彼女達が笑うために (怠さの塊)
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主人公設定(おおまかな)

主人公のおおまかな設定です。


主人公

日高巧(ヒダカタクミ)

身長176cm(成長中)

平均体重62kg

 

体型 筋肉質 着痩せするかんじ 体脂肪率 動いてて、食事も費用削減で取らなかったりするから一桁

 

好きなもの 炭酸飲料 サンドイッチ パンプキンスープ

 

趣味 なし 

 

特技 料理 力仕事 

 

好きなこと 紗夜と日菜と一緒にいること お金を稼ぐこと

 

将来の夢 ボクシングの世界チャンピオン(仮)

 

髪及び瞳の色 黒 

 

誕生日 そのうち小説内で誕生日の話やるのでそのときにでも

 

性格 事なかれ主義者。自分が大切に思ってる人以外にはどう思われても気にしない、逆に自分の大切に思ってる人に嫌われるのを極端に嫌う依存度高めなめんどくさい感じ。本人は童顔を気にしてるためあだ名を嫌っている。大切だと思ってる人のためならなんでも出来るというかやる。女癖が悪くて色んな人に優しくするし、大好きとかよく言ってるからいつか背中刺されるとか言われるくらいに女の子が好き。けど、信頼出来ない人にはとことん冷たいし、知り合いでもない人には一切優しくはしない。

 

 

 

×××

 

残りの文章埋めたいので少しだけお話しすると、報われる主人公ってのは好きですけど、ドン底まで落ちてもがき苦しむ主人公ってのがなかなかないから書いてみたいなって思った主人公なんですよ。

なんていうか大切な人と喧嘩してメンタルボロボロになった後にさらにボロボロになったり苦しんで欲しいなって最後に報われるかどうかっていうのは書きながら決める感じなんです。

基本的に人間関係として恋人に1番近いのは沙綾って認識です。

自分のことを知ってて、それでいて適度な距離感で居てくれる。

信頼と依存がとても良いバランスで保たれてる感じ。

紗夜さんと日菜さんに関しては信頼度と依存度100%。とてつもなく重たい関係性です。

巴と沙綾は信頼と依存が6:4くらい。

基本的にメインとして書き始めた小説の中で2番目に書いたので処女作ではないです。昔1本書いてて途中で諦めた小説がありました。

それは消去して黒歴史認定しました。

個人的な見解としては沙綾もだいぶ依存する子だと思ってる。あと、モカとかもモカ蘭要素のあるシナリオとか見ててこれはやばいとか思ってる。亀更新なのは、やる気とちょくちょくガルパストーリーが更新される度にストーリー内での関係性やキャラの設定が変化していくのでそれを確認しながら書いてるから。1番はモチベーションだけど

個人的に1番好きなキャラは、宇田川巴 姉御肌なキャラが好きです。

正直な話自分はあまりモチベーションが続かないので感想とか貰えると案外モチベーション上がります。単純なんで、目に見える結果が好きで、評価とかお気に入りとか面白いですっていうような感想が励みになります。

 



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高校1年
1話


「なあ、俺らと遊びに行かない?」

 

「私たち予定があるので」

 

「まあ、そう固いこと言わずにさー楽しましてあげるから」

 

「ちょっと、手を離して下さい」

 

二人の男が女子二人を誘っているが、女子二人は一切相手にせず立ち去ろうとするが、男の一人がギャル風の女子の腕を掴んで離さなかった。

男の一人の肩に手を置き、振り向かせる。

すると、男の顔はみるみる青ざめていった。

 

「なあ、俺前に言ったよな 次ここら辺で会ったら潰してやるってなのに、お前ら何でこんなところウロついてんの?」

 

「あ?誰だよテメーナンパの邪魔なんだよ。痛い目に遭いたくなかったら失せろよ」

 

男の一人が女子から手を離し、凄んだがもう一人に止められる

 

「おい、なんだよ」

 

「や、やめとけ!アイツには絶対に手を出すな。中学のときに三年の先輩がボコボコにされて病院送りにされた話があっただろ。それやったのアイツなんだよ 」

 

「な、マジかよ。す、すいませんでした。次からは気をつけますから勘弁して下さい」

 

男の一人が謝り、慌てて後退りしていく。

 

「次は無いからな」

 

そう言い放つと、男二人は怯えて走っていった。

 

 

女子に目を向けると、明らかに警戒した目でこちらを向いている。

 

「そんな、警戒しないで下さいよ。別に見返りとか求めないし、何もしませんから。いつも、知り合いが世話になってるからその恩返しってところなんで」

 

そう言って、歩いていこうとすると

 

「ありがとう 助けてくれて」

 

 

そう言って、凛とした態度を崩さない女子に驚いた

 

「どういたしまして」

 

そう言って足早に目的地に向かう事にした。

 

「それにしても、こんな ヤンキーにお礼を言うなんて良い人なんだろうな」

 

従姉妹の話では、とても歌が上手く彼女となら頂点を目指せると息巻いていた。あんな風に楽しそうに笑う彼女を見たのはいつぶりだったろうか、あのまま妹との確執も無くなったなら彼女は更に笑うだろうか そんな風に考えながら目的地に向かった

 

 

 

side 紗夜

「今井さん 湊さん 練習時間に遅刻してますよ 何かあったんですか?」

 

「ごめん 紗夜 ちょっと、男の人に絡まれててさー 」

 

「え、大丈夫だったんですか?」

 

「ああ、うん それがね うちの学校の一年生にさ とっても喧嘩の強いって有名なヤンキーの子がいてさー その子が助けてくれたんだ 」

「羽丘で一番喧嘩の強い一年生ですか?」

 

「あ、リサねぇ あこ その人知ってるよ 日高 巧って人だよね お姉ちゃんがいつも話してくれるんだー アイツは確かに喧嘩っ早いけど、悪い奴じゃないって」

 

「へー そうなんだー ところでさ、別れ際にさ 私たちにいつも知り合いが世話になってるお礼って言ってたんだけど、誰かの知り合いだったりする?」

 

「それより、早く練習を始めましょう 白金さん 湊さんも準備は終わりましたか?」

 

「ええ、問題無いわ」

 

「わ、私も大丈夫です 」

 

「今井さんも宇田川さんも準備が出来たなら早く練習をしましょう 私たちは頂点を目指しているのですから」

 

「あ、待って下さいよー 紗夜さん」

 

ドラムの彼女の号令と共にそれぞれの楽器の音が重なり、音楽になる。そして、その音楽にボーカルの彼女の歌が合わさりその曲は沢山の人を魅了する楽曲に早変わりした

 

 

 

「ゆきなー今日もいい練習だったね 」

 

「そうね でも、私たちが目指すべき場所は更に上よ こんな演奏じゃ満足なんて出来ないわ」

 

「そうですよ 今井さん 私たちは頂点を目指しているんですからこれで満足してたらいつまでも上には進めません 」

 

「そうだよね じゃあ、そろそろ帰ろうか 」

 

入り口を出ると、辺りは暗くなっており時計を確認したら時刻は午後八時を回っていた。

 

「んー もう 7月だからやっぱり暑いね 」

 

今井さんが伸びをしながら立ち止まっていると、大通りからフードを被った人が走って来るのが見えた。

 

「今井さん 危な」

 

言い終える前に彼女と走っていた人は、ぶつかり彼女は倒れてしまった。

 

「す、すいません 大丈夫ですか?」

 

「あ、大丈夫 立ち止まってた私が悪いから」

 

ぶつかってきた人物は声音と体格から男性だと分かった しかし、その声には聞き覚えがあり体格にも見覚えがあった

男は慌ててフードを外し再度頭を下げた。

その顔には、見覚えがあり相手もそれに気づいた。

 

「いえ、俺の前方不注意ですよ それにしても、さっきぶりですね」

 

こちらに目もくれず、今井さんに深々と謝る彼は普段の態度とは違っていた。

 

「その事なんだけどさ さっきは、ホントにありがとね あの二人しつこくて困ってたんだ そうだ 何かお礼したいんだけど今度時間ある?」

 

「いえ、気にしないで下さい たまたま見つけただけなので じゃあ、俺ロードワークの最中なので失礼します」

 

「タクミ あなたまだボクシングなんて 続けてるのね」

 

「え、紗夜の知り合いだったんだー」

 

「今井さんは少し静かにしていて下さい 巧 あなたはいつまでそんな野蛮なスポーツ続けるつもりかしら それに、喧嘩までして だからいつまでも不良のままなのよ」

 

「ごめん 紗夜さん でもさ、俺にはボクシングしかないんだよ 紗夜さんだって私にはギターしか無いって言うのと同じようようにさ」

 

「私とあなたを一緒にしないで下さい あなたみたいな不良と あなたのような社会に出たらやっていけないゴミ屑と呼ばれるような人たちと一緒に」

 

「あ、そうだよね ごめん 紗夜さん 俺ゴミ屑だから人の気持ちもよく分からないみたいだ ホントごめん じゃあ、俺行くよ 紗夜さんはギター頑張って 応援してるから」

 

慌てて走りさる彼の背中にやるせない憤りをぶつけてしまう自分に苛立ちを感じる。

 

「紗夜 今のは言い過ぎだと思うよ 流石に」

 

「今井さんには関係のない話です それに、今井さんだってタクミの行いを聞けば言われても仕方ないと思うでしょ」

 

「だけど「今井さん タクミは私の従兄弟なんです これは、身内の問題なのであまり口を挟まないで下さい それでは、私は失礼します」

 

先程の出来事に苛立ちを感じ早々と帰宅することにした。夏になったと感じさせる暑さが残る夜道を一人歩いて帰った。小さい頃に自分達の後を追ってくる彼のことを思い出しながら。

 

 

 

 

巧side

ゴミ屑とは違うやはり、紗夜さんには頭が上がらないと改めて思う

ジムでのトレーニングを終え、帰路につきながら考える やはり、自分は彼女たちには追いつけない 日菜さんにも同じように言われたらきっとあの二人の前に出ることは無くなるだろうな そんな風に考えてたら後ろから抱きつかれた。

 

「タクミ 今日も練習だったの?」

 

「日菜さんは仕事だったんですか?」

 

そう言った瞬間彼女はあからさまに不機嫌な表情に変わる

 

「昔みたいに 日菜お姉ちゃんって呼んでくれないんだね」

 

「そりゃあそうですよ 俺は 日菜さんや紗夜さんとは血の繋がりがない連れ子なんですか、 いくら従兄弟同士とはいえそんな風に呼べないです」

 

そう言って視線を逸らした瞬間頰を掴まれ、無理矢理日菜さんの方を向かせられた。

 

「タクミ 私その言い方嫌いって前にも言ったよね」

 

「でも、俺は不良って言われてるゴミ屑ですよ そんな、奴が気安く話しかけるなんて無理ですよ」

 

「ねぇ もしかしてお姉ちゃんにまた何か言われた?」

 

そう言われて、心臓が掴まれた感覚に陥ってしまう 天才少女はどこまでも天才なのだろう たった少しの会話で察してしまうあたりは流石としか言えない

 

「仕方ないですよ 紗夜さんが言う通り俺はゴミ屑なんですから 反論のしようがない 日菜さんも俺が居て迷惑があったら言って下さい 俺は二人の邪魔にはなりたくないから」

 

後ろから抱きついていた彼女は正面に回り抱きしめてくる。

 

「巧は別に邪魔じゃないし、ゴミ屑じゃないよ 昔から私やお姉ちゃんが困ってたら助けてくれたんだからさ」

 

彼女は離れると優しく微笑み

 

「じゃあ、またね」

 

その言葉だけ残して彼女は、家の中に入っていった。

彼女のその言葉は弱い自分を励ましてくれる 昔なら紗夜さんも同じように言ってくれたのだろうか それを考えると自分がこうも変わってしまったから彼女は自分を見放したのだろうなと納得してしまう 昔のように笑い合うことは、自分がいたら無理なのだろう だから、せめて彼女たち二人の仲が前のように戻って欲しかった。

 

 

 




主人公の試合などの話も盛り込むかもです。
アドバイスとか欲しいです 国語力ほぼ無いので、あと、紗夜と日菜をベースに書いてますが、一番の推しキャラは巴です


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2話

少し不快に思われてしまうような文を書いてしまいましたので、読む人の気分を害するかもしれません。申し訳ありません。



無言で教室の扉を開き自分の席に座る。それまでの行動だけなのに先程まで賑やかな雰囲気だった教室が一気に重苦しい雰囲気に変わる。

別に学校で問題を起こしたことは一度もない だけど、中学での行いが周りに知られているせいかクラスに馴染めない ただ、クラスに入るだけでこれだから友達と呼べる人物が少ないのも当然だろう

卓に突っ伏して外を眺めていると、声を掛けられた。

 

「おはよう」

 

「おはよう。なあ、蘭あまり俺に話し掛けない方がいいって言っただろ。蘭は、バンドが有名になってからクラスでそんなに浮くことが無くなったのに俺みたいなのと仲良いって思われるとまたクラスで浮くぞ」

 

「別に私は気にしないし」

 

「気にしないとかじゃなないんだよ。はあ、とりあえず座りなよ」

 

「うん」

 

隣の席に座る蘭は、小学校から顔見知りではあったが気難しい性格や彼女の理解者である幼馴染とクラスが別になってからは中学で浮くようになっていたのに加えて、顔見知りの俺と一緒にいたことや当初授業をサボってたことで裏で色々言われていたが彼女はバンドをやり始めてから授業にちゃんと出るようになりそういう類の陰口は言われなくなった 。

まあ、ここだけの話一時期授業に出なくなった時に蘭の親父さん呼び出されお前が娘を不良にしたのかと言われ2、3発顔を殴られたのをよく覚えている。

 

「蘭が気にしなくても俺は気にするよ。蘭が俺のせいでまた浮いたりしたら今度は花鋏片手に蘭の親父さんに追い回されそうだからな」

 

「そんなことになったら絶対家出する」

 

「勘弁してくれよ冗談にしても笑えないそんな日には、本当に俺の家に蘭の親父さんが殴り込みに来そうだ」

 

あの人は娘のことになると頑固だし、男の俺が絡むと余計に暴走してしまうから本当にやりそうで恐ろしい

 

「それにしても巧は変わったよね。私みたいに授業サボってたくせにちゃんと受けるようになったし、あの頃みたいに喧嘩もしなくなった」

 

「まあ、ボクシング始めたからな。それに、親父がちゃんと授業出ることを条件にジムの金出してくれるから」

 

「アンタも私も好きなこと始めて変わったってところだね」

 

「でもな、俺に対するみんなの反応が変わらないよ。喧嘩ばかりしていたんだからさそんな腫れ物扱いされてる俺なんかと仲が良いって知られたらホントに浮くぞ。俺は嫌だからな蘭が根拠も無いことで悪口言われるのも何もしてないのにあることないこと勝手に言われるのも」

 

「アンタはまたそうやって恥ずかしいことを言って」

 

「わざとだ。そう言えば蘭が弱いことは昔からの付き合いで分かってるからな」

 

「ホントに調子狂う」

 

「わざとだよそうやっとけば、蘭が話を切ること知ってるからね」

 

頰を赤く染めて、機嫌を悪くした彼女が窓の外を向いたのを確認してから、机に突っ伏して寝ることにした

 

4時間目を過ぎ、昼休みに入ると昼食を食べるためにクラスがざわつき始めた 蘭もメンバーと食べるからか早々と教室を出て行き 一緒に食べる人もいないから屋上あたりで飯を食べるために弁当を持って屋上に上がった

 

「人居なくて助かった 俺がいるだけで雰囲気悪くなるから居場所に困るよ」

 

独り言を呟き影に座りこんでから空を見上げる

空には、鰯雲がありそよ風が吹いていて気持ちが良かった

無言でボーっとしていると喋り声と共に誰かが屋上に入ってくる音がした

 

「リサさ〜ん奇遇ですね〜 私達も屋上で食べようと思ってたんですよ〜 ね〜 蘭?」

 

「なんで私まで」

 

「いやー 奇遇だね。私も友紀那と屋上で食べようって話してたんだよね」

 

入ってきたのは、AftergrowとRoseliaの湊先輩と今井先輩だった

正直居心地が悪くて屋上から出て行こうとすると肩を掴まれた。

 

「何処行こうとしてるんだ 巧?」

 

「喉乾いたから飲み物欲しいなと思ってな」

 

「奇遇だな アタシも喉乾いたから飲み物欲しいんだ 一緒に買いに行こうぜ」

 

「はぁ 邪魔かなと思ったから出て行こうとしただけだよ だから、肩から手を離してくれ 巴」

 

「別に邪魔なんかじゃないさ 昔からの付き合いで気心の知れた仲なんだからな」

 

強制連行される形で巴に引っ張られてみんながいる場所まで連れて行かれる。周りから見れば駄々を捏ねる子とその母の構図に思えてしまい恥ずかしくてしょうがない

 

「あ、た〜くんだ〜 超絶美少女のモカちゃんと一緒にお昼食べたいの〜?」

 

「あ、俺 超絶美少女と一緒に飯食ったら尊すぎて死んじゃうから他で飯食べますね」

 

再度逃げ出そうとすると、巴が睨んで拳を鳴らす 最早その姿が様になっている彼女に睨まれたら 動けるはずもなかった

 

「ゴメン 冗談だから 俺 巴とはやり合ったら負ける気がするからホントに」

 

そんな光景を目の当たりににした今井先輩はクスクスと笑い出した。

何がおかしかったのかよくわからないから首を傾げていると目が合った

 

「ゴメン ゴメン 噂では、喧嘩で負けた事ないだとか2学年上にも喧嘩で勝ったとか舎弟が100人くらいいるって聞いてたんだけど なんか噂と違うなって思ってさー」

 

「噂のほとんどはホントのことですよ 喧嘩して負けたことないし、中1の時に喧嘩して2学年上の先輩を倒しましたから 舎弟100人は流石にないですが 」

 

「なんか噂と違うなー 紗夜がそんなに言う人には思えないな」

 

「紗夜さんですか まあ、あの人も日菜さんと色々ありますからね そんな中で俺と同じみたいに言われたら怒るのも当然ですよ 」

 

弁当の蓋を開けて食べ始めるとつぐみが驚いた顔をした

 

「え、タクミ君 弁当それだけなの?」

 

正直弁当の少なさに関しては目を瞑っていたがやはり周りからしたら異常なんだろう

 

「八月に全国大会があるからそれに向けて、減量中 だから、この量なんだよね」

 

減量というのは、苦しいもので試合1週間前にはほとんど水も飲めないし、食事も制限される ボクサー自体常に体重に気を使わないといけないし、何より減量期間中は精神力が必要になってくる もし、途中で投げ出したらその分だけペナルティーがあるからだ

 

「タクミは体重どれくらい減らすの?」

 

「食事量と水分量を制限して自分の体調を保てるギリギリまで落とすつもり 俺はライト級だから最低でも60キロまで落とさないといけないんだ まあ、あくまで最低だからそれ以上落とすつもりなんだけどな ひまり 聞いたからって実践するなよ 慣れない奴がやると命に関わるからな」

質問をしてきたひまりに釘を刺しておけば実践なんかしないだろうと思っていると

 

「やっぱり 目的に対してストイックなところは紗夜に似てるわね」

 

先程から口を開かなかったが、やはりボーカルだなと思わせる 周りの目を惹くような声をしていた 鳥籠の歌姫は伊達じゃないらしい そんな彼女が関心したように言った

 

「やめて下さいよ 似てるなんて言ったらあの人マジで怒りますよ

それに俺は適度に遊んでるからストイックじゃないです まあ 勝つ為の努力を怠ることはないですけどね」

 

「ねぇ そういえばさ 紗夜と従兄弟ってことは日菜ともだよね 日菜とは仲良いの?」

 

「まあ、日菜さんとも仲良いですけど、 俺なんかより姉妹仲がもっと仲良くなって欲しいですかね 」

 

あの姉の後ばかり追いかける妹と妹に対してコンプレックスを抱くようになった姉 あの二人の摩擦をどうにかしたいが方法が思いつかないからもどかしくてしょうがなかった

 

「確かにアタシもそれは思うかな 紗夜は日菜が絡むと明らかに嫌そうな顔するもんねー どうにかなれば良いけどさー」

 

「それをどうにかするのが従姉妹の俺ですよ 身内の問題は身内でケリをつける 他所の人に迷惑なんかかけれませんから じゃ、ご馳走さまです 」

 

そこで話を切り弁当を袋に戻して教室に戻ることにした あまり、一緒に居て誤解を招くことになったら頭が上がらないからだ

階段を降りながら左耳にある塞がったピアスの穴を弄りだす。

悪い癖だとわかっているがやめれない悪癖だ

二人に認められたいという承認欲求とあの二人に出来た頼れる友人達がいる事で自分の必要性の無さを感じるという矛盾した思いが残る

友人が少なく、社会の底辺であるヤンキーの自分にも少なからず承認欲求があることに自嘲してしまう

 

 

 

学校が終わりジムに行けば大会に向けての追い込みでいつも以上にキツイ練習に追われた

汗を流すためのシャワーを浴びて家に帰る頃には9時を過ぎていて街灯に照らされた道を歩いて帰れば、灯りのついた氷川家のその隣りにある 自分の住ませて貰っている家に入る。

無言で家に入れば母親の真波さんがリビングでテレビを観ていた

 

「夕飯食べたら皿洗いしときなさいね あと、洗濯も回して夜のうちに干しときなさい 」

 

「分かりました 真波さん 」

 

お笑い番組を観て笑う彼女を横目に二階に上がり、自室とは名ばかりの物置と変わらない部屋に荷物を置く。

制服のまま部屋を出ると、ちょうど部屋から顔を覗かせる弟の剛と目が合った。

 

「バタバタうるさいんだけど、静かにしてくんない 」

 

「悪かったな。進学校受験の奴の勉強を邪魔して 」

 

音も立ててないのに、難癖つけられたから皮肉で返す 。

 

「それとも、勉強じゃなくてシコってたか?なら邪魔したな、今度から部屋の前通る時はちゃんとノックしてやるよ 」

 

「してねーよ。なんで家族でもないお前がこの家にいるんだよ 早く出てけよ馬鹿」

 

顔を赤くして怒鳴りながら、部屋のドアを閉める。

少しだけ鬱憤が晴れて、いくらか気分がマシになった。

それにしても図星だな 顔を覗かせた時に見えた 床に放置されたティシュから判断したがどうやら当たりだったらしい。

階段を降りれば、不機嫌な顔をした 真波さんが立っていた。

 

「あの子はあなたとは違って優秀なのよ。今度あの子邪魔をしたら家を追い出すわよ」

 

「すいませんでした」

 

向こうから突っ掛かってきて、言い返すとこれだ

息子が息子なら親は親らしい 父親と母親がクズなら息子もクズか

自分が言える訳じゃないけど

 

リビングから逃げるようにキッチンに入り、冷蔵庫を開けば買ってきた野菜とササミでサラダを作り、食べながら片手にスマホを持ち同階級の前大会の優勝者や優勝候補の過去の映像を観る。

今日も変わりばえしない1日だと思えばどうでもよくなる。

時計の秒針の音がまるでそれを肯定するかのように部屋で鳴り響いた。

 




にゅーとん様 ユダキ様 ゆりしぃ☆ありがとう。様 torin Silver様
田中さん様 よっしー★様 ゆとmk様 (ZAQ)様 マーグナー様
ゆっくり凶架様 萌え豚様 フユニャン様 陽奈様 メタナイト様
アイリP様 高評価ありがとうございます
この作品は気分で書いておりますので、更新は気分なので非常にマイペースです。ご容赦下さい。


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3話

感想やお気に入り登録ありがとうございます。
アドバイス貰えたんですが、改行のタイミングすら分からないから致命的だなと思いました。
こんな自分ですがアドバイスとか感想お待ちしてます。



いつも通りの授業を終えて、学校を出る。

着替えとタオル類を入れた バッグを肩にかけて商店街を抜けた先にあるジムに向かう途中に少しだけ寄り道をした。

 

山吹ベーカリーと書かれた店の前には、花咲川の生徒が4名ほどいて、

目が合った瞬間にそのうちの二人が目を逸らし、残りのメンバーを入り口から遠ざけた それを確認した後に店に入ると、焼きたてのパンの香りが鼻腔を擽り、減量中の胃袋を刺激した

 

「いらっしゃい 今日は何するの?」

 

「ごめんな 出掛けようとしてたタイミングに店に来ちゃって」

 

この店の看板娘である彼女は、制服姿で接客をしてくれた。

 

「大丈夫だよ バンドの練習だからさ 」

 

「バンドか・・・」

 

「久しぶりに叩きたくなった?」

 

「いや、二度と叩かないって決めてるから」

 

そう言うと、彼女が少しだけ悲しそうな顔をした。

他人事なのに悲しいと思えてしまう彼女は本当に優しい人だなと再認識させられる。

 

「そっか 私は、タクミのドラム好きだよ」

 

「まあ、何でもいいよ あ、いつものお願い」

 

彼女は、裏手から袋に詰められた食パンを持ってきてくれた。

 

「ハイ、ライ麦で作った食パン これラスト1個なんだよね 最近、健康志向の奥様方に大人気でさ」

 

「ありがとう まあ、俺も減量中なら食うけどそれ以外なら普通のパン食べるけどな 値段もまあまあするから」

 

財布の中身を確認しながら話していると、入り口から視線を感じた。

確認すると、先程の四人がこちらを見つめているのが分かった。

 

「ああ、あの四人はうちのメンバーなんだよ。みんな頼りになるし、優しいんだ」

 

「ふーん そうなんだ」

 

笑顔で話す彼女とバンドメンバーを交互に見てからちょっとしたことを思いついたので、それを実行することにした。

 

「なぁ 沙綾 パンを5個追加で頼むよ。おまかせでいいからさ」

 

「え、うん いいけど 減量中じゃなかったけ?」

 

「いや、差し入れだよ」

 

「わかった ちょっと待ってね」

 

そう言って、トレイにトングを使ってパンを見繕っていく沙綾を横目に店の外に聞こえるくらいの大きさで話しかけた。

 

「なぁ、今から遊びに行かね? 楽しいよ きっと」

 

「え、急にどうしたの?」

 

「こんなにパン買ってるんだから少しくらい付き合ってくれてもバチは当たらないと思うけどな」

 

そんなやりとりをしながら沙綾に詰め寄ると、沙綾は顔を真っ赤にした。

 

「お、おい ウチのバンドメンバーに手出してんじゃねーよ 」

 

金髪のツインテールの女の子を筆頭にメンバー四人が止めに入る。

 

「何だよ? お前には、関係ないことだろ 失せろよ 」

 

睨みながら言うと、黒髪のロングの子以外は怯えてしまった。

 

「け、警察呼ぶぞ 呼ばれたくなかったら早く で、出てけ」

 

正直ビクつきながら言われたところで説得力のかけらもないが、これはこれでいいものが見れたと思い笑ってしまった。

それを見てきょとんとした表情を浮かべる彼女達と呆れた表情を浮かべる沙綾を横目に笑い続けた。

 

「あー 笑った 笑った 」

 

「急に何言い出すかと思ったらこんなことするなんて」

 

「えっと、君達 さっきはあんなこと言ってごめんな 沙綾の新しいバンドメンバーがどんな人達なのか気になってさ」

 

彼女達に深々と頭を下げて謝った。

 

「それと、沙綾 良いメンバーに出会えたな 大切にしてあげなよ あと、会計頼むよ そろそろ時間だから」

 

少しだけ嬉しそうな表情を浮かべた彼女にパンの代金支払いお釣りを受け取ってからパンを持って出て行く。

 

「差し入れのパン忘れてるよ」

 

「忘れてなんかないさ それは、沙綾達への差し入れ さっきのお詫び兼差し入れって訳だよ」

 

「うわぁ キザなことするね」

 

「まあね」

 

軽く笑いながらジムに向かう事にした。

 

 

 

 

「お、おい 沙綾 アイツと知り合いなのか?」

 

「ああ、うん そうだよ タクミのことでしょ 。

昔からよくパンを買ってくれる常連さんなんだ

それに、純と紗南の相手もしてくれるんだ」

 

「有咲 あの人知ってるの?」

 

「な、香澄 お前 知らないのかよ

アイツはここら辺では有名なヤンキーだぞ

羽丘のベビーフェイスデビルって通り名がつくくらい有名なんだからな」

 

「有咲 物知りだね 」

 

「おたえちゃんも知らなかったの?」

 

「うん 全然知らないよ」

 

「今思えば、私 報復されないかな 心配になってきたな」

 

「それは、大丈夫 タクミはそんなことしないよ 有沙 それにしても、私のこと心配してくれたうえに、立ち向かうなんて有咲は優しいね 」

 

「ち、ちげぇーよ 私は、人としてやるべきことをしただけだっつーの」

 

「有咲は素直じゃないなぁー」

 

「あー もう くっ付くなよ 香澄 」

 

「それにしても、みんな巧に今度会ったらちゃんとお礼言いなよ 差し入れまで貰ったんだから」

 

「はーい」

 

元気良く返事をする香澄をみたら少しだけ笑ってしまった。

本当にタクミの言う通り良い仲間に巡り会えたと感じる。

 

 

 

 

「ちわーす」

 

「よう 巧」

 

ジムに入って先輩に挨拶していく。

 

「藤谷先輩 そういえば、去年のライト級チャンプは先輩の高校の人すよね どんな人すか? 」

 

「お前にそんなこと教える訳ないだろ メンバーの情報を売れる訳ないじゃねぇか」

 

「なんだよ 可愛い後輩の質問にも答えてくれないのかよ」

 

「可愛い後輩が仲間をボコボコにするのを誰が見たいって言うんだよ」

 

「 俺がボコられてるとこ見たいんすか うわぁ 良い性格してますね 」

 

「そうだな この舐め腐った年下のガキの鼻っ柱へし折られたらもう少し先輩に対する口の利き方を考えるんじゃないかとは思ってる」

 

「ちゃんと敬語も使ってるし、敬ってるじゃないですか どこが舐め腐ってるって言うんですか こんな良く出来た後輩他には居ませんよ」

 

「スパーリングで人のことをボロ雑巾にした奴の口から出てくる言葉じゃないな 」

 

「いや、アレは先輩が弱いだけですよ それで本当にウェルター級ですか ライト級のボクサーに負けたらヤバイすよ」

 

「お前が強すぎるんだよ 始めてから3年でアマチュア大会優勝しまくってる奴が何言ってんだよ」

 

「コーチに死ぬほど扱かれた成果じゃないすか?」

 

「それにしても強すぎるんだよ これだから天才は とりあえず、お前に情報は流さないし、お前のことも教えてないんだ フェアな勝負だから別にいいだろ 」

 

「まあ、そうですね それなら文句ないです」

 

「頼むから手だけは抜くな 倒すなら徹底的にやってやれ 手を抜いたりしたらアイツが可愛そうだ 約束しろよ」

 

「俺は基本手を抜いたこと無いですよ」

 

「そう言えば、お前顔の形変えるくらい殴るからな 恐ろしすぎて誰も練習試合組んでくれない訳だよ 」

 

「余計なお世話ですよ 弱い奴に興味は無い 俺が欲しいのは世界のベルトですから」

 

そう言って、ロードワークに出かけた。

いつもの調子で5キロ走れば30分近く経っており、そこからいつものメニューをこなしていった。

 

「もっと腕を回転させろ そんなんじゃ 世界なんて到底取れないぞ」

 

コーチの言葉と共にサンドバッグを叩く腕の回転を早めていく。

タイマーの音と共に顔を上げ足りない酸素を求めて息が上がる。

荒れた息を整えばパンプアップした腕が重く感じた

 

「1分半の10セット これが、あとさらに10セット出来るようになれば文句なしなんだけどな」

 

「勘弁してくださいよ 無呼吸運動がそんなに続く訳無いじゃないですか 酸欠でぶっ倒れますよ」

 

「お前の身体なら大丈夫だ 問題ない」

 

「簡単に言わないで下さいよ それに俺再来週大会なんですよ オーバーワークになったらヤバイですからね」

 

「トレーナーである俺がちゃんと考えてメニュー組んでるんだから そんなことなる訳ないだろ じゃあ、次は体幹トレーニングな」

 

プロとしての実績とトレーナーとしての実績の両方を持つコーチの宮村さんの指示が飛ぶ。

アウトボクサーとはいえないレベルの筋肉と丈夫な骨で形成された身体に疲労が溜まり、マットに歩いて行くだけでも身体が重く感じてしょうがない。

 

「色んな闘い方が出来るようになりたいと言った結果この鬼トレーニング 身体を壊さない範囲で行うあの人にバチが当たればいいのに」

 

「聞こえてるぞ 余裕そうだな 回数増やしてやろうか」

 

「聞こえるように言ってるんすよ 」

 

マットの上に寝転がりプランクの姿勢に入り、合図と共に開始する。

先程 サンドバッグを叩いてたことと、ロードワークのせいで足と腕が震えてくる。

その後、トレーニングをきっちり5セット行い水分補給を挟んだ。

 

「よし、次ミット打ちやるからシューズとグローブの用意しろ」

 

「分かりました 」

 

疲れた身体でベンチに置いてあったバンテージを巻いてグローブを嵌める。いつもの試合とは違うウェルター級からの10オンスのグローブは将来的に階級をあげた時に慣れておく必要があるということで練習ではいつも使うことにしていた。

シューズを履いてリングに上がればミットを嵌めたコーチの指示に従ってミット打ちを行う。

 

「もっと、足を使え それじゃあインファイターに捕まった瞬間にボコボコにされるぞ」

 

「はい」

 

悲鳴をあげる足を無視して動かし、ミットにワンツーを叩き込んでから、コーチの打ってきたパンチをウィービングで避ける。

 

「よし 最後に好きなとこ打ってこい」

 

その言葉を聞いた瞬間に今まで以上の力を左腕に込めて呟いた。

 

「死ね」

 

身体を一気に寄せて左のリバーブローを叩き込む。

その瞬間にコーチがミットで防ぐが、それも御構い無しに左腕を振り抜いた。

そして、吹き飛ばされ、左の肋を抑えるコーチを見て笑ってしまった。

 

「お前 今死ねとか言いながら左振り抜いたな」

 

「嫌だなー 俺が日頃からお世話になりっぱなしのコーチ相手に死ねとか叫びながら左のリバーブローなんて叩き込む訳ないじゃないですか」

 

「よーし テメーが日頃俺に対してどう思ってるか分かった 明日から練習量を増やして その多い血の気を抜いてやるから覚悟しとくんだな」

 

「じゃあ、お疲れしたー」

 

ニュートラルコーナーにもたれかかり、左の肋を押さえているコーチに挨拶をして、ロッカールームから着替えとタオルを持ってシャワールームに向かった。疲れが蓄積した身体を洗いタオルで拭いてから着替える頃には、9時を過ぎていた。

改めて先輩方に挨拶をしてジムを出ると熱帯夜のせいだろうか若干の暑さの残っていて、額に汗が滲むのを感じた。

カバンの中からヘッドホンを取り出してスマホと同期させた。

鼻唄を歌いながら歩いていくと駅前で酒臭いサラリーマンが四人集まって見覚えのある女性二人を囲っていた。

 

「やめて下さい 」

 

「なんだよ 仕事で疲れてるおじさんたちに少しくらい付き合ってよ」

 

中年オヤジと絡まれる女子この漫画としか思えないシチュエーションに溜息が出る。

 

「はぁ どんだけ 絡まれる人多いんだよ てか、人のシマ荒らしまくる糞共にはペナルティーが必要か」

 

絡んでる連中の一人の肩を掴み壁に叩きつけると男が怒鳴ろうとしたので股下の股間ギリギリの壁に蹴りを入れた。

 

「おっさんたち何人のシマ荒らしてんの?

最近ここら辺物騒だぜ

帰宅途中だったサラリーマンが財布取られるオヤジ狩りが横行してるらしいよ それとも、おじさんたちは児童売春で職失いたいか?

仲間の女子連中に言えばいくらでも容疑かけれるよ」

 

そう言って懐から名刺入れを抜き取った。

 

「へぇー おじさん 有名企業の部長さんなんだ それに、薬指の指輪ってことは結婚もしてるんだね じゃあ、児童売春で捕まったら家族は困るだろうし、おじさんは社会復帰が難しいだろうね いいの?」

 

トドメとばかりにまくし立てれば、中年オヤジの顔が真っ青になる。

最後にスマホを出して110を押せば慌てて、残りを連れて逃げ出した。

 

「酔っ払うのは構わないが人様に迷惑かけてんじゃねぇっての」

 

そう呟いてから女性を見ると、やはり怯えていた。

中年オヤジの次は悪名高いヤンキーだからな 何されるかわからないし、怖がって当然だ。

 

「夜道は絡まれるかもしれないから気をつけて 出来たらご両親に迎えて貰った方がいいよ」

 

軽く一言だけ伝えて歩き始めた。ヘッドホンから流れてくる電波少女の遥に合わせて鼻唄を歌う。先程の二人の姿に見覚えがあったのは気の所為ではないらしい。日菜さんが載ってた雑誌にいた二人組だ。

 

「確か、丸山さんと白鷺さんだったよな。あーあ いくら助ける為とはいえ、ビビらせ過ぎだったよな 悪いことしちゃったな」

 

所詮ヤンキーだからビビられる事には慣れてるが、

大切な人の同僚とあっては申し訳ない気持ちに晒されてしまう。

二度と会う事がない事を祈りながらも、手のひらに収まる名刺入れに目が行く。返しそびれたそれを仕方なく駐在所に持って行かなくてはいけないことに気づき溜息が出た。

 

「はぁ、最近運が悪いな」

 




羽丘と花咲川はこの話では、共学という形にさせて貰っています。


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4話

今回から主人公を巧からタクミに変えます
あと、感想 評価 お待ちしています。
基本マイペースなので次の更新はいつになるかわかりません。


花金だと呼ばれる夜は憂鬱を超えて不機嫌になる。

明日の午後に、学校に来るようにという連絡を受けた。

午前中の練習の後に学校の方に寄られないといけないと思うと、酷く憂鬱になる。

自分の洋服が入った少ないダンボールと簡易的な机そして、この家の住人の洋服が入ったダンボールが部屋の半分を占拠している。

そんな部屋で机を片付けて布団をひけばやっと寝れるレベルになる。

ふとダンボールの上に目を向ければ折れたドラムスティックがあった

二本の折れたドラムスティックをダンボール箱の中に突っ込みため息をつく。

未練がましいのはいけないことだとわかっているが、どうしても捨てることが出来ない。

そんな気持ちも裏腹に敷いた布団に寝転び天井を見上げればいつのまにかウトウトし始めいずれ眠くなって瞼が下がるのを最後に意識が落ちた。

 

 

 

 

「お疲れ様でした」

 

「おう おつかれ タクミ 私服ってことはどっか出かけるのか?」

 

「あー 顧問に呼び出されて一回学校に顔出さないといけないので」

 

「大会のことか?」

 

「俺も詳しくは知りませんよ じゃあ、先輩も練習頑張って下さいね」

 

 

そう言って、ジムを出る頃には2時前になっており慌てて学校へ向かう

本当はどんな理由で呼び出されたかなんて分かっているがあまり人に知られたくなかったから適当にはぐらかした。

真昼間の暑さのなか学校に向かえばやはりどの部活も大会シーズンだからか気合いの入った練習をしておりそんな練習風景を見ながら職員室に向かう。

職員室の中はクーラーが付いており外の暑さに比べたら寒すぎるくらいだった。

 

「 上村先生はいらっしゃいますか?」

 

「上村先生なら演劇部の方がに向かいましたよ」

 

「ありがとうございます」

あの先生は人を呼び出しておいて居ないんだから本当にいい度胸してやがる。そんなことを思いながら演劇部の部室に向かえば沢山の人が行ったり来たりを繰り返していた。

次の講演の準備中なんだろう。中に入れば忙しなく働き続ける人達の視線が突き刺さる。こんな場所に居て良い人間ではないことは分かってる。だが、こちらにも呼ばれた理由があるのだから仕方がない。

生徒に囲まれた1人の若い教師を恨みがましく睨みつつ後ろから声をかけた。

 

「人を呼びつけるとはどういう要件だ ブラウニー」

 

「先生はお手伝い妖精なんかじゃない それと、上村先生と呼べと言っているだろ タクミ」

 

「頼み事を断らないからブラウニーって呼んでるんですよ それと何の要件ですか ある程度予測は出来ますが」

 

周りの様子を見渡しながら聞くとにんまりと笑いながら奴は言った。

 

「演劇部が来週に講演をするんだ その準備を手伝って欲しい 」

 

それを聴いた生徒が訝しむようにこっちを見る。

何を言いたいかなんて分かってる。だから、いちいちこっちを見ないで欲しい。こちらにもこちらの理由があるのだから。

 

「それは契約に基づいてですか?」

 

「ああ、そういうことだ」

 

「分かりました なら、手伝いますよ 」

 

「よし じゃあ、今から日高も手伝いをするからだれかアイツに仕事を教えてやってくれ 」

 

そう言って、演劇部の部長ともう1人背の高い女性が来た。

 

「やあ タクミ すまないね 手伝って貰って」

 

「別に気にしないで下さい これも仕事なので それに瀬田先輩やハロハピの皆さんには前に世話になりましたから そのお礼だと思って貰えると助かります」

 

「そう言って貰えて嬉しいよ 公演前は常に人手不足だからね 私達演劇部としても助かるよ」

 

「そういう社交辞令とかいいんで、仕事下さい 時間足りないんですよね」

 

「あ、ああ そうだね じゃあ、君には麻耶と一緒に裏方の仕事を手伝ってもらうよ 」

 

そう言って、作業をしていた女性を呼ぶと耳うちをして指示をしていた。

 

「えっと 日高さんは自分と一緒に来て下さい あと、何か得意なことってありますか? 」

 

「ああ、大和さん タクミなら何でも出来るよ 機械弄りも教えたら完璧に覚えたから 」

 

ブラウニーこと上村先生が答える 元を辿ればアンタのせいで覚えさせられたんだろうがと文句を言いたくなるのを抑えた。

 

「そうは言っても素人なんで機械弄りはちょっと不安ですから他の事ならある程度は出来ますよ 」

 

「なら、演劇部は女子生徒が多いから荷物運びを手伝って貰えますか?」

 

「ええ、わかりました 」

 

荷物運びならバイトの引越し業で慣れていたから難しい事ではない

そう思っていたが、そうはいかないらしい。

 

「あの、これ 体育館までお願いします」

 

「あ、これも 」

 

「これもお願い」

 

荷物運びは相当忙しかった 3つの荷物を運ぶ間に2倍の量の荷物運びを

頼まれる。キリがないというレベルではない 頼まれた荷物を運び終える頃には1時間経過していた。

 

「お疲れ様です」

 

「いえ、演劇部の裏方ってとても大変ですね 道理で皆さん忙しい訳ですよ」

 

大和先輩の労いの言葉に軽く返して周りを見渡した。

壇上ではきっと演技の練習をしているのだろう瀬田先輩セリフを読み上げている。流石は王子様だと思う 役に入りきっているあの姿にひまりもきっと惚れたんだろうな

 

「あの大和先輩 さっきからスピーカーの調子が悪いのか、音が飛んだりしてしまうんです それと、もう片方はノイズが入っちゃって」

 

「え、ホントですか ちょっと繋いで貰えますか?」

 

スピーカーを繋ぎ直し音楽を流すと、音が所々途切れてしまい もう片方のスピーカーに至っては音すら出なかった。

 

「スピーカーは接触不良を起こしてるかもしれませんね 試しにコードを一回繋ぎ直した方がいいかもですね」

 

割って入るように言って、コードを弄り始めた。

一回スイッチを切ってコードを繋ぎ直し、もう一度スイッチを入れるがやはり音が飛んでしまったりする。

 

「コードが断線してるのかもしれないんで新しいコード持って来て貰えますか? あと、上村先生に工具一式と俺の鞄を持って来るように伝えて下さい」

 

後ろを振り向かずに頼むと、走り去る音が聞こえたからきっと言う通りにしてくれたのだろう。

 

「直せるんですか?」

 

「分からないですね さっき言った通り、機械弄りは覚えて2、3年しか経たないし、仲間内にスピーカーの修理出来る奴から何回か教えてもらいながらやったけど1人でやるのは不安しかないですね」

 

他に異常が無いか調べるがやはり異常があるような感じはしなかった

配線かアンプに異常があるのかもしれないが確証が持てない。

一応分解出来るタイプだからいざとなればバラして中を調べるがそれでも直せるか怪しい 調べるのと同時並行に頭を働かして原因を探していると、後ろから走って来る音が聞こえた。

 

「ほら、頼まれたの持って来たぞ」

 

そう言って、上村先生が工具と鞄を横に置いた。

鞄の中からヘッドホンを取り出し、アンプに繋げてみる音は通常通り聴こえた。

 

「新しいコード貸して」

 

受け取ったコードをスピーカーに手早く接続してヘッドホンを引き抜くと、通常通りの音が流れた。

 

「良かった これはコードの劣化が原因みたいだ けど、もう一つは・・・」

 

同じようにコードを替えてみるが音が出なかった。

 

「日高さん ヘッドホン借りますね 」

 

「え、ハイ 」

 

「アンプには問題ありませんね スピーカーに問題があるかもしれません 一回バラして中を確認した方がいいかもしれませんね」

 

「・・・大和先輩ってそういえば、機材オタクでしたね なら、一回バラしますか スピーカー本体だったらきっとコンデンサが寿命なんだと思いますから」

 

「そうですね 多分今からやれば1時間くらいでは終わりますかね」

 

「じゃあ、ブラウニー 今からこれバラすから秋葉原にコンデンサとエッジ買いに行ってよ 大きさと容量は後で連絡するから」

 

「全く 人遣いが荒い奴だな 分かった 買いに行くから分かったら連絡しろよ」

 

走って行く上村先生を見送った後に、工具を取り出す大和先輩に目を向ける。

 

「えっと・・・ 大和先輩もやるんですか?」

 

「その方が早いと思いますし、一応 スピーカーのメンテナンスは私がやっていましたから」

 

「いや、それはいいですけど 制服汚れちゃいますよ 」

 

「なら、自分は着替えてきますから先に始めといて下さい 」

 

足早に去って行く彼女は仮にもアイドルの筈なんだが 機械油の汚れも気にしないなんて最近のアイドルは進化してるのかもしれない

そう思いながら、手早く引き込み線やハンダをチェックしてからスピーカーコードを取り外した。そしてエッジを切り離して、ダンパーを取り外しにかかった。

 

「どれくらい進みました?」

 

「ダンパーを取り外そうとしてました あとは、残りを取り除いて基盤を取り出すって感じですね」

 

「じゃあ、急いで取り掛かりましょう」

 

そう言って、作業着姿の彼女はダンパーを取り外しにかかった。

その横で補助に着くような形で手伝いをしていると、周りを取り囲んでいた生徒達も皆忙しいのだろう いつのまにか居なくなっていた。

 

 

 

「あの日高さんはどうして 他の部活の手伝いをしたりしてるんですか?」

 

「急ですね まあ、学校側と生徒会側とのちょっとした取り決めがあるからですかね 」

 

「取り決めですか? 一体どんな取り決めなんですか?」

 

「別に誰にも言うなと口止めはされてませんし、どうでもいいから教えますが 俺がボクシングしてるのは知ってますよね?」

 

「ええ、確か 中学時代は全国チャンピオンでしたよね 」

 

「まあ、それとは別に 俺 天文部入ってるんですよね まあ、変人の住処って言われる通り部員は2人しかいないから部活として認められてないんですがね だから、部費が下りなくて何も買えないんですよ それが嫌で生徒会と学校側に文句言ったら 部費を出す代わりに こうやって上村先生と一緒に手伝いをすることと前の大会で優勝してしまったから 俺が強いことを知った学校側が羽丘代表としてボクシングの大会に出ることを条件として出された訳ですよ」

 

「なるほどだから、手伝いをしてるんですね これで納得出来ました」

 

「なんで 俺がこんな事を無償で引き受けるかやっぱり不審に思ってたんですね じゃあ、俺からの質問です 大和先輩は俺のこと・・・怖くないんですか?」

 

基盤を取り出そうとしていた手が止まり、無言になる。

無言は肯定を意味するというが今回もきっとそうなんだろう。

横から基盤を抜き取り無言で立ち上がってスマホを取り出して、先生にコンデンサの容量とエッジのサイズを伝えて買って来るように頼んだ。

 

「え、えっと 怖くないですよ 」

 

目が泳ぎ、声がうわずっている。

この人は嘘をつけない良い人なんだろう。

 

「大和先輩は良い人ですね 下手な嘘をついてまでそんなこと言うなんて 別に気にしてないですよ それが当然の反応なんですから」

 

無言になり、俯く彼女に罪悪感が募る。

別に皮肉を込めて言った訳ではなく本心なのだがこういう場面では逆効果だったらしい 相変わらず人の気持ちを考えて行動出来ない自分が腹立たしかった。

「他にやる事ありますか? どうせ 上村先生が戻って来るまでまだ時間はありますから」

 

「・・・すみません お願いします」

 

大道具の設置や荷物運びを手伝っていると、先生が戻って来たので技術室ではんだごてを使いコンデンサを取り付け、分解したスピーカーを元に戻した。

 

 

 

 

「これでよし じゃあ、スイッチ入れますから音流しちゃって下さい」

 

「ハイ」

 

大和先輩の指示でスピーカーん通し流れ始めた。

スピーカーはもう大丈夫なんだろう 周りでもホッと胸を撫で下ろしいる人が沢山いた。 ヤンキーが直せるか不安だったのだろう。

正直に言ってどうでもいい どうやら仕事はもう終わりらしい 。

気づけば3時間以上経っていて身体も多少重い。

 

「仕事が終わりなら俺はもう帰りますね」

 

「ええ、助かったわ」

 

「ありがとう 助かったよ タクミ 君はまるで無償で困っている人を助けるヒーローのようだね」

 

「何 最後まで意味分からない事言ってるんですか 俺がヒーロー? 馬鹿ばかしい 俺はどちらかと言えばヴィランですよ 困っている人を嘲笑い 正義の味方を嬲る そんな 史上最低最悪なタイプの奴ですよ 俺はそこら辺履き違えられては困ります」

 

ヒーローそれはこの世で一番嫌いなタイプの奴だ 正義という絶対的なな盾を手にどんな理由があろうとも悪を滅ぼし人々を守る。虫酸が走る。正義の味方に憧れる? そんな事は断じて有り得ない。自分を救ってくれるのは結局は金なんだ。そんなことを知らないから子供の時に正義の味方に憧れる。子供の頃から苦しさを味わって来た奴らはみんな正義の味方には憧れない。仲間が良い例だ。今まで苦楽を共にして来た仲間は口を揃えて言うだろう。正義じゃ何も救えないと。

吐き捨てたい気持ちを押し殺し鞄を背負ってから体育館を後にする。

使い古したスニーカーを履き出ようとした所で後ろから追いかけて来る足音が聞こえた。

 

「あの 日高さん ちょっと待って下さい 」

 

「何ですか? まだ仕事がありましたか 大和先輩」

 

「い、いえ そういう訳では あの良かったらこれ」

 

「これは チケットですか?」

 

「はい 明後日の公演のチケットです 良かったらその・・・見に来て下さい 日高さんも手伝ってくださったので」

 

「どうも まあ、時間があったら観に来ます」

 

そう建前で返事をして体育館を後にした。

減量を完了してあとはキープするだけとなった身体には今日の練習と手伝いで疲労が溜まっており怠くてしかなかった。

そして、手に収まるチケットを見ながらポケットからスマホを取り出しメッセージを送った。

返って来た返信にはいつも通り彼女らしい内容だった。

今日の練習やみんなについて書かれたその内容に笑みが零れる。

とりあえず、明日羽沢珈琲店に3時集合という旨を伝えて、胸糞悪いあの我が家に帰ることにした。




麻弥さんの喋りかったちょっと不安です
違うなと思ったら変更します。



アイリP様 ☆8 ありがとうございます


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5話

思いのほか早くかけたから投稿します。
勉強は全く捗らないけど、こっちは書き始めたらすぐでした。
それと、お気に入り50人になりました。
日頃読んでくださっている皆様に 感謝


先週から夏休みに入り、夏の暑さに堪えながら商店街の中を歩き、

羽沢コーヒー店のドアを開ければカウンター席に座る彼女達と目が合った。

 

「遅いよタクミ 3時集合ねって言ったのにもう10分も過ぎてるよー」

 

「悪い ひまり みんな 他の奴にお土産何がいいか聞いてたんだ」

 

「まあ、マイペースなタクミらしいな」

 

「う〜 モカちゃんは待たされすぎて お腹空いたよ〜」

 

「モカが来たのも今さっきだったでしょ」

 

「いらっしゃい タクミ君」

 

一番端に座る巴の隣に座り、メニュー表を開いた。

大会は水曜からだが1週間は向こうで泊まりだから大会前に最後の贅沢がしたかったからだ。

 

「みんなもなんか食べるか?」

 

「タクミの奢り? なら、アップルパイがいいなー」

 

「アタシもひまりと同じので 蘭はどうする?」

 

「じゃあ、アタシもそれにする」

 

「モカちゃんもアップルパイ食べたいなぁ」

 

「つぐはどうする?」

 

「私はお手伝いの最中だから大丈夫だよ」

 

「つぐみ 今日はもう大丈夫だから みんなと話しといていいよ」

 

「ありがとう お母さん なら、私もアップルパイで 」

 

「飲み物はどうする?」

 

「待ってる間にアイスコーヒー頼んだから大丈夫だよ」

 

「そっか なら、おじさん アップルパイ5個とガトーショコラ1個 あと、アールグレイ下さい」

 

「ちょっと待ってね すぐ用意するから」

 

「お父さん それは私も手伝うよ 」

 

そう言って、つぐみもカウンターに入って行った。

 

「あ、そうだ これ瀬田先輩の演劇のチケット 手伝ってたらお礼にって貰ったからひまりにあげるよ」

 

「え、これ 最前列だ ホントにいいの?」

 

「ああ、気にすんな どうせ 俺 行けないからさ それにひまりが喜ぶだろうから渡そうと思ってたんだ」

 

「あ、そうだ お礼って訳じゃないけどね 私もこれタクミに渡そうと思ってたんだ 頑張って徹夜したんだからね」

 

ひまりはそう言って、バッグから何かを探し始めた。

やがて、中から取り出したのはよくわからない人形のようなものだった。

 

「何これ? 熊の人形?」

 

確か、みんながガルジャムの時から持ってるやつだが、ひまりが作ったらしいそれは 左右の耳や目のバランスはおかしいし、何より形がだいぶ歪だった。だが、とても嬉しかった。

 

「モカちゃんがたーくんの今の気持ちを代弁するとー 形は歪だけど、嬉しいって感じかなー」

 

「え? 俺 今顔に出てるか?」

 

「ああ、今広角が緩んでるから嬉しそうに見えるぞ」

 

緩んだ広角を手のひらで隠して、横を向く。すると、いつのまにか

つぐみ戻ってきて隣に座りながらニコニコしていた。

 

「つぐ あんまり顔見ないでくれ 恥ずかしいからさ」

 

「えー 勿体ないよ せっかくいい表情してるんだからさ」

 

「私としては喜んでもらえてよかったな みんなにあげた時は、困った顔してたからさー」

 

「いや、そりゃあそうなるよ だって これ だいぶ形歪じゃん 仕方ないと思うよ 俺も最初見た時は、嬉しさよりも マジか? って気持ちの方が強かったしさ」

 

「もう タクミまでみんなと同じこと言うんだからさー 一応それ 優勝出来るようにっていう御守りだから あ、ちょっと貸して」

 

「は? 急になんだよ 人のバッグ弄り始めて」

 

「じゃーん こうすれば大会の時に持っていけるでしょ」

 

彼女が持ち上げたバッグには、先程の人形が付いていた。

 

「おぉー いいアイディアだな それ」

 

「まあ、ひーちゃんのその人形はAfterglowのマスコットみたいな物だからね〜 たーくんが寂しがらずに済むかもね〜」

 

「たかが、1週間で寂しくなるほどヤワだった覚えはないぞ 俺は」

 

「いや、アンタ だいぶ寂しがり屋でしょ 昔から 1人でいるのに怯えてたじゃん」

 

「それは昔の話だ 今はもう違うっての」

 

「ホントか? 寂しいなら毎晩電話掛けてもいいんだぜ タクミは寂しがり屋なんだからな」

 

「わ〜 ともちん 大胆だね〜 たーくんと電話する口実をこうも簡単に作っちゃうんだからな〜」

 

「バ、バカ 違うって モカ 私はただタクミが寂しがらないようにだな」

 

「なんだー 巴 俺とそんなに電話したかったのかよ わかったよ ちゃんと毎晩電話するから」

 

「タクミ お前まで言うか」

 

「まあ、冗談だっての あ、そうだ 遅くなったのは、これ取りに戻ってたってのもあるんだ」

 

ひまりから受け取ったバッグの中から写真集を取り出した。

 

「ほら これ ありがとうな めっちゃ良かったし、行きたくなった 」

 

「そうだろ アタシもこの場所みんなで行きたいと思ってたんだよ

Afterglowのみんなとタクミも一緒にさ」

 

「そうだな みんなでいけるといいな」

 

いつになるかは分からないが、きっとみんなで行けたなら楽しいのだろう。物思いに耽けりながら注文したガトーショコラと紅茶に手をつけ始めた。ガトーショコラのほんのりとした甘さを堪能しながら紅茶に口をつける。この美味しさも1週間は味わえないのだから悲しいことだ。

 

「相変わらず この店のケーキと紅茶は美味しいですね」

 

「一応 珈琲店だから コーヒーを飲んで欲しい所なんだけどね」

 

「おじさんそれは無いですよ 俺 コーヒー苦手なんですから」

 

カウンターにいるつぐみのお父さんの一言に顔を顰める。

昔から香りは好きだけど苦くて飲めた試しがない。ミルクや砂糖を入れたりしてもどうにも苦手だった。

 

「タクミ君はカフェオレとかも飲めないもんね」

 

「ホントそういうところは、タクミの顔に合ってるよね」

 

「やめろよ 蘭 童顔は気にしてるんだからさ 」

 

昔は良かったが今は顔が幼いのに身体は筋肉質だというギャップがあり、とても気にしている。

 

「昔はアタシ達の誰よりも身長ちっちゃかったのにな 中3の時に急に伸びちまうんだから驚いたよな」

 

「俺としてはあのまま身長伸びない方が困ってたよ あの身長だと中学の時に小学生と間違えられたんだからな しかも、それ見てお前らはめっちゃ笑ってたし」

 

思い出すだけでも腹が立つ みんなで遊びに行った時に中学生以下のお子様は親子同伴で無ければ入れないと入り口で止められてしまい。

学生証を提示してようやく中学生だと証明出来た。

それを見てたみんなが笑いまくっていたという酷い事件だ。

 

「いや〜 アレは仕方ないと思うよ〜 だって、あの時のたーくんは身体ちっちゃくて可愛かったんだもんさ〜 小学生に間違えられても仕方ないと思うよ〜」

 

「確かに あの時のタクミ君は本当に可愛いかったよね だから、私もしょうがないと思うな」

 

「つぐまで言うかよ だから、気にすんだよ 可愛い顔よりカッコいい方がいいに決まってるだろ」

 

残ったガトーショコラを口に放り込み、紅茶を楽しみながら店内に流れる音楽を楽しむ。

 

「相変わらずいい趣味してますね 音楽と店の雰囲気があってるから落ち着きますよ」

 

「店主としてそこら辺にも気を使わないといけないからね それに、珈琲店という落ちつける店がメタルみたいな激しい曲流してたらお客さん入って来ないからね」

 

SlipknotやMetallicaのような激しいメタルがこの店で流すようになればそれこそこの店に来る客はみなコルナしながらヘッドバンキングをしているカオスな光景になるだろう。

そんな光景が来ることがないように祈りたい。

 

「まあ、俺としてはこの店では流して欲しくはないですね メタルは好きだけど落ち着けないですから」

 

「タクミ君はメタルが好きなんだね 定番の王道ロック一直線の子かと思ったよ」

 

「そうでもないですよ 俺 色々好きですよ 定番ですがNirvanaとかいかしてると思いますし」

 

「Nirvanaか僕は昔 Bon Joviをよく聴いていたかな」

 

「Bon Joviは今の時代も人気ですよね まあ、ラップ好きな俺としては

Limp Bizkit とかRage Against the Machine もいいですし、パンクならGreen Dayとか好きですよ」

 

Afterglowのみんながガールズトークをしてる傍でこっちは好きなロックバンドについて話し合っている。

場違い感がハンパなくてしょうがなかった。

 

「まあ、結局 好きなバンドなんて人それぞれですからね やってる時期は同じでも相手のバンドことを敵視していたなんてことはありますから」

 

これ以上話し込んだら仕事の邪魔になるだろうと思いすぐに切り上げた。

それにしても、ここに居座り続けて1時間以上経っており流石に邪魔だろう思い始めた。

 

「じゃあ、俺 もう帰るよ 明日から前日入りで岐阜にいるからまた来週な お土産は帰ったら渡すからさ」

 

「えー もう帰るの」

 

「明日は、岐阜だから 今日のうちで荷物用意しないといけないからな」

 

会計で代金を支払い、店を出ようと扉に手をかけた。

 

「タクミ君頑張ってね」

 

「タクミ 御守りがあるから絶対優勝出来るよ」

 

「たーくん頑張ってね〜 応援してるよ〜」

 

「タクミ 頑張れよ お前ならやれる」

 

「タクミ その、なんていうかさ ・・・応援してるから頑張って」

 

彼女たちの応援がそれぞれ心に響く。

勝って笑顔で帰る為にも頑張らないといけないと再度心を引き締めた。

 




那智海斗様 ☆9
園田海未様 ☆9
ありがとうございます
これからも評価 感想 お気に入りよろしくお願いします


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6話

年内最後の投稿になります。



新幹線に乗ること、約3時間 最終便のため着いたのは10時過ぎだった

そこからバスに乗り換え目的地まで向かった。

ホテルに着くと、前日入りの選手は多く非常に混み合っていて、ブラウニーがチェックインをしにいくの見送りソファーに座りこんだ。

周りを見渡していると

 

「おーい 日高 チェックインは済んだぞ これは鍵 失くすなよ」

 

「ありがとうございます 上村先生 あと、ごめんなさい 俺のせいで1週間丸々潰してしまって」

 

ボクシング部兼天文部としてブラウニーが顧問として登録されているためこの1週間で組まれた大会にも同行しなければならずそのことに関しては迷惑をかけていると思っていた。

 

「どうした? 急に頭下げるなんて 別に気にしないでいいんだぞ 生徒は先生に頼るもんだからな」

 

「けど、上村先生は新婚なんだから家族を優先した方がいいのにさ わざわざ付き合って貰ってる身としては申し訳ないんですよ 一応 顧問なんて給料が増える訳でも無いんですから」

 

「馬鹿だな ガキがそんなこと気にする必要なんかないよ 妻にはきちんと部活の大会に同行するって言ってるんだからな まあ、お前が優勝したなら妻の元に堂々と帰れるけどな」

 

そう笑いながら言ってくれたあなたは本当に良い先生だと思うよ 人の悪い面ばかり見てきた俺には眩しいくらいに あと、こんなこと絶対に言ったら調子乗るから絶対に言わないけど

 

「俺は勝ちますよ 絶対に 」

 

そう宣言した瞬間聞こえたであろう同階級の選手たちがこっちを睨む。中には、中学の時に勝った顔も連中もいた。

舐められるのは性に合わないので周りを睨み返せば気圧されて視線を逸らした。

 

「周り睨んでないで さっさと行くぞ 明日は、7時50分には集合なんだからな」

 

「分かりました」

 

前を行くブラウニーに着いて行き、自室に入った。

今日はもう遅かったため風呂に入り明日に備えて寝ることにした。

 

 

 

計量を終えれば開会式まではフリーになり暇が出来た。

 

「俺は監督会議とかあるから別の場所に行くがくれぐれも問題は起こすなよ」

 

ブラウニーに釘を刺され仕方なく自室に戻り課題を終わらせることにした。

途中喉が乾いたため自販機に向かえば知った顔に出会った。

 

「藤谷先輩 舞先輩 こんにちは」

 

「タクミ君だ 飲み物買いに来たの?」

 

「そのつもりだったんですが おふたりの甘々な空気感のせいでブラックコーヒーが飲みたくなりました」

 

舞先輩はコーチの宮村さんの愛娘で藤谷先輩とは付き合っている仲だった。コーチは認めないらしいけど

 

「煩いな 早く飲み物買えよ」

 

「冗談ですよ」

 

自販機でお茶を買い、自室に戻ろうとすると

 

「藤谷君 俺も買うから戻るならちょっと待って」

 

後ろを向くと、そこには前回の優勝者がいた。

 

「あ、そうだ 石田 アレが今回のお前のライバルになる奴だぜ キッチリ挨拶してこいよ」

 

「そうだね 挨拶は大事だからね」

 

そう言って向かってきた人と向き合った。

 

「えっと どちら様ですか?」

 

「あ、 僕は石田 祐二 君のことは藤谷君からよく聞いて「おい 石田 お前揶揄われてるぞ そいつはお前の顔も名前も流石に知ってる」

 

石田さんがキョトンとしてる中笑いを堪えるのに必死だった。

この人はどうにも天然らしい 親切に名乗って挨拶を交わす程に。

 

「すいません 今のは冗談です 前回の優勝者ですから流石に分かります 俺は、日高 巧です お願いします」

 

石田さんが差し出した手を握り面と向かう。

 

「じゃあ、俺はこれで」

 

挨拶も済み足早に自室に戻ることにした。

こんな所で時間を食っていると、せっかくの課題を片付けないといけない時間を潰す訳にはいかないからだ。

 

 

開会式を欠伸を噛み殺して我慢し、偉い人の話を右から左手へ聞き流しボーっとする意識をどうにか保つ。

明日からの試合の激励とかどうでもいいから早く部屋に戻りたかった。

部屋に戻れば手渡されたトーナメント表を確認して畳み直し机に置いた。

明日からの予定を考えると面倒で仕方ないが、流石に夜更かしする訳にもいかず早く寝ることにした。

身体が不調だとしても決勝以外は余裕だろうと思うがどうなるかわからない。だが、負けたら俺はそこでおしまいだからだ。

日菜さんと紗夜さんに追いつくためにも絶対に負けられないからだ。

 

 

 

 

レフェリーが腕を掲げて交差させ、ゴングが鳴り響く。

会場内はどよめいているが今はどうでもよかった。

倒れて立ち上がりきれない相手選手を一瞥し、コーナーに戻ってから

グローブとヘッドギアを外し顔をタオルで拭く。

かれこれこの動作も6日目だ。

手慣れた動作で選手手帳を受け取り、ブラウニーの元に戻れば水を手渡してくれた。

 

「おつかれ ほら、水」

 

「どうもです」

 

受け取った水を飲みながら次の試合の準備を始めるリングを見れば石田さんが立っていた。

やはり、前回の王者は予選負けなんて有り得ないらしい。

同じ高校の人達と両親と思われる人が応援している。

まあ、明日には当たるから観といて損はないだろうと思い、立ち止まる。

 

「今日は、試合観て行くんだな」

 

「まあ、一応は 明日に当たると思うので」

 

そもそもアマチュアボクシングは3ラウンド2分の試合で、勝敗は基本的には判定になる。そんな中で、KOで勝敗が決まるのは珍しく早々あることではない。

だから、初戦からずっとKO勝利してる初出場の俺は驚かれたのだろう。

試合は、石田さんが圧倒していた。

ジャブの連打で相手の動きを封じガードが外れた瞬間に右ストレートが顔に突き刺さる。

まともに喰らった相手は、後ろのめりに倒れ込みレフェリーがカウントを数え始めた。

動画でも確認したがあれがあの人のフィニッシュブローなんだろう。ガードが外れた瞬間を狙って強烈な一撃を叩き込む。

そして、開始早々からの立ち上がりの速さとミドルレンジのストレートを武器にすることからパワーファイターなんだろう。

 

「どうだ? 勝てそうか」

 

「チェックインの時に言ったじゃないですか 絶対に勝つって 今でも負ける気はしないですよ」

 

「それにしても、あの右ストレートは恐ろしいな あんなの喰らったら立ち上がれる気がしないよ」

 

「あれにカウンター合わせれば確実にダウン取れますよ まあ、それでKO出来るかは知らないですけどね」

 

カウントを数え終わり、レフェリーがKO判定を下した。

ゴングの音共に一気に観客が湧いた。

なるほど、流石は王者だ。

俺の時はどよめきでこっちは歓声かよ。

明らかに人気に差がある。

明日の試合は完全アウェーの酷い結末になりそうだ。

 

「戻りますよ 課題終わらないと後の夏休みを遊んで過ごせないので」

 

「ああ、俺は試合観て行くよ 」

 

「分かりました」

 

 

 

ブラウニーを置いて部屋に戻れば、机に広げて放置した課題に手を付けた。静かな空間で勉強するのはあまり得意でもないためテレビをつけるとアイドル特集の番組が放送されていた。

参加しているアイドルの中に知った顔がいた。

 

「まん丸お山に彩りを Pastel*palette ふわふわピンク担当 丸山彩でーす」

 

相変わらず独特な挨拶だがこの挨拶のおかげでファンも覚えやすいのだろう。非常に独特だが。

メンバーの方がそれぞれ挨拶をしていくなかテーブルの上のスマホから着信音が流れた。

手にとって確認すればタイムリー過ぎるくらいの人物からの着信だった。

 

「日菜さんどうしたんですか?」

 

「なんとなくかけただけだよー タクミは今何してるの?」

 

「俺は課題しながらパスパレの出てる番組観てますよ」

 

「ふーん 負けたから暇なの?」

 

「失礼な 勝ったから暇なんですよ 第1が俺が負けると思えるんですか?」

 

「ううん 思ってないよ あ、そうだ 一昨日にね お姉ちゃんたちのバンドとか他のバンドとね 合同ライブしたんだー」

 

「合同ライブですか 楽しそうですね」

 

「うん とってもるんってしたんだー! お姉ちゃんの演奏もギュイーンって感じでとってもカッコ良かったよー」

 

「紗夜さんのギターか いいなー 俺も聴いてみたいな そういえば合同ってことは、RoseliaとPastel*paletteとあと何バンドかってことですか?」

 

「そうそう Afterglowとハロー、ハッピーワールドとPoppin'Partyとライブしたよ 」

 

「こころたちと巴たちとPoppin'Partyってバンドですか いいですね それは盛り上がったでしょうね 」

 

「そうなんだー とっても盛り上がったからさー 香澄ちゃんがまたみんなでやりませんかって言ったから夏休みの間にもう一回合同ライブやるかもだから タクミもその時には来てね」

 

「必ず空けときますよ その日は まあ、その前に明日の試合勝たないといけないんですけどね」

 

「タクミなら勝てるよ 絶対に 私とお姉ちゃんに追いつくんでしょ なら、全国で負けたら追いつくことなんて無理だよ!」

 

「そうですね 俺 勝たないと追いつくどころか離されますから まあ、期待しといて下さいよ 必ず優勝して戻るんで」

 

「じゃあ、勝ったらご褒美あげようかなー 期待してるからご褒美も期待してねー じゃあ、バイバイ」

 

電話が切られ、テレビの音だけが部屋に響く。

テレビに映るアイドルをみながら最近のアイドルは身体を張っているんだなぁと思った。

頭の中を占めるのが優勝の二文字ではなく、ご褒美の三文字に置き換わる、我ながら子供並みに単純だと思うが、日菜さんからのご褒美ということでいつも以上に気合が入った。

スマホにメッセージが送られる。

内容は、ブラウニーが明日に向けて奢ってやるとのことだった。

ランニングシューズを履き直し、部屋を出てブラウニーの元に向かう。

明日はご褒美という三文字がニトロ並みの爆発力を生み出してくれるだろうと思うが、それ以上にご褒美に対する期待感だけが高まってしょうがなかった。

 

 




kakito様 ☆9評価ありがとうございます。
アマチュアボクシングはプロボクシングと少しルールが違うため、次の話で解説付けたいと思います。
主人公の試合は長引くと面白くないからカットしました。
なので、次話で決勝の様子書いたらインターハイの話は終わります。
感想 評価 お待ちしてます。


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7話

千聖さんメインの小説を書き始めました。
正直駄文過ぎてもしかしたらそのうち書き直すために削除するかもしませんが。
今回は区切りどころご分からず長くなりよく分からないタイミングで区切っております。
また、ボクシングしてる描写を書くのは初めてなので拙い文になっています。すいません。


ボクシンググローブをきつく締め直し、リングに上がる。

リング上では既に歓声が上がっている。

俺に対してではなく対戦相手へのだ。

 

「石田ー 決勝もワンラウドKO見せてくれー」

 

「石田センパーイ 頑張ってくださいねー」

 

「ユウジがんばれー」

 

OBや後輩そして両親からの応援に応えるように片腕を上げると、更に観客が沸いた。会場の一体感が素晴らしい。今日の俺は完璧なまでにベビーフェイスというよりはヒール役だろう。

 

「うわぁーめっちゃアウェイ感半端ねぇよ」

 

「大丈夫だ!お前ならやれる。俺は応援してるからな」

 

ブラウニー1人の応援で何かが変わるとは思ってないが、まあいないよりはマシだと思うが、この舞台じゃ意味をなさないだろう。

 

「別に負けるって思ってる訳じゃないですよ。ただ、勝った時に絶対ブーイング受けそうだなって思いまして」

 

その一言を聞いたであろう周りの人が白い目を向ける。

そして、ブラウニーも呆れたように溜め息を吐いた。

 

「お前のその何気ないビックマウスは天然なのか、わざとなのか分からなくなってきたよ」

 

「いや、俺は負けないつもりだからですよ。負けたら俺の存在意義が分からなくなる。勝つことが俺が俺であるための証明なんですよ」

 

「お前が何故そこまで勝ちにこだわるのかはよく知らないが無理だけわするなよ。生徒がボロボロになるのは見たくないからな」

 

そう言って、ブラウニーが背中を叩いてリングから出て行った。

ボロボロになっても俺は勝たないといけない。

2人に追いつけないから。

負けたら俺が何のためにいるのか分からなくなる。

俺自身の存在意義のために勝つしかない。

そんな強迫観念にも似た思いが駆け巡る。

対戦相手を見れば向こうも気合充分のようだった。

選手紹介の後にレフェリーに呼ばれリング中央に呼ばれ、反則行為は行わず正々堂々闘うように言われる。

そんな中、石田さんも見れば向こうもこちらを睨んでいた。

なるほど、闘志は充分らしい。

ただ、こちらとしても舐められるのは嫌いだから睨みつけた。

観客のボルテージも最高潮に達してきた。

レフェリーにコーナーに戻るよう指示されコーナーに戻り、マウスピースをはめヘッドギアを着ける。

 

「ほら水だ。飲むだろ」

 

「どうもです」

 

顔を上げ水を飲ましてもらってから周りを見渡した。

すると、見知った顔を見つけてしまい、顔を顰めた。

 

「どうかしたか?」

 

「いや、何もないですよ」

 

これは下手な試合したら、確実に練習量増やされるだけでは済まないと思った。

再度リング中央に向かえばいよいよ、試合が始まる。

なんとも言えない緊張感がリングに漂う。

耳の近くにある動脈を流れる血の音が聞こえてくる。

 

「ボックス」

 

レフェリーの合図と共にゴングが鳴り響く。

それと同時に石田さんが一気に詰めてきた。

予想通りだったためすぐさまバックステップで距離を取り、アウトレンジの距離からジャブで牽制し、距離を詰めさせないようにする。

この点に関してはインファイターに比べて圧倒的なアドバンテージになる。

ジャブで牽制しながら、ガード越しにストレートを放ちコーナーに押し戻す。

自分の距離を保つことで有利に試合運びをするのが理想だが仮にも全国チャンプ相手だからそうやすやすとはいかないらしい。

すぐさま体を入れ替えられ今度は逆に追い詰められてしまった。

すぐにガードを固めて攻撃に備えるもガード越しにジャブを放たれる

ガード越しに放たれるジャブは重く気を抜けば貰ってしまうだろう。

だか、ただそれだけだ。左のジャブに狙い澄ましたカウンターを叩き込む。その一撃は綺麗に顔を捉え石田さんをリングに叩きつける。

湧き上がっていた観客が静まり返り、レフェリーがカウントを始める。

 

「ワン、ツー、スリー、フォー」

 

石田さんは倒れていた身体を無理矢理起こしファイティグポーズを取る。

チャンピオンとはいえ、あれだけ綺麗にカウンターを貰ったのだから

効いてない筈がないそう思いそろそろケリをつけることにした。

 

「ボックス」

 

無理に起こした身体にトドメを刺すために身体を一気に寄せる。

虚を突かれながらもハイガードで上の防御を固めた石田さんに対し、俺の狙いは顔では無かった。

左拳を握り締め、腰を捻りながら左のブローを相手の肋目掛け叩き込む。リバーブローが突き刺さりあまりの痛みからか石田さんの顔が上がる。

しかし、そこに追い打ちをかける如く今度は右のボディブローを鳩尾に叩き込むと今度は身体をくの字に折り曲げ膝から崩れ落ちた。

 

「ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ」

 

カウントが始まる中ロープを掴み身体を支えてたちあがろうとする姿が見えた。

流石は、チャンピオンというものか。

ただ、グロッキー状態の今KOも時間の問題だと思う。

ボディブローはコツコツと積み重ねていくことで相手の体力を奪うのだが鳩尾に打ち込んだ一撃は横隔膜に大ダメージを与えたすぐさま呼吸に影響がでる。今までならここでKOが取れただろうがチャンピオンはまだ崩れないらしい。

石田さんの目はまだ死んでいないとはいえ、そろそろ点数差もついてきたからRSCも目に見えてきた。

 

「ま、まだやれます」

 

ファイティグポーズを取ってアピールをするが足腰が震えていてそろそろ限界も近いのだろう。

ここまでの試合運びで既に実力差は目に見えてるのに諦めないのはとても理解出来なかった。

 

「次のダウンでRSCを宣告します。ダウンしてなくてもこれ以上の試合はキケンだと判断した場合も同様です。いいですね?」

 

レフェリーが石田さんに注意をしている声が聞こえるなかコーナーに戻る。その途中で辺りを見渡せば観客はそれぞれ驚愕の表情を浮かべていた。

それもそうだろう、圧倒的な強さを誇っていたチャンピオンが初出場の選手にサンドバッグ状態なのだから。

そして、その目にはそれぞれ恐怖が写っているような気がしてならなかった。

 

「胸糞悪い」

 

誰に言うでもなく吐き捨てるように呟き、石田さんに向き合う。

 

「ボックス」

 

石田さんは身体を引きずるように詰めてきた。

どんなにボロボロになっても負けじと向かってくる決して屈しないその姿は漫画で言うとこの主人公のようだった。

それに対し俺は主人公をいたぶり嘲笑う悪役なんだろう。

演劇部の手伝いをしていた時に薫先輩に俺はヴィランと言ったが今の自分はまったくその通りだと思われる。

なら、最後までやってやる。嫌われるなら徹底的にだ。

ボロボロになってまで立ち向かうその姿に敬意を表して自分の得意なスタイルでトドメを刺す。

 

今のスタイルであるアウトファイトからインファイトに切り替える。

息を吐きすぐに距離を詰めた。

ジャブが石田さんのガードを削っていき、遂にはガードを外した。

もはやこれがトドメだから容赦はしない。

右拳を握りしめ横に振り抜く。

右のフックが顔を捉えたが、振り抜いた拳に違和感を覚えた。

リングに叩きつけるつもりで殴った身体は倒れることなく一撃に耐えて立っていた。

このシチュエーションを何度も漫画で見たことがある。

はじめの一歩のようにここから大逆転が始まる流れそのものだ。

石田さんが右拳を放ってくる。

これは石田さんのフィニッシュブローの右ストレートだろう。

徐々に近づいてくるその拳で何人もの人をKOさせてきた動画で何度も見た。それこそ圧倒的な強さを誇る主人公そのものだ。

 

だが、だから何だというんだ。

負けたら俺の存在意義がなくなるから

負けたら紗夜さんと日菜さんに追いつけなくなるから

そんな脅迫観念にも似た思いが駆け巡り、身体を突き動かす。

スウェーよりもさらに上体を大きく逸らす。

この避け方を何度も見た。

世界で最も有名なボクサー ナジーム・ハメドのディフェンステクニックなんて真似出来るものじゃないが、今だけは違う。

石田さんのストレートが空を切り、上体をそこから無理矢理起し、体勢を立て直す。

面と向かえば石田さんの顔には驚愕を超え恐怖が浮かんでいた。

それもそうだろう決定的なこの場面で自分の自信のあるフィニッシュブローが躱されたのだから。

再度右拳を握りしめる。

ミドルレンジで放つとしたら皮肉にもこのパンチしか無かった。

振り抜いた拳が顔を捉え、石田さんの身体は大きく後ろに倒れ込みそこで、ゴングが鳴り響きレフェリーが止めに入る。

ワンラウド2分50秒の闘いを最後の最後で石田さんのフィニッシュブローである、右ストレートで終えたのは皮肉な話だ。

向こうの顧問が担架を呼び、石田さんが運ばれて行くなか父親と思われる男性が俺を睨みつけながら母親を連れて付き添って行った。

 

「ほら、タオルと水」

 

「ありがとうございます。何て言うか勝ったっていうのに後味悪いですね」

 

「そうだな」

 

「俺やっぱり負けた方が良かったんですかね?」

 

「それは違うだろうな。お前の方が強かったから今ここに立っているんだ。そのことを誇りに思え。堂々していろ。それが勝者として出来ることだ」

 

「そうですか。なら、俺は失格かもしれないですね。勝者として」

 

そう言って、リングを降りて部屋に戻る。

結果的に見れば打たれないで勝てたというパーフェクトゲームだが完全アウェーで前大会チャンピオンをそれこそ内蔵の詰まったサンドバッグのように扱ってしまった罪悪感だけが心に重くのしかかってくる。

喧嘩をしていた時は殴られても文句を言えないような連中をボコっていたが、ボクシングを始めてからは決してそんな理由がない奴らを相手にしないといけない。

中学の時からそこら辺を上手く割り切れなかった。

廊下を歩いていると、リング上で見た今一番会いたくない人物と出会った。

 

「お疲れさん。試合運びは完璧だ。この調子でやっていけば大丈夫だろう」

 

「宮村さんどうも。俺も試合運びは完璧だと思ってますし、勝てたので良かったですよ」

 

「勝者って面じゃあねぇけどな、まあなんでもいい。とりあえずは、向こう1週間は身体を休めとけ。反省はその後だ」

 

「お疲れ様でした」

 

宮村さんと別れて自室のシャワーを浴びてからは早かった。

流れるように表彰と閉会式は終わり、チェックアウトしてから新幹線に乗り込み三時間着いたころには、疲れ果てた身体はもう限界だった。

 

「夕飯どうするよ?奢ろうか?」

 

「いや、今日は疲れたからパスで。ブラウニーも奥さんとこに早く戻ってあげて下さい」

 

「そっか。なら、ゆっくり休めよ。あと、寄り道せずに早く帰れよな」

 

「上村先生1週間ありがとうございました」

 

そう言って、頭を下げるとブラウニーは片手を上げて応えてから歩いて行った。

そろそろ帰らないといけないがその前に知り合いにお土産を渡しておく事にし、商店街に向かった。

 

 

クローズとかかれた看板のあるドアを叩き、中の人物を呼ぶとすぐにドアを開いてくれた。

 

「おかえりなさい。タクミ君」

 

「ああ、ただいま つぐみ。これ、みんなへのお土産なんだけど来た時にでも渡しといてくれるか?」

 

「わぁ、ありがとう。それと・・・優勝できた?」

 

「勿論。ほら、これがメダル」

 

「わぁ、凄いね 優勝おめでとう。そうだ、夕飯まだなら食べてかない?」

 

「悪いな、つぐみ。あと、はぐみと沙綾にお土産渡さないといけないから今日はいいよ」

 

「そっか、じゃあ、気をつけて帰ってね」

 

「ああ、おやすみつぐみ」

 

久々に会った大事な仲間はいつでも一緒に居て温かいと思える。

本当に大事な居場所なんだと思う。

北沢精肉店に向かえば目が合った瞬間元気に手を振ってくれた。

 

「はぐみ お疲れ様」

 

「たーくんおかえりなさい。それと、優勝おめでとう」

 

「え、知ってたのか?」

 

「うん、今日ねソフトボール部の練習の時にたーくんが優勝したって話聞いたんだぁ」

 

「まじか、ありがとうな。あ、そうだった。これ家族で食べてくれ。岐阜土産だからさ」

 

「ありがとうたーくん。あ、ちょっと待ってねー」

 

そう言って、裏に向かったはぐみが手に持った袋を手渡してくれた。

 

「これあげる。とーちゃんがたーくんが来たら優勝祝いに渡しとけって出来たてだから熱々で美味しいよ」

 

「お、サンキューはぐみ。親父さんにもありがとうって伝えてといてくれ。じゃあ、俺帰るわ。じゃあな」

 

「うん、たーくんも気をつけて帰ってね」

 

北沢精肉店の袋には、コロッケや唐揚げなど出来たての熱々の惣菜が入っていて、その匂いが空腹の腹を刺激する。

その袋を持ったまま、山吹ベーカリーに向かうと、この時間ならもう電気を消している筈なのにまだ、オープンの看板が出ていて、店も開いていた。

ドアを開けると、鈴の音が鳴るがレジには誰も居なかった。

すると、奥からゆっくりと歩いてくる足音共に顔が赤くフラフラした状態の沙綾現れた。

 

「はぁ、はぁ、すいません。今日はもう・・・店終いなんですよね」

 

そう言って倒れそうになる身体を慌てて支えると、身体は熱く発汗も酷かった。

 

「おい、大丈夫か?沙綾」

 

「はぁはぁ、タクミ?なんでここに?」

 

「いいから黙ってろ。お前熱あるぞ。休んでろよ」

 

そういい切らない内に沙彩の意識が途切れぐったりとする。

どうやら、気を失ったらしい。

 

「お姉ちゃん休んでなきゃダメだよ」

 

「ああ、紗南か。良かった、亘史さんか千紘さんいる?」

 

「あのね、お父さんがギックリ腰になっちゃったの。それて、お母さんに無理させないようにってお姉ちゃん風邪引いてるのに無理してね。それでね。休むようにお姉ちゃんに言ってたんだけどお姉ちゃん無理しちゃって」

 

「わかったわかった。泣かないでくれ。兄ちゃんに任せな」

 

今にも泣き出しそうな紗南ちゃんの頭を優しく撫でると、涙目で絵に描いたような笑顔を浮かべる。

そして、いつまでも店の中に居るわけにもいかないので、沙綾を抱き上げて奥の居間に向かった。

そこでは、腰を痛めながらも無理やり立とうする亘史さんとそれを止める千紘さんがいた。

 

「亘史さんはとりあえず安静にしといて下さい。あなたまで悪化したらホントに大変なことになるから」

 

「え、タクミ君来てたのかい?それに沙綾が」

 

「はい、ストップ。落ちついて下さいね。とりあえず、沙綾を上で寝かせてきます。千紘さんは氷嚢用意してて下さい。純は、沙綾を運ぶから部屋のドアを開けて欲しい。あと、紗南は、千紘さんが無理しないように見張っておくこと」

 

そう言って、それぞれが指示された行動に移る。

とりあえず、俺は沙綾をベッドに寝かせるために部屋に向かった。




レフェリーが一方的な試合になった時や、点数差が極端にある時に試合続行不可能として試合を止めることようは、TKOですが、アマチュアボクシングではRSCと言います。
アマチュアボクシングは、プロボクシングとは違い有効打と手数が勝負を左右します。たとえ、ダウンを相手より上回っているとしても有効打が少ないとポイントの差で判定負けしてしまいます。
そして、3分3ラウンドという短い時間なのでこの作品のようにKOで勝負がつくことはあまりありません。
この作品を気にボクシングを興味を持ってくれると幸いです。
そして、作者は決してボクシングを習っていた訳ではありません。
好きではありますが、ルールなど間違えているかもしれません。
なので、間違えがあった場合は教えて貰えると助かります。
作者はずっとサッカー部でした。

OsK様 優希@頑張らない様 せっけん様 ☆9
ぼるてる様 ☆5
ありがとうございます。
感想 評価お待ちしております。




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8話

総合評価が200を超えました。
ありがとうございます。
お気に入りやUAも増えてきて励みになります。
これからもよろしくお願いします。


下に戻れば少しは落ちついたのだろう亘史さんが座ってお茶を飲んでいた。

どうしてこうなったのか訳を聞くと、どうにも子供に良いところを見せようと仕入れた小麦粉を一気に運ぼうとしたことでギックリ腰になったらしい。

そして、沙綾は日頃の練習と手伝いで疲れからか風邪を引いてはいたが、千紘さんに無理をさせられないとのことで手伝いをしていて今になって限界がきたとのことだった。

 

「はぁ、状況は分かりました。なら、俺をここで雇って下さい。亘史さんの腰が治るまでの間くらいは」

 

「けど、君にはボクシングの練習があるだろう?それなのに悪いよ」

 

「向こう1週間は休むよう言われました。それに、無理して前みたいに千紘さんが倒れたらまた沙綾が悲しみますから。嫌ですよ俺は、世話になってる人が倒れるのも悲しむのを見るのも」

 

それを聞いた亘史さんが少し考える仕草をしながらお茶を飲む。

正直な話この家の人達には昔から世話になりっぱなしだから、大きな恩がある。だから、そのためにもできることは何でもやるつもりだった。

 

「はぁー 、このやり取りを前にもした気がするよ」

 

「奇遇ですね。俺もそんな気がします」

 

「あの時も君に助けて貰ったからこんな時まで頼るのは良くないと思っているのだがね」

 

「俺は昔の恩を今もまだ返しきれてないと思っています。それに、知り合いが困っているのを見過ごせるほど俺は落ちぶれてはいませんので」

 

「何を言っても譲らないか。君のそういう所は沙綾によく似ているよ。じゃあ、タクミ君 僕の腰が治るまでバイトとしてよろしく頼むよ」

 

「分かりました。明日からお願いします。とりあえず、今日は店の方片付けて来ますね」

 

後片付けの済んでない店の掃除を手早く済ませる。

疲れ切った身体など山吹家の皆さんのためなら休める理由にすらならなかった。

掃き掃除を終え、水気をきったモップで床を拭き仕上げに取り掛かる。

片付けを済まして、入り口看板をひっくり返しcloseの表記に変え入り口に鍵をかければやることは全て終えた。

 

「後片付けは終わりました。じゃあ、俺帰りますから明日からお願いします。」

 

荷物を取り、帰ろうとすると後ろからシャツを掴まれた。

振り返ると、純と紗南が掴んでいた。

 

「これはどっちの入れ知恵ですか?」

 

「あら、なんのことかしらね?あなた」

 

「さあ、よくわからないな そうだ、タクミ君こんな時間なんだ今日は泊まっていきなさい」

 

「最初からそのつもりだったんじゃないんすか?」

 

そう言って、荷物を置き手に持った惣菜をテーブルに置く。

どうやら、今日は1人寂しく食べる夕食ではなくなったらしい。

いつものように冷たい食事ではない、家族の温かさに満ち溢れた温かいものであった。

 

 

 

食べ終えたリビングでは、皿を洗う水音だけが鳴り響き静かな時間だった。

 

「ごめんね。手伝ってもらっちゃって」

 

「そんなこと言わないで下さいよ。昔から世話になってるし、今日は泊めてもらうんですから家事くらい手伝わないと申し訳ないですよ」

 

無言で皿を手渡されると、それを拭き並べていく。

それは、いつも家でやる作業となんら変わらない筈なのにいつもとは違っていた。

 

「お母さーんお風呂入ろうー」

 

「紗南ちょっと待ちなさい。タクミ君先にお風呂に入って来なさい」

 

「いや、コンビニ行かないといけないので千紘さん先に入ってください。俺はシャワー浴びるだけなので」

 

そう言って、最後の皿を洗い並べて鞄から財布を取り出しコンビニに向かった。

 

 

帰ってくる頃には、10時前だったためか純と紗南の姿が見えなかったためきっと、もう寝たのだろう。

 

「おかえりなさいタクミ君」

 

「ただ・・いま?」

 

「あら、どうして疑問形なの?」

 

これまでおかえりなさいと言われたことがあまり無いためどうしても戸惑ってしまい、上手く返せなかった。

 

「いえ、パン屋って朝早いからもう寝てるのかなと思ってまして。あ、すいません冷蔵庫借りていいですか?」

 

許可を貰い、冷蔵庫に炭酸飲料と沙綾が食べやすいようなゼリー飲料やスポーツドリンクを冷蔵庫にいれた。

 

「沙綾の分のゼリー飲料とスポーツドリンク買ってきたんですが、沙綾は?」

 

それを聞いた千紘さんは首を振った。

 

「あの子にずっと無理させてるのよね。昔から、もっと自分の好きなことをやって欲しいんだけどね」

 

そう言って、目を伏せる千紘さんにどんな言葉を掛ければいいのか分からず戸惑うしかなかった。

ここで、責任を取れない言葉をかけれるほど俺は最低にはなれなかった。

 

「沙綾にもきっと支えてくれる良い人が見つかるよ」

 

亘史さんがそう言いながらこちらを見てくるが俺にはその言葉に頷けなかった。

 

「すいません、明日は早いですよね?俺シャワー浴びて早めに寝ます」

 

逃げるように着替えをもって風呂場に逃げ込みシャワーを浴びる。

昔、女性の先輩からお前は究極の女たらしだからそのうち背中刺されて死ぬぞと言われたことを思い出した。

 

「気のあるような態度を取って、傷つけて。そんなことしてるとマジで刺されるよな」

 

誰に言うでもない独り言だけが風呂場に響く。

 

 

風呂から上がり、リビングに戻ると千紘さんはまだ起きていた。

 

「寝ないと身体に悪いですよ千紘さん」

 

「沙綾のタオルを替えたりしないといけないのよね」

 

そう言って、マグカップにお茶を入れてくれた。

マグカップを受け取り、暑いお茶を冷やしながらちびちびと飲んでいく。

温かい煎茶を飲み息を吐いた。

 

「俺がやっときますよ。今日は、試合以外は結構寝てるので」

 

「けど・・・タクミ君に悪いわ」

 

「千紘さんが倒れたらまた沙綾が自分のせいだとか言い出しますよ。それに俺をもっと頼って下さいよ。亘史さんも千紘さんも」

 

前に千紘さんが倒れた時にも沙綾とだいぶ揉めたがあの時は昔世話になったからと一喝して何も言い返させなかった。

 

「タクミ君も結構頑固よね。じゃあ、お願いしようかな」

 

「頑固って言うよりは、千紘さんが心配だから言ってるんすよ」

 

立ち上がった千紘さんから湯のみを受け取り、自分のマグカップと一緒に洗う。

寝室に向かう千紘さんを見送りながら片付けをしていくと

 

「タクミ君 沙綾に手を出すなら静かにね。純と紗南が起きちゃうから」

 

「いや、出しませんよ!」

 

最後の最後に爆弾を落として寝室に向かう。

何故、知り合いの母親にはああも頭が上がらないのか不思議でしょうがなかった。

手を拭き、沙綾の氷嚢を変えるために二階に上がる。

ベッドに眠る沙綾の額から氷嚢を取り、頭を撫でる。

 

「お前は頑張り過ぎなんだよ。なんでもかんでも一人で考えこむのは悪い癖なんだからさ。もっと周りに甘えろよな」

 

「ん・・お母さん?」

 

頭を撫でていたせいか沙綾を起こしてしまったらしい。

すぐに手を退けて、ベッドの横に座り込む。

 

「悪いな。千紘さんはもう寝たよ」

 

「え、タクミなんでここに?」

 

「明日から1週間ここでバイト。それと、今日はもう遅いから泊まることになったんだ」

 

「ごめんね・・・お父さんと私のせいだよね?」

 

「謝るなよ。知り合いそれも昔に世話になった人達が困ってたら助けるのは当然だっての。それより、何か食べれそうか?」

 

「うん。少しお腹空いたかも」

 

「そっか、ならゼリー飲料とかあるから取ってくるよ」

 

階段を降りて、冷蔵庫から取り出したスポーツドリンクとゼリー飲料そして、ジンジャーエールを持ち部屋に戻ると、真っ白な下着姿で着替え途中の沙綾がいた。

 

「悪い。ノック忘れてた」

 

ドアを勢いよく閉め、沙綾が着替え終わるまで外で待つことしていると、中から呼ぶ声があった。

 

「いいよ、着替え終わったから」

 

無言でドアを開くと、そこにはベッドに頭まで布団を被った沙綾がいた。

再度、ベッドの横に座り込みゼリー飲料を取り出した。

 

「悪かった。ノックしとけば良かったな」

 

謝ったが、何も言わない沙綾に痺れを切らし、布団を奪い取るとそこには、顔を赤くした沙綾が最後の抵抗とばかりに手で顔を隠していた。

 

「きゃっ」

 

腕の隙間から見える首元が若干えろく見えるのは思春期だから仕方ないのだろう。

袋からキンキンに冷えたゼリー飲料を剥き出しの首元に押し付けると、可愛らしい声が出て笑ってしまった。

 

「恥ずかしがってないでないでさっさと食べて薬飲んで寝ろよ」

 

「私下着姿見られたんだけど」

 

ジト目で睨まれても素知らぬふりをしてゼリー飲料を開けて手渡すと不満気な表情で受け取り、口に含む。

その姿に笑いながら、ジンジャーエールを飲み始めた。

飲み終えたゴミを受け取り蓋を閉めもう一つ手渡した。

 

「・・・ありがとう」

 

「気にすんな」

 

無言の時間に耐えかねて、沙綾を見ると目が合い、すぐに視線を晒される。

 

「そんなに下着姿見られたことが 痛いな」

 

言い終えない内に顔に枕が当たる。

仕返しとばかりに枕を手に持ち、顔を埋めた。

 

「沙綾の匂いがする」

 

ちらっと沙綾を見るとまた顔を赤くして、口をわなわなしながらこちらを見ていた。

いや、本当弱ってる沙綾可愛いくて仕方ない。

ニヤニヤしながら再度顔を埋めると今度はペットボトルが飛んできて頭に当たる。

あまりの痛みに悶絶していると、ベッドから出てきた沙綾が枕を奪って戻って行った。

 

「最低 変態」

 

「沙綾。男ってのはみんな変態なんだからな」

 

「なんでそんなに自信満々で言うかな?」

 

「風邪引いてる沙綾を弄るの楽しいから。それに冗談言って笑って欲しかったかったんだよ。弱ってる沙綾も良いけど、いつも通りの沙綾じゃないとね」

 

食べ終わったゴミを受け取り、薬とお茶を手渡すと沙綾は無言でそれを飲んだ。

 

「さあ、飯食って薬飲んだら早く休め。みんなお前のこと心配してたからな。あと、喉乾いたらベッドの横にスポーツドリンク置いてるからこれ飲めよ。何かあったら電話してすぐに来るから」

 

ベッドに寝転がる沙綾が手を出してきた。

 

「ねぇ、タクミ 眠るまで手繋いでて欲しいな」

 

無言で差し出された手を握ると安心したように目を瞑った。

そして、静かに呟いていく。

 

「私はタクミに酷いこと沢山言ってきたのにさ、タクミは私が困ってたら絶対助けてくれたよね」

 

「俺が小学校通ってた時から沙綾や千紘さんと亘史さんには世話になったからな。恩は返さないと」

 

「普通ならあそこまで言われたら優しくはしてくれないと思うけどね」

 

「違うよ沙綾。俺はあの時救われたんだ。入学当初からランドセルじゃなくて、バックパックで身体の小さい小学生には全く合わないような

ぶかぶかの大人服しか着ないような変な奴に話し掛けてくれて。周りは誰も話し掛けてもくれなかったのに沙綾は違ったんだぜ」

 

小学校の時から周りとは格好が違っていたため周りの子供からしても異質で誰とも仲良くなれなかった俺にたまたま隣の席だった沙綾が話し掛けてくれた。人の優しさなんて知らなかった俺に優しさを教えてくれたのは氷川家と山吹家の皆さんだった。

それから巴達と話すようになり交流が広がった。

きっとあの時沙綾が話し掛けてくれなかった今の俺よりももっと酷い性格をしていたと思う。

だから、山吹家の皆さんには感謝しかない。

 

「私のお父さんとお母さんを取らないでだっけ?」

 

「うん、いつも遠足の時タクミがパンを弁当代わりにしてるのを見かねた母さんがタクミの分作ってくれて、最初はどうも思わなかったけど三年生になる頃にはなんで家族でも無いタクミに弁当作るんだろ?

なんで優しくするんだろうってずっと思ってたんだ」

 

「最終的には、弁当を顔にぶちまけられて私のお父さんとお母さんを取らないでって大泣きして走って行ったよな」

 

「あの時は、タクミにお父さんとお母さんを取られると思ってたんだー。今思えばタクミに優しくしてた理由なんて分かるし、我ながら酷いことをしたなって思うよ」

 

沙綾も沙綾で色々思う所はあったらしく、その心境が今語られたこの状況は少しだけ居心地が悪かった。

 

「そうでもないさ。あの時は、沙綾に申し訳ないなってずっと思ってたし、あの時は千紘さんや亘史さんに甘え過ぎだったと思うから」

 

「その後からは私達は全く話さなくなったよね。卒業してからもずっと、久々に話したのも私がバンド組んでドラム練習し始めた時だったっけ?」

 

「小5の時に同じクラスなったけど、あの時はすぐに問題起こしたもんな。久々に話したのも知り合いのスタジオであまりにもドラム下手くそだったから見るに見兼ねてな」

 

「けど、また話せて私は嬉しかったんだ。あの時のことお母さんに話したらお母さんとお父さんに怒られてなんでタクミに優しくしてるのかも説明されてちゃんと謝るように言われたのにさ。タクミと話すのが怖くてね。5年生の時も今更どんな顔してタクミに声かけていいか分からなかったんだよね」

 

あの時の俺は純粋に荒れていたというのもあっただろう。

それに、火種が飛んできて一気に引火したものだから酷い問題を起こしていたが、あの時は沙綾も沙綾で色々思う所があったらしい。

会話も無くなった5年間は彼女も俺に対する罪悪感があったのだろう。

 

「俺は別にあれで良かったと思ってるよ。もし、あの場面で沙綾と話してたら沙綾まで白い目で見られかもしれないからな。そんなことよりも俺は、バンドは二度とやらないって言ってたお前がまたバンドを組んで良かったよ」

 

バンドを組んでた時の沙綾はとても生き生きしていてとても楽しそうにしていた。それが、千紘さんが倒れてからは二度とバンドを組まないとまで言いだした日には頭を抱えたが今となっては要らぬ心配だったようだ。

 

「うん、香澄達には本当に感謝してる。みんなのおかげで私はまた好きな事ができるから」

 

「そっか。あの子達のおかげなんだな沙綾のドラムがまた聴けるのは本当に良い仲間に巡り会えたな。沙綾が楽しそうで良かったよ」

 

優しく頭を撫でると握られていた手にさらに力が込められた。

先程まで瞑っていた目は開きなにより決意に満ちていた。

 

「タクミは・・・私の気持ち気づいてるよね?」

 

「まあ、そう虐めてくれるなよ」

 

「私はタクミの事好きだよ」

 

唐突にこんな事を言い出すとは思わなかったため少しの間、ポカンとしてしまったがすぐに笑って誤魔化した。

 

「風邪引いてるとやけに素直になるんだな。早く寝ろよ沙綾が悪化したら大変だから」

 

「ねぇ・・・タクミは?」

 

「ごめんな・・・俺好きな人いるから沙綾の気持ちには応えられないよ」

 

ここできちんと断っておかないと後々沙綾を傷つけることになる。

これで良かったのだと自分に言い聞かせる。

花咲川も羽丘と同時期に共学化したんだから沙綾ほどの美人なら引く手数多だろう。

 

「そっか・・・そうだよね」

 

悲しそうな顔をされると、心が痛くなる。

結局、こういうところが俺をタラシにしてしまうのだろう。

悲しそうな顔をする沙綾のベッドに屈み込み頬にキスをする。

沙綾が先程より顔が赤くなり開いた口が塞がらなくなる。

沙綾の頭を優しく撫でて部屋を後にした。

 

 

 

 

タクミが出て行く直前に頬にキスをされた。

そのせいで、顔が熱くなって眠れなくなってしまった。

 

「告白断っておきながらあんな事されたら諦められなくなるじゃん」

 

スポーツドリンクを飲んで顔を冷やす。

あの憎ったらしい女タラシには元気になったら仕返しをしなとなぁと心の中で考える。

だが、何も浮かんでこなかった。

きっとこれも惚れた弱みなのかもしれないと思うとあんなタラシに惚れてしまった自分の迂闊さが知れる。

 

「本当に最低」

 

スマホを使ってタクミにメッセージを送ると少しだけ気分が晴れたので再度眠る事にした。

 

 

 

結局は、俺は本当に最低なんだろう。

これでは、背中を刺された所で何の文句も言えない。

空き部屋に用意された布団に寝転がり目覚ましをかけて寝ようとすると、手元スマホが光りメッセージを知らせてくる。

内容に、笑いながら既読だけつけて寝る事にした。

 

「悪かったな。最低で」

 

誰に対して言うでもなくそう呟いた。

きっと、明日からは忙しくなるだろう。

目を閉じれば試合で思ったより疲れていたらしくすぐにウトウトし始めて意識が落ちていった。




これとは別に過去の話も作ってはいるけど、いつ投稿するか分かりません。
沙綾ホント健気ですよね。
巴と沙綾マジ好きです。
二人がヒロインの作品増えて欲しいです。


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9話

一ヶ月投稿目標だったんですけど、遅くなりました。
それに完成度も良くないし、なんか出来はイマイチです。
そのうち修正入ります。



目覚ましの音で目を覚まし手早く朝支度を済ませて、得意のジーパンと半袖のシャツに着替える。

仮にもバイトをするのだから下手な真似は出来ないために気合を入れなおした。

痛い腰を抑えながら歩いて来る亘史さんに肩を貸しながら厨房に行き、椅子を用意して座ってもらう。

 

「すまないね。助かったよ」

 

「腰痛めてるんですから、少しは頼りにして下さいよ。転んだら大変ですよ」

 

後ろにいる、亘史さんに返事をしながら準備をしていく。

去年とやることは変わらない分手早く済ませることが出来たため、それほど時間は食わなかった。

 

「さて、今日からよろしく頼むよタクミ君」

 

「腰治るまでは任せて下さいね」

 

笑いながら言ってくれる亘史さんに同じく笑いながら返して、小麦粉を機械で練っていく。

昔は、手でやっていたのだろうが今のご時世機械化が主流だからやることといえば、パンの形を作る事くらいだろう。

文明の利器に感謝しつつオーブンの準備をしてチョココロネのクリームやパンの具材の確認をする。

流石は、人気パン屋さんパンの種類多さは伊達ではないらしい。

 

「あれからパンの種類増えましたね。具材の多さからしてだいぶ」

 

「沙綾の提案もあってね。チョココロネ同様とても人気だよ。おかげで新作を作るのに下手な物は出せなくなってね。お、生地も出来たようだね」

 

機械音がなり、生地が出来たことを知らせる。

取り出し生地をテーブルに運びだす。

 

「さあ、タクミ君。これからはお仕事の時間だからしっかり頼むよ」

 

「はい」

 

朝早くからの仕事は5時起床だがこの職場なら全く苦にならなかった。

パン作りを終え、オーブンにパンを入れ焼いている間に開店の準備を進める。

日が昇り、周りが少しずつ明るくなっていくなか早々と開店準備をするのはこの店くらいだろう。

手早くやる事を終えると、千紘さんが朝食の準備を始めていた。

 

「おはよう。よく眠れた?」

 

「おはようございます。ええ、よく眠れました」

 

「あのあと沙綾とシたのかしら?」

 

「さあ、どうでしょうね」

 

落とされた爆弾を上手く躱す。

いちいちウブな反応出来るほどガキではないのだから。

 

「沙綾はどんなです?」

 

「熱は下がってるようだけど、今日までは休ませることにしたわ」

 

「そうですか。熱が下がったなら良かったです。じゃあ、今日から1週間よろしくおねがいします」

 

一応この店では上司になる亘史さんと千紘さんに挨拶をしたことで今日が始まった気がした。

オーブンに入れたパンを取り出して次のパンが焼けるまでの間に手早く並べていく。

香ばしい香りに腹が刺激されて音が鳴るがこの香りの前では仕方ない事だろう。

店の看板をオープンにしてレジに入ると、すぐに客が来た。

流石は、人気のパン屋さんオープンしてすぐに人が沢山来るほど人気なんだと1人納得した。

沢山のお客様を捌きながら、亘史さんの指示でパンを焼き並べる。

 

「おやおや〜久々に働いている人がいますな〜」

 

「いらっしゃいませ。お出口はあちらになります」

 

彼女が入ってきた扉を指差し究極の営業スマイルを浮かべた。

 

「酷いな〜美少女なモカちゃんが来たんだよ〜。パンの3袋分くらいサービスしてくれてもいいんじゃないですか〜?」

 

「雇われ従業員如きがパンのサービスなんて出来る訳ないだろ。はあ・・・つぐにお土産渡してるから後でみんなで食べろよな」

 

「おお〜流石たーくんアタシが何を求めていたのか分かってるね〜」

 

そう言って、モカはトングとトレイを片手に店内を物色していった。

再度ベルの音が鳴り再度扉が開いたのでまた、営業スマイルで挨拶をする。

 

「いらっしゃいませ」

 

「ひっ」

 

いや、まさか営業スマイルを浮かべただけでここまでビビられてると思ってはいなかった。

来店したお客様はかつてしばいた連中ではなく沙綾のバンドメンバーの子で直ぐに後ずさりをして店の外に出ていく。

 

「おお〜誰かと思えばりみりんじゃないですか〜」

 

「あ、モカちゃん・・・その大丈夫なの?」

 

「ん〜たーくんのこと?」

 

やはり彼女は俺にびびっているらしい。

まあ、前に怖がらせたから仕方ないではあるけれど内心酷く傷ついてしかたなかった。

 

「あー。何もしないから大丈夫ですよ。なあモカ?」

 

「よよ〜モカちゃんにあんなことをしておきながら何もしてないなんてアタシは悲しいよ」

 

それを聴いた彼女は固まってしまった。

勘弁して欲しいこれ以上俺の評価を下げるなとモカを睨み付ける。

 

「えっと、モカの冗談ですから。本当に何もしませんから」

 

慌てて落ち着かせるが今の俺では確実に逆効果だろう。

横目で元凶にどうにかするようアイコンタクトを送った。

 

「いや〜りみりんごめんね〜さっきのはモカちゃんジョークだよ。たーくんは喧嘩強いし、ガラも悪いけど〜本当は幽霊と高い所が苦手な怖がりさんで超寂しがり屋さんだから仲良くしてあげてね〜」

 

それを聴いたりみりんという人は驚いてこちらを見る。

モカの必要ない暴露のせいで確実に俺のイメージががた落ちしただろう。

 

「モカお前今年の誕生日プレゼント無いと思えよ」

 

脅しの一言を放ち頭を下げる。

モカに対してではなく沙綾の友達に対してだ。

 

「この前は本当にごめんなさい。別に沙綾の友達がどんな子なのか気になってやっただけだったんだ。それで不快な思いをしたなら謝るし、詫びもキッチリと入れるから」

 

「あ、あの頭を上げてください。気にしてませんから」

 

「いや、本当にすいませんでした。怖がらせたことに対しては近々皆さんに謝らないといけないと思っていたので近いうちに今度は菓子折りでも持ってまた謝りに行きます」

 

慌てる彼女に頭を下げ続ける。

自分のやらかしたことをいつかは謝らないといけないと分かってはいるためそれを許してもらうには土下座も行う覚悟だ。

ゴミ屑の俺に必要なのはプライドではなく誠意だと思っている。

 

「ほんとに大丈夫ですから頭を上げて下さい」

 

そう言われてようやく頭を上げるがやはり罪悪感は拭えない。

どうでもいい奴らにビビられるのは正直気にしないが、知り合いの友人にビビられるのは迷惑になるからどうしても嫌だった。

 

「日高さんはなんていうか聞いていた感じと違うんですね」

 

「いや〜りみりんそうなんだよね〜。た〜くんはこう見えてさっき言った通りの人だよ」

 

怖がりで寂しがり屋なんて自分のイメージに合わない。

ヤンキーとして相応しい自分を演じなければならない。

弱い自分ではなく強い自分をそうしないと二人を助けきれないから自分は凶悪で凶暴なヤンキーとして有名なのだから。

 

「まあ、俺なんて所詮はただのビビリで寂しがり屋な奴ですよ。確かに怒ると見境無くすし、物凄く喧嘩っ早いゴミ屑みたいな奴なんですよ。馬鹿みたいだと思ったっすよね。こんな奴にびびってたなんて」

 

みんなが思うような奴じゃない俺なんてただの喧嘩が強いだけのベビーフェイスなんだ。

誰からも愛されない、誰とも仲良くなれない。

一人ぼっちの悪魔なんだ。

 

「笑える話でしょ?みんなが怖がる童顔の悪魔の正体はみんなが思うような奴なんかじゃあない。本当はこんな奴なんですよ」

 

大切な人を守るためにその昔自ら作った役割 文字通りロールプレイングを行なっていた結果今のベビーフェイスデビルの誕生なんだから笑ってしまう。

自虐的に言うと、真面目な顔をして彼女は首を横に振る。

 

「そんなこと無いと思います!朝に沙綾ちゃんから連絡があって聞きました。日高さんが働いてる理由。最初は本当に働いてるのを見た時は確かに驚きました。けど、私も何度か日高さんがここで働いているのを見た事ありますし、沙綾ちゃんのお父さんと沙綾ちゃんの為にアルバイトしてるって知ってます。そんな人を笑ったりなんかしません」

 

いや、まさかこうも反論されるとは思わなかった。

自虐ネタなんて仲間内でしか笑えないような事をここまで反論してくるとは思ってもみなかったし何より彼女とは昔に面識があったらしい。記憶には全く無いが。

そう言った彼女はトングとトレイを手に店内を物色して行くが、チョココロネが無いのを見ると目に見えて肩を落とした。

その姿で思い出した。

 

「ああ、思い出した。君アレでしょ山吹ベーカリーによく通うチョココロネが大好きで沢山買ってくれる子」

 

「えぇ今思い出すんですか?」

 

「いや、昔からモカともう一人よくチョココロネ買いに来てる子がいたけど、あの子が君か。ようやく一致したよ」

 

そう言いながら店の奥に入り、オーブンから出来たてのチョココロネを取り出して、棚に並べていく。

 

「大変長らくお待たせ致しました。こちら当店自慢のチョココロネでございます。焼きたてになりますので火傷の恐れがあります。ご注意下」

 

そう言い終わらない内にモカとチョココロネの子に退かされる。

念願の物をトレイに沢山載せレジに向かう姿を見て苦笑しながらも後を追いレジに入る。

 

「これがお釣りの400円とポイントカードが貯まりましたので、次回から使えるサービス券になります」

 

そう言って、ポイントカードとサービス券お釣りとレシートを営業スマイルを浮かべて手渡した。

今度はビビられず笑顔で受け取ってもらえてよかった。

今日は初出勤にしては無事に終わりそうな気がしていたのにと、そんなことを考えているとやはり茶々を入れくる奴がいる。

 

「ああ〜またたーくんが女の子を誑かして食べようとしてる〜。ダメだよりみりん。気を許しちゃうと本当に食べられちゃうよー。ウチのひーちゃんみたく」

 

「えっ!」

 

「モーカーお前なあ」

 

店内に落とされた爆弾は千紘さん以上の効果を発揮した。

主に威力は俺への評価のダウンへ特化した一撃が俺の上がった評価を地の底まで落とす一撃でもうノックアウト寸前となった。

 

「タクミお昼出来たから休憩だよって、モカとりみりんだ。いらっしゃい」

 

「おお〜誰かと思ったら被害者の会の沙綾だ〜」

 

「被害者の会って何の?」

 

「んー?たーくんに対するかな〜」

 

「おい、俺何もしてないぞ。まだ誰にも手出してないからな」

 

せっかくいいタイミングで逃げる為の助け船が来たのによりにもよって沙綾にその話を振るのかと思い反論する。

案の定悪い笑みを浮かべた彼女は泣いたふりをしながら話し始めた。

沙綾の話す内容に嘘は一切ない。

自分のタラシっぷりを話すものだから俺のメンタルは瀕死を超えたものだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「何不貞腐れてるの?」

 

「別に」

 

「嘘。そんな顔してる」

 

昼飯を食べながら沙綾の方を見ないで食べる。

まるで親に怒られ拗ねている子供のような状態だ。

 

「タクミにいちゃんなんで泣いてるの?」

 

「お兄ちゃんはね。沙綾姉ちゃんに虐められてるんだぁ。紗南からもお姉ちゃんにやめるよう言ってあげて」

 

純粋な紗南ちゃんに助けを求めるも頭に振り下ろされた拳骨で途切れた。

怖いくらい笑顔の沙綾が黙って拳を握る。

あまりの恐ろしさに口を閉ざす。

 

「りみりんに手出したら怒るよ」

 

「出さないって!俺まだ誰ともシてないからねホント」

 

何故こうも自分がドラムを教えた二人に頭が上がらないのかと疑問に思うが余計な事を言えば今度は更に恐ろしいことになるだろうと思い皿を片付け始める。

 

「もしかして俺は下に妹や弟がいる女性に頭上がらないのか?」

 

恐ろしい事実に気づいてしまい身体が震えた。

これじゃあ、紗夜さんや巴や沙綾に頭が上がらない訳だと納得した。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「千紘さん亘史さんは寝たの?」

 

1日の仕事を終え風呂を上がる頃には二人の姿は見当たらなかった。

リビングにいるパジャマ姿の沙綾にそう尋ねると首を振り二階を指差した。

 

「うん。お母さんとお父さんももう寝たよ」

 

「そっか・・・なんか悪いな。また泊めてもらって」

 

「ううん、純も紗南も喜んでるし私としても助かる」

 

昨日のことがあってからなんとも無いように振舞っているつもりだがどうも空気感がよろしくない。

それ以上の話題も出て来る筈もなく無言の時間が流れてしまい、居心地が更に悪くなる。

 

「なぁ」「あのさ」

 

「沙綾からでいいよ」

 

「タクミこそ」

 

沈黙に耐えかねて声を掛けるタイミングが被ってしまい互いに譲り合う。

調子が狂ってしょうがない。

溜息をついて話し始めた。

 

「まあ、なんだ・・・無理はしないでくれ。俺は周りの奴らが大変な時は手貸すしなんだったら問題が解決するような手助けはする。だから、なんだその・・・もうちょい頼ってくれ」

 

周りにはよく頑張り過ぎる奴らが多い。

そのくせ問題を抱えこんで誰にも相談しようとしないとこが1番厄介だ。

知り合いの赤メッシュの頑固な彼女の顔が浮かぶ。

あれはあれで抱え込むくせがあって厄介だし、めんどくさくてしょうがない。

 

「っぷ・・・何言い出すかと思ってたら今のタイミングでそれ言う?もうちょい違う言葉かけられないの?」

 

「俺だいぶ真面目な話してたんだけど笑うかよ普通!」

 

真面目な話をしていたら笑われたために昼間のように不貞腐れる。

そんなに真面目な話向かないのだろうかと疑問に思いながら注いだ麦茶を飲み干した。

 

「ねぇ、さっき言いたかったことなんだけどさ私たち合同ライブするだよね。だから、それ観に来て欲しいなって話なんだけど」

 

「合同ライブかなんかみんな合同ライブするんだな」

 

「みんなって?」

 

「いや、知り合いのバンド」

 

それぞれ知り合いが頭に浮かんでいく。

紗夜さんと日菜さんそれとAfterglowとこころのそれぞれが同じライブに出るらしい。

 

「そうなんだAfterglowともやるんだけどさ、その日観に来て欲しいなって思うんだけど・・・どうかな?」

 

「Afterglowともやる?なぁそれって5バンド合同ライブってやつ?」

 

「そうそれなんだけど、巴とかモカに聞いてた?」

 

「ああ、まあそんなとこ。その日は元々そのライブ観に行く予定」

 

「そっかそれなら良かった。けど、・・・タクミが来るなら下手な演奏出来ないよね」

 

「そうだな。巴と沙綾が下手になってたらしごき直しだ。スパルタ特訓になるから覚悟しろよ」

 

ドラムを教えた師匠として教え子が下手になっているなんて見逃せるはずもなく。笑いながらさりげなく脅す。

巴の練習にはたまに付き合うから実力は知れてるが沙綾のドラムは永らく見ていない。

久々に彼女の叩く姿が見れるということに嬉しさを覚える。

 

「んんー。そろそろ眠ろうかな。時間的にもう遅いし」

 

時間を確認すると時計は長針と短針が重なる時間帯になっており、眠るのにいいくらいの時間帯だろう。

布団のある別室に向かおうとすると、後ろから止められる。

 

「母さんが扇風機だけじゃ眠り辛いからってクーラーのあるアタシの部屋に布団運んでるよ」

 

「は?いや、いやいや沙綾の部屋で俺眠るってのは流石にまずくないか?」

 

「別に・・・私は気にしないけど」

 

顔を赤くして言われても反応に困る。

疲れたからで今更布団を下に下ろすのもめんどくさくてしょうがない。

 

「沙綾が良いならいいや。俺疲れたし、明日も早いから」

 

無言で二階に上がり、沙綾の部屋に上がる。

沙綾の後に続き部屋に入ると、暗い部屋でパジャマから出る生足や腕そして結んだ髪から見える頸の白さが際立っていて、生唾を飲み込むと同時に食指が動く。

どうしようもない獣欲が身体を突き動かし、電気をつけようとする沙綾の背中を後ろから抱きしめる。

後ろから抱きしめたことにより沙綾の髪からシャンプーの匂いが広がった。

 

「え、ちょっとタクミ急にどうしたの?」

 

沙綾の声は耳に届くが今の自分には響かなかった。

抱き締める華奢な身体の温かさに思わず涙が出てしまう。

 

「ごめんな」

 

腕に籠る力を緩めて沙綾を話すと手探りで布団を敷き被る。

電気をつけた沙綾がクーラーの電源を入れる音がするが怖くて顔も見れなかった。

電気が消え布の擦れる音が鳴り、背中に人の温かさを感じて思わず振り返ると沙綾が一緒の布団に入って来ていた。

 

「なんで同じ布団で寝るんだよ。ベットに戻れよ」

 

そう言うと同時に無言で抱きしめられた。

胸板に当たる女性特有の柔らかさと身体が先程と同じように密着したことで心拍数が上がり、顔に熱があるのを感じた。

 

「ホントなんなんだよ」

 

「・・・なんとなくかな?なんかタクミが震えてたから」

 

「震えてなんかない!」

 

「嘘!抱きしめた時に絶対に震えてたよ。ねぇ、どうかした?」

 

「・・・なんとなくだよ。人肌が恋しくなっただけさ」

 

嘘をついた。

たまに夢を見るんだ。

周りから色んな人が一人また一人と離れていく。

最後には紗夜さんと日菜さんまでもが離れ行き、それを必死に追いかける。

その夢を見る度にあの時の喪失感をまた感じると思うと怖くなってしまう。

酷くみんなに依存しているからこそ1番恐れることだ。

だから、みんなに気のあるような態度を取って手元に置きたがる。

とても悪い癖で最低な行為だ。

さっきは手っ取り早く抱いてしまえばいいと思ったんだ。本当に我ながら最低なことをしたと思うよ。そうすることで沙綾は離れていかないと思ったんだからさ。

無言になる沙綾をよそに抱き締める手を無理矢理外し反対の方を向く

なんて浅はかで単純で寂しがり屋なんだ。

獣欲に身を任せかけた結果がこれだ。

大会で罪悪感が心を擦り減らし、思考能力すら落ちたせいだ。

そんな風に考えていると今度は先程よりも強くキツく後ろから抱きしめられた。

暗闇のなかで目がまともに見えないなか布の擦れる音だけが鳴る。

 

「何考えてるかわからないけどさ、私はタクミの味方だよ」

 

暗闇でそう耳元で囁く彼女の優しさが身に染みる。

先程まで昂ぶっていた獣欲がなりを潜めているため酷く心に刺さる。

 

「なんだよそれ。意味わからないっての」

 

そう言って目を瞑ると、背中に当たる沙綾の胸から心臓が速く脈動するのが伝わる。

何だかんだ言っても彼女も緊張しているのだろうと笑ってしまった。

 




leef様 ☆10 ありがとうございます。

なんかちょっと低迷期に入っておりますが、次回はもう少しマシなレベルになるよう頑張ります。

感想 評価 お待ちしております。


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10話

お久しぶりです。
半年以上経ちましたが、亀更新なんで勘弁してください。
アンケートとったら主人公の紹介あった方がいいらしいんで考えてそのうち書きます。


「ねぇ、本当に良かったの?」

 

「別に良いから早く行けよ練習遅れるぞ!」

 

玄関の前で不安そうな顔をする沙綾を見送り、仕事に取り掛かる。

今日でちょうど一週間になり、もはや慣れてきた仕事をこなすのは難しくはなかった。

 

オーブンからパンを取り出して店頭に並べてレジに入れば商店街の馴染みのお客さんへの対応とパンの量を見極めて、厨房に入りパンを焼く。

やる事は基本的に変わらないし、何より引越し業のバイトよりは疲れないのでとても良かった。

 

「亘史さん腰大丈夫ですか?」

 

「ああ、タクミ君のおかげもうすっかり良くなったよ。本当に一週間ありがとうね」

 

「いや、俺は日頃の恩を返してるだけですよ。それにこの店のパンは大好きですからね。困ってたら手を貸すのは当然ですよ」

 

パンをオーブンに入れる亘史さんの様子を見ていたが、もうぎっくり腰も治っているのだろう。

腰を痛める前のようにしっかりとした足取りで業務に勤しむ姿を見て安心していると、困り顔の千紘さんがこの店のパンを詰めている袋を片手に厨房に入ってきた。

 

「あ、タクミ君お願いがあるんだけどいいかな?」

 

「はい!全然構わないですよ」

 

「これ、沙綾や香澄ちゃん達への差し入れなんだけど、あの子忘れていっちゃったみたいでね。これ届けてもらえないかしら?」

 

「えっと、それはいいんですが・・・届け先は近くのスタジオとかですか?」

 

「うんうんそうじゃなくて、流星堂って分かる?」

 

「流星堂・・・確か坂を登った所にある質屋ですよね?今時の質屋って練習スタジオもしてるんですね」

 

「違う違う。そこが有沙ちゃんのお家で蔵の中で練習してるらしいのよね」

 

「蔵で練習って・・・なんか想像出来ないけど、凄いですね。まあ、場所は分かったんでその差し入れ渡して来ます」

 

「ありがとう。ああ、そうだお駄賃渡しとかないとね」

 

「いやいや、こんな事でお金もらえませんって流石に。たかだか、お使いみたいなものですよ」

 

「けど、お願いする訳だし」

 

「なら、そうですね・・・・今日の晩飯ご馳走になるってのがお駄賃代わりってことじゃダメですか?」

 

どうせあの家に帰っても晩飯は無いと分かりきっているのでお駄賃の代替案としてそのことを提示した。

その方が俺にとって気が楽だし、何よりもう少しだけこの家族の温かみに触れていたいという気持ちもあったからだ。

 

「じゃあ、行ってきます」

 

パンの入っている袋を片手に外に出ると、ものすごい暑さが肌に刺さる。

バイクや車があればすぐなのだろうが生憎そのような乗り物どころか免許すら持てる歳ではない。

茹だるような暑さの中そんなことを考えていると、和菓子屋が目に入った。

 

「昔、流星堂行ったけどものすごい和風な感じだったんだよな。手土産がパンだけってのも味気ないしな」

 

そう思い店で売られている商品を物色し始めると、とても目立つものを見つけて笑みが零れた。

 

「おじさんこれ二箱ちょうだい。あ、袋は一緒でいいから」

 

「まいどあり。そうだ、タクミ君八百屋の親父さんがボクシングの優勝の話聞いて大喜びしてたから顔だしてあげろよ」

 

「あーやっぱり顔出さないとまずいすよね?最近顔出してもなかったから流石におつかいの帰りにでも顔見せに行きます」

 

「そうしときなよ。飲み屋で最近顔見せに来てくれないなんて愚痴は聞きたくないからな・・・と、はいお待ち。ああ、お代は良いよ。ウチの店からの優勝祝いだ」

 

「お、ラッキー!やっぱ優勝してみるもんでね。みんな普段より優しくして貰えるんですから。じゃあ、ありがとうございました」

 

商店街は昔世話になったおかげか顔馴染みが多い。

これもジムが定期的に地域のイベント事に取り組むことが多いというのもあるからだろう。

手土産と差し入れの二つを持ち、流星堂に向かってまた歩きだした。

 

 

 

 

 

道中貼られた星のシールの道を進み、長い坂を越えやっと辿り着いた。

流石にいきなり敷地内に入るのはまずいと思い、表にある流星堂に向かった。

扉を開けると鈴の音が鳴り、様々な骨董品や音楽機材などが並んだ店内に足を踏み入れた。

 

「すいませーん」

 

「はいはい、只今」

 

ゆっくりとした足音と共に奥から市ヶ谷さんのおばあさんと思われる女性が現れた。

 

「ご購入でしょうか?」

 

「あ、いえ違いまして・・・その市ヶ谷有咲さんに用があるんですが御在宅でしょうか?」

 

「あら、有紗に男の子のお友達がいたなんてねぇ。有紗なら蔵で練習してるわ。案内しましょうね」

 

「ありがとうございます」

 

お礼を言って頭を下げ外に出る市ヶ谷さんおばあさんの後を追うと、裏手には立派な蔵が建っていた。

 

「有咲お友達が来てるわよー」

 

「友達?一体誰だよばあちゃん・・・ってなんでお前がここに居るんだよ!」

 

おばあさんの呼び掛けで蔵の地下から上がってきた市ヶ谷さんが指を指しながらそう叫ぶ。

 

「市ヶ谷さんあまり人に指を指すのは行儀がよくないよ」

 

「そうよ。有咲お友達にお前呼びなんて失礼でしょ」

 

「いや、そうだけどそうじゃなくて!ばあちゃんなんでこんな奴上げたんだよ」

 

「あら、有咲のお友達なんじゃないの?有咲に用があるってウチの店に尋ねて来てたのよ」

 

「いえいえ、おばあさん僕と有咲さんはとても仲の良いお友達ですよ。あ、そうだ これつまらないものですがどうぞ」

 

「あら、わざわざご丁寧にどうも。お茶入れてくるからごゆっくりしていって下さいね?」

 

「ああ、いえお構いなく」

 

形式通りのやり取りをして市ヶ谷さんおばあさんが去って行くのを大層不満顔の市ヶ谷さんと騒ぎを聞きつけて様子を見に上がって来た残りのメンバーと顔を合わせる。

 

「じゃあ、上がっていいかな?」

 

「言い訳ないだろ!カチコミに来たならさっさと帰れ」

 

「まあまあ、そんな事言わずに。ほら、ちゃんと手土産も持ってきたし、ちゃんと菓子折りも道中買って来たんだからさ話くらい聞いてよ」

 

「・・・せっかくばあちゃんが茶入れてくれるんだ。飲んだらさっさと帰れよ」

 

店で購入したミッシェル最中とやまぶきベーカリーのパンを手渡すと渋々と言った様子で納得したようだ。

てか、カチコミは今時ねぇよ市ヶ谷さん。

そんなこともを思いながら蔵に戻る市ヶ谷さんの後を追い、蔵の地下へと入って行った。

 

 

 

 

「ごめんね。パン持ってきてもらっちゃってさ」

 

「いや、いいよ気にしなくて。これも仕事みたいなものだから」

 

申し訳なさそうに謝る沙綾に、笑ってそう言った。

蔵の地下には冷房の効いた空間が広がっていた。

そして、目の前には不満そう腕を組む市ヶ谷さんとパンを物色する残り三名を見まわした。

 

「お茶飲んだら帰るからそんな睨まないでよ。別に報復行為だとかそういうのはしないよあれくらいで」

 

「信用出来ると思えるのか?」

 

「まあ、出来ないよね」

 

苦笑いして、両手を挙げ何も持ってないというアピールをした。

それを見て市ヶ谷さんはため息を吐く。

 

「それ飲んだらさっさと帰れよ」

 

「分かってるよそのつもり」

 

「あ、このモナカ食べていい?」

 

「ああ、どうぞ戸山さん一応手土産だからみんなで食べて味は保証するよ」

 

「わぁ、めっちゃすごい。ミッシェルの形してるー」

 

「りみーチョココロネもあるよ」

 

「ちゃんとみんなの分あるんだからゆっくり食べよ。ね?」

 

それぞれがパンやモナカを手に取る中、立て掛けられたベースやギターそして奥にあるキーボードとドラムに目を向けた。

先程まで練習中だったのだろうアンプのスイッチが入ったままで放置されていた。

席を立ちアンプのそばに寄って、スイッチを落とした。

 

「このランダムスターは誰のかな?」

 

「ハイ!私のです」

 

「元気がよろしくて結構だけど、アンプの電源を入れっぱなしにするのは感心しないな。せっかくの良いアンプも中のコンデンサが摩耗したら修理しないといけないから大変だよ」

 

席に着き、入った麦茶を飲もうと手を伸ばして止まる。

 

「・・・何?」

 

無言でみんなにこちらを見つめられると、流石に困り果てる。

別に何かおかしなことを言った覚えはなくて首を傾げる。

 

「やけに、詳しいんだな」

 

「昔教えてもらったし、機械いじりを仕事にしてる仲間に色々教わってるんだ。俺みたいなのは手に職ないと雇ってもらえないからな」

 

昔は、プロボクサーになるつもりはかけらもなかったし、高卒で仕事に就くつもりだったってのもあったからだ。

 

「ドラムの方はもっと詳しいけどね」

 

「なんで、沙綾が自慢気に言うんだよ」

 

「え、ドラムも詳しいんですか?」

 

「アタシにドラム教えてくれたのタクミなんだよね。分かりやすいし、ドラム自体もとっても上手かったよ」

 

驚く牛込さんに自分の事のように言う沙綾に苦笑しながら続けた。

 

「お前に叩いてるとこ見せたのは、基礎くらいだからな。本気で叩いてるのは動画で見せたやつくらいだろ」

 

その昔まだドラムをやめる前くらいだろう。

たしか、巴にドラムを教えるために動画を撮ったのをそのまま沙綾に見せた筈だ。

 

「ねぇ、日高君に私たちの曲聴いてもらわない?」

 

「はぁ?香澄お前本気か?」

 

「あ、いいかも」

 

「ちょま、おたえまで」

 

「わ、私もいい考えだと思うよ。だってCircleでのライブに向けて色々感想とか聞きたいし」

 

「りみまで・・・確かにそうだけどよ」

 

チラッとこちらを見る市ヶ谷さんと目が合う。

肩を竦めると、ため息をつかれた。

 

「沙綾はどうなんだ?」

 

「うーん・・・私はちょっと怖いかな。久々にドラム聴かせる訳だし昔教えてもらった時からかなりブランクあるから前に比べて下手って言われそうでって痛い痛い痛い」

 

そう言う沙綾の頬を引っ張た。

 

「いいか沙綾。俺は別にお前がドラム下手になったからって文句は言わない。せいぜい今のお前に合う練習の仕方を伝えてやる程度だ。だが、そうやって今の自分の音を卑下するのは良くない」

 

頬から手を離し、今度は頭を撫でる。

少しだけ頰に赤みが差したのは頰を引っ張たからだろう。

 

「いいか?俺はお前の音が好きだ。その気持ちを踏み躙るのは止めろ。それに前の音は前のメンバーと一緒に作りあげたもので、今の音は今のメンバーと作り上げたものだろ。それを比べる訳ないだろ。今のお前の音を俺は聴きたいんだから下手になったとか考えてんじゃねぇよ」

 

「・・・好きなのは音だけなんだ」

 

「さあ?どうだかな」

 

口を尖らせて答える沙綾に目線を逸らして答えた。

馬鹿みたいに一生懸命語ったせいで頰に熱が差し周りの視線が気になって壁を見てて気を紛らわした。

 

「それでイチャついてるとこ悪いけど、沙綾はやるのか?」

 

「別にイチャついてはないけど、ここまで好きだって言われたらやらないとね」

 

「ったく仕方ない。じゃあ、さっさとやるぞ」

 

それぞれが各自の定位置について、アイコンタクトを交わし始める。

沙綾のカウントで始まるその曲は技術的に見ればお世辞にもとても上手いという訳でもないが何か引き込まれるようなものを感じた。

音楽を心の底から楽しんでいるのだろう。

顔を見れば分かるなんて言えるほど人の心が読める訳では決してないけれど、彼女達の表情を昔の記憶に残る表情と被る。

なんとも言えない気持ちが心にだけ残った。

 

 

×××

 

 

 

「じゃあね、みんな」

 

「気をつけて帰れよ」

 

「みんなで泊まれたら良かったんだけどねー」

 

「仕方ないよーりみりんは明日用事あるみたいだし、沙綾は家の手伝いあるんだから」

 

「ごめんね。また、今度みんなで泊まろうねおたえちゃん」

 

「うん。その時は、おっちゃんも連れて来る」

 

「いや、連れて来るなよ」

 

女子トークが繰り広げる中笑いながら切り出した。

 

「じゃあ、またねみんなの曲良かったよ。次のライブの時行く予定だから。またその時にね」

 

「げっ、お前来るのかよ」

 

「一応ね、まあ今日聴けなかった曲も聴けるだろうから楽しみにしてるよ。じゃあ、俺はこれで」

 

先に歩き始めると、別れの挨拶をした沙綾が早歩きで付いて来た。

横の沙綾のペースに合わせて歩調を落とすと、横で笑う声が聞こえてきた。横を見ると、笑う沙綾と目が合う。

 

「んだよ?」

 

「べっつにー」

 

そう言って、身体を寄せて来た。

溜息を吐きながら、優しく手を引き自分の左側である歩道側に誘導すると、また笑いだした。

 

「タクミって本当優しいよねー」

 

「お前みたいに世話になってなかったら絶対優しくはしないけどな」

 

そう言った直後今度は、手を握られる。

このなんとも言えないどうしようもないくらい甘い空気感に思わず顔を顰める。

 

「暑いからあんまくっつくなよ」

 

「でも、手振り解かないんだね」

 

「うるせ」

 

帰り道を共にしながらドラムの練習方について少しだけ話した。

その日の夕食はこの一週間の中でも一番温かった気がしたのはきっと気のせいでは無かったんだろう。

 

 




デレステとミリシタにハマりました。
デレステは飛鳥君推しでミリシタはジュリア推しです。
もう少し頻度上げれるよう頑張ります。


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11話

紗夜さんとタクミの仲をあまりにも拗らせ過ぎると読者が読みづらいと思うので、読みやすく尚且つ暗すぎない程度の作品にするため頑張ってます。
そのうち設定変えます。
氷川家と日高家は隣同士って設定ですけど、あとあとのストーリー構成にちょっと影響でそうなので


「お疲れ様でした」

 

「ご苦労様タクミ君。今からみんなでラーメン食べに行くんだけど、どうかな?」

 

「すいません、俺今日はパスで」

 

「そっか、じゃあ今日はご苦労様。バイト代はいつもの口座に振り込んでるから」

 

「分かりました。じゃあ、お疲れ様でしたー!」

 

バイトの引越しの仕事を終えて、会社の方に挨拶して出る。

この会社はシャワー付きで助かる。

汗だくで帰るなんてまっぴらごめんだし、何より夏休み期間中はジムの時間以外空いてるのでバイトで多く稼げるし家に居なくて済むというのは大きかった。

バックパックを背負い直し、商店街に向かう揚げたてのコロッケの香りがしていて、食欲を誘う。

今日は夜出なくてはならないから軽く摘んでからでも良いだろうと思い財布の中身を確認していると荷物を抱える集団の姿が見えた。

靴紐を固く結び直して走り出した。

 

×××

 

 

 

 

「どうも皆さんお疲れ様です。それとなんでドラムセット一式運んでるんですか?」

 

「あ、タクミじゃん!バイト帰り?」

 

「ああ、どうも今井先輩!引越しのバイトしてたんですよ。時給の良さとシャワー付きで筋トレにもなるから結構良いんですよね。それで、どうしてみんな揃ってドラム運んでるんですか?」

 

「ドラム組は自分達の使うことになったから各自で運ぶことになったんだけど、流石にライブ近くてな。分担して運ばないとさすがに無理があるんだよ」

 

そう笑いながら巴は話してるがどうみても巴とひまりとあこちゃんと今井先輩だけで運ぶには大変だろう。

 

「夜から予定あるからそれまでなら空いてるけど手伝おうか?大変だろこの人数で運ぶのは」

 

「お、いいのか?助かるぜ」

 

「まあ、世話になりっぱなしだからこういう時にでも恩返しはするさ。

あこちゃんそれ俺が持つよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

受け取ると、あこちゃんは巴の後ろに隠れた。

まあ、悪名高い奴を目の前にしてるのだから仕方ないではあるが傷つくものは仕方ないだろう。

 

「コラ、あこ持って貰ったのにそれはないだろ」

 

「巴いいんだよ、別に気にしてないしぶっちゃけ仕方ないよ」

 

抱えた荷物を持って先に行こうとするが、足を止めた。

 

「それでこれ、どこ持ってけばいいの?」

 

その場は笑いに包まれたが、なんとも言えない俺の気持ちをどうすればいいのか分からなくなかった。

 

 

×××

 

「笑ったことは悪かったからさそんな拗ねるなよー」

 

「俺親切心から手伝おうと思ったのにさーそうやって笑われたら萎えるっての」

 

「まあ、仕方ないよ。circleの場所知らないもんねー」

 

「でも、あんなにカッコつけておきながら荷物運ぶ場所わからないってのは締まらないよねー」

 

せっかくの今井先輩のフォローをひまりの一言が打ち消す。

別にカッコつけたかった訳ではなかったけど、地味に傷付く。

 

「みんなおかえりーあ、タクミ君に手伝って貰ってたんだね」

 

「なあつぐー聞いてくれよ。俺せっかく手伝おうと」

 

したのにと言い終わらない内に言葉を切る。

ああそうだ今井先輩やAfterglowが揃ってるってことはあの二人もいるのは当たり前だった。

笑ってる日菜さんと顔に影が差した紗夜さんを見て少しだけ胃が痛くなる。

 

「え、タクミ君どうかしたの?」

 

「ああ、いやなんでもないよ。少し気になったことがあっただけだからそれで、このドラムはどこに運べばいいの?」

 

「えっと、それはあっちに運んでおいて!それと、降ろす時は気をつけてね」

 

ドラムセットを下ろして組み立て始める。

巴が手早く組み立てていくなか、俺の手は止まり二人の様子を伺う。

それを見兼ねた巴が声をかける。

 

「そんなに気になるなら声掛けたらどうだ?」

 

「いや、俺嫌われてるだろうし、

 

言い訳を口に出すとそれを遮るように巴は言った。

 

「あーもう、うだうだ言ってないで早く行ってこいよ!骨は拾ってやるから」

 

「・・・うだうだって宇田川だけにか?」

 

そう言うと、ケツを蹴られた。

我ながら最悪なジョークで怒られたので次にでもつぐの家のケーキの一つでも奢ろうと考えながら二人の元に向かう。

何時頃からか仲良かった筈の二人の間にも溝が出来た。

かつてのカストルとポルックスは今では頼朝と義経のような状態かという皮肉が頭を走る。別に頼朝と義経は双子ではないけれどどれをとっても争いで兄弟の片方は死んでるのを思い出して自分の思考に嫌気が差した。

すると、前で困ったような表情で二人を見つめる見知った顔を見つけた。

 

「大和先輩どうかしたんですか?」

 

「え、日高さんどうしてここにいるんですか?」

 

「俺Afterglowとは知り合いなんでその手伝いでドラム運びにきただけですよ。それより、日菜さんと紗夜さんに用があるなら声掛けたらどうですか?」

 

二人に声を掛ける勇気が出ないので大和先輩に行かせようなんて悪い考えが浮かび、促す。

 

「いえ、用があるのは日菜さんなんですけど姉妹同士でお話ししてるようですので終わってからにしようと思いまして」

 

ああ、残念なことに作戦はどうやら失敗に終わったらしい。

大和先輩が声を掛けないなら自分で行くしかないのだろう。

ちょうど大和先輩が呼んでいるという要件があれば二人の会話も少しだけ途切れるだろう。

 

「俺が呼んできますよ。あの二人とは一応従姉妹同士なんで」

 

「え、そうだったんですか?なら、お願いしますね」

 

そう言って、戻って行く大和先輩を見送り改めて勇気を振り絞る。

試合以上に緊張してしまうのはやはりあの二人に対して負い目を感じているからなのかもしれない。

心臓の高鳴りを抑えながら二人に声を掛けた。

 

「でね、彩ちゃんがとってもるんってしたんだー」

 

「そう。・・・丸山さんに迷惑をかけないようにね」

 

「あの、日菜さん。大和先輩が用があるから来て欲しいって言ってましたよ」

 

「あ、タクミも来てたんだー。麻耶ちゃんが呼んでるならアタシ行かないとお姉ちゃんタクミまた後でねー」

 

そう言って、大和さんの元へ向かう日菜さんを見送る。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

二人っきりとなり会話が止まり間があく。

先程とは別で今度は胸にチクリとした痛みを感じ始めた。

 

「「あのっ」」

 

「紗夜さんからどうぞ」

 

「あなたこそ」

 

「「・・・」」

 

間に耐え切れなくなり、声を掛けようとすると被ってしまい互いに譲り合うがやがて紗夜さんが小声で話し始めた。

 

「・・・ありがとう。日菜と私のこと見兼ねて声を掛けてくれたのでしょう」

 

「まあ、俺は人の考え読むの得意なのでこれぐらい当然ですよ」

 

「そう」

 

「「・・・」」

 

また、二人の間に沈黙が広がる。

なんとも言えない空気感が少しだけ嫌になる。

 

「この前の話なんだけど、いいかしら?」

 

「あー外行きませんか?バイト終わったばかりなんで喉渇いちゃいまして」

 

左耳の塞がったピアスの穴を弄りながらそう言った。

この前の話という、今井先輩たちをナンパから助けたときの話だろう。

外に誘ったのは緊張して乾燥した口内が水分を求めているし、なにより少しだけ心を落ち着かせたかったから。

 

「紗夜行ってきなよ。さっきから休憩してなかったんでしょ」

 

「じゃあ、少しだけ休憩をもらいますね。後のことはお願いします今井さん」

 

そう言って、外に向かう紗夜さんの後を追うように外に向かった。

 

 

×××

 

「ホットコーヒーとブレンドティーが1点ずつお会計は以上でよろしいでしょうか?」

 

「大丈夫です」

 

「以上で490円になります」

 

そう言われて、財布から千円札をカルトンに置いて小銭を探す。

 

「自分の分くらい自分で払うから」

 

「気にしないで下さい。俺今日バイト代入ったのでドリンク代くらい持ちますよ」

 

そう言って、残りの90円を紗夜さんがお金を出す前にカルトンに置いた。

お釣りとドリンクを受け取り財布をポケットに仕舞い込んだ。

 

「それで、話ってなんでしたっけ?」

 

「・・・今井さんと湊さんを助けてくれた話です。あの時は一方的に話も聞かず喧嘩をしてなんて怒鳴ってすいませんでした」

 

頭をテーブルにぶつけそうな勢いで下げる紗夜さんに驚きながら熱々のブレンドティーを一口流し込む。

それだけで乾いた口内は潤い少しだけいつもの調子に戻ってきた気がした。

 

「そんなことだったら謝らなくて良いですよ。俺全然気にしてないですから」

 

「けど、私の勘違いで一方的に怒鳴っておきながら謝らないのは私の気がすまないから」

 

「嫌味みたいに聞こえちゃうかもしれないですけど、あの後今井先輩か湊先輩から訳を聞いたんですよね?」

 

「ええ、聞きました。喧嘩どころか暴力も振るってなかったと」

 

「・・・俺ボクシング始めてからは喧嘩はしなくなったんですよ。そんなことしてたらジムに迷惑かけちゃいますから。まあ、それ以前に俺に立ち向かう奴が居なくなって喧嘩にならなくなったってのが正しいのかもしれないですけど」

 

ボクシングを始めた当初なんてあのベビーフェイスデビルがボクシングを始めたらしいという話でもちきりだったし、元の強さと人間関係も相まってか喧嘩の対象として見られることも無くなっていた。

 

「紗夜さんは前にボクシングのこと野蛮なスポーツだなんて言ってましたよね。まあ、世間体からみても野蛮に見えるのは否定しませんが俺はそれに自分の存在価値をすべて賭けてるんですよ」

 

将来の夢どころかやりたいことすらない俺にとってみればいつだって紗夜さんと日菜さんの二人は眩しくて仕方なかった。

そんな二人は周りからも頭一つ飛び抜けてたし、それが原因で色々あったからこそ自分ぐらいはそんな二人の横に並び立てるようになりたくてボクシングを今は頑張っている。

そんな言葉は決して口にすることは出来なかった。

日菜さんのことを紗夜さんは負い目に感じているからそんな事を言えば嫌な思いをさせるのは目に見えている。

 

「大袈裟に聞こえるかもしれないけど、俺にとってみればそんな野蛮なスポーツに全てを賭けてるんです」

 

「・・・」

 

沈黙が流れてまた、間があく。

熱々だったブレンドティーも冷えて飲みやすい温度になっていて居心地が悪くなりそれを飲み干した。

 

「あなたがそこまで言うのなら私もきちんと応援しないといけないのかもしれないけど、・・・私にはそんな資格ないんでしょうね」

 

「え?」

 

「・・・嫌なことがあると左耳のピアスの穴を弄る癖があるからね」

 

「・・・そう・・・ですね。出ちゃってました?」

 

「ええ、私がこの前の話を持ち出した時に無意識にね。あなたはやはり口うるさい私のことを・・・嫌ってるのでしょ。散々当たって、散々傷つけてきたし、ドラムのことだって!」

 

そう言い切らない内にすぐに否定した。

 

「それは違います!・・・俺は紗夜さんのことを嫌ってなんかいないです。ただ、・・・怖いんですよ。大事なものほど壊れやすいから今の関係もいつかは壊れるんじゃないかって、いつかは昔みたいに周りから誰も居なくなるんじゃないかって」

 

そう苦笑しながら、空のカップを片手に席を立ち上がる。

 

「改まって話されたりすると、距離感じるんです,俺どう頑張っても友達出来ないし、人に好かれないんで紗夜さんと日菜さんにそんな風に距離置かれたらさすがにショックで3日は寝込んでる自信すらありますからね」

 

「・・・それぐらいで3日寝込むって言い過ぎじゃないかしら?」

 

「とにかく俺はそれくらい紗夜さんと日菜さんが大好きだってことなんですよ!・・・ああ、恥ずかしいですね改めてこんなこと言うのも」

 

火照った顔を冷やすように顔を手で煽ぐ。

恥ずかしい思いが込み上げてくるのを誤魔化すように空のカップを投げると放物線を描きながらゴミ箱に綺麗に入った。

 

「じゃあ、俺は先に戻りますね。流石に手伝うって言った手前ゆっくりはしてられないんで」

 

そう言って、先にライブハウスに向かって歩きだしながら、胸元のネックレスを強く握り締める。

これはまだ、紗夜さんと日菜さんの2人の仲が良かった頃に貰った誕生日プレゼントで、それは自分にとってかけがえのない宝物だった。

そして、そのネックレスに再度決意を込める。

 

 

 

「俺は絶対2人がきちんと向き合えるように頑張るから」

 

 




つよぽんぽん様 ☆8評価ありがとうございます。
感想評価お待ちしております。
アドバイスはとっても欲しいです!
あと、出来たらこの話の中で一番どの話が好きだったとか教えて欲しいです。

少女☆歌劇レヴュースタァライトのラ・レヴュー・エターナルの収録曲めっちゃ良いですね。3rdライブ行きたかったけど、行けなかったので曲だけでも聴いて気分に浸りながら3rdライブ振り返り放送を楽しんでました。
夢大路姉妹とクロディーヌのゼウスの仲裁のあいあいさんのポン酢の所とか他にも色々観たいのでブルーレイ購入を検討中です。


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12話

久々に書いたら長くなりました。
てか、多機能フォーム使い方がよく分からなくて傍点の振り方がよく分からず出来ませんでした。
沙綾のメインヒロイン化が進んで来た気がする。


「で、俺が手伝えることある?ないなら帰るけど」

 

「ん?やることなら沢山あるぞ。機材の設置からビラ配りまでやることに溢れてるからな!」

 

「ビラ配りとか勘弁な。流石に俺から受け取ってくれる人なんて商店街の人達くらいだから」

 

ヤンキーが配ってるビラなんて基本的に受け取りたくもないだろうし、何より人が逃げる。

ああいう仕事は向いてる人間がやるに限るからな。

 

「ただいまーみんな進捗の方はどうかな?」

 

「あ、まりなさん。お疲れ様です」

 

「お疲れ様巴ちゃんっとあれ、新しい子だね。巴ちゃんの彼氏さんかな?」

 

「いや、違いますよ!コイツはアタシ達Afterglowのサポート的な感じの友達ですよ。ほら、タクミも挨拶しろよ」

 

「はじめまして、俺はタクミって言います。コイツらAfterglowのサポートではないですが腐れ縁です。」

 

「二人して言ってること違うんだけど、とりあえずはじめまして。私はここCiRCLEスタッフの月島まりなですよろしくね!」

 

「宜しくお願いします。えっと、とりあえず今日は手伝いで来たんですけど自分にやれることならなんでも手伝いますよ」

 

「とっても助かるよ!じゃあ、まず・・・」

 

 

 

 

×××

 

やはり、ライブ前は忙しいのだろう。

手伝えることは手伝うつもりではあったが、まさかここまであるとは思わなかった。

 

「忙しすぎだろ。・・・ライブハウスの手伝いってこんなやること多かったか?」

 

昔よく手伝いをしていたライブハウスは閑古鳥が鳴くレベルだったのでこことは比べものにはならないのだろう。

ため息を吐きながら、最後の荷物を運び込んだ。

倉庫から戻ればみんながそれぞれが自分達の楽器を準備していた。

 

「今から通すの?」

 

「うん、今日は全バンド揃ってるから一回通しリハしてみよう。って話になってさ」

 

ギターの準備をしている蘭がそう答えてギターを取り出したのを見て顔を顰める。

 

「お前ギターの弦くたびれてんぞ!さっさと連絡くれれば交換してやったのに」

 

「タクミ最近忙しそうだったから言い出せなくてさ」

 

「そういう気遣いいらないから替え時になったらさっさと連絡してくれ。ライブ前だと感覚変わってやりづらいかもだけど、今よりはマシになる。リハ終わったら変えてやるから持ってこいよ」

 

「分かったありがとう」

 

蘭がそう言ってギターを持って降りて行くのを見送り、他のスタッフさんと共に仕事を続ける。

リハの見学を勧められたがこの手のライブはリハを観てしまうと本番の楽しみを失いかねないからリハの見学は遠慮することにした。

×××

 

リハを終えたみんなが戻ってきて、まりなさんが他のスタッフを集めて

みんなでミーティングをし始めたあたりで、ポケットに入れたスマホのバイブ通知がきて慌てて外に出て確認すると溜息が出た。

嫌な相手からの電話というは最悪なものでしかなくて嫌にしかならない

 

「何の用?」

 

「だーかーら問題起こしたら学校から電話も来るし、警察沙汰ならそっちから連絡来るって言ってんだろ!てか、そんなことでいちいち電話でも掛かけてんの?」

 

「知らねぇよ!じゃあ、用がないならもう切るわ」

 

スマホを操作して、通話を切る。

大きく溜息をつく。

要約すると人間の屑である実父が次何か大きな問題を起こしたらどうなるかわかってんな?という釘を刺すための電話だった。

小学生の頃以来何度も顔に泥を塗るなと文句を言われてきたか分からないが悪い噂の絶えない実業家である父には今さら関係のない話だと皮肉気味に笑う。

そんな嫌な相手からの電話を終えて、店に戻るとまりなさんが笑顔で出迎えてくれた。

 

「すいません。ちょっと、電話かかってきてて」

 

「大丈夫だよ。何か用事とか出来た?」

 

「違いますよ、ただの世間話程度でした気にしないで下さい。あと、他の仕事があるなら手伝いますよ?」

 

「うーん今日はもう大丈夫かな。来週の本番に向けてやることはウチのスタッフでやる仕事だけだからさ」

 

「そうですか?じゃあ、今日はお疲れ様でした。自分は、蘭のギターの弦の交換終わるまではいるのでもし何かあったら声かけて下さい。やれることはやるので」

 

「ありがとう。あ、そうだこれ渡しとかないとね」

 

手渡されたのは明後日のライブのチケットだった。

改めてお礼を言おうと頭を下げ、財布からお金を出そうとしたがその手を止められる。

 

「違う違う。これは今日のお礼なんだけど、本当はもっとお礼するべきだけど・・・あ、そうだ!」

 

そう言って更に手渡されたのはスタジオ使用の割引券だった。

一応渡されたそれを受け取るが、何故渡されたのか分からず首を捻る。

 

「確か、巴ちゃんと沙綾ちゃんのドラムの師匠って聞いてたからもしスタジオ使いたくなったらいつでも来てね?」

 

善意からのことなんだろうが、今の俺にとってみれば皮肉でしかない。

とりあえず笑顔で受け取って、Afterglowの揃っているラウンジに足を運んだ。

 

×××

 

「道具は持ってるから蘭ギターと弦貸して丁寧かつ早めに終わらせるから」

 

「お願い。ていうか、なんで工具持ってんの?」

 

「ああ、借りてきた。蘭のギター前に張り替えてからだいぶ経ってるし

そろそろ張り替えないとって思ってさ鞄に入れっぱなしだったんだわ」

 

そう言いながら受け取ったレスポールの弦をストリングワインダー少しずつ緩めていく。

作業を続けながら顔を上げずに声を掛けた。

 

「なんで、みんな集まってんすか?別に見てて面白くはないですよ」

 

「いやータクミって本当なんでも出来るんだなって思ってさ」

 

「本当だよー。巴や沙綾にドラム教えてる以外にもギターの弦の張り替えまで出来るなんて凄いね」

 

「褒めても何も出ないし、正直あんまり人に見られるとプレッシャー掛かるんですけど」

 

褒めてくる沙綾と今井先輩に顔を顰めて答えるが、まるで意に介さない。

溜息をついてニッパーを取り出して弦を切り、切れた弦を集めて結ぶ。

こうしておけば後で捨てる時は楽になるからだ。

 

「・・・なるほど、手馴れてますね。どこかで習ったんですか?」

 

「昔楽器習った時に一通りの楽器のメンテナンス方法から接客技術まで幅広く教えて貰ったんです。てか、大和先輩に見られるのは流石に緊張しますね」

 

「いえ、そんなーとてもお上手で感動してるぐらいですよ。傷が残らないようマスキングテープ貼っていますが、そのマスキングテープも跡が残らないようにしてますし随分と手馴れてるようだったので」

 

「手先が器用なだけですよ。こんなのは・・・慣れれば誰でも出来ますからっと、これで良いかな蘭試し引きしてみろよ」

 

「いつもありがとう」

 

「別に気にしないでいいよ。モカとひまりは前に変えたから大丈夫だよな?」

 

「私は大丈夫だよ」

 

「モカちゃんも〜」

 

 

 

2人は前に変えてからそこまで経ってないから大丈夫なようだ。

チューニングを終えた蘭が試し引きしてるのを聴いて調子を確認してやることは終了。

これでやる事はもう終わりだろうと機材を片付けていると、あこちゃんが頭を下げてきた。

 

「日高さんあこを弟子にして下さい!」

 

「え?」

 

「あこもっとRoseliaの為に上手くなりたいんです!お姉ちゃんや沙綾ちゃんは日高さんからドラムを習ったって聞きました。だから、あこにもドラムを教えて下さい」

 

ドラムを教えて欲しいときたか正直に言ってしまえば断ってしまいたいがRoseliaの為に怖いヤンキーに頭を下げた彼女の勇気は評価したい。

頭を下げ続けているあこちゃんに対してなんと声をかけていいか分からず姉の方を見ると懇願するような顔で見られた。

どうやら、あの姉もよっぽどのシスコンらしい。

 

「顔上げなよあこちゃん・・・ごめんだけどあこちゃんを弟子にすることは出来ないんだ」

 

「なんでですか?あこがドラム上手くないからですか!」

 

「いや、そうじゃないんだよ。俺ドラムはもう二度と叩かないって決めて2年経つんだよだから人に教えられるほど上手くはないし多分今のあこちゃんというよりはRoseliaの音楽に口を出せるほどの実力も無いんだ」

 

正直人の音楽に口を出すべきては無いと思っている。

時に楽しく、ぶつかり合いながらも切磋琢磨することで着実に進んでいくことでバンドというのは進むべき道が見えてくるものだ。

昔ドラムを習った時にどんなに大変な時でも腹括って支えられるようなドラマーになれと耳にタコが出来るほど言われたの思い出した。

結局ドラムなんて投げ出してしまった自分には痛い話でしかない。

 

「それに、俺は別に巴や沙綾には基礎とちょっとした練習方法のアドバイス程度しかしてないから師匠って言えるほどのことはしていないんだ」

 

「・・・でも、あこはRoseliaのためにもっと上手くなりたいんです。前のFWFの時のような悔しい思いはもうしたくないんです!」

 

この子なりにバンドにとって自分が出来ることを考えた末の行動は評価出来るが自分としても出来ることはない。諦めて欲しくて口を開くがそれを割って入られる。

 

「・・・私からも頼めないかしら?」

 

「アタシからもお願いしたいなーって思ってるんだけどダメかな?」

 

「私・・・からもお願いします。あこちゃんは最近一生懸命ドラムを頑張って・・・ます。だから」

 

Roseliaの先輩方にまで言わせてしまってはどうしようもない。

最後に、チラッと紗夜さんを確認すると無言で首を振るだけだった。

 

「ライブを見て考えるってことじゃ駄目?俺はあこちゃんのドラム叩いてるとこ見たことないしそんな状態じゃアドバイスも出来ないからさ」

 

「じゃあ、あこを弟子にしてくれるんですか!」

 

「師匠っていうよりかはアドバイザーが正しいと思う。俺自身人に教えられるのは技術ってよりかはそれを得るための練習方法って感じだからさ」

 

「それでもあこ嬉しいです。深淵にのまれし闇の力が悪魔の力で更なる高みへと・・・えっと、りんりーん」

 

「昇華される」

 

「深淵にのまれし闇の力が悪魔の力で更なる高みへと昇華されるだろう!」

 

何かしらのポーズを取り、厨二的なセリフを言うあこちゃんを眺めていると今度は後ろから背中を叩かれたので振り返る。

 

「悪いな、無茶な頼み聞いて貰って・・・一応アタシからお礼を言わせてくれ。ありがとうな」

 

「巴って実はシスコンだよな・・・とりあえず出来るだけの事はしてみるよ。あこちゃんのレベルが上がることはRoseliaのレベルも必然的に上がるし、お姉ちゃんも妹に負けてられないからもっと頑張るだろうからな」

 

見透かしたように呟き申し訳なさそうにお礼を言う巴に軽口で返したが、引き受けた理由の半分は打算だ。

あこちゃんの成長はバンド内でも姉妹間でも良い結果を生むと見越しての選択だ。

だからこそ、今はフォローするべき相手が居ると思う。

そう考えてその相手の元に向かう。

相変わらず喉はカラカラになるし、緊張して動悸がし始める。

 

「俺はドラム辞めたことを後悔はしてないです。昔捨てたものをこうして拾って自分の物にして成長してくれる人の背中を押して上げれるので」

 

「私は貴女の選択を責める理由はないわ。ただ、ありがとう・・・宇田川さんなりに一生懸命考えたことだと思うのだけれどそれに応えてくれたことには感謝してるわ。それともう私に気を使わないでもいいのよ・・・ドラムだって」

 

「俺はあまり自身信条を曲げるのは好きじゃないんですよ。俺がドラムを続けていたことで紗夜さんを傷付けた。その結果が今の俺なんですから」

 

 

 

紗夜さんとそう話していると、後ろから抱き付かれた。

 

「ひ、日菜ちゃん何してるの?ダメだよ」

 

「えーなんでー?」

 

「なんでってその人男の人だし、ましてや・・・その・・・」

 

「えー別にタクミは私と姉ちゃんの従姉妹だよ。別に良くない?」

 

「日菜ちゃんいくら身内でもみだりに男の人に抱きついてはいけないのよ。私達はアイドルなんだから異性との交流が多いと色々大変なんだからね」

 

「ちぇーつまんないの」

 

「コラ、日菜!人前であまりそういうことはやめなさい。貴方は白鷺さんの言う通りアイドルなんだから問題になってからじゃ遅いのよ。もう少し身の振り方を考えて行動しなさい」

 

「はーい」

 

抱きついていた日菜さんは白鷺さんと紗夜さんの説得に応じて離れているが未だに納得してない表情をしているの見て、自然と頬が緩む。

何気ない会話だが姉妹で話す彼女らを見て安心する。

 

「そうですよ日菜さんもう少し距離感考えた方が良いですって!1人の問題だとしてもそれが周りに影響を及ばすんですから特にアイドルなんて余計にですよ」

 

未だに膨れっ面の日菜さんに言い聞かせるようにそう言ったが、日菜さんとしてはやはり納得出来てないからか首を傾げている。

そんな表情を見て少しだけ頬が緩む。

嫌な事があった後だからか尚更だ。

緩んだ顔を誤魔化すようにスマホを取り出して時間を確認すると目的地に向かうにはいいくらいの時間帯になっていた。

 

「ん、そろそろ時間だ。悪いけど、俺今日は帰りますこの後人と会う予定あるから・・・一応商店街組も帰るなら送るよ。商店街まで行くつもりだから」

 

「そうだな。アタシ達も今日は解散にするか?」

 

「賛成〜モカちゃんパンが食べたくて食べたくて仕方なかったよ〜」

 

「もう、モカはいつもでしょ」

 

「みんなお疲れ様。ライブも近いから体調管理には気をつけてね」

 

「つぐみの言う通りみんな気をつけてよ」

 

「紗夜さん友希那さん今日はあこ達も解散しますか?」

 

「そうね湊さん今日はもう解散にしましょう。あまり根を詰めても今は返って逆効果でしょう」

 

「ええ、みんなお疲れ様。本番は来週だから体調にはそれぞれ気をつけて頂戴」

 

各バンドがそれぞれ別れの挨拶をしていく中、ラウンジを出てまりなさんや他のスタッフさんに帰る旨を伝えていく。

しかし、それぞれに感謝の言葉を述べられた後にここでのバイトを勧められてしまったのには笑ってしまった。

 

 

×××

 

「あ、言い忘れてた。こころ!」

 

「あら、何かしらタクミ?」

 

「この前の頼まれた仕事OKですって伝えといていつも通り3日前に一旦顔出しに行くから」

 

「ええ、今回もお願いねタクミ!」

 

笑顔で言うこころに少しだけ微笑み歩みを進めていくと前を歩いて巴に声をかけられた。

 

「頼まれた仕事って?」

 

「内緒」

 

「お前なあー本当そういうのやめろよな」

 

「別に仲良くても教えたくないことだって沢山あるんだよ。一応それでもお前らのことは信用してるし大切に思ってるんだぜ」

 

「それにしても内緒とか秘密が多すぎると思うけどねー」

 

巴のツッコミに加勢するように沙綾まで被せてくる。

 

「別に秘密が多いってカッコイイと思うけどな。そう思うよなあこちゃん?」

 

「確かに秘密の多いキャラってカッコイイと思います。フードを被った姿で主人公を助けてくれたキャラなんてとっても憧れちゃいます!」

 

「お前あこを味方にするのは卑怯だぞ!」

 

「口で勝とうなんて100年早いわ。沙綾も巴もドラムの腕磨いて出直してこいよ」

 

軽口を叩いて笑っていると、商店街の入り口が見えて来た。

やはり、時間帯なんだろう。商店街を訪れる客がそれを物語っていた。

そして、その入り口に貼られたポスターがあった。

 

「そういえば父ちゃんがね今年も花火大会するって言ってたよ。ウチも出店として出店するんだってさ」

 

「ああ、俺らのジムも今年も出店するらしいよ。多分去年と同じで焼きそば売ってると思う」

 

「ウチは出店しないけど、ポピパで花火見る約束はしたよー」

 

「アタシは今年も青年組で太鼓やるよ。その後にAfterglowで花火見る予定だけどタクミもどうだ?」

 

「そういえばつぐみとひまりにも言われてたな。シフト決まったら連絡するよ」

 

「分かった!グループにも伝えとくね。けど。場所はどうしよういつものとこは人いっぱいになるだろうし」

 

「ああ、それは心配しなくていいよ。とっておきの場所知ってるから」

 

「へぇーとっておきか。なら、楽しみにしておかないとな」

 

「いいなーあこもRoseliaのみんなで花火見に行きたいです。けど・・・」

 

「湊先輩と紗夜さんのことなら今井先輩がなんとかしてくれるんじゃないかな?もし困ったらこれもバンドの絆を深める為ですって押し通してしまえばいいよ」

 

「その手が!分かりましたあこもそう言って誘ってみます。やっぱり、あこは日高さんに弟子入りして良かったです」

 

そう言ってくれてはいるが口の巧さで弟子入りして良かったとおもわれるのは笑ってしまう。

ただ、まあ絆のないバンドが目標に向かって飛び立っても一瞬で空中分解することは目に見えていた。

そんなことを考えながらも1人1人を家まで送っていく。

 

 

「つぐみはぐみじゃあな。みんなにも言ってるけど、体調管理には気をつけてな」

 

「大丈夫、はぐみはちゃんと手洗いうがいしっかりしてるから。沙綾とたーくんバイバイ」

 

「タクミ君も沙綾ちゃんバイバイ。2人も体調には気をつけてね」

 

手を振り、店に入っていく2人を見送りあとは、沙綾だけだとすぐ目の前の店に向かおうとするとスマホの着信音が鳴り出した。

 

「悪いちょっと待ってくれ電話きたから」

 

電話の相手を確認すると、今日の約束の相手だった。

 

「どうかしたか?」

 

「ああ、大丈夫覚えてるよ。今は羽沢コーヒー店の前にいるけど、なんか買ってくるのある?」

 

「そっかじゃあ、切るよ。また後でな ますき」

 

通話切り、再度沙綾の方を向くと少しだけ不機嫌そうな顔をしていた。

 

「んだよ?何か言いたいことでもあんの」

 

「別にー女の子を放っておいて別の人と電話するなんてって思ってさ。それに相手女の人っぽかったし」

 

「いちいちそんなことで腹を立てるなよ」

 

「・・・・・・・・・・・・・」

 

呆れていると、今度は口を聞くつもりはないのか無視をして家に向かい始める。

なんでいつもはしっかり者の姉ちゃんなのにこんな時だけ子供っぽくなるのかと溜息をつく。

 

「ライブ終わってからの休みの日でも良かったら映画行こうか。俺も少し息抜きしたいから」

 

それを聞いた沙綾は思いのほかキョトンとした表情でこちらを見つめる。

予想なら機嫌を治してくれると思っていたが自意識過剰だったのだろうかと固まる。

 

「まさか、タクミから遊びに誘ってくれるとは思わなかった」

 

「思いがけないことで人の成長を感じないで欲しいんだけど、てか行くの行かないの?」

 

「い、行く。大丈夫予定開けとくから」

 

「まあ、楽しみにしといて。夜まで食って帰るだろうからさ」

 

道路を渡り向かい側にある山吹ベーカリーに着くと、千紘さんが出迎えくれる。

軽い挨拶をした後にパンを手土産にするためにレジに並ぶと嬉しそうに鼻唄歌う沙綾の事を尋ねられて笑って誤魔化した。

 

「じゃあ、沙綾も千紘さんも体調には気をつけて。亘史さん達にもよろしく伝えといてください」

 

「気をつけてね。あんまり遅くまで出歩いてちゃダメよ」

 

「タクミ約束だからね必ずだよ!」

 

「分かってるからお前はまずライブに集中しろよな。じゃあ、また明日」

 

浮かれてる沙綾に釘を刺して、山吹ベーカリーを後にする。

夕暮れの商店街は人が少し減ってくる。

目的地である八百屋までの道すがらあることを思い出した。

 

「やばい!大和先輩からサイン貰うの忘れてた。ますきになんて誤魔化そ」

 

 




ひょろひょろもやしさん 葛宇賀盧伊都さん oskさん ⭐︎9評価
つよぽんぽんさん ⭐︎8評価
ありがとうございます。

最近ミリシタでジュリア爆死して、今日ブライダル復刻のフレちゃんと美嘉さん爆死して、シャニマスで樋口爆死してメンタルヘラってるけど、頑張って投稿頑張ります。


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13話

めっちゃ間隔が開きました。
すいません個人的な要件が立て込んで忙しくなってました。


「♪〜〜〜」

 

鼻唄に時々口笛を交えながらでBruno MarsのThe Lazy Songを謳う。

えらく上機嫌に見えるかもしれないが実際はその逆でとても不機嫌だった。

嫌な事を忘れるために口笛や鼻唄で誤魔化すのが癖になったのはいつからだったか覚えてないが日菜さんに指摘されてから気付くようになった癖である。

紗夜さんと日菜さんが俺のことを知ってくれてるというのは嬉しい事だが隠し事が出来ないのは少しだけ厄介なものだ。

ヘッドホンから流れてくる歌詞を口ずさみながら観に行く約束をしていたらライブ会場に向かうと長蛇の列が出来ていた。

そしてその中で列整理をしていたまりなさんと目が合い会釈すると凄い勢いで荷物を持ってない方の手を掴まれ、CiRCLEの中へと連れて行かれる。

 

「えっ、ちょっとまりなさん急になんですか?」

 

「みんな助っ人が来てくれたからもう安心だよ!」

 

「流石です。まりなさん助かりました」

 

「これで少しは楽になるわ」

 

スタッフさんがそれぞれ嬉しそうにしているが話の読めない俺からすれば疑問でしかない。

 

「いや、助っ人って………俺今日はお客様ですよ。ってあれまりなさん?」

 

気付いたら列の最後尾まで猛ダッシュしていくまりなさんの後ろ姿を眺めていた。

肩に手を置かれ、振り返るとスタッフ用のTシャツと更衣室を指さしたスタッフさんがニコニコしているの見て諦めがついた。

今日はマジで何もしたくない1日だった筈なのにいつのまにかライブハウスの助っ人である自分が非常に笑えない。

 

×××

「こちら、コーラとスプライトになります。次の方どうぞ」

 

大勢の客がいたらドリンクコーナーを回すのも一苦労だろう。

諦めから来る無我の境地というやつなのか注文を手早く捌いていく。

 

「ありがとう日高君。本当にありがとう!」

 

「いえ、大丈夫ですよそれよりも人手不足深刻ですね。出来たばかりとは聞いてましたがここまでとは……」

 

必要最低限の人数で回してはいるがいかんせん客が多すぎて手が回っていない様子だ。

 

「次の方ーどうぞ」

 

そう言ってお客様の顔を確認してみるとあまりにも意外な人物だったため表情に出してしまった。

お客様はそれを嗜めるように咳払いをしてメニュー表を確認し始める。

 

「烏龍茶とお前は何する?」

 

「私も同じので」

 

「烏龍茶が御二つですね。少々お待ち下さい」

 

注文を承り同じドリンク担当のスタッフさんが準備してる間に改めて頭を下げた。

 

「お久しぶりですね美竹さん。娘さんの出番が書かれたセトリはあちらの方に貼られてるのでご確認下さい」

 

まさか、美竹御夫妻が来るとは思いもよらなかった。

思いもよらぬお客様相手に少しだけ緊張感が流れたがその空気を感じてか奥さんが話始める。

 

「いつも蘭がお世話になってます。タクミ君も大きくなったわねー新聞見たわよボクシングも優勝して頑張ってるみたいね」

 

「いえ、こちらこそお世話なってます。ボクシングは唯一の取り柄みたいなものですので・・・それで、あのなんでしょうか」

 

未だに蘭の父親がこちらを見つめてくる。

なんというか昔と変わらない眼圧で睨まれると正直困ってしまう。

 

「こら、貴方良い加減にしなさい。タクミ君も困ってるでしょ」

 

「す、すまない。その優勝おめでとう・・・そのところでだな、娘達のバンドの調子はどうなんだね?」

 

正直そんなこと自分で聞いて欲しいのだがこの親子は口下手なところが似ているためその手の話は一切しないのだろう。

呆れてしまうがこの人もこの人なりに娘達を心配する1人の親なのだと感じた。

 

「この前練習を見た限りでは完成度も高くて本番が楽しみだって感じでしたね。心配しなくてもアイツらはきちんとやってますよ」

 

その言葉を聞いて安心したように胸を撫で下ろす。

余程娘のことを気にかけているのだろう不器用ではあるがきっと良い父親なんだと再度思う。

 

「そうだ!これ差し入れなんだけど、タクミ君から渡しておいて欲しいのだけど今いいかしら?」

 

「あ、ハイ。分かりました自分の方から後で渡しておきますね」

 

受け取った差し入れをカウンターに置き、今度は烏龍茶を手渡した。

「こちら烏龍茶になります。ライブ開始までもうしばらくお待ち下さい」

 

列を離れていく美竹夫妻を見送りながらも次のお客様の注文を取り始めた。

 

×××

 

「で、これが蘭のお父さんとお母さんからの差し入れね」

 

「……………ありがとう」

 

観に来て欲しくなかったのだろうか蘭の顔が曇るがそれを横目にモカとひまりが差し入れの袋を開け始めた。

 

「わぁ、みてみてこのドーナツ!」

 

「ああ、それ女子高生に人気な奴じゃん。この前めっちゃ並んでようやく食べれたんだよな」

 

「え、嘘なんで私達誘ってくれなかったの?」

 

「いや、だってひまりダイエット中だったし、俺ますきと・・・友達と言ってただけだしさ」

 

ダイエットしてるときに誘うのは流石にダメだと思うし、日頃の食べ過ぎが原因なのにこれ以上原因を作るのはどうだろうと真剣に悩んだ末のことだった。

 

「いいんじゃないの〜今回は食べれたんだし、ひーちゃんは日頃から食べすぎだと思うな〜」

 

「モカがそれ言う?アタシだって日頃から抑えようとしてるし身体動かしてるんだからね!」

 

そう言いつつもドーナツに手をつけるひまりを宥めながらみんながドーナツに手をつける。

 

「てか、俺からも差し入れあったんだけどさ」

 

ビニールに入った箱をテーブルに置くとそれぞれが目を輝かせる。

巷で話題の行列のできるワッフルを差し入れとして買ってきたのだが今は流石に食べきれないだろう。

 

「これ、ライブ終わってからにする?まりなさんに頼んで冷蔵庫に入れててもらうけど」

 

「え、これ本当に良いの?」

 

「これってテレビに出てたスゲー行列の出来るって有名なワッフルじゃないのか?」

 

「市ヶ谷さんも今井先輩も皆さん気にしないで食べて下さい。あ、でもその代わりに今回のライブ頑張って下さいね」

 

他のスタッフさんにも全員分あることを伝えて箱を手渡すと喜ばれた。

やはり、この手の差し入れは女性受けが良いのだろう。

開始時間は残り15分を切ったところでそれぞれ弟子に声をかける。

緊張をほぐすのも兼ねてという意味合いもあるが基本的には応援的な意味合いが大きい。

 

「沙綾調子はどうだ?」

 

「アハハ・・・やっぱりライブって慣れないね。少し緊張しちゃうよ」

 

「良い傾向じゃねーか。適度に緊張した方が集中できるんだからな。それと俺は初めてお前がライブするのを観るから改めて言わせてくれ」

 

いつにない緊張感が漂ってはいるが別に対したことを言うつもりはなかったし、なんでか気が削がれた。

 

「………やっぱりやめた。言わなくても沙綾はもう分かってるだろうし」

 

「ちょっと、言いたいことがあるっていうから身構えたのに何なの!」

 

「いや、なんでもねーよ。お前ならやれるから頑張れな」

 

笑いながら頭を撫でるとやるせない表情で見つめられる。

正直この手の心構えは俺よりも沙綾の方が分かっているだろう。

 

「じゃあ、他の人達に声かけてくるからまた後でな。ライブ楽しみにしてるから」

 

そう言って沙綾の元を離れてRoseliaの元へ向かう。

どうにも調子が出ない何を言えばいいのか分からなかったが意を決して話しかけた。

 

「調子はどうですか紗夜さん」

 

「・・・練習は本番のように、本番は練習のように。私はいつも通りの演奏をするだけです」

 

「やっぱり流石ですね・・・俺応援してますね」

 

集中してる紗夜さんの姿見て息を呑んだ。

ああ、やはりこの人はこういう人なんだと思う。不器用ながらも前に進み続ける力強い人だと再認識した。

 

「あ、日高さん今日のあこのカッコイイドラム見てて下さいね!」

 

「ああ、ちゃんと見てるさ・・・俺なりに君の成長に繋がるような指導を出来るようにね」

 

「ハイ、あこ精一杯頑張ります!」

 

流石は巴の妹気合いの入った子だなと感心する。

この子の為に俺に出来ることは限られてはいるが、そのことがRoseliaのひいては紗夜さんの為になるんだと思う。

 

「じゃあ、また後でな。Roseliaの皆さんも頑張って下さい」

 

それと同じように他バンドにも声を掛けたが、いかんせん俺の事をよく知らないメンバーからは警戒されるばかりだ。

悪名の高さもここまで来るとただただ厄介でしかない。

 

「みんなー開始5分前だけど、準備は良い?」

 

「「「「「ハイ!」」」」」

 

そう言って入ってくるまりなさんがみんなを見渡すとそれに答えるように全バンドが声を揃えて返事をする。

気合いの入り方が違うなと感心した。

みんなが集まって円陣を組み、巴が隣にスペースを空けて手招きをするが首を左右に振り部屋を出る。

冷たく鳴り響くドアの音の後に、それぞれ掛け声に合わせるように声を上げているのが聞こえてきた。

そんな声を聴いて1人控え室のドアの横に座り込む。

 

「捨てた筈なのに・・・女々しいんだよクソ」

 

自分自身への叱責が声に出た。

楽しみにしてた筈なのに昔を思い出したのだ。

笑い合って、時に厳しくも楽しく過ごした日々だ。

結局ドラムやめてからは忘れるようにがむしゃらにボクシングに打ち込んだ結果が今の自分なんだと言い聞かせる。

やめてよかったんだ。捨てて良かったんだ。

こみ上げてくる虚無感を押し殺すように言い聞かせながらライブ会場のドアを開けた。

大勢の人が集まる空間の中には1人2人程度に顔を知っている人もいるのかもしれないがライブ直前は周りを気にしていないからか誰にも気づかれない。

ライトの光がステージを照らし始めると、会場のボルテージは高まりだす。

眩しいステージに立つ彼女らを見ていると胸が締め付けられる感覚に陥る。

 

「眩しいよ・・・みんな」

 

遠く遠く手が届かないくらいに遠い。

夢見た過去は今は遠い。手に入れようとする未来も同じように遠い。

並び立ちたい人達は背中すら見えない。

何を捨てて、その代わり何を得たのか俺には分からない。

けど、俺から彼女達にあげれるものというのは何かあるんだと思っていないとドラムを教えたり、アドバイスをするなんてことはおこがましいとすら感じる。

矛盾してるんだと再認識することがある。

巴と沙綾にドラムを教えるようになって2人が上達していくに連れて、自分の存在の必要の無さを感じることがある。

上手くなって欲しい、けど俺の見える位置に手の届く位置にいて欲しいという相反する思いがあるんだ。

自己嫌悪が更なる吐き気を催してくる、胸が心が痛くなる。

悪魔にも心があるのだと今まで何度自嘲してきたのだろうか。

それでも受け止めるべく彼女達のライブ見続ける。

並び立ちたい存在が更に遠く感じても。

 

×××

 

 

「みんなお疲れ様!それじゃあ、勝手ながら私月島まりながライブの成功を祝して乾杯の音頭をとらせてもらいます。・・・乾杯!」

 

「「「「「乾杯!」」」」」

 

グラスをぶつけ合う音の後に沢山の笑い声に溢れる。

ライブは無事に大盛況で終えることができて一安心したのだろう。

ライブ会場の片付けを手伝っていると、日菜さんに手を引かれて連れて行かれたと思えばこれである。

テーブルの上にはお菓子類や差し入れに渡したスイーツの類が広がっていた。

打ち上げの最中だったのだろう各自が色んな菓子を摘んでいる。

 

「あ、タクミ君も今日まで手伝ってくれてありがとう!これは、ウチのスタッフからのささやかな打ち上げ用のお菓子だけど、どうぞ」

 

「いえ、自分は特に何かした訳ではないので気にしないで下さい。えっと、・・・・・皆さんのライブ凄かったです。正直感動しました………

自分なんかに言われてもあれですけど、これからも頑張って下さい応援してます。じゃあ、俺片付けに戻りますんで」

 

来た道を引き返そうとすると、巴に肩を掴まれ引き戻される。

頼むからやめてくれとばかりに顔を曇らして首をふるが、無理に紙コップを手渡されてジュースをなみなみと注がれる。

 

「巴分かるだろ?・・・・・流石に場違いなんだもう勘弁してくれよ。

俺だって馬鹿じゃないんだ空気も読めるし、人の気持ちくらい察せる・・・・・だからほっといてくれ」

 

堪らず絞り出すように出した声の後にコップに注がれたジュースを飲み干してゴミ袋に捨てて階段を降りる。

巴や沙綾の後ろから呼ぶ声を無視して開いたドアがいつになく重たく感じるのはきっと気のせいだ。

会場の掃除をしながら1人ドラムの前に立ち尽くす。

捨てたものにしがみつく自分の浅ましさを反吐が出ると吐き捨てるのは簡単なことだ。

 

「ねぇ、今日のタクミ全然るんっ!ってしないけどどうしたの?」

 

「・・・調子悪いだけですよ」

 

開いたドアから入って来た日菜さんに溢すように言う。

 

「ヨイショ!」

 

「ちょっと日菜さんそこライトあるんだから、あんまり座らないで下さいよ」

 

「じゃあ、すぐに済むからこっちに来て!」

 

ステージに座り込む日菜さんに諭すように言うがどこ吹く風とばかりに聴き流す日菜さんが隣に腰掛けるようにと手を引っ張る。

渋々隣に座ると、今度は頭を無理矢理膝の上に置くように指示される。

 

「これ、良いね!膝枕って言うんだっけ?今度お姉ちゃんにしてもらおうっと」

 

「ん、成功すると・・・いいですね」

 

頭を撫でられると少しだけ心が落ち着く。

少しだけ眠くなり、欠伸をすると日菜さんが小さく零した。

 

「タクミは頑張ってるよ………いつだって一生懸命にがむしゃらに頑張ってるのを知ってるよ。けど、たまには休まなくちゃ」

 

「……脇目も振らずに頑張らないといつか2人の背中すら見えなくなるかもしれないから怖いんですよ。紗夜さんも日菜さんも遠い存在に感じることがあるから」

 

別に紗夜さんや日菜さんに限った話ではない。

自分が育てあげた巴や沙綾だってそうだ。常に進み続ける彼女達が眩しく感じる。

目を瞑るとみんなが離れていく姿が浮かんでくる。

鎮まりきった空気のなか急に唇に柔らかい感触を感じて、慌てて目を見開く。

 

「・・・大丈夫、私はいつだってタクミの側にいるよ。もし、タクミが立ち止まっても私が手を引いてあげる!」

 

別に初キスというわけではないが、この歳になると少しだけ気恥ずかしさだけが残る。

 

「手を引いてあげる……ね」

 

目から溢れた涙を拭って笑うと日菜さんもそれに釣られて笑い出す。

ああ、そうだよ。この人はこういう人だった。

 

「じゃあ、そろそろ戻ろっか?」

 

「そうですね」

 

起き上がった俺のそばから立ち上がり、出口のドアに向かう日菜さんが振り向き手を差し伸べる。

それを無言で握るとにこやかに笑顔を浮かべる彼女を見てこちらも自然と笑顔になるのだから不思議なものだと思う。

 

「日菜さん」

 

「ん〜どうかした?」

 

「ありがとうございます」

 

「アタシ何かしたっけ?」

 

「いや、なんとなくですよ」

 

「ええ〜何それ?」

 




主人公の設定も考えました。
そろそろ真面目に月一投稿出来るように頑張りたいです。
これからも応援お願いします。


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14話

マジで久々の投稿です。
ぶっちゃけ書いては消してこれじゃないあれじゃないを続けてやっと投稿しました。
マジで物語を考える人って凄いなって感じです。


「焼きそば上がった。これ1番ね」

 

「3番は焼きそば二つと焼き鳥。会計終わらしてるから出来上がったら渡してくれ」

 

「2番のお客様のホットドックはオッケーだぞ。焼きそばまだか?」

 

夕方過ぎてから急に混み始める屋台にジムの先輩方と出店を開いているが流石は祭りだな。

ひっきりなしに客が来るし、周りを見渡せば人混みしかない。

 

「4番焼きそば1つなー。飲み物はビールで」

 

「悪い誰か手が空いたらクーラーボックスに氷足してくれ!」

 

忙しいのは良いことだが、どうにもこれは忙し過ぎると思う。

大型テントの中にはジムのメンバーが勢揃いで、それぞれの作業に入っている。

何というか筋肉だらけでむさ苦しくて敵わない。

 

「うわ、まだ来るかよ。めんどくせぇ」

 

「ホラ、文句言わずに手を動かせよタクミ」

 

「藤谷先輩はドリンク担当だから良いですけど、俺なんて焼きそば担当ですよ。こんだけ、焼きそばばっかり作ったらそろそろめんどくさくなりますよ」

 

売り上げの殆どがジムの備品代に回るとはいえ、6時間以上焼きそば作り続ける身にもなって欲しい。

熱い鉄板とむさ苦しくてたまらないテントのダブルセットでとんでもない地獄だと思う。

 

「てか、俺そろそろ上がりますね。着替えたいし、花火も観に行く約束あるんで」

 

「チクショーいいなぁー。俺なんて、デートに誘おうもんなら花火の時間終わるまでシフトぶち込まれたからなお義父さんに」

 

「だれがお義父さんだ。テメーみたいなの息子にした覚えもねぇし、娘もくれてやるつもりはないぞ」

 

藤谷先輩の失言を聞きつけて、お義父さんもといコーチの宮村さんがやってきた。

その顔には、青筋が立ち今にも殴りかからん気迫を出している。

相変わらずの娘さんの溺愛っぷりには笑うしかない。

 

「まあ、コーチもデートくらいいいじゃないですか。せっかくの花火なんですし、娘さんが楽しめないのは損じゃないですか?」

 

「そうですよお義父さんじゃなくて宮村コーチ。俺は別にやましいことをするつもりはなくて、娘さんと清く正しいお付き合いをしているだけですって」

 

「清く正しいお付き合いって、大会期間中に隠れてキスすることでしたっけ?」

 

「馬鹿タクミお前なんでそれ知って・・・てか、なんてタイミングで言いやがるんだよ!」

 

「おっと、いけないこんな時間だー。じゃあ、俺上がりますおつかれしたー」

 

「棒読みで何言ってんだよ馬鹿。逃げるな戻って来いてか、助けて!」

 

コーチに捕まれ、人目の付かない場所に連れてかれる先輩を横目に服を着替え荷物を持って待ち合わせ場所に向かう。

流石に祭りだけあって人混みが多いため少し遅れるというメッセージを送り笑顔を浮かべる人々の横をすり抜けて行った。

 

×××

 

「悪い、予想以上に遅れた」

 

「もう、遅いよタクミ。花火まであと、10分くらいしかないよ」

 

「仕事お疲れ様。相変わらずの大繁盛だったな」

 

差し出されたペットボトルを受け取りガブ飲みして、喉を潤す。

辺りにはカップルや家族連れが何組かいた。

隠れスポットのはずだったんだけど、先客が居るのは仕方ない事だ。

 

「お疲れー。これ屋台のだけど後で食べてね?」

 

「どうもありがとうございます今井先輩。流石に賄いだけだとお腹空くので助かります」

 

Afterglowのメンバーで祭りを回っているときに、Roseliaのメンバーと会ったらしく一緒に花火を観ることになるとメッセージが送られていた。

Roseliaも揃って花火を観るのかと思ったが、あこちゃんや今井先輩主体で誘ったなら納得出来た。

 

「それにしても花火観るだけなのに荷物多くないか?バックにクーラーボックスって」

 

「まあ、あれだ………思い出作りだよ。夏休みの思い出の一つでも作っとこうと思ってな」

 

「せめて、屋台の袋くらいは持つから」

 

「ありがとう巴助かるよ」

 

荷物を少し持って貰うといくらか動きやすくなった。

 

「じゃあ、行きますか?」

 

RoseliaとAfterglowの面々に一言声を掛けるとそれぞれが頷いて応える。

 

×××

 

少し歩いた先のスペースにて立ち止まり鞄からライトを出して足元を照らし、辺りを確認する。

 

「ここでいいかな悪い巴。その鞄にブルーシート入ってるから取ってくれ」

 

「ブルーシートだな。ホラ」

 

「ありがとう・・・ってあれ?」

 

「貸しなさいタクミ私が広げるから」

 

「ありがとうございます紗夜さん」

 

受け取ったブルーシートを広げようとするクーラーボックスが邪魔をして上手く広げられないのを見てか紗夜さんが手を貸してくれた。

そして、広げたブルーシートに飛ばないように重り代わりにクーラーボックスを置いて固定し、蚊取り線香に火をつけてそばに置いた。

 

「じゃあ、こんなもんかな。皆な座っていいよ流石に立って花火観るのもしんどいし、後クーラーボックスの中に飲み物とかアイスとかぶち込んでるから好きなのどうぞ」

 

クーラーボックスをライトで照らしながらそう言うと、それぞれが飲み物を取っていく。

 

「あこちゃんはどれにする?」

 

「我は暗黒に染まりし、口の中で弾ける・・・コーラが良いかな」

 

「蘭アタシもコーラが良いな〜」

 

「モカ自分で取りなよ」

 

「え〜蘭のケチ〜」

 

「友希那と紗夜はどれにする?」

 

「私はお茶でいいわ」

 

「私もそうね………お茶でいいわリサ」

 

「了解」

 

「タクミは何飲むんだ?」

 

「ジンジャーエールあるからそれ取って」

 

近くのベンチに座り、屋台の食べ物を広げているとジンジャーエールを手渡される。

焼き鳥に、焼きそばに焼きとうもろこし屋台の定番と言ったらこの辺りだろうというのが並び食欲を刺激する。

 

「そういえば、今井先輩これいくらでした?後で出すんで教えてほしいんですが」

 

「ああ良いよ気にしないで。私達だって飲み物貰ってるし、それにお礼なら紗夜に言ってあげてよ。買うの提案したのは紗夜だから」

 

紗夜さんの方を見ると顔を赤くして、そっぽを向く。

耳まで赤くしているその姿をみて笑みが溢れた。

 

「別に私は何もしてません!ただ、お腹が空いては大変だろうと思っただけです」

 

「そうでしたか・・・ありがとうございます。ちょうどお腹も空いていたので」

 

お礼を言った後に食べ始める。

疲れた身体に濃い味が染み込み、強炭酸の飲み物も喉に流し込むと喉に刺激が走る。

 

「ねぇ、タクミ」

 

「なんですか?紗夜さ「ドーン」

 

言いかけた言葉が花火の大きな音に掻き消された。

様々な色や大きさの花火が空へと打ち上がり、あたりを照らす。

何分ぐらい経っただろうか。

ふと、周りを見渡せば各人それぞれが空に上がる大輪の花に目を輝かせている。

隣に座る紗夜さんに目を向けても同じような目をしている。

 

「・・・綺麗ね」

 

「そうですね・・・でも、花火より紗夜さんの方が綺麗ですよ」

 

いつになく臭い台詞を吐けばタイミングよく花火が止まった。

ちょうど休憩を挟む時間だったのだろう。

慌ててこっちを見た紗夜さんの顔には赤みが刺しており、口をあけている。

 

「お姉ちゃん何も聞こえないよー」

 

「いいからあこにはまだ早い!」

 

この姉はまるで人を教育に悪いとばかりに扱いをしやがると溜息をついた。

 

「何を言ってるの?」

 

「素直に感想を述べただけですよ・・・綺麗だと思ったからそう言ったただそれだけです。いつもの紗夜だって綺麗だけど、浴衣姿だと違った綺麗さがあるなって」

 

そう言い切ると、何も言い返せなくなってか落ち着きがなくなり髪を弄り始めた。

なんと言うかわかりやすい人だと思う。

 

「ヒューヒューアツアツだね〜」

 

「紗夜も赤くなって可愛いなー」

 

「今井さんも青葉さんも揶揄わないで下さい!」

 

そんなことを考える俺を他所にモカが揶揄い始め、今井先輩もそれに乗っかる。

それに赤くなった紗夜さんが言い返している最中にまた花火が打ち上がり始めた。

それにより、話が中断されみんなが打ち上がった花火を見上げる。

 

 

「そういえばお姉ちゃんなんで花火って色々な色になるの?」

 

「えっと・・・・・それはだなー」

 

あこちゃんの質問に首を傾げる巴を見て呆れてしまう。

 

「巴さーお前科学基礎の授業聞いてただろ?・・・・炎色反応」

 

「ああーそれだ!いいかーあこ。花火ってのは中に色んな種類の金属が含まれてるんだ。その金属が燃えた時の色が確か花火の色になるんだ」

 

一応は授業内容を覚えていたことに安堵する。

巴は基本的に学力は優秀だが苦手分野に置いてはなんとも言えないので心配ではあったがこれなら休み明けのテストも大丈夫だろう。

 

「へぇーじゃあ、あの赤色の花火には何が入ってるの?」

 

「えーっとそれはだなー?」

 

再度思い出そうする巴とは別に他の幼馴染の方に目を向けると目を逸らす蘭とひまりを軽く睨みつつ口を挟んだ。

 

「リチウムが含まれてるんだよ。あと、花火の色についてだが・・・正確にはその花火の中の金属が燃焼した時に出るエネルギーが光に変わって花火に色が出る。そして、花火の中に含まれる金属の種類によって色が変わってくるから沢山の色の花火が見られるんだよ」

 

空に浮かぶ花火を指差しながらあこちゃんにもわかりやすい説明をしようと思いながら話す。

 

「ほら、例えばあの青い花火にはガリウム、黄色の花火ならナトリウムみたいな感じで花火にはいくつかの種類の金属が含まれるから花火は綺麗な色で見えるってわけだ」

 

「うわぁータクミさんってドラムとかもそうですけど、教えるの上手くて先生みたいですね!」

 

「そりゃあどうも・・・まあ、詳しい内容は来年にでも習うからその時にで先生に聞きな」

 

ちょうど花火が終わり片付けをしながら話を切り上げた。

蚊取り線香の火を消して、後始末に取り掛かるとみんながそれぞれ率先して手伝ってくれた。

 

 

×××

 

「それじゃあ、こんなものですかね。手伝ってくれてありがとうございます」

 

「いいよいいよ、気にしないで飲み物とかまで用意してもらってるのはこっちの方なんだからさ」

 

「いや〜それにしても今日は楽しかったですな〜」

 

「モカってば、ずっと屋台で買ったものばっかり食べてたじゃん!」

 

「え〜ひーちゃんだってそうだったでしょ〜」

 

「いやーそれにしても和太鼓も盛り上がってたし今日は本当楽しかったよな!」

 

「あこもRoseliaのみんなとこれて超超楽しかった!ねぇ、りんりん?」

 

「そう・・・だねあこちゃん、普段は祭りとか・・・あんまり行かないから・・・とっても・・・新鮮だったかな?」

 

「お、燐子も楽しかった!ねぇねぇ、友希那と紗夜はどうだったどうだった?」

 

「どうと言われても」

 

「ただ、綺麗だったとしか良いようがないのではないですか?」

 

「もう、違うじゃんさー楽しかったって聞いてるんだよー」

 

そう言うリサ先輩の顔を見て友希那先輩が考えこむ動作をした。

 

「ええ、そうね。なんというかこうやってみんなで過ごす時間も悪くないものね。・・・・・でも遊んでる暇はないわ。私達にはやるべき事があるのだから」

 

「ええ、湊さんの言う通りです。今井さんも白金さんも宇田川さんも明日からはまた集中して練習に臨みましょう」

 

「まあ、息抜きくらいになったら俺としても良かったですかね。皆さんバンド練習以外でも忙しいと思うので・・・じゃあ、そろそろお開きにしましょう。親御さんもあまり遅いと心配するでしょうし」

 

 

×××

 

「別にわざわざ家まで着いて来なくてもいいのよ」

 

「・・・いや、だからって一人で帰す訳にも行かないですよ。他のみんなは迎えが来てたから良いですけど」

 

「だからってあなたの家とは逆方向なのよ。それに荷物だって今日は多いんだし」

 

「・・・・・本音言えばもう少し二人で居たいんですよ。紗夜さんの浴衣姿本当綺麗だし・・・・その・・・・ああ、もうらしくない!好きな人と少しでも長く一緒に居たいんです!」

 

「・・・・そう。」

 

夜の暗さのせいか表情が確認出来ないし声色からは何も察しきれない。

そうして歩いていると、ふと止まり口を開いた。

 

「私はきっと沢山助けられて支えられてきたし、沢山傷付けてもきた・・・・・それなのにどうして貴方はそうやって私に真っ直ぐに好意を伝えられるの?貴方は私のことを嫌ってないの?」

 

「・・・・・仮に俺が貴方に沢山傷付けられてきたとしてそれ以上に沢山助けられてたし救われたと思ってます。だから、もっと助けになりたいし、嫌いになんかなれる筈もないからですよ」

 

「まるで刷り込みね・・・最初が私達だったからでしょ」

 

ぐうの音も出ない返しをされた。

確かに最初に優しさを教えてくれたのは紗夜さんと日菜さんだったから二人のことが好きなのかもしれない。

そうじゃないと口では言いたいが反論出来ず言葉に詰まる。

再び歩き出す紗夜さんの後を二、三歩遅れて着いていき、気がつけば家の前まで着いていた。

 

「ここまでで構わないわ・・・・・それと」

 

ふと抱きしめられ唇に触れる感触とその後に耳元で囁かれる言葉に時間が止まる。

 

「今日はありがとう。貴方も帰る時は気をつけてね・・・おやすみなさい」

 

「・・・おやすみなさい」

 

どうにか口から絞り出した言葉とは他所に心はどこか遠くに行ってしまったような気がする。階段を上がっていく紗夜さんを見送り放心した心をどうにか引き戻し来た道を戻ろうとすると、見知った顔と目が合った。今一番会いたくなかった人だった。

 

「あれーもしかしてお姉ちゃん送って今帰り?」

 

「・・・ええ、日菜さんはパスパレの皆さんと花火大会の番組に出てたんですよね?」

 

「うん、そうだよーいいなーアタシもお姉ちゃんと一緒に花火見たかったなー」

 

「また、来年もあるんでその時にでも観れるといいですね」

 

「うん約束だよ。それと・・・・おやすみ」

 

また、唇が重なり笑顔の日菜さんと目が合う。

嗚呼、やっぱり見られていたんだなと寒気がした。

 

「おやすみなさい」

 

そう言って階段を上がっていく日菜さんを見送るが頭には紗夜さんが耳元で囁いたあの言葉が頭の中を駆け巡る。

感触が残る唇を触り溜息をついた。

 

「・・・・本当に私のことがそれでも好きなら私だけを見て日菜じゃなくて私を・・・」

 

言われた時の表情が頭に残る。

その言葉がまた俺を締め付けるもはや呪いとしか思えない。

 

 

 




もっと早く構成とか練って描けるよう努力します。


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過去
1話


今回は前にも書いてることを仄めかしていた過去の話。最低最悪な生まれと育ちをしたタクミが高校に上がるまでに紗夜と日菜その他の人達のおかげで救われて壊れた話です。


自分の住む部屋の窓から喘ぎ声が聞こえてくる。

中で何が行われているのかは、幼いながらも理解していた。

行為を行っている部屋から追い出されアパートの階段に座り込めば、冷えた段差に驚いた。

冬も過ぎ去り、もうじき春になるのだろう。

裸になった木に若葉が生えているのがそれを証明していた。

冷たい風が吹くと、冬のような寒さを感じるが春まで一月近くしかないというのが不思議な事だった。

母親が買ってくれたおもちゃで1人遊んでいると、部屋の扉が開かれ1人の男が出てくる。

きっと母との行為を終えたのだろう。

いつも通り立ち上がろうとすると後ろから衝撃が走り前のめりに倒れてしまった。

幸い地面が硬いコンクリートではなく土だったため怪我はしなかったが顔に泥がついてしまった。

 

「邪魔なんだよ糞ガキが!こんなところで遊でんじゃねぇよ。」

 

「ごめんなさい。」

 

舌打ちをしてアパートから出て行った男と入れ違いに部屋に戻ることにした。

部屋の中はいつも通り独特な匂いが充満していて対して不快にも思わなくなってきたらしい。

 

「片付けしとくからいつもの弁当と飲み物買ってきなさい」

 

母親がテーブルに置いてある千円札を指指しながら言った。

無言でお金を取り家を出ると、日が沈み暗くなっていた。

先程にも増して寒くなる一方の夕方に1人買い物に出かける。

コンビニに入れば母と自分の分の弁当そして、飲み物を手に取った。

幼い体には、似つかわしくない量の荷物が入ったコンビニ袋片手に アパートに戻れば、先程より匂いがマシにはなってはいるがどうにも多少の匂いは残っていた。

買って来た弁当を置き、自分の分を取り出し、レンジで母親の分も温めてテーブルに並べている。無言で受けとった母親がテレビをつける

母親のつけたテレビには流行りの芸人が漫才を行なっていて会場を盛り上げている。それを、観ていた母親もつられて笑い声を上げる。

 

そんな母親を見ていると、ふと目が合いすぐに睨まれる。

 

「何見てるのよ」

 

「ごめんなさい」

 

下手に口答えすると、酷い目にあうためこれ以上は何も言わずすぐに風呂場に逃げ込む。

狭い風呂場で手早く身体と頭を洗って出ると、冷蔵庫から取り出したであろう缶ビールが辺りに転がっており顔を赤くした母親がテレビを付けたまま寝ていた。

無言でテレビを消して、独特な匂いが残る寝室から一枚布団を持ってきて母親に被せ、空き缶をゴミ箱に捨てる。

母親は酔い潰れるのは早いが眠るまでが酷くてよく殴られるため早く潰れてくれて良かったと思った。

自分がいつも使っている、布団を引きずりながら玄関付近に広げて寝転がる。

底冷えする床に冷たく思いながらも布団にくるまって寒さに耐えながら目を瞑ると、いつなの間にか意識は闇に落ちていった。

 

 

 

「ガハッ」

 

唐突に鳩尾に衝撃が走り身体をくの字に折り曲げ噎せる。

涙目で起き上がると、化粧をして荷物を持った母親と昨日の男が居た。

 

「3日間旅行に行くから、机に置いてあるお金でご飯を食べなさい」

 

そう言って、玄関を出て行く。

 

「ねぇ、向こうに着いたら沢山シようね?」

 

「分かってるよ。なんなら一回ホテル寄ってからやるか?」

 

「もう、旅館に着いてから今日もう出来ないなんて言わないでよ」

 

階段を降りる年中発情期の母親の猫撫で声に吐き気を覚えつつ顔を洗うため洗面所に向かう。

顔を洗い、万札をポケットに入れてからコンビニに向かった。

3日分の食料として弁当や菓子パンの類と飲み物を買い普段より重くなった袋を片手に部屋に戻る。

テレビを見ながら菓子パンを食べ買ってきたお茶を飲む。

いつもよりも平和でこの先3日は殴られ蹴られる心配もないだろう。

食べ終えたゴミを捨て、鍵をとり少しだけ外出をすることにした。

風が肌寒いがいつもより幸せな気持ちで外出できる幸福を味わえることに喜びを覚える。

今は暴力を振るわれ暴言を吐かれる心配もしなくて良いということがとても嬉しかった。

 

公園に行くと、親子連れや友達と来ている子供しか居なかった。

ブランコまで行き一人で漕いでいるた、親子連れの人の視線を感じた。

 

「あの子の服とってもよれよれね。何処の子かしら?」

 

「それにしても顔にある痣。虐待されてるのかしら?」

 

聞こえてしまったその言葉に胸が痛くなる。

嬉しかった気持ちが急に冷め、ブランコを降りる。

あからさまに言っているとしか思えないその言葉に何も言い返せず、公園を出る。

行くところもなく、家に帰る道中目の前に小さな子猫が現れた。

 

「君も一人ぼっちなの?」

 

そう言って撫でようとすると、威嚇をして逃げていく。

逃げた先には親猫と思わしき猫がいて路地裏に逃げて行った。

先程の威嚇は一人なのはお前だけだと言っているような気がした。

人にも好かれることなく、動物にも好かれない。

もうどうでもよくなって足早に家に戻る。

家の前には知らない車が止まっていた。

だが、それすらもあまり気にならなかった。

幸せに感じた気持ちはどこかに行ったのだろう、階段を登り部屋に向かうと部屋の前に見知らぬ男が立っていた。

 

「何か用ですか?」

 

男は身長が高く、身なりも良くて母親の知り合いには見えなかった。

 

「君がタクミ君かい?」

 

「おじさんは誰ですか?」

 

「私は君の父親だ。君の母親が事故で亡くなったらしい。私のところに連絡が来たから君に伝えないと思ったのだけどね・・・」

 

父と名乗る男がジロジロとこちらを見る。

見すぼらしい服で顔に殴られた痣しか無い自分を見た男は溜息をついた。

 

「君の様子では君の為に振り込んでいた養育費は彼女が使っているのか。それに、顔の痣といい暴力を振るわれているんだな」

 

男は呆れたように言って腕を掴み階段を降りる。

 

「あの何処に行くんですか?」

 

「病院だ。身元確認のために子供の君を連れて来いと警察が言っていた」

 

車に乗り込みエンジンをかけると車内にジャズが流れる。

無言でハンドルを握り、車を走らせる。

自分の父親だと言った男は何を言うこともなく、車を走らせ続けた。

病院に着くと、不思議な部屋に通された。

後で知ったのだがそこは霊安室だったらしい。

台に乗せられた布を取ると、顔は潰れ所々爛れた人が寝転がっていた。

髪は焦げていて、肉の焼けた匂いがした。

事故の悲惨さが現れたソレは指輪などの装飾品や来ていた服から母親だと分かった。

そして、もう一つの死体は朝母親と共に旅行に行った男だったモノだった。

警察に尋ねられた質問に返答しそこで初めて母親の名前を知った。

田浦真美それが母親だった女の本名らしい。

どうでもいい話だが今更になって自分の苗字を知った。

病院のベンチに座り父親と名乗る男がジュースを手渡す。

お礼を言って受け取ったそれを飲みながら父親が話し始めた。

内容としては君は私の子供だから君を育てる義務がある。

一応高校までは面倒を見るので、高校を卒業したらあとは好きにしろとのことだった。

それからは早く借りていたアパートの手続きなどを済ませて、父親とその家族が住む家に住まわせてもらうことになった。

目の痣も癒え、男に連れられて知らない土地に向かう。

 

「ひとまず、挨拶したいところがあるからそこによるがあまり変なことはするなよ」

 

釘を刺した父は車を駐車場の一角に止めて、向かうマンションに着いて行くとある部屋の前に止まり、インターホンを鳴らした。

一言、二言の挨拶を交わして出てきた二人の男女に軽く紹介させらるようだった。

 

「ああ、どうも氷川さん、実は前に話した元妻との子供を引き取りに行って今戻ったところで・・・今日はその紹介に来ました」

 

「ああ、その子が・・・母親を亡くして大変だろうけど、しっかりな」

 

男がそうやって近づいて手を出す。

殴られるのかと思い反射的に後ろに下がると男は少し驚いた顔をした。

 

「この子はどうも人見知りなようなのですいません。私の今の妻の妹さんとその旦那さんとその子供達だ。挨拶しろ」

 

下がった身体を押し戻され前に出される。

 

「タクミです。よろしくお願いします」

 

頭を下げると一緒に出てきた女性が微笑んでいた。

 

「あら、しっかり挨拶出来るなんて偉い子ね。ほら、紗夜と日菜も挨拶しなさい」

 

先程からじっと見つめていた女の子二人が前に出てきた。

 

「姉の氷川紗夜です。よろしくお願いします」

 

「妹の日菜だよ。よろしくね!」

 

そう名乗った二人は眩しいくらいの笑顔を浮かべて挨拶をしてきた。

この二人は公園にいた子達のように幸せな生活を送ってくれるのだろう。

ジーっと見つめてくる二人と目が合うとまた二人が笑顔を向けてくるのが堪らなく怖くなってきた。

向けられる笑顔はいつも暴行を受けている最中の男が浮かべたものだったからだ。

 

「君とってもるんっ♪ってするね」

 

「るんっ?」

 

「気にしないで下さい。いつも日菜が使う表現なので」

 

姉の方がそう言ってフォローを入れた。

正直言ってどうでもよくて適当に相槌を打って終わる。

 

「それで、小学校はどちらに?」

 

「近くの方にと考えておりますが、何分私も忙しいので明日にはアメリカに戻らないといけないので後のことは妻に任せてます」

 

「なるほど、近くのということはウチの子たちと一緒のところですね。紗夜 日菜タクミ君も同じ学校に通うから優しくしてあげなさい」

 

「うん!タクミ君よろしくね」

 

「よろしくねタクミ」

 

「え、はい。よろしくお願いします」

 

自分の知らないところで早々に処遇は決まっているらしい。

小学校・・・テレビでしか見たことがない勉強をするための場所らしいそれを自分は通うことになるらしい。

 

「じゃあ、私達はそろそろ」

 

そう言って挨拶をして家に入ろうとする父親を横目に頭を下げて挨拶をする。

 

「タクミ次は一緒に遊ぼうね」

 

そう言って妹の方が手を振っている彼女達に父と共に別れの挨拶をして、車に戻った。終始無言の車内に流れる音楽とウィンカーの音に耳を傾けながら窓から流れる景色を眺めると

持っている荷物はとても少なくダンボール一箱分しか無かった。

閑静な住宅街の一軒家に車を止める。

 

「ここが今日から君の住む我が家だ。部屋は家族が物置として使っている部屋が余っているからそこを使うといい」

 

無言で玄関を開けると出迎えに来たのは女性と自分よりも小さい男の子がいた。

 

「お帰りなさいアナタ」

 

「すまない、帰ってきてすぐだが明日にはアメリカに戻る。今の仕事を出来るだけ早く終わらせて戻ってくるから」

 

「そうですか、ところでその子が?」

 

「ああ、引き取ったタクミだ。この子のことは君に任せるよ。そうだ、タクミこの人が私の妻の真波と弟になる剛だ」

 

紹介だけして父親は部屋に荷物を持って行った。

改めて真波さんに頭を下げる。

真波さんは蔑むような目をした後に上の部屋の一番端にある部屋を使うように言って剛の手を引いてリビングに戻って行った。

一人取り残された自分としてもどうしようもないのでとりあえず荷物を持ち二階の自分の与えられた個室に行くしかなかった。

 

ああ、思えばこの日からまともな生活を送ることが出来ると思っていた自分を心底嫌いになったことはないだろう。

そして、隣の家の二人が自分を救ってくれるなんてことも当然この時は知りもしなかったんだ。

 

この日からただのタクミから日高巧になった。

人生で最悪な時期から最低な時期に移り変わった日でもあった。

 




主人公が報われない方がなんか文章的に良いのかなと思ってしまうのですがみなさんはどうでしょうか?
本醸醤油様の青春ガールズロックと黄昏ティーチャー。の終わり方もめっちゃカッケーなと思っていますがやはり、悲哀は嫌だなって人もいるんですよね。自分は面白ければなんでもいいのでアナザーストーリーも楽しく拝見させてもらいました。
この作品の場合はタクミを幸せにして終わるかどうかは多分気分です
だから今の段階でどうなるか分かりません。
こんな作品ですがどうか宜しくおねがいします。


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2話

めっちゃ遅くなりました。
そして、低レベル感が否めないです。
それと、10000UA突破しました。
ありがとうございます。


入学式という行事は子供とその親がとても嬉しそうにしていた。

かくいう自分はみんなのようなランドセルではなく6年間もつような丈夫なバックパックで身体には全く合わない大人用のサイズの衣服を身に纏いこの空間で浮いた存在だった。

心なしか周りの保護者の目が自分に集まっているような気もする。

こちらに引っ越して来た翌日には父親はアメリカへと戻り、義母に当たる美波さんと剛の3人で暮らすようになってからはやくも1週間が経つが、美波さんの俺と剛との扱いの差も既に雲泥の差を通り越したものだった。

当然今も美波さんが保護者としているわけでも無くひとりぼっちの入学式にあたる訳で、衆目に晒されている今もただ不快でしかない。

吐き気を催すような時間に耐えて、どうにか各クラスに移動する事になってからも気分が晴れる事は無く。

周りの同世代の子供たちは幼稚園などの場所に一緒に通っていて面子なのか既にグループ的なモノが出来ており、当然部外者の自分には入り込む余地すらないほどだった。

担任の自己紹介と個人個人の自己紹介が済んだ後は、教科書の配布や父母に渡すプリントなどを配布されやっと入学式を終えた。

周りがランドセルに教科書類を詰め込むのを横目に手早くバックパックに詰め込むと、隣の机からプリント用紙が落ちた。

無言で拾い隣の少女にそれを手渡すと彼女はとても眩しい笑顔を浮かべた。

 

「ありがとう拾ってくれて。私は山吹沙綾って言うんだ。君は・・・日高君だったよね。明日から宜しくね」

 

笑顔で差し出された手を握らずプリントだけ手渡す。

戸惑いながらも差し出した手を引っ込める彼女を横目に教室を出ると、廊下では親子で写真撮影をする家族ばかりだった。

どの家族も幸せそうな顔をしており、正直に言って吐き気を催した。

校門を出ると、背後から勢いよく抱きつかれもうすこしで倒れそうになった。

 

「こらヒナ危ないでしょ」

 

「えーでもタクミ君がいたからさー」

 

「タクミまで怪我をしたら大変でしょ。その事まで考えなさい」

 

「はーい」

 

タックル気味に抱きついたことを怒られる妹から離れ帰宅をしようとするが今度は手を掴まれる。

手を離せとばかりに睨むが彼女にはそれすらも意味を成さなかった。

 

「タクミ一緒に帰ろうよ」

 

「なんでですか?」

 

「家一緒の方向でしょ。それにタクミはこっちに来たばかりなんだからこの場所のこと教えるよ」

 

「別に教えて貰わなくて結構です。俺に構わないで下さいよ」

 

そう吐き捨て、抱きついてきた妹の方をつき放し歩き始める。

何が目的なのか知らないが理由もない優しさなんて信用出来る筈もなく。

今までの人生を振り返ってみても誰かといると碌な事が起こらない。

一人が気楽だということを短い人生で理解したなんて皮肉過ぎて笑えてしまう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「帰っちゃったね」

 

「そうね。実の母親を事故で亡くしたばかりと聞くし、今はそっとしてあげましょう」

 

「ねぇお姉ちゃんお母さんが死んじゃうってどんななんだろうね」

 

「分からないけれど、きっと本人は悲しいから今は一人でいたいのよ」

 

新しく出来た従兄弟の存在に姉妹でどうするべきか迷ってしまう。

母さんや父さんには優しくしてあげなさいと言われていたがまさかこうも突っ撥ねられるとは思ってもいなかった。

それに見た限りでは入学式におばさんの姿は無くきっと一人で入学式に参加していたのだろう。

 

「ねぇ日菜あなたはどう思う?」

 

「タクミはるんっ♪てするからもっと仲良くなりたいかな」

 

「そうね。なんと言うか彼ほっとけないし、仲良くなれるよう頑張りましょう」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

意味がわからない何故ああも自分に付きまとうのか。

何故自分に関わろうとするのか。

人に優しくされたことの無い自分に優しくする彼女たちの心境が読めない。

家に着くと、渡された鍵を使い家に入るが中には誰もおらず、リビングのテーブルには置手紙が置かれており、掃除をしておくこととテーブルに置いてあるお金で昼と夕方食べるように書いてあった。

置手紙を破り捨てテーブルに置かれている100円玉を見つめる。

二食で100円というありえない事態に戸惑いを隠せないが言う通りに掃除しておかないと追い出されるかもしれないという恐怖がその戸惑いすらも打ち消していく。

慌てて掃除に取り掛かるが掃除機や皿洗いは身体の小さな自分には難しく家全体の掃除を終える頃には2時間を越えていた。

 

「お腹空いたけど、100円か。限られてくるよな食べられるの」

 

手のひらに収まる硬貨の価値は知っている。

これ一枚で買えるのはコンビニではせいぜい塩おにぎりが関の山だという事を。

しかし、もしも今回のように食事代として渡されるお金がこれだけの額だとしたならきっとあとあとのために使わないで貯めるという選択肢も必要になってくるのかもしれない。

頭の中で思考回路がこれでもかというほどフル稼働するが身体は正直なのか腹の音が鳴り響く。

考えてみれば朝から何も食べていないのだから当然だろう。

とりあえず、外に出てそれから考えるしかない。

もしかしたら、100円以下でも腹を満たせる手段があるかもしれない。

そんな思いを胸に再度鍵を持って外に出ることにした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

来たばかりでどこに何があるかも知らないなか歩き続けると、テレビで見るような商店街と呼ばれる場所に着いた。

辺りには沢山の店があり、あてもなく歩いているとどこからか良い匂いがしてくる。

 

「ここだよな。匂いのする場所って」

 

一体何の匂いかは分からないが、それでも入るだけ入ることにした。

もし、お金が足りなかったら今日はもう食べないでいいかとも考えながら店の扉を開けると、中には沢山のパンを並んでいた。

 

「いらっしゃい。お使いかな?」

 

そう言って、出迎えてくれた女性にお辞儀をして店内に入ると中には豊富な種類のパンが並んでおり見ているだけで空腹感が募っていくほどだった。

 

「母さん 父さんがパン焼けたから並べるの手伝って欲しいって」

 

「えぇ分かったわ。沙綾は店番お願いね」

 

「うん」

 

聞き覚えのある少女の声に振り返ると、隣の席の彼女だった。

彼女は自分に気付いたようで笑顔を浮かべるが、なんと言っていいのか分からずパンを選び始めた。

パンを見ていくなか明らか視線を感じて振り返ると彼女と目が合ってしまう。

どうしたらいいか分からずとりあえず目の前のパンを指差した。

 

「ねぇ、山吹さんだったよね。これって何?」

 

「それはサンドイッチだよ。えっと、パンの名前書いてないかな?」

 

パンの名前と思わしき文字が書かれているが読めるわけなく何というパンなのか分からなかった。

 

「ごめんね。俺文字読めないんだ」

 

「えっと・・・幼稚園とかで習わなかったの?」

 

「幼稚園には通ってなかったからさ。平仮名?とかカタカナってのは読めないんだ」

 

テレビは見ていたから幼稚園というものの存在は知っている。

数字は母親によく行かされていた買い物で覚えていたが文字は読めなかった。

いつも母親が買う物の絵柄や同じようなものを買っていたせいで文字をおぼる必要が無かったからだ。

その結果この歳で文字読めないんだろう。

あからさまに驚いた顔をしていた山吹さんを横目に値札を確認するがサンドイッチは120円自分のポケットには100円しかないため足りないことが分かり別のパンを探し始めた。

そして、今度は50円と書かれた値札にあるパンを見つけそれを指差した。

 

「ねぇこれは?」

 

「それはラスクって言ってパンを2回焼いて砂糖をまぶしたものだよ」

 

「じゃあこれにする」

 

そう言って袋に入ったラスクというパンを片手にレジに向かうと店の奥の方から山吹さんのお母さんともう1人父親と思わしき男性が出てきた。

 

「沙綾 お友達かい?」

 

「うん。一緒のクラスになったタクミ君」

 

「そうかぁウチの子も遂に男の子を連れてくる歳になったのか」

 

「あら彩綾にも春が来たのね」

 

そう言って笑う2人と店の意味が伝わらず首を傾げる山吹さんを横目にレジにラスクを置いて支払いを頼んだ。

 

「50円のお返しになります。それと、これはポイントカードね。パンを買うごとにスタンプを押して全部埋まったらパンのサービスがあるから」

 

そう言ってラスクとは別にもう一つパンが入れられた袋を手渡される。

 

「あの100円しかないのでこのパンは買えません」

 

「違うわ。そのパンはサービスよ。ウチの彩綾と仲良くしてあげてねって意味だから気にしないで」

 

「えっと…ありがとうございます」

 

お辞儀をしてパン屋さんを出た。

山吹さんの両親はきっと優しい人なんだろう。

だから、山吹さんも優しいんだと納得した。

こんな周りに比べて浮いた自分に話し掛けてくれるほどに。

商店街を出てどこかパンを食べられるとこを探すことにした。

家で食べてパン屑が落ちてると、きっと怒られると考えたからだ。

 

「公園って確かここの道だったよな」

 

父親の車に乗りながら来た道に確か公園があったのを思い出して、そこに向かうためにまた歩き出した。

袋の中からラスクとは別のもう一つのパンの匂いを楽しみながら歩いていると、ここに引っ越す時に見た公園に無事着くことが出来た。

 

「いたっ」

 

ベンチを探して歩いていると、公園の入り口で女の子が転んでしまっていた。

 

「ねぇ大丈夫?」

 

「だ、大丈夫です。擦りむいただけなので」

 

そう言って立ち上がろうとする彼女の顔を痛みで顔をしかめていた。

これを無視出来るほど人間性を棄てた覚えは無かったためやることは決まった。

 

「肩に捕まってよ。あっちの水道で傷口洗わないといけないから」

 

「でも」

 

「でもじゃないよ。足痛いんでしょ?それにばい菌入ったら悪化しちゃうし」

 

渋る彼女の肩を抱き水道まで歩き始めると彼女も諦めたのか身体を預けて歩き始めた。

水道に着いて傷口を水で洗い、ハンカチで傷口を強く圧迫するように結んだ。

 

「これで良いと思うけど・・・家に帰ったらちゃんと消毒して貰ってね」

 

「ありがとう」

 

とりあえず、応急処置は済んだのでパンを食べようと袋に手を伸ばそうとした瞬間背中に衝撃が走り前のめりに倒れ込んだ。

 

「つぐみちゃんを怪我させて許せない」

 

「え?怪我させてな」

 

振り向いて怪我させてないと言い終えない内に今度は馬乗りにのしかかられて顔を殴られた。

 

「つぐみちゃんを虐める奴はアタシが許さないんだからな」

 

そう言って赤い髪の女の子が顔を殴り続ける。

あまりの痛みに顔をガードするが体格差がありすぐに腕を掴まれまた殴られた。

 

「やめろよ」

 

どうにか上に乗る彼女を突き飛ばして体制を整えるがすぐさま赤い髪の子が詰めて来たので慌てて公園から逃げることにした。

 

「おい、待て」

 

「待って巴ちゃん!その子が私を怪我させたんじゃなくて私が自分で転んじゃったの」

 

「えっ!じゃあ、アイツは」

 

「私が怪我してた時に助けてくれたんだよ。巴ちゃんと蘭ちゃんの勘違いなの!」

 

巴ちゃんに呼び止める。

自分を助けてくれた子は公園を走り抜けて逃げて行った。

 

「じゃあ、私はつぐみちゃんを助けてくれた人を殴ってたのか?」

 

「そういうことになるね〜。あ、みんなも食べる〜?」

 

「え、モカちゃんいつパン買ってたの?」

 

「そこのベンチに置かれてた〜。あ、ひまりちゃんも食べる〜?」

 

「良いの?ありがとう」

 

「え、モカちゃんそれさっきの子の持ってたパンだよ!」

 

「え〜でも〜置いてったから誰かが食べてあげないとパンが可哀想だよ〜」

 

「じゃあ、なんだ?アタシ達はつぐみちゃんを助けてくれた子を殴ってさらにパンまで食べちゃったのか?」

 

「殴ったのは巴ちゃんだけでしょ!」

 

「蘭ちゃんが先にあの子突き飛ばしたからアタシはあいつがつぐみちゃんに怪我させたと思って殴ったんだぞ!」

 

「2人共喧嘩はやめなよー」

 

今にも喧嘩し始めようとする2人をひまりちゃんといっしに止める。

 

「そうだよ。まずあの子にちゃんと謝らないとそれにパンのことも」

 

「謝るって言っても名前も知らない子だぞ。どうやって探すんだよ」

 

「いや〜同い年くらいの子だったから小学校探したら見つかるわじゃないかな〜?」

 

「じゃあ、明日小学校探してみるか?アタシと蘭ちゃんはアイツに酷いことしたし」

 

「じゃあ、みんな頑張ってね〜」

 

「私もモカちゃんもパン食べちゃったから一緒に謝りに行くの!」

 

「は〜い」

 

名前も知らない男の子。

身に纏っていた服は明らかに身体に合っていなかった。

そんな不思議な男の子を探してもう一度お礼をきちんと言いたかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

公園で同い年くらいの女の子を助けたら別の子に勘違いで突き飛ばされ馬乗りにされ殴られたせいで身体中が痛い。

唇の端が切れて口の中で血の味が広がる。

この痛みには昔に慣れてしまいどうでもよかった。

母親と連れの男はよく暴力を振るう人だったからだ。

水飲み場の近くで倒されたせいかズボンの裾やシャツの袖口は汚れてしまい今日の大切な食料であるパンを慌てて逃げたせいで置いて来てしまった。

腹の音が鳴り、空腹感が募るがどうすることも出来なかった。

住まわせて貰っている家に着く頃には5時半の鐘が鳴り、辺りに時刻を伝える。

汚れたズボンの鍵を弄り家の鍵を取ろうとするがポケットの中に鍵は無かった。

慌ててもう片方や後ろに付いたポケットに手を突っ込むがあるのは布の感触だけだった。

 

「どうしよう。失くしちゃった。探しに戻らないと」

 

けれど、先程突き飛ばされ殴られた記憶が探しに戻ろうとする足を引っ張る。

戻ればまた殴られるかもしれないという思いが心を掴み身体を引き留める。

けど、家の鍵を失くしことがバレると何をされるかわかったものじゃないためその恐怖が身体を動かした。

 

 

 

慌てて戻るも、公園には人影すらなく辺りは街灯の灯りだけで照らされていた。

自分が突き飛ばされ殴られたところを探してみるも街灯の灯りだけでは暗くどこに何が落ちているのかはよく分からなかった。

草むらを掻き分け、ベンチの下を覗きこみ探すがそれでも見つからなかった。

諦めて正直に言って謝ることにしたがその帰路の足取りは異常に重く感じていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

バチンっ

帰ってきて真波さんに話すと勢いよく顔を叩かれた。

 

「それで鍵を落としてその上泥だらけで帰って来たという訳ね」

 

「はい。すいませんでした」

 

「はぁ、一体誰がその汚れたズボンとシャツを洗濯すると思ってるの?それに鍵まで失くして・・・住まわせて貰ってる分際でどうしてこんなに迷惑ばかりかけれるのかしら?なぜ、あの人がアンタなんかを引き取ったのかホントに理解出来ないわ。こんな足手まといのガキなんて孤児院にでも引き取ってもらえば良いのに」

 

真波さんの言葉には優しさどころか遠慮のカケラもない。

言葉の端々にわざと傷つける発言を投げつけられる。

 

「とりあえず、風呂でその服を自分で洗いなさい。それと・・・明日までに家の鍵が見つからなかった場合にはアンタは孤児院行きだから」

 

冷たく言い放つ真波さんの後ろ姿を見送り風呂場に入る。

泥だらけの服を洗剤で洗い始める。

口の中に鉄の味が広がる。

先程のビンタで口の中が切れたのだろう。

口の中をゆすぎ吐き出した。

赤黒く濁った水が排水溝を流れていく。

それと同時に頰を涙が伝っていく。

なんで自分ばっかりこんな目に遭っているのだろうと思う。

暴力を振るう実母とその連れそして、今度は真波さんにまで殴られて同い年くらいの子達にも殴られた。なんで自分ばかりなのか。

なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで

いくら考えても理由が分からない。

身体も心も痛い。

自分の人生に意味はないと理解した。

生きてるだけで悲しくて辛い思いを沢山した。

もういいと思う。

自分自身の人生に諦めてしまっても。

溜息だけが溢れ鏡に映る表情は酷く暗く目から光は無くなっていった。

 

 




感想 高評価お待ちしております。
てか、アドバイスあったら教えて下さい。
プレゼントキャンペーンも当たり嬉しみに溢れております。
頑張って文章力上げれるよう頑張ります。


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