうかしたの?」

「私ってなんか気持ち悪い。」

 

はあ?なんじゃそりゃ。意味がわからん。

だって女の一人称なんて私が相場でしょ。兄さんは私をなんだと思ってるんだ。

 

「せめて僕ぐらいにしてよ。」

「え、なんで?だって私女だよ?」

 

兄さんの眉が私、といったところでさらに深くひそめられる。

うわー、そこまで拒否るかー。あ、でも確かに他の兄弟みんな弟だもんね。多少の違和感はあるのか。

でも生まれ持った一人称を変えるのって結構大変だと思うんだけど、ていうか私が変えて得られる利点が何一つないんだけど。

 

そこまで考えると、兄さんにデコピンを食らわされる。

ていうかそれはもうデコピンとかいう可愛い言葉でくくれるもんじゃない。さりげなくオーラ込めるな、この道徳観念吹っ飛んでった系兄さんが。どこの世界の兄が、か弱い妹にオーラでガードできなかったら死ぬレベルのデコピンをお見舞いするんだよ。

ていうか本当に痛いんだけど。これ以上バカになったらどうしてくれる。

 

「今更じゃない?脳細胞が多少破壊されたぐらいでそのバカの程度は変わらないでしょ。」

「うわ兄さん、そういうこと言ってると友達いなくなっちゃうよ!常に言葉には思いやりを……って!」

 

兄さんの針が飛んできたのをギリギリで避ける。こら兄さん、さりげなく舌打ちするんじゃない。

ていうか今のやつ、ちゃんと避けられる速度で投げてるじゃないですか。一応約束は守ってくれる系兄なんですね。了解しました。

 

「カルトは今ここで潰すより、キルのために働かせて潰す方が俺にとって有益だと判断しただけ。」

「何それ、そっちにしても潰すのは確定なんですか?」

「カルトが潰すのにはもったいないと思える間は生かしておいてあげてもいいよ。」

「うーわ、何その生殺与奪権握られてる感じ。一生潰さないでいてくれたらありがたいです。 」

「じゃあ最低条件としてその一人称何とかしてよ。そうじゃないといちいち私って聞くたびに頭握りつぶすよ?」

 

相変わらずの無表情のまま手をこちらの頭上の上にホバリングさせる兄さん。やめて、それ冗談のつもりでも、全く冗談に聞こえないから。兄さんがやると本気にしか見えないから。

 

「何言ってんの。本気だよ、いいから早く一人称を僕か俺にどっちにするか選んで。」

「……僕か俺の二択ですか。もしかして兄さん、僕っ娘とか俺っ娘とか好きだったり?」

 

冗談混じりにそう言うと、兄さんに冗談の要素が全くない冷たい目で見られる。

いやだー、怖いよー。まだ死にたくないよー。

 

「ミルと一緒にしないでよ。ただ私っていうのが気に入らないだけ。」

「え、あ、やっぱりミルキそういう系なんだ。すごい納得いくけど。こんなに納得いったの久しぶりだけど。」

「ていうかカルトのその、兄さんと呼び捨ての境はなんなの?ミルも一応兄だよ?」

 

うわ、急に話飛ばしやがって。このマイペース自由人が。一人称の話はどうなった。

まったくもう。兄さんすごい人付き合い向いてなさそうだよ。空気読めない、てか読まないし。

っじゃなくて、兄さん呼びの話だっけ。

 

確かによくよく考えてみると謎だ。

私が兄さんってつけて呼んでるのはイルミ兄さんだけ。他は基本全部呼び捨てだ。

うーん、なんでだ………って、あ。

 

「精神年齢、かも。」

「どういうこと?」

「兄さんってだいたい20超えてるでしょ。それだったら前の人生の年齢を足してもお兄ちゃんなんだよ。」

 

そう説明しても、何言ってるんだっていう目で見られる。兄さん怖い。

 

「だから、前の人生の記憶足すと、私の年齢って20歳と半年ぐらいになるんだよ。それだったらイルミ兄さん以外みんな弟でしょ?だからイルミ兄さんだけ兄さんで、他は全部呼び捨てなんだと思う。」

「ああ、なるほど。だから言動が見た目と釣り合ってないのか。子供の可愛らしさがびっくりするほどなかったわけだ。」

 

いや、兄さんなに変なとこで納得してるんですか。というかそんなこと思ってたの?

子供の可愛さって………兄さんはいったい私に何を求めてるんだろうか。本当に不思議だ。笑っちゃうぐらいに不思議だ。

うーん、まあ確かに一般的な乳幼児と同じような動きをできていたとは言わないけど、それでもそんなに言われるほど釣り合ってなかったんだろうか。まあそりゃそうか。そもそも普通に思考できてる時点で子供らしさなんて皆無だったわ。

 

まあ確かにそうなんだけどね。否定はしないけどね。でもやっぱりなんかこう、ババア扱いされているようで胸にくるものはある。

 

「兄さんも呼び捨てがいいの?」

「は?なんで?」

「いや、いきなり話題すっ飛ばしてまで振ってきたから、そういうことなのかと。」

「……別に。」

「それはどっちなんだよ。ていうか何、その絶妙な間は。」

 

兄さんのどっちとも取れなくはない微妙な返答に突っ込むと、むにょんと頬を引っ張って伸ばされる。

バタバタ暴れても取れる気配はない。というかむしろ引っ張られて私が痛いだけだ。

ちょっと不満げに眉尻を下げると、仕方ないなあって感じで手を離される。

 

じんじんと真っ赤になって痛む頬を抑える。うわー、さすがだわ。力強すぎてあれだけの時間でも内出血の量が異常。

 

「で、結局一人称の話はどうなったの。」

 

強引に話を軌道修正させる。これ以上兄さん呼びの話してたら、私の頬が破れる。さすがにそれは嫌です。なごやかにいきましょうや。

と、その話題に戻すと、また兄さんの眉がしかめられる。

 

「とりあえず私は却下。気持ち悪い。」

「えー、そんなことないよ。一人称が私の人間なんて捨てるほどいる……どころかむしろ女だったら圧倒的多数だよ。母さんだって一人称私じゃん。」

「だから嫌なんだよ。あの人苦手だし。」

 

そう言いながら本気で嫌そうな顔をする兄さん。

ああなるほど。だからそんなに私、嫌いなのね。兄さんいつも地味に母さん避けてるもんね。

 

「……変えなかったら、どうなる。」

「俺が衝動的に頭を握り潰す。」

「わーお、デンジャラスだね。」

 

苦笑いしながらそう呟くと、さらに兄さんの眉の間のシワが深くなった気がする。

この人、マイナスの感情の表情は何気に結構浮かべるよなあ。笑ってるのは見たことないけど。ていうか見たら多分幻覚だと思うけど。

それぐらい兄さんに笑顔は似合わないんだよなー。無表情が板につきすぎてるんだよ。

 

「わかった、善処する。」

 

仕方なくそう言う。だって頭握り潰されたくないもん。死にたくないもん。

本当に兄さん、母さん苦手なんだろうなあ。一人称が一緒ぐらいで思わず私が母さんと重なって苛だっちゃうぐらい。

まあそりゃそうか。だって兄さんこの家に結びつける念をかけたのは母さん。私でもそれぐらい過敏になるかもしれない。

 

あ、違う私じゃない、僕、か。

 

僕ねえ。すごい性別不詳感が。まあいいけどね。そっちの方がラクそうだし。

だって外ウロウロしたり、最終的に旅とかした時って、女って思われるより男って思われる方が安全性高そうじゃない?この世界に人攫いっていうものがあるかどうかは知らないけれど。

一般的に人身売買業界において、男より女の方が価値高いと思うんだよね。主に見た目的な意味で。

 

「人攫いねえ、誘拐だったらウチもやってるけど。」

 

兄さんが何気なくボソリと呟いたその言葉で、この世界にも人身売買的なものがあることが発覚しましたー。

まさかウチがやってるとは。恐ろしい。

誘拐して依頼主に受け渡すってことかなあ。自分でゆっくり嬲り殺したいとか。うーわ、想像するとなかなかえげつない話だ。

でもまあそういう場合もあるだろうけど、普通に奴隷として取引される場合もあるのかなあ。そう考えるとある程度強くなってからじゃないと単独で外歩くの怖いかも。

 

うーん、やっぱりスラム街みたいな治安悪い場所あるのかな。どうなんだろ。

うわ、何度も思ったけどやっぱりわ……僕何も知らないなあ。

 

むう、さすがにいつまでもこの状態だったら仕事云々以前に、死ぬ未来しか見えないよ。変な場所に迷い込むとか、うっかりマフィアに喧嘩売っちゃったとか、何気なくやったことが犯罪行為だったとか。

 

いや、暗殺って犯罪行為だけどね!?

 

まあそれはともかくだ。早いところわ、僕は基礎常識を身に付けたいわけで。で、それを知ってるであろう人が目の前にいるわけで。

 

「ねえ兄さん、よくよく考えるとわた………じゃなくて僕、この世界のことよく知らないんだよね。」

「ああ、そうだね。言動の節々から伝わってくるけど。」

「というわけで兄さん、わ……僕に基礎的な常識教えてよ。じゃないと何もできないよ?」

 

そう頼むと、兄さんは結構しっかり面倒くさそうな顔をする。

えー、だってそうじゃないと僕、役に立たないよ?何にも出来ないよ?

そう脳内で訴えかけると、兄さんに諦めたようなため息をつかれる。

 

「わかった。ただ、仕事と並行してだけど。」

「それはわかってる、兄さんが忙しいのも。」

「ああ、俺もそうだけど、カルトもね。」

 

当然のように言われた言葉が理解できない。

カルトもね?どういうこと?僕も仕事と並行?………って、あ。

 

「カルトの仕事は、キルが200階に到達するまでキルに念能力者が接触するのを防ぐこと。今の段階で下手に念能力に触れさせたくないし、ましてや洗礼なんて受けさせられたら笑えないから。」

「……ああ、なるほど。でもそれって兄さんがやったほうが………ってごめん!今僕なんか気に障ること言った?」

 

急にすごい殺気を放ってくる兄さんからジリジリと離れる。

いやあ、何やった僕。心当たり皆無ですが。

 

「俺が行く予定だったんだけどね。キルが俺のオーラに敏感すぎて、絶以外の状態で接近すると警戒されちゃうんだよね。ましてや殺気なんて出したら一瞬でバレる。」

 

針をくるくると回しながら、また深いため息をつく兄さん。

そんなに行きたかったんですか?どんだけブラコンなんですか?ああ、ブラコンでしたね。

 

ていうかそれって、キルアにばれない様に張り付いてなきゃいけないってこと?めっちゃ大変じゃん。

そもそもどうやってくっつくの?僕もその天空闘技場とやらに行かなきゃいけないの?

 

「そういうこと。天空闘技場ってファイトマネー的には200階が一番上なんだけど、一応200階以降もあるんだよ。で、そこでは戦闘に念能力使っていいの。」

「……つまり、僕にその200階以上のエリアに行ってこいと。」

「キルの監視とカルトのレベルアップが同時にできる、一石二鳥のいい案だと思わない?」

「僕、まだ生まれて一年経ってないんだよ?」

 

必死の抵抗を何も聞こえないかのようにやり過ごす兄さんに、頬を膨らませる。

まったくもう、死んだらどうするんだよ。しーにーたーくーなーいー。

 

「じゃあ命令する?無理やりカルトの抵抗権奪ってもいいけど。」

「うわーパワハラ。わかった、やる。けど、周辺地理と天空闘技場っていうところの全体的なレベルとルール教えて。」

 

そう言うと、一瞬目をそらされる。

いや、でもここは譲りたくないぞ。むしろ譲れないぞ。ここ譲ったら死ぬぞ。

 

「……教えてくれないなら、母さんに兄さんが一人称変えろって言ってきたって言うよ。兄さんがそこまで母さん嫌悪してるって知ったら、母さんブチ切れちゃったり………」

「カルト、そんなに死にたいの?」

「いいえ、死にたくない。だから情報が欲しいの。」

 

情報。それは生きる上で一番大切なものだ。

知ってたら難なく乗り越えられることでも、知らなければ死ぬ以外の選択肢がなくなる。

だから、たとえどんな手を使ってでも僕は情報が欲しいわけで。だって生きたいから。

 

そう考えたのを読み取ったのか、兄さんに珍しいものを見るような目で見られる。

 

「意外とカルト、そういうところちゃんと考えてるんだね。」

「兄さんは僕をなんだと思ってるの?」

「救いようのないバカ。」

 

そんなとてつもない暴言を浴びて、心が死ぬ。胸を押さえて蹲っていると、さらに兄さんのバカにしたような目が追い打ちをかける。

それでも曲げないで兄さんがYESっていうのを無言で待っていると、兄さんがマリアナ海溝よりも深いため息をついて。

 

「……俺が時間割いた分、仕事で返してよ。」

「了解です、兄さん!」

 

なんだ結局ツンデレか。

そう思った瞬間針が飛んできたけど、それすらも照れ隠しと思えばいいものですね。絶対違うけど。

 

 

 

 




会話書けるだけでこんなにラクなんだ………


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近接戦闘版兄さん

某ピエロルックの彼、初登場♠︎
ついでにイルミとの関係性捏造なんで、ご警戒を。腐ってないよー。


『天空闘技場は身分証明を一切必要とせず、ただ戦えば金が得られる、腕に自信があるものにとっては最高の舞台。100階以降のフロアに進出すると、一人に一つ豪華な個室が与えられる。しかし、100階エリアから負けて階が落ちた瞬間、チェックアウトとなるため注意が必要。

基本的には勝てばフロアが上がり、負ければ下がる。例外として200階以降では、200階エリアで10勝してフロアマスターと戦うことが目標となるため、勝利しても200階フロアから動くことはなく、待遇が変わることもない。』

 

兄さんから聞いた天空闘技場の基礎情報を脳内で再生しつつ、トボトボとアスファルトを進む。

 

そう、アスファルトだ。アスファルトなのだ。

真上には燦々と輝く太陽。と、僕をここまで連れてきたゾルディック家のプライベート飛行船。

そして目の前には、高くそびえ立つ天空闘技場とやらがいらっしゃった。

 

もう僕には、どうしてこうなったのか訳がわからない。

 

兄さんの針で急成長した。それはいい、とてもありがたいことだ。

だけど、じゃあもう大丈夫だろうと飛行船で半強制的に僕を天空闘技場に送り込んだ父さんは、僕が忘れるまで許さないから。

 

ぼんやりと真上を見上げると、なんの葛藤もなく飛び立っていく飛行船が小さく見える。ていうかこれ、僕どうやって帰ってくるんだろう。まさか自分で稼いだファイトマネーで帰れとか、そんなこと言われたら結構本気でキレるよ。

えっと、あの飛行船運転してた執事、なんて名前だっけ。ゴトー、さん?うーん、自信がない。

でもまあ、なんの躊躇もなく僕をこの雑踏の中において去っていったところを見るに、ゾルディック家の優秀な執事であることは間違いない。そして許すまじ。

 

ぐるりと周囲を見渡す。

明らかにカタギじゃなさそうな愉快なお兄さんたちがいっぱい。武器保有率の異常な高さについて小一時間ぐらい議論したいところだ。

ていうか僕武器とか持ってないんだけど。どっかで紙買って来なきゃ。

 

あー、でもそのお金すらないよなあ。

 

周りにはたくさんの店があって、その中には文房具屋みたいなのもある。多分コピー用紙とか売ってるだろうなあ。

でもなあ、どうせなら上質な紙使った方が強そうな気がしなくもないけど……まあそれは本当にガチ戦闘しなきゃいけない時とかの保険って感じで。雑魚にいちいち使ってたら金がいくらあっても足らん。

 

ん、よし。じゃあとりあえず数回戦って金ゲットしよう。そしたら念能力の媒介になる紙が買える。

200階エリアに入るまでに入手することが必至だね。がんばろ。

ていうか頑張るも何も、早いとこ戦って勝って、金を手に入れれば問題ないのだよ。そうそう。

 

じゃあそうと決まれば、早いとこ中に入っちゃおう。このままここで佇んでたら日照りで死ねる。燃える。

明らかに目つきが凄いおじさんとか、懐にナイフ隠し持ってるお兄さんとかの間を縫って、受付のお姉さんの前に立つ。

 

「すみません、受付をお願いしたいんですけど。」

「え?あ、あなた何歳?ここは天空闘技場って言って、運が悪いと死ぬ可能性もあるところで………」

 

お姉さんにとてつもなく怪訝そうな顔をされて、それからすごい止められる。

そっか、僕ってまだ未就学児ぐらいの見た目だもんなあ。そりゃ止めるか。

んー、でもここをどうにかしないと中に入れないわけで。そうするとお仕事できないわけで。

 

「とにかく親御さんが心配するし!」

「あー、それは大丈夫ですよ。むしろ親に行って来いって突っ込まれた感じなので。」

 

そう何気なく言うと、お姉さんが絶句する。

まあそうなるなあ。急なネグレクトか、もしくは虐待の危険ありの話ぶっ込まれたらそうもなるわ。

 

うーん、どうしよう。まさかここでこんなに詰まるとは思わなかった。

 

むむー、と打開策を考えていると……いると!?

 

「へえ、キミすごいじゃないか。その年でそのレベルの纏、すごくイイね♣︎」

 

ぞわりと背筋が凍った。

全身のすべての感覚神経がアラートを鳴らした。今すぐ逃げろと。

オーラが即座に臨戦体制へと入る。

 

声がしたと思われる位置から飛びのいて、5mぐらい距離を離す。

そして、完全に警戒した状態でその声の発信源を見ると。

 

「その反応もイイね♢もしかしてもう、誰かに立ち回り方教えてもらってるの?特に危険に対する回避運動の瞬発性はすごく高い♡キミの師範に一度会ってみたいよ♠︎」

 

赤毛の、男だった。

ねっとりとしたオーラ。おぞましい殺気。

本能的に理解する。この人は。

 

 

兄さんと同じくらい強い。

 

 

ゼノさんや父さんや兄さん。途方もなく強いあの人達と同じくらいの念の練度。

勝てない。勝てる未来が見えない。逃げたい。でもそれも敵わない。

 

あの時の兄さんと同じぐらい、怖い。

 

死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。

頭を駆け巡るのはただそれだけ。硬直したかのように、体が動かない。

 

「兄さん。」

 

兄さん、助けて。

思わず口がそう動く。

 

そっとうなじに刺さっている針に触れる。

それに触れると一瞬落ち着く。大丈夫、じゃないけど、心は多少平静を取り戻した。

 

兄さんに針を刺されそうになった時。あの時もちゃんと生き延びられた。それはなぜか?

 

冷静に考えられたからだ。

 

冷静になれ。深呼吸深呼吸。大丈夫、絶対大丈夫。

 

硬直していた体が動きを取り戻す。動くようになった腕で、カバンを漁って所有物を探る。

財布、携帯、衣類、水、ん?まだ下の方に何か入ってる。

 

特に理由もなくそれを勢いよく取り出す。

 

「扇子?」

 

赤毛の男が不思議そうにそう呟く。

うん、僕も不思議だよ。なんでこのタイミングで扇子なんだよ。全然武器要素ないじゃん。……………んん?

多分母さんが持ってる扇子のうちの一つ。黒字に金の蝶。すごく綺麗だ。

そして大切なのはここ。これは……紙製だ。

 

びゅんと、扇子を一閃させる。

風を強く切る音。よし、行けそう。

 

扇子にオーラを込める。前コピー用紙にやった時と一緒。原理はよくわからないけれど、それでも使えるならなんでもいい。

この場を打開できるのは、これだけだ。

兄さんにもギリギリ通用した紙の操作。これだったら、この人にだって届きうるかも知れない。そのかわり倒れるかもしれないけど。

 

「ふうん、面白い武器だね♢どうやって使うの?」

 

もっと、見せてよ。

 

貼り付けたような気持ちの悪い笑顔を浮かべて、赤毛の男は開いた5mをじわじわと詰めてくる。

思わず下がろうとしてしまう足を、無理やり止める。この人は多分、今僕が背中を向けたら、即座に殺す。根拠はない。でもそうわかる。

ここに踏みとどまることが、僕の最低限守らなければならない条件。死にたくなければ。

 

チャンスは一度きり。それを逃したら、もう終わり。

 

赤毛の男の目つきが変わる。

この変化知ってる。いつも見てる。

 

兄さんが間合いに入った時にする動作と全く同じだ。

 

そう思った次の瞬間、一気に赤毛の男との距離が詰まった。

近距離のファイタータイプか!?くっそ、最悪!

 

仕方ない。今やるしかない。

さっきからスタンバイして足に溜めてたオーラを一気に放出して、思いっきり飛び上がる。

そしてそのまま、男の無防備な首筋へとオーラを込めた扇子を………って!

 

掴まれた。

足を、掴まれた。

 

折れるんじゃないかってぐらい、強い力で足を捕らえられる。

うそ、でしょ。

僕の姿を振り返って確認することなく、完璧なタイミングで手を出して、そして重力加速度を利用してるから相当な速さで落下してきているであろう僕を片手で押さえた。

普通の人間なら、軽く手首折れててもおかしくないのに。

 

ジタバタともがいても動けない。そのまま手首も押さえつけられる。

マズイ、完全に身動きが取れない。

 

「キミ、名前はなんて言うの?」

 

この生殺与奪権を完全に握られた状態で、そう問われる。

はあ?なんなのこの赤毛!殺すなら殺すでさっさと殺れよ!こんな時に何呑気に自己紹介始めようとしてるの!

 

「早く答えないと、手首が折れちゃうかも♡」

「っカルト!」

「へえ、いい名前だね♠︎」

「うるっさい!いいから離せ!」

 

そう言ってバタバタと暴れると、ニンマリとした表情を浮かべられる。

何この人。怖い。強い云々以前に、怖い。

 

じっとりと背中に冷や汗が流れる。

なんだろ、この感覚。絶対に何があってもこの人だけには出会ってはならなかったと本能が言ってる。

 

「……殺すなら、早くしてよ。タダで死んでやるつもりはないけど。」

 

そう言いながら睨み付けると、明らかに状況に似合っていないような笑みを返される。

なんか、ぞわぞわするわ。むしろ逆に。

 

そんなことを考えていると、男の手が頭の上に伸びる。

あ、砕く系ですか。痛そうですね。できれば心臓一突きとかが良かったんですけど。でもまあ即死じゃなければ死にものぐるいでゾンビアタックできますから。覚悟しろやオラ。

兄さんごめん。多分針一個無駄にしちゃったね。これを今後の反省材料として、子供をいきなり怖いおじさんがいっぱいいるところに送り込むのはやめるようにしてくださいな。

 

「キミはここで壊すにはもったいない♡キミは育てばもっと美味しく実るだろうからね♣︎それまで待つよ、殺すのは♢」

 

握り潰されると思って頭の上に置かれた手は、予想とは違って僕の頭に損害を与えることはなかった。

そしてのたまうとんでもないコメント。何、待つって。殺すのは確定事項なの?

口をパクパクとさせていると、さらにまだ嬉々として言葉をつなげる謎の赤毛。

 

「今はどちらかと言うとキミに武術を教えた師範に会いたいねえ♡一度手合わせしたい♢」

「精孔を開いたのは父さん。念とか戦い方を教えてくれたのは兄さん。」

 

吐き捨てるようにそういうと、さらにニコニコと胡散臭い笑顔を浮かべる。

何この人。拒絶されてるのに気づけ。ていうか多少それに対して傷つけ。

 

「へえ、どのぐらい強いのかい?君の兄さんとやらは♣︎」

「……あなたと同じくらい。でも兄さんの方が綺麗な殺し方をする。あなたみたいにいたぶるような戦い方じゃなくて、無駄がない。」

「興味あるなあ♡」

「じゃあ兄さんの電話番号、教えてあげようか?」

 

そう言いながら携帯を取り出してひらひらと振ると、赤毛の人が一瞬驚いたような表情を浮かべる。

それから、なぜか急に笑い出した。え、なにこの人怖い。

まあ、それよりも。

 

「あげる、代わりに約束して。」

「ああ、やっぱりそういうこと♢………キミは本当に面白いねえ♡」

 

相変わらず笑ってるのは無視して、条件を一方的に突きつける。

 

「僕が念を使えることを誰にも言わない。それを約束してくれたら。」

「……念能力者には見ればわかるよ?」

「だから今からはわからないようにする。」

 

そう言いながら纏を切って、絶に切り替える。

この際ポイントは、微妙にオーラを残すことで完全に気配を立たないこと。そうすると、あらまあ不思議、一般人の非能力者に見えるのです!

兄さんが潜入するときに便利って教えてくれてよかった。これなかったら乗り切れなかったよ。

 

どこかの赤毛がパチパチと拍手をしていたのは見なかったことにする。ていうか見たくもない。

 

「了解♡キミが能力者なのは誰にも言わないと約束しよう♢」

「じゃあ携帯出して。兄さんの番号、入れてあげる。」

 

なんの疑いもなく手渡された携帯に、兄さんの番号を打ち込む。

これ、携帯破壊されるとか考えないんだろうか。………いや、そんなことしたら即殺すのか。なるほど。

この人、絶対兄さんたちと同じ殺すのに躊躇い無い系じゃん。ははっ、何最初からこんなのに出くわしてるんだろ、僕。

 

そんな今更どうしようもないことを考えながら打ち込んで、赤毛の男に投げ返す。

 

「はい。間違いはないと誓う。」

「それは最初からわかってるよ♠︎キミはそんなしょうもないことで命を散らすようなバカじゃないだろ♢」

 

そう言いながら電話番号を確認する赤毛。あれ?そういえばこの人の名前、なんていうんだろ。まいっか、赤毛で。

改めて全身を見やると、そのすごさに戦慄がする。

鍛え抜かれた肉体に、恵まれた体格。おぞましいほどの念の練度。

 

なんというか、兄さんを近接戦闘型にしたような感じだ。

 

てことはこの人は強化とか放出とか変化とか、その辺の系統なんだろうか。ていうか普通に考えてそうだろ。

うわー、本当に関わりたくない系だよ。

だって僕、近接戦闘、できないもん。兄さんにざっくり護身術的なものは教えてもらったからその辺の一般人よりは絶対的に強い自信はあるけど、それでもきっちりその方向で鍛えた猛者からすれば虫みたいなもんだ。

 

つまりこの人は、僕と死ぬほど相性が悪い。

 

よし、じゃあ逃げよう。早くこの人から遠ざかろう。それが大切だと思うんだ、僕。引き際の見極めが生死を分けることって多いから。

 

そう思ってこっそりと走り出そうとすると、ぐいっと何かに引っ張られる感覚。

赤毛が掴んだ?いや、両手は空いてる。じゃあ何?

 

まさか、と思って周囲のオーラに集中する。

前一回だけやったやつ。感覚神経レベルの感度を持ったオーラを投げまくるやつの劣化版、ていうか薄めのやつ。

何回か訓練して、ある程度濃さを調節することに成功した。これ、父さん曰く円っていうらしい。

ゼノさんが得意みたいで、運よく僕はその遺伝子を継ぐことができたって感じ。

 

で、そのオーラを展開するとだ。

 

……僕と赤毛の間に、変なオーラが繋がってた。

引っ張っても取れない。ていうか衝撃を受け流されてしまう。てことは、ゴムみたいな素材か。

そこから推測すると、赤毛は変化系。オーラをゴムみたいでなおかつくっつくものに変化させる能力ってとこだろう。

 

「円がその年で使えるのは相当適性があるんだね♣︎さすが、ゾルディックの子だ♡」

 

したり顔でうなずきながらオーラを手繰り寄せる、ていうか縮める感じで引き寄せる赤毛。

ヤメロ。キモいから。触んな。僕一応女の子だから。

 

………て、へ?

今、なんつったこの赤毛。

 

「イルミの妹さんか♢通りで戦闘スタイルが似てると思った♡彼に教えてもらっているのかい?」

 

イルミ。兄さんのお名前。

ばーれーてーるー。僕がゾルディックだって、こいつわかってるよ。オーマイゴッド!神は信じてないけど!

 

なんで?いつ、どこで?そんな情報を与えるような言動はしてないはず。

だってゾルディックてバレたらすごい狙われるだろうし。だから細心の注意を払ってたのに。

 

逃げようとしてもオーラで固定されてて動けない。どうしよう詰んだ。

このままどこかに売られるんだろうか。噂の人身売買的な。毒耐性は多少ついてる臓器だから、臓器売買業界からするとゾルディック家の内臓は貴重だったり。まあそれよりも普通に賞金首として提出したほうがお金にはなると思うけど、僕にはまだ賞金首かかってないからなあ。あ、もしくは家族の情報吐かせて、兄さんとかの賞金首を捕まえるのに利用しようとしてる賞金首ハンターに売るとか。もしくはこの人自身が賞金首ハンターとか。うーわ、何それこわ。なんにしてもバッドエンドじゃん。

 

でもまあ一つだけ言えるのは。

 

「……兄さんの情報が目当てなら、絶対に売らない。」

 

兄さんのだけは売らない。

なんだかんだ兄さんにはお世話になっていますから。恩を仇で返せないですから。教えてくれた相手を売るとか目覚め悪いし。そうそう、僕の目覚めが悪いから売らないの。断じて兄さんを思ってでの行動でないことをここに表明する。

 

「携帯の番号はいいのかい♡」

「あれはゾルディック家の公式の番号。兄さんのプライベートのやつじゃない。でもまあかければ兄さんに繋がらないことはないと思うけど。一応参考までに言っておくと、この番号は既に裏では有名だから、情報売っても金にはならないよ。」

「じゃあその兄さんのプライベートの番号って、これ?」

 

そう言いながら赤毛が見せた番号。それは………

 

「っそれ、なんで!」

「うーん、マジックかな?」

 

そんなふざけたことを抜かしながら携帯を弄る赤毛。

そこに映っていたのは、兄さんの完全なるプライベート用の番号。

あの番号、家族と一部の人間しか知らないはず。兄さんの仕事上の協力者しか。

 

……まさか。

 

「もしかして、兄さんの仕事上の協力者って、赤毛のことだったの?」

「赤毛………ああ、ボクのことね♢うん、そう♡イルミのトモダチだよ♣︎」

 

そう言いながら赤い髪をキザっぽく搔き上げて、そうして一瞬にして手の内に一輪の花を具現化?する。

なに、今の。念じゃない。魔法?

 

「ボクは奇術師ヒソカ♠︎キミの兄さんにここにいる間の護衛と師範役を任された♡」

 

名乗りながら僕に出した花を極めて自然な動作で渡す。

 

「これからよろしくね♢」

 

 

ん?んん?

何が何やらわからないけど、とりあえず心を落ち着かせようと花をビリビリに引きちぎる。

ふう、ちょっと和んだ。

 

で、なんだっけ?イルミの友達?は?

 

「兄さんに、友達?」

 

口に出してみても全く理解不能。兄さんと友達という言葉は全く似合わない。

どういうこと?

 

僕が脳内ぐるぐるにして考えていることに気づいたのか、赤毛、もといヒソカとやらがくっくっくとかキモチワリィ声で笑い出した。

びっくりするぐらいムカつくけど、死にたくないから黙っておくことにする。

 

「じゃあキミでもわかりやすいようにこう言いかえようか♣︎ボクは『イルミ・ゾルディック』の仕事の協力者であり、『イルミ』のトモダチだよ♡」

「………ああ、なるほど。」

 

この人も兄さんの呪縛による微妙な人格の変化に気づいてるのか。

 

ゾルディック家としてのイルミはあくまでヒソカを友達とは見なさず、協力者として考えている。

だけど、ただのイルミである部分は、不本意ながらもこいつを友達ってみなしてると。本人に言ったら針投げて来そうだから絶対に言わないけれど。

 

なるほどなあ、まあ兄さんに家の外にこういう人間がいるのはいいことだと思う。そうでもないと、兄さんは家の内側だけで生きちゃう気がするから。

 

で、まあそれはともかくだ。

それよりももっと理解不能な単語がある。

 

「護衛と師範役を任されたってどういうこと?」

「……昨日イルミから唐突に依頼が入ってね♢よくよく考えたらキミがまだ天空闘技場で戦えるほどの武術を持ってないことに気づいたから、護衛しつつ鍛えてくれ、と♡」

「兄さん、気づくの遅いよ。僕まだお子ちゃまなのに。」

「それもイルミから聞いてるよ♣︎まだ生後1年経ってないんでしょ♠︎記憶持ちの妙な子が生まれたって言ってたよ♡」

「……兄さんが言ったってことは、ヒソカにはバレても問題ないってこと?」

 

おっかしいな。そのことについてはあんまり外には漏らさないようにしようって言われたはずなんだけど、父さんに。

まあでも、兄さんの外の唯一の知り合いだろうし、別にいっか。兄さんが家族以外とそういうどうでもいい話できるのは、すごく嬉しいし。

 

……って、僕、誰ポジションだよ。どう考えても親目線だよそれ。

 

うーん、でもまあ精神年齢で考えればそんなに年の差ないしね。兄さん、強いけど危なっかしいしね。

仕方ない仕方ない。

 

まあそれはともかくだ。

護衛と師範。受け入れていいものか。

 

多分このヒソカって人もすごい裏の人間だ。殺人鬼とか、意外とそんな感じだったりして。まあ、世間一般に推奨されるような生き方をしてないことは、この短い時間でよくわかった。

 

でも兄さんがわざわざ依頼したってことは、すごい強いんだろう。まあ、見るからにわかるんだけど。身を以て体験したし。

 

ヒソカと友好関係を築いておいて、なんら悪影響はないはず。必ず僕の役に立つ時がくる。

まあ多少悪の一味だと認識されましたとかそういう弊害はあるけど、すでに暗殺一家に生まれちゃった時点でそこは諦めてるし、気にしたってどうすることもできない。

だからまあ、ヒソカと一緒にいて生まれる悪点は別に我慢できる範囲だ。

 

それにヒソカと一緒にいれば、自然と強くなれる。と、思う。

僕が不得手とする近接戦。それを教えてもらえるのはとても嬉しい。ヒソカは多分近接戦闘においては父さんとかゼノさんと同レベル、むしろ上。だったらヒソカから学べるものはきっと多い。

ヒソカはあの感じからして複数戦よりタイマンの方が得意そうだけど、兄さんはその逆。二人から学べば、どちらの強さも習得できる。……はずだ。

 

それに兄さんがせっかく僕のために頼んでくれたんだから、ありがたくこの人に頼ってもいいだろう。

兄さんの貴重なデレを無下にできるほど僕はメンタル強くない。

 

そう脳内で議論をまとめて、そしてヒソカに向きなおる。

 

あ、そういえばまだ僕、ちゃんと名乗ってないよね。

そう思ってきちんと改めて自己紹介する。

 

「僕はイルミ兄さんの妹のカルト。血縁的にはゾルディック家の一員だけど、でもゾルディックっていうファミリーネームを名乗るつもりは、これまでもこの先も一切ない。」

 

ぺこりと頭を下げて、そして短く。

 

 

 

 

「よろしくお願いします。」

 

そう言うと、今まで作り物の笑みしか浮かべなかったヒソカの口角が、本当の意味で一瞬上がった気がした。

 

「……こちらこそ♡」

 

 

 

 

 

 




カル「そういえばヒソカって、最初から僕がカルトだってわかってたんだよね?」
ヒソ「そうだね♡だから近づいたんだよ♢」
カル「だったらなんで知らないふりして、しかも戦おうとしてきたの?最初っから事情説明してくれれば良か
ったのに。」
ヒソ「最初はそうしようと思ってたんだけどね♠︎思いの外キミが美味しそうだったから♡」
カル「はあ?それだけの理由で、僕殺されかけたの!?最低!砕け散れ!」


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れっつすたーと!

わーわーとそこらじゅうから、声援と口汚ない野次が飛び交っている。

目の前には、たくさんのリングとその上で戦う男共がいっぱい。隣には恐怖の自称奇術師が一人。

 

なんじゃこりゃ。カオスすぎだろこの状況。

天空闘技場ってどこもかしこもこんな感じなの?高校の部室の暑苦しさを50倍にしたみたいな感じだよ。こんなとこずっといたら、男臭が染み付くわ。

 

はあ、とため息をつきながら、さっき通過したばかりの入り口を見やる。

うわー、もう既に帰りたいー。

通過できたのは良かったんだけどねえ。なんかもう、この雰囲気はあんまり得意じゃない。

 

 

 

あれから怯える受付のお姉さんに選手登録をしてもらって、天空闘技場内に入ることには成功した。ヒソカと軽く戦ったことで、実力は認めてもらえた。

そう、ヒソカと戦ったとこで、だ。

この見るからに不審者っぽいヒソカ、どうやら200階クラスの選手だったらしい。なのに、すごい強いのに滅多に戦わないから、休みがちの死神って言われてるとか。何その厨二病っぽい二つ名は?って思ったことは隠しておく。だって殺されたくないし。

まあそれはともかくだ、この天空闘技場においてヒソカの強さは知れ渡っているわけで。その知名度を利用するような形で僕はここに登録してもらった感じ。

 

ここら辺も考慮して、兄さんはヒソカに依頼したのかなあ。

 

そんなことを考えながら、また小さくため息をつく。

 

ここ、確かに強くなるって意味では優秀かもしれないけどさあ。女の子突っ込むべきじゃないと思うよ?

だし、一階のこのエリアの人たちを見るに、本当に武道家としてやってけそうなのは一割いない。あとはただの筋肉の塊。ひ弱な僕よりも数段劣る。

家帰りたーい。

 

またそう思って恨めしげに入り口を見る。

 

「ねえヒソカ、念を知らない子供が200階まで上がるのにどれぐらいかかると思う?」

「ああ、キミの兄さん、キルアだっけ?そうだねえ、ゾルディック家ということを考慮しても2年はかかるだろうね♡」

「うわ、じゃあ僕、2年は家に帰れないってことじゃん。」

 

2年かあ、2年たったらどうなるんだろう。兄さんの針なしでも二足歩行できるようになるのかなあ。ていうか2歳の子供って喋れたっけ?

そもそもこの針刺してる状態でも普通に成長するんだろうか?止まるとか言われたら、普通に泣ける。

 

ぼんやりとそう考えながら針に触れる。

うーん、いまいち念の特殊技についてはよくわからないし。というか、念についてもよくわかってないし。早いところ教えてもらわないとな。さっきヒソカが言ってた、ぎょうってのも知らないし。

てかぎょうってどういう字なんだろ。業?行?暁?仰?

 

いや、考えてもわかるわけないか。

そう結論を出して、ヒソカの服の袖をちょんちょんと引っ張る。

 

「さっき言ってたぎょうって、どういうものなの?」

 

そう尋ねると、ヒソカに不思議そうな目で見られて、それから品定めするような目つきへと変わる。

えー、何この人。こっわ。目が肉食獣のそれと同じ感じだ。

 

「本当に教わっていないのかい?応用技の中でもかなり楽に習得できる部類のはずだけど♢」

「その応用技ってものについては、一切合切聞いたことない。あ、円ってやつは僕使えるみたいだけど。」

 

首を横に傾げながらそう返すと、ますますヒソカの目つきが肉食獣へと近づく。ていうか、超えてる。

思わず目線に気圧されてジリジリと後ろにあとずさると……って!

 

また腕を掴まれているような感覚。今度はわざわざ探らなくたって見える。

睨みつけるようにヒソカをみると、その右手は僕の腕に向かって伸ばされている。でも、手は触れてない。

つまり、オーラを使って止めてるってことだ。

 

「これ、バンジーガムって言うんだよね♠︎ガムとゴムの二つの性質にオーラを変化させてる♡」

「ってことは変化系?合ってる?」

「系統のことは聞いてるんだね♣︎そう、正解♢」

 

とてもとても気持ち悪い笑みを浮かべながら、芝居掛かった仕草でそう告げられる。

 

変化系。強化系に近い系統。今の僕とはびっくりするぐらい相性が悪い。

 

顔をしかめながらおそらくオーラが張り付いていると思われる右手を見る。

思いっきり引っ張れば動かないことはないけど、今の僕の貧弱な腕力では無理がある。

 

「キミ、弱いね♡才能はあるけど、それを活かせてない♢」

 

ボクの能力に二度もいいようにかかるのがその証拠。

 

その言葉に思わず黙り込む。

そんなのわかってる。だって生まれた時からずっと兄さんを見てきたから。

 

「……だったらどうする気?ここで殺す?」

「そんなもったいないことするわけないだろ♡まだ実っていない青い果実を摘み取る趣味はないからね♠︎」

 

だからこうしよう。

 

そう言いながら唇をぺろりと舐める。

その仕草は、どこか猟奇的なものを感じさせた。

 

「ボクがキミを育てよう♢真っ赤に美味しく実るまで♣︎」

「……どういうつもり?」

「そのままの意味さ♡ただ、キミが摘むに値するほど綺麗に実ったならば♠︎」

 

ただならぬオーラにゴクリと喉を鳴らす。

兄さんの冷たい狂気とはまた違ったオーラ。真っ赤に燃え盛るような殺意と欲望。

そのオーラのせいか、僕たちの周辺から人が去っていく。

 

 

 

「ボクがこの手で壊そう♡」

 

 

 

ばくんばくんと、ただならぬ勢いで心臓が動く。

もしかして僕は、とんでもない人間に目をつけられてしまったのではないだろうか。

 

兄さんぐらい強くて、兄さんぐらい狂ってて、それでいて僕を殺さない理由がない人物。ヒソカが僕にとってどういう人間か述べるならば、その表現が一番適していると思う。

兄さんはまだ、家族という括りがあった。だから殺されるという事態は想定せずに済んだ。まあココロは壊されかけたけど。

でも、こいつは違う。

 

僕を生かしておく理由がない。今この瞬間で殺したっていい。

ただ兄さんの依頼があるから今は手を出さないだけなんじゃないだろうか。もし依頼なんて入ってない状態で出くわしてしまったならば、迷いなく殺されていたんじゃないだろうか。

 

そんな憶測が脳内を飛び交う。意味がないことはわかってても止まらない。

 

だからその思考を断ち切ろうと、無理やり口を開く。

 

「イヤです。」

 

多分目は潤んでるだろうし、足はガクガク震えてるだろうし、オーラは恐怖で揺らいでる。

全く意味のない言葉。虚勢以外の何者でもない。

そんなのわかってるのに。なのにまだ口は言葉を紡ぎだす。

 

「僕は普通に凡人になりたい。どこぞの奇術師に目つけられてる人生なんて、全然凡人らしい平穏な人生じゃない。僕は生まれてから一度だってゾルディック家のために強くなろうなんて考えたことない。僕のために強くなりたい。」

 

超怖い。くっそ怖い。理性は今すぐ口を閉じて土下座して謝罪しろって言ってる。

でも、そう。そんなのは。

 

「嫌なものは嫌。僕は絶対に嫌なことはしたくない。だからもしヒソカが僕に教えてくれるのが、僕を殺すこと込みの話なのであれば、僕はいらない。それが兄さんの依頼だってことを含めても、僕は応じたくない。ヒソカの護衛も指導も欲しくない。」

 

僕の原動力は最初から全部そうだった。

嫌なものは、嫌。だから何したって抗う。

だから兄さんの針を退けられた。今この瞬間、口が動かせてる。

 

そう思うと恐怖が嘘みたいになくなって、ふっと笑みが浮かぶ。

こんなのいつもの家でのデンジャラスっぷりに比べたら、怖くもなんともない。

 

だから僕の口は、今この場でもいくらでも滑らかに動く。

 

「早くこの家を抜け出して、普通に会社にでも勤めて、普通に定年して、普通に死にたい。なんでそれだけの願いをこんなとこで壊されなきゃいけないの?頑張って頑張って頑張って、やっと抱くことを許された夢なんだよ。兄さん止めて、父さんとゼノさんは今だって従順なフリして騙し続けてて、母さんの前に至っては原型とどめないぐらい演技しまくって、それでどうにか自由をゲットしたの。あの家の中で演技せずに喋れてるのは、兄さんしかいなくて、でもそんな状況に追い込まれてでも僕が欲しかったもので。だから。」

 

だから。

 

さっきまで目元に浮かんでいた涙をなかったかのように消し去る。

笑え。嗤え。一番相手に恐怖を与える表情で。一番狂気を感じさせる表情で。

 

「それを僕から奪い取りたいんだったら、僕は死に物狂いでも抵抗する。ヒソカと戦うことに喜びを覚えるほど僕はおかしくない。ていうかそもそもヒソカと関わってしまったことが、結構な人生におけるミスだと思ってるよ。」

 

なんでも自分の思った通りに動くと思うな、このバカが。

 

最後に捨て置くようにそう言って、ヒソカを睨みつける。

さっきからのヒソカの言動。それが物語るのは、こいつの異様なまでの異常性だ。

 

殺すことになんの抵抗も覚えず、むしろそこに喜びを感じている。いや、それは少し違うか。それだったら今この瞬間にも僕を殺すはずだ。

ヒソカが求めているもの、それは対象の死ではない。

 

強者との命をかけたバトル。それがヒソカが追い求めているもの。

だから成長の見込みがある僕は、今殺さずに強くなってから、強くしてから殺そうとしている。

 

絶対に目をつけられてはいけない部類の人間だった。

 

はあ、とため息をつく。マジで何やってるんだろう僕。

ていうか僕じゃなくて兄さんだろ、これ。兄さんのコミュニティの狭さはなんとなく予想はつくけど、何もこんな狂人とのつながりを利用しなくてもいいじゃん。本当に兄さんってやっぱちょっとオカシイ。

いや、見方によってはいい相手なのかも、兄さんにとっては。狂い具合においては結構兄さんもいい勝負だと思うし。

でもね、僕を巻き込むのはやめないか?ずっと言ってるじゃん、平穏な人生が夢ですって。

 

カバンの中をガサガサと漁って、携帯を取り出す。

依頼中止。兄さん、受諾してくれるかなあ。

 

「やっぱりキミはイルミに似ている♢とても面白いねえ、どのくらい強くなるか楽しみだよ♣︎」

 

携帯を操作して兄さんにメールを送ろうとすると、右手を封じられる。今度はオーラじゃなくて普通に手で。

むう、さっきから円とやらをして、オーラの方は退けられるようにしてたのに。なんか悔しい。

 

ていうかこいつ、さっきの僕の話聞いてたんだろうか。強くなってもお前と関わる気はさらさらないっていうのに。

二回目の深いため息をつきながら、くるりとヒソカに向き直る。

 

「ねえ、だから僕はお前と関わりたくないの。だいたいここでだって、ひっそり200階まで上がってできる限り目立たないようにしようと思ってたのに、ヒソカのせいで台無しだよ。どうしてくれんの。」

「いいじゃないか♡ここで有名になれば、世界中の裏稼業から引っ張りだこだよ♣︎裏の仕事ならいくらでも依頼が来るようになる♢」

「本当に僕の話聞いてた?そういうのが嫌だから目立ちたくなかったの。ていうか問題はそこじゃないし。僕は関わるなって言ってるの。わかる?」

「ああ、よくわかってるよ♡ただ、ボクだってキミの言うことを一から十まで聞くわけじゃない♠︎」

 

げ、マズイ。

自分がさっき言ったことが、見事に裏返しで帰ってくる。

 

僕が嫌だって言ったからって、別にヒソカがそれに応じる理由はどこにもない。双方が異なる意見を提示してきた場合に採用されるのは、より力がある方の意見っていうのは当たり前のことだ。

そしてこの場合、より力があるのはヒソカに決まっている。

 

「たとえキミが拒否しようと、ボクはイルミの依頼を破棄することはしない♢キミの要請でイルミ側から依頼を取り消したとしても、その場合はボクの独断で行動する♡」

「……どちらにしろ、僕に抗う術はないってことね。」

「そういうこと♠︎」

「……なんでそこまでして僕に拘るの?別に僕じゃなくてもいいじゃん。兄さんは現時点でもヒソカと同レベルの使い手だし、ここにだって将来性がある人はいっぱいいる。何も僕である必要は………」

 

そう言いながらぐるりと辺りを見渡す。

念能力者が数人。才能ありそうな人もいる。僕より強い人なんて、掃いて捨てるほどいるだろう。今の僕では。

僕じゃなきゃダメな理由。全く思いつきません。

 

「ほら、あの子なんて育てば強くなると思うよ?兄さんの10分の1ぐらいには頑張ればなったりして。」

「でもキミはきちんと育てばイルミと同じレベルにまでなれるポテンシャルを持っている♢キミを取るに決まっているだろう♡」

「じゃあ兄さんでいいじゃん。絶対兄さんの方が将来的にも僕より強いよ。兄さんに勝てるイメージなんて一瞬たりともわかないもん。」

 

だって僕はあくまで兄さんの劣化版にしかなれないよ。才能も何もかも足りないから。

 

頬を膨らませながらそう言うと、ヒソカの顔にとてつもない猟奇的な笑みが浮かぶ。

うわ、何それ。何人の返り血浴びたらそんな雰囲気が醸し出されるの?

 

そんなアホみたいなことを考えながら、思わず顔を背ける。なんか、直視したら石とかになりそう。

 

「キミはイルミとは根底の部分で違うよ♠︎」

「え?ああ、兄さんより弱いってことね。だからそれだったら兄さんと戦えばいいって言ってるじゃん。」

「キミには、表情があるだろう?」

 

僕の言葉は完全に無視したかのようにそう繋げるヒソカ。なぜだろう、とてもとてもムカつく。

ていうか表情がある?何それ、強さとなんの関係もないじゃん。

 

そう思って首をひねる。ヒソカは何を言いたいんだか。

 

「それがどうしたの。表情ってそんなに大切?」

 

そう聞くと、またヒソカがペロリと唇を舐める。

そう、それは、あれだ。美味しいものを目の前にした時の動作に近い。

 

「キミは腕を折られたら、どういう顔をする?」

「うーん、痛みをこらえた顔、だろうね。場合によっては生理的問題で涙がでてるかも。」

「ボクはね、その表情が何より好きなんだよ♠︎」

「はっ?」

 

一瞬何を言ってるのか全く理解できずに、眉間にしわを寄せる。

何言ってんだ?痛みをこらえた顔が好き?

 

そんな僕の様子には御構い無しに、恍惚に呑まれたような表情を浮かべるヒソカ。うん、正直怖い。

 

「……じゃあヒソカは、僕にそういう表情をしてもらいたいわけ?で、兄さんはきっとそういう顔を浮かべてくれないって思ってると。」

「そうだね♡イルミは何をしても顔色一つ変えないから、ツマラナイだろ?」

「そんなことないよ。」

 

間髪入れずそう答える。

そんなことない。

 

「わかりにくいだけ。兄さんは笑うし、悲しそうな顔だってするし、寂しそうな声色の時だってある。部屋でだらだらしてる時はのんびりした表情をしてるし、仕事から帰ってきたときは疲れた顔をしてる。針を弄ってる時は楽しそうだし、僕が近寄ると、ちょっとめんどくさそうな顔をしてから一瞬笑う。全然無表情じゃない。」

 

そう、最近やっと気づいた。

兄さんは感情がないわけじゃない。それが表に出にくいだけだ。

微妙な声の変化や、表情筋の緊張の差。そういう部分には微妙に変化が現れている。

実を言うと僕が円だけはなんで使えるかっていうと、兄さんの表情を読み取ろうとして使ってたからだったりする。

 

僕がそうやって兄さんの感情を読み取ろうとすると、兄さんは表面上は嫌がる。けど、ちょびっとだけいつも口角が上がる。

それが喜んでのものなのかなんなのかはまだわかんないけど、嫌悪してるわけではないだろう。

 

だから僕はそうやって兄さんが感情を隠すのがちょっと寂しい。だって多分本人はそれを望んでないからこそ、僕が頑張って読み取ろうとするのを拒否しないんだろうから。

早く兄さんの笑った顔が見たいと思ったり思わなかったり。

まあそれはともかくだ。

 

「兄さんが無感情に見えるのは、ヒソカが頑張って感情を理解しようとしないからだよ。兄さんは感情が見えにくい分、見えた感情は絶対に嘘じゃない。だから兄さんはつまんなくなんかない。」

「……結局キミは何を主張したいんだい?」

「だから兄さんには感情があるし、つまんなくないってこと。わかった?」

 

そう言うと、ヒソカが不思議そうな顔をして、それからくつくつと笑い出す。

やーめーてー、目立つから。これ以上目立ちたくないんですけど。

 

「イルミもだいぶ大切にされてるねえ♡可愛い従者もできたみたいだし♢」

「従者?何言ってんの?ていうか兄さんは大切にされるべきなの。兄さんが家にこれ以上縛り付けられる必要はないし、これ以上家のために傷つけられる必要もない。正直言えば、早く兄さんにはゾルディック家から離れてもらいたいよ。あの呪縛だって早く除念してもらいたいし。兄さんは絶対もっと楽していいと思うんだ。」

 

そう言いながら指でぐるぐると空中に渦を描く。

絶対あれ、早く取るべきだと思うんだけど。兄さんはそれぐらいで壊れるぐらい弱くないし。メンタル的にもね。

下手に強いからいいように使われちゃってる感は否めないし。キルアが早く大きくなってくれたら、無理やりにでもあの呪縛だけは引っぺがしたい。

 

っと、危ない危ない。

 

「これ、絶対誰にも言わないでね。母さんとかにバレた日には、僕が殺されるぐらいならまだしも、兄さんが縛られてることを意識できないぐらいに強化してくる可能性あるから。そしたらもう、除念どころの騒ぎじゃないでしょ?」

「……キミ、自分の命よりイルミの自由の方が大切なのかい?」

「うーん、それはちょっと違う。どっちも大切だし選べない。」

 

まあ、恩はちゃんと返さないとってこと。

兄さんが黙ってくれてるから父さんたちには反骨精神バリバリでいつ裏切ろうとしてるかもわからないっていう状況は隠せてるし。母さんは針刺さってるって未だに思い込んでるし。

うん、本当に兄さんが黙ってくれててよかったよ。主に母さんあたりに。

 

「まあとにかく絶対他言無用だから。」

「じゃあその代わりに契約しようか♡ボクは今の話を誰にも伝えない、キミはボクが護衛、教育を施すことに関して拒否、抵抗しない♢」

 

ニコニコと笑いながら言われたその言葉は、大方予想ができていたからゆえに、すごく苛立つ。

多分ヒソカは僕にとっての兄さんの存在の大きさをわかった上で、言ってるんだろうから。僕が拒否できないこともわかっての上で。

だって僕はなんだかんだ言おうと、兄さんに被害が及ぶようなことはしたくないから。

 

はあ、とため息をつきながらこくりと頷く。ていうかそれしかできない。

 

「……了解、受諾した。でもさあ、兄さんの依頼が切れるまでの間だけで、それを超えたら全力で抵抗するからね。」

「いいじゃないか♡多少獲物の抵抗がないと、狩りは楽しくないからね♢」

 

そう言いながらくつくつと笑うヒソカから顔を背ける。何こいつ、精神異常者とかいうくくり超えてるよ。

だいたい狩りって何?僕獲物なの?ヒソカには周りの人間が動物にでも見えてるんだろうか?

 

……いいや、考えるのやめよう。本当に思ってたら怖いし。

 

そう思ってヒソカから微妙に距離を取ろうと………って。

 

 

「2381番、Dリングに上がってください。繰り返します、2381番、Dリングにて戦闘を開始します………」

 

会場内にアナウンスが流れる。いや、それ自体は全く珍しくはないんだけれど。

受付で渡された紙をみる。2381番、しっかり明記されております。

 

「……僕が念なしで素人同然の武闘家と戦って、ギリギリ勝ったとするじゃん。そしたら何階までいける?」

「いいとこ20階だろうね♢念を使う気はないのかい?」

「うん、じゃないと修行の意味ないし。」

 

あくまで体術の向上と、戦闘経験を積むことが目標。

だから勝つことにはなんの意味も存在しない。

 

リングへ至る階段をコツコツとおりながら、思いっきり伸びをする。

武器……はないし、使う気もない。操作系にとって武器は大切なオーラの媒介。それを使ってしまったら、無意識下にもオーラをこめてしまう可能性がある。

あくまで身体一つ。それでいく。

 

よっこらせ、とリングに登ると、すでに対戦相手は待ち構えていた。

 

「おい審判、こんな嬢ちゃんが対戦相手か?俺も舐められたもんだな。」

 

ぶんぶんと腕を振り回しながらそう言う大男。

嬢ちゃん、ねえ。今まで女とか幼いっていう理由で容赦されたことないからなあ。なんか違和感。

 

相手に向かってにっこりと微笑みかけると、大男の表情がより苛立ったものに変わる。

できる限りこの人にはいい踏み台になってもらう。訓練としても、上の階にいくためにも。

 

審判のゴーサインが耳に伝わるのをじっと待つ。

 

「始め!」

 

その言葉とともに、僕の足は勢いよく地面を蹴りつけた。

 



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暗殺者の引き金は、誰がために引かれるか

殺人描写あり。
カニバとまでは言わないけど、血液を舐める描写があります。
苦手な方はバック推奨。


自分と相手の距離、約5m。僕の間合いに入るまでの時間、約0.7秒。

おそらく相手の方が間合いは大きいけど、一撃の素早さは僕の方が上。いかにして急所に叩き込むかが勝負、か。

 

勢いよく間合いを詰めても、相手は動かずに静観してる。やっぱり早さに自信がないから故の行動と見て間違いない。

 

「おにーさん、いいの?動かなくて?」

 

嘲るように笑いながら、間合いに入ると同時に勢いよく跳躍する。

まずは一発。場所はどこでもいいや。

 

大男の上を飛び越えるように高く舞い上がって、そのまま足で一発蹴りをぶち込む。頭にクリーンヒット。

 

それを見た周囲の観客から、声援と沢山のヤジが飛ぶ。

 

「ほらほら、早く反撃しなくていいの?」

「黙ってろガキが!一発蹴れたからっていい気になんじゃねえよ!そんな軽い攻撃、いくら当たってもなんの意味もねえ!」

「ふーん、じゃあやってみる?」

 

大男のこめかみがピキピキと音を鳴らすかのように浮き上がる。うわー、これって漫画の中だけの表現かと思ってた。

と、そんなことを考えていると、真横をびゅんっと重い拳が通り過ぎる。

 

「チッ、ちょこまかと。」

「そんなおっそい拳、当たるわけないじゃん。子供だからって舐めすぎだよ。」

 

とか言いつつ、じんわりと背中に冷たい汗が流れる。

あれ、当たったら結構マズイ。今は絶状態だから、見た目通りの耐久力しかない。小学校低学年程度の体であの威力を受けたら、軽く吹っ飛ぶどころの話じゃ済まない。骨が数本はもちろん、当たりどころが悪ければ内臓まで行くかも。

いくら弱いって言ったって敵は大人。子供の身体能力しか持たない僕には圧倒的な不利がある。

 

敵の腕の動きを全力で注視しながら、考える。

確かにこうやって避け続ければこのまま試合は終了する。でも、それは勝利じゃない。

考えろ。どうやったらダメージを与えられる?どこを打てば行動不能に追い込める?

 

ちらりとレフェリーの方を見ると、残り時間の表示はあと2分に変わっていた。

 

思わず焦って動こうとする体にストップをかける。ここで慌ててもなんの意味もない。

相手の体をよく観察する。

 

鍛え上げられた上腕二頭筋、腹筋、背筋。上半身はほぼダメージが通らないと考えていい。かといって足腰に人間を一発で行動不能にできるような場所はない。と、なると………

 

後ろから首筋に一発。それしかない。

 

「おい、何よそ見してんだよ!殺されてえのか!」

「えー、おにーさんごときに殺されるぐらい僕、弱く見える?心外だなあ。」

 

そんな軽口を飛ばしつつ、相手の拳を避けて、くるりと後ろに回り込む。

慌てて振り向こうとする大男。でもそれも織り込み済み。

 

相手が後ろを向こうと回転する方向、それと逆の向きから思いっきり飛び蹴りを叩き込む。

よし、さすがに全体重をかければよろけるか。

 

ぐらりと重心がズレたタイミングを見計らって、首筋めがけて跳躍。

 

「ばいばーい。」

 

耳元でそう呟きながら思いっきり手刀を食らわせる。

打ち込み方。角度。力加減。すべて完璧。確実に昏倒させることができたと確証を持てる。

 

一瞬大男の動きが完全に静止して、それからぐらりと前向きに倒れる。

どしんという音が静かな場内に響き渡って、それから勢いよく歓声が上がる。

 

よし、これで勝負アリかな?

うつ伏せに倒れている男をてこの原理で足をつかって無理やりに仰向けに返す。

 

目を見ると、完全に気絶している。よかったー、あれで動くようなタフな相手に当たったら今は決め手がない。

ふう、と気が緩んで全身の力を抜くと、ぼんやりと相手の表情が視界に入った。

 

倒される恐怖と、屈辱に歪んだ顔だった。

 

思わずゴクリと喉が鳴る。

さっきのヒソカの言葉の意味、わかっちゃったかも。

倒される寸前の歪んだ顔。それはなぜだか……とっても美しく見える。

 

あー、ダメダメ。そういう戦闘に快楽を覚えるような事しちゃったら、戻れなくなる。普通の感覚に。

頭をぶんぶんと振って、さっきの邪念を消し去ろうと努力する。早く忘れよう。そういうのは弱い者にとっては命取りにしかならない。

 

もっといたぶれば、一撃で倒さなければ、それだったらもっとイイ顔をしてくれたんだろうか。もっととろけるような歪んだ顔を見せてくれたんだろうか。

 

思わず浮かんだそんな思いを揉消すように、大男から視界を離す。

 

「2381番、30階フロアへの入場を許可します。フロアの受付で、この紙を見せてください。」

 

レフェリーがかけた声が僕をどうにか正気へと引き戻す。

危ない危ない。変なスイッチ入るところだった。

 

レフェリーに向き直って、チケットを受け取る。

ふーん、こんなちっさい紙なんていくらでも偽造可能に見えちゃうけど、その辺は大丈夫なんだろうか。

あー、でも偽造して別のフロアに上がっても、そのフロアに見合った実力がなければ即落ちるだろうから、その辺の対策は別に必要ないのかもしれない。

だってねえ、今僕がいきなり100階とか行っちゃったら即ボロボロにされるだろうし。偽装によって得られる利益が全くというほどない。

 

そんなしょうもないことを考えながら、リングを降りてヒソカの方へと向かう。

あいつと行動を共にするのはとてもとても不本意だけど、護衛任務に抵抗しないって約束してるからなあ。破ったら、何するかわかんないし。

軽く溜息をつきながら、観客席の方へと階段を上がる。

 

30階かあ。まあ予想よりはよかったけど、でも微妙。早いところ訓練して、念なしでも余裕で戦えるぐらいにならないと。

ていうか、このぐらいのレベルだと、纏で殴っただけでも殺しかねない。さすがに騒ぎになるのは面倒。

 

とまあ、そんなことを考えながら、ヒソカの方を見やる。

 

えっと、ヒソカがいるのは入り口側のところか。うーん、このまま行ってもいいんだけど………

ヒソカ、こういう輩に絡まれたら、後先考えずに殺しちゃうような性格してるからなあ。それだったら自分で目立たずに処理すべきか。

目立ちたがり屋の奇術師は、こういう場合にはお引き取り願いたい。

 

 

例えば、後ろからずっとついてきてる見知らぬ男を、隠密下で処理したいときとか。

 

 

命懸けの尾行ごっこは兄さんと飽きるほどやってる。主に絶の訓練時に。気配を悟られないのはもちろん、視線や殺気、相手の表情から自分の尾行がバレていないか探る。そんな技術も教え込まれた。

だからまあ、こんなお粗末な尾行に気づかないほど耄碌してない。

 

そう、さっきリングを降りてからずっと尾けてるヤツがいるんだよね。具体的には僕の真後ろ5mのところに。

足音を頑張って殺そうとしているのはわかるんだけど、普段の相手が兄さんだったから、子供の遊びにしか思えない。

 

どーしよっかな。撒く?いや、それじゃあ懲りない。これからも付け狙われる可能性が高い。この天空闘技場において、アホな一部の輩からは僕はいいカモにしか見えてないだろうから。

現在尾行中のヤツと、遠巻きに様子を見てる数人を同時に威圧して、僕から確実に手を引かせる一手。それはなんだろう。

ほどほどに叩きのめすか。それとも気づいてることを教えて、実力の差をわからせるか。あ、いっそのこと家名を教えちゃうとか。

でもなあ、その辺はリスクが大きい。特に最後の一個は。しかも、目撃者を生かしておくのはそのあと変に恨まれる可能性があるし、周りから窺っているヤツらに与えるインパクトが小さい。

 

じゃあいっそのこと、尾けてるやつを殺すのは?

 

それだったら恨まれてあとあと変な刺客を送り込まれることもないし、見ているヤツらに与えるインパクトも大。リスクは小さめ。

だってたかだか人一人殺したぐらいで、この世界は犯人探しなんてしないし。現行犯で捕まらない限りなんの問題もないし、周りにバレないように綺麗に殺すのは、そうとう上手い自信がある。

 

殺す、という選択肢が思いの外すんなりと出てきてしまったことにちょっと動揺しつつ、向かう方角を調整する。

殺す殺さないはともかく、人気のないところに行こう。

 

闘技場の隅の方の、人気がない場所に移動する。

後ろのヤツはラッキーって思ってるだろうな。獲物がわざわざ自分からちょうどいい場所に移動しようとしてるんだから。

目的は何か知らないけど、後ろ暗い行為をしたいがために、尾行なんて手段をとってるんだろうしねえ。

 

でも、ここで尾行を止めないことからして、多分素人。もしくは素人しか相手したことがないのか。

だってターゲットが都合よくこんな人気のない場所に理由もなく行ったら、それはどう考えても罠でしかない。そんな稚拙な罠に引っかかっちゃうようなヤツがプロだったら笑える。

負ける可能性がないぐらい強いから、って可能性もゼロじゃないけど、限りなくゼロに近いし。

だって、念能力者じゃないから。

僕みたいに偽ってるってわけでもない、ズブの素人。自分がやってるから、わざとオーラを垂れ流してる能力者との見分けは絶対につく自信がある。

 

考えに考え抜いて、たとえ相手がどのような手を打ってきたとしても、僕に手を触れることは叶わないだろうという結論に達する。

ていうか、本当に僕では対処不能な相手だったら、半強制的にでもヒソカが来るはず。

僕がわざわざこっちに移動してることも、誰かにつけられてることもあいつは気づいてる。それでも護衛役として止めないということは、僕一人でも余裕で対処可能ということ。

 

 

きちんと考慮を重ねて、敵が自分に勝てる要素が完全にないという結論に達したら。

その場合のみ、殺すことを許可する。

 

 

その音が、兄さんの声で脳内で再生される。

いつも通り訓練していたら、唐突に兄さんに言われた言葉。あの時はなんで言われたかわかんなかったけど、今だったら理解可能だ。

 

兄さんはわかってた。なんだかんだ言いながら、僕には殺人に対する忌避感がない、もしくはとても薄いことに。

そしてそのトリガーは、僕が思っていた以上に緩かったってことに。

 

思わず笑い声が漏れそうになって、慌てて隠す。バレたらここまで誘導してきたのが水の泡だ。

完全に不審な動作を一切なくして、真っ直ぐに無人のエリアに向かう。

 

完全に自分の周囲に人がいないことを確認して、パタリと足を止める。

後ろのヤツには気づいていないように。

 

後ろのヤツも僕がまだ気づいてないと勘違いしてくれたようで、安心しきった様子で肩に手を置かれる。

 

びくんと肩を跳ねさせる。あー、ちょっとわざとっぽかったかな?

まあ向こうが気づいてないなら結果オーライでしょ。

 

そんなことを考えながら、表情を怯えたように作り変えていると、いよいよ後ろのヤツが交渉?恐喝、に入ろうとしているようで。

 

 

「なあ、嬢ちゃん。そのチケット譲ってくれねえか?」

 

後ろからドスのきいた声がかかる。そして感じる妙な威圧感。

ていうか、これは殺気?

 

声の主を見ようと後ろを振り向く。

うん、いたって普通の男。もちろん筋肉はついてるし、一般人よりは強いんだろうけど、僕よりは弱い。

まあ30階フロアへの入場許可ももらえないような雑魚ってことですかね。

 

と、思って油断していた部分はあった。

というか、あんまり予想してなかった。

 

 

男の手には、拳銃が握られていた。

 

 

そっか、さっき感じたかすかな殺気。それはこの拳銃が要因。

天空闘技場で銃火器を使用した戦闘が行われることはないけど、それでも持ち込み禁止なわけではない。こうやって一階フロアで、ある程度の階層のチケットを得た人に脅しをかけて奪い取る。姑息だけどよく考えられてる。

ある程度の階、具体的には20から30ぐらい。そのぐらいの実力の持ち主であれば、後ろから拳銃を向けられたら対抗手段はないだろう。レフェリーの判定結果によるものだから、誤差だって大してない。

 

思わず小さく笑いが口から漏れる。

 

「テメェ、何笑ってんだ!いいから早くよこせ!」

 

焦ったように語気を荒らげて、拳銃を強調するようにチラつかせる。

本当に、これぐらいしか脅す方法がないんだろうな。ちょっと可哀想。

 

強さを持とうと努力できない、その弱さが。

 

チケット、どうするんだろう。自分で上のエリアに入るわけではないだろうし。売るのかなあ?この程度の階のなんて、小学生のおこづかいぐらいの値段しかつきそうにないけど。

 

そんなしょーもないことを考えながら、拳銃を構えている男に歩み寄る。

 

「おい!近づくんじゃねえ!」

 

男が半歩後ろに下がる。

それを見て、思わず口角が上がるのが抑えきれない。

 

「いいね、もっと怯えてよ。もっと怖がってよ。もっと逃げてよ。」

 

そっちの方が、楽しめそうだから。

 

 

男との距離がどんどんと詰まっていく。

その表情が、恐怖に染まっていく。

 

さっきの相手と、おんなじ顔だ。

 

「僕のさっきの試合、見てたの?自分でも勝てそうだって思った?ならどうして今、僕から逃げようとしてるの?こんな弱そうな小娘から逃げることしかできないなんて、恥ずかしくないの?ほら、早く撃てばいいじゃん。その拳銃は見せかけだけなの?もしかして、人を殺す覚悟もしないでこんなことしてるの?」

 

鏡を見なくても、自分が相当な表情をしているのが容易く予想できる。

きっと、それはそれは残虐な悪魔のような笑みを浮かべていることだろう。

 

なんでだろう。そんな風に逃げることしかできないような無様な姿を見せられると。人としてのプライドを捨てたような怯え方をされてしまうと。

 

とっても、苛めたくなる。

 

 

うーん、なんでだろ?生まれてこのかた、ご飯に毒薬混ぜられたり電撃加えられたり、どこぞのマゾもびっくりな拷問受けてきたから、逆に変な性癖に目覚めちゃったとか?それともそもそも前の人格がそういうサディスティックな感じだったのかな?そんな覚えはないですけど。

 

まあそんなのどっちでもいいよね。今は今だ。

 

ズリズリと尻もちをついて後ろに下がる男を見下げながら、壁際へと追い詰める。

こいつは、間が悪かった。

丁度さっき、戦った相手の顔を見て興奮しちゃったところで、雑魚のくせに言い寄ってきちゃったから。多分いつもだったらちょっと軽く殴って気絶させるぐらいで済ませてたのに。本当に、間が悪い。

さっきの男との戦闘が、予測したとおりのものになって、つまらなかったていうのもある。僕より身体能力は絶対に上のはずなのに、戦い方が巧くない。まあそういう意味では、この目の前に転がってるやつも同じだけど。

 

とうとう男が壁際に追い詰められて、僕との距離が1メートルを切る。足先が、男に触れるほどに近づく。

 

「無様だね。」

 

男がひっ、と息を短く吸うのが聞こえる。

僕の今の言葉に怯えたのか、それとも表情か、それとも漂う狂気か。その三つ全てか。

まあどれでも、こいつが雑魚であるという証明にしかならないけど。

 

「お、俺をどうする気だ。ここで殺したら騒ぎになるぞ。」

「うん、そっか。で?」

 

にっこりと微笑みながらそう返すと、男の表情がより一層引きつったものへと変わる。

うん、とってもステキ。自分と相手の力量も測れないような雑魚には、お似合いの表情だ。

 

男が未だに手に持って構えている拳銃を、足ではたき落とす。

 

「か、返せ!」

「あー、ごめん。偶然足が当たっちゃったみたい。でもこんな危ないもの、ここで振り回してたら危険だよね?僕が預かっておいてあげる。」

 

そんな戯言を言いながら拳銃を拾い上げる。

えっと、実弾は装備済みか。兄さんに教えてもらった構造と同じ。ということは本物。

この世界に銃刀法とかそんな法律はなくて、銃は比較的誰でも持ってるらしい。ターゲットが持ってる率はナンバーワン。だから結構我が家の拷問メニューには、あえて銃弾を食らうとか、銃弾を1時間避け続けるとか、わけのわからないのがある。

まあそれは今はどうでもいいんだけど。

 

引き金を引く寸前で持ち上げて、男の頭にまっすぐと向ける。

ジャスト脳幹。当たれば断末魔をあげることさえできない即死が待っている。誰よりも綺麗に殺すことに長けている兄さんらしい教え。

こんな目立つ場所で殺るには、もってこいの技術だ。

 

 

人を殺したことは、前世今世合わせても一回もない。

ていうか、人に重傷を負わせたことすらない。そんなど素人。

こっちに生まれ変わってから、殺す技術についてはずいぶん教え込まれた。でも実際に命を絶ったことはない。

実際の人の形に限りなく合わせた人形になら、何発も銃弾を食らわせたことはある。なんども心臓を刺した。何度も殴りつけた。単純な殴る、蹴る等はもちろん、手刀でだって手加減しなければ首を飛ばせる。僕が本気で殺そうと思えば、ナイフや銃なんて必要ない。

 

男の表情をもう一度じっくりと見る。

 

 

確実に訪れるであろう死に、怯えて、逃げたくて、でも逃げることなんてできない。そんな絶望に満ち溢れた顔。

 

 

 

この世界における死は、とても軽い。

 

警察は殺人事件じゃ動かないし、ニュースにはならない。犯人探しなんて起きやしない。死体を適当に処理して、それで終わり。

大量殺人犯は賞金首になるけど、政府が公的に捜査することはしない。そんな歪んだ死生観。

 

それをわかっているから。理解しているから。だからこの男は、死を確実に訪れるものだと恐怖している。

 

 

ならば、容赦する必要がどこにある?

 

こいつは僕を害そうとした。だから殺された。ただそれだけのこと。

原因に対し、死という結果が導き出されたにすぎない。

 

 

「じゃあね。来世は相手は選びなよ?」

 

 

人差し指に僅かに力を込める。その瞬間、火薬の燃焼とともに、鉛が撃ち出される。

発砲音は騒々しい音にかき消されて、ほとんど聞こえない。

 

鉛は真っ直ぐに空気中を突き進んで、それから真っ青な絶望をその瞳に湛えた男の脳幹へと突き刺さった。

 

それから僅かに遅れて、返り血が舞う。

 

僅かに顔にかかったそれをそっと指で拭いとって、それから舌でペロリと舐めとる。

初めて舐めた他人の血の味は、ほんのり甘かった。

 

そっとしゃがみこんで、男の首へと指を当てる。

完全に脈が感じられない。体温はまだ残ってるけど、すぐに人形のような冷たさへと変わる。

 

やっぱり痛いのかなあ。死ぬのって。

銃弾を食らうのは正直耐えられる程度のものだ。まあせいぜい至近距離で食らうと熱いなあって感じ。

絶の状態では手足にしか撃たれたことはないけど、でもまあ何回も繰り返せば慣れる。

じゃあ死ぬのって、意外と苦しくないのかもしれない。

 

そんなことをぼんやりと考えながら、つんつんと男の顔を突く。

銃弾は………貫通してるか。放置でいいよね。そもそもこいつの持ち物だから、そこから何かが始まるわけでもない。意外と自殺処理とかされちゃったりして。

 

苦痛は本当にほぼなかっただろう。恐怖も一瞬だったはずだ。

上手く殺した。感謝してほしいぐらい。

 

 

 

 

「生きてる時より、ずっと綺麗だよ。」

 

 

 

 

聞こえるはずもない死体の耳元に、そうそっと囁く。

自分の弱さも理解できず、騒々しい声を立てていたあの時より、音一つ立てられない今の方が、数倍マシだ。

 

死んだほうが価値があるなんて、なんて可哀想な生涯だろう。

心の底からそう思う。

 

確かにこいつがやったことに対する対価として、死は少し大きいかもしれない。

でも、こいつを殺して得る罪なんて、何一つ感じない。

むしろ殺してやってよかったぐらい思ってる。

 

 

だって僕は、死という行為を通して、僅かでもこいつに価値を与えてやったのだから。

身動きも取れない人形へとその身を変えることで、生前よりも価値の高い生き物へと昇華してやったのだから。

 

 

そう考えながら、口元の笑みをそっと手で隠す。

 

この思想がどれほど人の道から外れているか、僕は自覚してる。狂ってるって、自分でもわかってる。

でも、それでも、僕はこの先も殺すという行動を止めることはできないだろう。

 

だって、こんなにも、美しいんだから。

こんなにも、愉しいんだから。

 

 

僕は自分が思っていたよりも、殺人に向いているみたいだ。

 

 

 

立ち上がって死体を見下ろしながら、自覚する。

僕はこの瞬間から、本当の意味で『カルト』に生まれ変わったのだと。

 




カルトの死生観は、あくまでこの世界だから存在を許されるものです。
現実との混濁はやめてねー。


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綺麗な血塗れ美女に会った時の会話方法

マチかわいい。本当かわいい。原作で死んでないのが救い。冨樫ありがとー(;ω;)



それから30階、40階、50階と立て続けに3フロアをクリアして、今日の試合は終了となった。

 

なんかなあ。正直あんまり骨なくてつまんなかった。

下の方のエリアは、本当にその辺のチンピラと変わらないようなのが多い。とりあえず殴っときゃなんとかなるって本気で思ってそう。まさにあれこそが脳筋。ていうかその殴るって行為もロクにできてないしねえ。しかも全員、謎に自信満々でかかってくるんだもん。逆に怖いわ。

うーん、やっぱり天空闘技場ってそれなりに腕に自信がある人がくるわけでしょ?て事は、この世界における平均レベルは、今日当たった人たちぐらいだって考えて問題ないはず。まあこの世界、上と下の差がアホみたいにデカイから、平均なんて全く役に立たない数値だろうけどねえ。平均より強い、ってことが、それなりに戦えるってこととイコールで繋がらないのがこの世界の仕組み。あー、ヤダヤダ。なんにしても、兄さんとかヒソカが規格外だってことがよくわかった1日でした。

 

 

 

はあ、と深々とため息をつきながら、目の前に置かれたアイスティーをひとくち含む。

ん、やっぱ毒なしって偉大。苦くないし、体内に入れるのに抵抗感がない。

ひんやりとした感触を楽しみながら、ふわあ、と欠伸をする。

 

何してるんだろうな、僕。こんなところでまったりお茶してるような余裕、どこにもないはずなんだけど。まあ僕に拒否権はなかったに等しかったけど。強引にヒソカに連れてこられただけだし。

 

座ったまま特に意味もなく後ろを振り向くと、目に映るのはたくさんの店。

洋服にアクセサリーに化粧品。パッと目につくのはそんな感じ。

前の世界でいう百貨店のようなポジションって解釈で合ってるんだろうか?まあここ結構都会みたいだし、間違ってはなさそう。周りの人たちも金持ちっぽいし。弱いけど。

 

って、なんで評価基準強さに設定してんの。

思いの外に染まっている自分に気づいて、重々しいため息が口から漏れる。

 

 

ていうかこの世界にもこういう場所ってあるんだなあ。初めて見た。

うーん、でもこの感じからして、結構科学レベルとかも前世の世界と同じっぽい気がする。まあそれだけで似てるって断じることはできないけど、そこまでギャップがあるわけでもない。そういう意味ではラッキーかも。

あー、でも移動手段は飛行船だった。兄さん曰く、空の交通網は飛行船のみで構成されてるらしい。てことは飛行機は存在してないってことだ。そう考えるとインフラとかは案外進んでないのかも。まあ詳しくは知らないけど。

 

まあ正直そんなこと今はどうでもいい。むしろ優先順位が高いのは、ヒソカが僕をここに連れてきた理由を考察すること。

 

そもそもなんで僕はここに連れて来られたんだ?

 

うーん、試合終わって暇だなーって思ってたら、ヒソカに満面の笑みで連れてこられた恐怖しか覚えてない。一体奴は何を考えてるんだ……!?

……うむ、わかるわけないか。あのドが付くほどの変人の考えることとか、むしろわかった方が負けだろ。わからないことを誇るべきだろ。あーヤダヤダ。なんでこんな奴と一緒にいなきゃいけないんだか。

でもまあ、二人して絶薄めにしてるから周辺には存在すら悟られてないだろうけど。まあそうでもしないと目立って仕方ないからなあ。

ヒソカ、この界隈だと有名な闘士らしいし。僕もそれなりに今日1日で顔売れたし。

幼い女の子が戦う姿はどうやっても目立つのですよ。

 

 

くるくるとグラスの中の氷をいじりながら、机に突っ伏す。

疲れたー、もうあんな脳筋の相手するのやだー。どうせなら戦って楽しい相手とやり合いたいよー。

そんなことを考えながら、何をするでもなくぼーっとする。

 

ただただ何をするでもなくだらだらだらだら。まさかヒソカ、これさせるために連れてきたとかじゃないよね。いや、ないわ。

まあなんであろうと僕は肉体的な疲労は皆無だけど、精神的にはだいぶ疲れてる。その疲労を癒す休息としてはこの時間は優秀。このなんとも言えない暇な感じも。

こういう時間、生まれてから数日しか味わえなかったからなあ。ある程度動けるようになったら、即訓練始まっちゃったし。うわ、そう考えると僕って結構ハードな生活を送っていたのでは……?

 

朝起きて毒入りのご飯食べて走りまくって筋トレして訓練受けて毒入りご飯食べてまた訓練して電撃食らわされて拳銃で撃たれて………

あれ?なんだかんだで慣れちゃったけど、結構ハードなメニューじゃん。よく僕生きてたなあ。

 

そう思ってしみじみと生きている幸せを噛み締めて、それと毒なしの食料の貴重さを痛感して。

これまでもこれからもいのちたいせつで行こうと思って。

 

そう思った瞬間、僕の第六感が何かを感じた。

何これ。

オーラが、どこからか流れてきている。いや、流れてきている、はちょっと違う。正確には………

 

 

 

 

オーラを纏った人間が、こちらに向かって接近してきている、だ。

 

 

 

 

纏。それもかなりの高レベル。

思わずぴくりと肩が揺れる。そのぐらいの畏怖を感じさせるほどの、強いオーラ。

 

いや、畏怖とか言ってられない。

ビビって萎縮している頭をばしばしと殴って、無理やりにでも頭を動かす。

 

まずは、このオーラが誰のものか。どのぐらいの使い手のものか。

えっと、とりあえずヒソカじゃない。位置的な問題でも、オーラの質的な問題でも。

強さも、多分兄さんとかの方が強い。でも、兄さんとある程度の戦いを成立させることができるほどの練度がある。

 

ヒソカの知り合い?んー、でもその場合、僕がそれを知るのは完全にオーラの主が接近しきった時だ。ヒソカの様子に待ち合わせしてるような挙動はないし………。

そう思ってヒソカをじーっと見つめる。

目の前のヒソカは相変わらず携帯にご執心。誰かと連絡取ってるのか?うーん、わかんない。ていうかこいつの表情、いつも笑ってるだけだから、あんまり情報がないんだよなあ。

うん、ヒソカの挙動から予想するのは諦めよう。こんな人を騙すのが趣味みたいなやつから、まともな情報が抜き出せるわけないし。

 

結論から言おう、何もわかんない。

ということは、何が起きるかわかんないってことに他ならない。

 

眉をひそめながら最悪の事態を想定して、絶を解除。オーラを纏う。

うーん、ここに念能力者?いるのかなあ。こんなただのショッピングモールに念能力者がいる理由が不明だ。

 

「どうかしたのかい?」

 

明らかにバタバタしたりオーラ急に纏い出したりと挙動不審だったようで、ヒソカに笑われる。

こいつ、絶対わかって言ってるよね!?

 

むう、とヒソカを睨みつけると、余裕しゃくしゃくな様子で頬を抓られる。

むにょーんと効果音がなりそうなぐらいに頰が引っ張られる。

 

いった!兄さんといいこいつといい、なんでこう手加減というものを知らないのか。なんかあれだよ。頬が赤く染まるわ。物理で。

ぶんぶんと顔を左右に振ってどうにか振り払うと、ヒソカから顔を背ける。これだから変人奇術師はイヤなんだよ。周りに注目されたらどうしてくれる。いや、今更か。

 

まあそれはともかくだ。

 

「……このオーラ、ヒソカの知り合い?」

「さあ?どうかな♡」

「そーいうのいいから。どうせこの人目当てでここ来てるんでしょ。敵か味方かだけでも教えてよ。」

 

さっきからオーラがどんどん近づいてきていることを感じる。明らかにこちらの場所が分かった上で接近してきている。待ち合わせしてるのか、それとも僕のオーラに引き寄せられてるのか。それともヒソカか。

まあ今更絶したって意味ないだろうし、そのまま纏でいよう。ぬあー、こわいー。

 

相変わらず普通にお茶してる人みたいな雰囲気でいるヒソカにかなりムカつく。情報説明は監督者の責務だと思うんだけど、それについてはどうお考えでしょうか!

 

オーラ発信源との距離が、もう10mを切る。ひえー、何これ怖。

ていうか多分この人、すっごい強いよね。兄さんとまでは言わないけど、そんじょそこらのへっぽこ念能力者じゃ太刀打ちできない。これは確実に、達人の領域。

今の僕が敵う相手ではない。ていうか敵うとかいう次元にない。一瞬にして血溜まりに変えられるぐらいの実力差。

それを実感して、思わず引きつった笑みが浮かぶ。

 

「……ヒソカ、逃げていい?」

「ダメ♣︎」

 

一刀両断。

ついでに、オーラとの距離ももう5mない。多分後ろ振り向いたらいる。何それ、何かの怪談かよ。どうせなら無害な人形に佇んでもらいたいわ。

そんなアホなことを考えて現実逃避していると、さっきから感じてるオーラがもうそこにあるかのように………っていうかもうそこにあるんだけど。

 

後ろに明らかな気配を感じる。めっちゃ強い能力者の気配が。

 

 

 

「やあマチ、久しぶりだね♠︎」

 

 

ヒソカが僕の背後にいるであろう誰かに対して軽く手を振る。

マチ?誰?人?

 

ぎしぎしと音がなりそうなほど強張った動きで体を反転させて、後ろを向く。

そうしてどうにかこうにか振り向いた先にいたのは………

 

 

めっちゃキレイなお姉さんだった。

 

 

着物と洋服が半々に混ざったような服装。ピンク色の髪。この時点で何人かは謎すぎるから考えるのはやめておく。

で、特筆すべきはそのオーラと目つき。

明らかに、カタギの目じゃありませんでした。素人が出せる殺気の域を超えてました。

まあ端的に言えば……人殺し、の部類に入るんだろうな。

 

口をパクパクとさせて見つめていると、お姉さんの眉が寄せられて。

 

「……あんた、誰?」

 

お姉さんがツカツカと近づく。椅子の背もたれに手を乗せて、品定めするような目が向けられる。

僕のことを人ではなく、モノと定義しているような目。殺人を犯したものにありがちな傾向だ。

見た目はこんなに綺麗なのになあ。

ピンク色の綺麗な目。だけどつり目がちで、それが与える印象は冷たい恐怖だ。そういう意味では、兄さんに近いって言えるかもしれない。

 

そんなことをぼんやりと考えていると、お姉さんの目が苛立ったようにさらに吊り上がる。

あー、こういう感じだと猫っぽい。今にも噛み付いてきそうな猫。

 

って、そんなこと考えてる余裕ないって!これ、思いっきり殺気だから!死にたいのかよ!いーえ、死にたくありません!

ぐわあ、とぼんやりしていた脳が勢いよく動き出す。人間、ピンチに陥ると急に正気を取り戻すんだね。実体験で理解したくなかったよ。

まあそんなのどーでもいいや。とりあえず早く回答しないと殺られる。

 

誤作動を起こしたかのようにぱくぱく闇雲に動く口をどうにか制御して、酸素を吸い込む。

こわー、こんな殺気浴びたの、いつかの兄さんの時だけだ。

 

そんなことを思い浮かべながらお姉さんの目を見る。出来るだけ強気っぽく。怯えてる片鱗を見せないように。

 

 

「カルト。」

 

短く名前だけを告げる。ファミリーネームは下手に言いたくない。どんな揉め事に巻き込まれるかわかんないし。

今もバクバクと鳴っている心臓を無理にでも押さえこむ。背中にはすでにダラダラと冷や汗が伝ってる。

やっぱり本気の殺気にはいつまでたっても慣れない。純粋な混じり気のない殺気は、浴びせるだけでも人を萎縮させる効果がある。

 

数秒間、凍てついた空気の中で沈黙が続く。いや、こんな状況でもヒソカは楽しそうだけど。何こいつ、ほんとムカつく。

そう思って思わず頬を膨らませると、お姉さんの殺気が嘘みたいに融解する。

本当に一瞬で、漂う空気が変わる。

 

そのオンオフの切り替えの早さにも瞠目の価値ありだけど、今はそこじゃない。

 

なんで急にオフに切り替えた?

 

なんでだろう。僕が警戒するにも値しないと判断されたのか。それとも他の理由か。むう、分からない。

 

うーんと頭を悩ませていると、お姉さんが僕のことを完全に視界から外して、ヒソカへと向きなおる。

なんだ、やっぱりヒソカの知り合いか。道理でとてつもないオーラ。そして殺気。

注目が外れたのをいいことに、お姉さんをじっくりと見つめる。

 

見た目からして年齢は20代。あー、でも念能力者の見た目はあてにならないから参考までにと思ってた方がいいかも。

それから服越しでもわかる筋肉量。具体的には兄さんぐらい。ヒソカと比べると見劣りするけど、普通に考えたらありえないぐらいの量だ。もちろん僕とは比較なんてできないほどの差がある。って考えると、やっぱり凄腕の能力者なんだろうなあ。

天空闘技場で見た筋肉バカなんかよりも、ずっと良質な筋肉。ほんとこの人何者なんだろ。

 

「7月30日にヨークシンの国立美術館に集合。」

「了解♡どうだい、このあと暇ならボクと食事でも……」

「何回誘われたって返事は変わんないよ。……それに今はその子にご執心だろ。」

 

ヒソカとお姉さんの謎に満ちた会話。集合ってことは、そこでみんなでなんかするのかなあ。芸術鑑賞?ヒソカとは死ぬほど似合わないけど。

んー、ていうかそもそもお姉さんとヒソカの繋がりが見えない。何仲間?それとももっと別のなにか?

 

っと、一人で悶々と悩んでいると、お姉さんの目線が再び僕へと戻る。

 

………なんか、憐れむような目を向けるのはやめて欲しい。僕だって好きでこいつと一緒にいるわけじゃないんだよ!できることなら今すぐ殴り飛ばして実家帰りたいわ!

ついでにヒソカ!僕をなんか舐めるような目で見るな!なんかぞわっとする、ぞわっと……

 

「……ヒソカ、結構本気でその目やめろ。鳥肌が立つ。警察呼ぶよ?」

「警察ごときでボクをどうにかできると思うならご自由に♢」

 

うぐっと返答に詰まる。この社会生活不適合殺人鬼が。口だけはペラペラと回りやがって。

まあ確かに警察が大量に押し寄せたところで、ヒソカに傷一つ負わせることすら出来やしない。

むう、じゃあどうしろって言うんですか。抵抗手段なしですか。そうでしたね。

 

そう答えに行き着いてちょっとイラっとする。ので、腹いせ紛れに机の上に置いてあるナプキンにちょっとオーラを込めてみる。

そのままオーラを込めた紙を大量に作って、一つ残らずヒソカにぶつける。

はっ、そのまま紙の海に溺れるがよい!

 

そんなことを脳内で叫びつつ、ガンガンとオーラを込めてぶつけまくる。いいんだ、どうせ死なないし。ていうか傷一つ負わせられないだろうし。

 

そうこうしていると、さっきまでヒソカと話してたお姉さんが、こちらへと近づく。

え?まさかの展開。

仲間になに手出してんじゃねーよ、的なやつですかね。それだったら僕もう終わりだわ。

カッとなってやった。後悔はしていない!

 

 

「ふーん、操作系か。それ、発じゃないよね。……面白そう。」

 

大量の紙の嵐にヒソカが襲われているのを楽しげに見ていると、お姉さんから話しかけられる。

おお、なんかさっきより友好的。なんで?

 

まあでも、殺気なしで会話できるのはいいことだよ。

ヒソカがしばらく動けないのをいいことに、二人でガールズトークへと移行する。

 

「お姉さん、ヒソカの知り合い?」

「知り合いにならざるを得なかっただけ。ただ仕事の関係上ね。」

「なんの仕事?用心棒とか?」

 

このお姉さんの強さだったら、やっぱりそういう仕事が一番しっくりくるなあ。

紙にオーラを補充して更に強固に操作しつつお姉さんに尋ねると、お姉さんが悪巧みしているような笑みを浮かべる。

 

「盗賊、って言ったら信じるかい?」

 

お姉さんの綺麗な声で聞こえてきたのはそんな言葉だった。

盗賊?んん?

あー、でもまあそういう非合法組織に入ってるのは、なんとなくイメージできる。だって強いし。

 

「僕は、暗殺者だよ。似た者同士だね。」

 

そう返答すると、お姉さんの目が一瞬見開かれる。それから、面白いものを見つけたとでもいうようなキラキラした表情へと変わる。

この人すっごい表情豊か。なんか可愛い。いや、そんな雰囲気の癖に犯罪者なのか。世の中見かけでは判断できないねえ。

そんな揺れ動く表情を観察していると、お姉さんから一枚の紙が渡される。

 

「私のメールアドレス。怪我したら連絡しな。あんたなら3割引で治してあげる。」

 

そう言いながら楽しそうに笑うお姉さん。

か、可愛い。性別の境を超えて惚れそう。

いや、落ち着くんだカルト。こんな美人でも血塗れだよ。多分すごい犯罪者だよ。うん、だからどうした?

あー、よくよく考えれば僕にとって犯罪者ってなんの抑止力にもならないじゃん。僕自身が犯罪者なんだし。アホか。

 

ぶんぶんと頭を左右に振りながら、ぐるんぐるんの脳内を整頓しようとする。

よし、一回落ち着こうか。そもそもなんで急にこんなに態度が軟化したんだ?

 

そうだよ。だって出会い頭で殺気食らう程度には警戒されてたからね。むしろこの状況までいきなりすっ飛んだのが激しく謎。

 

「こんな見ず知らずの他人に渡していいの?ものすごい悪用するかもよ?」

「あんたはそんなことしないだろ。まあただの勘だけど。」

 

きっぱりとそう断言される。

……勘だよね?勘ってそんなに信憑性ある?ないよね?少なくともそれに頼って個人情報を流すなんて行動をとれるほど、信用性のあるものじゃない。

んん?もしかしてそういう能力者とか?

 

うーん、と考え込む。勘、それを信用できるということは、何かそれを確実に裏付けるロジックがあるということ他ならない。

 

「もしかして、どこかで実は知り合ってたとか!」

「いいや、初対面だよ。こんな若い念能力者、忘れるわけないだろ。あんたとはパイプ作っといたほうが有利って思っただけ。」

「……お姉さんの勘、よく当たるって言われるでしょ。」

 

僕とのパイプ。それはイコールでゾルディック家と繋がるということ。

このお姉さん、まさか暗殺者ってところからゾルディックまで連想したわけじゃないよね?いや、それは違うか。お姉さんの殺気が止んだのは、名前を言ってすぐ。タイミングがおかしい。まさかカルトって名前でゾルディックってわかるわけないし。

 

うーん、これ本当に勘だな。だってあんな短い時間で根拠が得られるわけないし、そういう能力っていうのも考えにくい。だって僕、あのお姉さんに一度も触れてないもん。接触がほぼゼロで発動する遠隔型の能力なんて、怖すぎる。

 

ていうかうだうだ考えても仕方ないよなあ。いずれカルトって名前だけでゾルディックに結びつけられちゃうぐらい知名度上がる可能性高いし。

うん、じゃあもうわかんないままでいいや!

 

「じゃあこのアドレスにメール送るね。お姉さんも、誰かこっそり綺麗に殺したい人がいるならいつでも依頼して。お姉さんよりは弱いけど、綺麗で確実な殺し方には自信あるから。」

「ありがと。確かにあんたの能力、そういう仕事に向いてそうだしね。」

 

そう言いながら今も飛び交っている紙をみるお姉さん。

まあこれ、発じゃないんだけどね。

物体にオーラを込めて決まった動きをさせるのは、操作系の系統別修行以外の何物でもない。ただそれがある程度極まったり、相性のいいものでやったりすると、ちょっと威力が増すだけ。具体的には、そこらへんの素人なら1秒しないうちに切り刻めるぐらい。

でもまあ、発動条件なんてものもないような操作じゃ、ヒソカみたいなやつに対しては目くらましぐらいにしかならないのが現状ですが。

 

はあ、とため息をついてパンと手を一度叩くと、動き回っていた紙が全て元の位置に戻って静止する。よし、完璧。

 

「……ヒドイじゃないか♡いきなりこんな紙に襲わせるなんて♠︎」

「ヒソカだったらその気になったら5秒以内に全部回収できたでしょ。これだからバケモノは。」

「失礼だな♣︎ボクだって当たれば多少の擦り傷ぐらいにはなると思うよ?」

 

はっ、擦り傷ねえ。オーラ結構しっかり込めてるのに、それだけで済むって本当になんなの。

……単純に僕の熟練度不足か。くっそー。

 

がーんっとこうべを垂れて落ちこむ。はあ、修行しないと。

デフォルトの纏でも攻撃が通らないなら、練されたらほぼ無効化じゃん。泣いていいですか?

……ミルキには余裕で刺さったのになあ。やっぱり一流の能力者相手じゃどうすることもできない。兄さんにも当たっても効かなかったし。ていうかそもそも避けないでってお願いしないと、全部完璧に回避されたし。

 

「…まだまだ弱いってことね。はいはい、どうせ僕なんかじゃ擦り傷ぐらいしか負わせられませんよーだ。ばーかばーか、たまには全身から紙切れ生やしてるぐらいの愛嬌を見せろ。」

「キミ、時々急に意味わからないこと言いだすよね♠︎愛嬌の意味、間違ってると思うよ♢」

「お姉さん、この奇術師殺ってください。そしたらすっごい感謝します。」

 

足をバタバタとさせながらそう喚くと、お姉さんにとても可哀想なものを見るような目で見られる。解せぬ。

 

 

 

この時僕はまだ知らない。

お姉さんことマチが、あの幻影旅団の一員であったことを。

 

そしてこの日出会ったことで、この先何度も旅団に関わる羽目になる事を。

9月のあの夜の事件に、大きく関わることになる事を。

 

 

 

僕はまだ、知らない。

 

 

 

 



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天使か、それとも悪魔か

大幅に遅れて申し訳ないです。
次からは定期的に……と言いたいところなのですが、実は今年高校受験を控えておりまして、二ヶ月に一回あげられればラッキーぐらいのペースになってしまうと思われます。
お気に入り登録していただいている方、読んでいただいている方、本当に申し訳ないのですが、理解していただけると嬉しいです。

でも、どんなに遅れても連載停止はしませんし、終わったらまたすぐ戻って来ます!
待っててくれたらすごく嬉しいです。


「クリティカルヒットアンドダウン!勝者、カルト!」

 

レフェリーのその言葉にものすごい勢いで沸き立つ会場。グサグサと突き刺さる視線がとても気持ち悪い。

 

でもまあ、そんなことはおくびにも出さず、観客席に向かって笑顔で手を振る。まあほら、一応子供の見た目だし。それなりに愛嬌ある様子を見せるべきかと。ていうかそうじゃないと怪しまれるし。

そうそう、カルトは学んだのですよ。ちゃんと演技してないとロクな目に遭わないってね。

 

 

ぺらっと張り付いたような笑顔を浮かべながら、気づかれないように小さく息を吐く。はー、疲れた。

 

 

天空闘技場に来てからおよそ一ヶ月。現在はどうにかこうにか100階到達。

50階あたりから勝率がだいぶ落ちてきて、なんだかんだ結構時間がかかっちゃった。が、まあ念なしでやってるってことを考えると、仕方がない気もする。だってまだ身体レベル子供だし。

 

ってまあ、いうほどそうでもないんだけど。

 

てくてくとリングを降りて退場しつつ、ぺちっと腕に触れる。

幼児についてたらちょっとビビるほどの上腕二頭筋。骨密度も多分異常。体幹とか内側の筋肉に至っては、キルア多分超えてる。

普通に鍛えたらたかだか一ヶ月でこんなになるわけないんですけどねー。

 

普通にやれば。

 

人体には超再生という不思議現象が存在する。

例えば腕をおればその分次に生える腕はより強い骨になったりとか。筋断裂させれば、いきなりマッスルフォームになるとか。

こういうのは、どんな人間でも実行可能だ。非能力者であったとしても。

 

じゃあそれを念能力者がやればどうなるか。

 

能力者が本気を出して体内に練レベルのオーラを流せば、骨折なんて1日あれば治る。筋肉なんて本当にすぐ。

そんな回復機能に加え、そもそも念能力を使い始めた時点で、成長速度は著しく早くなる。しかも僕は思いっきり成長期。

まあここまで来れば自ずと答えは見えてくるだろうけど。

 

まず朝起きたら両腕の骨を折る。そのまま腕の筋肉を酷使するようなトレーニングをして腕を徹底破壊。この際激痛が走るけど、それすらも痛覚無視の訓練。恐るべきゾル家。

でまあ、朝食はいつも通り毒入り。最近僕はこれに対抗するため、肝臓にオーラを集めて毒素分解する方法を編み出した。んだけど、訓練なので使用禁止の令がヒソカから出た。解せぬ。

そしてどうにかポイズンクッキングをクリアしたと思ったら、体になんか電極つけられて電流に慣れる訓練。最近は雷レベルの電流流されてる。なんで僕、死んでないんだろ。真面目に不思議だ。

んで、それと同時進行でマラソンだのなんだの、基礎体力作り。なんで1日にフルマラソン3回走るのか意味わからん。

この時点でだいたい生命エネルギーが枯渇するんだけど、まだ午前が終わっただけ。

ポイズンお昼ご飯をお腹に突っ込んで、午後は念能力の制御訓練。

基本的な系統別修行を延々と繰り返して、苦手な変化系とかもやらされてる。主系統の操作に至っては、練だけでひよっこ念能力者とだったらやりあえる感じ。放出も結構いい感じで、その辺の砂の粒で車の装甲は突き破れる。すでに人間は捨てた模様。

これをやってノルマ達成する頃には、腕がだいたい回復してるから、今度は足を折る。

何言ってんだって感じだけど、僕も何言ってるかわかんない。

で、足折ったら腕の筋トレして、腹筋して、いろいろして、そして倒れるように寝る。そして気がつくと朝。

 

これを無限ループで繰り返してた僕はそれなりにすごいと思うんだけど、いい加減練習メニューを軽くするつもりはないのかヒソカに小一時間ぐらい問い詰めたいところだ。

マジでそろそろカルトちゃん泣いちゃうぞ!?

 

まだ折れたままの腕をぶらぶらと振りながら、ロビーを歩く。探すはヒソカ。

そーだよ、しかも腕折れてるから最近の試合、足しか使えないし。蹴りでダウンさせるとか結構キツイのよ?いい加減手刀ぐらい使わせてくれよー。

 

ぶつぶつと脳内でそんな恨み言をつぶやきつつ、目立つ赤髪高身長を探す。

目をキョロキョロとさせると、即座に目につくヒソカ。もはや歩くランドマークタワーとかに改名するべきだと思うんだが。

 

まあそんなことは置いといてだ。

トテトテとヒソカに走り寄って、後ろから突撃する。

 

「ヒソカー、終わったー。」

 

そう言いながら鳩尾にオーラを込めた人差し指を突き付けようとすると、ヒソカが華麗にかわして、逆に指を掴まれる。

やべ、笑ってるけど目が笑ってないぞー。明らかに品定めしてるやつだぞー。この戦闘狂がー。

 

「……僕さ、気づいたんだよね。なんだかんだヒソカと兄さんって兄さんのほうがサイコなのかなーって思ってたけどさ、方向性違うだけで、どっちもどっちだったよ。むしろ兄さんの方がわかりやすいだけマシかも。ってなわけで、兄さんとチェンジ……」

 

重々しくそう切り出して兄さんチェンジを願う。あれ?これってもう何回目?

っていうか、珍しくヒソカの反応が薄い。なんか携帯弄ってるし。あれれー?

 

………いやいや、別に反応ないから寂しいとかじゃないし?むしろ願ったり叶ったりだし?こんなやつこっちから願い下げだし?

 

……はあ、いいや。疲れるから考えるのやめよ。

 

と、そんな一人討論会をしていると、やっとヒソカの顔が携帯から離れる。

ったく、携帯依存症の変態ピエロなんていろいろぶっ飛んでるわ。

 

「キミの兄さんから途中経過報告の依頼が入ったんだけど♢」

「え!兄さんくるの!ホント!チェンジ?チェンジか!やった!」

 

ふっひょい、これでやっと兄さんにリターンか。そしてピエロとはオサラバ!

ルンルンとスキップしながら喜びの舞を踊っていると、ヒソカからの冷たい視線が刺さる。

くっ、何故だ!なぜこんなにも心が傷む!

 

「……そのままバカ踊りしたままでいいから最後まで話は聞いてくれるかな♡」

「もちです!もち聞きます!だから早くにーさん!」

「イルミから、特殊技の完成状況についての情報が欲しいって言われてね♣︎だからキミのその能力の詳細を……」

 

ヒソカのいたって普通なはずのその言葉が耳に入った瞬間、脳内のハイテンションが勢いよく停止する。それはもう、180km走行の車が急ブレーキ踏んだみたいな。

 

ん?んん?

 

今ヒソカ、なんて言った?

ていうか、どういう意図で言った?

僕の解釈違い?

 

脳内でクエスチョンマークが飛び交う。思考がそれだけで覆い尽くされる。

だってだって、意味がわからない。

 

『キミのその能力の詳細を………』

なんどもその音が脳内でリピート再生される。

 

ちょ、ちょっと待って。

ぐるんぐるんにオーバーヒートしようとした脳を一旦止める。時には思考停止することも大切。

 

すってーはいてー。何回か深呼吸を繰り返して、きちんと脳に酸素を送る。考えるためにはまず冷静にならないと。

パニックNG。冷静沈着頭脳明晰、その名は名探偵カルト!いや、名暗殺者?まあそこはどーでもいいや。

方向性間違えた気もするけど冷静にはなったし。

 

さてさて、じゃあ冷静になったところで考えよっか。

 

ヒソカのさっきの口ぶり。それを踏まえて考えると、なかなか衝撃の事実が判明する。

特殊技。その能力。それらの単語が何を示すか?

まあ普通に考えたらねえ。

 

僕はもう既に何らかの能力を作ってるってことになる。

 

これは、ちょっとっていうかかなりっていうかものすごくマズイかもしれない。

さっきまでルンルンだった心が、一瞬にしてブレイクされる。

 

そもそもこの天空闘技場に来た目的には、念能力の開発っていうところも含まれてる。

上層にいるであろう念能力者たちの能力を参考にして、きちんと吟味して考えるために。

 

制約と誓約。効果範囲。系統の向き不向き。応用力の有無。燃費の良し悪し。能力のバランス。メモリ。

 

パッと思いつくだけで、これだけのものを考慮して作る必要がある。

もちろんフィーリングが一番大切なのはわかってるけど、得た発想を形にするにはこれらの思考を踏まえることが絶対条件。兄さんからそう教わった。

だから安易には絶対に決めない。そう考えて、きちんと構想が固まるまでは能力を作るはずはなかった、んだけれども。

 

ヒソカの顔をちらりと見やる。

余裕綽々。きっと僕のこの反応も想定内ってことだろう。

 

「……ねー、ヒソカ。ヒソカから見て、僕の能力ってどういう効果に見える?」

 

小さくため息をつきながらそう問うと、ヒソカの表情が確信を得たものへと変わる。

うーん、やっぱりここまで予想済みか。さすが戦闘狂と言わざるを得ないぜ。

 

「単純な回復速度の向上。それから体内への局所強化♢明らかに絶や凝、硬とは一線を画すレベルだね♡」

「ちなみに発現はどれぐらい?」

「実質的な訓練を開始してからおよそ一週間ってとこ♠︎その時期から考えても、キミが無意識下に構築してた発の可能性が高い♣︎」

 

ヒソカの口から改めて出てきた言葉に、ちょっと落ち込む。

無意識下に構築する発。それはまさにフィーリングのみで作られるものであり、念能力として完璧なものではない。だけど、その術者の性質や性格に一番適してるのは、こうやって生み出される発である場合のほうが多いっていう。

でもまあ、それが一番能力としていいって断言できるわけじゃない。から、僕はその方法にはあんまり頼りたくなかった。

 

でもまあ後の祭りか。

 

できちゃったものはしょうがない。消せないし。

それより実態を考えるほうが先だ。

 

うーん、とまずは具体的な能力の効果。

ヒソカの情報から推測すると、その能力は単純な回復系。回復系の能力、つまり再生力の強化。部類的には強化系に類するはず。

が、しかし、僕は操作系だ。

無意識下だから向かない系統を選んじゃったって可能性もなきにしもあらずだけど、ちょっと考えにくい。

 

っていうか、そもそも僕、その能力いつ使ってたんだ?

 

まあ普通に考えて、訓練で折った腕の回復とか、そんな感じだろうなあ。

限界を超えた無茶な訓練に体が限界に達して、能力を作ってどうにかするしかなくなっちゃったんだろう。それだったら無意識下での発現にも納得がいく。

あとは部分的な強化。それにも心当たりがある。

 

肝臓。内臓器官の機能上昇。

 

毒分解のために編み出した方法。

あれ、応用技の組み合わせのつもりだったけど、その流れでうっかり発になっちゃったか、もしくは回復速度向上にしか使えなかった能力を応用しちゃったか、まあそういう事態が起きてたんだろう。時系列的には多分後者。

 

そっかー、あの回復速度、念能力者としてのアドバンテージだと思ってたけど、普通に発だったのか。

 

んー、でもそうだとしたら、能力の詳細、だいぶ想像がつく。

肝臓を強化しようとオーラを動かした時、僕はいったい何を望んだか。

確か、こうだったと思う。

 

他の内臓に回しているエネルギーを肝臓に集中させて、分解に使うエネルギー濃度をあげる。

 

つまり僕の能力は回復系じゃない。

体内の、エネルギーの操作。強いて言えばそうなる。

 

強化系の回復とは本質的に異なるものだ。

強化系は一部の回復を強化する、100%を120%にする能力。

でも僕のは、違う。

 

普段はバランスよく分配してるエネルギーを一つの効果に絞る。例えるならばレンズで光を集めるような。そんな能力。

100%は100%のまま、それが一部に集中特化される。

まあつまり、例えば肝臓の分解速度を上げたら、胃の消化吸収の速度は下がるし、腕の回復に力を入れれば、足の擦り傷は治りにくくなる。そういう能力。

 

便利な能力ではあると思うんだけど、使うの大変そうだなあ。物凄い戦闘考察力が要求されそう。

 

イヤイヤ、マイナス思考はよくないね。ここはとんでもないゴミ能力じゃなかったことを喜ぼう。

うんうん、だって下手したら不慣れな強化系能力とかだった可能性もあるし。むしろ操作系でレアな回復能力を得れたことを感謝するべきだ。

 

………うん、まあ全然使える能力だし。別に悲観することはないはず。

それに操作の有効範囲は体内だけ。結構制約も狭いし、メモリ的な問題はないでしょ。そもそもゾル家は単純に適性が高いから、メモリだって通常より広いはず。わけわかんない能力ガバガバ作るなんてことをしなければ、問題なーし。

 

ていうかこれ、他人には使えるんだろうか。

うーん、使えたら相当便利だけど、無理げだよなー。でも使えたら便利だしなあ。仲間の回復とかできたらかなりお得な能力にカウントできるはず。

どうにか制約を組み替えて……

 

手を触れた時?いいや、なんかゆるいし、戦闘中とかには履行しにくい。ある程度遠距離でも可能で、かつ、厳しめの制約。

えーと、なんかあるかなあ。

 

考え込んでいると、ふとあることが脳内に浮かぶ。

周。自分以外の物体にオーラを付与する技。

 

これ、いけるかも。

 

オーラを付与した人間には行使可能。これだったら自分には常に条件を満たすし、ちょっとぐらいなら離れた場所の味方にも支援できる。

それに、ある程度格下相手なら、相手の纏を突き抜けて無理矢理周をすることも可能かも。許容してない相手にオーラを付与するのはだいぶ浪費エネルギーが多くなりそうだけど、遠距離から楽に殺せる分いい。

 

いや?ていうかそれが可能ならば、非能力者にはほぼ無敵じゃない?

だって非能力者だったら周をレジストすることなんてできないし、そのままいい感じに心臓止めちゃえば、病死っぽく見せられるはず。

暗殺者の能力としては、この上ない。

 

おー、無意識下に使ってた割には結構いい能力じゃん。

んじゃあ、制約だけ付け足してっと。

 

脳内で能力データを纏め上げると、ヒソカの方へと向きなおる。

 

「ヒソカ、多分わかった。能力の詳細と制約については。」

 

そう言うと、ヒソカの目が期待するように吊り上がる。

戦闘狂としては、戦いの根幹となる念能力の詳細は気になる情報なんだろうなあ。まあそれぐらいは僕だって一応認識してる。

能力を知ってるアドバンテージは、この世界の戦闘にとって、とっても大きい。

 

「だから、教えない。」

 

将来の敵に貴重な情報を与える気はない。いくら兄さんにだって、能力の詳細は伝えない。

ていうか多分、ヒソカの言ってる兄さんからの依頼なんて十中八九嘘だ。情報の大切さを兄さんが理解していないはずがないから。

 

 

「もうそんな嘘に騙されるほど素人じゃない。」

「ああ、バレちゃった♢?」

「白々しいなあ。最初からここまで想定済みなんでしょ。僕に能力の発現を気づかせるのが目的。違う?」

 

いい加減これぐらい長期間一緒にいればわかる。

こいつは史上最悪で最低の愉快犯だ。

 

だから愉しむためなら、自分にとって不利益となることでもするし、いくらでも道化になる。

こいつにとって一番愉しいと予想される未来は、僕が自分の能力を正しく理解して、正しく使い、強くなること。

 

そして、そうやって成長した僕を、さらに上回る力で捻りつぶすこと。

 

それがこの男にとっての最大の喜びであり、最大の興奮。

その人間が努力して積み上げて来たものの一番のピークを、無残に崩す。その快感を味わうためならば、一時的に護衛したり、教育したり、それぐらいの手間は惜しまない。それがヒソカの本質。

 

ほんっとうに合意主義者の兄さんとは、真逆の性質だ。

 

はあ、と小さく嘆息する。やっぱりヒソカと一緒にいるっていう選択は間違いだったかなあ。

いや、でもこいつの隣が一番早く強くなれるポジションだってことはよくわかってる。

今の僕に足りてない近接戦闘術。それのトップレベルに君臨してるのは、間違いなくヒソカだから。

 

まあ盗めるもんだけ盗んで、あとは逃げよっと。

 

まあ結局そうなる。っていうかそれ以外の選択肢がないっていうね。この理不尽っぷり。

 

「……ヒソカがまともな師範代だったらなんの問題もないのに。」

「ボクじゃ不満かい?」

「だいぶ。弟子といずれ戦って殺す気の師匠とか、ほんっとうに望んでないよ。」

 

そう言いながらヒソカの目に微妙に浮かぶ猟奇的な光を再確認。

やっぱり野生の肉食獣みたいな目だ。しかもトチ狂ってる。

 

……やっぱり今からでも逃げるべきか?一回覚悟しても、この目見るとダメな気がしてくる。

 

いーや、それは良くない。

ぶんぶんと頭を振ってその思考を振り切る。

 

よし、まあそれはともかくとして、早くマイルームに戻ろうか。

100階クリアで手に入れた個室。フワッフワのベットに高機能家電の数々。文明の利器が限界まで詰め込まれたパーフェクトルームだ。

 

「うん、じゃあ今日はもう終わりでいいよね。僕は部屋に戻るから………」

 

そう言いながら手をひらひらと振って立ち去ろうとすると、足が動かないことに気づく。

 

あー、またあれか。

げんなりと肩の力をぐでっとぬいて凝をすると、右足と地面がピンク色のオーラで固定されている。

 

「……ヒソカ、早くとってよ。僕もう寝たい。」

「キミ、ここにきた主目的覚えてないのかい♡そろそろ到着するよ♢」

「誰が?って、あ!」

 

やっべ、完全に忘れてた。

天空闘技場にいる理由。それは強さの追求がメインじゃなくて……

 

「キルアのお守り、だったか。」

「今日には入る予定らしいね♣︎いろいろ確認したりしなくていいのかい?」

「…………わかった。ちゃんと仕事はする。兄さんからの命令だし。」

 

完全におやすみモードに向かっていた心をどうにか持ち直して、仕事用に切り替える。

えーと、確か兄さんの命令は………キルアを念能力者と接触させないこと、だっけ?

んー、あとは単純な身体保護かあ。どーしよ。

 

とりあえず第一フロアで待ち構えて、最初の試合のマッチングが念能力者に当たるっていう不幸な事故を阻止しないとだよね。今のキルアがどのぐらい強いかはわかんないけれど、普通に強い人からパンチもろにもらったらヤバイだろうから………

あ、あの能力使ってみようか。

キルアは非能力者。周を蹴られることはないだろう。とりあえず回復できる状況にしとけば、怪我の回復とか早くなるだろうし、最悪心臓停止しててもすぐ活性化できるから問題ない。

それに僕の能力の練習にもなるし。

 

よし、決定。

まずはマッチングの相手はよく見て確認して、ヤバそうだったら手を出す。キルアに周の付与だけして発動条件を満たした状態で見守る。

うん、我ながらなかなか理にかなったいい方法じゃないか。

 

よし、じゃあ早いとこキルアに近づいてオーラだけ付与しちゃおうっと。視認できる範囲にまで近づけば、オーラは投げつけられる。

操作系はオーラを放して操作する周と相性がいい。

そう考えるとこの能力、思いつきにしてはなかなか良かったじゃん。

 

あー、なんかせっかく能力作ったのに、この能力とか呼ぶのなんか寂しいなあ。やっぱカッコいい名前は異能力には必須だと思うのよ。

いざ発動するときに、名前を叫びながら、みたいな。いいわー、憧れー。

となると、名前考えなきゃ。

 

えーと、回復系だから……あ、でも敵に対してはただの即死能力だしなあ。超格下限定だけど。

立場によって効果が正反対の能力。暗殺者のためにあるような、綺麗な殺し方を可能とする能力。特徴はこんな感じ?だとすると………

 

 

 

透明な猛毒(フォーリングダウン)

 

 

 

頭の中に文字列が唐突に浮かぶ。

フォーリングダウン。堕天。確かに回復と攻撃っていう二面性を持つこの能力には、天使と悪魔が混在してる堕天使、似合ってるかも。

 

初能力にしてはずいぶんトリッキーだけど、まあ全然使える能力だし、応用力も高い。

これでまた一歩、念能力者に近づいてきたと言えるかなあ。

 

まあそれはともかくとしてだ。

一回能力のことは片隅に追いやって、てくてくとエレベーターホールに向かって足を進める。

 

我が兄であるキルア。一応命令されてるし、早いとこ見に行かないと。

まあ腐ってもゾル家の跡取り候補。それは兄さんより潜在能力が高いってことを指す。

 

どんな化け物なのか、ちょっと気になるなあ。

 

 

 

 




【透明な猛毒(フォーリングダウン)】

周や纏などによって術者のオーラをまとっている生物の体内エネルギーの操作を可能とする。一部の治癒 能力を大幅にあげたり、特定の部位だけに筋力を集めてブーストさせることなども可能。ただその際、他の部分のエネルギーは著しく低下しているため、使いどころが難しい能力。そのことを利用して病死に見せかけて殺すことも可能。(エネルギーを一部に100%集めてしまえば、心肺停止に追い込める、とか)

制約 術者のオーラを纏っているもの以外には使用不可。
(基本、オーラ量がよほど上回っていない限り能力者にオーラ付与は不可能)


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我が弟、最強説

長らくお待たせしました。さりげなく復活しました。
入試終わったらとか言ってたくせに、終わってから1月以上経ってからの更新という…。
やっと終わったのでちょっとずつでもペース戻しながら頑張ります。今後もよろしくお願いします。


⚠︎題名の「弟」という表記は、カルトの前世での精神年齢を加味した上での表記です。わかりにくい表記で申し訳ありません。


結論から言おう。

 

 

奴は、バケモノだ。

 

 

 

絶をして、一階観客席から我が兄であるキルアをそっと窺う。

キルアの初戦にあてがわれた相手は、念能力者でも何でもない、ましてやそこそこ腕の立つ武芸者って域でもないただの一般人。まあ端的に言うと、ただの雑魚。

 

一回バレないように一瞬だけ凝をして、しっかり確認してみる。

うーん、やっぱりオーラを隠してるだけの能力者ではないだろうなあ。もしこれが万が一念能力者だとしたら、兄さんやヒソカ以上の使い手ってことになる、が、まあその可能性は考えづらい。

いやあねえ、そんなこの世界中探しまわって一人二人いるかいないかみたいな、そんな使い手にこんなところでエンカウントするなんて、そんな不幸なことがあるなんてさすがに考えたくはないですよ。

 

ふう、とため息をついて、肩の力を緩める。

 

とりあえずは第一課題はクリアだ。少なくともこの試合中に、キルアの命が危険にさらされるどころか、キルアに傷一つつく可能性だってゼロに等しい。安全確保という意味では問題なーし。

 

でもねえ、いくら問題なさげって言ったって、さすがに今すぐ部屋に戻るわけにはいかないかー。

 

ぼんやりと下のリングを見下ろしながら考える。

 

キルアだってまだ子供。戦いに対する恐怖、相手に対する恐怖。それらを捨て去ることは不可能なはず。格下相手だとしても、不測の事態が発生することはあり得る。いくらゾルディック家の子とは言えども、人は人。

 

そんなことを考えていると、レフェリーの人が試合開始の合図を出す。

 

「はじめ!」

 

その言葉と同時に動き始めるキルアの相手に対し、キルア当人はつまらなそうな顔をして、微動だにしない。

その様子を見て相手はおそらく勘違いしたのだろう。にやりと下卑た笑みを浮かべて、握りしめた拳をキルアへと振り下ろした。

 

いや、振り下ろそうとした、が正確か。

 

その下ろされた拳は、キルアによって止められていた。

 

 

左手一本で。

 

 

 

ひゅうー、とリングに向かって口笛を鳴らす。

 

 

「ねー、おにーさん?もしかしてこれで終わり?」

 

子供らしい無邪気な声でキルアがそう発する。

 

「残念だなー、もうちょっと楽しめるのかと思ったのに。」

 

幼い中性的な声に含まれた残虐性に、相手の男が身をすくませる。

まあそりゃそっか。こんなちっさい子供に全力のパンチ片手で止められたら、そりゃそうもなるわな。

ちょっとだけ同情するわ。ちょっとだけね。この人、心底運が悪い。

 

確かにこの子だったら、将来的には兄さんも超えうる。それだけのポテンシャルを持ってる。

だって単純に考えてみなよ。

まだ念を覚えてないってことは、筋力値は子供のレベルに過ぎない。いくら鍛えてるって言ったって、子供の体に付けられる筋肉量には限界がある。そしてその限界量は、当然のことながら、さっきの一撃を片手で楽々と止めるには、まったくという程足りていない。

 

じゃあなんでキルアはそれができたのか。

 

要はただのセンスのごり押しだ。

柔道、が一番近いのかもしれない。相手の動きの動線をあの一瞬で読み切って、そのうえでどこに力を加えたら止まるのか一瞬で判断して、そして実行する。

確かにそれができる人は、この世界にはごまんといる。僕だって可能。

 

でもそうじゃない。

人の体の構造、筋肉の収縮の仕方、運動の仕方、それを理解していないキルアがそんな芸当ができるなんて、普通に考えてあり得ない。

 

類い稀なるセンス。天才性。

そうとしかもはや表現することはできない。

 

思わずゴクリと喉を鳴らす。

そりゃまあ、これだったらゾルディックの後継者として、なんら不足はないどころか、ゾルディック史上最高レベルの暗殺者になることは間違いない。それだけの技量が彼にはある。

 

でもなあ。

 

僕には、キルアがそれを望んでいるようには思えないんだよなあ。

彼にはゾルディック家という器すら窮屈すぎる。もっともっともっと、大きい舞台を彼は本質的に望んでいる。そんな気がする。

 

 

もう一度リングに目を下ろす。

キルアに手首を掴まれて止められた対戦相手の男は、どうやらそのあと手刀一本で気絶させられたよう。

一瞬凍りついた観客席が、一気に燃え上がる。そこらじゅうからの歓声や興奮したような声が耳を刺す。

 

そしてその光景を、つまらなそうに一歩引いて見るキルア。

 

 

この年の子供にしては、大人び過ぎている。

これは本人の性格云々とかじゃなくて、ゾルディックから自分を守るため、かな。

そう考えると、やっぱりこの子をゾルディックに括りつけておくのは良くない気がする。もっとのびのびと生きた方がこの子は絶対強くなるし、何より幸せなはず。

もうこの際、家継ぐのミルキでもいいんじゃない?本人は喜んでやるだろうし、僕たちもハッピー。

・・・まあ、そんな夢物語はともかくだ。

 

キルアの護衛の任務、どうしよう。

いや、この分なら試合でケガすることなんてしばらくないだろうけど、あんまりにも目立つと、外野の念能力者に目つけられたりしかねない。

だけど、フォーリングダウンは使えない。

なんでかって?

精孔が開いちゃうからだよ!

いやー、すっかり忘れてたんだけど、よくよく考えると僕がキルアにオーラ付与をするってことは、イコールで洗礼を浴びせるってことになる。

それは本当にダメ。マジでダメ。

 

となると、不測の事態に備える一番無難な策としては、僕が24時間つきまとうってことになる。

が、しかし。

そんなの気づかれる可能性高いし、なおかつ僕がめんどくさい。

どうしたものか。

 

うーん、と悩んでいると、真横にお馴染みの禍々しいオーラ。

 

「ひーそーか、なにそのオーラ。いつもの3割増しで嫌な感じなんだけど」

「イルミの弟クンの戦いを見たら興奮しちゃってね♡将来が楽しみだよ♢」

「人の兄、堂々とマーキングしないでよ。兄さんに殺されるよ」

「ほう、それもそれで興味深いねえ♤彼、いくら払っても絶対に全力で戦ってくれないから・・・」

 

ヒソカの言葉を途中で遮るように、オーラで強化した扇子を首元に当てる。

兄さん仕込みの全力の殺気を込めて。

 

「兄さんに余計な手出したら殺すから。」

 

そう怒りを込めて発すると、おどけたような仕草で手をあげるヒソカ。

あー、もう、だからこいつは嫌いなんだ。

 

「流石だね♧今の殺気、周りに漏れないように僕だけに向けてたでしょ♡」

「当たり前。キルアにちょっとでも意識されたら、仕事に支障が出る。」

 

はあ、とため息をつきながら扇子を下ろして、苛立ちまぎれにヒソカの髪をぐいぐいと引っ張る。

このままハゲればいいのに。

 

「ちょっと、痛いんだけど・・・♧」

「いいから黙っててよ。今考え事してるんだから。」

「考え事って、あの子の護衛のこと?」

 

全部わかってますよと言わんばかりの表情に苛立つ。

ていうか、なんでヒソカは全部考えてることわかるんだよ。超能力?なにそれこわい。

 

まあそんな現実逃避気味な思考は隅に追いやって、本格的にどうしよう。

・・・背に腹は代えられないか。

 

「ヒソカ、監視対象に気づかれず24時間見張る方法、何か思いつかない?」

 

仕方なくヒソカに意見を問う。本当に仕方なく。

あーなんで私の周りって、まともな奴がいないんだろ。本当不思議でならない。

 

「そうだねえ、普通に考えたら絶の状態で一睡もせずに見張る、だろうけど♢」

「あー、それは絶対に嫌。体力的にも気持ち的にも。ていうかそんなことしたら僕の修業時間がなくなるし。」

「それなら次に考えられるのは、それ専用の念能力を作る、かな♡キミの紙の操作に多少手を加える形なら、メモリもそう使わないはず♧」

 

・・・むむむ、ヒソカからものすごくまともな案が出てきてしまった。

ていうかそもそも諜報系の念能力は作るつもりだったからなあ。兄さんとの取り決めの中にもあるし。

しかも、それが対象の人物に付与する形じゃなくて、例えば周囲の音を聞き取るような、そんな高性能な盗聴器のような能力なら、今のキルアにはなんの影響も与えないし、将来的に念能力者に使うときにも気づかれずに済む。

 

あ、いいかもしれない。

 

くっそー、ヒソカからいいアイデアもらうとか、なんかすっごいムカつく。

いや、そうじゃない。念能力使うっていうのは僕だってまったく考えなかったわけじゃないし!ただちょっとヒソカの方が言うのが早かっただけだし!

そういうことにしておこう。

 

「どうだい?なかなかいい案だろ♤」

「・・・今のコメントでマイナス10ポイント。」

 

ドヤ顔をかましてくるヒソカを軽くあしらいつつ、新しい能力について考える。

 

紙というのは、僕のメインウェポン。だから、今後この能力だけじゃなくて、もっと紙に関する能力は増えていくはずだ。

つまり、紙の操作をするいくつかの中の一つ。そんなポジションであるべき。

 

フォーリングダウンと紙の操作。この2つをメインとし、紙の操作の部分を細かく枝分かれさせていく。そんなやり方が、一番使うメモリが少ないと思う。

 

よし、じゃあこの方針で行くために、早く部屋に戻りたいんだけど・・・

 

「ヒソカ、僕が能力確立させるまで、キルアの護衛しててよ」

「・・・そう言うと思ったよ」

 

そうため息交じりに返すヒソカ。

でもそうするしかないんだよなあ。

 

いざ能力を作るとなると、制約だの発動方法だの、考えなきゃいけないことはたくさんある。

しかもそれを能力として確立させるためには、深い集中が必要。

それは、少なくともこんな人の多いところじゃできない。部屋に戻りたい。

 

それに、出来るだけ早い段階でこの能力は完成させたい。

少なくともキルアが100階を越える前には、発動できるようになっていないとまずい。

そう考えると、今、わりかし危険度が低めなこの時期はヒソカに任せて、今後のために練習するのが一番効率がいい。

 

そんなことを手短にヒソカに話す。

 

「仕方ないねえ♤じゃあ一週間だけ子守してあげよう♡彼はなかなかに興味深い人材だしね♧」

「わーうれしー、って、だから勝手に人の兄ロックオンするなっての」

 

はあ、とため息をつきながら、返答を返す。

これは早く能力作って、キルアとヒソカを離さないとロクなことにならない気がする。青少年保護法違反とか。この世界にそんなものないだろうけど。

 

まあそれはともかく、これで当面はどうにかなりそうでよかった。変態キチガイピエロといえども、能力者としては一流。なんら不足はない。

・・・人間性さえもう少しマシなら信用できるのに。

 

「ヒソカ、本当に手出したら殺すからね。」

「わかったよ♤約束しよう。ボクは今から一週間決して手は出さない♡」

「・・・色々突っ込みたいところはあるけどとりあえずいいや。じゃあよろしく。僕は部屋にこもってるから。」

 

そう言いながらヒソカを一人置いて部屋へと向かう。

ていうかなんだよ、一週間は手は出さないって。そのあとは出しますよって宣言してるみたいなもんじゃん。うーわー、マジ頭おかしい。そんなにゾルディックに喧嘩売って楽しいのか。ていうか怖くないのか。

うーん、やっぱり狂人の考えてることは、一般ピープルにゃ分からんね。ていうか分からなくていいね!

 

そんなことをうだうだ考えつつ、ついでにキルアの無事をどこにいるかも知らない神に祈りつつ、部屋に戻る。

 

願わくば、一週間後キルアがちゃんと五体満足で帰ってきますように。足一本もげてるとかそういうことはありませんように。

 

そういえば、この世界にも宗教ってあるのかな?

まあでもそんなことは本当にどうでもいいや。ていうかそんなこと言ってる場合じゃない。

 

と、そうこうして部屋に着くなり、備え付けのベッドの上でゴロゴロしながら思考タイムに入る。

 

やっぱり能力のことってのは出来るだけ誰にも相談しないほうがいい。例えばそれが、兄さんだったとしても。

だから全部、自分で考えないといけない。

 

まず能力の効果。これはさっき考えた盗聴器システムがいいと思う。だけど、絶対にバレちゃダメってことを考えると、認識阻害みたいな効果もあったほうがいい。

よし、効果はこれで行こう。

じゃあ次は制約。これは出来る限りゆるいほうがいい。この能力は強さより、汎用性を重視すべき。

とりあえず、媒体が紙ってことは確定だから、あとはそれプラスで何かつけたいなあ。

紙かあ、紙だもんなあ・・・

 

前の世界では紙を使った工芸品はいっぱいあった。団扇とか、扇子とか、障子とか、あとは、切り絵とか。

あ、切り絵!

切り絵って、紙を形に切っていくやつだよね。それだったら人間を模して作った紙でやれば、そのモデルになった人間からはわかりにくくなる、なんてどうだろう。その完成度によって、程度も変わってくるみたいな。

 

事前に準備しておけばそこまで負担じゃないし、この能力をいきなり突発的に使わなきゃいけない状況なんて、まず滅多にない。おそらくこの制約で、大きな問題が生じることはない。

 

よし、じゃあそれでいくぞ!

 

部屋をぐるりと見渡して、どこかに紙がないか探す。とりあえず試しにやってみよう。

 

あ、あったあった。

御誂え向きに、テーブルの上にメモ用紙の束があるのを発見。ついでに鋏も。この辺を使って上手いこと人形に切り取って念を込める。手順はそんな感じかなあ。

 

一人で黙々とちょきちょき音を立てながら紙をまず人型に切り抜く。

能力発動の最低条件は紙がこの人型であること。その上で誰かに似せた形にすることで隠密性を増す。

 

うーん、とりあえずヒソカでやってみよ。

ちょきちょきちょき。無言で紙をヒソカっぽく切り抜く。外見にある程度特徴があるおかげか、割と似ているような気がする。

 

即興で作ったにしてはまあ満足のいく形。

よし、それではこれに念を込めてみよう。

 

イメージは盗聴器。この紙を媒体として僕が音を受信するシステムを構築していく。

ていうかこの世界に普通に念なしの盗聴器ってあるのかなあ?あー、でもただの機械だったら円とかすれば普通にバレるし、ちょっと勘のいい能力者だったらそんなことしなくても気付けるか。てことはこの世界でただのそういう機械って、対念能力者においては何の意味もないのかあ。

 

うん、じゃあやっぱり隠密性重視で能力を作るのはいい選択。だと思おう。

 

そんなことをうだうだ考えながらオーラを付与していると、紙がふわりと浮き上がる。

おー、いい感じ。

 

よし、とりあえずこれでいい。能力の構築はできたし。

浮き上がった紙に隠をして、部屋をそっと出る。

 

試しにヒソカにくっつけてみよう。

これで気づかないようであれば、相当この能力の隠密性は高いってことになる。そしたらキルアにも貼り付けて、24時間監視体制完了。完璧な計画。

 

思いの外うまくいったので機嫌よくふんふふーんと廊下をスキップしながら通る。周りの人がなんか変な目を向けているような気がしなくもないけどそこは気にしないことにしておく。

 

えーっと、ヒソカはキルアに張り付いてて、そのキルアはそろそろ20階には到達していると思うので…

エレベーターでとりあえず20階フロアまで降りてみる。キルアのあの動きだけで判断したら50階フロアでも遜色ないとは思うけれど、肉体的な面をレフェリーが評価したならば、もっと下のフロアの可能性が高い。

 

まあねー、いくらすごくても子供は子供だからねー。そんないきなり上の階行ったら洒落にならないような大怪我を負う可能性だってある。てか僕的にもキルアにはのんびり攻略してもらいたい。じゃないと守るのも面倒だし。

 

エレベーターから降りて20階フロアをうろちょろ歩いていると、やっとキルア発見。

すでに2試合目を終えて30階に上がる所のようだ。

うげー、やっぱり結構早いよー。まあここから先このペースで上がり続けることはないだろうけどさー。

 

げんなりと肩を落としながら、ゆっくりとキルアに近づく。あ、正確にはキルアの真後ろで完璧な絶決めてるヒソカに近づく、か。

 

いや、本当に確実にこの近くにいるってわかってる状態じゃないと見つけられないレベルだった。一流能力者ってのは伊達じゃない。

こんな特徴的な見た目してるくせにさー、赤い髪なのにさー、なにさらっと一般人に紛れてんだか。ほんと怖いわ。

 

まあ今はそれはどうでもいいのである。

それよりも、どうやってこの紙を不自然じゃない形でヒソカに付着させるか。

 

1番いいのは服だと思う。常にその人の近くにあるから聞き漏らしがないし、皮膚じゃないから気づかれにくい。

しかもこれは紙。うまくオーラを絡めればきちんと引っかかるはず。

 

うし、やってみるか、

 

 

ヒソカにいつも通り飛びつくように構えて、右手に紙をセット。触れたら即布に貼り付くようにオーラを操作。

 

ヒソカ、こっちに気づいてるようなそぶりは見せてないけど、存在自体には気づいてるだろうな。うへえ、やりにくい。

 

まあ仕方ないか。ヒソカに気づかれないような絶なんて身につけるのにあとどのぐらいかかるのやら。

 

はあ、とため息をつきながらトンと地面を蹴って、いつも通りヒソカに飛びかかる。そのままタックルを食らわせるように右手をさりげなく服の生地に触れさせて、付着。

 

そのまま何事もなかったかのように笑顔でヒソカの方をくるりと向くと、むにょんと両頬を引っ張られる。

そして今紙を貼り付けたばかりの腰から、べりっと紙を剥がす。

 

くっそー、バレたか。

おっかしいなぁ。オーラはつけた僕でさえわからないぐらいしっかり隠蔽されてたのに。

 

その不思議そうな表情を読み取ったのか、剥がした紙をさりげなく僕に押し付けながら、教師のようにもったいぶって気づいた理由を話し始める。

 

「60点♡能力そのもののオーラは感知するのは相当難しいけど、付着させるときの不自然さで気づかれるね♢」

「付着させる時の不自然さ?」

「微妙な手の感触の違和感。ある程度の体術を身につけているものなら、造作もなく気づくだろうね♤」

 

いつもの貼り付けたようなニコニコ笑顔でそう講釈するヒソカに若干イライラしつつ、でもちゃんと考える。

 

つまりオーラではなく貼り付け方が悪いのだ。

じゃあ元々服にだけセッティングするってのはどうだろう。

部屋とかに忍び込んで、着る前の服に貼り付けるだけやっといて、あとは放置。

それだったら付ける時に気づかれることはないし、オーラは隠蔽されてるんだから滅多なことでは気づかれない。

 

よし、いいかも。

 

小さく手でガッツポーズを作りながら笑みを浮かべる。

じゃあキルアはその方法でやってみよう!

 

差し当たってはキルアの紙作んなきゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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FLY!

随分と遅い更新
もはや読者などいるのだろうか……


ちょきちょき。ちょきちょきちょき。

個室にこもって黙々とキルアの形に紙を切り抜く。うーん、こういう時に美術的センスほしくなるよねえ。前世ではなんで美術なんてやらなきゃいけないんだって思ってたけど、まさかこんなところで役に立つとは。

にしても、小さな子供って大人に比べて大分器用だ。やっぱり手が小さいからかなあ。いくらデフォルメしているとはいえ細かな作業が多い切り抜き。それでもある程度似せることができるのはこの手が相当器用だからなんだろう。

そんなことを思いながら切っていると、やっとどうにかキルアに見えるような形にすることに成功。

完成形を見て満足げにうなずく。やっぱり我ながらとはいえ、僕相当才能あるんじゃない?

あとは、オーラを込めて貼りに行くだけ……っと。

 

あわててくるりと背後を振り向く。

微かなオーラを感じた。なにかも分からない、けど今まで出会ったことのないオーラの質。

ヒソカの粘着質なオーラでもなく、マチさんの固く鋭いオーラでもない。兄さんの息ができなくなるような圧迫感とも違う。

ていうか弱い。

まああの三人と比較するのも間違ってるけど、それにしてもいくら何でもこのオーラは弱くないか?恐らく僕より練度が低い。正直言って雑魚。

だけど、唯一の恐怖。

 

姿が見えない。

 

ごくりと唾をのむ。なんだこれは。

オーラや気配から確かに僕の目の前に「なにか」がいるのは分かる。でも、僕の目では一切何も見ることができない。凝をしてもダメ。円で相手の外観とかおおきさとか存在していることとかそういうことは探知できているけれども、それでも実際に目で見えていないというのは怖すぎる。

 

後ろ手でそっと扇子に手を伸ばす。円はすでにしているから、もういつだって戦闘には入れる。

すうっと、深呼吸を一回。

恐らく見えないのは相手の固有の能力。だったらそれに恐れている場合ではない。もしかしたら発の止め方とかあるのかもしれないけど、僕にはどうすることもできないし。

近くにヒソカの気配もない。ていうか気付いてもこの程度の相手だったら助けに来てくれないだろ。

 

やるしかない、いまここで。

 

相手は依然ただ目の前で立っているだけ。特にオーラの移動もなければ体が動くこともない。正直敵対の意があるかどうかも分からない。

いや、ていうか人の個室に勝手に姿消して入ってくるとかどう考えても敵対者だろ。他に何があるの、不審者?

 

 

あー、なんかムカついてきた。ていうか恐怖よりいら立ちが勝った。

僕の部屋に侵入していいのは後にも先にも兄さんだけである。これは自明の理。

 

扇子を構える。ついでにキルア作成時にできた紙くずも。これで戦えるでしょ。

 

「ねえお兄さんだかお姉さんだか知らないけどさあ……僕の部屋に勝手に入ってくるってことは敵っていう認識でいい?」

 

そう一応問いかけてみるけど、返答はなし。駄目じゃん、言いたいことはちゃんと言葉にしないと。

 

「もうー、返事しないなら敵ってことにしちゃうからね。あとから文句言われても知らないよ!」

 

そう言いながら扇子を構えても依然反応せずただ立っているだけの相手。なにこいつ、自殺願望者?えー、もう考えるのもめんどくさいんだけど。

っと、さすがにそれはダメだろ。

いくら何でもここまで反応がないのはおかしくないか?だってこの状況でも逃げるなり攻撃するなり守るなり、そういう動作しないとかありえないでしょ。ちゃんと考えて。

一つ考えられるのは、僕がどんな攻撃をしても問題ないぐらい強い。もしくは本人がそう思ってるパターン。

いやあ、でもさすがにそれはないよなあ。だってこの人そんなに強くないもん。

見えないって言ったって気配はある。どこに存在してるかもわかる。円が使えるなら、オーラの集中箇所だってわかる。正直あんまり姿を隠している意味はない。

じゃあほかにどんな可能性がある?

警戒姿勢を解かないまま、黙々と思考する。

守りもしない、先手を取ろうともしない。相手の攻撃を待っている。

もしかして……カウンタータイプ?

相手の攻撃を跳ね返すとか、そういうたぐいの能力だとしたらまだ納得できる。だってそれだったら先手なんて打てないし、攻撃をただ受けるだけで待機している姿勢は防御態勢に等しい。

うん、それが一番可能性として高いな。ていうか今の僕にはそれしかわからない。

 

でも、だとしたらとても面倒な相手だ。

 

カウンターがどういう形のものなのかわからないけど、カウンターというものの性質上、相当大きな制約を負ってるはず。だって一度相手の攻撃を受けざるを得ないんだよ?そんなの危険すぎる。

でも念能力における危険は大きな制約を持っていることと同義。つまりカウンターを食らったら相当なダメージになる。下手をしたら死。

 

うむむむー。どうしよ。

 

やるとしたらワンパン。最初の初手でカウンターできない状態まで追い詰める必要がある。端的に言えば殺す。しかない。

でも僕の能力にそんなものはない。フォーリングダウンはあくまでもエネルギー操作。そもそも能力者にオーラ付与できるほど僕の熟練度は高くないし、かろうじてできたとしてもオーラを付与しただけでカウンターが発生する恐れがある。僕自身をフォーリングダウンでどうにかして一時的に攻撃力上げて物理で殴ってもいいけど、確実性が薄い。だって僕まだ子供だし。いくら底上げしたってたかがしれてるからなあ。

となると、やっぱり紙しかない。

練の練習で紙吹雪を殺傷能力があるレベルまで強化して操作するのはやってきた。から、できないはずはない。その紙吹雪の大群をどうにかして首とかにだけ集中させて切り落とすしかない。

できるか?

扇子を握り直して冷静に考える。

ある程度の方向の操作はできるだろうけど、紙の当たる角度やタイミングまでを完璧にコントロールすることはできない。それじゃあただでたらめに紙が一定箇所に当たっていくだけ。能力者の首を飛ばすまでには至らない。

じゃあなにか制約を考えるしかない。

くっそー。こんな切羽詰まったタイミングじゃなくてもっとちゃんとした場所でじっくり考えたかったのに。すごく残念だ。

でも今ここで決めてこいつを倒さないと、どうなるかわからない。

幸いなことに相手から仕掛けてくることは無いようだ。とりあえず静観するつもりなのかもしれない。それだったらこの間に急いで最善策を決める。

何か条件に適合したら、その場所に完璧な角度で、完璧なタイミングで当たる、そんな能力。ほしいのは一発で切り落とせる威力。それとそこまで大きなハードルではない第一条件。あ、あとその条件にも紙吹雪が絡んでいるのがベスト。

戦闘中に制約に気づかれるのも問題だ。可能な限り自然な、戦闘中に行ってても不自然じゃないような行動がトリガー。

待ってこれめっちゃムズいじゃん。

 

とかそうこう考えているうちに、相手のオーラが拳へと集結しているのを感知。まあそりゃそうか、声掛けてから30秒は経過してる。これだけ僕からなんのアクションもないとなると、向こうから動く選択をするのは何ら不自然じゃない。

うだうだ考えている暇はない。

向こうのオーラ量が予想外に多い。これでは一発喰らうだけでも相当なダメージが入る。

ていうかね、そもそも今の僕には満足な防御力がない。オーラ量も発展途上でそこまで多くないし、単純に肉体の性能が低い。今まで戦えてたのは、敵の攻撃をそもそも受けないっていうスタイルのおかげだし。

 

扇子を敵の気配に向けて鋭く向ける。

それがトリガーになったのだろう。

 

敵の身体が瞬時に僕に向かって飛び出す。相当な勢い。その拳を受ければ戦闘不能になるのは間違いない。

気配のみで動きを躱す。髪に敵が触れて勢いよく靡く。

おそらく避けられるとは思っていなかったのであろう敵は、1度距離をとって再び静止する。2回目の膠着。さあどうするか。

見えない。故に円での気配察知が全てを握る。

覚悟を決めて目を閉じる。全ての意識を円へと集中させる。

 

このまま躱し続けても事態は一向に進展しない。ならばこちらから。

ひとつのビジョンは見えていた。これよりいい案はいっぱいあると思うけど、今思いついてかつ実現可能なのはこれだけ。

 

敵の急所にまず紙を刺す。どのような形でも付着していればいい。逆にこの一投は可能な限り攻撃力を落とすべきだろう。

そしてここで制約。紙が刺さっている箇所に対しては、次の攻撃でまいた紙ふぶきが完璧な刃として襲いかかる。

試してみるしかない。

強く扇子を握る。

相手もそれを察したのか、身体のオーラがさらに強くなる。

 

ひとつ大きく深呼吸をして、それから。

宙に向かってふわりと紙吹雪を靡かせる。

ひとつの紙に集中して、それに強く指向性を与える。他の周りに飛び交っているのは全てカモフラージュ。その1枚を相手の首に当てるためだけに全集中。

相手のオーラを突き抜けなければならないから、1番オーラを強く込めて。でもバレないように瞬時に隠で周りと同じくらいのオーラしか込めていないように見せかける。

 

相手が肩の力を抜いた。

取るに足らない攻撃だと思ったのだろう。それはある意味間違っていない。この紙吹雪が全て直撃したところで大きな怪我を負わすことはできないのだから。

あくまでこれは下準備。確実に殺るための。

 

ニッコリと口角をあげ、それから……

 

勢いよく扇子を振り下ろす。その風に乗って指向性を加えた1枚は真っ直ぐに首に向かって、他のものも警戒されないように相手の視界を狭めながら勢いよく相手へと飛んでいく。

 

ほとんどの紙が相手が纏うオーラにぶつかって床にパラパラと落ちる。1枚を除いて。

僕がしっかりとオーラを加えた1枚は、確かに首筋に刺さっていた。

それを確認すると同時に加わる、首筋に何かがズブリと刺さったような痛み。

出血している。

やっぱりカウンター系の能力か。相手が受けたであろうダメージを数倍大きくしたものが自分にかかっている。これでもっと強いダメージを与えていたら僕の首が飛んだかもしれない。

しかし実際傷は浅い。すぐさまフォーリングダウンを適用する。しゅわしゅわとありえない速度で塞がっていく傷。ものの5秒もしないうちに全ての傷が塞がった。もっと出力をあげれば一瞬で塞がるだろう。能力の実験もできてちょうどよかったかも。

 

「僕の勝ち、だね。」

 

そう小さくつぶやく。相手はそんな戯言なんて意に介していないように再び拳にオーラを込める。

あれは当たったらヤバいかもなあ。纏だけの状態だったら致命傷になってもおかしくない。まあ僕が纏しかできてないなんてよっぽど追い詰められてない限りありえないけど。

まあそんなことはどうでもいい。早く終わらせよう。

 

扇子に強くオーラを込める。それを感じ取った瞬間、相手の身体が大きく躍動して僕へと飛びかかってきた。

だけど避けない。避ける必要が無い。だってそうでしょ?

 

その拳が当たる前に、あなたは死ぬんだから。

 

口元に微かな微笑を浮かべる。ああ、やっぱりこの感覚はとても甘美だ。

今死ぬなんて思いもしてない、力量の測れないバカ。それに勝利の鉄槌を加えるのは最高に背徳的。

扇子を一閃。その動きに合わせて紙吹雪が刃を形成して相手の首へと襲い掛かる。

気づいた時にはもう遅い。もう刃は避けられないところまで迫っていた。

死が迫って慌てたからだろうか。相手の能力が解けて姿が見える。

男だった。筋肉質な大柄の体。おそらく20-30代。武器は何も持っていないが、拳には金属製の金具。オーラが込められているし、これも能力のひとつなのだろう。具現化系か、操作系か。完全に見えなかったから具現化系か。じゃあ姿が見えなかった能力はなんなんだろう。自分が見えないようなシールドみたいなのを具現化するとか?それとも自分が見えていないという状況を具現化するとか?なんにしても面白そう。まあ術者の強さがなければどんなすごい能力であろうと意味はないってことは証明済みなんだけど。この男本人の手によって。

ていうか数瞬の間によくこんなうだうだ考えられてるなあ。思考速度早すぎでしょ、我ながら。まあこれも念のおかげか、それとも無理な修行で身についた防衛本能か。もしくはゾルディックゆえの才能か。いや全部か。まああるだけ損はしないしよかったってことにしとこ。

それより今は目の前の戦いだ。

離れていった思考を元に戻してゆっくりと男の顔を観察する。

男の顔が驚愕に染まる。それから恐怖。それから絶望。最高だ。完璧だ。そう、これが見たかった。これを見るために生きているのだとすら思う。

刃が首に触れて、それからストンと綺麗に切断する。ごとり、と音を立てて生首が綺麗なフローリングに落ちた。真っ白な床は赤い血で少しづつ染まっていって、その血溜まりは僕の足元までどんどんと広がっていく。

次いで胴体。固く握られた拳だけはそのままに、ゆっくりと倒れていく。それはまるで、大きな彫刻のように。意思を持たない肉塊は血溜まりの中にゆっくりと倒れて、そしてまたひときわ大きな音を立てて床へと転がった。

倒れた男に目を向ける。

切断面はとても綺麗。首切り落とされて死ぬとか、なんか処刑みたいだね。罪人が罪人を裁くとかシャレがきいてていいんじゃない?

 

そんなことは置いておいて、男の服をガサガサと漁る。なにか情報はないかなあ。こいつがなんで侵入してきたかが結局わかんないんだよなー。あ、殺す前に聞けばよかった。生かして拷問とかいくらでもやりようがあったのでは……

あー、失敗したー。

むう、と頬を膨らませて、それから諦めて肩を落とす。やっちゃったもんはしょうがない。また次に生かそうぜ!

で、肝心の所持物だ。

ろくなものがない。てか何も持ってない。なにこいつ。

と、手になにか硬いものが当たる感触。これはあたりかも。

ゴソゴソとまさぐってポケットの中にあることが判明したその何かを取り出す。

おっとこれは……

 

手に持ったそれをまじまじと見つめた。

ものすごく見覚えがあるぞこれー。むしろ今持ってるぞー。ここにあるぞー。

部屋の鍵だ。天空闘技場の。

つまりこの男は天空闘技場の選手であるということ。

しかもだ。部屋番号からして、200階以降の選手。うーんまあ念能力使ってきてた時点で想像はしてたけどね。

いやしかしなんでまたわざわざ僕のところに来たのかねえ。殺しに来たのかなあ。うーん、謎が深い。

 

「警戒したんだろうね、キミのこと♡」

 

後ろから唐突に聞こえた声に慌てて振り向く。うわあ、最悪。

 

「ひーそーかー、どこから見てたの!てかいたなら助けてくれてもよかったじゃん!なんで傍観!?可愛い弟子のピンチじゃん師匠としてどうにかしようとかさあ!」

 

勢いよく立ち上がって、後ろでニマニマとしていたヒソカに掴みかかる。ついでに血で汚れた手をヒソカの服で拭くことも忘れない。1度の動作で複数の目的をこなす、実に暗殺者らしい。

 

「……うわあ、まだ血でベタベター。あーあ、これもヒソカが早いこと助けてくれればこんなことにはならなかったのになあー。」

「……いつまで言い続けるつもりだい♢それよりもボクとしてはどうしてこんな派手な殺し方をしたのか聞きたいんだけど♤」

 

ぐぎぎ、と力づくで身体を離されて床に正座させられる。あれ?もしかしてヒソカ怒ってる?なんで?

 

「この死体、どう処理するつもりなんだい?首が落ちた死体なんて目立って仕方が無いだろう♣︎」

「え……その辺に捨てとけばいっかなって……」

 

そう答えると、ヒソカが盛大なため息をつく。なんだってんだよ!いいじゃん別に!どうせあとのことなんて考えてませんでしたよ!でもその辺の一般人の死体とか誰も気にしないじゃん!

頬を膨らませて言外で抗議すると、その頬を思いっきり引き伸ばされる。おお、いつもより強いじゃん。これはガチギレヒソカさんですかね?

ちょっとビビって後ずさりっていると、ヒソカがおもむろに床の生首をオーラで釣り上げて目の前に突きつけてきた。

 

「この顔、見覚えないとか言わないよね♡」

「え?そんなおっさん知り合いにいたっけ……あーちょっと待って!今ちゃんと考えるから!だからいっかいその殺気しまおう!ねえ!」

 

おっと、これは本格的にまずいかもしれないぞー。僕はまだ死にたくなーい!

よしカルト、思い出すんだ。ヒソカの殺気がこれ以上強まらないうちに……

うーん、でもそういえば見たような気がしなくもないなあ。なんかどっかで。えっとおお……。

あ!もしかして……!

 

「よくモニターに映ってる選手の人でしょ!こないだテレビにも出てた!」

 

人差し指をビシッと突きつけながらドヤ顔でそう答えを出す。そうだよー、なんかタレントみたいな感じで人気絶頂だったファイターじゃん。こんなふうになったらお金稼げるなあとか思ったもん。

まあ顔晒したら暗殺者なんでその時点で割と終わってるんだけどね。

 

「そう♡で、そんな有名人がいきなり消えて死体になってたら世間は騒ぐだろうねえ♢運が悪いと犯人探しがはじまるかも♣︎」

「……でも僕悪くないよ。先に部屋に入ってきたのそっちの男だもん。正当防衛だよ。」

「そんなことは関係ないだろ♤目立ったらキミの大好きなオニイチャンからの依頼、達成できないんじゃない?」

 

あ、と口をポカンと開けて呆然とする。

まあそりゃそうか。有名人殺したらその犯人はまあ有名になるわな。この辺に死体ほっぽっといたら殺ったのは僕だってすぐバレるし、でも処分する宛もないし……

てかだからなんでコイツ僕を殺しに来たんだろうなあ。暇なのかなあ。

 

「だから、キミのことを警戒したんだろうって♤……キミ、ほんと人の話聞かないよね♢」

「……ねーヒソカー、人の顔から考えてること読んで、しかもそれに返答するのやめようよ。控えめに言って気持ち悪い。」

「キミの表情はコロコロ変わるからねえ♡」

 

そう言いながら楽しそうに頬をむにょんむにょんのばすヒソカからどうにか逃れようとしつつ考える。

警戒したってなんだ?何で?

……あ、わかったかも。

この男、自分の立場を失うのが怖かったんじゃない?最近急に現れた幼い選手。多分あとひと月しないうちに200階に到達する。周りの人々の注目が男から僕に移るのは容易く想像できちゃう。

だから先んじて殺そうとしたのか。うーん納得。すごい迷惑だけど。

はあ、とため息をついて転がっている死体をつま先でつつく。あーあ、死んでからもつくづく迷惑な男だ。

 

「ねーひそかー、要はさ、コイツの死体が僕からだいぶ離れた場所で発見されればいいんだよね?」

 

ヒソカの方をくるりと向き直ってそう問う。えっへん、いい事思いついちゃったかも!

部屋から男を出して運ぶのはリスクが高い。運ぶ途中で誰かに見られて発覚するだろうから。じゃあ部屋の中に置いとくのはっていうのもダメだ。この部屋には毎日スタッフの清掃が入る。ホテルみたいにね。だからそれこそ直ぐにバレるし、そもそも死体と同居なんて僕は嫌です。

じゃあどうするか、部屋から出ずに部屋の外に出せばいい。

すなわち!

 

「窓から思いっきり遠くに投げてよ。そしたら問題ないでしょ!」

「そんなことだろうと思ったよ……♤」

 

手を合わせて全力で懇願ポーズ。この作戦にはヒソカが必要不可欠。だって僕の腕じゃこんなでっかい男投げられやしないもん。真下に落下が関の山。そしたら落ちてきた場所なんて丸わかりだし。

 

しばらくその体勢をキープしたままおよそ10分。さすがにヒソカもめんどくさくなったのか、おもむろに男の胴体部分をひっつかんだ。

うおっしゃ、成功!

そのままヒソカがため息交じりに投げた体は……

 

ええご想像の通りですとも。ものすごい勢いで吹っ飛んで行った体は一瞬で見えなくなった。いや、まあ遠い分にはいいんだけどさ……なんかここまで行くと怖いよね。

 

そのまま次いで頭も投げる。カラダと違ってボールぐらいの硬さと大きさだから随分と早く遠くまで行ったようだ。

 

うん、まあこれでいいよね!面倒な男は始末したし、殺ったのは僕だってバレることはないだろうし。処理はバッチリだし!

 

その数時間後、天空闘技場から5kmほど離れた公園地帯に急遽男の死体が現れたとニュースになっていたが、まあ僕には関係のない話である。

 

 



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ゴリラだって好きでゴリラになったわけじゃない

あけましておめでとうございます
本当にすいませんでした。投稿ペース落ちるとかそれどころの話じゃねえ。



はいみなさんこんにちはー、こちら天空闘技場200階の個室になりまーす!

 

いやー、これはすごいね。最初案内された時なんかの冗談かと思ったもん。

ぼふっと両手を広げてキングサイズのベッドに飛び込む。うむ、広い、とても広い。多分僕がここに10人寝れるくらい広い。

ちょっと戦って勝つだけでこのレベルの部屋がゲットできるなんていいよねー。今初めて天空闘技場来てよかったって思ったかも。

ニヤニヤと笑いながらベッドの上を転がり続けていると、扉の前によく見知ったオーラが到着したのを感じる。

思わず眉根を寄せる。なんでせっかく豪邸レベルの部屋でくつろいでるのに変態ピエロの相手なんてしなきゃいけないんだ。だがしかしここで無視すると問答無用で扉が蹴り開けられるのは知っている。なんで知ってるかって?経験済みだからだよ。

 

仕方なく、本当に仕方なく扉を開く。開いた先には当然のように変態ピエロさん。

 

「……なんの用」

「そんな顔しなくてもいいじゃないか♡引っ越すにしても準備は必要だろ?」

「は?何の話?」

 

こてり、と首を傾げると何を当然のことをと言うばかりにヒソカが肩を竦める。何こいつムカつく。

 

「ボクがこの部屋に引っ越すって話だよ♢どうせ同じフロアなんだから問題ないだろ?」

 

ヒソカが言った意味が一瞬わかんなくてフリーズする。

へ?なに?とうとう頭でも湧いちゃった?いや元々か。

じりじりと後ろに下がって部屋の中に入ろうとすると、肩を押さえつけられて逃走防止させられる。意味わからん。何だこの怪力抗うことすらできないじゃないですか。

 

「……ねえ、ヒソカ。僕さ、自分の部屋に入っていいのはイルミ兄さんだけって決めてるんだよね」

「なるほど、ブラコンのキミらしい思考だね♣︎」

 

重々しくそう切り出しても何事も無かったかのように流される。てかなんだブラコンて。失礼な。同じブラザーでもキルアとかミルキとかは全くというほど特別視してないって言うのに。

まあそんなことは今はどうでもいいのだ。とにかくこの変態を追い出す方法をどうにかして考えねば。

 

「まずさ、僕とヒソカが同室する意味と利点がまったくないと思うんだよね。」

「それは違うね♠この提案の最大の目的はキミの修行の効率化だ♡」

 

うげ、と思わず声が出る。それを出されると何も言えない。

現状において朝から晩までヒソカにトレーニング管理されているので、部屋が離れているってのはまあ面倒臭いっちゃ面倒臭い。それに最近はキルアの音を聞くのにも忙しいからあんまり自室を離れられない。て考えるとヒソカが僕の部屋に張り付いてるってのが確かに最大効率ではある、が。しかし。

 

「拒否します」

「理由を聞いても?」

「僕は女の子なので、男を部屋に入れるなんてことしませんー」

「イルミはいいのに?」

「兄さんは兄さんなので問題ないのです」

 

えっへんと胸を張ってそう答えると、本当に可哀想なものを見る目で見られる。なんでだ。何が一体悪かったって言うんだ。

でもねー、主張としては間違ってないと思うのよ。だって一応僕は女の子で、精神年齢を考えれば成人超えてる。そんなヤツがなんの躊躇もなく男入れるとか女子力オワタでしょ。うんうん。

 

「……ふーん、なら仕方ないか♢修行効率が落ちればイルミに失望されるかもしれないけどボクは知らないし♡」

 

ぴくり、と耳が動く。うむむ。この男、実に痛いところをついてきやがる,。

 

「まあキミが拒否するならボクは別に強要しないけどね♠……イルミになんて報告しようか……」

「お受けします。どうぞ中にお入りください」

 

女子力とか知ったことか。大事なのはそれよりもあれだ。兄さんだ。

 

恭しく扉を開くと、まるで部屋の主のように堂々と入っていくヒソカ。このふつふつと沸く怒りをぶつけたい気持ちもあるがそんなことしたら今日の修行が数段レベルアップするのは知ってる。なんで知ってるかって?経験済みだからだって言ってるだろ何度も言わせるな。

 

「それにしてもさあ、キミって結構重度のブラコンだよね♡正直引くレベル♠」

 

ソファにどっかりと腰掛けたヒソカは、おもむろにそんな戯言を述べてくる。ヒソカに引かれるだなんて心外だ。自分でもちょっとヤバいかなと思う部分はあるけれど、だとしてもヒソカにそこまで言われる筋合いは無いはずだ。

むう、と頬を膨らませると心底バカにしたような笑みを浮かべられる。これはやっぱり修行レベルアップを覚悟した上でぶん殴った方がいいだろうか。

 

「そもそもキミがそこまでイルミに肩入れする理由がないよね?」

「え、なんで?」

 

ヒソカの言っている意味が心の底からわからない。

とりあえずヒソカが座ってて自分だけ立ってるのも癪だから、ヒソカの目の前の椅子によじ登る。サイズ感は完全に大人用なのでこの体格だと無様に登らなきゃいけないのがちょっとイライラ。でもまあしょうがないか。諦めてどうにか登りきって、腰を下ろす。

それでなんだっけ?僕が兄さんを特別視する理由だっけ?

 

「だってほら、兄さんは一応カテゴリー的には命の恩人だからさあ」

「命を救われたのと、殺すのをやめてくれた、ではニュアンスが結構違うと思うけどねえ♢」

 

まあ正確には殺すじゃないけどね、と訂正してからちょっと考える。

確かに僕は別に兄さんに救われた訳では無い。兄さんの偶発的な気まぐれで操作を逃れただけであって、そもそも操作しようとしてきたのは兄さんなんだから救われたっていう表現もちょっとおかしいかもしれない。

あれれ???じゃあなんで僕、ここまで兄さん兄さん騒いでるんだ???

 

「……刷り込み?」

 

結局結論として出たのはそれだ。

 

生まれた瞬間訳の分からない環境に放り出されて、それで経緯はどうあれ唯一僕が警戒せずに話せる相手になった兄さんに保護者のようにぴよぴよついて行くのはまあ当然ではないだろうか。それに針を刺そうとしたことはとりあえず置いておいて、その後に父さんや母さんの目から守ってくれたのは間違いなく兄さんだ。そんなの恩に着るに決まっている。

 

それに、多分これが主核の理由で。

 

「操作されてることを理解した上で容認しなきゃいけない兄さんを心の底から悲しく思うし、どうにかしなきゃって思うから」

 

だってもしかしたら母さんに操作されてるのは僕だったかもしれないのだ。心の中までゾルディック家のために操られていて、そんなの苦しいに決まってる。多分僕を操らなかったことだって母さんの操作の意思に反しているからきっと辛かったはずだ。

 

「せめてね、せめて僕だけでも操作されてない、ゾルディック家じゃない兄さんを認めてあげたいんだ。多分それが理由」

「へえ、打算でも恐怖でもなんでもなく?」

「うん。」

 

そう答えるとヒソカはなんだかつまんなそうな表情を浮かべて、それからむにむにと頬をつねられる。

 

「いひゃ、いひゃいって!!!」

「なんだろうね、この目の前でそんな真っ直ぐなこと言われると実に摘み取りたくなる♡もう食べてもいいかい?」

「だめぇー!まだ美味しくないから!」

 

べしべしとヒソカの腕を叩いてどうにか脱出することに成功する。めっちゃ頬が痛い。多分これ半分ぐらいは今ほんとに食べる気だっただろ。何このバトルジャンキー怖すぎる。

うん、やっぱりこの男と共同生活なんて無理なんじゃないでしょうか?今から撤回した方がいい気がするのは僕だけ?

 

なんて考えながらヒソカから逃げ惑っていると、ぴこん、と急に備え付けのテレビのモニターが表示される。

 

「カルト様の次回の試合日程は、明後日13:00より。対戦相手はスミス様です。時間までに闘技場までお越しください。」

 

受付にいたお姉さんの声で淡々と日時がアナウンスされる。え?なにこれ?試合?何それ。

ダラダラと冷や汗をかきながらヒソカの方を振り返ると、とてつもなく楽しそうな笑みを浮かべている。やべえ、これほんとにやばいやつだ。

 

「ふーん、いきなり試合ね♢キミ、200階に上がった時に書かされたアンケートになんて答えた?」

「え、アンケート?何それそんなのあったっけ。」

 

真面目に思い出せないでいると、ヒソカの口角がさらに上がる。なんで笑ってるのにこんなに怒りのオーラが伝わってくるんだろう。なにこれめっちゃ怖い。もう帰っていい?だめ?だめかー。

 

「ボクさ、ある程度修行が終わるまでは試合組まないようにって言ったよね♠」

「はい……」

「じゃあなんでこんな即日で予定が組まれてるわけ?」

 

確かに言われてみればそんなことを言われたような気もする。でもほら、こちらとしてもキルアの監視とか色々忙しかったわけで。まあぶっちゃけ覚えてなかった。

でもそんな正直に答えたらすごい怒られそうなので、ここは逃げる一手を選択。そうっとオーラを絶状態に移行させて、そろそろと部屋の出口に向かう。

だがしかしそんな逃走はまあ阻まれるに決まっているわけで。

避けようのない速度でヒソカのオーラが飛んできて、べちゃりと肌につく。うわなにこれ気持ち悪い。剥がそうとじたばたしているうちにオーラは縮んでヒソカの目の前に連れて来られる。

 

「まさかと思うけれど忘れてて、そのうえでアンケート適当に答えたとか、そんなことないよね♢」

「……ハイ、ソウデスネ」

 

目を逸らしてもじっとりとした視線が外されることはないようだ。とても逃げたいけど逃げられそうにない。これは今日の修行二割増は覚悟するべきか。

 

「カルト、今日は練習メニューいつもの2倍♣︎」

「冗談……?冗談だよね?大して面白くないからやめた方がいいと思うよ?」

「3倍にされたくなければ今すぐ口を閉じて修行開始♠」

 

くそう、どこまでもこっちを手のひらの上で操りよって。

脳内でそんな恨み言を唱えながら腕立て伏せ開始。と言っても普通の腕立てじゃなくて、逆立ちしながら。こんな負荷かけてたらそのうちゴリラみたいになっちゃうんじゃないかって怖くて仕方がない。どうしようこんな美少女がゴリラ顔負けの筋力身につけちゃったら。

 

ゴリラ化への恐怖をひしひしと感じながら腕立て伏せを終えると、ちょうどキルアの試合が始まった音声が聞こえる。基本的に最近は常にキルアの紙を手元に置いて聞いているようにしている。じゃないと何があるかわかんないし。

キルアの服には隠された小さな紙が付着していて、それが送信機の役割を果たしている。受信機が今手元にあるキルアの形の切り抜き人形。かなり精巧に作ってあるので音声の精度も盗聴器顔負けだ。

こんな盗聴器的なものを実はこの天空闘技場のありとあらゆるところに仕掛けている。たまに来る偉そうなおじさんとかにもよっぽど強いSPとかが付いていない限りつけてみたり。情報収集には余念が無いのであるえっへん。

まあ全部聞くのは大変なので適当に流し聞いて大事そうなのはメモする程度に留めてるけど、それでも情報があるのとないのでは大違い。将来的に仕事をさせられる時にも役立つだろう。

 

今度は腹筋を必死でこなしながらキルアの音声を聞く。ふんふん、どうやら敵は普通の人らしい。キルアに当たりそうな選手は全て名前と戦歴を調べあげているので、コールで呼ばれる名前を聞けば相手方の技量はわかる。

今キルアと当たっているのは確かムチのような武器を振り回して戦う人。50階の低階層では結構な実力者と言えなくもないだろう。相手がキルアでなければ。

 

ばきり、という背骨が折れる音が聞こえて勝負が付いたのを察する。背中に蹴り1発。それだけで相手は戦闘不能だ。さすがに今回はムチを避けたり結構苦労したみたいだけど、それでも難なくクリア。強すぎてもはや肉親だけど気持ち悪い。

 

「ねーヒソカ、キルアが50階超えたんだけどさ。」

「へえ、結構早いね♢」

「それ以降ってキルアが怪我するレベルの人ってどれくらいいる?僕が目視で監視しなきゃいけない感じの」

 

ヒソカにそう聴きながら脳内で選手の情報をザッピングする。数人の能力者。これについては常に動向を探っているからキルアと当たりそうになったら即座に対応出来る。あとは能力者ではないけれど相当に強くて今のキルアであれば負ける可能性の高いもの。一応マークはしているけれどいざ当たったら見過ごそうと思っている。キルアの成長を考えるなら負けるレベルの人と当たっておくことも時には大切だろう。念能力者とぶつからない限り回復すれば問題ないし。

 

うんうん、と頷いているとヒソカがああ、と思い出したように声をあげる。

 

「……1人だけ、面倒なやつがいるね♡」

「どんなやつ?当たったらヤバい?」

「当たったらっていうか、それより前に抹殺しようとするタイプ♣︎」

 

なるほど。確かにそれは面倒かもしれない。

正直ここで一定の技量を持っている人が勝ち続けるためには、バカ正直に試合で勝つよりも騙し討ちして自分より強い相手を倒していったほうがいい。だから100階を超えたあたりからは試合外での警戒こそが大切になる。実際僕もよくわかんない男に殺されかけたし。やり返したけど。

 

「でもさ、騙し討ちでもキルアに敵うの?」

「勝てるかどうかは微妙だけれども、念能力者だ♢運が悪ければ洗礼されちゃうかも♡」

「ひえー、めんどくさいねそれ。一応ここにいる能力者の殆どには紙仕込んでるけどさあ」

 

一部のとんでもなく強いヤツを除いて、だけどね。

例えばヒソカとかヒソカとかヒソカとか。あとは本当に数人の能力者だけ。他の有象無象は正直素人に毛が生えたレベルの念しか使えていないので僕の隠に気づくはずもなく、特に問題なく盗聴器を仕掛けられた。天空闘技場と言えどもレベルはせいぜいそんなもん。まあそれでも今の僕の体格だと負ける可能性だって普通にあるけど。良くも悪くも隠密性に能力を振ってるからしょうがないっちゃしょうがない。

 

腹筋終了。続いてスクワットに移行。もう既に筋肉はオーバーワークでガバガバだけど気にしない気にしない。気にしてはいけないのだ。

 

「んーでもそういう奴がいるならキルアに手出さないように適当に威嚇しといた方がいいかな?」

「だね♢音を聞いてから駆けつけては間に合わないかもしれないし♡」

「おっけー、じゃあもうこれ終わったら1回バシッとしておくわ。それで名前は?」

「登録名はラングドン。あとは忘れちゃった♠」

 

ヒラヒラと手を振りながら投げやりにそう言われるとイラッとくるけど、それだけでも情報としては十分だ。

ラングドン。たしか今は130階。能力者の癖に上に上がろうともせずに100階付近でうだうだと戦っている。おそらく意図的に200階には上がらないようにしているんだろう。確実に勝てるラインの場所で冒険せずにある程度の待遇を維持するタイプ。だったらまあ、自分以外の相手を隠密下で処理しようってのも分かる。

よし、やりますか。

 

ちょうどスクワットも終わったところだし、意識を集中させてラングドンさんとやらにつけた紙の場所を探る。自分のオーラが張ってあるんだからどこにあるかは相当離れられない限り詳細にわかる。具体的には国レベルまで離れられない限り。

現在地は……130階の自室。うん、適当に奇襲かけちゃおうっと。

 

「じゃ、ヒソカ。そういうことだから。」

「まだ今日のメニュー終わってないけど♠」

「終わったら続きやるから。ほら、相手もいつキルアに襲い掛かるかわかんないじゃん?ね?」

「……一応道理は通っているから見逃すけど、帰ってきて続きやらなかったらイルミに報告するよ♡」

 

兄さんの名前を出せばもう抗えないとわかっているのか、いいように使われているような気がしなくもない。けどまあそんなのはどうでもいいっていうか気にしてても仕方ないっていうか。了解、と頷いて扇子と紙吹雪を持って階下へと進む。

えっと、130階にだっけ。エレベーターに乗ってボタンを押そうとするけど届かない。むう、と思い切り背伸びをしていると後ろから唐突に声がかかった。

 

「130階、ですか?」

 

その声をかけた相手はにっこりと微笑んでボタンを押してくれた。

だけど、それを単純な善意と捉えてありがとう、なんて言えない。

 

ウイング。能力者でありながら僕が盗聴器を仕掛けられていない1人。こいつに見破られる危険があるからその弟子にも。よってその動向は不明。わかっているのはただただ強いということ。

 

「あ、ありがとうございます。」

「いいえ、なんのこれしき」

 

適当に着られたシャツ。間抜けそうなメガネ。ぱっと見るだけだととても強そうには見えないけれど、でも技量は纏うオーラが証明している。

思わずじっと流れを見つめてしまうと、ウイングはまた困ったように笑みを浮かべた。

 

「ダメですよ、そんなふうにしては好戦的な人には敵対行動と捉えられます。相手の観察は気づかれないように、が鉄則です」

 

ぴきり、とその言葉に凍りついたところでちょうどよくエレベーターの扉が開く。逃げ出すように降りた。何あの人めっちゃ怖い。てかほんと強いじゃん。

エレベーターの扉が閉まって階下に向かったことを確認してから大きく息を吐いた。まさかこんなとこでエンカウントするなんて思ってもいなかったから心拍数は急上昇だ。

とりあえず偶然出会っちゃったウイングのことは1回頭の片隅に保留して、ラングドンの部屋へ向かう。それが先決。ぶっちゃけあいつの事は考えてもどうしようもないし。

 

ラングドンの扉の前で、極めて薄く円を伸ばしていく。この薄さなら相当の能力者じゃないと気づくことは無い。うん、やっぱりまだ中にいるみたいだ。

そうっと音を立てずに扉を開いて、中に侵入することに成功する。え?鍵?ピッキング技術なんて生後数週間で叩き込まれたわ。

ラングドンはまだこちらには気づいていないようで、ソファに座りながら1人のんびりと酒を呷っている。昼間っからなんて随分なご貴族様だけれども、そんな生活をするためにわざわざここに居座ってるんだろう。気持ちはわからなくもない。だって天空闘技場って戦わなきゃいけないことを除けば超良待遇だし。

そのまま後ろに回り込んで、おもむろにオーラを解放。気配隠蔽を解く。

 

「な……誰だ!」

 

一瞬戸惑ったように口をパクパクとさせてから、それでも持ち直してこっちを睨みつけてくるラングドンさん。うん、反応自体はまあまあいい。ほんとにある程度は強い人なんだろう。ある程度は。

 

「あのさ、お願いがあるの」

 

首にオーラ込めた扇子を突きつけながらお願いだなんて脅迫と同義だ。自分でもちょっとないなーって思いながら口を開く。ついでにオーラも威圧的に。ヒソカがやってたみたいにオーラを対象に絡ませるようにするだけで、あら不思議。ねっとり嫌な奴の気配の完成!

 

「キルアに手を出すな。出したら殺す。いつでもお前がどこにいるかは把握している。逃げられるって思わないで」

 

耳元でそう叩き込むように囁くと、一瞬にしてラングドンの顔が蒼白になる。うーん、なんだろうなー。このままうっかりすると死んじゃいそう。それはちょっと後味悪いよなあ。別に誰彼構わず死んで欲しい殺人狂なわけじゃないし。ほら、僕基本的には自分に刃向かってきたやつしか殺さないじゃん?

しょうがない、ほんのちょっとだけ精神補強してやろう。

 

「手を出さなければ殺すことはしない。ただし代わりに任務を与える。キルアの周りでお前のように手出しを加えようとするものがあれば、そいつからキルアを守って。それを履行してくれれば僕はお前から手を引こう」

「……キルアって小僧を守ればいいんだな」

「そう、やってくれる?」

 

にっこりと微笑むと、ラングドンはガクガクと壊れたみたいに首を縦に振る。何もそこまでしなくてもいいと思うんだけどなー。まあいっか、これキルアの安全は当面守られたし、保険もかけた。さすが僕、ナイス判断。

 

半泣きでまだ頷いているラングドンはめんどくさくなったので放置して部屋に戻る。今度はウイングに出会わないようにちゃんと警戒してエレベーターに乗る。あんなうっかりでボスレベルのやつに遭遇なんて笑えない。可能な限り避けねば。

 

とぼとぼと廊下を歩きながら自室に戻って部屋の扉を開ける。中ではヒソカが我が物顔でベッドでダラダラ雑誌を読んでたから反射的に殴りそうになる。よし、押しとどめろ。それやったらホントに目も当てられないくらい筋肉ぐちゃぐちゃにされる。

 

「おかえり♢対象は威嚇出来た?」

「もちろん。とりあえずキルアの暫定護衛にしといた。ほら一応保険はあった方がいいじゃん?」

 

あんな弱そうなやつでもあの階層ではトップレベルの能力者だ。これを使わないテはない。ざっくりとヒソカにそうなった経緯を伝えると、とんでもなく大きなため息をつかれる。

 

「……なんていうか、実にキミらしいね♡そんなことするよりも殺した方が早いのに♠」

「えーだってほら、相手が何もしてきてないのに殺すのはさすがに筋違いだから」

 

さすがにその一線は踏み越える気は無い。罪もないしこちらに殺して生じる益もないのに殺すなんて、意味わかんないし。僕が殺すのは身の危険を守るためと仕事と兄さんのためとあとはほんのちょっぴりのストレス発散だ。それ以上殺して大量殺戮で名を残す気は無い。

 

そう自分の中で再確認してから修行に戻る。はあ、ゴリラ化したら誰に責任とってもらおう。



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ブラコンとでも何とでも言うが良い

正直イルミに夢を見すぎている自覚はある。
イルミがなんかのほほんとしてるから原作との乖離が嫌な人は今のうちにお逃げください


しゅっしゅっと壁に向かってシャドーボクシング。打つべし打つべし。殴れば人は死ぬのだ。なんかあとは適当にやれば勝てるに決まってる。うん、絶対そう。

試合当日の選手控え室。そこで職員の人にヤバい目で見られていることを自覚しつつもシャドーボクシングを続ける。だって暇だし、これぐらいしかやることないし。

 

キルアのことは適当にヒソカに丸投げしているのであとはどうとでもなるだろう。大事なのはこの試合で怪我せずにどうにか勝つこと。

相手の男は調査した限りそこまで強くない放出系能力者。どうやら色んな剣やらなんやらを大量に強化して射出する戦法がメインらしい。まあ所謂固定砲台。多分肉弾戦に持ち込まれることは無いだろう。相性でいえば結構いい。だって飛んでくるものは避ければいいし、動かない相手にこっそり一撃入れるのはまあ不可能ではない。そこまで面倒な相手ではないだろう。

 

「カルト様、試合のお時間です。」

 

スタッフにそう言われてリングに案内される。客席の前に出た瞬間にとんでもない音量の歓声が聞こえてきて、思わず逃げそうになる。なにこれうるさい。耳割れそう。

いきなりの予想外のところからの奇襲で口をへの字に曲げながらとてとてと相手が待つリングの上に立つ。うるさい、とにかく罵声がうるさい。自重しなくていいならこの範囲一体にオーラ撒き散らして全員黙らせたい。

 

「さーて、今日の試合はスミス対カルト!スミス選手といえば3勝2敗で確実に勝ちを重ねている選手、それに対するは期待の新人、カルト!見た目にそぐわぬ強烈な一撃でここまで何人もの猛者が倒されてきましたが、果たしてそれはスミス選手にも通用するのか!それでは試合始まります!」

 

煽るようなアナウンスの後、ピーとホイッスルのような音が響く。試合開始の合図だ。それにしても3勝2敗って、結構戦い慣れてる。警戒しないと。こんな初戦からやられてたら兄さんに怒られてしまう。

お互いにジリジリと間合いをとるように動く。さすがにいきなり能力を展開したりはしないか。

スミスさんとやらの様子をじっと観察する。リング全体に広げた円由来の情報によれば、身体自体の強さはそこまででは無い。実際見た目も細いし。ただし僕のこの体格と比較すれば十分に殴り飛ばせるレベル。一撃貰ったらアウトってところだろう。

オーラは……うーん、僕と同程度かもしくは劣る。練度は僕の方が上、量は向こうの方が上か。これも身体の器の大きさに量が由来するからであって、別に誤差の範囲。最悪どうにもなりそうになかったらゴリ押しで周してフォーリングダウンで仕留めてもいいかもしれない。

 

まあ、この戦いでそんなことする予定は無いんだけど。

 

相手がひらりと右手をあげて、その仕草で会場が熱狂する。なんだろうって思ったけれど、これはあれだ。技の発動だ。

空中にたくさんの剣が浮かぶ。そしてその全てがこちらを向いていて、今にも真っ直ぐに突き刺さろうとしてる感じ。放出系能力でこれを射出するんだろう。

うーん、ちょっとヤバいかも。

まず本数の問題だ。ここに展開している数全てが常に襲いかかってくると考えるととても躱すのはめんどくさい。ただ一直線に突っ込んで来るだけなら1度躱せば終わりだけど、放出系は操作系とも相性がいい。相手を追尾したり、壊れるまで何度も放出されたりとかそういう機能がついていてもおかしくない。

そうこう考えている間にも、びゅんっとものすごい勢いで剣がこっちに飛んでくる。

あわわっとくるんと空中で一回転してどうにか全てを躱す。相手の顔が驚いたように見開かれたけど、これくらいで驚かれても困る。こちとらマシンガンだって目視で避けられる暗殺一家だ。このぐらいの速度であれば問題ない。

が、しかし。邪魔ではある。

 

「へっ、これぐらい避けられただけで勝てると思うなよ!」

「思ってないよ、だからいま考えてるんだって」

 

勝ち誇ったようにもう一度剣を再起動して後ろから刺そうとしてくるのを難なく避ける。このフィールドには僕の円が満遍なく敷き詰められている。振り向かずとも避けることなんて余裕。

相手はまたさらに驚いたように口をパクパクとさせる。そりゃそうだ。向こうとしては最初の一撃で終わりだと見せかけて後ろから奇襲をかけるのが常勝のテクだったはずだ。それを普通に見切られたらそりゃ泣きそうな顔にもなる。

 

「なぜだ、なぜ避けられる!そういう能力者か!?」

「違うって。むしろ逆になんで避けられないと思ったの?」

 

数十本の剣が視界を覆うように飛んでくる。確かに常人であれば避けられない。ただしゾルディック家の教育は凡人にも常人レベルから逸脱させるくらいの力を身につけさせる。よってほんの少しでも剣の間に避ける隙間があればそれを縫って全回避することが可能だ。

 

「でもね、避けられるとしてもちょっとうざったいんだよね」

 

このまま避けていることは可能だけど疲れるし、何よりそれだけでは相手に決定打を叩き込めない。かと言ってあの男に殴り込みに行きながら全部の剣を避けるってのもちょっと骨が折れる。物理的に折れるかもしれないしあんまりやりたい手段ではない。

ならばどうするか。

 

この戦いでは実は特殊技は使わないと決めている。だって暗殺者だし。自分の手の内をこんな衆人環境で見せたくはない。見せたところでそこまで問題ない能力だとは思うけど、それでもやっぱりやらないで済むならその方がいいに決まってる。

よって今私が使えるのは、四大行とその応用技のみ。

 

「……舐めんじゃねえよ、お前みたいなガキに負けてられっか!!!」

 

相手のオーラが勢いよく隆起して、止まっていた剣がまた全てこちらを向く。こうやって何度も襲われればさすがに回避し続ける体力だって尽きる。きっと相手はそれを狙っているんだろう。その選択は間違っていないし、現状における最適解だとも思う。

ただし可哀想なのは、その最適解を上回る回答を僕が持っていること。

 

すう、と息を深く吸って円を限界まで濃くする。

今まで展開していた円も普通のものとは濃度も広さも一線を画する。だけどそれはあくまでも相手の動きや能力を読み取るだけのもの。だから今は、それ以上を展開する。

円の濃度を極限まで濃く。リング全体を覆うように、相手すらも飲み込むように。

慌ててレフェリーがリングを降りるのが視界の隅で見える。そりゃそうだ。あのままいたら僕の円に巻き込まれかれない。いくらレフェリーと言えどもさすがにこの濃度をレジストすることは出来ないだろう。

ある程度の濃度を超えた円は、範囲にいる人達の運動を阻害する。特に念能力を用いた運動なんてまともに出来なくなる。例えばオーラを纏わせた剣を射出するとか。つまりこの円の中において相手の唯一絶対の武器である剣の射出はまともに機能しない。

 

相手は一瞬眉根を顰めて、それから剣を動かそうとオーラを込める。ただし込められたオーラに対してその動きは良くない。へろへろと飛んでくる剣なんて躱すまでもない。飛んできたそれを1本つかんで、相手に投げ返す。まあそんなの当たる訳もなく普通に躱されたけど、それでも相手の自尊心をへし折ることには成功したみたいだ。

 

「てめえ……んな事して生きて帰れると思ってんのか」

「もちろん。負けるはずがないと思ってるよ?」

 

その返答をふん、と鼻で笑い飛ばされる。

 

「てめえのそのオーラの濃度も持つのはせいぜい数分だ。もうそろそろきついんじゃねえのか?俺はお前がオーラを使い果たすまで逃げ続けて、ヘロヘロになったお前にトドメを刺せばいい。」

「へー、よくわかってんじゃん。その通り。でもね、いくつか誤解があるよ」

 

たしかにこの円は大きくオーラを消費する。それは確かだ。だけどそれは男が思っているほどではない。円がどうしてそんなにオーラを消費するかというと、単純に形成するまでのロスが多いからだ。ほとんどの人は円自体の形成よりもそれに至るまでの作成段階でオーラを無駄使いする。だけどそれを阻むのは至難の業。だから円を使う人は少ないし、使ったとしても狭い範囲で済ませる場合が多い。

だけど僕は、そのロスしてしまうはずの部分をほぼゼロにしてしまう。それだけ聞くとなんのチートだって感じだけれども、これはお祖父さんからの由来だ。ゾルディック家の適性とお祖父さんからの遺伝、それにそもそも僕は無意識下で円を発現するくらい円と相性がいい。三重効果で円に関しては今や兄さんやヒソカに認めらえるレベルである。

つまり、僕はこの高濃度の円を数時間に渡って発現できる。

 

もちろん兄さんやヒソカであればこの状態でも僕を念攻撃で仕留めることは可能だ。高濃度の念でレジストしているとはいえそれを上回る濃度で攻撃されればひとたまりもない。ていうかそもそもあの人たちなら、普通に肉弾戦で僕の首を折って終わりにすると思う。

 

そんな円の効果に加えて。

 

「僕ね、この状態であなたをのうのうと逃げ続けさせるほど優しくないよ?」

 

きょとんと何が起きたか分からないというような表情を浮かべた相手に向かって勢いよく走り込む。瞬発力では負ける気がしない。そのままぐるりと背後に回り込む。

もちろんこのまま手刀を決めても意味が無い。だってこいつのタフさだったら起き上がってきちゃうもん。ダウンとるには殺すぐらいの一撃を入れないとだけど骨が折れるしやだ。うっかり殺しちゃうかもじゃん。

と、言うわけで、だ。

 

手のひらの中にこっそり隠し持っていた1本の針を取り出す。先端には強力な麻痺毒。刺されれば数日はまともに起き上がれない。

それを無防備な首筋にずぶり、と突き刺そうとして。

 

びゅん、と相手の重い拳が飛んできて慌てて避ける。さすがにずっと惚けててはくれないみたいだ。いくら肉弾戦に向いてないとはいえ相手は成人男性。1発喰らえばその時点でダウンしかねない。

うん、こういう時は三十六計逃げるに如かず。ヒラヒラと相手の拳を避けながら機会を待つ。

 

「ただでやられると、ーーーー思ったかよ!」

「思ってないって。ただあわよくばこれで終わんないかなーって、あはは」

 

ひょいひょいと拳を避けながら考える。避け続けるのは簡単だけど、ちょっとミスったら一発アウトって状況はさすがに怖い。し、この顔の真横を拳が通っていく感覚はすごく怖い。この状況を続けたいほど僕はマゾでは無い、ので。

 

1度相手から離れて、オーラを込める。

何にかって?その辺に飛び散っている小さな岩だ。

 

リングは石製で、そこに何度も剣が着弾したことによりリング上にはたくさんの瓦礫がある。それにオーラを込める。元々円である程度染まっていたからそれに指向性を加えるだけ。あ、ついでに追尾機能も。紙じゃないから多少は威力が落ちるけどこのオーラ量を込めればそんなの誤差だ。少なくともこの程度の相手の気を紛らわすには十分。

そのままオーラを纏わせた瓦礫を相手に向かって解き放つ。ぶっちゃけやってることはさっき相手がやってたののパクリだ。それは認める。だけどまあ、操作系の僕がそれにさらに追尾能力を加えたんだからさっきのよりしつこさはアップしてると思う。

 

「はっ、こんなので倒せると思ったか?やっぱりただのガキはガキだな。」

「負け犬の遠吠えだね。もう終わりだよ」

 

え?と相手の顔が驚愕に染まったところで、ずぶり、と針が首筋に刺さる。頸動脈から毒が入れば効かないはずがない。僕みたいに毎日毒を食べてれば耐性あるかもしれないけど、円で見た限りそんな様子はないし。

そのままなんの面白みもなく、がくりと相手は膝をついて倒れる。

 

会場は数秒の静寂の後、爆発的な歓声が上がる。相手はもう動かない。僕の勝ちだ。

 

まあ仕掛けは至って単純。相手に向かって投げた瓦礫に紛れさせて針も飛ばした。それだけ。針を操作するとかなんか兄さんみたいでちょっとワクワクするよね!え?しない?あれれー?

まあ首筋に向かって飛んで行った針は隠されていたのもあって相手に気づかれることも無く刺さり、そして麻痺して試合終了。

 

ふう、と息を吐いて円を解除する。思ったより苦戦したかもしれない。

円の維持だけではなく慣れないものを操作したせいで余計にオーラを使った。あれ以上長引けば本当にオーラが尽きてしまった可能性がある。まあちゃんと特殊技を使えば問題ないし、オーラが尽きるって言ったって1時間くらいの猶予があった。それだけあれば仕留めるのには十分だろう。

でもなー、もうちょっと楽できると思ったんだけどねー。

 

オーラを使ってだるい体を引きずるようにリングを降りて自室へと戻る。よし寝よう。もう今日は寝よう。だって疲れたし。

部屋の前まで到着、そのまま扉を開いて寝ようと思って。

 

「……へ?」

「あ、おかえりカルト」

 

僕が飛び込む予定地のベッドでダラダラパソコンをいじっているのは、まさかの兄さんだった。

 

何度か口を開いたり閉じたりを繰り返して呆然と立ち尽くす。なんであんたがここにいるねん。急にくるからびっくりしちゃったじゃないのよ。

そんな様子を見てヒソカがくくっと笑いを堪えたように喉を鳴らす。なんだよお前もいたのかよ。

 

「えっと、兄さん?なんでここに?」

「次の仕事のターゲットがこの街にいるから。どうせならカルトのとこ行った方がラクだしいいかなって」

 

カタカタとキーボードに手早く何かを入力しながらそう答える兄さんはマジでお仕事中のようだ。つまりあれか。仕事でここに来る予定があったけど自分で部屋取るとか面倒だから転がり込んできたと。

ふむ、なるほど。わからん。

とりあえずベッドの上によじ登って、兄さんの真横にごろんと転がる。なんかもうよくわかんないし疲れたし兄さんはいるし、とりあえずこれは戦って疲れた僕に神様がプレゼントしてくれた添い寝チャレンジだろう。そうに違いない。

 

のに、兄さんは真横に転がり込んできた僕にじっとりとした目を向ける。

 

「カルト、邪魔」

「やだ、退きません。ていうかもう今日は疲れたんだよー。いいじゃんたまには兄さんと添い寝したって!」

「気持ち悪い、離れて」

 

兄さんの一切の容赦がない回答にしょげていると、隣から笑い声が聞こえる。変態ピエロは他人の不幸が嬉しいらしい。やっぱり1回締めといた方がいいんじゃないだろうか。まあそんなこと出来ないんですけど。

 

まあそんな兄さんの塩対応にもめげずに隣にすり寄ってパソコンの画面を見る。表示されているのはおじさんの画像。今回のターゲットだろうか……って、あ。

 

「兄さん、この人がターゲット?」

「そうだけど何?これ以上邪魔したら蹴り出すけど」

「僕この人知ってる……ていうか今マーキングしてる」

 

兄さんの面倒くさそうな表情が、ちょっと緩む。うん、これでベッドから蹴り出されることはないだろう。つかの間の添い寝タイムは楽しめそうだ。

 

ごそごそと紙束を出す。マーキングしている人数は今では結構多いけど、そのおじさんは良くも悪くも目立つので1番上に載っていた。おじさんの形に適当に切られた紙をひょい、と兄さんに手渡す。

 

「これ、そのターゲットの人に取り付けた盗聴器の受信機。会話とかその他諸々の音は全部聞こえるよ。いる場所もよっぽど離れてない限り僕は分かる。ていうか今その人隣のビルにいるよね?」

 

本当に目と鼻の先にいる。聞こえる声からしてどうやら今は商談中のようだ。この男は今まで傍受した声によると、とにかく汚い手口で金を巻き上げるやつだった。横領に詐欺まがいの商談。1歩間違えれば、ていうか現時点でもう犯罪だ。そりゃまあ色んな筋から恨みを買って、暗殺依頼なんてされるわけだ。

 

ついでに今までの会話を聞いてまとめたこの男に関する資料を兄さんに手渡すと、不思議そうに首を傾げられる。

 

「カルト、なんでこの情報俺に渡すの?」

「へ?あ、もしかしていらなかった?」

「違う。なんで対価も要求せずに情報を渡すのかって聞いてるの」

 

対価?今度は僕が首を傾げる。

対価ってなんだ?情報料ってことか?でもそんなの身内に払わせる必要なんてあるんだろうか。そもそもこれなんて実験的にノーコストで集めた情報だ。お金を貰えるようなものじゃない。

 

「……なんかよくわかんないけど、僕は兄さんからお金取るつもりはないよ?」

 

そう答えると兄さんはさらに怪訝そうな表情を浮かべる。

なんでそんなにそこにこだわるんだろう、と疑問に思ったところで、はたと思い返される。そういえばミルキがおじいさんに爆弾渡してた時もおじいさんは金を払ってたはずだ。それ以外の場面でもあの家族は、家族だからなんて理由でタダで何かをしてあげることなんてなかったに違いない。

だからそもそも兄さんは対価なしで何かを得たことがないし、それが理解不能。なるほど。

 

「ねえ、兄さん。じゃあ情報の代わりにお願いしたいことがあるんだけど」

「なに?」

「頭撫でて」

 

兄さんが何を言われたか分からないというように完全にフリーズする。堪えきれずに笑い始めたヒソカは無視だ。こっちは至って真面目なのだ。だってこうでもしないと兄さんは多分情報を受け取ってくれないし、僕が頭撫でてもらえる機会なんてなくなってしまう。それは困るのだ。

 

「兄さん、はーやーくー」

「……カルトはそんなことで貴重な情報を流すの?」

「そんなことって、こうでもしないと兄さん撫でてくれないんだもん」

 

はやくはやく、と促すと、まだ不思議そうな顔でそれでも慣れない手つきでぐしゃぐしゃと頭を撫でられる、というか髪を乱されるというか。なんか違うけどまあいいだろう。

 

「カルトは変だね」

 

真顔で急に兄さんがそんなことを言うから、むうと頬をふくらませる。なんだ変って。対価が必要だと言ったのは兄さんで、だから要求しただけだ。なんにも変なことなんてない。ないったらないったらない。

膨れっ面でゴロゴロとベッドの上を転がっていると、げしっと頭を掴まれた。潰されるって一瞬思ったけど、またがしゃがしゃとかき混ぜるように頭を撫でられる。

兄さんそれ、撫でるってより攻撃なんですけど。

なんてことはいわない。兄さんの貴重なデレを回避する訳には行かぬのだ。膨らんでいた頬がにへりと緩む。ヤバい。こんな雑な扱いされておきながら喜んでる自分がヤバい。

 

「こんなのの何が嬉しいの?」

「妹というのは一般的に兄に構われることを至上の喜びとする生き物なのです」

「へえ、変なの」

 

そう呟いてから兄さんはパタリとパソコンを閉じる。仕事中じゃなかったんだろうか?うーん、と首を捻ると兄さんは呆れたように僕の頬をつついた。

 

「何その馬鹿面」

「ば、馬鹿面って、いきなりそれ!?ほら、だってなんか仕事してたのにいいのかなーってこう、えっと……心配してたの!」

「カルトが騒がしくて作業できない……し、別にこの情報あれば足りるし。もういらない」

 

そう言いながら兄さんはさっき渡した適当にまとめた資料をひらひらと振る。僕としては聞こえた雑多なものの中から適当にそれっぽいものを抜き出しただけなのでぶっちゃけ何を書いてあるかすら記憶にない、けどまあ役に立つんならそれでよし。

えっへんと胸を張ってニヤつくと、兄さんは呆れたような表情を浮かべて、完全に入眠体制に入る。まさかこやつ、本気でこの部屋を宿代わりにしようとしていたと言うのか……?

 

「え、兄さん?」

「仮眠する。起こさないで」

 

きっぱりとそう言い放つと、兄さんはほんとに目を閉じる。え??ほんとに?ほんとにここで寝るつもり???

恐る恐るつんつんと目を閉じた兄さんの頬をつつくと、ぱちりと目が開いて兄さんの暗い瞳と目が合う。

 

「起こさないでって言ったでしょ」

 

妙に威圧感のある声でそう言われるともう手出しできない。ならばと兄さんの横で寝顔を見つめるだけに留めよう。

目を閉じているだけなのかそれとも本当に寝ているのか分からないけれど、そんな兄さんの状態を見るのは初めてなのでにやにやする。こんな油断しちゃって……とか言いたいけどオーラは常に励起状態なので全くと言うほど油断していない。可愛げはないけど、でもまあそんなもんだろ。兄さんだし。

 

そのままニヤニヤと見つめていると、やっぱり本当に疲れていたのか意識が白みはじめる。あ、これ寝落ちするやつ。

 

しかしこれで図らずも添い寝計画が成功してしまう。内心でガッツポーズを掲げたところで完全に意識が落ちた

 

 



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閑話

別に読まなくていいし、あんまり本筋とは関係がない。
イルミとヒソカから見たカルトちゃんの異常性の話。


それは、とても異質な存在だった。

まず赤子の時点で思考能力を持つという時点でそれは異常だった。前世の記憶持ち。そんなことがありうるのかと最初は疑ったけれど、本人を見ればそれが疑いようのない事実であるのは明白だった。

こちらの常識は何も知らない癖に、無駄に聡く、それはまるで別の世界できちんと教育を受けたような。そんなちぐはぐな印象。

故に警戒した。このゾルディック家に生まれた異端。上手く使えれば便利な道具だが、それがそう転ぶか分からない制御不能な爆弾。それを扱うために下した判断は、思考操作だった。

今でもそれが間違っているとは思わない。むしろなぜ自分がそれを撤回して今もそれを生かしているのか分からない。

 

のそり、と上体を起こす。時刻は深夜2:00。ターゲットは既に寝静まっているだろう。それはカルトが渡してきたデータからしても間違いない。

ああ、そうだ。それもおかしい。なぜ自分はこんなフェイクの可能性だってある情報を鵜呑みにしているのだろう。カルトはおそらく自分に悪印象を抱いている。それは当然だ。だって自分は、それから自我と自由を奪おうとした敵だ。そんな敵の益になるような情報をタダ同然で渡すだろうか。自分であれば……致命的なミスを犯すように操作したものを渡すだろう。それが普通だ。

 

今も隣ですうすうと寝息を立てている幼子をじっと見つめる。理解不能すぎて。

黒髪は自分と同じ母譲りの証。ゾルディックの血ではなく、外からの血を色濃く引いているというのは自分にとっては屈辱でしかないが、カルトにとってはどうやら違うらしい。曰く銀髪よりも馴染みがあって安堵できるのだと。意味がわからない。髪色に一体なぜそのような意味が見いだせるのか。ただあの母の血を引いているという記号に過ぎないはずのその色を、どうして他の意味に解釈できるのか。

 

変な方向に思考が回っている。意図的にカルトを視界から外して、窓からターゲットのいるビルを見る。明かりはついていない。カルトの調査通りターゲットは就寝中なのだろう。

おそらく情報は正しい。自分の持つどれとも矛盾しないし、この状況に驚くほど噛み合っている。偽装された痕跡もない。ただ1つ、どうしてカルトがその情報を正しいままに伝えてくるのかが分からないだけだ。

 

頭を緩く振る。考えても仕方がない。だってあれは、意味不明なのだ。自分の知るどの理屈ともかけ離れた行動をとる。

音を一切立てずに扉を開く。廊下の空気は冷えきっていて、その冷たい空気が部屋の中へ流れ込む。ベッドの上でカルトが小さく身動ぎしたのを感知する。あれは常に円を展開している。だからこんな僅かな空気の流れの変化でさえ敏感に掴み取る。

 

「にい……さん?」

 

その空気の流れの差異を危険と感じ取って、覚醒したらしい。幼く高い声を無視するように扉を閉めてターゲットの方へと向かう。

移動しながら所持した針の本数を確認。護衛の数のちょうど2倍。カルトの情報通りならば特に警戒する必要は無いが、習慣化した本数設定は変わることがない。

静かに、音を立てずに冷えきった夜の空間を1人歩く。このレベルの絶はカルトとて全力の円を展開しない限り見抜けない。むしろ逆に暗殺者の絶を発見できるほどの円を展開できる方がおかしいのだが。

そう、おかしい。あれは、おかしすぎる。

道すがら特になんの障害もないのをいいことに、思考がまたカルトのことへと回る。

 

おかしい。何もかもがおかしい。あの円も、染み込むような学習速度も、その倫理観も。

学習速度に関してはまだ説明ができる。成人した人間の理解力と幼子の吸収力が合わされば、あれくらいの速度で学習していくことは可能なのだろう。他の例がないから確信は出来ないが、そうとしか考えられない。

だが、あれのもつ倫理観は明らかにおかしい。

あれが元いた世界では人殺しは許されざる罪だったのだという。ならばそこに忌避感があるのかと思えばそうでは無い。報告を聞く限り、あれは自分に仇なすと理解したものには苛烈なほどに反撃し、そして殺す。そこに罪の意識も、恐怖もなかったと。むしろ高揚感すら感じているように見える、と報告された。

そこであれは、人殺しを愉しむような性質なのだと納得した。あれが語った、前生きていた世界とやらの認識とは入れ違うが、それでもどのような世界においてもイレギュラーは生まれる。世界における死生観と個人における死生観は異なる。あれはおそらく前の世界では理解されなかったのだろうが、殺人を好む性質を持つ。

しかしその結論はまた、あれの語る言葉で否定される。

曰く、殺すことは快楽ではないのだと。必要のない殺しは"筋が違う"。襲いかかってきたものや依頼されたものを殺すことは否定しないのに、なぜ他の殺しはまるで別物であるように扱うのか。なぜ殺しを愉しんでいながら、それを振りかざすことは否定するのか。

そんな歪んだ性質を持つにも関わらず、あれは自分を凡人だと誇らしげに語る。

冗談ではない。一体あれのどこが凡人であるというのか。

本質的には戦いを好み、殺しを好み、冷酷に切り捨てるだけの怪物なのに、いざ戦いが関わらない時は年相応の幼子のような一面を見せる。血など見た事もないというように笑い、ただ平凡に生きたいと望む。

相反する、両立不可能なはずの二面性だ。戦闘狂の部分と平凡な少女としてのふたつの側面が状況に応じて入れ替わるように存在している。

なぜそのような状況で精神を平常に保てるのか理解不能だ。分からない。全くと言うほどわからない、が。

 

今はそんなことを考えている場合ではないと、思考を切り替える。

足は考えている間にも律儀に動いて、きちんとターゲットのいる部屋の扉の前まで辿り着いていた。扉にそっと手を当てて、緩くオーラを広げ中の様子を探る。

ベッドの上で寝ている男性が1人。背格好からしてターゲット。そのまわりに大柄な男性が合計3人。護衛だろう。下調べとカルトの資料より護衛の人数は10人以上のはずなので、あそこにいるのはごく1部。ほかは別の場所で異常がないか見張っていると見るべき。

あの中に能力者は?いない。全員ただの素人。特殊な武器を持っているものが1名いる。おそらく3人の中で最も強いだろう。それを操作するか。

脳内で1度行動をイメージしてみる。素早く扉を開け、真ん中の男に向けて針を投げ、操作。周りの2人をそれで抑えている間にターゲットを殺る。1番リスクが低いのはおそらくそれだ。

ならばあとは実行するだけ。針を2本指の間に挟む。真ん中の男とターゲット用。あとは操られた人形が勝手に殺す。

 

扉を開くと、中にいる男たちが驚いたように目を見開く。だがそんなのはどうでもいい。予定通り中央の男に針を刺すと、他の2人を殺すように指示を出す。人形と化した男はその指示を忠実に守り、隣の男に武器を向けた。鉄製のヌンチャクのようなもの。当たればひとたまりもないだろう。実際それを正面から受けた男は吹っ飛ぶように壁に激突して、割れた頭からどろりと血が流れた。

極めて猟奇的な状況。だが大切なのは、1人死んだことで入口からターゲットまでの間を守る人員がいなくなったこと。

もう一本の針をターゲットに向かって真っ直ぐ投げる。指示、心臓停止。なんの問題もなく、ターゲットはただの人形になった。

一応近寄って脈をとる。一切脈のない体は次第に冷えてきた。このままいけば体温もいずれ無くなるだろう。依頼完了。ここにいる理由はない。

ターゲットと、それから男に刺した針を抜き取って回収する。これで完全に終わりだ。

終わりなのに、自分の手は何故かターゲットのデスクを漁っていた。たくさんの不正の契約書や横領の証拠。そんなもの何の役にも立たないのに、思わず確認してしまう。

カルトの情報は本物なのか、を。

日時、時刻、相手の名前、金額。全てにおいて正確だった。カルトの仕掛けた対象の音を全て盗聴する能力はこのような情報収集においてはとても便利だろう。念が使えない相手にも、使える相手でさえも仕掛けられたことにはほとんどの場合気づけないだろう。それでいて自分が話したこと、話されたこと、果てはどこにいるのかまで完璧に把握される。さらに恐ろしいのはカルトのその取捨選択する能力だ。24時間聞こえ続ける雑多な情報から必要だと思ったことだけ聞き取って記録する。あの紙束の量からして追尾しているのはこの男だけでは無いのだろう。それら全てを常に聞いて思考し、必要な情報を得る。思考能力がいくら高くても実行するのはほぼ不可能な芸当だ。

それがあれの前世の技能なのか、今世で身につけたものなのかも分からない。ただあれは、その異常さを認識することなく当然のように行っているのだろう。

 

机の引き出しを閉じる。情報の信憑性はわかった。カルトはこれだけの情報をほぼ無償で渡した。それは間違いないようだ。

 

窓を開いてそこから下へと飛び降りる。もう周囲の護衛には異常が発覚しているだろう。出くわさないように逃げるためにはこのルートが確実だ。

アスファルトに衝撃を吸収しながら着地すると、そのまま駆け出す。任務完了。このあと緊急で入っている仕事もないのでしばらくは自由だ。

 

どうしよう、と考えながらぼんやりと天空闘技場を見上げる。これだけの情報を抑えているカルトだ。キルアの護衛任務をしくじることはないだろう。戦闘面でもヒソカは自分とほぼ対等の力量、むしろ奴の方がやや勝る。師としては十分。自分がこれ以上あそこにいる必要は無い。ないというのに。

 

……だってほら、やることないし。あそこは快適だし。

 

脳内でそんな言い訳が積み重なって、足が闘技場へと向かう。

ほんの短い期間であれどあれと共に接すれば、あの意味不明な行動原理も多少は見えてくるかもしれない。そうすれば制御不能な爆弾を少しは操りやすくなるだろう。

 

己を害した対象を兄さん、などと呼んで慕おうとする理由、ちぐはぐな倫理観、それからあれだけの情報を処理できる演算能力と、自分が呪縛されていることに気づくほどの考察力と勘。

 

知りたいことも、知らねばならぬことも多くある。だったらここであれの周囲を観察するというのは悪い一手ではない。

 

そう考えて、大人しく天空闘技場の200階行きエレベーターに乗った。

 

 

 

 

 

 

イルミからの依頼を受けて天空闘技場に赴き、その子の姿を見た瞬間戦慄した。幼い肢体でありながら纏うオーラはとても美しく、少しちょっかいをかければ研ぎ澄まされた刃のような動きで迷いなく逃げの一手を選ぶ。

かと思えばそれしかないと判断した時には明らかな格上と戦うことも、誰かを殺すことも厭わない。彼女はおそらくそのスイッチのオンオフが異様な程に明確なタイプなのだろう。

 

ああ、実に美味そうだ。彼女はきっと、それはもう美味しく実るだろうから。

 

いざ共に過ごしてみれば、いやでも彼女が異端な存在だと認識させられる。

日常会話の中でほんの少しでも彼女、もしくは彼女の兄に危険を齎すような話が現れれば一瞬にして彼女のスイッチはオンになる。だがそれは数秒の話で、それが終わればただの小さな子供と大差なくなる。

あの変化は見ているものからしたら相当不気味だ。

幼い子供らしい大きな目が感情を映し出すように踊っていたかと思えば、一瞬にしてその目は人形のものになる。声色も表情も、纏うオーラでさえも凍てつくようなものへと変わる。

それが無ければただの愛らしい子供であるはずだ。ゾルディック家の特徴的な銀髪はどうやら遺伝しなかったようだし、艶やかな黒髪と紫色を帯びた瞳はくるくると笑っている分にはとても魅力的に映る。

だがいざスイッチが切り替わった瞬間、それが闇夜に溶け込むための暗殺者の姿に変わるのは実に興味深い。

 

それはきっと、とてつもなく美しい果実だろう。

その果実が熟れる臨界点はいつまで経っても見えない。限界なんてないかのように成長していくそれは、気がついた時には腐り落ちていそうな危うさが同時に存在している。

 

刷り込み、と言ったか。

彼女のイルミに対する感情はもはや肉親の情を超えている。そもそもあの兵器に似た男を兄と慕うなんて笑ってしまう。あれは命令通りに動くだけの機械に近い。その強さは認めるが、刃向かってくる機械を倒して一体何が楽しいというのだろう。そう認識していたのは、また彼女によって覆された。

 

淡々と何を考えているか分からない表情で受け答えするだけだったイルミは、久しぶりに再会してみれば随分と人らしい感情を身につけていたように見える。

その変化は微々たるものだが、0と1は大きく違う。その1のおかげで奴にも感情は存在しているのだという彼女の弁をやっと理解した。

 

思わず舌なめずりをする。

 

今まで視野から外していた機械が熟れた果実に唐突に変化した。しかももうひとつの青い果実を携えて。

ああ、今すぐ食べたい。それを刈り取りたい。だがまだ早い。あの二人はあの二人として熟れ切る瞬間がある。それはきっと何よりも甘美で芳醇な味わいだろう。

 

故にまだ触れない。大切に、大切に育て続ける。カルトが一流の使い手となり、イルミが彼女に完全に依存しきるその時まで、大切に、大切に。



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報連相は社会人の基礎

シャルナーク登場回
あとまたイルミがお兄ちゃんなので嫌な方はブラウザバック推奨


天空闘技場では便利なシステムがあって、1回試合をすれば90日間の猶予期間が与えられる。

本来は負傷した場合とかの療養期間を兼ねてるんだと思うんだけど、今回ノーダメで勝った僕としては3ヶ月間のダラダラ休息タイムが意図せずしてゲットできた感じの認識だ。ひゃっふう!これで戦い漬けの毎日とはおさらばだ!

 

なんてね。世の中そんな上手くいかないんですよ。

 

半ば引きずられるように兄さんに手を引かれながら空港に向かって歩く。特に栄えた市街地部分だからかとにかく人が多い。ほんっとに多い。オーラは限りなく薄くして存在感を絶ってるのに、それでも何人もの人とぶつかりまくると本当に気配絶ててるのか心配になる。ていうか。

 

「ねえ、兄さん。だからこれどこに向かってるの?」

 

ちょいちょいと袖先を引っ張って聞いても全くもって返答はなし。諦めてため息をつく。

天空闘技場から急に連れ出されたと思ったら、なんの事情説明もなくただどこかに連行されているってのはなかなかに恐怖だ。多分向かってる方向からして国外に出るつもりなんだろうなーとおぼろげに思うけれどそれも確かではない。だって兄さん、ここまで頑なに目的地教えてくれないんだもん。

 

「ねー兄さんってば」

「うるさい」

 

べし、と立ち入る隙もなく会話を拒否される。なにこれ。泣いていい?

このまま拒否られ続けてもメンタルが死ぬだけなので諦めて周囲の様子を観察する。さすが国際空港付近の目の前とあって人口はアホみたいに多いし、変な屋台みたいなのもいっぱい立ち並んでる。

 

うぇ、なんか人酔いしそう。

 

反射的に口元を押さえる。色んな人の話し声。匂い。視覚でさえ前世よりも鋭敏に感じ取ってしまうみたいで、ぶっちゃけ吐きそうだ。

ぐるぐると脳内が撹拌されるようで、兄さんの歩くペースについて行けない。思わず足を止めると兄さんも異常に気づいたようで立ち止まってこちらを振り返った。

 

「なに?時間ないから早く行きたいんだけど」

「ごめ……ちょっと待って」

 

肩で軽く息をしながら目を閉じる。今は少しでも情報を遮断したい。大通りを歩いている人の数、着ている服、風の流れ、それら全てを鋭敏に感じ取ってしまう。こんな状態で人混みなんて歩いたら情報過多で死ぬる。死んでしまう。

んん?あれ?なんかそれおかしくないか?

 

これ、もしかして円のせいじゃね?????

 

普通に考えて普通に生きてたら風の流れとか、視界に入ってない人の服の色なんて分かるわけなくね?てことはこれ、円常時展開の弊害なのでは?

 

試しに1度深呼吸して円の濃度を薄くしてみる。さすがに切るのは何があるかわかんないし怖いから、一応発動したままがいいだろう。

あ、すごい楽になった。

円が薄くなった瞬間、流れ込んでくる情報も急に薄くなって楽に息が吸えるようになった。うん、これから人混みにはいる時は円の濃度は薄くするようにしよっと。

 

「はーこれでだいぶマシだー、おっけーもう大丈夫だよ」

 

そう言うと、何事も無かったかのように兄さんはまた手を引いて歩き出す。ううむ、今はホントのホントに愛想がないな。なんか怒らせるようなことしたっけ……?

……心当たりを数えていくと正直思い当たる節しかない。やっぱやめよ考えるの。

 

ていうかこれ怒ってるんじゃないな。なんだろ。前もこの違和感を感じたことがあるような気がする。えっと、あれは……

そうだ、あれは針を刺されそうになった時のオーラに近い。って言っても殺意も迫力も全然あの時に比べれば薄いけど、雰囲気としては同質。つまり、仕事用の兄さん。

もっといえば、呪縛で本心を押し殺している方の兄さん。

 

はあ、と小さく嘆息する。そういえば最近は仕事用の表情をする兄さんをあんまり見てなかったからちょっとびっくりした。てことはこれ、きっと何か仕事関係のことに連れ出されようとしてるわけか。なるほど。んで多分、多少は命の危険がある感じの。

 

まあそこまでわかっても具体的にどうすることも出来ないので思考停止してとにかく兄さんについて行くことにする。どこに連れてかれてるのかはわかんないけどまあ、死んだらその時だ。これ見方によっては兄弟の微笑ましいデートだし。

そうだわこれデートだわ。休日に兄さんと市街地に赴いてウィンドウショッピング。相手が無愛想で何か言ってもほとんど返事を返さず引きずるようにグイグイ進んでいくことさえ度外視したら立派なデートだ。ヤバ、涙出てきた。

 

そうこうしている間にも空港に到着。あれよあれよという間に搭乗手続きがされていく。

て、あれ?

 

「兄さん、僕パスポート持ってないよ?」

「俺たちがまともな身分証なんて持ってるわけ無いだろ」

 

そう言いながら明らかに偽装されたと思わしきパスポートをひらひらと振る兄さん。なるほど。確かに言われてみればゾルディックなんて名前の人が乗ろうとしてきた時点で通報だわな。そういう偽装はミルキとかが上手くやってるんだろう。

 

ちょっとハラハラしながら偽造パスポートで無事飛行船に乗ることに成功。さすがミルキ。

 

「それで、そろそろどこ行くか教えてよ」

「さあ?俺もわかんない」

 

はい?

予想外の回答に目を白黒させる。ていうかどういうことだ。え、なに。自由気ままな空の旅ってか?

詳細説明を求めて既にシートの上でくつろぎモードに突入していた兄さんをガタガタ揺さぶる。頼むからこんな訳わかんない状態で放置しないでくれ。兄さんには報連相の概念導入が切実に必要だと思う。

さすがにずっと揺さぶられているのも迷惑なのか、兄さんは諦めてため息をついて、懐からなにか紙を取り出した。

 

「……ハンター試験?」

 

紙に書いてあるのはハンター試験受験票という文字と、僕の名前。と言ってもカルトってファーストネームだけ。それから試験会場の案内。うん、つまりこれはそういうことだろう。

 

これ、勝手にハンター試験受験登録されたよね!?

 

ハンター試験。存在は知っている。父さん曰く破格の身分証明書。これさえあればほとんどの場合立ち入り禁止区間でも入ることが出来、犯罪行為も容認される場合が多い。て言ってももちろんやりすぎたらしっかり賞金首になるわけですが。

んで、これは将来的に僕が取得しようとしていた資格だ。だって便利そうじゃん。それにいつかゾルディック家から抜け出して普通に生きる時に、ゾルディック家に由来しない身分証明書はきっと必要になる。そのために取ろうと思っていた。将来的に。

そう、将来的に、だ。

 

ちらりと兄さんの横顔を見ると、それで説明は終わったとばかりに針をくるくると弄っている。いやまだ不十分だから。全然足りてないから。

んー?でもまあさっきよりもオーラの雰囲気がだいぶマシになったな。なんでだろう?お仕事モードから切り替わるようなことがあったんだろうか?

うーん、推測系になるけれど、多分兄さんの今回のお仕事は僕をこの飛行船に乗せるまでの誘導までなんじゃないだろうか。だから搭乗した時から冷徹なゾルディック家の長男である必要はなくなったとか。うんやっぱわかんない考えるのやめよ。

というかそんなことよりも自分の命の安全確保が大事だ。

 

「兄さん、あのさ、僕ってまだ赤ちゃんなんだよ」

「何言ってるの?俺の知ってる常識だと10歳くらいの子供を赤ちゃんなんて呼ばないけど」

「いやだからそれは見た目年齢なんだって。僕自身はまだ生まれて1年……1年!?」

 

自分で言ってびっくりする。まだ生後1年経ってないばぶちゃんだったのか、僕。それなのにこんな念だのなんだの覚えさせられて。え、なにこれかわいそう。

うん、まあでもそれがメインの問題じゃない。

つまりあれだ、兄さんは今生後1年の赤ちゃんを試験中にバサバサ死者が出るような試験に送り込もうとしてる訳だ。はっきり言って意味がわからない。死ぬでしょ。そんなところから生還できるビジョンが見えない。

 

「……兄さんがそこまでして死んで欲しいって言うならしょうがないけどさあ」

「え、今死なれたら困るんだけど。カルト便利だし」

「いや、こんな群雄割拠の死地に送り込もうとしながら何言ってんの!?無理だって、まだ念覚えたばっかりのペーペーに受かるわけないでしょこんなの!」

「大丈夫だよ。……多分」

「多分って、多分って!!!!」

 

兄さんの割と適当な返答に本格的に命の危機を感じる。が、しかし、いつまでも戸惑っている訳には行かないのだ。ていうか僕が今更何言っても決定事項が覆ることは無いだろうし。うんうん。諦めて情報収集にでも徹した方が有意義だ。

カバンからノートパソコンとケータイ。それから大量の紙束。今のうちに人型に切っておいた方が何かと便利かもしれないので準備しておく。

 

その様子を見て、兄さんがああ、と何かを思い出したように小さな黒い機械を取り出した。

 

「はいこれ、無線機。地下だろうが水中だろうがこれだったらどこであろうと繋がるはず」

「無線……?なんで?」

「ハンター試験会場がどこになるかは受験者以外分からない。いざと言う時に連絡つかなくて勝手に死なれても困るから」

 

……これはもしかしてあれか?万が一にもお前が死んだら大変だから連絡機器は渡しておくぜ、いざと言う時は頼れよ!的な。そういう兄さんのデレ的なあれですか?

手の中でころころと無線機を転がしてみる。おお、なんかわかんないけどすごい。真意はどうあれ兄さんが僕のために渡したというその事実がすごい。

それに聞く限りとんでもない高性能だ。どういう仕組みかなんてわかんないけど普通では入手できないようなレア物だろう。それを?僕のために?兄さんが?いやっほー!

とりあえず隣の兄さんにむぎゅうっと抱きつく。なんだ、策なしで送り込んでまあ死んだら死んだでいいやみたいなスタンスでいるのかと思ったら、まさか生かす方向に考えてくれるとは。従来型兄さんでは考えられない進歩だ。

 

「……カルト、邪魔」

「やだー、兄さんが珍しく優しいことするから悪いんだぞっ!」

「優しいこと?そんなこと今までカルトにしたことなんてないよ?」

 

またいつものこてりと首を傾げるポーズ。美形だから許されるポーズ。だがしかし兄さんの自己認識などこの際問題ではない。1番大切なのは、兄さんが人を壊して使う以外の方法を知ったこと。

えへへ、と思わず笑みが漏れる。うん、これはあれだ。自分でもわかるレベルで気持ち悪い。でも仕方ないじゃないか。

 

「兄さん、ちゃんと生きて合格してきたら褒めてね?頭撫でていっぱいぎゅーってしてくれないとダメだからね?」

「……成功報酬。ていうかそもそも死ぬとか許されると思うなよ。死なれたら色々と面倒なんだから」

「了解!死にそうになったら兄さんに連絡するねーえへへー」

 

すりすりと無線機に頬ずりする。どうしようこれ、どこに保存しよう。万が一にも破損しない場所に入れとかなきゃ。それでいていざと言う時に楽に取り出せないとだし……

あ、そうだ。

 

机の上に置いた紙束を何枚か正方形の形に切る。折り紙はそこまで得意なわけじゃないけど、これでも元日本人だ。これくらいなら簡単に作れる。

しばらく無心で紙を折り続ける。ていうか紙を折りながら丁寧にオーラを込めていく。紙と親和性が高い僕のオーラが込められた紙はそうそう破損しないし、万が一紛失してもオーラを辿ればどこにあるかわかる。

 

よし、完成!

紙で作ったのは、小さな箱だ。その中に無線機をことりと入れる。うん、強度は問題なさそう。これを袂に常に入れておけば問題ないだろう。たぶん。現状これ以上厳重な保管方法がないからとりあえずこれですます。

 

「よし、これでおっけー!」

「何それ?紙?」

「うん、紙を折って色んな形を作るの。こういう箱もできるし、あとは……鶴とか、紙飛行機とか」

 

いつの間にか作った箱は兄さんにするりと取られてじっくりと検分される。上下左右から見たり、つついて強度確認したり。あ、今ちょっと指にオーラ込めやがった。壊れたらどうするんだよ。

と言っても僕がオーラを強度をあげるためだけに結構しっかりつぎ込んだものだ。そんなに脆くない。その丈夫さは兄さんのお気にも召したようで、今度は元材質の紙をじっと見つめている。

 

「教えてあげよっか、折り方?多分兄さんが作った方が強度高くなるし」

「やる」

 

即答して紙を1枚手に取るあたり、相当興味を持ったのだろう。うんうん、いい傾向いい傾向。ここは珍しく僕が教える側に回ろうではないか。

 

相当表情筋が気持ち悪く崩れている自覚をしながら、兄さんに丁寧に紙の折り方を教えていく。ってこの人、実は僕より器用なのではないだろうか。完成系がどう見ても僕の作ったのより綺麗だ。

 

「兄さん、もしかして実は折り紙得意でしょ」

「今初めてやったけど。でも確かに俺が作ったやつのほうが綺麗だね。カルトが下手くそなんじゃない?」

 

兄さんのどストレートなコメントに返す言葉もない。だってこの人別に悪意で言ってるわけじゃないんだもんね。ただ事実を述べてるだけなんだもんね。てことは僕が不器用ってのは紛れもない事実だと。なるほど。直視したくない1側面だ。

だけどまあ、兄さんの折ったものと僕が折ったものを並べると違いは一目瞭然。僕の方は細かい端の部分の処理とかで圧倒的に雑さが目立つあたり性格が出ていそう。うん、だって兄さん几帳面だもんね。部屋の隅まで雑巾がけしてそうなタイプだし。

 

そんな僕のメンタルに傷を負わせてきた折り紙教室が一段落したところで、飛行船が着陸態勢に入る。慌ててその辺にばらまいていた紙だのなんだのをカバンの中に詰め込んで、それから無線はそうっと袂の中に。ついでに隠で偽装してパッと見ではそこに何も入っていないように見せかける。

あとはイヤホンを手に取って、オーラで人型にくり抜いた盗聴器(紙)と接続させる。色々と試行錯誤した結果、この方法であればイヤホンで音を聞くことが出来た。それも複数枚同時に。やってることは数十人の同時盗聴なのでほぼ聞き流して、大事な何かがあればそこにフォーカスするようにしている。とは言ってもこれからもっと人数が増えたらもっと効率的な方法を考えないと。さすがに1000人規模の生活音聞きながら暮らすのは嫌だ。なんかなあ、こう、機械とかで勝手に取捨選択するようなのが作れればいいのに。

最後に扇子と紙吹雪に軽くオーラを纏わせてすぐに手元に呼び寄せられるようにしておけば準備完了。これでまあ、ある程度はいつでも戦えるだろう。

 

ずどん、という衝撃がして着陸したことに気づく。無事成功したみたいだ。前世含めこういう航空機はなんか信用ならなくて怖いので無事降りれて良かった。

兄さんはここで降りることはせず、そのまま別の目的地に向かうようだ。またお仕事依頼だろう。依頼の準備に付きっきりになっている兄さんは放置して、飛行船のタラップを踏む。降車完了。

 

「じゃ、行ってきます」

 

最後に兄さんにそう呼びかけたけど返答はなく、でも小さく右手が上げられた。

よーし、それだけでしばらく頑張れそう!

るんるんと鼻歌交じりに飛行船から空港ターミナルへと移動する。やっぱり大都市だけあってさっきいた天空闘技場付近よりも相当人が多い気がする。

もう一度ハンター試験受験票を確認する。

 

会場、ヨークシンシティ

 

空港に表示されている現在地名もヨークシンシティ。間違いなくここが試験会場。なのだが。

そもそも都市一つが試験会場だとか意味がわからん。普通はこう……建物とかそういう詳細範囲まで指定して然るべきだろ。範囲が広すぎてどこにいたらいいかもわからん。

とはいえまあ、多分その情報を自分で掴むくらいじゃないとハンター試験受けるのにもふさわしくないってことなんだろうなあ。多分。これで全然違う思惑だったらめっちゃ恥ずかしいな。

 

うん、よし。とりあえず情報収集しよう。

幸いにも試験開始日は一週間後だ。じっくりと調べる余裕がある。とりあえずは当分の宿と、それから情報元になりそうな人探してぺたぺた紙貼り付けるか。

方針も決まったところで、とりあえずホテル行こう。僕はもう長旅で疲れたのだ。空港付近なんだからいくらでも空室はあるはず。金に糸目をつけなければ人目につかない部屋がとれる、と思う。さすがに暗殺一家の一員の癖に無防備にその辺の宿に泊まる気は無いからね。死にたくないし。うっかりどこから身バレするかわかんないし。

きょろきょろとホテルを見繕いつつ、ついでにこっそりと高そうなスーツを着ていたり、ハンター試験受験希望者っぽい人だったりに紙を貼り付ける。前者は高い地位にいる人は情報を握っている可能性が高いから。後者は単純にその人が場所を見つけたらそこに行けばいいじゃん、ていう雑な思考。

空港から出て市街地をぶらぶらしながら紙をばらまいていると、ふと円の片隅に異質なオーラを検出する。

ん?なんだこれ?

能力者……なのだろうか。普通に考えれば念の使えない一般人のような。でもどこか違和感。具体的に何かと聞かれたら分からないけど、違和感がある。

そうっとその異質なオーラの方に視線を向けると、どういう訳か向こうもこっちを見ていたようでバッチリ目が合った。

短い金髪。翡翠色の目。体はそこまでがっしりしていないけれど、しっかり筋肉がついているように見える。

何より変なのはその目線。吟味するようにこちらをじっくりと見ていたと思えば、僅かに微笑むように口角をあげた。

 

ヤバい。なんかわかんないけどヤバいから逃げた方がいいような気がする!!!!!!

 

じりじりと後ろに下がりながら距離を取ろうとする、けど向こうもこちらに向かって歩いてくる。まずい。なんかわかんないけど、完全にロックオンされてる。なんかわかんないけど。

ど、どどうしよう、背中を向けて一目散に逃げ出したい気持ちが強いんだけど、そんなことしたら後ろから刺されそうな感じがする。すごい人の良さそうな笑みを浮かべてるのにそのまま人殺しそうな狂気。変。絶対この人変!

 

葛藤している間にもじりじりと間合いは狭まっていく。ええいままよ!こうなったら大人しく接近させるか、今すぐ全力ダッシュで逃げるしかない。本能的に逃げた方がいい気がするのでここは全力ダッシュ。あまり人がいなくて走りやすい裏路地方向に駆け出す。

 

さっきまでの大通りは人が多い。だからあの変な男があそこのエリアを抜けるにはどうしても時間がかかるはずだ。その間に距離を稼ぐ。

 

と、思った僕がバカでした。

 

猛ダッシュで裏路地を駆け抜けているのに、円で探知する男の位置は明らかにこちらに近づいてきている。それはどういうことか、僕より足が速いってことだ。体力はともかく瞬発性では今まであんまり負けたことがないし、一般人が僕に追いつけるはずがない。そこから導かれる結論はひとつ。後ろの追いかけてきている男は能力者。

 

走りながら必死で頭を回らせる。円で見た限り男はオーラを発していないようだったけど、それはつまりオーラをほぼ絶状態で少しだけ垂れ流す偽装をしていたってことだ。だけどそれは口で言うほど簡単じゃない。男は僕か、それ以上の使い手。それは間違いないだろう。

 

でもなんでそんな人がわざわざ僕のこと追いかけてくるわけー!!!

 

だってハンター試験には念能力者はほとんどいないって父さん言ってたじゃん!なんでそんな微小確率に開始早々遭遇してるの!?

 

男との距離はもうない。このまま逃げてても追いつかれるだけだ。

半泣きで腹を括って、足を止めて後ろを振り向く。扇子と紙吹雪をオーラを操作して手元に。臨戦態勢だ。

男が曲がり角を曲がってここに到達するまであと数秒。脳内で数字を数える。3、2、1、今だ!

 

曲がり角を曲がってこちらに姿を見せた瞬間、扇子を振るって紙吹雪を飛ばす。1枚でも急所に刺さればこちらの勝ち、なのに。

 

「やだなあ、いきなりそんな警戒しなくたっていいじゃん」

 

あはは、と軽薄そうに笑いながら男は難なく紙吹雪を全て躱す。

だらり、と冷や汗が流れた。今までこの紙吹雪をすべて躱せたのは兄さんとヒソカだけ。この男はもしかすると、兄さんたちに匹敵するくらい強いのかもしれない。

逃げる?もう無理だ。ここまでロックオンされた格上から逃げられるほど僕は強くない。じゃあどうする。

 

袂でことり、と無線機が転がった。別れてすぐだけど、割と命のピンチだ。使うべきなのかもしれない。

 

「……何の用」

 

そう短く問う。袂から出して紙を開くまでの1秒の隙が欲しい。どうにかして作れないだろうか。

とりあえず今は会話で時間稼ぎするしかない。だってまだ死にたくないし。

 

男はまた人の良さそうな笑みを浮かべたまま、ゆっくりと近寄ってくる。思わずごくりと喉がなった。これ、死ぬかも。あの人明らかに格上だ。敵わないレベルで。

 

「何の用か、か。なかなか答えにくい質問だね。俺も別に特に理由があって君を追いかけたわけじゃないから」

「じゃあなんで……!」

「うーん、そうだな。やっぱり自分が受ける試験にある程度力量があるヤツが受験しようとしてたら先に潰しておこうって思うのは当然の心理だろ?」

 

全然当然の心理じゃないんですけど!!!

 

甘いマスクに反して言ってることはただのサイコパスだ。ていうかあれか。この人もハンター試験受験者なのか。さすが最難関試験、受ける前から殺し合いなんて。殺し合いなんて……!

 

どうしよう。どうやったらこの状況から生き延びられる?

男の手が届く範囲に到達するまであと5秒。その間に考えろ。全力で脳を回転させる。どうする。どうする。

 

「ねえ、あのさ」

 

結局苦し紛れに出した言葉は。

 

「協力しない?」

 

目の前まで迫っていた男の手はその言葉を聞いた瞬間ピタリと止まった。うおし、これなら行ける。

ただし依然手はあと少し伸ばせば首に届く。折られるか、切られるか、締められるかはわかんないけどなんにしても死ぬのは確か。今言葉遣いをひとつでもまちがえば僕は死ぬ。

 

だから、余裕そうに微笑んだ。

 

交渉する時は極限まで弱みを見せてはいけないと兄さんは言っていた。自分が必ず優位に立っていないとそもそも交渉という場は成立しないと。ならばせめて見た目だけでも余裕の笑みは浮かべないとだろう。

 

「協力?君と俺が?」

「そう」

「ふーん、で、それによって俺は何を得られるの?」

 

ここだ。ここで間違えれば全部終わる。

ゆっくりと深呼吸をして、それから震えないように声を出す。

 

「ハンター試験会場の場所。それから受験者の情報。僕から出せるのはそれだよ」

 

今もイヤホンから流れ込んでくる声。その中でこの街の市長のような人が話していた。数日前から市内のデパートに妙に強い黒服の男たちが出入りしていたと。デパートには地下なんてないはずなのに、男たちは地下層に入っていったのだという。その報告を市長の部下がして、市長はそれを濁すように誤魔化していた。

間違いなく、それだ。

 

受験者に関しても既に数人は追尾しているし、会場についてからでも常に声を聞き続けられるアドバンテージはでかい。故に、この男は確実に乗ってくる。

 

そう確信して男に再度微笑みかけると、男はゆっくりと手を下ろした。

 

「いいよ、交渉成立だ。この試験の間だけ協力関係にあることにしよう。よろしくね」

「こちらこそ」

 

恐る恐る手を差し伸ばすと、意図を察してくれて握手が成立する。良かった、この世界には握手という文化が存在していたのか。前兄さんにやったら理解不能な目で見られたからないのかとてっきり思ってしまった。

 

まあ、そんな悲しい過去はどうでもいい。今はこの目の前の金髪だ。

 

「ねえ、名前は?」

 

ダメもとで聞いてみる。うっかり聞き出せたらそこから情報を調べればいいし、ダメだったらダメで名前を明かせないような職か犯罪者であることが分かる。

確実に後者だと思っていたから、男がすんなりと名前を告げたことに驚いた。

 

「シャルナーク。シャルって呼んで。君の名前は?」

「カルト」

 

そう短く答えると、男ーーーシャルナークは心底楽しそうに、とびっきりの笑顔を浮かべた。




操作系が好きなんだよなー。カルトとかイルミとかシャルとか。


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誰のための平凡か

シャルの能力微妙に想像入ってます。あとマチさんがほんの少しだけ登場。


しかしまあ、このシャルさんってひと、とんでもない人だった。

 

どうにか命の危機から免れると、試験開始までは一緒に行動してた方が便利デショ?なんて言葉と共に超一流ホテルに一緒に泊まることになった。

まずこの時点で、は?だよね。なんでこんな殺されかけた胡散臭い相手と一緒に過ごさなきゃいけないんだってのもあるけど、そもそもシャルさんが選んだホテル自体一国の要人クラスじゃないと部屋が取れないような値段設定だ。この時点でシャルさんが一般人じゃないのは確定する。何この人怖い。どこの大富豪だ。

そしてまだ恐怖は続く。そのまま連れられるままにそのホテルのフロントに向かうと、あの男、満面の笑みで偽名名乗りやがった。

誰だケインってお前さっき自分でシャルナークって名乗ってたじゃん!なに?どっちが嘘なん?

あまりの事態の連続に頭の中をぐるぐるとさせていると、フロントのお姉さんから禁断の質問が浴びせられた。

 

「可愛いお嬢さんですね?お連れの方ですか?」

 

やばいやばいやばい。反射的にシャルさんの袖口を掴む。これ、絶対僕だけ怪しまれて外にぽーいされる未来が見える。だって娘と言うには外見年齢も離れてないし髪の色も目の色も違うし、似てないし。何よりそんな大金持ってないし。天空闘技場のファイトマネーが全財産の子供なのでそこは許して欲しいとこだけど。

なのに、この男は余裕綽々で。

 

「ええ、娘なんです。長旅で疲れていて。早く休ませてあげたいので部屋の準備をお願いできますか?」

「……ええ、もちろんです」

 

娘とか明らかに無茶な設定なのに、シャルさんがフロントのお姉さんににっこりと微笑むと、数秒フリーズした後お姉さんはなんの疑問も抱かずにさくさくと手続きを進めていった。

思わずじっとりとシャルさんを睨む。なんだ今の。甘いマスク特有のチートか?魅了でもしやがったか?

まあそんな戯言はさておき、これはあれだ。人間を操作する系の術者だ。

僕が発でなくとも紙にオーラを込めることで相当な威力が発揮できるように、人の操作に適性を持った術者はオーラを声とかに少し乗せるだけで簡単に言うことを聞かせたり、はたまた都合の悪い記憶を消したりできるんだそうだ。もちろん発ではないから威力は控えめだけど、兄さんとかそれクラスの人がやれば相当な効果が見込めるらしい。

 

で、まあこれは……相当な効果が見込めるタイプだろうなー。

 

さくさくと部屋のサーブをなんの疑問も持たずにやっているお姉さんを見る限り、相当強く操られているように見える。そもそもこういうレベルのホテルのフロントの人がこんな怪しい人を通すなんておかしいからね。暗示ってより洗脳みたい。なにそれこっわ。

 

はあ、とため息をつく。また面倒なやつに見込まれてしまった感がすごい。ハンター試験終わったらとにかく距離取ろ。願わくば今後接点ないようにしよう。

 

「それではお客様、お部屋の準備ができました。」

 

そうにっこりと微笑んでお姉さんがシャルさんにキーを渡す。ってうわ、部屋番号最上階じゃん。どんだけ金積んだの……。怖いわ、金持ち怖い。

自分でも笑みが引きつっていることを自覚しながらお姉さんに軽く会釈して、それからシャルさんの後ろをついていく。

 

「カルト。」

 

と、シャルさんがくるりと振り向いて手を差し伸べてくる。ん?なにこれどういうこと?

はて?と首を傾げて数秒フリーズすると、はあ、と呆れたように溜息をつかれる。いや普通に意味わからんから理解できないこっちが悪いみたいな反応やめてほしい……て、あ。

 

「あ、ありがと。えっと……お父、さん?」

 

我ながら大根役者だけど致し方ない。少し離れていたシャルさんとの距離を覚束無い足取りで縮めて、差し出された手を握る。正解?と恐る恐る上目遣いに見やると、小さく頷かれる。うん、じゃあこれであってたんだろう。

 

要はあれだ、親子だと誤認させるようにちゃんと演技しろってことだろう。そりゃそうだよね、親子なのに父親が子ども放って先にずんずん行くとかありえないもんね。普通。僕の父さんは普通ではないのでこの場合除外することとする。

 

「それで、君は何者なの?」

 

フロントからある程度離れると、満面の笑みのままでシャルさんにそう問われる。うーん、なんて答えよう。

脳内で答えを纏めているうちにエレベーターホールに到着する。着いた瞬間に見計らったようにエレベーターが開いて、無言のまま乗り込む。

 

うむ、これは良くないかもしれない。

他人と1対1とかいう時点で気まずさMAXなのに、相手は格上で、しかも問いの答えを求められている状況、と。

エレベーターの端の方へと移動する。距離感がね、気まずいのよ。

 

「答えないなら答えないでいいけど。ほら、俺信用出来ないヤツをそのまま使う気はないんだよね。」

 

エレベーターの対角線上に立っているはずなのに威圧感が凄すぎて泣きそうになる。てかなんだよそのまま使う気はないって。なんかそれ、兄さんみた……。

 

びきり、とフリーズすると共にシャルさんのポケットに突っ込まれている手を注意深く円でサーチする。

 

「あはは、気づいちゃった?うん、最初からそのつもり」

 

素早くエレベーターの階数表示をチェック。最上階まであと15秒ない。扉が開いた瞬間に飛び出して逃げれば……いや、無理無理。普通に逃げきれない。

シャルさんのポケットに入っているのはコウモリのモチーフの針。というよりアンテナの方が近いか。人間に操作適性のある術者が持つアンテナ。十中八九兄さんと同じ用途だろう。

 

「……僕の情報にはそんなに価値がない?結構使えると思うんだけど。」

「それは同感。よく考えられた能力だと思うよ?利用しがいがある。」

 

ぺろり、と唇を舐めてそう呟くシャルさんは完全に猟奇的な殺人犯というかなんか明らかにそっち側の人間だと思う。だって普通の人間は利用するとかそんな言葉出てこないじゃん。何この人サイコパスなの?

 

円の濃度をじわじわと濃くしながら警戒態勢に入ると数秒後、がたん、と音ともにエレベーターの扉が開く。

 

よし、とりあえず出よう。こんな近い距離で戦って勝てるはずない。ある程度間合いがないと多分無理。

開いた瞬間足にオーラを込めて飛び出す。一気に跳んで間合いをとる。

よし、成功。ホテル最上階のラウンジなんて素敵な場所なのになんでこんなデッドオアアライブな感じなんだか。

 

と、油断したのが悪かった。

 

びゅん、とシャルさんがアンテナを投げた。もちろん僕を狙っているものだと思って避けた。ら、そのアンテナは僕の真後ろにいたホテルの従業員の人にぶっ刺さった。

 

「動きはいいけど読みは甘いね。俺みたいな能力者はいきなり本人を操ろうとはしないかな。だってこっちの方が手っ取り早いし。」

 

従業員の人は操られるままにこちらに向かって襲いかかってくる。

振り下ろされた1打目を躱す。うん、どうにかなりそう、だけど。

 

円を後ろに伸ばしてシャルさんの方を探る。手にはケータイ。ものすごい速さで操作していることからして明らかにあのケータイでこの人を操ってるんだろう。

しかもだ。

 

びゅん、と迫り来る拳、それを避けた先に綺麗な蹴りが入る。あ、やば。これ避けられない。

被弾すると思わしきところにオーラを集める。じゃないと殺されちゃう。

そう、この操作されてる人、何故かオーラを使っているのだ。だからまともに当たったらその時点で終わり。一般人だからと舐めてたツケがここに来ました。

 

「シャルさんの能力ってさ、操作対象のオーラまで操れるの!?」

「そう、正解ー。でもそんな無駄口叩いてる余裕ある?」

 

よくもいけしゃあしゃあと。1発入れられるならそのムカつく顔ぶん殴ってやる。まあそれが出来ないから困ってるんですけど。

 

どんな一般人でもオーラは保持している。それを意のままに操れないだけで。

じゃあ操作系能力者がそのオーラを操ったら?おそらく一時的ではあると思うけれど、無理やりに精孔が開いてオーラを纏えるようになる。

それを操作して一般人から毛が生えたくらいの能力者を扱うのがシャルさんの発だと見た。確証は無いので分からない。けどまあ、とにかく面倒な能力だ。

 

「ねーあのさ!1回話し合わない!?こんなとこで戦ってたら人集まってきちゃうよ!」

「うん、そうだね。だから早く終わらせないと」

「そうじゃないでしょー!!!」

 

やばい、この人本気で聞く耳持たない。

どうせあれでしょ?なんか情報収集する方法持ってそうだからそれごと操作しちゃえ!みたいな感じでしょ?最初っから操ってどうにかなりそうだったらこうするつもりだったと。はあなるほど最低だ。

 

「ねえあのさ」

「なに、まだなんかあるの?辞世の句でも?」

「僕の能力多分操られたら使えなくなると思うよ!」

 

おそらくシャルさんは僕をあのアンテナで操って傀儡にし、そのうえで僕が能力で得た情報をノーコストで取得できるようにするつもりだ。あれだったら兄さんとは違ってもっと細かい操作ができるだろうから、生きているように見せかけることも能力を使わせることも容易いだろう。

でも僕のは多分無理。

 

襲いかかってくる操られた人を見る。本人のオーラに加えてシャルさんのオーラが混ざりあってる。そりゃそうだよね、操作されてるんだから。

もし僕が操作されたら同じようにオーラが混じり合う。つまり僕が前々から貼り付けていた紙に込めたオーラとは違うものになる。それでは盗聴器は成立しない。

 

「詳細は伏せるけど、僕の能力は僕のオーラを纏ってないときちんと情報が返ってこない。操作されてシャルさんのオーラと混じりあったら使用できなくなるはずだよ!」

 

蹴りを躱しながら必死でそう訴えかける。ヤバい、舌噛みそう。

 

盗聴器は僕のオーラをリンクさせて、同じオーラを帯びた本体に音声を送るような仕組みになっている。つまり本体のオーラが子機である小さな紙と変われば、リンクは切れて音声は送られなくなる。

 

シャルさんもその意味を理解したのか、ふむ、と考え込む。それと共に男の動きも停止。これはシャルさんが止めてるだけか、それとも活動限界か。

 

「なるほど、それは困るなあ」

「でしょ?だから」

「でもさ、それなら生かしておく意味がないかな」

 

ひえ、と息を呑む。それと同時にごとり、と音を立ててさっきまで操作されていた人が倒れる。

限界を超えた活動をさせた上に、無理やりオーラを使わせる。そりゃまあ、死んじゃうよね。

 

「あーやっぱり一般人だとすぐ壊れちゃうなあ」

 

一般人だとすぐ壊れちゃう。じゃあ一般人じゃなかったら?

まあつまりはそういうことだろう。

シャルさんが僕を操りたい理由は2つ。1つ目は情報をノーリスクで得るため。2つ目は……僕を操作して便利な武器にするため。ハンター試験で一般人を操作するよりも、最初から僕を確保しておいた方が便利。はー、倫理観の欠けらも無い話だ。

 

にっこりと微笑みを崩さないまま、シャルさんがジリジリと間合いを詰めてくる。倒れた男も再稼働。明らかにガタが来ているように見受けられるけど、でもまあ操作する分には十分なんだろう。少なくとも10分は持つし、シャルさんならその間に余裕で殺せる。

 

予想しよう。シャルさんが確実にアンテナを刺せる状態まで持っていかれるのに僕は30秒も抗えない。シャルさんの攻撃を避けながら後ろの男の拘束を凌げるほど身体能力高くないし。いや普通から見たらそれなりに動けるんだとは思うけど、この人規格外だから。無理無理。

 

びゅん、と操作されてる人が後ろから蹴りを入れてくる。それを避けた隙にさらにシャルさんとの間合いが詰まる。うん、これはジリ貧。かと言って有効打はない。紙吹雪は避けられることがわかっている以上やる意味は無いし、身体強化して殴っても流石に成人済み男性に敵うかよってなわけで。

 

であれば、最終手段を取るまでよ。

 

操作されてる人を体当たりで吹き飛ばしてシャルさんと無理やりに間合いを取る。普通だったら愚策。強引すぎって兄さんにぶん殴られそう。だけど。

 

後ろ手で携帯を取り出す。それから登録されたひとつの番号をプッシュ。

コール音が1回、2回、3回。頼む、出てくれ。

 

祈るように携帯を握りしめたところで、やっとコール音が途切れる。

よし、勝った。

 

『なんの用だ?』

 

ふう、と肩の力を抜く。結構一か八かだったけど賭けには勝ったみたいだ。

 

「やっほーマチさん、久しぶり。いきなりで悪いんだけどちょっと説得してほしくて。シャルさんの。」

 

気だるげに応答する声をそのままに、携帯をシャルさんに向ける。ついでにモードもスピーカーに。

 

作戦は簡単。勝てないなら戦わない。戦わないように説得してくれそうなコネに頼る。マチさんは僕を結構買ってくれてるし、たまに情報を売るお客さんでもある。多分、死ぬのをそのまま見過ごされるほど価値がないとは思われてないはずだ。

 

『はあ?説得って……しかもアンタ今シャルって』

「は!?なんで君が!?」

 

シャルさんが初めて胡散臭い笑顔を引き剥がして、慌てたような表情を浮かべる。しめしめ、やっぱり当たってたっぽいな。

 

マチさんに遭遇した時からその正体は当たりをつけてた。それからずっと闘技場で情報収集を進めるうちに、想像は確信になった。

だいたいね、兄さんに匹敵するレベルでしかも盗賊を名乗るとか候補は最初からひとつしかないんですよ。

 

「幻影旅団、でしょ。シャルさん」

 

この世界においてゾルディックと唯一並ぶ存在。幻影旅団。いつか関わるようになるとは想像していたけれど、ここまで早いとは思っていなかった。こんな弱い状態でぶつかることになるとも。まあでも仕方ない。ここは偶然のマチさんとのコネが功を奏したってことで。

 

これは完全に想像の世界だけど、ヒソカがあそこでマチさんと会わせたのはある程度この状況を想定していたからじゃないかなって思う。ヒソカにとって僕はまだ死んで欲しくない存在。うっかりシャルさんとかとぶつかって死なれるのは困るから、自分で繋がりを作っておけってことだったんだと思う。まあ全然ちがくて、ただの気まぐれかもしれないけどね。

 

まあ今はそんなことより。

 

シャルさんのアンテナを構えた手が下ろされる。よっし、とりあえず命の危機は去ったみたいだ。

 

「なに?君マチの知り合い?」

「うん、そう。詳細はめんどくさいからマチさんに聞いて」

 

ぽいっと携帯を投げ渡すと、諦めたように深いため息をつかれて、それからマチさんと何やら話し始める。うん、どうにか上手くいったみたい。

 

シャルさんが幻影旅団の一員であることはある程度想定していた。だって兄さんぐらい強いひとがいるなら、それだけで判断の根拠になるし。

それに、確信犯なのはシャルさんの能力。

幻影旅団の犯行を見るに、少なくとも1人は優秀な操作系能力者がいることがわかっていた。だって明らかに人を操って潜入したり、盗んだりしてるとしか思えないもん。

でもそれは兄さんみたいに無造作に操るものじゃない。人を丁寧に、指示通りに、統制された機械のように操る能力。シャルさんが使ってるのにドンピシャ。他人の空似かもしれなかったけど、そんな能力者がいっぱいいても困る。てか怖すぎ。

 

まあつまり、情報戦が全てを握るってことだ。うんうん。

 

ふふん、と結構頑張った自分を褒めている間にマチさんの執り成しは済んだようだ。マジでマチさん女神。

 

「わかったよ。マチの勘は当たるからね」

『ならいい。あいつは今殺すにはちょっとばかしもったいないからね。あいつの情報は便利だし。あんたみたいにバカ高い金要求してこないし』

「えー、価値あるものに正当な対価を要求するのは当然だろ?」

『はいはい、守銭奴は黙ってな。……じゃあカルトをよろしくね』

 

ちょっと気持ち柔らかげなマチさんのそんな声とともに電話が切られる。

 

ひょい、とまた携帯が投げ返された。慌ててキャッチ。うっかり落としたらどうしてくれるんだよ。

むう、と頬を膨らませると、シャルさんが珍しい検体を検分するようにじっと見つめてくる。え、なんですか急に。怖いんですけど。

 

「君さ、マチに何したの?」

「へっ?」

「君を殺すのは面倒だって言ってた。でも君、そんな強くないよね?多分俺でも殺れるし」

 

こてり、と首を傾げながらそう聞かれるけど聞いてる内容は全然可愛くない。何言ってんだこの人。

でもまあ、問いの意味はわかる。

僕は非力だ。なのにどうしてマチさんが目をかけるのか。1つ目は勘。もうひとつは。

 

「たぶん、僕がヒソカに目付けられてるから……?」

「……あ、なるほど。それは確かに面倒かも。よかったあ、壊しちゃう前で」

 

まあその様子からしてシャルさんもヒソカのヤバさは知ってるっぽい。さすがヒソカ。幻影旅団にまで轟くヤバさ。

 

てか今さりげなく壊しちゃうって言ったよね???人殺すこと壊すとか普通表現する???やっぱ絶対変な人だろこの人。

ううう、これホントにマチさんと繋がり作っといて良かったー。じゃなかったらぐちゃぐちゃに操作されて使われてとんでもない無惨な死に方させられそうだし。マチさん女神。これは宇宙の真理。

 

「じゃあ、詳しい話は部屋で聞こうか。……なんで俺が蜘蛛だってバレたか、とか」

 

ひぐっ、と喉が鳴る。うわあ、これは吐くまで許されない系のやつだ。こっわ。

 

「そ、それはほら……えっと」

「ほら行くよ」

 

ずるずると引きずられるようにラウンジから部屋へと連れられる。うーん、なんだろうこの感じ。人が見てる前ではすごいいいひとに擬態してるくせに、本性は兄さんとほぼ同一的な。いくら顔がいいからって許されることと許されないことがあると思うのだよ。

そんな現実逃避をしながら、ぼんやりと遠ざかるラウンジを見る。

 

結構派手に散らかった上に、人の死体がひとつ。これ、どう考えても目立つと思うんですけど。どうするんでしょうか?

 

「ねーシャルさん、これどうするの?僕、警察とかにあんまり身分調べられたくない系なんだけど」

「そんなの俺も同じに決まってるだろ。このくらい金積めば揉み消せるし問題ない」

「……うわ、悪い金持ちの発想だ」

 

でもまあ言ってることは間違っちゃいない。ってか人としては間違ってるけど実行不可能か可能かでいえば可能だ。だってこの国の警察とか実質機能してないし。お金あげればそりゃまあ人死の一つや二つ揉み消すでしょ。

 

うん、まあでもやっぱりこの人犯罪者だなーって感じ。

 

「シャルさんさ、ふつーに、平凡に生きたいって思わないの?」

「なに、急に?」

 

思わずそう聞いていた。でもだってそうだ。この人は。

 

「その能力だったら一般社会に擬態して一般人みたいに生きてけるでしょ?でもなんでわざわざ犯罪者なんて危ない橋渡るのかなーって」

 

小さく紡ぐように作られた問いに、シャルさんは当然のことのように笑いながら答えた。

 

「そんなの、面白くないから」

「それだけ?」

「それだけ」

 

ふーん、と興味なさそうに装って適当に相槌を返す。

面白くないから。確かに納得。平凡な人生には平凡なだけに起伏がない。殺される恐怖も、殺す興奮も、そんなのどこにもない、けど。

 

普通に生きて、普通に死ぬのが幸せなのだろうな、と漠然と思う。

 

ゆっくりと目を閉じて浮かび上がる輪郭をなぞる。

前の世界の自分。その両親。友達。同僚。あそこの世界は確かに平凡だった。今みたいにスリルある人生とは正反対の。

 

最初に平凡でありたいと願ったのは、きっとあの世界への未練だ。でも今は。

 

前の世界の両親の横に、もうひとつ大切なものが今はある。

 

「僕はねー、スリルがない、幸せな人生を送るべきだと思う人が1人いるの」

「……さっきから脈絡無さすぎ。何の話?」

「いいから黙って聞いててよ。……でね、多分今の僕はあっちの世界の未練ってよりもあの人のために平凡になりたいんだと思うんだよね」

 

袂の中でころりと四角い箱が転がる。

ああやって、平凡で温かい毎日を過ごすほうが似合っている人だと思うのだ。誰よりも、多分僕よりも殺しに向かず、なのに人一倍責任感だけはあるから背負い続けてしまう稀代の暗殺者。

 

「兄さんをね、普通に生きさせてあげたいの。ほら、そのためには僕も普通になんなきゃダメでしょ?」

 

力は普通に生きるのを阻む障害を蹴倒す為だけに。殺すのはその障害を黙らせる為だけに。それだけでいい。

 

「つまり、君はブラコンってこと?」

「ぜんっぜん違うんですけど。シャルさんもしかして頭パーでしょ」

「君だけには言われたくない。なんで犯罪者相手にいきなりそんな訳わかんない話始めるかな」

 

って、シャルさんの勘違い発言で完全に真面目スイッチ落ちちゃったんですけど。

ぶんぶんと頭を振る。難しいのはやーめー。なんかもうそういうのどうでもいい。とにかくあれだ。僕は僕が思う通りに好きに生きてればいいってことだ。

 

「シャルさんや、お腹空いた。美味しいお肉がいいなー」

「金は君持ちだから」

「は?ケチなの?なんでよ金持ちなんだから多少の金くらい……」

 

ぶーぶー文句を言っているうちに、部屋へと到着する。むう、この守銭奴が。ご飯ぐらい奢ってくれてもいいじゃないか。

 

「じゃ、まずはどうやって俺の情報手に入れたか、ね?」

 

部屋に入って扉を閉めると同時に、そうにっこりと微笑まれる。

あ、ヤバ。忘れてた。

 




稀代の暗殺者はカルトじゃなくてイルミでしたよ、ていう俺得でしかないタイトル回収。ごめんなさい。


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試験開始!

カルトとシャルには仲良くして欲しい


部屋に連れ込まれてから数時間、ただの尋問だった。

いや何この人怖すぎでしょ?なんでただ質問してるだけなのにくるくるアンテナ弄ってるわけ?脅し?脅しだよね?知ってた!

 

「……ふーん、じゃあ俺の名前とか見た目がどっかから漏れてるってことはないわけね」

「たぶん。ねえわかったならアンテナこっち向けるのやめようよ」

 

ベッドの上でごろごろと転がりながらシャルさんを睨む。マチさんの執り成しとヒソカのお手つき宣言があってもまだ警戒を解くには至らないか。そりゃそうだよね、だって僕ただの不審者だし。

 

「それで?試験会場はどこかわかったの?」

「あーえっとね、空港の目の前のおっきいデパートあるでしょ?あそこの地下だと思う。ただ入る方法は不明……だけどおおよそ見当はつく」

「やっぱりか。あそこのオーナー、協会会長と面識あるはずなんだよね。多分そのコネで使わせてもらってるんじゃないかな」

 

 

そう呟きながらカタカタとキーボードを叩くシャルさん。一体何を調べてるんだろうか。

ちょっと気になるので後ろからこっそり覗き込む。ふむふむ、てこれ、問題のデパートのスキャン画像?しかもすごい精密だし、問題の地下は空間があるようにぽっかりと空いている。

仕事の早さはともかく、その持ってる情報が恐ろしすぎる。

 

「ねえ、これってどう考えても一般人が入手出来る資料じゃないよね」

「んー、それはやり方次第。この国はセキュリティが甘いから。このくらいだったら多分カルトでもハッキングできる」

「ハッキングって……流れるように犯罪じゃん」

 

シャルさん、イルミ兄さんみたいなタイプかと思ったけどどっちかって言うとミルキ寄りかもしれない。戦闘スタイルも本人はほぼ戦わないっぽいし。いや、奥の手的な感じで隠してるだけかもだけど。

 

そんなことをぼんやりと考えながら、袂の中の箱の存在をこっそり確かめる。シャルさんが何してるかとか見てもわかんないもん。それよりもう疲れたから今日は寝たい。

 

とりあえずはあれだなー、明日は適当に普通の服を入手せねばならない気がする。こんなことになると思ってなかったから服は今着てる着物1枚しかない。多分母さんの趣味だと思うけど、戦闘するのに便利っちゃ便利なんだよなー、これ。色々武器隠せるし。足の動きも隠せるし。ただし運搬に難ありなのでハンター試験が長丁場になりそうなら着替え用の洋服は必須。問題のデパート偵察がてら買ってくるか。

 

「て訳で明日は僕服買いに行ってくるから」

「何がて訳で、なの。自己完結されても困るんだけど」

 

シャルさんが心底面倒くさそうにパソコンから目を離してこちらを振り向く。むむ、報連相が必要なのは兄さんだけじゃなかったかもしれない。

 

「和服しか持ってないの、今。だから1週間分くらい着まわせる服買ってきたい」

 

そう言いながらお財布の中を計算。ファイトマネーと方々に売った情報量で結構稼いだからそれぐらいなんの問題もない。とりあえずは口座からお金を引き下ろして……て、あ。

 

「……お金、わかんない」

「は?」

「お金の支払い方がわかんない」

 

きょとん、とシャルさんが不思議そうな顔をする。何言ってんだこいつ、みたいな。だけどまさか僕もこんな基礎的な知識が欠落しているとは思ってなかったので多分シャルさんと同じくらいびっくりしている。

1ジェニーがおおよそ日本円で1円だということは知っているし、物価も兄さんに叩き込まれた。だがしかし。

 

「あのね、どの貨幣がいくらに該当するかがわかんないの」

 

えへへ、と半笑いでそう言うとシャルさんの眉がいよいよ意味不明と言わんばかりに吊り上がる。うんうんそうなるよね、僕も意味がわかんないけど、そういえばこの世界で実はまともに買い物をしたことが無い。

天空闘技場では戦うか修行するかだったし、ごはんはお手製毒入りご飯が振る舞われていたので自力で買ったことは無い。服は出る時に母さんから貰った着物数着を着まわしていたから買ってないし、とにかくお金を使ってものを買うという行為を一切してこなかった。

 

「……ごめん、まだ意味が分からないんだけど」

「えっとね、だからお金自体の計算とかをすることは可能なんだけど、どういう貨幣が出回っててそれをいくつ出せばいくらに相当するかがわかんない」

 

その答えを聞くとシャルさんが呆れてモノも言えないですモードに突入してしまったようなので、その視線から逃れるようにごろりとベッドに寝転がる。

だってねー、まだ生後1年程度の赤ちゃんですから。ある程度考える脳はあってもこの世界の常識なんて知らんのよ。しゃーないしゃーない。兄さんが針刺さなければまだほふく前進だけで日々を過ごしてた可能性だってあるんだからね。

そっと針が刺さっているうなじを触れる。うん、僅かだけど兄さんのオーラ。

えへへ、と頬を緩ませる、と。

 

「……ねえ、カルト」

 

バッチリとシャルさんと目が合う。何か観察しているような、静かな目。

思わず気圧されてうなじに手を当てたままフリーズする……てこれ、シャルさんなんかうなじガン見してるんですけど。なんで。

 

シャルさんの眉が険しく狭められたと思った瞬間、流れるように凝。え、なに?侵入者?誰見てんの?まあその方向には僕しかいないんですけど。

そんなバカなことを考えていると、するりと極めて自然な動作でシャルさんが立ち上がってこちらに近づいてくる。あまりに自然すぎていまいち反応しきれなくて、そのままフリーズしたままシャルさんが目の前に迫る。

 

咄嗟に避けようとするけど失敗。ごてりとベッドの上にうつ伏せに押し倒されて、うなじに触れられる。

あ、そういうことか。

 

「これ、君の能力じゃないよね?」

「……シャルさん幼児趣味、あ!いたたた!ごめんて、冗談だから髪引っ張るのやめてください!」

 

涙目で訴えると仕方なくと言わんばかりに不満げにやっと手を離される。ひえー痛っ、禿げるかと思った。

でもまあ、とにかく今は髪の毛よりうなじを死守せねば。

 

兄さんがうなじに刺した肉体を成長させる針。もちろん普段は隠で隠してるからバレないけど、操作系の似たような能力者だったら気づく可能性はある。シャルさんは兄さんと同等の操作系能力者。万が一兄さんの針がバレるならこの人以外にありえない。

 

さっき凝をしてたのも多分うなじのオーラを観測してたんでしょう。いや気づけよ、僕。

 

「……なんでいきなりバレたの?」

 

ベッドの隅にずるずると逃げながら、うなじを後ろ手で押さえる。うっかり抜かれたりしたら困るのだよ。だってまだ実年齢ばぶちゃんだし。

 

「最初から君が念で身体操作をしてるのは気づいてたよ?ただ逆だと思ってたけど」

「逆?何が?」

「若く見せる方向での操作かと思ってた。まさか実年齢がその見た目より幼いとは普通思わないでしょ」

 

あはは、と苦笑いされる。そりゃそうだ。操作して成長させてもせいぜい10歳のこども。そんなのが念使ってるだけでもまあまあ異常事態なのに、実際はそれよりも幼いなんてもはや怪奇現象だと思う。

 

シャルさんの指が的確に針の刺さった一点をつつく。うん、これはバレたな。流石幻影旅団と言うべきかなんなのか。

 

「いくら子供とはいえ1度も貨幣に触れたことがないなんてありえない。そもそもそれだけの知能があるのに基礎常識だけ足りてないなんておかしいよね」

「……しょうがないじゃんまだ赤ちゃんなんだから」

「そうそれ、それがおかしいんだよ」

 

シャルさんがにっこりと笑う。うっわ楽しそう。この人あれだ、人の秘密とか隠し事とか弱みとか握るの楽しくて仕方ないタイプだろ。こっわ。何それこっわ。

気圧されて逃げようとするけど、上から力づくで押さえつけられる。最後まで聞けってことかよ。

 

「君の基礎常識は幼児レベルだ。だけどそれ以外の知能は成人した人間に匹敵する。これってさ、まるでどこか違う世界で成人まで学習し成長した人間が、その知能はそのままに別の世界に生まれ直したみたいじゃない?」

 

ぎくり、と凍りつく。もうそれほぼ答えなんですけど。

恐る恐るシャルさんの表情を覗き見る。なんでそこまでわかるんですか?

その疑問を読み取ったように、シャルさんはさらに笑みを深めて口をもう一度開いた。

 

「とある場所でね、前世の記憶を持って生まれた子供の存在が確認された。その人は君のようにその情報を隠すことをせず、話せるようになった段階で家族、友人、ありとあらゆる人々に語った。それでまあ結果として、その話が国の研究機関にまで伝わったんだよね」

 

ごくり、と喉が思わず鳴る。

自分とほぼ同じ境遇。ただし違うのは、僕はそのことを家族以外には告げていないし、家族はそれを基本的に他言無用としている。僕の記憶持ちという情報が世間に出回ることはないだろう。でももし、それが国にまで伝わってしまったら?

 

結果はわかりきっている。

 

「そう、想像通り。その人は保護という名目で実験機関に渡され、詳細なレポートが発表された以降の生存確認はされてない。……ちょっと間違えてたら君も調査検体の2例目になってたかもね」

「……前例があるから、僕もそうだって思ったってこと?」

「そう。同じように推察する人はある程度いると思うよ。君の家族もその例を知ってたからいきなり君みたいな突飛な例の存在を受け入れたんだろうし」

 

そう聞くとおじいさんのあの認識の早さにも納得がいく。し、父さんが普通に受け入れたのも理解可能。

なるほどなあ、と思いながらバタバタと足を振る。もう人の弱みほじくりタイムが終わったなら早く解放して欲しいんですけど。むう、と頬を膨らませて睨みつけても、依然離す気はないようでうなじの針にまだ何か考えているように触れている。

 

「シャルさん、重いんだけど。もうわかったならどいてよ〜」

「このオーラに心当たりあるって言ったらどうする?」

「……へ?」

 

このオーラって。このオーラってどのオーラっていうかえっと、えっと、だから。

ぐるぐると脳内で螺旋階段みたいに文字が踊って上手く内容が入ってこない、けど。

 

「……ちなみに誰のオーラだと思う?」

「イルミ・ゾルディック。かなり特徴的なオーラだったから記憶に残ってる」

 

はーいシャルさん本日二度目の大正解ー。もう頼むからやめてくれー。

さっきから基本的に家族以外には明かすつもりのなかった情報が片っ端から抜き出されてるの恐怖でしかない。正直半泣きです。許してください。

文字通り涙目になりながら逃れようとより一層強く身体を暴れさせる、けどなすすべなし。

 

その様子で正解だと確信したのか、ふうん、と大きな翡翠色の目が興味深そうに動く。

 

「なるほど、暗殺の名家に生まれた記憶持ちかあ。生まれてからすぐオーラを身につけて修行してたとすればその身体能力も納得かな。ある程度の活動を可能にするためにイルミ・ゾルディックの能力で身体年齢だけ無理やり成長させている、と」

 

口をぱくぱくとさせるけど上手く声が出ない。なんでそこまでわかるんですか。てかなんでそこまで暴いちゃったんですか。趣味?趣味なの?

 

「……そこまで暴かなくてもいいじゃん」

「ほら、君には俺の能力も掴まれちゃったし1つくらい弱み握っとくべきかなって。そしたら思いのほかずるずると、ね?」

「ね?じゃないよー!トップシークレットなんだよ!てかもう十分弱みなら握られたからいい加減離してってば!」

 

足で顔を蹴ろうとするとさすがに離してくれた。クソっ、鼻ぐらい折ってやろうと思ったのに。見事に避けるあたりが1番ムカつく。

 

「……お金欲しさにこの情報売り飛ばしたら怒るからね?ありとあらゆる手段で報復するからね?」

「わかってるって。ていうかそこまでわかればある程度は信頼できるし。おんなじ裏社会の人間ならある程度協力することもできると思わない?」

「うー、まあそうだね。じゃあもうアンテナ向けるのはやめてくれるってことでいい?」

「そういうこと」

 

ぽい、とシャルさんのアンテナが部屋の隅に放られる。警戒を解いた意思表示だろう。うん、ほら味方としてはトップクラス級に頼もしいしね。敵だったら即死だけど。

ハンター試験とかいう未知に挑む上で一番強いと思われる人と組めたのはラッキーだったね。じゃあ空港出た瞬間危険人物に絡まれたとかそういうのひっくるめてラッキーだったってことで。よかったよかった。

 

「じゃあ仲間認定したとこで明日は服買うの手伝ってね。あ、あとそれから美味しいお肉食べたい」

「まだそんなこと言ってんの……」

「シャルさんは毒抜きのご飯がどれだけありがたいものかまだわかってない!」

 

びしり、と指を向けてそう言い放つと、やれやれと呆れたように肩を竦められる。解せぬ。わりとこちらとしては切実な問題なのに。

まあ、これでともかく警戒せずゆっくりとは寝れそうだ。

フカフカのベッドに埋まるように目を閉じる。なにこれ、一生このベッドの上で過ごしたいレベルで天国なんだけど。もうここに住もうかな。

 

「じゃ、僕寝るから」

「了解。俺はもう少し掴んでから寝るから。電気つけたままでいい?」

「うんー、兄さんもそんな感じだったから慣れてる」

 

なんだ、またブラコンか、なんてシャルさんの不遜極まりない言葉をうつらうつらと聞き流しながら眠りにつく。時計を見ればもう12:00を過ぎてる。お子ちゃまにはきつい時間だ。早く寝よう。

完全に警戒心を解いて寝落ちるまで数秒もかからなかった。

 

 

 

 

 

 

「カルト、合言葉わかった?」

「もち。えっとね……『ガラス細工の蝶を探しています。3階フロアに案内していただけますか?』だって。このデパートの三階は駅直結だから店なんてないのにね。あからさま過ぎて笑える」

「ふーん、まあカルトの所感とかどうでもいいんだけど。ほら、早くいくよ」

「うっわ塩対応」

 

 

シャルさんに手を引かれて会場へと向かう。ハンター試験当日。集合時間1時間前。結構ギリギリなのはシャルさんのせいだ。曰く、どうせ会場に俺たちより強いやつなんていないんだから事前調査は必要ない、って。どんだけ自信満々なんだ。まあ、確かにそうだろうけど。

 

あれからハンター試験まではシャルさんと服買ったりご飯食べたり、わりと楽しい日々だった。何がいいって、命がけの修行がない。これに勝る利点とか存在しないよね。生まれて初めてののんびりタイムはそれなりに楽しかったから、そこはシャルさんに感謝してもいいかもしれない。

そんなわけで、鞄の中には何着かの着替えと紙、それからPCに扇子。それから携帯。なんかハンター試験とかいうから遠足的なノリでお菓子とか用意しようと思ったけど却下された。俺まで馬鹿だと思われるでしょ、なんて。シャルさん、最初の印象よりも数段毒舌だ。この一週間で何度心がへしおられたか分からない。

 

ふるふると頭を振る。そんなことより、今はあれだ。ハンター試験だ。

事前に会場にたどり着けそうな受験者にはほぼ全員紙を貼り付けておいたから、内部の様子は手に取るようにわかる。ついでに紙を貼り付けた人の中に能力者はいなかった。思ったより、楽にクリアできるかも。

 

紙からの声を聞いてぼんやりと歩いていると、気がつけばシャルさんと一緒にでっかいエレベータに乗ってた。何これ。

 

「シャルさん?何このエレベーター?こんなのマップには乗ってなかったけど」

「地下行き専用っぽいね。この試験のために作ったってことかなあ?ずいぶんと大掛かり」

「へー、ハンター協会ってお金持ちなんだねー」

 

そんな間のぬけた会話をしていると、りん、というベルの音とともにエレベーターが停止する。同時にエレベーターの外から向けられる雑多な殺気。

うええ、人混みは得意じゃないんだけど。

 

扉が開く。それと同時にシャルさんの手がポケットのアンテナの方に僅かに向けられたのを目の端で見る。多分意識的じゃない、殺気に対する反射だ。その辺からして戦い慣れてる。ことによっては兄さんよりも。

シャルさんのそういう防御反応は、まるで肉食獣を警戒する小動物だ。こんなにも強いのに、まるで弱かった昔の習性が抜け切れていないような。生まれ育ちとかに関係してるのかもしれないけど、あんまり触れて欲しくなさそうだったから聞かないことにする。

てかまあ、僕も多少は警戒したほうがいいかも。

 

開いた扉からフロアへと出る。無機質なコンクリート打ちっぱなしの地下空間にひしめく男ども、って感じ。だから人混みはヤダって言ったじゃん。

 

「シャルさん、ちょっと盾になって」

「は?なんで?てか円薄くしないでよ。君の役割忘れたの?」

「忘れてないけど人混みで酔いそうー。せめて雑魚の周りだけでも薄めていい?強そうな人はちゃんと警戒しておくから」

「……そんな緻密な操作ができるならいいけど」

 

シャルさんの許可も得たので、明らかに戦力外な人たちの周りから穴ぼこを開けるみたいに円を外す。ていうかそのレベルの人たち相手だと円だけでも結構なプレッシャーになっちゃうしね。さすが僕、他者への配慮ができる子。

 

よし、円も調節できたし、あとは警戒対象を見ながら開始時間を待つだけ、なんだけど。

 

「よお、嬢ちゃんたちは今回でハンター試験初めてかい?俺は……」

「トンパさん、でしょ?知ってるー、おじさん常連さんなんだよね?すごいねー」

 

棒読みになってしまったのは仕方ないと思う。隣のシャルさんは知らぬふりを決め込んでいるようで、ぷい、とそっぽを向いたまま携帯を弄ってる。この自由人め。

 

小太り気味の体に、青い服。特徴と一致。ハンター試験受験者の一部の間では結構有名な人らしい。なんか、新人たちを潰すことが楽しくて楽しくて仕方ないみたいだよ?変な趣味だね。

そのトンパさんとやらはいきなり名前を当てられて結構びっくりしたみたいで、一瞬怯えたような表情を浮かべてから、即座にそれをかき消すように人の良い笑顔を構築する。ふうん、やっぱり何度も試験から生還してるだけあって結構すごい人なのかな?いや、そうでもないか。

 

「それで、僕たちに何の用?」

「あ、ああ。その、友好の印に缶ジュースを、渡したいと。ほら、ルーキーなら試験のあれこれも知らないだろ?俺が協力して手取り足取り教えてやるよ」

「ふーん、ありがと。だってさ、シャルさん。貰えば?」

 

完全に他人を装っていたシャルさんが急に話を振られてすごく嫌そうな顔をする。ほんっとこの人取り繕わなくなったなー。多少は愛想いい素振りでもして欲しいもんだ。

 

「……他人からの飲み物とか気持ち悪くて喉通らない。俺の分ももらっていいよ、カルト」

「えー、僕ほら、幼少期に毒殺されかけたトラウマで未だにそういうの飲めないからさ。ほら、でも断るのも申し訳ないじゃん?」

「何幼少期に毒殺された過去って。都合よくトラウマ捏造しないで」

「あながち間違ってないけどね。でもまあ……ごめんねー、トンパさん。僕たちちょっとそういうの苦手なタイプで?気持ちだけもらっておくよ」

 

そう言いながらにっこりと笑うと、トンパさんはそそくさと逃げるように去っていった。ふうん、危機察知能力だけはすごいかも。ちょっと評価を上方修正。

 

トンパさんがやり過ごされたからか、他の人たちも絡んでくることなく遠目から見るだけに留めているようだ。それでも結構視線が痛い。まあね、注目する気持ちはわかる。だって見た目だけ考えたら幼女と若い青年だもん。しかも全然戦闘に向いてなさそうな。どうカモにするか考えてるとかそんなとこでしょ。

 

ふわあ、と欠伸をする。退屈すぎ。早く始まんないかなあ。

 

「シャルさーん、ひま。時間まだ?」

「そろそろじゃない?てかそんなことよりカルト的に警戒したほうが良さそうなのは?」

「2番と37番には僕の紙がついてないから未知数。念能力者じゃないけど、隠密行動とか得意そうだよね。ほら、僕の情報網に引っかからなかったわけだし」

「同意。それ以外は?」

「うーん、特筆して強そうなのはいなそう。全員僕の紙吹雪が躱せないレベル」

「なるほど、じゃあ脅威じゃないね。……にしても思ったより人数少ないなあ。多分俺たちが最後だろうけど、それでも137と138だろ?」

 

うーん、確かに。

事前調査におけるハンター試験本戦突入者の平均は300ぐらい。今回の課題はいつもに比べて見にくかったのか、それとも。

 

「……シャルさん、2番の人、変かも」

「具体的には?」

「血の匂いがする。ヒソカぐらい濃く」

 

その言葉とともに極めてさりげなくシャルさんの視線が2番の方を向く。ついでに凝。僕よりも練度が高いシャルさんが見たほうが確実だ。

円で見る限り能力者ではない。それは確か。でも、ただの人にしては血飛沫を浴び過ぎている。

 

「オーラは纏ってないね。隠してる可能性もほぼない。もし隠してるなら俺が対処不可能なレベルの能力者だけど……さすがにそれはないと思いたいなあ」

「そうだね、そんなのいたらどうしようもないよ。で?ほんとにただの一般人?」

「それが変なんだよ。彼女自身はオーラを纏ってないけど、隠してる刀は結構練度の高いオーラを放ってる」

「彼女!?」

 

ポカン、と口を開いてそう言うと、シャルさんが本気で呆れた目を向けてくる。

うー、でも仕方ないじゃないか。だって、見た目は性別不詳っていうか、男の人だし。性別詐称については人のこと言えないけど。

まあ、性別なんてぶっちゃけどうでもいい。

 

「えっと、つまり、オーラ付きの武器を使ってるってこと?」

「おそらく。ちょっと調べてみる。オーラ付与された日本刀なんて珍しいし、多分情報が……」

 

取り出したパソコンの上でシャルさんの指が躍る。相変わらず仕事が早い。どうせ今度は賞金首サイトでもハッキングしてるんだろう。

まあそういう収集はシャルさんのお仕事だ。任せて僕はのんびり見張ってよう。

 

はあ、早く始まらないかなあ。

 

 



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爆発物取り扱いにはご注意を

いつぶり?もう更新したの今更過ぎて笑ってしまった。おそらく読者はいないと踏んだのでもう自分のために書いてます……時間が……時間が無限に欲しい……

※シャルとカルトが仲良しっぽいのでそういうのダメな人は逃げてください


「では只今より1次試験を開始します」

 

試験官のその言葉でザワザワとどよめいていた会場が静まり返って、全員が動作を止める。あ、違う。1人だけ例外いた。それも真横に。

 

「ねーシャルさんってば、いつまでパソコンいじってんの?もう始まるよ」

「カルトうるさい」

 

ぴしゃり、と取り付くしまもなくシャルさんに会話を切られたので諦めて頬を膨らませながら試験官の方を向き直る。試験官さん、結構若いな。見た目年齢20歳くらいかも。しかも結構イケメン。……能力者としてはまあそんなにレベルは高くないかな。少なくともシャルさんだったら瞬殺できる。

 

ふわあ、とあくびをしながらぼんやりと試験官の方に集中する。そろそろ試験内容の話する感じかな?周囲を警戒しつつ聞き流していると、何やら面白いワードが耳に引っかかった。

 

「1次試験は鬼ごっこです」

 

試験官さんは目をキラキラさせながらそう発した。とはいえ周りの反応はきょとんとしてるか、つまらなそうに肩を竦ませたか、なんかそんな感じ。とか言ってる僕としては……

 

「シャルさんシャルさん!鬼ごっこだって!!!やったね!」

「うるさい……てか何が?」

「鬼ごっこだよ!遊んでたら試験終わるとか最高じゃん!」

「いやそういうことじゃないでしょ……いいから最後まで話聞いててよ俺の分まで」

 

あくまで自分は聞く気ないのかーいって突っ込む間もなくシャルさんは再びパソコン画面に視線を落とす。せつない。こいつやっぱり僕を便利使いする気満々じゃないですか。

まあそれはそれとして今は1次試験、もとい鬼ごっこだ。

 

「ルールは簡単。私が鬼、みなさんは逃げてください。1時間以内に私にタッチされたらその時点で失格、逃げ切ったら合格です。共謀しても罠にかけても、もちろん私を殺そうとしても構いません」

 

殺そうと、のところでぶわりと周囲の殺気が増す。キン肉マンたちはみんな大人しく遊ぶつもりは最初っからないらしい。はーやだやだ、これだから荒みきった大人たちは。

なんて考えているうちに、がたがたと音を立てて何やら試験官の後ろのシャッターが開いていく。そこから見えるのは……

 

「ここが今回のフィールドです。この森から抜ければその時点で失格としますから。よろしいですね?」

 

そう、言葉通り森。めちゃくちゃ森。

なんか鳥のさえずりとか聞こえてくる感じの森。もちろんみんなぽかんとしてその森を見つめている。

 

「はい、皆さん準備OKですか?それでは私、ここで5分数えますからその間に逃げてくださいね。はいそれじゃ……」

「ちょっと待てよ……アンタ殺すなりなんなりしていいっつったよな?」

 

試験官の言葉を遮って唐突によくわかんない男がずいっと前に出てくる。受験番号120番、僕が一番最初に円を外した人。まあつまりめちゃくちゃ弱い。

はあ、とため息をつく。僕としては早く鬼ごっこしたいのだけれど、そうも上手く行かないみたいだ。

 

「1時間経たなくてもアンタを殺したらその時点で試験終了ってことになるんだよな?」

「ええ、もちろん」

「なるほどな、よくわかったぜ」

 

にやり、と男は汚めの笑顔を浮かべて、それから懐から何かを取り出した。えっと、なにあれ、銃?

隣のシャルさんをつついて小声であれなに?って聞いてみると心底どうでも良さそうな声で返答が返ってきた。

 

「改造済み拳銃。威力は5割増しってとこじゃない?」

「じゃあ雑魚?」

「そういうこと。……よし、じゃああれはほっといて早く逃げようか」

「さーんせい!」

 

だって明らかにめんどくさいし。どうせ試験官にひとひねりされて終わるんだからもう今のうちに逃げちゃうのが正解でしょ。てかなんでみんな逃げてないの?逆に。

まあどうでもいっか。こそーっとできるだけ足音を殺してシャルさんと一緒にシャッターを越えて森の方に行こうとする、と。

 

「おい、そこの二人組!どこいくつもりだ!」

 

シャルさんがうげ、と顔をしかめて足を止める。うん、まあそりゃそうだよね。森に向かうには今言い争いしてる男の目の前を通らなきゃいけない。絶もしてない状態で人が横切って気付かないわけないわ。

 

「……カルト」

「ういっす、無視ですね」

「おい聞こえてんだよ!抜け駆けするつもりか!?それとも怖気付いて逃げ出すつもりか!!」

 

男の言葉に呼応して周りから笑い声が聞こえる。あ、ちょっとシャルさんの眉間がピクってした。怒ってるなこれ。

くい、とさりげなくシャルさんの袖を引っ張って嗜める。今ここでキレたら目立っちゃう。それは良くない。実によくない。

 

「はっ、テメエみてえな弱っちい男に子供なんてハナからハンターなんざ向いてねんだよ。さっさと帰りな!それとも殺られるのをご希望か?」

「シャルさん早く行こ」

「……」

「いや何そのにっこり笑顔。いいから早く行こってば〜!」

 

ぐいぐいともう一度腕を引いても今度はてこでも動かない。それどころか異常なほどに素敵な笑顔を浮かべて、問題の男の方をくるりと振り向きやがった。あーもうこれダメなやつだ。完全にキレてる。地雷踏み抜かれましたって感じか。

 

「ねえ、そんなにオレたち煽ってるってことは一応自分の方がオレたちより強いって認識でいるんだよね?」

「は?何当たり前のこと聞いてんだよ。頭の方まで抜けてやがるのか?」

 

男のその返答を聞いた瞬間、さらにシャルさんの笑みが深まる。そのまま足元に落ちていた石を拾い上げたシャルさんは……って!

 

「シャルさん!それアウト!」

「なんで?」

「死んじゃうからだよ!初っ端からそんなことしたら目立っちゃうでしょうが!」

「じゃあ掠らせるだけ」

「それならセーフ!」

 

いやセーフなのかいというツッコミは置いておいてもらおう。だってそんぐらいだったら目立たないでしょう、そこまで。僕だってそれなりにムカついているのだ。さすがにこの男、アホすぎて。

 

せーの、というシャルさんの間の抜けた掛け声とともにビューンと音を立てて手から石が投げ放たれる。と言ってももはやその軌道は見えない。男もあまりの速度で目をぱちくりさせてるだけで逃げる動作一つできてない。

そしてそのまま石は見事なコントロールで男の左足に接触。ナイスピッチング。音からして完全に骨は折れただろうし、筋肉もぐちゃぐちゃだろう。まあ消し飛ばなかっただけよかったね。

 

「っつぁああ!……て、テメエ!」

「じゃあ行こうか」

「りょーうかい」

 

当然のように足から崩れ落ちた男は放置して当初の目的通り森の方へ足を向ける。うん、自然の香りが落ち着くー。なんか後ろから男の悲鳴と絶叫とかざわめきが聞こえるような気がするけど気のせいだろう。うん。

 

あ、そういえば。

 

くるり、と試験官の方を振り向く。

 

「あの、五分経ったら追いかけるんですよね?もうカウントって始まってますか?」

「いいえ、乱入もあったのでカウントは今からとしましょう。それでは行きますよ、いーち……」

 

試験官がにこやかにカウントし出して、慌てたように他の人たちも森に向かって走り出す。絡んできた男は……うん、もう動けないでしょ。今回は諦めてもらうってことで。

 

ルンルンと鼻歌まじりにシャルさんに手を引かれながら森を進む。なんかこの感じ、実家な感じで落ち着くなー。兄さんとガチ鬼ごっこしてた庭も大体こんな感じだったし。

そんなことを考えながら張り巡らしていた円を薄ーく全体に伸ばしていく。試験官はっと……うん、オーラをキャッチ。これで試験官の現在地は常にわかる。し、他の受験生の居場所も、なんなら様子も盗聴器のおかげでこっちに筒抜けだ。情報面においては問題なしでしょう。

 

「で、作戦は?」

「とりあえずカルトの円で居場所探知して一定距離保ちながら動き続ける。向こうが絡んできたら絶で逃げる」

「だよねー。じゃあとりあえずは待機か」

 

はあ、とあくびをしながら真上を見上げる。木、木、木。見渡すばかりに木。正直時間を潰すにしてもやることなさすぎる。って、あ。そういえば。

 

「ねーシャルさん、そういえば2番の刀についてなんかわかったことある?」

「もちろん。オレの手にかかれば」

 

ふふん、と自慢げに鼻を慣らしながら何やらパソコンのディスプレイを見せられる。うわー、なんかムカつく。この自信満々なとことか特に。

まあでもそんな不平不満よりは今は情報なので、大人しく覗き込む。

 

「前科は20犯以上。賞金もかかってる。特徴はその刀。通常の刃物としての効果に加えて念を斬ることができるんだって」

「念を斬る?何それ」

「刀で斬られると纏ってるオーラが一時的に消去されるし、念でできてるものは消去される」

「へー、じゃあそれが2番の能力ってこと?」

「それは違う。2番自身は念能力者じゃないんだよ」

 

え、何それ?

シャルさんの言ってることがよく分からなくてこてり、と首を傾げるとすごくめんどくさそうにシャルさんがパソコンを閉じて説明を始めた。

 

「ここからはオレの推測だけど、2番はあの刀に寄生されてるだけの一般人だ。まあそれを利用してハンター試験なんかに乗り込んできたんだろうけど」

「寄生?」

「そう、寄生。刀自体がオーラを込められた道具。なんらかの理由で所有者がなくなったそれを偶然2番が手にしただけってこと」

「じゃあ警戒すべきはその刀だけってことか〜」

 

うーん、と考え込む。寄生してる刀。じゃあ多分動くためにその2番の生命エネルギーを吸い取ったりしてるんだろう。てことは単純に考えれば2番は放置しておくだけで勝手に消耗して倒れる可能性が高い。僕たちが何か手を加える必要はないかも。

でもまああれだけ刀から血の匂いがするってことは、結構な人数を殺してるんだろう。多分今回のハンター試験で人数が少ないのもあの人が道中で殺してたからの可能性が高い。音声を聞くにデパートの地下にたどり着く前に何者かに襲われた人が結構いた。その犯人が多分あの2番だ。

 

「でもまあ、正直あんまり大局には影響しないよね〜」

「本人自体は一般人だからいくらでも殺す方法もあるし。そこまで気にしなくてもいいんじゃないかな」

 

そうのんびりと言ったシャルさんは、伸びをしながら木の枝の上で器用に寛ぎ出す。なんていうか、バランス感覚カンストって感じ。そういう軽業師みたいだ。多分あの状態から普通に戦闘姿勢にも持ってけるんだよな。こっわ、幻影旅団。

 

と、円が試験官の接近を感じとる。結構なペースで受験者は失格に追い込まれてるみたいで、もう30人は捕まってる。そのぐらいまで人数が減るとまあ、結構奥の方まで逃げた僕たちまで手が回ってくるかもしれない。

 

 

「シャルさん、近寄ってきた。どうする?」

「オレたち目当て?」

「多分。この辺り僕たちしかいないから。速度も早いし撒くのは無理そう」

 

そっかー、と全くペースを変えることなくシャルさんがゆったり呟く。そもそも最初から逃げる気はないようだ。あ、今ポケットのアンテナに触った。

 

「操作しちゃってもいいけどちょっと後が面倒かなあ」

「てかそもそもあんまり念使うのもよくないでしょ。……円使っといて今更だけど」

 

あ、また一人捕まった。試験官さんはおそらく敏捷性に優れたタイプの人だ。持久力はないけど瞬間速度がずば抜けてる。だから鬼ごっこなんて課題にしたんだろうけど。でもまあ、だからたとえ僕でもロックオンされたら完全に逃げ切れるかは結構五分五分だと思われる。シャルさん?この人捕まえられる人なんてそうそういないだろうから関係なし。

て考えるとどうにか迎え撃って行動不能にしちゃうのが多分最善策でしょ。

 

「よし、じゃあこうしよう」

「何、馬鹿みたいな案だったらカルト囮にして逃げるから」

「うわー、すごい堂々と裏切り宣言されたー。……でさ、まあとりあえずうまいこと試験官を拘束できればいいんでしょ。それならいい案思いついた!あのね……」

 

ゴニョゴニョ、とシャルさんに耳打ちする。ぶっちゃけできるかどうかはよくわかんないけど、でもできたらこのまま試験終了まで持ち込めるかもしれない。試験終了までは後30分。そのぐらいだったら拘束し続けられるはずだ。

ふふっとシャルさんと顔を見合わせて笑う。結構卑劣な策だけれど、でもまあ勝てればいいのだかてれば。そもそも最初っから暗殺者と盗賊なんだから卑怯卑劣なんてむしろ専売特許だろう。

 

 

 

「カルト、こっちは準備完了」

「さすがシャルさん。試験官ももうすぐそこまできてるよ。周りの受験者はほとんど全員捕らえられちゃったから後は僕たちだけかな」

 

この試験官結構容赦ない。100人以上いた受験者がもうこの時点で50を切ってる。1次試験からこんなに不合格者出すとかいいんだろうか。まあ僕たちには関係ないしどうでもいっか。

 

5、4、3、2、1

 

脳内でカウント。ゼロになったタイミングでシャルさんと目を合わせる。よし、作戦開始。

 

「鬼さんこーちら!」

 

そんなことを大声で叫びながら木の上にひょいって飛び乗る。うん、子供だからこその軽い体重って実に扱いやすい。しばらくこのままでもいいぐらいかも。木の枝に飛び乗ったところで茂みから、ニコニコと試験官が現れた。あんな森の中で鬼ごっこしてたのにも関わらず服は綺麗なまま。やっぱり相当な実力者だろう。いや、逆に捕まった受験者がよわよわだったとも言う。

 

「おや、ここにいるのは2人だったと思っていたのですが。あの青年の方はどちらに?」

「知らない。そもそも最初から知り合いじゃないから」

「……君を囮にして逃げている?それとも何か別の策が?」

「教えるわけないじゃん。ってことでさ、僕と鬼ごっこしよう!」

 

訝しげに眉を顰める試験官は無視してばいん、と木の枝から飛び上がる。そのままジャンプして木の上を移動。ただ地上で追いかけっこだったら多分僕に勝ち目はないけれど3次元的な動きであれば試験官もおそらくそう簡単に追いすがれない。

木の下を見下ろすと、試験官はピッタリと僕を追尾している様子。多分一瞬でも地面に降りたらその場でタッチされるだろう。でもなー、降りないとなんだよなー。

 

作戦は極めて単純だ。僕が走って罠に誘導して、シャルさんが迎え撃つ。まあそれぐらい誰だって考えるだろうけれど、何しろ僕達は操作系×2だ。罠とかそんなのいくらでも生産可能。

 

「よし、今!」

 

目を閉じて勢いよく木の上から落下する。一瞬びっくりしたようにぽかんと立ち尽くした試験官はそのまま僕をタッチしようと手を伸ばした。

空中でどうにか体勢を立て直す。よし成功。そしたらあとは……。

 

「とりゃ!」

 

手には触れないように器用に試験官の背中を足蹴にして吹っ飛ばす。これならタッチされたことにはならない。

その吹っ飛ばされた先には。

 

「ナイスキック、カルト」

「でしょ?それよりちゃんと作動したの?」

「だから今落ちてるんだろ」

 

当たり前のこと聞かないでよ、と肩をすくめるシャルさんの目線の先にはぽっかりと開いた落とし穴。罠の中でも1番古典的じゃないだろうか。でもまあそれだけじゃなくて、ほんのちょっぴり細工してあるけど。

 

なかからどごん、と何度も爆発音が聞こえる。どういう理屈かは知らないけどシャルさんが仕込んだ爆弾は誰かが接触すればそのまま爆発するらしい。狭い穴の中でこう何度も爆発が起きたらどうなるか。そりゃまあ出口は塞がって、しばらくの間出れなくなることは間違いなし。

穴自体も細工してある。そもそもこんな落とし穴なんてあったら試験官が最初から警戒しちゃうから、ものすごく隠蔽した。一帯全体を僕のオーラで覆って最初から感覚を鈍らせ、更にシャルさんが見えない状況を作り出すことで地形ではなく見えないシャルさんに意識を割かせるようにした。まああれだ、幻影旅団の絶は割と真面目に僕でも分からないレベルってことだ。

 

「……よし、これで1次試験は終わりー?」

「一応まだ時間は20分くらい残ってる。試験官死んだわけじゃないし、それまで待機じゃない?」

「うえー、暇。シャルさんなんか面白い話してよ」

 

そう言いながら足をバタバタと振り回すと、シャルさんに割とガチめにデコピンされる。いった!なにこれいった!!!

 

額を抑えてぶう、と膨れっ面をしてみる。なんなんですかいきなり。頭割れるかと思ったんですけど。

そんな僕の不満を完全に無視したシャルさんは、はあ、とため息交じりに落とし穴の方を見やった。

 

「なんで殺さなかったの?」

「へ?」

「こんな手の込んだことしなくても殺せただろ。そっちの方が時間も費用もかからなかった」

 

じとっとした目でそう言われると確かに殺す方が早かったかもって気はしてくる。だってまあ、単純に僕達の方が強いし。てかそもそも向こうが感知できないレベルの絶ができる時点で割と僕達の勝ちなのだ。わざわざ落とし穴掘ったりする理由なんてどこにもない。けど。

 

「無意味はお仕事はしない主義なのです。殺すのは依頼された時か、それか先に向こうが手出してきた時だけ」

「ふーん、なにそれ」

「ルール。大事でしょそういうのって。後先考えずに殺してわけわかんないところから恨み買っても嫌でしょ?めんどくさいし」

「……暗殺者ってめんどくさいんだね。細かいこと考えずに欲しいものだけ奪ってけばいいのに」

「これだから盗賊は。そんなんじゃいつしっぺ返しくらってもおかしくないと思うんだけど」

 

遠くの鳥の鳴き声をぼんやりと聞きながらシャルさんの横顔を眺める。

幻影旅団。その被害はもはや災害クラス。こうやって話すことだって本来は避けた方がいいサイコパス集団。でもなーだけどなー。

 

マチさん、シャルさんはいい人だ。いや、別にいい人ではないけども悪い人ではないと思うのだ。多分この人たちがこうやって生きてるのは、そうじゃないと生きられなかったから。僕や兄さんと一緒。この世界で生まれる環境っていうのは生涯で多分1番大切なことだ。兄さんと僕はゾルディックに生まれたせいで人殺しにならざるを得なかったし、多分シャルさんも殺さないと生きていけない環境で生まれ育ったのだろう。細かい挙動からしてまあ、それぐらいは察した。

 

てわけでまあ。

 

シャルさんの綺麗な金髪をさらさらと撫でてみる。うわ、なにこれーどんな高級品使ったらこんなさらさらになるの?金か?金なのか!?

なんて思ったら当然のように手は振り払われる。むう、もう少し堪能したかったのに。

 

「カルトなにしてんの。普通に意味わかんない」

「えーだって暇だし。てかそれシャンプー何使ってんの!?教えて!」

「企業秘密」

 

ふふ、と唇に手を当てて笑ってるその仕草はまさか極悪非道の盗賊が浮かべるものとはちょっと思えない。なんというか、本当に年相応の普通の顔だ。

 

「ねーシャルさん」

「なに?」

「シャルさんがなんかやりすぎて誰かから盛大に恨み買って殺されそうになったらさ、助けてあげてもいいよ有料で」

「なにそれ、新手の悪徳商法?」

「ちーがーうー!だから、兄さんの次ぐらいには助けてあげてもいいよって言ってんのバーカ!」

「いやまだ意味わかんないけど。てかオレがどうにもならない状況でカルト来てもどうしようもないでしょ。オレより弱いくせになに言ってんの」

 

むにむにと頬をつつかれながらまたそう笑われる。いやまあ、正直その通りなので何も言い返せないんですけど。でもほら、人が割といいこと言ってんのに多少は感謝とかしろよと思わなくもない。

 

はー余計なこと言わなきゃ良かったー。ちょっと同情した僕が馬鹿だったー。

 

1次試験終了まであと10分。ごろりと地面に転がって目を閉じた。うつらうつらし始めてからしばらくして、遠慮がちに誰かの手がそっと髪を撫でた気がしたけれど気のせいだということにしておいてやろう。

 

 

 




シャルもイルミもカルトも好きなキャラはみんな生きててほしいなあ……シャル……


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れっつごーぐんじきみつ

投稿ペースに関してはもうこういうやつなんだな……ってことで許してください……。そしてまたそろそろ大学入試が1年後に迫りそうなので多分一年以上あきます。すみませぬ(全力の土下座)

ちなみに作者は軍事衛星とか何とかそんなの全く知らないど素人なのでおそらく実態と全く違いますがフィーリングで読んでください


「端的に言ってバケモノですね。二人とも。掴みどころがないんですよ」

「掴みどころがない?」

「ええ。子供のように無邪気に逃げ出したかと思えば、精巧に組まれた罠にはめられました。ただの落とし穴かと思っていたのですが、どうやら爆弾が仕込まれていたようで。それもオーラ越しでもダメージが伝わるレベルの」

「それもその子が一人で?」

「いえ、おそらく同盟関係の青年の方が仕組んだのかと。見たこともないものでしたし、自作の可能性もあります。匂いも気配もしませんでした。爆発するまで全く気づかなくて」

「へえ。……それはまた、面白そうな二人組だわさ」

 

ビスケット=クルーガー。一流のハンターであり、今回の試験の二次試験官である彼女はその話を聞いてにこりと微笑んだ。

 

「ほんのちょっとだけ、つついてみましょうかね」

 

 

うつら、うつら。睡眠はいいものだ。疲れは取れるし嫌なことは忘れられるし、暇つぶしにもなるし。

そんな平和で怠惰な時間をいつまでも過ごしていたいけれど、現実はそううまくもいかないのだ。はあ、とため息交じりに上体を起こす。目の前には呆れ顔の金髪のイケメン。なんか起きろとか言ってる気がするけどせっかくのお休みなのだ。もうちょっとだけ……。

 

「……カルト、3秒以内に覚醒しなかったらここに放置する。いーち、にー」

「わー待って!待ってってば!この鬼!悪魔!」

「否定はしないけどカルトに言われる筋合いはないかな。……ほら、早く行くよ」

「どこに?」

「二次試験会場」

 

二度寝失敗。仕方なく立ち上がると、シャルさんに手を引かれて、というよりもずるずると引きずられる。え、ここ森なんですけど。地面土なんですけど。

母さんからもらった割と高そうな生地が無残に泥まみれになっていく……。家帰ったら怒られそう。いやまあでももう結構返り血とか浴びてるし今更ってことで。ノーカンノーカン。諦めてずんずん前を進んでいくシャルさんについていくことにする。

 

「てか今どこに向かってるの?」

「二次試験会場」

「だからそれどこって……」

「不明」

 

さも当然のようにそう言われて、一瞬頭がバグる。へ?今この人なんて言った?

 

「……不明なのに今どこに向かってんの?」

「とりあえず森抜けないと話にならなそうだから。……カルト、もしかして本気で寝てた?試験内容聞いてなかったとかそこまでバカだと思いたくないんだけど」

「シャルさん大正解ー!そこまでのバカでした!」

 

そう言ってにへら、と笑うと盛大なため息をつかれる。でも仕方ないじゃないか。まだ子供だもん。いっぱい鬼ごっこして遊んだら疲れて寝ちゃうとこまでが子供の一般的な動きである。

ていうか冗談抜きでこのからだ、まだお子ちゃまなんだよね。さっきみたいにちょっと激しい運動とかガチバトルするとすぐ疲れて寝ちゃう。針で操作してるとはいえ実年齢一桁だしね。仕方ないか。

でもまあ、試験内容が分からないのはいただけない。そんなんで落ちたら絶対兄さんになんか言われる。それはダメ。絶対ダメ。

 

「それで、試験内容って?」

「試験官を探すこと。鬼ごっこの次は隠れんぼだってさ。範囲はこの森から半径10km圏内」

「へー、じゃあ円でやってみる?」

「多分無理。あの試験官、絶のレベルが違う。目の前にいたはずなのに一瞬で見失った。カルトの円でも見つけられるかは結構五分五分だと思う」

 

マジか、それはヤバイかも。

とりあえず割といつもより濃いめにオーラを展開してみる。走り回ってる他の受験者がいっぱい。まあそれはどうでも良くて、念能力者のオーラの痕跡を探ってみる。強力な能力者のオーラは癖が強いから数時間はオーラの痕跡が円でキャッチできる……はずなんだけど。

 

「ダメだね。痕跡もない。ほんとにその試験官存在してたの?」

「そこ疑いたくなるレベルの絶だったね。只者じゃない」

「ひえーなんでそんな人が試験官なんてやるの……」

 

むう、と頬を膨らませる。僕達が感知できないレベルの能力者なんて他の受験生に見つけられるわけが無い。から仕掛けた盗聴器越しの情報も役に立たない。

せめて起きてその試験官に盗聴器貼り付けられてれば……ううん、無理。そこまでの能力者に通用するほど隠密性は高くないし、貼る段階でヒソカと同じく気付かれる可能性が高い。どっちにしろ詰み。

 

「……これさ、もしかして今回合格者出す気ない?」

「意図はともかく出ないだろうね。俺たちがなにかこの状況を打破する画期的な策を思いつかない限り」

「シャルさんちなみに?」

「……あるっちゃあるけど正直使いたくない。強引すぎるし」

 

すう、と目線を逸らしながらシャルさんが何やらぶつぶつ言っているがそれはどうでもいい。大事なのはあれだ。今この人あるっちゃあるって言ったよね?男に二言はないよね?

 

シャルさんの袖口を引いて無理やりこっちを向かせる。なんでもいいから策があるなら出してもらおうか。こちとら兄さんからの信用問題がかかってるのだ。どんな手を使ってでも合格せねばなのです。

 

「それで、どんな手?」

「……軍事衛星」

「は?」

 

延々と渋ってようやくシャルさんから放たれた言葉はなんていうか、予想の5mぐらい上をとんでいた。え?今なんて?

続きを促すようにまたぐいぐいと袖を引くと、はあ、と重苦しいため息をまた付いてやっと口を開いた。

 

「ここ、パドキア共和国の軍事衛星がカバーしてる範囲だと思うんだよね。地理的に考えると。正直あの試験官を念で見つけるのは不可能だから」

「物理攻撃で衛星から居場所探ろうってこと?え、それって」

 

それって、つまりそういうこと?いやいくらなんでも。

そんな僕の心を読み取ったようにつらつらとシャルさんの言葉が続く。

 

「いくら絶をしたところで存在が消えるわけじゃない。絶状態でも監視カメラには映るし、もちろん衛星から辿ることも可能。現状における最適解だと思うよ?ただ……」

「超大国にケンカ売らなきゃってことね。軍事機密ハッキングとかリスク高すぎだと思うんだけど」

「そう。だから使いたくないの。俺でもそのレベルは流石に時間かかるし」

 

なによりめんどくさい、とどんよりした目で言ってることからして相当に難しいんだろう。まあそりゃそうだよね。パドキア共和国は兄さんいわくこの世界の覇権を握ってる感じの大きな国で、もちろんその軍事機密情報は最新鋭の技術でガチガチに固められてる。幻影旅団だろうがなんだろうが、さすがに無理なものは無理でしょ。

 

うーんと腕を組んで考え込む。

正直シャルさんが目の前で見失うレベルの念能力者の本気の絶を見破るのは不可能に近い。僕の円を最高濃度で半径10mくらいに展開し続けたら引っかかるかもしれないけど、虱潰しに探すのは非効率。そもそも多分探してるうちにオーラが尽きる。

だから物理的手段に頼るのが多分唯一の攻略法であるのは確かだ。そしてここは森林地帯。街頭の監視カメラなんてもちろんない。唯一データが得られるとしたらその衛星からだけってことだ。

 

「シャルさん、制限時間は?」

「24時間。あと23時間と30分だね」

「ハッキングに要する時間は?」

「向こうのセキュリティ次第……だけど時間内に終わるかは結構危ない橋だと思う」

「……それってさ、ネットを介してだったらってことだよね?」

「は?」

 

シャルさんがこいつ何言ってんだ?みたいな冷たい目線を送ってくる、がしかし、思いついてしまったかもしれない。なにかとってもいい方法が。

 

カバンのなかをガサガサと漁る。雑多な紙束の中から探すのはちょっとめんどくさい。そのうちいい感じに整理整頓する方法とか、っていうかもうデータベースにする方法とか考えねばならない気がする。

 

まあでも今はそれは置いておいて。

 

発見。僕が今まで集めた中でも特に大物のやつ。

それをにやりと笑いながらシャルさんの眼前に突きつける。

 

「これだったら間に合う?」

「……これっ!どうやって……?」

「えへへーすごいでしょー!」

 

紙が破れるんじゃないかってぐらいすごい勢いでシャルさんがひったくる。むう、その前にもうちょっと褒めてくれてもいいんじゃなかろうか。これ、結構なファインプレーだと思うんだけど。

 

紙に書かれた内容は単純。パドキア共和国の軍事中枢が置かれた場所。どうやらヨークシンの郊外にひっそりあるらしい。もちろんそこからだったら軍事機密にアクセスすることも可能。衛星画像なんて見放題でしょ。ネット上からハッキングする手間もない。

単純に考えて現在地からそこまで4時間あれば到着出来る。そこから内部に潜入して情報を盗って、それで戻ってくるんだったら時間的にはかなり余裕があるはず。シャルさんのアイデアを実現可能にしたら多分こんな感じ。

 

ふふん、と得意げに胸を張る。どうだ、恐れ入ったか。これが僕の本気である。別に試験説明寝過ごしてるだけのアホの子ではないのだ。

 

一通り目を通したのか、やっとシャルさんが紙から顔をあげてこちらを向く。あ、なんか今すごい呆れたような目線を向けられたような気がするんですけど。なんでー?崇め奉られるいわれはあっても呆れられることはないと思うんですけどー?

 

「カルト、口角上がりすぎてて気持ち悪い」

「第一声それ?!もっと言うことあるでしょ!カルト様素晴らしいですとか靴舐めますとか!」

「何言ってんの?とうとう狂った?……ほら、早く行くよ。結構時間はギリギリだろうし」

「え?」

 

思わず首を傾げる。時間はあと20時間以上あるはず。そんなに焦んなくても……。

 

と思ったところでまたシャルさんの呆れた目線が刺さる。うえ、何このひと美形の癖して精神負荷かけるの上手すぎしょ。

 

「おバカなカルトにはわかんないかもしれないから教えてあげるけど、この場所に潜入って難易度とんでもなく高いからね。ただドア蹴破って中入るだけじゃないし」

「え、なんで?入って中にいる人適当に転がしとけば……」

「侵入者の存在が何らかの形で察知された段階で情報は全てデリートされる。侵入したことにすら気づかれないようにじゃないと……だから時間はいくらあっても足りない」

「わかった!わかったから引きずるのやめよ!?ほら見てよこの高そうな布がドロドロ」

 

話しながらシャルさんにずるずると土の上を半ば引きずられるように手を引かれる。いやこれはあれですね、シャルさんは人間との接し方を1からお勉強し直した方がいいと思うんだ。

ぶう、と頬を膨らませても無視されてそのまま進まれる。さすがにこのまま泥だらけはやだから仕方なく小走りでついて行くことにする。うえー、ドロドロしてて歩きにくい。

 

「てかさ、どうやってここまで行くの?徒歩じゃさすがに……」

「そんなことするわけないだろ。非効率すぎる」

「え、じゃあ……」

 

すう、とシャルさんの目線が上に向く。つられて見上げると……

 

ばるばるばる。破壊的な音を立てながら上空通過するヘリコプターが1台。思わず嘘でしょってシャルさんの顔を見つめると、人の良さそうな笑顔でにっこりと微笑まれる。

 

「さっきの情報代はこのヘリのチャーター料でチャラね?」

「……あのさ、なんでいつもいつもそんなに金遣いが王族並みなの?」

「金は使うためにあるから」

 

いや、使うためって。世の中のお兄さんお姉さんたちはもっと将来を憂いて貯めたり貯めたりしてるんだよ。いきなりぽんってヘリコプター借りたりしないんだよ。てかほんとにいくら積んだんだろ……怖いこの人……。

 

なんて呆然と考えている間に、ヘリからしゅるしゅるとロープが降りてくる。まあそうよね、こんな森林地帯に着陸とか出来ないもんね。

 

とりあえず荷物を確認。と言ってもカバンひとつ分だからなんてことないけど、森の中に置き忘れましたとかバカでしかないからね。洒落にならない情報いっぱいだからうっかり誰かに拾われても大問題だし。

 

よし、OK。シャルさんに続くようにしてロープに飛びつく。それと同時にものすごい速さで上がっていくロープ。え、なにこれ。めちゃくちゃ怖いんですけど。手離したら普通に死ぬのでは……。

 

「カルト、ジタバタしないで。ただでさえ不安定なんだから」

「うーるーさーいー!なんでヘリ乗るためにこんな命綱1本の宙吊り体験しなきゃいけないの!」

「時間短縮。仕方ないだろ、着陸可能な平野部まで移動してる時間も惜しいんだから」

「だーかーらー、そこまで焦らなくてもっ……」

 

むう、とふくれっ面をすると珍しく真面目そうな顔のシャルさんと目が合って思わず黙らされる。

 

「そこまで焦らないと、なんだよ。おそらく」

「……なんで?」

「多分この試験、俺たちを試しに来てる。他の受験生なんて気にもせずにね。だからきっと時間設定も俺たちがクリアできるギリギリに設定してるよ。……正直今年は諦めて来年に賭けたほうが早いと思うけど」

「それはダメ。兄さんが今年に放り込んだってことは今年合格しなきゃってことだもん」

「それは知らないけど、俺も来年また受けに来るのはめんどくさいしね。まあだから可能な限り急ぐってこと。理解した?」

「理解した。じゃ最高速度で向かおっか」

 

ロープがヘリの際まで到達。とん、と軽いステップで中に入る。

 

まあ急ぐっていっても乗ってる間は暇なわけだ。っていうか束の間の休息。ゆったりまったりしようではないか。

 

超大金持ちシャルさん、といっても実際盗ったり奪ったりした金が大半なんだろうけど、のチャーターしたヘリなだけあって椅子はふかふかだ。なんなら爆睡できそう。

だがしかし。

まだ見ぬ鬼畜試験官の姿を想像しながらため息をつく。これほどの鬼畜野郎ならばここで寝る余裕なんて作らせないだろう。キリキリ働けってことだ。

 

ふわあ、とあくび交じりにパソコンを開く。今のうちに潜入先の情報でも洗っておこう。ここでミスしたら実際問題試験クリアの道は完全に絶たれる。

 

「ねーシャルさん」

「なに?」

「ちなみに潜入の案はなんかあるの?」

「それを考えるのがカルトの仕事だろ」

「言うと思ったー。じゃあさ、シャルさんの能力教えて?」

「は?」

 

ぎろり、ととんでもなく冷たい目線が刺さる。うんうん知ってる。そういう反応になるよね。でもさ、実際知らんとどうにもならんのよ。多分僕の能力だけじゃ潜入なんて不可能だし。

 

はあ、ここはひとつ妥協しますか。

 

「じゃあさー、僕が今からシャルさんの能力推測するから合ってたら合ってるって言って。それでもダメ?」

「ダメ。想像できてるならその範囲で計画立案すればいいだろ。なんでわざわざ生命線晒さなきゃいけないの」

「だって僕の能力だけじゃ無理なんだもん」

 

盗聴器。身体強化。あとはちょっとした紙の刃。いやこれでどうしろよって感じだよね。一応暗殺一家なだけあってセキュリティ解除だの隠密移動だのは叩き込まれてるけど、だからといったって軍事レベルをかいくぐれる実力があるかって言われたら否だ。

ざっと調べたところ入口の生体照合を抜ければ施設内に潜入は可能だ。そもそも施設の場所を知ってる人間がそういないから入るってことについてはセキュリティはそんなに固くないらしい。

ただし問題なのは情報制御室。ここに入るのがおそらく至難の業だ。

入れる人間は施設の最高管理者ひとりのみ。常に警備員が張り付いてて、もちろん入口には生体照合。警備員も念能力者。音、熱は全てセンサーが張られてて少しでも異常が感知されれば情報源から施設へのネットワークが断ち切られる。だから警備員との戦闘なんてしたらアウト。センサーを絶つことも考えたけどそれでも多分異常とみなされる。

生体照合を抜けるのは多分すごく簡単だ。その最高管理者の人をシャルさんのアンテナで操作すればいい。最高管理者が許可して招きいれれば他の人間も入れるから僕達もらくらく潜入可能。

でも最高管理者を操作したところで警備員は気づく。まず念能力者だからシャルさんの操作に気づく可能性があるし、そもそも来賓が来るって情報がないのに僕達が来たって時点で異常事態だから多分バレるだろう。よってただ操作して潜入するのはアウト。

 

考えろ考えろ。大丈夫、絶対何か策はある。

ネットワーク遮断のトリガーは音と熱。死んでも戦闘してもアウト。最高管理者は操作するから問題ない。どうにか警備員を黙らせればいい。

 

「……わかった」

 

にやり、と口角が上がる。これはいけるでしょ。

 

「シャルさん、眠らせよう。立ったまま。だったら音感知にも熱感知にも引っかからない」

「どうやって?」

 

アンテナをくるくると回しながらシャルさんが笑顔でそう問いかける。くっそ食えない男め。わーすごいー!ナイスアイデアー!とかなんか言うことないのか。

ごほん、それはともかく。

 

「一応聞くけどシャルさんの能力で10人以上を一瞬で同時に眠らせることは不可能だよね?」

「……」

「はいはい、わかってますよ。能力は晒さないんですよね。もーちょっとぐらいは信用してくれてもいいのに」

「信用とそれは別でしょ。将来的に敵に回る可能性がゼロじゃない人間に切り札晒すほど馬鹿じゃない」

「わかりましたー。でもとりあえずシャルさんの能力で最高管理者操作して生体照合クリアすることは可能だよね?」

「……そこはもう見せたしね。うん、そう。それは可能。それで中に潜入して、どうにかして警備員眠らせようってことか」

「そういうことー」

「いい案だと思うよ。実行可能なら」

 

実行可能、のところでシャルさんの目が細められる。そう、最大の肝である警備員集団お昼寝事件をどうするかがノープランなのだ。

ただ薬とかで眠らせるとバタンって倒れる。その時の音とか体の動きは感知でバレるからアウト。大事なのは眠ったあとも立ち続けたままでじっとしてもらうこと。

 

なんかもうあれだな、それだったら眠らせるより催眠とか意識混濁させるとかの方が早い気がする。

 

……兄さんの針バーって刺しちゃえば一瞬なんだけど。うーん、なんかいい案……。

 

「……シャルさん、警備員の念能力者ってどのくらい強いと思う?」

「確実に弱いよ。能力者なのに金持ちの子飼いやってる時点でね」

「じゃあ僕が周できるくらい……?」

 

フォーリングダウンとかいう能力が僕にはある。

対象に周出来ればエネルギー操作ができる便利能力のこの子、もし警備員に出来れば脳の血液一気に下ろして気失わせたところで無理やり立ちつづけさせることは可能だと思う。やったことはないから実験的になっちゃうけど。

 

「出来ると思うよ?ただかなりオーラの無駄使いすることにはなると思うけど」

「できるならいいや。じゃあ問題解決」

 

ふう、と息をつく。よし、とりあえず脳内で計画をさらおう。

まず最高管理者の人にシャルさんのアンテナを刺して潜入、情報制御室手前まで行く。入る直前に僕が中の警備員に周してフォーリングダウン発動。気絶させたまま立たせる。そしたらあとはもう中に入って情報覗いて戻るだけだ。操作された可哀想な人は多分死ぬし、警備員の方も無事じゃ済まないだろうけど知らん。これは仕方ない殺しの方なので問題なし。

 

ヘリがゆっくりと減速してどこぞのビルの上にホバリングする。ちょうどよく到着したみたいだ。あとは潜入するのみ。

 



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危機一髪

ビスケと戦ったりしたりとかそんな感じ。シャルナークの戦闘能力微妙に捏造。


『東側通路、異常なし』

『了解。そのまま警備を続けるように』

 

愛想もへったくれもない上司からの短い返答を確認してから無線を切る。凝った肩を解すようにぐりぐりと頭を回すと、同じように退屈げにたっている同僚たちが目に入った。

 

パドキア共和国、第4軍事中枢。ヨークシン郊外に位置するここは一般市民は一生知らずに死んでいく場所の一つだ。いや、知ったら殺されるの方が表現としては正しいかもしれない。

なにかときな臭いこの世界では戦争とは言わないまでも小さな小競り合いは日常茶飯事だ。それだけでなく盗賊だの暗殺者だの、非合法組織の襲撃も当たり前。人が死ぬのも当たり前。国家の重要人物でさえ簡単に死んでいく。

それの対策、というのがこの施設の大義名分だが実際は違うことぐらい3年もここで警備員をやっていればわかる。防衛がどーたらとか言ってるが本当はここは攻撃拠点だ。新しく戦争をふっかけるタネを探したり、半ば強引に作り出したりする場所。

最新鋭技術で得た情報は国民に還元されることなく、軍備拡大とお偉いさんの私腹を肥やすために使われる。なんてこんなふうに言うとまるで不満を持ってるみたいだが、それは違う。結局力こそ全ての世界なのだ。強い力を、権力を持ってるやつがより多い利益を得るのは当然のことだろう。自分だってそのお零れにあずかってるわけだし。

 

なーんて考えて、あと2時間で今日のシフトは終了だななんて周囲に目配せしたところでその悪夢は起きた。

 

ゆったりとまどろむように意識が落ちていく。違和感は最初は感じなかった。だってそれは、眠る時とおなじ心地よい感覚だったから。

そのまま意識を微睡みに任せてゆっくりと瞼を閉じようとした時に、初めておかしいとわかった。

 

全員が、寝ていたのだ。

 

自分を含めて10人。その全員が同じタイミングで寝ていて、しかも崩れ落ちることなく立ったまま。

これは、おかしい。

薄ぼんやりとした意識の中で掴んだ違和感をどうにか繋げようとする。答えはひとつだ。侵入者だ。どういうわけか分からないが、侵入者はこの施設のセンサーや情報がシャットダウンされる条件まで完全に把握した上で、自分たちを無力化した。

 

まずい、まずい、まずい。

 

どうにかして異常を伝えなければ。たった一言だけでも声が発せられれば、それだけでいい。この通路は会話は厳禁で、だから非常時は音声センサーにほんの少しでも反応があった段階で情報はカットされる。

意識が落ちるまであと10秒ない。声を、出さなければ。

そう思うのにまるで喉を震わすことを許さないと言うようにかっちりと固定される。なんだこれは、まるで自分の体が操作されているような。

それでも諦めない。最後の力を振り絞って前のめりに倒れようとする。倒れた音でも反応するかは賭けだが、やらないよりはマシだ。無理やり体を捻って動かそうとする。

 

その瞬間、目が合った。

 

黒髪の幼子。ここにいるのにまるでふさわしくないその子は、何度か瞬きをして、それから自分に向けて手を伸ばした。

 

そこで、意識が途切れた。

 

 

 

♢

 

 

 

はーい、というわけでとりあえずお仕事完了!あとはこの通路を抜けて管制室に入ればOKです!

 

シャルさんのアンテナが刺さった人の後ろを2人で足早に進む。フォーリングダウンは永続的なわけじゃない。あくまで頭から血がなくなったら意識が落ちるっていう生理現象を無理やり行ってるだけだから、ちゃんと血が巡り始めたら普通に目覚める。できる限り血流を操作して気絶してる時間を伸ばすようにはするけれど、僕のオーラ量的に、というか集中力的に限界はせいぜい15分だろう。そこからどのぐらいであの人たちが起きるかは不明だけれど、希望的観測は持たない方がいい。雑魚とはいえ念能力者。意識が戻るのはきっとすぐだ。

 

てか焦ったなー。思ったよりみんなすんなり寝てくれたから油断してたけど、最後の一人は結構抗ってた。おかげで周するのにもオーラが予想以上に必要だったし操作に今もしっかり意識を割かないと起きちゃいそう。それなりに強い人なんだろうな。普通に戦えば。

 

まあ僕は暗殺者なので、もちろん正面から戦うなんてそんな愚行はしませんとも。絶で警備員が気づかないように接近して、じわじわと周。違和感を感じさせないくらいゆっくりと血流を操作して気絶させた。まさに透明な毒って感じだよね。最後の人も声出そうとか色々頑張ってたぽいけど、その声を出すための筋肉だってぼくの制御下だ。結局気づかないうちに周されちゃった時点で決着はついてたってことだね。

 

そんなことを考えながら、ほんのちょっとすすむペースを早める。終始無言、なのは別に僕とシャルさんの仲が悪い訳では無い。断じてない。多分。

この通路にはこの国で1番高精度な音感センサーがある。人の声に反応して、ほんの少しでも声が発せられたらその時点で異常事態とみなされるのだ。だから警備員の人たちも無言でずっと突っ立ってたし、僕達も無言。

 

なんて考えてるうちに、目の前に重厚な扉が現れる。シャルさんと目配せ。間違いなくあれが情報制御室。僕達のお目当ての場所だ。

 

素早くシャルさんの指が携帯の上を舞って、最高管理者(操作中)は虚ろな目のまま指紋と虹彩認証をクリア。がしゃん、と音を立てて扉が開く。飛び込むように中に入った。

 

「は〜〜疲れた〜〜〜!ほんっとに疲れた!ほら見てよシャルさんこの青ざめた顔!これ以上やったらオーラの使いすぎで倒れる!」

「うるさい」

 

無表情でぷいっとそのまま目を背けられて、シャルさんは当たり前のように真ん中のコンピュータの前に陣取る。操作してた男?そんなの部屋に入った瞬間に操作切ったぽくて今僕の目の前に転がってるわ。

 

しかして、それにしても疲れたのだ。

 

ここまでくれば特にやることも無くて暇だから、あとはシャルさんに任せてシャルさんの隣でじっと次から次へと現れる画像を見つめる。

 

「ありそう〜?」

「とりあえず2次試験開始時点でいた場所はわかってるんだから、そこから追尾していく」

「あーなるほど。でもそんな特定の個人を追っかけてくようなシステムあるの?」

「あるよ。あるに決まってる。カルト、この施設がなんのために存在してるか知らないの?」

 

目線は画面に向けたまま、そう呆れたようにため息をつかれる。

いや、そんな一般常識みたいな雰囲気出されても……普通に知らないっての。

 

と思ったけど、まあ分からないわけじゃない。

 

この施設の情報を得たのは簡単、天空闘技場でこの施設の人と200階のファイターが会話してるのを聞いたところから辿って、場所の情報まで行き着いたのだ。

会話内容はよくある話、要人暗殺だ。それも他国の。だからまあつまり、そういうこと。

 

「国内にいるテロリスト予備軍とか、あと他国の偉い人とかを追尾して殺したりするためのところ……みたいな。国の汚いところの集大成ってか……」

「そう、特に第4はね。特定の個人の追尾に特化してる。潜伏中の犯罪者だの亡命してきたお偉いさんだの、殺すと国の利益になるけど大っぴらに殺したら国際問題になるような人たちをどうにかするってのが主な利用目的」

 

ふふ、とシャルさんの口元が楽しげに上がる。なんでこんな楽しそうなの……て思ったけどこの人弱み握るのとか大好きだもんね。国レベルの弱みとか楽しくて仕方ないでしょ。

 

だがしかし、そんなことを聞かされたら僕的にも黙ってはいられない。ほらだって、情報は命を救うっていうじゃないですか。やっぱりね、こういうのは抑えられるなら抑えた方がいいんですよ。

 

手近なパソコンに近寄って、とりあえず大事そうな情報を片っ端からコピー。ふふ、コピーするのに僕ほどになればコピー機などいらないのである!

目で見るでしょ?それを適当な場所で範囲選択するでしょ?そしたらそれを紙の上に投影!はいっ、これで誰でも簡単簡易コピー機カルトちゃんの完成!

 

なんて冗談は置いといてだ。

 

このコピー方法はマチさんから着想を得た。詳細は知らないけど、マチさんの能力は視神経を使って得た情報から断裂したふたつを完璧に繋ぎ合わせる能力、だと思う。1回見せてもらったことがあるけど、多分そんな感じでしょ。視認した神経、筋肉、その他もろもろをオーラを介することで完璧に把握する。

だから僕は、視認した情報をオーラを介して画像みたいに取り込んで、さらにそれを紙の上に貼り付けるみたいなことをしてみた。まー戦闘には役立たないけど何かと便利な能力だ。メモリもほとんど食わないし。

 

ぺったん、ぺったんと何度も繰り返しながら片っ端から情報を盗む。正直内容の八割も理解出来てないけど、それはあとから考えればいいだろう。兄さんに解読手伝って貰うのもありかなー。試験来てから全く喋れてないの、寂しすぎる。

 

はー、1回兄さんのこと考えると寂しさがどんどん募ってくる、けどまあおそらくこの試験さえ終われば帰れそうだし兄さんとの再会もそう遠くはないだろう。結局発信機使う場面なかったな……。まあ危険がないに越したことはないか。よかったよかった。

 

そうこうしてる間にシャルさんが弄っている画面が静止する。写っているのは……。えっと、なにこれ。

 

1次試験会場の森。何人かの受験者と、それからシャルさんと突っ伏して眠ってる僕。間違いなくついさっきの、2次試験説明時の画像だろう。

つまり、そこに写ってるのが2次試験官で間違いないんだけど……。

 

「シャルさん、これが?ほんとに?」

「そうだよ。2次試験官、ビスケット・クルーガー。彼女を探し出すのがミッション」

「……こんなかわいい女の子が、そんなえげつない絶したの?」

 

金髪のロールにロリータ服。きゅるんきゅるんの目に細い手足。かわいい。10人いたら10人が問答無用でかわいいって思うような典型的なかわいい女の子だ。

が、しかし。

 

凝でもう一度じっくりとその画像を見る。この時点ではまだ絶はせずに纏の状態だ。けど。

 

「なにこの練度……。ありえないでしょ」

「達人級だね。オーラもだけど身体も限界まで鍛え上げられてる。上手く隠してるけど」

「身体?だってこの人体格は僕よりも……ってあ」

 

あ、そういう事か。

こくり、とシャルさんが正解だと言うように頷く。だからまあ、つまりこういうことだ。僕と同じ。外見を何らかの能力で操作しているのだ。そりゃそうだよね。こんなちっさくてかわいい女の子がここまでいかつい念を使うわけない。ここまで習得するのに何年かかるんだか。最低でも40は超えてるのは確かだ。だってこの人、たぶん父さんとまともに戦えるくらい強いもん。どんな天才だったとしてもこの見た目の若さでそこまで強くなれるはずがない。ってことは、見た目を偽ってるってこと。

 

納得したところで本題へと移る。シャルさんが何か操作すると、コマ送りみたいにちょっとずつくだんの彼女が移動していく。あ、今絶した。

 

「……でも写ってるね。予想通り」

「どんな能力者だって絶だけで物理的に消滅することは出来ないからね」

「さっすがシャルさんー!あとはこれを辿って今の場所探るだけだね!」

「……そう上手くいくとは限らないけどね」

 

シャルさんの顔がほんのちょっとだけ曇る。うーん、まあ確かにこれだけの強いひとを確保しなきゃいけないってのはかなり難しいけど、でも場所さえわかっちゃえばどうにかなると思うんだよね。シャルさんと僕が本気出せば正面から戦わなくてもなんとかなるし……。って

 

「ね、あのさ」

「なに?」

「これってかくれんぼなんだよね?」

 

一瞬怪訝そうに細められたシャルさんの目が、納得したように見開かれる。

 

「……見たらその時点で勝ちってことか」

「多分。捕まえなきゃクリア出来ないならかくれんぼなんて言わないよ。さすがに衛星越しに視認するだけじゃダメだろうけど……」

「いや、見つけるってことが正確な居場所を把握するってことだったらこのまま追尾して彼女の現在の居場所を掴んだ時点で終わり……だけど」

「うん、そうだね。シャルさんの言った通り。そう上手くは行かないみたい」

 

シャルさんが画像を操作しながら後ろ手でアンテナをそっと掴む。僕も警備員の周をつけたまま戦闘用の円を発動。思ったよりオーラ消費が激しいけど仕方ない。

周りを警戒しながら横目で流れていく画像を見る。わかりやすいピンク色の服装の女の子はものすごい勢いで走っていって、それで……

 

「3分50秒前。パドキア共和国第4軍事中枢到着。それ以降は建物に入ってるから分からないけど……」

「うん、円で気配をギリギリキャッチした。警備員、虹彩認証その他もろもろ全部物理で突破してる。到着まであと予想50秒」

 

だらり、と冷や汗が流れる感覚がする。

今何が起きてるのか?つまりそういう事だ。あの試験官は僕たちがここに来るって見越した上で、もしくは何らかの方法で把握した上で、今自ら突撃をかけてるってわけだ。

 

かくれんぼ、鬼を見たら負け。試験官の敗北条件は姿を見られること。僕達の敗北条件は姿を見られずに時間切れになること……って思ってたけど一つだけ抜けてた。

 

「行動不能を狙ってるってことだよね」

「その通り、姿を見られることなく俺たちを行動不能にするなんて無理……って言いたいけどね。この人に限っては断言出来ない」

 

こくり、と同意するように頷く。

今僕はさっき周をした警備員を操って試験官の足止めを図っている。本来そのための能力じゃないから結構オーラのロスが多いけどしかたあるまい。エネルギーバランスを操作して足を比率60%にしてどうにか前に進ませる。邪魔するぐらいにしかならないけど、ないよりマシだ。おそらく試験官からしたらなんかギシギシ動く人が進路方向を塞ぐように移動しているようにしか見えないだろう。が、しかしだ。

 

円を通して試験官がほんの少しだけ警備員達に対する警戒を解いたのを感じる。ま当たり前だよね。ぎこちない動きでギシギシ動くだけなんだからそれが最適解。

 

普通なら。

 

「カルト、『一番いいやつ』連れてきて。俺が動かす」

「了解。それ以外は僕が雑に使うね」

 

オーラの指向性を変更。1番オーラ量も練度も優れてる人を後ろに下がらせて、そのまま僕たちがいる部屋の手前まで近づける。よし、これでOK。

残りは……壁になってもらおう。

 

通路を塞ぐように一列に並べた警備員を難なく飛び越えようと、試験官が身体を弾ませる。その瞬間に、だ。

 

「左手に100%。放出」

 

全身のオーラを全て1箇所に集めて、そのまま放出させる。一人一人がやるだけじゃ傷すらつかないだろうけど、命に危険があるくらいオーラを集中させてフルで放出したものが9人分。時間稼ぎにはなる。

 

シャルさんがアンテナを刺すための。

 

「成功。扉開くね」

「了解。あとはカルトは後ろ下がってて。フォローだけよろしく」

「……わかった。ちょっと限界だから休む」

 

うぃーん、と音を立てて扉が開くと同時にシャルさんのアンテナがさくり、とキープしていたラスト1人に刺さる。それと同時に起動された人は、まっすぐと「そこにいるはずの空間」に殴り掛かる。

 

ふう、と小さく息を吐きながらその様子をじっと見つめる。シャルさんの人形は何かと戦ってる。それは確か。でも見えない。そこにいるはずのあの派手な試験官は全くもって視認できないのだ。

 

例えば透明化する能力とか、もしくはそういう道具を使用している場合はありえない話じゃない。まあ実際に見えてないんだからそういうのを使ってるんだろう。が、しかしだ。

僕たちの勝利条件は「みーつけた」なんだから、見えてなきゃお話にならない。衛星には普通に写ってたから視認できない状態なことは想定してなかったけど、この建物内に入ってから透明化したんだろう。建物に入ってからは僕の円で察知してたから物理的に見えてないかどうかには気づけない。僕たちの索敵能力も完全に把握されてたと見るべき。

 

でまあ、シャルさんがどうやってそんな透明な相手とやり合ってるかって言ったら、凝だ。あとほんのちょっぴりの円。僕ほど得意ではないようだから円の濃度は微妙だけど、凝がヤバい。

例えて言うなら僕の今の高濃度円を全て目に凝縮してるようなもんだ。才能は僕に、というかゾルディックに劣ろうとも努力とその練度が半端ない。細かくて緻密なオーラ操作、それからあそこまで一定箇所に濃縮する練度。正直化け物。あの凝だったら基本見えなくなるものなんてないはず。

だけど、化け物は試験官も同じ。あの人がひとたび絶をすればおそらくシャルさんの凝でも、僕の円でも対応は厳しくなるだろう。完全に把握できなくなることはないだろうけれども、うっすらした把握であのレベルの人と戦えるはずがない。つまり絶された時点で僕達の負け。

それをシャルさんも把握しているようで、操作してる人形は的確なタイミングでオーラを込めた攻撃を放ってる。これなら相手が絶をすることは無いはず。うっかりしたら、ノー防御でオーラ攻撃を受ける羽目になる。さすがにそれは無謀。

 

つまり現状はあれだ、膠着状態だ。

試験官は絶して僕達に仕掛けにはいけないし、シャルさんもあの試験官相手に決め手となるようなものは入れられない。負けるのは先にオーラが尽きた方だから、微妙だけどシャルさんの方が早いかも。もしあの透明化能力が試験官のオーラに依存してるならオーラが尽きるのは同時だとみた。

 

うむむ、どうしよう。

 

僕が手を出せば多分こっちの勝利に傾くけど、難しい。さっきの周とか無茶なフォーリングダウンの使用でオーラが結構削り取られてる。今は最低限防御用の円を張るので精一杯だ。

紙の刃は残ってるオーラ量的にキツい。シャルさんにフォーリングダウンしてオーラ補強させるのもありだけど、でもそれも今のオーラ残量だと厳しい。

時間切れを狙う……ううん、無理。あと数時間単位で残ってるのを使い切るほどシャルさんが粘るのはさすがに難しい。

 

やばいこれ、八方塞がりかも。



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おともだち記念日

こっそり更新。なんか暇な時の書こーって思ってたらもう大学受験だった。意味わからん。気が乗ったら書いてる感じのあれなので許してください……。あとシャルとカルトが仲良いです


見えているとは言い難い。僅かな、一瞬の輪郭を捉えて操作する。一割の情報と九割の勘でどうにか持っているこの膠着状態はもって残り数分だろう。どうする。冷静な頭の一部が答えを弾き出した。エラー、正答なし。あの瓦礫まみれの街から今この瞬間に至るまで重ねてきた無数の経験則がそう告げている。自分は格下だ。ここにあるのは敗北だけ。

 

「……カルト」

「ごめん、オーラがない。し、シャルさんがダメなら僕の紙は多分通らない」

「打開策は?」

「か、考えるからもう少し粘って!」

「了解。無茶させる分対価は支払ってよね」

 

ため息混じりに携帯の上を指が踊る。この凝だけは、非力な自分が唯一誇れるものだった。あの蜘蛛の残りの11本の脚に比べれば随分と自分は弱くて、故に尖るしかなかったのだ。ああ、その点は彼女とよく似ているのかもしれない。非力である自覚のあるものは、そうやって一部に秀でること以外に己の価値を得る術を知らないのだ。

 

サイドに跳んだ相手を追って、マシンが拳を放つ。しかし当たらない。いや、当たったようには見えない。体術の面ではマチやフィンクスなんかとでも渡り合えるのかも。化け物だ。またため息が零れた。後ろの少女は肩で息をしながらその表情を歪めている。策は無い。言葉はなくともそう告げている。さて、どうしたものか。たかがハンター試験程度でこれ以上手札を晒す理由も、これ以上無茶をする理由もない、が。

 

が、しかし。

 

ダブルタップ。リミットオーバー。さあ、壊れてしまえ。

 

「オレさあ、割と負けず嫌いなんだよね。カルトもそうでしょ?」

「そりゃあね。こんなとこで負けるなんて、兄さんに言ったら怒られちゃう」

「だったら一択じゃない?ほら、協力者サン」

 

くるりと振り向けば、彼女は立ち上がっていた。既に過度のオーラ消費でふらついた足取りで、しかし笑いながら立っていた。

 

「シャルさんさあ、出し惜しみしすぎでしょ。操作対象の命削って能力値二倍なんて聞いてないんだけど」

「言ってないからね。それで?」

「シャルさんが手札見せてきたなら僕も見せるしかないじゃん。ほんと性格悪いな」

「お互い様」

 

がん、と壁との衝突音が聞こえる。リミッターを外されて文字通り身体を殺しながら戦っている操作対象は、見えない敵をどうやら壁に叩き込むことに成功したらしい。

 

人間は、全力を出せない。当たり前だ。だって真に全力を出したら死んでしまうんだから。筋肉の限界を超えて、関節の可動域を無視して、心臓を狂ったように鳴らしながら呼吸すら忘れて。そんなことをしたら、すぐに死んでしまうしそんなことはできない。でも、そう操ることはできる。

 

「ね、カルト早く。アレが持つのあと30秒だよ」

「了解。任せて、僕もリミッター外すのは得意だから」

 

彼女は、笑った。手には東洋の美しい意匠の施された扇子。紙吹雪は彼女のオーラに乗ってひらひらと舞って実に幻想的にも関わらず、彼女の紫の瞳は猟奇的に輝いていた。ついさっきまでの、幼子のような様相は完全に失った暗殺者の顔。

 

風が、舞った。それから彼女の小さな口が、そっと言葉を紡ぐ。

 

「フォーリングダウン」

 

その瞬間に、文字通り彼女は限界を超えた。

 

細い足が、ありえない強さで地面を蹴った。僅かにコンクリートの床が歪んで思わず息を呑む。目で追えるギリギリの速さで彼女は透明の相手へと向かうと、そのまま鋭く扇子を振る。込められたオーラは先程の比にならない。ありえないくらいの重さを孕んだ硬。いや、それとは一線を画している。彼女の発のひとつなのだろう。オーラの、常軌を逸脱した操作。オーラだけでない。彼女は、彼女というものを構成する全てを俯瞰的な視点で操作しているのだ。

 

「っ兄さんよりは弱い!」

 

紙吹雪は一部はきちりと相手に刺さったらしい。彼女の目が光った。鈍く、勝機を捉えたように。

一瞬のアイコンタクト。それだけで伝わった。だって同じ操作系で、同じ弱いもの同士だ。戦い方も、求めているものが何かもわかる。

 

「俺が、引き剥がす」

「絶対ミスらないでよ!」

「誰に言ってんの。生意気言ってないで自分の仕事に集中しなよ」

 

携帯のボタンを操作。もう随分前に稼働停止したと思われたソレは、しかし筋肉をぶちぶちと引きちぎる音を立てながら立ち上がる。

 

予想は、右肩。さっきまでもそこを庇うような妙な戦い方をしていた。弱いから、見るのは得意なのだ。考えるのも。

 

「はい、ゲームセット」

 

そう呟いて、決定。壊れかけのマシンは的確に操作通りに、敵の右肩を薙ぎ払った。カルトの紙吹雪に気を取られていたから避けることも叶わなかったのだろう。一瞬だけ、動きが停止する。それから床に何かが落ちるような、からころと転がるおと。

 

「みーつけた、だね」

 

彼女の、その年相応の言葉と共にロリータ服がやっと姿を表した。

 

 

「……シャルさん、ヤバいこれ動けん助けて」

「馬鹿でしょ」

「うるさーい!オーラすっからかんだし筋肉痛だし死にかけだわこちとら!どうしてくれんの!」

「文句ならその試験官に言えば?」

「正論……」

 

うう、と床を転がりながら呻く。なにこれめちゃくちゃ痛い。成長痛を二乗して殺した感じ。いや何言ってんの僕。まあそれくらい限界ということなのですが。

 

試験は終わった。かくれんぼの勝利条件は彼女を見つけることだ。だからつまり、そのひらひらのロリータを見つけた時点で僕たちの勝利は確定している。ひんやりとした床を転がりながら、にへ、と笑みを浮かべた。

 

彼女が見えなかった理由は極めて単純明快だ。そういう念能力が付与されたアイテムを身につけていたから。透明化、なんて能力者の発でしかできないけれどそれが彼女の能力でないことはすぐにわかった。だって、それにしてはあまりにも彼女自身のオーラと位相のズレたオーラだったのだ。

 

だから、策を練った。というよりゴリ押したけど。リミッター解除した僕とお人形の猛攻で彼女を少し集中させたところで、シャルさんがタイミングを見計らってアイテムを破棄する。流石の観察眼だ。あれだけ隠蔽されてれば僕だってぼんやりとあの辺にあるかな?くらいまでしかわからなかったし。シャルさんの凝は規格外。相変わらずおっそろしい人だな、なんて思って、それから勝利の余韻でまたにへりと口角が上がる。

 

「うわ、気持ち悪い顔」

「罵詈雑言にも程があるんじゃないですかシャルさん?」

「思ったこと言っただけ」

「……ねえ、アンタたちもしかして意図的にあたしのこと無視してたりしないわよね?」

 

可愛らしい、お人形さんみたいな少女はそう頬を膨らませた。場所、情報制御室最深部。床に転がる僕と、一番高級そうな椅子に腰掛けて携帯をいじるシャルさん。それから机の上にちょこんと腰掛ける可愛い女の子、もとい鬼畜お姉さん。仕方がないから、諦めてその少女の方を向く。いや、なんかもう無視したい気持ちもわかって欲しい。こっちもいっぱいいっぱいなのだ。まさかフォーリングダウンまで能力お披露目することになるとは思ってなかったし、身体ぶっ壊れかけたし。

 

「……何よその目は」

「僕みたいな可憐な少女にこんな無理させてどういうつもりなんだとか思ってません」

「たかがハンター試験の癖にオレに本気の30%ぐらいださせるなんて覚悟はしてるよね?」

「シャルさんアレで30なの?!じゃあもうちょっと出してくれて良かったじゃん!」

「オレは頑張らない主義なの」

 

そういって、わざとらしく伸びをするシャルさん。実にムカつく。こちとら100パーセント中120は出し切ったってのに。まあ正直まだ念能力的には何手か隠し持ってたけど。僕の能力は詳細がわかったところで対処はしにくいだろうしねえ。フォーリングダウンなんて、ほんとどうしようもない。もし自分が敵だったらほんとうに対処に困るレベル。まあそれはともかくである。

 

「さて、おふたりさん。とりあえずはハンター試験合格おめでとうだわさ。裏試験……は必要ないわね。二人とも念能力者なのは疑うまでもないし」

「とーぜん。で?あんな馬鹿みたいな試験組んできた言い訳はしなくていいわけ?」

「単純にあたしの興味本位だわさ。落とした他の受験生には悪いとは思ってる。でも、運が悪かったわね」

「絶対思ってないじゃん」

 

シャルさんが諦めたみたいにまた携帯に目を落とそうとするけれど、それは許さないとばかりに少女はシャルさんの携帯を奪い取ろうと手を伸ばす。当然それは失敗するわけだけど。僕だって何度試みたかわかんない。

 

「ちょっと、人の商売道具に手出すとかルール違反でしょ」

「人が話してる時に触るのもマナー違反」

「……言い方を変える。能力者の媒介物に手出すとか喧嘩売ってる?オレとしては君と本気でやり合うのもやぶさかじゃないんだけど」

「あら、それは光栄。でも今じゃないわね。あたし賞金首ハンターじゃないし」

「カマ掛けのつもり?」

「いいえ?ただ、見ればわかるわよ。人殺しかどうかは。アンタもでしょ?お嬢さん」

「ひえっ???急に話振らないでくださいびっくりしちゃうので!」

 

あわわ、とびっくりして思わず立ち上がってしまう。ヤバ、脚の筋肉が悲鳴をあげてらあ。やっぱりフォーリングダウンで無理に操作して身体を動かすのはちょっと無茶だ。う、と顔を歪ませれば仕方がなさそうにシャルさんが隣のソファーを指さす。うむ、ここはお言葉に甘えよう。身体を引きずるようにしてソファに座れば、思わず息が漏れた。もう一生ここから動きたくねー!!

 

「それで、オレたちにこれ以上なんか用でもあるの?第二……最終試験官のアンタがこれ以上オレたちに関わる理由なんてないでしょ。早くライセンスでもなんでも渡して解放してよ」

「せっかちは嫌われるわよ。別にいいじゃない、少しくらいお喋りに付き合ってくれたって」

「オレは暇じゃないし、下手な誘導尋問に引っかかってやるつもりもない。カルトも無駄だろうね。オレもカルトも、家族の話は吐かない」

「え?なに?何の話?シャルさん今なんの話してる?てかなんでそんなバチバチしてんの?僕何もわかんないんだけど」

「馬鹿は黙ってて」

 

ぴしゃり、とそうシャルさんの綺麗なお顔が尖ったままに言うから仕方なく口を閉じる。どうやらシャルさんとこの可愛い女の子は仲が悪いみたいだ。ていうか、何?凄い腹の探り合いしてるって感じ。まあ僕もシャルさんも探られて痛い腹しかないんだけど。

 

って、ああ、そういうことか。

 

反射的に背筋が伸びる。忘れてた。僕もシャルさんも犯罪者だ。いくらハンター試験という制度が犯罪者かどうかを精査せずにライセンスを付与する仕組みといえど、その試験官が気にしないかどうかは別問題。ってことなのかなあ?目の前の少女の思惑が見えなくて首を捻る。

 

「ええっと、もしかして僕が人殺しちゃったことあるからライセンスあげられないよー!って話ですか?でも弁明するとそれって不可抗力だったっていうか、必要最低限しか殺したことないので!はい!問題ないと思います!」

「だから馬鹿は黙ってろって言ってるだろ」

「え?そういう話じゃないの?」

「そういう話ではないわね。だから、あたしの興味本位よ。随分強くて、磨けば光りそうな逸材だったから気になっちゃっただけだわさ」

「それが、オレたちに深く踏み込む理由になるとでも?」

「ならないってことがわかったわね。別にどうでもいいのよ。アンタたちが何人殺してようがそこを問う試験じゃないわ。ただ、そうね。……磨かれているのに、不安定。二人ともよ。重心があなたたち自身にない。他の何かのために生きている。健全じゃないわね」

「それが何か?たかだか試験官のアンタにオレの生き方にまで口を出されるいわれはないだろ」

「それはその通りね。だけどあたし、ストーンハンターなの。原石を見つけたら拾っておきたいのよね」

 

女の子の大きな目が、値踏みするように向けられた。なんだか舌なめずりすらしてそうなそれに一瞬腰が引ける。系統は違うけどなんかヒソカのアレに似てなくもない。

 

「……あの、えっと、勘違いだったら申し訳ないんですけど弟子になれって言ってます?」

「勘違いじゃないわさ。アンタ、きちんと光れるはずなのにもったいないのよ」

「でもほら、僕にはもう師匠が一応いるので……。あの、シャルさんなら好きにして構わないので」

「オレが従うのは一人だけって最初から決めてる」

「だそうなので、この件はお断りさせて頂きたく!シャルさんいこ!ライセンス貰ったらいこ!これ以上このバチバチに晒されてたら胃痛で死ぬる!」

「結論には同意。話は終わりなら早くして」

 

シャルさんの翡翠色の瞳がかなりきつく尖っている。これ以上踏み込んだら、なんて言葉の見えるそれに少しビビる。なんていうか、多分今の会話はきっちりシャルさんの地雷なんだろう。それは少女にもわかったのか、諦めたようにため息。うん、戦いは終わったみたいだ。

 

「……わかっただわさ。ライセンスは会長から。ハンター協会で授与されるから飛行船でそこまで向かうわよ」

「了解です!」

「なんでカルト無駄に元気なの」

「スーパー胃痛タイムが終わったから」

 

そう胸を張って答えればシャルさんが少し困ったように笑ったので、ならまあいいかなって許してあげた。

 

 

 

さて、ここで衝撃の事実をお伝えしよう。

 

僕、めちゃくちゃダウトが弱い。

 

「……カルト正気?」

「嘘つくの苦手なのです。シャルさんとは違うのです」

「喧嘩売ってるだろ。言い値で買うけど」

 

ダウト、とこともなげにそう告げられて泣きながら場札を全部とる。しんどい。これでもう何連敗だ。

 

僕とシャルさんがこうしてダウトして遊んでるのは単に暇つぶしである。飛行船に乗ったはいいものの、マジで中にはなんもないし部屋はだだっ広いし到着までは2日かかるって言うし、完全に痺れを切らした僕がシャルさんの部屋に突撃隣の晩御飯したのである。

 

「……オレ一番弱いんだけどなあ」

「蜘蛛のなかで?」

「そうそう。マチとか強い。ほんと顔に出ないし」

「いいなー、僕もマチさんとダウトとかしたいー!夜通しゲームしながら菓子パしたいー!」

「肌に悪そう」

「発想が女子じゃん」

「あ、ダウト」

「くっそ」

 

もう手で持ちきれないレベルでカードが溜まっている。泣きそう。ふふん、とシャルさんが得意げに胸を張ったのもムカつく。べしべしとベッドを叩いた。キングサイズのベッドは馬鹿みたいに広くて、二人で座りながらダウトしててもなんの問題もないレベルである。

 

カードをむむ、と睨みながら考える。ついでにふと過ぎったのは、さっきのスーパー胃痛タイムだ。

 

「シャルさんはさあ、誰のために生きてんの?」

「なに急に」

「ほら、さっきの女の子が言ってたじゃん。重心が自分にないって。他の人のために生きてる」

「……ああ」

 

シャルさんの目が、僅かに伏せられたような気が、した。地雷かなあ。でも気になっちゃたのだ。トランプをくるくると手の中で弄りながら考える。多分、シャルさんと今後も円滑な関係を築いていきたいのであれば踏み込むべきではない。シャルさんの過去とか、そういう何となく見えていた暗い部分に関わるところなのだろうから。

 

けれど、何となく踏み込みたいと思ってしまったのだ。この衝動はイルミ兄さんに対するそれに似ている、と思う。多分。それから、それとない同族意識。

 

「僕はねえ、明確に自分が自分のために生きてないってわかってるの。それはたぶん一度死んだっていう実感が強いってのもあるだろうし、この世界でこうして生きる意味があんまり上手く見いだせないってのもある」

「へえ」

「たぶん。本当に多分ね。イフとして兄さんがいなかったら、兄さんのアレに気づけなかったら僕はどこかで諦めた気がする。幸せに、平凡に生きたいって思ったところで、超ハードモードの人生くぐり抜けてまだ頑張れたかって言われたら多分ノーだ。兄さんっていう理由が付与されたから、多分生きてるの」

「……それはオレに何か返答求めてる?」

「求めてないけど、確認的な。だってシャルさんも同じでしょ?」

 

ぴたりと、シャルさんの手が止まる。図星、なんてそんな様子が隠せないあたりほんとうにダウトには弱いんだろう。じゃあそれより弱い僕ってなんだ?……うん、考えないようにしよっと。

 

とにかく、静止したシャルさんを気にもとめないでカードを置く。何となくまだ口は勝手に動いた。

 

「確かに歪んでるなーとは自分でも思うんだよ。でもそれ以外にどうしたらいいのかも知らないし、それ以外の生き方を知りたいとも思わない。……誰かのために生きるのって、そんなに良くないことかなあ?」

「……さあ?ただ、そうだね。オレは別に不幸じゃないかな。あの人の脚であることが存在意義だし、蜘蛛であることがイコールでオレだ」

「やっぱ似てんじゃん。僕たち」

「オレはブラコンじゃないです」

「まーたそういうこと言う」

 

シャルさんの指が静かにカードを置く。本当に僕たちは同族であるのだろう。戦い方も、考え方も、在り方も似ている。弱くて、だから必要以上に知ることに執着する。弱いから、生きる理由を他人に見出す。根本的な部分にコンプレックスがきっとあるのだ。それは、弱者であるという自覚。

 

「……生まれた時にねえ、ていうか目覚めた時?に、凄いビビったの。だって別の世界だし、変なじいさんは居るし、兄さんの目は死んでるし、多分ママはヒステリックサイコパスだったし、挙句の果てに暗殺一家だったんだもん。それで、前世の僕はただの一般ピープルだったので折れたんだよね。生殺与奪の権握られちゃったらわかんじゃん。あ、これ自分弱者だわって。狩られる側の方だわって」

「ああ、あるよねそういうの。……オレは守られる側だったけど。わかる?あの屈辱感。自分より身体細い女の子が取ってきた食料で食いつなぐっていう。頭脳派だの情報担当だの参謀だの、極限状態じゃ意味ないんだよね。結局弱けりゃ飢えるし死ぬし」

「シャルさん思ったよりスラム育ちだった案件」

「スラムなんかで許されるレベルじゃなかったけどねえ」

「ていうかさあ、そんだけ強くなってもやっぱり弱いっていう自己認識は消えないわけ?」

「当たり前でしょ。多分君も一生引きずるんだと思うよ。そういうもの。客観的にどれだけ変わろうが主観評価は一生あの瓦礫の中、ってね」

「ちなみにシャルさんどこ育ちなの?」

「世界規模のゴミ捨て場」

「うっわ」

 

こともなげにそういうくせに、言ってることは馬鹿みたいに重いから思わず呻く。こりゃ地雷だわ。

 

流星街、という存在は僕もほんのちょっとだけ聞いたことがある。多分、最終処分場。この世のありとあらゆるゴミが捨てられる場所。そんなところに人が住めるかって言ったらまあ住めないだろうし、そりゃこんだけ捻れるわ。

 

意外と踏み込ませてくれるんだなっていう驚きと、それから踏み込ませてくれるぐらいに似てるんだなっていう再確認。ため息はいくつもこぼれる。

 

「……これさあ、同情じゃないんだけど」

「同情とかされたら反射でアンテナ刺しちゃうかな」

「だから同情じゃないって。……なんてかさ、終わったらケーキ食べに行きたい」

「は?」

「ヨークシンにさ、めっちゃ有名なチーズケーキ専門店がありまして」

「は?」

「ずっと行きたいなーって思ってたんだけど流石に僕ひとりで行ったら不審がられるし、兄さんは忙しいから付き合ってくれないし、ヒソカは目立つし」

「君の交友関係ひっどいな」

「これはもうシャルさんしかないなと」

「話の流れぐちゃぐちゃ過ぎない?」

「え?こんだけ共通点いっぱいで似たもの同士だから仲良くしようって話じゃないの?」

 

今度はシャルさんのため息がこぼれた。お互いにため息つきすぎて室内の二酸化炭素濃度高くなってそう、とか馬鹿みたいなことを考える。あとテレビで見た有名スイーツ特集のことを思い出してはニヤついた。ロールケーキとかストロベリーパンケーキもあり。甘いものは正義なのである。

 

「あとねあとねー、実はタルトも気になってるの。レモンとピーチで悩むよね。二個食べれば流石にカロリーオーバーだけど、でも選べないじゃん?」

「……ふたつ頼んで半分分ければ解決するんじゃない?」

 

ぱか、と口が開く。え、てシャルさんを見返せばぷいっと視線が逸らされた。それから雑に、カードが投げられる。

 

「あ、ダウト!」

「今そういう話の流れじゃなかったじゃん」

「勝機は見逃さないのです」

「……まーじで馬鹿だろ」

「とりあえずチーズケーキとタルトは確定枠ね?あとスイーツバイキングも行きたい」

「絶対太るでしょ」

「その筋肉量で太るとか気にしてんの?OLか?」

「うるさいなオレは脳筋強化系とは違うんだよ」

 

その明らかに特定の誰かを思い浮かべたであろう発言にめちゃくちゃ笑いながらカードを置いたら普通にダウトってバレた。解せぬ。

 

ハンター試験、収穫。ライセンスひとつにともだちひとつ。

 

 



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チーズケーキは紅茶と食べればカロリーゼロ

さて、ここで問題がひとつ。そう、筋肉痛である。

僕は自他ともに認める筋肉痛のプロだ,なんてったって日常的にヒソカやらイルミ兄さんやらの頭にプロテインでも詰まってるんじゃねえかってレベルの負荷のトレーニングを課されてきたのだ。もはや筋肉痛は隣人、初めてのお友達といっても過言ではない。

 

が、しかし、ちょっとこれはいただけない。

 

「シャルさん、聞いてください。立てない」

「知らない」

「ヘルプ!ヘルプミー!マジで無理なの!立てないの!見て!見てこの太腿を!かわいそうなくらいに震える太腿を!」

「知らないし、ていうか身体操作で無理に動いたらそうなるに決まってるだろ。文字通り限界超えてるんだから」

「マジで今だけは自分が操作系であることを呪ってる。強化系とかが良かった」

「それはそう」

 

震える足でぷるぷるぷるぷる。飛行船から下船しようとタラップを踏めば、一歩ごとに脚に衝撃がイン。このままだと脚がもげかねない。恨みがましく隣のシャルさんを見つめれば、ため息混じりにやっとこちらを向いてくれた。

 

「……で、オレに何を求めてるわけ?」

「運んでください。まだ赤ちゃんなので体重が軽いっていう点だけは自信があります」

「オレ、携帯より重いもの持てないからなあ」

「その筋肉は飾りか?」

「冗談だって。対価はチーズケーキ奢りね」

「守銭奴!」

「ここに置いていってもいいんだけど」

「申し訳ございません靴舐めます」

「よろしい」

 

ひょい、と極めて軽い動作でシャルさんが僕を持ち上げる。何が携帯より重いものは持てないだよ。絶対ジムでダンベルほいほい持ち上げてる人の身体だわ。俵担ぎでゆっさゆっさと揺られながら飛行船を降りれば、そこにそびえ立つのはバカでかいビルであった。そう、ビルであった。

 

「ハンター協会ってめちゃくちゃ金持ちじゃん」

「そりゃね。そうでもなきゃこんな特権階級の証明書なんて発行できないでしょ。権力と金はいつだって結びついてんの」

「爛れた大人の考え方だあ……」

 

そんなどうでもいいことをペラペラと喋っていれば、ひょい、と今度はピンク色のフリルが飛行船から飛び降りてくる。可愛い女の子鬼畜試験官、もといビスケさんだ。お名前はやっと覚えた。見た目も可愛けりゃ名前も可愛い。なんて勝ち組。僕なんてカルトだからね。どこの教団だって感じだよ。

 

まあそんな僕の羨ましげな目線を完全にいなした彼女は、降り立ったままに僕たちを案内するようにつかつかとビル内に向かった。

 

「さあて、長旅お疲れ様だわさ。あとは会長からのライセンス授与と説明だけ」

「なるはやでお願いします!今もう頭の中チーズケーキしかないので!」

「二日前からずっとそうでしょ」

「余計なこと言わなくていいの!」

 

かつかつと二人分の足音が響く。もう一人は担がれているのでノーカウント。実に悲しい筋肉痛の現実である。でも仕方ないじゃん。マジで立てないんだもん。

ウィン、と軽い音を立てて開いたビルの入口を過ぎれば一気に涼しい。素晴らしき冷房。ほう、と息をつけば今度はエントランスの広さに圧倒された。なにここ、マジで金持ちのあれじゃん。しかしそれにたじろいている小市民はどうやら僕だけのようで、シャルさんもビスケさんも何ら躊躇うことなくホールを横断してエレベータへ向かう。そりゃあな、最高級ホテルのラウンジ破壊して金で握りつぶす男だもんな。こんぐらい日常なんだろう。

 

なんかムカついたので、げしと肩を蹴ったら仕返しに頭をはたかれた。普通に痛かった。

 

「カルト」

「いや、なんか金の匂いが凄すぎてつい」

「もう少しマシな言い訳してくれない?次はオーラ込めるよ?」

「頭弾き飛ばす気じゃん……ごめんなさいってば」

「今のカルトはオレに生かすも殺すも委ねられていることを忘れないように」

「ういっす。肝に銘じます」

 

敬礼。恭しくそういえば満足気にシャルさんが笑ったので、良しとする。いやほんと筋肉痛は罪だよ。しばらくは動けんし……て、あれ?あれれれ?

 

もしやこれフォーリングダウンで解決できたのでは?筋肉の回復にエネルギー回せば良かったのでは?

 

そうっと、冷や汗をじんわり流しながら脚にオーラを流してみる。むむ。むむむむ。じわりと痛みが引いていく感覚。マジか、嘘だろ。フォーリングダウン由来の筋肉痛をフォーリングダウンで回復とかなんてマッチポンプ。

 

「……うっそん」

「何してるの、カルト?」

「え、ちょっと待って、今自分の愚かさと向き合ってるとこ」

「あら、便利ねその能力。回復にも転化できるなら随分応用性が増すわ。操作系との適性もいいし……」

「人の能力勝手に考察しないでー!!!!びっくりしちゃうから!!!」

「見せる方が悪いのよ」

「それはそうですけど……」

 

まあ、こんぐらいはいっか。ていうか僕のメインウェポンたる条件付き絶対首落とすよ攻撃以外は基本バレても問題ないしな。あ、盗聴器はダメ。絶対だめ。あんなのバレたらいくらでも対策されちゃうからね。筆談とかさ。

 

まあとにかくフォーリングダウンに関しては応用性の塊な上、バレたところで特にデメリットが全くないのでこうして基本的には隠していない。正確には隠すのが面倒だとも言う。だってあまりにも日常使いしてるんだもん。

 

まあそうこうして僕が筋肉痛回復に勤しむ間にもエレベータに乗って最上階に到着する。どうやらここが噂の会長さんがいる場所らしい。ハンター協会会長。シャルさんのお言葉を借りるならば金の亡者的なあれなのかもしれん。もしくは日々猟銃片手に森を巡るおじいさんなのかもしれん。なんにしても気は抜けない。ぎゅう、と拳を握りしめたらぴりと上腕にも痛みが走った。筋肉痛、ここにもか。

 

「会長、連れてきただわさー」

 

そう、ビスケさんが雑に声をかけてノックもせずに扉を開いた。あれ、待ってなんか思ってたのと違うんだけどそういうノリ?そうっと、シャルさんの肩の上から開かれた扉の隙間をみやる、と。

 

爺さんだった。紛れもねえ爺さんだった。とんでもない爺さんだった。

 

「……おーまいがー」

「ほう、お主らか。まあ入れ入れ。ちと狭いがの」

 

そう、おじいさんは楽しそうに笑った。デスクの上には緑茶と将棋盤。まさに絵に書いた爺ちゃんである。そこはかとなくゼノさんを感じるその雰囲気に実家みを感じてしまった。

 

とりあえずはと、シャルさんに抱えられたままに室内に侵入する。ビスケさんはなんの躊躇いもなく一番の上座に座って、シャルさんはその次。隣に僕を雑に放ると実に快適そうにソファに腰掛けた。何この人、度胸カンストか?

 

「ふむ……ふむ、なるほど。これはクルーガーくんが試したいと言ったのもわからなくもないのう」

「こっちはたまったもんじゃないんだけど」

「まあそういうでない。……して、お主らどういう関係なのじゃ?」

「ともだちでーす」

「保護者」

「ほうほう、面白い。ちょっとワシもちょっかい出したくなっちゃうのう」

「ちょっと今は……筋肉痛なので……」

「脆弱じゃのう、ゼノの孫の割には」

「…………………………は???」

 

フリーズ。完全なるフリーズ。時計の針がカチカチと鳴った。おじいさんはにこにこと笑っていた。隣のシャルさんにちらりと視線を投げれば、完全に他人事モードに入ってやがる。あ、出されたお茶飲んで凄い顔した。そうだよね、緑茶って下手な入れ方するとめちゃくちゃ苦いからね。ってそうじゃないわ。

 

「……え、いや、おじいさん?ん?え?なんで?」

「ワシもゼノとともだちってやつでのう。いや、そんなこと言ったらアイツ首落としにくるかのう?どう思う、お主?」

「知りませんがー!え、おじいさん?おじいさんの友達のおじいさん?」

「そうなるのう」

 

にかにか、年寄りも随分若く見える笑顔だ。笑顔の可愛いおじいさんランキングしたらうちのゼノさんとトップを争えるレベル。

 

んあ?ていうかゼノさんって普通に賞金首なんだけどそんな人とハンター協会会長が友達でいいわけ?ていうかなんで僕が孫ってわかったわけ?まさかゼノさん写真見せて孫自慢とかした訳じゃないよね?

 

と、脳内はてなマークまみれで困惑している僕の様子が相当面白かったのかケラケラと笑ったおじいさんは、見透かしたように答えをくれた。

 

「ゾルディックのオーラは特徴的じゃからのう。見ればわかる。お主は……銀髪ではないか」

「そう、兄さんとお揃い!」

「そうか、それは何よりじゃ。ゼノに息災だと伝えておくれ」

「今度会ったら、だから多分随分先だけど了解です」

「よいよい。……さて、まあ隣のお友達は長話は嫌いそうじゃからのう。この辺にしておくか」

「……別に、長話だろうがなんだろうが興味無い話は聞く気ないってだけ」

「シャルさん、このレベルの偉い人にもそのスタンスなの度胸ありすぎでしょ」

「カルトに言われたくない」

「え?なんで?」

 

なんてまた馬鹿みたいな会話をしていればおじいさんがくつくつと笑い始めたので、その頭をビスケさんがぺしりと叩いた。どういう力関係なんだろこの人たちは。まあ考えてもわからんので保留。とりあえず、多分このおじいさんは悪い人ではないんだろう。それからいい人でもない。だって暗殺一家とお友達なんだもん。でも、そのぐらいが僕たちにはちょうどいい。ほら、だってここにいるのは暗殺者と盗賊だもんね。普通の倫理観な感じの人だったら即警察呼ばれてるわ。

 

痛いのう、なんて叩かれた頭を擦りながらおじいさんはやっとこさデスクの上から二枚のカードを取り出した。白地に、ハンター協会のマークが入ったそれを、ぽいと雑に放られたから慌ててキャッチ。こんな大事そうなものをなんて扱いしてくれるんだ、この爺さんは。

 

「ほれ、それがお待ちかねのライセンスじゃよ。使い方は……まあ自分で調べるが良い」

「こら、会長、仕事ぐらいしなさいな!」

「だって今日ビーンズおらんからのう……。思ったよりお主が早く試験を終わらせてしまうから」

「……ぐ、それは」

「ここは、お主が優しく丁重に解説してやるのが道理だとワシ思う」

 

おじいさんは実はめちゃくちゃ性格が悪いということがよくわかった。むう、とまた可愛く膨れたビスケさんは、しかし諦めたように口を開いた。まあたしかに筋は通ってるもんね。

 

「……はあ、仕方ないわさ。それじゃあたしがライセンスの説明をしてあげる。といっても触りだけね。要はただの特権証明書みたいなものよ。公共交通機関だとか、大抵のものはそれの提示で無料利用できたり安くなったりする。それから進入禁止のエリアにも入場が許可されたり、多少の犯罪行為は見過ごされたり。……最後のは過信しなさんな。ライセンス持ちの賞金首なんて無数にいるわ。ああ、それから再発行はできない。売ればとんでもない額になるから気をつけること……って、アンタたちには関係ないかしら。まあ用心するに越したことはないわ」

「結構便利なんですねー」

「結構なんてもんじゃないわよ。ていうかなんでアンタたちそんなに無感動なわけ?ハンターライセンスよ?貰った喜びで咽び泣きなさいよ」

「無茶言わないでよ。別に便利そうだったから取っただけだし。こんなのに人生賭けるやつらと一緒にしないで」

「まーたそうやってほうぼうに喧嘩売る」

「事実じゃん。カルトもでしょ」

「僕はこれをとったことで兄さんがもしかしたらまた頭を撫でてくれるかもしれないので咽び泣きそう」

「それは理由が違う」

 

はあ、と雑にシャルさんがライセンスを指先でくるりと回す。うん、ただのカードだ。偽装可能そう……って思ったけど、それはなにか凄い技術が使われているんでしょう。ミルキとかに聞けば分かるかもしれない。今度聞いてみよ。

 

「じゃ、説明はこんなもんね。あとは煮るなり焼くなり売るなり好きになさい」

「はい!チーズケーキですね!」

「閉店6時だって」

「マジか急ぐぞ!」

 

がん、と勢い良く立ち上がればまた筋肉痛でビリビリしたけどさっきよりはマシだ。次いでシャルさんが呆れたような目線のままに立ち上がると、くい、と手を引かれる。うむ、この様子的にこの人も相当僕に負けず劣らず楽しみにしていた可能性が浮上する。うん、まあ甘党そうだもんな。顔的に。あと節々の言動がOLだし。そんな口に出したら問答無用で手刀が叩き込まれそうなことを考えつつも、いそいそと退室する。ハンター協会会長も何もかもチーズケーキ前では無力なのだ。

 

「それじゃ、ありがとうございました!」

「うむ、楽しんでくるんじゃぞ。そこのチーズケーキ人気じゃから急がんと売り切れるかものう」

「うわー!マジか!」

「オレこっちのストロベリーフレーバーも気になるんだよねえ」

「僕はね、僕はね、下のとこがフレークになってるやつ!絶対美味しい!」

「うわ……半分ちょうだい」

「もちのろんよ!」

 

そんな話をしながら、セットは紅茶かコーヒーか、ていうかこれメニュー全制覇したくない?2回目必至。なんて言いながら、ダッシュでビルを飛び出した。

 

とりあえず、チーズケーキはめちゃくちゃ美味しかった。

 

 

「で、シャル、ライセンスは?」

「無事取得……ってほど無事ではなかったけどとりあえず取れたよ。試験官に目付けられちゃって」

「そりゃ災難。……ね、そういえばアンタさ、カルトは?」

 

そう、珍しく彼女の声が柔らかく尋ねたので思わず笑ってしまった。つり目な彼女には似つかしくない印象だ。そんなシャルナークの反応は気に食わかなかったらしくて、更に彼女の表情はキツくなる。

 

マチ、はどうやらシャルナークが彼女と関わる以前から彼女の知己であったらしい。むしろそうでなければおそらく彼女のことは誤って殺してしまっていたであろうから、そういう意味では非常に助かったと言える。だってほら、殺してしまったらチーズケーキもタルトも食べれない。

 

「殺してないよ」

「へえ、珍しい」

「思いの外便利だったし、殺す理由なくなったし。ていうかオレが殺してたらマチ怒っただろ」

「そりゃあ。貴重な情報元だからね。アイツ、自分の出すものの価値がわかってない。アンタだったらとんでもない額ふっかけるようなもんでもポンポン出てくるし」

「あー、ぽいわー」

「変なやつだよ。本当に」

「同意見」

 

くるり、と携帯を回す。アジトは人気がない。団長はまたどこかをフラフラしているのだろうし、フィンクスたちは肩が鈍るとすぐにそこらへと殴り掛かる。脳筋は大変そうだな、なんて思いながらメールを開いた。噂の彼女からのそれのタイミングの良さに、また笑ってしまう。

 

「……マチ、来週の金曜日、暇?」

「なんだい?仕事?」

「いいや、今度はねえ、そうだな。オレ気になってるフィナンシェがあって」

「は?」

「やっぱさあ、男一人だとき行きづらいんだよね。ナンパばっかされてウザイし」

「……アンタの菓子漁りに付き合う気はないけど」

 

ぷい、とピンク色の髪がそっぽをむく。そのいつも通りの反応に、けれど今回は釣れる大きなエサがある。

 

「カルト付きだけど、興味無い?」

「……は?」

「来週の金曜日、天空闘技場辺りで待ち合わせなんだけど」

「アンタ、何言ってんの?」

「そのまんま。それで?」

 

きゅう、と猫のように目が細められた。葛藤しているように見えて彼女は好奇心にすぐ負ける。理解不能で、なんだか面白い存在。そうマチが彼女を定義しているのならば、確実に乗ってくると長年の付き合いでわかっていた。

 

「……行く」

「了解。連絡しとく」

「アンタ、カルトに何したの?」

「別に。ただのオトモダチなだけ」

「アンタが、友達?」

 

不可解そうに、けれどまた好奇心で瞳が踊っている。彼女のその瞳は嫌いではなかった。初めてその色を見たのはいつだったか。そう、瓦礫の山の中から一本の銀の針と破れたクマのぬいぐるみを見つけた時、だったはずだ。おそらく。

 

そんな、思い出したくもないはずの過去を思い出しては微笑んでしまうのは、きっとその友達のせいなのだと言ったらきっとまたマチは驚くだろうな、なんて自分らしくもないことを考えた。

 

 

 

天空闘技場に帰ってきたら、兄さんはいなかった。まあそりゃ当然。兄さんだって忙しいだろうしね。うんうん。だけど空っぽのキングサイズのベッドを見ればちょっとは悲しくなってしまうのは事実だ。あとソファで寛ぎながら何やら雑誌を読んでいる愉快な赤毛を視界に入れてしまうと同じぐらい悲しくなる。なぜそこにいるのが兄さんではないのかと。

 

「おかえり、カルト♡それで試験は?」

「ごうかーく!だけどめっちゃ疲れた!フォーリングダウンのリミッター解除までしたし」

「そこまで追い込まれたのかい?」

「なんかねー?ビスケさんがめっちゃくちゃやる気出しちゃって。ほら、シャルさんと組んでたんだけど操作系ふたりじゃ変化形とかの近接型とは相性悪いじゃん?しゃーないからリミット切った!」

 

ふうん、と極めて興味なさげにまたヒソカがページをめくる。こいつ、聞いておいてこの態度、どうしてくれようか。ていうかシャルさんとはこいつ同業者じゃねえの?蜘蛛じゃん?そんなんでいいわけ?

 

とまあ、そんな疑問を抱えつつも、はっと衝撃の事実に気づく。

 

「……ね、ヒソカ」

「なんだい?」

「僕の携帯の連絡先、ゾルディック家と幻影旅団の人しかいない。全員賞金首だ……」

「キミ自身も賞金首みたいなものなんだから当然だろ♢」

「まだかかってませんー!大手を振って歩けますー!」

「時間の問題だね♤」

 

とまあ、すげなくいなされて心にダメージを追いつつもベッドに転がる、と。

 

「カルト♡」

「ひゃい」

「今日の分のノルマはこなした上で転がっているのかい?」

 

ぐぐ、と目の前にピエロルックが迫った。ひえ、と息を飲む。こんなの即座にごめんなさいモードだ。ばね人形みたいに勢いよく跳ね上がると、だかだかと即座に腹筋を始める。く、きっつい。しばらくサボっていたせいで負荷がキツく感じる。実に鬼、鬼である。もうピエロメイクじゃなくて鬼メイクにしろよこの鬼が、とか言ったら2倍になるからちゃんと口は噤むけど。

 

と、そういえば。

 

「キルアだいじょぶだったー?」

「特に問題はないね♢妙なのはキミが脅した例の彼が大抵払っていたし♤」

「おー、意外とお仕事出来る子だったんだねえ。脅し得だ」

「今は120階だね♧その辺で詰まっているようだ♡」

「想定内想定内。あ、てかさ、そろそろ僕の試合だったりするかもだよね」

 

日数を数えてみる。ハンター試験でだいたい一週間とちょい程度。いや、マジで秒で終わったな。まあそのあとちょっとお菓子巡りで三日ほど周遊したのは黙っておこう。とにかく、諸々含めて二週間経過。お休み期間は90日だから、ってあれ?

 

「僕これ暇では?」

「暇だね♢」

「うわ、マジか。予想外すぎる」

 

うーん、と考え込み。トレーニングしまくってるとはいえそれ以外の時間が無いわけじゃない。結構やりたいことはいっぱいあるぞ。1回精査してみよう。

 

まずは、盗聴器の改良。情報処理を人力じゃなくできる方法を考えたい。これはミルキに依頼かなあ。情報系はシャルさんも強そうだから一回相談するのはありかも。

ネクスト、普通のお仕事。念をある程度習得したことで僕にも暗殺のお仕事がいくつか回ってきてる。この機会に片付けるのもありだ。てか片付けないと怒られる。

そしてみっつめ、は趣味だ。紙が欲しい。あと扇子も極めたい。いつまでたっても母さんのお譲りじゃ締まらないと思うんです。あとねえ、試験で着物も汚れちゃったからどうにかしたいんだよね。着物は良い。出来れば着回せるレベルで買い揃えたいものだ。金はあるしね。

 

となると行先はひとつ、東である。なんかよくわからんが、そういうのの原産地の国が東の方にあると聞いた。行ってみるのもあり。あとお団子食べたい。シャルさんに予定聞いてみよ。

 

まあそんなところかなあ。ひとまずキルアが天空闘技場のこのくらいの階層でうだってくれてる間はちょっとぐらい遠出できる。ヒソカもいるしね。

 

まあ優先順位的にはお仕事が一番上だ。それ終わらせてから色々考えるかー、などと思いながらスクワットしたら膝から崩れた。泣いた。

 

 




シャルはOL……


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結局お金が全て

イヤホンがぶっ壊れた。いやマジで。

 

こうね、いつも通り盗聴しながらスクワットしてたのよ。そしたら急にブチって。断線かな?って思ったんだけどどうやらそろそろオーラ負荷に耐えきれなくなっちゃったみたいでして。そりゃまあ、イヤホン自体は本当に何の変哲もないやつだし時間の問題だと思ってたけどさあ。

 

さて、こうなれば先延ばしはしていられない。一刻も早く盗聴器の改良をすべきでしょう。

 

「……やっぱミルキか」

 

むう、と人差し指を当てながら考える。こういう機械の類はミルキに任せるのが一番可能性が高い。ただ問題点は金。アイツぼったくりなんだよなー。僕のこれから得られる情報を使っていいよってことでタダにしてもらえたり……できないよなあ。ミルキは割とその辺興味無いのだ。社会情勢とか、偉い人の不正とか、そういう殺しやミルキの周りに関係ない事象には一切気を払わない。から、その線はダメ。となると。

 

融資、してもらうか。

 

思い浮かんだ顔はふたつ。にひっと笑った。よし、そうと決まれば攻略である。たかたかとメールを打てば、返信を待つ気持ちで浮き足立って飛び回っていたのでヒソカに怒られた。

 

 

対象者そのいち、兄さん。

 

暗殺のリターンの巨額の富。本人が無欲なため貯蓄量は膨大。でも自分の利益になることにはポンって札束出してくるので上手く説得出来れば勝つるであろう。

 

というわけで、場所は天空闘技場のすぐそこのカフェ。メールして数日後のオフの日に無理やり滑り込ませたデートだからにやにやしてしまう。が、しかし今日はそうやってただ兄さんの顔を眺めていればいいという訳では無い。

 

「でねー、だから金が欲しいんですよ」

「……それ、オレがどうにかしてあげる理由ないじゃん」

「兄さんのケチ」

「無駄な金は払わない」

 

いつもの冷たいお顔のまま、そう兄さんはコーヒーをすする。むう、割としっかり目に取り尽くしまがない。どうしたものか、と兄さんのとは真逆の甘ったるいカフェオレに口をつけた。苦いのはまだ苦手だ。お子ちゃまだもん。

で、だから、そうじゃない。兄さんを説得する案を出さなくては。

 

「……えーでもさー、兄さんも僕の情報網あれば仕事楽になるじゃん?余計な下調べ要らなくなるしさあ」

「ん?」

「てか今も結構僕の情報便利使いしてる訳だし?長期的にはリターンが上回ると……」

「え、ちょっと待って。もしかしてカルトたかだかこれだけの金払わせる対価でオレに恒久的に情報提供しようとしてる?」

「ん?え?そういうことだけど……対価足りない?」

「逆だよ。足りすぎて釣り合ってない」

 

はあ、とアンニュイなため息。カフェの雰囲気とありえないほどに合っていて、控えめに言ってイケメンすぎる。僕が世の女ならば即座にバラ100本持ってプロポーズするレベルだ。まあ絶してるから世の女は兄さんの存在に気づきようがないんだけど。なんて可哀想。

 

と、兄さんのせいで脇道に逸れた思考を元に戻す。そう、融資の対価のお話です。

 

「えっと、足りすぎてる?」

「そう。……そろそろ自分の適正価格くらい学習したら?いつまでも買い叩かれたら損でしょ」

「うーむ、まあそれは確かにだけど。なんかさあ、僕的には身内から金取るのに罪悪感があるといいますか」

「ミルに今からぼったくられるのに?」

「うぐっ」

 

それを言っちゃおしまいである。確かにミルキに馬鹿みたいな巨額を払う身としてはそんなこと言ってらんないのも確かだ。それに、適切なお仕事には適切な対価が世の常識。ならばまあそれを自分に適用するのも大事ってこと。

 

うーん、でも実際僕の情報ってどれぐらいの対価で差し出していいものなのかわからんよな。マチさんにはマジでその時の気分でてっきとうに売ってたけど、今考えるとそれも多分超大安売りだったんだろうし。どうしたものか。

 

「……なーんかさ、情報の適正価格表とかないのかなあ」

「あるわけないでしょ」

「だって原価とかないし、相場とか知らんし、価値の付け方わからんし、ていうか僕がどの情報にどれだけ価値があるのかわからんし」

「それを考えるのがカルトの仕事」

「正論ー」

 

また一口、コーヒーが口に運ばれる。兄さんは案外猫舌みたいでちびちびとしか口に含まない。なんてのは最近の発見。そもそも今まではカフェとか誘っても来てくれなかったので。悲しみ。が、しかし過去を振り返っても仕方がない。今に至った関係性の進歩を大事にしようではないか。

 

くるくる、とカップの中で液面がまわる。お金、お金って難しい。だって僕、前世は本当にただの一般ピープルだったからね。そんな情報屋とかやってなかったからね。本気でどうしたらいいものかって感じなんです。もうめんどくさいなー、月額料金とかにしちゃおうか。いやだってそのレベルで僕には情報の重要さがわからんのだ。

 

「えーじゃあ兄さん月幾らだったら払ってくれるー?」

「は?」

「ここの情報に値段つけれるほど僕は精通してないのでもうサブスクにしちゃおうかと」

「……それ多分、損するのはカルトだよ?」

「でも僕が下手に値段つけるよりはマシかなって……」

「それはそうかもしれないけど」

 

ん、と少し考え込むように兄さんの顔が伏せられる。割と本気で考えてくれているらしい。これは融資先一件ゲットは近い。

 

ちくたくと時計の音を聞きながら、まったりとコーヒーを飲む。幸せー。やっぱりね、たまにはこうしてきょうだい仲睦まじくってのもありだと思うのよ。こうやって、少しづつ兄さんがどうでもいいことに付き合ってくれる頻度が増えていくのが一番嬉しいのだ。ほら、それを積み重ねていけば何かが変わるかもしれないし。なんて考えながら兄さんの横顔を見つめていれば、やっと結論が出たのか顔が上がる。

 

「……うん、いいよ。買う。初期投資でミルへの支払額の1/3。それから月あたりカルトの提示額。これで契約成立でいい?」

「もっちろん!むしろこっちがこれでいい?って感じだし」

「そう、じゃあ話は終わり?」

 

するり、と猫みたいな動作で兄さんがカップをテーブルの上に置いて立ち上がろうとする。いや、いや待ってちょっと待って!いつもながらそうだけどそうじゃないじゃん!もうちょっと可愛い妹との会話を楽しもうとかそういうのはないんですかないですよね知ってました!

 

とりあえず即座に立ち去ろうとする兄さんを押しとどめて、何とか要件を探す。うえ、兄さんの冷たい視線が突き刺さるが仕方がない。僕的には一秒でもこの時間を長く継続したいのである。

 

「あ、えっと、ほら、あの、仕事が!」

「仕事?」

 

こてり、と首が傾げられる。よし、注意は引けた。どうにか再度着席してくれた兄さんをこの場に留めるために必死で話題を探す。せめてコーヒー飲み終わるくらいの時間はさ、一緒にいてくれたっていいじゃん?

 

「そう、仕事!ほら僕次のが初めてのお仕事だし?いろいろ、こう、不安点が」

「……それで?」

「出来ればー、そのー、初回くらいは一緒についてきてくれないかなーみたいな?ほら、何やらかすかわかんないしやらかしても兄さんいればどうにかなるかなーみたいな……」

「それくらいなら別にいいけど」

 

フリーズ。フリーズである。目の前の兄さんの大きな目が何度か瞬きを繰り返すのをじっと見つめる。え。なに?マジで?

 

「え、ほんとに?」

「要請として妥当な範囲だと判断しただけだけど。なに?撤回する?」

「しません!絶対しません!意地でもついてきてください!」

 

もはや半分は土下座に片足突っ込んだみたいに頭をフルスイングして下げたら兄さんがちょっとだけ笑った気が、した。たぶん気のせいだけど。

 

 

ターゲットは天空闘技場からほど近いビルの一角にあるお店のオーナーさんらしい。ゾルディックに依頼されるくらいの恨みを買うような人には聞こえないんだけどなあ、と盗聴器片手にベッドをごろごろごろごろ。

 

「で、カルト。いつ?」

「んー、明日にはたぶんいけると思う。ていうか情報収集必要ないレベルっぽいし」

「なら早く終わらせれば?」

「不安要素は潰しておきたい派なのです。あとシンプルに気になる。この人なんでこんな依頼出されちゃったのかなあって」

 

パソコンの上を指が行き来。兄さんが呆れたようにため息をついた。

 

天空闘技場の僕の部屋。兄さんはソファでまた退屈げに本のページを捲っていた。まあそりゃ一緒にお仕事しに行くならばそれまでは団体行動してくのが最も効率的なわけで、てことは僕のこの部屋が拠点になるのは自明なわけで。

 

にへ、とにやけて表情筋が崩れているのを自覚しつつパソコンのディスプレイに向かう。けど、頭の中はまったくその情報に集中できてない。過ぎるのはひとつだけ、どうして兄さんが特になんの利益もない僕のこの提案に乗ったのか、だ。

 

ちらりと兄さんに視線を投げる。まあ結論は出ているんだけど。兄さんはどこまでもお兄ちゃんだというわけだ。

 

「……兄さんのなかでは僕も一応庇護対象なんだねえ」

「なに急に」

「ほら、僕って身体はゾルディックのものだけど中に変なのが入ってるじゃん?それでも兄さん的には僕は兄さんの妹で、兄として接するに値するものに定義されてる」

「一応言っておくけどその認識はかなり間違ってるからね。オレ、まだカルトのことは危険分子だと思ってるし。必要があれば契約破棄して針だって刺す」

 

くるり、と兄さんの手の中で銀の針が回った。いつもの飾り針じゃないやつ。そんなの僕と会う時に持ち歩いてるってだけで警戒を解いてないっていう証明みたいなもんだ。まあ確かに、それはそうなんだろう。ていうか無条件で誰かを信じるとか何それ兄さんエアプ?って感じだし。

 

でもなー、それでも今こうして特に洗脳を施すでもなく僕を放置している兄さんもまた兄さんなのである。

 

多分、どっちも本物なのだ。ただの弟たちを慮る兄としての側面も、家という部分だけを優先して全てを判断してしまう部分も。今はその不安定さが僕に向いているからいいんだけど、でもこれがいつかそう、たとえば。たとえばキルアに向いたらその時兄さんはどうなってしまうんだろうっていう不安は消えない。

 

まあそんなの今考えることじゃないか。とりあえずは目の前のターゲットである。

 

「……んー、なんだろなこれ。依頼人の人もきな臭いし」

「カルト依頼人のことまで調査してるわけ?」

「そりゃあ。だいたいゾルディックに依頼してくるって時点で何かしら探られて痛い腹があるのは確定なんだから探っとくべきでしょ」

「へえ、暇なんだね」

「たしかにねー兄さんみたいにね、強くて余裕のあるひとには不必要な工程だとは思うよ。でもまだよわよわ最弱王殿堂入り果たせるレベルの僕的には安心材料はいくつでもほしいの」

 

キーボードが鳴る。電脳ネットのシステムやその他もろもろについてはこないだシャルさんから基礎知識は入手したのでだいぶ作業効率は上がっている。このさい本格的にハッキングとか学びたい感じはするんだけどねえ。たぶんシャルさんとか……あとミルキもか。お金払ったら教えてくれないかなー、っと。

 

指がやっと止まる。パソコン上に表示された文字列をじいっと見つめる。

 

 

「……これあれだな」

「何?」

「ただの店じゃない。念道具……っていうの?なんかそういう、とにかくまっとうなそれじゃない感じだわ」

 

ホームページで特定のリンクから特定のコードを入力しないと入れないエリア。至って普通のアパレルテナントのオシャレなホームページは途端にきな臭くなった。明らかに裏で流通してるような武器の類の写真の隣に、法外な値段。試しで凝で見てみたらそりゃもう大当たりでしたとも。全部が全部、多かれ少なかれオーラを纏ってる。

 

「ねえ兄さん、例えばさあ、具現化系の能力者がいたとすんじゃん?それでその能力者を殺したら具現化したアイテムってどうなるの?」

「消えるよ。当然でしょ」

 

そりゃそうだ。てことは、この道具たちは作った能力者を殺しちゃえば全部消えてしまうのだろうか。そんなことある?っていうかそんな泡沫のものにこんな大金出す人いる?

 

商品になるってことは殺しても消えないのかなあ。まあそういうふうに能力の条件を組むことは可能だろうし。むむむ、とじっと考え込む。

 

考える。何かが引っかかっている感じがした。例えるならば小魚の骨が喉に引っかかっているアレだ。でもこういう些細な違和感を放っておくとロクなことにならぬのです。

違和感っていうか、既視感。オーラによって作られた道具。くるくるとページをスクロールしながら黙々と商品一覧を見る。丁寧な意匠が施された骨董品や織物、それから鋭い武器。とにかく品の種類に糸目はつけないらしい。雑多に、しかし高品質に。かちり、と指先がとある一つのアイテムの前で止まる。

 

なんの変哲もないナイフ。オーラで構成されている分強度も切れ味も上だろうけれど、特に代わり映えするような品ではない。

 

あ、そういえば同じようなものをついこの前見たばかりだ。やっと記憶の中の既視感が正確な輪郭を捉える。

 

ディスプレイの上のナイフをもう一度じっと見つめる。刃から何から何までオーラで形作られたそれは、だけど初見じゃない。正確にはあれはナイフじゃなかったけど、あれは。

 

「……刀。んー、そっか、そういう事か」

「なに?」

「たぶん馬鹿みたいな面倒事に首突っ込んじゃったなーって。いや、面倒ごとっていうか、嫌なことに」

「どういう意味?」

 

兄さんの視線がやっと本を離れてこちらを向く。大きな瞳がぱっちりこっちを向いていた。おおう、思わずインパクトに息を呑んでしまったのは仕方がない。さあて、どうしたものか。

 

とりあえずは、とくるりと兄さんにパソコンの画面を見せれば、またこてりと首が傾く。

 

「よくある裏のサイトだね。これが?」

「思い出した。ハンター試験で見たんだよね。オーラで出来た刀を持った大量殺人鬼さんがいてさあ、結局終盤はもうまともに動いてもなかったから気にしてなかったんだけどさあ」

 

シャルさんとの会話を思い出す。刀の持ち主は能力者でなく、刀にエネルギーを吸い取られている。刀に利用されるように人を殺して、刀に操られていた。だから、そう、そうやってエネルギーを使い果たしそうになった人は最後にどうしようとする?

 

人は基本的には死にたくない。だからどんな手段を用いても、どれほどの大金を叩いても、生きようと足掻くのだ。そんな人間が最後に行き着くのが、僕たち。暗殺。

 

だってシンプルに考えれば当然じゃないか。いくらこの持ち主が能力者じゃなくたって、自分の不調が刀を持ち始めた時から始まって、少しずつ刀に行動支配され始めてるって気づいたら次の行動は一択。その刀の作成主の殺害。一か八かだけど、作成主を殺すことで刀の寄生は断ち切れるかもしれないんだからかなりいい線ついてるだろう。ただし、僕の読みではこの場合殺すことはあんまり解決にならなそうだけど。だって殺しても消えなそうだし。

 

依頼主の最後の悪足掻きは普通に失敗で終わりそうだ。

 

そう手短に兄さんに話せば、ほんの少しだけ眉間に皺が寄った。

 

「……オレたちは依頼後の依頼主がどうなろうが、オレたちが仕事したことで副次的に何人死のうがどうでもいいんだけどね」

「それはそうなんだけどさー」

「とりあえず殺してから考えれば?」

「雑じゃん」

「だってそうでしょ。どっちにせよ依頼を受けた以上こっちの都合で撤回はしない。……それでもどうしても気になるなら追尾すればいいじゃん。そのための能力でしょ」

「あー、盗聴器のことねー。うん、まあひとまずそれでいっか」

 

ぐう、と伸びをする。うん、まあ確かに兄さんの言うことは妥当だ。僕には僕の殺すポリシーがあって、依頼が入ればそれは十分に僕が殺す理由になる。金が払われる限り僕は多分それがどれほど間違ってようがめんどくさいことを誘発しようが殺すんでしょう。てことは、今回は金が入っている以上僕に殺さない選択肢はない。

 

そうだね、とりあえず兄さんの案で大丈夫、なはず。依頼は要請通りちゃんとクリアして、でも依頼主にはしばらく盗聴器つかって監視しとこう。本人自体は念能力者じゃないから気づかれないだろうし。

 

まあぶっちゃけ監視してどうするって話ではある。別に僕は依頼主がとり殺されようが何されようがどうだっていい。けど、この依頼主にはほんのちょっと興味がある。ぺろり、と舌なめずりをした。正直ただの勘だ。勘だけど、たまにはそういう不確定性の強いものに振り回されるのもありかなーって思う。

 

「……うん、おっけ、その線でいこ。なんか面倒に巻き込まれたら助けてね、兄さん」

「依頼料」

「うっわ。可愛い妹から金取るわけ?」

「当たり前。金払われなかったら動かないし、払われたら何でもする。そういう仕事だろ」

 

兄さんの手元でまたページがひとつ繰られる。まあ、道理だ。ふわあ、と欠伸をひとつした。うん、そうだね。じゃあとりあえず任務遂行だけを考えよう。

 

と、ぴこんと携帯が鳴る。メールだ。と言っても僕のアドレスを知っている相手はごく数人に限られるわけで。ということは送り主は開かなくても想像できちゃう。

 

「……あー、ちょうどいいかも?」

「何が?」

「いや、面倒事回避アンド恩を売る大作戦な感じのを思いついちゃって。」

 

シャルさん、スイーツめぐり同好会会員に加えて幻影旅団。そう、盗賊さんである。それに今回は僕の土下座混じりのお願い(メール越し)によりマチさんも一緒だ。盗賊×2。使わん手はない。

 

よし、そうと決まれば善は急げである。シャルさんたちとの予定は一週間後だ。そこまでに下ごしらえは終わらせとかなきゃいけない。平たくいえば、お仕事満了及び盗聴器セット。お仕事完了はともかく依頼人の方はどうしよっかなーって思ったけど、僕の予想が当たってれば依頼人、もとい刀に取り憑かれちゃったお姉さんはきっと殺しが終わればすぐ問題のお店にやってくるはず。だって依頼完了メールが来ても刀の呪縛は解かれないのだ。本当に死んだのか、何が起きているのか現地に確認しに来たくなるのが人間のサガというもの。その時に待ち伏せなりなんなりして貼ればいい。うん、完璧。

 

パソコンを閉じて、今度は紙をちょきちょき。さあ忙しくなってきた。

 

 

 




どうでもいいんですけどシャル書いてるとなんかまだ生きてるような気がして、その度に公式でとっくに死んでることを思い出しては勝手に自滅してます


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はじめてのおしごと

足元に、血溜まり。

 

何となく既視感なのはそういえば死んだ時もこんな感じだったなーなどと思ったからだと思う。まああの時はトラックに内臓から何から何までぐっちゃぐっちゃにされたからもっと汚かったけど。殺しの美しさにだけは自信があるのだ。ほら、だって今だって背中から一発だし。

 

扇子を閉じて、一応確認のために周りを見渡した。兄さんがつまらなげにくるくると針を弄っていることからして早めに終わらせた方がいいかも。

 

でもなー、まだお仕事は残っているのです。

 

「ねー兄さん、今の何点?」

「10点満点で5点。隠密性だけは評価するけど無駄多すぎ」

「初めてにしては?」

「及第点かな」

「よっしゃ」

 

そんなどうでもいいやり取りをしつつメールを打つ。依頼完了のご報告である。つまりは、餌だ。あとはこの美味しい餌にかわいそうなお姉さんが食いつくのをただ待つだけでいい。

 

あれから、善は急げって言うしすぐにお仕事は実行した。まあ善っていうか、普通に殺人なんだから悪寄りの悪なんだけどそれは考えないでおこう。とにかく夜になるや否やターゲットさんのお店に難なく侵入した僕と兄さんはさっくりと暗殺に成功して、こうして撒き餌してるわけだ。まあ兄さんは本当に見てるだけなんですけど。まーじでこの人何一つ手伝ってくれんかったからね。

 

じいっと死体を見下ろす。背中から真っ二つになったそれは、結構なおじいさんだ。能力者の割に身体は鍛えてないっぽいけど……うん、まあ世の中そんなもんでしょ。念能力者がみんながみんな脳筋戦闘バカだとは限るまい。特にこの人なんて生産系の能力なわけだし、それこそ身体は必要ないでしょ。まあそのせいで僕にすぱっとされちゃったわけだけど。

 

しかしてこのおじいさんも、ただのちょっと特殊な武器職人ってわけでもないんだろうな。嘆息。軽く調べただけだから詳細はわかんないけど、この人の作る道具はどれもこれもとっても便利そうに見せかけて、とんでもない曰く付き。

 

血溜まりの中に転がり落ちていたナイフを手に取ってみる。おじいさんが最後の足掻きにこっちに向けてきたものだ。まあ実際僕に当たることはなかったんだけど、柄にゆるく指を這わせてみれば、ちくり、と痛みが走る。

 

「ゆっくり効いてくるタイプの毒かな。持っている間持ち主を毒で蝕む代わりに威力アップ的な。僕でこのペースなら常人で持って3分」

「ふうん。そんなものなんの役に立つの?」

「さあね?」

 

まあ、たとえ死にかけたとしても命を拾えたら儲けものってことかな。とにかく、この店の品物は全部こんな感じだ。強力な能力を持つ代わりに、致命的なデメリットが存在する。そんなものを追い詰められた人間に売りつけて自滅する様を見守るのが店主の趣味だったんだろう。僕が言うのもなんだけど、とんでもなく趣味悪いな。ぽい、とナイフを投げやる。少なくとも僕には必要なさそう。

 

「……んー、暇だね」

「仕事終わったなら早く撤退すれば?」

「それがまだ終わってないんだよ。餌に引っ掛かっった依頼主ちゃんに盗聴器貼らないとだから」

「そのために今オレ待たされてるわけ?」

「そーなります」

 

兄さんが結構派手にため息をついた。長い足が退屈げにゆらゆらと揺れる。が、しかしちょっと我慢してもらわなければならない。だってここからが本番だから。

 

僕の予想アンド諸々の情報を擦り合わせた結果、件の依頼主お姉さんは既に数日前からこのお店の周辺をうろちょろしていた。まあそりゃそうだよね。いくら僕に依頼を出したって失敗されるかもしれないし、確実にその目で死体を確認するまでは安心できないだろう。そのぐらい切羽詰まってる。で、だから、僕の依頼完了メールを受信次第鬼のような速度でここにすっ飛んで来るはずなのだ。そしてお姉さんは非能力者だから絶をしてここにいる僕たちに気づくこともなく、難なく盗聴器をピタッとされてしまう。そう、ミッションコンプリートである。

 

と、ゆらゆら揺れていた兄さんの足が今度は乱雑に積まれていた商品の一角に乗せられた。

 

「ていうかさ、なんでそんなにこの依頼主に拘るの?ただこの念道具が欲しいなら持って帰ればいいし、こんな手間かける意味がオレにはわかんないんだけど」

「……うーん、強いて言えば勘」

「勘?なにそれ、面白くもない冗談だね」

「うー、だって気になるんだもん」

 

そう、これは単なる好奇心。

 

違和感はハンター試験の時からずっとあった。まずそもそも彼女はどうしてハンター試験にやってきたのか。ライセンスが欲しかったから?いや、違う。全部の受験者の動向を把握してたから断言できるけど、彼女の目的には試験合格じゃなくてそこに集った人々全員の殺戮だ。その行為が彼女の意思か、はたまた刀に操られた結果なのか、それ以外の何かか。そこまではわかんない、から、知りたい。

 

それに彼女の行動だけじゃなくて、あの刀自身にも興味がある。

じっとりとまとわりつくようなオーラ。試験中は接触することは結局なかったけれど、ずっと何かが刀から僕に向けられていた。視線に近いかも。僕が日常的に広げている広域円ですら明確に何かは分からない何かが、ずうっとあった。

 

「まあ感覚だけの話なんだけど、もしかしてあの刀は今のお姉さんを取り殺したら次は僕を狙ってるんじゃないかなって思ったの」

「どうして?」

「わかんない。刀の性質がなにかのオーラを吸って活動することなら今の持ち主のお姉さんじゃなくてオーラ量の多い僕を狙いに来るのはわからなくもないけど、だったらなんでシャルさんじゃないんだって感じだし」

「シャルさん?」

「……あー、えっとね、」

 

まずい、非常に説明がめんどくさい。バカ正直にあの人の正体兄さんにバラしたら確実にアンテナ刺されるだろうし、かと言ってスイーツめぐり同好会で兄さんを誤魔化せるとも思わない。クソ、なんてめんどくさい男なんだシャルさん。見当違いの八つ当たりをしつつこっそり口を開く。

 

「……友達で、強いひと」

「友達で強いひと」

「そう、そうです。はい、えっとね、なんかこの前の試験で偶然会ったんだけど……」

「ふうん」

 

兄さんの瞳が猫みたいにこちらを見つめる。明らかなる隠し事の気配を察知したらしい。うう、まずいぞこれは。確かに僕はシャルさんにすらダウトで勝てない嘘適性無し人間なので、兄さんにとっては僕の挙動不審さを見抜くのはラクラク。

さて、どうしたらこの苦境を抜けれるか、なんて思考をぐるぐるさせれば、数え上げるように兄さんの指が折れた。

 

「ひとつ、カルトよりもオーラ量が多い。ふたつめ、カルトより強い。みっつめ、カルトとはそれなりに仲がいい。今のところカルトが漏らした情報はこれだけだけど」

「うぐっ」

「推測してあげようか。その実力でハンター試験を受けに来たなら、まともな人間ではないよね。賞金首?それとも同業者?」

「……兄さん探偵事務所開けば?」

「それから、カルトが愛称で呼ぶくらいには打ち解けてる。ということはそれなりに信頼が置ける人物、つまり俺たちと同じ側にいる裏稼業。2択かな。俺たちと同じ暗殺者か、それとも盗賊か」

「決め打ち〜」

 

はい、ギブ。明らかに後者ってわかってるくせにわざとはぐらかしてくる辺り兄さんは非常に性格が悪い。なんなのこの人。ていうかなんでこんなにバレてんの。どう考えても僕が今ゲロった情報から推察できる範囲を超えてるでしょ。

ジト目で兄さんをのっそり睨む。

 

「に〜さんどこで気づいたの?僕に幻影旅団のお友達がいるって」

「カルトが試験終了から明らかに時間経ってから帰還したから探りは入れた。それ、その発信機」

「……あー、なるほど」

 

からり、と袂を揺すってみればころころ動く兄さん謹製の発信機。試験でもし何かあったらって託してくれたやつだけど、まあ額面通り受け取るなって話だよね。多分僕の位置情報は常時兄さんに送り込まれてただろうし、会話内容も拾われてたんだろう。やば、本格的にシャルさんにどやされるかも。いやでも盗聴器の存在に気づかないでペラペラ幻影旅団だって明かしたシャルさんも非が80%ぐらいあるはず。うん、そうに違いない。

 

なんてシャルさんに罪を着せて現実逃避しつつ、ため息ひとつ。

 

「はーいそうです。シャルさんは元気いっぱい現役の賞金首盗賊さん。そしてスイーツを一緒に食べ歩くお友達。ちなみに次回の約束はフィナンシェです」

「別にカルトの交友関係はどうでもいいけどさ、多少は選んだ方がいいよ。あんな蜘蛛の中でも1番胡散臭いのとか」

「蜘蛛の中で1番クレイジーなピエロとつるんでる兄さんに言われたくないでーす」

「……減らず口」

 

ぷい、とそう顔を背ける兄さん。おや、どうやら自分の交友関係がかなりヤバいという自覚はあるらしい。いやほんとにね、ヒソカに比べたらシャルさんなんて無害も無害だよ。ただちょっと隙見せるとアンテナ刺そうとしてくるだけでさ、あれ?無害ってなんだろ?

 

まあそんなサイコパス検定1級取得済みの携帯中毒男のことはともかく、今は目の前のターゲットさんである。そう、やっと僕の依頼完了メールを受け取ってのこのこ店へとやってきたお姉さんの気配が階下からした。

 

扉が開く音。入口は1階、店舗は二階。僕らが潜伏しているのは2階だから、まだ少し猶予がある。手の中でオーラを込めた紙を遊ばせながらどうしようかなあと少し考えた。

 

ぶっちゃけ全部ただの勘だ。イメージとしては、常に誰かに見られているような弱い視線を感じてるみたいな、そんな感じ。ここからは完全なる憶測だけど、あのお姉さんに取りついてる刀は新しい寄り主を探してる。だってお姉さんの生命力はもう尽きてるもん。だから刀がまだ活動するためには新しくて、それから生命力がそれなりにありそうな人間が必要なのだろう。

 

だから多分きっと、この刀はたとえ僕が今目を離したとしてもいつか僕のところまで戻ってきそうな気がする。どうやって?とか、どうして?とかそんな具体的な何かは何一つわからないけど。そうです、勘です。マチさんの癖が若干乗り移り始めてる気がするなあ。

 

まあそれはいい。つまり、大事なのは僕はターゲットにされてるってこと。そして僕は、向こうから仕掛けられるよりもこちらから仕掛けたいタイプだ。先手は打ちたい。

 

かつんかつんかつん、と焦ったように階段を駆け上がる足音がして、それからやっと待ちわびたお姉さんはやってきた。黒いパーカーにフードを被っているから容姿はほぼ分からないけど、左手には件の刀が痛いほど強く握られている。ビンゴ、そして僕の予想も多分ビンゴ。刀が僕に近づいた瞬間にチクチクと痛いほど視線が向いた感覚がした。やっぱり女の勘は当たる。マチさんもそう言ってた。

 

「……死んでる、じゃあ、なんで?」

 

お姉さんはそう呟きながら、店のど真ん中で転がっている店主を見やった。素人目でも明らかに死体とわかるそれ。ゾルディックに依頼を出したなら、その結果はきちんとついてくる。安心安全高品質がうちのモットー。いや、嘘だけど。

 

お姉さんの手に痛いほど力がこもっているのが見える。右手、刀を持っている方の手。けれどどれほど彼女が足掻いても刀を捨てることは叶わないらしい。ぎり、と奥歯が鳴るのが僕の位置からでも聞こえた。

 

「なんで、なんでよ!!!!私はこんなところで止まってる時間なんてないのに!!この、嘘つき!!!!!」

 

振りかぶったお姉さんの一刀が、既に死体に変わっている男の首を切り離した。それだけでは満足できなかったのだろう。ぐちゃり、ぐちゃりって肉が潰される音がひたすらに響く。思わずそっと息を吐いた。恨みを買う生き方は結局こういう結末を招く。絶対に人のことは言えないけど、やっぱりそういうのって良くはないよね。

 

「許さない。絶対に許さない。私は、あいつらを……強くならなきゃいけないのに!これならぜったいに届くって言ったくせに!」

 

支離滅裂なお姉さんの言葉の中で、やっと意味ありげな一文が出てくる。ふむむ、情報ゲット。よし、考えてみよう。

 

お姉さんはきっと多分何かの目的を持ってこの刀を入手した。強くなるため?って言ってるけど、最終到達点がそこだってわけじゃなさそう。強くなって、やらなきゃいけない何かがあった。なんだろね、仇討ちとか? だったら釈然とする。そういうのに手を染める人間は多かれ少なかれ自暴自棄になるし、強さの代わりにこっちの生命力を抜き取ってくる刀なんてどう考えても厄介案件に手を出しちゃうこともあるだろう。

 

死んでもいいからって、全部を投げ打ってでも殺したいって思ってその刀を手に取ったのだろう。でも上手くいかなかった。仇討ちに失敗したのかもしれないし、そもそも目標に到達できなかったのかもしれない。そうこうしている間にどんどんとエネルギーは吸い取られて、意識さえも刀に乗っ取られていく。そりゃあ恨み言も吐くわな。ご愁傷様です。

 

はあ、と呆れた溜息がちょっとだけこぼれた。確かに可哀想だけど、自業自得。何をするにしても自暴自棄で動いていいことなんて何一つもないんだろうな、なんて思う。

 

そろそろ潮時かな、と思って徐にお姉さんの背後に忍び寄ろうとした、ところで狂ったように死体をぐちゃぐちゃにしていたお姉さんは唐突に再起動した。

え、なに?

 

「そっか、わかった」

 

目が据わってるー。あー、なんかヤバそう。瞬時にまた部屋の隅に隠れる。どうやらぶっ壊れたと思ったお姉さんはまだゾンビアタックを諦めてないらしい。

 

「殺せばいいんだ。もっと、もっと、もっと。そうしたら、届くよね、あいつらに」

 

だからあいつらって誰だっつーの、と内心で突っ込む。肝心の名前を教えてくれや。ぶう、と一番気になる情報が手に入らない苛立ちで頬を膨らませれば、お姉さんは返り血でびっしょりのまま素敵な笑顔を浮かべた。うーん、狂気。

 

お姉さんは抱きしめるように刀を持つと、そのまま踵を返して部屋を出ようとした、ので慌てて絶のままこっそり後ろから近寄って背中に紙を貼り付けた。あっぶな。テンション上がって即出発とか人生に遊び無さすぎだろ。なんなんだよこのお姉さん。目もどことなくイッちゃってる感じだしさあ。

 

かつかつ、とまた大袈裟な足音を立ててお姉さんは部屋を出ていった。なんかなー、よりヤバいスイッチを押しちゃった気がする。まあとりあえず目標は達成したわけだし、あとはゆっくり盗聴内容を聞きつつ考えればいいでしょ、なんて強引にまわり始めた思考を止めた。

 

「……おっけー、目標達成。あとは帰ってから考えて……うーん、どうするか決めないとなあ」

「なにそれ。どうするもこうするも依頼達成したんだからこれ以上考えることないでしょ」

「それはそうなんだけど〜」

 

投げやりに言った兄さんの言葉を流しつつ、ついでに件のお姉さんがビルの遠くまで移動したことを確認しつつ、やっと絶を解く。ふう、やっと息が吐けた感じ。何となく絶って肩が凝る気がする。何となく。

 

「うん、まあぶっちゃけあとは野次馬根性かな。今ちょうど暇だし?何となく首突っ込みたくなってるだけ」

「へえ」

 

とてとてと血溜まりを抜けて僕たちもビルの外に出る。夜ももう深い。ていうか眠い。早く天空闘技場に戻ってふかふかのベッドに飛び込みたいものだ。ふふふん、と思わず口角が緩む。ここ2、3日はずっと部屋に兄さんがいるおかげで眠りが深い気がする。兄さんからはマイナスイオンが放出されてるから。

 

隣を歩く兄さんの袖をくいくい引きつつ、るんるんスキップする。

 

「ね〜兄さん、今日こそ添い寝イベント……」

「却下。ていうか今日はもう俺行くし。依頼達成したんだからこれ以上カルトといる理由ないでしょ」

「うえ!?」

「なにその馬鹿面」

「行くって、どこに!?!?」

「俺も仕事あるの」

 

ショック。ショックすぎて地面に埋まりそう。いやもう埋まってるかも。

いや、まあ確かに兄さんの言うことは道理。むしろ僕の要請でここ数日いてくれたことが最大限の譲歩だったってことはわかってる、けど。

 

けーーーーどーーーーー!!!!!!やっぱりやだーーー!!!!!こんなことなら仕事しなきゃ良かったーーーーー!!!!!!

 

そう叫びながらバタバタと暴れ、たい気持ちを懸命に堪えた。偉い。さすが僕。ていうかそんなことしたら兄さんに真面目に頭潰されるかもしれん

 

む、仕方ない。ここは大人になろう。

 

「……う、わかった。頑張ってね兄さん………………。終わったらまたいつでも来てくれていいんだからねっていうか」

「うるさい」

「ひゃい……」

 

今日の兄さんはツン要素高めらしい。しんどい。けどまあ最初の頃に比べたらだいぶ態度は軟化してる、はず。ポジティブになろうではないか。悔し涙を啜りつつ、手を振って兄さんを見送った。

 

 

「てなわけでねえ、お宝なの」

『ふうん……。あの2番の刀だろ?ぶっちゃけ俺は興味ないんだよね』

「こら、盗賊が宝を選ぶんじゃない!なんでも奪い取るのがポリシーでしょ!」

『失礼だな。盗賊だからこそ審美眼には自信あるんだけど』

「シャルさんが持ってるのは審美眼じゃなくていくらになるかの鑑定眼だけでしょ。守銭奴」

 

そう反射で言い返すと電話の向こうで笑い声が返ってくる。どうやら自覚済みであったらしい。全くもって食えない男。

 

天空闘技場に帰還後、僕が一番にしたことはシャルさんへのお電話だった。飯は飯屋、お宝は盗賊。つまり幻影旅団である。ちなみにシェアルーム中の幻影旅団団員ピエロは今はどこかへお出かけ中。最近のピエロは練習メニューだけ課すとどこかに行っちゃうことが多い気がする。どうせどこかで殺人欲求でも解放してるんでしょ。まあ僕としては願ったり叶ったりなんだけど。それはともかく。

 

「まあとりあえずシャルさんどうせ暇でしょ?いいじゃん三人でジャポンにお出かけしよーよー。お宝の有無はともかくさあ」

『さりげなくマチを巻き込むなって……。って、わっ!?』

「へ!?」

 

電話の向こうでなにやら急に激しい爆砕音が響く。え、なになに怖いこの人大型重機の近くとかで電話かけてきてたわけ!?などと動揺していたら、3秒後、破壊音はやっと止んだ。それから携帯越しに慣れ親しんだハスキーボイス

が聞こえた。

 

『どうも、カルト。久しぶりだね、元気?』

「マチさん!!!!?!?!?!?」

『うるさい大声で叫ばないで』

「ごめんて……。あそういえばシャルさんはどうしたの?爆発に巻き込まれて死んだ?」

『今アタシに踏まれながら携帯取り返そうと暴れてる』

「あーなるほど。幻影旅団、仲良しそうで何よりだよ……」

 

若干苦笑いしちゃったのはしゃーない。超極悪非道組織のくせしてやってることがその辺の高校生みたいなんだよな。電話途中の相手から携帯奪い取るとか。まあその際に爆発もかくやの音が鳴ってるのはご愛嬌だけど。

 

「あ、それでさマチさん、耳寄り情報があるんだけど」

『ああ、東洋の武器の話だろ?会話内容は聞こえてた』

「さっすが話が早い!どう?一緒に行かない?」

『いいよ、どうせ暫くは団長も帰って来ないだろうから暇だしね。アンタといるのはいい退屈凌ぎになりそうだ』

「もしかして言外で僕トラブルメーカーって言われてる?」

『正解』

 

ふふ、と笑い声と共にそう返される。くっそ可愛い。くっそ可愛いので何を言われても嬉しくなっちゃうね。

 

まあそんなマチさんのナチュラル罵倒はともかくとして、僕がシャルさんおよびマチさんを急にジャポン旅行に誘ったのには一応理由がある。理由っていうか、目的が。

あの刀に寄生されたお姉さんにつけた盗聴器、それをひたすら流し聞いていた結果お姉さんの最終目的地はどうやらジャポンであることが判明した。具体的に何しに行くのかはまだわかんないけど、追いかけて損はないはずだ。なにより暇だし。

だけどまあ、僕一人で行くのはなんかやだ。だってぼっち旅行とか寂しいじゃん。それにあの刀とお姉さん、今の所の情報からじゃまだ未知数だけど妙にきな臭いから僕だけで対処可能かわからない。ので、それなりに腕が立つ人を同伴させたい。などという思惑のもと、結局シャルさんとマチさんを誘うことに決めたのだ。

 

「よし、じゃあ一緒にいこー!どうせもともと明日はスイーツ同好会活動日だったしそのまま行けばいいよね。シャルさんに旅券の手配頼んどいて〜」

『だってさ、シャル』

『……便利使いするなよ。ていうかマチ、ちょっとマジでこれ肋骨行ってない?』

『縫合なら500かな』

「うわー、マッチポンプだ」

 

シャルさんの呻き声がなんとなく携帯の向こうから聞こえる。ウケる。どうやらシャルさんとマチさんだと圧倒的に肉弾戦ではマチさんに軍配が上がるらしい。まあそりゃそうか。操作系は基本貧弱。僕も人のこと言えない。まあそれはそれとしてウケるけど。

 

「じゃ、そゆことでよろしくね〜。明日の11:00に天空闘技場前!」

『ん、了解』

 

そんな優しいお姉さんの声。つい数分前に同僚の肋骨をへし折った人間とは思えない優しい声。うん、実に人間って感じ。マチさんにへろへろに魅了されながら、名残惜しく通話終了のボタンをタップした。

 

よし、とりあえずこれで下準備は完了。頭の中で状況を精査する。キルアの監視任務に関しては今の所100階から120階をうろちょろしてるだけで特段危険そうな要素はないから問題なし。保険で脅してキルアの護衛につけてるのも今ではざっと三人くらいいるから過保護なくらいだろう。それでも一応盗聴は続けて、もし危なくなったらすぐに戻ればOK。

修行に関してはヒソカに練習メニュー押し付けられたし、そろそろ実践経験も必要だよネ♧なんて言われたのでお出かけ許可は得てる。問題なし。お仕事も今の所引き受けた内容はコンプ済み。パーフェクト。次の試合まで軽く二月はあるし、ちょっとぐらい好奇心に負けたっていいだろう。

 

僕がこんなにもあのお姉さんに興味津々なのには理由がある。

 

あの殺人への異常な執着。多分あの人が殺した人間の数はすでに三桁に上っている。そこまでして、自分の命をすり減らしてまで人を殺したい理由ってなに?って感じだよね。そもそもその殺人行為はお姉さんの意思なのか、刀の操作によるものなのかも気になる。ぶっちゃけ後者だったらアガるな〜と思っている。ほら、一応操作系的にね。人に取り憑いてその意思を弄る念道具とか興味あるじゃん。よって、追いかける。もしお姉さんが単なるサイコパス快楽殺人犯だったらその時はその時。普通にアテが外れたなあってなるだけ。

 

ごろん、と無駄に大きいベッドの上で寝返りを打つ。まあなるようになれだ。ひとまず明日のフィナンシェのために早く眠るとしよう。あ〜、楽しみだな〜。



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修行編の現実なんてこんなもん

フィナンシェは神。神が作りたもうた食べ物。これは間違いない。やば、感動で涙出そう。

 

「ちょっとカルト、食べながらボロ泣きしないでよ。ただでさえ俺たち目立つんだから」

「ブルジョワ野郎にはわからないかもしれないけど、万年毒入りご飯食べてる人間からしたらこんなのボロ泣き案件だよ。生きててよかった……」

「はいはい。アタシのもいるかい?」

「女神!?」

「甘いもの苦手なんだよ。アンタたちが食べてるの見るだけで胸焼けしそう」

 

マチさんが呆れ半分に差し出してきた一個ももちろん頬張る。遠慮などない。この機会に糖を溜め込んでおかないとね、次がいつかなんてわかんないんだから。もきゅもきゅもきゅ。涙が止まらん。周りの人間の視線など気にしてはならない。まあ僕たちほんとに意味わからんメンツだから目立つんだよね〜。若い青年と女性と、10歳くらいの女の子。夫婦と子供、にしては年齢がおかしいし容姿は似てないし。

 

が、しかしそんなことは糖分の前では些事。

あまったるい最後の一口を放り込んで、余韻を紅茶で流し込む。はあ、この一杯のために生きてる。

 

「あ、そういえばさ、カルトがご執心の例の刀なんだけど」

「ご執心て」

「その通りだろ。なんであんなおもちゃに興味津々なのか俺には理解不能なんだけど」

「だっておもちゃにしてはおかしいじゃん」

「そう?」

「そうなんだよ」

 

くるり、とフォークを一閃させながらシャルさんの翡翠色の目を見つめてみる。何言ってんのこいつ?なんてコメントがわかりやすく浮かんでいるのは無視して、口を開いた。

 

「具現化系能力者によって作られた、デメリット付きの武器。実用性はないし、目的はそれを手にした人を苦しめることって感じなのかな〜って思ってたんだけどね。なんか違いそうでさあ」

「違う?」

 

マチさんの目が猫みたいにくるくる回る。なんとなくその動きが好奇心由来なことはわかるようになってきた。ほんとに可愛い人だ。好きになっちゃいそう。にへり、と緩む口角を押し殺しつつフォークをもう一回転。

 

「あのお店に並んでた他の道具とあの刀が帯びてたオーラ、何かが違ったんだよね。なんていうの?本気度?」

「……なるほどね、量産品と特注品の違いってわけか」

「そゆことですシャルさん。あの刀だけ、注ぎ込まれてるオーラの量も込められてる力も桁違いだった。だからねえ、何かあると思うんだよね」

「じゃあ目的は問題の物品の押収ってわけな。まあ盗みとは違うけど手伝ってやってもいいよ。……ほんの少しだけ興味湧いたかも」

「ああ、確かに。ノブナガあたりが聞いたら騒ぎ出しそうな話だしね」

「だれだよノブナガさん」

「カルトと同じくらいの短絡バカ」

 

こともなげにそう言い放ったシャルさんにはとりあえず肘鉄を食らわせておく。やっぱり呻き声が鳴るとテンション上がるな。兄さんとかヒソカとかは何しても蚊が止まったみたいな反応しかしないから新鮮なんだよ。

 

「シャルさんが貧弱でよかったよ」

「は?殴られたいの?」

「幼い儚げ系美少女に手上げるとか正気?」

「鏡貸してあげるから自分の顔見てきな」

「……アンタたち、いつの間にそんなに仲良くなったんだい?」

 

マチさんの呆れた言葉は二人して聞こえないふりをした。

 

 

シャルさんは基本的に金遣いが荒い。荒いっていうか、おかしい。いやだってさ、確かに僕は旅券を手配してとは言った。言ったけど、まさかそれがプライベートジェットである可能性なんて考慮してないのよ。いや飛行船だからこの場合ジェットではないかもだけどそんなことは些事。

 

ええ、そうですよ。あまあいフィナンシェでハッピーになって空港に行けば、まさかの停泊してるのは小型の個人用飛行船。まさか、と思えばやっぱりチャーターしたのはシャルさんでした。たしかに僕たちの身分的にはその方が安全なのかもとも思ったけど、にしても金の使い所がとんでもなすぎる。

 

「ねえマチさん」

「なんだい?」

「シャルさんていつもこうなの?」

「こうだよ。守銭奴なんだかなんなんだか」

「……使った分だけまた盗めばいっかとか思ってそー」

「そりゃアタシたちは盗賊だしね。カルトみたいに稼いだりはしない」

「え、じゃ意外と殺し屋ってまともな職業だったりする?」

「さあね」

 

もこもこのソファに体を埋めながらごろごろだらだら。僕の隣にはマチさん、目の前にはシャルさん。目の前のシャルさんが笑顔の裏にちらちら殺意を見せてるのは気付かないふりをする。

 

はあ、のんびり。こんなに何もしなくていい時間は貴重。ジャポンまではあと十時間はかかるらしいし、こうやってどうでもいい会話でもしながらゴロゴロしようと思ってた、けど。

やば、完全に一個用事を忘れてた。慌ててソファからがたりと上体を起こすと、マチさんの瞳が訝しげに細まる。

 

「カルト?」

「完全に忘れてたんだけど一個思い出した。シャルさんお金ちょうだい!」

「は?」

 

にっこり笑顔、ただし右手はポケットの中のアンテナに添えられていることからしてちゃんと臨戦体制。やっぱり守銭奴と金を貸すという概念は親和性が悪い。

 

が、しかし、これはなんとしても成功させねばならない説得なのだ。

 

「お金が必要なの。初期投資がさ、ミルキにヤバい額吹っかけられちゃって。兄さんから1/3はゲットしたんだけどまだ足りないし、シャルさんにとってもそんなに損な話じゃないと思うんだけど……」

「待って、何も話が見えない。最初から説明して。殺すかどうかはそれから考えてあげる」

「ひえっ、こわ……。いやね、僕が盗聴系の能力持ってるのはもう知ってるだろうからバラすんですけど」

「うん、それで?」

 

シャルさんの笑みがより一層深まる。この人の笑顔ほど怖いものはない。多分これはあれだ、金になりそうな話なら全部搾り取ってやろうとか思ってる顔。最悪すぎる。が、しかし融資は欲しい。むう、と頬を膨らませつつ、条件を提示する。

 

「細かい事情は伏せるんだけど、僕の能力を完全に生かすためにはちょっとお金が必要っていうか。てか情報処理が流石に僕一人じゃ賄えなくなってきたからそれ専用のシステムをね、作ってもらおうと思ったの。でもお金がねー、なくて」

「……なるほどね、それで初期投資か」

「ね、だからお金ちょうだい!」

「うーん、ダメ」

「は?」

 

にっこり守銭奴は、にっこり拒絶してきた。まじでこの男最悪。今の流れどう考えてもお金くれるやつだったじゃん。

 

「なんで〜?初期投資分出してくれたらあとは兄さんと同じ条件で……、月額サブスク制で僕の情報あげるしそんなに悪い話じゃないと思うんだけど?」

「は?」

「え?」

 

二人分、マチさんとシャルさんの視線がグッサリ刺さる。痛すぎるんですけど。泣いていい?ていうかその反応もう二回目なんだよ。兄さんにやられてお腹いっぱいなの。

 

流石に僕も馬鹿じゃないので、この条件提示がどれほど破格かはそろそろ理解し始めてる。けど、二人が思うほど破格でもないと思うのだ。だって僕はたかだかこれだけの情報を提供するだけで、これだけの情報を提供できる人材であるだけで、二人とのコネクションを維持できる。僕が安い情報を売りまくる便利人間である限りシャルさんのアンテナは僕に向かないし、マチさんの糸でいつのまにか絞殺死体に、なんてこともそうないはず、たぶん。幻影旅団との繋がりは多少損をしてでも繋ぎ止めたいものなのだ。

 

まあそんな難しい打算が八割と、残りの二割はめんどくささ故の思考放棄ですが。

 

「ね、だめ?シャルさん?」

 

くらえ、幼女の首傾げゆるゆる美少女攻撃!が、しかしシャルさんの華麗な回避!カルトは瀕死のダメージを食らった!

 

「ねえー、お願い!!!こんな馬鹿みたいな高い金出してくれる知り合いなんてシャルさんくらいしかアテがないんだよー!!」

「いいよ、その条件なら呑む」

「お願い!!!なんなら一回暗殺無料券とかつける……って、え?」

「呑むよ。端金でカルトの情報買い叩けるならいい買い物だしね」

「待って、ならシャルに提示する額の半分はアタシが出す。その代わりにアタシにも売って」

「ま、まいどあり〜……」

 

ぐい、とシャルさんとマチさんがものすごい勢いで身を乗り出して迫ってくる。クッ、予想以上の食いつき方にちょっとびびってしまった。が、これで完全に初期投資分は完全に回収できた。ていうかマチさんも買ってくれるなら話は早い。ぱちぱち頭の中のそろばんをはじく。

 

「じゃあシャルさんとマチさんそれぞれで初期費用全額の1/3ずつお願いね〜。月額は別途請求で」

「了解。前言撤回はなしだからね」

「もちもち。女に二言はないからね」

 

よし、完全なる成功。兄さんとシャルさんとマチさん、それぞれ1/3ずつで満額ゲット!これであとはミルキに依頼出せばすぐにいい感じのシステムが納品されるはず。ミルキも僕や兄さんと同じ操作系。こう、なんか、いい感じにしてくれるでしょ。これで無数の人間の生活音聞きながらの暮らしから離脱できる。やったね、カルトちゃん!QOLが上がったよ!

 

思ったのの五倍くらい上手く行ったのでにやにやしてしまう。やっぱりねえ、お金があればハッピーになれるんですよ。お金が全て。シャルさんが守銭奴する理由がちょっとわかったかもしれない。いや、それにしてはやっぱり金遣いが荒すぎる気がするけど。

 

ふう、と一息ついてなんとなく窓の外を眺めてみた。いい天気。そして真下は海。ジャポンは大陸から離れた島国らしい。カルトちゃん、初めての国外脱出。ずっと着物やら扇子やら使ってるくせにジャポンに行ったことないとかやっぱり道理が通らないからね。とりあえず着いたら情報収集しつつ新しい着物も買いたいし、いい感じの扇子も欲しい。和紙とかもありだなー、武器はいくらあったっていい。

 

「何買おっかな〜、ね、シャルさん僕新しい着物欲しいな〜」

「あっそ、店の案内はしてあげるよ」

「女の子におねだりされたら素直に買ってあげるのがモテる秘訣では?」

「そもそも俺ら買う派じゃないしなあ」

 

盗む派なんて本来この世界じゃ許容されないんですけど、なんてツッコミはもう流石に疲れたのでしない。てか買う派じゃないとかいいつつ普通に金持ってるわ使うわ、この人ダブスタの鬼かよ。

 

もういい、シャルさんは放っておこう。ぽいってしてやる。ちょっと不貞腐れつつマチさんの方に寄りかかれば、マチさんの大きな目が瞬かれる。

 

「何?」

「シャルさんがケチだから不貞腐れた。ねーねーマチさん、着いたら一緒にショッピングしよ。僕知り合いとかヒソカぐらいしかいなかったからそういうの生まれてこの方一回もしたことないんだよね」

「酷い交友関係だね」

「なんかそれ似たようなことシャルさんにも言われたような気がした」

「俺も言ったような気がする」

 

ぐにぐに、ごろごろ、ぐだぐだ。なんの中身のない会話をするのって割と楽しいって気づいた。ストイックなのもまあ、頭の中空っぽになる感じは割とクセになるけど楽しくはないからねえ。ヒソカもたまにはぐでぐでタイム導入すればいいのに。あの変態ピエロ、ともすれば僕よりえぐいトレーニングしてる気がするし。

 

と、そこでまた思い出した。こんなぐでぐでしてる暇はない、というかそんなことしてたら殺られるかもしれないことを思い出した。

 

筋トレと、念の系統別練習、応用技の修行に毒と電撃と、と思い出すと冷や汗が流れてくる。ヒソカにお出かけの代わりにと課されたトレーニングメニューと、ついでにカバンの中に入れたままの兄さんから渡された訓練用の毒。やべっ、サボってたら本気で半殺しにされる。

 

「……さいあく」

 

カバンの中を漁って、瓶の中に入った錠剤を口の中に放り込む。にが、むり。うえ、と顔を顰めるとシャルさんが同じくらい顔を顰めているのが目に入った。

 

「カルトってもしかしてドM?」

「風評被害〜」

「ちょっとソレ貸してよ」

 

シャルさんがするりと毒の入った瓶を奪い取った。緑の目が興味深そうに中身を見聞したり匂いを嗅いだり。

 

「……アルカロイド系?致死毒だよね」

「死ななければ致死じゃないんだよねー、ちょっと痺れるくらい。試してみる?」

「遠慮しておこうかな。流石に俺でも危ないと思うし」

「シャルさん毒耐性ないの?」

「あるけど君ほどじゃないかな。日常的に致死毒飲むようなドMじゃないしさあ」

 

ナチュラルにディスられたのは聞こえなかったことにしよう。ていうかぶっちゃけ否定はできないかもしれん。自分でもこんな毎日サプリみたいなノリで多種多様な毒飲んでるのはヤバいなーって思うし。はあ、ゾルディック家しんど。しかしこれをしなければ真面目に兄さんとかヒソカとの修行で殺されかねないので仕方ないのである。

 

毒服用、完。続いて筋トレアンド系統別修行。時間かかるから最近は同時にやるのがデフォである。逆立ちで腕立てしつつ適当に袂から落ちた紙切れにオーラを込めてみる。操作系はこんな感じ。放出系、はここでやるとシャルさんに怒られそうなのでパス。あー、本当に最悪。移動中ぐらいごろごろしてたかったのになあ。

 

「なあカルト、アンタいつもこんなことしてるの?」

「兄さんのご命令は絶対なのです」

「いくらストイックでもここまではなあ……。ふうん、懐かし」

 

ふふ、とほんの少しだけシャルさんの口角が上がった、かと思うと緩やかに纏っていただけのオーラが張り詰める。うえ、なに。

シャルさんのオーラは液体みたいだ。兄さんみたいな重さも、ヒソカみたいな粘着性もない。さらさらとした水みたい。だけどその分どんな形にでもなる。なんていうんだろうね、平凡を極めた先みたいな。いや、これだと悪口みたいかも。なんてシャルさんに言ったら数秒後にはアンテナが刺さってそうなことを思いつつ、じっとり背中に冷や汗をかいた。

 

「ねえカルト。修行ってさ、結局一番効率いいのは対人戦闘だと思うんだよ、俺」

「僕は思わないですけど〜?」

「ほら、俺一応蜘蛛とはいえ最弱の部類だしねえ。胸ぐらい貸してやってもいいけど?」

「本音は」

「ちょうどいい暇つぶしになりそう」

「……怪我したら縫ってやるから安心しな。特別料金で」

「お金は取るんですね!?」

 

まずいぞ、これは逃げられない流れ。とりあえず袂から扇子を出してオーラを円に。こういう時の定石、っていうか一般的な構えは堅なんだけど、今の僕が堅したところで普通にシャルさんには貫通されるだろう。ので、とにかく一発も食らわないように索敵に全振り。

 

シャルさんの口角がさらに一段階上がる。ゆるゆると漂っていたオーラは、目に。凝。ハンター試験でシャルさんの凝の厄介さは嫌なほど思い知った。うえー、この人マジじゃん。

 

「よし、じゃあルール設定ね。俺は発……っていうか、身体以外は使わない。あとはそうだな、オーラは15%までしか出さない。これで平等?」

「じゃあ僕は全部使うからね〜だ。紙も円も出し惜しみしないし!」

「いいよ、多分それでギリギリ俺も楽しめるだろうしね」

「貧弱操作系が舐めた口を聞きよる」

「カルトも人のこと言えないだろ」

 

そう、人のことは言えないのである。これは肉弾戦よわよわ同士のバトル。しかしよわよわの中にも序列があり、シャルさんと僕の間には途方もない差がある。ので、多分このハンデでも勝てない。

んー、でもなー、確かに対人戦闘って一番修行効率がいいのはそうなんだよ。基本的な応用技はだいぶ使えるようになってきたし、そもそもメインウェポンが円の僕は凝とか堅とかの需要が低い。だからどっちかっていうと身につけたいのは、身のこなし。ていうか流。

 

しゃーない、やるしかないか。ぴしり、と扇子にオーラを込めて真っ直ぐにシャルさんに向ける。目があって、1秒、2秒、3秒。翡翠の目がにっこり笑ったのが見えた気が、した。

 

踏み込む。強くソファを蹴って飛び上がった、せいでちょっと飛行船が派手に揺れたような気がしたけど気にしない。マチさんがすごい呆れたような顔をしてる気がしたけどそれも気にしない。ていうかどっちかっていうとその目はシャルさんに向けて欲しい。

 

高所からまっすぐ、脳天に蹴り一発、と思ったけどゆるりと柔らかく躱された。鋭さはない、舞ってるみたいな動き。兄さんともヒソカとも似てないなあ、なんて思いながら続け様に二発目に移行。鳩尾を狙った突きは完璧な凝でガードされる。何この人怖。

 

「……キモすぎ、60%の打撃を61%で抑えるなよ」

「これが年の功かなあ」

 

オーラでの攻撃は、単純な理論だけで言えばその攻撃に込められたオーラ量をほんの少しでも上回るオーラで防げば完全に相殺できる。が、しかし打撃を打たれる一瞬で込められたオーラ量を完璧に見切ってオーラを該当箇所に移動させるなんて普通できないんだよな〜。やっぱりこの人、怖い。

 

「カルト、シャルに流の精度で勝つのは無理。ただ体術は最底辺だからそっちから攻めな」

「余計なこと言わないでよね、マチ」

「事実だろ」

「否定はしないけどさあ」

 

シャルさんがむう、と頬を膨らませる。かわい子ぶるなって、って突っ込みたくなったけど生憎息が切れててできなかった。こっちは戦闘中にペラペラ喋ってる余裕などないのだ。

てか体術?無理無理無理。最底辺なのはこっちも同じなんだって。シャルさん以下なんだって。この数秒の攻防で完全に察した。てかもともと僕はそっちの才能がなさそうだから円だの紙だののトリッキーな戦い方をしてるんだってば。

 

ぎり、と奥歯を噛む。こうなっては出し惜しみしていられん。紙吹雪、ゴー!

扇子を一閃させて飛ばした紙吹雪、それでシャルさんの視界を奪う。凝での探知に依存してるシャルさんは視覚に乗ってるウェイトが大きい。だからまずそこを封じる。そんなこっちの意図が伝わったのか、吹雪の向こう側で小さくシャルさんが舌打ちする音が聞こえた。ガラ悪。

 

「ウザ、全部叩き落としていい?」

「だめー。人の切り札そんな紙屑みたいに扱わないでよ」

「実際紙屑じゃん」

「デリカシーがない!」

 

と叫びながら右から一発!当然躱される。まじでこの人嫌味なヤツだな。せめてその胡散臭い笑顔くらいは引き剥がしてやりたい、と思いながら連撃を加えていく。当然部屋の中はめちゃめちゃになるしソファは破けて高そうな羽毛が舞っていた。これ修理代いくら?とか一瞬思ったけどそれをどうにかするのはシャルさんの仕事なので僕は知らん。

 

いつの間にか部屋の端の方で腕を組みながら楽しそうに観戦していたマチさんと一瞬目があった。

 

「へえ、シャルより弱いのは久しぶりに見たかも」

「マチ!」

「動画撮ってもいいかい?フィンクスあたりが見たら腹抱えて笑うよ」

「マチさん案外性格悪い!?」

「カルト今頃気づいたの?」

 

シャルさんのその発言にマチさんのつめたあ〜い視線が突き刺さっていた。よし、この隙に!と思って入れた肘鉄は当たらない、どころかがっちり左手で掴まれる。まずい、え、これヤバいかも。

 

「つかまえたー」

 

そのまま悠々と体ごと投げ飛ばされた、かと思えば床に叩きつけられてました。はい、完。これが現実。これが人生。しんどすぎる。僕が落下した衝撃でまた飛行船が派手に左右に揺れた。痛いー、容赦がないー、大人気ないー。

 

「……シャルさんのバーカ」

「負け惜しみご苦労様」

「もう一回!」

「別にいいけど、結果は変わらないと思うよ」

 

余裕綽々にそう言う顔、結構しっかりむかつく。ので間髪入れず二戦目。勝つのは無理だとしてもせめて一発は到着する前に入れたい。勢いよく起き上がって回し蹴りを叩き込む。

 

ジャポンに到着するまでの数時間、飛行船はがたがた左右に揺れ続けた。



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後先は考えた方が多分いい

血溜まりの赤色とアスファルトの黒色を識別できない。いよいよ限界なのか。いや、そもそもその二色の識別に意味などないのだからなんの問題もないと思い直す。

ひとつ、ふたつ、みっつ。転がる身体をもう一度数え直す。三つしかない。足りない。まだ足りない。こんなものじゃ足りない。まだ、もっと、殺さなきゃ。頭の一番奥から無理矢理出される命令に従って、動かない足が限界を超えて歩き出す。ぶちり、と筋肉が切れる音を聞いた、気がした。

どうして殺さなきゃいけないんだっけ。どうして、私は、なんのために。その答えはもう随分前に忘れてしまった。けれど問題はない。赤と黒を見分けられなくても問題ないように、理由を知らなくても刀を振れば人は死ぬのだ。だから、忘れたままでいい。

 

忘れたのか、それとも最初からそんなものなんてなかったのか。

 

自分の中の何か大切なものがひび割れて崩れていくのを、ぼんやりと幻視した。

 

 

ジャポン。東洋の島国。閉鎖的な分、伝統文化が色濃く残る国。って観光ガイドには書いてあったけど別に空港に着いた瞬間ジャポンだー!ってなるわけじゃないんだね。まあ当たり前か、なんてほんのちょっと落胆しつつ市街地を歩く。サムライはその辺を歩いてないし、みんな着物着てないし。

 

「……うーん、ここ本当にジャポン?」

「もちろん。で、カルト。ここからどうするの?」

「とりま情報収集しつつ刀を追いかける感じかなあ。いろいろ気になることもあるし」

「気になること?」

「なんで人を殺して回ってるのかなあ、とか、なんでジャポンに来たのかなあ、とか。いろいろ」

「ふうん」

 

くるりとシャルさんが手の中で携帯を回す。現在地、空港から出てすぐの市街地。そして炎天下。アスファルト。端的に言えばめちゃくちゃ暑い。このままじゃ溶けてしまうかも、なんて意見は全員一致しているらしく、マチさんがだるそうに口を開いた。

 

「ならとりあえず日陰に入るのが先決だろ」

「あと服。涼しい服調達。無理。これ僕死ぬと思う」

 

着物の通気性の悪さよ。ジャポンの人たちがみんな洋装な理由、完全に理解したわ。とにかく、と手近なカフェに三人で入る。もしかしたら言葉通じないかも、って思ったけどどうやら杞憂だったみたいだ。慣れ親しんだ文字で書かれたメニュー表を見つつ、ゆるゆる息を吐いた。

 

「あづい……」

「カルト何にする?」

「なんか……つめたくてあまいやつ……」

「マチは?」

「コーヒー。アイス」

「了解」

 

シャルさんが手早く注文を済ませるのを机に突っ伏しながら見やる。あーづーいー!!!すぐさま運ばれてきたドリンクに口をつけて一気に半分飲み干した。これはたぶんレモネード。うん、シャルさんいいセンスしてるわ。

 

「あーーー、生き返ったーーーー」

「うるさ」

「だって叫びたくもなるじゃん。ありがとう、エアコンを開発したひと……」

「はいはい。でさ、情報収集って具体的には?」

「うーん、正直もう済んでるっちゃ済んでるんだよね。ほら、だって当のご本人に盗聴器仕掛けてるわけだしさ。居場所もわかるし」

「へえ、便利だね。それ」

 

くるり、とマチさんの指がグラスのふちをなぞる。今日のマチさんはいつもの着物風の服装じゃなくてその辺の街を歩いてそうなお姉さんスタイルだ。シャルさんも右に同じ。さすがに賞金首、街中で過度に目立つのは避けてるんだと思う。僕もそのうちその辺は配慮しなきゃいけなくなるのかな〜。まいっか。それより現状確認である。

 

テーブルの上に1枚の人型を出す。盗聴器の受信機。僕の能力の割と核に近いところだけどもうこの2人には見せちゃおう。ぶっちゃけ2人にはほぼ能力の詳細バレてるだろうし。全部知られた上で、僕のこれが価値あるものだってわかってくれるなら無問題。だと、思う。

 

「これがねー、例のお姉さんに貼り付けたやつなんだけど」

「……アタシたちに見せていいのかい?」

「まあいっかなって。どっちにしろ能力バレようがなんだろうがシャルさんたち敵に回したら死ぬだけだもん。だったら手の内明かしてでもお友達友好ポイント貯めた方がお得じゃん」

「賢明な判断。……実用性はあるけど団長の好みじゃなさそうだしねえ」

「確かに」

 

一瞬だけマチさんの盗賊スイッチがオンになって再び切られたのを本能的に察知する。誰だよ団長って。いやこのふたりが言う団長って言ったら一択なんだけどさ。

 

まあいい。とりあえず僕のこの能力は団長さんとやらのお気には召さないやつらしいので当座の命は安泰だろう。知らんけど。

 

「でね、この人型ちゃん曰くお姉さんは今日も今日とて元気いっぱい人を殺しまくってるんだけど、徐々に活動範囲が狭まってるんだよね。1箇所から動かなくなってる」

「なるほどね。生命力を奪い取る武器なら体力の限界に来たってことか」

「マチさん正解ー。ので、お姉さんはきっともう限界。だからお姉さんがヘロヘロで死にかけてるとこを狙って刀ちゃんを押収して、ついでにお姉さんから目的等を聞き出しつつ僕のもやもやを解決する。これが今回の旅のゴールとなります」

「で、そいつの現在地は?」

 

シャルさんの指先がテーブルの上に置かれた人型を見聞しつつ聞く。現在地、現在地ねえ。

 

「……たぶん、すぐそこ」

「なにその曖昧な感じ」

「実際曖昧なんだよー。なんかこう、度が合ってないメガネかけてるみたいな」

「……なるほどね、当てていい?」

 

くるん、とシャルさんの指先が円弧を描いてくすりと笑った。うっわ、性格悪。が、しかし僕に抗う術などないので諦めて続きを促した。

 

「ほら、初対面の時さ、俺カルト操作してその能力奪おうとしたじゃん?」

「してたねえ」

「で、その時のカルトが言ってたんだよね。『受信機と送信機の纏っているオーラが同一なことが送受信の条件。だから俺が操作して受信機側のオーラが変質したら能力は使用不可』ね、そういうことでしょ?」

「ひゃくて〜ん……」

「例の刀の持つ能力はオーラの消去。カルトの盗聴器の存在に気づいてなくても、単純に刀の近くにあるだけでカルトのオーラは消去され始めてる。オーラの変質、それによって正確な居場所の探知が難しくなっている」

 

全問正解で〜す、なんていいつつテーブルに突っ伏す。ほんとにやだ、この人。マチさんの呆れた視線がきっちりシャルさんに突き刺さってる。もっとやってくれ。人の弱みを漁るのが趣味です、とか流石に最悪すぎるって。

 

「ねーマチさん、僕の代わりにシャルさん殴っといて」

「気持ちはわかるけど気分じゃない」

「意地悪〜」

 

性格悪いのはシャルさんだけじゃないってことです。幻影旅団の株価はストップ安。はあ、さいあく。でもシャルさんの指摘は100%図星。

 

ジャポンに着いてから少しずつ紙とのオーラのつながりが薄れ始めていた。音声も途切れ途切れ、位置情報もぼんやりしていて正確じゃない。今だってなんとなくこの近くにいるのかなあって感じだけど、いつもみたいにここ!って完璧な場所が見えるわけじゃないしさあ。テンション上がらなすぎ。

 

が、しかし近くにいることは確かなのだ。ので、探せばきっとすぐそこにいるはず。はあ、と溜息混じりに頬を膨らませていれば隣の席の会話がなんとなく耳に入った。

 

「……ね、聞いた?昨日も三人出たって」

「聞いたよ。母さんから早く帰ってこいって怒られちゃった」

 

ふむむ、とアンテナがその会話に寄せられる。同じくシャルさんも。マチさんはそんな僕たちに呆れた視線を送りつつコーヒーを啜っていた。これは情報マニアの性なので仕方ない。許して欲しい。ていうかとりあえず話の続きが聞きたい。息をひそめつつお隣さんの方へとすす、と視線を滑らせた。

 

「怖いよねえ。なんて言うんだっけ、無差別サツジン?」

「しかも凶器は刀でしょ。辻斬りかって感じだし」

 

ビンゴ。これは情報を聞き出しておきたい。むにい、とフェアリーかわいい幼女スマイルを作ってみる。シャルさんの甘いマスクでもいけると思うけど、世の人間はみんな幼女には大概優しいのだ。オーラの纏い方をやわらかい感じに変えて、そっと席を立った。

 

「ね、お姉さん、辻斬りってなに?その話教えてほしいなあ」

 

お隣のお姉さんたち、ぱっと見推定10代後半の二人組は急に話しかけられてびっくりして首を傾げている。うんうんそうなるよね。でも知ってることはあらいざらい全部話して欲しいのだ。幼女スマイル二段階め。頼りなさげに上目遣いをすれば途端にお姉さんたちの態度は軟化した。

 

「つ、辻斬りっていうか、最近ニュースでずっとやってるんだけど……」

「そうなんだ。僕ついさっきこの国に来たばかりだから。できれば教えて欲しいなあ」

 

ここまでいけばもう僕の勝ちです。お姉さんたちは知ってることをぜーんぶ教えてくれた。

 

曰く、ここ数日この街には夜な夜な人斬りが出てるらしい。凶器は刀、見つかる死体は基本的に無惨極まりなくずたぼろにされている。そして被害者に一切の共通点はなし。ただひたすらに、出会った人から順番に。うーん、なんていうか確かにこれは辻斬り。そして僕たちが追いかけている対象でほぼほぼ間違いなさそう。

 

情報提供主、もとい優しいお姉さんたちに丁重にお礼を言うと、すぐに店を出た。善は急げ、いや、善じゃないけど。

 

「……夜にうろうろしてたら会えるかなあ」

「さあね。敵に少しでもまともな頭があるなら俺たち狙ってくるなんて馬鹿なことはしないと思うけど」

「頭があるなら辻斬りなんてしないだろ。……カルト、決行は今日?」

「うん、早いほうがいいでしょ。こういうのって」

 

時刻はすでに夕暮れ時に差し掛かっている。人斬りちゃんが出る夜まであと一時間もないだろう。うーん、どの辺にいれば会えるかなあ。無難に路地裏とか?ていうか三人で群れてたら狙われないかもだよな。単独行動するか?いや、

 

「僕一人で遭遇したら勝てると思う?」

「正直に言っていい?かなり微妙だと思う」

 

溜息一つ。シャルさんのその評価は非常に正しい。ていうかそう思ったからわざわざシャルさんとマチさん巻き込んだんだし。はあ、弱いって面倒。兄さんぐらい強ければなんにも考えずにぶちかまして終わらせられるんだけどねえ。

 

しゃーない、相手が三人でも突っ込んでくるような馬鹿であることを祈ろう。袂の扇子を指先で確認しつつ、さりげなくオーラを込めた。ついでに円の濃度も濃いめに展開。これでいつでもオッケー。マチさんの針にも同じようにオーラが込められる。

 

はーやーくーこーなーいーかーなー

 

 

探さなきゃ、探さなきゃ、探さなきゃ。誰でもいい。一人でも多く。でもできるだけ強い人間を。空の端の方の赤色が沈んで完全な黒になる。夕暮れが沈んだのか、それとも自分の視覚が朽ちたのか。どちらでもいい。

人の気配がしたから、刀を振った。悲鳴と同時に生暖かい液体が頬に付いた。一人目。まだ足りない。日に日に路地裏から人が減っているのはきっと自分のせいだろう。獲物を探すのもどんどんと難しくなっている。

 

人の、音がした。足音。軽い子供のものと、あと二人。獲物だ。自然と口角が上がる。三人だ。三人もいる。それだけ殺せれば、きっと私は。

 

「……みつけた」

 

三人分の体。それに強い。手の中の刀が躍ったような気がした。私の武器。私の半身。何度手放そうとしても何故か手の中に戻ってくる、奇妙な相棒。まるで手の皮膚と一体化したかのような、違和感にも似た心地よい感触。

 

殺せばいい。殺せば殺すだけ強くなる。強くなれば、きっと私の刀は奴らにまで届く。あのときはただ逃げることしかできなかった。だから、次こそは。視界の裏に映る父の断末魔と赤色の血飛沫。呼吸が荒んでいるのは悲惨な記憶のせいか、それとも単純な体力の限界なのか。どちらにせよ、もう残された時間はそうない。早く、私が朽ちる前に奴等に最後の一打を。

 

だから、刀を振るった、のに。

 

 

杞憂も杞憂、相手は爆速で引っかかった。あれから適当に路地裏をうろついて30分。明らかに異質なオーラを纏った黒づくめのお姉さん登場。左右にふらふらと揺れながら、しかし刀の鋒は真っ直ぐに僕たちに向いている。

 

「うえー、どうしようこれお話聞ける感じじゃないよね」

「正気ではなさそうだね。どうする?殺さずに捕らえる?」

「できれば……。でもシャルさんのアンテナって刺したら相手壊れそうだしなあ」

「さあね。でもオススメはしないなあ。マチの方がそういうの向いてるでしょ」

 

マチさんの指先に銀色の針が握られている。それからオーラで編まれた水色の糸。これでいろんなところを縫ったりするらしいけど、そもそも糸って汎用性高いもんね。つくづく敵に回したくない能力者だ。まあ、そんな僕の所感はどうでもいい。マチさんお願い、なんて上目遣いで見れば、数秒の後にマチさんは溜息混じりに針を投げた。

 

「いいけど後で対価は請求するからね」

「えー、何ー?」

「今度アタシの仕事付き合って」

「えっそれだけでいいの!?付き合う付き合う!!地球の裏側にでも行く!!」

「はいはい。……捕らえればいいのね」

 

針は真っ直ぐに黒づくめのお姉さんのパーカーに突き刺さる。それからまるで生き物みたいに糸は刀に巻き付いた。そのまま刃全体を覆うようにまとわりついたかと思えば、2本目の針が袖口にイン。やば、神業すぎる。ていうかこの流れだって僕が濃いめの円を展開しているからどうにか見えてるだけで、ぶっちゃけ高速すぎて目では追えてない。幻影旅団、怖。やっぱり敵には回さないでおこーっと。

 

マチさんの指先から放たれる糸、2本目が今度はお姉さん本体を捕らえる。捕らえるって言うか、全身を縫い付けている。文字通り。何これ怖い。後ろ手にむりやり回されたお姉さんの両手がちくちく縫い合わされて動かせなくなってらあ。え、あれ麻酔なし?麻酔なしで皮膚縫われてんの?痛くないの?いや痛いよねえ。だってお姉さんの喉、かなりえぐめな悲鳴あげてるし。かわいそー。マチさんとはいつまでも仲良しでいたいものです。

 

「……えげつな」

「比較的穏便に済ませた方でしょ。フェイとかならもっと酷かったよ」

「アタシあんまり血出てくるの好きじゃないんだよね。汚いし」

「わかるー」

 

旅団どもが物騒な話題で意気投合してるけど、とりあえず聞き流しておく。なんかあれだな、この人たち日常生活の中に拷問とかが組み込まれてそうでやだ。人のこと言えないけど。

うん、とりあえず拘束済みお姉さんをどうにかしよう。しっかりめにオーラを纏いなおして、そうっとお姉さんに近づいていく。お姉さん自体は能力者じゃないし刀はグルグル巻きだし大丈夫っしょ。

 

「ねーお姉さん、とりあえず一応聞くけど意思疎通は可能そう?ていうか意識ある?生きてる?」

「……ころ、さ、なきゃ」

「オッケーだめってことね。了解了解。刀は没収します」

 

お姉さんの隣に投げ出されたそれを拾い上げ、ようとしたらぐいってなった。ぐいって。うーん、なんていうかこれはマズイ気がする。ちらりとシャルさんの横顔を窺えば、肩をすくめられた。

 

「触れるだけで対象になる感じ?」

「わからん、っていうか……」

「カルト、離れて!!!」

 

マチさんのその叫びで強制的に思考をキャンセルされる。咄嗟に後ろに飛べたのは日頃の訓練の賜物だろう。フォーリングダウンで足にエネルギーをできる限りいっぱい。可能な限り遠くへ跳躍して円を戦闘用レベルまで広げる。

 

「うっそじゃん、マチの糸もこんな短時間で切るとか」

 

シャルさんが若干ドン引きしつつ、同じく戦闘態勢に入る。投げたアンテナは動かないお姉さんにぶっすり。まあそれが最適解だよね。この辺に操れそうな人間いないし。まだ操作する気はないっぽいけど、万が一の時の武器を抑えたって感じか。相変わらず抜け目がない。

 

僕たちの目の前に浮かんでいる刀、というかなんというか、はもうお姉さんの手を離れて勝手に動き回っていた。マチさんの糸を振り解いて、禍々しいオーラを放っている。かなりオーラの色的にはヒソカに似てる。なんだこれ。思ったよりヤバそうな案件に頭突っ込んじゃったのかもしれん。

 

「ええっと、これどう言うことだと思う?シャルさん」

「知るかよ」

「知ってはないけど予想はしてるだろ。早く吐け、シャル」

 

マチさんの声色にいつもの五割増でドスが乗ってる。うーん治安が悪い。でもそれも仕方ないよね。だって今は様子見って感じで止まってる刀だけど、いつ動き出すかはわからんし。

シャルさんは渋々って感じで溜息を吐くと、くるりと手の中で携帯を一回転させた。

 

「もともとこの女が刀、もとい刀に込められてたオーラと思念に取り憑かれてたんだろうね。思念は単純、不特定多数の殺害」

「なんで?」

「さあ?それはこの念道具の作り手に聞くしかないだろうけど……、妖刀、とか言うよね。ほら、この前団長が狙ってたやつとかさ。刃は血を吸えば吸うほど強くなるとかなんとか。所詮迷信だけど、念能力者が関わってくるなら話は別だ」

「あー、なるほどお」

 

制約と誓約。その内容は大概予想がつく。その刃で殺せば殺すだけ、刀は強くなる。いや、今の現状は強くなる通り越して自我を持ってるような気がしなくもないけれど。

でもまあ、その現象の理由もなんとなく予想できる。多分、僕のせいだ。

 

「僕さあ、このお姉さんに依頼されて殺したんだよね。多分この念道具の作成主。で、刀ちゃんはさらに覚醒しちゃった。死後強まる念のせいで」

「だろうね。つまりこの状況は八割カルトのせいってことだ」

「え????どっちかって言うと僕に依頼出したこのお姉さんの自爆でしょ。うちは金払われたら事情とか関係なく殺すってのがルールなので」

 

はー、やらかし。しかして過去を憂いても仕方がないのです。とりあえず現状を打開しないとだよね。相手はこっち側のオーラを消去、つまり除念してくる刀ちゃん。マチさんの糸を数十秒で解いた実績あり。どうしろっていうんだよマジで。

 

何人分の血を吸ったか知らないけど、この刀は多分もう結構しっかり完成してる。多分お姉さんが刀に操られてハンター試験にやってきたのも、できる限り強い人間をできる限りいっぱい殺すため。はあ、どうしよ。てことはこの刀はいま僕たちの血も吸いたくて仕方がないってことだもんね。

 

「……やるしかないかー」

「どうやって?」

「まあ単純に折れば解決するけど、もったいない気がするんだよね。なんかこう、うまいこと手に入る方法ないかなあ」

 

だって除念できる刀とかさあ、欲しくない?僕は欲しいです。それにほら、扇子と紙吹雪もいいけどそれ以外の攻撃手段もそろそろ欲しくなってきたのだ。暗殺依頼で雑魚処理する機会も増えたし、着物と刀とか親和性高くていいじゃん。

 

こっちを殺そうとしてくる刀ちゃん、掴んだら取り憑かれる。取り憑かれるってことは、そのオーラでこっちを操作してくるってこと。操作、操作かあ。普通に厄介すぎる。このお姉さんの感じを見る限り、多分じわじわと意識を侵食されて刀の思うように都合よく動かされちゃうんだろう。

 

なんでこんなもん作ったんだよ、って内心でついこの前殺したおじいさんに毒を吐く。まあ理由はわかるけど。血を吸えば吸うだけ強くなるって制約を課された刀を、適当な復讐の念に駆られた人間に託す。で、ついでに刀から大量虐殺の道に進むように思考誘導できるようにしておいて、アフターケアもばっちり。あとは持ち主は生命力が尽きるまで勝手に暴れまわって、数ヶ月もしないうちに刀を残して死ぬだろう。で、おじいさんは残された刀を拾い上げれば、あらまあ不思議、ノーコストで超絶強い妖刀の完成!ってところじゃないだろうか。つまりこのお姉さんは被害者ってこと。

 

「……可哀想なバカだねえ」

 

まったくもう。怪しいものには基本手をだしちゃいけませんって親御さんに習わなかったんですか?! はあ、どうしよ。

でも僕のこの推測が当たってるなら、いまのあの刀は無数の人間の血を吸った超ハイパーつよつよになってるってことのはずだ。ほしい。めちゃくちゃほしい。壊さずに、どうにか思考誘導の弊害を受けずにこの刀を手に入れられないものか。

 

むう、と考え込む。例えるならばあの刀に触れるのはシャルさんのアンテナを刺されるのに近い。それより効力は当然弱いけど、じわじわ思考を誘導されて、まるで兄さんの針みたいに……。

 

あ、待って待って待っていけるかも。

 

うなじに触れてみる。今もぶっ刺さっている兄さんの針、つまり僕は現状兄さんに操作されているわけだ。すなわち、操作は早い者勝ち。既に操作されている人間を上書きすることは難しい、ってかできないはず。少なくとも兄さんの念をあんな微弱なオーラごときが書き換えられるはずがない。

 

ぐるん、と肩を回す。

 

「っしゃ、一発やったるわ」

「わーがんばれカルトー」

「投げやりかよ」

 

するん、と当たり前のように僕の後ろに下がったあたりシャルさんの性格が出てる。やっぱりこの人兄さんじゃなくてミルキタイプだわ。基本自分は動かないあたり特に。

 

一歩、二歩、刀に近寄ってみる。刀のオーラがドロって身体に纏わりつくみたいだ。ヒソカって呼ぼう。そうしよう。なんて現実逃避しつつ、手をオーラでガチガチに固める。大丈夫。多分今の僕の状態なら触っても操られることはない。ただ問題は、捕まえられるかってこと。

 

目の端で刀が真っ直ぐに首筋へと飛んでくるのを捉える。即座に回避。やば、これ当たったら死ぬのでは?いや死にはしないけど、首にこの強さの打撃を食らったら気絶するかもしれん。ひとまず扇子を取り出して紙吹雪を一帯に撒き散らした。この敵にどれだけ有効かは知らないけどないよりはマシでしょ。

 

僕の予想では、多分この戦いは僕が斬られずに刀の柄に触れることができれば終幕する。手に触れた段階で刀の目的は「殺害」から「触れた相手の支配」に移行するだろう。こういう道具に込められた系の念って僕も使ってるからわかるけど、プログラミングみたいなものなのだ。臨機応変さはない。条件を満たしてあげればこっちの思う通りに動いてくれる、はず。

 

跳躍。ちょこまかと動き回る鋼鉄を足で踏み抜く。というか正確には乗っている。ふわふわ空飛ぶ細い足場は不安定だけど、軽い体重がうまいこと生きた。そのまま首を狙ってくる鋒を交わしつつ、逆立ち状態で左手で刃を握る。硬で覆ってるけど痛いものは痛い。けど、捕らえることには成功。そのまま右手で柄を掴む。後ろでぱちぱちとシャルさんが心のこもってない拍手をしてる気がするけど気にしない気にしない。

 

「ミッションコンプー」

「おめでと。で、どう?支配された感想は」

「微妙。やっぱり操作は早い者勝ちって感じだね。兄さんの能力を上書きはできないっぽい」

 

ぐ、と右手で掴んだ刀を握りしめてみる。禍々しいオーラは相変わらずだけど、僕を支配できないことは察したらしくおとなしくしている。うん、いいじゃん。

 

「ね、刀ちゃん、これは交渉なんですけど」

 

聞こえてるか、っていうか通じてるかわからないけど話しかけてみる。

 

「僕実は人殺しやってて、多分僕に持たれてたらもっといっぱい血吸えると思うんだよね。ほら、エネルギーも前のお姉さんよりいっぱいだからお腹いっぱいになれると思うし?」

 

オーラがちょっとだけ緩んだ、気がした。臨戦状態のヒソカから日常ヒソカぐらいまでは。うん、よしよし。割と意思疎通できそうだ。

 

「てなわけでさ、これからよろしく……ってことで、いい?」

 

いいよー、って感じで剣先が震えた、気がした。どろりと刀のオーラが指先に纏わりつく。うーん、支配はされてないけど取り憑かれてる感じはするなあ。呪われた武器って感じ。まあいっか。逆に暗殺者っぽくていいでしょ。

 

ご友好の挨拶に刀に頬擦りしてみれば、隣でマチさんが深々と溜息を吐くのが聞こえた。

 

「趣味悪いね、カルト」

「えーでも武器はいくつあったっていいじゃん。あ、マチさん欲しかった?」

「いらない」

「俺もいいかなあ。どう考えてもまともな値段じゃ売れなそうだし。使用者のエネルギー抜き取って寄生する妖刀とか、むしろこっちが金払って引き取ってもらうレベルでしょ」

「シャルさんの価値尺度は金以外に存在しないのかい」

「金が全てだから」

 

そんなキッパリ言われても、って感じだけどなんかもうこれはシャルさんの人生観っぽい感じがするので触れないでおく。ひとまずは第一目標達成したからいいでしょ。刀の応酬は完了。で、もうひとつは、

 

マチさんの糸でぐるぐる巻きになったままのお姉さんにもう一度近づく。

 

「……うーん、マチさん尋問とか得意?」

「専門じゃない」

「そういうのいつもフェイがどうにかしてくれるしね」

「えーシャルさん得意そうなのに」

「カルト、それどういう意味?」

「そのままの意味ですけど」

 

がるるる、といつも通りいがみあい始めるとマチさんの溜息ふたつめが鳴る。どうやら相当呆れられてるらしい。む、納得いかん。今のは悪いのはシャルさんなのに。

 

でもまあ、ここで噛み付きあってもしゃーないので、とりあえずお姉さんの目を覗き込んでみる。気絶中、かな。ひとまず起こさなきゃ、ということで頭を強めに叩いたら呻き声が上がった。うん、とりあえず起きてはくれたみたいだ。

 

「おっはよお姉さんー、僕のこと知ってる?」

「……知らない。何、これ、」

 

ぱちん、と開いた両眼の感じからして正気は取り戻したっぽい。刀の憑依先が僕に切り替わったからなのかな。つまり、お話は聞き出せそう。にっこり幼女スマイルを浮かべて、ふふ、と口角を上げる。

 

「あのね、ちょっとだけ聞いてもいい?刀のからくりはわかったからもういいんだけど、お姉さんはどうしてこの刀を手に取ったの?あとなんでこの国に来たの?」

「聞いて、どうするの?」

「別に。100%の興味本位だし。ほら、なんかさ、いろんな情報とか収集してるとだんだん気になってきちゃうんだよ。……お姉さんの挙動、刀に操られてる中にもお姉さんの意思がちょっとだけ介在してそうだったから。この国にきたのもそうでしょ?」

 

 

話して欲しいなあ、なんて言いながら首筋にちょっとだけ変形させた手を当ててみる。ゾルディック直伝、人体変形。これであらまあ不思議、ただの人間の手は切れ味のいいナイフに変わる。

 

「ハンター試験に来たのは刀に血を吸わせるため、だよね。そこまでして何がしたかったのかなーって」

「……脅し?」

「そう受け取ってくれても構わないよ」

 

お姉さんは、酷く悔しげに顔を歪めた。ここでまだ死ぬわけには、的な悲壮感が見える。うーん、悲劇のヒロインタイプ。いや、間違っちゃいないけど。彼女の境遇は確かに悲劇的だし、敵討ちとか主人公っぽいし。

 

「強く、ならなきゃいけなかったの。だから刀を」

「ふうん、なんで?」

「蜘蛛を、私が絶対に、滅ぼさなきゃって」

「……蜘蛛」

 

思わずシャルさんとマチさんの顔を見てしまったのは仕方ないと思う。いや、ここにいますけど。多分あなたが滅したいと思ってるひとたち、ここに二人もいますけど。

 

「そ、そっかあ……。蜘蛛かあ……、ふうん、へえー。で、なんでジャポンに?」

「そいつらが、ここにいるって、」

 

なるほどなあ。ふむふむ、と首を振る。つまりこのお姉さんがジャポンにふらふらやってきたのは敵討ちのため。別に特段お宝があるとかそういうことはないってわけね。ちぇ、つまらん。

 

「で、お姉さんは見つけられたの?蜘蛛」

「痕跡は。ニュースになってたでしょ。三日前、この国の重要文化財の寺が燃やされたって。奴らの仕業に間違いない。だから、私は!」

「はいはいはいステイステイステイ。興奮すると首スパってなっちゃうかもだから気をつけてね」

 

くい、と喉元に指を食い込ませつつ三日前のニュースを振り返る。ふむ、確かにそんな事件があった。あれ蜘蛛か〜。いや、やってること盗賊ってよりはただの大量破壊犯だしいまいちピンと来てなかったわ。こわ。

 

むー、刀はいい収穫だったけどお姉さんサイドからはろくな収穫なかったな。敵討ちとかマジで僕的にはどうでもいいし。はあ、と溜息を吐きながらシャルさんたちを見やる。

 

「で、実際どうなの?三日前のお寺大爆発って蜘蛛のせい?」

「さあ?でも、そういえばフェイとフィンクスがジャポンに何か盗りに行くって言ってた気がする」

「あいつらならそれぐらいするだろうね。侵入経路とか考える暇があるなら吹き飛ばすタイプだし」

「ただの災害じゃん。警察動けよ」

「警察で俺たちどうにかできるわけないだろ」

 

なんか似たようなことをヒソカにも言われたような気がする、なんてデジャブを感じつつため息。うん、確かにそう。警察がどうにかできるような犯罪者だったら賞金首になんてならないんだよな〜。

 

なんてほのぼの思っていたら、首を押さえつけていたお姉さんの目線が絶対零度に尖った。まあな、馬鹿じゃなければ今の発言が何を指し示すかわかるよね。そうですよこの人たちお姉さんのターゲットですよー。

マチさんの糸でぐるぐるになって、その上僕に手刀を押し付けられてなお暴れようと頑張るお姉さん、しかしその背中にはすでにシャルさんのアンテナが刺さってる。今はまだ発動されてないだけで条件は満たされてるから、シャルさんの気まぐれ次第でお姉さんは物言わぬお人形さんにジョブチェンするハメになるのです。だからねー、下手に暴れない方がいいよ、って言う前にマチさんの糸がさらにぎちぎちに締まった。

 

「シャル、どうする?」

「一択でしょ。……ていうか誰?マチは覚えてる?」

「さあ?」

「わ、わたしは!アンタたちが殺した男の娘で、」

「あー、了解了解。カルト、気は済んだ?」

「うん、おけおけ。大体の挙動の動機はわかったし。好きにしてくださいな」

 

ひらひらと手を振る。あとのお話はお姉さんと蜘蛛のお話だ。僕的にはぶっちゃけどうでも良き。ので静観することにしよう。シャルさんたちを敵に回すとどうなるかのいい例としてお勉強させてもらう。

 

シャルさんの瞳に珍しく色がなかった。うーん、お仕事モード。この前ヒソカに仕事中の僕は目に光がないとか言われたけど、たぶん今のシャルさんと似たような顔してるんでしょう。マチさんもつまらなげにお姉さんに繋がった糸をくるくる回した。より一層お姉さんの拘束がキツくなる、っていうかもう身体に食い込んでやや出血してないかこれ。

 

「マチ、いいよ。俺もソレはいらない。そのまま殺っちゃって」

「了解」

「ま、待って!」

 

待たない、とシャルさんの目はにっこり微笑んだ。マチさんの糸がまた解き放たれる。3本目のそれはくるりと首に巻きついて、それで、まあ。

 

すぱん、と首が飛んだ。文字通り。怖。

 

「……やっぱ敵には回したくないなあ」

「そうだね。俺もカルトを殺るのはちょっと面倒そうだからやめてほしいかも」

「もち。……で、これでオッケー?」

 

こくり、とマチさんが無言で首肯する。そのお隣には新鮮な生首が一つ。うん、まあ事前目的の八割は解決したからいいでしょ。てっきりジャポンになにかもっと面白いものがあると思ったんだけど、やっぱり勘ってはずれるな。マチさんがすごいだけだったわ。しょんぼり。

 

なんて思って、ちょっと腑抜けてたのは認めよう。円もそんなにちゃんと発動してなかったしさ、でも。

 

「おいマチ、人の楽しみを奪うんじゃねえよ」

「アレ、ワタシたちの獲物」

 

唐突に現れた二人分の気配に、息を止めた。

 

 

 

 

 

 



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オールウェイズ命の危機

待ってくれ、と言いたい。僕の円は唯一兄さんや父さんにも認められたもの。その辺の能力者の絶なら範囲内に入った瞬間確実に見破れる自信がある。旅団やゾルディックの人たちなら流石にわからないかもしれないけど、でも人間が歩く際の微小な空気の乱れやさざめき、それすら掴める僕が完全に気づかないなんてことがあり得るのだろうか。

 

うーんでもねえ、今現実にいるのよ。目の前に二人、なんかヤバいひとたちが。

 

「つうかシャル、なんでお前こんなとこにいるんだよ。誘っても断ってきたくせによ」

「別用で偶然来てただけ。ね、カルト」

「ひゃ、ひゃい」

 

アラートが頭の中で鳴りまくってる。黒髪の僕と同じくらいの身長の男、それから金髪のいかつい男。いや、わかってるよ。状況と文脈からして多分この二人も蜘蛛の脚なんでしょう。けど、殺気がとんでもない。特に黒髪の方からのがヤバい。兄さんよりも、ヒソカよりも、シャルさんに初めて会った時よりも濃い色。思わず一歩後ろに下がりそうになったのを懸命に押し留める。多分、引いたら殺られる。

 

「……僕は、敵対するつもりはないんだけど」

「だってさ、フェイ。子供に向けるオーラじゃないだろ」

「子供も大人もない。ワタシの邪魔するなら殺るだけ」

 

邪魔、邪魔ねえ。現実逃避気味に考える。まあ確かに、この二人の目的があの女の人の殺害とかだったら邪魔はしちゃったかも。いや、待って。もしかしてこの刀か?だったらもう全然こんなの渡すんですけど。命のほうが大事に決まってる。

 

そそ、と手に持った刀を冷や汗をかきながら差し出す。いや、マジで命だけはお助けを……。死にたくないんで。

が、しかし僕のアテは完全に外れたらしい。黒髪のマスク越しの目が訝しげに歪む。

 

「どういうつもりか?」

「え、あ、これが欲しいってことかなって、え」

「そんなガラクタ興味ないね。ワタシの獲物はその女だけ」

 

かつん、と靴音が鳴る。黒髪が苛立ち紛れにお姉さんの生首を蹴り上げた。そのまま吹っ飛んでいった頭はコンクリに勢いよくめり込む。やば、え、コンクリに人間の頭って食い込むの?てかめっちゃキレてんじゃん。ちらっとシャルさんとマチさんの方を見たけど、完全に無視られた。もう一人の金髪のひともやれやれ、って感じで肩すくめてるだけ。え、これ僕見捨てられたってこと?マジで?

 

「え、あ、ごめんなさい……。ちなみになんでこの人を……?」

「売られた喧嘩は買う」

「んーあー、なるほど?や、でも殺したの僕じゃないし」

「アタシだしね。カルト、そんなにビビるなって。フェイタンのそれはただの八つ当たりだから」

 

いや、八つ当たりのレベルの殺気じゃないんですけど、とは流石に言わなかった。空気が読めるので。うー、まだ死にたくないー。

が、しかしマチさんの今の言葉でどういうわけかちょっとだけ空気が緩んだ。相変わらず黒髪の人はむすっとしてるけど、隣の金髪の人が急に吹き出したからかもしれん。いや、何この人。

 

「おい、フェイ。いいから機嫌直せよ。獲物は早い者勝ちだ」

「……チッ」

「ていうかさ、フィンクスもフェイタンもなんでこの女追いかけてたの?この国には盗りに来たんじゃないの?」

 

空気読まない代表格、シャルさんがブチギレを無視してお話を始めるの巻。殺気がちょっと和らいだのをいいことにすすっとシャルさんとマチさんの後ろに下がった。ふう、ちょっと息がしやすくなった気がする。やっぱりマジの人のね、そういう空気はほんとにしんどい。兄さんとかヒソカとかのおかげで慣れてきたかなーとは思ったけど、混じり気なしの殺気を受けると心臓痛くなっちゃうね。

 

「この国に入ってから誰かがコソコソ俺らのこと嗅ぎ回ってたからな、ウゼえし一発入れてやろうかと思っただけだ」

「ふうん。……フィンクスたちに気づかれるなんてお粗末な追跡だったんだね」

「シャル、喧嘩なら買うぜ」

「やだなあただの冗談だよ」

 

ばちばち。とってもばちばち。仲がいいんだか悪いんだかよくわかんないな、この人たち。まあ強い人って大概ちょっとオカシイしこんなもんか。目を逸らして現実から逃げる。幻影旅団が四人。しかもうち二人は初対面。僕ってつくづく運が悪いな。

溜息混じりにマチさんの後ろに隠れる。もう現状信じられるのはマチさんだけですよ。

 

「マチさん、この人たちも蜘蛛?」

「そう。フィンクスとフェイタン」

「ああ、名前だけ聞いたかも。シャルさんのお友達?」

「誰と誰がなんだって?」

 

まずい、金髪の人の意識が僕の方を向いた。うえー、余計なこと言わなきゃよかったよ。そそ、とさらに一歩後ろに隠れようとしたらどん、とマチさんに背中を押された。優しさがないー。

 

「ど、どうも……」

「マチ、こいつ誰だ」

「カルト」

 

ほら、自己紹介、なんて親戚の子供に言うみたいに言われてもう一度背中を叩かれる。スパルタだ。ていうかマチさんはたまにこういうお姉さんムーブをする時があるのだ。う、仕方ない。金髪の人の視線も突き刺さってることだし、渋々口を開いた。

 

「カルト・ゾルディック。シャルさんとマチさんの知り合い。で、えっと、え、あと何か言うことある?好きな食べ物とか?」

「ゾルディック、ねえ」

「そう。暗殺依頼ならお金くれれば請け負うよ」

「いらねえ。気に食わねえヤツは自分で殴る主義なんでね」

「そっか、ね、お兄さんの名前は?」

「あ?」

 

ガラ悪すぎ。見た目も相まって本物のヤクザっぽい。そして纏うオーラの質もヤバい。いや、なんで僕こんな世界最強レベルですみたいな人とエンカウントしまくってるんだろ。運悪いのか、ゾルディックなのが悪いのか。僕だって世界レベルで見たらそんなによわよわなわけじゃないと思うんだけどなー、おっかしいなー。しんど。

 

しかして名前くらい教えてくれたっていいじゃないか。どんだけ僕信用されてないんだろ。

 

「名前、教えて欲しいなあ」

「……フィンクス。で、テメエは何しに来た?」

「このお姉さんが持ってる刀が欲しかったの。あ、欲しいなら全然あげるし」

「いらねえ。で、シャルとマチは?」

「カルトに付き合ってただけ。暇だったしね」

「なら俺らの仕事に付き合ってくれたってよかっただろ」

「あ、フィンクス拗ねてる?」

 

にたり、と効果音付きでシャルさんの口角が上がる。やっぱり仲良しのほうっぽいな。金髪の人、フィンクスさんと、それからもう片っぽの人の方がフェイタンさん。よし、覚えた。そしてなるべく関わりにならない方がいいってことも覚えた。この人たちはアレだ、シャルさんやマチさんと違って利害だけで考えてない人。殺したいと思ったら前後の関係を忘れて殺す人。どっちかっていうとヒソカ寄り。

 

それでもって、めちゃくちゃ強い。

 

ごくり、と思わず喉が鳴ってしまう。武器はなんだろう。傘?フィンクスさんはきっと拳。強化系かな。そんな僕の視線の意図が見えたのか、にたり、とフェイタンさんの目が嗤った。

 

「殺るか?丁度一人分殺し足りないところだたね」

「あーだめ、フェイ。カルトは使えるんだから」

「使える?」

「便利な情報源なの。……それにヒソカの手が付いたゾルディック家の人間なんて厄介極まりないでしょ」

「敵は多い方がいいね」

「こーら。っていうかカルトもフェイのこと煽らないの。俺でも止めるの一苦労だから」

 

はあい、と素直に謝ればやっとほんとのほんとに空気が弛緩した。フェイタンさんの殺る気もちゃんと削がれたらしい。一安心。とりあえず生死の境は超えたっぽいし、気抜いたっていいでしょ。もうねー、円でも気配を悟れないような人間のお相手は極力したくないのだ。

 

「で、フェイたちの仕事はもう終わったの?」

「ああ。帰る前にソイツだけ殺って行こうと思ってたが、それも終わったしな」

「そっか。俺達も一応目標は達成したけど……カルトはもう帰る?」

「そんなわけないでしょ。これは副次目的だし。とりあえず明日はショッピングかなあ。着物も扇子も買いたいし、あ、あとお団子も食べたい!」

「いいねえ。ジャポンの和菓子、俺も興味ある」

「シャルの甘党は相変わらずね」

 

ふん、と鼻で笑いながらフェイタンさんが傘を振る。そこから赤い血飛沫が一瞬舞ったように見えたのは多分気のせいじゃ無いはずだ。うむむ、やっぱり傘が武器なのか。いや、だとしたらどういう戦闘スタイル?鈍器?謎が深い。

 

むむむ、と考え込んでいると、じっとりフェイタンさんの目がこちらに向く。

 

「何見てるか」

「あ、や、いい傘だな〜的な?それ、フェイタンさんの武器?」

「そね。……それからお前、その呼び方止めろ」

「呼び方?」

「フェイタン。余計なものいらない」

「う、うっす」

 

やばい、距離感がわからん。わからんすぎてよく分からん部活の後輩みたいな返事してしまった。後ろでシャルさんが爆笑してるのが死ぬほど腹立たしいな。

むう、と頬を膨らます。やっぱりこの人達、変。絶対おかしい。なんかよくわかんないし、いい人っぽい顔しながら全身から死ぬほど血の匂いするし、ほんとに意味わからん。何なんだよ幻影旅団って。

 

なんかまた変な人と関わっちゃったなー、などと思いつつ、しかしこの機を逃すのはただのバカ。腹を括るのです、カルト。とか言い聞かせながら携帯を取り出した。

 

「ね、じゃあフェイタン、メアド交換しよ?」

「……は?」

 

シャルさんの爆笑5割強増し。そしてフェイタンからの冷たい視線八割増し。

 

「ほら、僕一応情報とか売り捌いてて、シャルさん曰く適正価格の遥か下を常に大安売りしてるらしいから多分確実にお得だと思うよ!」

「……」

「それに暗殺依頼も引き受けておりまして、いつでもメール1本で世界のどこまでも殺しに行くよ!ね!便利でしょ!」

「……シャル、こいついつもこうか?」

「こうだよ。カルトもカルトで頭の大事なとこのネジぶっ飛んでるよねえ。フェイとか基本的に関わっちゃダメな類の人間じゃん。流石に客は選びなよ」

「それはもう諦めてるの。僕の連絡先一覧、今のところゾルディックと幻影旅団の賞金首しかいないから」

 

はは、とそう肩を竦める。一般人ムーブするには立場も人間関係もちょっと特殊すぎるからなあ、って感じ。ので、そこらへんについては若干もう諦めつつある。細かいことはともかく、フェイタンとの繋がりは多分それなりには何かに利用できるはず。もうこの際なんでもいいから役に立ちそうなものは全部欲しいのだ。

 

「ね、絶対損はさせないからさあ〜」

「……」

「あ、フィンクスのもちょ〜だい!ここで会ったのも何かの運命じゃん?」

「言動が詐欺師っぽいんだよなあ」

「シャルさんは黙ってて!」

 

お願いー、とぱちんとウインク。効果はなし。しかしめげてはいけないのです。そのまま見つめ続けて30秒、フェイタンとフィンクスは顔を見合わせてのっそり息を吐いた。

そのまま無言で携帯を差し出される。よっしゃ、僕の勝ち!こんなのごねたもん勝ちだからね。へへ、と口角を緩めつつ新たに入手した2件の連絡先を眺める。最近は貴重な情報源を得ること自体が楽しくなってる気がする。コレクター精神的な。あんまりよくない傾向だな。うん、まあでもしゃあない。実利も兼ねた趣味だし。

 

「ふふ、いつでも連絡してくれればお友達価格で情報でもなんでも売るからね〜。もちろん殺しも」

「……自分でやたほうが早いね」

「でも面倒な雑事を金で処理できるなら楽なもんでしょ?」

「宵越しの金は持たねえ主義なんだよな」

「盗めばいいじゃん。僕、汚い金も綺麗な金も平等に大好きだよ」

 

まあそもそも殺しの対価として受け取る金が綺麗なわけないしね。何かと血腥そうな二人だし、いい収入源になる気がしたりしなかったり。

 

「これからよろしくね」

 

そうにっこり笑えば、二人の眉間のシワがさらに深まったけど気にしない気にしない。

 

 

着物も買ったし、扇子もスペアを何個か調達。和紙も店にあるもの全部買い占める勢いで入手した。これで当座の心配はしなくても大丈夫そう。

 

あれから結局軽く一週間はジャポンに滞在してた。やっぱり友達とお買い物とか普通に楽しいよね。もう毎日この感じでいいのになー、などと思っているところに着信一件。そう、天空闘技場のヒソカからです。流石にこれ以上キルアから目を離すのもよくないし仕方なく闘技場に戻った、ん、だけど。

 

「おかえり、カルト。手合わせしようか♢」

「まってまってまってヒソカ。なにその殺気一回しまってもらっていい?」

「だあめ♡少し目を離してる間に随分いい色になったじゃないか。味見させてよ♧」

「拒否!だめ!ヒソカの味見が味見で終わる保証がどこにもないでしょ!」

 

部屋に入った瞬間に臨戦状態ピエロ。これなんかもう訴えたら何かの罪が成立しそう。げっそり溜息が出る。帰ってきたの失敗だったかもなー、やーでも普通に兄さんの依頼中だし途中で仕事投げたら本気で洒落にならない事態になりそう。とりあえず今日は疲れたからもう寝たいのだ〜。と、ヒソカを完全スルーしてベットに転がれば、にやりとヒソカの口角が上がった。

 

「カルト、それ何?」

「それ?あー、これのこと?」

 

そういえば帯刀したままだった。うーん、やっぱり今の僕の身長だとちょっと邪魔だけど、でも便利なんだよなあ。あんまり念とか使わずに殺したい時もあるし、普通の武器は欲しかった。ひとまず腰から外して床に投げおくと、ヒソカが興味深げにじいっと見つめている。

 

「あ、それあんまり触んない方がいいよ。今は僕に取り憑いてるけど、どうなるかはわかんないから」

「取り憑いてる?」

「そう。僕のエネルギーをちまちま持ってく代わりに結構強いんだよね。次の試合あたりで試し斬りしてみよっかなあ。あ、でも死んじゃうかな?」

「さあね♢それ、どこで拾ってきたんだい?」

「ジャポン。なあに、ヒソカも欲しくなっちゃった?」

「ボクは武器は使わないよ♤ ちょっと気になっただけ♡」

「ふうん」

 

相変わらずヒソカの興味スイッチはどこにあるかよくわからない。いやまあ戦闘に絡んだことならなんだっていいんだろうけど。これだから戦闘狂変態ピエロはいやなのだ。ちょっとはおとなしい趣味、盆栽とか、に目覚めればいいのに。

まあそんな愚痴はさておき、ベッドに転がったままテレビをつける。多分時間的にはちょうどキルアの試合をやってるはずだ。

 

「そいえばキルアは大丈夫そう?」

「キミもずっと音は聞いてたんだろう♢?」

「そうだけど一応の確認。あー、てか資金確保できたし早くミルキに依頼出さなきゃー」

 

やらなきゃいけないことが山積みになっていく。うう、めんどくさい。まあそれもこれもサボってジャポン観光してた僕が悪いってのはわかってるんだけどさあ。はー、しゃあない。キルアの試合観戦しつつメールして、と。

 

パソコンを開きながら横目でキルアの試合を眺めれば、まあまあいい勝負してた。130階。キルアがここの攻略を始めてからまだざっと三ヶ月くらいしか経ってないけど、かなりいいペースなんじゃないだろうか。でもまあここからが長いだろうけどねえ。ほんとに。正直100階より下にいるのはただの雑魚だ。けど、そのラインを超えた瞬間に本気の腕試しをしている武闘家がごろごろ現れてくる。正直10にもならない子供がまともに勝つのは厳しい。だってそもそも体格差があるしねえ。僕だって死ぬほど苦労した。はあ、嫌なこと思い出しちゃった。

 

キルアの今日の相手は何かの拳法使いのおじいさんだ。それだけあって体術面ではキルアは全く追い縋れてない、けれどスピードや瞬発性で翻弄してなんとかポイントでリードしてるって感じ。まあこの分なら派手な怪我して死んだりすることはないでしょ。オーケーオーケー。早いとこミルキに依頼出しちゃおっと。

 

キルアの護衛、問題なし。ミルキへのお手紙も書いたし、あとは次の試合かなあ。どうしよ、猶予はあと一月と半分ぐらいはあるはずなんだけど。

 

「うー、ねヒソカ。次の試合いつ頃にしたらいいと思う?」

「さあ?ボクならギリギリまで引き伸ばすけど♡」

「まあ確かにその方がお得だよねえ。こんな豪華な部屋押さえておけるんだし」

 

どうしよっかなー、などと考えているうちにテレビの中での試合が完結する。接戦だけどキルアの勝ち。前見た試合より随分成長してるみたいだ。ふうん、やるじゃん。この分ならあと一年くらいで僕の監視任務も終わるかも。

 

ぐう、と伸びをする。さあて、どうするか。なんか考えるのも面倒だしもう寝よっかな、ってベットの上で寝返りを打つ、と。

 

円の端っこの方、部屋の入り口の前に人間の気配が三つ。うっわ、と思わず声が漏れる。なんだか面倒そうかも。ちらりとヒソカの方を見やれば、もうすでに絶で完全隠れるモードになっていやがった。とにかく僕を助けてくれるつもりはないらしい。はー、めんど。めんどいけど、でもこういうのって放っておく方が面倒になる。仕方なくベッドから起き上がって、扉を開けた。

 

「なんの御用?」

 

三人組。男二人に女ひとり。一応念能力者、だけど弱い。そこまで読んでゆるく息を吐く。相手の三人組はどうやら僕に気づかれてるとは思ってなかったみたいで、あたふたしていた。いや、まともな絶もしないで三人で押しかけたら気づくに決まってるでしょ。こっちは索敵に能力振ってるんだぞ。

 

わたわたとお互いをせっつきあいながらパニックになってるけど、なんかもうそれに付き合うのにも飽きた。僕は眠いのだ。

 

「ね、話がないならもう僕寝たいんだけど。邪魔しないでよ」

「……おいガキ、舐めた口利くんじゃねえよ」

「はいはいごめんごめん。で、もういい?」

「いいわけないだろ」

 

三人の中で一番でかい男が、やっと平静を取り戻したかぐいと前に出てくる。いや、いきなりそんな虚勢張ってもさっきまでのパニックモード見てたから威厳とかないんですけど。はー、めんどい。

 

「じゃ早く言って。何?お金あげるから不戦勝くれとかそういう話?」

「てめえ相手に金積む必要なんざねえよ。ただ次の試合相手を探してただけだ。なあ、俺らとやらねえか?」

 

にたり、と三人の口が卑しく歪む。むう、どうやら試合したかっただけっぽいな。え、そんなことある?こんな脅しみたいなノリで?

 

「え、いいけどそれだけ?」

「……お前、意味わかってんのか?」

「多分。え、普通に試合の申し込みだよね」

 

そうこてりと首を傾げれば、一歩後ろに引いていた女がくすりと笑った。

 

「いいじゃない、相手との力量差もわからない子なんでしょう。あなたはただおとなしく私たちに勝ちをくれればいいだけなんだから」

「……力量差がわからない、かあ」

 

うーん、ちょっと見えてきた。多分これあれだ、この人たちは自分たちよりたぶん弱い相手を数人がかりで脅して、無理に試合組ませて勝ちを拾う感じのことをしてるんだろう。で、次のターゲットを僕にした、と。僕が多分こいつらより弱いと予想したから。

 

なるほどね、普通にムカつく。

 

「いいよ、なんなら三人連続でも。最初は誰にする?おじさんでいい?」

「ああ。話は纏まったな。なら今から登録に行くぞ。あとから喚いても遅いからな」

「当然。二言はないよ」

 

上手く行った、と得意げな三人を横目で見つつ息を吐く。まあムカつくけどちょうどいいカモが手に入ったと思えばいいかもしれない。ほら、だってこんな奴らなら試し斬りの相手にしても良心が痛まなそうだし。



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油断

プロットとかなしで書いてるので、整合性をとるために急に前の話が大幅に改変されてる時があります。許してください


殺す、と殺さないのボーダーは明確なようでかなり曖昧だ。

 

僕の場合、依頼が入ればまず間違いなくそれは殺す理由になる。けれど例えばありえない仮定の話として僕に兄さんの暗殺依頼が舞い込んでも、確実に兄さんに刃を向けることはないだろう。だから依頼が入ることだって殺人を犯す絶対の条件にはならない。

逆に、僕は基本的にプライベートで人を殺めるつもりはない。けれど例外はある。面倒、ウザい、腹の居所が悪かった。端的に言えば気分によって殺人のスイッチが押されることもある。

 

だから、僕が僕に課している殺しのルールはあくまでガイドラインでしかなくて、厳格な法ではないのである。

 

なんてぐだぐだどうでもいいことを考えてるのは、ちょうど今目の前の男を例外として殺すかどうか悩んでいるからである。うん、ちょっとね、イライラが天元突破しそう。

 

「おいガキ、ビビってんじゃねえよ!今更怖気付いても遅いっつうの!!」

「……ねー、もうそろそろやめようよ、それ。これ以上僕に踏み越えさせる燃料与えてどうすんのさ」

「あ?」

 

どうやらお耳が遠いようで。もしくは僕が言っている言葉の意味も理解できないおバカさん。

 

場所、天空闘技場。現在は試合中であり、ポイントは0-0。つまり試合開始から全くの膠着状態。それには理由がある。

相手の男、この前僕を脅して無理に試合を組ませた、と思っている男。どうやらこいつは本物の雑魚らしく、念が使えると言っても基本の四大行もままならないレベル。そして自分でも自分の弱さをある程度は自覚しているっぽく、それ故に編み出した戦闘スタイルが、異常なまでの煽り。

 

「震えて手も出せねえのかよ。お笑い草だな。いいから早く帰ってお家のママに泣きついた方がいいんじゃねえの!」

 

僕が震えてるのはこの苛立ちをどーにかこーにか抑えるためであり、おうちに帰ってママに泣きついても得られるものはヒステリー大絶叫と拷問だけである。あーあーあーめんどくさい。てか何この人。

 

煽って、煽って、煽って、相手の平静さを剥ぎ取る。怒りのままに放った拳って大概よわよわなのだ。このレベルの武闘家同士の争いになると、一瞬の動揺が命取りになる。で、この男はその命取りの隙を無理に作り出してコソコソポイント溜めて勝ってきてるわけだ。200階で何度も戦ったことのある熟練者ならまだしも、ここに上がったばっかりのぴよぴよひよっこちゃんであればそんなアホい策にも普通に引っかかっちゃうだろうしね。

 

さすがに僕はそこまでのぴよぴよちゃんではないから、こいつに無様な隙を見せることはない。けど、ちょっと力んで首飛ばしちゃう可能性は大いにある。試し斬りのつもりで持ってきた刀をとりあえず抜いてみた。所作とか知らん、これはただの武器。雑にブンブンと振り回すと、男がやっと得意げに鼻を鳴らした。

 

「やってみろよ、ガキ。まあ俺にそんなちゃちいオモチャが届くと思わねえ事だな」

「……ね、お兄さん。一応確認なんだけどさ」

 

鋒を真っ直ぐに向けてみる。うん、いい音。テンション上がってきた。

 

「間違えて殺しちゃっても、怒らない?」

 

ビキビキ、とこめかみに筋が浮かぶのが見えた。いや、自分も散々煽ってるんだから煽り耐性はつけとけよ。などという冷静なツッコミはともかく、ブチ切れた男はさっきまでの静観はどこへやら、物凄い勢いで殴りかかってくる。

 

「わ、ちょ!質問には答えてよ!」

「うるせえ!おちょくったツケは丁重に返してやるよ!」

 

素早く宙返りで回避。むう、せっかくこっちは先方の意思を聞いてから始めてやろうと思ってたのに、善意を仇で返しやがって。

 

「ね、じゃあ無回答は同意と受け取るからね!殺しちゃっても文句言わないでよ!」

「ほざけ!やれるもんならやってみやがれ!!!!!」

 

おっけー、同意ゲット。というわけで、入手したばっかりの妖刀にオーラを流し込む。いや、オーラを流すってよりも刀に栄養を与える感じ。

これに取り憑かれてから数日、制御の仕方はかなりわかってきた。一定間隔である程度の養分を与えれば、向こうから無理に奪い取って来ることはない。それで、使いたい時は更に与えてブースト。これで基本的には制御可能。

 

「よおし、久しぶりの血だよ〜。たんまり食べな」

 

刀を一閃させながら舞い上がる。蹴った圧で石板に少しだけヒビが入ったのはご愛嬌。どうやら結構しっかり目に修行の成果は出てるみたいだ。帰ってから泣くほどヒソカにしごかれたもんなー。ていうかお出かけ中も基礎トレは欠かさずやってたし。カルトちゃんは真面目なのです。

そんなストイック生活で得たゴリラの筋力を元手に、瞬発性のゴリ押しで相手の間合いに入り込む。近接格闘タイプ、だけど体術のレベルは当然シャルさんに劣る。ジャポン旅行中気まぐれにシャルさんと手合わせさせられてたせいで、結構酷い有様だった近接戦闘もマシになってきたのだ。故に、全て見切れる。相手のスローモーションな拳を避けつつ、脇腹に蹴り、を入れようと身体を捻る。

 

当然僕のその見え透いた動作のおかげで、相手はオーラを一気に脇腹に固めた。うんうん、いいじゃん。全体の80%ってとこかな。笑える。

 

「ざんねーん、ハズレでした!」

 

そっちはフェイント!

つられたせいでがら空きになっている首筋に向かって勢いよく刃を振りかぶる。すぱん、と綺麗な音が鳴った。おおう、いい切れ味。

 

すぱん、ごとん、どしん。三連続きの音に、一瞬観客席が静まり返る。うん、まあでも言ったじゃん。間違えて殺しちゃうかもって。いいよって言ったじゃん。僕悪くなくない?ね?

 

とか思いつつ刀の柄を撫でる。お疲れ様。確かにいい切れ味だし、それにおかしいほどに手に馴染む。ある程度の時間がかかるとはいえ一応除念効果付きだし、エネルギー吸われること加味してもかなりいい買い物だっただろう。

あ、てか除念の方も試したかったのになあ……。失敗した。普通に練の上から切っちゃった。やらかしー。

 

とぼとぼとリングを降りる。やっぱなー、多少は煽られて平静さを失ってたんだろう。修行不足、かな。部屋帰ったらヒソカに締められそう〜。

 

とか考えてたので、僕は気づかなかった。真後ろから突き刺さっている視線2つ分に。

 

 

「教官!本日のメニューはいかがいたしましょう!」

「うーん、そうだね♢ボクと組手でもしようか♧」

「は?なんで?殺す気?」

「まさか♡まだ摘み取るには早いだろ。ただ今日の試合のキミの流があまりにもお粗末すぎてね♤」

「うぐっ」

「普段円からの情報で補っている分、オーラの流動の速度が遅い♧今のキミなら近接に持ち込まれた時点で大抵の相手には負けるだろうね♡」

「きょ、今日の人には勝てたもん……」

「雑魚相手の勝利を勝利とは呼ばない♢」

 

謝れよ、全国の雑魚の人に!雑魚も雑魚なりに頑張って生きてんだぞ!まあ今日はちょっと殺しちゃったけど!

 

はー、にしてもヒソカの指摘はど正論なのである。だって円で見ていれば、それがフェイントの勢いの乗っていない攻撃なのか本命なのかは割と見破れる。から、正直硬だの凝だのの練度をあげなくてもどうにかなっちゃってたのだ。少なくとも雑魚相手では。強い人を相手にするときはそもそも近接戦を挑まなかったし。

 

円は便利だ。けれどいつかそれが通用しない相手だって出てくる。目の前にもいるし、そういう化け物。つい最近の例で言うとフェイタンとかね。あの人本気で円ですらまともに捕捉できなかったんだから。

 

「……はー、了解。殺さないでね」

「善処しよう♡」

 

善処ってなーに〜などと思いつつ、なし崩しに戦闘開始。ヒソカのストレートがまっすぐに飛んでくる。まずい、と思ってオーラを集中させる、けど背中に蹴りの気配。あー、無理無理無理。50:50で振るか?ていうかそれ以外にないわ。

 

「読みが甘いね♢」

 

本命は顎への膝蹴りだったらしいです。クリーンヒット。死。何このピエロ。背中に向かってた足先が対応不可能な速度で軌道修正した。無理すぎる。頭の中が焦りで支配されて、常時展開できるはずの円が揺らぎ始めた。

 

まずい。

 

「キミの最大の弱点はそれだ♧円に依存している癖に、戦闘中に無意識で発動できるほど熟達してもいない♤」

「……ぐう」

「だから、こうなったらもう二度と勝てない♢」

 

二発目、ボディに綺麗に入る。かは、と内臓が加圧されて死を感じたから慌ててフォーリングダウンで即時回復を始める、けど、そのせいで意識を円の再構築に向けられない。攻撃を躱さないと。でも、円なしじゃ相手の動きを見切れない。

無限ループ。だ。確かにこうなったら二度と抜けられない。口の中が血の味で美味しくない。僕、甘党なのになあ。

 

ボディにそのまま連続で数発。流石にダメージの累積で動けなくなったことを悟ったか、やっとヒソカはサンドバック扱いをやめてくれた。喉の奥からかひゅ、って鳴っちゃいけない音がする。たかだかモブに勝てたくらいでつけあがるなってこと?何こいつ。口の端から垂れた血を拭いながら、ふらつく足のままどうにか立ち上がった。このままぼさっとしてたらうっかり殺されちゃうかも。

 

「第二ラウンドだね♧」

「まっ、って!」

 

反射で飛んできた蹴りを飛び上がって避ける。死ぬ。すぐ横を通り過ぎた死の気配に、一気に背中の毛穴が開いた。死神なんて厨二臭いあだ名、大正解らしい。こいつ死神だ。うえー、逃げてー。

 

オーケーわかった、確かにこのままじゃどうしようもない。いくら円で動きが見えたって、その動きに対処出来なければ意味がないのだ。簡単に言えば今の僕では、ヒソカの次の行動を予測しても防御も回避も間に合わない。だから、行動予測は無意味。

 

円を切る。普段は半径10メートルくらいに伸ばしているオーラを自分の周りだけに。堅。索敵にオーラ量を割いている余裕はない。僕のその判断はどうやら正解だったらしく、にたりとヒソカの口角が上がる。

 

「それなら殺す気で殴っても死なないだろう?」

「死にます。手加減はしてよ〜」

 

返事は、ない。まずいな、どうやらピエロの本気スイッチがちゃんと押されてしまったぽい。いや、流石にこいつのポリシー的に本当に殺されることはないだろうけど、ボロ雑巾にはされそう。

 

などと余計なことを考えている暇もない!

 

飛んできた拳をとにかく回避。ガードは無理だ。僕の全力の硬でもヒソカには突破される。当たったら無条件で終わり。全弾回避した上で、どうにかヒソカの隙を突いて1発入れないといけない。なんてハードモード。回避に全振りしてるせいでいつもよりバカになっている頭を無理に回す。

 

地面を蹴る。そのまま天井目掛けて跳躍。立体的に六面すべてを利用するしかない。猫みたいに飛び回りながら隙を狙って蹴り、を入れたのにあえなく片手で捉えられた。そういえば初対面の時も渾身の蹴りを片手で止められた記憶がある。うーん、成長してないな、僕。ちょっとだけショックかも。いや、かなり。

 

「……くやしい」

 

結構ちゃんと修行も頑張ってるのになあ。いつになったらヒソカのムカつく顔に一発入れられるようになるんだろうか。今だって遊ばれてるだけなんだろうしさあ。ほんとに最悪。ぶすむくれたままにヒソカを睨めば、くく、といつもの気持ち悪い笑い声が降ってくる。

 

「いいねえ、その顔♤」

「うるさい。舐めてられんのも今のうちだけだから。絶対いつか鼻折ってやる」

「期待してるよ♡」

 

ぽい、とそのまま床に投げられる。痛っ、普通に優しさがない。いい加減このピエロは人間性とか社会性とかそういう類のものを身につけた方がいいんじゃないでしょうか、などと思いながら埃まみれになった服を叩いていたら、にたり、とヒソカがたのしそ〜に笑った。

 

「それじゃあ三回戦目だ♧今度は何秒持つかな?」

 

嘘って言ってくれよ、誰か。

 

 

しごかれてしごかれて、もう全身バキバキで死にかけです。生きていることが奇跡。最近は比較的平穏な日々を送ってたから忘れてたんだけど、ヒソカって男は何かがぶっ壊れてるのだ。脳の中の倫理とかそういう分野を司るところが壊れてる。バキって。

 

で、まあひとまず地獄の訓練から生き返って、何となく部屋を出て廊下をぶらついてる時だった。

 

「よう、久しぶりだな」

 

男一人に女が1人。前から1人減ってるのは僕が殺したから。多分僕を待ち伏せしてたのであろう2人組、この前僕を脅して試合を組もうとしてきた輩の残党は、廊下の反対側からやってきて真正面に僕と向き合った。

 

「……今度はなんの用?」

「約束は果たしてもらう。俺たち3人に一勝ずつ、だっただろ。次は俺の番だ。日取りはいつにする?」

 

冗談だろ、と思った。けれど男と女の目がそうじゃないって伝えてくる。後先がない人間特有の、命を失っても構わないとすらいいたげな視線。それから隠す気のない殺意。何となく見覚えがある。この前、蜘蛛の敵討ちを試みた彼女とおんなじ気配がした。

 

「彼、友達だったの?ならごめんね」

「……どこまでこっちを舐めれば気が済むの」

「舐めてないよ。ただ申し訳ないなとは思っただけ。大事な人が殺されるのは嫌だよね」

 

大丈夫。そこにはまだちゃんと共感できる。大切な人、仲間、友達が殺されたら嫌だ。嫌だから、殺した相手に敵討ちを挑む。大丈夫、理解出来る。

でも、と首を傾げた。

 

「でも、今日の僕の試合を見てたんだよね?それでもまだ尚勝てると思ってるの?」

「……」

 

ぎり、と女の人の方が奥歯を噛み締めた。ああ、違う。間違えた。煽ってるつもりじゃないのに。これはただの純粋な疑問なのだ。

例えばシャルさんやマチさんが誰かに殺されたとすれば僕はまあそれなりに憤るだろう。でもその殺した相手が僕の敵わない相手、例えばヒソカだったとしても敵討ちを試みるだろうか。つまり、自分の命より怒りを優先できるのかってこと。それで僕は、その問の答えを既に知っている。

 

僕はできない。僕の中の優先順位の1番上に彼らはいないから。だからこそ今目の前に立つ2人組の心理が理解できない。そして理解できないから、眩しく見える。

 

「お姉さんたちは強いんだね」

「いい加減にしろよ。今ここで殺られるのをご希望か?」

「あ、違う。違うの。これは純粋な尊敬。自分より誰かを優先できるって凄いことだよね。うん、やっぱり強いよ。僕より何倍も強い」

 

本音を言っているのに、僕の言葉は今の2人にはただに侮辱にしか聞こえないらしい。まあそれもそうか。というかここでの問答に意味とかないし。

 

「うん、わかった。いいよ、受けよう。次の試合はいつにする?僕はいつでもいいけど」

「明日だ」

「明日?」

 

それは随分性急なことだ、と眉根を寄せれば、男は更にもう一段階僕に向ける殺意を上げた。

 

「明日、リングでお前を殺す。あいつと同じように」

「……うん、そっか。わかった。いいよ、やろう」

 

結果は見えている。それでも挑む理由って本当にあるのだろうか。なんて考えながら、そのまま一緒に登録カウンターへ向かった。試合の予定は問題なく受理される。男と女はそれを見届けると、用事は済んだとばかりにくるりと踵を返した。僕に背中を向けている。

 

今なら、2人纏めて殺れる。先に宣戦布告してきたのは向こうだ。殺そうとしてきた相手を返り討ちにするのって正当防衛じゃないんだろうか。試しに扇子を手に取ろうとして、やっぱりやめた。なんかそれは違う気がする。

 

わざわざ相手の望む土俵に立ってやって、相手が求めるように振舞ってやって、それで最終的には殺すなんてある意味普通に殺すより残虐なのかもしれない。けど、それでもそうしてしまうのは相手への最大限の敬意のつもりなのか、それとも。

 

それとも、整えられた舞台の上で刈り取った方が美しいって思ってしまっているからなのか。

 

ため息ひとつ。どちらにせよ結論は変わらない。今ここで殺すつもりはない。明日までちゃんと待とう。

 

なんだか調子が狂わされた。温い溜息がもうひとつ漏れた。



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慈悲深いタイプの殺人鬼

リングの上に乗ると、昨日より三割増しくらいの派手な歓声が聞こえてきた。どうやら僕には理解できないんだけど、この闘技場の観客はデスマッチがお好みらしい。だから昨日うっかり首を刎ねちゃった僕の人気は鰻登り、チケットの値段も高騰。安全圏から人が殺し合う様を見たいとか普通に趣味悪〜って思うけど、まあ、人間なんてそんなもんだよね。

 

とん、と足場を確かめるようにリングの石板を蹴ってみる。うん、いい感じ。今日は調子もいい。ゆるりとあくびをしながら、リングの反対側からこちらへと向かってくる男を見やった。

 

武器はおそらくバトルアックス。暗器の類はなさそうだ。シンプルイズベストな強化系。そして今の僕とはかなり相性が悪いと言える。だって刀なんて斧で殴られたら普通に折れちゃうもん。いや、この子ならそんなすぐ壊れちゃうことはないだろうけど、やっぱり重さのある武器とは相性がいいとは言えない。

 

「よう、待たせたな」

「昨日ぶりだね。……それじゃあもう、始める?」

 

僕のその言葉を聞くや否や、男が勢いよく地面を蹴った。びきり、と石板にヒビが入って瓦礫が舞い上がる。どうやらそれなりに練り上げられた能力者であることは間違いないらしい。うむ、むむむむむ。どうしたものか、などと考えつつも即座に上に飛ぶ。つい1秒前に僕が存在していた地面は斧の一打で木っ端微塵に割れて、土煙で視界が奪われた。もしかして最初からこっちが狙い?いつもよりことさらに注意深く円に意識を割く。この煙に乗じて何か仕掛けてくるつもりなのかもしれない、って!

 

「嘘、じゃん!」

 

咄嗟に刀を抜いて背後に向ければ、がち、と耳障りに金属が噛み合う音がした。ナイフ、小ぶりだけど多分刃には毒が塗られている。咄嗟に回避できなかったらまずかったかも。

ごちゃつく頭の中を高速で整理する。僕の円曰く、目の前のこの男は暗器の類を持ってない。にも関わらず背後から飛んできたナイフ。答えは一択だ。二人目がいる。僕の真後ろ、観客席の方から狙ってきた人間が。

 

そうだ、だって昨日だってこいつらは二人で僕のところにやってきた。こいつらの目的は勝利じゃなくて、敵討ち。僕を殺すためならルールのひとつやふたつ平気で破るだろう。例えば試合中に無理に乱入して、2対1の状況に持っていくとか。

 

即座に円の範囲を観客席全体に広げる。二人目はどこだ。多分昨日いた女の人が遠距離から僕を狙撃して、バトルアックスの男が近接戦を同時に挑むつもりなのだろう。くっそ、敵ながらすごい最適解だ。試合中だから僕はリングを降りて観客席にいる女を殴りにいくことはできない。だってそんなことしたら反則負けだもん。でもレフェリーは女が遠くから援護射撃してることには気づかない。土煙に紛れてる上に、ナイフにはそれなりの隠が仕込まれてる。まあだからつまり、僕は遠くの女と目の前の男を同時に相手取りながらどうにかこうにか勝たないといけないってことだ。ウケる。今までで一番面倒な試合かも。

 

「最悪。案外セコいことしてくるんだね」

「どうとでも言えよ。死者に口なしだ」

「褒めてるんだよ。そういう本気出してくるタイプの人は嫌いじゃないし。……うん、だから僕も本気出そうかな」

 

円の範囲をまた変える。やっぱり試合中にどこか遠くにいる女の居場所を探るのは現実的じゃないし無意味だ。だから今は、まずこの目の前の男を殺す。女は後でいい。円の範囲はいつも通りの10m。この距離が遠くから放たれたナイフを感知して到達前に避けられるギリギリのライン。

 

とんとん、と軽いステップで相手のバトルアックスの一撃を避けながら考える。いつどのタイミングで飛んでくるかわからないナイフに意識を割いているせいで、男の行動をいまいち読み切ることができない。昨日のヒソカとの会話が思い出された。確かに僕は円に依存しすぎてるし、近接戦闘に弱い。今もこうやって攻めあぐねてるわけだし。

 

「ね、お兄さんはさ、今僕を殺そうとしてるんだよね?」

「今更命乞いか?」

「違う違う。確認だって。……例えば、僕が今お兄さんを殺さずに見過ごしたとしてもお兄さんはまたリベンジに来るのかな」

「当然だろ」

 

斧が怒りと共に一段深く振りかぶられる。多分当たったら文字通り身体真っ二つにされてたな。はあ、やっぱり重い武器は嫌いだ。

 

男の今の言葉を頭の中でもう一度吟味する。そっかあ、見逃しても意味ないんだ。まあ復讐ってそういうことだもんね。僕にはやっぱりあんまり理解し難い概念だけど、そういう風に考える人がいることはわかった。で、だから、ここで僕が殺すしかないこともわかった。

 

依頼もされてないし、別に頭にきてるわけでもない。気分が乗ってるわけでもないし、この男を殺して僕になにかメリットがあるわけでもない。だからいまからやるのは「筋が違う」殺しだろう。でもなあ、今やらないとこの話は永遠に終幕しないわけだし仕方がない。筋は違うけど、やらざるを得ない殺しって感じ。

 

「……わかった」

 

腰の刀を抜く。昨日に引き続いて二回目。まだお腹が空いてるわけじゃないだろうけど、血を与えれば美味しく吸うだろう。ちょっとずつ自分の中で殺人へのハードルが下がってることを自覚しつつ嘆息した。まあこれが現実ってことか。いくら理性や倫理が正論を吐こうが、カルト・ゾルディックの本能は殺しに一切の忌避感を持ってないわけだし。

 

リングを蹴り上げて、真っ直ぐに男へと接近。そのまま一気に喉元に迫る、けれどその一撃は背後からのナイフのせいで一旦遮られた。完璧な援護射撃。結構センスあるじゃん、なんて思いながらひらりと袂を一閃させる。そして舞い散る紙吹雪。うん、実にイリュージョンって感じ。ヒソカのノリが移ってそうでなんかちょっと嫌だな。

 

「お兄さんの仲間がどこにいるかは知らないけどさ、遠くから目視してるならこんなふうに紙吹雪で邪魔されたらまともな援護はできないよね」

「……それくらいで優位に立ったつもりか?」

「まあこれで優位に立てるかは今からわかるよ。とりあえずやってみよっか」

 

リング全体を覆い尽くすほどの紙の群れ。その中で斧を避けながら背後に回る。ついでに今日は除念も試してみよう。刃にオーラを与えながら、男のオーラに意識を集中させる。強化系だ。故にオーラの全ては自身の体と武器のみに注ぎ込まれている。それを、吸い込む。

 

「う〜ん、あんまり効率は良くないかあ」

 

とろとろと吸い込んではいるけど爆発的な効果はない。まあ長期戦とかだったら話は変わってくるだろうけど、切り札にはならなそうかな。でもまあ便利っちゃ便利。ほら、だってこのまま戦闘をだらだら長引かせれば自然とこっちが有利になってくわけだしね。

 

と、また頬にナイフが掠る。くそ、ちょっと反応が遅れたせいで少しだけ傷がついた。それを見て男がにやりと笑った感じからするに、やっぱり毒が塗られてるんだろう。まあ僕にはあんまり関係のない話ではあるけど。

 

うん、でもこのままちくちくされるのはあんまり気分のいい話じゃない。早く終わらせよう、と、少しずつオーラが吸われて薄まってきた男の堅を貫くように刀を一閃させる。右手首を切った。これで斧をまともに握るのは難しいはず。

 

「ね、お兄さん、まだやる?」

「黙れ」

 

うーん、ごとんと派手な音で武器を取り落としたくせに戦意は十割ぐらいマシマシになった。今諦めて命乞いでもしてくれたら殺さずに済むんだけど。まあいっか。本人の希望だし。ある種本人から本人への暗殺依頼が出てるようなもんでしょ。なら僕はそれに100%のパフォーマンスでもって返さないといけない。

 

腕を切られるや否や、男はすぐに武器を置いて拳を握りしめた。そのまま僕に鋭いストレート。間一髪で避けるけど、当たったらまあ骨の数本じゃ済まない怪我をしそうだ。

 

判断も早い。武器を放棄して即座に僕に1発入れに行く判断力も、その拳の威力も、この目の前の男がただのその辺の雑魚じゃないってことを物語っている。じゃあ昨日のアレはなんだったんだ?って思ったけど、まあ仲良しグループの中でみんなの実力が均等に揃ってることなんてそうそうないよね。つまり僕は雑魚をうっかり狩っちゃって、その後ろに控えてたモンスターを叩き起しちゃったわけだ。兄さんにおけるキルアみたいな。うん、そう考えると実に厄介。

 

溜息を深々と吐きながら、間合いを取るべく後ろに跳躍。これだけ体格差のある相手と真正面から殴り合いになったら無理でしょ。リングの端と端でお互いに睨み合う。ついでに僕の周辺5mのみに密度を高めて球状に鋭く紙吹雪を飛ばす。この男の力量ならある程度僕がちゃんとオーラを込めた吹雪を躱すなんてことはできないだろうし、これでしばらく接近戦は挑めないでしょ。目眩しはもうやめよう。早く終わらせたいし。

 

「ねえあのさ、お兄さんを殺すことは『お兄さんからお兄さんへの殺人依頼が出た』って建前で正当化しようかなって思うんだけど」

 

僕が口を開くたびに男の殺意がマシマシになる、けれど気にせず続ける。

 

「最後に聞いてあげる。殺し方になにかご注文は?できる限り依頼主のオーダーには応えるよ。これでも一応プロだし」

「……黙ってろ、ガキが!!!」

「オーケー、特になしってことね。承りました」

 

オーラ、全開。限りなく円の濃度を濃く、そして威圧的に。たぶん能力者じゃなかったらこの空間にいるだけでぶっ倒れると思う。案の定男の表情からも少しだけ血の気が引いたけど、僕には関係のない話だ。

 

刀でも扇子でも、なんなら手刀でも首は落とせるけれど、どうせなら同じ死因にしてあげよう。なんかその方が慈悲深い感じがしない?

 

唐突に膨れ上がったオーラに、前々から少しずつオーラを吸われて弱まっていた堅、それから長引いた戦闘時間。様々な要素の合成で、男は勢いよく地面を蹴った僕にすぐさまには反応できない。呆然と立ち尽くすことしか出来ない。だから、次の一撃を避けることなんて出来るはずがない。

 

首筋に向けられた刀、咄嗟に首をガードした右手ごと叩き切った。最後の首の皮一枚まできっちりと。

 

「依頼達成。……まあ聞こえてないか」

 

最後の呟きは、観客の歓声で掻き消されたせいできっと僕以外の誰にも聞こえていなかったと思う。

 

 

視界が真っ赤に染まるってきっとこういうことだと思う。二人なら負けるわけないって思ってた。根拠のない思い込みなんかじゃない。実際にあの化け物みたいな子供だって一発は私の毒を喰らってた。毒が回るまで思ったより時間がかかったのは想定外だったけど、でもあと数分でも勝負が長引けば確実にこっち側に勝ち筋は流れるはずだって、私は。

 

首が落ちる瞬間を見てしまった。昨日と全く同じように、彼の全力の硬すらも突き破って首と右手がリングに転がり落ちる瞬間が見えた。きっと一生網膜にこびりついて消えることはない。歓声で湧く闘技場の隅で蹲る。吐きそうだ。だってこんなの、ありえない。私はこの先どうしたらいい。まだ二つだけ残っているナイフを命綱みたいに握り込んで闘技場の外へと駆け出た。

 

走る。走る。走る。逃げなきゃ。どこへ?どうして?頭の中を疑問符が飛び交うせいでまともに何も考えられない、けれど足を止めてはいけないことはわかっていた。だって止めたら追いつかれる。あの子供に、ううん、あの悪魔がきっと背後から迫って首を飛ばすのだ。二人にしたのとおなじように。

 

「ね、どこ行くの?」

 

だから、逃げないと。だって、私は。

 

「敵討ちしなくていいの? 一旦逃げてから体勢を整えるつもりとか? それとも単に諦めちゃった?」

 

逃げちゃダメなのに。でも、無理だあんなのは。

 

ぎしり、と音を立てるように足が止まった。身体の限界か、それとも後ろに迫った彼女が放ったオーラのせいかはわからない。まるで蜘蛛の巣に絡め取られたみたいに指先一つ動かなかった。

 

「いや、いいんだよ別に。僕だってお姉さんを殺す理由なんてひとっつもないし。お姉さんがもう僕に敵意を向ける気がないんだったら見過ごすし」

 

後ろから一歩ずつ彼女の気配が近寄ってくる。あと数メートル。けれどその距離が埋まることには何の意味もないのだ、きっと。だってもうとっくのとうに私は彼女の間合いの中なのだろうから。

 

逃げたい。死にたくない。でも私だけ逃げるなんて許されない。だって彼と約束したのだ。あの悪魔を私たちの手で殺すんだって、そうじゃなきゃ報われないからって。だから、私だけ生き延びるなんて間違ってる。

 

ナイフの刃を握り込んだせいで手のひらから薄く血が滴っている。どうする、どうしたらいい。違う、やらなきゃいけないことなんて分かり切ってるんだ。ただ私に、後ろを振り向く勇気がないだけ。

 

「だからね、これはただの意思確認。もちろんお姉さんが僕を殺しにかかってくるなら、僕も誠心誠意込めて反撃するよ。殺す気で。でもさ、そのつもりもないのに首飛ばしちゃうのは流石になあって感じじゃん?ほら、やっぱこの辺が一般人でいられるギリギリの倫理ラインだと思うんだよね〜?」

 

へらへらとふざけたみたいに。言葉は馬鹿みたいに軽いくせに、背後にあるのは確かに死の気配なのだから最悪だ。ぴくりとも動かせない身体を呪うように息を吐けば、少女は最後の一歩を踏み出した。肩に手が置かれる。小さな子供の手。けれど死神の手。

 

「3秒あげる。もし僕にリベンジしたいならその間にどうぞ。……でももし三秒間、あなたが一歩たりとも動かないなら僕は手を出さない。このままお部屋に戻ってあなたのことなんて忘れて寝るつもり」

 

さあん、と少女は歌うように呟いた。

 

動かなきゃ。だって、わたしは、でも。

 

にい、いち。少女の指先が私の首筋を優しくなぞる。

 

「ぜえろ。……おめでと、お姉さん。命拾いしたね」

 

ふわり、と唐突にさっきまでの死神は消え失せた。殺気は鳴り止んで、真後ろに立つのはただの無害な子供に変貌する。そのあまりの奇妙さに吐き気がして膝から崩れ落ちる。なんだ、これは。こんなのおかしい。こんなものに勝てるはずがない。だっておかしいじゃないか。

 

少女は本当に文字通り私への興味を失ったのか、来た時と同じ道を辿るように私から離れていく。一歩、二歩、三歩。少女のからん、からんと特徴的な靴音が響く。その音ごとに身体が縛られる。仲間を殺された恨み、何もできない自分への怒り、みすみす生き延びさせられた屈辱。ひとつひとつが丁寧に丁寧に身体の中を巡っていく。

 

ああ、こういうことなのだ。怨恨。怨念。ことさらに手の力が強まって、ざくりと肉が切れる音がした。

 

絶対に殺す。今は手が届かなくても、いつか。この手で私が。

 

 

 

 

 

というわけでお部屋に帰還〜!うん、やっぱりね、作る死体の数は少ない方がいいような気がしなくもないし。まあぶっちゃけこれだけ好き放題人間の首飛ばしといて今更何言ってんだって感じではあるけど、気分の問題なのだ。小さい子が蟻を潰しまくった後に気まぐれで部屋に入り込んだ虫を掬うようなやつ。でもまあ、たまにはそれぐらいの気まぐれを発動しておいた方がいい。

 

べちゃり、とベッドの上に転がる。同居人の奇人がサイドテーブルでトランプタワーを作ってるような気がしたけど、それで今の僕のベッドダイブのせいでそれが崩れたような気もしたけど気にしない。ごろごろごろ。やっぱり何もせずただマットレスの上を転がってる日々が一番幸せなのではないだろうか。

 

「カルト♢」

「今日のメニューは終わってるし事後処理もまあ、一応やった、ので寝る!」

「へえ、目の前で逃したくせに?」

「……覗くなよヘンタイ」

 

ぶう、とぶすむくれる。どうやらこのヘンタイ、あの一連の流れをどこかで観測していた模様。おっかしいなあ、どこからも視線も気配も感じなかったのに。怖。やっぱり最近油断しすぎてるかも。ちょっと気を張るかねえ、などと思いつつヒソカの視線から逃れるようにさらにベッドの隅に転がる。

 

「だってさー、戦意喪失してたし?別にいっかなって」

「嘘つき♧」

「ヒソカにそれ言われるとムカつくなあ」

「でも実際そうだろ♤キミがあの程度の殺意を見逃すような馬鹿だとは流石に思いたくないからね♡」

「うるさ……。までも確かに気付いてて見逃しはしたけどお」

 

そもそもあの女の人には徹頭徹尾僕への敵愾心がしっかり存在していた。ただ僕への恐怖と仲間を殺された混乱とで、それがうまく実際の行動として出力されてなかっただけで。3秒待ってあげる、なんて正直全部遊んでただけだし。動けないってわかった上で言った。それで見逃した。それでまあ、彼女を見逃した後にしっかり背中に突き刺さった濃いめの殺意にも気付いてる。

 

ぐでぐでぐで、ごろごろごろ。思うままに口を開く。

 

「なんかねー、50%って思ったの」

「何が?」

「あの人が本気で僕への恨みを増幅させてリベンジに来る確率と、諦めてどっかで野垂れ死ぬ確率。で、半分の確率ならまあいいかなって。昨日の男の人は、多分見逃しても100%また僕のところに来たよ。でも今日のお姉さんは違う。ゆらゆらぐらぐらだった」

「ふうん♢感覚論だね♤」

「そりゃあ。ねーでもこういうバランス感覚が大事だと思うんよ。多分兄さんだったら殺したと思うけど」

 

天井を見上げながら考える。うん、絶対そうだ。兄さんは合理主義者だから、50%の確率で再度自分を殺しに来るリベンジャーがいたらその場で殺るだろう。ていうか1%でもあの人はやる。最適解を選ぶのが兄さんだもんなあ。

 

「……に〜さんとおんなじルート選ぶのも乙だけどさ、適当なタイミングでバランス取らないとヒソカみたいな快楽殺人犯に転がっちゃうかもしれないでしょ?だから殺さなくていっかなって思った時は殺さない。ほら、その方が一般人っぽいじゃん」

「キミの中で一般人がどういう風に定義されてるのか気になるね♧」

「そりゃあ普通の人だよ。ヒソカみたいにクレイジーじゃないし、兄さんみたいにぶっ飛んでもない人。つまり僕」

「本気で言ってるのかい?」

「本気も本気」

 

寝返り3回転半。ぐっさり刺さるヒソカの冷たい目線は無視だ。まあでも、確かに僕だって今の言葉を本気で吐いたわけじゃないけど。

 

一般人はきっと人を殺せない。能力的な話じゃなく、心理的な話として。それはわかってる。だから自分が中央値からある程度ズレてることも把握してる。

だけどまだ、ギリギリのところに立ててるとは思うんだよね。ていうかこれ以上転がり落ちたらマズい。今はまだ客観的に自分の歪みを把握できてるけど、多分次の一線を踏み越えたらその客観的視点すら失いかねないんじゃないかなって思う。だから最近の僕はずっとその境界を踏み違えないように探っているのだ。多分、そのラインを超えたら二度と戻ってこれないんだろうし。

 

うー、と呻き声を枕越しに上げてみたりする。そろそろマズいかもな〜でもな〜もう少し踏み堪えたい。

 

「……快楽殺人犯に成り果てたヒソカは忘れちゃったかもしれないんだけどね、普通の人は人を殺してもテンションあがんないんだよ」

「ボクは別に殺すことに快楽を得ているわけじゃないけど♤」

「細かいのはいいの。とにかくね、それを忘れちゃダメってこと。殺しを楽しむようになったら多分もう二度と戻れない、からセーブしないと」

「でもキミは好きだろ?そういうの♡」

 

ヒソカの目が問い詰めるようににっこり笑った。バレてらあ。まあ言い逃れはできないけど。

 

ぐちゃぐちゃになった瞬間の真っ青な顔、絶望、痛みとか、苦痛とか、恐怖とか、そういうのの詰め合わせ。が、多分僕は好きなのだろう。もし自重しなくていいのなら指先の端っこの方から丁寧に切り落としてみたりとかね、そういうノリ。そういう嗜好が自分の中に確かに存在していることを理解している。ので、多分僕はことによっては兄さんよりもしっかり人格としてねじ曲がっている。だって別に兄さんはそういう意味で殺しをしてないもん。ただどこまでも合理的に、ゾルディックのために生きているだけ。

 

溜息一つ。そろそろ理性の手綱でどうにかできる範囲を超え始めているような気がする。時間の問題かなあ。

 

「多分ねえ、これ以上殺しにハマったら本当にマズいと思うの。何事も中毒って良くないじゃん。麻薬も酒も。だからどハマりする前に多少自分でセーブして、どうにか持ち堪えられないかなって」

「無理だと思うよ♧禁断症状が出る前に発散しておくのが身のためじゃない?」

「うー」

「そもそもどうして耐える必要があるのかボクにはわからないけどね♢楽しいなら楽しめばいいじゃないか♤」

 

ぺろり、とヒソカが舌なめずりをする。うーん、楽しんだ結果がこの変態ピエロだと思うとここまで落ちたくないなの気持ちが勝つんだよなあ。それにほら、やっぱりまだ快楽殺人犯になる前にやらなきゃいけないこともいっぱいあるし。ひとまずはそっちを片付けてからだよね。兄さんのこととか兄さんのこととか兄さんのこととか。

 

むう、先行き不安定。けどまあ、やるっきゃないのである。がんばれカルトちゃん!己の嗜虐趣味に打ち勝て!

 

……まあ多少は、ご褒美的に発散してけばいいよね。

 

 




連載再開は嬉しいけど、再開したらどうせまた蜘蛛がどんどん死んでくんだろうなーとか思って情緒がめちゃくちゃ。


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暗殺者に休みはないらしい

クルタ族虐殺に積極的に介入するので、無理な人は読むの非推奨です


天空闘技場は一試合ごとに90日間空白期間をくれる、って話は前にもした。で、僕は今回二連戦したわけなのでじゃあお休みも二倍、とはならないんですね。はあ、確かにこれはヒソカみたいにギリギリまで試合組まないようにして粘る方が圧倒的にお得だわ。

 

つまらん。天空闘技場のケチ野郎、などと言っててもしょうがないので仕方なく今日も今日とて修行に勤しむ。ヒソカとの組み手でボロボロにされるフェーズはひとまず終わったので、今はひたすらに系統別修行。今日は放出系なので楽しく紙飛行機を部屋中に飛ばしまくってる。

 

「うーん、この紙飛行機も普通に便利なんだよなあ」

「速度をある程度付ければ使えそうだけどね♢」

「確かに。ミサイル的な感じで飛ばして相手の身体に貫通ダメージみたいなね。いいじゃん」

 

なるほどお、とヒソカのそれなりに的を得た意見に感動しつつほんのちょっとオーラに指向性を与える。行け、簡易ミサイルたち!そのまま大腿部などを貫け!などと心の中で叫びつつ指先をヒソカの方へ。お、いいじゃん。結構いい速度は出たけどあえなく全弾余裕で躱される。むう。まあ当たってたところでどうせかすり傷くらいしか与えられないんだろうから別にいいですけどー。はー、今日も面白みのないピエロだ。

 

「……飽きた」

 

修行とは基本的に単調なものである。毎日毎日同じことの繰り返し。ヒソカって奇人ぶってる割に、そういうところは正統派なんだよな。まあだからちゃんと強いんだろうけど。何にしても、飽きた。ほんとに飽きた。ぶう、と頬を膨らませつつ床に激突してちょっと形の崩れた紙飛行機を拾い上げれば、ベッドの上に投げ出していた携帯が振動した。

くるり、と指先を紙飛行機に一閃させて部屋中を飛ばしまくりつつ携帯に片手を伸ばす。メールが2件。おお、珍しいこともあるものだ。だらだらと右手は携帯、左手は紙飛行機に向けつつ内容を確認する。ミルキと、それからもう一件はっと。

 

「おっ、マチさんじゃん」

「へえ♧ボクの食事の誘いには返信ひとつ寄越さないのに♡」

「男の嫉妬は醜いぞ〜。……ふうん、え、でもこれ蜘蛛の用事じゃないの?」

 

メールをざっと流し読みすれば、どうやらいつも通りの情報提供の依頼メールではなかったぽい。この前のジャポン旅行、その時に口だけだけどマチさんと約束したことを思い出す。今度仕事手伝って、とか100%の社交辞令だと思ってたけどどうやらマジだったらしい。

 

「クルタ族?ヒソカ聞いたことある?」

「さあ♢ボクはそういうの興味ないから♤」

「だよねえ。でもマチさんがわざわざ僕に依頼出してくるってことはそれなりに強いっていうか、面倒な人たちなのかなあ」

 

メール曰く、どうやら今度マチさん、というか蜘蛛の御一行さんはクルタ族とかいう民族を滅ぼしにいくらしい。理由はその眼球。僕は人体収集には興味ないので良く知らないけど、確かクルタ族の眼球は世界7大美色にも数えられてたはず。盗賊さんが狙う獲物としてはそれなりに納得できる。

で、僕に要請された事項は殲滅のお手伝い。その集落の具体的な場所とか攻め入るのに必要な一通りの情報を集めること。それからナビゲーションと、まあ興味あるなら当日も来れば?なんてメッセージが添えられている。ふむふむ、なるほどなるほど。

 

ちょっとだけ考え込む。そのせいで集中が乱れて窓ガラスに何個か飛行機が突っ込んだけど、まあ明日には闘技場の人が直してくれてるでしょ。そんなことよりあれだ、マチさんのご依頼だ。これを受けるか否かを考えなきゃいけない。

 

僕はゾルディックの生まれだし、友達はほぼ100%の確率で賞金首である。既に蜘蛛とは深めに関わっちゃってるから今更しょうがないって感じもあるけど、実際にそのお仕事のお手伝いをするっていうのはまたニュアンスが変わってくるのだ。だってほら、例えばこの一族を殲滅することで誰かからの恨みを買ったとしたら、その復讐対象にはきっちり僕が入る。復讐って行為のめんどくささはこの数日で思い知ったばっかり。余計な殺ししなきゃいけなくなるかもしれないしさあ。うーん、どうしよ。

 

「でもねえー、マチさんがお願いしてくるなら引き受ける一択なんだよねー」

「随分彼女に入れ込んでるんだね♡」

「そりゃヒソカとは違ってマチさんとはお友達だからね。一緒にご飯も行くし」

 

そう、僕とマチさんは仲良しなのです。それに蜘蛛との繋がりはまあ、確かに厄介ごとも引き摺ってくるけどそれなりに有用。ていうか口約束とはいえマチさんに仕事手伝うって言ったのはほんとだし、やるっきゃないかー。やるかー。民族ひとつ滅ぼすかー。あんまりこういう大量虐殺はゾルディックらしくはないけど。

 

ひとしきり悩みながら床を転がりつつ、メールの文面を作る。お引き受けしま〜す、なんて雑なコメントを送信して30秒後、また携帯がド派手に振動を始めた。今度はメールじゃなくて着信。うわ、と相手の名前を横目で見つつ、渋々応答する。

 

「……やっほー、元気?シャルさん」

『当然。で、カルト、仕事受けてくれるって?助かったよ。団長が早くしろって煩くてさ。俺一人じゃ面倒だし、ちょうどいいパシリ……アシスタントが欲しかったんだ』

「今パシリって言ったの聞こえてたからね。ていうかこれ僕ハメられた?」

『マチ伝いで依頼出せば君は断れないかなって』

「そりゃあシャルさんから話入ってたらとりあえずある程度の金は請求させて頂きましたけど!?」

 

ふふ、と携帯越しに勝ち誇った笑みが聞こえてくる。クソ、ムカつく。確かにマチさんからの話だったし雑な口約束もあったから無償でお手伝い約束しちゃったけど、ぶっちゃけかなり割に合わない。シャルさんからの話だったらひとまず5000万は請求してたのに……。やられた。これが歴戦の守銭奴の力。生まれてすぐのピヨピヨのひよっこでは叶わぬというわけです。はあ、と諦めの溜息を吐きつつ、指先をくるりと一閃させる。あ、また飛行機がガラス割った。

 

「……で、僕は何をパシらされるわけ?」

『その辺の話もしたいからとりあえずカルトのところ行っていい?ていうかもう来てるんだけど』

「は?」

『俺シャルナーク。今天空闘技場にいるの』

「嘘だよね?ていうか何で?性急すぎん?まだ依頼受けるよメールしてから数分しか経ってないじゃん」

『性急なのは俺じゃなくて団長。今回の団長マジでうるさくてさあ。盗みに入るのは一週間後。まだ集落の場所もわかってないのに』

「嘘じゃん」

『俺も嘘って言ってほしい。……あ、ついた。カルト鍵開けて』

「嘘じゃん」

『壊してもいいけど?』

「すみません今開けさせて頂きますのでそこでじっとしててくださいませ」

 

部屋の前に見知った能力者のオーラがひとつ分。マジで何かの狂言とかではないらしい。なんなんだよこれ。げっそりと肩を落としながらヒソカの方を無言で見やれば、にっこりといつもの中身のないスマイルを向けられた。んー、まあ別にヒソカとシャルさんも同業者なわけだし連れ込んでも問題ないでしょ。心底気乗りしないけど諦めてがちゃりと鍵を開けば、扉の向こうにはやっぱり見知った金髪サイコパスイケメンがいた。萎える。はー、何かの夢であってくれないかなー。

 

「どうも、お邪魔させてもらうよ」

「……なーんでヒソカといいシャルさんといいこの部屋って不法侵入者が多いんだろ。兄さん以外部屋に入れる気はないって言ってるのに〜」

「失礼だな♢部屋の主人の同意は取ったつもりだけど♤」

「脅迫だもん!脅迫によって得られた同意は無効だもん!」

「はいはい。で、仕事の話なんだけど」

 

するり、と柔道ばりの受け流しを発揮されて黙らされる。うう、かなりムカつく。相変わらずソファの上でトランプタワーを組むヒソカには目もくれず、シャルさんはテーブルの上に大量の資料を載せた。

 

「うわ、」

「とりあえず俺が大体目星つけたのが大体17ポイント。カルトにはそこを片っぱしから探って集落箇所を特定してもらう。それから規模とか人口とか必要そうな情報を収集する感じ。……村からの脱出経路も全部塞がないとだしなあ。集落の人間全員がいるタイミングで……」

「待って待って待って。待ってよ、本当にまだ場所すらつかめてないの?それであと一週間後に?なんで?」

「だんちょ〜がご執心なんだから仕方ないだろ。団長の命令は絶対」

「もしかして蜘蛛ってブラック企業?」

「そうだよ。しかも無給」

「うっわ」

 

かわいそー、などと適当に同情の視線を送りつつ、資料の一番上に乗っていた一枚を手に取ってみる。シャルさんの予想ポイントはほとんど全部が未開の森の中だ。随分しっかり隠れていらっしゃる民族のようで。これは骨が折れそう。でも引き受けるって言ったのは僕だし今更逃げ出せはしないのである。ていうか逃げ出そうとしたらアンテナが2秒後には刺さりそう。

 

萎え萎え〜とかブツブツ言いながらPCを開く。まあね、ちょうど戦闘しなくていいよ期間にも突入したわけだし暇っちゃ暇なのだ。込み入った仕事もないし。しゃあないやるか、とキーボードを叩けば、背中にべしりと見知ったオーラが張り付いた。バンジーガム、じゃん。

 

「待っ、なにヒソカ?構って欲しかった?ごめんって仕事終わったら遊んであげるから……」

「修行、途中で放り出す気かい♢ボクは終わりにしていいなんて一言も言ってないけど♡」

「え、ほらでもこれは例外事項的な、お仕事入っちゃったわけだし?!ね?今日ぐらいサボってもさあ」

「カルト♤」

「ひゃい」

 

一日のサボりは取り戻すのに3日かかる、ってのは父さんの口癖である。ヒソカもそこまでぎゃあぎゃあ言いはしないけど父さんと同意見ではあるらしい。イメージと違って異常なまでにストイックなヒソカ的には一日のおサボりも許されざる罪なのだろう。ていうかたぶんこのまま逃げたらヒソカ伝いに兄さんに報告が行ってマジで怒られる。この場合の怒られるっていうのはキツめの拷問で済めばいい方って感じ。ダラダラ冷や汗を流しつつぎこちなくシャルさんの方を向けば、にっこり極上の笑顔がこちらを向いていた。ちなみにシャルさんは笑顔の時の方がよっぽど容赦がない。

 

「あ、えっと、」

「依頼を受けたのはカルト。仕事はしてよね。そっちの都合とか俺には関係ないし?」

「鬼!悪魔!蜘蛛!」

「はいはい。口より手動かしてね」

 

前門のヒソカ、後門のシャルさん。修行をサボればヒソカ及び兄さんにボコられ、仕事をサボればシャルさんのアンテナがもれなく1名様にプレゼントされる。何この最悪の状況。ダブルブッキングさせた僕が悪いという話もあるけど、いや、どっちかっていうといきなり押しかけてきたシャルさんが100で悪いでしょ。あうー、あー、どうしようーと半泣きでとりあえず床に落ちていた紙飛行機ちゃんたちにもう一度オーラを込める。同時並行行けるか?いや、やるしかない。

 

資料を読んでキーボードを操作しつつ、紙飛行機側のオーラにも意識を集中させる。残念ながら僕には脳みそがひとつしかないのでパンクしそうである、が、これが僕の命を守れる唯一の策。これでどっすか、とちらっとヒソカを見やればどうやらご満足したようで背中に張り付いたオーラはやっと剥がされた。

 

「そのまま放出系は1時間。その次は強化系3時間♢」

「さんじ……!」

「それなら座ったままでもできなくはないだろ♤配慮してやったボクに何か言うことは?」

「ありがとうございます一生感謝します靴舐めます」

「よろしい♡」

 

鬼が2匹同じ部屋の中にいる。何この拷問。本来系統別修行は比較的楽な方に分類されるんだけど、今日は涼しい部屋にいるにも関わらず汗ダラダラである。なんで椅子に座ってパソコンに向き合ってるだけなのに散歩中の犬並みにハアハア言ってんの。とりあえずオーバーヒートしかけてる頭を無理やり動かしながらパソコンの画面に向き合う。まああれだ、ちょうど出来上がった新しいシステムの試運転にもなることだしやってみるか。

 

さっき来た2件のメール、片方はマチさん。でもう片方はミルキからだ。この前依頼してた盗聴器総まとめシステムがやっとこさ完成したとのご報告。さすが優秀なるミルキ。予想の3倍くらい早く納品されちゃった。

 

で、とりあえずその納品されたソフトを開いてみる、とチープな検索ウィンドウが画面上に表示された。ミルキ曰く、盗聴器からの情報を全部データベースに上手いことぶっこんで有機的に繋げて、検索してアクセスできるようにしたらしい。マジでそんなこと出来んの!?って思ったけどこれを見る限りできちゃってるみたいだね。はーすご。まあとりあえず試してみるか。

 

検索ウィンドウにまずは愚直にクルタ族って打ち込んでみる。エンターキーをぶっ叩きながら適当にオーラを込めればあら不思議、画面上にはずらずらと情報が並び始めた。どこぞのマフィアが緋の目を欲しがってるとか、どっかのハンターが新しい緋の目が欲しくてクルタ族を探してるとかいーっぱい。うん、確かにこれは便利だ。僕専用の電脳ネットができたようなもんだし。これはぼったくられても正解だったなあ。

 

「……うーん、やっぱクルタ族の住処を直で知ってる人はそう居ないか〜。死んだ目の流通の話なら結構みんなしてるんだけど」

「へえ」

「最近また裏の方で出回ったりしたりしなかったりしてるみたいだね。……まあ関係ないか。シャルさん達が欲しいのは新鮮な方のアレだもんね」

「市場に出回ってるのはもう随分前ので状態も良くないからね」

「ふうん、まあ僕は興味ないけど。……とりあえず片っ端から漁ってみるか。ちなみにハンターサイトからはもう一通り浚ったんだよね」

「当然。それを元に17箇所に絞った」

「なるほどー」

 

非常に便利で基本的にどんな情報も転がってるハンターサイトでも無理なものは無理らしい。しんど。はあ、と溜息を吐きつつキーボードの上で指を踊らせる。ぶっ倒れる前に終わらせられたらいいけど。

 

 

曰く、クルタ族はほんの百人前後にしか満たない少数民族。完全な自給自足社会を築いてるわけじゃないから定期的に外の世界へと買い出しとかに出掛けてるみたいで、故にその繋がりから所在地を辿るのはそんなに難しい仕事じゃなかった。

 

「……だいたい四、五週間前かな。ルーリエ、ってシャルさん知ってる?その街で珍しい民族衣装の子供がうろつき回ってるって噂が流れてた。なんか医者を探してるとかで、ちょっと荒っぽいことにも手出しちゃったみたいだから裏の社会のお兄さんたちがマークしてる」

「なるほどね。閉鎖的な少数民族ならまともな医者も内部にいないだろうし、怪我人が出れば外に出るしかなくなる。上手いこと伝染病とか流行ってくれてれば仕事が楽になるんだけど」

「もしそんな重大事態ならこんなちっさい子供一人に仕事任せないでしょ。……まあでもとりあえずこの子から辿ってみる」

 

裏社会の人間の情報ネットワークは偉大だ。街に新しくやってきた余所者の話、ちょっと調子付いてる商人のこと、エトセトラエトセトラ。それぞれの管轄の街のことはほぼ完璧に把握していると言っても過言ではない。ので僕は割と積極的にその辺の人間には仕込むようにしてる。裏社会とはいえども念能力者はそういないから盗聴器の存在に気づかれることはほぼないしね。

 

聞いた話を元手にサーチ。まず地理的条件から考えていこう。この少年が街に現れたタイミングからするに、クルタ族の集落はその街の近辺のどこかにあるはず。でも今までまともに発見されてないってことは相当森の奥深くってことか。なーんでそんなとこに隠れ潜んでるんだか、なんて思いつつ溜息を吐いた。

 

「……まあ居場所がうかつにバレちゃったらシャルさんたちみたいな人に虐殺されちゃうもんね。そういう過去があって隠れ住んでるのかなあ」

「さあね、どうでもいいかな。俺は目が欲しいだけだし。その民族の過去とか歴史とか伝統とか全部いらないし」

「はー筋金入りの盗賊じゃん。欲しいものだけ奪って、残りは全部ゴミ箱にぽい?」

「当然」

 

罪悪感も葛藤もひとつもないよって顔で、シャルさんの指先がキーボードを鳴らす。うん、実に蜘蛛。見事なまでの犯罪者集団。まあそういうノリじゃないとあんな盗みいくつもできないよなあ。

けれどしかし、僕もその思想に何か苦言を呈せるようなものを持ってない。っていうかぶっちゃけ同じ側だ。いらないものは黙らせて焼却処分。大切なものだけ大事に大事に囲い込んでおく。兄さんは大切なものに分類されるから兄さんを傷つける何かには本気で怒るくせに、その辺の人間はどうでもいいから平気で殺す。うーん、我ながら結構歪んでるなあ。でもまあ、仕方ないか。こういう価値観の矯正って多分もう無理だし。

 

かちかち、と無数の情報の山の上でマウスを動かせば、やっとお目当ての何かに行き当たる。具体的には森の奥深くに流れている河川の流域の情報。いくらクルタ族が隠れ住んでるとはいえ、水がなかったら死んじゃうでしょ。この川の流域のどこかにいるって考えるべき、だけどこれ以上のリサーチは難しい。

 

「あー、あとはもう現地行かないと無理かも」

「了解。なら行こうか。ヒソカ、カルト借りるよ」

「どうぞ♡」

「本人の同意なく人を貸し借りするなって!」

「ヒソカは今回の仕事は来る?」

「さあね♢気が向いたら♧」

「無視すんな!」

 

ぎゃあぎゃあ精一杯吠えても見事なスルースキルで流されるのムカつく。なんていうの、親戚の集まりで大人に構ってもらえなくて騒いでる子供みたいな気持ちになるからやめてほしい。多分実態としてはそんなに離れてないし。はー、最悪。ぶう、とむくれてヒソカを睨みつければ、いつも通り思いっきりデコピンされた。だからー、それ下手したら頭に穴開いちゃうんだって!

 

 

「痛い!」

「はいはい♢お土産はいらないからね♧」

「言われなくても買ってこないよ!ていうか森の奥深くのお土産とかなんもないし。眼球抜かれた生首とかだったらお持ち帰り可能ですけどいります〜!?」

「生憎死体を愛でる趣味はないからなあ♤」

「はいはい、そこまでにしてもらえる?俺早く行きたいんだよね」

「……前々から思ってたんだけどあれだよね、シャルさんってせっかちっていうか無駄が嫌いっていうか、忙しないっていうか」

 

もっと人生には余裕を持って生きるべしだと思うんですけどね〜。ごろごろだらだらこそが至高。忙しさは罪。そういう価値観で生きていこうよ。え、だめ?そっか……。

むう、なんか最近はすごい周りの人間に振り回されてる気がする。とりあえずいつも通り鞄の中に適当に荷物を詰め込んだ。荷物って言ったってとりあえず紙と扇子さえあれば基本的にどうにでもなるしね。基本は最低限、あとは現地調達。これが旅を楽にする鉄則である。

 

やっとジャポンから帰ってきたと思ったら二連続の戦闘で、しかもその次は少数民族滅ぼすぞの旅に連れてかれるとか、僕に休息はないのでしょうか。助けてくれ神様、まあそんなのいないだろうけどさ。

 



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