ロクでなし魔術講師とキツネの呪術師 (モフモフ毛玉)
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プロローグ

新しく書いてみました。よろしくお願いします。


「俺さ、思うんだよね、働いたら負けだって」

 

まるで悟りを開いた僧のような顔で青年は言った。

 

「お前のお陰で俺は生きていける、本当に感謝してるんだぜ?」

 

「ふふっ、そうかそうか、なら私の為に死ねよ、穀潰し」

 

笑顔で物騒な事を言う金色の髪の美女に青年はこう答えた

 

「ふふっ、セリカは厳しいなぁ、あ、おかわり」

 

「そうかおかわりか……ふふっ……《それなら・さっさと・食い扶持稼げ》!」

 

セリカと呼ばれた美女が奇妙な発音で叫ぶと青年は爆発した。……いや、青年の目の前で爆発が起きたのだ。

 

「ばっ、馬鹿野郎!?俺を殺す気か!?」

 

「違うぞ?グレン、ゴミを片付けるのは掃除と言うんだ」

 

「俺はゴミじゃねぇよ!?」

 

「まったく、お前よりも後に引き取ったコイツはキチンと働いてるししかも家の手伝いもしているんだぞ?恥ずかしいとは思わないのか?」

 

そう言ってセリカが台所を指した。そこには狐のお面を顔につけ、着物を着た少年が台所で洗い物をしていた。

 

「おい待てよ!?アイツはお前に金を払ってないだろう!」

 

「私は子供からお金を巻き上げるような事はしない、なぜならまだ学ぶべき事があるからだ。お前は働けるはずなのに働かないだけだろう?丁度良くアルザーノ帝国魔術学院の講師に一つ枠が空いてな、お前が働くには丁度いいだろう?お前、成績は平均的だったが魔術の知識は広く深いだろ?」

 

「よりによってそこかよ!?セリカも知ってるだろ?俺があの時、魔術を嫌いになった事を……」

 

「グレン……」

 

すると炊事場での皿洗いが終わったのか少年が戻ってきた。狐の面は外しているようだ。

 

「……」

 

「終わったのか?」

 

「はい、洗い物は全部終わりました」

 

「そうか、……見たかグレン?お前よりも役に立っているぞ?」

 

(ん?待てよ?ここはアルザーノ帝国魔術学校の講師になって適当に授業すればいいんじゃねぇか?)

 

「そうか、講師になってくれるのか」

 

「お、おう!気が変わったから受けるぜ!」

 

「それなら安心だ、コハクもアルザーノ帝国魔術学院に入れようと思っていた所だからな。安心して通わせられる」

 

「は?コハクも来るのか!?」

 

「そうだぞ?お前の監視も兼ねているが、コハクの将来の為になる」

 

「……講師になるやめ……」

 

「《其は摂理の円環へと帰還せよ・五素は五素に・象と理を紡ぐ縁は乖離せよ》」

 

セリカが早口でそう唱えながら手を向けるとグレンのすぐ横の壁が綺麗に丸い穴が開いた。

 

「は……」

 

「これを当てられくはないだろう?さぁ、講師をやるのか、死ぬか……選べ」

 

「まっ、ママぁぁぁぁ!」

 

「……いい大人が情けないなぁ……」

 

少年はそう言いながら外していた狐のお面を再び付けた。

 



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ロクでなしとキツネ、アルザーノ学院に来校する。

グレンは走っていた。理由?目覚ましが鳴らず、更に誰も起こさなかったからだ。

 

「だぁぁ!?チクショウ!!なんで起こしてくれなかったんだよあの目覚まし時計!壊れてたのかよ!コハクもなんで起こさなかったんだよ!お前も今日から学校なんだぞ!?」

 

「セリカが起きないから苦戦してた、一回ベットに引きずり込まれそうになった、セリカ……怖い…」

 

「それは分かる!……じゃなくて走るぞぉぉぉ!」

 

「うん、じゃあ、先に行くね『風を纏え』」

 

そう言うとフワッと浮かび飛んで行くコハク

 

「おいコラぁぁぁ!外での魔術は禁止だ!」

 

「あっ、そうだった」

 

フッ……

 

「おい!?そこ屋根無いぞ!?」

 

「あっ」

 

コハクは落ちた。

 

「ぬぉぉぉぉ!何しとるんじゃこの馬鹿がぁぁぁ!」

 

 

 

 

 

 

「ルミア、何か聞こえない?」

 

「え?」

 

ザッパァァァン…

 

「「キャァァ!?」」

 

「なんだなんだ?」

 

「誰か噴水に落ちたぞ!」

 

「大変!助けなきゃ!」

 

「ルミア!?」

 

ルミアが噴水に近くと

 

ザパァァ……

 

「ふぅ、焦った焦った、一時はどうなるかと思った」

 

「……ぉぉ!大馬鹿野郎ぉぉ!」

 

「ゲフッ」

 

追いついたグレンに蹴りを喰らい、もう一度入水するコハク。

 

ザプーン

 

「ふぅ、スッキリしたぜ!あだっ!?」

 

「『スッキリしたぜ!』じゃないわよ!?いきなりなんて事するの!?」

 

「おいおい、人を叩いちゃいけませんって教わらなかったか?」

 

「教わりました!それよりもなんで蹴ったんですか!」

 

「ん?そんなの決まってんだろ?コイツが早く行きたいからってズルして屋根の上を走ってたら落ちたって訳だ。それより……お前らアルザーノ魔術学院の生徒か?急げよ?遅れるぞ?」

 

「何言ってるんですか?時間ありますよ?まだ7時40分ですよ?」

 

「は?いやいや!今8時だろ?ほら」

 

「いえ、7時40分ですよ?ほら私の懐中時計」

 

「本当だな…」

 

「はぁ…ビショビショだ…ヘップシ!」

 

「大丈夫?」

 

「あー…お気遣いなく…それじゃあ行くよグレン、遅れちゃいけないから」

 

「おい待て!?今7時40分と聞いただろう!?」

 

「もう8時だよ、さっさと行くよ!」

 

「やーめーろー!俺はまだ寝たいんだー!」

 

コハクは嫌がるグレンを引きずって歩いて行った

 

「ねぇ、あの人たち私たちと同じで学院の方に行かなかった?」

 

「そうね……でも学院の方にも色んなお店あるし…多分お店の店員じゃない?」

 

「そうかもね」

 

 

 

アルザーノ学院

 

「……遅い!もう授業時間過ぎてるのに。まだ臨時講師は来ない訳!」

 

「まぁまぁ…落ち着いてよシスティ」

 

「まったく、来たら問い正してやるんだから」

 

「はぁ〜…やっと着いた……」

 

「途中で昼寝するからだよ、グレン…何度ひっぱたいても起きないし……セリカと違った意味でたち悪いよね」

 

「あぁぁ!?アンタたち!朝会った!」

 

「 違います〜人違いです〜」

 

「往生際悪いよグレン…」

 

「貴方、大丈夫だったの?」

 

「あ〜…お気遣いどーも…このヘタレでグータラして目が死んだ魚みたいなのはグレン、君達の講師さん。それで僕は転入生のコハク…よろしくね」

 

「転入生!?」

 

「あははは……いきなりでごめんね〜?それじゃあグレン授業して」

 

「へーへー、テメエは俺の監視役かよ……」

 

「そうだけど問題あるかな?」

 

「…ったく、今日の授業は〜」

 

面倒くさがりながらグレンは黒板に書いていく

 

「なっ!?」

 

「自習だ……眠いから…」

 

黒板にデカデカと『自習』と書くと教卓に顔を付け寝始めた。

 

「ちょっと待てぇぇぇ!」

 

システィーナは文句を言うべく、教科書を持ちながらグレンの寝ている教卓へと走って行った。

 

 

 

「どうかお考え直しください!学院長!」

 

アルザーノ帝国魔術学院の学院長室に怒声が響き渡る。

声の主は神経質そうなメガネの男だ、

 

「私はこの、グレン=レーダスというどこの馬の骨とも知れぬ男とこのコハクという名前の少年を我らの学院に入れたのはなぜですか!?」

 

「しかしなぁ、ハーレイ君、彼を採用し、その少年を学院に入れるのはセリカ君たっての推薦なのだよ?」

 

「リック学院長!まさか、あの魔女の進言を了承したのですか!?」

 

「まさかも何も、了承したからグレン君も魔術講師をやってコハク君も学院に通ってるんだろうに……確かにグレン君は教員免許も持ってないし、コハク君は魔術に関しての基礎知識しかない、だが教授からの推薦状と適切があれば、特例で採用が認められるから何も問題なし……」

 

「その適切が問題なのです!」

 

ばんっと書類を叩きつけるハーレイ

 

「グレンとやらの経歴は11歳でこの魔術学院に入学という華々しいものでしたが、その後は全てに置いて平凡でしか無く、四年の魔術学士課程を経て15歳に卒業という名目の退学最終成績もやはり平凡。特に見るべき所もありません、……しかし!このコハクと言う少年の経歴はおかしいの一言ですよ!孤児として孤児院に預けられ、独学で呪術を取得、更にその実験過程で使い魔らしきものを五体作り上げている」

 

「ほう?それは凄いのぅ…」

 

「しかし!魔術と対を成す呪術をやっていた時点でこの学院に来るべきではない!普通なら忌むべき呪術を扱う危険な輩をこの学院に入れるのは反対です!しかも!この小僧を引き取ったのはセリカ=アルフォネアです!」

 

「ほほぅ?セリカ君がのぅ……何かしら眼を見張るモノがあったんじゃろうな……」

 

「貴方もあなたですよ!学院長!こんな重大な書類に目を通さずになぜ二つ返事で了承したのですか!?」

 

「そりゃ……だってほらセリカ君が推薦して来た男と生徒じゃし、こう……なんか面白い事をやってくれるとは思わんか?」

 

「思いません!貴方はあの魔女を過大評価し過ぎだ!あの魔女は過去の栄光にしがみつき、己が我欲を振りかざし、守るべき秩序を破壊する旧時代の老害です!」

 

 

「……ほう?言ってくれるじゃないかハーレイ…よくもまぁあの鼻タレ小僧がよくもまぁ偉くなったもんだ……私は嬉しいぞ?」

 

「なっ、いつから居た?セリカ=アルフォネア……」

 

「さぁ?いつからだろうな?先生からできの悪〜い生徒に問題だ、当ててみな?」

 

「転移の術で……いや時間操作……そんな馬鹿な……魔力の波動も、世界法則の変動も感じられなかった……」

 

「はい、不正解。お前、まだまだ三流だよ、精進しな。コハクはこの現象についてすぐに答えが出せたぞ?……ついでに課題だ、今の不思議現象を究明してレポート用紙300枚以内に纏めろ、あ、これ教授命令な」

 

「ぐっ……」

 

屈辱に震えるハーレイを尻目にセリカは学院長に優雅に一礼した

 

「ごきげんよう、学院長」

 

「おお、セリカ君。相変わらず若くて美人じゃのう、羨ましいのう」

 

「ふふふ、学院長もまだまだ若くて素敵だぞ?」

 

「ほっほっほっ、そうか!ならセリカ君、今晩辺りワシと一緒に……どうじゃ?」

 

「ははは、お断りだ。学院長もお盛んだな、いい加減枯れろよ」

 

「はっはっはっ!ワシは生涯現役よ!」

 

「くっ……私は認めんぞ!セリカ=アルフォネラ!あのような愚物と危険な少年を我らの学院に入れるなど……絶対に認めん!何かあったら責任を取ってもらうぞ!」

 

「……取り消せ」

 

するとさっきまでの笑顔が嘘のように消え、冷酷な表情でハーレイを見るセリカ

 

「お前が私を悪く言うのは構わん、影でアイツらを悪く言うのも流す、だが……私の目の前で、アイツらを悪く言うのは許さん、取り消せ、謝れ」

 

「何……を、グレンとか言う男が、……取るに足らない.三流魔術師だという事と……コハクとか言う少年が……呪術を扱う……危険人物……だと言うのは……事実だろう、がッ…!」

 

「はぁ……お前にこれが受けられるか?」

 

そう言うとセリカは左手の手袋を外そうとしていた。

 

「……ッ、わ、わかった、取り消す、謝る…私が……悪かった……」

 

ハーレイが謝るとセリカは外れかけの手袋を付け直し、ニッコリと笑顔でこう言った

 

「そうだ、謝ればいい」

 

「ぐっ……覚えていろよッ!」

 

そう捨てゼリフを残すとハーレイは学院長室から立ち去った。

 

「やれやれ……相変わらずおてんばじゃのう……学院長室が吹っ飛ぶかとヒヤヒヤしたわい……だが、流石に今回の一件は君の差し金でも無茶だよ」

 

「分かっている、本当にすまない」

 

「実績の無い魔術師を講師として学院にねじ込み、更に呪術を扱う生徒を編入させる……ハーレイ君に限った事ではない、おそらくこの学院の魔術師たちもそう思っておるじゃろうな……」

 

「責任は取るさ、アイツらがしでかす事の全ての責任は私が取る」

 

「そこまでして彼らを守るか……彼らは君にとってなんなのか……聞いてもいいかな?」

 

「はは……別に浮いた話でも、因縁がある訳でもない……ただ…」

 

「ただ?」

 

「アイツらにはもっと生き生きしてほしくてな、ただの老婆心だよ」

 

 

「うっわ〜……見ろよロッドあの講師の目」

 

「ああ、死んだ魚ような目をしてる」

 

「私あんな生き生きしてない人見たの始めてかも……」

 

「それに比べてこの転入生は……」

 

「………」

 

狐のお面をつけながらではあるが、黙々と教科書を書き写している

 

((((なんでお前はそんなお面を付けてるんだよ!?逆に読めるのかよそれで!?))))

 

「ねぇ、朝から見て思ったんだけど……暑苦しくないの?そのお面」

 

ルミアが問いかける

 

「ああ、コレ?僕、『放魔症』って病気なんだ。ほら何もしてなくても魔力が流れ出ちゃう病気の」

 

「そうなんだ……だからそのお面を?」

 

「6歳くらいの時にね……『お面つけるけど何がいい?』って医者に聞かれてタヌキにキツネ、猿に……なんか渦を巻いたような茶色いお面の中から狐のお面にした訳」

 

(((チョイスおかしいだろ!?その医者!!)))

 

「それからずっとこれを付けてるんだよ」

 

「そうなんだ……大変だね」

 

「まぁ、慣れたし」

 

するとチャイムが鳴った

 

「ふぁぁ……ん?授業終了か?じゃ、一時間目はこれまで〜次の授業の準備しとけよー」

 

「……本当になんなの……あの講師…」

 

「ヒューイ先生の時は良かったなぁ……」

 

「次の授業もあの講師が担当だろ?確か錬金術の授業だっけ?」

 

「はぁぁ……ヒューイ先生なんで辞めちゃったんだろう……」

 

システィーナはグレンへ反感を募らせていた。それは他の生徒も同じだった。

 

こうしてグレンの始めての授業は生徒達にとって無駄な時間の浪費となった。

 

(はぁ……これはちょっとお仕置きかお説教かな?)

 

そんな中静かにコハクは動き出した、……グレンを説教する為に



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ロクでなしやらかす。キツネ、説教をする。

 

「はぁー…まったく、あの講師……本当にふざけてるわね……一回ガツンと言って置かないと……」

 

「まぁまぁ、あの時自習って書いた後にコハク君が一喝してくれたじゃない」

 

 

〜回想〜

 

「今日は〜、自習だ〜……眠いから……んじゃおやすみ〜」

 

「ちょっと待てぇぇぇ!」

 

ズカズカとグレンに歩み寄ろうとするシスティーナ

 

「待って待ってそんなんじゃダメだよ」

 

「何よ!?」

 

そんなシスティーナにコハクはポンポンと肩を叩く

 

「そういう時はね……」

 

そう言うとゴソゴソを制服の袖に手を突っ込み、その中から複雑で読めない文字がビッシリと書かれた『ハリセン』を取り出す。

 

(((いや、どっから出したんだよ!?それにどう入れてたんだよ!?)))

 

「『一喝』!」

 

飛び上がり、ハリセンをグレンの頭へ振り下ろす

 

ズパァァァァン…

 

「ギャァァァ!?」

 

ハリセンのいい音が響く

 

「えっ、何あれ……」

 

「っ……ぐぉぉ!?お、お前やりやがったな!?」

 

グレンの体は薄く紫のベールを纏い、その頬には複雑で理解できない文字が書かれていた。

 

「……授業しないからだよ、お仕置き……ね?」

 

そう言うコハクはお面で見えなかったが、『赤い』目が怪しく光っていた。

 

〜回想終了〜

 

 

「あれは私もスカッとしたわ、でもあの後も寝ちゃったし、意味なかったわね……」

 

「そ、そうだね……私はグレン先生には真面目に取り組んで欲しいな……」

 

「はぁ……次もアイツが授業するんでしょ?……胃がキリキリして来たわ……」

 

「大丈夫?」

 

「これは……癒しが要るわ…」

 

そう言うとルミアに狙いを定め、ユラリと近づき……

 

「そりゃ!」

 

「ちょっ!?ひゃっ!?」

 

「もー!やめてよシスティ!」

 

キャイキャイと騒ぐ少女達

 

「はぁ……錬金術の授業だからって着替える必要無いと思うんだけどなぁ……セリカとコハクめ……ん?」

 

そんな中、グレンが女子更衣室に侵入した

 

「あー…昔と違って男子更衣室と女子更衣室の場所が入れ替わたんだな……やーれやれ、これが最近帝都で流行りのラッキースケベってヤツか?」はっはっはっ、まさか身を持って体験することになるとは思わなかったな…」

 

グレンという異性の侵入に殺気立つ少女たち

 

「あー、待て待て、お前ら落ち着け、俺は常日頃、こんなお約束展開に一言物申したい事があってな……末期の水代わりに聞いてくれや…」

 

するとピタリと止まる少女たち、最後の遺言くらいは聞いてやるという慈悲だろうか

 

「俺は思うんだが、そういう小説の主人公って馬鹿じゃねぇかと思うんだよな、だってよ?せっかく女の子の肌を見れるのにすぐに背を向けるんだぜ?その後にボコボコにされるって分かってんのによ?だから俺は気付いたんだよ、それじゃ割に合わねぇと、だから俺は、この光景を目に焼き付ける!」

 

クワッと目を見開き、仁王立ちを決めるグレンを

 

「「「「この、変態ーーーー!」」」」

 

少女たちの怒りの魔法が炸裂し、派手に吹っ飛ばされるグレン。そして芝生で尻餅をついたグレンを待って居たのは……

 

「やぁ、グレン。君には失望したよ……元々尊敬できる所なんて皆無だけどさ……」

 

お面の奥に煌々を輝く『琥珀色』の光を見てグレンは顔を青くした

 

「まっ、待て!俺は見ようと思ってにやった訳じゃねぇ!」

 

「……それでもねぇ?……罰は与えなきゃね?」

 

そう言うとコハクは、制服の袖から禍々しいオーラが漂うお札を出した。

 

「まっ、待て!?それ不味い!?俺呪われちまうよ!?」

 

「大丈夫、これはせいぜい小指を角にぶつけたり、何もない所で転けたりする程度の呪いだよ」

 

「い、嫌だぁぁぁ!?」

 

この後の錬金術の授業は講師の先生が躓き、頭を打ち付けてそれを発見した男子生徒の手で保健室に運ばれた為、中止となった。

 

 

 

 



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ロクでなしとキツネ、決闘する

「はぁ……ったく、酷い目に遭ったぜ……」

 

女子達の魔術でボロボロにされ、更にコハクの呪いによりあちこちでこけたりした為、グレンの服はズタボロになっていた。彼を見た生徒がギョッとした目で見ているが、今のグレンにそれを気にする余裕は無い。

 

「しっかし、最近のガキどもは発育がいいな……一体何食ったらあんなにすくすく育つんだ?……一人発育不良な可愛そうな子が居たけど……まぁいいや、それよりもメシだメシ」

 

と本人に聞かれれば命を取られかねない恐ろしい台詞を呟きながら、グレンは魔術学院の食堂へ足を運んでいた。

 

「あれ、グレン居たんだね。僕はてっきりそのまま安らかに眠っていると思ってたよ」

 

「馬鹿野郎、寝てたらメシが食えないだろ!?それよりもお前、俺にかけた呪いはいつまで続くんだよ」

 

「グレンが改心するまで、……セリカに解いて貰おうとしても無駄だよ、セリカも知ってるからね」

 

「ちくしょー!こうなりゃやけ食いだやけ食い!地鶏の香草焼き、揚げ芋添え、ラルゴ羊のチーズとエリシャの新芽サラダ、キルア豆のトマトソース炒め、ポタージュスープ、ライ麦パン。全部大盛りで!」

 

「ほんと、痩せた体型なのに食べるよねぇ……その栄養素はどこで消費されているのやら…」

 

そう言うコハクのお盆にはグレンよりも大量の料理が乗っていた。

 

「うるせー、お前の方が俺よりも沢山食べるだろうが…お前のその食った分の栄養はどこに行くのか不思議でしょうがねぇよ」

 

「成長期だからね、しょうがないね」

 

「……身長伸びてねぇクセに…」

 

「……何か言ったかな?」

 

コハクが怒気の纏わせながらグレンに問う

 

「いいえなんでもございません!」

 

「なら、さっさと行こう…空いてる席は……システィーナ達の所しか空いてないね…」

 

「ちっ、しょうがねぇか…」

 

「舌打ちしない」

 

コハクはウキウキしながら、グレンは嫌そうにしながら、システィーナ達の席へ歩いて行った

 

 

 

「そもそも『メルガリウスの天空城』は––––」

 

「失礼」

 

グレンは一応、一言断って、金髪の少女、ルミアの正面、銀髪の少女システィーナの対角線上の席に座った。

 

「ごめんねー、空いてる席が無いからグレン先生と一緒にここに座ってもいいかな?」

 

コハクはルミアの隣の席へ座った

 

「––––なっ、あ、貴方は!」

 

「違います〜、人違いです〜」

 

システィーナを完全にスルーしてグレンは食事を始めた

 

「美味え……やっぱこの大雑把な感じが実に帝国式って感じだなぁ……」

 

しみじみと味わうグレン

 

「これもこれで美味しいけどさ、僕としてはもう少し薄味でもいいんだけど」

 

お面を外さずに口元だけ見えるようにお面をずらし、食事をするコハク

 

「お前は東の島国の連中と同じ味覚センスなのかよ…それより、食事の時くらいお面外せよ」

 

「嫌だ」

 

「お前ホントにソレ付けっ放しだよなぁ…」

 

「あの……グレン先生とコハク君っていっぱい食べるんですね」

 

とルミアがグレンとコハクに問う

 

「そりゃな?食事は俺にとって数少ない娯楽の一つさ、コハクは……自分の身長が伸びないのを気にして……いったぁ!?」

 

机の下でグレンの脛を蹴ったのだろう、コハクは少しだけ椅子にもたれ掛かっていた。

 

「うるさい…」

 

「おま……脛を蹴るなよ!?イテェだろ!?」

 

「食事中なんだから静かにしてよ」

 

正論である。

 

「グレン先生とコハク君って知り合いなんですか?」

 

「知り合いっていうか……居候だな」

 

「そうなんですか…」

 

「ところで、そっちのお前、そんなんで足りるのか?」

 

そうグレンに問いかけられたシスティーナは一瞬動揺したが、すぐに平静を取り戻して、きつめな言葉で答えた

 

「食事に関して先生から文句を言われる筋合いはないと思いますけど」

 

「とは言ってもな、お前成長期だろ?食わないと育たないぞ?」

 

「余計なお世話です。私は午後の授業が眠くならないように昼は少なめに食べているだけです。真面目ですから。まぁ先生には関係ないですよね」

 

そういいながらシスティーナはグレンの前に並んだ料理を一瞥した。

 

「ねぇ、その言い文句だと僕も午後眠くなるにもかかわらず食べてる子になっちゃうんだけど?」

 

「あっ……えっと……その…」

 

コハクの指摘に狼狽えるシスティーナ。

 

「そ、それは成長期だからよ!直ぐにエネルギーを補給しなきゃいけないから当然よ!」

 

「それだとシスティーナも食べないと頭回らないよ?」

 

「わっ、私はこれだけで足りるもの!」

 

「えぇ……パッと見ても野菜がたくさんだし……炭水化物を摂取しないと頭回らないよ?」

 

「たんすいかぶつ?何よそれ?」

 

「うーん、簡単に説明するとね、パンや東の島国にあるお米に含まれる脳を働かせる為のエネルギーだね」

 

「そ、それじゃあ、パンを食べるわ…」

 

そう言ってシスティーナは立ち上がりカウンターへと向かった。

 

「そうそう、パンを食べると頭の回転がすぐに早くなるんだよ、お米に比べて脳への補給が早いから」

 

そうコハクが言うと周りの生徒たちが立ち上がり我先にとパンを買う為に群がった。

 

「……余計な事言っちゃったかな?」

 

 

 

その後一週間のグレンの授業は日に日にずさんになっていった。そしてコハクのグレンに対する説教も日に日にグレードアップしていった。

最初は一応教科書の内容を説明し、要点を黒板に書き上げ、授業のような感じにはなっていた。

 

しかしそれが面倒臭くなったのか、教科書の内容を丸写しで黒板に書くようになり、それが面倒だと思ったのか教科書から授業のページの部分だけ破り取り黒板に貼り付け、そして等々それさえ面倒になったのか、遂には黒板に釘で教科書を打ち付け始めた時、システィーナの怒りが頂点に達した。コハクは説教に疲れて寝て居た。

 

「いい加減にしてください!」

 

「ん?だから、お望み通りいい加減にやってるだろ?」

 

「子供みたいな屁理屈を言わないでください!」

 

「まぁまぁ、そうやってカッカッするな、白髪が増えるぞ?」

 

「だ、誰が怒らせていると思ってるんですか!」

 

「ほら、そんなに怒るからその歳で白髪だらけになってるじゃないか、……可哀想に」

 

「これは白髪じゃなくて銀髪です!本当に哀れむような顔で見るな!ああ、もう!こんな事言いたくないですけど、先生が授業に対する態度を改めなければこちらにも考えがありますからね!?」

 

「ほう?どんなのだ?」

 

「私はこの学院にそれなりの影響力を持つ魔術の名門、フィーベル家の娘です。私がお父様に進言すれば貴方の進退を決することもできるでしょう」

 

「え……マジで?」

 

「マジです!本当はこんな手段に訴えたくありません!ですが貴方がこれ以上授業の態度を改めなければ–––」

 

そう言うシスティーナの手を取りグレンは笑顔で言った

 

「お父様によろしくとお伝えください」

 

「なっ!?」

 

「いやー、よかったよかった!これで一ヶ月もせずにやめられ……」

 

「なぁに言ってるのかなぁ?グレン先生ぇ?」

 

「おわぁ!?」

 

嬉々として喜ぶグレンの真後ろに立つコハク

 

「お、お前!びっくりさせるなよ!?」

 

「はぁ……まったく、ここはシスティーナさんには悪いけど」

 

そう言ってコハクは制服の袖から扇子を取り出し、グレンの頭に叩きつけた。

 

バチィン!

 

「いってぇぇぇ!?」

 

「グレン先生、流石に酷いので、決闘しましょ?」

 

「コハク君!?」

 

「ふっ、だがとこわ……いたぁ!?」

 

「決闘しましょ?」

 

「ちっ、わかったわかった!」

 

「グレン先生、僕が勝ったら真面目に授業して下さいね?」

 

「ふっ、それなら俺が勝ったら明日から俺に昼メシを奢れ」

 

「「「「最低だ!」」」」

 

「ふっ、なんとでも言え!」

 

「いーですよー、じゃ決闘しましょうか」

 

「ただし、使っていいのは【ショック・ボルト】の呪文のみだ、他の手段は全面禁止、いいな?」

 

「はいはい」

 

「じゃ、中庭に行くぞ」

 

 

 

 

アルザーノ魔術学院、中庭

 

コハクとグレンは睨み合っていた。そんな姿を見て女子生は隣の男子生徒……カッシュに問いた。

 

「ねぇ、どっちが勝つかな…」

 

「うーん、コハクに勝って欲しいけど、相手はアルフォネア教授イチ押しの奴だからなぁ……セシルはどう思う?」

 

講師と生徒の決闘、当然ながらグレンのクラスの生徒達が二人の囲み、噂を聞きつけてやってきた野次馬たちがそれを遠巻きに眺めていた。

 

「さて、いつでもいいぜ?」

 

「はいはい、じゃ行くよ〜」

 

余裕ぶるグレンに対してのんびりとした声で答えるコハク

 

「《雷精の紫電よ》」

 

そうコハクがグレンへ指を構えながら唱えると

 

「ぎゃぁぁ!?」

 

バチンッと電気が弾ける音と共にグレンは倒れた

 

「あれ?避けないの?」

 

コハクはそう呟いた

 

「あれ、これって……」

 

「コハクの勝ちだよな?」

 

クラスメイト達もあまり呆気ない終わり方に少々動揺していた。

 

「ふっふっふっ、これは、お前を試しただけだ…次が本番だぞ……!」

 

「あ、やっぱりか」

 

「ふっ、行くぜ!《雷精の紫電よ・紫電の衝撃を持って・打ち倒せ》!」

 

今度はグレンがコハクへ指を突きつけながら唱えるが

 

「よっ」

 

コハクは余裕で躱し

 

「《雷精の紫電よ》」

 

反撃した

 

「ぬわぁぁぁ!?……くっ、まだだ…」

 

今度は倒れ伏す事もなく再び立ち上がるグレン

 

「なぁ、決闘ってどっちかが倒れるまでだっけ?」

 

「さぁ…」

 

クラスメイト達も動揺していた。果たしてこれは決闘なのかと

 

「あれ?決闘ってどちらかが動かなくなるまで続けるものでしょ?」

 

「「「「何それ怖い!?」」」」

 

そう言うコハクに突っ込むクラスメイト達

 

「というか、グレン先生って三節詠唱しかしてないような……もしかして【ショック・ボルト】の一節詠唱が出来ないんですか?」

 

「ふ、ふはは、な、なんのことだか、わっ私にはサパーリ!?そもそも呪文を省略するなんて邪道だよね!先人に対する冒頭だよね!別に出来ないからそう言ってるわけじゃなくて!」

 

「「「「できないんだ……」」」」

 

「まぁ、僕の勝ちだしグレン先生明日から真面目に……」

 

「あれ?なんか約束したっけ?僕忘れちゃったなー?」

 

そう言うグレンにシスティーナは

 

「まさか、魔術師同士の約束を反故にする気なんですか!?」

 

「じゃ、間を取って授業の時くらい真面目にやりましょう?真面目にやれば僕の昼ごはんを少しだけ分けますから」

 

「「「決闘した意味ないじゃん!?」」」

 

「……というか何譲歩してるんですか!?コハク君!?」

 

「え〜、悔しいだろうし授業中くらいなら真面目でいいと思うよ?それに僕のお昼ご飯が犠牲になるだけだし」

 

「えっ…」

 

「ふっ、ならそれで行こう!それで手を打ってやる!」

 

「……負けたヤツが何言ってるんですか…」

 

「ふっ、今日はお前を勝たせる為に手を抜いてやったのだ!次はないぞ!ふはははーー!ぐはっ!?」

 

そう言い残し去って行くグレン

 

「なんなんだよ、あの講師」

 

「まさか、初等呪文の【ショック・ボルト】の一節詠唱すら出来ないなんてね」

 

「見苦しい人ですわね」

 

誰も彼もがグレンを酷評する中、コハクは思った

 

(うーん、魔術をトコトン嫌うグレンにはこれは逆にダメだったみたいだね〜、うーん、それじゃもう少し別のアプローチして見るか)

 



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ロクでなしモメる。

「はーい、それじゃあ授業を始めまーす」

 

あの決闘があったにもかかわらず、グレンの授業は変わらなかった。

いつも通り遅刻して黒板に教科書の要点に書き、説明して眠る。

 

「あ、あの、先生、今の説明に関して質問があるんですけど」

 

授業から30分経った頃、おずおずと手を挙げる小柄な女子生徒が居た、リンという少女である。

 

「あー、なんだ?言ってみ?」

 

「えっとさっき先生の説明した呪文の訳がわからなくて」

 

するとダルそうにグレンは教卓に乱雑に置かれた本を拾い

 

「これルーン辞書な?第三級までのルーン語が音階順に並んでるぞ、音階順って言うのはな……」

 

「えっと……?」

 

するとグレンに無関心と決めたシスティーナが立ち上がるとリンへと近づき

 

「そんなヤツに聞いてもしょうがないわ、魔術の崇高さを何一つ理解してないわむしろバカにしてる、そんなヤツに教えて貰う必要なんてないわ」

 

「で、でも……」

 

「大丈夫よ、私が教えてあげるから、一緒に頑張りましょう?あんなのなんて放っておいていつか一緒に偉大なる魔術の深奥に至りましょう?」

 

「魔術ってそんなに偉大で崇高なものかねぇ?」

 

「ふん、何を言うかと思えば、偉大で崇高なものに決まってるじゃない、貴方みたいな人には理解出来ないでしょうけど」

 

「何が偉大でどこが崇高なんだ?」

 

「え?」

 

「魔術ってのは何処が偉大で崇高なのか、それを聞いている」

 

そう問われ、狼狽えるシスティーナ

 

「ほら、知ってるなら教えてくれ」

 

「魔術はこの世界の真理を探究する学問よ」

 

「ほう?」

 

「この世界の起源、構造、支配する法則、魔術はそれらを解き明かし、自分と世界が何のために存在するのかと言う永遠の疑問に答えを出し、そして人がより高次元の存在へと至る道を探す手段なの、それは、いわば神に近づく行為、だからこそ魔術は偉大で崇高なのよ」

 

「……それがなんの役に立つ?」

 

「……え?」

 

「それがなんの役に立つんだ?世界の全てを解き明かして何になる?より高次元の存在に近づくってもよく分からん、そんなの至ってなんになる?」

 

「そ、それは……」

 

「そもそも、魔術は人の役に立ってるのか?例えば医術は病気を治すだろ?冶金術は人に鉄をもたらした、農耕技術が無けりゃ人は飢えて死んでただろうし、建築術で人は快適に暮らせる……この世界て術と付くモノは大抵人の役に立っている……だが魔術が人の役に立ってないのは気のせいか?」

 

「魔術は人の役に立つ立たないとかそんな次元の低い話じゃないわ、人と世界の本当の意味を探し求める……」

 

「でも役に立ってないならただの趣味だろ?苦にならない徒労、他者に還元出来ない自己満足、魔術ってのは単なる娯楽の一つって訳だ、違うか?」

 

システィーナは押し黙った、反論出来ないからだ

 

「あー……悪かった嘘だ、嘘魔術は人の役に立ってるよ」

 

「え?」

 

「ああ、魔術はとても人の役に立つさ……人殺しにな…」

 

その時のグレンの目は死んだ魚のそれではなく、酷薄に細められ、その目は暗い。薄ら寒く歪められた開かれた口から出たその言葉はクラスの生徒の心を一瞬で凍て付かせた。

 

「実際魔術ほど殺しに優れた術は無いぜ?剣術が1人殺してる間に魔術はその十倍人を殺してる、戦術で統一された一軍隊を魔術師の一小隊がその戦術ごと焼き尽くす……ほら、役に立ってるだろ?」

 

「ふざけないで!魔術はそんなものじゃ……」

 

「お前、この国の現状を見ろよ?魔導大国と呼ばれているがそれは他の国から見たらそれはどう言う意味を持つ?帝国宮廷魔導師団なんて言う物騒な連中に毎年莫大な予算をつぎ込んでいるのはなぜだ?」

 

「そ、それは……」

 

「お前らの大好きな魔術が歴史において何をして来たか知ってるか?二百年前の『魔導大戦』、四十年前の『奉神戦争』で一体何をやらかした?近年じゃあ、この帝国で外道魔術師が魔術を使って起こす凶悪事件の年間件数とそのおぞましい内容を知ってるか?」

 

「–––っ!」

 

「ほら見ろ、今も昔も変わっちゃいねぇ、魔術と人殺しは切っても切れない縁だ。なぜか?魔術が人を殺す事で進化・発展して来たろくでもない技術だからだ!」

 

「まったく、お前らの気が知れねぇよ、こんな人殺し以外何にも出来ない技術を学ぶくらいならもう少しマシな……」

 

するとグレンの頬をシスティーナが叩いた。

 

「いっ……テメエ!」

 

「違う……魔術は……そんな……ものじゃ…ない……なんで、なんでそんな事言うの?大っ嫌い、貴方なんか」

 

そう言うとシスティーナは教室から出て行った。

 

「……チッ……あー、今日は気が乗らないからの自習に変更するわ〜」

 

そう言ってグレンは教室から出て行った

 

「クックックッ…」

 

そんな中コハクは笑っていた

 

「コハク……君?」

 

そんなコハクを見て困惑するルミアと他の生徒たち

 

「いやぁ……グレン先生も酷い事言うねぇ…そんな事を子供相手に言って何になるのやら、この世界のほぼ全ての技術は人を殺す為に……他者を排除する為に……憎む者を殺す為に……発展して来たというのに……」

 

「コハク……君?どうしたの?なんか、怖いよ?」

 

「ああ、ごめんそれでなんだっけ?」

 

「コハク君はどう思うの?グレン先生の言ってた事」

 

「まぁ、僕もロクでもない物だと思うよ?人を殺す為に発展したのは確かだし、反論出来ないけどさ」

 

同じクラスの生徒がグレンの意見に同意するのを見てクラスメイトは困惑した

 

「だけど……本当に殺す為の技術なら……白魔術なんて生まれてないよね?」

 

「あっ…」

 

その言葉を聞き、生徒たちは納得した

 

「確かに攻撃の為に黒魔術はある、それなら白魔術なんて生み出す必要が無いよね?」

 

(まぁ、白魔術だって拷問とかに使われた時期があるけどね)

 

「本当にロクでもない技術なら、そんなモノを生まれない、呪術の方がよっぽど恐ろしいよ」

 

「呪術?」

 

「まぁ……相手を呪い殺したりするのが専門の術だよ、人の憎しみをモノや動物、虫に込めて相手を殺すんだおぞましい術だよ」

 

「……そうなんだ」

 

「まぁ、グレン先生の言う事も事実だって事は忘れないようにね?力に溺れてしまうのは……一番いけない事だから」

 

「力に……溺れてはならない…」

 

「そうだよ、技術は使う人次第、良い物にも怖い物にもなる……」

 

「使う人次第……」

 

「まぁ、君たちに対する一種の忠告だね、じゃ、僕もちょっと出てくよ」

 

そう言ってコハクは教室から出て行った。

 

「あっ…」

 

 

 

放課後、屋上でグレンは黄昏ていた。

 

「……向いてないのかね、やっぱ。まぁ、向いてる訳ねーよな、魔術が大っ嫌いなヤツが魔術講師とかどんなギャグだ……ったく、あの白髪女め、思いっきり叩きやがって、初日から生意気なヤツだったな……何が魔術は偉大だ、だよ、アホか。………ガキかオレも…やっぱここに居るべきじゃねーな……セリカにゃ悪いが……」

 

そう言ってグレンは懐から封書を取り出す、中身は辞表だ。自分が魔術講師を一か月も出来ないと踏んだグレンが内緒でしたためておいたのだ。

 

「よし、帰ったら土下座の練習だ、一生懸命土下座すりゃセリカも許してくれるさ……」

 

「ん?」

 

グレンは正面の窓のそばで影が揺れるのが見えた気がした。

 

「なんだ?魔術実験室なんて誰も用がないだろうに……《彼方は此方へ・怜悧なる我が眼は・千里を見張るかす》……あの金髪娘は……」

 

グレンは立ち上がると屋上から降りていった。

 

 

「グ、グレン先生!?」

 

「相変わらずボロいんだなここは……」

 

「どうしてここに……」

 

「そりゃこっちのセリフだ、生徒による魔術実験室の個人使用は原則禁止のはずだろう?」

 

「ご、ごめんなさい!実は私、法陣が苦手で最近授業についていけなくて……でも、今日はいつも教えてくれるシスティが居ないし……どうしてもこの法陣を復習しておきたくて……その……」

 

「忍び込んだ訳か?てか、魔術錠が掛かってたはずだろ?」

 

「それが開いてたんです……鍵も部屋に置いてありました」

 

「はぁ?誰か閉め忘れたのか?」

 

「ごめんなさい、すぐ片付けます!後でお叱りは受けますから!」

 

「いーよ、最後までやっちまいな、もうほとんど完成してるんだし、崩すのはもったいないだろ?」

 

「でも……上手くいかなくて……諦める所だったんです……どうしただろう、前は上手くいったのに……手順は問題ないはず……」

 

「馬鹿、水銀が足りてないだけだろ?」

 

「え?」

 

そう言ってグレンは水銀の入った壺を掴むと法陣へ垂らす……すると壺を素早く動かした。垂らした水銀は法陣の各ラインに流れた。

 

「凄い……」

 

「慣れたヤツはよく素材ケチって魔力路を断線させるんだよ。お前達は目に見えない物に対して異常に神経質になるくせに、目に見えるものに対してはなぜか疎かになる。魔術を必要以上に神聖視してる証拠だ……よし、もう一回起動してみな、教科書通り五節だ、横着して省略すんなよ?」

 

「は、はい……《廻れ・廻れ・原初の命よ・理の円滑にて・路を為せ》」

 

その瞬間、法陣が白熱し視界を白に染め上げた。

 

「うわぁ……綺麗…」

 

「やーれやれ、そんな感動するもんかね?コレ」

 

「だって今まで見た誰の法陣よりも魔力の光が鮮やかで綺麗で……繊細で力強い……先生って凄い……」

 

「馬鹿言え、この程度、誰だって出来る。そもそもこれを組んだのはほとんどお前だ。お前が精製した素材や媒体が良かったんだろ、きっと」

 

「先生?」

 

「帰る」

 

「あの、待ってください!途中まで一緒に帰りませんか?」

 

「はぁ?」

 

「先生と一度ゆっくりお話ししたかったんです」

 

「や…ぐへっ!?」

 

断ろうとしたグレンの頭に小石が当たる

 

「だ、誰だよこの野郎!?……はぁ、勝手に付いてくる分には好きにしろ」

 

「はい!」

 

 

 

「わぁ、先生、アレを見てください」

 

学院を出たグレンとルミアは空に浮かぶ城を見る

 

「私の友人にあの城が大好きな子がいて、私はその子みたいに謎解きは興味ないんですけど、あんなに綺麗で雄大な姿を見てしまうと一回行ってみたいと思ってしまうんです」

 

「……あんな城があるから魔術を勘違いするヤツが出てくるんだ。まったく鬱陶しいったらありゃしねぇわ」

 

「先生?」

 

「よそ見してないで行くぞ」

 

「あ、はい」

 

 

「先生ってほんとは魔術が好きですよね?」

 

「ははっねーよ、俺は魔術は大っ嫌いだ」

 

「ふふ、そうですか、でも明日、システィ、…システィーナに謝ってくださいね?システィにとって魔術は偉大な魔術師だったお爺様との絆を感じていられる大切なものなんです……いつかお爺様に負けない魔術師になる……それが亡くなったお爺様との約束なんです」

 

「そうか……そりゃ流石に悪い事をしたな……それで?おれに説教する為に誘ったのか?」

 

「いえ、これは私の将来の夢なんですけど……私は魔術を真の意味で人の力にしたいと考えています、その為に魔術を深く知りたい」

 

「やれやれ力を使う人次第ってありきたりなヤツか?剣が人を殺すんじゃない、人が人を殺すんだってか?」

 

「はい……ですが私は少し違う事を考えています」

 

「ん?」

 

「先生が今日仰った通り、魔術は人を傷つける可能性は大いにあります、きっと無い方がいいんです魔術なんて……でも、現実としてあるんです、それが既にある以上、それが無くなることを願っても仕方ありません、なら私達は考えないといけないんです。どうしたら魔術が人に害を与えないようにできるか。……でも魔術の事をよく知らなければ、それを考えることは出来ません、知らなければ魔術はどこまでも得体の知れない悪魔の術で、人殺しの道具で、法もない外道なんです」

 

「お前、魔導省の官僚……魔導保安官にでもなるのか?」

 

「ふふ、そうですね。それが私の目標に通じるならそれが今の私の目標です」

 

「言っとくが徒労に終わるぞ?いや、努力すりゃ官僚にはなれるかもしれないが……お前の目指している物はあまりにも高すぎる。お前一人がどうこうできるほど、魔術の闇は浅くない」

 

「分かっています、それでも……です」

 

「なんでだよ?そんな報われない道をあえて行くんだ?」

 

「私……恩返ししたい人がいるんです」

 

「恩返し?」

 

「私、三年前に家を追放されてそれからシスティの家に居候し始めた頃、私悪い魔術師達に殺されそうになってしまった事があって……」

 

「見かけによらず、なかなかハードな人生送ってんな。お前ひょっとして何処かの有力貴族かなんかの生まれ?」

 

「あっ、いえいえ!そんな大層な家じゃないです!ホント!貧乏な家でした!貧乏!」

 

「いや待て、お前……」

 

「先生?」

 

「いや、なんでもない、話の続きは?」

 

「あの時私、前の家を追放されたこともあって不安定で……どうして私ばかりこんな目にって、怯えて泣いて、もうダメだと諦めて、でもそんな時に……何処からかお面を付けた少年がやって来てあわやと言う所で助けてくれたんです」

 

「なんだそりゃ?そいつ、絶対タイミング見計らって来ただろ」

 

「その人は、私とほぼ同じ年齢なのに私を庇いながら戦ってくれました、それで魔術師達を倒した後、その子は言ったんです」

 

「へぇ?なんて?」

 

「『君は不幸じゃないよ、今の君を想ってくれてる人が今居るだろう?』って」

 

「なんだそいつ、格好つけてるのか?」

 

「それでその子は『僕はそろそろ帰るよ。後の事は彼に任せた方が良さそうだ』と言って去って行きました」

 

「ほーう?」

 

「その後は入れ替わるように男性が悪い魔術師から私を守ってくれました。」

 

「それでお前は少しの助けになろうとその少年と男のために進むと?」

 

「はい、私はあの少年と男の人に救われました。あの事件の後、今度は私が助ける番だと思いました。人が魔術で道を外したりしないように導いてあげる立場になろうって、そのために魔術のことをよく知ろうって、そんな道を進んでいけば……いつかあの少年とあの人に、あの時のお礼が言える日が来るんじゃないかって。暗闇の中、ただ一人きりで泣いていた幼い私に光をくれたあの少年とあの人に……」

 

「くっくっくっ……ご都合過ぎだ、それ。そんな三文大衆小説もびっくりな超展開、ベタ過ぎて売れないぞ、きっと」

 

「ふふ、そうかもしれません、でも事実は小説よりも奇なりと言いますから……あ、先生。私、こっちです。システィのお屋敷に下宿してるので」

 

「そうかい、じゃあな、気をつけて帰りな」

 

「ふふ、先生って心配性なんですね」

 

「馬鹿、それだけお前が危なっかしいっつーことだ」

 

「あはは、気をつけます。それじゃあ、また、明日!」

 

「おう……しかしまぁ、ぼーっしてるようで色々考えてるんだな、アイツ……『考えないといけない』か……さぁてどうしたもんかね?」

 

そう言ってグレンはセリカの家へと足を進めた。そんな中……

 

 

(うわぁ……不味かったかなぁ……孤児院で呪術の練習してた時に偶々襲われる未来が視えたから助けたけど……まさか見抜かれた?いやまさか…そんな訳ない…でもなぁ……バレたら面倒だ……)

 

グレンが変な事を起こさないようにと後をつけていたコハクは、過去の面倒事に対して頭を悩ませた。

 

 



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ロクでなし、本気を出す。キツネ、巻き込まれる。

その日、グレンは珍しく遅刻せずに教卓に立っていた。

 

「よし、じゃあ授業始まる前に……白猫!」

 

そう言ってビシッとシスティーナを指差すグレン

 

「な、なんですか!?人を動物みたいに!?私にはシスティーナって言う名前があります!白猫じゃありません!」

 

「うっさい、話を聞け。昨日の事でお前に言わなきゃならん事がある」

 

「な、何ですか!?昨日の続きですか!?魔術がろくでもないモノだと言うんですか!?」

 

昨日のように魔術を酷く言うのだろうと思っていたシスティーナは……次のグレンの行動を見て硬直する事になる。

 

「昨日は……すまんかった!」

 

そう言ってシスティーナの前で土下座するグレン。

 

「へ、え!?……ぐ、グレン先生!?」

 

困惑するシスティーナに土下座したグレンが頭を上げて言った。

 

「まぁ、その、なんだ……大事なもんは人それぞれだろ?俺は魔術が大っ嫌いだが……そのお前の事をどうこう言うのは、筋違いっつーか、やり過ぎたっつーか……その、なんだ……悪かった」

 

そんなグレンを見て生徒達は混乱した

 

「お、おい。グレン先生どうしたんだ?」

 

「お、俺が知るかよ!?」

 

そんな困惑の中、一人。コハクは腕を組み冷静にグレンを見つめた。

 

「あの捻くれたグレンがねぇ……」

 

「ふふっ…」

 

「どうかしたのルミア?」

 

「ううん、何でもない……それよりコハク君、聞きたい事があるんだけど……昨日の魔術実験室での出来事……知ってるでしょ?」

 

「……!?……いやぁ、なんの事かサッパリだよ。僕はそのまま帰ったからなぁ…」

 

「そっかぁ…コハク君が『そう言う』ならそうなんだろうね」

 

コハクに対して慈愛の目で見るルミアを見てコハクは思った

 

(いや、これバレてるバレてないの次元じゃない。勘付いてる……うへぇ…こりゃ面倒な事になって来たなぁ…)

 

そんな中、予鈴が鳴った。どうせ遅刻しなかっただけで黒板に自習と書き寝るのだろうと思っていた生徒達だったがその予想は裏切られる。

 

「じゃ、授業を始める……さてと、これが呪文学の教科書だっけ?」

 

そう言ってグレンは呪文の教科書を持つと

 

「そぉい!」

 

窓から全力でぶん投げた。投げ捨てられた教科書は哀れにも下に居た神経質そうなハゲ先生の頭に落ち、その先生が苦悶の表情を浮かべるのは別の話だ。

 

「さて、授業を始める前にお前らに一言言わせて貰おう」

 

そう言ってグレンは一呼吸置いて……言い放った。

 

「お前らって本当に馬鹿だよなぁ?」

 

嘲笑うように言い放った。

 

「「「なんだとコラァァァ!?」」」

 

キレる生徒達

 

「昨日までの十一日間のお前らの授業態度を見てて分かったよ、お前らって魔術の事なぁんにも分かっちゃいねーんだな。分かってたら呪文の共通語訳を教えろなんて間抜けな質問が出てくる訳ねーし、魔術の勉強と称して魔術式の取り書きやるなんて言うアホな真似する訳ねぇもんな?……なぁ?コハク?」

 

そう言ってコハクの方を見るグレン。そんなグレンに釣られて生徒達はコハクを見た。

 

「は?……何コレ?なんでみんな僕を見る訳?」

 

そんな中システィーナがコハクへ近づき

 

「ねぇ、コハク君、ちょっとノート見せて!」

 

そう言ってコハクのノートを取った。

 

「あっ、ちょっと!?」

 

「な、何コレ……!?」

 

そこには魔術の法陣が書かれており、その下には細かく法陣の説明が書かれており、自分達が見ていた教科書よりも分かりやすく書いてあり、そして自分達の知らない事が山のように書いてあった。

 

「……こ、これは…どう言う事?」

 

「あー……それはねー?適当に書いただけだよ。オーケー?」

 

「嘘でしょ?こんなに丁寧に説明してあって、しかも私達の知らない知識まで知ってる……適当に書いたなんて、見え透いた嘘じゃない」

 

「あっちゃー…バレたか。まぁ、そんなの知識にも満たないぞ?」

 

「どう言う事?」

 

「グレン先生の授業聞けばわかりまーす」

 

「……そう」

 

「つー訳だ、授業、始めるぞ〜」

 

「授業をすると言っても先生は【ショック・ボルト】の一節詠唱もできないじゃないですか。そんな三流魔術師に教わりたくありませんね」

 

そう誰かが言うと教室は静まり返り、あちらこちらからクスクスと侮蔑の笑い声が上がった。

 

「ま、それを言われると耳が痛い……残念ながら、俺は男に生まれたわりには魔力操作の感覚と、後、略式詠唱のセンスが致命的なまでに無くてね。学生時代は大分苦労したぜ。だがな、誰かはわからんが今、【ショック・ボルト】程度とか言ったヤツ。残念ながらお前馬鹿だわ。自分で証明してやんの」

 

教室中に苛立ちが蔓延した。

 

「まぁいい、今日はその件の【ショック・ボルト】の呪文について話そうか。お前らのレベルならこれでちょうど良いだろ」

 

「今さら【ショック・ボルト】なんて初等呪文の説明なんて……」

 

「やれやれ、【ショック・ボルト】なんて僕達はとっくの昔に究めてますよ?」

 

「はいはーい、これが、黒魔【ショック・ボルト】の呪文書でーす!ご覧下さい、なんか青春の恥ずかしい詩みたいな文章や数式や幾何学模様がルーン語でみっちりと書いてありますねー、これを魔術式って言いまーす!」

 

そんなグレンの説明に一人の生徒が

 

「それがどうしたって言うんですか?」

 

「お前ら、コイツの一節詠唱ができるんだから、基礎的な魔力操作や発声術、呼吸法やマナ・バイオリズ調節に精神制御、記憶術。魔術の基本技能は一通りできると前提するぞ?魔力容量も意識容量も魔術師として問題ない水準にあると仮定する。……てなわけで、この術式を完璧に暗記して、そして設定された呪文を唱えれば、あら不思議。魔術が発動しちゃいます。これが俗に言う『呪文を覚えた』って言うヤツだ」

 

そう説明するとグレンは誰もいない壁に向かって唱えた

 

「《雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒せ》」

 

グレンの指先から紫電が走り壁を叩いた。

 

相変わらずの三節詠唱に対して侮蔑の目線が集まるが、グレンはまったく気にしていなかった。たった今自分の唱えた呪文を黒板に書いた。

 

「さて、これが【ショック・ボルト】の基本的な詠唱呪文だ。魔力操作のセンスがあるヤツは《雷精の紫電よ》の一節で詠唱可能なのは……まぁご存知の通りだ。そんじゃあ問題だ」

 

そう言うとグレンは黒板に書いた呪文の節を次のように切った。

 

《雷精よ・紫電の・衝撃以て・撃ち倒せ》

 

「さてと、これを唱えると何が起こる?当ててみな」

 

クラスは沈黙した。何が起こるか分からないから答えられないという沈黙ではなく、何故そんな事を聞くのか?という困惑による沈黙だ。

 

「詠唱条件は……そうだな。速度二十四、音程三階半、テンション五十、初期マナ・バイオリズムはニュートラル状態…まぁ最も基本的な唱え方で勘弁してやるよ。さぁ誰か分かる奴は居るか?」

 

沈黙は継続された。

 

「これは酷い、まさか全滅か?しゃーない…コハク!答えろ」

 

「えー……答えは右に曲がりまーす」

 

そう言うとグレンは黒板に書いた通り、唱える。すると本当に直線上に進んでいた紫電が急に右に曲がった。

 

「はい正解。じゃあこれは?」

 

そう言ってグレンは更にチョークで節を切った。

 

《雷・精よ・紫電の・衝撃以て・撃ち倒せ》

 

「更に射程が三分の一くらいになります」

 

これも言った通りになった。

 

「更に、こんな事すると…」

 

コハクは立ち上がり、黒板に書き込んだ。

 

《雷精よ・紫電 以て・撃ち倒せ》

 

「出力が物凄く落ちる」

 

そう言ってコハクは目の前の生徒に向かって呪文を唱えた。

だが、撃たれた生徒は何も感じなかったようで目を白黒させていた。

 

「まぁ、究めたって言うならこれくらいはできねぇとな?」

 

そう言ってドヤ顔でチョークを指でクルクル回すグレン。

 

「そもそもさ?お前ら、なんでこんな意味不明な本覚えて、変な言葉を口にしただけで不思議現象が起こるのか考えた事ある?」

 

「そっ、それは術式が世界の法則に干渉して––––」

 

メガネをかけた少年、ギイブルの発言をグレンは聞き逃さなかった。

 

「ほーら、そうやって言うんだろ?分かってる、じゃあそもそも魔術式ってなんだ?式ってのは人が理解できる、人の作った言葉や数式や記号の羅列だ。魔術式が仮に世界の法則に干渉するとして、なんでそんなもんが世界の法則に干渉できるんだ?おまけになんでそれを覚える必要がある?で、魔術式とは一見なんの関係のない呪文を唱えただけで魔術が起動するのはなんでだ?おかしいを思った事はないのか?ま、ねーんだろうな、それがこの世界の当たり前だからな」

 

相変わらず沈黙を続ける生徒達

 

「つーわけで、今日はお前らに【ショック・ボルト】の呪文を題材にした術式構造と呪文のド基礎を教えてやるよ。ま、興味ないヤツとか既に知ってるわーってヤツは寝てな」

 

真剣に聞こうとする生徒達を尻目にコハクは速攻で寝た。

 

(((お前は寝るんかい!?)))

 

グレンは生徒達に魔術の二第法則の一つ『等価対応の法則』の復習から始めた。大宇宙すなわち世界は、小宇宙すなわち人と等価に対応しているという古典的魔術理論である。

 

「占星術なんてまさに等価対応の賜物だよな? 。星の動きを観察して、運命を読む。つまり世界の影響が人に及ぼす影響を計算する術だ。魔術ってのはその逆なわけだ」

 

すると寝ていたコハクがむくりと起き上がり

 

「つまり魔術ってのは強力な自己暗示だよ」

 

そう言うと再び眠った。

 

(((いや、ずっと起きてろよ!?)))

 

「何?たかが言葉ごときに人の深層心理を変えるほどの力があるのが信じられないって?……たく、ああ言えばこう言う奴らだな……おい白猫」

 

「だから私は猫じゃありません!私にはシスティーナという名前が……」

 

「……愛してる、実はお前の事を一目見た時から惚れてたんだ」

 

「なっ!?えっ!?あ、ああ、貴方!?何を言って!?」

 

グレンに突然告白されて動揺するシスティーナ

 

「プッ……ククク…」

 

プルプルとうつ伏せになりながら震えるコハク。

 

「はーい、今白猫の顔が赤くなりましたねー?見事に言葉ごときが意識になんらかの影響を与えましたねー?比較的理性による制御のたやすい表面意識ですらこの有様な訳だから理性の効かない深層心理なんて……ぐわぁ!?ちょ、この馬鹿!?教科書投げんな!」

 

「馬鹿はアンタよ!この馬鹿馬鹿馬鹿ぁぁ!」

 

「愉悦」

 

起き上がりそんな事を言うコハク

 

(((コイツ最低だ!?)))

 

 

「……コハク君?」

 

そんなコハクは心なしか怖い目で見つめるルミア。

 

「……僕知らない」

 

「ねぇ?起きてよっか?」

 

再びふて寝しようとするのを怖い笑顔で止めるルミア

 

「……」

 

押し黙るコハク

 

「あーいてて……まぁ、核心を先に言っちまえばやっぱり文法と公式みたいなもんがあるんだよ。深層意識を自分の望む形に変革させる為のな」

 

そしてグレンは呪文とは深層意識に覚え込ませた術式を有効にするキーワードだと説明する。このキーワードを唱える事で、術式が深層意識を変革させる。

 

「まぁ、簡単に言っちまえば連想ゲームだ。例えばそこの白猫と聞けば白髪、と誰もが連想するように呪文と術式の関係も同じだ。ルーンで呪文を括ることで相互……痛ぇ!?ちょ、頼むから教科書投げないでぉぶはぁッ!?」

 

「プッ」

 

「コ・ハ・ク・く・ん?」

 

「……」

 

「要するに、呪文と術式に関する魔術則……文法と公式の算出方法こそが魔術師にとっては最重要なわけだ。あのにお前らと来たら、この部分を平気ですっ飛ばして書き取りだの翻訳だの、覚えることばっか優先しやがって。教科書も『細かい事はいいんだよ。とにかく覚えろ』と言わんばかりの理論だしな」

 

システィーナはコハクのノートの中身を思い出した。

 

「要するにだ。呪文や術式を分かりやすく翻訳して覚えやすくする事、それがお前らの受けて来た『分かりやすい授業』であり、ガリガリ書き取りして覚えること、これがお前らの『お勉強』だったんだろ?もうね、アホかと」

 

グレンは肩をすくめて、呆れ返ったように鼻を鳴らした。

 

「で、その問題の魔術文法と魔術公式だが……実は全部理解しようとしたら、寿命が足らん……いや、怒るな。こればっかりはマジだ」

 

「ここまで教えておいて説明しないんですか?」

 

「だーかーらー!ド基礎を教えるって言っただろ?これ知らなきゃより上位の文法公式は理解不可能、まぁ算数の公式と同じだ。最初の基礎知識が無けりゃ後の公式なんて理解出来ないだろ?まぁ、俺の教える事が理解出来れば……んーと」

 

そう言うとグレンは考え込み。

 

「《まぁ・とにかく・痺れろ》」

 

三節のルーンで変な呪文を唱えた、すると【ショック・ボルト】の魔術が起動した。

 

「あら?威力が思ったより弱いな……まぁいい、こんか感じに即興でこの程度の呪文なら改変することができるようになるか?大抵精度が落ちるからお勧めしないが……じゃこれからいよいよ基本的な文法と公式を解説すんぞ。ま、興味ないヤツは寝てな。正直マジで退屈な授業だから」

 

コハクはまた寝た。

 

(((授業受ける気あるのかお前!?)))

 

 

「ま、【ショック・ボルト】の術式と呪文に関してはこんな所だ。何か質問は?」

 

「……無いな、今日俺の話したことが多少でも理解できるなら、呪文を三節から一節に切り詰めるのがどれだけ危険極まりない物だったかよく分かるはずだ。確かに魔力操作のセンスさえあれば実践するのは難しい訳じゃない。だが、詠唱事故による暴発の危険性は最低限理解しておけ。軽々しく簡単なんて口にするな。舐めてるといつか事故って死ぬぞ」

 

そう言うグレンの表情は真剣そのものだった。

 

「最後にここが一番重要なんだが、説明の通り魔力の消費効率で言うなら一節詠唱は三節詠唱に絶対勝てん。だから無駄のない魔力行使という観点なら三節詠唱がベストだ。別に俺が一節詠唱が出来ないから言ってるんじゃないぞ?本当だからな?」

 

(やっぱり悔しいんだ…)

 

この時コハクを除く全ての生徒の心の声は一致した。

 

「とにかくだ、お前らはただ魔術が得意な『魔術使い』に過ぎん、将来、『魔術師』を名乗りたいのなら自分に何が足りないのかよく考えるんだな。まぁお勧めはしねぇよ、こんな下らない事に時間費やすなら他によっぽど有意義な事に使えるはずだしな……さて…」

 

そう言っ懐から懐中時計を取り出し見たグレンは呻き声を上げた。

 

「うげぇ……時間過ぎてたのかよ…超過労働分の給料は申請すればもらえるのかねぇ?まぁ、いいや。今日は終わり。じゃーな」

 

愚痴を零しながらグレンは教室から出ていく。

 

「なんてこと……やられたわ、まさかあいつにこんな授業が出来るなんて……」

 

そう言いながら顔を手で覆ってため息をつくシスティーナ

 

「そうだね、私も驚いちゃった」

 

「悔しいけど、認めたくないけど……あいつは人間として最低だけど……魔術講師としては本当に凄いヤツだわ……人間としては最低だけど」

 

「あ、あはは……二回言わなくても…」

 

「そりゃそうさ、グレンはぐーたらでクズな時の方が多いけど、やれば出来るヤツなんだし」

 

「コハク君?」

 

「まー、やっとやる気になってくれたみたいだし……そろそろのんびりしますかねぇ…」

 

そう言ってコハクはお面を少しだけズラしてため息をついた。



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ロクでなし、覚醒する。キツネ、見守る。

お久しぶりです。


ダメ講師グレン、覚醒。そんな噂が学院内に流れると瞬く間に興味を持った他のクラスの生徒達が空いた時間にこぞってグレンの授業に参加するようになり、そして皆その授業の質の高さに驚嘆した。そのお陰で毎日グレンのクラスには生徒が大量に集まるようになり、これまで学院に籍を置いていた講師らには、嬉しくない事である。彼らにとって魔術講師とは魔術師としての位階が高さこそが講師の格であり、威厳であった。それを真っ向からぶち壊したグレンに対してハーレイを含む講師達は面白く思わなかったのだ。

 

「セリカ君の連れてきた講師、凄いそうじゃないか!」

 

ご機嫌なリック学院長の声が学院長室に響く。

 

「最初の十一日はえらく評判が悪くて、どうなる事やらと懸念していたが杞憂に終わったようで何より何より」

 

「くっ……」

 

ハーレイが苦虫を噛み潰したような顔でうめく。グレンが真面目に授業し出した日以来、彼の授業を受ける生徒が微妙に減少したからだ。つまりハーレイの授業よりもグレンの授業の方が良いと思った生徒が少なからず居た、という事である。

 

「ふふふ……何を隠そうグレンとコハクはこの私が一から仕込んだ自慢の弟子だからな」

 

とセリカはドヤ顔で胸を張りながら宣言した。

 

「なんと!セリカ君、君は弟子を取っていたのかね!?弟子は取らない主義じゃなかったのかな?」

 

「アイツらは唯一の例外だ。ま、グレンのデキは悪かったけどな」

 

「ほう、なんとなんと。でも、なぜ今までそのことを隠していたのかね?」

 

「ん?決まってるだろ?グレンが講師としてダメダメだったらたとえコハクが超優秀でも師匠の私が恥ずかしいじゃないか」

 

「根本的に似た者師弟だな!?アンタら!」

 

「よせよ、ハーレイそんなに褒めても何も出ないさ」

 

「やかましい!褒めてないわ!この師匠バカめ!」

 

「いやぁ、グレンは魔術の才能は残念なやつなんだが、これがまた努力家でさー。アイツが子供の頃、お前には向いてないから別の事やれって何度言っても聞かなくてさー。それが一応人並みの魔術師にはなっただろ?だから私は知ってたんだよなー、やればできる子だって。あ、そうそう、そう言えばアイツに魔術を教え始めた頃、こんな事があってな––––」

 

にへらにへらと。セリカは普段の鉄仮面から信じられないほど緩んだ顔で、弟子自慢を始める。そんな聞きたくもないマル秘情報を聞かされながらハーレイはプルプルと怒りで震えていた。

 

(おのれ、グレン=レーダス、コハクめ……!)

 

ハーレイは苛立ちに震えながら先日の出来事を思い出す。

 

「おい、グレン=レーダス!聞いているのか!グレン=レーダス!」

 

「はい?グレン=レーダス?誰の事ですかね?ボク分からないなぁ…」

 

「お・ま・え・だ!お前!お前だろうがグレン=レーダスぅぅ!」

 

「まぁまぁ、ハー……なんとか先輩。そんなに怒ると血圧が上がりますよー?」

 

「貴様ぁぁ!ふざけているのか!?」

 

「ハーレイ先生、こんなヤツに言ってもしょうがないですよ、関わらずにスルーが精神的によろしいかと」

 

そうコハクは言った。

 

「お前は自分のクラスの講師に対しての敬意はないのか……」

 

「え?ありませんよ?」

 

「グレン=レーダス…お前がふざけた授業をするから転入生にすら敬意されていないぞ?」

 

「はぁ?コハクなんて生意気なガキに敬意なんてありま……痛え!?」

 

「生意気なガキじゃないんですけどねー」

 

「なっ!?貴様なぜだ!?仮にも講師だぞ!?」

 

「え?悪いヤツを叱る事のどこがいけないんですか?」

 

「お前なんでそんな強気なの!?まぁいい!グレン=レーダス!」

 

「いちいち姓名合わせて呼んでて疲れないんですかね?」

 

「やかましい!話の腰を折るな!いくらセリカ=アルフォネアが神域の第七階梯(セブンデ)に至った魔術師とは言え、このような横暴がいつまでも通ると思うな!」

 

「ですよねー?最近セリカ調子乗ってますもんねー?あれはいつか絶対天罰下るわー」

 

「今朝もセリカを起こそうとしたらベットに引きずり込まれそうになって、毎朝起こす身にもなって欲しいですよ……」

 

「お前らはセリカ=アルフォネアをなんだと思っているんだ!?」

 

「ガミガミ言う母さん」とグレン

 

「甘えん坊なお姉さん」とコハク

 

「マジで!?」

 

(セリカ=アルフォネアをそう断ずるヤツが講師として私よりも格上だとぉっ!?認めん、認めんぞ!)

 

「それでさー、アイツが一生懸命頑張って、初めてその魔術を成功させてさー、セリカありがとうって泣きついてきてさー。いやー、可愛い時期もあったなー、今はコハクが可愛いけどなー。とにかく、あの一件で私はアイツを見直したね。お前もそう思うだろ?ん?」

 

ハーレイの煮え滾る心情も知らずにセリカの誰得弟子自慢は続く、今はコハクの弟子自慢に入って来たようだ。

 

(おのれ、グレン=レーダス!いつか絶対、この学院から追い出してやるぞ!)

 

顔を赤くしてハーレイは打倒グレンを密かに誓うのだった。

 

グレンの授業の参加者は日に日に増えていった。最初はシスティーナ達二年次生二組のクラスと他のクラスから少しの生徒のみだったが、徐々に増えていった。更に学院の講師達の中には今までの自分達の行なっていた授業に疑問を持つようになり、若く熱心な講師はグレンの授業から教え方や魔術理論を学ぼうとする者も出始めた。

 

だがグレンはそんな事など露知らず、やる気なさげな言動を繰り返しながらも授業を進めていた。

 

「魔術には『汎用魔術』と『固有魔術』(オリジナル)の二つがあって、今日はお前らが誰でも扱えるからと馬鹿にしがちな汎用魔術の術式を詳しく分析してみたが、固有魔術と比較して汎用魔術がいかに緻密にかつ高精度に完成された術なのか理解できたと思う」

 

トントンとチョークで黒板を叩きながらグレンは言った。

 

「そりゃ当然だ。【ショック・ボルト】みたいな初等魔術一つとっても、お前らよりも何百倍も優秀な何百人の魔術師達が何百年もかけて、少しずつ、改善・洗練されてきた代物だからな。そんな偉大なる術式様に対してお前らはやれ古臭いだの、独創性がないだの、もうね、お前らアホかと」

 

「お前らは『固有魔術』はとてつもなく神聖視しているが、実際『固有魔術』は全然大したことない、魔術師としちゃ三流の俺でも作れるんだよ。じゃ『固有魔術』の何が大変なのかと言えば、お前らの何百倍も優秀な何百人の魔術師達が何百年もかけて作り上げて来た『汎用魔術』に対し、『固有魔術』は自分たった一人で術式を組み上げ、かつそれれら『汎用魔術』の完成度をなんらかの形で超えなくちゃならないという一点に尽きる。じゃねーと『固有魔術』なんて使う意味が無い

 

そう説明するグレンの言葉を聞き、『固有魔術』こそ至高!と思っていた生徒達は頭を抱えた。

 

「ほーら、頭が痛くなって来ただろ?今日説明した通り、お前らが散々小馬鹿にして来た『凡用魔術』はとっくに隙もなく作られた完成形だ。並大抵の事じゃ、『固有魔術』なんて汎用魔術の劣化レプリカにしかならんぜ?俺も昔やってみたけど、ロクなもんができんかったから馬鹿馬鹿しくなって辞めたわ。はっはっはっ」

 

この物言いに対して生徒たちのリアクションは笑う生徒と眉をひそめる半々である。グレンの授業手腕は認めても魔術に対してかけらの敬意も払わないその態度に反感を覚える者も多い

 

「この領域になってくると、センスとか才能が問われるな。だが、それでも先達が完成させた汎用魔術の式をじっくりと追うのは意味がある。自分の術式構築の力を高める為にもなるし、ネタ被りを避ける意味もある。お前らが将来、自分だけの『固有魔術』を作りたいならなおさらだ。ま、こんな事に時間を費やすくらいなら他に有意義な時間の過ごし方があると思うがな……さて」

 

そう言うとグレンは懐から懐中時計を取り出し時間を見る

 

「……時間だな。今日の授業はこれまで〜、あ〜疲れた……」

 

そう言うとグレンは黒板消しを手に持ち消そうとする

 

「あっ、先生待って!まだ消さないで下さい。私、まだ板書取ってないんです!」

 

システィーナが手をあげる。するとグレンは露骨にニヤリと意地悪く笑って、ものすごい勢いで黒板の半分を消した。あちこちから悲鳴が上がる。

 

「ふはははははーーッ!もう半分消してやったぞ!ザマミロ!?」

 

「子供ですか貴方は!?」

 

そんな感じで今日もグレンは授業をした。

 

 

 

生徒たちが下校した後、グレンは屋上で黄昏ていた。

 

「なんつーか、悪くはねえな……」

 

そういいながらグレンは笑みを浮かべていた。

 

「おーおー、夕日に向かって黄昏ちゃって、青春してるね〜」

 

「いつからいたんだよ?セリカ」

 

そう言われたセリカはニッコリと笑いこう言った。

 

「さぁ、いつからだろうな?先生からデキの悪〜い生徒に問題だ。当ててみな」

 

「アホか、魔力の波動もなけりゃ、世界法則の変動も無かった。だったら、たった今忍び足で来たに決まってる」

 

「おお、正解だ。全く、こんな簡単な落ちが意外と分からないんだよなぁ…。特に世の中の神秘は全部魔術で説明できると信じきったヤツに限ってね」

 

「何しに来たんだよ?お前明日から学会の準備で忙しいんだろ?」

 

「おいおい、母親が息子に会いに来ちゃ悪いか?」

 

「何が息子だ。俺とお前は元々赤の他人だっつーの」

 

「まぁ、育ての親だよねー」

 

そう言いながらセリかの後ろからひょっこり出て来たコハク

 

「お前、いつから居た?」

 

「セリかの後ろを付いてっただけだよ」

 

「おお!?気付かなかったぞ!」

 

セリカはわざとらしく驚いたリアクションを取った。

 

「嘘つかないでよ、気づいてたでしょ?」

 

コハクにそう言われ、セリカはぽりぽりと頬をかき

 

「あー、流石にバレるか…」

 

そう言うセリカに対してコハクは胸を張って言った

 

「セリカの嘘はすぐに分かるし」

 

「あぁ、やっぱり可愛いなお前は!」

 

「ふぎゅん!?」

 

感極まったセリカに抱きしめられ、もがくコハクを尻目にグレンは問いた。

 

「で、なんで来たんだよ?セリカ」

 

そう聞かれたセリカはコハクを離すと

 

「いや、最近のお前はキチンと講師をやっているようだからな。お前が頑張ってくれて嬉しいぞ。目も生き生きしてる、まるで死んで一日経った魚の目をしてる」

 

と、笑顔で言った。

 

「心配かけて悪かったな」

 

「いや、いい私のせいてもあるからな……きっと私も親バカだったんだろうな。私はお前達の事が誇らしくて、それで−––––」

 

「よしてくれ、何度も言ったがお前は関係ない。浮かれてのぼせて現実を見てなかった俺が馬鹿だっただけだ」

 

「それでもグレンはまだ魔術嫌いだよねー」

 

「……なるほどな、お前らは俺に魔術の楽しさを思い出させようとして魔術講師か?」

 

「まぁ……そうだな」

 

「あーくそ…そう言う事かよ。じゃあなんだ?最初から魔術楽しい!って思ってりゃ俺は非常勤講師なんぞにねじ込まれずに済んだのか?」

 

「馬鹿、それとこれとは話は別だ。いい加減自分の食い扶持くらい自分で稼げ」

 

「あーあ、聞こえなーい」

 

「この駄目男が……まぁいい、社会復帰が順調でなによりだ。その調子で例の病気も治しておけよ?」

 

「病院だぁ?俺は健康だっつーの」

 

「自分は他人と深く関わること資格は無いと思っている。なるべく他人を自分に近づけたくないと思っている。––––それ故にあえて他人の神経を逆なでにするような態度を取ったり、好意を向けてくれる人に対して素っ気ない態度を取る……そんな病気」

 

「うっ…」

 

そう言われたグレンは脂汗をかいていた

 

「お前の場合過去が過去だが……それは本来なら子供の病気なんだぞ?それをこんなに拗らせちゃって…まぁ社会復帰のついでに治して行けよ?」

 

「うっ、うっさいわ!?大体、好意を向けてくれる人うんぬんは俺のせいじゃねーぞ!?ガキの頃からお前みたいなスタイル群バツの女に見慣れちまったら、そんじゃそこらの女なんか興味持てるかっつーの!?」

 

「ほぉ?つまりお前は母親に欲情していたのか?」

 

「うわー…グレン、それは流石に無いよ……」

 

セリカはニヤニヤとグレンを見る中、コハクは背筋が凍るような目でグレンを見ていた。

 

「うっさい!?というかお前は何とも思わないのかよ!?」

 

「思わないけど?」

 

「え?マジで?」

 

「じゃ、私は明日からの魔術学会の準備があるからそろそろ行くぞ?」

 

「……ああ。帝国北部地方にある帝都オルランドまで行くんだろ?」

 

「セリカ、いってらっしゃい」

 

「ああ、行って来るよ。……そうだ、私を含めた学院の学会出席者は今夜、学院にある転送法陣を使って帝都まで転移する予定だ。まぁ、お前も明日からの授業、頑張れよ?」

 

「はぁ?明日から学院は五日間休みだろ?」 俺は非常勤だから参加しないが、明日からお前達教授陣や講師達は揃って件の魔術学会だろ?それに合わせて学院は休校になるんじゃないのか?」

 

「ああ、それはお前のクラスだけ例外だ。なんだ聞いてなかったのか?お前の前任講師のヒューイがある日、なんの前触れも無く突然失踪してな。お前のクラスだけ授業進行が遅れてるんだ。だからお前のクラスだけその穴埋めする形で休み中に授業が入ってるんだ」

 

「聞いてねーぞ!?……ん?待てヒューイってヤツは身の上の都合で退職したんじゃなかったのか?」

 

「それは一般生徒向けの話だ。そもそも正式な手続きで退職したなら、代わりの講師が一ヶ月も用意できないなんて事態が起こる訳ないだろう?」

 

「どーにもきな臭い話になって来たな……」

 

「まぁ、近頃はこの辺も何かと物騒だ、お前に心配は要らんと思うが、私の留守中気をつけてくれ」

 

「ああ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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学院襲撃

お久しぶりです。長い間更新できず申し訳ありません


 

グレンとコハクは走っていた。つまり、遅刻である。

 

「だぁぁ!ちくしょう!なんでこんな時に限ってセリカが居ないんだよ!」

 

「そりゃ、グレンが最近じゃ遅刻せずに勤務してるし、魔術学会の準備があるからそりゃ早く出るでしょ」

 

「ぐっ、正論過ぎて何も言えん…」

 

そして魔術学院の目印となる十字路に着いた時、グレンは不穏な気配を感じた。

 

「……コハク、先に学院に行け」

 

「……ん、りょーかい。死なないでよ?」

 

「アホか、死ぬ訳ねーだろ」

 

コハクはグレンを置き去りにして学院へと走って行った。

 

「出てきな、後ろでコソコソしてんのはバレてんだぜ?」

 

グレンは後ろを振り返り、ある一箇所を鋭く見つめる。

 

「ほう……分かりましたか?たかが第三階梯(トレデ)の三流魔術師と聞いていましたが……」

 

「はっ、事前に調べはついてるって事か」

 

「ええそうです。そして貴方は私には勝てない《穢れよ・爛れよ・朽ち果てよ》!」

 

余裕ぶった男は自らの魔術を放つが、何も起こらない

 

「…は?」

 

「おいおい?余裕ぶっこいてこんなもんか?ざまーねぇな!」

 

「くっ、何故だ!?」

 

狼狽え、魔術をもう一度唱える男。

 

「無駄だ。どんだけ唱えようが、お前の魔術は発動しない」

 

「ぐっ……クソォォ!」

 

男が魔術では殺せないと分かるや否や腰のナイフを抜いてグレンへと襲いかかる。

 

(上手くやれよ、コハク)

 

グレンは男と対峙した。

 

 

 

 

魔術学院にてシスティーナは怒っていた。

 

「遅い!いつまで待たせるのよ!」

 

「そうだね……グレン先生最近は遅刻しなかったのに、それにコハクくんが遅れるなんて珍しいよね」

 

「そうね…どうせコハクの事だからグレン先生を起こして遅れたんじゃないの?」

 

そうすると教室の扉が開かれ、人が入って来た。

 

「なっ」

 

「あーここね。いやー勉強ご苦労様!あぁ、なんでこんな所におにーさん達が来たのはねー…」

 

「喋り過ぎだ」

 

「いてっ」

 

ヘラヘラした青年が後ろに居た男に頭を殴られる。

 

「なんですか貴方達は!ここはアルザーノ帝国魔術学院です。部外者は立ち入り禁止のはずですよ!」

 

「あ、そうなの?ごめんごめん、用が済んだら帰るからさー。とりあえず〜ルミアって子知らない?」

 

「なっ!?」

 

「ん〜?その反応って事は君の近くに居るみたいだね〜。大丈夫、そのルミアって子を連れてったら君らに危害は加えないと僕は約束しよう」

 

「何言ってんだよ!?」

 

「ふざけないで!貴方達を拘束します!」

 

システィーナは指をヘラヘラした青年へと構え

 

「《雷精の–––」

 

「はい《シュパッ》」

 

青年のふざけているような詠唱によってシスティーナの周りを囲むように鋭い風が通り過ぎた。システィーナの髪を少し切り裂き、皮を薄く裂いた。少量の血が滲んでいる。

 

「なっ……」

 

「うん、抵抗しないでね?こっちには馬鹿が居るから間違って殺しちゃったら面倒だし」

 

「それは俺の事言ってんのかぁぁ!?」

 

いかにも頭の悪そうな青年が突っかかる。

 

「よく分かったね!頭が良くなったじゃないか!」

 

「巫山戯てんのかテメェ!」

 

寸劇を演じる二人を見ながらシスティーナやクラスメイト達は彼の放った呪文の正体を悟った。

 

「い、今のは……【エアロ・ブラスト】!?」

 

「惜しい、【エアロ・フレイル】なんだよコレ」

 

黒魔【エアロ・フレイル】、鋭い風を発生させ相手を切り刻む軍用の攻性呪文(アサルト・スペル)だ。軍用の中ではマナの消費が少ないが、とても繊細な魔力操作が居る為、使い手は少ない。

 

しかしそんな魔術を一節相性で唱えた目の前の男が自分達よりも技量が高い事が証明された。そしてそれは自分達が束になっても勝てないという証明でもあった。

 

「う、うわぁぁぁ!」

 

「い、いやぁぁぁ!」

 

パニックを起こす生徒達

 

「み、みんな落ち着いて!」

 

すると硬い物が打ち付けられる音が響いた。それはさっきの青年の待つ杖からだった。

 

「あのさぁ…早くルミアって子を差し出してくれればいいだけなんだよ?喚く余裕があるなら早く差し出して貰える?」

 

ヘラヘラした顔では無く、無表情で生徒達を見つめる青年。

 

するとルミアは決心した顔で立ち上がった。

 

「私が、ルミアです」

 

「あ、うん。知ってたしこれ以上膠着状態が続くならサッサと連れてったよ」

 

すると青年は表情を軟化させ元のヘラヘラした顔へ戻った。

 

「え?」

 

「うん、名乗り上げないなら上げないで、一応プランはあるんだよ。名乗り上げる事が無ければ強引に君を連れってたし。寧ろ名乗ってくれてありがとう。この馬鹿が面倒事起こす前に解決出来た」

 

そう言って隣の男を見る

 

「おい、喧嘩なら買うぞ…?」

 

「うん、喧嘩するまでも無いからやらないよ」

 

剣呑な雰囲気が二人を包む

 

「それ以上絡むな。ジン、お前も冷静になれ」

 

「あぁ…お前ぶっ殺してやるからなぁ!」

 

「それはあり得ないからねー」

 

「なら今ここで殺してやろうか!?」

 

「いい加減にしろ」

 

男がジンと青年の頭を殴る

 

「私はその娘をあの男の所へ届ける。お前は私と共に来い。ジン、お前はこの教室の連中の事を任せる」

 

「え?コイツに?このお馬鹿さんに?うそだろ?」

 

「おいテメエ、マジで殺すぞ!?」

 

「それが当初の計画だ、手筈通りにやれ」

 

「真面目に計画書書いた人に文句言いたいなー」

 

男はぶつくさ文句を言いながらルミアの元へ向かった

 

「という訳で、一緒に来て貰おうか」

 

「その前に彼女と話をしてもいいですか?」

 

「いいよ〜、どうせ合うのも最後になるんだし、でも変な真似したら…分かるね?」

 

「……はい」

 

ルミアはシスティーナの前へ行き、膝をついて 目線を合わせた。

 

「行ってくるね、システィ」

 

「ぁ…」

 

システィーナは『行かないで』と言うはずだった、しかし、自分の口から出てくるのはか細い声だけだった。しかしルミアには届いたようだ。

 

「私は大丈夫だから。それにグレン先生とコハク君がきっとみんなを助けてくれるから、だから……」

 

ルミアがシスティーナに触れようとしたその時

 

「はい、お喋りは許可したけど触れ合いは許可してませーん」

 

いつのまにか青年がルミアに刀を向けていた。どうやら杖だと思っていたのは仕込み刀だったようだ。

 

「…何故ですか?」

 

「いや、なんかキーアイテムとか、逆転するような物を渡されたりとか小細工されると面倒だからねぇ?はい、手を引っ込めようか?」

 

刀をシスティーナへ突きつけながら青年はニコニコとルミアを見た。

 

「後、そのグレンとか言うの多分死んでるから」

 

「なー」

 

「嘘…先生」

 

「…ん?なーんか忘れてるような気がしたけど……まぁ大丈夫だろ」

 

本当ならここには居ないコハクも挙げられるはずなのだが、襲撃者達の記憶には無かったようだ。

 

「じゃ、来てもらうからね」

 

青年はルミアの腕を引っ張り連れて行った。

 

 

 

 

 

グレンは襲って来た男を倒し、学院へと入ろうとしたが入れなかった。

 

「くそ、何がどうなったんだ!?結界の設定が変更されてやがる!」

 

「グレン、先行ってるよ」

 

「は?」

 

するとどうだろうか、コハクはするりと結界を抜けて学院に入ってるではありませんか

 

「はぁぁ!?」

 

「ほら、グレンもこっから入って来てよ」

 

「お前………仮にも学院を守る結界だぞ?どう破った?」

 

「破ってないよ、ただ結界の認識をズラしただけだよ」

 

「あぁ……お前のお得意な呪術か…」

 

「早く行こうよ、嫌な予感がするし」

 

「あぁ……分かった」

 

グレンはコハクの通った場所を通り抜け、学院へと向かった。

 

 



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呪術師という利点

一年ぶりの更新になってしまいました…


 

グレンとコハクは走る。

 

「コハク!お前の『眼』で敵とか分からねぇか!」

 

「もう飛ばしてる!教室には生徒だけ……魔術実験室にシスティーナとゲス野郎がいる!グレンはそっちに行って!」

 

片手に薄い紙…式神を持ちながらコハクは伝える

 

「分かった!お前はどうするんだ!」

 

「とりあえず奥へ行く!グレンはシスティーナを助けてから援護に来て!」

 

「OK!」

 

そう返答するとグレンは走る速度を上げ、魔術実験室へ走って行った。

 

「…これでシスティーナは助かる…後は…」

 

式神が淡く輝く、グレンの髪と同じ色の点が、銀と黒の点のある場所へと近づいて行っているのを確認して、コハクは呪文を唱えた

 

「《死を告げる者よ・微睡みから覚めよ》」

 

そう言うとコハクの手の上に黒い蝶が現れる

 

「…行け、『告死蝶』」

 

そう呟けば蝶は羽ばたき、薄い紫の鱗粉を撒き散らしながら道のままに飛んで行く。コハクも側に付いて走る

 

そして、その鱗粉が床へと落ちると…骸骨達が現れる。鱗粉が落ちる度に増えていき、蝶に導かれるままに進む。

 

「さてと…これだけ居れば十分だ…《安らぎの微睡みへ還れ》」

 

そう告げれば、羽ばたいていた蝶は溶けるように消え、骸骨達がその場に残る。

 

「《骸よ・その憎悪を果たせ》」

 

そう唱えると骸骨達はその空っぽの眼窩で真っ直ぐコハクを見る。

 

「さてと、走るか」

 

そう言ってコハクが走ると骸骨達も追随して走り出した。

 

しばらく走ると…前から剣が飛んで来た。

 

「っ…危なっ…!?」

 

骸骨を掴んで叩きつける事により剣を砕いたコハクはそう呟いた

 

「骸骨で防いだか…」

 

奥から男が歩いて来る。男の周りには剣が浮かんでおり、先程の剣も男による物だろう

 

「私たちの計画は…あの講師を倒した事で障害などないとは思っていたが…思わぬ伏兵が居たな…」

 

剣を周りに浮かせながら、男はコハクを見る

 

「しかし、死霊術師とはな…」

 

「死霊術は教わったからやれるだけだよ…じゃあ消えてくれ」

 

そう言って骸骨達を走らせるコハク

 

「この程度の使い魔で倒せると思われるとは心外だな…!」

 

骸骨達は男の周りに浮いていた剣によって砕かれる。

 

「お前のの技量はその程度か」

 

骸骨からの攻撃を避けながらそう言う男

 

「違うけどね…!《爆ぜよ》!」

 

「ぬ…」

 

爆発により砕かれた骨が宙を舞う。そして骨は意志があるかのように集まり、巨大な骸となった。

 

「……なるほど、これは面倒だ」

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「白猫ぉぉぉ!」

 

グレンは勢いよく扉を開ける

 

「ぁ…先生!」

 

「なっ!?今からだって時に…!」

 

そこには組み伏せられたシスティーナと襲おうとしている男が居た。

 

「テメェ…!生徒に何しやがる…!」

 

「はっ…テメェなんざ一撃なんだよ!《ズドン》!」

 

男は余裕ぶって唱えるが、何も起こらない

 

「な、なんで何も起こらね…グボァ!?」

 

「鉄拳制裁だ、クズ野郎!」

 

動揺した男を感情のままに殴り飛ばしたグレンは、男に目もくれずにシスティーナの無事を確認する。

 

「白猫!無事だな?」

 

「私よりもルミアをお願いします先生!」

 

あられも無い姿ではあるが、そんな事お構いなしにシスティーナは叫ぶ

 

「大丈夫だ、コハクが向かってる…俺も行くから、お前は教室に戻って他の生徒と大人しく待ってろ…」

 

「いえ、私も行かせてください!先生!」

 

「…分かった、だが戦闘には参加しない事。流石に俺もお前を庇いつつは戦えねぇからな…」

 

「…はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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ルミア救出戦

 

巨大な骸骨がその腕を振るう。

 

「くっ…」

 

男は剣で相殺せずに躱す。

 

「その剣なら余裕に切れると思うけど」

 

コハクは呪符を周りに撒き散らしながら男に問う。

 

「…しまっ…」

 

骸骨に気を取られ、対応が遅れた。

 

「もう遅いよ、【足掻くな・諦め受け入れよ】」

 

すると周りに撒かれた呪符が男と剣に纏わり付く。そして紫の紫電を発し徐々に縮んで行った。

 

風が吹くと、そこには何も無かった。

 

「さてと、グレンは…別ルートからルミアの所に向かってるみたいだね…」

 

グレンとシスティーナの位置を式神で把握し、コハクも骸骨と進む。そして転送塔に辿り着く。

 

「…あれ、ガーディアンゴーレムが居ない」

 

「せん…せぇ…はぁ…ここにルミアが…?」

 

「コハクか…無事みたいだな…」

 

 

グレン、システィーナ、コハクの三人は合流し、転送塔の扉を開けた進もうとした。

 

「…っ…防げ!」

 

コハクの声に応えるように地中から先程と同じ巨大な骸骨が飛び出し、ソレを防ごうとした。

 

システィーナが突然現れた骸骨に悲鳴をあげるが、コハクもグレンも別の意味で驚いた。

 

骸骨はバターのように真っ二つに斬られ、そのまま地に残骸を散らばらせた。

 

「やれやれだなぁ…ホント…馬鹿は馬鹿のまま倒されたし、上司は油断でやられるし、本当になぁ…」

 

その人物の登場にシスティーナは硬直した。教室で高度な魔術で放った青年だった。

 

「…テメェも邪魔するんなら倒して行くぞ」

 

グレンは拳を握り構える。

 

「ん〜…通っていいよ」

 

何でもないように言う青年

 

「こっちも思想が一個って訳じゃないし、今回は邪魔が成功してくれた方がいい。さ、通っていってくれ」

 

サッと道を開ける青年

 

彼が何を考えて居るのかは分からないが戦わないのなら力も温存出来る。そう考えたグレンとコハクはシスティーナを連れたまま警戒しつつ進んだ。

 

そのまま転移塔内部の螺旋階段を登り、最上階の転移魔法陣のある部屋に辿り着く。

 

そのままグランが扉を蹴破る。

 

「……お誂え向きな黒幕さんだね、うん」

 

そこにはグレンが来る前の前任の講師、ヒューイが居た。そしてルミアは魔法陣の上に縛られたまま置かれていた。

 

「ここまで来るとは…しかしもう遅いですよ…ルミアさんの転移術式は発動していま…」

 

「【魔を食い尽くせ・蟲よ】」

 

コハクがそう唱える拳ほどの大きさの虫がコハクの掌に現れ、ギチチチ…と鳴いた。すると、部屋の中の魔力が薄くなった。

 

「くっ…何を…した…んです…」

 

ふらつき倒れこむヒューイ、グレンやシスティーナもふらつくがなんとか耐える。

 

「術式が起動してるならその分の魔力を無くせばいい、簡単な事だろう?」

 

「こんな…ことで…計画が…」

 

「もうそろそろここも鎮圧されるだろうから投降するのを勧めるよ」

 

そう言ってコハクはヒューイの首筋を蹴りを入れて気絶させた。

 

「……ルミア、ルミア!無事…?」

 

システィーナはルミアへと駆け寄り、縄を解いて呼びかける

 

「…ん、システィ…?」

 

朧気にシスティーナの名前を呼び、辺りを見渡すルミア

 

「…ぁ、グレン先生……あれ、コハクくんは…?」

 

「コハクのやつなら帰ったぞ…はぁ…後々の処理とか色々めんどくせぇな…手当て出るのか不安だ」

 

事の端末よりも給料の心配をするグレンを見て、システィーナもルミアも苦笑いを浮かべた。

 

「グレン先生…システィ…私…実は…」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「しっかし、ルミアがあのエルミアナ王女とはね……驚いた」

 

「…こっちも驚いたよ…うん」

 

セリカの家でそう呟くのは正式に魔術講師となったグレン、そして呪符を作っているコハクだ。

事件の中心地にいたグレンとシスティーナ、そしてそそくさと帰ろうとしてセリカに捕まったコハクの三人は帝国政府に呼び出され、ルミアの素性を聞かされてその秘密を守るよう要請された。

 

「しかし、グレンが正式な講師になれるように学園長に言ったのは驚いたぞ」

 

そんな二人をニコニコと笑顔で見ながらセリカは言った。

 

「まあ……その、なんだ……ちょっと思うところがあってな。もう魔術のせいにするのはやめたんだよ。それに……」

 

 

グレンは思い出す、ルミアを救う為に勇気を出して付いてきたシスティーナ、自分に壮大な夢を語ったルミアを思い出す。

 

「見てみたくなったんだよ。あいつらが将来、何をやってくれるのかをな。続けるには十分な理由だろ?」

 

「いい事だね、グレン」

 

「あ、コハク。テメェ勝手に帰りやがって…あの後ルミアとシスティーナの説得が大変だったんだぞ…」

 

コハクが帰った後、ルミアからは無事かどうかを聞かれ、システィーナからは骸骨やら虫を扱った事について聞かれてんやわんやだったのである。

 

コハクが無事だった事は素直に話し、呪術に関してはある程度伏せておいたのだ。

 

「お前の呪術は強力だからな…というかお前の場合複合的な呪文が多いからバレると面倒だろ…」

 

「そりゃね…まぁ今日は時間の事もあってお休みなんだしゆっくりしよう」

 

「そうだなぁ…」

 

「なら久々に三人で風呂でも入るか?」

 

そう言ってクスクスとセリカは笑う

 

「誰が入るかっての!」

 

「僕は子供じゃないよ!」

 

「「「……あはは!」」」

 

こうして平和な時間を噛み締める三人だった

 

 

 

ーーーーーーーー

 

「やーれやれ、帝国もしつこかったな」

 

青年がそう言う眼下には帝国騎士達の骸が転がっている

 

「生憎だけれど捕まるわけにはいかないからね、まぁいいさ…これで目的は達成したようなものだし…」

 

そう言って青年は空を見上げた。

 

「あの『孤児院』の子供達はみんな何かしらの『異能』保持者だ。その中でまだ『異能』使わなかった少年…興味深いね……他の孤児院出身者はみんな孤児院の運営に関わってて手が出せないし…そもそもあの孤児院の運営してるのがあの『氷獄の支配者』だし…あの計画の為とはいえ何の罪すらない『異能』持ちを狩るのはやだなぁ…」

 

はぁ…と下を向いてため息を吐く青年は切り替えるように顔を上げて走り出した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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ロクでなし、優勝を目指す キツネ、助力する

 

放課後のアルザーノ帝国魔術学院、二年二組の教室にて

 

「…………」

 

「『暗号早解き』に出たい人ー」

 

年に三度行われる魔術競技祭の選手決めが行われている。

 

同学年の各クラスの代表が競い合い、最も優秀なクラスを決める学園行事なのだが、参加する人が全くいない状況となっている。

グレンが『お前らの好きにしろ』と丸々放り投げており、去年参加したシスティーナは、去年はつまらなかったから今回はお祭りらしく楽しもうと、全員参加で参加希望者を募っているのだが誰もが気まずそうに視線を逸らし、名乗り出ない

 

「はぁ……」

 

一向に参加種目が決まらない現状にシスティーナからため息が洩れる。

競技祭の開催は来週とあまり時間が残っていないため、何としても今日中に決めなければならない。

書記を務めるルミアもクラスのみんなに参加を促すが―――

 

「……無駄だよ」

 

ギイブルがうんざりしながら、それに水を差してくる。

ギイブル曰く、みんな最初から負ける戦いをしたくない、今年は女王陛下が見に来るから無様な姿を見せたくない、だから例年通り成績上位者で固めろ、だそうだ。

魔術競技祭は、昔はクラス全体で参加していたそうだが、現在は成績上位者の使い回しという、祭りとは程遠いものとなってしまっている。

 

その理由は大方、総合優勝した場合の特別賞与、名誉と名声に目が眩んだ講師の欲望の結果だとコハクは考えている。

 

(実にくだらない理由だ)

 

そんな事を考えているコハクをよそにシスティーナとギイブルの口論は続く。いよいよシスティーナが怒鳴り声を上げようとしたさい―――

 

 

「話は聞かせて貰ったッ!このグレン=レーダス大先生様に任せてもらおうかぁあああああ―――ッ!!!」

 

 

開け放たれた扉から、グレンが謎の決めポーズをして現れた。

丸投げした時の態度とはうって代わり、やる気満々で競技祭の種目決めの指揮を取り始める。

グレンの出した采配はクラス全員参加という一見勝ちに行くようには見えない編成だった。

 

びっくりしている生徒をよそにグレンはテキパキとメンバーを決めていく。

 

その中で

 

『『使い魔使役』はコハクだな」

 

使い魔、という言葉に皆はピタと止まる。

 

それもそのはず、使い魔はまだ皆保持しておらず、この使い魔使役という種目も毎年捨て種目として扱われて来たからだ。

 

コハクに生徒が詰め寄ろうとしたその時に

 

「これで参加種目は全部決まったな。質問はあるか?」

 

と、グレンが上手くファローする

 

その言葉を区切りに生徒達はグレンに寄って行った。

 

最大の見せ場と言える『決闘戦』の選抜から外されたウェンディを始めとし、選ばれた理由をグレンに質問するクラスメイト達。

グレンその全部に明確かつ的確な答えを言い、納得させていく。

これで決定、そんな雰囲気になりつつある中、それに水を差す人物が現れる。その人物は当然ギイブルである。

 

「……いい加減にしてくれませんかね?先生」

 

ギイブルは苛立ちを隠さず、そのまま成績上位者での編成を吐き捨てるように進言する。

それを聞いたグレンは編成を考え直そうとしたが―――

 

 

「ちょっと!折角先生が考えてくれた編成にケチを付ける気!?」

 

システィーナがその言葉を打ち消すかのように立ち向かう

 

「皆が活躍できるよう、先生がここまで考えてくれたのに、いつまで情けない理由で尻込みするの!?」

 

「先生はこのクラスを優勝に導いてやるって言ってくれたわ!それは皆でやるからこそ意味があるのよ!―――ですよね!?」

 

「お、おう……」

 

グレンも押され気味に頷く

 

「た、確かに……」

 

「あぁ……システィーナの言うとおりだ……」

 

そしてシスティーナに同意する生徒達

 

「やれやれ、好きにすればいいさ」

 

キイブルもふっと笑い大人しく座る

 

システィーナの反抗と純粋な想いと朗らかな笑顔によって、全員参加の編成に決定した。

 

 

―――――――――――――――

 

後日、クラス全員が競技祭に向けて練習する中、コハクは木の上で蝶と戯れていた。

 

コハクが出るのは使い魔使役である。そもそも使い魔と言ってもピンキリであり、そこら辺に居る鳥や蝶ですら使い魔にする事が出来るのである。しかし己の技量や使い魔とする生物の強さによって使い魔にする場合の難易度が変わる為、使い魔使役の術を使う者は居ない。何故ならゴーレムなどの魔法生物を作った方が易いからだ。

 

しばらく蝶と戯れていると下が騒がしくなった。

 

一組と二組の間にケンカが勃発していた。

二組の人数が多いせいで自分達の練習場所が確保出来ない、という事が原因である。

 

グレンの仲裁により険悪な雰囲気は治まろうとしていたが、一組の担任講師―――ハー某が来たことにより再び険悪な雰囲気に包まれる。

ハー某曰く、勝つ気がないクラスが場所を取る事自体が自分達の邪魔だからさっさと中庭から出ていけ、と一方的に言ってきたのである。

その言い分に、昔の記憶をほじくり返された事もあり頭にきたグレンは、自分のクラスの総合優勝に給料三ヶ月分を賭け、ハー某に決闘を仕掛けた。

グレンに散々煽られたハー某も同じように給料三ヶ月分を賭けこれを了承し、一組共々中庭を後にしていく。

 

「……グレンとセリカがいざこざ起こさないように…優勝目指そう…」

 

給料3ヶ月分無くした時の悲惨な光景を思い浮かべ、コハクは優勝する事を決意し、木から降りて他の生徒達にアドバイスをするのだった。

 



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魔術競技祭 当日

一週間の練習期間があっという間に過ぎさり、魔術競技祭は当日を迎えた。

魔術競技祭は例年、魔術学院の敷地北東部にある魔術競技場で主に行われている。

その闘技場内部では―――

 

『おおっと!ここで二組が大逆転!またしても予想外の展開だ!グレン先生率いる二組の快進撃は一体どこまで続くのでしょうか―――ッ!?』

 

拡声音響の魔術によって、実況席にいる実況解説の生徒―――アースの声が響いてた。

 

今行われているのは『飛行競争』だ。

この競技にはカイとロッドが出場しており、今年は例年よりも長い距離を飛行している。

グレンは二人に対して速度ではなくペース配分を重視するよう指示を出し、二人もその指示を守って競技へと挑んだ。

結果、他の生徒が首位争いの終盤でペースが落ちていく中、二人は速度を落とさずに駆け抜ける事ができた。

 

『飛行競争』以外でも一位にはならずとも、二位か三位といった好成績を納め続けている。

二組は全員参加の為ペース配分を考えずに全力で挑めるのに対し、力を温存しなればならない使い回し組は全力で挑めないため、どうしても加減して挑まなければならないのも二組が好成績を収めている要因の一つだろう。

 

そんな快進撃に一番驚いていたのはこの快進撃の立役者であるグレンだった。

 

本人からしたらこうすればいいんじゃね?程度のアドバイスで予想を越える結果に呆然としている。

そんな自身の株がドンドン上がっていく光景にグサグサと心に刺さりながらも生徒たちの活躍を見守るグレン。

 

そしてそんなグレンを見ながら1人猫と戯れるコハク。

 

そしてコハクの出る種目である『使い魔使役』が回って来た。

 

「行ってきま〜す」

 

「おう!頑張れ!」

 

「無理すんなよ!」

 

「頑張ってね、コハク君」

 

生徒達の声を背に会場へと飛び降りた。

 

『おおっと!?会場に飛び込んだのは出場選手であるコハクだぁぁ!』

 

飛び入りして来た事に他の組の生徒からブーイングが飛ぶ…が、すぐに鎮まる

 

グルルル…

 

獣の鳴き声がしたからだ

 

学院教師が巨大な檻を引きながらやって来た。

 

中には巨大なツノに鋭利な爪…そして血走った目を辺りに向けている。

 

「……おいおい、ワイバーンとかやべーもん出してるじゃねぇか…」

 

ワイバーン、最強と謳われるドラゴンの中で強さが一番下のドラゴンでる。しかしそれでもドラゴンではある為、普通の魔術師や騎士では鱗に傷すら付けられず、使い魔にしようとしてもまず懐く事はない…と言われている。ワイバーンを使い魔にした者は大成すると言われており、実際セリカは服従させていた。

 

『さぁ、このワイバーンを服従させる事が出来る者は居るのかー!』

 

他の出場者も集まった…しかし、ワイバーンの迫力に怯えて使い魔の術を使えるようには思えない

 

「ふん…所詮これは捨て試合だ…」

 

ハーレイはそう吐き捨てて見るのをやめる

 

『それでは使い魔使役、始め!』

 

そう言うと同時にワイバーンは雄叫びを上げた

 

『グルァァァ!』

 

ワイバーンの雄叫びで生徒達は腰が抜けて座り込む

 

そんな他の生徒を尻目に、コハクは檻の中ワイバーンへと歩み寄る。

 

そしてワイバーンの目の前までやって来る。

 

『グルルル…』

 

ワイバーンは威嚇する

 

そんな事などお構いなしに、コハクは使い魔の術を唱えた

 

「《強き者よ・我に服従せよ》」

 

そう唱える刹那、コハクの周りの景色が歪んだ。

 

殆どの生徒が気付かない中

 

「アイツ…」

 

「「ん…?」」

 

「どうしたの?ルミア、システィーナ?」

 

「ううん…気のせい…かな?」

 

「そうよね…」

 

ルミアとシスティーナ、そしてグレンが気付けた。

 

「……あら、こんな所にあったのね」

 

「どうかしましたの?」

 

「いえ、お気にならさず…女王陛下…ホコリがあっただけですわ」

 

そして…もう一人気付く者が居た。

 

コハクがそう唱えるとワイバーンは徐々に頭を下げ始め、平伏した。

 

「「「おぉぉぉぉぉ!!」」」

 

割れんばかりの歓声が会場に響く

 

『な、なんと!?ワイバーンを服従させたぁぁぁ!一体彼は何者なんだぁぁぁ!?』

 

騒ぎ始める観客席を見て、コハクやれやれと面に触れながら戻って行った。

 

その後もウェンディが出場する『暗号早解き』、ルミアが出場した『精神防御』も一位を獲り、午前の部は総合二位で終わった。

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

―――魔術競技場の観客席を通う通路の一角にて。

黒を基調とした揃いの礼服に身を包む、十代半ばの青髪の少女と二十歳ほどの藍色がかかった黒髪の青年がいた。

 

 

「―――グレン、だな」

 

「……ん」

 

 

その二人の男女はたった今、『精神防御』が終わり、中央競技フィールド上で、二人の少女に挟まれて何か言い合いをしている青年―――グレンに視線を注いでいた。

その青年―――アルベルトは鷹のように鋭い目をグレンに送る

そんなアルベルトを尻目に青髪の少女は無言のまま、中央のフィールドに向かって歩き始めるも―――

 

「……?」

 

途中で自らその足を止め、コハクへと目線を向けた

 

「?どうしたリィエル?」

 

少女―――リィエルの後ろ髪を掴んで止めようとしていたアルベルトは、自ら止まったリィエルに疑問をぶつけるる

 

「あの人、グレンの…敵…」

 

そう言って壁に手を置き…

 

「…待て」

 

そう言ってアルベルトは後ろ髪を引っ張る

 

「痛い、やめてアルベルト」

 

「何をするつもりだ?」

 

「あの人は…グレンの敵になる…決着をつける為にも…排除する」

 

そう言って大剣を持ち、進もうとして

 

「駄目だ」

 

アルベルトに後ろ髪を引っ張られる

 

「なら先にグレンと決着を付ける…」

 

「それも駄目だ」

 

「どうして?」

 

「今回…俺達の任務は二つ…そのうちの一つは女王閣下の護衛を務める王宮親衛隊の監視だ」

 

「分かった」

 

うむ、と納得した顔でリィエルは

 

「任務の為にあの人を倒す」

 

「駄目だ」

 

また後ろ髪を引っ張られる

 

そしてしばらくの間、リィエルはアルベルトに任務の説明を正座して受ける事になった

 



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