猫と犬は相容れない (あずき屋)
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序章 炎上汚染都市 冬木
序章


「オイ、なんで開始早々こんな長ったらしいんだよ」

「あぁ?分かんねぇの?
初回サービスってやつだよサービス。
あんまし短けぇと薄っぺらく感じんだろ。
こう盛りに盛り立てて少しでもまともに書けてるように見せかけてんだよ。
ちったぁその足りねぇオツムで考えろやクソ猫まな板女」

「いや長すぎんのも考えもんだろ。
和紙をいくら重ねたところで対して変わんねぇだろ。
お前こそよく考えて話せよバカ犬ポンコツ能無しヤロー」

「よし裏行こうぜ。
俺らお得意の話し合いと行こうじゃねぇか」

「ハッ!上等だこのバーカ!」

「バカっていう方がバカなんですぅ!」

「あぁ!?」

「やんのかコラァ!!」

「どっもどっちじゃないですか......」



 

 犬猿の仲という言葉を聞いたことがあるだろう。

極東の国にて発祥された諺だ。

それは互いにいがみ合うほどに険悪な仲という意味を持つ。

この諺の認識は広く、日本だけに留まらず世界にまでも広がっている。

現に外国においても似たような言葉がある。

ただ、外国には猿は身近な存在ではないため猫という概念に置き換わってはいる。

だが、意味としてはどちらも同じことを指す。

 身近に皮肉や悪態をつき合う者がいたりしないだろうか。

そんな者達に対して当てられた諺がそれだ。

実際のところ、対応がどうであれ、相容れないと思うのは感情を持つ生物であるならば至極当然のことだ。

元来知性あるもの、即ち人は争う生き物。

戦であれ日常であれ、相手より自分が上回っていると主張し、他を蹴落とそうと躍起になる。

そんな醜い生物の子孫が現代に生きる人々だ。

何百何千年経とうと、人は争いの心を手放さない。

真の意味での共存はいつの時代になろうと誰も実現出来ていないのだ。

それ即ち、犬猿の仲とは人間の行いそのものを表していると思えないだろうか。

情に厚い犬は時に損得勘定抜きで飼い主に付き従う。

反面猫や猿は人に懐きにくく、自由奔放でマイペース。

そして、そのペースを乱すものに対しては容赦しない。

この2匹は互いの性分が理解出来ず、性格も真反対のことから馬が合わない。

正に水と油。

決して相容れないと古来の人たちはそう思い、そんな言葉を残しのだ。

いつの時代、どんな状況、どんな環境でもそれは如実に表れる。

例え世界が焼却される間際にまで陥ろうとも、人はその在り方を忘れることはない。

間違いなく、人という存在が完全に消え去らなければ消えることのない感情だろう。

 

 

「おいコラ、最初に言っておくぞ」

 

「あァ、オレもお前に最初に言っとくぞ」

 

 

 

──────(オレ)はお前が気に食わねぇ!バーカ!

 

 

 

 これは、どこまでも(いが)み合い続ける二人の物語。

 

 

_____________________________

 

 

 

 

「っていうかさ、何でこんな時にまでお勉強しないとといけないの?

人理終わっちゃうんでしょ?

こんなことしてる暇ねーじゃん。

それより早く英霊呼んだ方がよくね?

何なの?机がお友達なの?

ペンが恋人なの?ノートが愛人なの?

え、何?本命どっち?

たらしにも限度ってもんが」

 

「うるさいっ!!!!

いいから黙って机に噛り付いてペン握ってノートに術式を書き込んでいればいいのよ!

だいたい何よお友達とか恋人とかって!!

そんなもの私にはいらないわよ!!

魔術の鍛錬にだけ尽力してれば問題ないの!

それが私たち魔術師としての在り方で責務なの!

貴方も魔術師の端くれならそれくらい理解できるでしょう!!?」

 

 

「いや全然」

 

「キィィィィィィィィィィィ!!!!

何なのこのダメ人間!!」

 

「おいおいヒステリーもそれくらいにしとけよ。

すぐイライラする女は嫌われんぞ?

だからちゃんとカルシウム摂っておけってアレほど」

 

「ロマァァァァァァン!!!?

ロマニ・アーキマン!!!?

一体何処にいるの!!?

こんなダメ魔術師を候補にした張本人!!!

出て来なさいっ!!!!

ガンドで蜂の巣にしてあげるから出て来なさいっ!!!」

 

「おうおうおう、姫がご乱心なされておるわ。

こんなんで所長とか大丈夫かよホントに」

 

「誰のせいよ!!?誰の!!!!?」

 

 

 人理焼却の結果をカルデアスが指し示してから少ししてのこと、人理継続保障機関フィニス・カルデアの所長であるオルガマリー・アースミレイト・アニムスフィアはこれ以上ないくらいに焦っていた。

2016年に人理が焼却されてしまうという前代未聞の結果を突きつけられ、多方向から圧力を掛けられてただでさえ参っているというのに、次の仕打ちがこの現状だ。

青葉紫助(あおばしすけ)

人理焼却を防ぐために選ばれた48人のマスター候補うちの一人。

ではなく、そのマスター候補の候補。

即ち補欠要員である。

聞けば彼の扱う魔術は強化のみ。

厳密には強化のみではなく、その他の初歩的な魔術を扱うこともできるが結局のところそれまでだ。

魔術による戦闘ではなく、肉弾戦に特化した戦法を好むことから、マリーの神経を更に逆撫でした。

彼は魔術師としては異端と呼ばれる類のものだろう。

故に特別な適性を持ち得ておらず、役割としては数合わせ程度だろう。

勉学に対する姿勢は至って不真面目。

大した素養もなければやる気も覇気も感じられない。

そんな彼が、何故ギリギリながらもマスター適性の判断を下されたのか。

全くもって理解できない。

彼は間違いなく役立たずだ。

 だが、どんな偏屈な者であれ、ここカルデアに招かれた以上はそれ相応の戦力になってもらわなければ困る。

ギリギリでも適性が出てしまった以上、彼には人理焼却を阻止するために出来るだけのことをやっておかなければならない。

マスターとしての責務を果たせない以上、カルデアの所長としてできることはやらなければ上層部への面目が立たない。

だからこそ不本意ながらも、非常に不本意ながらも教育係を買って出たのだ。

そして、今に至る。

 

 

「なぁ所長サン?

この術式ホントに覚えなきゃダメ?」

 

 

「当たり前よこのおバカ。

こんなもの初歩中の初歩よ?

ここにいるマスター候補はもちろん、スタッフだって全員知っているわ。

分かっていないのは貴方と、もう一人の補欠ぐらいよ。

本当に、何でこんな奴らが適正判定が出ているのよ......」

 

 

「今更どんだけやっても付け焼き刃だろ?

ンな鈍より俺の木刀の方が何倍も使えるわ。

と言う訳ではい、お勉強おしまい。

俺修練場行ってくるわ」

 

 

「ちょっ.......!

待ちなさい紫助!!

全職員招集の大規模ブリーフィングまで時間ないのよ!?

せめてこれぐらいやっておかないと!」

 

 

「だからこそだろ?

俺に構ってねーで、お前はお前にしかできないことやっとけよ。

ここの代表なんだろ?

だったら事前に確認しておくこととか色々あんだろうが。

俺みたいな補欠は隅っこで素振りでもしてる方が落ち着くんだよ」

 

「で、でも!」

 

「いいからもう管制室に向かっとけ。

所長が遅刻なんて、それこそメンツ丸潰れだろ?

んじゃーなー」

 

 

 掴み所がなく、全く制御できる気がしない。

風みたいにすり抜けて、いつでも飄々としている。

最初に見た時から全く理解できなかった。

これだけ大勢の実力者に囲まれて劣等生としての烙印を押されていながら、どうしてあれ程までに素知らぬ顔をできるのかと。

普通、居心地が悪くなって心理状況は落ちて行くはずなのに、彼は一行に自分のスタンスを崩さない。

理解出来ない。

ただそれだけの回答がずっと頭の中に示されている。

 

 

「............はぁ、バカらしい」

 

 

 どれだけ考えてもあのバカを理解できる気がしない。

というよりしたくない。

考えるだけもう無駄だ。

それこそ時間の無駄というもの。

仕方がない。

彼の教育はここまでにしよう。

どうせ彼の出番などありはしないのだから。

他のマスター候補は、残った魔術師の中でも本当の実力者たち。

あんな異端者にかまけている暇なんてない。

それよりも彼らのバックアップをより強固にしておかなければ。

思考を切り替えて管制室へ向かうことにした。

数歩歩いて気がついた。

大切なことを思い出した。

 

 

「って......あんたもブリーフィングに参加するのよこのバカァァァァァァァァァァァァ!!!!」

 

 

 

_____________________________

 

 

 

 それからしばらくして、ブリーフィングは滞りなく進行された。

もう一人の補欠候補が遅刻した挙句に居眠りをして怒鳴り散らしたこと以外は、問題なく進行した。

結局現れなかったバカを除いては問題なく進行した。

選ばれた補欠候補という奴らは一体何なんだろうか。

どいつもこいつも人を舐め腐っているとしか思えない態度だ。

あんなのが世界の運命を担うというのか。

想像するだけで頭痛が強くなる。

まぁいい、どうあれあの二人が活躍することなどあり得ない。

結局のところ、この選ばれたマスター候補たちに全てを託すしかない。

そのためのバックアップ体制を整えよう。

 

 

「以上のことから、ブリーフィングを終了します。

何か質問のある者は?」

 

 

「............」

 

「ないならいいわ。

最後に一つ、貴方たちはこれから先常識では測れないかつてない危険な任務に赴くことになるでしょう。

安心してとは言わないし、言えない。

私たちは決して前線に立つことは出来ない。

貴方たちの壁になることも剣になることも出来ないわ。

でも、これだけは覚えておいて欲しい。

貴方たちにしか出来ないことがあるように、私たちにしか出来ない大切な役割がある。

レイシフトの安定化、レイシフト後のサポート、英霊召喚の基盤作り、遠隔からの探査。

どれもこれもスタッフと貴方たち抜きでは実現し得ない試みよ。

私たちに出来ないことを貴方たちがやり、貴方たちに出来ないことを私たちが努める。

バックアップは任せなさい!

そして、共に人理焼却なんて馬鹿げた結末を、この手で覆してやるのよ!」

 

 

 所長からの激励が、候補生に伝播する。

喝采が涌き、士気が向上していく。

マリーはこの反応を分かっていたように表情を変えずすぐに踵を返す。

最早この場にて自分ができることはない。

まるで道化のよう。

何の力もない自分の発言で人が湧き、勝手に盛り上がっている。

 

 

「(はぁ......まぁいいわ。

こんなの今に始まったことじゃない。

この後はいよいよレイシフト実験。

これさえクリアできれば、後はどうとでもなる。

必ず完遂してみせる。

そして、あいつらをいつか見返してやるんだから!)」

 

 

 

 マスター候補たちをコフィンと呼ばれる霊子変換装置に入れ最終チェックに移行する。

これにより霊子を過去へ送って時間逆行させて、タイムトラベルを実現させ、そのうちの人理焼却の原因を排除。

観測されている七つの異変、特異点を突き止め、これを排することで現在の未来を変える。

なかなかにぶっ飛んだトンデモ理論ではある。

納得も理解も出来ないのは無理もない。

しかし、数多の実験を経て理論を随時見直し、現代の魔術技術のレベルならば実現可能。

実績も十分に示せたからこそ上層部もこれを認可し、人理継続保障機関フィニス・カルデアの設立と運営を許可したのだ。

事実上最後の砦であるカルデア。

これしか打つ手はないが、これが最善の手段だ。

 

 

「システムオールグリーン。

被験者バイタル良好、霊子基盤安定。

シバ、ラプラスともにシステム安定を確認。

レイシフト開始までのエネルギー充填まで、後195秒。

問題ありません所長」

 

「マスター候補生のバイタルチェックは常に把握しておいて。

どんなタイミングで不安定になるか分からないわ。

これから先の試みは、カルデアにとって初めてなんだから。

誰一人欠けさせないで」

 

「了解。

......ところで、ロマニ氏はどこに?

もうレイシフト実行まで時間がないのですが」

 

「大丈夫よ、別に来なくても。

来ないなら来ないで給料80%カットに加えて、マスター候補生への監督不行届と勤務態度最悪の報告を上層部に伝えて一生タダ働きに近い仕打ちにしてやるから。

何らなら次のプロジェクトの実験体に推奨してあげてもいいかもね。

きっと涙を流して喜ぶでしょう。

まぁ拒否なんてさせる間も無く押し通すけどね。

所長権限なら指先一つでちょちょいのちょいよ」

 

「ロマニ氏......憐れなり」

 

「あの天才はまだ工房に篭ってるの?」

 

「えぇ、彼女でしたら先程連絡があり

『またまた天才的アイディアが降りてきたからまたしばらく篭るね!

何かあったら遠慮なくこの天才に伝えてくれたまへ。立ち所に解決させてあげよう』

とのことでした。

返答をする前に回線を切られ、遮断されているので打つ手がありません」

 

「......もう好きにさせておきなさい。

なんかあったら流石に飛んでくるでしょう」

 

 

 間も無く歴史改変の第一歩を踏み出す。

過去に干渉された事変を正し、未来を正しい方向へ導くための始まり。

猶予はなく退路もない。

あるのは途中で断絶された短い路。

これを本来あるべき路に戻し、これから先も発展を続けていくための橋渡し。

歴史を修復するという前代未聞の試み。

決して成し得ることのできないと言われた歴史改変を、今人類の英知を結集した技術で果たそうとする。

だが、立ちはだかる壁というのはいつだって唐突に目の前に現れる。

悪しき思惑を持った者によって、その鎌は振り下ろされる。

 

 突如発生した謎の爆発事故。

それはレイシフトを目前に控えたタイミングで起こった。

カルデアの重要システムの大半の損壊。

スリープ状態のままコフィンで眠っていたマスター候補生たちを諸共爆破させ、多くのスタッフを同時に犠牲にさせた大事故。

人理焼却は、既に崩壊の一途をたどっていたのだ。

 

 

「.........先輩、手を......握って、くれ...ませんか?」

 

「......マシュ」

 

 

 こうして、様々な困難を突きつけられたまま、歴史改変は始まった。

多くの痛みと悲しみを残して。

 

 

 

_____________________________

 

 

 閑話休題。

見慣れた近未来の空間はそこにはなく、目の前に広がるは崩壊した街並み。

火が疎らに広がり黒煙を吐き出す。

建物は軒並み破壊され、生存者は存在しない。

空は暗雲に覆われ、夥しい死臭と硝煙が肺を満たす。

これは、ある戦争の果てに作り出された絶望の世界。

人類の欲望が最後に辿り着くのが、きっとこの光景なのだろう。

荒廃し、生命も文明も焼き尽くし、色のない世界が人類の終局。

この惨状をまざまざと見せつけられ、マスター候補生藤丸立花は口元を抑える。

堪えるは嘔吐感。

自分たちの住む世界が、いつの日かこんな有様になってしまうと考えてしまう。

頭痛がひどくなる。

希望も未来もない暗闇の世界が自分たちの行き着く先だって。

双眸が睨みを効かせる。

そんな世界を自分は認めない。

次の年を跨いだ後に迎える世界がこんなものだなんて、絶対に認めてやるものか。

戦う決意を持ち直す。

そうだ、こんなところで立ち止まってなんていられない。

自分は、この結末を迎える未来を正すためにきたのだ。

 

 

「行きましょう、先輩!」

 

「行こう!」

 

 

 隣に立ってくれるのは、大楯を携えた少女。

未来を守ることを象徴とし形としたような盾を携えて、この特異点の原因を共に解明しようと手を伸ばしてくれる。

自分は一人じゃない。

運よく生き残った自分たちを含め、カルデアにはまだスタッフたちがいる。

一人では無理でも、みんなと力を合わせれば、どんな難局だって乗り切れる。

 

 

「クカカカカカカッ」

 

「先手必勝!行きます先輩!

いやああァァァァ!!!」

 

 

 盾を振るい彷徨う骸骨を薙ぎ払っていく。

亡者を体現したかのような人骨が多く立ちはだかるが、そんなものは敵ではない。

自分たちの敵はもっと強大で禍々しいものだろう。

人理そのものを焼却させ、ここまで築いてきた文明をなかったことにしようとする連中だ。

だから、こんなところで立ち止まっていられない。

自分たちはいつだって前に進んでいくのだ。

 

 

「ーーーーァァ!!」

 

「っ!?

先輩!今悲鳴が聞こえました!」

 

「近いぞ!行こう!」

 

 

 走り抜けた先にいたのは、銀髪の少女。

間違いなくカルデアの所長、オルガマリーだ。

体を丸めて縮こまっており、彼女の近くには多くの骸骨たちが犇めいていた。

 

 

「っ!クソ!」

 

「数が多すぎて、近づけません!

このままでは所長が!」

 

「レフぅぅぅ...助けて、レフぅぅぅ」

 

「マシュ!

俺のことはいいから所長まで最短距離で突貫だ!

彼女を助けてくれ!」

 

「でも、先輩は!?」

 

「足には自信がある!

必ず逃げ切るから!頼む!」

 

「っ......了解っ!

死なないで、マスター!」

 

 

 彼女は砲弾のように盾を構えて突進し、多くの骸骨たちを跳ね飛ばしていく。

どんな攻撃を受けてもびくともしない盾ならば、必ず所長まで届くはずだ。

デミ・サーヴァントであるマシュは英霊以上の力は出せないが、それでも通常の人間より遥かに強い。

格段に跳ね上げられた身体能力なら、オリンピックに飛び入り参加することだって夢じゃない。

どころか立ち所に頂点に立ってしまうだろう。

マシュを信じよう。

彼女なら、必ず所長を助け出せる。

 

 

「おや?

美味しそうな匂いがしますね。

絞りがいがありそうです」

 

「そんなっ!!?サーヴァント!?

でも......これは?」

 

 

 骸骨の中に、突如として黒い影が降り立つ。

声を発し、人の形を成しているが何かが違う。

全身から発せられる殺気。

人間ではない圧倒的存在感。

まさしくアレはサーヴァント。

だが、通常のサーヴァントではない。

その実態が全て影に覆われていて、神秘のカケラも感じさせない禍々しい雰囲気。

どう見ても普通じゃない。

レイシフトして早々サーヴァント戦なんて無理があり過ぎる。

相手は過去に逸話を残してきた超人や魔獣等に存在。

その存在が神秘という概念に覆われ、常識では測れない力を有した者たち。

そんな英霊と戦うなんて出来ない。

模擬戦の経験はあるがアレはあくまでも模擬戦。

実践とは程遠いものだ。

 

 

「可愛い姿ですね。

小さく縮こまって、まるで子ウサギのよう。

捕食者に対峙した反応そのものですね。

いいでしょう、優しく殺してあげます」

 

「所長!!!」

 

「ヒッ......!」

 

「っ!!!」

 

 

 突如シャドウサーヴァントが後方へ弾き飛ばされる。

予想だにしなかった謎の飛来物に不意を突かれ、文字通りの不意打ちを見舞われたのだ。

砂煙吹き荒れる中、一陣の風と共に現れるもう一人の人影。

木刀を右肩に乗せて、自分と同じ黒髪を揺らし、悠々とそれは歩いてきた。

 

 

「トイレって......どこにあんの?」

 

「「は?」」

 

 

 緊張感の欠片も見受けられない気怠そうな姿が、そこにはあった。

こちらを見透かすような鋭い眼光で、引き締まった顔で、彼はトイレの場所を聞いてきた。

トイレ?

今彼はトイレの場所はどこかと聞いてきたのだろうか。

あまりにも有り触れていて自然の問いかけに対し、現状にそぐわない問いかけに面を食らってしまう。

ある訳ないだろう。

 

 

「おいおいマジか。

トイレ探し回って歩いてたら変な光に飲み込まれちまうし、気がついたら戦争跡地みたいなところに放り出されるし散々だよ。

ふざけんなよ、こちとらカレー食い過ぎてもう限界なんだよ。

俺の胃袋も腸内も戦争中、もうすぐ終結しそうなんだけど全く出口が見えねぇ。

俺のカレーがカレーで出る前に早いとこトイレを」

 

「分かりましたもういいですそれ以上口を開かないで下さい」

 

 

 マシュはこれ以上口を開かせることに嫌気がさしたのか、彼の言葉を途中で遮る。

何というか、恥もへったくれもないような人だ。

本当にこんな人があのシャドウサーヴァントを吹き飛ばしたのだろうか。

全くもって信じられない。

だが、今ここにいるのは彼一人。

信じられなくても信じるしかないのが現状だが。

 

 

「そんな邪険にすんなよメガネっ娘。

あ、今メガネ掛けてねぇな。

つーかなに?その格好。

そんな全身ピッチピチのタイツ着て寒くねぇの?

え、何誘ってんの?

マジかよ......俺の知らないところでそんな服着てストレス解消してたのか。

悪かったな、これからはもっとお前に対して気遣うからさ......そのなんだ、元気出せよ」

 

「勝手に人を変態みたいに言わないで下さい!

これは、その......止むに止まれぬ事情があるんです!

だから変な反応しないで下さいね!

ぶっ飛ばしますよ!?」

 

「マ、マシュ?!」

 

「あーあ、えらく嫌われたな。

昔からどうも女には嫌われる傾向があるんだわ。

何だろうな、前から俺生物としてどうなのって考えたことあんだよ。

人っつーか動物ってさ?子孫を作ることを目的として活動してるわけじゃん?

俺の在りようってどうもそのサイクルに入ってないんだよね。

そもそも女に嫌われるんだもの。

多分コレ、最悪何もしないまま人生終えるよね?

よく後悔しない人生は死ぬ間際になって、あー幸せな人生だったわって振り返ることだって聞いたけど、無理だよね。

後悔垂れ流しで死んでいくよねコレ。

あとさぁ、モテるにはどうすればいいって前ホームレスのおっさんに聞いたんだけど」

 

「よく喋るなぁこの人!!

今の現状見て喋ってくれませんか?!

ほら来たぁ!!

危なっ!!掠った!今頭を何かが掠った!!」

 

「うるせぇなそんな慌てんなよ。

たかが雑魚の集まりじゃん。

魚の小骨が襲ってくるみたいな感覚で受け流せよ。

ほら、あの鎖骨部分見てみ?

ちょっとなんか、鯖みたいな模様してない?」

 

「まず骨が筋肉なしに動くところから疑問に思ってよ!!」

 

「先輩っ!!後ろ!!」

 

 

 悪寒が背筋を走る。

振り返るまでもなく、自分の背中が何に反応したのかが手に取るようにわかる。

何かが自分の命を刈り取ろうとしている。

ようやく思い出した。

この気配、あの人に吹き飛ばされたサーヴァントの気配だ。

下らないやり取りをしている最中、気配を殺して自分の背中まで忍び寄っていたのだ。

反射で振り向いてみる。

微動だにしない口元のみが見えた。

人を殺すことに、何の躊躇いも持たないみたいに、それは凶器を自分に向かって振り下ろす。

 

 

「っ!!」

 

「うわっ!!

............って、え?」

 

「一度ならず二度までも邪魔を......。

サーヴァントたる私を吹き飛ばしたことはおろか、私の一撃を止めるなんて。

貴方、本当に人間ですか?」

 

「お前らからしたらまぁ人間なんだろ。

別に不思議がることはねぇよ。

誰だって俺みたいに死ぬ気で頑張ればこのくらいはできる」

 

 

 さっきまでま前方にいた彼が、一瞬で自分の背後にまで距離を詰めていた。

当たり前のようにサーヴァントの一撃を防ぎ、鍔迫り合いをしている。

どう考えてもおかしい。

膂力において、人間はサーヴァントに対して到底敵う筈がない。

相手は神秘の塊そのものなのだから、人間の物理的攻撃が通る筈がないのだから。

 

 

「その木刀......成る程、微弱ながらも退魔の力を感じます。

微弱でも力があればそれは神秘の武具。

私に傷をつけることができたのもそのせい。

御神木か世界樹の類が使われていますね」

 

「しらねぇよ、ウチの蔵にあったもんテキトーにかっぱらって来ただけだ。

それに、俺にとっちゃサーヴァントなんて人間と大して変わらねぇよ」

 

「ほう?

大きく吠えましたね。

人間風情が私たちサーヴァントを同格に扱うと?」

 

 

 両者は武器を弾き合い、互いに大きく後退する。

シャドウサーヴァントの構えるのは長い鎖がついた大きな杭のような武器。

反面彼が構えるのは少し変わった木刀。

変わったことがあるとすれば、それは木刀なのに金属製の鍔がついていることぐらいだろう。

確かに見た目は珍しいが、結局はただの木刀だ。

それでどうやってサーヴァントとやりあえているのだろうか。

 

 

「......それは、この一撃で判断しな」

 

「優しく殺してあげますよ」

 

 

 この間合い、サーヴァントにとってはあってないようなものだろう。

距離はせいぜい20m程度。

サーヴァントならば1歩で喉元まで迫れる。

だが彼はただの人間だ。

さっきは不意打ちだったから成功したようなもの。

今回に至っては真正面から小細工なしの一騎打ちだ。

驚異的な身体能力を誇るサーヴァントが、人間程度に遅れを取るはずはない。

 

 

「へっ、それよりいいのかよ。

俺ばっかりに気ぃ取られて。

後ろで発情してるヤバい奴がお前の首狙ってんぞ」

 

「......何を」

 

 

 風がすり抜ける。

誰にも気づかれることなく吹き抜け、目前の敵目掛けて一気に迫り寄った。

視認出来たのは獲物が影に突き刺さった後のこと。

自覚出来たのは痛みが遅れて全身を駆け巡った後のこと。

理解は、どうしても出来なかった。

例えその格を落とされようとも影は神秘そのもの。

根本からして全く別の存在だ。

ましてや彼女たちは神話や逸話の物語に登場する人智を超えた者達。

多少動けようとも、人間如きに霊核を穿たれる訳がない。

 

 

「凌ぎ合いに余所見した結果だ。

甘んじてそいつを受け入れな」

 

「ほんの一瞬の死角を突きますか......。

褒められた行為ではありませんでしたが......その勢いの良さだけは評価しましょう」

 

「悪いな。

こちとら誇りなんてご大層なもんぶら下げてるわけじゃねぇんだ。

大人しくちゃんとした場所に帰りな」

 

「ふふっ、よく見れば貴方も随分と美味しそうですね。

次に出会えた時は、優しく殺してあげますよ」

 

 

 数回言葉を交わした後に、影は風に攫われていった。

彼女を倒した青年の背中は広く、とても寂しそうだった。

 




どうも、初めましての方は初めましてご機嫌よう。
また来てくれた方もご機嫌よう。
一ファンとして一度は書いてみたかったものがこれです。
少しでも楽しんでくれれば幸いです。

長ったらしくなってしまったのはごめんなさい。
区切り所が分からなくなってこうなりました。
まぁ初回サービスということで一つ大目に見て下さい。
相も変わらずぶっ飛んだ主人公を作りました。
変に捻くれた部分は私に似ているかもしれません。
さらっと流して下さい。

どう転ぶか、どう続くか分からない相変わらずの見切り発車ですが、どうぞ気長に付き合ってやって下さい。


 ご縁があれば次のページでお会いしましょう。



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第1話 召喚するは天敵の猫

「おいバカマスター、相変わらず長ぇんだけど。
前回は初回サービスっつってたよな?
今回は何?何のサービス?
テキトーなこと言ったサービス?」

「うるせぇ!!
こういうのはなんかどんどん文が出て来ちまうんだよ!
これでもだいぶ端折った方だわ!
大体元ネタノベルゲーなんだから、これくらい長くなってもしゃーねぇだろうが!
何をするにしても全部字で表現しなきゃいけねぇんだからしょうがないの!」

「あのクソ生意気な絵本作家からちったぁ何か学べよ。
ガキ以下とか笑いを通り越して心配するぜ」

「黙ってろやちんちくりん」

「あ”ぁ?」

「お”?」

「お二人ともずっとそんなペースで疲れないんですか?」



「......そんで、これからどうすりゃいいんだっけ?」

 

「そんな友人と待ち合わせしてたみたいな感じで流さないで下さい!

なんですかアレ!

さも当たり前のように英霊倒してましたけどなんですかアレ!?

前々からおかしいとは思ってましたけど紫助さん本当に人間なんですか?!

実は私みたいなデミ・サーヴァントでバカを装ってたとかそんな新事実ですか!?

どうなんですか!!!」

 

「うるせぇな、耳元でいきなりばくおんぱ出すんじゃねぇよ。

人間なんでもこうかばつぐんだよバカ野郎。

普段の硬っ苦しいあのメガネっ娘は一体どこ行っちまったんだ?

アレか?服装をハレンチメタモルフォーゼした副作用か何かなのか?

そりゃ世の男共にとっちゃあハレンチメタモルフォーゼは夢よ。

あの子があーなったらいいなって皆四六時中思ってるよ。

でもさ、時と場合ってあるじゃん。

モヒカン共が世紀末でヒャッハーしてるようなこんな場所でやったって虚しいだけじゃん。

だから、ハレンチメタモルフォーゼは時と場合を選べメガネっ娘。

ていうか最後の方さりげにバカって言ったよね?」

 

「だからそんなんじゃないんですってば!!

私だって好き好んでこんな格好になった訳じゃありませんから!!

なんですかハレンチメタモルフォーゼって!?

貴方の頭の中だけでしょう!!

ねぇ先輩?!」

 

「その通りだよ」

 

 

鼻から赤い線を伸ばしながら神妙に頷く少年が1人。

決してバグ等といった不具合からではない。

健全な少年なら正しい反応。

それを射抜くような視線で見つめる青年が呟く。

 

「それはどっちの意味のその通り?

メガネっ娘のハレンチメタモルフォーゼが良い意味でのその通り?」

 

「その通りだよ」

 

「オイオイ選択肢バグっちゃったよ。

回線どころか思考までショートしてるよ。

まぁこれで証明されたなメガネっ娘。

こういう奴でもハレンチメタモルフォーゼは日々望んでるんだよ。

よかったな、どストライクみたいじゃん」

 

「せ、先輩......。

別に私は、その......あの、先輩にそういう目で......見られるのは、吝かではにゃいと言うか......その」

 

「あーあ、また一個証明されちゃったよ。

いや、二つほどはっきりしたか。

人生ってつくづく残酷だわな......死ぬより生きる方が辛いってか」

 

 

 ガシガシと後頭部を乱暴に掻き乱し、徐に木刀を肩に乗せて歩き出す。

向かう矢先は具体的に何処というわけではなく、ただ単に付き合っていられないという意思表示。

それもそのはず。

誰が好き好んで桃色の空気を漂わせている男女の空間に一秒でも長く留まっていたいと思うのか。

さっさとこの場から離れたい。

いつの間にか全滅していた骸骨たちが今は恋しい。

他人の色恋沙汰を見るよりかは、骨の大軍とチャンバラごっこをしていた方がまだマシだ。

紫助は早々に立ち去ろうと決めた。

 

 

『あーテステス......こちらカルデア管制室より通信。

繰り返す、カルデア管制室より通信。

まだ音声しか復旧できていないんだ、返事がなければそちらの状況を確認できない。

聞こえていたら返答をお願いするよ』

 

 

「カルデアから通信!?

き、聞こえています!!

こちらマシュ・キリエライト、並びにマスター候補生“藤丸立香”共に生存しています!

こちらからの応答が聞こえるのならば返答を!」

 

『お、ようやく確認できたよお二人さん。

アレ、お二人さん?おかしいな、君たち二人以外にも生命反応があるはずなんだけど......まだレーダーが本調子じゃないのかな?』

 

「あ、忘れていました。

並びにマスター候補生"青葉紫助”も生存しています」

 

「マジかよ、こいつ素で俺のことスルーしたぞ」

 

「アレは流石にヒドイと俺も思うよ......」

 

「まぁお前さんからしたら別にいんじゃね。

ほら、あいつお前にぞっこんらしいし、俺には社交辞令とか無視とかで対応してくるから眩しくて仕方ねぇよ。

はぁ......なんで俺の周りにはそういう奴らばかりなんだよ。

出来てるか出来つつある奴しかいやしねぇ。

あーあ本当に死ねばいいのに!!」

 

「............すみません」

 

 

 天を仰いで思いの丈を吐き出す青年。

その姿には哀愁や悲壮感といったものが滲み出ていて、フォローする言葉全てをシャットアウトする。

最早誰の言葉も彼の耳には届かないだろう。

嫉妬や僻みがこれほど堂々としている人も珍しい。

立香はそれらの感情とは別に、彼に対して興味を持ち始めた。

先ほどサーヴァントを倒した腕前といい、人間離れした身体能力、物怖じしない図太い神経等も含めて気になりつつあった。

そういえば同じ候補生のはずなのに彼の名前を聞いたことはおろか、姿も見たことがない。

マシュの反応を見るからに既に面識はあるようだが、自分にはない。

考えれば考えるほど謎が深まった。

 

 

『おぉ紫助君じゃないか!

何処に行ったのかと思えば君もレイシフトに巻き込まれちゃったのかい?』

 

「あぁどうもそういうことらしいな。

カレー食って便所探してたらこの始末だ。

折角用足してデザート作ろうとしたのに散々な仕打ちだよ。

オイ天才さんよ、この不始末どう落とし前つけてくれんの?」

 

『そんなあからさまに辛辣な反応をしないでくれよ。

私としても今回の件については予測していなかったんだ。

弘法にも筆の誤りというだろう?

いくら私が万能の天才だとしても、全ての事象に対して有効策を用意することは出来ない。

未来予知とかいうレベルじゃないね、限りなく鮮明な未来視の領域だ。

サーヴァントの霊格に押し上げられたとしても、こればかりはどうしようもない。

君だって、いつまでもここで無駄な問答をしたくないだろう?』

 

「あーあもう分かった分かったよ。

ったく、一言やぁ十で返しやがって。

はいはい、大人しく飲み込んでやることやりますよ」

 

『うん、大変よろしい反応だ。

今こちらでは生き残ったカルデアのスタッフが総力をあげてシステムの復旧に取り組んでいる。

安定まで多少時間はかかるがなぁに、何しろ私がついている。

君たち三人のバックアップ体制を現在最優先で立て直している最中だ。

安心してくれたまえ』

 

「はぁ......とりあえずよかった、のかな?」

 

「はい先輩。

これで無駄に歩き回る必要はなくなりました。

こちらのモニターを復旧させるのにそう時間はかからないはずですから、少し待機していましょう。

これからすべき事に対して指示やアドバイスがもらえます。

落ち着いて対処していきましょう」

 

 

 通信が入るや否や安堵のため息を漏らす立香。

先程は勢いでなんとか乗り切ったようなものだが、いざ自分の立場を改めて再確認する。

突如として襲ってくる恐怖心や疲労感。

自分にかかる重力が増したように一気にそれは肩にのしかかってくる。

似たような状況を再現した訓練は体験済みだが、これは訓練ではなく実践のそれだ。

選択を誤れば死に直結しかねない危険な世界。

自分のように魔術をほんの少しも囓った事のない一般人が、過去の英霊相手に何ができるだろうか。

落ち着く時間があればあるほど、マイナス思考に落ちていく。

そしてそれは止まることなく立香の心を掻き乱す。

胸にあるのは不安だけだった。

 

 

「あの、自己紹介がまだでしたよね?

俺は藤丸立香と言います。」

 

「あ?なんでいきなり敬語になんだよ」

 

「いや......考えてみれば年上だし」

 

「そういうのは本当に敬うべき相手に使っとけ。

少なくとも俺には似合わねぇよ。

青葉紫助だ、詳しくはそこのメガネっ娘に聞いとけ。

俺はもう寝る」

 

「青葉紫助さんです。

見ての通りおバカな人です。

以上です」

 

「何その小学生の英語の教科書みたいな紹介。

もっと詳しく話して置いてやれよ、ふじお君が混乱するだろ」

 

「ふじお......?」

 

「分かりました。

先輩、彼は先輩と同じくマスター候補生のうちの一人青葉紫助さんです。

頭が基本的に残念な人です。

以上です」

 

「レベルが中一までにしか上がってねぇよ......」

 

「あはは......まぁよろしく、紫助さん」

 

 

 やる気なさげに手を振られた。

話すことすらめんどくさいといった態度だ。

ますますもって謎だ。

やることなすこと全てが予測できない。

一言で表すならば変な人と言ったところだろう。

 

 

『やあやあお待たせして申し訳ない。

モニタリング体制が整ったぞぉ、これで君たちのいる世界が一望できるようになった。

マシュを中心として周囲の状況をスキャン。

ふむふむ......おぉ、これはこれは......あぁそっか』

 

「あの、一体何が見えるんですか?

それと......あなたは一体」

 

「周囲の確認より先に自己紹介をしてあげて下さいダ・ヴィンチちゃん」

 

『あぁ済まない忘れていたよ。

何せ生前は自己紹介なんてほとんどしなかったからね。

全然習慣として身についていなかったんだよ。

そもそも人と会う時間すら惜しかったからね。

ごほん、初めまして藤丸立香くん。

私は万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチ。

その名を知らない者はいない大天才なのだよ』

 

「え、えぇ!!

だってどこからどう見ても女性......。

僕の知っているダ・ヴィンチは男性のはず」

 

『自分の知ることだけが全てじゃないんだよ?

逸話や神話は形を変えて現代に広まっている。

人によって認識に齟齬があるのはそのせいさ。

真実は現代のものだけれど、事実だけは未来永劫過去のものだからね。

まぁ今はそういう話は置いておこう。

最優先すべき問題は君たちを無事に帰還させることだからね。

ひとまず考えられるこれからのことを説明するけれどいいかい?』

 

「は、はい。

よろしくお願いします」

 

『おーい固いぞ立香くん。

私のことは気軽にダ・ヴィンチちゃんと呼んでくれたまえ』

 

「.........ちゃん?」

 

「先輩、ここは迷うところではないかと」

 

「そう......だね、よろしくダ・ヴィンチちゃん」

 

『よろしい!

素直な子は大好きだよ私は。

それより先に彼を起こしてあげてくれないかな?

目下の問題をクリアするためには彼の力が必要不可欠だ』

 

 

 振り返るとそこには寝息を立てて横になっている紫助の姿があった。

本当に眠ってしまったのか。

こんな炎揺らめく荒廃した土地のど真ん中で。

豪胆過ぎて本当にただのバカ何じゃないだろうか。

とりあえず揺すってみるものの起きる気配はない。

一度だけはっきりと"パプリカ"と彼は口にしたけれど起きなかった。

というかどんな夢を見ているのだろうか。

寝言ではっきりパプリカという単語を発するなんて。

 

 

「先輩、そんな優しい起こし方ではダメです。

紫助さんは一度寝てしまったらちょっとやそっとでは起きません。

コツを教えてあげます、少し離れていて下さい」

 

「う、うん」

 

 

 マシュに言われるがまま下がってみる。

しかし、人を起こすだけなのにどうして下がらなければならないのだろうか。

頬を抓るなり何なりして物理的痛みをもって起こせば一発だと思うのに。

マシュは紫助から10mほど離れたところに位置している。

何故屈伸をする必要があるのだろうか。

何故伸脚をする必要があるのだろうか。

何故手足を回す必要があるのだろうか。

そもそも、何故準備体操をする必要があるのだろうか。

意味が理解できた時には、もう何もかもが遅かった。

 

 

「し・す・け・さぁぁぁぁぁぁん!!!

朝ですよぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

「どぅぅぅぅし!!!」

 

 

 見惚れるほど美しいフォームで彼女は駆けた。

短い距離から成立するとは思えない綺麗な三段跳びを披露し、女の子座りの体制のまま紫助の腹部目掛けて着地した。

衝撃波でも出ているのではないかと思えるほどの威力をもって。

転がって悶絶したいだろうけれども、腹部に跨ったマシュがそれを許さない。

がっちりと両太ももで紫助の体をフォールドして放さなかった。

彼は痛みを全く紛らわせる事のできないまま頭を支えにしてブリッジの体制を取っていた。

どうやらあれが痛みを紛らわせるために咄嗟に思いついた行動らしい。

立香は思った。

たとえ子供であろうともアレを受けて起きたくはないと。

 

 

______________________________

 

 

 

 「ほら先輩、頑張って下さい。

あと少しで目的地の霊脈に辿り着きます」

 

「大丈夫、まだ歩けるよ」

 

「問題なさそうですね。

あと少し我慢すれば戦力を増やすことができます。

どんな敵が待ち構えているか分かりません。

気をしっかりと引き締めて行きましょう」

 

「うん......そうだね」

 

「............」

 

 

 ダ・ヴィンチのナビゲートによると、この先に霊脈が集中しているポイントがあるという。

そこでならカルデアが開発した守護英霊召喚システム・フェイトを起動させる事が出来るそうだ。

マスターと英霊による双方合意が得られれば神霊以外の英霊と契約を結ぶ事が可能となる。

その契約内容とは、人理を守護する事。

これにさえ彼らが頷いてくれれば、遠い縁の者であっても契約出来る。

これを使わない手はない。

だからこそ、召喚を確実に行うためそれに適した場所を求めて歩き続けている。

 

 

『今の所敵性反応はないから安心して欲しい。

仮にあったとしても事前に知らせる事が出来るから不意打ちになることもない。

だから君たちは安心して目的地の霊脈ポイントにまで行って召喚サークルを確立させて欲しい。

呼び出す事のできる英霊は皆過去に何らかの逸話を残した傑物たちだ。

きっと君たちの旅の手助けをしてくれる。

さてと、ここで一度分かっていることを再確認しておこうか。

現在君たちがいる場所は、過去に聖杯戦争が行われた冬木市という場所だ。

聖杯に内蔵されていた魔力の暴発により冬木市は半壊。

建物何百棟ものを諸共破壊し、多くの人達の命を奪い去った悲しい過去をもつ。

先程報告してもらったデータから推測するに、どうやらその聖杯戦争に関与していた英霊たちが一堂に会しているようだ。

さっき交戦したのがライダーのサーヴァント。

原因は不明だが、体の大半以上が影で覆われている。

我々はこのサーヴァントをシャドウ・サーヴァントと呼称する。

現在確認できているのが一騎だけ、他の六騎に関しては未だ情報なし。

既に敗退しているサーヴァントもいるかもしれないが、希望的観測はあまり持たない方がいいだろうね。

あくまで存命していると仮定して探索を続けた方がいい。

そして、帰還するためにはこの特異点となっている冬木市の根幹にある原因を排すること。

こんな惨状になっていてもあるんだよ、聖杯がね。

とは言っても万能の願望機としての性能は残っていないと思うよ。

アレはそんな簡単にほいほい作られるようなものじゃないんだ。

単純に膨大な量の魔力を貯蔵する魔力リソースの役割に落ちているのが関の山さ。

帰還するためにはその特異点の基盤となっている聖杯を回収すること。

いいね?我々に残された時間は少ない。

だけど焦る必要はない。

じっくりと確実性の高い方法を算出して事に当たって欲しい。

こっちも頑張ってナビするからさ』

 

『ここぞとばかりによく喋るなぁオイ』

 

 

とにかく進む以外道はない。

進んで仲間を見つけて親玉ぶっ飛ばして聖杯ゲットだぜ!

どこのポケットなんだかと謎のツッコミを入れた紫助以外の2人は、了解の旨を伝えて通信を終了させた。

そして執拗に腹を擦り、それ以降彼が口を開くことはなかった。

 

 

「......到着です。

敵性反応なし、危険度は限りなくゼロに近いレベル。

はい、問題なさそうです。

これより召喚サークルを構築します」

 

「もうスルーでいいんだ」

 

「はい、私と紫助さんはいつも大体こんな感じです。

気にかけても無視しても同じなので、楽な後者を取ってます。

ちょっと子どもっぽいんですよねあの人」

 

「いや......あんな事されたら誰でも似たような反応すると思うけど」

 

 

立香の至極真っ当な言い分を華麗にスルーして、大盾を地面に突き刺して簡易的な術式を描いていく。

問題なく術式がセットされ、その後にすぐ通信が入る。

 

 

『うん、問題なく完了したようだね。

システム・フェイト同期完了、霊基安定ラインクリア。

魔力充填率37.4%......うん、残念ながら今のカルデアの状況では召喚は一回が限度だ。

まぁ他にも電力を移して一回召喚できると考えれば妥当だよね。

寧ろ呼べるだけよかったと思わなくちゃ。

さて、諸々準備が整ったところでお目当の英霊を呼ぶとしましょう。

紫助くん、召喚の準備はいいかい?』

 

「あ?何で俺なんだよ。

俺は別に一人でも問題ねぇ、寧ろ呼ばなきゃいけないのはコイツの方だろ」

 

『それがそうもいかないんだ。

彼は魔術に関して丸っきりの初心者。

応用以前に基礎すら触れた事のない一般人なんだ。

カルデアから擬似的に魔力は通してあげられているけれど、根本的には魔術に精通していないのさ。

英霊たちが気難しい連中なのは知っているだろ?

資格なしと判を押されてしまえば契約失敗となり、次の召喚まで無駄に時間を割く羽目になってしまう。

最悪殺されちゃうかもしれない。

まぁそれでもいいのなら別に立香くんが呼んでも構わないよ?』

 

「はいはい、ご丁寧にどうも。

一人寂しい男に慰めの相棒を恵んでくれるってか。

有難すぎて涙が出そうだよ」

 

『そう不貞腐れないでくれよ。

勿論君が一人だからという理由だけじゃない。

曲がりなりにも魔術を極めた君だからこそ、その戦力を如何なく発揮して欲しいんだ』

 

「何だ、やっぱり天才様にはお見通しだったって訳か。

分かった分かった、呼んでやるからコイツらの前でその話すんのはやめろ。」

 

『脅すような真似をして申し訳ないね。

だけどこっちにも余裕がない。

だからここは一つ頼むよ』

 

「はいよ、戻れたら一杯ぐらい奢れよな」

 

 

 そう言って彼はフラフラと漂うように術式の中心へと近づいていく。

一体何の話だったのだろうか。

曲がりなりにも魔術を極めた?

それはなんというか、自分たち一般人からしたらものを極めるということは凄いことだと思う。

でも、彼はそう思っていない。

なんだろうかこの認識のすれ違いは。

相変わらずその背中は酷く寂しそうだ。

 

 

「で、なんか詠唱とか必要なんだっけ?」

 

『それについては必要ないね。

起動さえすれば後は何者かが呼ばれる。

君にできることは、彼らを使役するに足りる者だと証明すること。

後はまぁ......話の通じる者が来ると祈り給え!』

 

「意外とテキトーなんだな。

祈りか............よし、やってみっか」

 

 

 徐に彼は片膝をつき、聖母マリアへ祈るように身体を丸めた。

祈りを捧げる姿勢なのだが、正直大の男がその姿勢を取ると気持ちが悪い。

騎士の忠誠の姿勢ならば様になるのだが、如何せん似合わない。

まず彼に祈り自体似つかわしくない。

 

「うわぁ............紫助さん、全然様になってないですね。

気持ち悪いです」

 

 そうマシュは呟いてしまった。

それでも彼は姿勢を崩さない。

角度を変えて彼の顔が見える位置にまで移動してみると何やらブツブツ呟いていた。

その呟きに耳を澄ましてみると。

 

「別嬪ネーチャン別嬪ネーチャン別嬪ネーチャン別嬪ネーチャン......」

 

 あぁ、これはダメだ。

煩悩丸出しで一心不乱に祈るその有様は、はっきり言って痛々しい。

可哀想とすら思えて来るほどだ。

彼は英霊を一体何だと思っているのだろうか。

デリヘルか何かと勘違いしているのではないだろうか。

というか最早祈っていない。

欲望を具現化しようと躍起になっている哀れな人そのものだ。

 

『おぉ!顕現反応あり!

来るよ来るよ、君の最初の相棒が!』

 

「神よぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

 充満していく魔力。

目に見えるほどに収束された魔力は高速で回転し、急速に収縮してその魔力を弾けさせた。

青白い雷が迸り、術式の中心に何者かがその姿を現す。

赤き線が張り巡らされた白き甲冑を見に纏い、身の丈に沿わない剣を携えてそれは現界した。

正しくその有り様は騎士そのもの。

そして、その存在感は自分たちとは丸っきり別者。

神秘を凝縮させて人の形をした超常的存在。

これがサーヴァントと呼ばれるもの。

 

「サーヴァントセイバー、召喚に応じ推参した。

お前がオレのマスターか?」

 

「多分な」

 

「何だぁ?随分と気の抜けたマスターだな。

面がよく見えねぇな......もっとよく見せろ」

 

「あ?テメェこそ暑苦しい兜外して面見せろよ。

初対面の相手に失礼だと思わないの?

何なの?その格好はただの飾りなの?」

 

「......ッチ、ほらよこれでいいか」

 

 兜が変形して甲冑の一部となっていき、その面貌を露わにしていく。

何やら雲行きが怪しい。

声質からしてかなり若い年齢なのだろう。

サーヴァントは全盛期の時代の姿をもって現界するらしい。

きっとこのセイバーが活躍したのはとても若い時だったのだろう。

 

「サーヴァント、セイバー。

改めて真名、モードレッドだ」

 

「............女?」

 

 

 突如、何かが切れた音がした気がする。

 

 




 毎度、あずき屋です。
ということでヒロインのようなそうでないようなもう一人の主人公、モーさんの登場です。
今作品の流れはこうしてバチバチと火花を散らしながら共に歩んでいく形で進みます。
会話とか文がクドいかとは思われます。
大半がクドいとは思います。
許してください。
いっぱいいっぱいです。

正直言えば私の欲望の現れです。
こうして言いたいことを言い合いながらも同じ道を歩いてくれる子がいたらいいなぁと思い、妄想しながら作ったものです。
色々ツッコミたいこともあるとは思いますが、楽しんでくれれば幸いです。


 縁があれば次のページでお会いしましょう。



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第2話 それはじゃれ合いか殺し合いか

「アレ、オレらの馴れ初めってこんな感じだったっけ?
こんなテキトーな感じだったっけ?」

「あーぶっちゃけこんな感じだったと思うぞ。
俺が吹っかけたのは間違いない。
でもなーやっぱりおかしいとは思うんだよなぁ」

「だよな、だいぶツッコミどころ多いよな?」

「もっとお前バカっぽかったかもしんないな」

「よーしぶっ込み行くぞオラァ!!!」




 

「オイ」

 

「うわっ!!」

 

「っ!!」

 

 

突如として振り下ろされた一撃。

獰猛な獣が突き立てる牙のようにそれは容易く地に食い込まれ、吹き荒れる風や瓦礫の残骸の量がその者の琴線に触れたことを如実に表す。

紛れもない怒り一色であった。

怒りに染まったその牙は紫助のすぐ真横にて突き立てられていた。

彼は微動だにすることはなかった。

無理もない、不意打ちとはいえサーヴァントの膂力から放たれる一撃は人間の力とは比べ物にならない。

例えるのなら人類が抗うことの出来ない超常現象や自然そのもの。

どんな者であろうと、力においてはサーヴァントに適うことは無い。

 

 

「オレの一撃にビビらねぇことは褒めてやる。

ここまで図太い奴は円卓でも見たことがねぇからな。

珍しいモン見せてくれた礼に一度だけ聞かなかったことにしてやるよ。

そして一度だけ忠告しておく。

オレを女と呼ぶな。

次そう口にされたら、オレはマスター相手とはいえ自分を制御できる気がしねぇ」

 

「............」

 

「紫助......さん」

 

 

最初の立ち位置から寸分違わず動かない。

否、動けないと表現した方が適切なのだろう。

それもそのはず、あんな人外じみた一撃を目の当たりにされては流石の彼も黙らざるを得ないだろう。

彼らを怒らせることや不興を買うこと、機嫌を損ねさせることはマスターといえど自らを危険に晒しかねない行為になる。

彼らには譲れない確固とした誇りや信念、禁忌を幾つか抱えている。

それらに踏み入れられれば、命をもって謝罪をするしかない。

姿形は自分たちとは相違ないが、持ち得ている力は全く別次元の領域。

不用意な発言は控えるべきと、これで彼も学ぶことだろう。

少なくとも立香とマシュはそう思った。

 

 

「でも女じゃん」

 

「「............」」

 

「............あ?」

 

 

時間が止まった気がした。

彼はなんと言った?

セイバーの発言を聞いた後に彼は一体なんと口にしたのだろうか?

さもそう口にすることが当たり前のように、お前は女だと言ってのけたのか?

 

 

「どう見たって女だろ。

それとも何か?女顔の男ってことか?

だったらそいつは悪かった。

性別に関して周りから心にもねぇこと言われた過去がお前にもあったのかもしれねぇ。

でも、そうじゃねぇんだろ?

さっきのお前の発言で何となくそれは理解出来た」

 

「............続けな。

最後の言葉だ、騎士として最後まで聞いてやるよ」

 

「はっ、そうやってふんぞり返ってりゃバカにされねぇとでも思ってんのか?

だったらそいつはお笑い草だ。

......舐めんじゃねぇよ。

自分だまくらかして、嘘で塗り固めた脆いモンが一体どれだけの価値があると思ってる?

んなモンに価値なんてありゃしねぇ。

周りにバカにされるからそうした?

自分を正当化するためにか?

それとも、周りがそう言うからてめぇもそれに流されちまったのか?」

 

「もういい、黙れ」

 

「自分を見失っちまえば、騎士だろうとなんだろうと本当の役割は一生果たせねぇ。

本当はお前だってそいつを理解してるはずだ。

過去に何があったとかそんなモン俺には分かんねぇよ。

でもな、自分に嘘ついて振舞ってる奴が正しいとは到底俺は思わない」

 

「黙れ」

 

「心の底から誰かに相談もできなかったんだろうよ。

時代が時代だ。

円卓に付くほど騎士が、間違っても口にしちゃあいけないことなんだろうよ。

でもよ、少なくとも今は違うだろ。

今のお前は過去の時代に縛られる存在じゃねぇ」

 

「黙れぇぇぇ!!!!」

 

「紫助さんっ!!!」

 

 

鳴り響く轟音。

怒りが具現化したように発せられた赤い雷は、唸りを上げて紫助のいる一点を目掛けて落ちる。

寸前でマシュが立香の前に防御姿勢を取ったため彼は無傷だ。

しかし、それをモロに受けてしまった紫助はどうなったのか。

恐らく消し炭になってしまったことだろう。

激情に駆られたサーヴァントの一撃は落雷以上の力になる。

そしていずれそれは静寂へと変わっていく。

 

「......はぁ?」

 

そのはずだった。

怒りに身を任せて力を振り下ろしたセイバーは、苦々しくそう呟いた。

目の前にあるのは死体ではない。

ましてや黒焦げになった瀕死の人間でもない。

先程と変わらない真っ直ぐ前を見つめる瞳がただそこにあった。

自慢の愛刀である特別性の木刀で、真正面から受けていたのだから。

 

 

「テメェの癇癪なんてこんなモンだ。

見ろよ、サーヴァントに勝てる訳ねぇ人間がこうして元気に突っ立ってるぜ?」

 

「チッ......!クソがァ!!」

 

 

 先程と同じような一撃が嵐となって無数に迫り来る。

横へ真上へ縦横無尽に繰り出される剣戟。

逃げ場などそもそもない。

待ち受けるのは避けようのない死だけ。

だが目の前の現状を見てどうだ。

 

「オイオイどうしたァ!!

英霊の騎士様ってのはこんなモンかァ?!!」

 

「てめぇ!調子に乗りやがって!!

人間風情が!!」

 

幾重にも連なる剣筋が、事も無げに青年によって撃ち落とされる。

軽口を叩きながら、楽しむようにセイバーとまともにやり合っている。

その姿は極めて異質。

立香やマシュはもちろんのこと、セイバーには目の前の男がこの世の人間とは思えなかった。

ここまで長期的にサーヴァントとやり合える人間など聞いたことがない。

間違いなく前代未聞だ。

 

 

「随分とバカ正直な太刀筋だな!

そこらのガキのチャンバラの方がやりにくいわ!」

 

「うっせぇバーカバーカ!!

デタラメな動きばっかしやがって!

なんなんだお前は!!?」

 

「ちょいとばかし腕が立つ人間だよ!!

まぁ立つのは腕だけじゃねぇけどな!!

お子様にはまだ早かったってか!!?」

 

「テメェなんて人間じゃねぇよ!!

............クソっ!!」

 

「おいおいどうしたよお嬢さん。

最初の勢いはどこ行ったんだ?」

 

「ハァハァ......有り得ねぇ、どんなカラクリだありゃ」

 

息が乱れるセイバーに対し、紫助はまだまだ余力十分といった具合だった。

理解不能だ。

一体どんな手品を使えばここまでサーヴァントと渡り合えるというのか。

どう考えても納得のいく答えは出ない。

しかし、ここまで翻弄されているというのに、彼は未だに決定打を放ってこない。

確実に有効打になり得る隙はあったはずなのに、傷を付けるような攻撃は一切打ってこないのだ。

まるで応戦を楽しむように、こちらを理解するようにひたすらに剣を打ち合うことに集中しているように思える。

 

「どうだ、話聞く気にはなったかよ」

 

「ハァハァ.........は、話だァ?

そんなモンもうとっくに終わっただろうが!」

 

「勝手に終わらせんなよ。

可愛い顔が台無しになんぞ?」

 

「なんなんだお前は......!!

太刀筋も滅茶苦茶、言動も訳わかんねぇ!

オレを呼んでケンカ吹っかけてどういうつもりだ!

答えろ!!」

 

「そりゃこっちのセリフだ。

自分を騙して生きる奴が大嫌いな俺に対してその在り方。

ケンカ売ってんのはどっちだオラ」

 

「なにっ......!」

 

「例え性別だろうと、俺の前で自分を騙すんじゃねぇ。

程度はどうであれ、自分を騙すこと自体が俺にはどうも我慢ならねぇからな。

ついうっかりイラついちまった。

分かんねぇか?俺がお前を怒らせる発言をする以前に、お前は俺の怒りに触れてんだよ」

 

「っ!!?」

 

 

 再び距離がなくなる両者。

赤雷が立ち込め、殺気が募っていく。

端から見れば壮大なケンカに思える。

だが、理由が理由なだけにそんな仰々しいものには思えない。

互いが互いに、自らの何かに触れることがあったのだろう。

結局のところ気に入らないから殴り合いをするという子供染みた結果なのだ。

 

 

「知るかよンなこと!!」

 

「俺も知らねぇよ!!」

 

「ぶっ飛んでんじゃねぇのお前!!?

理屈が全然理解できねぇ!!」

 

「うるせぇこのバカ女!

一丁前に甲冑なんて着込みやがって!

全然似合ってねぇわ!!」

 

「はぁ!!?

オレのチョイスにケチつけようってのか?!!

どこからどう見てもイカしてんだろうが!

大体なんだよそのダッセェ棒切れはよ!!

カビでも生えてそうな粗末なモンをオレに向けるな!!」

 

「んだとこのクソガキ!!

大体女じゃねぇって言い張るんなら、その長がったらしい髪切れや!

俺が刈り上げてやろうか!?」

 

「大きなお世話だバーカ!!

テメェこそその乱雑な髪どうにかしとけ!

そっちこそオレが男前に刈り上げてやるよ!!」

 

「......何なんだ、この勝負」

 

 ひたすらに交わし続ける幼稚な罵倒の数々。

激情は留まるところ知らず、ただ目の前の相手に向かってぶつかり合う。

それは第三者から見れば確かにくだらない内容で起こったことのように感じるだろう。

だが、当の本人たちからすれば瑣末なことではない。

譲れないからこそ、理解してほしい。

表面には表れずとも、内面では理解者を欲しているからだ。

そう、理解し認めてほしい。

かの有名な反逆の騎士モードレッド。

彼が唯一忠誠を誓った騎士王アーサー・ペンドラゴンに拒絶さえされなければ、このように歪むことなく凄惨な最後を遂げることもなかっただろう。

今目の前で感情的になっているセイバーを見ればなんとなく分かる。

きっと、生前は仲の良い友人を作ることができなかったのだろう。

人との距離感がわからず、癇癪を起こしては他人の目を集めようとする。

汚れた策略に組み込まれてしまい、人らしい愛を受けられなかった悲しき円卓の騎士。

 

「この分からず屋が!!」

 

「この頑固者!!」

 

 いつしか二人の手に剣はない。

代わりに振るうのは己の拳。

マスターとサーヴァントは、決して剣を交える間柄ではない。

互いの主義主張を重んじ、自身の利益を考慮し、割り切る関係性。

そう、間違ってもこうして拳を直に交えるような間柄ではない。

そして人と神秘では到底釣り合うはずはない。

 

「なんで倒れねぇんだよこの人間はよぉ!!

絶対お前人間じゃねぇだろ!!」

 

「勝手に決めつけんじゃねぇよ!

誰だって死ぬ気で強くなろうとすりゃ俺みたいになれんだよ!!

テメェもそうなんじゃねぇのか!!

近づきたい奴に近づくために、そうやって強くなったんじゃねぇのかよ!」

 

「知った風な口をっ!!!」

 

「ぐおっ......!!

舐めんじゃねぇ!!

その凝り固まった虚勢崩すまで、何度だってこうやって分からせてやるよ!!」

 

「ぐはっ!!

......っ、このクソッタレがぁ!!」

 

 

 英霊召喚の儀を執り行った直後に大ケンカなど、一体誰が予想しただろうか。

方や円卓の騎士にまで上り詰め、後に騎士王に謀反を起こし、国家の瓦解を引き起こした反逆の騎士モードレッド。

方やサーヴァントと直で殴り合いをする前代未聞のマスター青葉紫助。

青年の正体は未だもって不明。

シャドウ・サーヴァントを一人で打ち倒し、英霊と渡り合うほどの力量を有する実力者。

その正体が如何様であれ、今この戦いに関係はないだろう。

そして、いつまでも続くかと思われた戦いにも終わりが近づく。

 

「......ハァハァ、クソ......頭に血が登りすぎて、言ってること、訳わかんなく......なってきた。

テメェのせいだぞ!どうしてくれんだ!」

 

「......ゼェゼェ、知るかよ。

ならよ......こいつで最後にしようぜ。

互いに真正面から受けて、立ってられたら今回はそいつの勝ち。

負けた奴が全部悪いってことで」

 

「いいぜ、その勝負乗った!

ぜってぇぶっ倒してやるよ!」

 

「そいつはこっちのセリフだァァァァ!!!」

 

 

 拳は交わり、互いの頬目掛けて飛来する。

衝撃が空気を破裂させて弾け飛ぶ。

吹き乱れる荒々しい風は辺りの瓦礫全てを吹き飛ばしかねない勢いで荒れた。

砂煙が巻き上がり、二人の視界が悪くなる。

薄っすら見えるのは、互いに拳を突き出した影が見えるだけ。

軍配が上がったのは果たしてどちらか。

 

「......ふっ、俺の勝ちだな。

お前先に膝着いたろ」

 

「......バーカ、意識飛びかけたのはお前が先だろ。

オレの勝ちだ」

 

「......言ってろ」

 

 同時に地に倒れこむ。

仰向けに倒れ込み、荒い呼吸音だけが続いた。

最後まで互いに譲ることなく、悪態を付き合い、マスターとサーヴァントとの大ゲンカは幕を閉じることとなったのだ。

 

 

________________________

 

 

「んで、どういうつもりだったんだよ?

オレを呼んでケンカ吹っかけて」

 

「イラついてついやっちまった。

反省もしてなければ後悔もしてない。

寧ろ清々しい達成感がある」

 

「よーしぶっ殺す!!」

 

「もうやめて下さい!

話が進まない上に無駄死にです!」

 

「そうだよ二人とも。

今はケンカしてる場合じゃないんだ」

 

「ッチ......まぁコイツをぶっ殺すのはいつだってできるからな。

いいぜ、これからの方針教えろよ」

 

「それについては同感だな。

いつでもぶっ倒せる奴のことを気にかけてもしゃあねぇ。

作戦会議と行こうぜ」

 

「あ”ぁ?」

 

「あ”ぁん?」

 

「はぁ......聞き逃しますよ?」

 

 

 ケンカを終えて少しは落ち着いたのか、二人は舌打ちをしながらもこれからの方針に耳を傾ける。

ダ・ヴィンチの言った通り、この特異点の原因である存在を排除して聖杯を回収する。

纏めればこの一言に尽きる。

だが、簡単に事が運ぶほど楽な道のりではない。

道すがらいくつもの障害物、敵が行く手を阻む可能性が高い。

戦闘は避けられないと言った方がいい。

少なくとも、ここではかつて召喚された英霊がまだ数騎存在する。

自分たちで勝ちの目を作り出すことは限りなく不可能に近い。

だからこそ英霊召喚を行い、自分たちと共に戦って欲しいのだが。

 

「断る」

 

「お願いします!

あそこのバカに変わって謝罪しますから、どうか力を貸して下さい!

私たちには時間がないんです......。

この特異点に来れたのだって偶然や奇跡の重なりでこうなったに過ぎません。

次のチャンスはもう二度とありません。

ですから......どうか、どうか!」

 

「俺からも、お願いします」

 

「............はぁ、まぁ仮にも一度は承諾して来ちまった訳だしなぁ。

一言で済ますにゃ早過ぎるか......。

オイお前」

 

「......なんだ?」

 

「ちょっと面貸しな。

テメェの言い分次第で力を貸してやる」

 

 そうセイバーは告げると、紫助は渋々立香たちから少し離れる。

今度は殴り合いではなく、話し合いをしようという提案だった。

 

 

「お前、一体何モンだ?」

 

「あ?何だよ藪から棒に」

 

「いいから答えろ。

サーヴァントのオレと殴り合える魔術師なんざ聞いた事がねぇ。

同期した知識と全く一致しねぇから気持ちわりぃんだよ。

ここではっきりさせとかねぇとオレは座に帰る」

 

「............何者、ねぇ」

 

 

 言い淀む紫助。

それを真剣な眼差しで見つめるモードレッド。

これから仲間になろうという相手に対し、何を言い淀む事があるのか。

納得のいく答えを出さなければ英霊の座に帰ると、はっきり脅しまでかけた。

不意にするほど馬鹿ではあるまい。

視線を泳がせ、ついに口を開き直す。

 

 

「俺は、人間だ」

 

「.........あぁそうかい、それが答え「ただ」......あ?」

 

 

 契約を完全に破棄しようと思い背を向けようとすると、紫助は付け足すように答えた。

 

 

「どこまでも強くあろうと上を目指し続けた、人間だよ。

魔術師でもあるが、それに関しちゃてんで素人かもな。

俺が使える魔術は一つだけ。

そういう意味で言えば、半端者かもな」

 

「......その先に、何を求める?」

 

「さぁな......自分でも分からなくなった。

あの時は、アイツを負かして俺を認めさせようって意気込んでたが、もう死んじまったしな。

今は犬みてーに鼻鳴らしてそれを探してる最中だ」

 

「変なやつだなお前」

 

「んでどうする?

呼んどいて悪りぃが、契約はご破算か?」

 

「......いいぜ、契約してやる」

 

「マジかよ」

 

 

 セイバーなりに思うところがあったのかもしれない。

そこには召喚時にあった全てを敵視する眼光はなく、ほんの少しだけ警戒心を解いた姿勢になっていた。

 

 

「お前に興味が湧いた。

が、契約の最後に誓約を一つ付け足す」

 

「それは?」

 

「契約満了時に、お前を殺すことだ。

どうだ?これが飲めるか?」

 

「.........あぁ、それで構わねぇ」

 

「マジかよ......やっぱりお前ぶっ飛んでるな」

 

「お互い様、だろ?」

 

「言うじゃねぇか。

まぁ退屈しねぇならそれに越したことはねぇ。

オレを飽きさせんなよ?」

 

「ハッ、えらそーに」

 

「でもお前をマスターと呼ぶのはなんか癪だな。

何かお前がオレの上に立ってるみたいで気に食わん」

 

「好きにしろよ。

俺だって上下関係は好きじゃねぇ」

 

「お前、名前なんて言ったっけ?」

 

「一回で覚えろやポンコツ。

青葉紫助だ、もう言わねぇぞ」

 

「一言余計だばーか。

よし、シスケだな。

これで契約は完了だ。

オレとの契約終える前にくたばるんじゃねぇぞ?」

 

「お前こそ、先に消えるんじゃねぇぞ」

 

拳を突き合わせ、契約は完了した。

先程とは打って代わり、二人は妙に清々しい顔立ちになっている。

ケンカを終えても心の底ではすっきりしていない。

突き合わせた拳を力任せに押し込もうとしているのがその証拠。

 

 

「オイコラ、最初に言っておくぞ」

 

「あァ、オレもお前に最初に言っておくぞ」

 

 

─────(オレ)はお前が気に食わねぇ!バーカ!!

 

ここに啀み合う歪な契約は成立した。

どこまでも子どものように張り合う二人の関係は決して従来の主従関係ではない。

出会えば必ず悪態をつき、互いにケンカを吹っかけるような間柄。

そんな奇妙な関係が今ここに結ばれたのだ。






毎度どうもあずき屋です。
今回はスマホから投稿しましたよ。
正直すまんかった。
ここまでぶっ飛んだ内容になるとは私も思わなかった。
でも出来たのがこれです。
あーあ、ショックよね皆さん。
モーさんも言動は荒いけどしっかりしてる所はしっかりしてるもんね。
あんなだけどいい所の騎士だからね。
まぁもうちょい生暖かい目で見守ってください。
ギャグ要素少な目で申し訳なす。

ご縁があればまた次のページでお会いしましょう。


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第3話 やめとけ、俺らのノリで全員に突っかかるな


「つーかさ、このカルデアにさ?
定期的に英霊増えて来てね?
数多くて正直覚えられないんだけど」

「あー確かにそれはあるな。
ちょっと目離したら誰かしら新しいやつ来てんだよな。
てか基本お前が呼んだ奴らだろ?」

「いやいやふじお君とかガンガン呼んでんだろ?
最近召喚時にアイツと会いたくねぇんだよなぁ。
なんかブツブツ言いながら紙と石握り締めてゾンビみてぇな足取りで歩いてくんだよ。
ヤベェよアイツ、そろそろ色んなとこからストップかかるよアレ。
イカついおっさんとかから追いかけられるよ?」

「いやそこまでバカじゃねぇだろ?」

「バッカお前、俺の知り合いの話だと家賃まではギリギリ突っ込むらしいぞ。
ヤベェよなアレ。
ケンカもできねぇのに変なとこでチキンレースすんなよな」

「で、シスケはいくら突っ込んだんだよ」

「いやそれはあのその、アレだよ。
そんなに......入れてねぇよ?」

「お前、この前そんなセリフ吐く奴は大抵結構使ってるってオレに言ったばっかだろ。
なぁなぁ!いくら使ったんだよ!
誰にも言わねぇからオレに話してみろよ!」

「やめろ引っ付くな!!
そんなんじゃねぇ!ありゃ間が悪かっただけなんだよ!
もうちょい突っ込みゃ出ると思ったからあのピロリン♪を聞き続けただけなんだよ!
何が単発教だ!何がフレポ教だ!
全部試しても全然出てこねぇじゃねぇか!」

「お、ボロボロ出てくんなぁ、面白くなって来た!
今日も徹夜でゲームしようぜ!
笑いのネタ掘り下げてやっからよ!」

「人を爆笑の引き出しみてぇな扱いすんじゃねぇよ!
俺はテメェの娯楽用品じゃねぇんだぞ!」

「いやゲームはいいんですけど、徹夜のテンションでレイシフトするのやめて下さい。
正直ついていけません」




 

 

「うっし、んじゃ気取り直して目的の場所とやらに行くか。

誰かさんのせいで無駄に時間取っちまった。

気張って行くかんな!!しっかりついて来いよテメェら!!」

 

「誰に言ってやがる!

お前こそ置いてかれんじゃねぇぞ!

おらテメェら!このモードレッド様に続け!」

 

「いやちょっと待って!

なんか壮絶なケンカ見てて頭から飛んでたけど、なんか大事なこと忘れてる気がする!

アレ、なんだったっけ?」

 

「先輩、それはきっとあのことですよ」

 

「きゅー............」

 

「アレ?よく見たらアレ所長さんじゃん。

なんでこんな所でバタンキューしてんの?

なんか魔王てきなやつに画面いっぱいにされちゃったの?」

 

「なんだそれ?面白いのか?」

 

「あぁゲームだよゲーム。

基本的に頭空っぽにしてりゃ面白いモンだ。

でも逆に頭使うとイライラして疲れる。

ストレス解消の娯楽品だが何故かストレスが溜まる魔法の代物だ」

 

「ふーん」

 

「とりあえず回収しとくか、役に立つとは思えねぇけど」

 

「ひどいなぁ......」

 

 

そう言って紫助は無遠慮にオルガマリーを背負い込み、カルデア一行は戦闘地を後にする。

向かう矢先は魔力反応が示されている山。

以前はその頂上に寺が建てられていたという話だが、今では見る影もない程に破壊されている。

徒歩で向かうには些か時間がかかる。

 

 

「あぁ、面倒くさくなってきた」

 

「早すぎません?

まだ歩いてから数分と経っていないんですけど」

 

「いやいやよく考えろよメガネっ娘。

こんな不毛な場所で、目的地探すのって結構めんどいぞ。

砂漠歩いてる気分だ。

景色が一向に変化しねぇのもマイナスだ。

加えて足場が悪くて歩きにくい。

オマケにポンコツ所長を担いでるときたもんだ。

愚痴のひとつや二ついいだろ」

 

「だな、オレも流石にめんどくせぇ。

おいシスケ、暇つぶしになんか話せよ」

 

「あ?なんかあったっけかな。

......あーそうだ、そういやこの前いつも通りに訓練所行って暇つぶしてたんだよ。

そんで小腹が空いてたから切り上げて食堂に向かったんだ。

んで歩いてたら途中半開きになってる部屋を見つけた訳よ」

 

「ほうほう、それで?」

 

「え、なんか怖い的な話ですか?」

 

「あーある意味怖ぇかもな。

別にそれだけだったら気にせず通り過ぎたんだけどよ、なんか中から聞こえてくるから余計気になったんだ。

こう鼻歌みたいなやつが」

 

「それで!?それで!?」

 

「俺は恐る恐る中を覗いた。

人様のプライベートを覗くようですんげー悪い気がしたが、溢れ出る好奇心には逆らえなかった。

中はライトひとつで照らされた薄暗い空間。

その明かりで伸びた影が滅茶苦茶不気味だった」

 

「そそ、それ......それって」

 

「あぁ、そこには居たんだよ。

部屋の中心で一心不乱に嬉嬉として何かに針を刺しまくってる女の顔が」

 

「ヒッ......!」

 

 

 暇つぶしの話がとんだ怪談チックになってしまった。

ことどうでもいい話と面白おかしい話には定評のある紫助。

人理の存続がかかっているこの状況でも、彼はそのスタンスを崩すことは無い。

そして途中から立香は思う。

この集団、どう考えても緊張感に欠けている。

本当にこの面子で世界を救うことなど出来るのだろうか。

このフワフワした空気ではそう思わざるを得なかった。

 

 

「そいつの正体がなん」

 

「やめなさァァァァァァァい!!」

 

「「キャアアアァァァァ!!!」」

 

「あべしっ!!」

 

「あ、起きた」

 

 

 突如として奇声を発しながらオルガマリーが飛び起き、紫助の頭にニードロップを叩き込んだ。

紫助の言葉に反応して急遽覚醒したのかどうかは分からないが、何やら鬼気迫る表情をしていて正気には見えなかった。

その証拠に、紫助に馬乗りになってひたすら顔を乱打していたのだから。

 

 

「キャアアアァァァァ!!!って叫びたいのは、こっちよ!

見てたのね!!?見てたんでしょ!!?

誰にも見られないよう職務の合間をぬって勤しんでたのに、貴方は見たんでしょ!!?

しかも他人に話すなんて、信じられない!!」

 

「いやだってブッ!!

微笑ましいなぁってブホォっ!思ってただけなんだって!

あのブヘェっ!あの所長がニヤニヤしながらクマのぬいぐるみ縫ってたなんブェっ!!」

 

「記憶を!失い!なさい!

それか!ここで!死になさい!!」

 

「しょっ......所長っ!!落ち着いて下さい!

死んじゃいます!ホントに死んじゃいますって!

ただでさえさっきのケンカで怪我してるのに!」

 

「マシュ!所長をおさえるんだ!

羽交い締めにでもしないとホントに紫助さん死んじゃう!」

 

「アッハハハハハハハハハハ!!

暗い中せっせと人形編んでるとかククッ......はははははっ!!

しかもよりにもよってコイツに見られてるとか......。

やめろ!やめて!笑い死ぬ!」

 

 

先程より状況が一層混沌と化したのは言うまでもない。

オルガマリーの隠された趣味がどうであれ、覚醒に至ることが出たのならそれに越したことはない。

何か自分たちの知らない情報を持っているのかもしれないからだ。

立香とマシュが懸命に落ち着かせる。

突っ伏す紫助に笑いを堪えながら彼を小突くモードレッド。

軌道修正はこの二人にかかっていると言ってもいい。

 

 

「所長、いきなりで申し訳ないですが所長の知り得ている情報を開示して頂けませんか?」

 

「情報といっても、貴方たちが求めるようなものは持ってないわ。

私も何がなんやらわからない状況でレイシフトされたし、彷徨ってたらあいつらに襲われた......ただそれだけよ」

 

「ンなことだろうと思ったぜ。

所長(笑)は伊達じゃねぇや」

 

「アンタ絶対許さないからね。

帰ったらただじゃおかないんだから」

 

「という事は、やっぱりあの山目指して歩く他ないのか...」

 

「あーめんどくせぇな、どっかにイイもんでも転がってねぇのかよ!

退屈なのは一番嫌いだぜ」

 

 

 そう言い辺りの散策を行うモードレッド。

暇つぶしになるものを探しているあたり猫のようだ。

紫助は服についた砂を払うとオルガマリーに向き合う。

 

 

「なぁ所長さん、ここは冬木で間違いないんだよな?」

 

「なによ、改まって。

そう、ここはかつて聖杯戦争が行われた冬木市。

でも本当の冬木じゃない。

確かに冬木市は一度聖杯によって大きな災禍が引き起こされたという事実は確認されてるけど、二度目の暴走は確認されてない。

つまり、この世界は有り得たかもしれないifの世界。

又は捻じ曲げられた過去と私たちは推測しているわ。

その証拠に、見なさいこの周囲を。

一度目の大火災が起きた年は1994年。

二度目に観測された聖杯の時代から察して文明が発達しているでしょ?

平たく言えば、ここは冬木であって冬木じゃないの」

 

「つまり、ここは正規の歴史ではないということですか?」

 

「そうよ。

本来の事実とは違う世界。

平行世界の可能性とかそういうのを加味すればもう少しややこしくはなるけれど、判断としては改変された歴史とされてる」

 

「現状の再確認は出来たけれど、打破とまでにはいかないね」

 

「ま、俺たちのやることは変わらねぇってこった。

親玉ぶっ飛ばして聖杯回収してカルデアに戻る。

こんくらい単純の方が分かりやすいだろ。

てか、アレ?

自分で言っといてアレなんだけど、聖杯がこの時代にもあるんだよな?

この街ぶっ壊したその聖杯ってのが」

 

『それについては安心してくれたまえ!』

 

「おわっ!

いきなり出てくんじゃねぇよ!

ビックリすんだろうが!

ちょっと股間がヒヤッとしちまったじゃねぇか!」

 

「やっぱりちゃんと出てきたわねダ・ヴィンチ。

今更出てきたことに関しては後で追求してあげるから、今はこのバカに説明してあげなさい」

 

『いやぁ申し訳ないねオルガマリーくん。

じゃあちょっとおツムの足りない紫助くんに説明してあげよう』

 

「一言余計じゃね?

普通に青狸みたいに説明してくれればいいじゃん」

 

『万能の願望器と称されている聖杯だけれど、特異点に存在している聖杯は史実のそれじゃない。

そこに個人の願望を叶えるような機能は残っていない。

膨大な魔力を貯蔵するだけの魔力タンクだとでも思いたまえ』

 

「紫助さん、端折ってはいましたが前にダ・ヴィンチちゃんが説明してくれてましたよ?」

 

「あ、そうなの?」

 

『だから皮肉を混じえたんじゃないか』

 

「へいへいすんませんしたー」

 

『とは言っても歴史改変を維持するほどの膨大な魔力だ。

魔力量は言わずもがな、説明するまでもなく途轍もない。

まず間違いなく誰かの手に渡っている可能性が高い。

それがサーヴァントだった場合、戦闘は絶望的だろう』

 

 

 ただの魔力タンクに落ち着いたとはいえ、そこには無尽蔵の魔力を貯蓄する。

敵側のサーヴァントにこれが渡っている場合、無尽蔵の魔力を使って史実と相違ない力を持って対抗してくる。

考えるほど自分たちに立たされた状況は絶望的だ。

どう考えても相手側に分がありすぎる。

加えてこちら側はデミ・サーヴァントのマシュとセイバークラスのモードレッドだけ。

サーヴァントクラスの中で最高峰のステータスを誇るとはいえ、聖杯の恩恵を受けている敵を前にしてはどうしても遅れをとる。

後は、サーヴァントと殴り合いができる唯一の不確定要素である青葉紫助。

相手を油断させて不意を付けば或いは傷を負わせられることが出来るかもしれないが、どう考えてもリスクが高過ぎる。

立香は改めて自分の置かれている状況が危ういことを自覚する。

まるで大軍を相手に少数で攻めいるような感覚だ。

勝ちの目が全く見えない。

 

 

「んなモン今更だろ?

俺たちは必ず生きてカルデアに戻る。

聖杯の力を借りてるサーヴァント?

敵数が未知数?

そんなモン分かりきってることだろうが。

誰が相手だろうが関係ねぇ。

邪魔立てすんのなら斬り捨てる、利益が一致すりゃ戦友として迎える。

ホラ、簡単なはなしだろ?」

 

「紫助さん......」

 

 

 紛れもなく彼は人間。

肉弾戦が出来るとはいえ、一騎当千ができるだけの力はない。

だがどうしてだろうか。

彼の言葉には何か強い力を感じる。

言葉一つひとつに重みがあり、内側から鼓舞してくれるような感じがするのだ。

言葉の通り、彼はきっと誰が相手だろうが臆することは無いだろう。

呆れるほどのバカさ加減だが、世界を変える器というのは彼のような度を越した馬鹿者なのだ。

背中を押される感覚がする。

彼が、無意識に自分たちの背中を後押ししてくれているのだ。

 

 

『確かに迷っていても仕方ないし、攻めあぐねても結果はついてこない。

うん、ウダウダする暇があるのならやっぱり進んだ方がいいね。

どう転ぶかはそれこそ神のみぞ知る、いや君たちのみぞ知るってことかな?

こちらも惜しみなくサポートするし、最大限バックアップさせてもらうつもりだ。

愚直に信じてくれとまでは言わない。

でも信じて欲しい。

私だって人理を焼却されるなんて真っ平ゴメンだ。

私の言葉に少しでも共感してくれるのなら、私はそれに最大限の力を持って応えよう。

万能の天才の名にかけてね』

 

「それに肝心なこと忘れてるぜ?

俺たちは独りじゃねぇんだ。

そら、見てみろよ」

 

「おーいシスケ!!

面白そうなモン見つけたぞ!!

見てみろよこれ!」

 

「セイバー......」

 

「割り切ったバカが近くにいりゃ、ちょっとばかしは気が紛れるだろ?

お前も難しいこと考えてねぇで気楽に行こうぜ」

 

 

 そう、短い時間の中で自分はよく見て来たはずだ。

誰にも流されることなく、己が信じた道のみを突き進む青年の背中を。

無邪気に全てを楽しもうとするセイバーの姿を。

ならば自分もそれに倣って、自分の信じた道を突き進もう。

無論、バカな点は真似したくはないが。

 

 

__________________________

 

 

 風となるという表現が当てはまっていると思う。

耳に轟々と当たるそれが何よりの証として流れていき、目まぐるしく変化して行く風景が自分を風の世界に溶かして行く。

まるで時の流れのようだ。

かの大英雄アキレウスが見ていた景色も、きっとこんな感じだったのだろう。

ただ、人の身でそれを体験することになるとはついぞ思わなかった。

出来れば思いたくはなかったのだが。

 

 

「オイ!!お前本当に騎乗スキル持ってんのか!!?

なんか車が別の生きモンみてーになってんだけど!

こんな蛇みてぇに蛇行しまくるような感じだったっけ!!?

運転ってなんだっけ!?」

 

「当ったり前だろ!!

このモードレッド様に乗りこなせねぇものなんてねぇ!

あははははっ!!ヤッベェ楽しくなって来たぞシスケ!!」

 

「オイ誰か止めて!!

この頭のネジ失くしたポンコツセイバー止めて!

おかしいだろが!冬木にハンヴィーあんのもおかしかったけどコイツの運転その比じゃない!

誰だセイバーは騎乗スキル持ってるなんて言った奴!!

出て来い!俺が叩きのめしてやるよ!!!」

 

「あの......あんまり、騒がないで、下さい。

大声聞くだけで......ちょっと」

 

「先輩!耐えて下さい!

時期に目的地に辿り着きますからそれまでどうか辛抱を!

あぁ所長まで......。

遠くを見つめるのは間違ってはいませんが、そんな廃人のような眼差しをするのはやめて下さい!

 

「だ、大丈だマシュ......こんなことでへこたれるようなマスターじゃオボロロロロロ」

 

「せんぱぁぁぁぁい!!

どうか気をしっかり持って!!」

 

「お前着いたらホント覚えてろよ!!?

どうなっても知らねぇからな!!!」

 

「ひゃっほー!!

ノって来たノって来たぁ!!

行こうぜ地平線の彼方まで!!」

 

「聞けやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

『あぁ......戦闘前に死屍累々だねぇこれは』

 

 

 モードレッドが見つけたものは瓦礫に埋れていたハンヴィー。

通称、高機動多用途装輪車両。

何故冬木市に軍用車両があったのかは謎であったが、車両は奇跡的に損傷が軽く、ダ・ヴィンチのアドバイスで修理できる状態だった。

そして何故か紫助は当たり前のようにこれを修理。

再び走れるような状態に戻して見せたのだ。

ここで彼が運転するという最初の提案を素直に受け入れておくべきだった。

だが、車両を最初に見つけたモードレッドが運転を志願。

紫助も最初は渋ったが、騎乗スキルを持ち得ているため、自分が運転するより早いと判断し運転を譲った。

そう、その判断が間違っていた。

あの時の選択肢さえ間違わなければ、このようなデスドライブをする事もなかったのに。

 

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!

慣性の法則ってやつがぁぁぁぁ!!

真っ直ぐ進みゃいいものをなんでテメェはいちいちハンドルを切るんだよ!!」

 

「おっと、しっかりつかまっとけよ!!

シートベルトも忘れずにな!!」

 

「いやそれ最初に言っとけ!!

しょっ引かれる心配もねぇと思ったらこの仕打ちだよ!!

俺が想像してたのはもっと快適なドライブだったんだよ!!」

 

「フォォォォォォウ!!!」

 

「フォウさんいつの間に!!

あぁ、窓を全開にしてはいけません!飛ばされてしまいますよ!

先輩!次のエチケット袋は必要ですか!?

所長!何かが!何かが口から抜けています!

見えても出て来てもいけないものが!」

 

『もうそろそろポイント到達だ!

みんな耐衝撃姿勢を!』

 

「出来るわけねぇだろうが!

オイ!前!前!

なんか人影あんぞオイ!」

 

「知ったこっちゃねぇ!

ドライブの邪魔する奴は文字通り撥ねられちまえ!

掴まっとけぇぇぇぇ!!」

 

「「「いやああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」

 

「あん?

なんだテメェらおほぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

突如目の前に現れた何かにぶつかる。

悲痛な悲鳴と何処からか響いてくる人でなしという言葉と共に、彼らはここへ来て人を轢いた。

 

 






毎度どうもあずき屋です。

やっぱりギャグ方面は面白いてすね。
書いていてキャラがはっちゃけてるのが自分でもよくイメージ出来ます。
まだもう少しこっちに釘付けになるかとは思います。
もう一方書いている作品もあるのですが、それはもう少し先になってしまうことになります。
ごめんなさい。
でも楽しい。
バカやってみんなでワイワイ騒ぎながら親玉ぶっ潰そうぜ的なノリは、読んでくれている人にとっても爽快感があると思うので頑張っていきます。

モーさんが騎乗スキル持っているのに運転がひどく荒っぽいのはご存知でしょうか?
某アニメにて車をぶっ飛ばしていたシーンを何度も見返すほどに面白かったです。
皆さんどうぞ見てみてください。

ご縁があれば、また次のページでお会いしましょう。


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第4話 もうちょい遊ぼうぜ

「なぁ」

「............」

「なぁってば」

「............」

「聞こえてんのかよシスケ!」

「んだようっせぇなぁ......。
寝みぃんだから邪魔すんなよ。
こちとらレイシフトで疲れてんだよ。
今から寝るの。
夢の世界にレイシフトすんの。
布団という名のコフィンに入って準備万端なの。
黙ってマンガでも読んどけ」

「読み終わっちまったから呼んだんだろ。
なぁなんかしよーぜー。
シュミレーターでもゲームでもなんでもいいからしよーぜー」

「1人でやってろってだから」

「ひーとーりじゃーつまらねぇー!!」

「ぐほぉ!
分かった!分かったから!
人の腹の上で駄々こねんのはやめろ!」

「とても邂逅初日に殺し合いをしていた2人とは思えない」

「ここのところずっとあぁですよ先輩」

「えぇ......」

「暇だー!
暇過ぎてどうにかなりそうだー!」

「誰かぁぁぁぁ!
誰か保健所の人をお願いします!
猫が腹の上から離れません!
大至急撤去を要請する!!」




 

号外、5名を乗せた軍用車両が轢き逃げ。

冬木市にて発生した痛ましい事件として、大々的に一面を飾る。

某時刻に青髪の青年を轢き、そのまま逃走した模様。

目撃者は運転していた人物はひどく若く、まるで少女のようであったと証言。

同乗者は訳の分からないことを喚いており、後部座席に同乗していた他の3名はパニック状態に陥っていたとのこと。

目撃者によると、運転していた少女は“今のオレは風だ!止められるモンなら止めてみやがれ!”と叫びながらアクセルを踏みしめていた模様。

また、目撃者の最近の冬木にてコメントをもらったところ、治安はあまりよろしくないと骨をカタカタ震わせながら不安げに口にしていた。

現在も犯行グループは逃走を続けており、住民の間でも不安が広まっている。

 

「まぁ、多分こんな感じで取り上げられんだろうな。

そりゃそうだよ、何処の一般ピーポーが軍用車両乗り回して普通の街を走る?

もう悪目立ちだよ。

目撃者がいないわけないよね」

 

「オイ!

オレはこんなこと言ってねぇぞ!

ねつぞーにも程があんだろうが!」

 

「それどころじゃないでしょう!!

今あからさまに誰かを轢きましたよ!?

なんかどうしようもなく聞き慣れたかのような悲鳴とともに!」

 

「どうしたのマシュ?

あぁ、ようやく着いたの?

そっか、今からそっちに行くから」

 

「先輩!?

着いてません!着いてませんからそっちには渡らないで!」

 

「新聞会社も生きてりゃきっとこうなったって。

無免許で爆走する少女ってか、こりゃ重罪だわな」

 

「オレは地平線の向こうに行こうぜって言ったんだよ!

載せるならもっとカッコよくしろよ!」

 

「そういう問題じゃありませんから!

早く助けに行きますよ!」

 

不憫な男救出中。

 

「あぁーただの車でよかったぜ。

神秘纏ってりゃ結構ヤバかったかもな」

 

「本当にすみませんでした。

あのバカたちに変わって謝罪します」

 

「気にすんなよ嬢ちゃん。

こんな些細なことで怒りゃしねぇって。

寧ろ助っ人が来てくれて有難いと思ってたところだぜ。

ま、出会いが衝撃的過ぎておかしかったがな。

それよりお前さん方の事情を聞かせてくれ。

どうも無関係には思えなくてな」

 

「はい、掻い摘んで説明します」

 

轢かれたこと等些細なことと切り捨て、豪快に笑い飛ばす青年。

真名はクーフーリン。

ケルト神話において最も有名で、母国であるアイルランド以外の多くの国々にもその名を轟かせる偉大な大英雄のうちの1人である。

サーヴァントの肉体はエーテルによって構成されている。

エーテルは神秘の部類に属するため、サーヴァントにダメージを与えるためには同じ神秘を纏うものでなければならない。

つまり、神秘を纏っていなければ最新型の現代兵器をもってしても致命傷はおろか、傷一つ付けることは出来ない。

つまり神秘さえ纏っていればダメージ足り得るということになる。

 

「なるほどなぁ、人理が燃やされる寸前でお前さんたちはそれを阻止しにここまで来たと。

人理修復の為にはいくつか原因となっている場所とそれぞれ聖杯があり、それを取り除かねぇと俺らの築いてきた歴日は抹消。

なかったことにされるってか。

かぁー話がぶっ飛びすぎて現実感がさっぱりだが、どうも嘘じゃねぇみてぇだな」

 

「はい、その解釈で問題ありません。

私たちも奮闘してはいるのですが、戦力が乏しく途方に暮れていたところです。

もし宜しければ力を貸して頂きたいです。

ケルト神話きっての大英雄、クーフーリン殿」

 

「よせよせそんな畏まんな!

祭り上げられんのは柄じゃねぇ、一つ砕けた感じで頼むぜ。

俺もその方がやりやすい」

 

「あ、ありがとうございます!

戦力が増えるのは心強いです!」

 

「んで嬢ちゃん。

ちょっと聞きたいんだけどよ、アレもお前さんの連れってことでいいのか?」

 

「アレ?」

 

クーフーリンの指さす方角には紫助とモードレッドの2人。

見た感じ揉めているようだが、これまで嫌という程そのやり取りを見てきているので正直どうでもいい。

マシュはため息を着くことすら忘れ、表情を固まらせながらクーフーリンに向き合う。

 

「なぁ、なんか食うモン持ってねぇのかよ」

 

「あるわけねぇだろ、ここ何処だと思ってんの?

草も残らず燃えるような場所よ?

ましてや食いモンなんて持ち歩くわけねぇだろ」

 

「チッ、使えねぇマスター様だなぁオイ」

 

「ワガママなサーヴァント様にゃ言われたかねぇよ」

 

「あ”ぁ?

もう第2回戦ご希望ですか?

また冷たいところで寝てーのか?」

 

「おう、やってやろうじゃねぇか。

こっちもワガママな猫にそろそろお灸を据えてやろうかと思ってたところだ。

たまにゃいいこと言うじゃねぇか」

 

「あぁ、スカした面してる犬と遊ぶのも悪くねぇと思ってな。

骨の代わりにいいモン叩き込んでやるよ」

 

「ちょっと二人ともストーップ!!

またケンカ始めちゃうの!?」

 

「何言ってるの藤丸?

人間がサーヴァント相手に適うわけないでしょ。

いくら魔術が素人だからって、そんな当たり前のことを忘れたわけじゃないでしょ?」

 

従来の常識ではサーヴァントに太刀打ちできる人間は皆無である。

無論様々な条件下では可能であるが、基本的には身一つでやり合える者はいない。

だがこの目の前の青年はそれができる。

何やら色々隠し玉を持っており、謎多い人物であるためその胸中は伺えないが、紛れもなくサーヴァントに匹敵する戦力とみて間違いない。

それを目の前で見てきた立香たちだからこそこうして止めるのだ。

 

 

「紫助さんにはそれが出来るから止めてるんですよ!

ちょっと二人とも待ってよ、殴り合いで解決するなんてやっぱりよくないよ。

そんなの戦争と何にも変わらないじゃないか」

 

「はぁ?」

 

「......確かに、殴り合いばっかだと芸がねぇな」

 

「オレは全然いいぞ」

 

「ばっかお前、同じことしてっと飽きんだろ?

たまには趣向を変えて勝負といこうじゃねぇか」

 

「まぁなんだって構わねぇぜオレは。

どうせ勝つのはオレなんだからな!」

 

「ハッ笑わせんなクソ猫。

俺の圧勝に決まってんだろうが」

 

「「あ”ぁ!!?」」

 

「あぁ、また始まっちゃうよ。

なんかもうちょっとこう、マシなものはないの?

少なくとも血を流すようなものじゃなくてさ」

 

「............今考えられるとすりゃ、そうだな。

1つあるぜ」

 

重々しい雰囲気を醸し出してはいるが、考えている内容が内容なだけに深刻そうには全く見えない。

この空気でまともなことを言った試しがないからだ。

 

「よし、“あっち向いてホイ”で決めようぜ」

 

「なんだそりゃ?」

 

「ねぇ藤丸、アイツ本当に大丈夫?

レイシフトの影響でより一層おかしくなったんじゃない?」

 

「ま、まさかぁ......少なくとも最初よりかは断然マシですよ」

 

「ルールは簡単。

互いにじゃんけんをして、勝った方が“あっち向いてホイ”の掛け声と共に上下左右どちらか一方に指を指す。

反面負けた側は指を指された方向と違う方向を向けばいい。

同じ方向に向けば負け。

同じ方向に向かせるまで続ける。

どうよ、簡単だろ?」

 

「ハッ、なんだそりゃ。

ガキの遊びじゃねぇか。

下らねぇ、そんな勝負オレはお断りだ」

 

「あっそ、怖いんだあっち向いてホイが」

 

「............はぁ?」

 

突如として怒気が強まった。

召喚時に紫助がモードレッドの地雷を踏み抜いたものと同じものを立香は感じ取ったからだ。

モードレッドの怒りなど気にもせずに紫助は続ける。

 

 

「ヒッ!

ね、ねぇ藤丸!本当にアイツおかしくなったでしょ!?

サーヴァント相手にケンカ吹っかけるとか正気の沙汰じゃないわ!

もう完全にあのセイバー殺す気満々よ!?」

 

「最初カラデスヨ、最初カラ」

 

「お前はあっち向いてホイの奥深さを何にも分かってねぇな。

いいか、一見簡単そうに見えるこのゲーム、お前が思っている以上に難関だ」

 

「なに?

どういうことだよ?」

 

「フツーは運試しとかで勝敗が決まっちまうのがこのゲームだ。

だがな、達人クラスになると、もうあっち向いてホイは別モンの領域になる。

文字通り次元が違うんだよ」

 

「へぇ......いいぜ、続けな」

 

「確かにあっち向いてホイは昔ガキが思いついて、いつの間にか日本中に広まったもんだ。

ガキは基本的に運が悪かったから負けたとかほざくが、これを極めた奴らが始めると話が変わってくる。

相手が指す方向の予測、それを躱し続ける気力、根性、攻勢に回り続けるためのジャンケン勝負の制圧、指差しのパターンの把握等を限られた短時間でこなす必要がある。

一勝負にかかる時間は、ジャンケンが1発で決まる前提で考えて凡そ2~3秒。

だがジャンケンは連続で続く可能性もある。

自分が負かす勢いでいても、ジャンケンで負けてその後パニクって自滅なんてこともザラにあるゲームだ。

どうよ、これを聞いてもまだガキの遊びと言うか?」

 

「......おぉ、なかなかに奥深いじゃねぇか。

なるほど、極めれば児戯も高度なものになるな」

 

「ふっ、漸く理解出来たかよ」

 

「えぇ.........」

 

「バカね。

骨の髄から腸までとかじゃなくて魂レベルでバカね」

 

起源さえ知らなければその通りなのだと錯覚してしまうほどの弁舌。

基本的に口は回る方なので、一度飲まれてしまうともう彼のペースになってしまう。

であるため主導権を握られてしまうといいように言いくるめられ、煙に巻かれてしまうのだ。

傍から聞けば“うむ、なるほど”と思ってしまいがちだが、実際はそれっぽくでっち上げてその場をテキトーに切り上げているだけ。

詐欺師の素質でもあるのではないだろうか。

 

「なんだぁ?

あの兄ちゃん結構面白そうな感じだな。

嬢ちゃんの仲間なんだろ?」

 

「無関係と言いたいのですが、そうですね。

彼も一応協力者です。

後、一緒に張り合っているのがその彼のサーヴァントです」

 

「ははっ、なんだなんだ随分と賑やかな連中だな!

気に入った!俺も1枚噛ませてもらうぜ。

こっちの方が面白そうだしな」

 

「は、はぁ......それは有難いです」

 

マシュからすればいい迷惑でしかないが、事が事だけにここはグッと堪えて飲み込むことにした。

クラスがキャスターになっていようと彼は偉大な大英雄クーフーリンそのもの。

単騎で何万人もの軍隊を相手取ったことから、戦士としての逸話が色濃く目立つが、彼は師であるスカサハより原初のルーンの教えも受けている。

そのためキャスタークラスの適正を持っている。

別の話では剣を持って戦ったという逸話も存在するためセイバーとしても呼ばれる可能性がある。

その性質上、誇り高く遠距離攻撃を好まないため、アーチャーとアサシンクラスにだけは適性を持たない。

だが、それを抜きにしても本来の力を持つ彼は正に規格外。

こと戦うことに関しては万能と呼べるレベルであり、知名度補正が低い極東で呼ばれたとしても、その輝きがくすむことは無い。

 

「まぁそんな暗い顔すんなよ。

嬢ちゃんは断然笑ってた方がいい」

 

「それは、何故ですか?」

 

「いい女は何をしても様にはなるが、陰気は例外だ。

心まで暗くなっちまう。

女はな、基本的に笑ってた方がもっと美人になるんだよ。

笑顔こそ最高の化粧ってな」

 

「それは聞いたことがある気がします」

 

「そいつは真実だ。

誰かが笑顔になりゃそれが周りに伝わってくる。

そんで、いつしかそいつの周りには輪ができんだ」

 

「“輪”ですか?」

 

「あぁ、嬉しいことから辛ぇことまで分け合える連中のことさ。

実際それがあるかどうかでそいつの価値が決まる。

何ものにも変え難いってな。

死んでも残り続けるそいつはこの世の何よりも貴重な宝だ。

金銀財宝はあの世に持ち込めねぇが、いい思い出の一つや二つは持ち込めるかもしんねぇだろ?」

 

「.........理屈は、理解出来ます」

 

それはあまりにも楽観的な考えだとマシュは思う。

死後の事など考えたこともなければ、自分がその最期を迎えた時のことなど考えたこともなかったからだ。

クーフーリンの考えであるそれは、きっと魂の存在を信じているからだろう。

魔術師のような概念的に囚われたものではなく、身近に感じる当たり前のような存在に彼らは考えているのだ。

事実、魂があるからこそ彼らは死後もこうして現世に呼び出され、仮初の生を繰り返している。

一概に否定することは間違っているかもしれない。

だからこそ、マシュは否定をしなかった。

 

「なんだ、嬢ちゃんも随分と堅物みてぇだな。

ンな難しく考える必要なんてねぇよ。

ホラ、アイツら見てみろよ」

 

「えっ?」

 

「あっち向いて......ホォォォォイ!!」

 

「フン!

だァァァァァァ!また負けた!!

なんでだよ!

シスケ!お前なんかズルしてんだろ!

なんかタネとかあんだろ!

正直に言えよ!」

 

「ブッブー、タネも仕掛けもありませーん。

にしてもお前よえーな。

お前が次どっちに向くか手に取るように分かるわ」

 

「このやろ調子乗りやがって!

もっかいだもっかい!

次こそ負けねぇ!」

 

「待て待て選手交代だ。

俺は次に所長と勝負する。

勝ったらあの話は言いふらさないでやるからよ」

 

「その話は生涯するんじゃない!

勝負に乗ってあげてもいいけど、その賭けは認めないからね!」

 

「あ、オイ!

まぁいいか、勝ち重ねてリベンジだ。

オイ藤高やろーぜ」

 

「藤丸だよ!

いいよ、勝負しようか」

 

「へっへー経験を積んだこのモードレッド様にもう負けは有り得ねぇ。

フルボッコにしてやんよ!」

 

そこには子供の遊びを和気藹々と繰り広げる青年達の姿があった。

恥ずかしくて周囲に誇らしげに語るようなものではないが、同じ時間を共有している和やかな雰囲気だ。

いつの日かこの出来事を思い出し、語り合えるための機会のように彼らは無邪気に楽しんでいる。

 

「あの兄ちゃんのお陰なんだろうな。

嵐みてーに周り巻き込んでかき乱すタイプだろありゃ。

ガキみてーに思えんだろ?

でもありゃ大切なことだぜ。

バカ騒ぎして、バカみてーにはしゃぎまくって、揃って明日を迎える。

それが叶えばこれほど嬉しいことはねぇぜ」

 

「笑って明日を迎える......」

 

「戦う理由はそれぐらいシンプルな方がいい。

分かりやすいし、それは嬢ちゃんが1番望んでることなんだろ?」

 

「はい」

 

「ならあの連中に身を委ねてみな。

退屈しねぇなら生きてる間楽しめるぜ」

 

クーフーリンは快活に笑ってそうマシュに告げた。

物事を難しく考える必要は無い。

考えという深みに嵌ればはまるほど、それは自身の視野や意識、考えを狭めてしまう。

時折物事に耽ることもまた必要だろう。

だが、人生の大半はそれぐらい気楽に構えていた方が意外と上手くいったりする。

運や縁の問題もあるだろうが、そこは考えるだけ無駄。

今ある時を十分に噛み締めて、シンプルな目的の為に動けとクーフーリンは背中を押してくれた。

 

「んじゃ嬢ちゃんの指針が少しまとまったところで、これからの話といくか!」

 

ケルト神話の大英雄クーフーリン。

クラスが変わろうと、彼の根幹が変わることは無い。

誇りと矜恃を軸とし、戦いを好んだ男。

生前もこうして、友と呼べる相手と語り合い、怒涛の生涯を遂げたのだろう。

そんな豪快に生きた男の在り方に、マシュは少しだけ触れることが出来た。

 

─────────────────────

 

「改めてクーフーリンだ。

クラスはキャスター。

見ての通り古参兵だが、重宝してくれんなら死力を尽くすぜ」

 

「え、アンタキャスターだったのか?」

 

「最初にそう紹介してくれたでしょ」

 

「いやいや、どう見たってキャスターにゃ見えねぇよ。

だって見ろよ、ゴリゴリのマッチョマンだぜ?

服装は確かにぽいけどよ、とても杖振りかざして戦うタイプにゃ見れねぇな」

 

「お、兄ちゃんなかなか鋭いな。

確かに今はキャスターだが、俺は本来槍兵でな。

槍ぶん回して敵地に突っ込むのを生業としてきたことの方が長いんで、俺自身もしっくりこねぇが......まぁ適性があったんじゃ仕方ねぇな。

だが安心しな、俺は以前にルーン魔術を修めてな、後衛支援もできるから心配すんな」

 

「ハイスペック過ぎんだろ。

英霊ってのはどいつもこいつもすげぇ奴ばっかだな。

どっかのバカ以外」

 

「当たりめぇだろ、英霊ってのはどいつも逸話を残すほどの奴らばかりだ。

お前らの尺度で図ろうとすんな。

つか、今オレのことバカにしなかったか?」

 

「てことはアレか?

なんもねぇところから炎とか出せたりすんの?」

 

「おう、俺のルーン魔術なら詠唱ひとつでボンだ。

他にもおもしれぇモン持ってっから期待していいぜ兄ちゃん」

 

「頼もしいねぇ。

うし、戦力も増えたところだしそろそろ親玉にご対面と行くか。

さっさと終わらせて帰ろうぜ。

俺腹減ってきたわ」

 

「おい、無視かおい。

シカトなのか?怒るぞ?

テメェの頭に1発かましたっていいんだぞ?」

 

「問題は場所だな。

なぁメガネっ子、場所が山だけってのはちょっと抽象的過ぎんな。

もっと絞り込めねぇの?

例えば山頂とか」

 

「あの山が一番有力な場所なのは変わりません。

ですが、クーフーリンさんの話によると、山ではなくその地下に大きな魔力の反応があるみたいなんです。

そこに門番の役割をしてるサーヴァントがいるんですよね?」

 

「あぁ、切っても切れねぇ腐れ縁の野郎が入口にずっと張り付いていやがる。

俺が呼ばれるところにいつもあの顔があるんだ。

いい加減運命とか感じちまうぜ......うぉぉぉヤダヤダ。

野郎との運命なんざ御免こうむるぜ」

 

「ならまずそいつをぶっ倒さねぇとな。

一気にぶっ潰してから突破した方がいいな後半的に。

なぁ、アンタにはそういうなんか大技的なやつあんの?

宝具ってやつがよ」

 

「おぉーい!完全にシカトか!

構えやゴラァ!

終いにゃ駄々こねんぞ!」

 

「応とも、英霊なら必ず宝具を1つは持ってる。

俺のはちとばかしデカいが......てか嬢ちゃんのは方はどうなんだ?

お前さんも一応サーヴァント扱いなんだろ?

宝具の一つやふたつ持ってねぇのか」

 

「確かにクーフーリンさんの言う通りあるにはあるのですが、なんと言いましょうか......その、なんか私にはうまく扱えなくて」

 

「やっぱりマシュも持ってるんだ?」

 

「あぁー、そいつは多分霊基が上手く同調してねぇのかもな。

無意識に魔力の放出に制限掛けてんだろ。

うし、それは俺がどうにかしてやるよ」

 

英霊は基本的に、必ず宝具と呼ばれる切り札的存在を有している。

それは名のある有名な武具の全力解放であったり、英霊の持つ力の解放、又は逸話や伝説が宝具として昇華したものであったりと形は様々である。

更に種別化すると細かくなる。

一人を対象とする対人宝具。

軍隊を相手取れる対軍宝具。

城塞をも破壊できる対城宝具。

世界そのものに干渉する対界宝具。

中でも対界宝具は別格で、概念そのものを消し飛ばしてしまったりとスケールが大きい。

これを持つサーヴァントは限られており、一度使えば文字通り戦局を覆し、圧倒的不利な状況でも勝利へと導く必殺の代物。

サーヴァントによっては特異的な宝具も存在するため、一括りにするだけ無駄なのかもしれない。

 

「ちょっと待て!

その役目、オレがやってやるよ」

 

「はぁ?

なに、無視され過ぎておかしくなったの?

癇癪起こして訳わかんねぇこと言ってる自覚なくなったの?

脳筋のお前にンなこと出来るわけねぇだろ」

 

「バカかお前!?至極真っ当だわ!

サーヴァントは必ず宝具を持ってるって言ったろ。

舐め腐ってるお前への当てつけとついでに見せてやるって意味だよ」

 

「理由がストレート過ぎていっそ清々しいわ」

 

「ん?お前さんがやってくれんのか?

なら俺の宝具はお預けだな。

嬢ちゃんが宝具を解放する流れを簡単にまとめるぞ。

さっきも言った通り、魔力の流れを堰き止めてるのは嬢ちゃんが無意識に自分でセーブを掛けちまってるからだ。

そいつを取っ払うには窮地に放り込むのが一番手っ取り早い。

セイバーの宝具をその盾で受けろ。

俺の見立てじゃあその盾は生半可な攻撃じゃあ傷一つつかねぇ。

加えて宝具を解放できりゃ多分受けきれる」

 

「た、多分ですか?」

 

「どうせ今やっとかなきゃ近いうち死ぬんだ。

ここらで腹括っておきな。

セイバーの宝具を受けきれなきゃお前さんは死ぬ。

分かってんだろ?サーヴァントの死はマスターの死に直結する。

坊主を死なせたくなきゃ、文字通り死ぬ気でやりな」

 

「......先輩のため。

分かりました、死ぬ気で頑張ります!」

 

 

 

 





やぁ皆さんどうも。
いつもの私です。
更新めっちゃ遅れたね、申し訳ない。
始まって半年足らずで仕事に嫌気が指して転職考え中でストレスがマッハですが、気を取り直して頑張ります。
自覚はあまりないんですが、ストレスチェックシートを見てみたら判定がA☆で、とりあえずお前のストレスはヤバいとの通達を受けました。
だいたい☆って何ですか?
キラっとした感じで濁してるんでしょうけど、書いてることエグいですからね。
医師と面談して下さいって紙も同封されてましたよ。
自費じゃなければ行きます。
結局自費なので絶対行きません。

まぁストレスがヤバいことと仕事がクソめんどくさいこと以外は何も変わってません。
皆様も変わらずにお過ごしください。
そして、温かい声援を下さい。
頑張ってやっていきますので、よろしくです。

ではでは、また次のページでお会いしましょう。


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第5話 しげるに比べたらまだまだだな

「............」

「............」

「............」

「............」

「............イテッ、んだよ」

「まだ捲んな、読み終わってねぇ」

「俺の勝手だろーが」

「いいから、もっかい読み直しとけ」

「つかそろそろ腰痛くなってきた......いい加減どいてくんない?」

「............」

「どんだけ集中してんだよ......」

「一向に紫助さんの背中から離れる気がありませんね」

「ホントに猫みたいだよね」

「だから!捲んの早ぇっての!!」

「だから!俺の勝手だっつーの!」




───それは、前代未聞の挑戦。

 

オラオラどうしたどうしたぁ!!

テメェの覚悟はそんなモンかよ!!

 

───迫り来る未知なる恐怖を、自らに手で退けなければならない。

 

やり過ぎだ!いくらなんでも!

止めてくれ!!本当に死んじゃうじゃないか!!

 

───対峙するのはこの世ならざる脅威。

   一度背中を向ければ命はない。

 

お前さんの選んだ道さ、死ぬ気で気張れ。

まぁアレだ、坊主にいい所見せるつもりでやってみな。

 

───立ち向かうのは一人の少女。

身の丈に合わない大きな盾を携え、大きな恐怖と対峙する。

 

理論上は出来るかもしれない。

でも、一歩間違えたらそこで全てが終わるわ。

それでも、やるのね?

 

───全ては、大切な人を守るために。

 

肩の力を抜け、そんで絶対に目を背けるな。

テメェが折れない限り、背中にいる奴は傷一つつかねぇ。

だから、胸張って受け止めてこい。

ビビってんなら、俺が何度だって背中を押してやるよ。

 

───少女は、英雄としての一歩を踏み出す。

 

先輩、みんな......絶対に私が守り切ってみせます。

だから、私を信じて下さい!

マシュ・キリエライト、出撃します!!

 

───刮目し、見届けよ。

   少女の手に委ねられた一つの運命の結末を。

 

─────Fate/Grand Order

       Adventum Palladis(盾の乙女の再来)────

  

                

君は、歴史の証人となる。

 

 

 

 

「ちょっと待てやァァァァァ!!!」

 

「あぁ!!何すんだテメェ!

広告はタダじゃねぇんだぞ!

金発生してんだから粗末に扱うんじゃねぇ!!」

 

「そういう問題じゃねぇだろ!?

なんだよコレ!!なに映画の予告みてぇに飾り立ててんだよ?!

前回とおんなじ流れじゃねぇか!

オレ完全に悪役みてぇじゃんか!

何ちょっといい感じの悪い笑顔再現してんだよ!

ちょっと全部観たい気もしなくもねぇけど......まだ何もしてねぇからな!」

 

「結構いい感じに仕上がってると思うけどなぁ......」

 

「し、紫助さん!?

これ、本当に私がヒロインでいいんですか!?」

 

「あぁ全然オッケーよ。

メガネっ娘がヒロインなら数字取れるし需要高いしな。

話の流れは安直かつ王道に、最弱からふじっこくんを守れるぐらいに成長していく感じ。

途中何度も挫折を味わうが、仲間との絆がメガネっ娘を成長させていくファクターになる。

最後は地球消滅級の災害を盾で防ぎきって、ふじっこくんと朝日をバックにキスしてエンド。

完璧だな......大ヒット間違いなしだわ。

つかコレ、どう考えてもメガネっ娘ヒロインじゃねぇな......完全に主役だよコレ」

 

「ほぅ......これが映画ってやつか。

なかなか迫力ありそうだな。

俺もなんかいい役もらえたりすんのか?」

 

「あたぼーよ、アンタは結構重要な役だぜ。

右も左も分からねぇメガネっ娘を教え導き、その後の信念を作るきっかけを与える。

途中悪役から外道レベルの不意打ちを受けるが、危機一髪でメガネっ娘を守る。

体制を立て直させるためにメガネっ娘たちを戦線離脱させて時間を稼ぎ三日三晩戦うが、チート級の一撃を前に敢え無く敗退。

だが、その最後の背中をメガネっ娘は見届けて覚醒。

誰もが爽快感を抱く逆転劇を披露し、ラストの地球滅亡級の災害を見事退ける。

ハッピーエンドに繋げる為の大役って訳よ」

 

「へぇ、気に入ったぜ!

主役じゃねぇのが残念だが、そういう役柄は新鮮で良さそうだ。

完成度次第じゃ、俺ラストで泣いちまうかもなぁ......」

 

「外道ってどういう意味ゴラァ!!

オレは騎士だぞ!?外道とはなんだ外道とは!?

それもう完全にオレいききってんじゃねぇか!!

母上なんて目じゃねぇじゃんか!」

 

「ちょっと私は?!

私の役はどんなの?!

所長に相応しいいい役なんでしょうね!」

 

「フォウフォ!

フォォォォフ!!」

 

「これ完全にヒロイン的なポジション自分じゃないか......」

 

やんややんやと騒ぎ立てる一同。

紫助が一度冗談を口にすれば乗ってくる辺り、皆一様に彼に毒されているのかもしれない。

つい先程までツンケンしていたマシュでさえこの有様。

クーフーリンも存外乗り気らしいことから、このメンツが更に混沌と化しているのが伺えるだろう。

 

「だァァァァァ!!

もう嘘予告の話はどうでもいいっつーの!!

やるのかやらねぇのかハッキリしやがれ!

いや、構えるのか構えねぇのかハッキリしろ!

オレはもうぶっ放すこと前提でいくからな!」

 

「んだよ付き合い悪ぃな。

俺とお前の仲じゃねぇか」

 

「オレとお前の仲だからこそだろうが!」

 

「ちょっと、落ち着きなさいよ。

乗っちゃった私たちも悪かったから冷静に行きましょ?

ホラ、タダでさえおっかない所なんだからあんまり騒ぐとまた襲われるわよ?」

 

『彼女の意見は最もだ。

敵地の中で悠長に談笑している暇などない』

 

「ンな堅苦しいこと言うなよ。

ちょっとふざけてみただけじゃねぇか。

アレだよ、心にゆとりを持たないとダメ的なアレだよ」

 

『少しなら大丈夫、その油断が全てを台無しにする可能性がある。

今の君たちが正しくそれに当たるだろう』

 

「ってかオイシスケ、お前誰と話してんだよ?」

 

「えっ?」

 

「ッ!!退けぇ!!

狙撃が来るぞ!!」

 

「ウソっ!?

でも一体誰が?」

 

「アーチャーの野郎に決まってんだろうが!!」

 

突如飛来した赤い物体は、地面に着弾すると共に爆ぜた。

小さなクレーターが出来るほどの威力を持ったそれは、紫助たちに向けて問答無用に襲いかかる。

 

「爆発する矢とか聞いたことねぇぞ。

オイ、どの方角から飛んできた?」

 

「あの山以外ねぇだろ。

よくよく気取ってみりゃ確かにいるわ。

全然狙ってんな。

ずっとこっちに目光らしてるぜ」

 

「アーチャーの鷹の目なら数キロ先だろうと正確に狙える。

さっきの爆発する矢が飛んでくる以上、このまま物陰に隠れてもしょうがねぇ。

いずれ炙り出されちまうぜ」

 

「チッ、オレも宝具はお預けかよ」

 

「別にお前はこれで終わりじゃねぇんだから大事なところまで取っとけよ」

 

こと遠距離攻撃においてアーチャークラスの右に出る者はいない。

遠く離れた場所にいようと的確に狙いを定め、精密な射撃を絶えず連ねていく。

基本的に接近さえさせなければ彼らの独壇場なのだ。

 

 

「流石に俺もこの距離で打ち合うのは無理だ。

もうちょい近付けれりゃまだやれるが、どうするよ兄ちゃん」

 

「手がなくもねぇ。

さっきの話じゃねぇが、やっぱり主役はメガネっ子たちかもな」

 

「え、どういうこと?」

 

「その盾はなんのためにあんだよ?

オレらの攻撃範囲に近づくためには、どっちにしろ突っ込まなきゃいけねぇ。

盾女を前衛にして一気に詰め寄る、だろ?」

 

「あぁ、やるにはそれしかねぇ。

メガネっ子にゃ悪いが、宝具解放はぶっつけ本番でやってもらうしかねぇ。

だが、そいつを決めんのは俺らじゃねぇ。

どうすんだ、坊主」

 

「お、俺?」

 

「あたりめーだろ。

デミ・サーヴァントとはいえサーヴァントはサーヴァントだ。

メガネっ子のマスターはお前だろ。

最終的な決定権はお前が持ってる。

自分のサーヴァントにどういう指示を出すのかはお前が決めろ。

テメェの可愛いサーヴァントを危険な目に遭わせられねぇっつーのならそれでもいい。

別の方法走りながら考えるからよ」

 

「そんな......急に言われても」

 

「人生何事も急なんだよ、大事な選択は特にな。

......っと、爆撃再開しやがったな。

決めろ。もうモタモタしてらんねぇぞ」

 

「お、俺は」

 

「先輩、私を信じてみてくれませんか?」

 

 

マシュは真っ直ぐと立香を見つめながらそう言った。

死ぬかもしれない特攻を、安全な場所で悠々と命令しろというのか。

とても自分には出来ない。

そんな非情な選択、取る事なんてとても出来ない。

でも、今ここで渋ればみんなをより危険に晒すことになる。

マシュは言ってくれた。

自分を信じてくれと。

怖いだろう。

必死に震えを隠しているだろう盾を握りしめている左手が、彼女の恐怖を強く表している。

特攻する恐怖、特攻を下す恐怖。

決断が、どうしようもなく怖くて仕方ない。

 

「アンサズ!!

チィ......矢をギリギリの位置で消すので精一杯だ!

オイ坊主!ここらで腹括っとけ!

このままじゃ本当に全員おっ死ぬぞ!」

 

「マ、マシュ......」

 

「大丈夫です、先輩。

私一人じゃこんなこと言えなかったでしょうけど、今は皆さんがいます。

背中を預けられる人達が、私たちの周りにいるんです。

だから、私が皆さんを信じるように、先輩も私を信じて下さい。

先輩の声さえあれば、私はどんな苦境だって乗り越えてみせます」

 

「っ!!」

 

 

周りから言われるまでもなく、自分は覚悟を固めることが出来た。

女の子にここまで言わせておいて踏み切らないなんて、そんな野暮な選択こそ取りたくない。

死ぬための選択じゃない。

生き抜くための選択なんだ。

大丈夫、自分たちは決して1人じゃない。

信頼出来るみんながいるから、自分はこうして言いきれる。

 

「マシュ!

防御姿勢のまま敵性サーヴァントに向かって突貫だ!!」

 

「はい!

マシュ・キリエライト、出撃します!」

 

「よっしゃあ!リーダーのお許しが出たぞ!!

行くぞクソ猫ォ!!」

 

「おうよ!

手加減無しの全力で行くからな!

舌噛むなよバカ犬!!」

 

「あ、オイお前ら!」

 

「えっなに、キャァ!」

 

『............何のつもりなんだ』

 

「「突撃じゃァァァァァァァァァァ!!!」」

 

まるで打ち合わせでもしていたかのような完璧な息の合い方。

何をどういう解釈をして、どういう謎の勝算を見出したのかは分からない。

2人にしか分からない何かが見えたのかもしれない。

他人には絶対に理解できない2人だけの勝算が。

即席にして、全く予想できない不意打ちに近い作戦。

名付けて“盾の乙女作戦”。

 

「何で私ごと構える必要があるんですかァァァ!!?」

 

「こうした方が一番手っ取り早いだろ!

ちまちま進んでなんてやってられねぇ!

目指すは最短で最速でアイツに突っ込む!」

 

「クーフーリン!

富士額くんと所長と......その白モフ!

担いで俺らの後ろにぴったりくっ付いて来いよ!

射線に出た時点で終わりだからなこの作戦!」

 

「キャスターに肉体労働させるか普通!?

ホントにぶっ飛んでんな兄ちゃん!!」

 

「こんな作戦聞いてないわよォォォォ!!

いやァァァァァ!!!

助けて!助けてレフゥゥゥ!!

青髪の大男が私を拉致しようとしているわ!!」

 

「だから藤丸だってば!!

せめて一つに統一してよ!」

 

「フォォォォウウ!!」

 

 

2人でマシュを背中から押すようにして全力疾走。

スピードに乗って抱えているようなものなので、減速すればそこでバランスは崩れて敵の的となる。

故に、減速すればそこで終わり。

賭けにも近い強引な策だ。

 

『そんな奇策で耐えられるほど甘くはないぞ』

 

「来るぞシスケ!盾女!」

 

「メガネっ子!

盾を前に構えたまんま絶対動かすな!

お前がすることはそれだけでいい!

後は俺たちに任しとけ!」

 

「何をどう任せろと!!?」

 

 

再び高速で飛来するアーチャーからの攻撃。

生半可な装備では簡単に消し飛んでしまうような爆撃も、マシュの盾の前ではそよ風に過ぎない。

だが、威力そのものを無効化できる訳では無い。

 

「気合い入れろクソ猫!!

俺がどうにかする!」

 

「えっ、これって......」

 

「策もなしに突っ込むとでも思ったか!?

残念だったな!策ならあるぜ!

俺にしか出来ねぇ強硬策ってやつがよ!」

 

直後、先ほどと同じ爆撃が命中。

仕留めきれるとは思っていないが、タダでは済んでいないはず。

第2射を番えつつ、敵の動向を確認し続けるアーチャー。

だが、思わぬ景色を前に絶句する。

 

「バカな?!

吹き飛ぶどころか姿勢ひとつ崩さないだと!?

ましてや......減速すらしていない!」

 

先ほどと何ら変わらない速度で接近する集団の姿がそこにはあった。

威力は完全に無力化されて勢いは以前のまま。

急ぎ矢を連射するものの効果がない。

無謀にも無鉄砲にも思える作戦が、完全にアーチャーの虚をついた。

 

「ははっ!!こんな変な作戦が押し通るとはな!

やっぱりおもしれぇな兄ちゃん!

お陰で射程圏内に入ったぜ!

銀髪の嬢ちゃん!しっかり捕まってな!」

 

「ちょっと!

淑女に対してその仕打ちどうなの!?

いや、もうこの体制の時点で言うことじゃないんだけど!」

 

「所長!絞めない程度に首あたりにでもぶら下がって下さい!

フォウくんも一緒に!」

 

「フォフォウ!!」

 

距離が近づくにつれてクーフーリンの攻撃範囲に入る。

陣地防衛において真価を発揮するクラスであるが、キャスターと言えどこの人物はクーフーリン。

ただの魔術師の枠に収まるほど小さな存在ではない。

 

「アンサズ!!

そぅら焼き尽くすぜ!!」

 

「チィ......!

面倒な手数だ、真正面からやり合うだけ無駄か」

 

詠唱ひとつで炎弾が無数に放たれる。

火力はアーチャーに劣るが、手数では勝っている。

捌ききれない上に、まともに対処して打ち払えば第2波がその間にアーチャーを襲うだろう。

 

「うし、突っ込めクソ猫!」

 

「よっしゃ!

覚悟しろやこのガングロがよぉ!」

 

「うきゅっ!!

お腹をそんなに圧迫しないで下さい......!」

 

紫助はマシュを抱えて急ブレーキをかけ、その間にモードレッドが後ろから飛び出て奇襲をかける。

赤雷を纏った一撃は地を轟かし、災害の化身となってアーチャーへ向かう。

当然まともに受ける相手ではない。

彼の手にあるのは先程まであった大きな洋弓ではなく、いつの間にか二刀を握っていた。

落雷にも等しい威力をもった唐竹割りを難なく二刀で受ける。

 

「全く、口が悪いにも程があるだろう。

キミは本当に騎士か?」

 

「いい子ちゃんで事が運べりゃなってやるよ。

そうじゃいかねぇなら、オレはオレらしく突き進む。

テメェに何かを言われる筋合いはねぇな!」

 

「それは失礼。

盛ついた獣に何を言ったところで意味はなかったな。

それに、血の気が多い相手ほどやりやすいことこの上ない」

 

「あぁ?

そりゃどういう意味だ?」

 

「セイバー!後ろ!!

なんか飛んできてるぞ!」

 

「なっ!?」

 

「気づいたか、人間の割にはいい目を持ってるようだ。

だがもう遅い」

 

まるでブーメランのようにそれは宙を舞っていた。

アーチャーの手にしている剣と同じものが左右対称に弧を描き、セイバーもとい自分に向けて迫ってくる。

“干将・莫耶”

二振り揃って真価を発揮する夫婦剣。

その昔中国にて打たれ、ある儀式を行う際に用いられたとされる。

詳しい由来は不明。

夫婦剣ということから互いに引き合う性質を持ち、二振りが揃えば低級ではあるが邪なものに対して抵抗力が上がるとのこと。

だが、何故そんな業物が何故二対存在するのか。

アーチャー以外は皆一様に疑問を覚えた。

 

「チィ............クソが!」

 

モードレッドは勘づいていた。

今の自分はほぼ詰んでいる。

挟み撃ちにされている以上、周囲どこに飛んでもどちらが自分を捉える。

どちらか一方を払えばどちらかが自分を討ち取る。

長距離に跳躍したとしても、アーチャーの狙撃で落とされる。

負傷を怖じる訳では無いが、どう考えても戦線離脱を強いられる負傷を受ける可能性が高い。

それはモードレッドが最も忌避する選択。

短時間で敵地のど真ん中で負傷して寝転ぶなど、何よりも自分のプライドが許さない。

ならば、多少マスターである紫助から魔力を絞り上げてでも強引に突破するしかない。

いや、ここで手の内を晒すのも何かと癪だ。

小さなプライドを手放せないことが、モードレッドの選択をあっという間に縮めた。

 

「ったく、猫は世話がかからねぇなんて言った奴誰だよ」

 

「......やはりキミか」

 

「シスケ!?」

 

鉄を弾くような乾いた音が響く。

迫り来る風切り音も死の恐怖も感じない。

アーチャーが大きく後退し、モードレッドは音のした方を見やる。

自分より大きな背中。

やる気のない姿勢に乱雑な髪型。

殺し合いに不釣り合いな木刀を携えて、それは自分の目の前に現れた。

見ていて腹が立って仕方がなかったその有り様は、正しく自分を現界させた我がマスター。

 

「悪ぃな兄ちゃん。

そいつは俺の獲物なんでね、勝手に首飛ばされちゃうと困んのよ」

 

「いやなに、この程度で取れるとは思っていなかったさ。

得体の知れない雰囲気を持っているとは思っていたが、まさか本当に人の身で私たちとやり合うとはな。

先程までのはほんの挨拶代わりだよ」

 

「へぇ、アンタやっぱり物好きなんだな」

 

「“やっぱり”とはどういう意味だね?」

 

「とぼけんなよ、アンタの視線には覚えがある。

もっと前から見てたろ、俺らが骨共とやりあった後ぐらいから。

野郎とはいえ熱烈な視線もらったんだ。

無視すんのもアレだろ?」

 

「......気づいていたか。

やはり、私は判断を誤ってはいなかったようだ。

キミをこのまま放っておく訳にはいかないらしい」

 

「あの後から、自分たちを見てた?」

 

紫助の話から思い返されるは最初の戦闘。

骨の大軍との戦闘の後、アーチャーは自分たちを見ていたというのだ。

彼はその視線に気づいていた。

マシュからの強烈なモーニングコールで拗ねていただけではないらしい。

 

「人の身でそこまでの領域に至れる者は珍しい。

加えて、弱体化したとはいえライダーを退けるほどの実力。

サーヴァントを倒す可能性のあるもの、もとい不穏分子はすぐに撤去するに限るからね」

 

「そうかい。

オイテメェら、先行っとけ。

この兄ちゃんは俺をご指名らしいぜ?」

 

「無茶です!

さっきまでの相手とは訳が違うんですよ!」

 

「そうよ!

サーヴァント相手に人間一人が太刀打ちできる訳ないじゃない!

バカでもそれぐらいは分かるでしょ!?」

 

「そうもいかねぇんだよ」

 

彼は二人の懸命な忠告を聞こうとはしなかった。

高まっていく戦意が、それを拒否する。

確かにこの現状で最適なのは誰か一人が戦闘を受け持って、残りは本星へ向かうべき。

だがそれを担うのは間違っても人間ではない。

それはサーヴァントの役割だからだ。

 

「適わねぇと誰が決めた?

不可能って、誰が決めたんだ?」

 

「それは......!」

 

「そういう理屈はもうコリゴリだ。

人間だからとか力がないからだとか、そういう話じゃねぇんだよ。

相手がバケモンだ?

上等だろ?

俺たちがこれからも相手すんのはそういう奴らなんだ。

俺らが、俺がするべきなのはウダウダ考えることじゃねぇ。

やるかやらねぇか。

剣を取って立ち向かうかどうか、それだけだ」

 

「でもっ!!」

 

「行くぞテメェら」

 

「セイバー!!」

 

「あぁ、時間がねぇんだ。

さっさと行こうぜ」

 

「クーフーリンまで!!」

 

「オイ、シスケ」

 

「おう」

 

「負けたら承知しねぇぞ」

 

「誰に言ってやがる。

テメェの飼い主様だぞ」

 

「へ、うっせばーか」

 

「行け。

とっととぶっ飛ばして帰んぞ」

 

「あぁ、お前こそとっとと戻ってこいよ。

オラ行くぞ!」

 

 

遠ざかっていくその背中を、自分たちは見ていることしか出来なかった。

彼は言った。

どんな強大な敵であろうと立ち向かわなければならない。

戦いを強いられた兵士のような言葉だった。

勝算が極めて薄くても、どれほど危機的状況下でも戦う姿勢を崩しては行けない。

あれが覚悟を決めた姿。

立香にはまだ理解できそうになかった。

 

 

「いいのかね?

吹っかけておいてなんだが、些か無謀じゃないかな」

 

「野暮なこと言うんじゃねぇよ。

念話までして俺に気づかせたクセに」

 

「ふっ、いやなに。

かつての自分を思い出してね。

キミを見ていると、なんだか懐かしい感覚がする。

極めて断片的な記憶だが、どうやら私はキミの姿に過去の自分を重ねてしまっているようだ。

記憶が定かではないため、自分でも詳しくは言えないがね」

 

「へぇ、アンタの時代にもそんな酔狂な奴がいたんだな」

 

「あぁ、どこかの誰かさんに似たバカがいたよ」

 

「んじゃあせいぜい思い出に耽ってな。

俺を付き合わせた代金は、その首で払ってもらうからよ」

 

「いいとも、お釣りの用意は万全だ。

受け取り忘れないよう注意したまえ」

 

吹き荒ぶ砂埃を間に、両者は対峙する。

波乱の幕開けはこれからだ。

 




どうも、毎度おなじみのあずき屋です。
ついにみんなのオカンの出番となりました。
彼の皮肉が上手く再現出来ているかどうか不安です。
そして人数が多くなればなるほど黙らさざるを得ない人が増えます。
どうしようか悩みながら書きました。
出しちゃったけどね。

ともあれ、皆様お楽しみいただけているでしょうか。
ギャグは現在絶好調ですが、もうひとつ肝心のシリアスの調子がイマイチです。
寛大な心でトイレにお流し下さい。
次回からまた戦闘に入ります。
まぁ殴り合ってなんぼの流れを想定していますので今更ですよね。
色々お楽しみください。

では、また次のページでお会いしましょう。



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第6話 動物の絡みって見てて心配になる



「あーやっぱ飯はカレーに尽きるな。
こればっかりはインド人に感謝だわ」

「なんだ?
お前が毎回食ってるその茶色い物体がそんなにうめぇのか?」

「文にすると俺がやべぇモン食ってるように思われんだろバカ。
最初にカレーって発言しなかったら確実に異常者扱いされんだろ。
そういう路線じゃねぇんだよ。
なに、違う意味でこの作品18禁ものにしたいのお前?」

「いや?
ただ毎回食ってっからうめぇのかなぁって」

「あ?あぁ、コイツは万能そのものだよ。
人間に必要な野菜や肉、その他諸々の栄養素が全部入ってる。
中でも辛味が食欲を刺激してな、もう手が止まらねぇのなんの。
手も胃袋も大忙しだよ。
もうこれ食っときゃ人生過ごせんじゃねぇのってレベルだ」

「マジか......そんなうめぇモンなのか?」

「おぉマジもマジ大マジよ。
人類の宝だねコレ。
カレーって概念作ったインド人にはノーベル賞レベルのなんかあげたい気分。
ホレ、食って見ろよ。
ハマるとやべぇから」

「あー............やっぱやめとく」

「んだよ遠慮しねぇで食ってみろって。
ここでカレー信者獲得してカルデアの食堂に一波乱起こすんだからよ」

「いや、そのなんつーか、オレはオレで用意したくてよ......」

「え、なに......大食漢のお前が遠慮?
なんだ、腹でも下したのか?
それとも熱でもあんの?」

「やめろ触んな!!」

「あーひょっとして辛いの苦手な質か?
大丈夫大丈夫、今日のはあんま辛くしてねぇから誰でも食えるよ。
ホラ、お前の好物の肉も一緒に掬ってやっから」

「だからいいっつーの!!」

「食えや!!
好き嫌いなんてお母さん許しませんよ!!」

「そういう問題じゃねぇ!!」

「すれ違いって、時に残酷ですよね先輩」

「うーん青春......なのかな?」

「アレだな、なんかツマミでも食いながら見るような光景だよな」

「オラ食え!!
食って俺と一緒に信者になれぇ!
カレー教の創設じゃあァァァ!!」

「だから!
そのスプーンをオレに向けるなっつーの!!!」


 

 

客観的に見るのと、実際に体験するのとでは全く違う。

知識としては理解してはいたものの、いざそれを目の当たりすれば、己の認識がいかに浅はかであったかを痛感することになるだろう。

自分がこれまで対峙してきた者たちとは違う、全く別の毛色の相手だ。

振りかざされる太刀筋が妙な軌跡を描いて迫り来る。

無論剣だけではない。

無遠慮に織り重なってくる掌打や蹴りがいちいち鼻につく。

加えて思い通りに攻めきれない。

風のように雲のように実態がないと錯覚するほどに、自分の剣戟が全く有効打に入らないのだ。

出鱈目に振るわれる太刀筋は一見巫山戯ているように見えて、着実にこちらを追い詰めてくる。

 

「............っ!!」

 

攻め方がまるで掴めない。

次の太刀筋が予想できない。

攻撃のパターンが見出せない。

蛇のように自在に太刀筋をくねらせてくるこの不快感、ジワジワと首元にまで這いずってくるような錯覚を引き起こさせる。

とても不快だ。

突出した技術もそうだが、見るべき点はそこだけではない。

これは最早人の技の範疇を超えつつある人外の動きだ。

人であることを捨て、煉獄の道に身を投じた修羅の類の怪物。

早々に認識を改めなければ、足元を掬われるどころか首を持っていかれ兼ねない。

 

戦闘だけにおいた話であれば、私も固執したりはしない。

だが、何故だか彼の在り方を見ていると、とても他人事のようには思えない。

そうだ、似たような理想を思い描き、全てを投げ出してただそれだけを追い求めた愚かな男の姿をよく知っているからこそ、他人事と片付けられない。

ライダーを倒した際に垣間見せたあの眼差し、仕方のないことだと割り切り、それでも後悔の念を捨てきれない哀れなその姿。

もう手の施しようがないのは分かっている。

詰めすぎてしまったあの状態では、もうあとに引くことなど出来はしないだろう。

だが、それでも止めなければならない。

同じ道を辿ってしまった私だからこそ、その終着点だけは変えなければならない。

 

「.........くっ!」

 

まずは認めるべきだ。

認めよう、彼は人であって人ではない。

そうだ、彼は人であることを捨てたのだ。

割り切れ、彼はかつての私の鏡ではない。

だが、これもまた性分なのだろう。

認めなければならないのに、何故だか酷く怒りが募り、しきりに認識を阻害してくる。

思い通り戦えないからということだけではない。

自分でも理解できない光景が、さっきからちらついて仕方ないのだから。

 

「っ!!

はぁぁぁぁっ!!」

 

だが、見れば見るほどいつかの自分と重なってしまう。

その眼差し、人が手にしていいものではないその力、全てを悟ってしまったかのようなその顔。

どうしようもなく、かつての私の姿に重ねてしまう。

ある意味での秩序の完成体。

私はただそれだけを求めて走り続けた。

決して振り返らず、脇目も振らず、ただ前だけを見て愚直に進んでしまった。

自分の求めたものではない結末と知りながらも。

後に退くことはできない。

退くことなどあってはならない。

それを否定してしまえば、私は自分を失くしてしまう。

否定してしまえば、私は今まで奪って来た命に対してなんと償えばいい。

退路はなく、あるのはいくつもの墓標が連なる荒れ果てた大地。

その果てにあるものは、結局のところ否定以外に他ならない。

私はそれを認めたくないが故に、ただ進んだ。

気づいてしまえば、己で掲げた正義に蝕まれそうだったからだ。

 

「......っ、せぇあ!!」

 

ならばこそ、この男が求めているものはなんだ。

私と同じ目をしていながら、そこまで食い下がれるに足りるその思いはなんだ。

その目には一体、何が映っている。

 

「はぁはぁ......」

 

「どうした兄ちゃん。

身も心も乱れまくってんじゃねぇか」

 

「......はぁはぁ、キミは本当に、理解、しているのかね?」

 

「なんの話だ」

 

「キミの求める先に、救いなどないということだよ」

 

「............そうか、アンタには見えたんだな」

 

自分でも不思議に思っている。

何故全く知らない赤の他人の風景を感じ取れてしまっているのかを。

剣を交わせば交わすほど、嫌というほど見せつけられるのだ。

彼が行き着くその先を。

救いもなく、希望もなく、思い描いた理想もなく、無念に朽ちていく必然の結末が見えきっていて仕方がない。

その領域には、決して踏み入れていいものではない。

目指した矛先は違えど、彼の求める道はかつての私が目指した道と同じ。

行き着く先が違うだけで、その道程はどうしようもないほどに同じものだ。

 

「その果てに行き着いてしまった先駆者としてキミに言わなくてはならないことがある。

これは忠告ではない、警告だ。

すぐにでも引き返せ。

確かに、もう引き返すなどという線はとっくに越えてしまっているのかもしれない。

だが最後までその道を選ぶ必要はない。

今からでも道を正せば、最悪の結末だけは免れるはずだ」

 

「最悪の結末だ?」

 

「心のどこかではとっくに分かっているのだろう。

キミの理想は、決して手を伸ばしていいものではない。

その先にあるのは、避けようのない絶望だけだ。

志半ばで死んでいく姿が目に見えている。

これ以上バカな真似は止すことだ」

 

「アンタも同じ道を辿ったってのか?」

 

「そうだ、キミに似たバカな男がいたという話はしたな。

奴もまた人の身に余る愚かな理想を思い描き、その果てに多くの痛みを残す凄惨な末路を辿った。

万人を救うなどと宣い、現実から目を逸らして決して叶うことのない理想を追い求めた。

その結果が私だ。

人の身に余る理想は、決して誰とも分かち合えず、ただ孤独にその心を摩耗させる。

最早呪いと言ってもいい代物さ。

私はこれこの通り、後にも先にも行けなくなってしまった身だが、キミはまだ人なんだろう。

その選択を、変えようとは思わないのか。

この愚かな末路を辿った男の話を聞いて尚」

 

「............人の身に余る理想、ねぇ。

確かに、傍から見りゃ俺の在り方は破綻してるかもな」

 

そう、彼の在り方は破綻している。

目指す理想が何なのかは分からない。

だが、決して進んではいけない場所へ赴こうとしているのは確かだ。

そうでなければ、そこまで高めた力の説明がつかない。

単騎で私に挑むなどといった思考に辿り着く説明がつくはずもない。

それは一種の破滅願望だ。

目的のためなら、例えその先に自身の死が待っていようと厭わない在り方。

人として真っ当な形じゃない。

立場を弁え、己の限界を見定め、それでいて確実な手段を選ぶべきなのだ。

 

「それでも、それでもだ。

俺は、考えを変えるつもりなんてこれっぽっちもねぇ」

 

 

「バカな......分かっているはずだろう!

その道を選ぶということは、人としての幸せは望めない!

そもそも、そんな考え自体まともな人間の思考ではない!

私を見ろ!

かつて多くの人々を救うと豪語し、得られたものは多くの痛みだけ!

望んだものとは全くの真逆の結果しか得られなかった!

キミはまだ人だ!

人であるからこそ、人間本来の幸せを探し、享受するために生きなければならない!

それが叶うかどうかの問題ではない。

それが人間本来の在り方だからだ!」

 

「なぁ兄ちゃん、アンタなんか勘違いしてんな」

 

「......何?」

 

「人としての幸せ?身の丈以上のものを求めるな?

正直アンタの話は難し過ぎて大半何言ってっか全然わかんねぇ。

まぁ、俺が行っちゃあならねぇ所に行こうとしているのを止めたい気持ちはわかった。

だがな、ンなことはもう散々言われたし聞き飽きた。

俺は我儘なんでね、どうしてもやらずにはいらねぇわけよ。

それに、昔からよく言うだろ?」

 

木刀の切っ先がこちらを向く。

それは明確な敵意と戦意の表れ。

不敵に笑い、折れない意思が説得を明確に拒否している。

自分とどこか似通っていると思った先ほどまでの自分を殴ってやりたい。

あの瞳は、紛れもなく自分とは遥かに違う野望を孕んだものだ。

そうだ、一体何を勘違いしていたのだろうか。

アレはとうの昔に、人間の皮を被った得体のしれないものなのだから。

 

「やっちゃダメって言われるほど、やってみたくなるだろ?」

 

「......そうか、なら女々しい説得はここまでにしよう。

せめて楽にとも言わん。

下らん理想を抱いたまま無様に溺死させてやる」

 

「有難迷惑な慰めなんざ最初から求めてねぇ。

俺の道は俺が決める。

忘れられねぇ武勇伝を枕に、いい夢見続けな」

 

そして戦局は再び喧騒の中に身を投じる。

互いに譲れぬ意志を鍔迫り合い、己が定めたものを貫き通す。

男とはかくも愚かな生き方を選択するもの。

意固地になればなるほど自身を泥沼へと沈め、求めていたものから遠ざける。

それは決して自身の求めたものを手に入れることは出来ないというジレンマ。

いつか、ある男が誓った誰かのためになるという思いが、その生涯を費やしても手に入れられなかった結末のように。

最早言葉は通らない。

ならば、残る策は実力行使以外ない。

いつの世も行き着く答えは同じだ。

自分の主張が通らなければ、力でもって無理矢理押し通そうとする。

私には、止められないのかもしれない。

見果てぬ荒野を目指して歩もうとするその背中を。

 

 

 

_______________________________

 

 

「なぁ、勢いで兄ちゃんおいて来ちまったけどよ。

ホントに大丈夫なのか?

あの兄ちゃんただの人間なんだろ?」

 

「あぁ、あの畜生の代名詞たる紛う事無き人間だ。

別に問題ねぇだろ。

かえって邪魔がいなくなってせいせいする程だ」

 

「オイオイ、お前さんサーヴァント何だろ?

加えて騎士のお前さんがそんなツンケンしてていいのかよ」

 

「確かにオレは騎士だ。

円卓に身を置き、民草を騎士王と共に導くために剣を取った一介の従士でもある。

真に忠誠を誓うべき騎士王の存在が絶対とはいえ、今のオレの身分は魔術師と契約を交わしたサーヴァント。

マスターの命の保証が最優先だ。

とは言ってもな、事が事だ!

オレは間違ってもアイツの下になんざ従くつもりはねぇ。

ましてや!

あんな舐め腐ったポンコツヘタレヤローなんかの心配なんざこれっぽっちもするつもりもねぇ!」

 

「おうおう......こいつぁまた特殊な関係だな。

おい坊主、こいつら一体何があったんだ?

俺が言えた義理じゃねぇんだが、こいつらどう考えても従来のサーヴァントと魔術師の関係性じゃねぇだろ」

 

「あ、えーと......なんて言ったらいいかな。

ねぇマシュ」

 

「そうですね......強いて言い表すなら、絶望的に相性が悪かったんだと思います」

 

「サーヴァントと相性が悪いっていうのは別に珍しいことじゃないけど、今回ばかりは状況が悪過ぎるわね。

聖杯戦争なら契約を切って大人しく教会の保護下にいれば、まぁ可能性はあるけど死にはしない。

でも今回に至っては致命的よ。

だって、契約を切ればそこで自分の命どころか人理消滅コースに真っ逆さまなんだから」

 

「なんだかなぁ......俺の見立てじゃあウマの合う時はとことん合うと思ったんだがな」

 

「(それもそれで間違いじゃないんですよ......)」

 

「......だが」

 

「あん?」

 

「フォウ?」

 

 

先頭を歩いていたモードレッドは歩幅を縮め、遂には立ち止まる。

先ほどまで不機嫌を体現していたかのように大股で突き進んでいた姿勢は鳴りを潜め、突如我が身を振り返った猫のようにその歩みを止める。

虚空を見つめ、その眼差しを彼方へと移し、思考という海にその身を一時的に沈める。

それは戸惑いか、はたまたただの気まぐれか。

今までの傲岸不遜な態度とは裏腹に、彼女はその年齢に相応しい振る舞いを垣間見せる。

 

「なんでだろな......不思議と思うんだ。

なんでか、ここで死ぬような奴じゃないって思えちまうんだ。

知らねぇ間にふらっと出てきて、そんでもって、またアイツみたいに軽口叩いて......」

 

「セイバーさん......」

 

「考えるだけ無駄なんだろ。

そうさ、考えるだけ無駄だ。

さっさとガングロヤローをぶっ倒して間抜け面晒して帰ってくるだけなんだからな!

オレらも手柄取られねぇようさっさとぶっ倒そうぜ」

 

『そうさ、何はあれやるべき事は至極単純なんだ。

目標を撃破して聖杯を回収するだけ。

さぁ、集中したまえ。

目標地点までそう距離はない。

その先にある大空洞にて待ち構えている親玉を倒して、早く戻っておいで』

 

狭い回廊を進み、大きな空間へと歩みを進めていく。

光源などないはずなのに、気にならないほどに満たされた光。

それは決して優しいものではなく、夥しい負の何かが齎すもの。

近づいてはならない、触れてはならない禁忌を体現したかのようなもの。

 

「......っ!!」

 

立香は思わず口を手で塞ぐ。

吐き気を催すほどの魔力が立ち込め、こちらの精神を削いでいく。

史実によれば聖遺物。

報告によれば願望器。

しかし、現実はそれとは似ても似つかない醜悪なもの。

より詳細な情報からによれば、変質したのものは冬木に発生したものだけとの事だが、冬木の監督者が失踪したためそれも定かではない。

だが、ここにはその悪意の源はない。

今あるのはそれより遥かに小さな輝きを齎すものだけ。

立香たちが不快に感じているものはそれの名残りなのだ。

その汚泥の前に鎮座しているのもこそが聖杯。

そして、その目の前に黙して佇む騎士がその聖杯の所持者となる。

 

「見な、アイツが聖杯の所持者のセイバーだ。

前はあんな奴じゃなかったんだがなぁ」

 

「......っ、深々と黒に染まっていますが、見間違えようがありません。

あのサーヴァントが持っているのは、間違いなく聖剣のうちの一振り。

その聖剣の所持者にして、最も名高く、誉れある誇り高き円卓の騎士の頂点に立つ者。騎士の中の王。

あまりにもの知名度を誇るサーヴァントの名前は」

 

「......アーサー王、アーサー・ペンドラゴンか」

 

「来たか、随分と待たされたものだ。

尻尾を巻いて何処ぞへと逃げ仰せたのかと思ったぞ、光の御子よ」

 

「再会初っ端から言うじゃねぇか騎士王さんよ。

援軍呼ぶのにちょいと手こずってなぁ、とはいえ、テメェをぶっ倒すにゃ十分な戦力を揃えたつもりだぜ。

今度こそ年貢の納め時だ、覚悟しな」

 

「弱い狗ほどよく吠えるとはよく言ったものだ。

貴公が幾ら頭数を揃えたところで、有象無象に変わりはない。

諸共我が極光に呑まれて潰えるのが関の山だ。

分かっているだろう、結果は見えている。

いい加減服従の姿勢を見せて観念したらどうだ」

 

「おうおう随分と口が悪くなってまぁ......普段なら小娘の戯言と聞き流すのが通例なんだが、生憎と俺にも流せない言葉がある。

弱ぇかどうかの判断は後にしろよ。

......おい、兄ちゃんのセイバー、さっきから黙ってっけどどうした?

アイツがお前さんが叛逆した騎士王そのものなんだろ?

ここまで来てビビったのか?」

 

「......だ?」

 

「は?」

 

「セ、セイバー?」

 

「フォ?」

 

「ど、どうしたのよ、なんかさっきから反応薄いけど」

 

「......れだ」

 

モードレッドの反応がどうもおかしい。

目の前にいるのは、かつて叛逆し相対した騎士王そのもの。

その輝きは失せ、誰もが羨望を抱く神々しい姿は最早見る影もない。

美しかった金色の髪色は薄く褪せ、肌は病人を思わせるほどに白くなっている。

穢れのない純白を誇っていた甲冑も、深き闇に囚われてしまったかのように変わり果てている。

しかし、その身はかの騎士王アーサー・ペンドラゴンそのもの。

どれほどの月日が経とうとも、モードレッドの根幹にある憎しみや負の情念が晴れることはない。

だが、モードレッドは反応をほとんど示さない。

まるで、目の前にいる相手が初見であるかのように。

 

「テメェは一体、誰だっつってんだろうがァァァァ!!」

 

「うわぁっ!!」

 

怒り、猛り狂う赤雷が突如モードレッドより放たれる。

立香たちがこれまで散々見てきた魔力放出だ。

別段珍しいことでは無い。

立香たちが目を向いたのは、紫助と大喧嘩した時に見せた以上の激情がモードレッドから痛いほど感じ取れたからだ。

豹変したのではない。

純粋に怒りのラインが振り切れる程の何かを、目の前の黒い騎士王から感じ取ったのだ。

 

「その剣、その雷、品の欠けらも感じさせない言動。

やはり貴様か叛逆者。

円卓に身を置き、最高の名誉を約束され、それでいて尚我が国に反旗を翻した愚かな騎士よ。

一度この手で屠られたにも関わらず、再び私の前で屍を晒そうというのか」

 

「......黙りやがれ。

テメェなんて騎士王じゃねぇ。

騎士王であってたまるか。

ブリテンの秩序として崇められ、民草の憧れとして輝いていた王が、こんな目も当てられねぇ変わり果てた姿になるはずがねぇ......!

オレの前で、王の姿を偽るな。

オレの前で、王を語るな。

オレの前で、その聖剣を振りかざすな!!

答えろ!

テメェは一体、誰だ?!」

 

「愚かな......。

己が定めた偶像のみにしか忠義を尽くせぬというのか。

選定の剣を抜き、ブリテンを預かり、破滅の定めまで国に殉じた王こそ私である。

私が王であるという事実は変わらぬし、貴様が駄々を捏ねたところで何が変わる訳でもない。

貴様が私に何を求め、何を思い描いていたのかなど知らぬ上に、興味もない。

敵であるならば再び、殺す。

ただそれだけの話だ」

 

「っ!!」

 

「セイバー落ち着いて!!

闇雲に攻撃したって意味が無い!

もっと冷静に立ちまわならきゃ...!」

 

「うるせぇ!!

オレに指図するな!!」

 

子どもが足掻くように、悪戯に攻撃を仕掛けるモードレッド。

気持ちは、分からないまでもない。

自分が慕ってきた人が、ある日変わり果てた姿になっていたらと思うと共感できる部分があるからだ。

ましてや相手はかの円卓の騎士にして、ブリテン国の王アーサー・ペンドラゴン。

かつてモードレッドが忠義を尽くし、絶対の忠誠を一度は誓った相手である。

目の前にいるアーサー王を認められないのは一重に憎しみ故か、敬愛からもたらされるものか。

或いはそのどちらでもないのかもしれない。

何はともあれ、そのモードレッドの胸中を窺い知ることなど出来ないのだから。

 

 

「っ!!クソがっ!!

テメェなんて父上じゃねぇ!!

テメェなんて......あの方の筈なわけがねぇんだ!!」

 

「喧しい小娘だ。

相も変わらず動作全てが粗雑。

呼吸も合っていなければ腰の入りも悪い。

何も変わっていないな。

後にも先にも、一歩も動けていないではないか」

 

「黙れっ!!

騎士王でもない奴が、知った風な口を利くんじゃねぇ!!」

 

「無駄が多い、だからこそ隙が生まれやすい」

 

「ごふっ!!」

 

「クーフーリンさん!!

どうして援護してあげないんですか!!」

 

「無茶言うんじゃねぇよ......勝手に飛び出していった上に射線上に入られちまうんじゃ手の出しようがねぇ。

巻き込んでいいってんなら幾らだって打っ放してやるがよ」

 

「っ!!

マシュ、どうにか援護できないの?!」

 

「無理です先輩!

モードレッドさんに連携をする気がない以上、私が出張ってもかえって邪魔になります!」

 

「だからって、このままぼうっと見てろって言うの!?

あのバカがいればまだ何とかなったかもしれないのに......」

 

「もういい、遊戯に付き合う気も失せた。

久方振りにまともに剣を振るえると思っていたのだが、どうやら期待外れだったようだ。

下らん余興を寄越した礼を払ってやる」

 

聖剣から吹き出される黒き輝き。

それはかの伝説の輝きとは正反対の全てを滅ぼすもの。

万人の勝利を約束するものではなく、個人の約束を確定させる一撃。

聖剣エクスカリバーの全力解放であるならば、自分たちはおろか街ひとつを消し飛ばすことなど容易。

 

「王として、ここまで来た褒美をくれてやる。

誇るがいい、貴様らは聖剣の輝きにて潰えるのだ。

誉れをここに全てを捧げよ。

輝くは命の奔流、さして齎されるものもまた命の奔流。

極光は反転し、我に勝利を齎さん。

さらばだ、名も知らぬ異邦人たちよ」

 

「っ!!」

 

その輝きは余りにも禍々しく、導くのではなく命を攫う光。

その一撃が史実の通りであるならば、自分たちはその歴史の証人となる。

客観できていれば、その有り様を高々と語って入れただろうに。

向けられたその輝きは、代償としてその命を容易く奪う。

かの名高く伝説の聖剣の有り様を語ることは、誰にもできない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「............爆弾爆発まであと僅か!ってか。

コレ、ヤバくね?」

 

「そう呑気さを口にしている時点で、君も大概だと私は思うが」





どうも、あずき屋です。
いやー更新遅れて申し訳ないね。
仕事がうんたらかんたらという、いつもの恒例行事のやり取りを垂れ流して挨拶していくよ。

やったぜ父上だ!
覚悟!アーサー王!!

やったぜ父上だ!
黒い......?お前父上の偽モンか!!死ねや!!

どう転んでも血みどろの展開にしかならないと思うのは私だけでしょうか。
地雷が多すぎるモードレッド。
それを口笛吹きながら踏み抜いていく主人公。
うーんカオスもいいところだ。
だが、それがいい。
面白おかしく全部をバカやって乗り越えていくぜ精神で、この作品も人生も乗り越えていきます。

感想くれた方、誤字報告してくれた方もどうもありがとう。
中には触れてはいけないツッコミを待ってる人もいたけれど華麗にスルーしたよ。
折角濁しているんだから掘り返さないようにね。
まぁ奴の影響が強いことは認めます。
それだけですがね、多分。

次の投稿もまた未定となっています。
楽しみにしてくれている方は、いつも通り気長に待っていてください。
そして、私が体を壊さないように片手間で祈っていてください。

それでは、また次のページでお会いしましょう。


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第7話 話題は気づかないうちに食い違う

「なぁ一富士男」

「藤丸だってば。
何セイバー?」

「なんだっけ、あの緑色のすっげー辛いやつ。
アレどこにあるか知らね?」

「緑色?
あぁ、もしかしてワサビのことかな?
チューブタイプの奴が確か引き出しにストックとして置いてあったと思うけど......なんでまたワサビ?」

「おぉ、最近ちょっとハマっててな、おもしれぇ反応出来るから最近好きなんだよ」

「へぇ、西洋人には苦手なタイプの味だと思ったんだけど気に入ったんだ?」

「あぁ!こう跳ね上がるような感覚?
みたいなのが最高におもしれぇんだ!」

「摂りすぎには注意してね。
あれ一応自然界では立派な毒だから」

「そうなのか、なら尚更いいな!
んじゃまたな!」

「うん、じゃあね......ってアレだけ持って行ってどうするつもりなんだろ。
まさかそのまま舐めるんじゃないだろうし」

「先輩!
モードレッドさん見ませんでしたか?!」

「やぁ、マシュ。
ついさっきあっちに走っていったけど」

「一足遅かったようです......すみません紫助さん」

「え?
なんの話?」

「それはまぁ......耳をすませてもらえれば分かるかと」

「え?
どういうこと?」

「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!
ゴラァクソ猫ォォォォォ!!!
テメェまたやりやがったなァァァ!!!」

「アッハハハハハハハ!!!」

「最近寝ている紫助さんの鼻にワサビを入れてるそうで、もう何回目か覚えていません」

「あぁ、どうりで本数が他に比べて極端に少ない訳だ......」

「鼻が......息が......ゴホッゴホッ!!
あぁ!!誰でもいいから水ぅぅぅぅ!!!」


 

「で、どうするんだ?

このまま黙って彼らの話を傍聴している訳にもいかないだろう」

 

「あー、なんか行きずれぇな。

どしたのあいつ?

俺の時より数倍キレてね?

アレなのか?そんなにあの色白の衣装が真っ黒になったことが気に食わないのか?」

 

「............どう考えたらその解釈に行き着くんだ?」

 

「いやさ、何となく気持ちはわかんだろ?

自分の推しキャラがさ、しばらく経って新しい力に目覚めたーなんて回が出てきて、そんで人格とか格好とか様変わりしてたらなんか冷めるモンあるだろ?

それと一緒だよ。

違うんだよ、俺らが求めてたモンは最初に泥臭く必死に足掻いてきた最初の頃の主人公なんだよ。

新しい力に目覚めるのはまぁいいよ?

でもさ、人格とか変えちゃったらそれもう主人公じゃねぇじゃん。

〇遊白〇とか東〇〇種とかさ、最終的にもう別人になってんじゃん。

じゃあもうそれ違うキャラで良くね?

主人公で押し通したい気持ちは分かるけどさぁ、詰め込みすぎは良くないよ。

ちゃんと原型とか残しておいてあげないと」

 

「まぁ、なんとなくは理解できるな」

 

「だろ?

アイツがキレた理由もそこにあんじゃねぇかなって俺は思うわけよ。

気持ちが分かる。

でも加勢に行くほどか?

もうちょい待つか。

じゃあ待機してよう」

 

「もう少しこう、倫理観に沿った行動というものを取れないのかね?」

 

それっきり紫助が口を開くことは無かった。

彼の口にする理屈は理解し難いが、あながち間違ったことを口にしている訳では無い。

モードレッドの反応は至極真っ当だ。

叛逆をしたとはいえ、元々は純粋な気持ちで騎士王を慕っていた。

何の因果が相まって憎悪へと駆り立てられたのかは分からない。

だが、正統なる道を突き進んできたあのセイバーがこうも変わり果ててしまえば、何故だと声を上げてしまうだろう。

勝手な思い込み故に齎される結論ではある。

 

 

「しかし、今ので出るタイミングをまた逃してしまったぞ。

どうする?

私としては壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)を放った後に君が飛び出るのが定石だと思うが」

 

「何その妙にゾワゾワする技」

 

「君たちに散々浴びせたあの爆破する矢のことさ。

こと贋作を作ることに関しては得意でね。

量産可能の特権を生かし、使い捨ての爆弾として打ち出す擬似宝具みたいなものさ」

 

「それ、他の英霊が聞いたらキレられそうだな」

 

「おっと、心は硝子だぞ?」

 

アーチャーの得意技は投影魔術。

元来の投影は儀式を行うために必要な物を一時的に精製するものであるが、アーチャーの投影はそれと異なる。

武器の元となる基本骨子、即ち材質を一から構成し、従来の武器を複製する。

構造そのものに意味を見い出し、理念を擬似的に持たせることで生来の武具に極めて近い存在感を作り出す。

強度や性能は原典に比べて勿論劣るが、強化魔術を重ねて使用することで強度を補強している。

また、構造上不可能でなければ独自の改良を施すことが出来る。

剣を矢に変えて放つのもそれの応用。

充填した魔力を爆散させる壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)もまた独自の改良を施した故の副産物である。

 

 

「そういう君こそ、アレは一体何のデタラメなんだ?」

 

「やだ、唐突にデタラメ扱いされる私......信頼度低過ぎ?」

 

「つい先程までお互いに喉元に剣を突き合わせていたんだ。

信頼も何もないだろう。

私の見立てでは、アレは強化なんて生易しいものではなかったと思えいや......断言しよう。

そんなレベルのものではなかった」

 

「へぇ、んじゃ仮説をどうぞワトソン君」

 

「かの名探偵に程遠い君が言うとイラつき3割増だな。

まぁいい、私の見解は“限りなく固有結界に近いもの”と推測している」

 

「固有結界だと......!」

 

「......一応聞こう。

君は固有結界が何か理解しているかね?」

 

「いや全然」

 

「......突っ込んだが故に、自ら話の腰を折ったか」

 

固有結界とは、一言表すなら禁術中の禁術。

術者の内側にある内包された世界を具現化させ、現実を一時的に書き換えるもの。

平たく言えば、想像の世界を現実にしてしまう。

世界そのものに干渉するため、一度発動してしまえば周囲にいる者を巻き込み、己が世界に取り込んでしまう。

魔術師にとって至るべき極地のうちの一つとされているが、発動にまで到れる者は極めて稀。

生涯を賭して努力しようとも必ず辿り着けるものではなく、主に術者の先天的能力に拠るところが大きい。

 

「とは言っても、周囲に対して発動している風には見えなかった。

対象はあくまでも自分自身だけ。

なら、答えは限りなく固有結界に近いもの。

即ち固有時制御の領域に達しているのではないかと私は考えるわけだよ」

 

固有結界は、自己に内在する空間を現実として書き換えるもの。

外側へ効力を発揮するものと逆に、固有時制御は自身にのみその効力を発揮させる。

つまり、誰もが持つ自分だけの世界を体内にのみ結界として広げ、通常の魔術では測れない効力を齎す。

そうアーチャーは推測した。

 

「最もただの仮説に過ぎない。

だが、あながち検討外れとも言い切れない。

何故なら強化の魔術は基本的に効果が切れるまで持続し、最初に発動した魔術の質の具合によりのみ効力が左右される。

つまるところ、重ね掛け(・・・・)は常識的には出来ないのだよ。

魔力の無駄遣いであるし何よりメリットが薄い。

しかし、君はそれを呼吸をするようにやってのけた。

魔術の行使の兆候さえ見せず、一息で人間の肉体を我々サーヴァントと渡り合えるレベルにまでのし上げた。

そういった情報から鑑みれば、固有時制御くらいのレベルでなければ説明がつかない。

どうかな、我ながらなかなか的を射ていると思うのだが」

 

「あーあ、いきなり怒鳴るから初撃受けられちゃってんじゃん。

アイツはホント大事なとこでやらかすな。

いっぺんマジで締めとかねぇとおんなじこと繰り返すわ。

キャスターの兄ちゃんも構わずぶっ放しちまえばいいのに。

燃えたって誰も困りゃしねぇよ。

どうせだったら全員で袋叩きにして、どさくさに紛れてクソ猫に何発かかましてやりゃいいのになぁ。

......あぁ、悪い何の話だったっけ?」

 

「私の心が割れそうになっているという話さ」

 

紫助のそっかと告げ視線をモードレッドたちに戻したのを見届け、アーチャーはほんの少しだけ泣きそうになった。

思い返せば彼の言動は粗暴だ。

理屈は破綻しているし些細なことは気にも止めない。

人柄的にも掴みにくく、どういった人物なのか全く分からない。

会話をすればするほど謎が深まっていく。

恐らく、自分の力の詳細などどうでもいいのだろう。

ただいつも通りその力を振るい、障害を排除できるのならそれで彼は良しとするのだろう。

 

「(だが、人の身でそれを行使するのは明らかに度を越している。

強化の重ね掛けは不可能と言ったが、実際は不可能ではない。

ただ、強化の対象がそれに耐えきれず損壊してしまうのだ。

金属をより強固にしようと圧力をかけ、その結果罅割れ砕けてしまうように。

私の見立てでは、固有時制御で瞬間的に複数回の強化を自身の体に使っている。

体の負荷は相当なもののはずだ。

きっと君は、その代償を今も払い続けているのだろう。

ならば、その結末は私と相違ない......)」

 

「なぁ、つーかなんでアンタ俺と一緒に居んだっけ?」

 

「今更それを言うのか!?」

 

「ナチュラルに混ざり過ぎてて今の今まで忘れてたんだよ。

アレ、なんでだっけ。

確かアンタがなんか盛大な」

 

「それ以上は止めろ!

私の今までで最悪の不覚だ!

アレを公言されてしまえば、私は向こう数世紀は座から動かんぞ!」

 

そう、何故先ほどまで殺し合いをしていた二人がこうして岩陰から談笑をしているのか。

話は少し前に遡る。

まず間違いなく、アーチャーの汚点として確立してしまった忌まわしい出来事が。

 

 

 

_____________________________________________

 

 

 

 

「オラァァァァァッ!!!!」

 

「ぐぅぅっっ!!!」

 

一度足りとも防御に転ずるべきではなかったと今更ながら後悔した。

この男が一度暴れ回れば、再び拮抗状態に持っていくことが非常に困難だからだ。

まるで不規則な乱気流だ。

デタラメに振るわれる太刀筋は暴風のように横殴りを繰り返し、時に引いてこちらを惑わせては再び突風となって襲いかかってくる。

対人戦でここまでやりづらいのは初めてだ。

やはりこいつは人間の領域から逸脱している。

一撃でも受ければ、食らった箇所が必ず機能不全に陥る。

そんな気迫がまさに剣のように私に突き刺さってくる。

 

「テメェが今までどんな人生生きてきたかどうかなんて知ったこっちゃねぇ!

俺は俺の目的のためにだけ剣を取る。

気に入らねぇと決めたものだけを叩っ斬る。

俺が信じたモンだけを信じる。

外野がとやかく野次ってんじゃねぇぞ!!」

 

「それは、大変......結構だがね!

その行き着く先を、辿り着いた時に残る虚しさを考えたことがあるのか!!

君の辿り着く終着点には、誰一人として近くには居ない!

誰とも分かち合えず、一人寂しく孤独に押し潰されながら死んでいく未来を変えたいとは思わないのか!

それから生じるのは後悔だ!

過去の自分を恨み続ける一生を死んでもなお、繰り返したいと本気で思っているのか!!」

 

「それこそ知ったこっちゃねぇな!

明日の自分がどうなってんのかなんていちいち考えてられっか!

喜んでぶん投げてやるよ。

そん時は、そん時の俺に全部任せっからな!!」

 

「馬鹿な......君の言っていることは理解できない!

何から何まで支離滅裂だ!」

 

「頭でっかちのアンタには縁のなかった話ってか!?

だったら大人しく引っ込んでな!

お人好しもお節介も大概にしとかねぇと女に嫌われんぞ!」

 

結果の全ては、その時の自分に全て任せる。

彼ははっきりとそう断言した。

何もかもが自分の起こした責任であるならば、それを最後まで背負って歩いていく。

感情論とかそういった次元はとうに越えてしまっている。

これまでを感覚で生きてきた者が口にするような台詞だ。

だが、事実彼はそうやって今までを生きてきた。

今までの集大成こそが、今の青葉紫助。

私には到底理解できない。

 

「誰にも邪魔はさせねぇ!

俺の目的を遂げるまではな!」

 

「っ!

そう易々と行かせはせん!

私にも意地がある。

勝手な自己満足だと笑うがいい!

だが、開き直ってでもそれを通させてもらうぞ!」

 

「上等だ!

テメェが折れるのが先か、俺が折れるのが先か、一丁根比べと行こうじゃねぇか!

当然負けるつもりはねぇがな!!」

 

「それはこちらの台詞だ!

しつこさで負けるつもりなど毛頭ない!

先に折れるのは君だ!!」

 

譲れぬ意地が闘志となり、剣となって己を叱咤する。

既に剣を交えた回数は百を通り越し、自身の主張を張り続ける。

それでも尚互いに一歩も引かないのは、やはり己の意思をどこまでも貫き通したいと考えているからだろう。

延々と続いた闘争の剣戟も終わりを迎えようとしている。

これ以上続けることは、お互いに望んでいないのだから。

 

「はぁはぁ......なぁオイ、そろそろ終わらせようぜ」

 

「ぜぇ...ぜぇ......あぁ、同感だね。

これ以上は埒が明かない。

決着をつけようか」

 

既にお互い満身創痍。

肉体の限界が近づこうと、その手に握った(意地)だけは手放さない。

諦めの悪さに関しては似た者同士。

振り返ってみれば、彼も相当な頑固者のようだ。

無論、自分が言えた義理ではなかったが。

 

「どうあっても引かねぇってんなら、ここいらで白黒ハッキリつけたほうがいいな。

ま、テメェは黒で決まってっけど」

 

「流れるように私の肌の色を貶すのはやめたまえ。

私の方が白に決まっているだろう」

 

「若白髪を誇っちゃあ終わりだぜ。

それならテメェはもう完結してんだろうが」

 

「フン、下らん口喧嘩には乗らんぞ。

その減らず口も、すぐに利けなくなるのだからな」

 

「はっ、言っとけや。

どうあろうと、次でテメェをぶった斬る。

俺の限界は俺が決める。

他人にとやかく言われる筋合いはねぇ。

だから見してやるよ。

その先を切り開く力があるのかどうかを」

 

「いい面構えだ。

そうでなくては面白みがない。

アーチャークラスとはいえ、白兵戦で私とここまで渡り合えたことだけは褒めてやろう。

だがそれもここまでだ。

身に余る理想を持った者の末路を知るといい。

君の戦いは、ここで終わりを迎える」

 

剣を構え、眼前の相手を凝視する。

瞬きなど忘れ、一瞬たりとも気を抜かず神経を張り巡らせ続ける。

滴る汗が、血が肌を伝おうと気にも留めず、ただ飛び出す機会を伺う。

鼓動が、筋肉が、神経が今か今かと張り詰める。

どう転ぼうがこの一撃で、この戦いの幕は閉じる。

 

「ウオオオォォォォォッ!!!」

 

「ハアアァァァァァァァ!!!」

 

なんの合図もなしに同時に2人は駆け出す。

己の信じる道に向かって、立ちはだかる障害を切り伏せる。

地は爆ぜてめくれ上がり、空気は怒号に呼応し荒々しく震える。

果たしてこの一刀で、どちらの意地が欠けるのか。

 

「俺はぜってえ諦めねぇ!!」

 

「私は必ず止めてみせる!!」

 

 

「「別嬪のねーちゃんサーヴァントを呼ぶことを(私と同じ正義の味方になることを)!!」」

 

 

剣が交わることはなかった。

どちらも寸でのところで一撃に急ブレーキをかけて沈黙していた。

変わったことといえば、アーチャーがこれでもかと言わんばかりに見開かれた目をしていたことぐらい。

反面紫助は気の抜けた表情に引き戻されていた。

何かが、すれ違っている。

深く考えずともそれは分かった。

微妙に会話が噛み合っていなかった。

ただそれだけの事だった。

 

「「.............えっ?」」

 

微妙な空気が漂い始める。

そして、ついぞアーチャーはその後も頑なに口を開こうとしなかった。

紫助はそれを必死でフォローし、子どもをあやす様な対応を取らざるを得なかった。

話を整理すれば、会話の中核が噛み合っておらず戦いに発展。

決定的な違いが明確になったところで戦いは中断。

あらゆる意味で戦意喪失したのだ。

 

「にしても正義の味方かぁ......。

まぁ、夢は人それぞれだようん。

だからそんな落ち込むなって」

 

「............自害する気も失せた」

 

____________________

 

 

「失敗は誰にでもある、しゃーない」

 

「もうその話は掘り返さないでくれ......」

 

「だな、そろそろ奴さんも殺る気らしいしな」

 

「聖剣に魔力が収束していく。

間違いないな、宝具を解放するつもりだ」

 

こちらからでも十分視認できるほどに、禍々しい魔力が渦巻いている。

向こう側のセイバーはその一撃をもって終わらせるつもりなのだろう。

このまま打たせれば全滅は免れない。

動くなら今なのだが。

 

「爆弾爆発まであと僅か!ってか。

これヤバくね?」

 

「そう呑気さを口にしている時点で、君も大概だと私は思うのだが」

 

「どうすっかな、やっぱ動いた方がいい?」

 

「当然だろう。

連携は取れない、君のサーヴァントは冷静さを欠き、ほかの連中は茫然自失状態。

横槍を入れて即座に体勢を立て直すべきだ」

 

「ま、普通そう考えるわな」

 

「時間が無いぞ、急げ!」

 

アーチャーが弓を構え、矢を番えてタイミングを測る。

だが紫助は考える。

このまま自分たちが出張って上手く体勢が整えられたとしよう。

いつも通りの口八丁で何とか総力戦に持ち込めたとしよう。

それでは最初の時と何も変わらないのではないか。

紫助はこの先生き残る上で、自分が居なければ瓦解してしまうような関係性を阻止すべきと考える。

依存対象になることは絶対に避けるべきなのだ。

だからこそ賭けてみよう。

立香の采配を。

マシュの応えを。

後は、ほんの少しだけきっかけを与えてあげよう。

 

「動くなら今、なんだがちょっと趣向変えるわ」

 

「どうするつもりだ」

 

「何事もタイミングだよ松崎くん」

 

「おい!」

 

紫助徐ろに岩上に飛び乗り、大きく息を吸う。

黒きセイバーは魔力を束ねた聖剣を構える。

最早一刻の猶予もない。

既に敵方の体勢は整い、こちらを殲滅する手段を取ろうとしている。

だが、紫助は知っている。

たとえ撃たせたとしても、全滅を回避出来る方法があることを。

それを決断させるのは自分じゃない。

自分に出来ることは背中を押してあげることだけ。

 

「坊主!!メガネっ娘!!

盾の乙女のクライマックス!!」

 

「はぁ!?」

 

「............!!」

 

「.........い!!」

 

聞こえただろうか。

いや、確かに聞こえたはずだ。

キーワードは既に与えてある。

今こそ、その手に持つ守りの象徴を掲げる時。

フィクションでもなんでもない、信じ難いほどの現実でそれを成すのだ。

クーフーリンの言葉を思い出せ。

死の恐怖が目の前にまで迫った時、それは輝きを放つ。

全身全霊で守りたいものが背中にあるならば、自分が信頼する男を、その手に持つ盾を信じろ。

何時いつまでも、その思いを忘れないように。

誰かと同じ末路を辿らないように。

どんな困難もピンチも、2人なら必ず乗り越えられるように。

踏み出していけ、限界を超えるために。

 

「マシュ!!」

 

「────真名、偽装登録......行きます!

仮想宝具 擬似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)!!」

 

「極光は反転する。

光を飲め、弱者は塵と消えるが良い。

約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガァァァァン)!!」

 

それは小さな光だったのかもしれない。

淡く、儚く、吹けば消えてしまうようなか細い光だったのかもしれない。

暗闇の中で微かに輝く残光程度にしか光を放てないものだったのかもしれない。

でもそれは最初のうちだけだ。

その光は次第に自身の在り方を変化させていく。

他者と出会い、様々な地を訪れ、掛け替えのない物を手に入れていく。

そして、いつかその光は、あらゆる外敵を跳ね除ける強き力へと成長する。

その光こそ、あの二人なのだ。

 

「なぁ、兄ちゃん。

さっきの話じゃねぇんだけどよ、アンタの目指したモンは存外間違っちゃいなかったんじゃねぇの?」

 

「.........なに?」

 

「ガキが口先だけで吹き回るのは簡単だ。

何処ぞのオオカミ少年みたいに触れ回ってりゃいいからな。

実際そいつを実行しようとすれば話は大きく変わる。

よくは分かんねぇけどよ、アンタはやり方を間違えただけなんじゃねぇのか?」

 

「............」

 

「手段は確かに間違ってた。

だが、その志そのものは決してバカにされるようなモンじゃねぇ。

先駆者がいねぇからな、そりゃしょうがねぇわ。

奪った命も多いんだろ、でも確かにアンタに救われた連中もいたはずだ。

チャラって訳には勿論いかねぇんだろうが、少しくらいはテメェの慰めになってもいいんじゃねぇのか」

 

つい口をついて出た戯言と切り捨てるのは簡単だ。

自分の何を知って、そんな知った風な口を効くなと。

しかし、そうして切り捨てることはどうしても出来なかった。

かつて、最も身近な誰かに似たようなことを言われた覚えが微かにあるからだ。

 

「ぐぅぅぅっ!!」

 

「俺は思うよ。

どんだけ辛くったって、どんだけ苦しくったって、隣にいてくれる誰かがいりゃ何とか乗り切れるモンだ。

アンタはそいつを作ろうとしなかった、いや作れなかったのかもな。

誰か一人でも支えになってくれる奴がいれば、アンタの人生は変わってたはずだ。

アイツらを見てみろよ」

 

「マシュ!負けないで!!」

 

「不格好だし不器用だし足並みもてんで揃ってねぇ。

戦う覚悟もまだ固まってねぇし、まだまだガキだ。

だがそれでも、不器用なりの頑張りが眩しく見える。

確かにまだまだ未熟だけどよ、ガキの未熟さなんてあっという間さ。

アイツらみたいなのは、色んな可能性を秘めた卵なんだよ」

 

「............そう、だな。

私にも、あんな時代があり、あんな真っ直ぐな目をしていた時があったのだろう」

 

「ちょっとはテメェを認めてやれよ。

少なくとも、俺はすげーと思うぜ。

マジでヒーロー目指す奴なんざ居ないからな」

 

「フッ............褒め言葉として受け取っておくよ」

 

誰かの輝きは、いつかの自分の輝きを思い出させる。

あの時の選択は、決して間違っていなかった。

歳を重ねた大人は、皆そうして心の傷を舐めるのだ。

いつか彼らも知ることになるだろう。

誰かの輝きを眺めながら、こうして思いを馳せている赤い弓兵のように。

 

「やった............やったよマシュ!!

凄いよ!!ぶっつけで宝具を受けきったよ!!」

 

「はぁはぁ......や、やりました!先輩!」

 

「無邪気にはしゃいじゃってまぁ......。

まぁ、ガキの成長なんざ一瞬か。

あっという間にもう別人だもんな。

目が離せないったらありゃしねぇ。

だからこそ、もう少し近くで見届けてやりてぇモンだな」

 

彼は、ほんの少しだけ口元を緩めて微笑む。

光の輝きの眩しさに目を細めるように、目元を傾けて笑った。

僅かに哀愁を浮かべ、それを隠すように乱雑に後頭部を掻く。

 

「お前らだって、やりゃ出来るんだよ」

 

最後にそれだけ誰にも聞こえないように呟くと共に、愛刀を握り直す。

彼らを最後の地へと導くために、紫助は再び戦場へ赴く。

 

 




どうも、あずき屋です。
こんな感じで仕上げますた。
体痛いです。
筋肉痛がマッハでストレスもマッハです。
でもまぁ運動してその日のうちに来るってことはまだまだ若い証拠なのでしょうかね。
嬉しくも忌々しくもありますが良しとします。

さて、今回のお話、如何でしたでしょうか?
見ての通りの混沌っぷりですが、何とかまとめあげられているつもりです。
ややこしい場面もあるかとは思います。
気になった点については、私の方にて質問等して下されればお答え致します。
本当はそれなしで伝わるのが1番なんですけどね。
アーチャーにはこういうオチにして、戦力に回しました。
心は硝子なものでこれ以上いじめるのはやめにしておきます。

ではでは、また次のページにてお会いしましょう。


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第8話 花火する時は臆せず二本持ち


「パン!パン!パン!」

「パン!パン!パン!」

「何やってんのあの二人......」

「蚊が出てきた際にカッコよく叩く選手権だそうです」

「徐々に精神年齢退行してきてない?」

「フォウ!フォフォウ!フォフォフォフォフォフォフォ!!」

「因みにフォウさんが初代優勝者です」

「今やってるの何回目さ」




 

 

「............我が一撃を防ぎきるだと?

あの娘の盾、何故だか初見とは思えん何かを感じる。

それにその奥から聞こえた男の声は一体」

 

「ハロー王様!!

ご機嫌麗しゅうですか!!

アンタらの大好きな不敬者でありますよ!!」

 

「またいきなり訳の分からないことを......」

 

「......ようやく来たか兄ちゃんって!!

なんでテメェが平然といんだアーチャー!!」

 

「また喧しくなってきたわね......」

 

「フォーウ」

 

岩場から身を乗り出し、ネイティブでもなんでもないテキトーな英語と敬語をごちゃ混ぜた挨拶をかます。

緊張感がないのは今更の話である。

 

「なん......だと?

あの所長(笑)が正気を保ってる?

基本どんなヤツに対してもビビりまくって常時ヒステリックに叫びまくるあの所長(笑)が?

ホラー映画見ようとか言っておきながら開幕数分で布団にくるまってたあの所長(笑)が?

夜トイレ行くのも人を叩き起してきたあのしょちょブホォっ!!」

 

「聞こえてるわよこのバカっ!!!

人の恥ずかしい話を赤裸々にこんなところで言うんじゃない!!

帰ったら絶対許さないんだから!!」

 

「なんて強肩してやがんだ......。

100mは離れてる兄ちゃんの顔に寸分違わず投石を命中させるとは......」

 

「クーフーリンさん注目すべき所はそこではないかと!!」

 

「だよね、注目すべき点はあの所長がやっぱりピュアな乙女だった点についグハッ!!」

 

「アンタもよ藤宮!!

ホントにマスター候補生ってのはどいつもこいつも人を舐め腐って!!

ホラー映画が怖いのがそんなに悪いの!!?」

 

「所長も注目すべき点はそこではありません!

後、先輩は藤宮ではなく藤丸です!!」

 

「何なんだ、この集団は?」

 

たった一人追加されただけで場が乱れまくる。

今に始まったことではないが、この集団あまりにも緊張感が無さすぎる。

ボスを前にお巫山戯など愚の骨頂もいいところ。

しかし、これが彼らのスタンス。

もとい紫助のスタンス。

巫山戯に巫山戯まくって場を掻き乱し、どさくさに紛れて勝利を掻っ攫う。

迷惑極まりない嵐こそがこの男。

 

「おーイチチ......悪ぃな王様。

なんか取り込み中だったりした?」

 

「鼻血を流しておきながら私に問いを投げ掛けるその気概、益々もってよく分からない。

貴様は一体何者だ?」

 

「いやなに、ただの首突っ込みたがりの観光客だよ。

手綱取り零した飼い猫を探してみりゃ、なかなかおもしれぇことしてんじゃねぇか」

 

「ほう、貴様がこの反逆者を招いた者か。

随分と酔狂な者がいたものだ。

まさか、私の寝首を搔こうとした騎士の風上にも置けない半端者を懐に置くとはな。

私には理解し難い」

 

「乳首?」

 

「待て待てそうではない!!

隙あらば危うい方向に持っていこうとするな!!

それではただの変態じゃないか!!

んんっ!彼女は名高きブリテン国の主にして、円卓の騎士の頂点に君臨した騎士の中の王。

騎士王アーサー・ペンドラゴン。

そして、キミが召喚したセイバーこそ、かつて最初にアーサー王に反旗を翻した反逆の騎士モードレッドだ」

 

「へぇー知らなかったわ」

 

「何を能天気なことを」

 

「まぁ何だっていいや。

そろそろ時間だ、派手にけしかけるとしようや」

 

「やれやれ、キミは人の話を全く聞かないな」

 

「何を世迷言を......っ!!」

 

突如何かがアーサー王に降り注ぎ、着弾とともに爆ぜた。

無論アーチャーの矢である。

単なる偶然ではない。

アーチャーが事前に仕掛けた罠が爆破されるまで、紫助が言葉で誘導していただけの話だ。

 

「(......っ、いつの間にこんなものを!

いや、全てが予定通りか。

あの男の誘導に乗ってしまったが故、反応が僅かばかり遅れた)」

 

「出鼻挫くお目覚めのプレゼントだ!

突撃隣の騎士王ってな!!」

 

チャンスとばかりに前線に躍り出る。

時間稼ぎは十分。

タイミングも十分。

なら後は一気に突き崩せ。

 

「手ぇ出すんじゃねぇ!!」

 

「なんだなんだ、さっきまで黙り決め込んでた猫ちゃんが今更一体何の用ですか!!?」

 

「うるせぇ!!

こいつはオレの獲物だ!!

手ェ出すんじゃねぇ!!」

 

いつになく余裕のないモードレッド。

相手が騎士王だからこその焦燥か。

太刀筋はどことなく歯切れが悪いもので、うまく集中できてないように伺える。

無理もない。

相手はかつて忠誠を捧げた絶対なる王。

敬愛が行き過ぎた故に拒絶された時の反動が強く、反旗を翻す程にまでなってしまった。

 

「誰も、手を......出すな......!」

 

それは、かつての仇敵を見る目ではなかった。

未だ迷いのようなものが振り切れていない。

力を込めて睨み返せない。

かといって、今更後に引くことなど出来はしない。

どっちつかずの状態に陥り、自分を見失いそうになる。

 

「(謝罪が欲しいなんて、ただの1度も思ったことはない。

ただオレは......貴方に認めて欲しかった。

オレを、見て欲しかった。

たった一言でいい。

いや、手を差し伸べてくれるだけでいい。

それだけでオレは......)」

 

「余所見とは随分と余裕だな」

 

「っ!!」

 

「ボケっとしてんじゃねぇよ!!」

 

思考が嵌れば嵌るほど抜け出せなくなっていく。

戦いの最中に余計なことを考える暇などない。

ないのだが、目の前の黒い騎士王を見ているとどうしても考えてしまう。

本当に貴方は私が忠義を尽くした王なのですか。

民の憧れであり、我らの光であった貴方なのですか。

 

「オオォォォォォラァァァァ!!!」

 

「くっ、まるで蛮族そのものだな......忌々しい。

この私を相手に力で対抗しようというのか」

 

「こっちの方が手っ取り早いだろうがよ。

めんどくせぇ会話長引かせんのも大変なんだぞゴラァ!!」

 

「何を訳の分からないことを喚いている。

人間ごときが、直ぐにでも黙らせてやろう」

 

獲物同士がぶつかり合う。

余波が広がり、周囲に対して広がり牙となる。

打ち合う度に広がる波紋は衝撃に変わり、周囲の地形を根こそぎ破壊していく。

黒いセイバーは冷静さを欠くことなく、紫助の攻撃に対処していく。

唐竹割りを剣の腹で受けて力押し。

躱されることを考慮して左から繰り出される胴薙を先読みする。

戦闘経験が豊富であるが故に冴え渡る戦闘勘。

こと白兵戦において右に出るものはいないとされるセイバーのクラス。

その最も秀でていて、尚且つ世界的に知名度を誇るアーサー・ペンドラゴンだからこそ成し得ることの出来る立ち振る舞いである。

 

「っち、なかなかやるなお前さん」

 

「それはこちらの台詞だ。

動きは確かに粗暴だが、その荒々しい太刀筋は目を見張るものがある。

無作法に見えて忠実、故に崩された型からの縦横無尽の攻め。

加えてなかなか勘がいいようだ。

今の打ち合いで1歩引くのが遅ければ間違いなく串刺しにしていた」

 

「ひゅー涼しい顔して怖ぇこと言いやがる。

確かに騎士王って名は伊達じゃねぇみてぇだな。

掴みづらくてしゃあねぇ。

はぁ......こりゃちょっとばかし無理しねぇと駄目か」

 

「どうした、このまま終わるような男ではあるまい。

それとも怖気付いたか?」

 

「別の意味だったら喜んで華麗に服脱ぎながらダイブしてた所なんだがなぁ......。

オイ生きてっかクソ猫」

 

「余計な、お世話だっつーの」

 

項垂れたモードレッドの襟首を掴んで持ち上げる紫助。

誰が見てもその姿は猫そのもの。

反論することは出来ても、その口調はどこか弱々しい。

長い髪から垣間見えた瞳には、当初の覇気が全く篭っていない。

いよいよもって、色んな意味で重症だと分かった。

 

「はぁ......なんだなんだ随分としおらしくなっちまって。

ホントに借りてきた猫かテメーは。

調子狂うからしゃきっとしやがれ。

王様は待っちゃくれねーんだおっと!」

 

「その足でまといを抱えてどこまでやれる?

今すぐ捨てなければ即座に命を落とすぞ」

 

「こんなザマで死なれちゃ寝覚めが悪いんでね。

やるからには俺の手でコテンパンにしねぇとなっ!!」

 

地を容易く抉りとる黒き衝撃をひらりと躱し、続けざまに飛来する斬撃を受け流す。

そのまま左腕でモードレッドを抱えて応戦していく。

やりづらいことこの上ないが現状ではどうしようもない。

 

「なに!ホントお前どうしたの!!?

こんな安いメリーゴーランドで満足しちゃうタチなの?!

それとももう酔ってた?!

やりづらくてしょうがねぇからとっとと動けや!!」

 

「あ、あぁ......」

 

「ああああぁぁぁぁぁ!!むず痒いぃぃぃぃ!!!

俺はどうすりゃいいんだ!

痒すぎる!!

すぐにでも背中を掻きたい!

でも両手塞がってる......あ、すみません。

ちょっと背中掻いてくれます?」

 

「いいだろう、私に任せろ。

これで痒みは収まるはずだ。

すぐに痒みと無縁の背中にしてやる」

 

「それ背中なくなりませんか!!?

クーフーリンさん、あのおバカさんはどうでもいいのでモードレッドさんだけでも回収してあげてくれませんか!」

 

「あー!!

ランサーのクラスだったら食い下がれたんだがよォ!」

 

すっ飛んでモードレッドだけを回収して戻ってくる。

本来のクーフーリンであれば喜んで乱戦に飛び込んでいくのだが、キャスタークラスでは相性が悪い。

セイバーには強力な対魔力のスキルがあるため、自分の攻撃はほとんど意味をなさないからだ。

 

「んじゃ、仕切り直しといくか王様よ」

 

「言われずともそのつもりだ。

それにしても解せん。

キャスタークラスとはいえ光の御子を下がらせるとは。

みすみす自らの戦力を割くとは愚か。

その行い、愚行であるというのが理解出来ぬのか」

 

「あ?

勘違いしてもらっちゃ困るぜ。

すぐに叩き起して前線に引っ張り込むわ。

それにな、誰がいつ戦力を割くつったよ」

 

「そうだとも、油断は大敵。

目の前のおちゃらけた男に注目していては、足元を掬われたとしても文句は言えんな」

 

「っ!!」

 

黒いセイバーに迫り来るは2対の双剣。

奇襲と追い打ちを兼ねて投げられたそれは間隔を空けられており、当たるまで対象を狙い続ける。

戦場において視覚は常に全体を把握しておくことが鉄則。

一点にばかり注目しては、意識外からの攻撃に対処できなくなるからだ。

アーチャーはそうした心理を突く戦法を得意とする。

視点を外し、四方八方からの遠距離攻撃で敵を追い詰め、決定的死角を突いて敵を打破する。

投げられた双剣は本命ではあるが、囮でもある。

彼自身もこれで仕留められるとは思ってもいない。

だからこそ、何通りもの手段を積み重ねてジワジワと追い込む。

 

「(......追随する双剣か、厄介な手を打つ。

あのアーチャー、どうやら投影魔術を主としての戦法が得意らしいな。

幾ら弾こうともこれではキリがない。

避ければ死角から切り裂かれる。

それにこの手数、また私を誘導させるつもりか?)」

 

「合図だな。

そうら火刑にしてやるぜ!」

 

「なっ!!」

 

双剣がしきりに飛来する合間にクーフーリンの炎弾が乱れ飛ぶ。

逃げ場などないと思わせるほどの弾幕を張ること。

致命傷を狙って攻撃するのではなく、身動きを封じることを第一とした策。

他の誰でもない紫助考案の戦略。

 

「題して“犬猿の縄張り争い”

奴さんほどの実力者なら死にはしないだろーがまず間違いなく鬱陶しいわな」

 

「作戦内容より何故作戦名の方に時間が掛かったんだ......?」

 

「アーチャーの野郎、何耳打ちしてきやがったのかと思えばこういう事だったのか」

 

「この波状攻撃は......確かに厄介だ」

 

そう、決定打に程遠い遠距離弾幕攻撃だが、敵の注意を逸らすにはうってつけ。

周囲を炎弾と爆破する双剣で囲ってしまえば黒セイバーの動きは封じられる。

集中力を切らしたが最後命取りとなるが、アーサー・ペンドラゴンほどの力量ならその効果が現れるのは極めて薄い。

つまるところただの時間稼ぎ。

 

「(こんな作戦は確かに考えつかなかったな。

倒すのではなく、倒す段階に引き上げるための作戦とは。

魔力が続く限り続けることはできるが、それは向こう側は望んでいないだろう)」

 

紫助が事前にアーチャーに耳打ちしていた作戦。

倒さなくていい。

ただありったけの弾幕をクーフーリンと張って時間を稼げ。

内容は最初の爆撃と後のこの作戦だけ。

後はなるようになるだろうという彼らしい能天気な言葉とともに作戦会議は打ち切られた。

本来は弾幕を張って身動きを取れなくした後に背後から強襲をかけて一網打尽にするという作戦だったが、モードレッドの不調により作戦内容を急遽変更。

自陣に加えたサーヴァントは確かに戦力足り得る者たちばかりではあるが、如何せん決定打に欠けている。

自壊覚悟ならアーチャーに策はあるとのことではあったが、それでは面白くないと紫助は提案を却下させた。

それでは意味がないのだ。

これからまた更に強大な敵が現れて、誰か一人を捨て石にする選択を取り続ける。

そんな選択はもちろん取りたくないし、何より彼らの悲しむ顔を見たくない。

ましてや立香やマシュの成長にならない。

低い可能性ではあっても、大団円で終わらせることこそが望ましい。

ならば精一杯その糸を手繰ってやろう。

彼らが強く明日を生きてくれる術を身につけてくれるのなら、喜んで危険な橋を渡ってやろう。

 

「さて、王様が完全にキレる前になんとかしねぇとな」

 

一目散に向かうは自分のサーヴァントの元へ。

力なく項垂れ、顔は地面をガン見し、人形のように動かなくなってしまっている彼女の元へ紫助は走った。

オルガマリーや立香たちが懸命に何かアプローチしてはいるが反応は一切なし。

完全に調子の出なくなったダメ猫に成り下がっていた。

全くもって見ていられない。

そんなしょぼくれた顔をした英霊を呼んだつもりはない。

自分が呼んだ英霊はいつだって生意気で、血の気が多くて、性別と言動が全然釣り合ってなくて、すぐに誰彼構わず喧嘩を吹っかけるようなとんでもない大バカだ。

だから、そんな真反対な姿を自分に見せるな。

調子が狂うったらありゃしない。

さっさと元の自分に戻れ。

 

「し、紫助さんっ!!」

 

「おう藤井聡太、何とか生きてたか」

 

「無事だったんですね!!」

 

「お前さっき俺のことどうでもいいとか言ってなかったっけ?」

 

「紫助!早くセイバーをなんとかしなさいよ!

このままじゃ私たち死んじゃうんだからね!

あのよく分かんない映画のラストみたいになっちゃうんだからね!」

 

「結局ヒステリックになってんのかよ。

つーかあの映画のラストちゃんと見てたのかよ」

 

「フォウフォフォフォーウ!!」

 

「んだよ白もじゃ、何言ってっか全然分かんねぇよ」

 

「フォフォスベシフォーウ!!」

 

「え、今なんかちょっと人語入った?」

 

やいのやいの騒ぎ立てる3人と一匹をどうにか宥め、今にも地面にめり込んでいってしまいそうな自分のサーヴァントを見やる。

ツカツカと徐に距離を縮め、しゃがみ込んで顔を覗き込む。

 

「......父上............ちぅえ.........」

 

「あぁ、ダメだこりゃ」

 

「そんな投げやりな!!

意地でも早く何とかしないと、本当に自分たち死にますよ!」

 

「んなこと言ったってよ......これ半端ねぇくらいの重症だろ。

なに、王様とこいつの間にどんなことあったの?

昔の人の家族関係ってこんなにぐちゃぐちゃしてんの?」

 

「史実によれば、モードレッドさんは主君にして父であるアーサー・ペンドラゴンに謀反を起こし、カムランの丘にて死亡したとされています。

騎士王から直接手を掛けられたかどうかは判断できませんが、恐らく私たちの想像とかけ離れた問題が二人にはあったのでしょう」

 

「まぁよく分かんねぇけど、とりあえず親父と喧嘩してバッサリいかれたってことだろ」

 

「バッサリザックリとしてますが、概ねその解釈は間違ってません。

えぇ、掠ってるぐらいの命中率ですが」

 

「歴史の勉強してる暇なんざねぇんだよ。

お前ら何してたんだよ。

せっかく青髪のにーちゃんとガングロにーちゃんが時間稼いでくれてんのに成果なしか。

ちゃんとやったのか?

揺さぶるなりブン殴るなり一発芸なりよ」

 

「まず間違いなく二つ目はやりたくないです」

 

「紫助さん、本当にどうにかなりませんか?」

 

「そうよ、このままじゃマジで私たち終わりよ?

英霊の能力は魔力あってこそ成立するもの。

あんな後先考えない攻撃続けてたらあっという間にガス欠。

逆に動けなくなるのはこっちなのよ?」

 

「分かってるっつーの。

だからあんまし時間かけてられねぇんだ。

オイクソ猫、しっかりしやがれ。

どこ見てる?何見てる?俺のことちゃんと見えてる?」

 

「......ケ?」

 

「はぁ、少しは回復したか」

 

顔を両手で掴んで覗き込んでようやくモードレッドからの認識を確認した。

相も変わらず消え入りそうな声だが、それでも紫助のことは認識できていた。

 

「お前、あの王様と過去になんかあったんだろ?」

 

「............」

 

「言いたくねぇんならそれでもいい。

誰にだって知られたくねぇ過去の一つや二つ、100個くらいあったって不思議じゃねぇ」

 

「100は言い過ぎじゃあ」

 

「お前にしか分からねぇ辛いことが山ほどあったんだろう。

誰にも理解されなくて苦しかったんだろ」

 

「............」

 

「先輩!顔が.........!!」

 

「前が見えない......」

 

「大丈夫よ、物理学の応用で反対から同じ力を加えれば元に戻るわ」

 

「フォウフォウフォー!!」

 

「うるっせぇ!!このバカども!!

死にてぇのか死にたくねぇのかどっちなんだよ!!

漫才やりたいなら他所へ行きなさい!!

お母さんもう知りませんよ!!」

 

半ば強引に3人と1匹を蹴り飛ばし、集中して彼女を呼び覚ます。

大丈夫だ、声は届いている。

自分の言葉で僅かに目を逸らした。

思い当たる節があるからこそ取れる反応。

こっちの声をしっかり聞けている。

 

「ぶっちゃけお前らのことはよく分かんねぇし、有名な話とかも俺は全然知らねぇよ。

あの王様が男なのか女なのかなんてことも全然よく分かんねぇ。

声が高いだけの美男子なのかもしれねぇ。

マスク取ったらブサイクなのかもしれねぇ。

よく見てねぇしよく知りもしねぇから全然よく分かんねぇよ。

でもよ、それでもはっきり言えることは一つあるぜ。

お前、本当にこのままでいいのか?」

 

「............この、まま?」

 

「あぁ、このまましょぼくれた猫のまんまでいいのかって話だ。

よくは分かんねぇけど、お前あの王様と喧嘩しちまったんだろ?

気まずいのはよく分かるけどよ、このまま気まずい感じでいいのか?

まぁお前の反応からして、あの王様がものすごいグレーゾーンの存在なのは分かった。

本人の皮被った偽物なのかもしんねぇよ?

でもさ、例えあの王様が本人だとしても、お前の反応は変わらないんだろ」

 

「それ、は............」

 

「相手がトラウマ刺激してくる存在ってヤベーよなマジで。

外道ここに極まれりって感じでよ。

ビビっちまう感覚も分からなくはねぇよ。

お前は、それでおしまいか?」

 

「.........」

 

「敵はいつかのお前のトラウマ。

お前が心のどっかで必ずビビっちまう相手。

昔似たような話がゴロゴロ転がってたよな。

お前の本当の敵はお前自身だって。

まぁ空想の話だからなぁって能天気に考えてたのを俺は覚えてる。

でもよ、今こういう状況にいざ自分が直面すると、何となくその考えも理解できる。

剣を握れねぇのは誰のせいだ?

足を動かせねぇのは誰のせいだ?

怖くて前が見れねぇのは、一体誰のせいなんだ?」

 

「.........オレ、オレは......」

 

「トラウマなんざ結局は間接的なモンなんだよ。

原因はいつだってテメェ自身だ。

テメェが弱いから色んなモンのせいにして自分を正当化して自己弁護してるだけだ。

ウジウジ悩んでたって時間の無駄だ。

ならいっそのこと、派手に開き直っちまえよ」

 

「............え?」

 

「自分は悪かったのかもしれない。

周りがああ言ったのは事実だったのかもしれない。

だったらどうした!!

アレやったの俺だ文句あっか!!ってな。

周りが変に囃し立てんのいつの時代だって変わらねぇ。

テメェがやっちまったことはもう取り返しがきかねぇ。

なら、悪評も汚名も全部背負いこんでまた一から始めればいいだろ。

心機一転すりゃ見える景色も変わる。

問題なのは心の持ちようよ。

どんなになってでも食らい付いていける信念を一本心に持っとけば、お前はまたやり直せるよ」

 

いつになく真っ直ぐな目をして、彼はそう言った。

正直言っていることはよく分からないし変にムカついた。

それでも、一貫して伝えたいことは伝わった。

負けるな、と。

モードレッドの瞳に光が戻り始める。

ウジウジ悩むのは後で十分できる。

今この時、この瞬間にできることはこの時しかない。

なら、精一杯泥臭く足掻いてから考えよう。

 

「まぁお父さん見てビビっちまってる女の子には無理な話だけどな」

 

「............うるせぇ!!!!」

 

唐突に、召喚された時のことを思い出した。

 

 





毎度、あずき屋です。
忘れてる人も新規の人もこんにちは。
久々に投稿果たしました。
投稿長引いてスンマソン。
話も長くなってマジスンマソン。
でもやりたかった場面なんで悔いもないし反省もしてない。
流して下さい、トイレに。

毎回後書き書くのも大変だし見てる人もほとんどいないと思うから”今回は”ほどほどにしてさよならするよ。
ぶっちゃけネタが思い浮かばなかっただけ。

ではでは、また次のページでお会いしましょう。






エレチャンキタヤッター



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第9話 年貢の納め時でも納めない勇気

「はぁ、寒い寒い。
鍛錬もシャワーも食事も所長のイタズラも全部終わっちまってやることねぇや。
コタツ入ってゲームでもしよ」

「遅せぇぞシスケ」ヌッ

「お疲れ様です紫助さん」ヌッ

「あ、お邪魔してますよ」ヌッ

「切符みてぇに全自動で出てくんなよ。
......ったく、当たり前のように毎日入り浸りやがって。
よっこいせ」

「フォウ!」ヌッ

「そこはフォウさんの位置です」

「なんなのこの嫌がらせのスペシャリスト共」





飛び交うは幾つものの鉄の塊と炎。

鉄塊は不規則に舞い、断続的に捕捉者を追い込み、その首を狙い続ける。

放たれる無数の炎は機関銃のように炸裂し、徹底的に獲物を破壊しようと唸りを上げる。

傍から見れば一方的な蹂躙。

降伏を無視した完全な殲滅。

相手の事情など聞く耳を持たず、完全に沈黙するまで続けられる集中砲火。

それが人であるならば最早灰とて残らないような有様だっただろう。

 

「ふっ!!」

 

並大抵の相手であったのなら問題なく撃破出来ていたことだろう。

しかし、侮ってはならない。

失意と絶望に染まろうと、その身はブリテン国を治めた騎士王。

国を繁栄させんと立ち上がり、数多の敵を排し、より多くの臣民を救おうと剣を握り続けた気高き王のうちの一人である。

国に仇なすものがあれば迷わず異を唱え、自国を侵す者には何人たりとも容赦はしなかった。

 

「でやぁっ!!」

 

その身は確かに、幼さの残る歳であった童子に過ぎなかったのかもしれない。

国の統治など行えるはずもない器だったのかもしれない。

剣など握ったことのない清廉にして純粋な子どもだったのかもしれない。

だが、周囲や役人がなんと言おうとその身はブリテン国を統べた王。

多くの者の不安を裏切り、一国の主として恥じることの無い器へと自身を見事昇華させた。

その余りある気概は決して偽れず、必要な才は全て花開き、臣民全てに安寧と安らぎを与えるまでに至った。

 

「吠え上がれ、荒れ狂う風よ!

卑王鉄槌(ヴォーティガーン)』!!」

 

有り得たかもしれないifの世界の騎士王。

清き正しさをもって秩序を成すのではなく、禍々しき力を振りかざして秩序を成さんと確立したセイバー、アーサー・ペンドラゴンの可能性が具現化した姿である。

 

「......っ!

流石は最優サーヴァントと名高いセイバークラス。

砂を払うように弾幕が全て掻き消されてしまったぞ」

 

「呑気なこと言ってんじゃねぇ!!

テメェ弓はどうした弓は!!

仮にもアーチャーなら矢の一つくらい射っとけや!!

テメェのクラスは飾りか!あ”ぁ!?」

 

「喧しいぞクーフーリン!!

矢を番えている暇があればとっくに100は射っている!

貴様こそいつまで火遊びを続けているつもりだ!

ルーン魔術が聞いて呆れるわ!!」

 

「んだとコラァ!!

テメェが弾幕張れっつーから出の早ぇ火のルーン使ってやってんだろうが!!

こっちも詠唱に時間かけりゃここら一帯とっくに消し炭だわ!」

 

「喧しいのはこちらの台詞だ。

獣同士の喧嘩は他所でやれ」

 

「「ぐぅおおおおぉぉぉぉ!!!」」

 

「下らん喧嘩も児戯もここまでだ。

諸共極光の果てで潰えるがいい」

 

「させっかよォォォォォ!!!」

 

「クーフーリン!時間を稼げ!」

 

魔力を聖剣に纏い、一気に解き放つことで周囲一帯の弾幕全てを消し飛ばす。

属性が反転したことにより、従来の力を超えた膂力を発揮するアーサー。

輝かしい頃の姿は既になく、あるのは目の前の敵全てを滅ぼし尽くす暴君の姿。

聖杯と自身の魔力パスを繋げているためその魔力は無尽蔵。

無限と有限では勝負にならない。

着実に追い詰められている二人だが、彼らにも意地がある。

ただ死ぬつもりなどない。

足を捥がれようと腕を切り落とされようとも、首だけになろうと牙を突き立てるだけの気概を絶やさない。

 

「分かってんよぉ!そぅら爆ぜなぁ!!!」

 

華麗に杖を捌き、勢いよく地面に突き立てた瞬間アーサーの足元が発光する。

同時に地面が轟音を響かせて爆発する。

難なく回避されるも追撃の手は緩めない。

クーフーリンはそのまま構えを解かず攻撃を続行。

対するアーサーは止まる事なく駆けまわり、照準を絞らせまいと翻弄する。

 

「流石はクランの猛犬。

獲物の追い立てが随分と上手いじゃないか」

 

再度アーチャーが弓を構えて仕切り直す。

爆発を避けて動くのなら、その先を予測して狙い撃ちにする。

アーチャーの名に恥じない精密射撃を超人的技術で連射し追い詰める。

さながら機銃のような連射力。

 

「甘い」

 

「......チィ!」

 

後方へ構えた聖剣から風が渦巻き、突風となって炸裂する。

向きを変えて扱えば、それは大きな推進力となって加速する代物となる。

高速連射の上をあっさりと抜かれ、照準どころか捕捉すら困難となった。

姿がブレ、一瞬だけアーサーを見失うアーチャー。

あっという間に接近される。

 

「終わりだアーチャー」

 

「へっ、そう来んのを待ってたんだ!!」

 

「ぐっ......!!こ、これは?!」

 

「そらよ!!

大仕掛けってヤツだ!!」

 

アーサーが地を踏みしめた直後、周囲に巨大なルーン文字が浮遊。

時計の針のように回り、やがてそれは周囲の空間諸共自身を停止させる。

短時間でクーフーリンが仕込んだ空間停止魔術。

発動すれば、外部との干渉を遮断させる。

見えない壁に阻まれ僅かによろけさせる結果となった。

 

「いつの間にこんなものを......!」

 

「今の俺は仮にもキャスターなんでね。

何の考えも無しにぶっ放してたんじゃメンツが立たねぇだろ?」

 

「今更外部と遮断して何に............っ!!?」

 

「ガラ空きだ!!」

 

クーフーリンの指差す方向には、アーサーの頭上を捉えているアーチャーが弦を引き絞っている姿だった。

その左手にある螺旋状の剣がその形状を細く変形していく。

不意を付き、大掛かりな仕掛けを発動させ、その後の反応を伺わせる。

そうした緩急を続けていれば、いずれ反撃の隙が生まれる。

 

「───I am the born of my sword(我が骨子は崩れ歪む)

爆ぜろ!『螺旋剣 Ⅱ(カラドボルグ)』!!」

 

多量の魔力を凝縮させた矢が対象を直撃した直後、急速に拡散し大爆発を引き起こす。

投影魔術で武具を作り出し、それに編み込んだ魔力を武具諸共爆破させるアーチャーの十八番。

それが壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

替えが幾らでもきく投影魔術によって生み出された武器だからこそ成立する荒技。

それは魔力放出のように瞬間的威力に秀でているため、並みのサーヴァントなら即死させるほどの威力を有する。

無論、相手が並みのサーヴァントならここで終わっていた。

 

「随分と賑やかに踊ってくれたものだ。

少しだけ興が乗ったぞ貴様ら」

 

「野郎......ナメたことしてくれるじゃねぇか」

 

「見切られた、いや......気取られたか。

オルタの存在となっても尚健在とはな。

ほとほと厄介だよ、君の“直感”は」

 

多くの実践を積んだ者だからこそ培われる力こそが直感。

あらゆる状況にも瞬時に対応し、即座に適切な行動を取ることが出来る能力。

アーサーは多くの者と対峙し、どんな困難な局面も潜り抜けてきた。

その逸話がスキルとして昇華され、危機的状況を回避できるものとして備わっている。

その領域は直感というより、ある種の未来予測に近いレベルにまで精錬されている。

 

「爆破と同時に同威力の魔力放出を放って威力を相殺させたか」

 

「ちっ、面倒極まりねぇぜ。

あんだけ引っ掻き回して花火プレゼントしておしまいかよクソッタレが」

 

「悪態は後に取っておけ。

次だクーフーリン。

別に頼みの綱を使い切ったわけじゃない。

まだこちらにも奥の手が残っている」

 

「オイオイ、時間稼ぎの役割はどうしたよ」

 

「悠長に時間はかけていられない、ということだよ。

彼らの助力があれば或いはこの状況を打破できる......が、それを待つのにも限界がある。

今ここで削れるだけでも削っておくべきだと私は思うのだがね」

 

「ここで各個撃破されたらそれこそ終いだろうが。

らしくねぇな、もう音上げんのかよ」

 

「部の悪い賭けはしない質でね。

ここで加勢を待って散るよりかは、少しでも消耗させて後を託したほうがいい。

我々サーヴァントの役目はいつだって後を託すこと、違うかね?」

 

「そいつぁ間違っちゃいないがね......後を託すにしても、丸腰でほっぽり出す訳にもいかねぇだろ。

指導とまではいかなくてもよ、覚悟を固めるまでは待ってやろうや。

走り方覚えさせてからそういう話をしやがれ。

まぁ、もうちょい粘れやアーチャー。

後少しでアイツらなんかおっ始めてくれそうな気がすんだよ」

 

「また戦士の勘かね?

君の世迷い言に付き合って死ぬなんてそれこそ御免なんだが」

 

「冷えた体に血が巡っていく感覚だ。

少々私も舞い上がってしまっている。

先程の小娘には防ぎ切られたが、貴様らはどうかな」

 

「っ!!

クーフーリン!!」

 

「『我が魔術は炎の檻、茨の如き緑の巨人。

因果応報、人事の厄を清める社───』ちぃっ!!」

 

吹き上がる混沌とした色を持つ魔力が轟く。

光も希望も飲み込む極光が、2人目掛けて津波のごとく押し寄せる。

まともに受ければ確実に落とされる。

猶予はなく、退路もない。

アーチャーは迷わず最大防御の切り札を切る。

クーフーリンも今まで以上に魔力を引き上げる。

 

「極光は反転し、光を呑め。

卑王鉄槌 約束された(エクスカリバー)............」

 

I am the born of my sword(体は、剣で出来ている)

熾天覆う(ロー・)......」

 

「──────っ!!!」

 

彼らのうち誰かが叫んだような気がする。

それは制止の声だったのか、はたまた恐怖ゆえに齎されたものかどうかなのか。

いずれにせよ真意が聞こえることはなかった。

それら全てを押し流す負の激流が、文字通り音も何もかもを飲み込んだのだから。

 

勝利の剣(モルガンァァァァァン)!!!」

 

七つの円環(アイアス)!!!」

 

堰を切った水のように破壊の意図を持った魔力が濁流のように押し寄せる。

アーサーの放った一撃により空間停止結界は消え、元通りの地下空洞の景色に引き戻された。

呑まれれば敗北は必至。

その背に退路などとうにない。

ならばここで押し留める以外道はなく、耐え切る以外生存の道はない。

赤き弓兵の掌に顕れるは七つの花弁の形をした巨大な大盾。

花弁一枚が古の城壁に匹敵する防御力を有しており、こと遠距離攻撃において無敵の防御力を誇る概念宝具の投影品。

遠距離攻撃に対してしか効力を発揮しないが、それ故にその硬度は折り紙付き。

 

「ならば、更に出力を上げるまで!!」

 

「............っ!!

くっ、クーフーリン!まだか!?」

 

「黙ってろ!

『倒壊するは、焼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)!』

オラ!善悪問わず土に還りな!!」

 

アイアスに覆い被さるように顕れるは細木の枝で編まれた炎の巨人。

本来はその灼熱と圧倒的質量を持って敵を焼き潰す宝具だが、今回は防御の役割を果たす形となった。

遠距離攻撃において高い防御力を誇るアイアスと、圧倒的質量を持つウィッカー・マンを持ってしても、聖杯の恩恵を受けているアーサーの攻撃を凌ぎきることは難しい。

その気になれば、無限に近い聖杯の魔力をそのまま宝具にあてることが出来る。

よって、持久戦となれば2人に先はない。

現にウィッカー・マンは半壊し、アイアスも4枚を散らしてしまった。

 

「......っ!クソがよ!!

押し切られんぞアーチャー!!」

 

「分かっている!!

だが......十分時間は、稼げたようだ」

 

「何をしようと無駄だ。

ここまでよくやった、誉れとして破滅を受け取るが」

 

横槍が赤き流星となって騎士王へ飛来する。

迸る赤雷を置き去りに煌いた光線は強く、何よりも早く目的地へ駆けつける。

純白の甲冑を身に纏い、白銀の剣を携えてそれは姿を顕にした。

かの騎士王の生き写しと見間違う金色の稲穂のような髪色。

宝石のように透き通った翠緑色(エメラルド)の瞳。

王位継承剣である魔剣を担ぎ、捻くれた思春期の子どものような尖った印象。

一度その手で殺したはずの騎士が、再び彼の王の前に馳せ参じた。

あの時とは違う、新たな輝きを宿した瞳をこちらに向けて、不敵に笑ったのだ。

 

「確かに、オレらしくなかったな。

くだらねぇ事でウジウジ考えちまった、今度ばかりは礼を言うぜシスケ。

さて、溜まりに溜まったストレス......ここでしっかり発散させてもらうとするか、騎士王!!」

 

「......ようやく戦場に出張れるまでに至ったか。

あの丘であったのならとうに斬り伏せられていたというもの。

仲間に救われたな反逆者」

 

「貴方が本当にあの騎士王なのかどうか詮索するつもりはない。

いや、する必要がないからな。

オレの魂に刻まれたこの激情が何よりの証拠だ。

オレはただ、認めたくなかっただけなんだ。

気高く、高潔で、いつだって私たちの太陽であった貴方が魔に落ちたなんて誰も想像だにしなかったから......」

 

それは、目の前にいる騎士王に向けて放った言葉であったが、目の前の騎士王に向けて言いたかった事ではない。

自分がいつだって語り合いたくて堪らなかった王は、あの時の騎士王だけだったから。

落ちても相手は我が王であることに変わりはない。

だが、その在り方は決してあの時の王ではない。

その騎士王はどうしようもなく本物の我が王であるが、限りなく似ているだけに過ぎない。

本物ではあるが、かつての志を失くしてしまったが故にあの時の輝きを感じないからだ。

だからこそ、モードレッドは相手に対して明確な答えを求めない。

自分の真意を伝えられない相手に問答をしたところで無意味。

ならば割り切ろう。

そして勝手に思い込もう。

相手は騎士王の姿を持った影であると。

そう考えると、不思議と頭の中の靄が晴れていくような気がした。

自分の中の本物でないのなら、剣を振るわない道理はない。

 

「道を踏み外さない奴なんていねぇよ。

誰だって悩んで迷って落ち込む。

いつでも変わらないなんてことはあり得ない。

木の枝みてぇに枝分かれして、人の在り方っつーモンはどんどん変わっちまうモンさ。

それでも、根っこだけは絶対に変わらねぇ。

そいつがそいつ自身である大切な芯なんだからよ。

その大事な根っこを捻じ曲げちまったら最後、テメェを見失う羽目になる。

あの王様は、ただテメェを見失っちまっただけだよ」

 

「あぁ、分かってる。

あの騎士王は道を踏み外した可能性の姿、なんだろ?

オレの知ってる騎士王じゃない。

可能性の姿だ?馬鹿馬鹿しい。

だったらオレの時代の王はなんだったんだ。

バカにすんのも大概にしろよ。

他人が父上を侮辱すんのはどうにも我慢ならねぇ」

 

「どんだけパパっ子なんだよテメェは。

だがまぁ、いんじゃねぇの?

自慢のパパだ、憧れんのも仕方ねぇだろ」

 

「別に憧れてるわけじゃねぇ!!

ンな軽いモンじゃねぇんだよ」

 

「あぁ、何となく俺には分かる。

言葉で表せねぇレベルなんだろうよ、気安く踏み込む気はねぇ」

 

「流石バカ犬だな。

物分かりだけはいいじゃねぇか」

 

「情緒不安定な猫にだけは言われたかねぇや」

 

「あ”ぁ?」

 

「はぁ?」

 

「............へっ、重役出勤の上に早々痴話喧嘩かよ。

いっそのこと清々しいねぇ、まぁらしくて逆に安心したがよ」

 

「全くだ。

ヒーローは遅れてやってくる、か......。

何だろうな、いざ自分が待たされる側に立たされると妙な感じがするな」

 

役者は揃った。

舞台も整った。

意気込みも十分。

正念場にしてクライマックスだ。

 

「......ははっ!それじゃあ蹂躙するか!!」

 

「へいへい......好きにしろや。

遠慮せずに持ってけ」

 

先程より強い質の魔力が吹き上がる。

英霊により差は異なるが、基本的に魔力が色濃く現れるのはこれから来る嵐の前触れ。

宝具解放。

モードレッドのそれは極めて限定的であるが、対象がある個人であればその威力は果てしないものへと変貌する。

世界的に有名であるが故に、その世界からの後押しを受けて、赤雷はより強大なものになる。

見るがいい。

そして、今一度知れ。

かの騎士王へ先陣切って仇なしたのは一体誰なのかを。

収まりが付かなくなった魔剣が、耳鳴りを引き起こすほどの轟音を立てて王に牙を剥く。

 

「これこそは、我が父を滅ぼす邪剣。

道を違えた我が王へ捧げる安寧の調べ。

我が麗しき(クラレント)

 

「貴様っ!!」

 

「させねぇよ!!」

 

それは一度向けたが最後、あの時と同じように止まることはない。

翻してしまった旗のように、もう二度と大手を振って戻ることは出来ない離別の意。

それこそが彼女の逸話にして、遂げることになる悲痛な末路。

複雑な感情が入り乱れ、行先を幾度となく見失うことになるだろう。

 

父への(ブラッド)......!!」

 

「っ!!

貴様、ここに来て尚まだ邪魔をするか!」

 

「そうピリピリすんじゃねぇよ王様!!

テメェのガキの反抗期ぐらい、黙って受け止めてやりなっ!!」

 

「ぐっ!

貴様は何故そうまでしてあの反逆者に加担する!?

受けた恩を忘れて狂気に身を窶し、最終的に私に反逆した!

いや私だけではない!

生まれ育った故郷、清く美しかった彼らの顔に泥を塗り、全てを掻き乱して破滅の道へ誘った!!

最早反逆者など矮小なものに収まる話ではない。

アレは、彼奴は!!!」

 

「それ以上口を割るんじゃねぇ」

 

「ごはっ......!

き、貴様......。

何故だ、何故貴様がそのような目をするのだ......」

 

「............さぁな。

ただ、虫の居所が悪かっただけさ」

 

「......凡そ貴様も、反逆者などという器ではないな。

決心を固めたように見えるその瞳......その実、まだ迷いが見える。

人の身に余る力を手にしたからこそなのか......いや違うな。

恐らく、貴様は元からなのだろう」

 

「............」

 

「ふっ......答えはその胸の内からは出さぬ......か。

まぁ、それも良かろう。

酸いも甘いも、希望も絶望も、不当も正当も全ては貴様次第......と言いたいところだが結局は無駄な足掻き。

何をしようと徒労に終わる他ない。

どう転ぼうが、貴様らに明日などありはしない。

あの先の絶望の底は、人類に見極められるものではないのだからな」

 

それでも、隣にマスターたる存在がいれば話は変わる。

従来の一方的に命令を下す傲慢な者ではなく、ましてや己の欲望のままに使うような下賎な者でもない。

共に笑い、共に悩み、共に迷ってくれる存在が隣にいれば、仮初の生にも意味は生まれる。

生前味わうことのなかった親しき者との時間の共有。

それはきっと、彼女が求めていたものの一つだ。

だから、今は騙されたと思って一緒に歩いてみよう。

自分を召喚した男が、どれほどの大馬鹿者であっても、彼はいつかの憎悪と怒号に包まれた日々を薄めてくれる。

その声に応えるための一歩をここで踏み出す。

父への反逆を再現し、その証明の一つをここで示そう。

 

 

 

 

 

「それでも俺は、俺たちは......諦める訳にはいかねぇんだ」

 

反逆(アァァァサァァァァ)!!!!」

 

 

 

 

 

全ての怒りと憎しみを魔力に乗せ、迸る赤雷は王へと伸びた。

焼き焦がし、突き貫く怨嗟の声が具現する。

慟哭に似た宝具の解放が、確かに騎士王を飲み込んだ。

史実を知っている者からすれば痛々しい力だろう。

かつて忠義や誇り、命までもの全てを捧げた王。

真実を突きつけられ、言明しても終ぞ息子と認められることはなかった。

その心の叫びが宝具として昇華されたのだ。

だが、それでも彼女の表情はそういった連中の想像を超えた。

 

「あの時とは真逆かよ父上。

まぁ、貴方はあの時の父上じゃないが、それでも騎士王は騎士王だ。

生きている間に成し得ることじゃなかったんだけどな......つくづくサーヴァントってのは損な役回りだぜ。

でも、今回は少しスッキリしたぜ。

喜びたいが同時に悲しくもある。

相変わらず色んな根性がごった返しちゃあいるが、今のオレはすっげぇ晴れやかだぜ!」

 

彼女は、とても晴れやかな顔をしていた。

現代でどれほどの偉業を成し遂げようと、彼女の抱く苦悩や後悔は払拭されない。

生前にしてきた所業と、サーヴァントとなって尚抱き続ける葛藤だけはどれほどの月日を重ねようとも消えることは無い。

それでも、一時だけでいい。

自分を必要としてくれた大馬鹿野郎と、ほんの少しの間だけバカをやって、あの時のことを考えなくていい時間に浸れるのなら。

この旅の終点まで付き合うのも、決して悪くは無い。

 

「............って!!

晴れやかに締め括ろうとしてくれてんじゃねぇ!!

殺す気かこのポンコツダメ猫が!

危うく王様と一緒に地獄にランデヴーする所だったわ!!」

 

「ははっ!わりぃわりぃ、よく見えなかったんでよ。

ついぶっ放しちまった!

うん......アレだな。

反省もしてなければ後悔もしてない。

寧ろ清々しい達成感がある、ってか?」

 

「テメェコノヤローあの時の仕返しか!?

上等だ!速攻で返上してやるよ!!」

 

「なんだなんだ随分と興奮気味だなぁわんちゃんよ。

テメェの番はここにはいねぇ、来世で巡り会えることを祈りな。

少しは手助けしてやるからよっ!」

 

「美味しいところ掻っ攫ってご機嫌だなぁセイバーの奴」

 

「まぁ、別に今回くらいはいいんじゃないか?

反抗期が上手くいった祝いとすれば、多少の浮かれ具合は見逃して然るべきだろう」

 

「はぁ......一時はどうなることかと。

最後までドキドキしっぱなしでしたよ......」

 

「なんやかんやあったけど、上手くいってよかった。

後はあの聖杯を回収して終わりだね」

 

「フォーウ」

 

「最初から最後まで生きている心地がしなかったわ。

事故とはいえ、もうレイシフトは懲り懲りよ......」

 

「あ”ぁん!!?

テメェあんま舐めてっとあ”ぁん!!?」

 

「ははっ!!

なんだよシスケ?

雷ぶっ放されてパニクってんのかよ!?

おぉー怖かったでちゅねぇーよちよち」

 

「抜けやゴラぁ!!

一瞬でお陀仏にして浄土巡りツアーに参加してやるからよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだあの二人............。

理解不能過ぎて出て行きづらい」

 




あずき屋ですどうも。
最後は駆け足になりましたが無事オルタ撃破です。
これ以上引き伸ばすのはアレだと思ったんで殺っちまったよ。
宝具が溜め気味になっちゃうね。
場を持たせる為だから是非もないよネ。
第1章でこんなに長くなるとは思わなかった。
まぁでも結果オーライ?
楽しかったからなんでもいっか。

次回からはちょいちょい小話とか織り交ぜてオルレアンに向かうよ。
お便り頂戴ね?
キリンみたいに首伸ばして待ってるから。

ではでは、また次のページでお会いしましょう。


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第10話 初心忘れてた

「あぁ、もう年終わったよ。
あっという間だったなオイ。
ぐーたらしてたって訳じゃねぇけど気づけばもう年明けじゃん」

「なぁ」

「俺だってさ、こうも早く過ぎるとは思ってもなかったよ。
そりゃあガキの頃は1年どころか1日過ぎんのも遅せぇなぁみたいにずっと感じてたよ。
でもいざ振り返ってみるとなかなか歳重ねちゃってるじゃん?
もう早いもんね。
ロケットが大気圏突入するぐらいあっという間だもんね」

「なぁってば」

「もう半年もしないうちにまた一つ歳重ねるわけじゃん?
もうあっという間にオッサンだよね。
最悪だよ、また1年なんもねぇ年だったなぁってボヤくんだよなぁ。
あーあ、みんな死ねばいいのに。
アルマゲドンのバットエンドみたいになればいいのに」

「おいって」

「ンだよさっきからにゃーにゃー。
みかんならまだあんだろ」

「いや、お前この作品の趣旨忘れてんじゃねぇのってつい最近思ったんだよ」

「............えっ?」

「ちょいちょい濁してるけどなんやかんやシリアスっぽい雰囲気に流されてるだろ?
最近読者離れてんのそれが原因じゃねぇかなってさ」モグモグ

「............えぇ?」

「そりゃ確かにこれギャグ路線だけどそれだけじゃつまんねーじゃん?
違う味出して飽きがこねぇようにやってんのは何となく分かってた。
でもさ、最近やり過ぎじゃね?
オレがなんか飽きてきた」

「...............マジで?」

「だからこーやって言い訳じみたこと前書きでやってんだろ?
みんな口に出さないだけで思ってたと思うぞ。
早く気づけこのばかみたいにずっと思ってたよ。
そりゃ離れてくよな、こーいう系統腐るほど転がってるし」

「もっと早く気づくべきでしたね」

「くど過ぎたかな。
でも気づけて良かったと思うよ。
このままだったら確実にボツだし」

「ンキュンキュ、フォウ」

「............え、まだ足りない?」


 

「ふははははっ!!

カルデア諸共爆破して」

 

「へぇーこれが聖杯ってやつか。

なんだ捻りもねぇフツーの感じだな。

まんまじゃんコレ。

俺これ酒のグラスにも使いたくないんだけど。

何処ぞの王様あたりは喜んで使いそうだけどコレはゴメンだわ」

 

「まぁその名の通り聖杯ですからね。

史実で沢山の人達が求めていたものですからこれくらいは普通なんじゃないでしょうか?」

 

「でも本来の願望器の聖杯じゃないってダ・ヴィンチちゃん言ってたしね」

 

「まだ無駄なこんな悪足掻きをして」

 

「どうでもいいだろ。

聖杯さえ取りゃもうオレらの勝ちなんだ。

目的達したし帰ろーぜ」

 

「いやぁどうなる事かと思ってヒヤヒヤしたぜ。

慣れねぇクラスで慣れねぇことはするモンじゃねぇな」

 

「全くだ。

もう少し頭の冴えが良くなっていたのかと思えばとんだ肩透かしだ」

 

「おうコラもういっぺん言ってみろや」

 

「聞け貴様ら!!」

 

「でも装飾にはピッタリなんじゃない?

ほらトロフィーみたいに飾りましょうよ所長室に」

 

「確かに見栄を張るにゃ丁度いいな。

テメェでやったわけでもねぇのに一丁前にやり遂げました感を出すには持ってこいかもしんねぇ。

なぁフォウ公」

 

「フォーウ」フルフル

 

「やっぱダメだってよ」

 

「だからいい加減こっちを向け!!

50文字も喋れてないん」

 

「あ」

 

突如爆発音が鳴り響いた。

先程から声がやたら響く箇所から突如爆発し、全員の視線が否が応にでもそちらに向く。

濛々と爆煙が立ち上っていることだけを見届けるしかなかった。

 

「済まない、まだ罠の残りがあったようだ。

誤作動か何かで作動してしまったようだな」

 

「ンだよアンタのせいか。

危うく変なツッコミ入れるところだったぜ」

 

「どういうやつなんだ?」

 

「ある種のお約束、みたいな?」

 

「貴様らァァァァァァ!!!」

 

一切触れられず騒ぎ立てる連中を前に怒り狂うスーツ姿の男がいつの間にか立っていた。

何故か身体中煤まみれで、服の至る所が焦げている。

突然現れて何処かの古家に出てきそうな生物のようななりをして、此方にがなり立てるように怒り狂っている。

 

「私を虚仮にし、あまつさえ無視を決め込むその態度。

全くもって許し難い!

今この場で全ての希望を残さず私の手で摘み取ってやろうか!」

 

「どうしたのこの人」

 

 

 

 

 

──────作者都合により「カットカットカットカットカットォ!!!」

 

 

 

 

 

 

「ぐっ、貴様らァ....!

この程度で勝ったと思うな......。

足掻いたところで最早この結末は変えられぬ!

人理焼却は既に決定付けられている!」

 

「描写カットしたら急に巻気味に喋るなコイツ」

 

「さして重要でもないからいんじゃね?」

 

「めちゃくちゃ重要じゃない!!!

私ほぼ身体死んでるのよ!!?

もう出ても死ぬだけじゃない!!」

 

「だいじょぶだいじょぶ、その辺ちゃんと考えてあっから何とかなんだろ。

どんな奴でも水かけりゃ生き返る理論だよ」

 

「私死んじゃったァァァァァァ!!!」

 

「オイ、叩き斬るかこのヒスマ」

 

「それはやめとけ。

考えがあんのは事実だからよ。

ふじっこ、ちょっと所長抑えとけ。

そんでメガネっ子は所長の口を大きく開けとけ」

 

「「「え?」」」

 

 

羽交い締めにされ、凡そ淑女とは思えないほどにだらしなく開けさせられた口元。

恐らくここまでの醜態を晒した貴族はいないだろう。

 

 

「ひゃ!ひゃによひょのはっこう!!?」

 

「お前さんをちゃんと現実に戻す方法。

ホラ、見てみこの金平糖。

猫、こいつをどう思う?」

 

「......すっげーデカいな」

 

「手のひらサイズの虹色に光る珍しい金平糖。

ダ・ヴィンチ曰く貴重なモンらしくてな、英霊召喚の触媒にも一役買ってくれる代物なんだとよ。

つまり、コイツをお前さんに突っ込んでちょちょいと色々弄りゃ何とか丸く収まる算段だ。

どうだ、理にかなってるだろ」

 

「つかンなもんどこにあったんだ?」

 

「あぁ、その辺に落ちてた」

 

「ふひゃけひゃいで!!

ほんなものくひにひゃいるやけ!!」

 

「オラァ!!3秒ルール上等!!!

ダ・ヴィンチ!!戻せ!!」

 

 

声にならないオルガマリーの悲痛な叫び声を無視して、強引に光る何某を口に突っ込んでいく。

卑猥なものでは無いが、違った意味で目を背けたくなる凄惨な絵面であったことは言うまでもないだろう。

それを見届けていた立香は思った。

やっぱりこの人ロクでもない人間なのだと。

 

 

 

 

「────────────────ッッッッッッ!!!!」

 

 

 

 

______________________

 

 

システムの作動音と共に開くコフィン。

その近くに英霊召喚に似た閃光を放ちながら現界する人影がひとつ。

 

「ダ・ヴィンチ!!

皆はどうなった?!」

 

「大丈夫大丈夫、ちゃんとみんな戻ってこれたよ。

まぁ一人アフターケアが必要な子がいるけどね」

 

「所長!!

無事で何よ......口周りが血だらけだけど無事で何よりだ!!

無事なのか線引きがだいぶ怪しいけどとにかくよかった!!」

 

「ドクター!

急いで所長を医務室もといオペ室へ!!

多分皆さんが思ってる以上に重体です!!」

 

「分かってる!

医療スタッフを掻き集めて!

直ちに治療に移るよ!

皆も後でしっかり診るから先に報告済ませといてね!!」

 

バタバタと忙しなく走り回るロマニとスタッフたちを尻目に、ボケっとそれを眺める目が4つ。

あれほどまでに喧しく貶しあっていた2つの口は重く閉ざされ、変わりに気怠いと主張する空気が徐ろに満ち溢れていた。

何はともあれとにかく疲れた。

何も考えずに寝具に潜り込みたい。

そういった考えが2人の頭を支配していた。

つまるところ、もうめんどくさいのだ。

 

 

「おい」

 

「そこ出て右の3つ目」

 

「ん」

 

「あ、オイ」

 

「わかってる」

 

「あいよ、って何だよ。

穴開くぐらい凝視すんなよ」

 

 

もう長年連れ添った相棒のように、僅かな単音だけで通じている。

別に大したものを感じているわけじゃない。

ただ単純に、何となく解るのだ。

何を求め、何をしたがっているのか。

短い時間ではあるが、そういう意味で分かり合うには十分な時間だった。

そんな2人を見ていた天才が一人。

 

「いやね、邂逅一番に殺し合いしてた2人にはどうにも見えないなーってね」

 

「なんだそりゃ、今のうちだよ今のうち」

 

「ふーん......誓約まで付けておいて?」

 

「棒立ちのまんま殺されるとは言ってねぇよ。

それに、あぁでも言わないとアイツは納得しなかっただろ。

俺は、到底マスターなんて呼ばれる器じゃねぇからな」

 

「そんなこと」

 

「あるのさ」

 

天才はものの真贋を見抜くことが出来る。

目の前にあるものが真実か否か。

どれだけ精巧に作られ、どれほど細部に力を入れていようと偽物であればそれは必ず見抜ける。

経験から齎される能力ではあるが、天性の才覚からそれは直感で伝わってくる。

一目見ればそれが本物であるかどうか。

それ故に、ダ・ヴィンチは目を細める。

目の前の男がどれ程の器であるのか。

判断材料が少ないのもあるが、珍しくも断言出来るものが見つからなかった。

何を考え、何を最終的な目的として動いているのか。

この男からはそれがどうにも読み取りづらい。

自身のことを適当な理由や仕草で覆い隠しているのも分かる。

かつての誰かのように、大事な真実を懐に抱え込んでいるような、そんな違和感。

 

「まぁどうでもいい話だったな。

それよりメンテ、するんだろ?

だったら手早く済ませちまおうぜ」

 

「そうだね、そのボロボロな体を早く調整しなきゃね」

 

そう言われ案内された部屋は、殺風景なカルデアの作りからは想像できない色に満ちた空間であった。

無機質で無駄を削ぎ落とした備品の姿はどこにもなく、一面に広がるのは精巧に作られた置物や、一見しただけでは使い道の分からない機器ばかり。

凡そ凡人にはそれこそ理解できない代物ばかりが、紫助の視界に広がっていた。

 

 

「さて、では早速診せてくれるかな?」

 

「おう」

 

 

男の胸に軽く触れ、魔力を通して身体の構造をチェックする。

筋肉繊維の壊れ方、臓器のダメージ、酷使された箇所、魔術回路が正常に働いているか等を隈無く把握する。

これを申し出たのは他でもないダ・ヴィンチ。

この性分として、こと珍しいものに関しては研究せずにはいられない。

大して多くもない魔術回路、習得している魔術の少なさからいって、まず間違いなく凡庸の魔術師。

だが、それを補うかのようなその肉体に文字通り目をひかれた。

一般の成人男性など比較にならない強度、その筋ものが極めるものとしても一目置けるほど鍛え抜かれた肉体。

そしてそれ以上に、魔術回路の配置が完璧だ。

回路がまるで第二の骨格のように彼の体に配置され、回路ひとつの起動で身体中に満遍なく魔力が行き渡る。

これが人為的なものでないのなら正しく、これも天性の賜物。

 

 

「やっぱり、無理したんだね」

 

 

そして、やはりと天才は小さく肩をすくめる。

筋肉繊維は通常の壊れ方ではなく、過剰の魔力運用によって摩耗気味。

それに伴い臓器のいくつかも痛み、体内出血寸前。

回路そのものは無事だが、どれもがオーバーヒート寸前だ。

特異点にいる中、ほぼ常時魔術を行使していたのだから無理もない。

 

 

「筋肉は文字通りボロボロだし、臓器も悲鳴を上げてる。

君レベルの肉体でなければ、体内から魔力が暴走して爆発四散してるよ。

比喩でもなんでもない。

それも抑えるためにまた魔術を使ったんじゃただのイタチごっこだ。

私のサポートにも限度がある、ちゃんと分かってるよね?」

 

「......あぁ痛てぇ、わかってる」

 

「ホントにわかってる人はこんな無茶しませんっと」

 

「あがっ......!」

 

「君の所業ははっきりいって異常なんだよ?

生きている人の身で、サーヴァントと同程度の肉体にまで伸し上げる。

それも、強化魔術という初歩中の初歩魔術で。

あのアーチャーは分析に特化してたね。

見抜かれたんだろう?

君の魔術は、固有時制御で幾重にも強化をかけるもの」

 

「...........っ」

 

「単純に筋力を底上げするものじゃない。

自身の肉体、手に触れられるものであるのなら何であれ、その存在強度を引き上げる。

モードレットやアーチャー、アーサーと曲がりなりにも戦えたのも、マシュを守るために使ったものもそれなんだろう?」

 

「はぁ......天才に隠し事なんてするもんじゃねぇな。

興味ひかれて結局丸裸にされるのがオチだ」

 

 

そうして青葉紫助は、降参したように両手を挙げる。

配属されて今日に至るまで隠し通してきたものが、早数週間で露呈してしまった。

だが、彼も全力で力に関して隠蔽を測っていた訳では無い。

ここに来た時、ダ・ヴィンチに目をつけられた時に薄々肌で感じてはいたのだ。

この英霊相手に隠し事など無意味。

興味を持たれてしまったが最後、此方の真実を徹底的に詳らかにするだろう。

だからこそ、取引をすることにした。

調べたいのなら幾らでも調べていい。

その見返りとして、無理をした時のケアを要求した。

 

 

「取引内容に頷いたのは私だけどさ、やっぱり辛いかな」

 

「それでも調べたいんだろ?

作り手の性じゃしょうがねぇわな」

 

「ホントに君は意地悪だなぁ」

 

「それが俺の性ってやつだな」

 

「あぁ言えばこう返すのはどっちなんだか......。

まぁいいよ、はい応急処置完了。

歪んだ箇所は元通りにして、魔力の淀みも出来るだけ取り除いた。

後は安静にしてれば回復するはずさ。

82%ぐらいにまでは戻れるよ」

 

「八割、か」

 

「そう、あと八割しかないんだ」

 

 

あっけらかんと言い放ったダ・ヴィンチを前に、俯き自らの手のひらを眺める紫助。

彼女が戻るといった限界値は八割。

安静にして、極力魔術を行使しないで数日間療養に務めて漸く戻って八割だ。

それ以上の回復は見込めない。

どれだけ眠ろうと、どれだけ食べようと、どれだけ休んでも以前の身体には戻らない。

身体が全快になることは二度とない。

 

 

「過去にあれだけやってそれなら全然マシな方だよ。

それでここまでの数値に戻ること自体どうかしてる。

普通なら植物状態、運がよくて半身不随。

君の肉体はやっぱり天性のものだよ」

 

「身体が資本、よく言うだろ?

年がら年中薄暗い地下に引きこもって、訳わかんねぇ研究してる奴らに比べたらまともな方よ。

そんで?どうなんだよ」

 

「何がだい?」

 

「惚けんな、単刀直入に聞くぞ。

俺の身体は、後どれくらい保つ(・・・・・・・・・・・・・)?」

 

「............そりゃ、今回みたいな戦闘続けてたらひと月ともたないよ。

推奨としては、立香くんのように魔術の行使は礼装をベースに、基本的な戦闘はサーヴァントに一任。

これなら還暦ぐらいなら楽に迎えられると思うよ?

どうかな?」

 

「却下だ、考えるまでもねぇ」

 

「な、なら君専用の魔術礼装を用意しよう。

魔力の淀みを随時汲み上げて、溜まった魔力を循環させて細胞活性に回す。

必要箇所は交換式にして長時間の運用を可能にして、えと......それから、えっと......そ、そう!

氣の活性術式とか組み込んでみたらもっと効率よく行動出来るようになるんじゃないかな?

ほ、ほら君なら理解できるだろ?

中国伝来の身体活性術式も存外馬鹿にならなくてね、迷信とかじゃないんだよ?

ちゃんと理にかなった理屈とデータが証明されてる。

かの有名な槍の達人、李書文はこれを極めていてね、なんと自然と同化して一切周囲から気取られなくなるんだ!

彼がアサシン枠で召喚されれば、普通の聖杯戦争において敵なしとされるレベルさ。

あ、あぁとそれからコレなんて」

 

「もういい」

 

「な......何を言ってるんだよ、可能性を捨てるなんて紫助くんらしくないなぁ、あはは。

大丈夫だ、君の身体を何とかする手立てはまだ幾つか見繕ってあるんだ。

現代科学と魔術を組み合わせれば......きっと!」

 

「ダ・ヴィンチ」

 

 

まただ、またこの眼を持ってしてでも見通せない。

肩に置かれた手は暖かく、その天才の名を久しぶりに口にした彼の言葉は気遣いしか感じられない。

柄にもなく感情的になるのも、合理性に欠けた発言は全て目の前の男のせい。

自分でも分かっている。

今のいままで提示したことは全て時間がかかり、且つ現実的な試みではないことを。

 

 

「お前が俺にそこまでする義理はねぇよ。

最初に言ったろ?

俺はあくまで選ばれたマスター様たちのおまけなんだ。

今、この場で一番重要視し続けなきゃいけない奴は藤丸(アイツ)らだけなんだ。

お前に出来ることは、アイツらの生存率を少しでも押し上げること。

それに、お前はよくやってくれてるさ。

じゃなきゃアイツらは最初の段階でお陀仏になってたかもしれねぇ。

柄にもなく取り乱してんじゃねぇよ」

 

「どうして?

どうしてそんなに冷静にいられるんだい?!

確かに、今回の試みは命を賭けるほどのものさ!

私だってどうしようもない状況ならそれ相応の切り札を切るさ!

でも......それとこれとじゃ話は違うよ......。

生き残るために死ぬための道を選ぶなんて、それこそ本末転倒じゃないか......」

 

 

力なく項垂れていてしまい、その後の返答に詰まる。

彼は今を生きる残された希望のひとつだ。

自分たちのように召喚された仮初の生ではない。

死ねば本当にそこで終わってしまう。

何とかしてあげたい。

万能の天才に名に恥じない功績は、これまでこのカルデアで幾度となく上げてきた。

それでも、今回ばかりは打つ手がないのが非常に歯痒い。

打開策はあっても、それを実現するための時間が足りないのだから。

 

 

「顔、上げてくれよ」

 

 

自壊の道を選んだ彼は、それでも朗らかに言った。

いつものような憎たらしい顔ではなく、此方を慈しむような儚い小さな笑顔。

死を免れない故の悲しさではない。

自棄になったものでもない。

諦めた顔とは、どこか違うそんな顔を見せてくれた。

 

 

「いいんだ、ありがとうダ・ヴィンチ。

俺のためにこんなに感情的になってくれて。

だからこそ、笑ってくれ。

そんな顔じゃ、大手を振ってレイシフトなんて行けないぞ?

俺たちを死なせたくないのなら、精一杯サポートしてくれ。

ん?」

 

「君は......君って奴は、そんなことを笑顔で......」

 

 

どこか子どもをあやすような優しい声。

いつものような砕けて、ぶっきらぼうな口調じゃない分、その声は自分の中に自然と落ちていった。

それはある種、いずれするであろう自殺を見届けろという意味と同義。

それでもいい。

それでもいいと彼は言った。

無理難題を突きつけられる世界が相手なら、こちらもまた無理をしなければならない。

ぼやけた視界でも、その決意に満ちた顔ははっきり見えた。

暖かな雫が落ちるように、その声や表情の真意も心にすとんと落ちる。

覚悟を決めたのなら、最早これ以上は無粋。

 

 

「......グスッ、本当に男の子って、不思議だなぁ」

 

「元男が言うセリフかよそれ」

 

「デリカシーのない君にだけは言われたくない!

............分かったよ、今回は大人しく引き下がる。

現状打つ手がないのは事実だから。

でも!」

 

「ん?」

 

 

力強く続けると共に、彼の手をしっかりと覆う。

この温もりを決して失わせないと誓いを込めて。

 

 

「私は!絶対に!諦めないよ!!」

 

「............そっか」

 

 

一瞬彼の顔は面を食らったように硬直したが、その言葉の意味を理解すると、さっきと同じように小さな笑みを浮かべた。

絶対に諦めない。

意趣返しとして受け取れと、強く約束の結びを締め直したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フォーウ.........」

 

 

 

 

 

─────────────────

 

 

「何よ、何か言いたいことでもあるの?」

 

「いえ、ただ所長の顔をこのカルデアでもう一度見ることができて、改めてホッとしているんです」

 

「本当に何とかなってよかったよ。

生きててくれて何よりだ。

あれ?嬉しくない?」

 

「そんな能天気に喜べるわけないでしょ?

いい?もう私の身体は人間のものじゃなくて、僅かに無事だった細胞を高密度のエーテルで無理やり繋ぎ止めてるような状態なの。

同調が上手く行けば確かに、肉体構成は問題ないかもしれない。

でもね、そんな簡単にいくような事じゃないの」

 

「それは、どうしてですか?」

 

「簡単な話よ、前例がないの」

 

 

人体がほぼ機能不全になってから、外的要因で蘇生に成功した例など存在しない。

今回は異例中の異例だろう。

まさか聖晶石を人体構成のための礎とするなんて、普通の魔術師では考えもつかないだろう。

やはり、あらゆる意味で、青葉紫助という存在は無茶苦茶なのだ。

 

 

「はぁ、戻れたことは確かに嬉しいんだけどやっぱりね。

でも、貴方たちには感謝してるわ。

こんな私を最後まで見捨てないでくれて本当に感謝してる。

あのバカを除いて、ね?」

 

「...........ぷっ」

 

「な、なによマシュ!

私が感謝するのがそんなに面白い?!」

 

「すみません、そうではなくて。

ねぇ?先輩?」

 

「そうだね」

 

「一富士も何笑ってんのよ!

本当に補欠候補生は人をバカにして!!」

 

「だから藤丸だってば!!

紫助さんに毒されないでよ所長!!」

 

 

悪態をつこうと、オルガマリーの表情は晴れやかだった。

俗に言うなんちゃらではあるのだが、それはいずれ誰かが口にするだろう。

デリカシーがなく粗暴で、いつでも場をかき乱すへんちくりんな男の口からそれは語られる。

だから、今は束の間の休息を享受し、作戦の成功を喜ぼう。

まだ見ぬ世界への挑戦は、まだまだ始まったばかりだ。

 

 

「あ、そう言えば所長。

お見舞いの品を紫助さんから預かってたの忘れてました。

はい、出歩けるまで隣に置いておくようにって」

 

「キャアアアァァァァァァァ!!!!

人が動けないのをいいことにぃぃぃぃ!!!

絶対許さないんだからぁぁぁぁ!!

あのおバカぁぁぁぁ!!」

 

「所長!!口が!!

治療したばかりなんだから落ち着いて!!!」

 

 

いつぞや完成させたクマのぬいぐるみが、賑やかな光景に溶け込むように笑顔を光らせていた。

この大団円が、人理修復の後にも続くように。

ぶっきらぼうに書き殴られた「お大事に」というメッセージカードを握り締めて叫ぶオルガマリーの顔は、やっぱりいい顔をしていた。

 

 

 






明けてましたおめでとうございます。
今更感あるけどどうぞお納めくだされ。
駆け足気味になったのはすんません。
許して♡

殺意湧いた人の心は正常です。
まぁ、こんな感じでまた面白おかしく書き上げてみようと思いますので、どうかよろしくお願いします。
その他の作品もそのうち書きます。

ではでは、また次のページにてお会いしましょう。


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第11話 欲望センサーは正直

「なぁメガネっ子、お前休みの日ってどうしてる?」

「なんですか急に。
まぁ普通に読書とか休息にあてていますが」

「だよな、それがフツーの人の休みの使い方だよな」

「どうしたんですか?
そういえば紫助さん、目の隈が酷いような」

「あぁこれな」

「おいシスケ!
今日も始めるぞ!
最低ランク100万上げるまで終わらねぇからな!」

「モードレッド............寝かせて」

「可哀想に藤野蔵、こんなになっちまって」

「死屍累々じゃないですか!
一体何が?!」

「健全な人の休みの過ごし方って、なんだろうな.......。
下手の横好きも、度が過ぎりゃただの物好きだよ」

「フォルル......スピーzzz」




 

「さて、まずは人理修復の一歩の踏み出し、おめでとう。

まだ所長が本調子じゃないから代理で僕からお礼を言わせてもらうよ。

本当によくやってくれた......思ってた想像とはかけ離れた結末だった訳だけれどね」

 

「はい、ありがとうございますドクター。

駆け足にはなりましたが、私も先輩も少し自信がつきました」

 

「本当に一時はどうなるかと思ったけど、俺もそう思うよ。

所長の身体も何とかなったし、カルデアもまだ戦える。

頑張ろうマシュ」

 

 

はい!という力強く元気な声がブリーフィングルームにて響く。

多くの候補生たちが集っていた当初に比べ、随分と寂しい人数にはなったが、やることは前と何も変わらない。

前人未到にして難攻不落とされる試み、改変された歴史を正しい在り方に戻す。

ここの力では成し得ないことではあるが、力を合わせ団結させれば不可能を可能にできる。

それはいつの時代、古くから伝わる英雄譚でも証明されてきたこと。

諦めの悪ささえあれば、どんな困難にだって立ち向かえる。

 

 

「それで、あの2人は?

静か過ぎて逆に気持ち悪いんだけどさ」

 

「ドクターも結構毒されてますね。

俺はまだまだ慣れそうにありません」

 

「あの人に毒されて良いことなんてありません。

前回だって何度死にかけたことか......。

あ、2人は修練場で少し汗を流してから来ると言ってました。

にしてはだいぶ時間が経過してますが」

 

「なんだかんだで、結構マシュも律儀だよね。

つんけんしてる割には紫助くんの現状を把握してる。

慣れない人種だからこそかな?」

 

「ダ・ヴィンチちゃん、変なこと言わないで下さい。

私はあくまで業務上あの人の行動を監査して、円滑に物事を進めるために仕方なく聞いてるだけです。

ぶっちゃけめんどくさいです」

 

「おうおう、マシュにしては珍しい。

まぁそんなに気にしなくても、いつの間にかふらっとやって来るでしょう。

今は次の特異点について話そうか」

 

 

そうダ・ヴィンチがいつも通り次の特異点について解説してくれる。

場所は西暦1431年のフランス、オルレアン。

かの有名な聖女、ジャンヌダルクが異端者として火刑に処されてから日も浅い時期。

戦争の爪痕は残るものの、その時代に暮らす人々は束の間のひと時を過ごしていると、正史では語られている。

 

 

「最も、今判明してることはごく僅かな情報だけだ。

西暦と場所ぐらいしか分かってなくて、改変されてる状況はレイシフトしてみないと調べられない。

のっけから申し訳ないが、また君たちに無理難題を課すことになる」

 

「そんなのもう今更だよ、ドクター」

 

「私たちに残された道は前にしかありません。

どんな道でも突き進むのみです。

それに、私たちは孤立無援ではありませんから」

 

「うんうんよく言ってくれた!

任せて、全力でサポートさせてもらうから」

 

「ありがとう、それにしても..........やっぱり遅いな。

ごめん、悪いんだけど2人を迎えに行ってあげてくれないかな?

爆撃された後なんだ、修練場に何らかの不具合が起きてトラブルなんてことも起こり得るかもしれないからさ」

 

「大丈夫ですよ。

マシュ、行こう。

飲み物取りに行くついででもいいからさ」

 

「先輩がそう言うのなら着いていきます」

 

「戻ってきたら早速戦力補充といこう。

召喚の準備進めとくからさ」

 

内心不満が見えたが、強引にマシュを連れ出す。

先の見えない見通しについてあれこれ悩んでも仕方ない。

あの人の言葉を借りるのなら出たとこ勝負しかないからだ。

慣れた足取りで通路を渡り、修練場の扉を開ける。

見た景色は、文字通り慣れないものがある。

あらゆる戦闘をシュミレートし、実際に立ち回って感覚を掴む次世代のシュミレーターシステム。

重要機器がデスク状に横へ広がっていて、その真上すぐに見学用に透明のボードが同じように横へ広がっていた。

 

「んー緊急用のブザーとかは鳴ってないけど......マシュどう?」

 

「はい、先輩の言う通り緊急の案件ではない様子ですが、シュミレートの脳波グラフに通常時では有り得ない数値がちらほら出ています。

確認する必要はあるかと」

 

「それじゃあ見学化のスイッチオンっと」

 

 

内部が見通せるようになったその光景も、見慣れないもの。

どころか、見たことも無い光景が広がっていて、自分たちの口も広がっていたことに気づいたのは数分フリーズした後だった。

 

 

 

 

「oh!ワシのビートが有頂天!

主らのハートは絶好調!

これぞ尾張のうつけの真骨頂!

燃えるビートどうだ敦盛ベイベー!!」

 

「yoyoo舐めんなyoo。

こちとらハートは元から絶好調、お前後から好調。

oh!チェケyoo。

元より何時でも好調、1人の時には〇頂。

そして飛び出す、お前の左上に熱盛マーク。

失礼しました、関係ないところで熱盛と出してしまいました」

 

「うるせぇ、お前ら、黙れよ雑魚ども。

オレが一番、お前ら三下お分かりアンダスタン?

分かればとっとと買ってこい、焼きそばパンYeah」

 

 

 

 

ズンズンと重低音を鳴らしながら、聞くに耐えない余りにもダサすぎるラップもどきを交わす奇妙な3人の姿がそこにはあった。

3人とも黒いサングラスをかけ、身体を音楽に合わせて揺らし、口からは訳の分からないビートを刻んでいる。

どういう状況なのか、全くもって理解できない。

とにかく問い詰めたいことは、あの大きなラジカセを担いで下ネタ混じりのラップとも呼べない放送禁止用語を並べているバカに聞こう。

 

 

「熱盛、調子良ければ特盛、良いおかず添えれば勝盛。

行くぜ畳み込むぜ俺のマイサ、uh-huh?」

 

「はあぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「んん゙っーーーーーー!!!」

 

「マシュー!!」

 

 

立香が目を離した時、既にマシュの姿は隣にいなかった。

音もなく紫助の背後に忍び寄り、徐ろに腰をホールドし、見事な曲線を描いたブリッジを披露してくれた。

人はそれを、"バックドロップ“という。

紫助へ制裁を加える時、彼女はシールダーではなくアサシンクラスなのではないかと、そろそろ疑いの目を立香は持ち始めていた。

 

 

「おう盾女に富士額、なんか用か?」

 

「む、初めて見る面々よな。

お主らは何者じゃ?」

 

「それは私たちのセリフです!

貴方はどなた様ですか!?

それでこの状況は何なんですか!?

意味不明なその格好は何なんですか!!」

 

「だから藤丸だって!

それから俺が富士額だっていつ確認した!」

 

「あーそういう事か。

いやな、これにはちょっと訳があってよ」

 

「たまには聞いてよ!!」

 

話は30分ほど前に遡る。

 

 

────────────────

 

 

『なぁシスケ、この前拾ってた奴なんだよ?』

 

『あ?なんだよ、見てたのか。

ほら、お前にも見せたろ。

虹色に光る金平糖だよ』

 

『それは見た。

オレが気になってんのはもう1個の方』

 

『あーコレな、ぶっちゃけ俺もよく分かんねぇんだけどよ、なんかこの金平糖より貴重なモンらしいぜ?

この金色に光る紙切れだろ?』

 

『そうそれ!

何に使えんだ?

鼻かむ以外に使い道ホントにあんのかよ』

 

 

紫助が懐から取り出したのは金色に光る紙。

名前は呼び込む符と、書いて“呼符”と読む。

ダ・ヴィンチ曰く、これ一枚で召喚サークルを回せる一品なんだそうだ。

原理はよく分からないが、なんでも擬似的な縁をサーヴァントとの間に結ぶとか何とか。

ただ、召喚用の触媒としてはこれ以上ない代物なのだとか。

 

 

『へぇー、んじゃあさ試してみようぜ?』

 

『やっぱ興味ある?』

 

『まぁな。

戦力としちゃどうせオレ以下なんだろうが、何にしてもこのまんまじゃこのカルデアが寂し過ぎんだろ?

それに、退屈しのぎにはなりそうだしな』

 

『あぁそうだな、来る奴は大抵お前以上の奴らだしな。

ここいらでちょっくら大物のサーヴァント呼び出して、アイツらに目に物見せてやるか』

 

『そうそう、漸くお前も分かってきて......今なんつった?』

 

『そうと決まれば行くぞ猫。

早く行かねぇと勝手なことすんなってドヤされるわ』

 

『おいコラ待て!

お前なんて言ったんだよ!

事と次第によっちゃぶった斬るぞ!!』

 

 

軽い潜入任務のように召喚術式が使用出来る部屋に忍び込み、簡単に術式を起動させる。

1回運試し的なことが出来ればそれで良かったのだが、この呼符の話にはまだ続きがある。

星の数ほど存在する英霊たちを呼び込むには最適なのだが、それ以外に触媒がない以上、候補が絞りきれないのだ。

よって概念が結晶化した英霊とは別物を呼び寄せることもあるため、万能な代物とは言い難い。

だからこそ紫助は安易に考えていた。

どうせ出てくるわけない。

たった1枚で召喚に応じてくれる物好きなど、そうそうに現れるものでは無いと。

 

 

『そんじゃ、運試しと行きますか』

 

 

テキトーにサークルに向かって呼符を放り込む。

放られた呼符は次第にその在り方を輝かせていき、光の輪になって高速回転していく。

 

 

『(どーせ来るわけねぇよ。

バレやしねぇし、お咎めもねぇだろ。

元々俺がテキトーに拾い上げたモンだしな)』

 

『おーこれが召喚か、思ってたより派手だな。

なんか輪っか増えたけどどうなんだコレ?』

 

『あーまぁ召喚失敗ってことはなさそうだ。

何が出るのかねぇ。

(輪っかなんて判断材料になるかよ。

役に立ちそうなモンが出りゃラッキーな方だ)』

 

『すっげえな!

こんなに金ピカにクルクル回んのか!

魔力が集まってくぞ!』

 

『(え?金ピカにクルクル?

あれ、なんかどっかで聞いたような覚えが)』

 

『輪っかが3本!

シスケ!金ピカの輪っかが3本だぞ!』

 

『え、マジ?』

 

 

物欲センサーという言葉を聞いたことはないだろうか。

あくまで俗説なのだが、欲しい欲しいという欲望が垂れ流しの者ではお目当てのものは引き当てられない。

その物欲が対象にキャッチされると、なんでも手に入らないというものだ。

かくいう紫助は全く無関心でそれを呼んだ。

結局のところは結果論に過ぎないのだが、多くの人々は的を得ているとハンカチを噛み締めながらその俗説を肯定している。

金色に光るサークルが急速に凝縮され、大きな光を吹き出す。

間違いなくサーヴァントが応えた証拠だった。

 

 

『うっはっはっはぁぁぁぁぁ!!!

呼んだな、他でもないこのワシを!!

控えおろう!!

尾張のうつけ者こと、極東における戦国の覇者の凱旋である!

然らば、戦国風雲児の異名を持つその名をとくと聞くが良い!』

 

『オイオイ......こりゃまさか』

 

『面白そうな奴が来たな!』

 

 

赤き軍服を羽織り、一振りの刀を携えた少女の姿がそこにはあった。

豪快に笑い、それでいて漲る闘志を炎のごとくたなびかせて、その少女は自らの名を高らかに告げる。

 

 

 

『貴様が呼んだ者こそ、日の本を手中に収めた魔王!

恐れ慄け平伏せい!

我こそは第六天魔王、織田信長であるぞ!!!』

 

 

 

──────────────────

 

 

「で、久々に現界したワシが敦盛を披露してやろうと思ってな?

それでここで敦盛に興じておった訳じゃ。

いやぁ、にしても驚いたのぅ。

まさかマスターたちも敦盛が出来るとは思わんかった。

つい時を忘れて敦盛交わし続けておったわ、うっはっは!」

 

「敦盛敦盛と連呼しないで下さい!

全然意味が分かりません!

紫助さん!詳しい説明を求めます!」

 

「おーい、紫助さーん」

 

「頭が......あぁ、あん時冬木で偶然拾ってた呼符ってやつをな、ちょいと試してみようかと思ったら思わぬ収穫があったって訳よ。

どーせ出るわけねぇと思ってタカくくってたら呼ばれて飛び出て敦盛パーリナイと来たモンだ」

 

「はぁ......ある程度は理解できました。

それでも!勝手に召喚機を使用してはいけないと散々ダ・ヴィンチちゃんから念を押されてたはずですよ!

全くもう貴方は人の話を全然聞いてないんですから!」

 

「悪かった悪かった。

ほんの出来心だったんだよ」

 

「出来心と下心でやっていい事なんて万に一つもないんです!

ちゃんと段取り踏んで許可を取ってからですね!」

 

「うむ、なかなかに気が強い娘よな。

あの者常にああなのか?」

 

「いや......普段のマシュはもうちょっとお淑やかな筈なんだけど」

 

 

勝手に召喚を行った紫助に対してガミガミと怒るマシュは、確かに普段から見ていた者にとっては新鮮だった。

でなければ起き抜けにボディプレスやバックドロップなどしないだろう。

 

 

「すまん、完全に事後報告になったが紹介するわ。

戦国大将軍ことノッブさんです」

 

「うっはっは!

うむ、良きにはからえ!

なんで呼ばれたのかワシにもさっぱりじゃが、面白そうじゃから全て許す!

多分ワシを呼んだ方が都合が良いと思ったのじゃろ!

安心せい、どんな奴が来ようとワシの鉄砲隊が火を噴くだけじゃ!

疾く種子が抜け落ちた向日葵のようにしてやろう!」

 

「気持ちわりぃ表現すんなロリババア。

大体理解してんの?

俺たちの目的は人理修復だ。

道中面白おかしくなってもいいが、っつーかばっちこいだが結果だけは残せ。

分かったか?」

 

「面白おかしくすれば良い?

ならワシがこの話を蹴る必要はないな!

久々に腕が鳴るというもの、存分に暴れてやろう。

それとなマスター?

今ワシのことロリババアって言った?」

 

「よし承諾だってよ。

みんな、今日から転校してきた織田信長くん?ちゃんだ。

くれぐれもロリババアとか言わないように」

 

「言ったな!?

今主はっきりとこのワシの目の前で言ったな!?

打首獄門じゃ!

猿!鉄砲じゃ!鉄砲を持てぇーい!」

 

「それから、今後は一日に30分必ず敦盛の時間を設ける。

異論反論抗議質問は一切受け付けない、以上」

 

「なら是非もないよネ!!」

 

途中ブーイングが約一名から湧き上がったが、髪をぐしゃぐしゃにして両目隠しの髪型にして黙らせた。

 

 

「経緯はどうあれ、かの第六天魔王こと織田信長を呼べたのならお釣りがくるかな。

紫助くん、話によるとマシュたちが回収した聖晶石とは別に色々拾ってくれたんだっけ?」

 

「あぁ、後は全部お前らにやるわ。

数回は召喚出来るぐらいには溜まってるだろうし、富士宮にゃあコレから更に必要になってくんだろ」

 

「藤丸!

はぁ...でもありがとう紫助さん。

ドクター、早速行きましょう」

 

「よし来た!

早速始めようか。

みんなもう待ちくたびれてるよ」

 

「え?

ワシの敦盛そんなに面白かった?」

 

「おう!

前はトリスタンの野郎が音出してたんだがてんで面白くなくてよ。

眠くはなるわつまんねぇわ、訳わかんねぇこと口走るわで音楽にはいい縁がなかったんだ。

こういうの結構面白いのな」

 

「モードレッドさん、あれは音楽と呼ぶにはどうかと......」

 

「うっはっは!

それは良い感性じゃな!

ならば主にはワシ直伝の敦盛講習を説いてしんぜよう!

宴の余興には必ず呼ばれるはいくおりてぃなものじゃぞ!」

 

「ロマニ、あのバカどもはほっといて行くぞ」

 

「まぁ確かに支障はないけど、英霊相手にその扱いはどうなんだろう?」

 

場所は変わり再び召喚サークル前にて集結する面々。

紫助とマシュが回収した聖晶石を使い、新たに戦力となってくれる英霊を呼び込むのだ。

個数からして、召喚は3回といったところだろう。

その全てのサーヴァントを立香に託す。

采配から戦況の分析等を全て自分一人でこなしてもらう。

マスターとしてひよっこ同然だが、四の五のは言っていられない。

何がなんでもものにして、一人前に成長してもらわなければ、立香たちはおろか人理そのものに明日はない。

 

「気楽に構えろ。

力んだって良いことねぇぞ?

アレだ、友達家に呼ぶくらいの感覚で呼び出しゃいいんだよ」

 

「ハードル高いんだか低いんだかよく分からない例えをありがとう。

ウダウダ言ったってしょうがないよね。

うん、準備OKだよダ・ヴィンチちゃん」

 

「よし、なら遠慮なく盛大に呼び出そう!」

 

信長を呼んだ時と同じようにサークルが呼応し、膨大な量の魔力が回転を始める。

縁のある聖遺物でもあれば、狙ったサーヴァントを引き当てることも夢ではないのだが、今回その余裕はない。

完全に運頼みだ。

 

「お!英霊顕現反応あり!

君の声に応えてくれたサーヴァントが現れるよ!」

 

「のうマスター、ホントにワシを呼んだ理由分からんのか?」

 

「それが全く心当たりがねぇんだよ。

確かに俺はずっと別嬪のねーちゃん呼び出してぇって思ってたけどよ、応えてくれる奴らみんな違うんだよなぁ」

 

「何見てんだよ」

 

「なるほどのぅ、その点ワシは合格じゃな」

 

「お前俺の話聞いてた?

どう見たってちんちくりんじゃねぇか。

違うの、俺が呼びたいのはボンキュッボンの別嬪ねーちゃんなの。

ちんちくりんは頑張って牛乳でも飲んどけや」

 

「何おう?!

ワシの将来性を甘く見ておるな!?

本気を出せばワシ以外の奴らなど霞んで視界から消え失せるぞ!

ホントじゃぞ!」

 

「けっ、お前の要望なんぞオレにはどーでもいいがその舐め腐った態度だけは気に入らねぇな。

おうシスケ、次のレイシフト先でどっちがすげぇ功績挙げられるか勝負といこーぜ?

負けたら土下座な」

 

「どんだけお前の理想やべぇんだよ、かえって見て見たくなるわ。

上等だ、その勝負受けてやる。

勝つのはどうせ俺だけどな。

お前が猫みたくぺちゃあって五体投地して俺に詫びる姿が余裕で想像できるわ」

 

「少し黙りましょう、いいですね?」

 

「「「うい」」」

 

マシュにチョークスリーパーを決められつつ返答する。

そこで改めて見た光景は、強い光が吹き出した後だった。

 

「おう!

前回の縁が功を奏したみてぇだな!

ランサークラス、クーフーリンだ!

よろしく頼むぜ坊主たち!」

 

「クーフーリンさんだ!」

 

「やりましたね先輩!

しかもクーフーリンさんご希望のランサークラスです!」

 

「はははっ!!

応よ!クランの猛犬の名は伊達じゃねぇとこ見せてやるから楽しみにしときな!」

 

「よう、さっきぶりだな旦那」

 

「今回は前衛タイプか、へへっ簡単にくたばるんじゃねぇぞ!」

 

「ようお二人さん。

今回もしっかり働いてやるぜ、期待しとけよ?

と、そっちは新顔か?」

 

「おお!遥か西洋の地にて活躍した猛犬とは主のことか!

良い良い、なかなかの男前じゃ。

我は第六天魔王、織田信長である。

今日よりカルデア敦盛担当にして師範代である故、興味があれば何時でも申してみよ!」

 

「よろしくな!

今回はマスターに恵まれて俺も機嫌がいい。

いい戦場ひとつ頼むぜ?」

 

 

お馴染みの顔ではあるが、新たな戦力投入で士気があがる。

半神半人の肉体をもって、朱槍を携えて暴れ回ったクーフーリンであれば、どのような戦場でも大きな戦果を上げてくれるだろう。

 

 

「さてと、数的に後2回の召喚で限界かな?

カルデアの電力もまだ本調子じゃないし、余力的にも後2回だね。

さぁ、同じように祈りたまえ!」

 

「マダ!?マダガチャガマワセルノ?!ヤッタァ!」

 

 

この勢いのまま強力なサーヴァントを引き当ててやるという意気込みのまま、立香はテンション高めに聖晶石を投げ入れる。

若干濁りが瞳に映ったのは気のせいに違いない。

言動も少しおかしくなったのも、きっと気のせいだ。

 

 

「大丈夫なんだよな?

嬢ちゃんのマスター?」

 

「......そのはずです、多分」

 

「無理すんなメガネっ子。

お前ちょっと引き気味だぞ」

 

「中毒だもの是非もないよネ!」

 

「初めてアイツ怖ぇって思ったよ」

 

 




どうもあずき屋です。
指が乗ったのでまた続編出しました。
もう完全にアレですね、でも是非もないよネ。
言わんとしてることは分かります。
でも何故かこの形になってしまうんです。

ホントウナンデス シンジテクダサイ!

予定ではなかったんですが、何故だか勝手にノッブが出てきました。
当たり前のように登場人物として入っているのが怖いくらいです。
ギャグ要員だから出てきたのかなと。
それはともかく、楽しんでくれれば幸いです。

ではでは、また次のページでお会いしましょう。



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第1章 邪竜百年戦争 オルレアン
第12話 祭りって言っときゃ大概許される


「マスター!
マスターはおるか!!」

「あん?
なんか用かロリノブ」

「ワシ可愛いから是非もないよネ!!って違う!!
聞いたぞ、主なんでもしゅーてぃんぐなる何某を持っているとな!」

「あーアレな。
つってもゲームだぞ?
迫り来るドスケベ女たちがエグい弾幕ぶち込んできて、イライラする高笑い聞きながら黙々とビーム打っていって、無駄に脱衣要素が豊富な奴だぞ?
マジで開発社ぶっ飛んでるよ。
未来に生きてるなんてレベルじゃねぇよ。
もはや別次元で生きようとしてる新手のクリーチャーだよ」

「おお!新たな邂逅を望めるかもしれんな!
アーチャーたるワシがやらんで誰がやる!
ワシそれやりたい!」

「だってよー猫。
どう?1面クリア出来た?」

「出来ねーよクソがっ!!!!
なんなんだこのクソゲー!!
何もかもがオレへの当てつけみてぇにイライラする!!」

「イライラするならやらんでもよかろうに」

「いや、アレ多分持たざる者の」

「オイ!シスケ!!聞こえてんぞ!!
ちくしょうふざけやがって!!
どいつもこいつもそんなにあの脂肪の塊がでけぇ方がいいのかよ!!」

「需要あるし、あ」

「ようし盛大にブッ潰す!!!」

「やめろゴラァ!!!俺の部屋だぞ!!
チャンバラ感覚で聖剣出すな!!」

「次ワシがやるんじゃぞ!!
壊すのならマスターかそこの藤子・F・不〇雄にせい!!」

「俺〇ーマン顔ってこと!!?」

「よかった......先輩も大きい方が......」

「フォーウ......」



 

「ふはははっ!!

落ちよ貧相なトカゲどもめ!

ワシの艦隊が火を噴くその有り様を、死の間際までしかと目に焼き付けい!!」

 

「数にもの言わせ過ぎだよ......。

戦国の連中ってやっぱりすごい人ばっかりだ」

 

「おもしれぇ!

おいロリノブ!オレにも1個貸せ!

オレもハンティングやりてぇ!!」

 

「よし!見たな野郎共!

敵は空飛ぶトカゲの集団、銃も弾も的も腐るほどある!

日頃のストレス発散から晩飯の確保までできて一石二鳥だ!

更に一番多くのトカゲを撃ち抜いた奴には豪華商品もつける!

至れり尽くせりの盛大な祭りだ!

気ぃ引き締めて存分に撃てよ!?

でも浮かれすぎてテメェの玉撃つんじゃねぇぞ!!?

分かったらとっとと働けテメェら!!!」

 

「「「「「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!」」」」」

 

「フォウフォー!!」

 

「言わないで下さいフォウさん。

私はもう考えることを止めました」

 

「よっしゃああァァァ!

ケツの穴にまで響くいい返事ありがとよぉぉぉ!!!

“春のトカゲ打ち放題肉祭り”ここに開催じゃあァァァ!!」

 

 

どこまでも響く雄叫びと鳴り止まない発砲音が、ここフランスに際限なく広まっていく。

イカレにイカれた謝肉祭が、イカれた男の先導の元に開催される。

小話として、街の者たちはつい最近までトカゲことワイバーンに怯え逃げ惑っていた者とついでに付け加えておこう。

話はこれより前のことになる。

 

 

───────────────

 

西暦1431年、ここフランスでは百年戦争の爪痕がまだ真新しく残る中、新たな問題に直面していた。

救国の聖処女であるジャンヌ・ダルクが、異端審問にかけられ火刑に処されてから間もなく、突如として現れた人智を超えた力を持つ者が出現。

懐より取り出したソレは、この世の物とは思えないほどの眩い光を放ち、あらゆる願望を形にすると言われるほどの有名な聖遺物。

本来であれば、それは傷だらけになってしまった人々の心の拠り所となるはずであったが、その聖杯は人々に恩恵をもたらさなかった。

それもそのはず、物そのものに意思はなく、使い手の心の有り様によってその価値が変わってくる。

善なる心の持ち主であれば、それは清く美しい世界を体現させる。

反面悪しき心の持ち主であれば、その輝きは黒々とした邪なものにうって変わり、欲望の限りを尽くした混沌を体現させる。

そしてその輝きは希望ではなく、フランス中の国民全てを恐怖させる者を誕生させる。

 

 

───聖処女が悪に堕ち

   禍々しい竜を従えて蘇った。

 

 

竜の魔女、誰かがそう呟いた。

彼女はその遍く憎しみを炎に変え、かつて自身が救った祖国を焼き尽くすために奇跡の力を振るった。

城が小さく見えるほどの巨体な黒竜を筆頭に、次々と生み出される竜の眷属たち。

空を埋め尽くし、破壊の警鐘を吠えながら人々を蹂躙する。

本来の正史には存在しないはずの神秘の生物。

勇敢にして国の誉れたる精鋭たちですら、襲い来る竜たちには無力だった。

画してフランスは前代未聞も危機に直面することとなる。

自分たちが正しく正義であると主張し、身勝手な都合で一人の農家の娘を焼き討ちにした故に引き起こされたif。

 

竜の魔女は、奪い取った城の最上階より下界を見渡す。

一時ではあるものの、安寧と平和をもたらした我が祖国。

今ではその美しかった姿は見る影もない。

悲鳴と怒声が入り交じった阿鼻叫喚の有り様。

憎しみに塗り潰された夢の跡。

それでも、このままで終わるわけにはいかない。

自国を焼いた程度では収まらない。

国の現状に背を向け、一人呟く。

誰に対して放ったものではなく、これからの自分の行動の指針を再確認するため。

 

 

───我らが憎悪に喝采を

 

 

─────────────

 

 

「はい、なんやかんやあったわけで現在フランスこと、オル......オル、ガマリー?に来ております。

ここで中継です、現場のメガネちゃーん?」

 

「はい!!ここ!!現在!!

オルレアンに向けて落下中です!!!

以上!!中継終わります!!」

 

「おいおいなんだよコレ!

もうちょい座標軸なんとかならなかったのかよ!!」

 

「失礼、野良猫が紛れ込みました。

誠心誠意謝罪致します。

大変お見苦しいものを見せてしまい、申し訳ありませんでした」

 

「何も見苦しくねぇだろ!!」

 

「いや!!確かに現状見苦しいと思うよ!!

衝撃映像待ったなしだもの!!」

 

「フォォォォォー!!!」

 

「うっはっはっは!!

れいしふと早々に非常事態か!!

運がないのうマスター」

 

 

紫助と藤丸率いる一行は、無事レイシフトに成功したが、着地地点の座標軸がズレたため大空に放り出されている。

約数名緊張感が欠片も存在しないが、危機に直面していることだけは確か。

考えるまでもなく、このままではスプラッタ映像の激写待ったナシだからだ。

 

『あぁぁぁぁ!!!

最初から盛大にコケるなんてついてない!!

レオナルド!どうする!?』

 

『まぁ落ち着きなよ、モードレットと信長がいるんだから大丈夫でしょ』

 

「物理法則を無視できるワシらにも限度があるのぅ」

 

「クソっ!めんどくせぇな!

シスケ!!」

 

「ロリノブ、仕事だ」

 

「任せよ!」

 

モードレットが紫助の腕を強引に引き寄せ、紫助もまた信長の体を強引に引き寄せる。

藤丸たちより早く地上へ落ちるように隼姿勢で急降下。

着地寸前で魔力放出により落下時の衝撃を緩和し、バタつくものの何とか着陸。

休む暇なくそれぞれが落下中の二人と一匹を確保する。

最初のグランドオーダー早々スリリングな体験をすることとなった。

 

「す、すみません皆さん......助かりました、本当に」

 

「ありがとう......貴重な体験だった」

 

「藤っ子も言うようになってきたな」

 

「涼しい顔でワシら側に立つマスターが言うと違和感半端ないの」

 

「コイツを人間の枠組みで考えるのやめた方がいいぞ。

ただのイカれたワンちゃんだ」

 

「荒っぽい猫に言われたかねぇな。

猫みたくもうちょい綺麗に着地できねぇのかよ」

 

「あ゙ぁ!!?

ワンちゃんはお礼も言えないんですかねぇ?!」

 

「せんきゅーせんきゅーベリベリマッチング」

 

「テメェやっぱりおちょくってんだろ!!」

 

どこでも変わらず騒ぎ立てる二人を尻目に、マシュは状況を分析しダ・ヴィンチたちに報告する。

天候自体は穏やかなもので、耳をすませば鳥の囀りさえ聞こえる。

一見すると、戦後であったのか疑わしいほどに静かだった。

少し歩いて遠くを見遣れば、何やら城門のような建造物を発見。

門そのものは所々劣化や荒々しい傷はあるものの、複数人の門番がいるところ問題なく機能しているらしい。

 

「ふぅ......では皆さん、そろそろ行きましょうか。

まずはあの街に向かい、情報収集をします。

道中に村があるようなので、そちらでも同じく情報を探ってみます。

いいですか、先輩?」

 

「うん、現状自分たちにはこの特異点で何が起きてるのかさっぱりだし、いいと思う。

ただ戦闘がないとも限らないから気をつけよう」

 

『いいねぇ立香くん!

冬木のときに比べたら飛躍的な成長だよ!

でも焦らず、着実に経験を積んでいって欲しいな』

 

『一時はどうなる事かと思ったけど、ひとまずはその街で一休みするといいよ。

霊脈はスキャンできてるから、召喚サークルの設置はそれからでもいい。

レオナルドも言った通り、焦らず着実に行こう』

 

「はい!行きましょう先輩!皆さん!」

 

「よし!腹は決まったみてぇだな!

ダ・ヴィンチ!アレを出せ!」

 

『オッケー!

ジャーニィー号試作機、発進準備完了だ!』

 

「come on!J.A.〇.V.I.Sくん!」

 

「「えっ?」」

 

紫助が慣れた手つきで指をひとつ鳴らすと共に、彼らの上空より簡易的術式が展開される。

一拍置いた後に轟音を響かせて着弾されるは、どこか見慣れた黒塗りの大型車。

細部に何者(天才)かの手によって改良が施され、どんな荒道をも走り抜ける存在感を表すソレが派手に姿を見せた。

事前に打ち合わせしたのだろう。

紫助のドヤ顔からタイミングの良さが妙に良く見えるのが非常に腹立たしい。

 

『お初にお目にかかります、皆様。

今日より皆様の身の回りのサポートを仰せ仕りました、サポート用AI“ J.A.〇.V.I.S”と申します。

無礼を働くかもしれませんが、精一杯アシストさせていただきます。

どうぞ、よろしくお願いします』

 

『いやー紫助くんがたまには良い注文するものだからつい熱が入っちゃってね。

完徹して作っちゃったよ!人工知能!』

 

「ふっ」

 

よく分からず爆笑している信長を除いた全員が、同じ箇所に青筋を立てている。

だがそれでも、彼女はすぐに興味の対象を移した。

かつて自分の手足のように動かした愛車に飛びつかずにはいられない。

 

「おぉ!あん時の乗りモン!

なんだなんだ!シスケもなんだかんだ言ってオレのドラテクが好きか?!

しょうがねぇな!!

またこのモードレット様がテメェらを地平線の彼方まで連れて行ってやるよ!」

 

「これが近代の駕籠かのう?

乗るならワシ真ん中がいい!」

 

「あぁ......また魂の綱引きをしなきゃいけないのか」

 

「大丈夫です先輩。

こんなこともあろうかと、ちゃんとエチケット袋を用意してあります!」

 

「フォーウ......」

 

「心配すんなフォウ公、手は打ってある」

 

『ルートを設定します。

紫助様、準備完了です』

 

「あぁ、一つよろしく頼むぜ」

 

若干ズレた気遣いをするマシュの足元で、フォウは心配そうに見上げてくる。

無理もない、気を抜けば何処ぞへと吹き飛ばされてしまう経験を味わってしまったのだから。

だが、そんな心配なぞ無用だと言わんばかりに紫助は落ち着いている。

フカフカとした毛並みを人撫ですると、彼はとても良い顔で笑っていた。

悪戯を考えついた悪ガキのような顔で。

 

 

 

──────────────────

 

 

ここはジャンヌ・ダルク誕生の地ドンレミ。

決して裕福な村ではないが、生活する分にはあまり苦労を知らない。

休戦中のため今では侵略者の類は見えないが、未だ痛々しい傷はあちこちに残っている。

そんな中警戒中の門番二人は、侵入者がいないかと目を光らせている。

交代が来るまで気を抜いてはいけない。

張り詰めた空気ではあるが、人間はそんな完璧な存在ではない。

どうしても気が緩んでしまう時もある。

 

「......ふぁ」

 

「おい、警戒中だぞ。

混乱に乗じて乗り込む輩もいるんだ。

気を抜くなよ」

 

「すまん。

だが今日は特に天気が良くてな。

こんな状況でなきゃ家族揃って出掛けにでも行きたいぜ」

 

「気持ちは分かる。

それでも我慢しておけ。

ただでさえ厄介なワイバーンが時折彷徨いている。

避難誘導の号令を遅らせるわけにはいかないんだ」

 

「あぁ、とんでもねぇ話だ。

まさかあの子が蘇り、竜を従えてこのフランスに舞い戻ってくるなんてよ」

 

「言うな、私たちは未だに納得していないし、死ぬまでするつもりもない。

何故あの清廉潔白で優しい彼女が処されなければならなかったのか......処罰に走った者たちが許せないよ」

 

「声が届かねぇってのは、もどかしいもんだな。

どうしようもなくよ......」

 

 

何もフランス国民全てがジャンヌ・ダルクを疑った訳では無い。

少数ではあるものの、彼女の潔白を疑わない者たちだっている。

ここドンレミは彼女が産まれた故郷。

人柄を知っている者たちは、いくら周りが彼女を悪だと罵ろうと乗せられたりはしない。

とはいえ、力無き者がいくら声を張り上げようと届くことは無い。

何時の時代も、少数派は多数派には適わない。

声を上げればたちまち国家反逆罪として彼女の後を追わせられることになるだろう。

 

「薄情者だと罵ってくれてもいい。

私たちは、肝心な時に彼女を守れなかったのだから」

 

「俺たちに出来ることっていえば、こうしてこの村を守ることだけだ。

今はそれでいいだろ?」

 

やりきれない気持ちを抑え、今自分に出来る使命をこなす。

出来ることといえば、こうして彼女の故郷を精一杯守ることぐらい。

出来ることは限られている。

贖罪紛いのことでもある。

それでも何か報いたい。

門番の心を動かしているのはその一心だ。

 

「おい」

 

「.....早速仕事か?」

 

「みたいだな、俺たちの手に負えるかどうかは分かんねぇけど」

 

目の前に広がる光景は、先程と変わらない。

砂煙を巻き上げ、異国の音楽を掻き鳴らしながら突き進んでくる黒い物体が追加された事以外は何も変わらない。

少なくとも馬ではないことは確かだ。

そして、闖入者であることも確かだ。

 

 

「んだよこのやろぉ!!

なんでアクセル踏んでんのにスピード変わんねぇんだ!

なんでハンドル切ってんのに行きたい方向に曲がらねぇんだ!

運転席の意味がまるでねぇじゃんか!!」

 

「おぉう、こりゃ楽チンじゃのう。

まさしく快適などらいぶじゃな!」

 

「あぁ......普通って素晴らしいなぁ」

 

「フォーウ!」

 

「先輩!野生動物が走り回っていますよ!」

 

『まもなく目的地に到達します。

皆様、お降りの際はお気をつけ下さい。

紫助様、私は入口付近にて迷彩状態(ステルスモード)で待機しております。

御用の際はお声掛け下さい』

 

「あーぁっ............了解。

あぁよく眠れたわ、なんで車とか乗り物って乗ってると眠くなるんだろうな」

 

「紫助さん、特に電車は一定の振動がリズムになって体に伝わることから、座っている人は特に眠くなるそうです。

前に本で読んだことがあります」

 

「マジか、そんな理屈があったのか。

考えたこともなかったわ。

んーこれぞ車旅だなぁー!

静かだし眠れるし会話弾むしいい事づくし!

どっかの誰かさんも見習って欲しいなぁ!!」

 

「うるせぇ!!!

ドライブってもっと激しく飛ばすモンだろうが!!」

 

 

観光がてらに立ち寄ったかのように、連中の緊張感は相変わらず皆無だった。

最早誰も突っ込もうとしない辺り、既に誰かによって何処かが毒された後なのだろう。

欠伸を漏らしながら紫助たちはのそのそと降り立つ。

警戒心上がりまくりの門番たちを前に、警戒心などどこにも存在しない男はあっけらかんと言い放つ。

 

 

「あ、お忙しいところすみません。

どーもどーも、僕達ただの物好きの旅人なんです。

ネタ探しにここら彷徨いてて、なんかネタになりそうなToLOVEるとかって起きてたりします?」

 

「は?いやToLOVEるがどうとかは分からんが、トラブルは確かに起きているな、目の前に」

 

「そうっすよねーこの格好どう見てもToLOVEるですよね。

ホラメガネっ子、初見さんから見てもやっぱりToLOVEるだってよ。

だからハレンチメタモルフォーゼはやめとけって言ったろ?」

 

「まだ引っ張るんですか?!

もういいじゃないですか!

私だって好きでこんなピチピチの服装してる訳じゃないんです!」

 

「ピチピチじゃとぉ!?

ピチピチならワシも負けとらん!

待っておれ!今ピチピチの肌着姿のぷりちーなワシを披露してやる!

これを機にドル箱の立ち位置を貰うぞ!!」

 

「やめてそんな不毛な争い!!」

 

「よく分かんねぇけどトップはこのオレだ!

藤沢!オレもその戦い乗るぜ!!」

 

「乗らないで!

これ以上は自分の容量を越えてる!!

そして間違っても俺は土地名じゃない!!」

 

「なんなんだお前たち?」

 

「フォーウ......」

 

 

 

──少年少女説明中──

 

 

「成程、事情は理解出来んが納得はした。

要するに君たちはとある機関より派遣された勇士たち。

このワイバーン飛び回るオルレアンを調査、もといその原因を撤去する。

この解釈で間違っていないかな?」

 

「はい、凡そその解釈で問題ないです。

それにしても、神代から大きく離れているこの時代で幻想種が蔓延っているとは妙な話ですね」

 

「うん、前の冬木でもそうだったけどやっぱり聖杯が関与してる時点で、自分たちの知ってる状況じゃないのかも」

 

「何が起きてるかなんて不思議じゃねぇだろ?

聖杯は文字通り破格の代物だ。

オレたち英霊を呼び込むなんざ朝飯前、大規模な殲滅も簡単にこなしちまうヤバい代物だ。

常識で考えるなよ、聖遺物なんだからな」

 

「うむ、日の本にも似たようなものは多々ある。

万能の願望器程ではないが、まさしく神の御業を実現させる武具や品物があったのう。

そういった類を神器と呼ぶが」

 

 

万能の願望器である聖杯を持ってすれば叶わない道理はない。

無尽蔵に湧き上がる魔力を使えば、幻想種を再び呼び寄せる事も容易。

死んだ者でさえ甦らせるのだから。

 

 

「成程ねぇ、そっちの都合も大体把握したぜ。

ハエみてぇに飛び回るトカゲに苦労してるか。

んでそいつの大元が城を占拠してるってわけか」

 

「簡単に言えばな、それにヤバいのワイバーンたちだけじゃない。

人の形をした化け物もいるって話だ。

目撃者の大半が殺されてしまって、ホントかどうか分からないけどな」

 

「サーヴァントの線が濃厚ですね。

この特異点を修正するためには、間違いなく交戦は避けられません」

 

「うん、正直クーフーリンさんたちを呼んでも戦力は心許ないかな。

ワイバーンの大群にサーヴァントが何人か」

 

「普通に無理じゃの」

 

「分かりきっていた事ではありますが、流石にコレは厳しいです」

 

「ほれほれ落ち込むでないマシュマロ。

ワシが言ったのはあくまでも“普通にやり合えば”の話じゃ。

戦において戦力が拮抗することはほぼほぼ有り得ん。

自軍より敵軍の戦力が勝っている状況なぞ腐るほど。

目に見える戦力ばかり気にしていては勝てるものも勝てん」

 

「目に見える戦力だけが、全てではない?」

 

 

かの第六天魔王は、恐れることなく経験を告げる。

それどころか、笑みさえ浮かべながら戦況を整理し、勝利への道筋を組み立てていく。

侮ることなかれ、彼女は怒涛の戦乱を生き抜き極東を統べた英傑。

苦境を嘆くのではなく、全てを笑って受け止める。

負ける様を悲観せず、勝利する様のみを想像し実現させる。

総じて英霊と呼ばれた者たちの根幹は似通っている。

劣っているのならあらゆる手を使ってそれを補う。

逆境こそ、彼らの真価を発揮するための舞台なのだ。

 

「だからこそ、軍師と呼ばれる者たちがある。

敵軍を攻略するため、あらゆる手法を持ってしてこれを打破する。

敵に予想できる手段で対抗するでない。

間者、騙し討ち、飢餓、奇襲に奇策。

勝つための手段なぞいくらでもあろう。

少なくともワシは数手思いついたぞ!」

 

「こ、この短い間でそんなに?!」

 

「ワシを誰と心得るか!!

第六天魔王、織田信長であるぞ!

軍略の一つや二つ、習慣が如く考えつくわ!

であろうマスターよ!!

いつぞやの狩りの続きといこうではないか!」

 

「え、マジで?

アレやってくれんの?」

 

「ふははははっ!!

良い良い、他でもない貴様の頼みじゃ!

今回は特に許そう、何せ戦国自体以来の戦に成り得んかもしれん大舞台!

大船もとい、鉄甲船に乗ったつもりでいれば良い!」

 

「あ?シスケ、お前なんか企んでんのか?」

 

「また妙なことする気じゃないでしょうね......」

 

「とにかく心配だよ」

 

「フォウフォー!」

 

「「作戦名、名付けて」」

 

 

ここで冒頭を思い出して欲しい。

画して季節の名だけ借りた祭りが始まることとなる。

その場の勢いだけで全てを乗り切ろうとする馬鹿者どもの選択。

吉と出るか凶と出るかは神のみぞ知る。

この場合、行動自体が凶であることは明白になるお約束である。

 

 

「「春のトカゲ打ち放題肉祭り!!

面白ぇことになるぜ(愉快なことになるぞ)!!」」

 

 

 





遅ればせながら済まない......。
可能なら笑ってやってくれ......。

また次のベージでry


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第13話 追加の客なんて聞いてねぇぞ

「なぁシスケ、お前その剣どこで覚えたんだよ?」

「昔拾ってもらった爺さんから教えて貰ったんだ。
対人戦っつーか、何がなんでも生き残るための術みたいなモンだ。
本来自分より遥かにヤベぇ奴らを相手取るモンじゃねぇ」

「でもお前普通に前線飛んでくるよな。
バカなの?やっぱりバカなの?」

「ハァ......お前さ、他人がゲームしてる所見て満足しちゃう質?
ないわー映画のクライマックスにトイレに行くぐらいないわー。
つーか俺の性分的にも無理だろそりゃ」

「あぁなるほどな。
そりゃそうだよな、お前見てるだけじゃなくて自分も参加する質だもんな」

「お二人共!
今!忙しいですか?!」

「ちょっと今過去振り返ってるから」

「大量のお客さんが!
来ていますので!対処お願いします!」

「分かった分かった。
はいはいどうなさいましたお客様?
え?ウチのボスの命令でこの辺の食いもんは全てもらう?
ちょっとちょっと、困りますよお客さん。
ウチは慈善事業じゃないんですよ?
いくらアンタらのボスが偉くても、あーお客様ァ!
いけません!つまみ食いしようとしないで下さ、あーお客様ァ!お客様ァァァァァァ!!
死ねやこの疫病神共がァ!!!
何がお客様は神様じゃボケ!!
テメェらはどう考えても疫病神じゃァァァ!!
テメェらぶっ殺して“神は死んだ”って世界に向けて叫んでやるわァァァ!!!」

「紫助さん接客業にトラウマでもあるのかな」

「ンキュンキュ」




 

 

『こちらαⅠ、順調に目標地点に向けて接近中。

約60秒後に誘導へ移る』

 

『了解、被害なくお客様を丁重にパーティへご招待しろ』

 

『こちらβⅡ、αⅠの左舷より総員配置に着いた。

誘導開始より30秒後に遊撃に移る』

 

『了解、最高のサプライズを期待する』

 

『こちらγⅢ、αⅠβⅡ共に確認完了。

視界良好、遊撃開始より10秒後に制圧に移る』

 

『了解、我らのクライマックスを見せてやれ』

 

『こ、こちらΣⅣ、全部隊確認完了。

作戦開始より120秒後に爆雷投下後突貫します』

 

『了解、締めの花火は派手なほどいい。

手向けの花も一緒に添えてやれ』

 

『こちらθⅤ、総員配置完了。

作戦開始号令発令後、Σ4の支援に移る』

 

『了解、女の子は目の前で落ちる。

親方等の発言は禁ずる』

 

『.........』

 

『ΔⅥ、報告せよ』

 

『......お、おう、こちらΔⅥ、こちらも準備完了。

全部隊突入後にしぇ......殲滅に移行する』

 

『了解、気にするな誰でも噛むことはある。

作戦を失敗しなければいくらでも噛んで構わん。

荒猫の異名を存分に発揮してくれたまえ』

 

『べ、別に噛んでにゃ!』

 

『こちらΠⅦ、周囲の警戒滞りなく継続中じゃ。

援軍等の襲来に関する報告は随時行おう』

 

『了解、何故貴公がΠを選んだのかはこの際聞かないでおこう。

くれぐれも諸君らは、決してΠについて詮索してはならない。

やましいものではないが、Πは響き的には十分やらしい。

いいか、これは命令だ』

 

『こちらΣⅣ、Ω0作戦開始の号令を求めます』

 

『Ω0より全部隊へ通達。

全部隊配置を確認、並びに作戦実行段階への移行を確認。

目標は我が物顔でフランスを占拠する敵の掃討。

各自、警戒並びに想定外の事態に備えろ。

これまで、諸君らの怨敵はこれまでの常識が通用しない未知の存在であっただろう。

親しき者たちを始め、多くの尊い命がソレによって散らされた。

敵は強大、危険は未知数、退路は既に絶たれている。

我らは敗北という苦渋を舐めさせられる以外道はない。

 

そう、昨日まではだ。

最早諸君らは孤軍ではなく、我らカルデアの同志。

諸君らの命は1つではなく、戦いから死する時まで我々と共にある。

退路がないのなら新たに活路を拓け。

危険など軒並み踏み越えろ。

強大な敵など、これから先の困難に比べればさしたる問題にすらならない。

難しく考える必要などない!

各自明日を迎えることだけを目標に突き進め!

我らに待ち受けるものは闇ではなく、輝ける明日以外に他ならない!!

 

さぁ、精鋭たちよ。

再び武器を取って立ち上がれ!

ことフランスを今日まで守り抜いてきた諸君らと、人理を救う任を担っている我々が手を組めば、あらゆる外敵をも跳ね除けられる!!

作戦成功の吉報を心待ちにしている。

 

────総員、作戦開始』

 

『『『『了解』』』』

 

 

───────────────────

 

 

祭りとは総じてその場の勢いだけで繰り広げられている。

その昔はきちんと敬い、崇め奉る神々への貢物を納め、然るべき儀式を執り行うもの。

だが今はその有り様は変わり、ただ飲み食いして騒ぐだけのものに成り代わっている。

変わらず昔と同じように儀式を行う地方も少ないが存在はしている。

灯篭流しやねぶた等がそれらだ。

話を戻すと、その他の祭りの本質は変わり、思慮の足りないアホどもが騒ぎ立てる無法地帯となっている。

 

「そう長いこと時間をかけるつもりはねぇ。

最短で目標をぶっ潰せばいい話だ。

必要なピースと戦力を随時回収して、総力戦で締める。

ここまで来たらもう細かいこと考えんのもめんどくせぇし、無駄に考え張り巡らせんのも良くない気がする。

もうアレだ、全部ノリで行っとこう」

 

『最後のセリフさえなければまだ頷けたんですが』

 

やる事は至極単純な戦法。

それぞれの事態に対処する部隊を複数配置し、順番通りに問題を処理していくだけ。

まず先鋒ことαチームが周囲の敵を誘き寄せ、街の中央へ集めていく。

この時点で倒すことは念頭に置いてない。

敵を一網打尽にするため、なるべく1箇所に集める必要性がある。

これによりαチームへのヘイトが溜まり、ワイバーン達は彼らを必死で追い立てる。

 

次にβチームがαチームのヘイトを外すべく攻撃を仕掛ける。

それぞれの部隊はそれなりの人数を有してはいるが、部隊毎で区切れば1体1、戦力的に鑑みれば多対一の感覚に近い。

だからこそ、それを順繰りに更新していく。

敵が増えればその分神経を複数の方向へ向けなければならない。

故に一個隊に向けるヘイトが減る。

βチームに課せられた役割はヘイトを集め、敵をその場にて押しとどめる。

勿論これも時間稼ぎ。

重要なのは押しとどめたワイバーン達に対して包囲網を敷いていくことだ。

 

次なる伏兵がγチーム。

ちょうどYの字のように3方向から圧力をかけ続けていくことで、敵を制圧していく。

ここから撃破の意識へとシフトチェンジしていく。

一軍に対して多方向からの同時アプローチ。

どちらを向いても敵兵という、あっちを立てればこっちが立たず空間を成立させることが重要。

 

『はぁ......この作戦で本当にいいんでしょうか?』

 

徐々に拮抗状態から制圧状態までの移行を確認した後に、∑チームの出番となる。

爆雷を落とすとは言ったが、実際落とすのはΔチーム。

∑の役目はΔの爆雷から自兵を守ること。

 

『まぁ何だかんだ言っても紫助さんの作戦は頼りになるし』

 

θチームの役目は∑の支援。

文字通り魔術礼装による強化支援を行い、∑チーム隊長の身体能力を底上げする。

理論上単独でも問題はないが、あくまで念の為だ。

しくじる可能性も決してゼロではないのだから。

 

『あー!何か妙に緊張すんな!!

生前こういうのやった事ないから免疫ねぇんだよ!

確かにやってみたいとは言ったけどな!』

 

並行でΔチームが躍り出る。

Σチームと共に戦場中央へ落下し、周囲の敵を一気に殲滅することに特化した独立戦力。

ここがこの作戦の成功を握る鍵だ。

残存勢力を情け容赦なしに削ぎ落とし、自兵を可能な限り生存させる大切な役割を担っている。

決行する当人がガチガチになっていること以外を除けば、これ以上ない適任である。

 

『うむ、ワシの種ヶ島ならあの程度造作もない。

一気呵成に畳み掛け、思う存分蹂躙してくれるとしよう!』

 

そして更なる襲撃や増援の進軍を食い止めるのがΠの役割。

子どもを育む方の柔らかな双丘の方ではない。

そこを履き違えてしまうと途端に瓦解する。

何から何まで総てだ。

 

「敵サーヴァントとトカゲ諸共殲滅だ。

明らかにヤベぇと思う奴らは軒並みぶっ殺す。

メガネっ子、不二子も聞いとけ。

戦場で正論やら主義主張なんて何の役にも立たねぇんだ。

勝たねぇと何もかも失うのが戦場だ。

一切の情け容赦なしに倒しきれ。

俺らの命で済むんなら安いモンだが、失敗すりゃ大勢の奴らの命も歴史も綺麗さっぱり無くなる。

その辺肝に銘じとけ」

 

『わ、分かりました。

状況把握、作戦開始します』

 

『了解......って俺は藤!』

 

「んじゃ、一波乱起こしますか。

フランス精鋭隊改め信長鉄砲隊出陣」

 

『『『はっ!!!』』』

 

兵士たちが持つ物は握り慣れた剣や槍ではなく、切り出した木に鉄で補強をしたもの。

戦国において必須武具とまでされ、一度放てば容易に人体を貫く鉛玉を高速で打ち出す兵器。

言わずと知れた火縄銃、種ヶ島であった。

 

「投石もいいが、携帯できる分こっちの方が遥かにいいな。

なんせ弾数無制限だし紛うことなき神秘の代物だ。

ある意味イージーモードだぜこれ」

 

放たれる無数の弾丸は死の嵐となり、ワイバーンたち目掛けて襲いかかる。

人知を超えた存在であるサーヴァントに対しては効き目が薄いが、何の武装もしていない動物を殲滅するには十分過ぎた。

幻想種といえど所詮は低階級のワイバーン。

兵士たちは持ち前の連携を駆使して苦もなく殲滅していく。

問題はその中央に位置する敵性勢力。

人理の敵として召喚されたサーヴァントだ。

 

「うおォォォォ!!

余に向けて斯様な鉛玉を打ち込むとは何たる無礼か!!

恥を知れ愚か者共め!!」

 

「この大群を相手に囲い込みをするつもりか!?

向こうにはとんだ奇策を企てる者がいたらしい!

不味いぞ!僕らでもこれ以上はいけない!!」

 

「「「────────ッッッ!!」」」

 

「何かお偉いさんが怒鳴ってんなー。

ロマニ、何喋ってるか拾える?」

 

『そんな学校の教室で騒ぐ同級生みたいな扱いおかしくないかい!?

相手はかの有名なドラキュラ公のヴラド三世と、フランスきっての伝説の白百合の騎士シュヴァリエ・デオンだ!

とにかくめちゃくちゃ怒ってるぞ!!』

 

『そりゃ出会い頭に鉛玉のプレゼントしたら怒られるさ。

最も、それ以前に彼らはだいぶ歪められてるようだけどね。

スキャンの結果、どうやら2人とも“狂化”のスキルを後付けされてるみたいだ。

バーサーカーもどきというやつさ』

 

「ほー、なら潮時だな。

どっかの兄ちゃんも言ってたな、怒り狂った奴ほど手玉に取りやすいって。

なぁ猫?」

 

『うるせぇ!

あん時は調子がビミョーだっただけだ!

クソっ!むしゃくしゃしてきた!

帰ったらアイツにリベンジ仕掛けてやる!

お前も付き合え!』

 

「やだよめんどくせぇ。

兄貴連れてけよ、三つ巴の喧嘩の方が面白そうだし」

 

『お二人共!

今は作戦中です!

経過は今のところ想定通りですが、予断は許されません!』

 

『うむ!騒ぎを聞きつけたか分からんが、援軍も辺りから集まってきとる。

ま、想定内じゃな。

出来るだけワシが引きつける!

早々に片付けるがよい!!

鉄砲隊、放てぇぇぇ!!』

 

『マシュ!そろそろ時間だ!』

 

 

敵が密集している箇所に向けて四方八方から繰り出される攻撃は、着実に効果を与え、上手く混乱を誘えている。

冷静な対処がてきないバーサークサーヴァントたちなら、これを機に一網打尽にできる。

後はトドメの一撃を、予想外の場所から落としてやるだけだ。

 

『βⅡよりΩ0へ通達!

αⅠγⅢへの合流完了!

これより3部隊は後退へ移る!』

 

「了解、ポイントまで後退の後徹底抗戦に移行。

死ぬ気で推し止めろ。

うし、出番だ猫。

特大の雷さん撃ち落としてやれ。

へそなんてケチなことは言わねぇ、諸共全部ぶっ壊せ」

 

『おうよ!

望み通りでけぇ花火打ち落としてやるとするか!!

J·A·〇·V·I·S!開けろ!!』

 

『先に行きます!

先輩!モードレットさん!

よろしくお願いします!』

 

『任せて!

あ、親方!女の子が空に落ちます!』

 

『了解、お気をつけてMs.キリエライト、Ms.モードレット』

 

『へっ、オレを女と呼ぶなっ!』

 

上空にてワイバーンではない黒い物体が比肩する。

人工知能であるJ·A·〇·V·I·Sを搭載した軍用車両が、その両脇にプロペラを回して遥か上空で待機しているからだ。

消音装置を組み込んであるため、ドローン並みの音量で接近が可能。

改造を施したこの車両なら、空を飛ぶことなど造作もない。

ここから特大の雷を落とすのが今作戦の要。

 

「シスケ!搾り上げるぞ!!」

 

赤雷を放ちながら唸りを上げる聖剣を片手に、モードレットは敵軍目掛けて落下する。

さながら本物の落雷が落ちるかのように、自分自身を赤雷と化して威力を増大させる。

これが魔力放出を武器に戦う彼女の強み。

どんな敵も、力ずくで押し潰す破壊の権化。

 

「恨みはねぇが悪く思うんじゃねぇぞ!!」

 

「真名、偽装登録。

仮想宝具 擬似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)!!」

 

轟音を響かせ、落雷は落ちる。

周囲の地形を根こそぎ変形させてしまう破壊の余波を広げ、あらゆるものを平等に粉砕していく。

ある少女の背にいるもの達以外は、軒並み塵芥と化し、気味の悪い静寂が辺りに満ちる。

 

「ロマニ」

 

『生体反応なし。

周囲にまだちらほらワイバーンの反応があるけど、散り散りに離れていってるみたいだ。

作戦は成功みたいだよ』

 

『敵性勢力の二枠は潰せたし、上々の戦果だと思うけど?』

 

「まぁな、ただ援軍のサーヴァントは出てこなかった。

切り捨てか、単純に周辺にいなかったか。

こんだけでけぇ雷撃ち落としておきながら気づかねぇなんてことは有り得ねぇし、まぁ......前者かねぇ」

 

『紫助さん、戦闘不能のサーヴァントを発見しました。

狂化の類も付与されていないところみると、どうも敵側のサーヴァントではなさそうです。

ただ、怪我の具合から見てどうも傷だけで負傷している訳ではなさそうですが......』

 

「......チッ、ダ・ヴィンチ」

 

『その特異点に呼ばれた本来のサーヴァントかな。

マスターも確認できないところから見ると、どうやら“はぐれ”らしいね。

念の為、彼らには隠蔽魔術を掛けておこう。

一応この街にも掛けておくよ(・・・・・・・・・・・・)

無茶だけは』

 

『マスター、ワシはこやつらの護衛を請け負ってやろう。

用が済んだら疾く戻るのじゃぞ』

 

「おう、藤っ子は取り敢えずそいつの応急処置しとけ。

その後メガネっ子と兵隊さん連れて次の街に先行っとけ。

使えそうな戦力なんとかかき集めてこい。

あぁ、入る前に使者出して状況確認してこいよ?

いきなり団体さん連れ込んでパーティは無理があるからな。

ロリノブ、そいつらの殿任せた。

猫は俺ん所に集合、以上」

 

ぶっきらぼうに言いたいことだけ告げて通信は切れる。

効率良く状況を回転させるには、なるべく二手に別れて行動した方がいい。

信長と大勢の兵士もいるのならワイバーン程度に遅れは取らない。

仮に敵サーヴァントと鉢合わせたとしても撤退行動までは持って行ける。

彼らには先に戦力強化のために動いてもらい、こちらはもう1つの厄介事を片付ける必要がある。

 

「ハァ......めんどくせぇ」

 

「よっと、あ?

なんだよソレ」

 

「美味いモンじゃねぇよ、ただの暇潰しだ」

 

「ふーん。ンなの吸ってっからバカに何じゃねぇのか?」

 

「うるせぇ、元からアホのテメェに言われたかねぇな」

 

「うっせ、で......どうすんだ?」

 

「野暮なこと聞くな。

俺たちがやることなんて決まりきってんだろ。

まぁ、それ以前にあんまりウダウダやってる時間もねぇんだが」

 

煙草を咥えながら顎をしゃくった先は、荒れ果てた街から悠々と歩いてくる人影が一つ。

長髪をたなびかせ、身の丈程ある杖を携えて近所へ散歩するように、それは現れた。

まず間違いなく、味方の放つ気配ではないだろう。

 

 

「あら、楽しそうな掛け合いはもうおしまい?

折角最後の時間なんですから、もっと惜しむようにゆっくりお話したらいかが?」

 

「生憎オレたちはそんな仲じゃなくてな」

 

「拳でしか話せねぇ半端モンよ。

アンタとは、そうじゃないならいいんだけどな」

 

「気が合うわね、なら尚更混ぜて頂戴。

かく言う私も今は、無性にコレを振るいたくて仕方がないの」

 

 

荒れ果てた街の残骸に腰を下ろしたまま、紫助は目の前からにじり寄ってくる気配に向き合う。

砂埃に溶け合うように入り込んでいく紫煙。

緊張を吐き出すように、煙を吹きながら見やる。

隣に佇む彼女も、軽口を叩きつつ愛剣を握り直す。

ダ・ヴィンチに誤魔化して貰わなければ、あの二人は勘づいて応戦しようとするだろう。

信長に至っては察していたようだ。

総力戦で迎え撃つのがセオリーだが、生憎時間を費やしている場合じゃない。

例えワイバーンなんてケチな存在じゃなく、本物の竜種を従えたとてつもなくヤバい奴が相手だとしても。

 

 

「見た目は完全にお淑やかな英霊様なんだろうが、正直誰なのかさっぱり分かんねぇな」

 

「オイオイ、お前アレが淑女に見えんのか?

竜種従える野蛮な女なんて、後にも先にもコイツだけだ。

有名な聖女サマ、聖女マルタだろ」

 

「......なるほど、やっぱり昔っつーかそういう連中は規格外ばっかだな。

なんでこんな別嬪のねーちゃんがって思うもん。

なんでこう英霊って美男美女ばっかなんだ?

やっぱりそういう事なの?

そういう人達しか持て囃されない悲しい世の中なの?」

 

「あら、こんなご時世でも戦場で女を口説ける度胸を持つ男がいたのね。

余程のお馬鹿さんか、相当な自信家?

貴方、魔術師であっても人間なんでしょう。

怖くないの?」

 

「は、そいつは聞くだけ野暮だぜ。

それに見りゃ分かんだろ?

俺はマスターで人間、んでこっちの猫がサーヴァント。

そんなことよりどうだい?

暇潰しに体でも動かすか?

幸いここには4匹の獣が出揃ってるところなんだしよ」

 

「へへっ、行儀よく交代制の1体1か?」

 

「バカ言ってんじゃねぇよ。

乱戦形式の無差別乱闘に決まってんだろ。

ストックは1、アイテムなし、撃墜されちまえば永久に参戦は不可能。

何でもありの大乱闘だ。

どうよ、遊んでくか?」

 

「上等!

とことん遊び倒してやるよ!」

 

「どうだい聖女サマ、いっちょお相手してくれるか?

後ろのデカブツも参戦OKだぜ?」

 

「いいわ......その勝負乗ってあげる!」

 

────────────────

 

彼を目にした時は、はっきり言って無謀な男だという印象を受けた。

サーヴァントを連れているとはいえ一歩も引かず、自分自身でさえ戦いの頭数に入れる。

それは支援するという立場ではなく、文字通り自分もその戦場に身を置くという意味。

その目は負けを覚悟したものでもなく、かといって玉砕覚悟で突貫する者の目でもない。

最初に口にしたことは冗談もあったが、本心が大半だ。

相当な自信家か、或いは底抜けの阿呆か。

まさか、本気でサーヴァントである自分に対して渡り合えると思っているのか。

 

侮辱行為に他ならない印象だ。

霊長類において上位に位置する自分を前に、後退の意志を見せなかった。

自分が高尚な存在だからという訳では無い。

常識的に考えて、人智を超えた兵器に生身でやり合えるものなど存在しない。

仮にも魔術に精通してるものであれば知っているはずだ。

背伸びしようと、逆立ちしようと勝てる相手ではないことを。

 

それでも男は、不敵に笑う。

嘲笑うのではなく、この状況を心底楽しむかのような子どもの笑み。

無惨に殺され、敗北する姿を想像していない。

蛮勇と断言せざるを得ない有り様だ。

 

 

──でも、やっぱり人間にはどこか期待しちゃうのよね。

 

 

それでも、最後に道を切り拓くのは人間だ。

自分たち英霊が、後になって祀り上げられ高位の存在になったとしても、それまでの文明を築き維持してきたのは彼らだ。

矛盾を抱え、葛藤と苦悩を繰り返すも前へ進む。

弱々しくもあれど、同時に雑草のような粘り強さを持っている。

心のどこかで諦めることを知らず、どんな困難にも向き合える。

私はそれをどこか期待し、成就して欲しいと願っている。

立場は違えど、この思いが変わることは無い。

なればこそ、試さなければならない。

 

「全力は出せないけれど、本気で行くわ。

それ故に負け惜しみも言い訳もしない。

貴方たちがどこまで立ち向かえる勇気と力を持っているのか、私の全てを賭けて試させてもらうわ!

この、聖女マルタの名に誓って!」

 

戦いは、いつの世も避けることは出来ない。

残酷で無情な現実だとは思うけれど、そこに意味を見い出せば抱く感情も少しはマシになるだろう。

目の前の二人が、果たして時代を担うに値する兵なのかどうか。

それを確かめるための戦いなら、決して無益な血を流す結末にはならないだろう。

全力を、これから先にかける思いを、譲れない意志を示す強情さを見せて貰おう。

 

「タラスク!!

月並みだけど、こう言わざるを得ないわね。

互いの信念も主義主張も善悪も、全ては血風の中で語り合いましょう!!」

 

そうして私はまた戦いの中に身を投じる。

狂気に駆られど、本来の役割を剥奪されても私の在り方は決して変わらない。

この戦いは無駄にはならない。

無益な争いではなく、この過酷な世界へ歩む者の覚悟を知るため。

彼らが進む道が、正しい道であるならば、私はこの拳を持って叱咤激励をするまで。

願わくば、私とはまた違う救世主となることを祈って。

 

「私の拳を退屈させないでね!!」

 

 





おはようからこんばんはまでどうも毎度です。
どうですか、大規模作戦(笑)です。
それぽく見えたらまぁまぁ楽しめると思いますよ多分。
次回は血みどろの展開になるかそうでないかは
私のさじ加減になるので期待していて下さい。

あ、宣言解除おめでとうございます。


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第14話 やってやれない事はないが面倒くさいことは事実

「まぁ来るとは思ってたようん。
恥ずかしい秘密暴露しちゃったし散々いじり倒しちゃったし、ロクな思い出とかないからな。
下手なこと言われる前に口封じしようと躍起になって飛んで来たりもするさ。
アレだな、完全に俺の抹殺目論んでるよな。
飯食ってる時の視線とか厨房に入ろうとした時とかの殺気とかヤバいし。
食にトラウマを植え付けて餓死させて葬ろうって算段か。
なんで野郎からは熱烈な視線貰えんのに美人からのそういうアプローチはないのかなー。
兄貴の気持ちが少し分かるぜ。
そんな因縁誰も求めてねぇっつの。
もっとキャッキャウフフな快適ライフが欲しいに決まってんだろ。
アレか、僻みきった神様からの最高に意地の悪い嫌がらせか。
もういいよ、おなかいっぱいだよ。
癒しをくれよたまにはよ。
そろそろ疲れてきたよパトラッシュ」

「いつにも増して紫助さんは何をぶつくさ言ってるんだろ?」

「紫助さんの頭の中身は誰にも理解できませんし、興味無いです。
考えるだけ無駄ですよ先輩」

「へっ、下らねぇしどうでもいい」

「どうせ相変わらず訳の分からん御託を並べているだけだろう。
気にせず食事を続けたまえ。
健康を第一に考え、今ある備蓄の持ち味を最大限に引き出したメニューだ。
奴の食生活は後々必ず改善させてやる。
基本食がカレーだけなど話にならん。
もっと身体を労った生活を心がけて欲しいものだ」

「よくこんな思いやりのねぇ職場で身体張ろうなんて考えたな、あの兄ちゃん」

「フォフォフ、ウンマイッ!」




 

長年連れ添った悪ガキ共の連携が、思った以上にやりづらい。

敵対に近い思想を抱いてはいるがその実、互いの手の内を理解しており、どんな行動を取るか咄嗟に思いついてしまう。

だからこそ、悪態をつき合いながらも分かる。

子どものような言い合いが、次の行動を示唆する意思表示であると彼らは直感的に理解しているのだ。

 

「どきなバカマスター!

てめぇにはやっぱり荷が重いんじゃねぇの?!」

 

「抜かせアホサーヴァント!

まだまだ余裕のよっちゃんよ!

何なら手加減してやろうか!?」

 

「冗談よせよ!

負けた時の言い訳にされても困るからな!!」

 

「そいつは随分余裕なことで!!」

 

 

軽口を叩き合う目の前の2人は、はっきり言って理解不能。

片やマスターという荷物を抱えて剣を振るうサーヴァント。

片や常に命を天秤にかけ続ける命知らずなマスター。

普通はそれが当たり前の光景だ。

どうあってもマスターは後方支援に回る他、選択肢が存在しないのだから。だが、信じ難いほどに目の前の光景は現実だ。

口だけではない。

セイバーがタラスクの突進を受け止めている間で、彼は迷うことなく彼女の背後からその剣を振り下ろす。

タラスクが退避したということは、つまりそういうことだろう。

そのまま追い込みにかかった男は頭蓋目掛けて左右へ殴打。

あの子ならその程度なら踏ん張れないことはないが、驚異は二重でやってくる。

自分が横槍を入れようにも、赤雷を轟かせる魔剣がこれ以上ない抑制力になっているのだ。

彼は、怖じることなく本気で自分やタラスクを相手に大立ち回りを演じている。

 

 

「あ!わりぃ!

うっかり一緒に叩き切るところだったわ!

気をつけろよ!?」

 

「おっとわりぃな!

予備動作なしに魔力放出しちまった!

お怪我はありませんか?我が愚者(マイマスター)?」

 

「あ!?

そよ風がなんだって?!

気持ち良すぎて寝そうになったわ!」

 

「そいつはさぞかし夢見が良さそうだな!!

満足するまで当たっていけよ!!」

 

 

こちら一組に対して、向こうは互いに遠慮なしの乱闘。

敵味方の区別なく争う様は狂戦士(バーサーカー)のよう。

それでいて全く遠慮がない。

男のマスターならいざ知らず、セイバーのサーヴァントも加減なしで男の方を全力で斬ろうとしている。

そして、両者は絶えず不敵な笑みを浮かべている。

喧嘩を楽しむように、自分の死など考えていないように剣を振るう。

戦闘になった途端この有様だ。

此方など最初から見てなどいない。

ただ目の前にいたから切り伏せる、それだけの理由なのだ。

 

 

「くっ!

虚仮にしてくれるわね!!

タラスク!薙ぎ払いなさい!!」

 

「──────────ッッ!!」

 

「「うるせぇデカブツが!!」」

 

 

巨大な尾による横薙ぎを跳躍を持って回避し、渾身の振り下ろしによる両者の強烈な反撃(カウンター)が決まる。

生半可な攻撃ではタラスクの堅牢な甲羅の前では無力。

だが現実はどうだ。

地にめり込まんばかりの衝撃が、今まさにあの子を襲っているではないか。衝撃を吸収しきれず、唸り声を漏らしながら怯む。

しかし、それでも怖じるような子ではない。

その堅牢な甲羅に身を隠し、高速回転で迎え撃つ。

街一つを無惨に破壊し尽くす無情な攻撃だ。

サーヴァントといえどタダでは済まないはずだ。

それでも、彼は再び飛び込んでくる。

セイバーを踏み台にして高い跳躍を可能にし、力任せに剣を突き立てる。多少回転は鈍ったが、それでも殺しきるには十分過ぎる。

無様に跳ね除けられた男目掛けて、持ち堪えたタラスクが追い込みの立場に移る。

 

 

「へっ!!

余計な差し入れしやがってよっ!!!」

 

「くっ!出力が上がったですって!?

どこにこんな魔力が......!」

 

 

赤雷が先程と比べ物にならないほどの出力になり、耳鳴りを引き起こす地響きとなって周囲を震わせる。

地に伝わるだけで全てを抉り、焦がす災害と同義の魔力。

やる事為すこと全てが出鱈目で、これ以上ないほどの力技だった。

認識を改める必要がある。

相手は間違いなく、こちらを殺す術を持っている。

気を抜けばあっという間に持っていかれる。

 

「そらよ!諸共吹き飛びやがれ!!」

 

3匹を容易く飲み込む光の奔流。

内1匹は事前に察知していたように、こちらに視点を外さず光に背を向けながら脅威の範囲から逃れる。

受けるのは、それを知り得なかった残りの2匹。

 

「タラスク!!耐えなさい!!」

 

「────────────ッッ!!!」

 

その強固な甲羅を盾にしてなんとか耐える。

いくら堅牢な甲羅を持ち、幻想種の中でトップクラスの竜種であっても、サーヴァントの攻撃に耐え続けられることは出来ない。

出鱈目に振るわれる力に真正面から受け続ければ、瓦解の道を進むことは免れない。

その巨体から飛び出し、魔力を光弾としてマスターを狙う。

弾かれることなど百も承知。

一点突破が無理なら、手数を持って追い詰めるまで。

 

「おおモテモテじゃねぇか!

一丁遊んでやれよ色男さんよ!」

 

「歓迎するぜ聖女さん!!

華麗にエスコートしてやるよ!!」

 

「それは、楽しみねぇ!!」

 

光弾を隠れ蓑に単騎で突っ込む。

張り付いた憎たらしい顔に向かって、存分に撃ち合いを挑みかける。

拮抗するのは予想外だったが、それ以上に面白い。

なるほど、言うだけのことはある。

武器を打ち合わせ、押し込めない時点で悟った。

こいつは、その気になれば何食わぬ顔でこちらの土俵にまで上がってこようとする人外の類だ。

振り下ろす杖を角度をつけて流し、身を転じて豪快な横薙ぎを一瞬で反撃にして使ってくる。

慌てることなく杖を半回転させ、棒術の応用で反撃の出を潰す。

そのまま遠心力を利用して一気に突く。

ならばと男も張り合いに乗ってくる。

木刀を盾とし、受けた箇所を滑らせるように接近。

肩を潜り込ませるようにこちらの腹部を抉りに掛かる。

小細工無しの撃ち合いなら、正面から受けて立つのが自分の流儀。

持ち上げる膝で防御ごと押し砕きにかかるが、読まれていたのかあっさりと掌で受け止められる。

強引に弾き飛ばすがごとく、力任せの振り抜き。

 

「強引ね!

嫌いじゃないわよ!!」

 

「なら盛大に押し倒させてくれや!!」

 

目にも止まらない連撃を全て受けにかかる。

そのどれもがこちらの裏を掻いてこようと躍起になり、終わることの無い腹の探り合いが始まった。

脳天目掛けた一撃を最小限の回避でいなし、薄皮一枚を犠牲に仕掛けられる滑り込み。

振り上げた木刀(それ)を囮に、全体重を乗せた掌打が自分の腹部を捉える。不意を打たれたが、まだ決め手にはなり得ない。

えずきを堪え、お返しとばかりに彼の胸倉を掴んで全力の頭突きを振るう。

視界はブレ、頭蓋に不快な振動が駆け巡る。

目の奥が明滅し、額にじんわりと鈍痛が広がっていく。

ふらつかせはさせたが、こちらも決定打になってない。

本当にどんな体をしているのだろうか。

不意にそんな場違いな興味を抱くほど、目の前の男は実に面白かった。

 

「あはっ!素手喧嘩(ステゴロ)がお好みかしら!!」

 

「中でも夜の濡場騒動(ステゴロ)が一番だがな!!」

 

互いに武器を投げ捨て、武装無しで目の前の相手に飛びかかる。

かくいう自分は、正直なところ素手での張り合いが性にあっている。

分かっている、どうかしていることぐらい。

客観的に見れば淑女、ましてや聖女、そもそも女が素手で戦う方が性にあっているなどと宣うこと自体間違っているのだ。

昔近所の男たちを数人まとめて相手取ったことも含めておかしいのだ。

強い相手を見ると拳が震えることもどうかしてるのだ。

どうかしているとは分かっていても、後悔したことはない。

 

だって、人と解り合うのに鋭利な剣なんて必要ないでしょう。

 

使い方は異なれど、解り合うには手を取り合う他解決策はない。

相手を理解するには真摯に向き合う必要がある。

真正面から意見を聞き入れ、気持ちを受け止めて全身全霊でぶつかっていかなければ真の理解は得られない。

だからこそ、私はこの拳を振るう。

愛の鞭だなんていい加減なことを言うつもりは無いが、私の気持ちを理解してもらうにはこれが一番手っ取り早いから。

いつだって自分の気持ちに正直な姿を、見て欲しいと願っているから。

だから、あの子(タラスク)も応えてくれたんだと思う。

ほんの少し怯えを感じなくもないが、まぁそれは些細なこと。

迷うことなく、私は突き進む。

生前も死後も変わりなく、この在り方を突き進む。

止められるものなら受け止めてみろ。

 

 

 

そんな主人(マスター)の奮闘する様を眺めつつ、モードレッドは依然臨戦態勢のタラスクを視界の隅で見やる。

奴の久々の戦闘だ、早いところ切り上げて後ろから驚かせるようにバッサリいってやる。

背中を見せた自分自身を呪うがいい、へっへっへっと気味の悪い笑いを零す。下らないことから連想するように、唐突に彼の言葉を思い出す。

いつもと同じだとつまらない、たまには趣向を変えてみろ。

言葉に倣うのは些か癪ではあるが、なるほど一理あると思った。

 

 

「おーおーいつにも増して熱くなってんなぁアイツ。

へへっ、んじゃオレも楽しませてもらうとしますかね」

 

 

久々という程でもないが、邪魔の入らない絶好の機会は一体いつ以来だろうか。

全力で暴れられる機会など、人生の中でそうあるものじゃない。

逃がしてなるものか。

こんな面白そうな戦い、袖にする方が馬鹿げている。

心底楽しそうに笑顔を浮かべるモードレッドは、上半身を地に向けて伸ばし、その手に似合わない物を拾い上げる。

それは彼が投げ捨てた愛刀の木刀。

 

「お......?

なぁんだ、やっぱりそうだったんじゃねぇか。

いつその気になるか見物だなこりゃ」

 

「──────────ッッ!!!」

 

「心配すんな、ちゃんと相手してやるからよ!」

 

そうして、反逆の騎士は再び戦闘へ戻っていく。

何故か手に取ったか分からない木刀(それ)は、驚くほどしっくりと手に馴染んだ。

特にさしたる理由はない。

あえて挙げるのなら、それは猫の単なる気まぐれだろう。

いつもと変わらない戦闘に、ほんの少しだけ色を添えるように取った気まぐれな行動に過ぎない。

西洋甲冑に不釣り合いな得物ではあるが、武器の性能としては申し分ない。言い過ぎかもしれないが、それでも及第点を与えられるほどの物であることは確かだった。

以前は粗末な棒切れなどと散々な言いようをしたことを唐突に思い出した。本人に向かって言うつもりは欠片もないが、この木刀に対して前言を撤回しよう。

人間が持つには、こいつは少々いき過ぎた代物だ。

戦意が刀に伝わったのか、僅かに刀が震えたような気がした。

いい武具であるなら、それ相応の振舞いを持って示さねばならない。

二刀を用いて戦う戦法は元来、攻めではなく守りを重視したものであり、遥か極東にて考案された古い兵法。

片方を盾、もとい囮として扱い、相手の動きを抑制した後にもう片方をもって打ち込みにかかる。

攻めることのみを追求した彼女の戦法とは真逆のやり方である。

たまには悪くない。

それがモードレッドの抱いた単純な感想だ。

 

「どうだデカブツ!!

てめぇには特別に、普段とは違うモードレッド様を見せてやるよ!」

 

その在り方、まさに攻め難く守り難い。

木刀で突進を止められれば、片方の魔剣がこちらの頭蓋を砕かんと吠える。

かといって、これまで以上の力を込めて当たりに行けば二刀にて防がれ押し込めない。

体制を立て直そうと後退すれば、二刀は守りの型から攻めへと転じ、先程より多くの軌跡を描いてくる。

円卓の騎士が扱うは剣だけ。

しかし、それ以前に彼女のその根本的な在り方は騎士以前に戦士である。

責務として戦いを馳せ、義務として勝利を掲げる生粋の戦士(ウォリアー)

あらゆる武具を操り、勝利すべき道を直感をもって辿る。

故に、どのような物を扱おうと最高の結果を残すのは道理。

誉れたる円卓に位置した彼女であれば扱えない道理はない。

 

「へへっ、ちょいと本気で行くぜ?

ぶっ壊れんじゃねぇぞ!!」

 

纏う闘気に呼応するかのように、彼女の内に秘めた赤雷が唸りを上げる。

破壊と蹂躙を象徴する魔力はその魔剣と木刀に己を伝播させ、蹂躙者としての加護を授ける。

竜種としての直感が全身を駆け巡る。

己の命を脅かさん何かがこちらと対面しているのだと。

反射的に動けたのは奇跡のうち一つだった。

主である彼女にも、その切先が向けられていると知れたのもまた奇跡だった。

だからこそ、自分は動けた。

あと少しで取り返しのつかない現実に飛び込むところだった自分を、強引な方法ではあったが諌めてくれた。

圧倒的な数という名の暴力に押し潰されるところだった自分を救ってくれた彼女を守るため、この巨体は信じられない速度で動けた。

 

 

「これこそは、我が主人を滅ぼす邪剣。

アイツの二番煎じなのは頂けねぇが、今回ばかりは無礼講ってことで見逃してやるよ!!

我が忌まわしき主人への叛逆(クラレント・ブラッド・マスター)』!!!」

 

 

渦巻く二対の暴虐の赤雷が、自分以上の体積をもって迫り来る。

轟音から生じる耳鳴りで音が奪われ、想定外の衝撃が意識を拐う。

恐らく、暫く自分が動くことは無いだろう。

目覚める時が何時になるかは分からない。

だが、あの時の孤独感に比べればまだ明るい先行き。

いずれまた、ただの町娘だった彼女の隣に戻るその時までの我慢と思えばいい。

後悔なんてある筈がない。

返しきれない恩に少しでも報いるため、幾度なりともこの身命を彼女の盾として扱える意思が残っているから。

だから安心して休める。

自分の選択に、間違いなどなかったのだから。

 

 

「なーんてな、へへっ」

 

 

 

─────────────────

 

 

「まさかあの子が負ける、なんてね。

侮っていた訳じゃないけれど、それでもショックね」

 

「んじゃここいらでお開きか?」

 

「冗談!

負かすまで終わらせるつもりはないわ!!」

 

と意気込んだはいいものの、正直未だに決定打を決めきれていないのも事実だった。しぶとい、目の前の男はその一言に尽きる。

既に数えきれないほどの殴打を打ち込んでも決して膝を着こうとしない。それどころか、こちらの攻撃が徐々に通用しなくなってくるような錯覚さえ引き起こさせる。

火事場の馬鹿力や礼装の類で能力を底上げしていようと、到底実現させられる事柄ではない。

武器に頼りきりにならない良い腕を持っている。

得物のみに固執した戦士は三流だ。

武器が無くなって為す術なく殺されましたなんてお話にならない。

そんな甘ちゃんな考えを持つ者は戦場に出るべきではない。

ならば、得物なしで着実に追い詰めようとする目の前の男は中々どうしての強者だろう。

ご自慢の喧嘩殺法を眺められるかと思いきや、こちらの虚を衝く達人のような動作を自然に行ってくる。

 

迫り来る正拳突きを当たる直前に顔を引いて威力を削ぎ、流れを殺すことなく側頭部に鋭利な蹴りを打ち込んでくる。

足掻こうと躱す素振りを僅かでも見せれば、途端に距離を離せまいと詰めてくる。

なればこそ押し込みにかかれば波が引くかのように遠ざかる。

相手が嫌がり、自分が一方的に優位に立ち回る間合いを常に図っているのだ。

まるで蜃気楼の類。実態のない影を相手取っているかのようだ。

そして、徐々にこちらの攻撃が当たりにくくなっている。

この短い間で、この打ち合いに順応してきているのだ。

 

 

「悪い男ね!

女に、追いかけさせるなんて!!」

 

「押してダメなら引いてみろ、引かれたらとにかく押せ。

ホームレスのおっさんに教わった女の落とし方よ!!」

 

「私にはイマイチねっ!!

もっと情熱的な男がいいわ!!」

 

 

掛け合いに余裕が現れ始めた。

この男、思っていた以上に場馴れしている。

それどころか自分の打撃に適応している。

悠長な時間を与えたつもりは無い。

ならこの有様の説明はどうすればつくか。

簡単な結論だ、こいつは人間稀に見る大物に化ける器だ。

中身がそこに行き着くかどうかは定かではないが、身体能力や技術の可能性なら大いにある。

困難を諸共せず受け入れ、打破するために死力を尽くさんと剣を取る勇ある者に違いない。

 

堕ちた私に拮抗出来るからなんだと思うがそれは違う。

男は例え相手が誰であろうと怖じることはないのだろう。

こういう人間は、相手が強ければ強いほど負けまいと輝く。

困難という壁が高いほど、乗り越え甲斐があると狂喜する底抜けの阿呆。勇者の資質を持った稀有な人間だ。

 

「でもっ!!」

 

ならば尚更証明して見せろ。

この打ち合いを制して納得させてみろ。

魔力を己の中で励起させ、瞬間的に身体能力を底上げし、慣れた動きから一気に突き放す。

不意を着くのは本意ではないが、この男相手にはそうも言っていられない。今この瞬間を、最後の見極めとして瞳に収める。

この窮地を乗り越えてこそ、その先に進める者かどうかの真価が問われるからだ。

不意打ちも卑劣な罠だけじゃない。

もっと想像だにしない劣悪な運命が彼らを待っている。

それを知った上で尚、立ち向かうというのだろう。

だったらこれぐらい越えてくれなければ話にならない。

スウェーから一気に距離を詰め、その頭蓋を全霊の一撃(ストレート)で粉砕する。

 

防御は意味を成さず、棒立ちを強いられる。

本命がそこにはないからだ。

目にも止まらない短距離移動で男の脇腹を通り過ぎる。

背後を取る寸前に、遠くへ投げやった杖を呼び戻す。

攻撃動作と合致させるよう、既に杖を構えた体で振り下ろしを行う

その無防備な後頭部、殺らせてもらう。

 

 

「慣れねぇことすんな」

 

「............ひどい男ね、貴方」

 

 

殺ったと錯覚させたのは、自分ではなく男の方だった。

彼は文字通り、この聖女マルタを出し抜いたのだ。

驚愕と衝撃故に尻もちを着く自分に対して向けられるは、確かに遠くへ放ったはずの木刀。

降伏以外の有無を言わせない、此方を完全に追い詰めた男の顔が、憐れみを持った眼で見つめてくる。

 

 

「敵とはいえ、聖女......いや、女がそんな顔するモンじゃねぇよ。

女はいつでも、芯の通った揺れねぇ存在であってくれねぇとな」

 

「あら、揺れる方が好みなんでしょ?」

 

「分かっちゃいねぇな、俺ら男が揺らせねぇと意味ねぇのよ。

不安定な状態の女口説いたってテメェの力じゃねぇ。

だから、そんな信条曲げてまで殺しに来んなよ。

食いしばった不細工顔の女なんて見たくねぇしな」

 

 

そう、確かに自分はこの男の命を殺ったと確信していた。

彼が自分の愛した人類(・・・・・)のうちの一人と理解して尚、本気でその命を絶とうとしたのだ。

進んで人の命を絶とうと思ったことなどない。

いつだって健やかに、元気で生きて人として当然の生を全うして欲しい。いつもそう願っていた。

そんな自分が他人の命を奪おうとした。

慣れないことはするものじゃない。

不慣れが故に顔に、攻撃にごく僅かな躊躇いを見せた。

迷った者から死ぬ、それが非情な戦場の常だ。

だが、男はこの首を撥ねなかった。

あろうことか、そんなひどい顔を見せるなと豪語した。

驚きもするだろう。

ほんの少し前まで殺し殺される立場だったのに。

まるで、そんな顔をしないでくれとでも言いたげな瞳で、真っ直ぐと此方を見据えていたのだから。

 

 

「......ホンットにひどい男ね。

そんなんじゃ誰も靡かないわよ」

 

「うるせ、自覚はしてる。

まぁ何にせよ、コレで俺の勝ちだな聖女サマ?」

 

「......ははっ、はいはい完敗よ。

物の見事に、してやられたわ」

 

 

自分が杖を振り上げている最中、既に彼は攻撃を終えていた。

此方が背後を取ったと確信した時点で、横一文字の振り抜きは完了していたのだ。

腕の感覚がなくなるほどの衝撃を抱え、頼みの綱の得物を奪われ、従者(タラスク)をも失った。

ここまで来れば最早ぐうの音も出まい。

自分は間違いなく、この無鉄砲な男に完敗したのだ。

傷だらけの勝者の顔は逆光でよく見えはしなかったけれど、眼と言葉を失う光景だったのは確かだった。

きっと魂だけとなったこの身であっても、忘れることの出来ないものに違いない。

光に慣れた眼が映したのは穏やかに、然れどもイタズラ好きの子どものような無邪気な笑顔がとてもよく似合っていた。

ほんの少しだけ惚れて(からかって)あげてもいいのかもしれない。

 

 

 

──────────────

 

 

 

「紫助さん、どうしたんだろう。

それにモードレッドと2人なんてあんまりいい予感がしないんだけど」

 

「あのマスターのことじゃ。

何かしら考えがあっての決断じゃろう。

彼奴は彼奴で好きにさせておけば良い。

それよりホレ、マシュマロよ!

直に目的地到着じゃ。

使者を出すなり医者を使いっ走りにするなりして状況を把握しておかんか。

忘れたか?旅の根幹たる指針は主らが率先して指示せよと」

 

「は、はい!

ドクターお願いします!」

 

『信長の言葉の後だと本当に使いっ走りみたいだぁ......』

 

『はいはい、文句は後で聞くから今は分析に集中。

ふーんどれどれ?

これは......どうやら取り込み中みたいだね。

ワイバーンの反応が多数とサーヴァントらしき魔力反応が一つか。

うん?このもう一つの反応はなんだろね』

 

『サーヴァントにしては弱いし、人間にしては強過ぎる反応だ。

行って直に確認するしかないみたいだね。

藤丸くん、どうする?』

 

「だから俺は藤丸じゃなくて富士山!!」

 

「フォフォッ!!?」

 

「おぉ、大きく出たのぅお主」

 

「先輩!

ここでは誰も名前を間違えてません!」

 

「は、ついアレルギーみたいに過剰反応してしまった......」

 

『毒されてるねー』

 

『笑ってる場合ではないぞレオナルド。

マスター、その辺りで小休止を挟めないか?

近くに龍脈があれば、我々を呼び出す選択も視野に入れておきたまえ。

短時間であれば、我々もそちらで活動ができる』

 

『お、ようやっと出番が近いか?

早いとこ頼むぜ、シュミレーターじゃてんで物足りなくてよ』

 

「うん......マシュ、近くに龍脈を確認出来るところはある?

街に入る前にエミヤさんとクーフーリンさんを呼んで、敵側を一気に制圧しよう。

念には念を入れて、って奴だね」

 

「了解ですマスター。

お二人を呼ぶのに適した力の源までご案内します。

行きましょう皆さん」

 

『百年戦争の休戦中なら、有名な聖女ジャンヌ・ダルクもいるかもしれない。味方に出来ればフランスでこれ以上ないくらいの戦力になる。

皆、どうか頑張ってくれ!』

 

さぁ、次の標へ向かおう。

ラライバイ、ラララライ?Alaaaaaaaaii?

まぁ何でもいいだろう。

とにかく次へ進もう。

街の名前とかどうでもいいし、正直どうでもいいや。




やぁ(以下省略)
マルタがヒロインみたいになってて草生えた。
可愛いから後で草枯らした。
どうでもよかったまる。

何やかんやあって戦闘ぶち込みました。
難しかったけどやっぱり面白い。
要望あれば頑張って応えますので、メッセージどぞ。

感想くれた人ありがとうです。
ささやかな言葉が身に染みて今日もカレーが美味い。
いつもながら意味深な線張って色々な謎に迫ろうと思います。
適度に期待しててね。



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第15話 こういう頃もあったなと思える内はまだマシな人生

「振り返ってみりゃ、ロクでもねぇ事ばかりだったな」

「なんだよ急に。
センチメンタルに浸るような犬種でもあるまいし」

「そんな犬種いたらいたでビビるだろ。
逆に知りたいわ」

「ま、別にいいけどよ。
果てしなく興味がねぇしどうでもいいからな。
ンなことより、早く進めろよ。
お前のターンだぞ」

「フォウ公、代わりに頼むわ。
ちょっとトイレついでに飲みもんとってくる」

「フォーウ♪」

「この毛むくじゃらに出来るわけねぇだろ!」

「心配すんな、全然お前より上手いから。
このゲームのランキング1位コイツだから」

「マジかよ......俗物に染まり過ぎだろ」

「時にはそういう気持ちになることもあるだろう。
彼とて人間だよ。
無論、私にも似たような経験があったがね」

「俺も昔はつまんねぇことでグダグダ悩んでたこともあったなぁ」

「おや、君でも悩むような時期、いや悩めるだけの容量があったのかね?」

「ハッハッハ!
来いよ、遊び殺してやる」

「ワシにもあったようななかったような......」

「信長が......?」

「先輩、流石にそれは失礼かと」

「めんどくせぇ犬だな。
ま、興味ねぇが後で暇つぶしにシュミレーターにでも引き込んでやるか」

「君も大概だな」




 

「おう!無事召喚出来たようで何よりだ!

そんで、こっからどうするマスター」

 

「クーフーリンさんには先に街へ偵察に向かって欲しいです。

ほんの少し離れた後方から信長を付けて擬似的なツーマンセルで行動。

もし戦闘になれば信長が一拍置いて迎撃。

敵数と状況を確認した後に隙を見て合図を出して。

可能なら総力戦で無力化させて、厳しかったら撤退して策を練ろう」

 

「了解だ、潰せんならやっちまってもいいよな?」

 

「それが良かろうな。

マスターが居らんとはいえ、むざむざ此方の手札をひけらかす程でもあるまい。

逆手に取らせれば伏兵の可能性もチラつかせて牽制に使えるしのぅ」

 

「無難な策で何よりだ。

ならば私はもしもの時のカードという認識でいいのかな?」

 

「うん。

エミヤさんは防衛戦が得意みたいだし、マシュとも相性はいいはず。

第二波が来たとしても撤退は出来ると......思うよ?」

 

「大丈夫です先輩。

必ず守りきってみせますから、ご自分の判断に自信を持ってください。

紫助さんが聞いたら笑われちゃいますよ」

 

『攻防均等に割り振られたいい作戦だと僕も思うよ。

藤丸くん、もっと自信を持って。

君が堂々としてくれれば、マシュを含めたサーヴァントは君にきちんと応えてくれる』

 

『成長の兆しが眩しくて何よりだとも!

後はもっと経験を積んで、堂々と指揮してくれれば私達も安心してサポートに回れるよ!』

 

 

紫助の背中と指示を思い出しながら、自分なりに立てた堅実な策だ。

自信は薄いが、皆からの後押しがあれば踏み切れる。

まだまだ弱いとは自覚している。

だから、もう少し力を貸して欲しい。

いつか自分に自信が持て、迷いない指示が出せるまで。

 

 

「んじゃ行くか信長!

何処ぞの野郎に遅れを取るとは思わねぇが、一つ頼むぜ!」

 

「うっはっはっは!!

その愚問、盛大に笑い飛ばして聞き流そうランサー!

主こそワシの流れ弾に注意せい!」

 

「喧しい男だな全く......まぁいい。

マスター、少しいいかね?

マシュも聞いておいて欲しい」

 

「え、どうしたの?」

 

「君たちは気づいているかどうか分からん。

それを前提に話しておこう。

青葉紫助のことだ」

 

いつにも増して神妙な面持ちで向き直るエミヤ。

仏頂面はいつもの事だが、今回はもっと真剣さを増した表情だ。

彼が話の登場人物として挙げた人間。

カルデアで知らぬ者はいない青葉紫助の件だ。

 

 

「薄々感じてはいると思う、彼の異常さが私はどうも引っかかる。

撃破とまではいかずともサーヴァントと拮抗できる実力、常識外れの強化魔術らしきもの、何よりあの常軌を逸している戦闘技術。

彼がサーヴァントであるのなら、白兵戦において最強と評されるセイバークラスにも引けを取らない実力を持っているだろう。

だが、分かっているとは思うが彼は人間だ。

私も彼と剣を交えたからこそ理解出来た節は幾つかあるが、どうもまだ確証には至らない。

君たちは私とは違い、彼と過ごす時間は比べて長かったのだろう?

率直な意見が聞きたいんだ、彼はどういう男なんだ?」

 

「どうって、いつも巫山戯た感じの」

 

「ええ、いつも巫山戯た感じの」

 

「分かっている。

あの男はどうも常に巫山戯た言動を繰り返す。

まるで何かを隠すような」

 

「............それってどういう意味ですか」

 

 

マシュの纏う空気が変わる。

隠し事、それは誰でも持ちうる至極当然の事情。

だが、ことエミヤから隠されることなく発せられる猜疑心は、マシュの心情を揺さぶるには十分過ぎた。

紫助を疑っている訳では無い。

それはエミヤとて理解は出来ている筈だ。

エミヤの理解していることを、マシュ・キリエライトは理解している。

なのに、何故だか彼に対するその発言は聞き逃せない。

自分でもよく分からないモヤモヤした感情が、この時になって初めて自覚できる程に膨れ上がったのだから。

 

 

「いや、誤解しないで欲しい。

彼を内通者として疑っている訳では無いよ」

 

「そうでしょうか、エミヤさんの口ぶりから察するにとてもそうとは聞こえません」

 

「マシュ、どうしたの?」

 

マシュにしては考えられない感情の発露。

感情への理解が乏しかった時もあったが、紫助たちが介入してくれたお陰で今では人並みの感情を理解し、自分自身にとって素直な表現が出来るようになった。

だが同時に、成長したが故に小競り合いを避けることは出来ない。

自身にとってかけがえのない人を害するような発言は、例え(英霊)であっても許し難い行為だ。

 

 

「先輩、私は何時だって貴方の味方です。

どんな苦境に立たされたとしても、それだけは変わりません。

いつ何時であろうと、私は貴方の盾で在り続けるつもりです。

でも、それと同じくらいに......私は、紫助さんのことも信じています。

確かにあの人はおバカです。

状況を考えることなくふざけて、考え無しによく分かんないことして、嫌がっても無理矢理こちらをトラブルに巻き込んでくるそんな人です」

 

 

戦場の真っ只中でふざけて、危険に身を晒したことだってある。

明らかに格上の相手に、迷いなく刃を向けたことだってある。

ぶっつけ本番で宝具を受けろと、無茶な物言いを言われたことだってある。

思えばその他にも多くの気遣いを受けてきた気がする。

そう思ったが最後、この胸の内にて湧き上がるそれを止める手立てがなくなる。

決して止まらず、この口は思いの丈を述べ続ける。

 

 

「そんな無鉄砲で無茶苦茶な人は、自分の力じゃどうにもならない時にいつも私たちの前に立つんです。

お手本を見せてくれるように、先の見えない真っ暗闇の道を先導してくれるんです。

どんな時も身体を張ってくれて、多くの痛みを伴うことになったとしても厭わず背中を見せてくれる。

知ってますか?

この盾を構えるより早く、あの人はその身体を躊躇せず盾にするんです」

 

それこそ、何度でもだ。

冬木での特異点で、彼は何度その身を盾にしただろうか。

 

 

右も左も分からない初めての戦闘で───

『甘んじてそいつを受け入れな』

 

サーヴァントを1人で請け負って───

『行け、とっととぶっ飛ばして帰んぞ』

 

諦めに決別を誓って───

『それでも俺は、俺たちは......諦める訳にはいかねぇんだ』

 

 

「そんな人を疑うような発言を、私は聞き逃すことはできません」

 

「......参ったな、そんな曇りなき瞳ではっきりとそう口にされては益々もって立つ瀬がない。

謝罪しようマシュ・キリエライト。

済まなかった、誤解を生む発言をしたことをここに詫びる。

誠意として、これまで以上の働きをもって応えよう」

 

「............いえ、こちらこそ感情的になりました。

すみません、頭を冷やしてきます」

 

「マシュ...........」

 

「「「マシュ殿............」」」

 

俯いた彼女の表情は、長い前髪が翳りとなって分からなくなる。

怒りに一段落して、冷静になって自己嫌悪に陥っているのだろう。

心優しい彼女なら当然の結果だ。

本来、怒りを露わにして食ってかかる性格ではない。

それが身内での出来事なら尚更。

意見の相違で議論することはあれど、感情を爆発させたことはない。

先程以上に静まり返ってしまった集団に見ていられなくなったのか、ロマニが口を開ける。

 

『済まないエミヤ、彼女に代わって僕が君に謝る。

本当にごめん。

でも、それでも彼女を責めないであげて欲しいんだ』

 

「君がそこまで言わずとも責める気は毛頭ないよ。

寧ろ、彼と同等レベルな鬼気迫る感覚を受けたことに驚いているだけだ」

 

『それは.........』

 

『いいレオナルド、僕が話す。

紫助くんから口止めされてるんだけど、マシュにさえ伝わらなきゃ許容範囲内だ。

藤丸くんがいるからこそ聞いておいて欲しい。

ただ、分かっているとは思うけれどマシュにだけは話さないでくれ』

 

「ドクター、一体何が?」

 

『彼女がサーヴァントと融合したデミ・サーヴァントであるということは知ってるだろう?

事の始まりは、その更に前に遡る』

 

本来なら語られるなく風化していくはずだったとある物語。

(紫助)が望んだもののうちの一つ。

彼女(マシュ)が望まなかったうちの一つ。

余計な考え事をさせないよう務めてきた彼の思惑は砕け散る。

その考えは杞憂だと願い語るロマニが見てきた物語。

 

 

 

────────────────

 

 

「..............あ」

 

集めた砂が掌から落ちていくように、手元から一冊の本が滑り落ちる。

しかし、少女が眺めるのは砂ではない。

見やるのは落ちた本ではなく、広げた自分の小さな手。

凝視せずとも見える。

自分の腕が、たかだか数分本を読んだだけで震えている。

 

この小さくか細く震えているのが、数年前のマシュ・キリエライト。

姿形にこそ特に変化はないが、精神的に幼い印象を与えているのは、一重に彼女の精神が成熟していないのが原因だ。

 

 

 

 

筋力が安定していない。

心の内が酷く不安定だ。

 

震えは波打つ水面のように、自分の瞳も揺らせる。

これがどういった感覚なのかも分からず、少女は身体を震えさせる。

肉体の調整が上手くいっていないのか。

それとも予想を上回る速度で崩壊しているのか。

 

「いや............っ!!」

 

ただ、いても立ってもいられなくなる。

これが恐怖という感情か。

呼吸は乱れ、焦点は定まらず、身体は震え続ける。

自分の肩を掻き抱き、耐えることで精一杯だ。

これからどうなるのだろうか。

この閉じ切った瞼の暗闇のように、深い深い底へ落ちていくのだろうか。

 

知識としては知っている。

人は母と呼ばれる人物より産まれ、その傍らにいる父と呼ばれる者より育てられるのが当たり前だと。

しかし、自分の生まれはその例に入らず人工的に生み出されたもの。

この身を触媒とし、人知を超えた存在であるサーヴァントを憑依させ、人工的な英霊を実現させるために作られたデザイナーベビーだ。

故に父や母は存在しない。

培養器こそが自分の母体である。

デミ・サーヴァントとしての価値は確かにあるのだろう。

ここに生きていることこそがその証明のうちの一つ。

だが、マシュ・キリエライトとしての価値はどうだ。

 

誰か一人としてマシュ・キリエライト個人の誕生を望んだか。

誰か一人としてマシュ・キリエライト個人の成長を喜んだか。

誰か一人として、マシュ・キリエライト個人の運命を憂いたか。

 

誰一人として個人としての自分を見てくれていない。

ただの実験体のうちの一つとしてしか相手してくれない。

 

こんなものが生命か。

こんなものが自我か。

こんなものが自分の運命だというのか。

 

今にも押しつぶされてしまいそうな、見えないナニカに苦しむというのなら自我など持ちたくはなかった。

人として歩める可能性など欲しくなかった。

薬物や魔術に頼らなければ存命できないこんな身体など求めてはいない。

冷たい雪や暗雲に囲まれ、本にある通りの美しい空が眺められない世界になど生まれたくなかった。

 

───ただ、空が見たかっただけなのに。

 

止めどなく溢れる涙は一向に癒してくれない。

恐怖を少しでも紛らわそうとする悪あがきだ。

だからだろうか、不意に頭の上に乗せられたそれに気づかなかったのは。

 

 

 

───どうした、怖い夢でも見たのか?

 

 

 

 

「────あっ」

 

暗闇から声が聞こえる。

誘われるがまま顔を上げると、そこには暗闇が優しい顔を覗かせていた。

光を飲み込むような黒い瞳、自分とは対象的な黒い髪。

恐怖すら覚えそうな風貌の中に、似つかわしくない小さな笑み。

優しくあやす様な手が、少女の頭を撫でていた。

 

「ったく、あの野郎共にも困ったもんだな。

こんなになるまで気づかねぇとはよ」

 

「あ、あなたは......?」

 

「んー?

ただのお節介だよ。

泣いてる女の子を何とかしてくれってお前さんのお医者さんから頼まれてな、俺にもどうすりゃいいか分かんねぇからこうしてるだけだ」

 

少し力が篭った大きな手。

こちらの視線を確認するや否や、その手は先程とは打って変わって乱雑に頭をこねくり回してくる。

こそばゆく、雑さに身を竦ませてしまう。

でも、不思議と安心する妙な感覚を覚える。

どうしたらいいのかこちらも分からずおどおどしていると、その手は少女の涙を払うべく目じりを指で拭う。

 

「身体は大きくてもまだまだガキだな。

俺も人のことは言えねぇけど」

 

「す、すみません......」

 

「気にすんな、あー本読んでたのか。

なになに......『桃太郎』か、懐かしいな。

どれ、お兄ちゃんが読み聞かせてやる。

分かったらさっさと寝とけ」

 

「むきゅっ」

 

「はいはい、良い子はちゃんと布団に入ったかー?

寝る前にメガネはちゃんと外せよー?

............そんな顔すんな、ちゃんと最後までここに居る。

こんなんすぐに読み終わるからな、寝付くまでもう三作ぐらい呼んでやるか。

はい、桃太郎伝説始まり始まりー。

『むかしむかしある所に、じいさんとばあさんがイチャコラしてました』」

 

それが、彼との馴れ初め。

 

 

──────────────

 

下らない話を延々と、それこそ世が明けるまで続けたことがあった。

本当にどうしようもない話題だったけれど、マシュの目がキラキラと輝いていた。

彼女にとっては、彼の話全てが面白かったんだろう。

僕もよく絡まれた。

仕事中なのにお構い無しさ。

よく所長に睨まれはしたけれど、強く咎められるようなことは言われなかった。

多分、こっちにすごく気を遣ってくれたんだろうね。

 

「あのっ!

この『一寸法師』の主人公は最後に何処へ向かったのですか?!

ピンク色の女性が沢山いる空間に消えていったというのですが、その先が分からないです!」

 

「なんだ分かんねぇのかしょうがねぇな。

そこは酒池肉林の恐ろしき大魔界、入ったが最後二度と出ることは出来ない“この世全ての快楽世界(アンリマユ)”。

この世の悦と苦痛に溢れた場所に、主人公はたった一人で乗り込んだんだよ。

最初の難関に早々ぶち当たる。

道中痛みと快楽を司る『エスエ・ムジョウ』という悪魔と三日三晩壮絶なバトルは圧巻だな。

乱れ飛ぶ鞭と『女王様とお呼び!』という恐ろしい呪詛で絶対勝ち目はないだろと思いきや、主人公は鋼の精神でこれに耐えぬく。

辛くも勝利するが、天守閣に向かうべく前身するものの堕落の化身『泡神・ソー』の罠に嵌る。

向上心抵抗心諸々を全部削ぎ落とす泡が主人公を苦しめ、記憶含めた全てを良からぬもので塗り潰そうとされるが気合いで突破。

くんずほぐれつの末に大魔王『A」

 

「マシュになんてデタラメを教えてるんだ君は!!?」

 

本当に内容はどうしようもないものだったけれど。

 

─────────────

 

彼は何度かマシュに課題を出したんだ。

学力を測るみたいな名目だったとは言ってたけど、本心はただ学びたいマシュのひたむきな姿勢、新しいことを知ることが楽しくて仕方の無い子どもの輝いたモノを見ていたかったんだと思う。

次の課題はいつってよく彼にせがんでたよ。

塞ぎ込んでいた頃と比べたら劇的な変化だ。

スタッフ全員も最初は驚いていたさ。

表情が抜け落ちた時と違って、彼に会わずとも表情がよく出ていたんだから。

 

 

「ドクター!

お兄さんはどこですか?!」

 

「どうしたんだい、そんなに血相を変えて。

彼なら厨房に向かったけど」

 

「お兄さんに言われてた課題のレポートが終わったのでその報告と提出です!

『力太郎』の底力はどこから来るのか私なりに考察しました!

生まれて間もない頃に見たおじいさんとおばあさんの夜のプロレスからヒントを得て」

 

「ようしまず僕に寄越しなさい。

余すところなく添削して届けてあげるから」

 

個人的には、もう少し違うベクトルのレポートを出して欲しかったけれどね。

 

 

────────────────

 

机にばかり向かう姿を見かねて、いつだからか運動に引っ張り出したこともあったっけ。

彼女が変にアクティブになったのは、多分あの頃の影響が強かったからなんだろう。

映像の中でしか見たことの無い動きの一つひとつが、マシュにとっては新鮮で興味を引かれるものだった。

文字通り、何もかもが初めてで面白かったんだ。

ダンス一つにしても、彼の動きを食い入るように見てたな。

最終的には二人で色んな踊りをしてたっけ。

羞恥心より楽しさが勝る彼女の全開で踊る姿を見て、不覚にもウルっと来ちゃったのを覚えてるよ。

 

 

「どうだ!これが!俺の!魂だ!!」

 

「す、スゴいですお兄さん!!

動きが洗練された素晴らしい踊りでした!

映像でしか見たことがないので感激しました!」

 

「ふっ、そう褒めんな。

実はまだ隠し玉を用意しててな、もうそろそろ来る頃合いだから......あ、来た来た。

おーいこっちだ!

聞いて驚け、アイツはなんとこのカルデア唯一のドルオタだ。

追っかけの曲も振り付けも完コピレベルだからな。

期待してていいぞ?」

 

「どうしたのさいきなり呼び出して。

え、何かなマシュ......その期待に満ち足りたような、何かを期待しているような、どこかの誰かに在らぬことを吹き込まれた純粋な少女のような瞳は......」

 

「お願いします!ドクター!」

 

「やっぱり何か吹き込まれたんじゃないか!

何のお願いなんだい!?

僕で叶えてあげられることなんて凄く限られてるんだけど!?」

 

「てめぇの魂見せてみろや!!」

 

まぁ、最初の辺りは僕も踊らされてたんだけどさ。

 

────────────────

 

彼は僕と同じで、甘いものが大好きなんだ。

だから時折差し入れを交わすこともあった。

そんな僕らの姿を見たのか、途中からマシュが彼に料理を教えて欲しいって言ってたよ。

後から聞いた時には本当に驚いた。

彼女が自分の好奇心より、誰かのために何かを学ぼうとしたんだ。

聞いた知識を誰かのために生かすため、熱心に何日もキッチンに彼と篭ってたなぁ。

あ、実はレオナルドもこっそりドアから覗いてたんだっけ?

結局一日目ですぐバレてたらしいね。

甘い匂いに時折顔をだらしなく緩ませて、涎が落ちる寸前まで垂れていることに気づかなかったんだって。

マシュにこっそりもらった試作品の味を、今でもしっかり覚えてるって。

僕も本当に、嬉しかったよ。

 

 

「いいか、アイツは普段ああやって考えて忙しいフリしてるが本当は甘いモンを年がら年中食いたくて仕方ねぇんだ。

そこで、俺ら合作の小豆饅頭(餡子爆弾)を今こそ差し入れる時。

こし餡派だなんだほざいちゃいるが、アイツは結局のところ本当に美味い小豆を食ったことがねぇからそんな世迷言が言える。

そんなこし餡派に革命を起こす。

お疲れ様ですって言って笑顔で渡してやりゃ一発よ。

疲れも何かも吹き飛ぶぜ?」

 

「わ、分かりました。

日頃お世話になってるドクターに、少しでも恩返ししてきます!」

 

「おう、その意気だ。

俺は陰ながら見守ってるから上手くやれよ?」

 

「任せてください!

すぅ............はぁ、ドクター!お疲れ様です!

いきなりですが差し入れを持ってきました!」

 

「大丈夫だろ............多分」

 

「うわああぁぁぁぁぁぁぁ!!!

餡子が爆発したぁぁぁ!!!

書類が!データが!!僕の顔が!!!マギ☆マリの秘蔵データがぁぁぁぁ!!!」

 

「ロマニ・アーキマン!!

貴方またサボってるのね!!!

減給よ減給!!!」

 

サプライズにも限度があるって、ちゃんと教えておくべきだったなぁ。

 

 

───────────────

 

彼の好きな食べ物は知っているだろう?

そう、カレーさ。

自炊してた頃の名残で、つい恋しくなって作っちゃうんだってさ。

マシュもよく彼の作るカレーをよく食べてた。

すごい幸せそうな顔をしてね。

そこから一緒にカレーを作り出したみたい。

簡単で有名な料理のうちの一つカレーだけど、調理のし始めはお菓子と同じでよく失敗してた。

彼もちょくちょくダメ出しはしてたけど、結局一回も残さず食べてたな。

お腹を抑えてトイレに向かう姿が、僕らスタッフの間で有名だった。

ようやく完成したカレーは、記念にスタッフ全員にご馳走してくれたよ。

 

 

「どうだ、これが俺の辿り着いた至高の一品。

基本切るなりして色々ぶち込んで煮込むだけだ。

お前の花嫁修業にもなるし、美味いもん食えるし一石二鳥だ。

まずは食ってみろ、そんで作ってみろ。

出来たらいの一番にあのバカ(ロマニ)に持ってけ」

 

「そこはお兄さんにではないのですか?」

 

「なんも出来なかったお前が持って行ってビビるアイツの顔の方が見てぇだろ?

俺は賭けるぜ、多分アイツは泣くな」

 

「そ、そこまでのものなんですか!?」

 

「おう泣くも泣く大泣きよ。

そりゃ辛いから泣くんじゃねぇから、安心して渡してやれ。

そんでお前はただ誇れ。

ピースでもして笑ってやれ。

それだけでアイツは救われるからよ」

 

一番に食べさせてくれたあの味は、生涯忘れることはないだろう。

 

─────────────

 

勿論、その合間にマシュの調整は続いた。

苦痛を伴うことになる薬品投与や戦闘訓練を、彼女は懸命に健気にこなしてた。

望んでもないのに繰り返されるそれに、いい顔なんて出来るわけない。

それでも、マシュは笑ったんだ。

諦めや絶望から来る悲しい笑いなんかじゃない。

苦しい日を乗り越えた先に、彼とまた楽しいことができると心の底から信じていたからなんだ。

それでも、調整は想像を絶する凄まじいものだった。

苦痛に顔を歪め、耳を塞ぎたくなる悲鳴に直面させられる。

爪を培養器のガラスや自身に食い込ませようと踠いている。

激痛を少しでも和らげるためにする逃避行動の一種だよ。

身体を固定してなきゃ、彼女の身体には痛々しい傷跡が残っていた。

涙を浮かべて、もうやめてと懇願する顔を見たのも初めてじゃない。

僕だって、思うところがなかった訳じゃないさ。

当たり前だろう、誰が好き好んであんな健気な女の子を苦しめたがる?

僕を初めとしたスタッフたちは、全員最後まで無表情を貫くことが出来なかった。

全員が必死に歯を食いしばって、涙を流しながら調整を続ける。

謝るのは筋違い。

意見するのはお門違い。

背景がどうあれ、僕らがマシュを苦しめたのは変えようのない事実なんだから。

 

それでも、彼は違った。

苦痛に苦しむ彼女の姿を、ちゃんと最後まで見届けた。

調整の度に毎回だ。

何もかも全てを押し殺して、拳を握りしめてそれを見ていたんだ。

マシュが調整から解放された時に、初めて彼は表情を崩した。

 

“お疲れさん、よく頑張ったな”

“ご褒美だ、何が食べたい?”

“今日もちゃんと寝付くまで傍にいる”

“面白い昔話を見つけた”

“アイツが隠してた美味い逸品があったぞ”

“すぐ、休ませてやるからな”

 

彼が居てくれて、本当によかった。

彼のお陰でマシュは強く、真っ直ぐ、ひたむきに、人間そのものの生活を送れた。

不安で仕方のない時や、悲しいことがあった時は何時だって彼が近くにいた。

何時だって彼女の心の支えは、彼だけだったんだ。

 

 

「あの、兄さん......?」

 

「あ?どした、また一人で眠れなくなったのか?

しょうがねぇな、まぁ幸いまだ次の候補は残ってる。

次は『浦島太郎』なんてどうよ?

玉手箱開けた後にはまだ続きがあってよ、一人じいさんになっちまった後は釣りをすることに決めたんだ。

日がな一日中朝昼晩と休むことなくありとあらゆる竿を降って」

 

「いえ、今日のお話はもう大丈夫です。

あの...........明日、最後の調整が」

 

「......不安なのか」

 

「正直言えば、怖いです。

いえ、私の身体の安定を作るために必要なことなので、そこに関して不安はありません。

ただ......ドクターが、命には関わらなくても......その、最悪の場合を覚悟してと言っていました。

何故だか分からないですけど、その最悪の場合が分からなくて怖いんです。

何だか、いつも以上に追い詰められているようなドクターの顔が頭から離れなくて、その調整の末に私がどうなってしまうのか......」

 

「.............来な、また寝かしつけてやる」

 

「え?

ですから私はまだ眠くなくて」

 

「いいから、子どもはもう寝る時間だ。

昔話はそろそろ飽きたろ?

たまには違う話でもしてやるよ」

 

「むきゅっ」

 

「そうだな、あるバカ野郎の話でもするか。

薄暗い地下で産まれ、妙な爺さんに拾われ、遠くへ飛ばされ、チャンバラ合戦に巻き込まれ、結局何も出来ず果たせず、ありふれた別れを告げられた、そんなバカな話だ」

 

 

 

 

 

 

 

─────大丈夫だ、お前は絶対死なねぇ。

起きたら綺麗さっぱりとした新しい人生を迎える。

何も怖がることはねぇし、変に身構える必要もねぇんだ。

ただ、期待しろ。

胸に希望と期待を抱いて、隣を一緒に歩いてくれる奴を見つけろ。

それが出来た時、そこから始まるのがお前の人生だ。

辛いことや苦しいこと、泣きたいことに痛いことがこれから波のように押し寄せてくる。

乗り越えてみろ、人生楽しみたきゃそれを乗り越えてみせろ。

その苦しい状況の中で、お前の本当の価値が出てくる。

 

────達者でやれよ、じゃあな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────待って............行かないで、兄さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

2人にとって、一番辛い別れになってしまった。

僕らはただ、幸せに笑って欲しかっただけなのに。

 

 




やぁどもども。
唐突だけど思い出話に入るよ。
そこまで長くないと思うけど是非もないよね。
こういうのはお約束だから。
1万字超えたから次に持ち越すとかの理由じゃないから。

ちょこっと間幕の物語的なことします。
してみたかっただけです。
他意はありません、ただの薄汚い欲望です。
矛盾とか色々あると思うけれど、どうかこういうものなのだと割り切って流して下さい。


感想くれた人も誤字報告してくれた人もありがとう。
気長にやって、時折もう一つの方に注力しますので、どうか気長に楽しんで下さい。
さいなら。


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第16話 悲しいものも楽しいことも含めての思い出

「あちーよぉぉぉぉ......溶けるよぉぉぉぉ......。
太陽が熱っぽい視線向けてくるよぉぉぉぉ」

「うるせぇな......ただでさえ喋るのも億劫になんだからそれ以上言うな......」

「2人とも暑いのはてんでダメですね」

「ワシは好きじゃなこの暑さ!
こう燃えたぎるような熱が内から溢れて適わん!
敦盛をROCKにして今年を過ごすぞ!」

「やめろ......俺たちを燃やす気か」

「しすけぇ、アイスぅ」

「もう無くなったわ」

「熱は水分だけでなく、汗と同時に塩分も消費する。
ミネラルウォーターだけでは熱中症を防げないので注意しておきたまえ」

「それと、エアコンの効いた部屋に長居するのも危険ですよ?
外との温度差で、短時間で体調を崩す原因にもなります」

「なぁんで極寒なはずの山頂でこんな暑さにやられなきゃならねぇんだよぉ」

「異常気象と空調の故障だから仕方ないとしか」

「しすけぇぇぇぇ......アイスぅぅぅぅ!!」

「伸びきった麺の方がなんぼかマシな光景だなこりゃ」

「フォウゥゥゥゥ......」



 

僕が彼に頼んだことはたった一つ。

マシュを笑わせてほしい。

ただそれだけを彼に願った。

自分の立場を理解しておきながらどの面下げてそんなことを頼むんだって、本当は思われていたのかも知れない。

それでも僕は必死で頼み込んだ。

例え作られた生命だとしても、生命は生命なんだ。

替えが効かない、この世で最も尊い小さな輝きなんだ。

マシュにだって、人と同じものを感じる権利があるはずなんだ。

でも、立場上当時の僕らは彼女に寄り添ってあげることが出来なかった。

プロジェクトに関わる者が、私情で物事を判断しちゃいけない。

だからこそ、中立で選ばれた彼こそがその役目に一番適任だった。

厚顔無恥とはよく言ったものだよ、僕はその時全てをかなぐり捨ててお願いした。

 

彼女を笑顔に(僕らと同じに)してくれと。

 

僕の懇願を一から理解してくれたかどうかは分からない。

結果として、彼は了承してくれたよ。

複雑な心情だったとは思う。

それでも彼はこんなバカなお願いを承諾してくれた。

分かった、任せろと短く言い残して。

結果はさっきまで話した通り。

人工的に作られ、人の愛も感情も知らないマシュを見捨てたことは一度だってない。

お陰で彼女は、調整を無事に乗り切った。

 

彼と過ごした記憶を代償に、やり遂げたんだ。

 

最後の調整に命の危険はない。

確かにそういう危険はなかったけれど、敢えて伏せていたことがある。

調整はデザイナーベビー、ホムンクルスの活動時間を限界まで伸ばすためのもの。

人理焼却を回避するためには、マシュとマシュに憑依した英霊の力がどうしても必要だった。

思いや経過はどうあれ、無理矢理生かす手段に踏み切った事になる。

でもその調整は今まで以上の苦痛が伴う。

身体に掛かる負担は僕の想像を軽く凌駕する。

命の危険以外に、何が起こったって不思議(・・・・・・・・・・・)じゃない。

自分の想像を絶する痛みに対して、想定される人の精神防衛機能はさっきの自傷行為だけじゃないんだ。

自己暗示による記憶中枢の無自覚改竄。

 

最悪のケースだった。

懸念して、一番起こらないように注意して祈っていたのにそれは起こってしまった。

僕らの心象はどうでもいい。

そんな気持ちを抱くこと自体傲慢以外に他ならないんだから。

 

でも、彼はどうなる?

一番親身になって、実の兄妹のように接してきた彼の気持ちは?

彼にとっても大切な存在になった彼女が、ある日を境に別人のような存在になってしまったら?

マシュに対してなんて詫びればいい?

あれだけ楽しませてあげて、最終的にはその僅かな思い出すら奪い去るのかい?

 

首を斬られる覚悟で、彼に謝りに行った。

足がすくんでまともに立っていられなかったけれど、それでも無い頭を思いっきり下げて謝った。

でも、彼の反応は僕の予想を下回った。

 

 

────そんなことしてる暇なんてねぇだろバカヤローお前コノヤロー

 

 

いつもと変わらない表情と言動で吐き捨てた。

人でなしと思う心はあるだろう。

懸命に謝る姿に吐く言葉ではないだろうと。

それでも彼は以前のスタイルを貫いた。

多くのスタッフから軽蔑の視線を向けられようと、彼は出会った時と何ら変わりない姿を見せた。

でも、やっぱり変化はあった。

今までのようにマシュと関わることを極力避け、接触があったとしても持ち前のテキトーな会話でなあなあにする。

まるで、彼女の再出発に自分は必要ないみたいな背中だったな。

口や態度にこそ出しはしなかったけど、絶対寂しかったに違いなかっただろう。

 

 

───────────────

 

 

「ぅ............うぅっ!

涙が止まりません......」

 

「その後は特にこれといった変化もなく、今に至るという訳か。

彼女たちの関わりを見るに、恐らくはそういう事なんだろう」

 

『察しが良くて助かるよ。

紫助くんが前以上に悪ノリをするようになったのは、多分マシュに勘づかれない為なんだろう。

彼女には紫助くんがマスター候補の候補、ただの補欠要因であるとしか伝えてない。でも実際にはその枠外の特例候補生なんだ。

僕がお願いしたからこそ、彼はカルデアに在籍してくれてる。

レイシフト適性が見つかったのは、本当にただの偶然なのさ』

 

「そんな事実が......」

 

「合点がいったよ、ロマニ。

話してくれてありがとう。

やはり、奴もなかなか不器用な男らしいな。

因みに最初に言っておくと、私は最初から内通者として疑っていた訳では無い。寧ろその逆、危うい橋を渡りつつも常に君たちを気遣おうと行動する男だったよ。

マシュの反応が完全に予想外であったのは事実だったがね」

 

「でもだからと言ってマシュに何も言わないのは!!」

 

『藤丸くん、それが彼の選んだ選択なんだ』

 

 

でもと食い下がる藤丸に、ロマニは諭すよう言葉を連ねていく。

望んだ姿にならなくとも、選んだ選択は飲み込まなければならない。

それを受け入れて、青葉紫助はマシュの重荷にならない道を選んだ。

失ったものなど無い。

感情と人との触れ合いを知ったあの時こそが始まりなんだ。

その前の出来事など、体験版に過ぎないのだと。

そう青葉紫助は切り捨てた。

一番の心配するべき対象は、マシュだけだと言うように、彼はその思い出に蓋をする決断をした。

いつかそんな過去をも笑顔で塗り替えるだろうと、たった一人の妹分を信じ抜いて笑顔で別れを告げた。

 

 

『だから、僕は紫助くんの意志を尊重したい。

これ以上引っ掻き回して余計な傷を増やさせたくないというのが本音なんだけれどもね』

 

「............ふぇ......ぐっ。

そんな悲しいお話があったのですね」

 

「それでも尚前に進まなければならない。

奴の選んだ道とはそういう事だ。

変に泣き言を言わないだけ立派、とは言い難い。

誰にも頼らない、頼れない在り方を良しとした生き方だ。

分かるなマスター。

そういう奴は、お節介でも強引でも何でもいい。

無理やりにでも支えてやらねばならない。

でなければ、君たちは彼と共にいつも通りの日常を送れなくなる」

 

「うん......何か抱えてる人だとは思ってたけど、想像以上だった。

多分マシュの事だけじゃない、もっと色んなことを一人で抱えてるに違いない。

話してくれるまで、根気よく付き合っていかないとね」

 

「素晴らしいですっ!

真実を知った上で何も告げず懸命に寄り添う人の愛情......あぁ、ごめんなさい。

自分で言ってて感極まって泣いちゃいました......!

あんまりにも悲しくて儚げで胸が痛くなって辛いもので......」

 

『そう、だからこそ事情を知ってる僕らは全身全霊をもってバックアップを......』

 

「紫助さん任せにしないよう自分も頑張って......」

 

「世話の焼ける相手が一人増えただけの話だよ。

なに、今まで以上に気を配って......」

 

「はい!

皆さん一緒に頑張りましょう!!

私も微力ながらお手伝いしますっ!!」

 

「「『って貴方(君/お前)は誰だ!!!?』」」

 

「えっ?」

 

 

────────────────

 

 

おかしくないですか。

いえ、この時代に召喚されたのは私のクラスの性質上や問題の原因となっているものの都合上仕方の無いことではあるかと思います。

私の霊基が通常より落ちているのも何かしらの原因があるのでしょう。

それらはちゃんと飲み込んで納得はしています。

それに、どうやらこの世界は私の役目を果たす必要のない世界であることも分かっています。

この世界では聖杯戦争は起きていないですから、私がここにいる理由がその役目を全うするためのものではない。

ならそれ以外の理由で呼ばれた可能性に疑いを持ちますよね。

 

だから色々散策して、この時代の情報を集めていたんです。

まさか、私の火刑から少しばかり経った頃のフランスとは思いもしませんでしたが......。

更に私の別側面が作り出され、竜の魔女として民から恐れられているなんて想像だにしないでしょう。

まぁ......この際私情は挟むだけ損です。

もう一人の私のお陰で情報収集には苦労しました。

当時を彷彿とさせる尋常じゃない仕打ちを受けたのですから。

石の礫や物を投げるなんて序の口です。中には鍬や鉈を持って襲い掛かってきた民もいました。

何故だか中には、その......ほぼ全裸に近い状態の者にも襲い掛かられました。

よくは分かりませんでしたがこの時代には見られなかった奇抜な髪型をしていて、ファンクラブがどうとかジルがいない今がチャンスだとか訳のわからない事ばかり触れ回っていました。

この現状に気が触れてしまった者も中にはいたのでしょう。

でなければ丸腰で数人がかりであられもない姿で押し掛けて来たりはしないでしょう。

えぇ、きっと彼らは疲れていたのでしょう。

殴られた後に”ありがとうございます!!”とか言わないでしょう。

もう忘れることにします。

そして散策を続けていくにつれて、道中襲われている街を発見しました。

空飛ぶトカゲが犇めいていて、通常の在り方から外れたサーヴァントが暴れているとなれば行かざるを得ないでしょう。

私は裁定者(ルーラー)なのですから。

加えて目の前に敵対行為を示しているシャドウサーヴァントに対して然るべき対応を取らなければならない事も不本意ながら理解はしています。

 

でもこんなのあんまりじゃないですか!!

 

 

「オラオラどきやがれ!!!

勝つのは俺だ!!!」

 

「三千世界に屍を晒すが良い。

信長スペッッッシャァァァァッル!!!」

 

「「刺し穿つ死翔の槍(三千世界)!!!!」」

 

 

瞬く間に千を超える棘と、一軍隊から放たれる掃射が同時に私の身に降り掛かってきたんですよ。

逃げる素振りすら見せられなかった翼竜たちは串刺しになっていき、無数の風穴を晒してあっという間に制圧されました。

幾ら裁定者(ルーラー)のサーヴァントとはいえ、今の私の霊基は本来の出力の半分かそれ以下しか発揮出来ません。

真名看破も大した効力出ないですし、そもそも身体能力も落ちてるんですよ。

あの死の雨から逃れられたのは一重に天命によるもの。

でなければ私は有無を言わさず死んでました。

いえ、それは別に助かったのですから悪く言うつもりはありません。

身体のあちこちを掠りはしましたが大事には至っていません。

えぇ、主の声がなければ即死でした。

結果論とはいえ、私の命は助かったのですから。

 

でもやっぱりこんなのあんまりじゃないですか!!

 

 

「あーまだ骨があるやつは残ってんな。

雑魚がまだちらほらと、死にかけだがまだ生きてるバーサーク?

まぁまともじゃねぇサーヴァントが一騎か。

どうするよ信長、奴さんどうやらまだ物足りねぇらしいぜ?」

 

「うっはっはっは!!!

かの名高い呪槍に加え、ワシの三千世界を持ってしてでも殲滅せなんだか!!

元の霊格から程遠いワシらではこれが限度。

甚だ遺憾ではあるが、甘んじて飲み込む他あるまいて。

だがな御子よ!

であるならば、更なる波を持って奴らも飲み込みきってやらねばならんのではないか!?

殺れるのなら殺ってしまえ、小僧は確かにそう言った。

ならば答えはこれに尽きよう!!」

 

「「是非もなし(もう一発いっとくか)!!!」」

 

もう1回撃たなくても死屍累々なんですよ!!待ってぇ!!

 

 

虚しく響く声、言っていてこれほど悲しくなる言葉はありません。

最もそれは途轍もない豪雨に掻き消されてしまったんですが。

声は届かず再び蹂躙という名の雨が降り注ぎました。

私の幸運を褒めて欲しいです。

2回ですよ2回。

あの死の雨から2回も逃れられたんですよ。

逸話として昇華してくれてもおかしくないですよね。

主の声がなければ本当に召されていました。

幸運半端なくて若干自分で自分に引いたぐらいですよ。

ん、えぇ......チラッと着弾箇所を見たら、物の見事に綺麗な更地になっていましたよ。

翼竜もサーヴァントも共に完全消滅です。

民がいなくて本当に良かったです。

でも何故でしょうか、不思議とあの槍を携えた御方からの攻撃は当たる気がしなかったんです。

なんと表現すれば......その、どうでもいい相手には当たって肝心の相手には当てられないと言いましょうか。

え、私何かおかしなこと口にしましたか。

紅い貴方、ちょっと肩を震わせているような気がしましたが......気のせい、そうですか。

気のせいなら気にすることないですよね。

 

 

でも私は死にかけたんです!!

こんな仕打ち絶対あんまりですっ!!

 

 

──────────────────

 

 

「その後お二人は肩を組んで何処かへ行進していかれました......。

話が逸れました。

それで命からがら街を逃れ、脇にて待機している貴方たちを見つけ、たまたまお話を耳にしてしまったという訳です。

貴方たちの敵ではありませんので、ご安心ください」

 

「すみませんでした」

 

「どうして貴方が頭を下げるのですか!?」

 

蟠り(わだかま)を残さないよう心を鬼にして話そう。

その爆撃を指示したのは彼だ」

 

「この鬼!悪魔!!あんぽんたん!!」

 

『変わり身というか、情緒の変動がすごい!!

あんぽんたんとか久々に聞いたぞぅ!!』

 

「「「ジャ、ジャンヌ様が何故生きて!!!?」」」

 

『あーもう!!

とりあえず説明するから皆ちゃんと聞いてくれ!!』

 

『あははっ!

ロマニ、私は騎士たちの説得に回るよ。

曲解のないよう彼女に状況を伝えてあげなよ?』

 

 

〜医師天才共に説明中〜

 

 

「全くもって納得がいきません!!

さっきの話の方の言う台詞にはとても聞こえませんし、人間の身で私たちサーヴァントと張り合うなんて話とか前代未聞なんですよ!!?

理解しているのなら止めるべきです!!

紅い貴方言いましたよね?

無茶でもいらないお節介でも何でもいいから止めるべきだって!

命を軽く見過ぎではないですか!?

無茶が通れば道理が引っ込む等それこそ神話や御伽噺の世界の話なんですよ!!

神秘がとうの昔に衰退した世界の人達の身で私たちに並ぼうとするなんて自殺願望どころか破滅願望の域です!!

人理を救済する話は何とか理解出来ました。

このままでは私たちの世界は焼却され、真っ白なページにされてしまう

それをどうにか正しい道筋に戻すため貴方たちが遣わされたと。

ですが!!それとこれとは別問題ですっ!!!」

 

「いやー改めてこう捲し立てられるとやっぱりおかしい話だよね」

 

「数少ない良識人からの貴重な意見だ。

やはり私たちの毒され具合がおかしいのだろう。

我々にとっては最早それが当たり前として認識されてしまっている」

 

『うん、分かってる。

分かってるけどどうにもなぁ......。

彼女の反応も最もだし、紫助くんの現状も事実だしなぁ』

 

 

ロマニの懸命な説明を聞いた上で尚ジャンヌは憤慨した。

両の手でしっかりと握り拳を作って、凡そ村娘が持つには余りにも過ぎた物、何処ぞの猫が嫉妬で狂う程の豊満な双丘の前でブンブンと拳を振るっていた。

団扇で扇いだかのような風量が引き起こされる。

紫助のように冗談混じりで突っ込もうにも、彼女の表情は真剣そのものである。

再三同じことを繰り返し言っているが、常識的にはマスターたる存在は直接的な戦闘に参加する立場ではない。

サーヴァントのバックアップならまだしも、自身も直接相手に向かって刃を振るう必要はない。

本来なら成立していい話ではないのだ。

バカバカしくも信じ難いことではあるが事実だと、ダ・ヴィンチはおどけた口調を止めて言葉を連ねていく。

 

 

『エミヤの言う通り、私たちの認識が歪められてるのかもね。

でも結局のところ何とかなっちゃうのが歯痒いところかな。

私たちとしても形振りは構っていられない。

何より他でもない彼の選んだ道だ。

彼はとても頑固な性格でね、私たちが口を挟んだところで意見を変えるような男の子じゃないんだ』

 

「ですが、その話の彼は人間なのでしょう?!

マスターならサーヴァントの後方支援が鉄則......!」

 

「私も、以前はそう思ってました」

 

「マシュ!」

 

 

横槍を入れたのは意外にも彼女(マシュ)だった。

冷静さを取り戻した頭で、私情を出来るだけ省き、理性を働かせて滔々と言葉を紡ぐ。

その眼に映るのは確信を持った揺るぎない自信の色。

常識的にはそういう認識が当然なのだろう。

しかし、我らが先陣を切る無鉄砲な男の在り方はさっき話した通り。

自らが敷いた信念の元にあらゆる困難に立ち向かおうとする。

その先に自分が求める結末ではなかったとしても、きっと後悔はしないだろう。

だって、何時だって彼は根拠の無い自信で満ち溢れているのだから。

酸いも甘いも、彼ならきっと飲み込むだろう。

そして、いつも通りに笑い話に変えてしまうに違いない。

そんな背中に、私たちは憧れを抱いてしまったのだから。

 

 

「常識と良識もあの人の前では無意味です。

少なくとも、こうした特異点でそういった問答こそ意味はないかと。

何が起きるか分からず、この世界は常に私たちの予想を裏切ってくるんですから。

そして、そんな厳しい現状を打ち破ってきたのが紫助さんです。

現にお陰で私たちは最初の特異点を修正し、ここに立っています」

 

「あぁ、散々妙なことに巻き込まれはしたが、最終的に奴は勝利を収めた。

無尽蔵の魔力の供給を得た騎士王と聖剣を前にだ。

相手側がこちらの常識を覆してくるのなら、こちらも相手側の常識を覆しに掛かる。

それが青葉紫助のやり方であり、私たちはそれに賛同してこの戦いに臨んでいる。

確かに、従来の魔術師とサーヴァントのやり方より危うい橋渡りだ。

深く考えずとも答えは簡単に出る。

この試みは、半ば賭けに近い別側面からのアプローチだ」

 

「ならどうして!」

 

「............純粋な期待、かな」

 

 

きっと彼なら何とかしてくれる。

ふと思い浮かんだ言葉がそれだ。

妙な安心感というか、危機的状況も想定内のような感覚にさせてくれる。

だからこそ、自分たちはパニックに陥らずここまで来た。

青葉紫助という緩衝材がなければ、冬木の特異点にすら辿り着くことも出来なかったかもしれない。

御伽噺の導き手のように完璧な案内をしてくれる訳じゃない。

神のように守護を与えてくれる訳じゃない。

どんな相手でも打ち倒す力がある訳じゃない。

 

彼は一緒に迷ってくれる。

一方的じゃない自分たちの力もアテにしてくれてる。

一人じゃない、戦う時はみんな一緒だ。

 

そんな彼を支えたい。

立香の心に浮かんだ言葉がもう一つ。

頼りきりにする訳がない、寧ろそんなものはお断りだ。

誰にでも受け止めきれる容量に限界がある。

なら、自分たちがそれを肩代わりすればいいだけの話だ。

一人にはさせないし、頼まれても離れるつもりは無い。

 

 

「自分たちも、紫助さんという人を信じています。

どんな逆境もヘラヘラして真っ向から挑むあの人の強さに惹かれたんです。

それに、みんな口にこそ出しはしないけれど、ちゃんと分かってるんです」

 

「なに、例え地獄に落ちようとも無理矢理引っ張りあげるくらいの気概でいてやるさ。

あの頑固な性格も、後々には矯正してやらないといけないのでね。

それまで、死なせるつもりは毛頭ないさ」

 

「決して一人にはさせません。

皆さんの盾になることこそが私の唯一の役目なんです。

お株を奪われたまま黙っているほど、子どもでもないつもりなので」

 

『彼には返しきれない大きな恩がある。

生涯を掛けてでも清算してみせるさ!

それまで、この縁がどこまで持つか試してみたい気持ちもあるしね!』

 

『ふふっ、みんな気持ちは同じなんだ。

私たちの願いはただ一つ、この子達に明日を届けたいだけ。

その願いを邪魔する輩は、この天才の全知能を駆使してでも排除してみせる。

どうだい?生半な覚悟を持たないまともな連中じゃないだろう?

そんな変わり種が集って、どんな結末を作れるのか。

行く末が気にならない訳じゃ、ないんだろう?』

 

「貴方たち......」

 

 

それでも駄目だと、ジャンヌは止める気にはなれなかった。

どうしようもなく能天気な顔で、心の底から溢れてくると言わんばかりの笑顔を見せられたら何も言えなくなる。

立場がまるで逆だろうと喉まで出かかる。

止めようとしている此方が悪者だとでも言うのだろうか。

いや、間違いなく断言されるだろうなと反射的にそう考えた。

不安で仕方ないが、ここで見捨てることが出来ないのがジャンヌ・ダルクという英霊の在り方。

底抜けの阿呆どもがどこまで本気かは知らないが、こうなれば出来るところまで付き合ってやろう。

きっと直ぐにでも現実を見て考え方を改めてくれるはず。

そんな僅かな希望を抱いて、柄を握り締める。

どうあれ、今の自分はあの時と同じように先陣を切れる。

 

この旗と同胞が健在する限り、我らが主は決して見捨てない。

 

 

「その紫助さんにお説教するために貴方たちに着いていきます。

絶対に無茶はさせませんからね!」

 

 




暑くて死にそうになっている内の一人、あずき屋です。
やっとジャンヌ出せてご満悦です。
この絶妙なポンコツ具合が可愛くてしょうがない。
なんとか再現してみせますので、ゆるりと待っていて下さい。

裸になっても暑いのが夏の厄介なところですよね。
気合いで今年も乗り切りましょう。
新鯖来る前触れが感じ取れます。
皆様、主の導きの通り引きましょう。
運営を讃えましょう(錯乱)

溶けてなかったら、また次のページでお会いしましょう。


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