INFINITE・BUILD-無限創造- (たいお)
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第1章ー天才物理学者、入学ー
第1話 2人目=天才物理学者


 3年前。

 世界の人々はドイツで行われた1つの一大イベントに注目していた。

 

 そのイベントの名前は、モンド・グロッソ。

 日本に迫りくる2,000発以上のミサイルを漏らす事無く撃墜し、各国から送られてきた偵察機を難なく捌いて逃げ遂せたインフィニット・ストラトス、通称ISの初お目見えとなった一連の出来事は【白騎士事件】と名付けられた。そしてそのISは全世界で着目され、昨今まで開発が行われ続けてきた。

 そんなISを兵器としてではなく、スポーツの一環として取り上げているのがこの大会だ。格闘、射撃等の部に分けられた競技はISの機動力によってハイスピードで展開され、見る者の心を躍らせた。

 

 しかし第2回となる今大会の決勝戦において、衝撃の事態が発生する。

 決勝を控えていた全大会の優勝者、織斑 千冬の突然の試合放棄。2連覇を期待していた世界中のファンはそれを受けて茫然とするしかなかった。決勝戦が始まる筈だった時間のアリーナには、彼女と戦うはずだった対戦相手の佇む姿と観客席に座る人々、そんな彼女達の衝撃や悲しみを表現するかのように通り雨が降り注いでいた。

 

 そして、同日同国の郊外にて…………。

 

 

 

 

 

「俺は……誰だ?」

 

 1人の少年が、目を覚ました。

 

 

 

――――――――――

 

「お前は誰だッ!俺の中の俺ェェ~♪」

 

 とある研究ラボの一室。

 そこでは1人の科学者が歌声を室内に響かせながら開発作業に打ち込んでいた。彼女の周りには機材や資料が乱雑しており、かなりゴチャゴチャしたことになっている。

 

「影に隠れたッ!その姿見せ――あでっ!?」

 

 挙句には作業の手を止めてでも熱唱に生じようとした彼女の頭部に、鋭い一撃が炸裂する。発した痛みに耐えきれずに歌を中断し、頭を押さえて蹲ってしまう。

 殴られた彼女は涙目になりながら顔を上げて、自身に手を出した犯人を上目遣いでグヌヌと見つめる。

 

「いた~いぃ……いきなり叩くなんて酷いよ、せんちゃん!」

「あんなデカい声で歌ってるアンタが悪いから。というか何でその歌選んだし」

 

 せんちゃん、と呼ばれた少年は彼女の訴えを軽く流しながら自分の作業場に戻り始める。

 

 少年の名前は【赤星 戦兎】。

 とある事情で独り身の彼は、先程叩いた科学者の助手を務めているのだ。

 

「ぶーぶー、だってさっきすっごく良いアイデアが浮かんでテンションフォルテッシモ!になっちゃったんだよ!せんちゃんも束さんのグッドアイデア、聞きたいよね!聞きたいんだ!聞こう!」

「ゴリ押しな三段活用は止めんか!……というか、俺も丁度今こいつの浄化が完成したんだよね」

 

 そう言いながら戦兎はいつの間にか背中に引っ付いている――篠ノ之 束に手に持っている小さな道具を見せつける。

 それはボトルの形をしており、外装の中央に手裏剣のデザインと紫色のカラーリングが施されていることによる2種類の特徴がある。

 

「これは……なんじゃ?」

「忍者」

「あぁ知ってる!ブラックホールに消えた奴らでしょ?」

「そりゃなんじゃ……だが束さんよ、俺がこれだけで終わると思ったら大間違いだぜ」

「うぇい?」

「生憎、この忍者フルボトルとは関係無いんだが……」

 

 そう言って戦兎がどこからともなく取り出したのは、オレンジとグレーのカラーリングが施されたワンハンドタイプのガトリングウェポンであった。

 

「遂に完成!【ホークガトリンガー】!」

「おおー!」

「ここの【サードアイホーク】は最大100体の敵を同時にロックオンし、更に必殺技発動時には特殊な結界を展開して敵を隔離する!更に先端の【シックスガンマズル】は照準センサーを元に弾速や発射角度を自動で、自動で微修正してくれる優れもの!殲滅光弾【バレットイレイザー】は着弾部を爆発と同時に消し飛ばす!」

「おおぉー!」

「更に更に!中央のリボルマガジンは手動回転式のリロードユニットを搭載!瞬時に弾丸を生成、装填して最大装填時は100発もの弾丸を連射!」

「おおぉぉー!!」

「これがてんっさい物理学者なこの俺の新・発・明ぃ!」

「イェーイ!せんちゃんサイコー!チョーイイネ!」

『Foo!!』

 

 2人は意気揚揚とハイタッチを交わし、肩を組み合いながらその場でスキップをし始める。

 バカと天才は紙一重。つまり今の2人はバカの領域に踏み切っているのであった。

 

「ぃよし!早速試し撃ちタイムという事で、さっき束さんが散らかしたその辺のガラクタ共をロック・オン!」

「イケイケせんちゃーん!」

「狙い撃つぜぃ。赤星 戦兎、いっきまー――」

 

 ウィーン、と自動扉がスライドする音が。

 

「束様、戦兎様。頼まれていた備品の買い出しから戻って……」

「「あっ」」

 

 

 

――――――――――

 

「お2人とも、以前に私はお願いした筈ですよね?新しい武装等のテストはちゃんとラボを出てからやるようにと。でないとテスト後の片づけが大変なのですから」

「はい、すいませんでした」

「ごめんなさい」

 

 外出から帰ってきた少女――クロエ・クロニクルの前で土下座をする2人のてんっさい科学者達。自分よりも年下の女の子に頭を下げる事に何の躊躇いも無いと感じさせるほどの綺麗な姿勢を保っている。

 彼女を含めてこの場の3人がここのラボで暮らしているメンバーなのだが、反面教師が2人いながらも、寧ろいた所為なのか真っ当な考え方を保ったままクロエは成長してくれていたようだ。

 

「いえ。私も差し出がましい意見を言ってしまい、申し訳ありませんでした。それと戦兎様、こちらに今後必要になってくるであろう物を集めてきました。スペースはまだ空いていますので、後はご自分のお好きな物を入れていただくと宜しいかと」

「おぉ、サンキュ」

 

 戦兎はクロエからキャリーバッグを受け取ると、開けて中身の確認を始める。パッと見でも替えの下着や外出用の衣服、細かな日用品が収まっていた。

 

「ふんふふーん……」

「戦兎様の出発は明日でした、よね?」

「そだよー、せんちゃんの記念すべき学園生活in IS学園!せんちゃんを知らない場所に送り出すなんて……およよ、これが我が子を見送るママの心境なのね!グスン!」

「誰がママだ、誰が。というか行くように頼んだのはアンタじゃん」

「あ、そうだったそうだった」

 

 テヘ☆と星のエフェクトを発生させながら茶化してくる束。

 

 ISを扱えるのは女性のみ。必然的にIS学園の生徒、教師、事務員等はほぼ全員女性となっている。男子生徒や男性職員がいるという前例はこれまで存在していなかった。

 だがしかし、今年は違う。何とISを使える男子生徒が2名入学するのだ。

 

 1人は織斑 一夏。

 第1回モンド・グロッソの総合優勝者である織斑 千冬の弟。これといって目立った経歴は無いが、高校受験の折に藍越学園という学校で試験を受ける筈が試験会場を間違えてしまい、偶然そこにあった受験者用のISを男の身で起動させてしまった事により、IS学園への入学が決定されたのだ。

 色々とツッコミ所のある話だが、男がISを動かしたという事実に世界中は大混乱。急遽全国で男性の適性検査が行われるなど、バタバタしていた。

 

 そしてもう1人が、ここにいる赤星 戦兎だ。ただし、彼は全国で行われた適性検査には参加していない。

 彼は、記憶喪失なのだ。

 自分の過去の記憶をすべて失っており、最も古い記憶はどしゃ降りの雨が降ったドイツの郊外にて、束に拾われたことのみ。幸いにも言語や一般的な知識は身に着けており、彼女に拾われてからも日常生活に困ることは無かった。

 そんな身であるにも関わらずIS学園に入学する理由は3つ。

 

 織斑 一夏の護衛。

 国籍豊かな学校に行き、自身の過去の手掛かりになるものや切っ掛けを探す。

 とあるデータの採取。

 

「戦兎様がいなくなると、このラボも少し寂しくなってしまいますね」

「そうだね……でも、せんちゃんは私のわがままを聞いてくれたんだもんっ。ホントは十分な環境で研究もしたい筈なのに……」

 

 戦兎は大の発明好きである。

 記憶が無くなってはいるが、発明の技術に関しては保護されて間もない頃から束の開発風景を観察した影響で急激にその能力を高め、現在は彼女の右腕として十分に働けるレベルにまで到達している。てんっさいを自称している彼ではあるが、その発言に偽りは無い。彼もまた束と同じく天賦の才能を持っているのだ。時折発生する奇行はさて置き。

 そんな3度の飯より発明好きな彼だが、意外にも束の頼み事は何だかんだ言いながらちゃんと叶えてあげている。時折発生する奇行はアレだが、彼なりにちゃんと彼女に恩義を感じている証拠である。

 

「そんなせんちゃんが、大好きっ」

 

 彼の気持ちを知っているから、束も素直に嬉しかった。だからせめて、笑顔で見送ってあげて――。

 

「……大好きだから、離れるのはざびじぃぃぃぃ!!げんぢゃぁぁぁん!!」

「うおぅ何だ急に!?てか、げんちゃんて誰!?」

 

 天才2人が楽しそうにじゃれつく姿を、クロエは微笑ましく見守るのであった。

 

 

 

 

 

「ところで戦兎様、その大量のお菓子袋は?」

「え?俺の向こうでの非常食だけど」

「没収します。戦兎様の事だから3日以内に食べ切るでしょうし、短期間でそんなに食べたら身体に毒です」

「ちょお!?返してくれよ俺のザビーゼク……じゃなくてお菓子袋ぉ!」

 

 

 

――――――――――

 

 そしてIS学園入学式当日。

 

 1年1組の教室は、静寂に包まれていた。28名の女子生徒が集まれば姦しくお喋りが繰り出されると思われるはずが、そんな事は無かった。

 女子生徒たちが静かにしている理由。それはこのクラスに編入されている2人の男子生徒。

 

 1人は最前列の教壇前の席に座っており、女子の視線に気付いているからか身体がカチコチに固まっている。彼の後ろ側の席に座っている子たちは見えないだろうが、今の彼の顔色は病に当てられているかのように悪くなっている。

 

 そしてもう1人はというと……。

 

「(結局、忍者のベストマッチは見つからなかった……またライオンとロケットとロックがあぶれちゃったよ。『はーい2人組作ってくださーい』で何人組めてないんだよコレ。先生も困るよお前らさっさと組めやって)」

 

 ボトル型アイテムを10個机の上に並べながら、思考を巡らせていた。現在進行形で四方から女子の視線を受けているにも関わらず、平然としている。というよりも気付いていないと言った方が正しいか。

 ちなみに、彼の座っている椅子の背もたれにはベージュのトレンチコートが掛けられている。IS学園の制服はカスタマイズが可能なのだが、彼に関してはお気に入りのアウターを持参しているのだ。

 

「皆さん席に着いていますねー。それではSHRの方を始めますよ」

 

 そうこうしている内に、このクラスの副担任である女性――山田 真耶が教室に到着し、教壇の元に立つ。

 

 尚、赤星 戦兎は未だ思考の渦の中。

 

「(しかし、学園に入ってからはボトルもそう簡単に集まらなさそうだな……一応、ボトルの浄化作業はラボでもこっちでも出来るようにしてあるから、向こうで新しいボトルが出来上がったら届けてくれる寸法だけど……向こうに頼ってばかりなのもあれだな。……いや待てよ、IS学園は人が多い。ならそっち方面でボトルの成分を採取できる可能性も……)」

「――かほし―――くん、赤星くん!」

「ん?」

 

 真耶の懸命な呼び掛けで漸く思考を止めた戦兎。彼が顔を上げてみると、不安そうに此方を見つめてくる童顔教師がいた。

 

「えっとですね、相川さんの自己紹介が終わったので次は赤星くんの番なんだけど……」

「あぁ成程、分かりました」

 

 言われて理解した戦兎はスッと立ち上がった。壁際で真ん中の席なのでどこに身体を向けるか迷う所だが、その辺りを気にしない彼は前を向いたまま自己紹介を開始する。

 

「名前は赤星 戦兎。趣味は発明で好物は甘いもの。もし実験に使えそうな面白いネタがあったら、遠慮なく俺に教えて欲しい。以後、お見知り置きを」

 

 取り敢えずパッと思い浮かんだ自分の特徴を上げてみた戦兎だったが、内容は無難な所に落とし込んでおり、女子たち+ティーチャーも満足げに彼の自己紹介を聞き入っていた。

 

「趣味が発明って事は、かなり秀才タイプ?」

「顔も良いし人当たりも良さそうだし、かなりの優良物件かも!」

「イケメンでインテリなのね!嫌いじゃないわ!」

 

 脇でクネクネしている者は放置。

 

 ワイワイ騒いでいる女子たちと、それを静めようと頑張る真耶を余所に戦兎は着席。思考がいつも通りになったところで、彼は改めてもう1人の男性IS操縦者である一夏を後ろから観察する。

 

 彼は戦兎以上にどっぷりと思考の海に浸かっているようで、戦兎の自己紹介でクラスが賑わっていても尚動く気配が無い。多分、今頃はISに触るまでの回想に入っているのだろう。メメタァ。

 その後、彼は自分の番になって真耶に声を掛けられ続けても中々気付かず、漸く気付いた後の自己紹介は名前だけ言うという超簡素なもので周囲をズッコケさせるという奇妙なスタートダッシュを始めた。

 

 そんな彼が実の姉にして1組の副担任である織斑 千冬の来訪と共に、彼女によって出席簿で沈められるという流れを見ていた戦兎が抱いた感想はというと……。

 

「(変わった奴だなぁ)」

 

 お前が言うな。

 

 

 

―――続く―――

 




【有機物】ラビット ゴリラ タカ ニンジャ ライオン
【無機物】タンク ダイヤモンド ガトリング ロケット ロック

【変身可能なベストマッチフォーム】
ラビットタンク ゴリラモンド ホークガトリング


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第2話 初日=イベント多数

 IS学園初日、最初の授業が終了した。

 

 クラスの女子たちが友達と雑談する為にパラパラと席を立ち始めていく中、戦兎はふぅと一息ついていた。

 

「(ま、初日はこんなもんか。基礎中の基礎、おさらい感覚ってね)」

 

 授業の内容は、IS基礎理論。遅くてもジュニアスクールからISの勉強を始める女性にとっての入門編であり、男子である戦兎もそれは例外では無い。

 しかし戦兎は束と生活をしていた頃からISの知識は一通り詰め込んでおり、前日にも念のために復習をしていたので理解に詰まる心配はまるで無かった。寧ろ今まで見落としていた事柄を見つけてはその吸収にのめり込み、睡眠時間を削ったほどである。

 

「(さて、まずやらなきゃならない事は……)」

 

 授業を受けている時から決めていた事を実行すべく、戦兎は席を立とうとする。

 

 が、そんな戦兎に近づいて声を掛けてくる人物が1人いた。女子生徒達は全員離れた場所から物珍しそうに見てくるだけで、声を掛けようかどうかと牽制しあっている始末。

 

 戦兎に声を掛けて来たのは、戦兎と同じ男子生徒である一夏であった。

 

「おっす。ちょっといいか?」

「ん、どうかしたか?」

「いや、俺達学園で希少な男子生徒だろ?今後も色々と一緒になる機会も多いだろうから、仲良くしようぜ、と思ってさ」

「成程……それで挨拶に来たと。さっき自己紹介したが俺は赤星 戦兎だ、よろしくな」

「(赤星 戦兎……よし覚えた。さっきの皆の自己紹介、全然聞こえなかったからな……聞き直すなんてしたら失礼に思われるだろうし)」

 

 内心でそんな風に安心する一夏。

 尚、安堵の表情が漏れていてそれを戦兎に不思議に思われている事に彼は気付いていない。

 

「おう、宜しく。俺は織斑 い――」

「あぁ知ってるから態々言わなくても別に大丈夫だぞ。後、俺ちょっと外に出てくるから織斑はごゆっくり」

「――ちか?えっ?ちょ――」

「グッバーイ」

 

 一夏が困惑する中、戦兎は席を立ってスタスタと教室のドアの方へと向かっていき、そのまま教室を出ていった。

 彼が教室から出てくると同時に、教室の外で男子生徒2人を見物していた女子生徒達のどよめきが大きくなる。他クラス、2年生、3年生と入り混じっており、誰もが教室の女子生徒達と同様に話し掛ける機を窺っている様子である。

 

 周りのどよめきに気付いて『ん?』と訝しむ戦兎だったが、結局よく分からなかったのでそのまま廊下を歩き始める。

 

 背後に女子生徒達による大行進が出来上がっている事に気付かず。沢芽市へ合戦に向かいそう。

 

「(地図で見れば場所は一目瞭然だけど……やっぱり実際に配備してる機材も気になるしなー。やっぱ最先端の学園なら設備も期待できるよなぁ!)」

 

 戦兎が現在探し求めているのは、研究が出来そうな部屋。これが無ければ戦兎は学校という環境で研究をする事が出来ないからである。

 学校に行った記憶が無い彼だが、知識として学校には理科室やら実験室やらが設備されている事を知っているので、この学園も例外では無いと踏んだのでこうして探索しているのである。

 

 しかし3分程度近場を歩き回った結果、それらしい部屋はISの整備室しか見つからなかった。ISを学ぶ為の学校なのだから整備室があるのは当然なのだが、そこでは戦兎のイメージする研究が出来る環境ではない。

 

「あっ、すいませーん。ちょっといいです?」

「は、はひ!?」

 

 このまま自力で歩き続けても埒が明かなさそうだと見切りを付けた戦兎は、大人しく近くにいた女子、というか背後から追い続けていた女子たちの先頭に立っていた子に声を掛けた。

 

 まさか急に声を掛けられると思っていなかった2年の女子生徒は、心の準備もままならず魔の抜けた返事を返してしまい、緊張と羞恥で顔を赤らめ始めた。

 

「この学園で整備室以外の部屋で研究が出来そうな部屋とかって知りません?ほら、実験室とかそういうの」

「け、研究?えっと、向かいの特別棟になら化学室っていう部屋があるんだけど、その、化学の授業とかでよくその部屋に移動して授業するのっ」

「こっちの棟じゃなかったか……成程、大体わかった。情報ありがとうございまーす」

「い、いえ、こちらこそ!?」

 

 戦兎は有益な情報を得られた事で満足し、そろそろ戻らないと次の授業に間に合わないという事で教室に戻る事に。

 尚、彼の背後では声を掛けられた女子生徒が囲まれて質問攻めを受けているのだが彼は全く気付いていない。

 

 そして教室に戻った戦兎であったが、彼よりも遅れて教室に入って来た一夏が担任――織斑 千冬に出席簿で頭を叩かれていた。

 

 

 

――――――――――

 

「次の授業に入る前に、来月に行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めておくぞ」

 

 2限目の授業と休み時間が過ぎ、3限目の授業を千冬が担当しようとしたところで、彼女がそのような発言をした。

 

 クラス対抗戦とは各クラスの実力推移を測る為のプチイベントのようなもので、競争による向上心を刺激させるという目的も含まれている。その対抗戦に出場する代表者というのがクラスでの代表者、つまりクラス長であり、それ以外にも生徒会の会議に出席したり委員会に顔を出したりと一般生徒より忙しい立場にある。

 

 それを聞いて色めき立つクラス内であったが、戦兎の表情は芳しくなかった。

 

「(マジかよ、研究の時間を無駄に削られるとかイジメか何かで?絶対やりたくねぇ……)」

 

 そういう理由であった。別に仕事の内容が面倒だからだとかそういうのではないのがこの男の在り方である。

 

「はい!織斑くんがいいと思います!」

「私もそう思います!」

「わてくしも!」

「お、俺ぇ!?」

 

 一夏が次々に推薦されるのを聞いた瞬間、戦兎は勝利を確信した。

 このまま彼が推薦されれば、自分はクラス代表をやらなくて済む。クラス代表をやらなくて済めば、自分の研究に費やす時間が確保される。

 

 勝利の法則は、決まった!

 

「私は赤星君を推薦します!」

「あ~、わたしも~」

「うそーん!?」

 

 知ってた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!俺はそんなのやらな――」

「席に着け織斑。それに自薦他薦は問わんと言った筈だ。他薦を一々拒否されていては埒が明かんだろう。推薦された以上は腹を決めろ」

「そ、そんなぁ……」

 

 そして千冬は戦兎の方にも視線を向ける。

 

「赤星、お前も何か抗議があるか?」

「クラス代表になっても、会議の出席をそっちのけて研究を優先する事は出来ますか?」

「出来る訳ないだろう馬鹿が」

 

 

 ハイパー無慈悲な千冬の回答で机に突っ伏す戦兎。

 しかし、まだ希望は残されている。推薦が2人上がったという事は、この調子でいけば多数決が採用されるのが最も妥当な線だ。片や世界最強の弟、片や出自不明のてんっさい物理学者。クラス代表という一種の広告塔にするならば、やはり前者の方が華になるであろう。

 つまり、これでクラス代表にならなくて済む!

 

 先程から脳内で姑息な勝利の法則を見つけ出している戦兎であったが、その場に新たな旋風が巻き起こる。

 イギリスの代表候補生、セシリア・オルコットによって。

 

「待ってください!納得がいきませんわ!」

 

 バン!と机を強く叩きながら起立したセシリアは不満げに主張し始めた。

 

 やれ男がクラス代表を務めるなど恥を晒しているようなものだ、やれ実力的にも自分が代表になった方が相応しい筈だ、やれ極東のオス猿に先頭に立たせてサーカスをするつもりなど毛頭無い等々。

 彼女の弁はマシンガンのように飛び入り、クラス内の雰囲気が怪しくなっている事に気付かず加速していく。振り切るぜ。

 

 そしてついに、一夏の堪忍袋の緒が切れた。

 

「イギリスだって大したお国自慢が無いメシマズ島国だろ、あんまり日本バカにすんなよ」

「なぁっ……!?」

 

 互いの国が侮辱された事により2人の熱はますますヒートアップ。周囲との温度差を鑑みると、まるで2人の空間だけ切り離したかのようである。

 

 そして、やがてセシリアは意を決して啖呵を切った。

 

「決闘ですわ!」

「おう、いいぜ。四の五の言うよりも分かりやすい」

「もしわざと負けるような真似をすればわたくしの小間使い……奴隷にしますわよ」

「真剣勝負に手を抜くようなことしねぇよ」

 

 尚、剣術スキルに全振りした彼の射撃スキルはお察し。

 

「そこのあなた、赤星さんもですわよ!あなたも選ばれたからには確りと決闘に参加していただくつもりですので、そのつもりで!」

「ん、あぁ俺も?いいんですか織斑先生」

「ふむ、まぁ推薦されている以上お前だけ除け者にするのはフェアではないしな。それに政府にはお前からデータを取るように指示が出されていたから、丁度いい」

「ふーん……まぁ俺も俺でデータ取りたかったから問題無いですけど」

 

 いやにあっさりしている戦兎にクラスメイト達……特に一夏は困惑していた。

 彼は一夏とセシリアの言い争いに全く関わっていなかった、巻き添えに遭った立場である。しかしその割には反応が薄く、試合を行う事にも寛容に受け入れている。

 

 そして、彼が口にした『データ』とは一体何の事なのか。

 その後は千冬が決闘の日取りなどを決め始めていったので、その答えは後回しとなるのであった。

 

 

 

――――――――――

 

「なぁ、ほんとに良かったのか?」

「何が?」

 

 授業終了後、一夏は早速戦兎の席に近づいて彼と話をし始めた。先程のようにサッサと教室から出ないように、やや急ぎ目で。

 

「いや、俺とあのオルコットさん?の問題だったのに、巻き込んじゃったからさ……」

「あぁそれか。別に俺も都合が良かったし、愉快なコントも見れたから何も問題無しっ」

「コントじゃないから……それで、何で都合がいいんだ?」

「あぁ、それはな……こいつだよ」

 

 そう言って戦兎は椅子に掛けてあるコートの中から2本の小さなボトルを取り出した。色は赤色と青色で、それぞれに兎と戦車のデザインが施されている。

 

 一夏だけでなく、離れで彼らの様子を見ていた女子生徒たちもそのボトルに注目する。この場にいる全員が見た事の無い物だからである。

 

「……それは?」

「よく聞いてくれた。こいつはな、【フルボトル】っていうんだ」

「フル……ボトル?」

 

 見覚えも無ければ、聞き覚えも無い。

 一夏も周りの少女たちも首を傾げながら2つのフルボトルをじっと見つめる。

 

「説明しよう、フルボトルというのは人間や専用の機械に対してあらゆる力を付与させる能力を持ったアイテムだ。元々こいつは宇宙から飛来してきて大気圏突破の影響で破損状態にあったんだが俺の発明したエンプティボトル、まぁ所謂何の力も無い空のボトルに移し替えて成分の分析、分解、再構築、浄化を経て完全完璧に復元させたのがこの状態だ。ちなみに浄化などを行う為の装置も俺が開発してみせたんだよね、流石てんっさいな俺!」

「いや、もう少しゆっくり話し――」

「さぁらぁに!このフルボトルは上下に振ることによって中の物質を刺激して成分を増幅、活性化させることで十分な力を発揮する事が出来る。例えばこのラビットフルボトルは高速移動能力を一時的に持ち主に付与させるし、こっちのタンクフルボトルは持ち主の腕力や耐久力を砲弾や装甲に見立てるようにパワーアップさせる事が出来る。他にも飛行能力に衝撃波に分身に特殊施錠にと様々な力を秘めたボトルがある、流石フルボトル!愛してる!」

「あの、だから――」

「さぁらぁに更に!このフルボトルを俺の持っている【ビルドドライバー】に2本挿しこ――」

 

 熱弁中の戦兎であったが、その時携帯電話の着信音が鳴り響く。コノーママー アルキツヅケーテルー。

 

 誰の携帯かと教室内の全員がそれぞれの顔を見合わせるが、その中で携帯を取り出したのは、意外にも熱弁している最中の戦兎だった。普通なら携帯の着信音にも負けずに自身の知識お披露目を続行するタイプの彼が、素直にも口を止めて着信に出たのだ。

 

 何せ、戦兎にとって聞き逃してはならない事だから。

 

「もしもし、マスター?」

『おう戦兎、IS学園に入学したって束の嬢ちゃんから聞いたんだけど、マジ?』

「マジマジ。まぁ明日頃にはニュースで出ると思うから、見とくといいかも。それよりも……」

『あぁ、【スマッシュ】の出現だ。位置データはそっちに送ってあるから、見といてくれ』

「了解っと」

 

 そこで戦兎は自身のスマートフォン――【ビルドフォン】の通話を終了させると、コートを取って教室から走り去ろうとする。

 

「あ、おいどこ行くんだよ!?もうすぐ授業始まるぞ!?」

「ちょっと実験しに行ってくる!」

「じっけ、はぁ!?」

 

 一夏の呼び止める声を振り切って、戦兎は教室から飛び出した。

 教室から出た後、千冬と真耶にバッタリと出くわす。千冬は表情を変えなかったが、真耶の方は戦兎の姿を見てギョッとしている。

 

「あ、赤星くん!?授業が始まるのにどこに行くつもりなんですか!?」

「あーっと山田先生は知らないのか……織斑先生、ちょっと行ってきます」

「……スマッシュか?」

「はい」

「分かった。それまでは公欠にしておくが、早めに戻ってこい」

「了解!」

 

 短いやり取りを済ませ、戦兎は千冬の横を通り過ぎて行った。

 

 事情が呑み込めていない真耶は目を丸くさせながら、走り行く戦兎の後姿と隣にいる千冬の姿を交互に見比べる。

 

「あの、織斑先生。さっき言ったスマッシュって最近騒動になっている、あの……?」

「あぁ。少しバタバタして伝えるのが遅くなってしまったが、山田君にも後で教えよう。兎に角今は教室に向かわないと」

「は、はい」

 

 いつも通りに歩き始める千冬に、慌ててついて行く真耶。ふと彼女は戦兎が走っていった道を振り返る。

 しかし、彼の姿は既に見えなくなっていた。

 

 

 

――――――――――

 

 とある市街の一角。

 

 そこでは異形の姿をした謎の生物、スマッシュが街を蹂躙していた。

 上半身の青色装甲には数本の触手のようなものがぶら下がっており、クラゲを思わせる様な形状。下半身は通常の人間のそれだが、明らかに人間離れしたその姿は怪人と呼ぶに相応しい。

 

 スマッシュ――アイススマッシュは腕のノズルから氷の矢を生成すると、それを大量に射出して近くのビルのガラスを粉々に砕いていく。

 攻撃されたビルからは内部で悲鳴が上がっており、路上で逃げ遅れていた人たちもガラス片の雨に巻き込まれないよう、身体を守りながら懸命に逃げ続けていく。街は完全に混乱状態だった。

 

 警察の到着もまだの状態。人々は必死に願った。自分たちを助けてくれる者が現れることを。

 

 そして、その瞬間は訪れた。

 

「おーおー、派手に暴れてるじゃん」

 

 やや呑気な声を上げながらバイクで駆けつけたその男――赤星 戦兎はヘルメット越しから興味深そうにスマッシュの観察を行う。

 

『ッーー!!』

 

 アイススマッシュは獰猛な雄叫びを放ちながら、戦兎に向けて氷の矢の弾幕を張って射出。

 

 先制攻撃かよ、とぼやきながら戦兎は前方の歯車型のパーツから回転光刃を展開し、マシンの旋回と併用して自身に迫りくる氷の矢を捌いてみせた。

 ちなみに撃ち漏らした氷の矢は戦兎の背後にあった放置された車に命中し、爆発を引き起こした。

 

「おうっ?まぁいいか」

 

 背後の爆発に一瞬気を取られるも、すぐに興味を削いだ戦兎は戦闘態勢に入る。懐からレバー付きのバックルを取り出すと、それを自身の腹部に当てる。すると自動でベルトが展開して彼の腰に巻かれ、【ビルドドライバー】となった。

 先程、一夏に見せていたラビットとタンクのフルボトルを取り出すと、ニヤリと笑みを受けながら彼は口を開いた。

 

「さぁ、実験を始めようか」

 

 戦兎がフルボトルを上下に振り始めると、様々な数式が具現化して追い風の様に彼の前方向けて流れていく。群れを成した数式の数々はスマッシュの方まで辿り着き、スマッシュも攻撃性の感じられない数式を不思議そうに見送っている。

 

 そして戦兎はフルボトルのキャップ部を開き、ドライバーの2つの差込口に2本のボトルをそれぞれ挿し込んだ。

 

≪ラビット!≫≪タンク!≫

≪ベストマッチ!≫

 

 ドライバー音声に続き、戦兎はドライバー右側のレバーをグルグルと回し始める。フルボトルから送り込まれてきた成分がドライバー内部全体に行き渡り、中では製造工場の機械のような稼動が行われている。

 

≪Are you ready?≫

 

 『用意』はいいか?

 

 レバーを回していた戦兎の周りに、細長いパイプ管が形成されていく。色の付いていないそれらはやがてフルボトルの色と同じ、赤色と青色がそれぞれドライバー直近のパイプを通じて流れ込んでいく。

 

 その中で戦兎は、力強く唱えた。

 

「変身!」

 

 戦兎の前方と後方には2種類の異なる装甲が形成され、互いが戦兎を挟む形で迫り、結合する。

 噴出される白い蒸気の中から、ついに戦士の姿が現れる。

 

 赤と青が交差された装甲で、赤い装甲の脚部には白いバネのデザインがあるなど色毎に細かな相違点もある。

 マスクのアイ部分は赤色が兎の頭部と耳、青色が戦車の車体と砲身がそれぞれデザイ二ングされており、胸部装甲にも耳と砲身が重なるような施しが加えられている。

 

≪鋼のムーンサルト!ラビットタンク!イエェーイ!≫

 

 【ビルド】、【ラビットタンクフォーム】。

 

 戦兎が今まさに変身したビルドこそが、彼のもう1つの顔。2年前に突如出現した謎の未確認生命体、スマッシュに立ち向かう謎の戦士。

 

 今、ビルドとスマッシュの激闘が始まろうとしていた。

 

 

 

―――続く―――

 




【目標】色んなフルボトルを活躍させていきたいです。


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第3話 鋼のムーンサルト=ラビットタンク

「さぁ、実験開始……ってその決め台詞さっき言ったな」

 

 呑気にそんな事を呟く戦兎――ビルドへ再び氷の矢が複数襲い掛かる。変身の間は待ってくれていたアイススマッシュだったが、変身が完了した後はお構い無しのようだ。

 ビルドは氷の矢を見切ると横に跳び込み、それらを躱してみせる。そのまま自身の武装【ドリルクラッシャー】を粒子召喚すると右手に携え、装備を完了させる。

 

 剣身がドリルの形をしたそれは、追撃でやってきた氷の矢を高速回転で弾き飛ばして装備車であるビルドの身を守っていく。そのままビルドはスマッシュに肉薄し、間合いに入るとドリルクラッシャーを振るった。

 

「そぉい!」

『っ!?』

 

 ドリルの回転が敵の装甲を削り取り、スマッシュに確かなダメージを与える。続けて振るわれていくことによって装甲は薄まり、相手に与えるダメージも上昇していく。

 締めにビルドは刺突攻撃を放ち、敵の薄い装甲を穿った。強い衝撃を受けたスマッシュは近くの瓦礫に吹き飛び、砂煙を起こす。

 

「おーい、これ位でダウンしてもらっちゃ困るんだけどー?」

 

 バトンのようにクルクルとドリルスマッシャーを回し、それを肩に乗せるビルド。スマッシュが埋まっている瓦礫に声を掛けるも、もくもくと上がる土煙しか見えない。

 

 しかしそれが晴れた時、再びアイススマッシュの姿が現れる。しかも先ほどとは異なり、腕部には氷でできたブレードとシールドがそれぞれ形成されている。

 アイススマッシュの特性は氷の能力。先程まで使ってきた氷の矢もその能力の一部で、相手は氷を自由自在の形に形成することによって武器などを作ることが出来るのだ。

 

 氷の剣と盾を見たビルドは、興味深そうに身を乗り出しながらリアクションを取る。

 

「おおっ、何かカッコいいじゃん!剣対剣、っていうのも面白そうなんだけど……」

 

 ビルドはドリルクラッシャーの刀身を持ち手から分離させると、ドリルの剣先と持ち手の先を合体させ、ブレードモードからガンモードへ移行させた。

 ドリルクラッシャーには2種類のモードが存在し、接近戦で戦うブレードモードと遠距離で戦うガンモードを使い分けることが出来るのだ。

 

「今度は俺が撃つ番ってことで!」

 

 そう言うとビルドは銃口を敵の姿に捉え、加速光弾【スピニングビュレット】を連発する。

 

『ッ!』

 

 アイススマッシュはシールドを前方に構えながら、悠然と突進を仕掛けてきた。貫通力に優れたビルドの弾丸はシールドに命中していくが、氷の硬度が想像以上に堅く貫通には至らない。

 

「わぁお。割と頑丈なのね……おっと!」

 

 気付けば敵は近くまで来ており、迫りくる氷の刃をビルドはひらりと躱す。その後も連続で斬撃が繰り出されるが、彼は銃撃を止めて回避に専念することによってそれらを次々と躱してみせる。

 氷の刃の切れ味はどれ程のものかは喰らってみなければ分からないが、それを振るう相手は理性に欠いて暴れるだけの怪人。十分な力を発揮しないとなれば、酷く怖れるものでもない。

 

「ではそろそろフォームチェンジといきますか、ね!」

『ッ!?』

 

 タンクボディのレッグで強力な蹴りを放ったビルドは、スマッシュを軽々と吹き飛ばして近くの車に激突させる。

 その隙を見計らった彼は、別のフルボトルを取り出した。ガトリングの銃口がデザインされたガンメタルカラーのフルボトル【ガトリングフルボトル】、獅子の頭部がデザインされた黄色のフルボトル【ライオンフルボトル】。

 

≪ライオン!≫≪ガトリング!≫

 

 ラビットとタンクのフルボトルを取り外し、振り終えた新しいフルボトルを挿し込んだビルドは変身時と同様にレバーを回す。

 

≪Are you ready?≫

「ビルドアップ!」

 

 ラビットタンクの時と異なって黄色と鋼色の成分がパイプを通り、前と後ろにハーフボディを形成する。そして2つの装甲がビルドを覆うように1つになる時、ビルドの姿が変化した。

 

 腕部にはライオンのたてがみ、肩部には尻尾型の装甲が施されており、ライオンの頭部を模したアイデザインが特徴の黄色いボディ。

 胸部に薬莢ベルトのデザインが加えられているガンメタルカラーのボディ、アイデザインはフルボトルと同様でガトリングの6門銃口。

 

 【トライアルフォーム・ライオンガトリング】

 ラビットタンクの時に起きたベストマッチが無い、亜種的存在はトライアルフォームと分類され、この姿もその1つである。

 

 ビルドは左手にドリルクラッシャーのガンモード、右手に新しく召喚したホークガトリンガーをそれぞれ携え、彼はそれらの銃口を吹き飛ばしたアイススマッシュに定めた。

 

「じゃあ次の第二関門、いってみよー!」

『っ!』

 

 2丁銃による銃弾の嵐が、スマッシュ目掛けて一斉に襲い掛かった。貫通型のスピニングビュレットと爆発型のバレットイレイザーが群となった弾幕は数の暴力で氷の盾を削っていき、やがて爆発で吹き飛ばすとスマッシュ本体に弾丸を叩き込み続けた。

 

「頑張れ頑張れ絶対にやれるって気持ちの問題だそこで諦めんなって!」

 

 銃を撃ちながら敵を応援する、悪魔の科学者がそこにいた。

 

 そんなビルドの応援は届いていないだろうが、寧ろ届いていてほしくない所だが攻撃の合間にアイススマッシュは弾丸の雨に対抗して巨大な氷塊を出現させると、それをビルドに向けて放り込んだ。氷塊を盾にすることによって、ビルドの攻撃はスマッシュに通らず完全に遮られてしまっている。

 弾丸をやり過ごしたスマッシュは、攻勢に転じるべく氷塊の上を飛び越えてビルドに奇襲を試みる。

 

 だが、氷塊を飛び越えた先にいたのは2丁の銃を捨てて格闘の構えを取りながら待機していたビルドであった。

 このフォーム、何気に性質が悪く……。

 

「ガトリングの性質は銃撃と……爆発!」

『ッーー!?』

 

 ガトリングのボディは重厚な装甲から重い一撃を放てるだけでなく、手足の先を特殊火薬で覆うことによって爆発を伴ったパンチやキックを放つことが出来る。

 

「斬撃、打撃、ムチ攻撃、衝撃波……攻撃バリエーション豊富なライオンちゃん!素敵!」

『ッ、ッ、ッッ!?』

 

 隠し爪で鋭く引き裂き、肩部の尻尾を引き抜いてムチのように振るって攻撃。強靭な打撃はガトリングボディの爆発と相まって相手のダウンを誘い、腕部のたてがみ型装置で蓄積されたエネルギーが、咆哮衝撃波となって敵を吹き飛ばす。

 さっきまで銃撃しておきながら、近接戦闘も難なくこなせるのである。これはひどい。

 

 連撃を受けてヨロヨロと立ち上がったスマッシュは、渾身の力を込めて自身の頭上に先程と同じく氷塊を形成させていく。

 しかし、その大きさは等身大レベルだった時とは比ではない。3m、5m、7mとどんどん巨大になっていき……。

 

「うぉー、でっけぇ」

 

 遂にそのサイズは、10m級にまで達した。下手なアパート並の大きさとなったそれに押しつぶされようものなら、間違いなく無事では済まないだろう。

 そして今、その対象となるのは……ビルド。

 

 アイススマッシュは頭上の巨大氷塊をビルドに向かって投げつける動作を行う。それに呼応して浮上していた氷塊は轟、とビルドに向かって進み落ち始めた。

 

「おっとっと、これはマズイ」

 

 迫り来る大氷塊の中、ビルドは先程ポイ捨てしたガンモードのドリルクラッシャーを拾い上げ、手際良く新たな空色のフルボトルを振るとそれを専用の挿入口に挿し込む。

 

≪Ready go!≫

 

 そしてビルドは、銃口を氷塊に向けると……。

 

 

 

――――――――――

 

 路上に落ちている10m級の氷塊。落下の衝撃で周囲の物は丸々吹き飛んでおり、その威力を物語っている。

 

 アイススマッシュは仕留めたと確信していた。あれ程の氷の塊に押し潰されれば、いかに強い力を持っていても圧死されてしまうのは明白。仮にまだ息があったとしても動けず、衰弱死が待っているだけ。

 次なる標的を求めて、アイススマッシュはこの場を後にすべく、氷塊に背を向ける。物であろうと者であろうと、破壊の対象は既にこの場には存在しないから。

 

 

 

 

 

≪Ready go!≫

 

 機械音声と共に、アイススマッシュの背後で大地が砕ける音が発される。

 アイススマッシュが振り向いた先、その空に彼はいた。

 

 ビルド・ラビットタンクフォームが宙に跳んでいる姿が空中にあったのだ。

 氷塊に潰される直前、彼は【ロケットフルボトル】を利用したドリルクラッシャー・ガンモードによる必殺技【ボルテックブレイク】でロケット型のエネルギー弾を発射し、氷塊を僅かに押し返した。

 僅かに出来た数秒の時間でビルドは最初に変身したラビットタンクフォームに変身し直し、地面に潜って氷塊の一撃を免れたのである。

 

「勝利の法則は、決まった!」

 

 空中のビルドと地上のスマッシュとの間に、グラフ型のエネルギー滑走路が出現。

 そこにビルドが蹴りの姿勢で乗っかり、グラフに沿うようにスマッシュに目掛けて急降下し始めた。

 

≪ボルテックフィニッシュ!≫

 

 滑走路を駆けるビルドの痛烈なキックが、怪人の胴体に炸裂する。

 

≪イェーイ!≫

 

 怪人は身体から火花を噴き上げながら吹き飛び、ゴロゴロと地面に転げ伏していった。そして何とか起きようと抵抗するも、間もなく力尽きてダウン。

 

 着地したビルドは成分が入っていない空のボトル【エンプティボトル】を取り出すとフタを開け、倒れた怪人の方に向ける。

 すると怪人の身体から粒子状に成分が抽出されていき、それはエンプティボトルにどんどん集められていった。やがて成分が出尽くすと、スマッシュだった生物の身体が変化した。

 スーツを着た三十路のサラリーマンが、先程のスマッシュの正体だったのである。

 

「よぅしっ、抽出完了。これで俺にも氷の能力かぁ……」

 

 エンプティボトルに成分が集まったことにより、ボトルは膨張したような形を帯び、棘のような模様が円を描いて浮かび上がっているという外見的変化が起きている。【スマッシュボトル】と戦兎達関係者は呼んでいる。

 

 ウキウキ気分のままビルドはビルドフォンを取出し、ライオンフルボトルをボトル挿入口に挿し込む。

 するとビルドフォンは瞬く間に変形を開始し、登場した時のバイク【マシンビルダー】がそこに出来上がった。

 

 よっこらせとビルドがそれに乗り込んだと同時に、多数のパトカーが現場に駆け付けた。しかしビルドには彼等と関わる理由が無い。

 

「グッバーイ」

 

 呼び止められる前にビルドはパトカーから降りてくる警官たちにそう告げると、バイクを走らせて去っていくのであった。

 

 

 

――――――――――

 

 舞台は再びIS学園へ。

 

 昼休みの時間に戻ってきた戦兎は、そのまま何事も無く授業に参加した。

 

 一夏を始めとするクラスメイトたちは彼が突然抜け出した事を気にしていたが、千冬から『奴と学園で特殊な契約を交わしている、余計な質問は控えろ』と釘を刺されたので誰も質問する事は出来なかった。もし忠告を破って彼に訪ねようものなら、グラウンド周回を命じられるかもしれない。

 

 そして放課後。

 今日1日の授業が終了したわけだが、一夏のみが頭から煙を吹き出してダウンしていた。

 

「あぁ……全然分からねえ……」

「お疲れさん。何でそんなにぐったりしてるんだ?」

「いや、授業の内容が全然分かんなくてさ……というか赤星は余裕そうだよな」

「ま、事前に知識はここに入れてあったからな」

 

 トントン、とこめかみ辺りを指差して告げる戦兎。強がりでもなんでもない、確りと知識が蓄えられている者の表情をしている。

 

「あぁそれと、俺の事は戦兎でいいぞ?名字よりも名前で呼ばれる機会が多かったから、ぶっちゃけ名前で呼ばれた方がシックリくる」

「そっか、折角の貴重な男友達なんだし俺としても嬉しい提案だな……じゃあ俺の事も一夏でいいぜ。織斑呼びじゃ千冬姉もいるしややこしいだろ?」

「確かに」

 

 女子だらけの環境で男が希少という環境のお陰か、2人は大きな隔たりを起こすことなく邂逅を終えた。

 

 2人がそんな風に話していると、職員室に戻っていた筈の真耶が再び教室に姿を現した。少し慌ててやって来たようで、息が若干乱れている。

 彼女は2人の男子生徒を見つけるや否や、安堵の表情を浮かべた。

 

「あっ、織斑くんに赤星くん!良かったぁ、まだ帰ってなかったんですね!」

「あれ、山田先生?俺たちに何か用ですか?」

「えっとですね、2人の寮の部屋が決まりましたので鍵を渡しに来ました。はい、これがそれぞれの鍵です」

 

 そう言って真耶は2人に寮部屋の鍵を手渡す。

 一夏の部屋番号は1025、戦兎の部屋番号は5103とそれぞれキープレートに記されていた。

 

「あれ、俺たちって相部屋じゃないんですか?っていうか戦兎の部屋番号多くね?ここの寮ってそんなに部屋ありましたっけ?」

「あぁ、それはですね――」

「赤星に関しては、事情で少々特別な場所をこちらで用意することになった」

 

 そこに現れたのは千冬。堂々と廊下を歩くその姿は王蛇、じゃなくて王者の風格。キングフォーム。

 

「経緯を話しつつ部屋に案内するから、赤星は私についてこい」

「分かりました」

「それじゃあ、織斑君も私の方で事情を話しつつ案内しますね。織斑君いいですか?」

「あ、はい大丈夫です。あっ、戦兎!折角だから食堂で夕食一緒に食わないか?」

「ん?まぁいいけど」

「おう、じゃあ後で食堂前に集合な!」

 

 そうやり取りをすると、一夏は真耶と共に戦兎と千冬の2人と別れて自分の部屋へと向かっていった。

 

 戦兎の部屋に向かいがてら、戦兎と千冬の間でも雑談が行われる、

 

「どうだ、織斑とは仲良くやれそうか?」

「仲良く、ですか?まぁ互いに嫌うようなことは今のところ無さそうですし、特に問題無いんじゃないですかね」

「そうか……まぁ何だ、織斑とは……一夏とは仲良くしてやってくれ。あいつも女だらけの環境で色々と苦労があるだろうからな、男友達のお前がいるだけでも色々と違うだろう」

 

 それまで鉄面皮を覆っていたような千冬の表情だったが、その時は少なからず顔が綻んでいた。教師としてではなく、彼の姉として告げられたその声色もどこか優しげだった。

 しかし直ぐに咳を払って自らを取り繕い直すと、いつも通りのキリッとした表情に戻った。

 

「んんっ、それで赤星、お前は束とどういう関係なんだ」

「あれ、束さんから聞いてないんですか?」

「生憎な。ここにお前を入学させる話を持ち込んできた時も、あいつは必要な事だけを告げて連絡を終えた。普段なら無駄話を入れてきてもおかしくなかったのだが……」

「成程……といってもそこまで大したエピソードじゃないですよ?3年前にドイツで記憶を失っていた俺を、束さんが偶然見つけて保護してくれたんです」

 

 3年前の第2回モンド・グロッソの決勝戦当日。

 雨が降りしきるドイツの郊外にて、戦兎は束に発見された。過去の記憶をすべて失った状態で。

 

 千冬も彼が記憶喪失だということや、その周辺の経緯は束から聞かされていた。両者の証言が合致している以上、そこに嘘は無いだろうと踏む。

 しかし、彼女には一点信じ難い内容が1つあった。

 

 それは、あの束が千冬、箒、一夏の3人以外に心を開いているということ。それ以外の人間を極端に嫌い、両親に対してもあまり良く思っていない彼女が、偶然拾った人間に強く入れ込むというのが俄かには信じられなかったのだ。

 

「あの束がな……一体どういう風の吹き回しなんだか」

「え、束さんって誰かに優しくするのがそんなに変なんですか?俺、すごい世話焼いてもらったんですけど」

「あいつがまともな対応する人物は本当に限られている。気に入った人間にはウザいくらいに甘ったるく接するし、それ以外の人間には氷のように冷たく接する。ましてや……」

 

 千冬は目的の場所である寮付近まで到着すると、そこで足を止めた。

 

「自分のポケットマネーを惜しまずにこんなプレハブ小屋を用意するとなると、相当気に入られているようだな」

 

 彼女に倣って戦兎も歩くのを止めると、彼の目の前にはやや豪華な横広のプレハブ小屋が建てられていた。

 窓から内装が窺えるが、ベッドや冷蔵庫などの基本的な居住用設備が揃っている。特に極めつけは、その居住空間の隣に科学室と思われる空間が設けられている事。様々な機材がそこに備えられていた。

 

「おぉ……!」

「連絡があった直後、学園の方にも電話を入れていたみたいでな。学園長の許可を取ってお前専用の個室部屋、もとい住居を急遽建設させたんだよ。建設費も工事費も中の備品諸々の経費も、全部あいつ持ちだ」

「すっご、すっげぇ!」

 

 千冬の話を聞いていたのか怪しくなるような興奮度でプレハブ小屋に走り寄る戦兎は、食い入る様に窓から中を覗き込む。研究用のスペースがあることにいち早く気付いた彼は更にテンションを高める。

 

「先生!中、中に入ってみてもいいっすか!?」

「お前の部屋なんだから入ればいいだろう。鍵を使え鍵を」

「ぃやっほう!ロック・オープン!」

 

 戦兎が小屋の鍵を開けて中へと入る。1人で暮らすには十分スペースに余裕もあり、戦兎は早速小走りで駆け回って家の中を探り始める。

 

 そんな戦兎に続いて家に入ってきた千冬は入り口にもたれ、呆れた様子で戦兎のはしゃぐ姿を眺めやる。

 先程まで落ち着いた雰囲気だった少年が、急に子供のように騒ぎ喜んでいる。そのギャップがおかしくて、千冬は呆れた表情の口元をフッと崩す。

 

「見て分かる通り、居住スペースと研究スペースは真ん中で分けられている。学園長の許可が下りているとはいえ、ちゃんとそこの分別は弁えるように。授業に支障を来たすような生活態度を繰り返すようなら相応の罰則が降りるから覚悟しておけよ」

「了解です!」

「居住スペースの奥にはシャワールームがある、脱衣所の更に奥の方だ。寮の方の大浴場の方もいずれは男子も使えるように検討しているが、暫くはまだ使えないから備え付けの方で我慢しろ」

「あぁ別にいいですよ。俺、浴槽とか殆ど使ったこと無いですし」

 

 弟ならば湯船に浸かれないことをショックに感じるところだろうな、と内心で千冬はそう思っていた。

 そして同時にこうも思っていた。しかしあの愚弟ならば、それ以前にアホな疑問を持っていたに違いな――。

 

「それにしても、何で男子は大浴場使えないんですか?」

 

 ここにもアホがいた。

 

 千冬は先程までの暖かな視線から一転、冷めた目つきで戦兎を見る。

 

「お前、それ本気で言ってるのか?」

「え?はい」

「男と女が一緒に風呂に入ることを何とも思わないのか?」

「別に何も?」

「…………」

 

 どうやら目の前にいるアホは、記憶だけでなく性的倫理観も一緒に落として来たらしい。記憶を失くしたからという理由があるとはいえ、こうもハッキリと告げられると千冬も言葉を失った。

 

「……色々お前には教えなければならんことが出来たようだが、今は1つだけ教えておく。女の素肌を見るような場面は絶対に控えろ。腕や足などは構わんが、胸部と臀部周辺は特にだ。いいな?」

「ん?まぁよく分からないですけど、ダメって言うならやめときます」

「もし見た暁には、お前の命が燃え尽きるだろうな」

「なにそれこわい」

 

 千冬は弟とは別ベクトルでの問題児が潜んでいた事に、密かに頭を悩ませるのであった。

 尚、彼女の頭を悩ませている張本人は能天気な顔でその様子に首を傾げていた。

 

 

 

―――続く―――

 




■ラビットタンクフォーム■
【身長】196cm
【体重】99kg
【パンチ力】9.9t(右腕)17.0t(左腕)
【キック力】23.7t(右脚)17.8t(左脚)
【ジャンプ力】55.0m
【走力】2.9秒

――ラビットハーフボディ――
①ワイルドチェストアーマー:胸部装甲。スマッシュの通常攻撃に耐え得る強度を備えており、運動性能を高める為に装甲の軽量化が施されている。数秒間だけ自身の動作を高速化させることが可能。
②BLDラピッドショルダー:右肩部装甲。腕部の動作を最適化し、攻撃速度を上昇させる。
③クイックラッシュアーム:右腕部。繰り出すパンチの威力はやや低いが、俊敏性の高さを活かして手数で攻める戦法を得意とする。
④BLDラピッドグローブ:右拳の強化グローブ。細やかで素早い動作が可能な為、ドリルクラッシャーなどの武器を用いた攻撃を得意とする。
⑤クイックラッシュレッグ:左脚部。高い俊敏性を備えており、跳躍強化バネ【ホップスプリンガー】を利用したハイジャンプが可能。
⑥ラビットフットシューズ:左足のバトルシューズ。軽快なフットワークを得意としており、ムーンサルトなどのアクロバットアクションを織り交ぜたキック攻撃が可能。

――タンクハーフボディ――
①パンツァーチェストアーマー:胸部複合装甲。複数の種類の装甲板を重ね合わせることで、物理攻撃に対する強度が高められている。
②BLDインパクトショルダー:左肩部。接触した物体に衝撃波を浴びせ、内部機能などを破壊する。威力は戦車砲発射時に匹敵する。
③ヘビーアサルトアーム:左腕部。内部に組み込まれた駆動装置によって腕力が高められており、敵の内部中枢に影響を与えるヘビーなパンチを繰り出すことが可能。
④BLDインパクトグローブ:左拳の強化グローブ。手の甲に反応装甲が装着されており、衝撃波を伴うパンチで相手の内部機能を破壊する事が出来る。
⑤ヘビーアサルトレッグ:右脚部。機動力と防御力に優れており、高強度の装甲板を叩き付けるヘビーキックを得意とする。
⑥タンクローラーシューズ:無限軌道装置が組み込まれており、敵装甲を削り取ったり高速走行を行ったりすることが可能。

※仮面ライダービルド公式サイトより抜粋。


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第4話 期限=1週間

「ごめん、戦兎!昨日の夕食の約束守れなくて!」

 

 翌日の朝。

 

 寮の食堂でバッタリと出くわした戦兎と一夏であったが、一夏が突然戦兎に頭を下げてきた。

 というのも、昨日の別れ際に一緒に夕食を食べる約束をしていたのだが、一夏は約束の時間に来れなかったのである。結局、一夏は部屋番号を知らない戦兎に当日謝ることが出来ず、日を跨いだ今日に詫びに来たのである。

 

「あぁ、別に気にしてないぞ。こっちはこっちで何とかなったし」

「そう言ってくれると救われる……ちょっとこっちは色々あってな」

 

 一夏はそう言うと、チラリと背後にいるポニーテールの少女――篠ノ之 箒の顔色を窺う。

 

 しかし箒は一夏の視線にいち早く気付くと、フイッと顔を逸らしてしまった。

 

「ふーん……まぁ兎に角朝食頼んでおきなよ。この時間だと授業まであまりゆっくり出来ないぞ」

「そ、そうだな。ほら、箒も行こうぜ」

「……ふん」

「箒……?」

 

 一夏の口から出てきたポニーテールの少女の名前に、戦兎はどこか記憶を突っつかれるような感覚を覚える。喪失した記憶ではなく、ここ数年の記憶の方だ。

 しかし思い出せそうなのにハッキリとは出て来ず、戦兎は素直に諦めることにした。記憶探りを止めて、先に向かった2人についていく。

 

 IS学園の寮の朝食はバイキング形式となっている。

 一夏と箒が和食のセット。白米に味噌汁に鮭の切り身、納豆に浅漬けとオーソドックスなラインナップだ。

 一方、戦兎は洋食のセット。ロールパンにサラダにコンソメスープ、スクランブルエッグとこちらも標準的な内容。

 

「戦兎、朝はパン派なのか?」

「ん?いや、別に拘りは無いぞ。前から研究しながら食事してたせいか、パンみたいに片手が空きやすい食事に慣れてるだけで」

「食事の時に他の事するなよ……行儀悪いぞ」

「いいじゃんいいじゃんすげーじゃん。そんなこと言ったら食事の時間に喋るのだってマナー違反になるだろ?だったら研究も許されるっ」

「いや、それは……」

「あ、あのー、隣座ってもいいかな?」

 

 言い返してきた戦兎に反論しようとする一夏であったが、そんな2人に近づく女子3人組。1人は着ぐるみのようなものを着ており、非常に目立っている。

 

「お、のほほんさんじゃん」

「やっほ~せんとっと~」

「やっほー」

 

 しかしあろうことか、一番目立っている着ぐるみの女の子と戦兎が顔見知りのようである。

 それを初めて知った一夏だけでなく、連れの女子2人も初耳だったようで信じられないものを見るかのような目で、のほほんさんこと布仏 本音を見ている。

 

「戦兎、その着ぐるみの子と知り合いなのか?」

「知り合いというか、昨日の夕食でお前来なかっただろ?食堂の入り口にいた俺を誘って来たんだよ。故に知り合ったというか」

「ちょ、ちょっと本音!?赤星くんともう一緒にご飯食べてたなんて聞いてないんだけど!?」

「え?だってぇ、聞かれなかったし~2人ともどっちかというとおりむ~の方が気になってたみたいだから~」

 

 ぐぬぬ、と唸る少女2人を余所に本音は長閑に笑っている。嫌味でも何でもなく、あの織斑 千冬の弟というネームバリューに釣られてそっちに気を取られていたのは事実であるからだ。

 何はともあれ、合計6人での食事となったのである。

 

「わぁ、織斑くんって朝から凄く食べるんだね!」

「や、やっぱり男の子だね」

「そうか?まぁでも俺は夜少なめだから朝はガッツリ食べとかないと、色々きついからな。というか戦兎もあんまりボリュームがあるわけじゃ……って食うの速っ!?」

「ん?別に普通だろ」

 

 既に9割食べ終えている戦兎はしれっとそう答えるが、一夏の隣をキープしている箒も彼同様に順調なペースで食べている。

 後から加わった3人はともかく一夏はまだ半分も食べ進めていない。会話に夢中で箸を併行して進めなかったのが原因だが。

 

「いやいや速いって。箒もそう思うだろ?」

「……私はもう行くぞ」

「って箒も速っ!?」

「俺もごちそうさん。先いくぞー」

「うそぉ!?」

『じゃあ、私達も』

「何なの!?俺が遅いの!?1人だけ重加速現象に巻き込まれてるの!?」

「いつまで朝食を食べているっ!朝のSHRに遅れた者はグラウンド10週させるつもりでいる、迅速に食事を取れ!」

「うわぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 

――――――――――

 

「ところで織斑、お前に専用機が用意されることになった」

「はい?」

 

 授業開始前の千冬のその言葉によって、クラス内がざわめき立つ。

 その中の1人である戦兎は『まぁ、そうなるな』と呟きながら1人ウンウンと頷いていた。

 

 ISのコアは467個存在しており、ブラックボックス的存在であるこれを作れるのはISの開祖である篠ノ之 束ただ1人。その彼女が突然増産を停止したことによってISコアの価値は爆上がり。

 ISの専用機を得られるということは、467人の選ばれし者の内の1人になれるという意味にもなるのだ。それがどれだけ希少な事かは言わずもがな。

 

 クラスの女子たちはこの事実を聞いて羨ましいと次々口にしていった。

 

「本来ならばIS専用機は国家或いは企業所属の人間しか所有出来ない。しかしお前は状況が状況だ。昨日赤星にも言ったが、政府がお前たちのデータを所望している以上、特別に用意されることになった。分かったか?」

「は、はぁ……何となく」

「あの、先生。赤星くんには専用機は用意されないんですか?同じ男子なのに」

 

 真面目そうな女子が手を上げながら千冬にそう質問した。単純に考えるならばその質問は尤もである。

 

 だがある程度思慮すれば、お偉方の思惑も想像がつく。一夏については世界最強であの千冬の弟であり、下手に研究所でモルモットなどというルートを選ぼうものなら最強の刃の洗礼を受けるだろう。それよりも優秀なISを売り込んで媚を売った方が後々の発展に繋がるというものだ。

 そしてもしも戦兎が何の変哲も無い只の一般人であったならば、代わりに研究所行きとなるのは彼で、世の男性の為にその身体を隅々まで研究材料にされただろう。

 

 しかしここで問題になるのが『赤星 戦兎は篠ノ之 束の紹介を受けた』という事である。

 

「赤星がISに乗れるということは、あいつが発表したことによって初めて明らかとなった。これは既に知っているな?」

「は、はい」

「それとは別で、あいつは各国に2つの宣言をした。『赤星 戦兎にISを用意する必要は無い』という事、そして――」

 

 千冬は一旦言葉を切ると、すぅと息を吸い直して再び紡ぐ。

 

「『赤星 戦兎をモルモットにしようものなら、関係者は一族郎党地獄を見せてやる』とな」

 

 その言葉を聞いたクラス内の殆どの者が息を呑んだ。今の台詞は千冬が代弁をしただけなのにも関わらず、まるで束本人が今ここで口にしたかのような威圧感があったのだ。何故かは分からないが、雰囲気がそれを語っていた。

 千冬の話を聞いた者達は、その視線を話題の人物である戦兎の方へ恐る恐る向ける。視線を感じた本人は周りを見渡して『え、何?』と不思議がっているだけだが。

 

「とはいえ、赤星のデータ収集や日常的なコミュニケーションに関しては特に言及はされていない。モルモット並に非道な事さえしなければ問題無いのだから、こいつに怯える必要は全く無いぞ」

「先生、俺怖がらせるような事した覚えは無いんですけど」

「と、このようにアホな言動をする奴だからな」

「先生、俺はアホではなくて寧ろてんっさい科学者なんですけど」

「その発言が既にアホなんだよ」

 

 2人のやり取りを見ていたクラスメイトの多くは、先程の千冬の言葉に納得した。確かに束の宣言にはどこか恐怖を感じさせられたが、戦兎の今の様子を見ているとそんな気分も晴らされたような感覚がしたからである。

 

 教室内の空気が戻りかけたところで、別の女子が挙手をした。

 

「先生、篠ノ之さんってもしかして篠ノ之博士の……?」

「あぁ、篠ノ之はあいつの妹だ」

「えええーっ!凄い凄い!この教室有名人の身内が2人もいる!」

「篠ノ之さんも、もしかして天才でISの操縦が上手だったりするの!?」

 

 新しい情報に食い付いたクラスの女子たちは、授業時間だというのに席を立って箒の座っている席にわらわらと集まり始める。

 

 そんな中、席を立たずにいた戦兎は女子たちに群がられる直前の箒の姿を捉えたことによって、朝食に同伴していたポニーテールの少女の姓が篠ノ之であるという事を知る。

 それと同時に、彼女の姓と名が明らかになった時、脳細胞がトップギアになった。

 

「(あの箒って呼ばれてた子が、篠ノ之……篠ノ之 箒?)」

「あの人は関け――」

「あーっ!成程ぉ!」

『!?』

 

 周りからの質問の嵐に痺れを切らした箒の叫びを遮るタイミングで、戦兎は張った声を出す。

 クラス内全員の視線を受けているにも関わらず、戦兎はそれに構うこと無く1人で納得をしている最中である。

 

「そうだよそうだよ、束さんが何度か口にしてたじゃんその名前。やっべ完全に見落としてたわ……いやぁ思い出したらスッキリしたわー」

 

 マイペース過ぎる1人の少年の姿を見て、クラスの皆に投げ掛けるように千冬は言葉を吐いた。

 

「ほら見ろ、アホだろ?」

 

 

 

――――――――――

 

 2日目の授業を終えて、自室のプレハブへと戻った戦兎は研究室の台座にて作業を行っていた。

 作業の内容は、新しい武器の開発。6日後に行われるクラス代表決定戦に備えて、最近入手した忍者フォーム用の武器を開発している所なのだ。

 

 しかし、この進捗度はあまり良いとは言えない様子。

 

「うーん……一応ガワだけ作ったはいいものの……」

 

 忍者刀をイメージした武器を片手で持ち上げる戦兎。ドリルクラッシャーが相手の装甲を削る事を得意とするならば、こちらは純粋に斬る事を得意としたスタンスとなっている。

 だが現在の完成度では戦兎の感性にはイマイチ響かず、渋い表情で武器のデザインを観察する。

 

「なーんか物足りないんだよなぁ……やっぱホークガトリンガーの時みたいに、ベストマッチのボトルに則した能力が欲しいんだよな、うん」

 

 ホークガトリンガーを完成させる前も、タカの要素が入っていない普通のガトリングガンを一足早く作り上げていたのだが、今回もその例に漏れないらしい。

 しかし、現在所持しているフルボトルの中に忍者とベストマッチになるものは無い。昨日の戦闘で得たフルボトルも現在は浄化作業中で、有機物か無機物かどうかも不明である。

 

「あ、電話」

 

 ビルドフォンに着信が入った事に気付いた戦兎は武器を置き、通話状態に移行する。

 

「私だ」

『さすが呉島主任だ!じゃねーや、せんちゃんやっほ!』

「あぁ束さんか。何か用事か?」

『いやぁ、久しぶりにせんちゃんの声が聴きたくなっちゃってぇ……かけちゃった☆』

「1日空いただけじゃん」

「その1日が死活問題なのー!兎は寂しいと死んじゃうんだよ!」

 

 

「それで、特に用件は無いの?」

『まぁちゃんとあるんだけどね。実はこっちの方で新しいフルボトルが完成してさ』

「マジか。何のフルボトル?」

『えっとねぇ、漫画……コミックみたいだね』

「コミック、コミックか……」

 

 向こうで完成した新たなフルボトル【コミックフルボトル】の存在を聞いた戦兎は、思考に耽り始める。

 その脳内ではその能力の予測とベストマッチの可能性の探りを始めており、やがて彼の頭上に電球を光らせた。

 

「束さん!そのフルボトル、すぐこっちに送れる!?」

『もちろんさぁ☆普通便?それとも速達?』

「当然、超速達!」

「はーい!早速小型ロケットに括りつけて飛ばしておいたから、もう少ししたら着く筈だよん♪」

「サンキュ!じゃあ俺、ちょっと開発進めるから!」

 

 そう言うと戦兎は通話を終えて、先程よりも活き活きとした様子で作業机に向かい合って新武器の調整に務めるのであった。

 

 

 

 

 

「……それで、学園に小型のロケットなどという物騒な代物を寄越させたと?」

「いやぁ織斑先生、何事も迅速が肝要じゃないですか。だからこれは当然の処置であって……」

「あぁそうか。つまりこれから発生する頭部の激痛もその後の反省文も当然の処置と言えるだろう。なぁ?」

「いやいや、一夏が喰らってるのを見てるんで遠慮させて――いったぁ!?」

 

 

 

―――続く―――

 



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第5話 天空の暴れん坊=ホークガトリング

 クラス代表を決める為の決闘試合、当日。

 

 放課後の時間を利用して戦兎、一夏、セシリアによる3人の総当たり戦が行われる。試合の順番については、最初が一夏VS.セシリアで次戦が戦兎VS.セシリア、そして最後に戦兎VS.一夏といった具合である。

 

 初戦の一夏とセシリアが、第3アリーナにて激闘を繰り広げている。……と言うよりは、完全初心者の一夏が代表候補生のセシリアに翻弄されていると言った方が的確か。

 一夏の動きは非常にぎこちなく、不安定な飛行で見ていて危なっかしい。セシリアの攻撃を躱していく内に徐々に動きが改善されていくが、どうしても粗が目立ってしまう。

 対するセシリアはレーザーライフルによる射撃と4機のビットを切り替えて攻撃し、一夏を確実に追い詰めようとしている。相手が素人である事を踏まえて、どこか様子見を含んだ戦い方を行っている。

 

 そんな彼らの試合を、戦兎は1組の生徒と共に観客席で観戦していた。棒付きキャンディを口に咥えながら。

 

「ねぇねぇ戦兎くん、次の試合に出ないといけないのにこんなところにいていいの?色々と準備とかあるんじゃない?」

 

 丁度彼の隣にいた少女――鷹月 静寐が戦兎にそう尋ねた。

 ちなみに戦兎と一度でも挨拶をしたことのある、静寐を始めとした女子生徒は戦兎から『名字は言われ慣れてないから、名前で呼んでもらえると助かる』と言われており、お言葉に甘えて名前呼びをしているのだ。

 

 質問を受けた戦兎であったが、何てことないように答えてみせる。

 

「平気平気。俺はそんなに準備する必要無いし」

「そう?ならいいけど……」

「それじゃあ戦兎くんにしつもーん、織斑くんってオルコットさんに勝てると思う?」

「一夏がか?ふむ……」

 

 隣ではないが、近くの席に座っている別の少女――鏡 ナギの質問に答えるべく、戦兎は改めて試合の状況を分析する。

 

 先程まで補助輪無しの自転車に乗り始めた時のような危うい飛び方をしていた一夏であったが、現在はセシリアの銃撃を積極的に回避出来る程に精度を高めている。目を見張らざるを得ない成長速度と言えよう。

 更になんと、そこから一夏は攻勢に転じてみせた。セシリアの操るビットの動きを見切り出した彼は4機あるビットの内の1つを斬り捨てて破壊。続けて2つ目も壊していく。

 

「おぉ、結構頑張るなあいつ」

「織斑くん、凄い……ひょっとして織斑くん、代表候補生に勝てちゃうんじゃ――」

「いや、無理」

「え、無理なの!?」

 

 感心している風にしておきながら、あっさりと敗北の方を推す戦兎の答えに、彼の方を見ながら驚くナギ。

 周りの少女達もその返しに驚き、ナギと同様に戦兎に意識を向ける。

 

「いや、だって相性とか武装の種類とかを分析すれば割と単純じゃん?オルコットのブルー・ティアーズが遠距離型なのに対して一夏のISの……名前なんだ?まぁいいや、一夏のISは見たところ近接専門。一夏に関して言えばオルコットに近付かなければ勝機は永遠に訪れない」

「「「ふむふむ」」」

「が、その一夏が素人だというのが一番の問題点だ。確かにこの試合の間に急成長してるみたいだが、飛ぶ技術を身に着けただけじゃ肉薄するのは困難だろ。ましてや相手は現役代表候補生だし」

「「「むむむ……」」」

 

 言われてみればその通りで、クラスメイトの少女達は喉を唸らせながら戦兎の言葉を思考と混ぜて噛み締める。

 少し考えてみても、この決闘における男性陣の圧倒的不利さは明白だ。相手はある程度使い慣らした専用機を持っており経験も積んでいるのに対し、彼らは操縦時間数十分程度で知識も不十分な状態。ぶっちゃけ差が大きすぎる。

 

 そしてアリーナでは、更に状況が一変する。

 4つ目のビットを封じた一夏であったが、セシリアは隠し備えていた2機のビットからミサイルを射出。誘導型のそれは反転して逃げ回る一夏を執拗に追い続け、やがて彼を巻き込んで大爆発を起こした。

 

 その光景を見ていた観客席の少女たちは各々が驚きの声を上げる。

 

「あぁ、織斑くん負けちゃった……」

「あーあ残念……けど代表候補生相手にかなり頑張った方じゃない?」

「……いや、どうやらまだフィナーレではなさそうだ」

 

 爆煙が風に吹かれ、晴れたその先にいたのは今まで戦っていた一夏の無事な姿。しかし彼の身に纏うISは、白に輝く変化を起こしていた。

 初期化と最適化の2過程を終え、一次移行を経て白式は正式に一夏の鎧となったのだ。

 

 まるで狙い澄まされたかのようなタイミングで一次移行を果たす、台本が用意されていそうな王道の展開に戦兎は無邪気に笑ってみせた。カリッと口の中のキャンディが砕ける。

 

「いやぁ、こういう面白い展開はいいねぇ。最っ高だな」

 

 

 

――――――――――

 

 その後、一夏とセシリアの試合が終わったことによって次の試合に出る予定の戦兎は対戦相手のセシリアよりも先にアリーナの地に足を踏んでいた。

 

 先程の試合でビットを破壊されたセシリアはシールドエネルギーの回復と予備のビット装備換装の為に一旦下がっている。間も無く登場してくれるだろう。

 そして戦兎が待機すること数分後、彼女は補給と換装を終えたブルー・ティアーズを装着してアリーナへと舞い降りてきた。先程までの試合の余韻は感じられず、真新しい状態に仕上げ直されている。

 

「さーて、それじゃあ来た事だし始めるとしますか」

「…………」

「ん?おーい、オルコットー」

「……え?あ、はい、なんでしょうか?」

「いや、そろそろ試合始めようかって確認したんだけど」

 

 セシリアの様子が今までとは違っている事に戦兎は気付く。これまでは言い方が悪くなるが高飛車な態度をとり続けていた彼女が、急にしおらしい雰囲気を纏っているのだ。人の心の機微には疎い戦兎だが、ここまで大きな変化には流石に気付き、彼女に強めに声を掛けたことによって漸く彼女は意識をこちらに向け直した。

 

 戦兎の一声に『大丈夫ですわ』と告げてから気を取り直すセシリア。

 

「その、赤星さん。先週までにわたくしが行い続けた数々の非礼、ここでお詫びを申し上げさせていただきます……本当に申し訳ありませんでした」

「ん?何が?」

「いえ、日本の、それも男性だからという理由で赤星さんや織斑 一夏さんには失礼な対応をとり続けていましたので……その、自分でも少々頭の整理が出来ていないのですが、せめて謝らなければならないことだけは思えまして」

 

 確かに、特にクラス代表を決める際のセシリアの主張は少々過激な発言内容が多かった。日本を極東の島国と示し、男性を猿まで言い切ってみせたほどである。一夏との試合が終わった後、セシリアの脳裏にはその時のことが頭をよぎり、彼女の心をきつく締め付けたのだ。

 だから、ちゃんと謝っておきたかった。今日の試合は先刻での一夏との言い争いで引き起こしたものであり、巻き込んでしまったことも含めて。

 

 尤も、当の戦兎は全く気に留めていないのだが。

 

「ふーん。まぁ悪いと思ってそれを直そうって言うんなら、俺からは別段言う事は無いな」

「わたくしの非を、許して下さるのですか?」

「科学に限った話じゃないけど、何かしら悪い所が発生すればそれを改善しようと努める。そういう姿勢は俺にも解るし。そもそも俺は元から気にしてないからさ」

 

 からからと笑ってみせる戦兎。

 

 そんな彼の寛大な心を見せつけられて、セシリアは穏やかに微笑みながら彼に感謝する。

 

 だが、彼らの見解には一点の齟齬が生じている。

 片やセシリアは、自分の醜態を許して受け入れてくれる優しい心の持ち主だという印象を、戦兎に抱いた。待機ピットを発つ前に抱いた一夏への感情の正体をまだ掴めてはいないが、それとは違ったものだということは感じていた。

 片や戦兎はというと、セシリアのこれまでの行動を許したとか許さないとか、そもそもそういう段階ですらない。今回の試合に関しては新しいボトルの戦闘データ収集が目的であり、クラス代表を狙う心算など彼には更々無い。一夏とセシリアの口論についても傍から面白がっていただけ。

 

 極論を言うと、戦兎にとっては『割とどうでもいい』ことであった。

 戦兎の対応に温情を感じているセシリアがその真意に気付く日は、果たして。

 

「さて、それでは改めて試合を……と言いたいところですが、何故ISを装備していないのですか?流石に生身の状態の方と試合をするのはお断りさせていただきたいのですが……」

「おぉそうだった。それじゃあ俺もそろそろ変身するとしますかね」

「変、身?」

 

 セシリアの疑問の声に構わず、戦兎は制服の上に来ているベージュカラーのコートの懐からビルドドライバーと2本のフルボトルを取り出すと、準備を始める。ビルドドライバーをセットし、2本のフルボトルをシャカシャカと上下に振り出した。

 

 その瞬間、何も無い空間から突如現れる数式の立体群。

 この光景にはセシリアはおろか、アリーナの観客席にいる少女たちやピットにいる一夏と箒、管制室の真耶も驚愕のあまり目を見開く。

 

 フルボトル内の成分が十分に刺激されたところで、戦兎はボトルのキャップを回してそれぞれをドライバーに装填する。

 使用されたボトルの色は、赤と青。ボトルのデザインはそれぞれ、兎と戦車。

 

≪ラビット!≫≪タンク!≫

≪ベストマッチ!≫

 

 周りの注目を気にせず、戦兎はドライバーのレバーを回していく。

 

≪Are you ready?≫

「変身!」

 

 小型のファクトリー【スナップライドビルダー】が赤と青のハーフボディをそれぞれ戦兎の前後に形成し、彼を挟み込むことによって変身を完了させる。

 

≪鋼のムーンサルト!ラビットタンク!イエェーイ!≫

 

 赤と青の装甲が交差された異形の戦士、ビルドが蒸気噴出と共に姿を現す。

 

 予想外の人物の登場に、アリーナ全体にどよめきが蠢く。

 

「嘘、あれって噂の……!?」

「ビルド!」

「というか、あれの正体って戦兎くんだったの!?」

 

 ビルドが世間に姿を見せたのは、今から約3年前まで遡る。

 

 第2回のモンド・グロッソ以降、世界に異形の未確認生命体であるスマッシュが突如として出現した。スマッシュはただ本能のままに破壊と暴力を繰り返す存在で、人類の敵とみなした世界中の政府は彼奴らに兵器を差し向けた。

 しかしその結果、スマッシュの有効打となり得る兵器はISしか無かった。それも競技用ではなく、軍用レベルの出力でなければならなかった。生半可な力ではスマッシュの装甲を破る事も出来ず、また彼らの力にかかれば通常兵器は鉄くず同然と化してしまうことを人類は思い知らされたのだ。

 

 そして初めてスマッシュが現れてから数か月後、ビルドが出現した。

 ビルドはISでしか倒すことが叶わなかったスマッシュに確かな手応えを与え続け、やがて人類の前で撃破、何よりも成分の浄化という行動を見せつけた。

 

 ビルドの登場は瞬く間に全世界に知られ、注目を浴びるようになった。

 

「まさか……あなたがあの庶民の噂にあった、ビルドという戦士……!」

 

 セシリアの驚きを余所に、ビルドは懐からビルドフォンを取り出すとその中のアプリを1つタッチして起動させる。

 

≪ISモード!≫

 

 機械音声と共に、ビルドフォンは変形を開始。生物の羽よりも飛行機などのウイングをモデルとしたカスタム・ウイングがビルドの背中に装着される。サイズはやや小型で、ビルドの格闘の邪魔にならない程度に自重されている。

 

 今しがたビルドが起動した【ISモード】というのは、ビルドがISと同じ土俵で戦えるようにする為に束が開発した、ビルドフォンに内蔵された特殊アプリだ。

 起動することによってビルドフォン自体はISの基本装備であるカスタム・ウイングとして形成。これによりビルドは飛行可能になるタカやロケットといったフルボトルを使用しなくても空中戦を可能にする。更に装着と同時にビルドにはシールドエネルギーと絶対防御のシステムが搭載され、エネルギーが0になるとビルドは戦闘継続不可能となる。

 ちなみにウイング展開中はアプリ内の機能を殆ど併行使用できる。地図アプリで周辺の地理を開いたり、電話アプリで他ISや通常の電話に通信出来たり、赤外線アプリで疑似ハイパーセンサーのような役割を行ったり。シールドエネルギーという枷があり、ビルドのスマッシュ戦闘時における攻撃性が競技用レベルに引き落とされるが、多様なアプリ機能のノータイム使用や飛行能力を加味すれば環境によってプラスになる機能である。

 

「さぁ、実験を始めようか」

 

 お決まりの台詞を放ちつつ、ビルドはラビットハーフボディの脚部に備わっている跳躍機能を作動。左足のバネ部分が発光すると共に、大地を強く踏み抜いたビルドは空中にいるセシリアに向けて急速で肉薄する。

 

 そのスピードは驚異的で、セシリアは瞠目せざるを得なかった。

 

「速いっ!?」

「そぉい!」

 

 いつの間にか手に持っているドリルクラッシャーをビルドはセシリアに向けて振るう。その攻撃はセシリアが咄嗟にレーザーライフル――スターライトmkⅡの銃身を盾にする事によって防がれ、彼女の身体が後方に吹き飛ばされる形となる。

 

 吹き飛ばされながらも体勢を整え直したセシリアは、すかさずライフルの銃口をビルドに向けて射撃。青い閃光がビルドに襲い掛かる。

 

「ふっ!はっ!……って、結構衝撃来るな、この攻撃」

 

 刀身を高速回転させたドリルクラッシャーで迫るレーザーを弾き防いだビルドであったが、腕にかかる衝撃は中々のものだった。あのレーザーライフル、油断ならない火力を持っているに違いない。

 

「今しがたや先の試合のように、今度は易々と接近させませんわ!」

 

 そう啖呵を切ったセシリアがIS名にもなっているBT兵器、ブルー・ティアーズのビットを3機アーマースカートから射出。4機まで出さなかったのは、先程の試合でビット操作中は自分から攻撃出来ない事が露呈された為に、少しでもビット操作の負担を減らして自分の攻撃の余裕に当てるという目的があるからだ。

 実の所、この行いは今まで全機同時運用を中心に訓練してきたセシリアにとって初めての試みだった。訓練の段階で全機運用中に自分は攻撃が出来ないと悟った彼女は精密なビット操作を第1の目標にし、励み続けてきた。

 しかし、目の前にいる相手は一夏と違って明らかに戦い慣れている。もう油断するつもりはないが、それこそ先程までと同じ戦い方をしていては勝機は薄いだろうと踏んだのだ。

 

「さぁ兎さん、踊りなさいな!」

 

 ビット3機による射撃とセシリアのライフル狙撃が一斉にビルドに向かっていく。

 

 観戦した時よりも一味違う戦いに仮面の下で舌を巻きつつ、ビルドは回避と防御に徹する。

 ラビットタンクの跳躍力を活かす為に、カスタム・ウイングには周辺の空間を固形化して足場にするという機能が搭載されている。これによりビルドは各フォームの機動力を活かした空中戦を行うことが出来るのだ。

 

「そぉい!」

 

 銃撃の嵐を捌きながら、ビルドはドリルクラッシャーをガンモードに切り替え、セシリアに向かって弾丸を放つ。放たれた弾丸は真っ直ぐセシリアの元へ向かっていったが、彼女が横に回避行動を取ってその脇を通り過ぎていく。

 

 ビットを操りながら自身も攻撃するというスタイルの早くも適正してきている。それはセシリアが改めて感じた強い向上心が生み出した成果なのだろう。

 そして彼女はとある確信を得て、4機目のビットを投入。今ならば嘗て為し得なかったことが出来る筈だと。

 

「うおっ、これはちょっとキツイな……!くっ!」

 

 そして彼女の成長は、ビルドをピンチへと追い込んでいく。

 

 更に激しくなる銃撃の嵐に対応を迫られるビルドは、少しずつ肉体への被弾が増え始める。今までこういったタイプの敵を相手にしたことが無かった分、少々分が悪い。

 そしてついに、セシリアのライフルの一撃がビルドに直撃した。ビルドにとって非常に手痛い一撃だ。

 

「ぐぅっ!」

「このまま押し切らせていただきますわ!」

 

 セシリアによる一斉射撃が吹き飛ばされたビルドに襲い掛かるも、ビルドは咄嗟にドリルクラッシャーで薙ぎ払い、被害を最小限に押し留める。

 

「やるねぇ……ちょっと仕切り直すか!」

 

 そう言うとビルドは地面に急降下して着地。更に腰元から茶色のフルボトルを取り出して、それを手早く奮うとブレードモードに戻したドリルクラッシャーに装填した。

 

≪Ready go!≫

 

 刀身に集束された、拳型のエネルギー体。

 

≪ボルテックブレイク!≫

 

 ビルドはそのままハンマーの要領でエネルギー体の纏ったドリルクラッシャーを地面に叩き付けると、強力な衝撃波と砂塵が彼を中心に発生する。それらは四方八方から迫り来るエネルギー攻撃からビルドの身を守ってみせた。

 

 その隙を見計らって戦兎は新たなボトルを2つ取り出し、ラビット&タンクと入れ替えた。

 

≪タカ!≫≪ガトリング!≫

≪ベストマッチ!≫

 

 未だに残る砂煙の中で、ビルドはベルトのレバーをグルグルと回していく。

 

≪Are you ready?≫

「ビルドアップ!」

 

 新たな装甲が形成され、それの装着が完了すると共にビルドは上空に向けて飛び立った。

 

 砂煙の中から真上に飛び出す影に、全員の視線がそちらへと向けられる。

 彼女達が目にしたのは、天に舞い降りた大翼。橙とメタルカラーのクロスボディで、手にはリボルバーサイズのガトリング、ホークガトリンガーが収められている。

 

≪天空の暴れん坊!ホークガトリング!イェア!≫

 

 【ホークガトリングフォーム】

 タカフルボトルとガトリングフルボトルのベストマッチで形成される形態である。

 

 タカハーフボディには翼のユニットが組まれており、これによりビルドに飛行能力を付与させる。更に現在はISモードでカスタム・ウイングを展開しており、それと融合して従来よりも巨大な翼となっているのだ。翼を大きく広げるその姿は、地上の者を威圧させる程の迫力がある。

 ビルドがフォームチェンジをする光景は、対戦相手のセシリアを驚かせてみせる。庶民の俗な噂話だと話半分に聞いていたセシリアは、彼の噂の詳細までは知らなかったのだ。

 

「勝利の法則は、決まった!」

 

 決め台詞と共に、ビルドは翼を羽ばたかせて高速飛行を開始する。先程のラビットタンクの時よりも流動的な飛び方だが、その飛行速度と小回りは段違いだ。その証拠に、先程まで苦しめられていたビットからの多数射撃を難なく躱している。

 

「くっ、姿が変わるだけでここまで性能に変化が起こるなんて……!」

「ま、これがフルボトルの力ってヤツ?後、俺のてんっさいな発明の成果」

 

 ナルシストな言動を通信越しで告げつつ、ビルドは専用武器のホークガトリンガーのマガジン部に手を添えて、そこに回転を起こす。

 

≪10!20!30!≫

 

 ガトリンガーの機械音声が発生。装填完了の合図だ。

 

 ビルドはガトリンガーの照準を4つのビットに合わせると、トリガーを引いて弾丸を発射。文字通り飛ぶように放たれたタカ型の銃弾がビットの射撃を相殺しつつ、4機の内の2機を破壊していく。

 

「っ、わたくしのブルー・ティアーズが……ですが、まだ2機……いえ、4機残っているのをお忘れではなくて!」

 

 その言葉と共に、セシリアはミサイルビットからミサイルを射出。

 

 しかし、ビルドが描いた勝利の法則は崩れていない。彼が導き出した勝利への道は……短期決戦。

 

≪10!20!30!≫

 

 ビルドは誘導ミサイルの追撃から逃れながら、装填を開始。しかし30までで止めていた先程とは違い、彼の手はそこで止まろうとしていない。

 

≪40!50!60!≫

 

 逃走中もビットの援護射撃が加わり、激しく空中を飛び回るビルド。それでも、彼は装填を続けていく。

 

≪70!80!90!≫

 

 攻撃を続けていたセシリアも、反撃せず着々と同じ動作を繰り返すビルドの姿にどこか言い知れぬ不安を掻き立てられて、集中が少し乱れてしまう。

 

 そして。

 

≪100!フルバレット!≫

 

 ホークガトリンガーは、最大装填を完了させた。

 その瞬間にビルドは逃走しながら振り向いて、ビットにもミサイルにもセシリアにも照準を定めて、トリガーを引いた。更にそれら全てを覆う特殊な結界が出現し、隔離させる。

 

 そして銃口から放たれる100の弾丸が空を駆ける。

 一部の弾丸に当たって誘爆したミサイルの爆風を突き抜け、ビットの射撃を弾幕の力で破壊していき、セシリアの元へと飛んでいく。

 

「しまっ――」

 

 セシリアが回避しようとした時には、時既に遅し。既に結界に閉じ込められている彼女に逃げる時間も場所も無かった。

 ライフルの射撃が間に合わなかった彼女は多数被弾して、そのシールドエネルギーをゼロに。

 

「……完敗ですわ」

 

 赤星 戦兎VS.セシリア・オルコット。

 勝利を収めたのは、戦兎であった。

 

 

 

―――続く―――

 




 トライアルフォームを出せなかった事が悔しい……。


■ISモード■
 ビルドフォンのアプリとして内蔵されている、ビルドの外付け機能。ISと試合をする時に必要だろうと、束が事前に開発していた。メリット、デメリットは以下の通り。

【メリット】
・背部に展開されたビルドフォンがカスタム・ウイングとなって装着され、タカやロケット等のフルボトルを使わなくても長時間の飛行を可能とする。また、ベストマッチやトライアルに問わずそれらのフォーム(タカ、ロケット)になる事によって飛行能力が更に上昇する。
・ビルドフォン内の全アプリをノータッチノータイムで使用可能。地図の展開、赤外線による疑似ハイパーセンサー、電話機能からの通信回線、カメラ撮影、音楽再生、テレビ等々。
・展開されたカスタム・ウイングには周辺の空気を凝縮、固形化させる機能が備わっており、ビルドの脚部装甲特有の瞬発力、跳躍力等を空中で活かす事が出来る。
・ビルドフォンにISと同様のエネルギー供給を行うことで再度変身が可能になるエコロジー。

【デメリット】
・シールドエネルギーという概念が発生することによって、それが0になると本人が戦闘継続な状態でもビルドの戦闘機能が停止し、戦闘不可能状態に陥る。エネルギーは攻撃を受けた際に減少する。
・シールドが展開しない為、敵の攻撃は通常通りダイレクトに伝わる。代わりに各フォームの防御機能は健在。
・攻撃性能が競技用ISレベルにまで引き落とされる。

■ホークガトリングフォーム■
【身長】193cm
【体重】107kg
【パンチ力】9.7t(右腕)10.0t(左腕)
【キック力】13.5t(右脚)14.2t(左脚)
【ジャンプ力】41.7m
【走力】5.8秒

―タカハーフボディ―
①ソレスタルウィング:背中の可変飛行ユニット。内蔵エアブースターを稼働させることで高速飛行が可能になる。巨大化した翼で身を包み、敵の攻撃を防ぐことも。
②BLDストームショルダー:右肩部。内蔵エアスラスターを利用して飛行中の姿勢制御を行う。
③ブラストチェストアーマー:胸部の軽量装甲。激しく渦巻く空気のシールドを纏い、急降下突撃の威力を引き上げる。
④フライハイアーム:右腕部。高圧エアを利用して腕部の運動能力を向上させており、高速パンチを繰り出すことが出来る。
⑤BLDストームグローブ:右拳の強化グローブ。安定した素早い動作が可能なため、ホークガトリンガー等の武器を用いた攻撃を得意とする。
⑥フライハイレッグ:左脚部。高圧エアを利用して脚部の運動性能を向上させており、高速キックを繰り出すことが出来る。
⑥スカイクローシューズ:左足のバトルシューズ。脚先に隠した鋭い爪をキック攻撃時に展開し、敵に痛撃を与える。

―ガトリングハーフボディ―
①アームドチェストアーマー:胸部の重装甲。高精度のパーツを隙間無く組み合わせることで、物理攻撃に対する強度を高めている。敵の防御特性に応じた特殊弾を生成し、装備中の武器に装填する。
②BLDガンナーショルダー:左肩部。変身者の射撃動作等を最適化し、銃撃と格闘を組み合わせた高度な戦闘を可能にする。
③ガンメタルアーム;左腕部。防御に優れた重装甲で覆われており、重い鉄材を叩き付けるようなパンチで敵に衝撃ダメージを与える。
④BLDガンナーグローブ:左拳。グローブ表面を特殊火薬で覆い、爆発を伴うパンチで敵を吹き飛ばすことが可能。
⑤ガンメタルレッグ:右脚部。防御に優れた重装甲で覆われており、重い鉄材を叩き付けるようなキックで敵に衝撃ダメージを与える。
⑥ガンバトルシューズ:右足。シューズ表面を特殊火薬で覆い、爆発を伴うキックで敵を消し飛ばす。



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第6話 忍びのエンターテイナー=ニンニンコミック

 戦兎とセシリアの試合が終わった後、アリーナの空気は未だに熱を保ったままであった。というのも、その理由は戦兎が変身したビルドにある。

 ビルドとは、ここ数年になって現れた正体不明の戦士。同様に突如として現れたスマッシュが人類に牙を向くのに対し、ビルドはそのスマッシュに敢然と立ち向かい、人類の味方をしてくれている。直接助けられた者やその活躍を聞いて憧れを抱いた者は、彼のことを正義のヒーローとも呼んでいる程の評判だ。

 

 この世界にはとある都市伝説が存在する。この世には人類を脅かす怪人から人々を守る為に戦う、仮面の戦士がいるという伝説を。

 その戦士の称号として、人々は……。

 

「っと、待たせたな」

 

 ISの調整と補充を完了させた一夏がピットから出てきて、先にアリーナで待っていた戦兎の前で着地する。彼の登場と共に観客の方から黄色い声援が迸る。

 

「今度は俺たちで勝負か……正々堂々と勝負しようぜ!」

「おう。ま、いい実験にしような」

「実験……?というか戦兎、お前があのビルドだったんだな!ビックリしたよ!」

 

 ふんす、と鼻息を荒げんばかりに興奮している一夏であるが、その対象である戦兎は特に何の抑揚も示さない。現在進行形で憧れの視線を彼から向けられているが、それでもだ。

 

「ん?おう、そんなに珍しいことか?」

「珍しいってお前、あの有名な仮面ライダーがこうして近くにいるなんて、テンション上がらない方がおかしいだろっ?」

「仮面……なんて?」

「仮面ライダーだよ、仮面ライダー。お前あの都市伝説知らないのか?」

 

 世の為人の為、人類の自由を守る為に戦う仮面の戦士、その名は仮面ライダー。

 幼い頃から千冬に守られ続けてきた影響で、誰かを守るということに強い憧れを抱いていた一夏にとっては、その戦士もまた尊敬の対象に含まれていた。実際に見たことこそないが、ネットなどで活躍を聞く度に一夏は子供のように喜んでいた。

 

 熱心に仮面ライダーのことを語られた戦兎は、ふーんと相槌を打つ。しかしその声色は少々高まっていた。彼も彼で、その単語にどこか惹かれていた。

 

「仮面ライダー、ねぇ。そうなると俺の場合は……仮面ライダービルド、か」

「おっ、言ってみるとなんかシックリくるじゃん」

「奇遇だな、俺もそう思ったところだ」

『織斑、赤星、時間が押しているからさっさと試合を開始しろ』

 

 2人で共感し合っていると、管制室の千冬からスピーカーで注意が入る。アリーナの貸出時間は限られているので、あまり長々としていると面倒なことになってしまうのだ。

 

 戦兎はいつものようにドライバーとボトルを準備する。

 

「ま、そういうことらしいから……実験開始といこうか」

 

 彼の手に握られているのは、先程の試合でも使った茶色のフルボトル、ゴリラフルボトルと未使用の赤いフルボトル。赤い方には消防車のデザインが施されている。

 それらをシャカシャカと振り、ベルトに装填する。

 

≪ゴリラ!≫≪消防車!≫

 

 レバーを回し、戦兎の前後にスナップライドビルダーを通して茶色と赤色のハーフボディが形成されていく。

 

≪Are you ready?≫

「変身!」

 

 戦兎は2つのハーフボディに挟まれて、変身を遂げる。大型グローブが装着された右腕部と胸部の重装甲が特徴のゴリラハーフボディ、左腕部に付属されているラダー型の放水銃が大きく目立つ、消防車ハーフボディ。

 【トライアルフォーム・ゴリラ消防車】、ゴリラフルボトルと消防車フルボトルを用いて変身した、トライアルフォームの1つだ。

 

「おぉ!やっぱり生で見る変身って格好いいな!」

「いやぁ、それほどでも」

≪ISモード!≫

 

 セシリア戦の時と同様に、ビルドフォンでビルドの仕様をISモードに変更。変形したビルドフォンの翼が背部に装着される。どうでもいいが、非常に操作し辛そうな両腕である。

 

「それじゃあ行くぜ!」

 

 ビルドは一気に踏み込むと共に、ゴリラ側のアームで一夏に向かって殴り掛かる。共に地上に足を着けている為、通常のスマッシュとの戦闘に倣った戦法を初手で行った様子。

 

 一夏は迫り来るパンチを横に躱し、その勢いで愛刀の雪片弐型を水平に振るう。刀はビルド左腕部の放水銃によって防がれ、その隙に再び剛腕が襲い掛かる。

 完全に敵の間合いに入っている一夏は止む無く刀を盾にして防ごうとするが、その衝撃は予想を遥かに上回るものだった。

 

「ぐ、おぉう!?」

「いやぁ、きつそうだなソレ」

 

 他人事のようにカラカラと笑い飛ばすビルドだが、一夏からすればたまったものではない。何せラグビー選手に全力でタックルされたような感覚を覚えたからだ。それもISによる防護があった上でだ。

 

「モロに食らうのが嫌なら、遠距離に切り替えてもいいんだぞ?チラッチラッ」

「何だその露骨な目配せ。っていうかこれしか武器がないんだよ!銃が使いたくても使えないんだよ!」

「まぁ、知ってるんだけどな」

「チクショウ!」

 

 軽口を言い合いながらも、2人の応酬は継続されている。片や拳を、片や剣を相手の身体に叩き込もうと回避と組み合わせながら立ち回っていく。

 

 その中でビルドは地を蹴って一旦一夏と距離を取ると、彼に放水銃を突きつけた。銃口からは高圧の水がビームのように射出され、彼に目掛けて浴びせられる。

 

「パンチだと思った?残念!水鉄砲でした!」

「わぷっ!?いや水鉄砲ってレベルじゃねーから!」

 

 ISのバリアで水に滴る心配は無いのだが、水の勢いが強い所為で衝撃が強いのなんの。もしISの防護が無ければ更に爽快なリアクションになっていたに違いない。

 

「水鉄砲からの~そぉい!」

「ぐあぁっ!?」

 

 放水銃で行えるのは単なる放水だけではない。水圧を更に高め、銃を振るいながら撃つことによって放たれる攻撃は水の刃、ウォーターカッターとなる。

 鉄をも切り裂く高圧水刃は一夏に目掛けて放たれ、その衝撃で彼を吹き飛ばしてみせた。

 

 頃合いを見て、ビルドはフルボトルを入れ替える。

 

≪タカ!≫≪ダイヤモンド!≫

≪Are you ready?≫

「ビルドアップ!」

 

 ボトルの装填とレバーの回転を済ませ、ビルドは【トライアルフォーム・タカダイヤモンド】にフォームチェンジする。

 タカの能力によってカスタム・ウイングは強化され、その大きな翼を翻してビルドは天高く飛翔する。

 

「さぁ、次は空で戦おうか!」

「くっ……望むところだ!」

「フロート(笑)」

「俺は普通に飛べるわ!」

 

 空に飛び上がる一夏の到着に備えて、ビルドはドリルクラッシャーを構える。

 

「うおおぉぉ!!」

「ほいっと!」

 

 両者が空中で激突する。互いの得物がぶつかり合い、確かな衝撃が周囲に広がっていく。

 ガキィン!ガキィン!と幾度となく発せられる金属音。雪片の鋭い刃とドリルクラッシャーの回転刃が真っ向から衝突し、互角の攻防を繰り広げ始めている。

 

「やるな戦兎……だけど俺には、剣道で培ってきた確かな技術がある!」

「お婆ちゃんが言っていた……女の子を弄ぶような男は天や人が許そうともこの私が許さん、とな」

「やたらカッコイイなお婆ちゃん!?というかそれは剣道じゃなくて天道!」

 

 ちなみにビルドがその言葉をチョイスしたのは、特に理由は無い。眼前にいる男が恋する乙女を無意識に弄ぶ天然タラシだということは知る由も無い。

 

 そしてここで、一夏は剣劇の中からビルドの隙を見つけ出した。

 

「もらった!」

 

 鋭い斬撃を放つ。放たれた一撃はビルドのダイヤモンド側の脚部を捉え、斬り込んだ。

 ……が、メチャクチャ硬かった。

 

「……は?」

 

 カァーン、と音が響くと共に雪片の刃が弾かれてしまった。

 余波で痺れる手元に構わず、一夏は思わず呆けた声をあげる。

 

「とぅっ」

「あだっ!?」

 

 そこへビルドの蹴りが一発。一夏は再び吹き飛ばされてしまう。

 

「いやちょっと待った。硬い、硬すぎる」

「だってダイヤモンドだし。実物はトンカチの一撃にも砕けたりするけど……まぁフルボトルの場合はその辺りの勝手が違うからな」

「そうかよ……だったら、こいつならどうだっ!」

 

 そう言うと一夏はブレードのギミックを変形させ、エネルギーの刃を展開させた。最初の試合の終盤でも披露していた技であるが、一夏が突然のエネルギー切れを起こした為に不発に終わってしまっていた。

 

 エネルギー切れの理由は長時間の戦闘が理由だと踏んでいたビルドは、改めて雪片を興味深そうに見やる。

 

「ふぅむ……物理では無くエネルギーによる近接攻撃、って所か。攻撃の種類を切り替えられるっていうのは中々に面白いな」

「さぁ、今度はこっちから行くぜ!」

「ふふん、甘い甘い。このダイヤモンドにはエネルギー攻撃を反射させる特殊なシールドを作り出すことが出来てだな……」

 

 ビルドはそう言って手を前に翳すと、迫り来る一夏と自信の間にダイヤモンド型のエネルギー防壁を出現させてみせた。太陽光を浴びて宝石の盾が美しく輝いている。

 

 が、壁は一夏の斬撃によって豆腐のようにスパッと斬られてしまった。

 

「うそーん!?」

「まだだぜっ!」

「う、おおっ!?」

 

 動揺して動けなかったビルドに追い打ちが入る。一夏の斬撃が肩から入り、強固な装甲に激しい火花を吹き上がらせた。咄嗟に身を下げたので良かったが、まともにくらっていたらこの試合は終わっていただろう。一夏の勝利という形で。

 零落白夜。エネルギー兵器の類いを無効化させ、相手のシールドバリアーも無視して攻撃する事が出来る、白式のワンオフ・アビリティである。攻撃力が凄まじい分、自身のシールドエネルギーを激しく消耗するという諸刃の剣でもある。

 

 流石のビルドも、ダイヤモンドボディがここまで盛大にダメージを与えられるとは思わなかった。現在所持しているフルボトルの中で最も防御力に優れたその能力は、これまでのスマッシュとの戦いでも重宝してきたほどで、確かな実績がある。

 それをこうもあっさりと破ってみせたのだから、ビルドからしてみれば驚かない方がおかしいレベルである。

 

「うおぉ、やっべ……今のでシールドエネルギーめっちゃ削られてるじゃん」

「へへっ、どうだ戦兎!俺を嘗めて掛かると痛い目見るぜ!」

 

 初めてビルドに一泡吹かせた感触が嬉しくて、声をやや弾ませながら再び剣を構える。次に再び零落白夜を決めることが出来れば、一夏の勝利となる。

 

「うーん……成程、大体分かった。こりゃベストマッチで挑んだ方が良さそうだな」

 

 ビルドはそう判断すると、急降下を開始。タカボディの恩恵で急降下の負担が極端に減っている状態で降りた彼の手際は迅速であった。

 一夏が地上に降りた彼を負い掛けようと、同様にビルド目掛けて急降下を試みるが、ビルドはそれに備えて地面を足で踏み砕くと、その瓦礫を能力によってダイヤモンドへと変質させてみせた。

 そしてそれを降りて来る一夏に目掛けて一斉に投擲。ダイヤモンドのショットガンという豪勢な攻撃は回避しきれなかった一夏に直撃し、軌道がずれてビルドとは別の地点に墜落する。

 その間にビルドは、更なるフォームチェンジを行おうとする。その手には昨今完成した2つのフルボトルが備わっていた。

 

≪忍者!≫≪コミック!≫

≪ベストマッチ!≫

 

 手裏剣のデザインが彫られている紫のフルボトルと、漫画で使われる吹き出しや枠が描かれている浅黄色のフルボトル。

 

≪Are you ready?≫

「ビルドアップ!」

 

 2つのハーフボディに挟まれ、ビルドの姿が再び変わる。

 腕部と脚部に鎖帷子型の装甲が施された紫色のボディと、手足にペンや漫画の原稿の意匠が入っている浅黄色のボディ。

 

≪忍のエンターテイナー!ニンニンコミック!イェイィ……!≫

 

 そのフォームの名称は【ビルド・ニンニンコミックフォーム】。

 

「また姿が変わった!?」

「変わったのは、見た目だけではございませんってね」

≪4コマ忍法刀!≫

 

 ビルドは忍者フォーム専用の武器【4コマ忍法刀】を召喚。

 刀身にはマンガのようなイラストが描かれており、剣先がペンの形になっているという非常に独特なデザインだ。コミックフルボトルが手元に届くまでは只の剣だったものを、戦兎が直観と閃きでコミック要素を追加、そして現在に至るわけである。

 

 しかし、当の一夏の反応はというと……。

 

「それ……刀か?すげーヘンテコなデザインだな」

「ふっ……てんっさいのセンスっていうのはな、一般ピーポーには追いつけない高みにあるんだよ」

「あぁうん、そう」

 

 ビルドが4コマ忍法刀に備え付けられているトリガーを4回素早く引くと、武器から音声が発生する。

 

≪隠れ身の術!ドロン≫

 

 その瞬間、一夏とビルドの周囲に濃密な煙幕が発生。白煙は5m先の視界も満足に見れない程の濃度でアリーナの中心を覆い隠してしまう。

 

 突然の煙幕に困惑する一夏を余所に、ビルドは刀を構えて彼に近接し斬りかかる。奇抜な意匠ではあるが、切れ味は折り紙付きだ。

 

「ぐあっ!?……くそっ、こんな濃い煙幕の中でどうやって……!?」

「そりゃお前、ISのハイパーセンサー使えばなんとかなるだろ。俺の場合は忍者フォームの機能だけど」

「……あ、成程!」

「まぁ、気付くのがちょっと遅かったけど」

「ふえっ?……うおぉ!?」

 

 ビルドの言葉に気を取られていた一夏が、突然転倒した。操作ミスによるものではない、原因は彼の足元に落ちていた物であった。

 バナナの皮が落ちていた。それも通常サイズでは無く、ISの装甲スケールに合わせた大きさのものが。

 

「な、何でこんな所にバナナの皮が……っていうかデカっ!?」

「ふふーん、こいつの力だよ、こいつの」

 

 クイクイ、と浅黄側の腕部に装備されているペン型の装備を見せびらかすビルド。

 【リアライズペインター】と呼ばれるこの箇所は、描いた物を実体化させる能力がある。実体化した物は描き手のイメージ通りの能力や効果を発揮し、今回出現させたバナナも特別にスリップ性が高くなるようにされていた。

 ちなみに、戦兎自身の画力が未熟なのでこの能力を十二分に発揮出来ないことが痛手である。今回のような簡単な物なら描けるが、あまり凝った物は描けないのだ。

 

 転んで体勢が崩れている一夏に対して、ビルドがフィナーレを迎えようと動き出す。

 

「さぁ、勝利の法則は決まった」

 

 忍法刀のトリガーが、1回引かれる。

 

≪分身の術!≫

 

 音声と共に、ビルドの姿に異変が起こる。

 正確に表現すると、ビルドの身体にブレが生じた直後にその人数が2人に増えていたのだ。

 

「え、双子っ?」

 

 突然ビルドが増えたことを目の当たりにして困惑する一夏。どちらを見比べても、頭の先からつま先まで姿がそっくりであった。

 

 が、更にビルドがもう1人増えた。

 

「三つ子かぁ!?」

 

 違う、そうじゃない。

 変な方向に解釈している一夏を放置して、ビルドは4人、5人とその数を徐々に増やしていく。

 最終的にビルドは合計6人にまで増え、各々が忍法刀のトリガーを2回引く。

 

≪火遁の術!≫

 

 全員の刀の刀身に炎が纏われる。火遁の術が発動したことにより、炎属性が刀に付与されたのだ。

 そしてその状態から放たれる強力な斬撃技、その名前は……。

 

≪火炎斬り!≫

 

 豪烈な炎が一夏へと真っ直ぐ向かって行き、彼の身体を覆う。強い火力を伴ったそれは白式のシールドエネルギーを大量に削っていき、やがてその数値を0にまで到達させた。

 

 白式、戦闘不能。

 

「……はぁ、結局2敗かよ。締まらないなぁ」

 

 赤星 戦兎VS.織斑 一夏。

 波乱万丈な勝負の行方は、戦兎の勝利という結果で収束した。

 

 

 

―――続く―――

 




■ニンニンコミックフォーム■
【身長】194cm
【体重】90.5kg
【パンチ力】11.1t(右腕)8.8t(左腕)
【キック力】10.1t(右脚)22.2t(左脚)
【ジャンプ力】45.4m
【走力】4.2秒

―忍者ハーフボディ―
①シャドウチェストアーマー:胸部の軽量装甲。黒い影のような残像を生み出し、敵を惑わせることが可能。内部センサーで敵の殺気を感知し、攻撃機動を予測して最小限の動きで回避するようサポートされる。
②BLDシノビショルダー:右肩部:防刃性に優れた【メタルカタビラ】を使用しており、斬撃によるダメージを防ぐことが可能。また、伸縮素材が腕部の動作を最適化し、攻撃速度を高める。
③ステルスラッシュアーム:右腕部。高い隠密性を備えており、行動音と気配を消し去れる。内部には忍者道具や暗器が仕込まれている。
④BLDシノビグローブ:右拳のグローブ。器用さと素早さが高く、4コマ忍法刀による巧みな斬撃を得意とする。
⑤オンミツスカーフ:伸縮性に優れた光学迷彩スカーフとなっており、全身を覆い隠せば周囲の景色と同化出来る。遠くの敵を捕縛する為に、自動巻き付き装置が備わっている。
⑥ステルスラッシュレッグ:左脚部。高い隠密性を備えており、行動音と気配を消し去れる。内部には忍者道具や暗器が仕込まれている。
⑦カクレイダーシューズ:左足のバトルシューズ。身軽でアクロバティックな動き・攻撃を得意とする。また、踏むと感電・気絶する【スタンマキビシ】を移動経路に自動でばら撒く機能を備えている。

―コミックハーフボディ―
①カートゥーンチェストアーマー:胸部の多重装甲。漫画が描かれた原稿用紙数千枚が重なり、高い防御力となっている。
②BLDマンガカクショルダー:左肩部。自動製本機能が組み込まれており、完成した原稿を取り込んで印刷・製本する役割を持つ。
③エンターテイナーアーム:左腕部。笑いを誘う奇抜な動きを得意としており、不思議な挙動から予測不能な攻撃の繰り出すことが出来る。
④リアライズペインター:左腕のペン型実体化装置。左腕のペンで描いた物を実体化させることが可能。実体化した絵は描き手のイメージ通りの能力や効果を発揮する。
⑤BLDマンガカクグローブ:左手のグローブ。激しい戦闘から左手を保護しつつ、電気刺激で手首のコリをほぐし、長時間作業の負担を軽減する。
⑥エンターテイナーレッグ:右脚部。笑いを誘う奇抜な動きを得意としており、不思議な挙動から予測不能な攻撃の繰り出すことが出来る。
⑦クイックドロウシューズ:右足のバトルシューズ。走りながら特殊インクを噴射し、地面に絵を描くことが出来る。先端は非常に鋭く、キックで敵の装甲を貫く。


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第7話 忍び寄る悪意=少女の危機

 

 クラス代表を決める為の決闘が終了し、翌日のSHRにて真耶の口からクラス代表が発表された。

 決闘の戦績は、戦兎が2勝でセシリアが1勝、一夏が勝利無しという結果に収まった。結果的に見れば一番成績の良かった戦兎がクラス代表になるところなのだが……。

 

「というわけでクラス代表は、織斑くんに決まりました!皆さん拍手ー」

「「「「「「フォォォォォォォウ!!」」」」」」

 

 

クラス代表になったのは一夏であった。当の本人は自分がなるとは思っていなかったらしく、周りの喧騒に置き去られて茫然としている。が、すぐ我に返るとガタッと席を立つ。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!俺、1回も勝ててなかったんですけど……」

「あ、それなんですけどね。オルコットさんと赤星くんが辞退したからなんです」

「じ、辞退!?なんで!?」

 

 名前が挙がった2人に向き直る一夏。しかし赤星もセシリアも何食わぬ顔で着席したままであった。

 

「だってクラス代表になったら俺の研究や発明の時間が削れるじゃん?嫌だよ」

「わたくしも、先日はこの場で大変失礼な発言をしてしまいました。代表候補生という立場ではあってはならない発言の数々、そのような無礼を働いてしまったわたくしにクラス代表になる資格はありませんわ」

「つまり」

「一夏さんがクラス代表に」

「なるしかないってことだ」

「皆さんも、きっとそれを望んでいますわ!」

「ですわ!」

「ええい、交互に喋るなややこしい!そして最後の最後を適当な相槌で済ますな!」

 

 そんな一夏の抗議も虚しく、周りのクラスメイトは戦兎とセシリアの言葉に賛成して一夏のクラス代表を支持している。残念ながらこの場に一夏の味方はいない。

 

「そういうことだ織斑。勝利した者には権利が与えられるが、全敗したお前に拒否権など与えられない。大人しくクラス代表に就任しろ」

「ど、どうしてこうなった……」

 

 これで決まりだ。

 

 

 

――――――――――

 

「ふんふんふーん……」

 

 放課後、戦兎は自身の寮室であるプレハブ小屋の研究スペースにて各ウェポンのチェックを行っていた。ドリルクラッシャーを分解し、駆動部に緩みが無いかを確かめる。今回はセシリアとの試合でも一夏との試合でも活躍してくれたので、点検は念入りに。

 

 今頃は食堂で一夏のクラス代表就任記念パーティが行われていることだろう。1組で料理やお菓子やジュースを持ち寄ってワイワイする、ありふれたパーティだ。

 

 しかし戦兎はそのパーティには出席せず、こうして部屋でビルドの装備を構っている。クラスメイトたち、特に一夏からは出席してくれと強くせがまれた為、途中からの参加ということでその話は決着がついている。

 パーティには戦兎の好物である甘い物も用意されており、その辺りを聞けば彼も出席したくなる。だが彼にとっては食欲以上にビルドの方が大事なので、先ずはこちらの方に手を付けたかったのだ。

 

 すると、机上のビルドフォンに着信が入った。

 戦兎がそれを手に取って電話に出ると、相手の声が届く。

 

『よう戦兎、調子はどうだ?』

「あぁ、マスター」

 

 相手は戦兎がマスターと呼んでいる、1人の男性であった。

 男の名前は【石動 惣一】。【nascita】という喫茶店のマスターで、戦兎も名前ではなくそちらで普段から呼んでいる。元々は宇宙飛行士で、10年前から束と面識があるという由縁で戦兎も彼と知り合うようになった。

 

「もしかして、スマッシュかっ?」

『残念ながら、スマッシュの目撃情報は無い。まぁ久しぶりに世間話でもと思ってな』

「なんだ……」

『おいおい、そんな露骨に残念そうな声するなよぉ。48歳が年甲斐も無く泣いちゃうぞ?』

 

 マスターが戦兎に協力している内容は、スマッシュの目撃情報を彼に伝えること。

 マスターはネットで開いている【スマッシュがいまっしゅ!】という独自のサイトを運営しており、そこにはスマッシュを目撃した一般人が情報を書き込むことが可能である。『自分の情報で仮面ライダーが助けに来てくれる、自分は人助けに貢献している』という心理を利用して現場の情報を集め、授業や研究などで情報チェックが疎かになる戦兎にマスターが届けるといった仕組みになっている。初期は悪戯も少なくはなかったが、今ではその辺りは改善されており、確かな情報筋も出来ている。

 

『ところでどうよ、女の園に入った感想は?』

「男女比率は予想通りだったな。いや予想外ならそれはそれで驚くけど」

『かぁっ……お前ってば本当になぁ。そういうことを聞きたいんじゃないんだよ俺は。もっとこう、かわい子ちゃんがいたとかそういうのをさぁ期待してるんだよ』

「かわい子ちゃん?いや、そんな名前の女子は聞いたこと無いけど」

『なんだよその酒の席で酔っ払って決めたような名前。違う違う、可愛い子、見た目がいい子のこと!』

「見た目?全体的に顔立ちは整ってると思うぞ、客観的に見て」

 

 マスターの質問に対して、なんともドライな返しをする戦兎。

 戦兎にとって男女の違いは興味が無いに等しい。女子しかいないこのIS学園に編入されられて一夏が心労を増やしていたのに対し、戦兎は何とも思っていなかった。尤も、束に拾われた時から彼の周りには彼女とクロエという女性メンバーしかいなかったのだが。

 

 マスターもマスターで、そんな戦兎の性分を何とか直してみようと話題を吹っかけ続けているのだが、これが中々上手くいかない。マスター曰く、折角の青春時代に研究ばかりにかまけているのは流石に泣ける……とのこと。

 

『はぁ、お前ってやつは……果たして在学中に恋人が出来るのやら。あ、美空は絶対に渡さんからな』

「美空がどうかしたのか?」

『気にすんなよ。ツッコんだらウチのコーヒーお預けだかんな』

「はぁ、まぁいいけど」

 

 マスターの淹れるコーヒーは、不味い。本人自慢のオリジナルブレンド【nascitaで何シタ?】は作る本人も認めるほどに不味い。現在は豆から拘ろうかと栽培面にも目を向け始めているが、未だ実現は叶っていない模様。

 ちなみに、戦兎は普通にそのコーヒーを飲めたりする。彼曰く、刺激的な味わいのコーヒーらしい。尤も、砂糖をガンガン入れるのが彼のスタイルだが。

 

『そう言えばお前、休日とかはこっちに遊びに来れたり出来るの?』

「ん?まぁ大丈夫だと思うけど」

『おっ、ならいいな。折角だからそっちで出来た友達を誘って来いよ。コーヒーのサービスくらいはしてやるからさ』

「でもサービスなんかしたら、只でさえ客足が悪くて儲かってない店が潤わないんじゃ――」

『うっせ!その分、食いもんから徴収するからな覚えてろよ』

 

 恨めしそうに台詞を吐き捨てるマスターと、自分よりも二回り上の大人をフッと鼻で笑う戦兎。

 そんな2人も知り合ってから数年。浅からぬ縁が確かにそこにある。

 

 

 

――――――――――

 

「えっと、この先の道を行けばIS学園ね……」

 

 夜。1人の少女が人気の少ない道を歩いている。

 少女の名前は凰 鈴音。中国の代表候補生にして、専用機【甲龍】を持つ者である。ボストンバッグ片手にその足が目指す先はIS学園、彼女はそこに転校することになったのである。

 4月の中旬にも満たない非常に中途半端な転校だが、それも全て彼女の想い人がIS学園にいるという理由から。

 

「一夏のやつ、男でIS動かすって何やってんのよホントに。実は女だったとか?」

 

 そう独りごちる彼女の口元は緩んでいた。言葉は相手に呆れているような印象だが、どこか嬉しそうにもしている。

 織斑 一夏がISを動かしたというニュースを聞いた途端、自分がISの操縦者になったのは運命だったんだと鈴音は直感した。当初はIS学園に興味が無かったので入学は辞退していたが、彼が入学すると決めた途端に掌を返して軍部にIS学園への入学を希望し、現在に至る。非常に無茶苦茶な話だと思うが筆記も実技もクリアー、特に実技はトップクラスの成績を収めるなど、確かな実力を彼女は有していた。

 

 IS学園に着けば、彼に会える。

 そう思うと鈴音の足取りは更に軽くなった。

 

 

 

 

 

『随分とご機嫌だな、凰 鈴音』

 

 しかし、上機嫌も長くは続かなかった。

 突然自分に掛けられた声に、鈴音は素早くそちらを振り返った。彼女が視線を向けた先は、暗い夜道とそれを照らす一筋の街路灯。

 

 暗闇の中から現れたその人物は、灯りに照らされてその姿を露わにする。

 生身の身体とはかけ離れた黒いボディスーツ、上半身には銀の装甲が施されており、肩辺りには煙突状のパーツが複数並んでいる。更に胸部とマスクのアイ部分は金色の蝙蝠状のデザインがある。

 それは一般人と名乗るには明らかに異形な存在だった。

 

「誰よあんた、不審者で通報するわよ」

 

 警戒心を露わにする鈴音。コスプレイヤーという線も無くはないが、名前を呼ばれた時点で彼女の中で可能性は0になっていた。単なるコスプレイヤーが、IS学園に転入するという報道が一切起きていないのにこんな夜道に出くわして、自分の名前を呼ぶなど有り得ない。

 

 しかしコウモリの怪人は鈴音の鋭い眼光にも全く意を介していない。

 

『なに、IS学園へ強引に転入できた貴様に我々からプレゼントを贈ろうと思ってな』

「はんっ、プレゼント?だったらせめてサンタの格好でもしてきなさいよ。そんなナリで贈り物したって危ない仕事にしか見えないのよ」

『御託はいいから素直に受け取っておけ。なにしろ……』

 

 コウモリの怪人は手に隠し持っていたライフル【トランスチームガン・ライフルモード】のバルブ部分に手を掛け、その部分を回転させる。

 

≪デビルスチーム!≫

 

 そしてその照準を、鈴音へと向けた。

 

『織斑 一夏と感動の再会が出来る舞台を用意してやるんだからな』

「えっ……!?」

 

 コウモリ怪人の口から良く知っている人物の名前が出たことによって、鈴音は思わずそれに気を取られてしまう。

 だが、その一瞬の隙が命取りとなる。

 

 ライフルから射出された弾丸が、真っ直ぐに鈴音の身体に向かって放たれ、そして命中する。ISを展開出来ていれば防げていた攻撃を、鈴音は隙を見せたために受けてしまったのだ。

 弾丸は鈴音の身体に直撃した瞬間に炸裂し、彼女を覆い尽くすほどの黒い煙が出現する。

 

「嘘っ、何こ――が、あ゛ぁっ!?」

 

 煙の影響で苦しみ悶える鈴音。既に彼女の精神状態はISを起動することもままならないほどであった。

 

『そういえば、まだ名前を名乗っていなかったな』

 

 未だ黒煙の中で苦しんでいる鈴音に向けて、淡々とコウモリの怪人は言葉を投げ掛けた。今の鈴音にその言葉が届くことは無いと知っていながら。

 

『私の名前は……【ナイトローグ】だ』

 

 コウモリの怪人――ナイトローグは背中の羽根を広げ、飛翔する。雲から現れた月によって照らされたその姿は、まさに夜を駆ける1匹の蝙蝠であった。

 

 

―――続く―――

 



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第8話 暴れる炎=戦兎の優先事項

「ねぇねぇ聞いた?今日来る転校生の噂」

「転校生?この時期に?」

「そうなの、なんでも中国の代表候補生なんだって」

 

 戦兎たちによるクラス代表決定戦から早数日。

 噂に敏感な女性らしく、現在IS学園では中国からやってくる転校生の話題で持ちきりだった。転入には別途の試験の他にも国の推薦が必要な為、それらの難題を乗り越えてやってくるというのだから、これから学園に訪れる少女に注目が集まるのは必然だった。

 

 一夏とその周りにいる少女達も、その噂を話題にしていた。

 

「どんな奴なんだろうな?」

「代表候補生とは聞いていますが、まぁどのような方であろうともこのわたくしの前では霞んでしまいますわね」

「そもそも一夏、今のお前に余所のクラスの転入生を気にしている余裕があるのか?」

「いや気にするくらいはいいだろ……なぁ、戦兎はどう思う?」

 

 一夏より少し離れた席に座っている戦兎に声が掛かる。

 彼は彼で板チョコを齧りながら手持ちのフルボトルをチェックしていた為、漸くその輪に混ざる形となる。

 

「んー?何が?」

「いや、何がって今日来る転校生の……っていうか教室にお菓子持ち込むなよ、千冬姉に怒られるぞ」

「へーきへーき、ちゃんと食べ切れば何も問題無し」

「ねーねーせんとっと~、わたしにもお菓子ちょうだーい」

「ア○フォートを奢ってやろう」

「わ~い!9枚でいいよ~」

「やだ……俺の取り分、少なすぎ……!?」

 

 お菓子大好き同盟の一員である本音とお菓子の話で盛り上がる戦兎。聞くまでも無く、彼は転校生に関して興味を持っていない事が分かる。

 

 戦兎と共に学園生活を送って来た一夏を始めとする1組の生徒は、ここ最近で彼がどういった人物かある程度分かるようになった。

 1つ、授業の出席や門限等の一部のこと以外に関してはかなりマイペース。

 2つ、研究や発明が大好きで、甘い物が好物だということ。

 3つ、それ以外のことに関しては驚くほど関心が希薄だということ。

 

 人付き合いに関しては特に問題無い。受け答えは素直で棘も無く、接しやすい部類に入るであろう。

 ただ少々、淡泊というか素っ気ないというか、どこかあっさりし過ぎているというのは会話している少女達にとっては気になる所であった。研究や甘い物絡みの話題になると饒舌になるのだが、彼の興味対象外の話題については『ふーん』『そうなのか』と話を簡単に完結させられてしまうのだ。次なんて無い。(無慈悲)

 

「とにかく、織斑くんには頑張ってもらわないとね!」

「うんうん!学食デザートのフリーパス、織斑くんに掛かってるんだから!」

 

 ちなみに今回のクラス代表対抗戦を優勝した暁には、代表のクラスに対して食堂で提供されるデザートを無料で食べられるフリーパスが贈与される。有効期限は半年で、2学期の半ばまでの間なら自由に甘味を堪能出来るのだ。

 

 そしてその話題に食い付かない超甘党の戦兎ではなかった。

 

「っ!」

「うおっ?何だよ戦兎、急に立ち上がったりして」

「いひか、へっはいいはへお」

「アル○ォート食ってから喋ろよ」

 

 TAKE2。

 

「っ!」

「うおっ?何だよ戦兎、急に……ってそこまでやり直さなくていいから」

「一夏、絶対に勝てよ。いいか?難波重工の最終兵器みたく、お前に敗北は許されないからな」

「いやあの最終兵器は割と敗北してたような……あぁ分かった分かった!ちゃんと勝つからそのマジ顔を近づけるのは怖いから止めろォ!」

 

 入学以前から束に数千万円規模の小遣いを貰い続けている戦兎ではあるが、無償でデザートを堪能出来るという魅力にはやはりとりつかれない訳なかった。尚、浮いたお金は開発に回るつもりの模様。

 

「本当に戦兎さんはデザートがお好きなのですわね……あの執念には驚かされますわ」

「…………」

「あら、どうかなさいましたの?」

「……いや、なんでもない」

 

 セシリアが隣にいた箒の様子が少しおかしかったことに気付き、声を掛けるがそのような返しがあるだけだった。彼女が戦兎を見る視線が、どこか複雑そうで。

 しかし今のセシリアには彼女の胸中を読み取ることが出来なかった。

 

「今の所、専用機を持ってるのって1組と4組だけらしいから勝つ見込みは十分にあるよ思うよ」

「つまり、織斑くんの優勝も夢じゃないってこと!」

 

 一夏の周りでは、変わらず少女たちが談笑を行っている。専用機事情が学生の間でも知られている今、夢のスイーツ食べ放題が叶いそうであることに彼女達の声色は一層明るくなっている。

 

 

 

 

 

 だが、そんな楽しい時間に水を差す爆音が突然教室内に届いた。

 ドォン!!という重厚な響きがその場にいる全員の耳に届く。発生源はやや離れているが、その衝撃は十分に伝わっている。

 

「きゃあっ!」

「なに!?今の凄い音!?」

 

 日常から発せられるのとはかけ離れた音に、クラス内がざわめく。隣のクラスもここと同様に騒ぎとなっているようだ。

 

 そんな中、戦兎は素早く教室から飛び出していく。

 

「おい戦兎!?」

 

 後ろから一夏の慌てた声が掛かるも、彼の脚は止まらず音の発生源へと向かっていく。方角的には校門の辺りだと捉えた彼は、廊下を駆け抜ける。

 そして戦兎は校門が見える場所にまで走り続けると、3階から先の爆音の正体を見下ろした。

 

 校門を抜けて学園の敷地内に入っている、1体のスマッシュ。頭部は穴開きのオレンジ球体で両肩部も同様となっている。また、右腕にはライターの着火部のようなものが装着されている。

 【バーンスマッシュ】と呼称されるその怪人は右腕から炎を噴出させながら暴れ回り、着実に学園に踏み入って来ていた。

 

「やっぱりスマッシュだったか。なら早速、実験を始めるとしようか」

 

 戦兎は懐から2本のフルボトルを取り出すとそれを振りながら窓に身を乗り出し、3階から飛び降りた。

 

≪ライオン!≫≪タンク!≫

 

 空中に身を投げる中、戦兎は器用にボトルをドライバーにセットしてレバーを回していく。

 

≪Are you ready?≫

「変身!」

 

 着地と同時に青と黄のハーフボディに挟まれ、戦兎は【トライアルフォーム・ライオンタンク】のビルドへと変身する。

 ビルドは右肩の尻尾型のムチを取り出すと、慣らしとばかりにクルクルと振り回す。ムチとしては少々リーチが短いが、ブレードモードのドリルクラッシャーよりは少し遠くに攻撃が届く程だ。

 

『ッ!』

 

 目の前に現れた新たな脅威、ビルドに警戒を強めたバーンスマッシュは牽制の火炎弾を彼に向けて放つ。先程の爆発もこれによる着弾が原因だろう。

 

 ビルドは迫り来る火炎弾をムチで蹴散らしながら、スマッシュに向けて駆け始める。弾けた火の粉を掻き分けながら、ビルドは敵との距離を縮めていく。

 

 徐々に距離を詰められていくことに対応して、バーンスマッシュは火炎弾から火炎放射に切り替えてそれを薙ぐように放出する。基本的に本能のままに暴れ回るとされるスマッシュだが、こうして明確な敵と対峙する際は生存本能からか的確な行動を取ることもある。

 

「おっと!」

 

 迫る火炎を横に転がって躱すビルドは、ドリルクラッシャーを召喚する。その間にも敵の炎が再びビルドに襲い掛かってくる。

 

 するとそこで、ビルドフォンに着信が。

 戦兎は2つの得物を片方の手に収め、炎を躱しながら通話を行う。

 

「もしもし、マスターかっ?」

『あぁ。スマッシュの目撃情報だ。場所はお前のいるIS学園の校門付近だ』

「今戦ってるとこ!」

『ごめーん!』

 

 通話終了。

 

「さて改めて。面倒な炎だけどおあつらえのボトルは持ってるんだな、これが!」

≪消防車!≫

 

 ガンモードに切り替えたドリルクラッシャーに消防車フルボトルを装填し、銃口の狙いをスマッシュと眼前の炎に定める。

 

≪Ready go!≫

 

 そしてビルドはトリガーを引く。

 

≪ボルテックブレイク!≫

 

 強力な高圧水流が放たれ、ビルドの脅威となる火炎を掻き消していく。水の勢いは止まらず、更に奥にいるスマッシュに命中し、敵を水圧で押し飛ばしてみせた。

 

 敵に肉薄するチャンスを逃すまいと、ビルドは炎と水の衝突による水蒸気を突き抜けてバーンスマッシュの懐に詰め寄り、ムチによる攻撃を起き上がりの身体に叩き込む。

 

『ッ!?』

「そぉい!」

 

 ムチで怯むスマッシュの頭部に目掛けて、タンクボディに回し蹴りを叩き込むビルド。足部のローラーが高速機動してガリガリと敵の装甲を削り取ると共に、相手を大きく吹き飛ばす。

 

 ちょうどその時、戦いの場に現れる人物が3人。一夏、箒、セシリアである。

 

「戦兎!」

「あれは……巷で噂のスマッシュとやらか……!?」

「わたくしもこうして目にするのは初めてですが……聞くに勝る異形ぶりですわね」

 

 3人ともスマッシュを見るのは初めてのようで、それぞれ反応を示している。

 その中で一夏が真っ先に行動を起こした。彼は戦兎達の戦いに向かって駆けると共に、白式を展開して突撃を始めたのだ。彼の即断実行は置いて行かれた箒とセシリアの目を見開かせる。

 

「待ってろ戦兎、俺も加勢する!」

 

 雪片弐型を構えながら、スマッシュに向かっていく一夏。

 

 しかしそんな彼自身が、箒とセシリアが、直後の事態に驚かされることとなる。

 

 

 

 

 

「ちょっと邪魔だよー」

 

 なんとビルドが、加勢に来た筈の一夏をライオンボディの腕部から放った衝撃波で吹き飛ばしてしまったのだ。

 威力は控えていたようだが、そのまま白式に纏った彼を地面に転がせる。

 

「ぐぅっ……何すんだよ、戦兎!俺はお前を助けようと――」

「必要ありませーん。これは俺の『実験』なんだから、寧ろ邪魔立ては許しませーん」

「実験……!?何言ってんだよ、こいつを早く倒さないと!」

 

 スマッシュの齎す被害は深刻だ。被害の大きさは能力の規模にもよるが、大抵は周辺の物がボロボロになってしまうし、人が巻き込まれようものなら命の保証は出来ない。それ程までに敵の危険度は高い。

 

 故に一夏は、一刻も早く倒さなければならないと思って白式を纏った。戦兎が戦ってくれているお陰で敵の進行が妨げられているが、戦いの余波が生徒達のいる校舎の方にまで及ぶ可能性も充分にある以上、助太刀するのが適正だと判断した。

 

 しかしビルドの反応は一貫していた。いつもの態度で、飄々と彼は口を開いた。

 

「いや、俺としてはこっちのデータ採取が大事だし」

 

 シャカシャカと手で振っている物を指差すビルド。彼の手の中にはラビットフルボトルが収められていた。

 周辺への被害防止や一般人の安全確保よりも自身の研究の方が大事。彼は何事も無くそう言ってみせたのだ。

 

 彼の返答を聞いて一夏は唖然とした。彼にとっては困っている人や危ない目に遭っている人がいれば助けるのが人として当然であり、どんな理由があろうともそちらを優先するべき。自分の都合など後にすればいい。少なくとも彼はそう思っていた。

 だがこうも簡単に自分とは真逆の価値観を突き付けられ、最初は耳を疑う程の衝撃だった。

 

≪ラビット!≫

≪ベストマッチ!≫

 

 そんな一夏の心境を露知らず、ビルドはライオンフルボトルに代わってラビットフルボトルを装填し、ラビットとタンクによるベストマッチを組み上げる。

 

≪Are you ready?≫

「ビルドアップ!」

 

 黄色のボディから新たに赤色のボディに切り替わり、ビルドはラビットタンクフォームへと変身を遂げる。

 

≪鋼のムーンサルト!ラビットタンク!イエェーイ!≫

「勝利の法則は、決まった!」

 

 更にレバーを回し、ビルドはラビットの脚部で空高く跳躍する。

 

≪Ready go!≫

 

 ビルドが高くまで跳び切った時、以前アイススマッシュと戦った時と同様のグラフが出現する。なだらかな曲線を描いたレールが両者の間に敷かれ、ビルドの蹴りの軌道を示している。

 しかし今回は前回と異なり、グラフのX軸にあたる部分がスマッシュを拘束し始めたのだ。その拘束力は強く、スマッシュの懸命な抵抗にビクともしていない。

 

 ならばとばかりに、スマッシュは空中にいるビルドに目掛けて火炎弾を乱射する。自分が捕まっているということが影響して、その狙いは雑になっている。

 

≪ボルテックフィニッシュ!≫

 

 飛び交う火炎弾の中、急降下を始めるビルド。すれ違う火炎弾に構わず、一気にビルドとスマッシュの距離が縮まっていく。

 そして迫り来る火炎弾を蹴りで掻き消し、そのままビルドはスマッシュにキックを叩き込んだ。

 

≪イエーイ!≫

 

 火花を散らしながら吹き飛ぶスマッシュと着地を決めてみせるビルド、後者の勝ちという形で決着はついた。現にスマッシュは吹き飛ばされてから間も無く抵抗を止め、バタンと倒れ伏してしまう。

 

 途中から戦いの行方をその場で見ていた箒とセシリアは、久しぶりに意識して呼吸する感覚を得た。IS同士の試合とは違う、正真正銘の戦いに2人はいつしか目を奪われていた。

 

「これが……」

「仮面ライダーの、戦い」

「……」

 

 そんな2人とは別に、一夏もまたビルドの戦いを見ていた。しかしその表情は不満を抱えており、視線はビルドへと向けられていた。

 

 一夏の視線に気付くことなく、戦兎はエンプティボトルを取り出してスマッシュから成分を抽出し始める。スマッシュの身体から粒子状のものが湧き上がり、どんどん空のボトルへと集まっていく。

 

 成分抽出が終わった時、スマッシュの身体は人間の姿へと変貌する。

 スマッシュの正体が人間であるという情報は、実を言うと各国政府によって黙秘事項となっている。もしその事実が世間に知れ渡ってしまえば、人々の心に不安が宿ってしまうだろう。人間がスマッシュになるということは、自分もスマッシュになってしまうのではないかという危惧が生まれてしまうのだ。

 箒もセシリアも、これまでそこにいた異形の怪人が人間に戻ったことに驚愕する。未確認生命体という(てい)で世間に広まっている存在の正体が人間であるという事実は、彼女達にとって衝撃的であった。

 

 だが一夏だけは彼女達とは違った反応だった。彼もまた、スマッシュの正体が人間であることに驚いていた。

 だがそれ以上に驚くべき真実が彼の目に映り込んできたのだ。

 

「鈴……?」

 

 それは一夏にとって印象深い幼馴染みの1人だった。彼が小学生の頃に中国から転校してきて、仲良くなろうと近づいたら初対面で殴られた。その後も紆余曲折あったものの、結果的にはもう1人の悪友と共に中学2年生の頃までつるんで楽しく過ごした、1人の少女。

 

「なんでだよ……なんで鈴が、スマッシュなんかに……!!」

 

 凰 鈴音。

 今日転校して来る筈の少女が、力無く地面に横たわっていた。

 

「鈴っ!!」

 

 たまらず一夏は倒れている鈴音に駆け寄り、その身体を抱き起こす。

 ザッと見、ところどころに傷があるものの特に目立った致命傷は一先ず見当たらない。しかし見た目以上に消耗していることが何となく彼にも理解出来た。

 

「鈴っ!おいしっかりしろよ、鈴っ!!」

「……ぅ、ぁ……?」

 

 一夏が懸命に呼びかけるも、鈴の意識はおぼろげなまま。

 

 そんな最中、変身を解除した戦兎は先程まで空だったボトルに成分が詰まっていることを確かめつつ、スマッシュボトルに変化したそれを眺める。

 どんな成分を採取しても、スマッシュボトルに違いが起きることは無い。浄化するまでどんな成分が入ったのか、どんなフルボトルになるかは分からないのだ。

 

「さて、今回はどんなボトルになるかなぁ……前回は氷かと思いきや消防車だったし、今回も炎に見せかけた変化球か?興味深い、ゾクゾクするね」

「っ、おい待てよ戦兎!」

「ん、なんだ?っていうかなんか怒ってない?」

 

 怒りの混じった一夏の呼び止めに応じる戦兎。しかし彼にはどうして一夏が怒りを示しているのかが分からなかった。

 

「なんだじゃないだろ!鈴が……目の前で傷ついてる人がいるんだぞっ!助けようとか思わないのかよっ!」

「んー、別に?」

「っ!お前ってやつは……!」

 

 今すぐにでも胸ぐらを掴んでやりたい衝動に駆られる一夏。しかし今の彼の腕には鈴がいる以上、それを放って彼の元に向かうことが出来なかった。

 だからせめて、一夏は問うた。

 

「人助けと自分の研究、どっちが大事なんだよっ!」

 

 しかし無情にも、戦兎の考えは変わらない。

 天秤にそれらをかけた時、どちらに傾くかは彼にとっては明白なことだった。

 

「決まってんだろ、ビルド(自分の研究)だよ」

 

 間髪入れずにハッキリそう言ってみせる戦兎。

 彼のこの解答は一夏だけでなく、傍で聞いていた箒やセシリアも複雑な思いを抱かせた。研究と甘いもの以外への関心が薄いとは知っていたが、まさかここまでとは……と。

 

 そしてその時、一夏の腕の中にいる鈴音に変化が起こる。

 

「……い、ちか……?」

「鈴っ!」

 

 鈴音が意識を取り戻いた事に安堵しながら、一夏は彼女の名前を呼ぶ。

 

「鈴、しっかりしろ、鈴っ!」

「……やっと」

「え?」

「やっと……また会えた……」

 

 一夏と鈴は中学2年生の頃に別れることとなった。

 その理由は鈴音の両親の離婚。女尊男卑が蔓延るこのご時世、離婚した場合は母親の方が子供を引き取る方が何かと都合が良く、鈴音も例外では無かった。母方の家系の事情で中国に帰らなければならなかった為、鈴はその頃に転校し、帰国したのだ。

 そして互いに暫く連絡がつかないまま時が過ぎ、現在にまで至る。

 

「一夏……あたし、あんたに……」

「俺に?俺がなんだよ、鈴」

「あたし……あんたの、ことが……」

 

 一夏に向かって弱弱しく伸ばされる、か細い腕。

 一夏がそれを掴もうとした瞬間、ダラリと力無く落ちていった。

 

 それと共に、目を覚めしたばかりの鈴は再び目を閉ざしてしまった。

 

「鈴……?」

「…………」

「おい鈴、目ぇ覚ませよ、鈴……鈴……!」

 

 しかし幾ら一夏が呼び掛けようとも、鈴音の反応は無い。ずっと目を閉じたままである。

 

 箒もセシリアも、目の前の悲劇に思わず目を逸らす。片想いの相手が見知らぬ少女を抱き止めているとしても、どちらもそこに嫉妬を表すような性分ではない。

 

「鈴っ!!!」

 

 今ここに、1人の少女の命の灯が失われた。好きな少年の腕に抱かれながら、彼女は15年という短すぎる人生にピリオドを打ったのであった。

 

 

 

――――――――――

 

「いや勝手に殺すんじゃないわよ」

「あるぇー?」

 

 死んだと思ったら、単に気絶していただけだった。

 

 現在、鈴音は学園の医務室で療養している。IS学園は医療面も充実しており、態々遠くの病院に足を運ぶよりもこちらで治療した方が良いからである。

 

「いやだって、明らかに死んだ風だったじゃん」

「あのねぇ。ちゃんと脈拍を診るとか心音を確認するとかしてから判断しなさいよ。あたしはこんなことで死ぬほどヤワじゃないし」

「心音か……」

「取り敢えず一夏、あんたの視線がムカつくから一発殴らせなさい」

 

 数年経っても成長していない幼馴染みの一部分に目がいっていた一夏は、鋭いパンチを浴びた。腕力は成長しているようだと、一夏は殴られながら思った。

 胸が薄そうだから心臓の音が聞きやすそうだ、そう思ったら目の前の少女に殴られるということを一夏は学習した。

 

「はぁ……取り敢えず、事情は分かったわ。噂のスマッシュってやつにあたしがなってたっていう実感は無いけど、あんたがこの手で嘘を吐くとは思えないしね」

「どこまで覚えてるんだ?」

「えっと……昨日の夜、こっちに向かってたら誰かに呼び止められたのよ。コウモリみたいな恰好した、へんなやつ」

「コスプレか何かか?」

「……あんた、真面目に考える気ある?」

「あるある!だからその拳を下ろせって!」

 

 一大事の後だというのに、賑やかにコントを繰り広げる2人。このやり取りも中学以来だと感慨深く思っていたのは、どちらにも共通していた。

 自然と2人の表情は笑っていた。

 

「……それで、あたしをボコボコにして元に戻したやつがいるんだったわよね。えっと、なんとか戦兎ってやつ」

「戦兎か……あいつがどうかしたのか?」

 

 一夏としては、今は戦兎の名前を聞きたくなかった。

 戦兎があの場で落ち着いていたのは、恐らく鈴音が体力を消耗しているだけで、命を落とすほどの症状ではないと判断していたからだろうと一夏は考える。そう考えればあの落ち着きようも理解出来る。

 だが、納得出来るとは一言も言っていない。やはり鈴音の身を優先すべきだということは一夏の中で揺らいでいないからである。戦兎のあの振る舞いは、身勝手が過ぎる。

 

 そんな一夏の渦巻いた胸中に反して、鈴はサバサバとした様子で口を開いた。

 

「取り敢えず、そいつに会うわ」

 

 

 

―――続く―――

 



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第9話 鈍感なあいつ=憤慨するあいつ

 

 スマッシュの襲撃から翌日。

 既にスマッシュがIS学園を襲ったという情報は学園全体に流れており、中国からの転入生に代わる次の話題として盛り上がっていた。遠くからビルドの戦う姿を見ていたという生徒もおり、自慢げに戦う姿を語る者もちらほらと。

 鈴音がスマッシュの正体だったという事実は、幸いなことに一夏と箒とセシリア以外誰にも知られていない。偶々スマッシュを吹き飛ばした先が校舎の死角になっており、遠目で見物していた者はスマッシュは消滅したのだと誤認しているのだ。

 

 当日は遅れて通常授業が再開される中、戦った本人である戦兎と見物人の3人には聴取が行われた。と言っても、4人も軽い状況説明と口外禁止を言い渡された程度でそこまで拘束されてはいないのだが。

 

 そんな中、1組のクラス内でちょっとした変化が起きていた。

 

「ねぇねぇ戦兎くん、織斑くんと喧嘩でもしたの?」

「ん、なんで?」

「いやだって、いつもなら普通にお喋りとかもしてるのに、今日は2人が喋ってるところ見てないんだもん」

 

 戦兎と一夏の間に流れている不穏な雰囲気。聡い女子高生はなんとなくそれを察知していた。

 実際のところ、相手を避けているのは一夏の方だけだ。戦兎も最初は普通に彼に話しかけていたのだが、『なんでもねぇよ』とはぐらかされて立ち去られてしまったため、不思議に思いつつも追究しようとは思わなかった。

 2人の間でそうなってしまっている原因は、言わずもがな昨日の出来事だ。周りのことよりも自分の研究を優先する戦兎の考えに一夏が納得出来ず、今日までその調子が続いているのだ。

 

 尤も、戦兎はそんな一夏の心境を察していないし探ろうともしていない。そもそも、昨日の一夏との会話も既に日常の一環として流してしまっているのがこの男である。

 

「別に喧嘩した覚えは無いんだけどな。まぁその内元に戻るんじゃないか?」

「け、結構お気楽なんだね……お節介かもしれないけど、こういうのは早く解決した方がいいと思うよ?」

「んー。考えとく」

 

 そう言って戦兎は携帯用のグミをぱくりと頬張る。例のごとく、関心が無いタイプの反応である。

 話しかけていた少女が諦めて立ち去ったのと入れ替わる形で、新たな訪問者が彼の前に現れた。

 

「ねぇあんた、戦兎だったっけ?」

「ん?」

 

 戦兎の前に立っているのは、鈴音であった。身体の数か所に包帯や絆創膏が貼られているが、既に歩く分には差し支えない範囲にまで身体が回復したのだろう。

 

 しかし一方で戦兎は彼女の姿を見てもパッとしない反応を示した。

 

「えーっと……すまん、誰だっけ」

「はぁ!?あんた昨日あたしをボコボコにしておいて顔を忘れたっていうの!?」

「ボコボコ……あぁはいはい、思い出した!」

 

 憤る鈴を置いて何事かと思った戦兎だったが、彼女の言葉を聞いて思い当たる節を見つけ、納得する。

 

「ったく、すっごい失礼なやつね……まぁいいわ。今日はあんたにお礼を言っとかなきゃって思って」

「お礼?」

「決まってんでしょ、あたしを怪物の姿から元に戻してくれたお礼よ」

「あぁ……別に気にすんなって。寧ろお陰で俺も面白そうなフルボトルと出会えそうだしな」

「フル……?まぁとにかく、助けてくれてありがとね」

 

 ニカッと活気良く笑ってみせた鈴音であったが、時計を見た瞬間にギョッとした顔になる。

 

「やっば、もうすぐSHR始まるじゃん……あぁそうだ。戦兎、あんた昼ごはん一緒に食べましょうよ」

「ん?別にいいけど」

「約束ね。じゃあ昼休み、食堂で待ってるわよ。っと、一夏!あんたも来なさいよ!」

「……俺は行かない」

 

 一夏は鈴音の誘いに乗らず、眉を顰めながらそっぽを向いてしまう。鈴音と一緒に食事に行くとなれば、共に誘われた戦兎と必然的に居合わせることとなる。今の戦兎を好ましく思っていない一夏からしてみれば、それは御免被りたい誘いであった。

 

 一夏が戦兎を避けていることを知っている鈴音は、呆れの混じった溜め息を吐く。

 

「はぁ……めんどくさいわねぇ。つべこべ言わずにちゃんと来なさい。来たくないって言っても無理矢理連れてくわよ」

「おい、勝手に決め――」

「はいはい、それじゃああたしは今度こそ行くわよ。いい加減教室に戻らないと千冬さんにどやされ――」

「もう遅いがな」

「ヤベーイ!?」

 

 その後、出席簿による制裁を受けた鈴音は1限目が終わるまで頭の痛みと戦いながら授業を受けるのであった。

 

 

 

――――――――――

 

 昼休み、食堂。

 

「……で、結局あいつは来ないわけね」

「あぁ。声掛けたんだけど朝と同じような反応された」

 

 戦兎と鈴音は券売機の前で合流したが、もう1人誘われていた人物の姿は無い。

 

「はぁ……無理やり連れてくとは言ったけど、待ち切れなくてラーメン頼んじゃってるのよね。のびるのは嫌だし、仕方ないからあたし達だけで食べましょ」

「そうか」

 

 戦兎も麺が見えないくらいに巨大な鳴門巻きがドカンと乗っている風都ラーメンを注文して料理を受け取ると、空いている席を確保して2人で座る。

 

「早速だけど、ビルドの話とか色々聞かせてもらってもいい?噂には聞いてたけど、実物が目の前にいるなら直接話を聞いてみたいし」

「いいぞ。お安い御用だ」

 

 戦兎も自分の研究のことを語るのは乗り気のようで、ごほんと咳をついてから口を開いた。

 

「まずビルドっていうのはてんっさい物理学者である俺が開発した強化スーツのことでビルドドライバーっていうてんっさい的な発明品の変身ベルトと2本のフルボトルを使うことで姿を変えることが出来る。変身時のベースとなってるボディスーツは【BLDアンリミテッドスーツ】といって装着者を衝撃から保護すると共に肉体のリミッターを解除して秘められた能力を解放することが出来る力があり、スマッシュと戦う際には絶対に必須な要素となる。このスーツの上から装着する装甲はそれぞれのフルボトルによって見た目や性能が異なり多種多様な力が発揮されて――」

「あぁぁぁ長い!!しかも早口だから聞き取れない!あたしが具体的に質問するから、無関係なところは省いて説明しなさいっ!」

「なんだよ白けるぜ。俺の心を滾らせろよ」

「今ので十分滾ったでしょうが」

 

 実を言うと、まだまだ言い足りない戦兎である。

 

「じゃあ先ず、あんたがさっきから言ってるフルボトル?ってやつ、それってなんなの?」

「そうだな……今から3年くらい前、地球に隕石の微破片が複数落ちたって話は聞いたことあるか?」

「何それ、そんなニュース聞いたこと無いわよ」

「まぁ、新聞の片隅に載る程度の報道しかなかったらしいからな。俺も又聞きなんだけど」

「はぁ?あんた堂々と説明しておいて又聞きなの?氷室 玄徳みたいなことして」

「いや、俺も記憶喪失だからその辺は詳しくないんだよ」

 

 戦兎のさりげなく放った衝撃発現に、鈴音は面食らってしまう。そして直ぐに申し訳なさそうに苦々しい顔を浮かべる。

 

「……ごめん、知らなかったとはいえちょっと無神経過ぎた」

「気にしない気にしない、別に今の生活に不都合があるわけでもないし。……それで話を戻すけど、その隕石の正体がこいつだ。いや、正確には隕石が降ったんじゃなくてこいつが降ってきたんだけどな」

「はぁ……ってはぁ!?じゃあそれ、宇宙から来た物体ってこと!?」

 

 続けざまに聞かされるビックリ情報に思わず席を立ちながら問いただそうとする鈴音であったが、ふと周囲を見渡す。

 彼女の周りで食事をとっている生徒達が、怪訝な視線を鈴音達に向けていたのだ。それを受けて鈴音は気恥ずかしさを感じながらそっと着席する。

 

「……それ、どこの国が知ってんの?」

「多分どこも知らないぞ。知ってるのは俺と束さんとクロエだけだ……あ、君もだな」

「個人名で出されてもこっちは分かんな……ん、ちょっと待って。束?束ってひょっとして、あの篠ノ之 束博士のこと?」

「おう」

「……あんた、現在指名手配中の人物とどういう関係なのよ」

「記憶喪失だったところを拾ってもらった」

 

 思わず鈴音は頭を抱えた。興味本位で彼から話を聞こうとしたら、自分の想像を遥かに超える濃い情報ばかりが飛び出してくるのだから、頭の中がこんがらがり始めている。

 

「……取り敢えず、フルボトルの話の続きをしてもらっていい?」

「分かった。んで、こいつが宇宙から飛来したってさっき言ったけど、実物は大気圏突破の影響で真っ黒に焼け焦げちまってるんだ。仮に本物を拾えたとしても、フルボトル本来の効果は失われてる」

「けど、それは焦げてないどころか新品みたいだけど」

「実際新品だからな。実物のデータを解析して器となる空のボトルを本来の姿で再現したんだ。後は本来入ってた成分をそこに注入すれば、フルボトルが復活するってわけ」

 

 戦兎は懐から取り出したエンプティボトルとタンクフルボトルを鈴音に見せる。タンクには青い色に加えてボトル本体に戦車のデザインが施されているが、エンプティは無色でなんの変哲も無い見た目をしている。

 

 鈴音は興味深そうに2つのボトルを見比べながら、タンクの方を指差した。

 

「じゃあ、どうやって成分をこっちに入れるの?」

「そこで世間を騒がせてるスマッシュだよ。基本的に連中は元来備わっていたフルボトルの成分を持っている。だからあいつらと戦えば必然的に新しいボトルを手に入れるチャンスになるんだ。まぁ、偶にダブりもあるけどな」

「へぇ、じゃああたしの時も成分を摂ってたの?」

「あぁ。といっても、今は浄化作業中だけどな。成分の中にはスマッシュの影響で人体に悪影響を及ぼす毒素が混じってるから、純度100%にしないと身体に負担が掛かるんだ」

「面倒な工程ね……」

 

 しかし、人体に悪影響と聞いてはそこを怠るわけにはいかないということは鈴も理解出来ている。取り扱いを一歩間違えれば危険なことになるというのは黒のブレスレットとして待機形態になっている腕の専用機を得る過程で学んでいるから。

 

「ん……時間も少ないし、話の続きはまた今度にしましょ。ありがとね、面白い話が聞けたわ」

「俺も久しぶりに自分の研究成果を他人に話せたからな、お互い様だ」

「あんた、アッサリしてて話しやすいわよね。あの長々と喋る暴走さえ無ければ」

「いやいや、自分の研究のことならテンション上がるのは必然っしょ」

「はいはい……じゃああたし、先に教室に戻ってるわ。ついでに一夏の様子でも見に行こうかな」

「じゃ、俺は食後のプリンを頼んでくるから」

「ラーメンの後にプリン……」

 

 ツッコみたいところであったが、嬉々として食堂のカウンターに向かおうとする戦兎の姿を見て、そっとしておくことにしたのであった。

 

 

 

――――――――――

 

 その日の夜8時頃。

 食堂で夕食を終えた後、部屋でビルドの戦闘データを整理する戦兎。最近はスマッシュだけでなくISとの戦闘も加わっているため、データ収集は順調である。束達と共に生活していた頃はスマッシュの出現も不定期だったが、こちらでは専用機持ちや訓練機相手に模擬戦が出来るので、IS学園入学における大きな利点となっている。

 

「おっ?」

 

 ノートパソコンを弄っている最中、浄化装置の方に新たな動きが起こったことを察知する戦兎。

 バーンスマッシュから採取した成分の浄化が完了し、フルボトルが完成したのである。

 

「きたきたきたぁぁぁ!!」

 

 すぐさま戦兎は浄化装置へ駆け寄り、中のフルボトルを取り出す。紺色の着色が既に施されていたフルボトルの容器に新たなデザインが彫り込まれている。

 それは龍の頭。【ドラゴンフルボトル】が今ここに出来上がったのだ。

 

「おっほぉ!分かる、こいつはかーなーり強い力を持ってるって俺の勘が告げてる!大当たりキタコレっしゃぁ!」

 

 ドラゴンフルボトルを手にして完全に舞い上がっている戦兎。ここが寮室でなければ隣の部屋からクレームが言い渡されるレベルの五月蝿さだ。

 

「いよぅし、まずは手持ちのボトルでベストマッチが出来るか試してー、それからデータを算出してー、あぁ専用武器とか作ろうかな?いやこれはもう作るしかないっしょ!」

 

 そう言いながら戦兎は全てのフルボトルを用意し、調査片手に飲み物でも用意しようと思い立って冷蔵庫を開ける。しかし、中には戦兎の好物である甘い飲み物が無かった。具体的に例を挙げるとココア、ミルクセーキ、チョコレートドリンク等である。

 

「マジかよ……仕方ない、ちょっと自販機で買ってきますか」

 

 ちなみにチョコレートドリンク以外は自販機に揃っている模様。本気でそれの導入を要請しようと考えている戦兎でもあった。

 

 そんな戦兎が小屋を出て、寮のフリースペースを向かう途中のことであった。

 

「最っ低!!女の子との約束をちゃんと覚えてないなんて、ふざけんじゃないわよっ!!犬に噛まれて死ね!」

 

 一夏と箒の部屋である1025号室を通りかかった戦兎の耳に、最近聞いたばかりの少女の怒号が飛び込んで来る。

 戦兎がなんだなんだと不思議そうにそちらに顔を向けた途端、部屋の扉がバァン!と乱暴に開けられる。そこから出てきた人物は、昼間に彼と喋っていた鈴音であった。

 

 鈴音は戦兎の方を見向きもせず、というより気付いていない様子でそのまま走り去っていく。その目には涙が浮かび上がっていた。

 尤も、戦兎が彼女の涙に気付くようなことはないのだが。

 

 ふと戦兎は開けっ放しの部屋をスッと覗き込んだ。

 

「あの、箒……」

「馬に蹴られて死ね」

「……」

 

 覗き終了。

 結局よく分からなかった戦兎は、まぁいいかと自己完結して当初の目的であるフリースペースへと向かうのであった。

 

 

 

――――――――――

 

「ぐす……ひっく、一夏のバカぁ……!」

 

 フリースペースに先客あり。

 先程一夏の部屋から飛び出していった鈴音がソファに体育座りをして顔を脚に埋めていた。

 

「おぉ、こっちに来てたのか」

「っ……戦兎?」

 

 それとなく戦兎が声を掛けてみると、鈴音は反応を示す。僅かに上げた顔から見える涙の跡は頬を伝い、目元は少しだけ赤く腫れている。泣いていたからであろう。

 

「なんで、ここに……?」

「いやさ、さっき部屋で新しいボトル、あぁドラゴンフルボトルなんだけどな、それがすっごい強い感じがしててこれは早速データを取らなきゃならねぇ!って思って……あっ、ありがとな、お陰でいいボトルが出来上がったわ」

「う、うん」

「えーっと……そうそう、それで甘い物片手に色々と調査しようとしたら肝心の甘い飲み物を切らしててさぁ、ここに来る途中で一夏の部屋から君が飛び出したのを見かけて、そのまま来てみたら君が何故か泣いてたってわけ」

「……別にあたしが泣いてたのを見たから、来てくれたわけじゃないってこと?」

「ん?まぁ俺はそもそも飲み物が欲しかっただけだし」

「…………はぁ」

 

 鈴音が大きなため息を吐くが、戦兎にはその理由が分からなかった。

 

 鈴音個人としては、そこは『君が泣いてたのを見て、放っておけなかった』みたいな台詞をちょっとは期待していた。一夏のことが好きなのに何を言うかと思われるかもしれないが、傷心中の身としては誰かにこの気持ちを受け止めて欲しいという小さいながらの欲望を抱いてはいたのだ。

 しかし目の前にいる男に、そんな甲斐性は無かった模様。そもそも昼に話をした時点で彼女が抱く戦兎の印象は『あっさりしてて悪くないけど、時々めんどくさくなるビックリドッキリ人間』である。

 

「……あのね。昔のことなんだけど、あたし一夏と約束したのよ」

「約束?」

「そう。その……りょ、料理が上達したら……えっと」

 

 こうなりゃ目の前にいる男に愚痴ってしまおう。

 そう思っていた鈴音であったが、いざ話そうとすると気恥ずかしいものがあった。なにせ内容が内容なので、他人に打ち明けるとなれば彼女は自然に口ごもっていた。

 

「料理がどうかしたのか?」

「うぅ……あぅ……ま、毎日、食べて欲しいって……」

「料理を毎日……」

 

 一夏に料理を毎日食べさせる。

 それがどういうことなのか思考する戦兎であったが、彼の中で答えを導き出した。

 

「一夏の栄養管理がしたいんだな」

「ちっがーう!プロポーズよプロポーズ!結婚しようって言ってんのよ!……あっ」

 

 ツッコミから我に返って肝心なワードをハッキリと口にしたことにより、鈴音の顔が恥ずかしさで赤くなる。

 彼女は赤くなった顔を戦兎に見られないように、再び体育座りの状態で顔を埋めて隠す。そしてキッと戦兎を睨みつける。

 

「……なにあたしの口から言わせてんのよ」

「え、何か恥ずかしくなるようなこと言ってたか?」

「……こいつも同類か」

 

 繊細な女心に対してこの反応。目の前にいる男も鈍感の類いであると鈴音は悟った。愚痴る相手間違えたかも、とも同時に思った。

 もう会話を切り上げて部屋に帰ろうかと思い始めた鈴音であったが、戦兎の方が言葉を続けてきた。

 

「まぁ要するに、一夏にプロポーズしたけど失敗したってことだな」

「っ……あぁそうねそういうことよ、どうせあたしは――」

「で、その失敗はもう取り返しがつかないレベルなのか?」

 

 自分の失態をストレートに口にされて自棄になりかけた鈴音であったが、その言葉を聞いて思い留まる。そして同時に思考した。

 確かに昔約束した告白は覚えてもらっておらず、何をどうして奢ってもらうという形で覚えられていたのはショックだった。今思い出すだけでも腹が立つ。

 しかし、告白自体を断られたわけではない。今回はあくまで鈴音の好意が伝わっていなかっただけで、その思いに応えてもらった段階にも至っていない。戦兎が言った取り返しのつかないレベルでは断じて無かった。

 

「発明をするにあたっては失敗なんてつきものだ。だからこそ成功に導くまで試行錯誤を繰り返して、満足のいく結果を自分で創るんだ。それが科学における条理であり、俺のポリシーでもある」

「……恋愛を科学と同一視するなんて、あんたくらいよ」

 

 呆れる鈴音だが、その顔は綻んでいた。

 目の前にいる男の言う通り、まだ彼女は一夏と結ばれる為にもがいていないしこれが満足のいく結果であるわけがない。一夏のことが好きな気持ちは初めての片想いから変わっていない、だからこんなところで諦めるわけにはいかない。

 鈴音は腹を決めた。そこにいる発明バカに倣ってみようと。そもそも自分はこれくらいでクヨクヨする柄じゃないだろうとも思い、それを気付かせてくれた発明バカに感謝する。

 

「ありがとね、戦兎。お陰でちょっと目が覚めたわ」

「ん?おう、そうか」

「じゃああたし、自分の部屋に戻るわ。明日にでもあいつに話して、まずはそれからね」

「おう、頑張れよー」

「あんたこそ、さっさとあいつと仲直りしなさいよ?……って、あんた達の場合は一夏の方を何とかしないとどうにもならなさそうね。まぁ兎に角、また明日ね!お休み!」

 

 そう言って鈴音は戦兎に手を振りながらフリースペースを去っていった。気持ちがスッキリしたお陰か、その足はいつもよりも軽やかであった。

 彼女がいなくなって戦兎1人になったその場所に静寂が訪れる。

 

「さて、俺も飲み物買わないとな」

 

 戦兎は当初の目的である飲み物の購入を果たすべく、自販機へと寄っていく。

 本来の彼ならば会話しながら飲み物を買い、興味の無い話ならばそのまま適当に切り上げて去るのだが、今回は随分と違った反応を見せていた。

 良いフルボトルが完成して機嫌が良かったのと、そのフルボトル完成に貢献してくれた相手だったからというのが理由である。特別意識していたわけでもないが。

 

 その後、驚異的なバランスで大量の飲料を持ち帰る戦兎の姿が目撃され、一時期話題に上がったとか。そして特定の飲料の独占を千冬に注意されてしまうのも、それから間も無い話であった。

 



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第10話 鈴音との特訓=全てはフリーパスの為に

 

 昨日の夜は一夏の2人の幼馴染みが彼の部屋で衝突、戦兎がドラゴンフルボトルの完成で狂喜乱舞、寮内のフリースペースにて戦兎と鈴音が話をして鈴音の方針が定まる等、一夜で慌ただしいことが一斉に起こっていた。

 鈴音が一夏と仲直りをし、あわよくばちゃんとした告白をしようということで最終的に落ち着いた。これにより事態は収束に向かっていくだろう。

 

 の、筈だった。

 

「あぁぁぁぁぁ……!最っ悪……あたしのバカ……」

 

 昨日同様、戦兎は鈴音と一緒に食堂で昼食をとっていた。前と同じく彼女に誘われたのだが、その様子は昨日と打って変わっていた。

 落ち込んでいたのだ。それはもう深海の如く。

 

 そこに至るまでの経緯を説明すると、まず鈴音は最初に一夏に謝ろうと思っていた。今日の朝方、授業が始まる前に彼の部屋に行って、そこで全部まるっと解決させるつもりでいたのだ。箒が同室なので案の定彼女から口を出されたのだが、鈴音は話を進める為にこれを華麗にスルー。

 そして謝ることには成功した。一夏もちゃんと約束を覚えていなかったことを謝罪し、2人の仲が悪くなる事態は避けられた。ここまでは良い。

 が、肝心のその先が叶わなかったのだ。

 

『もしかして、あの約束ってアレだったのか?ほら、毎日味噌汁を~ってやつ。酢豚だけど』

 

 唐変朴の一夏が、突然核心を突いてきたのだ。普段は女心に疎い彼が、何故か急に鋭い読みをしてきた。とはいえ、鈴音にとっては告白にこじつけるチャンスでもあった。

 

 が、ここで鈴音がヘタれた。まさかそんなことを言われるとは思っていなかった彼女は一瞬で頭がパニックになり、頭の中がごちゃごちゃになった状態で返した言葉が……。

 

『そ、そんなわけないでしょうが!あの、それ、あれよ!上達した料理の腕前をっ、幼馴染みのあんたに恵んでやろうと思っただけよっ!勘違いしないでよね!』

 

 言った瞬間、鈴音は激しい後悔に襲われた。直ぐにでも今の発現を取り消したかったが、最早その場で訂正を効かせられるような啖呵ではなかったし、一夏も今の言葉を完全に納得してしまっていた。彼の隣にいた箒は、終始怒ったり焦ったり安堵したりと忙しそうだった。

 こうして、鈴音は絶好のチャンスをふいにしてしまったのであった。

 

 そして現在、午前中の授業を後悔のオーラを纏いながら机に突っ伏して乗り越えた鈴音は、戦兎に話を聞いてもらうべくこうして昼食を共にしているのだ。

 

 そして経緯を聞き終えた戦兎の感想は……。

 

「なんか大変そうだな」

 

 この一言である。

 

 しかし今の鈴には中身のないその返答に食い付く気力も無かった。

 

「どうしよう……もうこれ取り返しのつかないところまでいったんじゃない……?昨日の今日でぇ……?」

「直ぐに言い辛いなら、日を置いてからまた取り消せばいいんじゃないか?」

「日を置いて、ねぇ……」

 

 そう言いながら鈴音はここ最近の予定を思い返す。

 IS学園の1学期は学年別トーナメントや臨海学校が控えており、直近ではクラス対抗戦が催される予定だ。

 

 クラス対抗戦。

 この言葉を脳に過らせた鈴音のインテリジェンスに電流が奔る!

 

「これよっ!」

「成程、それか」

「そうそう、それそれ!……って何も説明してないわよ」

 

 言ってみただけである。特に理由の無い戦兎であった。

 

「今度、クラス対抗戦があるでしょ?確か一夏もクラス代表って聞いてるから、そこであたしが勝って今度こそあいつに正しい意味の方を言ってやるのよ!」

「ほうほう。けど君ってクラス代表だったっけ?転校生なのに」

「代わってほしいって頼まれたのよ。実力的にもあたしがやった方がそういうイベントの時に有利だしね」

 

 ふふん、と得意げに胸を張る鈴音。

 中学3年生の頃にISの勉強を始め、1年という短い期間で代表候補生にまで上り詰めた彼女の実力は間違いなく本物である。こう見えても筋金入りの努力家なのが彼女の長所の1つだ。

 

「そうと決まれば、早速特訓ね!戦兎、あんたあたしの特訓に付き合いなさい!」

「やだ」

「即答!?」

 

 間髪入れずに答えて鈴音を驚かせる戦兎。

 彼が断わる理由は2つ。

 1つ目は研究の時間が削がれること。現在はドラゴンフルボトルに合わせた装備を開発中で、夜遅くまで勤しんでいる戦兎としては好ましくない話である。とはいえ、昨日部屋に戻ってからハイテンションによるハイペースでデータを纏めたために作業進行は早く、これは割と余裕はある。

 2つ目はクラス対抗戦で鈴音が勝利してしまうと、学食デザート半年間フリーパス取得のチャンスを失ってしまうこと。好きなだけ好物の甘い物が食べられる戦兎としては、ただでさえ一夏と鈴音が戦おうものなら鈴音が勝つ確率が高いというのに、彼女の特訓に付き合って彼女を強くしてしまったら、余計に可能性は低くなってしまう。

 勿論、特訓に付き合うことによるメリットが無いわけではない。戦兎としては強敵である鈴音と戦って各ボトルの更なるデータ収集が期待出来る。ドラゴン専用の武器の開発が完了すればそのまま彼女相手にテストも出来る等、その方面では都合がいい。

 

「そういうわけだから、俺は君の特訓に付き合うわけにはいかないんだよ」

「ったく、めんどくさいやつね……」

 

 ノリの悪い戦兎に頬を膨らませる鈴音。

 しかしその直後、彼女は名案を閃かせた。エレキ閃き発電王。

 

「ねぇ戦兎、今のあんたとしてはフリーパスが手に入らないのが一番の懸念事項なんでしょ?研究は特訓が終わった後にでも出来るんだし、煮詰まってるわけでもないんでしょ?」

「ふむ、まぁそうだな」

「じゃあこうしましょ。あたしの特訓に付き合ってくれたお礼として、あたしが優勝したら1組のあんたには特別にフリーパスの権限を有効にしてあげる。つまりあんたはあたしが勝とうが万が一に一夏が勝とうが半年間デザート食べ放題ってわけ」

「さぁ、特訓を始めようか」

 

 酷い掌返しを見た。

 全ては難波重工……じゃなくてフリーパスの為に。

 

 

 

 

 

「ところであんた、あたしの名前を全然言わないのはなんか理由でもあるの?」

「だって名前聞いてないし。あ、一夏が鈴って言ってたっけ」

「…………」

 

――――――――――

 

「さぁ、それじゃあ早速始めるわよ!」

 

 放課後のアリーナにて、生身の戦兎と自身の専用機を装着した鈴音が対峙する。

 

 鈴音の専用機であり、中国の最新第3世代機【甲龍】。

 『実用性と効率化』を主眼に開発された機体は安定性と燃費に優れており、将来的な第3世代機ISシェアの有力候補として各国の視野に入っている。

 装着者である鈴音の手に収まっている大型ブレード【双天牙月】は2本を連結させることによって双刃刀や投擲武器として使用可能である。

 

「そういえば、あんたが変身するところを見るのって初めてね。早く見せなさいよ」

「分かってるって。さぁ、実験を始めようか」

≪ラビット!≫≪ガトリング!≫

 

 戦兎が最初に選んだフルボトルは、ラビットとガトリングのフルボトル。

 それらを振ってドライバーに挿し込むと、戦兎はビルドの【トライアルフォーム・ラビットガトリング】に変身した。

 

 現れた赤とメタルカラーの戦士の姿に、鈴音は関心を示す。

 

「それがビルドね……なら試合開始よ!」

「よし、来い!」

≪ISモード!≫

 

 ビルドフォンでISモードを起動させ、背中にカスタム・ウイングを装着するビルド。

 それと共に鈴音は空中へと身を乗り出し、ビルドはそれに続いた。

 

 そして、ビルドクラッシャーと双天牙月が激突する。

 2人は一進一退の鍔迫り合いの後、互いに距離をとって空中を旋回。そこから再度得物をぶつけ合うシーンを展開する。

 

「へぇ、普通に中々やるじゃない!」

「おいおい、まだビルドの力は全然見せてないぞ!」

≪Ready go!≫

 

 武器を凌ぎ合わせる最中、ビルドはドリルクラッシャーに忍者フルボトルを装填。

 

≪ボルテックブレイク!≫

 

 ブレードから放たれた紫色の手裏剣状の衝撃波。一振りする毎に発射されるそれは鈴音の防御を押し崩し、彼女を退かせる。

 

「くっ……!」

「まだまだ」

≪ホークガトリンガー!≫

 

 戦兎はその隙をついてホークガトリンガーを召喚。更にマガジン部を回転させ、弾丸を装填し始める。

 

≪10!20!30!≫

「そぉい!」

 

 30もの弾丸が連続射出。ビルドによって撃ち出された弾が鈴に襲い掛かる。

 このまま全弾直撃すれば鈴音にとって相当な痛手になる攻撃だが、それを黙って受ける程彼女の実力は低くないし、甘くもない。

 

「やられて、たまるかっての!」

 

 鈴音の甲龍の肩アーマーがスライドし、中心の球体が発光を始める。

 その直後、鈴の身に降りかかる筈だった弾幕が掻き消され、2度目の発光が行われた後にはビルドの身体にも衝撃が走った。

 

「ぐ、おぉ!?」

 

 突然の衝撃に驚きの声を上げながら仰け反るビルド。

 

 そんなビルドの反応を面白がるように、鈴音は不敵に笑ってみせた。

 

「ふふん、どうよ?これが【衝撃砲】の力よ!」

 

 衝撃砲。

 鈴音の専用機、甲龍に搭載された第3世代兵装であるその内容は空間圧作用兵器。

 非固定浮遊部位である肩部のスパイク・アーマーと腕部にそれぞれ備え付けられており、空間圧によって砲身を形成し、その際に生じる衝撃を砲弾として利用する仕組みである。空間の圧縮であるため、砲身も砲弾も基本的に不可視。ISのハイパーセンサーを用いれば大気の乱れや気流の変化から感知することが出来るが、射出後に分析しても間に合わない。

 更に射出角度も自由自在で、前後左右真上真下にも対応可能という素敵な仕様。

 

 そんな特殊兵装を目の当たりにし、直接その身で味わったビルドはというと……。

 

「見えない攻撃……ふおぉぉぉっ!テンション上がるゥ!」

 

 1人で昂ぶっていた。

 これには鈴音も結構引いている。

 

「え、ちょっと何よ急に変な声あげて」

「いやだって見えない攻撃とか面白いに決まってんじゃん!砲身の形成にあたる空間への干渉数値があれくらいだとすると、砲弾の出力もある程度算出されて……あの方式で計算されてるに違いないよな、後は……」

「ちょっとちょっと!試合中に分析始めてないでちゃんと戦いなさいよ!」

「……ん?おぉ、そうだったそうだった」

 

 戦いに意識を向け直した戦兎は、フルボトルを取り換える。

 

≪ゴリラ!≫≪タンク!≫

≪Are you ready?≫

「ビルドアップ!」

 

 レバーを回転させてビルドは【トライアルフォーム・ゴリラタンク】にフォームチェンジする。

 青と茶色の装甲に切り替えた彼は、堂々とその場に佇む。

 

「わっ、本当に姿が変わっちゃったわ……」

「よし、さぁ来い!」

「はぁ?」

「いやだから、衝撃砲だよ衝撃砲!あれを詳しく調べるためにフォームを物理耐性の高いやつに替えたんだから、ほら早く早く!」

「ホントに変なやつ……じゃあお望み通り、たらふく食らいなさい!」

 

 鈴音は呆れながらも戦兎の要望に応え、衝撃砲を連発。衝撃砲は出力次第でキャノンのような単発射撃やマシンガンのような連続射撃を行うことが出来るのだ。

 

 ビルドは見えない連続攻撃で全身にパンチを受けているような感覚を味わいつつも、耐久力の高いフォームでそれを踏み耐えてみせている。必要に迫られてやっているわけではないので、何やってんだコイツと思いたくなる光景だ。

 

「っていうか、あたしはあんたの実験に協力してるわけじゃないんだから、真面目にやんなさいよ!」

「うおぉっ!?」

 

 これではまともな訓練にならないと気付いた鈴音は、ツッコミと共に高出力の衝撃砲を放ち、ビルドを大きく吹き飛ばす。

 

 強力な一撃を貰ったビルドは地面に向かって墜落し、ゴロゴロと地面を転がる。

 

「おーいてて……けどまぁ、大体分かった」

「何がよ?」

「球体の発光から発射までの時間、弾速、威力、一度に発射出来る砲弾の総量と次発までのインターバル……砲角は全方位らしいし、リーチもこのアリーナ内なら届くだろうし、そんなところかな」

「つまり、ほぼ全部分かったってこと?そんなんで知られる程、衝撃砲は甘くないわよっ!」

 

 戦兎の言葉に眉を顰めた鈴音が、啖呵と共に衝撃砲を放つ。

 

 しかしビルドは右腕部の【サドンデストロイヤー】を力強く振るい、衝撃が到達するタイミングを完璧に見切ってみせたのだ。

 嘘偽りなく実行してみせた彼の行動は、鈴音を驚かせた。

 

「嘘、本当に衝撃砲を見切ったっての!?」

「てんっさいならこれくらいチョロいもん」

 

 そう言いながら戦兎は新しいボトルを取り出す。

 

≪忍者!≫≪コミック!≫

≪ベストマッチ!≫

 

 黄色と紫色のフルボトル、忍者とコミックをそれぞれドライバーに挿し込み、レバーを回していく。

 

≪Are you ready?≫

「ビルドアップ!」

 

 黄色と紫色の成分がビルドの周囲に現れたパイプを伝い、前後にハーフボディを形成する。そしてそれらはビルドを挟み込むように機動し、彼の姿を再び変化させる。

 一夏との戦いで見せたベストマッチ、ニンニンコミックフォームがその姿を見せる。

 

≪忍びのエンターテイナー!ニンニンコミック!イェイ!≫

 

 フォームに合わせた専用武器、4コマ忍法刀を携えた彼はそのトリガー部を4回引く。

 

≪隠れ身の術!ドロン!≫

 

 4コマ忍法刀のトリガーを4回引くことによって発動する隠れ身の術。それは刀身から濃い煙幕を発生させ、自らの身体を覆い隠す技である。

 本来ならば緊急回避等に用いられるが、ビルドはその煙幕をアリーナ全体に張るという手段をとってみせた。散布範囲が非常に広く、忍法刀の力だけでは本来のようにビルドの姿を覆うほどの濃度ではなくなっている。

 

 この場一帯を覆う薄い煙幕の意図に、鈴音はハッと気づいた。

 

「……成程ね、こうされたら衝撃砲も丸見えね」

「そゆこと。衝撃が空間作用に関わる以上、この煙幕を無視するなんて無理無理」

 

 只でさえ見切られているというのに、砲身も砲弾も見えるようになってしまってはこの先用いても意味が無いのと同意。

 鈴音のメインウェポンの1つである衝撃砲は、忍者の奇策によってほぼ無効化されてしまったのである。

 

 そんな鈴に残されている頼みの綱は、愛刀である2振りの大型ブレード。

 それを連結させて双刃刀に組み上げた彼女はバトンのようにそれをグルグルと振り回して、構える。

 

「だったら、こいつで押し切るのみよ!」

「知ってるか?忍ばない忍者もいるらしい」

 

 そう言いながらビルドは忍法刀を構える。忍術や暗器を使う気満々であるが、刀主体で戦うという旨での発言だ。

 

「さぁ、まだまだ実験はここからだ」

 

 2人の訓練は、互いのシールドエネルギーが0になるまで継続するのであった。

 

 そして日は過ぎていき、時はクラス対抗戦にまで進んでいく……。

 

 

 

―――続く―――

 



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第11話 開幕の対抗戦=侵略のイレギュラー

 戦兎と鈴音が放課後に特訓を行っているという話は、あっという間に学園内に広がった。

 やれ織斑 一夏と喧嘩したから代わりに鈴音を使って彼に仕返しするつもりだとか、やれ鈴音に言い包められて2組の手先になっただとか、真相が靄にかかったまま噂が広まっていった。

 この噂をきっかけに彼への印象が良くなったのは、1年2組。学園でたった2人の男子の内の片割れが自分達のクラスの力になってくれるというのだから、喜ばない手は無いだろう。

 特に評価が変わらなかったのは1年1組。彼が大の甘党だと知っているクラスメイト達は察していた。『あぁ、フリーパスに釣られたんだな』と。

 

 そして事実を知らない他のクラス、学年はというと……。

 

「ねぇ、あれが千冬様の弟じゃない方の……」

「自分のクラスをルラギッタンディスって。薄情よね」

「嘘だそんなことー!!」

 

 廊下で戦兎とすれ違う女子生徒が、口々に囁いている。あまり良い噂が流れていない所為で、その内容も彼に対して批判的であった。

 元々、戦兎と一夏は彼女達によって比較されがちであった。どちらがカッコイイか、頭がいいか、強いか、性格がいいか、仲良くなれそうか、将来性がありそうか、受けか攻めか。

 しかし世界最強で女性ファンも多数いる千冬の弟、という身内によるアドバンテージもあって一夏の方が人気が高かった。一方の戦兎は頭は良くてクラス代表を決める決闘でも2勝し、見た目も良いので寧ろ一夏に対して有利かと思いきや……。

 

『っはぁぁぁぁん!!キタキタキタキタ降りてきた最っ高のインスピレーション!!これはもう夜通し研究するっきゃないっしょ!』

 

 時々現れるハイテンションが有名になり、他の高評価を台無しにしていた。分かりやすい欠点があるお陰で戦兎の評価はイマイチであった。

 もしこのまま彼がイメージアップに繋がるアクションをしなければ、彼の評価は低いままであろう。

 

「戦兎くんはそれでいいの!?」

「え、どうでもよくない?」

 

 一番気にするべき本人が気にしていない始末。

 

 クラス対抗戦1試合目はまさかまさかの一夏対鈴音。まるで神が悪巧みをしたかのような組み合わせである。取り敢えずユグドラシル絶対許さねぇ!

 クラス代表以外の生徒は観客としてアリーナの席で試合を見学することとなっている。1組から4組の1年生、100名以上が今回の観客だ。

 

「どうでもよくないことないよ!」

「噂の中には謂れの無い内容だって混ざってるんだよ!今なら名誉毀損で告訴して賠償金貰って牛丼卵付き100杯食べてビルを1,000件買って女子アナと結婚してウハウハになるチャンスなんだよ!」

「最高50万円でも足りねーよ」

 

 1組の生徒達で彼の悪印象を払拭しようと友人間で掛け合ってくれている動きもあるが、線の薄い上級生達にはあまり伝えられていないのが現状である。仮に伝わったとしても、時折見せる彼の奇行を踏まえた上で信じてくれるのかは分からないが。

 

 一先ず戦兎の噂については置いておくとして、アリーナで行われている一夏と鈴音の試合に視点を向ける。

 戦局を分析してみると、現状は鈴音の方が優勢であった。片やISを本格的に動かしてたったの1ヶ月、片や1年間の猛勉強と鍛錬を経て代表候補生にまで上り詰めた努力と才覚を持っている。後者の方が圧倒的にアドバンテージがある。

 だがそれに拍車をかけているのが、ここ最近の戦兎との特訓にある。彼と戦って経験値を貯めるだけでなく、現在戦っている一夏の戦法や攻撃の癖等も教えてもらったお陰で、立ち回りが正確になっているのだ。

 

「ほらほら一夏ぁ!あんたの実力はそんなもんなのっ!」

「くそっ、強ぇ……!」

 

 連結させた双天牙月を巧みに振り回す鈴音の攻撃を辛うじて防ぎながら、苦しげに言葉を吐き捨てる一夏。

 セシリアとの戦いでは相手の油断と動揺の瞬間を突いて勝利寸前にまで辿り着いた彼であったが、それは奇跡と言ってもいい出来事だった。

 だが、奇跡はそう何度も起こらない。ましてや今回の相手は近距離戦を苦手とする相手どころか、逆に得意としているのだから。

 

「そぉらぁ!」

 

 双刃刀による強力な一撃。大剣を振るったかのような強靭な攻撃は一夏の防御を押し切り、彼を地面へと大きく吹き飛ばした。

 更に鈴音は地面に落ちた一夏に対して、衝撃砲による追撃を敢行。強出力による不可視の弾丸が土煙に向かって射出され、煙の勢いを激しくさせた。

 

 ボフン、と立ち込める土煙の中から姿を現す一夏。

 しかしそのダメージは少ないとは言えず、ISの絶対防御を超えた攻撃によって彼の身体やIS装甲には傷が出来上がっていた。

 

「あらっ。結構いいのをあげたつもりだったんだけど、中々頑張るじゃない」

「……あんまり調子に乗るなよ。俺も本気でいかせてもらう」

 

 顔を土埃で汚しながらも、その表情は真剣を帯びていた。

 

 鈴音は一夏のその表情に思わずトクンと心の臓に強い鼓動を波打たせる。そうだ、自分は彼のこういうところにも惚れたのだ。外見の良さだけではなく、そこに灯す強い意志にも惹かれた。

 しかし鈴音はハッと我に返って首を激しく横に振る。今は試合中だし、今回はお国の模擬戦と違ってどうしても勝たなくてはならないのだ。

 

「そう……なら、さっさと来なさい!」

「言われなくても!」

 

 2人が再度、正面から獲物をぶつけ合う。

 拮抗しては一度距離を取り、旋回してから再び相手と激突する。ヒット&アウェイを繰り返しながら2人は激しい空中戦を披露していく。

 

 そんな中で、鈴音は一夏に言葉を掛けた。

 

「あんた、なんで戦兎のことをそんなに嫌ってんのよ!」

 

 それはここ最近の鈴音が疑問に思っていたことだった。

 一夏の前で彼の話をすると、決まって目の前にいるこの男は苦い表情を浮かべていた。一夏がここまで特定の人物を嫌っているのは珍しいことだと鈴は知っている。

 

「お前には関係無いだろ!」

「あるわよ!あんたの、幼馴染みのことでもあるし……それに!」

 

 ガキィン!と得物を弾く鈴音。

 

「あいつがどう思ってるのかは知らないけど、あたしは戦兎のことを悪いようには思ってない」

「っ!……あいつはっ!あいつはお前のことを助けようとしなかったんだぞっ!」

 

 激しい剣幕で鈴音に迫る一夏は、雪片弐型を彼女に向けて振りかざす。

 

「俺は聞いた!人助けと自分の研究、どっちが大事なんだって!そしたらあいつは迷わずに言い切ったんだよ、ビルド(自分の研究)の方だって!」

「だから、あいつのことが嫌いってわけっ?」

「あぁそうだ!お前があの時弱ってたっていうのに、あいつが気にしてたのはフルボトルとかいう小さな道具のことだった!俺はそれが許せねぇ!」

 

 一度零した不満は収まりがつかず、一夏は己が抱えている不満を鈴音に向けて一気に吐き出した。

 

 それとは対照的に、鈴音の感情は冷静であった。

 一夏が言った、スマッシュから元に戻った自分よりもフルボトルのことを優先したという話に何も思わないというわけではなかった。

 だがそれ以上に、鈴音には思うところがあった。

 

「あいつさ、記憶喪失なんだって」

「えっ……」

「覚えてるのはここ3年間の出来事だけで、それ以前のことは何1つ覚えてないって言ってた。家族も、故郷も、学校も、友達も……これっぽっちも思い出せてないって」

 

 その話を聞いた一夏は絶句した。

 確かに彼に対して身の上話をした覚えは無い。入学してから一夏自身は勉強や特訓、女子達の質問捌きに追われていたし、戦兎は研究と称して部屋に籠る機会が多く、2人が落ち着いて話をする機会は殆ど無かった。基本的に、一夏の周りには誰かしら女子がいるし。

 更に記憶喪失ということに関しても、一夏は他人事のように感じられなかった。

 彼もまた、2つの記憶を失っているからだ。物心がつく前の記憶、そして姉である千冬のモンド・グロッソ2連覇が掛かった日の内の、数時間の記憶。

 

「あんた、ビルドが初めて現れたのがいつか覚えてる?」

「えっと、スマッシュが2、3年前くらいに現れて、それから少しした時……だったか?」

「戦兎がビルドってことはさ……あいつ、記憶を失ったっていうのにその間にビルドになってたって計算にならない?」

「……!!」

 

 確かにその通りだ。

 最初に現れたビルド、そしてそれ以降もずっと彼が変身していたのであれば、彼は記憶を失いながらもたった1人で異形の怪人スマッシュと戦い続けたことになる。普通ならば、自分の記憶を取り戻すことを優先する道もある筈なのに。

 

「それに気付いて、ここ最近であいつと話してて、あたし思ったの。あいつは人助けをしない薄情者とかじゃなくて、ただ知らないだけなんだって。研究とか実験とか、そういうのを拠り所にしたのかもって」

「拠り所?」

「だって記憶を失くして、色んな喪失感があった筈でしょ?そんな中でビルドに関する発明や研究が肌にあったとか、好きになったとかそういうことなんじゃないの?だからあいつも、その在り方に満足しちゃってるんだとあたしは思う」

 

 その辺りについては、本人から確証を得られていないので完全に鈴音の推測するになる。

 だが自分の感覚は鋭い方だと自覚している彼女は、概ね合っている筈だという自信もある。

 

 実際、鈴音の推測は的を得ていた。

 戦兎がビルドの開発や研究にばかり目を向けているのは、束と共に生活し始めた頃からそういった方面に興味を持ったのが根底である。

 いつの間にか自分の所持品に加わっていた2本のフルボトルと得体の知れない四角い黒の箱。それらを解明する為に戦兎は束の研究風景を盗み見て、いつしか自分の技術として取り入れてそれらの開発を進めていった。

 そうして出来上がったのがビルドドライバー、そしてそれを使って変身するビルドである。

 

「あたしはあいつのことに一々口出しするつもりは無いわ。学校生活を続けてる内にあいつの考え方も変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。だけどどっちにしてもその結果があいつにとって一番いいと思った選択なら、あたしがどうこう言う資格は無い。……で、あんたはどうしたいの?」

「俺……?」

「そ。あたしの話を聞いても、全部納得したって顔してないわよ。あんたがあいつに何かしてやりたいんじゃないの?」

「俺は……俺は……!」

 

 その答えを口に出そうとした一夏。

 

 しかしその瞬間、アリーナ全体に強力な衝撃が奔った。

 アリーナの遮断シールドが砕け散る音、アリーナのフィールドに到来する巨大な影、その質量を感じさせる鈍重な衝突音、先程一夏が起こしたものよりも激しい土煙。

 

 一夏が、鈴音が、観客席にいる戦兎達が、そして管制室にいる千冬達の脳内に『緊急事態』の4文字が共通して浮かび上がる。

 

「キャァァァァァァっ!?」

 

 誰かが悲鳴を上げたことが、混乱の切っ掛けとなる。

 観客席にいた少女達は各々でその場から逃げようとアリーナの出口に押し掛け始める。小、中学校の時に習った避難訓練のイロハなどいざという時になると頭から抜け落ちてしまっており、雑多な人海が出来上がっている。

 だが非情なことに、何故かアリーナ内の扉は全てロック状態に入っていた。

 

「ねぇ!?扉が閉まってるの!?」

「お願い開いてよ!開いてぇ!」

「ゥ私をここから出せェ!ゥ私は神の才能を持っているんだぞォ!」

 

 1人だけ見当違いのことを言っているが、無視。

 

「おーすげぇ何あれ。出力とか絶対競技用じゃないじゃん」

 

 1人だけ見当違いの反応をしているが、これが主人公なので無視出来ない。

 他の生徒が席から立って避難をしようとしている中、戦兎だけはその場から動かないでいた。その場に留まり、アリーナに侵入してきたイレギュラーを興味深そうに観察しているのだ。

 

 イレギュラーはスマッシュではないようだが、その形状はどこか歪であった。

 手は異常に長く、つま先より下にまで伸びている。頭部には首と思われる個所が無く、深灰色の全身装甲と相まって全体的に不出来な人型ロボットのような印象を感じさせた。

 煙の中から現れたそのイレギュラー――ゴーレムは一夏と鈴音による2名と交戦を始めている。アリーナ内の遮断シールドがレベル4にまで設定、全ての扉がロックされているので救援も避難も叶わず、必然的に一夏と鈴音がゴーレムと戦う羽目になっているのだ。

 

「戦況は……あまりよろしくない、か」

 

 ゴーレムは高出力による機敏な回避行動を行って一夏と鈴音の連携攻撃を用意に躱してみせ、でたらめに長い腕をコマのように無茶苦茶に振り回したり垣間にレーザーを発射したりして着実に2人を追い詰めている。

 

 一夏と鈴音は先程の試合の消耗も残っているので、敗北は時間の問題だろう。

 

「他人の獲物を横取りするのは主義じゃないけど……ま、今回は仕方ないか」

 

 そう言いながら戦兎は懐から金色のフルボトル【ロックフルボトル】を取り出して、それをシャカシャカと振りながらアリーナの遮断シールドに近づいていく。

 本来ならば身体が遮断シールドに遮られてアリーナの舞台内に入ることは叶わない。

 

「お邪魔しまーす」

 

 しかし戦兎は、まるでシールドがそこに存在しないかのように、自然にシールドをすり抜けてみせたのだ。

 

「「はぁっ!?」」

 

 その光景を偶々目にした一夏と鈴音は、揃って驚愕の声を放つ。シールドなどお構い無しに入って来たことにもだが、こんな火事場に態々飛び込んできたことにも驚かされた。

 

「ちょっと戦兎!あんたなんでこっちに入って来てんのよ!?てかどうやって入ったの!?」

「ふふーん、何を隠そうロックフルボトルにはエネルギー物質を遮断する力があるんだなコレが。遮断シールドがエネルギーで構成されている以上、これを振って持ち歩けばそんなものは意味を為さないってわけ」

 

 戦兎がアリーナに降り立ったことによって、ゴーレムも彼に反応を示し始める。

 戦兎とゴーレム、両者が対峙する中で戦兎は新たに2本のフルボトルを取り出した。

 

「さぁ、実験を始めようか」

≪ゴリラ!≫≪ロケット!≫

 

 フルボトルをそれぞれセットし、レバーを回して周囲にファクトリーを形成する。

 相手がスマッシュだろうとISだろうとゴーレムだろうと、戦兎のやるべきことは変わらない。

 

≪Are you ready?≫

「変身!」

 

 茶色と空色のボディで組み上がった【トライアルフォーム・ゴリラロケット】への半身を完了させるビルド。

 身体から吹き上がる白い蒸気を背景に、ビルドは腰を低く構える。

 

「行くぞ!」

 

 左肩部に備わっているロケット型のパーツからエネルギーを噴出させ、勢いのある突撃を仕掛ける。反対の右腕はいつでも拳を振れる姿勢に入っていた。

 一夏&鈴音対ゴーレムの戦いに参戦したビルド。彼の介入によって戦況は大きく変わろうとしていた。

 

 

 

―――続く―――

 




ちなみにフルボトルを振った際の効果は大体独自設定です。今回のロックフルボトルがその一例です。


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第12話 輝きのデストロイヤー=ゴリラモンド

「行くぞ!」

 

 ロケットハーフボディに備わっているロケットパーツの噴出力を以てゴーレムに突撃を仕掛けるビルド。射的距離内に入ると、ゴリラハーフボディの剛腕を敵に目掛けて勢いよく振るった。

 

 しかしゴーレムは先程から見せていた脅威の回避性能でビルドの一撃を容易く回避。ロケットの推進力はかなり高いが、敵の回避力はそれを上回っている。

 やっぱり速いな、と内心で独りごちるビルドを余所に、ゴーレムは反撃を開始。腕部の4つの砲口からビームを乱射し、飛び回っているビルドにそれらを向けた。アリーナのシールドを容易く破ってみせたその威力、当たればどうなるかは想像に難くないだろう。

 

「そぉい!」

 

 戦兎はロケットの加速を更に強めると、地面に接地しそうな高度を保ちながらゴーレムに接近。再びゴリラ側の拳を構える。

 先程と同じような攻撃の仕方では、また躱されてしまう。それが分かっていた戦兎は既に搦め手を考え付いていた。

 戦兎はゴリラアームが届く前に、ロケットハーフボディ側の指先からレーザーを照射した。宇宙空間のスペースデブリを除去する為のレーザー照射装置が左側の強化グローブに搭載されており、それを牽制として放ったのだ。

 

 案の定、ゴーレムは即座にそれに反応して横に回避する。

 しかし避けた先はゴリラアームの射線上であった。

 

「吹き飛べ!」

 

 ロケットの推進力を加えた、ゴリラボディの剛腕がゴーレムのシールドバリアーと衝突する。相手の防御を超えた威力を持つその攻撃は、シールドに守られたゴーレムをアリーナの壁まで吹き飛ばし、瓦礫が飛び散るほどの衝撃を与えた。

 

 砂塵が舞う中、地上に降り立ったビルドに目掛けて高出力のレーザーが飛び込んできた。

 

「危なっ!?」

 

 咄嗟に横に飛んで躱すが、相手はまだレーザーを撃ち込んで来ており、一息つく暇を与えてくれない。

 これほどの高出力射撃を連発出来るなんてエネルギー総量が多すぎるだろと文句を言いたかったが、言ったところで相手が攻勢を緩めてくれるとは到底思えない。

 戦兎が次の手を考えていると、そこにISを身に纏っている者達の援護が加わる。

 

「あんた、あたしと戦ってたのを忘れてたんじゃないでしょうね!」

 

 鈴音による衝撃砲が、戦兎への攻撃を続けていたゴーレムに命中。攻撃の手を止めさせることに成功する。

 

 更にそこへ一夏が肉薄を仕掛け、雪片弐型による鋭い袈裟切りをゴーレムに向けて振るった。刀撃は真っ直ぐにゴーレムの身体を捉え、バリアーの発生を起こしつつ衝撃でゴーレムを僅かによろめかせた。

 

 間近にいる一夏に目掛けてゴーレムが拳を振るおうとするが、そこに戦兎が駆けつける。再びロケットを噴かせながらゴーレムの横に回り込み、拳を横腹辺りに叩き込んでみせた。そのまま相手を殴り飛ばし、図らずも一夏の窮地を救う形が成り上がった。

 

「せ、戦兎!」

「まさかその状態で戦うなんてな……普通消耗を考慮して避難しない?」

「ピットも閉まってるんだ、ここから逃げられないし、そもそも逃げるつもりが無いんでな」

「やられたまま引き下がるなんて、あたしの性分に合わないのよ!」

 

 戦兎と一夏の方に合流した鈴音も、このまま引き下がるつもりは全く無い様子。

 どちらも負けず嫌いな節があるので、この場で何を言っても無駄だろう。

 

「ふぅむ……ま、今回は俺の方から手出ししたから前みたいに吹き飛ばしはしないけど、巻き込まれても文句言うなよー」

「あ、おい戦兎!」

 

 ここから共同戦線を組もうと考えていた一夏であったが、そうとも知らずに戦兎は再び前線に向かっていく。一夏の制止も聞く気無しである。

 

「ったく、全然力を合わせる気が無いなアイツ……」

「それで一夏、ここからどうすんのよ?」

 

 戦兎がゴーレムと交戦を再開している中、鈴音は一夏の傍によって彼の考えを問う。

 戦兎に協力を仰ごうにも、今の彼が快く歩調を合わせて戦ってくれるとは考え辛い。更には彼と連携が出来るかと言われるとそれはもっと難しい。一夏と鈴音は幼馴染としての付き合いがあってそれなりに息が合っているが、戦兎相手ではそう上手くもいかないだろう。

 

 しかしそんな状況でも、一夏の表情は崩れなかった。

 

「あいつ、さっき言ったよな。巻き込まれても文句は言うなって」

「そ、そうだけど……それが何よ?」

「鈴、耳貸せ。一発逆転のアイデアが思い浮かんだ」

 

 戦兎は一夏達が戦いを続けることをどうこう言わなかった。戦いたければ好きにどうぞと解釈出来る。

 

 ならば思う存分戦わせてもらおう。そしてこの戦いを終わらせてみせよう。

 一夏は勝利の構図を胸に抱きながら、準備を始めた。

 

 

 

――――――――――

 

≪ラビット!≫≪ロック!≫

≪Are you ready?≫

「ビルドアップ!」

 

 別のフルボトルをベルトに装填したビルドの姿が、赤色と金色の装甲で構成された姿【トライアルフォーム・ラビットロック】へとチェンジする。

 左腕部のカギ型の拘束具射出装置【バインドマスターキー】から鉄色の鎖を射出したビルドは、それをゴーレムの両腕と胴体を纏めて縛るように絡ませ、動きを固定する。

 両腕が不自由になったことで動きに支障を来たしたゴーレムの隙を見計らい、ビルドはラビットの瞬発力で一気に敵の懐に詰寄り、蹴りを腹部に叩き込む。すかさずバインドマスターキーを打撃武器として振るい、着実に敵のシールドエネルギーを削っていく。

 

 鎖で縛られて動きを制限されたゴーレムであったが、強靭なパワーで鎖を引きちぎり、身体の自由を取り戻してみせた。

 

「いやいや……そんな紙みたいに引き千切られても反応に困るんですけど」

 

 その姿を見て軽く引くビルド。今まで遭遇したスマッシュでもそんなゴリ押しを通した者はいなかったので、尚更に。

 さて、と息をついてから再び相手を観察する戦兎。そんな彼の動きが止まったことにより、ピタリとゴーレムの動きも止まる。

 先程から見せている敵の動き方が、どうにもビルドの中で引っ掛かっていた。戦い方がスマッシュとも人間とも異なる、まるで徹底的に理性で制したかのような動き方だ。動揺するそぶりや妙な挙動も見せない、サイボーグと戦っているような感覚だった。

 

「(……?待てよ、サイボーグ?……内海、じゃなくてロボット?)」

 

 その時、ビルドの中で1つの仮説が浮かび上がる。

 もしも目の前にいる機体に人が乗っていない、つまり無人機だった場合。本来ならばISには人が乗っていないと有り得ない、無人など常識外れもいいとこな話である。しかしこれまでのゴーレムの行動パターンを振り返ってみると、その常識外れの話が当て嵌まってしまうのだ。

 

「(もしも、こいつが無人機なら……)」

 

 勝利の法則を探ろうとした瞬間、戦場となったアリーナにハウリングが尾を引くほどのスピーカー音声が流れる。

 

『一夏ぁっ!』

 

 声の正体は、なんと篠ノ之 箒であった。視界を凝らしてみると、彼女はアリーナの中継席のマイク前に立っていた。

 何故扉が全てロックされているにも関わらず、中継室にいなかった筈の彼女がそこにいるのか。色々と謎ではあるのだが、彼女は構わずに声を張り上げる。

 

『男なら……その程度の敵を倒せなくてどうするっ!』

 

 箒の登場により、一夏や鈴音だけでなくゴーレムまでもが彼女の方に意識を向け始める。

 ゴーレムに至っては新たな標的を見つけたとばかりに腕部の砲口を彼女に向けようとしていた。生身の人間がアリーナの遮断シールドを容易に壊すほどのレーザーを受ければ、肉片すら残さないだろう。

 

 流石に恩人である束の妹をこのまま放置するわけにはいかないと判断したビルドであったが、それよりも先に動く影があった。

 

「うおぉぉぉぉぉ!!」

 

 刀を構えた一夏が、凄まじい加速でゴーレムに迫っていたのだ。そのスピードは従来の瞬時加速(イグニッション・ブースト)を超えており、既にゴーレムとの距離は間近になっていた。

 一夏が今しがたまでいた場所の近くには鈴音がおり、龍砲が発射されたような形跡が残っている。

 

 それを見たビルドは理解した。

 ISの瞬時加速の原理は、スラスター翼から放出されたエネルギーを機体内部に取り込んで圧縮し、再び放出。それによる慣性エネルギーを利用して爆発的な加速を実現させているのだ。そして内部に取り込むエネルギーは、外部からのものでも問題無い。

 つまり鈴音の衝撃砲を背中で受けて、そのエネルギーを瞬時加速に当てたのだとビルドは推測し、舌を巻いた。まさかそういう手口を使うとは思わなかったので、そんな発想に至った一夏を素直に評価した。

 

 そして一夏の斬撃は、ゴーレムの左腕を斬り落としてみせた。

 ゴトンという音と共に切断部から生じる火花。中に人間が乗っていたなら血飛沫の1つや2つは飛んでいただろうが、斬られた断面からは肉体らしき箇所は全く無い。

 つまりこのゴーレムは無人機。ビルドの、そして一夏の予測は的中していたのだ。

 

 残った右腕を一夏に向けて振るうゴーレム。

 

≪ゴリラ!≫≪ダイヤモンド!≫

≪ベストマッチ!≫

 

 しかし、ビルドも既に動きを見せていた。

 再びフルボトルを取り換えると、ベルトのレバーを回しながらゴーレムと一夏の間に割り込むように走っていく。

 

≪Are you ready?≫

「ビルドアップ!」

 

 変身を完了させると同時に、ビルドはゴーレムが振るった剛腕に対して自らの拳を叩き込む。ゴーレムの腕を弾き、一夏の身に降り注ぐ危機を打ち払ってみせた。

 茶色と水色のボディに巨大な右腕部、左肩部の大型ダイヤモンドが特徴的なその姿を露わにする。

 

≪輝きのデストロイヤー!ゴリラモンド!イェイ……!≫

 

 【ビルド・ゴリラモンドフォーム】。

 ゴリラフルボトルとダイヤモンドフルボトルによるベストマッチフォーム。それがこの姿である。

 

「さぁ、勝利の法則は決まった」

 

 その言葉と共に駆け出したビルドは右腕部の【サドンデストロイヤー】を豪快にゴーレムの腹部へ叩き込み、その巨体を軽々と仰け反らせる。

 ベストマッチフォームはボディのスペックがトライアルフォーム時よりも上昇しており、先程のゴリラロケットの時以上のパンチ力が現れているのだ。

 反撃を行わせる前に、更に拳を浴びせるビルド。彼が敵にその剛腕を振るう度に鈍重な金属の衝突音が響き渡り、パンチの威力を物語っている。

 

 ゴーレムも片腕を斬り落とされた状態で反撃を試みるが、残された右腕の対面に位置するのはビルドのダイヤモンドハーフボディ。物理攻撃では傷1つ付かない強固な装甲は悉くゴーレムの攻撃を防いでみせている。

 物理攻撃では叶わないと判断を下したゴーレムは、近距離からのレーザー攻撃を行うべく各種砲門を光らせるが……。

 

「エネルギー攻撃でお困りのあなたにはこれ、シールド展開機能!」

 

 左肩部の装甲に備わっている機能で、眼前にダイヤモンド型のシールドを展開するビルド。

 彼の前に出現した輝ける盾はエネルギー攻撃を反射する効果があり、これから迫り来るゴーレムのレーザー攻撃もエネルギーで構成されている。

 

 案の定、ゴーレムのレーザーは射出した本体に向かって跳ね返され、自慢の分厚い装甲を何か所も貫通させていった。

 とうとうゴーレムの膝が地に着いた。無人機とはいえ、機体自体に限界が来たのだ。

 

「さあ、フィナーレだ」

 

 ゴリラサイドのアームではレバーを掴み辛いので、ダイヤモンドサイドのアームでレバーを回転させていく。

 

≪Ready go!≫

 

 ベルトの音声が発された後に、ビルドは自身の前方に無数のダイヤモンドを形成させる。

 更に出来上がった大量のダイヤモンドに目掛けて、ゴリラアームで思い切り殴りつける。

 

≪ボルテックフィニッシュ!≫

 

 殴られた大量のダイヤモンドはゴーレムに向かって一斉に飛散し、弾幕のようにゴーレムに襲い掛かる。

 強固なダイヤモンドによる攻撃は実弾銃の衝撃にも近い感覚があり、それらは万遍無くゴーレムに叩き込まれていく。

 

≪イエーイ!≫

 

 そしてついに、ゴーレムは完全に動かなくなった。機体は糸が切れたように倒れ込み、そのままピクリともしなくなる。

 

 こうして、突然のイレギュラーとの戦いは終わった。

 

「ふぃー、実験完了っと」

「戦兎、無事か?」

「ん?あぁ、大丈夫大丈夫」

 

 変身を解除し、駆け寄ってきた一夏に対してヒラヒラと手を振って答える戦兎。本人の言う通り、身体には目立った傷は見当たらない。

 

「そっか。鈴も怪我は無いよな?」

「ついでみたいに言うんじゃないわよ。っていうかこの中で一番怪我が多いのはあんたでしょうが」

「言えてる。見てなかったけど、さっき敵に斬りかかった時のスピードは衝撃砲のエネルギーを瞬時加速に利用したんだろ?」

「あはは……バレてたか。ぶっちゃけ今も背中が痛いです、はい」

 

 顔を引き攣らせながらそう告げる一夏であったが、その言葉を聞いた鈴音はニヤリと不敵な笑みを浮かべ始める。草加 雅人が悪巧みする時のような表情である。

 

「へぇー、ふぅーん、背中が痛いのねぇ……」

「……お、おい。なんだよその顔は、女の子がしていい顔じゃねえぞ?っていうか戦兎はスマホ弄って何やってるんだっ?」

「いや、草加 雅人が何かする時に流れる曲でも流そうかと思ってな」

「そんなのいらんっ!」

 

 【カイザ、圧倒的な力】がその場に流れ始める。

 

「さぁ、覚悟しなさい一夏……無茶なことしてあたしに心配掛けたこととか約束のこととか中学時代のツケとか、諸々を今ここで返す!」

「いやツケはどっちかというとお前の方が多かったし、っていうか約束はあれで合ってるって言って、うおおぅ!背中に触ろうとするな!止めろォ!俺逃げろォ!」

 

 一夏と鈴音は戦兎そっちのけで追いかけっこを始める。激戦の後だというのに、その空気はまるで重みを感じない。

 

 彼らの喧騒を余所に、戦兎は既にスクラップとなっているゴーレムの傍に近寄り、エンプティボトルを翳していた。

 フルボトルの完成に必要な成分はスマッシュからだけではなく、稀に人間や無機物からも採取することが出来る。本当に希少なケースなので、当たればラッキー的な感覚である。

 

「おっ?」

 

 なんと、今回は当たりだったようだ。

 ゴーレムの機体から粒子が湧き上がり、それを集めたエンプティボトルがスマッシュボトルへと変貌を遂げる。

 

「んふふー、こいつは思わぬ収穫だったな」

 

 心を昂らせながらスマッシュボトルを眺める戦兎。部屋に帰ったら早速浄化作業を行おうと心に決めるのであった。

 尚、この後は事情聴取に駆り出されて浄化作業への取り掛かりが遅れることを彼はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 この事件を終始観察し続けていた第3者の存在がいたことは、誰も知らない。

 

 

 

―――続く―――

 




ゴリモンちゃん初登場。さすがに生徒をデストロイするわけにはいかんかったんや……(絶対とは言ってない)

■ゴリラモンドフォーム■
【身長】189cm
【体重】112kg
【パンチ力】25.9t(右腕)15.8t(左腕)
【キック力】17.3t(右脚)16.5t(左脚)
【ジャンプ力】32.5m
【走力】8.4秒

―ゴリラハーフボディ―
①タフチェストアーマー:胸部の重装甲。耐衝撃性に優れており、敵の物理ダメージを半減させる。またドラミングでスマッシュを威嚇し、追い払うことが可能。
②BLDマッスルショルダー:右肩部。腕部の動作を最適化し、パワーを飛躍的に上昇させる。
③サドンデストロイヤー:右腕部。パンチの威力を2倍にする炸裂パワーユニットが内蔵されており、低確率で相手を即死させる効果がある。
④BLDマッスルグローブ:右拳の強化グローブ。内部のパワーシリンダーが敵や鉄骨を握りつぶすほどの力を引き出す。
⑤ゴリラッシュレッグ:左脚部。脚部の筋力と関節のパワーを高める強化装置が内蔵されており、強力なパンチを放つ為の強力な足腰を作り上げる。
⑥ゴリラフットシューズ:左足のバトルシューズ。体重を利用した強力な踏みつけ攻撃を得意とする。

―ダイヤモンドハーフボディ―
①シャインチェストアーマー:胸部の複合装甲。輝きを放つ滑らかな表面装甲で、敵の攻撃を受け流すことが可能。
②BLDプリズムショルダー:左肩部。シールド展開機能を備えており、敵のエネルギー攻撃を反射することができる。
③フローレスガードアーム:左腕部。表面装甲はダイヤモンドのように硬く、物理攻撃を受けても傷一つ付かない。
④BLDプリズムグローブ:左拳。手の甲に特殊変換装置を内蔵しており、周囲の物体や弱い敵をダイヤモンドに変えることが可能。
⑤フローレスガードレッグ:右脚部。表面装甲はダイヤモンドのように硬く、物理攻撃を受けても傷一つ付かない。
⑥ダイヤハードシューズ:右足。特殊変換装置でダイヤモンドに変えた物をキックで砕くことが可能。


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第13話 変える決意=変わらない想い

 

 クラス代表対抗戦、およびゴーレム襲撃から数日後。

 当日に起こった出来事は学園関係者全員に箝口令が敷かれ、以降も外部に漏れることは無かった。もし部外者に知られた暁にはバラした方もバラされた方も厳しい制約が課せられるので、誰も好き好んで言い触らそうとは思わない。

 

 また、対抗戦はそのまま中止ということで話が纏まることとなり、優勝賞品であった学食デザートフリーパス半年分は夢幻の存在となった。

 その事実を聞いて、学園で最もショックを受けている人物は今……。

 

「はぁ~……もぐもぐ……最悪だ……もぐもぐ」

 

 食堂で盛大な溜め息を吐きながら、クッキーを黙々と食べ進める戦兎。

 クッキーだけではない、彼の周りにはチョコやらケーキやら和菓子やら甘い物が大量に置かれており、一種のバリケードのようになっていた。

 普通の人が見たら胸焼けしそうな量のお菓子を戦兎が食べている理由は、ただのやけ食い。無償で学食のデザートにありつけるチャンスを失ったショックは戦兎にとって大きかったらしく、それを埋める為にこうして甘い物を食べ続けているのだ。

 

 彼に同席している鈴音は、その食べっぷりを見て頬を引き攣らせていた。

 

「あ、あんた……よくこんな量を食べるわね。しかもさっきから全然ペース落ちてないし」

「もぐもぐ、折角さ……もぐもぐ、浮く予定のお金と……もぐもぐ……買おうと思ってた研究用……もぐもぐ、備品とか計画してたのに……むしゃむしゃ」

「あぁもう、もぐもぐもぐもぐうっさい!食ってる時に喋るんじゃないわよ!食うか喋るかどっちかにしなさい!」

「むぅ……」

 

 鈴音に注意されて、戦兎は食べる方に専念し始める。

 頬がお菓子で膨らむくらいに食べていく彼を前にしつつ、鈴音も話を進める。

 

「まぁ確かに、対抗戦が中止になったせいであたしも一夏との勝負がナアナアになっちゃったし……なーんか不完全燃焼っていうか、収まりが悪いのよねぇ」

「むぐむぐ……」

「可愛げの無いリスね……あーあ、なんかライバルも増えてるっぽいし、あたしもなんとかしなきゃなぁ」

 

 背もたれに体重を駆けながら、後頭部で手を重ねる鈴音。

 男子と女子の比率が1:9以上のこの学園における、一夏の競争率が非常に高い。彼自身のルックスが良いこと、織斑 千冬の弟であるということ等から人気が高く、彼とお近づき以上の関係になろうと考えている女子生徒は数多い。

 特に鈴音が要注意している人物は2名。一夏のファースト幼馴染である篠ノ之 箒とイギリスの代表候補生セシリア・オルコット、彼女達は一夏の傍にいる比率が他の女子達よりも高いのだ。ボヤボヤしていたら彼女達に先手を取られてしまうだろう。昔の約束が通用しなくなった今、鈴音は彼女達を無視するわけにはいかなかった。

 

「っていうか、あんたも学園での評判をなんとかしなさいよ。あんたいつの間にかまた評価落ちてるじゃない。何したのよ」

「もぐ……いや、何もしてないけど?」

 

 戦兎はあっけからんと答えてみせる。

 

 何かしたから評価が落ちたのではなく、実は何もしなかったから評価が落ちたのだ。

 ゴーレム襲撃の際にアリーナ内の扉がロックされた際、観客席にいた女子生徒達は逃げ場を失ってその場で立ち往生する羽目になった。アリーナの方ではゴーレムと一夏達が戦っている中、その巻き添えに遭わないかと酷く怯える者も少なからずいた。

 そんな中で、誰かが戦兎に期待を抱いたのだ。ビルドである彼なら、きっと自分達を助けてくれる筈だと。

 

 しかし戦兎は脱出を望んでいた生徒達を余所に、アリーナの舞台に入ってゴーレムとの戦闘に移行したのだ。その行動に、彼女達を助けようという気どころか避難させるという気すら感じられなかった。

 結果的に戦兎はゴーレムを撃破し、一般生徒が巻き添えを食うことなく事件は解決した。が、やはり直接助けてくれなかったという周囲の不満から、彼の評価は更に下がることとなった。

 

「今はまだギリギリ大丈夫みたいだけど、1組と2組の子の中にもあんたに対して微妙な反応する子が出てきかねないわよ?もうちょっと危機感抱いたら?」

「っていっても、俺は特に困りはしないし……あぁでも、実験に使えそうなネタ提供してくれなくなるか……」

「……駄目ねこれは」

 

 周りの目を気にしない彼に何を言っても暖簾に腕押し馬の耳に念仏。

 鈴音はこの場でどうこう言うのを諦めた。とはいえ、彼には特訓に付き合ってもらった借りもある。フリーパスが無効となった以上、その辺りでフォローを入れていく形で帳消しにしていこうと心に留めておくのであった。

 

「んじゃ、あたしはちょっと用事があるから行くわね。やけ食いも程々にしなさいよ」

「へーきへーき、前に通りすがりのお兄さんに勧められたプレーンシュガー30個くらい食べれたし、これくらいは余裕だって」

「食える食えないの話じゃないっての!……これで細身なんだから女の敵だわ」

 

 そう吐き捨てながら鈴音は退室する。

 

 そのまま戦兎は食事を再開しようとした時、彼に新たな訪問が。

 

「よ、よう。戦兎」

「ん?あぁ一夏か」

 

 手を軽く上げながら戦兎の方へ近付いてきた一夏。しかしその表情は少し緊張気味だ。

 実を言うと、一夏は彼に話しかけるのに気まずさを感じていた。ここ最近はずっと彼のことを避けていたので、急に自分から話し掛けるとなると変な緊張感が湧いてしまうのだ。数日前の事件の間は普通に会話出来ていたのだが、あれは状況が状況だったために緊張する暇が無かったのである。

 

「えっと、今少しだけいいか?」

「いいぞ。あ、俺は普通にお菓子食べてるから」

「あぁそれは別にいいけど……めっちゃ量あるな」

 

 山積みであるが、それでも減った方であることを一夏は知らない。

 戦兎の隣に座ろうか、それとも正面に座ろうか少しだけ逡巡する彼であったが、最終的に立ったまま彼と話を続けた。

 

「その、ごめん。最近お前のこと避けてて」

「もぐ……いや、別に気にしてないけど。というかなんで避けてたんだ?」

「……今日話し掛けたのは、それもちょっと関係がある」

 

 そう言う一夏の表情は、僅かな緊張を残しつつも真剣な面持ちとなる。

 

「前に聞いたよな。人助けと自分の研究、どっちが大事だって」

「んー……あぁ聞かれた聞かれた」

「あの時、迷わずに言ったお前が……正直に言って、許せなかった。ビルドはスマッシュから人々を守るヒーローだって前から評判があったから、俺もそうだと思ってた……だからお前がビルドだって知った時、実はすげぇ嬉しかったんだよ」

「嬉しかった?」

「だって皆を守る噂のヒーローが近くにいるんだぜ?俺さ、千冬姉に守られて生きてきたからそういうのに憧れてるんだ。誰かを守るってことや、そういう他人の為に頑張れる生き方に」

 

 そう語る一夏の表情は、一回り若い子供のように輝いていた。好きなことを楽しそうに語るそのそぶりも言葉も誇張は無い、ありのままの姿であった。

 

「けど、ビルドであるお前はそれを否定した。誰かの為じゃなくて、あくまで自分の為にビルドをやってるんだって」

「って言ってもなぁ……それが普通じゃない?一夏だって自分の行動全部が誰かの為ってわけじゃないだろ?仮に誰かの為に何かしたとしても、そういうことに憧れている以上は結果的に自分の為にもなる、と俺は思う」

「それはっ!」

 

 違う、とは言えなかった。一夏は自らの唇が重く感じ、その先を言うことが出来なかった。

 戦兎の言葉を真に受け取るならば、確かに一夏が誰かの為に行動してもそれは彼の憧れに基づいた上での行動にも繋がる。ひいては彼自身の行動とも捉えることが出来てしまうのだ。

 

「……確かに、お前の言う通りだよ」

 

 けどな、と一夏は続ける。

 

「たとえそうだとしても俺は……俺は、お前にも誰かを助ける喜びを知ってもらいたい。誰かの為に何かを成してくれる奴になってもらいたいんだ。その為に、俺はこれからお前と向き合っていくから」

 

 それが、ここに来た一夏が彼に伝えようと決めていた言葉であった。同時に今後の彼との向き合い方の方針でもある。

 一夏は人助けよりも自身の研究を優先する戦兎の在り方が認められなかった。しかし鈴音から諭されて、そのまま認めないままではいつまで経っても変わらないことに気付いた。

 例え自分のエゴだとしても、誰かの為に尽くせる尊さを彼に教えたい。それが、一夏が最終的に見つけた答えであった。

 

「だから戦兎……これからよろしくな」

「ん?おう、よろしく。あっ、俺はそうそう考えを改める気は無いからそのつもりでな」

 

 変えられるならどうぞといった思惑でそう言ってみせる戦兎だが、対する一夏は表情を崩さないどころか、ニヤリと不敵に笑ってみせた。

 

「分かってるさ。攻略が難しいのはもう十分にな」

 

 こうして、拗れていた2人の関係は元に戻るのであった。

 

「男の友情……いい!」

「」

 

 周りの彼女達が戦兎をどう評価しているかは知らないが、現在繰り広げられている光景は大好物だった模様。(ボーイズ)ラブアンドピース提唱者。

 

 すると、戦兎のビルドフォンに着信が掛かる。

 

「おっ、電話だ……もしもし?」

『はぁーいせんちゃーん!皆大好き束さんだよー!』

「あぁ束さん、どうかしたか?」

『むむむ、そこはせんちゃんもノってハイテンションになるところだよー!?ちょっとノリが悪いんじゃなーい?』

「残念ながら俺は今無料でスイーツにありつけるチャンスを失ってやさぐれてるのさ……どうせ俺なんか……」

『やさぐるま兄貴乙。そうそう、せんちゃんが喜ぶお知らせがあるんだよね~』

「ふっ、今の俺を喜ばせる話なんてそうそうあるわけ――」

『またこっちでフルボトルが出来上がったから、そっちに送ろうと思――』

「今夜は焼肉っしょー!!」

 

 鬱陶しいぐらいのハイテンションになる戦兎。一夏や周りの女子が引いているが、彼はお構いなしである。

 

「すぐに送って束さん!あ、この間のやつだと織斑先生にまた怒られるから静かなやつにしといて」

『合点承知の助!あぁせんちゃん、今度の日曜日にマスターのところでご飯食べようよー』

「日曜日か……うん、いいぞ。フルボトルの解析もその日には終わるだろうし」

『約束だよ!それじゃあ今からそっちに送るねー!』

「うーい!」

 

 通話終了。

 

「こうしちゃいられないな、早速部屋に戻って新しく出来たフルボトルのデータも集めないと!じゃあな一夏!」

「あ、おい!まだお菓子余ってるんだけど!?」

「残りはお前にやる!」

「いや、俺こんなに甘い物食べられ……行っちまったよ」

 

 残された一夏の目の前には、山積みに積まれたお菓子が。

 

 チラリ。

 

「うぅ……流石にあの量は……」

 

 チラリ。

 

「お腹周りがぁ……脂肪がぁ……」

 

 周りの少女達は完全にお菓子の山に気圧されている。甘い物は好きだし噂の人物である一夏と一緒にお菓子を食べられるという魅力は捨てがたいが、体重が対価となると中々に踏み込めない。無理に食べなくてもいいと思うのだが、そこはついついやめられない止まらない。

 

 この場における救援は望めないと判断した一夏は、戦兎が座っていた椅子に座って手近にあったチョコチップココアクッキーを一口。

 

「あっま!甘過ぎだろこれ」

「お前にはデリカシーってもんがねえのかっ?」

「一体俺は何を以て怒られたの!?」

 

 

 

――――――――――

 

 同刻、フランスのパリにて。

 市街の中に建っているIS関連企業【デュノア社】の社長室で2人の人物が対面していた。

 

 1人はデュノア社の社長を務めている男性――アルベール・デュノア。高級スーツに身を包み、顎鬚を生やしたその姿は厳しさを醸し出している。

 

「……以上が、IS学園転入とそれに伴うお前の任務だ」

「はい、分かりました」

 

 そんな厳つい顔つきの男性を前に物怖じ1つしていないのが、アルベールの実の娘でありデュノア社の非公式パイロットである少女【シャルロット・デュノア】。

 彼女は6月初頭に日本に設営されたIS学園へ転入する手筈となっている。この部屋にいるのも、父親である社長からその話を聞く為である。

 しかし、その内容は耳を疑いたくなるほどに酷い内容だった。

 

「学園へは【シャルロット・デュノア】としてではなく、織斑 一夏以外でISを動かせる男【シャルル・デュノア】として転入、そして彼の専用機である白式のデータを盗み出す……デュノア社存続はお前の手に掛かっていることを肝に銘じておけ」

「はい」

 

 その内容は、男装を行っての転入。

 世界でISを動かせるのは一夏のみ。戦兎は束の方針によって特例でIS学園に編入という形をとっており、実はISも動かせるがビルドの一機能でISを模倣し、それで収まっている。

 そんな彼らに次いでデュノア社の者が男性として世に名前を出せば、会社も大きく注目される。

 第3世代機への開発が難航しているデュノア社の苦し紛れの一手、成功確率が非常に低く、失敗すれば大きな痛手になる大博打。

 

 そしてその広告塔に選ばれたのが、シャルロットである。

 

「……随分と簡単に了承するのだな」

「それがあなたの下した命令でしょう?」

「……用件は以上だ。もう下がってもいい」

「……失礼します」

 

 淡々としたやり取りの後に、シャルロットは一礼をしてから部屋を出る。

 ふぅ、と一息吐いた彼女は携帯を取り出して巷で噂の記事を確認する。それはここ最近の彼女がずっと気になっていた内容であった。

 

『スマッシュを倒す正義の味方、ビルドは現在IS学園に!?』

 

 ISを動かせる2人目の男、赤星 戦兎がビルドであることは彼が学園で変身したことによって既に世間に知れ渡っている。こうしてネットでも話題になっており、学園に取材しに来る記者も現れている。

 

「こんな形でIS学園に行くことになっちゃったけど……漸く会えるんだね」

 

 携帯を握る手にもう片方の手をそっと重ね、胸に抱き寄せるシャルロット。肉親と会っていた時よりもずっと感情的で柔らかな笑みがそこには浮かんでいた。

 彼女がそんな笑顔を浮かべているのは、ビルドに会いたいがため。

 

 今から約1年前のことである。

 2年前にシャルロットは母親を病で失い、その後にデュノア社の部下に連れられて非公式パイロットを務めることになって、忙しくも色の無い日々を彼女は送り続けてきた。ISの適性が高かったがために自分の意志を聞かずに勝手に決めて勝手に仕事を持ち込んでくる大人達に辟易しながら、ただ言われるがままに仕事をこなしてきた。

 そんな彼女が仕事を終えて別邸に戻る最中に、スマッシュが現れたのだ。

 

 いつも1人で帰っているシャルロットはその時は専用機を持っておらず、恐怖で身体が金縛りのように張り詰み、怪物がジリジリと迫ってくるのを見ていることしか出来なかった。

 

≪鋼のムーンサルト!ラビットタンク!イエェーイ!≫

 

 そんな時に、ビルドは彼女の前に現れたのだ。

 ビルドは颯爽とスマッシュに向かって攻撃し、手早く追い詰め、そして撃破してみせた。シャルロットに降りかかった脅威を払ってみせたのだ。

 

 そんなビルドの戦う姿を、シャルロットは呆けた表情で見ていた。

 突然怪物が現れたかと思うと今度は赤と青の格好をした戦士が現れ、戦い始める。現実離れした出来事に彼女の頭は整理が追いつかなかった。

 そしてビルドによってスマッシュが倒された時、シャルロットは今の自分の境遇を見つめ直した。

 

 まさに、悪者に襲われているヒロインをヒーローが助けに来てくれるお伽噺のような。

 

 そう意識した瞬間、母親を失くしてから鈍色の景色ばかりに見えていたシャルロットの視界に、鮮やかな色が戻った。

 

「あの時のビルド、カッコ良かったなぁ……」

 

 これが、1年前のシャルロットに起こった出来事。

 シャルロットはあの時のことをただ一点だけ悔いており、それは彼にお礼を言えなかったこと。お礼を言おうとする前に彼は物凄い跳躍を発揮しながらその場を去ってしまったのだ。

 だから彼の噂を聞き、学園にいると知った時はどうしたものかと思っていたが、転入の話を聞いて歓喜した。これならば彼に会える、と。

 

「待っててね、ビルド!」

 

 決意を固くし、シャルロットは準備に取り掛かる。最早会社からの指示とビルドに会うことのどちらが主目的なのか分からないが、今の彼女はやる気に満ち溢れていた。

 

 

 

 

 

「……あっ、向こうで会ったら男装してるのバレちゃうんじゃ……」

 

 やっと気づいたシャルロットであった。

 

 

 

―――続く―――

 




ビルド最終話見逃してしまった……ちょっと絶望してファントム生み出してきます。


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第14話 日曜日=てんっさいはカフェにいる

 

 6月初頭の日曜日。

 

 戦兎は以前の約束通り、束やクロエと共に石動 惣一ことマスターが経営している喫茶店に居座っていた。

 お茶をする時間帯の筈だが、喫茶店には彼ら以外の客はいない。これがこの店の平常運転である。閑古鳥が鳴き続けている経営状態だが、どうやって継続しているのかは不明。

 

「いやぁ、こうして皆揃うのは久しぶりだねぇ!」

「確かにそうだよな。戦兎がIS学園に入学するまではスマッシュが世界各地に出現して、お前達はそれを追いかけっぱなしだったもんな」

「クロエ、砂糖いる?」

「いえ、私は缶コーヒーなので……」

 

 束とマスターの懐かしむ言葉をバックに、戦兎はクロエに砂糖を勧めるが断られてしまう。

 束と戦兎がマスターの淹れたコーヒーを飲んでいる中、クロエは近場の自販機で買った缶コーヒーを手にしていた。喫茶店なのに。

 

「クロエちゃん、そっちじゃなくて俺の淹れたコーヒー飲んでみない?前に会った時よりもレベルアップしてる筈だからさぁ」

「束様、お味の方はいかがでしょうか?」

「うん、前よりも強烈な味わいになったね!」

「申し訳ありませんが、私はこれで十分です」

「とほほ……」

 

 バッサリと切り捨てられ、大袈裟に泣き崩れるマスター。

 ちなみに、彼の手元にはクロエと同じ缶コーヒーがちゃっかり置かれていた。自分で淹れたコーヒーを飲めない模様。もう駄目なんじゃないかなこの店。

 

 そんな傍らで、戦兎はコーヒーに砂糖を大量投入していた。1杯や2杯どころではない、2桁目に突入しそうな回数をこなしている。

 

「お前さぁ、それは最早コーヒーとは言わなくない?砂糖水に近いコーヒーか何かだよそれ。もう俺のオリジナルブレンドの面影ないじゃん」

「まぁまぁ、試しに飲んでみなって。こうすると更に美味いから」

「またまたぁ、その程度の小細工で俺のコーヒーが改善されるとでも……あっまぁ!?」

 

 想像以上の甘さに悶絶するマスター。いつもなら自分のコーヒーが不味くて同じリアクションを取るのだが、今回は想像を絶する甘ったるさにやられてしまったのだ。下に残る甘さを水道水で漱いでいる始末である。

 

 そんなマスターを余所に、美味いのに……とぼやきながら戦兎は撃甘コーヒーを一口。そしてほっこり。

 

「ったく、こいつの甘党は規格外だな」

「戦兎様、それほどの糖分摂取は身体に悪いと散々口を酸っぱくして言いましたのに……」

「あははっ、クーちゃんがママみたいになってるー!あ、ママポジションは束さんが徹底キープしてるから奪っちゃやーよ☆」

「何を張り合ってんだか……」

 

 4人で談笑していると、入り口のドアが開く。

 マスターが客かと思って入り口の方に顔を向けると、入ってきたのは客ではなく、自分の娘であった。

 

「ただいまー」

 

 少女――石動 美空はマスターである惣一の1人娘。どこにでもいる普通の中学3年生だ。

 

「あぁもう、外あっつ……あれ、皆が来てる!」

「おっす美空」

「みーたんやっほー」

 

 戦兎と束から気楽に挨拶される美空。

 彼女も惣一と同様で戦兎達とは面識があり、

 

「美空はどこかへ行っていたのですか?」

「そう、お父さんにお使い頼まれてさぁ……自分で行けばいいのにね?」

「いやいや、俺は仕事があるから日中に店離れるわけにはいかないんだって。ほら、こうしてお客様をおもてなししてるだろ?」

「戦兎達以外のお客さんなんて滅多に無いし……」

 

 そう言いながら美空は買い物袋をカウンター席にいる惣一の前に置く。

 

「まぁまぁ、ちゃんと余ったお金はお小遣いにしていいって約束だろ?それで何か好きな物買っておけって」

「好きな物かぁ……あ、それじゃあクーちゃん、一緒にカラオケ行こうよ!」

「私、ですか?」

 

 急に名指しされたクロエは、自分を指差しながら困惑する。しかしこちらを見ている美空の顔が冗談ではないと悟る。

 

「うん。クーちゃんと一緒に遊ぶ機会って中々無かったから、歳も近いしもっと仲良くなりたいなーって思ってたし……迷惑だった?」

「い、いえ。迷惑だとかそういうのではないのですが……」

 

 こういう時、どういう対応をしたらいいか分からないクロエは他の3人に助けを求める。

 そんな中で彼女に救いの手を差し伸べたのは、マスターであった。他のてんっさい2人は何故テレビの方に視線を向けている。

 

「クロエちゃん、美空と遊んでやってくれないか?こいつも学校の友達は沢山いるけど、校外の友達ってなるとやっぱりクロエちゃんの存在は貴重だし、何よりこいつが嬉しいだろうからさ」

「ちょっとお父さん!そういうことは態々言わなくていいってば!」

 

 カウンター越しにマスターをどつく美空、その顔は赤らんで恥ずかしそうにしている。しかしマスターの反応は面白そうに笑うだけで、ますます居心地が悪そうに振る舞う。

 

 そんな2人のやり取りを見ていたクロエは、おかしくなって微笑を浮かべる。

 それに自分が束や戦兎以外の誰かに求められているということを意識し、嬉しくも感じていた。

 

「分かりました。美空と一緒にからおけ、というところに行ってきます。ただ、その、初めて行くのでどうすればいいのか……」

「大丈夫大丈夫!あたしが教えてあげるから!」

「ありがとうございます、美空。束様、戦兎様、私の方で勝手に決めてしまいましたがよろしかったでしょうか?」

「はーい、夕飯までには帰って来るんだよー」

「車に気を付けろよー」

「お前らは休日に娘が出掛けるのを軽く見送る夫婦か何か?」

 

 てんっさい2人のノリにツッコまざるを得なかったマスターである。

 

「それじゃあ行こっか!」

「はい。それでは皆様、行って参ります」

 

 少女2人は仲良く店から出て行った。

 残されたのはてんっさい2人と喫茶店のオーナー48歳、一気に華が無くなってしまった。

 

「んで、お前らはさっきから何見てるわけ?」

「んー?いやさ、俺と一夏の特集がテレビでやってたのよ」

「マジで?」

 

 マスターがズイッとテレビの画面を食い入るように見始めると、確かにテレビには一夏が白式を装着して空を駆けている映像と、ビルドに変身する戦兎の映像が流れていた。

 

「マジだわ。っていうかこれいつの間に撮ったの?隠し撮りとかヤバくなぁい?なくなくなぁい?」

「って言ってもなぁ、別に撮影を禁止したわけじゃないし別にいいんじゃない?」

「いいんじゃない?ってお前……束ちゃんは保護者としてこれはいいわけ?」

「いいも何も、寧ろ束さんが報道するならお好きにどうぞって言ったんだよん」

「まさかの公認だったよ」

 

 ヒエッと大袈裟に身じろぐマスター。

 戦兎に対して甘いところが多い束のことだから報道の規制を行うかと思いきや、そうではなかったのだから驚きである。

 

「ところでせんちゃん、ビルドのデータ収集は順調かにゃー?」

「おう、お陰様で実戦ではないとはいえ戦う機会も増えてるからな。ボトルも色々と増えたし」

 

 そう言うと戦兎は机上に手持ちのフルボトルの一部を並べる。それらはIS学園に入ってから彼が手に入れたラインナップであった。

 消防車、コミック、そして鈴音がスマッシュになった際に採取した成分によって完成した万丈色……ではなく群青色のフルボトル【ドラゴンフルボトル】。

 それ以外にも、もう2種類のフルボトルが置かれていた。

 色は青緑色とガンメタル。青緑色にはトゲが吸引中の掃除機が、ガンメタルにはアナログな機械人形がそれぞれデザイリングされている。

 

「おりょ?そっちのフルボトルは初めて見る!」

「俺はどれも初めてだけどな。それで戦兎、それはなんのフルボトルなんだ?」

「こっちの青緑色の方は【掃除機フルボトル】、束さんがこの間送ってくれたんだよ。んでこっちの方が【ロボットフルボトル】。この間のゴーレムとの戦いで採取したんだ」

「ゴウラム?」

「ネクロム?」

「どっちもちげーよ」

 

 2つ目に至ってはムしか合っていない始末。

 

「それでそれで、ベストマッチは見つかった?」

「ふふーん」

 

 自信気に戦兎はビルドドライバーを取り出すと、ドライバーと一緒に取り出したライオンフルボトルを掃除機フルボトルと共にそこへ装填する。

 

≪ライオン!≫≪掃除機!≫

≪ベストマッチ!≫

 

 検査機を兼ねるドライバーからベストマッチを示す反応が起こり、束とマスターはおぉー、と声を揃えて感嘆の声を上げる。

 

 しかし戦兎はもう片方のロボットフルボトルはドライバーに挿し込もうとはしなかった。

 

「あれ、そっちは?」

「掃除機の方はベストマッチがあった。けどロボットの方は残念ながら該当無しだ」

「あちゃー」

「アッチャー!」

「なんで気合の入った残念の仕方になってんの。……しかーし!」

 

 ドラゴンフルボトルを手にした戦兎は、懐から取り出したロックフルボトルと共にドライバーに装填。

 

≪ドラゴン!≫≪ロック!≫

≪ベストマッチ!≫

 

 2つのボトルがベストマッチを引き起こし、束とマスターが(ry。

 

 ともあれ、これで現時点における戦兎が変身可能なベストマッチは6つ。フルボトルもベストマッチも順調に揃いつつある。

 しかし、まだまだ足りない。全てのフルボトル回収もベストマッチ発見もこの程度では終わらない。

 

「全部集めるまで、あと40本以上もあるのか……先は長いな」

「寧ろ、それくらいあった方が科学者としては探究心に燃えるんだよ。あぁ、この先どんなフルボトルが待ってるんだろうなぁ~」

 

 戦兎は実に楽しそうに笑いながらそう言う。やはり彼はフルボトルに関わる時が一番活き活きしている。

 

「ったく、学園でもちゃんとこれくらい楽しそうにしてるのかねぇ」

「そーそー学園といえばせんちゃん、そっちの方はどう?何か変わったことはある?」

 

 ズイズイ、と身を乗り出して興味深そうに尋ねる束。

 

「変わったことねぇ……大体は授業と研究と開発とデータ収集が続いてるだけだし。あ、なんか学校での俺の評判が悪いって聞いた気が」

「はぁ?なんでまたそんなことに。お前、周りに嫌われるようなことでもしたの?」

「特にしてないんだけどなぁ……あぁ、前に俺が人助けじゃなくて研究を優先してるって一夏に言ったらあいつ俺のこと避け始めたんだけどさ、それとなーんか似てるんだよな、雰囲気が」

「つまりお前のそういう姿勢が周りの評価に繋がってる、ってことか?」

「よく分からんけど、多分そうなんじゃない?」

 

 マスターの出した答えが正解であるが、誰かに確認をとったわけでは無い戦兎は曖昧そうにそう告げる。

 

 しかしそんな彼らに対して、束は朗らかな様子で告げた。

 

「別にいーじゃんどうでもいい奴らのことなんて。見ず知らずの他人を助けるよりも、せんちゃんには大好きで大事なことがあるじゃん?」

「出たよ、束ちゃんのスーパードライな一面……で、戦兎はどうしたいのよ?」

「俺から何かするつもりは無い。一夏がどうしてくるかってとこかな」

「いっくん?いっくんがどうかしたの?」

「あいつが俺に教えてやるんだとさ。人助けとかそういう、心?みたいなことを」

 

 そこまで言うと戦兎は乾いた喉を潤す為にコーヒーを口にし始める。

 

「へぇ、今時にしては中々熱い少年がいるじゃないの」

 

 戦兎の話を聞いていたマスターは、感心した様子を示している。この場にはいない最初の男性IS操縦者に、少しばかり興味を抱いた。

 

 そして一方、束はというと……。

 

「ふぅん……いっくんが、ねぇ」

 

 声色はいつも通りであったが、直後に戦兎と同様にコーヒーを飲むことで口元が隠され、イマイチ表情が読み取れなくなる。

 少なくとも、戦兎にもマスターにも今の束の心境は察せない。

 

「……あっ、そういえば思い出した。俺ちょっと新しいブレンドに挑戦してみたんだよ。2人とも、試飲よろしく!」

「おりょ、マスター今度はどんな刺激的なコーヒーに仕上げたのっ!」

「俺がデンジャラスなコーヒーにしてるみたいな言い方やめてくんない?っていうか戦兎はまだ砂糖いれるのやめろぉ!まずはブラックの感想を伝えろ!」

「へいへい、こっちの方が好きなのに……」

 

 微妙な雰囲気だった店内に、再び騒がしさが訪れる。先程までの空気はもうどこにも無かった。

 

 そんなこんなで、見知った顔ぶれと休日を過ごす戦兎であった。

 

 

 

―――続く―――

 

 





■石動 惣一(いするぎ そういち)
 カフェ【nascita】のオーナーを務めている男性。48歳。
 元宇宙飛行士で、中学生の束が発表した論文(IS)を聞いて興味を抱いてから彼女に協力する機会が度々あり、今でもその縁が続いている。ビルドの協力者として彼女から選ばれ、その経緯で戦兎とも知り合うようになる。
 【スマッシュがいまっしゅ!】というサイトを管理しており、そのサイトで取得したスマッシュの目撃情報を学園生活で忙しい戦兎に送る役割を担っている。また顔が広く、有益な情報を彼に齎すことも。
 コーヒーを淹れる腕前は致命的で、戦兎と束以外は惣一本人も含めてまともに飲むことが出来ない。逆に紅茶は非常に美味しく淹れられるのだが、本人がそれに気付くのはずっと先の話。

■石動 美空(いするぎ みそら)
 惣一の娘で、現在は近場の中学校に通っている3年生。14歳。
 惣一の娘ということで束とも面識があり、戦兎やクロエとも後に知り合うようになる。特にクロエとは同性で歳が近いこともあって彼女を慕っており、仲良くしたいとも思っている。
 ややアンニュイなところがあるが根は優しく、学校での友達も多い。ネットアイドルはやっていないし、火星の王妃も憑りついていないので平凡で充実した学校生活を送っている。進学先はIS学園ではなく、家に近い高校を志望中。


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第15話 金髪の貴公子=Nice to meet you?

 

「ねぇねぇ、どこのにするか決めた?」

「ハヅキかユグドラシルで迷ってるんだよねー、どっちもデザインが最高だし」

「ハヅキは通気性が良くて、ユグドラシルはダンスに適した伸縮性があるんだって!」

「ダンス……?」

 

 月曜日の朝、教室内の女子生徒はISスーツの話題で盛り上がっていた。今週からISの本格的な実戦訓練が始まるので、これから先は御入用となるのだ。各人のスーツが届くまでは学園指定のものを使うが、それまではどのブランドを購入しようかと女性陣はあれやこれやと吟味している。

 

「そういえば、織斑くんのISスーツってどこのやつなの?見たことない型だけど」

「えっと、イングリッド社のストレートアームモデルだって聞いてる。特注品なんだって」

「へぇー……え、えぇっと」

 

 一夏に話題を振った女子生徒は、彼の近くに座っている戦兎の方に視線を泳がせる。

 元々一夏が戦兎の近くに来ており、女子生徒としては一夏の話を聞こうとしていたのだが、傍にいる戦兎を無視するのに憚りがあったことが半分、彼の所持するISスーツがどこのものか純粋に気になっているのが半分、といった事情で彼にも話題を振ろうとした。

 が、過日の無人機襲撃の際に戦兎がとった行動を思い出した彼女は躊躇いを感じてしまい、言葉に詰まる。

 

 そんな女子生徒にフォローを入れたのが、一夏であった。

 

「な、なぁ戦兎。お前もISスーツ持ってるのか?」

「ん?おう、束さんが特注で作ってくれたやつがな。授業でビルドじゃなくてISを使う機会があるから、用意しとけって織斑先生がな」

「そうなのか。なんか勿体無いな、折角ビルドがあるのに」

「けど普通のISを操縦してデータを取れば、ISモードを改良する為の足掛かりになるだろうからな。一概に悪いことばかりじゃないって。……改良内容はどうするか。ISには超高速戦闘があるから、ビルドの状態でもそれが出来るようになった方が便利だよな……ブツブツ」

「おーい戦兎ー、戻って来てくれー」

 

 新しいアイデアが思い浮かんで思考に没頭し始める戦兎の身体を揺らす一夏。

 『誰かの為という気持ちを戦兎に抱いてほしい』と先日宣言した彼は、この間までの避けっぷりが嘘のように戦兎に絡んでいる。本気で彼を変えるつもりでいるのだ。

 

 尤も、それに不満を抱いている一夏の幼馴染みと英国貴族が恨めしそうにその光景を見ているのだが。

 

「一夏のやつめ、急に戦兎に構い始めたのはどういうつもりなのだ……」

「いけませんわ一夏さん!お、男と男で愛を育むなど非生産的で倫理的にもアウトですわ!それだけはいけません!」

「お前は一体何を言ってるんだ」

 

 そんな風にしていると、教室の扉が開いて教員2人が姿を現す。

 

「諸君、おはよう」

「皆さんおはようございます!」

「「「「「おはようございまーす!」」」」」

 

 雑談をしていた生徒達は挨拶しながら己の席へ素早く戻っていく。千冬がいる影響でその辺りはキビキビしている。真耶のみの場合、彼女を弄るターンが用意されることとなる。

 

 教壇の横に控える千冬は全員の着席と静粛を確認すると、真耶に目配せしてSHR開始を促す。真耶の方からコクリと頷きが返ってくる。

 

「今日からISの本格的な実戦訓練が始まります。訓練機といってもISであることに変わりはありませんので、皆さん取り扱いには最新の注意を払うように心掛けてくださいね。使用するISスーツはそれぞれで注文した物が届くまでは、学校指定のスーツを使うようにお願いします。それを忘れてしまったら、えっと……」

「学園指定の水着で代理するように。それすら忘れてしまったら、まぁ下着で授業を受けていけ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、女子生徒全員がサッと身体を守るように男子2名から身を離す。下着姿で授業を受ける自分の姿を集団イマジネーションしたようで、それぞれ顔や耳が赤く染まっている。

 ついでに教員である真耶も恥ずかしがっていた。

 

 そんな少女達の反応の中で、一夏は心の中で『いや大問題だろ』とツッコみを入れており、戦兎は『消防車フルボトルのベストマッチまだかな』と耽っていた。

 

「と、ということで皆さん忘れ物がないように気を付けてくださいね!それじゃあこの話題はお終いにして……なんとこのクラスに転校生がやってきます!」

「えっ!?」

 

 誰かが漏らした驚嘆の声に続いて、教室内がざわざわと湧き始める。

 噂好きな彼女達の情報網をかいくぐって、このクラスに転校生が編入されるという話は彼女達の動揺を誘うには十分なインパクトだ。

 

「それではデュノアくん、入ってきてください」

 

 真耶のその言葉に違和感を抱いた者が何人かいた。女子生徒を相手に『くん』付けすることは昨今では珍しくもないが、少なくとも真耶が女の子を『くん』付けで呼ぶのは明らかにおかしかった。

 しかしその疑問は、教室に入ってきた人物の姿を見て晴れることとなる。

 

「失礼します」

 

 その人物が来ている制服は一夏や戦兎が来ている物とデザインが同じ、つまりIS学園特注の男子学生服だった。

 加えて胸部には成長期中の女子にある膨らみが無い。貧乳と言われている隣のクラスの中国代表候補生でも確かな起伏があるというのに、その人物には全く無かった。

 

 現れたのは、男子。

 女子生徒も一夏も、唖然とした表情を浮かべて転校生に注目していた。

 

「フランスから来ました、シャルル・デュノアといいます。今日までにこの国の勉強をしてきましたが、まだまだ不慣れな点や分からないことが多いと思います。頑張って覚えていきますので、皆さんよろしくお願いします」

 

 人懐っこい笑顔で爽やかな挨拶をする転校生――シャルル・デュノア。金髪を首の後ろで丁寧に束ねているそれをふわりと揺らすその姿は、スマートな体躯も合わさって中性的で気品がある。貴公子、という言葉が様になっている。

 

「ボ、ボーイ……?」

「なんでボーイ呼び……?えっと、こちらに僕と同じ境遇の方々がいると聞いて――」

「「「「「「おうおぉぉぉぉぉぉう!!」」」」」」

「ええっ!?」

 

 一斉に奇声を放つ少女達に驚いたシャルルはビクッと肩を震わせる。

 

「男子よ男子!3人目の男子が来たわ!」

「これで私達のクラスは美味しいとこ取り!独占禁止法?そんなもん知るか!」

「爽やかイケメンの織斑くん、残念なイケメンの戦兎くん、王子様系イケメンのデュノアくん!」

「神器よ!三種の神器よ!」

 

 3人の男子生徒が一堂に集められたことにより、クラスの女子達のテンションは最高潮に達する。男子達や一夏に惚れている2人はこの高揚に置いてかれてるが、いつものことである。戦兎に関しては『てんっさいの俺が残念……?解せぬ』と不服そうにしていた。

 そんな少女達の昂ぶりも、千冬の一喝によって沈黙。鶴の一声である。

 

「まったく……山田先生、続きを」

「あっ、はいっ。えっと、デュノアくんが言っていたように、彼は日本の文化にまだ馴染んでいません。なので困っていたら皆さんで助けてあげてくださいね?」

 

 はーい、と少女達は元気良く返事する。

 

 そんな中で、シャルルは先程から戦兎のことをチラチラと見ていた。

 真耶が話している間等は一旦正してはいるが、話の内容が見え始めたらすぐにまたそちらを向いている。

 

「……」

「デュノア、さっきから何をキョロキョロしている?」

「ふえっ?あぁいいえ、なんでもないです!」

「……」

 

 ここで千冬が、シャルルが向けていた方向に目を見やり戦兎の姿を捉えると大体の察しをつける。

 

「あいつが気になるのか?」

「えっ!?……あぁいや、気になるってわけではないんですけど……」

「ふむ……おい、赤星」

「はい、なんでしょう?」

「デュノアの面倒を見てやれ」

「分かりまし……えっ、はい、え?」

 

 名指しされた戦兎は思わず反射的に返事をしたが、言い切る前に何を頼まれたのかを理解し、思いっきり狼狽する。

 

「え、なんで?なんで俺ですか?」

「同じ男子同士だからだ」

「いやいや男子なら一夏が・・・…はっ、まさか一夏は男ではなく女だった……!?」

「ホントかよ千冬姉!?」

「黙れ愚弟。それとお前を選んだのはデュノアのご指名だ、ちゃんと役目を全うしろよ?まぁ織斑にも世話を頼むが」

 

 それを聞いて戦兎は安心した。シャルルの世話担当が1人だけとなれば、掛かる負担もそれに準ずる。

 あわよくば、一夏に世話役を任せて自身は研究を進めて――。

 

「ちなみに織斑に仕事を押し付けようものなら、職務放棄とみなして研究時間を大幅に削る為の反省文と協調性についての生活指導を用意するから、そのつもりでな」

「うそーん!?」

 

 逃げ場など無かった。

 只でさえ研究時間を確保する為に学校のルールに従ってそういった罰則から逃れていたのに、これでは本末転倒となってしまう。

 教師という校内における権力を前に、戦兎は為す術が無かった。大人しく言うことを聞くしかないようだ。

 

「では、以上でHRを終了する。この後すぐに2組と合同でISの実働訓練を行うため、各人は速やかにISスーツに着替え、第2グラウンドに集合するように。解散!」

 

 千冬が手を叩くと、生徒がそれに促されて準備を開始する。

 戦兎もその内の1人で、これから第2アリーナ更衣室に移動して着替えを行わなければならない。この場は女子が着替えるので、男子がいてはいつまで経っても女子の着替えが始まらないのだ。

 当の戦兎は、一緒に着替えた方がこっちとしても手間が無くていいのにと思っていたが、事前に先読みしていた千冬に口外厳禁を言い渡されていたので、心の内に留めている。

 

「んじゃ、俺達は移動ね。着替える場所に向かうから、後ろからついてきてくれ」

「え?う、うん」

 

 戦兎はシャルルを連れて、教室から廊下へと出る。

 しかし教室を出た途端、前方には女子の大軍が押し寄せていた。

 

「発見!噂の転校生!」

「想像以上の美少女……素敵やん」

「織斑くんは!?織斑くんは一緒じゃないの!?」

 

 飢えた獣のような視線をぎらつかせながら、少女達は駆け足でこちらに向かっている。

 戦兎達より少し遅れて教室から出てきた一夏もその光景を見てギョッとする。そして彼の登場によって少女達の歓声はヒートアップ。

 

「うおっ、今日はいつにも増して早いな……」

「転校生のデュノアを狙いに来た、と。一夏といい人気者は辛いな」

「僕が狙い?」

 

 キョトンと小首を傾げるシャルル。

 

 その様子を見かねて、一夏が説明を行う。

 

「ほら、俺達男だからどうしても目立つだろ?あの人達は俺達から色々と話を聞きたいが為にああなってるんだってさ」

「ふぅん……あ、いや、そ、そうだね。それもそうだ、うんうん」

「っていうか、あんまり悠長にしてる場合でもないぞー」

「あっ」

 

 既に女性陣との距離は半分程度縮まっている。大所帯ながらかなりの速度で進軍しているうようだ。

 このままでは3人はもみくちゃにされてしまうだろう。

 

「せ、戦兎!この場を切り抜ける方法は!?」

「ふっ……安心しろ。勝利の法則は既に決まってる」

「おぉっ、流石戦兎!」

「しょ、勝利の法則?」

 

 戦兎のことをよく知らないシャルルが不思議そうにしているのを脇に、戦兎は懐からラビットフルボトルを取り出す。

 

「まずラビットフルボトルを振ります」

「うんうん」

「で、次にデュノアを抱えます」

「うんうん」

「えっ、えぇっ!?」

 

 当たり前のようにシャルルを抱き抱える戦兎。

 

 いきなり戦兎に抱かれたシャルルは瞬く間に赤面し、狼狽え始める。しかもお姫様抱っこときたものだ。

 そんな恥じらう姿は少女達の興奮を更に高める燃料となった。

 

「ふぉぉぉ!!」

「金髪美少年がイケメンにお姫様抱っこされるワンシーン……いい!」

「なんだ、赤星くんっていいやつじゃん!」

「次、織斑くん!織斑くんお願い!」

「おいぃぃ!?なんか皆スピードアップしてるんだけどぉ!?」

 

 速度を速める女性群を目の当たりにして焦燥する一夏。彼からしてみれば戦国合戦の先鋒に送り込まれた心境である。

 

 しかし戦兎は至って冷静に、シャルルを抱えたまま壁に向かって跳躍し、そのまま短時間走ると群集の後ろに跳んで着地した。

 俗に言う、壁走りである。

 

 ちなみに戦兎に抱えられている最中、シャルルは無意識に彼の首に手を回して密着していた。

 

「えっ」

「「「「「えっ」」」」」

 

 戦兎の予想外な回避方法によって、一夏だけでなく女子全員が呆気に取られて戦兎の方を振り向く。

 

 シャルルを抱えたまま、戦兎は一夏に言葉を掛ける。

 死刑宣告の秒読み開始。

 

「一夏」

「あ、はい」

「後はよろしく」

「えっ」

「グッバーイ」

 

 非常にスマートなやり取りが終わった時、一夏という生贄がそこに出来上がる。

 逃げ場を失った彼と、そのまま高速で走り去る戦兎達。女性陣がどちらを選ぶかは一目瞭然であった。

 逃げるイケメンよりも、逃げられないイケメン。

 

「あっ――」

 

 一夏が気を失う前に見たのは、千手観音かと錯覚する程の無数の手が自身に向かってくる光景であった。

 

 

 

―――続く―――

 




 ヒロインであることを強調する為に、シャルロットとラウラの辺りはアニメルートを選ばせて頂きました。もうアニメの流れ殆ど覚えてないので、転入のタイミングくらいですが。


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第16話 少女の内情=言いたい言えないもどかしい

前話15話目を以て、この作品のお気に入り数が100を突破&10評価2つという歓喜待ったなしの結果をいただきました。お気に入り登録及び評価してくださった皆さん、本当にありがとうございます!皆様の応援が私のやる気の燃料です!


 

「よし、着いたぞ」

「う、うん」

 

 高速で移動する戦兎に抱えられたまま、第2アリーナの更衣室に到着するシャルル。

 着いてから彼に降ろしてもらったが、内心はかなりテンパっていた。

 

「(うわ、うわ、僕ってばなんだか凄い目にあっちゃったような……トントン拍子に話が進んじゃうから全然抵抗出来なかったんだけど、その、さっきのってお姫様抱っこ……だよね?)」

 

 チラっ、と戦兎を一瞥するシャルル。丁度ラビットフルボトルをコートに閉まっている最中だった彼に気付かれていない。

 思い出すのは、彼に抱かれている最中の感触。見た目はシャルルほどではないが華奢な身体つきで、逞しいという印象は薄いにも関わらず抱っこされている最中は逆にその印象を強く感じていた。

 

「(人前で凄く恥ずかしかったけど……悪い気はしなかったかなぁ、女の子扱いされてるみたいで寧ろ……えへへ)」

「デュノア?おーい、デュノアー」

「うぇっ!?」

 

 思わず表情がにやけてしまっていたシャルルであったが、戦兎の声で我に返る。

 

「どうしたんだ?なんかめっちゃ顔が緩んでたけど」

「う、ううん!なんでもないよ、なんでも!アハハ……」

「?」

 

 不思議そうに首を傾げる戦兎に、シャルルはただ笑って誤魔化すしかなかった。

 ふとシャルルは、先程教室で言いそびれていたことを思い出し、申し訳無さそうにしながらポツリと口を開く。

 

「その、ごめんね?僕のせいで君に面倒な仕事を押し付けさせちゃって……迷惑だったよね?」

「うーん、まぁ今更どうこう言ったところで織斑先生相手に何か変わるわけでもないし、俺はもう気にしないことにした」

「そ、そうなんだ……ホントにごめんね」

「あー、いいよいいよ。そこまで謝られると俺も対応に困る」

 

 これ以上謝っても彼を困らせるだけだと判断したシャルルは、彼の言葉に甘えて以降の謝罪は控えることにした。

 話題を変えるついでに、シャルルは彼に確認しておきたいことがあったのでそれを尋ねる決意をする。

 

「えっと、赤星くん」

「あ、戦兎でいいぞ。皆そっちの方で呼んでくれてるし、俺もそっちで呼ばれる方が慣れてるから」

「うん、分かった。それじゃあ僕のこともシャルルでいいよ。……それでね戦兎。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、その……僕の顔に見覚えがあったり、無かったりしないかな~って、思っちゃったり……」

「シャルルに?」

 

 そう言うと戦兎はズイッと顔をシャルルに近づける。

 

 自然と互いの距離が近くなり、不意を突かれたシャルルは『わぁっ!?』と慌てた声を漏らす。

 

「きゅ、急に顔を近づけてこないでよ!ビックリしちゃうから!」

「え、そんなに驚くこと?」

「驚くことなの。それで……ど、どう?」

「うーん……シャルルってフランスから来たんだよな?」

 

 コクリ、と無言で首を縦に振るシャルル。

 

 戦兎はここ数年の間にフランスで活動した時のことを思い出す為に記憶を掘り返す。ここ最近は日本でスマッシュの出現が頻繁に起こっているが、数年前までは世界中に現れていた。

 

 時期は大体1年前。

 フランスにてスマッシュが出現。種類は衝撃波を得意とする【インパクトスマッシュ】。

 そこで採取したのはライオンフルボトル。

 スマッシュと戦う前、一般人が襲われる直前だった。

 その一般人の特徴は……。

 

「あー……思い出せそうなんだけどなぁ、もうひと押しが欲しいところなんだけど、ううん」

「あぁいや、無理に思い出さなくていいからね!ちょっと聞いておきたかっただけだから!うん!それに僕が偶々遠目で見てただけかもしれないから!」

「うーん、そうか?」

 

 戦兎が素直に引き下がってくれて、シャルルは安堵の息を零す。

 本当のことを言うと、シャルルは今すぐにでも彼に助けてもらったお礼を言いたかった。会社の命令だけでなく、この為に来たといっても過言ではない。

 しかしそれと同時に会社の命令を無碍にしようものなら、経営危機に陥っている会社の社員にも被害が及んでしまう。中には気さくに挨拶をしてくれる者、シャルルの専用機の開発・整備を担当している者もおり、それらを無視して自由に動くことはシャルルの良心に反する。

 父親や義母のことはこの際どうでもいい。せめてお世話になった人達に報いる為にも、今は正体を知られてはならない。それがシャルルの下した判断であった。

 

 ともあれ、今の質問で戦兎はシャルルのことをはっきりとは覚えていないことが判明した。もし覚えられていたら現時点でシャルルの正体が女であることがバレてしまうが、1年前の出来事で、しかも彼女以外の人も助けている彼が1人1人の顔を覚えているかといわれると、戦兎の人となりにも左右されるがそれは難しいだろう。

 とはいえ、やはり覚えられていないというのはシャルルとしてはショックが大きかったのも事実である。

 

「(ホント、僕ってばどうしたいんだろうね……)」

 

 覚えられていないのに落ち込んで、だからといって覚えられていたらそれはそれで拙い。

 自分の立場と感情が交錯して、最終的にシャルルは自分を内心で被虐する。

 

 気持ちが沈みかけていた彼女に、戦兎から声が掛かった。

 

「シャルル?どうかしたのか?」

「……あっ、ううん、なんでもない」

「そっか。なら早く着替えるぞ。あんまり悠長にしてたら怒られて反省文を押しつけられて研究の時間が……あぁ……」

 

 そう言いながら制服を脱ぐ戦兎。

 授業の度にISスーツを着るよりも中に予め着ていた方が時間短縮に繋がると判断した彼は、上に着ている衣類を脱ぐだけで必要な姿になれる。

 

 それを知らず、テキパキと衣服を脱いでいく戦兎の姿に驚いたシャルルは思わず声をあげた。

 

「わぁっ!?」

「ん?どうした?着替えないのか?」

「き、着替えるよ?着替えるんだけど……その、出来ればこっちは見ないでほしいかなぁって」

 

 やや挙動不審な動きをしながら戦兎にそうお願いするシャルル。

 本人としては知られてはならない秘密があるので、ここで一緒に着替えをしてしまうとそれが発覚してしまう。なので身体を見られないようにする配慮がこれなのだが、赤らんだ顔で言われると男らしさが皆無となる。

 とはいえ戦兎がその辺りに機微である筈もなく、彼はさほど興味が無い様子でシャルルから目を逸らす。

 

「ふーん。まぁいいけど」

「あ、ありがとう」

 

 この後、シャルルは人生で最も早い生着替えタイムを記録した。流石に着替えの途中の姿を見られて性別が発覚するイベントなど、避けたいところである。

 やはり予めISスーツを中に着込んでいるのは大きく、更衣室内の2人はISスーツを纏った姿となった。

 

 丁度その頃、女子の進撃を振り切った一夏が息絶え絶えの状態で更衣室に雪崩込んできた。

 

「ぜぇっ……ぜぇっ……し、死ぬかと思った」

「何をどうしたら死にそうな目に遭ったの!?」

「ま、まぁ色々と……っていうか戦兎、俺を置いていくなんて薄情過ぎだろ……」

「お前なら乗り越えてくれると信じてたさ」

「いや、騙されないからな」

 

 女子の軍勢を乗り越えてきた一夏であるが、時計の針は無情な時刻を指し示していた。授業開始まで残り僅か。授業に遅れるようなことがあれば、千冬から有難いご指導(物理)をもれなく受ける羽目になるだろう。

 あの痛みを十分に理解している一夏は顔色を青ざめる。

 

「や、やばい。早くしないと千冬姉が……」

「じゃ、俺達は先に行くから」

「え、行くの!?ここは友達を待つっていう気配りを見せるところじゃないの!?」

「いや、俺も遅刻して怒られるのはやだし」

 

 情を全く見せないまま戦兎、退出。

 

「えぇっとデュノア、だったよな?頼む!ほんの少しでいいから俺を待ってて――」

「うわぁっ!?ぼ、僕も行くねっ!着替えの邪魔したら悪いしねっ!?」

「ちょっとぉ!?」

 

 一夏が衣服を全部脱いでフ○チンになる前に、シャルルも退出。

 先行した戦兎と合流を果たし、彼ら2人は集合に間に合って叱責を免れる。

 

 一夏も人生史上最速の着替えを行い、散々追いかけられた後とは思えない胆力でグラウンドへと全速力で走っていった。

 

 

 

 

 

「遅い!」

 

 普通に遅れた。

 

 

 

―――続く―――

 




13話の時点でシャルロット本人の素性が明かされていますが、女の子とバレるまではシャルルとして表記しています。


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第17話 たてがみサイクロン=ライオンクリーナー

前話が短かったので気持ち早めの投稿です。今回もストーリー的にはあまり進んでませんが……。
これなら前話と合わせてしまっても良かったんじゃ(ry


 

 一夏が1分遅刻した後、千冬の号令によって1組と2組による合同訓練が開始される。人数が増えたことで返事の厚みも増し、心なしか生徒達も身が引き締まるのを感じていた。

 

「さて、まず最初は実演を行ってもらうとしよう。赤星、前に出ろ」

「……?はい」

 

 何故呼ばれたのか察せないまま、戦兎は生徒達の列から数歩前に出る。彼だけでなく、他の生徒も彼が名指しされたのか分からないでいる。

 

「先生、まだ訓練機の準備が出来てないんですけど」

「いや、お前にはビルドに変身してもらう。勿論、ISモードに切り替えてな」

「そういうことならそうしますけど……俺が実演しても勝手が違いすぎて参考にならないのでは?」

「別にお前1人に実演してもらうわけではない。ちゃんと対戦相手はいるし、今回はその相手の動きを皆に見てもらうつもりだ」

 

 戦兎と千冬でそのように話していると、件の対戦相手が現れる。

 

「お、お待たせしました!」

 

 先程からこの場にいなかった人物、真耶が訓練機であるラファール・リヴァイヴを纏って生徒達の前に着地する。座学での服装と違い、ISスーツの状態でISを装備している彼女の姿は生徒達からしてみると新鮮であった。

 

「山田先生は元代表候補生、それも今の現役達とは一線を画した実力を有している。多少骨のある相手でなければあっという間にやられてしまうだろうからな」

「そ、そんな……そこまで大したものではありませんよ」

「成程。そういうことなら俺も多少本気で挑まないとマズそうですね」

 

 そう言うと戦兎はビルドドライバーとフルボトルを取り出した。ISスーツの姿でどうやってそんなかさばる物を持ち歩いているのか、観衆の気になるところではあったが戦兎はさも当然のように準備を進めている。

 

≪忍者!≫≪ガトリング!≫

≪Are you ready?≫

「変身!」

 

 ドライバーのレバーを回し、紫色と鉛色のハーフボディに挟まれた戦兎は【トライアルフォーム・忍者ガトリング】に変身する。

 

≪ISモード!≫

 

 そしてISとの試合では恒例の機能を稼働させ、準備を完了させる。

 

「では、開始!」

 

 両者の用意が整ったことによって千冬の号令がかかり、ビルドと真耶は同時に空へと飛翔する。

 

 先手を取ったのは真耶。今のビルドはタカやロケットの力を使っていないため、ISの操縦経験が勝っている彼女に軍配が上がる。

 彼女は装備のショットガンを即座に構えると、射撃を開始。躱されつつも、正確な射撃はビルドが気を緩めれば命中しかねない精度であった。

 

 対するビルドは大きく空中を駆け回って真耶の銃撃をなんとか回避しつつ、召喚したホークガトリンガーの装填を手早く行う。

 

≪10!20!≫

 

 銃弾を躱すと同時に、真耶に向かって弾幕を張るビルド。

 攻撃は巧みに躱されてしまうも、その間に4コマ忍法刀を手元に召喚しトリガーを3回引く。

 

≪風遁の術!≫

 

 刀身に疾風が付与され、ビルドはそれを振るう。纏っていた風は刀から離れると共に、強靭な嵐となって真耶に襲い掛かった。

 

≪竜巻斬り!≫

「くっ……きゃぁっ!」

 

 竜巻に巻き込まれた真耶はISの力のみではその風力に抗い切れず、きりもみ状態で風にさらわれる。

 しかし彼女は風が弱まり始めた一瞬の合間に空中で体勢を整え、いつの間にかコールしていたアサルトライフルで発砲。鋭く駆ける弾丸はビルドのボディに見事命中した。

 

 強い衝撃を受けて、ビルドはたまらず後方に仰け反った。

 

「ぐぅっ!?あの状態で当てるとか、すげぇな……!」

 

 一流の手腕を持っていなければ為し得ない芸当。

 普段はどこか頼りない印象を感じさせる副担任であるが、戦兎は彼女の実力を直接味わい、強く感心する。

 

「なら、こいつで!」

 

 フォームチェンジを試みるビルド。懐から新たに2本のフルボトルを取り出して、手早く振るとそれをドライバーに装填する。

 それは、最近になって発見した組み合わせ。

 

≪ライオン!≫≪掃除機!≫

≪ベストマッチ!≫

 

 レバーを回転させ、ドライバー内部には2つの成分がパイプを伝って駆け巡っていく。戦兎の周囲に発生したスナップライドビルダーが黄色と水色に染まっていき、ハーフボディをそれぞれ形成していく。

 

≪Are you ready?≫

「ビルドアップ!」

 

 2つの装甲に挟まれ、新たな姿となるビルド。

 

≪たてがみサイクロン!ライオンクリーナー!イェア!≫

 

【ライオンクリーナーフォーム】

 掃除機ハーフボディの外見的特徴は、腕部の掃除機型アームと肩部に備わった筒状の装置。これまで多くのフルボトルが使われてきたが、その中でも直線的なデザインをしている。 

 

 左腕の強化掃除機【ロングレンジクリーナー】をガシャッと構えるビルドは、その吸引口を真耶に向け、稼働させる。

 その直後、凄まじい吸引が巻き起こる。

 

「なっ……!?」

 

 グンッと身体を引き寄せられる感覚を受け、思わず驚きの声を漏らす真耶。すぐに後退を試みたが、想像を上回る吸引力で易々と脱出することが叶わない状況に陥る。まるで両足を抑えられているかのようであった。

 ならば、と真耶は速度を落とさずにビルドに向けてサブマシンガンを連射。

 だが……。

 

「だ、弾丸も吸い込んでしまうんですか!?」

 

 攻撃のために撃った銃弾はどれも掃除機の吸引に敵わず、次々とその口の中に収められて入ってしまう。

 しかもビルドのステータスを確認してみると、削れていたシールドエネルギーが回復していることに重ねて驚かされた。どうやらあの形態は吸い込んだ物を自身の稼動エネルギーに変換し、回復してしまうようだ。

 

「ピタッ」

「え、きゃぁっ!?」

 

 吸引が止むと同時に、真耶は解放された勢いで後方にバランスを崩す。

 

「さぁ、勝利の法則は決まった」

 

 その隙を見て、ビルドはレバーを回し始める。

 

≪Ready go!≫

 

 再び掃除機による吸引が始まる。しかしそのパワーは先程よりも強く、距離を離した筈の真耶をその射程圏内に捉えている。

 再び吸引から逃れる真耶を視界に収めつつ、ビルドは反対側の腕部にエネルギーを集束。

 

「はぁっ!」

≪ボルテックフィニッシュ!イエーイ!≫

 

 鋭く突き出されたビルドの腕部から、ライオンの頭部を模したエネルギー波が発生。さながら本物の獅子のような猛りを見せて突き進んでいき、標的となった真耶の元へ。

 

「っ!!」

 

 そして、真耶を中心に爆発が起こる。

 その爆発を見ていた生徒達は、真耶が敗北したのだと判断を下す。

 

 しかしビルドはその爆発を真剣な様子でジッと見つめていた。勝利を手にしている状況なのに、そこにはそれに対する喜び等が感じられない。

 それもその筈、何せ彼はまだ勝ってなどいないからだ。

 

「な、なんとか間に合いましたね……」

 

 晴れていく黒煙の中にいたのは、傷の浅い真耶であった。

 彼女が手に携えているのは中型の盾。消耗が見られる表面にはまだ少し煙が張り付いていた。

 

「どうも爆発が不自然だと思ったら……初見の技を防がれるなんて思ってませんでしたよ」

「これでも先生ですからね、おめおめとやられちゃったら立場が無いじゃないですか」

 

 ふふ、と笑みを零す真耶。窮地を乗り切った直後からかやや笑顔が硬いが、無理に笑っているのではなく自然に現れたものである。

 彼女がビルドの必殺技を防いだ一番の要因は、咄嗟に取り出した一発のグレネードだった。エネルギーが直撃する前に彼女はそれを前方に投げて誘爆を起こし、発生した爆風とエネルギーの衝撃を高速召喚した盾でなんとか防いでみせたのだ。

 事前情報無しの技に加え、引き寄せられている状態でそれらの判断を選択することが出来たのもひとえに彼女の実力と経験の賜物である。

 

 ビルドと真耶、両者が仕切り直しとばかりに武器を構え直したその時、地上にいる千冬の号令が届く。

 

「そこまで!」

 

 その声を聞き届け、2人は動こうとする身体をピタリと止める。

 

「ちょっ、先生。今すっごいいいところじゃないですかー!」

「やかましい。これは試合ではなく実演に過ぎん、勝ち負けなど拘るところではない。さっさと降りて来い」

「あはは……赤星くん、降りましょうか」

 

 真耶にも諭され、渋々ビルドは彼女と共に地上へ降り立つと変身を解除する。

 

 2人が戻って来たのに合わせて、千冬は生徒達に向けて口を開く。

 

「先程の実演を見て諸君も理解しただろうが、IS学園の教員は数年間実戦を重ねてきた相手にも訓練機で十分に戦えていることから非常に高い実力を有している。以後は敬意を持って接するように」

「……あれ?先生、俺には何か一言無いんです?」

「ではこれよりグループに分かれて実習を行う。グループリーダーは専用機持ちの5人、1組毎8人で分かれろ」

 

 華麗に無視。

 そして生徒達は千冬の言葉の後にグループリーダーとなる専用機持ちの元へと詰め寄っていく。

 一夏とシャルル、男子2名の元へと。

 

「織斑くん!優しく手取り足取り教えてください!」

「さっきは逃げられちゃったけど、今度は逃がさないわ!」

「私、デュノアくんに教えてもらえるなら生涯に一片の悔いも残さないから!」

「あ、ズルい!私も私も!」

「戦兎くんさっきは凄かったねー!」

「かなり変人だけど、やっぱり強いっちゃ強いんだね!」

 

 男子に集まるのはこの学園においては予想出来たことであった。注目の人物である彼らに女子が反応しない訳が無い。

 戦兎は専用機持ちではないが、先程の戦っている姿を見て素直に感心した一部の女子が彼のところにも集まっている。先日の無人機事件で彼に対して微妙な印象を抱く生徒も多いが、1組と2組はそこまで深刻な状況には陥っていないらしい。

 

 ともあれ、男子達に偏っているこの状態に呆れた千冬は面倒くさそうにため息を吐いた後、怒号を放つ。

 

「出席番号順に1人ずつ各グループに入れっ!IS装備補助機能無しでグラウンド100週させられたくなければとっとと動けっ!赤星もだっ!」

 

 その一言によって女子達は蜘蛛の子を散らすように移動を始め、指定のグループにつく。その姿を見て『最初からそうしろ』と千冬は小声で呟いていた。

 

 戦兎が入ったグループのリーダーは、シャルルであった。

 シャルルは戦兎がいることを認識すると、分かりやすく顔を綻ばせる。

 

「戦兎!戦兎も僕のグループなんだねっ?」

「みたいだな。よろしく頼むよ」

「うんっ、こちらこそ!」

 

 シャルルの様子が先程よりも明るくなったことに、周囲の女子は目聡く気付く。

 

「おや?デュノアくんの様子が……」

「B……は必要無いね、このままで」

「美男子2人の絡み、美味しいれす」

 

 シャルルの内情を踏まえると当たらずも遠からずな推察なのだが、性別の違いであらぬ誤解を招いているがこの場ではどうしようもない。

 周りの声が聞こえていたシャルルはその内容に頬を赤らめて訓練に熱を入れようと誤魔化すが、その反応は逆に女子達に熱が入っている。

 

「そ、それじゃあそろそろ始めよう!出席番号順に始めるから、まずは戦兎!」

「分かった」

 

 シャルルに声を掛けられ、戦兎はこのグループで用意されたラファール・リヴァイヴ訓練機への搭乗を開始し、歩行動作等を実践していく。授業以外で滅多にISに乗らない戦兎の熟練度は低いが、かなり速い呑み込みで慣らしてしまったのは教える側のシャルルを驚かせた。

 

 そんな風で、男子2人が繰り広げるIS指導はなんの問題も無く行われていった。

 

「男2人の絡みって――」

「それはもういいから!」

 

 周りは相変わらずテンションが高まっていた。

 

 

 

―――続く―――

 




■ライオンクリーナーフォーム■
【身長】189cm
【体重】104.3kg
【パンチ力】17.4t(右腕)7.1t(左腕)
【キック力】12.0t(右脚)21.3t(左脚)
【ジャンプ力】39.0m
【走力】3.6秒

―ライオンハーフボディ―
①BLDバトライオショルダー:右肩部。装着された尻尾は変身者の感情を表すように揺れ動く。尻尾は取り外し可能で、ムチのように扱える。
②ライオチェストアーマー:胸部の合皮装甲。武器による物理攻撃をほぼ通さないという特徴があり、自身の【レオメタルクロー】しか攻撃を通さないと言われている。
③ビーストラッシュアーム:腕部。腕力を増幅する伸縮素材【マスキュラーチューブ】が組み込まれており、連続パンチを受けた敵はグロッキー状態に陥る。
④ゴルドライオガントレット:右腕部の攻撃装置。全身各部から吸収した稼動エネルギーを利用し、咆哮衝撃波等の特殊攻撃を行うことが可能。ライオン型のエネルギー波を放ち、獲物を狩ることもできる。
⑤BLDバトライオグローブ:右拳の強化グローブ。指先に収納された鋭爪【レオメタルクロー】を展開し、鋭い貫手で敵の急所に大ダメージを与える。

―掃除機ハーフボディ―
①クリーンチェストアーマー:胸部装甲。表面に施された特殊コーティングにより耐久性がアップ、更に汚れが落ちやすくなっている。
②BLDトラッシュコンバーター:左肩部の変換装置。ロングレンジクリーナーで吸引した物を高速分解し、自身の稼動エネルギーに変換する。
③ステリライズアーム:左腕部。殺菌剤の散布機能があり、周囲に存在する有害なウイルス等を死滅させることが出来る。
④ロングレンジクリーナー:左腕部の強化掃除機。吸引力が凄まじく、周囲のあらゆるものを吸い込んでしまう。炎や水等の攻撃も吸い込める。
⑤ステリライズレッグ:殺菌剤の散布機能があり、周囲に存在する有害なウイルス等を死滅させることが出来る。
⑥ハイジェニックシューズ:右足のバトルシューズ。ボディスーツ内の衛生環境を改善する機能を持つ。


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第18話 屋上ランチ=てんっさいの舌事情

 

 午前の実働訓練を終えた戦兎達は、その日の昼休みを屋上で過ごしていた。

 正確に言うならば、一夏が戦兎やシャルル、セシリアや鈴音に声を掛けた結果、彼らはこの場に集まっているのだ。特に断る理由も無い戦兎とシャルル、片想いの相手と昼食を共にする機会をふいにするつもりのない一夏ラバーズの2人。なんの支障も無くこうして面子が揃った。

 

「…………」

 

 尚、今回の屋上での食事の提案者であり、今日は一夏と2人きりで昼食を食べようと思っていた箒は不機嫌だった。

 今日は気合を入れて彼の為に弁当を用意したというのに、自分のあずかり知らないところでいつものメンバーが揃っている。折角の計画が台無しとなり、無視の居所も悪くなっている。

 

「えっと、箒……なんか機嫌悪くないか?」

「知らん」

 

 そんな彼女の不機嫌を鈍感な一夏が理解するのは、到底無理な話だった。

 

 眉間に皺を寄せた箒の顔色を窺うシャルルは、箒の目線から彼女の心情に多少の察しを付け、申し訳なさそうにしながら口を開く。

 

「えっと、僕が一緒に食事しても大丈夫なのかな?迷惑だったら今からでも食堂に行くけど……」

「そんなことないって。ほら箒、お前が怖い顔してるからシャルルも居心地悪くしてるだろ?機嫌直せって」

「元はと言えば誰の所為だと……あぁいや、デュノアは何も悪くないんだ。全ては一夏が悪い」

「……戦兎、俺は何か悪いことをしたと思うか?」

「さぁ?」

 

 何故か罪を10割押し付けられた一夏から救いを求める視線を向けられるが、戦兎は本日の昼食である菓子パンの準備をしながらシンプルにそう返す。

 素っ気ないようにも見えるが、戦兎も一夏に匹敵する鈍感さなので的確なことを言えるわけが無い。

 

「戦兎、そんな甘そうなパンが好きなの?」

「ん?まぁな。俺のイチオシ」

 

 戦兎が手元に出しているのはホイップクリーム入りのメロンパンとチョコソースがけコロネ。どちらも購買で買ったものである。

 

 普通だと言わんばかりに答える戦兎であったが、質問したシャルルは微妙な反応。

 

「うーん……もうちょっと昼食らしいパンの方がいいんじゃないかな?同じ購買で買ったパンを食べてる僕が言うのもなんだけど」

「昼食らしいっていうと、そういうサンドイッチ系のやつだよな?けどこういうのを見てると、どうしても食べたくなってさぁ……普段研究に打ち込んでる俺には糖分摂取が不可欠だし。あ、セシリアもサンドイッチじゃん」

 

 視線をセシリアの方に向けてみると、戦兎達のやり取りとは別に一夏へサンドイッチの入ったバスケットを一夏に差し出している姿があった。苦しい表情を浮かべる一夏であるが、それに気付いていない彼女はニコニコ笑顔。

 

 どうして一夏が苦い表情をしているのか不思議だったが、シャルルは深く気に留めず再び戦兎に話を戻す。

 

「と、とにかく、お節介かもしれないけどちゃんとした物を食べるように気を付けた方がいいと思うよ?」

「ん、じゃあ考えておく」

「それ絶対考えてくれないよね……もう」

 

 イマイチ手応えを感じず、シャルルは肩を竦ませる。

 

 そんな2人の様子を見ていた一夏は、2人に話し掛ける。

 

「2人とも、なんだかもう仲がいいよな」

「そ、そう?そう見えるかな?」

「あぁ。俺なんて箒や鈴と最初から仲良くしてた記憶なんてないし、セシリアともいきなり決闘だったからな」

「お、お前が生意気に突っ掛って来たのが原因だろう!」

「留学して不安一杯な時にいきなり気安く話し掛けられる身にもなってみなさいよ」

「イ、イギリスでは知り合ったばかりの相手と罵り合った後に決闘を行って親睦を深めるのがしきたりですのよ!」

「優雅さの欠片も無いなイギリス!?」

 

 当然、セシリアの見栄だ。

 

「まぁでも、確かに2人ってもう打ち解け合ってるわよね。確か戦兎がデュノアの世話役を買ったのよね?」

「織斑先生の指名に逆らえるわけもなく」

「あぁうん、それはあたしも分かるわ」

「そういえば、デュノアさんは以前に戦兎さんと会ったことはありますか?」

「ドキッ」

 

 ドンピシャな指摘に思わず肩を震わせるシャルル。

 

「つい最近クラスの皆さんと話をした時、過去にビルドを見たことがあるかどうかという話題が上がりましたの」

「あぁあたしも聞かれたことあるわ。中国にも現れたらしいけど、会ったことなかったわね」

「俺もなかったなぁ」

「私もだ」

「俺も俺も」

「おい本人」

 

 そもそも、ビルドはスマッシュを倒したらその場に長居はしないので、本当にスマッシュの近くにいなければ会うことは叶わないだろう。態々死の危険を背負ってまで現場に残る物好きはいないだろうし、他所から情報を聞いて現場に駆け付けたところで、既に戦闘が終わっていることもザラだ。噂のビルドに会いたがっている市井のファンも、件のスマッシュの出現を報せるアプリで場所を特定しても大体無駄足に終わっている。

 

「で、もし既にビルド、もとい戦兎さんとお会いしたことがあるならばその縁で交流にも華が咲いたのではないかと思いまして。勿論、シャルルさん本人のコミュニケーション能力あってこそかもしれませんが」

「はぁー、成程ね。それで、実際のところはどうなの?」

「えっ?えーっと……」

 

 周りからの視線に戸惑いつつ、シャルルは隣にいる戦兎をチラっと見やる。

 

 視線に気づいた戦兎もシャルルの方を向くが、その意図が分からずに小首を傾げるだけである。

 

「あー、その……僕も遠目で見たような気がするんだけど、良く覚えてないというか……」

「なんかハッキリしないわね」

「まぁまぁ、いいではありませんの。直接スマッシュに襲われたわけでは無いようですし、怪我もせずに済んだならば幸いですわ」

「あ、う、うん。そうだね。アハハ……」

 

 実は直接襲われていたとは言えず、乾いた笑いを浮かべて話を浮かべるシャルルである。

 

 

「それはそうと一夏さん、何故わたくしのサンドイッチに手を付けておりませんの?まだ満腹になるまで食べていたようには見えませんでしたが」

「げっ……いや、これから食べるところだったんだよ」

 

 セシリアとしては純粋に気になっただけだったのだが、それをつい催促と受け取った一夏は咄嗟にそう答えつつ、セシリアが作ったサンドイッチを手に取る。

 

 その姿を見て、箒と鈴音は『あーあ』と言わんばかりのそぶりを見せる。

 セシリアの料理の腕前は壊滅的と言っていい。イギリスにいた頃から料理は家の使用人に任せっきりで彼女自身が料理をする経験が無かったので、料理のイロハが十分に身についていない。既に一夏は別の機会でセシリアの料理スキルを味わっており、居合わせていた箒と鈴音もそれを把握している。

 現にそのサンドイッチも一見すると普通のBLTサンドなのだが、何故か滅茶苦茶甘い仕様になっている。早速それを口にした一夏は、百面相でもしているかのように顔を歪ませている。

 

「お、おおぅ……お、俺は好きだよ。この味付け」

 

 素直に不味いと言えば彼女も気付いてくれるのだが、怒られることを恐れてつい耳触りの良い言葉を放ってしまう一夏。

 

 当然、想い人からそんなことを言われてしまったらセシリアは機嫌を良くするしかない。

 

「ふふん、これぞ我がイギリスの誇る高貴ある味わいですわ!折角ですから、戦兎さんたちもお1ついかがですか?」

「おっ、いいのか?」

「勿論ですわ。ご学友の方々を蔑ろにするつもりなどありませんもの」

 

 普段ならば一夏に全部食べて欲しいと思うところだが、機嫌が良くなっている今回は戦兎達にもおすそ分けという名の飛び火がかかる。

 

 セシリアの料理事情を知らない戦兎は普通にバスケットの中のサンドイッチを1つ手に取る。隣のシャルルは自分の分のパンがあるから十分だと言って、今回は遠慮した。

 

 一夏は戦兎がサンドイッチを手にしたのを見て、偶然にも朝の不遇な扱いに対する報復が出来たと内心で喜ぶ。いくら大の甘党である戦兎とはいえ、タマゴでもフルーツでもない撃甘サンドイッチなど受け入れられる筈がない。そこまで見境が無いとは思えない。

 一夏はこの苛烈な食事の負担が減ることにも安堵しながら、戦兎がサンドイッチを一口食す姿を見届ける。

 

「お、中々イケるな」

「うそーん!?」

 

 が、ダメ。まさかの好評であった。

 

「このスパイシーな味わいの後に来る不思議な酸味、実に興味深い味付けだな」

「しかも甘くないのかよ!?辛口の後に酸味って何!?」

 

 一夏のお世辞に続き、戦兎の素直な高評価を得たセシリアはますます機嫌を良くする。

 

「そうでしょうそうでしょう!戦兎さんは英国の素晴らしさをよく分かっていらっしゃいます、素晴らしいですわ!」

「食感にも癖があるけど、これはこれで面白いな。ほら一夏、お前も食ってみろって」

「ちょ、やめ、押し付けな……イヤー!」

 

 食感もおかしいと暗に言われてそれに食い付くわけもなく、一夏は迫り来るサンドイッチから必死に抵抗し始める。

 

 そんな2人のやり取りを見ていた箒と鈴音、シャルルは呟く。

 

「……酷い味音痴がいたものだ」

「自称天才は普段の言動に加えて舌がバカだったとさ、めでたしめでたし」

「あ、あはは……」

 

 賑やかな昼食は過ぎていく。一夏の悲鳴を背景にしながら。

 

 

 

―――続く―――

 



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第19話 即日発覚=お風呂で見たものは……

 3人目の男子が転入、ISの実施訓練、波乱のランチタイムと濃厚な1日となったシャルル・デュノアの学園生活初日。

 その夜、噂の男子3人が1つの部屋に集まって雑談をしていた。一夏曰く、親睦会のようなものであると。今日は転校生であるシャルルに質問と包囲が引っ切り無しに続き、元々面倒見の良い一夏は勿論、世話役を任された戦兎も珍しくそれを捌いていた。日中は落ち着いて話すことも満足に叶わなかったので、こうして緑茶を用意してゆったりと会話出来るのは有難い時間だった。特に一夏にとっては。

 

「どうした一夏。そんな老人みたいな顔つきして」

「……いやあ、こうしてゆっくり出来るのっていいもんだな」

「?まぁそうだな」

「……男同士って、いいよな」

「男同士……えっ?えっ?」

 

 一夏の誤解されかねない際どい発言にシャルルが思わずたじろいでしまう。勿論、発言者にはそっちのケは無いのだが、纏う雰囲気と表情のせいで本気のように見えてしまうから困る。

 ちなみに彼の友人に問えば『そう言われてもおかしくないよな、あいつ。あ、俺はノーマルだから、俺はノーマルだから!』と返してくれるだろう。

 

「そういえば、戦兎に聞きたいことがあるんだけどさ」

「ん?」

「ほら、戦兎がビルドに変身する時に……ベストマッチ?だったっけ、そんなのが偶にあるだろ?それってなんなんだろうなって」

「よぉくぞ聞いてくれた!」

「うおっ、ビックリした!」

 

 急に立ち上がったので驚く一夏であったが、お構い無しで嬉しそうに言葉を続ける戦兎。

 

「俺が変身の時に使ってるフルボトル、これには相性が存在するんだよ。例えば……」

 

 そう言うと戦兎は懐からビルドドライバーとフルボトルを取り出す。今回は変身しないので、ドライバーは巻かずに手に持ったままである。

 

「このラビットフルボトルとタンクフルボトルをこれに装填すると……」

≪ラビット!≫≪タンク!≫

≪ベストマッチ!≫

「……となる」

 

 ドライバーがそれぞれのフルボトルに伴った音声と発光を行いつつ、最高の相性であることを示す。

 その反応を見て、一夏とシャルルは揃って『おぉ』と声を零す。

 

「当然、ベストマッチにならない組み合わせだと……」

≪忍者!≫≪掃除機!≫

「……という感じで、音声は出てもベストマッチによる特別な反応は起きない」

 

 先程とは異なるドライバーの反応に、『ふむふむ』と相槌を打つ一夏とシャルル。

 

「本来、こいつは単に変身する為だけの道具に過ぎなかったんだけど【パンドラボックス】のメカニズムが一部解析出来たことによって、ベストマッチの検査機にもなるように改良したんだ」

「せんせー、質問がありまーす」

「はいどうぞ、一夏問題児」

「誰が問題児だ。えっと、今さっき言ったパンドラボックスってなんだ?初めて聞いたんだけど」

 

 ふむ、と一呼吸入れてから戦兎は彼の質問に答え始める。

 

「パンドラボックスっていうのは、束さんが火星で発見した詳細不明の箱だ。外装はフルボトルを挿し込めるスロットが10個備わった【パンドラパネル】といって、6面あるから計60個のフルボトルが挿入できるようになってる。箱の内部には核エネルギーよりも遥かに強大な力が眠ってる、らしい」

「……はっ?」

「核よりも強力って……それってとんでもない力なんじゃないの……?」

「まぁ、下手すれば地球は軽く滅ぼせるな」

「「いやいやいやいや!!」」

 

 あまりにも軽い戦兎の反応に、思わず立ち上がってツッコミを入れる2人。

 

「なんだよその危険物!?なんでそんな物が存在してるんだよ?」

「処分しよっ、ねっ?宇宙にでも放り捨ててしまおっ、ねっ?」

「まぁまぁ落ち着けって。今はパネルがバラバラになってるし、フルボトルが揃って無ければ只のオブジェみたいなもんだから、そんな怖がる心配無いって」

「そ、そうか。なら安心……いや待った。戦兎、お前そのフルボトル集めてるんだよな?」

「おう」

「やっぱ捨てろぉ!現在進行形で鍵集めてるんじゃねーかお前!」

「ち、地球が……地球が滅びる」

 

 安堵出来るかと思いきや、目の前にいる男が地球崩壊を助長させかねない行動をしていることに気付いて一夏は唱え、シャルルは震える。

 もしこのまま戦兎がフルボトルを60本全て揃え、パネルも集まってしまえばパンドラボックスが完成して核より危険な物体となってしまう。そんなの御免被りたい。

 

「だから落ち着けって。俺がいつ地球を滅ぼそうとか人間同士の共食いで地球は滅びるとか言ったんだよ」

「いや言ってなかったけど、たった今物騒なこと言ったぞ!?」

「共食いって何!?どんな発想したの!?」

「兎に角、パンドラパネルが集まっていない以上はそんな事態にはまず陥らないから問題無しってことだ。今こいつらを集めたところで、どうにかなるわけじゃない」

 

 安心すべきなのかどうか危ういところだが、この戦兎を説得するのは多分無理だろうと賢明な判断を下した一夏達はそれで一先ず納得することにした。

 ただシャルルにも一夏にも、どうにも引っ掛かる部分があった。

 

「ねぇ、どうして戦兎はそんなにフルボトルを集めたいの?」

「それは勿論、まだ見ぬフルボトルの能力・性質を100%解明する為……そうしなきゃいけないんだよ」

「いけないって、どういうことだ?」

 

 いつもの戦兎らしくない言葉選び。

 『しなければいけない』など、それではまるで『使命』のようではないか。普段の彼ならば、自分がそうしたいから行動するというのに。

 

「いや、俺としてもやりたいって願望はあるよ?でもそれだけじゃなくて、心のどこかで集めなきゃならないっていう風にも感じてるんだよ何故か」

「ふーん……あれか、シリーズ物のフィギュアを全種類集めなきゃとかそういうのか?」

「俺はフルボトルマニアか何かか」

 

 急に雰囲気が可愛くなったなぁ、とシャルロットが内心で思うような名称である。ヤベーイものを集めていることに変わりは無いが。

 

 そんな風に喋っていると、時計を一瞥した一夏が『ゲッ』と都合が悪そうな声を零した。

 

「やべぇ、俺この後ちょっと用事があるんだった……」

「用事?」

「鈴に呼ばれてるんだよ、なんか手伝って欲しいことがあるんだとさ」

 

 そう言いながらいそいそと身支度を整える一夏。短気な鈴のことだ、遅刻などしてしまえば不機嫌になって居心地が悪くなるのは目に見えている。

 

「悪いけどいつになるか分かんないから、シャルルは先にシャワー使ってくれ」

「あ、うん。分かったよ」

「んじゃ、俺もそろそろ部屋に戻ろうかね。帰ってライオンクリーナーのデータでも整理しときたいし」

「戦兎も悪いな、俺から呼び出しておいて」

「フルボトルに関する説明をするのは嫌いじゃないからな、気にするな。んじゃ、シャルルも明日な」

「うん、お休み戦兎」

 

 戦兎は一夏と共に部屋から出ると、目的地が別なので互いに異なる方向へ進み始める。

 その道中、戦兎はフルボトルを片手に考え事をしていた。

 

 それは、一夏に先程言われたこと。

 何故自分はフルボトルを集めなければならないと思っているのか?自ら言っていたが、自分がまだ出会っていないフルボトルの力を徹底的に解明したいという願望と同時に使命感のようなものも抱いている。

 

「そもそも、俺が拘ってるのは……」

 

 フルボトルだけではない。

 真に望んでいるのは、パンドラボックスを――。

 

「……あれ?」

 

 服の中の違和感を察知し、戦兎は足を止めてポケットの類を万遍無く探り始める。そして、大事なことに気付く。

 

「……忍者フルボトルが無い」

 

 道中で落としたとは考え難い。

 考えられるのは1つ。一夏達の部屋へ置き忘れたのだろう。実を言うと今回使った4つのボトル以外にも数種類取り出してテーブルに出していたのだが、その時に回収漏れが生じたのだろう。加えてその後もパンドラボックスの解説をしていたので、気が緩んでいたのかもしれない。

 

「仕方ない、戻るか」

 

 踵を返して再び一夏達の部屋へ。

 鍵が掛かっている可能性も考えられるのだが、気にせず戦兎は一直線に部屋へと向かっていく。

 

 部屋の前に辿り着き、ノックを行う戦兎。しかし扉の向こうからは反応が無い。

 

「あ、そういえばシャルルがシャワー使ってるんだっけか」

 

 先程の一夏とシャルルのやり取りを思い出した戦兎は、反応が無いことに納得しつつ、そのまま部屋へ入る。

 ちなみに鍵が掛かっていないのは、部屋に残っているシャルルがここが女子寮だからつい無防備になってしまったことと、一夏が外出しているので態々鍵を掛けなくてもいいかと判断してしまったからだ。お家から下された使命に積極的でない分、その辺の管理はガバガバである。

 

 部屋に入って先程談話していたテーブルの辺りに目を配ると、机上に目的のボトルがポツンと置かれてあった。部屋主も気付いたのか、変に動かさず分かりやすい場所に配置してくれている。

 

 フルボトルを無事に回収し、戦兎は再び部屋から出ようとした時、ふと思い出したことがあった。

 

「っと、シャルルに明日からのアリーナの使用可能箇所を伝えとくんだったな」

 

 今日の午後の実習で着替え終った後に副担任の真耶から伝えられ、その場にいなかったシャルルにも後で伝えるようにとのお達しを受けていた戦兎。事情で一夏達と一緒に着替えるわけにはいかなかったシャルルはその時立ち会うことが出来なかったのだ。

 で、どうせ近くにいるんだから明日会う時でなく今伝えてしまおうと思い至った戦兎である。

 

 シャルルは現在シャワーを利用しているようで、今もルームの方から水の流れる音が発している。

 

 戦兎はシャワールームの方に足を進める。いい時に思い出したと我ながら感心しつつ。

 と、その途中で前方から『ガチャリ』と音がする。ドアの開閉の音だ。

 

「お、ちょうどいい時に終わったみたいだな」

 

 そう言いつつ戦兎はシャワールーム前の脱衣所の扉のドアノブに手をつけ、扉を開く。

 

「シャルルー。ちょっと伝えておくことがあるんだけど」

「……えっ?」

 

 キョトンとした様子でこちらを振り向くシャルル。

 しかし、そこにいたのは『男子のシャルル・デュノア』ではなく、『女子のシャルロット・デュノア』だった。

 濡れたブロンドの髪が水を滴らせる。

 普段の学生生活ではサラシを巻いていて分からなかった胸の膨らみが明らかとなっている。平均よりも若干大きなその胸は細い腰のくびれと相まって更に大きく見えている。足も細く、男子と言い張るには身体の線が女性的で何より肌がきめ細やかだ。

 シャワーを浴びたばかりの彼女は全裸である。もう一度言おう、全裸である。

 

「……っ!きゃぁっ!」

 

 戦兎が現れたことに理解が追いつかなかったシャルル――シャルロットだが、今の状況に理解を終えると咄嗟にしゃがみ込んで自らの身体を抱くようにして局部を隠す。

 羞恥で顔を真っ赤にしながら、シャルロットは戦兎の方を見ずに口を開く。

 

「な、なんで戦兎がここにいるの!?」

「いやぁ、俺としたことがフルボトルを置き忘れちゃってさ……あ、それと明日からのアリーナの使用箇所を伝えとくよう言われてたの思い出したから、伝えてしまうぞー」

「へ、部屋っ!部屋で待っててっ!そこで聞くから!」

「今じゃダメなのか?」

「僕がダメなのぉっ!いいから早く出てってよぉ!」

「あ、はい」

 

 事情がよく分からない戦兎は彼女の勢いに押され、それに従って脱衣所の扉を閉めた。

 何故急に追い出されたのか不思議に思うまま、戦兎は言われた通り部屋で待つべくベッドに腰掛ける。

 

「うーん、シャルルのやつ急にどうしたんだ……?」

 

 先程までのシャルルの対応が妙だと思い、戦兎は思考する。

 身体に酷い傷跡があって、それを見られたくなかったのかと言われるとそうではない筈だ。戦兎が記憶している限り、シャルルの身体は傷一つ無い綺麗な姿であった。

 せいぜい気になるところといえば、あの制服時と比べて異様に膨らんだ胸。あれ程の膨らみは男性ではなく女性に当て嵌まる筈――。

 

「……あれ、でもシャルルって男だよな?」

 

 だが、現実におけるあの胸の膨らみは否定出来ない。錯覚とかそういう類でも無いだろう。

 胸があるというのも重要だが、それとは別で無いものもあった。男にある筈の『アレ』が――。

 

 ガチャリ。

 戦兎が危ういところにまで思考を深めようとした時、脱衣所の扉が開かれる。

 

「…………」

 

 ジャージ姿のシャルロット。

 しかしその胸部は制服の時と異なり、胸による膨らみが出来ていた。サラシを用いていないからだ。

 

「……戦兎」

「うん?」

「もう気付いちゃってるだろうけど……僕、男じゃないんだ」

 

 少し身体をモジモジさせていたシャルロットであったが、意を決したような、諦めたような顔をしながら告白する。

 

「僕、本当は…………女なんだ」

 

 

 

 

 

「あぁ、だから胸が大きかったり――」

「戦兎のえっちぃっ!!」

 

 

 

―――続く―――

 



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第20話 少女への救いの手=パンダとライトと

「いやぁ悪い悪い。まさかそんなに怒るとは思わなくてさ」

「……戦兎のバカ、えっち」

「失礼な。バカじゃなくててんっさいだから俺は」

「いやえっちも否定しようよ」

 

 その後、落ち着いて話す雰囲気にまで戻った。といっても戦兎がいつも通りのマイペースで、それを見たシャルロットが呆れて肩の力が抜けてしまったという経緯だが。戦兎でなく一夏だったらこうはいかなかっただろう、なお褒め言葉ではない。

 

「で、なんで態々性別を装って転入を?」

「……会社の、父親の指示だよ」

「会社の?」

 

 シャルロットの姓はデュノア。第2世代IS量産機シェア世界第3位を誇るラファール・リヴァイヴを開発したIS企業デュノア社と同名であり、そこを経営するのは彼女の実父であるアルベール・デュノア。

 第3世代機の開発が各国で進められている昨今、圧倒的なデータ不足により開発が難航しており、経営不振に陥っているこの頃。フランス内のIS企業トップに立っている会社がその状態とあって、欧州連合の統合防衛計画【イグニッション・プラン】からフランスは除名されている。

 早急な第3世代機開発が政府から通達され、これが達成されない場合は予算全面カットに加えてIS開発許可の剥奪が言い渡される。つまりその時点でデュノア社はIS業界において完全に再起不能となる。

 

 デュノア社と周辺のIS事情をシャルロットから聞かされた戦兎は、キリの良いところでふむふむと相槌を打つ。

 

「成程。つまりシャルル……あぁ、シャルロットだったな。シャルロットは会社の広告塔であると同時に一夏本人とISのデータを盗み出す怪盗ルパンレンジャーってことか」

「ルパ……?ルパなんとかはよく分かんないけど、その通りだよ」

 

 先程からシャルロットに覇気が感じられない。

 それもそうだろう。元々乗り気でなかったこの指令、普通の女の子らしく可愛いものが好きなシャルロットとしては男装なんて好きではないし、今日知り合った一夏は好青年で、そんな彼からデータを盗み出すなんて真似も負い目を感じる。

 もうこれで誰かを騙す必要も無い。

 もうこれで自分の人生も終わる。牢屋に入れられて独り寂しく心を摩耗して、孤独死してしまうかもしれない。

 そう思うとシャルロットの目頭が熱くなり、ジワリと涙が浮かび始める。こうなることは覚悟の上だったが、いざ訪れると心が不安でざわついてしまうのだ。

 

「……ねぇっ、戦兎」

「ん?」

「僕ね……昔、戦兎に助けてもらったことがあるの……1年前に、フランスで」

「あれ、やっぱ気の所為とかじゃなかったのか。えっと、1年前のフランスだろ……」

「なんか、ダイヤモンドがキラキラしてて、スマッシュを倒してた」

「ダイヤモンド……あぁー!思い出した!ゴリラモンドで倒したなそういえば!」

 

 当時の記憶を思い返し、大袈裟に声を発す戦兎。

 1年前のフランス郊外にて、確かに戦兎はスマッシュと戦闘したことがある。後半にゴリラモンドフォームへとビルドアップし、ボルテックフィニッシュを決めた記憶が彼の中に残っていた。

 スマッシュから成分を採取し終えた時、駆けつけた時にスマッシュに襲われそうになっていた少女から『あの……!』と声を掛けられて戦兎はそちらを振り向いたが、一連の衝撃が強くて上手く言葉が出て来なかった少女の次の言葉を待たず、そのまま去っていった。

 その少女が、シャルロットだったのだ。

 

「……ホントは男装して、データを盗むなんてことしたくなかった。だけどっ、どうしてもここに来たかった……!」

「なんで?」

「……君に、『ありがとう』って言いたかったから」

「……えっ?」

 

 思わず戦兎は聞き返す。

 シャルロットがここに来た理由。それは過去に救ってくれた戦兎にお礼を言う為。男装なデータを盗むことを嫌っていた以上、彼女の立場こそあれどその背中を押したのはそれだけであった。

 

 以前、戦兎は一夏に宣言された。誰かの為に動ける心を持ってほしい、そして俺がその大切さを教えてやる……と。その時は抽象的な表現でイメージが思い付き辛かったので、戦兎は軽く流し気味で『まぁやれるものなら頑張れ』と答えていた。

 だが、今回は実にシンプルで分かりやすい。だからこそ戦兎は、失敗の時のリスクが大きすぎるシャルロットの任務に対する、彼女の動機があまりにも突拍子が無さすぎて呆気に取られてしまったのだ。

 それ、メリット全然無いじゃん、と。

 

 しかし、シャルロットにとって損得など関係無かった。

 あの時、親の言いなりになるだけの空っぽだった自分の命を見捨てずに救ってくれた彼に言えなかったことを告げる。只それだけの為にこの学園に訪れた。例え素性がバレて本国に強制変換され、牢屋に入れられようとも言わなければならないことがあった。

 

「あの時、君に言えなかったから……ちゃんと、お礼を伝えたかったの」

「……」

「これが最後になるだろうから、今度こそ言うね……」

 

 涙を零すのを堪える表情を改める為に、ふぅ、と大きく息を吐くシャルロット。

 無理矢理作った笑みを浮かべながら、彼女は告げる。

 

 ありがとう、と。

 

 そんな彼女の儚い姿を見て、戦兎は…………。

 

 

 

――――――――――

 

「というわけで、どうすればいいですかねパトレンジャー」

「誰がパトレンジャーだ。というかそれだと私があいつを逮捕せねばならんだろう」

「いやいや共闘ルートもありますって」

 

 宿直室にて。

 あの後、戦兎はシャルロットに『俺の部屋でちょっと待っといて』と言って彼女を自身の部屋に待機させてから、学園寮の寮長である千冬のいるこの部屋に訪れた。

 彼がこの部屋に訪れた理由は、シャルロットも把握している。彼女の正体についてと、今後の方針についてだ。

 

「というか、学園は気付いてたんですか?シャルロットが男装してたってこと」

「当たり前だろう。ガキ共は兎も角、大人があんな稚拙な変装に騙されると思うなよ。学園も承知したうえであいつの転入を許している」

「じゃあ、なんでそんなことを?」

 

 それについて問われると、千冬は『あー』と迷ったように言葉を浮かせながら逡巡する。

 

「……本来ならば学生に聞かせる話ではないのだが、お前は少々特殊だしな」

「そりゃあまぁ、本来なら周りのペースに合わせて勉学する必要の無いてんっさ――」

「あいつを転入させたのは、学園長の意向だ」

「えぇ……」

 

 問答無用で台詞をぶった切られた戦兎は情けない声をあげる。

 そんな彼にお構い無しで、千冬の言葉が続く。

 

「この学園に転入するに当たって試験や所属国の推薦が必要になるのだが、男のお前や男装していたデュノアは都合で免除されている。しかし入学前に学園長と面談をした筈だ」

「あぁ、あの女の人ですか」

「そうだ。その時点でデュノア社の経営危機を把握しており、デュノアの男装からデュノア社の魂胆を見抜いた学園長は、諸事情を度外視してあいつの人間性を評価したうえでこの学園への転入を許可した。あいつがデータを盗むつもりが無いことも評価の理由に含めてな」

 

 『大人の政略社会に巻き込まれた子供に罪を被せるべきではない』

 それが急な男装指導によって作り上げられた【シャルル・デュノア】の裏にいる少女への学園長の感想であり、転入許可という采配だった。彼女の人間性が概ね満足のいくものであったからこそ、

 ちなみに戦兎やシャルロットが会った女性の学園長だが、その実務を務めている本当の学園長が秘密裏に控えており、今回の決定はその2人によるものである。

 

「そしてその後にデュノア社の調査が行われたのだがな……どうやらグループ内部で不穏な動きがあったらしい」

「不穏な動き?」

「暗殺だ」

 

 暗殺、という言葉を聞いて『物騒だなぁ』という感想を心中で呟く戦兎。

 学園の伝手で調べた情報によると、どうやらデュノア社内でシャルロットを暗殺する動きがあったらしく、その脅威から逃がす為にこの学園に転入させたらしい。学園の特記事項の一節によると、IS学園に属している生徒は本人の了承が無い限り外部からの干渉を受けずに済むという決まりがあるらしい。加えて、シャルロットは専用機を所持していて自己防衛能力に長けている。

 これにより、フランスで危惧されていた暗殺からは遠ざけることに成功したのだ。

 

「で、もうシャルロットは完全に安全になりましたか?」

「……いや、そうとも限らない。暗殺を企てる者がまだ捕まっていない以上、暗殺の手がデュノア社長の方に回るか……日本の、この学園にやってくる可能性も捨て切れない」

 

 もしそうだとすれば、相当に執念深いことだ。

 暗殺の理由は不明だが、現時点ではアルベール・デュノアを社長の座から引き摺り下ろす為という線が高く懸念されている。尤も、あくまで目的が不明瞭であることに変わりは無いが。

 兎に角、ここIS学園まで逃れたからといってシャルロットの身が100%保障されたかと言われれば、そうとは言い切れない。近い都市へ外出するとなれば日本人ではない彼女の端麗な容姿は少なからず市井の注目を集め話題となり、暗殺者が潜伏していれば情報と暗殺のチャンスを与えることになる。

 加えて最近の学園は、イレギュラーな存在に対して2度の侵入を許している。謎の無人機ゴーレムと、スマッシュだ。その混乱に乗じて乗り込むという周到な計画が出来るかは非常に困難と言えるが、万が一ということもある。

 

「そこでだ戦兎。お前に学園の方で依頼が入っている」

「頼み?」

「あいつの……デュノアの護衛だ。我々学園の方で暗殺に対する情報収集と対策を講じる間、お前の実力ならば代表候補生の訓練を受けているあいつのフォローに回れるだろう。余計な混乱を招かぬよう、事を落ち着かせるまではあいつの正体を隠しておく必要があるしな」

「うーん……まぁ命令なら立場上従うしかないですけど」

 

 戦兎は腕を組んで喉を唸らせつつ、渋い返答を行う。

 戦兎としては、頼みの内容自体はそう難しい話ではない。暗殺の手口は不明だが、毒物でもない限りは自身の身体能力や智謀、ビルドの力で大体の対策は取れる。

 しかし『気が乗らない』というのが今の彼の思うところである。デュノアの世話係を命じられた時も教師である千冬の指名に仕方なく従っただけで、今回の件も首を突っこむにしては戦兎自身に美味しい話が無い。

 シャルロットの件の直後ということもあり、今の戦兎はメリットデメリットに関して少し気にかけている節がある。ただ彼女を守るだけではその食指は動かないのだ。

 

「ちなみに聞くが、これが命令でなければどうする?」

「んー……まぁ断りますかね。俺に得がありませんし」

「……そうか」

 

 そんな素っ気ない対応に落胆するべきか、それとも少しだけでも考えてくれたのを感心すべきか。千冬は微妙な顔つきを浮かべつつ、そう呟く。

 とはいえ、現状彼以外に適任は見当たらない。今回の件に通じている『学園最強』はその調査で学園から離れなければならないし、教師陣から人員を割くのは違和感が生じるうえにシャルロット本人がやり辛いだろう。

 

「(……やれやれ。早速あいつからの切り札を使わざるを得ないとな)」

 

 千冬が脳裏に浮かべるのは、この間の日曜日の夜の出来事。

 明日の授業の確認をするべく、部屋で1人手帳を流し読んでいる時に『彼女』は現れた。

 

 千冬の唯一の親友にして現在国際指名手配されている天災……篠ノ之 束が。

 

 彼女はいつも通りのテンションで千冬にスキンシップを取ろうとした(いずれも失敗に終わる)後、千冬にある物を手渡して颯爽と去っていった。まるで嵐のような存在は窓から抜け出し、強い風を室内に齎していった。元々散らかっている汚部屋に強風で被害を受ける物は無いけど。

 

 

 

―――もし、ちーちゃんがどぉ~~しても!せんちゃんに頼みたいことがあったら、これを使うといいよ☆

 

 

 

 そう言いながら彼女が渡した物を、千冬は戦兎に見せるように携えた。

 

「それは……!」

 

 フルボトル。

 それも1つではなく、2つ。

 

 何故、千冬がフルボトルを持っているのか?

 そんな疑問を戦兎が口にする前に、千冬は口を開いた。

 

「これはいざという時にと、束から渡されていた物だ。お前が今回の件を引き受けてくれるというのであれば、これを報酬とするが……どうする?」

「成程……そういうことでしたら勿論引き受けますよ。そいつが掛かってるというのであればね」

 

 先程までの反応とは一変して、戦兎の表情は活き活きとしていた。やはり報酬があるのと無いのとでは一目瞭然で、やる気に満ち溢れている。

 これがもし一夏ならばフルボトルは関係無しに人の情を以て引き受けるのだろうが、今の戦兎にはまだ至らない領域ということである。

 

「決まりだな……そら」

「おう?」

 

 千冬は2つあるフルボトルの内の1本を彼に投げ渡した。 もう一方の薄黄色のフルボトルはそのまま千冬の手元に収められている。

 

 戦兎は向かってくるフルボトルをキャッチし、その外装を観察する。

 色は白色で、デザインは動物が彫り込まれていてそれに合わせた丸みがある。色が統一されていて分かり辛いが、どうやら動物はパンダのようだ。

 

「そいつは前払いという奴だ。もう片方は今回の件が片付いたら渡そう」

「へぇ、気前がいいですね」

「言えた義理ではないが、まぁ、面倒事を頼んでいる以上はな。渡したからにはちゃんと任を果たしてもらうぞ?」

「まっ、期待には応えてみせますよ」

 

 戦兎はそう言いながら白色のフルボトル――パンダフルボトルをヒラヒラと翳してみせる。

 既に報酬の半分を受け取った彼の表情には確かな自信が宿っていた。

 

 

 

――――――――――

 

「戦兎……」

 

 戦兎の部屋で彼の帰還を待っていたシャルロットは、彼のベッドに座りながらチラチラと何度も時計を確認していた。

 ここで待つように言われて10分以上は経過しただろうか。たったそれだけの時間だったが、部屋の中を勝手に物色するわけにもいかずやることが無いシャルロットにとっては長く感じた。時計の確認が多いのも余計にそう思わせる一因だろう。

 

「織斑先生に聞いてくるって言ってたけど……実際、どうなるんだろう」

 

 生徒2人で出来ることなど、たかが知れている。学園の特記事項のお陰で3年間は一先ず大丈夫だといっても、それまでに問題を解決しないことには意味を為さない。それに会社からの召集を無視し続けても、自分の立場を悪くするだけでもある。

 そう考えると、やはり先生に相談するしか方法は無い。加えて千冬は世界最強の称号を持つブリュンヒルデであり、その影響力は非常に高い。

 

 このまま牢屋なり死刑なりを覚悟していたシャルロットとしては、この時点でこれ以上無い措置である。相談出来る相手が殆どいないフランスでの環境と比べれば贅沢と言っていい。

 例えそれが、助からない道だったとしても――。

 

「ただいまー」

「っ!」

 

 入り口のドアが開くと共に、待ち望んでいた人物の声がシャルロットの耳に届く。

 ベッドから腰を上げて入り口の方へ駆け寄っていくと、戦兎の姿がそこにあった。

 

「お帰り、戦兎っ。……それで、どうなったの?」

「ん?あぁ、まぁ色々と話したんだけど……取り敢えず学園の方で手を打ってくれることになったよ」

「えっ……ほ、ホントっ?」

「ホントホント。まぁ、準備が整うまではシャルロットには男装を続けてもらうことになるんだけど、いいか?」

「い、いいよ!それくらい全然いいよ、うん!」

 

 窮地に陥っている自分に救いの手を差し伸べてくれると聞かされては、嫌がっていた男装など些事たる問題でしかない。

 シャルロットは勢い良く何度も首を縦に振り、肯定の意志を示す。

 そんな彼女の肩に、ポン、と戦兎の手が置かれる。

 

「安心しろ、それまで俺がお前を守ってやるよ」

 

 この瞬間、シャルロットは胸を打たれたような感覚を得た。

 思えば1年前にスマッシュから助けてもらい、そして今回の件と戦兎には会ってから続けて助けてもらっていることに彼女は気付く。

 それはまるでヒーローに助けられるお姫様のよう。窮地に陥った時には、いつだって彼が助けてくれる。女の子らしい感性を持つシャルロットとしても、そんな立場は憧れの存在だった。

 

 そして目の前にいる彼は、お姫様にとっての大切なヒーロー。

 

「戦兎……」

 

 シャルロットの頬が赤らむ。意識すると鼓動が早まり、まともに顔を見れなくなる。

 この感覚が一体なんなのか、年頃のシャルロットはなんとなく理解出来ていた。

 

「(憧れてる……だけじゃないよね、この気持ちは……僕は……)」

 

 シャルロット・デュノアは、赤星 戦兎のことを……。

 

 

 

 

 

 しかしシャルロットは、この時点で非常に大きな思い違いをしていた。

 彼女が戦兎に抱いているイメージ像は『ヒーロー』。誰かの危機に颯爽と現れ、弱気を助け強気を挫く正義の味方。自身の体験、世間での評判が彼女の認識を強くさせた。

 かつて自分はビルドに……戦兎に命を救われた。今回もそうなのだと自然に思えてしまったのだ。

 

 だが実際に戦兎が動いた理由は、フルボトルが報酬になっているから。シャルロットの暗殺を防ぐのもフルボトルを手に入れる為の過程ででしかなく、0とは言い切れないもののやはりそこへの意識はかなり低い。

 偶然にも報酬のことが伝わらなかった所為で、彼女は真実を知ることなく彼に更なる信頼を寄せることとなる。

 

 

 

 

 

 いずれ少女は、残酷な真実を知る――。

 

 

 

―――続く―――

 




 シャルロットがお礼を言う為だけにIS学園にやって来たことに僅かな困惑を内心で浮かべる戦兎。そんな彼だが、彼女を助ける動機はフルボトルの為……まだまだ誰かの為に動く程、心は育っていない。というのが現時点での裁量です。こっから少しずーつ成長させていけるよう、頑張って執筆して参ります。
 そして今作品最大のすれ違いが発生……いつ発覚するんでしょうね(ゲス顔)

 最初から好感度高めだったので、シャルロットがチョロ気味。でもISのヒロインって大概チョロ(ry


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第21話 ドイツの冷氷=さながらハリネズミ

 

 シャルロットの男装が戦兎にバレた夜の翌日。

 学園側で情報を整えるまでは彼女は引き続き【シャルル・デュノア】を演じてもらうことになり、2人はいつも通りに登校する。昨日途中で抜けてしまった一夏も一緒である。

 

 男子3人が揃って教室に入ると、女子達の気分も高揚を始める。話題のイケメンが一堂に会する光景は彼女達にとって目の保養であり、世界三大絶景に引けを取らない。

 そんな彼女達であるが、視界に入った彼等の様子の変化に目聡く気付いた。

 

「見えるか……私には、見える」

「戦兎くんとデュノアくんの距離が……近い……!」

「あの距離では、バリアも張れない……!」

 

 3人の内、戦兎とデュノアの距離が昨日よりも近くなっているのだ。以前までは左程気になるものでもなかったのだが、今は一夏という比較がいることもあって余計に分かりやすい。

 その所為で一夏だけちょっとハブられてるようなシーンが出来上がっているのだが、触れない方が賢明だろう。勿論、本当に除け者にされているわけではないので悪しからず。

 

「そういえば、昨日は男子水入らずで親睦会を開いたって」

「でも織斑くん、途中で抜けちゃってるって」

「そうなると戦兎くん達が密室で2人きりになりますって」

「ヤっちゃいましたのね、それはもう濃密に」

「「「「「やっぱりな」」」」」

「もう駄目だなこのクラスは……」

 

 戦兎と一夏の2人だった時でさえ妄想が盛んだったというのに、そこにシャルルも加わって更に拍車が掛かってしまっている。3人寄れば悶々の知恵である。

 その道に毒されていない箒はブレないセシリア以下女子生徒一向に不安を抱くしかなかった。

 

 そんな生徒達が増えても、授業はHRは普通に始まる。

 普通……と言いたいところだが、今回は真耶の様子が少々おかしかった。

 

「えっとですね……先日はデュノアくんを新しく迎えたんですけど、その……」

 

 チラリ、と真耶は横に目配せする。

 

 彼女の視線の先、というか教壇の隣に控えている少女は腕組みをしたまま生徒達を一瞥している。その視線は冷たく、侮蔑が込められているのは明白である。

 少女の服装はカスタマイズ可能なこの学園の制服を大きく改変しており、一番に注目されるのはスカートではなく陸軍服のようなズボンになっていること。他には女子共通のリボンではなくタイを代わりに着用しており、腰には革のベルトが巻かれている。

 軍人然としたその佇まいは非常に確りしており、雰囲気も一般コスプレイヤーが出せる様なものではない程に鋭い。

 そんな彼女だが、この学園の生徒ではなかった。否。本日付けでこの学園の生徒となったのだ。

 ラウラ・ボーデヴィッヒ。それが彼女の名前である。

 

「き、昨日に続いて、2人目の転校生を紹介しますね……そ、それではボーデヴィッヒさん、お願いします」

 

 真耶の言葉で一歩前に出るラウラ。

 

 彼女が自己紹介を行うまでに、生徒達はいくらなんでも異常ではないかと囁き始める。

 日にちが1日ずれているのは、まだ納得が出来る。交通便に不都合が生じる等の事態があったのならばそうなることも予測出来る。

 だが、転入生がこのクラスに集中していることが、皆不思議でならなかった。普通なら各クラスに割り振られるだろうところを、流石に偏り過ぎではないかと。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

 ざわめきを一刀両断するように、ラウラが凛とした声で自己紹介を始める。

 

「……」

「……」

「……あの、もしかして、以上ですか?」

「以上だ」

 

 自己紹介終わり。内容は一夏と同レベルだった。真耶は泣きそうだった。

 

 そんなラウラの様子を、戦兎はジッと観察する。

 その理由は、シャルロットの暗殺の件が絡んでいる。このタイミングでの転入となると、学園に忍び込んで彼女を狙うという線も濃くなってくる。どうやらドイツ人らしいのでフランスのシャルロットを狙っているかといわれると怪しいが、デュノアグループが国境を超えた相手に依頼したというかなり慎重な予測も一応組み込んでおく必要がある。

 

 そんな彼女に動きが入る。

 クラスの中から一夏の姿をその視界に捉えると、怒りの形相を浮かべ始めた。

 

「貴様が……!」

「……えっ?」

 

 ツカツカと一夏の元へ歩いていくラウラ。

 彼の前に辿り着くと同時にその右手をグッと構え、大きく振り抜いた。彼女の掌は真っ直ぐに一夏の頬を捉え、バシンッ!と鋭い音を立てた。

 そう、平手打ちである。初対面の筈の女子に、いきなり手を出されたのだ。

 

「……っ、いきなり何すんだよ!!」

「ふんっ」

 

 少し放心していた一夏が我に返ってラウラに噛み付かんばかりの勢いで問い詰めるも、当の彼女は気にも留めていない。

 

 クラスの皆もその一連の出来事に茫然としていたが、戦兎は変わりなくラウラの挙動を見つめていた。

 

「(……狙いはあくまで一夏のみで、シャルロットのことは眼中に無し、か。フェイクというわけでもなさそうだし、暗殺とは無関係か)」

 

 用心を入れて様子見をしていたが、どうやらデュノアグループの手が入ってはいないことを感覚的に把握した戦兎は一先ずの暫定として彼女に向けていたマークを外す。

 彼女に執着されている一夏には申し訳ないが、あちらはあちらでなんとかしてもらう必要がある。戦兎の方も別方面のチェックを行っていかなければならないので、そちらにまで視野を広げるわけにはいかない。

 

 どの道、彼女の転入は新たな一波乱を予感させるのであった。

 

 

 

――――――――――

 

 休憩時間、戦兎はトイレから教室へと戻る為に廊下を歩いていた。

 IS学園が女子高として機能していたこともあり、男子トイレが学園内に3か所しか設けられていない。それらは来賓や用務員の為に備えられており、教室棟の近くには無いので休憩時間を丸々削る覚悟で向かわなければならない。

 尤も、戦兎はラビットフルボトルを振って高速移動能力を付与させて移動時間短縮をしており、時間に余裕が生むことが出来る。不正は無かった。

 

「さて、シャルロットの件をどうしていくか……」

 

 そんな彼が歩きながら考えているのは、先日請け負ったシャルロット護衛の件。

 手早く護衛の任務を遂行させるには、シャルロットの暗殺を目論んでいる人物を捕まえる必要がある。狙っている存在さえ押さえてしまえば護衛の役目はそれで完了となるのだから。

 だが、その為には今の段階では情報が少なすぎる。犯人がシャルロットを追いかけて日本に来ているのか、別の人に任せてフランスに滞在しているかも明らかとなっていない以上、先手を仕掛けることもままならない。学園の方でも情報を集めようと動いているが、いつになるのかは分からない。

 

「シャルロットの父親から直接聞いた方が早いか……」

 

 デュノアグループの一派となれば、デュノア社長も犯人の目星がついているかもしれない。更に警戒をしているとなれば、その動きも把握している可能性が高い。

 

 そうなると、どうやってコンタクトを取るか?

 そこまで考えていた戦兎に、突然声が掛けられた。

 

「おい」

「ん?」

 

 戦兎が視線を上げてそちらを振り向くと、今朝転校してきたラウラ・ボーデヴィッヒが壁に背を預け、腕を組みながら立っていた。

 

 挨拶の時と変わらない厳かな表情を浮かべながら、彼女はその口を開く。

 

「確認するが、貴様が世間でちやほやされているビルドとやらか?」

「あぁ、そのビルドだけど?」

「貴様の戦闘データと変身に必要な各種ツールを要求する。我がドイツ軍の上層部がビルドのデータを所望しているのでな」

 

 なんともストレートな申し出である。

 この学園に転入する際、ラウラは任務の1つにビルドのデータを収集するように軍上層部から指示を受けていた。軍用ISでやっと攻撃が通用する未確認生命体スマッシュを普通に倒してみせるその技術と力は各国にとって魅力的で、ドイツも例外ではない。あわよくばISとビルドの力を収め、他国との軍事力に差をつける……最初に仕掛けたのが彼女の母国であった。

 しかし今のラウラにはその命令に対する関心が薄い。この学園には憎むべき対象である織斑 一夏と、嘗ての彼女を救った恩人である織斑 千冬がおり、優先すべきはそちらにある。

 非常に私的な理由ではあるが、この学園を訪れた以上ラウラにとってここは引けない想いがあった。

 

 そしてそんな彼女の要求に対し、戦兎は……。

 

「うん、断る」

 

 当然受け入れなかった。

 

「一応、理由を聞かせてもらおうか」

「理由も何も、ビルドは『俺が』開発した大事な研究成果なんだ。ビルドもフルボトルも、俺の目の届かないところで勝手に使われるのなんて御免だね」

 

 俺が、の部分を強調している辺り独占同様の宣言ではあるが、これが戦兎の本心であった。

 彼がどこかの国にビルドのデータを渡すつもりは一切無い。自分の与り知らないところで勝手に研究を進められるのも嫌っている。せいぜい特例は保護者である束くらいであろう。

 

 そんな戦兎の返答に対し、ラウラは特に怒る様子も無く『そうか』とだけ言って済ませてしまう。

 

「……もっと粘るかと思ったけど、そうじゃないんだな」

「軍上層部から下された命とはいえ、今の私には為さねばならないことがある。貴様に構っている暇など無い」

「ふぅん……まぁいいけど」

 

 言葉遣いこそ遠慮が無いものの、戦兎としてはそうしてもらった方が面倒事にならなさそうなので異論は無い。

 

「まぁ模擬戦で戦闘データを取るくらいなら別にいいぞ。フルボトルやドライバーが無ければまともに研究も進められないだろうからな」

「そうか。……ところで、貴様が先程から言っている――」

「ああああぁぁぁ!?遅刻遅刻、遅刻するッスぅぅぅう!!」

「「っ!?」」

 

 勢いに身を任せたような声が2人の会話を遮る。

 ラウラと戦兎が驚いて声のした方を振り向くと……こちらに向かって猛ダッシュする女子生徒がいた。

 

「わぁ!わぁ!そこの2人、どいてほしいッスぅぅぅ!?」

「おっと」

「ちぃっ!」

「ぺぷしっ!?」

 

 女子生徒と今にもぶつかりそうだったところを、持ち前の回避能力でそれぞれ巧みに避けてみせた戦兎とラウラ。

 

 人同士でぶつかる事態は無事に避けられたが、バランスを崩した女子生徒は転んで廊下に顔面から倒れ込んでしまった。

 衝撃でピクピクと身体をひくつかせていた少女は、やがてゆっくりと起き上がると痛む鼻を押さえながら2人の方を振り向いた。

 

「うぅ、痛いッス……2人ともそこは慈しみを以て抱き止めて欲しかったッス……」

「いや、よけろって言ってたし」

「何故私がそのようなことをせねばならん」

「これが今時の若者の無関心ッスか……先輩として涙が止まらない事態ッスよ、オイヨイヨ」

 

 廊下に女の子座りをしたままあからさまな泣き真似をし始める女子生徒。

 少女の紺色の髪は前やサイドが短めで、全体的にショートな長さになっている。その中で後ろ髪だけは腰に届く程の長さがあり、それを三つ編みにしているのが特徴的だ。

 そして彼女の口ぶりからするに、どうやら1年生ではない模様。

 

「先輩?」

「後輩の間違いではないのか?」

「あんたら1年生でしょ!?最下級生より更に下の学年とかおかしいッスよね!?あれッスか、中学生ッスか?私のこのナリを中学生呼ばわりするんスか!?」

 

 女子生徒はガバッと立ち上がり、聞き捨てならない発言をした2人に早口で異議を唱え始める。泣いたり怒ったりと忙しい人である。

 

「ってヤバっ!?早くしないと授業に遅れるんだった!こんなところで油売ってる場合じゃなかったッスぅ!あぁもう、これも先輩がぁ……!」

 

 自分がさっきまで急いでいるのを思い出した女子生徒は2人に背を向け、再び走り出して去っていった。

 

「……なんだったんだ?」

「知らん……ん?おい、何か落としているぞ」

 

 ラウラは戦兎の足元からやや離れた場所に落ちている物を拾い上げ、それを手に取る。

 彼女が手にしたのは、戦兎が使っているエンプティボトルであった。先程の女子生徒の突撃を回避した際、戦兎の懐から零れ落ちたのである。

 

「あ、それ俺の――」

 

 戦兎がボトルに気付いたのとラウラが知らずにキャップを開けたのは、ほぼ同時のタイミングだった。

 フルボトルのことを知らない彼女はキャップを開けた際、その先端を自身の方へと向けていた。エンプティボトルはキャップを開けた後にその先端をスマッシュに向けると、相手の成分を吸収することが出来る。成分の入ったボトルを専用の浄化装置に入れて分解・浄化することで戦兎の持っているフルボトルへと完成させる。

 

 ある日、フルボトル内の成分構成を調査していた戦兎は考えた。

 『スマッシュだけじゃなくて、人間からも成分を採取できないだろうか』と。

 

 フルボトル内の成分は【ネビュラガス】と呼ばれる特殊な黄色気体がベースとなっている。だが、ガス自体がラビットやタンクといった各フルボトルの形状・性質を完全に決定付けているわけではないということが、彼の日頃の研究によって明らかとなった。

 つまりフルボトルの形成にはネビュラガスという『力』だけでなく『別の何か』も作用していることが、戦兎の中で推測として立った。

 

 推測を立てた戦兎は早速エンプティボトルに改造を施し、人間に対して使えるような仕様を加えた。

 それはネビュラガスを持たない人間に対して、その人間の個性を形成する『イメージ・象徴』といったエレメントをボトルにトレースするというもの。例えばマンガをこよなく愛する人ならばコミックフルボトル、孤独を愛する一匹狼のような人ならばウルフフルボトルといった風にボトルに変化を促させる。トレースさせた後はそのボトルにネビュラガスを注入させ、後は浄化装置に入れるだけ。

 ただ、このトレースは対象がエレメントを反映させるのに十分な強さを持っていることが必要なのである。本人の意志が弱かったり、周囲からの認知が低かったりするとボトルは反応を示さない。現在の成功例も、先のクラス代表対抗戦時のゴーレムから採取したロボットフルボトルしかなく、最近は戦兎もあまり期待していなかった。

 

「なっ!?」

「おうっ?」

 

 そして戦兎はついに、2回目の成功を目の当たりにする。

 ラウラに先端を向けられたボトルが反応を起こし、ラウラの身体から成分を分析してトレースを行う。エフェクトはスマッシュから成分を採取するのと同様である。

 

 未知の事態に目を見開いたラウラは咄嗟にボトルを手放し、地面にそれを落とす。

 既にトレースを完了させたボトルは戦兎の足元に転がり込んでいった。

 

「おぉー……まさかボーデヴィッヒに反応するとはな」

「な、なんだ!?貴様、私の身体に何をした!?」

「ん?あぁ、今のは――」

 

 キーンコーンカーンコーン。

 戦兎が説明を始める直前、チャイムが鳴る。それも授業開始のチャイムが。

 

「……」

「……」

「……次の授業の担当は?」

「……織斑先生だな」

「「…………」」

 

 顔を青ざめた2人が次に行った行動は、分かり切っていた。

 2人は肩を揃えてダッシュする。教室に向かって。

 

 その後、1組の教室で甲高い打撃音が2つ発生した。

 遅刻しなさそうなラウラが遅れて来たことにクラスメイトが驚いたり、彼女と一緒に来た戦兎にシャルルが人知れず頬を膨らませていたりと混沌とした光景であった。

 

 

 

―――続く―――

 





 スマッシュだけでなく、人間からもフルボトルを作れるようにオリジナルの設定をぶち込ませていただきました。1話の時点で戦兎が発言しちゃってて『ネビュラガスどうすんのよ、あと成分取ったら人間側に変化起きるんじゃね?』と頭を悩ませていましたが『じゃあエレメントはトレース式にして、後からガスぶっこめばいいじゃん!』と開き直った結果です。


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第22話 ぶっとびモノトーン=ロケットパンダ

 

 ラウラが転入してから数日、戦兎は特に大きなトラブルに巻き込まれないまま生活を送っていた。

 

 一度だけ、大事になりそうな出来事はあった。それは土曜日の午後に皆でアリーナにてISの訓練を行っていた時である。

 一夏がシャルルに銃についてレクチャーを受けていた時に、ラウラが現れて彼に砲撃を仕掛けてきたのだ。近場にいたシャルルが咄嗟にシールドで弾丸を防いだお陰で誰にも被害が及ばず、すぐにアリーナの担当教師が駆けつけたのでそれ以上の事態に発展することは無かった。

 

『俺だ、戦兎。スマッシュが○○区郊外の採石場に出現したとの目撃情報が入ったぞ』

 

 マスターからの報告を受け、戦兎はいつも通り先生に断りを入れてからマシンビルダーに乗って現場へと急行した。

 幸いにも現場は人気の少ない場所で、目撃者である土木事業関係者も既に避難を完了させている。そこにいるのはスマッシュのみだ。

 

 件のスマッシュ――タックルスマッシュは目についた工事用プレハブハウスに目掛けて猛突進し、その強靭なパワーで小屋を貫通し、倒壊させた。

 上半身は筋骨隆々に膨れ上がっており、装甲の合間からそれらが見え隠れしている。目に該当する部分には赤と青のランプが点いたゴーグルを着用しており、交互に点滅を繰り返している。

 

 スマッシュが小屋を壊したところで、移動中にビルドに変身し終えていた戦兎はバイクで現場に現れる。彼の今の姿は忍者と掃除機のフルボトルで変身した【トライアルフォーム・忍者掃除機】である。

 ビルドは先手必勝とばかりに攻撃を仕掛ける。予め召喚した4コマ忍法刀を構え、そのトリガーを2回引く。

 

≪火遁の術!≫

 

 バイクで接近しながら、炎を纏った刀を敵に目掛けて振るう。刀からは猛烈な炎が噴出し、瞬く間にスマッシュを覆い尽くした。

 

≪火炎斬り!≫

 

 斬ってなくても火炎斬りである。

 バイクを旋回させて停止させ、地面に足を付けるビルド。そのままバイクからは降りずに燃え盛る炎の方へ目を向ける。

 

 その直後、スマッシュがショルダータックルの構えで炎の壁を破り、ビルドに向かってきた。ノーダメージではないものの、マッシブな体躯に見合った耐久力を持っているようで大したダメージを与えられていない。

 

『ッ!!』

「よっと!」

 

 スマッシュの特攻に合わせ、バイクを翻して回転させた前輪をぶつけて迎え撃つ。エネルギーを纏った前輪とスマッシュの肉体がぶつかり合い、激しい衝撃を周囲に齎す。

 

 力同士の衝突に押し負けたのは、ビルドの方であった。

 

「くっ……!」

 

 バイクの半身を弾かれ、転倒しないように踏ん張ることでバランスを保つ。

 再び突撃を行ってくるショルダースマッシュに応戦すべく、今度は後輪を尻尾のようにぶん回してスマッシュの横っ腹に叩き込む。横からの衝撃に対処しきれなかったスマッシュを吹き飛ばした。

 

「飛び道具の類いは使わないか……なら掃除機じゃ分が悪いか」

 

 敵の攻撃パターンを考察し、ボトルとの相性を確認するビルド。

 今のフォームは有効でないことに行き着いた彼は新たなボトルを取出し、それをシャカシャカと振ってからドライバーに装填する。

 

≪コミック!≫

≪ベストマッチ!≫

 

 ベストマッチのフォームを選択し、ベルトのレバーを回転させるビルド。

 

≪Are you ready?≫

「ビルドアップ!」

 

 紫色のボディと黄色のボディによって形成された、ニンニンコミックフォームが完成する。煙を噴き、スカーフを翻しながらその姿を現す。

 

≪忍のエンターテイナー!ニンニンコミック!イエイィ……!≫

 

 変身を終えたビルドは描いた物を実体化出来る左腕部のリアライズペインターを振るい、空中に絵を描き始める。

 完成したのは、スペインの国技として有名な闘牛に用いられる赤い布(ムレータ)であった。

 

「ウリウリ」

『ーーッ!!』

 

 ひらひらと煽るように布を振るってみると、それに興奮を示すようにスマッシュが反応し、雄叫びを上げながら突撃を仕掛ける。先程よりも勢いがある模様。

 しかし今のビルドはマタドール気分。ギリギリのところまでスマッシュを誘い込むと、身体を捻って突進を避ける。布でスマッシュの視界を遮り、混乱へと誘う。

 

 躱されたスマッシュが見失ったビルドを探す為に脚を止めようとした時、何かを踏んだ感触と共に強烈な電撃がその身を襲った。

 

『ッ!?』

「足元注意だ……え、遅い?」

 

 スマッシュに奔った攻撃の正体は、忍者ハーフボディの脚部から自動で撒かれる【スタンマキビシ】。その名の通り、まきびし状のそれを踏んでしまうと感電・気絶してしまうのだ。普通の人間が踏むと確実に気絶する代物で、スマッシュ相手だと気絶まで追い込むのは難しいものの、その動きを確実に止めることが出来る。

 

 痺れて身体を硬直させたスマッシュに対して、ビルドは先程まで使用していた布を頭から被せた。

 

「そらそらぁ!」

『ッ!?ッ!?』

 

 布に包まれたスマッシュに∞の軌道を描いた斬撃を浴びせていく。斬る度に布も併せて切断されていくが、スマッシュに蓄積された電気とナイロン製による静電気誘発が相まって布がしつこくひっつき続けるという地味な嫌がらせ効果を発揮している。

 

 刀で斬りつけていく中で、ビルドはその手応えを分析していた。

 先程の忍法刀による火炎攻撃もそうだったが、敵が頑丈な所為でどの攻撃も決定打には成り得ていない。確実に効いてはいるのだが、わざわざ敵のタフネスさに合わせる義理は無い。

 

「だったら、新しいフルボトルのお披露目だ!」

≪パンダ!≫

 

 シャルロット護衛の前報酬として受け取ったパンダフルボトル。

 忍者フルボトルをドライバーから取り外すと、代わりにそれを装填させた。

 

≪Are you ready?≫

「ビルドアップ!」

 

 紫色のボディに代わり、新たに白色のボディが装着される。

 そのボディの最大の特徴は、腕部の巨大なアームと鋭いクロー。パンダの腕力を表したその個所は、ゴリラハーフボディとは異なる力強さが漂っている。

 新たなボトルによるそのフォームは【トライアルフォーム・パンダコミック】。

 

 ビルドは大きな右腕部を構え、軽快なフットワークと共に相手に肉薄するとそのクロー付きアームをショルダースマッシュに振るった。

 

『ッ!?』

 

 これまでの攻撃よりも強力な一撃に、スマッシュの身体が大きく仰け反る。

 純粋なパワーではゴリラに次ぎ、そのゴリラには無い斬撃属性がこのパンダのボディには備わっている。それぞれを人間の扱う武器に例えるならば、前者はハンマーで後者は斧といったところだろう。

 そして目の前にいる筋肉質なスマッシュの特性上、パンダの鈍重な斬撃は相性が良かった。忍法刀のパワー不足が解消され、スマッシュの肉体に激しい火花を散らしつつ大ダメージを与えることに成功する。

 

 大きなダメージを与えられて混乱を始めたのか、これまで突進攻撃を繰り返してきたスマッシュがやや暴れるような形で格闘戦に挑み始める。

 恵まれた身体から放たれる強力な拳打や蹴り、1撃1撃が致命傷になりかねない攻撃を、ビルドは……。

 

「く~ね~くね~!くねくね~!」

 

 形容し難い奇抜な動きで巧みに避けていた。

 コミックハーフボディの左腕部と右脚部【エンターテイナーアーム】と【エンターテイナーレッグ】は笑いを誘う奇抜な動きを得意とし、そこから変幻自在な攻撃を行うことが出来る一風変わった性能を持つ。

 

「ぬ~る~ぬる~!ぬるぬる~!」

 

 尤も、ビルドが奇抜な言動をする必要性は皆無なのだが。

 一見するとおふざけのようにも見えるが、これでスマッシュの攻撃を全て避けているので成果は出してるといえば出してる。

 

 思うように攻撃が当たらず、スマッシュの攻撃がだんだんと雑になっていく。

 そこから生じる隙を見逃さず、ビルドはパンダのアームクローを的確に叩き込んだ。先ずは突き。

 

「そぉい!」

『ッ!?』

 

 すかさず距離を詰め、手の甲で叩く要領で薙ぎ払い。

 体勢を崩した相手に目掛けて、アッパーのように下から上に振り上げる形で巨腕を振るい、重い斬撃を以てスマッシュを吹き飛ばした。言ってくけどビルド、スマッシュに厳しいの。

 

 

 相手との距離が空いたが、ここでビルドが追撃に出ずにフルボトル交換のターンに費やす。

 

「さぁて、今日のベストマッチは実戦初披露だからな……覚悟しなよ?」

 

 そう言ってビルドが取り出したのは、ロケットフルボトル。コミックフルボトルのベストマッチは忍者であるうえに既出している。それ以外のフルボトルを出していない以上、必然的にパンダとのベストマッチとなる。

 

≪ロケット!≫

≪ベストマッチ!≫

 

 倒れていたスマッシュが起き上がろうとしている間に、ビルドはベルトのレバーを回して周囲に小型ファクトリーを形成させていく。

 

≪Are you ready?≫

「ビルドアップ!」

 

 2つのハーフボディに挟まれたビルド。

 水色と白色が交差した姿【ビルド・ロケットパンダフォーム】が噴出された煙と共に姿を現す。

 

≪ぶっとびモノトーン!ロケットパンダ!イエーイ!≫

 

 変身を完了すると共に、ビルドは左腕部のロケットのブースターを推進して低空を飛びながらスマッシュの元まで急接近し、その腹部にパンダクローを突き刺す。

 

『ッ!?』

 

 スマッシュの身体をそのまま持ち上げ、ビルドはそのまま急上昇を行う。

 スマッシュが抵抗する前にビルドは相手の腹部から腕部を離して更に上へと蹴り上げる。

 

「もう一発!」

 

 ロケット側の全パーツを合体させて、突撃ロケット【コスモビルダー】を腕から切り離して射出。

 ロケットは上空のスマッシュに着弾すると爆発を起こし、更に敵を空へと打ち上げる。

 

 ロケットが腕からいなくなったことによって自由落下を始めるビルドだが、その仮面の内側に焦りは無い。寧ろ、勝利の道筋を見出した余裕に溢れていた。

 ロケットパーツが無くなってフリーになった腕でレバーを回す。

 

≪Ready go!≫

 

 レバーを回し終えた直後、ビルドの左腕にロケットが新しく出現し、再び空にいるスマッシュを目指す。

 

 スマッシュの周囲にはラビットタンクの必殺技とは異なるグラフが突如出現し、落下を始めるその身体にロックオンする。

 そのグラフはビルドによって滑走路のように使われ、軌道線上にいるスマッシュにパンダ側の腕による一撃を見舞う。

 

「まだまだぁ!」

 

 一撃入れたらそのままグラフを滑走して、一周した先のスマッシュにもう一撃。更に一周してもう一撃。

 落ちていくスマッシュに対して推進力の掛かった攻撃を重ねて浴びせていくビルド。

 

≪ボルテックフィニッシュ!イエーイ!≫

 

 そして、止めの一撃がスマッシュに炸裂する。

 地表から十数メートルを切ったところでビルドがスマッシュの胴体にロケットボディによるパンチを叩き込み、そのまま地上に向かって垂直に落下していく。

 ロケットによる加速が加わったことによって地上に叩き付けられた際の衝撃が大きくなり、巨大な砂塵が巻き上がる。

 

 砂塵が晴れた中で立っていたのはビルド1人。

 地に仰向けに倒れ伏したスマッシュにロケットの拳を突き立てたまま、彼は勝負に決着をつけてみせた。

 

「んじゃ、いつものを……」

 

 おなじみ、エンプティボトルを用いて撃破したスマッシュから成分を抜き取る。成分を抜き取り終わると、スマッシュの姿から人間の姿へと戻っていく。日本人離れした顔立ちで、小洒落たスーツを着た中年の男性である。

 兎に角、これで用事は完了である。

 

「ぐ、うぅ……ここは……」

 

 先程までスマッシュだった男性が意識を取り戻す。

 基本的にはビルドが去るまでの間は気を失っているケースが多かったので、ビルドもそちらの方に目を向ける。

 

「あ、目が覚めた」

「……っ!お前は、ビルド!?何故お前がここにいる!?」

「なんでって、あなたがスマッシュになってたから実験させてもらったんでしょうよ」

「私がスマッシュに……?馬鹿な、話が違うではないか!デュノアの娘の暗殺は、他の適当な連中を使うと……!」

 

 男性はそこまで言うとハッと口を紡ぐが、時既に遅し。

 

 彼の口から零れ出た重要な言葉を、ビルドは聞き逃さなかった。

 

「デュノアの娘、ねぇ……十中八九、それってシャルロットのことだな?」

「ちっ……その様子だと、あの娘の男装の件も明らかとなっているのだな」

「おう、生徒の間では俺だけだけどな。そして俺はあいつの護衛役」

「よりにもよって、一番厄介なやつを味方につけてきたか……くそっ」

 

 悪態を吐きながらも男性は戦闘の影響で気怠さが残っている身体をのそのそと起こし、地面に尻をつけた体勢に変える。

 

「しかしまぁ、実行犯が都合良く転がり込んでくるとはなぁ……これもてんっさいの日頃の行いの賜物か。で、なんで暗殺なんて物騒な真似しちゃってんの?」

「……お前には関係無いだろう」

「ふむ、まぁ確かに。ま、詳しい話は学園に連れ帰ってから先生達に任せるってことで」

 

 話も早々に切り上げ、ビルドは男を連行するべく座り込んでいる男性に近付く。男性は逃げようと試みるも、スマッシュ化と戦闘の影響で身体を自由に動かすことが叶わない。

 そしてビルドが、男を背負おうと身体に触れる直前――。

 

「っ!?」

 

 ガキィン、と1発の銃弾によって腕を弾かれた。

 ビルドは突然の出来事に驚きを隠せずにいる。男性が何かしたのかとも思ったが、彼自身も驚いている様子で素直に銃弾がやってきた方角に目を見やる。

 

 短銃の銃口をこちらに向けながら歩いてくる、コウモリの装飾がマスクに施された人型の怪人。以前に鈴音が転入前に遭遇し、彼女をスマッシュに変えた張本人でもある。

 

 その怪人の名は……。

 

 

 

 

 

「バットマン……!」

『ナイトローグだ』

 

 最後までシリアスで通して。

 

 

 

―――続く―――

 




ビルド「バットマンじゃない……?じゃあダークナイトリターンズ」
ナイトローグ『クソ映画やめろ』



■ロケットパンダフォーム■
【身長】189cm
【体重】114 kg
【パンチ力】18.8t(右腕)14.5t(左腕)
【キック力】16.9t(右脚)15.4t(左脚)
【ジャンプ力】43.6m
【走力】8.5秒
―パンダハーフボディ―
①フラッフィチェストアーマー:胸部の防寒装甲。表面は硬い毛皮のような防護布で覆われており、非戦闘時はふさふさで柔らかい。
②BLDネイチャーショルダー:右肩部。回復促進機能により、傷ついた植物等を癒すことが出来る。
③ジャイアントアーム:右腕部。パワーアシスト装置にとって腕力が高めらており、10本の竹を纏めて圧し折るパワーを発揮する。
④ジャイアントスクラッチャー:右拳のパワークロー。剛腕を活かしたクロー攻撃の破壊力は凄まじく、当たり所の悪かった敵は原型を留めることなく破壊される。
⑤ジャイアントレッグ:左脚部。パワーアシスト装置にとって脚力が高めらており、10本の竹を纏めて圧し折るパワーを発揮する。
⑥パンダフットシューズ:左足のバトルシューズ。カウンター気味のソバットを得意とし、竹林や、草木が生い茂る環境に於いて移動速度が上昇する。

―ロケットハーフボディ―
①アストロチェストアーマー:胸部の複合装甲。スペースデブリの衝突にも耐えれる防御力を誇り、内部には生命保持機能などのモジュールが格納されている。
②BLDロケットショルダー:左肩部のロケットパーツ。大推力の複合エンジンを搭載しており、宇宙空間を高速で移動出来る。また、左腕の全ロケットパーツを合体させて突撃ロケット【コスモビルダー】として運用可能。
③スペースライドアーマー:左腕部のロケットパーツ。宇宙空間で自在に動けるよう、姿勢制御用のロケットスラスタが組み込まれており、これにより急降下パンチが可能となる。
④BLDロケットグローブ:左拳のロケットパーツ付きグローブ。スペースデブリを除去する為にレーザー照射装置が取り付けられている。
⑤スペースライドレッグ:右脚部。宇宙空間で自在に動けるよう、姿勢制御用のロケットスラスタが組み込まれており、これにより急降下キックが可能となる。
⑥エアロシェルシューズ:右足のバトルシューズ。高剛性パーツによって耐衝撃性能が高められており、キックで敵の内部フレームを歪ませる。また、大気圏突入時に防護エアロシェルを展開し、装着者を高熱から守る役割を持つ。


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第23話 暗殺の真実=忍ぶ影

 

「で、そのナイトローグがなんの用なんだ?」

『私はお前に用は無い。あるのはその男――ルー・サンチマンの方だ』

 

 ナイトローグはビルドから視線を外し、ルー・サンチマンと呼ばれた男の方へ向ける。

 

「お、おい!話が違うだろう!何故私がスマッシュになっていたというのだ!?そんなことは計画に含まれていないだろう!」

『貴様のつまらん復讐劇を達成する為には、対象を抹殺する為の強力な力だ。だから貴様にその力を与えたのだろう?』

「だから、何故私があんな化け物に変えたと聞いているのだ!スマッシュにするならば、そこら辺の適当な連中でいいという方針で通った筈だ!」

 

 先程からナイトローグとサンチマンの2人だけで話を進めており、ビルドはどういうことなのか分からず交互に見比べる。

 

「えーっと、つまりどういう状況?」

『簡単なことだ。先ずは貴様も把握している筈だろう、この男がシャルロット・デュノアの暗殺を目論んでいたということを』

「あぁ、うん」

『その理由は、シャルロット・デュノアの実母――コレット・ローレンシアとアルベール・デュノアが愛人関係を形成したことによる怨恨からだ』

 

 シャルロットがデュノア社長の愛人の娘だということは、既にシャルロット本人から聞いている。愛云々に関して疎いビルドは、その時はどこか実感の掴めない話だと思いながらそれを聞いていた。

 サンチマンの方にも視線を向け直すと、彼は発言していたナイトローグに噛み付かんばかりの勢いで睨みつけていた。

 

「あの男は……ロゼンダさんを蔑ろにして他の女と子供を設けた人間の屑なんだぞっ!正妻である彼女にのみ愛を貫き通すのが筋の筈なのに、そうしなかった堕落の存在があの男だ!!」

『貴様の事情など私の知ったことではない。デュノアグループの中でも高い財力を持つ貴様の資金援助、それを条件に復讐の為の力を与えてやった。私と貴様の都合などそれだけだ』

 

 歯を軋ませる程に悔しそうな表情を浮かべるサンチマン。

 先ず彼が名前を挙げた『ロゼンダ』というのはデュノア社長の正妻であり、サンチマンが好意を抱いている女性である。好意を抱いているとはいえ、前述通り彼女は婚約済み。2人が結ばれることは決して叶わない

 故にサンチマンはデュノアグループの一角として彼女の力になることを決意した。直接的に協力しているのはデュノア社長の方になるが、それが彼女の助けになっていると確信して。

 しかしコレットが亡くなってシャルロットがデュノア家に表立って迎えられた日を機に、サンチマンはデュノア社長が正妻以外の女性と子供を設けていることを知った。

 

 それからサンチマンは決意した。

 デュノア社長の愛人が残した宝――シャルロット・デュノアを抹殺することによって、彼の心を追い詰める復讐をしてやると。

 

「最初の暗殺をビルドによって邪魔され、奴を確実に倒すスマッシュを生み出すまで待ち続けて1年……余計な資金援助までしてやったというのに……!」

「え、俺が暗殺を邪魔した?」

『1年前のフランスに出現したスマッシュ、あれはシャルロット・デュノアを暗殺する為に我々が仕向けたものだ』

「マジか」

 

 思いもよらない真実に小さく驚くビルド。

 まさかあの時のスマッシュに人為的な思惑が施されていたとは思わなんだ、といった具合に。

 

『だが安心しろ、ビルドを凌ぐスマッシュ生成の準備は既に整った。そのままデュノアの娘を暗殺することも夢ではないだろう』

「っ、本当か!?ならすぐにそいつを出して、あいつに復讐を……!」

『いいだろう、望み通りにしてやる』

 

 そういうとナイトローグは手に持っている短銃の武器にブレード状の装備を合体させ、銃剣付きライフルのような武器を完成させる。

 そしてその銃口を、サンチマンへと向けた。

 

「っ!?おい、なんのつもりだ!?」

『1度ネビュラガスを浴びた人間が再びガスを浴びた場合、肉体がガスへの耐性を身につけてより高いレベルのネビュラガスが体内に蓄積される』

「……まさか!」

『そのまさか、だ』

≪デビルスチーム!≫

 

 ライフルのバルブ部を回し、そこから音声が発せられる。

 サンチマンにとってそれは死刑宣告のようにも聞き取れた。先程の戦闘で受けたダメージの影響で身体が思うように動かず、照準から逃れることが出来ない。

 

『復讐の為の、犠牲となれ』

「やめ――」

 

 制止の言葉も虚しく、非情にもライフルのトリガーが引かれた。

 ライフルの銃口から放たれた弾丸はサンチマンの肉体を直撃し、同時に黒い煙となって彼を覆い始めていく。

 

 ビルドは煙に包まれたサンチマンから距離を取り、ナイトローグの方へと視線を向ける。

 

「なーるほどね。最近【ネビュラスポット】から離れた場所、しかも日本ばっかりにスマッシュが現れてたのはこれが理由か。で、あんたは何者?」

『貴様が知る必要は無い』

「つれないことで。こっちとしてはネビュラガスの研究をここまで進めてるあんた……あんたらには色々と聞きたいことがあるんでね」

 

 フルボトルの主成分であるネビュラガス、その研究に携わっているとなればビルドも黙ってはいられない。あれはあくまで自分が研究する為のものなのだから。

 ナイトローグに対する敵意を高めながら、ロケットパンダの状態で戦闘態勢に入るビルド。

 

 そんな彼に目掛けて、横からロープフックが飛び込んできた。

 

「うおっ」

 

 咄嗟にそれに気付いて跳躍によって回避し、攻撃の主を視界に捉える。

 アウトロースマッシュ。右手には腕に代わってフック、左手には西洋のサーベルを携え、髑髏意匠の仮面を頭部に着けている。海賊風なルックスというのが総合的な外見評価だ。

 スマッシュは完全にビルドを標的として定めているようで、獲物を狙うような姿勢でジリジリとビルドに迫ってきている。

 

『私のことを忘れてはいないだろうな?』

 

 そう言いながらこちらに銃口を突きつけてくるナイトローグ。どうやら今回は相手も参戦して来るらしい。

 

 1対2のこの状況、先程戦闘を終えたばかりのビルドにとっては非常に厳しいものだった。

 しかし、逃げるわけにはいかない。そもそも、敵がそう易々と逃がしてくれるとも思えない。ならば戦うしかないだろう。

 

 ビルドはこれまでにない激戦になることを予想しながら、戦いに備えて構えを取る。

 そしてナイトローグに向かって、勢い良く飛び出していった。

 

 

 

――――――――――

 

 一方、こちらはIS学園。

 戦兎がスマッシュ討伐の為に抜けた後でも授業は普通に進められていき、そして本日の学業も終わりを遂げる。

 HRを終えた生徒達が教室から各自の量や自宅へと帰路につく中、既にとある場所に1人の人物が到着していた。

 

 それは、戦兎が寝泊まりしているプレハブ小屋。

 

「…………」

 

 ガチャ、と入り口の扉が小さな音を立てて開かれる。

 開いた扉から人物が入ってくる。その歩き姿は部屋の主とするにはどこか忍んでおり、そもそもこの部屋の主である戦兎は今頃スマッシュとナイトローグとの戦闘に務めている。

 よって、今入ってきた人物では戦兎ではない。

 

「…………」

 

 人物は不審な物音を立てないよう、部屋の中にある物にはなるべく触れずにキョロキョロと内部を探索し始める。

 人物は、とある『目的の代物』を探す為にこの小屋に侵入している。目的の代物は研究用スペースの方に在る可能性が高いと予め踏んでいた人物は、先ずそちらの方を探り出す。

 最初は作業机の上を調べていく。研究道具や資料の山が置かれているが、最低限のスペースは確保されており、調べる分にはまだ楽な方である。綺麗とも言い切れないが。

 だが、残念ながら目的の代物は置いてはいなかった。

 

 一旦研究スペースの方は中断し、次は生活スペースの方に移り出す。棚回りは後回しにし、まずは目に見える場所を探していくスタンスなのだろう。

 ベッド周辺を一瞥。見当たらず。

 キッチン周辺、同じく見当たらず。

 

「……!」

 

 遂に見つけた。

 テーブルの上に無造作に置かれた『それら』。普段は幾つか戦兎も持ち歩いているのだが、最近は数が多くなってある程度の数はこうして部屋に置いている。なんとも不用心なとも思うが、普通の生徒が『それら』を求めるようなことが無いので、戦兎もこうして自由にしてしまっている。

 

 人物は目的の代物を発見した喜びに胸を躍らせながら、それらに手を伸ばして――。

 

 コンコンッ。

 

「戦兎ー。もう帰って来てるー?」

「……っ!」

 

 ノック、そして女の子の声。

 誰かがこの部屋へ訪れることは無いだろうと思っていた人物であったが、その予測は外れてしまった。現に誰かがこの部屋の主を訪ねようとしている。

 人物は驚きでビクリと身体を震わせ、動きを止めてしまった。

 

「反応が無いな……まだ帰ってないのか?」

「うーん、授業のプリント渡さないといけないんだけど……仕方ないから部屋に置いておこうか」

「まぁ、教室に置いててもなぁ」

 

 ガチャリ。

 扉が来訪者によって開かれる。

 

「あれ?鍵が閉まってない……もう、戦兎ってば不用心なんだから」

「ははは。まぁこの学園で盗人なんて出て来ないだろうし、いいんじゃないか?」

「良くないよ。万が一の時に備えておかないと、後から後悔しても遅いんだよ?」

 

 この学園に通っている3人の男子生徒の内の2人、シャルル・デュノアと織斑 一夏が雑談をしながら部屋に入ってきた。

 彼らはそのまま生活スペース側の方へと足を運び、テーブルの方へと近づいていく。

 

「あーもう、こんな所にフルボトルを散らかして……戦兎って結構いい加減なところがあるよね」

「取り敢えず、プリント置きたいから脇に寄せとこうぜ。あ、落ちないようにな」

「うん。あ、メモも一応しておこうかな。後で携帯にメールもしておいてっと……」

 

 一夏が机の上の物を整理し、シャルルがメモを書き始めていく。

 この部屋に入ってきて、以前の状態を知らない彼らは当然気付いていない。

 

 

 

 

 

 机の上に置いてあったフルボトルが1つ、無くなっていることを。

 

 

 

―――続く―――

 





シャルロットの暗殺騒動については、特に引っ張らずに終わらせてしまいます。今後の壁として両親との和解と戦兎との擦れ違いの2つが残っていますので。

そして盗まれたフルボトルは未だ戦闘でも使用していないあのフルボトル……皆様ならお気付きですかね?


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第24話 レスキュー剣山=ファイヤーヘッジホッグ

 採石場。

 ナイトローグとアウトロースマッシュの2体を相手取ることになったビルドであったが、その戦況は芳しくなかった。

 

『どうした?先程よりも動きが鈍いようだが』

『ッ!』

「そう思うんならクールタイムくらい欲しいんですけどっ?」

 

 スマッシュのサーベルをパンダの爪で防ぎ、拮抗するビルド。そんな彼の元にナイトローグの【トランスチームガン】から放たれた銃弾が迫り、ロケットのアームでギリギリ弾く。

 1戦終えたばかりで体力にあまり余裕が無く、敵の数も多くなっていて防戦が続いている現状。スマッシュだけと戦うならまだ大丈夫なのだが、攻撃を試みる度に後方のナイトローグが銃撃でチャンスを悉く潰してくるので、かなり苦戦を強いられている。

 

『厳しいようなら、ボトルを替えて戦ってみたらどうだ?』

「さっきから邪魔してるくせに、良く言うよ」

 

 ビルドのフォームチェンジは少々の手間が掛かる。適切なフルボトルを懐から取出し、ボトルの出力を出す為にそれを振ってからドライバーに装填しなければならない分、確実な隙を見計らわなければならない。

 攻撃の機会だけでなく、その隙すらも潰してくるナイトローグにはビルドもウンザリし始めている。

 

 と、集中が切れ始めたビルドにスマッシュの斬撃が入った。

 

「くっ……!」

『そら、おまけだ』

「しまっ、ぐあっ!?」

 

 攻撃されて動きが止まったところをナイトローグによる複数の銃弾が命中し、衝撃で吹き飛ばされる。

 地面を転がり、体勢を直そうと起き上がった直後にスマッシュの追撃がかかり、地に膝を着けたままビルドはスマッシュの斬撃を受け止める。

 やはりこの場で厄介なのは、あのナイトローグだ。ビルドはそう判断する。あの的確な射撃が戦局の流れを掴んでいるのは身に染みて実感出来ている。

 そしてこの状況を覆す為にも、今のフォームでは分が悪い。

 

「だったら……!」

 

 ゴリ押す。(断言)

 足元にビルドクラッシャーと4コマ忍法刀を召喚させたビルドは、なんとそれをナイトローグに向けて纏めて『蹴飛ばした』。

 

『ッ!?』

 

 奇天烈な攻撃の仕方に意表を突かれたナイトローグは回避に成功するも、攻撃のビルドに時間を与えることとなる。

 

 ビルドはすかさずスマッシュの腹部に蹴りを叩き込み、追撃のロケットを繰り出して爆発と共にスマッシュをナイトローグの元へと吹き飛ばす。

 両者の間に黒煙が生じている中、ビルドはフルボトルを2つ取り出してドライバーに装填する。

 

≪ハリネズミ!≫≪消防車!≫

≪ベストマッチ!≫

 

 レバーを回していくビルド。

 ナイトローグがそれを阻もうと黒煙越しに銃弾を見舞ってくるが、さりげに相手と距離を取った上にスマッシュが傍にいないとなれば避けられないことはない。ビルドはレバーを回す手を止めずにそれらを巧みに躱していく。

 

≪Are you ready?≫

「ビルドアップ!」

 

 そして、変身の準備が完了する。

 

≪レスキュー剣山!ファイヤーヘッジホッグ!イェイ!≫

 

 表面に大量の鋭いトゲを有した白色のボディと、肩と腕部の消防ラダー特徴的な赤い光沢を放つボディ。

 【ビルド・ファイヤーヘッジホッグフォーム】、先日のラウラ・ボーディッヒから成分を採取して完成させたフルボトルと、入学して最初に手に入れたフルボトルによるベストマッチの姿である。

 

「さぁ、実験を仕切り直そうか」

 

 左腕に取り付けられた放水銃、マルチデリュージガンを相対する2人の敵に狙い定めたビルドは、そこから火炎を放出させて、スマッシュとナイトローグを分断させた。

 どちらの横に跳んで躱しているのを確認するが、それは承知の上だった。ビルドは放射する物を内部に貯蔵している可燃性の液体に切り替えて2体の間に線上に撒き散らすと、再び火炎を放射。

 すると可燃性の液体が着火し、激しい業火となって天にも昇る勢いで燃え上がり始めた。

 

『これは……』

「各個撃破は複数相手の基本戦術だろ?」

 

 炎の壁による分断、それがビルドの狙いだった。

 ビルドはナイトローグの方へと向かい、右拳のスパイクグローブ【BLDスパインナックル】を大きく振るい落とす。モーニングスターのような攻撃のそれは、まともに受ければ大ダメージは確実だろう。

 

 しかしナイトローグは素早い身のこなしでこれを躱すと、先程の短銃と切り離された剣【スチームブレード】で迎撃。

 

 ビルドはその斬撃をハリネズミボディの腕部で辛うじて受け止める。

 

『だが、スマッシュではなく私に狙いをつけたのは過ちだったな。奴と私では……レベルが違う』

「ぐぅっ……!?」

 

 銃撃しかしてこなかったナイトローグの近接戦闘能力が露わとなる。精密な射撃の腕前を持っていることは既に明らかであったが、剣による戦闘も非常に脅威であった。

 特有の型こそ見受けられないものの、手慣れた剣捌きはビルドに攻撃の隙を与えさせな。い。寧ろこちらの方が得意だと言わんばかりの動きの良さである。

 

 再び防戦を強いられるビルドであったが、ついにそのガードを崩される。

 気付いた時には、ナイトローグががら空きになったボディに目掛けて蹴りを放とうとしていた。

 

「しま――」

『遅い』

「がっ!?」

 

 腹部に迫る痛烈な蹴りの感覚と衝撃を受けながら、ビルドは吹き飛ばされる。未だ燃え盛っている炎の壁を背に、ヨロヨロと膝を支えて立ち上がる。

 

 彼の様子を見て、ナイトローグはガタがきていることをハッキリと確認する。

 

『見栄を切って仕掛けたはいいものの、そろそろ限界のようだな』

「あー……まぁ、否定は出来ないな。けどな……」

 

 痛む体に鞭を打って、レバーに手を添える。

 必殺技を出す為にそれをなんとか回していく。

 

≪Ready go!≫

「このままやられっぱなしってのも癪なんで……ね!」

 

 そう言うとビルドは身体を捻り、自身の横方向にラダー型の放水銃を一気に伸ばす。

 その先にいたのは……。

 

『ッ!?』

 

 先程まで分断されていた片割れ、アウトロースマッシュであった。スマッシュの胴体には、放水銃の先端が突き刺さっている。

 

 ビルドが2体を分断した際、実力が高いナイトローグの方に向かったのはこれが狙いだった。もしスマッシュの方に向かったとして、スマッシュとの戦いを有利に進められたとしてもナイトローグがどのタイミングで復帰して来るかが不明瞭なのが難点だった。フィニッシュを決めようとした時に再び邪魔をされようものなら、分断した意味を失ってしまう。

 だからビルドはナイトローグの動きを自身の目で把握しておく必要があった。ナイトローグの動きを把握しつつ、そしてやがて来るであろう炎の壁を回り込んできたスマッシュに対して即座に必殺技を撃ち込む為に。

 最初からビルドの第一目的はナイトローグではなく、スマッシュの方だったのだ。

 

『小賢しい真似を……!』

「てんっさいは機転を利かせるのが上手いもんだし」

 

 ナイトローグが介入してくる前にビルドは行動を開始。スマッシュに突き刺したままダラーを伸縮すると同時に、地面から脚を放してラダーの動きと同調する。視界の先では、放水銃から放出されている炎と水の混合物によって身体が急激に膨張しているスマッシュが。

 ビルドは拳の射程圏内に入ったスマッシュに目掛けて、巨大化させた針山の拳を叩き込んだ。

 

≪ボルテックフィニッシュ!≫

 

 強烈な一撃を受けて、スマッシュは体内に入れられた混合物を撒き散らしながら爆散。文字にすると非常にグロテスクな表現だが、ちゃんと元のスリムな姿に戻っているのでR18指定にはならない。安心。

 とはいえ戦闘不能になるほどのダメージを受けたので、これ以上起き上がる様子は無い。

 

 ビルドはエンプティボトルを用いて手早く成分の採取に務める。戦いの最中ではあるが、取れる内に取っておかねばならない。

 

『成程な……どうやら一杯喰わされたようだな。だが……』

「くっ……」

『そちらももう戦う力は残っていないだろう』

 

 対するナイトローグはまだまだ余裕がある。大したダメージを受けていないし、半分は銃撃に徹していたので体力面も消耗が少ない。

 ビルドにとっては悪い状況。このまま戦うことになれば、間違いなくビルドに勝ち目は無い。

 

 なんとか策を絞り出そうとするビルドを余所に、ナイトローグはトランスチームガンをを構える。

 

 しかし、相手の短銃を改めて見たビルドは今になって気付いた。

 トランスチームガンに装填されている【とある物】を視界に捉えてしまったために。

 

『安心しろ、今回はこの辺りで見逃してやる』

「どういう……ことだ?」

『貴様にはまだまだ利用価値がある。我々の……私の野望を叶える為のな』

 

 ビルドにとって問い質したいのはそこではない、もっと気にすべき点は他にあった。視線が【とある物】から外れない程に、今のビルドの意識はそこに向けられていた。

 

 そう、何故……。

 

「なんでお前が……フルボトルを持ってる……!?」

 

 自分だけが研究している筈の物が、相手の手にあるのか。

 ビルドが静かに怒りを湧き上がらせる中、ナイトローグの対応は酷く冷淡であった。

 

『貴様が知る必要は、無い』

 

 そして、短銃の引き金が引かれる。

 

≪スチームショット!バット!≫

 

 銃口から発せられるのは、今までの銃弾とは異なる紫色の弾丸。怪しいオーラで形成されたそれは空中で複数に分裂し、それぞれが動けずにいたビルドの身体へと命中する。

 

「がっ…ぁ…!!」

 

 モロに喰らったビルドは衝撃で後方へと激しく吹き飛ばされ、タックルスマッシュが倒壊させた作業員用のプレハブ小屋の残骸へと激突した。砂塵が起こり、瓦礫が空へ舞う光景がその威力を証明している。

 

 更に崩れていくプレハブ小屋を一瞥すると、ナイトローグは退却を始めていく。銃から黒煙を噴出させて自らの身体を包み込んでいく。

 そしてその煙が晴れた時、そこには誰もいなくなっていた。

 

 

 

――――――――――

 

 ナイトローグが去った後、暫くしてプレハブ小屋の瓦礫がガタンと揺れ動く。

 瓦礫が下からの力で掻き分けられていき、その中から戦兎が姿を現す。身体には少なくない傷が出来上がっており、服の損傷も大きい。それ程、戦闘でのダメージが激しかったのだ。

 

「っつぅ……完全にしてやられたな」

 

 痛む傷を押さえながら、戦兎は瓦礫に腰を下ろす。警察に身柄を確保される前に彼らから逃げるように、と束から日頃言われていたのだが、場所が場所だからかまだそれらしき機関が来ている様子は無いので、こうしてゆっくりしている。

 とはいえ、その内心は穏やかではなかった。その理由は、身体に傷が出来ているからでも敗北したからでもない。

 ナイトローグがフルボトルを有していたこと。それが戦兎にとって非常に気がかりな事態であった。

 

「なんで俺以外のやつがフルボトルを持ってるんだ……?あれは専用の浄化装置を経由しないと、人間がまともに使える代物じゃないんだぞ……」

 

 正確に言うと、浄化作業を行わなくてもボトルを使うことは出来る。更に正確に言うならばフルボトルになる前の状態であり、エンプティボトルに成分を入れたばかりの膨らんだ形状のボトル、スマッシュボトルならば使うことが出来る。

 ただしそれを使用すると本人に多大な負担が掛かることがデータ上で明らかになっている。下手をすれば死に至るという結果も予測として取り上げられている。

 

「……駄目だ、判断材料が少なすぎる」

 

 頭をガリガリと掻いて思考を中断させる。今の情報量のままでは答えに至ることは不可能だと判断したが故の切り上げである。

 そういえば、と戦兎は付近で倒れているスーツの男性、ルー・サンチマンの方に視線を向ける。

 

 彼はシャルロットを暗殺する為にナイトローグやその背後に潜む組織と手を組んでいたと発言していた。ならばそれらに関する何かしらの情報を持っているのではないだろうか。

 未だに目を覚ましていない彼はうつ伏せのまま起きる様子が無いが、死んでいないのは確かだ。予定通り彼を学園へと連行し、学園の方で聴取させれば情報を手に入れられるかもしれない。

 

「……じゃ、帰るか」

 

 何をするにも、先ずはIS学園に帰ってからだ。

 そう判断した戦兎はビルドフォンから変形させたマシンビルダーにサンチマンを雑に括りつけ、IS学園へと戻るのであった。

 

 

 

―――続く―――

 




■ファイアーヘッジホッグフォーム■
【身長】190cm
【体重】103.7kg
【パンチ力】13.7t(右腕)11.9t(左腕)
【キック力】14.7t(右脚)14.0t(左脚)
【ジャンプ力】36.5m
【走力】6.4秒

―ハリネズミハーフボディ―
①スティングチェストアーマー:胸部の軽量装甲。防御性能を高める為に、表面は硬く細かなトゲで覆われている。
②BLDスパインショルダー:右肩部。敵の格闘攻撃を受け止める際、表面のトゲでカウンターダメージを与えることが出来る。
③スパイクラッシュアーム:右腕部。柔軟性が高く、腕部を大きく振り回してモーニングスターのような攻撃が得意。
④BLDスパインナックル:右拳のグローブ。頑丈な球状グローブは伸縮自在のトゲで覆われており、パンチの衝撃で敵の装甲と内部機関に貫通ダメージを与えることが出来る。
⑤スパイクラッシュレッグ:左脚部。防御力が高く、表面の細かなトゲを利用して敵の装甲を削ることが可能。
⑥アーチンフットシューズ:左足のバトルシューズ。細かいフットワークを得意とし、敵との距離を素早く縮めることが得意。つま先を針のように尖らせ、鋭いキックを放つ。

―消防車ハーフボディ―
①ブレイバーチェストアーマー:胸部の耐熱装甲。複数の装甲フィルタで熱や有毒ガスを遮断し、変身者を保護する。内部の空間圧縮コンテナには救助資機材や消火剤タンク等が
格納されている。
②BLDエマージェンシーショルダー:左肩部の救助モジュール。冷却剤や洗浄液を噴射する為の小型放水銃と、救助活動用のパワーウインチが取り付けられている。
③バーニングラッシュアーマー:左腕部。内蔵パワーモーターで腕力が高められており、救助を妨げる障害物をパンチで破砕する。暴れる敵をホールドし、内部フレームごと圧し折ることも可能。
④マルチデリュージガン:左腕の放水銃。高圧冷水、泡状の消火剤、ウォーターカッター、火炎放射等を放出することが可能。伸縮性のラダー機能も兼ね合わせている。
⑤BLDエマージェンシーグローブ:左拳の救助用グローブ:応急手当用品や搬送用の防護フィルムが収納されている。防護フィルムで敵を抑えつけ、パンチで大人しくさせる。
⑥バーニングラッシュレッグ:右脚部。内蔵パワーモーターで脚力が高められており、救助を妨げる障害物をキックで破砕する。暴れる敵をホールドし、内部フレームごと圧し折ることも可能。
⑦ファイヤーダイブシューズ:右足のバトルシューズ。足裏のアンカーパイル射出装置で身体を地面に固定することで、救助活動時の安全性を高める。また、アンカーパイルを利用したキックで敵の装甲に穴を開け、可燃性の液体を流し込んで内部から燃やすことも可能。


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第25話 重なるアンラッキー=苛立つ心

 

「あー……やっと色々終わった」

 

 身体の中に溜まった疲れを一気に放出するかのように深く息を吐く戦兎。今の彼は戦いを終えてIS学園へと帰還している。

 IS学園に戻ってから最初に行ったのは、千冬への報告。授業を途中で抜けてもいい代わりにスマッシュを倒し終えて帰還したら必ず一声掛けるようにと釘を刺されているのだ。報告のついでにシャルロット暗殺の首謀者であるルー・サンチマンも差し出して、漸く今回の一件から解放されることとなる。

 

 サンチマンを受け取った千冬は早速尋問を行うべく準備を進めるといって何処かへ行ってしまった。去り際に戦兎に頼み事をしつつ。

 

「さて、シャルロットはどこにいるのやら」

 

 千冬からの頼み事というのは、暗殺の件に進展があったことを彼女に伝えるということ。

 勿論、ちゃんとした説明は後日改めて学園側の方から行われるのだが、前もって報せた方が彼女としても心構えが出来て良いだろうとのこと。予め把握している情報と参照してみてもナイトローグ一派以外の共犯者もいないようで、再び暗殺が行われる心配も限りなく無いらしい。

 

 シャルロット――今はまだシャルルであるが、彼女を見つけるべく戦兎は手始めに教室まで足を運んで中を覗く。偶に遅くまで残って駄弁っている女子生徒もいるが、今日は誰も残っていなかった。

 教室は外れだと見切りをつけると、次に向かったのは学生寮。一夏とシャルロットが相部屋なので、一番可能性があるとすればまずそこだろう。

 一夏達の部屋の前まで辿り着いた戦兎は扉をノック。中から『はーい』という男の声が耳に届いた後に、目の前の扉が開かれる。

 

「おっ、帰って来てたのか戦兎……って、お前結構ボロボロじゃないかっ?」

「あー、まぁちょっと色々あってな」

 

 扉から姿を見せた一夏は戦兎の顔を見て驚いていたが、彼の状態を見て異なる意味を含めた驚きを示す。

 今の戦兎の姿は顔や手に少なくない擦り傷を作っており、服にも傷や汚れやついていて一夏が無視出来るようなものではなかった。

 

「色々って……兎に角早く保健室に行ってこいって!」

「後で行くって。それはそうと、シャルロ……シャルルはいるか?ちょっと先生から伝言があるんだけど」

「伝言?っていうかシャルルなら戦兎を待つって言って少し前に校門に向かったぞ。会わなかったのか?」

「あー、入れ違ってたのか」

 

 恐らく、教室を先に見たのが拙かったのだろう。先にこちらに向かっていればタイミング良く出会えただろうに。

 仕方ないので、戦兎は校門まで戻ることにした。『ちゃんと保健室行けよー』という一夏の言葉を背後に受けつつ。

 

 校門まで戻って来てみると、目的の人物はちゃんといた。遠目からでも彼女の綺麗な金髪は良く目立つ。そうでなくてもこの学園でも希少な男子学生服を着ているのだから尚更分かりやすい。

 シャルルは入り口の方を向いており、つまり戦兎に背を向けている状態で彼に気付くそぶりは無い。ただ待っているだけで退屈だろうが、彼女は遠くを見ようと背伸びをしたり、身体を小さく揺らしたりしてそれを誤魔化している。

 

「よう、シャルロット」

「うわぁっ!せ、戦兎!?」

 

 後ろから声を掛けられるとは思っていなかっただろうシャルルは、ビクリと肩を跳ね上げながら後ろに飛び退いた。何事かと目を真ん丸にしていて彼女だったが、落ち着いた後にジト目で戦兎を睨みつける。

 

「う、後ろから急に声を掛けないでよ……ビックリしたよ、もう」

「悪い悪い。というか態々待っててくれたのな」

「あ、うん。帰りが遅かったみたいだから、心配で……その身体の傷……」

 

 シャルルも戦兎の身体が傷ついていることに気付く。普段生傷を見る機会の無いシャルルは沈痛な面持ちで彼を心配げに見つめる。最早先程驚かされたことは頭から飛んでしまっている。

 

「あぁ、これか?ちょっと戦いが長引いてな」

「帰りが遅かったもんね……その、傷は結構痛む?」

「んー……まぁこれくらいならまだ大丈夫だな。どっちかというと疲労の方が大きいかな」

「そっか。無理はしないでね?」

「分かってる分かってる。あぁそうだ、シャルロットに伝言があるんだよ」

「伝言?」

 

 小首を傾げるシャルルに、戦兎は説明を行っていく。

 

「お前を暗殺してたやつなんだけどな、さっき捕まえたからもう大丈夫だぞ」

「……え、あんさ、え?暗殺?何それ?」

「あれ、言ってなかったっけ?お前が狙われてるって話」

「知らないよ!?」

 

 寝耳に水な話題に驚かざるを得ないシャルル。

 実際、彼女は目の前にいる彼からも学園からもそのような話を聞かされることが前触れすら無かった。戦兎は色々と説明を端折っていたし、千冬含めた学園側は戦兎が既に彼女に説明をしているものだと踏んでいた。

 

「えーっと、1年前にスマッシュに襲われたことあっただろ?あれもどうやらお前への暗殺だったらしいんだよ。スマッシュによる被害、事故死に見せかける為にな。で、今回の転入もその暗殺の件が絡んでるんじゃないかって学園は睨んでるんだとさ」

「……でも僕は、あの人の命令でここに……」

「まぁその辺については学園が調べてくれてるらしいから、もう少し待ってろってさ。詳しい話もその時にしてくれるともな」

「う、うん」

 

 シャルルとしてはまだ納得出来ない部分もあるのだが、戦兎が言うように学園から詳細を聞ける機会があるのだから、今は深く考えないでおこうと区切りを付けた。

 それよりも、彼女としては気になることが1点あった。

 

「ね、ねぇ。戦兎は、その、僕の為に……」

「うん?」

「や、やっぱりなんでもないよ!あはは……!」

 

 自分の為にこんなに頑張ってくれたのか。

 そう尋ねようとしたシャルルであったが、改めて聞くのが気恥ずかしくなって途中で止めてしまった。

 それに異性がここまでしてくれたのを見てしまっては、シャルルとしても意識せざるを得なかった。

 取りやめた言葉を追究されても反応に困るので、シャルルはお茶を濁す為に話題を変える。

 

「そ、そうだ!今日の午後、途中で抜けちゃってたでしょ?その間の授業で配られたプリント、戦兎の部屋に置いてあるから見ておいてね」

「ん、あぁ分かった。後で確認しとくよ」

「よろしくね。……というか戦兎、ちゃんと鍵くらい掛けておこうよ。大丈夫かもしれないけど、ちょっと不用心じゃないかな?」

「あれ?俺、鍵掛けたつもりだったんだけどなぁ……偶々忘れてたか?」

 

 シャルルの言葉に引っ掛かりを覚える戦兎であったが、朝は鍵を掛けたような気がしないでもない。とはいえ日々の何気ない行動を鮮明に記憶しているわけでもないので、曖昧に答えるしかなかった。

 ちなみに昨晩も、フルボトルの研究に取り組んで徹夜手前まで起きていた。

 

「もう、気を付けてね?じゃあ僕、一旦部屋に戻ってるよ。戦兎もちゃんと保健室に行きなよ?」

「はいはい。一夏と同じこと言ってるぞ」

「その格好だと誰でもそう言うから……それじゃあ、また晩御飯の時にね」

「おー」

 

 シャルルとはそこで別れ、戦兎は自分の部屋に入る。

 彼が部屋に入って最初に行うのは、スマッシュから成分を採取してきた時に限りボトルの浄化作業。研究スペース内に設けられている浄化装置にスマッシュボトルを入れて、いつも通りの流れで装置を起動。

 それが終わると戦兎は、シャルロットが言っていたプリントを探す。部屋に置いてあると言っていたが……。

 

「あぁ、あれか」

 

 テーブルの上に置かれている紙がそれだと気付き、戦兎はそちらへ歩み寄っていく。プリントの脇には一夏が寄せていたであろう、今日は置いてきていた数種類のフルボトルが。

 

「……ん?」

 

 だが、戦兎は何かがおかしいことに気付いて目の色を変え、プリントを脇目にフルボトルを1本ずつ確認していく。

 徐々に早まっていく作業の手。自身の抱いた違和感が確信に近づいていることに焦りを抱きながら、戦兎は全てのフルボトルを確認していく。

 

 最後のフルボトルを確認し終え、それを無意識に強くテーブルに置いた戦兎は震える唇を動かす。

 

「どういう……ことだっ?」

 

 ボトルの数自体はそう多くはないので、再確認する必要は無い。だから見間違いなどでも決して無い。

 

 無いのだ。

 たった1つだけ、フルボトルがなくなっているのだ。

 

「【ロボットフルボトル】が……無い」

 

 今日の夜にデータを見直そうと部屋に置いていたボトルの内の1つが無い、朝出掛ける直前には確かにあった筈なのに。

 周辺を見渡してみるが、落ちていたという都合のいい展開も無く、その後も細かに探し続けた戦兎。

 

 だが、結局見つからなかった。

 

「くそ……なんでだ……!」

 

 募った苛立ちを表すように、戦兎は乱暴にベッドに腰掛ける。ギシィ!と普段聞き慣れないベッドの軋みが発生するが、今の彼にとっては耳障りな音でしかなかった。

 フルボトルが勝手に無くなるなど、普通は考えられない。意思を持たない物が自分の力で消えてしまうなんて有り得ない。ならばこれは人為的な力が働いていると考えた方が妥当だろう。

 そう思い至った戦兎の中で、確信にも似た推察が浮かび上がった。

 

 失ったフルボトル。

 掛けたと思われる鍵が掛かっていなかった。

 

 そこから導き出される答えは1つ。

 

「誰かが盗んだ、か……!」

 

 迂闊だった。

 日々の平和な学園生活(イベント時は除く)に甘んじて、こういった事態に対する警戒が薄くなってしまっていた。

 ここ最近は一夏やシャルルの方に人気が偏り、日頃の言動とゴーレムの一件がまだ影響していて戦兎の評判は高くはない。それでも直接的な被害に繋がっているわけではないので、戦兎としても気にしてはいなかった。

 だが見通しが甘かった。何故他のフルボトルを狙わず、ロボットフルボトルだけを盗んだのかは分からない。しかしたった1つでも盗まれている、それが真実だ。

 

 頭の熱が冷めないまま、戦兎は取り戻す算段を立てる。

 残念ながら、こういったケースに対応していないので監視カメラの類いは用意していない。学園内の監視カメラも重要な場所以外には設置されておらず、犯人を生徒と仮定するならば欠席していない限りは教室とプレハブ小屋間の経路にカメラは無い。

 そもそも時間帯がハッキリしていなければ、犯人の絞り込みも満足に出来ない。戦兎が最後にプレハブ小屋から出たのは朝方で、それ以降は戻ってきていない。となれば犯人は休み時間内でも昼休みでも授業を抜けた隙にでも盗みに来ることが可能となる。最後のは犯行の足がついて探す身としては有難いのだが。

 

 現状を整理し、色々と考えた戦兎であったが……。

 

「……駄目だ、今のままじゃ特定出来そうにない」

 

 答えに至らず、ベッドに背中から倒れ込む。ボフン、と柔らかい音を立てる薄い掛け布団に包まれながら、戦兎は別の手立てを考える。

 正直、今すぐにでも犯人を見つけてフルボトルを取り戻したい、ついでにボコボコにしたい。だが今のまま我武者羅に探したところで効率は最悪、せめてもう少し判断材料を揃えなければ時間を無駄に消耗してしまう。

 

「取り敢えず、これ以上盗まれない為に対策しとかないとな……」

 

 それが、今の自分がやるべきこと。

 徐に懐に手を入れた戦兎は、その中から1本のフルボトルを取出し、仰ぐ自身の目の前に翳してみせた。

 

 

 

―――恐らく、カギはこいつになるだろう。

 

 

 

【ドラゴンフルボトル】を握りしめ、戦兎は開発の為の設計イメージを頭の中で構築し始めるのであった。

 

 

 

―――続く―――

 



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第26話 想いを込めて=静まる苛立ち

「……」

 

 深夜。

 IS学園の生徒誰もが眠りに入っている中、戦兎は自室の研究机に向かって作業に没頭していた。部屋の灯りを付けず、机上のスタンドライトの光を頼りに手を動かしている。

 片側に置かれているのは未完成のとあるアイテムと、作業工具や組み立て用パーツの数々。もう片側には愛用のデスクパソコンが置かれており、その画面にはあらゆるデータを記載したページが幾重にも重なり映っている。

 それらを交互に弄って開発を続けていくその光景は、常人から見れば目を見張る程の作業速度であった。記憶を失ってから約3年とは思えないくらいに熟練したタイピングスピードと技術力、戦兎はそれらを身につけていた。

 

 戦兎が現在開発を進めているのは、先日のフルボトル盗難事件に対する為のアイテム犯人が再び侵入してくる可能性は0とは言えないので、それに備えておく必要があるのだ。

 だが、監視カメラやブザーといった生半可な防犯機能では戦兎の気が収まらない。なので犯人の撃退が可能な戦闘能力を有し、自立行動が出来る、そんなてんっさいな発明でもして盗まれた衝撃を和らげでもしなければやってられないというわけだ。

 

「…………ふぅ」

 

 深い息を吐きながら、戦兎はピタリと開発の手を止めて椅子の背もたれに身を委ねる。作業を止めたのは休憩のため……というよりは、頭に余計な考えが過ってしまって集中を途切れさせてしまったからだ。

 盗まれたフルボトルのことだけではない。先の戦いにおいて、ナイトローグがフルボトルを有していたことも今の戦兎にとっての懸念事項であった。遠目で見る限りでは、普段戦兎が浄化して完成させているフルボトルとは造りが少々異なっているようであったが、それでも性能は従来のとなんら変わりないものだと分析している。

 

 自身の与り知らないところで、フルボトルの開発・研究が進められている。

 その事実は普段飄々としている戦兎の感情を刺激し、腹の奥を湧き立たせるのに十分な内容であった。

 

「くそっ……」

 

 戦兎がここまでフルボトルに執着する理由は、彼の過去が関わっている。

 3年前、ドイツの郊外で束に拾われた戦兎は彼女の保護下で生活を送ることとなったのだが、手持無沙汰の日々が暫く続いていた。己の過去を知らず、自分は何が好きで何が嫌いかというのも分からず、何をすればいいのか分からなかったからだ。

 束からは『何か興味のあるものが出来たら、束さんにじゃんじゃん言いんしゃい!』と笑顔で言われていたが、彼女が研究しているISを見てもイマイチグッと来ず、その他のジャンルの研究も見せてもらったが、どれも心に響くものが無かった。

 

 そんな時に出会ったのが、フルボトルだった。

 ある日戦兎は束から最初のフルボトル、ラビットとタンクのフルボトルを差し出された。彼女曰く『倒れていた時に手に握られていたので、とっておいた』とのことで、生活に馴染み始めてきた頃にそれを見せられた。

 そしてそれが、戦兎の心を動かす代物だった。

 

 それからというもの、戦兎はフルボトルの研究に努めた。束が所持しているパンドラパネルと併せて、ネビュラガスを始めとした新たな発見をしていき、その度に戦兎の中で着想が生まれた。ビルドドライバーやドリルクラッシャーエンプティボトルといった道具の発明がその例だ。時には束に倣って数日徹夜をしてまで研究に没頭することも珍しくなかった。

 そんなフルボトルの研究の日々は、何も持っていなかった戦兎に色のある日常を齎したと言ってもいい。

 

 故に戦兎は、自分以外の誰かがフルボトルに関する研究を行うことを許容しない。恩人である束ならば百歩譲って許せるとしても、顔も知らない連中がそれを行うのは絶対に納得しないだろう。

 

「……」

 

 兎に角、今は目の前にある物の完成に努めなければならない。

 戦兎は逸る気持ちに背を押される感覚を抱きながら、作業を続行する。

 

 

 

――――――――――

 

 別の日。

 放課後に生徒指導室に来るよう千冬から言い渡されたシャルル・デュノアは、その指示に従ってその部屋へと訪れた。HR中に言われたので周りからは何かやらかしたのかと心配されていたが、シャルル本人は見当が付いていたので適当に誤魔化しておいた。

 

 部屋で待っていた千冬が口にしたのは案の定、シャルルの暗殺騒動に関することだった。今日までは戦兎から軽く聞かされていただけだったのでイマイチ実感が湧かなかったシャルルだったが、話を聞いて自分の知らないところで大きな流れが起きていたことを知っていく内に段々と理解し、呑み込んでいった。

 シャルルは話を聞いていく中で、かなり気になる言葉があった。

 

「えっ……犯人の記憶が無い?」

「あぁ、自分の名前、出自、経歴……一切合切全てをな」

 

 暗殺の首謀者、ルー・サンチマンが記憶喪失になった。

 戦兎に運ばれてIS学園の治療室にて目を覚ました彼であったが、教師陣が尋問を開始する前に口を開いた。

 『自分は一体、何者なのか』と。

 

 教師達はサンチマンが演技をしている可能性があるとみて聴取を続行させたが、彼が本当に記憶を失っていることを知り、尋問を中止した。結果、学園側が彼から手に入れた情報は0。元々学園の方で集めていた情報とナイトローグとの会話に居合わせていた戦兎の証言のみとなってしまった。

 

「取り敢えず、ルー・サンチマンは記憶喪失前の犯行を認めて機関の監視下に入ることを賛成した。記憶が再び戻るかは分からないが……今は様子を見るしかない」

「そう、ですか……」

 

 サンチマンの犯行動機はシャルルも把握出来ている。父の正妻であるロゼンダ・デュノアを想い、自身の亡き母親と父の関係を憎んでいた。父に悲劇を与える為に、自身を暗殺しようとしたのだと。

 正直に言って、シャルルは彼に良い印象を抱いていない。父に直接怨みをぶつけず、間接的に精神的苦痛を与える為に自身の命を脅かしたのだというのだから、当然ではある。だがそれでも、記憶をすべて失くしてしまったと聞いてどうにも憐みのようなものが湧き上がってしまった。

 

 ふとシャルルは、疑問に思ったことを千冬に尋ねてみた。

 

「あの、先生。暗殺の人って記憶喪失になったんですよね?」

「あぁ。言語等の必要最低限の記憶はあるようだが、それ以外の大部分はぽっかりと抜けてしまっているようだな」

「その、戦兎も記憶喪失だって聞いてるんですけど……もしかして、彼も似た事件に巻き込まれて記憶を失くした、とかじゃ……?」

「ふむ……」

 

 シャルルの推察を汲み、顎に手を添える千冬。

 サンチマンが記憶を失ったと発覚した時、千冬は戦兎にも話を聞いてみたのだが彼は以下のように答えてみせた。

 

『ネビュラガスは人間にとって大きな害となる存在でもあります。スマッシュという怪物自体も、ガスの効果で人体の細胞分裂に作用が生じた末の姿でもありますからね。だからそれを抜き取ったとしても身体に掛かった負担が大きく、前後の記憶を数時間程度失うといった反動も起きてしまうんですよ。そして今回の件は……』

 

 短時間における多量のガス摂取に脳が耐え切れず、成分を抜き取ってもあれ程の後遺症が残ってしまった。それが戦兎の語った詳細であった。

 自身の過去をすべて失ってしまう程の大規模な記憶喪失。それは戦兎自身にも当て嵌まっていた。

 

 だが、千冬の考えはNOである。

 

「いや……恐らくそれは無いだろう」

「どうしてです?」

「もし奴が以前にサンチマンと同様にスマッシュと化していて、その影響で記憶を失っていたとするならば、その時点でスマッシュ出現の騒動が起きていた筈。だが実際にスマッシュが世間に知られるようになったのは、奴が発見されてから数か月後のことだ。偶々世間の目に触れられないまま元に戻った可能性も0ではないが……暴れた痕跡も無いとなると増々可能性は低くなるな」

 

 ナイトローグとそれが属している組織がスマッシュを生み出していたことが新たに明らかとなったが、仮に連中が関わっていたとしても、秘匿する理由が分からない。

 結果的に見ると、戦兎がスマッシュになったと判断するには身の回りの情報とイマイチ辻褄が合わなくなってしまう。故に千冬は違うと考えている。

 

「そういえば、戦兎はDNA検査を通ってるんですか?家族の人達とか、記憶喪失で連絡が無いだろうから心配してると思うんですけど……」

「そんなもの、とっくに保護者である束が済ませている。検査結果の資料も送ってもらったが、合致する人物は無し、血縁関係も見つからず仕舞いだ」

「そんな……」

 

 あまりにも非情な結末に、シャルルは悲愴の籠った表情を滲ませる。

 

 天涯孤独、それが今の戦兎に当て嵌まる言葉であった。血の繫がりを持った人がおらず、彼の過去を知っている人物すら名乗りを上げない。それでは、いつまで経っても彼の失った記憶は取り戻せないだろう。

 ここまで彼に助けられてきて、恩義と好意を抱いているシャルルにとっては受け入れがたい話であった。

 

「ところで、その赤星は今どんな様子だ?」

「えっと……ずっと何かを作ってるみたいで、休み時間や昼休みの時も設計図に書き込みをしてたり、放課後もすぐに自室に帰って作業に取り組んでたりで……」

「取りつく島が無い、か」

 

 千冬も戦兎の現状については把握している。数日前に彼が監視カメラの確認を申し出てきて、その際にフルボトルが盗まれたことを聞いた。結果、芳しい情報を得られず気落ちした様子でその場を去っていったが。

 一応、千冬の言いつけを守って学業に支障を来たさないよう授業に参加しているようだが、あの様子だと授業中も頭の中は研究のことが大部分を占めているだろう。指名した時はちゃんと答えてくれるのだが、千冬としてはさっさと解決して真面目に授業に取り組んでほしいところである。

 ともあれ、今更全生徒を対象とした持ち物検査をしたところで効果は見込めないだろう、あの手合いは隠そうと思えば容易に隠せるので。

 

「奴の問題に関しては、奴自身で解決するしかないだろうな。厳しいことを言えば、奴の管理が甘かったことが招いた事態でもある」

 

 そう言う千冬であったが、シャルルとしては彼にだけ問題に立ち向かわせたくなかった。

 犯人の目処なんて立っていないし、彼の研究を手助けできる程の技術力も持ち合わせていない。直接的に彼の力になれることは、シャルルは持ち合わせていなかった。

 

「(それでも……僕は、彼に何かしてあげたい)」

 

 単に、彼と一緒にいる口実を作りたいだけなのかもしれない。彼に惚れていることは自分でも分かっている、自分は狡い手を使ってでも彼との距離を縮めようとしているのかもしれない。

 けれど、彼の為に何かしてあげたい。この気持ちは紛れもない本物である。

 

 故にシャルルは、1つの決意を固める。

 

「あの、織斑先生。お願いがあるんですけど……」

 

 

 

――――――――――

 

 翌日の夜。

 

 コンコン、と戦兎のプレハブ小屋の扉が叩かれる。

 

「……?誰だ、こんな時間に」

 

 ちょうど開発の手を休めていた戦兎は来訪者の存在に気付く。もし開発中だったら気付いていなかっただろう、非情に良いタイミングであった。

 のそっと椅子から腰を上げると、扉の方に近づいて鍵を開ける。まだフルボトルを盗まれた影響で僅かな警戒心を抱きながら。

 しかし、扉の先にいた人物の姿を確認すると、その警戒を解いた。

 

「シャルロット?」

「ご、ごめんね、こんな時間に」

 

 申し訳なさそうにしながら此方の顔を窺っているシャルルの姿を見た戦兎は、彼女の来訪を不思議に思いながらも扉を完全に開ける。

 

「何か用事か?」

「その……実は、戦兎に食べてほしい物があって」

 

 そう言うシャルルの手には、手提げの包みが握られている。その中に件の食べてほしい物が入っていることを示している。

 

 中に何が入っているのか気になる戦兎であったが、立ちっぱなしで開けるのも難しそうだったのでシャルルを部屋に招き入れ、生活スペースのテーブルの方へと彼女を誘う。

 

「えっと、食べてほしい物っていうのが、これなんだけど……」

「これは……チョコケーキ?」

「あ、そっか。そういう言い回しもあるんだね。フランスではガトーショコラって呼び方が主流なんだけど」

 

 彼女が持参してきた包みの中から出てきたのは、一回り小さい1ホールサイズのガトーショコラであった。上側には粉糖をまぶし、ミントを乗せていて見栄えにも気を配った一品である。

 その姿を見た戦兎は、おぉ、と感心の声を漏らす。

 

「こんなの購買で売ってたっけ?俺、見たこと無いんだけど」

「あぁうん、購買では売ってないよ。僕が作った物だから」

「……マジ?」

「マジだよ?」

「マージマジ・マジーロ?」

「いやどれだけ確認するのさ……」

「悪い悪い。いやでも店で並んでても違和感無いぞ、これ。凄いな」

「そ、それは言い過ぎだよ……それにお菓子作りは偶にする程度だから、味も戦兎が期待している程ではないだろうし……」

 

 直球で褒められて頬を赤く染めるシャルル。やはり面と向かって褒められるのは嬉しいものである。

 しかし彼女が言うようにお菓子作りの経験はあまり深くなく、デュノア社の非公式テストパイロットになってからは作る機会もめっきり減ってしまっていた。味見の時点では問題無かったが、戦兎の味覚に合うかどうかまでは分からないので不安はある。

 

 しかしそんなものお構い無しとばかりに、戦兎は手に持っていたフォークをガトーショコラに突き刺し、1口分を口に運ぶ。

 

「って早っ!?いつの間にフォーク持って来たの!?全然見えなかったんだけど!?」

「んん、ふあい!こえふあいお、はうおっお!(うん、美味い!これ美味いぞ、シャルロット!)」

「あぁもう、口の中に物入れながら喋らないの!それにちゃんと椅子に座ってから食べる!それとこういうのはちゃんと切り分けてから食べること!もう、行儀が悪いんだから!」

 

 モゴモゴと咀嚼しながら戦兎は大人しくシャルルの言葉に従い、座って口の中の物をゴクリと胃に送り込んでから話し始める。

 

「なんだよ、全然美味いじゃん。期待に沿えないどころか期待以上だったぞ」

「ほ、本当?」

「おう、マージ・ジルマ・マジ――」

「魔法の呪文はもういいから!」

 

 というか、物理学者が魔法の呪文を唱えてるのはおかしい。

 

「それにしても、なんでまた急にガトーショコラなんて作ったんだ?」

「なんでって言われると……色々と理由はあるよ?戦兎が僕を暗殺しようとしてた人を捕まえてくれたこととか」

 

 それを聞くと戦兎は納得した。成程確かに、これをお礼と見立てればそういうことになるだろう。とはいえ、自分もフルボトルという報酬の為に動いていたのでそこまで気にしなくていいのに、と思っていたが。

 

 しかし、シャルルの理由はそれだけでは終わらなかった。

 

「それに、ね。最近の戦兎、どこかピリピリしてたから……」

「あー……まぁ、な」

 

 そう言われると戦兎も否定は出来なかった。

 実際、ナイトローグの件や盗まれたフルボトルのことが気に掛かって機嫌は良いと言えなかった。今はまだどうすることも出来ないと分かっていても、否、分かっているからこそすぐに状況を良く出来ず、気持ちがモヤモヤとなる。

 最近は皆との会話も減っていたし、食事も何度か抜いたことがあった。こうして甘い物を口にするのも、数日ぶりだというのに随分と久しい気がする。

 

 フォークに刺したガトーショコラを戦兎がぼんやりと眺めていると、シャルルの口が開く。

 

「情けないけど、僕が戦兎にしてあげられることなんて殆ど無い。僕には戦兎の研究の手伝いなんて出来ないし、フルボトルを盗んだ犯人も分からない。だから……」

 

 戦兎に美味しい物を食べてもらって、元気でいてもらいたい。

 無茶し過ぎないように、近くで見守っててあげたい。

 

 それがシャルルに出来ることであり、願いでもあった。

 

「……なんだか押し付けみたいになっちゃってるけど、ダメ……かな?」

「いや、ダメじゃないけど……」

 

 また、自分にとって利益にもならない行動。戦兎にお礼を言う為に自身の身を危うくさせる任務を引き受けたシャルルは、自発的にそれを行おうとしている。

 やはり戦兎には理解出来なかった。そうしたからといって自分が彼女に何か施しを行うわけではない、彼女が得を得るわけではないというのに。

 

 そんな戦兎の考えを読んでいたかのような答えを、シャルルは口にした。

 

「理屈じゃないんだよ」

「えっ?」

「損得だとかそういう難しいことは関係無いの。『ただ、そうしたいから』僕は戦兎の力になりたいんだ」

 

 方式や法則を無視してぶん投げたような、非情に簡単な理由。理知的な雰囲気のあるシャルルには似合わない理由だが、その似合わない理由が彼女を動かしている。

 戸惑いつつも反論はしなかった戦兎の反応を肯定の証と受け取ったシャルルは、いい笑顔を戦兎に向ける。

 

「そういうわけだから……これからもよろしくね、戦兎」

 

 

 

――まぁ、いいか。

 

 

 

 なんだか若干勢いで決められてしまった節もあるが、悪い気はしなかった。色々と思うところもあるが、今は一先ず納得することにした。

 戦兎はもう1度ガトーショコラを口に含める。胸の奥が心なしか軽くなった後に食べる甘味も、やはり美味であった。

 

 

 

―――続く―――

 




 肝心な場面だというのに、かなり難産でした。そもそも最近執筆の手が思うように進みません……もともと亀みたいな歩みですが。

 あ、それと今更なのですが今作品にも4つ評価をいただきました。どれも好評価で物凄く嬉しく感じております!こんな場末の作品に高評価を下さった4名の読者様方、本当にありがとうございます!


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第27話 本国帰還=相棒となるのは……

 

 IS学年1学期、学年別トーナメント。

 全学年を対象とした当学園の1大イベントで、その内容はISを扱うこの学園ならでは。生徒がISを操縦してそれぞれの能力をぶつけ合うというものである。当イベントに於いては各国の重要人物も来賓として試合を観戦しに来るので、3年生はスカウト、2年生は1年間の成果の確認、1年生は今後の潜在的成長といったものが否応にも注目される。

 更に今回はISに乗れる男性が複数いるということで、興味と期待を込めて見物に来る人物は多くなるだろうと予測されている。

 

 しかし学年別トーナメントを目前に、少々トラブルが発生してしまう。それは……

 

「いったぁ……あぁもうあのドイツ女、本気で殴るとか何考えてんのよ……」

「女性の顔面を殴るとかゴリラか何かですか……いたたた」

 

 凰 鈴音とセシリア・オルコット、その両名が保健室のベッドのお世話になっている。その身体のあちこちには湿布や包帯がつけられており、僅かな傷も見え隠れしている。

 2人がそんな痛々しい状態になっている理由を語るには、今から1時間前にまで遡らなければならない。

 

 1時間前、ひょんなことから2人はアリーナで模擬戦を行おうといていたのだが、そこにラウラ・ボーデヴィッヒが乱入し、2人は挑発されて2対1の戦いを行うことになった。

 しかし連携訓練をまともにやっていない即席コンビであることと、ラウラの実力がずば抜けていたために2人は圧倒され、ISは操縦者生命危険域(デッドゾーン)へと達した。にもかかわらずラウラの攻撃が収まらず、殴る、蹴るの暴力の嵐で2人は傷つき、身に纏うISアーマーも破壊されていった。

 

 万事休すかと思われたところで、ついにプッツンした一夏がアリーナのバリアーを零落白夜で破壊し、3人の戦いに突撃。鈴音とラウラはなんとか助けられたものの、今度は一夏がラウラに捕まり、一瞬で絶体絶命のピンチに陥った。チャンスはピンチ!

 しかし、IS用のブレードを携えた千冬がラウラの攻撃を受け止めて一夏の窮地を救うと、トーナメントまでの私闘を禁止することをその場で宣言。乱闘は収束を迎えるのであった。

 

 ちなみに某てんっさい物理学者は騒ぎが終わった後にシャルルと共に現場に駆け付けた。おっそーい!

 

「しかしそんな状態になるまで模擬戦なんて、最近の女子はバイオレンスだよな。なぁシャルル」

「えぇっ、僕!?いや、えっと……」

「ちょっと戦兎さん、わたくしがバイオレンスなどとは聞き捨て成りませんわ!そういったゴリラのような振る舞いは鈴さんの役目の筈です!」

「おうこら、喧嘩なら買うわよ。っていうかあんたはなんでさっきから誰かしらをゴリラ呼ばわりしてんのよ」

「まぁまぁ……で、そもそもなんで模擬戦なんてしてたんだ?」

 

 セシリアの言葉に反応する鈴を宥めつつ、一夏が2人に問いかける。彼の知る限りでは、2人はラウラと交友があったわけではないので、どういった経緯で模擬戦を行ったのか彼としては気になる所である。そもそも交友を結んでいればここまで痛めつけるようなことはしない筈だが。

 

 しかし、2人とも言えるわけが無かった。彼女達が戦った理由は『想い人である一夏を馬鹿にされたから』なのだが、当の本人の目の前で言うなど彼女達にとっては恥ずかしくて仕方なかった。

 

「そ、それはまぁ……」

「女のプライドを侮辱されたから、といいますか……」

「?ふぅん」

 

イマイチ要領を得ていない一夏であったが、口ごもる彼女達にこれ以上問い詰めても詳しく話してくれなさそうだなと思ったので、それで納得することにした。

 

「へぇ~……」

「シャルル、そんなニヤついてどうかしたのか?」

「んー?いや、なんでもないよ?」

 

 もう1人の男である戦兎もこの手の話題についてはポンコツなので、隣のシャルルがいい笑顔を浮かべている理由も見当がつかなかった。

 

「けどあれだけISにダメージが入ってるとなると、今度のトーナメントの参加は厳しそう、というか無理そうだな」

「ぐぅ……」

「こ、この身の傷より痛いところを突きますわね……」

 

 戦兎の言うように、鈴音達のトーナメント参加は非常に危ういものとなっている。

 ISの機体ダメージにはABCとレベル分けされており、それが下りていくにつれて深刻なダメージを受けていることを示している。今回、2人の専用機が受けたダメージレベルは見ている限りでもCに達していることが明らかであった。その状態でISを稼働させるとISに悪影響を及ぼす形で経験値が蓄積し、推奨されないどころではなくなってしまう。

 

 最新鋭機のデータ収集を目的としている鈴音達にとっては今度のトーナメントは絶好の機会なのだが、それを逃してしまうのは非常に痛いところである。これを本国に報告しなければならないことを今から考えるとなると、2人の胃が悲鳴を上げ始めるのであった。

 

「まぁ、今は早く治すことに専念しとけよ。いつまでも傷ついた姿でいられると俺も困るからさ」

「ぐぬぅ……わ、分かったわよ」

「い、一夏さんがそこまで言うのでしたら、わたくしも養生するのは吝かではありませんわ」

 

 惚れた相手にそこまで言われては反抗する気も起きず、2人は渋々としながらも了承する。一夏も一夏でそんな彼女達が珍しく素直に従ってくれてどこか嬉しそうである。

 

「それにしてもトーナメントかぁ……やっぱり一番の強敵はあいつ、ボーデヴィッヒだよな」

「うん、彼女は1年生の中でも最強といっていいだろうからね。1対1となると誰でも勝機は限りなく低いとみていいよ」

「まぁ2人が倒されてるからなぁ。けどシャルルや戦兎なら勝てるんじゃないか?あ、俺も勿論勝つつもりでいくけど」

「あぁ、それなんだけどね――」

 

 シャルルが何かを言いかけたところで、室外――保健室の入り口の向こう側からドタドタと騒がしい足音が室内にいる全員の耳に入る。

 

 1人や2人どころではない、多人数による足音は此方に向かって段々と近づいていき、そして扉をブッ飛ばしながら多数の女子生徒が保健室に雪崩れ込んできた。

 

「ふおぉ!?」

「あぁ、一夏が扉の下敷きに!?」

「追撃の踏み付けでダメージはさらに加速した」

「オウフ……」

 

 一夏と外れた扉の上に立っている女子は傾斜面の状態でシャルル達に詰め寄っていることになるのだが、皆が興奮状態で気付いていない様子。

 

「そ、それでどうしたのかな?皆してそんなに血相を変えて」

「これだよ、これ!」

「……0点のテスト答案がどうかしたの?」

「あ、やべっ」

「のび太くぅん?」

 

 改めて。

 

「学年別トーナメントを……タッグ形式で執り行う?」

 

 出された連絡プリントの内容を流し読みした結果、そのようなことが記載されていた。どうやらより実践的な模擬戦闘を行う為に、2対2の複数人による試合形式に仕様変更するとのことで、ペアを組むことが必須事項、出来なかった者は抽選によるペア決定となるらしい。

 

 現に推し掛けてきている1年生の女子達も、噂の男子生徒とペアになる為にここにやってきたのだ。勝利に固執するのであればIS操縦に長けている代表候補生に話を持ちかけるのが普通なのだが、ここにいる女子達は兎に角男子とペアになりたいが為にその辺りが頭からすっぽ抜けてしまっている。男の子と練習の合間にあんなことやこんなことをしたい。(強欲)

 

「デュノアくん!私と組んずほぐれ……じゃねーや、組み伏せてください!」

「戦兎くん!勝利の法則で私を導いて!」

「織斑くん!いねーじゃねーか!」

 

 シャルルに詰め寄る子、戦兎に詰め寄る子、一夏がいないと思って扉の上で地団太を踏む子とそれぞれが思い思いに動いている。地団太を踏んでいる子は扉の下で呻く蛙のような声に気付かない。

 

 熱気立つこの場を収めるべく、シャルルが率先して行動を開始した。

 

「み、皆!そのことなんだけど……実は僕、今度のトーナメントには出られないんだっ」

「な……」

『なんだってー!?』

 

 シャルルによるまさかの欠場宣言。今度のイベントで注目を浴びる筈の人物が欠場するというのは彼女達にとって衝撃過ぎる内容であった。

 

「急な話なんだけど、一度フランスの方に戻らなくちゃいけなくなって……こっちに帰ってくるのもトーナメントが終わった後なんだ」

「嘘だ……僕を騙そうとしている……」

「いや騙してないから……皆には申し訳ないけど、僕はタッグを組んであげられないんだ」

 

 そのように確りと謝られてしまってはこれ以上どうこう言うことも出来ず、少女達は口を閉ざしてしまう。

 

 戦兎も戦兎でシャルルが帰国すると言い出したことには多からず驚かされていたが、彼女の現状を考えてみればその理由にも納得がいき、此方に視線を向けていたシャルルと目を合わせる。

 

 シャルルも戦兎が理解してくれたことを彼の表情で気付き、ほんの少しの申し訳なさを込めた笑みを浮かべながら頷いてみせる。

 

「やだ……あの2人、目で会話してる……」

「最初から私達に勝算なんて無かったんや……だってあんなことやっちゃうんだもの」

「同性結婚……フランス……あっ」

「いや察しないで」

「待った!デュノアくんが駄目でも、まだ私達には戦兎くんと織斑くんが――」

「あ、一夏は戦兎と組みたがるだろうから、多分無理だと思うよ?」

「うっほ……」

「その反応は喜んでんの?残念がってんの?」

 

 一夏が男と組みたがっていると聞いてしまっては、女子である自分達に勝ち目は無い。潔く女子生徒は退室していった。

 『それはそれでいいかも』『新刊まだー?』という話し声を廊下で行っていたが、保健室に残っているシャルル達はツッコまないことにした。

 

 皆が出ていったところで、扉の下敷きになっていた一夏が漸く復活する。

 

「ぐぅ……酷い目に遭った。っていうか早く助けてくれよ」

「悪い悪い。言い出すタイミングが無くてな」

「助けるのにタイミングとか計らなくていいから。というかシャルル、本当にトーナメントに出ないのか?」

「うん、ちょっと家の事情でね……さっきも言ったけど、一夏はタッグを組むならやっぱり戦兎とかな?」

「まぁ、戦兎となら女子と組むよりやりやすいと思うけど……戦兎はどうなんだ?」

「俺か?俺はまぁ、誰でもいいけど」

 

 関心の薄い戦兎はそのように答える。

 

 実は今大会に於いて、ビルドに変身しての参加を制限されている戦兎。

 理由としてはビルドの能力にあり、ビルドは様々なフルボトルを使用して相手の能力に合わせて自身の力・能力を変化させることが出来る。敵の弱点を突く、逆に自身の弱点を打ち消す、そういった対策が幅広いことは敵にとって脅威となる。

 学園はまだ1学期の途中で、1年生のIS操縦能力は未熟。鍛錬を重ねた2、3年生なら兎に角、彼女達がビルドの相手を務めるのはかなり厳しいものがある。実際、1度IS学園教員である真耶との実演訓練では彼女と引き分けてさえおり、その実力は一線を画している。

 そういった理由があり、ハンデの意味合いを兼ねて戦兎はビルドに変身することが出来ないのだ。関心が薄いのもそれが原因である。一応、ビルドのISモードに高機動仕様を搭載する為のデータを取る必要があるので、決して無駄というわけでもないのだが。

 

「じゃあ俺と組もうぜ、戦兎。俺もお前となら歓迎だし」

「……まぁいいか。それじゃあよろしくな、一夏」

 

 強いて言うならシャルルと組んだ方が一番やりやすいと思った戦兎であったが、彼女が出れない以上、それ以外への拘りは無い。

 一夏からの誘いに戦兎が乗ったことで、男子によるタッグが今ここに誕生した。

 

 めでたし、めでた――。

 

「ちょっと一夏!タッグ相手ならあたしがいるでしょうが、あたしが!」

「一夏さん!ここはわたくし以外を選ぶなど考えられなくってよ!」

「いやお前ら養生するって約束してたよね!?」

 

 ……どうやら、一夏が落ち着けるのはもう少し先のようである。

 

 3人が言い争っているのを余所目に、戦兎とシャルルは話をしていた。

 

「それにしても、急に帰国か……あれから俺は詳しいことを聞かされてないんだけど、いい方向に話は畳めそうか?」

「うん。まだ問題点というか、未解決になりそうな事項はあるけど……このままいけば、この男子制服ともおさらばだよ」

「そうか。その格好も結構サマになってるんだけどな」

「……そう言われても僕は嬉しくないんだけど」

 

 むすぅ、と分かりやすく機嫌を損ねるシャルル。彼女としては男装姿を褒められても心には響かないし、好きな人にそう言われると余計に面白くない。

 

 そんなシャルルの急な反応を不思議に思った戦兎は首を傾げる。

 

「あれ?よく分からんが、こういうのは褒められると喜ぶものなんじゃないのか?」

「……戦兎はもうちょっと乙女心について勉強した方がいいと思うよ」

「オトメゴコロ?それはフルボトルの研究に役立つものなのか?」

「……はぁ」

「あれ、何故か溜め息吐かれた」

 

 ますます意味が分からず、戦兎は傾げる首の角度を更に深くする。

 彼がその辺りを理解するのはまだまだ先のようだ。

 

 

 

 

 

 そして日付は流れていき、ついに学年別トーナメント当日を迎える――。

 

 

 

―――続く―――

 




 ここでシャルルが一旦フランスへ帰国……といっても次話は早速ラウラ&箒のペアと戦うので、せいぜい数話程度ですが。


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第28話 トーナメント開催=男達の意地

 6月の最終週に組み込まれている学年別トーナメントの日を迎え、IS学園は一色変わった賑やかな雰囲気に包まれていた。賑やかというよりは熱気という表現の方が近い、何せ1学期の中で最も規模の大きい学校行事なのだから、生徒も教員も準備の段階から忙しなく動かなければならない。会場の最終整理や来賓の案内誘導、その他諸々の雑務を行った後は、各自トーナメントに向けて出場の準備を行うというバタバタしたタイムスケジュールだ。

 

 今大会唯一の男子ペアである戦兎と一夏も雑用から解放されて、割り振られた更衣室にて備えている。互いに着替えも済ませ、後は対戦表がモニターに表示されるのを待つだけである。

 本来ならば試合前日には対戦表は完了している筈なのだが、偶然にも従来のシステムが不調を来してしまい、急遽抽選くじで決めることとなった。既に戦兎達はAブロック1回戦1試合目に充てられている。対戦相手はまだ不明だ。

 

「それにしても、凄いよな……どの人も色んな国や企業のお偉いさんなんだろ?」

 

 モニターに対戦表が映し出されるまでは、観客席の様子が画面に映っている。来賓席には各国政府関係者、有名IS企業重鎮、研究所所長等といった顔触れが勢揃いしており、錚々たる面子である。

 ただ、ISの世界に踏み込んで数か月の一夏からすれば『どこかの偉い人達』程度の認識しか出来ていないのが悲しいところである。

 

「らしいな。しかし態々見物に来るなんて、ご苦労なことだよな」

 

 棒付きキャンディーを口に咥えながら、戦兎はそう答える。こっちは偉い人に対しての関心が薄く、一夏以上に興味を抱いていないので非常に悲しいところ。

 

「というか戦兎、戦い慣れてるビルドじゃなくて大丈夫なのか?」

「まぁ、織斑先生にそう言われたんだから俺じゃどうしようもないさ。ま、余程強い奴……ボーデヴィッヒみたいな相手でもない限りは大丈夫だろ」

「ボーデヴィッヒ、か」

 

 その名前を聞いた途端、一夏の表情が強張り始める。

 ラウラがセシリア達にしたことを許してはいない。必要の無い暴力を振るい、セシリア達を出場不可能な状態にまで追い込んだ彼女はこの手で倒さなければ気が済まない。

 一夏の拳が無意識に握られる、籠め過ぎなくらいに力強く。

 

「まぁ、あいつとぶつかった時は特に注意しとかないとな。あの実力、俺もビルドに変身しないと勝ち目が無いかもしれない」

「……そんなにか?」

「戦闘経験に関しては俺も場数を踏んでる方だけど、何分ISっていう土俵じゃあ流石にな。しかも向こうは代表候補生、同じ代表候補生の鈴達に圧勝したならそう分析するのは当然だろ?」

「……だからといって、俺はそれを諦める理由にはしない」

 

 戦兎の冷静な分析は尤もであり、一夏も彼が言いたいことを理解出来ている。

 しかしそれでも、一夏は彼に勝たなければならない、勝って鈴音達の雪辱を晴らしてやりたいと願っている。そうしなければ鈴達がずっと悔しいままでもあり、自分自身も何も出来なかったと悔いを残し続けてしまう。

 

 苦境を前にしながらも諦めようとしない一夏の姿勢、戦兎はそんな彼の意気込みに肯定的な態度を示した。

 

「まっ、ああいう相手だからこそ勝利の法則を見つけた瞬間が最っ高だからな。やるだけやってみるか」

「戦兎……!ああ、やろうぜ!」

 

 意外にも乗り気な反応を見せてくれた戦兎を嬉しく思い、一夏は 破顔しながら

 

 

 

「とはいえ、まずはボーデヴィッヒと対戦する展開にまでならないとは。決勝戦までその意気込みを抱えるのはシンドイぞー?」

「いいんだよ、こういうのは最初から心に留めておいても。それに案外最初の試合で戦うことになるかもしれないぜ?……なんてな」

「そんなこと言ってると、フラグになって本当に起こるかもしれないからな」

「ははは、数十組も候補がいるんだぜ?自分から言い出しておいてなんだけど、そんなマンガみたいな展開が――」

 

『Aブロック第1試合1回戦』

『赤星 戦兎&織斑 一夏 対 篠ノ之 箒&ラウラ・ボーデヴィッヒ』

 

「ウェイ!?」

「フラグ回収乙」

 

 

 

――――――――――

 

「まさか1戦目で貴様に当たるとはな。待つ手間が省けて都合がいい」

「……フラグってホントにあるんだな」

「なんだと?」

「いや、なんでもない。独り言だ」

 

 アリーナにて、因縁の者達が対峙を果たす。

 自身の敬愛する師の汚点となる存在を倒すと決めたラウラ。

 仲間を傷つけられた怒り、そして彼女達の無念を晴らすと決めた一夏。

 

「なぁ箒、俺達もそれっぽい舌戦がいると思うか?」

「その質問をした時点で駄目だろう……」

 

 ペアの相手の気合が高まっていて、逆に冷静さを保っている戦兎と箒。

 

 彼らの試合を始めるカウントダウンが進む。5、4、3、2、1……。

 

「織斑一夏……貴様を叩き潰すっ!」

「俺は絶対、お前に勝つ!!」

「さぁ、特別実験を始めようか」

「え、何か台詞が必要なのか!?え、えぇっと……ま、まいりゅ!」

「箒……」

 

 0。試合が開始された。

 開幕と同時に大きな動きを見せたのは一夏。瞬時加速を使い、一気にラウラとの距離を詰めていく。

 

 しかしその行動はラウラも読めており、あらゆる物体の慣性を停止させて動きを封じる特殊兵装【AIC】で一夏の動きを止めるべく、腕を前に突き出した。

 

「開幕直後の先制攻撃、貴様の狙いなど読めて――」

「一夏の狙いだけか?」

「――っ!」

 

 一夏がラウラの元に辿り着くよりも先に、彼を追い越して数発の銃弾が疾駆する。

 それらは戦兎が開始直後に召喚したワンハンドリボルバー【スターブリッツ】の銃口から放たれたものであった。

 ちなみに今の戦兎が乗っているのはラファール・リヴァイブ、打鉄に並ぶIS学園にて普及されている訓練機である。

 

 迫り来る銃弾に対し、ラウラは突き出した腕の手首からプラズマ手刀を繰り出すと真っ二つに斬り裂いていく。

 全ての銃弾を斬り伏せたラウラの眼前には、既に雪片弐型を上段に構えてから振り下ろそうとしている一夏の姿があった。AICの発動は間に合わない。

 

「ちぃっ!」

 

 両腕のプラズマ手刀を交差させ、雪片の刃をガッチリと受け止める。

 零落白夜でないのは幸いだった。あれは外してしまえば自身のシールドエネルギーを無駄に消費するだけに終わってしまうので、恐らく慎重になって使用を控えたのだろう。

 

 拮抗する両者の元へ、戦兎が近接ブレード【ブレッド・スライサー】を携えて肉薄を試みる。

 

「させん!」

 

 ここでカバーに入ったのが箒。打鉄を扱っている彼女は一夏達と戦兎の間に割り込むと、近接ブレード【葵】で戦兎の迎撃に入った。

 

「私を忘れてもらっては困るぞ!」

「いや、あんな噛み方したら忘れたくても忘れられな――」

「人の新しい傷を抉るな!そもそもお前まで台詞を言い出したから不意打ちのようなことになってしまったのだろう」

「いやぁ、だって戦う時のノルマみたいなもんだし」

「誰がそんなノルマ課してるというのだ」

 

 一夏とラウラ、戦兎と箒。2つの拮抗が一時的に発生する。

 その状況を変える動きを真っ先に見せたのは、ラウラ。

 彼女は一夏との鍔迫り合いから腕を引いて彼のバランスを崩すと、素早く横に回り込んで横腹に蹴りを叩き込む。

 

 蹴り飛ばされる一夏の先には、剣で凌ぎ合っている戦兎達がいた。

 

「ぐぅっ……!」

「一夏!?」

「まさか……」

 

 敵とはいえ片想いの相手の身を案ずる箒と、それとは別で何かに気付いたそぶりを示す戦兎。

 戦兎の察し通り、こちらに飛んでくる一夏の向こう側には大型レールカノンの照準を向けてきているラウラの姿があった。そう、ラウラは味方である箒諸共、砲弾で吹き飛ばすつもりなのだ。

 

「一夏!」

「ぐへっ!?」

 

 迫り来る一夏を横に蹴り飛ばしつつ、戦兎自身もその反動で横に跳ぶ。

 その直後にラウラのレールカノンが火を噴き、戦兎達のいた場所に大口径砲弾が着弾し、爆発を起こした。咄嗟のことであったが、戦兎のフォローがあってどちらにもダメージは入っていない。

 

 同様に射程範囲から逃れていた箒は、味方である筈のラウラをキッと睨みつける。

 

「貴様、一体どういうつもりだ!」

「ふん……」

 

 しかしラウラは箒の怒りなど歯牙にもかけていない。その目が捉えている獲物は、相変わらず一夏のままである。

 この戦い、ラウラはあくまで1人で戦っていると認識している。トーナメントにおいてタッグを組むという学園からの通達が来ても、彼女からすればどうでもいいことであった。ISへの認識が甘い者が戦力になどなるものか、といった具合に思っており、連携する気など最初から持ち合わせていなかった。

 だが、それだけの実力が彼女にはある。代表候補生である鈴音とセシリアを1人で倒してみせたことがその証拠だ。

 

『戦兎、ここからどうする?』

『んー……予定通り、プランAでいこうか』

『プランA?あれ、いつの間にそんな名称付けてたの?っていうかプランAってアレのことで合ってるよな?』

『よし、いくぞ一夏』

『アレでいいんだよな!?他にそれっぽい作戦無かったもんな!?ねぇ聞いて!?』

 

 プライベート。チャネルでやり取りを済ませた戦兎達は、一斉にラウラに向かって攻撃を仕掛けた。もう1人の相手である箒のことはお構い無しに。

 

「なっ……私など眼中に無いとでもいうのか……嘗めるなっ!」

 

 当然、自分を無視するとなれば箒も黙って見たままではいられない。彼女も彼らの戦闘に参じるべく、ISを動かして彼等を追い掛け始める。

 

 箒が背中から迫ってきていることを確かめると、戦兎は一夏に対して声を掛ける。

 

「一夏!」

「おう!っていうかプランAはアレだよな、そのままいくからな!?」

 

 戦兎の声に応じ、一夏は更に加速してラウラへと迫っていく。開幕の時と同様に、一夏のみが相手に吶喊する形となる。

 

 一夏の加速と同時に戦兎も銃のリロードを済ませ、ラウラに対して射撃を開始。時計回りに旋回して彼女の側面へ位置を取る。

 

「ふん、同じ小細工が2度も通じると思うなっ!」

 

 ワイヤーブレードを銃弾の射線上に展開してそれを防ぐと共に、迫り来る一夏を迎え撃つべくプラズマ手刀を巧みに振るうラウラ。戦兎から続けざまに銃撃が行われるが、彼女はワイヤーの位置を調整して防御を続けながら一夏の攻撃をいなし、逆に彼を追い詰めていく。

 

 攻撃と防御を難なく両立させるその圧倒的実力を前に、一夏は一筋の冷汗が自分の頬を伝っていることに気付く。今も尚プラズマの刃を防いでいる最中なので、拭っている暇など一切無い。

 そんな彼の背後を、追いついてきた箒の影が覆った。

 

「ぜあぁぁぁぁ!!」

 

 位置の都合上で背中を狙うことになってしまうが、ISはハイパーセンサーで視界を360度で確認出来るので、大した問題ではない。

 気合の籠った声と共に繰り出される唐竹割りが、一夏の頭部に目掛けて振るわれる。

 

 前門の虎、後門の狼。

 しかし一夏はその絶対絶命な状況の中で、不敵な笑みを浮かべていた。

 

「ここだっ!」

「「なっ!?」」

 

 地に伏せる程の勢いで瞬時に身体を低く取った。

 彼がその身を低くしたことによってラウラの振るうプラズマ刃が箒の腕部へと、箒の刀がラウラの肩口へと鋭く入って両者にシールドバリアーの発生を齎した。

 

 フレンドリーファイア。それが、戦兎が予め考えていた作戦だったのだ。

 ラウラが味方と連携を取る姿勢を持たないということは、普段の生活態度から見て明らかだった。自ら孤高を選び、群れることを嫌う彼女がこの場に於いて味方の力を頼りにするなどありえない。味方の行動をキチンと把握していなければ、このような事態が引き起こっても仕方がない。

 そういった前提があってこその、この作戦なのである。

 

「もういっちょ!」

 

 同士討ちに動揺する彼女達への追撃として、一夏は身を低めた状態からの回転斬りを放って彼女達に更なるダメージを与える。腹部に衝撃を走らせて後方へと後退りさせてみせる。

 

「ちぃっ!雑魚の分際で小賢しい真似を――っ!?」

 

 ラウラの元に射撃の警告が送られたが、怒りでその反応が遅れてしまった。

 彼女の装備の1つである大型レールカノンに起こる衝撃と爆発。先程の警告の銃撃がレールカノンに命中し、当たり処が悪かったのか煙と火花が上がっている。

 

 射線上の先にいたのは、実弾狙撃銃【ホークアイズ】のスコープを覗きながらこちらに銃口を向けている戦兎。

 本人はスコープから目を離しながら『おぉ、当たった』と呑気に独り言を呟いていた。

 

 その瞬間、ラウラの頭の中でプツンと何かがキレた(・・・)

 

「く、くくく……」

 

 久方ぶりに味わった屈辱。形は違えど、心に訴えかける嫌悪感は彼女に不気味な笑いを込み上げさせた。

 

 嘗ては軍で優秀な成績を収めていた彼女だったが、諸々の事情でその実力を発揮出来なくなったことによって上層部から無能の烙印を押された彼女は、『出来損ない』と呼ばれて侮蔑や嘲笑を周囲から向けられる日々を送ってきた。

 そんな彼女を再び強者の座へと引き上げてくれたのが、恩師である織斑 千冬。教官として1年間ドイツ軍に派遣された彼女の指導によって、ラウラは新たな部隊で再び頂点を掴み取ることが出来た。

 今の自分は教官である千冬が作り上げた最強の戦士、その力は彼女の成果と言ってもいいくらいである。

 

 だが、このザマはなんだ?

 ISに乗り始めてからたった数ヶ月の男達、自称天才の小賢しい入れ知恵で足掻いているだけの、弱者に属する連中。片や恩人の栄光に泥を塗った猪突猛進な単純男で、自身が憎んでいた存在である織斑 一夏。

 

「許さん……!」

 

 自身の敗北は、千冬の教導が劣っていることと同義となる。そのようなこと、ラウラが許容出来る筈がなかった。

 

「絶対に許さんぞ貴様らっ……!!完膚無きまでに叩き潰してやる!!覚悟しろぉっ!!」

 

 殺意すら籠った闘志を身体中から湧き上がらせ、ラウラは鬼気迫る形相で戦兎達を睨みつける。並の人間が見れば逃げ出してしまいたくなる程の威圧感がアリーナ全体を支配する。最早一端の代表候補生が放てるプレッシャーではなかった。

 

「うおぉ、すげー。スマッシュよりも威圧放ってるんじゃないの、あれ」

「本気で怒ってるな……戦兎、次はどう仕掛けるんだ?」

 

 合流した戦兎と一夏。

 間もなく始まるであろう大激戦を予想した一夏から指示を仰がれ、戦兎はフッと笑みを零した。

 

「勿論、次のプランはもう決まってるさ」

「おぉ、となるとプランBってことだな!プランBはなんだ?」

「あ?ねぇよそんなもん」

「……えっ」

 

 何故急に口が悪くなったのかツッコむべきところだったが、それ以上に聞き捨てならないものを一夏は聞いてしまった。

 いや、さっきのフレンドリーファイア作戦意外にそれらしい戦略は聞かされていなかった。だがそれでも戦兎なら、戦兎なら何かしら作戦を考えてくれている。そう考えていたのだが……。

 

「そうだな、強いて言うなら『バッチリがんばれ』ってとこだな」

「つまりノープランってことだなチクショウめ!しかもどこのゲームの作戦だよ!?」

「分かった分かった。じゃあこうしよう、『いちかがんばれ』『せんとせつやく』だ」

「それお前が楽したいだけだろうが!お前も頑張るんだよ!」

 

 2人で漫才を繰り広げていると、ついに痺れを切らしたラウラが動き始めた。

 

「何をゴチャゴチャと喋っている……来ないのならこちらからいくぞっ!」

「あぁくそっ!こうなったら作戦無しでもやってやる!いくぞ戦兎!」

「よし、作戦は『いちかにまかせろ』『きょうといこうぜ』でいくか」

「俺を置いて旅行に行ってんじゃねーよ!」

 

 温度差の激しいシュールな光景ではあるが、呑気にしていられるのも今の内。

 本気になったラウラの実力が、間もなく明らかとなる。

 

 

 

―――続く―――

 




 ところどころでギャグ要素ぶっこんでます。最近シリアス続きでしたが、元々これくらいの温度で普段から書きたかったり。
 あ、次回はまたシリアスな展開メインです。流石にVTシステムの最中におふざけしてる余裕は無いので……。


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第29話 過熱する激戦=VTシステム、起動

 

「ボーデヴィッヒさん、かなり荒れていますね……。攻撃が苛烈になった分、織斑くん達も攻め手を欠いて守りに徹するしかなくなっています」

「奴は個人のレベルに関して言えば間違いなく1年生の時点で最強だからな。あいつらが正攻法で戦っても勝つ見込みは薄いだろう」

 

 トーナメントの管制室にて、1組の担任副担任である千冬と真耶が試合の様子を見ながら言葉を交わしている。

 トーナメントが行われている最中、IS学園の教員はそれぞれ担当の場所で運営補助を行う必要がある。この管制室で直接トーナメントの進行を行うのもその役割の一端だ。

 

 現在、アリーナではラウラの猛攻撃が続いている。弱者と侮っていた戦兎達の足掻きが彼女の琴線に触れ、その攻撃の節々から憤怒と憎悪の感情が入り混じっているのを感じる。

 

「けど織斑くん達、かなり頑張ってると思いませんか?さっきの連携も凄く良かったですし、今も代表候補生を相手にここまで粘れるのは正直凄いと思いますよ!」

「さっきの連携は戦兎辺りが考えた策だろうが、所詮は一矢報いる程度の悪足掻きに過ぎん。それに防御も完璧じゃないからジリ貧に持ち込んでいるだけだ」

「て、手厳しいですね……」

 

 千冬の口から出る辛口な評価に苦笑いを浮かべる真耶。真耶個人としてはたった数ヶ月で此処まで動けているのは本当に凄いことだと思うのだが、やはり世界最強のブリュンヒルデとなると見る物のハードルも高くなるのだろうか。

 

「えっと、それで織斑先生はどちらが勝つと思いますか?やっぱりボーデヴィッヒさんでしょうか?」

「まぁ、妥当に考えればそうだろうな。先程のような同士討ちがもう通用しない以上、ここから先は実力勝負となる。あいつら2人の実力を足してもラウラには届かないのが現実だ」

 

 千冬としての評価は、やはり男子2人にとって厳しいものであった。

 しかし……。

 

「……まぁ、なんだ。あいつらならば何かやってみせてくれる、そう思ってはいる」

 

 それは教員としての感想なのか、それとも千冬という一個人としてなのか。

 どちらにせよ、それは彼らのこれまでの努力を認めた言葉であった。特に一夏は放課後も周りの女子達の力を借りて少しでも強くなろうと鍛錬に励んでいるのを知っている。

 まだまだひよっこであるのは変わりない。だがそれでも少しずつ強くなっているのをこの目で見られるのは嬉しく思った。

 

 本来ならば、一夏にはISに関わってほしくはなかったのだが――。

 

「……山田先生、そのニヤケ顔はなんですか?」

「いやぁ~、やっぱり織斑先生もなんだかんだ言って弟くんには優しいんだなーと思いまして。それに赤星くんのことも気にかけてるみたいですし、特別な事情を持った子にも配慮を欠かさない教職員の鑑ですね!」

「……」

「……あれ、おかしい。褒めた筈なのに織斑先生の機嫌が良くならない」

 

 寧ろ斜めになっているような気がする。真耶が気付いた時には、もう手遅れだった。

 

「山田先生、コーヒーをどうぞ」

「え、コーヒ……え?いつのまにコーヒー?というか前にもこんなことがあったような……え、また塩コーヒー?」

「いいえ、赤星の行きつけの店のオリジナルブレンドです。赤星が店主に習って再現したものですので味は保証しますよ」

 

 (不味い)味の保証を。

 

 勿論、そんなことを知らない真耶はオリジナルブレンドという魅惑的な言葉に警戒心を解き……。

 

「あ、そうなんですね!それじゃあいただきます……まっず!」

 

 織斑先生をからかうのは止めよう。そう固く決意する真耶であった。

 

 

 

――――――――――

 

 視点は再びアリーナへ。

 中で戦っている内の1人、戦兎は迫り来るワイヤーブレードの連続斬撃を2本のブレードで辛うじて防いでいた。

 ラウラの操るワイヤーの精密性は高く、1本を弾いてもすぐに他のワイヤーが攻めかかってくるだけでなく、周囲に展開して動きを制限しに掛かってくるといったことも器用にこなしてきている。単に怒り狂っているのではなく、絶対に潰すという明確な意志。こちらを確実に倒す為に冷静な部分を残しているのが実に厄介極まりない。

 

 一夏の方を見てみるも、そちらもかなりギリギリな戦いであった。彼の方には直接ラウラが赴き、プラズマ手刀による近接戦闘を仕掛けているが、手数と勢いで一夏を圧倒してみせている。

 一夏には零落白夜があり、好んで接近戦を仕掛けるものはそうそういない。にも拘わらずラウラが接近戦を選んでいるのは、レールカノンを使用不可能にされたからというだけではないだろう。

 

「(さぁて、どうしたもんかな……いつまでもワイヤーで遊ばれてるわけにもいかないし、ここらで態勢を立て直しとかないと)」

 

 取り敢えず、今の状況で片方がもう片方の戦闘に割り込むのは少々厳しい。理想的なのは互いに敵の攻撃から一旦逃れ、その間に合流を図るというものだ。

 幸いにも、箒はラウラの攻撃が激しすぎて介入出来ずにいる。離脱直後を的確に狙われることは無い筈。

 

『一夏、俺がこっちから隙を作ってやるから、タイミングを合わせて後退しろ』

『隙って、どうやってっ?』

『こうする!』

 

 すかさず戦兎は迫り来るワイヤーブレードを躱すと、その1本をガッチリと掴み取る。

 そこからワイヤーを綱引きのように思いっきり引っ張り出したのだ。

 

「おぉらぁっ!」

「何っ……!?」

 

 戦兎がワイヤーを引いた瞬間、射出元である装甲を纏っているラウラの身体がガクンと引き寄せられる。

 

 ラウラの攻撃の手が止まり、一夏はそれが戦兎の言っていた隙だということを察し、すぐさま後退を行う。

 

「逃がすか!」

「おっと、アフターケアは万全にな」

「っ!……また貴様か……!」

 

 一夏の追撃を試みるラウラに向けて、再び戦兎が銃で牽制を行って彼女の脚を止める。防御されてダメージには至らなかったが、一夏の逃げる時間を稼ぐには十分であった。

 その間に戦兎は一夏の後退先に移動し、彼と合流を果たす。

 

「よぉ、さっきぶり。ダメージの具合は?」

「半分くらい削られた……そっちは?」

「残りは3分の2くらいってとこかな。板野サーカスみたいな軌道するんだもんよあのワイヤー」

 

 一夏のシールドエネルギーが半分程度まで減っているのはかなり手痛い。燃費に難ありの白式では持久戦に持ち込むのは難しく、エネルギーが先に0になるのは時間の問題である。そうなれば1対2となり、勝機はまず無くなるとみていいだろう。

 

「戦兎、お決まりの勝利の法則は見つかったか?」

「一応、即席で作ったやつが1個。ただし超難解のベリーハード級だけどな」

「もうそれでいいよ。考える時間も惜しいとこまで来てるんだ、あるものでなんとかするしかないだろ」

「えー……自分で考えておいてなんだけど、かなり無茶するぞ……」

 

 しかし、これ以上問答している暇も無い。既に痺れを切らしたラウラが此方に向かって猛スピードで突き進んでいるのだから。

 

「私を忘れてもらっては困ると……言った筈だ!」

 

 そして敵はラウラだけではない。

 先程まで様子見を続けていた箒が、戦兎達の動きが止まったことを見計らって攻撃を仕掛けてきているのだ。

 

 残念ながら、戦兎達の作戦会議はつかの間のものとなってしまった。

 

「どうする、また同士討ちを狙うかっ?」

「もう同じ手は通用しないでしょうよ……俺が頑張って箒をなるべく早く倒すから、ボーデヴィッヒの足止めよろしく」

「簡単に言ってくれやがって……だが、別にあれを倒してしまっても構わんのだろう?」

「あ、死んだわこいつ」

 

 一瞬だけ赤い外套を纏ったガタイのいい白髪の男の幻覚が見えたような気がしたが、きっと気のせいだろう。

 戦兎と一夏はそれぞれ近づいてくる2人の迎撃に備える。先ずは2対2のこの状況を乗り切り、数の優位に立たなければ話にならない。

 

 だが、彼らの……否、彼らと箒にとって予想だにしていない事態が発生する。

 

 

 

 

 

 ラウラの射出した2本のワイヤーブレードが味方である箒の身体に巻き付き、戦兎達に向かって彼女の身体ごと放ってきたのである。

 

「なっ!?」

「箒っ!!」

 

 箒は突然我が身の自由が利かなくなり、加えて放られる感覚に陥って混乱する。

 一夏は幼馴染みがそのような状態に陥ったことに驚愕する。

 戦兎は眼前の光景の意図にいち早く気付き、備えを固め直す。

 

 そしてラウラは、その口元を三日月状に歪めていた。

 

「精々、私の役に立ってみせろ」

 

 その言葉の直後、箒が巻かれた状態のワイヤーブレードを含めた6本のそれらを荒々しく振るっていくラウラ。箒が攻撃に利用されている以上、一夏達も迂闊に攻撃することが出来ず回避に徹するしかない。ラウラはそれを承知の上で箒の身体を攻撃に使っているのだ。

 

「がっ……ぁ……!」

「やめろボーデヴィッヒ!!」

「ふん。私に刃を突き立てるようなものは、こうした方が効率的だろう」

 

 ISの防護機能の影響で着地時にバリアーが作動し、箒は直接地面に叩きつけられるという事態は避けられている。だが一定以上の攻撃力は貫通したり、衝撃そのものは防げなかったりと、そのバリアーも完璧ではない。

 強い遠心力で引っ張られ、壁に地面に幾度となく叩きつけられる。その度に脳が大きく揺さぶられて眩暈が生じ、まともな思考も出来なくなる。

 

 一夏がなんとか箒を受け止めようとした時にはもう遅かった。

 白式に送られた情報『敵IS【打鉄】操縦者、意識の喪失を確認』が示す通り、ワイヤーに巻かれたままダランと完全に脱力してしまっている彼女の姿が、一夏の網膜に焼きついた。

 

 セシリアが、鈴音が、そして今度は箒が彼女の暴力によって傷つけられた。

 度重なる仲間達の傷つく姿が、一夏の怒りを頂点へと達しさせた。

 

「やめろって、言ってんだろうがぁぁぁぁっ!!」

 

 瞬時加速、そして零落白夜。本来ならいざという時まで温存するべき技を惜しみなく使用した。今すぐにでもラウラを倒したい、という一心故である。

 しかし、その行動はラウラの思う壷であった。

 

「かかったな、猪が」

 

 ラウラの右腕が突き出され、AICが発動する。物体の慣性を停止させる結界が彼女の前方に展開され、高速で動く一夏をピタリと止めた。

 AICの原理は対象の慣性方向と真逆の向きに不可視のエネルギー波を送り、相殺することで物体の動きを止めるというもの。瞬時加速のような軌道が単調なものであれば読みやすいのである。

 

「あーもう、だから不用意に使うなって言ったのに……!」

 

 戦兎が急遽カバーに入ろうとするが、ラウラはそれを許しはしない。

 

「そら、返してやろう!」

「うおっ!?」

 

 ワイヤーブレードで巻きつけていた箒が戦兎に向けて放り投げられ、彼はそれを咄嗟にキャッチする。

 

 だが、その間にラウラは一夏への攻撃を進める。5本のワイヤーブレードが彼の全身を切り刻んでいく。溶けるようにシールドエネルギーが減っていき、残量は4分の1を切った。

 

「ぐっ……ああぁぁぁ!!」

「終わりだ」

 

 2本のワイヤーが一夏の右腕に絡み、きりもみ回転を加えながら大地へと叩き落とされる。衝撃で一瞬呼吸が詰まる一夏の眼前には、プラズマ手刀を出したラウラが迫っていた。

 その一撃を受けてしまえば、白式のシールドエネルギーは0を迎えることとなるだろう。互いの消耗を鑑みる限り、一夏達の勝機はやはり薄いままだ。

 

 やられる。

 一夏が脱落を覚悟し、息を呑んだその時であった。

 

「どぉっせぇぇぇぇいい!」

 

 蹴りの態勢を保ったまま、ラウラ達の方へと凄まじいスピードで駆けてくる戦兎の姿があった。

 その速度は従来のリヴァイヴの基本速度を遥かに上回っている。そう、もしかしなくてもそれは……。

 

「瞬時かそ――ぐぁっ!?」

 

 戦兎の鋭い蹴りはラウラの身体を捉え、一夏から遠ざけさせる。

 そのまま戦兎は右腕にブレード、左腕に55口径アサルトライフル【ヴェント】をそれぞれ携えてラウラの追撃に向かう。

 

「くっ、貴様も瞬時加速を習得していたのか!」

「備えあれば嬉しいなって言うだろ?」

「いや言わんだろ」

 

 戦兎の銃撃と斬撃、ラウラの手刀とワイヤーブレードとで応酬を行っていく。互いの獲物がぶつかり合い、甲高い音を立て続けていく。

 しかし暫く競り合っていく内に戦兎の方が押し負け、アサルトライフルを弾き飛ばされてしまう。更に戦兎の懐にラウラが潜り込み、プラズマの刃をその身に突き立ててバリアーを発生させる。

 

「そういえば、貴様にはこの試合で散々邪魔をされてきたな。これまでの報復をたっぷりとしてやろう」

「いやいや報復とかいらないから、遠慮します」

「ふん……その軽口もすぐに開けなくしてやる」

 

 戦兎が反撃を行う前に、ラウラが怒涛の連撃で戦兎の身体を刻んでいく。プラズマ刃が、ワイヤーブレードが嵐のように入り混じって戦兎の身に襲い掛かり、リヴァイヴのシールドエネルギーが一気に削れていく。

 

「ぐぅっ……!」

「織斑 一夏から仕留めようと思っていたが、予定変更だ。先ずは貴様から潰す」

 

 そう言ってラウラはAICを発動し、戦兎の身体を空間に拘束させる。再びワイヤーブレードが展開し、動けない戦兎に向かって一斉に襲い掛かる。これらの攻撃を全て受けた時、戦兎のシールドエネルギーは底を突くだろう。

 

 だが、その状況下で戦兎は笑っていた。眼前に映る刃糸の群れを前にしながらも動じたそぶりを見せなかった。

 

 彼のその姿を見て訝しむ彼女であったが、その瞬間に自身の背後に強い衝撃を受けた。ドウン!と背中を押し潰すような感覚に、ラウラは小さな呻きを漏らす。

 

「なっ……!?」

 

 何が起こったのか、反れる身のまま後方を確認した彼女は、先程の衝撃の正体を知る。

 彼女の視界の先にいたのは、アサルトライフルを構えた一夏の姿だった。彼の持っている銃は、先程戦兎が落とした銃であった。

 

 本来であれば、別の者の装備を扱うことは出来ない。相手の装備を盗み、それを使おうとしてもロックが発生して銃器はただのレプリカと化してしまうだけだ。だが、使用許諾を発行してそれに登録することで、他人の武器を使うことが出来る仕組みとなっている。

 

 戦兎達は試合前にそれらの登録を全て完了させ、使用武器を完全に共有するように仕上げた。こういったチーム戦ならではの戦略と言っていいだろう。

 

「馬鹿なっ!何故近接武器しか持たない貴様が……!」

「俺が貸したからな」

「っ……この死に損ない共がぁっ!!」

 

 今しがたの銃撃でAICの拘束が外れて戦兎の身が自由となり、すかさず彼は大型の盾を召喚した。

 

 ラウラはそれを無駄な足掻きだと判断する。残り僅かなエネルギーを尽きさせない為に防御に優れた盾を用意したのだろうが、その程度の盾を突破することなど造作も無い。逆に盾に機動を奪われていい的になるだけだ。

 だが、彼女は失念していた。第2世代型の中でもトップクラスの攻撃力を持つ装備があり、目の前にあるそれこそが件の物であることを。

 

 戦兎の持つ盾の装甲が弾け飛び、隠されていた武装が露わとなる。

 69口径パイルバンカー【灰色の鱗殻(グレー・スケール)】、リボルバーと杭が一体となった、炸薬交換による連続打撃を実現させた切り札。

 通称、【盾殺し(シールド・ピアーズ)】。

 

「そしてこっちは、シャルロットから借りた」

「……お、おおおぉぉぉぉ!!」

 

 パイルバンカーを突き出す戦兎と、AICで動きを止めようと右腕を動かすラウラ。

 一瞬でも判断が、挙動が、遅れたら敗北の未来を辿るコンマの世界。今の両者は相手よりも先に動くことに思考を専念させ、自らの身体を突き動かす。

 

 その刹那の時間を制したのは――。

 

「俺の、勝ちだ」

 

 戦兎のパイルバンカーがラウラの腹部を捉え、必殺の一撃を叩き込んだ。

 

 

 

――――――――――

 

 敗北を悟った少女の耳朶に誰かの囁きが届く。

 

 

 

―――力が欲しいか?

 

 

 

 今のラウラが一番求めているもの、それが力。

 弱者と侮っていた連中を圧倒するには、まだ自分の力が足りなかったからだ。敬愛すべき教官の所為ではない、全てはその教えを最大限に活かせなかった自身の至らなさが罪。

 

 

 

―――力が欲しいのなら、くれてやる。

 

 

 

 故にラウラは甘く響く悪魔の誘惑に手を伸ばす。

 痛みも屈辱も、力を得る条件は整った。

 

 

 

―――貴女が尊敬している人の力を。

 

 

 

 【Valkyrie Trace System】起動。

 

 

 

―――続く―――

 



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第30話 封印のファンタジスタ=キードラゴン

 

「があぁぁぁぁぁっ!!」

「おうっ!?」

 

 突如、普段の佇まいからは似合わない絶叫をラウラが発する。それと同時に彼女のシュヴァルツェア・レーゲンから電撃が奔り、距離が近かった戦兎を吹き飛ばした。

 

「戦兎!大丈夫か!?」

「あー、なんとかな。……けど目の前の光景の方がよっぽど大丈夫じゃないと思うんですけど」

「っ……なんだよ、あれ」

 

 一夏は目の前で起こっていることに目を疑う。

 目を見開かせた彼の瞳に映るのは、ラウラのISが異常な変異を起こしている姿。技巧的な変形などではなく、泥のような形状と化した装甲が彼女に纏わり付いているのだ。ISの形状変化はタイミングが限られており、当然あのような変化の仕方は正規ではなく、前代未聞の事態である。

 

 そしてラウラの身体を覆った泥は、そこから更にグニャグニャと変貌を遂げる。シルエットはラウラの姿をそのまま模っており、レーゲンとは違った最小限のアーマーらしきものも手足に備えられている。目の箇所のラインアイ・センサーの赤く不気味な光は、戦兎達を見ているようで、どこか別の場所を見ているようである。

 その手に握られているのは、かつて千冬がモンド・グロッソにて愛刀として用いた近接ブレード【雪片】。ラウラが望み、その望みの通りに形を成した。

 

 だが、一夏はその刀を姉以外の人間が持つことを許せなかった。

 

「あいつ、千冬姉の刀を……!」

 

 気付けば一夏は雪片弐型の持ち手を強く握り締め、前方にいる黒いISに強烈な敵意を向けていた。

 

 その感情を察知した黒のISが動きを見せる。ピクリと僅かに動いたと思いきや、次の挙動は瞬時加速にも劣らない速度で一夏に急接近。脇に据えた刀を一閃に振り抜き、一夏の胴元に狙いを定める。

 一夏にとって見覚えのある太刀筋。それはまさしく自身の姉の千冬のものであった。

 

 ISの斬撃が上手に回り、一夏は反射的に後ろに下がったことによって左腕に刃を掠めるという最小限の被害に抑えた。もしももう少し前にいたならば、腕1本を持っていかれる未来も待っていただろう。

 だが、今の一夏には自身に迫りかねない凄惨な未来を考えている余裕など無かった。今しがたその身に生傷を負ったのは白式のシールドエネルギーが防御を張る程の量が無かったからで、今の一撃でエネルギーが完全に底を突き、白式は一夏の身体からフッと消滅した。

 ISが展開出来なくなった。にも拘わらず、一夏は倒れた身体を起こし始める。

 

『っ!赤星、今すぐその馬鹿を止めろっ!』

「え、なんです急に――」

『いいから急げっ!一夏のやつ、IS無しで突っ込むつもりだっ!!』

「えっ」

 

 管制室にいる千冬の言葉の通り、起き上がった一夏が怒りの形相を浮かべて黒いISに挑みかかっているのを戦兎は見た。

 マジかよ、と思いつつも指示に従って一夏に追いつくと身体を掴んで食い止める。ISの力ならばなっみの人間を取り押さえることなど造作も無い。

 

「放せよ戦兎、放せっ!!」

「いやいや色々と理解が追いついてないし。何、何をそんなに怒ってんの?」

「うるせぇっ!いいから放せって言ってんだろっ!!」

「あれ、これはあれか、さっき俺がスルーしたことへの報復か何か?」

 

 単に頭に血が昇っているだけである。

 先程黒いISが攻撃を行ったのは、一夏が武器を持って敵意を向けたことが原因だろう。現にこうして騒いでいても、黒いISは一切反応を示さない。

 

「いい加減にしろ、一夏っ!」

 

 どうしたものかと戦兎が考えていると、抑えている一夏が突然誰かから平手を受けた。

 彼の頬に平手を打ったのは、いつの間にか気絶から復帰していた箒であった。既に打鉄からは降りており、ISスーツのみの姿である。

 彼女から目の覚める一発を貰い、一夏は漸く自身に滾っていた激情を静める。

 

「落ち着いたか?」

「……あぁ、すまねぇ。戦兎も悪かった。俺を庇ってくれたってのに」

「気にすんな。で、あんなに怒った理由は?」

「……あの雪片は千冬姉だけの刀なんだ。あの刀で、あの技を使っていいのは千冬姉ただ1人なんだ。それをあんな偽物が我が物顔で使ってるのが、我慢ならねぇ」

「……お前は千冬さんのことばかりだな」

 

 箒が呆れた様子でそう呟く一方、戦兎は一夏の姿をここ最近の自分と重ねていた。

 未知のフルボトルと関連技術を持った組織の登場、ロボットフルボトル盗難のアクシデントが重なり、その胸の内に苛立ちを湧き上がらせていた。シャルロットが気を利かせてくれたお陰で、今は落ち着きを見せてはいるが。

 自分にとって大切な何かの為に怒る。奇しくも今の戦兎は一夏の気持ちが分からないことも無かった。

 

 とはいえ。

 

「で、今のお前に何が出来るというのだ?白式のエネルギーは空っぽで攻撃はおろか展開すらままならないのが現状だろう」

「ぐぅ……」

「完 全 論 破」

「横で茶化すな」

 

 これが現実である。いくら吠えたところで、今の一夏に気勢はあれど肝心の戦う力が残っていない。黒いISに攻撃されないよう冷静に努めていたならば、零落白夜1回分くらいは発動出来ただろうが、今となっては後悔先に立たず。

 それに、今この場にいる若者達が動こうとも周囲は既に事態に向けての対応を始めている。

 

『非常事態発生!非常事態発生!トーナメントは直ちに中止!来賓・生徒はすぐに避難を開始し、教員部隊は急ぎ鎮圧任務に移行!繰り返す――』

「だそうだ。お前が無理に危険な場所に赴こうとも、大人達がどうにかしてくれる。行く必要も無い」

「……違うぜ箒、全然違う。俺が『やらなきゃ――」

「じゃ、俺は普通に行くから」

「空気呼んでぇ!今いいこと言おうとする流れだったよね!?黙って聞くところだったよねそこは!」

 

 一夏の決め台詞を遮り、戦兎はリヴァイヴから降りて黒いISと対峙し始める。

 

「というか待て戦兎!お前、まさか生身でアレに挑むつもりなのか!?」

「んなわけないでしょうよ。こんなこともあろうかと、ビルドドライバーもフルボトルも備え済みだ」

「ISスーツのどこに備えてたというのだ……」

 

 しかも既にドライバーは腰に巻かれており、両手にはそれぞれフルボトルが握られている。

 戦兎が2つのフルボトルを振ると、周囲に立体の公式が展開され、アリーナを旋回するように飛び交い始める。立体の公式は攻撃判定には通らないようで、黒いISはピクリとも動かない。

 

 その中で、一夏は戦兎にあることを訪ねた。

 

「戦兎。お前はどうして戦うんだ?」

 

 先程箒が言っていたように、今この場には教員部隊が駆けつけようとしている。後は彼女達に任せてしまえば事態は収拾されるだろう。

 しかし戦兎は戦う道を選ぶ。その理由はやはりとなんというか、ブレなかった。

 

「あれくらい強そうな相手なら、存分にデータが取れるだろ?」

 

 黒いISの方へと向き直ったビルドは、フルボトルをドライバーに装填する。

 

≪ドラゴン!≫≪ロック!≫

≪ベストマッチ!≫

 

 群青色と金色のフルボトルによる最適な組み合わせ。レバーを回していけば、戦兎の周囲には2色のパイプが複雑に絡み合い、ファクトリーを形成していく。

 

≪Are you ready?≫

「変身!」

 

 2つのハーフボディに戦兎の身体が挟み込まれる。

 刺々しい牙のようなパーツが腕部に備わったドラゴンハーフボディ、肩と腕部に装着された鍵型の装備が特徴的なロックハーフボディ。蒸気を噴出しながらその姿を現す。

 

≪封印のファンタジスタ!キードラゴン!イエイ!≫

 

 【ビルド・キードラゴンフォーム】

 戦兎がビルドに完了し終えた途端、黒いISはビルドの力を感知して動き出した。一夏の時とは異なる構えを一瞬で取ると一直線にビルドへと向かっていき、袈裟切りに刀を振り下ろした。

 

 ビルドは左腕に備わった鍵型の拘束具射出装置【バインドマスターキー】を滑り込ませて斬撃を受け止める。重量と硬度の備わったどの装置は一種の盾としても利用出来る。

 そして勿論、打撃武器にも。

 

「そぉい!」

 

 黒いISの胴体に鋭い拳を叩き付けた後、刀を落とすことを目的にバインドマスターキーを相手の手元に振るい、命中させる。しかし刀はまるで腕にくっつけているかのように離れず、ISの手に収まったままだ。

 手応えというか、当てた部分は悪くなかった筈。しかし全く効果が無いとなると、やはり人間相手に使う手が限られてくる。

 

「多分、武器を失う可能性を消す為にそうしたんだろうな。確か現役時代の織斑先生の武器ってあれだけらしい……しぃっ!」

 

 分析をしている間にも、黒いISからの攻撃は続く。今度は右腕部の牙のような白刃【ファングオブレイド】を用いて迫る刃を防ぎ切る。

 取り敢えず、先程のラウラの様子を見る限り今目の前にいる存在に彼女の意識があるとは思えない。如何にも巻き込まれたような様子だったし、そもそも動きがどこか機械的で先月の無人機を思わせる。そうなると、あれはなんらかのシステムによって稼動しているとみていいだろう。

 

 ならば、このキードラゴンは最高の相性といっても過言では無いだろう。

 

「というか、ロックフルボトルの方ね」

 

 そう言いつつビルドは黒いISの懐に忍び、相手の右太ももに位置する個所を蹴りつつ跳び越え、背後を取る。

 

 黒いISは後ろに回ったビルドに対処すべくすぐに振り向こうとしたのだが、そこでそのボディに異常が発生した。突如、身体の一部に動きの鈍い箇所が発生し、その身をよろめかせたのだ。

 その箇所とは、右太もも。先程ビルドが蹴りを入れていた所だ。

 

 【ロックアップシューズ】。ロックハーフボディ側である右足のバトルシューズには接触式の妨害装置を備えており、この足で蹴られた機械類はその部位に組み込まれた特殊機能を封じられる。セシリアのブルー・ティアーズ、鈴音の衝撃砲、ラウラのAICといった特殊能力も該当する箇所に当てさえすれば封じてしまうことが出来る。

 敵はVTシステムによって動いている。VTシステムそのものが特殊機能扱いされていることにより、攻撃された部位が妨害装置の影響でシステムの指示を潤滑に受け取れなくなり、今まさに動きに支障を起こしているのだ。

 

「おっと、脅威なのはロックの方だけじゃないんだよな、これが」

 

 すると、ビルドのドラゴンハーフボディ側から蒼い炎が湧き上がり始める。生きているかのように揺らめく炎はビルドの拳や足に纏い、留まる。

 【ブレイズアップモード】。蒼炎を纏った部位の攻撃性能が急激に上昇するという、ドラゴンボトル特有の能力である。以前戦兎がドラゴンフルボトルを見て感情を昂ぶらせたのも、これ程の力があることをなんとなく察したからでもある。

 

 炎を纏ったビルドは猛攻撃を開始する。滑り込むように相手の懐に潜り込みにいっては強烈なパンチやキックを黒いISに素早く叩き込んでいく。一発一発が黒いISをよろめかせ、反撃の隙を与えずにいるほどに苛烈な攻め。

 締めの一撃に再びロックボディ側で回し蹴りを放ち、黒いISの左腕を捉える。蹴りを与えたことで、その箇所も右足と同様に妨害装置の影響を受けて動きを悪くさせ、急な不測の事態に対応し切れない黒いISの挙動は現時点で酷くなっていた。

 

 一気に流れを掴み、圧倒的有利な立場に持っていったビルド。

 そんな彼の戦闘を離れて観ていた一夏と箒も確信を得ていた。このままビルドの勝利で戦いが終わるに違いないと。

 

「……やはり強いな、ビルドに変身した戦兎は。ISの操縦技術はとりわけ優れたところを見せなかったが、やはり本職となると動きがまるで違う」

「……」

「……一夏?」

「ん、あぁ、いや。なんでもない」

 

 口を閉ざしっぱなしの一夏を気にして箒が声を掛けるが、一夏の反応は鈍い。

 

「もしかして、傷が痛むのか?応急処置はしてあるが、見た目以上に症状が酷かったり……」

「そんなんじゃないって。ただ……あいつが羨ましいっていうか」

「羨ましい?」

 

 一夏は改めて自身の姿を見やる。左腕には黒いISに付けられた傷への簡易な応急手当が施されている。続いて右腕を見下ろすとエネルギー切れで待機状態になっている白式、どこかその輝きは力無い

 手に入れた最初の頃こそ実感が湧かなかったが、セシリアとの決闘で目標を定め、戦闘や訓練を重ねていって、姉の力と誇りを感じさせるその力に喜んでいた。この力があれば、自分の大切な人達が守れる筈だと。

 

 だが、今は違う。

 ISはエネルギーが尽きてしまえば只の鉄の塊、待機形態も装飾品でしかない。ISを失った現在、世界で唯一ISを動かせる男という肩書きも意味を為さない。男だろうが女だろうが、強大な力を使えない以上は平凡へと成り下がる。

 

「(ちくしょう……黙って見てることしか出来ねぇのかっ……!)」

 

 先程黒いISに生身で殴り掛かろうとした時、相手はなんの反応も示さなかった。攻撃とすらみなされていなかったのである。如何に今の自分が無力なのかを、一夏は実感させられる。

 だから、今も戦えている戦兎が羨ましかった。彼が研究し、彼だけが使える力(ビルド)を以て。

 

「勝利の法則は、決まった!」

≪Ready Go!≫

 

 気付けば、ビルドは黒いISに止めを差すところであった。レバーを回した後、左腕から鎖を放出させてISを縛り上げる。更に右腕には蒼炎が出現し、徐々に膨れ上がっていく。

 そしてビルドは、必殺の火球を放った。

 

≪ボルテックフィニッシュ!≫

「はぁぁぁぁっ!」

 

 勝敗は決した。システムに妨害を入れられた上に鎖で封じられた状態で迫るを火球を止める術は黒いISに無く、ビルドの撃った火球はそのまま命中。黒いISは轟、と爆音を立てながら瞬く間に蒼炎に包まれた。

 

 燃え盛る蒼炎に照らされるビルドの姿を見る一夏。

 その瞳に映る感情は……。

 

「俺にも、あんな力があればな……」

 

 燃焼音の中で呟いた彼の呟きを聞いたのは、隣にいる箒1人だけだった。

 

 

 

―――続く―――

 




 かなりあっさり倒してしまったVTシステム……過去のベストマッチを幾つか出して苦戦する予定もあったのですが、もうこの数話は戦闘に費やしているので、作者が描写限か――いっそさっさと相性問題に持ち込んでしまっていいかなって。
 ちなみに今回の展開についてですが、幾つか別の案がありました。説明はまた次回にて……。

■キードラゴンフォーム■
【身長】196cm
【体重】108kg
【パンチ力】19.7t(右腕)16.9t(左腕)
【キック力】17.6t(右脚)24.1t(左脚)
【ジャンプ力】47.4m
【走力】5.1秒

―ドラゴンハーフボディ―
①ブレイズチェストアーマー:胸部装甲。フルボトルの成分を蒼い炎に変換し、全身各部へと展開する機能を持つ。蒼炎を纏った部位は【ブレイズアップモード】となり、攻撃性能が飛躍的に上がる。
②BLDインファイトショルダー:右肩部。腕部の動作を最適化し、格闘攻撃の速度と威力を引き上げる。
③ドラゴンラッシュアーム:右腕部。鋭利な白刃【ファングオブレイド】を利用した切断攻撃が得意で、蒼炎を纏った爆砕パンチで周囲の敵を焼き払うことが可能。
④BLDインファイトグローブ:右拳の強化グローブ。強く握ることで硬化し、打撃性能を強化すると共に反撃ダメージを防いで使用者の肉体を保護する。変身者の格闘センスに応じて能力が増大する。
⑤ドラゴラッシュレッグ:左脚部。ジャンプ力を活かした上空からの急襲ニードロップを得意とし、蒼炎を纏った爆砕キックで周囲の敵を焼き尽くす。
⑥クイックステップシューズ:左足のバトルシューズ。フットワーク最適化機能を備えており、地面を滑るような無駄の無い動きで敵を翻弄する。

―ロックハーフボディ―
①シャッターチェストアーマー:胸部装甲。2重の防護シャッターで守られているため、致命的威力を持つ攻撃も2回までなら防ぎ切る。装甲内部には空間圧縮金庫が組み込まれており、機密書類や貴重品を保管できる。
②BLDセキュリティショルダー:左肩部。頑丈な鎖と錠前を高速生成し、バインドマスターキーへと送り込む。
③インターラプターアーム:左腕部。金色の防護パーツは敵のエネルギー攻撃を遮断する特性を持つ。内部には関節強化ラチェットが組み込まれており、アームロックやヘッドロック等の格闘技を得意とする。
④バインドマスターキー:左腕の拘束具射出装置。頑丈な鎖と錠前を高速射出し、敵の動きを封じる。十分な重さと頑丈さを備えているため、打撃武器としても活用出来る。
⑤BLDセキュリティグローブ:左拳のグローブ。変身者が行った施錠・開錠の操作を自動記録し、閉め忘れ防止の機能を持つ。敵の武器に組み込まれている安全装置を作動させ、無力化させることも可能。
⑥インターラプターレッグ:右脚部。金色の防護パーツは敵のエネルギー攻撃を遮断する特性を持つ。内部には関節強化ラチェットが組み込まれており、レッグロック等の格闘技を得意とする。
⑦ロックアップシューズ:右足のバトルシューズ。接触式の妨害装置を備えており、敵にキックを命中させ、その部位に組み込まれた特殊機能を封じることが出来る。



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第31話 おかえり=ただいま

 

「……うぅ……?」

 

 ラウラが目覚めた時、視界に入ったのは知らない天井だった。普段の彼女ならば漂う薬品の匂いで、ドイツ軍の医務室の経験から此処が保健室であることを連想させるのだが、頭が上手く回らない。

 

「起きたか」

「……教官?」

 

 首を横に傾けると、備え付けの椅子に千冬が座っていた。

 

「動かない方がいいぞ。全身に無理な負荷が掛かってどこもかしこも筋肉痛に苛まれている。動くのも辛いだろう」

「いえ、この程度の痛み、私には痒いくらいで……あいたぁ!?」

「アホ」

「ぐぅ……一体、私に何が……?」

 

 彼女の記憶に最も新しく残っているのは、戦兎のグレー・スケールの一撃を受け、意識を失う直前に誰かから力を与えると言われたこと。それ以降は全く覚えていなかった。

 

 千冬は事情を知らないラウラに説明を始めた。

 まず、彼女の専用機であるシュヴァルツェア・レーゲンには違法研究対象である【VTシステム】が搭載されていたこと。VTシステムはモンド・グロッソの部門受賞者のデータを元に開発された代物で、操縦者の身を省みない機動をする危険性からIS委員会が開発禁止を言い渡した。

 だが、それがラウラの専用機に巧妙に隠されていた。操縦者のダメージ、メンタルが特定の状態に達することで発動するようにして。

 

 それを聞いたラウラはショックを隠し切れなかった。システムの発現を招いたのは、他でもない自分の弱さが原因であると知って。素人と侮っていた戦兎たちに追い詰められ、悪魔の囁きに唆された己が情けなくて仕方なかった。

 

「……私が、弱いばかりに」

「……」

 

 シーツをギュッと掴むラウラの悔しさは、千冬の目から見て明らかであった。

 そんな彼女に千冬は言葉を掛け始める。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ!」

「は、はい!っーーー!?」

 

 凛とした声に意表を突かれ、肩を跳ね上げながら返事をするラウラ。メッチャ痛そうにしていたけど、必死に我慢していた。

 

「お前は誰だ?」

「お、俺の中の俺!」

「そのネタはもうやった」

 

 改めて。

 

「……まぁ、誰でもないというのならなってみせろ、ラウラ・ボーデヴィッヒにな。学校というのは自分を見出す為の場所でもある」

「教官……そこでボケないのですか?」

「さっきからボケてるのはお前だけだ。というか割と余裕あるな」

 

 千冬としてはあまり思い詰めないでいてくれるのは有難いのだが、どうも釈然としなかった。

 

「はぁ、シリアスな雰囲気が台無しだな……お前、そういうキャラだったか?」

「キャラ……?なんの話でしょうか?」

「いや、いい……私は仕事があるからもう戻るが、お前は安静にしていろよ」

 

 そう言って千冬は退出していった。

 

 残されたラウラは言われた通りに養生すべくベッドに身を預け、目を閉じる。先程までずっと眠っていた筈なのだが、今なら穏やかに眠れる気がした。今日まで背負っていた背中の重荷が、軽くなったからだろう。

 再び眠りについたその顔は穏やかであった。

 

 

 

――――――――――

 

 翌日。

 昨日はVTシステムによる騒動があったが、学園はいつも通り機能している。当事者である戦兎たちは事情聴取、観戦していた生徒たちにも箝口令が敷かれており、あの話題を口にする者はいない。

 結果から言うと、VTシステムによる事故は『ラウラの専用機になんらかのトラブルが発生した』という形で誤魔化されることとなった。事実ではあるが、一般生徒はまずVTシステムを知っていることが無いので、殆どの生徒はそれで納得した。

 

 HR開始前、戦兎は自分の机でビルドフォンを弄っていた。

 

「おっ」

「あら?どうしたしましたか、戦兎さん」

「いや、シャルロ……シャルルが今日戻ってくるってさ」

「まぁ、本国での御用事というのが済んだのでしょうか」

 

 送られてきたシャルルのメールを読んでみると、どうやら向こうでやることにもひと段落が着いたのでIS学園にまた復帰するとのことであった。

 

「今日の朝……いや、HRには顔を出せるみたいだな」

「それは良かったですわね。シャルルさんと戦兎さん、随分と仲良さそうにしていましたし戻って来てくれるのは嬉しいのでは?」

「嬉しい、かぁ」

「あら?違いますの?」

「いや、そうじゃないんだけどな。なんていうかこう、待つ側になる機会っていうのが殆ど無かったからな。ビルドになって色んなとこ回ってて」

 

 戦兎が束たちと生活していた頃、戦兎が留守番することはあまり無かった。ビルドとしてスマッシュを倒しに行ったり、記憶を取り戻す為に日用品買い出しがてらに街に繰り出したりしている。

 

「まぁ、束さんかクロエが帰って来たことに気付かないで研究してた時もチラホラあったからな」

「いや同居人としてそれはどうですの……?」

「すべてはフルボトルが魅力的なのが悪い」

「は、はあ。兎に角戦兎さんは、シャルルさんが戻られることは喜ばしく思っていますのね?」

「そりゃ勿論」

 

 ともあれ、シャルルが帰ってくることはちゃんと嬉しく思っていることはセシリアも分かった。

 

「でしたら、掛ける言葉は1つしかありませんわね」

「掛ける言葉……あっ、そう言えばこの間決め台詞言い忘れてた。『さぁ、実験を~』の方」

「そんな言葉を掛けてどうしますの……帰ってきた人に言うお決まりの言葉がおありでしょう?」

「あ、成程、そっちの方ね」

 

 丁度戦兎が納得したところで、教室の入り口が外から開かれる。

 

「皆さんおはようございまーす。朝のHRを始めますねー」

 

 教室に入ってきたのは副担任の真耶。クラス名簿を胸に抱えながら教壇の上へと立つ彼女の仕草も慣れてきたものだ。

 

「それでは朝の連絡事項をお伝えする前に……えぇっと、皆さんに転校生を紹介しますね」

 

 その言葉で教室内がざわめき出す。それもその筈、ついこの間シャルルとラウラが転校してきたばかりだというのに、こんなにも頻繁に来るのは有り得ないだろう。

 しかしざわめいたクラスメイトたちにフォローを入れるべく、真耶が慌てて言葉を付け足す。

 

「あ、えっと、転校生といってもちょっと事情が特殊でして、実は皆さんも知っている子なんですけど……あぁなんて言ったらいいんでしょう……兎に角、入ってきてください」

 

 要領の得ない言葉にクラスメイトたちも首を傾げるしかなく、真耶は真耶で口で説明するより見てもらったほうが早いと判断し、転校生なる人物を教室へ招き入れる。

 

 その人物の姿を見て、戦兎以外の全員が言葉を失った。

 綺麗な金色の髪、それを後ろで尻尾のように束ねた美少女。だがその少女の顔立ちは誰もが見覚えのあるものであった。

 

 皆が愕然としている中で、少女は自己紹介を始める。

 

「シャルロット・デュノアです。改めまして皆さん、よろしくお願いします」

 

 少女――シャルロットは憑き物が取れた笑顔で挨拶を行った。

 

 彼女の裏事情に関しては、その後に真耶が説明を行った。

 今後新たな男性操縦者の出現に備えての生徒たちへの予行練習、及びどこかの企業が男装してIS学園に潜り込むという可能性への対策として、デュノア社と連携してシャルロットをテスターという形で派遣したという。

 勿論、これはシャルロットの本当の事情を隠す為の方便。色々突っつくと穴が見えるような話ではあるが、社会の裏にまだ触れていない少女たちは疑うことなくその話を信じていく。

 

「嘘だ……ボクを騙そうとしている」

「信じてねーじゃねーか!」

「現実を見よう、あれはどう見ても女の子だよ、男の子じゃない」

「大丈夫、また男子制服着せればいいんだから!」

「良くないよ!?もう着ないからね!?」

 

 一部頑なに認めようとしていないが、その内受け入れてくれるだろう。

 

「それと皆さん別件になりますが聞いてください。ラウラ・ボーデヴィッヒさんのことなんですが……」

 

 真耶がそう言うと同時に教室の扉が開き、話題に出ようとした彼女の姿が現れる。

 教室に入ってきたラウラの表情だが、以前までの冷徹さを纏った鉄面皮が嘘のように崩れている。詳しく言うと、申し訳なさそうにしながら周りの様子を窺っているような、今までの彼女では考えられない程に湿っぽい雰囲気であった。

 

「あぁボーデヴィッヒさん。お身体の方はもう大丈夫ですか?」

「う、うむ……あぁいや、はい。お陰様で」

「いえいえ、教師として生徒の怪我を心配するのは当然ですから。ボーデヴィッヒさんも、これからまた宜しくお願いしますね」

「は、はい。こちらこそ」

 

 真耶とラウラによる取り留めの無いやり取り。

 しかし数回の掛け合いだけで、クラスの全員が彼女の変化に気付いた。昨日まで自分以外の生徒を見下すような態度を取り、一夏に対しては敵意を剥き出しにしていた彼女だが、今の姿はすっかり棘が無くなってしまっている。

 

 真耶と話し終えた後、ラウラは一夏の姿を見つけるとそちらの方へ歩いていく。奇しくもその光景は転入初日の時とよく似ていた。

 どうしたのかと一夏が内心疑問を浮かべている中、ラウラは一夏に向けて深く頭を下げた。

 

「済まなかった」

「えっ?」

「これまでお前に向けてきた数々の暴言や敵意、どれも私のお門違いだったということに今更気付かされた。だから……今まで済まなかった」

 

 何故謝られたのか分からなかった一夏であったが、その言葉を聞いて理解した。

 昨日の出来事を経て、彼女の中で何かが変わったのだろう。事件の間は力に固執したラウラもVTシステムも1発ずつ殴って目覚めさせると息巻いていた一夏であったが、既に彼女はその概念から解放されたことに気付いた。

 それに、今の一夏ならば力を求めるラウラの気持ちを分かる気がしていた。

 

「頭を上げてくれ、ボーデヴィッヒさん。君が言ってたように、俺が千冬姉の2連覇をふいにしちまったことは事実だからさ」

「しかし……!」

「じゃあこうしないか?俺は千冬姉の名を二度と汚さない、守る為に強くなってみせる。だからボーデヴィッヒさんの力も貸してくれないか?」

「私の?」

「あぁ。ドイツの代表候補生が協力してくれるのなら、俺ももっと強くなれる筈だからさ」

 

 そう言って一夏はラウラに手を差し伸べた。

 

 彼の手を目の前にしたラウラは、その手に応じていいのか迷った。先日見せた自身の失態、彼女自身は己の弱さが招いたことだと認識しており、自分に彼を鍛える資格があるのか。

 そんな彼女の視界に、クラスメイトたちの姿が映る。ここまでのラウラの変化に気付いた彼女たちは身振り手振りでラウラに賛成する意思を示している。ついでに、反対しようとしている少女2名を取り押さえている姿も。

 彼女たちの後押しを受けてラウラは決断する。この力を改めて、彼や皆の期待に応える為に使うことを。

 

「あぁ……分かった。私のような未熟者の力で良ければ、存分に活用してくれ」

「ははっ、だったら俺は未熟者どころか卵だぜ、卵」

「ふっ、では金の卵であることを期待しているぞ。織斑 一夏……いや、一夏」

「失望はさせないさ……ラウラ」

 

 手を繋ぎ、軽口を叩きあいながらもその表情は晴れやかであった。2人の間にあった因縁は断ち切られ、新たなスタートを迎えることとなる。

 

 

 

―――つづ―――

 

「おい一夏、それはつまり私の協力が不十分だと言いたいのか?」

「聞き捨てなりませんわね。わたくしの指導が不満だなどと……これは次の訓練は本気で仕掛けねばなりませんわね」

「覚悟しときなさいよ一夏、そんな口が利けないように徹底的に潰し……鍛えてやるわ!」

「いやそういうつもりで言ってないから!ていうかどうやって鈴は聞きつけた!?」

 

 丸く収まったと思いきや、拘束から逃された少女達+αが一斉に一夏へと詰め寄り始める。完全に鬼気迫っている。

 一夏の受難は、唯一この場を収められる千冬が来るまで続くであろう。真耶には止められそうになかった。

 

 一方、一夏が大変な目に遭っている中、座っている戦兎の隣にはシャルロットがいた。あの騒動の中でちゃっかり移動していたのである。

 

「これで一件落着、だね」

「だな」

 

 1人だけ一件落着していないのだが、ツッコミ役に回る筈のシャルロットが言い出しているのでツッコめる者がいない。周りの生徒たちも一夏のトラブルに夢中の模様。

 

「ボーデヴィッヒさんも、戦兎に救われたんじゃないかな?きっと後でお礼を言いに来ると思うよ」

「ん?俺はこれといって救うようなことしてないんだけど」

「そう?僕はなんとなくだけどそうは思わないんだよね。戦兎ってその気が無くても結果的に誰かの為に動いたりしそうだし」

「なんじゃそりゃ……あぁそうだ。シャルロットに言わないといけない言葉があるんだったな」

「うん?」

 

 

 

 

 

「おかえり、シャルロット」

「っ!……うん、ただいま!」

 

 こうして、2人の転校生が巻き起こした嵐も終わりを迎えた。

 戦兎の学園生活は、まだまだ続く――。

 

 

 

―――第1章 完―――

 



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第2章ーNext Ridersー
第32話 平和なひと時=近づく暗雲


「はい戦兎、ココア淹れてあげたよ」

「おお、サンキュ」

 

 日曜日の午前中、戦兎は自室で研究を行っていた。

 その傍にはシャルロットがおり、彼女からココア入りのマグカップを受け取るとそれをグイッと一口。甘い味が口内に広がり、研究で働かせた脳に心地よく染み渡る。

 

 シャルロットが戦兎の自室に遊びに来ることは、最早恒例となっていた。他の女子生徒だと男子の部屋に遊びにいくということに高いハードルを感じて中々踏み出せないでいるのだが、シャルロットは別だ。

 何せ戦兎には転入初日から世話役として何かと面倒を見てもらっていたし、男装がバレてからも色々と助けてもらっている。今更部屋に行くことに抵抗など感じないのだ。それどころか、最近は戸棚の物を徐々に把握し始めている程である。

 

「ねぇ、今はなんの開発を進めてるの?」

「ふっ、よくぞ聞いてくれたな。この間、フルボトルが盗まれた事件があったろ?それの対策として開発したスペシャルな発明品の調整が丁度完了したところなんだ」

「それは……ドラゴン?」

 

 工具や端材と混じって机の上に乗っているそれが、彼の言う発明品であることに気付いたシャルロット。

 彼女が指摘したように、その発明品はドラゴンの意匠をこしらえていた。ボディは黒がベースで、甲殻に該当する部分は群青色と黄色、少しだけ赤い炎のデザインが施されている。

 

 一体どのあたりがスペシャルなのだろうとシャルルが思っていると、戦兎はそのドラゴンに備わっているスイッチを押し、ドラゴンを起動させた。

 

≪―♪―♪≫

「わぁ、動いた!それに飛んだ!」

 

 電源の入ったドラゴンはその場から飛び上がり、室内を回り始める。自立行動型ユニットではあるようだが、まるで自我を持っているかのような動き方にシャルロットも色々と驚かされている模様。

 

「【クローズドラゴン】。それがこいつの名前だ」

「クローズドラゴン……クローズってことは、まさか……」

「戸締り的な意味で名付けた」

「すごい直線的……いや戦兎らしいっていえばそうなのかな?」

 

 思えば、戦兎の発明品で凝った名前がついたものが無いような気がしたシャルロットは、何故か納得出来てしまった。

 

「こいつは起動中ずっと音楽を鳴らしててな。隠密行動なんかには滅法不向きだが、不審者を感知してしまえばそれが警報音の役割を果たしてくれて、夜中眠っている時でも警備してくれるんだ」

「そっか、それで音楽を」

「更にこいつには迎撃能力があってな……来い、ドラゴン!」

≪―♭♪≫

 

 戦兎の呼びかけに応じ、ドラゴンは彼の元に飛びながらその口から蒼い炎を吐き出した。キードラゴンフォームの際に発生させた蒼炎と全く同じ炎で、某フォームを見ていないシャルロットもドラゴンが炎を吐くという時点でビックリしている。

 

 対する戦兎は迫る蒼炎をいつの間にか持っていたドリルクラッシャーで防ぎ切ってみせた。蒼炎は空中へと霧散し、完全に消えてしまった。

 

「……と、このように炎を吐いて侵入者を撃退出来るんだ。一般人なら間違いなく追っ払える」

「い、いきなり室内で火を使うのはやめてよ!火事になったらどうするのさ!?」

「平気平気、室内外の壁床に防火用のコーティングを施しといたから、花火で遊んでもCHA-LA HEAD-CHA-LA」

「室内でパチパチしちゃダメだからね!?頭からっぽでもやっちゃいけないことがあるからね!?」

 

 戦兎の行動にはより一層注意しなければならないと心に決めたシャルロットであった。

 丁度お昼時になったので、2人は食堂へ向かうことにした。というより、『ここからが面白いところなんだけど』とキリが無さそうだったのでシャルロットが切り上げさせたのだが。

 

 食堂についた戦兎たちは外出していない女子生徒の集まりで賑わっている中、券売機でそれぞれ注文を取り始める。

 

「ねぇ、戦兎は何が食べたい?」

「マロンパフェ」

「デザートじゃん!というかなんでマロンをチョイスしたの……?」

「気分に関しては法則ではどうしようもないんだよ。というか心理学は門外漢だから、俺」

「寧ろ戦兎は心理学を勉強した方がいいんじゃ……」

 

 なんだかんだ言いながら2人は注文を決めて、料理が来るまでカウンターにて待つことに。

 すると、2人の耳に中央でグループになっている女子たちの会話が届く。その話題の対象は、戦兎であった。

 

 

「ねぇ見てあれ、2人目の男子だよね?」

「赤星くん、だったっけ?私クラス違うんだよねー」

「ぶっちゃけどう?織斑くんと比べて」

「てぇ↑んさいで強いらしいけど、割と奇行が多いとのこと」

「何その残念なイケメン」

「けどさ、この間の事件でビルドに――」

「馬鹿!その話題は箝口令が敷かれたでしょ!」

「この馬鹿!馬鹿野郎!間抜けぇぃ!」

「ボロクソに言われたでござる」

 

 それからは別の話題が盛り上がり、戦兎の名前が出ることは無くなった。

 しかし微妙な評価を下されたことによって当の本人……ではなくシャルロットの表情が曇る。それ以前に本人が近くにいるのに会話のネタにするというのがいい気分ではなかった。

 

「……皆、好き放題に言っちゃって」

「どうかしたか?シャロロット」

「戦兎はいいの?あんな風に言われても。というか今噛んだよね?シャロロットって言ったよね?」

「別に誰かにどう思われてようとなぁ……シャルルットはそういうの気にするのか?」

「まぁ、僕に限らず誰だって少しは気にすると思うけど……っていうかまた噛んだよね、わざと?わざとなの?」

 

 戦兎のことだから間違えてもいないしわざとでもないのだが、2度も違う名前を出されたら流石にシャルロットも戦兎に詰め寄りたくなった。

 

「いやいや、わざとじゃないんだって。ほら、ルからロへの移りってちょっと難しいだろ?つい口が回らなくなってさ。そんな時もあるってカカロット」

「もう完全に別人になったよね!?文字は半分以上合ってるのに果てしなく遠い存在になったよね!?というじゃ今まで普通に言えてたし、ちゃんと使い分けてたじゃん!」

「そう言われてもな……あ、じゃあ愛称みたいなの付ければいいんじゃないか?呼びやすい呼び方で」

「あ、愛称っ?」

 

 それを聞いてシャルロットはドキリと胸を弾ませた。これまでの彼女は普通に名字か名前で呼ばれており、愛称をつけられたことが実はまだ無い。

 初めての愛称、しかも好きな人につけてもらえるとなると心が躍らない筈が無かった。

 

「シャルロット……シャルル……うん、【シャル】なんてどうだ?」

「シャル、シャル……うん、いいよ、僕もそれがいい!」

 

 今戦兎が普通にシャルロットと言えていたのだが、違うことに意識が向いていた彼女はそれに気付いていない。

 戦兎が考えてくれたシャルという愛称を、シャルロットは嬉しそうにしながら口に馴染ませるように何度か繰り返し呟いている。

 

 そんな彼女の姿を見て、戦兎は『そんなに気に入ってくれたか。てんっさいは命名も完璧だからな』と内心ほくそ笑んでいた。

 

「ねぇねぇ戦兎、もう一回呼んでみてくれないかな?」

「?まぁいいけど……シャル」

「えへへぇ……」

 

 間もなく注文していた料理が届いたので、2人は空いている席に移動して雑談を交わしながら昼食を摂り始める。

 

 ちなみに、彼らの一部始終を見ていた先程とは別の女子グループがいて……。

 

「……あれ、どう思う?」

「あの間に入り込む勇気も、あれよりいい雰囲気になる自信も無い」

「はぁ、どう考えてもデュノアさんの一人勝ちだよね」

 

 こうして一夏の競争率が高まっていくのだが、当の本人が知る由もなし。

 

 

 

――――――――――

 

 戦兎たちが食堂にいる頃、学園内の整備室にて。部屋の灯りは点いておらず、部屋の中を照らしているのは窓から僅かに挿し込む日光と起動中の電子ディスプレイの明かりのみ。

 薄暗い部屋の中を、カタカタとキーボードを叩く音だけが繰り返し鳴っている。その音を齎しているのは、1人の少女だった。

 

 ディスプレイの証明に照らされている少女はノーフレームの眼鏡を掛けており、垂れ目の中には真っ赤な瞳が。髪色は水色と特徴的で、毛先の癖が強いせいで内側に撥ねているものが多い。頭部には機械式のヘッドギアが付けられている。

 少女の名前は【更識 簪】。IS学園の1年4組クラス代表にして、日本の代表候補生の座についている人物である。

 

「……」

 

しかし、彼女は大きなコンプレックスを2つも抱えている。

 

 その1つは、自身の専用機が無いこと。

 実を言うと彼女の専用機は4月中にでも完成される予定だったのだが、開発先である倉持技研が織斑 一夏の専用機開発を優先する方針を取り出し、これまで進めてきた彼女の専用機開発を急遽中止したのだ。白式が完成した後も開発が再開される見込みが立たず、簪は学園でISを使用するイベントにも満足に参加出来なかった。

 社会から大きな裏切りを受けた簪は技研への信用を失い、未完成である自身の専用機を自らの手で完成させることを決意し、開発権を強引に譲り受けて今日まで完成に向けて努めてきた。全ては技研の連中の鼻を明かす為に、そして自身の姉の偉業に追いつく為に。

 

 2つ目のコンプレックスとなるのが、その姉である。

 彼女の姉はこの学園の生徒会長にして、実家である更識家の17代目当主。裏工作を実行する暗部に対する為の対暗部用暗部【更識家】は古くから日本政府に仕えている名家で、彼女は16という若さでその長となった。

 成績優秀運動神経抜群、容姿端麗料理上手でコミュニケーション能力達者、それでいて学園最強の実力を有しているというまさに完璧超人。更識家に生まれた期待の子とまで大人たちに言われる程である。

 故に妹である簪は、そんな姉の姿が眩し過ぎた。完璧すぎるが故に自らの才覚が平凡であることを悟り、それは大きな劣等感へと生じていった。幼き頃に憧れていた姉も、歳を重ねる毎にどこか妬ましく思い始めてしまい、そんな自分を嫌悪するようにもなる。

 

「……はぁ」

 

 お昼時ともなれば、自分の空腹を誤魔化すのにも限界が来る。簪は作業の手を止めて小さく息を吐いた。

 開発の進捗具合は、あまり思わしくない。おおまかな骨格は積み上がっており、ある程度の肉付きも行いつつあるのだが、細かな調整を行う度にシステム間で齟齬が生じ、何度も修正を試みなければならない。精密な微調整が求められるので、その分開発速度も遅くなってしまう。それ以外にも武装の開発や稼働データだって取らなければならない。

 

 こんな調子では、いつまで経っても専用機なんて――。

 

「よう、ちょっといいか?」

「ひゃあっ!?」

 

 無警戒の状態で後ろから声を掛けられて、完全に不意打ちとなった簪はビクゥ!と肩を震わせる。元々内気な彼女には刺激の強すぎる出来事だ。

 素早く後ろを振り返ってみると、金髪の女性が申し訳なさそうにしながらこちらを向いていた。

 

「あー、悪い悪い。後ろから声掛けちゃそりゃ驚くよな。といってもあんた、入り口から背ぇ向けた状態だったからそうするしかなくてな」

「……先輩、ですよね?リボンが無いので、どちらかは分からないですけど……」

 

 IS学園の学年はリボンの色で判別出来る。1年生は青で2年生は黄色、3年生は赤色といった具合に分かれており、1年生の簪も青色である。

 が、対面している少女はリボンを付けていないのでどの学年か特定が出来ない。ちなみに彼女の格好は大きく胸元を開いた上着に加えて、下半身はガーターベルトと極めて短いスリットスカート。短すぎて下着がチラチラと見えてしまっており、同性の簪も目のやり場に困って視線を泳がせるしかない。

 

「おう、3年生だ。更識 簪ってあんたのことで合ってるよな?」

「えっ……あ、はい……」

「実は校門のところで研究員にこいつを渡して欲しいって頼まれてさ。手紙らしいけど」

「研究員……?」

 

 研究員、という言葉を聞いて身構える簪。彼女と縁がある研究員、もといIS研究施設となると倉持技研しか思い浮かばなかったので、倉持の手の者だと考えたからだ。

 

 そんな彼女の警戒を知ってか知らずか、金髪の少女の捕捉が入る。

 

「一応オレの方で身元の方は確かめておいたぜ。明応研究所っていう最近立ち上げたIS開発が主の研究施設から来たらしい」

「明応研究所……」

「見たところ特に怪しい物が入ってるわけでもなさそうだし、見るだけ見てもいいんじゃないか?んじゃ、オレは行くぜ、邪魔したな」

 

 そう言って金髪の少女はヒラヒラと手を振りながら整備室から出ていった。簪がお礼を言おうとする前に、彼女はその姿を見えなくさせる。

 

 取り敢えず簪は、手渡された手紙の封を破って中身を確認する。手紙の文頭から彼女は目を通し始める。

 

『初めまして、更識 簪様。突然のお話に驚かせてしまい、大変に申し訳ございません。しかし日本の代表候補生の1人である優秀な貴女様の耳にお聞かせしたい案件が発生しましたので、こうして手紙を差し向けた所存でございます』

 

 驚いたのは否定しないが、『優秀』という言葉に心が揺れ動くのを感じながらも彼女は続きを読んでいく。

 

『今日に至るまでISの開発を主に進めてきた当局ですが、実を申しますとISの新たなステージを追求すべく水面下で独自の研究を進めておりました。その研究内容と言うのが――』

 

 その後の文を読んだ簪は、えっ、と驚きの混ざった小さな声を零した。

 

 彼女の瞳が移した単語は―――【ビルド】。

 そう、3年前の登場から今日に至るまで様々な場所に出現し、怪人を倒して世間から注目を浴びているあのビルドである。

 簪は幼い頃から、特撮やアニメで活躍している謂わば『ヒーロー』という存在に憧れていた。正義の味方が悪を倒すその光景は今見ても爽快で童心をくすぐられる。彼女自身も、正義の味方に助けられるような展開を憧れていた。ビルドもまた、彼女にとっては憧れの対象である。

 まるで都市伝説として知られている存在――【仮面ライダー】のようだと、奇しくも憎んでいる織斑 一夏と同じことを思いながら。

 

 読み間違いかと思って文章を見直してみるが、やはりビルドという単語が間違いなく書かれてあった。簪は困惑しながらも続きを読んでいく。

 

『その研究内容というのが、近年世界中で活躍しているビルドという戦士です。我々はかの力こそがISを次の舞台に上げるのに必要だと確信し、研究を重ねてきました』

『そして、ついにビルドの力に匹敵する発明品を完成させることに成功しました。後は稼働データを十分に取り、ISの土台に組み込むことで究極のISが出来上がります』

『その稼働データの収集、それを簪様にお願いしたいのです』

 

 ドクン、と簪の胸が高鳴る。

 私が、あのビルドのようになる?そう思い出した簪は逸る気持ちと共に読む速度を速めていく。

 

『倉持技研がISを動かせる初の男性である織斑 一夏の専用機開発を優先したことによって、簪様の専用機は未完成となってしまったことは我々も聞き及んでいます。倉持技研の対応は同じ技術者としても許せないと感じております』

『専用機の件もですが、何より代表候補生である優秀な簪様を蔑ろにする所業は誠に理解出来かねます。我々は簪様の能力を正当に評価したうえで、貴女に当計画の協力を提案させていただきました』

『協力していただいた暁には、使用された発明品とISやビルド関係の各種データを譲渡いたしますのでそのままご自由にお使いくださいませ』

『我々には貴女の力が必要なのです。どうか前向きにご検討いただきたく、お願い申し上げます』

 

 文章はそこで終わっている。手紙以外には近場の地図が入っており、指定した日取りに件の発明品を該当場所に置いておくので、要請に応じる場合はそこに行って回収してほしいとのことであった。

 

 手紙を読み終えた簪は、自分の心臓が普段よりも早まっているのを感じた。今の自分の悩みに直結する提案、それがこうして目の前にあると考えると謎の緊迫感が湧き上がる。

 手紙の内容自体は普通に考えれば怪しく思えてしまう内容だ。急にこのような話を持ちかけることも、抽選といった手段でなく態々名指ししてくるところも訝しい。冷静な状態なら悪戯か悪徳な勧誘行為という線も推察に含められるだろう。

 

「……」

 

 だが、今の簪にはその提案はあまりにも魅力的すぎた。

 『優秀な貴女様』『貴女を正当に評価したうえで』『貴女の力が必要』……日頃から優秀な姉と比べられ続けてきた自分がここまで求められる。それはこの上なく嬉しいことであった。

 そして、自身がずっと憧れていたヒーロー。助けられる側ではなく、自分が助ける側になれるのだという。

 

 手紙から目を離して、開発中の自身の専用機を見る。

 4月の頃から自分なりに開発を続け、少しずつではあるが完成に近づけてきた。もしもこの件に協力するとなれば、開発の時間は削れてしまうだろう。

 だが、今のまま続けていても完成はいつになるのか分からない。2、3年生になってからか、それとも卒業した後か。そうなってしまうならば、有用なデータを得る為にこの話に乗った方がいいのではないだろうか。

 

「私、は……」

 

 視線を手紙に移し直す簪。

 やがて彼女は、一世一代の決断を下す。

 

 

 

―――続く―――

 




「それにしても、愛称をつけるくだりが滅茶苦茶強引だったよね」
「作者の構成が下手くそだから……」


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第33話 臨海学校に向けて=へぇ、デートかよ

 IS学園からそう遠くない市街地の道路を、マシンビルダーに乗ったビルドが時速80kmで駆け抜ける。通り過ぎる車を軽やかなバイク捌きで追い抜きながら、グングンと先へ進んでいく。追い抜かれた車の運転手や道行く通行人が、そんなビルドの姿を見て驚愕の色を表情に浮かべている。

 

 今回もビルドはスマッシュを倒す為に授業を抜けて現場へと向かっている。いつものようにマスターから連絡を受けた彼は、既にビルドへの変身を済ませている。

 

 それから暫くして目撃情報のあった現場へと到着したビルドは、マシンビルダーを停車させて地に足をつける。そしてそのまま周囲を見渡し始める。

 場所は既に使われていない廃工場で、近々工事の手が入る予定だと入り口の看板が示していた。しかし中の荒れ具合は、とても工事の予定が早まって出来たものだとは思えない。暴力的な地面の抉り方、壁等の損傷、間違いなくスマッシュの仕業である。

 

 だが……。

 

「なぁマスター、またスマッシュがいないんだけど」

『マジかよ。こっちもさっきから追加の情報を待ってるんだけど、全然こねーんだよなぁ』

「はぁ……これで3回目か」

 

 現場に来たのに、スマッシュがいない。ここ最近になってスマッシュを討伐しにきたビルドが味わうこの空振りは、既に1度や2度の回数ではなくなっていた。

 ビルドも続報を待ちながら周囲を探し回ってみるが、痕跡は工場内で途絶えているようで別の場所に移動した形跡は無い。空を飛べるスマッシュ、移動能力に優れたスマッシュであるならば、とっくに情報が入っている筈だ。

 

 結局、それから少し待っていてもスマッシュの情報が入ることは無かった。

 

「あーあ、今回は予め変身してすぐに対応出来るようにしたのに、これも無駄骨だったな」

『ドンマイとしか言いようが無いな。どうする、ウチに寄って売り上げ貢献に努めるか?』

「いんや、織斑先生に気付かれるかもしれないし、真っ直ぐ帰るわ」

 

 あの先生は勘が異様に鋭い。弟である一夏に対しては特に敏感で、彼がおかしなことを考えていると真っ先に見抜いてみせるのだ。尤も、当の一夏が分かりやすいというのもあるのだが。

 

『あいよ。それじゃあ気を付けて……おっ?』

「ん?まさかスマッシュ?」

『……いや、どうやらさっきのスマッシュが倒されたのを目撃した奴がいるらしい』

「倒したぁ?」

 

 スマッシュがいなくなっている時点で可能性として留めてはいたが、改めて言われると俄かには信じ難い話が飛び込んできた。

 ビルド以外でスマッシュに対抗出来る者など、現時点では軍用レベルのISくらいしか存在しない。それで辛うじて撤退に追い込める状態で、しかも公に軍用ISを使用すれば各国から目を付けられてしまうので、基本的にそれをスマッシュ討伐に向かわせることは叶わない。第一、そうなればISが市街地を飛び行く姿が目撃されているだろう。

 

 ビルドでもなく、軍用ISでもない『何か』がスマッシュを倒した。ビルドとしては聞き逃せない話である。

 

「で、スマッシュを倒したのはどんな奴だって?」

『えー何々……見たことも無い金色の戦士が現れて、そいつがスマッシュをあっという間に倒したんだとさ』

「金色の戦士とかそれ絶対に孫 悟飯だろ……勝てる気がしないんだけど」

『いや戦う前提なのがおかしいから。取り敢えず悟飯ちゃんの仕業じゃねーのは確かだべ』

「チチが乗り移ってんぞ」

 

 おふざけを入れながらも、ビルドはマスターから得た情報を脳に刻み込んだ。

 金色の戦士。それを突き止めない限り、また空振りする羽目になるに違いない。

 

 ビルドはバイクで学園に戻りながら、金色の戦士を探す方法を考えるのであった。

 

 

 

――――――――――

 

 学園に帰還した戦兎は千冬に報告した後、退室した職員室の前でシャルロットと顔を合わせた。

 

「あ、お帰り戦兎。今日も早かったってことは……」

「ただいま。あぁ、俺が着く前にスマッシュは倒されてたっぽい」

 

 どうやらシャルロットは戦兎を迎えに来たらしく、彼の進む方向に合わせて自分も肩を並べて歩き始める。ちょうど昼休みに帰ってきたので、その足で食堂に向かう算段である。

 

 食堂に着いた頃には、戦兎はシャルロットに金色の戦士のことまで伝え終えていた。

 

「金色の戦士……それが戦兎に代わってスマッシュを倒してるってことだよね」

「まったく許しがたい話だ。これで俺は3度も新しいフルボトルに出会える機会を失ったってことになるからな」

「まぁ、うん、戦兎らしい考えだよね」

 

 2人で日替わりの洋食ランチを選び、空いている2人席に向かい合って座る。戦兎はコーンスープを、シャルロットはサラダをそれぞれ1口目に選んで食事を摂り始める。

 

「けどその金色の戦士、かなり手際がいいのか……それともスマッシュに圧勝出来る程に強いのか、どっちなんだろ?」

「というと?」

「だって戦兎が駆けつける前に戦闘を終わらせて、姿を消すくらいに時間の余裕があるんでしょ?生半可な実力じゃ戦兎が着いた頃にもまだ戦ってると思うし」

「ふむ……確かにそうだよな」

 

 戦兎はシャルロットの推理を頭に噛み締めながら、パンを千切って口に放り込む。

 

「むぐ……俺としてはもう1つ気になることがある」

「何を?」

「その金色の戦士が、どうやってスマッシュを見つけ出してるかってことだ。ここ最近のスマッシュの出現地点はどこもここから近い場所にあるけど、近場を拠点にしてるにしても見つけるのが早すぎる。一般人からの発見がネットで呟かれる前に見つけて、それで倒す必要もあるんだからな」

「あ、そっか。3回目になってようやく金色の戦士の目撃情報が入ったってことは、そういうことだもんね」

 

 今回は運が良かったが、もし一般人がいち早く見つけてくれていなかったら今日も進展は得られないままだっただろう。

 そうなると、金色の戦士はどうやってスマッシュを見つけ出しているのだろうか。時間の猶予を考えると、それこそスマッシュが現れてから間もなく発見しなければならないが……。

 

「……いや、そもそも見つけ出すという発想が違うのか?」

「えっ?」

「もしもの話だ、シャル。その金色の戦士が自らスマッシュを生み出していると考えるなら、どうだ?」

「ス、スマッシュを!?」

 

 思わず大きな声を出してしまったシャルロットは、気付いた時には周囲の視線が自分に集中していることに気付く。その居た堪れなさに彼女は顔を赤らめながら肩を狭めて静かになる。

 

「ど、どうしてそういう見解に至ったのっ?」

「ぶっちゃけ憶測の域を出てないんだけどな。その金色の戦士がスマッシュを倒せるほどの力があるっていうなら、もしかすると金色の戦士はビルドの……或いはフルボトルの研究を応用して作った存在かもしれん。実際、スマッシュを即席で作ることもフルボトルを使って変身する技術を持ってる組織はいるからな」

 

 戦兎の脳裏に過るのは嘗て戦ったコウモリ男、ナイトローグの姿。

 もしも奴が金色の戦士となんらかの関わりを持っているならば、この一件は戦兎にとってますます調べる価値がある。

 

 戦兎はハンバーグの上にフォークを突き立てながら、今回の件に介入する意気込みを強めるのであった。

 

「……けどなんにせよ、先ずは金色の戦士を見つけないことには話が始まらないんだよなぁ。どうしたもんか」

「えっと、それなんだけどね戦兎。僕からちょっと提案があるんだけど……」

「ん?」

 

 提案とはなんだと戦兎がシャルロットの顔に注目すると、彼女は何故か恥ずかしそうに顔を俯かせている。先程の一斉注目の時にも顔を赤らめていたが、今の彼女の紅潮はそれとはまた違った毛色を漂わせている。平たく言うと、どこか甘ったるい雰囲気だ。

 

 そして待ち続けること数秒。もごもごと口を動かしていたシャルロットが意を決して口を開いた。

 

「こ、今度の日曜日なんだけど、僕と……デ、デート……しない?」

 

 その瞬間、周りの少女達はマンドラゴラのような声にならない悲鳴をあげた。

 

 

 

――――――――――

 

 そして日曜日。

 IS学園に最も近い大型モール、レゾナンスへと2人はやってきた。衣食住を揃えるならここ、と地元でも言われているだけあって日曜日の影響もあるだろうが今日も大きな人混みが出来上がっている。

 

 IS学園の外ということで、戦兎たちも制服ではなく私服で街に赴いてきている。

 戦兎はゆったりとした黒とグレーのツートーンTシャツに青のジーパンで、首元に薄手の黄色いスカーフを巻いている。隣のシャルロットは水色のワンピースの上に白いカーディガンを羽織っており、そこそこいいブランドのハンドバックを腕にぶら下げている。

 

 早速買い物を、と言いたいところなのだが早速問題が顔を見せ始めた。

 

「なんか周りから視線受けてね?」

「受けてるね……」

 

 周囲の人たちが戦兎たちの方を見ている。その理由は、モデルが務まりそうな美男美女の2人組が街にいることで一際目立っているから。目をハートにさせていたりデレデレしていたり、ハンカチを噛んでいたり血涙を流していたり。

 

 恐らくこの場に留まっていても面倒事に巻き込まれるだろうと踏んだシャルロットが、戦兎を連れて移動を開始する。

 

「それでシャル、まずはどこに行くんだ?」

「えっと、水着売り場かな。戦兎も持ってなかったって言ってたでしょ?」

「言ってたけど、ホントに要るのか?臨海学校なんてデータを取る為のイベントだろ?」

「そういう認識してるのはクラスでも君だけだと思うよ……1日目は自由時間なんだから、そこでちゃんと必要になるの」

 

 相変わらずの研究能な戦兎に頭を抱えながら、シャルロットは彼と肩を並べて歩いていく。

 今回の買い物デートに当たり、シャルロットは臨海学校に必要な物を揃えるという目的をその1として提案してきた。基本的に研究に必要な物と必要最低限の生活品と甘い物しか揃えない彼が水着など持っている筈も無く、彼を臨海学校の自由時間で遊ばせる為にも説得を兼ねて水着を買わせにきたのだ。勿論、自分の分も。

 いつもの戦兎なら今日は外に出ずに研究がしたいといって断る可能性もあったが、そこでシャルロットは最近の金色の戦士の出現を利用した。

 その2の提案として、こうして外出した際にスマッシュが現れた時にいち早く現場に向かえるようになるというものだ。幸いにも戦兎のバイクはビルドフォンとフルボトルさえ持っていれば持ち運びは容易なので、IS学園から赴くよりも遥かに速い。上手くいけば金色の戦士がいなくなる前に現場に到着出来るかもしれないのだ。

 

 こうして戦兎は主に2つ目の提案に乗っかってシャルと買い物することにしたのである。

 

「戦兎は海に行ったこと無いの?」

「あー、スマッシュと戦った時に2回ぐらいあったかな。どっちも海辺だったから泳いだりとかはしてないけど」

「へぇ。それじゃあ臨海学校の時は一緒に泳がない?それに皆と一緒にビーチバレーとかしてさ」

「うーん……まぁ、研究の気晴らしにでもやってみようかね」

「おっ、言ったね?約束だよ?」

 

 水着売り場に向かう足で、他愛の無い話で盛り上がる2人。

 シャルロットとしては、こうして話をすることで戦兎の人となりを少しずつ知れるのが嬉しかった。彼のことをもっと知ることが出来るこの時間が好きで、いくらでも一緒にいたいと思えた。

 改めてシャルロットは、自分が今まで他人事だと思っていた恋に夢中なのだと実感した。きっかけこそ唐突ではあったが、こんなにも自分の気持ちが昂ってしまう程に想い焦がれている。

 

「(そ、そういえば僕ら、異性で2人っきりで買い物……もといデートしてるんだよね……いやいや僕からデートって言ってたけど。ひょっとして戦兎も意識してくれてたりなんかは……)」

「ん?どうかしたのか?」

「だよね……」

「?」

 

 戦兎にそういう感性があるのなら、シャワー室で裸の状態で出くわした時にもっとそれらしい反応をしていてだろう。まさかの無反応なのだから、シャルロットも自分に女性としての魅力が無いのか不安になってしまう。

 だが、もしも戦兎が女性の……シャルロットの身体に興味を抱いたのなら、フルボトルの時のように興奮してくれるのだろうか。

 

「(ぼ、僕はどういう想像をしてるのさ……!で、でも、あんな風に求められるのもそれはそれでいいかも……)」

「シャルー、おーい、シャルー」

「は、はいぃ!?」

「どうした急に。いや、もう水着売り場に着いたんだけど」

「そ、そっか。もう着いたんだね。あ、あはは……」

 

 危ない妄想に片足を突っ込んでいたシャルロットであったが、戦兎の声が掛かったので手遅れにならずに済んだ。

 

 そんなこんなで、2人は水着売り場の前へと到着する。

 やはり女尊男卑社会の影響は売り場の体制にも及んでおり、女性の水着売り場の方が圧倒的にスペースを確保している。男性の水着売り場などその半分にも満たない広さで、まるで女性の前で肩身を狭くする男性を体現しているかのようである。

 

 さて、水着売り場が性別によって分かれているとなれば、必然的に2人はそれぞれ別の水着売り場へと行かなければならない。

 女性側にいても意味が無い戦兎がその場を離れようとすると……シャルロットが咄嗟に彼の手を握って引き留めた。

 

「うん?」

「あっ、えっと、その……戦兎に僕の水着、選んで欲しいんだけど……ダメかな?」

 

 上目遣いでそう戦兎に問いかけるシャルロット。

 彼に水着を選んで欲しいというのも勿論理由の内なのだが、折角2人でデートに来ているのにいきなり別行動になるのは寂しいから、というのも含まれてる。それに彼の水着の好みを知るいい機会でもある。

 

 やはりそういうのは面倒だろうか、とシャルロットが内心で不安を抱くのとは裏腹に、戦兎の返答はその心境を明るい方向へと晴らすものであった。

 

「いいぞ」

「え、いいの?」

「いや君頼んできた側だよね?別に俺は自分の水着に拘らないし、選んで欲しいっていうならそうするさ」

「……うん、ありがとう」

 

 自分の方を蔑ろにするのはいただけないが、こちらの要望を汲んでくれるその姿勢をシャルロットは素直に嬉く感じた。

 そのままシャルロットは戦兎を連れて女性の水着売り場へと足を踏み入れる。後で自分も戦兎の水着を見繕ってあげようと思いつつ。

 

 水着売り場に入って間もなく、戦兎たちは思わぬ顔見知りと出くわすことになる。

 

「……一夏と」

「ラウラ……?」

 

 IS学園での友人2人が、特集されている水着の前で真剣に水着を選んでいた。

 

 

 

―――続く―――

 




 中途半端になりましたが、今回はここまで。


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第34話 戦士の名は=仮面ライダーグリス

 

「む?おぉ、シャルロットに戦兎ではないか」

「えっ?あ、ホントだ。どうしたんだよ2人ともこんなところで」

 

 戦兎たちの姿に気付いたのはまずラウラで、眼前の水着から視線を離して彼らの方へと向き直る。隣にいる一夏も彼女に倣ってそちらの方を向いている。

 

「それは僕たちの方が聞きたいよ。2人で一緒に買い物してるなんて……しかも水着売り場で」

「一夏、お前男なのに女物の水着見てるってことは……やっぱり一夏くんじゃなくて一夏ちゃんだったか」

「何!?一夏よ、お前が真剣に選んでいたのはまさかそういうことだったのか……?」

「ちげーよ!ラウラがどの水着を選んでいいか分からないって言うから、俺なりに考えてたんだろ!?というか一緒にいたお前が真っ先にその疑問を持つのはおかしいからね!?」

 

 既視感を覚えるようなあらぬ疑いを掛けられている一夏であったが、これ以上話をややこしくしない為に状況説明に入り出す。

 

 先ず、何故一夏とラウラが2人でこのレゾナンスに来ているのかということだが、きっかけはラウラの誘いからであった。

 ラウラはこれまで一夏のことをずっと目の敵にし続けており、彼には転校初日から平手打ち、ISの訓練途中に横から発砲、友人のセシリアたちを負傷させて怒りを買うといった仕打ちを行ってきた。既にセシリアや鈴音だけでなく、クラスメイトたちにも謝罪を行ってそれぞれから許しを貰ってはいるが、ただ謝るだけではラウラの心にしこりが残ってしまう。

 なので今回は全員に向けたお詫びの品を買う為、そして特に迷惑をかけた一夏に直接お詫びをする為に彼を誘って近場の大型モールであるレゾナンスにやってきたのである。

 

「だが慣れない土地にこの人混みは少々堪えてな……来て早々迷子になった」

「だからってISの通信機能を使った時は本気で焦ったぜ……千冬姉とかにバレたらどうするんだよ」

「ひとっ走り付き合えよ、というやつだな」

「行き先が地獄なのは遠慮したいんだけど……」

「で、ここにいるのはラウラの水着を探してるってことでいいのか?一夏の分じゃなくて」

「だから違うわい!……ホントは来る予定は無かったんだけど、途中でラウラが学園指定用の水着しか持ってないって聞いてさ。ちょうど近くを通りがかったし、見ていこうってなってな」

「別に私は学園指定の物で良かったんだがな……『女の子なんだからこういうのに興味を持ってみてもいいんじゃないか?』と言われてな。まぁ結局、どういった水着が良いのか私も一夏も分からなかったのだがな」

 

 そして悩んでいる最中に戦兎たちが合流した、というわけである。

 

 すると、シャルロットがポンと手を叩いて提案を投げ掛けた。

 

「そうだ、この際だからラウラの水着も一緒に選んじゃおうよ」

「む、それは私としては有難い申し出だが……しかしいいのか?シャルロットも戦兎と買い出しに来ているのだろう?」

「丁度僕たちも水着を買いに来てるんだし、ここで会ったのも何かの縁だからさ。あ、戦兎は大丈夫だったかな?急にそんな話にしちゃったけど」

「ん?あぁ、俺も別にいいぞ」

「ごめんね、僕の方で勝手に決めちゃって……けどありがとう」

 

 シャルロットから話を振られる戦兎であったが、その辺りに無頓着な彼がNOと言うことはなく、話が滞る様子も無い。

 

 その後一夏もシャルロットの提案に了承したことによって、4人は水着選びを始める。取り敢えず、先ずは各自が店内を見て回ってシャルロットたちに合う水着を見繕うことになった。

 

「けどまぁ、シャルも中々にお人好しだよな」

「どうしたの?急に」

「今日は自分の為の買い物に来たんだろ?なのにこうしてラウラの水着を選んでやってるのを見てると、そう思いたくもなるって」

 

 勿論戦兎は嫌味のつもりなど無く、素直に感心したうえでの発言である。

 ここ最近のクラスメイトと交流する彼女の姿を見ていて思ったのだが、彼女はお人好しと言ってもいいくらいに人が良い。頼まれごとをされれば嫌な顔一つせずに了承したり(ただし男装のお願いは全力で拒否している)、一夏の訓練にも引き続き協力したりといった具合に、その人当たりの良さが見て取れる。

 

 しかしやはり戦兎としては不可解でもあった。一夏もそうであるが、そこまで他人に入れ込む理由がどこにあるのかと。

 

「うーん、お人好しなのかなぁ……僕はただ、友だちの助けになれたらいいなって思ってるだけなんだけど」

「そういうもんか?」

「そういうものだと思うよ?」

 

 やはりまだ戦兎にはその辺りを理解するのは難しいらしい。彼が納得出来るようになるのは、もう少し先になるだろう。

 

 そのまま2人でぶらついていると、戦兎の目にとある水着が止まった。

 

「おっ。シャル、この水着とかどうだ?」

「それは……」

 

 戦兎が手に取ったのは、ビキニとセパレートの中間をとったデザインの水着であった。色はシャルロットの髪色よりも濃い黄色で、黒と黄色のストライプをしたスカートが付属されている。

 

「色合い的にシャルに似合ってると思ったんだけど、どう思う?」

「わぁ……!うん、いいよ、僕もそれがいいと思う!」

「ふっ、フルボトルのベストマッチを見つけ続けてるから第6感が鍛えられてるんだよ」

「勘って鍛えられるのかな……じゃあ僕のはこれにするねっ」

 

 戦兎から渡された水着を大事そうに胸に抱えるシャルロット。その表情はいつになく嬉しそうに綻んでいる。

 試着もせずにそれに決めたのは、彼女自身がこの水着を一目見て気になったというのもあるが、戦兎が自分に似合うと思って推してくれたことが何よりも重要であったからだ。

 

「よし、これでシャルの分は決まりだな。後はラウラの分だけだけど……」

「あっ、それならこれなんてどうかな?丁度今見つけたんだけど」

「ほう……これは多分いいと思うぞ。俺の第6感もそう告げてる」

「その言葉便利だね……それじゃあ、2人のところに戻ろ――」

 

 と、その時であった。

 戦兎の懐でビルドフォンの着信音とバイブレーションが同時に発生して存在を主張し始める。

 電話の持ち主である戦兎は隣のシャルと目を合わせた後、素早く懐から取り出して耳に当てる。

 

「もしもし、マスターか?」

『おう、マスターだ。そしてスマッシュの目撃情報と……金色の戦士が現れたっていう情報が入ったぜ』

「っ!」

 

 金色の戦士というワードに反応してピクリと耳を動かす戦兎。

 

「互いの場所は?」

『スマッシュはそこから北東10km先の住宅街、金色の戦士は南の方角からバイクでそっちに向かってるのが目撃されてる。場所はスマッシュの場所から7~8kmってとこか』

「分かった、すぐに向かう」

 

 戦兎は通話を終了させると、シャルロットの方へ身体を向け直す。

 

「悪いシャルロット、ちょっと行ってくる」

「ちょっと聞こえたんだけど……金色の戦士が現れたんだよね?」

「あぁ。場所もそう遠くないし、上手くいけば奴の姿を見れる筈だ」

「……気を付けてね、戦兎」

 

 案ずるシャルロットの想いを頷くことで受け取った戦兎は、彼女に背を向けて現場へ向かって走り始める。

 

 走り行く彼の姿を見送っている最中、シャルロットの背後からラウラたちの声が掛かる。

 

「シャルロット?戦兎の姿が見当たらないようだが、どこへ行ったのだ?」

「……スマッシュが北東の住宅街に現れたんだって。それと、金色の戦士も」

「金色の戦士……!」

 

 その単語を聞いて、一夏の様子が一変する。

 

 金色の戦士の噂は、既に世間に知れ渡っている。現れた日数こそ浅いものの、迅速にスマッシュを倒すという結果とここ最近の目撃情報が合わさってネットでも騒がれるようになった。

 『ビルドとは異なる新たな戦士!』『その実力はビルドをも超えるか!?』『スマッシュを即座に倒す、第2の正義のヒーロー誕生!』といった見出しの書き込みも今では注目の記事となっている。

 

 一夏もいくつかその書き込みを流し読みしたことがあり、その存在を知っていた。だからこそシャルロットの口から出たその名に反応したのだ。

 ・・・…尤も、その反応はただ知識として知っているだけにしては妙に違和感があるのだが。

 

「……俺も、そこに行ってくる」

「い、一夏!?」

「いきなり何を言っているのだお前は!?我々の持つ専用機は公共の場で使うことは原則禁止されている!お前が行ったところでどうにもならんぞ!」

 

 ラウラが止めに掛かるが、それは当然の反応であった。彼女が言うようにISの専用機は特定の場所以外では展開することを禁じられている。破ろうものなら妥当な線で専用機剥奪、度合いによって所属国からの罰則や代表候補生辞退といったものがある。

 ちなみにラウラが先程ISの通信機能を使おうとしたのも軽度のそれであるが、今は何も言わないでおく。

 

 兎に角、公の場でISを使うことが出来ない以上、ラウラたち代表候補生のように特殊な戦闘訓練を受けている者以外は単なる一般人と遜色なくなってしまう、つまり一夏がそれに該当するのだ。

 そんな彼が行ったところで、野次となんら変わりない。ラウラが言いたいのはそういうことである。

 

 しかし彼女にそう言われても、一夏の思いは変わらなかった。

 

「住宅街……そう、住宅街って言ってただろ。もしも逃げ遅れた人がいたら、その人たちの避難を手伝わなきゃならない。今の俺にだって、出来ることはある筈だ」

「確かに、被害が甚大であるならばそういった人手は欲しいだろうが……我々が首を突っ込まずとも、警察が駆けつけてくれるだろう」

「っ……悪い!」

「あ、おい一夏!」

 

 ラウラの言葉を聞きながらも、それを受け入れたくないかのようなそぶりを見せた一夏は詫びの言葉を吐きながらその場を走り去り出した。ラウラの制止を振り切り、スマッシュの出現場所方面に位置する出口に向かって。

 

 一夏を掴むことが叶わなかった手をダランとぶら下げつつ、ラウラは嘆息する。

 

「まったく、急にどうしたというのだ一夏の奴」

「……ねぇラウラ。一夏の様子、なんかおかしくなかった?」

「む?まぁあの様子を見る限りではな」

「うん。どう言えばいいのか分からないけど……焦ってるような、思い詰めてるような……とにかく、いつもの一夏の調子じゃないのは確かなんだよね」

 

 どちらもIS学園に転入してきた分、他の女子よりも一夏との付き合いが短い彼女たちだが、今の彼がおかしいというのは十分に判断できた。人付き合いの裏表が無い分、読心術が可能なくらいに彼は分かりやすい。

 そんな一夏のあの様子。シャルロットもラウラもあまりいい予感はしていなかった。

 

「悪い事態にならなければいいんだけど……」

「……そうだな」

 

 

 

――――――――――

 

 一方、現場では新たな進展が起こっていた。

 スマッシュの出現場所となる住宅街。整備されていたであろう道路や並木道には焼け跡や瓦解といった暴れた痕跡が残されており、そこで戦闘が行われていたことを匂わせる。幸いにも血痕や人が倒れているといった、人的被害が生じたような跡は見当たらなかった。

 

 スマッシュの姿はもうおらず、そこにいるのは2人だけ。

 1人は戦兎。もう1人は……。

 

「やっとご対面だな」

「……」

 

 金色の戦士。ついにその姿を戦兎の前に現せた。

 金色と銘打っているだけあって、腹部、肩部、腕部、脚部には黄金に輝いた装甲が装着されている。下に着ているボディスーツが黒色なのもあり、より一層光沢を放っているように見える。

 赤い複眼は戦兎を捉えているが、その下の表情がどうなっているのかは分からない。

 

「……ビルドが、私になんの用?」

「なんの用と言われると、それはまぁ色々と。見慣れないベルトを使ってるみたいだが、それにフルボトルも……ボトル?」

 

 思わず相手の腰部分を2度見する戦兎であったが、見間違いでもなんでもなかった。

 ドライバーに装填されている物、それは従来のフルボトルとは大きく異なる形状だった。俗に言うパウチ型、ゼリー飲料に用いられることが多い容器である。

 標準的なボトルタイプ、そしてIS学園に来る前から所持しているものの未だ使用していない【とあるボトル】の形状とも異なる、全く新しいアイテムに戦兎の目が輝き始める。

 

「成程、ベルトの外見からするにそいつを圧縮させることによって中の成分をより多く強く抽出することが出来るのか……」

「あの……」

「レバーはレンチの形にすることで動作を最適化させるか……回す際に起こるベルト内の連動は全てあれで済むのか?それとも何か異なる循環作用を成り立たせてるのか?だとするとあそこの計算式が……」

「ちょっと……」

「見たところ武装は持っていないが俺のドリルクラッシャーみたいな展開が可能なのか?近接武器なのか遠距離武器なのか、それとも本体の高スペックを支える補助向けの武装か?おーい、武器持ってるなら全部見せてくれないかー?」

「いや勝手に1人で話を進めないでよ……!」

 

 ついに痺れを切らした金色の戦士が声を荒げて戦兎の勢いを遮った。こうなった戦兎は無理矢理にでも会話の流れを絶たなければ止まることは無い。

 

「くっ……それで、さっきも聞いたけど私になんの用?」

「あぁはいはい、用ね。まぁこうして会う前はスマッシュからボトルの成分を採取出来なくなるから即刻やめてもらおうと思ってたんだが……予定がちょっと変わった」

 

 そう言いながら熱の籠った視線を金色の戦士のベルトへと向ける戦兎。それを指差しながら、彼はハッキリとこう告げた。

 

「そのベルト諸々に興味が湧いたから……貰うわ、それ」

「っ!」

 

 その言葉を聞いた金色の戦士は、反射的にベルトを守るように後ろへ下がった。

 戦士――更識 簪にとって、このベルトは決して渡してはならない物。これはあらゆる物を失い、何も持っていない自分に齎された『今までの自分を変えてくれる物』である。ここで渡してしまえば、きっと自分は奪われ続けて失意に陥っていたあの頃に戻ってしまうだろうと、簪は不安を抱いていた。

 ならばこそ、戦ってでも阻止しなければならない。姉の時や専用機の時のように何もしないまま奪われることなく、今度こそ自分の力で自分の物を守ってみせると。

 

 たじろく身体を立て直し、仮面の下で深く息を整えた金色の戦士は姿勢を戻して戦兎の前に立ちはだかる。

 

「……これは渡せない。渡すわけにはいかない」

「まっ。そう言うとは思ってたさ……なら力尽くにでも貰うさ」

 

 断られているのに悠々とした態度を貫いている戦兎は、いつものように懐からドライバーとフルボトルを取り出すと、それらを装着し始めていく。

 

≪ラビット!≫≪タンク!≫

≪ベストマッチ!≫

 

 最も使い慣れたフルボトルとベストマッチ。それを選択した戦兎はレバーを回して周囲にスナップライドビルダーを形成していく。

 

≪Are you ready?≫

「変身!」

 

 赤と青のハーフボディに挟まれ、戦兎の身体がビルドの姿へと変貌する。

 戦兎の趣味で入れた音声・音楽とともに、装着に伴う蒸気の噴出を巻き上げながら赤と青の戦士がそこに参上する。

 

≪鋼のムーンサルト!ラビットタンク!イェーイ!≫

「さぁ、実験を始めようか、金色の……っと、そういえばあんた名前とかあるの?」

 

 決め台詞を言った後、戦兎が思い出したように戦士の名前を問う。いつまでも金色の戦士という呼び方では格好がつかない……こともないのだが、如何せん長ったらしくて面倒臭い。

 

 その問いに応じ、彼女は自らの名を明かす。

 更識 簪の方ではない、戦士としてのこの名前は―――

 

 

 

 

 

――【仮面ライダーグリス】

 

 

 

――続く――

 



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第35話 定刻の反逆者=海賊レッシャー

 

 仮面ライダー。

 その単語は戦兎も耳にしたことがある。以前一夏と試合した際にも、彼もその言葉を口にしていた。

 人々の自由を守る為に、人知を超える怪物たちと戦う戦士の称号。何年前からいて、何人いるのかは不確かだが、仮面で素顔と正体を隠して生きる彼らのことは都市伝説として今も語られ続けている。

 

 そして戦兎の目の前にいる戦士――グリスは、その仮面ライダーを名乗った。

 

「仮面ライダー、ね。まさか噂の都市伝説が現れるとは思わなかったな」

「……私が勝手に名乗ってるだけ。そもそも、公に触れ回ってもないし……それに、私はあなたのことも仮面ライダーだと思ってる」

「俺が、仮面ライダー?」

 

 そう言われてビルドは少々面喰ってしまった。

 先程も言ったように、仮面ライダーの話題は4月に一夏と行ったことがある。その時は一夏からも同じようなことを言われ、戦兎も戦兎で自身のビルドと組み合わせても語呂が良さそうだという程度の認識は抱いていた。

 しかしそれから今に至るまで、実はビルドは自身を仮面ライダーだと公言したことは無い。積極的に広めるつもりが無かったので、世間では相変わらず『ビルド』として名が通ったままだ。

 

「あぁー、確か俺も初めに聞いた時はビルドに合ってていいなとは思ってたっけ……一夏にも似たようなこと言われたわ」

「……いち、か?」

「あれ、知ってんの?織斑 一夏。まぁ有名だから知っててもおかしくはないか」

 

 1人合点がいったように頷いているビルドを余所に、グリスの雰囲気は徐々に雲行きが怪しくなり始めた。

 グリス……簪にとって一夏は自身の専用機を得る機会を失わせた憎い相手。その辺りは大人の事情で事態が動いていたので彼が何かしたというわけではないのだが、彼がそのことを自覚していないだろうということが許し難いのだ。せめて罪悪感の1つでも抱いていればこちらも諸々を汲むことが出来るのだが、あの男は何食わぬ顔を貫き通している。

 故に簪は、一夏のことが嫌いだ。

 

「……別に。色々と文句言いたいことがあるだけ」

「マジかよ。あいつどんな恨みを買ってんだか……あ、なら後で連れてこようか?さっき向こうのモールで会ってさ――」

「必要、無い……!」

 

 ビルドの言葉は遮られ、行われるはグリスの果敢な突進。地を力強く蹴って一気に距離が詰まり、その握られた拳はビルドへと放たれる。

 その攻撃を受け流しながら、タンク側のアームでストレートパンチを放つ。が、それはグリスによってガッチリと防がれてしまう。

 

「今はあなたからこのベルトを守ることが大事……これは絶対に渡せない……!」

「いい台詞だ。感動的だな。だが貰います」

 

 喋っている間は凌ぎ合っていたが、ビルドの方から拳を離してバックステップで距離を取る。すぐに空中にドリルクラッシャーを展開させると、その持ち手を掴んで馴染ませるように一振り。

 武器を得たことによって再びビルドはグリスに向かって走り出し、巧みに得物を振り回しながら相手に襲い掛かる。トリガー部に指を引っ掛けることによって回転はスムーズになり、一種の曲芸のようでありながら武器の軌道を読み難くさせる厄介な攻撃となる。

 

「ふっ……」

 

 対するグリスは焦らず、冷静に立ち向かう。相手に適正距離を与えないように後ろに下がりながら軽い身のこなしで相手の振るう武器を捌いていく。序盤は若干被弾するものの、簪本人の戦闘センスがすぐに場を整えて、ビルドの攻撃を次第に確実に防いでいくようになる。

 やがて攻撃の隙を見出したグリスは、ビルドの肩部に裏拳を叩き込んで仰け反らせてみせる。

 

「うおっ……!」

 

 肩部に衝撃が走るビルドは後ずさる最中にドリルクラッシャーを地面へと差し込むと、それを軸にしてグルリと回転。そこから手を放し、遠心力による加速を得たままグリスに向けて飛び蹴りを撃ち込んだ。

 蹴りはグリスの腹部を捉え、その身を数メートル先にまで突き放す。

 

 ジンジンと痛む腹を押さえながら、横転しないよう足裏を地に何度も擦りながら後退するグリス。

 その隙を利用してビルドはドリルクラッシャーをガンモードに移行させると、相手との距離を保ちながら光弾を連続で発射していく。

 

「ふふーん、どうやら遠距離武器の類いは持ってないみたいだな?」

「くっ……嘗めないで……!」

 

 光弾を懸命に掻い潜るグリスは、近場の柱を遮蔽物とする為に勢い良くそこへ横転し、一時的に安全圏を確保する。

 銃弾が被弾しない内に、彼女は『とある物』を懐から取り出して、ベルトに挿入されている物とそれを素早く取り換える。取り換えた後、右手でベルトに備え付けられているレンチをグッと下ろし、ベルトのギミックで『とある物』に圧が掛かる。

 

 とある物の正体は……砦のデザインが表面に施されたフルボトル【キャッスルフルボトル】であった。

 

「それは……!?」

 

 動揺するビルドを余所に、キャッスルフルボトルを使用したグリスの装甲に変化が起こる。両肩部にあるパウチ状の装甲、そこからホットブラウンに近い色の、ゼリーのような物体がボコボコと湧き上がるように噴出し、装甲を覆っていく。

 やがてゼリーが固まると、グリスの両肩部には大型の砲門がそれぞれ出来上がっていた。

 

「ふっ!」

「うおぅ!?」

 

 グリスの掛け声と共に、肩の大砲から砲丸サイズのエネルギー弾が発射される。寸でのところで回避行動を取ったビルドの傍を通り過ぎ、地面に着弾して激しい爆音を巻き起こす。当たらずとも分かる、それはビルドの銃よりも威力の高いものであるということが。

 更にそこから連射に移行する。避けたらすぐに次の弾丸が発射される程度のペースで撃ち出され、ビルドも当たらないように正確にそれらを避けていく。

 

「ったく、厄介だな!」

≪Ready go!≫

 

 回避を続けていく中でビルドは、ゴリラフルボトルをガンモードのドリルクラッシャーに装填させ、その銃口をグリスへと定める。

 グリスがエネルギー弾を発射した直後、ビルドも銃の引き金を引いた。

 

≪ボルテックブレイク!≫

 

 銃口から放出されたのは、先程までの通常の銃撃とは異なり一回り大きなエネルギーの弾丸。ゴリラフルボトルの成分が単純なパワーの引き上げを齎したことにより、弾丸の大きさに反映されたのである。

 巨大なエネルギー弾同士がぶつかり合う。僅かな拮抗を起こした後、エネルギーが耐え切れなくなって両者の間で爆発と衝撃波が発生する。

 

 巻き起こる風を対面しているグリスと同様に手で凌ぐビルドは、相手の砲撃の威力の高さに舌を巻く。フルボトルと自作の武器を合わせた必殺技、ボルテックブレイクはフルボトル次第でスマッシュを撃破するに至る程の威力を持つ。先程のゴリラフルボトルもその一枠に加わっており、それを相殺するとなると相手の砲撃の威力は……。

 

 そのように分析していると、グリスの方で新たな動きが。

 キャッスルフルボトルを抜き取ると、今度は別のフルボトルをドライバーに装填し始めた。右手側のレンチを掴み、それを下ろしてフルボトルを圧縮させる。

 キャッスルに代わる新しいボトルのデザインは、クワガタムシ。

 

「あれは……剣?」

 

 キャッスルを使用した時と同様、グリスのアーマーからゼリーが噴出する。今度は肩からではなく両掌の噴出孔からで、それぞれ長筒のように湧き上がった後に固型し、彼女の手に収まる。

 剣とビルドが呟いた通り、その形状は一般的な刀剣に当て嵌まるものであった。癖の無い直刀で、グリスの両腕にそれが一刀ずつ携えられている。剣が2本となると、まるでクワガタムシの強靭な鋏を表しているようである。

 

「いや、ほんとにクワガタなんだろうけどさ」

「……急に何?」

「こっちの話」

 

 独り言を耳聡く聞かれていたようだが、適当に流しておいた。

 間もなく興味を失したグリスがビルドに対して肉薄を行い、ビルドは迫り来る2本の剣をブレードモードに直したドリルクラッシャーで捌いていく。

 

「くそ、攻撃が激しすぎるっ」

 

 しかし剣が2本となると、その手数も圧倒的に多い。防ぐことで手一杯になろうとしているビルドはこの窮地を打開すべく、4コマ忍法刀を召喚してドリルクラッシャーと併用を開始する。

 

 2刀流対2刀流。剣と剣がぶつかり合う音が人の気の無い市街地に響く。

 その対決に優位な状況を保っているのは、ビルドの方であった。グリスの変身者である簪はどちらかというと近接よりも射撃方面に強い傾向があり、近接が苦手というわけでもないのだが、経験や技術の差でビルドに一歩劣っているというのが裏側の事情。あのまま手数で押し切れていれば問題無かったのだが、ビルドの対応の早さがそれを挫いたのだ。

 

 分が悪いと踏んだグリスは剣を弾いて後ろへと飛び退き、ビルドとの距離を離す。

 

「くっ……!」

 

 剣を捨て、再びキャッスルフルボトルをドライバーに装填してレンチを下ろす。彼女の肩部にキャノン砲が再度姿を現した。

 

 フルボトルを取り換えて換装を入れ替えるその様子を見ていたビルドは、即座に一計を立て始めた。

 

「……これはひょっとしたら、あの新しい武器とベストマッチの出番か?」

 

 そう言うとビルドはドライバーに刺さっているラビットとタンクのフルボトルを外すと、腰に取り付けている替えのフルボトルを手にしてそれをシャカシャカ振り始める。そして順番にドライバーに装填していく。

 

≪海賊!≫≪電車!≫

≪ベストマッチ!≫

 

 ドライバーを回しながらグリスに向かって走り出すビルド。

 ビルドの行動に不意を突かれたグリスは、迫り来る彼に向かって砲撃を行っていく。

 

≪Are you ready?≫

 

 周辺に着弾する砲撃と、それに伴う爆発。

 怯む事無く、脚を止める事無く、ビルドは力強く唱える。

 

「ビルドアップ!」

 

 真正面からエネルギー弾が飛来すると同時に、スナップライドビルダーが前後に展開して弾丸と接触。そして発生する爆発。

 巻き上がる爆発の中から、新たな姿となったビルドが飛び出した。

 

≪定刻の反逆者!海賊レッシャー!イェア!≫

 

 【ビルド・海賊レッシャーフォーム】

 右胸部・右腕・左脚がライトメタリックブルーの装甲の海賊ハーフボディで、左胸部・左腕・右脚がライトメタリックグリーンの装甲の電車ハーフボディ。

 海賊側の装甲は肩部が砲台を備えた帆船のようなデザインとなっており、6門の砲口が既にグリスに狙いを定めている。他にも右腕を半分程度覆うマントが装着されている。電車側は肩部が遮断機と信号機、腕部が電車を象った装飾となっており、その名に違わない出で立ちである。

 

 そんな新たなるベストマッチフォームに加えて、彼の右手には新たなる武器【カイゾクハッシャー】が握られている。

 錨の形をした武器であるが、彼はその下片刃部分を持ったまま先端を前方のグリスに突き付け、シャンク(錨柄)部分に左手を掛ける。まるでその姿は弓を番えているかのようであった。

 

≪各駅電車ー≫

 

 シャンク部の端を引っ張ると、カイゾクハッシャーから機械音声が発生した。駅内のアナウンスのようで緊迫感が薄いそれではあるが、対峙するグリスの警戒度を強めさせ、次の砲撃に取り掛からせようとする。

 その前に、ビルドの左手がシャンク部から離れた。

 

≪出発!≫

 

 カイゾクハッシャーに取り付けられている電車型攻撃ユニット【ビルドアロー号】が本体から射出され、エネルギー体となってグリスへと襲い掛かる。

 突然の射撃に不意を突かれたグリスはそのままエネルギー弾を身体に受け、砲撃を中断させてしまう。

 

 その隙にビルドは、いつの間にか戻っているビルドアロー号を再び所定の位置に引き戻し、再度シャンク部を引っ張った。

 

≪各駅電車ー≫

≪急行電車ー≫

 

 先程の分に続く新たな機械音声、そしてそれに伴ってカイゾクハッシャーに集まるエネルギーの光が強くなっている。

 グリスが拙いと思った時にはもう遅く、次弾は既にカイゾクハッシャーから離れていた。

 

≪出発!≫

 

 武器に集まっていた光の強さ通り、その威力は初弾に比べて上昇していた。更にエネルギー体が発射直後に分散し、あらゆる方向からグリスへと向かっていく。

 回避が間に合わないと判断したグリスが腕を交差させてそれを防御したが、弾丸は彼女の身体諸共弾いてみせた。

 

 衝撃で倒れないように踏ん張るグリス。

 なんとか堪えた彼女の眼前には、既にビルドが武器の届く距離にまで迫っていた。

 

「確かにあんたのその砲撃は威力が高いし、性能も中々だ。双剣の方もそっちの技量が今よりも高かったら俺もかなりヤバかっただろう。……が、それには致命的と言える欠点がある」

「ま、まずっ……!」

 

 ビルドとグリスの間合いは、既に近接武器で戦う際の距離となっている。もしここでグリスが砲を使えば、使用者も余波で巻き添えを食いかねない状況だ。

 近接戦闘に切り替える為に即座にクワガタフルボトルを取り出す彼女であったが、それをドライバーに装填することは叶わなかった。

 

「多分仕様の都合でその2つを同時に展開することが出来ないんだろうな。だからこうして、攻撃手段の切り替え時に大きすぎるラグが生まれるっ!」

 

 ビルドがカイゾクハッシャーを斬撃武器として振るい、フルボトルを握っていたグリスの左腕を狙い、フルボトルを取り零させたのだ。クワガタフルボトルは敢え無く地に落ち、彼女の元から離れるように転がっていく。

 

「しまった……!」

「(あ、ビルドも大概ラグだらけっていうのは言わないお約束で)」

 

 だって切り替えるモーションがあった方が格好いいし分かりやすいんだもの、とは戦兎の持論。

 そんなことを考えながらもビルドはカイゾクハッシャーを振るってグリスに2、3発の斬撃を浴びせ、腹部に蹴りを叩き込む。

 

 短い呻き声を上げて吹き飛ぶグリスを見やりながら、3度目の射撃準備に入るビルド。

 

≪各駅電車ー≫

≪急行電車ー≫

≪快速電車ー≫

 

 初弾、2撃目よりも長く引き絞る。やはり集まるエネルギーは時間に比例して輝きを増していき、今放てば更なる威力を秘めた射撃を期待出来るだろう。

 しかし、ビルドはまだ手を離さない。視界の先にいるグリスが立ち上がる姿を見逃さないよう、ジッと構えを整えている。

 

 そしてグリスが立ち上がった直後、カイゾクハッシャーの放つ光が最高潮に達した。

 

≪海賊電車!!≫

 

 どこかおどろおどろしいドスを効かせた機械音声がフルチャージを報告。

 その言葉を待っていたビルドは、フッと小さく息を吐いた後にシャンク部の方の手を離し、射撃の瞬間を齎す。

 

≪発射!!≫

 

 これまでのビルドアロー号に加え、武器先端部の海賊船型攻撃ユニット【ビルドオーシャン号】がエネルギー体となって放たれる。

 ビルドアロー号よりも大きなユニット、そして2体に増えたという環境下で行われる攻撃。各駅電車や急行電車の時点で射出していた時よりも多大なエネルギー弾幕が展開され、複雑な軌道を個々で描きながらグリスへと迫っていく。

 

「あ――」

 

 キャッスルフルボトルの効果で迎撃するにも、既に効果が切れていて間に合わない。クワガタも手元に無く、今回未使用のフクロウもこの場を凌ぐ為の能力を有していない。

 

 そして、グリスは――。

 

 

 

―――続く―――

 




 ついにグリス登場……なのですが早速負けイベントを体験。すまん簪ちゃん……ここから徐々にメイン張っていくから……。
 実は今回出たグリスは、とある理由で公式のものと比べてスペックが大きく見劣りしています。詳しくは次回以降で明らかに。

 更にキャッスル、クワガタ、オウルのフルボトルの使用効果が原作と異なっていますが、この3つのフルボトルはスマッシュへの変身用ではなく、簪(グリス)の武装として取り扱うという、今作品でのオリジナル設定で通していきたいと思っております。

・キャッスル…一定時間、両肩部に強力なキャノン砲を武装。(モチーフは仮面ライダーゾルダのシュートベント{肩Ver.})
・クワガタ…一定時間、2振りの斬撃武器を武装。(モチーフはスタッグハードスマッシュのラプチャーシザース)
・フクロウ…一定時間、自身に飛行能力を付与する。効果中に他の飛行能力持ちのフルボトルを使用することで、飛行性能上昇や特殊能力付与等を齎す。(モチーフは特に無し。強いて言うなら仮面ライダーカリスのフロート)

■海賊レッシャー■
【身長】189cm
【体重】95.8kg
【パンチ力】12.0t(右腕)12.7t(左腕)
【キック力】15.0t(右脚)13.8t(左脚)
【ジャンプ力】39.4m
【走力】2.5秒

―海賊ハーフボディ―
①マリンチェストアーマー:胸部の振動装甲。打撃攻撃を受けると装甲の表層が波打つように揺れ動き、衝撃を拡散・吸収することで受けるダメージを軽減させる。
②BLDボヤージュショルダー:右肩部の船首型ユニット。6門の砲撃装置から頑丈な砲弾やワイヤー付の銛を射出することが可能。
③マルチセイルマント:多機能マント。風の力を推進力に変換し、跳躍中の方向転換や滑空等、空中のアクションを幅広く補佐する。形状変化機能が組み込まれており、海中の物を捕える投網や防護シートに変化する。
④キャプテンラッシュアーム:右腕部。フェイントを混ぜた連続攻撃を得意とし、敵の防御を崩すと共に痛烈なパンチを浴びせることが可能。
⑤BLDパイレーツグローブ:右拳のグローブ。武器の取り回しに長けており、カイゾクハッシャーで斬撃と射撃の混合連続攻撃で敵を攻め立てる。
⑥キャプテンラッシュレッグ:左脚部。フェイントを混ぜた連続攻撃を得意とし、敵の防御を崩すと共に痛烈なキックを放つことが可能。
⑦シークルーズシューズ:左足のバトルシューズ。バランス制御に優れ、不安定に揺れる船やロープの上でも安定して戦うことが出来る。足裏には水上移動ユニットが搭載されており、海上を走ることが可能。

―電車ハーフボディ―
①ライナーチェストアーマー:胸部の多重装甲。装甲列車レベルの防御力を持ち、砲弾が飛び交う危険なエリアを安全に駆け抜けることが出来る。
②BLDフミキリショルダー:左肩部の遮断機型ユニット。伸縮自在の遮断バーでスマッシュの行く手を遮り、逃げ遅れた人々の避難をサポートする。大音量の警報を鳴らし、たじろいだ敵を遮断バーの高速スイングで打ちつけるといったことも。
③デンシャラッシュアーム:左腕部。腕部の動作を補助する駆動システムが施されており、進路上の障害物やスマッシュを押し退けて進むことが出来る。敵集団に密集されて、通勤ラッシュ状態になっても難なく脱出が可能。
④トレインガントレット:左腕部の特殊装置。左腕の攻撃速度を4倍に引き上げる電磁加速装置が組み込まれている。装置を作動させるにはパンタグラフ型の充電ユニットに、周囲の架線などから吸収した電気エネルギーを送る必要がある。
⑤BLDエクスプレスグローブ:左拳のグローブ。電磁加速装置を高稼働させて、電車型の電気エネルギーを纏った電撃車両パンチを繰り出す。
⑥デンシャラッシュレッグ:右脚部。脚部の動作を補助する駆動システムが施されており、進路上の障害物やスマッシュを押し退けて進むことが出来る。敵集団に密集されて、通勤ラッシュ状態になっても難なく脱出が可能。
⑦レールウェイシューズ:右足のバトルシューズ。長距離走行を得意とし、撤退を目論む敵をどこまでも追いかけ続け、消耗させる。足裏の車輪を高速回転させ、キックで敵の装甲を削り取る。



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第36話 手に入れたベルト=改良の道へ

 ビルドとグリスの対決が終盤に差しかかっていた頃、一夏は途中でタクシーを拾って現場付近まで駆けつけていた。

 既にスマッシュの目撃地点周辺には避難勧告が発令されており、直接車で現地まで行くことは叶わなかったが、その近くまで乗せてもらうことで、後は自分の脚で現場に行くという流れになった。タクシーの運転手にもこの先には行ってはいけないと言われたが、適当に誤魔化した後にその姿が去っていくのを確認し、ビルドたちのいる場所へと向かった。

 

 走ること数分、一夏が現場に辿り着いた時には既に2人の勝敗は決していた。

 一夏はその場で立っている方……ビルドに変身している戦兎に声を掛けた。

 

「戦兎!」

「ん?あれ、一夏じゃん。なんでここに来てんの?」

「いや俺は……ってそんなことはいいんだ、それよりも金色の戦士は!?」

 

 自分でも説明し難い心境でこの場に赴いているので、口が上手く回らなかった一夏は話を逸らす意味も含めて現状を尋ねた。

 それならほれ、と指を差すビルドの示す方角に目をやると、そこには先程まで金色の戦士――グリスに変身していた少女が倒れ伏している姿があった。金色の戦士の正体が女の子、その事実に一夏は驚愕した。

 

「女の子!?しかも……IS学園の制服じゃないか!」

 

 驚くべき点は正体が少女というだけではなかった。彼女が着ている物は一夏にとって既に見慣れた制服、IS学園の女子生徒用の制服だったのだ。

 身近にいる人物が噂の戦士の正体だった、それは嘗て戦兎がビルドに変身した時にも似た衝撃であった。

 

「へぇー、まさかIS学園にいたなんてな……まぁ取り敢えずは……」

 

 一夏程ではないが驚くビルドは変身を解除すると、少女――更識 簪の方へと歩き出す。正確に言うならば、彼女の前に転がっているドライバーへ。変身が解除されたのと同時に、彼女の身体から離れたのだろう。

 

 戦兎がそれを拾い上げると共に、簪の身体がピクリと動いた。

 

「……うっ……」

「っ!まだ意識があるのか!」

 

 目敏く気付いた一夏が簪の傍に駆け寄ると、その身体を抱き起こす。そして軽く揺さぶって彼女の意識が戻るのを促し始める。

 

「なぁ君、しっかりしろ!大丈夫か!?」

「う……うぅ……?」

 

 身体を揺らされたことによって簪の意識が鮮明さを取り戻し、その瞳が徐々にハッキリとしておく。

 だが簪は意識を取り戻した矢先に、その目を大きく開かせると抱き上げていた一夏をなんと強く突き飛ばしたのだ。一夏が突き飛ばされて仰向けに倒れ込むが、それと同時に突き飛ばした本人である簪も一夏の胸から離れ、そのまま仰向けに落下して頭を打つという結果に。

 

「い、いてて……きゅ、急にどうしたんだよ。驚かせたのなら謝る――」

「来ないで……」

「――えっ?」

「来ないでって、言ってるの……」

 

 明確な拒絶の意志。

 照れているから、恥ずかしいからといった理由ではなさそうな雰囲気を放つ彼女とその眼光に一夏は思わず身じろいだ。

 

「な、なんでだよ。俺は君を助けようと――」

「そんなこと、頼んでない……それに、私に苦い思いをさせたあなたなんかに、助けられたくない」

 

 そう言われる一夏であったが、彼は簪に見覚えが無かった。朴念仁故に好意を抱く少女の恋心を裏切る言動をとって怒らせることはしばしばある彼だが、面識の無い人物からの怒りを受けるというのは最近に遭ったラウラというケースがあっても慣れていない。

 

 どういうことか尋ねようとする一夏であったが、その前に簪が戦兎の方に顔を向け、その表情を動揺によって崩した。

 つい先程まで自身の腰に巻いていた物、ドライバーが彼の手に収まっていることに気付いて。

 

「そ、それ……!返して――っ!?」

 

 急いで取り返そうとする簪であったが、起き上がろうとした途端、先程の戦闘で負ったダメージが衝撃となって身体中に走り、立ち上がれずに再び地面に倒れ伏す。

 アスファルトに肌を擦りつけて痛みに顔を顰めながら、懸命に戦兎の持つドライバーに手を伸ばす。

 

「返し、て……!」

 

 しかし、戦兎の返答は無慈悲なものであった。

 

「駄目。そもそも俺はコレ目当てに戦ってたようなもんだし、返すようなことしないって」

「戦兎、流石に返してやれよ!幾らなんでも可哀想だろっ」

 

 戦兎の情けの無い対応に反感を覚えた一夏が彼に食って掛かるが、改めてくれる様子は一切無い。

 その態度に思うところを抱いた一夏が、再び異議を唱えようとした時であった。

 

 3人の元へと訪れる2人の人影。それらはどうやら此方に向かって走ってきている模様。

 それは一夏のことが気になってここまで追いかけてきた、シャルロットとラウラであった。

 

「戦兎!一夏!」

「これは……既に事が済んでいるみたいだな」

 

 シャルロットが2人の名前を呼びながら戦兎の方へと駆け寄り、一方でラウラは走りを歩みへと変えながら周囲を一瞥し、倒れている一夏の方へと向かう。

 

 2人の登場がありながらも、簪は構わずにドライバーへと手を伸ばし続ける。

 

「ぐ……返、し……」

 

 しかし、それはついに限界を迎えた。

 戦闘でのダメージ・疲労の蓄積は油断出来るものではなく、目覚めた後も密かに精神を削り取られていた彼女はそこで再び意識を失い、伸ばした腕をガクリと落とした。

 

 彼女が気絶したのを見た一夏が慌てて彼女に駆け寄る。突然倒れたので何事かと思ったが、失っただけだと気付いて安堵の息を吐く。

 

「戦兎、もしかしてあの子が……?」

「あぁ、金色の戦士……グリスの変身者だったよ。さっきまで戦ってて消耗してたから、今はまた気絶したみたいだけど」

「そうなんだ……取り敢えず彼女を病院に連れて行かないと……けど気絶した人をバイクで運ぶのは流石に危ないよね」

「俺はもう経験してるけどな」

 

 シャルロット暗殺を企んだ某フランス人のことである。とはいえ華奢な女の子に同じ仕打ちをするのはあまりにも酷と言えるだろう。

 

「どうせもうすぐ警察がここにくるだろうから、それに任せとけば大丈夫だろ。今までスマッシュから元に戻った人も保護されてるから、その手の処置は手慣れてるだろうし」

「それしかないか……分かった、じゃあそうしようか」

「んじゃ、帰るとするか。シャル、乗っていくか?」

「あー……」

 

 戦兎の誘いに一瞬喜ぶシャルロットであったが、簪の様子を看ている一夏とラウラの方に視線を向けると、フルフルと首を横に振る。

 

「んーん。2人と一緒にここに残るよ」

「あいよ。警察の事情聴取とか絶対面倒だろうけど、まぁ頑張って」

「あ、あはは……」

 

 グッバーイ、と去り際に言葉を掛けた後に戦兎はバイクに乗って去っていった。

 

 もしもここで一緒に帰れていたら、後部座席に乗って彼と密着した状態がIS学園に到着するまで続いていたのだろう。彼の腰に手を回したりして――。

 

「……はっ!?」

 

 思春期な想像に耽りかけていたシャルロットは咄嗟に意識を呼び戻し、気を持ち直す為に先程よりも激しい首振りで現実へと戻る。

 兎に角今は、彼女の様子を看ておかねばならない。シャルロットは一夏たちに合流すべく、そちらへ向かっていった。

 

 

 

――――――――――

 

 それから時間は経過し、場所はIS学園へ。

 学生寮脇に設置されているプレハブ小屋、戦兎の居住地となるその屋内では部屋主が黙々と作業を行っていた。

 

「…………」

 

 カタカタとキーボードを叩く音のみが部屋に鳴り続ける。今は話し相手となる者が誰もいないので、完全に作業に集中している模様。眼前のディスプレイに拡がる膨大なデータを忙しなく目で探り、合間を縫って脇に置いてあるグリスのドライバーを弄る。

 グリスの使用していたドライバーは専用のアダプタが接続されており、その接続先にはパソコンが。画面に表示されているデータも、全てこのドライバーの情報なのだ。

 

 暫くその工程が繰り返されていると、コンコンと部屋の扉がノックされる。

 

「戦兎ー、入ってもいいかな?」

「ん、どうぞー」

 

 ノックをしたのはシャルロットのようで、警察の事情聴取諸々を終えて学園へと戻ってきたらしい。

 彼女は作業を継続している戦兎から許可を得ると、部屋に入って戦兎の隣に歩み寄る。

 

「やっぱりまだ作業してる……もうお昼過ぎたけど、ご飯はちゃんと食べた?」

「んー?いや、食べてなかったかも」

「もう、やっぱり……ちょっと遅い昼食になっちゃうけど、はいこれ。帰りにパン屋さん見つけたから買っておいたの、良かったら食べてね」

「サンキュ。もうすぐで終わるから、そこ置いといて」

 

 言われた通り、作業の邪魔にならない場所にパンの入った紙袋を置くシャルロット。

 そのまま彼女はパソコンを覗き込むが、ISの整備やデータ管理でその方面にも多少手を付けている身でも難解な内容だということがすぐに分かった。単純なデータだけでなく、学校で習ったことの無い複雑な方式もチラホラと見かけ、緻密な計算を元に構成していることが見て取れる。

 普段はアレだが、こういうところは本当に凄いなぁとシャルロットは素直に感心した。普段はアレだが。

 

「どう?何か分かった?」

「おう、何かどころか既に殆ど解析完了だ」

 

 作業の手を止めず、画面を見続けたままな戦兎の表情に自信が宿る。

 シャルロットに詳細を尋ねられると、彼は悠々と説明を開始する。

 

「まず最初に言っておくんだが、こいつはどうやら未完成品だったらしい」

「未完成?」

「俺のビルドドライバーやフルボトルとは異なる構造のアイテムで、認めるのは癪だけどその着眼点は悪くない。だけどフルボトル関連に対する理解が足りてないみたいで、各部出力の調整や配線接続の効率化、その他諸々が色々と詰めが甘い。例えるなら全校集会で発表する作文を先生に添削される前のような感じだ」

「別に全部が全部酷い文章じゃないと思うんだけど……うん、まぁ言いたいことはなんとなく分かったよ」

 

 全国の学生に喧嘩を売りかねない発言だったが、話を逸らすのもなんなので言及はしないでおくシャルロットであった。

 

「そういうわけで、本来発揮される筈のスペックが引き出せていなかったっていうのが1つ目の欠陥。そしてもう1つの欠陥は、そんな不充分な物を装着した場合、身体に掛かる負担が非常に大きくなるってことだ」

「それって……」

「グリスに変身してた彼女、見た目以上に身体が傷ついてただろうな。病院に連れてったんだろ?症状の具合は聞いてるか?」

「う、うん。戦兎の言う通り、外傷だけじゃなくて内部にも結構ダメージが入ってるってお医者さんが言ってたよ。命に別状は無いレベルらしいけど」

 

 警察からの事情聴取が終わった後、シャルロットたちはその足で簪が運ばれた病院へと向かい、彼女の怪我の具合を医師から聞かされた。

 

「(そういえば、あの後一夏の様子がまたおかしかったような……なんだったんだろう?)」

 

 帰る時も、ちょっと寄るところがあるからと言って一夏だけどこかに行ってしまった。ふと気になったことを思い出すシャルロットであったが、戦兎の話はまだ続く。

 

「やっぱりか……なら早い内に使うのをやめて良かったな。このままベルトの改善がされないまま変身を続けてたら、その内身体がぶっ壊れてたぞ」

「壊れて、って……そんな酷い状態だったの?」

「自分の身体に合わない物使ってれば必ず辿る道だ。ISも乗る時に最適化があるだろ?訓練機はその都度行われるし、専用機は初期登録の段階で完了させてるアレ。アレだってやっておかないと機体性能と操縦者の身体能力間で齟齬が生じて、操縦者の負担を蓄積させるんだよ……って、この手の分野はシャルロットなら良く知ってるか」

 

 入学数日の基礎知識講義でも最適化について軽く触れられており、戦兎がその話題を引き出したのもそれを覚えていたからである。シャルロットもISを学び始めた頃に習った話

であったが、理屈を理解していたのでそのことは記憶に残っていた。

 

「ともあれ、そんな欠陥品もこの俺がバッチリ修正して完全版に仕立て上げるから乞うご期待」

「あ、戦兎がそれ組み立て直すんだ」

「てんっさいたる者、凡人の作品を完璧に仕上げるのなんてわけないし」

 

 得意げに胸を張りつつ、戦兎はシャルロットが買ってきたパンを1つ手に取り、それを豪快に頬張った。

 

 彼らの前で表示されているパソコンのディスプレイ。そこにはこれから戦兎が完成させようとしているベルトの画像と綿密なデータの羅列が映し出されていた。

 彼の手によって生まれ変わろうとしているベルト、彼が名付けた名称は――

 

 

 

 

 

――【スクラッシュドライバー】

 

 

 

―――続く―――

 




 この後、病院の簪のシーン(お姉ちゃんも出るよ!)を描写しようと思ったのですが、5,000文字に到達したので一旦ここで切らせていただきました。

 ちなみに何故簪をグリスの装着者にキャスティング(配役的な意味で)したのかといいますと、個人的な理由があります。

①アイドルオタク⇔ロボット(特撮やアニメも)オタク
②ロボットゼリーで変身⇔ロボット好き
③三羽カラスとの別離(3度の苦難)⇔姉への強いコンプレックス、専用機獲得の機会喪失、ベルトを戦兎に奪われる(New!)という3度の苦難

 というシンパシーを感じ取りましたので、彼女をグリスの装着者に選ばせていただきました。今後の彼女は箒たちよりもかなり出番が増えると断言しましょう



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第37話 すれ違う姉妹=隠れた涙

 

「……ん……?」

 

 少女、更識 簪は眠りの中から覚醒する。彼女が意識を取り戻して最初に飛び込んできた景色は、見覚えの無い白い天井であった。蛍光灯の光が目に入ると、彼女は思わず開けた目を今一度瞑り直す。

 光に慣れた今度こそ確かに目を開け、彼女はそのまま自身の身を起こそうとする。起こすことには成功したが、その際にジリジリと身体のあちこちに痛みが走り、思わず顔を顰めてしまう。

 

「ここは……?」

 

 見覚えの無い天井となれば、当然この場所にも覚えがある筈が無く。

 しかし自分の周りにある清潔感のある真っ白なシーツや幾つかの医療器具を見る限り、ここは病院か何かだろうということは容易に推察出来た。

 一体どれくらい眠っていたのだろうか、いつの間にここに運び込まれていたのだろうか。置いてけぼりとも言えるこの状況に、簪は肺の中の古い空気を取り換えるように大きく息を吸い、そしてゆっくり吐き出した。

 

「私、どうなったんだっけ…………っ!!」

 

 深い呼吸で脳が本格的に機能し始めたことにより、簪は気絶する前の状況を呼び起こした。ビルドに敗北し、大切なベルトを奪われた。取り返そうにも身体は起き上がることすら叶わず、ただその場で手を伸ばすことしか出来なかったあの苦心の時間を。

 簪は焦った様子で周りを手探り、見渡して肝心の物を探す。もしかしたら自分の手元に残ってくれているのではないかという淡い願望を抱いて。

 

 だが現実はそう甘くはない。あの後ビルドが返してくれたわけでもなく、ベルトは簪の手元から完全に無くなっていた

 

 その事実を改めて突き出された簪は、自分の身体を覆う白いシーツを皺が出来るまで強く握り締める。

 怖れ。とある企業から秘密裏に受け取った物をこのような形で失ったとなれば、責任を追及されることは間違いないだろう。どんな理由であろうとも、彼女はベルトをその手から零してしまったのだから。

 悔しさ。ビルドを超える存在になると言われながら、肝心のビルドに勝てなかった。加えて向こうはまだ余力があるような印象で、それがより一層簪自身の力不足を感じさせた。

 嘆き。また自分は『奪われた』。姉からは自信を、一夏からは専用機を、そしてビルドからは手に入れた仮面ライダーの力を。

 

「なんでっ……!」

 

 何故自分ばかりこのような目に遭うのだろうか。どうして神様は自分に辛い現実ばかりを押し付けてくるのだろうか。

 どうすれば、いつになれば、この苦しみから解放されるのだろうか?

 

 積み重なる理不尽な出来事は、次第に彼女の心を侵食していく。

 やがて彼女の心には、一抹の炎が灯り始める。『正』に属する熱意、情熱の類いとは対称的な感情、つまり『負』の――。

 

「簪ちゃんっ!」

 

 それと同時に、彼女の病室に来訪者が現れる。

 嘗て無い程に最悪のタイミングで。

 

 

 

――――――――――

 

 簪が病院に運ばれて間も無く、IS学園に彼女の身元特定の依頼が届けられた。身分証の類いを所持しておらず、一夏達も面識の無い相手だったので彼女の着ていたIS学園の制服を手掛かりにするしかなかったからだ。

 特定まで左程時間は掛からず、早い段階で彼女の身元が明らかとなった後は保護者である更識家へ連絡が渡った。加えて同じ学園に通っている彼女の姉――更識 楯無にも同じ内容の報せが届けられた。

 

 妹が病院に運ばれた。

 その報せを受けてからの楯無の行動は非常に迅速だった。ここ最近所用で学園から離れていた間に溜まった仕事を消化中だったところを即刻切り上げ、病院へと急行。途中の交通手段を用いる際には鬼気迫る表情を浮かべてモーセよろしく人混みを真っ二つに分けたり、タクシー運転手にプレッシャーを掛けてスピードを速めたりとスムーズに此方に来ることを叶わせた。

 楯無は妹の簪をとても大切に想っている。幼い頃はいつも一緒に遊んでいて、布仏家という従家に属するところの姉妹と計4人でいることが多かった。その中でも、たった1人の姉妹である簪とは、特別な繫がりを楯無自身も感じていた。尊く、掛けがえのない絆であった。 

 

 しかし、いつからだっただろうか。

 そんな仲良き間柄に、亀裂が生まれてしまったのは。

 

「簪ちゃんっ!」

 

 楯無は病院に辿り着くや否やロビーで簪の病室を聞き出すと、エレベーターを待つ間も惜しんで階段を全力で駆け上がり、彼女の病室に駈け込んで来た。後から病院関係者に怒られるだろうが、楯無にとっては妹の元に1秒でも早く来れるなら構わないと考えている。

 室内にいる簪の姿を早速捉えた楯無は、容体を目視で確かめる。ザッと見たところ幾つか包帯を巻いている個所もあるが、特に酷い怪我は無いことを確認して安堵する。連絡を受けた際は容体を聞く前に切ってしまっているほどに慌てていたからだ。

 

 後は楯無としては簪の顔を見られればそれで良いのだが、対する彼女は姉の入室があったにも関わらず、ずっと俯いたままである。ピクリともしなかった。

 

「かんざ――」

 

 ひょっとして、見た目以上に具合が悪かったのだろうか?

 そう思った楯無が声を掛けようとしたその時、簪も一歩遅れて口を開いた。

 

「何しに来たの?」

「――えっ」

 

 簪の口から放たれたのは、恐ろしいくらいに低い声であった。楯無どころか、言った本人も聞いたことが無いくらいに低い声。

 楯無は思わず呆けた声を漏らした。ひょっとしたら今のは自分の聞き間違いなのではなかったのかと、己の耳を疑った。

 

 だが、俯いたままの簪が続けて放った言葉で、それが聞き間違いでないという現実を突きつけられる。

 

「なんの用で来たのって、聞いてるんだけど」

「え、あ、あの……簪ちゃんが、病院に運ばれたって聞いたから、その」

 

 ちゃんと説明しようにも動揺で口が回らず、何度も口ごもる楯無。その姿からはいつもの明るく陽気な様子は微塵も見えない。

 

 そんな楯無の様子に追い打ちを掛けるかのように、簪は言葉を繋げる。

 

「笑いにでも来たの?こんな私を……」

「わ、笑いになんて来るわけが無いわ!私はただ――」

「あの時ああ言ったのは、こういうことだったんだね」

「え……?」

 

 一瞬、簪が何を言っているのか楯無は分からなかった。彼女がその言葉の意味を知るのは、次の簪の言葉を聞いてからであった。

 

「『あなたは何もしなくていい』……それってつまり、私がどう頑張ってもこういう無様な結果にしかならないっていう意味だったんでしょ?」

「っ!?……違う、違うの!そんなつもりで言ったんじゃ――」

「その通りだったよ……結局私、何も残せなかった。漸くこれからだったっていうのに……もう終わっちゃった」

 

 簪が企業から借り受けていたベルトは既に戦兎の手中にある。返すつもりは無いと面と向かって言われた以上、もう彼女の手に戻ることも無いのである。

 本来ならば企業の物を他人に奪われたと向こうが知れば、どのような請求・叱責が来るか分からない。簪の心中にはそんな不安の渦も巻き始めていた。

 

 勿論、楯無にはそんな昨今の簪の状況など知る由も無い。ここ数年は妹とまともに話も出来ない状態が続き、同じ学生寮に住んでいても楯無は生徒会長や実家の仕事があって彼女とゆっくり話をする機会を作ることも出来なかった。

 尤も、それを実行させる勇気も起こせなかったのだが。

 故に楯無は今の簪の思いがどうなっているのか全く掴めずにいた。コミュニケーション能力に長け、人たらしとも言える彼女も妹の前ではその力を発揮出来なかった。

 

 そして……。

 

「か、簪ちゃん。一体何があったのか私に教えて――」

「うるさい……!!」

「――っ!?」

 

 簪の方は既に限界を迎えようとしていた。度重なる境遇によって精神的に追い込まれていた彼女は、姉である楯無がトリガーとなって感情を吐き出していく。

 楯無の言葉を強引に遮り、唖然とさせる程の強い語調。既に秒読みは開始されていた。

 

「あなたに話したって、理解してくれる筈が無い……1人でなんでも出来て、人気者で、誰からも求められるようなあなたなんかに私の気持ちが分かる筈が無い……!」

「簪ちゃん……お、お願い。私の話を――」

「もう放っておいてよっ!!」

 

 感情の爆発。

 病室の外にまで及ぶ程の大きな声で拒絶の言葉を放つ簪。普段物静かな彼女が打ち明けた強い心の叫びは、酷く悲愴に満ちていた。

 

「もういいでしょ……1人にさせてよ……」

 

 簪は再び俯くと、掠れた声で独り言のようにそう呟く。放っておいてほしい、1人にさせてほしい、それは紛れも無い今の彼女の本心である。

 

 そんな彼女に対して施せることは2種類のみ。彼女の言う通り素直にここから立ち去るか、それとも強引にでも彼女の傍に居座り続けるか。

 果たしてどちらが正解なのかは、誰にも分からない。選んだ道から先は行動次第で更に枝分かれしていく中で、今の時点で彼女を救う手段はどれなのか。そもそも存在しているのか。

 

 決断を強いられる選択の時。楯無が選んだのは……。

 

「ご、ごめんね、簪ちゃん……本当に、ごめんね……!」

 

 これ以上妹に嫌われたくない。その恐れから弾かれるように病室を出ることしか、楯無には出来なかった。

 

 

 

――――――――――

 

 丁度その頃、シャルロットたちと別れて暫く街をぶらついていた織斑 一夏も簪のいる病院へと再び足を運んでいた。

 シャルロットたちには『用事があるから』と伝えていたが、実はそれはただの方便。少し1人で考え事がしたかった為に彼は単独行動を取り、再び病院に戻ってきたのである。

 

 一夏の考え事、それは主に簪のことであった。

 彼女に面と向かって告げられた。『私に苦い思いをさせたあなたなんかに、助けられたくない』と。助けが必要な状態であったにも関わらず、彼女の手が一夏へと求められることは無かった。

 

「(……やっぱり、あの子と出会った覚えは無いんだよなぁ)」

 

 1人になって落ち着いたところで、小学中学の記憶を辿って彼女の人相に心当たりが無いか探ってみたが、は一向に思い付かなかった。だとすると、ラウラの時のように姉の千冬絡みで恨みを買っている可能性も出てくる。

 しかし考えたところで真実には至らず、やはりここは直接聞いた方が確実なのではないだろうかと考え始める一夏。

 

 簪の病室の階に辿り着き、階段の角を曲がろうとしたのと同時に対面の曲がり角から勢い良く飛び出してきた人と衝突する。

 

「うおぅ!?」

「きゃっ!?」

 

 相手側の勢いが強く、一夏がそのまま押し倒されるような形でバタン!と共に地面に倒れ込む。

 幸いにも両者に怪我は無かったが、倒れた拍子に女性の腰をちゃっかり大胆に掴んでいることに一夏が気付いた。服の上からでも分かるスレンダーさ、それはしっかり武術で鍛えられたような細さと柔らかさに加え、筋肉で僅かに固さも――。

 

「ご、ごめんなさいっ!」

「え、あ、はい!……あれ?」

 

 謝ろうと思っていた一夏は、いつの間にか謝られていた。もし同じことをIS学園の幼馴染みたちや友人たちにした暁には、今頃顔面に拳やら蹴りやらが叩き込まれていたことを覚悟していたので、先に謝罪を受けて変な返事を返してしまった。

 そういえば向こうは走ってたみたいだし、それで謝ったのだろうと彼の中で合点がついた頃には、ぶつかった女性は階段を急ぎ足で降りていた。

 

「……そういえば今の人、あの更識さんって人と髪の色が同じだったような……」

 

 咄嗟の出来事だったので人相までは確認出来なかったが、髪の色が簪と同じだということは流石に分かった。親子ではあまりにも歳が近すぎるような感じだったので、もしかすると姉妹か何かもしれないと一夏は1人考えていた。

 

 目的の階層、そして目的の病室の前に辿り着いた一夏は、入室の前にノックを行おうとした。

 ……しかし、その手は中から聞こえてきた啜り泣きによって扉に触れる前に止まった。

 

「うっ……ぐす……」

「……」

 

 啜り泣き以外に声は聞こえて来ず、恐らく簪が泣いているのだろうということは一夏も分かった。

 今まで女の子が泣いている場面に出くわした際、一夏は大抵何があったのかを訊ね、その解決に向けて手を貸してきた。『困っている人がいたら助けるのは当たり前』、それが彼の抱く持論である。

 だが……。

 

 

 

―――あなたなんかに、助けられたくない。

 

 

 

 簪の言葉が頭をよぎり、扉の前に据えた手が動かなかった。

 

 今の一夏に彼女を救う方法は無い。それが現実であった。

 

 

 

―――続く―――

 




 久しぶりの投稿にも関わらず鬱な話を出す鬼畜の所業!


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第38話 海へ=浜辺で

 グリス――簪との戦闘から数日が経過し、IS学園は生徒待望の臨海学校当日を迎えた。

 全部で4組からなる1学年生徒を乗せた4台のバスは目的地である宿泊先の旅館に向けて列を為して向かっている。戦兎たち1組のバスは、その最前線を走っている。

 

 車内が女子たちの会話で絶え間無く賑わっている中、戦兎はシャルロットの膝に頭を乗せて安らかな眠りについていた。

 

「すぅ……すぅ……」

「ふふ、こうして寝てると戦兎もなんだか可愛いよね」

 

 膝上の戦兎の頭を優しく撫でるシャルロットから滲み出る母性的オーラ。見下ろすその目もまるで我が子を見守るかのようである。

 今しがたの発言も特定の誰かに対して言ったわけではないのだが、近場の席に座っているクラスメイトはその光景を見て様々な反応を示していた。

 

「リア充め……」

「私にだって恋人くらいいるもん……2次元に沢山ね」

「せめて1人に絞れよ」

 

 誤解の無いように言っておくと、戦兎とシャルロットはまだ恋人になったわけではない。今やっている膝枕も、昨晩インスピレーションが働いてほぼ徹夜でスクラッシュドライバーの開発をして寝不足になった彼を労わっているだけであり、別に恋愛要素は絡んでいない。

 尤も、シャルロットの方は寧ろそっち要素であって欲しいと願っているのだが。

 

「ご機嫌みたいですわね、シャルロットさん」

「うん?えへへ、まぁね」

「……好いた殿方にそんなことが出来るなんて羨ましいですわ……私も……」

 

 シャルロットの後部座席に座っているセシリアがひょこんと背もたれの上から顔を覗かせ、羨ましげに目を細めてその光景を見る。

 次に彼女が視線を移したのは、少し離れた前席に座っている一夏の後姿。彼の隣にいるのはラウラであり、滔々と語る彼女によるISの戦術理論を受けている最中の模様。即席の勉強会のようになっており、彼女の説明が聞こえる範囲にいる一部の女子もその実用的な小授業に耳を傾けていたり。

 ちなみに席順は生徒間で行われたくじ引きによる完全ランダムで、箒とセシリアは望みの座を獲得することは叶わなかったのだ。

 

「はぁ……ラウラさんが一夏さんのことを好いていないのがせめてもの安心所と言えましょうか……」

「そういえば、箒はどこの席に?」

「一番後ろだったと記憶していますが……あら?」

 

 ライバルの位置はバッチリ覚えていたセシリアが後ろを向くと、彼女は呆けた声を漏らす。どうしたのかと言われると、別に箒がいなかったとかそういうわけではない。

 

 ちゃんと彼女は自分の座席に座っている。

 ただし、複雑な面持ちで携帯電話の画面を見つめていながら。

 

「……どうかしたのでしょうか?いつもとなんだか雰囲気が違うような」

「うーん、確かに……気分でも悪くなったのかな?」

「携帯を弄っていて気分を悪くするなんて、彼女の柄では無いと思うのですが」

 

 第一、箒が携帯を使っているのが割と貴重なのである。機械音痴というわけではないのだが、彼女が携帯を使うタイミングは基本的に連絡時に絞られており、それ以外だといざという時のネット検索程度。

 調べ物が難航しているのか、それとも……。

 

「海だー!」

 

 前の席に座っていた誰かがそう叫び、女子たちの意識が同様のものへと向けられる。

 陽光を反射して照り輝く青海、果てしなく続くそれと快晴の空が相まった絶景にバス内の少女たちのテンションは急上昇し、湧き立った。

 

「わぁ……綺麗……!」

「んー……シャル……」

「あ、流石に今の騒ぎで起きちゃったよね。戦兎、もうすぐ到着だよ」

 

 膝上の戦兎を起こすべく、シャルロットは彼の肩をトントンと軽く叩いて起床を促す。

 

「うぅ、シャル……それはダメだぁ……」

「まだ寝ぼけてる、というかこれって戦兎の夢の中に僕がいるってことだよね?……なんかちょっと嬉し――」

「それはネジだぁ、食べ物じゃないんだぞぉ、シャル……」

「夢の中の僕はどういう食い意地張ってるのかな!?」

 

 

 

――――――――――

 

「そういえば、織斑くんたちの宿泊部屋ってどこなの?」

「そうそう、しおりにも書いてなかったよね」

 

 旅館に着いて女将の清州 景子への挨拶を終えた一同は、各自が予め指定された部屋へと荷物を下ろしに行動を開始する。

 そんな中、一夏の近くにいた女子生徒が彼にこの臨海学校での宿泊部屋を訪ねた。本来であれば先に決まっている筈なのだが、一夏と戦兎、つまり男子生徒だけそれがしおりに記載されていなかった。

 

「あー、実は俺も聞かされてないんだ。……戦兎も、多分聞かされてないと思う」

「じゃあじゃあ、廊下で寝るんじゃないかな~?冷たくて気持ちいいと思うよ~」

「床で寝ろってことですね分かります」

「最近の姉ちゃん、きついや……」

 

 勿論、そんな所業を学園がさせる筈も無く。

 

「織斑、赤星。お前たちの部屋に案内するからついてこい」

「あ、はい」

「了解です」

 

 千冬に先導され、2人の男子は自分たちの泊まる部屋へと向かっていく。

 2人の間に会話は出なかった。少し前までならばこの辺りで雑談が入り、千冬から注意を受けるという流れも起こったのだろうが、グリスの騒動のことがあって無言である。気にしているのは一夏のみであり、戦兎は別段なんとも思っていないが。

 

 面倒なガキどもだ。

 ラウラから事情を聴いている千冬は手間の掛かる若者2人に隠れて小さな嘆息を零した。

 

「ここが、お前たちの泊まる部屋だ」

「え、ここって……」

 

 扉の前に張られた紙には『教員室』と書かれている。この紙がある部屋は確か引率の先生が使用する部屋でだと記憶していた。

 

「予定ではお前たち2人を相部屋にしようと思っていたのだがな、それだと小娘どもが時間を弁えずに押しかけてくると踏んで、私と山田先生の部屋にそれぞれ泊めるということで決定した」

「成程」

 

 千冬の説明に理解を示している戦兎の隣で、一夏はホッと息を漏らした。今彼と同室になるのは、大分気まずく感じてしまうからである。

 

「赤星、同室だからって山田先生を襲うなよ?」

「えっ……!山田先生ってスマッシュだったんですか!?」

「違う。そして今のは私が愚かだった」

 

 よくよく考えてみれば、戦兎に女性関係の過ちを心配する方が間違いであった。入学初日の寮室案内での阿呆な発言を今になって千冬は思い出し、頭を抱えた。

 

「兎に角、旅館に迷惑が掛からないように静かに過ごせよ。今回は学園の敷地外だ、下手な行動は学園の評価を下げるものと重々心に留めておけ。そうならない為に教員と生徒で部屋割りをしてはいるがな」

「わ、分かりました」

 

 口には出していないが、間違いなく罰則を受ける羽目になるだろう。それも学園内でやらかした時よりもずっとキツイものを。

 それはさて置き、この後は自由時間に入るので一夏たちは早速海へ行く(研究キットを持参してきた戦兎は部屋でフルボトルの研究を行いたかったが、シャルロットと約束しているので素直にそちらを選んだ)ことになったのだが、千冬は諸々の仕事を終えてから海に向かうとのこと。大人はこういう時も忙しいのだとか。

 

 一夏と戦兎はそれぞれ自分の部屋に荷物を置くと、海へと躍り出るのであった。

 

 

 

――――――――――

 

 ウサミミが生えてた。

 訳の分かたないことを言っているのかと思われるのかもしれないが、戦兎たちの目の前に広がる光景はまさにそうとしか言い様が無かった。

 入り口に向かう途中の通路、そこは旅館に設けられた中庭に通ずる道であり、専門の庭師によって丁寧に整えられた見事な庭があった。そんな中で物凄い違和感を放っているのが、今しがた言ったウサミミである。

 

「一夏、私は先に行くぞ」

「ちょ、箒!?」

 

 そのウサミミの正体を知っている、その場にいた3人の反応は様々であった。

 まず箒は、あからさまに関わりたくなさそうな顔をしながらそそくさと足早にその場を去っていく。

 一夏はそんな箒の反応に驚き、彼女を追い掛け始める。本当はウサミミの正体である人物を確かめておきたかったのだが、戦兎と2人で残されるのは気まずかったからという理由もある。

 そして最後に残った戦兎は、そのウサミミに近づく。脇に立てられている看板の文字に目を通していく。

 

「『ヒッパレー!』……ちょ、俺の秘蔵発明品のアイデアと被ってるんですけど」

 

 変なところでも通ずる天才2人はさて置き、戦兎は看板の言葉通り引っ張ることにする。

 しかしウサミミの人物の意図が掴めている彼は引っこ抜く前にチラッと空を一瞥。

 

「よっ、と……やっぱりダミーか」

 

 ウサミミを地面から引き抜いた、と言っても実際のところは庭に穴を開けるようなことはしておらず、軽く固定だけされて絶妙に置いてあったものを取ったという感覚であった。

 

「そして本命は……」

 

 再び空を仰ぐ戦兎。

 その瞬間、キラリと上空に瞬く謎の光。暫く戦兎が待っていると、光った場所から徐々に近づいて来る謎の物体が。鳥でもなければ飛行機でもない、それは非常に稀有で奇異な人参型の移動ラボであった。

 そんなものを所持している人物など、戦兎の中では1人しか思い当たらないのと同時にウサミミの正体の予測と一致していた。

 

 盛大に地面に激突、とはならず地表に近づくにつれてその降下速度は徐々に落ちていき、緩やかに中庭へと着陸。

 ウィン、とハッチが開くと同時に中から人影が飛び出してきた。

 

「やぁ☆」

 

 天災、篠ノ之 束が気楽に手を振って戦兎に挨拶を向ける。絶賛全世界指名手配中の身であるにも関わらず、その表情は拍子抜けするほどに気楽そのものであった。最近では知人の喫茶店に普通に入っていたので、今更ではあるが。

 

「よっす。まぁこんなことするなんて束さんしかいないよな」

「うーん、やっぱせんちゃん相手だとこの程度じゃインパクトにもならないかぁ。いっくん相手なら口をあーんぐりさせたいいリアクションしてくれただろうに、惜しいぜっ」

「人の反応にケチつけないでくれない?あと一夏なら箒を追い掛けてったぞ」

「なんだって、それは本当かい!?それならすぐにその尻を追わなければ!」

 

 戦兎と軽い雑談を交わした後に束はラボを撤去させると、急ぎ足で中庭から出始める。

 その途中、ピタリと急に脚を止めた彼女は戦兎のいる方を振り向いた。

 

「そういえばせんちゃん、折角の自由時間は研究に費やさないのかい?」

「俺はそれでも良かったんだけどな。シャルが一緒に遊ぼうって言うもんだから、なんだかんだでな」

「シャル……ねぇ」

 

 戦兎の口から出た少女の名前に、束が反応を示した。気に入った人物にはとことん甘い対応をし、それ以外に対しては温情を感じられない冷たい態度を一貫して取る彼女だが、真っ先にそこに興味を向けたのは意外なことである。

 戦兎から見える彼女の横顔は、何かしたの感情が浮き出ているわけではなかった。事実を事実として受け入れたような、大袈裟に言うと機械的な受け取り方。

 

 含みのある彼女の様子に違和感を覚えた戦兎が、彼女に訪ねようとしたのだが。

 

「おっとっと、こうしちゃいられなかった。じゃあせんちゃん、また後でね~!」

 

 捉まる前に束は行ってしまった。

 

 束がシャルのことを気にしているそぶりだったことが頭の中で引っ掛かっている戦兎であったが、既に姿の無い相手を引き留めることは出来ない。

 よってその場は諦め、自分もシャルの待つ海へと改めて向かうことにした。

 

 

 

――――――――――

 

 戦兎が海へ到着した頃には、既に多数の女子生徒が自由に遊んでいた。2日目は1日中ISの武装テスト、3日目は撤収作業や旅館への奉仕活動に時間が割かれるため、遊べる時間はこの1日目の日中に限られている。

 遊び方は人それぞれ。海で泳いでいる者もいれば、砂浜で砂遊びに興じている者もいる。『へへ、やるな』『お前こそ!』と互いを健闘しながら殴り合って親睦を深めている者もおれば、海上を走って競争している者もいる。

 

 そんな少女たちの微笑ましい光景の中に入ってきた戦兎に、遊んでいる最中に気付いた子が動きを止めてそちらに注目する。

 

「あ、戦兎くんも来た!」

「赤と青のツートンカラー……嫌いじゃないわ!」

「くっ、白シャツを着てる所為で筋肉が見えない……!」

 

 戦兎が来たことに気付いていなかった者も、そのどよめきを耳にして一歩遅れて彼を認識し、口々に感想を零していく。

 

 今の戦兎の格好は水着の上にゆったりとした白いプリントシャツを着ている状態。水着の方は、先日シャルロットに選んでもらった品である。シャツを着ているのは単に水着オンリーに慣れておらず此方の方がしっくりきたという理由からであり、海で遊んだことが無い故である。

 

「あっ、戦兎、漸く来た!」

 

 海に着いた戦兎へいの一番に声を掛けたのは、案の定でシャルロット。パタパタと彼に向かって小走りで近づいて来る。

 彼女もまた戦兎や周りに倣って水着を着ており、それは先日戦兎の目利きによって選ばれた物である。

 

「少し遅かったけど、何かあったの?」

「あぁ、ちょっと束さんに会っててな」

「えっ」

「いやだから、束さんに――」

「ちょちょちょ、戦兎ストップ!ちょっとこっち……!」

 

 続きの言葉を言う前に、シャルロットによってなるべく人の気が無い場所へと誘導される戦兎。

 その姿を見て大胆、やらこんな日の明るい内に、やらのガヤを耳にしてしまったシャルロットの頬が赤らんでいることに気付くことは無かった。

 

「いい、戦兎?篠ノ之 束博士は今世界中で指名手配されてるIS界の超重要人物なんだよ?そんな人がこんな時にこんな所にいるなんて皆が知ったら、きっとパニックになるよ」

「あぁ、そういえば指名手配されてたっけあの人。こないだ喫茶店で普通に駄弁ってたから忘れてた」

「あれ、博士って本当に指名手配だったよね?お尋ね者の人が喫茶店でのんびりしてるなんて聞いたことないんだけど?僕がおかしいの?」

 

 注意したと思ったら自分の認識が間違っているんじゃないかという錯覚をシャルロットは抱いてしまった。無論、彼女は正常である。目の前の男とここにいない天災がおかしいだけで。

 

「ま、まぁとにかく篠ノ之博士が来たっていうのは皆には内緒にね?騒ぎになったら大変だろうし」

「おう、そういうことなら」

「それじゃあ、早速遊ぼうか。これから相川さんたちとビーチバレーやるから、戦兎も一緒にやろ?」

 

 手を引かれるがまま、戦兎は彼女と共にビーチバレーを行うメンバーと合流。

 彼らを待っていた顔触れは1組の生徒たち。その中には同じ専用機持ちであるラウラ、そして戦兎と先程別れていた一夏であった。

 

「む、戦兎も漸く来たみたいだな」

「あ……よ、よう戦兎」

「うーす。で、ビーチバレーってどんなやつ?」

「え、戦兎くん知らないの?」

「いやぁ、名前は知ってるけどルールとかはからっきしで。記憶失くした前だったら覚えてたかもだけど」

『(そういえばそうだった……)』

 

 今まで何事も無く接し接されてきたので忘れがちだったが、戦兎は記憶喪失である。記憶のある内、ここ数年は研究にかまけていたのでそういった娯楽に関しては偶に疎い時もある。変な知識を持っていることもしょっちゅうであるが。

 

「(あれ?でも戦兎って一般常識はそこそこ知ってるよね……偶々ビーチバレーに関しては忘れたとか?)」

 

 それはそれでピンポイントな忘却だと思われる。

 

「それじゃあ、こっちでチーム分けしてるからその間にシャルロットにルール教えてもらったら?」

「そっか。じゃあシャル、頼むわ」

「ん、いいよ。と言っても遊びだしあんまり細かいルールは無いけど」

 

 一夏たちの方でチームを決め終えた頃には、戦兎もシャルロットからビーチバレーの遊び方を教わり終わっていた。

 男子は女子よりも筋力があるということで、戦兎と一夏は別々のチームに分けられている。他はシャルと同じ1組の相川 清香が戦兎のチームに付き、ラウラと本音が一夏と同じチームという振り分けになった。

 

 記憶上は初めてのビーチバレー、戦兎はシャルに教えられた通りに動き、他の人の動きを参考にしながら身体を動かしていく。

 しかしやはり初経験ということで思っていたように動けず、開始序盤はシャルロットと相川の足を引っ張りがちな展開となった。

 

「いやホント面目ない」

「まぁまぁ、戦兎は初心者なんだから仕方ないよ。加えて向こうには身体能力抜群のラウラがいるんだし」

「う、嘘だ……7月のサマーデビルと謳われた、ビーチフラッグの覇者たる私がこのような……!」

「うん、相川さんはまず種目を選ぼうか」

「ふっ。どうやら我々の勝利は確定したも同然のようだな。目を瞑っていても勝てるだろう」

「またフラグ臭いことを……」

 

 ラウラの言うとおり、両者の得点差は余程のことが無い限り覆すのが難しいくらいに開いていた。

 しかし、試合の流れは一変した。1人の男によって。

 

「勝利の法則は……決まった!」

 

 それまで不慣れな動きだった戦兎が漸くバレーの流れに乗れるようになり、持ち前の高い身体能力によって見事なプレーを連発。アシストにも余念が無い一連の動きは、今しがた始めたばかりの初心者のものとはとても思えない程である。

 これが戦兎の特徴。自分の好奇心に刺激されない事柄、つまり今まで触れなかったことに対しては素人同然であるが、1度手をつけてしまえば尋常ではない速度で習熟し、完璧に物にしてしまう。天才を自称する彼であるが、これに関しては紛うこと無き彼の才能と言えるだろう。

 

 そして無理だと思われていた逆転劇がここに実現した。

 

「相川さん!」

「これが、7月のNEWサマーデビルの降誕よ!」

 

 お前が締めるんかい。

 戦兎に混じって謎の急成長を遂げていた相川が強烈なスパイクを敵陣へと叩き込み、最終得点を獲得。結果、戦兎チームの勝利となった。

 

「凄いよ戦兎!まさかあそこまで上手になるなんて!」

「てんっさいが本気を出せばこれくらいちょろいもん」

「はいはい。というか相川さんもいつの間にあんな急成長を……」

「私は……(スーパー)相川だ」

「アッハイ」

 

 完全に調子に乗っている元初心者共だが、今回の勝因とも言える貢献者となったのでシャルロットも特に何も言わないでおくことにした。

 

「や、奴の動きがまるで見えなかった……奴どころではない、ボールも、シャルロットも、相川も、景色も全て真っ暗だった……!」

「ホントに目ぇ瞑ったままのやつがあるか!」

 

 向こう側の敗因。

 

 それはさておき、自由時間はまだ始まったばかり。

 学生たちは悔いの残らないように、存分に遊び倒すのであった。

 

 

―――続く―――

 




簪「前回私をボコボコにしておいて海でエンジョイしてる……」

 許してやー。


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第39話 嵐のような天災=現れる蝙蝠

 

 臨海学校2日目。

 前日に引き続き天候に恵まれた今日は、当イベントの目玉である装備試験運用とそのデータ収集。その量は片付けを含めると日中を丸々費やさなければならず、弛んで行動しようものなら夕食に間に合わなくなる恐れもある。専用機持ちは一般生徒よりも換装が多く、1人なので時間も掛かる。

 

 試験場となる離れの海岸には、既に1年生の全員がISスーツ姿で整列している。スーツ自体が水着のような形状なので、いざこうして海とセットにしてみるとなんら違和感が無い。

 

「では、これより各自で行動を開始しろ」

『はい!』

 

 彼女たちの前に立つ千冬が号令を掛け、各員が事前に決められたチームと段取りを整えて行動に移り始める。1日目は無邪気に遊んでいたが、授業の一環となるとその動きもキビキビとしている。何より飯が掛かっているからとは言ってはいけない。

 

「あぁ篠ノ之、お前はちょっとこっちに来い」

「?あ、はい」

 

 同じ班の子と準備を進めようとしていた箒を呼び止め、彼女を呼び寄せる千冬。

 今回千冬は専用機持ちの監督役で、副担任である真耶は一般生徒の補佐に回っている。その彼女が一般生徒である箒を呼ぶという行動は専用機持ちと一部の生徒を注目させた。

 

 偶々箒と同班だった戦兎も、彼女がそちらに行ってしまったので意識を向けている。

 

「お前には今日から――」

「やぁ☆」

「…………」

 

 束が生えていた。

 訳の分からないことを以下略。もう少し詳しく言うと、岩盤である筈の所に人工的な丸い穴が開いており、そこから突然束が上半身だけ現してきたのだ。周りの驚愕たる様子について微塵も感じること無い笑顔で。

 

「飛び込んで来ると思った?残念、下から登じょ――」

「ふんっ!」

「あわび!?」

 

 千冬は目にも留まらぬ速さで束の頭を踏み付け、彼女を穴の中へとボッシュート。すかさずご丁寧に付けられていた蓋を蹴って閉ざし、そこに一切の痕跡が残らないようにした。

 

「……まったく、変な幻覚を見てしまった――」

「それはつまり幻覚を見ちゃうくらい束さんに会いたかったということですね分かります」

「…………」

 

 先程までのやり取りが無かったかのように、束は千冬の近くに佇んでいた。

 尤も、頭部に特大のタンコブが無ければもっと自然な光景になっていただろうに。

 

「それはそれとしてちーちゃん、お久しぶり!おっぱいおっきくな……あ、間違えた、これは箒ちゃんに掛ける言葉だった」

「お前は今の台詞で2人同時に敵を作ったぞ」

「殴りますよ姉さん」

「あぁちょっと、木刀でタンコブぐりぐりすんの止めてぇ~癖になっちゃう~!」

「篠ノ之、やれ」

「はい」

「あぱっち!?」

 

 容赦の無い打撃が脳天のタンコブへと振り下ろされ、潰れた悲鳴と共に2つ目のタンコブを生み出す束。重なったその姿は雪だるまのようであった。

 

 3人による寸劇は久しぶりに会ったとは思えない程に流暢で、極一部の者以外にとっては素性の知れない謎の人物が仲睦まじそうに千冬たちと絡んでいることしか事情が分からず、開いた口が塞がらないでいる。

 その内の何人かは、箒が彼女のことを『姉さん』と呼んでいたことを聞き逃しておらず、その正体に察しを付けてもう1つの意味でも驚愕していた。

 

「というか束、この場にいる者に自己紹介くらいはしろ」

「おいおいちーちゃん、もう私の名前なんてさっきからちょくちょく口にされてるんだから、私がかの大てぇ↑んさい科学者の篠ノ之 束であるぞ、控えおろう!なんて自己紹介をする必要があると思うかい?」

「姉さん、もう自己紹介が終わってます」

「あ、ホンマやん。略してアホやん」

 

 スパーン!と小奇麗な打撃音がまた1つ追加された。

 

 突然現れた不審人物の正体は、現在全世界指名手配中の篠ノ之 束。前後のやり取りで察しが付いていた者も、まだ気づかなかった者もそれを己の中で確信へと変化させ、ざわざわと騒がしくなり始めさせる。

 

「そら1年、こいつの存在は無視してテストを進行させろ。手が止まっていては夜までに終わらんぞ」

「私の存在を無視しろとは、ちーちゃんってば鬼畜な敏腕教師!略してちく――」

 

 スパーン!スパーン!今度は2連発だった。

 

「やだなぁちーちゃん、私はちくわって言おうとしたのにぃ」

「嘘をつけ嘘を。というかちくわ教師ってなんだ」

「……ええと、姉さん。それで頼んでいた物は……」

「大丈夫だ、問題無い。ちゃーんと用意して来たよ~。けどその前に……」

 

 千冬たちから離れ、一般生徒たちが装備テストを行っている方へと軽やかなステップで歩いていく束。周りの生徒が彼女の接近に再びざわめくが、当の本人は全く反応していない。

 束の一直線先にいたのは、戦兎。束が現れてからも様子を気にしつつずっと作業の手を止めずにいた彼の傍まで近寄ると、彼の背中を包むように大胆に抱き付いた。

 

『っ!?』

「いやぁ、せんちゃんは快くハグを受け入れてくれて束さん感涙だよ。ちーちゃんも箒ちゃんもシャイだから私を抱いてくれなくて泣きそうデース」

「泣いてんのか泣きそうなのかどっちだよ」

「まぁまぁいいジャマイカ。ほれほれ、もっと押し付けちゃる」

『っ!?』

 

 束の大胆なスキンシップに驚く一同。その中でもシャルロットの反応は特に一番大きかったのは近くにいた専用機持ちのみぞ知る。

 

「で、結局束さん今日は何しに来たの?」

「んふふー、それを今からお披露目するんだよん。さぁさぁこの場にいる諸君はこれから起こるサプライズを見たければ空を見よ!」

 

 そう言われて気にならない者などおらず、全員が一斉に空を見上げ始める。

 その直後、雲も小細な青い空にポツンと浮かび上がる黒い点。点はほんのちょっとずつその大きさを拡げていき、やがて肉眼でもその正体が明らかになっていく。工学的な四角い物体、箱の役割を果たすそれは地表100メートル上空で空中展開すると、中に入っていた物を解放させる。

 

 箱より出でて大地に舞い降りたのは、1機のISであった。スマートな紅蓮の装甲と、脚部腕部の先にあしらわれた金色の蒔絵の装飾。それ自体が1輪の花を表しているかのような、そんな空気すらも漂わせていた。

 

「って、そのまま落として来て大丈夫だったのこれ」

「へーきへーき。その辺の措置はちゃんと施してるから」

「姉さん、これが私の……」

「そ、これが箒ちゃんの専用機……【紅椿】さ」

 

 代表候補生でもない、一般生徒の箒が専用機。束の発言に本日何度目か分からないリアクションを生徒たちは取る。だが彼女たちが驚き終えるのはまだ早く、そこから始まった紅椿の稼働テストでその性能を見せつけられた。

 

 紅椿を装着して空に躍り出た箒に放たれた、数十発の誘導式ミサイル。束が用意したそれらは噴出煙を吹かしながら四方八方より箒に襲い掛かる。1発でも当たればシールドエネルギーをごっそり削られるだけでなく、シールドを貫通して操縦者にも相当のダメージが入るだろう。

 地上でそれを案じた一夏が、彼女の名前を強く呼ぶ。

 

 一夏の声に呼応するかのように、箒は両手にそれぞれ携えた日本刀型の武装を用いて迫り来るミサイルを迎撃していく。刺突に合わせて刃から雨のようにエネルギー波を放つ【雨月】と、刀を振るった範囲に応じた帯状のエネルギー波を撃つ【空裂】。機体内のマニュアルを読み終えていた彼女はそれらを初見とは思えない手慣れた様子で使いこなし、次々とミサイルを斬り落としていく。

 やがて彼女は最後のミサイルを撃墜すると、爆煙を背景に達成感に溢れた笑みを浮かべた。

 

「漸く私も並べる……この紅椿で……!」

 

 一方地上にて、息を呑んだままの生徒たちに混ざってテストを見学していた戦兎も、紅椿の高性能ぶりに舌を巻いていた。

 同時にその詳細を独自に分析する。機動力については一見すれば良く分かる。セシリアたちの専用機も十分高スペックだが、紅椿はそれを更に上回っている。中距離にも対応した近接武装が2振りある時点である程度柔軟に立ち回れることが見て取れ、白式のように近づかなければどうしようもない、といったピーキーな仕様にもなっていない。確かに性能は目を見張るものがあるだろう。

 

 しかし、それ以外にも気になる点がある。それは、一般生徒と習熟度に大きな差の無い箒があそこまで動けるものなのかということだ。彼女のことをけなしているわけではない、彼女も放課後には一夏の特訓に参加しているので、つい先程大した差は無いと言ったが彼女の方が上達は進んでいる方である。

 だが代表候補生にして専用機持ちであるセシリアたちの稼働時間は箒よりもずっと長く、経験を積んでいる。そんな彼女たちと遜色無い動きを、箒は先程見せつけた。

 

「(箒だけの力じゃない……何か優秀な補助機能でも入れた、か?)」

 

 チラリと束の方を見やる。

 戦兎の視線に気づいた束はバチコーン!と言わんばかりの強烈なウインクを返事の代わりとした。意図は不明。

 

「お、織斑先生!大変です!」

 

 丁度その時、途中から席を外していた真耶が慌てた様子で千冬の元へと駆け込んできた。普段からちょくちょく慌てる姿を見せる彼女であったが、今回はいつも以上に切羽詰まった様子だ。

 真耶は周りに聞かれないように千冬に寄って話をし始める。

 

「どうしたんだろうな、先生たち」

「さぁ?というか戦兎ってば篠ノ之博士とあんな風に抱き合う仲なんだね」

「いや、一方的に抱かれてたでしょどう見ても。というかシャル、いつの間に俺の横へ来たの?」

「ついさっき」

「そうなの。ってかシャル、なんか機嫌悪くないか?」

「別にー?いつも通りだけどー?」

 

 むくれ顔で言っても説得力は皆無である。彼女のご機嫌斜めの原因は言わずもがな、先程のハグである。

 束との関係は当人である戦兎から聞いており、2人が疚しい関係ではないということはシャルロットも理解している。が、やはり好いている相手が自分以外の女性とあんな風に身体を密着させているのを見て、なんとも思わないのは無理だった。自分だってあんな風に身体をくっつけてなんやかんやでいい雰囲気に(ry。

 

「全員注目!!」

「ぴゃいっ!?」

 

 煩悩に嵌りかけていたところを千冬の張り詰めた声によって引き戻される。おまけに変な声を出してしまい、周囲の視線は一気にシャルロットの元へ。

 針の筵のように身体に突き刺さる皆の視線に居た堪れなくなり、顔を真っ赤に赤らめて俯いてしまう。

 

「デュノア、どうかしたのか?」

「な、なんでもないです……」

「なら静かにしておけ。現時刻をもってIS学園教員は特殊任務行動へ移行する。今日のテストは中止。各班、ISを片付けた後は旅館に戻って教員からの指示があるまで自室で待機だ」

 

 突然のテスト中止に加え、自室待機。

 これから臨海学校の本当のメインが行われるという時に突然そのように言い渡され、困惑する生徒たち。今日は戸惑ってばっかりである。

 狼狽える生徒たちへ千冬から喝が飛び、急いで各自撤収を始めていく。

 

「専用機持ちは全員集合しろ!」

「お、呼ばれたぞシャル」

「あ、うん。行ってくるね……というか戦兎も自分の班の片付けしなよ」

 

 専用機持ちであるシャルロットが呼ばれたことで、彼女は千冬の元へと走っていく。

 戦兎も自分の持ち場に戻ろうと踵を返そうとした時、ふと目にした。

 

 

 先程専用機を得たばかりの箒も集められていたこと、そしてその姿を嬉しそうに眺めている束を。

 

 

 

――――――――――

 

 一応一般生徒なので待機命令の対象となる戦兎は、自室で悠々と研究を行っていた。同室には真耶がいるのだが、暫く戻って来れないと本人に言われたので好き放題に研究道具を置いている。

 簪から奪い取ったスクラッシュドライバー、臨海学校前の時点で既に8割以上は完成させており、残りの詰め作業もこの旅行中に終わるだろうと踏んでいた。しかし予定外のトラブルのお陰で研究に充てられる時間が増え、予定よりも早く完成させることが出来るペースを掴めていた。

 

「束さんもとうとう【第4世代機】に入ったからな……俺もちょっとは進んでおかないとな」

 

 紅椿が第4世代機であるということは、束の口からは語られていない。しかし先程のテストで見せた性能、あれもほんの一部となれば既存の第3世代機の枠には収まらないと戦兎は確信していた。世界中が第3世代機の開発に躍起になっているところをちゃっかり次世代機まで進め、完成させてしまう。あの天災ならばやりかねない。

 だから戦兎も負けられないと思った。彼女の成果が同じ科学者としてのプライドを刺激し、作業の手を速めていく。

 

≪―♪≫

「うん?」

 

 その最中、持ち込んでいたクローズドラゴンが急に動き始めて戦兎の周りを徘徊し始める。音楽を鳴らしながら飛び回るので、音が右や左に行ったり来たりで非常に忙しない。

 どうやらただ飛んでいるわけではなく、戦兎に対して何かを伝えたいかのようなそぶりをしている。残念ながら言語機能は搭載されていないので、その内容をハッキリと理解するのは困難である。

 

≪―♪―♪≫

「いや、何が言いたいのか分かんないから」

≪♪♪♪≫

「あー、外に出ろって?」

 

 てめぇ表に出ろ、という意味ではない。世の中には喧嘩っ早い龍がいるかもしれないが、これは違う。これはクローズドラゴンに備え付けてあるとある機能が働いた影響。そのドラゴンが屋外を示しているとなると、戦兎はその意図を理解する。

 その機能とは、スマッシュ探知機能。範囲こそ限られているが、スマッシュの存在をキャッチするとこうして戦兎に報せてくれるのである。

 

「いや臨海学校の、しかも緊急事態中にスマッシュ発見とか普通有り得ないでしょ……」

 

 宝くじでも当てたような気分である。倒せばフルボトルを手に入れられるので、戦兎にとっては本当に当たりかもしれないが。

 とはいえ放置するわけにはいかないので、戦兎は道具一式を揃えて部屋を出る。ドラゴンを先頭に立たせて道案内をしてもらう間に、携帯で千冬の番号に掛ける。3コール程鳴った後、向こうと繋がった。

 

『なんだ、こっちは取り込み中だぞ』

「スマッシュが出たみたいなんで、その報告を」

『何、スマッシュだと?』

 

 電話から出た直後は声色に苛立ちが籠っていたが、戦兎の報告の内容に不意を突かれ、少しいつもの調子に戻る。

 

『このタイミングでか?』

「いや、スマッシュの出現は俺の意思じゃないんで……ハッ!?まさか本当に山田先生がスマッシュ!?」

『違いますよ!?ここにいます、というか本当にってどういうことですか!?私がスマッシュなんて話がどうやって出てきたんですか!?』

 

 千冬の近くにいて丁度戦兎と彼女の通話が聞こえていた真耶が、謂われのない話に対して心底驚いた様子で全力否定してきた。

 

『この馬鹿の言うことは無視して結構です、山田先生』

「てんっさいですから、俺」

『ほざけ。それでスマッシュだったな?巡回中の教員には私から伝えておくから、お前はそのままスマッシュを――』

「ちょっと君!今は待機中の筈よ!」

「あ、捕まりました」

『なんでそっちのタイミングは悪いんだ』

 

 巡回中の教員へはその通話から直接千冬が説得することによって事無きを得た。

 

 これで心置きなくスマッシュの元へと迎えると思った直後、今度は戦兎の携帯に着信が掛かる。画面にはシャル、と表示されていた。

 

「もしもし?」

『あ、戦兎?ごめんね、これからスマッシュを倒しに行くのに』

「なんで知って……あぁ、もしかして織斑先生と同じ場所にいるのか?」

『詳しくは言えないけど、任務の待機中でね。こうして電話してるのも、実はこっそりやっててあんまり良くないんだけど』

 

 あんまりというか、普通に駄目である。

 

『その……上手く言えないけど、とにかく気を付けてね。なんだか妙な胸騒ぎがしちゃって、何か言わなきゃって思って……』

「そっかー」

『軽っ!?いやいや、そこはもうちょっと警戒心強めるリアクションしないかな!?』

「そう言われてもなぁ……俺にはいつも通りのスマッシュ退治にしか感じないし」

『もう……まぁ、それくらいマーペースな方が戦兎らしいかもね。さっきも言ったけど、本当に気を付けてね?』

「ん。じゃあまた後でな」

『うん、いってらっしゃい』

 

 

 

――――――――――

 

≪―♪≫

「この辺か」

 

 旅館から出て約10分。クローズドラゴンの案内に従ってやって来たのは、昼間に遊んだ浜辺よりも更に離れた別の浜辺。スマッシュの姿は見当たらず、陸に進んでいくと森が広がっているが、それ以外は砂浜が続いているのでスマッシュが隠れられるような場所は無さそうだ。

 

「見渡す限り砂だらけ……なぁ、ホントにスマッシュなんているの?」

≪―♪―♪≫

「散歩したいだけじゃないよな?」

≪♬!♬!≫

「うおっ、おま、火ぃ吹くなってあつぅい!」

 

 真面目にスマッシュを探知したというのにそう言われる始末。これにはクローズドラゴンも怒りの火炎攻撃。

 

 ともあれ、この様子ではどうやら杞憂に終わった模様。そもそもこの探知機能も試運転が十全ではないので、何かしら不備があってもおかしくは――。

 

 

 

 

 

『ほう……まさかそちらから出向いて来るとはな』

 

 戦兎以外の声。

加工が施されて肉声とはかけ離れた不気味なボイスが彼の耳に飛び込んで来る。その声に覚えがあった戦兎は、素早くそちらを振り向いた。

 

 何も無い砂浜の上に、白い煙が朦々と立ち込める。向こう側の景色が見えない程に濃いその白煙の中から、徐々に人影が形を成して煙の中から現れる。

 

『また会ったな、赤星 戦兎』

「お前は……バット――」

『ナイトローグだ』

 

 バッ、ナイトローグ。工場のような煙突とコウモリの意匠をあしらったスーツをその身に纏った、謎の怪人。こうして戦兎と対峙するのは2度目である。

 

「まさかお前とこんな所で会うとはね……偶然、にしては出来過ぎだと思うんですけど」

『どう解釈するかはお前の自由だ。だが、私がこれからすることは何も変わらない』

 

 ナイトローグが身体の煙突から煙を噴かせると、そこから手品のように己の武器を取り出す。以前にも使っていた短剣【スチームブレード】の刃を戦兎に向けて。

 

『お前をここで始末する』

「前回といいホント物騒だこと……俺が何か恨まれるようなことでもしたの?」

 

 ビルドドライバーを腰に巻き付け、ラビットとタンクのフルボトルを懐から取り出してドライバーに挿し込む。

 

≪ラビット!≫≪タンク!≫

≪ベストマッチ!≫

 

 レバーを回すと、赤と青の成分を通す幾重のパイプが周囲に展開され、戦兎の前後にビルドのハーフボディが形成される。

 

≪Are you ready?≫

「変身!」

≪ラビットタンク!イエーイ!≫

 

 戦兎が最も慣れ親しみ愛用しているビルドの基本フォーム、ラビットタンクフォームが白い蒸気を噴かせながらその姿を露わとする。変身の直後、ドリルクラッシャーを召喚することも忘れずに。

 

 快晴の空の下、ビルドとナイトローグが緊張感の漂う距離を空けて対峙している。互いに相手の動向にいち早く反応出来るよう警戒し、沈黙の数秒をその場に齎す。

 やがて両者は同時に足元の砂を蹴り上げて走り出し、鋭く振るった得物をぶつけ合う。開幕の火蓋がまさに今、切って落とされた。

 

 

 

―――続く―――

 




ラビットタンク「なんで俺の変身音端折ったん?」

 もう2章入ったし……。


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第40話 ナイトローグの力=ビルド敗北!?

 

 軍用IS【銀の福音】の暴走。

 アメリカ・イスラエルの2国によって共同開発されていた上記第3世代ISだが、突然原因不明の暴走事故が発生した。稼動試験でハワイ沖に配置されていたそれは操縦者を通信不能状態にさせたまま監視空域から離脱。衛星による監視で、その進路が現在IS学園の1年生が臨海学校に来ている当旅館の数キロ先を50分後に通過することが予測された。

 ハワイから通達を受けたIS学園は銀の福音の対処を受託し、現場の教員と専用機持ちにその任務を指示した。

 

 学園から福音撃墜の任を受けた千冬は、教員の使用する訓練機ではまず福音に戦闘を挑むどころか高速で移動している機体に追いつくことすら叶わないということを真っ先に考え、教員による討伐は不可能と早々に見切りをつける。教員の中でも特に優れた操縦能力を有している彼女と真耶も、肝心のISが訓練機ではその力を十全に発揮することは出来ない。

 最終的に千冬が下した決断は、一夏と箒の2名による電撃戦。高速戦闘仕様に切り替えた紅椿が白式のエネルギー節約の為に一夏を福音の元まで運び、白式の零落白夜で斬り落とす。条件が限られている中、競技用のISが軍用のISに勝つにはその一撃必殺の戦法しか無かった。

 

 本来ならば、作戦内容はともかく人選はとても賛同できるようなものではなかった。一夏、箒、どちらも専用機を持ってはいるが、代表候補生としての軍訓練を受けていない。こういった事態に対して素人同然の彼等は本来ならば後方待機して一連の流れを観察し、今後の糧とさせる方がいいだろう。

 しかし千冬は彼らに任せた。親友である束が彼らを強く推したのが、最大の決め手だったのだ。実際、彼女が事詳しく解説した紅椿の性能があって漸く、本作戦の攻略の道筋が出来上がるのだ。

 そして何より『あの束が推薦した』こと。それはISにおいて絶対的に安心出来る太鼓判のようなものであり、千冬は彼女が妄言とも捉われかねない数々の言葉を実現させ続けてきたのを傍で見続けており、無意識に安心感を覚えていた。

 

 元々不可能に近かったこの任務。束が生み出した白式と紅椿の2機があれば、必ず果たせるだろう。

 そう、千冬は思っていた。

 

『一夏ぁぁぁぁぁぁ!!』

 

 即席で作られた旅館の管制室にて、通信越しに箒の悲鳴が部屋中に響き渡る。現地では一体何が起こったのか、悲痛なその叫びが全てを物語っていた。

 

 作戦は、失敗した。

 

「織斑先生!一夏たちの救助、あたしに行かせてください!」

「わ、わたくしにも出動の許可をお願いいたします!」

「……分かった。凰とオルコットは2名の回収を許可する」

 

 一夏が堕とされたと知ってすぐに行動に移そうとしたのは、彼のことを好いている少女2人であった。鈴音もセシリアも、今にも飛び出しそうな勢いを理性で抑えながら千冬に訴えかける。

 彼女たちの要望を千冬も受諾し、2人は走って管制室から出ていき、そのまま廊下を全速力で駆けて行った。

 

「……織斑先生」

「……真耶、逃げた福音の捕捉を開始してくれ」

「っ……分かり、ました」

 

 若干の間を空けて真耶に指示を掛ける千冬であったが、その声にはいつもの覇気が宿っていなかった。作戦の失敗、そして弟の負傷。それらの失態が同時に降りかかり、彼女の心の重みとなってのしかかっている。

 束の言葉を信じ過ぎていた。機体性能にばかり着目し、操縦者の熟練度への考慮を疎かにしていたことに気付かされ、初歩的な判断ミスを犯した己を情けなく思った。

 歪む表情を隠すように、千冬は俯いた顔を掌で覆い、深い息を零した。

 

 そんな非常に声を掛け辛い姿の千冬に、手持無沙汰のラウラが恐る恐る話し掛けた。

 

「あの、教官。我々はどうすれば……」

「……別室で待機だ。オルコットと凰が戻ったら、2人にも同室で待機するよう伝えておいてくれ」

「わ、分かりました」

 

 今の千冬になんと言葉を掛ければいいのか、そもそも何か言うべきなのかも分からないラウラとシャルロットは、早足で管制室から退室する。

 別室に向かう道中、ラウラはそっとその口を開いた。

 

「……あのような姿の教官は、私も初めて見た」

「弟の一夏があんなことになったんだもん……余裕が無くなるのも仕方ないよね」

「あいつのことも心配だが、先ずはセシリアたちが戻ってこないことには始まらない。それまで我々も待たなければな」

「そうだね……」

 

 そう言いながらシャルロットは、自身の携帯を取り出してその画面を覗き込む。画面には彼女の期待に応えるようなものは載っておらず、彼女は小さく溜め息を吐いた。

 

「どうかしたか?」

「あ、ううん。戦兎、もう戻ってるかなと思って。終わったら教えてってメール送ってたんだけど」

「戦兎はスマッシュを退治しに向かったのだったな。まだ終わっていないということか?」

「だと思う……気付いてないって可能性もあるけど」

 

 スマッシュが出現した際と倒した際には必ず千冬に連絡を入れるという約束を戦兎は交わしており、最近はシャルロットにも同様の報告をする習慣がついてきている。彼女の要望で、ご飯等で誘う時に何かと必要だからである。

 

「先に戦兎の宿泊部屋を見てくるといい。確か山田教諭と同室だったのだろう?」

「いいの?」

「少しくらいなら構わないだろう。他の教員に出くわしたら、まぁ山田教諭に必要物の調達を頼まれたと言っておけばいい」

 

 任務に関して厳格だという印象しかないラウラであったが、意外にもその対応は柔軟であった。昔の彼女ならば許可しなかっただろうが、ここ最近のIS学園の生徒との交流が彼女を柔らかくさせているのだろう。

 

 シャルロットは彼女の厚意に甘えることにし、彼女と別れて戦兎の部屋へと向かい始める。

 その最中、ふと気になって再び携帯の画面を見る。しかし先ほどと何も変わりは無かった。

 

「(なんだろう……やっぱりまだ嫌な予感が続いてる)」

 

 

 願わくは、この胸騒ぎが杞憂で終わりますように。

 そんな思いを抱きながらシャルロットは確認の為にその足を速めるのであった。

 

 

 

――――――――――

 

「ぐあぁっ!?」

 

 場面は変わり、旅館から離れた砂浜。

 戦兎の変身するビルドがその身体を砂地へと叩き付けられる。多数の砂粒が舞い上がり、倒れるビルドの身体に降り注いでいく。

 

 その先に立つのは、余裕な様子のナイトローグ。

 

『どうした、ビルドの力はその程度なのか?』

「くっ……冗談。勝手に決めつけるの早すぎでしょ」

 

 軽口を叩きながら新たなフルボトルを取り出し、振った後にドライバーに装填する。

 

≪タカ!≫≪ガトリング!≫

≪ベストマッチ!≫

 

 テンションの高い音声がボトルの最良相性を知らせ、そのままビルドはドライバーのレバーをグングン回し始める。

 

≪Are you ready?≫

「ビルドアップ!」

≪天空の暴れん坊!ホークガトリング!イェア!≫

 

 橙とメタルカラーのボディに変身したビルドが、背中の翼を大きく広げて飛翔する。その手には召喚したホークガトリンガーがあり、空中から一方的に銃撃する戦法に出ようとしているのである。

 

 しかしナイトローグの余裕は崩れない。空に舞い上がるビルドを見上げながら、マスクの下で小さく鼻を鳴らした。

 

『まさか飛べるのは自分だけだと思ってはいまいな?』

 

 その言葉と共にナイトローグが身体に力を込めるとその背中から真っ黒な翼が現れた。翼らしきものが見当たらない背後からメキメキと音を立てながら強引に展開する姿は、従来と相まって恐ろしく見えた。

 

 空中にいたビルドも、ナイトローグの姿に異変が生じていることに気付いた。相手の姿のモチーフは蝙蝠、その飛行能力が反映されていても何もおかしくない。寧ろ妥当であろう。

 少し考えれば予測出来ることを見落とした己に内心舌打ちをしている間にも、既にナイトローグはビルドの元へと迫っていた。

 

「くっ……!」

『その形態は遠距離からの攻撃に長けているようだが、ここまで接近されての戦闘は苦手らしいな』

 

 ナイトローグの言うとおり、現在のホークガトリングフォームはホークガトリンガーによる銃撃戦を十八番としており、ラビットタンクと比べて肉弾戦は得意としていない。飛行タイプのスマッシュも1、2体程度しか遭遇しておらず、ISでの試合も相手は銃や剣を用いるのが主流で、拳で戦う者など滅多にいない。

 加えて、ナイトローグはやたらと戦闘慣れしている。以前戦った時よりもキレのある体捌きがビルドの攻撃を通させずにいる。

 

≪アイススチーム!≫

「しまっ――」

 

 不利な相性で繰り広げられる戦闘の中で生じる隙、ビルドはそこを的確に突かれる。

 ナイトローグが己の武器に付属しているバルブを回し、冷気を纏った刀剣が袈裟切りに振るわれる。胴体を横切る一閃、斬撃の痛みに重なるように冷気が浸み込み、普通に斬られるよりも数段辛い衝撃が彼の肉体に奔る。

 

 間髪入れず、腹部に蹴りが叩き込まれる。直前の攻撃で身体が硬直していたために備えが遅れ、モロに受けることとなった肉体はそのまま地上に落下していく。

 ギリギリのところで受け身を取ったビルドは、すぐに別のフルボトルに取り換え始める。

 

「だったら今度は……!」

≪忍者!≫≪コミック!≫

≪ベストマッチ!≫

 

 ナイトローグが迫る前に、レバーを回して変身を終えさせる。

 

≪Are you ready?≫

「ビルドアップ!」

≪忍びのエンターテイナー!ニンニンコミック!≫

 

 紫色と黄色のボディが交差した形態、ニンニンコミックフォームへと姿を変える。先程まで使っていたホークガトリンガーは仕舞い、新たに取り出したのはこの形態の専用武器である4コマ忍法刀。

 地上に降りてきたナイトローグを見計らい、刀のトリガーを1回押して4つある忍法の内の1つを発動する。

 

≪分身の術!≫

 

 ビルドの分身体が次々と分散していき、ナイトローグを惑わせる為にその周りを囲んで変幻自在の動きをしていく。

 しかしナイトローグはまるで動じる様子もなく、ゆっくりとブレードを構える。

 

「はぁっ!」

『遅い』

「そぉい!」

『ふん』

 

 前後左右から不規則に飛び掛かるビルドの分身による攻撃を、ナイトローグは的確に防ぐ。まるで後ろにも目が付いているかのように背後からの攻撃にも対応し、一切の攻撃を通しはしなかった。

 

「なら……!」

≪火遁の術!≫

 

 分身に紛れて様子を窺っていた本体のビルドは忍法刀のトリガーを2回押し、2つ目の術を発動させる。機械音声の後に刀身から炎が湧き上がり、それは全ての分身の持つ刀に反映されている。

 

≪火炎斬り!≫

 

 炎を纏った刀による斬撃。その一撃は強力で、並大抵のスマッシュならば確実に倒すことが出来る程である。

 しかし今ビルドの前にいる敵は、スマッシュとは一線を画した存在。必殺の一撃もナイトローグにとって脅威はとなり得なかった。

 

≪エレキスチーム!≫

 

 ナイトローグが再びスチームブレードのバルブを回すと、今度は冷気ではなく電気が刀身に宿った。刃全体に視認出来るレベルの電流が迸り、バチバチとスパーク音が鳴る。

 ビルドの火炎斬りに合わせてブレードが振るわれると、刀身の電撃が一気に周囲に拡散。範囲攻撃と化したそれは迎撃と併せてビルドの分身と本体を纏めて吹き飛ばした。

 

 分身は吹き飛ばされながら霧散し、残る本体のビルドはそのまま砂の地に身体を落とす。

 

「くっ……!」

 

 ニンニンコミックの力も通用しない。ならば次のベストマッチで対抗しようと新たなフルボトルを取り出すビルド。

 

 だが、ナイトローグとの力の差は大きかった。

 ゴリラモンド、ロケットパンダ、海賊レッシャー。戦法の豊富さを利用してあらゆる形態による攻撃を仕掛けるものの、そのどれもがナイトローグの前では児戯のように封された。

 嘗て無い程の苦戦に、肉体的にも精神的にも追い詰められていくビルド。

 

≪封印のファンタジスタ!キードラゴン!イェイ!≫

 

 現在持っているフルボトルの中で最も戦闘力の高いベストマッチ、キードラゴンフォームにチェンジして格闘戦を展開する。今迄より相手に食らい付けてはいる、だが戦局を覆す程とはいかず、徐々にこの形態でも追い詰められていく。

 

『世間を賑わせるビルドとやらも、学園という微温湯に浸かっていればこの程度か』

 

 いつもの淡々とした口調に、どこか冷めた様子を加えてそう吐き捨てるナイトローグ。とうとう見切りを付けたのか、ビルドに止めを差すべく動き始めた。

 隙を突いてビルドの背後に回り込むと、後頭部に打撃を叩き込んで怯ませる。その間に再び背中の翼を広げると、ビルドの身体を掴んで空へと飛翔し始めた。

 

「ちょ、離せって……!」

 

 拘束自体はそう強くなく、ダメージを負っているとはいえ四肢の自由が利く今のビルドなら振り払うのは容易だった。

 実際に抵抗してみればすぐに振り解け、空中に身を放られることとなった。後は飛行可能なフルボトルに交換して地上に戻れば何事も無く済むだろう。

 

 しかし、その途中でビルドは目の当たりにしてしまう。

 スチームブレードにトランスチームガンを接続させた、トランスチームライフルの銃口をこちらに向けている、真上のナイトローグを。

 

『終わりだ』

≪スチームブレイク!バット……!≫

 

ライフルから発射された光弾。

 ビルドに向かって高速で、且つ真っ直ぐ放たれたそれはビルドの腹部へと直撃し、その体を吹き飛ばす。

 

 「がっ……!?」

 

 潰れたような呻き声をあげながら、ビルドは垂直に落下していく。

 丁度彼のいた場所は海の上で、海面に大きな水飛沫を立てて彼は海へと没した。

 

 砂浜に着地したナイトローグは、ビルドの着水によって大きく波打っている海を一瞥する。

 

『ふん……』

 

 ただ1つ鼻を鳴らし、踵を返して海に背を向け立ち去るナイトローグ。数歩歩くとその身体の管から黒煙を噴出し、身体を覆っていく。

 

 煙が晴れた後、そこに残ったのは戦闘によって荒れ果てた砂地だけであった。

 

 

 

―――続く―――

 




 負けて水落ちしてしまうとは……もう駄目だ、お終いだぁ……。

アギト「えっ」
カブト「えっ」
斬月「えっ」


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第41話 少女と兎=秘蔵の発明品

更新が遅くなってしまい、大変申し訳ございませんでした。

リアルの都合もありましたが、突如元から低い自分の執筆能力に限界を感じてモチベーションがダダ下がりしていたのですが、なんやかんやでもうちょっと続けてみようという形に収まりました。



 

「戦兎、やっぱり戻ってきてないんだ……」

 

 ビルドとナイトローグの戦いに決着がついた頃、彼の現状を知らないシャルロットは彼の宿泊部屋に訪れていた。

 スマッシュ退治から戻っているかどうか確認に来たのだが、残念ながら彼の姿は部屋のどこにも見当たらない。携帯の方もチェックしてはみるが、やはりこちらも音沙汰無しだ。

 

「何かあったのかな……」

 

 姿も見えず、連絡が無いというのはとても心細いものだ。それがスマッシュ退治という命に関わることが絡んでいるなら尚更に。

 戦兎は強い。これまで何度もスマッシュと戦ってきた彼だが、大きな怪我も無く帰ってくることが殆どだった。唯一目立つ傷を抱えて戻ってきたのは過日のタッグトーナメント前に向かった一件、ナイトローグが乱入した時だ。彼女もその事は戦兎から直接話を聞いており、会ったことは無いがナイトローグという存在を認知している。

 

 そうなると戦兎はナイトローグと、もしくはそれに近い実力を持つスマッシュと戦っているのではないだろうか。もしそうだとしたら、今も戦兎が戻ってきていないのは……。

 脳裏に過る嫌な予感を、頭(かぶり)を振って払う。思うべきは彼の無事であり、決して不吉なことを考えてはならない。余計な不安感を煽るだけでなく、彼のことを信じられないと暗に示しているのだから。

 

 この場で待っていたところで、戦兎がいつ帰ってくるかなんて分からない。ならば……。

 

「ごめん、ラウラ。ちょっとだけ戻るのが遅くなりそう」

 

 ここに来ることを許してくれた友人に謝りながら、シャルロットは戦兎を探す決意を確かなものにする。

 

 しかし、問題が1つある。戦兎が今どこにいるかということだ。

 外にいることは間違い無いのだが、方角も碌に判明していないのであれば見当違いの場所を探す羽目になる。今の彼女は特殊任務に就いており待機を言い渡されているが、次の指示が与えられるまで裕福な時間があるというわけではない。次の指示が来る前に、確実に戦兎を見つける必要があるのだ。

 

「けど、一体何処に――」

「おい金髪。何ボーっとしてるんだよ」

「――えっ?」

 

 自分以外の誰かの声。一般生徒は自室待機を言い渡され、こんなところで声を掛けてくる者など巡回中の教員くらいしかいない。が、生徒を金髪呼ばわりする口汚い教員はIS学園には多分いない。

 というか、その声色はシャルロットにも聞き覚えがあった。何せ午前中の海岸での装備テストや作戦室での作戦会議中において、バリバリ喋っていた人がいるお陰で。

 

「し、篠ノ之博士……!?」

 

 天災、篠ノ之 束。この1日でその神出鬼没ぶりを見せつけた彼女が次に姿を現したのは、ここであった。

 敷かれた布団に包まりながら。

 

「あぁそうだよ、天上天下天地無双完全無欠永久欠番の束様だよ。それが何か?」

「いや、あの、なんで布団に寝てるんですか……?」

「そんなもんお前、せんちゃんがあの同室のおっぱい星人に誘惑されないように束さんの匂いをマーキングしておくんだよ。あのおっぱいはね、絶対男を知ってるおっぱいだよ。あのだらしないおっぱいで幾人もの男をハァーイ、チャーン、バァブゥと幼児退行させてきたに違いない、私が保証する」

「何とんでもない不名誉を保証してるんですか!?してませんからね、山田先生そんなことする人じゃありませんからね!?」

「お前があのおっぱいの何を知ってるんだよ。私はデカいことしか知らないけど」

「いや結局博士も山田先生のこと知らないんじゃないですか!?」

 

 かの有名人と1対1で話すのは初めてだったのだが、よりにもよって猥談に話が進むとは思いもよらなかったシャルロットである。

 

「それはそうと、お前誰だよ。なんかさっき部屋で見たような気がしなくもないけど」

「あ、えっと、シャルロット・デュノアです」

「っ……はーん、成程ね。お前がせんちゃんの言ってた……シャブロット?」

「シャルロットです」

 

 ものの数秒前に自己紹介したのに間違われるこの虚しさ。しかもしゃぶるとかちょっといやらしい。

 

「で、そのシャーロックがせんちゃんと私の部屋に何の用だよ」

「シャルロットです。というか山田先生を省かないで下さいよ……その、戦兎がスマッシュを退治しに行ったんですけど、戻ってるかどうか確認しに」

「せんちゃんなら浜辺の方で戦ってたぞ。なんかスマッシュというかコウモリっぽい怪人だったけど」

「コウモリの怪人って……まさか戦兎が前にやられたっていう……!?」

 

 シャルロットの嫌な予感は当たってしまっていた。

 何故今になってナイトローグが現れたのか、それに関しては今気にすべきことではない。問題はその怪人が現れたということは、戦兎がこの場にいないのはその怪人に苦戦しているからなのだろう。

 起こって欲しくなかった情報を聞き、シャルロットの身に不安の渦が逆巻いていく。

 

 そんなシャルロットの動揺に対し、先程となんら変わりない無愛想な様子で声を掛けてくる。

 

「いや、早く行けよ」

「えっ?」

「いやだから、早く行けって言ってんの。そこでセンチメンタってればヒロインになれると思ったら大間違いなんだよ。この作品のヒロインはあくまでこの束さんだから、揺るぎない玉座に座してるんだからね私は。覚えておけよ」

「すいません、なんの話をしてるのか全然分かんないです」

 

 束の意味不明な言葉はともかく、早く行かなければならないというのはシャルロットも同感だった。

 今しがた、戦兎は浜辺で戦っていると束は言っていた。1日目の自由時間で遊んでいた場所が丁度浜辺だったので、その辺りを探せばきっと見つかるだろう。捜索の目星がついたことで、シャルロットの進むべき道は定まった。

 

≪~~♪≫

「っと、電話だ」

 

 直後に掛かる着信。流行りの歌を奏でて持ち主に報せ、勇もうとするその足を止める。

 『ラウラ』。画面に映された友人の名前を見て、話の内容を予測しながらボタンを押して電話を繋げるシャルロット。

 

『私だ。どうだ、戦兎はいたか?』

「それが、まだ帰って来てないみたいで……強い敵と浜辺で戦ってるってさっき聞いたから、今から向かうつもり」

『セシリアたちとは逆方向だったか……成程、分かった。こちらは全員帰投している。引き続き待機命令が下されてはいるが……すまないがもし戦兎がそこにいなかったら戻って来てくれ、そこがタイムリミットだ』

「うん……分かった」

 

 そろそろ任務から抜け出すのも限界が来たようだ。寧ろよくここまで粘れたものである。

 『ごめんね、手間掛けさせちゃって』とシャルロットが詫びを入れると、ラウラは『何、気にすることは無い』と大らかな態度で返してくれた。

 

『ところで、その情報は一体何処から手に入れたんだ?お前が直接見た訳ではないような口ぶりだったが』

「ああ、うん。実は篠ノ之博士が……あれ?」

 

 シャルロットは通話を続けながらその視線を部屋の方へと移した。そうすれば情報提供者である束が自分の匂いを引っ付けるという理由で布団に潜り込んでいる姿がそこにあるから。

 だが、そこには誰もいなかった。まるで最初から誰も存在していなかったかのように、彼女のいた痕跡が微塵も無い程に部屋は整えられていた。

 

 果たして束はどこに行ったのか?

 戦兎の元へと向かうこと、電話先のラウラへの応対を同時に迫られているシャルロットはその思考を一旦脳の片隅へと置き留めるしかなく、外に出るべく足を進めた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 闇の中から覚醒した途端、数多の疑問が彼の頭の中を覆い尽くした。

 ここは一体何処なのか?

 何故こんなにも寒いのか?

 何故自分は意識を失っていたのか?

 

 

 

―――俺は、誰だ?

 

 

 

 己の内に答えがあると思い、自らに問うたのか。それとも誰かに教えてもらいたかったのか。目の前に人がいることに気付かないまま、ふと呟かれた言葉。

 その直後、大量の雨粒が身体中を襲う感覚がスッと途絶える。

 顔をゆっくり上げると、そこには屈託の無い笑みを浮かべた女性がこちらに手を差し伸べていた。

 

 

 

―――私が教えてあげるよ……全部、全部ね。

 

 

 

――――――――――

 

「やぁ☆」

「……えぇー」

 

 昔の夢を見ていたような気がするのに、開口一番に呑気な挨拶を掛ける目の前の保護者に、戦兎はなんとも言えない反応をするしかなかった。

 

 そんな彼の反応がお気に召さなかったのか、束はプンスコと擬音を発しながら頬を膨らませて彼に抗議の視線を向ける。

 

「むむー、愛しのせんちゃんの危機にこうして馳せ参じたというのに、そのリアクションは酷くなーい?」

「いや、雰囲気ぶち壊しだし……というかその手に持ってる釣竿は何?」

「レスキューアイテム。私に釣られてみる?」

「兎が亀の台詞を言うのか……というかもう釣られたし」

 

 気障ったい台詞とドヤ顔を披露する束はさて置き、戦兎は自身の状態をチェックしていく。

 先ずは肉体の負傷具合。ビルドの装甲と保護機能のお陰で重傷となる怪我は無いが、それでも身体のあちこちにはダメージを受けた痕跡が残っている。身体を動かす際にもピリッと痛みが生じる程度には痛覚も反応している。

 制服も損傷がそれなりで、最後に海に叩き落されたからか全身が濡れてしまっている。目の前の兎は本当にその釣竿で岸まで引き上げたのだろうか。

 最後にビルド関連のツール。何か海に流されたのではないかと危惧したが、なんと奇跡的に紛失物は0。こればかりは不幸中の幸いと言えるだろう。

 

「束さん、俺を引き上げてからどれくらい時間が経った?」

「ん?そこまで時間は掛かってないよ、せいぜい5分くらいじゃないかな」

「5分か……時間は大して経ってないみたいだな」

 

 頭上の太陽を見上げ、その位置で時間を把握し終える。

 

「しかしせんちゃん、今回は随分手酷くやられたみたいだね。一体何処のどいつだいそのアンチクショーは?」

「あーっと、自称ナイトローグとかいうバットマン。これがまた厄介な奴でな、俺の持ってるフルボトルの特性全部把握してやがったんだよ」

「あぁ、この間報告してくれたバットマンね。まさか新しく手に入れたフルボトルも知られてたの?」

「みたいだった。……と言っても、キードラゴンでも勝てなかったから特性云々以上にスペック差の問題もあったっぽいな」

 

 後半になるにつれて冷静さが欠けつついたのでそれが全てとは言えないが、やはり理由としては大きなものだった。現状、戦兎の持つベストマッチフォームの中でも最も強力なキードラゴンでさえ軽くあしらわれてしまった。戦闘が終わった今となっては、戦兎も少なからずショックを受けていた。

 こうして生きているとなれば、いずれまたナイトローグと戦う機会は訪れるだろう。それまでに勝つ為の方法を考えなければならない。

 

 そんな矢先、その暗雲を取り払う切っ掛けを齎したのは、目の前にいる束であった。

 

「勝ちたい?」

「ん?」

「そのナイトローグって奴に、勝ちたい?」

 

 それは勿論。

 戦兎がそう断言してみせれば、その言葉を待っていたと言わんばかりに束は更に深い笑みを浮かべる。

 

「大丈夫、勝利への道筋は束さんがちゃんと作ってあげたから」

「?それってどういう……って、そいつは……!」

 

 束の手に収められている【物】、それに思わず注目する戦兎。

 間違えようが無い、それは嘗て自分が開発した秘蔵のアイテムだったからだ。フルボトルを探すという目的のIS学園転入では必要としなかった故に、束のラボに置いてきていた代物。

 

「まさか、これを持ってくるとはな」

「こいつなら、そのナイトなんとかってやつも倒せるでしょ?せんちゃんの自信作なんだからさ」

「成程な……確かにこれを使えば――」

「―――、せん――戦兎ぉ~!」

 

 束から物を受け取った直後の戦兎の耳に、自分の名前を呼ぶ少女の声が届く。最近はよく一緒にいるので、その声がシャルロットのものであることは姿が見えなくても戦兎はすぐに判別出来た。

 

「あー、そういえば金髪がせんちゃんのことを探してたっけ。え~っと、名前なんて言ったっけ、カカロット?」

「まじかよ超サイヤ人が探してるとか絶対に戦う羽目に……ってシャルロットじゃん」

 

 戦兎がグッと立ち上がって声のした方を見やれば、案の定彼女の姿が遠目で確認出来た。向こうが戦兎の姿を捉え、真っ直ぐこちらに向かって走り始めるのを機に戦兎も彼女に向かって足を運んでいく。

 

「……あれ、束さんいつの間にかいなくなってるし」

 

 ついてくる気配がしなかったので後ろを振り返ってみれば、先程までいた束の姿はどこにも無かった。浜辺についた足跡もそこ以外に増えておらず、一体どうやって移動したのか不可解に思うような現象になっている。

 海にでも逃げたのだろうか?と戦兎が考えていると走って来たシャルロットが合流を果たす。

 

「戦兎、大丈夫!?」

「ん?あぁ、へーきへーき。ちょっと身体は傷がついたけど、喜ばしいことにフルボトル諸々は全部無事だ」

「そっか、それなら良かったぁ……なんて言うと思った?」

「うぇっ?」

 

 そう言うや否や、シャルロットが取った行動は戦兎の両頬を摘まむということ。そのままムニムニと上下左右に引っ張られ、戦兎の顔が玩具のような扱いに。

 戦兎の頬を摘まんだままのシャルロットの表情は、とびきりの笑顔だった。笑顔の筈なのに、何故か有無を言わさない圧力を纏っていた。

 

「僕、見送る前に言ったよね?嫌な予感がするから気をつけてねって。なんでこんなボロボロになるまで無茶したのかな君は」

「ひ、ひや、ひょうひわえへお」

「そう言われても、じゃないんだよ。どうせ逃げるとかそういうことしないで真正面からぶつかったんでしょ?で、そのまま逃げるタイミングも探さずに押されて負けたって感じで」

 

 正解。

 

「……けどまぁ、戦う上で怪我しちゃうのは仕方ないとは思うよ。相手がみすみす逃がしてくれないような性格だったら尚更にね。ただ僕がこうして怒ってる理由はさっきの戦兎の発言なんだよ?」

「え、シャルロット今怒ってるの?」

「分からないかなぁ?」

「ふ、ふいあへん」

 

 再び指に力を込められ、戦兎は反射的に謝った。

 

「……僕が聞き捨てならなかったのはね、戦兎が自分の身体のことよりもフルボトルとかの無事を優先してたからなんだよ」

 

 ポツリと、寂しそうに彼女はそう告げた。IS学園に転入してからずっと戦兎の傍にいたシャルロットは、既に戦兎がどういう人物なのか理解してきている。

 

 戦兎は、自分のことに対して無頓着すぎる。こうして怪我をしていても、真っ先に心配するのは自分の研究対象であるフルボトルのこと。周りは怪我を負った彼の心配をするというのに、その所為で全く噛み合っていないという虚しさが。

 研究以外の何かをする際も、それは誰かから言われたから始めるという受動的な振る舞いが頻繁である。偶に夕食をすっぽかして研究に没頭することもあり、それをシャルロットに注意されたのも1度きりの話ではない。最近は彼女が付いているのでそういった機会は見なくなっているが。

 新たなフルボトルとベストマッチへの探求、それとスイーツ等々による糖分摂取。IS学園における学業以外での彼の生活を占める大部分は、それらであった。

 

「……僕としては、もう少し戦兎には自分に興味を持ってほしいというか、研究以外をしている戦兎自身をもっと見つけてほしいかなって。ほら、戦兎って記憶喪失なのに全然元の記憶とか探そうとしてないし」

「いやまさかそんなことは……あ、ホントだ。俺全然そういうことしてないわ」

「なんで当の本人が意識してないのさ」

 

 記憶喪失の人間の姿勢とは思えないが、それがこの男の性分であるとシャルロットは遅れて納得してしまった。

 

「まぁ余計なお節介だとは僕も薄々思ってるよ。けど僕としては戦兎には少しでもいいから自分のこととか他の人のこととか、フルボトル諸々以外のことにも関心を向けてほしいなって話」

「分かったよ、母さん」

「誰がお母さん!?」

 

 本当に分かっているのだろうか。

 茶化している所為でイマイチ真剣みに欠ける返事となってしまったが、この場で深く詰め寄っても仕方ないのでシャルロットも一先ずは納得することにした。

 

 何はともあれ、戦兎の無事を確認することが出来たシャルロットは分かりやすく胸を撫で下ろした。正確に言えば彼の身体は傷ついているのだが、取り返しのつかない負傷が無くて良かったという意味合いである。

 

「それじゃあ旅館に戻ろう。確か戦兎が外に出てることは先生たちも知ってるんだよね、なら事情を話して傷の手当てをしてもらわないと……本当は僕がしてあげたいんだけど」

「無理なのか?」

「こっそり探しに来た身だからね。それにいい加減戻らないとラウラも心配するだろうし……」

 

 シャルロットがそう言うと、タイミング良くラウラから着信が掛かってきた。携帯を取り出して通話状態にしたそれを耳に宛がうと、相手の声が届いてきた。

 

『私だ、ラウラだ。戦兎は見つかったか?』

「うん、こっちは大丈夫。ありがとうラウラ」

『気にするな。と、悪いがすぐに戻ってきてくれるか?出撃の準備をしてもらいたい』

「出撃?まさか、福音の……?」

『仔細まで話すと少し長くなる。詳しい話はこっちで説明するから、今は兎に角旅館にもどってきてくれ』

「……わかった。すぐにそっちに行くね」

 

 何やら神妙な空気が電話越しで伝わり、無意識に背筋をやや伸ばしながら対応するシャルロット。やがて彼女は電話の通話モードを終了させると、電話先のラウラが言っていた言葉を思い返す。

 

 出撃。現在就いている任務を考えれば、その撃破対象が銀の福音であることは明白。福音以外の敵が現れたとはあまりにも考えにくい事態だ。

 だがこの出撃命令は織斑先生が出したものなのだろうか。しかし、もしそうだとしたら先程のラウラが『命令』という言葉を一切使わなかったのは違和感がある。先生に待機命令を破ったことがバレたとも言っていなかったし、そんなそぶりも電話越しでは感じられなかった。

 だとすると、この出撃は……。

 

「……ごめん戦兎。僕、急がなきゃいけなくなったみたい。戦兎はこのまま旅館に戻って手当を――」

「いや……どうやらお客が来たみたいだから、それは後回しだわ」

「えっ?」

 

 何を言っているんだろう。咄嗟にそう思ったシャルロットであったが、彼が視線の先に捉えているものの正体を知った瞬間、合点が入ったと同時に吃驚した。

 

 ナイトローグ。

 先程まで戦兎と戦っていた相手が、黒煙を背景にして2人の前に姿を現したからである。

 

『ほう、あれだけ痛めつけたというのにまだそうして動いていられるとは……存外しぶとい奴だったようだな』

「そんなこと言っちゃってー。詰めが甘いようじゃいつまで経ってもバットマン呼ばわりのままだから」

『……負けた分際で大した口ぶりだ。ならば今度こそ止めを差してやるとしよう』

 

 戦兎の狙っていない挑発に触発されたのかはさておき、ナイトローグはミストを噴出させてその中から得物のトランスチームライフルを取出し、ヒュン、と一振り。

 

 対する戦兎も一歩前に出ると、ビルドドライバーのバックルを腹部に当ててベルトを腰回りに伸長させる。

 戦闘態勢を整えていく戦兎の背中に、声が掛かる。

 

「戦兎!」

 

 不安を募らせたシャルロットの声。彼女の本心を語るならば、戦兎には戦わずに逃げて欲しいと思っている。まだ傷の残っている身体に加えて、敵はその傷を作った張本人。心配せずにはいられなかった。

 

 だが、そんな彼女の心配を良い意味で跳ね除けるように、戦兎はいつもの軽い調子で応えてみせた。

 

「へーきへーき。ちゃんと終わらせて、旅館に帰るよ」

 

 けど、と食い下がろうとしたシャルロットであった。が、その語尾を萎ませて、いつの間にか作っていた両手の握り拳をそれぞれゆっくりと解く。

 なんの根拠も無い言葉。その筈なのに、何故かシャルロットはその言葉を信じられる気がした。好きな相手の言葉という贔屓目を余所に置いたとしても、である。

 それに、こうなった戦兎を説得するのは骨が折れるし、それが終わるまでナイトローグが待ってくれるとは思えなかった。信じようが信じまいが、シャルロットはこの場を戦兎に任せるしかなかった。

 

 だから、シャルロットは願いを込めて彼に言葉を掛ける。

 

「……無事に、帰ってきてね」

「ん、任せろ」

 

 間髪入れずに返事をしてくれた戦兎に満足し、シャルロットはその場を走り去った。

 

 ナイトローグがシャルロットの後を追う様子は無い。あくまで狙いは戦兎一択であり、素顔を隠したその仮面の眼光を彼に強く注いでいる。

 

『大した自信だな。あれだけ無様にやられておきながら、この期に及んで勝算があるとでも?』

「ある……っていったらどう反応する?」

『何……?』

 

 ナイトローグが言葉の真意を問う前に、戦兎は手に持っている物を相手によく見えるように見せつけた。それは、先程束から手渡された代物であった。

 片手で掴める程度の大きさをした円柱型。外装はメタリックで、表面部には赤と青のパイプがビルドのラビットタンクフォームの顔らしきデザイン及び配色のものを囲っている。良く見ると小さく文字が書き込まれてもいた。

 敢えて例えるならば、それはまるで飲料水の『缶』のようであった。

 

「こいつは俺がIS学園に入学する前に開発した、秘蔵の一品でね。とある理由で学園には持ち込まなかったし、使うこともなかった」

『理由だと?』

「そもそも、俺が入学した大きな理由はフルボトルを集めること。ならフルボトルのベストマッチとは関係ないこいつを持ち込むことは意味が無いし、折角のベストマッチのデータ収集の妨げになる」

 

 そう言いながら戦兎は缶型の物体を軽快に上下に振る。幾らか振った後に上部のプルタブ型のスイッチを指で開けると、プシッ、という小気味良い音と共に炭酸水の弾けるような音が響いた。

 そのまま缶をドライバーの装填部へと押し込む。先程スイッチを押したことによって缶の底にフルボトルのキャップ部と類似したパーツが隆起し、ドライバーの装填部を2つ分埋める形でセットされる。

 

≪ラビットタンクスパークリング!≫

 

 【ラビットタンクスパークリング】、ドライバーの音声から発せられたその名こそが、この缶の名称である。

 そして、ビルドの新たなる形態の名ともなる。

 

 これまでと変わらない動作でレバーを回していく戦兎。そしてラビットタンクの時とは異なる周囲のスナップライドビルダーに囲まれる中、彼は力強く構えながら、唱える。

 

≪Are you ready?≫

「変身!」

 

 前後のハーフボディに挟まれ、ビルドへと変身する戦兎。いつもの蒸気ではなく、炭酸水と赤青白の3色の泡が変身の衝撃で周囲に拡散する。

 赤色と青色がベースなのはラビットタンクフォームと同様であるが、そこに新しく白色も加わったことで鮮やかなトリコロール配色となっている。

 シルエットも以前とは大きく異なり、複眼やアーマー部はギザギザとした鋭角な造形が追加され、先程の炭酸水の音をイメージさせる泡の弾けるような印象を与える。

 

≪シュワッと弾ける!ラビットタンクスパークリング!イエイ!イエーイ!≫

 

【ビルド・ラビットタンクスパークリングフォーム】

 その2色の複眼が、一際強く輝いた。

 

 

 

―――続く―――

 

 



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第42話 シュワッと弾ける=ラビットタンクスパークリング

 

 旅館から遠く離れた海の上空。

 快晴と海原、それだけを見れば至って平和な光景なのだが、現在その地点に限っては複数の機体が音速で駆け、光弾が舞い、剣戟が奔り続けている。非日常とはかけ離れたその有様は、まさに『戦場』と呼ぶべきものだった。

 

 シャルロットを筆頭に専用機持ちが5人、彼女たちが戦うのは銀の福音であった。

 本来ならば彼女たちは待機命令を下されている身。その命令は未だ解除されておらず、なんとこの出撃は指令の織斑千冬に伝えていない、所謂無断出撃だ。

 彼女たちが動く理由。半数以上は、一夏がやられたからである。箒、セシリア、鈴音は彼のことを異性として好意を抱いている。そんな彼が傷つけられたとあっては、千冬が次の命令を出すまで黙って待っていることなど出来なかったのだ。

 シャルロットとラウラは一夏のことを男性として好いているわけではない。勿論、一夏の負傷をなんとも思っているわけではない、彼女たちなりに思うところがあった。しかし、否、だからこそ彼女たちは3人を止めずに共に行くことにした。

 帰れば命令違反によって処分は確定。しかしそれでも、彼女たちは行かねばならなかった。

 

 そして戦いの舞台が激化していく中、鈴音が福音の砲撃に直撃して撃墜された。

 

「鈴っ!……よくもっ!」

 

 鈴音が海に没する姿に、箒の怒りが湧き上がる。普段は一夏を巡って何かと競い合うことの多い相手だが、根本的には仲間としての繫がりが宿っている。仲間を傷つけられた、その事実は箒の感情に燃料を投下し勢いを強めさせた。

 仲間たちの援護を追い風に受け、刀の間合いにまで福音との距離を詰めていく箒。敵の隙を突き、その胴体に2刀の斬撃を叩き込んだ。

 

 だが福音は肩に食い込む2つの刃を両手でガッチリと掴むと、そのまま腕を横に広げて箒に同じ体勢を強いさせる。刀から放出されているエネルギーの熱で福音の掌の装甲が焼け始めているが、全く動じる様子は無い。

 そしてそのまま背部の翼の砲門を箒へと向ける。

 

 箒にとって絶体絶命の展開。回線からは焦った口調で回避指示が送られてくるが、それをするには武器を捨てる他無い。そうなれば武器の再取得は困難となり、その先の戦闘も非常に厳しくなるだろう。

 福音の砲撃が行われようとする中、なんと箒はその状態で追撃を試みた。

 刀を握った両腕を思い切り引きながら、片足を高々と振り上げる。引いた影響で福音が若干前にのめり込むのを捉えた瞬間、箒は福音の頭上を越え、身体を捻りつつ振り上げた片足を踵落としの要領で翼の付け根に叩き込む。

 展開装甲。それは箒の搭乗する紅椿の持つ特殊仕様で、詳細を話すと長くなるので割愛するが、装甲そのものを展開させることによって攻撃・防御・機動といったあらゆる用途に対応することが可能という、パッケージ換装を必要としないスタイルである。これらは箒の意図を機体が汲み、ある程度自動で施してくれるのだ。

 そして箒の踵落としが決まる前に、踵の装甲が変化してそこからエネルギー刃が展開した。その結果、福音の機体と翼を切り離す結果を齎した。

 

 既に鈴音によって片翼を斬り落とされていた福音は、箒の攻撃で残った翼を失い、機動力を削がれて海へと垂直に落下し、水しぶきを上げて海に沈んでいった。

 

「箒、大丈夫!?」

「あぁ……なんとか、な」

 

 シャルロット、ラウラ、セシリアが周りに集う中で箒は頬に汗を伝わせながらそう答えた。あと一歩でも遅れていればそのまま敵の砲撃に呑まれ、鈴音に続いて脱落していただろう。その駆け引きによる緊張感が終わった後に反動として戻ってきて、冷や汗となったといったところか。

 箒は福音が落ちていった水面を見下ろす。あれが落ちた衝撃で激しい波紋が周囲の海に広がっており、その波が小さくなっていくのを見ている内に、胸の奥に実感が湧き上がる。

 

 これで戦いは終わ――

 

「――っ!?これは……!?」

 

 突如吹き飛ぶ海面。

 蒸発する海水。

 謎の青い雷。

 そして、その中で胎児のように蹲っている銀の福音。

 

 海から戻ってきた銀の福音の装甲が先程とは異なるものに変化していく姿を見て、ラウラは目を見開いた。己の知識に思い当たる事項を見つけてしまい、驚愕を零しながら。

 

「馬鹿な……このタイミングで【第2形態移行】(セカンド・シフト)だとっ!?」

 

 彼女の声に反応するかのように福音がバイザーで覆った顔を上げると、獣の雄叫びのような唸りを上げながら少女達に向かって突撃する。先程とは比べ物にならないスピードで迫り、そのままラウラの右足首を掴んだ。

 

「なっ!?」

 

 ラウラが振り払おうとする前に、頭部から生えてきたエネルギーの翼が彼女を包み込む。その翼は今まで撃ってきたエネルギー弾と同様の性質であり、それに包まれるということはゼロ距離で大量にそれを受けるということ。

 

 連鎖的爆発が起こった後、その煙の中から力無く現れたラウラはボロボロの姿で意識を失ったまま海へと落ちていった。

 

「ラウラっ!ラウラを……よくもっ!」

 

 ラウラの撃墜に真っ先に激昂を表したシャルロットが、両手にショットガンを召喚して福音に撃ち込む。

 しかし、彼女の攻撃は通らなかった。

 身体のあちこちからエネルギー翼を生やし始める福音の、その内の一翼が放ったエネルギー弾がショットガンの弾丸を呑み込んでそのままシャルロットに直撃したからだ。

 

 そのまま続け様にエネルギー弾が撃ち込まれ、シャルロットも機体を大きく破損して墜落していった。

 

「なんですのこの性能は……!これでは軍用の枠を超えて――!」

 

 一瞬で仲間を2人も落とされたことで警戒心を最大限に強めたセシリアが高速機動で後方に下がり出した時、尋常ではない速度で福音が接近してきたのだ。両手両足のスラスターを着火させた爆発的加速、それが急接近のタネである。

 咄嗟に銃口を向けて迎撃を試みるセシリアであったが、福音に銃を蹴り飛ばされてあらぬ方向に逸らされた後、そのままエネルギー翼の餌食となった。

 

「セシリアっ!くっ、往生際が悪いぞ、銀の福音!!」

 

 最後の1人となってしまった箒。だが圧倒的な力を前にしてもその戦意が衰える様子は無く、寧ろ逆に強くなっている。シャルロットの時と同じで、仲間がやられたことによって闘志を熱く滾らせている。

 実際、箒の戦況は有利に傾いていた。展開装甲を駆使しての変則的な軌道は福音の攻撃を巧みに避け、展開した装甲からエネルギーを噴出して攻撃速度を急速に上げるといった芸当も見せて軍用且つ第2形態の福音と渡り合っている。それどころか機体出力を上げて徐々に押してきていた。

 

 勝てる。

 そう確信を抱いた箒を裏切るかのようなタイミングで、紅椿の出力がスッと落ちた。

 

「エネルギー切れ……ぐっ!?」

 

 絶望する箒に猶予も与えず、福音が彼女の首に掴み掛かる。万力のように締め付ける力が強くなり、箒の口から苦しげな声が上がり始める。

 気付けば、福音のエネルギー翼が箒の周りを覆うとしている。ラウラたちと同じように、喰らえば脱落は免れない傷を負うだろう。

 

「いち、か……」

 

 彼の為に、今度こそ勝つと決めていた筈なのに。

 己の非力の悔しさと、彼に対する申し訳なさ。混ざり合う思いの中で、箒は強く願った。

 

 一夏に会いたい、と。

 

 

 

 

 

「俺の仲間は、やらせねぇっ!!」

 

 1人の少女の淡い願い。

 まさしくそれは現実のものとなった。

 

 

 

 

――――――――――

 

 海上で激しい戦闘が繰り広げられている少し前、海辺では戦兎の変身するビルド・ラビットタンクスパークリングフォームとナイトローグが相対していた。

 

『スパークリング……?そんなボトル1つでこの私に勝つつもりだとでも?』

「そうでなきゃ、こうやって変身してないでしょーよ。ま、すぐに分かるさ」

 

 最初に海辺で戦った頃のように、いや、それ以上に余裕のある態度を見せるビルド。その姿がハッタリなのか、真実なのか、それとも実力を見誤っているのか、ナイトローグにとって不鮮明であるが、それはこうして対峙しているだけでは分からない。

 

『……また海に叩き落して無様な姿を晒してやろう』

 

 砂地を蹴り、ビルドに向かって仕掛けていくナイトローグ。

 

 その接近に合わせてビルドは両腕のブレード【スパークリングブレード】を構えると、片側で敵の剣を防ぐと共に残りの刃で胴を斬りつけた。

 

『っ……!』

 

 速い。胴に奔る一筋の痛みを感じながらナイトローグは1歩後ずさる。自身が油断していた故に反応が遅れたというのもある、それはナイトローグ本人も理解している。

 だがそれを抜きにしても、先程までの戦いぶりとは打って変わっている。まるで別人が戦っているかのように、その動きにはキレが宿っている。負傷している身にも関わらずだ。

 

 迎撃に成功したビルドが攻勢に打って出始める。スタスタと悠然な歩調でナイトローグに迫る彼は軽やかなフットワークで拳打を放ち、防御の遅れた相手の胴体に叩き込んでいく。

 ビルドが攻撃を行う度に、彼の装甲から泡らしき物が弾けていた。ラビット側の赤い泡が弾けるとそれに合わせて速度が上昇し、タンク側の青い泡は炸裂現象が攻撃の助長となっており、単純な拳打より破壊力のあるものへと変貌させている。

 この2色の泡こそが、スパークリングの最大の特徴。赤泡【ラピッドバブル】と青泡【インパクトバブル】を利用した能力強化がビルドを優位な方へと立たせているのだ。

 

『くっ……!その程度の小細工で……!』

「っと、また空か……よっと!」

 

 殴られた衝撃で後方に退くナイトローグが翼を展開したのを捉え、ビルドも跡を追うように跳躍する。やはりジャンプ力もアップしており、たった一跳びで空中のナイトローグへと迫っている。

 

 しかし、それはナイトローグの目論む行動であった。

 

『馬鹿正直に突っ込んでくれるとはな』

 

 空中ならば攻撃を躱せない。飛行能力を持つフルボトルを使用しておらず、ISモード状態でもなければこのタイミングではそれも間に合わない。

 空中で無防備となっているビルドに、ナイトローグの放った弾丸が迫る。

 

『なっ……!』

 

 だがビルドは避けた。その場を飛んで避けたのではなく、『跳んで』避けたのだ。

 まるで空中で足場を蹴ったかのように。ISモード時ならば空中の大気を部分固形して同様のことを為せるが、今のビルドはそのモードになっていない。

 

 ナイトローグはその視界に捉えた。ビルドが跳ねた瞬間、その足元には泡が炸裂したような現象が起きていたことに。

 更に周りをよく見ると、空中の至る所に泡が浮かんでいた。そしてビルドがその泡を足場に利用して跳躍したということにも気づく。阿蘇場にしている物こそ違えど、ISモード時と同じ芸当を目の当たりにしていた。

 動揺するナイトローグの胸部に、ビルドの鋭いキックが叩き込まれた。

 

「そぉい!」

『ぐぅ……!』

 

 空から落とされて砂浜へと着地するナイトローグと、それを追って地に足を付けるビルド。

 今回の臨海学校における両者の戦いは2度目となるが、その展開は1戦目とは真逆のものとなっていた。その違いを生み出したのが、たった1つのアイテム。それを使ったビルドが戦局を塗り替えてしまった。

 

 ナイトローグは戦兎の持つフルボトルの情報を事前に頭に叩き込んでいる。それぞれのフルボトルの特性、能力等々、ビルドに勝利する為に取得している情報は全て把握している。

 だが、あのフルボトルをナイトローグは知らない。従来のものとあれ程形の異なる物、しかもその性能は一味もふた味も違うとくれば、寧ろあれこそ最優先に知っていなければならない情報だった。

 

『おのれ……――め―――たな』

「え、めたな……メタナイト?」

『やかましい』

 

 そんな戯言はさて置き、ナイトローグにもダメージが蓄積されてチャンスが訪れる。

 ビルドはレバーを回して必殺技の発動に掛かる。

 

≪Ready go!≫

「勝利の法則は、決まった!」

 

 ビルドの胸部装甲を中心に発生する泡。それらは空中へと向かっていくと、徐々にその空間を歪ませていく。【ディメンションバブル】と呼ばれるその泡は空中に巨大なワームホールを生成した。

 ワームホールの誕生に気を取られたナイトローグの隙を突いて蹴り上げ、ワームホールへと閉じ込めるとビルドも高く跳び上がり、そこに向かって飛び蹴りを行う。

 

≪スパークリングフィニッシュ!≫

『ぐっ……おおおぉぉぉ!!』

 

 ビルドの必殺技が決まる、そう思いきやここでナイトローグが意地を見せた。

 歪んだ空間の影響で身体の自由すらも利き辛くなっている中、強引に身体を動かしてビルドの蹴りに合わせるとトランスチームライフルの照準を定める。

 

≪バット!≫

≪スチームショット!≫

 

 ナイトローグの得物から発射される高速の紫光弾が、ビルドのキックと激突する。

 

 僅かな競り合いの後、勝利したのはビルドのキック。そのまま光弾を弾くとナイトローグに強力な蹴りを叩き込んだ。

 

『ぐぅ……おのれぇ……!』

 

 本来ならば変身解除に至る威力なのだが、先程の抵抗によって威力が軽減したのとキックの衝撃をずらしたことによってナイトローグの姿を保ったままでいる。スペック差こそついているものの、咄嗟の機転でなんとか食らいついたのだ。

 だが、威力を押さえたとはいえそのダメージは大きい。このまま戦闘を続けるのは非常に難しいだろう。

 

「さーてと、それじゃあ観念してお縄についてもらいますかね。あ、そのまま織斑先生に突き出すからそのつもりで」

『っ……残念だが、それは叶わない話だ』

「何?ってうおっ!?煙幕かっ!」

 

 ビルドが近付くのに合わせて、トランスチームガンから煙幕を放出。

 単なる目晦ましかと思いきや、煙幕が晴れた後にはナイトローグの姿はどこにも無かった。足跡を辿ろうにも、戦闘の影響で砂地は大きく荒れているので追跡は厳しい。

 

 撃退には成功。しかしスパークリングのお披露目としてはどうにも締まらない形での終わり方となってしまった。

 

「ま、リベンジ出来たから良しとするか」

 

 ともあれ、相手が撤退したので勝ちは勝ちだ。

 変身を解除し、元の制服姿に戻った戦兎は忙しない戦いが続いた身体を労うように、ゆっくりと深く呼吸して身体の中に酸素を取り込む。

 

 そういえば、シャルロットは任務から戻って来たのだろうか。

 任務の内容こそ知らないが、集められた面子からIS関係だということだけは簡単に想像がつく。電話越しのラウラが準備をしろと言っていたので、彼女もどこかへ戦いに赴いているのだろうか。

 

「折角だし、帰るの待ってみようか……あ、でも怪我診てもらえって言われてるし、大人しく戻るかな……」

 

 旅館に戻る道すがら、そんなことを考えながら歩を進めていく戦兎。

 

 結局、彼は怪我の手当てをしてもらうことにした。

 もしもシャルロットを迎えに行っていたら、千冬たちと鉢合わせて、スマッシュ(ナイトローグ)撃退後も部屋に戻らず勝手に出歩いていた、という理由で戻ってきた専用機持ちたちと一緒に説教を喰らっていただろうということは、訪れなかった別の未来の話。

 

 銀の福音とナイトローグ。同時に現れた2つの脅威は、戦兎たちの活躍によって無事に払われた。

 

 

 

―――続く―――

 





 ホントはナイトローグにもいい感じに戦わせるつもりだったのですが、上手く展開を持っていけませんでした……。



■ラビットタンクスパークリングフォーム■
【身長】202.0cm
【体重】102.1kg
【パンチ力】14.9t(右腕)25.5t(左腕)
【キック力】35.6t(右脚)26.7t(左脚)
【ジャンプ力】66.0m
【走力】2.0秒

―ラビットハーフボディ―
①BLDバブルラピッドショルダー:右肩部。小型の泡【ラピッドバブル】を発生させ、弾ける泡の力を利用して運動速度を急激に引き上げる。全身を泡で覆えば残像が発生する程の高速移動も可能に。
②クイックフロッセイアーム:右腕部。切断力に優れた赤色の刃【Rスパークリングブレード】が装着されており、敏捷性を活かした鋭い高速斬撃を繰り出せる。
③BLDラピッドグローブ:右拳のグローブ。ラビットタンクフォームと同様の内容。
④クイックフロッセイレッグ:左脚部。高い俊敏性を備えており、周囲に発生させた泡を足場にして空中を自在に跳ね回ることが出来る。
⑤ラビットフットシューズ:左足のバトルシューズ。ラビットタンクフォームと同様の(ry。

―タンクハーフボディ―
①BLDバブルインパクトショルダー:左肩部。破裂時に衝撃波を発生する大型の泡【インパクトバブル】を発生させ、接触した敵の内部機能等を破壊する。全身各部を泡で覆えば、衝撃波を伴う格闘戦を行える。
②ヘビーサイダーアーム:左腕部。刺突力に優れた青色の刃【Tスパークリングブレード】を装着しており、高い腕力を活かして敵の装甲を貫く。
③BLDインパクトグローブ:左拳のグローブ。ラビットタンク(ry。
④ヘビーサイダーレッグ:右脚部。機動力と防御力に優れ、インパクトバブルを纏った重厚なキックを放つことが出来る。
⑤タンクローラーシューズ:右足のグローブ。ラビ(ry。

―共通―
①カルボニックチェストアーマー:胸部の赤青白の複合装甲。性質の異なる3種類の装甲板を組み合わせ、総合的な防御力を高めている。必殺技発動時は空間を自在に歪める泡【ディメンションバブル】を放出し、異空間に敵を閉じ込める等の予測不可能な攻撃を可能にする。


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